Fate/SAKURA (アマデス)
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1話 衛宮/桜

あらすじの通りです。一時のテンションでやっちまった。後悔だけはしていない。


 ───いいかい、よく聞きなさい桜───

 

 

 約11年経った今でも鮮明に覚えている。

 目線の高さを私に合わせて話始めた実父(おとうさん)の表情を、姿勢を、声色を、その内容を一字一句違わず覚えている。

 

 

 ───お前は生まれつき、誰にも負けない素晴らしい才能(ちから)を、それこそ凛にだって負けないくらい凄い才能(ちから)を授かったんだ───

 

 

 まるで我が事の様に喜色の感情を浮かべながら私にそう言い聞かせてきた実父(おとうさん)

 姉さんにも負けないという御墨付きを貰えて凄く嬉しかったのを覚えてる。

 

 

 ───だが、世の中にはそんなお前の才能(ちから)を、お前の命ごと奪おうとしてくる悪い人が大勢居るんだ───

 

 

 それと同時に、隠し切れていない悲しみを滲ませながら言葉を紡いだ実父(おとうさん)

 自分のせいで実父(おとうさん)が悲しんでいる事が凄く辛かったのを覚えてる。

 

 

 ───すまない、私ではお前を護ってやる事が出来ない。だからこれからお前は、私の代わりにお前を護ってくれる人の下で暮らすんだ───

 

 

 『余裕をもって、優雅たれ』。

 家訓であるそれをいつもと同じ様に実践しようとしていたのだろうけど、自分の手で自分の娘を護れない、そんな事実に対する悔しさが隠し切れず表情に出ていた実父(おとうさん)

 

 …普段とは違う実父(おとうさん)の一面が見れて少し可笑しかったのは内緒。

 

 

 ───だが、何時までも周りの人に護られていてはいけないぞ。いつか大人になって、自分一人で生きていく時が来たら、自分の身は自分で護るんだ。その為の術を教えて貰いなさい───

 

 

 架空元素・虚。

 数十年に一人輩出されれば多いとさえ評される、ある意味では呪いに等しいほど稀少な才能(ちから)

 それを持って生まれてしまった私には、最早魔道の道に進むという選択しか許されていなかった。

 望む望まないに関わらずこの才能(のろい)は災厄を引き寄せる。

 抗う術を持たなければ自分の命は(おろ)か、自分の愛する人達の人生も壊してしまう。

 その事をまだ子供だった私にも理解出来るように教えてくれた実父(おとうさん)

 

 

 ───本当は、父が私にそうしてくれた様に、お前達にも自分で選んだ道を歩ませてやりたかった───

 

 

 実父(おとうさん)のお父さん、要するに私の祖父は実父(おとうさん)に魔術師として家を継ぐかどうか、選択の余地を与えたらしい。

 

 …選択肢自体無かった私としては実父(おとうさん)の事が少し羨ましかった。

 

 

 ───でもきっとお前なら大丈夫だ。何しろ私の自慢の娘なのだからね。お前はきっと、魔術師として大成する事が出来る───

 

 

 でも魔術師の道に進んだ事は後悔していない。

 大好きな実父(おとうさん)に認めて貰えた、そして何より姉さん(憧れの人)の隣に並び立てるかもしれないという事が嬉しかったのだから。

 

 

 ───ではな、強く生きなさい桜───

 

 

 

 

 

 これが、私の記憶している実父(おとうさん)との最後の会話だった。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 チュンチュン、という独特の高い音を伴った小鳥の囀りが健気に鼓膜を刺激してくる。

 だが昨夜遅くまでの作業で疲れ切ったこの身体(からだ)を覚醒させるには、どうも効果が薄過ぎたらしく、僅かに開いた土蔵の扉から射し込む朝陽の掩護射撃によって漸く半覚醒にまでこぎ着けた。

 ぼんやりとした頭で、朝になったという事実を朧気に認識したが、生憎身体(からだ)の方は未だ活動を開始する事を拒絶しているらしい。

 仕方無くあと数分程横になっている事を決断。

 脳と体が馴染むまで暫しの微睡みに甘んじていようと自己弁護を成立させた矢先、

 

 

 

 誰かに体を揺さぶられた。

 

 いや、誰かにじゃない。

 この相手の事を気遣って控えめに、だが相手を起こすという本来の役目を決して忘れない、優しさと頑固さが絶妙に織り混ぜられた揺さぶり方は。

 

 というかこんな朝早くから自分を起こしに来る人物等、一人しか知らない訳で。

 

 判ってしまったからには起きない訳にはいかず。

 未だ起床を拒む体を強制的に引き上げ、目の前の『家族』と挨拶を交わした。

 

 

「おはよう、桜」

「はい、おはようございます先輩」

 

 

 目の前の少女は片手で髪を掻き上げながら柔らかな微笑みを俺に向けてくる。

 そんな何気無い一挙手一投足が驚くほど様になっていて、少女の背後から射す朝陽のコントラストもあいまり神聖な雰囲気を醸し出していた。

 その美しさは正しく天使の如し。

 

「っ…あ、あの、先輩?いきなり天使だなんてどうしたんですか?何か楽しい夢でも見てたんですか?」

 

 しまった。

 どうやら先程の思考が口から出てしまっていたらしい。

 幸い小っ恥ずかしいポエム部分は口走っていないようだが、これは上手いことフォローしないと家を出て学校に行くまで…いや、最悪今日丸一日微妙な空気の中で過ごす事になってしまう。

 それは勘弁願いたい。

 

「ああっ、いや、別に変な夢見てたって訳じゃないぞ。ただ桜の笑顔が天使みたいに綺麗だって…」

「え…」

 

 ガッデム。

 フォローするどころか完全に墓穴を掘ったでござる。

 朝っぱらから後輩の女の子を捕まえて天使みたいに綺麗だ、なんてあまりにも寒過ぎる。

 俺ってこんなに軟派な人間だったのか?

 

「……あ…そ、の…は、早く着替えてくださいねっ!私、朝御飯の用意してきますからっ!!」

 

 真っ赤になった顔でそう早口に捲し立てながら桜は土蔵を出て行ってしまった。

 その動作が矢鱈機敏で少し驚く。

 

 ……やってしまった。今の出来事は間違い無く俺の脳内黒歴史フォルダに保存一直線だろう。

 厳重にロックし、藤ねえ以下周囲の人々に知れ渡らないよう桜に口止めを施さねばならない。

 

 いや待て、落ち着け衛宮士郎(えみやしろう)

 それは早計と云うものだ。

 あの桜があんなに顔を紅くして恥ずかしがるなんていうレアなショットを自らの黒歴史ごときで封印してしまうなんて真似はすべきではない。

 慎重に己の迂闊な発言部分だけをメモリーから切り離し、桜の笑顔と紅潮した頬、髪を弄る動作その他諸々を抽出。

 青春の思い出フォルダに保存するのだ。

 

 そんな脳内会議を終えた後、俺は土蔵を出て淡い朝陽を全身に浴びながら思いっきり体を伸ばす。

 硬い土蔵の床で寝ていたせいだろう、伸びをするたび身体中の筋がポキポキと小気味の良い音を立てる。

 最初の頃は首を寝違えたりして次の日の朝が地獄だったが、流石に数年続けていると慣れてくる。

 寧ろこうやって身体中の筋を解すのが癖になってきていたりする。

 桜に不健康ですっ、と怒られてしまうのが玉に瑕だったりするが。

 

 それはそれとして、俺は朝の目覚めをより快適なものにすべく、目を閉じて先程抽出した天使の姿を瞼の裏に思い浮かべる。

 

 

 

 間桐桜(まとうさくら)

 それがさっきの天使の名前。

 私立穂群原学園に通う、俺の『後輩』で『友人の妹』、そして掛け替えのない『家族』でもある少女だ。

 

 知り合ったのは三年前、俺の友人である間桐慎二(まとうしんじ)に連れられて来たのが始まりだった。

 当時からよく笑う娘で、大人びているという理由だけではちょっと片付かないくらい社交性に溢れた少女だった。

 

 常に口元には笑みを浮かべ、挨拶をする時はそれに輪を掛けて満面の笑顔。

 どんなにつまらない話題でも此方に視線を向けて丁寧過ぎるくらいに相槌を打ち、コロコロと表情を変えて反応してくれる。

 おまけに話の中で然り気無く兄である慎二や年上である俺の顔を立ててくれて、初対面とは思えない程気持ちよく話せたのを覚えている。

 

 藤ねえなんかは会話を始めて2分ちょいで、桜の背骨が心配になるほど容赦無く抱き着き、摩擦熱で火傷するんじゃないかと思うほどに頬を擦り付けるという、魅了(チャーム)の魔法にでも掛かったんじゃないかってくらいデレデレになっていた。

 だがそれは藤ねえがチョロいというだけでなく、やはり桜の人としての魅力によるものである事は明らかで。

 

 何せあの遠坂凛(とおさかりん)と並び、学園では穂群原三大アイドルと称され、周囲の羨望を一身に引き受ける程なのだから。

 

 常に優雅で名前の通り凛とした佇まいの遠坂凛、姉御肌で面倒見の良い美綴綾子(みつづりあやこ)とはまた違った、あの物腰の柔らかさと献身的な姿勢が魅力というのが周囲(俺を含む)の見解だ。

 また、これは三人全員に言える事だが、一人の女性として成熟し始めた美貌に掛かればどんなに捻くれた奴も彼女を好きにならずにはいられなかった。

 

 更に付け加えるとするなら、そんな彼女の姿が演技等ではなく素だというのもポイントが高いだろう。

 

 俺の偏見かもしれないが、女子というのは中々に嫉妬深い。

 それでなくともグループ内での水面下の牽制や争い等、言葉を選んで云うなら強か、遠慮無しに云うなら腹黒い生き物だ。

 以前、八方美人とも捉えられる桜の態度が気に入らないと、女子数人のグループが桜に絡んだ事がある。

 

 次の日、その女子グループと桜が仲睦まじげに喋りながら登校してきたのは今でも語り草である。

 

 そんな桜の所業を見て魔性の女だと恐れる者も居たが、一度(ひとたび)桜と直接会話をすればそんな認識はあっという間に改められるのである。

 噂では桜の事を現代に降り立った聖天使と崇め奉る宗教団体(ファンクラブ)も出来ているらしい。

 崇められている本人はそんなこと微塵も知らないのだが。

 

 そして桜の持つ伝説はまだまだこれだけに止まらず、プライベートが殆ど知られていないというミステリアス性にもある。

 

 先に語った社交性のお陰で、かなり広い交遊関係を持つ桜だが、意外な事に彼女とプライベートで遊んだ事のある友人はあまり居らず、家にお邪魔した者に至っては皆無だ。

 俺とて例外ではない。

 家の事情でどうしても、と心の底から申し訳なさそうに謝られては、普段の彼女を知っている者達からすれば強く出られる筈が無い訳で。

 

 だがそんな桜にも唯一判明している事柄がある。

 

 それは遠坂凛と実の姉妹だという事だ。

 

 何を隠そう本人からの告白であり、慎二からも遠坂からも裏付けの取れている確定情報である。

 後者は何やら歯切れが悪いというか言い難そうに認めていたが。

 

 詳細は一切知られていないが、どうやら家庭の事情で養子に出る必要があったようだ。

 『ミス優等生』と『穂群原の天使』が実は姉妹だという、飛びっきりの話の種(ネタ)に食い付いた輩は当然の如く多かったが、詳しい事は聞いてもはぐらかされるらしい。

 

 因みに何とか詳しい情報を押さえようと自称『穂群原の黒豹』が桜本人に突撃取材を敢行したところ、「あ、あかいあくま…」という謎のメッセージを友人二人に遺したとかなんとか。

 

 結局のところ遠坂と実の姉妹という事が判っただけで、それ以外のプライベート情報は一切開示されず、寧ろ何故間桐の家へ養子に行く事になったのかという新たなミステリーが増える結果となった。

 

 

 長々と語ってしまったが、まぁ要するにあれだ。

 

 桜は天使なのである。

 

 そしてそんな天使と家族の様に…いや、家族として付き合えている自分は、これ以上無いくらいの幸せ者なのだ。

 

 

「先ぱーい、ご飯の用意できましたよー」

 

 っと、どうやら思考に没頭し過ぎていたようだ。

 エプロンを身に付け、片手にお玉を持った天使が縁側から俺を呼んでいる。

 狙ってやっているということは万が一にも有り得ないが、そのあまりの小聡明(あざと)さに思わず顔が紅くなりそうだ。

 とはいえこれ以上この場で考え事をするのは不味い。

 折角可愛い後輩が作ってくれた料理が冷めてしまう。

 俺は先程の様な失態を繰り返さないよう、頬を叩いて気を引き締めてから足早に家へ上がった。

 

 

 

 

 もひとつ余談だが、桜と血が繋がっていないという事が判明した慎二と、ほぼ毎日自宅で桜と食事を共にしている事がバレた俺が、学校中の男子から袋叩きにされかかったのも今では良い思い出だ。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 未だに顔が熱い。

 先程から心臓がバクバクと鳴りっぱなしで足を一歩踏み出す毎に息がし辛くなる。

 手と腕に至っては小刻みに震えるという表現すら生温い。

 ガックブルと歯が鳴りそうな程に痙攣しまくっている。

 これでよく料理が出来たな、と我ながら感心するレベルだ。

 

 それにしても本当にさっきのは不意討ち過ぎました。

 言うに事欠いて天使ですよ天使!

 普段は意識している素振りなんて全然見せてくれないのに、こっちが構えを解いた瞬間、或いは臨戦態勢にも入っていない完全無防備の状態に限って特大のボディブローをお見舞いしてくるのだ。

 お陰で此方の心臓は破裂寸前、何だか寿命も2年くらい削られた気がする。

 全くもって先輩は意地悪な人です。

 

 そんな風に心の中で、思い通りになってくれない想い人への不満を溜め込みながら、居間の机に料理を並べて行く。

 料理を美味しくするのは愛情と言われているが、私の怒り(喜び)を込められたこの料理達は、先輩にとってどんな味なのだろう。

 

 料理とお茶碗を全て並べ終わった私は先輩を呼ぶために縁側へ向かう。

 やはり心臓は鳴りっぱなしだが、動揺を悟られないよう、声が不自然に震えないよう、息を整えて喉を鳴らした。

 

「先ぱーい、ご飯の用意できましたよー」

「ああ、今行く」

 

 日光浴…いや、ストレッチでもしていたのだろうか、土蔵の前で瞼を閉じて背伸びをしていた先輩は私の呼び掛けに応じて此方へやって来る。

 その表情は何時も通りの凛々しいもので(※桜の見解)動揺している様子なんて欠片も無かった。

 

 …思わず頬を膨らませながら先輩を睨んでしまった私は悪くない。

 悪くないったら悪くない。

 

「おっはよーしろー!!って、桜ちゃんもう来てたの!?おはよー!相変わらず来るの早いわねー、将来良い奥さんになるわよー!って、あぁ~今日の朝御飯も一段と美味しそうねー、早く、早く食べましょうよ!あんまり遅いとおかず一品ずつ貰っちゃうわよー!」

 

 …と、そんな矢先居間へ突撃してくる一人の女性(トラ)が。

 名前は藤村大河(ふじむらたいが)先生。

 先輩と私の通う穂群原学園の英語教師だ。

 数年前に亡くなった先輩の養父(おとうさま)の知り合いらしく、以来この家に通っている先輩のお姉さんの様な人だ。

 私にとっても本当の姉の様な人である。

 

「な、おいこら待て藤ねえ!ご飯は全員が席についてからっていうルールだろ!急ごう桜。藤ねえ、なんかいつもに増してテンション高いし、ほんとに一人で食い荒らしかねないぞ」

「フフッ、そうですね、急ぎましょうか」

 

 一切の遠慮を感じさせない二人の関係が微笑ましくて思わず笑ってしまう。

 その事に気付いた先輩は照れ臭そうに指で頬をポリポリと掻く。

 そんな仕草が可愛らしくて、先程の詰まらない怒りなんてとっくに消え失せていた。

 我ながら単純だな、と内心で苦笑していると、

 

 先輩は急に目を見開いて私の手を掴み、マジマジと見つめ始めた。

 

「きゃっ!?せ、先輩!?」

「おい、桜。この手の包帯どうしたんだ」

 

 先輩は眉を顰めた深刻そうな表情で、()()()()()()()()()()()()()()()()について言及してきた。

 

 ああ成る程、と先輩の考えていることが読めたことで、私は内心ホッと息を吐く。

 それと同時に先輩に他意が無いことが判って少し残念にも思った。

 おそらく先程は暗い土蔵の中で、おまけに起きたばかりだったから気付かなかったのだろう。

 

「あ、これですか?実は昨日体育の授業で少し怪我をしてしまって」

 

 予め用意しておいた嘘を何食わぬ顔で先輩に告げる。

 淡々と嘘を吐けてしまう自分が少し嫌になるけど背に腹は代えられない。

 ()()()()()()()()()()()()には万が一にも本当の事を喋る訳にはいかないのだから。

 

「怪我って、捻挫とかか?」

「いえ、少しぶつけただけで全然大した事無いですよ。ただ痣になっちゃったからあまり人に見られたくなくて」

「痣って…全然大した事じゃないか!ちゃんと病院に行ったのか?」

「は、はい。無理に動かさなければ直に治るって言われました。ですから先輩、そんな大袈裟に心配してくれなくても…」

「何言ってるんだ、家族が怪我したんだぞ。大切な人が傷付いて心配しない奴なんて居るもんか」

 

 手を握ったまま、真っ直ぐ私の目を見詰めてそう言い切る先輩。

 漸く治まりかけていた心臓の鼓動がまた暴走し始める。

 自然と頬が吊り上がり、表情筋が緊張してドンドンにやけ顔になっていってしまう。

 ほんと、もう、先輩はなんなんですか、精神と肉体の両面から私を殺し尽くす気なんですか。

 

「というか怪我してるならちゃんとそう言えよ。そしたら俺が朝飯作ったのに」

「…先輩は家主なんですから、ドーンと構えて待っててくだされば…」

「家主とかどうとか以前に、怪我してる女の子を無理矢理働かせるなんて人間失格だ」

 

 

 ああ───本当に、先輩は綺麗な人だ。

 一切の迷いも疑いも無く、そんな言葉を紡げる貴方が眩し過ぎて。

 思わず涙が出てしまいそうなくらいに。

 

 どれほど長い時間一緒に居ても、どれだけ多くの言葉を交わしても、私の想いは色褪せることが無い。

 寧ろドンドン焦がれていく。

 何度だって心が惹かれる。

 貴方と一緒に居れば居るほど、この想いは募っていく。

 

 先輩。

 私、本当に貴方が好きなんですよ?

 

 

 

「カーーッ!!何時までラブコメってんのよ二人ともー!教師の前で不純異性交遊とかイイ度胸してんなコンチクショー!!」

「ひゃわっ!?」

 

 藤村先生の雄叫びで現実に引き戻される。

 というか先程から先輩が手を放してくれる気配が一向に無いんですが…!

 

「何ワケわかんないこと言ってるんだよ藤ねえ。桜に怪我の具合を聞いてただけだろ」

 

 ああ、そしてこの鈍感発言である。

 最近ではこの朴念仁っぷりも先輩の魅力だと思い始めている私は相当に末期かもしれない。

 

「藤ねえは桜の事が心配じゃないのか?」

「そりゃ私だって心配だけどさー、お医者さんが大丈夫だって太鼓判押してくれたんでしょ?だったら素人の私達があーだこーだ言う必要も無いでしょうに。あんまりしつこいと桜ちゃんに嫌われるわよ?」

「ふ、藤村先生!私そんな事で先輩を嫌いになったりなんか…」

「む…それは困るな」

「───え」

 

 困る。

 私に嫌われて困るっていうのはつまりそういう事で……先輩、それってつまり、ひょっとして、まさか───!?

 

「妹に嫌われる事程、兄にとって辛い事は無いと言ってもいい。ずっと仲良く付き合っていくのに越した事はないからな」

 

 うん、知ってた。

 大丈夫ですよ、先輩がどうしようもない唐変木だって事はこの3年間でキッチリ学びましたから。

 私、期待なんて1mmもしてませんでしたよ?

 あれ、何ででしょう、目の前が霞んでミエマセン…

 

「でしょー?だったらほら、早く桜ちゃんが怪我の痛みを堪えて必死に作ってくれた朝御飯食べましょうよー」

「いえ、私そんな大変な思いして作った訳じゃ…」

「いい加減冷めちゃうぞー、お姉ちゃん餓死しちゃうぞー」

 

 いけない、藤村先生が人の話を聞かなくなった。

 本格的に空腹を我慢出来なくなってきた証拠だ。

 急がないと、目の前にある全ての食材を平らげるまで止まらない『タイ餓ーモード』になってしまう(命名者・先輩)。

 

「はぁ…ったく藤ねえは…まあでもそうだな、朝っぱらから冷めた飯は御免被る」

「そうですね、それにお話なら食事中でも、食後の片付け中でも、登校中でも出来ますよ」

「そうだな…最後の確認だけどほんとに大丈夫なんだな?」

「もうっ、ほんとのほんとに大丈夫ですってば。…先輩は私の言うこと信じてくれないんですね、ぅぅ~ショックです私~」

「まさか。桜の事は誰よりも信じてるよ、俺」

 

 冗談めかした台詞で先輩を非難すると、またもや天然発言(ボディブロー)が返ってきた。

 …落ち着きなさい桜、仏の顔も三度までって言うでしょう?

 フフッ、流石に四度目の不意討ちは通じませんよ先輩?

 その程度の台詞は予測済みです、ガードはキッチリ固めてありますよ(ドヤァ

 

 …ですからこの心拍数の上昇は先輩との攻防に打ち勝った高揚感とかその他諸々であって決してトキメキとかじゃ(ry

 

「んじゃ、頂くよ桜」

「───はい。どうぞ先輩」

 

 

 …少し胸が痛い。

 信じてくれないんですね、なんていう白々しい言葉を平気で吐けるような人間である私を、本当に心の底から信じて疑っていない先輩の笑顔が、鋭利な刃物になって胸を引き裂かんとしてくる。

 …でも、いけない。

 この痛みはガードしちゃいけない。

 これは私が甘んじて受けなければいけない罰だ。

 穢れた魔術師の癖に、日陰者の癖に、自分を照らそうとしてくれる暖かな光を拒み切れなかった、卑しい蟲への罰。

 だがいつまでも、そんな半端者では居られない。

 

 ()()()()()()として、いつまでも未熟者では居られないのだ。

 

 

「「「いただきます」」」

 

 席に着き、全員で手を合わせて唱和する。

 そんな些細な行動一つ一つが、狂おしいほどに愛おしい。

 

 

 

 

 ───嗚呼、せめて

 

          この仮初めの日常が

 

 少しでも永く───




そんなこんなで投稿しちまったぜ、間桐桜ちゃんの小説。いやもうホント桜ちゃんへの愛が止まらなくてどうにかなりそうだった。溢れさせた結果がこれだよっ!

養子に出される前に、天文学的数値でトッキーが良い父親やった影響で原作のあかいあくまバリに魔術師やってる桜ちゃん。だが原作通りに士郎君の事が大好きで、根っこの強さと弱さも原作通りな桜ちゃん。

主人公属性とヒロイン属性を融和させる事に成功した桜ちゃんは無事『遠阪うっかりエフェクト』の呪いに打ち勝つことが出来るのか。

そしてプロットはおろか、マスターとサーヴァントの組み合わせも考え付いていない作者は無事にこの小説を完結させる事が出来るのか(白目

期待せずに待っててください。


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2話 遠坂/桜

「弓道警察に要請するっ!!弓道はおろか武道のイロハも知らぬss作者がなんちゃって理論をどや顔で公開しているとの情報を得た!直ちに出動っ!犯人を確保した後晒し上げて処刑しろっ!!」
「桜ちゃんに罪はねえっ!悪いのは全部にわか坊主の俺だっ!殺るなら俺を殺れっ!!」


「じゃあな桜、部活頑張れよ」

「はい、先輩も生徒会のお手伝い、頑張ってくださいね」

 

 校門の前で先輩と別れた私は駆け足で弓道場へと向かう。

 1年生という、学校での部活動において最下層ヒエラルキーに属する私は2年3年の先輩方が来る前に弓道場の準備を行わなければならないからだ。

 普段なら絶対遅刻しないよう、それでいて先輩と登校中のお喋りをする余裕が作れるよう、時間配分には気を遣っているのだが、今朝は先輩とのアレコレがあったせいで僅かに予定が狂ってしまった。

 でも先輩と一緒に登校するという、私の中での優先行為上位に位置する神聖な儀式を蔑ろにするなんて事は断じて出来ない。

 なので、今こうしてロスした分を取り戻す為に走っているという訳でして。

 

 手に入れたいものがあるなら別の何かで補わなければならない。

 等価交換は魔術師の基本なのです!

 

 単純な年功序列による上下関係を疎ましく思う生徒も結構居ますが、私は大切なものだと思っている。

 集団で活動するに当たって、個人の役目・役割、要するに立ち位置というものを明確に決めておかなければ常に的確な動きが出来ない。

 全国でも強豪と言われている学校は普段からそういった規律を厳守し、無駄無く地道な練習を重ねているから好成績を残す事が出来ているのです。

 生涯を通じて研鑽した魔術を魔術刻印という形で子孫に継承し、何代にも渡って地道な努力を重ねていく。

 少々暴論かもしれないが、2年3年の先輩方から知識や技術、心構えを受け継いでいく部活動の在り方は魔術師の在り方に近いものがあると私は思っている。

 

 そんな事を考えている間に弓道場へと到着した私は靴を脱いで上がろうとするが、射場の方からパシッ、タンッ、という弓を射った時と的に矢が(あた)った時の凛々しい音が聞こえてきた事で足を止めた。

 既に同級生の誰かが準備を終えた?

 いや、いつもならこの時間はまだ準備中の筈…ああ、そっか。

 その考えに至るのにかかった時間は本当に一瞬で、私は呆れ気味に苦笑すると更衣室で弓道着に着替え、射場に上がった。

 

「お?おはよう桜。今日も早かったね~、感心感心」

「おはようございます、美綴先輩」

 

 美綴綾子(みつづりあやこ)先輩。それが今私の目の前に居る、下級生より先に来て勝手に練習を始めてしまっている困った主将の名前だ。

 

「って感心感心じゃないですよ!弓道場の準備は私達下級生の役割なのに何で練習始めちゃってるんですか!」

「あーちょっと早めに目が覚めちゃってね。それに最近調子悪かったから少しでも長く練習したくってさ」

「だからって主将が決まり事を疎かにしちゃ部員に示しがつかないですよ。その内準備をサボる下級生が出てきちゃいます!」

「大丈夫だって。私がたま~に早く来て練習してるの、あんたと衛宮しか知らないんだからさ。あんた達が黙っててくれれば部の規律は緩まないし、私はのびのびと練習出来る。まさに一石二鳥ってね」

 

 ピースサインをしながら、したり顔でそう宣う美綴先輩。

 …その言い分はバレなきゃ犯罪じゃないという理論にほぼ等しいと思うのですがそれは。

 誠に遺憾だが、『穂群原の女傑』の異名を持つこの先輩のスタンスを改めさせるだけの話術(ちから)を私は持ち合わせていないのです。

 

「…そうだとしても効率悪いですよ?顧問の藤村先生どころか部員が誰も居ない中、一人で射ってても改善点が解らないじゃないですか」

 

 そう、弓道は…いや、弓道に限らずスポーツというものは自分一人だけでは中々改善点を見付けにくい。

 腕の角度がどうだとか、脚がサボっていないかとか、視界に入らない箇所を意識的に直すのは難しい。

 というかまず無理だと個人的には思っている。

 だからこそ誰かが弓を射っている時、その他の部員達は後ろに正座してその射を見ている訳で。

 そうやってお互いにアドバイスを繰り返す事で腕前を上達させていくのだ。

 それなのに一人っきりで練習していては自分の力量が上がったのかどうかも判らない。

 

「んーー…まあでも二度寝して部活に遅れたらそれこそ本末転倒だし。寝坊するよりは万倍マシでしょ。って事で許せ!」

 

 身も蓋も無い論理だ。

 ああ言えばこう言う…と云うよりは話のスケールを大きくして大局を強引に切り替えるこの論法は姉さんに凄く似ている。

 というか絶対姉さんの真似をしていますこの人。

 

「はぁ…もう分かりましたよ。今日は見逃しますけど今後は控えてくださいね。万が一誰かに見られたら部全体に影響が出るんですから」

「分かってるって。これでも主将なのよ私」

 

 だったら最初から控えてください、という文句が口から出かけたがそれだと話がループしてしまう。

 決着の着いた話を蒸し返すのは時間の浪費だ。

 無論、勝者は美綴先輩で敗者は私である、虚しい。

 でも虚しいだけで不思議と怒り等は湧いてこない。

 それはやはり部活動の時の容赦の無さ、厳しい指導、それとは真逆な学校生活での快活さのギャップによる、ハイブリッドな人柄によるものなのだろう。

 端的に言い表すなら姉御肌というやつです。

 

 要するに美綴先輩は(すべか)らく真っ当な部長なのだ。

 これでは怒るに怒れないというものです。

 ほんと、美人はズルい。

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

「おーぅ、バッチリ見ててやんよー」

 

 

 それから暫くは美綴先輩と二人っきりで朝練をこなしていたのですが、1年生の集合時間が差し迫ると加速度的に人数が増えていきました。

 最初の2、3人は私と美綴先輩が二人っきりで練習している事に驚いていましたが、一番最初に来たのを私にすり替える事によって部の規律を破った事を悟らせないという大胆な嘘を用いていました。

 悪女です、悪女。

 

 そんなこんなで道場内が賑やかになり、朝練らしくなって来たところで、

 

「なんだよ桜、もう来てたの?あんなに早く家を出てくから、てっきり朝練サボって衛宮とイチャついてると思ったのにさぁ」

 

 私とは切っても切れない関係にある人、というか私の義兄(あに)が2年生の集合時間通りにやって来た。

 

「何言ってんのさ慎二(しんじ)、サボってばっかの(お前)と違って()がズル休みした事なんか一度も無いだろ」

 

 間桐慎二(まとうしんじ)兄さん。

 5歳の時、間桐家へ引き取られた私に出来た、私の家族(お兄さん)

 その兄が部活に顔を出して早々軽口を叩いたかと思うと現在進行形で美綴先輩と言い争っていた。

 

「はっ!朝っぱらからご挨拶だな美綴。今はただの朝練中だからまぁいいけどさ、他校との試合でそういう言葉遣いするのは止めてくれよ?トップの品位が疑われちゃ、()()下についてる僕の評価まで下がっちゃうんだからね」

「そりゃ仕方無いね。まともな奴にはまともに、失礼な奴には鉄拳で応えるのが私の流儀だからさ。ちゃんとした挨拶も出来ない奴に返す礼なんて持ち合わせちゃないのよ。大体品位が疑われてんのはあんただけだっつーの。先月の交流試合で他校の女子生徒に手ぇ出してタイガーに絞られてたでしょ」

「えっ!?ちょ、私それ初耳ですよ兄さん!?」

 

 まさかそんな事があったなんて。

 いや、兄さんの性格からしてナンパ自体は珍しい事ではないのだが、何故妹の私にその情報が、たった今この瞬間まで一切伝わって来なかったのでしょうか。

 驚きの声を上げる私を見て、兄さんは口元を引き攣らせたギクッといった感じの表情を、美綴先輩は片手で顔を隠してアチャーといった感じに天を仰ぎ見た。

 いや、よく見ると他の部員達も露骨に視線を逸らしたり(わざ)とらしい口笛を吹いたりしている。

 

 ははーん、なるほど。

 これは私以外の部員全員で結託して情報封鎖を行っていましたね。

 主将(美綴先輩)副主将(兄さん)か、どちらの主導の下かは分かりませんがこれは流石に妹として、一部員として怒っておかなければならない。

 

「兄さん!また性懲りも無くそんな事したんですか!?今までは穂群原学園(ここ)の女の子をナンパしてるだけでしたから大目に見てましたけど、他校の娘に手を出すなんて言語道断です!既に美綴先輩が言ってますけど、部や学校の皆さんに迷惑がかかるんですよ!」

「う…うるさいなっ!妹のくせに僕の交遊関係にまで口出してくんなよっ!お前、何様のつもりなわけ!?」

「あーハイハイ、ストップストップ。桜、気持ちは分かるけどさ、その事についてはもう私とタイガーでキッチリ注意してあるから。またここで大喧嘩されちゃ、それこそ本当に不味い事になる」

 

 私の説教に兄さんが怒鳴り返し、一触即発の空気になった所で美綴先輩が仲裁を図ってきた。

 美綴先輩の言葉の含むところを察した私は、バツが悪くなって口を噤むしかなかった。

 

 

 

 ─────以前、私は部活動中に兄さんと大喧嘩をした事がある。

 あれは夏の大会が終わった頃、とある1年生が別の部から弓道部に転部してきたのです。

 転部してきたばかりで、まだまともに弓を持った事も無いその子に、あろうことか兄さんは無理矢理弓を引かせて部員の前で笑い者にしたのだ。

 何も出来ずに必死に涙を堪えるその子を見た私は一瞬で頭に血が昇ってしまったのです。

 理不尽に傷つけられる同級生を守りたいという想いや、周りの空気に流されて仲間を嘲笑する部員達への怒り等も勿論ありました。

 ですがその時私の心を一番に占めていた感情は、傲慢で人を見下す事が日常茶飯事だけど、決して必要以上に他人を傷付ける事をしないと信じていた、兄さんへの失望でした。

 

 私は弓を捨てて兄さんに飛び掛かり、そこから先はもう、殴る蹴るの大喧嘩。

 兄妹とか、男女の性差とか、年齢差とか、上級生下級生とか、部活動中とか、恥とか外聞とか、そんなものは一切関係無し。

 相手の顔面に拳骨を叩き込み、肘鉄で脇腹を砕き、膝蹴りで鳩尾を突き、頭突きで鼻っ柱をへし折り、爪で首の皮を肉ごと削り取り。

 兎に角お互いに有らん限りの暴力で相手を屈服させんと傷付け合った。

 騒ぎを聞き付けてやって来た先輩と美綴先輩、藤村先生と葛木先生が止めに入ってくださらなかったら、きっとどちらかが気絶するまで終わらなかっただろう。

 そう確信を持って言える程、我ながら凄絶な喧嘩でした。

 それからというもの、部内では私と兄さんの喧嘩の火種になりそうな事案は出来るだけ優先的に、且つ速やかに消去するという暗黙の了解が成立してしまったようで…。

 流石にもう、あんな喧嘩をするつもりは無いのですが、前科がある手前どうしてもこういった時強く出られないのです。

 

 余談ですが、私と兄さんを引き剥がす為に先輩達が駆け寄ろうとした瞬間、葛木先生が目にも留まらぬ(はや)さで私達の間に入り、意識を刈り取ったそうです。

 先輩はおろか、武道を嗜んでいる美綴先輩と藤村先生ですら何をしたか全く分からなかったらしく。

 私が覚えているのは、葛木先生を視界に収めた瞬間、背筋に走った寒気と内臓に響いた衝撃だけです。

 それ故、私と兄さんの喧嘩自体より、葛木先生の謎の超人っぷりに生徒達の注目が集まったのは個人的にも弓道部としても幸いだった。

 今でも現役スパイ説や元暗殺者説等、葛木先生は生徒達の雑談の種として本人の預かり知らぬところで活躍されている。

 

 とまあ、そんな昔の出来事を数秒程で振り返っていると、黙り込んだ私に気を善くしたのだろう、兄さんはいつも通りの厭味な笑顔を浮かべて再び喋り始めた。

 

「ふ、ふん。そうだよ、穂群原の天使とか身に余る栄誉で呼ばれてはしゃぎたくなる気持ちも分かるけどさ、調子に乗ると直ぐにボロが出るんだ、お前ってほんと鈍臭いからね。これに懲りたら二度と僕に意見するんじゃない!妹は妹らしく黙って兄に従ってればいいんだよっ!」

 

 ?

 穂群原の天使という聞き慣れない単語が気になって、傍若無人な兄の物言いにはあまり心が揺れなかったが、これは少々不味いかもしれない。

 何せ今の兄さんの発言で今度は美綴先輩がキレかけている。

 主将と副主将の喧嘩なんてそれこそ洒落にならない。

 今度こそ本当に収拾がつかなくなってしまう。

 ここは一旦冷静になるべきだ、私が大人になって事態の沈静化を図るべきだ。

 そう自分に言い聞かせて、当たり障りの無い言葉で兄さんのご機嫌を取ろうとした。

 

 その時、

 

 

「あら?実の兄でも無いのにそういう扱い方はなんじゃないかしら間桐君?」

 

 火に油どころか、ニトログリセリンが注ぎ込まれた。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 朝は苦手だ、とにかく苦手だ。

 と云うより最早憎んでいるという表現の方が的確かもしれない。

 何故朝はやって来るのだろうとか何故太陽は空に昇るのだろうとか、哲学だか天文学だかに喧嘩を売るような思考を毎朝繰り返している。

 とはいえ考えるだけで口に出してはいないのだから、大目に見て欲しい。

 私、遠坂凛(とおさかりん)が生まれ付き超低血圧で朝に弱い人種だというのは変えようのない事実だし、そういった人種が太陽を憎むのも自然の摂理なのだ。

 だが何時までも内心で悪態を吐いている訳にはいかない。

 『余裕をもって、優雅たれ』。

 魔術刻印と共に代々受け継がれてきた遠坂家の家訓に従い、長年優等生を演じてきたのだ。

 今更、この慣れ親しんだ誘惑(睡魔)に屈して寝坊するなんて無様を晒してはいられない。

 私は鉛の様に重く、それでいて錆び付いたロボットの如く固くなった体を気合いだけで動かして学校へ行く準備を整えた。

 

 で、案外早く学校に着いてしまった。

 家を出たのはいつも通りの時間だった筈なのに、何故か妙に生徒が少ない。

 校内の時計を確認してみても、明らかに家を出た時間と歩いた時間が釣り合わない。

 ということは家の時計がズレていたのだろうか?

 一体何時どの様な要因でズレてしまったのかは分からないが、帰ったら念入りに調べる必要がある。

 

 何せ今日は、遠坂凛の運命を決定付ける重要な儀式を行うつもりなのだから。

 うっかり時計を直すのを忘れてました、なんて大ポカをやらかして儀式失敗など本気で笑えない。

 

 …この家訓とは真逆な遠坂の性質(うっかり)(しっか)り受け継いでいる辺り、私は紛れもなく遠坂の魔術師なのだなぁ、と苦笑する。

 

 さて、どうしたものか。

 何時もより早く着いたという事は時間が余っているという事と同義であり。

 教室でHRが始まるのをボーッと待っているというのは時間を無駄遣いしている様でなんか嫌だし、何処か暇を潰すのに最適な場所は無いかと思案する。

 そこで真っ先に思い浮かぶのが実妹(いもうと)の所属する弓道部という辺り、相当な姉バカだと我ながら苦笑する。

 っていうかさっきも自分の事で苦笑してなかったか私?

 そこまで苦い人格形成はしていないつもりなのだけれど。

 なんて一文の得にもならない事を考えながら私は自然と弓道場の方角に足を運んでいた。

 

 その後ほんの数分程で弓道場の入り口に辿り着いた私の耳に誰かの怒鳴り声が飛び込んできた。

 何事かと聞き耳を立ててみたが、文字通り何の事はない、慎二の馬鹿がバカをやって()と美綴さんに怒られていた様だ。

 だが何時もより少々会話がヒートアップし過ぎている様な気もする。

 大丈夫だとは思うが桜と慎二は以前、部活動中に大喧嘩をしたという前例がある。

 再び何かの弾み(慎二のせい)喧嘩が起こる(桜が大怪我する)という可能性も捨て切れない。

 

 ────顔と身体中が痣だらけになった桜を見て、割りと本気の殺意を慎二に抱いたのは記憶に新しい。

 

 さてどうする。

 もう暫く様子を見るか?

 それとも優等生として、冬木市のセカンドオーナーたる遠坂として早めに介入すべきか?

 

 

「妹は妹らしく黙って兄に従ってればいいんだよっ!」

 

 よし決めた、介入する(ぶっ飛ばす)

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 突如響いた、この場に居ない筈の第三者の声に部員全員が呆気に取られる。

 今にも爆発しそうな熱を孕んでいた空気を、一瞬にして凍らせたのは、何を隠そう私の実姉(姉さん)でした。

 

「と、遠坂…」

「姉さん!?」

「ウフフ、おはよう桜。おはようございます美綴さん、間桐君」

 

 鮮やかな黒の長髪を二つのリボンで纏め、制服の上に紅いコートを纏ったその姿は、紛れもなく遠坂凛(とおさかりん)姉さん。

 私と血を分けた実の姉であり、『穂群原のミス優等生』の呼び名を冠する、私の憧れの人。

 そんな人が、間違いなく十人中十人が見惚れるであろう素敵な───だが同時に謎のプレッシャーに苛まれるであろう───笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。

 より正確には兄さんの首元辺りを喰い入るように睨んでいた。

 

「…は、はんっ。何だよ遠坂?今は部活中だぜ、部外者に首突っ込んでほしくないんだけど?優等生のくせして案外空気読めないよねお前」

「ウフフ、相変わらず口が減らない様で何よりですわ間桐君。でもお生憎様、私と桜は()()()()なんです。いくら貴方と桜が()()()()()だと云っても、流石に血の繋がっていない女の子を無理矢理束縛する様な発言は()()()として看過出来ないんですよ、()()()()()()()?」

 

 やたら実と義理という単語を強調する姉さんからは有無を言わさぬ迫力を感じる。

 だが兄さんはその迫力を真っ正面から受け止めているにも関わらず、全く怯んだ様子もなく挑発的な言葉を返していた。

 案外ウチの兄さんは大物なのかもしれない。

 いや、若しくは実力差が有り過ぎて相手の力量を正確に把握出来ていないだけかもしれないが(※BLEACH藍染様理論)。

 

「はぁ?何言っちゃってんのお前。桜が家に養子に来たのは十年以上前なんだぜ。僕はお前の倍近い時間を桜と過ごしてきたんだ。産みの親より育ての親って言うだろ?桜の事は僕の方が何倍も理解してるし、桜の所有権だって当然僕が握ってるんだ。遠坂の方こそ血縁関係くらいしか繋がりが無いくせに、それをひけらかして束縛する様な真似は兄として看過出来ないね」

「あら、意外ですね。間桐君がそんなに冗談が得意だったなんて知りませんでした。一緒に居られる時間が短くてもその分密度のある思い出を私は桜と作っているんです。そもそも貴方は兄であって親じゃないですし、所有権とか桜の事を自分の付属品くらいにしか思っていないのが見え見えなんですよ。私の妹を物扱いするのは心底不快なんで止めてもらえます?」

「はっ、流石は冬木のセカンドオーナーだ。人の揚げ足を取るのがよっぽど得意らしいね。でもその発言思いっきりブーメランって気付かない?仮にも穂群原三大アイドルの一角である桜と表面上だけでも親しくしておきたいってのは分かるけどさ、とっくの昔に他人になった相手にステータス扱いされるのは桜も迷惑だと思うんだよね。どうせ桜と遠坂が実の姉妹だって噂を意図的に流したのもお前なんだろ?」

「なるほど、よ~~~く解りました。どれだけ懇切丁寧にご教授して差し上げてもそのおめでたい頭は自分に都合の良い風にしか物事を解釈しないんですね。桜は可愛くて賢くて芯が強くて、その上貴方の様などうしようもない人間にも分け隔てなく平等に接する事が出来る、優しくて可愛い(※大事な事なので2回言いました)自慢の妹なんです。私にとって桜はそれ以上でもそれ以下でもありませんよ。桜、こんな男の世話をするのが嫌になったら何時でも遠坂(うち)に帰ってきていいのよ?っていうか今すぐ帰ってきなさい、是非そうしなさい」

 

 イヤソウ言ワレマシテモ…。

 というか完全に話が脱線している気がします。

 最初は兄さんの素行の悪さに対する説教だった筈なのに、何処からともなく姉さんが割り込んで来たと思ったら、いつの間にか話の流れが私の所有権争いみたいになっちゃってます。

 一体何をしに来たんですか姉さん。

 

 しかしこのままでは不味いという点は先程から変わらず、というか寧ろ状況悪化しちゃってます。

 迅速にこの場を治め、朝練を再開させなければ。

 春の大会が近付いている今、無駄に出来る時間など無いのだから。

 でも暴走状態の姉さんと兄さんを二人同時に止めるなんて高度な真似、私には出来ない。

 これが一対一で尚且つ矛先が私に向いているのなら、早々に白旗を挙げる事で和平条約を結ぶ事が可能なのですが、今はそのどちらにも条件が当て嵌まらない。

 どうするどうする、と頭を抱える私を見かねたのか美綴先輩が肩を叩いてきた。

 

「おう、桜。このままじゃ練習が再開出来ない。身内の不始末は身内が何とかするのが筋ってもんだろ?早いとこあれ治めて(潰して)こい」

「そ、そんなの出来るならとっくにやってますよ~」

 

 情けない声を出す私に美綴先輩は親指を立てながらいい笑顔を浮かべ、話を続けてきた。

 

「大丈夫だよ安心しな。間違いなくこの状況を一発で何とか出来る方法をたった今思い付いた」

「えっ!?そんなのがあるんですか?早く教えてください!」

「よし、耳を貸しな。いいか?ゴニョゴニョ…」

 

 

 美綴先輩の思い付いた方法とやらを聞いて、最初に思ったのは『聞かなきゃよかった』という後悔です。

 

「…そんなことできません」

「いやいやイケるって!何恥ずかしがってんのさ。いくらあの二人でも感情を持つ人間なんだからこれで止まらないなんて事はないよ」

 

 …ほんとですか?

 イマイチ納得出来ません、というかその言い草はあまりにもあんまりなんじゃないでしょうか。

 

「で、でも…」

「いーから!自分とこの主将を信じろ!ほらレッツゴー!」

「ひゃわっ!?」

 

 踏ん切りの付かない私を見て焦れったくなった美綴先輩が私の背中を叩いて二人の前まで押し出した。

 言い争いを続けていた二人も前に出てきた私に注目して会話を止める。

 

 …あの、ちょ、これ…マジなんですか?

 マジでやらなきゃいけない感じになってるんですか?

 ……………分かりました、分かりましたよ。

 上等じゃないですかやってやりますよ、後で吠え面書いてさしあげますわ(?)

 私は大きく息を吸い込むと両手の拳を握り締め、やけくそ気味に叫んだ。

 

 

 

「お、お姉ちゃん、お兄ちゃん!!!私、二人とも大好きだから喧嘩しないでっ!!!!」

 

 

 

 時が止まった。

 私は勿論、姉さんも兄さんも他の部員全員も、石化したかの様に硬直し、弓道場の時が止まった。

 唯一この場で動いているのは、私にこの作戦を提案した張本人であり、現在お腹を抱えて爆笑している美綴先輩だけである。

 

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…やっぱりやらなきゃ良かった、この歳になってお姉ちゃんお兄ちゃんとかないわほんとないわもー嘘だコレ嘘でしょコレもうやだ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ誰かスコップ貸してください穴掘ってそこに埋まって死にますからああでもスコップだと時間がかかっちゃいますねやっぱりシャベルじゃないと効率悪いですし兎に角可及的速やかに誰にも見られない場所で死にたいほっぺ熱い体熱いなんか呼吸できないんもぉぉぉぉぉ…あうあうぃああああぐうううううう

 

 

「…う、うん、分かったわ。ごめんね桜。お姉ちゃんちょっと熱くなりすぎてたみたい。間桐君もごめんなさいね」

「ふ、ふんっ!悪かったよ、僕も言い過ぎた。でも勘違いするなよ遠坂。桜が、妹がどうしてもって言うから、お兄ちゃんとしてこの場は退いてやるだけなんだからな」

 

 ……あれ?

 どういう事でしょう、あれほど苛烈な応酬を繰り広げていた二人があっさり矛を収めてしまいました。

 その代わり今度は二人して私の頭をナデクリし始めましたよ、若干頬を赤らめながら。

 それを見ながらホッコリしたと言わんばかりに生温かい視線を向けてくる部員達。

 そして笑い過ぎて呼吸困難に陥りかけている美綴先輩。

 

 ちょっと!

 何なんですかこれは!

 何で皆さんそんな親猫と再会できた子猫を見守る様な目で見てくるんですか!

 っていうか美綴先輩がそろそろヤバイです!

 こんな状況に陥れてくれた文句とか色々ありますけど、今は取り敢えず誰か助けてあげてください!!

 

 

 結局練習を再開出来たのはそれから7分後でした。




あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!?俺は今回の話で桜が英霊を召喚する場面まで書くつもりだったのに、気が付いたら弓道部の描写で9000文字以上使っていた…な、何を(ry

ってことで今回はここまでです。前回も今回も桜ちゃんの事情説明で地の文が膨れ上がり過ぎちまったぜ。

相変わらず無計画な小説ですが今後ともどうかよろしくお願いします。


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3話 間桐/桜 前半

は?前話の投稿日が半年以上前?時間泥棒に時間盗まれてんだろ。

投稿が遅れまくって本当に申し訳ありませんでしたorz


「全くもうっ、何を考えてるんですか姉さんは。仲裁するならまだしも余計に話をややこしくして。お陰で練習時間が半分以上削られちゃったんですよ」

「だ、だからごめんってば桜。でも、本当に許せなかったのよ。妹にあんな言い方するなんて…」

「デモもストライキもありません。それなら兄さんだけ連れ出すなり朝練の後で話をするなり、もっと無駄の無いやり方があった筈です」

 

 正論過ぎる意見に私はぐうの音も出ない、文字通りご尤もというやつだ。

 妹に口喧嘩でここまで打ち負かされたのは随分と久し振りである。

 普段なら私の顔を立てる為、早々に向こうが折れてくれるのだが、それをしない辺り今回は相当ご立腹らしい。

 ハッキリと自己主張出来る様になった妹の精神的成長に嬉しくなる反面、何をしても「姉さん凄い!」と慕ってくれた幼い頃の妹と、融通の利き辛くなった今の妹を比べて悲しくなってしまう。

 

 まあ如何にも私怒ってますっ、と云わんばかりに頬を膨らませている妹の可愛い表情を観賞出来るなら、これくらいのお説教は安いものだ。

 

 妹にとっては精一杯の怒ってますアピールなのだろうが、どうしても可愛さの方が先行して全然怖くない。

 というか小聡明(あざと)過ぎて(わざ)とやってるんじゃないかと疑うレベルだ。

 寧ろ妹のこの小聡明(あざと)さが、打算/zeroの真面目さと純心さから産み出されているという事に戦慄する。

 そういう意味では妹の天然具合が怖ろしい。

 

「まあまあ桜、遠坂も十分に反省してるみたいだし説教はそのくらいにしておいたらどうだ?じゃないと昼御飯食べる時間が無くなっちまう」

「む~……そうですね、今日はこのぐらいにしておきます。でも姉さん、次同じ様な事したら許しませんからね」

「分かってるってば。十分反省しております。ほら、早く食べましょ。ご飯は急いで食べると体に悪いしね」

「正確にはよく噛まずに食べると、だな」

 

 反論出来なくなった私を見兼ねたのか、衛宮君が助け船を出してくれた。

 片想いの相手からの仲裁というのが効いたのか、桜は渋々といった風に話を終わらせる。

 助かった、あのままだと多分、もう数分は説教が続いていただろう。

 桜の怒りを沈めてくれた衛宮君に心の中でお礼を述べつつ、私は持参したお弁当を袋から取り出した。

 

 言い忘れていたが、現在はお昼休みだ。

 私と桜と、桜の紹介で()()()()に親しくなった衛宮君を交えて、一緒に屋上でお昼御飯を食べている。

 知り合った当初は、桜と親しくしてくれている事に対し感謝すればいいのか、それとも妹を(たぶら)かす悪い虫を警戒すればいいのか、姉としてどういった態度を取れば正解なのか分からず、距離の取り方に難儀したものだ。

 でも付き合っていく中で噂通りの誠実さ、優しさを自然と感じる事が出来たし、桜の健気なアピールにうんともすんとも反応しない純朴(鈍感)さをまざまざと見せつけられた事で、今ではもう殆ど緊張する必要の無い相手だと判断している。

 言葉遣いや態度は他の人と同じ様に猫を被ったもので接しているが、こうやって稀に昼食を一緒にするくらいには親しい仲なのだ。

 まあ桜に対しては()で接しているので、それを近くで見られている以上、猫を被っている事はとっくに見破られているだろう。

 だがそれはそれ、これはこれだ。

 神秘を探求する魔術師には特別親しい一般人の友人等必要無い。

 というより、作ってはいけない。

 魔術とは、神秘とは秘匿するものなのだから。

 故に、必要以上に私の領域に踏み込ませるつもりはないし、逆に相手の領域に踏み込むつもりも無い。

 実際、桜を交えず二人っきりで会話した事なんて片手で足りるくらいの回数だし、内容もたまたま廊下で会った時に挨拶と世間話をしただけだ。

 この猫被りは遠坂凛なりの線引きの仕方であるし、けじめでもあるのだ。

 

 …私と同じく魔術師の家の当主である筈の桜は社交性高いってレベルじゃないけれど。

 不可侵の条約を交わした遠坂と間桐の当主同士であるにも拘わらず、私と実の姉妹だという事をあっさり友人にカミングアウトするし、桜はその辺の自覚が足りないんじゃないかと時々心配になる。

 まあでも、自宅に友人を招いた事は一度も無いみたいだし、一応最低限のセーフラインは心得ている、のかな?

 

「おっ、遠坂の弁当、相変わらず(うま)そうだな」

 

 取り出したお弁当箱の蓋を開けると、衛宮君がこっちを覗き込みながら称賛の言葉を投げ掛けてくる。

 

「ふふ、ありがとうございます衛宮君。でも衛宮君のお弁当もとても美味しそうですよ」

「いやいや遠坂の弁当には負けるって。栄養のバランスは勿論、(いろど)りにもかなり気を使ってるだろこれ。朝の限られた時間でここまで出来る人はそうそう居ないって」

 

 目を輝かせながら心底感心しているといった様子の衛宮君。

 高々お弁当一つでここまで誉められるというのは少々照れ臭いが、悪い気はしない。

 衛宮君が料理の事になるとテンションが上がるのは割りと何時もの事だし。

 

「やっぱり凄いな遠坂は。品行方正で成績優秀、おまけに料理もこんなに上手いなんて。遠坂を嫁に貰える奴はとんでもない幸せ者だな」

「っ……ど、どうしたんですか衛宮君。今日はやけに饒舌ですけど、何か良い事でもあったんですか?」

「ん?いや別に……ぁ…ぁ~、でも朝のあれは……うん、そうだな。良い事あったよ今日。でも遠坂を凄いと思ってるのは、それとは関係無いぞ。口に出さないだけで、常日頃から遠坂の事は尊敬してるしな俺」

 

 

 顔から火が出そうだ。

 全くこの男は、何故そんな至極真面目な顔でこんな歯の浮きそうな台詞をペラペラと垂れ流しに出来るのだろうか。

 しかも今の言葉が嘘偽りの無い本心である分、余計に(たち)が悪い。

 

 衛宮君はある意味、ウチの妹より純粋だ。

 言動の一つ一つが真面目で、細かい仕草が天然そのものである桜とは少し違い、衛宮君は()()()()()()()()誠実で真っ直ぐだ。

 何と云うか、()()()()()()てこっちが心配になるくらいには。

 他人が何を頼んでも断らないし、寧ろ積極的に周りを助けようとする。

 しかも見返りは一切求めないというおまけ付き。

 まるで都合の良いヒーローの様な彼の在り方に、打算や嘘なんて全く無いという事は既に分かり切っていた。

 浅い付き合いしかしていない私ですらそう思うくらいだ、彼の事を常に誰よりも近くで見ている桜は気が気でないんじゃないかと思う。

 ほら、今だって涙目になりながらこっちを羨ましそうに睨んでいるし。

 

「私だって頑張ってお弁当作ってきたのに…先輩はいつもそうです!姉さんと居る時は姉さんの事ばかり見て!やっぱり、どうせ楽しくお喋りするなら単なる後輩の女子より学園のアイドルの方がいいって事ですか!姉より優れた妹等存在しないって事ですか!」

「うおっ!?ちょ、ま、待て桜。言ってる意味がよく分からない…っていうか学園のアイドルという立場ならお前と遠坂は互角…」

「ふーんだ、もういいですよー。私は一人で黙々とお弁当食べさせて貰いますから。先輩と姉さんは二人で仲良くお喋りし過ぎて午後の授業に遅刻すればいいじゃないですか」

 

 衛宮君が私とばかり話していた事が気に入らなかったのだろう、桜が拗ねてしまった。

 頬を膨らませてそっぽを向く桜可愛い。

 まあ端から見れば口喧嘩で言い負かされている相手を庇ったり、高が弁当一つで相手の人となりをべた褒めしたりと、男子が好きな女子を口説いている様に見えたのも要因だろう。

 というか妙に斬新な悪口ね。

 

「いやなんだよその斬新な切り返し方は…あー、悪かったよ桜。ほら、お詫びといっちゃなんだけど唐揚げ一つやるからさ」

「ふーんだ、私は腹ペコキャラじゃないんですー。そんなんじゃ釣られてあげませんから。っていうか女の子に対して揚げ物で機嫌を取ろうなんてナンセンス過ぎます。先輩は乙女心を一から勉強し直して来てください」

「その意見には私も全面的に同意しますよ衛宮君」

「ぬぐ、なんでさ…………本当にいらないのか桜?」

「……………欲しいです」

 

 あ、割りと早く折れた。

 腹ペコキャラではないと言うが、桜は昔から、少なくとも私より食欲旺盛な娘だ。

 食べ物で釣るのは結構効果的な手である。

 桜の機嫌が回復傾向にあると分かってホッとしたのだろう、衛宮君は朗らかに笑いながら、自分のお弁当のおかずである唐揚げを一つ摘まんで桜に差し出した。

 

「そっか、それじゃはい、あーん」

「っ!?え、ちょ、先輩!?」

「どうした?ほら、あーん」

 

 嗚呼、衛宮君ってばまたそんな天然行為を…。

 天国から地獄ならぬ、地獄から天国…いや、この場合は棚から牡丹餅と言った方が適切かしら?

 そんな状況に顔を真っ赤にして狼狽える桜。

 可愛い。

 

「…あ、あーん」

「ん」

 

 衛宮君から差し出された唐揚げを、目をつむって雛鳥の様に啄む桜。

 可愛い。

 あと衛宮君グッジョブ。

 だが同時にうらやまけしからん。

 タイミングを見計らって次は私が行こうと決意する。

 

「どうだ桜?」

「お、美味しいです!いつもの倍は美味しかったです!」

「え、本当か?味付けはいつもと同じ筈なんだけどな」

「そういう意味じゃないと思いますよ衛宮君」

 

 私の言葉に、クエスチョンマークが幻視出来そうな程キョトンとした表情を浮かべる衛宮君。

 いやほんと、ある種完成された芸術と言える程に、お手本の様なキョトン顔だ。

 思わず笑いが込み上げそうになる。

 でも駄目よ凛、誇り高い遠坂家の当主である貴女がお腹を抱えて爆笑するなんて無様な真似、例え妹と二人っきりだとしてもやってはいけない。

 というか寧ろ桜にだけは見られたくない。

 私は常に、桜にとって格好良いお姉ちゃんで居たいのだ。

 

「でもそんなに美味しいなら私も食べてみたいですね。どうせなら、全員で食べさせ合いっこしてみませんか?ほら、桜も貰った物は、しっかり返さないといけないでしょう?」

 

 執念で何とか笑いを抑えた後、意味深なしたり顔で桜を見遣りながら言葉を紡ぐ。

 そんな私の援護射撃の意味を正しく受け取ったのであろう、桜は何かに気付いた様にハッとなった後、満面の笑みで衛宮君に自分のお弁当のおかずを差し出していた。

 

「そ、そうですね!じゃあ先輩、これ、私からのお返しです!はい、あーん」

「うぇ!?…あ~、うん、じゃあ、折角だから…」

 

 顔を赤くしながら差し出されたおかずを食べる衛宮君と、その様子をニコニコしながら見ている桜。

 可愛い。

 先程とは完全に攻守が逆転していた。

 まぁ順番こそ後回しにされてしまったが概ね計画通りだ。

 これで桜の恋路を手助けしつつ、桜の作った料理にありつく事が出来る。

 可愛い妹の為だもの、これくらいは譲歩してあげるから、精々今の幸せを文字通り噛み締めなさい衛宮君。

 そんな事を思いながら、私は自分の順番が回ってくるのを心待ちにするのだった。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

「さて、じゃあ教室に戻るか」

 

 お弁当も食べ終わり、楽しく談笑していた私達だが、姉さんがもうそろそろお昼休みが終わる時間だと気付き、それを受けた先輩が教室に戻ろうと切り出しながら立ち上がった。

 嗚呼……さっきの食べさせ合いっこは本当に至福の時間でした。

 先輩にあーんしてもらうだけでなく、こっちからもさせてもらえるなんて…。

 本当に姉さんには感謝してもし切れません。

 

「あ、ごめんなさい衛宮君。私、桜と二人っきりで話したい事があるので、先に戻っていて貰えませんか」

 

 そんな感じで、元々カンストしていた私の好感度を更に現在進行形で限界突破させている姉さんが、私と二人っきりで話したいと言い出した。

 姉さんは私以外の人と話す時、必ず他人行儀な丁寧語を使う。

 それは先輩が相手でも例外ではない。

 冬木市のセカンドオーナーたる遠坂家の人間としての心構えを、常に忘れる事無く実践する姉さんの姿は、ずっと昔から私の憧れだ。

 

「ああ、分かった。遠坂がそう言うなら先に戻ってる。今度また三人で話そう」

「ええ、ありがとうございます衛宮君」

 

 姉さんの頼みに先輩は何も疑問を呈す事無く屋上から去っていった。

 一見何も考えていない様に見えるが、先輩は確り相手の事情と心の内を考えて返答しているのだ。

 姉さんが二人っきりで話したいと言ったから、余計な詮索をすべきでないと判断したのだろう。

 

 屋上に居るのが姉さんと私の二人だけになって数瞬、その場の雰囲気が変わった。

 別に、何時もと変わらない日常が繰り広げられていた平和な町が、一瞬で銃弾飛び交う戦場に変わってしまったとか、そういうとんでもない変化が起こった訳ではない。

 ただ姉さんの表情が上品な笑顔から、キリッと引き締められた真剣なものに変わっただけ。

 ()()()()()屋上の雰囲気が変わったのだ。

 特に何も、大仰な事なんてしていないのに、表情を変化させるだけで、その場の空気すらも変えてしまう。

 何と云うか、姉さんは昔っからそういう、周りを従える覇気の様なものを有しているのだ。

 

「桜」

「はい、何ですか姉さん」

 

 姉さんの呼び掛けに疑問形で応じる自分の言葉がやけに白々しく感じる。

 この時期に、このタイミングで、姉さんが私と二人っきりで話したい事なんて分かりきっているのに。

 

()()()()()()()()()()()()()のね?」

 

 案の定、姉さんは私の左手に巻かれた包帯、

 

()()()()()()()()()について聞いてきた。

 今日の朝、先輩に問い詰められた後、認識阻害の魔術を左手にかけておいたお陰で美綴先輩達や弓道部、クラスの友達にも包帯の事を聞かれる事は無かった。

 でもこれは初歩の簡易魔術、一般の人を欺く事は出来ても魔術師相手には殆ど在って無い様なものだ。

 優秀な魔術師である姉さんが気付かない道理が無い。

 

「はい、昨日の夜に聖痕が浮き出ました」

「…そっか、やっぱり桜にも出たんだ」

 

 姉さんは私と同じ()()()()()()()の一角を務める魔術師だ。

 そんな姉さん相手にこれを隠す必要等一切無い。

 私が有りの侭の事実を打ち明けると、姉さんは少しの間を置いて感慨深げに言葉を紡いだ。

 

「そりゃそうよね。御三家の一つ、それもサーヴァントシステムと令呪を開発した間桐の現当主に資格が無い訳ないし」

「あはは…その割りには発現がやたらギリギリですけど…やっぱり養子って事が影響してたんでしょうか?」

「さあね、お父様達はその辺の事についてあまり詳しく教えてくれなかったし…まぁ兎も角、それが宿った以上、参加するんでしょ?」

 

 姉さんが此方を見た。

 その視線は、姉として暖かく妹を見守る類いのものではなく、魔術師として眼前の敵を見据える類いのものだった。

 

 姉さんは今、私の事を守るべき妹ではなく、倒すべき敵として見なしている。

 血の繋がった家族にそんな視線を向けられる事に、()()()()()()が恐怖と悲しみを感じている。

 でもそれと同じくらい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実に、()()()()()()()()は歓喜し、感動に打ち震えていた。

 

 姉さんはずっと昔から私の憧れと同時に目標でもある。

 内気で臆病で人見知りで、そのくせ我が儘で自分勝手で、おまけに頭も要領も悪いダメダメな私とは何もかも違う。

 何時だって明るくて優秀で、自分の信念を決して曲げる事無く有言実行を貫き通してきた、かっこいいお姉ちゃん。

 魔術師としての能力は勿論、日常生活の中でも徹底して優等生であり、ある意味孤高とすら表現出来そうな姿勢を保ち続ける強さ。

 人恋しさに中途半端な交遊関係を広げている自分とは大違い。

 そんな、私には勿体無いくらい、凄い人。

 

 そんな人の隣に、私は今立っている。

 嬉しくない筈が無い。

 私は姉さんの目を真っ直ぐ見つめ返し、確かな誇りと決意を持って宣言した。

 

 

「勿論です──────姉さん、()()()()は、私が勝たせて貰います」

 

 

 私の明確な宣戦布告を受け止めた姉さんは、肉食獣を思わせる獰猛な、それでいてどこか愛嬌のある、力強い笑みを浮かべて応じた。

 

「OK、桜。貴女の宣戦布告、確かに受け取ったわ。私も全力で勝ちに行く。妹だからって手は抜かないから覚悟しなさい」

「当然です。寧ろ安心しました。姉さんが、妹だから、なんて理由で手を抜く様な人だったら、私本気で失望してましたよ」

「っ……そ、そう。それなら安心なさい、遠坂家の当主として、誇りある戦いを約束するわ」

 

 ?

 一瞬姉さんが「あっぶねー」とでも言いたげな表情になった様な…きっと気のせいですね。

 

「うん、話したかったのはこれだけ。桜の覚悟、しっかり確認出来てよかった」

「…私も、今日姉さんと話せて良かったです」

「あらそう?まあ、どうせやるなら後腐れ無い方が良いしね」

「ふふ、そうですね」

「じゃ、私達も戻りましょうか。早くしないと授業始まっちゃいそうだし」

 

 そう言うと姉さんは私に背を向けて屋上の出口に向かっていく。

 その後ろ姿はとても堂々としていて、これから不特定多数の人物と、それどころか実の妹と殺し合う事に対する悲壮感なんて、全く感じられない。

 やっぱりお姉ちゃんはカッコイイな、なんて思いながら私はその後に続いて教室に戻りました。

 

 あ、も、勿論私は姉さんを殺す気なんて全く無いですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 世間の大半の人々が明日に備えて眠りについているであろう時間に私は起きていた。

 これからとある儀式───正確にはこれから起きる大儀式に参加する準備の為の儀式───を行う為、ある場所を目指している。

 と言っても家の中だからそう距離も無いのですけど。

 

「今夜は月が綺麗ですね…」

 

 電気を一切点けていない暗い廊下を懐中電灯で進む途中、窓から差し込む月明かりを見て思わずそう呟いていた。

 11年前、私が引き取られた当時の間桐の屋敷は、先代のお爺様の意向だったのか、廊下も食堂も蝋燭を立てる燭台だけで電灯の類いが一切無く、屋敷の周りも木々が生い茂り、やたら屋敷全体が薄暗かったのを覚えている。

 それこそ、ご近所様にお化け屋敷と陰口を叩かれていたくらいだ。

 それがどうしても嫌だった私は当主となった後、周囲の木々を伐採し、家の中も業者さんに頼んで電気を通して貰ったりと大掛かりなリフォームを施した。

 その甲斐あって、今では上流階級の貴族が住む様な(あながち間違ってない)立派な洋風のお屋敷となっています。

 日中はよく陽射しが入り込み、夜だってこうして月明かりで外の町並みが見える程明るくなった。

 もう断じてお化け屋敷とは呼ばせません!

 

 そんな事を考えている内に私は、屋敷の一階にある()()()()の前に辿り着いていた。

 この扉の先にだけは誰も入れた事が無い。

 一般の方である業者さんは勿論のこと、家族である兄さんすら入れた事の無い、この扉の先には屋敷の心臓部────私の工房がある。

 幾重にも張り巡らせた隠蔽と防御の結界で護られている為、兄さんはこの扉の存在すら知らない筈だ。

 名実共に私だけが使う場所。

 そこへと通じる扉を開けて中へ入り、私は奥へと進んでいった。

 

          ∵∵∵

 

 屋敷の地下にあるにも係わらず、工房の中は明るい。

 工房までの長い通路も同様だ。

 業者さんを中に入れた事は無いので、当然電灯の類いではない。

 これは私が作って設置した魔術礼装による明かりだ。

 霊脈から吸い上げた魔力を用いて発光させているので、設置してある限りは半永久的に使い続ける事が出来る。

 ぶっちゃけて言えば買い換える必要の無い電球みたいなものです。

 

 そんなエコな光に照らされている工房の中は…一言で言うと『腐海』だった。

 そう、ナウシカに出てくる()()()()です。

 魔術によって調整された、使い魔の蟲達にとって最適な環境を保つ為の、先ず間違いなく自然界には存在しない不気味な植物達が、僅かな通路、水路のスペースを残して工房内を埋め尽くしている。

 と言ってもそこまで生理的嫌悪感を抱く様な内装にはなっていない。

 礼装の光によって一定の明るさは確保されているので、どちらかと云うとあのナウシカの秘密の部屋っぽい感じだ。

 そして、当然その腐海で飼育されている、私の使い魔たる多種多様な蟲達も沢山います。

 魔術によるリンクで蟲達の数も種類も把握出来る様にしてあるので管理が行き届かなくなるという事態には陥らないのですが、何分どの子も魔術の実験で品種改良を施している為、一般に認知されている虫達とは、見た目は勿論習性も秘めた能力も全く違うものとなっている。

 だから工房内の環境には人一倍気を遣わないとこの子達はたちまち死滅してしまうのです。

 管理は出来るが、その為の労力が減る訳ではない…労働というものは本当に世知辛い。

 なんて仕事に追われる社会人の様な考えが頭を(よぎ)りますが、私は蟲達の育成に関して手を抜くつもりは一切無い。

 使い魔で蟲とはいえ、自分の研究の為に生き物の命を弄んでいる事に変わりはないのだから、無責任な事はしたくない。

 私は儀式の前に蟲達の体調と中の状態のチェックを始める。

 

 おおよそ、自然界には存在しないんじゃないかと思われる幾何学的な模様が体表に浮き出た芋虫を、私は指の上に乗せて撫でたり突付いたりしてみる。

 芋虫なので鳴く事はないが、私が触る度に体を捩らせたり、必死に頭を擦り寄せて来たりと、その仕草の一つ一つがとても可愛い。

 思わずこちらの顔にも笑みが浮かぶ。

 

「虫と戯れて笑う女の子っていうのも、我ながらどうなんでしょうね」

 

 自分の行動を客観的に見て考えてみたら、思わずそんな呟きが漏れて苦笑してしまう。

 でもそれは仕方が無い事です。

 魔術師が己の扱う使い魔を怖がっていたら話になりませんから。

 

 間桐の一族が代々受け継ぎ、研鑽してきた魔術は、『吸収』と『束縛』の特性を掛け合わせた『支配』である。

 その為、周囲の魔力の奪取や、使い魔の使役に長けている。

 本来なら使役する使い魔は犬でも猫でも鳥でも、動物なら何でも構わないのだが、私は敢えてお爺様が使役していた蟲に(こだわ)った。

 これは歴史を受け継いできた間桐家当主様達への尊敬を忘れない為、そして私自身が犯した罪を忘れない為のものだ。

 

 先代の間桐家当主から、その座と命、そして財産(魔術刻印)を奪い取ってしまった罪を。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 結論から述べよう。

 

 私、間桐桜は7歳の時、先代の間桐家当主である間桐臓硯を殺害し、魔術刻印と間桐家当主の座を奪った。

 

 …何と云うか、結論だけ述べると、ほんと私とんでもなく極悪な子供なのですが、一応言い訳をさせて貰うと、決して故意にやった訳じゃないんです。

 不幸な事故というか、兎に角当時の私にお爺様に対する殺意なんて微塵も無かったのは確かで。

 …まぁ、こんな自己弁護をしたところで事実は全く変わらないのですが。

 

 

 架空元素・虚数という稀少すぎる魔術属性を取り扱う事の出来る魔術師の一族は存在しない。

 それは私が養子となった間桐家も例外ではなく…というかそもそもそんな家系が在ったらとっくに封印指定として潰されているだろう。

 では何故私の養子先に間桐が選ばれたのか。

 『どちらかの血統が途絶えた時、もう一方は養子を出す』という遠坂と間桐の間で交わされた条約も勿論あるが、一番の理由は間桐が有する()()()()の技術である。

 魔術によって対象の人物の体質を調整、変化させ間桐の魔術に馴染みやすくさせるというものだ。

 これによって虚数という扱いにくい属性を少しでも間桐の属性に近づけるというのがお父様、そしてお爺様の狙いだったのだ。

 

 

 そして私が間桐の養子となって約2年、遂に最終調整の時がやって来ました。

 この最後の調整と同時に魔術刻印を移植する、お爺様にそう告げられた私はこれまでの2年間の努力を無にしない為、お爺様の期待に応える為、そして何より聖杯戦争で亡くなったお父様の悲願を達成する為、張り切って儀式に臨みました。

 …とは云っても調整は完全にお爺様の主導で行われてきた為、子供の私に出来るのは精々抵抗せず有りの侭に儀式を受け入れる事だけだったのですが。

 

 

 

 

 

 で、気が付いたらお爺様どころか、あれほど沢山居た蟲が一匹残らず、綺麗さっぱり私の目の前から消えてしまっていた。

 

 あ、魔術刻印は確り移植されてました。

 

 

 

 

 

 ど う し て こ う な っ た




臓硯「解せぬ」

ということで第三話でございます。いや、もう、ほんと投稿が遅れて申し訳ございませんでした。活動報告見て貰えれば分かると思うんですが胃腸風邪のせいで完全にモチベーション削り殺されました。病気と怠惰は人をここまで堕落させるんですね。

一応今回は前半という形になっております。分ける意味はそこまで無い気がしたんですが、一刻も早く投稿したかったのと最後のオチの文を思い付き急遽予定変更をしたためであります。

なんやかんやで9000文字越えてるし…。

というかここに来てまだ英霊召喚してないってなんなん…orz

次回は絶対桜ちゃんに英霊召喚して貰います。召喚するだけで終わるだろうけどな(´・ω・`)


少し解説入れますと、先ず凛と士郎が原作開始前からそこそこ親しい間柄になってます。可愛い妹に付く虫は確り見張らないとね!とは言っても聖杯戦争中、一気に距離を詰めたこの二人にとっては誤差みたいなもんですよね。特に深い設定は考えてないです。

でもって臓硯さん死んでました。実は生きてるとかそんな事は無いです。マジで死んでます。完全に退場なされております。

桜ちゃんを今みたいな性格にするためにはトッキーの奇跡的ファインプレイと臓硯さんの退場が必要と判断しました。いや臓硯さん嫌いって訳じゃないんですよ?Fateのキャラは本当にみんな大好きですから。だがあの爺さんを上手いこと動かす自信が私にはありませんでした…すまぬ、すまぬ…

臓硯さんが如何にして桜ちゃんにコロコロされたのか、その辺の詳細は次回書かせていただきます。まぁそこまで難しい内容じゃないです。Fateのファンの皆様なら簡単に思い付きそうな感じです。

次回も読んでくださると嬉しいです。それでは。


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4話 間桐/桜 後半

今回は中二病全開で書こうと思っていたのに、いつの間にか鬼畜全開になっていました。

どうやら私の脳はきのこではなく虚淵さん寄りらしいです(白目)。

そんでもって蟲注意です!たぶんR-15。


 これは既に終わった話だ。

 

 一人の少女、更にはそれに関わる周囲の人間達の運命───(あまね)く全てを、幸か不幸か決定付けてしまった、過去の記録。

 

 ()()とは違う()()()()()を知る者達にとっては、間違いなく好転した分岐点(運命)だろう。

 

 だがそれは一方が客観的に見た結果に過ぎない。

 

 ()()()()の者達にとってはそんなもの知る由もない可能性なのだ。

 

 

 ───本当に全てが好転したのか

 

 ─────少女の心は救われているのか

 

 ───────ここに綴るは、少女の命の物語

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────蠢く

 

 (くら)い、(くら)い、(くら)い。

 間桐の屋敷の地下に存在する蟲蔵は、剰りにも(くら)い。

 

 ─────蠢く

 

 壁に取り付けられた僅かな燭台の灯りでは、広大な体積を持つ蟲蔵の全てを照らす事は叶わない。

 

 ─────蠢く

 

 (ひかり)を嫌う間桐の翁にとっては心地好い空間。

 醜悪の権化たるそれによって産み堕とされた絶望、諦念、悲痛が空気と混ざり、物理法則の外から生にすがり付く者達を引き摺り堕とそうとしてくる。

 

 ─────蠢く

 

 

 ────────耐える

 

 今ここには、そんな醜悪に必死で耐える少女が居る。

 全てを受け止めんと、屹然と前を向く子供が居る。

 抗うではない、戦うでもない。

 ただただ耐える、受け止める。

 一方的な苦痛と凌辱に立ち向かう魔術師の姿がそこにはあった。

 

 

「っ………ぁ、ふ……う゛ぅ」

 

 少女───間桐桜は蟲に犯されていた。

 広大な蔵を埋め尽くす何百万、何千万という全ての蟲がその瑞瑞しくも小さな身体を貪ろうと這いずり回っている。

 視界に収めるだけでも生理的嫌悪感を抱かずにはいられない()()に桜は全身を被われていた。

 未だ十に満たない齢の子供の、未熟な体と心には酷に過ぎる拷問。

 眼、口、耳、鼻、全身の肌、ありとあらゆる感覚器官を大量の蟲が弄び、ただただ本能に従って少女の儚い()を奪い尽くそうとしてくる。

 内と外の両方から弄り尽くされる快感を伴った身体的苦痛。

 混ざり合う粘液の音と感触が頭蓋に響く精神的苦痛。

 雄が牝を無理矢理に屈服させるが如く、肉を食い破って糧とし、溢れる汗や涙を啜っては悦とし、それによって得た活力を桜の体質変換の為に、自分達に馴染ませる(の奴隷にする)為に使い果たしてゆく。

 

 耐え難い凌辱、そう、()()である。

 なまじ快感が伴うだけ余計に質が悪い。

 単純に苦痛のみなら早々に楽になれる(死ねる)かもしれないのに。

 望まぬ快感でも快感は快感。

 絶えず与え続けられるそれは少しずつ、確実に人の主体性を奪い、自我を崩壊させ、諦観をもって堕落させてゆく。

 もし絶望というものに形があるのなら、これは間違いなくその完成形の一つだった。

 

 だが桜は、そんな絶望に約2年間晒され続けているにも関わらず正気を保っていた。

 

 無論平気な訳ではない。

 怖い、痛い、暗い、五月蝿い、臭い、不味い、気持ち悪い。

 おおよそ人が不快と感じるモノを苛烈なまでに与えられ続け、そこに淡い快感が付き纏う。

 並外れた魔術の才を有していると云っても、桜はまだ子供。

 こんな仕打ちに耐えられる筈もなかった。

 

 訳が分からない。

 今すぐ逃げ出したい。

 いっそ何も感じなくなってしまえたらどれ程楽だろう。

 心の底から桜は苦しんでいる。

 本心から桜はそう考えている。

 

 だがそれでも桜は諦め(壊れ)なかった。

 

 だって父が認めてくれたから。

 だって母に誉めて欲しいから。

 だって兄に頼られたいから。

 だって祖父に報いたいから。

 だって姉に追い付きたいから。

 自分は誇り高い魔術の家系、遠坂の次女として産まれ、これから間桐家の未来を担う一員となっていくのだから。

 自分を愛してくれる人達に応えたい。

 この地獄を乗り越えれば、きっと自分はそれが出来る様になる。

 

 家族への、愛。

 剰りにも純粋で子供らしく、それ故に愚鈍で一途な信念が、桜をギリギリの所で支えていたのだった。

 

 未だ道理を解す事の出来ない子供である桜は、只管盲目的に祖父の事を信じ、()()(のぞ)むしかなかった。

 

 

         ∵∵∵

 

 

(───呵呵)

 

 現間桐家当主、間桐臓硯は目の前の少女の有り様を見て嗤った。

 隠し切れない嫌悪と苦痛を顔に滲ませ、だが決してそれらに背を向けず只管耐える幼女の姿は嗜虐心を大いに唆る。

 当初は数日程で全てを諦め、抵抗する事も悲鳴を挙げる事も無くなると予想していたが、まさかここまで正気を保ち続けるとは想像も出来なかった。

 

 だがそれはそれで全く構わない。

 人形の如く生気を失った女より、こちらの一挙手一投足に悉く反応を示してくれる女の方が余程嬲り甲斐があるというもの。

 あの禅城の娘の血を継いでいるという事もあってその容姿は非常に優れている。

 既に腐り切った魂で何とか生を繋ぎ止めている仮の肉体であるにも関わらず、滾って仕方がない。

 思わず蟲達の操作にも熱が入ってしまうというものだ。

 

(このまま調教を続けていけば、どれ程の(もの)になるかのう)

 

 あと10年程の(のち)、熟れ切ったその肢体を()()として活用する前に自らが味見してみるのも良いだろう。

 

(呵呵!全く…当初は次代の為の胎盤としか見ていなかったというのに…これがまた、中々どうしてここまで愉快な玩具となるとはのぅ)

 

 まだ7歳の子供に対して、その様な醜悪な欲望を臓硯は胸に宿していた。

 

 

 ───間桐臓硯は不老不死を目指し、五百年もの間その妄執に囚われ生き続ける怪物である。

 かつてはこの世全ての悪の廃絶という理想を追い求めた魔術師だが、己の肉体を蟲に換えて延命を続け、数百年もの時間を過ごす間にその魂は腐り果ててしまった。

 今はかつての理想すら忘却し、自らの不老不死を成す為に肉親(子孫)すら利用する外道へと成り下がっている。

 

 不老不死。

 人類が幾度となく探求してきたこの望みを叶える事は無論容易では無い。

 だがそれを可能にするだけの奇跡がこの冬木の地には眠っている。

 

 聖杯戦争。

 後に『始まりの御三家』と呼ばれる3つの魔術の家系、『マキリ』『遠坂』『アインツベルン』によって約200年前にシステムを開発・設置された大儀式。

 その儀式が成った時に現れる万能の願望器、聖杯。

 それさえ手にすれば、この五百年の妄執に終止符を打つ事が出来る。

 そのために臓硯が欲するのは、聖杯戦争を勝ち抜く事が出来る優秀な()だ。

 

 だが桜本人をその駒とするつもりは臓硯には毛頭無かった。

 そもそも聖杯戦争は約六十年の周期で開催される。

 ほんの半年前に第四次聖杯戦争が起きたばかりなのだ、今から六十年経つ頃には孫が産まれていても何等(なんら)おかしくない程に桜は齢を重ねている。

 それではあの苛烈な闘争を勝ち抜く事等とても出来はしない。

 故に臓硯が桜に求めているのは、胎盤として秀でた才を持つ子か孫を産んで貰う事だった。

 

 元々臓硯の代でマキリの血は魔術師としての限界に達していた。

 それに加えて、家名を『間桐』に変え根を下ろした日本の地がマキリの血に合っていなかったらしく、6代後に産まれた慎二(子孫)の魔術回路保有数はzeroと、見る影も無く衰退してしまったのである。

 だからこそ、魔術師としてこの上無く優秀な才を有する桜をこの時期に養子に迎える事が出来たのは、正しく渡りに船だった。

 

 愚かにもこの調教を魔術の修行と本気で信じ、尚且つ忌避感こそ持てど正気を保ったまま積極的な姿勢を見せる(胎盤)

 そのお陰で当初の予定よりも遥かに早く体質の調整を終える事が出来た。

 これならば今後もより多くの時間を体質変換に費やす事が可能となる。

 己の期待を遥かに上回る成果を叩き出した桜が、より優れた胎盤として完成する事はほぼ確実である。

 おまけに将来は自らを大いに愉しませてくれるであろう(玩具)に育つ事もほぼ必定。

 未来を諦めず、希望を抱き続ける事で何とか己を保っているこの娘に、お前を養子に迎え入れたのは胎盤として使い潰す為だ、お前を魔術師として教育するつもり等さらさら無かったと告げたら…どんな顔をするだろう。

 真実を知り絶望に顔を歪ませたこの娘を貪り尽くしたらどれ程の快楽を得られるだろうか。

 

(呵呵呵呵呵呵呵呵っ!!!!(まこと)素晴らしい拾い物をしたものだ!時臣!そして桜よ!お主達への感謝の念は未来永劫注ぎ続けようぞ!!)

 

 臓硯はいずれ訪れるであろうマキリの栄光(不老不死の未来)を夢想し、心を踊らせた。

 だが何時までも気を緩めていてはならない。

 今日行うのはその栄光(未来)をより確実とする為の儀式なのだから。

 

「うむ…桜よ。二年と半年、よくぞ耐え抜いた。最後の仕上げじゃ、数日前に伝えておいた通り、調整の大部分はこれにて終わりとする。これより魔術刻印の移植に移るぞ」

「…っ!…は、い…!」

 

 臓硯は中身こそ外道だが、外面は善人で通っている。

 桜に猜疑心を懐かせない為、いずれ真実を伝えその顔を絶望で染め上げる為、普段はこうして仮面を被り労いの言葉を投げ掛けている。

 それに対して桜は確固たる意志をもって返事をした。

 

 だが魔術刻印を移植するというのは偽りである。

 これより行うのは、()()()()()()()()()()()()()()()を寄生させる儀式だ。

 

 先述の通り、臓硯は桜を魔術師として教育する気は一切無く、胎盤として使い潰すのが目的だ。

 その為一子相伝の魔術刻印を桜に移植する意味等無い。

 と云うか魔術刻印を有する刻印蟲は、()()()()()宿()()()()()()()()()()()()なのである。

 これを移植するという事は臓硯自らの死を意味する、そんな事を行う筈が無いのだ。

 

 そして、胎盤としての役割を担わせる桜に何故聖杯の欠片等を埋め込むのか。

 理由は至極単純、()()()()()の実験である。

 

 前回の第四次聖杯戦争の折りに現れた聖杯は、あろうことか勝者である衛宮切嗣の指示により、そのサーヴァントによって破壊された。

 その破壊された聖杯の欠片を臓硯は入手する事に成功したのだ。

 ()べられた英霊達(サーヴァント)の魂を一時的に保存し、大聖杯を起動させる為の鍵となる小聖杯。

 それの製作を担っているのはアインツベルンである。

 それは即ち聖杯に細工を施す事が出来るという事。

 聖杯戦争を勝ち抜いても肝心の聖杯(賞品)が他人の手中に在っては意味が無い。

 それにアインツベルンは第三次聖杯戦争の折り()()を行ったという前科がある。

 あの一族の聖杯に懸ける執念は年月だけで云えば己の倍、何かしら仕掛けてくる可能性は十分にあるのだ。

 

 故に臓硯は聖杯の獲得を確実なものとする為、小聖杯の欠片を使って()()()()()()の製作に着手する事を決めた。

 そして、その実験体に桜を選んだのだ。

 とは云ってもこれは本当にただの保険、体質調整のオマケ、失敗が前提の実験である。

 どうせ桜は優秀な才を産み出す為だけの胎盤、最悪子を産む機能さえ残っていれば臓硯にとって問題は無いのだ。

 故に効率を考慮に入れた結果、今回の実験に踏み出した訳である。

 

 

「桜よ、既に解っているとは思うが、魔術刻印の移植はこれまで以上の痛みを伴う。だが、決して拒絶してはならん。元より魔術の行使とは痛み…死と隣合わせのものじゃ。それ等を受け入れ、体に覚えさせる事こそが魔術師と成る事と同義」

「受け入れる…?」

「そうじゃ。我等間桐の術は吸収と束縛。(ただ)在るものを受け入れ、取り込み、理解し、そして奪う事で自らの糧とするもの。忌避するな、恐れるな、己が愛を以て縛るのじゃ」

「……わかりっ、ました」

 

 臓硯は万が一にも桜が抵抗して儀式が失敗せぬ様、口八丁で桜の心を絡めとる。

 とは云っても、桜は才能にこそ恵まれているが未だ初歩の魔術すら使えない───(もと)い教えられていない子供。

 更には身動き出来ぬ様、手錠で拘束されている状態なのだ。

 元より抵抗など出来る筈もなかった。

 

「では、始めるぞ」

「はい、お爺様」

 

 桜の返事と共に再び蟲達が嬉々として群がり始めた。

 それらに交ざって聖杯を埋め込まれた刻印蟲も這い出す。

 桜も先程と変わらない。

 抵抗する事無く只々蟲達に身を任せるのみだ。

 

(……?いや…)

 

 しかし臓硯は桜の変化に気付く。

 先程までの桜は蟲達の凌辱に文字通り必死で耐えていた。

 逃げ出しそうになる心を、抵抗しそうになる体を全身全霊をもって押さえつけ、調教を受け止めていたのだ。

 だが今は違う。

 まるで眠っているかの様に静かで、嗚咽を漏らす事もなければ顔を苦痛で歪ませる事もない、澄み切った姿勢を保っていた。

 

 桜は今、自分を犯す蟲達を受け入れている。

 桜は今、自分を苦しめる蟲達を愛している。

 

 

「ほう…」

 

 この桜の変化には、流石の臓硯も感嘆の呟きを漏らさずにはいられなかった。

 

(まさか一度道理を説いただけでこれ程までに成るか…いやはや惜しいものよな)

 

 まだ7歳の桜には先程の臓硯の話など半分も理解出来ていなかっただろう。

 だが現実として桜は臓硯の教えを忠実に実践している。

 つまり桜は先程の臓硯の言葉を()()()()感覚で捉え、()()()解釈し学び取ったのだ。

 

 この娘の才は単に魔術回路を多く保有しているというだけでは断じて無い。

 真実、()()()()()()()類稀なる才能を有しているのだと臓硯は今更理解した。

 それ故に、惜しいと思った。

 これ程の者をただ単に胎盤として使い棄てる事に、ほんの少しだが臓硯は後悔する。

 

 

 

 

 

 そして、その後悔は遅過ぎた。

 

 

(む…?)

 

 臓硯は違和感を感じ取った。

 いや、違和感等という曖昧なものではない。

 何処からか自分に対して、明確な干渉が行われている。

 

(なんだ…!?なんだこれは!?何が起こっているっ!!?)

 

 自らを構成するモノが、()()()()()()()()()

 数秒後、桜に群がる蟲の数が目に見えて少なくなっていた。

 臓硯は驚愕と焦燥、警戒を含んだ瞳で桜を注視する。

 

 見ると桜の足元から黒い何かが湧き出ており、蠢くそれが周囲の蟲達を次々と呑み込んでいた。

 

「これはっ…」

 

 息を飲む臓硯。

 桜の周囲で蠢くその黒い影の様な何か───否、それは正しく桜の影だった。

 五百年というキャリアを積んだ臓硯の観察眼は伊達ではなく、桜から湧き出るその影の正体を正確に把握していた。

 桜本人が生まれ持った属性である『虚数』によって実体化した影に、2年間の調教によって体に馴染まされた間桐の『吸収』と『束縛』の魔術が掛け合わされたものだ。

 あの影は謂わばブラックホール。

 周囲の魔力、果ては生物の魂すらも容赦なく捕らえ、呑み込み、自らの糧としてしまう、正しく間桐の、()()()の魔術だ。

 

「莫迦なっ!!何故お主がこれ程までの魔術を!?」

 

 悲鳴に近い臓硯の怒号に桜は応えない。

 未だに桜本人は眠った様に、儀式を受け入れる態勢を崩していない。

 

 そう。

 桜はただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 自分に群がる蟲達を忌避せず、恐れず、親愛をもって受け入れているだけ。

 受け入れる事で取り込み、取り込む事で理解し、理解する事で支配下に置く。

 調教によって間桐の属性を文字通り身に付け、卓越した魔術の才と自らの周囲への愛に溢れた精神性を有する桜。

 そこに臓硯の的確な教えが加われば、こうなる事はある意味必然だった。

 

 早い話が臓硯は桜の才能を甘く見ていた。

 そして桜の事を育て過ぎたという二つのミスを犯したのだ。

 

(不味い───あの影と儂の蟲の相性は最悪。しかし蟲の使役に全魔力を注いでいる今の儂では桜に対して他の手段を取れん)

 

 現状は思っていたより最悪だ。

 最早自分に残された手段は逃走のみ、それ以外は詰みだと臓硯は結論付ける。

 

 だがその結論を出す事すらも遅過ぎた。

 (自身)に群がっていた蟲をすっかり食べ尽くした影は次の標的を臓硯に定めた。

 万に近い数の蟲を喰らって魔力を補充し、質量を増大させた影が津波の様に臓硯を覆い尽くす。

 

「っ!おのれっ!!」

 

 臓硯は咄嗟に強力な麻痺毒を持った蟲達を桜へ差し向けるが、待ってましたとばかりに影はその蟲達を捕縛しあっという間に呑み込んでしまう。

 (臓硯)()の力関係は今、完全に逆転してしまっていた。

 悉く対応が遅れた臓硯は最早逃げる事すら叶わない。

 

 影は、遂に臓硯を捉えた。

 

 

「ぐ、ぅううおおおおおあああああああああああっ!!!!!!よせぇ!止めろ桜ァッ!!」

 

 臓硯の絶叫に桜は応えない。

 

「ヴウウウウウアアアアアァァァァ!!!何故、じゃあっ!ナゼワシが…!!く…そ…っ、嫌じゃあぁ……嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!…………死、にた……ぅ……ぃ、いの…命、ぁ、しの………命ィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!」

 

 正しく、断末魔。

 自らの全てが凄まじい勢いで食い尽くされていく恐怖と絶望の感覚に身を切る様な絶叫を挙げて臓硯はのたうち回る。

 やがて臓硯の本体足る刻印蟲は、聖杯の欠片を埋め込まれた刻印蟲諸共呑み込まれ、魔力(栄養)として融解されてしまった。

 

 

 

 こうして、貪欲に不老不死を追い求めたマキリの妖怪は、余りにも唐突に呆気なく、道端を歩く人間に踏まれてしまった虫螻(むしけら)の如く、その生涯の終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 蔵の中の蟲を影が一匹残らず食い尽くした後、周りが急に静かになった事を不思議に思った桜が目を覚ます迄、あと数分。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 あの時の事はハッキリと覚えていない。

 何故突然お爺様が、蟲達が跡形もなく消えてしまったのか。

 子供だった私には、その余りにも突発的過ぎる事態に不安を抱くばかりで、解決の為の行動に移れなかった。

 おまけにあの時は魔術刻印を移植された事による激痛と手錠による拘束で精々呼吸をするのがやっとであり、一周回って冷静になれていなかったら最悪身動きが取れないまま餓死していた可能性もあったのです。

 何時(いつ)の間にか覚えていた魔術で何とか手錠を壊し、地下から出た私は先ず鶴野さん(お養父様)を頼った。

 

 一人だけで外に出た事等無かったので2時間程迷子になってしまいましたが、運良く辿り着けた交番のお巡りさんに案内して貰いお養父様の入院している病院に到着しました。

 ですが、約半年ぶりに会ったお養父様は私の顔を見るなり喚き出し発狂してしまった。

 直ぐに医師と看護師の方がやって来て抑えてくれたのですが、結局その後もお養父様とまともに会話をする事は出来なかった。

 

 当然私は途方にくれてしまいました。

 表向きの、建前だけの当主であるお養父様とは違い、資産の運用等で間桐家の全てを支えてきたと云っても過言ではないお爺様。

 魔術の師としてだけではなく、私が平和な日常生活を送る上で、最大にして唯一頼れる()を失ってしまったのです。

 兄さんは今海外に留学中だし、そもそも当時は私と一歳しか違わない子供、こういう言い方をするのもあれなんですが、ぶっちゃけ頼りになりませんでした。

 

 

 家族が一人も居なくなってしまった。

 

 突然に、何の前触れもなく。

 暗い暗い家の中で一人ぼっち。

 目頭が熱くなり、呼吸も乱れて嗚咽が溢れる。

 吐き気すら伴うそれのせいで胸が苦しくなる。

 

 怖かった。

 凄く凄く怖かった。

 一人になってしまう事が、家族を、自分を愛してくれる人を失う事が。

 これ以上に怖い事を私は知らない、蟲さん達に痛い事をされる方が何倍もマシだった。

 

 堪らなくなった私は再び家を飛び出した。

 目指したのは勿論、遠坂家。

 

 走った。

 ただ、只管走った。

 目から涙を。

 口から嗚咽を。

 鼻から鼻水を。

 心から魔術師としての誇りを。

 自分の内側にあるありとあらゆるものを路傍にぶちまけながら私は走った。

 姉さんに、お母様に会いたい、その一心で。

 不可侵の条約なんて最早完全に忘却の彼方だった私は、無意識の内に筋力強化の魔術すら使って遠坂の屋敷を目指したのです。

 

 そうして私は屋敷に辿り着いた。

 私が無意識に発動させていたのは、魔術回路に無理矢理魔力を流し込んだだけの、とても魔術とは呼べないお粗末なもの。

 そのせいで身体中が悲鳴を挙げていたけど構わなかった。

 だって家に着いたから。

 もう直ぐ姉さんとお母様に会えるから。

 安堵の感情で自然と笑みが浮かぶのを感じながら私は家の門を開けようとした。

 

 そして、見たんです。

 

 車椅子に座ったお母様と、その近くで本を朗読している姉さんの姿を。

 距離が離れていたので聞き取れませんでしたが、お母様は姉さんの方ではなく、虚空を見詰めながら口をゆっくり動かして何かを呟いている様でした。

 ですが姉さんはそんな事些細な問題だと言わんばかりに朗読を続けていました。

 

 姉さんは、泣いてなんかいなかったんです。

 お父様は聖杯戦争で亡くなり、お母様もそれに巻き込まれて脳に後遺症が残ってしまったと聞いていました。

 私と同じ様に、親を、家族を亡くしてしまったというのに、凛として歩み続ける姿がそこにはあったんです。

 

 急に恥ずかしくなった私は、姉さん達に気付かれる前にそこから離れました。

 私はさっきまで何をやっていたんだろう。

 自分が情けなくてまた涙が溢れてきました。

 私は遠坂凛(姉さん)の妹なのに。

 私は間桐の魔術師なのに。

 こんなんじゃいけない。

 家族(愛してくれる人)が居なくなったくらいなんだ。

 自分は既に有り余る程の愛を貰ってきたじゃないか。

 寧ろこれまで貰ってきた愛に応えられるように頑張らないと嘘じゃないか。

 私は涙を拭うと間桐の屋敷に戻る為に歩き始めました。

 

 もう二度と自分の歩む道に背を向けない(魔術師としての誇りを失わない)ように。

 

 

 

 

 

 その後、海外から帰ってくる兄さんからお爺様の不在を誤魔化す為の準備にてんやわんやしたり、間桐家の資産を運用する為の勉強に四苦八苦したり、色々調べた結果お爺様を殺してしまったのは自分だという結論に至ったりしました。

 

 

 

 

 

 やっぱり私泣いていいんじゃないですかね。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────時間は戻り、桜の工房。

 

「これでよし…と」

 

 儀式の準備が滞りなく終わった事に私は一先ず安心する。

 蟲達が分泌する体液を用いて描いた魔法陣───聖杯戦争の切り札であると共に参加条件でもある存在、サーヴァントの召喚陣───を前に一息吐いた私は、ふと工房の中を見渡してみる。

 

 これまでの約9年間を振り返って、思わず苦笑が浮かんでしまう。

 色々、本当に色々な苦労があったのですが、特に大変だったのがやはり資産の管理に関する事でした。

 お爺様の部屋や助手を務めていたお養父様の部屋から魔術に関する事以外の(っぽい)書物を片っ端からかき集めて勉強しようとしたのですが、何せ当時の私はまだ小学二年生。

 漢字なんて殆ど読めませんでしたし、そもそも言葉の意味すらちんぷんかんぷんでした。

 専門家の方を雇うという手もあったのですが、お爺様の不在を極力外に漏らしたくなかったので結局それも出来ず。

 早くも一歩目で挫折しかけましたが、魔術師として頑張ると決めた以上、投げ出す訳にはいきません。

 

 無茶苦茶勉強しました。

 無茶苦茶勉強しました(大事な事なので二回言いました)。

 その副産物として学校の成績が滅茶苦茶伸びました。

 時々我に返って「私魔術師なのに何で資産運用の勉強なんてしてるんだろう」とか思う度、涙が流れました。

 そこはまぁ、家の財産を守って後世に託すのも立派な魔術師の務めだと開き直る事で精神安定を図っていましたが。

 結局、勉強に時間を取られ過ぎたせいで資産はお爺様が存命していた際の半分程になってしまったのですが、当時の状況を鑑みれば十分な結果だと思います。

 

 そうやって今日まで頑張ってきて───そう、遂に今日という日を迎える事が出来たのです。

 かつて、この工房は自分に苦痛を与えるだけの場所だったというのに、何故だかどうしても私は此処が嫌いになれなかった。

 それはきっと、此処が自分の────()()()()()()()()()の始まりの場所だから。

 

 あの記憶は確かに、苦痛に満ちた過去のもの。

 だが間違いなく自分の糧となったものだ。

 そもそも魔術と(痛み)は切っても切り離せないもの。

 間桐の修行はそれが他より()()激しかっただけなのです。

 苦痛は既に乗り越えた。

 教えは胸に刻み込んだ。

 罪は一生背負っていくと決めた。

 

 そう、自分は罪を犯したのだ。

 独学で魔術の勉強を始めて数年、あの時の状況からしてお爺様を殺す事が出来たのは私だけだという結論に至った。

 気付いた時には胃の中のものをぶち撒けていました。

 お爺様を、あの()()()()()()()()()()()()()()()()()を、殺してしまったのだ。

 なんて、悪逆。

 なんて、大罪。

 取り返しなんて、どうやってもつく筈がない。

 私は、泣くしかありませんでした。

 魔術師になってから、私は泣いてばかり。

 でも、幾ら涙を溢しても、誇りだけは取り零さない。

 あの日、もう覚悟を決めたから。

 罪を犯してしまったのなら、それに見合うだけのものを得る。

 この聖杯戦争は、その為の()()()()()()()

 

「さあ、始めましょう。聖杯戦争を」

 

 私は勝つ。

 決意を新たに、私は呪文の詠唱を始めた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 集中する。

 かつてない程に神経を研ぎ澄ませる。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 魔力を回す。

 全身に感じる熱は、神秘の代償。

 

「─────Anfang(セット)。────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 空気が変わる。

 膨大な魔力が逆巻き、圧倒的な神秘が工房を満たしていく。

 いけるっ────!

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」

 

 

 

 来た。

 成った。

 出来た。

 手応えがあった。

 完璧に儀式を終えたという手応えが。

 収束したエーテルの煙の中、魔法陣の中心に人影が立っていた。

 間違いない、サーヴァントだ。

 

 聖遺物は使用していない。

 というか用意出来なかった。

 聖杯戦争は約六十年周期で行われるという話だったのに、まさかの前回から10年足らずで開催である。

 自身の魔術鍛練と資産の運用で手一杯だった私には急過ぎる話で、そこまでする余裕は無かったのです。

 聖遺物を使用しない召喚の場合、召喚者と性質の近い英霊が呼び出されるらしい。

 下手をすると戦闘力が皆無の英霊が召喚される可能性もありましたが、無い物強請りをしても仕方がありません。

 サーヴァントに必要なのは戦闘力よりマスターとの相性だと開き直って召喚に踏み出しました。

 この9年間で鍛えられた私の開き直りスキルを以てすればこれくらいは容易いのです()。

 

 かくして、賭けの結果は───

 

 

「サーヴァント、ライダー。召喚に応じ参上しました。貴女が、私のマスターですか?」

 

 

 ───私の、勝ちでした。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 朝になりました。

 お天気自体は爽やかな晴れですが、私の気分は若干陰鬱でした。

 昨夜遅くまで起きていたのと、サーヴァントの召喚で保有する魔力の大部分を消費した為、疲労がピークなのです。

 正直なところ、今日はもう学校を休みたい位の勢いなのですが、先輩と過ごす時間と自身の疲労を天秤にかけたら、やっぱり前者に軍配が挙がってしまう。

 我ながらほんとしょーもない。

 私は欠伸を噛み殺しながら先輩の家の門を潜った。

 

「おはよう桜。今日も早いな」

「はい、おはようございます先ぱ───」

 

 昨夜も蔵で作業していたのだろう、庭でストレッチをしていた先輩が挨拶をしてくれる。

 私も挨拶を返そうとして───思わず絶句した。

 

(なん、で─────どうして)

 

「…?どうかしたか桜」

「…先輩、その手の痣なんですか」

「痣?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩の左手の甲には─────聖痕が浮かんでいた。




士郎「いったい何時から俺が────魔術師ではないと錯覚していた?」
桜「なん…だと?」

自分で書いといてあれなんですが、今回色々無理ありすぎじゃね?

ということで桜ちゃん大うっかり回です。遠坂の血は罪深いぜ…。

うっかりその1・勢い余って臓硯さんをパクパク
うっかりその2・あれだけ酷いことされたのに未だ現在進行形で臓硯さんを好い人だったと勘違い
うっかりその3・触媒の準備が出来なかった
うっかりその4・原作の倍の期間、衛宮邸に通いつめていたにも関わらず士郎が魔術師だと気付けなかった

うっかりで済まされるレベルじゃねぇぞオイ!!!

本文で長々と書いたので必要無い気がしますが、ちょろっと解説をしますと、桜ちゃんの体質調整が2年程で終わったのは、桜ちゃん自身が調教を極力受け入れようと頑張ったからです。原作でも破格と評される才能を持つ桜ちゃんが積極的になればこんなもんなんじゃないですかね?

んでもって臓硯さん退場の全容ですが…大丈夫ですかね?これ。自分で書いといて何ですが五百年しぶとく生き続けた妖怪爺がこんなあっさり不意を突かれてやられるものなんでしょうか?幾ら勉強頑張ったからといって小学生が土地の資産運用出来るようになるんでしょうか?

色々突っ込みどころはあると思いますが、どうかご容赦頂きたい…!orz

あと桜ちゃんは黒化した訳ではありません。使った魔術こそそれっぽいですが大聖杯と繋がった訳ではないので、もし相手が臓硯さんではなくサーヴァントだったら普通にやられてます。桜ちゃんがHF√でサーヴァント相手に無双出来たのは大聖杯と接続していたからシステム下のサーヴァントに対して圧倒的干渉力を発揮出来た為だった筈なので…だよね?

あれ?でも桜ちゃん小聖杯の欠片が埋め込まれた蟲も食べちゃったんだよな………あっ(察し)。


うっかりその5・ラスボスフラグを折れたと思ったら折れてなかった←NEW!

主人公とはなんだったのか(白目)。

それではまた次回。


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幕間 メドゥーサさんは御機嫌

今回、書く予定だった内容の3分の1程で5000字越えちゃったので幕間として先行投稿、キリも良かったしね。少々短いですがご容赦を。

もーちょい地の文を減らすべきか悩みますね…。


 一夜が明けた。

 窓に引かれたカーテンの隙間から朝日が差し、わずかに部屋を照らし出す。

 ライダーのクラスのサーヴァント───メドゥーサは今、自身の召喚者(マスター)である桜の寝室に居た。

 無論、桜を警護する為にである。

 昨夜、無事召喚を果たし軽く自己紹介をし合った後、空いている部屋を自身の寝室として桜は()てがってくれたのだが、ライダーはそれに従わなかった。

 自分を召喚した時点で既に桜は聖杯戦争の参加者、他のマスターにとっては敵なのである。

 始まりの御三家として家の場所が割れている桜は寝込みを襲われる可能性も十分あるのだ。

 故にライダーはそういった狼藉者から桜を護る為、眠らなくても身体の機能に支障が出ないというサーヴァントの特徴を活かし一晩中桜の寝室に居座っていた。

 

 つまりは桜が寝入った後、無断で寝室に侵入したのである。

 上記の理由も8割方建前で、本音は自分の好みドストライクな美少女である桜の寝顔を眺めていたいという、凄まじく低俗な欲望からの行動であった。

 もっと云うなら布団に潜り込んで添い寝をしたかったが、知り合ってからまだ半日も経っていない段階でその様なスキンシップをしては今後の信頼関係に響く可能性が高い。

 というか自分を抑えられなくなる可能性も高い。

 そんなことをしたら問答無用で自害を命ぜられ、DEAD END及び道場行きである。

 先ずは着実に好感度を上げ、絆を深め、お互いの心の内を晒し合える段階に至ってからが勝負である。

 ライダーの中でいずれ桜とベッドインすること事態は既に決定事項なのであった。

 

(それにしても、本当に良いマスターと巡り逢うことが出来ました…私には勿体無い程の)

 

 天使の様なあどけない寝顔を無防備に自身に晒しているマスターを見守りながらライダーは数時間前の事を回想していた。

 

 

         ∵∵∵

 

 

 ───何て綺麗な女性(ひと)だろう。

 

 自身の召喚に応じて現界(あらわ)れたサーヴァントを見て、最初に浮かんだ感想がそれだった。

 自分のそれに似た色をした地面まで届く程の長髪と、女性としての魅力を最大限に引き出し、尚且つ調和を保てる限界まで無駄無く実った肢体。

 それらをより引き立てる黒を基調とした際どい服と首輪。

 唯一異質なのが顔の約半分を覆い隠す程の眼帯だが、それを差し引いても尚美しいと解る美貌。

 寧ろ眼帯を外したらどれ程整った顔を拝めるのか、否が応にも想像と情欲を掻き立てられる。

 娼婦の如き淫靡さと淑女の如き静謐さ、(おおよ)そ人間には発露させる事等不可能だろう雰囲気を纏った女性。

 これが、サーヴァント。

 これが、英霊。

 桜は自身が召喚した使い魔の圧倒的存在感に呑まれ、呆然としていた。

 

「……?あの…」

「っ!な、なんですか!?」

 

 十秒程何も喋らず静かに佇んでいただけの女性が、首を僅かに傾げて怪訝そうに声を掛けてくる。

 目の前の女性の存在、その全てに()()()()()いた桜は突然の事に思わず敬語で返事をしてしまう。

 

「私の問いに答えて頂けませんか?貴女が、私のマスター…なのですよね?」

「あ……ご、ごめんなさい。ちょっと、びっくりしちゃって…」

 

 そうだ。

 相手が自分に対して名乗りを挙げてくれたのに、一切反応無しでは困惑して当然である。

 相手の気分を悪くさせてしまったかもと思った桜は少し顔を伏せて素直に謝罪した。

 

「あ!いえ!あの、びっくりって言っても別に恐いと思った訳じゃなくてですね!ただ、その、凄く綺麗な方だな~って、思わず見蕩れちゃって………」

 

 何とか場の空気を良くしようと先程感じたままに相手を称賛するが、見蕩れてしまっていたという事実を相手に告白するという、明確な好意の表現をしてしまった桜は何とも言い難い羞恥心で言葉が尻すぼみになってしまう。

 顔も真っ赤に茹で上がらせていた。

 

「…っく、ふふふ…ぷ、ふ、はは…」

「っ!!!」

 

 そんな桜の様子を見た女性の口から僅かに笑い声が漏れた。

 例えるなら、初々しいものを見た時に思わず顔がにやけてしまうという感じの、友好的な笑い方だ。

 そう理解した桜は益々顔を羞恥で紅くし、同時に相手の機嫌が損なわれていない事に安堵した。

 

「なるほど、随分と愛らしい方ですね。私の様な反英雄を呼び出すなんて一体どんな相手だろうと思いましたが、杞憂だった様で安心です」

「ぁ、ぅ…愛らしいなんて……反英雄?」

 

 女性の言葉で更に羞恥心を煽られた桜だが、その中に気になる単語が混じっていた事に反応した。

 

「ええ、私は世界にそう認識されています。一先ず自己紹介をしましょう。お互いの事をよく理解せねば作戦を立てるどころか呼び合う事も出来ません」

「そ、そうですね、その通りです!じゃあ先ずは私から」

 

 自己紹介をしようという自分のサーヴァントの至極真っ当な意見に桜は必要以上に張り切って返事をする。

 先程の様な醜態は二度と晒さないぞ、という気合いに満ち溢れているのだが、傍から見ると完全によくできた姉と空回り気味の妹の図である。

 何だかほんの2分程でお互いの力関係が決定してしまった様な気がする。

 桜は何とも言えない微妙な敗北感を味わっていた。

 

「私は間桐桜。聖杯戦争始まりの御三家、その一角を務める間桐家の現当主です」

「───さくら、サクラ…確かこの国の代表的な樹木の名前でしたか…ええ、貴女にぴったりの可憐な名前です」

「あ、ありがとうございます…」

 

 女性は発音を確かめる様に桜の名前を繰り返すと微笑みながら言葉を紡ぐ。

 桜は自分の顔が再び熱を帯びていくのを感じた。

 なんというか、まだ自己紹介も済んでいない段階なのに好感度高過ぎじゃないだろうか?

 生来、人懐っこい性格の人なのかな、なんて思考を桜は巡らせる。

 

「では、次は私の番ですね」

「はい。貴女の名前を、聞かせてください」

「私は───西の果て『形なき島』にあった、三姉妹が一柱───メドゥーサと申します。此度の聖杯戦争ではライダーのクラスを獲て現界致しました」

「─────」

 

 その名前を脳が認識した時、桜の眼は反射的に見開かれていた。

 メドゥーサ。

 ギリシャ神話に登場する三柱の女神、ゴルゴン三姉妹の末妹。

 女神アテナにその美しさを嫉妬された事により、見た者を石にしてしまう蛇の怪物、ゴルゴーンに姿を変えられてしまった存在。

 先程自分の事を反英雄と言っていた理由を理解すると共に、明かされたその真名にどこか納得してしまった。

 こんな、同性の自分でも見蕩れてしまう様な美貌の持ち主なら女神に嫉妬されても仕方無いと思えてしまうのだから。

 怪物として語り継がれる反英雄、その逸話は伊達ではなく何人もの屈強な戦士達を葬ってきた。

 だがそんな恐ろしい伝承とは裏腹に目の前の女性は凄く友好的で、マスターである自分への誠実な姿勢が所作の所々から感じられる。

 マスター権限によってステータスを閲覧してみても、中々の高水準。

 

 ハッキリ言ってこの上無い大当たりである。

 触媒無しの召喚でこれ程のカードを引き当てた自身の幸運に桜は興奮を抑えきれなかった。

 可能なら今すぐ奇声を挙げながら小躍りしたいくらいにテンションはMAXでヒートしている。

 だが今後、共に背中を預けながら戦う相手に先程以上の醜態を晒すなんて事は断じて否だ。

 故に桜は興奮で小刻みに震える拳を握り締めて自身を静める様に俯く。

 

 そんな桜の態度がメドゥーサに誤解を与えてしまった。

 

「…申し訳ありません…やはり、そうですよね」

「え?」

 

 あからさまにメドゥーサの様子が変わった。

 バイザーで表情は読めないが声のトーンが下がり、明らかに落ち込んでいる風である。

 

「いえ、いいのです。私は多くの人間達の命を奪ってきたばかりか、己の姉妹すらも食い殺した怪物。マスターが恐怖を抱くのも当然の事でしょう」

 

 落胆と諦観、そして哀しみ。

 メドゥーサの声色からそれらをありありと感じる事が出来た。

 桜は自分の失態に気付く。

 震える自分の様子を見て、メドゥーサは自身の真名がマスターに恐怖を与えてしまったと考えたのだ。

 

「ち、違いますライダーさん!別に貴女の正体を怖がった訳じゃないんです!」

「無理をなさらなくて結構ですよマスター。たとえ貴女が私を信頼してくださらなくても戦闘に支障は来さないと確約します。この身はただ、貴女の敵を殺す為の機械となりましょう。貴女は私に関心等置く必要はありません。純粋に己の道具として活用すればいいのです」

 

 感情を殺してメドゥーサは淡々と言葉を紡ぐ。

 つい先程とは別人の様に見えるくらい、その言葉には感情が乗っていなかった。

 

 桜は自分を恥じた。

 つまらない見栄で相手を不安にさせては本末転倒だ。

 逸話、伝承、ステータス、メドゥーサを構成する情報ばかりを見て本人の心の内を知ろうとしていなかった。

 お爺様を殺した時から何も成長していない。

 自分の事ばかりを優先する穢れた女(卑しい蟲)だ。

 自分は間桐の魔術を正しく受け継いでいるのだと桜は自嘲する。

 奪うだけで与える事が出来ない。

 自分に歩み寄ってくれたメドゥーサの心すら知らず知らず奪ってしまっていた。

 この身に付いた性質を変える事はきっと生涯を懸けても出来ないだろう。

 変えるつもりもない。

 ならばその責務だけはしっかりこなさねばならない。

 間桐の当主として、間桐の術の真髄を。

 『愛』をもって、相手を束縛する(しばる)

 

「ライダーさん」

「────ッッ!!ぇ…ぁ…」

 

 桜は静かに相手の名前を呟くと、微笑みながらメドゥーサの胸に撓垂(しなだ)れ掛かった。

 恋人が男に甘える様に、或いは友人にじゃれつく様に。

 相互理解を早々に諦め、機械に徹するつもりだったメドゥーサは主人の予想外の行動に動揺を抑えられなかった。

 頬に朱が差す。

 

「ま、マス、ター?」

「ほら、どうライダーさん?私、恐がってなんかないでしょ?私、臆病だから、信じてもいない相手にこんなこと出来ません」

「え、っと、あの…」

「ごめんなさい不安にさせて。貴女みたいな凄い人を呼べた事が嬉しくて…ちょっと(はしゃ)ぎ過ぎちゃったみたい。情けないな私、これから一緒に戦っていく味方の足を引っ張っちゃうなんて…」

「そ、そんなことはありません!私が早とちりをしただけの話です。マスターの責では…」

「ううん、私って昔から鈍臭いから…こんな頼りないマスターでごめんね。でもせめて背中を預け合う相手には信じて欲しいから。私も、貴女を信じたい」

「………サクラ…」

「だから貴女の事、もっと教えて?」

 

 桜は己の心の内を偽る事無く曝け出した。

 相手を受け入れる為には、相手に心の内を曝け出して貰うには、先ず自分がそれを行わなければならない。

 相手のモノを奪う以上、自分はそれに見合うだけの痛みを負う必要がある。

 それが、間桐の教え。

 それが、桜の覚悟。

 メドゥーサは目の前の少女の強さ(優しさ)を知った。

 その在り方(美しさ)も。

 暫く見詰め合った後、二人は表情を破顔させて笑い合った。

 

「どうやら似た者同士らしいですね、私達は」

「うん。やっぱり触媒無しで呼べただけの事はあるわ」

「え゛」

 

 まさかの相性で自分が召喚されたという事実にメドゥーサは顔を引き攣らせた。

 桜はアハハと苦笑して誤魔化す。

 

「こほん…先程の言葉は撤回しますマスター。これより私は、貴女を護る騎手となります。道具として、機械としてではなく、背中を預け合う相棒(パートナー)となります。この手綱を持って、必ずや貴女を聖杯の下へ導きましょう」

「はい…よろしくお願いしますね、ライダーさん」

「ライダー、で構いませんよマスター。敬語も使う必要はありません。私は貴女のサーヴァントなのですから」

「え、え~…っと、は、はい…じゃなくて…うん、よろしくライダー。私の事も、桜って呼んで」

「了解しました。よろしくお願いしますね、サクラ」

 

 言葉を交わした。

 身体を触れ合わせた。

 まだまだお互いを十全に理解し合えたとは言い難いが、この人となら上手くやっていける。

 それだけは間違いないと二人は感じていた。

 

 

 

 その後、お互いの能力を知る為に情報を交換したり軽いデモンストレーションをしたりしたのだが、その時見せられたライダーのペガサス───魔法級の存在である幻想種に桜が大はしゃぎしてライダーを内心ほっこりさせたりと色々あったが、それはまた別の話。

 

 

         ∵∵∵

 

 

 ライダーは回想を終える。

 桜は自分を呼び出せて幸運だと言ってくれたが、それは此方も同じだった。

 まだまだ洗練され切っていない部分も多々あるが、現代の魔術師としては十二分の実力。

 使い魔に過ぎない自分に当初は敬語で接したりと気遣いの出来る献身的で優しい人間性。

 更にはスタイル抜群の美少女で、年齢から察するにおそらく処女。

 

 最高である。

 正しく理想のマスター。

 これ以上があるなら教えてくれってくらいの完璧さ。

 本当に、この娘の召喚に応じて良かったとライダーは心の底から思っていた。

 故に、昨夜の誓いを(たが)えるつもりはない。

 

(必ず守り抜きます、サクラ)

 

 この少女に聖杯を。

 そして、いずれ訪れるであろう輝かしい未来まで、護り、導く。

 決意を新たにライダーは桜の目覚めを待った。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 その後、目覚めたサクラについて───無論霊体化して───()()とやらの家に行ったら、サクラの様子が急変した。

 何事かと思って目の前の男を注視すると、なんと令呪になる前の聖痕持ち。

 これは好機と先手必勝をサクラに進言したらめっちゃ怒られた。

 

 

 凄い(へこ)んだ。




ライダー「敵はまだ契約すらしていない!チャンス!」
桜「あ゛?」
ライダー「(´・ω・`)」

 ということで桜ちゃんとライダーさんのイチャイチャ回でした。
 慎二の横入りが無いのに加えて桜ちゃんの性格がかなり明るいので、原作のSNやHAに比べて仲良くなるスピードが大分早いです。
 今後もどんどん仲を深めていくでしょう(意味深)。

 ライダーさんの好みはスタイルの良い処女とされています、桜ちゃんは正にストライクゾーンど真ん中ですね!
 本当に処女ならな…まぁ精神的なあれを考慮すればノーカンでもいいかもしれませんが。

 以下はライダーさんのステータスです。
 と言っても幸運以外原作と変わりませんが。
 サーヴァントステータスって書くのめっちゃ疲れますね…orz


真名:メドゥーサ
マスター:間桐桜
クラス:ライダー
ステータス:筋力B/耐久D/敏捷A/魔力B/幸運C/宝具A+

クラス別能力
対魔力(B):魔術への耐性。三節以下の詠唱による魔術を無効化し、大魔術・儀礼呪法など大掛かりな魔術を持ってしても傷付けるのは困難。

騎乗(A+):乗り物を乗りこなす能力。生前には存在しなかった現代の乗り物はもちろん、竜以外の幻獣・神獣すらも乗りこなせる。

保有スキル
魔眼(A+):魔眼の中でも最上位と呼ばれる宝石級の石化の魔眼「キュベレイ」を所持。対魔力がC以下の者を石化し、Bでも判定次第で石化する。たとえ石化しなくとも全ての能力を1ランク低下させる「重圧」の負荷を与える。この効果は距離を置くと薄れるが、ライダーが認識せずとも相手がライダーを認識しただけで石化が始まる。

単独行動(C):マスターを失っても、1日程度現界し続ける事が可能。しかし吸血による魔力供給が可能なのでもっと長く現界する事も可能。

怪力(B):魔物、魔獣のみが持つとされる攻撃特性で、一時的に筋力を増幅させる。

神性(E-):神霊そのものではあるが怪物に転じたためほぼ消滅している。

宝具
他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)
ランク:B
種別:対軍宝具
レンジ:10〜40
最大捕捉:500人
概要:形なき島を覆った血の結界。ゴルゴン三姉妹が追放された『形のない島』に作られた魔の神殿。訪れるものを石にし、また貪り食ったとされる神殿は、メドゥーサの持つ魔眼が作り上げた結界。魔眼を拡大投射する事で一定のフィールドを“自らの眼球の中に”置換し、中にいるものたちから生命力を奪い取る。対魔力の無い一般人では文字通り“体が溶けてしまう”程の吸収力で、血液の形で魔力へと還元して、使用者が吸収する。英霊であってもこの結界内では生命力を奪われてしまう。形はドーム状をしており、内部からは巨大な眼球に取り込まれたように見える。ただし、結界外からは敵に察知されないようにするために、そのようには見えないようになっている。土地の霊脈を傷つけるため、同一の場所に連続して施すのは不向き。死徒や真祖といった吸血鬼とは異なるが、吸血種であるライダーが効率よく血を摂取するためのもの、とされる。一般人には非常に有効だが魔術師などの抗魔力を持つ相手には抵抗される場合がある。

自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)
ランク:C-
種別:対人宝具
レンジ:0
最大捕捉:1人
概要:対象に絶望と歓喜の混ざった悪夢を見せ、その力が外界へ出て行くことを封じる結界。普段のライダーはバイザーとして使用し、自身のキュベレイや魔性を封じている。使用中、視覚は完全に絶たれるため、ライダーは視覚以外の聴覚、嗅覚、魔力探査などを用いて外界を認識している。また当然、自身以外にも使用可能で、この宝具の見せる夢を媒介に対象から吸精をすることも出来る。結界は魔力を浴びせるだけで発動し、対魔力の低い者は回避どころか、結界の看破すら困難。

騎英の手綱(ベルレフォーン)
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:2〜50
最大捕捉:300人
概要:ライダーとしての宝具。あらゆる乗り物を御する黄金の鞭と手綱。単体では全く役に立たないが、高い騎乗スキルと強力な乗り物があることで真価を発揮する。制御できる対象は普通の乗り物だけでなく、幻想種であっても、この宝具でいうことを聞かせられるようになる。また、乗ったものの全ての能力を一ランク向上させる効果も持つ。アーマークラスも+100される。ライダーは専ら召喚したペガサスに使用。真名解放すれば、限界を取っ払って時速400〜500kmという猛スピードで、流星のごとき光を放った突貫となる。その威力は巨大な城壁が高速で突撃してくるようなもの。使用中は天馬の加護により、防御力も上昇するという攻守ともに破格の能力を持つ。

天馬:ライダーによって召喚される、神代の幻想種。ステータス上は「騎英の手綱」はこの天馬とセットで扱われるが、天馬自体は宝具ではなくライダーにとっては武装の一つに過ぎない。「騎英の手綱」を用いずとも騎乗することは可能。もともとペガサスは海神からメドゥーサに贈られたものであり、メドゥーサがペルセウスに退治されたおり、その断ち切られた首から滴り落ちた血から生まれたものとも言われている。通常の天馬は魔獣ランクであり、そう強力な幻想種ではない。しかしこの天馬は神代から存在し続けてきた個体で、幻獣の域に達しており、護りに関しては既に竜種に達している。


 幸運がEからCにアップしたよ、やったねライダーさん!
 この桜ちゃんがマスターならきっとこれくらいはいく(確信)。

それではまた次回。


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5話 愛を抱いて溺死する

読み返してみて思ったんですが、この小説の桜ちゃんはプロのドMっすわ。


 午前の授業が終了し、昼休みとなった。

 退屈な、そうでなくともずっと座っている事を強制される授業という名の苦行から開放された少年少女達は思い思いに心身をリラックスさせている。

 だがそんな中で一人、弁当に手をつけるでもなく只管悩み続ける者がいた。

 

 衛宮士郎である。

 普段の彼なら友人である柳洞一成と共に生徒会室で食事を摂ったり、後輩の桜(時々with遠坂)と屋外で弁当を食べたりする。

 そんな彼がただ座ってボーッとしているのには無論理由があった。

 

 桜の事である。

 今朝、何時もの様に家にやって来た桜だが、どうにも様子がおかしかった。

 具体的には、いつの間にか自分の左手に出来ていた痣を見た瞬間から明らかに元気が無くなってしまったのだ。

 朝御飯を用意する時も食べる時も、登校中ですら心ここにあらずといった様子だった。

 昨日までは、もっと云うなら今朝挨拶した瞬間までは元気だった為、病気や体調不良という線は薄い。

 となると精神的に何か追い詰められる様な事態が起こったと見るのが妥当だろう。

 そしておそらく、その原因は自分だ。

 別段何かをしてしまったという訳ではない…筈だ。

 現状考えられる原因は、今は包帯で隠されているこの左手の痣のみ。

 あの信じられないものを見てしまったというか、狐につままれた様な表情がどうも忘れられない。

 ひょっとするとこの痣は、何か重い病気の症状ないし前兆なのではないだろうか?

 あの魂がバファリン(半分は優しさ)で出来ているんじゃないかという程、慈愛に満ち溢れた性格の桜の事だ、自分が重病を患っていると知ってショックを受けたという可能性は十分に有り得る。

 自分が病気で苦しむ()()()()()()が、周りの人を、それもよりにもよって桜に心配をかけてしまっているという事が何よりも辛い。

 彼女はさっぱりしている様に見えて実の所かなり内側に溜め込むタイプだ。

 どんなに些細な失敗でも必要以上に深刻に捉えるし、桜本人が関わっている場合はそれが尚の事顕著になる。

 殆ど相手の過失だというのに、まるで全責任が自分にあるとでも言いたげに謝罪するなんて事も少なくない。

 

 彼女は優しすぎるのだ。

 それは勿論美徳だが、同時にこの上無く自分を追い詰める欠点でもある。

 だからこそ自分や藤姉、遠坂や美綴や一成(ついでにファンクラブの連中)等、桜が潰れてしまわないよう周りの人達が気を遣っているのだ。

 ちなみに兄である慎二は桜に対してそういうフォローは全然入れないが、度々喧嘩することで意図せずしてストレス発散の役割を担っている。

 先輩である自分が桜の負担になってしまっているというのは看過出来ない事態だ。

 まぁ実際の所、自分が病気なのか、そもそも自分が原因なのかすら定かではないが、だからと云って放っておくなんて選択肢はない。

 大切な家族が苦しんでいるのにそれすらも放置するようじゃ、正義の味方なんて夢のまた夢だ。

 

(しかし、どうしたものか)

 

 いつもと違って事態の詳細が分からない。

 これは周知の事実だが桜は素直というか単純というか天然というか…端的に言ってアホの子である。

 成績は悪くないどころか常に学園でトップクラスを保っているが、どうにもそういう()()の部分ではなく根本的な性質がそんな感じなのだ。

 故に様子がおかしい時は直ぐ顔に出るし、その原因も割りと簡単に推測出来るのだが、今回は見当を付けれても確信まで持っていく事が出来なかった。

 

(桜に直接聞くのが一番手っ取り早いんだが意外と頑固だからな…顔には出しても言葉で説明してくれるかどうか)

 

 先程からこの思考の繰り返しである。

 行動を起こすか起こさないか、踏ん切りがつかない士郎に一人のクラスメイトが声をかけた。

 

「どうした衛宮、弁当も広げず。もしや弁当を家に忘れてきたのか?」

「一成か」

 

 柳洞一成。

 穂群原学園の生徒会長にして士郎の友人の一人である。

 友人に声をかけられた士郎は一旦思考を中止して一成に向き直る。

 

「いや、弁当はちゃんと持ってきてるんだがちょっと食欲が湧かなくてさ」

「珍しいな、食欲の有無に(かか)わらず活力を得られる時は確り摂っておくのが衛宮だというのに」

「俺別にそういう主義を掲げた覚えは無いんだが?」

「ならば無意識の行動なのだな。優先すべき事が無い時は基本体調が悪くても頑なに箸を口へと運んでいるぞお前は」

「そうなのか?…藤姉の食い意地がいつの間にか移ってるのかも」

 

 というより日頃食事を共にする冬木の虎との生存競争(おかずの取り合い)によって培われた防衛本能なのだが士郎本人はそれを知る由もない。

 

「まぁ、あれだよ。ちょっと悩みがあるっていうか」

「ふむ…その様子からしてちょっとどころではない悩みと見たが?」

 

 相変わらず一成は鋭い。

 生徒会長をやってるだけあって人を見る目は確かだ。

 いや、今のは自分が分かりやすかっただけか、と士郎は冷静に分析して自嘲する。

 

「う~ん、そうだな…一成には全く関係の無い話とは言い難いし…ちょっと聞いてくれるか?」

「ああ勿論、俺でよければ相談に乗ろう」

 

 士郎の頼みに一成は快く返事をする。

 日頃から士郎に学校の備品の修理等、一生徒の枠を越えた手伝いをして貰っている事に対して一成は負い目を感じている。

 一回相談に乗るくらいでそれらと釣り合いが取れる等とは微塵も思っていないが、少しでも友人の助けになれるのならばこれ程嬉しい事は無い。

 普段は遊びの無い堅物だが、その分誠実な在り方をしているのが柳洞一成という人間である。

 

「サンキュな。実はさ…」

「お!いたいた。おーい衛宮ー!」

 

 士郎が一成に悩みを打ち明けようとした瞬間、第三者の声が大音量をもって士郎の言葉を打ち消した。

 突然の割り込みに士郎は少々驚くが、別段不快感は出さずに声のした方に振り向く。

 声の主は美綴綾子だった。

 

「いやー教室に居てくれて良かったよ。ちょっと聞きたい事があってさ」

「なんだ美綴。俺と衛宮はこれから大事な話があるのだ。長くなるなら放課後にでも回してくれ」

「あーダイジョブダイジョブ。ほんとにちょっと聞きたい事があるだけだからさ、5分もかかんないよ」

 

 士郎と違い、狙い澄ましたかの様なタイミングで乱入してきた美綴(天敵)に一成は不快感を隠すことなく対応した。

 だが美綴も馴れたもので、生徒会長からの露骨な敵意を軽くあしらいつつ士郎へと歩み寄る。

 一成は堅物だが全く融通が効かないという訳でもない。

 一歩退いて、早く話を済ませろ、と無言で催促する。

 

「どうしたんだ美綴。結構重要な案件だからさ、俺としても素早く片付けてくれると助かるんだが」

「おー分かってる分かってるって。聞きたいのは他でもない、桜の事なんだけどさ」

 

 今度は内心、大いに驚く士郎。

 まさか一成に相談しようとしていた人物の名前が美綴から出てくるとは。

 

「なんか今日の桜、様子がおかしかったんだよねー。やたら不安そうっていうか、辛そうな顔しててさ。弓も、普段なら束中だって珍しくない腕なのに、今日は殆ど的に掠りもしなくってね、部全体が騒然としてたよ。体調が悪いのかって聴いても違いますの一点張りでさ、どうにも対応に困っちゃったんだよね」

「そう…なのか」

 

 美綴から事情を聞いた士郎は愕然とする。

 まさか桜がそこまで追い詰められた状態になっているとは。

 

「衛宮なら何か心当たりないかなーって思って来たんだけど」

「心当たりか…あると言えばあるし、無いと言えば無いかな」

「おいおいなんだよその含んだ言い方」

「実は一成に相談しようとしてたのも、お前と同じで桜の事なんだ」

 

 士郎の言葉に美綴は怪訝そうな顔になる。

 少し離れて話を聞いていた一成も同様だ。

 

「それどういう事だよ衛宮」

「いや、実はさ…」

 

 

 そして士郎は今朝の事を二人に話し始めた。

 今朝会った時は確かに元気だった事、自分(の左手の痣)を見た瞬間に様子がおかしくなった事、自分としては特に何もやっていない筈だという事。

 大まかな事情を聞いた二人は腕を組んで真剣に悩んでいた。

 やはり二人にとっても桜は特別な存在なのだろう。

 

 美綴は言うまでもなく同じ部の先輩として桜を可愛がっている。

 礼儀正しく愛想も良く、武道に対して誠実な姿勢を見せる桜を美綴はかなり気に入っている。

 意外と頑固で部の規則に対しては部長の美綴より融通が効かないが、そうして叱りつけた部員へ自らフォローをいれる聖人級の気配りの良さは殆ど副部長のそれだ(本当の副部長は慎二だが)。

 そんな桜を次期部長として鍛え上げている最中の美綴にとって、桜の不調は公私共に看過出来る問題ではないのだろう。

 

 そしてそれは一成も同様である。

 一見接点の無い様に見える二人だが、実のところ一成は俺よりも桜との付き合いが長い。

 小学4年生の時に桜が柳洞時を訪れた際に知り合ったという話で、なんでも桜が境内沿いの外塀で養蜂をしたいと言ってきたらしい。

 間桐家の家業は代々土地の資産運用を主としてきたが、桜の祖父は趣味で副業として養蜂や養蚕、標本作りにカブト・クワガタの販売と虫に関わる仕事を数多くこなしていた様で、それに興味を持った桜も先ずは養蜂に手を出してみたと聞いている。

 当初は何故寺で育てたいのか、参拝客が刺されたりしたら大変だ等々、ごもっともな反対意見が僧侶の方々から出ていたのだが一成の兄である零観さんの鶴の一声で許可が降りたとの事だ、凄まじい。

 そんなこんなで始まった養蜂だが、育てている蜂が人を刺した事は一度も無いという話で毎月分けて貰える蜂蜜も滋養強壮の効果が高く寺の僧侶さん達の貴重な栄養源となっている。

 斯く言う俺も何度か桜からお裾分けを頂いた事があるのだが、あれは凄い。

 あれを食べておくとその日一日中調子が良くなり、夜の魔術鍛練も心無しか成功率が上がるのだ。

 正直副業にしとくのが勿体無いと思った。

 そういった経緯で週に2回程寺に訪れる様になった桜と一成の親交は深い。

 一成は女嫌いという認識で通っているが氷室や三枝の様な基本清楚で大人びた…というか蒔寺の様な姦しくない女性には普通に接している。

 学園全体で聖女認定されており、おまけに頑固だがその分真面目で誠実という性格に共通点も多い桜と一成が仲良くなるのは必然だった。

 祖父の葬儀に関してもお世話になったと桜も言っていた記憶がある。

 はい、閑話休題。

 

 

 俺の話を聞き終えた美綴が口を開く。

 

「一応もっかい確認するけどさ、衛宮は何もやってないんだよね?」

「ああ、少なくとも俺の視点では、っていう注釈が付くけど」

「ふむ…難題だな、手掛かりが少なすぎる。これでは()()は出来ても()()が出来ん」

 

 一成の言葉に内心で全面的に同意する士郎。

 朝から昼までの数時間、何度同じ事を考えたか最早覚えていない。

 

「だったらもうやれる事は一つしか無いんじゃない?」

「…それはつまり…」

「うむ、桜に直接聞くしかないな」

 

 やはりか。

 最終的に自分と同じ結論に至った二人の顔を一瞥して士郎は天井を仰ぐ。

 

「やっぱりそうなるよなー」

「桜は衛宮と同じで何でもかんでも自分の内側に抱え込むタイプだからね。うだうだ対応に悩んで手遅れになる前に強引に引きずり出しちゃう方がベストだよ」

「同感だな。(こと)頑固さに於いては間違いなく俺や衛宮以上だ。全力で攻め落としにかからねば門を抉じ開ける事すら叶わん」

 

 随分な言われっぷりだが事実だけに口を挟めない。

 士郎は内心でフォロー出来なかった事を桜に謝る。

 

「衛宮の事だ。大方、自分が原因かもしれないからと責任を感じて悩みはしたが、それ故に桜に遠慮して足踏みをしていたのだろう?」

 

 図星である。

 

「衛宮と桜の違いはそこだよねー。桜はどんな難題にぶつかっても最終的に開き直って大胆な行動に移れるけど、衛宮は事他人に関しちゃ必要以上に慎重になるよな」

 

 何でこの二人はこうも自分に関して詳しいのだろうか。

 自分の周囲の人間(友人)のカリスマ性の高さというか、理解度の高さに嬉しいような悲しいような微妙な気分になる。

 

「…あんたは、さ。桜の家族なんでしょ?そんな()()な事で遠慮する必要あんの?」

「些細って…桜にとってはきっと深刻な事なんだ。慎重になるのは当たり前だろ」

「些細な事だよ。あんたと桜の、()()での揉め事なんだからさ」

 

 そういって美綴は笑った。

 

 なんだろう。

 一見無責任と取られてもおかしくない、そんな言葉に俺は自分の芯を揺さぶられた様な気がした。

 美綴や一成や、学校のみんなにとっては重大な事件だが、俺と桜、この二人の間に限っては───

 

 ───ほんの些細なすれ違いに過ぎないと、美綴は云うのだろうか。

 

「あんたと桜は三年間一緒にいるんだ。そりゃ付き合いの長さで云えば柳洞の方が長いけど、深さなら間違いなく衛宮だよ」

「ああ。単なる先輩に過ぎない俺達の言葉は彼女に届いても()()()()だ。そこで終わってしまう。だが、衛宮は違う」

「親しき仲にも礼儀ありって言うけどさ、遠慮と礼儀は全くの別もんだよ。なぁなぁで距離を取り続けるより、ぶつかるくらい近付いちまった方がよっぽど良いと私は思うわけ」

 

 

 なんとも、無茶を言ってくれる。

 でも。

 

 それは間違いなく正しい事だと思えた。

 

「………ありがとな。一成、美綴」

「なに、礼を言われる程の事ではない」

「うしっ!んじゃ話も纏まったし、善は急げだ。早速1年の教室に乗り込んd」

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

 チャイムが、鳴った。

 昼休みが、終わった。

 

「……………」

「………えっと、放課後でも十分間に合うんじゃないか?」

「…まぁ、そうだな」

 

 そんな感じで方針は決まったが、結局その場で足踏みをする羽目になった。

 昼食を抜いた状態で受ける授業はそれなりにキツかった事をここに明記しておく。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ダンッ、と鈍い音が射場に木霊する。

 また、外してしまった。

 今朝の朝練と同じ、射った矢が的に全然中らない。

 既に的の周りは外した矢に埋め尽くされて剣山の様になってしまっている。

 

 私は今、弓道場に一人居残って只管弓を引いていた。

 放課後の部活動時間はとっくに終わっているけど、美綴先輩に我儘を言って自分だけ残して貰った。

 今は、兎に角一人で思考に没頭出来る環境が欲しくて。

 意外にも美綴先輩は何も聞かずに許可をくれた。

 兄さんには少し小言を言われてしまったけど、ちゃんと後片付けをして夕飯を作れる時間には帰る事を伝えたら許して貰えた。

 普段から周りには規則の遵守を強制している自分が、こんな事をしてしまっている。

 今日はやる事為す事、どんなに些細な物事でも自己嫌悪に繋がってしまう。

 思わず溜め息が溢れる、胸の奥に沈澱した重たい鉛の様な心を吐き出そうとしての行為だ。

 当然、意味は無いけれど。

 

(…全然集中出来ない……)

 

 重い、痛い、苦しい。

 魔術師として努力をしてきた約9年間、辛い局面は幾らでもあった。

 でも、それらは投げ出さず頑張り続ければ乗り越える事が出来た。

 魔術師は常に孤独、代々一子相伝で受け継いできた神秘を外部に漏らしてはならない以上、それは必定です。

 だから抱え込んできた辛さは、常に自分だけの問題だった。

 だから何も迷うことなく、愚直に前進し続ける事が出来た。

 

 なのに。

 

 こんな土壇場で。

 

 

(どうしてですか…先輩)

 

 

 今朝見てしまった、あの光景が忘れられない。

 いや、聖杯戦争の参加者である自分が()()を見て見ぬふりする等論外なのだが。

 

 先輩の左手に浮かんでいた痣、あれは間違いなく聖痕、聖杯戦争のマスターとして認められた者のみに刻まれる令呪の前段階のものだ。

 それを持っている以上、答えは明白。

 

 先輩は魔術師だった。

 

 自分で導き出した答えを、どうしても心が受け入れてくれない。

 

(ううん、違う……ただ単に認めたくなくて否定している訳じゃない。そもそもおかしい部分がありすぎる)

 

 そう、もし先輩が魔術師ならこれまでの3年間の生活に根本的な矛盾が生まれてしまうのです。

 まず自分が先輩を魔術師だと見抜けなかったというのがおかしい。

 自惚れるつもりは無いですが、これでも人生の大半を魔道に費やしてきたのです。

 先輩がどれ程巧妙に隠していたとしても、必ずどこかで気配というか、神秘の片鱗に気付く事が出来た筈なんです。

 でも事実として私はそれに気付けなかった。

 つまり、先輩は私なんかより圧倒的に優れた魔術師。

 若しくは、魔術の才能を有するだけの一般人。

 おそらくこの二つの内のどちらかなのだが、個人的には後者だと推測しています。

 そもそも前者だった場合、先輩と私は今の様な関係になれていなかった筈です。

 もし先輩が私より優れた魔術師なら、初めて会ったあの時私を魔術師だと見抜けた筈。

 それなら他所の家の魔術師である私を…いや、魔術師じゃない一般人だとしても、神秘を秘匿している自身のホームに上げたりなんかしないでしょう。

 でも私は事実として、この3年間先輩の家に何度も訪れている。

 玄関とリビングに通すくらいならまだセーフですが、間取りは疎か家具の置き場、洗剤や調味料の予備のしまい場所etc…先輩の家で私が知らない場所は無いと言っても過言ではない状態です。

 自分の家を丸裸にされるなんて魔術師にとっては絶対に避けなければならない事なのに、先輩がそれらを気にした事は一度も無い。

 そもそもこれだけ見て回っても先輩の家には工房どころか魔術の形跡すら一切無かった。

 これらの事を考慮すると、やはり先輩は魔術師なんかじゃなく、ただ単に才能を、魔術回路を有しているだけの一般人と考えた方が自然でしょう。

 

 でも、それはあくまで希望的観測に過ぎない。

 

 ひょっとしたら先輩は私なんか足元にも及ばない程の凄まじい魔術師なのかもしれない。

 

 ひょっとしたら先輩は私が魔術師だと見抜いた上で私を招き入れたのかもしれない。

 

 ひょっとしたら先輩は私から間桐の秘術を掠め取るつもりで家族ごっこに興じているのかもしれない。

 

 ひょっとしたら先輩はそれら全てを計算ずくの上で、自分に慕情を抱く馬鹿な後輩()の事を嘲笑っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

(違うっ!!!!)

 

 違う。

 それは絶対に違う。

 

(有り得ないっ!!!!!!!)

 

 そう、有り得ない。

 幾らなんでも飛躍しすぎだ。

 

(先輩は…先輩は…)

 

 でも、信じきれない。

 信じたいのに、心が揺れる。

 怖くて、身体の芯がぶれる。

 

 ダンッ!

 

 矢は、また外れた。

 腕から力が抜けて弓を握ったまま垂れ下がる。

 息が苦しい。

 胸が痛い。

 貧血になったかの様な脱力感が全身を襲う。

 心が物理的な重さを持ったようだ。

 脚が折れる。

 腰が砕ける。

 臓腑が潰れる。

 そのまま床にへたり込み、俯くと同時に全てが沈んで、溶けていって、落ちていって、駄目になる。

 体は無傷のまま、心だけを殺されてしまった。

 

(どうすればいいの…?)

 

 極端な話、先輩が魔術師なのか、そうじゃないのかはもうどうでもいい。

 重要なのは先輩が聖杯戦争の参加者だということだ。

 参加者である以上は、みんな敵。

 先輩が私の敵になる…いや、サーヴァントを引き連れているんだ、私はもう現時点で先輩の敵なんだ。

 戦わなくちゃいけない。

 誰と?

 

 

 先輩と。

 

 

 先輩と?

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや。

 

(そんなことできない…!)

 

 嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 綺麗なあの人を、尊いあの人を、私なんかが傷付けていい筈がない。

 姉さんが私を敵として見てくれた時は凄く嬉しかったのに、先輩が私を敵として見るなんて想像しただけで震えが止まらなくなる。

 

(私は弱い…!)

 

 何も。

 お爺様を殺したあの時から、自分は何も成長していない。

 周りからの愛を失う事が怖くて、一人になるのが怖くて、いざという時泣いてばかり。

 姉さんなら、姉さんならこんな時も絶対に迷わず意志を貫き通す事が出来る筈なのに。

 姉さんはお父様が死んだ時も、お母様を喪った時も、常に強くあり続けていたのに。

 私と姉さんの差はずっと昔から縮まってなんかいなかったんだ。

 

 醜い。儚い。弱い。惨め。愚か…

 

 

 

 ごめんなさい。

 

(ごめんなさい…!)

 

 口から嗚咽が溢れる。

 心の中に浮かんだのは、情けない自身への罵倒の言葉。

 そして、謝罪の言葉。

 

 誰に対しての?

 

 

 自分を認めてくれたお父様への。

 命を奪ってしまったお爺様への。

 自分を敵と見なしてくれた姉さんへの。

 

 先輩への。

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

『サクラ…』

「…ごめんね、ごめんねライダー…こんなんじゃ、私…」

 

 只管謝りながら泣き続ける私を、霊体化したライダーが背後から抱き締めてくれる。

 温かい。

 安心する。

 

『大丈夫ですよサクラ』

「ライダー…」

『貴女がその儚い身の内に何を秘めているのか、私には測りかねます…ですが私は、サーヴァントである私だけは、何があっても貴女の味方であり続けます』

 

 ライダーの言葉が肌に染み渡る。

 ああ、大丈夫。

 まだ大丈夫だ。

 自分はまだ完全に折れていない。

 この9年間で、精神の最終防衛ラインはギリギリキープ出来るようになってる。

 支えてくれる人が居るんだ、どんなに弱くても歩き続ける事は出来る。

 なのに、まだ落ち着かない。

 

(考えなくちゃ)

 

 今後の活動方針を。

 軸がぶれてちゃ最適な行動なんてとれる筈もない。

 

(まずはやっぱり、色々確かめる必要がある。先輩の事も気になるけど、他にも各マスターとサーヴァントの能力、動向、拠点…それらが何時先輩や私に向くかを見極めないと)

 

 情報収集。

 自身の考えを纏める為の時間も欲しいんだし、最初は静観の方が無難かもしれない。

 急いては事を仕損じると、お爺様の件で私は学んだのです。

 

(今日はもう帰ろう。弓に頼ってもあまり集中出来なかったし…あ、後片付け…)

「桜?」

「っ!?」

 

 数瞬、心臓が停まった。

 肺の中に氷塊が出来たように、息が冷たく感じる。

 ブワリッ、と一瞬で背筋に汗が浮かんだ。

 名前を呼ばれたんだ。

 振り向かなくちゃ。

 なのに出来ない。

 怖い。

 凄く怖い。

 立ち直りかけた心がまた挫けそうになっている。

 

「桜?おーい桜。どうしたんだ、聞こえないのか?」

「……せ、ん…ぱい?」

 

 全身全霊で声を絞り出した。

 ありったけの勇気を振り絞って振り向いた。

 

「桜…!?おい、ほんとにどうしたんだ!顔グシャグシャだぞ!?」

 

 先輩が慌てた様子で駆け寄ってくれる。

 嬉しいのに苦しい。

 

「大丈夫、です。ちょっと気分、が…」

「大丈夫な訳あるか!なんで……なんて辛そうな顔してんだよ」

 

 ライダーが私から離れるのと入れ替わりに、先輩が私の肩を掴む。

 先輩は全く気付いていないようだ。

 

「ほんとにだい、じょうぶです。私、後片付けしないといけないので…」

「それは俺がやる。桜は休んでろ」

「だ、駄目です!これは私の責任で…」

「桜」

 

 先輩が視線の高さを私に合わせて見つめてきた。

 逸らす事が出来ない。

 見つめ返す事しか出来ない。

 

「頼む、休んでくれ。今の桜は放っておけない」

「先輩…」

「ったく、慎二も美綴も…何が大丈夫だよ。こんな状態の桜を一人にするなんて」

 

 そうか。

 兄さんか、美綴先輩か、或いは二人共に私の居場所を聞いて先輩は来てくれたんだ。

 でもそれは違う。

 二人は何も悪くない。

 

「違うんです先輩。私が我儘言っちゃったから…全部、全部私が悪いんです。私が弱いから…一人じゃ何も出来ない、駄目な子だから」

「何言ってんだ、桜は悪くない。悪いのは…悪いのは…………」

「……?」

 

 先輩の瞳が揺れる。

 その表情は、何かを後悔している様で。

 

 知っている。

 この表情を私は知っている。

 自らを責めている時の、私にそっくりだ。

 

「先輩…?」

「…兎に角、桜は此処に居てくれ。片付けは俺がやる。どっちみち今日は送っていくつもりだったんだ。気にしないでくれ」

 

 そう言うと先輩はポケットから出したハンカチを私に押し付けて片付けを始めてしまった。

 返事をする間も無く。

 私は言われた通りその場で座って待っていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 昨夜と同じで月が綺麗だ。

 空気が澄み渡り、凪いでいる。

 大気の揺らぎに邪魔される事なく大地まで辿り着いた月光の反射が周囲を照らし尽くしている。

 外灯なんて必要無いんじゃないかという程だ。

 

「すっかり遅くなっちゃったなー」

「そう、ですね…」

 

 今私は先輩と一緒に帰路に着いている。

 本来の部活動が終了してから随分長い時間弓を引いていたし、結局片付けを先輩一人に任せてしまったせいでかなり遅くなってしまった。

 ライダーがいる私にとって…いや、そうでなくとも魔術師である私ならそこらの不審者なんてどうとでも対処出来る。

 だから私なんかに構わず、先輩には早く家に帰って欲しかったのに…。

 断り切れなかった。

 未練がましくも、あの温かな日常の残滓に(すが)り付いていたくて。

 みっともない。

 やっぱり、私は弱い。

 

「ごめんなさい先輩。私のせいでこんなに遅く…」

「何言ってるんだ、桜のせいじゃない。俺がお前の所に行った時点で結構な時間だったんだ。どっちみち大差は無かったよ」

 

 そう言った先輩の声色はとても優しかった。

 表情はあまり変わっていないけど、心から相手を気遣っているという事が感じられる。

 

「寧ろ、俺の方こそ悪かった。もっと上手くやる事も出来たのに」

「え?」

 

 先輩に謝られた。

 何故?

 思い当たる節が全く無い。

 

「桜の様子がおかしいって事には今朝の時点で気付いてたんだ。多分、俺に原因があるって事も」

「…!」

 

 嘘。

 そん、な。

 

「なのに踏ん切りがつけれなくて、最終的に後回しにしちまった。一日くらいなら大丈夫だろうって、なんの根拠も無しに決め付けて…結局、桜が苦しんでる時に側に居てやる事が出来なかった。家族の、誰よりも(ちか)しい人の苦しみも()(ほぐ)せないなんて…自分が情けない。許せない」

「違いますっ!!!」

「!?」

 

 違う。

 そんなのは、違う。

 思わず叫んでいた。

 この人は、どうして。

 

「どうして…どうしてなんですか先輩」

「桜…?」

「どうしてそうやって…何でも自分のせいにしようとするんですか。先輩は誰よりも綺麗なのに…尊い人なのに…何で自分を卑下するんですか」

 

 口が止まらない。

 感情が沸き上がっている。

 ここで全てをぶつけないといけない気がした。

 

「先輩は悪くないです…誰も悪くないんです。悪いのは全部私なんです。先輩は何時だって綺麗で、何時だって(きたな)いのは私なんです。だから、だから…」

 

「いや、いやいやいやいや……それ思いっきりブーメランだぞ桜」

「へ?」

 

 きょとん、と。

 呆気に取られてしまう。

 どこか(とぼ)けた先輩の発言が、今この場の空気に酷く不釣り合いに聞こえた。

 

「桜…お前は何でいっつもそうやって自分のせいにするんだ。お前が悪いなんて、周りの奴は誰一人思っちゃいない。誰かにそう言われた事があるのか?」

「え…え…?」

「悪くない。悪くないんだよ桜は。お前は何時だって、誰よりも綺麗なんだ。お前の尊さを、俺は誰よりも知ってる。

 

 

だから…それ以上、()()悪く言わないでくれ」

 

 

 

 

 反応が出来ない。

 頭は既に空っぽだった。

 なんで、なんでそんな事を言ってくれるんですか先輩。

 お父様も、お爺様も、姉さんも、先輩も。

 私にそんな価値無いのに。

 

 どうしてこの世界は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……………先、輩」

「ん?」

 

 

 恐怖はもう、消えていた。

 再び失いかけた誇りに、三度()(とも)る。

 先輩が魔術師だろうと、魔術師でなかろうと、最早私には関係ない。

 

 私はこの人を愛してる。

 私を愛してくれた、世界の全てを愛してる。

 そんな世界から、この人から与えられる痛みなら、苦しみなら、私は喜んで受け入れる。

 何を怖れる事がある。

 愛に応えられる事の、なんて尊さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩は、魔術師ですか?」

「─────え」

「私も、魔術師なんです」

「      」

 

 訊いた。

 告げた。

 

 先輩の応えを待つ。

 

 先輩。

 どんな応えも、私は受け入れます。

 だって、貴女が好きですから。

 魔術師として、一人の人間として、後悔しない選択を。

 自分を偽る日常は捨てる。

 たとえ先輩に受け入れて貰えなくとも、此処で先輩との関係が終わろうとも。

 本当の()を、貴方には知っておいて欲しいから。

 

 

 

「─────俺、は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにお馬鹿な質問をしてるのサクラ?」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 突然その場に、第三者の声が響き渡る。

 鈴が鳴るような、透き通った声。

 

「衛宮切嗣の息子であるお兄ちゃんが、ただの一般人な筈ないじゃない」

 

 声のした方へ振り向く。

 

 

 

 

 

 そこには、雪の様に美しい銀髪を持った女の子と、巌のような大男が静かに立っていた。




終わったな(確信)。

ということで漸く聖杯戦争の初戦まで漕ぎ着けましたが…あれ?これヤバくね?

いや自分で書いといてあれなんですが桜ちゃんと士郎君が勝てるビジョンが全く浮かびません。まだセイバー召喚してないのに気が早すぎるぜイリヤちゃんよぉ…!!

この小説の桜ちゃんは自分一人で苦労を背負い込むのは得意ですが、周りの人が関わってくると途端に無茶しちゃう感じですかね。優しすぎるというかメンタルに波があります。

ライダーさん、残念ながら良いところは士郎に持っていかれてしまいました。付き合いの長さが違うし。人前で霊体化解く訳にもいかないし。しょーがないね、うん。攻略までの道は果てしないです。

あと一成君と桜ちゃんの関係はとあるssをリスペクトしております。霊脈の通った柳洞寺で育てた蜂達の蜜は滋養強壮効果が半端無いそうです。意図せずして先輩の鍛練をサポートしてた桜ちゃんマジ後輩(うっかり)


最後にもう一つ。


このヘラクレス、バーサーカーじゃありません(白目)


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6話 大英雄と反英雄

今回の反省点

・長ぇよ(まさかの15000字越え)
・ヘラクレスさんの強さを抑え過ぎた
・桜ちゃんの呪文(外国語アレルギーやねん…orz)
・戦闘シーンがもっさり
・オリ魔術
・オリ鯖ぁっ!!!

こいつぁヤベェぜ…


「先輩は────私を信じてくれますか?」

 

 自分の目の前で起きた事象が理解出来なかった。

 現実なのか、夢なのかすら定かではない。

 

 有り得ない。

 本来なら、あんな、あんなものは有り得ない。

 有り得ていい筈がない現象だ。

 

 鼓膜に、頭蓋に、心臓に。

 周囲で巻き起こる轟音がちっぽけな俺の体の全てを呑み込み吹き飛ばさんとしているかの様に叩き付けられる感覚が残っている。

 

 脚が動かなかった。

 腕も動かなかった。

 思考も出来なかった。

 瞬きすら忘れてしまっていた。

 辛うじて出来たのは呼吸のみ。

 全く以て未知の存在、それも己の命を容易に刈り獲る事が出来る力を持った相手を前に、生物としての本能が働くことを放棄してしまっていた。

 ただ一つ分かっていたのは、この場に留まっていると死ぬという事。

 

 後輩の言う通り、直ぐにあの場から逃げるのが一番賢い選択なんだろう。

 

 でもな桜、後輩(家族)を犠牲にして自分だけ助かるなんて選択、俺にとっては無いも同然なんだ。

 

 

「前にも言っただろ?俺は、桜の事を誰よりも信じてるよ」

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

「ライダーっ!!」

 

 気付いたら咄嗟に叫んでいた。

 全身の魔術回路を叩き起こして魔力を(みなぎ)らせる。

 パスを通じて私の魔力を受け取ったライダーの霊体化が解かれ、私と先輩の前に現れた。

 鎖の付いた杭を両手で構えて既に臨戦態勢を取っている。

 その後ろ姿はとても頼もしいが、十数メートル程先に佇む存在から発せられる圧力(プレッシャー)は微塵も緩まない。

 

 あれは、()()()

 その姿が目に入った瞬間、心臓が停まり、後に跳ね上がった。

 その圧倒的存在感に晒された瞬間、全身の神経が痺れ、筋が凍り、血が熱くなった。

 ただそこに居るだけで明確に此方の心と体を蹂躙し、滅茶苦茶にしてくる。

 あれには、勝てない。

 確実に自身を滅ぼしうる力を前にして、本能が叫んでいる。

 今すぐ逃げろ、隠れてやり過ごせ、命乞いをしろ、諦めろ、死力を尽くして闘え。

 ありとあらゆる感情が()い交ぜになり、矛盾した反応がそのまま体にも表れる。

 なのに、理性だけは只管正常だった。

 昔から、子供の頃からそうです。

 一周回って冷静になれるというか、どうやら自分は追い詰められると頭が冷える(たち)らしい。

 そんな自身の数少ない長所に感謝しつつ、()から目を離さない。

 

 巌の様な巨人。

 服は腰巻きのみ、獅子を模した胸当てと棘付きの鎖錠を僅かに身に付けただけの、ほぼ裸の格好だが、そんな事は何の問題にもならない。

 寧ろ半端な衣服や鎧を纏っても動きを阻害する邪魔()にしかならないだろう。

 そう確信出来る程に鍛え抜かれ、人体の完成形と言っても過言ではない屈強な五体を惜し気もなく誇示している。

 女性として完成された肢体を持つライダーとは対極の存在の様に思えた。

 自身の身長程もある弓を携えているところを見るに、恐らくクラスはアーチャーだろう。

 遠距離戦を最も得手とするクラス…の筈なのだが、接近戦を挑んでも勝てるビジョンが全く浮かばない。

 あの筋肉達磨な見た目からしてもそうだが、何より───

 

(なんてデタラメなステータス…!)

 

 マスターの権限により閲覧した相手のステータスは規格外の一言に尽きた。

 

 なんと幸運以外、全てAランク。

 

 馬鹿げている。

 文字通り最強じゃないか。

 あれでアーチャー?

 なんの冗談ですか、と叫びたくなった。

 ひょっとしたらあの弓はマスターが用意したフェイクの礼装か何かで、本当の宝具は別にあるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 いや、仮に最優と呼ばれるセイバーのクラスだったとしてもこれ程までにデタラメなランクを叩き出すものなのでしょうか。

 まさかバーサーカー?

 理性を代償に能力を引き上げる狂化の恩恵を受けているならあの高ステータスも納得出来なくはないですが…それにしては落ち着いている様な…。

 

「初めましてサクラ。それにお兄ちゃん」

「!」

 

 敵のサーヴァントについてあれこれ思考を巡らせていると少女に話しかけられた。

 そういえば、アーチャー(暫定)の凄まじいインパクトのせいで忘れていたが、あの少女がアーチャー(暫定)のマスターなのだろうか。

 あんな、幼い少女が?

 見た目で相手を判断する等、愚の骨頂だとは分かっているのですが、それにしたって場違いだ。

 これから戦場になる場所に、間も無く殺し合いが始まる場所に、何故あんな幼気(いたいけ)な子供が。

 

「私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」

「アインツベルン…」

 

 少女の名乗ったファミリーネーム。

 私と同じ始まりの御三家の魔術師。

 

「アインツベルンは、今度こそ聖杯を手に入れるつもりよ。その為に最強のマスターである私と、最強のサーヴァント、アーチャーを用意したの。貴女達に聖杯は渡さないんだから」

 

 少女の口から明確な敵対の意思を伝えられる。

 おまけに無視出来ない情報が。

 やっぱりあのサーヴァントのクラスはアーチャーだったのだ。

 つまり素のステータスであの高水準。

 とんでもない格を誇る英霊なのでしょう。

 

「じゃあ、殺すね」

 

 少女はクスリと笑うと、あまりにも無邪気な声色で、どこまでも残酷な言葉を、挨拶でもするかの様な自然体で紡いだ。

 天使と悪魔が一つになった様な少女だ、なんて呑気な感想が浮かぶ。

 

 

「やっちゃえ、アーチャー」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 スッ、と。

 少女の命令に紳士然とした言葉で応えたアーチャーは静かに此方へ一歩踏み出した。

 見た目と言葉遣いのギャップに少し不意を突かれたが、それよりも驚くべきはその身のこなし。

 あれだけの巨体にも関わらず、一切足音を()てずに移動した。

 自身の肉体を完全に支配している。

 途方もない研鑽の果てに身に付けたのであろう、その体捌きは正しく英雄。

 

「我がマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン様の命は下った。サーヴァント、アーチャー。いざ尋常なる果たし合いを臨むもの(なり)

 

 威風堂々。

 不意討ち等という概念は知らぬとばかりに数歩前に出た武人は静かに、だが此方の芯に沈み込む様な深みをもって名乗りを上げ、弓に矢を(つが)えた。

 その狙いは勿論ライダー。

 

 

「─────っ!!!」

 

 

 でも、よりにもよって角度が悪かった。

 ライダーの背後、射線上には私ではなく先輩が含まれていた。

 

 

「先輩っ!!!」

「サクラっ!」

「うわっ!?」

 

 私は咄嗟に先輩を突き飛ばす。

 入れ替わりで射線上に入ってしまった私をライダーが抱えて跳んだ。

 瞬間、(はし)った矢が風圧でライダーの靴の底を削る。

 矢は途中で失速する事なく一直線に飛び続け、数十メートル先にある電柱を貫いて尚飛び続ける。

 そのまま肉眼で捉えられる距離を越えて行ってしまった。

 

 まるでレーザー。

 ただの弓矢と言えど、人類史にその名を刻まれた英雄が放てばそれだけで圧倒的な神秘を宿した彗星となる。

 たかが一矢。

 されどその一矢は英霊をも確実に(ほふ)る、正しく必滅の一撃。

 私は思わず生唾を呑み込んだ。

 もしライダーが私を抱えて回避してくれなかったら。

 あれに当たったが最後、体に穴が空くどころか風圧と摩擦熱で丸ごと蒸発させられていただろう。

 明確な死の可能性を見せ付けられ、恐怖と焦躁が増す。

 

「───!ぁ、先輩!」

 

 ライダーに抱えられたまま、暫く矢の飛んでいった方を呆然と眺めていた私は、漸く正気に立ち返る。

 戦場で余所見をする等殺してくださいと云っている様なものなのに。

 魔術師はあくまで神秘を探求する()()であって()()ではない。

 いくら攻撃魔術が使えても、その下地は法治(平和ボケ)国家日本で純粋培養された一学生にすぎない。

 そう頭では理解していたのに、まだまだ認識が甘かったのでしょう、こんな致命的な隙を晒してしまうなんて。

 今はライダーが警戒してくれていたから良かったけど、もし単独行動する羽目になったら気を付けなければ。

 せめてライダーの足手まといにだけはなりたくない。

 

 私は先程突き飛ばしてそれっきりだった先輩の方を見た。

 呆然とした様子で尻餅を着いているが怪我は無さそうです。

 それに一安心した私は次にアーチャーを見やる。

 今にも第二射を放たんと構えているのかと予想したが、意外にも弓を下げて佇んでいる。

 此方に向けているのは視線だけだった。

 私と同じくそれを疑問に思っているのだろう、ライダーは私を抱えたまま(っていうか今気付いたんですけどお姫様抱っこって!)アーチャーに注意を払っている。

 そんな私達の心中を察したのでしょう、アーチャーが話し掛けてきた。

 

「言った筈だ。私は尋常なる果たし合いを臨むと。腕と脚の塞がったか弱いレディを狙い撃ちする気等更々無い」

 

 力強く重厚な声で紡がれた英雄の(ことば)を私は頭の中で反芻する。

 つまりマスター(お荷物)を抱えて満足に戦えない状態の相手を一方的に攻撃する様な真似はしない、という事でしょうか。

 あくまで一騎討ちに(こだわ)り、尚且つ相手が致命的なマスター(弱点)を抱えているにも拘わらずそこを突いたりしない。

 

 なんて人だ。

 良く言えば正々堂々、悪く言えば馬鹿正直。

 労せず、確実に敵を討てる絶好の機会だというのに、自らそれを放棄してしまうなんて。

 甘い、なんて一言じゃ済まされないくらい、兵士としては三流以下の行動。

 

 その筈なのに。

 目の前に泰然と在るあの英雄の姿が、とても眩しいものに思えた。

 傲りからくる余裕ではない。

 相手を見縊った挑発でもない。

 まして愚かさ故の下策等では断じてない。

 生涯を懸けて鍛え抜いた自らの(わざ)、その命尽き果てるまで貫き通した己の誇り。

 曾ての偉業により、英霊の座まで召し上げられた自らの魂に恥じる事の無い、自分が自分である為の行い。

 これが、『格』というものなのでしょうか。

 人々が羨望して止まない、()好良い姿。

 正しく英雄。

 ライダーの様に、人々に畏れられながらもその存在を肯定された、役目を望まれた反英雄の、危うくも惹き付けられる狂気的、蠱惑的な美とは違う。

 どこまでも正道を征く、圧倒的で、暴力的で、快楽的な英雄(ヒーロー)の光。

 どちらも、人の臨界を究めた超越者。

 それが、これから自分が従え、尚且つ敵対する人達なんだと、私は今更ながらに理解させられました。

 

 

「…では何故先程、あの少年が射線に入っていたのに射ったのですか?彼も貴方が言う所のか弱いレディとほぼ同義の存在ですよ?」

 

 私がアーチャーさん(思わずさん付け)への感心を募らせていると、ライダーがそんな疑問をアーチャーさんに投げ掛けた。

 先輩がか弱いレディ扱いという事に何とも云えない気持ちになるが大方その通りなので何も口に出来ない、ごめんなさい先輩。

 

「生憎だが、お嬢様の本来の目的は貴女方ではなくその少年なのだよ。故に我が弓の軌跡がその少年を貫こうとも、此方としては何ら問題は無い」

「な────」

 

 そんなライダーの問いに対するアーチャーさんの返答は、私にとってとても無視出来るものではなかった。

 つまり、彼等は最初から先輩を殺すつもりで来たという事。

 今こうして戦っているのは、偶々先輩の近くに私達が居たから。

 

 冗談じゃ、ない!

 先輩を、私の愛しい人を殺すなんて、許せない。

 何としてでも阻止しなくては。

 

「───ああ、だが決して貴女方を前菜(オードブル)扱いしている訳ではない。お嬢様のサーヴァントとして、一度名乗りを挙げたからには宣言通り尋常なる決闘を行う。今この場において、我が弓を向けるべきは間違いなく貴女方だ。我が誇りに懸けてそう誓おう」

 

 険しい顔をしていたのだろう、私の表情を見たアーチャーさんが厳かにそう告げてきた。

 恐らく自分達が()()()()()された事に怒っていると思っての言葉なのでしょうが、その読みは微妙にずれてしまっている。

 ですが、願ったり叶ったりです。

 要は私達が健在である限り、先輩には手を出さないという事。

 イリヤスフィールと名乗ったあの少女(マスター)も自分のサーヴァントの行動に苦言を呈す事はない。

 どこまでも余裕の表情でこっちを見ている。

 余程アーチャーさんの力量に自信があるのでしょう。

 自身の従えるサーヴァントなら、速やかに私達を排除し本来の目的を果たしてくれると。

 

 臨むところです。

 こちとらとっくに覚悟は完了してるってんですよ。

 

「ライダー」

「ええ」

 

 私の呼び掛けに応じてライダーが私を地面に下ろす。

 両手が自由になったライダーは再び戦闘態勢となる。

 

「お願いライダー。先輩を守って。貴女の力を、此処で魅せて」

「了解しましたマスター」

 

 (マスター)の命令を受けたライダー(サーヴァント)、その全身に覇気が満ちる。

 漸く、始まる。

 私の、聖杯戦争が。

 

 

 

 

 跳んだ。

 

 前傾姿勢で今にもアーチャーさんに飛び掛からんとしていたライダーの姿が、私の視界から一瞬で掻き消える。

 直後に雷鳴の如き爆音が響き渡った。

 熱と運動(エネルギー)で空気が一瞬の内に膨張する事により発生したそれは、やはりというかライダーを狙ったアーチャーさんの弓矢が発生源でした。

 身長の関係で僅かに下斜めの方向へと射ち出された矢は容易くアスファルトを砕き、融解させ、まるで隕石が降ってきたかの様な破壊の痕を残す。

 

 でもライダーは事も無げにそれを躱していた。

 敏捷Aは伊達じゃない。

 構えられた弓矢の射線を見切り、アーチャーさんの指が矢から離れた瞬間にそこから外れていた。

 トップスピードを落とす事なく、弾丸の様にアーチャーさんへと向かっていくライダー。

 武器の性質上、真正面からの白兵戦にライダーは向いていない。

 それでも一直線に相手へ接近していくのは相手が弓兵(アーチャー)だからでしょう。

 武装が弓矢のみである以上、白兵戦での攻撃手段はあの屈強な肉体だけ。

 距離を詰めてしまえばリーチの有利が働くのはライダーです。

 あの鎖で翻弄しつつ釘で急所を穿てば正気は十分にある。

 あっという間にライダーはアーチャーさんへ肉薄を───

 

「っ!」

 

 ───出来なかった。

 ライダーは自身の進行方向を90度曲げて真横に飛び込んだ。

 直後に雷鳴が響き渡る。

 

 ?

 何が起こったの?

 全く見えなかった。

 全く分からなかった。

 異次元の速度で行われる命のやり取りに、眼も頭も付いていかない。

 戦況を把握出来なければ、ライダーへの指示も、サポートも、令呪の使用タイミングも判断する事が出来ない。

 これではいけない、そう思った私は、殆ど気休めでしょうが目に強化の魔術を施す。

 なんとか、戦闘の()()()()は辛うじて追える様になった。

 よく目を凝らすとアーチャーさんの弓の弦が…何でしょう、常にぶれているというか、連続で(またた)いている。

 弓である以上、間違いなく矢を放っているが故の()()なのでしょうが、アーチャーさんが矢を番える動作が全く捉えられない。

 でも先程と同じ様な雷鳴が連続で響き渡り、それに対応する様にライダーも縦横無尽に地面を駆けずり回っている。

 

 間違いなくアーチャーさんは矢を射っている。

 でも私の目では、その()()()()()()()()()()()()()()()も追えないのです。

 

 

(速、過ぎる…!)

 

 

 私は改めて戦慄した。

 チート、デタラメ、化け物、人外etc…そんな明確な脅威の対象を表現する単語が頭の中に浮かんでは消えていきます。

 スキルや宝具の特殊能力に頼ったものじゃない。

 己の肉体と技術のみで神秘の領域に到達した、人外の力。

 最早何度目か分からない驚愕の感情が私の中では渦巻いていました。

 

 ですがそんな私の内心は他所に戦いは苛烈さを増していく。

 アーチャーさんの放つ弓矢の雷鳴の()()()()が、徐々に狭まってきている。

 あれだけの連射速度を誇りながら、まだまだ本気ではないという事なのでしょうか。

 最早1秒間に6、7回は雷鳴が響いている様な気がする。

 暴力的な爆音が連続で頭に響いて気分が悪くなってきてしまいました。

 耳も馬鹿になりそうです。

 でも、ライダーは私なんかの何倍も過酷な状況で戦い続けている。

 この程度で私が音を上げる訳にはいかない。

 

 戦況は、明らかにライダーが追い詰められていた。

 いくら敏捷Aのライダーでもあの異常な連射速度の矢を、それも10メートルも離れていない至近距離で躱し続けるのは困難だ。

 今は何とか紙一重で全て躱しているけれど、逆に言えば紙一重でしか躱せていない。

 回避の為の行動が精一杯で、反撃する事も後退して仕切り直す事も出来ない。

 矢の直撃こそ避けているが、至近距離で体を掠めていく矢の風圧と摩擦熱が少しずつライダーの肉と体力を削り取っていく。

 最早一方的な耐久レースを強いられている状態です。

 初めに接近し過ぎたのが裏目に出た…いや、寧ろアーチャーさんはこの状況に持っていく為に(わざ)と接近を許したんだ。

 もっと早く相手の狙いに気付いていればライダーにアドバイスが送れたのに。

 いや、今この場において、そんな後悔をする事には何の意味もない。

 指示(アドバイス)が出来なかったなら、直接援護(サポート)すればいい。

 対魔力のクラススキルを持っているアーチャーさんには私の魔術なんて毛程も効かないだろうけど、ほんの一瞬でも注意を逸らせればライダーが離脱する隙を作れる。

 そう思った私は人差し指をアーチャーさんに向け───

 

『サクラ』

 

 ───ライダーの念話でその行動を中断させられた。

 

『!ライダー!?』

『大丈夫ですサクラ。私を、自身のサーヴァントの力を信じてください』

『で、でも…』

 

 ライダーは既に満身創痍だ。

 いや、身体中が擦り傷や火傷だらけだからそう見えるだけだが、あれだけの猛攻に対応し続けて体力はかなり消耗している筈だ。

 いつその五体が彗星に圧し潰されてもおかしくない。

 なのにライダーは、手出し無用と言ってきた。

 ライダーの事は勿論信じている。

 だが現実に追い詰められているのだ。

 感情論でどうこうなる程甘い状況ではない。

 そんな事は当の本人が百も承知の筈。

 

 それでも、ライダーは言った。

 手出し無用と。

 自分を信じろと。

 

『………分かったわ』

 

 ならば、信じなければ。

 

 判断ミスかもしれない。

 感情論を廃して行動出来ない者が勝ち抜ける程、聖杯戦争は甘くないかもしれない。

 

 だが()()()()()が宣言したのだ。

 それだけで、信じる価値はある。

 

 

 

 そして、信じた成果は直ぐに出た。

 

「っ、ぬぅ!」

 

 アーチャーさんの機関銃の様な連射の、私では到底認識すら不可能な、ほんの合間を突いてライダーが反撃に出た。

 アーチャーさんの左目に向けて寸分違わず釘を投擲したのです。

 それを避ける為にアーチャーさんは頭を逸らし、一瞬だが弓矢の連射が止まった。

 その隙にライダーは移動する。

 姿勢を低く保ったまま道路を疾駆し、近くの民家の塀の上に飛び乗った。

 自身の機動力と鎖という武器の性質を最大限に活かせる戦法、それを実行する為に最適のポジションを選んだのだ。

 

 アーチャーさんはライダーを目で追って弓を番える。

 ですが、ライダーの後ろに民家があると分かると弓を下ろしてしまいました。

 

(え?……まさか、そういう事?)

 

 関係の無い人々を巻き込む事を忌避したのか、或いは騒ぎを大きくして神秘が漏洩する事を防ぐ為か、若しくはその両方か。

 理由はハッキリしませんが、現実として距離を離したライダーにアーチャーさんは弓で追撃を行いません。

 ライダーは自身の最適のポジションを確保すると共にアーチャーさんの性格、思考を読んで動きを封じたという訳です。

 

 ほぼ詰んでいたあの状況から、あの反則染みたステータスを誇るアーチャーさん相手に、たった一手のみで五分まで持ち直した。

 やっぱり、ライダーは凄い。

 

「随分一方的にやってくれましたね。次は貴方が踊る番ですよ」

「すまないが、私はダンス等嗜んだ事は無いのでな。演武でよければ喜んで披露しよう」

 

 戦意を弛める事なく二人は軽口を叩き合う。

 数瞬後、ライダーが動いた。

 先程と同じ様にアーチャーさんの目を狙って右の釘を投擲する。

 これまた先程と同じ様に釘を避けたアーチャーさんは動きを封じてしまうつもりなのか、鎖を掴もうと右手を伸ばす。

 ですがアーチャーさんの視線が自分から外れた途端、ライダーはもう片方の左の釘をアーチャーさんの右足に向けて投擲した。

 それに気付いたアーチャーさんが右手と右足を同時に引っ込めて体勢を崩した。

 その瞬間を待ってましたとばかりにライダーは塀から飛び降りると、アーチャーさんの側面に円を描くように回り込み、最初に投擲した右の釘に繋がった鎖を思いっきり引き寄せる。

 すると当然引かれた釘がライダーの方に戻ってくる。

 ライダーと釘の対角線上に立つアーチャーさんに向けて釘が跳ねながら襲い掛かった。

 アーチャーさんは堪らずといった様子で体ごと迫ってきた釘を避けるが、ライダーは獲物を仕留める瞬間の蛇の様に疾駆すると何時の間に回収していたのか、左手に握った釘でアーチャーさんを狙った。

 

「───甘い」

「っ!」

 

 でもアーチャーさんにはそれすら通用しなかった。

 アーチャーさんは向かってくるライダーに対して、有ろう事か後退ではなく前進でもって応じたのです。

 突然の接近に目測を誤ったのかライダーの動きが鈍る。

 恐らくアーチャーさんはライダーの勢いを止める為に敢えて突っ込み、あわよくばその体格差で圧し包もうとしたのでしょう。

 通常ならこの程度の奇襲、ライダーは問題なく対処出来る筈なのに、相手が悪かった。

 アーチャーさんの敏捷はライダーと同じA。

 同等の機動力を持つ者同士であるならば、完全にタイミングが合ってしまったこのカウンターを回避する手段は無い。

 

「ライダーっ!!」

 

 思わず叫ぶ。

 巌の様な巨体が砲弾の如き勢いで突き進み、眼前の全てを踏み潰さんと迫る。

 間に合わない。

 今から援護してもライダーを助ける事は出来ない。

 そう頭で、本能で理解しているのに、私は魔術を使おうとしている。

 まだほんの一日足らずの関係だけど、私をマスターと認めて付いてきてくれた、大切な人。

 そんな彼女の命を繋ぐ事も出来なくて、何がマスターか。

 一瞬でいい。

 本当に、ほんの一瞬でも動きが止まってくれればライダーは離脱出来る。

 絶対に間に合わない、絶対に届かない距離から魔術による援護を行おうとして───

 

 

「どちらがですか?」

「むっ!?」

 

 

 ───またもそれは、ライダーの言葉によって中断させられた。

 

「え…」

 

 思わず口から息が漏れた。

 ライダーを押し潰そうとしていたアーチャーさんの体に鎖が巻き付き、その勢いを完全に殺していたのです。

 左足を起点に体の上部へと鎖が登っていっており、胸を斜めに横断してアーチャーさんの首に巻き付き締め上げていた。

 左の釘は未だにライダーが手にしているので巻き付けたのは間違いなく右の釘を始点にした鎖ですが…。

 

(何時の間に?)

 

 一体どのタイミングで、何時あんな仕掛けを施したのか、離れた場所から戦場全体を見ていたにも関わらず全く分からなかった。

 アーチャーさんですら気付けていなかった様なので、私が気付けなかったのも当然かもしれませんが。

 アーチャーさんの極限まで磨き抜かれた武技とはまた違った、狩人としての卓越した神業。

 兎にも角にも、ライダーは駆け引きに勝った。

 

 首を締め上げる鎖を何とかしようとアーチャーさんが弓を持っていない右手を這わせるが、その間にライダーはアーチャーさんの巨体によじ登った。

 背後に回り込み、その肢体をアーチャーさんの首に絡ませたライダーは両手に釘を持って振りかぶる。

 

「貴方の弓の腕はそれだけで必殺となる…先ずはそれを潰させて貰います」

 

 

 そうアーチャーさんの耳元で妖艶に囁いたライダーは、アーチャーさんの両目に釘を振り下ろした。

 

 思わず私は顔を顰める。

 目を潰されるという事は弓兵の生命線である弓を封じられるも同義。

 只管効率的に相手の能力を奪ったライダーの手腕は賞賛に値するものです。

 なのに顔を顰めてしまったのは、曲がりなりにも弓道を歩む者として思うところがあったからなのか、それとも単純に目を潰すという行為に恐怖と痛みを連想してしまったからなのか。

 ですが、何にしても目を潰せたのは大きい。

 相手のマスターが治療魔術を使える可能性もありますが、それでも暫くの間相手が(メインウェポン)を使えなくなった事実は変わらない。

 その間にそのまま封殺して───

 

 

「やはり甘いのはそちらだ」

「───なっ!!?」

 

 

 ───ライダーの左足が掴まれた。

 

「!」

 

 ド  ゴッッッ!!!!

 

「……っぐ!」

「ライダーっ!!」

 

 左足を掴まれたライダーはそのまま地面へと叩き付けられた。

 筋力A。

 人類史に名を残した英雄の肉体はそれ単体で最早神秘の領域にある。

 たとえ弓が無くなっても、アーチャーさんのその剛腕によって産み出される破壊力は想像を絶するものだ。

 確かに甘かった、幾ら目を封じたと言っても相手は歴戦の英雄で……?

 

「え?」

 

 

 

 おかしい。

 何が起こっているの。

 

 ライダーは確かにアーチャーさんの両目に釘を刺した筈。

 アーチャーさんもライダーの攻撃を回避も防御も出来ずに諸に受けてしまった筈。

 

 なのに何故。

 

 

 

 アーチャーさんの目は開かれているの?

 

 

 

「っ!!!」

 

 有り得ない事態に停止してしまっていた自身の思考に思わず罵倒を浴びせたくなった。

 今にもライダーに向かって拳を振り下ろそうととしているアーチャーさんに向けて、今度こそ私は援護の為の魔術を放つ。

 

「「っ!」」

 

 ガンド。

 北欧に伝わる呪いを起源とする、対象を人差し指で差して病を与える間接的な初歩の呪術。

 初歩的であるが故にシングルアクションで発動させる事ができ、純粋に使用者の魔力量で威力が上下する。

 私が放つそれは物理的な威力を持つまでに昇華させた『フィンの一撃』。

 それをガトリングの如く連射してアーチャーさんの視界を塞ぐ様に弾幕を張った。

 たとえダメージが無くとも視界を塞がれては鬱陶しい事この上無いでしょう。

 一瞬の怯みを見せたアーチャーさんの攻撃範囲から素早く離脱したライダーは私の下に帰ってきた。

 叩き付けられたせいか若干肩が上下している。

 痛む所があるんだ。

 

「待っててライダー。直ぐに治すから」

「すみませんサクラ…油断しました」

 

 治癒の魔術を施す為にライダーの体に触れる。

 ライダーの謝罪に敢えて何も応えず治療に専念する。

 先程の攻防の結果はある意味妥当なものだ。

 目を潰してやったのに直ぐ様反撃されるなんて、そもそも目に一切傷を負っていないなんて幾らなんでも予想出来ない。

 だから仕方がない、気にしないでと言うのは簡単だけど、英霊という神秘の存在に対して先入観を持って相対したのは失態と言えなくもない。

 だから何も言わない。

 ライダーの中から既に油断は消えている筈だから。

 

「一体どういう事なんでしょう…幾ら耐久のランクがAと言っても、鍛えようの無い眼球を突かれて一切傷を負わないなんて」

 

 見ているだけの私には分からなくても、ライダーなら何か相手の秘密に気付いたかもしれない。

 そんな期待を籠めての言葉だったのですが。

 

 

「フフ、アーチャーの秘密が知りたいのねサクラ」

 

 その答えは意外な人物から(もたら)されました。

 

 アーチャーのマスター、イリヤスフィール。

 彼女は先程と変わらない余裕の笑み、更にそこに子供が買って貰った玩具を自慢するかの様な喜色を含ませて此方に語りかけてきた。

 

「いいわよ、特別に教えてあげる。アーチャーの真名はね、ギリシャ最大の英雄、ヘラクレスなの。その宝具は彼の肉体。神々に与えられた十二の試練を乗り越えたという逸話がそのまま宝具に昇華したものよ」

 

 ヘラクレス。

 少女の口から紡がれたその名前に私は焦燥を募らせた。

 その身は神の血を引き、魔獣すら素手で屠る屈強な戦士。

 圧倒的な知名度と、至高の武練を誇る、正しくギリシャ最大にして最強の英雄。

 なるほど、それだけの知名度補正を有する英雄ならあのデタラメなステータスにも納得がいきます。

 そしてそのヘラクレスさん(どう足掻いてもさん付け)を魔力不足に陥る事無く、十全な状態で御しきるイリヤスフィールというマスター。

 間違いなくあの陣営は優勝候補筆頭だ。

 そんなコンビと初戦から当たってしまった私達も、サーヴァントを召喚すらしていない段階で狙われる先輩もついていない。

 

「逸話が昇華…十二の試練…つまり生半可な試練(攻撃)では彼に傷を付ける資格は無いという事ですか」

「その通り。具体的に表すとそうね…Aランク未満の神秘じゃ、たとえ宝具だろうとヘラクレスには絶対に掠り傷さえ付けられないわ」

 

 ライダーの問いにイリヤスフィールは懇切丁寧な回答を返してくれた。

 なんというか、最早驚愕を通り越して呆れさえ感じてしまう。

 ほんと、もう、何なんですかその出鱈目さ加減は。

 チート(反則)にも程がある。

 そんなサーヴァント存在していいのかって感じだ。

 ですが幾ら文句を言っても現状を打開出来る訳ではない。

 

「どう?正しく最強でしょう、私のアーチャーは。もう諦めて降参しちゃいなよ。私は早くお兄ちゃんを殺し(虐め)たいの。貴女達に構ってる暇無いんだから」

 

 お前ら等眼中に無い。

 薄々分かってはいましたが、あの少女は(はな)から先輩にしか興味がないんだ。

 前菜(オードブル)どころじゃない、道端の邪魔な石ころを蹴飛ばすような、片手間の対応。

 悔しい。

 私だけでならまだしも、ライダーすら少女にとっては道端の石ころと変わらないなんて。

 

「サクラ…」

 

 ライダーが僅かに顔を此方に向けて話しかけてくる。

 

 ライダーの真名はメドゥーサ。

 嘗て幾千もの英雄達を葬ったゴルゴンの怪物。

 知名度ならヘラクレスさんにだって負けていない伝説の存在だ。

 だけど、残念ながらその実力は、逸話のスケールもキャリアも、サーヴァントとしてのステータスも純粋に劣ってしまっている。

 そもそも数多の怪物を屠ってきた英雄と、英雄に討たれた怪物(反英雄)では明らかに相性が悪い。

 全く勝ち目が無いという訳ではないけれど、戦いが終わった後五体満足でいられる保証も無い。

 勝負に出るか、それとも撤退するか、頭の中で最善策を模索していく。

 

 このまま戦闘を続行するとして、現状ヘラクレスさんに決定打を与えられる私達の攻撃手段は、ライダーの騎兵の手綱(ベルレフォーン)だけ。

 ランクA+のあの宝具なら確実にヘラクレスさんを倒す事が出来る。

 でもこの宝具を使うとなると一つ大きな問題があるのです。

 それはヘラクレスさんが()()だという事だ。

 

 間違いなく持っている。

 『ヒュドラの毒矢』を。

 

 嘗てヘラクレスさんが成し遂げた十二の試練、その一つであるヒュドラ殺し。

 ありとあらゆる生物を殺し尽くすと言われる全宇宙最強のヒュドラの毒。

 そのヒュドラを討伐した後、その内臓の毒を塗り付けて手に入れたヒュドラの毒矢。

 騎兵の手綱(ベルレフォーン)で突撃している最中にそれで狙撃でもされたら堪ったもんじゃない。

 ライダーのペガサスは神代の時代から存在し、()()なら竜種に匹敵するまでに神秘を積み重ねた高位の幻想種。

 ですがあのヘラクレスさんの弓の腕とヒュドラの毒矢の前では残念ながら剰りにも心許ない。

 

 ならば、サーヴァントではなくマスターの方を狙う?

 ライダーにヘラクレスさんを足止めしてもらっている間に私がイリヤスフィールを倒すという手もある。

 いや…これも現実的じゃない。

 幾ら見た目が幼くても彼女は御三家の一角(アインツベルン)が派遣した魔術師。

 しかもヘラクレスさんという超弩級のサーヴァントを従えて魔力不足にも陥らない力量。

 真っ向勝負を挑んだら此方がやられる可能性も高い。

 

 かと言って撤退するのも一苦労だ。

 ペガサスに乗って一気に離脱するのが一番確実でしょうが、上記と同じ理由で危険な事には変わり無い。

 メドゥーサに足止めしてもらっている間に先輩と遠くに逃げて、後から令呪でメドゥーサを撤退させる…これは絶対に無理です。

 あの少女の本命は先輩だ。

 私が先輩を伴って逃げようとしたら確実に此方を優先して襲ってくる。

 

 絶望的という程でもないが、どの案を採用しても分が悪い。

 いつの間にか固く握り締めていた拳にじっとりと焦燥の汗が滲む。

 

 そもそも私が最優先するべき事は何?

 ライダーの命、自分の命、聖杯の獲得…魔術師として、間桐の当主として、守らなきゃいけないもの、成し遂げなければならない事は沢山ある。

 

 

 

 

 

(嗚呼)

 

 でも、やっぱり。

 

(ほんと、お馬鹿だなぁ私)

 

 結局のところ、私が一番守りたいのは。

 

 

 

 

 

「……ライダー」

「はい」

「30秒…いえ、20秒でいいから時間を稼いで。なんとかこの均衡を崩してみせる」

「了解しました」

 

 私の命令を受けたライダーが再び民家の塀を駆けながらヘラクレスさんに向かっていった。

 ヘラクレスさんも弓矢を構えてライダーを待ち受ける。

 私も魔術を発動させる為、呪文を唱える。

 

「■■■■■■■■■───」

 

 魔術回路に魔力を流すのと並行して、呪文により精神を自己へ埋没させていく。

 世界へ術式を接続(アクセス)させる。

 世界、神秘、基盤…この世の法則に則って、神秘を神秘足らしめる概念を降臨させる。

 

「■■■──■■■■■■─■■■■」

 

 ごめんなさい先輩。

 今から私は貴方を巻き込みます。

 元々巻き込まれていたのだろうし、或いは自分の意思で此方側に巻き込まれたのかもしれない。

 でもそんなのはもう関係なくなっちゃう。

 私は自分の意志で先輩を危険な世界に引き入れる。

 今の私には、弱い私にはそれしか先輩を守る手段が無いんです。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 必ず、この命に変えても護ってみせますから。

 

 

 

「声は静かに───私の心は───世界を覆う」

 

 

 だから、今だけは私の我儘を許して。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────三人が、消えた。

 

 

「あれ…?」

 

 何やら膨大な魔力を滾らせ呪文を奏でていたサクラも、トリッキーな動きでアーチャーの攻撃を()なしていたライダーも、呆然とした表情で棒立ちしていたお兄ちゃんも、突然消えてしまった。

 飛んで逃げてしまったという訳ではない。

 突然に、本当に何の前触れも無く、最初からこの場には居なかったんじゃないかというくらい、忽然と姿を消してしまった。

 

 いや、前触れはあった。

 サクラだ。

 彼女が何らかの魔術を使ってこの場から離脱したのだ。

 

「空間転移…?…いえ、現代の魔術師がそれをやろうとしたらもっと大がかりな儀式が必要な筈だし…」

 

 残された少女───イリヤは顎に手を当てて首を傾げる。

 その表情からは初めて笑みが消えた。

 そんな自らの主人にアーチャーは声をかける。

 

「お嬢様、いかがいたしましょう」

「……暫く待とう。逃げたというよりは何処かに隠れたって感じだし」

 

 イリヤは詰まらなさそうに眉間に皺を寄せて頬を膨らませる。

 

「全く、どうせアーチャーには勝てっこないんだからさっさとお兄ちゃん残して逃げればいいのに」

 

 中々スムーズに進まない戦況にイリヤは少しずつ不満を募らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…………ぇ……?……此処は…?」

 

 少し離れた場所で先輩が座りながら周りを見渡し困惑している。

 あれ程までに狼狽した先輩の表情なんて見た事が無い、レアだ。

 少しからかってみたい気分になるけれど、今はそんな事してる場合じゃない。

 

 今私達が居る此処は、私が創った()()()()です。

 物質界と星幽界のどちらにも属さない、若しくはその二つの狭間にある、観測する事の出来ない閉鎖された世界。

 それを一時的に魔術で創って先輩とライダー共々逃げ込んだ。

 絶対に襲撃されないこの場所でしか出来ない事がある。

 

 固有結界とは違い現実を侵食するのではなく、()()()()()()()()()()()()()ので抑止力の干渉を受けにくい。

 なので維持する為の燃費はそこまで悪くないのですが、だからと云って余裕がある訳でもない。

 私は遠くにいるライダーを視線で促して先輩に駆け寄った。

 

「先輩!」

「…さく、ら…?…なぁ、一体、これは何なんだ?何が起きてるんだ?此処は何処なんだ?────桜は、状況を理解出来てるのか?」

 

 先輩は縋る様な目でこの事態の詳細を私に問い掛けてきた。

 でもその表情は恐怖に彩られたものなんかじゃなく、必死に現状を打開しよう足掻く、()()()()()だった。

 

「───はい。私は全部分かった上で先輩を此処に連れてきたんです」

 

 先輩の問いに私は嘘偽り無く答える。

 それを聞いた先輩は、何か大切なものを失った様な、希望が抜け落ちた様な、悲痛の色を顔に浮かばせる。

 私への憤りだろうか、それとも失望だろうか。

 現実を受け入れたくないと先輩の心が叫んでいるのが分かる。

 でも私は容赦しない。

 先輩を護る為に、私は()()()になる。

 

「先輩」

 

 膝を曲げて、先輩と目線の高さを合わせる。

 手を握って、真っ直ぐ見詰める。

 

 

「先輩は、私を信じてくれますか?」

 

 問い掛ける。

 あまり時間をかけてはいられない。

 先輩の疑問は他所に、ほぼ一方的に言いたい事を言わせて貰う。

 

「桜…?」

「ここまでの言動からして、先輩は殆ど何も知らないんですよね?」

「あ、ああ…もう何がなんだか」

「簡単に説明すると、先輩は聖杯戦争という魔術師同士の殺し合いに巻き込まれたんです。私も、その参加者の一人です」

 

 先輩の表情が困惑と驚愕で歪む。

 私は構わず喋り続けた。

 

「この人は私が召喚した使い魔で、あのイリヤスフィールという少女が従えていた巨人も使い魔なんです。私達はお互いの使い魔を戦わせて倒す事を目的にしています。あの巨人は、とても強いです。このままじゃ私も先輩も殺されてお終いです」

「なっ…」

 

 殺される。

 明確な死を予言する言葉に先輩が呻く。

 語りを止めない。

 

「でも、先輩が協力してくれれば、生き残れる可能性が出てくるんです」

「可能性…?」

「はい。先輩にも使い魔を召喚して貰うんです」

 

 そう。

 これが私の策。

 現状の戦力で分が悪いなら、新たな戦略要素(イレギュラー)を無理矢理にでも持ってくる。

 これしか打破の手立ては無い。

 

「ちょ、ちょっと待て桜!使い魔の召喚?そんなの俺には…」

「出来ます。先輩の左手に浮かんだ痣…それは令呪という聖痕で、聖杯戦争のマスターに選ばれた証なんです。それがある限り、先輩はサーヴァントを支配する事が出来るんです」

 

 先輩は自身の左手に巻かれた包帯をまじまじと見詰める。

 さて、ここからだ。

 

 

「ですが、使い魔を召喚した時点で先輩は、明確に聖杯戦争の参加者と周りに認識されます。他の魔術師達に命を狙われる立場になるんです。だから、今ここで決めてください」

「…何を?」

「聖杯戦争に参加するか、参加しないかをです」

 

 残酷な選択を迫る。

 こんな訳の分からない状況に放り込まれた人に。

 

「参加するなら、たった今から使い魔の召喚に移ります。参加しないなら、この世界から出た瞬間に全力で逃げてください。私達が何とか相手を足止めしますから、その間に冬木教会まで走って、聖杯戦争の監督役に保護して貰ってください」

「ぇ…な、駄目だ桜!そんな、だって…敵は強いんだろ!?そんなことしたら…」

「はい、きっと死んじゃうでしょうね」

 

 事実を告げる。

 私の言葉に更に焦った様子になる先輩がなんだかおかしい。

 近くに慌てている人が居ると、自分が冷静になれるというのは本当らしい。

 

「それは別にいいんです。私は私の意思でこの戦争に参加したんですから。でも、先輩は違う。ただ巻き込まれただけなんです。だから、先輩には逃げる権利があります。私も、出来れば先輩には、殺し合いなんかに参加してほしくないです」

 

 只管に本心を口から垂れ流す。

 これが最後かもしれない以上、もう嘘は吐きたくない。

 

「それでも参加するなら、私を信じてくれるなら……私も、先輩を護ります。絶対に、この命に変えても」

 

 

 愛してますから。

 

 

「先輩は────私を信じてくれますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前にも言っただろ?俺は、桜の事を誰よりも信じてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出てこないわね」

 

 イリヤはアーチャーの肩に座りながら足をぶらぶらさせて一人呟く。

 まだ桜達が消えてほんの数分程だが、ただただ待つという行為は思っているより時間感覚を狂わせる。

 

「やはりもう退却してしまったのでしょうか」

「さあね……まあいいわ。どうせマスターである以上これからも機会はあるし、お兄ちゃんもまだサーヴァント召喚してないみたいだし…」

 

 

 

ガ   カ アッッッ!!!!!

 

「ひゃっ!?」

 

 今日はもう帰ろう、そう自身のサーヴァントに語りかけようとしたイリヤだったが、口から出た言葉は可愛らしい悲鳴だけだった。

 突如目の前で凄まじいエーテルの風が巻き起こり、夜の街を照らし尽くした。

 アーチャーはイリヤを庇う様に素早く前に出る。

 暫くしてエーテルが収束し、人型の影が見え始めた。

 

 

 

 そこには、黒いフードを目深に被り、白を基調とした和装に身を包んだ女性が立っていた。

 

 

「サーヴァント、()()()()()。召喚の儀に応じ馳せ参じました。

 

貴方が、私のマスターですか?」




その頃、座にて

「先輩が呼んでる!助けに行かなきゃ!」
「何言ってるんだ?俺は此処に居るぞ?」


一体召喚されたのは何処の間桐家当主なんだ…(棒)


という事で最新話です。死ぬかと思った(真)。何とか最後のシーンに辿り着きたくてこの一週間、全力で執筆し続けましたよ。戦闘シーンってなんでこんな書くの難しいんですか。本当なら桜ちゃんとイリヤちゃんの魔術戦も書きたかったんですが、それやると2万越えそうだったんで断念しました。マジで勘弁してくれ…もうそんな気力はねぇ…orz

あと士郎君が最初と最後以外完全に空気!!!キャラが動かせねぇ!チクショオ!チクショオオオオオオオオオオ!!!

アチャクレスの強さも抑えすぎた感がありますね。でも桜ちゃんがマスターの時のメドゥーサさんって黒セイバーとやり合えるくらい強いし、若干押されるくらいが妥当だと思ったんです。許してくだせぇ…orz

アチャクレスのステータスは筋力がA+からAに落ちた以外バサクレスと変わりません。確かあのステで狂化の恩恵無い状態だった筈なので。弓兵になったら若干筋力落ちるくらいかね?と思ったんでこうなりました。詳しい情報は次回の後書きに回します。これ以上はほんともう…

マスター権限で見れるサーヴァントの情報はステータスのみという使用でこの小説はいこうと思います。クラス別スキルも見れちゃったらクラス一発で分かっちゃうもんね、仕方ないね。

で、ナインライブズってバーサーカー以外なら自由に形状変化させられる…んですよね?fakeの彼奴は弓のままでギルガメッシュのバビロン防ぎやがったのでそこが自信無い…


さて次回、謎のキャスター(笑)の召喚に成功した士郎君と桜ちゃんは無事にアチャクレスを退ける事が出来るのか!(無理ゲー)

それでは。


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7話 神秘

今回はギャグ3割シリアス7割でいこうと思ったらギャグ9割になってました。

遠坂クオリティマジパネェ。

※2万字いきかけました(白目)


 神経が焼き切れそうだった。

 普段の魔術鍛練なんて目じゃない、間違いなく人生で最も集中していたのはこの時だった。

 

 桜の右手が俺の左手に重ねられている。

 こうして肌を触れ合わせる事で己の思考を相手に伝える魔術、と桜は説明してくれた。

 それによって俺の頭の中に流れてくるサーヴァントを召喚する為の呪文を必死に唱える。

 

 ただ単に朗読するだけならここまで神経を使う事等なかったが、今俺が行っているのは使い魔の召喚という()()だ。

 魔術回路の()()と同時に複雑な呪文を唱え、なけなしの魔力を文字通り死に物狂いで注ぎ込まねばならない。

 桜には、呪文さえ唱えれば後はシステムが自動的にやってくれるから簡単だと言われた筈なのだが…やはり俺はまだまだ未熟という事なのだろう。

 でも今はそんな泣き事言っていられない。

 

 桜が、俺にとって日常の象徴だった、人として接する事の出来る後輩(家族)が、魔術師だった。

 こんな優しい女の子が、自分と同じ(痛み)を背負う側に居るという事がショックだった。

 自分で選んだ道なのだと言われても納得し切れなくて。

 暫くの間世界が色を失い、動きが矢鱈遅く感じた。

 脳が目の前の現実を受け入れまいと、あらゆる外部情報をシャットダウンした様だった。

 どうやら俺は自分で思っている以上に目の前の少女に依存していたらしい。

 

 でも、きっとそれは、桜も同じだったんだ。

 

 説明を受けた今なら、あの朝の桜の反応も合点がいく。

 俺の左手に浮き出た聖痕を見て、俺が魔術師だという事に気付いたんだろう。

 慕っていた学校の先輩が、身近な人が魔術師で、しかもこんなとんでもない殺し合いに巻き込まれようとしている。

 この優しい少女にとって、それはどれ程辛く恐ろしく受け入れ難い現実だっただろう。

 だが、それでも桜は逃げなかった。

 敵かもしれない俺に自分が魔術師だという事を明かし、貴重な情報を与えた上で逃げ道のある選択肢を俺に提示してくれた。

 

 只々、俺の命を護る為に。

 凄く勇気の要る行動だ。

 凄く、凄く覚悟の要る事だ。

 

 ならば、俺も応えなければならない。

 桜の勇気と覚悟に。

 こんな半人前以下の俺にも出来る事があるのなら、少しでも桜達の助けになれるなら、全力でそれをやり遂げるだけだ。

 

 だから頼む!成功してくれっ!!!

 

 

 

 

 

 ガ     カ  アッ!!!!

 

 

 そんな俺の決意と願いが通じたのか。

 

 俺達の目の前に一人の女性が現れた。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 圧倒的な神秘の発露による衝撃波、もとい閃光と突風が辺りを覆い尽くし、それと同時に私の創った虚数時空間が忽然と消えさってしまう。

 元々一時避難の為だけに展開したものだったので維持にそこまで集中していなかったというのもありますが、英霊という圧倒的な神秘を内包した爆弾の現界によって私のちっぽけな魔術が吹き飛ばされてしまったというのが妥当でしょう。

 

 少し離れた所から女の子の可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 おそらく…いや間違いなくアーチャーのマスター(イリヤスフィール)の挙げた悲鳴だ。

 まぁ、そりゃそうだ、という感想が朧気に頭に浮かぶ。

 さっきまで何も無かった場所でいきなり爆発が起きたら誰だってびっくりする。

 私ならそのまま足を縺れさせて転ぶ自信すらある。

 ちょっと悪いことしちゃったかな、後で謝った方がいいかな、なんて現在進行形で殺し合いをしている相手に対するものとは思えない、多分に余裕を含んだ思考を巡らせる自分自身に、私は不思議と納得していた。

 

 何故、なんて考えるまでも無い。

 先輩のお陰だ。

 

 先輩が私を信じると言ってくれた。

 先輩が私と一緒に戦う意志を示してくれている。

 私の事なんて見捨ててさっさと逃げる事が出来たのに、そういう選択肢を提示したのに。

 先輩はそれを選ばなかった。

 その事実が、嬉しくて嬉しくて。

 顔が熱くなる。

 胸の奥の動悸は激しくなる一方。

 下腹部の底が強張る様な蠕動する様な、得も言われぬ高揚感。

 先輩が側に居てくれるだけで何も怖くなくなる、この全能感。

 我ながら単純過ぎて呆れてしまう。

 でも、これが私なんだ。

 朝の不調が嘘の様な心地好さ。

 先輩が与えてくれた全てを力に変えて今此処で吐き出してやる。

 

 明日の朝、また先輩の家でご飯を食べる為に。

 

 

 

「サーヴァント、キャスター。召喚の儀に応じ馳せ参じました。貴方が、私のマスターですか?」

 

 私と先輩の目の前から発せられた、大人の女性特有の高く落ち着いた声で意識を戦場へと戻す。

 エーテルが収束し、人の(かたち)を取ったそれは正しくサーヴァント。

 一番最初に目に付くのは紅い線の模様が入った、頭と肩を覆い隠している黒いフード。

 腕の先の人差し指と中指も覆っている事から、どうやら襟元から服の下に入り込んで腕全体もすっぽりと包んでいるらしい。

 そのフードの下に隠れて表情は見えないですが、微かに覗く口元は此方を安心させる様に微笑みを携えている。

 上半身は白い着物の様な和装で包まれていて一見すると東洋圏の英霊に見えますが…下は薄いピンク…桜色のロングスカートだった。

 全体的に色味がマッチしていてパッと見は違和感を感じないのですが、よくよく観察すると随分チグハグな服装です。

 肌が全くと言っていい程露出していないのも合わさって、いまいち正体が掴み辛い。

 

 だけれど…なんでしょう。

 一目このサーヴァントを見た瞬間から、妙な感覚が私を(さいな)んでいた。

 一番近い表し方は…既視感、でしょうか。

 なんだか、フワフワするというか、ムズムズするというか、痒い所に手が届かない、知っている物の名前が喉まで出かかってるのに思い出せない様な、こう、モニョる感じがする。

 

「あ…っと、あーうん、そ、そうだ。たぶん俺がマスター?だ」

 

 キャスターからの問いに先輩は手探りな様子で、というか随分と自信が無さそうに返答した。

 未だにサーヴァントが召喚出来たという事が信じられないのでしょうか?

 此方に助けを求める様に視線を寄越す先輩へ私は首肯で応えた。

 そんな私達のやり取りを認めたキャスターは「そうですか」と呟き被っていたフードを取る。

 

 ()が、舞い広がった。

 

 一体どうやってフードの中に仕舞っていたのか本気で疑問に思うくらいには長いそれ(白髪)がブワリと漂い夜に映える。

 新雪の如く完全に色素の抜け落ちた、正しく純白と表現するのが相応しい髪。

 いや、ほんと、一周回って不気味さを覚えるくらいに一切混ざり気の無い白色。

 寧ろ白を通り越してもう半透明くらいまでいっちゃってるんじゃないでしょうか。

 そんな儚げな長髪が周囲を確認するキャスターの頭の動きに合わせてサラサラと流れていた。

 

「ふむ…それでは早速自己紹介といきたいところですが…何やら急を要する状況のようですね。私を含めてサーヴァントが3体ですか……マスター、指示を。私は誰と協力して誰と戦えば良いのですか?それとも2体共相手取れば良いのですか?」

 

 ライダーとアーチャーさんを一瞥したキャスターは落ち着いた声色に真剣味を帯びさせて先輩へと指示を促す。

 とはいえ口ぶりからして(なか)ば指示の内容は予想出来ているのだろう。

 立場上は敵サーヴァントであるライダーとそのマスターである私、そして少し離れた所に佇んでいるアーチャーさんとイリヤスフィール。

 それぞれの立ち位置と距離感からして(おおよ)そ誰が敵か味方かを把握したんだ。

 落ち着いた雰囲気に(たが)わず冷静に状況を見ている。

 流石は魔術師(キャスター)のサーヴァントと云った所でしょうか。

 

「な、いやちょっと待て!ええっとだな…この娘は間桐桜って言って俺の後輩だ。桜と、桜の使い魔は俺を助けてくれた。今何とかしたいのは向こうに居るあの巨人だ」

「あのサーヴァントの真名はギリシャ最大の英雄、ヘラクレス。クラスはアーチャーです」

「なるほど、了解しました。それでは…

 

 

 

 

は?ぇ…へ、ヘラクレス!!!?」

 

 

 

 先輩の説明を補足する様にライダーがヘラクレスさんの真名を告げると、キャスターさんは思わずといった様子で言葉になっていない声を漏らす。

 そしてヘラクレスさんを二度見した後絶叫した。

 

「え、ちょ、そんな、無理ですよ!世界規模の知名度を持つ半神半人の大英雄を相手にするなんて…どんな無理ゲーですかそれ!?私キャスターですよ!?こんな何の事前準備も無しで遠距離型サーヴァントの前に引きずり出されたって…な、なんで私なんか呼んじゃったんですか!?」

 

 

 大慌てといった様子で腕をパタパタ、髪をフワフワ忙しなく振り乱しながらオーバーリアクションで喚くキャスターさん。

 

 ……………えーっと。

 あれ?おかしいな?さっきまで私の中にあった、クールでミステリアスな大人の女性というキャスターさんのイメージが音を立てて崩壊していくのですが…。

 先輩とライダーも同じなのでしょう、二人共呆気に取られた表情になっている。

 

「あー…えっと、よ、呼んじゃってごめん、なさい?」

 

 先輩が恐る恐るといった感じで謝る。

 私は未だに掛ける言葉が見付からないというのに、流石は先輩です。

 見えてる地雷を的確な動作で踏みに行くなんて倒錯した行動、先輩以外には出来ない。

 いや、兄さんも結構な頻度でやらかしてますね。

 よくよく思い出せば姉さんも割りとやってる気がする。

 あれ…?私の家族は何時から地雷撤去係になったのでしょう。

 

「…………いえ、マスターが謝られる必要は全くありません…うん、何で呼んじゃったのとか言いましたけどよくよく考えれば私が勝手に来ちゃったって云う方が正しいですし。後先考えず目の前の餌に嬉々として飛び付いた私がお馬鹿だったってだけデスヨハイ」

 

 奇跡、地雷は爆発しなかった!

 という訳でもなさそうですがキャスターさんは癇癪など起こさず、冷静に自身を戒めてくれた様です。

 なんか若干目尻に雫が溜まってる様に見えなくもないですがきっと気のせいですね。

 気のせいという事にしておいてあげた方がみんな幸せなんですよ先輩。

 

「お、おう…そうですか…」

「……………………」

 

 

 

 空気が死んだ。

 さっきまで完全にシリアス一色だった空気が跡形も無く崩れ去ってしまっている。

 とはいえギャグ方向に行ってしまったという訳でもなく。

 例えるなら順調に流れていた川の流れが土砂で無理矢理に塞き止められ淀んでしまったというか…色々と中途半端な状態になってしまったのだ。

 誰も何も喋りません。

 だって喋れる空気じゃないですもん。

 運動エネルギーというものは完全に停止している物を動かす時に一番強いエネルギーが必要ですが、どうやら今この場においてもその法則は適用される様です。

 

 誰か助けてください。

 いやほんとマジで。

 この際新手のサーヴァントとかでもいいですから誰かこの固有結界を破壊して。

 嗚呼、姉さん。

 姉さん助けて。

 姉さんは子供の頃私が泣くと何時も駆け付けて私を助けてくれたじゃないですか。

 なのに何故来てくれないの?

 あ、あれですか私がまだ泣いてないから来てくれないとかいうそーいうあれですかなるほどおkじゃあ私今から泣きますから大声で泣き叫びますから出来るだけ早く来てくださいね姉さんその後は久し振りに姉さんに抱き着いて思いっきり甘えて甘えさせて貰って頭とかも撫でて貰って至福の時を───

 

「ねぇ、何時までぐだぐだやってるつもりなの?」

 

 絶賛現実逃避中だった私の鼓膜を鈴の様な声が振るわせた。

 イリヤスフィールだ。

 アーチャーさんの傍らに立つ彼女が如何にも不機嫌ですと云った仏頂面で此方を見ていた。

 す、凄い。

 あの空気の中で会話を始められるなんて。

 

お兄ちゃん(マスター)からの命令が下ったんだから四の五の言わずにさっさと戦えばいいのよ。大体事前準備の有無なんて関係無いわ。何をしたってどうせアーチャーには勝てないんだから」

 

 己のサーヴァントの勝利を絶対のものとして信じ切っているイリヤスフィール。

 外見に違わず言葉の内容に幼さが滲み出ているが殆ど事実に近い。

 相手が相手(ヘラクレス)なだけに並の英霊を呼んだって焼け石に水だ。

 そもそも単純に考えても対魔力のクラススキルを持つ三騎士に対して魔術師(キャスター)のクラスのサーヴァントでは相性が最悪に近い。

 今この場に限ってですが、どうやら先輩はタイミング的にもハズレを引いてしまったらしい。

 いや、でも撤退を前提にすればキャスターさんに後方から支援して貰っている間にライダーの天馬で離脱出来るかも。

 そうですよ、どっち道勝ち目が薄いんですからその方が絶対に良い、というかベスト。

 逆に考えるのよ桜、別に逃げちゃってもいいさと考えr───

 

 

「む、聞き捨てなりませんねそれは」

 

 ─────あれ?

 

「確かに私は大した格のある英霊なんかじゃありません。貴女のヘラクレスさんと比べたらそれこそ月と(すっぽん)です。けれど、先達として言わせて頂きますが、それだけで推し量れる程人の()は単純なものじゃありませんよ」

「…ふ~ん?つまり何が言いたいのかしら?」

「生涯を通じて研鑽したこの神秘(わざ)は、彼の大英雄の神性にも届き得ると言っているんです」

 

 え。

 ちょっと待ってくださいキャスターさん。

 何でそんなやる気満々なんですか。

 さっき自分でヘラクレス相手にするとか無理ゲーとか言ってませんでしたっけ。

 何で今更になってそんな、それっぽい啖呵切ってるんですか。

 ひょっとして名誉挽回しようとしてる?

 さっきのやり取りでこの場に居る全員の頭に植え付けられたキャスター=ポンコツのイメージを払拭しようとしてる?

 

「それに、召喚されたばかりであっさりやられてしまってはマスターに申し訳ありませんからね」

「ふふ、そう。なら相手してあげるわ。中々出てこないからもう帰ろうかと思ってたんだけど。そこまで言うんだから少しは楽しませてよね」

 

 いや。

 いやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 待ってください、待ってくださいってば。

 なんかこれもう本格的に戦闘する流れになっちゃってるじゃないですか。

 っていうかイリヤスフィールさん見逃してくれるつもりだったの?それなら余計な覚悟なんて決めずにずっと時空間に隠れてればよかった!私ってほんと馬鹿(うっかり)

 そんでもってキャスターさん。

 なんかちょっと良い感じの台詞言ってますけど私気付いてますからね、こめかみに汗が一筋流れてるの。

 うわヤッベー、なんか勢いで啖呵切っちゃったけどぶっちゃけ勝算0だわ、全然何も考えてねーわマジどーしよ、的な事考えてるのが丸分かりですから。

 理由はよく分かりませんけど兎に角貴女の思考は読めてますからね私。

 

「やっちゃえアーチャー。今度こそ全員仕留めるのよ」

「御意」

 

 斯くして断頭台の紐が放たれた。

 そこは戦いの火蓋が云々って言った方が正確なんじゃないのという突っ込みがどこぞから聞こえてきそうですが、私からすれば完全にそういう気分なんです。

 先程の戦いを振り返る限りヘラクレスさんはまだまだ本気を出していない。

 ライダーも切り札足る魔眼と天馬をまだ見せてはいないがそれは向こうも同じですし、純粋な戦闘技術ではかなり溝を開けられている。

 単純な話余力の差が明確なのだ。

 そんなヘラクレスさんがマスターの命令に『御意(了解)』と返したのです。

 今度こそ本気で来る。

 そんな確信があった。

 此方にはキャスターさんという新戦力が加わったが、Aランク未満の攻撃を無効化するヘラクレスさんに対してキャスターさんの支援魔術は意味が無いだろう。

 先程も考えた通り撤退戦ならまだやりようはありましたがこんな全面対決の構図は最悪に過ぎる。

 やっぱり撤退戦です。

 戦略的撤退を具申します。

 完全に逃げ腰になっている自分自身にどうかと思いつつ先輩に声をかけようとして───

 

「では、行きます!」

 

 ───またもキャスターさんが予想外の行動に出た。

 

「え!?ちょっ!?」

 

 なんとキャスターさん、まさかの単身突撃。

 キャスターさんの足下から影が伸びたかと思うとそれが二振りの黒い短剣となり、それを両手で逆手に構えてヘラクレスさんに向かっていってしまった。

 これには流石に沈黙を保てませんでした。

 ヘラクレスさん相手に魔術師(キャスター)が白兵戦を仕掛けるなんて一体何を血迷った上での行動なのでしょうか。

 

 …いや。

 そう決め付けるのは早計かもしれない。

 姿勢を低く保ったまま白髪を靡かせて疾駆するキャスターさんの動きは、何と言うか、かなり()になっていた。

 先程のライダーと同じ様に、獲物を狙う狩人のそれ。

 そもそも相手がヘラクレスさんだと判っている状況で何の勝算も無しに白兵戦を挑む筈が無い。

 ひょっとしてあのキャスターさんは例外的に接近戦に長けているのか、若しくは何らかの罠か策を仕掛けているのか。

 

 そうこう考えている内にキャスターさんはヘラクレスさんを間合いに捉えた。

 身長差を考慮してか意識的に防御のしにくい足下に短剣を振るう。

 ですがヘラクレスさんは自身の得物の頑強さに信頼を置いているのか、本来近接戦では用いない弓でもってその一撃を巧みに防ぐ。

 

 

 そしてそのまま反す刀の要領で振るわれた弓でキャスターさんはあっさり吹っ飛ばされた。

 

 

「ぅおわがば、だっ!?」

 

 妙な奇声を挙げながらゴロゴロと団子虫の様にでんぐり返っていくキャスターさん。

 バチコーンッ、という効果音が聞こえてきそうな程見事に吹き飛ばされた割りには傷らしい傷は負っていない。

 

 ………………。

 またも微妙な沈黙が訪れる。

 ヘラクレスさん以外の全員が残念なものを見るような半目でキャスターさんに視線を注いでいる。

 それを知ってか知らずかキャスターさんは地面に両手両膝を着いた状態で雨に打たれる子犬の様にプルプルと震えている。

 遠目にも判るくらいに耳と頬は紅くなり、目も若干潤んでいるなんてフワッとした表現では誤魔化せないくらいに雫が溜まっていた。

 何故だろう、キャスターさんのあの醜態を見ていると自分の事のように恥ずかしく感じる。

 最初に抱いた違和感がより強いものになってむず痒くなってくる。

 お願いだからこれ以上余計な事しないでください。

 

「ふ、ふふふ。そ、そうですよね。幾らなんでもヘラクレスさん相手に接近戦を挑むのは無謀が過ぎました」

 

 しかしそんな私のささやかな願いは届かず。

 キャスターさんは涙に濡れる顔を無理矢理引き攣った笑顔に変えると立ち上がる。

 

「ならば遠距離戦でいかせて貰います!私もどちらかと言えば剣より弓の方が得意ですからね!」

 

 そう(のたま)ったキャスターさんの足下ではまたも影が蠢き、今度は黒い弓矢の形を取る。

 そうして弓に矢を番えたキャスターさんは構えを取り、矢を射った。

 一瞬の内に次々と射られていく矢は合計で7本、得意と云うだけあって(はや)い。

 更には狙いも正確で目、口、首、肩、心臓、鳩尾、膝と人体の急所である場所へ次々と殺到していく。

 

 でも悲しいかな、相手は弓兵(アーチャーのクラス)で呼ばれた大英雄ヘラクレス。

 キャスターさんの射った矢の三倍以上の数の矢を一瞬で放ち、相殺するどころかそのままキャスターさんを機関銃の如く蹂躙した。

 

「いやあああああああああっ!!ごめんなさいごめんなさいやっぱ無理です調子乗ってましたああああああ!!!」

 

 そして何故かまたもや無傷のキャスターさん。

 弓と矢を放り出して頭を両手で覆うと絶叫しながら逃げ回る。

 随分とすばしっこい動きです。

 ステータスで例えたら敏捷Bはあるんじゃないかという程、実際はDですが。

 たぶんギャグ補正でしょう、きっとあの人はスキルに『笑いの神の加護』があるに違いない。

 ある意味ではヘラクレスさん以上の不死性を有しているんじゃないでしょうかキャスターさん。

 

『サクラ』

 

 そんな事を思っていると、ライダーが念話で話し掛けてきた。

 チラリと此方に向けたその表情はあからさまに困っていた。

 

『すみません、一体私はどう動けばいいのでしょうか。先程からあのキャスターがイレギュラーな動きばかりするせいでイマイチ戦術判断が…』

『…ごめんなさい、正直私が教えて欲しいです…』

『デスヨネー』

 

 ほんと、なんなんでしょうあのキャスターさんは。

 ミステリアスキャラを一瞬で崩壊させたと思ったら何か英雄らしく勇ましい啖呵を切って結局のところそんな大した事無いという…。

 でも戦闘に関して全くの素人という感じでもなく。

 全くもって正体が掴めない。

 いや、まぁポンコツなのは間違いなさそうですが。

 そうこうしてる内にキャスターさんはヘラクレスさんの攻撃から命辛々逃げ切り此方に戻ってきた。

 

「も、申し訳ありませんマスター…やっぱり私個人の力では歯が立たない様です…作戦を切り替えて私は後方支援に徹したいと思うのですが」

「あ、ああ。分かった。よく分からないけどそっちの方が良いならそうしてくれウン」

「というか桜は始めからそれを考慮して撤退戦に移行するつもりだったのですが。先程から一人でテンパり過ぎですよ貴女」

 

 ライダーの容赦ない言葉にキャスターさんはバツが悪そうに呻くと目を逸らした。

 流石に私も弁護する気が起きない。

 

「わ、私も出来るならそうしたかったのですが…ごめんなさい、今の私は長時間の魔術行使が難しい状態でして…」

「え?な、何でですか?」

 

 キャスターさんの告白に私は思わず疑問を呈す。

 キャスターなのに魔術の行使が難しいとはどういうことなのでしょう。

 

「それが…召喚の際のトラブルなのかよく分かりませんが、マスターから魔力の供給を受けれていないんです私」

「え?」

「へ?」

 

 魔力が供給されていない?

 それはおかしいと直ぐに頭の中に疑問符が浮かぶ。

 たとえ先輩がどれ程魔術師として未熟だとしてもサーヴァントの召喚に成功した以上は確実にパスが繋がっている筈です。

 なのに魔力が供給されないという事は…。

 

「先輩?ちゃんと魔術回路を開いてますか?」

「え?あ、ああ。さっきキャスターを召喚した時からずっとそのままだが」

「そんな…?間違いなくパスは繋がっているのに魔力が供給されないという事はマスターが意図的に回路を閉じている以外に有り得ないのに…」

 

 ライダーがヘラクレスさんを警戒してくれている間に会話を進めるが、どうにもこの異常事態の原因が掴めない。

 他のクラスなら未だしも魔術をメインに戦闘を行うキャスターが魔力の補給を出来ないというのは致命的だ。

 サーヴァントが物質界に存在する為の楔であるマスターとパスで繋がっていれば辛うじて現界は保てても、手持ちの魔力(オド)が枯渇してしまえば消滅は免れない。

 これでは折角事態の好転を狙って召喚したキャスターさんを戦わせる事が出来ない。

 頭を悩ませていると当のキャスターさん本人がとんでもない提案をしてきた。

 

「では、撤退戦は止めにしましょう。先の事は考慮せず。今ここで、ヘラクレスさんを倒します」

「な、え────」

 

 

 無理だ。

 キャスターさんの提案を聞いた瞬間直ぐにこの2文字が思考を埋め尽くした。

 ライダーがあれだけ必死に食らい付いても傷一つ負わせられない相手を倒すなんて。

 キャスターさん自身、接近戦でも遠距離戦でも圧倒されてそれは理解している筈なのに。

 

「大丈夫です。真正面からまともにぶつかり合うだけが戦いじゃありませんから。相手とぶつかるのが嫌なら、ぶつかる前に一方的に蹂躙させて貰いましょう」

「!それはつまり」

「はい、初戦とはいえ出し惜しみしてられる状況でもありません。宝具を使用します」

 

 宝具、貴い幻想(ノウブル・ファンタズム)

 英霊が持つ、彼らが生前に築き上げた伝説の象徴。

 伝説を形にした()()()()()()()

 人間の幻想を骨子に作り上げられた武装。

 正しくサーヴァントにとって、文字通りの切り札をキャスターさんは今ここで切ろうとしている。

 でも、それは。

 

「大丈夫なのですか?魔力の供給が出来ないと申告したのは貴女自身なのですよ」

「…一度だけなら、なんとか。それにいざという時の手も考えてあります」

「…本当ですか?」

「ほ、本当です!なんですか、その如何にも信用出来ないって顔は!」

 

 キャスターさんの提案にライダーは心配した様子もなく、只々事実確認をする様な冷静な口調で語りかける。

 それに対してキャスターさんは問題ないと応えますが…先程のあれこれから考えてイマイチ信用しきれないというのがこの場に居る全員の総意のようで。

 訝しげな態度のライダーにキャスターさんはワチャワチャと反論した。

 

「そういえば教えるタイミングを悉く逸したので言ってませんでしたけど、彼にAランク未満の攻撃は効きませんよ」

「え…いや、それ先に言ってくださいよ。じゃあさっきまでの私の奮戦は何だったんですか」

「ですから貴女が勝手に一人で動き過ぎなんですってば。というかあれは奮戦と言いません。遊ばれただけ、若しくは噛ませ犬と云うんです」

「むぬぅ…ま、まぁそれでも問題はありません。私の宝具は()()()()Aランク並の出力も叩き出せますから」

 

 ?キャスターさんの言い方に少し引っ掛かりを覚える。

 殆ど話に付いていけていない先輩は兎も角、ライダーも同じものを感じたようだ。

 

「?…とどの詰まり、貴女の宝具なら確実にヘラクレスを打倒出来る。そういう事でよいのですね?」

「はい。まぁ無論ですがきっちり命中させる必要がありますけど…ライダーさん、ほんの数秒でもヘラクレスさんの動きを封じる事は出来ますか?出来なくてもそれはそれで構いません。自分で何とかする(すべ)はありますから」

「それは…」

 

 キャスターさんの問いに言い淀んだライダーが私に顔を向ける。

 有無だけの観点から云うなら、答えはYESだ。

 ライダーの切り札の一つである()()を使用すれば確実とは言えなくとも高確率でヘラクレスさんの動きを止められる。

 でもあれを使うと云う事は自身の真名を口外する事と同義。

 確実に仕留められるか分からない相手にそんな博打を打っていいのか、そしてまだ正式に同盟を結んだ訳でもない相手にそれを披露していいのか。

 様々な懸念、()()()()()()()()()()()()()()()()()を考慮してライダーは言い淀んでくれたのだろう。

 

 でもそんなライダーに対して、私は首を縦に振った。

 

 私の思いを十全に汲んでくれたライダーは表情から迷いを消し去るとキャスターさんに応える。

 

「ええ、可能です。お望みでしたら数秒と言わず数分は止めて差し上げますよ」

「頼もしいですね。でしたら行きましょうか」

 

 ライダーの不敵な返答にクスリと笑ったキャスターさんは再び影の弓矢を造り出すとヘラクレスさん達の方へ向き直った。

 って、え?結局突っ込むんですか?

 

「方針を定めても結局そのスタイルなのですか…」

「し、仕方ないじゃないですか!出来るだけ近距離で宝具発動させたいですし…わ、私だってこんな時に呼び出されなければキャスターらしくちゃんと陣地作成してましたよ!」

 

 溜め息を吐くライダーにキャスターさんは顔を紅くして喚く。

 本当でしょうか…なんだか、もう先程のポンコツ武闘派と云った印象が強すぎてまともに魔術師やってるキャスターさんが想像出来ない、キャスターなのに。

 

「ではキャスター、貴女は私の後から来てください。貴女が追い付き次第仕掛けるのでそのつもりで」

「了解です!」

 

 ライダーが鎖剣を構えて姿勢を低くする。

 その後ろのキャスターさんが走りやすいよう弓を寝かせて矢を番える。

 

「はあぁ~~あ、やーーっと来てくれるのね。いい加減眠っちゃうところだったわ。これが最後よアーチャー。手加減はしないでね」

「元よりそのつもりでございます、お嬢様」

 

 此方が話し込んでいる間、ずっと待ってくれていたイリヤスフィールとヘラクレスさんが漸く口を開く。

 弓で不意討ちしようと思えば幾らでも出来た筈なのに、それをせず待ってくれていた当たり本当に頭が下がる。

 さぁ仕切り直しだ。

 私達の聖杯戦争を、何より先輩の命を此処で終わらせる訳にはいかない。

 ライダーとキャスターさんが駆け出すのと同時に、ヘラクレスさんの弓から雷鳴と共に矢が放たれた。

 

 

         ∵∵∵

 

 

『マスター。聞こえますかマスター』

『ん?え!?な、なんだこれ!?き、キャスターか!?』

『はい、私ですマスター。これは念話と言って、マスターとサーヴァントは令呪を通じて主従間のみでの会話をする事が出来るのです』

『おお、なるほど…そ、それでどうかしたのかキャスター?』

『マスターに一つお願いがあるんです』

『お願い?』

『はい、この戦いに勝つ為に必要な事です。私が念話でマスターに合図をしたら次の台詞を叫んで欲しいんです』

『台詞?』

『はい。えっとですね───』

 

 

         ∵∵∵

 

 

 放たれた矢は、()()

 相手が二人に増えたからか、本気を出す様マスターに命ぜられたからか、若しくはその両方か。

 ヘラクレスさんはこれ迄以上の本数の矢をライダーとキャスターさんに向けて射った。

 相も変わらず圧倒的な威力と速度を誇る(彗星)をライダーは先程までと同じ様に紙一重で躱してゆく。

 ある程度の攻防を行った事でお互いの動きの癖を把握したのか、ヘラクレスさんはライダーがより避けにくい角度と位置に射線を合わせて矢を射っていくが、ライダーはそれ以上の余裕をもってヘラクレスさんの矢を躱していく。

 それはやはり相手()が二人に増えた事が原因でしょう。

 干渉する対象を一つに絞り切れない以上、人は思考という行程を挟まなければならない。

 それによって産まれるタイムラグと単純にキャスターさんの方に割り振られた矢の本数分ライダーが対処しなければいけない矢の数が減ったからだ。

 ライダーの疾走は止まらず、先程よりも遥かに速くヘラクレスさんとの距離を詰めていった。

 

「!っつぅ、く…やっぱり、思った以上にキツいですねこれ!」

 

 一方でキャスターさんも意外な程着実にヘラクレスさんへと接近していく。

 食い縛った歯から苦悶の声を絞り出しているが、その影の弓矢による迎撃は正確無比。

 威力の差から完全に相殺したり撃ち落とす事こそ出来ていないが、自分の矢を向かってくる矢に絶妙な角度で当てて受け流す様に軌道を変える事でその魔弾を凌いでいた。

 魔術師(キャスター)でありながらヘラクレスさんの攻撃を想像を絶する妙技でいなすその実力。

 自分には大した格等無いと言っていたが、やはりキャスターさんも歴史に名を残した英雄の一人なんだ。

 

「凄いな…」

 

 自身のサーヴァントであるキャスターさんをずっと見ていた先輩が思わずと云った様子でそんな呟きを漏らす。

 うん、確かに凄い。

 凄いんですが…戦闘に際して何故フードを被らないのかが気になった。

 至近距離で体の横を通り過ぎていく矢の風に煽られて長髪がバッサリバッサリと凄まじい勢いで乱れまくっている。

 どう見ても邪魔じゃないですかね、あれ。

 

「わぷ!さ、先にフード被っておけばよかった…!」

 

 単純に被り忘れていただけみたいです。

 なんだろう、あのうっかりさ、ものすごく親近感が湧いてくる。

 

 とか何とかやってる間にライダーはヘラクレスさんまであと10メートルも無いくらいの間合いまで距離を詰めていた。

 

 

「全く、何も学習していないのね。近付いたところでアーチャーに有効な攻撃なんて出来る筈無いのに──はい、どうぞアーチャー。やっちゃって」

「感謝致しますお嬢様」

 

 !?

 再び私の頭を驚愕が突き抜ける。

 イリヤスフィールが自身の髪の毛を一本抜いて宙に放ると──それがヘラクレスさんの手元まで飛んでいき、まるで結晶の様な光沢を放つ白い剣に変わった。

 確かアインツベルンは錬金術に秀でた家系だと聞いているけれど…それにしたってまさか、髪の毛一本があんな魔力を秘めた武器になるなんて…!

 やはり、先程イリヤスフィールに戦いを挑まなかったのは正解かもしれない。

 サーヴァントは元より、マスターの方も規格外だ。

 

 ヘラクレスさんは主に与えられた剣を両手で上段に構え、逆袈裟に振り下ろす。

 その一太刀を上に跳んで回避したライダーは鎖剣の両端を波の様に(しな)らせながらヘラクレスさんに投げ付ける。

 どうせ真っ直ぐ突き出したところでヘラクレスさんの宝具(肉体)には掠り傷一つ付ける事も叶わない、ならばさっきみたいに巻き付けて動きを封じ込めるべきだと判断しての行動でしょう。

 でもそんな見え見えの攻撃に捕まる程大英雄(ヘラクレス)は甘くない。

 直ぐ様反した横一線の斬撃で鎖剣を二つとも弾き飛ばす。

 ライダーも負けじとヘラクレスさんの周囲を旋回しながら鎖を手繰って果敢に攻めるがその悉くをヘラクレスさんは防いでしまう。

 死角からのトリック染みた奇襲を織り混ぜるも、一度見た技は受け付けないとでも言わんばかりに刃が阻む。

 あんな身の丈を越える巨剣をまるで短剣(ナイフ)の様に素早く、軽々と、まるで飛び回る蝿を斬るかの様な正確さでヘラクレスさんは振るう。

 元が髪の毛一本という事もあって、あの剣が軽いというのも理由の一つでしょうが、ヘラクレスさんが剣を振るう度にその余波だけで地面のアスファルトが砕け、抉れていく様子を見ると本当にそうなのかイマイチ判断が出来ない。

 何度見ても圧倒されるその膂力と武技に相対してもライダーは怯む事なく攻撃を仕掛け続けていました。

 

「どうしたのかね?私を数分足止めしてみせるのだろう?これしきの技では数分どころか一瞬たりともそれは叶わないぞ」

「おや聞いていましたか。それなりに距離は離れていたのですが、流石に耳が良い様ですね。いや、それとも女性同士の会話に聞き耳を立ててしまうのは男性の(さが)と云ったところでしょうか」

「ああ、済まない。レディの密談を盗み聞きする様な真似はしたくなかったのだがね、貴女とあの白い彼女に手を組まれては私とて命が危うい。故に流儀よりもサーヴァント(仕える者)としての使命を優先させて貰った」

「?…あのキャスターが貴方の脅威に成り得る存在だと?」

「無論だ。我が剣と弓にあれだけ曝されて未だに傷を負っていないのが何よりの証拠だとも」

「…それは意外な朗報ですね」

「なればこそ貴女と彼女を合流させる訳にはいかない」

「っ!」

 

 此方まで届く暴風のせいで殆ど聞き取れませんでしたが、何らかの会話を終えたヘラクレスさんがライダーに対して攻勢に出た。

 地面が陥没する程に一歩一歩を踏み締め、剣を振るう度に発生する暴風を纏ったヘラクレスさんがライダーに近付いていく。

 最早暴力という概念がそのまま形になった様なヘラクレスさんの攻勢にライダーの抵抗は殆ど意味を成さない。

 鎖剣を投げ付け、手繰りながら後退するライダーよりも速くヘラクレスさんが鎖剣を打ち払いながら自身の剣の間合いにライダーを捉えようと前進する。

 あと数秒程の後にヘラクレスさんの射程圏内に捉えられたライダーはあの巨剣で以て胴体を薙ぎ払われ敗退するだろう。

 それだけは絶対にさせてはならない。

 最悪令呪を使ってでもライダーの命を繋いでみせる。

 そう決意して私が魔力を滾らせるよりも早く、

 

「止むを得ませんね」

 

 想定していた作戦より些かタイミングが早いが背に腹は変えられない、とばかりにライダーが自身の切り札を使用する為バイザーに手を掛ける

 

 

より早く─────

 

 

 

 

「声は静かに───私の影は世界を覆う」

 

 

 

 

 ハッキリと、聴こえた。

 激しい戦闘音に妨害されてほぼ役割を果たせていない私の耳に、馴染み深いそれは自然体で入ってきた。

 

「っ!」

 

 瞬間ヘラクレスさんの動きが目に見えて鈍くなった。

 四肢の至る所に黒い触手の様なものが絡み付き勢いを殺している。

 あれは───キャスターさんの魔術だ。

 キャスターさんが単独でヘラクレスさんに攻撃を仕掛けた際に撃ち落とされた矢や投げ捨てた弓を構成していた影。

 あれらは大気(マナ)に還った訳ではなく、夜の闇に溶けてそのまま保持されていたんだ。

 それがキャスターさんの呪文によって再び役目を与えられて動き出した。

 一目見ただけで理解出来た。

 頭を働かせる迄もなくストンと自分の中で腑に落ちる感覚があった。

 でも所詮は二小節の簡易な魔術、四肢を抑えたと云ってもヘラクレスさんに掛かればほんの一瞬でその拘束は破られてしまうでしょう。

 

「よい働きでしたキャスター」

 

 でもそれで十分でした。

 その稼いだ一瞬でキャスターさんはライダーに追い付き、ライダーも作戦通りにその切り札を切る事が出来るのですから。

 

「っ!先輩、目を閉じてください!」

「え?」

 

 私が先輩の手を握りながらそう叫んだのとほぼ同時にライダーが目を覆うバイザーを取り払った。

 

 瞬間、世界が凝固する。

 

 魔眼・キュベレイ。

 魔眼の中でも最高ランクと言われる宝石級の石化の魔眼。

 メドゥーサの代名詞とも言えるそれは対魔力がC以下の相手を問答無用で石化させてしまう非常に強力な代物。

 例え対魔力がそれ以上の相手でも全てのランクを1ランク下げてしまう重圧の負荷を与える事が出来る為、格上相手にも勝算を作り出す事が可能なのです。

 

 ライダーの眼光に射貫かれたヘラクレスさんは石化こそしませんが今度こそ勢いを完全に殺されてしまった。

 今にも引き千切ろうとしていたキャスターさんの影の触手に再び捕らわれたヘラクレスさんの体に、ライダーがダメ押しとばかりに鎖を巻き付けていく。

 

 ただしこの魔眼、メドゥーサが相手を認識しなくても相手がメドゥーサを認識した時点で石化が始まるので集団を相手にするのにも便利なのですが、同時に味方も石化させてしまうという欠点がある。

 だから今私は魔眼の効果をレジストする魔術を先輩と自分にかけ、更に先輩には目を瞑って貰った。

 気休め程度ですがライダーの姿を視角から絶てば多少は効果が薄れる筈です。

 自分自身でレジストが出来ない先輩の負担を少しでも減らす為の処置ですが、私は目を開いたままです。

 今のところほぼ作戦通りですが、不足の事態が起きないとも限りません。

 マスターとして常に状況を把握しておかなければ、という気概で体にかかる圧力に耐える。

 ですがそんな懸念は杞憂で終わってくれそうだ。

 キャスターさんの影の魔術とライダーの魔眼と鎖に雁字搦めにされたヘラクレスさんは最早一歩も動けない。

 立った状態で完全にアスファルトに縫い付けられていた。

 さあ、場は整った。

 あとはキャスターさんが宝具を解放するだけ───

 

 

「ぅ、ぁ、ちょ…か、体が…」

 

 

 キャスターさんはライダーの足元に(うずくま)り、思いっきり石化しかけていた。

 

 私は思わずズッコけてしまう。

 

「っ!?おい、桜どうし──ぐっ!?」

 

 そしてそんな私の異変に気付いて目を開けてしまった先輩が魔眼の効果を受けたのだろう、苦し気に呻いた。

 まさかのうっかり連鎖反応。

 

 

「ちょっと!何をやってるんですかキャスターさん!」

「いやだってライダーさんの真名がメドゥーサなんて私知らされてないですし!そういうのは事前に教えておいてくださいよ!」

 

 この土壇場で勘弁してと叱責を飛ばす私にキャスターさんが尤もな反論を寄越す。

 うっかりなのはお互い様とでした。

 

「す、すみませんキャスター…あの、レジストの魔術教えましょうか?」

「い、いえ、大丈夫です。多少のアクシデントはありましたが───これでチェックメイトです」

 

 心底申し訳なさそうに謝るライダーに応えたキャスターさんは、石化しながらも顔を上げヘラクレスさんを見据えると口許の貌を笑みに歪めた。

 

 

「令呪を以て命ずるっ!!」

 

 

 途端、隣で苦しんでいた先輩が大声で叫び、その音量と内容で私は飛び上がった。

 

 

「ヘラクレスを倒せ、キャスター!!」

「──了解しましたマスター」

 

 

 令呪。

 聖杯戦争の参加資格、サーヴァントのマスターである事の証明にして、サーヴァントに対する回数限定の絶対命令権。

 善くも悪くもアクの強い英雄(サーヴァント)を服従させる為に間桐が考案・開発した呪い。

 本来の用途は前述の通りサーヴァントを精神的・肉体的に縛る為のものですが、サーヴァントの意思に沿う形で使用した場合、その魔力を以てブーストさせる事が出来る代物。

 それを今、先輩は使った。

 『敵を倒せ』というこの上無く単純な命令の為に。

 令呪の潤沢な魔力を受け取ったキャスターさんの体からエーテルが溢れ、石化が解ける。

 悠然と立ち上がったキャスターさんは自らの胸に()()()()()()()

 

「───」

 

 キャスターさんの異常な行動に、私は息を飲み目を(みは)った。

 手を胸の谷間に差し入れたのではなく、()()()()()のです。

 手首がすっぽりと入り込んでも尚腕を入れ続け、どれだけ豊満な乳房を持っていたとしても有り得ないくらいの体積が飲み込まれていく。

 最早背中から腕が突き出てきそうだ。

 無論自傷行為等ではない。

 キャスターさんの胸元が光り、それと同時に腕が引き抜かれていく。

 

 完全に引き抜かれたキャスターさんの手には、光り輝く『杯』が握られていた。

 

 

「────なに、それ」

 

 ヘラクレスさんの後方に控えていたイリヤスフィールが呻く様に一言漏らした。

 私も全く同じ感想を抱いている。

 何だろう、あれは。

 キャスターさんの行動にも度肝を抜かれたが、()()()()にそれ以上の戦慄を感じている自分がいる。

 キャスターさんの体から取り出された杯にはエーテルがプラズマ化する程の圧倒的な密度と濃度の神秘が溢れ返り渦巻いている。

 それを視界に収めているだけで、満たされて、溶けて、崩れてしまいそうなくらいに、莫大な気配。

 今にも膨張しそうな宇宙を見ている様な感覚だ。

 

 あれでは、まるで──

 

 

「なんで…なんで貴女が()()()()()持ってるのよ!!!?」

 

 

 イリヤスフィールの悲鳴にも似た身を切るような怒号にキャスターさんは反応を示さない。

 

「──御見せしましょう大英雄。これが、『神秘』です」

「──」

 

 ゾッとする程に澄み切った表情でヘラクレスさんに手向けの(ことば)を送ったキャスターさんは、杯をヘラクレスさんの方へ僅かに傾け───

 

 

 

情の杯(イマジナリ・マテリアル)

 

 

 

 溢れた。

 膨らんで、光って、爆ぜて、貫いた。

 キャスターさんの宝具が解放された。

 

 やった事は至極単純。

 杯に溢れる魔力に()()()()()()()()()()()()()()()

 正しくシンプル・イズ・ベスト。

 杯を向けられ、魔力の進行方向上に居たヘラクレスさんは、その強大な力の奔流に呑み込まれ───当たり前の様に消し飛んだ。

 

 火山の噴火を連想させる光の柱は地表を掠めて立ち昇り冬木の町を照らし出す。

 暫くして光が消え去ると、そこには僅かな魔力の残滓を残す杯を持ったキャスターさんと、その近くで諸とも消し飛ばされた自らの鎖剣の成れの果てを見て唖然とするライダーの姿があった。

 ヘラクレスさんは居なかった。

 ()()のは膝から下のみ。

 それのみを残して完全に消滅していた。

 

「なんとか、試練は乗り越えられた様です、ね」

「ええ…」

「ふぅ…貴重な、令呪を…いっ、かく、消費して…しまいましたが…まぁ、上々の、戦果、で───」

「っ!」

 

 脱力して両手をだらりと下げたキャスターさんの手からは、いつの間にか杯が消えていた。

 息も絶え絶えと云った様子で力無く言葉を紡いでいましたが、遂に耐え切れなくなったのでしょう、足を折って倒れ込む。

 慌ててライダーはそれを支えた。

 何処からどう見ても魔力不足です。

 当然だ、令呪のサポートがあったとはいえ先輩からの魔力供給無しであれだけの威力の宝具を使用したのだから。

 きっと自前の魔力(オド)もかなりの量を消費した筈です。

 令呪のサポートが無ければ発動すら叶わなかったでしょう。

 

「キャスター!」

 

 先輩が慌ててキャスターさん達の方へ走っていく。

 まだ召喚して(知り合って)半刻も経っていないのに随分な必死さだ。

 やっぱり先輩は先輩なんだな、とこれまでの3年間で見てきた先輩の優しさが嘘偽りの無いものだと分かって嬉しくなってしまう。

 敵サーヴァントを倒して当面の危険が去った事で精神的に余裕が戻った私も先輩に続いてライダー達の方へ向かう。

 ライダーがキャスターさんの頭と腰を持って地面に寝かせているその向こう側でヘラクレスさんの膝から肉が生え始め───

 

 

 

「え?」

 

 

 意味が、分からなくて。

 出来の悪い幻覚でも見せられているような。

 有り得ない。

 

 ヘラクレスさんの肉体が再生し始めた。

 

 膝から腿まで再生するとそのまま股が繋がって臍、腹、胸と凄まじい速度で肉体が再構築されていく。

 みんな絶句していた。

 何も考えられない。

 剰りにも馬鹿げたその光景に、恐怖や驚愕といった感情すら抱けなかった。

 動く事も喋る事も出来ない私達の目の前で、ヘラクレスさんは甦った。

 完全に肉体を再生させ、復活の産声を挙げる。

 

「──見事だ。私の技を悉く躱すだけでなく、この体から命を一つ奪うとは。キャスター、そなたの神秘は確かにこの身に届いたぞ」

 

 ヘラクレスさんは自身を見上げる二人のサーヴァントに厳かな声色で、心の底からの敬意を滲ませ賛辞を贈った。

 誰も反応する事は出来ない。

 

「だが、それだけだ。神々の祝福(呪い)を受けたこの身を滅ぼし切るには到底及ばない。

 

これが『神秘』だ、魔術師よ」

 

 

 ヘラクレスさんの右手に巨剣が召喚される。

 駄目だ、何してるの、動かなきゃ。

 ライダーが、キャスターさんが、先輩が殺される。

 心がそう叫んでいるのに体は言う事を聞かなくて。

 意志は健在だというのに、最早本能が抵抗を諦めてしまっている。

 敵わないと、悟ってしまっている。

 

「せめてもの手向けだ。痛みを感じず()く逝け」

 

 ヘラクレスさんが巨剣を振り上げた。

 ライダーがいつの間に修復したのか、鎖剣を構え、キャスターさんも震える手で魔術を放とうとしている。

 だが、それは剰りにも無力で、遅すぎた抵抗なのは明白で。

 絶望の一瞬。

 もうどうあがいても覆しようのない敗北に血の気が引いて───

 

「待ちなさいアーチャー」

 

 ───巨剣が、止まった。

 イリヤスフィールの一言で今正に剣を振り下ろそうとしていたヘラクレスさんの動きが止まる。

 

「もういいわ、今日はここまでよ」

「よろしいのですか?」

「ええ。ライダーは別にどうでもいいけど…お兄ちゃんのキャスターには興味が湧いたわ。ここで殺すのはつまんない」

 

 イリヤスフィールは何かを押し殺すような声色でそう言うと私達に背を向けて歩き出した。

 ヘラクレスさんも文句一つ言わずそれに付き従う。

 

「…怒らないの?」

「何故怒る必要があるのですか?」

「だって…倒せる敵を見逃しちゃう訳だし」

「問答無用で相手を殺す事だけが戦ではありません。それに、お嬢様同様私もあの者達に興味が湧きました。今ここで殺さずに済むのならそれは重畳。再び相見(あいまみ)える時を期待するのみです」

 

 イリヤスフィールとヘラクレスさんが何か会話をしているみたいですが、今の私の頭には内容が入ってこない。

 

 助かった…?

 完全に詰んでいたあの状態から生き残れた事が信じられなくて。

 為す術の無くなった私達を見逃すイリヤスフィールさんの意図が理解出来なくて。

 

 私が呆然と視線を向けると振り返ったイリヤスフィールさんと目が合った。

 

「可愛そうね。お兄ちゃんの事も、家族の事も、自分自身の事も、真実を何も知らずに生きているだなんて。

 

本物は私だから。偽物なんかに、私絶対負けないから」

 

 

 そう吐き捨てる様に言ったイリヤスフィールさんは今度こそ行ってしまった。

 言われた意味が分からない。

 ヘラクレスさんが甦った理由も分からない。

 分からない事が多過ぎて、次のアクションが起こせない。

 私は呆然と立ち尽くすしかなくて。

 

 

「…!き、キャスター!確りしてくれキャスター!」

 

 先輩の叫び声で金縛りが解けた。

 直ぐ様3人に駆け寄った私が目にしたのは、衰弱しきったキャスターさんでした。

 魔力を消費しきり、最早並みの亡霊程の存在感しかないキャスターさん。

 このままでは消滅は必至です。

 どうしようかと考えて、どうしようもないという結論が出てしまう。

 マスターではない、パスの繋がっていない私ではキャスターさんに魔力を送る事は出来ないし、かといって魔力を補給出来る様な礼装も持ち合わせていない。

 万事休す。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 折角助かったのに、私達の命を繋ぐチャンスを作ってくれたのはキャスターさんなのに。

 それなのに、そんな人を、こんな、あんまりにも呆気ない最後を迎えさせる事は断じて許容出来なかった。

 なんとかならないかと頭を抱える私を他所に、先輩とキャスターさんが会話を始めた。

 

「マス、ター…もう、余裕が、無いので、手短に…言います」

「っ!な、なんだよそれ。別れの言葉なんかだったら絶対に聞かないぞ俺は!」

「ふふ、違います、よ…まだ全然、お役に立てて、ないのに、消える訳には、いきま…せんから」

 

 そんな事はない。

 キャスターさんが来てくれなかったら私達は今此処に立っていない。

 貴女は間違いなく私達全員の命の恩人です。

 

「ですから、私の、お願い、聞いてくれ、ますか…?」

「嗚呼!俺に出来る事なら何でも言ってくれ!」

 

 先輩が力強く頷く。

 それを見たキャスターさんは僅かに頬を赤らめてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抱いてください」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 もうお腹一杯なんで勘弁してください。




その頃、座にて

キャスター「抱いてください」
エミヤ「」ガタッ
トーサカ「お前じゃねえ座ってろ」●REC


何故こうなったし。

という事で今回はシリアスなんだかギャグなんだか整合性の取れない話になってしまいました。投稿に3ヶ月かかってこれかよっ!!!

色々あってイリヤちゃんに見逃して貰えた桜ちゃん達。次回は魔力供給回ですね!(当たり前ですが描写はしません)こんな最序盤で魔力供給するssも早々ないんじゃないかな…

キャスターちゃんの容姿はGOのイマジナリ・アラウンドにCCCの髪が白くなった桜ちゃんをミックスした感じです。この作者にキャスターちゃんの真名を隠す気は全くございません(失笑)。

あと申し訳ありません。各サーヴァントのステータスはいずれ纏めて記載する形にしたいと思います。あんまりにも情報量多過ぎて書くの大変なんで…

それでは次回もよろしくお願い致します。


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幕間 その頃のお姉ちゃん

劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower」観てきました。

最高ッスね(小並感)

活動報告の方に感想を書き殴ったのですがそれだけではテンションがまるで治まらず数ヶ月ぶりに執筆!ほんと更新遅くて申し訳ありません。orz

今回は幕間で短い上に桜ちゃん出ないけどな()


 午前2時。

 私、遠坂凛の魔力が最も高まる、所謂(いわゆる)絶好調タイム。

 普段なら明日に備えてとっくに就寝しているこの時間帯に、私はとある儀式を行っていた。

 言わずもがな、聖杯戦争の切り札にして参加資格でもあるサーヴァントの召喚儀式だ。

 

 聖痕自体は数日前に宿っていたのでどのタイミングで召喚しても問題は無かった。

 いや、寧ろ希望するクラスのサーヴァントを確実に手に入れる為、早めに召喚を行うのがベターだろう。

 例えば最優と称されるセイバー、そうでなくとも対魔力を持ち基本的に優秀とされる三騎士のクラスを召喚出来ればラッキーだが、既にその枠を他の参加者達に取られてしまっていたらスタートラインからして不利を強いられる事になってしまう。

 他のクラスよりも多数の宝具を所持している代わりにサーヴァント自身の能力がそこまで高くないというケースの多いライダー。

 

 この枠ならまだ全然許容範囲だ…が、残る三つの枠が問題である。

 

 現代よりも遥かに多くの神秘が残っていた過去の時代の魔術を行使でき、それと陣地作成のスキルによって神殿クラスの工房を造り上げる事が出来る者も居る為、()()の戦法や搦め手なら最強だが、殆どのサーヴァントが持っている対魔力のスキルのせいで正面切っての真っ向勝負では最弱と呼ばれるキャスター。

 

 気配遮断のスキルによる、マスターの天敵とも言われる程の諜報・暗殺能力を持つ代わりに素のステータスが全クラスで最も低い為、キャスター同様真っ向勝負では最弱候補のアサシン。

 

 狂化によってステータスを大幅に底上げする事が出来るがその分燃費が悪く、理性を失っている為細かい作戦を伝え実行する事がまず不可能…というかまともに意志疎通を行って御し切れる保証も無く、おまけにサーヴァントの切り札足る宝具を使用(解放)する事も(まま)ならないという、よくよく考えなくてもメリットとデメリットの釣り合いが全然取れていないバーサーカー。

 

 他のクラスにも短所はあると云えばあるのだけれど、この三つのクラスはズバ抜けて癖が強い。

 特にバーサーカー。

 

 キャスターのクラスで呼ばれる程の英霊の持つ神秘の技術には魔術師として興味があるが、同じ魔術師の為マスターとサーヴァントの役割が被ってしまいお互いの弱点を補えないという問題があるし、個人的に()()より()()の姿勢でガンガン行きたいタイプなので取り敢えず却下。

 

 アサシンも上手く嵌まれば最後の最後に漁夫の利で優勝を狙えるクラスだが、上記のキャスターと同じく隠れてコソコソ戦いを進めるのは私の性に合わないし、何より聖杯戦争に参加する以上覚悟は出来ているが進んで(マスター)を殺したいとは思わないのでやっぱり却下。

 

 バーサーカーは却下、とにかく却下。

 

 まぁどのクラスも自分の得意分野(土俵)に持ち込めば強いというのは変わらないので結局の所マスターの采配次第という気がしないでもない。

 バーサーカー以外は。

 

 だがその中でも三騎士、特にセイバーはどんな局面でも基本安定した性能を発揮する事が出来る。

 バーサーカーと違って。

 

 そう考えるとやはり引くべきカードは尖った性能の色物枠より、堅実に三騎士、若しくはライダーを含めた四騎士の内のどれかなのだ。

 バーサーカーは論外である。

 

 そもそも狂戦士のクラス(バーサーカー)は力量の足らないマスターがサーヴァントのステータスを無理矢理底上げする為、若しくは能力の低いサーヴァントを強化する為に(あて)がわれるクラスだ。

 慢心する気はないが私の魔術師としての力量はかなり高い。

 故によっぽど出鱈目な燃費の悪さを誇る英霊でもなければ、召喚したサーヴァントのポテンシャルを十全に引き出す自信がある。

 要するに私がバーサーカーのクラスを召喚しても、唯一の長所と言って過言ではない能力の底上げの恩恵を殆ど受けれないばかりか余計な負債をこれでもかと背負う羽目になるのだ。

 そんなもん誰が喚ぶかって話だ。

 なんだか必要以上にバーサーカーをディスってしまった気がするけれど、これが私の本音なのだ。

 兎にも角にもバーサーカーは論外、絶対に喚んではならない、喚んでしまったらその瞬間私の聖杯戦争は終わる(断言)。

 

 という訳で長々と語ってしまったが、結局の所私が喚びたいクラスはやはり三騎士、出来ればセイバーだ。

 だがこれは少しでも頭の回る人間なら簡単に辿り着く結論であり、ましてや聖杯戦争は魔術師という『神秘を探求する学者』達の集う儀式、間違いなく殆どの参加者がこの結論に至るだろう。

 聖杯戦争において同じクラスのサーヴァントが複数召喚されるという事は決してあり得ない。

 だからこそたった三つしかない有望枠を何としてでも手に入れる為、又他の参加者(マスター)に喚ばれ強力な敵として立ち塞がれる事を防ぐ為、三騎士を喚ぼうとみんな躍起になるだろう。

 昔何処かで偉い人が言っていたのかどうかは知らないが、正しく戦争というものはその準備段階からして既に戦いが始まっているのだ。

 なら尚の事枠を奪われない様、早めに召喚を行うべきだったのだけれど私はそれをしなかった。

 

 理由は一つ、()の意思を確認してから行いたかったのだ。

 

 間桐に引き取られる前、まだ遠坂家の次女だった頃のあの子は…ハッキリ言って臆病な子だった。

 引っ込み思案で、外で遊ぶ時も家にお客様が来た時も、何時も私の後ろに付いて隠れている様な子。

 何をするにも一番じゃないと気が済まなくて、常に猪突猛進だった私とは正しく正反対な性格。

 だからこそ、私が妹を守ってあげなければという想いが最早本能レベルで刷り込まれていて。

 だからこそ、あの臆病な妹が知らない人ばかりの家に行ってしまうという事が心配で。

 もうあの子を姉として守ってあげられないという事が辛くて。

 それ以上に自分が寂しくて、堪らなかった。

 その時になって漸く、依存していたのはお互い様だったんだと私は気付いた。

 

 でもあの子は強くなった。

 先代当主の死去という唯一頼れる()を失った恐怖、一人っきりで家の全てを守っていかなければならない責任、そういったものから生じる不安、重圧に耐え抜いて。

 私と殆ど同じ条件下で、あの子は己を研鑽し続けて来たんだ。

 逞しくならない筈が無かった。

 そうして正式に間桐の当主となったあの子が、自身のホームである冬木の地で行われる魔術儀式から下りる様な事は十中八九無いと分かってはいたが、それでも確かめざるを得なかった。

 あの子が聖杯戦争を降りるという選択をするなら、いや、万が一令呪が宿らないなんて事態になったら直ぐ様根回しをする必要があったからだ。

 例え令呪が宿らなくても御三家の当主である桜は他の参加者からマスターと勘違いされて狙われる可能性が高いし、ひょっとしたら桜にサーヴァントに対抗する術が無いと知った輩が戦争の混乱に乗じて間桐の秘術を掠め取ろうとするなんて事も有り得る。

 そうならない為には聖杯戦争の監視役にして中立の教会を頼らなければならない。

 只でさえ()()()()は仲が悪いのによりにもよって今回の監督役は()()()である。

 普段なら絶対に頼りたくない相手だが何よりも大事な家族の為だ、どれだけの代償を払ってもあの子の身の安全を確保する覚悟があった。

 

 まぁ結局全部杞憂だったのだけれど。

 

 あの子は紛れもなく魔術の家系の当主だった。

 私の心配なんて何処吹く風とばかりに。

 昼間、確かにあの屋上で覚悟を示された。

 ならば、姉として、同じ御三家の当主として、妹の覚悟に応えてあげなければ嘘だろう。

 数日のロスの間に三騎士の枠は全て埋まってしまったかもしれないが、そんなもの差し引いて余りある程の価値があの数分間の会話にはあった。

 それに、なんというか、あれである。

 妹がまだ準備も出来ていないというのに姉である私が早々にサーヴァントを召喚してしまうのは、なんかフライングっぽくて嫌だったのだ。

 我ながら、魔術師の癖に何スポーツマンシップ気取ってんだって感じだが、一旦思い至ったらどうしても妥協出来なくなってしまって。

 ほんと、自分の性分に失笑が漏れる。

 心の贅肉という奴だ。

 でも、悪くない。

 我が家の家訓とは程遠いけれど、可愛い妹に振り回されてドタバタするというのも、それはそれで悪くないのだ。

 寧ろこの胸の内で滾る心地好い熱すらも魔力に変えてやる、それくらいの気概で以て臨む。

 きっと桜も今頃、自身の工房でサーヴァントの召喚を行っているだろう。

 どっちがより優れた英霊を呼び出せるか勝負よ!なんて子供の遊びの延長線上にある競争みたいな思考をしながら、それでいて遠坂の当主としての誇りと義務を決して忘れないよう、私は英霊召喚に挑んだ。

 

 あ、でもバーサーカーはマジでノーサンキューね。

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

「───問おう。貴女が、私のマスターか」

 

 勝った。

 ごめんなさいね桜、今回の聖杯戦争、私の勝利よ。

 

 目の前で凛と佇む──ちょっと嫉妬してしまうくらいに可愛い──女の子を見て私が最初に思ったのは、そんなある種のフラグとも取れる確信だった。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

「アーサー王!?あ、貴女が!?え、ちょ、本当なのセイバー!女の子なのに!?」

「はい。生前は本来の性別を隠し、常に男装して過ごしていましたから。おそらくそれが原因で後世には私が男性として伝わっているのでしょう」

 

 

 アーサー王。

 かつてブリテンの王として君臨し、数多の戦において不敗を貫いた常勝無敗の騎士王。

 世界一有名と言っても過言ではない()の聖剣、エクスカリバーの担い手だ。

 

 そんな英雄の中の英雄である筈の人物が──まさか、こんなにも可憐な少女だったなんて。

 家訓であるところの優雅さを忘却の彼方にして、私は思わず絶叫してしまった。

 

「凛、驚く事ではありません。時代と共に人の価値観、物事の解釈は常に移り変わっていきます。言い伝えられた知識と事実が異なるのはよくある話だ」

「ぅ、んー…言われてる事はまぁ、分かるんだけど」

「第一性別等関係ありません。私は騎士であり、この身は凛、貴女のサーヴァントだ。重要なのは私が貴女にとって有益な存在であるか否かです」

 

 (ぎょく)の様に光る碧眼を一切逸らす事無く私に向けながらセイバーはそう言い切った。

 一見すると冷たいというかお堅いというか、取りつく島もない感じがするけど…たぶん違う。

 この娘はただ事実を述べているだけなのだろう。

 此方の疑問や葛藤を一時の誤魔化しでは無く理路整然(りろせいぜん)とした話で解き解そうとしてくれているんだ。

 生来の責任感の強さからくるものだろう、所謂学級委員長タイプというやつだ。

 流石は一国を治めた騎士の王、自分の芯というものを確り持っている。

 

 うん、こーいうキッチリしたスタンスは嫌いじゃない。

 

「ま、それもそうね。ごめんねセイバー。いきなり取り乱したりしちゃって」

「いえ、不意を突かれるというのは生きる上で間々ある事だ。大切なのは如何に早くそこから立て直しが出来るかです。その点、凛は優秀だ。魔力の質も素晴らしい。どうやら今回はマスター運に恵まれた様だ」

 

 そう言ってセイバーは表情を綻ばせる。

 打算無しの真っ直ぐな称賛が心地好い。

 よかった、どうやら私という人間は大英雄様の御眼鏡に適ったらしい。

 

「ふふ、ありがと。でもそれはお互い様よ。貴女みたいな頼り甲斐のある英雄を喚べたなんてこの上無い幸運だわ」

 

 相手の誠意に応えるべく、此方も嘘偽りの無い本音を言う。

 いや、実際マジでラッキーなのだ。

 マスター権限でステータスを確認した時は思わず目を瞠ってしまった。

 なんとBより下のランクが無い。

 アルファベットの横には幾つもの+マークが乱れ飛んでいる。

 そんな彼女が(たずさ)えるのは星の内海によって鍛えられた神造兵装、エクスカリバーなのだ。

 

 圧倒的な高水準スペックに、究極の聖剣。

 紛れも無く最高にして最強のカードを私は引き当てたのだ。

 これを幸運(ラッキー)と言わずして何と言うのか。

 

「それも凛のお陰です。サーヴァントのステータスはマスターが優秀であればある程高く、生前のものに近付いてゆく。サーヴァント(使い魔)である以上、生前の能力を超える、或いは同等になるという事はあり得ませんが、それでも限り無く真に近付く事は出来る。そして、今の私は正しく()()だ。私が十全に在れるのは、凛、貴女がこれ迄積み上げてきた研鑽のお陰です」

 

 

 ヤバイ、私この娘好きだわ。

 

 まさかこんな褒め殺しを喰らわせられるとは。

 ふと昼食時の衛宮君を思い出す。

 それと──外見的には全く似ていないのに──まだ幼かった頃の、何時も自分の一挙手一投足に凄い凄いと喜んでくれた無邪気な妹の事を思い出した。

 

 清廉潔白な心がそのまま声帯になった様な、芯の通った涼しい声色。

 それによって紡がれる一切のブレが無い言葉が、本当に心からそう思ってくれているのだと、理屈なんかすっ飛ばして私を信じさせていた。

 なるほど、これがカリスマBってやつなのかも。

 

「…ありがとね、セイバー。あーヤバ、ごめん、私、魔術(これ)に関して褒めて貰えた事なんてもうずっとなかったから。うん、ほんと、ありがとう。嬉しい」

「お礼を言われる様な事ではありません。これは凛が受けるべき正当な評価だ。そして、そんな貴女とならば、必ずや聖杯に届きうると私は信じています」

 

 自分より圧倒的に高次の存在が、自分に信頼を置いてくれている。

 それだけでこんなにも心が満たされるのだと初めて知った。

 

 人類史に名を残し、人でありながら精霊の域に達した存在、英霊。

 こうして対面しながら会話するだけでも、普通の使い魔とは文字通り次元が違うという事を正しく理解出来る規格外さ。

 『人』という種の、頂点に到った者、臨界を究めし者。

 

 そんな相手にここまで言われたのだ。

 

 ───ならば、張り切らない訳が無い。

 

 自分はここまで言わせてしまったのだ。

 

 ───だったら、その信頼に応えない訳にはいかない。

 

 

「ええ、当然よ!───セイバー、勝つわよ」

「ええ、勿論です。───これより我が剣は貴女と共にあり、貴女の運命は私と共にある。ここに契約は完了した」

 

 どちらが先にという事も無くお互いに手を差し出し、固く握り合った。

 聖杯戦争が終わるまでの、ほんの僅かな付き合いだが、この娘と二人で駆け抜ける日々はきっと自分にとって輝きに満ちた財産になるだろう。

 無意識の内に聖杯戦争の後の事を考えていた。

 敗退して命を落とすという可能性を一切考慮しない程に、私は目の前の少女に魅せられていたんだ。

 

 その後、召喚の儀式で大量の魔力を消費した事により強烈な疲労と睡魔に襲われた私は、セイバーに断りを入れてから寝室のベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 ──そして次の日の朝、普通に学校に行こうとした事をセイバーに咎められた時、よくよく考えればお互いの能力の確認とか情報の交換とか作戦の立案とか、具体的で建設的な話を一切していなかったという事に気が付いた。

 

 …うん、セイバーのカリスマスキルと深夜テンションが重なり合った結果による凡ミスよ凡ミス。

 断じて遠坂の体質(うっかりの血脈)のせいではない。




凛「霊体化して付いて来てよ」
剣「私霊体化出来ませんので」
凛「ゑ?」

何故私の書く遠坂姉妹はこれ程までにうっかりが迸っているのか()

という事でお久し振りの更新です。まとまった時間がまるで取れねぇ。そろそろ亀更新タグを付けねばならんか…

凛ちゃんの鯖はテンプレ通り(なのかは知らんけど)アルトリアさんで行きます。原作と違いベストコンディションで行った召喚のお陰で見事に星5を引き当てました。彼女が居ないとFateは始まりませんよね。エミヤ…?知らない子ですね…

凛ちゃんバーサーカーを必要以上にディスるの巻。実際バーサーカーを従えたマスターは最終的にみんな自滅しちゃってるからね、仕方無いね。

そしてカリスマBの影響をもろに受ける凛ちゃん。アルトリアさんは人の心が分かる王様ですよ。この丁寧な対応を生前全うしていれば…どっちにしろ抑止力案件ですね()是非も無いよね。

凛ちゃんがマスターの時のアルトリアさんはかなり生前に近いらしいです。敏捷と耐久は切嗣さんの時の方が高いという事実に何とも言えない笑いが込み上げますが。

アルトリアさんが聖杯に掛ける願いをまだ知らない凛ちゃん。今後そこがネックになるかどうかは作者の腕次第。

父親と全く同じフラグをぶっ建ててしまった凛ちゃんの明日はどっちだ()

次回は出来るだけ早く投稿出来るといいなぁ…(遠い目)

みんなもFateの映画を観に行こう!それでは。


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8話 魔力供給(とおまけ)

作者「すまない…感想でヘラクレスの『射殺す百頭』は変形しないとの指摘を受けた…それに伴い6、7話を微修正した、すまない…話の大筋は全く変わっていないのでチラリと覗いてくれるだけで構わない…本当にすまない…」

アチャクレス「すまない…レディ桜がメインの小説なのに感想欄で私の事ばかり言及されてすまない…」

桜「すまない…主人公なのにヒロイン(先輩)を寝取られてすまない…」

竜殺し「すまない…持ちネタをパクられてすまない…」


前半メイン、後半おまけの情報整理。1万文字近くおまけ扱いってのもどーなの。


「……………えーっと……すまん、もう一回言ってくれ。出来れば具体的に何をすればいいのか、それをする事によって何がどう解決するのか懇切丁寧に………い、いや!!やっぱり、ちょっと、なんか、駄目だ!桜も居るし…こう、上手く言えないけど絶妙にぼかした感じで…」

 

 

 先輩が凄い早口で何事かを捲し立てている。

 無理矢理感情を押し殺して機械的に喋っているかと思ったら、急に顔を真っ赤にして慌て始める。

 私は、何も反応出来ない。

 

「マスター、私と、セックス、して、ください」

「ド直球150㎞っ!!!」

 

 ああ、言ってしまった。

 自分の耳か頭がおかしくなってしまったんじゃないかと、何かの間違いじゃないかと思っていましたけど、やっぱりそういう事でした。

 

「魔術師の、爪や、骨や、髪や、血…肉体は、魔術の触媒として、大きな、作用を、持っ、て、います…特に、精液は、魔力の、塊、なんです…それを頂ければ、一先ず、消えずに済むと……」

「そっ、そうなのか桜?」

「ひへ、えっ!?」

 

 目の前の現実を否定したくて呆然としていたら先輩に話を振られてしまった。

 一瞬で顔に血が昇る。

 先輩も直ぐに不味い事を聞いてしまったと気付いた様で目を泳がせていた。

 

「す、すまんっっ!!い、今のは決してセクハラとかじゃなくてだな!」

「あ、や…だ、大丈夫ですよ先輩。ちゃんと分かってますから……あの、先輩…キャスターさんの言ってる事は、本当ですから、その…」

 

 羞恥で段々と声が尻すぼみになっていく。

 そうだ、今は個人の感情を優先している場合じゃない。

 現状それしか方法が無いのだから、キャスターさんの、()いては先輩の為に、ここは私情を殺さなくては。

 確りしなさい間桐桜!魔術師なんですから高々性交くらいで一々動揺してはいけない。

 そもそも私なんて十年前とっくに処女を───

 

 ───ウン、ベツニイマハワタシノコトナンテカンケイナイデスネ。

 

 

「キャスターのマスター。心中お察ししますが、今は一刻を争います。一先ず貴方の家か桜の家か…どこか落ち着いて()に入れる場所に行きましょう」

「こ、事って…」

「!あ、私の家は不味いです!兄さんが既に帰って来ている筈なので…」

「では、決まりですね」

 

 そう言ってキャスターさんをお姫様抱っこするライダー。

 ライダー、貴女は人を抱える時絶対それじゃないと駄目っていう自分ルールでもあるの?

 あれよあれよと進んでしまった話に先輩は顔を赤くしたまま「えぇー…」と声を絞り出していた。

 

 私も同じ心境です先輩。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 嗚呼、果たしてこれは現実なのか───。

 

 

「マス、ター。此方は、何時でもOK、ですよ」

 

 我が家たる武家屋敷の一室、畳敷の和室の中心に布団が一組敷かれている。

 その布団の上で自分と向かい合っているのは、約一時間程前に召喚した(知り合った)人物。

 風邪でも引いているかの様に苦し気に息を切らし、だがその紅潮した頬と濡れた瞳が恐い程の色気を漂わせている。

 

「な、なぁ…本当に、するのか?」

「今更、止められても、私はこの、まま、消えるだけで、す…ふふ、大丈夫ですよ、これは、お互いに、合意の、上で行う、作業…謂わば、人命救助、の、様なもの、なん…ですから」

 

 未だに覚悟の決まらない俺を情けないと呆れるでも嘲笑するでもなく、キャスターは努めて冷静に、それでいて此方を安心させる様に微笑んでくれた。

 喋るのと並行して上着を着崩す。

 シュルリシュルリ、と軽い音と共にキャスターの肌が少しずつ露になっていく。

 清楚な面持ちと火照りを放つ汗の浮かんだ体、対極的な二つの相乗が俺の理性を溶かして─────不味い、ここで既にいっぱいいっぱいだ。

 

「ご、ごめんキャスター!いや、状況は理解してるし問題は俺の個人的なものでしかないってのも自覚してるんだけど…キャスターは、その、俺とでいいのか?」

 

 そうだ、そこを勘違いしてはいけない。

 キャスターは言った、これは人命救助の様なものだと。

 人の命が懸かった行為、冷静さと正確さが求められる、真剣に取り組まねばならないもの。

 だがそれとこれとは別の問題であるのも事実で。

 他に選択肢が無いからこそやらざるを得ない、仕方の無い行為を無理矢理キャスターに強いる訳だ。

 要するに、キャスターが俺と()()事を本心では嫌がっているのなら。

 我を忘れて目の前の女性に溺れるなんて事態には決してなる訳にはいかない。

 そこに()()を差し挟む余地は無いのだ。

 

 そんな俺の、男特有の臆病さからくる確認(予防線張り)に。

 

 

「…()()()()、優しいですね、マスターは」

 

 変わらず、微笑みで以て応えた。

 此方の全てを包み込む様な、慈愛に満ちた聖母の如きその表情に、己の矮小さを突き付けられているようで。

 

「…違う、こんなのは、優しさなんかじゃ…」

 

 

 

 ヂクリ、と。

 

 

「っぃ!?」

 

 キャスターの認識する自分を否定する言葉を吐こうとした次の瞬間、右腕に突然何かに刺された様な痛みが走った。

 何事かと反射的に目をやるとそこには──

 

「──虫?」

 

 蜂みたいな黒い虫が止まっていた。

 どうやらこいつに刺されたらしい、そう認識するや否や反対の腕でその虫を払おうとするが──

 

 

 グ ニ    ャ  リ

 

「────── あ   れ ?  」

 

 

 体が、熱い。

 頭が、重い──違う、フラフラと。

 座って、いる事も、出来ない。

 平衡感覚が。

 酔った──酒──違う──虫──毒──?

 

 

「心配しなくて、いいんですよ。貴方に、抱かれる事を、()()忌避する筈、無いんですから…でも、そうやって、口で言っても、貴方は本当に、優しいですから、遠慮しちゃいますよね」

「きゃす、た、ぁ…?」

 

 体が動かない。

 キャスターが何かを喋りながら(にじ)り寄ってくる。

 口元が、淫靡に歪んでいる。

 

「ふふ、ですから、少し、ズルをさせて、もらいました…普段は、こんな事する、必要も、無いん、ですけど…どうせなら、マスターも、気持ち、よくなってください…ね…?」

 

 パサリと、キャスターの肢体を覆い隠していたものが全て取り払われ、床に落ちる。

 目が離せない。

 息が加速度的に荒くなる。

 キャスターが俺の手を引く。

 触れる。

 柔らかい。

 きもちいい。

 もっと。

 もっときもちよくなりたくて。

 もっともっともっと─────

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 落ち着かない、どうにも落ち着かない。

 いや、私自身は普通に平静を保てているのですが…。

 

 桜。

 私のマスターたる少女は、どうにもそうではないらしい。

 先程から、具体的にはキャスターとキャスターのマスターが共に屋敷の一室に入っていった直後から様子がおかしくなり始めた。

 頻繁にお茶を飲む。

 何度も立ち上がって二人の入った部屋に近付こうとするも直ぐに思い直した様に元居た座布団の上に座り直す。

 座っているとあっちこっちに視線を泳がせる。

 頭を抱える。

 意味も無く髪を弄る。

 リボンを弄る。

 手をしきりに開閉する。

 モジモジと足を擦り合わせる。

 体全体でそわそわし始める。

 自身を落ち着ける様にお茶を淹れて飲む、と先程からループの繰り返しだ。

 明らかに平静を欠いたその様子は、端から見ている此方の注意を否が応にも惹き付ける。

 これではリラックスしようにも出来ないというもので。

 

 というか、あの、あれです。

 ムラムラします。

 

 なんですかあの小動物の様な、可愛らし過ぎる有り様は。

 コロコロ変わる表情といじらし過ぎる仕草が、ありとあらゆる一挙手一投足がジリジリと私の背筋から尾骶骨の辺りを刺激してきて、思わず肩がビクビクと跳ねてしまう。

 これが聖杯から与えられた知識にあった『萌え』といったものなのでしょうか。

 今の桜を見ていると、どうにも興奮するというか、腹部の奥で今にも爆発しそうな、不完全燃焼生殺し的な何かが渦巻いて、でも決して不快ではなくて──。

 

 ああ、もう、はい。

 兎に角、ムラムラします。

 

 私は普段、魔眼を封じる為にバイザーで目を覆っているので外界の認識は主に聴覚、嗅覚、触覚、魔力知覚の四つで行っています。

 その為、他のサーヴァントよりもそれらの感覚が鋭く、そうでなくともサーヴァントなので常人より身体能力は遥かに優れている。

 なので、よーく感じてしまうのです。

 

 キャスター達の、行為を。

 

 襖越しでも良く判る。

 荒い息遣い、肉と肉がぶつかり合う高い音、女の嬌声、男の唸声、独特の生臭さ…もう、直接ダイレクトに視界に収めているのと変わらないレベルで二人のまぐわいを感じてしまって。

 それも滾ってしまう要因の一つでしょう。

 

 ああ、不味い。

 このままでは自分の本能に呑まれてしまいそうだ。

 いざとなったら、行為を潤滑に進める為のサポートとかでっち上げて二人の間に乱入するのも手ですが、今、私の目の前には(極上の餌)が無防備に転がっている。

 据え膳なんてものじゃない、これは最早拷問に等しいです。

 目の前でこれでもかと云わんばかりに御馳走を見せ付けられて、でも決して自分はそれを口にする事が出来ない。

 巫山戯るな、こんなものは鬼畜の所業です。

 ああ、襲いたい襲いたい襲いたい、桜を襲いたい。

 せめて血を吸わせて欲しい。

 桜も桜ですよ、あんな、これ見よがしにセックスアピールをしてきて。

 それじゃ殆ど誘っている様なもの───

 

 

 

 ───いや、もしかして本当に誘っているのでは?

 

 

 想い人が自分以外の女と寝るなんて、ましてや目の前でおっ始めるなんて恋する乙女として黙っていられる筈が無い。

 だが魔力供給という大義名分を持ち出されては止める事も出来ず。

 そうだ、なら自分も魔力供給のサポートという大義名分で参戦して相手より自分の方が上等な女だという事を知って貰おう。

 でもいきなり部屋に突撃しては空気が死んでなんか色々うやむやというか微妙な雰囲気になる可能性大だし、何より発情した色ボケ女だと思われてしまっては本末転倒。

 そうだ、ならライダーから言い出して貰おう。

 経験豊富そうなライダーからの申し出なら二人も大して怪しまないかもしれない。

 

 

 なるほど…こういう事ですね桜っ!!

 

 流石は我がマスターです、ピンチをチャンスに変える…正しく起死回生の策をこんな短時間で思い付くとは。

 であればサーヴァントとして私も貴女の期待に応えねばなりませんね。

 大丈夫ですよ桜、たとえ貴女が私に罪を着せて出汁にしようとしているのだとしても、この身はサーヴァント。

 昨夜の誓いを違える気は毛頭ありません。

 そもそも私は反英雄、寧ろそういった役回りは臨むところですとも。

 

 ですから先ずは私が桜に色々とご教授して差し上げねばなりませんね。

 ふふふ、大丈夫ですよ桜、貴女の見立て通り私は経験豊富ですから。

 何からナニまでたっぷりねっぷりと詰め込んであげます。

 ですがあまりもたもたしていると二人が行為を終えてしまうかもしれませんからね、手っ取り早く実践教習という事で───

 

 

「ねぇ、ライダー?」

「───はい、どうしましたサクラ」

「ライダーって、伝承ではポセイドンと…………あの……そういう事した経験、結構あるの?」

 

 

 唐突に。

 桜が声を掛けてきたと思ったら、そんな質問をされてしまっていた。

 私は何食わぬ顔で返事をする、その裏で大いに動揺する。

 え、何故ですか桜、何故その様な事を?

 ──これは、まさか。

 

「…ええ、そうですね。ギリシャ…に限りませんが、神々は気が多いですからね。其れ等から加護を受けた人間達の価値観も、今の時代と比べて随分奔放だったかと」

 

 焦るな、冷静になりなさい私、まだそうだと確定した訳ではないでしょう?

 まだ聖杯戦争は序盤も序盤、ここで下手な博打を打って信頼関係に皹を入れる訳には──

 

「じ、じゃあ、それって大体、終わるまでにどれくらいの時間がかかるの?」

「どうでしょうね…やはりそこは個人の体力や辛抱強さもありますが…雰囲気次第で幾らでも延長戦が始まりますからね。取り敢えず1時間は見ておくべきかと」

「い、1時間………よし、じゃあ、それまでに準備しておかないと」

 

 ──あ、これはキマシタね。

 半ば勢いだけの理論で妄想爆発させてましたがこれは完璧に来たでしょう。

 勝機ですね、ふふふ、まさかこんなに早く貴女を味わえるとは夢にも思ってませんでしたよ桜。

 ご心配無く、あのマスターとの関係は私が完璧に取り持って差し上げますから。

 さあ、私に全てを委ね──

 

「二人が直ぐにお風呂に入れる様に、お湯を沸かしておかなくちゃ……?どうしたのライダー?机に頭を打ち付けて」

「いえ、何でもありませんよサクラ」

 

 勝機でも何でもなかった。

 というか、お湯を沸かすって、ぇぇ…。

 懸想している殿方が他の女と睦み合っているというのにそれでいいんですか桜。

 

 いや、先程の様子からして心の内は穏やかではない筈だ。

 きっと、生来の優しさとか引っ込み思案な所とか、魔術師として二人の行為の理を肯定しなければいけないとか、色々な思いが複雑に混ざり合って桜の中を駆け巡っているんだ。

 これは、少々時間を懸けねば落ち着かない案件ですね。

 桜も自己分析でそう判断したのでしょうか。

 

 取り敢えず、自分はもう大人しくしておきましょう。

 いや、内心では大忙しでしたが外面的にはずっと静かに座ってるだけでしたけどね私。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 それから約2時間半経ってキャスター達は部屋から出てきた。

 キャスターは戦闘直後の、今にも消えそうになっていた薄い気配等微塵も感じさせず、その総身に魔力を滾らせていた。

 あと顔が凄く艶々していた。

 マスターの方も艶々していたが、頬はゲッソリと痩けていて、その表情は罪悪感でいっぱいの様子だった。

 

 

          ∵∵∵

 

 

「………ふぅ、御馳走様。ありがとな桜。少し落ち着いた」

「いえ、これくらいしか出来ませんから」

 

 あの後、行為を終えた二人をお風呂に入れた──無論一人ずつ順番にです。第2ラウンドを勃発させる訳にはいかない──私は、先輩に食べて貰う為の料理を作っていた。

 既に深夜と言って差し支えない時間だったので、あまり重くなく、それでいてエネルギーをキッチリ得られる料理を自分の脳内レシピから見繕うのは難しかったですが、作らない訳にはいかなかった。

 大分搾られたのでしょう、今にも栄養失調で倒れそうな程に(やつ)れた様子の先輩をただ放っておくという選択肢は無かった。

 お皿を下げながら想像する。

 どれだけ盛り上がったのかは知りません…というか知りたくもありませんが、キャスターさん、もうちょっと自重してください。

 

「…先輩、よっぽど気持ち良かったのかな」

 

 いけない。

 落ち着けた筈なのにまた心がざわつき始める。

 先輩が、直ぐ近くで、自分以外の()と。

 その事実が悲しいような、恥ずかしいような、怖いような、妬ましいような、気になるような──色々と冷静には程遠い感情が混ざってごっちゃになって、身動きが取れなくなる。

 別に恋人同士という訳でもないのに、とっくに初体験なんて終えてる癖に、性に関する事柄すら神秘の探求の手段にする魔術師の癖に。

 こうして自分に言い聞かせるのは何度目だろう。

 確りしなさい間桐桜。

 今はそれを気にしている場合じゃない。

 先輩もライダーもキャスターさんも私も、みんな無事に生き残る事が出来たんだから。

 今はその幸運を噛み締めよう。

 そして、今後の為にどうするか、それのみに思考を割くんだ。

 

 

 

「さて、それじゃあ、何から話しましょうか」

 

 食器を洗って片付け終えた私が居間に戻ると、キャスターさんがそう切り出した。

 …何から話し合えばいいんでしょう?

 改めて考え始めると、色々纏めなきゃいけない情報が多くて混乱してしまいますね。

 ええっと…先ずはやっぱり──

 

「でしたら先ずは、キャスターのマスターに現状を把握して貰わなければなりませんね。桜が一応説明はしましたが、緊急を要する場でしたので端的な事柄しか伝えていない。詳しく情報を得なければ、正確に事情を把握していなければ話し合いどころではないでしょう」

 

 私が口を開こうとした瞬間、ライダーが懇切丁寧に、私が言おうとした事と完全に同じ事を言ってくれた。

 …ありがとうライダー、代わりに言ってくれて。

 え?別に怒ってないよ?先を越されて拗ねてるなんて事ないよ?頬が膨らんでる?気のせいだよ?

 

「コホンッ…それでは改めて、今この街で何が起こっているのか、先輩に説明したいと思います」

「ああ、頼む。只でさえ今日は驚きのバーゲンセールだからな」

 

 本当にその通りだと、私も思う。

 先輩が魔術師だと判明したり、アインツベルンのサーヴァントがヘラクレスさんだったり、そのヘラクレスさんが不死身の再生能力を持ってたり、キャスターさんと先輩が…ゴニョゴニョしたり…兎にも角にも驚愕の連続だった。

 其れ等を確り整理する為にも先輩に説明しないと。

 

「さっきの戦闘中にも言いましたが先ず──先輩は魔術師同士の殺し合いに巻き込まれたんです。聖杯戦争という、文字通り聖杯を求めて戦う、七人の魔術師(マスター)と七騎の英霊(サーヴァント)の争いに」

「聖杯、戦争…」

「はい。この冬木の地には、万能の願望器である聖杯が眠っているんです。聖杯は、自らを手にするに相応しい人を選定する為に、七人の魔術師に令呪と呼ばれる聖痕を宿します。令呪が宿った魔術師はマスターと呼ばれ、サーヴァントを召喚、使役し聖杯戦争に参加する権利を与えられるんです」

 

 先輩は改めて自分の左手に刻まれた、今は残り二画になった令呪を神妙な面持ちで見詰める。

 ここまでは大丈夫そうだと判断して説明を継続する。

 

「そして選ばれたマスターとサーヴァントは互いに殺し合い、最後に残った一組の前にその姿を現すんです。それが聖杯戦争、聖杯を手に入れる為、選ばれる為に競い合う降霊儀式なんです」

 

 一先ず概要をなぞった私は先輩の反応を待つ。

 こういった説明をする時、此方が一方的に、且つ一気に全てを話してしまっても、聞く側は情報量が多過ぎて頭に入らないだろう。

 だから少しずつ情報を小出しにして相手に考えさせ、相手が考え至った疑問を此方が補足する形を取れば確り覚えられる筈だ。

 先輩は腕を組んで暫く唸っていたが、やがて最初の質問が飛んできた。

 

「なあ桜。冬木に聖杯が眠っているってのは、本当なのか?」

「はい、それは紛れも無い事実です。その証拠として、聖杯を巡る戦いは今回で5度目だって聞いてます」

「っ、こんな、こんな戦いを、既に四回も行ってきたっていうのか!?」

 

 心底信じられないといった様子の先輩。

 他人の不幸を心の底から悲しみ、また他人の幸福を偽り無き真心から喜ぶことの出来る、本当の意味で優しい先輩だからこそショックは大きいのだろう。

 こんな剰りにも頭おかしい狂った次元で繰り広げられる命のやり取りが、遥か昔から自分の住む街で行われてきたのだから。

 

「ですが、その過去四度の戦争において、聖杯を手に入れられた人は一人もいないそうなんです」

「…なんだよそれ?聖杯の持ち主を決める為の戦争で聖杯を手に入れた奴がいないなんて、とんだ矛盾だぞ」

「それが単純に最後まで生き残れば良いと云う問題ではないみたいで…聖杯が降臨する期限は決まっていて、最後まで勝ち残ったけど時間切れだったとか、参加者が全員相討ちになって勝者が出なかったとか、降臨した聖杯がそもそも未完成だったとか…ハッキリとした事は伝わってないんですけど」

 

 そう、お父様もお爺様もその辺りの具体的な事は何も教えてくださらなかった。

 過去の聖杯戦争において、どの様な参加者がどの様に動いたかというのは断片的に記録が残っているのですが、最終的な戦争の顛末や聖杯の行方等はどうにも明確な情報が無いのです。

 聖杯戦争による神秘の漏洩を防ぐ為に魔術協会と聖堂教会の隠蔽班が其れ等の記録を取っている筈なのですが…元参加者の親族である私や姉さんにそういった情報が殆ど回ってこないのは一体どういう事なんでしょうか。

 どうにもきな臭いものを感じてならない。

 

「どうにも胡散臭い話だなそれ……そもそも聖杯って、あの、聖人の血を受けたっていう、最高位の聖遺物の事だろ?そんなものが、こんな極東の島国に眠ってるって時点でとんだ与太話だな」

「あはは…ですよね~…正直私もそう思ってます」

「え?」

 

 私の本音に先輩だけでなくライダーも訝しげな反応をする。

 私は苦笑しながら話を続ける。

 

「冬木に眠っている()()()()()()()()()が、先輩が述べたものと同一の()()かと言われたら、ちょっと首を捻らざるを得ないですね。そういう意味では私も半信半疑です」

 

 きっと姉さんもそう考えている筈だ。

 でも、この冬木に根を張る魔術師にとって、()()()()()()()()()()のだ。

 

「でも、実際にこうして英霊(サーヴァント)の召喚という、一魔術師では到底不可能な法外の奇跡が起こっていますから。真贋は兎も角、この冬木に最高位の聖遺物に匹敵する()()()が在るというのは間違いないんです」

「う~む、なるほど……じゃあ、二つ目の質問なんだが、そもそもサーヴァントっていうのは、一体どういう存在なんだ?使い魔とは聞いたけど、あんな出鱈目な強さを持ってるし、第一…えーっと、なんだ、上手く言えないけど使い魔っぽくないというか」

 

 おっといけない、そういえばその辺りの説明も省いてしまっていました。

 ヘラクレスとかメドゥーサとか、かなりメジャーな名前なのでなんとなく分かって貰えていたかと思ったけど、やっぱり事前知識/zeroでは見当もつかないらしい。

 まぁしょうがないですね、1を知って10を理解しろというのは酷な話です。

 

「サーヴァントというのは歴史に名を遺した過去の英雄が死後に祭り上げられ、精霊の域にまで昇華された人を越えた人…つまり英霊という存在です」

「過去の英雄…」

「そうです、伝説上の存在である英雄の魂を呼び出し、再現、固定化するという聖杯の奇跡ですね。呼び出すのは聖杯のシステムで、呼び出した後のサーヴァントを現界させておく魔力を提供するのはマスターなんです」

「魔力の提供……っぁ」

 

 チラリとキャスターさんを一瞥した先輩が気まずそうに顔を赤くする。

 それに釣られる様にキャスターさんも頬を染めて…ってあああああっ!!もう!!駄目です駄目ですそういうの!此方まで恥ずかしくなってきますから!

 

 

「な、なるほど!マスターが魔力を供給しないとサーヴァントはこの世界に存在出来ない。だからあんな出鱈目な戦力を持っててもマスターに逆らう様な事は出来ないと」

「そ、そうです!まぁ一介の魔術師が英霊を従えるにはそれだけじゃ到底足りないので…その為にこの令呪があるんです」

「これか…そういえばさっきキャスターに言われるままに、令呪による命令?ってのをやったけど…」

「令呪は先述の通り、マスターに選ばれた証である聖痕なんですが、同時にサーヴァントを縛る三回限りの絶対命令権でもあるんです。サーヴァントの行動を抑制したり、場合によっては自害させる為のものです」

「自害って、随分物騒だな…」

「仕方がありませんよ。仮にサーヴァントに裏切られたり敵対行動を取られたら、私達人間は為す術も無く殺されるだけですから。それを防ぐ為の処置なんです」

 

 理解は出来たが納得はいかない、そんな表情の先輩の為に一つ付け足す。

 

「ですがさっき先輩がしたみたいに、サーヴァントの意志に沿う形の命令を下せば令呪の魔力で能力をブーストしてサポートする事も出来るんです。サーヴァントと確り信頼関係を築けば、宝具と並んでこの上無い切り札になるんですよ」

 

 そう言いながら私は隣に座っているライダーの手を取る。

 ライダーも微笑みながらそれに応じてくれた。

 それを見て先輩も表情を綻ばせてくれた、が、直ぐに表情を苦いものに変えてしまう。

 

「聖杯戦争のルールとシステムは大体分かったけど…納得いかないな。いくら万能の願望器を手に入れる為だからって、他のマスターとサーヴァントを全員殺さなくちゃいけないなんて…そんな凄いものならみんなで分け合えばいいのに」

「それが出来るに越した事は無いんですけど…聖杯を手に出来るのは一人だけと決めたのは他ならぬ聖杯ですからね。主催者兼スポンサーには逆らえないのが世の常です」

「なんだそれ」

 

 やっぱり今の説明では先輩は表情を変えてくれない。

 ジョークとしてはちょっと落第だったかな?

 

「でも先輩、マスターを全員殺さなきゃいけないっていうのはちょっと違いますよ」

「え?でも、殺し合いだって…」

「この地に現れる聖杯は霊体なんです。霊体は同じ霊体にしか触れられない、だからサーヴァントが必要なんです。要は自分が従えている者以外のサーヴァントを全員脱落させればいいんです」

「!そうか…!じゃあ、マスターだからって桜が殺されたり、俺と桜が殺し合わなきゃいけない様な事にはならないんだな」

「いえ、そう単純な話ではないのですよ、キャスターのマスター」

 

 安堵した様子の先輩にライダーが不意討ち気味に口を挟んだ。

 ちょっとだけ驚いてライダーを見ると、私に申し訳なさそうな表情を見せて先輩に向き直った。

 

「貴方も先程見たでしょう、サーヴァントの圧倒的な強さを。人間の魔術師では到底打倒は不可能、同じサーヴァント同士でも破り難い強敵です。ですがそんな存在にも唯一にして決定的な、共通の泣き所があります」

「共通の泣き所…?………あっ」

「理解いただけましたか?」

「ああ…サーヴァントはマスター無しでは存在出来ない、だからマスターを殺した方が早いって事か」

 

 そう、そういう事なんです先輩。

 この聖杯戦争のシステムの厭らしい所はそこだ。

 

「それに加えてですね先輩、マスターを失ったサーヴァントは同じ様にサーヴァントを失ったマスターと再契約して戦線に復帰する事が出来るんです。パートナーを失ったからと云って、それは決して脱落した事とイコールにはなりません。ですから後顧の憂いを断つ為に、マスターもサーヴァントも諸とも消してしまおうとする人の方が絶対に多い筈です」

「…こっちに殺す気が無くても、相手が見逃してくれるとは限らないって訳か」

「その通りです。ですから手を組んだ相手ならまだしも、敵に対して殺す事を戸惑ってはならないかと」

 

 先輩の言葉に追い討ちをかける様にライダーが付け加えた。

 厳しく冷酷な意見だが、それは先輩の、延いては私の為の忠告だというのは明らかで。

 

 でもねライダー、きっと先輩は──

 

 

「……それでも、俺は…出来れば敵を、いや、人を殺したくなんかない」

 

 

 ──先輩は、それくらいじゃ曲がってくれないんです。

 

 先輩の言葉にライダーの雰囲気が僅かに剣呑さを含んだものに変わったのを感じる。

 それはそうだろう、確りと理屈を理解した上で、最適解に辿り着いた上でそれを選択しないというのは、無駄な感傷や拘りによるものに他ならないからだ。

 ましてや命の懸かった事象に対して、こんな甘い事を言われては、大なり小なり心が波風を立てるというものです。

 少ししてライダーが再度口を開く。

 

「そうですか、では貴方は自分が敵に情けをかけたせいで桜が命を落としても構わないというのですね?」

「なっ…!違うっ!何でそういう話になるんだよ!」

「そういう話だからです。キャスターのマスター、貴方は中々に()()()人間です。これまでの人生における安全な日常とはかけ離れた、命の危険すら伴う状況に置かれても、パニックに陥らないだけで無く冷静に頭を使って状況を理解する事まで出来ている。だというのに、その上でその様な愚かな結論に至る様では、危機感が足り無さ過ぎると言わざるを得ません。貴方がその様な有り様では、いずれ桜にも危害が及ぶのは自明の理。先程は一時的に共闘態勢を敷きましたが、貴方がその考えを改めないのであれば、今後はその限りではありません」

「っ、ぐ…」

 

 淡々と、でも確かな怒気を含んだライダーの言葉に押し込まれる先輩。

 ライダーは尚語りを止めない。

 

「それだけではありません。仮に貴方が手心を加えたせいで敵を取り逃がした場合、無関係な一般人にまで被害が及ぶ可能性があります」

「──なんだって?」

「実力で劣るマスターやサーヴァントが取る手段において、最も定石(ポピュラー)なのは()()()()()()()事です」

「な、に…?」

「我らサーヴァントは一部例外を除き、その殆どが過去の人間、即ち人間霊です。そんな私達が魔力を補給する手段は、マスターからパスを通じて魔力を受け取るか、人間を襲って無理矢理その魂を喰らうかの二沢に限られます。マスターから得られる魔力だけでは勝てないと判断すれば、より充実した戦力を得る為に()()()()()()()に手を出すのは当然の帰結では?」

 

 魔力の運用に長けたキャスターなら分かりませんが、と、キャスターさんの方を一瞥しながらボソリと付け足したライダー。

 でもそんなライダーの呟きが聞こえない程に、先輩は余裕を無くしている様だった。

 何かを堪える様に眉間に皺を寄せたその表情は、3年の付き合いがある私でも初めて見るくらいに険しく、激しいもので。

 

 少し、恐い。

 キャスターさんは、そんな先輩の隣に座りながらも、何も言わない。

 

 

「そんな…そんな馬鹿げた話があるかっ!!」

「ですが事実です。戦術や相性の問題で撤退せざるを得なかったならまだしも、手加減された上で敵わなかったのだとしたら、相手も相当に切羽詰まる筈。桜や貴方は例外ですが、基本的に魔術師とは傲慢で他者を見下し、周りを省みない外道ばかりです。ましてや賞品は万能の願望器、どれ程の犠牲を出そうと形振り構わない暴挙に出る者は必ず現れるでしょう」

 

 それは違う。

 いや、ライダーの言っている事は正しいけれど、それは殆ど杞憂で終わるだろう事例だ。

 高々人間一人の魂を喰ったところで得られる魔力は少量、神秘の秘匿を第一にして絶対の掟とする魔術師が、人に見られる危険を冒してまでその様な事をする可能性は低い。

 人払いの結界を張ればその点は安心だが、当然魔術を使うのだから魔力を消費する。

 魂喰いで得られる魔力と人払いの魔術で消費する魔力の差を鑑みれば剰りにも効率が悪いとしか言えないでしょう、正しくハイリスク・ローリターンというやつだ。

 ましてや聖杯戦争に参加するのは、御三家は元より魔術協会から派遣されてきた生粋の魔術師達、この程度の事が解らない人等居る筈も無い。

 故に魂喰いなんて愚行を犯す人は早々居ない筈なのだ。

 

 ライダーもきっとそれくらいは分かっている筈。

 それでもこうして尤もらしく語るのは、先輩を諫める為に他ならない。

 キャスターさんもその部分を指摘せず(だんま)りを決め込んでいるのは、やはりライダーと同じ理由なのでしょうか。

 

「理解頂けましたか?敵を見逃せば見逃す程、人を殺したくないという貴方の願いとはかけ離れた結果が待っているのです。貴方のその想いが、単純な善意によるものなのか、それとも人を(あや)めたくないという臆病風からくるものなのかは私の知るところではありません。ですが、より多くの命を保証したいというのなら、私の述べた事を努々お忘れ無きよう」

「………」

 

 先輩は只管押し黙ったまま。

 何か、何かを言ってあげたい。

 先輩には何時だって笑顔で居て欲しい、そんな辛そうな顔をしないで欲しい、先輩の想いは人として正しいものだって認めてあげたい。

 でもそれは許されない。

 私は魔術師なのだから。

 神秘の探求者として、聖杯戦争の参加者として、常に合理的な判断を下せる自分でいなくちゃならない。

 こんな未熟な私をマスターと認めてくれたライダーに報いる為の、それが最低条件だ。

 何より、この闘争に先輩を巻き込んだのは、他ならぬ私なのだから。

 ライダーの言葉は、聖杯戦争を生き残る為に必要な心構えを説いたものなのだから。

 

 だからお願い先輩。

 どうか、どうか───。

 

 

 

「嫌だ」

 

 

 

 ───────。

 

 

「そんなのは、嫌だ」

「なっ…!?」

「先輩…?」

 

 言い切った。

 先輩は、ライダーの言葉を十全に理解して、目の前の現実がどれ程に悪辣なものか思い知って。

 その上で。

 前を向いて。

 堂々と、そう宣った。

 

 

「ライダー、だったよな?あんたの言いたい事はよく分かった。この戦いが、甘い事を抜かしてられない程に厳しいものだって事も。独り善がりの行動で、命を救ったつもりが逆により多くの命を奪う結果に繋がるって事も」

「ならば──」

「でもっ!!それでもっ!!相手を殺す事でしか全てを解決出来ないなんて、絶対に間違ってる!」

 

 先輩は叫ぶ。

 自分の想いは間違っていないと。

 

「こんな狂った戦争、何としてでも終わらせなきゃいけない。何としてでも犠牲を出す訳にはいかない。その為には、非情な決断を下さなきゃいけない時も来るかもしれない。でも、(はな)から他の手段を諦めて相手を殺しにかかるなんて事はしたくない。不確定な未来の可能性に足を取られて、目の前の確かな命を切り捨てるなんて、そんなのは駄目だ」

「───」

 

 

 頬が熱い。

 動悸が激しい。

 何でこんなにも動揺しているんだろう。

 先輩の優しさはずっと近くで見てきた筈なのに。

 先輩の綺麗さはずっと近くで感じてきた筈なのに。

 

 まだ、自分は先輩の事を解り切っていなかったんだ。

 それが、こんなにも、胸を高鳴らせるなんて。

 

「先輩…」

「…口先だけの決意なら、誰でも垂れ流す事は出来ます。具体的な対抗策が無ければ──」

「策ならありますよ」

 

 

 ふわりと。

 風が人と人の隙間を通り抜ける様に。

 

 きっと、全てを(はか)っていたのだろう。

 今この時、この展開を待ってましたと云わんばかりのタイミングで。

 キャスターさんが口を開いた。

 

「要は見逃したマスターが他のサーヴァントと再契約する事を防げればいいのですから。私の魔術ならそれが可能です。聖杯のシステムとマスターを繋げている魔術的リンクを()()()事で再契約という申請(アクセス)自体を封じてしまえばいいんです。敵サーヴァントを取り逃がすという事態も、2体1の状況なら、ましてや機動力に優れるライダーさんが居るならまず起こりません」

 

 唖然としてしまう。

 今の私は口を開きっぱなしの間抜けな表情を晒しているのだろう。

 それ程までにキャスターさんの語った策は常軌を逸していた。

 聖杯のシステムに、間接的にとはいえ干渉するなんて真似、現代の魔術師には到底出来ない。

 そもそもそんな発想が出てこない。

 これが、魔術という分野で英霊に至った人の見ている世界なのか。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。何故手を組む事を前提にして語っているのですか。大体あのアーチャーには私達二人がかりでも精々互角がやっとだったではありませんか」

「ヘラクレスさんレベルのトンデモサーヴァントがそう何体も居るとは思いませんし…そもそもあのクラスの大英雄なら下手な魂喰いなんて行う必要すら無いでしょう?」

「それは…確かにそうですが…」

「ライダー、貴女は今自分で(おっしゃ)ったでしょう。二人がかりで漸くヘラクレスさんと互角だと。聖杯戦争は最後まで勝ち残った者が優勝のバトル・ロワイアル。ならばどう転んでも最終的に、何時かはヘラクレスさんを倒さなければなりません。サシで勝ち目が無いのなら、誰かと手を組むのは絶対条件。即興でしたが、一度は共闘した仲ですし、マスター達も親しい御様子。お互いに裏切りを警戒する必要は殆ど無いでしょう。同盟を結ぶのに、現時点でこれ以上の優良物件がありますか?」

 

 ニコリと、小首を傾げながらキャスターさんはそう締め括った。

 ライダーは何かを言おうとしているけど、キャスターさんの言葉を否定出来る要素が思い付かないようで戸惑っている。

 

 キャスターさんが語った事は、ただの()()()だ。

 至極当然の結論を述べただけで、現状に何らかの変革を(もたら)す様なものではない。

 ただ一つ()()(くつがえ)しただけで、それを通してしまった。

 

 何故だろう、この論法、何処かの誰かさんに凄く似ている気がする。

 

「キャスター、要は俺達と桜達が協力すれば犠牲者を出さずに済むかもしれないって事だよな」

「はい、きっと、出来ます。お互いに守り合えば、必ず…」

「…よし、なら、俺の腹は決まった」

 

 先輩が顔を上げる。

 その決意と正義感に溢れた瞳が、対面の私を真っ直ぐ射抜いた。

 

「桜、ライダー。俺達と、手を組んで欲しい。正直、俺は殆ど役に立たないだろうけど、それでもじっと隠れて戦争の終結を待つなんて事はしたくない。いや、出来ない。だから街の人達を守る為に力を貸してくれ。等価交換になるかは分かんないけど、桜は絶対に俺が守るから」

「先輩…」

 

 胸がいっぱいになる。

 常人では決して至れない、どう考えても益の無い行動理由。

 先輩のその在り方に不安が募る。

 

 けど、それ以上に──憧憬の熱が私の全てを満たしていった。

 

「…あー、あれだ。何なら囮とか盾とか、幾らでもやるぞ?っていうか逆にそれくらいしか出来ないよな俺、ははは…」

「っ!な、駄目です絶対に!」

 

 呆けて何も答えない私の態度に焦ったのか、先輩がそんなふざけた事を抜かしてきた。

 全く、全くもう!!ほんとーにこの人は!

 確信した、この人は聖杯戦争中、絶対に目を離しちゃいけないタイプの人だ。

 薄々解ってはいた事だけど、再確認。

 何があろうと、片時も傍を離れてやるもんか。

 

 私の返答は決まった。

 というか最初から変わってはいなかったのだろう。

 ライダーには何の相談も無しで申し訳無いけど、こればっかりは譲れない。

 

「ウフフ…分かりました、よーーく分かりましたよ先輩。此方としても願ったり叶ったりです」

「さ、桜…?」

「改めまして──先輩、キャスターさん。そのお話、受けさせて頂きます。私達と同盟を結びましょう。間桐家の当主として、一度結んだ盟約は絶対に違えないとここに誓います。ええ、絶対に、絶対に遵守しますとも。この戦争中、何があろうと片時も傍を離れませんから。よろしくお願いしますね、セ・ン・パ・イ?」

「…お、おう」

 

 

 今朝からの葛藤は何処へやら。

 既に腹は決まった。

 何が起ころうと絶対に先輩を守り抜く、そして絶対に勝ち残る。

 生殺与奪、自らの手で命のやり取りを行う、そんな覚悟、魔術師となったあの時からずっと持っているんだ。

 戸惑いは消え去った、遠慮なんてもう無い、容赦なんて言葉はウチの蟲さん達の餌にしてやりましたよ。

 大英雄ヘラクレスが相手?超☆上☆等!

 

 間桐桜、全力全開ですっ!!!




士郎・メドゥーサ(あれ?桜ってこんなに怖かったっけ…?)

桜ちゃん、再びアクティブロッサムモードへ。

今回は前半5000文字の魔力供給云々で全力出し切った感がある。全年齢とR-18の境目がワカンネ。取り敢えず士郎君は爆発しなくていいからさっさと桜ちゃんとくっ付けばいいと思うんだ。さもないとライダーさんに持っていかれるぞ。ライダーさんは何時でも桜ちゃんを狙っています。

魂喰いとかキャスターさんの契約阻止の方法とかは完全に私の妄想です。型月における魔術理論云々はアバウトに済ますに限る。細けぇこたぁいいんだよって事ですねきのこ。

士郎君はいざって時は人を殺す覚悟を決められる男の子ですが、そのいざまでがかなり遠いという印象。取り返しが付きそうなところまでは自分の身を犠牲にしてでも突っ走っちゃう(自分が死なないとは言ってない)。なのでライダーさんの意見には反発させました。ひょっとしたら原作士郎くんと性格乖離しちゃってるかもしれないけどご容赦を。

次回も状況整理で終わるかもしれませんがどうかよろしくお願いいたします。それでは。


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9話 イチャイチャイチャイチャイチャイチャ 前半

エミヤ「おいアラヤ、今すぐ俺を2004年の冬木に送れ。あの小僧には何としてでも天誅を下さねばならん」
アラヤ「貴方この間有休申請出してたじゃないですかヤダー」
エミヤ「ええい!ならばガイア!そっち経由で行く!」
ガイア「では先ずこちらの申請書類一式を出していただいて…」
エミヤ「くそ…普段はうざったいレベルでブラックな癖に…!」
トーサカ「自分に自分の嫁を寝取られるって、ねぇどんな気持ち?」



サブタイこれしか思い付かなかった(笑)。


 ────夢を見ている。

 

 

「──投影(トレース)開始(オン)

 

 常にその後ろ姿を見てきた。

 熱く、大きく、逞しく、数多の命と心を背負うその背中に、何時も護られてきた。

 

 

 

 ────夢を見ている。

 

 

「──I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 常にその横顔を見詰めてきた。

 ただ只管に前を向き、全てを救わんと駆け抜けるその正義の味方の隣を、何時も並走していた。

 

 

 

 ────夢を見ている。

 

 

「───■■■」

 

 常にその笑顔と共に在った。

 戦場においてはこの上無く頼りになる癖に、人生を楽しむという点においてはどうしようもなく不器用なその人の手を、何時も引っ張っていた。

 

 

 

 ────夢を見ている。

 

 

 その生涯は常に苦難の連続だった。

 毎日が恐慌であり、何時も自虐に潰され、傷付くのは当たり前、時に懊悩し、時に挫折し、時に我が身を磨り減らし、時に誓いを破らざるを得ない状況に陥り、時に己の信条を曲げてまで進み続け──

 

──それでも力及ばず手から溢れ堕ちていくものを見据え、涙を流し、己の無力さを呪う。

 

 だが、それ等全てを含めて尚幸福な生涯だったと断言出来る。

 退屈は無く、倦怠は訪れず、暮らしは裕かであり、努力を怠たらず、日々が挑戦であり、常に笑顔に囲まれ、自身も笑顔を絶やさず、尊敬する姉と、愛しい息子、娘達と──

 

──何よりも、最愛の人と添い遂げたその生の全てが、今も尚胸の内で輝き続ける、紛れも無い己の財産なのだ。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────夢を、見ていた。

 

「──ん…」

 

 目が覚める。

 ぼやけた視界、鈍った聴覚、それらが少しずつ外界からの刺激を吸収して脳味噌を覚醒させる糧と成していく。

 それとは裏腹に、急速に失われていく微睡みの記憶。

 

「………何だったんだ、今の夢」

 

 掠れた喉から吹き出た呟きがそれだった。

 既に半分以上内容が頭から抜け落ちたが、それでも眩しい夢には違いなかった。

 日常があった、修羅場があった、勝鬨があった、暗涙があった、光があった、影があった。

 心と共に、笑顔が在った。

 

 灼熱の地獄と、(つるぎ)のイメージ。

 

 決まって何時も見る夢とは全く違うもの。

 少なくとも自分の記憶ではない。

 十年前のあの日から、俺の人生においてあんな笑顔に囲まれた事なんて一度も──。

 

 

『先輩』

 

 

「───あぁ、バッカだなぁ俺」

 

 なんて的外れな事を考えてしまったんだ、フツー忘れたりしないだろう、日常のサイクルの主軸だというのに。

 ずっと近くに居てくれているじゃないか。

 俺にだって、笑顔が。

 相当に寝ぼけているのか、それとも昨日の騒乱のせいか。

 どちらにしろ、自身の精神に多大な影響が出ているのは確かだろう、何時もとは何かが違う朝だ。

 

「何が馬鹿なんですかマスター?」

 

 

 ───うん、明らかに何時もと違う朝だ。

 直ぐ隣から誰かの声が聞こえた、落ち着いた大人の女性のものだ。

 おかしいぞ、此処は俺の家の俺の自室の筈だ、なんだってそこから異性の声が発生する。

 なんて、ごちゃごちゃ考える前に首を動かせ衛宮士郎、そうすれば答えは直ぐそこにあるだろうに。

 未だに職務怠慢気味の脳細胞がそう結論を促してくるが…何故だろう、それをすると非常に不味い気がするのだ。

 何だかよく分からないがBADENDという文字とその向こう側で手薬煉(てぐすね)引いている虎とブルマ履いたロリっ子のイメージが見える、それもかなりクリアに。

 だがどうする、こうして寝たまま行動を起こさないというのはそれはそれでヤバイよーな感じもする。

 ええぃクソ、何でこんなノーヒントに近い選択肢が序盤から仕掛けられているんだ。

 聖杯戦争はまだ一日目だぞ、もうちょっと気を利かせろよ菌糸類──

 

 

「マスター?」

「   ぅ おどおうわぁあっっ!!!」

 

 

 びっくりした。

 ちょーびっくりした。

 間違いなく今心臓が七転八倒した。

 

 いきなり俺の視界に、神聖さすら感じさせる美術品と見紛うばかりの美貌がひょっこりと入ってきたのだ。

 謎の電波に侵されて起きる気配の無かった俺の顔を覗き込もうとしたのか、身を乗り出してきたその女性に対して、俺は叫びながら4歩程後退りした。

 

「っ、ど、どうかしましたかマスター?えっと、何処か悪いところでも…?」

「いや…いや、悪いところっていうか、予想外の事態というか」

 

 今更、ほんと今更だが、俺の頭は答え合わせを終えた様だ。

 キャスター。

 昨晩、俺が桜に促されるままに、俺自身の意思で召喚、契約───そして……色々と一線を越えた間柄となった女性()だった。

 

「えーっと、キャスター。何で俺の部屋に居るんだ?」

「何でも何もサーヴァントがマスターの近くに控えるのは当然の事ですよ?」

 

 既に手遅れな感が拭えないが、出来る限り冷静にキャスターを問い(ただ)すとそんな何処かズレた応えが返ってきた。

 違う、そうじゃない。

 

「違う、そうじゃない」

 

 思考と口舌が時間差/zeroで働いた。

 

「いやな、キャスター?若い男女が二人っきりで同じ部屋に居るってのは倫理的に色々とあれでだな…俺としても女の人に寝顔を見られて喜ぶ趣味は無いというか…っていうかキャスター、一体何時から俺の部屋に居るんだ?」

「一晩中ずっと居ましたよ?」

「なんでさっ!?」

 

 いや、ほんと、なんでさ。

 つまり俺自身に意識が無かったとはいえ、一晩中異性と同じ部屋で過ごしてしまったという事か。

 しかもキャスターのこの口ぶりからして自分は一睡もせずにずっと俺の事を見ていたっぽいぞ。

 

「キャスター、昨日ちゃんとそれぞれに寝室を(あて)がっただろ?それなのに何で俺の部屋に…っていうかひょっとして一睡もしてないのか?」

「ええ。サーヴァントは霊体ですから食事や睡眠といった生命維持の為の活動を必要としません。マスターのお心遣いは嬉しかったですけど、敵の襲撃があるかもしれないですから。こうしてお側で見守らせていただきました」

 

 

 そう言ってニコリと、小首を傾げながら笑顔を向けてくるキャスターに俺は言葉を詰まらせてしまった。

 くそ、その顔と仕草は反則だろ、改めて見てみると本当に美人だし。

 そうこうしていると、ふと昨夜の記憶が甦ってきてしまった。

 

 ───欲望のままに目の前の女性を貪り、組み敷き、只管己の存在を刻み付けようと蹂躙し、征服し、支配した、最早情事なんて安い言葉では片付かない凌辱の記憶が───

 

 不味い、顔が紅くなっているのが分かる。

 そんな俺の様子を見てキャスターが「それに」と付け加えてくる。

 

「男女の倫理観が云々と仰られましたが、私とマスターは既に一線を越えた間柄ではありませんか。昨晩、私の全ては貴方に暴かれてしまいました。今更一晩共に過ごすくらい問題にはなりませんでしょう?」

 

 そう宣いながら若干の意地の悪さを笑みに含ませて此方に視線を投げてきた。

 明らかにからかわれている、そう分かってはいるのに俺の心身は悉く素直な反応を示してしまって。

 くそぅ、何故だろう、この人に優位を取られるという事がどうにも釈然としない。

 

「と、兎に角だなキャスター──」

「先輩?朝から二回も叫ばれて一体ど、うし、ぃ………?」

 

 

 周囲から音が消える。

 

 何とかキャスターに言い返そうと口を開くや否や、我が家族にして自慢の後輩が襖を開けて顔を出してきた。

 キャスターの存在を認めるにつれて目と口が開いて動きを無くしていく。

 ポカン、という擬音がピッタリと当てはまりそうな表情だ。

 

 嗚呼、今日も一日波乱が続くんだろうな。

 何処か他人事の様に現実逃避気味の頭でそう確信した俺でした。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 ──あれ?

 

 目が覚めて、ほんの一瞬だけ頭を(よぎ)るクエスチョンマーク。

 知らない天井、だけど見慣れた部屋の雰囲気、矛盾した感覚を抱くがそれを把握する前に昨夜の記憶が答えを示してくれていた。

 

(そういえば先輩のお家に泊まらせて貰ったんですっけ)

 

 そう、昨夜は色々とイベントをこなしている内に何時の間にか日付が変わってしまっていて、もう随分と遅い時間だし今から帰るのは危ない、ひょっとしたら他の聖杯戦争参加者とエンカウントしてしまうかもしれない、という事でそのまま先輩の家で一夜を過ごさせて貰う事になったのでした。

 

 昨晩は色んな意味で緊張しました。

 まず第一に、三年前からほぼ毎日先輩の家に通っていますが、実はお泊まりしたのはこれが初めてだったりしまして…好きな人と同じ屋根の下で一夜を過ごすという事で緊張したり。

 それとお風呂にも入れて貰ったのですが、先輩(とキャスターさん)が入った後という事を意識してしまって更に緊張したり。

 

 ですが、一番緊張したのは着替えに関する事でした。

 普段寝泊まりしていないという事は自分用の着替えなんかも置いてある筈が無く、来客用の寝巻きもとい藤村先生のお古を先輩が引っ張り出して来て宛がって貰いました。

 制服のまま寝てしまうと皺が酷い事になってしまうのでそこは助かったのですが…着替えが無い、という事は下着の替えも無いという事と同義でして…。

 仕方が無いので先輩が寝静まった後、直ぐ様下着を洗ってその場で魔術で乾かして再び着用しました。

 私の属性は虚なので物理法則に干渉する魔術はあまり得意ではないのですが、水だけはその限りではありません。

 元々間桐の魔術属性は水なので、それに合わせて体質調整を施された私は、他より多少マシというレベルですが水に関する魔術も扱えるのです。

 なので洗った下着の『水分』を『吸収』する事で強制的に乾燥させたのですが…お風呂から上がった後、さっきまで着ていた下着をまた着る気にはなれず、結局先輩が寝てくださるまでノーブラノーパンで居る事になってしまって。

 もしバレたらどうしようと緊張し、何とかバレずに就寝となった後も洗濯の途中で先輩が起きてきてしまったらどうしようとドキドキしながらの作業になりました。

 まぁ最終的に何事も無く無事に全て終わったのですが、こうもあっさりと片付いてしまうとそれはそれで物足りなく感じてしまうのも人間の我儘なところでして。

 少しはラブコメ的展開があっても良かったんじゃないかなーなんて思っちゃったり。

 

「馬鹿ですか全く…」

 

 もし本当にそんなハプニングが起きたら一も二も無く逃げ出してしまうに決まっているのに。

 流石に想い人にそんな瞬間を見られたら乙女として色々死んでしまう。

 益の無い思考を早々にシャットダウンして起床する為に上体を起こす。

 

「何が馬鹿なのですかサクラ?」

 

 すると直ぐ近くから声が掛けられた。

 少し驚いたけど幸い表にそれを出す事はなかった。

 パスで気配を感じていたので近くに居る事は分かっていましたし、なによりその声は頼もしい庇護者のものなのだから。

 

「おはよう、ライダー」

「おはようございますサクラ」

「ごめんね、ちょっと意味の無い考え事してて…あれ?ライダーは何で私の部屋に?」

「無論警護の為ですよ?」

 

 何故そんな分かり切った事を?と言わんばかりに怪訝な表情をするライダー。

 え?何?どういう事?昨夜は先輩の指示の下、四人全員に寝室が与えられた筈なのに…え、ライダーじゃなくて私がおかしいの?

 どちらかと云えば朝には強い方だ、既に覚醒している頭を回転させる。

 サーヴァントは霊体だから睡眠や食事を必要としない、今は聖杯戦争の真っ最中…態々(わざわざ)考えるまでもない事でしたね。

 

「そっか、一晩中見守っててくれたのね」

「ええ、睡眠中の奇襲というのは戦時下において最も警戒しなければならないものの一つですから」

「うん、ありがとうライダー」

 

 ほんと、私には勿体無いくらいの従者にお礼と労いの言葉を掛ける。

 それに応じてライダーも微笑んでくれる。

 うん、実に爽やかで気持ちのいい朝です。

 今日は良い一日になりそうだと思いました。

 

「でもあまり無理はしないでねライダー。肉体的に問題が無くても精神的に休むっていうのは絶対に大切な事だから」

「ご心配無く、これでも元女神ですから。メンタル面でのタフさには自信がありますし…それに、どちらかと言えば睡眠を取るよりサクラの愛らしい寝顔を観察している方がよっぽど癒されますよ」

 

 少しからかい気味にそんな事を宣ってきたライダー。

 その一挙手一投足だけで人の本能を戦慄(わなな)かせる、埒外な色香を漂わせる女神、その妖艶を乗せて歪められた唇に思わず視線が釘付けになる───でも、甘いわよライダー。

 常日頃先輩(天然ジゴロ野郎)との激闘を潜り抜けてきている百戦錬磨の私にその程度のからかいが通用するとでも?

 

 

「しょ、しょゆ、ぅ……そういう口説き文句は時と場合と相手を考えてください。からかい半分で言われたって不快になるだけです」

 

 もろに噛んでしまった。

 何が百戦錬磨ですか、思いっきり動揺しちゃってるじゃない私。

 いけない、顔が熱い、紅くなった頬を見られたくなくて思わずそっぽを向いてしまった。

 そんな私の有り様を見てライダーはクスクスと笑いを噛み殺している。

 相手の機嫌を損ねずに済んだ事に安堵する一方、増々羞恥で顔が熱くなっていく。

 奇しくもライダーを召喚した一昨日の夜と似た様な状況になっていた。

 

「では、からかうではなく本気だったら問題ないという事ですか?」

「………ライダーって、バイなの?」

「そうだと言ったらどうします?」

 

 バイザーで隠された目が細められた気がした。

 何処と無く空気が変わる、と同時に僅かな危機感を覚えた。

 体が強張り、視線をライダーから外せなくなる。

 何だろう、これは。

 ライダーの魔眼が解放されたという訳でも無いのに、文字通り蛇に睨まれた蛙、捕食者の気配を漂わせ始めたメドゥーサに、優しく、柔らかく、抗い難い誘惑を伴って魂すら巻き取られたかのようで。

 これは、まさか───

 

 

「──本気、なの?」

「まさか」

 

 けろりと。

 一瞬で淫靡さと剣呑さを引っ込めたライダーに、私は最初から最後まで弄られ倒されたのだと悟った。

 

「~~~っっ!!」

「ふふふ、昨日から薄々感じていましたが…サクラは随分と感受性が高いのですね。まぁそれを補って余りある程に我慢強い様なので戦闘に関しては心配していませんが…これ程までに弄り甲斐のある人材は希少ですよ」

 

 ライダーからの全く嬉しくない評価に、なんか色々と燃え滾って爆発してじっとしていられなくて。

 肩叩きパンチでポコポコと、主に頭を攻め立てるがサーヴァントにそんなへなちょこ物理攻撃が効く訳もなく。

 かといって魔力を込めたらそれこそ怪我をさせてしまうかもしれないのでそれも出来ず。

 せめて少しでも痛がるふりとかしてくれれば溜飲(りゅういん)が下がるのに、ライダーは本気で怒れない此方の気遣いとかそーいうのも全部引っ括めて笑っていて…。

 

 堪忍袋の緒が切れるのは割りと早かった。

 

 

「…………」

「…?…サクラ?」

 

 急に大人しくなった私を怪しむ様にライダーが声をかけてくる。

 私は黙って左手を掲げた。

 

「令呪を以て命ずる」

「え」

「ライダー、今後一切私の事をからかうのは禁s」

「待ってください待ってください待ってください。駄目ですサクラそんな事で貴重な令呪を消費してしまうのは今後必ず後悔する羽目になりますっていうかほんとすいませんでしたごめんなさい申し訳ありませんどうか考え直してはいただけないでしょうか」

「もう、しょうがないですねー、ライダーがそこまでいうなら今回は止めておきます」

 

 私の左手に縋り付いて必死に畳み掛けてくるライダーに私はニッコリと口角を上げて応える。

 若干ライダーとの信頼関係に(ひび)が入った、というか引かれた感がするけれど構うもんか。

 私が常に()()という誤った認識は断固として正さねばならないのだから。

 そもそも私は自分が正しくない、納得出来ないと思った事に対しては徹底的に反抗する(たち)なのですから。

 

「ふっふーん。ライダー、確かに私は我慢強いタイプの人間かもしれないけど、我慢すべき事柄かどうか判断するのは私なんですからね」

「いや…ちょっと、本気で焦りましたよ…サクラは意外と、その…怖いですね」

「今更何言ってるんですか、私は魔術師(基本碌でなし)ですよ?」

「それはあまり関係無いでしょう。どちらかと云えばサクラ個人の本質というか性根というか」

「ゴルゴンの怪物に言われたくないですよ~だ」

 

 態とらしく語尾を伸ばしてライダーの頬をプニプニと突付く。

 私の物言いにムッときたのか、仕返しとばかりにライダーが此方に覆い被さってきて全身を(くすぐ)ってきた。

 二人して布団の上に倒れ込んで揉みくちゃにされる。

 脇とか足の裏とか背中とか首筋とか太股とか胸とかお尻とか、なんかどんどん危ない所にライダーの手が這ってきて。

 

「やっぱりバイじゃない!」

「ふふ、今更気付かれても手遅れですよ」

 

 そうやってより一層ライダーの手の動きが激しく大胆になってきて、私も必死に四肢をばたつかせ、腰を跳ね上げ、首を振り乱し。

 互いに激しい運動と興奮で頬が上気して、息も必死で絶え絶えになって、笑いが止まらなくって───楽しい。

 

 久し振りに、童心に返りました。

 なんだか姉妹のじゃれあいの様で、まだ自分が遠坂の性を名乗っていた頃の事を思い出しました。

 姉さん、今は何してるのかな。

 サーヴァントはとっくに召喚している筈。

 あの好戦的な性格の姉の事だ、ひょっとしたら既に他の参加者を一組降してしまっているかも。

 そう思ったら何だか全身に活力が湧いてきた。

 居ても立ってもいられないとは、こういう心情の事を云うのでしょうか。

 私は上体を起こすと未だ布団に転がっているライダーの手に自分の手を重ねた。

 

「頑張りましょうね、ライダー」

「はぁ…ふぅ…ふふ、ええ、勿論です」

 

 ライダーは息を整えながら返事をしてくれた。

 さて、それではすっかり目も覚めてしまいましたし活動を始めなくては。

 顔を洗って歯を磨いて髪を解かして服を着替えて…女子の朝というものは忙しい。

 おまけに今日は先輩が何時起きてくるか分からない。

 早々に身嗜みを整えなければみっともない姿を見られてしまうやも──

 

「   ぅ おどおうわぁあっっ!!!」

「っ、……?」

 

 

 今のは、先輩の声?

 

「サクラ、今のは…」

「うん、先輩の声だけど…どうしたんだろう?」

 

 先輩の寝室と私が宛がわれた部屋は結構距離が離れている。

 その事にちょっとだけ不服を覚えますが、まぁ年頃の男女が一つ屋根の下で一夜を明かすのですから常識的な配慮でしょう。

 だというのにハッキリと言葉が聞き取れる程の音量で叫ぶなんて、一体朝からどうしたというのでしょうか。

 まさか──

 

「屋敷内及び屋敷の周辺、半径100メートル以内にサーヴァントの気配はありませんね。無論キャスターのものを除いてですが」

 

 ──私が疑問を口にする前に、ライダーが先回りで敵の有無を教えてくれた。

 全く(もっ)て頼もしい限りです。

 

「ですが、もしかしたらアサシンのサーヴァントかもしれません。サクラ、気を抜かないでください」

 

 暗殺者(アサシン)

 高度な気配遮断のクラススキルを有する、マスターの天敵とされるサーヴァント。

 それが私と先輩の寝首を掻きにやって来たというのか。

 御三家のマスターである私は兎も角、昨夜サーヴァントを召喚したばかりの先輩まで居場所が割れてしまっていたなんて。

 いや、でも、よくよく考えると当然かもしれない。

 圧倒的な気配と威圧感を放つ大英雄ヘラクレスさんの戦闘、雷鳴の如き轟音を発する弓矢を最大で秒間9発、おまけにヘラクレスさんを仕留める為に放たれたキャスターさんの宝具(極太レーザー)

 あれだけ派手な戦闘を行っていたんだ、他の参加者の一人や二人に一部始終を見られていても全く不思議では無い。

 密偵や諜報に長けたアサシンのサーヴァントなら尚更──

 

「先輩の部屋に向かいます。ライダー、霊体化して気配を隠して」

「了解しました」

 

 嫌な可能性に思い至った私は直ぐ様ライダーに指示を下して先輩の部屋へと赴く事にした。

 もし本当にそうなら急がないと。

 キャスターさんという強力なボディガードが付いている以上、そう簡単に先輩が殺される様な事は無いと思うが、キャスターさんがライダーの様にマスターの直ぐ近くで護衛をしているとは限らない。

 それにアサシンの気配遮断は同じサーヴァントでもまず見破れない程に凶悪な性能を誇る。

 不意を突かれたらどんな状況だろうと結果は同じだ、楽観視は出来ない。

 

「なんでさっ!?」

 

 部屋を出ると再び先輩の叫び声が聞こえた。

 やはり何かしらの異常が起きているのか、先輩の身に危険が迫っているかもと考えると、焦燥が加速度的に積み上がっていく。

 だが焦ってはならない、態々ライダーを霊体化させたのは逆に此方が相手の不意を突く為だ。

 サーヴァントも連れずのこのことやって来た獲物と思わせ、敵が食い付いた瞬間カウンターで此方が相手を釣り上げてやる。

 出来るだけ早足で、足音が激しくならないギリギリの上限を意識しながら廊下を進む。

 暫くして先輩の部屋の前に辿り着いた。

 逸る気持ちを抑えながら、部屋の中で何が起こっているのかまるで察していない風を装って襖を開いた。

 

「先輩?朝から二回も叫ばれて一体ど、うし、ぃ………?」

 

 

 室内の光景に私は言葉を失ってしまった。

 

 結論から述べると先輩は無事でした。

 怪我の一つどころか服の乱れ等、荒事を行った様な形跡は一切無い。

 周囲にも、少なくとも目視で確認出来る範囲に敵サーヴァントの様な危険な存在は認められません。

 

 ですが…別の意味で危険な状況だったらしい。

 キャスターさんが居た。

 私の寝室にライダーが居た様に、サーヴァントがマスターの側に控えているのは別におかしい事では無い筈なのですが、とてもそうには思えない光景でした。

 先輩は寝間着のままで、まるで慌てて後退(あとずさ)ったかの様に座ったまま背後の壁に背を付けている。

 キャスターさんはそんな先輩と距離こそ離れていましたが、()()()()()()()()横座りになり、まるで男性に媚を売る女の様に表情だけで先輩に迫っていた。

 

 これ、は─────

 

 

「あ、と、その…お邪魔、でしたか?」

「いやいやいや違うぞ桜!いや雰囲気的にそう思われても仕方無いし前科もあるから信じて貰えないかもしれないけど!寧ろ俺としては来てくれて助かったというか!」

 

 先輩は慌てて私の()()を否定に掛かった。

 何だか昨日から先輩はこうやって慌ててばかりな気がする。

 内容は状況の説明というか弁明というか言い訳というか言い逃れというか…いや、何事にも誠実な先輩の言う事ですからきっと私の勘違いなのでしょうが、どうにも喋り口が妻に浮気現場を見つかって無様に捲し立てる夫の様で。

 あ、いや、別に私と先輩が夫婦みたいとかそういう身の程知らずな事を考えている訳ではなくて──

 

「どうやら全員起床なされたようですね。では、朝の支度をしましょう。マスター、私達は出ていきますので、早く着替えて居間に来てくださいね」

「へ?あ、ぉ、おう…」

「ささ、桜さん。何時までも此処に居るとマスターが恥ずかしがられてしまいますよ」

「わわ、ちょ」

 

 先輩の弁明が終わる前に、キャスターさんが立ち上がってそれぞれに短く指示を飛ばした。

 キャスターさんに背を押されながら私は部屋を出る。

 少々強引な形で私は先輩と引き離されてしまった。

 

「あ、あの、キャスターさん?」

「うふふ、ごめんなさい。()()()()()あまり良くないって分かってるんですけど…何分(なにぶん)懐かしかったもので。マスターの反応も初々しくて可愛かったから、つい。」

 

 先輩の部屋から少々離れた所でキャスターさんは私にそう話し掛けてきた。

 大人の余裕の中に茶目っ気も多分に含まれた、その綺麗さと可愛らしさのハイブリッドされた姿は、正しく女性の理想像の一つで。

 (はな)から怒り等湧いていなかったのですが、それ以上に先程までの緊張感や毒気まで抜かれてしまった。

 

「い、いえ。私は別に怒ってないですよ?」

「あら、そうですか?なるほど、桜さんはとても懐の深い方なんですね。その寛容さと我慢強さは私も見習わなくては」

 

 そう微笑みながら此方を敬ってくれるキャスターさんに対して、私はこそばゆい気分になる。

 自然体のままで相手の戦意どころか敵意をも削ぐ。

 ライダーやヘラクレスさんとはまた違った()()

 何度でも再確認させられる、やっぱりキャスターさんも英霊の称号に恥じない、一廉(ひとかど)の人物なんだ。

 この柔和さの前では誰だって(ほだ)されてしまうだろう。

 

「でも、それは少々控え目過ぎですよ?片想いの男性が異性に迫られている場面に遭遇してそんな薄い反応では」

「ふ、うぅえぇっ!?な、何故それを…!?」

「それくらい見てれば分かりますよ。私生前は確り天寿を全うしましたから。人生経験豊富ですからね~、これくらいの人の心の機微を見抜けなくてどうしますか……いや、っていうかあれは誰が見ても5秒で察するレベルですよウン」

「は、はわわ…」

 

 呆れ気味な視線を投げてくるキャスターさんと私は顔を合わせる事が出来ない。

 ()だり紅くなった頬を隠す為に添えた(てのひら)も熱を持っていた。

 キャスターさんは未だ私の背に当てていた手を肩に持ってくると、耳元で囁き始めた。

 

「いいですか?意中の男性を振り向かせたいのでしたら、時には癇癪でも起こすくらいのアピールと云いますか演出と云いますか…そういう注意を引く事態が無いと中々相手の意識に常駐は出来ません。大人し過ぎる()なんて殿方にとっては家政婦(お母さん)と同義ですからね。もっと酷いと日用品、或いは空気扱いです。もっと我儘にならないと『妹みたいな後輩』から『気になるあいつ』にはランクアップ出来ないんですっ!」

 

 やたら一言一句に力を込めて、キャスターさんは私にアドバイスを送ってくれる。

 恐らくですが実体験を伴っているのでしょう、物理的な圧力すら生じている気がするキャスターさんの話に私は口を挟めず、黙って聞きに徹する。

 

「消極的過ぎては駄目、積極的過ぎても駄目、()()()()()って難しいですよね。でもね、それで音を挙げる様じゃ、きっとそれは一時の熱()で終わってしまうものなんです。手間隙(てまひま)かけてちゃんと育ててあげないと、不治の病()にはなってくれないんです」

 

 病気を育むっていうのもおかしな話ですけどね、と(おど)けながらキャスターさんは笑った。

 その心の底から満ち足りていると云わんばかりの朗らかな笑顔が、キャスターさんの生前がどれ程に幸せなものだったのかを雄弁に語っている様で。

 どこまでも眩しかった。

 自然と目頭が熱くなってしまうけど、逸らせない、逸らすにはあまりに惜しい暖かさ。

 

「…キャスターさんは…どうして私にそんな話を?」

「あら、恋する乙女を応援するのに理由が必要ですか?」

 

 最初から大して気を使ってなんていませんでしたが、駆け引きも何も無しの、本心からの素朴な疑問を思ったままに口から零れさせる。

 そしてやはりそれに、ニコニコと無邪気な笑顔で応じてくれるキャスターさん。

 聖杯を手にする事が出来るのは絶対の原則として一組のみ、それは同盟を結んでいたとしても変わりはしない。

 潜在的には敵対者であるキャスターさんに、私は何故こんなにも安心して触れ合う事が出来るのか。

 何故キャスターさんは欠片程の害意も見せる事が無いのか。

 何故キャスターさんの言動に嘘偽りが無いと()()()()()()()のか。

 

 

(あれ?)

 

 一度気にすると途端に違和感が湧いてきた。

 此方を見て微笑んでいるキャスターさんの様子は、昨日と何も変わらない。

 色素が完璧な迄に抜け落ちた白髪、両腕を覆う紅い線が入ったフード付きの黒い射籠手、白い着物と桜色のスカートというチグハグだがバランスの取れている矛盾した印象の服装。

 うん、キャスターさんだ。

 昨日召還した時から全く変わらないその姿。

 でも何故でしょう、今のキャスターさんを見ていると…何か、こう、これじゃない感というか、違和感が拭えない。

 あれ?キャスターさんって本当にこういう人だったっけ?

 じわりじわりと疑念が鎌首を(もた)げる。

 何かが違うのに、何かを指摘したいのに、それが定まらない。

 こんなに静かでしたっけ…?もっと、ほら、割りとアグレッシブだっというか────あ。

 

 

「昨日みたいにワチャワチャしてない…」

「は?え、何のこt…!っあ、あの、ちょ、昨日のあの醜態は忘れていただけると嬉しいと云いますか…っていうか昨日のあれは魔力不足でおいそれと魔術を使えなかったが故の苦肉の策で、でも最終的に宝具でヘラクレスさんは倒せたんですからノーカンにしてくださっても、あ、いや、倒せてなかった…えと、その…」

 

 

 ポロリと、思わず口から漏れてしまった私の言葉にキャスターさんは矢鱈と過剰な反応を示した。

 そんな慌てふためく様子が先輩のものとダブって見えて図らずも笑いそうになる。

 ああ、うん、そうですそうです。

 キャスターさんはこういう人だった。

 ヘラクレスさんとの闘いの最中に見せた、あのドジっ子を超越した謎テンションぶっ飛びバーサークファイター。

 いや、先程までの落ち着き払った大人の女性といった雰囲気が上辺だけの偽りと云う訳ではないでしょうが、絶対にこっち()素だ。

 ──嗚呼、そっか。

 

 

「キャスターさんって、私に似てるんですね」

「え?」

 

 そう、これは昨日の、ヘラクレスさんとの戦闘中にも抱いていたものだ。

 上手く言葉に出来ないけれど、キャスターさんを見ていると自分の中の何かが常にざわついていた。

 痒いところに手が届かない、忘れていた名詞が喉まで出かかっているのに出てこない時の様な、単純な不快感とは違う、意識の底に常に張り付いてくる興味というか。

 昨日も一度感じたっけ。

 これは既視感というやつだ。

 

「昨日から何故かキャスターさんの事が気になっていたんですけど、漸くその理由が分かりました。自分で言うのもなんですけど…いやほんとあれなんですけど、所々でうっかりが(ほとばし)ってますよね」

「うぐぅ……はっきり指摘されると辛いものがありますね…面目無いです」

 

 しょんぼりと意気消沈するキャスターさん。

 やっぱり何処か自分と似ている、その既視感が親しみに昇華されて私の舌の滑りを滑らかにしてくれる。

 

「いえ、私はキャスターさんがこういう人で良かったと思えます。英霊(サーヴァント)さんって、私みたいな凡人とは力も価値観も背負ってる()()の次元も、何もかも違うんだって召喚する前は考えていました。実際ヘラクレスさんみたいに凄い人も居ましたけど…ライダーやキャスターさんみたいに、親しみやすい人も居るんだって分かって…人見知りで臆病な私にとっては、それがとても嬉しくて安心出来たんです。きっと先輩も、四六時中ガチガチな雰囲気を纏ってる英雄さんより、キャスターさんみたいな人の方が一緒に居て楽だと思ってますよ」

「…いや、それ誉めてるようで割りとボロクソに貶してますよね」

 

 キャスターさんの目が据わった、声も若干低くなった。

 あ、あれ?おかしいな、そんなに気に障ったのかな?

 

「え?あれ?わ、私としては今のは正真正銘の本音で、明確な好意の表現だったのですけど…」

「うふふふふふ、桜さん?恋愛において日頃の言動というものは要注意事項の一つですよ。本人に悪気が無くても相手は少しずつ少しずつフラストレーションが溜まっていってしまうものなんです。それによって生じる亀裂はいずれ修復不可能のマリアナ海溝にまでなってしまうんですよ」

 

 キャスターさんの笑みの質が段々と変わっていく。

 ニコニコと明るかった朗笑(ろうしょう)がニッタリとした酷薄な冷笑に。

 ヤバイ、めっちゃ怖い。

 ほんのちょっとした声の高さや目元口元の角度の違いのみでここまで笑顔の温度というものが変わるなんて。

 

「悪気は無かった、なんて何の免罪符にもならないんですよ~。その周囲に害を撒き散らす天然の毒っ気、やっぱり今の内に矯正しておくべきでしょうか」

 

 キャスターさんの両腕が私の体の前に回され、ロックされる。

 肩に顎が乗せられ、超至近距離から此方を()め付ける瞳と視線が絡み合ってヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイコワイヤバイシヌコロサレル───

 

 

「ご、ごめんなさっ──!!!」

「そこまでですキャスター」

「──っと」

 

 ヒュンッ、と。

 子供の吐息を連想する程に軽い音を響かせながらキャスターさんの眉間に向かって短剣が突き出された。

 無論、霊体化を解いたライダーの攻撃です。

 キャスターさんは私に対する両腕での拘束を解くと素早く後ろに下がった。

 数瞬呆けていた私は慌ててライダーの背中に隠れる。

 

「いくら同盟関係とはいえ、今の狼藉は許せません。やはり此方を油断させて隙を突くのが目的でしたか」

「まさか。私には昨日話した以上の考えなんてありませんよ。今のは其方のマスターさんの将来を案じたが故の教育的指導というものです」

「教育が必要なのは其方でしょう。先程桜の寛容さを見習うと言っておいて、舌の根も乾かぬ内にこの為体(ていたらく)ですか。薄っぺらい本性が透けて見える様ですよ魔術師」

「薄っぺらくて結構です。所詮私は貴女と違って格の低い英霊なんですから。ですが酸いも甘いも噛み締めた先人だからこそ、大事にしなきゃいけないものを子供に教えてあげなくては」

「余計なお世話ですよ、桜にとってはそんなもの。この娘は自らの精神と肉体のみで逆境に立ち向かえる力があります。放っておいても確りと晩成する事でしょう。仮に倒れてしまいそうになっても、その時に支えるのは桜のサーヴァントである私の役目です。断じて貴女ではありません」

「…なんだ。要するに単なる嫉妬じゃないですか」

 

 肩を竦めてしょうがない子だなぁ、と云わんばかりに苦笑するキャスターさん。

 そんな半ば挑発とも取れる言動にライダーの雰囲気がより剣呑さを増す。

 でも同時に悔しさとかたじろぎとか羞恥とかも混ざっている様に見えて。

 何だか図星を突かれて憤慨する子供みたいに見えた。

 場違いにもライダー可愛いなんて思ってしまう。

 

「…何の事か解りませんね。私はただ事実を述べただけです」

「もう、誤魔化すことないじゃないですか。微笑ましくて良いと思いますよ、とっても」

「ぐ……そういう貴女こそ、人の事を言えないのでは?あのマスターの少年に対して随分とお熱な様ですが」

 

 ライダーの露骨な切り返しに、キャスターさんではなく自分がギョッとしてしまう。

 それは、ちょっと、あまりにも藪蛇というか、答えを聞くのが怖い──

 

「はい、そうですよ。私、マスターの事大好きですから」

 

 さらりとニコリと、何に憚る事なくキャスターさんは先輩への好意を表明した。

 それを聞いたライダーは今更ながら自分がまずい質問をしてしまったと思い至ったようで、私の機嫌を伺う様に僅かに顔を此方へ向ける。

 当の私はと云うと、存外そこまで心は乱れていなかった。

 いきなりだったので少し面食らったが、そんなに動揺は無く、寧ろ安心している自分がいる。

 何で?と考える事、僅か3秒。

 先程と大して答えは変わらない、きっとこれはシンパシー、理解者(同類)を見付けた時の安堵感の様なもの。

 まだちょっぴり怖いけど、さっきよりは全然マシになった。

 キャスターさんと話す為に、私はライダーの斜め前に歩み出る。

 

 

「あの、キャスターさん、本当にごめんなさい。あの、あれ、違うんですよ!さっきのは、英雄としての超人的な面だけじゃなくて、普通の一般人みたいな気安く接する事の出来る面もあるって意味で!例えるなら、ほら…そう!近所のお姉ちゃんみたいな感じです!」

「え、何?桜ちゃん私の事呼んだ?」

 

 

 え、と声をあげたのは誰だったか。

 振り返るとそこには我が母校のハイエンド(あらゆる意味で)教師、藤村大河先生がいらっしゃった。




オチ?ねぇよ。

話は進まないっ!更新ペースも上がらないっ!ふざけるなっ!ふざけるな馬鹿野郎!!

という事で苦しいですが前編とさせていただきました。騎術同盟のイチャイチャ回という事でどうかorz


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10話 イチャイチャイチャイチャイチャイチャ 後半

エミヤ「くそっ…!あんな野獣どもの巣窟に居たらあっという間に喰われてしまうぞ!」
トーサカ「その野獣にはあんたの嫁も含まれてるけどね」
エミヤ「お前の妹でもあるだろうが!」


おそらく今年最期の投稿。皆様、毎度ご愛読ありがとうございます。今後もよろしくお願い致しますorz


 忽然と姿を現した虎もとい藤村先生。

 一体何時の間に?ライダーもキャスターさんも対応が追い付いていない様子からして、サーヴァントである二人に気取られる事なく家に上がったようです。

 神出鬼没にも程がある。

 時々こういう風に、下手な魔術よりもよっぽど神秘的なんじゃないかという事を天然でやってのけるのが藤村先生なのだ。

 …一生懸けてこの人を()()し続ければ根源への足掛かりとか掴めるんじゃないかな、なんて最近は半分本気(割りとマジ)で考えている。

 無論、個人的にも倫理的にも論理的にも常識的にもやる気/zeroですが。

 そうこうしている内にライダーとキャスターさんは慌てて私の陰に隠れながら霊体化した。

 

「お、おはようございます藤村先生!」

「うん、おっはよー!あれ?おっかしーなー、桜ちゃん今誰かと話してたよね?」

「え、ええっと…」

 

 近寄って来た藤村先生が疑問を呈す。

 上手い誤魔化しが思い付かない…どうしよう、もしライダー達の事がバレたら、藤村先生が巻き込まれる様な事になったら、私は勿論先輩が悲しむ事に──

 

「ん?っていうかそれ…え?寝間着?え?何で私のお古着てるの?」

 

 とか頭を悩ませてたら今度は私の格好が気になったようです。

 流石は藤村先生、フィジカルだけでなくメンタルも常にフルスロットル停車知らずだ。

 ですがこれは好機、今の内に先生の興味を他に移してしまおう。

 まぁ、今から私が言おうとしている事は明らかに藪蛇なのですが。

 ごめんなさい先輩、心の中で先んじて謝っておく。

 

 

「実は昨夜から先輩のお家にお泊まりしていまして」

「ああーなるほど、だからかー。桜ちゃんが家に泊まったのってこれが初めてだもんね。大丈夫?窮屈じゃなかった?ごめんねー、まともな用意も無くて」

「いえそんな、十分でしたよ。部屋と布団の用意とか先輩も何時も以上に気を回してくれて」

「おーそっか。まだまだ子供かと思ってたけど士郎もちゃんと成長してるのねー。その辺(女の子に対して)の気配りもちゃんと出来る様になったか」

 

 うんうんと、したり顔で頷く藤村先生。

 物言いが完全に我が家でのそれだが、藤村先生にとって先輩のお屋敷はそれ同然の居場所なのです。

 藤村先生は何時だって周りの人に元気(と天災)を与えてくれる、その姿を見ているだけで自然と体がポカポカしてくるのだ。

 

「よし、それじゃーさっさと士郎を起こして早く朝御飯にしよう!あ、でもその前に着替えた方がいいよね?私士郎に朝食の用意させながら待ってるから桜ちゃんはゆっくり身嗜み整えてねん」

「そんな!駄目です!私はお泊まりさせて貰ってる立場なんですから、直ぐに着替えて台所に…」

「えー?もー、三年も一緒に過ごしてるんだからそんなの気にしなくていいと思うんだけどなー」

「藤村先生が気にしなさ過ぎなんですよ。男の人は結構デリケートなんです。あんまり無神経だと本格的に行き遅れちゃいますよ」

「んなあぁーっ!!?言ったなこやつめー!そんな生意気な事言う娘に士郎は渡さないんだからねー!一から花嫁修行をやり直せーーい!!」

「はなよっ…!朝から何を言い出すんですか先生!」

「喝ーーーっっ!!!えーい黙れ黙れぇぇーい!全く、あんた達二人は何時まで保護者()の事をやきもきさせれば気が済むってのよーっ!三年間もの間あんた達の展開する天然ラブコメ空間に私がどれだけ精神削り取られてきたか分かってんのかー!!イチャイチャイチャイチャと乳繰りあって、あれで付き合ってないとか何の冗談よ!そんなに見せびらかしたいか!行き遅れ女教師を嘲笑うのがそんなに楽しいかーーーっ!!」

「ん、なぁ…!?」

 

 こ、この人はなんという…!!

 私が何時先輩と乳繰り…そんな、人を馬鹿ップルみたいに!

 

「も、もうっ!!何々ですか!そんな謂れの無い文句を…!そっちがその気ならこっちにも考えがありますからね!藤村先生、今日は三食共ご飯抜きです!」

「え、ちょ、な、は、はああぁぁーーーーーーっっっ!!!!!」

 

 今までで一番声大きい!

 

「何よそれー!?百歩譲って朝だけならまだしも、三食ぅぅぅーーー!!?そ、そんなの最早拷問よ!過剰罰則だわ!減刑を申告しまーす!」

「聞く耳持ちませんっ!今日一日先生には親しき仲にも礼儀ありという言葉を確りと心に刻み込んで貰います!」

「うえーん、桜ちゃーん。ごめん、ごめんってばー。謝るからほんとそれは勘弁してよー。死んじゃうー、心身共に枯れ果てて虎の毛皮になっちゃうー。って誰がタイガーよコラーっ!!」

「言ってませんよ!」

 

 寝室へ戻ろうとする私の腰に縋り付いて藤村先生()が猛る。

 それに取り合わず部屋へ戻ろうとして。

 

 

 

「───っていうか何で士郎ん家に泊まってるのよーーーーーっっっ!!!!?」

「え、今更!?」

 

 

 一瞬静かになったと思ったら再びの大ボリュームで絶叫した藤村先生。

 というか反応が遅すぎます、最近はお笑い芸人でもそこまで露骨なノリツッコミはしません。

 ライダーといいキャスターさんといい藤村先生といい、何故朝からこんなに疲れなければならないのか。

 体育の授業の後の様にすっかり覚醒し切った五体を持て余しながら、私は溜め息を吐いた。

 

 

          ∵∵∵

 

 

「いやーん、おいしー!何だか何時もより美味しいんじゃないんこれ。もー、用意が終わってるなら始めからそう言ってくれれば良いのにー。桜ちゃんのいけずー」

「い、いえ…すみませんでした、アハハ…」

「…っ!これは…………一体どんな下拵えを…」

 

 あれから約半刻の後、私のカミングアウトに荒れ狂った藤村先生を先輩と二人で何とか鎮めて、只今朝食の真っ最中です。

 先輩がメインの肉じゃがを咀嚼しながら真剣な顔付きで味付けについて分析している。

 ノンストップで箸と口を動かし続ける藤村先生の言葉に私は曖昧に応える事しか出来なかった。

 

 何故ならこの朝食を作ったのは私でも先輩でもなく────キャスターさんなのですから。

 

 藤村先生を誤魔化すのに結構な時間を要してしまった為、学校に遅刻しないように朝は軽めでいこうと先輩と話して台所に入った私達が見たのは───既に調理され、後は盛り付けるだけの状態になっていた料理の数々だった。

 驚く私達に霊体化したままのキャスターさんが話し掛けてきて、早朝に料理を終わらせておいた旨を伝えてきた。

 此処で既に驚かされましたが、いざ食事を始めると更なる驚愕に襲われました。

 

 美味しかったんです。

 美味しかったんです(大事な事なので二回言いました)。

 すっごく美味しかったんです。

 高々家庭料理と侮るなかれ、その味は完全にプロの料理人のそれと同等、或いはそれ以上の次元でした。

 一体下拵えにどの様な手法を用いたのか、調味料の組み合わせ、火を通すタイミングetc…その味は私はおろか先輩よりも数段上、キャスターさんが私達にとって未知の技量を有しているのは明白でした。

 

 これ程までの料理の腕前を持っているなんて、一体キャスターさんは生前何をしてきた英雄なのでしょうか。

 よくよく考えればキャスターさんはまだ誰にも、それこそマスターである先輩にすら真名を明かしていないのです。

 

 …やっぱり、少しはキャスターさんの事を警戒するべきなのかな?

 ついさっきまで似た者同士とか先輩のサーヴァントがキャスターさんで良かったとか言っていた癖に、早くも前言撤回しかけている自分に呆れてしまう。

 でもしょうがないじゃないですか。

 昨夜は先輩と魔力供給(意味深)、今朝は先輩の部屋で誘惑紛いの(からか)い、そして今は私と先輩の料理タイム(聖なる儀式)を先んじて潰すという…最早異性として先輩の事を狙っているんじゃないかと疑うしかない行動を重ねているのです。

 おまけに容姿も魔術の腕も料理の腕も、今のところ判明しているスペックは全て私より上。

 まぁ英霊さんに現代の人間が敵わないのは当然と云えば当然の事ですし…魔力供給(意味深)については完全に結果論、他の事も悪気があった訳では無いのでしょうが…それにしたって、ここまでくると流石に私も警戒せざるを得ない。

 胸に燻るものを感じながら食事を進める…こうしてあれこれ考えている間も私は箸を一瞬も止める事なく食事に没頭していた。

 悔しい、でも(美味しく)感じちゃう(ビクンビクンッ)。

 

 

「御馳走様ー!それじゃー私先に行くからねー!二人共遅刻したら許さないわよー!」

 

 三人で只管御飯を掻き込んだ結果、ものの十分以内で完食。

 藤村先生は直ぐ様食器を片付けると学校に向かってしまわれた、相変わらず(せわ)しない。

 

「ったく、相変わらずだな藤ねえは」

「そうですねー。何で常にああやって全力で活動し続けられるのか不思議です」

「そりゃ藤ねえだからだろ」

「………嗚呼、ごめんなさい藤村先生。ここで先輩に対して反論を捻り出せない私は駄目な生徒です」

「無理して藤ねえの味方する事はないだろう間桐君。覆しようのない現実を受け入れるのは決して間違っちゃいない」

「他ならぬ先輩にそんな事を言わせるとは…流石ですね藤村先生、略してさすトラ」

「藤村と書いてトラと読むのは止めてやれよ」

 

 お互いに巫山戯た軽口を言い合いながら私と先輩は食器を片付ける。

 

 ───変わらない、な。

 

 

「変わりませんね」

「ん?」

「いえ、お互いに魔術師だって分かった(秘密を明かした)のに、こういう日常は変わらないんだなって思って」

 

 そう、多少(?)の変化はあったが、今までの、この尊い日常が失われた訳ではなかった。

 その事が何よりも嬉しい、自然と頬が緩むのが分かる。

 

「……そうだな。それはきっと、今までの俺達の関係が偽物なんかじゃなかったって事さ」

「お互いに相手を騙していたのにですか?」

「騙してたって云うよりは、明かす必要が無かったってだけの話だろ。実際俺、桜に嘘吐いた事は一度も無いしな」

「…ごめんなさい、私結構な頻度で先輩に嘘吐きまくってました…」

「うぇ?あ…あ~、そっか。その左手のもそうだよな」

 

 私のカミングアウトを聞いた先輩が、苦味を堪えて無理矢理繕った様な笑顔を此方に向ける。

 ああ、今更だけれど、判っていたけれど、改めて罪悪感に押し潰されそうになる。

 

「でも、桜は俺が魔術を知らない一般人だと思っていたから、俺を危険に晒さない為に嘘を吐いて()()()んだろ?」

「そうですけど…先輩に嘘を吐いちゃった事には変わりありませんし」

「嘘を吐かない奴なんて居ないさ。人はみんな本音と建前を使い分けて他人との折り合いを付けていくんだ。別に嘘そのものが絶対に悪いものだなんて俺は思わないぞ」

「…でも先輩は嘘なんて吐いた事無いじゃないですか。先輩の誠実さに比べたら私なんて天の邪鬼レベルの詐欺師ですよ」

「い、いや、俺の場合は、あれじゃないか?嘘を吐く理由も場合も必要も無かったってだけで…誰かに対して後ろめたい事してる自覚も無いし、さ…」

「………………」

 

 あ、ヤバイ、涙出そうになってきました。

 なんかもう先輩が綺麗過ぎて尊過ぎて、自分の汚さが余計浮き彫りになっていく様な感覚に襲われて。

 んもう、我ながら気分の浮き沈みが激しいな、情緒不安定ですか全く。

 

「と、兎に角だな桜!他人を思いやって吐く嘘は決して間違っちゃいないんだよ。確かに潔白じゃないかもしれない。まっ更じゃないかもしれない。綺麗じゃないかもしれない。けど、尊い筈だから」

 

 ───尊いか。

 他ならぬ先輩にそう言われてしまうなんて。

 

「…でも、報せない方が相手の為だって、勝手に決めつけてしまうのは正しいとは言えないんじゃないでしょうか。何も知らないのと、知った上でどんな決断を下すかは、全く違うものですから」

「う、う~ん…そう言われるとなー…」

 

 お皿を持ったまま腕を組んで真剣に悩み始めてしまった先輩がおかしくて笑いが漏れてしまう。

 私が少しそれっぽく感情表現するとこれなんだから。

 先輩は何時もそうだ、ちょっとした冗談にも常に真剣になって、自分がからかわれているという事にも中々気付かない。

 そんな可愛らしいところも、私が好きな先輩の一面です。

 

「ン、フフフ…もう、何時まで悩んでるんですか先輩」

「あれ…?…おい桜、お前ひょっとしてまた…」

「はいは~い、何時もの冗談ですよ~。ほんとにもう、先輩はからかいやすくて可愛いですね~」

「…お前という奴は全く…」

 

 先輩はそっぽを向くと皿洗いの続きを始めた。

 先輩は拗ねるとよくこういう子供っぽい仕草をする。

 弓を射る時の凛々しさとは180°印象の違う顔、どちらも甲乙付けがたい。

 きっと私は先輩の百面相を見ているだけで一日退屈せずに過ごせるんだろうな。

 

「でも、先輩の言う通りですね。お互いに嘘が有ったのだとしても、それでこれまでの全部が否定される訳じゃないですよね」

「…ああ」

 

 

 偽物なんかじゃない。

 そうだ、お互いに隠し事が有ったのだとしても、これまで積み重ねてきた日々が全て崩れ去って無かった事になる訳じゃない。

 交わした言葉と、そこに込められていた想い。

 先輩へのこの想いは紛れもない本物なのだから。

 

 

 

『すいません、私いい加減我慢の限界なんですけど…ライダーさんはどうですか?』

『貴女に同調するのは癪ですが、ここは敢えて同意させて貰いますよキャスター』

「どわっ!?」

「きゃっ!」

 

 先輩の相槌で一旦会話が途切れると、待っていましたと云わんばかりに。

 ライダーとキャスターさんがそれぞれ自分のマスターに背中から抱き着いた。

 

「お、おいキャスター!いきなり何するんだ!危ないだろ!皿洗ってる最中なんだぞ!」

「聞く耳持ちません。さっきから黙って見ていればなんなんですかちょっと。口から溢れた砂糖で窒息死するかと思いましたよ」

「同感です。全く以て同感です。フジムラ…と云いましたか、あの女性は?彼女の事を心底尊敬しますよ私は。いや、最早崇拝の域に達していると言っても過言ではありません。こんな蜂蜜にプリン投入したかの様な甘ったるい光景を年がら年中見せ続けられるなんて軽く発狂ものですよ。どうやって正気を保っているのですか彼女は」

「もう殆どテロと変わりませんよこれは。精神的テロ行為です。しかも本人達には自覚無しというのがより凶悪さに磨きをかけています。犯罪すれすれですよほんと。これはマスター達にはキツーイお仕置きが必要かと思うのですが、どうですかライダーさん」

「同感です同感です同感です、超同感ですとも。という事で早速実行」

「え、ちょ、何を…ひゃっ!?」

 

 何やら不穏な空気が漂い始めたのを感じて二人に話し掛けようとした矢先、痺れる様な感覚が背筋を貫いて全身に伝わった。

 

 というかライダーに胸を揉まれた。

 それも両手で、グワッシと効果音が付きそうな勢いで鷲掴みにされた。

 そのまま豪快に揉みし抱かれ…って、ちょ、まっ!痛い痛い痛いっ!!

 

「ちょっと、ライダー!なにっ!?ダイレクトにダイナミック過ぎない!?」

「ダイナミックなのは桜の胸ですよ。ふむ、やはり実際に触れてみるとこれは中々…私に優るとも劣りませんね」

 

 したり顔で私の胸を品評しながら揉みし抱くライダー、その手付きがやたらと巧みで、絶え間無く電撃が私の体を走り抜ける。

 体に力が入らない…!持っていたお皿を落とさないよう、半ば放り出す形で流しに置く。

 

「こ、ぉらあ…は…ライ、ん……ぐぅっ!も、いい加減にぃ………っふはぁ!!」

 

 我慢しようとすればする程、硬直した五体がぎこちなく跳ね上がり嬌声が漏れる。

 ライダーめ、ここまで大胆なセクハラをかましてくるとは、さっきにも増して調子に乗ってますね、後で絶対に仕返ししてやる…あっ、駄目、もう、本格的に腰が抜けて…!

 

「せんぱっ、み、ぁい、でぇ…!」

 

 ガクガクと脚を震わせ嬌声を挙げながら崩れ落ちる、そんなはしたない姿を先輩に見られたくなくて、必死に懇願する。

 その声が、途切れ途切れに震えて、上気した頬と潤む半開きの瞳が、言葉とは裏腹に男性を誘い、媚びるものになってしまっている。

 自分の中のまだ冷静な部分が、今の自分の状態をそう分析していて、余計に羞恥心が沸き起こる。

 もう嫌だ、何でこんな事に…!

 割りとマジで涙腺が緩み始めましたが、幸いにも先輩は此方を見ていなかった。

 というか気にする余裕が無かったみたいです。

 

「おいキャスター!や、やめろって!当たってる、色々当たっちゃってるからさぁ!!」

「当ててるんですよ。もう、これくらいで動揺しないでください。昨日はもっとべったりと、それこそ溶け合いそうな程に絡み合ったじゃありませんか」

 

 

 私と同じ様に自分のサーヴァントに後ろから抱き着かれている先輩は、上擦った声でキャスターさんに離れるよう懇願していた。

 キャスターさんはそれに取り合わず更に先輩に絡み付く。

 顎を先輩の右肩に乗せ、左腕は胸板、右腕は腰をそれぞれ縦断しており、右足を同じく先輩の右足に巻き付けて両足の間に挟み込まれる様にして下半身全体で密着、胸に至っては最早ひしゃげていると表現していいレベルでむぎゅっと押し付けている。

 こちらも大概ですが、向こうも多分に性的な絡み方をしていた。

 体感的にも視覚的にも羞恥心が加速度的に増していきます。

 

「っ…!…ぁぁ~、くそ、何度も同じ話題でからかいやがって。何時まで言い続けるつもりだそれ!?」

「それはもうこの戦争が終わるまでずっとですよ。からかわれるのが嫌なら早く慣れてくださいな」

「こんなの一生かけても慣れないだろ…!」

「ふふ、ちょっとした事で直ぐ動揺してくださるそのお姿も可愛らしくて良いですが、やっぱり男性はどーんと構えてこっちの全てを受け入れてくれるくらいの包容力が欲しいところですねー」

「悪かったな…こちとらまだまだ初なガキだよ」

「あ、そういう開き直りは感心しませんね。そんなんじゃ自分を慕ってくれている人も知らず知らずの内に遠くへ逃してしまいますよ」

 

 そう言ってキャスターさんはチラリと此方を一瞥した。

 今のは…キャスターさんなりの激励?発破を掛けているつもりなのでしょうか。

 何となく然り気無く感を出そうとしている様ですが、それはあからさま過ぎますよキャスターさん。

 

「という事で。マスターには確りと男を磨いて貰わなければ。これから約二週間、覚悟してくださいね」

「いやどういう事だよ!?~~~勘弁してくれっ!」

 

 先輩の悲痛な叫びが虚しく響き渡る。

 未だにライダーに弄ばれている(というかもう殆どペッティングみたいになってる)私も同じ心境でした。

 

 …改めて思う。

 やっぱりキャスターさんの事は警戒すべきだ。

 というかここまで来ると最早ライダーも警戒対象である。

 真名が判明していないとかそれ以前に、色々とこの二人はフリーダム過ぎます(主に性的に)。

 言葉遣いや態度等、自分達の事を主人として大切に思ってくれているのは分かるのですが、同時に距離感が近過ぎてこっちの身が持たない。

 例えるならティラノサウルスにじゃれつかれている様なものです、軽くのし掛かられるだけで此方は致命傷だ。

 信頼はしている、親しみも感じている、ぶっちゃけ大好きです。

 でもお願いだからもうちょっと自重して欲しい。

 英霊という、良くも悪くも規格外な存在を従えている事実、それを昨夜の戦闘とは違う日常面で思い知った私でした。

 

 

 ────そんな感じで英霊二人に散々玩具にされたせいで時間は既に部活遅刻ギリギリ、私は自身の肉体に強化を施すと先輩の手を引いて全力ダッシュで学校に向かいました。

 …オリンピック選手をも凌駕する速度で走ったせいでやたら目立ってしまったり、先輩が失神しかけていたり、よくよく考えたら先輩はどの部活にも所属していないのだから一緒に連れていく必要は無かったと学校に到着してから気付いたりしました。

 

 取り敢えずライダーとキャスターさんには必ず報復しようと心に決めました。

 

 

          ∵∵∵

 

 

『続いてのニュースです。昨日の午前9時頃、冬木市新都内のホテルの一室で、成人男性の遺体が発見されました。検証の結果、遺体に争った様な外傷は無く、毒殺されたものと診られています。部屋の鏡には紅い口紅で『死の世界にようこそ(Welcome to the world of death)!』という一文が書かれており、警察はおよそ一ヶ月前から続いている毒殺事件と同一犯と視て捜査を進めています。この一連の事件は既に市民の間にも知れ渡っており、一部ではこの毒殺犯の事をメアリーさんと呼び都市伝説扱いする声も───』

 

 

 台所で騒ぐ桜達四人が、このニュースに気付く事はなかった。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

「おーい衛宮」

 

 昼休み。

 午前の授業が終わりを告げ、生徒が思い思いに過ごそうと席を立ち始める。

 自分も持参した昼食に手を付けようと机の上に弁当箱を出した時、昨日と同じく教室を訪れた美綴が声を掛けてきた。

 

「美綴か。今日は早かったな」

「へへ、まぁね。同じ轍は踏まないってやつよ。あんたも昨日みたいに昼飯食いっぱぐれたくないでしょ?」

 

 昨日の悉く行動が遅れた経験から、今日は早めのそれを心掛けた様だ。

 兵は拙速を尊ぶ…うん、何とも、美綴には似合う諺だと思った。

 昼飯についてはついでだろうが、嬉しい気遣いだ。

 

「ああ、助かるよ。んで、用事もやっぱり昨日と同じか?」

「勿論!で?昨日あれから桜とはどうだったの?」

「おっと、その話題には俺も興味がある。交ぜて貰っても構わんな?」

 

 やはり話の内容も昨日と同じく桜についてだった様だ。

 話を聞き付けた一成も近くに寄って来る。

 だが俺としては美綴の質問に答える前に言っておかなければならない事がある。

 

「美綴、それに答える前に言わせて欲しい事がある」

「ん?何?」

「お前昨日、何で桜一人残して帰ったんだ。調子が悪いって事にはとっくに気付いてただろうが」

 

 そう、昨日桜を一人だけで残して部員を帰らせてしまった事だ。

 桜本人が望んだ事とはいえ、あれだけ調子を崩した状態で一人だけにしてしまうというのはあまりにも迂闊に過ぎる。

 校内とはいえ万が一があるのだ。

 部長として、一つの集団の長としての責任を美綴が自覚していない筈がないのだが、それでもこれは突っ込んでおくべき事柄だ。

 

「何!?美綴、貴様一体どういうつもり──」

「あー待った待った、今ここで無駄に騒いでも昨日の二の舞でしょ?ちゃんと説明するからさ」

「無駄とは何だ、全く貴様にしろ遠坂にしろ我が校の女子は何故こうも…やはり貴様らは一度寺に来い!しかるべき説法というものを──」

「おい落ち着け一成。今大事なのはそこじゃないってば」

 

 いつも通りと云えばいつも通りの二人を宥めながら美綴に早く話を始めろと視線で訴える。

 すまんな一成、お前が普段から溜め込んでるものの重さは文字通り重々承知しているつもりだが、今はこっち優先だ。

 

「んまー簡潔に言えば…衛宮の事を…信じてたから?かな?」

「「はぁ?」」

 

 何時もとは違って随分と歯切れの悪い美綴の物言いに、俺と一成は揃って声を挙げてしまう。

 そんな俺達の反応に美綴は若干頬を染めてやけくそ気味に喋り出した。

 

「いや…だからさぁっ!私だって一人で残してくのは不味いと思ったんだよ!でも桜の奴平気です大丈夫ですの頑固一点張りでさ。もう私じゃどうしようもないなーって、情けないけどそう思っちゃったもんだから…後は、衛宮に任すしかないかなーって。ごめん、要するに丸投げ」

 

 最初は照れながら、でも段々と、最終的には心底申し訳なさそうな様子で美綴はそう言ってきた。

 一成は口を噤んだまま、どう裁くかはお前が判断しろとでも言いたげに目線を寄越してくる。

 今の話を聞いた俺としては、何ともこそばゆいというのが正直なところだった。

 要するに美綴は無責任に桜の事を放り出したのではなく、俺に任せるのが桜にとって最善の行為だと考えたという事だ。

 

「そっか…まぁ美綴なりに桜の事真剣に考えてくれてたのは分かってた。あと、俺の事信用してくれてたのも嬉しい、ありがとう。取り敢えず、そういう事なら俺から何かしら文句は無い、というか言えないかな」

「はぁ…なんというか、衛宮はやはり衛宮だな」

「ああ、いつもの衛宮だ」

 

 そう呆れながら苦笑する一成と、それに同調する美綴。

 …普段仲の悪い友人二人が笑いあっているという歓迎すべきシチュエーションの筈なのに、何故か俺は釈然としなかった。

 

「でもあんまり桜の事だけ特別扱いするなよ。その内余計なやっかみを受けるぞ」

「あはは、大丈夫だよ。なんたって()()桜だよ?ましてや部内において人望の塊みたいなあいつに限ってそれは無いさ」

 

 まぁ俺としてもそこは同感だった。

 

「んじゃ、話を最初に戻そうか。結局あれから桜とはどうだったの?」

 

 

 そう仕切り直した美綴の言葉に、俺は一瞬だがどう答えたものか迷ってしまった。

 なんせ昨日の桜の不調の原因は、結局のところ聖杯戦争という()()()()に関するものだったのだ、馬鹿正直に話す等以ての外である。

 幸い、勘の良い美綴も俺のほんの一瞬の逡巡を嗅ぎ付けた様子はない。

 適当にぼかして伝えるのがベターだろう。

 

「あぁ…ちゃんと落ち着いて話し合って、お互いに(わだかま)りは無くなったよ。桜も元気になってくれたし…っていうか一周回ってハイになった感じだけどなありゃ」

「ふむ?要領を得ないが…問題が解決したのならば良かったではないか」

「ほーん、そっか。まぁ確かに今日の朝練の時は昨日より全然調子戻ってたしね」

 

 一成は少々俺の言い回しに引っ掛かった様だが、美綴は顎に手を当てて虚空へ視線をやりながら記憶を思い起こすと、納得した様な言葉を紡いだ。

 その言葉に俺は安心する。

 

「そっか…良かった。やっぱりもう、すっかり元気になったんだな桜は」

「おいおい何だよその言い方。ちゃんと話し合ったって言った割りには自信無さげじゃん」

「いや、ひょっとしたら俺の事気遣って空元気してるのかもって、ちょっと思ってたから。なんせハイだったからな、相当にハイだったからなウン」

「お、おう…まぁそりゃ無いんじゃない?桜ってそういう演技出来る娘じゃないでしょ」

 

 

 桜に対する美綴のこの評価はこの学園のほぼ全員に共通した認識だろう。

 だが残念だったな美綴、桜はあれで結構な演技派だという事が今朝判明した。

 

「さて、そんな感じだが、他に何かあるのか?」

「いや、そんだけ。桜が復調してくれたならそれだけで十分だよ。うん、細かい事は聞かないでおくからさ、これからも我が部のホープを宜しく頼むよ」

「俺はもう弓道部じゃないんだがなぁ」

 

 此方が腹に一物抱えている事を見抜いたのかどうかは分からないが、美綴は深く突っ込まずに話を切り上げてくれた。

 その後の無遠慮な注文でプラマイ/zeroだが。

 

「なら戻ってくればいいじゃない。怪我なんてとっくに治ってるんだし、そうすれば正真正銘四六時中桜の事見てられるでしょ。うん、それがいいよ!ほれほれ、丁度此処に生徒会長様がいらっしゃるんだしさぁ、さっさと入部届け出せほら出せ」

「やめんか!」

「はは、何時も通りなのは美綴もじゃないか」

 

 心配しなくても、弓道部とか関係無く桜の事は確り守るつもりだ。

 喩えこの先、どんなに激しい闘いが待っていようとも。

 

 

 

「おーい衛宮君、間桐さんが呼んでるよ」

「へ?」

 

 クラスメイトに呼ばれ振り向くと、教室の中に入るか入らないかという絶妙に控えめな位置に桜が佇んでいた。

 俺と視線が合うと小首を傾げて微笑んでくれる。

 

「おお?噂をすればってやつか?」

「ほれ、行ってやれ衛宮。幸いまだ弁当は広げていまい」

「ああ、間が合って良かった」

 

 俺は弁当の袋を片手にぶら下げて桜の下へ向かう。

 見ると桜も弁当を持って来ている、何時も通りお昼の誘いに来たというところだろう。

 聖杯戦争なんていうとんでもない厄介事に巻き込まれてしまったが、美綴にしろ俺にしろ桜にしろ、何時もと何も変わらない。

 何時もと変わらない日常を送れているという事が、こんなにも愛おしい。

 

 

「こんにちは先輩」

「ああ、桜。昼の誘いか?」

「はい、今日も良いお天気ですし、屋上でどうですか?」

「おう、いいと思うぞ。遠坂も誘うか」

 

 

 ───この時の俺はどうしようもなく馬鹿だった。

 何時もと何一つ変わらない日常、ある意味で麻薬にも似た中毒性の心地好さ、それにヤラレた頭はどこまでも能天気だった。

 

「──いえ。先輩、聞いてないんですか?今日姉さん、学校を休んでます」

「──え?」

「兄さんも、今日は学校に来てないみたいですね」

「あ、ああ…でも慎二が学校をサボるのはよくある事だろ?」

「…そうですね……そうだと、いいんですけど」

 

 どこか不安そうに俯く桜。

 そんな桜の様子に、俺も焦燥に似た何かに追い立てられている気分になる。

 

 日常が、皹割れていくような───

 

 

「──先輩、今屋上に人払いの魔術を施しています。そこで、確りと話しましょう」

「…あぁ」

 

 顔を上げた桜が耳元でそう囁いてきた。

 

 

 

 戦禍は、既に俺達の(よりどころ)に染み込んでいる。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

「姉さんと同盟を結ぼうと思うんです」

 

 

 高校と呼ばれる、現代の教育機関の一つに類する建造物。

 その屋外で始まった聖杯戦争に関する話し合いは、我がマスターである桜の決意に満ちた一言で幕を開けた。

 桜の言葉はある程度予想されていたものなのか、キャスターのマスターはそれを聞いても大して表情を変えなかった。

 だが事前情報の無い私には何の事だか解らない、霊体化を()()解いて桜に疑問を投げ掛ける。

 

「サクラ、姉さんとは誰を指すのでしょう。というか桜には姉が居たのですか?」

「うん、居るよ。遠坂凛姉さん、私が世界で一番尊敬してる人。今はちょっとした事情で名字も住む所も違うけど、それでも私のお姉ちゃんなの」

 

 

 私の質問に対して返ってきたのは、とびっきりの笑顔だった。

 図らずも鼻血が出そうになりました。

 質問に答えるだけでこんなにも喜色満面になるとは…余程そのリンという姉の事が大好きなのでしょう。

 

 妹、か……やはり私と桜は、意外と共通点が多いようだ。

 

「そっか…遠坂も魔術師だったんだな」

 

 ふと、どこか上の空といった様子でキャスターのマスター…ああもう、いちいち面倒ですね、これからは坊やと呼称しましょう。

 坊やはそうポツリと呟いた。

 

「なぁ桜。桜が養子に行った理由って、やっぱり魔術に関する事情だったのか?」

「はい、実はそうなんです。本来魔術師の家系は一子相伝なので、子供が二人以上産まれた場合、片方は魔術と関わらず一般人として育てられるのが普通なんです。でも私達のお父様は両方を魔術師として育てたかった様で…そこで長年盟約を結んできた間桐の家に、私は養子として出されたんです」

「サクラは、元々は間桐の家の産まれではなかったのですね」

 

 私の、誰に向けたわけでもない呟きにも桜は丁寧に首肯で応えてくれた。

 少々の驚きと呆れを感じる。

 有り得なくはないが切っ掛けやヒント無しでは考えもしない事実、世の中にはそんなものありふれているが、それでも意外なものは意外だ。

 相も変わらぬ魔術師の愚行に、私の魔物としての厭悪(えんお)が鎌首を擡げるが、理性を以てその感情を押さえ付ける。

 心の底から慕う家族と引き離されて尚、陰る事のない美しきその人間性。

 桜のこれまでの人生を一切関知しない私が、外野から身勝手に憤りを撒き散らす等、桜に対する侮辱以外の何物でもないのだから。

 

 

「だ、大丈夫ですよ先輩。確かに戸籍の上では家族じゃなくなって、同じ家に住む事も出来なくなっちゃいましたけど、全然歩いて会いに行ける距離でしたし、間桐の家の人も好い人ばかりでしたから。私、寂しいなんて思った事全然ありませんでしたよ?」

 

 突然桜が坊やを宥め始めたので何事かと思って見たが、どうやら坊やも私とほぼ同じ事を考えていたのでしょう、その表情からは憤りや憐れみといったものがありありと感じ取れた。

 折角私が抑えたのに貴方がそんなあからさまでは意味が無いでしょうが。

 己の気遣いを台無しにされた事に対する若干の当て付けを込めて、少々キツめに坊やへと突っ込む。

 

「他人の貴方が当の本人に気遣われてどうするのですか。容易く内心を読まれるのは未熟な証拠ですよ」

「む…悪かったな、あんたと違って顔を隠す手段の無い俺には難しかったよ」

 

 あ、カチンときました。

 それを言ったら戦争なんですよ。

 

「好き好んでこんな野暮ったいモノ着けてる訳じゃないんですよ。お望みとあらば今すぐ外して差し上げますが?」

「わわ、ちょ、駄目よライダー!先輩只でさえ昨日石化しかけたんだから。これ以上影響受けるのは不味いわ!」

 

 私の言葉に身振り手振りで過剰に反応する桜。

 可愛い。

 全く、ほんの冗談だというのに素直なんですから。

 いや、というよりは坊やを心配するが故の慌てようでしょうか。

 妬ましいですね、絆されかけた心がまた少し(すさ)む。

 

「マスターに止められては仕方ありません。精々サクラに感謝してくださいよ坊や」

「誰が坊やだ!大体あんたに言われなくても桜には日々感謝しっぱなしだよ」

 

 …ふむ、桜がこの坊やに懸想している理由が少し解った気がしますね。

 なるほど、こうも素直にストレートな気持ちをぶつけられてはときめくのも致し方無しでしょう。

 まあそれと同時に弄り返してやりたくもなるのですが。

 

「っていうか…その…養子の事だけじゃなくてさ…」

 

 ?

 再び俯いて歯切れ悪く言葉を紡ぐ坊や、誰も口を挟まず待つ姿勢になる。

 少しして意を決したのか坊やは桜に向き直った。

 

「さっきみたいな言い方するって事は、遠坂もマスターなんだよな」

「はい」

「っ、桜は、それでいいのか?要するに、この聖杯戦争では、姉妹同士で殺し合わなきゃいけないって事じゃないか!」

 

 姉妹同士で殺し合う。

 その言葉に、少なからず私の中で揺れ動くものがあった。

 私の場合は一方的な虐殺だったのだけれど。

 

「あ~…まぁ、ルール上はそういう関係になりますよね。でも昨夜話した通り、最低限の勝利条件はサーヴァントを倒す事ですから。私は姉さんを殺す気なんて微塵もありませんよ先輩」

「それでもサーヴァントの方が暴走して殺しに来るかもしれないだろ?ライダーはそんな事しないと思うけど…遠坂の召喚したサーヴァントが碌でもない奴だったら不味いじゃないか!」

「…もしそうなったとしても、たぶん私は後悔しませんから」

「は?」

「──姉さんになら私、殺されてもいいかな~なんて」

 

 

 この発言には流石に私も面食らった。

 困った様に笑う桜の顔の輪郭が、急激にぶれたような錯覚に陥る。

 愛するものに殺される事を、字面だけなら美談に見えるが、実際には後悔と絶望に押し流され己の全てを見失う羽目になるそれを。

 分かっているのですか桜、その意味を。

 

「あ、いや!勿論好き好んで殺されたいって訳じゃないですよ!?ただ、なんでしょう…養子に出された私が、只一つハッキリと、姉さんと繋がっていると感じられるものが、魔術だったんです。私が頑張れば頑張る程、努力すれば努力する程、姉さんもきっとそれ以上に頑張って努力しているんだって。直接目には見えないけど、私には分かるんです。それはきっと、姉さんも同じで…魔術に向き合っている時、私達はお互いに通じ合えているんです」

 

 目を閉じて、穏やかにゆっくりと言葉を紡ぐ桜。

 誰も口を挟まない。

 

「だから、自分から進んで殺されたいなんて毛頭思ってませんけど、寧ろこれからもずっと姉さんと一緒に居たいと思ってます。けど、もしこの聖杯戦争で命を落とすなら、その相手は姉さんがいいってだけです。あの人ならきっと、最後の瞬間まで私の事を見てくれるから。私の死すらも糧に変えて、生涯歩み続けてくれると信じてますから」

 

 

 

 その独白には、万感の想いが込められている、ように感じた。

 お互いに愛し合っていると確信しているからこその、覚悟。

 最後まで目を逸らさずにいてくれる筈だという、姉への全幅の信頼。

 

 ───最期の瞬間には、己の姉妹達すら補食対象としてしか見えていなかった私には耳の痛い話だ。

 

 この少女の聖杯戦争へと懸ける()()は、決して軽くはない。

 ですが、こう…なんでしょう、ちょっとあれな…具体的に例えるならギリシャの女神達の様な雰囲気が──

 

 

「…ひ、引きましたか先輩?」

「……………イヤ、ソンナコトナイゾ」

 

 おずおずと尋ねる桜に、坊やはたっぷり間を空けた後片言で答えた。

 だから反応が正直過ぎますって、そんなんじゃ本音が駄々漏れですよ。

 

「アハハ…気を使ってくれなくても大丈夫ですよ。正直自分で喋ってて『うわ、私重過ぎ』って思っちゃいましたから」

 

 ハハハと乾いた笑いを垂れ流すマスター二人。

 先程から一言も喋らず霊体化も解かないキャスターが若干困惑している気配を感じる。

 今朝の件といい、どうやら私とキャスターは性質が似ているらしい。

 

「と、兎に角話を元に戻しましょう。その遠坂という人と同盟を結ぶという話でしたよね?」

「そ、そうですそうです!早く話し合わないと昼休み終わっちゃいます!」

 

 キャスターの助け船にすかさず桜が乗っかる。

 

「今私達二組が同盟を結んでいる理由は、主に三つです。一つは単純に私と先輩、マスター同士が顔見知りだから。二つ目はマスター殺しをしたくないという先輩の望みを叶える為。そして三つ目、これが一番重要ですが、対ヘラクレスさんの為の戦力を保持する為です」

 

 桜が指を三本立てて一つ一つ確認していく。

 それぞれ異論は無いようで、頷く等小さな反応を示すのみ、それを認めた桜は話を続ける。

 

「ですが、正直今の戦力だけではヘラクレスさんには敵いません。実際、昨夜も殺される寸前でしたし…」

 

 昨夜の事を思い出したのだろう、桜の表情が苦いものになる。

 昨夜、アーチャーのマスター…確かイリヤスフィールと云ったか、あの娘が気紛れを起こさなければ間違いなく私達はリタイアしていただろう。

 キャスターに至っては魔力不足で放っておいても消える状態にあったが。

 

「なので、戦力をもう一組増強したいと思うんです。姉さんなら裏切られる心配も無いですし、ヘラクレスさんの事を伝えて理由を確り説明すれば必ず協力してくれる筈です。組み合わせとしても、高い白兵戦能力で前衛をこなせるセイバー、機動力を活かして遊撃出来るライダー、後方支援に長けたキャスターさんでバッチリです!これなら最低でも()()()()()()筈で──」

「ちょっと待ってくださいサクラ」

 

 今の話の中に無視出来ない情報があった。

 

「何故姉が召喚したのがセイバーだと判るのですか?まさか本人から教えて貰った訳でもなし」

 

 そう、桜があまりにも自然体で話を進めるので一瞬疑問に思えなかったが、何故会った事のない相手のクラスがセイバーという前提で話を進めているのか。

 これは戦争での生き残りを懸けた重要な話し合いだ、もし桜が憶測で話を進めているのならサーヴァントとしてキッチリ釘を指さねばならない──

 

「セイバーですよ」

「…?だから何故──」

「姉さんがセイバー以外を喚ぶ筈ありませんから」

 

 

 確信に満ちた声だった。

 ある意味狂信的とも云える断言だった。

 剣士のサーヴァント(セイバー)は『最優』と呼ばれるクラスである。

 自分の姉がその最優を引き当てられない筈がないと、理屈もへったくれもない、まるで子供の思い込みの様な言い分だ。

 だけれど、桜のその真っ直ぐな瞳が、無条件で此方にそれが事実なんだと信じ込ませてきた。

 

 

「…なるほど、分かりました。確かにその組み合わせなら相当に相性が良いでしょう。単純に参加人数の約半分が一つの勢力になれば脅威はグッと減るでしょうし」

「それに桜さんがここまで言うんですから、きっとその遠坂さんはよっぽど信用出来る人なのでしょう。そういう人と組めるのなら願ったり叶ったりなんじゃないですかマスター?」

「ああ、そうだな。遠坂の事は俺も桜を通じてある程度知ってるから。きっとあいつなら背中を預けても大丈夫だと思う」

 

 三人が三人とも桜の意見に肯定的だった。

 それに面食らったのは当の桜本人のようです。

 

「え…あの、提案した私が言うのもなんですけど、反対意見とかは…?」

「ありませんね」

「ええ、特に否定すべき点もありませんし」

「セイバー云々の部分は…?」

「桜さんが断言するのならそうなんでしょう」

「右に同じく」

 

 私達の全面的な肯定姿勢に桜は首を傾げて「あれー?」と呟いている。

 可愛い。

 話が手っ取り早く纏まったんですから喜ぶべき事だと思いますがね。

 

「私としてはもっと意見を交換し合って深く綿密に作戦を立てていくものだと思ったんですけど…え~…こんな簡単に決まっちゃっていい、のかな?」

「桜さんは、自分の考えに自信が持てないのですか?」

 

 キャスターが桜に一歩近付く。

 無意識の内に脚に力が入る。

 未だキャスターの事を全面的に信用していない私としては、その一挙手一投足に必要以上に警戒をする他ない。

 

「い、いえ、そんな事は…」

「大丈夫ですよ」

「っ!ぅわ…」

「なっ」

 

 

 キャスターが桜を抱き締めた。

 思わずその後頭部に向けて投擲しそうになった短剣をギリギリのところで下ろす。

 キャスターは我が子を慈しむ様に桜の頭を撫でながら、その豊満な胸に桜の顔を収めて語り出す。

 

「努力、してきたのでしょう?お姉さんと同じ所を目指して、頑張ってきたのでしょう?だったら、大丈夫ですよ。貴女がお姉さんの事を、本当に大好きだって、よく分かります。貴女のお姉さんは、こんな序盤で致命的なミスを犯す様な頼り無い人なんですか?」

「そんな!そんな事ないです!」

「でしょう?なら、そんなお姉さんを目指してきた貴女が、失敗する筈がありません。まだまだ自分を信じられないというのなら、周りの人を、自身の家族を想って頑張りましょう」

 

 優しく、優しく、只管(ひたすら)優しくキャスターは桜を肯定する。

 全身全霊を以て慈しみを溢れさせる、その白い姿は僅かに神性すら内包している様に見える。

 無論錯覚なのですが。

 

「実際桜さんの提案は理に適った、至極全うで妥当な策です。簡単に決まっちゃった事が不安なのでしょうけど、何も間違ってないんですから。心配する事ないですよ。慎重に行きたいのは分かりますけど、一つの事柄に思考を雁字搦めにされては状況に付いていけなくなっちゃいますよ」

「はい…はい」

「よし。ではそういう事で、よろしいですか皆さん」

 

 桜に代わってキャスターがそう締め括る。

 坊やと私は(おもむろ)に頷いた。

 というか何時まで桜を抱き締めているんですか貴女。

 

 そんなこんなで聖杯戦争会議はまさかの休み時間半分以内で終了、残りの時間は昼食となった。

 桜と坊やがまた糖分過多空間を展開したのでおかずを横から強奪する等して妨害に奔走しました。

 桜の姉を訪ねるのは、あの大河という女性に夕飯を与えて家に帰した後という事になった。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ───そう。

 相手の為だ、なんていうのは只の言い訳だ。

 結局、自分にとって都合の良い方へ周りを誘導しているだけ、その罪悪感を見て見ぬ振りをする為の免罪符が欲しいだけ。

 

 私は沢山の嘘を吐いている。

 これはいけない事だ。

 許されない行為だ。

 自分自身に突き刺さねばならない咎だ。

 決して逃げる事も、目を逸らす事すらも許されない。

 許されるのは耐える事だけ。

 間桐の名を背負う者────その宿命を違える事(なか)れ。




ちなみにワカメは麻婆に拉致られた模様。


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幕間 その頃のお姉ちゃん・リターンズ

新年初投稿(遅すぎ)


今回は桜ちゃんと士郎君達がアチャクレスとやり合ってる時の凛ちゃん視点。

なんて真っ当な聖杯戦争なんだ…!


「この大判焼きというのは中々に美味ですね」

「…うん、まぁそれには同意するけど」

 

 午後8時頃、辺りもすっかり暗くなった時間帯。

 私とセイバーは未だ人通りの多い商店街から抜け出し、江戸前屋で購入した大判焼きをパクつきながら路地を歩いていた。

 

「にしても彼の名にし負う騎士王様がこんな健啖家だったなんてね」

「『食』とは(すなわ)ち『体』です。強靭な肉体を維持し続けるのは国を守る騎士の義務です」

 

 いや、絶対にそれだけじゃないでしょ。

 そう思うも口には出さないでおく。

 知り合ってまだ一日あまりのパートナーとの仲を険悪にしたくはない。

 

 今朝、学校に行こうとしたところをセイバーに咎められ、ならば霊体化して付いてきて貰おうと思ったらまさかの霊体化出来ません宣言。

 流石に真っ昼間から人口密集地の学校で仕掛けてくる様な馬鹿は居ないと思う…というかそれ以前に学校内に居る魔術師は私と()の二人だけだ、そこまで警戒する必要は無いだろう。

 それでも何が起こるのか分からないのが戦争というものだ、護衛を付けずに単独行動するというのもそれはそれで不味いだろう。

 という事で本日は自主休学、ついでとばかりにセイバーに冬木市の土地勘を掴んで貰う為のデートを敢行。

 (いず)れやらねばならない作業なんだし、今後の隠密行動については追々考えるという事にして、今日一日はのんびり過ごさせて貰った。

 どうせ戦争が本格的に始まったらこんな風にリラックス出来る機会も早々無いんだし、これは戦争中100%のパフォーマンスを行う為の慰安なのだ。

 

 怠惰?慢心?うっかり?

 違うわ、これは優雅さから来る余裕というやつよ。

 

 そんなこんなで冬木市中を周っていたのだが、

 

 

『凛、何やら香ばしい臭いがしますが…』

『え?ああ、あれはお好み焼きって言って…ってちょっと!セイバー待って待って!』

 

『そろそろお昼ね。セイバー、昼食はハンバーガーショップとかで良い?』

『雑な料理は好みではありません』

『……まぁ別にいいけど』

 

『凛、次はあのボリュームたっぷりな…』

『ウン、ウン…何でもいいわ。お好きにドウゾ』

 

 

 これである。

 デートと云うより殆ど食べ歩きみたいになってしまっていた、食べてたのはセイバーばっかりだったけど。

 一体この小さな体躯の何処にそんな収納スペースがあるんだか。

 

 とは云え私はセイバーに節制させる気は今のところ無い。

 ブリテンもといイギリスは世界一飯マズの国として有名だが、セイバーのこの食に対する拘りもとい執念から察するに、当時の食事事情は相当にアレだった様だ。

 だったらせめてこうして現世に居られる僅かな期間だけでも思う存分美食を楽しんで欲しい。

 幸い我が家の蓄えはこの程度の贅沢で底を尽く程しょっぱいものではない。

 サーヴァント、使い魔という括りに入る存在とは云え、セイバーは自身の意志を持った大事なパートナーなのだ。

 心ゆくまで今を満喫して欲しい。

 

 

「にしても、今日一日こうして街中ブラついてたっていうのに、誰も仕掛けて来なかったわね」

「やはり昼間の内は各々自重しているという事でしょうか」

「或いはセイバー、貴女の事が恐くて仕掛けようにも仕掛けられないのかもね」

 

 ちょっと茶化した感じでそう話し掛けてみる。

 実際セイバーは最優の名に恥じない圧倒的なスペックを誇っている。

 それを肌で感じた敵がすごすご退散していった、というのは割りと有り得そうなシチュエーションだ。

 しかし私の言葉を聞いたセイバーは仏頂面になってこっちに視線を投げてきた。

 

「凛、確かに私は…数多の命を斬り捨ててきた人殺しです。国を護る騎士とは言ってもそこは変わらない。ですがその様な言い方は…少々傷付きます」

「へ?いやそういう意味じゃなくて…」

「そもそもこの聖杯戦争の相手は皆かつて戦場を駆け回った一騎当千の英雄達です。その様な者達が臆病風に吹かれるなど…」

「だぁぁーーーもうっ!!だからそういうんじゃないってば!」

 

 このままセイバーに喋らせ続けるとドツボに嵌まる、そう察した私は大声で強制的にセイバーの話を遮った。

 セイバーは目を白黒させて驚いているが取り敢えず今は言いたい事を言わせて貰う。

 

「別に貴女の事を貶してるんじゃなくて…単純に、貴女が頼もしいって言ってるのよ。貴女が一緒に居てくれれば何も恐くないわよ私」

 

 そう言って隣を歩く小さな王様に笑いかけてやった。

 何となくだが、セイバーは自責の念が強いというか、周囲の悪事が自分に原因があると思い込む傾向にあるように感じる。

 栄光と滅び、あのアーサー王の逸話から考えるにそういう性格になっても仕方無い気はするけれど。

 そんな自分を責める姿勢が、妹と重なって放っておけないんだ。

 

「…ありがとうございます、凛」

 

 きょとんとした顔から一転、セイバーは柔らかな微笑みを(たずさ)えてくれた。

 

「不思議です。私も、貴女と共に居るだけで何も恐れる必要がなくなる…そう思えてしまいます」

「な、ちょっ、そ、そういう歯の浮くような台詞、あんまり正面切って言わないで欲しいんだけど」

「先に言ったのは凛ではありませんか」

 

 そうだけど。

 それでもセイバーみたいな綺麗な女の子に至近距離で微笑まれながらそんな事を囁かれたら…色々と強烈過ぎるじゃない。

 うわ、もう、何なのかしらこれ、私は男子中学生かっつーの。

 一応()()()の気は自分には無い筈なのだけれど。

 

「と、兎に角、今回の聖杯戦争に参加してる連中は、慎重な奴か、臆病な奴か、それとも真っ当な魔術師か、このどれかって事ね。相手方の気質が分かっただけ、今日のデートも無駄じゃなかったって…」

「凛」

 

 不意に、セイバーの力強い声で体が硬直した。

 私を庇う様に前に立ち、伸ばした腕で私の進行方向を塞ぐ。

 その単純な動作だけで、目の前に分厚い壁が立ち塞がった様な、そんな圧力(プレッシャー)を錯覚する。

 

「…来たの?」

「ええ。まだ目視出来る距離には居ませんが…この気配は、明らかに誘っています」

「へぇ、そう…意外と度胸のある奴も居るじゃない」

 

 自然と口角が吊り上がっていた。

 どうやら敵サーヴァントの気配を察知したらしい。

 それも奇襲、強襲、騙し討ちの類いではなく、堂々と『自分は此処に居るぞ』と喧伝しているときた。

 幸先が良いとはこの事ね。

 負けるかもなんて事は欠片も考えない。

 私のセイバーが負けるもんか。

 

「いいわ、乗ってやりましょうセイバー。正々堂々挑んでくるんだもの、こっちもそれ相応の態度を示してやりましょう」

「ええ。元より騎士が挑まれて背を向ける等有り得ない。行きましょう凛」

 

 既に魔力で鎧とバトルドレスを編み、戦闘態勢を完了しているセイバー。

 全く以て頼もしい限りだ。

 私も気合いを入れ直すと少し早足でセイバーの隣に並び立った。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 セイバーに誘導されるまま歩く事10分程、辿り着いたのはなんと、本日自主休学もといサボタージュを行った我が母校、穂群原学園。

 

「うわぁ、よりにもよって此処か~」

 

 確かに広大な面積を有し、目立った遮蔽物、障害物が無い学校の校庭なら超人達の闘争に持って来いの場所だが…慣れ親しんだ学舎でこれからドンパチを行うという事にちょっぴり、ほんのちょっぴりだが気後れする。

 出来れば校舎の方に被害が及ばない様に気を付けよう。

 まぁ被害が出たところで対処するのはあのクソ神父なんだけれど。

 

 

「────よぉ」

 

 

 ヒュンヒュンと。

 軽い気色の呼び掛けと、これまた軽い風切り音が校庭の中央付近から聞こえてくる。

 目を凝らすまでもない、無視しようにも出来ない圧倒的な覇の存在感を撒き散らす男がそこには居た。

 

 挨拶代わりのジェスチャーと云わんばかりに片腕で深紅の槍を弄ぶ、蒼い男。

 その隣には、男とは真逆の紅い短髪を持つスーツ姿の…女性だ。

 一瞬判断に迷ったが顔立ちは紛れもなく麗人のそれである。

 

「物は試しと誘ってみたが、まさか初っ端から大当たりを引けるとはな。清廉さの中で霞むこと無く滾る豪気…セイバーか」

「そういう貴殿も判りやすいな。隠す気も無いその獣性と魔槍…ランサー(最速のサーヴァント)と見受ける」

 

 自然体な会話。

 セイバーは真剣な顔付きで。

 男、ランサーはへらへらと心底愉快だとでも云いたげな顔で。

 でも大気が孕むピリピリとした緊張感は微塵も緩まない。

 お互いに相手が一切の油断無く自分を見定めていると分かっているから。

 自然と此方の体も引き締まる、丁度良い具合の心地好い雰囲気だ。

 

「くくっ、いやぁついてるついてる、ついてるぜ。こんなにも早く『最優』と()れるってんだからよ。おまけにマスターとサーヴァント、揃って気の強そうな女ときた。こりゃ幸運Eも返上かね。まぁ俺の好みたぁちと遠いが、これは嫌でもスイッチが入るってもんさね」

 

 凶悪な形相の中に少々の好色さを含んだ笑み、如何にも英雄らしいといった感じだ。

 女としてはその物言いに若干ムカつくものがあるが、ここで相手のペースに乗せられてはいけない。

 戦いは既に始まっている、始まった以上は呼吸の一つとて戦いの内だ。

 無言で流すか、同じ様な軽口で此方のペースに誘ってやるか。

 一瞬の逡巡、だが口を開いたのは私ではなかった。

 

 

「ランサー、真面目にしなさい。私語が過ぎますよ」

 

 ランサーのマスターだろう女性だ。

 眉を顰めながら自身の使い魔に忠言を飛ばすその表情は───嫉妬?だろうか?───些か不機嫌なものだった。

 心なしかポキポキと骨の鳴る音が聞こえてくる。

 

「へいへい、ったく四六時中おかてぇこって」

「戦闘中です。真剣に臨むのは当然の事でしょう」

「なら問題ねぇな。事(いくさ)に関しちゃ手は抜かねぇよ俺は」

「その様な巫山戯た態度でどの口が言うのです」

「巫山戯てるから手を抜いてる、緩んでるから真面目じゃない…ってのはイコールにならねぇよ。戦士ってのは常在戦場だ。何時だって最大限の手前(テメー)を発揮出来る様に構えてるもんさ」

「っ……またそんな屁理屈を…それで敗れた時の弁明はどうするつもりですか」

「んなもんねぇよ。強けりゃ殺す(勝つ)、弱けりゃ死ぬ(負ける)、そんだけだ。後の事なんざ考えるのも面倒くせぇ」

「本当に…ああ言えばこう言う…」

「バゼット、そう堅くならずによ、気を抜ける時は抜いとくもんだぜ。戦に限らず余裕(余力)ってのは持てるだけ持っといた方がいいもんだ」

「…余計なお世話です。自己の配分は常に心掛けていますので」

「それにそんな顰めっ面じゃ良い男も捕まえらんねぇぞ」

「それは本当に余計なお世話ですっ!!!!」

「はは、そうだな。オメーの場合はその腕力で無理矢理捕まえちまえばいい話…」

 

 ドゴンッ。

 殴った。

 マスターの方がサーヴァントを殴った。

 凄まじく速い突きだったわね、辛うじて見えたけど。

 あの女の人、相当な手練れだわ。

 真っ正面から殴り合うのはヤバイかもしれない。

 だってドゴンッよ、ドゴンッ。

 ボコッとか、ガスッじゃなくて、ドゴンッ。

 めっちゃ恐い、まともに喰らったら肉が潰れるどころか貫通するんじゃないかしら。

 

「気合いは入りましたか?」

「お、おう…バッチリだぜ」

「全く、戦闘前に余計な労力を強いないでください」

「へっ、少しは肩の力が抜けたみてーだな。後はもーちょい柔らかく笑えれば文句無しなんだが」

「…何を言ってるんですか全く」

 

 全く全くと、顔を紅くしながらぶつくさ言ってる女性とそれを見ながら快活に笑う近所の(あん)ちゃんみたいなサーヴァント。

 

 …随分と距離感が近いと云うか、仲睦まじい様子だ。

 兄妹、幼馴染み、父娘(おやこ)…そんな家族の様な関係にも見えるし、どこか恋人同士の様な浮いた酩酊(めいてい)の雰囲気も漂っている風にも見える。

 どちらにしろ見ていて気持ちのいいコンビだ。

 セイバーも僅かに口元が緩んでいる様に見える。

 

 でもこのままだとなぁなぁでお開きになっちゃいそうね、仕方が無いのでこっちから火蓋を切って落とす。

 

「ねぇ、そろそろ始めちゃってもいいのかしら」

「おう、待たせちまったみたいでワリぃな嬢ちゃん。だが別にこっちとしちゃあ何時でも仕掛けてくれて良かったんだぜ」

「ふーん?常在戦場とはよく言ったものね。でもあれだけ堂々としたお誘いを受けたんだもの、開始の合図が不意討ちじゃ格好つかないと思わない?」

「はっ、抜かしやがる。増々気に入ったぜ嬢ちゃん。オメーも中々にツキが回ってる様だなセイバー。良い主じゃねぇか」

「無論だ。心身共に、我がマスターを上回る傑物等そうは居まい。()()()を預け、また預けられた以上、勝利するのは我等だ」

「よく言った────ならば、示してみせろ」

 

 

 

 ギシリと。

 空気が変わる。

 

 いよいよ始まるんだ、私達の聖杯戦争が。

 

 

 

 

 

「─────っ!」

 

 激しい金属音。

 一瞬で数度瞬いた火花。

 

 視認なんて、出来る筈もなかった。

 

 刹那の内にセイバーを間合いに捉えたランサーが繰り出す神速の突き。

 頭、喉、心臓、肺、水月…その全てが急所を狙った必殺。

 先程の気安さは何処へ行ったのか、遊びなんて皆無の兇撃だ。

 セイバーは涼しい顔でその全てに対処してみせる。

 剣で打ち、払い、体を捻り、反らす。

 焦りは無く、早過ぎず遅過ぎず、最適なタイミングで確実に死を遠ざけ、生を手繰り寄せていた。

 

 辛うじて見えた槍の軌跡と、()()()()()を操るセイバーの腕の動きの残滓で、開幕の打ち合いが須臾(しゅゆ)と幕引かれた事を把握した。

 そして漸くそれだけ把握した間に、目の前で繰り広げられる戦闘は人智の及ばぬ領域へと遠ざかっていってしまった。

 最早どちらがどれだけの手を繰り出したのか、攻撃しているのか防御しているのか、攻めと受けの形勢すらも理解出来ない。

 文字通り()を越えてしまっている。

 

「これ、が…」

 

 サーヴァントの、戦い。

 驚嘆の念は言の葉になって知らず知らずの内に口から溢れ落ちてしまっていた。

 速過ぎる、激し過ぎる、凄過ぎる、そんな陳腐な感想しか思い浮かべられない自分が、酷くちっぽけな存在に思えて──。

 

「そうじゃないでしょ、ったく!」

 

 呑まれかけていた自分自身を、頬を叩く事で奮い立たせる。

 自惚れるな、サーヴァントという人外同士の戦いにおいて、自分が役立たずだなんて事はとっくに分かっていたんだ。

 役立たずなら役立たずなりに、戦況を確りと見据え、自分にも出来る事を探し、然るべき補助を行う。

 案山子(かかし)になっている暇は無い。

 自分はセイバーと共に戦っているんだから。

 

 

「────っ!……ぅぅるおぉあああっ!!!」

「───」

 

 展開が僅かに、だが確実に動く。

 唸る様に喉を鳴らし、烈火の気迫と共にランサーが得物の槍を縦一閃に振るう。

 これまで突きしか繰り出さなかったランサーの、半ばフェイント染みた斬撃。

 神速が基準の攻防、その刹那の隙に潜められた駆け引き、常人ではフェイントをかけられたという事にすら気付けない…いや、喩え達人であったとしても脳が辛うじて反応している間に猶予を使い果たし、命をかっ浚われるだろう。

 

 言うまでもなくセイバーはそれに対処してみせる。

 Aランクの直感スキルの恩恵か、はたまた生前培った戦闘経験のお陰か、初めからそこに槍の穂先が来る事が判っていたかの様に。

 水平に構えた剣で槍の一撃を受けると、(わざ)とそのまま()されて上半身を退()く様に捻り、だが両脚は一歩も譲らず前へと踏み込む。

 そうして相手の勢いを利用して独楽(こま)の如く回転した彼女はそのままの勢いで激烈の一刀をランサーに叩き込んだ。

 

「おうっ!?」

「つあっ!!」

 

 ギリギリのタイミングで胸と剣の間に自身の得物()を滑り込ませたランサーだが、斬撃の威力は半分も殺せなかったらしい、地面に足を着けたまま7~8メートル程の後退を余儀無くされた。

 

 訪れる静寂。

 最初の攻防は終わりを告げた様だ。

 お互いに武器を構えたまま距離を取って睨み合う。

 これで終わる筈がない。

 ハーフタイムだ、クールダウンではない、次こそはという必殺の意気を己の()で熟成させる為の僅かな一時。

 

「ちっ、ったくやりづれぇな。まさか見えない剣とはよ。(おの)が誇りを直隠(ひたかく)すなんざ騎士の風上にも置けねぇんじゃねえのか?あ?」

 

 気の弱い者ならその視線だけで殺せそうな程の鋭利さでランサーがセイバーを(なじ)る。

 勿論これくらいで怯む様な私のセイバーじゃない。

 

「戯れ言を。勝利の為に手を尽くす事を卑怯と申すかランサー。貴方程の戦士がこの程度の事も分からぬ筈があるまい」

「は、そうマジになるなよ、言ってみただけだ。しかしその口ぶりだと只単純に間合いの操作の為って訳じゃなさそうだな。()()()()()()()()()()()()()()()()ってとこか?」

 

 

 ランサーの指摘にセイバー()表情を変えなかった…が、やってしまった。

 図星を突かれた事で思わず眉根を寄せてしまった、そんな私の表情を見たランサーはしてやったりと口元を歪める。

 不覚だ、ほんとマジでこのうっかり癖は戦争中命取りになるわね、反省反省。

 

「正直な奴は好きだぜ。常に隠さなきゃならねえ程の宝剣に文句無しの実力…さぞ名のある剣士なんだろうな?何と無く目星は付くが……まぁ、今は意味の無い問答か」

「その通りだランサー。先程貴殿が言っていただろう。強ければ勝ち、弱ければ負ける。相手の正体を看破したところでこの道理は覆らない」

(ちげ)ぇねぇ。どっちにしろ此処で決着(ケリ)着けるんだ。名乗り合えない以上、心に留め置くものも一つのみってな」

「ああ、安心するがいい、名も知らぬ槍兵よ。貴殿の(わざ)、交わした武は我が心に留め置いておく」

「──ふっ、くくく、は、はははははははははははっ!!!いいねいいねぇ、上等だ!こんなにもスッキリした果たし合いは早々ねぇもんだ!」

 

 セイバーの切り返しがそんなに面白かったのか、完全に構えを解いて大笑するランサーに図らずも此方の気勢も削がれた。

 

 彼の槍に込められている殺意は本物だ。

 あの蒼い槍兵は本気で此方を殺そうとしている。

 だと云うのに、彼が向ける感情はこの上無く純粋な好意だった。

 お互いを証明し合う為の、認め合う為の闘争(交流)

 ()()()()の事の為に命のやり取りを用いるなんて、常人にとっては正気を疑う光景だろう。

 だが彼等は英雄だ。

 その生き様が確かな物質(宝具)として形になった、生涯己の誇りを貫き通した傑物。

 その全てを見せ合うには、生半可なやり取りでは到底足りない。

 要するに、この殺し合いは人類最高峰の自己紹介ってやつなんだ。

 

 ほんと、スケールがデカ過ぎてヤバイ。

 感心するばかりだ、その一挙手一投足に魅せられる。

 ランサーのマスターは自身のサーヴァントの呑気な有り様に顔を手で覆って項垂(うなだ)れているが。

 

「だが、世の中そう綺麗に物事を治められる程お行儀良く出来ちゃいねえもんだ。無粋な横入りが入る前に、チャッチャと後腐れ無くやろうや」

「つくづく同感だ。この心踊る一時、貴方との覇の競い合い、敬意すら払うべきと感じるそれを不意な邪魔立てで侮辱されては私は冷静で居られる自信がない」

「よせよ堅苦しい。そういうのは相棒で間に合ってるぜ。だが熱いのは嫌いじゃねぇ。男を酔わせるのは酒に女に喧嘩ってな、何時だって熱いそいつらが何よりの(いろど)りよ」

「いやどこの江戸っ子よ」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 あのランサー、物言いも雰囲気も現代に馴染みすぎな感がある。

 

 私の突っ込みに、ランサーが僅かに頬を吊り上げた以外は誰も反応を示さず、やがてどちらからという事も無く二人のサーヴァントは再びぶつかり合った。

 

「ずあらあああっ!!」

「っ!ぅなあああっ!」

 

 二騎が吼え立て、世界が啼き喚く。

 先程よりも確実に一段階上の激しさでぶつかり合う二人、その怒涛の圧に、まるで時空(世界)そのものが二人から距離を取って逃げようとしているかの如く鳴動する。

 ランサーの突きをセイバーが払い、空気が荒れ狂う。

 セイバーの斬撃をランサーが受け止め、地面が陥没する。

 攻防の一つ一つが行われるごとに凄まじい質量の砂塵が巻き上げられるのだ、最早目に強化の魔術を施しても二人のやり取りを拝む事すら叶わない。

 

「わぷっ、二人共やり過ぎでしょ…」

 

 二人からかなり距離を離しているというのに、此方にまで僅かに砂塵が漂ってきている。

 煙たさを少しでも和らげたくて数歩後退った。

 

 ───その数歩の後退が、命の分かれ目だった。

 

 

 

「っ!」

 

 

 何かが砂塵を突き破って猛進してくる。

 いや、何かじゃない、強化を施した私の視力はハッキリとそれの正体を捉えていた。

 ランサーのマスターだ。

 さっきまで私と同じ様に自身の相棒の戦いを傍観していた筈なのに。

 砂塵で視界が絶たれ、主従が離れ離れになったのを好機と見たか。

 思考と平行して私は自身の魂に刻まれた神秘を起動する。

 

 

es ist Fließen , Mein Blut(流動せよ、我が血潮)!」

 

 

 遠坂の魔術特性は『転換』と『流動』、万物の変化を司るものだ。

 自身の肉体──筋肉、神経、血液等を流動させ風の如き速さで迫り来る拳を回避。

 

「ぐっ!」

「っ」

 

 ほんっとーにギリッギリの回避だった、この女一体どんな身体能力してんのよ!

 そう内心で悪態を吐くも相手は待ってくれない、僅かに驚いたのかほんの少し目を見開くが直ぐ様体を捻る様に逆の手で拳を繰り出してくる。

 やっぱり速い、が、速さだけなら今の私も似た様なものだ、軌道を見切って冷静に回避、カウンターのガンドをくれてやる。

 

 女は当たり前の様にその十数発の呪詛を両の拳で弾き落とした。

 魔術による身体強化も勿論あるだろうが…動きが完全に素人のそれではない。

 魔術師は『神秘を探求する学者』であって『戦闘者』ではない、だと云うのに確かな軸を持った体幹、それを保持して風の如く駆ける脚力、一撃で人を絶命させうる威力の正拳、それを迷い無く人に向ける殺しへの躊躇の無さ。

 この女、明らかに()()()が本分の魔術師だ。

 

 思わず生唾を飲み込んでしまう…が、ビビってる場合ではない。

 戦闘に特化したマスターとの一騎討ちなんて充分に想定の範囲内だ。

 セイバーに頼るまでもない、返り討ちにしてやる。

 

 

「少々驚きました。その年齢で、確りと不意の状況に対処出来るとは。いえ、寧ろ若いからこそ動けたのでしょうか」

「ふんっ、そういうあんたは随分と余裕の無い真似するじゃない。名乗りも挙げずに猪みたいに突っ込んで来るなんて」

「流儀に酔って成果を捨てる等というのは三流のする事です。()れると思った時には既に行動を終えていなければ」

 

 うん、やっぱりプロっぽいわこの人。

 言動に遊びが一切無い、今こうして対峙している最中も構えを崩す事はない。

 初っ端からこれか、ついてないと嘆けばいいのか、それとも序盤で貴重な経験を積める事に喜べばいいのか。

 まぁそれはそれとして。

 

「遠坂凛。遠坂家の当主を務めているわ。よろしく」

「……バゼット・フラガ・マクレミッツ。封印指定の執行者です」

「……………」

 

 

 喚き散らさなかった自分自身を褒めてあげたい気分だ。

 軽く探りを入れた自己紹介をしたらとんでもない情報がポロリと転がり出てきた。

 そりゃ強い筈だわ、奇跡の技術を秘めた封印指定の魔術師、そいつらを()()する役目を担った完全無欠の戦闘者、それが執行者だ。

 ほんとに、ほんっと~~~~にヤバイ相手を初っ端から引いてしまった。

 

 嗚呼、ごめんね桜、ひょっとしたら私死ぬかも。

 私的ベストシチュエーションは貴女の膝下で看取られながら逝く事だったのだけど。

 クソッ、こんなところで訳分かんないゴリラ女に殴り殺されて堪るもんですか、私はまだまだ妹を愛で足りないんだ。

 

 覚悟完了、コートのポケットから宝石を数個取り出して構える。

 見てなさいよ、遠坂を継ぐ者の底力、たっぷり教えてやるんだから。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 ─────いける。

 ここまでこなしてきた攻防で私はそれを確信する。

 

「どうしたランサー!足が止まっているぞ!」

「チィッ!」

 

 全サーヴァント中、最速の機動力を有するランサーのクラス、その長所を潰す様に休む暇無く剣撃を打ち込む。

 ()()()ならまだしも今の私は膂力も瞬発力もこの男より上だ、暴力的な性能差に物を言わせ一気に押し込んで行動の起点を潰していく。

 

 この男はかなりの使い手だ。

 生前、私が率いた円卓の騎士達の中にもこれ程の槍の使い手が居たかどうか、という程の域、戦闘技術では私と拮抗しているだろう。

 だがスペック(出力)の差が目に見えて開いているのだ。

 これがマスターの差なのか、それとも英雄としての格の差なのかは分からない…いや、恐らくどちらでもないだろう。

 これまでの手応えからして、私とランサーのステータスに殆ど差は無いと見ている。

 そのほぼ同等のステータスを歴然とした格差のあるものにしている原因は、私の保有する魔力放出のスキルだ。

 自らの魔力をブースターとする事で攻撃、防御、機動の全ての出力を上昇させる事が出来る実用性、応用性共に高い便利な能力。

 所詮は女の身に過ぎない私の身体能力を爆発的に高めてくれる強大な魔力炉、竜の心臓。

 それに加えて更に出力を瞬間的に底上げ出来る魔力放出、この二つが私を常勝の騎士王足らしめている重要な要素の一つだ。

 

 技術(わざ)が互角でも性能(ちから)で優っていれば攻守が一方的になるのは自明の理である。

 その証拠にランサーは私の攻勢を凌ぐ為、ほぼ脚を止めて守勢に入らざるを得なくなっている。

 動きを止めた槍兵等、牙をもがれた獣に等しい。

 だが同時に追い詰められた獣程恐い相手も居ない、手痛い反撃を受ける前に仕留めに掛かる───!

 

 

「──いや、そりゃちょっと気が早いぜセイバー」

「っ!?」

 

 突如目の前で爆炎が吹き上がり、私は咄嗟に前進を止めた。

 何だ?何か魔術を仕込んだ様子はない、そもそも仕込む余裕等持たせなかった筈───

 

(待て、()()()()()()?)

 

 自身の直感に従って目の前の地面を注視する。

 そこには何らかの記号か文字か、淡く光る線が描かれ、そこから炎が立ち上がっていた。

 先程の攻防の最中、槍で地面をなぞって仕込んだという事か。

 己の不明に歯噛みする、何が互角だ、ランサーは私よりよっぽど芸達者ではないか。

 

「あーあ、本音を言うと真剣勝負の最中にこういう小細工は使いたくなかったんだが…主が健在だってのに従者が早々にくたばっちまう訳にはいかねえよな?」

 

 少々距離を離して炎の影からランサーがひょっこりと顔を出した。

 不意を突こうと思えば突けただろうに、遠方で魔術戦を繰り広げるマスター二人を一瞥しながら槍を肩に担ぐその姿勢に先程の様な鬼気は無い。

 

「…随分と萎えてしまっているな。小細工とやらを使わされたのが余程不服か?」

「ああ、ああ、ワリィな。お前さんのせいじゃねえよ。いや、寧ろ最高だぜお前、さっきも言ったがよ。そんなお前さんに付き合い切れない手前(テメー)の不甲斐なさが、どうしようもなくムカつくぜ」

 

 敵ではなく己に向けられた憤り。

 その自らを律する誇り高い在り方に何度目か分からない敬意を抱く。

 だが感心してばかりもいられない。

 これは聖杯を、祖国を救うという悲願を掴む為の聖戦なのだ。

 怒りで刃が鈍っている今こそ好機と見るべきだろう。

 彼の様な戦士に対して、明らかに誠実さを欠いた思考だが、敢えてその葛藤は無視する。

 

「己に向かうのも構わないが、ランサー、私がそれに付き合う道理は無いと承知の上だろうな」

「ハッ、態々念押ししてくれるたぁね、やっぱりお前さん相応に位高い騎士だな。心配しなくともさっきも言ったろ、戦士は常在戦場だってな。私情で機を見誤る様な不心得は為さん」

「そうか、ならば此方も後に引かれるものは無い。次こそはその首級を貰い受ける」

「───ク、言った筈だぜセイバー。機は見誤らんとな」

 

 

 

 紅い槍が、(くら)く輝いた。

 

 

「っ!?」

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 紅玉(ルビー)による焼却、青玉(サファイア)による冷却、柘榴石(ガーネット)による土砂、蛋白石(オパール)による旋風。

 この四元素からなる連鎖爆撃を当たり前の様に回避された瞬間、単純な火力制圧を諦めた。

 

 黒曜石(オブシディアン)による一定範囲の重力倍加で動きを封殺、黄玉(トパーズ)による光線(レーザー)で確実に急所を射抜こうとした…のだけれど、(やっこ)さんの魔術か何等かの加護か、一瞬で重力圧を無効化すると光線の軌道を見切って最低限の動きで回避、そのまま弾丸の如く突進してきた。

 

 文字通りの正面突破だというのに不意討ち染みたそれに思考が停止しかける。

 これで決まらない迄も多少のダメージは与えられる、そんなあまりにも甘い見通しのツケを早々に払わされる事となった。

 蛍石(フローライト)による閃光、煙水晶(スモーキークォーツ)による煙幕のどちらかで目眩ましを行おうかとも一瞬思ったが、既に宝石を取り出すだけの猶予も無い。

 再び流動魔術で肉体運動を加速、回避に専念する。

 

 そこからは一方的な展開だった。

 流石に封印指定執行者、此方の攻めをものともしない、というかそもそも攻める隙も与えずガンガンぶっ込んでくるバゼットという名のマスター。

 極度の疲労で震える脚、それでもなんとか膝を着かず、殆ど意地で立ちながら策を練っていた私の五体を、不意に凍てつかせる気配が現れた。

 

 

「なっ───」

「!ランサー…」

 

 

 いや、凍てついたのは私だけじゃない、事実周囲の温度が急激に低下したのだ。

 ランサー、あの男の持つ魔槍が、周囲一体の魔力(マナ)を根刮ぎ吸い取った。

 魔術で鍛造した魔道具や魔術礼装なんかとは比べ物にならない程の、圧倒的な威圧感を放つそれ。

 間違いなく宝具の真名解放を行おうとしている。

 

「セイバー…!」

 

 より焦燥が募る。

 戦闘中、横目でチラ見した時はセイバーが押している様に見えたが、英霊の必殺技たる宝具を使用されたらそんな一時的な優勢等有って無い様なものだ。

 

 ─────猛烈に嫌な予感がする。

 恐らくあの槍が放たれたらセイバーは死ぬ。

 理由は分からない、だが問答無用で殺される。

 あの男の槍が発する悪寒に()()()()()が故の悲観、被害妄想なんかじゃ断じてない、これは確信だ。

 

 どうする、此方も宝具を解放して先手必勝を狙うか?

 いや、でもセイバーのエクスカリバーは収束させた光を加速させて放つ、所謂ビーム兵器だ。

 あんな近距離で撃ってもその性質を十全に活かす事は出来ないし、こんな場所で聖剣をぶっ放せば学校の周囲の街にも被害が出る事請け合いだ。

 

 どうするどうすると頭をフルに回転させている内に、ランサーが槍を構えたまま体を屈めた。

 その姿勢が、今にも跳び上がらんと縮こまったバネの様に見えて──ってヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!もう一秒後には撃たれてるわよあれ!

 

刺し穿つ(ゲイ)───」

 

 

 

 ─────必死に頭を働かせた甲斐が有ったのか、起死回生の一手を思い付いた。

 何も聖杯戦争の切り札はサーヴァントの宝具だけじゃない。

 

 殺られる前に殺ればいいのよ。

 

 

 

「令呪を以て命ずる!」

 

 私の声にセイバー達の方を見て立ち尽くしていたバゼットがハッと我に返る、が、もう遅い!

 マスターの令呪だって聖杯戦争における反則級の切り札よ!

 

「ランサーより速く動いて、セイバー!」

「「っ!」」

 

 私の声を聞き届けた二騎が、全く同時に、刹那の内に必殺の決意を固める。

 双極の(いかづち)が瞬いた。

 

 

「はあぁっ!」

死棘の槍(ボルク)ッ!!」

 

 

 

 

 斯くして必殺は成った。

 

 恐らくだが、セイバーの攻撃の方が先に相手に当たった様に見えた。

 魔力放出と令呪のブーストにより音を置き去りにして駆けたセイバーの一刀が、ランサーの肩口から胴体を斜めに深く斬り刻んでいた。

 己の全てを懸けた渾身の一発、それを確実に喰らわせたのだ。

 

 だが私は喜べない。

 

 ランサーの槍がセイバーの胸を貫いていたからだ。

 

 

「……ぁ…ぐ、うっ!?」

「──その心臓、確かに貰い受けたぜセイバー」

 

 

 全身の血の気が引く。

 先程の魔槍の威圧で冷えていた体が、今度は氷点下にまで下がった様な錯覚を覚え、一瞬の内にそれは灼熱の溶岩へと取って代わった。

 

「────セイバーァァアアアアッ!!!」

 

 何て事───そんな、嘘、いやよ、ねぇセイバー───落ち着け、即死した訳じゃない、まだ治療すれば───宝具で付けられた傷がそう簡単に───黙れ、余計な思考を挟むな───そもそも霊核である心臓を貫かれた時点でもう手遅れ───うるさい!治すったら治すのよ、こんな、まだ始まってもいない所でみすみすパートナーを死なせてたまるかってのよ!!

 

 心がぐちゃぐちゃになる、今にも五体が砂になって崩れ落ちてしまいそうだ。

 だけどそれがどうした、戦争においてそんな甘えた言動は許されない、常に動かなければ死あるのみだ。

 バゼットに背後から不意討ちを喰らうかもとか、そもそも迂闊に近付いたらランサーに問答無用で殺されるかもとか、そんなビクついた思考は置き去りにしてただ走る、セイバーに向かって。

 息が苦しい、頭が痛い、上手 く考えが纏ま ら  ない からだ もお もい うるさ い、あ    まえてる ばあいじゃ ないって

 

 

「リ゛ン゛ッ!!」

 

 ?セイバーが慌てた様子で走ってくる。

 吐血し、胸を抑え、それでも必死に。

 なにしてるのダメよセイバー そんなうごいちゃ血が

 

 

 金属音が四つ、肉が裂ける音が一つ。

 地面に転がされた私の直ぐ近く、セイバーからそんな音が響いた。

 

 ?………?…?………………っ!?

 

 私は泡を食って水晶(クリスタル)を二つ飲み込んだ。

 数秒程で目の霞みが消え、頭が冴えてきた、体の(だる)さも大分抜け落ちる。

 

Es ist Miasma , Verlorensero(瘴気よ、消え失せろ)!」

 

 私はコートの裾で口元を抑えながら悪性除去の呪文を唱え、傍らで両膝を着いているセイバーに話し掛けた。

 

「これって、毒?」

「え゛え゛…ぞの゛よ゛う゛……う゛っ、ふ!」

「っ!セイバー確り!今治すから!」

 

 口と穿たれた胸の両方を手で抑えながら死に体になっているセイバーに私は急いで治癒魔術を施す、無論宝石の出し惜しみもしない。

 毒を排し対象を清廉とする水晶(クリスタル)、多量の神秘を内包する血玉石(ブラッドストーン)、魔除けとなるトルコ石(ターコイズ)、生命力を与える赤鉄鉱(ヘマタイト)…フルコースでセイバーの治療に臨む。

 

「糞が…!!何処のどいつだっ!出てきやがれっ!!!」

 

 自分達から10メートル程離れた場所、ランサーが自身のマスター、バゼットを庇う様に立ちながら見えない敵に怒気を向けていた。

 その怒鳴り声が響いた瞬間、思わず肩が跳ねてしまう。

 彼もまた、セイバーの一刀で重傷を負ったというのにその覇気は微塵も弱まっていない。

 寧ろ、不粋なちょっかいをかけてきた不届き者を必ずやひっ捕まえて八つ裂きにしてやる、と云わんばかりに目を爛々と燃やしている。

 

 

 

 ───この辺り一帯の大気は毒に侵されていた。

 

 それも少しずつ、少しずつ、意識しなければ気付けない程ゆっくりと浸透させ、その毒の大気を吸い込んだ私とおそらくバゼットの思考力を徐々に鈍らせていった。

 そして完全に鈍り切ったところで短剣、おそらくこれも毒を塗装した物を投擲し、マスター二人の暗殺を狙った。

 それに気付いたセイバーとランサーが瞬時にマスターの下へ戻って短剣を打ち落とした。

 ランサーは全て防げた様だが、セイバーは残念ながら一発喰らってしまった。

 

 ───あらましはこんなところかしら?

 しかし、戦闘中だったとは云えセイバーとランサーの二騎に気取られる事無く接近し、且つ広範囲に毒を散布する徹底された隠密の手腕。

 間違いない、アサシンだ。

 

 

「───そこかっ!」

 

 ギロリと校舎の塀を越えた、そのまた向こう側の虚空を全力で睨み付けるランサー。

 次の瞬間にはジェット噴射装置でも背中に付いているのかと云わんばかりのロケットスタートであっという間に校庭から姿を消してしまった。

 

「…私達はアサシンを追います。貴女は教会に駆け込むなり何なり好きにしてください。脱落した以上、貴女はもうマスターではない」

 

 淡々とそれだけ言い残すとバゼットも常人を凌駕した走力でランサーの後を追っていった。

 その短い言葉の中に、『大人しく身を引くなら見逃す』『まだ向かってくるなら今度こそ殺す』という、甘さと厳しさの両方が含まれている様に私は感じた。

 

 その物言いに、どうしようもなく腹が立つ。

 脱落した以上、ですって?

 巫山戯るな、セイバーは、セイバーはまだ消えてなんかいない。

 宝具を喰らわせたからって、勝ち誇るのはまだ早いってのよ。

 

 そう、あの男、ランサーは宝具を使ったのだ。

 私達はその真名を聞き逃しはしなかった。

 

 ゲイ・ボルク。

 魔獣、波濤の獣(クリード)の骨より造り出された因果逆転の呪いの魔槍。

 その魔槍を影の国の女王スカサハから譲り受けた人物と云えば───

 

 

「クー・フーリンね…!」

 

 アルスターの光の御子、クー・フーリン。

 ケルト神話版ヘラクレスなんて一部の界隈じゃ言われている程の大英雄だ。 

 その生涯最期の戦いでは、瀕死の状態にあるにも拘わらず柱に己の体を縛り付けて戦闘続行、敵軍に大打撃を与えたと伝承には残っている。

 あの深手で尚体幹を微塵もぶらさず走っていった姿から、その凄まじい生命力の一端が垣間見えた。

 

 強敵だ。

 でも決して勝てない相手じゃない。

 おそらく知名度補正の影響だろうが、ステータスはそこまで圧倒的なものではなく、寧ろセイバーのそれを若干抑え気味にした感じだった。

 事実真っ正面からの打ち合いではセイバーが圧倒していたんだ、やり方次第で幾らでも勝機を生み出せる。

 

「あ゛っ…ぐ、ぁぁ…」

 

 ───ここでセイバーを死なせてしまっては、それも意味の無い思考になってしまうのだけれど。

 

「っ…!駄目だわ、癒えない…!」

 

 アサシンにやられた毒の方は粗方取り除けた様だが、ランサーに穿たれた心臓は一向に再生しない。

 これはおそらく魔槍(ゲイ・ボルク)の効果、不治の呪いだろう。

 必中の呪いだけでも厄介だというのに治癒の阻害までしてくるなんて、どんなチートよ!インチキだわインチキ!

 そう心の中で罵詈雑言を吐いても目の前の現実は何も変化してくれなくて。

 さっきから耳障りな雑音がすると思ったら、それは自分自身の呼吸音で。

 焦りはそのまま臓腑に伝わり、無駄な過活動を促す。

 心臓は早鐘、呼吸の荒さは最早泣きべそをかく子供のそれだ。

 くそっ、泣くな、泣いてる場合じゃないんだってば。

 泣くな。

 泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くなっ!!!

 

 

「り゛…ん」

「っ!」

 

 セイバーが(おもむろ)に手を上げて私の顔を撫でた。

 震える手で、不器用ながらも私の目に溜まった雫を拭ってくれた。

 死人の様に顔を青白くさせながらも力を振り絞って笑みを作る。

 私を、安心させる為に。

 

 

 ス     ッ パアン!!!

 

 自身の頬を両手で思いっきり引っ(ぱた)く。

 …ちょっと力強過ぎた、先程までとは別種の涙がじんわりと滲んでくる。

 兎にも角にも、これで切り替えは完了…とはいかないけど、幾らか気は紛れた。

 今にも消え失せてしまいそうな程の、瀕死の重症だというのに、その精神(誇り)を毛程も折らないどころか私を支えようと強さを示してくれたセイバー。

 

 私は、そんなセイバーのマスターなんだから。

 この程度の不足の事態で何を潰れかけていたのか。

 全く、こんな様じゃ()に嗤われるってのよ。

 

「…まだ、手はある」

 

 首に掛けていた宝石のペンダントを外し、孔が空いたセイバーの胸に宛がう。

 本当なら、もっと戦争後半の、それこそ最終決戦での切り札とかそういう使い方をしたかったけれど…まさかこんな序盤で使っちゃう羽目になるとは。

 

 でも後悔は微塵も無い。

 代々受け継いできたこの遠坂家秘蔵の宝石を高々一使い魔に与えてしまうなんてと、お父様やご先祖様はお怒りになるだろうか───うん、きっとなるだろう。

 

 こちとら知ったこっちゃないけどね。

 セイバーは只の使い魔なんかじゃない、強くて凛々しくて優しくて、ふと見せる笑顔が柔らかくて可愛くて、ちょっと食い意地が張ってるけどそんなお茶目なところも可愛くて。

 何より私を認めて共に歩むと誓ってくれた、大好きで大好きな私の()だ。

 支えられるだけじゃいけない、私も(この娘)を支える()になるんだ。

 その為なら、財産(預金残高)の一つや二つ大盤振る舞いしてやるってのよ。

 

 

「キツいかもしれないけど、頑張ってセイバー…!」

 

 覚悟を新たに、私は神秘を発動させる。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

「くそったれ…!」

 

 何処ぞの高層ビルの屋上から眼下の夜景を見下ろしながら、俺は槍を握る手に力を込めて悪態を吐くしかなかった。

 

 逃した、見失った。

 手負いとは云え、相手がこそこそ隠れる潜む事を生業とするアサシンとは云え、逃した。

 この俺が、よりにもよって真剣勝負に水を差しやがった糞野郎を。

 

 お互いに必殺の一撃を放った終焉の駆け引き、ギリギリでそれに競り勝ったのは自分だ。

 故に既に決着は着いており、真剣勝負に水を差されたというのは正確ではないかもしれない。

 

 だがそんな事は関係無い、関係無いのだ。

 己の全てを賭けて行った正真正銘の、正道を往くそれ。

 殺し合いに浄、不浄等と云った拘りは無いがそれでも心地の好い一時の清廉な世界だった。

 それを最後の最後で唾棄すべき汚濁(横槍)によって汚されて冷静で居られる程大人しい人間では無いのだ、自分は。

 

 だからこそ、必ずや見付け出し、殺す。

 そう意志を滾らせて駆けたというのに、追い付けなかった。

 セイバーの一刀による深手で若干だが体の挙動が鈍っていた。

 この程度の傷等一切合切を無視して動けなくて何が英雄かと思っているが、現実というものは時に精神論で覆せない程に残酷であり、純然たる事実として肉体は損傷の影響を受けていた。

 そしておそらくだが敵の、アサシンの敏捷が己と同等かそれ以上。

 単純に速さで敵わないのだから追い付けないのは自明の理というものだ。

 

「それで引き下がれる訳ねぇだろ…!」

 

 そんなただただ、淡々とした事実がどうしようもなく自分を(いき)り立たせる。

 要は暗殺者を逃してしまったのは単純に己の力量不足。

 先程の決闘でもセイバーに抑え込まれていたのだ、悉く後れを取る自身の不甲斐なさがより一層心を燻らせる。

 

『ランサー』

『…バゼットか』

『襲撃者は、アサシンはどうしましたか?』

『すまねぇ、逃しちまったよ』

『そうですか、では合流しましょう。今宵はここまでです』

『おう』

 

 マスターからの念話に、淡々と応える。

 ちょっとしたジョーク等も全く交えない、本当に淡々とした事実確認だけの会話、そんな素っ気なさが今は何故か逆に心地好かった。

 

(まさかあいつの鋼っぷりに救われるとはね)

 

 あまりにも無様な手前(てめー)の心身の有り様とそれに何等皮肉を寄越す事もない女マスター、悉く締まらない結果に苦笑を溢して踵を返す。

 とっととビルから飛び降りようと足に力を込め───徐に振り返って再度眼下を睨み付けた。

 

 

「匂いは覚えたぜ。心しろ、戦士の矜持に真っ向から泥を引っ掻けた報いは必ず払わせる」

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 女は人混みの中を歩いていた。

 永い一日を終え、フラフラと忘我の内に、無気力に帰路に着く数多の人の波に混ざりながら、決して人と──物理的に──接触しないよう気を払い歩いていく。

 

 市中を偵察中発見したセイバーのサーヴァントとそのマスター。

 暫く監視しているとランサー達との戦闘に突入、気配を遮断している此方に気付く様子は皆無。

 自身のマスターには、基本的に情報収集に徹し仕掛けるのは確実な好機が訪れた時のみにしろとの指示を受けている。

 今ならサーヴァントと距離を離しているマスター二人を()れる、そう確信し舞いを(そらん)じる。

 自身の体から揮発した毒が風に乗り、徐々に徐々に大気を侵していく。

 動きが鈍った頃合いで、自身の唾液を塗布した暗剣を投擲してやった───が、二騎のサーヴァントは恐ろしく勘が鋭かった様で。

 いや、若しくは弱らせるのに時間をかけすぎたか───兎にも角にも投擲したそれを防がれ、暗殺は失敗。

 仕損じた以上は長居は無用、姿を捉えられる前に逃走を開始、此方の気配を捉えた槍兵が追ってきていたが幸い敏捷のランクは此方が上の様だ、早々に変化のスキルで自身を只の人間の女に偽装、人混みに紛れて撒いた。

 

 暗殺には失敗してしまったが、成果は上々。

 ランサーの宝具、その効果と真名はこの目と耳でしかと脳裏に焼き付けた。

 正体は既に看破したも同然、元より真っ向勝負で勝てる相手ではない、ゲッシュを破らせて動きを封じたところでマスターを集中的に狙うのがいいだろう。

 セイバーの正体は判らなかったが奴はランサーの宝具を受けた。

 霊核を破壊された以上、生きている道理は無い、既に脱落しているだろう。

 だが万が一という事もある、後日奴等の拠点に赴き生死を確認すべきだ。

 セイバーのマスターは遠坂と名乗っていた、自身のマスターに与えられた知識によれば御三家の一角、家の場所は既に把握済み。

 生存していたとしても霊核にダメージを負ったのは事実、弱体化した今ならマスターと分断し狙い撃ちにする事は難しくない筈。

 

 此方は未だに姿が割れていない。

 人混みに紛れ、すれ違い様にこの肉体で敵マスターを屠る事すら自由自在だ。

 

 少しずつ、確実に戦況を推し進めていく。

 自分の能力ならそれが可能だ。

 

 全ては、愛しい愛しいあの人の為に。

 聖杯はマスターのものだ。

 

 

 やがて人混みから抜け出た女は変化を解くと同時に気配遮断で闇に融けた。

 その姿を捉えた者は───無論誰も居ない。




剣(そういえば前回の初戦もランサーとで横槍入れられたっけ…)


今回は色々後書きで解説したい事が多すぎて困る。

遠坂さん家の財産事情は原作よりだいぶ改善されています。伏線にする程の設定ではないですが。

凛ちゃん、セイバーさんに対する好感度が既にカンスト気味。自分に百合の気があるのではと自分で疑念を抱くくらいには好きなっちゃってます。

バゼットさん、麻婆の騙し討ちは喰らわなかった模様。理由はまたその内。

っていうか兄貴とダメットさんのキャラがこれで合ってるのか判らん。凄い書きやすいのに凄い言動に気を遣うという矛盾。

セイバーさんとランサー兄貴の力関係は概ね原作の初戦通り。今の兄貴に令呪の縛りは無いけど、セイバーさんもマスターが凛ちゃんで士郎君の時よりステータス上がってるのでプラマイ/zeroだなと。

凛ちゃん、バゼットさん相手でも多少持ちこたえられるくらいには強化。日頃桜ちゃんと仲良くできてるので原作より魔術鍛練のモチベーション上がってんじゃね?って感じで。最大火力は同じですが全体的な技術が上がってるといいなぁって(希望)。

あと呪文はてきとー。エキサイト翻訳さんに頑張って貰った。まぁ原作からして文法メチャクチャらしいから別にいいよね!

宝石云々に関してもwikiで調べてそれっぽいのを選出。原作って宝石の種類とかに関してはあまり言及無かった気が。間違ってたら教えてください。orz

凛ちゃん、結果的に令呪を無駄遣い。凛ちゃんの性格的に『躱せ』じゃなくて『先に殺れ』って指示出すんじゃないかなと。意味無かったけど。意味無かったけど!

そして兄貴の槍はちゃんと当たる槍ですよ!!凛ちゃんの宝石で治療されちゃったけど。

新説・『当たらない槍』ではなく『当たるけど殺せない槍』……なんかこっちの方が酷いな…。

静謐ちゃんの暗躍。割りとマジで静謐ちゃんはこういう人工密集地の街中ではやりたい放題なんじゃないのだろうか?毒霧ダンスと毒塗り投げナイフ…やだ、静謐ちゃん怖すぎ…!?

そして何気に敏捷が兄貴より高い。静謐ちゃんマジ半端ねぇ。



こんなところですかね…後出てきてないのはバーサーカーだけ。今後も宜しくお願いします。

文字数に関してはもう諦めたよ…ハハッ


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11話 遠坂邸へ(辿り着けない)

間桐桜さん、お誕生日おめでとうございます。

&1話UA5000突破記念。

という事で連日更新だオルァアアンッ!!!



※尚今回はひじょーに薄味回となっておりますorz


「ごちそうさまーっ!」

「はいはい、お粗末様」

 

 午後7時半、夕食を食べ終えた先輩と藤村先生と私の三人、藤村先生は合掌して御馳走様を宣言すると早々に座布団を枕にして寝転んでしまった。

 それに呆れながら食器の片付けを始める先輩、藤村先生の分の食器を私と先輩で片付けるのは最早日課だ。

 

「んふふー、今日のご飯も美味しかったわねー。ねー士郎ー、明日のご飯は何にする予定なのー?」

「食べて即食の話かよ…」

「藤村先生って食事以外に何か悩み事ってあるんですか?」

「ちょっと!?何気に辛辣じゃないその物言い!ぅぅ、ここんとこ桜ちゃんがキツキツでお姉ちゃんは悲しいです」

 

 コロンコロンと寝返りを打ちながら縮こまる藤村先生を見て先輩はやっぱり呆れ気味に溜め息を吐いた、私も自然と苦笑が漏れる。

 何時だって自然体でその場の空気を暖めてくれる藤村先生に、私は何度励まされてきただろう。

 先輩同様、心を救い上げてくれる先生に私は頭が上がらない。

 そんな人に、私達はこれから辛い提案をしなければならないんだ。

 

 

「藤ねえ、ちょっと大切な話があるんだけど、いいか?」

「ん?何々どうしたの?」

 

 食器を洗い終えた私と先輩は机を挟んで藤村先生の向かい側に並んで座り込んだ。

 私達の表情で本当に真剣な話し合いだと察したのでしょう、藤村先生はテレビの電源を落とすと体を起こして私達に向かい合う。

 その口元は此方を安心させる様に微笑みを携えていた。

 

「それで?改まってどうしたの?」

「あー、っとだな…要するにその、なんだ…」

「?」

 

 チラリと先輩に目線を寄越して話を促す、やはり此処は先輩が話さなければ。

 内容が内容だけに、先輩は言い辛そうに歯切れの悪い呻きを溢し続ける。

 先輩、頑張って。

 

「悪いんだけど藤ねえ、明日から暫く家には来ないで欲しい」

「え」

 

 家に来るな。

 先輩からそう頼まれた藤村先生は小さく声を漏らしたのみで、意外な程反応は大人しかった。

 

 

 これが先輩と話し合って出した結論でした。

 今後聖杯戦争を続けていくに当たって絶対に避けねばならないのは一般の方を巻き込む事です。

 神秘の秘匿は勿論、無駄な犠牲を出さない様に動くのは人として当然の事。

 ですが元々魔術師の家系である間桐()遠坂(姉さん)は兎も角、先輩は表向き一般人であり、その先輩と家族ぐるみの付き合いをしている藤村先生も当然魔術のまの字も知らない。

 そんな人が拠点(先輩の家)に入り浸っていてはほぼ間違いなく巻き込む事になってしまう。

 先輩は何も知らない人々を犠牲にしない為にマスターになったというのに、一番大切な人を巻き込んでしまってはそれこそ本末転倒だ。

 故にこその処置、藤村先生には本当に申し訳無いけれど、暫くこの家に近付かれる訳にはいかない。

 

「二週間くらいになるかな…桜と二人でちょっとやらなきゃいけない事が出来てさ。だから学校も暫く休む事になると思う。夕飯だけ来て貰うとかそういうのも勘弁して欲しい感じなんだが…ほんと急でごめん」

 

 そう言って頭を下げる先輩に対して藤村先生はふむ、と呟くと腕を組んで私と先輩を交互に見やり、暫くして口を開いた。

 

「桜ちゃんと二人でって言ったけど、内容も私には言えない感じ?」

「…すまん」

「学校も休むって言ったよね、私は兎も角桜ちゃんの私生活や将来にも影響が出るかもしれないでしょそれ。士郎に限って無いとは思うけど、桜ちゃんを無理矢理付き合わせてる訳じゃないよね?」

 

 藤村先生が先輩に疑いを向ける、そんな場面を見る羽目になるなんて想像すらした事なかった。

 今すぐ否定の言葉を紡ぎたいけど、私が言ってもきっと先生は心の底から納得出来ない、やっぱり此処は先輩に任せるしかない。

 

「それはない。これはちゃんと桜と話し合って決めた事だ」

 

 先輩は真っ直ぐ藤村先生の顔を見据えてはっきりと言い切った。

 今度は変に(ども)ったりはしなかった、流石先輩、決める所はバシッと決めてくれる。

 

「急にこんな事言われて信用出来ないのは当たり前だと思う。だが藤ねえ、桜は俺にとっても大切な家族だ。そんな娘を悲しませる様な事、俺は絶対にしない。桜の事は俺が責任もって守るから、どうか信じてくれないか」

 

 そして久々のボディブローだった。

 机を挟んで大人と向かい合うというこの構図、先輩の真剣な顔付きと熱い言葉、何というか、まるで、恋人の両親に挨拶に来たかの様なシチュエーション───。

 

 あ゛あ゛あ゛っ!!!

 心の中で思いっきり奇声を挙げる、いけないいけない、図らずも舞い上がってしまっていた、恋愛(ピンク)脳自重してくださいほんと!

 

「ん、分かった」

 

 そうこう考えている内に藤村先生は腕組みを解いてそう此方に笑いかけてくれました。

 

「なんかよく分かんないけど二人がちゃんと話し合って決めた事なら、うん、良いよ良いよ!大人が変に首突っ込まない方がいい事もあるしねー世の中」

 

 うんうんと頷きながら喋り倒す先生。

 普通の大人なら、あんな抽象的な説明で納得して貰える事等決してない。

 それでも受け入れてくれた藤村先生は、決して駄目な大人なんかじゃありません、只理屈より心を優先して視る人なんです。

 上手い事話が進んでくれた様でホッと一安心です、先輩の表情にも安堵が浮かんでいる。

 

「それじゃあ、いいんだな藤ねえ」

「うん、暫く家に来なければいいんだよね?寂しいけど他ならぬ大事な弟と妹の頼みだからねー、お姉ちゃんは何も言わず黙って涙を飲むのであった!」

 

 藤村先生はそう力強く語尾を締め括ると同時に立ち上がって部屋の出口へ向かって行った。

 ですが襖に手をかけると同時に立ち止まり、何やら神妙な顔で此方に振り返った。

 私と先輩は揃って首を傾げる。

 

「経緯は分からないけど三年かけて遂に実ったチャンスだものね…取り敢えず教師としてこれだけは言っておくわ。

 

避妊はちゃんとしなさいよ」

 

 

 

 先生はそう言い残して今度こそ出ていってしまいました。

 

 

「─────はあぁっ!?なぐ、何言ってくれてんだあのバカ虎!?」

 

 数秒後、硬直から抜け出した先輩はそう叫んだ。

 顔を紅くしながら立ち上がった先輩は此方の様子を伺う様に眼を動かしたが、私は思わず顔を背けてしまった。

 駄目だ、とてもじゃないけど今は先輩の顔を見れない、間違いなく私も顔が紅くなってしまっている、ひょっとしたら耳まで紅潮が回っているかもしれない。

 先輩は立ったまま明後日の方向を向いている、お互いに声をかける事も行動を起こす事も出来ない状態に陥ってしまいました。

 なんという事でしょう、珍しく物分かりが良いと思ったら最後の最後に恐ろしい爆弾を投下していきやがりましたよあの獣。

 お互いに黙ったままそろそろ1分が経とうという頃合い、静寂を破ったのは私でも先輩でもなく()()()()()()()()()()第三者の声でした。

 

「何時までそうしているつもりなのですか二人共」

「うおっ!?ら、ライダーか、脅かすなよ」

 

 霊体化を解いて私達の目の前、丁度藤村先生が座っていた辺りに現れたライダーに先輩はやたら大袈裟なリアクションを取った。

 

「脅かすも何も私達が近くに居たのは最初から分かっていたでしょうに」

「う~ん、やっぱりマスターにはもうちょっと、何事にも動じない精神力を身に付けて貰わなければなりませんね。そんなんじゃこの先の戦争持ちませんよ。体の前に心がダウンしてしまいます」

 

 ライダーに続いて現れたキャスターさんにもそう突っ込まれ、先輩はばつが悪そうに再び押し黙ってしまった。

 何と無くこの二人は先輩に対して色々と辛辣というか厳しい気がする。

 周りに異性しか居ないという事も手伝って先輩はさぞかし居心地が悪いだろう、本当に心が先に潰れてしまわない様にせめて私だけは先輩に優しくしてあげなくては。

 そう思い立った私は…まだ若干恥ずかしいですが先輩の方に向き直って声をかけた。

 

「ふ、二人共、そんなにキツく言う事ないでしょ?戦争に向けて準備してきた私と巻き込まれた先輩じゃ色々と勝手が違うんだから。少しずつ心を構えてくれればいいですよ先輩」

「甘い、甘いですよ桜。聖杯戦争の期間は精々が半月程、もたもたしていてはあっという間に最終局面を迎えてしまいます。参加を決意した以上は早々に備えを終えて貰わなければ。まぁこの坊やが最後まで生き残れればの話になりますが」

「坊やって呼ぶな!そっちこそ余裕かまし過ぎてあっさりやられたりするなよ。サーヴァントのあんたがやられたら一番危ないのはマスターの桜なんだからな」

「言われるまでもありません。坊やこそまともな実力も知識も持ち合わせていない、そんな有り様でよく桜を守る等と啖呵を切れたものです。いざという時は精々肉壁にでもなってください」

「うるさい!それこそ言われるまでもなく望む所だ!っていうか坊やって呼ぶなって言ってるだろ!」

 

 何とか宥めようとしたが、売り言葉に買い言葉、あれよあれよという間に口喧嘩が始まってしまった。

 先輩もライダーも感情的になりやすい所があるとは云え、まさかここまで相性が悪いとは。

 どうやってこの場を治めたものか、上手い言葉が出てこず座ったままオロオロと二人を交互に見る事しか出来ない私、一縷の望みを懸けてキャスターさんにヘルプの視線を投げ掛けるが、キャスターさんもお手上げと云わんばかりに苦笑されるだけでした。

 

 

「そもそも何でライダーは俺の事を坊やって呼ぶんだよ。普通に名前で呼んでくれればいいだろ」

「ぇ」

 

 そんな口喧嘩の最中に先輩から飛び出た言葉は、私の意識に矢鱈と鋭く染み込んで来た。

 

「え…いや、それは…」

「何だよ、何か理由があるのか?」

 

 私の小さな小さな呟きを五感が優れているライダーは聞き逃さなかったようで。

 私の先輩に対する好意を知っているが故にライダーは返答に困ってしまったみたいだ。

 私は慌てて念話と身振り手振りでライダーにゴーサインを出した。

 

『ライダー、気にしないで。呼び方くらい変に戸惑う事ないよ』

『ですが、あの…』

『ううん、本当に気にする事じゃないから。私にとって先輩は先輩なんだもん』

 

 そう。

 何時かは下の名前で呼べる様になりたいという気持ちは勿論ある。

 でも今はこの呼び方が良いんです。

 私が先輩を先輩と呼ぶのは只単純に歳上の人だからという訳じゃない、心の底から尊敬しているが故のもの、今はこの距離が愛おしいんです。

 

「…分かりました。それでは、シロウと」

「…微妙にイントネーションがおかしいが…まぁ別にいいか、好きに呼んでくれ」

 

 私の気持ちを汲んでくれたライダーが先輩の名前を呼ぶ。

 先輩もそれに応じて、何だかんだで口喧嘩も終わった様です、良かった。

 

「そうだ、キャスターも。何時までも他人行儀にマスターなんて呼ばなくていいんだぞ。これからお互いに命を預けて戦っていくんだからさ」

 

 今度はキャスターさんに先輩の矛先が向いた。

 それにキャスターさんは相も変わらぬ微笑みで以て応じる。

 

 

「いえ、折角の申し出ですが、私は今のままの呼び方が良いです」

 

 ───意外な返答でした。

 先輩もライダーも心做しか驚いている様に見える。

 キャスターさんなら嬉々として名前呼びに切り替えるかと思ったのに。

 

「私にとってマスターはマスターですから。他人行儀とか、そういうのじゃないんです。ただ、()()()()()そう呼びたい、私の中でそう区切っておきたいんです」

 

 そう言ったキャスターさんの真意を私は半分も理解出来なかった、きっと先輩も同じだろうけど、真摯にその言葉を受け止めて頷かれました。

 

「分かった。キャスターがそうしたいならそうしてくれ」

「ありがとうございますマスター。そしてごめんなさい、我が儘言ってしまって」

「いいって、別に大した事じゃないんだから」

「ふふ…ではそろそろ大した話をしましょうか、時間も頃合いでしょう」

 

 そう言ってキャスターさんは居間の壁に掛けられた時計を一瞥した。

 先輩とライダーもそれに(なら)って表情を引き締める。

 確かに頃合いだ、私も皆を誘導する為に動かなきゃ、立ち上がると同時にパチンと手を鳴らして注意を集める。

 

「皆さん、それは姉さんの所に向かいながら話しましょう。遠坂の屋敷まではそこそこ距離がありますし、普通に歩いて行けば十分話し込めると思います。時間を無駄にしない為にも、ね?」

 

 異論は挙がりませんでした。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 という事で現在、遠坂邸(私の実家)を目指してマスターとサーヴァント、それぞれ二組の計四人でのんびりテクテクと歩いています。

 とは云ってもサーヴァントの二人は揃って半霊体化しているので対外的には私と先輩の二人にしか見えていない筈です。

 キャスターさんの服装はまだギリギリ普段着で誤魔化せなくもないんじゃないだろうかというラインですが、ライダーのそれは何とも際どい…というか明らかに丈が足りていないパツパツのボディコン的なもの、しかも顔の約半分を覆い隠す異様な目隠しというおまけ付き、そんな格好で未だポツリポツリと人通りのある町中を歩かせる訳にはいかないので、現実への干渉力を多少残した半霊体化で敵サーヴァントの襲撃等に警戒しながら付いてきて貰っています。

 これじゃあ就寝時先輩に用意して貰った寝間着のまま出掛けた方が万倍マシで───あぁ、そうすると対照効果的なあれで余計に眼帯が目立ってしまいますね。

 ライダーの魔眼は自力でON/OFFが出来ないタイプなので、常に外界に対するその効果を封じ続ける眼帯は基本的に日常行動下で外す事は出来ない。

 う~む、やはりライダーの魔眼には何等かの対策をする必要があるかな。

 基本聖杯戦争は人目を避けて行うので見た目なんてものは然程重要視する必要はないのですが、やはりこうした非戦闘時の融通の利き辛さは地味に困る。

 それにライダー本人も、昼に先輩と話していた時眼帯の事を気にしている様子でしたし…。

 よしっ!時間が出来たら魔眼殺しの礼装か道具を作成しましょうそうしましょう!

 決心を胸に私は一人呼吸を荒げた。

 

「それで、遠坂の家に着くまでに何を話すんだ?」

 

 そんなこんなで思考を自己完結させた私に隣を歩く先輩が話し掛けてきた。

 出掛ける前に確りと着込んだ黒のジャンバーとは対照的な白い吐息を虚空に溶かしている。

 冬木市がその名称とは裏腹に暖かい気候の土地とは云え、真冬の二月だ、寒いものは寒い。

 若干先輩に身を寄せながら私は話し始める。

 先輩の吐息と私の吐息が混ざり合いながら消えていく様が目に付いた。

 

「そうですね…今の先輩と話し合いたい事は、取り敢えず大きく分けて二つですかね。まぁ片方は姉さんと同盟の話を付けてからの方が効率が良いんで保留ですが」

「と言うと?」

「お互いに何が出来るのか、能力、知識、貯蓄と云った手札の開示。それと先輩にサーヴァントの知識を身に付けて貰います」

 

 指を折って一つ一つの要素を確認しながら口を動かす。

 先輩は納得した様に、嗚呼と呟いた。

 

「そっか、そうだよな、お互いが何を出来るのか理解してないと折角同盟を組んでもいざという時最適な行動が取れないもんな」

「そういう事です。姉さんも交えて話したいのがこっちですね」

「それともう一つの方…ああ、よくよく考えれば俺サーヴァントの概要は教えて貰ったけど、中身っていうか…能力とかその辺の肝心な事は全然知らないな」

「はい、一遍に全部説明すると混乱しちゃうと思ったんで昨夜は省いた部分です。とは云え先輩は一度、生でサーヴァント同士の戦いを見てるので、実感が伴ってる分、理解も納得もしやすいと思います」

 

 そう言うと先輩は昨夜の事を思い出したのか、少し俯いて自身の内面に向かった様だ。

 私も朧気に思い浮かべる、正しく神話の再現と呼べる過去の英雄達の激闘……若干締まらなかった部分も有る様な無い様な──

 

 

『桜さん、何か失礼な事考えてませんか?』

「いいぃいぃぃい、いえっ、何も!」

 

 私の思考を見透かしたキャスターさんの静かな指摘に全身が粟立(あわだ)った。

 チラリと斜め後ろを見ると召喚時から変わらない柔らかスマイルを浮かべたキャスターさんがうっすらと見える。

 ですがその目は、ジト目というか糸目というか、普段よりも細められ、若干の剣呑さとからかいを含んだものになっていました。

 頬が引き攣る、一体全体どういう洞察力をしているのでしょうか。

 いや…昨夜の戦闘の話→押し黙った二人→内容を思い出している→何と無く失笑の雰囲気と表情…ちゃん観察すれば内心の嘲りを見抜くのは難しくないかもしれない。

 キャスターさんの前では言葉を選ぶのは勿論の事、表情にも気を付けなければいけないというのか…同盟相手にここまで精神的に追い詰められるなんてこの先思いやられる。

 

「ど、どうした桜!?敵襲か!?」

「違います!大丈夫です!私は何も悪い事してないです!」

 

 ()()

 

「お、おう?そうか、なら良い、ぞ…?」

「は、はい…それじゃあですね…」

 

 いきなり叫んだ私に驚いて先輩が周囲を見渡したので慌てて否定しておく。

 さっさと軌道を修正しようとサーヴァントについての説明を始めた。

 

 

「では先ず復習といきましょう。サーヴァントが過去の英雄って事は説明しましたよね」

「ああ、過去の人物が信仰で祭り上げられて精霊の域にまで昇華された英霊、だったよな?」

「その通りです。人の領域を越えた人…神秘の薄れた現代の人間じゃあ逆立ちしたって敵わない存在です。ですから本来、現代の魔術師が使い魔として使役するなんて到底不可能なんですけど…さて、それでは何故私達(マスター)はこうして実際にサーヴァントを召喚、使役出来るのでしょうか?」

「ええっと、確かその辺の土台になるシステムは全部聖杯が担ってくれてるから、だったよな?」

 

 よかった、ちゃんと頭に入れておいてくれた。

 私は満足して先輩に笑いかける。

 

「はいそうです。一魔術師に過ぎない私達が英霊を従えられるのは殆どが聖杯のお陰…ですが英霊とは本来、世界の抑止力によって召喚、使役されるものです。幾ら最高位の聖遺物に匹敵する代物でも、サーヴァントを生前の全盛期と同等の規格で再現するのは無理なんですよ。なので召喚に際してサーヴァント達にはある(縛り)が与えられるんですけど…」

「縛り?」

「はい、ここで問題です先輩。サーヴァントが召喚される際に()()()()()()()()()とは一体何でしょう?」

「えー、えっと…んん~~?」

 

 口元に手を当てて考え込む先輩。

 まだ実家までの距離に余裕はあるけど、のんびりし過ぎてはそれも無くなってしまうかもしれない、ヒントを小出しにしていこう。

 

「ふふ、ヒント欲しいですか?」

「む、いや、もうちょっと待ってくれ…あ~、う~…!あれだ、単純に保有してる魔力(オド)が少ないとか」

「残念!魔力の量はサーヴァント本人の能力に左右されるものです」

「くそっ、外したか」

 

 普段はあまり見れない負けず嫌いを発動させた先輩の推測を情け容赦無く切って捨てる。

 悔しげに悪態を吐く先輩の様子が子供っぽくて可愛い、反面、真剣にものを考えている横顔が凛々しくて格好良くも感じる。

 はいはい自重自重。

 

「それではヒント1、昨夜戦った相手の名前は何でしたっけ?」

「昨日の?確かヘラクレスって言ってたよな。どれだけ神話や逸話に疎い奴でも絶対知ってるレベルの大怪物だ」

「そうです…まだ分かりません?」

「ええっ、今のヒントなのか?」

 

 ふむ、ちょっと遠回し過ぎたかな、ではもう少し踏み込んで。

 

「じゃあ続けてヒント2、その大怪物ヘラクレスの事を、マスターの、イリヤスフィールは何と呼んでいましたか」

「?それは………ん?待てよ…アーチャー、ライダー、キャスター、セイバー……ジョブかっ!」

「あはは、呼称はちょっと違いますけど…はい、ほぼ正解です」

 

 降って湧いた閃きに顔を輝かせる先輩。

 思い至ったそれは名称こそ違えど本質は正解に違いない。

 

「召喚された七騎のサーヴァントはそれぞれ『クラス』を与えられるんです。剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)。例えば生前剣士として名を馳せた戦士ならセイバー、魔術を修めた人ならキャスター、みたいにそれぞれのサーヴァントの能力が分かりやすく記号化されてるって訳です」

「なるほど…」

「英霊の能力の規格をそっくりそのまま完璧に再現する事は出来ないので、その英霊の一側面だけを切り取って(クラス)に嵌め込む事でサーヴァントとして型取りする訳です」

「あーっと…つまり剣と槍を得手にする英霊が居るとして、セイバーで呼ばれたら剣だけ、ランサーで呼ばれたら槍だけしか使えなくなるみたいな感じか?」

「飲み込みが良いですね先輩、大体そういう認識で合ってますよ」

「いや、桜の教え方が上手いんだよ。一方的に喋り倒されてたら全然頭に入って来なかったと思うぞ」

「そうですか?」

 

 確かにそういう風にならない様に気を配っていましたが、先輩の理解が早いのも確かだ。

 相も変わらず謙虚な先輩らしい言葉を即座に正してあげたくなるが今の本題はそこではない、さらっと流して説明を続ける。

 

 

「まあそれは置いておきましょう。ここからが本番ですからね」

「げ、マジか。メモ帳でも持ってくれば良かったか」

「別にいいんじゃないですか、忘れちゃったらまた何時でも何回でも聞いてください」

「いや駄目だろ。戦争を勝ち抜く為の知識なのに戦闘中とか肝心な時に忘れちまってたら今この会話が丸々無意味になるぞ」

「だったら尚更暗記しなくちゃ駄目ですよ。まさか先輩、戦闘中にカンペ見る暇があるとでも?」

「………ごもっともですね」

 

 一本取られたと言いたげな表情で納得してくれた先輩。

 姉さんに対してはあまり勝率が高くないけれど、先輩相手なら五分です。

 ()()兄さんと二人暮らしをしていると自然と口喧嘩が強くなるものだ。

 

「サーヴァントの性能は複数の要素で細かく定められているんです。大まかに分けると三つ…『ステータス』、『スキル』、『宝具』ですね」

「ステータスとスキルは何と無く想像付くが、ほうぐ?」

「順に説明しますと、ステータスとは文字通りサーヴァントの基礎能力を示したものです。筋力や敏捷といった性能をA~Eのランクで値として表しています。スキルはそのサーヴァントが持つ固有の能力、技能、加護とか…そのサーヴァントだけが持ってる特技って感じですかね。こちらもステータス同様ランク付けされています」

「…なんかゲームのキャラクターみたいだな」

「実際そういう風に覚えた方がしっくりきますよ」

 

 先輩の所感に苦笑しながら同意する。

 御三家の方々は悉く中二病患者だったのかもしれない。

 

「それで先輩が気にしてた宝具ですが、簡単に言っちゃうとサーヴァントの必殺技です。昨日キャスターさんがヘラクレスさんに対して使った杯みたいな」

「あれか…あんなとんでもないものをサーヴァント全員が持ってるのか?」

「どうでしょうか…スキルと同じく宝具もサーヴァントによって様々なものが存在していますからね、ランク付けも前者の二つ同様に付けられています。ミサイルみたいに強力な破壊兵器染みたものもあれば、それを防いでしまう防御用のものもあるでしょうね」

「…分かっちゃいたけどやっぱりとんでもないんだなサーヴァントって」

「そうですよ。何度でも言いますが、縦え相手が現代の武術の達人や魔術師だろうと軽く一蹴してしまう理不尽の塊みたいな存在がサーヴァントです。ですから先輩?サーヴァント相手に時間稼ぎの囮とか身代わりの肉壁になろうなんて考えちゃ駄目ですよ。先輩じゃ…いえ、私でも1分どころか10秒持ちません。文字通り無駄死にです」

 

 

 改めて先輩が無茶をしない様に釘を刺しておく。

 お人好しで熱くなりやすい先輩の事だ、勝手な捨て身特攻で死なれては堪らない。

 元より先輩と同盟を組んでいるのは先輩に生き残って欲しいからなのだ、思い上がった考えかもしれないけど護りやすい様に行動を制限させて貰う。

 

「む…でもそれじゃ俺に出来る事なんて何も無いじゃないか」

 

 これだけ念押ししてもやっぱり先輩は不満気だ、家の使い魔達とは違った方向で扱い辛い人です。

 でもそこは『支配』の魔術特性を研鑽してきた間桐()、確り手綱を握らなければ。

 

「私だって同じですよ。サーヴァント相手に出来る事なんて皆無です。でも相手がマスターならやれる事は無限にあります」

「おいっ、桜」

 

 怒った様に、咎める様に檄を飛ばす先輩。

 分かってますってば。

 

「分かってます、殺しませんよ。殺さずに相手を無力化するのは得意ですから私」

「そ、そうか…」

「マスターを相手にする以外にも、後方から魔術で支援したり、敵サーヴァントの弱点を探ったり、令呪のタイミングを図ったり。直接自分で動く以外にも出来る事は様々です。サーヴァントを現界させる楔、マスターである自身の身を第一に護る事、それ自体がパートナーへの最大の支援になるとも言えます。一人で戦ってる訳じゃないんですから、身の程を(わきま)えた上で出来る事を探す。本当に仲間の為を思うなら、それが一番大事ですよ」

 

 そう言って最後に笑顔を携える。

 まるでそれが正しいんだと無条件に信じさせる様な、如何にもそれを実践する自分が誇らしいとでも言いたげに。

 反英霊(メドゥーサ)にも通じた、()()()()()()()()()()()()()────さあ、どうだ───。

 

 

「……そう、だな」

 

 一言、それだけしか先輩は口にしませんでした。

 失敗…ではなさそうですが、不発っぽい、いまいち反応が悪かった。

 眉間に皺を寄せた先輩の表情からもそれがよく分かる。

 これ以上は暖簾に腕押しと判断、話題を元に戻してしまおう。

 

「後はそうですね…サーヴァントの真名についてでしょうか」

「クラス名じゃない、その英霊本人の名前か」

「はい、これが結構重要な要素でして…例えば先輩、ヘラクレスさんの生前の死因ってご存知ですか?」

「ああ、確か下着にヒュドラの毒を塗られたんだよな」

「そうです。英霊というのは信仰によって座に記録されている、人々の想念によって形作られるものです。つまり今先輩が仰った様に『ヘラクレスはヒュドラの毒で死んだ』という事を大勢の人に知られている、そういうものだと認識されている以上ヘラクレスさんは()()()()()()()()()()()()()()()んです」

「なるほど…現代に伝わっている逸話や伝承の内容がそのままサーヴァントになるのか」

「はい、ですから敵サーヴァントの真名を暴けば弱点や能力を逸話からほぼ確実に推測出来るんです。逆に自分のサーヴァントの真名を暴かれてしまったら(たちま)ち不利になってしまいます。如何に自陣の手札を隠し、敵陣の正体を暴くか、聖杯戦争は情報戦が要と言っても過言ではありません」

 

 まぁ真名を暴けた処でどうしようもない程に圧倒的、若しくは特殊、限定的な条件の能力を持ったサーヴァントも居るのですが。

 具体的にはヘラクレスさんとかヘラクレスさんとかヘラクレスさんとか。

 それでも用心する事は出来る、確実な対応法を確立させるまでせめて迎撃出来るだけの準備をしなくては。

 これから行うのはそれ等をより磐石にする為の交渉、実の姉が相手だからと言って楽観視してはいけない、絶対に此方が有益な存在だと姉さんに思って貰わなくては。

 

「さて、サーヴァントに関しては大方こんな処でしょうか。令呪については昨日説明しましたし…」

「色々な要素があるんだな、こりゃ確かに何の情報も掴まないまま闇雲に突っ込んだら墓穴どころじゃないな」

「ええ、ええ、そうですとも。だから先輩、くれぐれも…」

「分かった分かった!分かったってば!そんな何回も念押しするな。ったく、少しは先輩を信用しろよ」

「信用してますとも、先輩のその度を超えた優しさもといお人好しさは」

 

 盛大に皮肉を返してやると先輩は不機嫌を通り越して辟易とした表情になる。

 いけない、ちょっとしつこ過ぎたかも。

 

「なんか…キャスターとライダーが移ったんじゃないのか桜。日に日に態度がキツくなっていく気がするんだが」

「残念ながら先輩、これが魔術師()の本性なのですよ」

「う~む、可愛かった後輩が変わってしまった事に嘆くべきか、飾らない素の顔を見せてくれた事に喜ぶべきか」

 

 うわぁ、いけない。

 高々可愛いという一言だけであからさまに胸が高鳴ってしまう。

 今まで先輩に見せてこなかった魔術師の顔(一面)を明かす様になったとは云え、本質の部分は毛ほども変わっていない。

 変えるつもりも毛頭無いのですが。

 動揺を悟られない様に努めて冷静にしながら口を開く。

 

「そんな深刻に捉えないでくださいよ…別に今までの態度が嘘って訳じゃないんですから、って朝も同じ様な事言い合いましたよね?しつこいのはお互い様なんじゃないですか?」

「あ~、はは、そうかもな。いや、でも待て。桜と俺じゃ意図的とそうじゃないという違いがある。おあいことは言えないんじゃないか」

「それはそれで天然の方が質悪い気がしますけど…じゃあしつこくない先輩は教えられた事を忘れちゃっても聞き直したりしないんですね?」

「ぬぐ、さ、さっき教えられた事くらいならなんとか…」

「ステータスのA~Eにはそれぞれ内部数値が決められていて、それとは別に一定条件下で発動する+や-の補正を持ってるサーヴァントも居るんですよ。ですから単純にアルファベット順で能力の優劣は付けられません。あとスキルにもクラス別スキルや固有スキルと大別されるものがありまして、これにもステータス同様+-等の補正が付くものがあります。宝具にも対人、対軍等の種別がありましてこれによって用途や規模が違ってきます。他にも属性や知名度補正とか色々とサーヴァントの性質、性能を左右する要素が───」

「ごめん、すまん、申し訳無かった…!だから頼む、今夜はここまでで勘弁してくれ…!」

「も~~、しょうがないですね~~」

 

 先輩の降伏宣言に私はこれでもかと云わんばかりの上機嫌で返した。

 なんか目的がズレてしまっている気がするが今はどうでもいい事ですよ。

 やっぱりカンペ作ろう…、と呟いている先輩の隣を鼻唄を歌いながら歩く───

 

 

 

 

 

約束された(エクス)───」

 

 

 

『───っ!!!サクラっ!!』

『マスター!危ない!』

 

「───勝利の剣(カリバー)ァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 ───出来た反応は身を強張らせる事だけでした。

 突如巻き起こった極光の発露に、私はどこまでも無力でした。




前半ブロッサム「私だけでも先輩に優しくしてあげないと…!」

後半ブロッサム「先輩を弄るのたーのしー!」


なんか桜ちゃんの性格がBBちゃんに寄ってきたな……おかしい、1話の桜ちゃんは純粋無垢な献身的後輩で決して先輩をからかって遊ぶ様な小悪魔系じゃなかったのに……まぁ可愛いけりゃいいな(思考放棄)

というか読者の9割が原作ファンだろうFateSSで今回の様な設定説明回は必要なのだろうか。でもあれやねん、こう、何気無い会話の中でイチャつく士桜をくどいレベルで描写したいねん…!

こんな展開がクソ遅い小説ですが、どうか今後も愛読よろしくお願い致します。



改めてもう一度。間桐桜さん、お誕生日おめでとうございます。


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12話 うっかりカリバー

この小説は紛う事なき作者の欲望によって構成されています。

すなわち、間桐桜と百合とSMとエロを隙『が無くとも』ぶちこんでいくという事だ。

という訳で『ガールズラブは念の為』タグは削除よー。


…サブタイと本編の温度差がひでぇ。


「調子はどう?セイバー」

「ええ…もう殆ど復調出来たかと」

 

 日が地平線の向こう側へ落ちて暫く、私は遠坂(自身)屋敷()の、セイバーへ宛がった寝室を訪れていた。

 セイバーは白いネグリジェを纏った上体をベッドから起こし此方に微笑みかけてくれる。

 その笑みからは無理に表面を取り繕った強がり等は見られず───でも召喚時に感じた圧倒的な覇気が若干薄れている様に感じた。

 例えるなら、体調不良ではないけど若干寝不足で頭がフラフラしているみたいな、特に問題は無いけどベストコンディションとは云えない的な状態なのだと思う。

 

「そっか。特に後遺症とかも残ってないみたいだし、ほんと良かったわ」

「凛の治療のお陰です。完全に霊核(心臓)を穿たれたあの状態から一日でここまで回復出来るとは。凛、貴女が私のマスターで良かったと、(つくづく)実感します」

「私だけの手柄じゃないわ。お父様が遺してくれた宝石()と、何よりセイバー自身が諦めず意志を折らなかったからよ」

 

 

 これは紛れもない本心だ、実際私一人ではどうしようも無かったと思う。

 

 ゲイ・ボルク、ランサーのあの魔槍の性能は本当に悪辣だった。

 因果逆転による必中効果、先に攻撃を当てたのはセイバーだというのにダウンさせられたのはこっちなのだから堪ったもんじゃない、ちょっとやそっとの妨害等意にも介さずありとあらゆる軌道で敵の心臓目掛けて(はし)る穂先…遠目に見ただけだけど軽くトラウマものよ。

 更にはどれだけ魔力を注いでも治せなかった()()の傷、恐らくは『治癒阻害』と『体内殲滅』の重複。

 敵を貫いた瞬間穂先が、まるでウニの様に四方八方に棘を生やして破裂し、心臓だけでなく体内のあらゆる臓腑をズタズタにする、おまけに治癒が出来ない様に呪詛を置き土産として残していく。

 正に不死すら殺す、対人において必殺の一突き。

 これに加えてセイバーはアサシンの毒を私を庇った際に喰らってしまった。

 文字通り泣きっ面に蜂、どれだけ耐久性に優れたサーヴァントでも息絶える他無い程に打ちのめされてしまった。

 

 それでもセイバーは生き残った。

 

 遠坂家秘蔵の宝石、私の十年分の魔力に相当し大抵の奇跡なら力業で発動させる事が出来る程の、圧倒的な神秘の結晶。

 聖杯戦争の切り札となるそれを早々にセイバーの治療の為使い捨てる事に迷いは無かった。

 それでも真名解放した宝具の呪詛に対抗出来るかは賭けだったけど、結果として何とか解呪と治療には成功した。

 ほんっとーにギリギリだった、セイバーの頑張りが無ければ失敗していたかもしれないくらいに。

 

 あの最後の一撃、直感でランサーを仕留め切れないと刹那で判断したセイバーは一刀を浴びせた後、直ぐ様全魔力を防御に回したと言っていた。

 結局宝具の一撃の前には焼け石に水だったけど、それでも()()ではなく()()に大量の魔力を回したお陰で心臓を破壊された後でもある程度の持ち堪えに成功。

 そしてこれは完全に幸運だったのだが、槍の穂先から分裂した棘が各内臓を串刺しにせず掠める様に傷付けたものばかりだった事も大きかった。

 直感と魔力放出、Aランク以上の魔力と幸運、セイバーの有するスペックがそれぞれフルに働いてくれたからこその、勝ち。

 

 私とセイバーは死の運命に勝てたんだ。

 それがシンプルに、凄く嬉しかった。

 

「あ~~、もうほんと良かった~~、ありがとうセイバー」

「な、ちょ、凛」

 

 何だか唐突に、目の前の少女が堪らなく愛おしくなってその頭を胸に掻き抱いた。

 頬を赤らめて驚いているセイバーが可愛い──────嗚呼、ほんとに。

 

 

「ありがとう、ありがとうセイバー。生きてくれてありがとう」

 

 それだけだ。

 使った宝石の出費も、優雅とは程遠い無様を晒した事も、今はこれっぽっちも気にならない。

 只々セイバーが目の前で動いて、喋って、息をして、温かくて─────ヤバ、今度は涙腺が緩んできた。

 

「…お礼を言わなければならないのは私の方です。ありがとうございます、凛。繋ぎ止めていただいたこの命、全て貴女に捧げます」

「ちょ、やめてよもう、マスターがサーヴァントを助けるのは当然の事なんだから。変に気張らずにふつーで良いのよふつーで」

「ふふ、そうですね。では主君を護る為に全身全霊を尽くすとしましょう。騎士として至極普通の行いです」

「む……騎士なら主君を残して勝手に死ぬなんて間抜けは起こさないで欲しいんだけど?」

「勿論です。この戦争を終えるまで、必ずや貴女を護り抜きます」

「昨晩死にかけてたのは何処の誰よ、ったく…」

 

 お互いに遠慮があるんだか無いんだか、自分のスタンスを曲げない私達の応酬は妥協点を設けず、でも何だかんだ収まる所に収まった。

 セイバーは真面目で良い娘なんだけど、どうにも度が過ぎている様にも感じる。

 しかもそこに頑固さまでプラスされるとなれば相性の悪い相手とはとことん相性が悪いだろう。

 

 ───セイバーのブリテンが崩壊したのは、この長所と短所がハッキリとし過ぎている性格のせいなのかもしれない。

 

 ふとそんな事を思い──連鎖的に考えてしまった。

 セイバーの願いって何なんだろう。

 いざ思い至ると気になってしまうのが人の(さが)って奴よね、っていうか何で私、今の今まで確認するどころか聞こうという発想さえ思い浮かばなかったのかしら。

 この戦争の性質上、信頼関係を築く為にはパートナーが聖杯に託す願いを把握しておくのが必要不可欠なのに。

 初対面時のコミュニケーションが完璧過ぎたせいねこれは。

 ふむ、別に遠慮する理由も無いし懸念事項はさっさと取っ払っちゃた方が良いわよね。

 よし聞こう、直ぐ聞こう。

 

「ねえセイバー、貴女が聖杯に託す願いって──」

 

 

 ───キ、ィィイイイイイン

 

「っ!」

「!凛」

 

 不意に、頭蓋の中で直接振動する様な、鮮明な刺激が私に届いた。

 

 これは遠坂の屋敷及びその周辺の敷地内に施された侵入者探知の結界による警告だ。

 つまり何者かが、時期的にほぼ間違いなく聖杯戦争の参加者が強襲目的で家にやって来たという事。

 セイバーも敵の気配を察知したらしく、直ぐ様ベッドから降りるとネグリジェ姿から召喚時のバトルドレス姿に変身する。

 

 

「敵ね」

「ええ、しかもこれは…サーヴァントの気配が二体です」

「なんですって?」

 

 セイバーの相槌に付け足された情報に、思わず疑問系で返してしまった。

 自身と自身の使い魔以外は全員敵のバトルロワイヤルで、サーヴァント同士が戦う事無く此方へ向かってくる。

 それはつまりどこぞの陣営が同盟を結んでいるという事だ。

 まだ戦争は始まったばかりだというのに随分と手が早いやり手が居る様だ…いや、或いは戦争の準備期間中に予め盟約を結んでおいたのか。

 昨日のランサー組と云い、今回の聖杯戦争に参加している連中は曲者揃いらしいわね。

 楽観視していた昨日の自分をぶん殴りたくなってくる、逆に燃えてもくる訳だけど。

 

「凛、此方も出ましょう」

「うーん、ちょっと待ってセイバー……ったくタイミングが良いんだか悪いんだか」

 

 只管好戦的なセイバーに私は難色を示してしまう、でもしょうがないじゃない、セイバーはまだ病み上がりなんだから。

 確かにほぼ回復はしているが、まだ若干のダメージを引き摺っている状態のセイバーじゃあサーヴァント二体を相手取るのは厳しいものがあると思う。

 まあとっくに治療を終えているのは不幸中の幸いね、もし昨晩の治療中に襲撃されたら最悪だったけど。

 

 昨晩のボロボロ状態よりは遥かにマシだが全快ではない、そんな状況で敵が二体…イマイチ判断に困るわね、此処は常勝の騎士王様に判断を仰ぎましょう。

 

「セイバー、いける?」

「…すみません、正直今の私では厳しいかと。ですが一方的な展開にはならない筈です。宝具(切り札)を切れば最低でも撤退には追い込めます」

「そっかぁ~…」

 

 やっぱりセイバーの考えも私と似たり寄ったりみたいね、どう転んでもおかしくないビミョーな状況、ここは生き残る事を第一に考えて戦略的撤退を視野に入れるべきか───

 

 

 いや、それは無いわね。

 確かに逃げる事も戦いだ、不利な状況で突っ込んでいくなんて行いは下の下だろう。

 

 だけど。

 遠坂の屋敷(ここ)を捨てたくは無かった。

 お父様から受け継いだ家、長年管理し、支え、魔術を研鑽してきた私のホームグラウンド。

 

 そして何よりも、(あの娘)との思い出が詰まった実家。

 万が一あの娘が間桐(潰れかけの家)に居られなくなった時、立つ瀬が無くなった時、最後の拠り所になれる様に、何時でも帰ってこれる様に。

 ここだけは、絶対に守り通したい。

 

 

 

「───出ましょうセイバー。遠坂のホームに土足で踏み入る愚を思い知らせてやるわ」

「ええ、行きましょう凛」

「っと、ちょっと待ってセイバー」

 

 私の言葉に力強く頷いて部屋を出ようとするセイバーを止める。

 

 

「───いぃ~こと思い付いちゃったわ」

 

 天恵が降りてきた、一発逆転の策を。

 自然と頬が吊り上がる、私の表情を見たセイバーが若干引いている様に感じた。

 

 

 

 

 

 ほんの1、2分後、私とセイバーは屋敷の地下室にあるとある扉の前に立っていた。

 

「凛、この先には何が…?」

「特に何かがあるって訳じゃないわ。屋敷の敷地内と外に通じる地下通路よ」

 

 扉を開け、電灯等の灯りが一切無い通路を月長石(ムーンストーン)で照らし、歩きながらセイバーに説明する。

 

 

「奇襲を仕掛けるわ。セイバー、通路を抜けて敵の近くに出たらエクスカリバーで纏めて吹き飛ばしちゃって」

 

 そう、これが私の策。

 この地下通路は遠坂の屋敷に昔から施されている、いざという時の非常口みたいなもので、敷地内外のありとあらゆる場所に出口が繋がっている。

 敵の位置を捕捉しつつ、背後に当たる出口から飛び出て不意討ちを喰らわす。

 エクスカリバーなんて最強の聖剣にして究極の一振りを意識外から受けて対処しきれるサーヴァントなんて早々居ない筈。

 これならセイバーの調子が多少悪くても関係無い、相手に行動させる前に倒してしまえばいいんだ。

 

「…成る程、了解しました。ですがよろしいのですか、聖剣を解放する以上、周辺への被害は計り知れないものになりますが…」

「この屋敷は住宅から離れた山の中だし、基本的には大丈夫だと思うわ。まぁそこは上手い事調整してよ」

「肝心な所がアバウトですね…分かりました。威力、角度、諸々に細心の注意を払いましょう」

 

 苦笑しながらも了解の意を示してくれるセイバー。

 …少し意外ね。

 

「なんか、意外ね」

「?何がですか」

 

 おっと、声に出てしまっていたか。

 しょうがない、このまま勢いで聞いちゃえ。

 

「いや、セイバーって騎士道とか、正々堂々みたいな流儀に拘るタイプだと思ってたから。私の策に対して何も文句言わないんだなーって」

「…確かに、出来れば騎士として誠実に、面と向き合って相手との決闘に(のぞ)みたいという気持ちはあります。ですが相手側がそれに合わせてくれるとは限らないでしょう。いや、寧ろそういった此方の誠実さを利用して裏をかいてくる手合いの方が遥かに多い。本当に守りたいものを守る為ならば、その様な心の贅肉は捨てて事に当たるべきだ」

 

 心の贅肉、私もよく使うその言葉。

 成る程、セイバーは騎士として王として、国を守る為にこうやって自分を殺し続けてきたのか。

 ────なんだろう、なんかちょっと──

 

「それに」

「ん?」

「先程の凛も、私と同じ気持ちだと…覚悟を決めた顔をしていました。何か、守りたいものがあるのでしょう?」

「…ええ、そうね」

「ならば是非もありません。マスターにとって大切なものは、私の大切なものでもあります。それを守る為にこの剣を振るう事に、一体何を躊躇う必要があるでしょうか」

 

 真っ直ぐに私を見据えてくれるセイバーに、思考が切り替わった。

 パートナーが此方の気持ちを汲んでくれているんだ、へまは出来ない、改めて覚悟を決める。

 

「ありがとうセイバー───頼んだわよ」

「はい、任せてください」

 

 私は結界とリンクさせた感覚を頼りに、敵の不意を突ける位置取りの出口までセイバーを伴って歩いていった。

 

 

 

 ─────正直この時の私は、自覚無しで結構焦ってたんだと思う。

 せめて使い魔を飛ばして相手の顔を確認するくらいはしとくべきだった。

 ()に恐ろしきは遠坂の血か。

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 進行方向の斜め前方、林の陰から突如巻き上がった神秘の光。

 剰りにも膨大で圧倒的なその気配に、私は五体を硬直させてしまい。

 ライダーとキャスターさんの叫び声、隣で先輩が戦慄する気配、どこか他人事の様に感じるそれらの事象、此方に向かってくる光の壁がスローモーションみたいに遅く見えて───

 

 

 ───私は為す術無くその瀑布に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────……… …   …… … ………

 

 

 瞼が、開かない。

 

 

 ────……………っ ……、…

 

 

 耳も、聴こえない。

 

 

 ──……………っ!……っら!!さ  っ !

 

 

 四肢は、微かに動く。

 よかった、取り敢えず、まだ死んでない。

 

 

 

「サクラっ!!確りしてくださいサクラっ!!」

「───………っ、ライ、ダー…?」

 

 何時の間に意識を失っていたのだろう、覚醒し始めた脳と五感が最初に捉えたのは目の前で必死に叫ぶライダーの存在だった。

 相変わらず両目はバイザーで隠されているけど、それでも必死の形相だと分かる程の悲痛な叫び声、私を抱き抱える腕にも凄く力が入っている。

 

 私が反応を示した事に安心したみたい、目に見えて全体の雰囲気が弛緩する。

 

「サクラっ……!ああ、良かった…!すみません、こんなにもすぐ傍に居たのに……守り切れませんでした」

「一体…何が…」

「敵サーヴァントの宝具による不意討ちです。凄まじい破壊力でした…申し訳ありません、桜を抱えて離脱するのが精一杯で…まともに防御する事も出来ませんでした」

 

 私の質問にもなっていない曖昧な呟きにライダーは簡潔に答えてくれた。

 未だにモヤがかかった頭で漠然と敵に襲撃されたという事を認識する。

 となれば、何時までもお荷物になっている訳にはいかない。

 遮二無二、魔術回路に魔力を流して生命力を循環させると共にその際の疼痛(とうつう)で心身を刺激する。

 私の魔術属性『虚』は『目に見えない不確定を操る』、つまり精神や魂と云った霊的要素に強く作用する、適当に魔力(オド)を体内で廻すだけでも自身の意識を活性化させるくらいは容易い。

 

 

「んんっ、ぐ………!?ゎ、ちょ、きゃっ!?」

「っ、ん…」

 

 ものの数秒で完全に復活した私でしたが、状況を確認するや否やライダーの背中に両手を回してすがり付いてしまいました。

 その際思いっきりライダーの胸元に顔を(うず)めてしまい、ライダーが苦し気に呻いた。

 痛かったかな?

 でも今の私にライダーを気遣う余裕は無い。

 

「た、高いよライダー…」

 

 そう、今私とライダーは、ライダーの使い魔であるペガサスに乗って遥か上空を旋回していた。

 先程のライダーの説明からして、敵サーヴァントの宝具(攻撃)を回避する為に私ごとペガサスに騎乗して地上から離脱した、という事なのでしょうが…。

 普段なら、重力操作の魔術を用いればこれくらいの高度、安全に降下出来るので別に恐くない…筈なのですが、気が付いたらいきなり空中というのは流石にビビってしまった。

 

 というか今更ですが、体のあちこちからヒリヒリジリジリとした痛みが伝わってきた。

 守り切れなかったというライダーの言は事実らしい、決して命に関わる様な重傷ではないですが、酷く火傷してしまっている箇所が多々ある。

 認識した途端そちらに注意が逸れてしまうのが人間の脳もとい神経の厄介な所で、加速度的に増していく痛みに私は短く声を漏らして顔を顰めてしまった。

 私の様子に気付いたライダーが心底申し訳無さそうに項垂れる。

 

「…本当に、申し訳ありませんサクラ。ペガサス(この子)は護りに関しては竜種に匹敵する程なのですが…先の光の一撃は対城宝具クラスの規模でした。防御態勢を維持しながらの迅速な離脱は困難で………私とこの子を犠牲にしてでも貴女を守り切るつもりだったと云うのに…結局は貴女に多大な苦痛を──」

「やめてライダー」

「!」

 

 

 聞くに堪えなくて私はライダーの言葉を強引に中断させた。

 多大な苦痛?剰りにも滑稽だ。

 ライダーも、そしてよく見るとペガサスも、私なんかよりよっぽど酷い傷を負っているというのに。

 至近距離でバイザー越しに隠された双眼を見詰める。

 

「さ、サクラ…?」

「過保護が過ぎるわ。それは貴女の長所でもあり短所よ。今回の事は敵が(うま)かった、そして私が油断し過ぎてた、それだけです」

「そ、それは違います!」

「違わないわ。周囲への警戒を貴女に任せっきりにして注意すらしなかった私が馬鹿だったの。監視の使い魔を放つくらいは幾らでも出来たのに。確かに貴女のペガサスの性能がもっと高ければ無傷で凌げたかもしれない。でもそんなたられば全く意味はないわ。貴女はあの状況で自分に出来る最善を発揮した。そのお陰で私達はちゃんと五体満足で生き残れたの───だから、謝らないでライダー。護ってくれてありがとう。それで……ごめんなさい、私はマスター失格です」

 

 言いたい事を一気に言って、頭を下げた。

 ライダーに抱えられ半ば密着しているので首だけでの謝意になってしまったが、本当なら今すぐ土下座して顔面で地面を陥没させたい、なんならライダーの靴の裏を舐めたい。

 ほんとに、もぅ、やだ。

 自己嫌悪が止まらない、自分が情けなくって死にたくなってくる。

 

「やめ、やめてくださいサクラ!頭を上げてください!」

「いや、やめない。頭も上げない。ねぇ、早く下に降りて。じゃないと土下座が出来ないわ」

「支離滅裂ですかっ!今下には敵が居るんです、降りるのは危険ですよ!」

「下に……下に…?」

 

 

 

 下には敵が居る。

 ライダーの言葉を聞いて、思い出した。

 いや、寧ろ何故今まで忘れていたの?

 

 下には敵。

 なら、先輩は、何処?

 

 私は尾を踏まれた猫の様に、総身を跳び起こして周囲を見渡した。

 無論、空中に何らかの物体が浮いている筈が無い、周囲には何も無い、先輩もキャスターさんも居ない。

 

 一気に血の気が引く。

 嘘だ、嘘だと、子供の様に心の中で只々否定の言葉を唱える事しか出来ない。

 私はライダーに(すが)りついて震える声で訊いた。

 

「…ぁ、ライダー…先輩は、何処?」

「………」

「ねぇ…どうしたの?ライダーってば。お願い、何か、何か言って」

 

 僅かに顔を逸らして私の問いを黙殺するライダー。

 くそっ、心臓がうるさい。

 やめて、違うってば、そんな、そんな事がある訳───。

 

 

「──シロウとキャスターは、光の波に呑まれて姿を消しました。恐らく、生きてはいないかと」

 

 

 

 

 

 ───────心臓が、数秒止まっていた。

 世界から、音が消えて、色も失せて────。

 

 

 

 

 

 私はライダーを突き飛ばす様にして、私を抱えていた腕を振り(ほど)いた。

 そのまま宙に身を投げ出そうとして、泡を食ったライダーに再び捕まった。

 

「っ!!な、にを!しているのですかサクラっ!!?」

「ぅう、あ、あああっ!!!離してライダー!離して!ねぇ離してってば!離せっ!!!」

「この高さから落ちたら死にますよ!貴女はサーヴァント(英霊)ではなくマスター(人間)です!」

「重力制御の魔術くらい使えるわ!!」

「それでもです!今言ったばかりでしょう!?下には敵が居るんです、降りてはいけない!」

「何で!?何で降りちゃいけないの!?だって先輩が、先輩が危ない…先輩が死んだとは、限らないじゃない!私みたいに、いや、私より酷い怪我して、動けなくなってるかも…は、早く、早く見付けて、治して、護って…私が!私が行かなきゃいけないのっ!!!」

「っ…!…無駄です、あの完全に不意を突かれたタイミングから無傷での回避はまず不可能。ペガサス(この子)ですら防げない一撃を凌ぐ手段は──」

 

 

 埒が明かない、私は左手に宿る魔力に指向性を持たせた。

 

「令呪を以て命ずる!!」

「!?」

「ライダー、私が地上に着くまでうご──」

 

 ビュッ      ゴ ォ!!!

 

「───っ!!ぎ…」

 

 舌を噛んだ。

 いきなり急降下したペガサスの動きによる慣性と風圧に下顎がカチ挙げられ、思いっきり舌を挟んでしまった。

 鉄の味が口腔に広がる。

 

 私が痛みに悶えている間にライダーが鎖を使って私を拘束した。

 生半可な制止では埒が明かないと向こうも判断したのか、後ろ手に捻り上げた腕から揃えた脚まで、上から下まで鎖一本でグルグル巻きの簀巻きにされてしまった。

 獲物に巻き付く蛇の如き早業、更には相手の体を無駄に痛めない様に、体の一部分だけに体重や絞まりがかからない様に、全体的に分散された縛り。

 でもそれ故に頑丈な拘束、ご丁寧に猿轡の如く口にも鎖を咬まされた、これでは呪文の詠唱も行えない。

 一瞬で、完全に物理的な抵抗を封じられてしまった。

 

「落ち着いてください、マスター」

「っ!えぅ……んん!」

 

 でもこんなんじゃ気勢は欠片も()がれなくて。

 ライダーの足と足の間に座らされ後ろから抱き締められる様に捕まえられながらも身を捻り続けた。

 

 こんな、こんな事してる場合じゃないのに!ライダーの馬鹿!こんな……こんな、不様な私なんてもう放っておけばいいのに。

 あれだけ偉そうに知識を披露しておきながら、先輩を守れなかった。

 こんな醜態を曝して令呪(マスターの権限)で無理矢理言う事聞かせようとして、ライダーにも失望された。

 

 あんな、あんな……!

 色事に(かま)けて、先輩の誠実さに、ライダーの頼もしさに甘えて…!何がゆっくり心を構えてくださいよ、私の方がよっぽど──

 

 

 

「マスター」

「─────っ!?」

 

 

 ゾルリ、と。

 肩と腰が跳ねた。

 突然の、意識外から冷水を浴びせられた様な予想外の刺激、それによって心が忘我に似た形で沈静化していく。

 

 ライダーに撫でられた。

 

 どの箇所かは判らない。

 でも確かに、肌を直接撫でられた感触だった。

 私、服着てるのに…?

 

 

「どうやら言葉で大人しくさせるのは、今は無理な様ですね」

「ふ、ぁ…?」

 

 左耳のすぐ近くでライダーの声がする。

 大人特有の低さと女性特有の甘さで織り成された美しい響き。

 体の芯に染み渡ってくるかの様なその声に五感が絡め取られる。

 再びライダーの手が動いた。

 

「っっ!?!?」

「ふふ、どうしました?急にしおらしくなった様ですが」

「───ぁ、~~っ!い、あ…」

 

 

 ヅクンヅクンと。

 ライダーの掌が、指が私を這うごとに、心臓の音みたいな、激しい痙攣みたいな感覚が私を苛んでくる。

 ()()は、既知のものだ。

 生涯の殆どを通じて慣れ親しんだもの、心身を(ひた)してきたもの。

 快感という、下手な毒よりよっぽど抗いがたく、人の尊厳を犯し尽くす毒。

 

 ああ、しまった、そういう事か。

 何故厚着をしている私の肌にライダーが直接触れるのか、何て事はない、もう既に服が無いからだ。

 たぶん敵の宝具を受けた時でしょう、身に付けていた上着が焦げ落ちてその面積の殆どを喪失している。

 幸い一番上のコート以外にはあまり被害が無い、下着もギリギリ見えないくらいのラインです…が、無遠慮に(まさぐ)られたら直ぐその下を露にされるくらいにはボロボロでした。

 

 脇腹、お腹、背中の腰部分、腿……そして、それらの()()、その()

 今朝のじゃれ合いなんて目じゃない、明確に私を堕とそうという嗜虐の意思がライダーの(たく)みな指先一つ一つの動きに宿っている。

 抵抗の手段は既に封じられている、後はもう奴隷として屈服させられるのを待つだけの無力な小娘が今の私。

 

 嫌だ、これ…ライダーやめて。

 今は、今はそんな気分じゃない、そんな状況でも空気でもなかった、感じたくない、これ以上されたら私───

 

「い、やぁ…!」

「マスター」

 

 ライダーが濡れた左手で、猿轡と唇の隙間から溢れ出た涎を拭いながら私の両目を塞ぐ。

 それと同時に私の首筋に歯を突き立てた。

 

「っっっ!!!──────は、ぁぁ…~~~っ!」

「申し訳ありません、暫く眠っていてください」

 

 

 ───ライダーのその言葉を聞き届けたと同時に、私の意識は暗黒に堕ちた。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

 普段はバイザーとして自身の魔眼(キュベレイ)を封じる為に使用している対人宝具。

 対象に悪夢を見せて意識と能力を結界内に封印、外界への干渉を完全に遮断する。

 これを桜に浴びせて一時的に意識を奪った。

 ですが膨大な本数の魔術回路を有し、魔術師としての力量も高い桜、おまけに虚数という概念的干渉を得手とする彼女に、只闇雲に魔力を浴びせても直ぐ様結界を看破される可能性があった。

 なので先ずは肉体的接触で感情を昂らせて魔術を行使する余裕を奪い、とどめに吸血でより直接的に私の魔力を流し込んだ。

 結果は見ての通り、先程までの気炎を上げんばかりのヒステリック少女はもう居ない、これなら確実に一時間は効果を持たせられるだろう。

 

 無惨なボロ布と化した衣服が殆どその意義を為さない程に乱れ、後ろ手の拘束と押し込まれた猿轡が服従を強制させる。

 無理矢理抉じ開けられた口腔から垂れ落ちる唾液が、後悔、焦燥、悲哀、憤怒、羞恥、様々な感情で歪み切った面貌を濡らし、背徳的な欲求を私の内に募らせ、グジュグジュと煮え腐らせる。

 

 ええ、役得ですとも。

 

 

「等と巫山戯ている場合ではありませんね…」

 

 こうして上空に待機している間に考えを纏めた。

 

 桜を抱えて回避する刹那、確かにその真名と(きら)めく刀身、人間達の願いと希望が集約された幻想の一刀を見聞きした。

 エクスカリバー、彼の高名なブリテンの騎士(アーサー)王が振るったとされる、聖剣の頂点。

 となると今回の聖杯戦争におけるセイバーのクラスはアーサー王、そしてセイバーを召喚したのは自身の姉だと桜は確信していた。

 

 ───つまり、先の奇襲は桜の姉とそのサーヴァントによるものだと云う事。

 ───桜の姉は、自身の妹だろうと容赦無く排除しようとする魔術師だと云う事。

 

 

『遠坂凛姉さん、私が世界で一番尊敬してる人』

『あの人ならきっと、最後の瞬間まで私の事を見てくれるから』

 

 

 総身が強張っていく、沸々と沸き上がってくるのは紛れもない憎悪。

 昼間に聞かされた姉への暖かな親愛、全幅の信頼、限り無い憧れ。

 魔術師とは思えない程に人格者である桜の姉、それだけでも私の中での遠坂凛に対する心象は好かった、加えて桜本人の御墨付き、何だかんだ言いつつ上手く同盟は組めるのだろうと楽観していた。

 その結果が、これなのか。

 万能の願望器を手に入れる為なら、所詮姉妹の情等切って捨てられる様なものなのか。

 桜の、この娘の純粋な想いを、踏みにじってまで…!

 

 己の魔性が反応する、今すぐ我が宝具を解放して地に蔓延っている畜生共を塵に還してやりたい衝動に駆られる───が、意識を奪った桜を伴った今の状況で(はや)ってはならない、先ずは桜を安全な場所に退避させなければ。

 ─────報いを与えるのはその後だ。

 

 私はペガサスに指示を出して遠坂邸から離れる。

 もう二度と、何人たりともマスターは傷付けさせない。

 決意を新たに桜を抱く腕に力を込めた。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 ライダー達が飛び去ったその場に、タッチの差で羽虫達がやって来た事に憤るライダーが気付く事はなかった。

 

 

          ∵∵∵

 

 

「ああ~…間に合いませんでしたか」

「っ!?」

 

 直ぐ近くの林の中から聞こえた声に私は驚愕する──も、直ぐ様剣を構えて振り返った。

 戦場では一瞬の猶予、油断が勝機となり、また命取りとなるのだから、呆けている場合ではない。

 

「すみませんマスター。使い魔を翔ばして此方の無事を伝え様としたのですが…タッチの差で擦れ違ってしまった様です」

「そうか…でもライダーが健在って事はマスターの桜も無事な筈だ。取り敢えず良かった」

 

 林の陰から歩み出て来たのは純白の長髪を優美に流した女性のサーヴァントと、そのマスターらしき赤毛の少年だ。

 サーヴァントの服装は肌が殆ど露出していない生地が多目のゆったりとしたもの、お世辞にも近接戦闘を行う騎士の装いには見えない。

 アサシンがこんなにも堂々と喋りながら敵の目の前に出てくる等あり得ない、だがマスターと確り会話を成立させている様子からしてバーサーカーでもない、となるとアーチャーかキャスターか。

 

 まぁどちらにせよ問題の無い話だ。

 セイバーは自分、ランサーは昨夜刃を交えた男、クー・フーリン、クラスの重複が起こり得ない聖杯戦争のシステム下において、この時点で目の前のこのサーヴァントが白兵戦最強の二騎の内のどちらかである可能性は皆無。

 であるならば、相手がアーチャーだろうとキャスターだろうとそれ以外のクラスだろうと、この至近距離では私の敵足り得ない、魔力放出を用いて突貫、一刀の下に斬り捨てればそれで片が付く。

 

 だが私は動かなかった。

 彼我の距離が数メートル程しか離れていないと云うのに、目の前で会話をしている二人が欠片も此方を警戒していないのだ。

 どことなくその和んだ雰囲気に気後れするというのもあるが…真の問題は、私の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点だ。

 確かに周囲へ無闇に被害を出さない為に、又昨夜心臓を破壊された影響で魔力がまだ完全に回復していなかった為、威力はかなり抑えた。

 それでも真名解放した対城宝具(エクスカリバー)の一撃だ、大抵のサーヴァントならこれを受けて無事でいられる道理は無い。

 ましてや如何なる防御措置も取らせない程に完璧なタイミングでの奇襲だったのだ、無防備に等しい状態でそれを受けて消滅しないどころか無傷なんて事が──

 

 

「あの、すみません。お話、よろしいですか?」

「っ!?」

 

 サーヴァントが、此方に歩み寄りながら話し掛けて来た。

 剰りにも無防備なその様子が逆に不気味に映る、まるで私の剣等恐れるに足りないと云わんばかりに。

 

「…っ!」

「……ぁ~、っと」

 

 警戒心から自然と手に力が籠っていたらしい、カチャリと小さく鳴った剣を前にして、漸く白のサーヴァントは歩みを止めた。

 言葉を選ぶ間を稼ぐ様に、視線を泳がせ手を持て余す。

 

「初めましてセイバーさん。いえ、アーサー王と呼んだ方が良いでしょうか?」

「……セイバーで構いません。何処に敵の目があるか分からない以上、あまり真名を明け透けにされたくはありません」

「そうですか、ではセイバーさん、と」

 

 そう言ってニコリと笑う目の前の女性からは、やはり毛ほども()()を感じない。

 殺意や殺気を隠す事に長けた者は生前数多く見てきたが、敵意まで隠せる者はそう居なかった。

 人間とは日常生活を送る上ですら周囲に対して大なり小なり何かしらの警戒心を抱いているものだ、それが戦場なら尚の事。

 だと云うのにこのサーヴァントにはそれがない。

 何度でも云う、逆に不気味だ、一体何を考えているのかまるで分からない。

 

「先ず一つお聞きしたいのですが、貴女は遠坂凛さんのサーヴァントで間違いないですか?」

「────」

 

 分からない、何を企んでいるのか、どこまで答えてもいいのか。

 いけない、頭を働かせろ、相手の狙いを読め、マスターを護る為にすべき最適解はなんだ──

 

「───衛宮、くん?」

「っ!」

「っ、遠坂」

 

 思わずといった様子で、誰かの名前──恐らく目の前の敵マスターの名前──を溢しながら凛が林の陰から歩み出て来た。

 

 ──────衛宮?

 

 聞き覚えのあるその名前に、思考が一瞬停止した。

 

「遠坂凛さんですね?」

「っ!…そうだけど、何?」

 

 身構えながら敵の問いに正直に答える凛、それに対して笑みを崩さないサーヴァント。

 

「良かった、桜さんの予想はちゃんと当たっていた様ですね」

「ぇ…桜?」

「はい。あ、申し遅れました。私はキャスター、此方の衛宮士郎さんのサーヴァントです。今、貴女の妹の間桐桜さんと同盟を組ませて貰っている者です」

「は、へぇあっ!?ちょ、え、何!どういう事!?桜って……え、まさか……今飛んでいったのって…?」

「あぁ~ははは…はい、そういう事です」

 

 

 サーヴァントの返答を聞き届けた凛はこの世の終わりと云わんばかりの表情になって思いっきり膝を着いた。

 両手も着いて項垂れながら何事か呟くその姿は幽鬼の如く憔悴し切っている。

 

「終わった………桜に嫌われた」

「り、凛!?一体どうし──」

「お、おい!どうしたんだ遠坂!」

「──っ!近寄るなっ!貴様等、我がマスターに一体何を!!」

 

 目の前の、キャスター陣営に対する私の警戒心は最大限にまで高まった。

 ()()()と同じ名を冠する少年、恐らくは息子だろう、それだけで脅威と判断して剰りある。

 私はもう二度と隙は曝さぬと己に誓って、油断無く二人に剣を向けた。

 

「ま、待て!待ってくれ!俺達に敵対の意思は無い!」

「黙れ!問答は無用だ、貴様等のやり口は分かっているぞ()()。今すぐ此処で叩き斬ってくれる」

「?どういう…兎に角だな、今日此処に来たのは桜、さっきキャスターが言ったが、そっちのマスターの妹に提案されたからなんだ。遠坂と同盟を組もうって」

「同盟だと?」

「ああ、重ねて言うが俺達に敵対の意思は無い。頼む、これ以上状況をとっ散らかさない為にも、一先ず話をさせてくれないか」

「………」

 

 両手を挙げて無抵抗の意を示しながらそう話し掛けてくる衛宮。

 その表情は至って真摯なもの、嘘や演技の類いが含まれている気配は感じ取れない…が、やはり油断は出来ない。

 その程度の腹芸やポーカーフェイスが出来る者等生前幾らでも見てきた、ましてや相手は衛宮、全てが相手の掌の上と思って動いた方がまだ利口だ。

 

「えぇ…いいわよ…話を聞こうじゃない」

「っ!凛!」

 

 何時の間に立ち上がっていたのか、未だに憔悴した気配を引き摺りながらゆらりと上体を起こす凛の言葉に、私は思わず顔を顰めてしまった。

 

「いけません凛。この者達の口車に乗っては、どの様な辛酸を舐めさせられるか分かったものではありません」

「あ~っと、セイバー?貴女が何をそこまで警戒してるのか分からないけど、たぶん衛宮君なら大丈夫よ。さっきは驚いたけど…うん、結局それが素なのよねこいつは」

「しかし!」

 

 納得出来ない私は拒否の姿勢を崩すまいと引き続き凛に食って掛かるが、凛のそのどこか呆れたというか色々馬鹿馬鹿しくなったとでも言いたげな表情に、徐々に気勢を削がれてしまう。

 やがて私は徐に剣を下ろした。

 

「………分かりました。ですが、我がマスターを害そうとしたら即座にその首を()ねる」

「ああ、肝に銘じておくよ。ありがとう」

「それじゃー取り敢えず、家来る?」

 

 やはり表裏の無い、その真っ直ぐな感謝の言葉に私は僅かに面食らう。

 だが、何度でも私は己に言い聞かす。

 油断はするな、と。

 昨夜の様な失態は二度と犯さない、(マスター)を護る、その一心を己の中心に置いて私は三人に続いた。




桜「私何時になったら実家に帰れるんですか?」

なんかもう抑止力が遠坂姉妹の仲を引き裂こうとしてるんじゃないかなって(※伏線でもなんでもありません)

桜ちゃんとライダーさんの絡み…あれだよ、直接的な単語での表現はしてないから大丈夫だよ、これよりヤバイ描写の作品もハーメルンにあるし(震え声)

遠坂家の地下通路は独自設定、実際在ってもおかしくはないんじゃないかな?


ライダーさんがエクスカリバーを凌げたのはセイバーさんの調整+魔力不足による威力減衰と、ペガサスの竜種並みの護りのお陰です。それでも割りとボロボロですが。

キャスターちゃんは生前、姉のうっかりのせいで数回死にかけた事があったので万が一に備えて即座に緊急回避出来る手段を用意していました。


いやね、当初は普通に遠坂さん家に着いて普通に同盟結んで姉妹のイチャイチャ書く感じかなーって思ってたんですが、何故かみんな自分で勝手に難易度上げていくんですよ。どうしてこうなった…頼むから同盟組む前に自滅だけはしないでくれよ…。

次回もよろしくお願い致します。



P.S
ついさっき小説情報を編集してたら、評価の際のコメントの必要最低文字数が50文字になってる事に気付きました。そりゃ誰も評価してくれねーわっ!!
執筆開始から約2年間もこの事実に気付かんかったとか…orz
という事で0文字にしときました…これを気にバーに色付くといいな…ウン…。


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幕間 メドゥーサさんは不機嫌

お久しぶりです。
評価バーに色が付きました、しかも赤っ!!皆さんありがとうございますorz

今回は鬱回もとい蟲回もとい過去回想。

ですが臓硯さんが喋る度に「外道ムーブしてるけどこの後桜ちゃんにムシャムシャされる運命なのね…」と思いながら読んで頂ければギャグ回になります。


 サーヴァントは睡眠を取らない。

 霊体であり、既に生者では無い私達は食事も睡眠も必要とせず、同時に夢を見る事も無い。

 

 だが例外となる事例がある。

 サーヴァントはマスターとパスを通じて魔力を受け取り、精神的に、霊的に深く繋がっている。

 故にマスターが睡眠時にサーヴァントの生前の記憶を夢として見る事があり、また前者に比べて頻度は少ないがサーヴァントの方にマスターの記憶が流れ込む事もあるのだ。

 霊体化して最大限活動を抑制している、つまり休眠に近い状態の時、或いは何等かの要因でマスターとの繋りがより強固になった際にも走馬灯の如く、それと同様の現象が起こり得る。

 

 要するに、ほんの1、2分前に桜へ吸血を行い、多量の魔力を受け渡した私に桜の記憶が流れ込んでも何等不思議ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────地獄を見た。

 

 

 

 

 

(───ぇ)

 

 

 

 

 

 ───────地獄を見た。

 

 

 

 

 

(な、に…?)

 

 

 

 

 

 ───────地獄を見た。

 

 

 

 

 

(馬鹿な…こんな…こんなっ!?)

 

 

 

 

 

 ───────地獄を、見た。

 

 

 ───────既に終わった、地獄を見た。

 

 

 

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ!!!!!』

 

 絶叫。

 最早悲鳴という域に収まらない、まるでその総身そのものを音響装置にしたかの様な。

 張り裂け、弾け飛び、散々(ばらばら)の塵に還ってしまいそうな全霊の拒絶の意思。

 

『───呵々』

 

 悲痛という一言では言い表せないその有り様、常人では発狂せんばかりのおぞましさをその双眸に映して悦に浸る老人。

 視覚で感じるだけの記憶情報の筈なのに、魂まで毒されそうな腐臭が漂ってきそうだった。

 

『あ、があああぁぁ…ああ、ああっ!あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!も゛う゛、や゛、だあ゛あああっ!!!だずげ、だずげで…!…おね゛ぇぢゃ……う゛ぶ、ぐ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっっ!!!!!!!』

 

 叫ぶ。

 只管に、叫ぶ。

 類稀な才能を有していようと、未だ殻を破るどころか目を覚ましてすらいない雛である幼児(おさなご)は、その癇癪を以て目の前の現実への拒絶を示す事しか出来ない。

 

『お゛、ね゛えぢゃあん!ああああっ!!おどう゛ざん!おっ!!……が、ぁ、ざ………ふ、ううううううううっ!!!!』

 

 そんな無力な子供のささやかな抵抗等一切関知せぬとばかりに群がる異形。

 全身の素肌を這い回りながら体液に含まれる魔力を啜るモノ達は()()()()()だ。

 とうの昔に衣服としての意義を失ったボロ布、それに付着する涙や涎の跡、恐怖心から犯してしまった粗相の跡にすら卑しく群がるモノ。

 皮膚を喰い破り、肉を掻き削り、貪欲に瑞々しい血肉を貪らんとするモノ。

 

 ─────数多くの神秘性を内包する乙女の肉体において、最も重要な純潔の証明を成す場所、最も濃厚で甘露な魔力を()られるそこは、当たり前の様に奪わ(破ら)れていた。

 

『ぎゃぐう゛う゛う゛う゛う゛!!い゛、ええあ、はがばぁぁぁ、お゛ぶ、う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っっ!!!』

 

 苛烈にして膨大、過多に過ぎる感覚の波が怒濤となって童女の心身を苛む。

 剰りにも多量の不快さを伝達してくる触覚、既に認識という仕事を放棄した聴覚、絶えず肺を満たす悪臭を識別する嗅覚。

 最早拷問の域すら通り越したそれらの感覚情報により処理不全を起こした脳が不快感を訴え、視界が明滅する。

 全身に走る痛み、極度の短期的な精神負担(ストレス)で機能が鈍る内臓、それらも相まって己を保てなくなった童女は吐いた。

 その吐瀉物にすら異形は飛び付き、更なる糧を求めて童女の口腔に無理矢理侵入していく。

 

『ぐぼ、お゛っ!?ふぶ、ぅ………っ……っ!げ、ええええっ!!!』

 

 相手の心身の許容力を欠片も(かえり)みない凌辱、己の内に侵入してこようとする異物を排除しようと、自己の安定を図ろうと童女は再び嘔吐する。

 そして新たな餌を与えられた畜生達は歓喜する様に奮い起って童女を犯していく。

 

『ぶあっ、あ゛あ゛あ゛……あ゛!?ぎや゛、お゛ごが、ああああああああああああああああああっっっ!!!!』

 

 終わらない、終わらない、終わらない、終わらない、終わらない─────終わらない。

 痛みは絶えず、苦しさは増し続け、恐怖は絶望に取って代わった。

 

 遠坂桜───もとい、間桐桜にとって最初の地獄は、約12時間後に一先ずの終わりを迎えた。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 異形──蟲達が桜の体から離れ、退いていく。

 素直に蔵の壁に空けられた巣穴に戻っていくものも居れば、名残惜しそうに未だ桜から付かず離れずの位置でうろうろと這いずり回っているものも居る。

 そんな卑しい蟲共に嫌悪と畏怖の籠った視線を向けながら、間桐家の表向きの当主──間桐鶴野は桜に近付いていく。

 

 何も映さない虚ろな瞳、体力気力共に尽き果て最早自身では腕を持ち上げることすら叶わない。

 だが未だ過剰に与えられた凌辱による苦痛と快感の残滓が内側で渦巻き、その小さな体躯を小刻みに震わせている。

 そんな有り様の養子を、鶴野は憐憫と罪悪感、諦観──そして僅かな劣情を懐いて見下ろしていた。

 

『おい…おい、起きろ』

『っ…………っ…』

 

 抱き上げる等という事はしない、汚物(ゴミ)を道の端に退かす時の様に爪先でグシグシと鶴野は桜を蹴り突く。

 桜は僅かに目を動かし、喉から言葉どころか音にすらなっていない空気を漏らすのみだ、当然起き上がる事等出来ない。

 

『…っ!早く起きろ、起きないとまた酷い目に遭うぞ』

『………ぃ、ゃ……』

 

 そんな桜の態度に鶴野は焦りに似た苛立ちから声を荒げる。

 長年妖怪(祖父)に抑圧され、他人に面と向かって怒りを向けた経験が乏しいからか、その声色はどこか迫力に欠けていた。

 だが幼い桜にとってそれは十分脅威だった、もう一度今みたいな目に遭わせられるかもしれない、恐怖の色を滲ませた桜は無茶苦茶になっている自らの五体を全身全霊で動かす。

 

『風呂は沸かしてある。出たら直ぐ着替えてお爺様とお話するんだ』

 

 立ち上がった桜の手を引く様な事はせず、だが貰われたばかりで屋敷の構造を殆ど把握していないだろう桜が迷わない様に付かず離れずの距離を先導する様に鶴野は歩く。

 ふらふらと足を縺れさせ、何度も転びそうになりながらも桜は懸命に鶴野に付いていく。

 また痛い事をされるのは嫌だから、足下で奇怪な鳴き声を挙げる蟲に怯えながら桜は蔵の出口に繋がる階段を上っていった。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 風呂に入る。

 清潔な浴室と張られたお湯、さっきまで居た蟲蔵とは全く違う光景に僅かに心が上向く。

 だが自身の体に目を向ければ先程の暴虐の記憶が直ぐ様甦ってきて。

 震える体を両手で抱きながら桜はシャワーを浴びる、蟲達の体液で穢れ切った肢体を兎に角綺麗にしたくて必死に流すが、身体中に刻まれた裂傷に沁みるせいで中々上手くいかない。

 流れる涙は痛みだけによるものではない、先程与えられた地獄、家族と引き離され一人になってしまった不安、今後この屋敷(間桐家)で生きていかねばならない事への絶望。

 一人になって思考に沈む程、桜は悲しみに暮れる他無かった。

 

 結局桜が風呂から出たのは40分以上経った後、着替えた桜を出迎えた鶴野は特に何か言う事も、桜の身体中の傷を手当てする事も無く、再び無言で桜を先導する。

 やがて辿り着いた屋敷の奥、陽の光が射し込まない位置にあたる臓硯の私室に二人は上がり込んだ。

 

 

『うむ…よく来た。我が孫、桜』

『…っ…ぁ……ぅ……』

『……挨拶の一つも満足に出来ないのかお前は』

 

 僅かな数の燭台のみを光源とする薄暗い部屋、その奥のソファに腰掛けているのは間桐家の実質的な支配者、間桐臓硯。

 異常な迄に肉がこそげ落ち、皮と骨だけで形作られている皺の深い面貌、(あたか)も枯れ木の様な細々とした体躯、一見するといっそ哀れみすら誘う程に弱々しい外見の老人だ。

 

 だが桜は刹那でその心象を改めさせられる事となる。

 

 瞼の奥、深い深い(くら)さを携えた窪んだ眼球、総身に満ちるは己以外の一切を家畜、玩具と定める毒念、おぞましさすら覚える苛烈なまでの執念。

 生まれ持った属性が、()()()の事象、()()()()()()()()に干渉する『虚』故に、本能的に桜は()()()を感じ取ってしまった。

 目の前の()()が放つ、とても同じ人間とは思えない異様な気配、それに呑まれてしまった桜はまともに返事をする事も出来ない。

 そんな様子の桜を鶴野は再び忌々しげに詰った。

 

『っ…ご、ごめ…ごめん、なさい………』

『チッ、遠坂もとんだ出来損ないを寄越してくれたもんだ。こんな事なら姉の方を貰った方がよっぽど──』

『──鶴野よ、(さえ)ずるのもそこまでにしておくがよい』

 

 

 ビクッ!!と。

 一周回って不自然な程に肩を跳ね上げガタガタと震え出す鶴野。

 ギギギと錆び付いた機械の様に首を回し、恐怖の色をありありと浮かべた瞳を屋敷の支配者に向ける。

 

『呵呵呵、全く…迎え入れたばかりの童をそう苛めるでないわ。己より立場も能力(ちから)も弱き者の存在がよっぽど嬉しいと見える』

『あ、ぁぁ…ぁ、ひ』

『だが、それはお主のとんだ勘違いじゃ。見よ、心身共に何の備えも無しにあの責苦に晒されておきながら、心が壊れるどころか閉じてすらおらん。確りと自らの二足で地を踏み締め歩いておる。成熟した魔術師とて、あれに耐えられる者等ほんに一握りじゃ。この齢ともなれば尚更…呵呵、妹の方を貰って(まこと)正解じゃった』

『な…ぇ…』

『この娘の才は単に属性と回路数だけに留まらん。この様な()()をお主の自慰で使い潰されては…のぅ?』

『ひ、ひいいいぃぃぃやあぁぁぁぁ!?』

 

 筋肉にバイブレーションが埋め込まれたかの様にガタガタと異常なレベルで震え出す鶴野。

 最早痙攣という表現にすら当て嵌まらない程の恐慌ぶりだ。

 

『分かったのなら程々にしておくがよい。修練の補助すら満足に行えぬ様なら、愈々(いよいよ)以てお主を生かしておく理由は無くなるのじゃからな』

 

 

 間桐鶴野は失禁した。

 

 パブロフの犬、後天的に身に付いてしまった反射行動、明らかに正気を失った養父の有り様に桜は不安感と恐怖心を益々募らせていく。

 

 臓硯が立ち上がった。

 コツリコツリと杖を鳴らして桜に近付いていく。

 杖が鳴る度、臓硯が一歩を踏み締める度、桜はビクビクと体を震わせる、鶴野に至っては口から泡を吹き始めた、白眼を剥いたその醜貌は最早まともに意識を保っているかも疑わしい。

 

 程無くして、臓硯は桜の目の前にやって来る。

 お互いに手を伸ばせば触れられる程の至近距離、弄り甲斐のある玩具を見付けたかの様な喜悦を滲ませて臓硯は桜を見下ろし、対照的に自身に害を及ぼす可能性を孕んだ存在に対する純粋な恐怖を懐いて桜は臓硯を見上げる。

 

『さて…先ずは、ようこそ、我が間桐の家へ、と言っておこうかのう』

『…と、ぉさ…遠坂、桜、あらため…間桐桜と申します。よろしく、お願いします、お爺様』

 

 形式としての挨拶。

 時臣(父親)のそれと似た深み、だがその響き以上に重く粘着(ねばつ)く、絡みついてきそうな腐臭漂う声。

 自身がさっきまで居た蔵が人の貌になった様だ、端的に言って死の気配がする。

 

『ふむ…取り敢えずは及第点かの。先刻の()()の際の有り様は見るに耐えなかったが、終わった後に駄々を捏ねんかったのは善いぞ、まだまだ青いとは云え魔道に携わる者としての自覚は持っている様じゃな』

『…たんれん?』

『呵呵、そうとも。魔術師に成る為の()()、魔術を身に付ける為の()()よ』

 

 言葉の意味が分からず、幼い子供特有の辿々しい口調で聞き返す桜に、臓硯はその意味を噛み砕いて伝える。

 

 

 ─────さっきのが魔術の勉強?

 

 祖父に言われた言葉の内容を桜はゆっくりと吟味して飲み込んでゆく。

 そして徐々に顔色が青褪めていった。

 

 先程の()()は魔術の勉強だったのだと祖父は云う。

 立派な魔術師に成る為に必要な事──────父との、母との、姉との約束を果たす為の、()()()()()()()()()なのだと。

 それは決して桜の中で軽視出来るモノ等ではない。

 だというのに、さっきの自分の有り様は何だ?

 只管泣き喚きながら許しを、助けを乞うばかりで何も頑張ろうとしなかった。

 誇りも何も在ったものじゃない、只々我が身可愛さに癇癪を起こしただけ、家族との約束なんて心の片隅にも留めていなかった。

 

 そんな自分が、桜はどうしようもなく─────嫌いになった(許せなかった)

 

 

 

『ご、めんなさい……次は…次はっ、ちゃんとやりますっ』

 

 何かに()かされる様に、張り切った表情でそう宣言する桜を臓硯は怪訝に思う。

 この(よわい)であの調練の後に通常会話が出来ているだけでも大したものだったが、急に青褪めたかと思えば今度は切羽詰まった様相に成り果てるという百面相。

 数百の齢を重ねようとやはり餓鬼の思考の飛び方には付いていけないと臓硯は内心でぼやいた。

 だがまぁ積極的になってくれるのならば何よりと、臓硯は無難に好々爺然とした言葉を送る。

 

『呵呵、別に責めておる訳ではない…が、現状に胡座をかかず(こころ)みる姿勢は見上げたものじゃ。その(てん)を睨み続ける精神こそ、この堕ち切った今の間桐に必要なものよ』

 

 部屋の中の遍く()を纏ったかの様な、深い彫りの皺が入った面貌を歪めながら臓硯は嗤う。

 未だ国の定める教育の触りすら身に付けていない程に幼い桜には、祖父の言葉の意味は半分以上理解出来ない。

 が、それでも何と無く感じ取れるものはあった。

 

 

 桜は既に(さと)っていた。

 この人は()()()なんだと。

 

 

 恐らく世界中を探しても、あんな地獄と云う表現すら生温い責め苦に耐えられる人は、ほんの一握りだと確信出来る。

 そんなものを自分の様な年端も行かない子供に一切の躊躇無く、寧ろ嬉々として強いる様な人。

 そんな人が『善い人』の筈が無い。

 まだ五つになったばかりの子供である桜は世間一般の常識(倫理)を十全に身に付けているとはとても言い難い。

 だがそれでも子供特有の純粋な感性に照らし合わせてみればそういう結論になるのは当然の事だった。

 

 そう、そういう結論に成る…筈、なのに。

 何故だか桜は目の前の祖父の事を()()()とは思えなかった。

 間違い無く意地悪で、怖くて、悪い人なんだとは解る。

 でもそんな表面上の性質とは違う『モノ』が、もっと奥深く、根っこの部分で(かす)かに(くすぶ)っている。

 僅かに、だが確かに感じるそれが桜の線引きを優柔不断にしていた。

 

 

『あ、あの』

『?』

『私が頑張れば…頑張って、()()()()()して、立派な魔術師になれたら…お爺様は、喜んでくれますか?』

『─────』

 

 恐る恐る、それでも退かないという芯を持って桜は臓硯に尋ねた。

 

 臓硯もまた悟った。

 この娘は()()()なのだと。

 

『クハッ』

 

 嗤う。

 臓硯(外道)は嗤う。

 こいつは()()()と、この孫娘は使()()()と。

 正真正銘、己は()()()を拾ったのだと確信した。

 

『勿論じゃ。お主のこれからの励みに期待しておるぞ桜よ』

『っ!はいっ…はいっ!』

 

 先程までとは一変、喜色満面の笑みを咲かせた桜はその表情だけでなく心も晴れ渡らせていた。

 お爺様は悪い人だけど、魔術に関しては真剣なんだ。

 褒めてくれて、期待してくれて、認めてくれた。

 意地悪だけどそれだけの人じゃない。

 

 それだけ判れば充分だった、桜にとっては、それだけで充分だったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()だと、桜は解っていたのだから。

 

 だから、その愛に応えようと桜は笑うのだ。

 

 

 

 ────そんな餓鬼の滑稽さ、剰りにも愚かに過ぎる純正の器を目にして臓硯は内心の愉悦を深めていく。

 

 最早この(胎盤)(間桐)のもの、今後どういった調教を施すも全て自分次第なのだ。

 この女の才能も研磨も肢体も血潮も意思も悲哀も情愛も魂さえも、(すべ)て、総て支配する。

 その存在()が内包せし、ありとあらゆるものの欠片も逃しはしない、総て貪ってやる。

 

 家に迎え入れてまだ半日、こうして顔を合わせての会話はまだほんの十分程度。

 その僅かな期間で臓硯は桜という玩具にのめり込んでいた。

 冥く滾る畜生としての下劣な欲望、その悉くをこの娘に注ぎ込み、また中身を尽く奪い尽くしてやりたいと。

 最早玩具の域に収まらず、財宝に対して向けるかの様な苛烈にして醜悪な雄の迸り。

 

 臓硯は、桜に手を差し出した。

 

 

『ほれ、腹が空いたじゃろう。夕餉の時間じゃ』

『うんっ!…あ、はいっ』

『呵呵、よいよい』

 

 祖父(臓硯)()は手を繋いで部屋を出ていく。

 外面上はこの上無く幸せな家族の一幕、だが仮に事実の全てを知る者が──奇しくも立ったまま気絶し放置されている鶴野がそれに当たるのだが──居た場合、そのあんまりな張りぼての有り様に焦燥を覚えただろう。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 こうして遠坂桜は間桐桜に()()()

 

 当初は臓硯主導の下、鶴野が特に付加する要素の無い日課の修練を担当する予定だったが、初日の顔合わせで桜に()()()()()臓硯はそれらを全て変更した。

 ほぼ全ての調練に自ら赴き、惰性で行う様な内容の修業は無くした。

 鶴野による補佐等最早殆ど必要無くなる程、精々が調練の準備と片付け等の雑用くらいだ。

 

 桜のその総身に加える()は一挙手一投足も、文字通り手を抜かず細心の集中を以て行っていく。

 その苛烈な迄の執拗さ、陰湿さの責め苦に、桜は何度も何度も泣き叫び、もがき苦しみ、赦しを乞いた。

 だが絶対に壊れはしなかった、絶望も諦めもしなかった。

 一日の調練が始まった辺りこそ全力で悲鳴を挙げ、拒絶の意思を示すが、終わる頃になると目に涙を溜めてこそいるが出来る限り抵抗せず、与えられる全てを受け止めようと立ち向かう姿勢を見せているのだ。

 生まれ持った属性によるものなのかは定かでは無いが、まるで要塞の如き精神力で桜はそれらを尽く耐え抜いていく。

 

 それに応じて臓硯の期待値と湧き出る衝動も昂っていくのだ。

 前日の調練を上回る質と量、或いは方向性を変えたやり方。

 そうして変化を付けられた調練に、やはり桜は拒絶を示す、が、終わる頃にはやはり受け容れてしまっているのだ。

 全てが未知であるが故に、尽く新鮮で愉快な反応を示してくれる極上の(胎盤)、だが同時にまるでスポンジの如く与えられる全てを吸収していく最高の跡継ぎ(胎盤)

 もっとこの女の痴態を、醜態を、苦痛を、辛酸を───それらの醜悪極まる欲望と五百年に渡る魔術師としてのキャリアが重なって、調練の内容は最早当初の予定等とは比べ物にならない程に効率的で激しいものとなっていた。

 そしてそれらを出来る限りものにしようと努める桜の精神も後押しとなり、調整は驚くべきスピードで、通常の数~十倍に近い速さで進んでいった。

 

 だが桜はそれを全く苦に思っていなかった。

 いや、正確に述べると()には思っても()()とは思わなかったのだ。

 

 

 

 ───お爺様、もっと頑張ればお母様褒めてくれるかな?

 

 ───うむ、うむ。勿論じゃとも。

 

 

 ───お爺様、お父様が言ってたんですよ。私は凄い力持ってるんだって!

 

 ───呵呵、何を今更。当に嫌と云う程思い知らされたわ。

 

 

 ───お爺様、私、姉さんに追い付けるかな?

 

 ───何を言うか。このまま励み続ければ越える事も夢ではないわ。

 

 

 

 間桐に引き取られる前日、父に己を認められ、母に愛を告げられ、姉と未来を約束した。

 何れ程の闇に覆い尽くされようが、根底の光は決して潰えず灯り続けている。

 家族の存在が誇りとなって桜の魂を不滅のものとしていた。

 

 それに加えて臓硯の人心掌握術の高度さである。

 数百年に渡り、人の本質を、酸いも甘いも、善も悪も、本音も建前も、信念も正義も。

 表と裏、その全てを見てきた臓硯にとって、小娘の根底にあるものを見抜きそれを侵さず増長、昇華させる事等あまりに容易かったのだ。

 

 魔術とはそもそも(痛み)と隣り合わせのもの、それに耐え抜き、己を鍛え上げる、それこそが魔術師の本懐。

 この修業は決して無駄なものではないと、気高く素晴らしく家族に誇れるものなのだと、調練の苛烈さとは裏腹に好々爺の皮を被った臓硯の口八丁、そのギャップが桜を麻痺させる。

 

 毒も薬もその本質は同じなのだ、量次第で()らすも腐らせるも自由自在。

 間桐桜は幸福を胸に抱いたまま、臓硯(破滅)に支配されつつあった。

 

 

 そんな日々が過ぎて暫くの後、桜に家族が一人増える。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

『─────ぁ……ぁ、ぁ…』

 

 言葉が出ない。

 かつての想い人、葵の報せを聞いて実家に舞い戻った男、間桐雁夜は目を覆いたくなる様な眼前の悪徳に絶句していた。

 

『呵呵呵、今更何を呆けておる雁夜よ。我が一族の秘伝を忌避し出奔したお主が、()()を予想出来ていなかった訳ではあるまい?』

 

 相も変わらぬ醜悪さで汚辱の口気(こうき)を垂れ流す祖父を一瞥する事すら叶わない。

 只々地獄と形容する事すら生温い光景を網膜に焼き付けるのみだ。

 

 

『───────桜ちゃんっっっ!!!!!』

 

 間桐雁夜は階段を駆け降りた。

 蔵の底で蟲共に弄ばれる葵の娘()に向かって。

 臓硯(妖怪)を出し抜く策がある訳ではない、救出の手立てがある訳でもない。

 そんな事は心身(からだ)が動くのを止める理由にはならず、只単純に助けねばならないという正義感と使命感と──罪悪感という名の焦燥に突き動かされての行動だった。

 

 だが臓硯の手足(魔蟲達)はそれを許さない。

 川に落ちた動物に襲い掛かるピラニアの如く、群れの中に踏み込んで来た雁夜の脚に喰らい付き瞬く間に肉を喰い千切っていく。

 切り傷や刺し傷とは訳が違う、無理矢理に肉をネジ切られる埒外の痛みに雁夜は堪らず悲鳴を挙げる。

 それでも何とか桜の元に辿り着こうと必死に両足を前に突き出すが、増し続ける激痛に加えて太腿の辺りまで埋まってしまう程の蟲の波に足を取られて上手く進む事が出来ない。

 そうしてもたもたしている内に蟲達は雁夜の体を這い上がり服の内側に侵入する。

 怖気(おぞけ)が走る程の不快感に雁夜は慌てて身体中を(はた)くが時既に遅し、呪縛の麻痺毒を持った蟲達がその牙を、針を突き立てる。

 痛みを感じなくなるのに1秒、指先が引き攣るのに2秒、四肢の自由が利かなくなるのに3秒、視界がぶれるのに4秒、呼吸すら覚束無くなるのに5秒────雁夜はそのまま前のめりに倒れ、蟲の絨毯に体を沈めてしまった。

 

 普通の虫が分泌する毒とは比べるのも烏滸がましい、対象の肉体──筋肉、神経だけでなく心臓、脳髄すらも完全に束縛、支配し、呪詛を以て腐らせる(おぞ)ましき呪毒。

 魔術回路を有する魔術師ならば魔力を循環させる事でそういった呪詛を洗い流す防御措置が取れるのだが、まともな鍛練どころかそれを開いてすらいない雁夜は其処らの一般人と何も変わらない。

 まるで蟻の群れにたかられる死骸、動き回るという最も単純な抵抗すら出来ない無力な存在。

 そんな雁夜(息子)を臓硯は冷やかに見下ろしていた。

 出奔し、魔道から逃げ出した浅慮で低俗な愚人に今更与える慈悲等ありはしない。

 ()()()一族から出生した血筋、多少は利用価値があるかもしれないが、桜という超一級品の駒を手に入れた今となってはそんなもの塵芥の如しだ。

 精々抜き取った魔術回路を保険として貯蔵しておくくらいだろう。

 とても肉親に向けるものとは思えない、どこまでも冷めた思考でそう結論付けた臓硯は俯せに倒れている雁夜に蟲達をけしかけ──

 

 

『─────雁夜おじさん?』

 

 ──ようとして止めた。

 雁夜の存在に気付いた桜が身体中に吸い付く蟲をそのままに上体をフラつかせながら歩み寄って来た為である。

 調練による刺激の影響で半ば意識を朦朧とさせているが、確りと相手を認識出来る程度には正気を保っている。

 そんな桜の──肉親への情が精神力の要である小娘の──目の前で雁夜を殺しては後々面倒な事になる、折角のこれまでの()()()が台無しになってしまいかねない。

 臓硯が蟲達を退かせてスペースを設けると桜は雁夜の傍に座り込んでその体を揺すった。

 

『おじさん…!?どうしたの!?血が出て…!』

『…ぁ………ぅ、ぁ~…』

『──全く、何時まで寝ているつもりじゃ。はよ起きんか』

 

 臓硯は雁夜の肉体を操作して無理矢理上体を起こさせ、次いで全身の呪縛を解除する。

 どの道この愚息に自身へ対抗する術等無い。

 体の自由を奪ったのも下手にもがかれては魔術回路の摘出に手間取るからだ。

 桜の()()に悪影響が及ぶ可能性がある以上、好きに騒がせた方がまだマシだと判断したが故の解呪である。

 

『───はあっ!!はっ、あ!?こ、これは…』

『あ!良かった!おじさん大丈夫?足痛くない?』

 

 微動だにしなかった状態から直ぐ様()()に戻った雁夜を見て桜は安堵する。

 だが雁夜の心境はそんな桜とは真逆だ。

 衣服を一切身に付けていない産まれたままの姿、その肢体に醜悪極まる蟲達が纏わり付き、血肉を、体液を貪り、針で、鋏で、触腕で細胞を弄くり回しながら支配の魔術を施して体質、霊質を間桐のモノに造り変えていく。

 悍ましき間桐の魔術に犯され尽くした桜を見て雁夜の心は絶望に沈み───それ以上に義憤で荒れ狂っていた。

 

『───ぞ…う、けんんんっっ!!!!貴様あああああああああっ!!』

『──呵呵』

 

 腹の内で猛るもの全てを暴威に変えてあの外道にぶつけてやると云わんばかりに激昂する雁夜を階段の上から見下ろして臓硯は嗤う。

 貴様に何が出来ると、そもその脚では此処まで来る事も出来まいと。

 事実蟲に喰い荒らされた脚ではまともに歩く事も出来ず、膝を突くしかない雁夜は行き場を失った怒りを握り拳へと変えて震えるのみだった。

 

『っ、ど、どうしたの…?おじさん』

 

 急に祖父に向かって怒鳴り散らした雁夜の尋常ではない形相に怯える桜。

 はっとそれに気付いた雁夜は桜の両肩を掴んで必死に語り掛けた。

 

『桜ちゃん…っ!大丈夫、大丈夫だからね。もう、大丈夫だ!直ぐに此処から逃がしてあげるからね!』

『?逃げるって…』

『そうだよ、君はこんな処に居ちゃいけない!直ぐに遠坂の家に帰してあげるから!だから──』

『───っ!だ、ダメ!』

『──え?』

 

 遠坂に帰す、それを聞いた桜は咄嗟に雁夜の手を振り(ほど)いて後退った。

 喜びでも戸惑いでもない、まさかの確たる拒絶の言葉、予想外のそれを浴びせられた雁夜は心身共に静止してしまう。

 

『おじさん何で…どうしてそんな事言うの?』

『どう、して…?』

『だって…私は()()()()()()()()…この家の娘だから…遠坂には帰っちゃ駄目なんだよ?』

『っ、そ、んな…そんな事ない!桜ちゃん、君は遠坂桜だ!こんな家に居る事の方がおかしいんだ!あの(ジジイ)に無理矢理こんな目に遭わされてるんだろう?大丈夫、俺が護るから。ちゃんと葵さんと凛ちゃんの所に戻してあげるから』

『え…え…?』

 

 

 必死に捲し立てる雁夜の勢いに、生来引っ込み思案な桜は二の句を継げず困惑するばかり。

 家族から受け取った愛に応える為に、約束を果たす為に修行を頑張る、という方程式に一切疑問を抱いていない桜。

 間桐(臓硯)の醜悪さは誰よりも知っているが、魔術に関する知識は殆ど身に付けていないが故に桜が養子に出された理由が分からず(そもそも考えてすらいない)理不尽な凌辱に晒されているものと決め付けてしまっている雁夜。

 二人の認識は致命的にずれてしまっていた。

 

『いい加減にせぬか雁夜』

『っ!!臓硯!』

『ぁ…お爺様』

 

 このまま眺めているのも愉快だが、子供と愚人では何時まで経っても話が進まないと判断して臓硯は割って入る。

 当然雁夜は敵意を剥き出しにするが、桜は助け舟を出された子供そのものの安堵の反応を示す。

 

『魔道に背を向け出て行ったお主が、神秘を継承する権利を棄てて凡俗に堕ち果てたお主が、とうの昔に赤の他人となった貴様が今更余計な口を出すでないわ。碌に魔術の知識も無い身の上で要らぬ茶々を入れおって』

『っ!巫山戯るなぁ!!知識が有ろうと無かろうと()()がまともじゃないって事くらいは一目で分かる!こんな…こんなものにっ、こんな幼い子供をぉっ!!』

 

 どこまでも冷めた臓硯の白々しい言葉に雁夜は吠える、が、何の力も持たない一般人の(げき)等この妖怪には響かない。

 

『戯けが。魔術の本質とは死…魔道とは本来こういうものよ。程度の差はあれ、苦痛、辛酸に耐え抜きその身に神秘を降ろす行いじゃ。凡俗に過ぎぬ貴様とは根本の認識から異なっておるのよ』

『詭弁だ!何が程度の差だ、こんなものに子供が耐えられる筈が無いっ!全部お前の勝手だろう!』

『───時間の無駄じゃな』

 

 この調子では何時間経とうと平行線だと臓硯は断じる。

 話しながら桜と雁夜の近く迄降りて来ていた臓硯は桜に手を差し出す。

 

『桜、少し早いが今日の修練はこれで終いとしよう。居間に菓子を用意してある、身を清めたら食べてよいぞ』

『ぁ、はいっ』

『な、待て臓硯!まだ話は──』

『分からぬか、このまま儂とお主の二人で話しても時間の無駄なのじゃ。裸のまま放っておいては()()()()が風邪をひいてしまうじゃろう。後でじっくりと話そうではないか』

 

 儂の孫娘。

 その一言を殊更に強調して臓硯は口の端を歪めた。

 そんな祖父の横っ面を全力で殴り飛ばしてやりたい衝動に雁夜は駆られるが、桜を何時までもこんな蟲蔵(塵溜め)に置いておく訳にもいかない。

 この家に居る以上一時的な避難でしかないが、それでも居る意味が無いのならさっさと出て行かせるべきだ。

 そう考えた雁夜は苦々しさを噛み締めながら蟲蔵から出て行く桜と臓硯を見送るのだった。

 

 両足を負傷し、まともに歩けない雁夜に手を貸す者は無論この屋敷には居ない。

 雁夜は下半身を引き摺りながら出口を目指した。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

『呵呵呵、随分と遅かったではないか雁夜よ』

『煩いっ、黙れ!』

 

 痛む足を引き摺って何とか蟲蔵から這い出た雁夜が臓硯と桜の居る居間に辿り着いたのは約2時間経ってからの事だった。

 既に入浴を済ませ、おやつを平らげた桜の様相は先程蟲蔵に居た時とはガラリと変わっていた。

 服を確り着込み、体に纏わり付いていた蟲が居なくなっている、大方の印象はそれで遥かに改善されたが、何より血色が先程と比べて随分と良くなっていた。

 まるで、普通に学校に通い、普通に外で遊び、普通に笑う、普通の子供の温かで柔らかな顔。

 さっきまでのあれは全て夢だったんじゃないのかと、一部始終を自らの双眼に焼き付けた筈の雁夜ですらそう思った。

 そしてそんな考えに思い至った瞬間、怒りが再燃する。

 

『糞が…!表向きの隠蔽工作は万全だってのか』

『ふむ…?何を言っておるのか分からんのぉ。童がこうして元気な様子でおるのは普通の事じゃろて』

『黙れと言っている!これ以上無駄な会話をさせるな!』

 

 どこまでも苛つく臓硯の言動に雁夜は語調を荒げるばかり、そんな雁夜の様子に桜は益々萎縮してしまう。

 何とも居心地の悪いジレンマが足の痛みと共に雁夜を苛んでいた。

 

『ふむ…まぁお主の言う通りじゃの。これ以上の前置きは無益に過ぎるわ。さっさと本題に入ろうかのぉ。して雁夜よ、今頃のこのこと我が間桐家に戻って来て一体何の用じゃ』

『決まっている!さっきも言っただろうが!桜ちゃんを解放しろ臓硯!その娘はこんな家に居て良い人間じゃない!あんな所で、あんな目に遭わされていて良い筈が無いっ!!今すぐ遠坂の家へ帰せ!』

『呵呵呵、結局それか。ならば儂の返答も決まっておるわ。断る』

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。

 結局のところ根元の価値観も倫理観も思考回路も異なっている二人の会話は平行線だった。

 典型的な一般人と魔術師の益の無い応酬である。

 

『臓硯ん…っ!!』

『先程も言うたが魔術とは元来死と隣り合わせのもの、程度の差はあれその修練には苦痛が伴う。凡夫であるお主の目にどう映ろうがそれは畑違いと云うものじゃ。邪魔をしてくれるな』

『だからっ…!そんなものは全部お前の都合だろうが!!家の再興の為だか何だか知らないが、その為に何故関係の無い子供(桜ちゃん)があんな地獄に落とされなくちゃならない!この家の事情なんて、お前の企みなんて…!桜ちゃんには一切関係の無い事だ!(たと)え生まれが魔道の家だろうと、どんな人生()を歩むかは本人が決める事!お前にそれを歪める権利なんて無いっ!桜ちゃんは幸せに生きるべきだ!あの家で、遠坂の家で、葵さんの下で、凛ちゃんと一緒に!』

 

 

 一気に捲し立てた雁夜は息を切らして臓硯を睨み続ける。

 その言い分は至極真っ当で真っ直ぐな、()()()()()()の正論だった。

 

 

 だが、悲しいかな。

 何度も述べられた通り、()()()とは真っ当ではないのである。

 

 

『ふむ…つまり雁夜よ。お主は桜が儂の勝手な都合で間桐の魔術師として仕立て上げられるのが我慢ならんという事じゃな?』

『ああ!そう言っているだろうが耄碌爺!』

 

 

 

 

 

『ならば、桜が()()()()()()魔術師として成る事を望んでおるのなら、文句は無いという事じゃな?』

『──────は?』

『さあ、桜よ』

『はいっ!』

 

 返された言葉の意味が分からず間の抜けた声を出す雁夜に臓硯は取り合わず桜に呼び掛けた。

 その呼び掛けに対して張り切った声で応えた桜、その表情も同様に活気と気概に満ちたものだった。

 

『雁夜おじさん』

『さ…桜、ちゃん?』

 

 トテトテと自身の目の前まで歩いて来た桜に、雁夜は言い知れぬ不安を感じてしまった。

 此方を見上げ、今にも口を開かんとしている。

 ───嫌な予感が、やめてくれ、喋らないでくれ、それを聞いたら俺は───

 

 

『──私は自分の意志で間桐桜になりました』

『──────』

 

 

 祈りは届かず、目の前の少女から紡がれた言の葉は致命的な迄の残酷さで雁夜の()を抉った。

 

『何、を』

『あのね、時臣(お父様)が言ってたの。私は凄い力を持って産まれてきたんだって。お姉ちゃんにも負けないくらい凄い力だって!でもね、そのままにしておくと危ないから、ちゃんと頑張って修行して、その力で自分を守れる様になりなさいって』

『ぇ──ぁ──』

『だから私、遠坂には帰れません…遠坂は()()()()()()だから、私は間桐で頑張らなきゃいけないの…でもね、私全然辛くないよ!修行は大変だけど、お爺様がね、このまま頑張れば立派な魔術師になれるって言ってくれたの!そしたらね、きっとお父様もお母様も褒めてくれてね、お姉ちゃんもきっと私の事凄いねって言ってくれるんだよ!』

『────ぃ、ぁ』

『だから私、痛くても苦しくても、辛くはありません。これは私が自分で選んだ道だから─────私は、今が幸せです』

 

 

 

 桜のその言葉を、雁夜は到底受け入れられなかった。

 

 

          ∵∵∵

 

 

『臓硯…お前ぇ…!一体桜ちゃんに何を吹き込んだ!?』

『呵呵呵呵、吹き込むとは人聞きの悪い。儂は只先達として魔術の本質を説いただけよ』

『くそったれっ!!お前の煙に巻く言い回しはもう聞き飽きたんだよ!』

『やれやれ、全く…(まこと)不出来な種馬を産み出してしまったものじゃ。お主や鶴野より桜の方が余程利口ではないか────今一度言うが、儂は桜に対して何も吹き込んで等おらん。只()()()()()()()()()に過ぎん。魔術師としては、あれは屋敷に来た時点で()()()()()()おった』

『なん…だと?』

『呵呵呵、余程遠坂の坊は教育熱心だったと見える。お主の基準に当て嵌めて言うならば、吹き込んだのは寧ろ遠坂の当主であろう』

『───時、臣………あ、あの野郎っ……!!』

『そういう事じゃ。縦え桜を遠坂に帰したとしても、また何処か別の家に養子に出されるのが関の山じゃろうて。そこで()()()()()()まともに育てられれば御の字じゃろうが…養子とは名ばかりで魔術の実験台として使い潰されるという事も充分有り得る話じゃのう』

『そんな───くそ、くそっ!どうすれば、どうすればいいんだ……時臣ぃ…!あの野郎、あいつなら葵さんを、産まれてくる子供達を、幸せに出来ると信じていたのに…!………あいつさえ居なければ…!!』

『───呵呵呵呵、雁夜よ。お主はほとほと悪運だけは強い様じゃな。その望み、ひょっとすれば叶えられんでもないかもしれぬぞ?』

『っ!何!?どういう事だ、教えろ!』

『呵呵呵、今から約一年後に、この冬木の地で聖杯戦争が始まる』

『聖杯、戦争…?』

『万能の願望器足る釜を巡る魔術師達の闘争よ。それに勝ち抜き、聖杯を手に入れる事が出来れば全てはお主の思いのままじゃろうて』

『それは──本当なんだな?』

『疑うのであれば屋敷の書庫でも漁ってみるがよい…まぁお主の様な出来損ない以下の塵芥が参戦したところで木っ端の様に散らされて終いよ。身の程を弁える事じゃな』

『煩い…やってみなければ分からないだろう!』

『ほほぉう…?では、愚かにもその無価値な命を態々散らす為に無謀な賭けに出ると?』

『愚かだろうが無謀だろうが知った事か…!俺は聖杯戦争に参加する!そして時臣の野郎を殺し、勝ち残り、聖杯を手に入れて!葵さんを、凛ちゃんを──桜ちゃんを!()()()()!幸せにしてみせるっ!!』

『───(つくづく)愚かな。だが、良いぞ。その不屈の執念、絶える事の無い欲望への挑戦こそ我等が間桐の真髄よ』

 

 

 

 

 

 こうして、魔術師の仕来りに固執して葵の娘()の心を歪めた諸悪の根元、という認識を時臣に対して抱いた雁夜は、本来の運命(原作)以上の憎悪をその身に宿し、運命通りにその命を散らした。

 

 

 

『もうすぐこの冬木でとある儀式が始まる。桜、お主はまだ幼い故、お主の代わりに雁夜がその儀式に参加するのじゃ。雁夜はお前を守る為に日々修行に打ち込んでおるのよ』

 

 新しい家族が出来たと喜んだ。

 ちょっと思い込みが激しい様に感じたけど、優しくて、力強くて、一緒に遊んでくれて、一緒に出掛けてくれて、一緒にお風呂に入ってくれて、一緒に修行を頑張ってくれて。

 何時も自分の味方で居てくれた人。

 

 ───その人は、もう居ない。

 

 祖父が云うには自分を守る為に戦って死んだのだそうだ。

 そして、同じく儀式に参加していた父も命を落とし、母も巻き込まれて病気になってしまったと伝えられた。

 呆気無く、剰りにも呆気無く、三人もの家族が居なくなってしまった。

 何日も何日も、涙が枯れるまで泣いて───でも泣いたところで現実は何も変わってくれない、あの人達が生き返るなんて奇跡は起こらなかった。

 

 今回と同じ儀式がいずれまた起きるのだと祖父は云う。

 ならばより一層頑張らなければ。

 また同じ事が起きるのならば、今度はお爺様や兄さんや──姉さんが犠牲になってしまうかもしれない。

 それだけは絶対に御免だった。

 強くならないと、強くなって家族を、大切な人達を護れる様にならなくては。

 決意を新たに、桜は更に、更に過酷な調練へと挑んでいった。

 

 耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 耐え抜いた先。

 

 桜は意図せず破滅を回避し(祖父を殺し)

 

 ─────こうして桜は、魔術師として再誕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────はぁ  ! !?   あ…」

 

 

 

 意識が現実に戻って来た。

 

 月光が射し込む薄暗い和室の中、私の目の前で桜が布団の上に横たわっていた。

 対する私は正座をしてその傍らに佇んでいる状態。

 

 カチッ、カチッと、壁に掛けられた時計の音が矢鱈と馬鹿でかく鼓膜に響く。

 自分は一体何をしていたのだったか──思い出すのに数秒も掛からなかった。

 遠坂邸の付近で桜の姉、そのサーヴァント、アーサー王に宝具(エクスカリバー)による奇襲を受けてキャスター達が脱落、錯乱した桜の意識を奪って衛宮邸(ここ)迄運んだ。

 間桐邸とどちらに運ぶかは悩んだが、御三家として場所が割れている方よりは、侵入者探知の結界以外一般家屋とほぼ変わらない此方の方がまだ敵に見つかりにくい(安全)と判断しての事だった。

 敷き布団に桜を寝かせた後、掛け布団が見当たらなかった為他の部屋から持ってこようとして───そこで桜の記憶が私に流れ込んだ。

 

 

 ふと時計に目をやる、どうやら今の白昼夢の様な現象は、ほんの数分間のものだったようだ。

 この身は霊体である筈なのに、(いや)に喉が渇く様な錯覚に陥る。

 呆然としたまま、徐に目の前の少女に視線を落とした。

 無論その姿は幼い子供のものではなく、成熟しきる一歩手前といった女性のもので。

 ボロボロの服の下から覗く肢体のどこにも、異形()が蔓延っている気配は微塵も無くて。

 鮮烈に刻み込まれたそれ、鮮明に思い出せるそれは、何の覚悟も事前知識も無しに視ていいもの等では決してなかった。

 確かに、召喚されたその日の内に蟲使いであるという事は教えられた、前当主である祖父が既に死去している為、若くして家を継いだのだという事も。

 事実ではあった。

 だが、その裏側。

 事実を事実足らしめる土台は、剰りにも醜悪に過ぎるものだった。

 

 慣れている、こんなもの()()()、慣れている。

 この世には、蔓延る人間の悪性によって(もたら)される悲劇が、それこそ無限に溢れているのだと、とっくの昔に理解していた。

 理解して(慣れて)いる、つもり()()()

 こんな…こんな事が起こり得るのか?

 理不尽に虐げられる者が、それを()()()()()()()()()()()なんて。

 怨敵を憎む事も、他者を妬む事も、世界を恨む事も、運命(Fate)を嘆く事すらも出来ないなんて。

 

 改めて、私は自身のマスターの尊さを思い知らされた。

 この娘は美し()()()

 純粋、とは表せない。

 そう評すには、剰りにも様々な()を孕み過ぎているから。

 でも、その根底にあるものが、本質(根っ子)善性(煌めき)が、(命の記憶)に刻まれた天性の()が、それら全てを受け容れて美しさに、強さに昇華させてしまっている。

 全てを受け容れてしまうからこそ、誰も怨まない。

 何時だって、自身の周囲で起こり得るありとあらゆる不幸を、負債を、悪徳を、悪性を、全てその心身で受け容れて受け容れて受け容れ続けて───やがて許容を超えて孕んだ闇に、自分自身に自分を殺されるのだ。

 

 かつての、(ゴルゴーン)(メドゥーサ)の様に。

 

 

 

「─────させません」

 

 布団を被せた後、眠る桜の髪を一房掬って梳かす。

 さらりと流れるそれはやはり綺麗で。

 こんなにも綺麗な(尊い)娘を、傷付けさせてなるものか。

 この娘は誰にも触れさせない、誰にも、(自分自身)にもだ。

 この娘がこれ以上何も背負わない様に、闇に犯される事の無い様に。

 

 桜を屋敷に残し、私は一人、桜を毒そうとする()()()の処理に向かう。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 十数分後、遠坂邸は血の結界に覆われた。




光と闇が合わさり最強に見える桜ちゃん()

という事でライダーさんが過保護モードに。原作HFでも割りとこんな感じだった気がするのねん。


鶴野さんが何と無くこれじゃない感、扱い酷くてごめんなさい。

あと臓硯さんのロリコンっぷりが酷い。何でこんな事になってまったんや…。

やっぱ作者の桜ちゃんアゲ精神がキャラクター達に必要以上に反映されてしまっていますね。
まぁ主人公は桜ちゃんなので今更直す気はないがなっ!!


※書いてる内に出来てた新独自設定

『桜ちゃんは虚属性のお陰で何と無く相手の心を感じ取れる』

臓硯さんの外道オーラはちゃんと分かってたけど、それ以上に魂が腐る前の根底にあるモノを何と無く無意識の内に感じ取ってたので慕ってた…とかそんな感じだと思う。
自分で書いといてあれですが桜ちゃん良い娘過ぎるでぇ…!


たぶん次回も桜ちゃん(成体)の出番は無いでしょうが、今後ともよろしくお願い致します。


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13話 同盟交渉@話進まない

今回の話を読んだ後、貴方は

「あれ、今回1mmも話進んでなくね?」

と言う…。



つーか割りとマジで読む必要性あんのかこれ。


 2月1日、午後9時前。

 

 前日の深夜にセイバーを召喚した私にとっては、未だに聖杯戦争二日目という事になる。

 ほんの僅かな期間にも拘わらず、その中身は中々に濃密で激動のものとなっていた。

 真名の告白、相棒との逢引き、槍兵との熱戦、必殺の魔槍、無粋な横槍、鞘となる覚悟…要所要所を軽くピックアップしてみただけでこれだ。

 

 この十数年間、色々な事が、それこそ魔術絡みの事件(あれこれ)に時には一人で、時には最愛の妹と、時には出来れば縁を切りたい後見人の似非神父と共に巻き込まれたりしてきた。

 神秘と神秘は呼応し合う、強大な魔は同じく危険な死を招き寄せる、超抜級と言って過言じゃない才を持つ桜と私の二人には大なり小なり様々な厄介事が降り掛かってきたものだ。

 でも殆どは自分一人で充分片付けられる様な小火(ぼや)騒ぎ、七不思議や都市伝説染みた軽いオカルトの域を出ないものばかり、そこそこデッカイ事案の時も元代行者の綺礼が出張ってサクッと終わらせていた。

 そんな山在り谷在りを歩んで来た桜と私はその辺の一般人と比べるのも烏滸がましいレベルの経験を、それこそ荒事に関してだって沢山積んできていた。

 

 そんな私がたった二日間で色々参ってしまう程の大儀式が聖杯戦争というものの正体だった訳で。

 聖杯という最高位の聖遺物の名を冠した高次元のナニか、そしてそれによって呼び出されたのは其処らの怪異、悪霊等歯牙にも掛けない、世界の守護者足る存在、英霊達。

 私がこれまで関わってきた()()()()なんか話にならない次元だった、間違いなく我が人生で今のところトップに位置するイベント。

 自惚れていた訳じゃない、想定が甘かった訳でもない、只()()()()()()()()()、まだまだ小娘に過ぎない私には色々と重過ぎたというだけの話。

 一人では圧し潰されてしまうだろう、でも今の私には支えてくれる相棒()が居る、何度だって私の魂を甦らせてくれる家族()が居る。

 負けはしない、彼女達に恥じない自分を成し遂げていかなくちゃ。

 

 そんな決意を新たに、私は今再び唐突に勃発したイベントをこなしている。

 我が遠坂家は珍客を迎え入れていた。

 

 

「はいどうぞ、紅茶で良かったかしら」

「ああ、ありがとな遠坂」

「急な訪問にも拘わらず、この様な親切な対応、感謝致します」

 

 私は今、屋敷の応接間で机を挟む形になっているソファの片側に座って自分で淹れた紅茶を啜っている。

 うむ、今日のは中々悪くない。

 そして反対側、要は私の正面のソファには、ついさっきまで私の中で『妹経由でちょっと親しい学友』にカテゴライズされていた筈の男子、衛宮士郎が座って紅茶を飲んでいた。

 サーヴァント二人(セイバーとキャスター)はそれぞれマスターの斜め後ろに立って従者の様に──まぁ実際従者(サーヴァント)なのだけれど──控えている。

 衛宮君は一緒に座ればいいのにと言っていたが、そこは主従としての礼儀だとか何とかキャスターが上手い事はぐらかして今の形になっている。

 まぁこういう会合では相手に舐められない様にそれなりの形式を重んじるものだから間違っちゃいない、本心でサーヴァントを下に見ているかどうかは別として。

 なので、先ずはジャブだ、キャスターの言葉に軽く皮肉を返してあげる。

 

「…高々紅茶くらいで大袈裟ね、何?友好的なフリして油断させようって腹?」

「いや遠坂、キャスターのこれは素だから」

「こんな遅くにアポ無しで訪ねて来た敵陣営を問答無用で追い返さないばかりか、曲がり形にも客人として扱ってくださるのですから。此方もそれ相応の態度で応じなければ」

 

 綺麗にカウンターを喰らった。

 なんか、こっちの気勢をとことん削ぐと云うか、色々警戒するのが馬鹿らしくなってくるコンビだ。

 あーもう私が一人相撲とってるみたいじゃない、ヤバ、顔紅くなってない?

 

「べ、別に冬木のセカンドオーナーとして当然の事よ。それに聖杯戦争は基本的に夜にやるものだし、時間に関しては文句無いわ。まぁ、でも…確かにアポは取って欲しかったけど。使い魔の一匹でも寄越してくれればカリバーぶっぱなんてしなかったのに」

「流石は凛、譲歩すると見せ掛けて然り気無く此方の過失を相手のものにすり替えるとは。その悪魔的な論法、義兄(サー・ケイ)を思わせますね」

「ちょっとセイバー!そういうのは黙っとかないと意味ないでしょーが!」

 

 

 感心と非難が半々、つまりは呆れた表情で話すセイバーに私は慌てて叫んだ。

 上手い事さっきの非優雅な大ポカを帳消しに出来ると思ったのに、何でネタバラシしちゃうのよ!

 

「申し訳ありません。昔の、剣の模擬試合中のあれこれを思い出して少々不快だったもので」

 

 私の文句に対して、ふっ、と失笑しながら遠い目をするセイバー……これは、突っ込まない方が無難な案件ね、ウン。

 

「…なんか、えっと、うん…ご、ごめんね?セイバー?」

「いえいえ、別に凛が謝る事ではありませんよ。ええそうです凛はあんのクソ憎たらしい皮肉文句屁理屈詭弁毒舌口先義兄とは一切何の関係も無いのですから。これは私個人の鬱憤とかその他諸々の感傷ですので。

 

で す か ら。

 

凛が私に謝罪をする必要はこれっぽっちもありませんよハイ」

 

「ごめんなさいセイバー、ほんとごめんなさい。だからその表情と喋り方止めて。怖いから、キレた時の桜と何と無く雰囲気似てるから」

 

 

 僅かな動きも変化も無い、まるで仮面の様に固定化された笑顔で、唯一動いている唇からめっちゃ早口で家族への悪態を紡ぐセイバー。

 笑顔で丁寧語なのに語る内容は恨み辛み、顔全体は固まっているのに唇は超高速で動いているという、あらゆる矛盾を含んだギャップ効果のそれは恐ろしく怖ろしかった。

 ()も基本的にはストレートな怒り方をする娘だが時と場合によってはこうやって笑顔で毒を吐く事がある。

 妹のそれで、ある程度耐性を持っていなかったら軽くトラウマになりそうなくらいのものだったわ。

 現に衛宮君は紅茶を飲む事も忘れて戦慄している様子、キャスターの方は大して堪えていないのか苦笑するくらいの余裕があるが。

 

 

「ま、まぁ凛さんの言う事もセイバーさんの言う事も両方正しいと私は思いますよ?確かに、此方が使い魔等で連絡の一つくらい入れておけば未然に防げた事態ですが、それは凛さんが遠見か何かで此方の顔ぶれを確認しても同じだった筈ですし。過失の割合は50:50(フィフティフィフティ)と云ったところでしょう」

「…そうね。つまるところ、お互いにうっかりの因子(その血の運命)に翻弄されたって事よね」

 

 遠坂の生まれである桜も当然私と同じく()()()()を受け継いでしまっている。

 更にはそこに間桐の性質も掛け合わさる事で何と云うかもうとんでもないモノが出来上がってしまっている訳だが。

 『慎重に動き過ぎた結果、最後の最後で大ポカをやらかす』、普段は私よりもうっかりの頻度が少ないのだが、いざやらかす時の規模が洒落にならないのが桜という娘だった。

 おまけにその大ポカが巡り巡って結果的に良い事に繋がるのだから余計に質が悪い。

 遠坂と間桐の(悪い意味で)ハイブリッド、(駄目な方向で)化学反応爆発物、我が妹ながら恐ろしい。

 っと、話がズレてたか。

 

「はふぅ…前置きはこれくらいで良いでしょ。んじゃ、ちゃっちゃと本題に移っちゃいましょうか」

「………マスター?」

「ん?あっ…と、そう、だな。始めよう遠坂」

 

 ?今衛宮君の反応がおかしかった。

 私の呼び掛けには反応せずサーヴァントに急かされて漸く生返事…なんか気になるけど今は置いておこう、これ以上話題を逸らすのは色々と面倒だ。

 

「…さっき言ってたわよね、()の提案でウチと同盟を結びに来たって」

「そうなんだ。実は桜と俺の二組だけじゃどうしようも出来ない相手が居て、それで遠坂の力を借りたいと──」

「そんな事は言われなくても分かってるわよ」

 

 たぶん私は今盛大な呆れ顔をこいつに見せてしまっているんだろうな、と頭の片隅で思う。

 学校に居る時とは違う猫被りなんてかなぐり捨てた素の自分、まさかこんな自分を桜越しじゃなく直接こいつに見せる時が来ようとは。

 

「あのねぇ…まず大前提として聖杯を手に入れる事が出来るのは勝ち残った一組だけなのよ?つまりどう転んだって自分達以外の相手は最終的に全員敵のバトルロワイアル、これが聖杯戦争の絶対のルール。それを理解した上で同盟を組もうなんて言うって事はそれくらいしか理由ないでしょ?」

「…あ、あ~、そうか。言われてみればその通りだな、うん」

「私が知りたいのは、何で桜と貴方が既に同盟を組んでいるのかとか、組んだ上で更に私に助力を願わなきゃいけない敵の正体とか、もっと具体的で中身のある情報だっつーの……こんな事も解らないなんて、衛宮君、貴方本当にマスター?」

 

 そう、私が呆れているのはそういう理由からだった。

 先程からどうにも言動が聖杯戦争に参加するマスター…いや、もっと言うなら魔術師とすら思えない様なものばかりだ…う~む、状況証拠からして、ひょっとしなくてもこいつは───

 

「む、何だその言い方。俺は正真正銘キャスターのマスターだぞ。ほら、ちゃんと令呪だってある」

「マスター、凛さんが聞いてるのはそういう事じゃないと思いますよ」

「む?そうなのか?」

「あ~、あはは…凛さん、マスターは貴女や桜さんと違って正規のマスターじゃありません。つい昨日迄聖杯戦争の存在すら知らなかった、殆ど巻き込まれた一般人さんです」

 

 やっぱりね。

 予想通りの返答がキャスターから返って来た事に私は得心する。

 

 そもそもの話、衛宮君が魔術師だったとすると一つの矛盾が生まれてしまうのよね。

 それは単純に、桜と私が彼を魔術師だと見抜けなかったという点だ。

 学校で世間話する程度の関係である私だけならまだ納得出来なくも無いが、毎日衛宮君の家へ通い妻(と言っても過言じゃない猛烈アプローチ)をしている(あの娘)がそれに気付けなかったというのは流石に有り得ないもの。

 魔術師である以上は皆例外無く自宅(拠点)の何処かに工房を設けるもの、どれだけ厳重に隠蔽を施していたとしても、幾ら(あの娘)遠坂を受け継いでいる(うっかりしている)と云っても、数年近く通っていればそういう神秘の気配の欠片くらいには気付く筈なのだ。

 

 となると考えられるのは、そもそも衛宮君は一般人だから家には神秘の形跡なんて最初から無いという場合。

 そしてもう一つ…ほぼ有り得ないと思うが、桜が衛宮君を魔術師だと見抜いた上で私に黙っていたというケースだ。

 魔術の家系の長という立場に居る自覚を確りと持っているあの娘が私情でセカンドオーナーの私に報告を怠るなんて事は先ず無い筈…うん、無い、無いわよね?実は内心嫌われてるとかそんな事無いわよね?

 うん、無いという事にしよう、だとすると答えはやっぱり前者ね。

 

 思考時間約5秒、自分の中でそう結論を出した私だが、納得出来ていない者も居る様だ。

 後ろでセイバーが小さく「馬鹿な」と呟くのが聞こえた。

 

 

「───有り得ない、そんな筈は無い」

「?セイバー?」

「…凛、やはり、私は……彼等と同盟を組むべきでは無いと思います」

「ええ、どうしてだ?まだ此方は何も話してないぞ?」

 

 衛宮君の言葉に内心で同意する。

 彼等はまだ肝心の同盟を組みたい理由を打ち明けていない、なのにセイバーは早々に彼等を切り離す意思を示した。

 それも随分と歯切れが悪そうに。

 彼女が何等かの葛藤を抱えているという事が見え隠れしている。

 セイバーは警戒心と…怯え?に似た何かを秘めた眼差しを衛宮君に送りながら再度口を開く。

 

「…貴方は、不可解だ、衛宮」

「?」

「衛宮の名を冠し、こうして聖杯戦争に参加している貴方が…只の巻き込まれた無辜(むこ)の民…?…そんな筋の通らない馬鹿げた話が…偶然が有る筈…なのに、私の直感が、反応しない…貴方達の言い分は正しいと、貴方方の正体を肯定している…」

 

 一つ一つ、確認する様に、自分の中の判断材料を整理する様に、セイバーは途切れ途切れに言葉を紡いでいく。

 衛宮君は口を挟まない、まるで目に見えない不安に揺らされている年相応の普通の少女の様な今のセイバーを下手に刺激する様な真似を優しい彼はしない。

 

「………一つ、聞いてもよろしいでしょうか衛宮」

「ああ、何だ?何でも聞いてくれ」

「…貴方の父親は─────衛宮切嗣という名ではありませんか?」

「─────は?」

 

 

 

 空気が、気配が、その場に漂っていたあらゆる感情が瞬間的に停止した様な、そんなものを感じた。

 全身から活気が抜けるかの如く、衛宮君は言葉になっていない声を口から漏らす。

 

「…!…その様な反応をするという事は、そうなのですね」

「ぁ、ちょ、っと、待ってくれセイバー。何で君が…切嗣の、名前を?」

「───切嗣が前回の聖杯戦争における、私のマスターだったからです。私は彼のサーヴァントとして戦い、最後の二組になるまで勝ち残りました」

「───嘘だろ」

 

 

 私は紅茶を飲む事も忘れ、固唾を飲んで二人の会話に耳を傾けていた。

 本当に、聖杯戦争ってのは人の事を振り回して休ませてはくれないみたい。

 ここまでの短いやり取りで色々と衝撃的な事実がごろごろと出てくる出てくる。

 

 口を挟むべきか否か、只黙って様子を伺うという行為が怠慢の様に思えて根拠の無い焦燥を抱かせる。

 何かをしなくちゃいけないという気になるが…焦るな、まだ話は拗れちゃいない、今はセイバーと衛宮君が満足ゆくまで喋らせるべきだ。

 

「ここまでの貴方とキャスターの言い分からして、貴方は切嗣(父親)から何も教えられていないのですね」

「…いや…いや…一切合切何にも、っていうのはちょっと違う」

「?」

「俺は、切嗣の実の息子じゃない、養子なんだ。十年前、冬木で起こった…ああ、セイバーは知らないと思うけど…兎に角、でかい災害が起きてさ。俺の家族は俺以外皆それで亡くなって…それで、切嗣に引き取られたんだ」

「?引き取られたって…その人親戚か何かだったの?」

「いや、俺が入院してた病院にいきなりやって来てさ、孤児院に引き取られるのと知らないおじさんに引き取られるのどっちがいい?なんて聞いてきて…少なくとも俺はその時が初対面だった」

「はぁ?何よそれ」

 

 なんか引っ掛りを覚えたのでつい口が出てしまったが…いや、ほんとに何それ?

 というかこいつはそんな質問されて知らない(怪しい)おじさんの方を選んだのか、なんというか、ほんと呆れるわね。

 

「それでその時、自分は魔法使いなんだ、って冗談めかして言われてさ。引き取られた後、切嗣に魔術を教えてくれって強請(ねだ)ったんだ。最初は断られたんだけど、しつこく頼んだら向こうも根負けしたみたいで、初歩の強化の魔術だけ教えて貰ったんだ。だから、聖杯戦争っていう儀式の事も、切嗣がそれに参加してたって事も、今の今まで知らなかった。けど、一応自覚を持って魔術の世界には足を踏み込んでる」

「…なるほど、だから全く心当たりが無い訳じゃないと」

 

 

 衛宮君の言葉を反芻する。

 たぶん嘘は言ってない。

 細かい所が不明瞭だったから、その場で考えた、或いは予め用意しておいた嘘八百という可能性も有るには有るけれど…だからこそ逆にその可能性は低いと思う。

 この程度の裏取りならセカンドオーナー足る私にとっては朝飯前だし、もし今の話が出鱈目なら軽く調べただけでも直ぐにボロが出て来る、今後同盟を組んで行動を共にする相手にそんな軽率な嘘は吐けない筈だ。

 

 何より…今の話を語った衛宮君の表情が剰りにも印象的だったから。

 辛いような、嬉しいような、苦しいような、楽しむような、悲しむような、焦がれるような──────懐かしむような。

 一番近いのは、哀愁(愛執)だろうか…凄い()だった。

 もしこれ等が全部計算され尽くした演技(フェイク)だったのだとしたら、悔しいが敗けを認めざるを得ない。

 衛宮君は私や桜より上手だと。

 まぁ正直無いと思うけど。

 

 

「…何で爺さんは、俺に何も伝え残してくれなかったんだ」

「そんなの、単純に貴方に危険な世界に関わって欲しく無かったからじゃないの?」

 

 心の内が空気と一緒に抜けたかの様に養父への問いを溢した衛宮君に、私は自然とそう返していた。

 

 たぶん、それで合ってると思う。

 聖杯戦争に参加した魔術師でありながら、災害に巻き込まれた衛宮君(一般人)を救って養子に招き入れ、かと云って刻印を継がせる訳でも無く、強請られて漸く渋々と初歩の強化だけ教える。

 魔術師の観点から言わせて貰えば意味不明の一言で終わるが、シンプルに考えればストレートに答えは出た。

 要するにその人は()()()では無く、()()だったんだ。

 だからこそ家族に魔術の世界(死の側)に踏み入って欲しくは無かったんだろう。

 

 でもそれだと尚の事、その人は何故聖杯戦争に参加したのかしら。

 どうしても叶えたい願いがあったのだろうか。

 セイバーが言うには最後まで勝ち残ったらしいが…けどこれまで行われた過去四度の戦争で、聖杯を手に入れた者は一人も居ないとされている。

 

 その人は聖杯を手に入れる事が出来たのか、出来なかったのか。

 出来たとしてそれは真に自身の願いを叶えてくれるだけの代物だったのか、それとも紛い物だったのか。

 ()()だったのか、()()だったのか。

 

 どんな結果が待っていたのかは分からないが、聖杯によって、或いは戦争を通して、その人に何等かの変化が起こった。

 魔術師として燃え尽きて、人になった。

 全部推測で肝心な部分があやふやだけど、大まかな概要はきっと合っていると思う。

 

 少しでも聖杯戦争に関する情報を掴もうと私が考えを纏めている間にも衛宮君は言葉を紡ぐ。

 

「それは解ってる…けど、少しくらい情報を残しておいてくれれば、多少也とも備えておけたのにって」

「う~ん…聖杯戦争は本来なら約60年毎のサイクルで起こるって言われてるし、まさかインターバルが僅か10年で、況してや衛宮君がこうして当事者(マスター)になるなんて想像すらしてなかったんじゃないかしら?私だって本当なら第五次には私の子供か、産まれるのが早ければ孫辺りが参加する事になると思ってたもの」

「遠坂、お前自分の血縁がこんな殺し合いに参加する事を許容するのか」

 

 驚愕と義憤と。

 声の震えは僅かだが、その分わかりやすく表情を激したものに変えた衛宮君に、私はほぼ反射で反撃(言い返)していた。

 売られた喧嘩は安値で買ってやる。

 

「許容するも何も、聖杯を手に入れるのは遠坂の()()よ。この冬木を担う魔術の家系として、根源を目指す者としてそれは絶対なの」

「絶対って…それじゃあ個人の意思はどうなるんだよ」

「さあね。オタクみたく好き好んで知識と技術を磨いてく奴も居れば、義務感とか強迫観念とかに突き動かされて惰性で財産を護る奴も居る。中にはそんな先祖の目標なんて知ったこっちゃないって魔術師である事を放棄する奴もきっと居るでしょうね。まぁそんな事にならない様に、魔術師の親は子供に魔術を至上とする情操教育を施していく訳だけど」

「………まるで、洗脳だな」

(あなが)ち間違っちゃいないわ。でも極論を言っちゃえば世間一般の教育だって常識という名の()()を植え付ける洗脳でしょ?」

 

 曲がり形にも魔術師の端くれだからか、それとも単純に大人びているからか、衛宮君は険しい表情とは裏腹に、怒鳴り散らしたり、頭ごなしに此方の言葉を否定する様な事はしてこなかった。

 世間一般の倫理観や幸福論とは乖離しているが、魔術師には魔術師なりの大義がある───そういった相手の事情や思想を確り客観的に吟味して理解を示そうとしている。

 

 ───そんな受容の姿勢が何と無く()に似ていると思った。

 最終的に当たり障りの無い皮肉で細やかな反撃をしてくる所もそっくりだと思いました、マル。

 やっぱり殆ど家族同然の付き合いをしているからか、衛宮君は桜から色んな影響を受けているらしい。

 

 

「ま、少なくとも私は確かな自分の意志で魔術師やってるけどね。代々研鑽してきた神秘を後世に受け継ぐ責任、ってのも勿論あるわよそりゃ」

 

 一旦言葉を切って紅茶を一口。

 何時までも対面で苦々しい顔をされてちゃ堪らない、フォローを兼ねた私の信念をこの堅物に聞かせてやる事にした。

 

 

「でも何よりもね、私が楽しいからやってるのよ。魔術の研究に遣り甲斐を感じてるし、そうして在る自分自身に誇りを持ってるわ。魔術は何かと金喰い虫だし研究だって早々分かりやすい成果は出ないし疼きまくる刻印を腕ごとどうにかしてやりたくなる時も(たま)にあるし可愛い妹とは一緒に暮らせなくなっちゃうし!……色々と割に合わないっていうか、キツい事も結構あるけど、そんなのどんな人生歩んだって変わらないわ。私は私なりに幸福をふん捕まえてやるだけよ」

 

 

 一気に捲し立てたせいでちょっと疲れてしまった、再び紅茶を口に含む。

 何か喋ってる内に日頃の鬱憤が涌き出てきていらん事まで口走った気がするが、取り敢えずこれが私のスタンスだ。

 衛宮君の優しさや正義感を否定する気は無いけど、私の生き方を否定させる気も毛頭無い。

 

 さて、どう返してくる?

 手に持った紅茶に顔を向けたまま視線だけ動かして衛宮君の様子を窺、う……?

 

「ちょっと、何よその顔」

「え?」

 

 衛宮君は笑っていた。

 滑稽なものを見下す嘲笑の類いではなく、嬉しさや喜びが溢れ出た時に自然に浮かぶ微笑。

 何か、予想外というか、不意を突かれたというか、頭に疑問符が浮かぶばかりで二の句が次げない。

 んもう、何なのよこれ。

 

「ああ、っと、ごめん。あれ?俺何時の間に笑って…?」

「いや知らないわよ。人の顔見て黙って微笑むとか…普通にキモいわよあんた」

「き、キモいって…それは駄目だぞ遠坂。男子が女子に言われて傷付く単語のトップ3に毎年ランクインしてるんだからな」

「誰が集計してんのよそのランキング」

 

 咳払いで会話を無理矢理打ち切って衛宮君が再び口を開く。

 

「いやさ…上手く言えないんだけど…遠坂はやっぱり桜の姉なんだな、って」

「?どういう意味?」

「桜が言ってたんだよ。自分が世界で一番尊敬している人は姉だって」

「────へ?」

 

 

 

 紅茶の入ったカップを落とさなかった自分自身に称賛を送りたい。

 世界の全てから意識が遠退いていた。

 

 

「姉は何時だって誇り高く生きてる。離れ離れになってもそれがハッキリと判るから、自分は魔術の修行を頑張ってるんだって。自分と姉は確かに繋がってるって思えたから、養子に出されても全然寂しくなかった──ってさ」

「─────」

「桜の言った通りだった。遠坂がそういう、桜の信じた通りの、桜と同じ誇り高い魔術師だって事が嬉しかったから」

 

 

 

 

 

 口元の筋肉が痙攣している、吐息も矢鱈途切れ途切れで震えたものになっていた。

 徐に片手で顔を覆って俯く、駄目よ駄目よ駄目よ、こんな酷い顔を人に見せるなんて遠坂の当主としてとかセカンドオーナーとしてとかそれ以前に色々と有り得ないっていうか普通に恥ずいわよバカっ!ふざけんなっ!!

 

 こいつは一体どこまでが態となのよ、まさか本当に全部天然?

 だとしたら最悪だ、予想も対処も容易には出来ない。

 そんなの殆どテロと同じだ、殺られる前に殺るくらいしか…。

 

 

 

 うああぅぁぁういぃ~~。

 

 顔、熱い。

 涙出そう。

 

 こんなの、だって、嬉し過ぎる。

 桜が自分の事をそんな風に思ってくれていたなんて、自分の事をそこまで理解してくれていたなんて。

 

 魔術師になって良かった。

 遠坂の当主として頑張ってきて良かった。

 あの娘の姉で良かった。

 

 

 鏡は今持ってないけど断言出来る、私の顔面は真っ赤っかだ。

 胸の内から溢れ出る喜悦が総身に渦巻いて機能不全に陥りそうだ。

 これが精神攻撃は基本ってやつなのかしら…いや、たぶん違うわね。

 

 くそっ、思考が大分イカれてきた。

 何でもいい、誰でもいいから誰か私を落ち着かせてよ。

 このままじゃ熱暴走で馬鹿になりそうだわ。

 ああ、でももう少しこの感情に浸っていたい気も───

 

 

「ですがマスター、勘違い(うっかり)とは云え宝具で殺しかけちゃった訳ですし、凛さんに対してこれ迄と同じ様な対応を桜さんに望めるでしょうか」

 

 

 

 一瞬で血の気が引いた。

 刹那で頭が冷えた。

 そうだった、何故今まで忘れて──いや、無意識の内に考えない様にしてたのか。

 これちょっと、いや割と結構ほんとマジで、最悪のやらかしをしちゃったんじゃないの私─────!?

 

「ええ、それは~…どうなんだろう?確かに殺されかけはしたけど結果的に生きてるんだし、滅茶苦茶怒ってるかもしれないけど、それ以上に酷い事にはならないんじゃないか?」

「甘い、甘いですよマスター。優等生が悪い事をすると物凄く悪い人に見える、不良が捨て犬を拾うだけで物凄く好い人に見える、なんてギャップ効果の話を知っているでしょう?絶大な信頼を寄せていた分、裏切られた時の失望や憎悪というのは凄まじいものになるんです」

 

 キャスターの言葉に私の中の焦燥は加速度的に積み上がっていった。

 気分が悪い、っていうかお腹痛くなってきた、ヤバイこれ、死ぬ、ストレスで死ぬ。

 

 深呼吸をしようと顔を上げたらキャスターと目が合った。

 今の今まで恐ろしい予想図を口から垂れ流していたにも拘わらず、その表情は笑顔で────

 

 

 

       ニッコリ

 

 

 

「っ!?」

 

 鳥肌が立った。

 何なの今の……何と云うか、既視感?的な…私は今の笑みと同種のものを見た事がある気がする。

 

 そうだ、あれは、桜が余裕のあるキレ方をしてる時の笑い方だわ。

 あの顔に影を纏った、心做しか青筋が幻視出来るやつ。

 

 何故だろう、ほんと何故だろう。

 どう足掻いてもあの表情を浮かべているキャスターに勝てる気がしない。

 いやサーヴァントに人間が勝てないのは当然の事なんだけど…そういう問題じゃなくて、何かこう、根本的な部分で逆らえないと云うか、本能が萎縮してしまっている感じ。

 

 あーもー、なんか疲れてきちゃったんだけど。

 お互いが同盟を組むに値するか、信頼を置ける相手か見定める為の対話だと云うのに、喋れば喋る程新たな情報が湧いて出て吟味する時間が無い。

 

 セイバーの治療と経過観察でほぼ丸一日気を張ってたのも相まって、急激にドッと肩が重くなった。

 っていうか最早全身が怠い、無性に甘いものが食べたくなってきた、若しくは桜を抱き枕にして寝たいってあ~しまった桜今居ないんだった私がうっかりでカリバっちゃったからっつーか十年以上前から離れ離れだったわねちくしょーガッデム神は死んだ

 

 

「凛、凛っ、大丈夫ですか」

 

 ────少し意識が飛んでいたらしい、セイバーに肩を揺さぶられて漸く自分を持ち直した。

 交渉の場でこんな隙を晒すなんて遠坂(優雅)にあるまじきだわ、無様極まりない。

 ほんとーに私は、()の事になると只の小娘になっちゃうんだな。

 他人事の様にそう思った。

 

「ぁぁ、うん、大丈夫よセイバー。少し疲れが出ただけ」

「…少しではないでしょう、一日中私の為に神経を尖らせていたのですから。今日はもう、休んだ方が良い」

「駄目よ、まだ聞き出さなきゃいけない事は山程あるわ。何もかも全部洗い浚い根掘り葉掘り一切合切吐いて貰うんだからね」

 

 そう言って気怠さを押し殺しながら眼前の衛宮君を()め付ける。

 ?なんか戦慄してるというか…ビビってる?え、今の私そんなに怖い顔してる?

 

「…な、なぁ遠坂。セイバーの言う通り今日はもう休んだ方が良いんじゃないか?心配しなくてもこっちから同盟を申し出てるんだ、何処にも逃げやしない。それに何より、今の遠坂は本当に体調悪そうだぞ」

 

 その原因の一端はあんたの発言のせいなんだけどね。

 そんな文句を呑み込んで別の言葉を紡ぐ。

 

「却下。時は金なり、時間は有限、猶予は軍資金よ。また別に話し合える機会があるなんて考えるのは油断通り越して慢心よ。情報は常に最新のものを仕入れておかなきゃ」

「…じゃあ、せめて桜も交えて話そう。ここまで話してみて分かったけど、ド素人の俺と玄人(ベテラン)の遠坂の二人だけで話すより、間に立って仲介役になってくれる桜が居た方が絶対上手く話が進む。後々桜にも同じ内容の説明をする羽目になるんだし、時は金なりって云うんなら二度手間は省いた方が良いだろ」

 

 ほぅ、と思わず息が漏れた。

 魔術の知識が要らない事柄ならキチンと頭を回せるのね衛宮君。

 感心している私を他所に、衛宮君は一旦言葉を切って再び口を開く。

 

「それに…キャスターの言った通り、このまま桜と離れているのは、何か不味い気がするんだ。兎に角早めに合流した方が良い」

 

 先程のキャスターの発言を思い出す。

 …そうね、蟠りの解決は早ければ早い程良い。

 それに昨夜、私とセイバーはランサーとの戦闘中アサシンに横槍を入れられた。

 打撃を受けて弱った桜達をアサシンが再び漁夫の利狙いで襲撃しないとも限らない。

 何はともあれ固まって行動するのがベターね。

 

 

「…それもそうね。OK、分かったわ。じゃあ早速出掛け───」

 

 

 

 

 

     ─────唐突に、世界が血の海に沈んだ─────。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 ───猶予なんてとっくに使い切っていたんだと、今更ながらに私は悟った。




あれ、今回1mmも話進んでなくね?…ハッ!?


話の内容があっちゃこっちゃに飛びまくって1万文字以上使ったのに全然同盟交渉進みませんでした。
ほんとこんなしょーもない回ですみません。


※書いてる内に出来てた設定

士郎君は原作でセイバーさんに『サーヴァントを女扱いするな』『無謀な自殺行為に走るな』等々の様々な注文もとい説教をされてますが、それらを殆ど省みてません。

人の話聞いてる様で全然聞いてない、ある意味誰よりも自分勝手で我が儘なのが士郎君だと私は思っております。

ですがこの作品の士郎君は桜ちゃんとの3年間の夫婦生活で若干ですが相手の言う事を聞ける様になってます。一旦止まって、一歩退いて、物事を客観的に吟味する。そんな士郎君、それ士郎君?



次回こそライダーさん強襲。若干不調のセイバーさんと、ある意味絶好調のライダーさんの勝負や如何に。そしてキャスターちゃんはどんな茶々を入れるのか。乞うご期待。


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14話 愛しくて/護りたくて/殺したくて

前回の前書きのジョジョネタに誰も乗っかってくれなくて寂しい…_(:3」∠)_

というかもうこの作品二周年ですよ、それでこの進行度合い、泣けてくるね。


 ───最後の魔法陣を刻み終えた。

 

 メドゥーサ(ライダー)は桜の身柄を衛宮邸に安置した後、直ぐ様遠坂邸に蜻蛉返りしてとある()()()を施していた。

 

 他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)

 メドゥーサの魔眼(キュベレイ)を拡大投射する事で形造られ、嘗て『形なき島』に踏み入った者を石にし、その生命を貪り喰ったとされる血の神殿(結界)

 

 施す場所に事前に魔法陣を設置する必要がある為、その場その場で臨機応変に発動させる事が出来ない他、その性質上魔眼と同じで効果範囲内に居る者は縦え味方だろうと容赦無く巻き込んでしまうという、使い所が中々に難しい宝具である。

 

 だがそれは裏を反せば、条件が嵌まった際にはこの上無く凶悪な宝具となる証左でもある。

 結界内ならば何れ程相手との距離が開いていようと効果を持続させられる為、対魔力の低い者なら直接刃を交える迄も無く一方的に()()()()事すら可能としている。

 また一対多の状況に凄まじく打って付けでもあり、相手が何人いようが効果が弱まる等という事が無く、更には結界内の者の生命(魔力)を奪って吸収するという性質故に相手が多ければ多い程大量の魔力を補給しながら戦えるという訳だ。

 そうでなくとも、本来なら使用する際に莫大な魔力を消費するのが常である英霊の宝具において、使用すれば魔力を回復出来(奪い取れ)るという性質は破格だ。

 (たと)え相手が少人数でも全力で()()()()()のならば仕掛けない理由は無い。

 

 

(全力──そう、全力で)

 

 徹底的に、嬲り殺す。

 (主人)がこれ以上傷付かずに済む様に、(少女)がこれ以上過去に囚われる事の無い様に。

 

 (いず)れ座に帰り消えてしまう自分では、桜の()()()()()事は出来ても()()事は出来ない。

 魔術師の闇に囚われ、それを()()()()()()()善しとする、そんな彼女を光差す側へ導く等、()()()()()に出来る筈も無い。

 

 彼女を救えるのは、彼女を魔術師等と云う括りで見ない人間。

 何者でも無い少女を受け入れる、何者でも無い人間。

 神秘()の側に属する自分が、そんな者になれる筈が無い。

 

 だからせめて、彼女がそれと巡り合う迄の露払いをするのが私に出来る最善。

 邪魔な存在には消えて貰う、それを成すのが兵器(サーヴァント)である自らの役目(使命)なのだから。

 

 

「ですので、優しく殺して等あげませんよ。貴女方は、この世の全ての悪に対する見せしめなのですから」

 

 

 惨たらしく死ね。

 完膚無きまでに()ね。

 

 私は溢れ出る怨気を一切抑えず、己の魔性を顕現させた。

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

「なっ────に、よ、これ!?」

「───っ!!」

 

 同盟を巡る対話の最中、突如視界が鮮血の如く(くれない)に染まった。

 それと同時に感じたのは此方の身を磨り潰さんばかりの圧力と、それに伴い全身から生気や元気と云った活力が、まるで雑巾から搾られた水の様に抜け落ちる、いっそ解脱(快楽)に感じる程の極まった脱力(不快)感だった。

 マスターである凛は(おろ)か、最上級と言って過言ではない対魔力を持つ私にすらこれ程の影響を与える等、間違いなく宝具級の魔術結界。

 

 

「ぐ…!キャスターっ!何だ…これ…!?」

「ぅ…これは、何等かの宝具を用いた結界ですね。しかも結界内の生者から根刮ぎ生命力を奪う為のとんでもなく物騒な」

「なっ…クソッ、こんな時に敵襲か」

「………いや、でも、この魔力の質は、明らかに…………うわぁ~、どないしましょうこれ」

 

 魔術と云えばキャスター、やはり同盟の話を持ち掛けたのはフェイクでこの状況が真の狙いか。

 そう思って対面の二人を睨み付けるも、彼方(あちら)は彼方で不足の事態に慌てている様子だった、どうやらまんまと此方を嵌めたという訳ではないらしい。

 それに…やはり、私の直感は反応しなかった。

 日常行動下においてもそれなりに働き、有事の際は未来予知レベルで鋭敏化する、これ以上無く頼りになる私のスキル。

 状況的にはかなりグレーだが、確証が無い状態で剣を振るう事は(マスター)を含めて後の無い今の私には出来ない、仕方無く剣を構えて周囲に注意を払うに留まる。

 

「衛宮君、これ貴方達の仕業?」

「んな訳あるか…!見りゃ判るだろ!」

「でしょうね。ごめんごめん、言ってみただけよ。にしても今日は千客万来ね、何時から遠坂(うち)はこんなに人気のレジャースポットになったのかしら」

「まあ霊地(パワースポット)ではありますよね…って呑気な事言ってる場合じゃありませんよ」

 

 余裕が有るのか無いのか、妙に息の合った軽口を叩き合う凛とキャスター。

 とは云え流石に状況が状況、直ぐに(たしな)めると真剣な表情で全員に向かって語りかけ出した。

 

「軽く魔力を()()みましたが、一目瞭然でした。この結界を構成している魔力は、ライダーさん…桜さんのサーヴァントの魔力(もの)です」

「!そんな、何で…」

「───何でって、そんな事も分からないの衛宮君」

 

 

 冷えた声が凛と流れる。

 キャスターの見解を聞いた凛は先程までとはまるで別人の様に()を纏い、表情を一分の隙も無いものに固めた。

 

 それは既知であると共に未知。

 生前にもこの様に平時と有事とでガラリと装いを変える者は多く見てきたが、王としてではなく自身が仕える者となって主のそんな様を仰ぎ見るのは初めての経験だった。

 

 

「要するに桜は、私を完全に敵として見なしたって事でしょ。ま、しょうがないわよね。先制攻撃で宝具ぶちかましたのはこっちだし」

「!まっ…おいっ、遠坂っ」

「残念だけど交渉は決裂ね。賢明だわ、ええ、寧ろ安心したわよ。これでノコノコと同盟結んでくださいなんて言いに来てたら妹と云えど流石に神経疑ってたわ」

 

 その声色は悲しそうに、寂しそうに───だが同時に愉快だとでも言いたげに震えていた。

 沈んではいるが今にも弾けそうな、未知に対する怖いもの見たさの興奮と云った所か。

 単純な言語では表せない、妹に対する混色(まだら)な想いが凛の内に幻視出来た。

 

「待て!待てって!憶測で結論を急ぐなよ!」

 

 だがその(はや)りを衛宮士郎が諌める。

 

「桜が…あの魂が半分は優しさ(バファリン)で出来てる女の子が、こんな事する筈無い!」

「人の妹を頭痛薬扱いしてんじゃないわよっ!!」

 

 

 凛の鋭い突っ込みが飛んだ。

 この空気(シリアスな場面)の中でする喩えでは無いと思った。

 

「…そう、ですね。マスターの比喩は兎も角、私も桜さんが敵対した訳ではないと思います。あの娘の性格からして、同盟を諦めたのだとしてもこんな間髪入れずに反撃する様な事はしない筈ですし。あの半ば鈍臭いと表現しても語弊が無いくらいに慎重な性格の桜さんなら、もっと入念な準備をしてから来る筈です」

「…どいつもこいつも人の妹を何だと思ってんのよ、ったく」

 

 擁護なのかそうじゃないのかイマイチ分からない見解を述べて己のマスターに賛同したキャスターに凛は嘆息する。

 やはりキャスター陣営(この二人)と会話をしていると知らぬ間に緊張感が抜けていってしまう、凛の気迫も若干薄れて普段の様子に戻りかけているのが目に見えて分かる。

 

「兎も角ですね、煽った私が言うのもなんですけど桜さんが自発的にこんな暴挙に出るとは考えにくいんですよ」

「そうだよ、強い憧れは同じくらい強い憎しみに変わる…キャスターの言う通りだと思うけど、人の想いはそんな簡単に切り替わってしまうものじゃない。桜なら尚更だ。きっと何か擦れ違いがあるんだ!」

 

 そんな凛の気配に好機を見出だしたのか、二人は再び捲し立てる。

 結界の与える影響に苦しみながらも只管(ひたすら)真っ直ぐに凛の顔を見据えて言葉を紡ぐ二人。

 そこには、紛れも無い人の心の輝きがあった。

 

 ─────嗚呼、変わらない。

 今も昔も、人の想いの美しさは変わらない。

 

 自らの手の内にある聖剣の重み(人の想いの結晶)を確かに感じながら、私は()()()()()()()()()()()()()()()

 私が護るべきものは、これなのだと。

 

 

「───凛、兎に角今は、この結界を仕掛けた犯人を見付け出しましょう。討ち取るにしろ、撃退するにしろ──或いは誤解を解くにしろ、相手と面と向き合わなければ始まらない」

「っ!セイバー…」

 

 私の言葉の含む所に目敏く気付いたらしく、衛宮士郎は一転表情に喜色を滲ませる。

 ……ぬ、む、ぐ…切嗣(かつてのマスター)とは似ても似つかない純粋さ…この顔に見詰められていると、何とも、こそばゆくなってくる。

 

「…そうね。どっちにしろこれ、このままだと搾り殺されるだけだし。ちゃっちゃと見付け出してとっちめてやりましょう」

 

 私達の意気を汲んでくれたのだろう、苦笑しながら方針を決めた凛に従い、圧し潰されそうな心身を奮い立たせて四人全員が動き出す。

 

 

 

 その数瞬後、屋敷の外で強大な魔力が顕現した。

 

 

「「「「!!?」」」」

 

 再びこの場に居る四人全員に戦慄が走った。

 この膨大な神秘の発露は、まさか───。

 

 急ぎ気配の元を確認する為、私は窓に駆け寄り乱雑にカーテンを取り払う。

 

 

 そこには白亜の星が在った。

 

 冗多さの欠片も無い、乱れ崩れ等とは無縁の(しな)やかな流線形を保つ引き締まった肢体、及び光塵を散らす(おお)きな双翼。

 つい先程も飛び去っていく姿を見た────あれは、天馬(ペガサス)だ。

 

 私を含め、全員が天を駆ける幻想の輩に目を奪われていた。

 当然、黄金の手綱を()りその背に跨がる漆黒も全員が視認していた。

 

「ライダー…!」

 

 黒い女の姿を認めた衛宮士郎が言葉を漏らす。

 最早疑念を差し挟む余地は無い、先程と今の状況から見ても明らか。

 奴がライダー、(マスター)()のサーヴァント。

 

 此方がそこまで思考を纏めたのとほぼ同時に、ライダーを乗せた天馬が動く。

 体の向きを変えて私達に背を向けた。

 

 ?何故背を向ける?この様な大胆な襲撃を行っておきながらまともな交戦もせずに逃げるというのか?

 辻褄が合わない相手の行動に疑問符を浮かべている間に、天馬は空を駆けて大きく旋回すると再び此方に頭を向けた。

 

 

 ─────っ!!

 ランサー戦に続き、己の不明を呪った。

 何故今この時に限って直感も頭もまともに働かなかったのか。

 どう考えてもあれは、突撃の前段階、特攻の準備行動、助走ではないか───!!

 

「凛っ!宝具で迎撃します、魔力を回してください!」

「っ!分かったわ、お願いセイバー!」

 

 風王結界を解除し刀身を晒すと同時に、己の炉心(心臓)に火を点ける。

 

 くそっ、やはりランサーの魔槍によって受けたダメージが未だ回復し切っていない、生み出せる魔力が普段より少なくなっている。

 天馬が更に加速した、恐ろしいスピードで隕石の如く此方に向かって来ている、着弾まで後数秒も無いだろう。

 魔力を充分にチャージする猶予も無い、しかも結界の影響で魔力を吸い取られている。

 今日は既に聖剣を一度解放し、まともに休息すら取っていない凛の魔力も体力も気力も、生命力そのものが心許ない。

 何もかも余裕が無い現状。

 

 ───だからこそ、全霊を尽くす。

 生前(此れ迄)と何等変わらない、余裕なんてものは有った試しが無い───だがそれこそ関係が無い。

 護るべき者が後ろに居る限り、退くという選択肢は無いも同然なのだから。

 

 それにあの時とは確かに違う事がある。

 今私の後ろに居るのは、只々護られるだけの弱者等では断じてない。

 共に歩み、支え、戦ってくれる者。

 対して敵は、たった一騎。

 あの頃と比べて、何と楽な(いくさ)か。

 

約束された(エクス)───」

騎英の(ベルレ)───」

 

 

 さあ、来るがいい蛮行の徒よ。

 その無道、阻んでみせよう。

 

 

「───勝利の剣(カリバー)アアアアアアアアッ!!!」

「───手綱(フォーン)ッッ!!」

 

 

 

 

 極光と流星の激突が、周囲の夜を一時朝に変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この  に神座を く』

 

『なるほ 、こ な 必 や  にも届   』

 

『こ  、   ツベル の結   て』

 

『奇跡は成 のか』

 

『また、御逢いしま   』

 

『  に見 けたぞ』

 

『我等 宿願に到る、第一  過ぎな のです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「      ぅ  んん… ぁ、んぇ…?」

 

 ……………?

 ………???

 ぼーっとする。

 目がしぱしぱする。

 私、寝てた…?

 

「……っ!ぃ、つ」

 

 特に何の考えも無く布団から手を出して真上に伸ばしてみた。

 すると全身のあちこちからじんわりと、ヒリヒリとした痛みが広がってきた。

 それに伴いズ~ンと頭蓋を圧迫される様な、気怠さに似た痛みも頭に帯び始めて。

 単なる寝起きの悪さとは明らかに違った不調が身体中を蝕んでいる。

 

「…~~~っ……ぅ~、ぁ~」

 

 伸ばした手をそのまま重力に任せて、両目を覆う様に顔の上に落とした。

 そのまま数秒動かずに居たが体の痛みは当然治まらない。

 今度は痛む頭もとい額に手を持っていってみる。

 特に熱は無い、風邪ではない、痛みは無くならない。

 徐に起き上がって布団から上半身だけを出す。

 中途半端に腰を捻った体勢で体中を(まさぐ)ってみる、余計痛みが増した。

 

 痛い所に手を持っていって触ってしまう、人間の本能的な益の無い行動を続ける事約1分、漸く脳味噌が現状に対する疑問を抱き始めた。

 いや、起きた当初から疑問符は浮かんでいたのだが、それを解消する為の働きを為していなかったという話だ。

 

 

(今の夢……何…?)

 

 でもまだ優先順位を明確に出来る程覚醒してはいなかったらしく。

 目の前の現状(げんじつ)よりも、やけにハッキリ記憶に焼き付いている夢の内容の方に思考が飛んだ。

 

 沢山の人が、話していた。

 沢山の人が、哀しんでいた。

 沢山の人が、希望を託していた。

 沢山の人が、瞳に熱を灯していた。

 

 どこか既視感のある外見の人が大勢。

 でも所々でノイズが掛かっていて。

 確かな事は一つ。

 

(私の記憶じゃない)

 

 それだけは間違いない。

 なのに何故既視感を?

 

 …記憶が混濁している?兎にも角にもスッキリしない、頭の中を靄が覆っている。

 

 

(あれ…?ひょっとしてこれって…)

 

 精神干渉型の魔術乃至(ないし)宝具。

 確かライダー(メドゥーサ)がその手のものを所持していなかったか。

 

 

「─────Anfang(セット) , Es Inneren(声は深く) , Alles niedermähen Nass Einweichen(   闇を払い影に浸し   ) , Alles rund um Wunden des Herzens(   一切の束縛   ) , Mein Behoben(我に還れ)

 

 五小節、精神への悪影響を遮断、安定させる魔術、得意分野である呪文(それ)を紡ぐ。

 

 

 

 ズキリと胸が痛んだ。

 

「─────っ!!!ひっ…」

 

 呪文を唱えた瞬間魔力が廻り、頭の痛みが消えて靄が晴れた。

 晴れてしまった。

 だからこの痛みは頭じゃなく心に負ったもので。

 

「ゃ、嘘、ぁ、だめ…!」

 

 記憶が一気に浮上する(戻ってくる)

 

 光に呑まれた。

 敵の奇襲を受けた。

 ライダーに助けて貰った。

 ライダーに謝った。

 ライダーに酷い事を言ってしまった。

 ライダーに眠らされた。

 

 

 

 

 

 先輩が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ先輩が死んだ─────

 

 

 

 

「お゛っ   ぐ、ぶ…う、ううぅぅぅぅぐぅぅぅ~~~…っ!!」

 

 胃液が()り上がってくる。

 両手で思いっきり口を押さえて全力でそれを吐き出すまいと堪えた。

 

 何の意味がある行動なのか、自分でも解らなかった。

 でもそうしないと、ここで()()()()()()()()何もかも全て終わってしまう様な気がして。

 同じ所に戻ってこれなくなる様に感じて。

 

 なのに、涙は止めどなく溢れてきてしまう。

 両手で口を押さえている以上、それらを拭う事も出来ず。

 ボロボロと(たま)の様な雫が尋常じゃない勢いで流れ出して(かわ)濡らし(腐らせ)、とっくにボロ衣になっている服と布団に滴っていく。

 このまま十分もしたら脱水症状で死ねるかな、なんて色んな意味で笑えない馬鹿みたいな感想すら浮かんでくる。

 

 涙が熱い、背中は氷を押し付けられたかの様に冷たい。

 折角の魔術も意味は無かったみたいです、精神の安定なんてまるで図れない、寧ろ悪化する一方。

 

 

(いやだ……もう、いやだよぉ…!)

 

 

 一体、何回目だ。

 後悔を重ねるのは。

 

 お爺様を殺した時。

 雁夜おじさんが死んだ時。

 お父様が死んだ時。

 お母様が死んだ時。

 魔術師である事を放棄しようとした時。

 遠坂に帰ろう(逃げ込もう)とした時。

 先輩が魔術師だと気付いた時。

 

 情けない。

 情けない情けない情けない。

 いっそ死にたい。

 誰かに思いっきり罵倒されたい。

 どうか、愚かに過ぎるこの身に正当な罰を与えてください。

 

 

(でも───駄目なの)

 

 それでも、許されない。

 そんな事は許されない。

 安易に罰を求めて罪を清算しようと、裁きによってこの穢れ切った身に洗礼を受けようと、簡単にこの悲しみ(苦しみ)を切り離そうとしては、いけない。

 

 全部、全部、他ならぬ自分自身の心身で背負い、呑み干し、糧にしていかなければならないもの。

 それが魔術師の在り方。

 それが間桐を継ぐ者の責務。

 全て()()()()()()ならないんだ。

 

 

(だから…お願いだから…止まってぇ…!)

 

 でも残念、()べなるかな、理性のみで暴走する感情は止められない。

 止めようと、背負って立ち上がろうと意識すればする程に悲嘆()は際限無く。

 

 

 先輩が死んだ先輩が死んだ───もう駄目だお終いだ───何がお終いなの───まだ何も終わってなんか───何もって何───だって先輩が───先輩はもう居ない───私のせいで───そう私の責任───だからこそ前を向いて───既に終わってしまった事に心を囚われている暇は───何それ───吐き気がする───薄情にも程がある───所詮そんなものだったの私の先輩に対する想いなんて──────。

 

 

 もう先輩に逢えない先輩の表情が見れない先輩と話せない先輩と触れ合えない先輩と一緒に料理が出来ない先輩と一緒に学校に行けない先輩と先輩の先輩が先輩先輩先輩先輩先輩イヤダ先輩先輩イヤダ先輩イヤダイヤダイヤダイヤダ先輩イヤダ先輩先輩イヤダ先輩イヤダイヤダイヤダ先輩先輩先輩イヤダ先輩イヤダ先輩イヤダ先輩イヤダ先輩イヤダ先輩イヤダ先輩イヤダ先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや────────っっっ!!!!!

 

 

 

「─────   っ    い ぎ、ぐ   ~~~~~   あ゛あ゛っ!!」

 

 

 いよいよ以て呼吸すら覚束無くなってきた。

 両手を口から離して叩き付ける様に地面()に置く。

 項垂れる様な姿勢で荒々しく、だけれど妙に静かに、そんな矛盾した呼吸を繰り返す。

 

 一転、今度は呼吸と共に思考が落ち着いてきた。

 否、落ち着いたと云うよりは止まったという方が適切でした。

 呆然と、頭が空っぽになる。

 エネルギー残量/zero、外から何等かの刺激を受けなければ再起動は不可能。

 でも今この場にそれを期待出来そうなものは何も無く。

 加熱された血流、その熱を奪う冷汗、肺を満たす冬の冷気、それら生命活動の副産物的刺激で少しずつ神経延いては脳髄に活力を促す。

 

「………これから、どうしよう」

 

 思考を言葉にする。

 考えている事を口に出す。

 一人っきりだから意味が無い様にも思えるけど、言霊、験担ぎ、自身を鼓舞するという行為、精神論というものは案外馬鹿に出来ない。

 

 ───そう、一人っきりだ。

 

「ライダー…何処に行ったんだろう」

 

 メドゥーサ。

 強くて優しくて、ちょっと過保護でエッチだけど、その分とても頼りになる、私が召喚した、私のサーヴァント。

 彼女の気配を感じない。

 

「…パスは通ってる」

 

 召喚時から繋がっている魔力供給のラインは未だ途切れていない。

 という事は少なくとも死んで(脱落して)しまった訳ではない、その事に一先ずホッとする。

 でもそうなると別の疑問が頭を(よぎ)る。

 パスが通じているのに居場所が分からない所か気配すら感じられないなんて、彼女は今相当私から離れた遠い所に居るという事だ。

 幾ら単独行動のスキルが有るとは云え…いや、そもそもあの過保護なライダーが意識の無い私を一人放置して何処かに行くなんて事があるだろうか。

 

 

「…やっぱり…嫌われちゃったのかな」

 

 ポツリと、そう溢す。

 

 思ってしまった。

 言葉にしてしまった。

 そうしたら後は堕ちるだけ。

 

 あんな、危機感が足りてない所じゃない、護って貰った癖に、我を忘れて暴走して、罵詈雑言を吐いて、冷静さを失って、足を引っ張って…。

 きっと、見限られてしまったんだ。

 ひょっとしたら、誰か別のマスターと契約し直す為に私から離れて単独行動をしているのかも。

 

 

「ぁぁ……は、ふふ、はっ、はは……」

 

 一つ発見。

 人って失意のどん底に堕ちると、本当に笑えてきてしまうんだ。

 こういう乾いた笑い方、創作物の中だけの表現かと思ってた。

 

 

 頑張ってきた。

 此れ迄、本当に頑張ってきたんですよ。

 家族の為にって。

 その結果がこれか。

 想い人を護れず、使い魔に見限られた、こんなボロボロの惨めな有り様が、()()桜の終着点か。

 お父様の言葉を思い出す。

 お爺様の教えを思い出す。

 

 嗚呼、はは、何やってんだろ私。

 

 

 本当に、何をやっているのよ。

 こんな所で終わる気か?

 それでお前は納得出来るのか?

 

 

「出来る訳、ないじゃないですか…!」

 

 気合一発、先ず自分の頬を叩く、次に床を叩くかの如く手を突いて反動で体を立ち上がらせる。

 腐り切った精神に火を()べて無理矢理にでも暴れさせる。

 

 一回打ちのめされたくらい何だ、無様を晒したくらい何だ────先輩が、死んだくらい…何だ…っ!!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないかっ!!

 無様を晒すなんて、今更に過ぎるだろう、此れ迄の人生、何度失敗してきたか。

 これくらいの事で歩みを止める理由にはならない、寧ろ追い詰められたからこそ足掻かなくては。

 

 廊下を抜けた先、居間に併設されている台所に向かう。

 水道で顔を洗い、コップに注いだ水を飲む。

 ちょっとは冷えましたか、私?

 前向きに前向きに、愚直な迄に前進を。

 大雑把にでも今後の方針を決める。

 

 先ずはライダーを見付けて説得しよう。

 謝罪か、それとも逆に説教か、兎にも角にも対話をして、私の下に帰ってきて貰う。

 こんな所で脱落してなんかいられない、サーヴァントが居なければ作れる行動の起点が大幅に制限されてしまうのだから。

 何より、私自身もっとライダーと一緒に居たいんだ。

 彼女を他のマスターなんかに渡して堪るものですか。

 

 そしてライダーと合流したら、もう一度遠坂邸(姉さんの所)に向かう、それで今度こそ同盟を組んで─────そして、先輩の仇を討つ。

 

 

 不意討ちしてきたのが誰かは分からない。

 相手の姿を見た訳じゃないし、ライダーからも敵の正体を聞きそびれてしまった。

 だとしても関係無い、絶対に見付け出してやる。

 私の大切な人達に手を出す輩は、絶対に許さない。

 

 肚の内で昂る熱を敢えて抑える事なく、私は魔術回路を起動させた。

 

 

Anfang(セット) , Es Sensing(我が声に応えよ)

 

 蟲という数の多さを利点とする使い魔を使役している以上、管理が行き届かなくなるというヒューマンエラーが起こる可能性も十二分に有る。

 故に私は魔力ラインを通して相手の位置を把握する術式を開発している。

 無論この魔術の効果が及ぶ相手はサーヴァントとて例外ではない。

 相手が高次元の存在(英霊)だろうと『支配』の(すべ)を研鑽してきた間桐()の手からは逃れられないのです。

 

(ライダー…何処なの…?)

 

 辿る、辿る、ラインを辿る。

 意識の触覚が延びて、飛んで、遥か遠くまで。

 数秒と経たずライダーの居場所を感知した。

 

 

 あれ?でも、此処は?

 

「何で遠坂の屋敷に…」

 

 

 そう、ライダーの魔力の発生源は遠坂邸、さっきまで私が目指していた場所に在った。

 つまり私を先輩の家に放置した後、蜻蛉返りした?何故そんな事を。

 

「先輩を探す為?姉さんに助けを求める為?…いや…でもそれなら私の意識が戻ってからでも良い筈…」

 

 

 何だろう、この焦燥感は。

 酷く嫌な予感がする。

 せめてライダーが遠坂邸で何をしているのか分かれば───あ。

 

「視覚共有すれば良いじゃないですか」

 

 そうだ、念話(テレパシー)と同じくマスターにはサーヴァントとお互いの視覚を共有出来る権利(機能)があった。

 そうでなくとも使い魔と感覚を繋げる魔術を行使すれば。

 いやはや全く、ほんとお馬鹿だなぁ私、こんなマスターとして初歩的な事も忘れてたなんて。

 内心で苦笑しながら早速ライダーと視覚をリンクさせる───

 

 

 

 ───真っ暗だった。

 

 

(え?)

 

 視界一面黒一色、色どころか光源すら無い。

 予想外の事態に一瞬慌てるも───直ぐに思い出した。

 

「眼帯してるんだった…」

 

 そう、ライダーは自らの魔眼を封印する為常に宝具(眼帯)を身に付けている、そんな彼女と視界を共有した所で何も見えないのは当たり前だった。

 そんな事も分からないとは…私ってば本当の本当に馬鹿。

 

 

「……兎に角、行くしかない!」

 

 どの道行動を起こさなければどうにもならない。

 当然というか、残念ながらというか、先輩の家には私の私服なんて置いてない、着替える事もままならずボロボロの薄着のままで私は再び2月の寒空の下へ駆け出した。




桜ちゃんのメンタルはオリハルコン()


そんな感じの今話です。
二つの宝具の激突、遠坂邸の安否や如何に!?(震え声)

ライダーさん、しれっと宝具の真名解放二つ併用してますけど、そういうのって可能なんですかね?もし設定が食い違ってても今更書き直すとか無理ですが…知ってる人は教えてね!

というか意識の無いマスター一人放置して敵を殺しに行くとか愚策以外の何ものでもないよなぁ…既に冷静さなんて言葉とは無縁ですライダーさん。


果たして桜ちゃんは無事みんなと合流してライダーを説き伏せる事が出来るのか、向こうは向こうで桜ちゃんと合流するまでちゃんと生き延びる事が出来るのか、それは作者にも分からない()


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15話 だから対話スキルを研けとあれ程(ry

1話UA数1万突破ぁ!!!!

皆様、何時も御愛読ありがとうございます。

そんな訳で連日更新イクゾオルアアァァッ!!!




早く平和な日常を…士桜書きたい、姉妹とライダーのイチャイチャ書きたい…(血涙)


 ─────桜が目を覚ます、少し前。

 

 

 

 

 遠坂邸。

 ───()()()()()が住宅街から程々に離れた低山の林の奥に存在していた。

 セイバーとライダー、各々がA+以上のランクを誇る宝具同士の正面衝突、その際に生じた圧倒的瞬間破壊力(インパクト)は術式や礼装等の魔術的加護を付与されていた遠坂邸を軽々と吹き飛ばしてしまった。

 

 全壊、という訳ではない。

 魔術師の拠点に()いて文字通り心臓部である工房は決してその内部の神秘を漏らさぬよう、他の部屋よりも遥かに堅牢に造られている。

 幸い宝具同士が激突したのは客間のある二階、地下室に存在する工房に到達するまでに衝撃が幾らか緩和されていたのも相まって、遠坂家は何とか最も価値のある財産の一つを失わずに済んだ。

 

 だがそれ以外は見るも無惨な有り様であった。

 爆心地である二階の客間を中心として球形に、当然爆心地に近い程より被害は大きくなっていた。

 壁や柱等の木片が砕けて散らばり、原型が無くなった家具だった物達が奇怪(ゆかい)なオブジェとしてあちこちに転がっている。

 それでも、巨大なショベルカーで抉られた様な形になっていても、爆心地から離れた屋敷の反対側は床と柱と屋根を揃え、一応家屋としての外見と機能を保持しているのは流石セカンドオーナーの住居と云った所か。

 まぁ建て直しがほぼ確定的な現状に於いては意味の無い事であるが。

 

 そんな崩壊した遠坂邸の瓦礫の中から、真っ黒な風船の様な、球状の何かが瓦礫を押し退けて膨らみながら浮かび上がり。

 それが天辺から崩れ、ボールの表面を流れ落ちる流水の様に消えていく。

 そして中からキャスター、士郎、凛の三人が顔を出した。

 

 

          ∵∵∵

 

 

「御二人共、無事ですか」

「ああ、此方は何ともないぞ」

「私もよ…ありがとう、助かったわ」

「どういたしまして」

 

 ほんの一時に過ぎないが、キャスターの魔術のお陰で何とか危機を脱する事が出来た。

 キャスターの呼び掛けに俺と遠坂は素直に答える、まだ正式に同盟を結んだ訳ではないが状況が状況だ、遠坂はキャスターと俺に対して敵意を向けて来る様な事はなかった。

 

 宝具である(と思われる)天馬(ペガサス)に乗って突っ込んできたライダーに対して遠坂のサーヴァント、セイバー────アーサー王も自らの宝具(エクスカリバー)を解放、迎撃。

 その威力で遠坂の屋敷(の一部)が吹っ飛んでしまった。

 勿論セイバーの直ぐ後ろに居た俺達も無事で済む道理は無く。

 良くて、衝撃で吹っ飛ばされ骨折───最悪の場合は拡散した魔力の波に呑まれて跡形も無く消滅───そんな、正しく絶体絶命の状況だったのだ。

 

 セイバーの後ろに居たのがマスター(俺と遠坂)だけだったらの話だが。

 

 流石は英霊の領域にまで登り詰めた魔術師と云った所か、キャスターは俺達にとっての絶体絶命の窮地を片手間で(こな)す作業の様に回避してみせた。

 

「っていうか今の…虚数、空間?」

「はい。現実世界とは違う場所、位相の反転した、今私達が立っている次元とは真逆の位置の時空間への入り口を影で創って御二人を一時避難させました。此処に逃げ込めば大抵の脅威は避けられますよ」

 

 

 説明はちんぷんかんぷんだったが、取り敢えず凄い魔術を行使したのだという事は解った。

 それこそ、俺みたいな半人前の魔術師のそれとは比べ物にならないくらいの。

 先程セイバーにエクスカリバーで不意を打たれた時にも使用した魔術だ。

 

 キャスターの述べた理論は俺には全く理解出来なかったが遠坂は違うらしい、キャスターが話を進める毎に表情の変化が顕著になり、驚愕に染まっていく。

 瞠目し、唇を微かに震わせているその様子から、真実目の前の相手を畏怖しているという事がハッキリと分かる。

 キャスターの語った事実は根源を目指す魔術師にとって、それ程迄に出鱈目なものだと云うのか。

 

「そん、な、高度なんて言葉じゃ片付かないレベルの魔術を…しかもまともな詠唱を紡ぐ暇も無かったあの状況で、一瞬で展開するなんて………はぁ~、もう何度目になるでしょうね、こんな感情は…貴女達英霊って、つくづく出鱈目だわ」

「だからこそ英霊なんですよ私達は。まぁ、ですが…今の魔術は、空間の入り口さえ閉じておけば表側から干渉される事はほぼ無いので、防御の面では優秀なのですが、逆説的に此方からも相手に干渉(攻撃)出来なくなるので行使するタイミングには結構気を使わなきゃいけないんですよね。何と云うか、私の魔術って微妙な所で融通利かないのが多いですから」

 

 たはは、と。

 最初はどこか嬉しそうに、誇らしげに、自慢する様に。

 だが徐々に困った様な苦笑で自嘲し始める、そんなキャスターの顔に遠坂は少し訝しげな視線を送る。

 

「…ほんと、よく分かんないわね。()にそんなペラペラと自分の情報渡しちゃっていいの?」

「私は別に凛さんの事を敵だなんて思ってはいませんから」

「───ふーん、なるほど?言ってくれるわね。つまり貴女にとって私なんて警戒するに(あたい)しない相手ってわけ?」

「─────」

 

 本気で言っているのかどうかは定かではないが、僅かながらに敵意を含ませた声色と表情で遠坂はキャスターに言葉を投げる。

 そんな遠坂の返しにキャスターは一転、キョトンとした表情になると。

 

 

「───ふ、ぅ、ふふふ…む、く、ぁはは」

「?」

「ぷっははっ、はははははははははははっ!」

「は?」

 

 

 

 爆笑し出した。

 堰が切れた様に、とは正しくこういう事を言うのだろうな、そんな感想が思い浮かぶくらいの大笑だ。

 壺に入ったとかそんなレベルじゃない、目に涙を浮かべ、腹を抱え、ぜいぜいとまともな呼吸をする事すら危うくなっている。

 キャスターは全く以て自分をコントロール出来ていなかった。

 

 そんなキャスターの笑いに、焦りに似た羞恥を覚えたらしい、遠坂は頬を若干紅くしながらキャスターに再び突っ掛かった。

 

「な、何なのよちょっと!一体何がそんなに可笑しいってのよ!?」

「い、いや、だ、だって──ぐ、ぅ、あははは、はははは!げっほ、がっほ、ぅえ゛ぐうふふふはははははははははっ!」

「いい加減にしなさいよちょっとぉっ!!」

「ぎゃぼっ」

 

 何時まで経っても笑い続けるキャスターに、遂に堪忍袋の緒が切れたか。

 遠坂は幾何学的な燐光を纏った右拳をキャスターの土手っ腹にぶち込んだ。

 

 うぉおぅ、かなり良いのが入ったぞオイ。

 

 凄惨な音を響かせて腹部にめり込んだ拳に流石に意識を持っていかれた様だ、キャスターは目に見えて落ち着いた様子になると再び遠坂に向き直る。

 とは云えまだ余韻は引き摺っているのだろう、子供の様な笑顔を携えたままだが。

 

「す、すみません。ちょっとあまりにもあんまりだったものですから」

「だからどういう意味だっつの!」

「いやぁ~、だって、ねぇ?───私が凛さんを警戒していない?取るに足らない相手だと侮っている、と…?───有り得ませんよそんな事は」

 

 明るさ、朗らかさはそのままに、悪戯っ子の様な色を笑顔に混ぜるキャスター。

 

()()()()()()()()なんて───天地がひっくり返っても有り得ません」

「…?」

 

 キャスターのどこか明言を避ける様な、肝心な部分を隠した遠回しな言い方に遠坂はやはり訝しげだ。

 俺も何かが引っ掛かる、こんな感じの言い回しをキャスターは既に何回か残していた。

 

「つまりですね。私が凛さんを敵だと思っていないっていうのは、そのままの意味です。聖杯戦争とか、まだ同盟を結んでいないだとか、そういうのは関係無しに。私が個人的に貴女を護りたいんです」

「────っ」

 

 

 遠坂と真っ直ぐ目を合わせて、ニコリと笑うキャスター。

 変わらない。

 本当に相変わらずだ。

 召喚されてから約一日あまり、殆ど笑顔を絶やす事の無かったキャスター。

 打算等の裏を含んでいるのかもしれないが、紛れも無く本音と真心が根底にあるキャスターの笑顔に、遠坂は今再び面喰らったようだ。

 俗に表すなら、墜ちたっぽい。

 

 

「っ~~~~~!!!…………はあぁぁ…あっきれた。このサーヴァントにしてこのマスター在りってぇの?魔術師のくせして心の贅肉ダルダルじゃない」

「む、女性に対してそんな表現は感心しませんよ凛さん」

「事実じゃない。尊敬通り越して崇拝しそうになるくらいの腕前のくせに、中身がこれって色々納得いかないわ」

「バランスですよ、バランス。人間一つの事にだけ拘ってると視野が狭くなっちゃいますし、心も澱みますからね。モチベーション保つ為には減張(めりはり)が大切なんですよ」

「そういう事(のたま)う奴は大抵自分を正当化したいだけの怠け者って相場が決まってるけど…ま、まあ信じといてあげるわよ。他ならぬ英霊様の言葉だしね」

 

 そう言って頬を紅くしながら遠坂はそっぽを向いてしまった。

 その仕草はあからさまに照れ隠しと云った感じで、そんな遠坂をキャスターは嬉しそうに、微笑ましそうに見詰め続けていた。

 何とも(ぬく)い空気に早くも耐え切れなくなったらしく、数秒程で更に頬を紅くした遠坂は(いき)り立ちながら瓦礫を踏み抜いてズンズンと歩き出す。

 

「ふんっ!ああーもうほらっ!さっさと行くわよ!モタモタしてたら本当にこの結界に魔力全部吸い取られ───」

 

 

 

 ギャリンッ。

 と。

 鎖の奔る音が聞こえた気がした。

 

 

「っ!とおs───」

「凛さんっ!!」

 

 首筋の辺りで弾けた電撃───端的に直感と云われるそれを知覚した俺が、咄嗟に叫びながら遠坂に駆け寄るより圧倒的に早く、キャスターが動いていた。

 両掌に(魔力)を渦巻かせながら遠坂に向かって走るキャスター───大丈夫だ、間に合う。

 

 

「っ」

「っ、とと!?」

 

 一体何に間に合うのか、刹那の内に思ったその思考の意味は自分でも分からなかった。

 が、確かに間に合っていた。

 遠坂は勿論、キャスターも俺も、誰一人傷は負わなかった。

 

 ただ遠坂を守ったのは俺の(キャスター)ではなく。

 彼女の(セイバー)だった。

 

 

「御無事ですか凛」

「っ、ええ、ありがとうセイバー」

 

 何処から跳んで来たのか、先程まで姿の見えなかったセイバーが、今は遠坂の前に立って不可視の鞘を纏った剣を構えている。

 恐らくさっきの宝具の衝突で吹っ飛ばされていたのだろうが、一見したところ少なくとも外傷は全く無い。

 その事に安堵しつつ俺も三人に駆け寄る。

 

「どうやら要らぬ世話だった様ですね」

「…いえ、タイミングはギリギリでした。少しでも遅れていたら今頃凛の命は無かった。それに、貴女が凛を宝具の余波から護ってくださったのでしょう?ありがとうございます、キャスター」

「私が好きでやった事ですから…でも、こういう時は素直にどういたしまして、と言っておくのが吉ですかね」

 

 さっきの交渉時のぎこちなさがまだ抜けていない様子のセイバーだが、それを欠片も気にせず答えるキャスターのお陰で少し場が和む。

 

 だが此処は既に戦場。

 そんな和みは直ぐ様紅い激情に覆い潰された。

 じわじわと滲む感じの、同時にこの上無く刺す様な鋭さの殺気を纏った黒い影が俺達の十数メートル程先に佇んでいる。

 

 ライダーだ。

 漆黒の、丈の合っていないボディコンめいた倒錯的な服。

 豊かに実ったその肢体にピタリと張り付き、扇情的なラインを惜し気もなく晒し、強調する、初めて会った時から何等変わらないその姿。

 だが、何故か目の前の人物が自身の慣れ親しんだ共闘者と上手く結び付かなかった。

 夜の影を纏い、月光の反射すらも拒むかの如く闇に沈む服と長髪が、まるで総身から立ち上る怨嗟のオーラを思わせて。

 明らかに、桜と一緒に居る時のライダーとは雰囲気が違った。

 

 三人もそれを感じ取ったのだろう、油断無く目の前のライダーを見据えている。

 やがてセイバーが口を開いた。

 

 

「この不快な結界といい、先程の特攻といい、今の不意討ちといい…無粋にも程があるだろう。アサシン呼ばわりするには少々派手に過ぎるが…どちらにしろ誇りの欠片も無い所業だ。見るに耐えんぞ下郎」

「………」

 

 セイバーの(なじ)(そし)りにライダーは何も言い返さない。

 まるでお前と話す事等無いと云わんばかりに。

 

 不意にライダーが両手に持つ釘が視界の中心に入り、今更ながら漸く先の詳細が解った。

 何の事は無い、只ライダーが遠坂の側頭部を狙って釘剣を投擲し、セイバーがそれを斬り払ったんだ。

 だが、たったそれだけの事と云えど、一歩間違えれば遠坂は確実に命を落としていた。

 それだけじゃない、さっきの天馬による突撃だって、この結界だって…遠坂は、俺達は、何時命を落としたっておかしくない状況に立たされていたんだ。

 改めて…と云うより、今更認識したと表するべきか。

 冷や汗が背を伝う。

 ライダーは本気で此方を殺すつもりなのだ。

 

 

「どうした。其の方に僅かでも英雄としての誇りがあるのなら、口を開くがいい。言い返してみせるがいい」

「………」

「…何も無い、か。言葉も交わせぬ、交渉にも応じぬ、そんな様では(まつりごと)等とても出来まい」

 

 カチャリとセイバーの剣が鳴った。

 

「いいだろう、政で解決出来ぬならば後は(いくさ)で片を付けるのが世の常だ───武器を取れ。(こころざし)も意気も恨みも憎しみも、何も残す事無く、言の葉全て喉に留めたまま、首を落とすがいい」

 

 ビキリビキリと周囲の瓦礫に皹が入る。

 セイバーとライダー、お互いの剣気と殺気、過剰に高まったそれらが物理的な圧を持つまでに昇華され、周りの一切に破壊をバラ蒔く。

 

 始まるのか───もう激突は避けられないのか───固唾を飲んで見守る俺達の間でも緊張が高まっていく。

 

 

 ───だが、ふとセイバーの圧が緩んだ。

 正に一触即発だった空気が急にバランスを崩し、セイバーを除いてその場に居た全員が怪訝に思った。

 

「────と言いたい所だが…生憎と今の私は王では無い。故に方針を決定する権利は無い。我々に同盟を申し込みに来たこの二人の言によれば、どうやらお互いに擦れ違いが有る様だ。もし本当にそうならば、今ここで争うのは剰りにも不毛というものだろう────そちらの胸の内を明かすがいいライダー。さもなくば、私のマスターと貴女のマスターがこの戦争中に肩を並べる事は叶わなくなるだろう」

 

 

 真っ直ぐに、真っ直ぐに。

 視線も言葉も心もライダーに向けてそう言い放ったセイバー。

 その背中は、背丈に反してとても大きく偉大なものに見えた。

 

 これが、アーサー王か。

 これが、騎士達の王か。

 

 俺達の意思を汲んで、あくまでも対話による場の収束を試みてくれたセイバーに感謝の念が湧き上がり、同時に希望が見えた。

 もしかしたら、戦わずに済むかもしれない。

 あの理性的な言葉で常に俺の事を諌めてくれたライダーなら、たぶん、きっと───!

 

 

 

「    」

 

 

 

「っ、ぅ!?」

「───なっ」

 

 

 ──────そんな俺の淡い希望は容易く打ち砕かれた。

 

 セイバーの呼び掛けにライダーはこれ迄と同じく無反応───からほぼ予備動作無しで攻撃(ノー・モーション・アタック)を仕掛けてきた。

 腕を引かず只前に思いっきり振るうだけの、完全に技術もへったくれも無い膂力にものを云わせた攻撃。

 先程遠坂を狙った直線的な短剣の投擲ではなく、曲線的な鉄鎖による殴打。

 (しな)りと遠心力を利用した鞭の如き一撃。

 人体に直撃すれば容易く皮を破り、肉を裂き、骨を露出させる…いや、当たり所によっては引き千切り、破裂させて丸々一部分を喪失させるだろう死神の鎌だ。

 

「!たぁ!」

 

 そんな鋼鉄の鞭を剣の技量と纏わせた風の魔術の二つで受け流したセイバーは退く事無く、寧ろそのまま前進して剣を振るう。

 ───鎖を振るった直後、既に短剣を構えて突貫して来ていたライダーの凶刃は、セイバーのその斬撃によって阻まれていた。

 

 だがライダーは全くその身の勢いを落とさず流れる様に、瞬時に次のアクションに移る。

 手に持った短剣を弾かれたと同時に跳躍しセイバーの真上を飛び越した。

 そして何時の間にか手元に引き戻していた短剣を真下に───遠坂の脳天に投擲する。

 

「~~っ!」

 

 性懲りも無く、と云わんばかりの必死の形相でセイバーは直ぐ様振り返り、遠坂に向かって落ちる短剣を──────斬り払えなかった。

 

 

「っ!?」

 

 如何なる魔技か、以前のヘラクレス戦で披露したトリックが二度(ふたたび)

 何時の間にかセイバーの剣に鎖が絡み付き、そこから伸びて端に取り付けられている釘剣が地面に突き刺さっていた。

 不意を突かれ剣諸とも体の動きを一瞬とは云えその場に縫い付けられてしまったセイバーはもう間に合わない。

 一連の流れを呆然と見ている事しか出来なかった俺にも当然対処は不可能。

 セイバーの面貌が致命的な失策と冷酷な敵への、不甲斐無い己への怒りで眉根を中心に歪み、一秒後の未来に待ち受ける無慈悲な光景を幻視して青褪める。

 駄目だ、間に合わない───それでも、何とか、何かが、奇跡を信じて手を伸ばさなければ───そうして我武者羅に遠坂に向かって駆け───。

 

 再び、俺ではない誰かの手で護られた。

 光を一切反射する事の無い漆黒の刃───キャスターが魔術によって形作った影の短剣でライダーの釘剣を弾いたのだ。

 

 ライダーはキャスターに弾かれた釘剣と既にセイバーに振り解かれた鎖を手元に引き戻しながら、くるりと宙で一回転して両の足で着地し────た瞬間、疾駆し今度はより直接的に遠坂を害そうと両手の釘剣を構えて突撃して来た。

 

「わ、づ!」

 

 直ぐ様キャスターが間に入りライダーと同じ様に両手に持った影の短剣で───光の反射が無いので把握しにくいが、改めてよく観察すると鉈というか短い中華刀の様な形状をしている───ライダーの突撃を受け止め刺突を捌いた。

 が、その剰りの勢いで三歩分押し込まれてしまい諸とも遠坂への接近を許してしまう、俺は直ぐ様遠坂の手を取って下がらせた。

 先程のライダーの着地点の地面の抉れ方からして、爆弾を爆発させたのとほぼ同等の脚力(エネルギー)で地を蹴った様だ。

 その滅茶苦茶な身体能力と容赦の無さ───絶対に殺すという執念を感じて、自分が直接向けられた訳でもないのに足が(すく)んでしまう。

 

 ここまでの数秒のやり取りの間にセイバーが駆け付けその一刀でライダーを退かせる。

 セイバーとキャスターが並び立ち、その後ろで護られている俺と遠坂、そして少し離れた所から此方を()()()威嚇するライダー。

 再び最初に相対した構図に戻る形となった。

 

 

「────邪魔をしないでくださいキャスター」

 

 不意に、此処まで一切口を開かなかったライダーが、漸く対話を求める言葉を発した。

 その事が俺達四人の間に僅かな動揺となって流れる。

 滾る怨気とは裏腹に静かで清んだその声色は、寧ろ極寒の冷たさを以て聴く者の精神を追い詰めてくる。

 ライダーの注文にキャスターが答えた。

 

「邪魔、というのは…貴女から凛さんを護る行動の事ですか?」

「ええ」

 

 慎重に言葉を選ぶキャスターにライダーは至極短く応える。

 

「でしたらその要求には応えられません。凛さんと同盟を結ぶ事は今後の戦略的に必要不可欠な要素です。それは貴女も理解しているでしょうライダー?」

 

 お互いの認識を確かめる様に尋ねるキャスターに、ライダーは今度は無言で答えた。

 

「…それに、私個人としても凛さんは共に在りたい…生きていて欲しい人です。護りこそすれ、傷付ける等、況してや殺すなんて有り得ません」

 

 確かな自分の意思を示すキャスター。

 心做しか隣に居る遠坂がまた照れている気配がする。

 そんな二人を、俺達を見て、ライダーは。

 

 

「そうですか───ならば、貴女方諸とも殺します」

 

 どこまでも冷徹に、酷薄にそう言い放った。

 

「っ!…何故ですかライダー。常に冷静に物事を見据えていた貴女が何故こんな…!貴女も、分かっている筈でしょう!?桜さんが、貴女のマスターが、この御二人にどんな感情を抱いているのか!」

「関係ありません」

「な、ぁ」

「もう、()()()()は、()()()()んです」

 

 

 取り付く島も無いとはこの事か。

 欠片も迷いの無い声色、半ば盲目的と云ってもいい程の姿勢でライダーは此方に(のぞ)んでいる。

 遠坂達の勘違いで(マスター)諸とも殺されそうになったから───だけでは無い。

 単にそれだけの理由で、ここまで苛烈で激甚(げきじん)な、圧倒的な様相にはならない筈だ。

 

 一体どうしたと云うんだ。

 このほんの十数分の間に何があったと云うんだライダー。

 

「訳が分かりません!そんな事って何ですか!?どれも重要な事柄じゃないですか!この戦争を勝ち抜く為に、マスター達を生き延びさせる為に!それをお座なりにする理由は何ですか!?」

 

 平時の温厚な人格を引っ込めてキャスターが声を荒らげる。

 至極全うな疑問だ、ここを突っ込んでおかなければライダーの考えは測れない。

 少し間を置いてライダーが口を開いた。

 

「だからですよ」

「…何ですって?」

「今貴女が述べた事だけでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…終わり迄、しか?」

「その程度では足りないのですよ。サクラにとって、この聖杯戦争という儀式は、単なる通過点に過ぎないのです……いえ、違いますね。()()()()()()()()()()()()()()()、通ってはいけない道だったのです」

 

 まるで見えない何かに憎しみをぶつけるかの如く、徐々に声が荒く震えていくライダー。

 噴火寸前の火山の様な、刺激してはならないという事が誰の目にも明らかなその様子に俺達は口を挟めない。

 

「魔道を歩む限り、サクラは幸せになれない。故に決めたのです。()()()()と。マスターもサーヴァントも()()()、サクラが目指す道の先にあるものを、道そのものすらも、一切を破壊します」

「…何を、言っているんですか…?」

「貴女には分からないでしょうねキャスター。()()を見ていない貴女に、私の考えが理解出来る筈がありません」

 

 

 

 ────まさか。

 

 ライダーの異常な目的を聞いたキャスターが小さくそう呟いた気がした。

 

 

「何、よ…そ…れ」

 

 呆然と、圧倒されたと云った声色で遠坂がそう溢す。

 

 全く以て同感だ。

 何だそれは。

 一言一句漏らさず聞いた筈なのに、ライダーの考えが理解出来ない。

 本当に、何があったのか。

 この一日どころか一時間も経っていない期間で何故そんな結論を持つに至ったのか。

 

 

 

 

「────皆さん」

 

 キャスターが静かに、堅い芯を思わせる声で俺達に話し掛けてきた。

 首をほんの僅かに後ろに向けたその横顔に自然と視線が引き寄せられる。

 

「方針を決めましょう───私は、ライダーを倒すべきだと、今此処で無力化すべきだと考えます」

 

 キャスターの発言に思わず面喰らった。

 

「なっ!?キャスター!」

殺す(消滅させる)訳ではありません、あくまで無力化です。()()()の処置ですよマスター。このままでは文字通り話になりません。一旦物騒な事を何も出来ない状態にしてから、改めて姿の見えない桜さんも交えて話をしましょう」

 

 !そうだ。

 何故今まで疑問に思わなかったんだ。

 ライダー(サーヴァント)は居るのに(マスター)の姿が全く見えないというのはおかしくないか?

 サーヴァントが戦っている間、マスターは後方に隠れてやり過ごす、戦略としては決しておかしくない、寧ろ定石と云っても過言では無い手だと思うが、桜個人の特徴(性格)には合っていない様な気がする。

 あの娘はそんなに大人しくも臆病でもない、寧ろ積極的にサーヴァントをサポートしようと勇んで隣に並び立つ娘だろう。

 

「私はキャスターの案に賛成します。本来なら我がマスターを害した罪を今すぐ償わせたい所ですが…貴女方には凛を護って下さったという恩がある。その恩を返す方が先決だ。単純に理屈が通っているというのも勿論含みますが。凛、衛宮、貴方方は?」

「…俺も、キャスターの方案に賛成だ。兎に角一度、全員で顔を合わせて話し合わないと」

「ぇぇ…私も、そ、れで、い───ぃ   」

「っ!と、おさか!」

「!凛っ!!」

「凛さん…!」

 

 

 歯切れ悪く返事をしたと思ったら、糸が切れた様に。

 遠坂が倒れてしまった。

 

 前に倒れそうになった遠坂と地面の間に慌てて腕と上半身を割り込ませて抱き止める形で支える。

 その際に感じた女の子特有の柔らかさ、華奢な五体の軽さ、さらりと流れる髪から漂う甘い匂い──────ああっ、くそっ、馬鹿野郎。

 こんな非常時だってのに不謹慎にも程があるだろ。

 つくづく()という生物の愚かしさを痛感しながら内心で毒吐(どくづ)く。

 

 それにしたって、何てこった。

 事前に気付けた事態の筈だ、前触れは幾らでもあったのだから。

 同盟交渉の際に見せた不調、ライダーの結界の影響及びセイバーの宝具使用による魔力の甚大な枯渇。

 遠坂はとっくにいっぱいいっぱいだったんだ。

 でもその倒れ方は、膝を折りながらの崩れる様なものではなく、体の芯を損なわないまま一本の棒の様にパタリと云ったもので。

 本当の本当に、こんな切羽詰まった状況下で、ギリギリまで遠坂はセイバーや俺達の足を引っ張るまいと己を保っていたんだ。

 なのに俺はライダーの殺気にあてられて、自分が無様を晒さない様に気を張るので精一杯で。

 くそっ、くそっ、馬鹿野郎、馬鹿野郎。

 

 

「猶予がありません、手早く片を着けましょう」

「ええ。危ういのは凛だけではない。この結界に閉じ込められたままでは間も無く我々も仲間入りでしょう」

 

 キャスターとセイバーが各々武器を構えて攻勢に出る準備を整える。

 俺は少しでも遠坂が楽になる様、上半身は抱えたまま体を横にさせる。

 今の俺には、これくらいしか出来ない。

 

「楽には殺してあげませんよ。これは()()()()なのですから。後悔なさい、絶望なさい、その心の嘆きを、贄として差し出せ」

 

 ゆらりと体を深く折り、半ば四つん這いの様な体勢になるライダー。

 正しく獲物に飛び掛かる寸前の獣の如く、妖艶な紅唇から紡ぎ出される(ことば)は呪詛の(うた)

 

 

 ゴルゴンの怪物、メドゥーサ。

 

 

 一度暴走したその魔性は、俺の甘い認識を尽く覆して剰りあった。




桜「帰省前に実家が…」

という訳で遠坂邸は犠牲になりました。散財待った無し()。まぁでもこれはマスターである桜ちゃんに建て直し代請求してもいいよね。



ライダーさんの思考

「あかん、このまま魔術師続けてたらサクラ幸せになれへん。よっしゃ、聖杯戦争ぶち壊したろ」

「サクラは魔術とかそんなん何も知らんパンピーと結ばれた方がええねん…だから殺すね、糞姉貴も先輩も魔術師の側だから殺すね」


これは酷いね()。やっぱ反英雄ですねライダーさん()。


士郎君より先に凛ちゃんが倒れちゃったのはあれです、エクスカリバー二連発した後だからもう魔力スッカスカだったんです。セイバーさんは自前の対魔力と竜の因子でまだちょい余裕ありますが。



色々余裕が無い四人と、ある意味絶好調のライダーさん、果たして勝負の行方や如何に。

投稿ペースなんとか維持したい…。


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16話 ダイナミック内輪揉め

話数が20話を突破しました!我ながらよくエタらなかったもんだと感心します。

これも感想を送ってくださる皆さんのお蔭!今後もどうかよろしくお願いします!


 凄まじい爆発音が響いた。

 発生源は私のサーヴァント、セイバー。

 

 魔力放出を利用した瞬間加速による突貫、竜の因子によって常に生み出され続けている莫大な魔力を前進という目的のみに注ぎ込んだそれは、ノータイムでセイバーの身を風に変える。

 剣術の脇構えに似たそれから地面に対し水平に振るわれた一刀は寸分違わずライダーの胴に吸い込まれていく。

 

 セイバーの宝具、風王結界(インビジブル・エア)によって不可視となっている筈のそれを、ライダーはまるで見えているかの様に最低限の後退で回避した。

 更には回避するとほぼ同時に右手に持っていた杭剣を真っ直ぐ投擲しセイバーの眉間を狙う───が、それくらいの不意討ちではセイバーはやられない。

 首を少し曲げてあっさりそれを回避するとさっき振り切った剣を返す刀で再びライダーの胴に─────振るえなかった。

 投擲した杭剣をライダーが鎖で引き戻し、背後からセイバーの頭を狙ったのだ。

 さっきの投擲は不意討ち等ではなかった、寧ろこの本命を、真の不意討ちを仕掛ける為の前準備。

 

「っ!セ───」

 

 完全に視覚外からの一撃、セイバーがやられると思ったのだろう、私を抱えている衛宮君が遅過ぎる警告をセイバーに発しようとする。

 でも私は大して気に留めなかった。

 あの程度じゃセイバーはやられたりしない。

 私の信じた通りセイバーは身を屈めてその意識外からの一刺しを再び(かわ)した。

 Aランクの直感スキルを舐めてはいけない、セイバーが体得しているそれは殆んど未来予知と同義なのだから。

 

 とは云え敵も()る者、セイバーに攻撃を躱されるのは織り込み済みだった様だ、ライダーは爪先を跳ね上げ屈んだセイバーの顔を()()蹴り上げていた。

 

「───っ!」

 

 そしてセイバーもその蹴りを()()防いでいた。

 剣を持っていない方の手でライダーの足首をガッチリと掴み動きを完全に止めていた。

 防いだ、と同時に捕らえた、チャンス!!

 

「───ふんっ」

「ぬぅ!」

 

 私が内心で沸き上がったのも束の間、セイバーが捕らえたライダーに斬り掛かるより早く、ライダーが反撃で左手の釘剣を振り下ろしていた。

 セイバーの剣に比べればちゃちな刃だが、それは比較対象が規格外過ぎるだけだ、武骨だがそれ故に鋭利で殺傷力の高い鎖剣、人間は疎か英霊の命を奪って剰りある凶器が三度(みたび)セイバーに迫る。

 剣を止めるのは当然同じく刃を持つ剣だ、セイバーの聖剣がライダーの凶剣を防ぐ。

 だが片手で相手を捕らえているという事は、その間自由に動かせるのは反対の手のみという事であり。

 片手だけでは膂力が足りなかったらしく、剣を弾くには至らず鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。

 対して両手が自由なライダーは当然の如くもう片方の手に握った短剣でセイバーを狙った。

 

「───どぅぁぁああああっ!!」

「!ぐ、がぁ!」

 

 そしてセイバーはそれすらも読み切り動いていた。

 屈んだまま体を捻り、片足を踏ん張り、まるで片手で行う背負い投げと云った要領でライダーの足を引っ掴んだまま地面に叩き付けた。

 不安定な屈んだ体勢のまま、況してや片手でそんな暴挙に出られるとは流石に想像出来なかったらしく、無防備に地面に叩き付けられたライダーは俯せの状態で1、2秒硬直する。

 それでも直ぐ様手を付き体を跳ね起こそうとする────

 

 

Tod Studenten(声は静かに) , Mein Schatten(私の影は) , Unter Räumlich der Regel(  世界を覆う  )

 

「!  ?   あぁ、ぐっ」

 

 ────そう、したのだが、それは叶わなかった。

 ライダーが何時此方を狙ってきても大丈夫な様に、私達の側で控えてくれながらも虎視眈々とチャンスを窺っていたキャスターが満を持して呪文を紡いだ。

 

 それに応えたのは、周囲の夜闇()

 ライダーの周りの瓦礫、またライダー自身が作った影が、まるで液体の如く波打って蠢き、実体化してライダーに覆い被さったのである。

 三小節、比較的短く簡易な筈の魔術だと云うのに、その効果は絶大。

 放たれた暗黒の渦は対魔力のクラススキルを有する筈のライダーを微動だに出来ない状態で完全に拘束してしまった。

 

 凄い。

 本当に凄い。

 改めて目の前の魔術師(キャスター)に対する畏敬の念が湧き起こる。

 私が目指すべき姿が直ぐ其処に在るのだと確信した。

 

 

「はふぅ、よーやく捕まえましたよライダーさん」

 

 キャスターが汗を拭う様な仕草をしながらライダーとセイバーに歩み寄る。

 セイバーは影で拘束されているライダーに半ばのしかかる様な体勢でその背中に(きっさき)を突き付けている。

 ここからの逆転はまず不可能ね、どうやら本当に状況終了と相成ったみたいだ。

 漸く神経が休まりそうで私も深く息を吐いた。

 

 

 

 ───殆んどの魔力を消耗してしまっている今の私には眼を強化する余裕も無い。

 なのに何故セイバー達の動きを把握出来ていたのか───何て事はない、動き始めと終わり、二つの格好の差異と視界に残った軌跡から、頭の中でセイバー達の動きを想像して補完していただけだ。

 魔力が尽きたから、()()()()()()()()で大人しくしてやるつもりは毛頭無い。

 体が動かなくても頭が働けば念話でセイバーにアドバイスを送る事が出来る、口が動けば令呪を発動させる事も出来る。

 

 私の中の誓いは未だ健在だ。

 セイバーの鞘になると決めたんだもの、これくらいの逆境でへこたれていられない。

 そう、縦え我が家が建て直し不可避の廃墟に変えられてしまったとしてもだ。

 泣いてないわよ、泣いてないったら。

 本人が泣いてないっつってんだから泣いてないって事にしときなさいよ馬鹿。

 

 

 

 そんな独白を内心で繰り広げている間にもサーヴァント達の会話は進む。

 

「取り敢えず、この結界を解除してください。このままじゃ凛さんが()ちません」

「………」

「…っ、貴様」

 

 キャスターの懇願(命令)に対し、振り出しに戻ったかの如く(だんま)りを決め込むライダー。

 そんなライダーの態度にセイバーが怒気を飛ばすが、やはり効果は無い。

 黙ってライダーを見詰める事数秒、キャスターは溜め息を吐きながら目を瞑り────そして開かれた瞼の奥では、この上無い冷徹さがその瞳に宿っていた。

 

「分かりました、では手順を変えましょう────セイバーさん、ライダーの四肢の腱を斬っちゃってください」

 

 

 普段の性格や態度からは想像も出来なかったのだろう、キャスターの残虐な指示に衛宮君が僅かに息を飲んだ。

 

(よろ)しいのですか」

「言った筈ですよ、物騒な事を一切出来なくすると。本人の意思で降参していただけたなら魔術で拘束するだけで済ませようと考えていましたが…凛さんが危ないんです、手段は選んでいられません」

「…分かりました」

 

 セイバーは一言そう返して剣を握る手に力を込めた。

 キャスターの確かな決意を汲んだというのもあるだろうけど、何より自身のマスターを想ってくれた上での指示なのだ、それにどちらにしろライダーは敵、拒否する理由等無い。

 先ずは脚からいく様だ、セイバーが不可視の鋒を下に向け───

 

 

自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

「!!?」

 

 

 ───その動きが、ビタリッ!と停止した。

 

 

 

 ─────凛とセイバーは疎か、士郎とキャスターすらもその存在を知らなかったライダーの三つ目の宝具が放たれた。

 単純に魔力を浴びせるだけで発動させる事が可能な、魔眼(キュベレイ)と並ぶ直接戦闘に於けるライダーの切り札。

 Aランクの対魔力を誇るセイバーには数瞬で結界を看破されてしまうだろうが───その数瞬がライダーにとっては充分過ぎる猶予だった。

 

 

 

 ライダーを拘束していた影の魔術が一瞬で弾け飛んだ。

 そんな予想外の光景に私や衛宮君は疎かキャスターも驚愕する。

 そんな、何で、完全に拘束されていた筈じゃ───。

 

 いや違う。

 

 フェイクだ!!

 

 瞬間的に私はライダーの狙いを悟った。

 やはり三小節の魔術で対魔力を持つサーヴァントを縛る事は不可能だったんだ。

 それでも態と捕まってみせたのは私達を油断させる為、ライダーにとってはあの程度の魔術、空気の様に軽いものだとでも云うのか。

 寧ろセイバーに掴まれていた足の方が厄介だったのだろう、そちらを解かせるのが本来の目的!

 

 

「ごぉ、ぶぁがっ!!?」

 

 ライダーは即座に立ち上がると未だに()()しているセイバーの胸のちょい下辺り───人体の急所の一つである鳩尾に正確無比な鉄拳を打ち込んだ。

 起き上がった際の反動と身体全体を用いての捻り───凛が知る余地の無い要素として怪力のスキルも───を加えた豪腕はセイバーの纏っていた鎧を砕き、貫き、その無防備に突っ立っていた五体を彼方にぶっ飛ばす。

 

 潰れた声と唾液を吐き出しながら吹き飛ぶセイバーを尻目にキャスターは影の双剣を握りながらバッスステップで私達の盾になるよう後退して来る。

 そして案の定ライダーはぶっ飛ばしたセイバーに追撃を仕掛けるのではなく、此方に向かって来た。

 

 

 何て事なの、一瞬で状況が悪化してしまった。

 キャスターは戦闘者ではなく魔術師、ステータスからしても直接の近接戦が得意とは思えない。

 このままキャスターが突破されたら文字通りジエンドだわ、一先ず距離を…いや、下手にキャスターの背後から外れたらあの鎖剣の投擲で殺されるかもしれない。

 駄目だ、今の私には具体的な状況転換が何も起こせない、一体どうすれば───

 

 

 そんなこんなと悩んでいる内に直ぐ目の前でキャスターとライダーがぶつかり合った。

 

「────」

「ふぅ───!」

 

 ライダーは相変わらず無言で、只淡々と冷徹に両手の釘剣を振るう。

 対するキャスターは酷く気合いの入った呼吸で、だが粗雑ではない、堂に()った構えからの体捌き、双剣捌きで確実にライダーの猛襲を防いでいた。

 

 釘剣が振り下ろされる、横から力を加えて内側から外側に弾く、真っ直ぐ突き出される、刀身を下に滑り込ませて肩の上方に流す、上半身を丸ごと狙った掬い上げ、冷静に体を斜めにして回避、逆に大きく前に体を乗り出したライダーを狙って影剣を振るう、敏捷Aを活かした後退(バックステップ)で回避、し切れなかった、振るう途中で影剣の刀身が伸びた、影と魔力で形作られた剣だ、それくらいは出来るのだろう、胴体に浅く紅い線が出来上がる、それが癪に障ったのかお返しとばかりに釘剣が真っ直ぐ投擲される、容易く影剣で弾かれる、が、弾かれたそれを振るって撓らせ側面からキャスターを狙う、影剣では無く地面に写った自身の影が隆起してキャスターを守った、何時の間にか脚を狙って放たれていたもう一方の鎖剣も影に搦め捕られている、自動防御の類いだろうか─────

 

 

 

 あれ?

 

 

「やっぱり凄いな…」

 

 うん、凄い…わね。

 なんか普通に接近戦出来てるんだけどあの魔術師(キャスター)

 

 防戦に徹しているというのが大きいんでしょうけど、それを差し引いてもキャスターというクラスの定石(セオリー)から明らかに外れている。

 先ず間違いなく相応の鍛練を積んだであろう双剣術、相手の動きを確り把握してから確実に対処する観察力、判断力と、単純に敵の攻撃にビビらない胆力、そして自身の技量が及ばない部分を補助させる迎撃魔術。

 

 あの動きは、最早一端の戦士のそれだ。

 単純に理論だけで組み上げた魔術、戦術なんかじゃあ断じてない、確かな経験に裏打ちされた戦闘能力。

 

 一体彼女は、何処の英雄なの?

 

 

 私が感嘆と疑問を同時に抱いている間にも二人の攻防は続いている。

 決して派手な、大振りな、無駄な動きをせず堅実に防御を固めるキャスターにライダーは決定打を繰り出せないでいる。

 あのライダー、ステータスは中々に高水準だが、近接戦の技量はあまり高くない様だ。

 相手の不意を突いたりする様な奇抜な動き(トリッキースタイル)は得意だが、真っ正面からの打ち合い斬り合いでは確かな鍛練を積んだ相手には及ばないという事なのだろう。

 

 大丈夫だわ、いける。

 先の一撃(剛拳)は確かに強烈だったが、あの一発のみでセイバーが戦闘不能にまで追いやられるなんて事は有り得ない。

 このまま防戦に徹していれば何れセイバーが戻ってきてくれる、そうすればもう一度二対一の構図で仕切り直しが出来───

 

 

「埒が明きませんね」

 

「     ───── っ   !?」

 

 

 

 ───!!?

 ライダーが消えた。

 比喩ではない、本当に、今の今まで立っていたその場から姿が掻き消えた。

 

 次の瞬間には───キャスターの側頭部を狙って突き出されたライダーの腕と杭剣、それを辛うじて、本当に辛うじてと云った姿勢で防ぐキャスターという構図が出来上がっていた。

 

 そしてそれすらも刹那で破られる。

 

 キャスターの頭が弾けた。

 両の双剣で杭剣を受け止めていた為に無防備となった顔面に、一体何処を支点としているのか、鎌鼬の如く鎖が襲い掛かりキャスターの頭を打ち抜いた。

 

 

「キャスターっ!!」

 

 私を抱えたままの衛宮君の悲痛な叫び声が廃墟に木霊する。

 私を支える手が震えている、本当なら今すぐに自身のサーヴァントの下に駆け付けたいのだろう────私のせいで。

 

 鎖鋸(チェーンソー)という工具があるくらいだ───まあ厳密には刃、動力の有無等で殆んど別物だが───それでも鎖という独特の形状、つまりはギザギザの器具を凶器として用いた際の恐ろしさは語るに及ばず。

 単純に斬り裂くんじゃない、接触面を()()()()それは切れ味が通常の刃より悪いからこそ、より悪辣な痛みを相手に与える。

 

 皮膚が破れ、額から鮮血に混じって肉片が飛び散る。

 想像すらしたくない様な激痛を味わっているのだろう、激しく叩き付けられたそれによってキャスターは目を瞑ってしまった。

 そこに一切の容赦無くライダーが追い討ちをかける。

 右の拳によるアッパーカットで顎を打ち抜き、左のフックで頬を抉る、そうして完全にフラフラになったノックアウト寸前のキャスターの顔面のど真ん中、鼻っ柱をへし折らん勢いでストレートをぶち込んだ。

 追撃はまだ終わらない。

 そうしてセイバーと同じ様に吹っ飛び宙に浮いたキャスターにライダーは走って追い付くと全体重を乗せたであろう前蹴りを放ち腹にめり込ませた。

 

「ご──────げ ぇぁ っ」

 

 エグいと云う表現がこれ程迄に適切な光景もそう無いだろう、凄惨な音と嗚咽を発しながら更に加速したキャスターは地面を何度もバウンドして瓦礫の山に突っ込み、そのまま崩落してきた家屋の成れの果てに呑まれてしまった。

 

 

 

「────キャ、スタぁ…?……っ!キャスタアアアアアァァァ!!!」

 

 

 さっきよりもっと悲痛な嘆きを叫ぶ衛宮君。

 それにキャスターは答えず。

 

 

 本当に、何度目だろう。

 息をする様に行われる英霊達の所業(偉業)にこうやって戦慄するのは。

 

 敏捷A。

 先程まで項目上の一単位としてしか見ていなかったそれが、矢鱈と際立っている気がした。

 

 元々がランサー(最速の英霊)と同様に、機動力に優れた者が多いのがライダーというクラスだ。

 故にその例に洩れず、このライダーも敏捷に優れているのだと、目に見えるステータスから漠然と認識していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 二対一という不利な条件にも拘わらず、相手を翻弄し互角以上に渡り合うスピーディーさとトリッキーさ。

 確実に不意を突いて多少の技量や性能(スペック)の差を無いものとしてしまう速業もとい力業、それ等を容赦無くぶつける強かさ。

 

 全く以て己の警戒心の低さに嘆息する。

 目の前に居るのは、(あの娘)が喚び出した英霊(サーヴァント)なんだ。

 容易い相手の筈が無いというのに。

 

 

 

 吹き飛んだキャスターを一瞥して、直ぐに興味を失ったかの様にライダーは顔を背けた。

 そのまま此方にその艶麗(えんれい)な眉目を向けてくる。

 怖い程に整った容姿から放たれる刺す様な殺意が殊更に冷徹さを強調していて。

 正しく蛇に睨まれた蛙、最早私達に許される行為は間も無く訪れる死の直前まで恐怖し絶望する事だけ。

 

 

 嗚呼───終わりか。

 

 一周回って清々したかの様な心地、至極穏やかに私は自身の終わりを受け入れていた。

 

 だって、もう、これは、詰んじゃってる。

 相手はこの世のどんな兵器よりも強力な力を持っていて、しかも此方を殺す気満々で、今の私は抵抗する所か逃げる体力すらまともに残っていなくて、盾になってくれる人だってもう居なくて。

 あの釘で脳天に孔を空けられたら、喉を裂かれたら、心臓を抜かれたら、いや、ひょっとしたらそんな楽には殺してくれないかも、何等かの魔術的な干渉を用いてじわじわと、或いはそれ等の武器を使う迄もなく素手で首を絞められるかも、全身の骨を叩き砕かれるかも────。

 

 

 

 

 ────現実逃避気味にそんな諦念を垂れ流す自分自身に反吐が出そうだった。

 

 クソッ、クソッ!クソッ!!クソッ!!!

 ふざけんなっ!こんな所であっさり終わって堪るかっっ!

 

「まだ…よ」

 

 まだなのよ、まだ私何も出来てないのよ!これ迄の人生、結構充実してたけどまだ足りない、充実してたなんて、()()()()()()で終わる気は更々無い。

 

「もっ、と…」

 

 もっと生きていたい、活きていたい、桜と一緒に往きたい。

 これからなんだ、離れ離れに別れた道が一つに重なる時、それは今なのよ、この戦争中なのよ!

 お互いに成長した姿を見せ合うんだ、これ迄の歩みを魅せ合わなきゃいけないんだ。

 

「邪魔、し…ないでよ」

「!?遠坂…」

 

 そうしてお互いに認め合えて、初めて私達は迷い無く一歩を踏み出せる。

 一つになった道の上を隣り合って、互いに背中を預けて進んでいける、(みが)いていける、羽ばたいていける。

 

「わたしはぁ……!!」

 

 私には。

 

「桜とっ、一緒じゃなきゃ、駄目なのよっっっ!!!!」

 

 私には桜が必要だ。

 

 

 

 

 

 光が瞬いた。

 

 

「───っ!?」

 

 私達の数メートル先まで近付いて来ていたライダーが咄嗟にその場から飛び退き後退した。

 それとほぼ同時と云っていいタイミングで、ライダーが立っていた場所を、()()ったライダーの鼻先を、五~六条の光が掠めて往った。

 

 光線、レーザー、ビームetc…そんな単語が反射的に連想される。

 

 衛宮君が光の進行方向とは逆の、つまり光源(光の出所)だろう場所に視線を向け、私もそれに倣った。

 

 そこには居た。

 瓦礫の山から抜け出し、()()構成された弓矢を番えるキャスターが。

 自身の手に持つ光で照らされているその顔が、瞳が、強く私の胸を震わせた。

 

 腕が引かれる、手が曲がる、指が弾かれる、そして瞬く。

 射のプロセスを正確に踏んで放たれた光の矢群がライダーに殺到する。

 光と云う、物理法則によって安定、支配された現代において正真正銘最速の存在、それを用いた攻撃ですらライダーは紙一重で躱していた。

 でも逆に云えば紙一重でしか躱せていない。

 四肢や腰、及び頭等の部分を重点的に狙ったライダーの機動力をとことん()ぐ意図での射撃、おまけに強引な突破を図る事も出来ない様に私達とライダーの間は常に矢の密度が厚くなっていた。

 魔術戦や近接戦だけじゃない、射撃戦でもこれ程迄の技量を誇っているなんて…いや、ほんとマジで貴女何処の英霊?

 

「…っ!何処までも邪魔をっ、キャスター!」

「決まってるじゃないですか。貴女と同じ様に、私にも譲れないモノはあるんですよっ…!」

 

 舌打ちと共に唾罵(だば)を飛ばすライダーにキャスターは飄々と、だが熱い激情を秘めているのだろう、言葉尻を震わせながら応える。

 

「───ところで、良いんですか?私にだけ気を取られていて」

「言われずとも気付いていますよ」

 

 そう返すや否やライダーは鎖剣を宙に(はし)らせ自身を中心に竜巻の如く旋回させる。

 高速回転する鎖がキャスターの光矢と────先程のライダーを凌駕する勢いで突貫して来たセイバーの剣撃を弾いた。

 だが流石に魔力放出を上乗せされた一撃の威力を完全に殺す事は到底叶わなかったらしい、勢いに圧されて体勢を崩したライダーはそのまま大きく、それでいて小刻みに跳躍し再び私達から離れた場所まで後退した。

 

 

「凛っ!衛宮っ!御無事ですか!?」

 

 ああ、セイバーの声だ。

 直ぐ近くにその存在を感じるだけで安心し切ってしまう。

 早く、此方も、返事をしなくちゃ…。

 

「えぇ…キャスターと、衛宮君が、護ってくれたから」

「そう…ですか…感謝します、衛宮」

「…いや…俺は何もしてない…出来てないよ…。此方こそ、ありがとうセイバー。お陰で助かったよ」

 

 九死に一生を得たというのに何処か歯切れの悪い衛宮君。

 それを気にするより早くキャスターが私達の傍に戻ってきた。

 

「流石、お早い復帰ですねセイバーさん」

「騎士足る者あの程度で倒れてはいられない……キャスター、貴女こそ大丈夫ですか」

「問題ありません…とは云えないですけど、然程気にする要素でもありませんよ。その気になればこの程度の傷、幾らでも我慢出来ますから」

 

 (うれ)わしげな様子を隠し切れないセイバーの問いにキャスターは苦笑しながらも快活さを損なわない調子で答える。

 でも正直傍から見て今のキャスターの状態は中々にヤバイ。

 先のライダーの猛攻(ラッシュ)によって鼻は折れ、頬は腫れ上がり、口の中を切ったのか、或いは臓腑のダメージが深刻なのか口から血が溢れ落ちている。

 ───何よりも鎖で()り下ろされた額の傷が一際目立っていて。

 ギリギリ骨は見えていないが、相当に深い所迄肉が削り取られており、露出する肉と滴る血が顔中を赤く濡らしてしまっていた。

 

 視界に収めているだけでも頭から血の気が引いて気分が悪くなり、心做しか腹部にもキリキリとした緊張(ストレス)による痛みが疼いてくる────そんな、こんな深手を、気にする事じゃない?我慢出来る?

 

 嗚呼、いや、やめて。

 

 そんなんになりながら、そんな風に。

 

 笑わないで。

 

 

 

「─────ば、か、野郎っ!!!そんな傷を我慢なんて…大丈夫な訳ないじゃないか!!」

「ぅえ!?や、まぁ、ですけど…今は戦闘中ですし、敵の目前で無防備に手当て始める訳にも…」

 

 まるで自分の事を(ないがし)ろにしているかの様なキャスターの発言に衛宮君が激昂し、そのあまりの声量にキャスターは少しばかり狼狽(うろた)える。

 全くよ、本当に大馬鹿だわ、今回ばかりは衛宮君に全面的に同意する。

 

「キャスタ、ァ…下がりなさい、治療…す…ぅ」

「っ!?何を言ってるんですか。そんな、もう魔力なんてとっくに尽き果てて…生命力どころか寿命を削られ始めてるんですよ!」

「…っ!…ん、ぐううぁっ!…まだ、あとほんの少しならいけるわ…どの道、ここで生き残らないと寿命もへったくれもないでしょうが…!」

 

 心が荒れ狂う、様々な激情が内側で渦巻いてどうにかなりそうだ、そんな内心に対してまともに腕も上がらない身体が酷くもどかしい。

 ほんと何なのよ貴女、マスター共々馬鹿の極みだわ、そんな重傷負ってる(くせ)に他人の心配とか、いいから黙って治療させなさいよ!貴女のそんな様が、何で、こんなにも辛いのよ。

 

「くっ………マスター、まだ動けますか?」

「え?あ、ああ、大分辛くなってきたけど…まだ何とか走るくらいは」

「では、凛さんと一緒にこの結界の範囲外へ脱出してください」

 

 

 キャスターの巫山戯た提案が、いやにハッキリと私の耳に響いた。

 

 

「!キャスター…」

「ちょっ…ふざ、け───」

「もう、もう本当に駄目です。凛さんは限界なんです。このままじゃ直マスターも動けなくなってしまいます。そうなる前に安全な場所へ逃れなくては」

 

 首を振りながら、流し目で此方を見るキャスター、その表情が、どうしようもない、ってくらいに悲痛だった。

 心が更に荒れ狂う。

 貴女のその顔に、胸が抉られる。

 

「お願いしますマスター。無理矢理にでも何でも、兎に角凛さんを」

「……分かった。お前も、無理するなよキャスター」

 

 少し間を空けながらも、最終的に自らのサーヴァントの指示(懇願)を衛宮君は聞き入れた。

 その表情は、キャスターと同じくらい悲痛で、不服そのものと云った様相で。

 断腸の思いという言葉をどこまでもリアルに感じさせた。

 

 何でどいつもこいつも、他人ばっかりで自分を勘定に入れないのよ。

 

「致し方ありませんね。誠に遺憾ですが、今の我々ではあのライダーを迅速に無力化する事は難しい。これ以上この結界の影響を受けるのはマスター達にとって致命的です」

「はい。離れ離れになってしまうのは少々不安ですが…此処で干からびてしまっては元も子も───」

「何を言っているのですかキャスター。貴女も凛達と一緒に行くのですよ」

「───へ?」

 

 セイバーの言葉にキャスターが間の抜けた声を上げる。

 至極当然とでも言いたげなその声色に、私も嫌なものを感じる────セイバー…?

 

「今貴女が言ったでしょう、離れ離れになるのは不安だと。私も同感です。なので、此方も二手に分かれましょう。此処は私が引き受けますから、キャスターは二人に付いていてください」

「そんな…無茶です!セイバーさん、貴女今日だけで既に二回宝具を使っているんですよ。只でさえガス欠の状態なのに、この結界内に留まり続けたら、幾ら対魔力があるからって!」

「それは貴女も同じでしょう、キャスター?」

「───っ」

 

 セイバーの静かな指摘にキャスターは僅かに瞼を動かした。

 

「その傷だけでなく……貴女、自身の消耗をマスターに悟られない様に隠して耐えていますね」

「なっ…キャスター…お前」

「ぁぅ………」

 

 確信を抱いた声色のままに紡ぐセイバー、それに衛宮君は驚き、キャスターはバツが悪そうに顔を逸らす。

 

「対魔力のスキルも持たず、魔術戦を本分とする貴女にとって結界から受ける影響は私の何倍も負担となる筈だ。このまま戦闘を続行するのは得策とは云えない」

「…そう、ですが……」

「心配には及びません。この程度の窮地等、生前に何度も乗り越えてきました。それに、貴女には(マスター)を護っていただいた恩がある。この程度では釣り合い等取れないでしょうが、それでも、少しでも返せるのなら、喜んでこの剣を振るいます」

 

 

 そう言って、セイバーはニコリと微笑んだ。

 本当に、セイバーは強くて格好良い。

 キャスターも、衛宮君も、みんなそうだ、こんな状況だって云うのに絶対に信念を折らないその心─────眩しいったらありゃしない。

 畜生、本当に、肝心な時に役立たずな我が身が呪わしい。

 

 

「……分かりました。では、最後に一つだけ」

 

 キャスターが弓矢を消してセイバーに歩み寄った。

 ?随分と距離が近い、肩と肩がぶつかりそうな程。

 

「?何でs───」

 

 キャスターの両手がセイバーの顔に向かって伸ばされた。

 左手を頬に添え、右手で顎を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 影が一つに重なった。

 

 

 

 ───────あ゛?

 

「へ?」

 

 衛宮君が間の抜けた声を上げる。

 私はそれすら出来なかった。

 

 

 

「っ   ──────ぉ、ん」

「にゅ、く… ……────── っ、ぷぐ…」

 

 

 突然過ぎて面食らったのだろう、一瞬体を震わせ手を挙げかけたセイバーだったが、秒で相手の意図を察したらしく自然体でされるがままになっていた。

 相手が受け入れる態勢に入った事を感じてキャスターもより行為に集中していく。

 パートナーに出来るだけ幸福を感じて貰える様に、より自分という存在に溺れて貰える様に。

 口元だけじゃない、目線を細め歪め、括れを強調する首の曲げ動き、角度を変える際のあくまで自然に漏らされる吐息─────普段は貞淑な女性が情事の際に我を忘れる意地らしさ─────そんな、ギリギリの所で下品に見えない様にと意図された演出の様なものを感じた。

 

 

 ナニコレ。

 なんか、よく分かんないけど、ムカつく。

 でも同時に(おか)し辛いものが今の二人を見ていると感じられて。

 

 ライダーも呆れているのか魅入っているのか、隙だらけの二人に攻撃を仕掛ける雰囲気は無くて…いっそ空気読まずにぶち壊してくれればいいのに。

 

 

 キャスターがセイバーの顎を更に持ち上げた。

 位置関係が殆んど上下になった頭、抉じ開けた唇に絡ませながら熟れさせた唾液(媚薬)を流し込んでいく。

 

 セイバーの喉がこくりと鳴った。

 それが終わりの合図、キャスターはセイバーの肩に手を置いてゆっくりと顔を離す。

 距離が離れるのに比例して(たわ)んでゆく橋をキャスターが唇を舐める事で途切れさせる。

 

 甘そうだと思った。

 

 

 

「……じゃあ、行きますね」

「……ええ、二人をお願いします」

 

 まるで恋人同士の別れの一時の様に、短く会話を済ませた二人はそれぞれ駆け出す。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()セイバーがライダーに真っ直ぐ突っ込んでゆく、程無くして再び激しい金属のぶつかり合う音が鳴り響き始めた。

 

 何か言いたげな衛宮君を他所にキャスターは私を横抱きにして走り出す。

 

 

 

 

 

 戦いはまだまだ終わらない。




もうちっとだけ続くんじゃ(VSライダーさん)

鯖三人が揃いも揃ってしぶといせいで全然戦闘終わりません。描写がくどくなり過ぎる癖がどうにも抜けないなぁ…。



どうでもいい設定集

・キャスターちゃんが近接戦闘そこそこ出来てたのは、相手がライダーさんで、防戦に徹したからです。ライダーさんは原作HFで、セイバーさんに負わされた怪我+結界の影響で弱体化していたエミヤさんにすら近接戦闘で有利を取れなかったので、白兵戦の技量は相当低いと判断しました。

・仮に相手がセイバーさんやランサー兄貴やエミヤさんだったらキャスターちゃんは1分持ちません。

・キャスターちゃんに双剣術を仕込んだのは先輩。いざという時防戦だけは出来る様にとの事で。

・キャスターちゃんが射った光の矢は、希望とか勇気とか信仰とか、そういう物語や宗教で云う『概念的な善を象徴する光』みたいなアレです。なので本当の光速程速くはないです。なのでライダーさんが本当に光速の矢を避けまくった訳ではないです(震え声)




因みに桜ちゃんが起きたのはセイバーさんとキャスターちゃんがキスしてる頃。

言った筈だ…隙あらば百合とエロスをぶちこんでゆくとな…そんな訳で次回もお願いします。


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17話 人の心

座にて・英霊ちゃんねる


【悲報】遠坂凛、妹にエクスカリバーぶち込む【またうっかりか】



トーサカ「なんでこんな早くスレ建ってんのよ!?」

イリヤ「さっきルビーがBBの所に飛んでったわよ」

トーサカ「またかあの馬鹿ステッキに桜モドキ!!!」

エミヤ「あの二人にコンビ組ませちゃ駄目なんだよなぁ」


 相手の機動力を殺す狙いで細やかな()()を繰り返す事十数合、背後から響く三人の足音は大分遠ざかった。

 もう時間稼ぎに徹する必要は無いだろう、そう判断した私は大きく踏み込み、必殺の気概で以て一刀を振るう。

 それを受け止めきれないと判断したのか、ライダーは両の短剣で私の一撃を防御すると同時に少々大袈裟な後退を行い距離を取った。

 

 場に静寂が訪れる。

 三人の足音は既に無い、私達もお互いに武器を構えて睨み合うのみでアクションを起こそうとはしない。

 

 特に大した考えも無く私は口を開いていた。

 

 

「随分と攻めが甘いな、今の今迄あんなにも殺意を滾らせていたというのに。その気になれば私を振り切って三人を追うくらい出来たのではないか?」

 

 屈辱的な話ではあるがそれは事実だ。

 単純なスピードなら魔力放出で幾らでも対処可能だが、このライダーは先に見せた鎖剣でのトリッキーな撹乱戦法や、この結界を始めとした相手の精神や肉体に干渉するスキル乃至(ないし)宝具を多数所持している。

 高ランクの対魔力を保有する私には大した効果は無いが、それでもライダーの敏捷を以てすれば十二分な時間を稼ぐ事が出来る。

 事実先程不意を突いた様に、私の結界(間合い)から離脱する事くらいは訳無い筈だ。

 

 私の疑問にライダーは───半ば予想通りの返答を寄越してくれた。

 

「敵が態々(わざわざ)自分達から分断されてくれるのです。無理に追う必要等無いでしょう?」

「…やはりそうなるか。まぁ妥当ですね、私とて貴女と立場が同じならそうするでしょう────だからこそ、こうして一人になった甲斐があった」

「…仲間を逃がす為に己を犠牲に、ですか。流石は彼の騎士王様は殊勝な事で」

「貴女には負けますよライダー。己が主を守る為に、その身一つを晒して単身敵陣に切り込む等…健気、それ以外にどう評せましょうか」

 

 

 チリリ…と鎖が小さく鳴った。

 挑発が効いたのか、短剣を握る手に力が入り僅かに手首の角度が変わった事で地面を引き摺られたのだ。

 ────ああ、やはり、この者にとってもマスターとは。

 

「…本当に、マスターを大切に思っているのですね。それ故に、残念でならない。こうして争わねばならない事が。もっと上手く話が進めば、今頃は良き同盟者となれていたでしょうに」

兵器(サーヴァント)らしからぬ発言ですね。元よりこれは戦争だと云うのに」

「只々殺し合うだけが全てでは無い。結果は同じでも過程が違えば必ずそこに意味は生まれる。私は正真正銘の誇りを以て貴女と相対したかった」

「────戯れ言はそこまでです」

 

 まるで自分に言い聞かせるかの様に、ライダーは冷たい声色でそう吐き捨てると既に何度か見せた突撃の前段階、四つん這いに近い前傾姿勢となった。

 

「先程から聞いていれば…貴女、私に勝つ事を前提で話していませんか?だとすればそれは傲りというものです。余力の無い貴女がこの私のテリトリーで幾ら足掻こうと戦況は覆らない」

「負ける事を想定して戦いに挑む王等暗君以外の何者でもないでしょう。勝たねばならないから、勝つ。それだけです」

「───…嗚呼、ああ、(わずら)わしい。その悪意の無い信念が何れ程多くの者を───サクラ(彼女)を傷付けているのか…っ!」

 

 ライダーの殺気に呼応する様に彼女の長髪が浮き上がり、舞い広がった──────来る!

 

「殺します。貴女の次はマスターを。貴女の亡骸(なきがら)を見て絶望に染まった顔をどの様に料理するか…愉しみですよ」

「…心にも無い事を、言わないでください。次こそは、(みな)で。全てを打ち明けましょう。その為に────一旦斬られてください!」

 

 

 

 風王結界解除。

 

 眼帯をしているにも拘わらず、ライダーは私とキャスターの動きをまるで見えているかの様に正確に把握し戦闘を行っていた。

 つまり視覚以外の五感、魔力知覚等で此方の動きを感知している可能性が高い。

 となれば風王結界を用いた間合いを悟らせない戦法は通用しない、どうせ真名はバレているのだ、早期決着の為にも隠蔽性より攻撃力を重視する。

 

 その輝く刀身を閃かせ、私はライダーと激突した。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 駆ける、駆ける、細かな瓦礫の上を躓く事無く軽快に駆ける。

 暫くして目の前に倒木が現れた、先の宝具の衝突の余波によって薙ぎ倒されたものだろうそれを、キャスターは迂回する事無く一跳びで越えてゆく。

 

 今、私は衛宮君のサーヴァントであるキャスターに横抱き(お姫様抱っこ)されながらライダーの結界範囲外へ逃れる為に移動中だった。

 少し後ろには衛宮君が付いて来ている、足場の悪さに悪戦苦闘しながらも何とか付かず離れずを維持して走り続けていた。

 先のライダーとの接近戦で既に判っていた事だが、やはりこのキャスターはそのクラスのセオリーから外れ、中々に水準の高い身体能力、運動能力を持っている様だ。

 辛うじて転ぶ事無く走れていると云った様子の衛宮君に比べ、大小様々な瓦礫で凸凹(でこぼこ)になっている地面に一切足を取られる事無くすいすい進んでいく…いや、これは単にアビリティが優れているだけじゃない、こういう足場の悪い場所での行軍に慣れている…?

 

 動けないながらも私が思考を巡らせている間に、キャスターは屋敷の跡地から抜け出し、林に囲まれた下山道に差し掛かっていた。

 それでもまだ結界の外には出れない、あんの性悪女め、一体どれだけの広範囲に設定したんだか。

 心中でそんな悪態を吐いている間に、瓦礫が無くなって平坦な道に戻ったからだろう、さっきまで遅れていた衛宮君が私達の隣まで追い付いて来た。

 

 …ちょっと、衛宮君、何でそっち側に付くのよ。

 私今横抱きにされてるのよ、そっちだと私のスカートの中見えちゃうんじゃないの?

 

 ジト目で睨んでやるも衛宮君は此方を一瞥すらしない、何やら浮かない顔で俯きながら只管に手足を動かしている。

 そんな主の様子を直ぐ様察したのだろう、キャスターが穏やかな声で話し掛けた。

 

「如何なさいましたかマスター?」

 

 ビクリと肩を跳ね上げて衛宮君は此方を見る。

 その顔には判り易く『後悔』の二文字が浮かんでいた。

 

「…考えてるんだ。本当に、これが最善なのか、って。セイバーを一人残してきて良かったのか、もっと他の方法が取れたんじゃないのか…って」

「成る程」

 

 衛宮君の告白にキャスターは一言だけ淡々とした声色で返す。

 

「………これで、良かったのかな」

「そりゃー良くはないですよ」

「───な」

 

 

 そして、再びキャスターは淡々と、薄情とも云える言葉で衛宮君に応えた。

 

(ろく)に余力の残っていない仲間を一人だけ、圧倒的に不利な状況の中、実力の拮抗している敵の前に残す……文字通り殿(しんがり)、捨て駒という表現が合いますね─────そんなのが、()()()()、なんて言える筈がありません」

「────っ…!」

「こんなのはあくまで、()()()()()()()に過ぎません。それを選ばざるを得ない状況に陥ってしまった、事態を回避出来なかった時点で、もう私達の負けだったんです。どれだけ美辞麗句(びじれいく)を並べた所でそういう事実は変わらない」

「  ぐ く────っ」

「ですから、マスター、私から貴方の葛藤に対する返答はこうです─────この方策は、良くなかった」

 

 

 

 キャスターのとことん事実を突き詰めた言葉に、衛宮君は歯を噛み砕かんばかりに噛み締める。

 キャスターはそんな衛宮君を唯見詰めるのみ。

 やがて衛宮君が、まるで泣いているかの様な震えた声で、ポツリポツリと呪いの言葉を垂れ流し始めた。

 

 その呪詛は全て、己に向けられたもの。

 

「くそ…くそっ…畜生!馬鹿野郎!また、何で、俺は、俺が、何で、他人を犠牲にして生きようとしてんだ俺はぁ…っ!!!」

「……………」

「俺があの場に残れば良かったんだ…!捨て駒になるなら、間違いなく一番役立たずの俺がっ!」

「……………」

「いや、それよりもっと前から…俺が魔術の鍛練にもっと励んでいたら、あの状況を打開出来る術を身に付けられたかもしれないのに」

「……………」

「ああ…畜生、何でこうなっちまったんだ…!俺は、人を救わなきゃいけないのに…何で救われて、何で、まだ生きて………」

 

 

 嗚呼、嗚呼、もう聴くに堪えない。

 嗚咽交じりになってきた衛宮君の言葉を今直ぐ黙らせたいってのに、殴りに行く体力も怒鳴る元気も残っていない。

 何だってのよそのたらればは。

 仮にも魔術師の端くれならもっと現実的な、理性的な、根拠に裏付けされた理論で確りと───っ!!!

 その巫山戯た泣き言を片っ端から論破してやりたいのに、出来ない、苛立ちが募るばかりだ。

 何とかしろ、という意思を込めてキャスターを睨み付ける、正しく私の心中を察したのだろう、キャスターは私の顔を覗き込んで苦笑する。

 暫くして喋らなくなった衛宮君に満を持してキャスターが話し掛けた。

 

「気は済みましたかマスター?」

「………」

「…ま、済む訳ないですよね」

「………」

「悔しいですよね」

「………」

「ムカつきますよね~」

「………」

「たらればだって分かってても、下らない感情論だって理解してても、今更どうしようもないって分かってても」

「………ぅ」

 

 

 

「──────それでいいと思います」

「───ぁぇ?」

 

 ───するりと。

 何処までも慈悲に満ちた心のままに、キャスターはそう告げていた。

 

「もっともっと、存分に悔しがりましょう。怒って、悲しんで、泣き叫んで、文句を垂れ流して、自分を責めて、絶望に浸って……─────それでまた、立ち上がって、前を向いて、歩きましょう」

「…キャス、ター」

「人は機械にはなれませんから。なろうとしても、何時か何処かで絶対にエラーは出てしまいますから。だから抑えずに吐き出しちゃおう。全部内に溜め込んで、立てなくなるくらいに背負い込むなんてせずに。確り糧にしていこう」

「……そんな割り切り───」

「割り切りじゃないよ。割り切ってなんかやらない、ずっと引き摺り続けてやるの。それで全部纏めてバネにしてやるんだから。毒にも薬にもなるのが、人の心の面倒臭い所で、便利な所」

「………」

「だから、()()()()()()()()()()()は、もう駄目です。だから()()()()()()()()()。無駄にしない為に、()に続かせる為に。泣きながらでも良いから。進みましょうマスター」

 

 

 

 目から鱗、とはこういう事を云うのだろう。

 この女性は、何処までも冷酷に今を判断して、それでも尚、次に、後に繋げる為に希望を抱き続けている。

 現実を見ながらも、心を捨てるなと。

 そう私達に言い聞かせている。

 

 矛盾しているのかしていないのか、綺麗事、その場凌ぎ、それこそさっき貴女が言った美辞麗句、頭ごなしな否定の言葉は幾らでも浮かぶ。

 

 ────それでも、そう在れたら、どれだけ良いだろうと、そう想わずにはいられない、人間らしい希望の形だった。

 

 

 成る程、これは確かに英霊だ。

 人生経験豊富らしい。

 魔術師らしくも人らしい、この女性(ひと)のギャップと在り方にストンと認識が追い付き、納得がいった。

 

「…………ああ、そうだな」

「ええ、そうです」

「ありがとうキャスター。良く分かったよ───今は、進もう」

「はい」

「無駄なんかじゃなかったって、言ってやるんだ、絶対」

 

 そう力強く言い切って腕の振りを大きくする衛宮君。

 全く単純馬鹿め、大人びてるかと思えばほんとこういう所は子供なんだから…まぁ同じくキャスターの(ことば)に聞き入ってた私が言えた義理じゃないか。

 

 そんな感じで、抱えられたまま内心で苦笑する私の鼓膜をキャスターの弾んだ声が揺らした。

 

 

「まぁでも、さっきはああ言いましたが案外セイバーさん一人でも何とか出来ちゃうかもしれませんね。時間かけて魔力たっぷり渡しましたし」

「え?魔力なんて何時渡したんだ?」

「?さっきキスした時にですよ?」

「────え!?あ、あれってそういう事だったのか!?」

 

 衛宮君の疑問に対して、今更何を言ってるんだと云いたげに返すキャスター。

 言われた意味を理解した衛宮君の顔が数瞬で紅くなった。

 

「ええ?分かってなかったんですかマスター」

「い、いやだって…してる時の雰囲気とかが、なんかこう、そういう義務的な感じじゃなかったじゃないか!?」

「生産される魔力量は性的興奮を始めとした精神、肉体の昂り、感情的な要素に大きく左右されますから…ほら、昨日の夜マスターに使った蟲が良い例ですよ」

「っ!!!?おまっ、遠坂の前で何言ってんだ!!」

 

 

 更に顔を真っ赤っかにして誤魔化す様に何事か喚く衛宮君───が、もう遅い。

 この男、あろう事か(我が妹)という最高の物件を落札しておきながら他所に唾を付けやがったのか。

 

 

「兎に角そういう訳ですから…想い人との別れ、って感じにムードを作った迄ですよ。どうせならお互いに気持ち良くなりたいじゃないですか」

「そんな、同性同士で……あ、いや、すまん。こういう偏見は良くないよな。愛の形は人それぞれだ。今の発言は忘れて欲しい」

「ちょ…ま、まあその意見には全面的に賛成ですが、別に私バイって訳じゃないですからね!?」

「ぇぇ…?……べ、別に誤魔化す必要はないんじゃないかなキャスター?縦えキャスターがそっちだったとしても俺はこれまで通りの関係を維持すると誓う。うん、マスターの名に懸けて」

「違いますってば!!……………まぁ…どうしても、って求められた場合やそうせざるを得ない時は、吝かではありませんが」

「キャスター、此処まで運んでくれてありがとう。もう大丈夫だから下ろしてくれる?」

 

 

 頬を赤らめながらそっぽを向いてそう溢したキャスターに対し、私は迅速にハキハキとした口調でそう言い放っていた。

 

 

「なあぁ!?も、んもうマスターっ!!マスターのせいで凛さんに誤解されちゃったじゃないですか!」

「いや今のは完全に自分で墓穴掘ってただろうが!」

「安心してキャスター。衛宮君の言う通りよ、愛の形は人それぞれ…別に恥じる事じゃないと私も思うわ。という事で早く下ろして?大丈夫だから、ほんと大丈夫だから。身の危険を感じたとかそういうのじゃないからウンホント」

「違うって言ってるじゃないですか!っていうか凛さん貴女今の今まで弱り切ってた筈ですよね!?何で急にそんなハキハキ喋れる様になってるんですか!ギャグ補正ですか!」

「キャスター!早く遠坂を離すんだ!今ならまだ間に合う、次に繋げるのも大切だけど、今正せる過ちなら正すのが最善の筈だ!」

「さっきまでの私の言葉が台無しなんですけど!?っていうか何で私が凛さんを襲おうとしてるみたいになってるんですか!そもそもマスター!貴方昨日の夜散々私の体使って愉しんだ癖に、よくパートナーの事バイ扱い出来ますね!」

「あ!ありゃ!あれは!お前が魔術使って迄誘ってきたから…」

「ひぃや!?ちょ、やめて!何処触ってるのキャスター!?」

「膝の裏持ってるだけですけど!?」

 

 

 

 

 

 ─────そんなこんなで、色々と台無しにしながら三人は慌ただしく林を下っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐ目の前を黄金の刀身が通り過ぎてゆく。

 今のは危なかった、本当にギリギリ、紙一重。

 圧倒的な膂力と速力が生み出した風圧で、直接触れられた訳でもないのに僅かに頬が裂け、髪が吹き乱れた。

 ほんの少しでも刀身に触れていたら顎から下が無くなっていたのではないかと思わせる程だ。

 

 『最優』と称されるサーヴァント、セイバー。

 私はその実力を過小評価していたと認めざるを得なかった。

 

 目の前の女───騎士王アーサーは自身の代名詞とも云える聖剣の真名解放を、一日どころか一時間にも満たない非常に短いスパンで既に二回行っている。

 威力から推察するに恐らく種別は最低でも対軍以上、そんな大規模の宝具を連発すれば魔力の枯渇は免れない筈だ。

 事実四人の中で最も限界に達するのが早かったのはセイバーのマスターである遠坂凛なのだから。

 

 だと云うのに、目の前で聖剣を構えて猛進して来る(セイバー)の動きは、まるで衰えを見せない。

 いや───それどころかキレを増している様にすら感じる。

 より厳密に述べるなら、私の動きに()()()()()()()

 

 

「───」

「…」

 

 相手の側面に一気に回り込むと同時に釘剣を投擲、蟀谷(こめかみ)を狙う、が、既に体ごと此方に向き直っていた奴は僅かに頭を反らすだけでそれを回避────された瞬間私は駆け出し奴の顔面に向かって膝蹴りを繰り出す、と同時に避けられた釘剣を引き戻し奴の後頭部を狙った。

 間髪入れずに意識外からの挟撃、大抵の相手はこれで片が付く──────だと云うのに、やはり奴はそれに対処する。

 顔の直ぐ横にある鎖を片手で掴む事で引き戻されるそれを止め、後屈の如く体を後ろに反らす事で膝蹴りも躱した。

 そして両手で剣を握り直しほぼ密着している私の脚を狙ってくる。

 蹴りを放った後の為、今地面に接しているのは片足のみ、やむを得ず無理矢理体を動かし、片足で踏ん張って地面を蹴り、離脱する。

 片足から勢いよく鮮血が吹き出た、やはり躱し切れておらず、浅くだが傷を負ってしまう。

 大した支障は無いだろうが、ほんの僅かに機動力が殺がれる事は否めないだろう、そしてこの敵を相手にするに当たって、そのほんの僅かな能力の低下が命取りになるという事を私は理解していた。

 

「───ちっ」

 

 思わず舌打ちが漏れる。

 

 私は真っ正面から武器を打ち合う様な、そういう近接戦闘の技量が高い訳ではない。

 生前はこの身に宿る異能を行使すれば───少し視線を送ってやるだけで、ほんのちょっと意識を向けてやるだけで───それで片が付く相手が殆んどだった。

 そうでなくとも此方が少し工夫して刃を、爪を、牙を振るうだけで、相手はその地力の差からまともな対処も出来ずに散ってゆく。

 怪物()にとって、戦闘とはそれだけの作業に過ぎなかったのだ。

 

 だがこいつは違う。

 スペックは互角どころか、カタログ上の数値では総合的に見て私を上回っており、剣の技量も私とは比べ物にならない程に高い。

 撹乱、不意討ちは何度か成功したがそれで仕留め切るには至らず、今では此方の動きをほぼ見透かしているかの如く最適な攻撃を繰り出してくる。

 

 これが真の強者だとでも云うのか。

 地力の差───まさか自分がそれを味わわされる側になるとは。

 

 

「やっ!!」

「───っ!!ぐ、ぇぇい!」

 

 刹那で数回振るわれた斬撃をなんとかと云った(てい)で防ぐ。

 自らの両手に収まっている鎖剣が酷く心許無い、未だに砕け散っていないのが奇跡だと思えるくらいに一方的な展開だ。

 

 心眼系の、闘争の推移を見極めるスキルか、或いは単純な戦闘技術の高さか。

 此方の回避行動を先読みして剣を振るい、此方の攻撃を即座に()なして反撃(カウンター)に転じる。

 攻撃と防御を同時に行う事で隙を作らず、その馬力と合わせて間断無く驀進する事で徹底的に圧し潰す、真っ直ぐに、正道に、王道に、正しくドストレートな英雄の戦い方。

 小細工を弄する事しか出来ない自分とは文字通り正反対、これが英雄と反英雄の違いか…戦局の一手一手すら今の私にとっては腹立たしい事この上無い。

 

 

 

 (きら)めき、(ひらめ)く。

 

 

「───っ!?」

 

 眼帯で覆われている筈の私の網膜にすら届く、至高の光彩。

 私の魔力知覚がセイバーの手中の剣身から溢れ出た膨大な量の魔力を認識する。

 

 ─────マズイ。

 

 本能が、心が、神経が、脳が、魂が、己の全てが一斉に警鐘を鳴らす。

 これは私を討ち滅ぼして剰りあるモノだ。

 警鐘に従い即座に後退しようとする体───それを敢えて抑え込み、私は前進した。

 

 死中にこそ活路在り。

 退いても動きを読まれて斬られるだけ、防御しても武器ごと斬られるだけ───ならば進め、迎撃だ、先に仕掛けろ、相手を越えろ、攻撃こそ最大の防御─────!

 

 

 ボッ!!!───と、空気が弾ける音がほぼ同時に二つ。

 攻勢に出た私の動きは予想外だった様だ、目測を修正しようとしたのかセイバーの動きが一瞬ぎこちなくなる。

 その僅かな隙に潜り込む、機動力を損なわないギリギリのラインまで身を低くし、駆けた。

 頭の数センチ上を(魔力の塊)が通り過ぎてゆく。

 

 好機───!

 怪力のスキルを発動、結界(鮮血神殿)を用いて四人から奪い取った多量の魔力で肉体と武器を強化、トップスピードを保ったまま拳を、杭剣を相手の腹に抉り込む───!!

 

 

 

 

「あ゛っ!? が  ぐぅ…!」

 

 

 捉えた。

 貫いた。

 確実に、重傷。

 

 突き出した杭剣の一撃は身に纏う鎧に阻まれて多少威力を減衰させられたが、それでも刃は目の前の敵の柔肉を裂いていた。

 鎧は砕かれ、その刀身の全ては丸々相手の腹に埋まっている、致命傷と云っていい深さ────終わりだ、このまま内臓も喉も、霊核(急所)を全て掻き斬って───

 

 

 

 腕が掴まれる。

 

「っ!」

 

 突き出した腕が捕らえられた、身動きが取れない。

 セイバーが剣を地面に突き立てる、何のつもり───腕が振り上げられ、魔力が集中する、放出された、籠手を纏った手刀が、伸ばしっぱなしの私の腕に振り下ろされる─────っ!!

 

 

「     あ あぁっ!!」

 

 自分の肉体が発生源という事が信じられない程に、凄惨な音が周囲に木霊した。

 クソッ、やってくれた────湧き上がる怒気のままに折られた腕を無茶苦茶に捻って引き抜く、尋常では無い痛みだろう、セイバーが苦し気に呻いた、少しは鬱憤が晴れる。

 

 魔力を纏った、殆んど砲弾のそれと同等の手刀を受けた右腕は完全に折れていた。

 骨が露出し、前腕の掴まれた部分にも皹が入っている、おまけに無理に引き抜いたせいだろう、力を入れても僅かに指先がピクピクと震えるだけ、最早完全に使い物にならなくなっていた。

 

 四肢の内の一つを潰される、文字通り手痛い代償を払わされたが、それ以上の成果は出せた。

 腕が折れても死ぬ様な事は無いが、腹に穴が空いては命に関わる、より深刻なダメージを負ったのは間違いなくセイバーの方だ。

 片手で傷を抑えながら剣を杖代わりにして立っているセイバー、その表情は分かりやすく苦痛で眉根を中心に歪み尋常では無い量の汗を浮かばせている。

 腹から流れ落ちる血が地面に染み渡り───即座に魔力へと変換されて吸収されていく。

 

 元々この鮮血神殿は吸血種である私がより効率よく魔力を吸収する為のものだ。

 その内部で出血しようものなら結果は語るに及ばず、縦え高ランクの対魔力スキルを有していようと体外へ出血してしまっては関係無い、全て私の糧となるのみだ。

 

 

 着実に状況は詰みに入っている、無論私の勝利という形で。

 セイバーもそれは理解している筈だ、騎士王と称される程の傑物が、よりにもよって戦いの流れを読み取れない暗愚という事は有り得ない。

 

 だと云うのに────その瞳はまだ死んでいなかった。

 勝てると、必ず勝つという意志を毛程も折っていない。

 

 そんな眼が妙に癪に障った私は口を開く。

 絶望しろと、その表情が後悔で歪む瞬間を見せてみろと。

 

「勝敗は決しましたよ。敗者らしく、惨めたらしく、命乞いでもしてみては如何ですか」

「ふっ…端から見逃す気が無い相手に命乞い等しても無意味でしょう。それに、まだ負けた訳ではない」

 

 脂汗を垂らし、それでも不敵に笑って此方に応じるセイバー────違う、そんな顔が見たいんじゃない。

 

「そんな有り様でよくその様な口が利けたものですね」

「生憎と負けず嫌いな性分でしてね」

「───ならば何故、素手で私の腕を折るだけに留めたのですか?完全に私を捉えた先程の瞬間なら、間違いなく首を落とせたでしょうに」

 

 

 そう、そこが解らない。

 己以上の機動力を持つ相手を捉えられる機会等早々無い、向こうとて早期決着が望みの筈───だと云うのに、その千載一遇のチャンスを何故自らふいにする様な真似を。

 

 

「……何故、でしょうね。自分でもよく分かりません」

 

 困った様に苦笑しながらそいつはそう溢した。

 

「只何と無くですが…貴女を斬ってはならない、と…そう直感したのです」

「………?」

「おかしな話ですね…早期決着の為に風王結界を解除したというのに、肝心な所で剣を下ろしてしまうとは………嗚呼、ふふ、きっと、彼等に感化されてしまったのでしょうね」

 

 

 彼等。

 それが誰と誰を指すのかは考える迄も無かった。

 

「言ったでしょう、次こそは皆で全てを打ち明けましょう、と…貴女に死なれては、それは絶対に叶わなくなる」

「…愚かな。言葉の通じない怪物と、刃を交える事しか出来ない敵と、和解する為に闘う、と?…支離滅裂にも程がある」

「返す言葉も有りませんね……でも、それでも、心が通じるのならば、やらなければならない」

 

 両手で剣を握り直したセイバーが、変わらぬ意志の灯った瞳で此方を射抜いた。

 

(かつ)て私は王としての責務を果たす為に、余計な(しがらみ)は全て捨て去りました。そうしなければ祖国は救えないと…ですがその結果があの滅びです。自身の選択に後悔はありませんが…やり方を間違えたのか、他の者ならもっと上手くやれたのか…今となってはそれすら分かりません」

 

 ですが、と、そいつは続ける。

 

「ですが、彼等は、あの二人は、私には無いものを持っている、それは確かだ。これ程迄に追い詰められて尚、彼等は信じる事をやめなかった、何も捨てようとしなかった───最後まで()()()を持ち続けていました。私は彼等を見習い、学ばなければならない。故に、私は彼等に同調する。後々同盟を結ぶ彼等への敬意を以て、貴女を此処で止める」

 

 

 

 聖剣の輝きが増した気がした。

 まるで、担い手の心の光に共鳴するかの如く。

 

 嗚呼、ああ、本当に────────憎たらしい(羨ましい)

 

 

「────私は御免ですよ。その様な、()()()を信じる等と云う愚行はっ!!!」

「っ!?」

 

 鎖剣を投げ放つ。

 だがそれは直接セイバーを狙ったものではない。

 宙を走る鎖がまるで蛇の如く()()()()()()()に巻き付き、絡み付き、固定された。

 譬えるならジャングルジム、はたまた蜘蛛の巣か。

 

 これで私の能力を最大限に活かす環境が整った。

 きっとセイバーは思いもしなかっただろう、闇雲に後退する様に見せて、少しずつ倒壊した屋敷の方に誘導していたという事に。

 

「もう一々戦闘中にその様な事を悩む必要はありませんよ───どの道貴女は此処で死ぬのですから」

 

 宙に張る鎖の一つに立って眼下の少女を見下ろしながら言葉を紡ぐ。

 

 

 眼帯を外す。

 

 

「っ!?ぉ、これ、は…!」

 

 既に分かり切っていた事だが、やはりセイバーは相当ランクの高い対魔力を有している様だ、私の魔眼と目を合わせているにも拘わらず石化が始まらない。

 だがそれでも構わない、私の魔眼は石化以外にも効果範囲内の者のステータスを全て強制的に1ランク下げる『重圧』の効果を持つ。

 そう、強制的にだ、縦えどれ程の対魔力を有していようとこの効果からは絶対に逃れられない。

 

 奴は既にマスターから殆んど魔力を供給されていないだけでなく、鮮血神殿の影響で常に魔力を吸い取られている、おまけに魔眼による重圧と腹部の重傷。

 最早そのステータスは見る影もなく低下し切っている。

 

 

 

「さぁ────此処からが、本当の、処刑の始まりです」

 

 脚に力を込める。

 鎖の撓みを利用し、弾かれる様に跳躍。

 私はセイバーに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんぁ!?ちゃ、い!?」

 

 魔術で脚力を強化し、全速力で遠坂邸を目指して走る私を突如異常事態が襲った。

 

 自分自身の目が映し捉え、脳が認識した、文字通り()()()()()()

 それに、明らかに()()()()()()()が半透明で重なった。

 

 全速力で走っていて息が乱れていたというのも相まってへんちくりんな奇声を上げてしまった、一旦足を止めて自身を落ち着かせる。

 何だろうこれは。

 こんな、まるで()()()()()()()()()()()()()様な─────。

 

「あ」

 

 

 そう云えばライダーと視覚共有したままだった、かも。

 道理で先程から視界が妙に薄暗いと思った、てっきり夜だからだとばかり。

 しかし、常に眼帯をしている筈のライダーの視界に風景が映ったという事は。

 

「戦っているの…ライダー…?」

 

 石化の魔眼を解放した、それは即ち何者かと戦闘中だと云う事に他ならない。

 だが未だにライダーの魔力反応は遠坂邸にある。

 遠坂邸で、誰かと戦闘…?

 まさか。

 

「相手は、姉さん?」

 

 状況証拠的にはそういう事になるが、それだと色々訳が分からなくなってくる。

 何故、どうして。

 疑問符が頭を埋め尽くし思考を投げ出したくなる衝動に駆られるが、本当にそれをやってしまったらもう取り返しが付かない、状況に置いていかれるばかりだ。

 

 深呼吸を一つ、真冬の空気が茹だった体に冷たい鞭を入れる。

 中途半端にしか接続されていなかった視界共有に再度集中、程無くして半透明だった景色が鮮明になる。

 

 少しばかり高い視点、そこから見下ろした景色は一言で表すならば、正しく廃虚だった。

 砕けた壁や折れた柱、散々(ばらばら)になった調度品等、家屋を構成していた様々な物がその役目を奪われ只の瓦礫と化していた。

 

 此処が、遠坂邸(私の実家)…?

 まさかの状況に愕然とする私の、正確にはライダーの視界の中心に一人の少女が立っていた。

 

 金髪碧眼の小柄な体躯、一見するととても戦士には見えない可憐な女の子、でもその身に纏っているのは青いドレスと銀の甲冑、そしてその手に握るは輝く黄金の剣。

 最優(セイバーのサーヴァント)

 一目でその正体を悟った。

 そしてその最優(セイバー)を召喚したマスターと云えば、遠坂凛(姉さん)

 何の証拠も無い、あくまで私の推測…いや、違う…()()に過ぎないが、ほぼ間違いなくそうだと確信している。

 そして、その少女は腹部から多量の血を流しながらも真っ直ぐ正眼に剣を構え正面を見据えている。

 真っ直ぐに、正面のライダー(目の前の私)を見ている。

 

 これはもう、確定だ。

 理由も経緯もまるで分からないが、ライダーは姉さんに敵対している。

 

 嫌な予感が的中した。

 セイバー(サーヴァント)が顕在である以上、マスターの姉さんも無事な筈だが…この廃墟と化した遠坂邸(実家)を見るに、それも確かとは云えない。

 先輩を喪った時と同種の悪寒が総身に満ちる。

 

 ─────お父様が亡くなった時、お母様が亡くなった時、おじさんが亡くなった時、お爺様を殺したと気付いた時─────。

 

 まるでフラッシュバックの如く脳裏を過る、大切な人達の死。

 駄目だ!駄目だっ!!!

 本当に、本当に急がないと、また、また取り返しの付かない事に──────っ!!!

 

 

 

 そう焦燥した瞬間、視界が()()()()()

 

「っ!?う、わ」

 

 私は反射的に視界共有の精度を下げる。

 静止していた風景が急速にぶれて、回転して、滅茶苦茶に動き回って。

 恐らくライダーが高速で移動し始めたんだ、敏捷Aを誇るライダーと視界を共有させていたら只の人間である私が目を回してしまうのは自明の理。

 でも完全にリンクを切ってしまったら向こうの状況が把握出来なくなる、私は僅かに視界を繋げたままで思考を始めた。

 

 

 令呪を使うか?

 

 今直ぐ令呪を使ってライダーを私の下に呼び戻せば最悪の事態は防げる、取り敢えず状況を終了させる事は出来るだろう。

 

(─────本当にそう?)

 

 それで本当に大丈夫なのだろうか、そんなに単純な話なのだろうか。

 あの過保護なライダーが意識の無い私を放置して姉さんと戦う為に遠坂邸に蜻蛉返り…改めて考えると明らかにおかしい行動。

 何か、この常軌を逸した行動にライダーを駆り立てた何等かの要素がある。

 それがハッキリしない内に安易に令呪を使うのは…ベターでは、きっと、ない。

 

 慎重過ぎるか?

 だがマスターがサーヴァントを御せるのは、一重に令呪の存在があるからだ、行動理由不明の使い魔にたった三回しかない命令権を無駄打ちする訳には───。

 

(ああもうっ!確りしなさい!肝心な所でチキンなんだから!)

 

 兎に角、現場に行かなくてはどうしようも出来ない。

 私は再び下半身に魔力を通し走り出─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウイイィィィ」

 

 

 

「─────!?」

 

 ─────そうとして、咄嗟にその場から飛び退いた。

 バチバチと電気が弾ける様な音と共に、鈍器の様な何かが先程まで私の立っていた場所に振り下ろされた。

 豪快な破砕音、陥没した地面、それ等を私は膝を突いた姿勢で視界に収め。

 

 

 

「───へぇ、なんだ、今のを躱せるんだね。鈍臭いお前の事だから足の一つくらい潰れるかと思ったのに」

「え………?」

 

 目の前に現れたその人物に、私は先輩の手に聖痕が浮かんでいた時と同等の驚愕を覚えた。

 

 

 

「兄、さん…?」

 

 

 

 間桐慎二兄さん。

 私の兄が、サーヴァントを伴って、嘲笑を浮かべながら私を見下していた。




前書きと本編の温度差は気にするな。

つーことで漸くワカメ登場。バーサーカー枠はフランちゃんです。全クラスの内訳も明らかに



セイバー:アーサー・ペンドラゴン
マスター:遠坂凛

ランサー:クー・フーリン
マスター:バゼット・フラガ・マクレミッツ

アーチャー:ヘラクレス
マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

ライダー:メドゥーサ
マスター:間桐桜

キャスター:??????
マスター:衛宮士郎

アサシン:静謐のハサン
マスター:????

バーサーカー:フランケンシュタイン
マスター:間桐慎二?



マスター共々三騎士のヤバさが際立つなぁ…。


エクスカリバーは風王結界纏ってる時の威力を80~90とすると解除してる時の威力は1000くらいらしいです。ランクの内部数値で計算すると訳分からん事になるらしいですが、本作ではこれを採用していきます。

内輪揉めでボロボロのセイバー、ライダー、キャスター組み。桜ちゃんは無事にみんなと合流出来るのか。

次回はたぶん幕間。


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18話 シスコンとシスコンとシスコンと

「えいえい」
「エタった?」
「エタってないよ」


半年かけてようやっとモチベーション回復しました。何とか来年の春、HF最終章公開迄には『SN編』を完結させたいですね。まぁほぼ無理でしょうけど()


 間桐慎二さん。

 間桐家に引き取られた私に出来た義理の兄。

 彼の事を一言で表すなら……そうですね、私にとっては『護るべき人』でしょうか。

 

 先ず初対面の人には大概嫌われるタイプの人種です。

 規律を重んじ、不公平を嫌い、女性には基本的に優しい…と此処までなら素晴らしい人格者なのですが、それらの言動の根本が 無 駄 に 高いプライドからきているので、周りの人には強制するくせに自身ではそれを示さないという…なまじ多才なのも相まってどうしようもなく鼻持ちならない…端的に言ってうざったい人なんです。

 おまけに何だか妙に気難しくて素直じゃない。

 いちいち文句を付けなければ人と会話出来ない呪詛(のろい)でも埋め込まれているんじゃないのかってくらいに、皮肉のスペシャリスト。

 その語録だけで皮肉版国語辞典とか発刊出来そうな勢い、まだ慣れてなかった頃は本音と建前の区別に難儀したものです。

 

 余談ですがそんな兄さんの在り方を『あれが慎二の味だから』『付き合ってけばその内慣れる』で済ませてしまう先輩の器の大きさもとい底の抜け方もどうしようもないものがある。

 

 他にも食べ物の好き嫌いは激しいし、物を出しっぱなしにして散らかすし、直ぐ怒鳴るし、此方(こっち)の注意は全然聞いてくれないし…あ、でも前に私の部屋にノックせずに入って来た時、問答無用で鼻にストレート決めたらそれ以降絶対ノックはしてくれるようになりました、()は偉大ですね。

 といった感じで諸々駄目人間な我が兄ですが…(たと)えどんな人物であろうと私の中で彼の立ち位置は『絶対的庇護対象』から揺れ動く事はありません。

 

 

 何故なら彼は、()()()()()()だから。

 

 衰退の一途を辿っていた間桐の血筋は彼の代で完全に途絶え、その役目を終えました。

 魔術回路保有数/zero。

 そのどこまでも神秘を否定し、現実を突き付ける数字が彼の絶対。

 だから私の中の兄さんは不動で、弱者で、ちっちゃくて、面倒で、ほっとけなくて、当たり前だった。

 

 ────だから。

 だから。

 

 

 兄さんが敵になるという状況を、私は本当に、想像すらした事が無かったんです。

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 地べたに両手と両膝を突いたまま、呆然と、私は何も出来ずに居た。

 

 目の前の光景に意味の解るものが一つもなくて。

 愈々以(いよいよもっ)て頭がイカれてしまったのだろうか。

 それ以外なら一体何なの、そうじゃないと説明が出来ないじゃないかこんなの。

 

 

 

「…ふ、ふ、ふふふ、ふふはっ、ひっ、はっ!ひはははははははははははっ!!!何だよ?何だよ何だよ!?その顔!如何にも鳩が豆鉄砲って感じだなオイ!最高のショーだよこれは。桜お前ピエロの才能あるぜ!良かったなぁっ!お前みたいな愚図にも一つくらい取り柄が有るって分かったじゃないか!」

 

 手で顔を押さえて哄笑(こうしょう)した後、大仰な身振り手振りで私の事を(なじ)る兄さん。

 それとは対照的に、鈍器を持ったまま棒立ちで静かに兄さんの傍らに控える──────サーヴァント。

 

 何も出来ない。

 私は、何も出来ない。

 

「くっ、ふぅ…どうしたんだ?喋っていいんだぜ?ほらもっと笑いを獲れよ、何とか言ってみろよ桜ぁっ!!」

「………何を、してるん、ですか…兄さん」

 

 やっとの思いで絞り出した声は、まるで凍えた様に、これでもかと震えていた。

 兄さんの嘲笑がより深くなる。

 

「はぁ?何してるだって?聖杯戦争だよ。こうしてサーヴァントを連れてるんだ、それくらい解るだろ?馬鹿かお前」

 

 聖杯戦争、サーヴァント。

 何で知っているの。

 その単語の意味が解っているの?

 何でっ、貴方が()()()()にいるのっ!!

 

「そうじゃなくてっ、何で兄さんが聖杯戦争に参加しているのかって事ですっ」

 

 生唾を飲み込んで無理矢理呼吸を促した喉で必死に問い掛ける。

 そんな私の問いに兄さんは更に口角を上げた。

 最早ニヤケ面とかそんなものじゃない、口裂け女呼ばわりされても文句は言えない程の吊り上がり方。

 

 

「何で…?…くぅ、ぐ、ふ、なぁんでぇ!?はぁーーはっははははっ!!!当然じゃないか!始まりの御三家に名を連ねる間桐の後継者だぞ僕は!!その僕が聖杯戦争に参加して何がおかしい!?」

「は?」

 

 自分でも吃驚(びっくり)するくらい低い声が漏れた。

 この状況の意味不明さに対する困惑や怖気が急激に冷えて、それらとは別種の熱が一気に上がってくるのを感じる。

 諸々の疑問は既にどうでもよくなっていた。

 いやよくはない、よくはないけど!物事には優先順位がある!

 そんな事を言われて黙っている訳にはいかないんだ!

 

「っ、ふざ、巫山戯ないでください!間桐の当主は私です!貴方を後継者にした覚えはありません!」

「…はぁ?」

 

 

 急に静かになった。

 私の言葉を聞いた兄さんの口角が下がり、それとほぼ同時に今まで昂りに昂りまくっていた兄さんの気勢が一気に鎮まる。

 まるで嵐の前の静けさの如く───

 

 

「ふっ   っ   ず ぁ けんな ああっ   !!!!!」

 

 

 ───。

 爆発した。

 兄さんが、爆発した。

 勿論比喩だけど、これは、比喩じゃない。

 

「巫山戯んな…巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んなぁっ!!!それは全部此方の台詞なんだよぉ!!」

 

 アスファルトを踏み砕かんばかりの勢いで地団駄を踏みながら兄さんが吼えた。

 見たまんま、獣の咆哮と云った感じに。

 

「桜ぁ…!お前ぇ、舐めやがって…!何様のつもりだぁ!!何時までも人の事見下してんじゃねえぞ!!遠坂から間桐に売られて来た不要品の分際で…!貴方を後継者にした覚えはないぃぃ!?」

 

 何時もの三倍は激しい癇癪、確たる憎悪に染まった双眸が私のそれに合わさる。

 

「あ゛あ゛あ゛!!本当に…本当になぁ!どれもこれも全部僕の台詞で僕の役目なんだよ!何でお前なんかがっ、妹なら妹らしく(目上)に従ってろよ糞が!!」

 

 そこまで言って漸く兄さんの怒号は治まった、明らかに一時的なものだけれど。

 額に汗を浮かべながら肩で息をしている、何れ程のアドレナリンが分泌されればここまで激しい様相に成り果てるのか。

 

 兄さんは明らかに正気じゃない、それはもう一目瞭然でした。

 ほんとこれ、ちょっと、一体全体何があったって云うんですか。

 ライダーといい兄さんといい、本日は暴走'sデイなのか。

 

「ああ…はは、まあいいさ。こんな(まか)り間違った事今日で終わらせてやるんだからな」

 

 幾分か落ち着いた兄さんはそう言うと手に持った本───明らかに魔導書の類いを開く。

 魔力の奔流でパラパラとページが何枚も捲れ、溢れた魔光が兄さんの顔の影を濃くする。

 それに合わせてサーヴァントが鈍器を持つ手に力を込めたのが判った───不味い、来る。

 

「さあ聖杯戦争だ、殺し合おうぜ桜。どっちが真に魔道を受け継ぐに相応しいか決めようじゃないか」

「っ!兄さん待っ───」

「やれぇバーサーカー!!」

 

 此方の返答を待たずして兄さんが己のサーヴァント(使い魔)に命令を下した。

 バーサーカー(狂戦士)が唸り声を上げて突っ込んで来る。

 

 

「ウウウウアッ!」

 

 先端がほぼ完全に球形のメイスを両手で振り上げて向かってくる、白いドレスの少女。

 その敏捷値はD、ライダーのそれに比べれば遥かに良心的なスピードですが、そんなものは何の慰めにもならない。

 そもそも人間とサーヴァントでは立っている次元自体が違うんだ、縦えランクが最低値(E)だとしても常人の数倍は軽く超していると思った方が…いや、それでもまだ甘いくらい。

 兎に角正攻法では防御も回避も(まま)ならない、ならば当然用いるのは魔術(変化球)────!

 

 

Tod Studenten(声は静かに) , Mein Schatten(私の影は) , Rtype(回り巡り) , Fangen(捕らえられた) ,

Unter Räumlich der Regel(  世界を覆う  )

「!ギィ」

 

 ───よしっ、(しの)いだ!

 

 私が修めている魔術の中で最も使い勝手の良いものの一つ、自身の影を実体化させて自由自在に操る魔術。

 それによって足下の影、及び()()()()()等の()()()()()()()()を多分に放出した。

 硬度を調節して粘性のそれに近いものとした影をバーサーカーの武器と五体に覆い被して勢いを殺し、私の前方2メートル程の位置に檻状、網状にした影を配置、旋回させて弾く様に、受け流す様にバーサーカーの攻撃を()なした。

 

 人間()じゃサーヴァントに勝てないなんて事は重々承知の上です、それこそ先刻、先輩に対しサーヴァントの強大さについて講釈を垂れたのは私なのだから。

 でも戦において想定外の事態に直面するのはざらだという事も分かっているつもりです。

 例えば今のこの状況の様に、サーヴァントとタイマンを張らざるを得なくなるとか。

 

 だからこそ想像力の及ぶ限り対策は怠らなかった。

 今やって見せたこれもその一つ。

 自分より速く動けて、尚且つ一撃で命を奪い去る存在の攻撃を(かわ)す方法の用意、練習。

 生半可な覚悟(おもい)で聖杯戦争に参加した気は全く無い。

 

 一先ず首は繋がった、まだ敵が此方の守備を崩せていない今の内に此処から離脱する準備を───

 

 

「ヴイイイイイ!!」

「!?ぅえな、ちょっ」

 

 ───とか思ったのも束の間、バーサーカーに纏わり付かせていた私の影が瞬時に消されてしまった。

 

 いや違う、消されたんじゃない。

 間桐の私には解る。

 これは吸収だ!

 

 ライダーとは系統が異なっているっぽいが、この女の子も相手の魔力で自身を強化するタイプ!

 

Anfang(セット)!」

「ア゛ッ!」

 

 

 

 喰らった。

 跳ぶ。

 転がる。

 

 転がりながら体を捻って即座に立ち上がる。

 セーフだ、殴られたお腹が若干痛むが骨は折れてないっぽい。

 

 咄嗟に一小節の魔術障壁を展開して防御、同時に後ろに跳んで衝撃を可能な限り殺した。

 生半可な魔力量ではまた吸収されて無効化される可能性が有った為、我武者羅に魔力を弾き出した甲斐があった、一小節の簡易な障壁で防げるかは賭けだったけど十二分の結果を手繰り寄せる事が出来た。

 

「ぁぁ…畜生」

 

 自然と悪態が漏れた、先輩の前では万が一にも口に出さない様な汚い言葉。

 でも自分に向けた罵倒ならこれくらいが妥当だろう。

 対魔力のスキルを持たないバーサーカークラスだからと油断した。

 一体何回目だ、いい加減学習してよ、サーヴァントの凄さはとっくに身に染みている筈でしょうに。

 この痛みは授業料ならぬ補習料だ、今みたいなラッキー、十回の内に一回あるかないか、偶々その一回が最初に来ただけです。

 こんな幸運はもう二度と来ない、運命の女神様の最終通告だと思え、気を確り持つんだ。

 

 

「ふ、ははは!どうだ思い知ったか!これが僕の、正統なる間桐の力さ!」

 

 受けるばかりで攻めない私に気を良くしたのでしょう、再び大口を開けての哄笑。

 お腹は痛いし、見当違いも(はなは)だしい言葉に言い返すのも億劫だ。

 お腹を押さえて苦し気な表情になっているのだろう私を見て兄さんの舌は更に滑りを増していく。

 

「全く以て不様だなぁ桜。碌に戦いにもなってないじゃあないか。力も足りなきゃ頭も足りてないよ、()()も持たずに手ぶらで出歩くなんて、戦いってもんをまるで分かっちゃいない」

 

 ───そしてポロリと。

 聞き逃せない情報を御丁寧に寄越してくれた。

 チャンスだ、今の兄さんは油断し切っている、このまま問答を続ければ情報を引き出せるかも。

 

「…何故、私とサーヴァントが別行動を取っている事を知っているんですか?」

「はっ、お前のと違って僕の()()は優秀……いや、いいや!迂闊なお前と違って僕は用意周到なのさ!情報収集は常に怠っていないだけの話だよ。こんな事魔術師にとっては基礎の基礎さ!」

「じゃあ、私が今こうなっている理由も把握出来てるんですよね?」

「当たり前だろう?()()()サーヴァントに不意討ちを喰らってズタボロになりながら逃げたって()()()()けど?」

「……はい?」

「はっ、妹が馬鹿なら姉の方は屑だね。元とは云え血を分けた実の姉妹を問答無用で殺そうとするんだから。癪だけど桜、お前ウチに貰われて正解だったと思うよ?彼奴(あいつ)と家族続けてたら何時捨て駒にされてたか分かったもんじゃない」

 

 後半、兄さんの言葉は殆んど頭に入ってこなかった。

 

 私達を不意討ちしたのは、姉さん?

 

 

 じゃあ。

 じゃあ。

 先輩を殺したのは、姉さん?

 私が死にかけたのも、姉さんのせい?

 

 姉さんが…?

 姉さんに、え、いや……姉さん、の…?

 姉、さん、姉さん、に、ぃ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だっ!!!!!!」

 

 嘘だっ!!!!!!

 

「ふ、ふざ、巫山戯るのも大概に…!いい加減にしてくださいよ兄さん!!そんな事ある訳ないじゃないですかっ!!そんな、テキトーで、あの人の、デタラメを!」

 

 自分でも支離滅裂な言葉を口走っていると判る。

 信じられない。

 信じられるかそんな事!

 

「…何だよ。何自分の事殺しかけた奴の事庇ってんだよ!意味分かんねーし!そんなに遠坂の事が好きなのかよ畜生!」

「好きに決まってるじゃないですかっ!!姉さんは、あの人は何時だって格好良くて、凄くて!私の憧れ(ヒーロー)なの!姉さんがあんな酷い事する筈ない!」

「馬鹿が!魔術師なんてどいつも屑だろうが!妹だからって殺されないとか考え方が甘過ぎるんだよぉ!」

「違います!」

 

 違わない。

 本当は違わないけど、確かに姉妹だからって考えも半分くらいあるけど、それだけじゃない。

 

「姉さんは誇り高い人なんです。あんな軽々しく無抵抗な相手を殺すなんて、そんな、詰まらなくて、小さい事絶対しません!!」

 

 

 確かに魔術師は皆外道です。

 死の側に自らを置き、人の道を外れた()()です。

 必要なら他者の命を奪うどころか、いざとなれば自分の魂だって研究材料として消費する求道者(キチガイ)達。

 必要なら殺す、私だってそうする。

 きっと姉さんだって。

 

 でも求道者と殺人鬼は違う。

 だからこそ無駄で無意味な事はしない。

 根源という途方もない地平線のそのまた向こうを目指す私達に道草を食っている様な暇は無い。

 

 不必要な事はしない。

 あんな終わらせ方をするのなら、そもそも姉さんは聖杯戦争に参加しなかった筈だ。

 

 だから!

 

「だから!姉さんを悪く言わないでください!」

「……~~~っ!」

 

 

 こんなに大声を出したのは何時ぶりだろう。

 いや、1時間くらい前にライダーに対して思いっきり怒鳴ったっけ、思い出したら凹んだ。

 肺が酸素を求めて過呼吸を促す。

 キツイ、色々と。

 キツイ。

 本当に、ああ、もう、色々とエグイ。

 

 ライダーと喧嘩して、兄さんに訳の分からない事をされて、姉さんの事を酷く言われて──────先輩が死んで。

 

 十数分前の、先輩の屋敷で固めた決意は揺らがない。

 揺らがないけど、もう心身共にボコボコのボロボロで。

 人生には幸福と不幸が平等に存在すると何処かで聞いた事がある気がするけれど、だったらこれは今までの人生が()()()()()()()ツケなのか。

 魔術の基本は等価交換、与えられてきた分を返せと云うのなら文句はありませんけど、せめてタイミングは選ばせて欲しい、こんな一遍(いっぺん)に取り立てられたら素寒貧です。

 

 

「…だから何?お前のシスコンっぷりとか、そもそも本当に遠坂がやったのかとか、今はそんなのどうでもいいんですけど!!?」

 

 そんな私の内心の泣き言は当然通じず。

 憤りで声を震わせながら再び兄さんは吼える。

 

「今重要なのはこの状況そのものだろうが!お前を追い詰めてるのは僕だ!確り目の前の相手をっ、僕の事を見ろよ!此処に居ない奴の事なんか気にしてないでさあ!!」

 

 (うるさ)い、姉さんの話を悪く振ったのはそっちのくせに、問答無用で襲い掛かって来たのはそっちのくせに。

 

「ほらっ、命乞いでもしてみろよ!額を確り地面に(こす)り付けてさ!殺さないでください、サーヴァントが来るまで待ってくださいって!僕も本当はサーヴァント同士の戦いが観たいんだよ。こうやってお前が一人の時を狙ったのも適当に甚振(いたぶ)ってやりたかっただけさ。本来ならこんな事するまでもないんだからな!」

「─────」

 

 

 こんの。

 

 

「笑わせないでください」

「な、に」

「さっきから一体何を(はしゃ)いでるんですか兄さん。魔術は、聖杯戦争は遊びじゃないんです。相手を甚振ってる暇があるなら、投降を促す暇があるなら!その時間をもっと有意義に、効率的に使いなさい!そんな甘ったれた認識で背負える程魔術の家門は軽くないんです!」

 

 覚悟なんてものは微塵も(いだ)いて来てはいないんだろう、矮小さが透けて見えて呆れや面倒臭さが私の感情の大半を占め始める。

 アマチュアがプロの試合に乱入しても失笑を買うだけなのに、これだからプライドだけが肥大化した人種は疲れる。

 目を合わせていれば判るでしょう兄さん、私が貴方を歯牙にも掛けていないって。

 

 だって家族なんですから。

 

「……~~っ!そうかよ、分かったよ!ならお望み通りに殺してやる!サーヴァントも居ないくせに調子に乗りやがって!潰れてから後悔しろ!」

 

 戦況としては圧倒的に優位に立っている筈なのに、やたら切羽詰まった表情で殺意を露にする兄さん。

 

 でももう遅い、離脱の準備はさっきまでの会話の最中に、とっくに終わらせている。

 

 間桐に貰われてからこれまでの人生、兄さんには決して魔術の世界に足を踏み入れさせなかったどころかそれらの存在を知られる様なミスも犯さなかった、秘匿は完璧だった筈だ。

 それなのに、現に兄さんはサーヴァントを連れて、聖杯戦争のマスターとして此処に居る、仮にも家族である私に対しての憎悪と害意を振り撒いて。

 その辺りの事情を詳しく聞き出しておきたかったけど、姉さんの事を持ち出されてもうアウトだった。

 半分以上自分の失策だけどやってしまったのだから仕方無い、とっとと逃げさせて貰おう。

 兄さんなんかに構っている暇は無い、早くライダーの下へ行かなくちゃ。

 

「行けバーサーカー!四肢だ!動けなくしてから引き裂いてやれ!」

 

 兄さんの物騒な指示を聞き流しつつ呪文を唱え───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の妹に」

「───え」

 

 

 

 ───聞きなれた声。

 

 

 

「ぬ ぁにして くれてんのよっっ!!!!」

「は、ぶぁはあっ!?」

 

 

 

 視界に飛び込んでくるのは紅い衣、舞い乱れる(ふた)つの黒髪。

 

 突然の乱入者、正体なんて判りきってる。

 

 

 我が愛しの姉であるところの遠坂凛姉さんが助走を付けた全力パンチを兄さんの横っ面に突き刺していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きに決まってるじゃないですかっ!!姉さんは、あの人は何時だって格好良くて、凄くて!私の憧れ(ヒーロー)なの!姉さんがあんな酷い事する筈ない!」

 

 

 

 遠くからそんな叫びが聞こえた。

 内容を理解した瞬間、一周回って吐きそうになるくらいの、深く熱い高揚感が全身を満たして。

 同時に彼女の期待を悉く裏切ってしまっている自分に対する嫌悪感がぐあっと燃え上がった。

 

 桜の声だと気付いた衛宮君がキャスターに声のした方に向かおうと指示を出す。

 それに頷いたキャスターに相変わらずお姫様抱っこされたまま私も付き従う事に。

 

 うぼあー、私も行かなきゃいけないのかー。

 こんなズタボロの負け犬同然の醜態を桜に見せる羽目になるのかー。

 心中で盛大に項垂れるが当然二人には通じないっつーか仮に通じたとしてもじゃあ行くの止めましょうとは絶対ならないだろう、んな馬鹿な事を言っていられる様な段階はとっくに過ぎている。

 せめてもの抵抗として両手で顔を覆うが、視界を断つ寸前キャスターと目が合う。

 全くしょうがないなぁ、と云った感じの苦笑を返された、いっそ殺せ。

 そんなこんなで(二人が)走る事数十秒、桜の声が大分クリアに聞こえる距離に差し掛かったと同時に桜以外の誰かの声も聞こえてきて。

 

 慎二?

 何で?

 魔術師じゃない彼奴が聖杯戦争開催中の夜の街(この期間のこの時間帯のこの場所)に桜と一緒に居る理由が分からない。

 疑問解消に努める為、手を退()けて視界を回復させる。

 

 

 私達の10メートル程先の道路で向き合う二人。

 体のあちこちに火傷の様なものを創った状態で、ボロボロの薄着一枚を纏いながら立ち尽くしている桜。

 そんな桜に対してサーヴァントをけしかける慎二(糞野郎)

 

 

 

 脊髄反射だった。

 

 私を抱えるキャスターの肩に手を、腹に足を掛けて半ば踏み台とし己を前方に吹っ飛ばす。

 ライダーの結界を抜けた事で気休め程度だが楽になった体に鞭を入れて無理矢理魔力を捻出する。

 流動の魔術を下半身のみにかける、受け身とかは考えない、顔から盛大に地面に突っ込む覚悟で只管加速だけに集中した。

 拳を引く、照準は此方に気付かず棒立ちしているボケナスならぬボケワカメの横っ面。

 

 

「人の妹に」

 

 

 取り敢えず死ねコラ。

 

 

「ぬ ぁにして くれてんのよっっ!!!!」

「は、ぶぁはあっ!?」

 

 

 決まった。

 会心の一撃、クリティカルヒット。

 間抜けな声と云うか音を漏らしながら盛大にぶっ飛ぶ馬鹿。

 ザマーミロ、()を傷付ける奴は私に処刑されるって宇宙誕生以前から法律で定められてんのよ。

 

 

「っ!アアアアッ!」

「!姉さん!」

「遠坂!」

 

 突然の狼藉者から(マスター)を守ろうと桜に向かっていたサーヴァントの少女が(きびす)を返して此方に跳んで来た。

 ある意味では狙い通りだ、9割方衝動的特攻だったけど、敵の注意を桜から私に移せたらという考えもちょこっとあって。

 成功したのはいいけど問題は防御の手段が皆無という事ね、とっくに限界を超えて衰弱しきっていた肉体から無理矢理魔力を絞り出したせいで、再び指一本動かせない状態になってしまった。

 駆け抜けた勢いのまま体が前のめりになり、足が縺れる。

 顔からすっ転ぶのとサーヴァントにぶん殴られるの、どっちの方がマシかな、なーんてぼんやりと考えて。

 

「おっと!」

「ィイイ!」

 

 結果的にどちらも味わう事は無かった。

 私を追い越して前に出たキャスターが桃色に輝く魔力障壁で敵サーヴァントの鈍器(ハンマー)を受け止めてくれた。

 少し遅れて地面に倒れそうになった私の体も実体化させた影でふわりと優しく受け止めてくれた。

 全く、ほんの数十分で一体どれだけの借りを作っちゃってるんだか、安堵と自嘲で思わず苦笑が漏れる。

 

「姉さん!大丈夫ですか!?」

 

 魔術と鈍器で撃ち合うサーヴァント二人の横を素早く抜けて桜が私の下にやって来る、桜に抱き抱えられると同時に影の実体化が解けた。

 

 ─────違和感を覚えた。

 あれ、今の影の魔術は、キャスターがやったものじゃ、ない?

 

「っ、そんな、何で、こんなに魔力が欠乏して…っていうか、嘘、何で……先、輩」

「桜っ、良かった無事…じゃないけど生きてたんだな」

「先輩……せんぱい」

 

 駆け寄って来た衛宮君を見て呆然と、次いでくしゃりと顔を歪めて目に涙を溜める。

 

「さ、桜!?」

此方(こっち)のっ、台詞でず…!わ゛だ、私、先輩が、死んじゃったと思って…悲しくて…苦しくて…う゛、ううううう」

「…ごめん、心配かけた」

 

 ボロボロと溢れる(たま)の様な涙が抱き抱えられている私の胸に落ちてくる、衛宮君は桜に視線の高さを合わせるべくしゃがみこむと申し訳なさそうに謝ってその俯く頭を撫でた。

 

 私を心配してくれて、衛宮君の無事に安堵している───演技なんかじゃあ、断じてない。

 衛宮君の言った通り、そしてライダーの自白通りだった様だ、先の襲撃は桜の意思とは関係無いライダーの独断専行だったって訳ね。

 その事に安堵と嬉しさが湧く反面、後ろめたさがヤバイ、ライダーの暴走の原因はほぼ間違いなく私のうっかりカリバーだから。

 取り敢えず状況が落ち着いたら正直に謝ろう、最愛の妹に対してこんな罪悪感を抱えていたら胃に穴が空く日はそう遠くない。

 

「せんぱい…せんぱいぃぃ…」

「…さ、くら……」

 

 泣き続ける桜の目元を全身全霊を懸けて動かした手で拭う、それで漸く私の方を向いてくれた。

 

「っ、ねえ、さん」

「泣くのは、後……私はいいから、今は、貴女に出来る事を───」

「おわあぁ!?ちょ、何ですかこの人!魔力根刮ぎ吸い取られるんですけど!?」

 

 何時までも私を抱えて離そうとしない桜に行動を促そうとしたのも束の間、キャスターのテンパった悲鳴が聞こえた。

 それとほぼ同時に鈍い打撃音。

 

「どぅが、ぁは!」

 

 生々しく潰れた、いや、()ねた嗚咽を吐いてキャスターが私達の直ぐ近くまで跳び転がってきた。

 魔力を吸収(魔術を無効化)された事により、まともな防御が出来ず殴り飛ばされたんだ。

 ライダーといい、今回のサーヴァントはそんなんばっかか、魔術師泣かせもいいところね。

 

「キャスター!」

「ぐ…大丈夫です、まだ、もうちょっといけまs」

「ハアアアア!」

「っ!ぬ、あああっ!!」

 

 衛宮君(マスター)への強がりを言う(ひま)も与えない敵の猛襲、それをキャスターは何と素手で、身一つで迎え撃った。

 魔力を吸い取られるだけの魔術攻撃より素手の方がマシという判断なのでしょうけど、幾らなんでも無茶が過ぎる!あんたライダー戦でとっくにボロボロじゃないのよ!

 

「あ゛あ゛!」

「ム゛ア゛ン!」

「ッッッ!?ぎ、い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 再び鈍い打撃音。

 敢えて土手っ腹で敵の鈍器を受け止めて抱え込む()()()()()()、そんなキャスターの判断を嘲笑うかの様に鈍器(メイス)から雷電が迸った。

 

「キャスタアアアッ!!」

「キャスターさん!!」

「…っ!」

 

 悲痛な絶叫を上げるキャスター、衛宮君と桜も叫び声を上げる。

 私はそれすら出来ない。

 畜生……~~~っっっ!!!嗚呼っ、クソッ!こんなにも自分に腹が立つなんて初めてだっ、こんな、こんな、援護すら出来ず寝てるだけなんて!

 

 狂おしい程の悔しさと怒りでおかしくなりそうな中、キャスターが振り向いて此方を見た。

 明らかに痛みを(こら)えた、歪な笑顔。

 そしてウインクを一つ。

 

 ────────だからっ、止めてってば。

 泣きたくなる。

 

 

「───宜しいんですか?此方にばかり気を取られて」

「───っ!!」

 

 如何にもと云った感じで悪どく笑いながらそう言ったキャスターは掌を敵サーヴァントの後ろに───道の端でフラフラともがいている慎二に向けた。

 実に分かりやすい演出に当然相手は察する。

 察した以上は攻撃を中断してマスターの下まで下がるしかなかった。

 流石魔術師(キャスター)、巧い。

 

「キャスター…!」

「へ、へへ…これくらい、へっちゃらですよ。私を殺したいなら今の万倍は持って来いって感じです」

 

 服が所々焦げ、肩から煙を出しながらもそう言ってのけるキャスター。

 本当に、この娘は強い。

 

 暫くサーヴァント二人が睨み合う中、やっと慎二が立ち上がった。

 明らかに私の鉄拳のダメージが残ってる、フラフラだ。

 中途半端にタフな奴め、すぱっと気絶してた方がよっぽど楽でしょうに。

 

 

「……っ!ぅ、ぁ、くそ…!遠坂お前ぇ…!」

 

 迫力の欠片も無い弱々しい眼差しで必死に睨みつけてくる、声はいまいち出ないので中指を立ててやった。

 

「っ!くそ、くそっ!おいバーサーカー!何もたもたしてるんだ、さっさとあいつらを殺せ!」

 

 他ならぬ自分が居るせいで自身のサーヴァントが自由に動けないという事も解らないのか。

 何で彼奴がサーヴァントなんて連れてるのかは知らないが、衛宮君以上に無能なマスターなのは間違いなさそうね。

 

「慎二…」

 

 消え入りそうな声で慎二の名前を呼ぶ衛宮君。

 その表情は警戒心と哀感の()い交ぜになった切ないもので、眉根が小刻みに震えていた。

 

「な、んだよ衛宮…はっ、お前のサーヴァント、キャスターだったか?まるでボロ雑巾じゃないか!三流魔術師のくせに調子に乗るからさ。これは()()なんだ、半端者は引っ込んでろよ!」

 

 尚も口汚く相手を罵る事を止めない慎二。

 そんな兄の、友の姿を見て、二人の顔に浮かぶのは同情以外の何ものでもなかった。

 

 あーくそ、体が動けばボッコボコのグッチャグチャにしてやるってのに。

 

 

「やれバーサーカー!宝具だ、宝具を使え!彼奴等に()()力を見せ付けてやれ!」

「っ、ウ、ウウウアアアッ!」

 

 そう言った慎二の持つ魔導書から紫電が迸り、それに合わせてバーサーカーの魔力も徐々に昂っていく。

 この馬鹿、人払いの結界も張ってないってのに、見るからに派手なやつをぶっ放そうとしてる!

 

「姉さん…!」

 

 私を抱える桜が体の向きを変えて私を庇う体勢になる。

 あーもう、何やってるのよ馬鹿、私の事はいいからさっさと逃げるべきでしょ。

 

 でも一番馬鹿なのは、桜が庇ってくれているという事実に心底嬉しくなってしまっている自分だ。

 

 嗚呼、我ながら、シスコン此処に極まれり。

 

 

「っ、仕方ありませんね。マスター、此方も宝具で迎撃します。もしもの時は令呪二画目の使用も覚悟してください」

「あ、ああ、分かった。頼むキャスター」

 

 キャスターが前に出る。

 完全に撃ち合い、純粋な力比べの構図になってしまった、二騎の魔力が暴力的な迄に膨らみ続ける。

 もう腹を括るしかないのか。

 

 

 

 

 

 ストン、と。

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 いよいよ爆発する、と云った感じになる寸前、キャスターとバーサーカーを結んだ対角線上、丁度その中間辺りに、黒い影が降って来た。

 漆黒の外套、そこから僅かに覗く褐色の肌、そして其れ等とは真逆の純白な髑髏を模した仮面。

 

 

 暗殺者(アサシン)──────!

 

 何故、此処に。

 

 

「───慎二様、お退きください。これ以上の戦闘は危険かと」

 

 慎二様。

 低く澄んだ、寧静(ねいせい)の声色。

 しっとりと濡れたそれは確かに今そう言った。

 

「な、何でだよ!?もうちょっとで勝てるだろうが!今から宝具で彼奴等を殺して───」

「敵の宝具の効果はまだ未知数です。今暫く情報収集に徹してからでも遅くはありません」

「知るかそんな事!どう見たって弱り切ってるだろうが!此処でやらずに何時やるって───」

「我がマスターは今此処で全てを決する事を望んでおりません」

「~~~っ!!」

「ご理解ください」

「………ちっ!バーサーカー!もういい、終わりだ!」

「────……イイィィ」

 

 数秒、これでもかと歯を食い縛っていた慎二だが、魔導書を乱暴に閉じると己のサーヴァントにそう指図した。

 バーサーカーもそれに大人しく従い放電を収めた。

 慎二は背を向けながらも目線だけは此方に残して勝ち誇った様な、それでいて忌々しげに表情を歪めて捨て台詞を吐いていく。

 

「おいっ、お前ら…今回だけは見逃してやるからなぁ、首洗って待ってろよ!」

 

 それだけ言って走り去る慎二、付き従うバーサーカー。

 残されたのは、アサシンのみ。

 安堵感と緊張感が絶妙に混じり合った空気が流れる。

 

 

 

「何故、貴女のマスターはあんな三流以下の人と組んでいるのですか?」

 

 暫くしてキャスターが口を開く。

 上手い具合いの質問内容だと思った。

 マスターは誰だとか、何が狙いだとか、そういうストレートで黙殺されそうなものよりは相手が口を滑らせそうな切り口。

 

「……」

 

 

 でもアサシンは一言も発する事無く。

 数瞬の後跳び去ってしまった。

 

 

「…何だってんですかもう」

 

 大きく息を吐いたキャスターのぼやきは、きっと私達全員の心情を代弁していた。




はい、という事で大変長らくお待たせいたしました。各話の投稿日時を見ていただければお分かりになると思いますが私の執筆モチベーションは異常に浮き沈みが激しいです。今回は一週間程で書き上げたのですがこのペースも何時まで保つ事やら。


皆さんお待ちかねのワカメ!ワカメでございます!今回は顔見せで終わりましたがきっと彼はこれからが本番だぜ!

フランちゃんのガルバニズムって何気にキャスタークラス相手には鬼畜使用だと思う。実体の無い魔力って解釈次第では大分有効範囲広いよね。

とっくにご存知でしょうが、この作品の遠坂姉妹はお互いの好感度カンストブッチギリです。もっとだ…もっとイチャイチャしろ…!

ワカメを唆したのは一体誰なのか、まぁ消去法で考えれば答えは明白…つーか10話の後書きに書いてあったわ()


さて、そんなこんなで幕間ではなく本編でした。
無事合流できたマスター陣、あとはセイバーとライダーの回収作業だ。
んでもってその後は消耗した凛ちゃんに桜ちゃんが魔力供給だオラァッ!!!!!

あ~濃厚な姉妹百合が書きたいんじゃ~





P.S
一昨日ようやっとHF二章観てこれました。死ぬかと思いました。細かい感想はその内活動報告にあげます。


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19話 独り善がりの堕とし方

今回作者の性癖丸出しで草ぁっ!!!

取り敢えず文句・批判は読了後に感想でお願いします(巧妙な催促)


 バキンッ、と。

 鎧が砕ける音。

 

 パタタッ、と。

 鮮血が地面に落ちる音。

 

 ズシャリ、と。

 人が派手に倒れ()した音。

 

 

 ジャングルジムの如く全方位へ立体的に張り巡らした鎖を足場とし、スピードを保つどころかどんどん加速して縦横無尽に跳び回るライダー。

 そんな彼女にあらゆる方向から激しく攻め立てられていたセイバーは、遂にその背中を土で汚す事になった。

 

 右斜め上から流星の様にダイブして来たライダーの杭剣で鎧ごと肩を深く抉られ、勢いに圧されて地面に倒される。

 すかさず跳ね返って来たライダーが空中で車輪の如く縦回転し、運動エネルギー( 破壊力 )を増した踵落としでセイバーの頭を潰そうと襲来。

 当然黙って死を受け入れる程セイバーは大人しくも腑抜けでもない、直ぐ様五体を跳ね起こして離脱する。

 

 

 クレーターが出来た。

 

 怪力のスキルを惜しみ無く使用した踵落としは、今の今までセイバーが横たわっていた場所に巨大な穴を形成した。

 ライダーが身に秘める魔力の余剰波で一瞬閃光を伴ったその一撃は本当に流星が降って来たかの如く。

 

 セイバーは再び両足で(しか)と立ち上がり剣を正眼に構える。

 必殺の一撃を躱されたライダーはゆらりと立ち上がってその対面へ。

 訪れる静寂、攻防が激しくなるにつれて段々と無口になっていった二人、先程までの激しい戦闘音が止んだ今この場に発生する音は皆無だった。

 

 いや。

 僅かにだが、確かな、無視出来ない音がある。

 

 セイバーの呼吸音だ。

 その吐息は平時の澄んだものとは違う、フルマラソンの後のそれより尚荒く、余裕の欠片も無いもの。

 

 マスターである凛の魔力の枯渇、範囲内の者の魔力を奪い取るライダーの結界型宝具、全てのステータスを1ランク低下させる石化の魔眼、昨夜ランサーに心臓(炉心)を破壊された事による出力の低下、十数分前ライダーに貫かれた腹部の重傷。

 泣きっ面に蜂どころではない、最早現界を保てている事すら奇跡と云える程にセイバーは打ちのめされ、ステータスは本来のそれと比べ低下し切っていた。

 対しライダーはセイバーを含めた四人から奪い取った潤沢な魔力で己を強化した絶好調状態、カタログ上のパラメーターのみならヘラクレス(アーチャー)に届きかねない勢いだ。

 既に大勢は決している、ここから更に時間が経つ毎にセイバーは不利に、ライダーは有利になっていく。

 この戦況を覆すにはセイバーに対して有利に働く何等かの外的要因が必要不可欠だが、ライダーの結界に囚われている以上期待は薄いどころか皆無、そもそも自分と自分のマスター以外は全員敵の戦争(サバイバル)において一体誰が助けに来ると云うのか。

 

 結論、セイバーはとっくに詰んでいた。

 

 ライダーはそんなセイバーの有り様を冷ややかに、酷薄に見据える。

 四方八方から短剣で斬り裂き、突き刺し、鎖で打ち払い、削ぎ落とし、四肢で殴り付け、蹴り付けた。

 ありとあらゆる悪条件に押さえ付けられたセイバーは直感(レーダー)が其れ等に反応しても体がついていかず防御も迎撃も出来ない為体(ていたらく)、辛うじて急所は外すが完全に躱す事は叶わず浅い傷を負ってしまう、直ぐ様目で追うも加速し続けるライダーを視界に収める事すら困難、そうして次の瞬間に来ると察した攻撃をギリギリで去なす…そんな無限ループから脱する事が出来なかったセイバーは最早傷を負っていない場所を見付ける方が難しい程の満身創痍、完全に生殺し状態だった。

 この戦闘を()()()()と称し、出来る限りセイバー達を痛め付ける事を望んでいたライダーはそんな状況を善しとし、(わざ)()()を長引かせた。

 遊んでいると云っていいライダーのスタイルだったが相手に付け入る隙は一切与えず、連撃の一瞬の間に鎖の範囲外から逃れようと駆けるセイバーに瞬時に追い付いて蹴り飛ばし、再び中心に戻すというこれでもかと云う程の厭らしさ。

 

 

 そんな絶望の中にあってセイバーの瞳は────死んでいなかった。

 額を斬られた事による顔全体を紅く染め上げる出血、極度の疲労で重たくなる目蓋、死人の表情に等しいそれ────けれど瞳の中の光だけは消えない。

 それは(すなわ)ちまだ希望を捨てていない───勝てると思っている事の証左だった。

 

 それがライダーは気に食わない。

 

 

 

 だから目を抉ってやる事にした。

 

「っひ───」

 

 お互い完全に停止していたzeroの状況からの、突然の十割。

 コンマ1秒にも満たない一瞬で自分の懐に飛び込んで来たライダーに対し、やはりセイバーは反応()()出来なかった。

 短く上げた声は悲鳴ではなく、脅威を感じた肉体が反射的に身を強張らせた事により肺が縮んで押し出された空気。

 

 眼球に向かって一直線に突き出された釘剣を首を曲げて回避、し切れず頬を斬られた。

 そのまま止まる事無く突進の勢いのままに自身のすぐ横を通り過ぎていくライダーの背に向けてセイバーは剣を振るう───

 

「げっ!?」

 

 ───事は出来なかった。

 突然意識外から何かに思いっきり引っ張られ体のバランスを崩した為だ、それも首を支点としてである。

 

 それはライダーの髪だった。

 

 怪物、メドゥーサの長髪が蛇の如く蠢いてセイバーの首に巻き付き、そのまま駆け抜けるライダーの勢いにセイバーは引っ張られた訳だ。

 碌に踏ん張る事も出来ず潰れた声を上げて再び地面に引き倒されたセイバーはそれでも再度手を突いて即座に起き上がろうとして───それすらも叶わなかった。

 片腕が何かに引っ張られ無理矢理背中の方に捻り上げられている。

 やはりと云うべきか、その正体はライダーの武器である鎖だった。

 

(トリックスターめ!)

 

 十数分前に右腕を折ってやったのだ、使えるのは左腕のみだと云うのに今だ健在のその魔技にセイバーは内心で悪態を吐いた。

 予想外の拘束にとことん翻弄され、最適の行動を取れず藻掻く事となってしまったセイバー。

 そんなセイバー(獲物)が晒した隙はライダー(狩人)にとって充分過ぎるもので。

 俯せに倒れているセイバーの背に()し掛かったライダーは残る片腕も背中に捻り上げ鎖で拘束してしまった。

 

 自分より圧倒的に余力を残している相手に、俯せで倒れている背中に伸し掛かられ、両腕を後ろに拘束され、更には首に凶器を突き付けられている。

 

 正真正銘、今度こそ、完全なるチェックメイトだった。

 

 

 ─────それでもセイバーの瞳は死なない。

 

 ここまで来ると最早怒りや憎悪より呆れの方が勝った、只の小娘の意地っ張りではないかとライダーは鼻を鳴らす。

 

「───改めて問います。命乞いをする気は」

「………無い゛、です」

 

 掠れた声で返すセイバー。

 その如何にも苦し気な様子がライダーの悪意に(まみ)れた嗜虐心に拍車をかける。

 

「愚かな。この期に及んで騎士の誇り…いえ、自らの性分を優先しますか。そこは恥も外聞も捨てて慈悲を乞うべきでしょう。か弱い村娘の様に泣きじゃくって、目尻を下げ、瞳を濡らしながら、ごめんなさい、助けてください、お願いだから殺さないで……ああ、是非とも貴女の口から直接聞いてみたい」

 

 鼓膜が溶けるのではないかと錯覚する程の湿度と粘性を持った声がセイバーの耳元で垂れ流される。

 空気に酔った悪女の淫蕩さをこれでもかと漂わせるライダーにセイバーは変わらぬ様子で返した。

 

「……簡単な話ですよライダー」

「?」

「仮に立場が逆だったなら、貴女は命乞いをしますか?」

「────」

「ね…?しないでしょう…?…メドゥーサ、貴女の性質は中々に悪辣で厄介ですが…根本的な部分で英雄なんです。どんな反英雄もきっとそれは変わらない、縦えどれだけ歪んだモノでも、己の信じる、愛する何かの為に皆戦っている。貴女は無論、私もです」

 

 今正に自分を追い詰めている相手に向けるには剰りに不自然な程穏やかな声色と微笑みを携え、セイバーはそう語る。

 態とらしく看破した真名を口にして。

 

「ここで命乞いをすれば、成る程確かに、相手の気が変わって生き(ながら)える、また戦えるチャンスを万が一にも得る事が出来るかもしれない……でも、それをやってしまったら、もう()()()()()()()()()でしょう?打算を秘めた、本心ではない言葉でも、口にすれば人は揺らぐ。折れた心を癒すには、長い時がかかってしまう。今戦えなければ意味が無い────だから、命乞いは出来ません」

 

 今にも意識が落ちそうな半開きの瞼の奥に光を宿したままセイバーは締め括る。

 

 その光は綺麗だった。

 

 

(また、人の心ですか)

 

 精々話し合っていたのは十数分程度だろうに、存外あの二人から受けた影響は大きい様だ。

 或いは根っ子が元々そういう(たち)で下地があったのかもしれない。

 

 

(ああっ、クソ)

 

 ()()()()()()

 ()()()()()()()()()

 

 お前達が()()()()だから私が()()()()いるんだろうが。

 

 そうやって前向きに頑張れば全て好転するなんて餓鬼の考えだ、周りを見ない者に未来は無い。

 そうやって空気を読まず暴力的な光を放つ英雄(馬鹿)が居るから周囲の影が濃くなる、負債を背負わされる者が居る。

 いい加減にそれを学べ人間共、自分達が見たい所しか見ないから、何時まで経っても進歩出来ない。

 自分に都合の良い考え方しかせず、不都合を無視するから、其処()で止まったまま腐っていく事しか出来ない──────ッッ!!

 

 そんな、説教染みた、()()()()()かの様な己の思考に気付いてライダーは心底反吐が出そうになる。

 そんな考えはいらない、自分は反英雄(怪物)、煩わしいものを殺し、壊し、脅かし、凌辱し、蹂躙する、他ならぬお前達がそう在れと望んだのだから。

 スイッチを再度切り換える、ドロドロとした悪意を容赦も遠慮も無く解き放つ。

 

 責め方を変えよう。

 

 

「───でしたら続きをしましょうか。愉しませてください」

「…!」

 

 チャリ、と鎖の鳴る音を聞いてセイバーは体を強張らせた。

 これ以上痛め付けられたら、出血箇所を増やされたら愈々以(いよいよもっ)(脱落)は必至だろう、結界の効果で全身の血を根刮ぎ奪われて終わりだ。

 だが痛み(刺激)を感じられる内はまだ起きていられる、気を失ったらそれこそ最悪だ、逆に今は相手が直ぐに自分を殺さず追い詰める事に夢中になっているのをラッキーだと思うべきだ。

 兎に角、今は耐えろ────そうポジティブに自分に言い聞かせる。

 

 

 

 だがそんなセイバーを突如として襲ったのは苦痛ではなく──────快楽だった。

 

 

「ぅ     ? んんっ  ???」

 

 ぷつっと、首筋に何かが刺さる。

 弾ける様な小気味の良い音と共に一切の不快感無く何かが私の体に痕を付けた。

 予想と全く違った刺激に精神どころか肉体もまともな反応が出来ず停止する。

 

 そして数瞬の後にその硬直は圧倒的な快感の濁流に呑まれた。

 

 

「ひっ!?ぎ、あっ」

 

 ゾルルルッ、と。

 自分の中から猛烈な勢いで何が吸い出された。

 その際の摩擦の様な感触が神経を焦がし、脳を溶かす。

 気持ちいい、心地好い。

 暴力的で極まったそれのせいで全身の筋肉が硬直と弛緩を小刻みに繰り返す。

 腰の跳ねが止まらない。

 

「らい、だっ……ぁぁぁっ」

 

 吸血。

 直ぐに分かった、ライダーが自分の首に牙を突き立て、より直接的に魔力を奪いに来たのだと。

 そうセイバーは()()()する。

 

「んぅ、ぐっ!ふ、う!!────はぁぁっ!」

「────ぷぁはっ」

 

 歯を食い縛って刺激に耐えようとするセイバー、暫くしてライダーは彼女の首から牙を抜く。

 牙から僅かに血を滴らせながら短く息を吐くライダー、それとは対照的に激しい快感(刺激)から解放された事により緊張が途切れたセイバーは荒い息を繰り返していた。

 

 そんなセイバーの前髪を乱暴に掴んでライダーが上を向かせる。

 

「ぅあ」

「……ふふ、随分と、()()()いますね」

 

 未だ俯せに倒れるセイバーの背中に馬乗りになったままのライダー、故に頭を上向きに引っ張られた事で逆海老反り状にされたセイバーの顔をライダーは斜め上から覗き込む。

 

 その表情は、半開きの瞼から僅かに濡れる目を覗かせ、これまた半開きの唇から溢れる一筋の唾液と熱い吐息、血行が促進した紅い頬と、弛緩し切ったもの。

 

 実に分かりやすく発情した牝の表情だった。

 

 

「良い、実に良いですよ、そういう顔が見たかった───さあもっと啼きなさい」

「う゛う゛!」

 

 再度同じ場所にライダーは牙を突き立てる。

 それと同時にセイバーの喘ぎ声も再生され始めた。

 

 漸くセイバーはライダーの行動目的を正確に把握する。

 彼女は痛みではなく快楽という手段で自分を(なぶ)りに来ているのだと。

 

(性格悪過ぎでしょう!)

 

 そこまでして自分が苦しむ姿が見たいか、弱々しく許しを乞う無様な姿が見たいのか。

 セイバーは一周回って感心する様な呆れる様な何とも云えない気分になる。

 だがこれはある意味本当にチャンスかもしれないとセイバーは思い直す。

 ここまでしてくる以上、私が弱味を見せるまでほぼ絶対に殺そうとはしない筈だ、責め方が苦痛によるものでないならば多少長く体も保つ。

 皮肉にもこの圧倒的に不利な状況が、逆襲の恐れが皆無の現状がライダーの慢心をこれでもかと誘っている。

 大丈夫だ、いける、()()()が終わるまで自分が折れなければ良い話。

 

 そうやって理性で自身が現状やるべき事を定めたセイバーだが。

 

 

「はぁっ、ん、く………んぐっ、ぅ……ああっ、ぃ、ゃぁ、だぁ…!」

 

 肉体(本能)の制御はまるで出来ていなかった。

 いや、そもそも本能とは制御出来ないから本能なのだ、生命の原初にそう在れと刻まれた(かたち)

 仮に人間に第二要素()第三要素(精神)も無かったとしたら、それは植物や機械と変わらない、刻まれた()()()()を実行するだけのモノとなっている。

 本能とはそういうものだ。

 

 だから縦え、嘗てブリテン島を治めた一騎当千、万夫不当の騎士王でも抗える道理は無い。

 

「ん む────    ぇ るぉ」

「ひああっっ!!!」

 

 ライダーが牙を突き立てたまま、舌でセイバーの首の傷口を(ねぶ)った。

 突然の、火傷しそうな程の熱にセイバーは何度目か分からない悲鳴を上げる。

 

 セイバーの反応から味を占めたライダーは積極的に舌で傷口を弄っていく。

 べったりと舌の腹を押し付けてゆっくりと唾液を塗り付ける、舌の先端だけでトントンと叩く、そこから繋げて舌全体を波打たせながら先端で傷口をほじくる様に、小刻みにチロチロペロペロと舐め弄る。

 

 淫靡に過ぎる舌技にセイバーは急速に昂らされていくが、同時に感じる切なさも許容範囲を越えそうで。

 爆発が近い。

 だがそこを越えてしまったら命乞いしてしまうのと結果は同じだ、()()()()()()()()()

 もっと欲しいと浅ましく強請(ねだ)売女(あま)に成り下がってしまう。

 

 力関係の分かり切った、口での抵抗しか選べなかった。

 

「ライ、ライd───んんっ!!ぁ…ぁ…………ライダー、もうっ、ふ、こ、らぁ…!」

 

 余計なものまで吹き出ない様、慎重に懸命に声を抑えて何とかライダーの名前を呼ぶ。

 呼ばれた本人は正に御機嫌と言っていいテンション。

 

「もうっ、もう………や、めなさい…!」

「頼み方が違いますよ」

 

 牙を抜かず刺したままでもごもごとライダーは応える、そんなこそばゆさすらも今のセイバーには(たま)らない。

 

「命乞いはっ、したくないと…!」

「大層な気概ですが、過ぎてしまえば滑稽なだけですよ」

 

 再びライダーは牙を離した。

 そして再びセイバーの前髪を掴んで上を向かせる、今度は先程よりもより上に。

 セイバーが苦し気に、切な気に呻く。

 

「ん、ぅあう」

「ああほら、今の貴女の表情、鏡が在ったら見せてあげたい…いえ、写真に撮って残しておいてあげたいくらい美しい」

 

 ライダーがセイバーの目尻に溜まった雫を舐め取る。

 今は眼帯を外している灰色の双眼がその甘美を感じ取ったのに合わせて愉しそうに細められた。

 

「今の貴女を見て一体誰が貴女の真名をアーサー王等と看破出来るでしょう。娼婦か奴隷という呼び名が実に似合っています」

「ふ、ふ…でしたら、貴女が私の主人とでも言うつもりですか…?」

「まさか────私は反英雄(怪物)です。生け贄に捧げられるのは古来より見た目麗しい美女と相場が決まっているでしょう?」

 

 灰色の瞳、愉悦と悪意に満ちたそれに獣性が混ざる。

 冷たいのに何故か魅力的な熱を伴った魔性の抗い難さ、人を死に誘う蠱惑。

 

「少し前に言ったでしょう?貴女の亡骸を見て絶望に潰されたあの娘をどの様に料理するかが愉しみ、と…単に貴女を殺すだけでは意味が無いのですよ。心の底から恐怖、後悔、諦観に沈んだ貴女達を見せ付ける事で────()()()()()()()()()()()でしょう」

 

 

 桜を魔術の世界から遠ざける、その為に邪魔者を殺し、その死に様を利用する。

 実に反英雄らしい、歪みながらも真っ直ぐな愛の突き通し方。

 

「だからほら、早く諦めてください。魔力の枯渇、全身の傷、出血多量…もう息をする事すら辛いでしょう?助けてと一言懇願するだけでその苦痛の全てが終わるのですよ。ええ、優しく殺してはあげません。じっくり…たっぷりと時間をかけて………()()()()()()()()()()()

 

 一転、先程までの悪意と憎悪を微塵も感じさせない、ぞっとする程優しく艶やかな声色でライダーはセイバーに語りかけた。

 首筋の噛み傷を再び、だが今度は(いと)おし気に舐めながら。

 

 ここまで必死に耐えてきた辛酸の全てが甘露に変質したかの様な、極上の掌返し。

 俗な言い方をすれば、ツンデレ、上げて落とすならぬ、堕として上げる。

 散々痛め付けられた上での、このギャップの前では百戦練磨の勇者でも堕ちようと云うもの。

 

 

 だが。

 

 

「ああ…なら、やはり命乞いは出来ません、ね…私は、騎士(英雄)です、か、ら…貴女を、倒して…(生け贄)を救わなければ」

 

 騎士王は折れない。

 折れていい理由は無いから。

 

 

「……はぁ…思わず溜め息が出てしまいますよ。まぁ別に私は構いませんが。まだまだ愉しめると云うのなら拒む理由はありませんし、ね…?」

 

 艶やかな声色を保ったまま鈴の様に囁いて語尾を鳴らす。

 淫魔の如き雰囲気を一切の惜し気無く振り撒くライダーから再開の気配を感じ取ってセイバーの背筋が僅かに震える。

 

「…ふふ…期待していただけているのなら結構。ええ、お望み通り、確りと御期待に沿える様尽力させていただきますとも」

 

 最早ぞくぞくするという表現ですら安く感じる程の、甘過ぎる囁き。

 耳元でダイレクトに響くそれにセイバーの脳は融け堕ちる寸前────そしてライダーの言う通り再びあの快感を得る事に期待してしまっている本能(自分)が確かに居る事もセイバーにとって辛い責め苦だった。

 

 

「貴女の次は遠坂凛……ご心配無く。貴女同様、きっちりと堕とし切ってから甘く殺して差し上げます。だから遠慮も憂いも無く、私の下で足掻いて───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰を殺すって?ライダー」

 

 

 

 

 

 時が止まった様に感じた。

 月並みな表現だが、そうとしか言い表せない程の絶対零度がライダーの背後から放たれた。

 

 

「……………さ………く、ら」

 

 

 凍り付いた総身を必死に解凍して、漸く紡ぎ出した言葉がその三文字。

 

 蛇に睨まれた蛙ならぬ、魔王に睨まれた怪物であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十分程前。

 慎二とバーサーカーの襲撃を凌いだ桜達四人はお互いの現状報告、情報交換をしながら遠坂邸(の跡地)に蜻蛉返りすべく走っていた。

 

「……話を纏めると、要するにライダーの暴走の原因は姉さんのうっかりカリバーの可能性大だと」

「はい、彼女があそこまで怒り狂う理由は、現状マスターである桜さんの命に関わる事以外考えられませんから」

「…そ、そうだな。ライダーの奴、マスターとサーヴァントとか、そういう立場抜きにしても桜の事気に入ってたみたいだし、うん…」

「…………………………」

 

 

 桜とキャスターは淡々とした温度を感じさせない声色で、士郎はこの場に居づらいとでも言いた気に若干動揺した声色で話を進める。

 

 凛は全身全霊を以て押し黙っていた。

 私は空気だから意識しなくていいわよ無視して勝手にやっちゃってお願いします、と云った感じにキャスターの腕の中で死体の様に静止していた。

 

 

「姉さん」

 

 

 だがそうは問屋が卸さない。

 何処までも自然体、故に抑揚が無く()みた声。

 その冷然とした雰囲気に刺された凛は分かりやすく肩を跳ねさせた。

 端から見て完全にビビっている。

 暫く寝たふりをしていたが、目を閉じていても分かるプレッシャーに徐々に追い詰められていき、やがて観念した様に薄目を開けてビクビクと()の方を見遣った。

 

 

 桜は笑顔だった。

 

 ニッコリと。

 

 ただし蟀谷(こめかみ)に青筋が幻視出来るタイプのやつである。

 

 凛は泣く寸前だった。

 

 

「後で、お話ししましょうね?」

「ハイ」

 

 承諾以外の選択肢は無かった。

 罪を犯した以上罰は受けなければならないのである。

 

 

「…でも、多分それだけじゃない」

 

 今一緊張感が有るんだか無いんだか分からない空気を改めて引き締める様に、眉根を(ひそ)めた思案顔で士郎が新たに意見を発した。

 

「桜もマスターなら、俺やキャスター以上に理解してるだろ?確かにライダーは感情的になりやすい面もあるけど、基本的には理知的で合理的な考え方が出来る奴だ。()()()()になる直前まで同盟を結ぶ事の必要性はちゃんと理解してた…筈だ」

 

 あの憎悪を滾らせた姿を思い出して自身の言葉に若干自信を持てないのか、士郎は言い淀むが、尚語り続ける。

 

「なのに、それ等を一切合切放り投げる様なあの暴走の仕方は…切っ掛けは遠坂の奇襲だったかもしれないけど、それだけじゃとても納得出来ない」

「ええ、ええ、至極マスターの言う通りだと思います。あの十数分の僅かな離脱の間に、ライダーさんの考えを根本からひっくり返してしまう何かがあったのは間違いないかと」

「…桜、何か心当たりは無いか?」

「………ごめんなさい。さっきも言った通り、私ずっと意識を失ってて…先輩のお(うち)で目が覚めた時、既にライダーは居ませんでしたから」

「そうか~…」

 

 士郎の意見にキャスターが同調するも、一緒に居た桜ですらその原因の見当すら付かない有り様だ。

 皆が揃って首を傾げる中、再度キャスターが口を開く。

 

「────『同盟を組む事は最早関係無い』」

「え?」

「『桜は聖杯戦争に参加すべきではなかった』、『魔道を歩む限り桜は幸せになれない』……ライダーさんが述べた言葉です」

「…?何ですか、それ…一体どういう…」

「さて…それは四人全員が思っている事です」

 

 記憶に新しいライダーの言葉も、やはり桜には意味が分からない様だ、続けてキャスターが言葉を紡ぐ。

 

「どちらにしろライダーさんの目的は、桜さん、貴女の身の安全、命の保証、総合的に見て貴女を守る事だと思われます」

「…はい」

「それが何故、聖杯戦争そのものを放棄するかの様な暴走に繋がるのかは今の所分かりませんが…きっと、今のライダーさんに言葉を届かせる事が出来るのは、貴女だけです」

 

 正直あの様子ではそれも怪しいですけど、と小声で付け加えられたキャスターの言葉は桜に確りと届いていた。

 

 その上で桜は腹を括る。

 (いな)、正確には腹はとっくに括っていた。

 キャスターと先輩と姉と。

 自分の大切な人達の命を背負うと、覚悟を新たにする。

 

 暫くして遠坂の敷地、屋敷に続く山道に差し掛かった、ライダーの張った結界が不気味な紅色に輝いている。

 結界の範囲外ギリギリで四人は一旦足を止める。

 

「さて、兎にも角にもライダーさんに会うにはこの死の結界に再び突入しなければならない訳ですが…」

「大丈夫です、ライダーから教えて貰ったレジストの魔術は石化の魔眼に対するものだけじゃありません、この結界のものも把握しています」

 

 でも、と桜は付け加える。

 

「…()(まで)ライダーと魔力ラインが繋がっている、マスターである私が結界で吸収した魔力を同様に受け取る事で効果を打ち消す…要するにプラマイ/zeroにする為のものです。私以外の皆さんに施しても意味は無いでしょう」

「…!じゃあ!」

「はい、結界内には私一人で───」

「待ちなさいっ…!!」

 

 

 桜の言葉を遮る者が一人。

 最早誰か等、態々(わざわざ)述べる迄も無い。

 

「駄目よ…許さないから…!」

「姉さん…」

 

 キャスターの肩に手を掛けて上半身を起こしながら必死の形相で凛は喋る。

 

「単独行動なんて危な過ぎるわ…貴女ライダーに無理矢理意識奪われたって言ってたじゃない…!今のライダーは(たが)が外れてる…貴女の行動を封じる為に、四肢の()れかを奪うくらいはしてもおかしくない…!」

「だったら尚更です。私ですら安全は保証出来ないのに、まともに動けない姉さんがのこのこと出向く訳には───」

「それでも行くのっ!!」

 

 

 精一杯の、大声。

 叫ぶだけで精一杯。

 それでも凛は己を曲げない。

 

「…っ…!……もうっ、離れ離れは懲り懲りよ………お願いだから、一緒に居させてぇ…!」

 

 今度こそ、凛は泣いた。

 まるで駄々っ子だ。

 客観的に見た己の幼稚さ等、優雅(家訓)とは程遠い無様さ等もう嫌と云う程に自覚している。

 それでも行って欲しくなくて。

 もう自分の目の届かない所で()に傷付いて欲しくなくて。

 

 ほんとーに、しょーがない。

 

 

 

「……何で私の周りの人は、こんなにも過保護な(優しい)んでしょうね」

 

 溜め息を一つ吐いて、そんな仕様(しょう)もない姉に、桜は笑いかける。

 

「姉さん」

 

 何時もと同じ、咲き誇る花の様に眩しい笑顔を浮かべて、凛の片手を両手で包む。

 

「大丈夫です。必ず、必ず戻ってきますから。言ったじゃないですか、後でお話ししましょうって。文句とか説教とか────お礼とか、色々言いたい事あるんですからねっ」

「…桜」

「───先輩、キャスターさん、姉さんをお願いします」

「…ああ、気を付けて行けよ桜」

「はい、此方は任せてください」

 

 

 二人の返事を聞き届けた桜は駆け出し、結界の奥へと消えていった。

 

 一人の少女の嗚咽だけが、三人の間で響く唯一の音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで結界内に突入した桜は、向かう先の状況も把握する為、ライダーと視覚───だけでなく聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感の全てを共有(リンク)させ──────色々と聞き逃せない台詞を耳にしてしまう。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

「もう一度聞くわライダー。─────────誰を、殺すって?」

 

 

 何故此処に。

 驚愕で思考が止まり、呆然と後ろを振り向く事しか出来ないでいる従者(ライダー)に、主人()は冥界の底から響かせているかの如く冷たい声色で問い掛ける。

 たっぷりと間を空けてからライダーが口にしたのは質問への答えではなく疑問だった。

 

「…………………何故、此処に?」

「貴女を探しに来たに決まってるでしょう」

「…何時からそこに?」

「たった今。まぁ会話の内容は五感の共有で全部把握してるけど」

 

 疑問系に疑問系で返すライダーを桜は咎める事無く淡々と質問に答えていく。

 今の桜の格好はライダーが最後に衛宮の屋敷で見たのと全く同様の、ボロボロの薄着一枚、格好だけなら何とも弱々しい雰囲気だ。

 

 だがその総身から放たれる気配は─────何と云うか、こう、()()

 もう怖いとか怒ってるとかそういうのの先にいっちゃってる、取り敢えずヤバイ。

 

「……いえ、あの…違うのですサクラ」

 

 そんな重さに押されてライダーは思わずそう口走っていた。

 まるで浮気現場を夫に見付かった妻の如く。

 

「た、確かに、遠坂凛を、貴女の姉を殺すと言いましたが、それもこれも、全て貴女の為で…」

「私の為」

「は、はい………ですからこれは、決して遊んでいた訳ではなく、とても重要な作業の一つで…」

 

 

 

「ふーん。

 

意識の無いマスターを一人、何の防御措置も無い屋敷に放置して、無抵抗の女の子を性的に虐めるのが貴女にとって重要な作業なんだ。

 

ふーん。

 

マスターの身の安全より自分の趣味を優先する事の方がよっぽど大切な事なんだ。

 

ふーん。

 

私がこの世の誰よりも尊敬してて大好きで超愛してる()を惨殺して(あまつさ)えその死体を私に見せつけるのが楽しみなんだ。

 

ふーん。

 

 

 

ふーーーーーーーーーーん」

 

 

 

 

 ライダーは全力でその場から逃げ出したかった。

 

 何かもうヤバイ。

 ムリ。

 普段優しくて超良い娘な分、キレたらヤバイ。

 

 桜を魔道に誘う全てを破壊し尽くすという決意は揺らいでいないが、その最大の障害が桜自身という禅問答の様な展開。

 単純に力尽くでどうこうしていい問題ではないのだから後手に回らざるを得ない…というかまだ何の準備も出来ていない状況で桜本人と()ち合う等想定外なのだ、復帰が早過ぎる根性有り過ぎる、流石我がマスター半端ねえ。

 

 半ば現実逃避気味にそんな思考を繰り広げるライダーは何とかこの場を切り抜けようと考えが纏まらないながらも口を開く。

 

 

「え、えと、さく───」

 

 

 

 

 

 爆発した。

 吹っ飛んだ。

 

 何が?

 

 爆発したのは、セイバー。

 吹っ飛んだのは、ライダー。

 

 

「─────  う  くっ! ?」

 

 ライダーは宙で滅茶苦茶に振り回される五体を何とか制御しようと藻掻き、下に目を向けた。

 腕の拘束を引き千切り自身の聖剣(得物)を腰溜めに構えるセイバーがそこに居た。

 

 何の前触れも無い、突然の逆襲、ライダーの心中は驚愕と疑問で埋め尽くされる。

 

 

 ─────己の絶対的優位を信じて疑っていなかったライダーには見当も付かない事象だろうが、セイバーがやっていた事は至極単純。

 魔力の節約と貯蓄である。

 (マスター)の魔力の枯渇、結界の影響等でまともに魔力を得る事が出来ないセイバーは、攻撃、防御、機動、傷の回復と云った戦闘の際の魔力の放出を最低レベルまで下げて極力消費を抑えていたのだ。

 そして竜の心臓(魔力炉心)が産み出した魔力を己の内に只管溜め込み、一発逆転を狙う。

 文章にすれば、それだけの事。

 

 だがこれはまともな供給が得られない中、最後まで諦めず粘り続けたセイバーの勝利と云える。

 

 

 

(だが、甘い!)

 

 セイバーの全身から放たれた爆発に等しい魔力放出で上空に吹き飛ばされたライダーだが、まだ己の優位性が失われていない事を確信する。

 確かに拘束は解かれたが、まだお互いの魔力の絶対量の差は歴然、ここから短期決戦で私を仕留めるのは至難の技だ。

 何より、()()()()()()()()()()()というのが間抜けに過ぎる。

 

(来なさい!)

 

 ライダーは短剣を自身の首に()てがう。

 血を触媒とした魔方陣で己の子である天馬(ペガサス)を召喚する為だ。

 足場の存在しない空中なら身動きが取れないとでも思ったのだろう、馬鹿め、寧ろ空中戦は私の独壇場だ───

 

 

 

 

「風よっ!!」

 

 

 ───それは致命的な失策だった。

 

 セイバーはライダーが地上に降って来た瞬間を狙う───等と云う事はせず、解放した風王結界(インビジブル・エア)を推進力として文字通り疾風の如く飛んで来た。

 

 待つな、攻めろ。

 この土壇場で、遂に十全の働きを見せた直感(スキル)、セイバーはそれに従い自身の身を宙に投げ出す。

 

 ライダーは未だ五体を振り回された状態で左手に短剣を持ち自身の首に当てている、右手は折れたままで動かせない。

 迎撃等出来る筈もなかった。

 

 

 一閃。

 残る魔力の大半を込めた聖剣の一刀。

 その一撃はあっさりと、無防備なライダーの腹部に吸い込まれ、深々と斬り裂いていた。

 

「ぎ    ぃ あ゛あ゛あ゛!!?」

 

 ドサリと、地に墜ちたライダー。

 スタリと、軽やかに───と云うには随分とふらついているが、それでも両足で確りと着地したセイバー。

 

 勝敗は明らかだった。

 手負いの獲物を前に舌舐めずりをし続けていた怪物、何れ程の逆境に置かれ辛酸を舐め続けても絶対に諦めなかった英雄。

 この結果は必然だった。

 

 

「ぅ、ぁ……ぐ、ふ」

「ライダーっ!!」

 

 脱落して(死んで)もおかしくない程の重傷だが、幸い奪った魔力は有り余っている、それ等を傷の治癒に当て始めたライダーに桜が必死の表情で駆け寄る。

 それはどう見てもライダーを心配しているが故のもので。

 先程までライダーに対しあれだけの怒りを見せつけていたと云うのに、やはり本質的な部分は何処までも慈愛と善性に溢れている。

 

 そんな少女だからこそ、護りたいとライダーは思うのだ。

 

 

「っ!ライダー、待って!」

 

 桜の制止を聞く事なく、ライダーは霊体化して消えていった。




今回はこれアカンなぁ…。

シリアスとギャグとエロスの整合性がまるでとれてねぇ!ほんと、何か気付いたらライダーさんがセイバーさん襲ってたわ。っていうか前も同じ様な事言ったぞ私。←12話


ライダーさんが完全にエロス要員になった。桜ちゃんの時といい、ライダーさんが女の子苛めてる場面はヤバイくらい筆がすいすい進みます。作者の性癖駄々漏れで草生えますわ。

っていうか女の子苛めるのに夢中になって最終的に逆転されるとかライダーさんのポンコツ化が著し過ぎる。

つーか

ワカメ「命乞いでもしてみろよ!」
ライダー「命乞いでもしてみては?」

まさかのムーブ被りですよ。

いやほんとライダーさんに罪はありません、悪いのは全部作者です、ほんますいませんorz

こ、これからだから。ライダーさんは今後もっと格好良い場面きっとあるから(震え声)





っていうかこれ夜に投稿した方が良かったかな。


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閑話 虚数について

今回は独自設定、独自解釈のオンパレードです。

合計話数も20超えてるし、そろそろこういう解説回必要かなと。自分の中で設定キッチリさせる意味も込めて(笑)。普段より短いですが御容赦を。


さくしゃのかんがえたさいきょーのさくらちゃん。


 魔術属性・虚。

 通称・虚数。

 

 火、地、水、風、空…数ある魔術属性の中でも更に、一際特殊な立ち位置にある架空元素、その一つ。

 数十年に一人輩出されれば多い、とさえ評される程に稀少な属性。

 

 それが、私、間桐桜がお父様とお母様から与えて貰った力。

 

 唐突ですがそんな私の力を皆さんに解説する為、少々御時間をいただきたいと思います。

 と言っても私自身、未だにこの力の全容を把握出来ているとはとても言い難いのですが。

 

 

 先ず、この虚数という属性は上記の通り非常に珍しく、その実態がまるで解明されていない為、鍛え上げるに当たってとんでもなく厄介な属性なのです。

 要するに具体的にイメージして捉えにくい、端的に云って滅茶苦茶解りにくい、もっと云うならそもそも鍛え方の手本が無い、考え様にも抽象的過ぎて解らない。

 にくいにくいのないない尽くしです。

 これは当時、お爺様が亡くなって(を殺して)しまった為、自分自身でその身を鍛え上げていかなければならなくなった私に重く伸し掛かった問題でした。

 

 兎にも角にも、合っているにしろ間違っているにしろ自分の中で『虚数』というモノの形を定義しておかなければ修行内容も研究内容も確立する事が出来ない。

 なので先ず私は間桐()の書庫を片っ端から引っ繰り返して少しでも虚数についての情報を集める事に努めました。

 他にも家の書庫だけでなく市の図書館に出向いて物理学の本を借りて読んだり。

 余談ですが10歳にも満たない子供が物理学の本を借りたり読んだりしている所を見た司書さんや利用者さんが私の方を二度見して戦慄するという事が何度もありました。

 ごめんなさい、とてもじゃないですが全部理解してた訳じゃありません、精々触りだけです、九割九分意味不明で投げました。

 

 

 そんなこんなで色々と調べて、虚数というものが『一般的に』どう認識されているかを自分なりに纏めました。

 

 先ず虚数は英語で『imaginary number(イマジナリーナンバー)』、想像上の数字と呼ばれていると分かりました。

 定義としては『2乗した時、0未満の実数になる数』、つまりは『i×i=-1(こういう方程式)』になる数字で、反義語は実数とされています。

 

 上記の公式を見ていただければ解る様に、こんな数字は現実には実在しません。

 その為長らく詭弁的、想像上の数字で実用性は無いと言われてきました。

 

 ですが現在では『複素数平面上の座標を表すのに役立つ』という利便性が発見され、負数の平方根として規定された数となっているのです。

 

 

 ここまでが『一般的な虚数』の情報、次は『魔術世界における虚数』です。

 …とは云ってもこちらに関しては具体的な記述は殆んどありませんでした、精々がそれっぽい一文が一つ二つという有り様。

 

 『有り得るが物質界に無いもの』。

 虚数世界というモノに関しては『裏側の世界。並行世界ですらない、生命のない虚数空間』といった記述が。

 

 

 

 

 

 はい。

 

 ここまで纏めて。

 

 ぶっちゃけ意味不明の一言でした。

 

 有り得るけど物質界には無い…うん…うん…?割とマジでワケワカメ、何であんな広い屋敷の書庫丸々引っ繰り返してこんなポエミーで哲学的な一文しか見付からないんですか。

 一般的な方にしても、数学上で虚数がどう認識されていようと神秘を探求する魔術師とは分野が正反対、あまり参考になるとは言い難かった。

 

 

 なのでそこからは集めた情報を自分なりに噛み砕いて理解出来るよう、自分の中でキチッと定めてストンと落とし込めるように、国語辞典や漢字辞典を用いて色んな言葉の意味、ものの考え方を調べまくりました。

 大変な作業でしたが丁度資産運用の勉強も並行して行っていたので、大変なのは今更だと開き直って頑張りました。

 途中で何回白目剥きそうになったかは覚えてません()。

 

 そうして噛み砕いて噛み砕いて噛み砕きまくって数回程ゲシュタルト崩壊に襲われたりしながらも自分の中で出した結論。

 

 

 先ずこの『有り得る』という一文。

 有り得るという事は可能性がある、つまりは理論的にはそういう事もある、という意味だと私は捉えました。

 

 次に『物質界に無いもの』という一文。

 物質界とは正しく今私達が自らの足で立ち、日々を過ごし、呼吸をして生きる、生命が存在するこの世界の事に他ならない。

 そこに無いもの…という事は生命と正反対の、死の側に属するもの…死霊や亡霊と云った霊魂達。

 また物質界に無い、つまり物質ではないもの、という事は形の無いもの…。

 

形而下(けいじか)=形を備えたもの、物質的なもの、時間空間の中で感性的に認識出来るもの

 

 …ではなく。

 

形而上(けいじじょう)=形の無いもの、通常の事物や現象のような感覚的経験を超えた超自然的・理念的なもの、時間空間の中で感性的に認識出来ないもの

 

 …こういったもの達。

 

 総合的に述べて、想像上の、概念としては存在するが、実際には物質として存在しない、実体の無い、形を持たないモノ達…そう私は捉えました。

 

 

 つまりこの二つを合わせた『有り得るが物質界に無いもの』とは、『理論的に存在する可能性はあるが実際には確認されていない概念上だけのモノ』、要するに机上の空論達という結論に達しました。

 

 さて、定義付けが完了したは良いものの、まだまだ問題は山積み。

 じゃあその定義に当て嵌まるモノとは具体的に何なんだという話です。

 概念上だけのものを具体例として示すという、それ矛盾してない?とツッコまれても反論出来ない問題。

 仮にそれ等をピックアップする事が出来たとしても実際に理論を構築して魔術として扱えるかどうかという問題、ピックアップしたものが本当に自身の属性に当て嵌まっているのかという問題、そもそも私の出した結論は正しいのかという問題etc……トライ&エラーとはよく言ったものです、神秘の探求には幾ら時間が有ってもたりない。

 でも嘆いていたって仕方がない、私は引き続き書物の内容を吟味してそれっぽいと感じたものを挙げていきました。

 

 一番に目を付けた、分かりやすいと思ったのはやっぱり『精神』や『霊魂』と云ったスピリチュアルなものでした。

 そもそも概念とは人の心から生み出されるものなのだから、大本であるこれ等は当て嵌まるでしょう。

 暗示や催眠といった精神に作用させる(まじな)いは魔術界でもポピュラーですし。

 

 そして次に『影』。

 影とは皆さんも知っての通り、光の当たらない場所に出来る黒い像の事。

 でも一口に影と云っても対となる光量の差で薄暗い所、真っ暗な所と濃淡の差があります。

 目で見て認識しやすい、分かりやすい視覚情報の一つですが結局どこまでいっても影とは『明暗の差』でしかなく、其処に何かが存在する訳ではありません。

 なのに私達はその明暗の差に影という名称を与え概念として確立させている…そこに目を付けました。

 付け加えるなら平面という特性が虚数と相性が良かったりも。

 

 あとは『未確認の物質』。

 宇宙に存在する未知の重力源物質と云われるダークマター等、理論としては在ると仮定されているのですが、未だに観測された事が無い為まだまだ机上の空論の域を出ない代物。

 それなら私の属性(元素)で生成出来るのでは?という試みです。

 

 そして『架空の物質』。

 光の速度を超えた速さで移動する超光速の粒子タキオン等の、理論が提唱されたのみで存在する根拠が何も無い、無論観測された事も無い、そんな上記の未確認物質達以上に机上の空論の存在であるそれらもひょっとしたら…?

 

 更にはそういった物質や粒子達を用いた応用で『時間』『空間』『因果律』と云った宇宙(世界)の法則自体に干渉したり、『虚数時間』や『虚数空間』と云った『虚数世界』への接続、一歩進んで創造etc…。

 

 あれ?うん、結構出てきましたね。

 それっぽいと思ったものを片っ端からメモしていったら中々にぶっ飛んだ内容になってしまいました、考えれば考える程応用も思い付いてしまいます。

 

 

 ええ、はい、言いたい事は分かりますよ。

 こじつけじゃねーか、飛躍し過ぎ、拡大解釈にも限度がある、妄想乙(笑)etc……うるさいうるさい!想像するだけならタダです、何時の時代だってそういう空想に挑む人々の努力の結晶が新たな技術になっていったんだ、やってみなければ分からない。

 

 それに、です。

 仮にこれ等を全て、本当に理論として確立し、魔術で実現出来たら……凄く、わくわくしませんか?

 

 神秘とは科学と相反するもの、未だ人類にとって未知の領域であるこれ等に届きうる可能性を秘めた属性…。

 架空元素( 虚数 )とはある意味、最も神秘というものを体現した魔術なのかもしれない。

 

 

 

 これが、私の魔術属性・虚です。

 

 有り得るが物質界に無いもの。

 概念に干渉し、操作し、具現化させる元素。

 

 例として『精神』『霊魂』『影(光と闇・明暗の差・平面の像)』『未確認の物質』『架空の物質』『時間』『空間』『因果律』『虚数時間』『虚数空間』『虚数世界』。

 

 勿論理論を確立出来たものはまだまだほんの一握りですが、探求の先には私の想像も超えた景色が広がっていると信じています。

 

 

 

 

 

 さて、何故急にこんな設定もとい私の試行錯誤を解説したのかと云うと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライダー、貴女は私の前で不用意に霊体化すべきではなかったわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星幽・呪戒式(アストラル・バイコマンド)っ!」

 

「──────!  ? な あ    にっ!?」

 

 

 ライダーは己の身に起きた事が理解出来なかった。

 いや、理解は出来ているが信じられなかった。

 

 捕まった。

 ()()()、捕縛、拘束された。

 英霊(サーヴァント)である己が、人間の魔術師(マスター)に。

 しかも霊体化している状態でだ。

 

「サクラ…っ!」

「───逃がさないわよライダー。貴女は私の奴隷(サーヴァント)なんだから」

 

 据わった目で此方を()め付ける桜にライダーは得体の知れない怖気を感じた。

 此方に向けた(てのひら)に紫色の魔力を燐光として纏わせている。

 何時の間に施したのか、ライダーは地面と宙に描かれた魔方陣に六方向から囲まれ封印されていた。

 

「どうやって…!」

「此処に着く前、万が一に備えて魔術の申請(呪文の詠唱)は終わらせておいたの。()()()()されたんだもの、流石に警戒するわ」

「そちらではありません、対魔力を持つ私をどうやって縛っているのですか」

「あら、初日にお互いの能力は明かした筈でしょう?虚数属性使いの私の目の前で()()化したのは悪手だったわね」

 

 桜の言葉でライダーは漸く悟る。

 桜は虚数属性の魔術師、概念上・形而上の存在に対する干渉力は通常の魔術師の比ではない。

 寧ろ霊体化し、現実への干渉力を自ら下げてしまったが故に捕縛されたのだ。

 

 ついさっきまで完全に己がこの場を支配していたと云うのに、桜の登場を切っ掛けにペースを乱され続けてしまった。

 ライダーは自嘲する、どうにも自分はこのマスター(少女)に敵わないらしい。

 

「……おいたが過ぎるよ、ライダー」

「………」

 

 

 あらゆる魔術の中でも霊体に対し最強の攻撃力を持つと云われる聖堂教会の聖言、洗礼詠唱。

 それに匹敵する干渉力を持った桜の魔術に拘束されたライダーは肉体だけでなく魔力、能力の発露さえも封印された。

 宝具が解ける、鮮血神殿が消える。

 

 士郎、凛、キャスターの三人がやって来る迄、あと少し。




俺の桜ちゃんは最強なんだ!(ガッツポーズ)

という事で虚数に関する設定説明閑話でした。
すまんなライダーさん、君には桜ちゃんTUEEEEEEEE!!の犠牲になってもらった。


・有り得るが物質界に無いもの
・目に見えぬ不確定を以て対象を拘束する
・相手が幽世のモノであれば容易く彼岸に返す暗黒の渦
・自身の深層意識( イド )を剥き出しにし、最も暗い負の面を刃にする
・虚数世界。裏側の世界。並行世界ですらない、生命のない虚数空間

 ネットから拾ったこれ等の記述から始まり、虚数とは一体全体何なんやと自分の中で整理したらこんな感じになりました。
 拡大解釈しまくりの盛りまくりで桜ちゃんがえらいチート気味に(笑)。
 まあインフレの激しい型月で好きなキャラを推すにはこれくらいのテコ入れ必要でしょう!桜ちゃんを讃えろオラァッ!



虚数に関する考察、設定への批判、感想待ってます!(巧妙な催促)





というか『形而上のものを具現化させる』って第三魔法に片足突っ込んでねーかこれ?


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20話 その想い/重い、魔法級

え?桜ちゃんが最早原型留めてない?

元からだ気にするな。



今回寝不足で意識朦朧とする中書いたんで色々めっちゃくちゃかもしれません(笑)。後で自分で読んで確認します。


「桜!」

 

 ライダーを捕縛し、結界が消え去ってから数分、先輩達が走って此方にやって来た。

 ほんのちょっと別行動を取っただけなのに随分と必死な表情だ、やっぱり先輩も姉さんもとても綺麗な(優しい)人達です。

 私は()()を止める事なく顔だけを向けて先輩達に応える。

 

「先輩、皆さん早かったですね」

「いや、早かったって云うか…桜も、随分仕事早かったな?桜が入っていってから結界が消える迄5分無かったんじゃないか?」

 

 私と結界に囚われているライダーを交互に見て先輩が若干驚いた様子でそう話す。

 先程行った情報交換に()ればライダーはセイバーさんとキャスターさん相手に随分と大立ち回りを演じたようだ。

 そんな相手がこうもあっさりと短時間で、しかも人間(マスター)である私の魔術で拘束されているのを見れば、まあ妥当な反応でしょう。

 ほぼ完全にセイバーさんが独力で戦況をひっくり返したので実際の所私は漁夫の利を拐っただけですが。

 

「…令呪…使った…?」

 

 未だ弱った様子の姉さんが短く問い掛ける。

 

「いえ、私が着くのとほぼ同時にセイバーさんが単独でライダーを仕留めていたので。私は魔術で拘束しただけです……やっぱり、姉さんが呼んだサーヴァント()は凄いですね」

 

 私がそう言うと称賛された当人(セイバーさん)は特に表情を変えませんでしたが……比較された相手( ライダー )はあからさまに雰囲気を変えた。

 表情にこそ出ていないが不満気と云うか、如何にも納得いっていないという感じで、そこに少し焦りも混ざっている。

 間桐の虚数使いである私は相手の『精神』を『吸収』する事が出来る、要するに何と無く相手の内心を察する事に長けているのだ。

 ポーカーフェイスを装っても私には大して効果等無い。

 

 そして察したからと云って優しい言葉をかけるなんてしてあげない。

 私本気で怒ってるんだからねライダー。

 先輩と姉さんを傷付けた罪は重い、本来なら蟲風呂の刑及び呪層界の刑に処しても尚足りないくらいだ、絶対に許さない、絶対にです。

 

「そっか……ありがと、セイバー」

「いえ、サーヴァントとして成すべき事を成しただけです。繋ぎ止めていただいたこの命を全て貴女に捧げる…誓いを(たが)えるつもりはありませんよ、凛」

 

 私の言葉を聞いた姉さんがセイバーさんに微笑みかける、それに対しセイバーさんも何やら意味深な言葉を返して。

 空気を呼んだのだろう、相変わらず姉さんを横抱きにしているキャスターさんがそのまま屈んで二人の距離を近付ける。

 すると二人は極自然に手を伸ばしてお互いの手を取った。

 

 ………うん?何だろうこれは…いや、普通に主従の美しき信頼関係と云った構図なのでしょうが……何か、こう、若干甘ったるい空気が漂っている様な、バックに花が咲き誇っている様な。

 

 何でしょう、何かやけに妬ましい。

 

 

「───サクラ」

「───あっ、はいっ?」

 

 考え事をしていたらセイバーさんに声を掛けられた、慌てて返事をする。

 

「傷の治療、ありがとうございます。外傷は大方塞がりましたし、一先ず場所を移しましょう」

「え、ちょ、そんな駄目ですよ。まだ始めて数分しか経ってませんし、文字通り外面を覆っただけです。今は動かずに安静にしていないと」

 

 言い忘れていましたが、現在私はセイバーさんを魔術で治療している最中です。

 同盟を組む予定の人を脱落させる訳にはいかないですからね。

 

「動いて支障が無い段階になるまで治療を続けていたら、幾ら時間が有っても足りません。先程迄の戦闘は、ライダーの結界をはじめとして少々目立ち過ぎた。新たに敵がやって来る前に場所を変えた方が良い」

「セイバーさんの言う通りですね。優先順位としては先ず安全な拠点の確保、確り腰を据えられる場所を得た後に諸々の備えをしていかなければ。魔術師も工房を築く時は先ず拠点を見繕う所から始めるでしょう?」

 

 セイバーさんに引き続いてキャスターさんにも同じ意見を述べられる。

 英霊二人にこう言われては一介の魔術師(戦を知らないパンピー)に過ぎない私としては口答え出来る筈もなく。

 

「…分かりました。それじゃあ行き先ですけど…」

「…やっぱ、俺ん家か?」

 

 

 

 まあ、そうなりますね。

 

 という事で移動開始。

 私と先輩は自分の足で、姉さんはキャスターさんと交代したセイバーさんにお姫様抱っこされながら、ライダーは私の術式で緊縛されて動けないのでキャスターさんが背負って行く事に。

 

 いざ振り返ってみると、順当に進めば何の(とどこお)り無く結べたであろう同盟一つの為に皆随分と消耗してしまったものです。

 何とも、盛大な内輪揉め。

 これで敵とエンカウントして全滅の憂き目にでも遭ったら悲惨を通り越してギャグだ、お願いしますからこれ以上余計なちょっかいかけないでください運命の女神様!

 

 そんな風に内心で祈りながら私は皆さんと一緒に瓦礫の山と化した実家跡地から足早に立ち去った。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 20分程後。

 

「祈りは通じました」

「?何か言いました?」

「いえ、大した事じゃありませんよ」

 

 駆け足で先輩の御屋敷を目指した結果、特に何事も無く到着する事が出来た。

 安堵と共にぽつりと漏らした独り言はキャスターさんにしか聞かれなかった様です。

 

 

「それじゃあ取り決め通りに動きましょうか」

 

 全員に聞こえる様ハキハキとした発声でキャスターさんがそう言うと、各々が異なる反応を示す。

 反応が顕著なのはやっぱりというか先輩と姉さんだ、二人とも気不味そうに頬を紅くして明後日の方向を向いている。

 取り決めというのはそのままの意味で、先輩の屋敷に着いた後それぞれがどうするか、どう動くかを移動中に話し合って(あらかじ)め決めておいたのです。

 

 具体的にはこう。

 

 

 先輩……一旦姉さんとセイバーさんと待機、キャスターさんの作業が終わり次第消耗したキャスターさんへ魔力供給()

 

 姉さん……待機、安静にして体力と魔力の回復に努める

 

 キャスターさん……残っている魔力で屋敷に結界を張って簡易的な工房にする、その後セイバーさんの治療、それ等が終わったら先輩からの魔力供給()

 

 セイバーさん……キャスターさんが結界を張り終わる迄姉さんと先輩と待機もとい二人の護衛、キャスターさんが作業を終えたら治療を受けて貰う、引き続き姉さんの護衛

 

 ライダー……お仕置き

 

 私……ライダーへの尋問もとい私刑執行、キャスターさんの作業が全て終わった後、姉さんへの魔力供給。やったぜ

 

 

 兎にも角にも姉さんをはじめ皆さんの消耗が激し過ぎるので今日一晩、状況と経過次第では明日も丸々使って回復に努める事となりました。

 ライダーは簡単な尋問だけで一旦放置する事に。

 地雷は早々に取り除いておきたいのは山々ですが、やっぱり優先順位というものは大切だ、先ずは陣地の機能を万全に戻さなければ他陣営から襲撃された(砲弾撃ち込まれた)時に対処出来ない。

 満場一致で方針が決定され、各人の詳細な動きを詰めていったらこうなりました。

 

 結果として先輩とキャスターさんは昨夜に続いて再びの魔力供給。

 神は死んだ。

 

 そして私は姉さんと魔力供給。

 神は甦った。

 

 (てのひら)コークスクリューで申し訳ありません神よ。

 

 これ等が決まった瞬間の私の心象風景はもう筆舌に尽くし難い、針山地獄で串刺しにされながら血涙流して無言でガッツポーズしてるみたいな、嬉しさと悲しさがグッチャグチャに混ざったカオスハリケーン。

 漁夫の利というか災い転じて福と成すというか流れ弾というか…うん、まあ、今は置いとこう、いい加減冷静になりなさい私。

 

「では参りましょう。衛宮、案内をお願いします」

「ん、ああ…」

 

 姉さんを抱えたセイバーさんを後ろに付けて先輩は屋敷の玄関に入っていった。

 さて、私達も動こう。

 

「行きましょうキャスターさん」

「はい」

 

 ライダーを背負ったキャスターさんと一緒に土蔵を目指す。

 魔術師の工房はああいう隙間無く囲まれた密室に造るのが最適だ、キャスターさんとの共同作業でこれから土蔵をライダー専用の牢獄に改造する。

 

 加減はするけど容赦はしない。

 朝から昼にかけてのセクハラ、実家上空でのSMプレイ、溜まったツケはキッチリ払って貰うわライダー。

 

 

          ∵∵∵

 

 

「よし、取り敢えず此処で横になっててくれ」

「分かりました。さあ、凛」

「うん……ありがとセイバー」

 

 サクラ(凛の妹)達に案内されてやって来た衛宮の自宅は、私個人の感覚だけで述べるなら実に数週間程ぶりの場所だった。

 切嗣があの時の拠点をそのまま住居にしていた事を少々意外に思う。

 以前に比べて遥かに生活感溢れる屋敷の客間、その一つに私達を案内した衛宮は直ぐに布団を敷いて凛が休息を取れるよう計らってくれた、私も直ぐ様凛を下ろして支えながら横たわらせる。

 

「衛宮君も、ありがと」

「これくらい気にするなって。他に何かして欲しい事ないか?」

「そんなに気を遣わなくていいわよ…って言いたい所だけど…流石に今は甘えさせて貰うわ……随分と冷や汗掻いちゃったし、体を拭くタオルと…あと何か温かい飲み物が欲しいわ」

「了解、直ぐ持ってくるから待っててくれ」

 

 凛の注文に衛宮は直ぐ様応える。

 弱った相手に対し何の()じり気も無い真心を以て接する衛宮、それに対し素直な礼を示す凛、何気無く交わされる()きやり取りが清涼剤となって私の心に吹き渡る。

 

 そう云った感情とは別の所で私はほんの僅かな警戒心を懐き続けていた。

 凛の屋敷で聞いた衛宮の過去、ライダーを相手にした際の二人の働き、凛やサクラが向ける彼等への信用……ほぼ間違い無く、絶対と断言して良いくらいに、二人は善人で、此方を害する様な(はかりごと)は為していないだろう。

 それでも、やはり、この世に()()は無いのだ。

 

 昨夜のランサー戦での失態に始まり、ライダー戦でも私一人では絶対に凛を守り切れていなかった場面が幾つも在る、それこそ未だ凛が外傷自体は皆無という事が信じられない程に。

 何度も、何度もマスターを危険な目に遭わせている、こんな有り様でどうして最優等と名乗れるだろう。

 もう二度と失態を犯す訳にはいかない、なればこそ何時如何なる時も、誰が相手だろうと警戒心を解く訳にはいかない。

 

 極論だと解っている、取り越し苦労だと自覚している、なのに拭い切れない敵意(おもい)

 衛宮とキャスター、あの二人から学んだ人の心を実践していきたい想いはあるのに。

 

(やはり、私は人の心が判らない王( 正しさの奴隷 )か)

 

 前回の戦いの折、暴君に吐かれた台詞を思い出して自嘲する。

 嗚呼、今は、それで良いとも。

 このマスター( 少女 )(よこしま)なモノから遠ざける為なら、私自身が邪になる。

 

 

 

 ──────綺麗で、哀しい決意を胸に秘めて、セイバーは士郎がやって来るのを静かに待った。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

「それでは、後はお任せします」

「はい……キャスターさん、私が出て来るまで、決して、中は覗かないでくださいね?」

「……か、加減はしてあげてください…ね?曲がり形にも桜さんを想っての行動だった…筈、ですから…」

「ええ、はい。加減はしますよ。()()()

 

 容赦はしないっつってんですよ。

 

(…ライダーさん、強く生きて)

 

 キャスターさんが土蔵から出て行く、私は改めて目の前のライダーに向き直った。

 

 

 

 土蔵を内と外の両面から魔術でガッチガチに固めて牢獄とし、ライダー自身にもキャスターさんと共に追加で何重にも束縛魔術及び拘束用魔術礼装をかけてギッチギチに緊縛した。

 姿勢自体は楽な横座りにさせていますが、地面に描いた魔方陣の内側に封印しているのでそこから動く事は出来ない。

 両手は前で束ねて手錠型、革型の礼装で拘束。

 足は左右それぞれ足枷型、縄型の礼装で拘束。

 他にも額、首、胸の上下、胴、太腿等全身のあらゆる所に礼装を繋げたり、魔力を束ねた紐状の光、染みの様な呪詛の闇、拘束の概念を秘めた魔文字の列等を纏わり付かせて徹底的に(いまし)めた。

 これでは幾ら英霊と云えど微動だに出来ない筈だ、霊基の自壊覚悟で魔力を開放されたら流石に不味いと思いますが、私が逃げる、或いは令呪を使うくらいの間は確実に稼げる。

 要するに今のライダー相手なら一対一でも安全だという事です。

 

 元々がボンデージみたいな…というかそのまんまな衣装に目隠しと首輪を身に付けているのも相まって、今のライダーは完全に()()()()プレイの最中に見える……という訳でもないですね。

 流石にこんな過剰に拘束具をくっ付けたゴチャゴチャの有り様では色っぽさは感じられない。

 秩序だったスマートさ・計算された美しさ等の魅せ方を欠片も考慮していない拘束では非人道的な倒錯さしか表出させられないのです。

 

 ……………私は決して()()()の趣味がある訳ではないと此処に宣言しておきます。

 

 

 

「ライダー」

 

 さあ、始めよう。

 特に何の考えも無く、漫然と名前を呼んでみるが毛程も反応は返ってこない。

 それを少し悲しく思いながら続けて名前を呼び、質問を始める。

 

「ねえ、ライダー…どうして、あんな事をしたの?」

「………」

「やっぱり、不意討ちで殺されかけたから?」

「………」

「姉さんが告白してくれたわ、私達を宝具で不意討ちしたって…でもね、あれは勘違いだったの。あの時の姉さんとセイバーさん、余裕が無くて焦ってたらしくて、それで相手の顔を確認せずに攻撃しちゃったって」

「………」

「私も姉さんの事言えないけど、遠坂の人ってうっかりしてるっていうか、何かとポカをやらかす血筋でね…もし相手が私達だって判ってたらあんな事しなかったって、ごめんなさいって謝ってくれたの」

「………」

「嘘じゃないよ、姉さんはああいう事しない人だって私は知っているから。姉さんは先輩と同じ、誰よりも信頼出来る人だから……だから、ね?あんな事をする必要は無かったのよライダー」

「………」

「私を護ろうとしてくれたんでしょ?でも、その為に酷い事して欲しくはなかった……もう、大丈夫だから。誤解はちゃんと解けたから……だから…………お願い、ライダー…戻って来て。今度こそ同盟を組んで、もう一度、私と戦って───」

「そうではありません」

 

 

 ふと食い気味に、黙りこくっていたライダーが急に、ハッキリと響き渡る声で否定の言葉を発した。

 

「そうではない……そうではっ、ないのですっ、サクラ…!」

「ライダー…?」

「同盟云々ではありません…彼等が信頼出来るか出来ないかでもありません…サクラ、貴女はもう、戦ってはならない」

 

 血を吐く様な、絞り出した声風(こわぶり)で、でも食い縛った強い語気で、ライダーはそう言った。

 震えるその声に宿っているのは怒り、憎しみ、哀しみ、悔しさ───そして、慈愛。

 

 

 

「───『同盟を組む事は最早関係無い』」

「!」

「『桜は聖杯戦争に参加すべきではなかった』『魔道を歩む限り桜は幸せになれない』…キャスターさんから、聞いたの」

 

 ふと思い出したそれを口に出してみる、ライダーが僅かに顔を上げてくれた。

 やっぱりこれだ、此処からライダーの行動目的を引き出さなきゃ。

 

「…どういう意味なの?」

「…」

「ライダー、貴女は一体どういうつもりでこんな言葉を…?私が気を失っている間に何があったの…?」

「…」

「お願いだから────答えて」

 

 

 只管ストレートに懇願する。

 これは尋問だ、口を割らせるだけなら他にもやり方は沢山あるけれど、今はまだしない。

 此処で全てを精算したいから、主従として同じ方向を向きたいから────また、仲の良い姉妹みたいに笑い合いながら過ごしたいから。

 だから、回りくどい方法は捨てて心一つで馬鹿正直に、余計な(しこり)を残さない為に。

 

 でも、届かない様だ。

 ライダーは押し黙ったまま。

 それが、凄く悲しい。

 

 

 だから、それを露骨に()()()やった。

 

 

「…っ…やっぱり、私じゃ駄目かなぁ…?」

「っ!!さ、く」

 

 ボロリと、涙腺が決壊して両目から珠の様な雫が零れ落ちる。

 動悸が激しくなる、熱い、吐息がじんわりと顔全体を茹だらせていく。

 

「つまりは、そう、いう、事でしょ…?同盟を組んでも無駄だって、私なんかじゃどうせ聖杯戦争は勝ち抜けないって、魔術師なんか辞めてしまえって…私の事、見限ったんでしょライダー」

 

 これは意識が戻った時、本当に思った事。

 私が情けないからライダーに見限られてしまったんだと、人なら誰しも持っている負の感情を虚数(私の力)で膨れ上がらせて一気に噴き出させる。

 

「ま、いや…いや!サクラ!あの…」

「そうだよね。あんな馬鹿な行動取って、ライダーにも、あんな酷い事言って…貴女は何時だって、私の為に、頑張って、くれてたのに…そんな貴女を突き放したのは、私、なん、だから」

 

 以前もやった手法。

 嘘ではなく、本心で相手の心に訴える。

 それっぽい魅せ方でより此方の本音が伝わる様に、相手の感情に干渉出来る演出をする。

 ()を着けた真心で、相手の真心を侵す(奪う)

 

 我ながら、屑だと思う。

 実に最低な魔女(あま)の遣り口だ。

 

 そんな私の術に、ライダーは今綺麗に嵌まっている、目に見えて慌て出した。

 

「っ、サクラ…!」

「ほんとに、私、さいてー……最低で、だから…貴女の判断に文句付ける権利無い……………本当に、私が嫌いになったなら、それで…いい。契約は、解除するから」

「───」

 

 ライダーが固まった、表情だけでなく精神も。

 どんな感情に起因する反応かは判らないけど、構わず続ける。

 

 ()()()()()()()()

 魔術師としてのものに。

 涙は乱暴に拭って無理矢理止める。

 

「でも、貴女がそれを選択したなら─────私は、ライダー、貴女を……自害させます」

「───」

「味方に戻ってくれないなら、残念だけど消えて頂戴。私はマスター権を放棄して姉さんと先輩達のサポートに回ります。これ以上敵を増やす訳にはいかない」

「…!」

「それに……貴女を、他の誰にも渡したくないから。他のマスターに奪われるくらいなら、私が殺します」

「……」

「選んで、ライダー。どんな選択をしても、私は貴女の意志を尊重する…貴女を恨んだりしない」

 

 

 言葉を切って、ライダーの返答を待つ態勢になる。

 要するに戻って来い、さもなくば死ねという事だ、酷い交渉もあったものです。

 ライダーともう一度絆を結びたいのに、手を尽くせば尽くす程距離が離れていってしまう様な感覚を覚える。

 もどかしい、でも後には退けない、今は只ライダーが本心で応えてくれるのを待つだけ。

 

 十拍程置いて。

 ライダーは全身を弛緩させ溜め息を吐くと、これでもかと云うくらいに苦々しい苦笑を浮かべてくれた。

 

「サクラ…それは結局、どちらにしろ運命共同体になれという事ではないですか」

 

 ご尤もに過ぎるライダーの言葉に上手い返しが思い付かない、黙ったまま続きを促す。

 

「今貴女が述べた内容は、全て間違っています。私は貴女を見限って等いない」

「…本当?」

「ええ…ですが、貴女は一つだけ私の思惑の正鵠を射た」

「…それ、は?」

「──────私は、貴女に魔術師を辞めて欲しいと願っています」

「───」

 

 

 そこか。

 よりにもよってそこを当ててしまっていたか。

 聖杯戦争から降りろとかそんな局所的な部分じゃない、根本的な部分を私はライダーに否定されていたんだ。

 

「……理由を聞かせて」

「…サクラ、私はパスを通じて、貴女の過去を見ました」

「─────」

 

 

 

 

 

 私の、過去。

 

 つまり、()()を見られたのか。

 

 あ…ヤバイ、どうしよう、恥ずかしいとかそんな一言で片付かない、私の人としての感情が逆巻き始める。

 

「……ぅ、ぁ…そ~れ~は……ごめんなさい、お見苦しいものを…」

「いえ、見苦しい等と…いや、そうではありません、そうではないでしょうっ。()()を見られて何故その様な惚けた反応になるのですか」

「だ、だって。下手に悲し気と云うか深刻な雰囲気醸し出して気を遣わせたくないし。あの、あれ、これでも結構内心ショックは受けてるんですよ!?あんなの、知られないに越した事は無いんですから!」

 

 空気とか諸々を誤魔化す様にわちゃわちゃと捲し立てる。

 んもう、その辺はてきとーに流してよライダーの馬鹿!

 

「…やはり、シロウや遠坂凛にもその過去は伏せているのですね」

「それは、勿論よ。家の秘術を外部に漏らすなんて魔術師として論外だし……それを抜きにしても、あんな穢れた(モノ)を態々見せびらかす必要なんて無い。特に、姉さんは……きっと、ショックを受ける」

「───そこまで自覚していて何故魔術師を続けるのですか貴女は」

 

 ライダーの声が鋭くなる。

 眼帯に隠された眼差しも心做しかキツくなった様な気がしないでもない。

 それと同時に、悲しそうで。

 

「サクラ、貴女の精神は、酷く解離…いえ、矛盾しています。人としての普遍的な倫理観を持ち、家族を愛し他者を慈しむ…あの様な唾棄すべき汚辱に晒されて尚陰る事の無い、どこまでも慈愛に満ちた善性が貴女の本質です」

「ぅぇ?は、はい…?」

「だというのに貴女は、そんな自身の人としての要素を置き去りにして、魔術師としての価値観で己を鍛え(苦しめ)続けている。自身の置かれた境遇が、世間一般の倫理観に当て嵌めて地獄そのものだと理解していながら、()()()()()と魔術師である自分を肯定している」

 

 

 言葉を挟めない。

 ライダーの分析は実に的を得ているから。

 いや私の本質が善性云々は微妙だけど。

 

「何故ですかサクラ…何故貴女は自ら受難の道を往くのですか、何故貴女は己を醜悪の下に晒すのですか、何故貴女は自分一人で苦痛を背負おうとするのですか!」

「っ、ライダー」

 

 気圧されそうだ。

 ライダーの言葉に乗る私への想いが本物だと私自身の虚数(性質)が肯定している。

 本気で、私の身を案じ、私が不幸な目に遭う事を嘆いてくれている。

 

「ゾウケン、でしたか?幼い頃の貴女を苦しめていたあの畜生はもう居ない、他ならぬ貴女が殺したのだから。貴女は自身の力で逆境に打ち勝ち、地獄の底から脱却した。なのに!貴女はそれを喜ぶどころかゾウケンを殺した事に対し罪悪感すら覚えている!あんなっ、祖父と呼ぶ事すら忌避すべき虫螻(むしけら)を潰しただけだと云うのに!」

「───」

 

 やめてライダー。

 

「やめてライダー」

「っ、サク───」

「お爺様を悪く言わないで。お願い…貴女を嫌いになりたくない」

 

 語気を強めてライダーの語りを止める。

 解る、解るんだ、ライダーの言葉と感情は至極当然で真っ当だと理解出来るんだ。

 

 それでも────やっぱり、お爺様は私の家族だったから。

 

 向こうは私を間桐を存続、繁栄させる為の道具(跡継ぎ)としてしか見ていなかったのかもしれないけど、私にとってはそうだったんだ。

 

「───いえ、止めません。此処まで来てしまったのです。縦え貴女に憎まれようが怨まれようが言いたい事は全部言わせて貰う」

 

 そんな私の激情を真っ直ぐ受け止めた上でライダーはそう言ってきた。

 

「サクラ、貴女は誰の手も借りず一人で邪悪を討ち果たし、自らを縛る破滅の運命を断ち切った。最早何に配慮する必要も無い、貴女は自由だ、幸せになる権利を、輝かしい未来へ続く道を掴み取った……────なのにっ!何故貴女は()()()に往かず()()()側に居る!?」

「……」

「サクラ、貴女は昼間に言いました。姉を尊敬していると、魔術を通して姉と繋がっていると。貴女が自らを殺す気概で魔道を突き進むのは、詰まる所家族の為でしょう?─────くだらない」

「な」

 

 く、くだらないって…。

 そこまで言われなきゃいけないのこれ?

 

「その様な事する必要は無い。本当の家族なら、肉親なら、そんなややこしい(しがらみ)に拘る事無く共に在れる筈です。傍に居るだけで愛を育める筈です……それが、出来ない等、こんなに哀れな事は無い……────だからこそ、私は貴女を死の道に誘う魔術が許せない。貴女を地獄に繋ぎ止める家族()の存在が許せない」

「ライダー…」

「故に私は壊します、殺します。貴女へと連なる魔の全てを。貴女の敵も、貴女の家族も、貴女の財産も、聖杯戦争という傍迷惑な馬鹿騒ぎそのものも。サクラ、貴女は光射す日向(ばしょ)で生きるべき人です。下劣な闇は全て私が引き受けます。それが貴女に召喚された使い魔(サーヴァント)である怪物()の使命だ」

 

 

 そこまで言って、ライダーは口を閉じた。

 

 

 

 

 

 何よそれ。

 

 何なのよっ、それ!

 

「ふざけないでよライダーの馬鹿!!」

「な、え」

 

 心底、腹が立った。

 さっき兄さんに姉さんの悪口を言われた時と同じくらいに、腸が煮えくり返っている。

 

「馬鹿!分からず屋!あんぽんたん!私に何の相談もせずに好き勝手な事して言って!私そんな事して欲しいなんて一言も言ってないし思ってない!」

「っ!だからこそでしょう!さっきも言いましたがサクラ!貴女は自身の境遇に不満を持っていない!だから現状を変える気が無い!それでは一生貴女は奈落の底だ、それが私は納得出来ないし辛いのです!」

「別にいいじゃない!本人が良いって思ってるんだからそれで!余計なお世話よ!」

「ほらそうやって!自分一人で完結しないでください!貴女を大切に想っている人は大勢居る!その人達の心は貴女が傷付けば同様に傷付くのです!」

「その人達を殺そうとしたのは何処の誰よ!」

「ぁ、ぅ…」

「大体ブーメラン発言が多過ぎ!闇は全部自分が引き受けるとか、貴女だって一人だけで苦痛を背負おうとしてるじゃない!」

 

 一番腹が立っているのがこれだ。

 私の事となると過保護な癖に、自分の事を蔑ろにし過ぎてる。

 

 ああもう、ほんと縁で召喚されただけはある。

 私とライダーは(つくづく)似た者同士だ。

 

「あ、貴女と私では前提条件が違う!私は座に居る本体の分霊(コピー)、幾らでも代わりの利く消耗品(サーヴァント)、そもそもが死人で───」

「そんなの関係無い!私にとっては目の前の貴女が全てなんだから!」

「サク───」

「サーヴァントもマスターも死人も生者も私にとっては価値の無い言葉です。私は、貴女と肩を並べて一緒に戦いたいの!貴女と二人で苦難を乗り越えていきたいの!」

 

 

 ふと熱量の増大が止まった、言葉の残弾が切れてエネルギーの行き場が無くなる。

 ハアハアと激しく呼吸をしながら無駄に力の入っていた腕の緊張を解いた。

 

 結構、スッキリしたな。

 やっぱり人間たまには大声で本音を出すべきだ。

 

「…………ライダー」

「……はい」

「ありがとう」

「は?」

 

 きょとんと口を丸くして此方を見るライダー、やっぱりそういう仕種は可愛い人だ。

 

「ほんと…手段はハチャメチャだし、姉さんと先輩を傷付けたのは許せないけど……私の為を想ってくれての事だったっていうのはよく解ったから。だから、その気持ちにだけでもって。私の為に怒ってくれて、ありがとう」

 

 ライダーは事ある毎に自分を怪物だ反英雄だって言うけど、根っ子の行動原理には大切なものを護りたいっていう想いを必ず持ってる。

 それが有る限りライダーは英雄で、それを知ってるから私はライダーが好きだ。

 …この場合、大切なもの=私なので自分で言ってて気恥ずかしいですが。

 

「…一個ずつ整理しよっか」

「…はい」

 

 ライダーの本音は聞けた。

 次は私が返す番。

 

「先ず私は魔術師を辞めるつもりはありません」

「……理由は?」

 

 …いやそんなあからさまにムスッとした表情にならないでいよ、二の句が継げなくなっちゃう。

 

「概ねライダーの言う通りよ。代々研鑽してきた神秘を受け継ぐ義務。遠坂に生まれ、間桐を背負った誇り。お爺様から間桐(全て)を奪ってしまった罪滅ぼし。お父様、お母様、姉さん…家族と約束した未来の為………うん、全部家柄とか家族に関わる事だね。結局の所私は()()なんだ」

「……」

「でも外してる所もあるよライダー。私は別に人としての自分を置き去りにしても殺してもいない」

「…私にはそうは見えません」

 

 ライダーの静かな言葉に首を横に振る。

 

「これも大体はライダーの言う通り。私、普通の人の倫理観も理解してるつもりだから。確かにお爺様に課せられた修業は、一般人どころか魔術師の観点でも色々行き過ぎてたけど…()()()()です」

「…それ、だけ?」

「うん。お爺様の腕は凄かったわ、お爺様の言う通りにすればするだけ、魔力が高まっていくのがまだ幼かった頃の私にも感じ取れたから。調整による後遺症なんて欠片も無かったし、実質代償として支払ったのは()()()()よ。そんなのは私が()()()()()()()()()()()()()話……ほらね?得たものは沢山、喪ったものは皆無でしょ?」

「────」

「要はスポーツ選手のトレーニングと同じです。目標に辿り着く為、自分を高めていく為には苦しいトレーニングを重ねて自分の心身を虐め抜く必要がある。でもそれ等は全部自分の為にやってる事なんだから。誇りがあれば、()()()()()()()()()()んです」

 

 

 私の持論を聞くライダーの顔がみるみる信じられないモノを見る表情に変わっていく。

 

 うん、うん。

 解りますよ。

 常人の感性と比べて私の認識が狂人のそれだという事は。

 その辺は自覚してますから私ホントホント。

 

「…サク、ラ…それは」

「うん、言いたい事は解るよライダー。極論だって自覚してる。でも魔術師はそういう極論を前提にして生き抜く人種だから」

 

 そう、そもそもが『魔術師になる』という事は『己の人生の全てを無意味にする』という事と同義なんです。

 根源に到達するには人一人の人生、その全ての時間を費やしてもまるで足りない。

 少しずつ少しずつ積み重ねた研究成果を魔術刻印という形で後世に受け継ぎ、それを延々と繰り返していけばひょっとしたら辿り着ける()()()()()()、そんな雲を掴むどころじゃない話。

 自分が生きている内に根源に到達するなんて事は絶対有り得ない、自分が生きている内に自身の研究成果が実を結ぶ瞬間を見る事は絶対に出来ない。

 全く以て、徒労。

 その徒労に自分の一生を捧げられるかという所から魔術師は始まる、これが狂人でなくて何だと云うのか。

 だから自分の価値観が狂っていると客観的に自覚出来ている分だけ、私はまだまともに『人』だと思うんです。

 

「…それでは結局人としての部分を無いものとして語っているではないですか」

「うん?あれ?………あ、いや!違う違う!確かにやり方は常人のそれじゃないけど、理由はもっと別なの!」

 

 ライダーの指摘に慌てて返す。

 いけないいけない、確かに今の言い方だけじゃ勘違いさせちゃう、危うく堂々巡りになるところだった。

 

「ほら、人が何かを思って行動する時って、突き詰めれば絶対に自分の欲望に()るものが起因でしょ?」

「…と云うと?」

「うん、人に親切にするのは、周りから好い人に見られたいから。何と無く放っておくのが気分悪いから。助けた人の笑顔が見たいから……みんなそうなんです。物的な利益を得られない事でも、()()()()()を人は求めている…私はそう考えてる」

「…貴女も、そうだと?」

「ええ、そうよ。私が魔術師を続ける、人としての理由」

 

 ────そう、私の欲は昔から変わらない。

 私の求めるものは。

 

 

 

「姉さんに、褒めて欲しいんです」

 

 

 別れの日に交わした誓い、色褪せない約束。

 

 

「私が養子に出される前日に、姉さんが約束してくれたんです。何時か私が立派な魔術師に成れたら、褒めてくれるって、本当の家族に戻れるって。凄いね、頑張ったね、偉いわ桜…………それだけを貰えたなら、私、他には何もいらない」

 

 何時も私の先を行く(ひと)

 私の目指すべきものを照らし示してくれる(ひと)

 私の進むべき道を切り開いてくれる(ひと)

 私を導いて、救ってくれる(ひと)

 

 何時かあの(ひと)に追い付いて、隣に立てた時、きっと紡いでくれるその言葉。

 

 

「あの(ひと)の心が、私は欲しいの」

 

 

 

 

 

「いや重過ぎでしょう」

 

 

 一言でぶった斬られた。

 

「バッサリですねドライですねゴルゴーンですねちょっと!!」

「重過ぎます、ほんと重過ぎます、超重ったいです神話級の重さじゃないですか引きますよ流石に。そんな陶酔した顔と声で語られても聞き手としては反応に困るんですよ」

「そ、そんな変な顔してないもん!」

「ほんと、何の惚気だったんですか今の……え、サクラ…貴女が好意を寄せている相手はシロウ…ですよね?え?二股ですかハーレム狙いですか相手同性ですよしかも血縁とか実の姉の事そんな目で見てたんですかうっわ私より節操無いとか最早神話級どころか魔法級ですよないわーマジないですわー」

 

 

 殴った。

 脳天に思いっきり拳骨を落とした。

 今のは許される筈です、身動きが一切出来ない状態で相手を煽ったらどうなるかなんて子供でも分かる、調子に乗った向こうが悪い。

 

「話を元に戻そうか」

「あ、あい」

「…姉さんの事はそんな目で見てませんから」

「………」

 

 ライダーの無言がキツイ。

 ええい、軌道修正軌道修正!

 

「まぁ、ある意味ではそれもライダーの言う通りね。私には重みがあるの、抱えたものの重みが。そしてその重みを私は心地好く感じています。誇りも約束も、これ等は全部私のものだから。誰に何て言われようと手放す気はありません」

「魔法級のドM…」

「もう一発いく?」

 

 ほんっっっとーーーに口が減らないわねこの使い魔(サーヴァント)は!

 

「…兎に角、これが私の本心で本音で、在り方です。変わる気はないのよライダー……いえ、そもそも変われない。私の(属性)(いや)(おう)にも神秘(災厄)を招き寄せる。生きていく為には力を持ち続けなくちゃ」

「っ、それ、は」

 

 ライダーの表情が歪み、揺らぐ。

 どうやら今私が述べた事実には思い至っていなかった様だ、余程冷静さを欠いていたらしい。

 これは、後一押しか。

 

「ねえ、メドゥーサ」

 

 クラス名ではなく、真名を呼ぶ。

 より強く意識させる為。

 

「貴女は私が地獄の底で頑張り続ける必要は無いって言ったけど…貴女はそうした事無いの?」

「…どういう…まさか、サクラも私の過去を」

「ううん、私は貴女の過去なんて知らない。伝承の知識が少しあるだけ。だから、聞くの。苦しくても歯を食い縛って何かを為そうとした事が、貴女には無いのって」

 

 これは本当、私はメドゥーサの過去をまだ観てはいない、ほんのちょっと知識を持っているだけです。

 女神アテナの嫉妬を受けて怪物に変えられ、多くの人間を貪り殺した…それがギリシャ神話に伝わる魔物メドゥーサ(ゴルゴーン)

 私はその程度の表面的な概要しか知らない、召喚して実際に本人と接したのもまだほんの二日あまり、ライダーの心を十全に理解しているなんて口が裂けても言えない。

 だからこそ聞くんです、女神の呪いと云う苦難に晒されたライダーが何を思いどう動いたのか。

 家族(姉妹)と共に。

 

「あったとして、その時貴女はどうだった?苦しかった?それとも辛かった?後悔はした?…したとしても、それをその時為さないという選択は有り得た?」

「……」

「生きるってそういう事です。縦えどれだけ理不尽な目に見舞われても抗わなければ死に行くだけ。痛くても苦しくても、その中で希望を見付けて進めるなら、それだけで上等じゃないですか」

「……」

「そしてその希望を掴めるのは、今この時。私はこの聖杯戦争で姉さんと戦える時を待ち望んでいた…ライダー、貴女の力が必要なの。私の夢の為にもう一度力を貸して」

 

 

 (ひざまず)いて視線の高さをライダーに合わせる、拘束された手を取って包む。

 心は全て曝け出した、口先だけで出来る事はもう無い。

 これで駄目なら本格的に、()()()()()を用いらざるを得なくなる。

 どうか、私の願いがこの女神に通じる事を───

 

 

「反吐が出そうですよサクラ」

 

 

 ───祈って、いたんだけど、なぁ…。

 

「嗚呼、本当、貴女の言う通りこの世界は理不尽です。神代よりはマシになったとは云え、未だ人の(はざま)は病んでいる」

「…ライダー…」

「─────ですから、私が貴女を手助けします」

 

 

 

 え。

 

「────え?」

「貴女の在り方はよく理解出来ました。非常に…ひっっっっっじょ~~~に不本意ですが……いやもうマジで全然納得いってませんし貴女の家族や魔道に対する憎悪は欠片も減っていない、寧ろ増しましたが………それでも、貴女を護るならばそうするしかないのですね」

「ライダー…!」

「はい。────サクラ、今一度誓いを此処に。これより私は貴女だけを護る騎手となります。この手綱を以て貴女に降り掛かる災厄の全てを蹴散らし…────必ずや貴女を救う」

 

 

 感極まって思いっきりライダーに抱き着いてしまった。

 ああやっぱり、嬉しい、ライダー最高!

 こういう所、こういう所なんですよもう!

 そういう優しさがあるから、貴女は英雄なのよライダー。

 

 私とライダーの体を所々で隔てる拘束具のせいで痛みを覚えたが、そんなのは一切合切無視して私はライダーをハグハグし続けた。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 まあそれはそれとして。

 

「それじゃあお仕置きを始めよっかライダー」

「待ってください待ってくださいおかしいでしょう!!数分前の流れと雰囲気からしてこのまま解放くらいの勢いだったじゃないですか何でノーブレーキで直角にターン!!?」

 

 ほぼ微動だに出来ない肉体で唯一自由な口を全力で働かせ、ライダーは早口に喚き散らす。

 もう、いやねぇライダーったら。

 

「いや~だってほら~、最初に言ったでしょライダー。加減はするけど容赦はしないって」

「後ろ半分は聞いてません!」

「そうだっけ?でも私ちゃんと心の中で言ってたから。従者(サーヴァント)なら主人(マスター)の心をちゃんと()んでね」

「でしたらサクラも私の心を汲んでどうぞ…!御慈悲を、マジでマ慈悲をおおおぉぉぉっ!!!」

「その申請は却下されました」

 

 体が動いたなら即土下座していただろう勢いの懇願を私はさらりと切って捨てる、ライダーの顔がみるみる青褪めていった。

 

 私は刻淫蟲およそ数十匹をライダーに仕掛ける為、自身の()()()それ等を呼び出し準備をする。

 

「姉さんに魔力を供給する為に、貴女が姉さん達から奪った魔力を奪い返させて貰うわ。折檻も兼ねてこの子達に直接魔力を吸わせるから」

「いやー駄目なんじゃありませんかサクラ!そんな自分がされて嫌だった事を他人にしちゃいけないって習いませんでしたかちょっと!サクラ!貴女はもっと優しい娘の筈です!お姉ちゃんそんな娘に育てた覚えはありませんよ!」

「安心してライダー、私も育てて貰った覚え無いから。っていうか心配しなくても大丈夫よ。流石に私が昔された様な事するつもりは無いから。ちょっとガブガブヌラヌラチューチューしてあげるだけだから」

「サクラ!貴女のメンタル強度を基準に物事を考えてはいけない!普通はそれだけでトラウマ確定ですから!」

「貴女は英霊だから大丈夫よ~」

 

 というかそれくらいじゃないと英霊相手にはお仕置きにならないでしょうに。

 

「どっちにしろライダー、貴女が姉さんと先輩達に害を為したのは事実よ。それは絶対に許さないから。寧ろこの程度で済ませてあげる私の恩情に感謝して欲しいくらい」

(これより上がある…だと!?)

「それじゃー観念して、レッツゴー」

「ちょ、ま───」

 

 

 

 

 ───ライダーの悲鳴が微かに母屋の方に届いたとかなんとか。

 あとそれを捉えたキャスターは土蔵の方に向かって静かに合掌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────桜は少々勘違いをしていた。

 ライダーは確かに桜の在り方を本当の意味で理解したし、頭を冷やした為先程の様な凶行に出る事はまず無い。

 力を貸して欲しい、もう一度共に戦って欲しい、そんな桜の懇願にも首を縦に振った。

 

 

 だがそれは飽く迄()()を変更したに過ぎない。

 

 ライダーは正しく理解した。

 遠坂凛を殺したところで桜の(誇り)を折る事は出来ない。

 寧ろ亡き家族に報いる為にと、より深い奈落まで自分を堕としてゆくだろう。

 

 ライダーは正しく理解した。

 単純に桜を魔術の世界から遠ざけても意味は無いのだと。

 類稀な神秘の素養を有する桜には幾らでも死が這い寄って来る、自分が幾ら殺しても潰しても壊してもキリが無い。

 

 ライダーは正しく理解した。

 桜は頑固者だと。

 優しく狂いながらも芯は歪まず。

 なまじ自身の異常性を正確に把握している分、どう言葉を重ねても彼女の在り方を変える事は出来ない。

 

 

 ならば、戦うしかない。

 桜が変わってくれない以上、死に向かって猪突猛進する彼女を自分が護り、サポートしなければならない。

 

 聖杯戦争に勝利する。

 

 

 

 

 そして獲得した聖杯で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 説得は不可、力付くでも一時凌ぎにしかならず、許容は最早論外。

 ならば根本の(ことわり)自体を変革する。

 

 

 反英雄の性根、桜は未だ理解に至らず。




桜ちゃんは『良い娘だけどヤベー娘』と思ってください(笑)


そんなこんなで桜ちゃんとライダーさんに好き勝手喋らせてたら文字数が一万五千近くに膨れ上がっちまったぜ。後書きで解説したい事もいっぱいで大変だ(自業自得)


なんやかんや全員合流。ライダーさんだけ離脱させようかとも思いましたが桜ちゃんが勝手に捕まえちゃったので(笑)。結果的に綺麗な収まりに。

魔力ラインは繋がってるけど士郎君の魔術回路がストライキ中なので実はレッドラインすれすれだったキャスターさん。魔力供給二発目。信じられるか…こいつら昨夜も魔力供給してるんだぜ…。

桜ちゃん→凛ちゃんの魔力供給だぜヒャッホウ。PC版方式でがっつり絡んで貰うかレアルタ方式で雰囲気醸し出すだけに留めるかは検討中。

戦績が奮わなくて若干ブルーなセイバーさん。ぶっちゃけ凛ちゃんが未だに無傷な時点で充分過ぎる働きをしてると作者は思う←他人事

Q・拘束用の礼装どっから持ってきたの?
A・桜ちゃんが胸の谷間の虚数空間にしまってたやつ使った。リップちゃんと同じ四次元ポケットならぬ虚数バレー。

Q・刻淫蟲って何?
A・桜ちゃん作の淫虫と刻印蟲のハイブリッド。ハイブリッド?用途は爺ちゃんがやってたのと大体同じ。なんかこの二匹公式でも混同される事があるっぽくてややこしいので混ぜました。ええやろ別に(テキトー)

『貴女を護る騎手』→『貴女だけを護る騎手』
『貴女を聖杯の下へ導く』→『貴女を救う』

ライダーさんが幕間その1での宣誓と比べて微妙にニュアンス変えてきてるのがミソ。


桜ちゃん視点の臓硯さん
・どうしようもない鬼畜外道だという事は解ってたけど魔術に関しては真面目で誠実な師だから頼りにしてた。あと魂の最奥にある五百年前の理想の燃えカスの残滓の切れ端くらいを虚数で感じ取ってたし、なんやかんや家族だしで慕ってた。

実際
・胎盤としてしか育てる気無いし修行内容も半分くらい趣味入ってたから真面目で誠実とはとても言い難い。4話の後書きで臓硯さんを好い人と勘違いしてるって書いたのはこの認識の違い。断じて設定が甘かった訳ではない()。

もし桜ちゃんが胎盤云々を知ったらジジイと敵対ルート。そうなる以前にムシャムシャされたけどな!



こんなもんですね。作者は解説したい病患者なんです、すいませんorz

地雷は撤去出来た様で逆に新しいのが着々と埋め込まれていっている現状。爆発するかしないかは今後の流れ次第。次回もよろしくお願い致します。


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21話 エッチな回 前半

欲望のコントロールが全く以て利かないので、もう開き直ってR-17.9くらいの作品を目指していく事にしました()

今更かもしれませんが、間桐桜という娘を中心として物語を執筆する以上、こういう穢いというか生々しい描写も確りやっていかねばと思い、冒頭は省略しませんでした。
蛇足くさいですがどうかよろしくお願い致します。



それはそれとして。
間桐桜さん誕生日おめでとうございます。


 ズルズル、グチュリ、ツプン、グヌヌ。

 

 芋虫の様な、蚯蚓(みみず)の様な、蛭の様な───でも間違い無く自然界に存在する普通のそれ等とは異なる異様で不気味な蟲達が、数多の拘束具で縛められた美女の肢体を這い回っている。

 蚯蚓(みみず)の如く体の太さ細さを変化させる事で前進する蠕動運動(ぜんどううんどう)、催淫効果を有する粘液を纏ったそれが服の内側に入り込み、肉の伸縮音と粘性の水音の相乗効果で素肌と鼓膜を犯していく。

 最初こそ恐怖と不快感しか感じないが、ものの数分も経てば体液の効果で体が疼き始め、数十近いそれが全身を同時に這い回る濡れた刺激、時折素肌に牙を突き立てられ魔力を吸われる尖った刺激で、どんどん肉体と脳が興奮し麻痺し融けていく。

 

 ────(かつ)て、まだ欠片も性に目覚めていなかった幼い私に容赦無く襲い掛かったそれに、かなり近いモノ。

 それをライダーに味わわせていた。

 

 

「……~~~ぉ、うう、あ゛っ   ぐう、ぅ、やあああっ、 んん、も、や、ふぁぁぁっ」

 

 悲鳴とも喘ぎ声ともつかない、意味の無い言葉をライダーは垂れ流し続けている、その顔は既に真っ赤に火照り切っていた。

 魔術による束縛で体は微動だに出来ていないが、もし五体が自由なら全身を躍動させて身悶えながら自慰行為に走りかねない程に、興奮し切った状態。

 眼帯の下の顔はどうなっているのだろう、邪魔なそれを乱暴に剥ぎ取って隠されたものを、淫靡に蕩け切っているだろう(まなこ)を脳裏に焼き付けて味わいたい─────そんな発情した猿の如き下衆な思考を取っ払って使い魔達に指示を出す。

 もう充分だ、頃合いでしょう。

 

 

「そろそろですね…はい、終わり」

 

 手を一回合わせてパンッと音を鳴らす、それだけで刻淫蟲達がライダーから離れて私の下へ戻って来た。

 魔力パスを通じて指示を出すのが一番手っ取り早くて確実なので別にこういうアクションを入れる必要は無いのですが、まぁ何と無くです、使い魔達の反応がちゃんと正常か試したかったというところ。

 

 ライダーへの尋問と私刑、合わせて約一時間、気付けば結構な時間が経っていた。

 もうそろそろキャスターさんの作業、結界構築とセイバーさんの治療、両方共に終わっている筈だ。

 次はそれぞれ二組に分かれての魔力供給、先輩達は兎も角姉さんの方は私が出向かなければ始まらない、もたもたせずに早く出向かなければ。

 

「ん、はぁ…はあぁぁ…んんう゛っ」

 

 ─────………早く、行かなきゃいけないのですけどぉ…。

 

 どうにも、今のライダーをこのまま放置しておく事に罪悪感を覚えると云うか何と云うか…端的に言って可哀想だった。

 いやこんな風にした張本人は私なんですけど。

 

 既に蟲達は離れたが先程味わった快感が直ぐに消えて無くなる訳ではない。

 数十分にも及ぶ責めと体液の効果ですっかり敏感になってしまった全身の神経、どっぷりねっぷりと浸かり蓄積されたそれは簡単には治まらない、他ならぬ私が経験したものなのだ、良く解っています。

 

 一応、素肌に纏わり付かせ、這い回らせ、甘噛させるだけに留めて、肉を喰い破らせたりナカに入らせたりといった過度な苦痛や屈辱は与えないヤリ方にしたのですが…それでも、これは、ちょっと…やり過ぎた、かな?

 いや、寧ろ逆に(優し)過ぎた?

 いやまあ比較対象が幼い頃の私が体験した()()という時点で何か基準が間違っている感はあるけれど……もっと思いっきり責めて、とことんイク所までイカせてあげてた方がスッキリして良かったの…かも?

 これでは生殺しもいいところだ…ほんと、ちょっと、あかん、さっき迄の私テンションがおかしかったわ、殺生な事してもうた。

 

 いや、でも、うん、しょうがない。

 

 だってこれはお仕置きだもの、相手が嫌がる事じゃないとお仕置きにならないし、ここで甘い顔してシちゃったら寧ろ御褒美になっちゃうし。

 心を鬼にして放置プレイへ移行する事を決意した私は、姉さんの所へ行く前に魔力供給の()()を始める。

 

 

 私と私の使い魔達は全員魔力ラインで繋がっている為、自由自在に魔力の受け渡しが出来る。

 無論蟲一匹が保有出来る魔力量の限界や物理的な距離等の問題があるので融通が利かない部分もあるにはありますが。

 

 私は先程までライダーにけしかけていた刻淫蟲数十匹の内の一匹だけをそのまま足下に残し、他全員を影の中(虚数空間)に帰した。

 残った一匹は他数十匹からラインを通して受け取った魔力でその身をぷっくりと膨れ上がらせている。

 

 その姿形は正しく男性のモノ。

 うわーぶっといぶっとい。

 

 全く、お爺様はほんととんでもない変態(ひと)です、趣味が悪過ぎる。

 その趣味の悪い使い魔をほぼそのまま受け継いで使役している私も大概なのだけれど。

 私はその一匹を掌の上に乗せる。

 

 

「あむ、ん」

 

 

 ────そしてそのまま口に咥えた。

 

「ふむ、ぐ」

 

 半身を咥え込まれた蟲はピチピチビチビチと激しくその身を振るってより奥に己を捩じ込もうと暴れ回る…ウチの使い魔達は相も変わらず堪え性が無くて困る。

 のた打ち回るその身が私の口内中の粘膜に擦り付けられ、舌に絡み付き、催淫効果の粘液が唾液と混ざって喉を下っていく。

 一分程後、一際大きくその身を震わせた蟲は口に当たる部分から勢い良く体液を噴き出させた。

 

「っ、ぉ………く、けへ、けほ」

 

 既にその身の殆どを口中に押し込めていた蟲はほぼ直接と言っていいくらいダイレクトに体液を喉に流し込んでいく。

 ビュービュービュクビュクと遠慮無しに、最早ゲル状に近いドロッドロのそれが喉を通って私の中に注ぎ込まれていく感覚。

 

 熱い。

 濃い。

 

 ライダー本人のものは勿論、キャスターさん、セイバーさん、先輩───姉さん。

 複数の、親しい人達の魔力が混ざり合ったそれは凄まじく濃密で濃厚で、私に取ってこの上無くまろやかで甘露だった。

 

 30秒以上、通常の性交のそれよりよっぽど長い時間を懸けて体液を吐き出し終えた蟲をべえっ、と掌の上に吐き戻す。

 ヌラヌラテカテカと濡れたそれは頭を(もた)げて此方に向ける、それがまるで胸を張っている様に見えて。

 どうだ凄いだろう、良い仕事しただろう、御主人の役に立てたか、御主人褒めてくれ───そう言っている様に見えるのはきっと私だけなんだろうな。

 苦笑しながら蟲の頭を一撫でして影の上に置き虚数空間に戻した。

 

 ほぅ、と息を吐く。

 顔が熱っぽい、体が火照ってきている。

 腹部からドクドク、ズクズクとした高揚感が全身に浸透し脳を茹で上がらせている様な。

 

 私は今、発情している。

 

 『魔力』は『原初の生命力』とも言われています。

 自然界(外界)に満ちる星の息吹たる大源(マナ)体内(内界)で生成される精気である小源(オド)、それぞれ発生源も絶対量も違いますが生命そのものであるという一点により殆んど性質に差は無いとされています。

 そして生命とは脈々と受け継がれる誕生(創造)、私達人間が子孫を産み増やす為には性行為が必要不可欠、故に魔力は性的興奮で高まるのです。

 私が使い魔達からライン越しで魔力を受け取らず態々一匹残して体液を啜ったのはこれが理由。

 既に何度か述べましたが刻淫蟲の粘液、体液には催淫効果がある、集めた魔力ごとそれを摂取すれば肉体を昂らせてより魔力を高める事が出来る訳です。

 要は姉さんへ万全な魔力供給を行う為のオプションと云ったところだ。

 なんせ今は戦争中、ゆっくり休めれば御の字ですが先のライダーの暴走みたく事態が急変する可能性は幾らでも存在する、少しでも回復が早まるに越した事は無い。

 

 そんな感じで自身を仕上げた私は土蔵から出る為扉を───

 

「サクラ…っ!」

 

 ───開こうとしてライダーに呼び止められた。

 

「サクラっ、ま、って…待ってぇ……!」

「何?ライダー」

 

 興奮し切った様子のライダーに白々しく疑問系で応じてみたが、そんな私の言葉には取り合わず只々彼女は懇願してくる。

 

「お願い、待って……我慢出来ない…体が、疼いて…私、止まらないんです…っ!!」

 

 身動きが一切取れない彼女は自分を慰める手段が何も無い、濡れた艶の息を何度も激しく吐き出しながらライダーは切に求めてくる。

 

 要求内容は実にシンプルで明白だ。

 でも残念、駄目よライダー。

 貴女へ与える罰の内容はもう決めてしまったの。

 先輩や姉さん達の殺害未遂、朝から夜まで隙を見付けては行われた私へのSMプレイもといペッティングもといセクハラ…数多の罪状が挙がっているんです、あれだけの事をしでかしてこの程度で済ませてあげてるんだ、寧ろ感謝して欲しいくらい、慈悲はありませんよ。

 

「もう、駄目っ…いや、私っ、いやっ…!…助けて…!助け……う゛、ううぅぅうんんんっ!!もう、や、ああああっ!!!」

 

 普段の低く落ち着いた声とは真逆の、熱を孕んで跳ねた甘い喘ぎ。

 喋れば喋る程、気を逸らそうとすればする程、余計に昂って仕方無いのでしょう、お腹の底から絞り出した怒声に近い唸り。

 …あれ?これなんか、本当に不味い?

 

 

「ふぅー、ふー、ぐ、うう、うううっ……!!」

「え、あっ、ちょ!?」

 

 キャパが限界を超えてしまったらしい、ポロポロと眼帯の下から雫を溢して…いけない!泣かせちゃった!

 

「ご、ごめん!!ごめんねライダー!!あ、や、やり過ぎたよね!ああもうごめん、ほんと、酷い事してごめんなさい」

 

 駄目だ。

 こういうのは駄目だ!!

 私は只ライダーに反省して貰いたいのであって無駄に痛め付けたり苦しんだりして欲しい訳じゃないのに!しまった完全に加減を間違えた!

 うわああ、やっぱりライダーの言う通りだったんだ、幼少期の私が耐えられたんだから英霊のライダーにはこれくらい軽いと、基準値を甘く見積もり過ぎていた。

 何やってるのよ私、自分の精神の在り方が常人とはまるで違うって、ぶっとびクレイジーサイコガールだって何年も前に自覚出来てた筈でしょうが!!

 

 ああ~ごめん、ごめんねライダー、本当にごめんなさい!お願いそれ以上泣かないで~!

 

「な、泣かないでライダー。ほ、ほら、よ~しよ~し」

「っ!!!んひ、ゃ」

「あ、わ、ちょ、ごめんんんっ!!」

 

 子供をあやす様に軽く頭を胸に抱き寄せて撫でてみたが普通に逆効果だった、身体中が敏感になっているのに不用意に触ったらいけないなんて誰でも分かるのに、もう!私ってばほんとに鈍臭いんだから馬鹿!

 ビクリと肌を跳ね震わせて悲鳴を上げたライダーは、徐に顔を此方に向ける。

 

 

「ご、ぇんぁさ、ぃ……ザ、グラ゛………もう、もう反省しましたから…あんなごどじま゛ぜんから……お願い、お願い…助けて…」

 

 嗚咽交じりで途切れ途切れに、所々濁音の付いたお手本の様な泣き言。

 本来幼い子供が引き起こす心の暴発…それを、ライダーの様な長身でスタイル抜群な絶世の美女が行っている…。

 

 私の、目の前で、無防備に。

 

 

 その有り様の、何と背徳的で倒錯的な事か。

 

 

 

 ─────ああもうっ、馬鹿っ、ほんっと馬鹿っ!!!

 何を欲情しているのよ大切な人が目の前で苦しんでる様を見てっ!!

 

 刻淫蟲の体液を飲んだのは失敗だったかもしれない、頭と五体の茹だりが治まらず冷静な判断を下す事が不可能に近い、これじゃ不味いよ。

 再び心を通わせ合い、共に戦っていこうと誓った、大切なパートナー、しかも同性である人を…っ…()()()()対象として見ている自分に、心底反吐が出る。

 

 ああ、卑しいなぁ。

 

 ライダーは私の本質を善性だと言ってくれたが、それは間違いだ。

 こういう女なんだ自分は。

 心は狭く小さい癖に見た目だけ醜く肥え太った卑怯で下劣で愚図で馬鹿で……他人に寄生する事しか能が無い蟲。

 

 いいでしょう、だったらそんな卑しい身でもやれる事をしようじゃないか。

 苦しむパートナーに、今私がしてあげられる事を。

 

 

「ライダー」

 

 

 名前を囁きながら片手を肩に、もう一方を顎に添えて前に乗り出す。

 またもライダーの肌がビクリと波打った、こういう反応は生娘みたいというか純粋で可愛いのになぁもう。

 顔を近付けながら考える、そういえば私処女はとっくの昔に無くしてるけど、ファーストキスはまだだったな。

 もし叶うなら、心の初めてはあの人に……そう思っていなかった訳ではないけど…この際、構わない。

 うん、相手がライダーなら悔いなんて無い、寧ろ光栄に思うくらいだ。

 さあ、何時までも待たせていては気の毒だ、私なんかでライダーが満足してくれるかは自信無いけれど、精一杯の(真心)を込めて───。

 

 

 

 

 

               ニヤ

 

 

 

 

 

(       ───── っ)

 

 

 ───う、ん?

 

 なんだか、今、おかし、ぃ、ん?

 あれ?うん、うん?

 待てよ…おい、あれ、これ、それ、どれ?

 うん?ちょ、ちょっと、これ、うん?

 この一連の流れ、おかしくなかった…?…いや流れ方自体は不自然じゃないけど…流された場所が、なんか…。

 例えるなら自然に出来た川じゃなくて舗装された用水路的な───。

 

 

 

(───────っ!!!)

 

 ティコンッ!!(バーローのあのSE)

 

 

 

「………ライダー」

「あ゛…さくら」

「もう、いいわよ、そんな必死に媚びなくても」

「ぁ、は…さくら、さくらぁぁ…!」

「───感度3000倍にするわよ」

「申し訳ありませんでした」

 

 

 キリッと一転、一瞬前までの幼気(いたいけ)さをまるで初めから無かったかの様に消し去ってライダーは即座に謝罪してきた。

 

 やった、やってくれやがったわねこんの(あま)!!

 

「なんって演技してくれるのよこの色ボケ!!」

「おや、酷い言い種ですね。ふふふ、乗りかけた貴女も同罪でしょうに」

「そんな訳ないでしょ!」

 

 つまりはそういう事だ。

 このままでは放置されると勘付いたのだろう、弱々しく助けを乞う演技で私をその気にさせたんだ。

 せめてこの荒ぶる欲求を解消しようと、あわよくば拘束を解いて貰って逆襲しようと(※性的に)してたわねちょっと!

 いや顔の赤みも発汗も凄いからマジで欲情はしてるんだろうけど割とまだ余裕あるでしょこれ!

 

 くっそぉー!確かに私は甘かった!ベクトルは全く以て逆方向だけど!

 確かに私はまだライダーの事を十全に理解したとは言い難い、言い難いけど!朝から晩まで今日一日懸けてある一点については重々承知した筈でしょうが!

 メドゥーサはバイでエッチで意地悪だって!

 

「く、くぉんの…っ!こんな、人の良心に突け込む様な誘い方して!恥ずかしくないの!?全然反省してないじゃない!」

 

 何か綺麗なブーメランが飛んでいく幻覚が見えた。

 

「今更何を言っているのですかサクラ。私は反英雄ですよ、性根の悪さには定評があります。世界に在り方を定められた英霊に対して反省を促す等ナンセンスというものですしおすし」

 

 わ…悪怯(わるび)れもしない…だと!?

 クールに唇を歪めて逆に此方を窘めてきたライダーに私は戦慄する。

 

「それにしてもサクラ、朝も言いましたが貴女は本当に感受性が強いですね。吸収(間桐)虚数(貴女)の性質が合わさった結果なのか、それとも元々周囲の機微に対して敏感なのかは知る由も無いですが」

「……ライダー、貴女まさか」

「しかしそれと同時に強靱に過ぎる精神力…まあ今回はこの拘束に依る所が大きいのでしょうね。本当に厄介な束縛、宝具の効果すらここまで抑え込むとは。淫夢に堕とすどころか精神誘導も儘なりませんでしたよ」

「何そんなしょーもない事に英雄の象徴使ってるの!?」

 

 まさか眼帯(宝具)まで使って私の精神に干渉していたとは!確かに途中で妙に思考が飛躍した気がしたけど…これのせいかよ!

 

「え、エッチに関してどれだけ本気なんですか!全く…!んもう!ライダーのすけべ!変態!エロ魔神!英霊からサキュバスに転職したらどうなんですか!」

「失礼ですね、こんな風になってしまっているのは貴女の執拗な()()のせいなんですよ」

「う…」

 

 はぁ…と頬を紅潮させながら熱く濡れた吐息を漏らすライダーの言葉に、私は思わず口籠(くちごも)ってしまう。

 ぬぐぐ、分かっていても淫液で昂った本能が()()かれる、本当にメドゥーサは色っぽい。

 意識して何とか生唾を飲み込むのは我慢する、そうですよ元はと言えば事の発端はライダーでしょうが!

 

「そ、そもそも原因の原因は貴女じゃない!自業自得です!」

「それを言われると弱いですが…一応、辛いのは本当なのですよ?人は相手に何かを伝える時大なり小なり言葉や仕種を()()でしょう?それと同じです。確かに若干演技はしましたが……っ、体が疼いて仕方無いのは、事実です…」

 

 肉欲を抑えながら言葉を紡ぐライダー。

 ああ、さっきのブーメランの正体はこれだったんですね、綺麗に頭にぶっ刺さりました。

 

「…反省しない人に施す慈悲はありません」

「…御尤(ごもっと)も、御尤もなのですが…やはり私は貴女も悪いと思うのですよサクラ」

「な、何で」

「だってほら…目の前であんな凶悪なモノを咥え込んで、微かな嘔吐(えず)きと共に目尻を潤ませ、徐々に頬を紅潮させながら出されたものを飲み下す…私等よりサクラの方がよっぽどエッチでしたよ」

「ぇ、ん、な」

 

 先程の刻淫蟲を使った作業を客観的に実況されて怯んでしまう。

 や…ばい、恥ずかしい…!ライダーの意識が朦朧としてる隙にと思ってやったのにバッチリ見られてた!

 

「私にとっては、この上無い高級食材と一流シェフによって料理された好物を丸一日断食した状態でおあずけされたのと同義なのですよ。そんな事をされたら幾ら相手にそういう意図や悪意が無かろうと文句の一つや二つ言いたくなるものでしょう?」

「そ…そう言われると、確かに申し訳無くなってくるけど…やっぱり大元はライダーなんだから!謝りもしないし慰めてもあげない!」

 

 ぷんっ、と腕を組んでそっぽを向く。

 ライダーめ、あの手この手の話術でこっちの心に入り込もうとして!

 そもそも何で私はこんな律儀にライダーに付き合ってうだうだだらだら会話を長引かせているんだろう。

 もうっ、姉さん達が待ってるんだ、もう行こう、どうせライダーは動けない、このまま放置してさっさと土蔵から出れば───

 

 

 

「   サクラ   」

 

 

 

 ───力の籠った言霊。

 反射的にライダーを見てしまう、言の葉に伸し掛かられ、足が止められる。

 それ程迄に、濃縮された、『愛』────。

 

 

「あれだけお互いに本音を曝け出して語り合ったのです……良い機会ですし、これも告白してしまいましょう」

「ライ、ダー?」

「サクラ」

 

 

 悪戯心(いたずらごころ)と喜色を滲ませて口を動かすライダー。

 

 え…え…まさか、うそ───

 

 

「私は貴女が好きです」

「   」

 

 

 

 

 ──────────────言われて、しまった…。

 

 嘘、という驚愕と。

 何故、という猜疑心と。

 やだ、という羞恥心と。

 

 ─────嬉しさと。

 

 

「って私は同性愛者じゃありませんからーーーーーーっ!!!!」

 

 一瞬心を(よぎ)った感情(好意)を掻き消す様に大声で叫ぶ。

 い、いや、ちがっ、いやでもまるっきり違うっていうんじゃなくて、あの、そりゃライダーの事は大切ですし、す、好きですし、気持ちは嬉しいっていうか、満更でも、ない………って、思っちゃってるけど。

 わ、私には心に決めた先輩(ひと)が。

 

 

「念押しとして、もう一度……サクラ、私は貴女が好きです」

「ぁ、ぅ」

「愛しています。異性ではなく同性ですが…性愛の対象として、貴女に恋をしています」

「……ライダー」

 

 先程迄の淫靡さや性悪さを全部引っ込めて、ライダーは真摯にその心を送ってくれた。

 

「………う、嘘じゃないのね?」

「勿論」

 

 好意の告白に対する二言目がこれ。

 ああもう、私本当に鈍臭いな、もっと他に何かあるでしょ。

 そんな風に内心余裕が無くなりつつある私を置いてライダーは再び言葉を紡ぎ始める。

 

「嘘等ではありません。だからこそ、私はああしたのですよ。貴女には幸せになって欲しかった…魔術等と云った要らぬ不幸の芽を全て潰して。ですが聖杯戦争中、精々が二週間程しか現世に居られない私では貴女の生涯(全て)を護り切る事等到底出来ませんから。だから、せめてもの()()()()になればと…貴女が真っ当な道に辿り着く迄の時間稼ぎになれればと思いました」

「……」

 

 返しが、出来ない。

 お礼の言葉や、告白への返事も出てこない。

 こんなに、愛して貰えているのに。

 

「…好きになってくれた、理由は?」

「ふむ、そうですね。結構一目惚れに近かったと思います」

 

 

 ひ、一目惚れ、って……な、何でそんな、私なんか。

 

「召喚されて一目見た時…まあ目隠しをしているので視覚以外の五感で()()のですが、その時点でポイントは高かったですね。麗しい眉目、艶やかな唇、()き流れる葵の黒髪…そして何より、何よりっ、その素晴らしく官能的で抜群なスタイルっ」

「そんな力強く言わないでよ!」

 

 要するに見た目か、まあ第一印象は大事だからそこを否定する気は無いけど、何だかなぁ。

 ────ただ私の髪の色を()に例えてくれたのは嬉しい。

 

「まあそんな感じで()()()()()な少女だと思いまして…続く会話を終えてもう決めてましたね、この娘は絶対()()と」

「何のカミングアウトをしてるの…」

 

 声が自然と震える。

 改めて戦慄する。

 え、じゃあ何?私召喚直後からもう既にロックオンされてたって事?この反英雄に?両刀の色情魔に?

 あ、朝のじゃれ合いとか、滅茶苦茶危険な橋渡ってたんじゃない私!

 

「だってそうでしょう…?外見が好みにドストライクなだけでなく、使い魔(サーヴァント)に過ぎない私に対し丁寧で誠実な心優しい在り方、魔術の腕も上々で確りと的確なサポートを送ってくれる理想のマスター像…貴女の召喚に応じて心底当たりだと思いました」

「…買い被り過ぎ、だよ。私、まだまだ未熟者だし…」

「その未熟さがまた良いのです。謙虚で初々しい言動、清楚な面持ち……こんなの絶対処女だと思うじゃないですか。この無垢な花を手ずから手折(たお)り、思うまま蜜を啜り、より好みで美しい姿に()ける……ええ、想像しただけでご飯十杯はいけましたとも」

「ア、ハイ」

 

 

 ライダーの評価が嬉しい反面、本格的に恐怖を感じた、どんだけですかこの蛇。

 そもそも私処女じゃないし…何だか申し訳無い気が───いや申し訳無いってなんですか私、性犯罪者に対して罪悪感抱く必要皆無でしょ。

 

 

「あ、処女でないと知っても気持ちは微塵も揺れなかったのでそこはご安心を」

「いや只々反応に困るんだけど」

「ふふ…だからこそと云うべきか、それにしてもと云うべきか、先程は本当に惜しかった。あと一歩で貴女を味わえたというのに…ねぇ?」

 

 

 より低い声で唸る様に、蛇蝎の如く邪淫の気を乗せてそう言ったライダー。

 くちゅりと音を立てて自らの唇を一舐めするその様が此方の怖気と情欲を誘う。

 

 ほん…っと、何度でも思う。

 ライダーはエッチ過ぎる。

 メドゥーサという名前は『支配する女』を意味するらしいですが、これは成る程と納得するしかない。

 仮に私が男だったら欲望のままに令呪で従わせてその身を差し出させていたんじゃないかと思うくらいには強烈で…────そして既に、自分が男じゃないという事実を僅かながら残念に思い始めちゃう程にはやられていた。

 

「っ…ライダー、また宝具使ってない?」

「さあ?どうでしょう?」

 

 愉快気にニヤニヤ笑いながら惚けてみせるライダー…これは多分、使ってない。

 となると、ライダーの自前の魅力と飲んだ淫液のせいか、あーちくしょ、(つくづく)タイミングをミスったと後悔する。

 先程から疼きが加速度的に増してきている、ライダーの姿を視界に収めているだけで、ライダーの声を鼓膜で受け止めるだけで、どんどん興奮してきている本能()が居る。

 

「おや、息が荒いですよサクラ」

「…ぁ、あのねぇ」

「ふむ、頬も随分と紅くなっていますね。そんな格好で居るから、風邪でも引いたのでは?」

「解ってて言ってるでしょちょっと…!」

「はて、何の事やら。しかしこれはいけませんね、マスターが目の前で体調を崩しているのに、こんな格好では看病も満足に行えません」

「っ……!!」

「拘束、解いていただけませんか」

 

 

 理性が、融ける…!!

 

 くそぅ、いけしゃあしゃあと…!ライダーめ、こうなる事を見越して態と話を長引かせたわね!

 身動き一つ取れない相手に、口先一つでここまで翻弄されるなんて、悔し過ぎる…!

 

「サーヴァントはあらゆる面に於いて最高位の使い魔、それを身を以て証明しましょう。あの様な蟲等より、よっぽど貴女(マスター)を満足させてさしあげられると思うのですが…」

 

 両腕で体を掻き抱く。

 ヤバ。

 ライダー、それ以上駄目───

 

 

「如何です?───────(いか)されてみませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

   ────── 限   っ 界 !!!!!

 

 

 ぶわりと私の足下の影が広がる。

 

「   へ?」

 

 そこからわさーっと這い出て来るのは刻淫蟲、およそ1000匹。

 

「ぅ えっ!?」

 

 先程の約20倍の数のそれ等がライダーに殺到し纏わり付いていった。

 

「おわあぎゃちょ  んにぎょわっはああああああああああああああっ!!!!」

 

 何等かの制止の言葉を発しようとして失敗したのだろう、呂律が先走って転んで縺れたライダーに一切配慮せず私は背を向けて土蔵の出口を目指す。

 

「ちょ、お────さ、さくらああああああっ!!何でこんな突然のご乱心!?」

「うるさいっ!!もう、何か色々、無理っ!限界なの!!いきなり告白されて体が疼いて満更でもなくて!!」

 

 喋りながら扉に手を掛けて開ける。

 もう無理無理っ、爆発しそう、心身共に切なさが溢れそうでとっくにキャパオーバーだ。

 

「ライダーが悪いんだからね!恨むなら省みなかった自分自身の色狂いな性根を恨みなさいっ!」

「あのっあれっ、サクラ!私ポジションにはそこまで拘りありませんからっ!本命はシロウで私は愛人という感じで───ハーレムっていいですよね!」

「そのハーレム何時の間にかライダーが中心になってそうで恐いから却下!!」

「あーーーっ!すみませんすみませんって!ちょおおっ!?まさかこれこのまま放置───」

 

 

 ライダーの声はそこで途絶えた。

 閉じた扉に(もた)れ掛かってズルズルと座り込む。

 刺す様な冬の冷たい空気も焼け石に水だ。

 

 熱い、切ない、切ないよ、ライダーのせいだ、ライダーの馬鹿。

 両手で自らを弄り慰める。

 今このままの状態で姉さんや先輩に会ったら問答無用で襲い掛かってしまう可能性大だ、何とか最低限の理性を取り戻せるまで鎮める作業に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────少し時間を遡って、衛宮邸の一室。

 

 

 今、俺の目の前でキャスターによるセイバーの治療が行われていた。

 両目を閉じて正座しているセイバーに、()色の燐光(魔力)を纏った掌を当てているキャスター。

 その行いは静かだった。

 いや、まあ、怪我人の前で不必要に騒ぎ立てるなんてのは医療妨害もいいとこだから、正しいと云えば正しい光景な訳だが……単にそれだけじゃなくて、どこか神秘的で幻想的な雰囲気を二人は放っていた。

 

 先ずセイバーは治療が始まってから殆んど言葉を発していない。

 屋敷(ここ)に来た当初は、桜曰く外面を覆っただけでまだ普通に動くのも辛い状態…だった筈なのに、傷の痛みに対する弱音の類いを一切吐かなかった。

 全身ボロボロの生傷だらけで見てるだけでもキツかったらしいが、流石は名高き騎士王、その気高さや…あ~何と云うか…綺麗な見た目も相まって、在り方そのものが神秘的だった。

 まるで眠っているかの如く静かに佇む少女騎士に対し、魔術師(キャスター)も静けさを以て治療に臨んでいる。

 ただその静けさはセイバーの様な月下の泉の如き静謐さではなく、微笑みながら子を見守る母の様な慈愛の温もりを内包したもので。

 キャスターもセイバー同様基本的に黙って治療を行っていたが、傷に触れる手付きや柔らかな眼差し、そして時折、痛くないか、大丈夫かと声を掛ける時の思い遣りが込められた声色。

 灯りの無い室内で、暖色系の明るい魔力()に照らされる微笑みを携えたその横顔が…これまた、その美人さも相まって幻想的で。

 

 要するに、美女二人による治療行為は物凄く絵になる光景だった。

 

 ────布団の中で横になってそれを見ている遠坂の表情は何処と無く面白くなさそうだったが。

 

 

「────……はい。これで、全部終わりです」

「…その様ですね。治療、ありがとうございますキャスター」

 

 最も重傷だった腹部から始まり、出血の激しかった額、頭部、次いで戦闘行為の要である四肢、後は各所の軽傷の処置…と進んでいったキャスターの治療は終わりを迎えた。

 セイバーは体の調子を確かめる様に手を開いたり握ったりしてからお礼を述べる。

 

「本当にもう大丈夫ですか?至らなかった部分があれば遠慮無く言ってくださいね」

「いえ、まさか。充分過ぎる程でしたよ。キャスター、貴女は治癒の術に優れているのですね」

「?そう…ですか?キャスタークラスならこれくらいの治療は普通だと思いますけど…」

「そんな事はない、貴女のこれは恐らく古今東西あらゆる魔術師達と比較しても上位に入る領域でしょう。熟練のその技、生前の貴女の弛まぬ練磨が窺える」

 

 謙遜、と云うより、本当に自分のそれが魔術師の英霊達の中では平均レベルだと思っているのだろうキャスターに、セイバーは惜しみ無い賛辞を送る。

 それを受けて少し照れた様な笑みを浮かべるキャスターにセイバーは、それに、と付け加えた。

 

「単なる技術だけではありません。貴女のその、心の底から相手を思い遣る気持ちが、触れた掌から伝わってきました」

 

 そう言ってセイバーはごく自然な動作でキャスターの手を取る、流石はモノホンの騎士、同性でも女性の扱いはお手の物という事か。

 

「これが聖杯から得た知識にあった、(たなごころ)というものなのでしょうね。貴女の手に宿った真心…ええ、心地好かった」

「…ぷ、ふふ、セイバーさんって詩人なんですね」

「?いえ、生前学んだのは剣術に騎士道、兵法、(まつりごと)…そういったものばかりですので、特に詩は嗜んでいませんが」

「成る程、天然でそれですか…これが持って生まれた人に好かれる才能(  カリスマ  )というものなのでしょうね」

「むぅ…自分ではよく分かりませんが…人に好かれるという点では貴女も…ええ、中々()()()()ものがあると思いますよ」

「す、凄まじい?って何ですかそれっ。別に私そんな、ひ、人をすけこましみたいに言わないで───」

「ん゛ん゛ん゛っ!!ちょっと二人とも、何時までお喋りしてるつもり?」

 

 謙遜合戦と云うか褒め合い合戦と云うか、端から見てイチャついているかの様な二人の会話は遠坂の態とらしい咳払いで無理矢理中断させられた。

 な、何だ?どうしたんだ遠坂。

 

「どうしたのですか凛」

「どうしたじゃないでしょセイバーっ、マスターの私を放って置いて、何敵と仲良くなってるの」

「敵って…今更何言ってるんだ遠坂。俺達もう仲間みたいなものだろう」

「ぐ……だ、だとしても、まだ正式に同盟を結んだ訳じゃないんだから。そう簡単に心を許す訳にはいかないってのよ」

 

 俺の言葉に苦虫を噛み潰した様な顔で返す遠坂。

 一体どうしたと云うのか、一応は筋が通ってるっぽい言い分だが、らしくない。

 擦った揉んだを経て漸く一つに纏まりかけている和を無闇に乱す様な真似を、何だかんだ空気の読める遠坂がするのは酷く不自然に見えて。

 俺が内心首を傾げていると、何かを察したらしいキャスターが微笑みながら口を開いた。

 

「凛さん、御心配なさらずとも私はセイバーさんを盗ったりしませんよ」

「に、みゃっ!?と、盗るとか盗らないとか、誰もそんな、何でそういう話になるのよ!」

 

 キャスターのやんわりとした言葉に遠坂は顔を赤くして過剰に反応した。

 …つまりは、嫉妬、か?大事な相棒が(たぶら)かされるかもしれないって?

 

「ごめんなさい、少々無遠慮に距離を詰め過ぎましたね。ですが私には今後共に戦っていく人と仲を深めたい、それ以上の思惑はありませんから」

「む、だ、だからそれが問題だって───」

「凛」

 

 何処までも敵意の無いキャスターの言葉に翻弄される遠坂、そんな彼女に相棒が呼び掛ける。

 

「召喚された際と今日の夜、二度誓った筈だ。私は貴女の剣です。我が運命は貴女と共にあり、この命を全て貴女に捧げると。私は決して、貴女以外のものにはなりません」

「っ!ち、か……セイバー」

 

 そう言うとセイバーはキャスターの手を取っているのとは逆の手で遠坂の手を取った。

 またも遠坂の顔が赤くなる。

 それを見たキャスターはニコニコと上機嫌に笑いながら立ち上がるとちょこちょこっ、と移動して遠坂の反対の手を取った。

 

 横になっている遠坂のせいで少々歪な形だが、微笑ましい()の出来上がりである。

 

「んなぁ!?」

「これでどうですか?みんな仲良く輪になって~というやつです」

「…ああもうっ、いいわよそれでっ……ったくとんだ聖杯戦争になったわね」

 

 と言いつつ満更でもなさそうだった。

 

 うん、こういうの、良いなと思う。

 

 聖杯(賞品)を手に出来るのは勝ち残った一組だけ、何処まで行っても潜在的には敵同士…それは解っているけれど、今こうして絆を育むのは決して間違っていないと思う。

 憎み合って恨み合ってやる殺し合いより、正々堂々お互いを認め合った上での戦い。

 結果が同じでも過程が違えば、その後に続く者達に違う意味を持たせる事が出来る筈だから。

 

 

「さて、それじゃ後は桜さんが来るのを待つだけですね」

「…でも、何か遅くない?キャスター、貴女結構な時間掛けて丹念に治療してたわよね。まだ来ないのかしら」

 

 此方での作業は全て終了…だが次に進む為の必要メンバーがまだ来ない、ふと遠坂が呈した疑問に俺も内心同意する。

 

「桜さん、あれで結構マイペースと云うか、何事もじっくり腰を据えてやるタイプに見えますからね。ライダーさんへの尋問、本腰を入れてやってるんじゃないでしょうか」

「ああ~かもね。一応様子見に行った方がいいんじゃないかしら」

「中は絶対に覗くなって言われちゃってるんですよ」

「…無いとは思うけど、敵のサーヴァントが侵入したなんて事は」

「先ず有り得ないかと。既にこの屋敷一帯は私の結界で覆われていますから。縦えアサシンのサーヴァントでも気取られず侵入するなんて事は不可能です」

「そっか…なら心配は要らない、わよね?」

「はい。ライダーさんも絶対に身動き取れない状態にしてありますし、桜さんが危険に晒される可能性は限り無く低いと思います」

 

 ふむ、キャスターがそう言うならきっと大丈夫なのだろう、その手腕は既に何度も見せて貰っている、信頼出来る言葉(ソース)だ。

 となると本格的に大人しく待つだけか───

 

 

「それじゃあ、只々待つだけというのもあれですし、一足先に魔力供給始めちゃいましょうかマスター」

 

 

 ───忘れていた訳じゃないけど、事前に打ち合わせされていた事だけど、それでも急じゃありませんかねキャスターさんんん!!!

 

「うお、ちょな、キャスターお前そんな急にって云うか、勝手に始めていいのか!?」

「大丈夫だと思いますよ。想定では治療より先に尋問の方が早く終わる見込みでしたので、全員揃ってから次の作業へという感じでしたが…此方が先に終わっちゃったなら、もうおっ始めてもいいでしょう」

「おっ始めるってお前な…」

 

 そんな微妙に下世話な言葉遣いを…と俺が内心でも外面でも困っていると、キャスターも少し眉尻を下げて困った表情を見せた。

 

「さっきのライダーさんとバーサーカーとの連戦の時点で既に結構危なかったのですが、結界の構築とセイバーさんの治療で、もう本格的に魔力スッカラカンなんですよ……相変わらずマスターからは全然魔力送られてきませんし」

「ぅ……すまん」

 

 そんなジト目で言われてはもう何も言い返せない。

 

「と云うかもう既に一回ヤってるんですから、そんなに動揺しないでくださいってば。相手が嫌がってる訳でもなし」

「そ、それでもなぁ、倫理観とか罪悪感とか色々遠慮する枷というか壁というか、そういうものがありまして」

「つべこべ言わない。ほらイきますよ」

 

 そうして俺はキャスターに手を取られドナドナされていくのだった。

 子牛の気持ちが分かった気がする夜だった。

 

 

 

「…衛宮君は尻に敷かれるタイプね」

「同感です」




そんな感じの前半です。


はい。

はい()。

うん、文句や批判は感想、評価で頼むよ。僕はもうとっくに全裸待機さ。

ただ通報だけは勘弁して欲しいorz

これよりダイレクトな単語で表現しちゃってる作品結構あるから、これくらいはセーフだから(震え声)。マジでお願いしますorz



性的興奮で魔力が高まる云々は独自設定です。原作にそういう記述無かった…よね?

桜ちゃんに告白しちゃったライダーさん。
原作では桜ちゃんの立場や気持ち諸々考慮して言わなかったんだろうけど、もうこの作品の二人はその辺遠慮する様な間柄じゃないと思ったんで。
今後の進展に作者も注目です(笑)。

葵色、調べてみたら、嗚呼…ってなった…ええ色や。



キャスター「輪になって踊りましょう」



後編は近日中に。

お気に入り五百件間近!今回で多分大幅に減るやろうけどめげずに頑張る()



改めて。
間桐桜さん誕生日おめでとうございます。


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22話 エッチな回 後半

案の定お気に入り減ったぜちくしょー!
悔しいので連日投稿です。

今回は前回よりマシな筈(震え声)

そろそろ「お前が好きなの士桜じゃなくて凛桜だろ」って言われそう(笑)


 屋敷の一室…もとい俺の自室。

 昨夜とは違う部屋で、昨夜と同じ行為を、俺は再び行おうとしていた。

 

 

「…もぅ、マスター、もっと此方へ寄ってください。じゃないと始められませんよ?」

「あ、ああ、すまんキャスター」

 

 同じ布団の上、俺の目の前で横座りしているキャスターが悪戯っぽい笑みを携えて此方を促す。

 二度目という事もあって昨夜よりは心に余裕がある、一回目はキャスターが本当に後の無い状態だった事や、蟲の毒で身体(本能)を操られた事等の要因が重なって、只管自身の肉欲をぶつけるだけの獣の如きやり方しか出来なかった。

 だが今は昨夜とは違う。

 

「その…昨夜はすまなかった。今日は、ちゃんと優しく出来る様に頑張る」

 

 状況や手段が限定されているが故の仕方の無い処置だとしても、自分を受け入れてくれる女性に一方的に苦痛を強いるなんて事をしてはならない。

 確り人としての理性と愛情を保ち続けなければと、気合いを入れる。

 そんな俺の言葉を聞いたキャスターは、一瞬訳が分からなそうにキョトンとした後、朗らかに笑った。

 

「いえ、昨夜のあれは私が悪いんです。自分が消えたくないばかりに、マスターの心身に干渉してまで強引に事を運んでしまいました。マスターはただ求められたから応じただけ、至らぬ使い魔に魔力を提供したに過ぎません。貴方が罪悪感を感じる道理は何処にもありませんよ」

「っ!馬鹿言うな!キャスターは至らなくなんかない!」

 

 巫山戯た事を口走るキャスターの両肩に、俺は思わず掴みかかってしまった。

 

「マスター」

「お前の何処が至らないって云うんだよっ、お前はこの短い期間で、もう何回も俺達の事を助けてくれたじゃないか。キャスターは凄い、キャスターは何も悪くない、悪いのは───」

 

 

 ───そこまで一気に捲し立てて。

 気付いてしまった。

 俺が掴みかかった事で僅かに着崩れたキャスターの着物。

 

 その下に隠されていた傷に。

 

 俺が急に黙った事、視線を固定した事で悟ったのだろう、キャスターはしまったと云う表情になった。

 

「…キャス、ター。その傷…」

「あ…えーっと、これはですね…」

「───お前まさか、自分の体は治してないのか」

 

 俺の台詞に、キャスターは観念した様に苦笑を浮かべて喋り始めた。

 

「はい…自分の傷を治していたらセイバーさんの治療に回す分の魔力が足りなくなると思ったので…取り敢えず出血を止めて見た目だけ誤魔化しました。なので服で隠れてる部分は殆んど後回しにしてる感じです」

「そ、ん」

「黙っていて申し訳ありませんマスター。傷物の女なんて、気持ち悪くて抱けませんよね。何とか魔力を絞り出して見た目だけは治しますから」

「────」

 

 

 もし可能なら、俺は。

 自分の顔をボッコボコに殴り潰してやりたかった。

 バキンと、音が鳴る。

 奥歯が砕けた様だ。

 

「っ!?ちょ、マスター!」

 

 尋常ではない俺の有様を感じ取ってキャスターが声を上げる、俺を心配する類いの声。

 馬鹿野郎、自分の方がボロボロの癖に何俺の心配なんかしてるんだ、もっと自分を大切にしろ。

 

 ────そんな、自身の無能さを棚に上げてキャスターを責める己の思考にも反吐が出る気分だった。

 

「───すまん、キャスター……本当にっ、すまんっ…!!」

「何を───」

「俺は、とんだ無能だ。半端者の屑野郎だ。キャスターの相棒(マスター)なのに、魔術での掩護どころか碌に魔力を供給してやる事も出来ないっ…!そのせいで、お前に負担を強いてしまっている自分が許せない。俺は、何度もお前に助けられているのに…!」

「……」

「魔力に関する事だけじゃない…俺はお前が戦ってる時も、ライダーやバーサーカーに痛め付けられてる時も、桜の忠告が頭を(よぎ)って動けなかった…駆け寄る事さえ、出来なかった」

「…それは、マスターが桜さんに言われた事を確り理解して実践しているだけです。何もおかしい事じゃ───」

「おかしい事だろっ!!……キャスター、お前は、女なんだぞ。サーヴァントとかどうとか以前に、女の人じゃないか…男の俺が護らなきゃいけないのに、全く以てあべこべなんて、こんな…!」

 

 俺は切嗣に拾われてから、今までの人生一体何をやっていたんだ、肝心な時に役立たずじゃまるで意味なんて無い。

 

「力が無いからとか、弱いからとかそんなの全部都合の良い言い訳だ。いざって時心が動くってのは…本当に大事なものの為なら理屈なんて無視して動ける筈じゃないか……俺は、臆病者だ。女の人を前に立たせて後ろで縮こまってる事しか出来ない卑怯者だ」

 

 口にすればする程、手前(テメー)のちっぽけさに嫌気が差す。

 そんな、懺悔とも言えない、只管弱音、泣き言を垂れ流す情けない(マスター)に。

 

 

「マスター」

 

 

 キャスターは、只抱き締めるという形で応えてくれた。

 

「そんなに自分を卑下しないでください」

 

 優しさ、慈愛が乗っている、安心する声だ。

 

「自身を責める事、省みる事は大切です。けど、必要以上に思い詰めてはいけません。肉体(からだ)精神(こころ)に引っ張られます。()()を繋いだままでは何も出来なくなってしまう」

「…重り」

「ええ。ライダーさんの結界から脱出する時に言った事、覚えてますか?」

「………今を見て、次を考える。忘れずに、捨てていく」

「うん、そうですそうです」

 

 俺がちゃんと覚えていた事が嬉しいのか、キャスターは弾んだ声を上げてニコニコする。

 

「自分の力不足を嘆く、仲間の為に動けなかった自分を責める、女性は大切にしなければという認識…ええ、ええ、全部、全部大切で尊い事です。でも実行出来なかったのなら、それは仕方の無い事。力が足りなかったのなら、どうしようもありません、()()()()()()()()のですもの、どんなに悲観しても元には戻らない…─────ですから、その想いを忘れず、後に実らせる為の糧にしましょう」

「…キャスター」

「後ろを振り向くのも良い、その場に座り込んで休むのだって必要です。でも後戻りするのはいけない、その場で足踏みし続けるのもいけません。何処までもポジティブに、呆れる程前を向いて行きましょう」

 

 そこまで言ってキャスターは俺の肩に手を置き体を離して向き合う形に。

 

 

 

「頑張れ、()()

 

 

 ────それは、無条件に頼りたくなる様な、信じたくなる様な、甘えたくなる様な。

 

 

「………おう」

「ん」

 

 本当に、俺はまだまだ未熟者だけど────せめて、その笑顔を曇らせないくらいの男にはなろうと決意を固めた。

 

 

 

 

「────それじゃ、シましょうか」

「────うん、分かってたけどやっぱ流れた訳じゃなかったんですのうんねえええ」

 

 さらっとそれまでの空気を蹴り飛ばして此方に撓垂(しなだ)れ掛かってきたキャスターの言葉に俺は情けなく呂律を縺れさせた。

 

「流れる訳がないじゃないですか。言ったでしょう?もう本格的に魔力がスッカラカンなんですってば」

「あいやえっと、そういえば傷は治したのか?」

「話をしてる最中にとっくに。ほら、此方はもう準備万端ですよ。女に此処まで言わせておいて、何時まで縮こまってるつもりですか?」

 

 喋るのと並行して着物を着崩してゆくキャスター、その輪郭の内の白が占める割合がどんどん増えていく。

 あ、これ駄目だすいません見栄張ってましたやっぱまだ全然余裕持てないこれヤバイエロイ。

 

「ぉぅぐ、す、すまん」

「…んふふ、これから色々と頑張っていって貰いたいですけど…取り敢えず今は、男を磨いてくださいな」

 

 

 

 ──────そして俺達は褥に臥す。

 

 取り敢えず思ったのは、少なくとも聖杯戦争中に、()()()()()でキャスターに勝てるだけの力を身に付けるのは無理だろうという事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────所変わって、遠坂凛が休んでいる衛宮邸の客間。

 

 

 

「───お待たせしました皆さん」

 

 過剰に昂っていた疼きの()()を何とか終えて、漸く私は皆さんが待つ客間に訪れる事が出来た。

 ほんともー、随分と時間懸けちゃったな、きっと皆さん待ち草臥(くたび)れ、て?

 

「あれ…?先輩とキャスターさんは?」

「私の治療が終わりましたので、一足先に魔力供給作業に入っています」

「ア、ソウナンデスカ」

 

 姉さんの直ぐ傍で正座して控えているセイバーさんの返答に、私は何とも言えない気分になる。

 私がモタモタし過ぎたのか、それともキャスターさんは性欲が強いタイプの人なのか…多分両方ですねこれ。

 

 まあ、ほんの少し予定と違いましたが、それはそれとして置いとけばいい、何の問題も発生しない変更点です。

 さあ、気合いを入れろっ。

 

 

「姉さん」

 

 

 呼び掛ける。

 

 

「っ、さ、桜」

 

 

 呼び返される。

 

 遠坂凛。

 冬木のセカンドオーナーを務める令嬢にして、私と同じ始まりの御三家の当主でもある魔術師、表裏の両方にて強者で在り続ける才女。

 私と同じ世界に生きる人。

 私と同じ血を受け継ぐ人。

 私の原点。

 私の目標。

 私の血縁。

 私の家族。

 私の姉妹。

 私の大切な人。

 私の好きな人。

 私の愛する人。

 

 

 ────────そんな人と、これから、する。

 

 

「お待たせしました…えっと、はい……し、しましょうっ」

 

 布団から上半身だけを起こした姉さんの傍に、ぐいっと大股で近寄って腰を下ろし、膝立ちになって目線を合わせた。

 上手い切り口が分からなくて、中途半端にストレートという矛盾した物言いになってしまった、何とも格好悪い。

 声は変に震えていなかったかとか、上擦っていなかったかとか、自分の事だけで精一杯で姉さんの様子を上手く分析出来ない、ああもう、確り確り!

 

「あっ…と、ね、ねぇ桜?」

「ひゃいっ!!」

「わっ!?ちょ、ひゃいって…」

「ぁ、あわわごめんなさい!吃驚(びっくり)させちゃって」

「いやそんな気にしなくていいわよ…うん、あの、あれ、ライダーはどうなったの?」

 

 あ、そうだ、それを先に報告しないと。

 先輩とキャスターさんが居ないし、取り敢えず簡単に言っておこう。

 

「えっとですね…私から離れて単独行動した理由、姉さん達を襲撃した暴走の理由、諸々聞いて、私もライダーにして欲しい事をお願いして、お互いの本音と本心を全部出し合いました。取り敢えず、和解は出来たと云うか、少なくとももうあんな事しないと思います」

「…ふーん、確かなのね?」

「はい」

 

 此方を見定め、試す様な姉さんの眼。

 それに対し此方も真っ直ぐ見詰め返す。

 もう懸念は要らないと、これ以上姉さんや皆さんを不安にさせない為に。

 

「…そう、ちゃんと手綱を握れたなら結構よ。お疲れ様桜」

 

 そう言って私の事を労ってくれる姉さん。

 …今更ながら、罪悪感が沸々と湧いて来た。

 

「…ごめんなさい、姉さん」

「は?え、ちょ、何、どうしたのよ」

「ライダーの事です。私がもっと確りしてれば、上手くやってれば、こんな大変な事にはならなかったのに」

 

 結局のところ、これです。

 私がもっとライダーと話し合っていれば、お互いを理解出来ていれば…それ以前にもっと慎重に動いて姉さんを刺激しない様にしていればこんなメッチャクチャな有り様にはならなかった筈だ。

 何処まで行っても行き着く結論は、私がなっていなかったという事。

 

「私が甘かったせいで、姉さん達を危険な目に遭わせてしまいました。それこそ、死も十二分に有り得た状況に。自分のせいで、自分の大切な人達を喪う所でした」

 

 頭を下げる。

 

「ごめんなさい。苦しい思いをさせて、ごめんなさい…!」

 

 こんな風に謝った所で許して貰えるとは思わない。

 許して貰おうとも思っていない。

 私は、それだけの事をしてしまった、姉さんを傷付けてしまったのだから。

 

 お父様の、お母様の、おじさんの死を後から知った時。

 私は何も力になれなかった、赴く事も、そもそも事態を把握する事も出来なかった。

 

 お爺様を殺してしまった時。

 自身の力を制御出来ず、大切な人を(いたずら)に傷付けただけ。

 

 嗚呼、改めて、心身が震える。

 私はまた、また…っ!過ちを、犯す所だったんだ。

 

「…やっぱり、私は駄目な娘です。悪い娘です。ほんと、穢くて嫌になっちゃいます……私に、姉さんの妹を名乗る資格なんてあるんでしょうか」

 

 遠過ぎる。

 何時まで経っても遠過ぎる。

 貴女の様な綺麗な人に、私が触れていいのだろうか。

 近付く事すら恐いのに。

 穢れ切った私の一部を、貴女の中に流し、注ぎ込むなんて、そんな冒涜的な事が許され───

 

「あほかい」

「にょ!?つ、あ」

 

 ───思いっきりデコピンされた。

 何とも軽い言葉と共に姉さんは私の言葉を一蹴する。

 

「ね、姉さん」

「あのねぇ桜…貴女は色々と深刻に考え過ぎなのよ。何て言うか、重過ぎ」

「ぉぅふ」

 

 い、言われてしまった。

 先輩やライダーに引き続き、遂に姉さんにまで、何気にショックです。

 

「いいこと桜?これは聖杯戦争なのよ。今この世界に於いて、奇跡の杯を掴む権利を与えられた、たった七人の人間と英霊による仁義無き殺し合い。無傷で済む筈の無い戦いなんだから。負った痛みは全部私の自業自得、私だけの財産(もの)なの。貴女に譲ってなんかあげないんだからね」

 

 ふんっ、と唇を突き出す姉さん。

 その言霊(たましい)に心を奪われる。

 

「仮に何の障害にぶつかる事も無く、ストレート勝ちで手に入れられる様な賞品なんて此方から願い下げよ。()()()()()()()()()()()()()()、私は()()()()()為にこの戦争に参加したんだから。踏ん張って、歯ぁ食い縛って、血反吐吐いて、磨き上げてきたこの魔術()が、超常の闘争に通用するのかどうか見極める。通用しなくたって諦めてなんかやらない、今度こそぎゃふんと言わせる為により高みに登り詰める。何度打ちのめされて叩き潰されようと、その度に立ち上がってやるんだから。足掻いて藻掻いて乗り越えて、負債も丸ごと利益に変えて掻っ攫って、聖杯(ゴール)まで突っ走る」

 

 きゅっと、自分の胸の前で何かを集約させる様に握り拳を作る姉さん。

 要するに、若い内の苦労は買ってでもする…と云うか私の方から掻っ払いに行ってやるから首洗って待ってろとでも云わんばかり。

 

(あくまだなあ)

 

 相変わらずな姉に内心で苦笑する、昔から全然変わっていない。

 そういう所が凄くて、尊敬する。

 ピンチをチャンスに変える、自ら苦難に立ち向かう、諦めずに努力し続ける。

 人が人として生きていく為の正しい行い、そんな正しさを途中で放り出さず当たり前と云わんばかりに全うし続ける…言うは易し、だがそれが出来る人は本当に限られている。

 

 ()()()()()()()()()()()な人。

 こういう人だから、私の尊敬は尽きないんだ。

 

 

「ま、そんな感じ。これが、遠坂凛の生き方なの。闘争(探究)の果てで見付けた幸福(宝石)は根刮ぎぶんどらせて貰うわ。うん、私はこういう容赦の無い人間(魔術師)だから、貴女もそんな変に気を遣う必要無いの。ただでさえ姉妹なのよ?そんな風に気負ってたらこの先の人生色々保たないでしょうに」

「え」

 

 当たり前の様に私を姉妹扱いしてくれた。

 

「何よ?」

「あ、え…私の事、妹って言ってくれるんですか?」

「今更何言ってんの…」

 

 心底呆れたという風な表情になる姉さん

 …うん、まあ確かに今更ですけど。

 

「妹を名乗る資格がどうこうってねぇ…資格も何も血が繋がってるのよ?私達が姉妹だって事実は誰にも消せないし変えられないわ。当人達にだって、ね」

「姉さん…」

「桜、私は貴女の事妹だって思ってるし……た、大切に思ってるからっ。事実としてだけじゃなくて、心からそう思ってるの!自分の中でそう思ってるならそうなの!いい!?いいわよね!?いいって言いなさいっ!」

「いや急にキレないでくださいよ!」

 

 照れ隠しで突発的にヒートアップされても反応に困る、紅くなった顔や吊り上がった目は可愛いと思うけど…そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。

 いや、でも、それは違う、姉さんは自分の恥ずかしい気持ちを押して私に本心を伝えてくれたんだから、文句を言うのは筋違いだ。

 

「っていうかほんとーに今更過ぎでしょ!?私達が実の姉妹だってあっさりカミングアウトしちゃったのは何処の誰よ!?」

「うぐ、それを言われてしまうとあれですが…」

「いきなりクラスメイトにその事聞かれて私がどれだけ焦ったか分かる!?不干渉掲げてる家の当主同士なんだからその辺はキチッとしなさいよ!」

「いや、それはその、あれなんですよ。不干渉とは云ってもお互い先代の当主が亡くなられてその辺りはもう殆んど形骸化してましたし、魔術に関してノータッチなら仲良くしちゃいけない理由も無いと思って…」

 

 ううう、姉さんの睨みが辛い。

 なーに甘ったれた事抜かしてんのこの贅肉はそんなんだから無駄に脂肪が付くのよまあ確かに公に仲良く出来るのは私としても嬉しいけど、的な………あれ?満更でも無さそうですね。

 

「それにほら!姉さんは有名人ですし、カミングアウトしても殆んどの人はそういうネームバリューに目が行きます。敢えて事実(情報)を小出しにして、より目立つものに目を向けさせる…トリックの基本ですね。私なんかに注目したり、()して興味を持つ人はいないでしょうし。ほら!これなら寧ろ逆に神秘の秘匿はバッチリでしょう?」

「桜、あんたもうちょっと自分に向けられる人望を自覚した方がいいわ」

 

 はぁ~と深い溜め息を吐く姉さん。

 ?今何て言われたのかよく聞き取れなかった。

 もう、人と話す時はもっと大きい声で相手の方を向いて言ってくださいよ。

 

(学園のアイドルがセカンドオーナーの家から養子に出されてたなんて思いっきり注目されるに決まってるでしょうが。私が蒔寺さんはじめ新聞部の連中締め上げるのにどれだけ苦労したと思ってんのよ…)

「姉さん?」

「あーうん…兎に角ねぇ桜、前から言おうと思ってたけど何でもかんでも自責に転嫁するのはやめなさい。自分の価値を決められるのは自分だけなんだから。魔術師ならもっと背負うべきものと()ててもいいものの区別を明確にしておきなさい」

 

 そう纏めて姉さんは私にアドバイスを送ってくれた。

 人としての正しさを一切損なっていないのに、魔術師としての冷静さ、冷淡さ、冷血さ、冷酷さで、何処までも公平に物事を取捨選択する。

 矛盾している筈のそれ等を当たり前の様に両立出来る、道理に合わせるのではなく道理を自らの力で己に沿わせる、正しく強者の在り方。

 

 余裕をもって、優雅たれ。

 ナチュラルにフォーマル。

 

 改めて思う、何度でも想う、()()()は凄い。

 

 

 

 

 なのでその凄さを見習ってみる事にしました。

 

 

「それで、ほら、あれよ……わ、私の事を、姉って呼びたいなら、妹を名乗りたいなら、桜の好きに───」

「そうですね、姉さんの言う通り何でも自分のせいにしちゃうのは良くないですよね」

「───ふぉへ?」

 

 間の抜けた声、今のは優雅さ/zeroだった。

 

「ああ、いけないいけない。うっかり忘れてしまう所でしたよ」

「……さ、桜?」

「姉さん、屋敷(ここ)に来る前に言いましたよね。後でお話しましょうって」

 

 

 私のその一言で、姉さんの顔色ががらりと変わった。

 そう、そうですよ。

 姉さんが両立しているのは凄さだけじゃない。

 遠坂家に代々受け継がれている、家訓とは真逆の呪い。

 取り敢えず、うっかりカリバーなんて超弩級のポカをやらかしてくれた文句だけは言わせて貰わないと気が済まない!!!

 

「余裕が無い状況で2体1の構図になりそうだったから不意討ちで宝具ぶち込んでアドバンテージを得る、あわよくば纏めて葬って被害/zeroで勝ちをもぎ取る…ふむふむ成る程、実に鮮やかで合理的な起死回生の一手ですね─────でも普通相手の顔確認してからするもんじゃないんですかそういうのっ!!?」

 

 うがーっと、一気に気勢を盛り上げて吼えたてる、我ながら藤村先生の様だと思った。

 そんな私のタイガー直伝冬木之虎拳を受けた姉さんは一瞬ばつが悪そうな顔で怯むも、直ぐに持ち直して反論して来た。

 

「あ、あれはしょうがないじゃない!あの時は本当に余裕が無くて無意識に焦ってたっていうか、そこまで気が回らなかったっていうか」

「その回らなかった気のせいで此方は殺されかけたんですよ!?しょうがないの一言で片付けられたら堪らないってんですよ!」

「何よ!それを言うならそっちだって気が回ってないじゃない!聖杯戦争は基本全員敵のバトルロワイアルなのよ、コンタクト取りたいなら事前に使い魔の一匹くらい寄越して連絡入れなさいよ!」

「だから事前の確認ならそっちでも出来るじゃないですか!拠点に敵が侵入したのを察知したなら次は正体を確認しようとするものでしょ普通!?姉さんこそ使い魔の一匹くらい寄越して確認取ってくださいよ!」

「だ、だからあの時はマジで焦ってて余裕が無くて───」

 

 

 ───そんな感じで話の内容が二転三転とループした後、言葉では埒が明かないと痺れを切らしたのだろう、遂に姉さんが直接攻撃に出て来た。

 両手で私の頬を引っ張って喋れなくしてくる、反撃に私も姉さんの頬を両手で挟んで思いっきり顔を潰してやった。

 それで怯んだ隙にシュドオッ!と右手でのチョップを脳天に叩き込み、ふらついている上体を空いている左手で軽く押して再び布団の上に倒してやる。

 当たり前と云えば当たり前だが姉さんはまだ全然体力が回復していない様だ、普段と比べて動きが鈍過ぎる。

 これは好機とばかりに私は姉さんに覆い被さってマウントを取るとその無防備な脇に手を突っ込んで指を素早く小刻みに動かし始めた。

 

「ちょひ、ぃぃいいっ!?しゃ、ぁぐら!あんちゃそれこ、らっはっはあ!!」

「ふはははは!迂闊でしたね姉さん!そんなグロッキー状態で直接対決に移行するなんて不用意に過ぎるってぇもんじゃあないですか!?」

「いや何よその喋り口調キャラ定まってな…ああっっひゃはっはははははははは!!!!やめな、ば、がぃ!やーめなさいって桜っ!うお、ひゅぐふぅぅふっふふふははははははは!!じ、じぬっ、ちょ、こきゅうできな…ぐうううはははっはははははは、ぎゃはぎゃははははは!!!駄目っ!顎下ってあんたなんつーポイントを…ぶはっ!足の裏は駄目!足の裏は駄目だから!!!そこは死ぬ!そこは死ぬマジで…あぎゃっはははははははははははははは!!!」

 

 

 

 ───そうして、姉さんを(くすぐ)り続ける事、約十分。

 お互いに体力を使い果たしぐったりと、荒く熱っぽい息をはぁはぁと吐いて布団の上に倒れ込んでいた。

 今朝ライダーともこんな事したっけな…何ともワンパターンな自分自身に苦笑が漏れる。

 

「………満足した?桜…」

「……いいえ、まだまだ全然です。これくらいじゃぜーんぜん埋め合わせにならないんですからね」

「んもぅ、桜って昔っからそうよね。根に持つタイプってやつ?そうやって何時まで経っても引き摺って来る所も重いっていうか」

「もう一戦お望みなら付き合いますよ」

「ごめん!ごめんって!」

 

 私が手をワキワキさせながら微笑みかけると慌てて謝ってきた。

 焦ってる姉さん可愛い。

 

「取り敢えずあの、あれ…キャスターにも言われたけど、今回はどっちもうっかりしてたって事で…過失の割合は50:50(フィフティフィフティ)でいい?」

「むぅ……そうですね。一方的に殺されかけてそれは釈然としませんけど…私の使い魔(ライダー)も随分と皆さんに迷惑かけてしまいましたし。結局の所痛み分けって事でチャラですかね」

「…まぁ最終的に見たら明らかに私が受けた被害だけ飛び抜けてるけどね、家ぶっ壊れちゃったし…………どうしよう」

「……建て直し費用は、折半しましょう」

「言質取ったわよ桜」

 

 一切の感情が抜け落ちた無表情で静かに涙を流されては助け船を渡すしかありませんでした。

 涙目で頬を膨らませながら此方を睨む姉さんの視線に私は小さくなってしまう。

 些細な会話の流れで優勢になったり劣勢になったり、私達姉妹の力関係は不思議なものです。

 

 

「反省、しなくちゃいけませんね、お互いに」

「…そうね。聖杯戦争が始まってから、どーも今一つ優雅に決められないなぁ」

「そうですね~。今日の姉さんは正直格好悪かったです」

「うぐ…ほんと言うようになったわね桜」

「ふふ…ですから、今日はいっぱい休んで、いっぱい反省して、明日からまた頑張ってください。─────格好良いお姉ちゃんで、居てね」

「っ……はいはい」

 

 何処か不機嫌そうにそっぽを向く姉さん、それが照れ隠し故の行動だと判って頬が緩んでしまう。

 分かりきっていた事だけど、こうして話してみてまたまた再確認出来た。

 

 私はお姉ちゃんが大好きだ。

 

 

 

 

「────さて、それじゃこの話は決着が付いたという事で……そろそろ、始めます?」

「…っ……う、うん」

 

 

 結構時間を潰してしまったが、そろそろこの部屋へ訪れた本来の目的を果たそう。

 

 姉さんへ、魔力を供給する。

 

 …供給するのは良いのだが、問題が一つ。

 

 

「ねえ、姉さん。やり方はどうします?」

 

 

 まあ、これです。

 一口に魔力供給と云っても、その方法や種類は中々多岐に渡り、効率や得られる結果にも結構な違いがあるのです。

 

 最もポピュラー(?)なのは性交、または体液の交換。

 先述の通り、魔力とは原初の生命力である為、性交と云う最も原始的で直接的な生命を育む行為によって、特に術式等の下準備を必要とせず魔力を受け渡す事が可能なのです。

 男性の精液はその最たるもので、文字通り魔力の塊、そうでなくても血液や汗、唾液等、体液を交換する事で簡易的に魔力の受け渡しは行える。

 無論直接体を重ねる行為に比べれば効率は劣りますが、それでも一番手軽に行えるのはこれ等なのです。

 …場合によっては全く好意を抱けない相手と肌を重ねる、そういった倫理観や感情を無視して行動出来るというのが前提となりますが。

 

 次に魔力ライン、魔力パスの接続。

 これは文字通りで、魔術を用いた儀式で自分と相手の間に目に見えない通路を繋げ魔力を流通させる…要は聖杯戦争におけるマスターとサーヴァントの関係になる訳です。

 これならば直接体を重ねる必要は無い為…相手と()()()()関係になる事を忌避するのならば此方を選択する方が無難でしょう。

 まあ魔術師という、倫理観を持ち合わせない人でなしがそんな感情を抱くのかは私の知る所ではありませんが。

 ですが無論、先の手段と比べて優れている所も劣っている所もあり。

 繋りを確立している以上、物理的な距離を考慮する必要が無く、魔力が尽きない限りほぼ永続的に供給が行えますが、性交の様に短時間で多量の魔力を渡す事が出来ない、また確り儀式を執り行う必要があるので緊急時には都合が悪い、基本この手の術式は魔力を提供する側が上位になるので相手との信頼関係が必要不可欠等々…正しく一長一短。

 

 他にも魔術師としての力量が低い為そういった儀式が行えない、若しくは緊急時に短時間で魔力を供給し且つラインを繋げる為に上記の二つを併合した、所謂(いわゆる)性儀式によるラインの確立を行ったり、より強固な接続の為に魔術回路、魔術刻印を相手に移植する等、ほんとーに様々な手法がある。

 無論、状況に合わせて使い分けるべきですが…今回は微妙に判断に困る。

 

 

「や、ヤリ方って…」

「取り敢えず屋敷の周辺にはキャスターさんが張ってくださった結界がありますし、セイバーさんも傍に居てくれています。仮に今敵襲があってもある程度余裕を持って対処出来る筈ですから、焦らず、無理せず、ゆっくりと、パスを繋げて継続的に供給する方が無難かと思うんですが…」

「……ぁーやり方ってそういう…」

 

 ?

 またも姉さんが小声で何かを呟いた。

 一先ず気にせず語りを続ける。

 

「でも、今は戦争中です。何時如何なる時も、どんな危機的状況に陥るか分かりません。なので少しでも早く回復する為に…せ、性儀式の方のやり方で効率を高めるのも一考の余地ありなのではないかと…」

 

 ぅぅ…やっぱり意識すると恥ずかしい。

 仕方の無い事とは云え、姉さんに対してこんな内容の提案をしなければならないとは。

 そ、それどころか…告げた事を実行に移さねばならないかもしれないなんて─────。

 

 

「あっ、あの!あのですね!違うんですよ姉さん!別に姉さんとそういう事したいから変な提案してるって訳じゃなくて、ほんと、あの、そういう選択肢もありますよねっていう…あ、いや、別に姉さんと()()のが嫌って言ってる訳でもなくてですね!?寧ろ、仮に姉さんが受け入れてくれるのなら私としても吝かでは無いと云いますでしょうで申し訳でありましてってて!!」

「いやうん分かった!分かったから!落ち着きなさい桜!此方まで恥ずかしくなってくるからお願い!!」

 

 自分でも何を口走っているのか判断がつかない、現状で何が最適な方法か只淡々と計算する思考とはまた別の感情(部分)が暴走して声帯から吐き出されていく。

 そんな私の暴走を止めてくれるのはやはり姉さん、重ね重ね面倒な妹で申し訳無い。

 

 若干紅い顔で姉さんはふぅーと、呼吸を落ち着かせ此方に語りかけてきた。

 

「そうね。桜、貴女の考え方は間違ってないと思うわ。現状どちらを選んでも大差は無いだろうけど、なんたって聖杯戦争だし。警戒し過ぎて損って事は無いと思うわ」

 

 私の意見を冷静に肯定してくれる姉さん。

 そこで一旦言葉が切られる────さあ、どんな判断を────。

 

「だから、まあ、うん。桜の好きな方にしなさいな」

「───え」

 

 返ってきたのは、何とも気軽な丸投げ。

 え、ええ…事此処に及んでそれですか姉さん。

 

「どっちにしろ大差無いんなら、自分がしたい方にすれば良いのよ。───桜、貴女が何を選んだって、私は貴女を否定したりしない。大事な妹のする事なら、私はちゃんと受け入れるから」

 

 

 そう言って、此方に微笑みかけてくれる姉さんの───姉さん、の……。

 

 ぅああ、もう、何を考えているの。

 相手は血の繋がった家族で、同性で────。

 

 ああもう関係あるか、こんな殺し文句告げられて大人しくしてられるか。

 

 私は、この人が、好きなんだ。

 

 

 

 

「───姉さん」

 

 自身の衣服に手をかける。

 なんやかんやでまだ着替えていなかったボロボロの上着一枚を肩から抜き取る、下も外す。

 

 これで、今私が身に付けているのは、下着のみだ。

 

 姉さんは一切体を動かさずに、此方を見詰めるのみ。

 笑うでも怒るでもない、形容し難い真顔。

 私の事を見定める様な、全てを受け入れる様な。

 

 姉さんの服に手をかける。

 ドクリドクリと高鳴る胸の鼓動。

 姉さんは抵抗しない。

 完全に脱力しきっている訳ではない、此方に合わせて、私が脱がせやすい様に動いてくれる。

 やがて全てが露になっていく。

 

 下着姿の姉さん。

 私と同じ白色のそれ。

 綺麗な色白の肌とでは境界線が曖昧だ。

 横座りのまま、恥ずかしげに腕で胸と股間を隠す様なポーズ────ああ、全く、またそんな挑発する様な行為を。

 

 姉さんの両手首を掴んで、体を隠せない様にどかす。

 そのままずいっと体を近付けて、半ば伸し掛かる様に押し倒した。

 

「あっ、ん…」

 

 短く上げられる鳴き声。

 押し倒されて驚いたのだろうか、思わずと云った風だ。

 柔らかい肌とは裏腹に体はガチガチだ、実に分かりやすく緊張している。

 

 安心させる為に口を開いた。

 

 

「大丈夫ですよ姉さん……これ以上は、しませんから。簡易契約で一晩パスを繋げます。肌と肌を密着させている方が少しは効率が良くなりますから。汗の交換も出来ますし、ね…?」

 

 そう、そうだ。

 服を脱いだのはその為、私の体を使って姉さんを癒す為。

 姉さんを襲うつもりは、断じて無い。

 

 

 そう自分に言い聞かせる。

 

 じゃないと今にも本能が理性を喰い破って表に出て来そうだ。

 なんやかんやでまだ刻淫蟲の催淫効果が体から抜け切っていないのです、昂る欲望を純粋に魔力へと変換し、只々作業的に姉さんへ注ぎ込む。

 

 間違ってもそれを姉さんへぶつけるな。

 この愛しい人を己の下劣な肉欲で穢すな、欲情を(ほぐ)す道具に貶めるな。

 

「…?桜?辛そうだけど…」

「っ、大丈夫、です。何も、問題はありません、何も」

 

 心身を戒める事に集中し過ぎて険しい表情になってしまっていたか、姉さんが心配した風に声を掛けてくる。

 問題は無い、本当に何も無い、要するに只私がムラムラしちゃっているというだけの話だ、この恥知らずが。

 

「では、始めます」

 

 片手を姉さんの肩に、もう片方を自分の胸に。

 目を閉じる、己の内から熱源を放出、発露させ姉さんへ注ぐ。

 私は呪文の詠唱を開始した。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 約一時間後。

 既に日付が変わってしまった真夜中、布団の中に五体を収めているにも関わらず、私はまだ起きていた。

 

 私の腕の中で姉さんが眠っている。

 

 無防備に晒されるあどけない寝顔、普段はキリッと整えられたその美貌がふにゃりと柔らかく弛緩している様はギャップ効果抜群で。

 窓から差し込む申し訳程度の月明かりしか光源が無い中でも、姉さんの肌は白く映えて美しかった。

 すらりと伸びた、細身ながらも確りと柔らかな肉を備える、艶やかな肢体。

 本来なら不躾な色欲(視線)から身を守る為に纏う衣服は、今は最低限の上下の下着のみ。

 寧ろそうやって秘所を隠されているからこそ余計に情欲を掻き立てられる、逆効果な有り様。

 

 

 嗚呼────────綺麗だ。

 

 溜め息が出るくらい綺麗だ。

 生唾を飲み込みそうなくらい綺麗だ。

 涙が出そうなくらい綺麗だ。

 

 感動。

 文字通り、心を動かされる程の美しさ。

 

 

 もし私が男だったら、血の繋がりとか関係無しでペロリといただいちゃってますよこんなの。

 って、あ~駄目だ、まだ脳みそが色ボケモードだ、一体何時になったら抜け切ってくれるの淫液の効果。

 それともあれか、これが私のデフォルトなのか、中学生男子みたいに常時発情モードなのが私の素なんでしょうか、流石にそれは無いと思いたい。

 

 

「何はともあれ、楽になったみたいで良かった」

 

 未だ現在進行形で昂る本能を抑えながら、そっと姉さんの頭を撫で、髪を梳かす。

 (たなごころ)に込めるは、欲情ではなく愛情。

 

 ラインを繋げて魔力の供給を開始したのと同時に、私は催眠の魔術をラインを通して姉さんにかけ始めた。

 それは極々小規模な効力しか持たず、数十分に渡って絶えず対象へ施し続けなければ碌に効果が出ない程にちっぽけな、効率を度外視したまるで子供の遊びの様な魔術。

 だからこそこう云った戦闘ではなく治療の場に於いて有用な代物。

 小規模故に回路や刻印による自動防御にも引っ掛からず、治療する者とされる者と云う関係上警戒心を抱かれにくいので、下手に相手の精神へ悪影響を及ぼす心配も無い、寧ろ少しずつリラックスさせる事が出来る。

 物の見事にこれにかかってくれた姉さんは心身共に脱力しきって間も無く眠ってしまった、これで明日にはすっかり回復している事でしょう。

 

 姉さんの頭を軽く撫で続ける。

 掌から伝わる滑らかな感触、光の反射で煌めく黒と白のコントラスト。

 

「────…勿体無かったかな」

 

 

 この期に及んでそんな戯れ言を漏らす自分自身に心底呆れ返る。

 …ノーマルの、筈…なんだ、けどなぁ……先程ライダーの告白を受けた時に感じたときめきと云い、私まさか()()()なのか?

 い、いや、違う、違いますから。

 姉さんやライダーが私の中で特別に特別だと云うだけの話だ、誰彼構わず欲情する訳じゃない、刻淫蟲の体液のせいでちょっと色々不安定になったが故の錯覚ですよ錯覚。

 

 んああっ、もういいっ、寝よう。

 今日…あ、もう日付けは変わっちゃってたっけ、昨日はほんと色々有り過ぎて私も疲れましたし、眠っている間にこの疼きも治まるでしょう。

 そう決めた私は、寝る前に最後の仕込みを姉さんに施す。

 

 

 

 プチリ、と。

 

 ビニールが破けた様な軽い音が響く。

 姉さんの頭を撫でている私の掌。

 その皮膚を破って一匹の蟲が這い出て来る。

 直径1cmにも満たない、小さな小さな私の使い魔の一種。

 それは私の掌から姉さんの髪、頬へとチョロチョロしながら移っていき。

 

 やがて姉さんの唇に辿り着く。

 薄く開いたそこへするりと入っていった。

 

 これでよし。

 恨むならどうぞ存分に恨んでくださいな、どんな災難や不幸や不利益が起こっても自業自得と宣ったのは姉さんなんですから。

 まだ正式に同盟を結んでいない()の前で無防備に眠る方が悪いと云う事で。

 

 

 もぞりと、上体を僅かに起こして、私は眠り姫の瞼へ唇を落とした。




そんな感じでエロスを追求した前後編でした。仲の良い姉妹が薄着で添い寝し合っただけだからセーフ(強弁)。

魔力供給の方法論あれこれは原作のPC版やレアルタのあれこれを自分なりにあれこれ解釈して纏めてあれこれしました。あれこれ御意見待ってます。

桜ちゃんが脱ぎ始めた辺りから凛ちゃんが静かになったのは、内心ビビり倒してアクションが起こせなかったからです。全てを受け入れる様な真顔()

瞼へのキス=憧憬



次回から暫く幕間を続けて色々整理しようと思うので、書き溜め期間に入ります。半年程待っていてくれ()。


俺は止まらねえからよ…お前らが評価と感想を送り続ける限り、その先に俺は居るぞ…!

だからよ、止まるんじゃねえぞ…!


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幕間 誤魔化しと試練と

お久し振りです。本当にお久し振りです。

どんだけ忙しかろーがモチベが上がらなかろーがこの日にだけは投稿せねばならないっ!!

桜ちゃん誕生日おめでとうっ!!



という訳で今回はワカメ視点の幕間。桜ちゃんの誕生日なのにワカメっておま…。

あらゆる意味で何時も以上に独自解釈と独自設定のオンパレードですので注意!

ワカメといい麻婆といい口調にすげー気ぃ使うからキツイ()

つーか今回女の子全然出ないし…これだから幕間は筆がノらないぜ…早く凛桜か騎桜の百合畑を耕したい…_:(´ཀ`」 ∠):



 間桐の一族は魔法使いである。

 

 あれは何歳の頃だったか…兎に角まだ年端もいかない子供だった頃。

 その辺のガキより頭の出来がよっぽど良かった僕は家の書庫にあった文献からその事を知った。

 まぁ正確に云うなら魔術師の一族だが…意味合い的には当時の僕の中で差は無かった。

 

 偉大なる御先祖様達によって紡がれてきた神秘の探求、その系譜。

 書物に描かれたそれ等はとてもキラキラしていて眩しくて。

 自分の中にもこの偉大なる先祖の血が流れているのだと思うと凄くドキドキして。

 書物の中に記された神秘の業を繰り出す自分自身を夢想してワクワクして。

 

 

 

 ───────それ等は全部勘違いだった。

 

 

 父は言う、お前は運が良いんだ、魔術なんて知る必要は無い。

 祖父は言う、間桐の血は廃れた、お前に魔術を行使する資格はもう無い。

 

 

 元はロシアの地を起源とするマキリ改め間桐は、何代か前に魔術師として血の限界に達し、同時に移り住んだ日本の土地が性質的に合っていなかったのか、代を重ねる毎に退化─────遂に僕の代でその役目を終えた。

 栄枯盛衰。

 ある段階まで、秘蹟を重ね続けて限界に達した魔術回路及び魔術刻印はそこからどんどん劣化していく。

 それは現代の魔術師達の間では常識で、だからこそ名門と呼ばれる魔術の家は門下に下った家に刻印を株分けして秘蹟を受け継がせると共にその権威を増長させていく。

 

 間桐(僕の家)株分け(それ)をしなかった。

 名門としてのプライドだったのか何だかは判らないけど、もしそうなら酷く愚かだと僕は思う。

 それと同時に、僕でもそうしただろうとどこか納得した。

 力が及ばなかったから、自分達だけでは目標(根源)に辿り着けなかったから、衰えたから、そんな風に中途半端な所で諦めて地べたに這い(つくば)るなんて真っ平ごめんだ。

 見下されてたまるか、自分達より歴史の浅い馬鹿共に尻尾を振るなんて尚更。

 

 ───そうやって愚かにしぶとく執着(プライド)を熟れ腐らせてきた死に損ないの末裔が僕。

 ───感じた憧れは錯覚で、与えられたと思ったものは端から何処にも無くて。

 ───僕は、はじめからzeroの空っぽだった。

 

 

 

 ─────いいじゃないか、だったら僕だって足掻いてやる。

 

 数百年間、此処まで貫いてきた意地なのに何途中で諦めるてるんだよ、どうせならその血の一滴まで根絶やしになるまで足掻き続けてみろよ。

 知る必要は無い?受け継ぐ資格は無い?知ったことか腰抜け共め。

 縦え衰え腐ってしまったのだとしても積み重ねてきたものは嘘じゃない。

 本当に空っぽになってしまうのはそれ等を忘れて投げ出してしまった時。

 

 僕には流れているんだ、気高い間桐の血が。

 勉強だってスポーツだって周りの奴等よりよっぽど上手く出来るんだ。

 生まれた家だってお金持ちで、神秘を受け継ぐ高貴な家柄で。

 天は二物も三物も僕に与えたんだ。

 だったら魔術だって。

 そうさ、必ず僕がこの間桐()を復興させてみせる。

 

 

 ───本当は無意味な悪足掻きだって、心と頭の両方で正しく解っていたけれど。

 どうしても捨て切れない執着(プライド)を抱えたまま僕は歩み続けた。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 11年前、6歳の春、妹が出来た。

 第一印象は、『なんか鈍臭そうな奴』。

 名前は遠坂桜と云うらしい。

 

 そう、()()()()だ。

 冬木のセカンドオーナーにして、間桐(うち)と盟約を結んだ魔術の家門。

 何でそんな奴が、不思議に思って親父と祖父に聞いてみた。

 

 (いわ)く、遠坂の妻は二子を産んだ。

 魔道の秘術は一子相伝。

 故に姉に家を継がせ、妹を養子に出したのだ、と。

 

 要するに、厄介払い。

 家の秘密が外部に漏れる可能性を少しでも排除する為の。

 そんな理由で、まだ5歳にも拘わらず家族と引き離されてしまった。

 

 

 嗚呼、こいつも、いらない子なのか。

 

 僕の中での義妹(いもうと)は、『可哀想な奴』に変わった。

 

 家族と離れ離れになっただけじゃない、こんな潰れかけの、それも魔道の家に貰われるなんて。

 そう、可哀想だと思ったから、兄の務めとして仕方無く優しくしてやった。

 そうして少しでも構ってやると、直ぐに呑気に笑った。

 まるで日向(ひなた)に咲く花の様な、間桐(この家)で見る事なんて皆無に等しかった類いの笑顔。

 その笑顔を見ていると、なんか、少し、気が抜ける様な感じがした。

 当時は恐らく無意識だったんだろうけど、もっとその笑顔が見たいと思ったから、僕は益々桜に構うようになっていった。

 何故かお爺様も矢鱈と桜に構うのが面白くなくて、意地悪をした事も多かったけど、まぁそれなりに仲の良い兄妹をやれてたと思う。

 

 

 そうして一ヶ月くらいが過ぎた頃には、僕の中の妹は『鬱陶しい奴』にシフトチェンジしていた。

 

 当初、まだ家に慣れていなかったからだろう、何処と無くうじうじもじもじと言動の歯切れが悪く、人見知りする態度が此方の苛つきを誘う奴だった。

 だと云うのに。

 一月経ってすっかり家に馴染むと…何と云うか、こう、妙にオカンっぽくなった。

 

 やれ、休みの日でも早起きしろだの。

 やれ、好き嫌いせずにご飯食べろだの。

 やれ、玩具やゲームは出しっぱなしにせず直ぐ部屋に片付けろだの。

 

 当初の根暗さは何処へやら、矢鱈と僕のする事に口出しする様になりやがったのだ。

 その様は正に妹と云うより姉そのもので本当に鬱陶しかった。

 用事が無い時は頻繁にくっついてくるもんだから魔術の勉強も中々出来ないし。

 年下の癖に兄である僕の世話を焼こうなんて十年早いよ、文字通り余計なお世話って奴だ。

 

 その証拠に僕の方が桜よりずっと確りしてた。

 第一印象だった鈍臭そうというのは間違いじゃなく、足下の不注意で転ぶ事もよくあったし、忘れ物や失せ物だって多かった。

 その度に泣いたり落ち込んだりするもんだからそれも鬱陶しくて。

 仕方無いから慰めてやれば笑いながらお礼を言ってきて。

 まぁ、根暗でうじうじしてる奴よりちょっとくらい(うるさ)くても笑ってる奴の方が妹にしとくにはいいかな、なんて思ったりした。

 

 

 

 ───それから暫くして僕は海外に留学し。

 帰って来たら妹にお爺様が亡くなった事を告げられ。

 程無く親父も精神を病んで逝った。

 

 大して悲しくなんてなかったけど、そういう感情とは別の所で焦りが生まれた。

 生活面でも経済面でも精神面でも、何の準備も出来ていない状態で二人共勝手にポックリ逝ってしまうもんだから。

 もう頼れる大人は居ない───普段から親父や祖父が頼れる大人だったかと云うと首を傾げざるを得ないが、兎も角この家と妹を護れるのは自分だけだとより一層の努力を自分に課した。

 

 この頃の僕にとって桜は『護ってやらなきゃいけない奴』だった。

 

 

 

 それからまた暫く経って中学に入学して、そこで使えそうな(面白い)奴と出会い。

 一年経って桜も中学に入学したのを切っ掛けにそいつを紹介してやって。

 

 僕と桜の距離が少し離れた。

 

 一体何が気に入ったのかは判らない、ひょっとしたら僕が彼奴に感じたのと同じものを桜も感じ取ったのか。

 

 何にせよ。

 

 桜は衛宮の家に通うようになった。

 

 

 元々社交的で友達も多くてよく笑う奴だったけど、初対面の相手にあそこまで入れ込む様な性格を桜はしていなかった筈なのに。

 それだけじゃない。

 衛宮と出会ってからの桜は、明らかにそれまでと変わった。

 具体的に説明するのは難しい、けど確実に、何と無くだが───笑顔の()が変わった。

 

 

 

 妹に芽生えた感情が何かを察するなんてのは、家族()である僕には簡単過ぎて。

 

 

 そしてそれが、僕には面白くなかった。

 

 僕には今まで一度も見せた事の無い…そして、恐らく今後も絶対に見せないだろう表情を、出会って半月足らずの()に見せているという事が酷く不快で。

 何でだよ、今までお前と一緒に居たのは僕なのに、ずっとお前の事を護ってきてやったのは僕なんだぞ、お前の事を誰よりも理解してるのは───

 

 ───そんな、間男に嫉妬する恋人の様な、娘に男が出来た事を知って怒り狂う父親の様な。

 

 色々と自覚して、反吐が出そうになった。

 

 嘘だろオイお前……こんなん、とんだシスコン野郎じゃないか…っ!

 

 それで何か色々と萎えて落ち着いて。

 でも内側で燻る執着は消えなくて。

 取り敢えず二人の関係については口出ししない事にした。

 知るか馬鹿、勝手にイチャついてろ、不干渉で遠巻きに煽ってやるのが正解なんだよこういうのはさ。

 

 

 そうして妹との距離は若干離れたけど、別段仲が悪くなったという訳でもなく。

 まぁ良くも悪くも普通だった。

 思春期を迎えた異性の兄妹なんてこんなもんだろ?

 僕にとっての桜は『自立し始めた奴』にジョブチェンジした。

 

 

 

 それでだ。

 妹が恋を始めたって云うのに兄である僕にそういう浮いた話が一つも無いってのは何か面白くなかったから、僕も色々と手を出してみた。

 元々顔、頭、腕っ節、経済力と、異性にモテる要素ほぼ全てを高スペックで網羅してた訳だから、当たり前の様にモテていた。

 実際これ迄、何度もラブレター貰ったり告白されたりしてきたしね。

 勿論男として異性と付き合う事に興味が無かった訳じゃないけどさ、まだまだ思春期真っ只中のガキで気恥ずかしさの方が勝ったり、他に優先しなきゃいけない事も多かったから全部断ってきた訳だけど。

 

 だから、その気になってみれば剰りにも簡単だった。

 相手にはまるで困らなかった、飽きたり合わないと思ったら直ぐに別の相手に乗り換えが出来たし、文字通り取っ替え引っ替えって奴。

 まぁそうしてたら当然男女共に受けが悪くなったけどさ。

 男友達は減ったし真面目で潔癖な所謂(いわゆる)お堅い系女子も近付いて来なくなったけど知ったこっちゃなかった。

 男連中のそれは優秀な僕に対する嫉妬だったし、女子だって一部に敬遠されるだけで殆んどが僕に好意的に接してきた。

 

 周りの皆が僕を妬んで、羨んで、無視出来なくて。

 今までの努力が、僕の力がやっと正しく認められた気がした。

 そうさ、これこそが、この形が本当なんだ、見たかよ、僕にかかればこれくらい簡単なんだ。

 そう周りの有象無象共に、あっさり逝っちまった先代達に心中で叫んでやった。

 

 でも剰りにも簡単過ぎたからちょっと拍子抜けしてしまって。

 もうその辺の馬鹿女を引っ掛けるなんてのは暇潰しどころかルーティーンに等しくなってしまっていて何の面白味も無かった。

 前々から僕の悪評を聞き付けた桜がガミガミと説教してくるもんだから辟易として、若干そこは大人しくし始めた。

 全く、僕はお前の交遊関係には口出ししてないんだからお前も一々突っ掛かってくるなよな。

 

 そんな感じで中学を卒業して高校に入り。

 

 僕は丁度良い(ターゲット)を見付けた。

 

 

 遠坂凛。

 桜の()姉。

 こいつも僕と同じ高校に進学してきた。

 ついでに衛宮も。

 

 冬木のセカンドオーナーにして、間桐と同じく魔術の秘蹟を代々受け継ぐ遠坂の一族の令嬢。

 その肩書きだけでも中々だったけど、才色兼備に品行方正、文武両道、おまけにこの上無い美貌と正しく絵に描いた様な名家の御嬢様。

 家柄も才能も持ってる、まるで僕と鏡合わせの様な女。

 こいつこそ、正しく僕にふさわしい相手だと思った。

 入学して暫く経ち、それ等の情報収集を終えてから、早速アタックを開始する。

 けど戦況は芳しくなく。

 遠坂は誰に対しても態度を変える事無く一定の距離を保つ奴で、それは僕に対しても同じだった。

 可愛い(シャイな)奴だと思ったよ、この僕が認めてあげているってのに。

 同じ神秘の道を受け継ぎ歩む家の者同士なんだ、向こうが僕に関心を抱いていない筈が無い、お互いに釣り合いが取れる相手なんて一人しか居ないって解り切ってるだろ?

 或いはもっと上の男を望んでるのか?幾らなんでもそれは高望みし過ぎだよ、僕以上の奴なんて先ず居る訳が無い。

 それとも未だに男に対して関心が無いのか?高校生にもなってそれは無いだろ、魔術の研鑽で忙しいんだとしても優秀な跡継ぎを産む義務が魔術師の女には有るんだからさ、僕が色々と教えて大人にしてやらなきゃね。

 

 そうさ、無関心を装ってるだけだよ、本当に僕の事なんか眼中に無い、なんて───ある筈が、無い。

 

 そうして地道に───この僕がだよ?一途なアタックを続ける事約一年。

 進級して二年に上がり、桜も同じ高校に入学して来て。

 

 

 僕と桜の距離は、また離れた。

 

 

 桜が入学して暫くした後、学校中にある噂が流れた。

 曰く、『遠坂凛と間桐桜は実の姉妹である』。

 誰が流した噂かは知らない───というか事実なんだけど、当然この話題に食い付いた輩は多かった。

 上述の通りの完璧人間である穂群原のミス・パーフェクト遠坂凛と、高校に上がって益々磨きがかかったその容姿と人当たりの良さから来る八方美人さで早くも穂群原の人気女子上位に成り上がった間桐桜が、なんと実の姉妹─────娯楽に飢えた凡人(馬鹿)共にとっては何とも魅力的な(御馳走)だったろうさ。

 当然兄である僕の所にもそれが事実か確認しに来る奴、もっと突っ込んだ事情を聞き出そうとしてくる奴(主に新聞部の連中)が次から次へと引っ切り無しで。

 

 本当に辟易したよ、無神経が過ぎるって感じ?

 僕でこれなんだ、当人である桜や遠坂はもっと大変だろうなと思った。

 幾ら血が繋がっていると言っても、もう十年以上お互いに不干渉を貫いてきたのに。

 それも桜からしたら自分を捨てた奴と今更姉妹だ何だ話を蒸し返されちゃ堪ったもんじゃない筈だ。

 だから早めに噂が沈静化する様に情報操作をしてやる事にした。

 

 親同士が勝手に決めた話で僕達は詳しい事情を知らない。

 もう十年以上前に養子に出されたっきりお互いに干渉はしていない。

 今更その事で騒がれたって当人達にとってはいい迷惑だろうさ。

 

 そんな感じで如何にも興味無さ気に、二人はもう何の関係も無いんだと突っぱねてやった。

 

 

『え?でも私遠坂さんと間桐さんが仲良さそうに話してるとこ見たよ?』

 

 

 

 ─────名前も知らない同級生にふと告げられたそれが酷く耳に残った。

 

 

 は?

 

 何だよそれ。

 

 有り得ないだろ。

 

 だって彼奴等はそんな、捨てた側と捨てられた側で。

 

 

 嘘だ、有り得ない、そうやって内心で何度も自分に言い聞かせた。

 まるで焦りを抑える子供の様に。

 そうして午前の授業も上の空のままに過ごして、僕は昼休みに桜の様子を見に行った。

 教室には居なかった、弁当(昼食)を持って何処かへ行ったらしい。

 そういえば(彼奴)は何時も衛宮と一緒に屋上や弓道場で昼飯食ってたっけ。

 今日は天気が良い、多分屋上だろうと当たりをつけて行ってみた。

 

 

 衛宮と遠坂と。

 二人に囲まれながら桜は笑っていた。

 

 

 

 妙な、脱力感があった。

 

 三人が三人とも、僕には見せた事の無い顔をしていて。

 綺麗に完成したその環に、僕が入る余地なんて微塵も感じられなくて。

 

 それからの僕は、当時は無自覚だったけど、荒れた。

 女癖は前より悪くなって、他人を見下す頻度も度合いも増して。

 僕は特別なんだと叫んで、でも本当に欲しいものはどれも手に入らなくて、自分で自分が馬鹿らしく惨めになる悪循環。

 暫くして夏の終わり頃、他所から弓道部へ転部して来た一年を適当にからかっていたら、運悪くそれを桜に見られて大喧嘩。

 お互いにボロボロになって、桜に怪我をさせた僕に対し遠坂の態度は目に見えて悪くなり。

 

 僕と桜達の距離はまた離れた。

 

 年々、時間が経つ事に深くなっていく亀裂、どうしようもなく越え難いそれ。

 

 

 

 今の僕にとっての桜は『むかつく奴』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月31日 午後8時頃 間桐家にて

 

 

「……………~~~ちっ、あぁ~もう!何やってんだよ桜ぁっ!!」

 

 家のリビングでテレビと睨めっ子する事早一時間程、僕の苛々(イライラ)はとっくにピークに達していた。

 

 ()が帰ってこないのである。

 遅くならない様に早目に切り上げて、ちゃんと夕食を作りに帰ってくる。

 そう言うから特別に一人だけでの居残りを許したというのに一向に帰ってくる気配が無い。

 何時もなら7時頃にはとっくに夕食の準備を終えて食卓に着いているか、若しくは僕の分だけ用意して衛宮の家に行ってしまっている、因みに割合は当然後者の方が高い。

 

 全く、自分で言った事も守れないのか、やっぱり穂群原の天使とかクラスや部活でちやほやされて調子に乗ってるな彼奴、そうやって直ぐ舞い上がるから注意が疎かになって失敗(うっかり)を繰り返すんだ、全く全く…。

 

 …と内心で件の妹を貶しまくっていたのだが、そこから更に30分程過ぎてしまって。

 怒りや苛立ち以外の、何と云うか……焦りに似たものを僕は感じ始めていた。

 

 

「…何なんだよほんと、おい……遅くなるなら遅くなるって連絡しろよ馬鹿…」

 

 

 

 

 そして更に30分、時刻は午後9時を回ってしまった。

 

 

「…………………」

 

 前屈みに近い姿勢でソファに腰掛け続けて、もう()れ程経ったか、視点はリビングの中心にあるテーブルの上に載ったマグカップを捉えたままずっと動いていない。

 先程から何故か心臓の鼓動が早い、背中にも冬だと云うのに汗が滲んでいる様だ、くそっ、暖房効かせ過ぎなのか?

 

 ────嗚呼、いい加減現実逃避は止めるべきかもな、これは明らかに異常事態だ、桜の性格及び普段の言動から(かんが)みてこんな事は有り得ないと断言しても良い。

 (彼奴)は鈍臭い奴だけどその分慎重な奴だ、何かしらの不都合が起きたなら先ず連絡くらいは必ず入れてくる筈。

 

 それが無いって云う事は、つまり、連絡を入れる余裕すら無い状態にある可能性が高いって事だ。

 

 

「……」

 

 夜、それも日が落ちる時間が早い冬場は犯罪の発生率が高いなんて話をよく聞く。

 (彼奴)は内面こそ面倒でむかつく奴だけど外面は色んな意味で良い奴だ、夜中に人通りの少ない道でそんな女子が一人ぷらぷらしてたら変質者や不良の格好の的だろう。

 

「…………ああっ、くそっ」

 

 苛立ちのままに頭を掻き毟って立ち上がる、向かう先は自室だ 、外に出るなら先ず上着が必須である。

 全く、何で僕が態々こんな事してやらなくちゃいけないんだ、(つくづく)妹ってのは面倒だ───

 

 

 ガランガラン

 

 

 ───そんな事を考えていたら、玄関のベルが鳴った。

 

 

「───っんだよもぉ…あー、遅いってーの!」

 

 漸く帰って来やがったかあんの駄妹め、危うく骨折り損の草臥儲(くたびれもうけ)になる所だったじゃないか。

 いつもならもうとっくに夕食を終えて風呂にでも入ってる頃だってのに、僕の有意義な時間を無駄に潰してくれやがって、今日の夕飯は酷評してやる。

 

 そんな風に心中で妹の事を散々扱き下ろしながら肩を怒らせて玄関に向かう。

 

 ─────だから疑問に思わなかったんだろう、家の合鍵を常備している(家族)が何故態々(わざわざ)ベルを鳴らしたのかと。

 

 

 

 

「おい!!遅いんだよ、なん、じ、だ…」

 

 

 玄関を開けるのと同時に、扉の向こうに居るだろう妹を怒鳴り付ける、筈だった。

 

 黒。

 予想通りなら妹の顔がある筈の位置にあったのは一面の黒。

 全く以て予想外のそれに虚を衝かれ、言葉が勢いを無くして尻切れ蜻蛉になる。

 数瞬思考が停止するが、よくよく見ればその黒は衣服だった。

 

 神父の平服、カソック。

 その上に纏った紺色のコート。

 

 

「これはこれは。夜分遅くに申し訳無い、本来ならば私もこの様な非常識な時間に訪ねたくはなかったのだがね」

 

 重厚な声が響く。

 釣られて視線を上げれば、如何にもその声に合っていると云った風な、厳かな男の顔。

 

 僕は、その男を知っていた。

 

 

「だが、間桐の長男ともあろう者が客人に対してその様な態度を示すというのは、些か以上に問題ではないかね?程度を下に見られても文句は言えないぞ」

 

 

 言峰綺礼。

 冬木教会に住む神父だ。

 

 

「っ……はっ、自分の事棚に上げて随分だな。いきなり初対面の相手に説教なんざそっちこそ器が知れるってもんだよ言峰神父」

 

 何時の間にか、何かに呑まれかけ、それに呑まれまいと知らず口が動いていた。

 売り言葉に買い言葉、ずっと昔からそうしてきた、既に反射の域になってしまっている自分を誤魔化す行為だ。

 

「ふむ、初対面と言う割には、君は私の事を知っていた様だが」

「あんた、昔からその格好でこの辺彷徨(うろつ)いてただろ。嫌でも気になるってもんさ、無駄に目立つタイプの人種って自覚無い訳?」

 

 つまりはそういう事。

 こんな如何にも堅気じゃなさそうな奴が神父服着て近所を徘徊してたら気にならない訳が無い。

 よく見掛ける様になったのも親父とお爺様が死んでからだったからね、(護らなきゃいけない家族)も居た手前当時は警戒してたけど、そいつが冬木教会の神父だと知るのにもそう時間はかからなかった。

 

「成る程、尤もな理由だな。まあ私としてはとある理由からよく足を運ぶ機会があったと云うだけで決して彷徨い歩いていたつもりは無いのだがね」

「おいおい、神父の癖に人の話もちゃんと聞けないのかよ。自覚が無いのかって聞いてるんだ。あんた本人がそのつもりでも端から見てたら不気味極まりないんだよ似非(えせ)神父め」

「くく、似非神父、か。私をそう評したのは君で二人目だな」

 

 何が可笑しいのか、口元を歪めながら僅かに顔を伏せるそいつに、僕は苛立ちとそれ以上に危機感を募らせていく。

 一体何しに来たんだよこいつ、此方はさっさと妹を探しに行かなきゃいけないってのに。

 そう思うも視線を外す事が出来ず。

 上手く説明出来ないが、こいつ、何かヤバイ。

 纏っている雰囲気が明らかに普通じゃないんだ、一歩近付く事すらも躊躇させる様な、文字通り不気味って云うか…くそっ、何なんだよほんとさ。

 

 

「それで?こんな非常識な時間に何の用?悪いけど僕忙しいんだよね。つまんない雑談に付き合う暇も、何なら教会に寄付する気も無いんだ。用件告げてさっさと帰ってくれ」

 

 唯一問題無く動く口と舌でとっとと事態の終息を図る。

 否が応にも言葉がキツくなってしまうのはしょうがないだろう。

 

「おっと、これは重ね重ね失礼した。近頃は教会を訪れる若者も少なくてね。久方振りの会話に少々興が乗ってしまった様だ」

 

 十中八九あんたのキャラのせいだろ。

 そう思うも口には出さないでおく、これ以上の時間の浪費はごめんだ。

 

 

「では要望通り此方の用件を告げよう」

 

 

 ─────なのに。

 

 

 

 

「─────いい加減聖杯戦争へ参加するか否か、監督役である私に対し意志の表明が欲しいのだが」

「─────は?」

 

 

 

 

 そいつは。

 余りにも、予想外で。

 決して、僕が無視出来ない言葉を、垂れ流しやがった。

 

 

「既に五体のサーヴァントが召喚されたのは確認済みだ。残る枠は二つ、キャスターとバーサーカーのみ。舞台は整いつつある…だが霊器盤で知る事が可能なのは召喚されたサーヴァントの数とクラスのみだ。何処で誰が召喚したのかを知る術を監督役は有していなくてね。頭数の不足に()って戦争自体が正常に始まらないという事態を防ぐ為にも、場合によってはマスターの補充を行わなければならんのだ。参戦する意志が有るのであればその(むね)を確り報告に来て貰わなければ困る」

「な…ぉぃ───は、ぁ?」

 

 ちょっと待てと心の中で目の前の男に叫ぶ。

 心の中だけでだ、さっきまで自由だった口はまるで喋り方を忘れてしまったかの様に幽かな音を溢すだけで。

 

 何を言ってるんだこの男は。

 

 

「ふむ、そもそも聖杯は君と妹のどちらをマスターとして選んだのだね。血は枯れ果てたとは云え、正統なる間桐である間桐慎二()か。それとも養子とは云え、類稀なる魔術の才を有する間桐桜(君の妹)か……私としては後者の可能性が高いと踏んでいるのだがどうかね?」

「……て」

「む…だが、そうか、間桐臓硯亡き今、幾ら御三家と云えども君達が態々殺し合いに参加する必要性は薄いか。些か拍子抜けだがそれもある意味当然の選択───」

「おいっ!!ちょっと待て!!!」

 

 

 やっとの思いで、吐き出した。

 まるで此方に語り聞かせる様な似非神父の確認を声量で以て無理矢理途切れさせる。

 

「何なんだよ…おいお前ぇ…!さっきから何言ってんだよぉ!!」

 

 文字通り血を吐く…どころか内臓から脊髄までひっくり返って飛び散りそうだ。

 そんな僕の喚きを受けて───神父は我が意を得たりと云わんばかりに口角を吊り上げた。

 

「何、とは何かね。人にものを尋ねる時は確りと主語を入れるべきだと思うが」

「うるさいんだよっ!そんなもん何もかもだ!!」

 

 くそ、ムカつく、この野郎…!

 何なんだ、何がしたいんだ!

 桜が、何だって!?

 

「何もかも…ときたか……その様子を見るに、君は何も知らない…いや、知らされていなかったという所か」

「…!」

「嗚呼、謝罪の言葉も無い。すまなかった、これは完全に私のミスだ。まさか間桐の嫡男である君が()りにも()って何も知らされていない一般人とは思い至らなかったのだよ。全く、憶測で物事を進めては痛い目を見ると、私は十年前嫌という程学んだ筈だというのに」

 

 深く溜め息を吐いてやれやれと云った風に首を二、三度左右に振る。

 眉間に皺を寄せた顔を片手で覆って項垂れる様に語るその様は、まるで演技の様にも正真正銘の本音の様にも見えた。

 

 でもそこまで言い終えると、そいつは何事も無かったかの様に表情をにやけ面に戻して再度此方に語りかけてくる。

 

「この様な事に巻き込んでしまって、誠に申し訳無い。───だが今ならまだ取り返しはつく。記憶を消してこの場を去れば全て無かった事に出来る。そうだろう?」

 

 そう言って(おもむろ)に片手を此方へ伸ばしてくる似非神父。

 

 ゾクリ、と。

 怖気が走る。

 こいつ…!

 

「すまないが少々()()()()()()()()ぞ」

「な、ひっ…」

「心配するな、痛みは皆無だと約束しよう。怯える事は無い、(うれ)う事も無い、()()()()()()()()()。今夜の事は忘れ、また安穏とした()()の日常に戻るといい」

 

 

 

 ────────。

 

 嗚呼、確かに、怯えはもう無くなった。

 

 ふざけんな…ふざけんなふざけんなふざけんなっ!!!

 

 何も必要無い?普通に戻れ?

 

 ─────ここまで的確に傷口抉られて、黙ってられっかぁっ!!!

 

 

 

 

 ガッと、伸ばされた腕の袖口を乱暴に掴み取った。

 顔を上げてムカつくにやけ面を睨み付ける。

 

「───おい…勝手に話進めてんじゃねえ。此方はさ、尋ねてんだよ、何が起こってどうなってんのかってさぁ…!」

「ふむ…悪いが、それに答える事は出来ない。知らぬのなら知らぬままで済ませた方が良い事も世の中には───」

「───知ってるよっ!!聖杯戦争!七人の英霊と魔術師が万能の願望器を巡って殺し合う降霊儀式だろ!!」

 

 神父の腕を放り投げて僕は吼えた。

 

「知ってる、知ってるんだよそんな事はっ!!全部知ってる!間桐の末裔である僕がそれくらい知らない筈無いだろっ!!僕が聞きたいのは何で今それが起ころうとしてんのかって話だぁ!!」

 

 

 そこまで言い終えて、荒く息を吐く。

 

 本当に、どういう事なんだよ。

 屋敷の書庫にあった文献に記されていた、約200年前から続く魔術師達の神秘の闘争。

 知識としては知りながらも、どこか遠い御伽噺の様に感じていたそれ。

 それが、今…?

 

 顔は下げないまま目の前の男を絶えず睨み続けてやる。

 なのにそいつはまるで(こた)えた様子も無く、寧ろ口角を更に上向きにしやがった。

 

「成る程…?…確かに概要は押さえている様だが……ふむ、しかし、こうなってくると妙だな。今から二ヶ月程前に、私はこの屋敷へと聖杯戦争開催の連絡を確かに入れた。その際、君の妹君に確りと応答されたのだがね」

「桜が、だとぉ…!」

 

 この時点で、もう分からない。

 何で、何でそこで桜が出てくるんだよ!

 だって彼奴は───。

 

「何で彼奴が魔術(そんなもん)の対応してんだよ…!?彼奴は、魔術師なんかじゃないんだぞ!!遠坂に見限られた出来損ないで!間桐の神秘に触れる資格なんか持ってなくて!僕が居てやらないと何にも出来ない!そういう奴だ!!」

 

 ─────そう、僕が、守ってやんなくちゃいけない奴なんだよ!

 それが、何で、どうして。

 

「お前何勝手に人の妹巻き込んでくれてんだ!記憶を消すなら桜の方だろうが!魔術の(そういう)話は僕に通せよ馬鹿野郎!」

 

 ああ、くそっ、何が何だか知らないが勝手な事してくれやがって。

 二ヶ月も前だって…?そんなの、くそ、家の秘密を知られちまった、今後どうやって取り繕えば─────。

 

 

「そうか……くくっ、いやそういう事か」

「あぁ?」

「漸く合点がいったのだよ。間桐慎二、君はどうやら致命的な勘違いをしているようだ」

「─────勘、違い?」

 

 

 神父のその言葉に酷く胸騒ぎがした。

 

 予想が出来ていたと言ってもいい。

 でもそれは当たっていて欲しくない類いの、嫌な予感って奴で。

 僕の頭の出来は良い、その辺の凡人よりずっと、だからこそここまでの話の流れで脳の冷静な部分が裏の事情も大方察して読み解いていて。

 

 

 

「君の妹、間桐桜は魔術師だ」

 

 

 

 でもそれは、とても認められたものじゃなくて。

 

 

「それも実姉である遠坂凛に匹敵する程の稀有な才能を有した、ね。先程の会話の最中にも言っただろう、彼女はとびっきりの原石(ダイヤ)だよ」

 

 急速に、全身から力が抜けた様な感触に襲われて。

 自分は今立っているのか?浮いているのか?───墜ちているのか?

 足下が崩れてるんじゃないか?覚束無い。

 

 

「………何でそんな事知ってんだよあんた」

「十年前、私は遠坂の前当主である遠坂時臣氏に師事していてね。その際に聞かされたのだよ、養子に出した娘について」

 

 まるで予め用意しておいたかの様に、そいつは淀み無くぺらぺらと語りを続ける。

 

「時臣氏の奥方である葵氏は、魔術師の母胎として優秀に過ぎてね。彼女の産んだ娘二人は、最早呪いと言っても過言では無い程の凄まじい才能に恵まれたのだよ。だが、君も知っているだろうが魔術師の家系は一子相伝が原則、どれだけ優れた才を有していようと片方は凡俗に堕とさねばならない。そこで(かね)てより盟約を結んでいた間桐に次女の桜を養子として出したのだとね。丁度間桐からも家の再興の為に他所の血を迎え入れたいと打診が来ていたから渡りに船だったとも言っていたよ」

 

 

 神父の言葉が鼓膜を通して体を冒す。

 まるで鉛か水銀の様に毒物として臓腑に溜まり膝を屈させようと重みを掛けてくる。

 

 汗がぽたりと顔から床に落ちた。

 おい、おかしいだろ、今真冬だぞ。

 

「…本当に君は家族から何も聞かされていなかったのかね?」

「……ぁ、ぃ…らない…知らない、知らない知らない知らないっ!!僕はそんなもん!」

「ではやはり、間桐臓硯は(はな)から君を魔道に関わらせる気は無かったという事だな。当然と云えば当然の話だが。魔術回路を保有していない只人(ただびと)を、それも実の孫を態々死の道に引き摺り込む必要等有るまい」

「っ!勝手に納得すんな!おかしい、おかしいんだよそんなのは!だって僕は…」

 

 そうだ、変だ、おかしいおかしい。

 だって間桐は僕なんだぞ、間桐に生まれたのは僕なんだ、間桐を与えられたのは僕なんだ。

 

 

 ─────餓鬼の様に心が叫ぶ。

 

「だって、おい、お前…僕、僕はぁ!!ちゃんと、自覚を持ってこの道に足を踏み入れてるんだぞ!(あいつ)は一度だって僕に魔術の話をした事なんて無い!彼奴は関係無い!間桐を継いでるのは僕なんだよ!」

「ふむ……君の原点は何処に在る」

「は…?」

「君は一番初めに、一体どういった形で魔術の存在を知り、触れたのだね」

「そ、そんなの───」

 

 そう、僕は、屋敷の書庫から文献を見付けて。

 

 

 

 ─────親父や祖父に教えられた訳では無い。

 

 

「─────ぁ…」

 

 また、汗が床に落ちた。

 神父は更に笑みを深める。

 

「もう一つ。君は本当に、間桐桜が養子に来た理由等は何も聞かされていなかったのかね?」

「───」

 

 もう、一々反応してやる余裕も無かった。

 

 でも、あれ…?…桜が家に来た理由…?…そんなの、そうだ、親父と爺さんが言ってたんだ、桜は厄介払いの為に、遠坂から捨てられたんだって、そうだ、他でも無い二人がちゃんと───

 

 

 ───遠坂の妻は二子を産んだ。

 ───魔道の秘術は一子相伝。

 

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「───」

 

 

 待ってくれ。

 違う、そんな筈は無いんだ。

 

 僕は、だって、違う、有り得ない、違う違う、何だよ、何なんだよ、僕なんだ、僕が、ふざけんな───桜、桜が───?

 

 

「心当たりがある様だな」

 

 意識の傷口に鋭く入り込む様な神父の声。

 思考の沼から引き摺り出され、顔を上げて目を合わせてしまう。

 

「っ…ち、ちがう、ちがう、ぼく、が」

「下手な誤魔化しや逃避は己の心を(さいな)むだけだ。神父として、お薦めは出来んな」

 

 

 逃避だって?

 誤魔化しだって?

 ふざけんな、知った風な口利きやがって。

 ()()()()()()()()、僕は今まで───!

 

 

「つまるところ君は、今私が語った事実を何一つ知らなかった…と云うよりは気付けなかったという事だろう。ただ自身の生家が魔道の家門という事実のみに目を向けて、都合良く現実を曲解した末が今のこの状況という訳だ」

 

 

 そんな僕の足掻き等知った事では無いとばかりに、そいつは止めを刺してきた。

 

 そうして遂に決壊する。

 今まで、十年以上塞き止めていたものが一気に僕を圧し潰しにかかる。

 糸の切れた人形の様にグワンと、やっと解放されたとでも言いたげに体が思いっきり傾く。

 だが幸いにも───幸い?───体が傾いたのは開きっぱなしだった玄関の扉の方で。

 全身でもたれ掛かる。

 

 寒い。

 このまま眠ってしまいたかった。

 

 

「…直ぐには納得出来んか、無理も無いがこのままでは埒が明かんな」

 

 神父が僕の腕を引っ張って立たせようとしてくる。

 無駄に大きい手だな。

 

 止めろよ、眠いんだ僕は。

 これ以上何の用が有るって云うんだ───こんな、空っぽの僕に。

 

「君に心当たりが無いのなら、やはり、少なくとも聖杯戦争に関しては間桐桜が担っているのだろう。居るのなら呼んで来て欲しいのだが」

「……………居ないよ。まだ帰って来てない」

「そうか─────それは都合が良い」

 

 

 ?

 都合が良い?

 何だそれ───と口にする前に、グンッと体を起こされた。

 

「っ、何だよ」

「いや、尤もらしく講釈を垂れておきながら今更なのだが、君と私の到った事実が本当に正しいのか確証は持てないだろう?推理を確かな真実とする為に物的証拠を探すのは刑事ドラマの常ではないかね?」

 

 あんた刑事じゃないだろ、と突っ込む気も起きない。

 物的証拠、だと?

 

「…家捜しでもするっての?」

「その通りだ。これ以上此処で議論を続けるよりは幾らか効率的だろう?」

「ふざけんな……帰れ、人の家を土足で踏み荒らす神父なんて聞いた事無いんですけど」

「別に空き巣に入ろうという訳ではないのだ、問題無かろう。これは聖杯戦争の監督役としての正当な調査の一環だよ」

 

 嗚呼、ああ、くそ、何でこいつの言動はこうも人の心を逆撫でしてくるんだ。

 何が議論だ、何が正当な調査だ。

 さっきのあれの何処が議論だってんだ、何処に正当性が有るって云うんだ。

 もうとっくに沢山だ、これ以上踏み込ませたくなかった。

 

「帰れって言ってるだろっ。いきなりやって来て滅茶苦茶してくれやがって……もう暇じゃ無くなったんだよ此方は、考えなきゃいけない事が山積みなんだっ…」

「それは此方とて同様なのだがね。言っただろう、舞台は整いつつあると。気の早い者達が既に闘争を開始していたとしても何等おかしくない状況なのだ。監督役として早急に事前準備を済ませ、綻びを修正出来る態勢を作っておかねば」

「知った事かっ!そんなの、僕には……ああ、もう、何でこんな事に…どうすればいいって…」

 

 衝動的に頭を掻き毟るが、当然何の意味も無くて。

 良いアイディアは浮かばない、心だってちっとも晴れない。

 そんな僕を見て神父は呆れるでも見下すでもなく、ただ淡々と言葉を紡いだ。

 

 

「成る程、やはり、そうやって逃げ続けて来たのか」

 

 

 ─────。

 

 

「………何、だと?」

「そうなのだろう、そうやって目の前に困難な(現実)が立ちはだかる度に、それと向き合わず逃げ続けて来たからこそ、君は今こうして追い詰められている。最早逃げ場の無い袋小路へと。違うのかね」

 

 再度神父に掴みかかる。

 ただし今度は両手で襟元を吊り上げる様にだ。

 

「ふざけんな…馬鹿にしやがって…!僕は、僕だってなぁ!努力してきたんだよ!魔道の家門を背負うに相応しい男になろうって!誰がっ、逃げ、て……逃げてなんか!逃げてなんかああっ!!」

「ならば何故目の前の問題を直視しない」

 

 そんな剣幕を保てたのは一瞬で。

 簡単に、こうもあっさりと僕は言葉だけで押さえ込まれてしまう。

 

「概要を押さえているのならばこれも知っていよう。間桐は聖杯戦争、始まりの御三家の一つ。この儀式には一族の何百年分にも及ぶ執念と希望が込められているのだ。家門を背負うと宣うのならば君は先ず何よりもこれを優先するべきではないかね」

「……っ!…………ぅ、ぁ」

「反論出来ないのならば、それは君の心が私の言葉を正しいと認めている何よりの証拠だ」

 

 そうして、そいつはするりと僕の横を抜けて屋敷の中に踏み入って来た。

 

「では調べさせてもらう。───逃げないと云うのであれば付いて来るといい」

 

 何処までも的確に貫かれ、無理矢理に動かされる。

 忘我の内に、僕はふらふらと神父の後に付いて行った。

 

 

 

 ─────そして、数分と経たない内にそれは見付かる事になる。

 

 

「ふむ、あれか」

「…?どれだよ」

 

 屋敷の一階、廊下の一角を見据えて呟いた神父に僕は疑問を呈す。

 何だよ、何も無いじゃないか───そう思ったのも束の間、いきなり神父が僕の顔を覆う様に掌を翳した。

 急なアクションに体が跳ねるが、その掌は直ぐに退かされ───何も無かった廊下の一角に金属製の重そうな扉が現れていた。

 

「な、は…」

「簡易だが隠蔽の結界が張られている。無意識の内に注意をあの扉から逸らしてしまう様に、謂わば暗示や人払いの術に近い類いのものだな」

「こん、なの…」

「ほぼ間違い無いだろう、あの先が間桐の屋敷の…いや、間桐桜の魔術工房だな」

 

 ああ、知らない。

 僕は知らない。

 あんなもの。

 でも待てよ、それだけであれが桜の工房だとは───

 

「簡易ではあるが、その分制御と管理はしやすい結界だな、定期的なメンテナンスのしやすさを重視しているのだろう。何十年間と張り続けられた類いの結界ならば必ずある綻びがまるで無い、少なくとも一ヶ月以内に張り直されている。君に心当たりが無いのなら、消去法で()()()()()()があれを張り直したという事になる」

 

 苦し紛れの反論は口に出す前に封殺される。

 やってられない。

 

「これで、今度こそハッキリしたな。間桐慎二、君は自身こそが間桐を継いだ後継者で、妹を他所から捨てられて来た出来損ないだと思い込んでいたが、実際はその逆だったと云う訳だ。間桐桜、彼女こそが間桐を復興させる為に迎え入れられた後継者にして間桐の現当主。君はそれ等の事を何も知らなかった、気付けなかった。祖父からも父からも妹からも、何も知らされず与えられなかった、哀れな飼い犬と云う訳だ」

 

 

 

 神父の嘲りに言葉を返す余裕はとっくに無かった。

 壁に背を預け、ずるずるとその場にへたり込む。

 気持ちの整理が付かない、付く筈が無い。

 

 嗚呼、何でだ。

 十年以上、何で気付かなかった。

 僕の事なんて見向きもせずに桜に構っていたお爺様の態度からもそれくらいは察せた筈なのに。

 そもそも魔道の家門が養子を迎え入れる理由なんて唯一つだけだと決まっているのに。

 本当に出来損ないなら何でそんな奴を親切に引き取ってやる必要がある?何のメリットがある?魔術師が自分達の利益無しに動く訳が無いだろ、初めっから答えは一つだったんだ。

 

 桜こそが間桐を継ぐ者で。

 要らない子は僕の方だった。

 

 前提、考察、結論。

 物事を考える際に守らなきゃならない順序。

 他の一切合切に目を向けずに自分の中だけの前提を盲信して、碌に考察もせずに結論へ据え置いてしまっていた。

 神父の言う通り、僕は飼い犬だった。

 厳しい現実を何も知らないくせに我が物顔で周りに吠え立てて、いざそれに直面したら都合良く何もかも曲解して、自分すら誤魔化して、逃げ続けて。

 そうしてとうとう逃げ場を失い、袋小路に追い詰められた。

 何て、愚か。

 

 項垂れる僕に神父が声をかける。

 

 

「やはり今夜の事は記憶から消した方が良いのではないかね?心身共に、少々負担が大き過ぎる様に見えるが」

「…誰のせいだと思ってんだよ…大体逃げるなって言ったのもあんただろ」

「私は君に選択肢を提示しただけだ。一度足りとも命令や強要をした覚えは無い。そして、誰のせいだと言うのならば、紛れも無く君の自業自得だと言っておこう」

 

 ああくそ、うるせぇ。

 今ハッキリ判った、こいつは性格が悪い。

 そのくせ性質はくそ真面目だから必要以上に言動が相手を煽るものになるんだ、最悪過ぎる。

 

 尤も、最悪過ぎるのは今の僕の何もかもな訳だけど。

 

 

「…消さないよ…消してたまるかっ…これ以上逃げたってしょうがないだろっ…!」

「そうか、ならばどうするのかね」

「分かるかよそんなもん!分からないけど、もう嫌だ!こんなままで終われるかっ…!終わっちゃいけないんだよっ、僕は、()()慎二なんだぞっ…!」

 

 

 たらりと何かが口元から垂れる。

 また汗かと思ったそれは赤くて。

 歯を食い縛り過ぎていたらしい、くそ、後から地獄の奴だこれ。

 

 嗚呼、そうだ、終われない。

 終わらない、間桐は終わらない。

 足掻き続ける限り終わりはしないんだ。

 終わってたまるかよ畜生!

 

「───神は乗り越えられる試練しか与えない」

「───は?」

「そして私達が耐えられるよう、試練と共にそこから脱する道も与えてくださる」

「…何それ、聖書の一節かなんか?」

「そうだ。間桐慎二、君はこれまで与えられた試練に挑むでも脱するでもなく、只管見て見ぬふりをしてきた。だが今日この時、遂に君はその(まなこ)を開き、目の前の試練と相対する覚悟を決めたのだ。祝福しよう間桐慎二、君は間違い無く、今この時を以てこの世に生を受けたのだ」

 

 両腕を広げる大仰な身振りでそう宣う神父。

 何処までも最悪な奴なのに、今この瞬間だけは、こいつを似非神父呼ばわり出来ないと思ってしまった。

 

「そして、私だけではない、主もまた君の誕生を心から祝福している。その証に、君に一つの試練(チャンス)を与えてくださっている」

「チャンス…?」

「ああ────────喜べ少年、君の願いは、漸く叶う」

 

 そう言って神父は此方に背を向ける。

 

「その心が真実ならば───付いてきたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖杯戦争に参加しろだって…!?」

「ああ、そうだ」

 

 

 あの後、神父に連れられてやって来たのは、何を隠そうこいつの本拠地である冬木教会だった。

 冬木市の中央を流れる未遠川を挟んだ、西側の深山町と対になる東側の新都、その郊外に位置するそこそこに広い敷地を有した教会。

 余談だが、かつて日本に移り住んだ間桐(マキリ)が最初に居を構えたのが何を隠そうこの場所だ。

 暫くしてこの場所の霊脈が間桐(マキリ)の体質に合っていなかった為に今の深山町側に移り住み、その後聖堂教会に押さえられたなんて経緯があったりする。

 

 要するに何が言いたいのかと云うと、徒歩で来るにはちょっと遠過ぎるって事だ。

 お陰ですっかり頭は冷えてしまった、物理的に。

 

 そしてそんな僕に送られた神のお告げは中々にハードなものだった。

 

「それがチャンスって…どういう思考回路してたらそうなる訳?」

「まぁそう言わずに聞き給え。私の認識としては、最早これは天恵なのではないかと云う程に運命(Fate)は君に向かって傾いている」

「御託はいいからさっさと話せよ。一々回りくどいんだよあんた」

 

 僕の悪態には反応せず神父は語り始めた。

 

「君は魔術回路を保有していないが故に間桐臓硯に劣等だと断じられ、養子である妹に当主の座を奪われた。これが今の君の現状だ」

「…ああ」

「だが、この第五次聖杯戦争を勝ち抜く事が出来れば、それ等を全て引っくり返す事が可能なのだ」

 

 都合の良い文句に眉を顰める。

 視線だけで続きを促した。

 

「先ず知っての通りこの聖杯戦争は殺し合いだ。それも魔術師同士による秘匿されたね。戦争によって発生した被害は全て魔術協会と聖堂教会による隠蔽工作で神秘の形跡を除かれ、表向き、世間一般には只の事故として認識される───つまり合法的に殺しが出来るという訳だ」

「───」

 

 こいつ、まさか。

 

「桜を殺せってのか…!?」

「そうは言っていない。只そうする事も出来るという話だ」

 

 

 知らず手が震える。

 怒りによるものか、恐怖によるものかは判別出来ない。

 畜生、やっぱりこいつは似非だ。

 

「更に言うなら、この戦争は魔術師の力量差ではなく従えるサーヴァントの性能差が勝敗を左右すると言っても過言では無い。この闘争の(かなめ)人間(マスター)ではなく強大な力を有する英霊(サーヴァント)達なのだ。故に魔術師ではない君にも充分に勝機はある」

「はっ…本当に人の事を貶すのが上手いな。尊敬するよ」

「勘違いしないでくれ給え、私は只々事実を述べているに過ぎない。それをどう受け止めるかは君の心次第なのだ」

「ああ、それと方便もだ。方便は仏教用語なんだぜ似非神父」

 

 盛大に皮肉をぶつけてやるがやはり何処吹く風、何が面白いのか神父は低い笑い声を漏らすのみだ。

 

「くく、有り難い諫言として受け取っておこう。兎も角、サーヴァントという武器を用いれば君の様な素人でも勝ち抜ける可能性は充分に有るのだ。そしてこの闘争を勝ち抜いた者に与えられる万能の願望器、聖杯を用いれば───君は魔術師に成る事が出来る」

「───」

 

 

 

 ───それは。

 

 根底の部分で全てを諦めてしまっていた僕にとって。

 

 余りにも、余りにも甘過ぎる、試練(誘惑)だった。

 

 

「僕が……僕が…っ!?」

「そうだ。聖杯は真に万能、紛れも無く人の欲望(願い)を汲み上げ現実の事象とする奇跡の願望器だ。これに願えば魔術回路を授かる事等余りにも容易い。それ所かこの世の何者をも凌駕する神秘の行使権さえ得る事が可能だろう」

 

 脳からアドレナリンがどばどば溢れ出しているのが手に取る様に分かる。

 目が熱い、充血してるな、呼吸も落ち着かない、まるで極上の餌を前に待てを言い渡された犬みたいだ。

 いや、事実そうなんだ。

 ずっとずっと、日の当たらない場所で飼い殺しにされてきた家畜の前に突如として降って湧いた希望!

 似非神父の言う通り、紛れも無くこいつは天恵だ!

 

 

「つまりはそういう事だ。殺しか、それ以外の手段かは君の自由だが、間桐の現当主である間桐桜(君の妹)を下し、更には聖杯によって魔術回路を得れば───名実共に君は間桐の長を名乗る正当性を得られる訳だ。───どうかね?長年君を苛んできた壁を打ち崩す鍵が、この聖杯戦争という事象一つに集約されているのだ。正しく天恵と言っても過言では無いだろう?」

「ああ、紛れも無いね」

 

 にやける口角を抑える事もせず僕は神父を見据えた。

 

「やってやる。やってやるさっ!!もう逃げやしない!ああ、これはそうさ、絶対に確実に真実に!間桐の末裔である僕に与えられた試練なんだよ!ご先祖様が僕に悲願を果たしてくれって(すが)り付いてるんだ!」

 

 そうなんだそうなんだ!

 来てるんだ来てるんだ!

 やってやるやってやるぞ!

 

 だってそうだろう、こんな幸運が他にあってたまるか!

 つまりはそういう事なんだ!

 

 ()()()()()()()()()!!

 

 

「おいっ、話は理解したぞ。次はどうすればいいんだよ!」

「くく、そう慌てる必要は無い。今一度確認しよう間桐慎二。君は自らの願いを叶える為に、自らの意志で聖杯戦争に参加するのだな?」

「ああもうっ、ほんっと回りくどいねお前!そうだよ、そう言ってるだろ!御三家が一、間桐の正当なる後継者として僕は聖杯戦争に参加する!」

「よかろう。監督役として受理する、君を今回の聖杯戦争のマスターの一人として認めよう」

 

 そう言った神父は踵を返すと教会の奥に向かっていった。

 

「では準備を始めよう、付いてきたまえ」

 

 最早問答無用、有無を言わさぬと云った感じで歩くそいつの背中を意味も無く睨み付ける。

 今日はこいつに付いて回るばかりだな。

 

 

 

 

 

「私は必要なものを取りに行ってくる。その間に君は魔法陣の準備をしておくといい」

 

 教会の奥の一室に着くや否やそう言って此方にチョークの様な長細い魔石と魔法陣に関する書物を渡してくる神父。

 準備が良いんだか悪いんだか分からない奴だ。

 

 ほんの数分後、そいつは戻って来た。

 

「待たせたな。それでは始めよう」

「始めるって、一体何から始めりゃいいんだよ」

「無論、サーヴァントの召喚に決まっているだろう」

 

 それくらいは解る。

 でもその為には問題が一つある。

 

「召喚するったって、令呪はどうするんだよ。あれが無きゃマスター権は得られないんだぞ」

 

 

 そう、気掛かりはそこだ。

 そもそも戦う意志を決めたってサーヴァントを牛耳る令呪が無けりゃ参加権すら貰えない。

 

「心配するな。それこそ無論問題は無い」

 

 そう言って神父は片手に持った一冊の本を掲げてきた。

 

「これは偽臣の書と言ってな、簡単に言ってしまえば『魔術的契約の委任状』だ。魔術による契約の効果は本来術者本人とその相手にしか及ばないが、これを用いてそれ等を委託してしまえば、この本の持ち主がその恩恵を得られるという訳だ。(たと)えその人物が魔術師でなかったとしても」

「!つまり」

「ああ、これを使って君に()()()()()()()を譲渡する」

 

 

 ───今聞き逃せない言葉が含まれていた。

 私のマスター権、だと?

 

 僕がその疑問を口にするより早く、神父がカソックの袖を捲る。

 

 

 その()()には、令呪の兆したる聖痕が浮かび上がっていた。

 

 

「は…?…おい、どういう事だよそれ」

「それを問いたいのは寧ろ私の方なのだがね。全く、監督役である私に令呪を授ける等、聖杯の意思というのは案外気紛れなものの様だ」

 

 やれやれと首を振って苦笑する神父の表情に、特に繕ったものは感じ取れない。

 どうやら演技の類いでは無く、本当に予想外の事態に困惑していた様だ。

 

「今からこの場で私がサーヴァントを召喚する。その後、この令呪三画全てを偽臣の書に移し、君にマスター権を委譲する。そうすれば君は晴れて正式なマスターの一人になるという訳だ」

「…成る程ね、漸く合点がいったよ」

 

 何故参加者(マスター)ですらないお飾りの僕に監督役のこいつが此処まで肩入れするのか。

 

「要するにあんた、聖杯戦争に参加したくなかったんだろ。望んでもいないのに余計な権利を聖杯から押し付けられて、それを誰かに(なす)り付けたかった訳だ。はっ、生臭もここまでくるといっそ清々しいね。人の事散々煽っといて肝心のあんたは神に与えられた試練から逃げ出すって訳だ」

「ふっ、そう捉えられても仕方は無いかもしれんが…それもまた誤解だよ間桐慎二」

「ああ?何だよ、今度はどんな方、べん……っ」

 

 

 僕の目の前に立つ二人に詰め寄ろうとして、その有り得ない事象に気付いた瞬間絶句してしまった。

 

 

 ()()

 

 何だ、どういう事だよ、僕が此処までずっと行動を共にしてきたのは、今の今まで会話していた相手は、言峰ただ一人の筈だ。

 

 それなら、()()()()()()()()()()()は一体誰だ。

 

 

「紹介が遅れて申し訳無い。この女はアサシン、私と契約しているサーヴァントだ」

 

 

 ───っ!こいつは、どれだけ人を小馬鹿にすれば気が済むんだっ!

 

「アサシンに…契約!?おいっ、何だよそれ!お前、これからサーヴァント召喚するんじゃ…令呪だってまだ兆しの段階だろ!どういう事だよ!」

「そうやって直ぐに激昂するのは君の短所だな。落ち着け、そう叫ばずとも説明してやる」

「…っ!」

「君の言う通り、私自身はまだサーヴァントを召喚してはいない。このアサシンは、はぐれサーヴァントなのだ」

「はぐれ、サーヴァント…?」

「そうだ。こいつはとあるマスターに召喚されて早々、そのマスターを殺してはぐれになった迷子でね。魔力供給源を失い消滅する運命にあった所を、偶然出逢った私と契約する事で生き永らえたという訳だ」

「…っ、お前、監督役の癖にそんな、囲い込む様な真似してんじゃねぇよ!ったく何処まで…」

「それもまた誤解だ間桐慎二。私がこの女の弱味を握って無理矢理手込めにしたという訳では無い。この女に自身の意思で乞われたからこそこうして現界する為の依代となってやっているのだ」

 

 ちらりとアサシンと呼ばれた女に視線を投げる。

 髑髏を模した仮面を着けているせいで表情は窺えないが、神父の言葉に自然体で特に反応を見せない様子から、嘘ではないと判断する。

 

「とは云え、一度受け入れた以上はその道に殉ずる覚悟は固めてある。私自身の望みとは少々異なるが、私は自身の意思の下、聖杯戦争に参加するつもりだ」

 

 そう言って此方を見据えてくる神父。

 

 ああ、確かに嘘ではない様だ。

 たぶんまだ何か隠してる事はあるんだろうな。

 でも、それだけ分かれば僕にはもう関係無かった(どうでもよかった)

 

「……そうかよ。ああ、分かった、それでいいさ。どの道僕は僕の為に戦うんだ、あんたの思惑なんて知ったこっちゃないし利用される気も無い。精々黒幕ぶって嗤ってろよ、勝手にやらせてもらうさ」

「ああ、勝手にするがいい。だが事と次第によっては監督役としてペナルティを科さねばならん場合もあると肝に銘じておき給え」

「ふんっ、よく言うよ」

「ふっ……では、もう確認事項は無いかね?」

「ああ、さっさとやってくれ」

 

 

 僕の言葉に神父は笑みを深めると左手を魔法陣の方に掲げた。

 

 この男が腹に一物抱えてるなんてのは一目瞭然だ。

 監督役の癖に令呪とサーヴァントを保有して、魔術師ですらない僕を参加者(マスター)に仕立てあげる───明らかな越権行為だ。

 僕を隠れ蓑として利用し、他のマスターと潰し合わせて最後の最後で漁夫の利(聖杯)を奪う、筋書きはそんな所だろう。

 

 上等じゃないか、やってやるよ、精々派手に踊ってやるさ。

 でも舐められっぱなしは我慢ならないんだよ僕って奴はさ。

 どいつもこいつも潰してやる、僕の力を見せ付けてやる。

 僕が、僕こそが!間桐を受け継ぐに相応しいってな!

 

 だからさっ、首洗って待ってろよ桜!!!

 

 

 

 

 

 ────────召喚が始まった。




ワカメ「桜ぶっ飛ばす!!」
麻婆「全くこれだから間桐は最高だぜ!!(愉悦)」
静謐「マスターが愉しそうで何よりです」
フラン「こいつぁヤベェ所に召喚されちまったなぁ」


そんな感じの麻婆愉悦劇場でした。

嘘だろ…!?文字数が約二万二千…!?過去最高じゃねぇか…!言峰てめえダラダラ喋り過ぎなんだよ馬鹿野郎!
前後編で分けようかとも検討したんですがいい具合に半分で割れるシーンが無かったもんでそのままぶっ込みました。時間がある時にゆっくり読んでください(遅すぎる注意)。



時系列的には桜ちゃんと士郎君がアチャクレスと、凛セイバーが兄貴とダメットさんとそれぞれ殺り合ってる時。
2話でシスコンっぷりを見せ付けて来たワカメが何で急に桜ちゃんにキツくなったのかの説明回を兼ねております。

お互いがお互いをパンピーだと思い込んでたから魔術の話題に一切触れずすれ違い続けた間桐兄妹。先輩が魔術師だと見抜けなかったり、この小説の桜ちゃんは原作以上にポンコツなのでは…?(今更)

偽臣の書は間桐独自の礼装ではなかった筈。zero原作でケリィが偽臣の書について言及してたので。

麻婆と静謐ちゃんのあれこれは多分その内書くと思います。また幕間かぁ…(モチベが)壊れるなぁ…。


最早亀どころかナメクジ更新の域ですが間桐(蟲)的には合ってるんじゃないかとか阿呆みたいな考えが浮かぶ今日この頃。取り敢えずどんだけ牛歩でもエタだけはしないと思いますんで今後もどうか宜しくお願い致します!orz





P.S
え?某動画サイトでHF三章の先行配信するって?

私は観ないよ。最初は劇場で観るって決めてるよ。あの臨場感が在ってこそだよ。コロナなんかに私は負けないよ。三章観れたらもう今生に悔い無しだよ。割りとマジでそれくらいの心境でこの1年過ごしてきたよ。



だから延期だけはぜってぇやめろよテメェ(半ギレ)


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幕間 ヘラの栄光/クランの猛犬

劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song 公開記念更新。

だというのに幕間だから桜ちゃん出ないという不具合。馬鹿野郎と罵ってください。


時系列としては、ライダーさんが遠坂邸で大暴れしている、一方その頃。

真っ当な聖杯戦争してくれる兄貴とバゼットさん組は難しい事考えずにバトル書いてりゃいいから助かる。


 2月1日。

 

 日もすっかり落ち切った深夜の冬木市。

 民家の明かりをぽつりぽつりと灯すのみの静寂と秩序を保った深山町側に対し、新都側は未だに中央付近のビル群が煌々と文明の光を放ち、人々を眠りとは程遠い喧騒へと誘っていた。

 そんな街を彩るネオンを少々遠目にだが望む事の出来る冬木市最大の海浜公園。

 周辺にバッティングセンターや水族館、カフェテラス等が建ち並ぶそこは昼間は人気のデートスポットとして機能しているが、同時に冬木大橋越しに夜景を眺める事が可能となる夜間もムード満点で、()()()()目的で訪れる男女も中々に多かった。

 

 だが今夜そこを訪れている男女にそんな甘い雰囲気は一切無い。

 あるのは夜の静寂を破る轟音と相手の(はらわた)を喰い破らんとする紅い殺意のみだった。

 

 

 

「─────っっ!!!」

「───、───!」

 

 気合いは満々、されど叫びや掛け声は皆無。

 そんな余裕は最早お互いに無い。

 それでも全身に張り詰めた烈火の覇気が抑え切れない唸りとなって両名の喉から漏れ出し、周囲を(ことごと)く威圧していた。

 人の領域に非ず、(しか)して獣呼ばわり出来る程下卑たものでも理性と知性を欠いたものでも無い。

 

 正しくそれは、大英雄達による神話の再現。

 

 

「っっっ!!!」

 

 ドカンドカンドカン、と。

 嘘の様な爆音が瞬時に三連続。

 アーチャー・ヘラクレスによる石刀での斬撃が地面を叩き割り捲り上げた音だ。

 

 ランサー・クー・フーリンは持ち前の体捌きと敏捷でそれ等を紙一重に(かわ)していく。

 比喩でも何でも無く本当に紙一重の間合い、故に斬撃で生み出された風圧が容赦無くその身を挽き削り、吹き飛ばし、圧し潰そうと襲い来るが、ランサーは叩き付けられるそれ等に一切怯まない。

 寧ろ堪らないとばかりに獰猛な笑みを深めるその容貌は───正しくクランの猛犬。

 

 僅かに距離を置き、仕切り直し、発動。

 静止状態から一歩で自身の最高速度に達するケルトの戦士の秘技、鮭跳び、それを用いて地面を三度蹴る。

 ジグザグな軌道を描いたそれは先に発動させたスキルも相まって弓兵の眼すらも一瞬惑わせた。

 その一瞬の隙でアーチャーの右側面───アーチャー側から見たら左側面───に回り込んだランサーは容赦無く得物を一刺し。

 大気との摩擦で発火現象すら引き起こしたその兇撃をアーチャーは辛うじて石刀の腹で受け止めた。

 お互いに踏ん張った足下が砕け散る程の衝突、だがこれしきの事、只の動作の一つとでも云わんばかりに二騎は直ぐ様足を回して体勢を整え、手を回して自身の得物を跳ね上げる。

 アーチャーは反撃の為、ランサーは再び必殺の機を窺う為。

 

 そんな益荒男達の終わり無き死闘を10メートル程離れた所から眺めるのはランサーのマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 

 

(息吐く暇も在りませんね…闘っているのは自分では無いと云うのに。しかしどうやればあれを最低限の被害で仕留められるのか)

 

 果てし無き領域の武闘に魅入られ、先程から何度も思考を安易な方向に引っ張られそうになるが、やはりそこはプロ。

 彼女とて歴代最強とさえ呼ばれる封印指定執行者、現代に於いて並ぶ者無き戦闘者の一人なのだ、肝心な部分は何処までも冷静だった。

 

(やはり狙い目はマスターでしょうが………まぁ、無理ですね現状。あの嵐の中に突っ込んで行くのは無謀というレベルではない)

 

 戦いの余波でどんどん平らな部分を無くしていく公園の敷地を色々と諦観の籠った目で見据えながらバゼットは内心で溜め息を吐く。

 加えて、()()の流れからしてもあのアーチャーがマスターへの手出しを許すとは思えない。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、という諺がこの国には在るらしいが*1あれは虎穴どころか竜の巣、将又(はたまた)冥界の門である、折り紙付きで死ぬと解っていて入る事は出来ない。

 

 これは戦争だ、想定外の事態等息をする様に幾らでも起こり得る、仕方の無い事だ─────そう頭で解っていてもやはり心情というのはどうにもならない。

 再度バゼットは内心で溜め息を吐いた───それ等の感情を一切表に出さないのは本人の生まれ持った気質か、将又積み上げた経験(キャリア)故か、どちらにせよ流石と云う他無い。

 

 

 

 ───ランサー陣営とアーチャー陣営が遭遇してしまったのは完全に偶然だった。

 

 ランサー陣営は昨夜のセイバーとの決闘に介入してきたアサシンを捜索、あわよくば討伐する目的で新都を目指していた。

 自らの存在と行動をその瞬間まで一切悟らせず、気付いた時にはもう手遅れの段階にまで状況を(おとしい)れている恐ろしい暗殺の手腕。

 更には昨夜の戦闘の後、服に付着していた毒を解析したところ、何と英霊や幻想種すらも屠る事が可能なレベルの毒性と判明。

 それ等二点からアサシン陣営の脅威度を二、三段階引き上げたバゼットは早々に後顧の憂いを断つべく昨夜ランサーが途中まで追跡出来ていた新都側へ赴こうとしたのだ。

 

 一方のアーチャー陣営はと云えば───何と云う事は無い、単なる気紛れである。

 昨夜は士郎(お兄ちゃん)(偽者)をあと一歩の所まで追い詰め、キャスターに至っては消滅寸前の状態にしてやった(と云うか勝手になった)。

 昨日の今日で未だ十全な回復は出来ていない筈だ、アーチャーの宝具(蘇生能力)も見せてやった事だし今頃此方への対策立案であたふたしている事だろう。

 そんな準備も整っていない相手を甚振った所で面白くも何とも無い、故に今日は深山町ではなく新都側を探険してみようという話になった。

 

 そして二組は冬木大橋の手前でばったり遭遇したという事である。

 

 まあばったりと表現したが、実際にお互いがお互いを認識し合ったのは約100メートル程も距離が空いている段階である。

 サーヴァント同士故の魔力知覚に加えて、アーチャーは弓兵としての眼の良さ、ランサーは獣の如き勘の良さと数多の戦場を駆け抜けた戦士としての感覚で。

 

 

 先に仕掛けたのは当然遠距離攻撃の手段を有するアーチャーだった。

 だが矢避けの加護を有するランサーには、全く通じなかったと云う事は無いがほぼ完璧に対応されバゼット(マスター)共々徐々に距離を詰められる。

 そうしてとうとうサーヴァントはサーヴァント同士での白兵戦、マスターはマスター同士での直接対決へと縺れ込んだ訳だが、此処で一人の鬼女が覚醒する。

 

 自然の嬰児(えいじ)として冬木の土地そのものからバックアップを受ける事が出来るイリヤだったが、()()魔力を多く扱えるというだけで封印指定執行者を撃退出来るのであれば世話は無い。

 理不尽という一言では到底片付かない高位の奇跡を我が物顔で扱う封印指定の魔術師。

 そんな化け物共をこれ迄幾度と無く捕縛───そう、()()ではなく()()してきた掛け値無しの(つわもの)こそがバゼットという魔術師だ。

 生まれてこの方、辺境の城に籠りっ切りで碌に喧嘩もした事の無いお嬢様が勝てる道理は無く。

 早々に距離を詰められ、あわやその矮小な体躯に風穴が空く───といった所でアーチャーの援護射撃が入った。

 

 流石はギリシャ神話最強の名を欲しいままにする大英雄ヘラクレス、ランサーと戦いながらも常に守護対象(マスター)へ意識を向ける余裕を保っており、見事に自身の後ろまで退避させる事に成功、バゼットも機関銃の如き矢の雨に堪らず後退、そうして冒頭の様なサーヴァント同士を挟んで対峙する構図が出来上がっていた。

 

 

 アーチャーの助けが入らなければやられていただろうという事実は、プライドの高いイリヤスフィールにとって実に面白く無かったらしく、未だにアーチャーの後方で頬を膨らませている───が、ある意味それはバゼットも同じだった。

 

 そう、このままお互いのサーヴァントを真正面からぶつけ合わせるだけの、良く言えば正々堂々とした決闘形式、悪く言えば捻りの無い馬鹿正直な試合を続けるというのは非常に面白く無い。

 

 十中八九、ランサーが敗ける。

 

(───いや、敗けはしない…敗けはしないでしょうが、同時に勝てもしない)

 

 

 クー・フーリンというサーヴァントは、正しく『生き残る事』にこの上無く長けた存在だ。

 矢避けの加護というアーチャー殺しもいいとこの体質(スキル)、仕切り直しという戦闘の流れを半ば支配する事が可能な法則(スキル)、戦闘続行という正しく手負いの獣の如き底力を発揮する性根(スキル)、原初のルーンという異常なまでの万能性で場合によっては下手な宝具より有用な魔術(スキル)

 そしてこれ等にランサー自身の確かな技量と戦況判断力が加わる事によって、縦え明確な格上が相手であっても本気で逃げれば確実に生還、防戦に徹すれば日を跨ぐ程の間戦況の維持が可能と、兎に角死なないサーヴァントなのだ。

 

 何処ぞの時空の様に『ランサーが死んだ!』『この人でなし!』なんて光景は早々有り得ないのである。

 

 そして今が正にその状況……いや、防戦に徹しているとは言い難いが、兎に角ステータスで大きく差を開けられているアーチャーを相手に戦況は維持されている。

 

 

 

 だが。

 やはり。

 それでも。

 

 何度でも言おう。

 

 相手はヘラクレスなのだ。

 

 

 ギリシャ最強とケルト最強、本来の格は間違いなく互角だが、やはり知名度補正で大幅に出力に溝を開けられているのがどうにもこうにも痛過ぎる。

 そしてそれ以上に致命的なのが、アーチャーの心眼(偽)スキルだ。

 虫の知らせとも言える、天性の本能による危険予知回避。

 アーチャーとしての眼の良さ、生前の戦闘経験等も合わさってまるで有効打が入らない、それどころか同じ手は二度と通じなくなってしまい、どんどん切れる札が削られていく。

 

 早い話が、徐々にランサーの動きを見切り始めているのだ。

 通常の武器が通じない獅子を己の腕力だけで丸一日懸けて絞め殺したり、女神(アルテミス)すら捕らえられなかった神速で駆ける鹿を丸一年懸けて追い掛け回し捕らえた等の逸話の存在も大きい。

 粘り強さは何もクー・フーリンの専売特許ではないのだ。

 

 

(やはり、このままでは不味い)

 

 マスターとして、戦士として当然の帰結に行き着くバゼット。

 だが先述の通り、下手に介入しても余波だけで物言わぬ肉塊にされるだろう事は想像に難くなく、後ろの少女(マスター)を狙えばそれこそミンチである、やってられない。

 

(ならば───)

 

 実力での加勢は出来ない、単独での行動も出来ない。

 残る選択肢である、()()()()()()()()を取るのは必然であった。

 

 バゼットは、背負っていた細長いバッグに手を掛ける。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

「があっ!!」

 

 バツッ、と。

 渾身の突きを躱されたと同時に振るわれた石斧刀の横薙ぎ。

 僅かに、だが確実にその身を捉えた一撃によって、ランサーの左足の付け根から鮮血が飛ぶ。

 

 それに怯まず退かず。

 踏み込みの勢いで跳ね挙げた槍の穂先は、これまた最低限の動きで躱される。

 

 

(不味(まじ)ぃな)

 

 そのまま闘争の熱で滾る本能のままに突っ込もうと全身に衝動が走るが、そうはしない。

 戦場に於いて理性を失った木偶の坊の辿る末路は何時の時代も決まっている。

 ランサーは己の身を支配せんとする狂熱を逆に利用し、その勢いを全力で後退に注いだ。

 案の定、コンマ一秒後には自身の立っていた地がアーチャーの石斧刀によって粉々にされる。

 

「そう何度も───」

「うお───」

「───退かせると思うなっ」

 

 

 大英雄の進撃はそれに留まらず。

 これ迄の攻防でほぼ完璧にランサーの間合いと動作のタイミングを見切っていたアーチャーは、ランサーの後退に速度を合わせて追従。

 指揮棒でも振るっているつもりなのかと罵りたくなる程に、凄まじいスピードと軽やかさで石斧刀による連撃を繰り出す。

 

 堪らず仕切り直し発動。

 最初の一発に槍の柄を合わせて受け流し。

 一息に必死の間合いから逃れるランサー。

 

 ─────そんな離脱の瞬間に生まれる気の緩みをアーチャーは正確に狙い射つ。

 

 ドドドドドドドドドンッッッ!!!!!

 

 火山噴火による空震も斯くやとばかりに爆音が九連続。

 矢避け発動、自身に向かってくる(ミサイル)の尽くを打ち、逸らし、()なす。

 

 再びの爆音。

 目標を捉え切れなかった弾頭達はその鬱憤を周囲にぶつけるが如く破壊の爪痕を残した。

 直撃…どころか掠らせもせず全ての矢の迎撃に成功はしたものの、その矢群達が纏っていた神秘(熱量)に肌がひりつく。

 

 その熱さが、どうしようもなく番犬を沸かせるのだ。

 

 矢を躱されるのも織り込み済みと云わんばかりに再び突っ込んで来るアーチャー。

 それに合わせてランサーも駆ける。

 

 前にだ。

 後退ではない。

 

「ぬんっ!」

「はぁーっはあっっ!!」

 

 その口許は最早隠し切れないとばかりに吊り上がり。

 否、端から隠す気等皆無だっただろう。

 彼は、そういう男で。

 ケルトの戦士なのだ。

 

 

 

 

 ───クー・フーリンという男の生涯は、遍く闘争によって貌造(かたちづく)られていた。

 

 それは御世辞にも長寿とは言えぬ刹那の輝きであり。

 奸計と(しがらみ)に振り回され雁字搦めにされた糞ったれた道であり。

 戦友(とも)と駆け抜け、女と交わした満ち足りた日々であり。

 

 それは己で選び取った生。

 故に後悔等在ろう筈もなく。

 

 だからこそ、何処か()()()()なものがあったのだ。

 

 何もかもが、クー・フーリンにとってはちょろ過ぎたのである。

 生まれ持ったその力は同年代の少年達等歯牙にも掛けず。

 魔獣に匹敵する凶悪な番犬も彼の腕力の前には一方的に追い詰められる獲物同然であり。

 戦で敵軍に対し一番槍を決めればそのまま全滅させてしまう事等日常茶飯事。

 各地の名だたる豪傑も、最強の幻想をその身に秘める竜種でさえも、尽く彼の槍の一振りの前に沈んでいった。

 

 無論、困難は在った。

 魔境・影の国への道中。

 その国の支配者である女王に課せられた修行。

 常に自らの上に在った親友との死闘。

 

 だが、結局はそれ等も全て乗り越えてしまった。

 

 到頭彼は、挫折というものを味わわずその生涯を終えたのだ。

 

 その癖、師に己の槍を見せてやれなかった(やり残した事はある)のだから始末が悪い。

 

 死して尚、治まらない太陽()が彼の胸の内では燻り続けていた。

 女々しくもそれ等を解消出来ないかと、ある日ふと思い立ち、冥府を抜け出て当代最高の英雄(フィン・マックール)にちょっかいを掛けてみるも、勝負にすらならなかった。

 

 重ねて言うが、満ち足りてはいた。

 だが、どうにも、持て余すのだ。

 

 吐き出し足りなかったのである、何もかもが。

 

 

 

 

(ふざけやがって、出鱈目過ぎだこの野郎)

 

 

 ─────だからこそ、今。

 クー・フーリンは嗤う。

 

 

(畜生っ、最高じゃねぇか!!!!!)

 

 

 生前、恵まれなかった良き主。

 そして、己を遥かに凌駕する絶対的な敵。

 

 有りとあらゆる腐れ縁から解き放たれた男は、只々己の全てを槍に乗せて振るうのみである。

 

 

 そんな男の意気を汲むのも、同じ男。

 アーチャー・ヘラクレスは己の全霊で目の前の好敵手を打倒する事を決意する。

 

「───お嬢様(マスター)、宝具使用の許可を」

「───いいよ。壊し過ぎないでね」

 

 胴体を狙った渾身の一振り、ランサーの防御を容易く打ち崩し大きく吹き飛ばした彼は、その一瞬の停滞の内にマスターから許可を得る。

 

 石斧を傍らの地面に垂直に突き刺し、背負っていた弓矢を番える。

 瞬間、その屈強な五体から爆発的に解放される濃密な魔力。

 公園一帯のみが神代に還ったのではないかと錯覚する程のそれが、尽く九つの矢に充填・凝縮されていく。

 

 あれが放たれれば、矢避けの加護とて無意味に成り果てる。

 進退窮まった、退いても進んでも待つのは死。

 

 ならば()()()()()()しかないだろう。

 乾坤一擲、起死回生。

 どうせくたばるなら前のめりに。

 それこそがクランの猛犬をケルトの大英雄足らしめた所以。

 

 

「───間抜けっ!!この程度の間合いで剣を手放すとはなぁ!」

 

 

 嘗てクー・フーリンには、長く戦場を共にした愛馬が居た。

 その名の通り、音速で駆ける馬の王、マハ。

 

 そしてクー・フーリンは『()()()()()()()()()()()()()』のである。

 

 音速以上のスピード、それ即ち視界全てが己の間合いと言っても過言ではない。

 ()の最速の英雄に勝るとも劣らない俊足(しゅんそく)は、文字通り一瞬でアーチャーを己が得物の間合いに捉える。

 

 その槍の呪詛は、既に解放済み。

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)ッ!!」

 

 

 

 

 目前の()に向かって、真直に突き出される朱き稲妻。

 

 

 

 その一撃は、()の薄皮一枚貫く事無く停止した。

 

 

「─────ッッッ!!?」

「私が間抜けなら、そなたは(ぬる)い」

 

 十二の試練(ゴッド・ハンド)

 生前の大偉業が宝具と化した、Bランク以下の神秘による攻撃を完全に無効化する、絶対にして無比の肉体()

 それは同じ宝具とて例外ではなく。

 

 此処に至る迄に一度でも、槍の穂先を掠らせでもしていれば、ランサーはその異常性に気付けただろう。

 刃すら通さない硬質の皮膚を持つ親友、神の槍すら弾く肉体を持った水神の息子等、生前は矢鱈と堅い敵との交戦経験が豊富だったのだ。

 相手は不死身の怪物…なんて、()()()()()()ではクー・フーリンは怯まない。

 普段の彼なら先ず犯さなかったであろう愚。

 

 だが此度(こたび)の戦にて、彼は敵に一撃も当てられなかった。

 故に気付けなかった、見抜けなかった。

 それが()()両者の残酷な迄の差だった。

 

 

 弓が、引き絞られる。

 狙うは、目と鼻の先に在るランサーの頭蓋。

 

 射殺す百頭(ナインライブス)

 ヘラクレスがその生涯を懸けて培った武技。

 不死身に等しい生命力を有するギリシャの魔物達、その尽くを滅殺し尽くした神域の(わざ)が宝具化したものだ。

 あらゆる武器を用いて発動させる事が可能であり、更には相対する敵に応じてその特性・形態を変化させる事も出来る、正しく万能を謳うに相応しい切り札。

 

 今彼がランサーに対し放とうとしているのは、対人用───ではない。

 

 それすらも超えた、『対英雄用』。

 

 人体は脆い。

 一太刀まともに受ければ、一矢まともに喰らえば、それだけで命を散らし、辛うじてその場を凌いだとしても後遺症によって著しくその機能を低下させてしまう。

 故に対人に於いて必要なのは速度。

 人の身では到底躱す事は(あた)わない神速の九連撃。

 

 それに、有りとあらゆる加護を無効化する()()()()を付与したのが対英雄用だ。

 英雄とて人の延長に在る存在、故に上記の理屈は当て嵌まる…当て嵌まるのだが、同時に()()()()

 明らかに常人のそれを超えた生命力を有していたり、本来なら人類が持ち得る筈の無い特性や加護を身に付けていたり。

 そんな吃驚(びっくり)人間の万国博覧会が英雄共だ。

 単純に(はや)いだけの攻撃では通用しない可能性は高い。

 故にこその貫通特性。

 反則(チート)を潰す絶対(チート)

 超常の神性と技巧を司る大英雄だからこそ成し得る(ちから)

 

 

 そんなものが、数メートルにも満たない距離で解放されようとしている。

 無理無理不可能、待つのは死。

 ランサーにはもう、為す術無し。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

後より出でて先に断つもの(アンサラー)

 

 

 唯一それを防げる可能性を持つのは。

 

 

斬り抉る(フラガ)───」

 

 

 この場に於いて只一人。

 

 

 

 

 

 

「───戦神の剣(ラック)!!!!」

 

 

 

 宝具(エース)を殺す宝具(ジョーカー)

 神代の魔剣を現代まで継承した、赤枝の騎士の末裔だった。

 

 

「───ご、ォ───」

 

 斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

 相手の切り札に応じて発動し、一度放たれれば時間(運命)を遡って相手が切り札を発動させる前にその身を貫く───正しく究極の後手必殺。

 そして、切り札を発動させる前に相手を殺すという事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事である。

 

 バゼットが発動させた神剣(それ)によって放たれた光弾(レーザー)が、アーチャーの顔面を穿ち潰し、同時に解放寸前だった弓矢の魔力が、まるで最初から存在していなかったかの如く霧散した。

 斯くしてギリシャ最強の英雄は、実に呆気無く相性勝負(じゃんけん)に敗れ、聖杯戦争から脱落する。

 

 

 ─────する筈なのだ、普通の道理なら。

 

 

 

「───────ぉ、あ」

「───な、に!?」

 

 プロの戦闘屋であるバゼット・フラガ・マクレミッツが、目の前で起きた事象に、この戦いの中で初めてその表情を驚愕に染めた。

 

 アーチャーが動いている。

 砕かれた頭部が再生していっている。

 

 そんな理不尽極まりない現象を目の当たりにして、バゼットは苦々しく呟いた。

 

「蘇生能力…!」

 

 頭を吹っ飛ばされれば人は死ぬ、自明の理だ。

 確実に絶命した状態から復活する、それは明らかに治癒なんて生っちょろい代物じゃない。

 まさかこれ程迄に出鱈目だったとは───いや、それよりも異常なのは、あのマスターの少女だ。

 

 本来ヘラクレス等と云う超抜級の英霊が、戦闘行動どころか普通に手足を動かすだけでも、その場に存在するだけでもマスターは尋常ではない魔力を消費する。

 それこそ並の魔術師では数分と保たず、文字通りの干物になってしまう。

 だと云うのに、あの白い少女(雪の妖精)は半刻近く大英雄の戦いを、魔力消費等まるで意に介さず支える所か、蘇生と云う神秘の頂点の一つに位置する奇跡すら賄ってみせた。

 しかも未だにその表情は余裕そのもの───これは、不味い、上手く隙を突けばとかそういう問題じゃない、端から勝ち目等───

 

 

(───いや、それこそ問題ではない、か)

 

 

 呑まれかけた一瞬、バゼットは冷徹に己を()()した。

 何もかもが、今更だ。

 これ迄の人生、何度そんな理不尽とぶつかってきた?

 最早数え切れない程───そしてその全てを己は打倒してきた。

 

 無敵等有り得ない、不死身なんて馬鹿げた事が有って堪るか。

 自動蘇生(オートレイズ)なんて何等かの制限が有るに決まっている。

 そこに隙を見出だせ、無くとも作れ、プロとはそういうものだ。

 

 

 況してや、今の自分には、彼が付いている。

 

 

 

「生憎だが、死なねえ化け物なんざ見飽きてるぜ」

 

 蘇生が完了する寸前、アーチャーは直ぐ目の前から発せられた声に、柄にもなく背筋を粟立たせた。

 再生が終わった両の目は二度己に突き出される深紅の魔槍を捉える。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)ッ!!!」

 

 

 

 突き刺さった。

 

 今度は、アーチャーとそのマスターが驚愕する番だった。

 

 原初のルーン。

 嘗てクー・フーリンが影の国の女王・スカサハに師事した際に授けられた魔術(スキル)

 失われた神代の魔術足るそれは宝具のランクを一時的に引き上げる事すら可能とする。

 本来Bランクである所をAランク迄押し上げられた原因の魔槍(ゲイ・ボルク)の一撃は今度こそアーチャーの胸板を突き破り、その心臓を穿ち抜いた。

 

 

「───ふふ、それだけじゃ足りないわ」

 

 だが、殺された(貫かれた)傍から再びアーチャーは再生を始める。

 残念ながらまだまだこれだけでは大英雄の命は尽きない、そうイリヤスフィールは余裕綽綽に嗤う。

 

「解ってんだよ、んなこたぁ」

 

 そして当然ランサーはその程度の事は折り込み済みだった。

 

 

()ぜろっ!!」

 

 

 ドバッ、と。

 粘性の液体が詰まった風船が爆発したかの様な、耳にこびり着く音が響いた。

 

「ぼぅ」

 

 ランサーの怒声に応じて、魔槍が文字通り爆ぜたのだ。

 鋒がまるで木々の如く枝分かれし、アーチャーの肉体を内側から滅茶苦茶に刺し貫いて飛び出す。

 剰りにもあんまりな暴虐に晒されたアーチャーは堪らず口から息と血を漏らした。

 

 再生の途中であったと云うのも痛い。

 八方に伸びた槍の柄と再生途中だった肉が絡み付いて半ば癒着してしまい、アーチャーの全身の動きを阻害する。

 更にはアーチャーの体から下方向に向かって飛び出た鋒の幾つかが地面に突き刺さってアーチャーをその場に縫い止めた。

 

 間髪入れずにその命を三つ奪われた大英雄。

 

 ───それでも、まだ動く。

 理不尽(ヘラクレス)は終わらない。

 

 

「───バゼットッ!!」

「───っ!」

 

 だが、それでもいい。

 動きは止めた、ならば後は()()を狙い討つのみ。

 

 サーヴァント( ランサー )信頼()に応じてマスター(バゼット)は動く。

 アーチャーの横を駆け抜け、その後ろのイリヤスフィールに突貫する。

 

「っ!ぐっ」

 

 それを見たイリヤスフィールは堪らないと云わんばかりに表情を歪めながら後ろに跳び、魔力弾を連発した。

 先の一騎討ち(タイマン)彼我(ひが)の実力差は明確に定められているのだ、勝てないと判っている以上、それは至極普通で正しい動き。

 

 只、それで(しの)げるかどうかは別の話。

 まるで雨風の中を突っ切るかの様に、両腕を顔の前でクロスさせただけの無造作な防御でバゼットは魔力弾幕を抜けてあっという間にイリヤスフィールの目前に迫る。

 

「ぅ、ぁ─────~~~っ!!もうっ!しつこいっ!!」

 

 容赦無き暴威に、迷いの無い突進に、イリヤスフィールは恐怖で怯みかけるも、何とか次の魔術を起動。

 自身の髪を錬金術によって伸長、硬化させバゼットの四肢を拘束する為に振るう。

 

 掛かった。

 狙い通りに髪糸達はバゼットの両手足に絡み付き、その動きを封じる。

 ─────だがそれは文字通りほんの一瞬だった。

 

 

 バツンッ、と。

 

「っ!?ぁ」

 

 イリヤスフィールが安堵したのも束の間、バゼットの体───と云うよりは着ている仕事着(スーツ)が淡い燐光を発して絡み付いてきた糸を軒並み弾き、千切った。

 

 バゼットが仕事(戦闘)の際に───と云うか普段の私生活でも───着ているスーツはオーダーメイドの魔術礼装だ。

 彼女が専門としているルーン魔術がふんだんに仕込まれたそれは当然敵の攻撃に対する防御機能も十全である。

 

 H(hagalaz)…災難への警告。

 Z(ehwaz)…躍動的な行動力。

 T(teiwaz)…武器に刻む勝利の護符。

 B(berkana)…物事の順調な進行、新しい出来事の幸運。

 Y(eihwaz)…防御、危険回避。

 Z(algiz)…保護、庇護、防御、魔除けのお守り。

 R(raido)…急激な変化への対応、目標に向かっての移動。

 U(uruz)…野生の雄牛、挑戦的な前進。

 

 イリヤスフィールの魔術に対して反応したのはこの八つ。

 それは敵の攻撃に対する防御であり、束縛に抗う行動であり、勝利に向かって進む前進である。

 苦し紛れの拙い反撃程度ではこの神秘を抑え込む等出来ない。

 

 

「相手の動きを止めて安堵している様では三流どころの話ではありませんよ」

 

 そこは即座に仕留めにかかった後、追撃でしょうに。

 そう内心で付け加えながら、バゼットは既に拳を振るっていた。

 

 

 

 硝子が割れる様な音。

 一拍遅れて鈍い打撃音。

 

 咄嗟に張った小規模な結界(防御魔術)は拳の威力をほんの僅か、十分の一程削るだけに終わり。

 

 嘘の様にポーンと吹っ飛んでいく小さな体躯。

 アスファルトの上を四回跳ねた後、ガリガリと、思わず耳を塞ぎたくなる不快な摩擦音を数秒立ててイリヤスフィールは止まった。

 

 

「っ!!ぬ、ごおっ!」

「う、おっと。ワリぃな、行かせねーよ」

 

 護るべき(少女)の危機に大英雄は猛る、が、ランサーはやすやすとそれを許さない。

 荊棘(いばら)で全身の筋肉を磔にされているだけに留まらず、ルーン魔術での拘束も施されている状態からでは、()しものヘラクレスも抜け出す事は出来ない。

 

 

「─────ぁ」

 

 小さく漏れたその声に込められた感情は何か。

 

 未だに地面へ横たわっている体が短く痙攣し、くの字に曲がる。

 やっと感覚が現実に追い付いたらしい、遅れてやってくるのは、痛み。

 じんわりと、だが(おぞ)ましい早さで己の全てを蝕んでいく、苦しみ。

 

 

「ごっ ! !け  へぇ あ゛っ」

 

 血の混じった吐瀉物を撒き散らすイリヤスフィール。

 立てない、そんな気力は既に奪われてしまっている。

 鋭く、それでいて鈍く、ずしりとした重さで此方の心をへし折りに来るのが、殴打による内臓への痛みだ。

 払いたいのに払えない、拭いたいのに拭えない、抜け出せない、逃げ出せない、肉体への苦痛(ダメージ)と云うものはそうやって絶えず持続する事で精神すら堕とす。

 

 魔術修行で味わったモノとはまた違う、原始的で暴力的なそれにイリヤスフィールは()()()()()()()

 

 ───執行者(殺し屋)は、そんな幼気(いたいけ)な少女の様にも構う事無く、即座に駆け寄ってとどめの(一撃)を振り上げる。

 

 

「───────」

 

 

 そんな光景を目にして。

 何かがアーチャーの中で()()()

 

 それは自身のマスターを害する狼藉者に対してか、痛みに喘ぐ子供を無慈悲に処分しようとする外道に対してか─────或いは、人の子一人十全に護り通せない己の、悍ましき無様さか。

 

 

 

 

「オ───ア、アアアア゛アア゛アアア゛アアア゛ア゛アアッッッ!!!!!」

「イッ、な!?」

 

 

 (いず)れにせよ、トリガーと成ったのは、怒り。

 霊基(肉体)のリミッターが外れたアーチャーは、最早筋肉の可動域だとか、骨が引き千切れる激痛だとか、それ等一切合切を無視して、直ぐ近くに突き立っている石斧刀を無理矢理に掴み、振り上げた。

 その刀身に込められるのは先程のそれを尚凌駕する、圧倒的という言葉すら生温く感じる程の魔力(神秘)

 己の命すら(なげう)った大英雄の、限界を超越する神撃。

 

 

「バゼットッ!!」

「っ!」

 

 それを見たランサーは即座に方針を転換した。

 バキンと、アーチャーに突き刺さっている棘の鋒達をそのままに、自身の(得物)を切り離してマスターに向かい駆ける。

 

(これで防ぎ切れますかね、っと!)

 

 走りながら自身に刻むのは、原初のルーンによる幾重もの加護。

 

 

 数瞬後、絶技は放たれた。

 

 

 

射殺す百頭(ナインライブス)ッッ!!!」

 

 

 一瞬にも満たない刹那の内に振るわれた、九連の窮極斬撃。

 端から見れば一振りとしか認識出来ない程の高速で間断無く放たれたそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()という性質を持つ。

 如何に堅牢な防御だろうと圧し退け、打ち砕き、粉々にする怒濤、暴力の波。

 ─────故に、その種別は対城。

 『折り重なった波状攻撃』という理不尽を通り越して意味不明な衝撃波(破壊の嵐)の的となったのは、(いにしえ)の城砦等では無く、たった二人の人間。

 

 無理な体勢からというマイナスを補って余りある、限界突破した(リミッターが外れた)筋力と魔力によるその一撃(九連)は、上級宝具すら防ぎ切る原初のルーンによる防壁と数秒拮抗し─────

 

 

 

 

 

 

 

 ─────数分後、その場に残っていたのは、無惨な有り様と化した海浜公園(デートスポット)のみだった。

*1
正確には日本の諺ではなく中国の故事




毎度の如く後書き解説祭りいくよ~。


Q・アチャクレスの武器増えてない?
A・原作バサクレスの持ってる神殿の石柱もとい斧刀追加しました。いや、もう、なんか、寧ろ何で持たせてなかったん?って思いまして。

Q・鮭跳びってこういう技なん?
A・完全に捏造です。UFOさんのアニメで矢鱈と兄貴ピョンピョン跳ね回ってるんで、こう、一歩で凄い距離移動する、なんか凄い踏み込みくらいにザックリ思ってます。

Q・兄貴の心情について
A・兄貴の性格的に生前の未練とかは無さそうだけど、何処と無く物足りなさは感じてたんじゃないかなと。原典でのなろう主人公も真っ青な無双っぷりを見ると、ねぇ?(笑)

Q・ナインライブス
A・今ん所の公式発表では『対人用のハイスピード斬撃』と『対幻想種用のドラゴンホーミングレーザー』があるそうですが、万能宝具と謳う以上、剣では対人用しか出せない、弓では対幻想種用しか出せない、なんて事は無い筈だと思い、こうなりました。一つの武器であらゆる属性の九連撃を出せるのがウチのアチャクレスです。つーかヘラクレスにはこれくらいチートで居て欲しい。

Q・ゴッドハンドで蘇生するヘラクレスの宝具がフラガでキャンセルされるのはおかしくない?
A・ヘラクレスはあれ本当の意味で不死身なのではなく、『一旦死んでから甦る』という完全に死ぬ事を途中に挟むタイプなので、一旦死んだらその間に魔力霧散して宝具キャンセルされるんじゃねーかなとか都合よく解釈しました(笑)。じゃないと兄貴死ぬんで、ウン。

Q・腹パン
A・プリヤでもバゼットさんに腹パンされてたねイリヤ。この二人にとって腹パンは運命なんですたぶん。



世間はコロナで大変な騒ぎになっていますが、それでも私は絶対観に行く。
皆さんもHF3章、観に行きましょう!


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23話 同盟締結

HF3章、もう三回観に行きました。たぶん後数回は観に行きます(ガチ)。
お陰でテンションもモチベも大幅にアップ。尽きる前に出来るだけ執筆します更新。



ライダー『あの様な蟲等より、よっぽどマスターを満足させてさしあげられる』※21話より抜粋

蟲A『おうおう、ナマ言ってんじゃねぇぞ』
蟲B『新参者にでかい顔はさせられませんなぁ』
蟲C『ここか、ここがええのんか?』
ライダー『らめええええええええええっ!!!』


 2月2日、土曜日。

 

 

 ピピピ、若しくはチチチ。

 鳥の鳴き声だ。

 それと眩しさ。

 窓から日が射し込んでいる。

 

 朝だ。

 

 覚醒し切らない頭でそう朧気に判断する。

 冬の朝というのは色々と億劫だ。

 いや、色々でもないか、単純に寒いのです。

 陽光が与えてくれるそっと触れる様な暖かさを容赦無く上書きしてくる寒気が憎らしい事この上無い。

 それだけに飽きたらず、隙有らばお布団の中の暖気すら侵略しようと忍び入ってくる。

 全く以て許し(がた)き狼藉です、徹底抗戦を心に決めてより深くお布団の中へ入り込もうと体を動かし───

 

 

 ───手に熱いモノが触れた。

 

 びくりと反射的に手を引っ込めました。

 熱く、そして柔く滑らかなもの───人肌。

 

 パチパチと数度(まばた)きを繰り返し、徐々にハッキリとし始めた私の目に映ったのは、女神のあどけない寝顔。

 

 

(ああ、そっか)

 

 昨夜は、姉さんと寝たんだっけ。

 

 中々の濃密さだった昨日の出来事の全てを思い出し、今更に納得する。

 そんな完全覚醒一歩手前と云った感じの意識とは別に、体は無意識に動いていた。

 お布団から抜き出した片手を伸ばし姉さんの頭を軽~く三回撫でる。

 撫でてからしまったと思った、姉さん折角気持ち良さそうに眠っているのにこんな事したら起こしちゃう───!

 

 先程の焼き直しの様に手を引っ込めて固まる事十数秒程───起きる気配は、無い。

 

 良かった、随分と深い眠りに就いている様だ、この感じだとひょっとしたらデコピンしても起きないかもしれない、無論する気は毛程もありませんが。

 

 しかし…本当に今のは無意識の行動だった。

 寝起きという事を加味しても、いっそ清々しい程に『そうするのが当然』と云った感じで、頭で考える前に体が動いた。

 姉さんめ、一体何時の間に魅了スキルを会得したのでしょう。

 まさか虚数使いのこの私がこうも容易く精神に付け込まれるとは。

 

 ………いや……仕方無いか。

 だってこんなに可愛いのだもの。

 

 警戒心の欠片も無い、ふにゃりとした顔。

 安心し切った柔らかなそれを見てしまったら、ねぇ?

 愛しいものに触れたくなるのは人として当然の事なんですよ。

 

 という訳でそんな自然の摂理(?)に従って今暫く姉さんの寝顔を鑑賞する作業を続行。

 え、昨夜も寝る前にたっぷり鑑賞しただろって?

 朝と夜とではまた趣が違うって云うか別腹なんですよ。

 

 

 

 そんなこんなでお布団にくるまったまま、約30分かけて女神(姉さん)の美貌を味わい尽くした。

 これ程迄にじっくりと姉さんを眺められる機会はもう二度と無いかもしれない、出来ればあと数時間くらい見詰めていたかったですが…そうも言ってられない。

 

 聖杯戦争はまだ三日目。

 

 ……………うん、まだ、三日目なのです、信じられない事に。

 本番はまだまだこれからなのです、これ迄の二日間以上に激しい戦いが待っている筈だ。

 ならばそれに備えてより確りとした準備を行い布石を打たねばならない。

 なんやかんやで結局、未だに正式な同盟も結べていないのです、何もかもが後手に回ってしまっている、これから挽回する為にも出来るだけ早く活動を始めなければ。

 え、だったら寝顔鑑賞なんてしてんじゃねーよって?

 (うるさ)いですね、だからそれとこれとは別腹だと何回言わせれb(ry

 

 

 一人脳内法廷を無事に無罪で勝訴し終えた私は万が一にも姉さんを起こさない様、そーっと静かにお布団から抜け出した。

 因みに私の脳内法廷に於ける絶対優先事項は『先輩と姉さんの安全』次いで『先輩と姉さんとのイチャイチャ』である、要は先輩と姉さんを絶対とせよと云う事だ、実にシンプルで素晴らしい。

 

「うう、やっぱり寒い」

 

 戸を開けて廊下に出る、判り切っていた現実だと云うのにそれに対する非難が口を衝いて出た。

 取り敢えずは顔を洗おうかと洗面所を目指す。

 外はまだ少し薄暗いが日照時間の短い冬の朝を考えればまぁ普通…というか時計見てませんでしたね、今何時なんでしょう。

 まぁ洗面所の時計で確認すればいいか、と戸を開け─────私は硬直した。

 

 

 洗面台の鏡に映った、私の格好。

 ───────下着、のみ

 

 

「───うぇ、へ…ぁ……?」

 

 舌が縺れ、間抜けに過ぎる声が漏れ出た。

 

(───いや、っていうか、ちょっ、ま、え、嘘、待って、なん、なんで?───何で!?)

 

 余りの衝撃に思考すら縺れる、と云うか渋滞する。

 数秒脳内を!と?が乱れ飛び、唐突に思い出した。

 

(昨日の夜に自分で脱いだんじゃない!!)

 

 そう、昨夜姉さんへ魔力を供給する際、お互いの体温を近付けて共感・同調状態にする為、及び簡易的な体液の交換をする為にお互い下着姿になったのだった。

 すっかり忘れていt───いやいやいやちょっと待ちなさい私、起きたのもう30分以上前でしょ、とっくに意識覚醒してるでしょ何で気付かなかったのどんだけ姉さんの寝顔に夢中だったの我ながら引くって云うか怖いんですけどっ!!!

 

 自身の余りの姉中毒(シスコン)っぷりに本気で恐怖とそれに伴う目眩を感じるが、云っている場合では無い。

 洗面所は先輩のお屋敷のほぼ中心に位置する、居間にも近い、何時何時(いつなんどき)先輩と鉢合わせてもおかしくはないのです。

 そうなる前に早く服を─────と、また一つ思い出す。

 服ボロボロでした。

 昨夜のゴタゴタ、その全ての元凶である姉さんのうっかりカリバーを喰らったせいで上着であるコートは焼失、薄着一枚の状態となってしまい、それすらも少し動いただけで下着が見えてしまうレベルでボロボロになってしまっていた。

 昨日は夜中だったので暗くてよく見えていなかっただろうから恥ずかしくはなかったし、そもそもそんな事に構っていられる状況じゃなかったので気にしませんでしたが…流石に日中あの格好で居るのはアウトだ、普通に痴女です。

 

 なんということでしょう。

 まさか、現代社会に於いて花のJKが着る服が無い等という状況に陥るとは。

 己の女子力、どころか文明人としてのレベルが大幅に下落した様な気がして愕然となった。

 

 ……いや、まだです、私には魔術がある。

 修復の魔術で応急措置を施せば、元通りとはいかなくても穴は塞げる、見た目さえ取り繕えば一先ずこの危機的状況を脱する事は可能な筈です!

 絶望的だった未来に一筋の光明が射し込む、そうと決まれば善は急げ、先輩に見付かる前に早くこの場を離れ───

 

 

 

「ん?そこに居るの桜か?」

 

 

 ───まぁ、薄々フラグが建っていたのには気付いていましたとも。

 廊下から聞こえた声に再び体が硬直する。

 嗚呼、どうやら、とっくの間にタイムリミットだったらしいです。

 

「そっちも無事に終わったんだな。大丈夫か、体調に何か変化とか、遠坂も───」

 

 そう言いながら洗面所に入ってきたのは誰か、言わずもがな。

 

 目と目が合う。

 お互いに、石化、ライダーの魔眼でも有るまいに。

 数秒の膠着状態の後、先に爆発したのは私だった。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────キャアアアアアアアアアアアア

 

 

「っ!!桜!?」

 

 大切な家族の悲鳴が私の意識を微睡みの中から一瞬で引き上げた。

 ガバリと上体を起こす、その勢いで掛け布団が捲れ上がる、バババッと素早く首を回して周囲を確認した。

 

 此処私の部屋じゃ───ああそうだ昨日───桜も一緒に居た筈───居ない───何処───桜!

 

 刹那の思考で状況確認を終えた私は泡を食って駆け出した。

 普段の私とは比べ物にならない早さで脳味噌は覚醒してくれたが、体はそうもいかない様だ、上体がふらつき慌てて踏ん張ろうとするも足が付いていかない。

 そのままヨタヨタと前のめりのまま、壁に向かってショルダータックルをかましてしまった。

 

「─────~~~っ!」

 

 苛立ちと焦燥を込めて自身の足を片手のグーで叩く、もう片方の手を壁に食い込ませるくらいの気持ちで思いっきり突き、反動で再び駆け出す。

 

 

「凛!今の悲鳴は───」

「後!全部後!付いて来て!」

 

 廊下に飛び出た私の後ろに何時の間にかセイバーが居た。

 ごめんセイバー、と内心で軽く謝る、今は話している時間も惜しい、兎に角最速だ。

 確か悲鳴は此方からだった、己の聴力と記憶力を信じて只管駆ける。

 待ってて桜、直ぐに、直ぐに!

 

 そうして駆け、ほんの数秒後、両の目が衛宮君を捉えた。

 

 

「衛宮君!桜は!?」

「は───え、ちょっ、遠坂!!?」

 

 此方を見て何やら驚く衛宮君の返答を待たず私は洗面所に突入する───居た、桜。

 顔を真っ赤にして両腕で胸と股間を隠す様にへたり込んでいるが、怪我をしている様子は無い。

 

「っ、良かった。無事な……ん……?」

 

 桜が無事だという事実に安堵する───安堵した事で余裕の出来た思考が看過出来ない違和感に気付く。

 

 桜、何で下着姿?

 いや洗面所(脱衣場)なのだから別にその事自体は何等おかしくないのだが、そちらを前提とした場合明らかな異物が此処に居る。

 (衛宮君)だ。

 何故男がほぼほぼ裸の女子(我が妹)の前に居る。

 

「───衛宮君…?」

「ぅ、お、おい遠坂!馬鹿隠せ!」

 

 状況からして完全にギルティと判断した男を思いっきり睨み付けてやるが、予想外と云うか何処か的外れな反応を返された。

 隠せ?

 隠せって何をよ。

 桜の事?

 そんなのあんたをぶっ飛ばした後で服着せてあげるに決まって───

 

 

(あれ?)

 

 そこまで行って、思考が中断された、或いは巻き戻ったと云うべきか。

 そもそも桜って何時から服着てないっけ?

 覚えている、昨夜の魔力供給の時からだ。

 理由はお互いに共感・同調すると共に体液の交換をする為。

 

 そう、()()()()

 

 何処か呆然としながら、(おもむろ)に自分の体を見る。

 それを着飾る布は無く、有るのは最低限秘部を隠す為だけの純白のみ。

 

「ね、姉さん」

 

 恐る恐ると云った風に()が呼び掛けてくる。

 ハッとなって妹の方を向く、やはりその格好は下着姿。

 私と同じく。

 

 ギギギと錆び付いたロボットの様なぎこちなさで振り返る。

 そこに居るのは両腕を顔の前で交差させて必死に此方を見まいとしながらも、やはり気になるのか時折薄目を開けてチラチラ様子を窺う健全な男子高校生。

 

 ぶわっ、と一気に顔に熱が昇ってきた。

 認めたくないが、認めざるを得ない現実。

 私達姉妹は今、揃いも揃って異性の前で裸を晒している。

 

 

 

 

 

 ─────ギィヤアアアアアアアアアアア

 

 

 

 その日、朝っぱらから衛宮邸にて少女の悲鳴が二度上がる事になった。

 主に付いて来た剣の英霊と霊体化して様子を窺っていた魔術師は揃って眉間を揉んだという。

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 カチャカチャと食器の鳴る音のみが居間に響いている。

 会話はほぼ無し、時折「おかわり」とか「醤油取って」と云った些細なやり取りが行われるだけだ。

 

 なんとも、居心地の悪い朝食である。

 

 

(でもまぁ、仕方無いか)

 

 そう内心で嘆息しながら腫れた頬を擦る。

 先程顔を真っ赤にした遠坂に全力の右ストレートを貰った為である。

 魔力を込めていない素の拳でこの威力だ、昨夜全力でぶっ飛ばされた慎二の安否もとい食事事情が今更ながら心配になってきた。

 

 とは云え、別段怒りを感じたりはしていない。

 執拗な追撃は無かったし、それどころか一発殴ったら冷静になってくれたらしく直ぐに手当てをしてくれた。

 なんてったって女の子の素肌を見てしまったのだ、それでこの程度に済ませてくれるなら寧ろ感謝せねばならないだろう。

 (たと)え故意ではなかったとしてもやられた女の子からすればそんなもの知った事ではない、些か以上に理不尽かもしれないがこういうのは全面的に男が悪い。

 故に現状、俺に出来るのはこの気不味さを甘んじて受け入れる事だけだろう。

 

 そう結論付けて食事に集中する。

 気持ち顔を右側に傾けながら。

 

 

 

 そして約十数分後、全員が朝食を食べ終え食器を片付けている最中。

 

「さーてっと」

 

 流しで皿洗いをしている俺の後方、仕切り越しに仁王立ちする遠坂が声を出す。

 

「…衛宮君」

「どうした遠坂?」

「…さっきは殴って悪かったわ。私も忘れるから貴方もさっきの事は忘れなさい。いいわね?」

「お、おう」

 

 如何にも照れ隠しに怒っていると云った感じの堅い声色で遠坂が命令してくる。

 お互いにチャラにしようと言ってくれているのだから有り難い事この上無いが……何と云うか、仄かに朱の差す頬が羞恥を精一杯圧し殺している感をありありと伝えてきて…。

 いかん、忘れようとすればする程、連鎖的に先程の顔を真っ赤にした遠坂を思い出して、それとは対照的な白い肌も───

 

 

 ズドンッ

 

 

 ───大砲の音を小規模にした様な発射音がしたと同時に、ガンドが俺の頭の横すれすれを通過していった。

 

 只、それを射ったのは遠坂ではなく。

 

 

「先輩」

「───は、はい」

「先輩も男の人…いえ、それ以上に、姉さんですものね、色々としょうがないのは解ります……──────でも、見過ごせるかどうかは別問題ですから」

 

 

 忘れてくださいね?

 

 そう言って満面の笑顔を向けてくる我が後輩が、何よりも恐ろしかった。

 愛する姉を不埒な目で見る輩は何者であろうと許さんという絶対的な意志を感じたのだ。

 コクコクと首を動かした俺を見て満足気に頷いた桜は自身の姉に向き直る。

 その姉も若干足が引けていた。

 

「それじゃあ先程の事は水に流したという事で、改めて、今日はどうしましょうか姉さん」

「…そ、そうね…まぁ端から決まってる様なもんだけど、同盟締結───いえ、同盟についての話し合い、やり直すわよ」

「はい」

 

 『同盟締結について』では無く『同盟について』と遠坂は言い直した。

 どうやらまだ俺達と組むかどうか遠坂の中では確定していないらしい。

 いや、或いは自分の中の感情に左右されぬ様、戒めの意味を込めたのかもしれない、どちらにせよ遠坂らしい。

 

「もう無駄な擦れ違いは懲り懲りだから、今度こそはちゃんと全員揃って話し合いましょう。桜、ライダー連れて来て。連れて来次第始めるから」

「分かりまし、た…………あ゛」

 

 微笑みながら姉の指示に従おうとした桜の顔と声が唐突に引き攣った。

 あ…あれはなんかポカをやらかした時の反応だぞおい。

 

「…桜?」

「……え、と…は、はい、直ぐ連れて来ますので、ちょっと、ちょぉ~っと待っててくださいね」

 

 遠坂も感じ取ったのだろう、探る様な声色で妹の名前を呼ぶ。

 呼ばれた方はと云えば変わらず引き攣った笑みのままそれだけ言い残すと凄まじいスピードで居間を出ていった。

 速い。

 

 俺、遠坂、キャスター、セイバー、四人全員が顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 土蔵。

 

「ら、ライダー…?」

「   ぉ  ぁ っ ─────……し、ぁふ、あ…?」

「あああああやっぱりっ!!!ご、ごめん!ごめんねライダー!?遅くなっちゃって、ちょ、い、今、今外すから!」

「う゛ ぇ…へ   ぐ ん あ、ぉ、お気に、なさらず…(ガクッ」

「いやあああライダーっ!!確りー!うわああこんなグチョグチョにぃぃ!」

 

 

 

 ライダー、刻淫蟲全身マッサージより生還。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────そして、約20分後。

 再び居間にて。

 

 

「さて、それじゃあ始めるわよ」

 

 机を挟んで俺、桜、反対側に遠坂、そしてそれぞれのマスターの横に陣取るサーヴァント、既に同盟を組んでいる俺達二組とそうでない遠坂達で向き合う構図。

 すったもんだの末、漸く落ち着いた場で面と向き合う事が出来た三組。

 これより聖杯戦争を戦い抜く為の同盟について話が始まる。

 記念すべき第一声はこういう場にて基本一歩引いた姿勢を見せる桜でも、況してや素人マスターである俺でもなく、やはりと云うべきか遠坂が発した。

 

 …だが、軽快な切り出しとは裏腹に異様に重い空気が居間には漂っている。

 理由は言わずもがな、桜の隣に座るライダーがあからさまな敵意を発して対面の二人にぶつけているからだ。

 桜の説得で諸々飲み込んでくれたらしいが、やはり人間そう簡単に心の切り替えは出来るもんじゃない、昨日の今日で友好的にとはいかないのだろう。

 昨夜の様なおどろおどろしい()()と比べれば今のライダーの()()は幾らかマシというのは否めないが。

 

 マスターである桜、俺の隣に座るキャスター、そして対面の二人はそんなライダーの敵意を涼しい顔で受け流している。

 遠坂は泰然とした雰囲気と表情で、桜とキャスターはしょうがないなぁと云わんばかりの苦笑、そして意外な事にセイバーも桜とキャスターに近い雰囲気を発していた。

 表情及び姿勢こそ毅然(きぜん)としているが、僅かに目元が緩んでいるっぽい、まるで手のかかる同僚に対する様なある種の気安さがあった。

 俺の知る由も無いが、きっと昨夜の戦いの中でセイバーはライダーの事を少なからず理解したのだろう。

 サーヴァント達の無意識の歩み寄りが俺は嬉しかった。

 

 結論、おどおどしているのは俺だけという状況で再び遠坂が口を開く。

 

 

「先ずはこの場を借りて謝罪します。昨夜は私の判断ミスにより、話し合いの場を設けるどころか、貴殿方(あなたがた)の命を危ぶめました。誠に申し訳ありませんでした」

「同じく、直接剣を振るい貴殿方の身を危険に晒した者として、謝罪致します」

「謝罪を受け容れます。今後同様の事が無いよう努めていただける事を願います」

「……同じく、受け容れます。次は無いと肝に銘じてください」

 

 言葉遣いを改めた誠心誠意の謝罪。

 姉とその従者のそれを微笑みと共に受け容れる桜。

 そして多少間を空けてライダーも二人の謝罪を受け取る、空いた間と不機嫌そうな低い声が実に不服そうだ。

 

「私達からも、謝罪を。事前連絡の失念、従者への監督不行き届きにより、其方(そちら)へ多大な被害を与えてしまいました。本当に申し訳ありません」

「…この度は一身上の都合により、多大なご迷惑をお掛けしました。此処に謝罪致します」

「謝罪を受け取ります。今後はくれぐれも留意してください」

「同じく、受け取ります……また、同じ様な事が起きたとしても、何度でも私が貴女を止めましょう」

 

 一転、今度は桜とライダーが謝罪する。

 意外にも素直な謝罪の言葉を述べるライダーだが、その声色からやはり内心全然申し訳無いとか思ってないんだろうなと察する事が出来て。

 それを受け取ったからこその、セイバーの返しだった。

 セイバーの慈愛の眼差し、それに対し鼻を鳴らすライダー。

 本当に、随分と愉快な関係に落ち着いたらしいな。

 

 

「衛宮君、それにキャスター。貴殿方からは何かある?」

 

 とか思ってる所を遠坂の呼び掛けで現実に引き戻される、少し慌てて言葉を紡いだ。

 

「あ、っと…ああ、遠坂達の誠心誠意の謝罪、確かに受け取った。今後はもう擦れ違わない様にみんなで気を付けていこう。俺からはそれだけだ」

「私も同じ気持ちです。これからは皆さんでちゃんと協力していきましょう」

 

 なんか我ながら、既に同盟を締結したみたいな言い方になってしまって呆れたが、まぁ誰も文句言ってこないし、良いんだろう。

 やっぱりみんなの心の内は一緒なんだ。

 

「───よしっ、それじゃあこれで蟠りは綺麗さっぱり無くなったって事で───桜」

「はい」

「昨夜、衛宮君から聞いたわ。一応、改めて貴女にも確認するけど…ウチと同盟を組みたいって?」

「そうです」

「理由は?」

「一昨日、アインツベルンのマスターとサーヴァントに遭遇、戦闘になりました。クラスはアーチャー、真名はヘラクレスです」

「───成る程、詳しく」

 

 淡々と、正しく以心伝心と云った感じで。

 短く最適な言葉選びで姉妹は情報を交換していく。

 桜の述べた最強の敵(ヘラクレス)の詳細を遠坂は僅かに眉根を寄せ、額に拳を当てて噛み砕いている様だ。

 

 

「…幸運以外の全てがAランクの高ステータス、それを十二分に活かす体技、おまけに蘇生能力か…」

「ヘラクレスさんのスペックもそうですが、本当に恐ろしいのはそのヘラクレスさんの全力戦闘を涼しい顔で支えていたイリヤスフィールさんの魔力量です。あれは一人間に許された力の領域を超えています」

「アインツベルンは確か錬金術の大家だったわね…聖杯戦争の為だけに用意された最強のホムンクルス(マスター)って訳だ。まだまだ隠し玉は有りそうね」

 

 そこでスッとライダーが手を挙げる。

 

「───少なくとも、アーチャーは本気では……いえ、厳密に云うなら、()()ではありましたが()()はされていました。全力とは程遠かったかと」

 

 

 ライダーの言葉に、戦慄した。

 直接戦ったライダーが言うのだから間違いないのだろうが…あれより、まだ上が在るっていうのか!?

 

「…その一昨日の戦闘、途中で上手く離脱出来たの?それとも相手を撤退させたの?」

「いえ───見逃されました。『今此処で殺すのはつまらない』と。イリヤスフィールさんが気紛れを起こしていなかったら、私も先輩も今此処には居ません」

「へぇ、そう……ふん、随分と高慢ちきな奴なのね。いや、若しくは案外甘っちょろいのか、どちらにせよ詰めの甘い相手と見ていいのかしら」

「そこまではまだ判りませんが…詰めが甘かろうとそうでなかろうと、単騎では先ず勝機の無い相手には変わりないですね。今回の聖杯戦争で最強なのは、間違いなくあの陣営です」

「───いえ、それはどうかしらね桜」

 

 意外な事に遠坂は桜の言葉に否定的な反応を示した。

 そんな姉の言葉に桜はえっ、と溢す。

 

「アーチャー陣営の情報提供ありがとう。対価に此方も一昨日接触した敵について教えるわ」

「姉さんも、一昨日に?」

「ええ…時刻は午後8時くらいだったかしら。場所は穂群原学園の校庭だったわ」

 

 思わず、今度は俺がえっ、と声を漏らす番だった。

 夜中の出来事とは云え、既に母校が戦場になっていたなんて───!

 

「相手のクラスはランサー、真名はケルト神話の大英雄クー・フーリン」

「───っ、クー……フーリン」

「くーふーりん?」

 

 聞き覚えの無い名称に妙なイントネーションで鸚鵡返ししてしまう。

 遠坂が此方を見る、また呆れられてしまうかと思ったが、遠坂はああ、と納得した風に天井を仰いだ。

 

「しょうがないわね、ケルト神話って日本じゃマイナーもいいとこだし。知らないのも無理ないわ」

「どういう英雄なんだクー・フーリンって」

「そうね、物凄くざっくり言っちゃうと、ケルト神話版ヘラクレスよ」

「─────は?」

 

 

 遠坂の告げた言葉の内容に、俺は間の抜けた声を漏らすしかなかった。

 ちょっと待て、いや……ちょっと、待て。

 なんだそれ、いや、言葉通りの意味なんだろうが、そうだとしたら、それは。

 

「一つの神話の頂点が、一度に二人も…それも三騎士のクラスで、ですか…」

「んでもってセイバーはウチのアーサー王、ライダーはメドゥーサ……とんでもないわね、此処までトップサーヴァントが揃いに揃った聖杯戦争なんて今回が初めてじゃないかしら」

「まぁ私は御世辞にもトップサーヴァントなんて柄じゃないですけどね」

 

 改めて今回の聖杯戦争の面子に戦慄する俺達に、空気を読まず…いや、逆に読んだからこそだろうか、おどけた様に自虐ネタへ走るキャスターに、しかし周りの反応は微妙だった。

 いやいや柄じゃないってのは……まぁ正しいかもしれないが、そんな───

 

 

「その様な事は断じてありませんキャスター」

 

 ───俺が口を開くより先に、セイバーがキャスターの言葉を否定した。

 

「貴女はもう既に何度も、自身のマスターだけでなく凛やサクラの事も、そして私の事も救ってくれた。そんな貴女を否定する様な言葉は、縦え貴女自身の言葉であろうとも許さない」

 

 美しい碧眼が真っ直ぐに対面のキャスターを射貫く。

 何処までも真摯なセイバーの想いを真正面からぶつけられたキャスターは頬を染めて、髪の先を弄りながらセイバーから目線を逸らした。

 明らかに照れている、可愛い。

 

「え、と……ありがとう、ございます」

 

 セイバーはそんなキャスターを見てふっ、と口許を緩めた。

 …なんか、さっきライダーに対してもそうだったが、何時の間にか二人の保護者的ポジションに納まってないかセイバー。

 

「はいはい、惚気(のろけ)るのは後にしてよね」

 

 唐突に流れた甘い空気を遠坂が手を二回叩いて払拭し、空かさずそこに桜が乗っかった。

 

「それで、戦闘の結果はどうなったんですか」

「ええ───一言で云うなら、完敗だったわ。桜達と一緒よ、色々と状況が噛み合ったお陰で奇跡的に生還出来た」

 

 

 完敗。

 そんな姉の言葉に、桜は実に判りやすく目を見開いた。

 そしてそんな妹の様相に遠坂は苦笑する。

 

「まぁ手も足も出ずに蹂躙された、って訳じゃないけどね。それでも、常に一手先を行かれて、出し抜けなくて、競り負けちゃったわ……ああ~~!悔しい!思い出したらなんかムズムズしてきた!」

 

 髪を掻き毟りながら天井を仰いで遠坂が喚く、座っていなかったら地団駄も踏んでいたんじゃないだろうか。

 表情を不機嫌なものにしながらも遠坂は続けて語る。

 

「知名度補正の影響でしょうね、ランサーのステータスはアーチャー程出鱈目じゃない…寧ろセイバーのものよりも控え目だったわ」

「ですが、私は攻め切れなかった。彼は槍術も()る事(なが)らルーン魔術にも精通している。魔力放出も乗せた圧倒的な出力差で押し切ろうにも彼はそんな私の突撃を尽く捌き切りました。私やライダーよりも、更に一枚上手の巧さを彼は持っています」

 

 セイバーも遠坂と同じ様に悔し気だが、同時にランサーに対する尊敬の念の様なものも発していた。

 クー・フーリン(ランサー)も、ヘラクレス(アーチャー)と同じ様に誇り高い戦士だったのだろうか。

 

「そこは私がマスターとしてサポートして、詰めの後押しをしなくちゃいけなかったんでしょうけど…生憎その余裕も無くてね」

「…相手のマスター、ですか?」

「ええ───ランサーのマスターの名前はバゼット・フラガ・マクレミッツ。封印指定執行者だって名乗られたわ」

「な、ぁ」

 

 再び驚愕する桜。

 遠坂は一旦語りを止めて桜の反応を待つ。

 

「…………なんだか、もう、驚き疲れましたね」

「ほんっと、同感…衛宮君は封印指定執行者って知ってる?」

「いや、爺さんからは聞いてないな」

 

 戦いに於いて下手な見栄は味方の足を引っ張る事になる、情報は正確に伝えるべきだと、俺は素直に遠坂に告げた。

 遠坂は人差し指を立てて説明し始める。

 

「封印指定って云うのはね、魔術協会が判断した非常に希少な能力を持つ魔術師に与えられる称号よ。例えば、突然変異で発現した魔眼とか、そういう学問で習得する事の出来ない、研鑽で修得する事の出来ない、一代限りの、その魔術師の死と共に失われ、他の手段では再現出来ないモノに与えられる。だからそうした希少能力が永遠に失われる事を防ぐ為に、魔術協会は対象の魔術師を保護という名目で幽閉するの。要は監禁して標本として飾るって事よ」

「標、本」

 

 

 余りにもあんまりな表現…いや、事実にたじろいでしまう。

 

「……解っちゃいたけど、魔術師の世界ってのは本当にヤバイな」

「ほんと今更だけどね。んで、封印指定執行者って云うのはその名の通りよ。封印指定を受けた魔術師を捕縛する役目を受けた魔術師、完全無欠の戦闘屋。兎に角戦闘に秀でた連中よ。現代の人類に於ける、最強の一角を担ってると云っても過言じゃない」

「…そんなのと()ってよく五体満足で居られたな遠坂」

「全くだわ、自分でも不思議に思うレベルよ」

 

 ははは、と乾いた笑いを溢す遠坂だが、目が笑っていない、結構な修羅場だった様だ。

 一頻(ひとしき)り笑った遠坂は、ああ、そう言えば、と話題を変える。

 

「因みになんだけど、桜が間桐に養子に行ったのもその封印指定が少なからず絡んでるのよね」

「何だって?」

「あーその様子だと桜から何も聞いてないのね」

「いや、養子云々については一応聞いてるぞ。二人の父親が二人共魔術師として育てたかったからだって」

「まぁ間違ってないけど…随分ざっくり説明したのね桜?」

「えっと、それに関して説明したのが学校のお昼休みの時間だったので。あまり長々と話し込む訳にもいきませんでしたし」

 

 たはは、と云った感じで桜が苦笑交じりに事情を話す。

 うむ、話し込んで昼飯食い損ねましたでは色々笑えないからな。

 午後に向けてのエネルギーを確り補給するのは学生に限らず重要な事柄だ。

 ふむ、と遠坂が再度話を始める。

 

「桜の魔術属性はね、架空元素・虚と呼ばれる、五大属性とは全く異なる超希少な属性(代物)なの。それこそ数十年に一度輩出されれば多いと評される程の、ね」

「そう、なのか?桜」

 

 俺の確認(問い掛け)に桜は照れ臭そうに笑いながら頷いた。

 

「もし魔術の名門の庇護下になければ、間違いなく封印指定としてホルマリン漬けにされる。でも魔術の家は一子相伝だから遠坂の庇護に置く為には魔術回路を潰して一般人として育てる他無い。でも桜程の才能の持ち主を凡俗に落とすのは一魔術師として余りにも惜しかった。で、結論として落ち着いたのが、嘗て盟約を結んだ間桐へ養子に出す事だった…って訳」

「…成る程な~」

 

 そういう事情が有ったのかと俺は息を漏らす。

 何か、深く感じ入ったと云うか、神妙な気持ちになったと云うか、圧倒されていた。

 

「桜のお父さんは、桜の幸せを願っていたからこそ、養子に出すという決意を固めたんだな」

「はい!……普通の人の感性からすれば、娘の安全を確実に保証する為にも魔術回路を潰すの一択なんでしょうが…私は、魔術師として、父が私の将来に希望を託してくれた事を、嬉しく誇りに思います」

 

 

 親とのやり取りを思い出しているのか、目を閉じながら言葉を紡ぐ桜。

 その神妙な様子に何を思ったか、遠坂も僅かに目を細める。

 

 

「───その結果が蟲蔵(あれ)では世話ありませんけどね」

 

 

 ?

 今、ライダーが小さく何かを呟いた、様な?

 と思ったら桜が凄まじい勢いでライダーの口に掌を打ち付けた、音がヤバイ。

 

「余計な事言わないでライダー…!(ヒソヒソ」

「ちょ、ぐ…歯打ちましたよ桜…」

「ど、どうしたのよ桜?」

「い、いえ何でも…それにしても執行者を送り込んで来るなんて、魔術協会も愈々(いよいよ)聖杯に目を付け始めたんでしょうかね」

 

 困惑する遠坂へあからさまに話題を変える、と云うか修正(元に戻)しながら愛想笑いを浮かべる桜。

 若干訝しみながらも遠坂はそれに乗る。

 

「そうね。聖杯と名の付く以上、端から監視はされてたでしょうけど…っていうか聖堂教会が監督役務めてる時点でねぇ」

「…なぁ、桜の才能(ちから)は本来なら確実に封印指定受ける程のものなんだろ?まさか桜を狙って来たって事は…」

 

 先程の説明から思い至った可能性、俺の懸念を、しかし遠坂はバッサリ切って捨てる。

 

「それは無いと思うわ。もしそうなら態々この時期にやって来る理由が無いし、端から桜を狙うでしょ。マスターとして参加している以上、お目当ては聖杯の筈だわ」

 

 成る程、確かにそうだ。

 懸念が杞憂と解ってほっとする俺だが、遠坂は更に言葉を重ねた。

 

「まぁ仮に衛宮君の懸念した通りだったとしても───私が絶対にさせないわよそんなの。刺し違えてでも殺す」

 

 

 

 本気のトーンだった。

 判る、判らされる、嘘ではない。

 いざという時遠坂凛は、今口にした事を必ず実行するのだろう。

 

 何と云うか、あれだ。

 

「遠坂も桜も…お互いの事好き過ぎだろ」

「なっ───ぐ……わ、悪い?」

「まさか、全然。見てて微笑ましいぞ、うん」

 

 

 もう既に何度も、それこそ聖杯戦争に巻き込まれるより以前から見せ付けられてきているが。

 

 本当に、この姉妹は互いが大好きなんだ。

 

 名字が変わろうと、住む場所が離れ離れになろうと、この二人には何の障害にもならないんだ。

 

 

「と、兎に角っ!!目的が何であれ封印指定執行者が敵だって事実には変わりないんだから。脅威度はアーチャー陣営と同じくらい高いと見た方が良いわ。寧ろ私達マスターにとっては明らかに此方の方がヤバイ」

 

 顔を紅くしたまま叫んだ遠坂が更に話題を修正した。

 大人数で会話する以上仕方の無い事だが、話題があっちこっちに飛びやすい、どうにも本筋からズレていってしまうのだ。

 

「更に言うと、単純な正面切っての戦闘とは違うヤバさを持った連中も居る」

「姉さん、それって」

「ええ、お察しの通りアサシンよ」

 

 アサシン───暗殺者のサーヴァント。

 昨夜慎二との戦いに割って入った、外套を羽織った小柄な姿を思い出す。

 

「さっきの続きだけど…そうやって攻め切れない内にランサーが宝具を使ってきたわ。必中の魔槍って奴でね、私の補助も間に合わずにセイバーは心臓を貫かれた」

「な、大丈夫…だったのか」

 

 言いかけて、一人で納得した。

 セイバーは今も確り健在だ、遠坂が治療か、何等かの手段でセイバーを救ったのだろう。

 

「その瞬間、全員の注意が一点に集中したタイミングを狙って、アサシンが横槍を入れてきたわ。文字通り漁夫の利狙いだったんでしょうね、毒の塗られた短剣を複数投げ付けてきて…あの毒、ヤバかった。英霊ですら容易く死に至らしめる程の致死性よ」

「それ程のものとなると、やはり宝具でしょうか」

「その可能性が高いと思うわ。毒の宝具、如何にも暗殺者らしいし…で、既に心臓(霊核)を破壊したからって、ランサー達は此方は放置してアサシンを追って行っちゃったわ。そこから何とかセイバーを治療して、一日安静にして回復に努めてたら貴女達が来て…で、今」

 

 

 はい終わり、と一気に捲し立てた遠坂が両手を顔の横に上げて(おど)けてみせる。

 文字通りお手上げのポーズと云う訳だ。

 姉の話を聞き終えた桜は顎に手を当てて情報を纏めている様だ。

 

「…マスターは兎も角、サーヴァントの内訳はこれで全て割れましたね」

「そうね、まさか最初の二日で情報が出揃うとは思わなかったわ」

 

 桜の言葉にそういえばそうだと気付き、遠坂の言葉に内心同意する。

 未だ真名が割れていない者も少々居る、大なり小なり得られた情報の量は異なるが、全くの不明であるサーヴァントはもう既に居ない。

 聖杯戦争の平均値なんて知らないが、今回は随分と各陣営の手が早いんじゃないだろうか。

 

「セイバーは姉さんが召喚したアーサー王、先輩が召喚したキャスターさん、私が召喚したライダーのメドゥーサ、この三騎が今此処に居て、アーチャーはアインツベルンが召喚したヘラクレスさん、ランサーは執行者さんが召喚したクー・フーリン………それ、と…兄さんが連れてる正体不明のバーサーカー、それにマスター不明のアサシンは何故か兄さん達と組んでる様子だった」

 

 

 兄、慎二の事を口にしようとして、桜は判りやすく沈んだ表情になる。

 身内が敵になる…それが何れ程ショックか、想像に難くない。

 

「…桜。慎二も、魔術師なのか?」

「…いいえ。断じて、違います」

 

 何かを堪える様な顰めっ面で俺の後輩は言葉を絞り出す。

 

「そもそも私が間桐へ養子に行ったのは、衰退した間桐を立て直す為に、間桐側から嘆願があったからでもあるんです」

「衰退…?」

「魔術回路・魔術刻印というのはあるピークに達するとそこから代を重ねる毎に少しずつ劣化していくんです。間桐は元はマキリと云って、ロシアの地を起源とする数百年以上栄えた魔術の名門でした。ですが何代か前に血の限界に達して、移り住んだ日本の地も体質に合っていなかったのか、盛り返す事は叶いませんでした。そして、今代である兄さんの魔術回路保有数はzero…もう間桐はその役目を終えているんです。だから兄さんが独力で魔術を行使するなんて、況してサーヴァントを従えるなんて…絶対に有り得ないんです」

「でも、現に慎二はマスターとしてサーヴァントを従えていた…()()を使ってね」

 

 遠坂の言葉に、桜は頷く。

 ─────俺には、桜のその動作が、怒っている様に見えた。

 

「あれ、偽臣の書よ…衛宮君?」

「知らん」

 

 もう同じ様なやり取りは何回目だろう。

 目と声のトーンだけで知識の有無を問うて来た遠坂に俺も簡潔に一言で答える。

 

「一言で言えば『魔術的契約の委任状』よ。魔術による契約の効果っていうのは本来術者本人とその相手にしか無いんだけど、これを用いてそれ等を委託してしまえば、この本の持ち主がその恩恵を得られるって訳。縦えその人物が魔術師でなかったとしても」

「───つまり、誰かが、兄さんを唆して、マスターに仕立て上げたんです……利用する、為に」

 

 

 ギリィ、と。

 歯軋りか、それとも拳を強く握った音か。

 いやに大きく響き渡ったそれは、桜の内心をこれでもかと表していた。

 

 ああ、やっぱり。

 

 桜は怒っている。

 

 家族に手を出された事に対して。

 家族に手を出した輩に対して。

 

「…私に言わせれば乗せられる方が悪いって感じだけど」

「っ、姉さん」

「そもそも唆されていようがいなかろうが、マスターになった以上慎二は敵よ。個人的にだって許す気は無い。彼奴は昨夜、桜を傷付けたんだから」

 

 一切容赦の無い遠坂の言葉に桜は()()()()()()()()()()()()()

 昨夜の事を思い出しているのか───目が、潤んできていて───駄目だな、ほんと、俺は。

 こんな肝心な時に、掛ける言葉が見付からないなんて。

 

 

「…桜。貴女は、どうしたいの?」

「…決まってます」

 

 

 遠坂の問い掛けに。

 目に雫を溜めたまま、桜はキッと顔を上げた。

 

 

「思いっきり引っ(ぱた)いて、しこたまグーで殴って、それで、連れ戻します」

 

 そう言った桜の表情は─────。

 ああ、うん。

 どうやら、余計な心配だったらしい。

 大丈夫だ、知ってるだろ衛宮士郎?ずっと隣で見てきたんだから。

 

 桜は、俺なんかよりずっとずっと強い。

 

 

「それ、一人で出来るの?」

「一人じゃありません。ライダーが居てくれます、キャスターさんが居てくれます───先輩が、居てくれます。皆で力を合わせて、犠牲を出す事無くこの戦争を勝ち抜いてみせます」

 

 以前俺と桜が同盟を組む時、了承してくれた、俺の願い。

 それを聞いた遠坂はふっ、と笑って。

 

「何よそれ─────私とセイバーは勘定に入れてくれないの?」

 

 

 そんな事を、言ってきた。

 姉の言葉の意味を理解した桜が目を見開く。

 

「…な、何よ?そんなに意外?」

「あ、いえ…そうじゃないですけど…でも、えっと…」

()の道それが現状では最適解でしょ。ヘラクレスなんてタイマンじゃキツい所の相手じゃないし…昨夜、衛宮君にも、キャスターにも、桜にも、散々助けて貰ったし。借りの作りっぱなしは我慢ならないわ。釣り合いが取れてるとはとても言えないけど、貴方達の方針に従うって形で一先ず返してあげる」

「それ、じゃあ」

「ええ───遠坂家当主、遠坂凛。貴殿方との同盟を結ぶ事を承諾します。遠坂の名の下に、我等六名で雌雄を決するに相応しい場が整うその時迄、共に戦い抜く事を誓います」

「───その御決断に、感謝を。間桐家当主、間桐桜。貴女方との同盟を此処に締結します。間桐の名の下に、どの主従が聖杯を手にするに相応しいか決するその時迄、共に走り抜く事を誓います」

 

 

 

 それぞれが口上を述べ、差し出した右手。

 固く繋がれたそれは、聖杯戦争、その結末に辿り着く迄、解かれる事は、無い。




やーーーっと同盟結べたぞオラァ!!此処まで来るのに何年かけてんだコラァ!!

そんな感じの本編最新話。ほんと遠坂姉妹に関しては他のキャラと比べて執筆意欲が自分の中でダンチです。
やっぱ、こう、遠坂姉妹を…最高やな!!


恒例の本編解説としてはあれですね…まさかのママ味に覚醒し出したトリアさん。

原作HAではライダーさんが譲歩する事で決定的に険悪な中にはならないという関係でしたが、今作ではまさかの立場逆転。
片や桜ちゃんの現状に不満溜まりっぱなしでイライラモードのライダーさんと、そんなマスターへの愛情含め諸々ライダーさんの事理解したセイバーさん。これは人の心が解る王。

って云うか何時の間にかセイバーさんとキャスターさんの間にもフラグが立ってるっぽくて作者大困惑。凛ちゃんとの関係と云い、ワンチャンアルトリアハーレムになる可能性も…?(おめめグルグル)


そして現時点での各勢力図。

・間桐桜、遠坂凛、衛宮士郎、ライダー、セイバー、キャスター

・イリヤ、アチャクレス

・バゼットさん、兄貴

・麻婆、ワカメ、静謐、フランちゃん

…この振り分けでもやっぱイリヤ組とバゼットさん組が頭一つ飛び抜けてる感あるなー、ほんま大英雄と執行者は怖いわ。


次回も出来るだけ早くあげたい。今後もよろしくお願いします。


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24話 ライダー「キテマス」桜「コナイデ(震え声)」 前編

HF3章、四回目観て来ました。
来場者特典3週目のクリアファイル、狙ってた遠坂姉妹が抱き合うやつ一発で貰えて大歓喜なので投稿です。


マジでライダーさんが制御不能で困る(真顔)。


「じゃあ私これから二度寝するわね」

「なんでさ」

 

 

 同盟締結の後、お互いにより詳細にアーチャー、ランサーと戦闘を(こな)した際の情報を伝え合い、議論を白熱させていたら、何時の間にか時刻は午前10時前、起床から既に三時間近くは経ってしまっていました。

 

 取り敢えず一旦お開きにしようとなった所での姉さんの発言がこれである。

 

「いや何でって、私まだ魔力も体力も気力も…諸々全然回復出来てないし」

「あぁ、そっか。言われてみればそうだ。昨日の今日だもんな」

 

 そう、昨夜姉さんが私とパスを繋げて眠りに就いたのは日付が変わってから。

 起床時間から逆算して大体六時間以下しか眠れていない。

 そんなの普通の人でもちょっと寝不足気味になってしまうだろうに、況してや昨日の姉さんは心身共に消耗し切っていたのですから。

 まだまだ全然休息が足りていない、寧ろ今こうして起きているのが不思議なくらい…そういえば姉さん何が切っ掛けで起きたんでしょう?目覚ましとかは特に使っていないのですが。

 

「私、大体一日で魔力容量の半分位は回復出来るから、昨夜桜から貰った分と合わせれば、明日には全快してる筈よ。だから今日は各々休息するなり準備するなり、自由時間って事にしましょ」

「それがいいですね。何の道、拠点を此処にするなら着替えとか日用品とか礼装とか色々持って来ないといけませんし。今日中にやっちゃいます」

「ごめんね、宜しく桜」

 

 これも先の話し合いで決まった事。

 私達三騎同盟の拠点は先輩の御屋敷となった。

 

 私の家は現状敵対者である兄さんと鉢合わせになる可能性があるという事で却下、姉さんの家はそもそも物理的に消滅してしまっている。

 という感じの消去法で残ったのが先輩の屋敷だったのだ。

 そして家具諸々も殆んど吹っ飛んでしまった姉さんの為に私が手持ちの服等を貸す事になったのです。

 因みに「サイズ合うでしょうか…特に胸…」と懸念を口から溢してしまった私の頬を姉さんのガンドが掠めた。

 即土下座からの無条件降伏でしたとも。

 

 

「でしたら凛さん、私が陣を敷きますのでその内側で休んでください。その方がより早くより元気になりますよ~」

「何かのCM?うん、じゃあお願いするわ」

 

 とか思ってたらキャスターさんが姉さんに環境のブラッシュアップを申し出た。

 姉さんもその善意を素直に受けとる。

 

 ─────ふと、思ってしまった。

 いや、でも…これは流石にどうかと理性のストッパーが掛かる。

 私は拠点移しの準備、キャスターさんは姉さんのケア。

 正しい役割分担だ、今更そこに余計な波風を立てる訳にはいかない。

 ─────だと、云うのに…。

 

 

「桜?どうかしたの?」

「へっ」

 

 え───あれ、おかしい、表情には出して無い筈なのに。

 私の僅かな雰囲気の変化でも目敏く感じ取ったのか、姉さんが問い掛けてきた。

 

 え……っと……。

 い、いや、もうこの際です、言ってしまおう。

 大丈夫、何たって私は姉さんの妹だ、私達は姉妹なんだ。

 昨夜のあれこれと比べれば鼻で笑ってしまうくらいに低いハードルですよ!

 

 

「あの……やっぱり、荷物運びは明日とかに回して…今日は、姉さんに添い寝してちゃ、駄目ですか?」

「─────は?」

 

 私の提案もといお願いを聞いた姉さんは、そんな呆気に取られるという表現がピッタリの様相になった。

 

 肝が縮み上がる。

 ヤバイ。

 やってしまったか。

 

 数秒前の発言を一気に後悔し始める。

 ライダーもセイバーさんもキャスターさんも先輩も、誰も何も言わない、羞恥も感じ始める。

 

 暫くの沈黙、たっぷり間を空けて漸く姉さんは口を開いた。

 

 

「ぅ、ぇ……ぁ、っと…や、あの……え、えぇ~~?」

 

 でも、口から出たのは意味の無い音だけで。

 視線は泳ぎまくり、両手は髪を弄ったり口を隠したりと忙しなく動いている、そして仄かに朱の差した頬。

 

 誰がどう見ても判りやすく照れていた。

 

 

 

 姉、さん─────かっっわっ…!!

 

 

「………ま、待って。ちょっと待ってね、ちょっと…うん、ちょっと」

「は、はいっ」

「………」

「………」

 

 再びの沈黙。

 姉さんはそっぽを向いてしまうと、大きく数回呼吸してからもう一度此方へ向き直った。

 

「んんっ……ごめん、悪いけど却下よ桜」

 

 

 ───まぁ、当然の返答でした。

 

「あっ、いや、あのね!気持ちは、ほんと凄く嬉しいんだけど。ほら、時は金なりって云うでしょ。猶予と云うのは何物にも代え難いわ。況して今は戦争中、やれる事はやれる内に済ませなきゃね」

「…そう、ですよね。はい、その通りです」

 

 全く以て、御尤もな意見だった、反論の余地無し。

 いけないな、余りにも浮かれ過ぎだ。

 11年振りに姉さんと同じ床に入って、暫く同じ屋根の下暮らせる事になって…ああ、舞い上がっていた。

 呆れて物も言えないとはこの事でしょう、折角同盟を結べたと云うのに、いきなり駄目な所見せちゃったな。

 

「だから、()は無理だけど……えっと…また、夜、お願い出来る?」

 

 

 ───そんな風に落ち込んでいた私に、女神は微笑んでくれた。

 

 恥ずかしげに眉尻を下げたはにかみ。

 夜、お願い出来る?

 

 ───夜、お願い出来る?

 

 ああっ、そんな、駄目ですよ姉さん。

 そんなの、そんな発言、誘ってるって解釈されても仕方無いですよ。

 貴女にそんな事言われたら、私は───。

 

 

「はっ、はい!もちろn」

「待ちなさい遠坂凛」

 

 

 ───了承以外の選択等無いも同然の申し出に、待ったをかけたのは。

 

「許しませんよ、その様な事は」

「───何よライダー。いきなり割り込んできて。貴女には関係無いでしょ」

「いいえ、有ります。私はサクラのサーヴァントですから」

 

 何時の間にか私の直ぐ後ろに近寄って来ていたライダーが、私の肩に手を置きながら耳元に顔を近付けて喋る。

 憎悪───ではない、それとはまた違った姉さんへの敵意が乗った声に体が縛られ、振り向く事が出来ない。

 

「サーヴァントなら尚更でしょ。これは桜が提案してきた事なのよ。自分の主人(マスター)の意向にケチ付ける気?」

「只々盲目的に従い動くだけなら機械で事足りるでしょう。真に主を想うなら時には否定も必要なのですよ」

「ふん、なら何がそんなに気に入らないのかお聞かせ願えるかしら?」

 

 一切の容赦無く放たれる反英霊(サーヴァント)の敵意に、姉さんはこれまた一切怯む事無く相対する。

 凄い…凄い、けど、同時になんか、胃が痛くなってきた。

 何これ。

 

「今貴女が自分で仰ったでしょう。今日一日休息を取れば明日には全快だと。ならば必要以上にサクラの魔力(精気)を貪る必要は無い筈です。サーヴァントとして、マスターに無用な負担をかけられては堪らない」

「べ、別に魔力目当てでお願いした訳じゃ…」

「ならば、どの様なつもりだったのですか」

 

 ライダーの問いに姉さんは口籠ってしまう。

 そんな相手の様子に旗色良しと見たか、僅かに口角を上げてライダーが畳み掛ける。

 

「そもそもサクラは昼の間に、今から同じ床に入ろうと申し出たのですよ。だと云うのにそれを却下して、夜に、とは…それも魔力供給の必要が無いと自覚していながら……ああ、成る程───そういう目的なのですね」

 

 

 低く、粘着(ねばつ)いている様で、その実さらりと澄んだ美しい(おと)

 好色な本性を隠そうともしない、寧ろこれでもかと乗せて紡がれた言葉(邪推)に姉さんがまた顔を紅くした。

 耳元で直にそれを流し込まれた私も、思わず背筋にゾクゾクとしたものが走る。

 

「な、な、な…」

「マスターに無体を働かれる訳にはいきません。どうしても寂しいと云うのであれば、御自身の()に慰めて貰えば宜しいのでは?…まぁ実際する時、どちらが剣で、どちらが鞘になるかは貴女方の自由ですが」

「あっ、あんたねぇ!!」

「それに」

「きゃっ!?」

 

 あんまりな物言いに激昂する姉さんの言葉をライダーは食い気味に遮ると、私の体を自身の方に引っ張って寄せた。

 肩に置いていた両手は、左手を私の頭の上に、右手は胸を押し上げる様に腕ごと回されロックされる。

 ちょっ、ちか───!

 

「申し訳ありませんが…先約は私が貰っているのです。譲る気は毛頭有りませんよ」

 

 

 そんな事を(のたま)いながら、私の耳に触れるか触れないか、そんなギリギリの所まで唇を近付けてくるライダー。

 あからさまな見せ付ける言動に、姉さんだけでなくこの場の全員に戦慄が走ったのが見えた。

 

 斯く言う私も、既に、ヤバイ。

 

 

『サクラ、私は貴女が好きです』

『愛しています』

『貴女に恋をしています』

 

 

 今更ながらに、昨夜のライダーの言葉を思い出す。

 …いや、違いますね、厳密に云うなら、忘れてはいなかったけど今の今まで特に意識していなかった。

 昨夜は突然過ぎる告白だったからとか、姉さんへの魔力供給(急ぎの用事)が控えていたからとか、ライダーの態度が余りにもあんまりで冷静さを欠いてしまったからとか…ほんと、色々な要素が有り過ぎて、強引にあの場から逃げてしまった。

 兎に角余裕が無かったんです。

 でも、こうして間が空いてから、改めて言動で示されると…………。

 

 っ…駄目だ、困る、困っちゃうよ。

 

 

「っ、せ、先約って、何言ってるのライダー」

「ふふ、(とぼ)けなくて結構ですよサクラ。昨夜、私の想いは確り伝えてある筈です」

 

 マスターとして、行き過ぎたサーヴァントの言動を諌め、場を治める。

 そうしなければならないのに、どうにも拒絶の意志を示せない。

 

 正直、ライダーの気持ちは嬉しくて。

 元々嫌いではなかったし、間違いなく主従として良好な関係を築けていたし。

 そんな相手に此処まで真っ直ぐな好意を向けられたら、満更じゃないのも仕方無くて。

 

 結局中途半端に口を開いて惚ける事しか出来ず、でもそれは悪手だと即座に後悔した。

 この悪女に口を利く、文字通り口実を作らせてしまうのは。

 

「わ、私は何もっ、了承どころか、返事も」

「確かに。ですが、それでも唾を付けてあるのは事実です」

「そんなの付けられてないっ」

「いいえ、確かに付けましたよ───此処に」

 

 そう言ってライダーは、頭の上に置いていた左手を私の首に持ってきた。

 昨夜、私を気絶させる為に吸血を行った場所。

 治癒魔術をかけたから、もう痕は残っていないけど。

 それでも、確かに一度、ライダーに犯さ(奪わ)れた場所。

 嗜虐心が込められた指先が、蛇の如く私の首筋を撫でる。

 快感が走った。

 

「ライっ…!やぁ!」

「サクラ…そんなにも人肌が恋しいのでしたら、是非とも私を使ってください。ええ、必ず御満足頂けるだけの働きをしてみせますとも。貴女のこの可憐な身の隅々まで快楽で()たし、下らぬ(しがらみ)も何もかも…(とか)して差し上げます。全てを終えたら(しとね)の中にて、素直な心の内を告げてください」

 

 

 甘く、甘く、囁きながら、それでいて相手に逆らう事を許さない、ある種の強制力が込められた不思議な感覚。

 ライダーがガチ過ぎて怖い。

 

 そして囁きながら両手を絶えず動かし私の体を(まさぐ)ってくる…というかもう殆んど愛撫同然で。

 首を撫でていた左手をつつつ、と(のぼ)らせ顎の(ふち)をなぞりながら親指を唇の端に押し当ててくる。

 右手はより大胆に、胸から腰へ移すと数回擦り、次に下腹部へ持ってくると雑でありながらもそっと優しく円を描く様に撫で回す、そうしてトップスがずり上がったところで撫で下ろしそのままスカートの縁に小指をかけ…。

 

 そこまで認識して流石に手が動いた。

 嘘でしょちょっと、この状況で何処まで目指してるの!?

 

「こらっ!いい、加減にしてライダー!先輩(男の人)も見てるのよ!」

「見せ付けているつもりですが、何か?」

 

 悲鳴に近い私の叱責もまるで意に介さず開き直ってくるレイプ魔。

 当然物理的にも敵う筈無く、両手を掴んで止めようにも殆んど無意味に終わる。

 おのれ、昨夜のあれでは仕置きとして足らなかったか!

 って云うかなんなら昨日よりも更に積極的になってる気がする、もう告白は済ませたから遠慮する必要は無いとでも言いたいのだろうか、言いたいんでしょうね、何事も曝け出せば良いってものじゃないでしょうに!

 

「っ…やっ…せ、めて、TPOは弁えてよ!」

「───成る程、二人きりを御所望ですか」

 

 どうにも止まらないこの暴れ馬をなんとかしたいと思わず口を衝いて出た言葉にライダーが反応する。

 獲物を仕留めにかかる寸前の、蛇の如き鋭さが籠った声色。

 しまったと、再び後悔するも遅い、口実を得た怪物の行動とは迅速なのだと昨夜のゴタゴタで既に嫌と云う程理解している。

 

「ならば始めからそう言ってくだされば良いのに。他人への気遣いばかりでなく、もう少し自分の欲求にも素直になってくださいな」

「わああっ!?」

 

 一瞬で私の両腕を後ろに回して片手で束ね、拘束すると同時にひょいと持ち上げてお姫様抱っこされた。

 は、え、どうやってるの!?

 無駄な器用さ、と云うか妙技、と云うか神業に驚愕すると同時に本格的な危機感を懐く。

 

 ヤバイ、マジです、ガチです、本気(マジ)でライダーは私を拐って()()気だ!!!

 

「こっ、コラ!ライダー!駄目だってば!」

「嫌、ではないのでしょう?」

 

 もう形振り構わず抵抗する。

 脚を振り上げ膝でライダーの顎を狙うも普通に躱される、悔しい。

 最早これ迄か、と諦めそうになるが。

 

「待───────っっっち な   さい  よぉ!!」

 

 悠然と居間を出て行こうとするライダーに猛然と駆け寄った姉さんが、ライダーの対面に立ちはだかって私を横抱きに奪い返そうと手を伸ばした。

 

 姉さんっっ!!!(感涙)

 姉さん!ほんと、姉さん!何時だって私を助けてくれる姉さん!救済の女神!やっぱ姉さんなんですよこれ!

 

「姉の目の前で妹を拉致ろうなんざいい度胸してんじゃない!ポリス呼ぶわよこらっ!」

「拉致とは人聞きの悪い。邪魔の入らぬ所で二人っきり、主従間の愛を育もうと云うだけではありませんか」

「何が愛を育むよ!あんたの性欲が発散されるだけでしょうが!ウチの妹を娼婦扱いされて堪るかってーの!」

「───聞き捨てなりませんね。私がサクラの体だけを目当てにしていると…?私は内面も外面も含んだサクラの全てを好いているのです。腰が振れれば何でも良い下劣な単細胞と一緒くたにされるのは甚だ心外です」

「今のあんたはそれ以下よ!何せ相手の同意も得ずに無理矢理事に及ぼうとしてんだからね」

「全く…無粋な(ひと)ですね。そうやって空気を読まないからうっかり癖が治らないのですよ」

「お生憎様、私が重視するのは何時だって空気じゃなくて道理よ。大事な妹が連れ去られそうになってるのを黙って見てるとか姉として有り得ないからっ!!」

 

 

 私を挟んで姉さんとライダーが言い争う。

 間違いなく正論を言っているのは姉さんなのですが、やはりライダーはのらりくらりと受け流してしまう、ほんと開き直った反英雄は怖いって云うか色々駄目ですね。

 

 ───って云うか…!うわわっ。

 

「ちょ、ふ、二人共、そろそろ下ろして…」

 

 声をかけるも二人は言い争いに夢中で此方を見向きもしない。

 先程も言いましたが、私はライダーに両腕を抑えられたまま横抱きにされている状態、そして姉さんもそんなライダーの対面に回り込んで私の背中と膝の裏に腕を入れ横抱きのまま奪い返そうとしている、故に今の私は姉さんとライダーに二人がかりで持ち上げられているに等しい訳で。

 人の前腕*1はそんなに長くない、そして姉さんもライダーも基本ぐいぐい押していくタイプでこういう場で退くという事をしない。

 だから、二人共ヒートアップするに連れてどんどん身を乗り出して、間に挟まれている私はどんどんプレスされていって…!

 

 これは、二重の意味で堪らない。

 不安定に宙で揺れる怖さと、両側から思いっきり押し付けられる女性の体の柔らかさと甘い匂い。

 特にライダーのそれはほんとっ、質量と云う名の暴力っ…!

 

 私は先程姉さんを救済の女神と称したがどうやら違ったらしいです。

 いや、私にとって姉さんが女神だと云うのは不変の理ですが、今私が欲しいのは癒しではなく救いでして。

 先輩…は駄目だ。

 こういう女性同士の生々しい争いを男の人に何とかしろと投げるのは余りにも酷と云うかハードルが高いだろう。

 ほんとっ、誰でもいいですから助けてっ…!

 

 

「いい加減にしなさい二人共」

「だはっ!?」

「っ!」

 

 祈りは通じた。

 セイバーさんが二人の脳天にチョップを───気持ちライダーには強めに───かまし怯んだ所でキャスターさんが私を影の触手(リボン)でするっと回収してくれた。

 同盟を結んで初のサーヴァント共同作業がこれかぁ…。

 

 

「───何をするのですかセイバー」

 

 さっき迄の姉さんに対するものとは違う鋭さと冷たさ増し増しの声色でライダーがセイバーさんに詰め寄る。

 ジャラリと音を立てて、その手には鎖剣が…ちょっとちょっとちょっと!

 

「ライダーッ!駄目だよ!」

 

 慌てて駆け寄って手を握りながらライダーを諌める。

 …あ、また近寄っちゃった……ま、まあ今は気にしないでおこう。

 兎に角同盟相手に武器を向けるなんてやり過ぎもいい所だ、セイバーさんの気に障ったらどうしよう…と恐る恐る其方(そちら)を見てみるも、セイバーさんは両手を顔の横まで上げて(おど)けた様に無抵抗のポーズを示している。

 よ、余裕だ、大人の余裕。

 ライダーもそんなセイバーさんに気炎を削がれた様で鎖剣を魔力(エーテル)に戻し消す。

 

「ちょっと…セイバー、何で私まで」

「凛が言い争いに夢中になっていたからです。サクラが押し潰されて苦しそうでしたよ」

「え、あ…ご、ごめんね桜」

「いいえそんな!助けてくれようとしてありがとうございます姉さん」

 

 セイバーさんに指摘され此方へ謝ってくる姉さんにお礼を言う。

 これくらい謝る事じゃないのに。

 漸く場が落ち着く、さて、と私は隣のライダーに向き直った。

 

「ライダー、ちょっとやんちゃし過ぎです」

「つーん」

 

 真っ直ぐに見上げて叱るもライダーは顔を背けてしまう、子供か!

 しかもつーんて、口で言ってるし!

 

「あのねぇ……もう、召喚したての頃の大人で冷静沈着だった貴女は何処に行ったの?」

自制心(その者)は実家に帰りました、もう居ません」

「開き直りが過ぎるでしょ…これじゃ私が全然マスターとしてサーヴァントの手綱握れて無いって皆さんに知られちゃうじゃない。そんなに私に恥をかかせたいの?」

あんなゴタゴタの後(昨日の今日)です、今更かと思いますが」

「だから何で主犯の貴女がそんな堂々としてるの!?」

 

 因みに戦犯は姉さんである。

 

「もう…兎に角、私の申し出を姉さんが条件付きで承諾してくれて、私は異論無し。はい終わりです!終了!これ以上の展開はありません!」

「むう……………せめて私も交ぜて…」

「論外です」

 

 ライダーが相手なら最悪私は喰われても良いが姉さんに手を出したら問答無用で令呪(自害)です。

 

「はは…じゃあ今度こそ解散か?」

「はい。ごめんなさい、お騒がせしました」

 

 漸く口を開けそうな雰囲気を察して先輩が次の行動を促してくれる。

 いやほんとに漸くです、女三人寄れば姦しいとは言いますがライダー一人で一体何人分抱え込んでいるのか。

 

「それじゃあ私、早速間桐家(ウチ)に行ってきますね」

「…誰と行くんですか桜さん?」

「え?それは勿───」

 

 

 ───論、と続けようとして、凍り付いた。

 

 そうだ、昼間とは云え聖杯戦争の最中には変わりない、一人でのこのこと出歩くのは論外だろう。

 

 あれ?私、誰と…?

 

 

 姉さんと目が合う。

 

「…えっと、さっきも言ったけど、私これから二度寝しなきゃいけないし」

 

 セイバーさんを見る。

 

「申し訳ありません、私も昨夜の戦いの影響でまだまだ魔力が全快していませんので。(マスター)の警護をしながら私自身も休息を取ろうかと」

 

 キャスターさんの方を向く。

 

「ご、ごめんなさい。私も屋敷の防備の見直し、追加とか諸々やりたい事山積みで…」

「───って事は手が空いてるのは俺だけか。よし桜、一緒に───」

「駄目です」

 

 先輩の提言を無慈悲に切って捨てる。

 想い人の心遣いをばっさりいくのは心が痛むが、これはしょうがない。

 

「なんでさ」

「じゃあ聞きますけど先輩、私と先輩の二人で出掛けた先でサーヴァントに遭ったらどうなりますか」

「………デッドエンド不可避ですね」

 

 そういう事です。

 いざとなったら令呪を使えば良い?それなら最初から連れて行けば良い話ですし貴重な切り札をそんなほいほい浪費は出来ません、何の為に昨夜令呪を温存してまで頑張ったと。

 

 という訳で。

 選択肢は一つに絞られた。

 私は恐る恐る隣に佇む人物を見上げる。

 

 

「───どちらにせよ、結果は同じでしたね…

 

 サ ク ラ ?」

 

 

 そこには実にイイ笑顔のライダーが居た。

 甘ったるく名前を呼びながら、手を取ってくる淫魔に、私は全身に走る怖気(希求)を隠せなかった。

 

 タスケテ。

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 桜がライダーと自宅へ向かう(ライダーにドナドナされていく)のを見送った士郎とキャスターは、士郎の自室で座りながら向き合っていた。

 

「───で、確かめたい事って何だキャスター?」

「はい、マスターの魔術回路についてです」

 

 キャスターは目を瞑り、自身の胸にそっと手を当てながら語り出す。

 

一昨夜(いっさくや)と昨夜、マスターに抱いて頂いた際に確認したのですが…私とマスターの魔力ラインは間違いなく正常に繋がっています」

「ぅ、お、おう、そうなのか」

 

 恥ずかし気も無くストレートに告げられた言葉に士郎は僅かに(ども)るが、今は真剣に話したいのだろう、普段の様に(からか)う事はせず会話を続ける。

 

「ですけどやっぱり、これまでと同様、未だにマスターからは殆んど魔力が送られて来ないんです。道は確実に繋がっているのに水が流れて来ない…となると問題の原因はダムに在ると考えるのが定石ですよね?」

「つまり、俺の魔術回路に何か異常が起こってるって言いたいのかキャスター」

「そういう事です」

 

 我が意を得たりとばかりにキャスターが微笑み、それを見た士郎はぐ、と息が詰まる。

 やはり、どうも、衛宮士郎はこの相棒の笑顔に敵わない様だ。

 

「なので、今からマスターが魔術を使う所を私に見せて欲しいんです」

「魔術を?」

「はい。マスターの魔術回路がどの様に()()しているのか、実際に()()判断するのが一番確実ですから」

「構わないけど、そんな人に見せられる様なもんじゃないぞ」

 

 況してやキャスター(魔術師の英霊)に、そう士郎は内心で付け加える。

 この八年間、毎日欠かさず自己鍛錬を行ってきたが碌に成功した試しが無いのだから渋ってしまうのも仕方無いだろう。

 だがキャスターはそれに取り合わない、必要だと判断したから見せて貰うまでの事。

 

「構いません。切嗣さん、でしたか?お義父様に教えて貰えたのは強化だけなのでしょう?刻印も継いでいない野良さんにそこまで期待はしてませんから」

 

 そう言ったキャスターは相変わらずの笑顔だったが───何故だかその奥に嘲笑の色が含まれている様に士郎は感じて。

 キャスターの述べた事は全く以て正論だし、現に士郎はキャスターへの魔力供給すら満足に行えないへっぽこだ、期待されていないのも已む無しである。

 だがこんな言い方をされては多少なりとも反骨心が湧くのが人間と云うもので。

 

「む…分かったよ。そんなに見たいなら見せてやる、ちょっと待ってろ」

 

 そう言って士郎が自室の机から取り出したのは、カッターナイフ。

 何と無くだが、包丁やナイフ等刃物系統には魔力を多少通しやすいという事を士郎はこの八年の経験で学んでいたが故のチョイスである。

 今更、この一見大和撫子を体現した後ろに控えて主人を立てる女性の様で、その実中々に生意気な相棒を()()()事は不可能だろう。

 だが少しくらいは()()()()欲しい。

 そんな細やかな奮起を胸に士郎は、己に扱える唯一の魔術を行使する。

 

 

「同調、開始」

 

 ナイフに触れる士郎の両手に、淡い緑の燐光が回路の様な線となって走る。

 

「───基本骨子解明───構成材質解明───っ、構成材質、補強…っ」

 

 士郎の言霊に応じて光の回路が少しずつナイフに伸びていく…が、ナイフ全体に線が走った所で士郎の表情が歪み、それに伴ってバチバチッ、と電線がショートしたかの様なノイズとスパークが走り始める。

 否、かの様な、ではない。

 ナイフに魔力のラインを通す事には成功したが、そこへ継続的に魔力を流し続ける事が出来ず、所々で生じている魔力量の差による歪みが形となって表れているのだ。

 そうして十秒程の後、魔力不足でラインの維持すら出来なくなり、ナイフからすう、と光が消える。

 

 失敗。

 普段と全く同じだった。

 

「はあ、くそ」

 

 その短い悪態に込められた感情は、果たして何れ程のものか。

 結局意気込んでこの様か、と士郎は両手を後ろに突いて体を後方に傾け天井を仰いだ。

 どれくらいそうしていたか、士郎は僅かに首を動かしてキャスターの様子を窺う。

 初歩の強化もこなせないなんてとより失望させてしまったか、或いは端から期待してないと言っていたし変わらず笑顔のままなのか。

 だがどちらにせよこれが今の自分の魔術師としての限界、どんな辛口評価でも甘んじて受け入れる他無いだろう。

 そう思いながら士郎はキャスターの顔をまじまじと見詰めるが───結果は二つの予想のどちらでもなかった。

 

 

「……やっぱり、こうでしたか」

 

 

 何処か苦々し気に表情を歪めてキャスターはそう呟いたのだ。

 

「何か、原因が判ったのか」

「はい…ちょっと、有り得ない話と言いますか…いえ、ある意味予想通りではあったんですけど」

 

 キャスターの呟きに事態打開の足掛かりを掴んだのかと士郎は尋ねるが、キャスターはそれに歯切れ悪く要領の得ない言葉を返した。

 

「?つまり…どういう事なんだ?」

「いえ………すみませんマスター。今日の夜、夕飯の後くらいで良いでしょうか。もう一度魔術の行使を、今度は皆さんの前で見せてくれませんか?」

「?良いけど、どうしてだ?」

「同盟を組んでいる以上、情報の共有は徹底するべきですから。マスターがどの様な状態なのか、皆さんには直に目で見て知っておいて欲しいと思いまして…どうしても嫌と云うのでしたら引き下がりますが」

「いや、全然構わないぞ。キャスターがそうした方が良いって言うんなら従うさ」

「…ありがとうございますマスター」

 

 自分を全面的に信じてくれているマスターの言葉にキャスターは笑顔で御礼を述べると「さて」と溢して立ち上がる。

 

「それじゃあ私は予定通り御屋敷を色々と弄りますね。マスターはどうか御自由に御過ごしください。あ、でも外へ出掛ける時は私も付いて行きますから声掛けてくださいね」

「ん、分かった。それじゃあ家事でも済ませちまうかな…」

 

 そんな独り言を溢す士郎を背にキャスターは戸を開けて廊下へ出る。

 

 少し歩いて、呟いた。

 

 

 

「精々、怒られてくださいな」

*1
肘を境にした手に近い方の腕




その頃、間桐邸では、桜を押し倒してベッドインしようとするライダーと、そのライダーを蟲蔵へぶち込もうとする桜の熾烈な攻防が繰り広げられていた。


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25話 ライダー「キテマス」桜「コナイデ(震え声)」 後編

なんか思ってたより騎桜の絡みが長くなって話の区切りも文字数も丁度良い感じになったんで前回の続きとして投稿。


これから朝一でHF3章、五回目観に行ってきます。ひょっとしたら貴方の隣の席に私が座ってるかもしれません。


 午後2時ちょっと過ぎ。

 

「只今、戻りました~…」

「おかえり、遅か……た、な?」

 

 昼食をとっくに食べ終え、そろそろ洗濯物を取り込もうかと思っていた矢先、漸く桜が帰ってきた。

 …のだが、その表情も声も異様な程疲れ切っており、髪も服も若干乱れていたりと、なんと云うかもう、文字通りへろへろな有り様だった。

 

「…何があったんだ?」

「…全力で、抗ってきました」

 

 大方の予想は出来ていたが一応尋ねてみると、主語を省いた端的な言葉が帰ってきた。

 俺が首を僅かに傾げると桜は自身の右側の空間をジトッ、と()め付ける。

 すると虚空に粒子(エーテル)が集まり始め、数瞬の後に人型を取る。

 ライダーだ。

 

 つまりは、そういう事らしい。

 

 

「…昼飯まだだよな?作ってあるぞ」

「ありがとう、ございます」

 

 一言お礼のみを述べて桜は屋敷へ上がるとヨタヨタフラフラと居間に向けてゆっくり歩みを進めていった。

 

「大丈夫ですか桜、確り」

 

 どの口が言ってんだとツッコミたくなる様な台詞を吐きながらライダーが桜の肩を支える。

 

 

 そして桜はライダーに触られた瞬間、その手に思いっきり噛み付いた。

 

「あいたぁーーー!?」

 

 予想外にして容赦の無い攻撃を喰らったライダーは英雄らしからぬ素っ頓狂な悲鳴を上げて手を引っ込める。

 対する桜は肩を怒らせながら「フシャーッ」と怯えた猫の如く自身のサーヴァントを威嚇していた。

 

 こんな桜、初めて見るぞ。

 きっと遠坂だって見た事無いに違いない。

 一体何をやらかしてきたんだライダー。

 

「さ、桜。一旦落ち着け。な?」

「フーッ、フーッ」

 

 別段喧嘩に発展しそうで不味いという空気でもないが、それはそれとして放置はアカンだろうと桜に落ち着くよう呼び掛ける。

 そして肩に手を置いて軽く押しながら居間へ連れて行く、ライダーは後ろから心做しかしょんぼりした様子で付いて来た。

 

 

 

 

 

 

 

そして約30分後。

 

「御馳走様でした先輩」

「御馳走様でした」

「はい、御粗末様」

 

 温め直した昼飯を二人に振る舞い、今は食器を片付けている。

 普段なら桜が並んで一緒に皿洗いをしてくれるのだが、今は少しでも距離を取りたいのだろう、ライダーが自分の分の食器を持って台所へ入ってくると素早く脇を抜けて再び居間の机に座ってしまった。

 ライダーも桜の向かい側に正座する。

 未だに肩を怒らせ対面の存在の一挙手一投足を見逃すまいと警戒している桜とは裏腹に、ライダーは肩を縮こませて桜から目を逸らしている。

 眼帯しているから判らないが、多分情けない表情になっているんじゃなかろうか。

 

 

「……………サクラ………あの、そろそろ怒気を鎮めて頂けると助かるのですが」

「どの口が言ってるのよこの無礼者」

「ぐ…虚数属性のせいですか…怒りの感情が物理的な圧になって襲ってきますよ」

 

 そうぼやきながらライダーは溜め息を吐く。

 

 

「そんな…お風呂にお邪魔したりベッドに押し倒そうとしたくらいで」

「いやそれは駄目だろ!」

 

 皿とスポンジを持ったまま勢いよくツッコんでしまった。

 普通に犯罪行為だった、何やってんだこの変温動物。

 

「ライダーおま…いや…ええ…?」

 

 だが説教と云うか注意と云うか、続く言葉が出てこなかった。

 本当にライダー、お前どうした。

 初めて会った時から桜の事を大切に想っているのは見ていて判ったが、今のこいつはもう、ベクトルがおかしい方向を向いてる気がする。

 つーか、あれだ、周りへの気遣いがほぼほぼ無くなっている。

 

「……何があったんだよ」

「午前中にも似た様な事を述べましたが、色々と開き直ったのですよ。この戦争中、桜とその周りの事に関してはもう我慢しないと決めたのです」

「貴女の場合、開き直ったじゃなくて曝け出したの方が正確な気がするんだけど」

 

 険しい顔で皮肉とも文句ともつかない言葉を溢す桜。

 そんな桜にライダーは向き直り─────次の瞬間とーん、と机を軽く飛び越えて桜の直ぐ近くに降り立った。

 

 ビクゥッ!と全身を跳ねさせた桜は直ぐ様距離を取ろうと───立ち上がる前にライダーが桜の両手を掴んで畳の上に押し倒した。

 

 

 何の脈絡もなくっ、直球で襲いに行った…!

 

 

「原始人か!!」

 

 我ながら中々の暴言が飛び出たなと頭の片隅で思いながら直ぐ様二人を引き離そうと駆け寄る。

 

「ぃ……っ、やあああ!もう…もーーー!!」

「こらライダー!やめろって!桜本気で嫌がってるぞ!」

 

 子供の癇癪の様に全力で怒声を上げながらジタバタ抵抗する桜。

 どう見ても本気の本気で嫌がっている、いい加減にしろと怒りと嫌悪感を爆発させている。

 普段大人しくて我慢強い後輩をここまでの有り様にしているライダーの所業に流石に俺も義憤を覚える、マジで何してんだライダー。

 だがサーヴァントを力付くで退かすなんて事が半人前魔術師の俺に出来る筈も無く、ライダーの肩と腕を掴むも押す事も引く事も出来ずに居た。

 

 そうこうしている内にライダーが桜に顔を近付ける。

 桜も押し倒されたまま顔を逸らさず真っ直ぐに自身の使い魔を睨み付け、お互いに至近距離で見詰め合う形に。

 片方は眼帯しているが。

 

 

「サクラ」

 

 相も変わらぬ、低く澄んだ美声。

 

「私は昨夜伝えた筈です」

「っ…だから、そんな簡単に返事は───」

「そちらではありません。もう一つの方…───私は、貴女の現状に納得いっていないと」

 

 

 桜が目を見開く。

 抵抗の動きは何時の間にか止まっていた。

 

「…今更、そんな事言わないでよ…私の事、守ってくれるって言った癖に」

「ええ、守り抜きます。この身は貴女の守護者(サーヴァント)ですから。その誓いを違えるつもりはありません…ですが、だからこそ、貴女の事を考えれば考える程…傍に居れば居る程…苛立ちが増していく」

 

 ギリィ、と音が鳴ると同時にライダーの手の握りがキツくなった。

 手首を掴まれている桜は僅かに顔を顰める。

 

「貴女の才能(ちから)も、我慢強さも、責任感も、慈愛に満ちた心根も……貴女の強さを構成する全てが気に食わない。そんな不要なモノが在るせいで貴女にどんどん傷が増えてゆく」

「不要、なんかじゃ」

「不要ですよ。不要に決まっています。少なくとも私はそう信じてやまない」

 

 芯の通った声色。

 ぶれる事のない一念が総身に宿っている。

 ライダーは片手の拘束を外し桜の頬を撫でる。

 

「サクラ…全て、全て捨ててください。大丈夫、私が居ます。ずっと…ずっと傍に。貴女を傷付けようとするモノ、貴女の幸せを奪おうとするモノ、この世の全ての悪を殺し尽くして、貴女を護り通しましょう。捨てた分だけ、私が貴女に与える。捨てたモノの事すら忘れてしまう程の幸福(快楽)を…その身の隅々まで、私の愛で満たして差し上げます」

 

 

 

 愛情。

 激烈な迄の、愛情。

 酷く熱く、だが根っ子は冷え込み、ドロドロとしていながら、芯は刺す程に透き通っている。

 

 ライダーは、只管に桜を想っていた。

 

 そんなとんでもないモノをぶつけられた桜は───困っていた。

 表情は変わらず顰められたままだが、僅かに目尻が下がり()()()()()、頬も普段との差異がハッキリと判るくらいには紅く染まっていた。

 

 脈有りだ。

 

 誰がどう見たってそう判断出来る、乙女の顔だった。

 

 

 

「嫌です」

 

 

 そんな自身の内に確かに萌える想いを認識しながらも、桜はライダーを拒絶した。

 捨てる事は、断じて出来ないと。

 

 数秒の沈黙の後、ライダーは何も言わずスッ、と立ち上がりあっさり桜の上から退()いた。

 

「諦めませんよ───貴女が傷付けば同じだけ傷付く者が、少なくとも此処に一人居るのだという事を、忘れないでください」

 

 それだけ言い残すとライダーは霊体化し消えてしまった。

 残された俺も、俺以上に桜も、呆然と座り込む事しか出来ないでいる。

 暫くしてポツリと、俺は言葉を溢す。

 

「ライダー……ガチだなあれ」

「……そうですね」

 

 単純に、それだけが俺の感想だった。

 ライダーが桜の内に何を見ているのか分からないが、ただ只管に桜が大事で、真剣にその幸福を願っているのだと。

 桜もそれを解っているから、拒絶はしても突き放す事をしないでいる。

 

「…部屋、暑くないですか先輩」

「頬っぺた紅いぞ桜」

 

 俺が指摘すると桜は自分の頬に両手を当て、そのまま顔を隠すと恥ずかしそうに俯いてしまう。

 可愛い。

 

「…何で、あんなにも…私の事想ってくれるんでしょうか」

「さぁ…そればっかりはライダーに聞かないと判らないけど…少なくとも桜は基本人に好かれる娘だよ。俺だってそうだ」

 

 正直な気持ちを告げた俺を桜が見上げてくる。

 あ、ヤバイ、ミスったか。

 

「っと、悪い、気持ち悪かったな」

「いっ、いいいえ!いえ!………ぁぅぅ

 

 蚊の鳴く様な呻きと共に再び俯いてしまう桜。

 なんかもうとっくにキャパオーバーって感じで。

 現在は聖杯戦争に備えた休息時間の筈なのに自身のサーヴァントのせいでどんどん消耗していくと云うのも本当におかしな話だ。

 メドゥーサめ、昨夜の大暴走と云い、反英雄の面目躍如だぞこりゃ───なんて実に皮肉めいた事を思ってしまう。

 在り来たりでも、兎に角フォローせねばなるまい。

 

「ごめん、こんな事しか言えないけど…取り敢えず、焦る必要は無いさ桜。少しずつ、少しずつで良い。自分の中の正直な気持ちを探し出して、ライダーの気持ちにどう応えるかを考えるんだ」

「…いえ…もう返答は決まってるんです…さっきと同じ…でも、ライダーは絶対に納得してくれないんです」

「だからこそだ。納得して貰える様に、より素直な言葉で、言葉だけじゃ無理なら行動で。桜は優しくて、何でも受け容れちゃうからさ。それは間違いなく桜の長所だけど、時には思いっきり拒絶してやるのも大切で重要な事だと俺は思う」

「私、そんな聖人君子じゃないです。嫌な事は、嫌ってハッキリ言いますよ?」

「そりゃそうだけど、桜はそうやって拒絶する時も、拒絶された相手の痛みとか悲しみとか、余さず感じ取って背負っちゃうだろ。そういうの、見てて結構分かるもんなんだ。根っ子の人の善さがどうしようもなく滲み出てて、分かっちまうから、皆桜の事が放っとけなくて、見てる内に好きになっちゃうんだ、きっと」

 

 

 ─────ああ、そうか。

 自分の中で考えを整理しながら喋っている内に、気付いた。

 

 

「うん、きっとそうだ。ライダーもそうなんだよ。桜の尊さを知ったから、キツい事ばっかり背負うんじゃなくて、もっと我が儘になって欲しいんじゃないかな」

「…私は、充分我が儘です。先輩のお家に通って来たのも、姉さんと仲良くしたいのも…」

「足りてないんだよ、我が儘度がさ。そんな細やかなもので満足してたら人生損だ」

 

 そう言って笑いかけてやる。

 うーむ、何だかなぁ。

 

「なーんか喋ってる内にライダー側になりそうな気分だ」

「ま、ちょ、先輩!!」

「いやだってさ…うん、桜はもっと我が儘言うべきだ。良い娘過ぎるのは逆に痛々しい」

「本当に勘弁してください先輩…!只でさえライダー制御不能なのにブレーキ役が減ったらもう…!」

 

 本気で縋る様な目を向けてくる桜の姿に何等かの衝動が湧いてくるのを感じる。

 いかん、確りしろ、俺は先輩だ、後輩の信頼を裏切るな。

 

「まぁ、兎に角あんまり気負うなよ桜。大丈夫だ、自分でも言ってただろ?一人じゃないって。遠坂が居る、ライダーが居る、セイバーが居る、キャスターが居る、勿論俺だって。欲張って背負い過ぎるなよ、それぞれの荷物を少しずつ背負って手を引っ張り合いながら進むのが仲間ってやつだ」

 

 

 少々臭過ぎるだろうか。

 でも本当にそういうもんだと思う。

 人間何事も抱えられる量には限度がある、幸福も悲しみも欲張り過ぎた奴は潰れるもんだ。

 

「……ありがとうございます、先輩」

「これくらい気にするな。なんたって俺は先輩だからな」

 

 そう言うと桜はくすりと笑ってくれて。

 ───うん、皆この笑顔を見たくて頑張ってるんだ。

 

 

「じゃあ私そろそろ荷解きしてきますね」

「ああ、俺も手伝った方が良いか?」

「いえ、先輩は家事の途中ですよね?自分の事優先してください」

「んー、でも家事を済ますなんて家主として当然の事だしな」

「もう…先輩、そんなに女の子の荷物が気になります?」

 

 そう言って困った様に、されど此方をからかう意図が有り有りと感じられる愛嬌の在る笑み。

 うわ───駄目だな、そんな顔されたら、色々不味い。

 

「…すまん、デリカシーが無かった」

「ふふ、割と何時もの事じゃないですか。気にしてませんよ~」

 

 そう言い残して桜は居間から出ていった。

 そうだよ、そう言えば桜はああいう奴だった。

 意外とお茶目と云うか悪戯好きと云うか。

 (からか)いが成功して気分が良いのか、随分と軽やかな足取りで跳ねていく桜を見て苦笑が漏れる。

 ま、こういうやり取りもケアの内かね。

 そんな感じに独り()ち、さあ家事を再開しようと腰を上げて、ふと思った。

 そう言えば桜、手ぶらだったが荷物はどうしたのだろうか。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 私は自室として宛がわれた先輩の御屋敷の一室に入るとぶわりと()()()()()()()()

 部屋の床面積の半分程まで広がった影の中からヌヌヌ、と荷物を浮上させた。

 

 

 虚数世界。

 私達が生きて存在する実数世界とは反対の位相に在る世界。

 存在する物質の質量が全て虚数であり、時間が未来から過去に向かって流れるという、何もかもが真逆の場所。

 そんな時空間の一部を私の領域として支配(占有)し出入り口を創る事で、某21世紀の猫型ロボットが有する四次元ポケットみたいな事が出来る。

 これ本当に便利なんですよね、今回みたいに大量の荷物を運ぶ時とか最高です。

 

 とは云え、何でもかんでもほいほい入れられる訳ではなく。

 先に述べた様に虚数世界は実数世界とは世界の法則自体が全く異なっているので、そんな場所に実数側の物体を無造作に突っ込んだら法則(ルール)の違いによる歪みで存在が保てなくなり意味消失を起こしてしまう。

 昔お気に入りの人形を入れておいたら何時の間にか跡形も無く消えてしまっていて泣いた事や、初めて出入り口を創れた際に嬉しさのあまり何の準備も無く飛び込んで普通に死にかけたりした事がありました。

 

 私の様な虚数属性使いは虚数世界への干渉(アクセス)権を持った潜航者(ダイバー)と言われていますが、飽く迄魔術回路の属性が虚数というだけで肉体等は普通に実数側の人間(存在)()()()()へお邪魔する事が出来てもお邪魔した後無事で居られるかどうかは別の話。

 人は息を止めて一時的に水中に潜る事が出来ても、その間は呼吸をする事が出来ないのと同じ事。

 人が宇宙や深海を冒険出来るのは最新技術による宇宙服や潜水服で確り身を固めているからに他ならない、生身で突入したらそりゃ死にます。

 

 なので虚数ポケットへ物を入れる時は先ず虚数の法則(テクスチャ)を物に張り付け、ですがそれのみだと虚数時間法則によって物の時間が巻き戻ってしまい実数世界側へ戻した際に経過した時間の積み重ねの矛盾によって結局意味消失してしまうので、その物の時間概念を観測宇宙から記録宇宙のモノへと一時的に変更して時間の流れに囚われない存在へと切り替えてから収納しているのです。

 

 そんな感じで、安全に運用する為には滅茶苦茶手間隙を掛けねばならず、微妙に融通が利き辛いのが虚数属性と云うものでして。

 この属性の魔術研究が現代に至ってもイマイチ進んでいないのは、そう云った危険性による所も大きい、これは封印指定も納得です。

 まぁ一見便利な物の様でも、その実利便性を保つ為には物凄く繊細な技術が必要となるのはどんな物でも同じ事ですが。

 

 ─────そんな慎重さと確実性が求められる危険な作業の最中だったと云うのに、ライダーは只管ちょっかい掛けて(襲い掛かって)きて…全くもう!

 魔術の行使と荷解きを始めたからか、間桐邸でのあれこれを連想して(思い出して)しまい、怒りと───羞恥(喜悦)が再燃する。

 

「…本当に………何でなのかなぁー…」

 

 ぼふっ、と目の前に積まれた私服の山に顔を(うず)めながらそう漏らす、柔軟剤の良い香りが鼻腔に広がり、湯だった頭を多少は鎮めてくれた。

 

 ライダー・メドゥーサ。

 ギリシア神話の女神が一柱。

 何故彼女は、あれ程迄に自身を想ってくれるのか。

 

 気持ちは嬉しい、嬉しいに決まってる。

 でも困る。

 だって、だって、まだ出会って三日目なんですよ?

 それで何であそこまでいくのか、戸惑いが心も体も鈍らせる。

 

 取り敢えず、ふぅぅぅ、と深呼吸。

 記憶を整理してみる事に。

 

 

(そういえば、一目惚れって告白されたっけ)

 

 昨夜の会話を思い出す。

 外見がドストライクとか言ってた。

 顔立ちとか髪とか褒められて、あとスタイルが最高とか、滅茶苦茶力説してた。

 

 そこに関しては異論は無い。

 いや、ライダーのあれはちょっとあれだったが、(間桐桜)が美少女だというのは間違いない。

 何故なら私はお父様とお母様の娘で、遠坂凛の妹なのだから。

 そんな私が可愛くない訳が無い、客観的に見て私の容姿が優れていると云うのは紛れもない事実です、そこは謙遜しません。

 

 だからこそ、解らない。

 

(内面も外面も含んだサクラの全てを好いている───か)

 

 誠実で丁寧な心優しい在り方。

 魔術の腕も立つ理想のマスター像。

 外見だけで好きになった訳じゃないと、彼女は何度か宣言してくれた。

 

 いっそ見た目だけに対しての好意だったら解りやすかったのに。

 そうじゃないと言われてしまっては途端に意味が解らなくなる、対応に困ってしまう。

 

 私はそんな大層な人間じゃないんだ。

 

 

(これ迄何度も何度も、失敗してきた)

 

 お爺様を殺めた事。

 先輩が魔術師だと見抜けなかった事。

 先輩の死───実際は生きていたけど───に動揺して錯乱し、ライダーに暴言を吐いた事。

 それが原因で意識を奪われた際に私の過去をライダーに知られ、彼女の暴走を招いた事。

 

 聖杯戦争が始まる前からも、始まってからも、私は至らない事ばかり。

 

 本当に私が優秀な魔術師なら、お爺様が死ぬ事はなかった、先輩の秘密を見抜けていた。

 本当に私が誠実な人間なら、魔道に背を向けて遠坂へ逃げ帰ろうとしなかった、先輩に嘘を吐いてまで屋敷に入り浸ったりしなかった、不干渉の条約を破って姉さんと交流したりしなかった。

 本当に私が優しい心の持ち主なら───ライダーが暴走する事はなかった───キャスターさんも、セイバーさんも、先輩も、姉さんも、誰も傷付く事はなかった。

 

 何もかもが、未熟に過ぎる。

 先輩もライダーも、誰も彼も、私を買い被り過ぎているんだ。

 どうしてこんな私を好いてくれ等とほざけるだろうか。

 

 

『その未熟さがまた良いのです』

「そういえばそんな事も言ってた…」

 

 

 思い出した。

 んでもって無垢な花を手折り好みの姿に生けるとか、なんかそんな感じの事言ってた。

 

 思い出した。

 思い出して、体が震える。

 え、何?要するに調教しがいがあるって言いたいのライダー?そういう意味で全部捨てろとか言ってきてるの?

 

 一つ思い出せば連鎖的に思い出す。

 

『貴女のこの可憐な身の隅々まで快楽で()たし、下らぬ(しがらみ)も何もかも…(とか)して差し上げます』

『捨てた分だけ、私が貴女に与える。捨てたモノの事すら忘れてしまう程の幸福(快楽)を…』

 

 

 思わず頭を抱えた。

 

 これ迄の言動から既に判っていた事ではあるけれど。

 ライダー、彼女はSかMかで云ったら間違いなくSだ、もうバリタチです。

 …召喚当初の控え目で相手の主張に合わせる姿勢も彼女の一面の筈だ、多分一辺倒ではなく逆もこなせるタイプだとは思う、けど…。

 ついでに述べるなら彼女は伝承にてポセイドンとも関係を持っている(愛を結んでいる)、本人も認めていたがビアン寄りのバイセクシャルだ、ありとあらゆる面で両刀とか半端無い、厨ポケも真っ青です。

 流石はギリシャ系列の女神と云った所か、一度懸想した相手に対する執着は群を抜いています、その()が愛情でも憎悪でも。

 

 考えれば考える程頭が重くなる様な気分。

 ヤバイ、怖い、怖過ぎる。

 

 でも感じるのは恐怖のみならず。

 胸の内に芽生える甘く淡い熱も確かに感じていて。

 

 それでも、それだけで、彼女の全てを受け入れられる程に、私はお気楽でも包容力がある訳でもない。

 ─────いや、そもそもそれ以前に。

 

 

「私、そんな簡単にまっさらになれる女じゃないんだよライダー」

 

 この身は既に穢れ切っている、間桐の色に染まり切っている。

 無論、私はそれに嫌悪を懐いてはいない。

 この穢れこそが神秘を求め、獲続けた、軌跡の(あと)にして、間桐を背負った魔術師としての誇り。

 十一年間、絶え間無く積み上げてきた私の一部なんだ、捨てる事は出来ないし、捨てたくない。

 どれだけ漂白剤で洗い流そうと、最早決して落ちる事の無い頑固な汚れ。

 ごめんねライダー、酷い言い方だけど、高々三日前に知り合ったばかりの他人にどうこう出来る代物じゃないんですよこれは。

 

 

「我が儘だなぁ」

 

 ポツリと、呟く。

 我ながら、呆れた頑固さ、我の強さ。

 それ等でずっと踏ん張って来た。

 

「我が儘、なんですよ?」

 

 再度、まるで確認するかの様に呟く。

 今それに応える人は勿論居ないけど。

 

 

 

 ───────そう。

 

 私は、我が儘なんだ。

 

 魔道を歩み続けるのは、義務でも何でもなく、ただ姉さんに褒めて欲しいと云うのがなによりの理由で。

 一度はそれすらも捨てて家族の元に逃げ帰ろうとして。

 柳洞寺で無理を言って養蜂をさせて貰っているのも。

 神秘の秘匿を第一とする魔術師の癖に学校で友人を大勢作っているのも。

 不可侵の条約なんて知らないとばかりに姉さんと仲良くしているのも。

 家事を教えて欲しいなんて理由で先輩の御屋敷に三年も通い詰めているのも。

 

 姉さんを愛しているのも。

 先輩に恋しているのも。

 想いに応えられない癖に───それでもライダーに傍に居て欲しいと思うのも。

 

 全部、全部全部全部。

 恥知らずで、身勝手な、私。

 

 

 

『何故貴女は自分一人で苦痛を背負おうとするのですか!』

『貴女が傷付けば同じだけ傷付く者が居る』

 

 ライダー。

 

 

『変に気を遣う必要無いの。そんな風に気負ってたらこの先の人生色々保たないでしょうに』

『何でもかんでも自責に転嫁するのはやめなさい』

 

 姉さん。

 

 

『お前は何でいっつもそうやって自分のせいにするんだ。お前が悪いなんて、周りの奴は誰一人思っちゃいない』

『キツい事ばっかり背負うんじゃなくて、もっと我が儘になって欲しいんじゃないかな』

 

 先輩。

 

 

 皆、そう言ってくれた。

 我慢ばかりするなと。

 もっと我が儘になれと。

 

 周りの人、皆が皆こう言うんだ、端から見て私はさぞかし健気で可哀想な女の子に映るのでしょう。

 でもやっぱりそれは違うと私は思う。

 魔術の基本は等価交換、端から見れば傷付いてばかりに見えたとしても、私は傷付いたのと同じ分だけ確かに得ているものがある。

 寧ろ得てばかりだ、失ったものなんて何も無い───奪ったものなら山程だけど。

 それに見合うだけのものを私は未だ差し出せていなくて。

 だからこれは我慢じゃなくて、当然の代価で。

 至らない私がより先に進む為の糧としなければならないもので。

 

 

 

 我が儘になれと云うのなら─────そう。

 幸福も愛情も、償いも贖いも─────『大切なものを全部抱えていたい』と云うのが、私の我が儘だ。

 

 

 

「重っった…」

 

 既に何度も思ったけど、我ながら本当に…。

 でもこの重みに、しんどさに嬉しさを感じているのは確かなんです。

 突き刺さる痛みと伸し掛かる苦しみのお陰で、私は確かに生きて前に進めているのだと陶酔する事が出来る。

 

 嗚呼。

 ライダーの言う通り。

 私はどうしようもなく、誤魔化しようもなく、マゾヒストなんだ。

 そりゃライダーのアプローチにドキドキする筈です、滅茶苦茶相性良いんだ私達。

 まさかとは思いますが縁で召喚出来たのってそういう要素も絡んでるんでしょうか?聖杯は仲人だった?余計なお世話過ぎますよこの野郎。

 

 

「欲張って背負い過ぎるな」

 

 さっき先輩に言われた言葉。

 

「もっと我が儘を言うべきだ」

 

 これも。

 

 我が儘になれと言う癖に、背負うなと言う。

 私にとって、それは余りにも矛盾した難解な言葉なんですよ先輩。

 それを矛盾でなくせるのは、きっとライダーの言う通り、魔術師としての私を全て捨て去った時だけだ。

 

「凄いなライダー…」

 

 彼女が度々口にする口説き文句は、私の性質を完璧に理解しているが故のものだったんだ。

 三日前に知り合ったばかりの他人?

 とんでもない、ライダーはその三日で私の本質をとことん見抜いているじゃないか。

 

 そっと両手を胸に当てる。

 心臓の鼓動が普段より大きくなっている。

 次いで頬。

 やっぱり普段より熱くなっている。

 

「好きになっちゃったな」

 

 意外な程簡単に、素直な肯定の言葉が出る。

 もうライダーは私の中で先輩と姉さんに次ぐ程に大事な存在になっている。

 え?いや同列ではありませんよ?あの御二人は私の中で完全にカテゴリーが別枠なので。

 まぁ、兎に角、好きだ。

 

 ゴロン、と荷解き作業を一旦止めて床に仰向けに寝転がる。

 はぁ、色々考え過ぎてるなぁ、現実逃避したってしょうがないんだから仕方無いけど。

 

 ふと顔を横に向ける。

 そこには、多分今後必要になるだろうと家から持ってきた物───眼鏡が転がっていた。

 

「考えてばかりいてもしょうがない、か」

 

 再び起き上がって、荷解き再開。

 じっと頭で悩んでばかりいてもどうしようもない。

 取り敢えず、保留。

 明日。

 明日、勝負に出よう。

 丁度用事も有るし。

 

 一人静かに決意を固めて、私は只管手を動かすのでした。




そんな感じの後半でした。

ライダーさんはもうガッチガチのガチで桜ちゃん狙いにいってますし、なんか桜ちゃんも満更じゃなくなってきてるし…やっぱ、こう…重てぇ百合を…最高やな!


ライダーさんの第一目標は20話のラストの通り桜ちゃんをパンピーにする事ですが、余裕があれば自分も受肉して一生桜ちゃん捕まえときたいとか考えてます。
桜ちゃんこれ優勝したらアカンのとちゃうか…()


虚数に関しては相変わらずの捏造設定。
事件簿で虚数属性の魔術師はアクセス権を持ったダイバーとか虚数空間は次元ポケットで入れたものは時間にも空間にも囚われないよ的な事書かれてたらしいですが、幾ら属性が虚数でもそんなほいほいノーリスクで色々出来たら苦労しねーよな、そもそも魔術っつー概念自体リスクの塊だしな、と思ったんでこうなりました。
FGOでもあれ、ゼロセイルの危険性が述べられてますからね。潜る時も浮上する時も死ぬ可能性あるとかやってられませんよ。

因みに桜ちゃんが説明してた収納方、あれ空間自体の時間概念を記録宇宙のモノへと切り替えるという手っ取り早い手法も有りますが、空間そのものの法則に干渉するという規模の大きさ故にかなり燃費が悪いので、よっぽどの大荷物でなければ本編での手法を桜ちゃんは採ります。


ついでの比較。

上述の危険性故に、桜ちゃんは対ヘラクレス戦で十小節の呪文を長々と詠唱して虚数世界に士郎君とライダーさんと一緒に逃げ込みました。

ですがキャスターは一瞬で展開して士郎君と凛ちゃんを宝具から守っています。

その辺から二人の練度の違いを感じ取っていただけたら嬉しい。



なんかもうマジ皆に好き勝手喋らせてると全然話進まねぇな!!のんびりでええんやで、と仰ってくださる方、また次回もよろしくお願いします。


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【突発番外短編】桜ちゃんのいく大奥【一発ネタ】

元号改正初日を記念して番外編を投稿!

大奥イベントが作者に特効過ぎてたんで衝動的に書いてしまいました。一発ネタなんで深く考えずに読んじゃってください。

ネタバレ全開なので注意!


 ビーストⅢ/L。

 

 カーマ/マーラ。

 

 『並行世界の間桐桜』を依代とし、擬似サーヴァントとして顕現した愛を司る神性。

 そんな彼女(彼?)が人類悪()として覚醒した後に行ったのは、カルデアの職員及びサーヴァント達を材料(リソース)とした徳川廻天迷宮・大奥の作製だった。

 

 全五階層からなるこの迷宮に一歩でも足を踏み入れたなら最後、巧妙(あからさま)に調えられたその在り方によって知らず知らずの内に人としての()()を暴き出され、待っているのは徳川化という洗脳(愛による溺死)

 

 そう、全ては()()()()()()()()()()()()である『この世界の間桐桜』を屈服(堕落)させ、己が『R』よりも優れている事を証明する為に。

 そしてその先にある()()()()を達成する為に。

 

 

 

 ───────だと云うのに。

 

 

「………なん、なんですか、貴女」

「?何、とは?」

 

 カーマは己の目の前に居る自分と瓜二つの女───依代が同一存在なのだから当たり前だが────を、まるでUMAに遭遇したかの様な心境で見据えていた。

 

 ─────何なんだ、何なんだこの女は。

 

 

「…有り得ません…だって、術式は完璧に、問題無く発動していた筈です」

「…術式、ですか」

 

 カーマの発言に桜は目を細めて相手の腹を探る様な面持ちで言葉を紡ぐ。

 

「確かに、精神に作用するタイプの、何等かの魔術…と云うよりは権能?でしょうか?まあ兎に角それっぽいものは感じましたよ。私その手のものには敏感なので。ですから焼け石に水かもしれませんが精神安定、概念防御の術を自分にかけておいたのですが……其方(そちら)の様子を見るに、案外上手く嵌まったみたいですね?」

「…っ!違う…違う違う違うっ!!そんなんじゃありません!!そんなもので、()()()()()()()筈が無い!!」

「……は、え?とく、え?とく、がわ…?」

 

 想定外の事態に喚き散らすカーマとは対照的に、その口から飛び出して来た素頓狂(すっとんきょう)な単語に桜は首を傾げて呆けていた。

 

「惚けないで!一体どんな手を使ったんですか!?()()()()()()とは云え、高々人間風情の貴女が神霊である私の施した術式に逆らえる筈が無い!」

「……惚けてなんて、いませんよ。今言った事以上の対策を私は取っていません」

嘘仰(うそおっしゃ)い!だって貴女、此処に来る迄に、完璧に迷宮に嵌まって…あ゛あ゛あ゛っ!もうっ!!これだから人間って嫌いです!ちっぽけで矮小でその癖突拍子も無い事ばかりしでかして、その責任(負担)を全部偶像()に押し付けてくる!!」

「え、えと…」

 

 ヒステリックに喚き出したカーマ(自分と瓜二つの少女)への対処法が判らず、桜は眉根を下げた困惑の表情で後ろを振り返って頼れる仲間(同行者)達にヘルプを投げ掛けた。

 しかしマタ・ハリは桜と同じ様に眉根を下げて苦笑い、シェヘラザードはオロオロと桜、カーマ、周りの皆と視線を周回させるばかり、柳生宗矩は静かに黙して首を振った。

 要するに全員が対応を(マスター)に丸投げした。

 

 頼れる筈の仲間達のまさかの裏切りに桜は困り果てる。

 ─────そしてそんな桜とカーマ、二人の様子を殺生院キアラは実に愉快気に、朗らかな笑みを浮かべながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 第一階層にて。

 

 

「…この自動人形(オートマタ)、見掛け程手強くはありませんね?」

「そうですわね……ですが敵、それも命の無い絡繰(からくり)と云えど無闇に蹴散らすというのも───」

「───いえ、甘い事は言ってられません。先に仕掛けてきたのは向こうです。こうして武器を向けて来ている以上、問答無用!」

「あら、それでは?」

見敵必殺(サーチアンドデストロイ)です!一気に突破しましょう!相手を始末しようとすると云う事は逆に自分が始末される可能性を常に孕んでいるのだと拳で教えてやりますとも!─────というか士郎さんと姉さんに手ぇ出した時点で情け掛けて貰えるなんて思うなやあああああああああああああっ!!!」

「あらあらうふふ、ええ、ええ、良いですわよ桜さん。その常に前へと進もうとする気概は何時見ても心地が好いもの。─────それに御存じかと思いますが、私、荒っぽく激しい交わりも、嫌いじゃありませんのよ?」

「アアハイ、嫌って云う程知ってマスヨ」

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 続く第二階層にて。

 

『アア、将軍様、将軍様』

「へ?しょ、将軍?」

『コノ大奥ハ将軍様ノ為ニ造ラレタ場所。此処ニ居ラレル以上貴女ハ将軍様ニ違イアリマセン』

『ササ、ドウゾコチラヘ、オモテナシ致シマス』

「………ええ、そうですね。私は将軍ですもの。えーっと、よ、良きに計らえ~?」

「桜さん桜さん」

「あっと、何ですかキアラさん?」

(よろしいのですか?こんなあっさりと相手の誘いに乗ってしまわれて)

(ん~まぁ、確かにあからさまに罠っぽいですけど、まだ敵の正体も目的も何もかもが分からない状況ですからね。敢えて誘導されてみるのもありかと)

(全く、旦那様がいらっしゃる身でありながら何と身持ちが軽い事でしょう。もっと御自愛くださいと普段から皆様に散々諫言(かんげん)されているではありませんか)

(キアラさんにだけは身持ち云々言われたくありませんよ!)

(あら、以前私の誘いにほいほい乗ってどの様な目に遭われたかもうお忘れですか?)

(…………今はこうして仲良く出来てるんですから結果オーライですよ)

(ふふ、そうでしたわね。どれだけ派手に転んでも最終的には上手く着地するのが貴女ですものね)

(くっ、色々と納得いかないのに納得せざるを得ない…!)

『将軍様?』

「おっと、ごめんなさい。それじゃあ奥まで案内お願い出来ますか?」

『畏マリマシタ』

『アア、将軍様ガ中々来テクダサラナイモノデスカラ、我々寂シュウゴザイマシタ。ドウカ土産話ヲオ聞カセクダサイマセンカ』

「土産話…?う~ん、そうですね~…新婚の時夫と喧嘩して半ば殺し合いになった話とか…」

「桜さん、それは捨て身トーク過ぎますわ」

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 そして第三階層にて。

 

「─────っぷっっっはーーー!!」

「あらあら、良い飲みっぷりねー。ささ、もっともっとぐいっと」

「ええ…まだまだお酒は有ります…酒だけでは満たされない渇きは、私が癒しましょう」

「ええ~!?まだ有るんですか~?んもっほう、大っ!歓っ!迎っ!もっとじゃんじゃん持って来てくださーい」

「………………あ、あの桜さん」

「あっはは、流石は大奥!サービス良過ぎですよも~。このお酒も着物も上物ですしぃっししCCCコラボレーションライター!にゃっははは~」

(あ、これ下手に声掛けたら地獄見る奴ですね判ります)

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 更に進んで第四階層。

 

「いやぁ~~~愉しかったですね~~~」

「ソレハナニヨリデス」

「此処の所ちゃんとしたお酒も飲めてませんでしたし、正しく極楽気分でしたよ~」

「私は叫喚地獄に堕とされた気分でしたわ」

(と云うよりこの大奥自体……やはりこれは、五戒が関係している…?)

「まあまあ、そう言わないでくださいよ。酔い覚ましの霊薬は何時如何なる時でも常備してますし、何やかんやでマタ・ハリさんとシェヘラザードさんも解放出来ましたし」

「貴女ごと皆さんを峰打ちで気絶させたのは宗矩様ですけどね……いやもう、本当にありがとうございました」

「何、流石に見ていられなかったのでな…主殿の絡み癖は相変わらずの様だ」

「ごめんなさいね~、覚えてないとは云え色々と迷惑かけちゃったみたいで」

「ですが、此処からはカルデアの皆さんをお救いする為に、私達も微力を尽くしたいと思います」

「ありがとうございますお二人共。───さて、それで差し当たってはこの鍵が掛けられた扉ですけど…」

「何処かに鍵が有るって事かしら~?」

「───あっ…マスター…あれを」

「ん?あ、ほんとだ、人形が鍵の束を」

「…力尽くで奪い取りますか?」

「…いえ、あの人形がこれ迄と同様の性能とは限りませんし、無駄な戦闘を避けられるならそれに越した事はありません。───という事でちょっと()って来ますね」

「あら、十八番の虚数空間潜航ですか」

「あれほんと下手なアサシン顔負けの技術よね」

「───はい、お待たせしました」

「お見事、です」

「ふふん、どうですか?某蛇男も真っ青なこのスニーキングスキル!」

「見事な手際だったわよ~、生来の手癖の悪さが滲み出てるって感じだったわ正に」

「あ、マタ・ハリさんにナチュラルに毒吐かれると色々キツいものがありますね……ま、まあ兎に角、この調子でどんどん進んで行きましょう!」

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 そして締めの第五階層にて。

 

「─────うふふふふふ、待ってましたよ」

「───私?」

『貴女は…カーマ!』

「っ、パールさん、この人が誰だか判るんで…っていうか、カーマ!?」

『はい、この神性、間違いありません!愛の神、カーマデーヴァ!』

「成る程、桜さんとパールヴァティー様の御二人が導かれた理由が漸く解りましたわ。まさか同一存在を依代にしているとは…と云うかカーマデーヴァは本来男性神ではありませんでしたか?」

「ああ、はいはい。そういう考察とかどうでもいいですから───此処まで遠路遥々御苦労様でした。お疲れでしょう?さあどうぞ此方へ、()()がその疲れ、癒して差し上げます」

「っ!?これは、マスター…いえ、カーマが、こんな…?」

「分身の術なんて、まるで忍者みたいね~」

「…BBちゃん達で慣れてるつもりでしたけど、自分と同じ顔がこんな一杯湧いて来るというのは、なんか、こう、根源的な恐怖を煽られますね」

「増えるワカメならぬ増える桜…千夜一夜物語に加えるべきでしょうか」

「加えるべきではないと思いますねーはい!」

「そろそろ全ての桜顔を殺すヒロインB(ブロッサム)とか出て来るんじゃないかしら?」

「それXさんと違ってギャグ抜きのガチでエグい感じになりそうなんで勘弁してください!」

「───皆様、御戯れはそこまで。この状況、如何なさいます?」

「…えっと、カーマさん?貴女はどうしてこんな事を?と云うかそもそも目的は何なんですか?カルデアの皆さんは無事なんですか?」

「質問が多いですねー。そんな馬鹿正直に尋ねれば答えが返ってくると思ってるなんて、流石パールヴァティーが依代に選んだだけあって優等生キャラなんですね貴女」

『こらカーマ!桜さんへの悪口は許しませんよ!桜さんは確かに根はこの上無く善性ですが、結構な頻度で嘘吐きますしその際に表情を一切変えない腹の黒さだけに飽き足らず、時偶天然で相手を(たぶら)かすという恐ろしい二面の魔性を持ち合わせた女性なんですよ!(さなが)ら表では優等生を演じながら裏では複数の相手に粉をかけるビッチの如く!』

「フォローすると見せかけてマウントでボコるの止めてくれませんかパールさん!!」

「………はぁ、よく分かりませんけど、どうでもいい事ですよそんなの、貴女の性根なんて。貴女がどんなに穢い人間だろうと、私は貴女を愛します。ええ、愛せますとも」

「?愛、せる?」

「はいそうです。間桐桜さん、私の目的は只一つ、実に単純明快です。そう、貴女を愛する事。その為に私はこの大奥を造りました。─────どうでした?此処に来るまで。気持ち良かったでしょう?」

「はぁ…まぁ確かに途中途中でやたらサービス良かったですけど」

「うふふ…あんなのは序の口ですよ。この最後の階層では、私が直接相手をしてあげます。ええ、文字通り体を使って、ね」

「…えーっと、それ一応私の体なんですけど」

「自分自身を犯し、また犯されるというのも凄くイケナイ感じで興奮しませんか?やっちゃいけないと言われている事をするのって、とても気持ちがいいものでしょう?」

「ああ~、それには全面的に同意しますね」

『桜さん?』

「ええ、人ってそういうものです。ものの善し悪しを脇に置いて述べるなら、正しくそれが本質だと思います」

「くふっ、そうでしょうそうでしょう。───ですからほら、是非此方にいらしてください。何せ此処は、他でも無い貴女の為の極楽なのですから。道徳観、倫理観、そんなものに囚われる必要はありません。ただ只管に、その欲を満たしていただければそれでいい」

「……貴女は…………いえ、分かりました。折角のもてなしです。そのお誘い、受けましょう」

『んな!?』

「!?マスター!?」

「ちょっと、それは怖いもの知らず過ぎるんじゃないかしら~」

「マタ・ハリさん、私だって怖いものは怖いですよ。でも、何でしょう…あの人の事は、あまり怖く感じないんです」

「桜さん、張本人である私が指摘するのもあれですが、貴女以前私に対しても同じ事を仰って結局酷い目に遭ってませんでしたか」

『そうですよ桜さん!貴女は危機感センサー自体は正確に作動しているのに基準値がガバガバなせいで結局まともに回避出来ないんです!貴女はポンコツなんです!自分を信じちゃ駄目です!』

「いい加減泣きますよ、どんだけボロクソ言うんですか……兎に角、カーマさんが嘘を吐いていないのは確かです。それだけはちゃんと判りますから。だったら、折角の好意(アプローチ)を無下には出来ないじゃないですか。毒を食らわば皿まで、受け容れる事で人と人は愛を育み、絆を深める事が出来るんです」

(そうやって懐が大き過ぎる所を見せ付けていくから厄介な()達に執着されるんですよ。例えば私とか)

「わぁ…いいですねぇ桜さん。そういう姿勢大好きです。流石は私の依代になれるだけあります」

「ただし、一つだけ条件があります」

「おや、何ですか」

「私の為だけにと仰いましたよね?目的は私だけだと。───でしたら、キアラさん達と拐ったカルデアの皆さんを此処から解放して、もう手出しはしないでください。それが誘いを受ける条件です」

「─────ん、ふ、くふふ、欲張りですねぇ、要するに私の事を独り占めしたいと」

「解釈は好きにしてくださって結構ですよ」

「ちょっと、二人だけで勝手に話進めないで!」

「そうですよ、いけませんマスター…!死んでしまいます…!」

「はいはい、外野は黙っていてください。本人の許可が下りたんですから、桜さんの希望通り、速やかにご退場願いまーす」

「っ!これは」

「重圧…いえ、排斥ですか」

「っ!いけません、弾き出されます…!」

「マスター!!!」

『桜さん!!!』

 

「さあ、これで御望み通り二人っきりですよ」

「…の、様ですね。ご丁寧にパールさんと局さんまで私の中から排除しましたか」

「それでは早速……ふふ、ええ、そう、そのままで。貴女が何かをする必要はありません。只私に身を任せてくれればそれでいい、私が貴女を気持ち良くしてあげる、溺れる程の愛をあげましょう」

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 そんな感じでカーマによって大奥の最奥に連れ込まれた桜。

 自分と瓜二つの、無数の少女としっぽり過ごす事数時間。

 

 

 

 最初の一時間はカーマにもまだまだ余裕があった。

 

 二時間経つ頃には違和感を感じ始めていた。

 

 三時間経つ頃には焦燥が胸中で渦巻いていた。

 

 そして四時間が経過し、再度大奥を踏破して来たキアラ達一行が辿り着いた頃には、警戒心を剥き出しに桜を睨むカーマという構図が出来上がっていたのだ。

 

 こうして冒頭に戻る─────。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 さて、大奥イベントをクリアした人なら既にお分かりの事と思う。

 

 そう、この桜、各階層にテーマとして施されていた五戒、その全てをロイヤルストレートフラッシュも斯くやという程にド直球で破ったにも拘わらず、()()()()()()()()()()のだ。

 

 これには仕掛人であるカーマも大いに精神を揺さぶられた。

 上手くいき過ぎて逆に怖くなるくらい完璧に嵌まってくれた相手が何の異常も(きた)す事無くケロっとしているのである、何等かの種を疑うのは至極当然と云えた。

 

 だが桜本人は正真正銘、先述の簡易的な対策しか取っていなかった。

 自身の領域を構築した神霊の施した、最早権能に近いそれを簡易の防御魔術等で防げる筈が無い。

 ならば桜以外の誰かが加護を付与して桜を護ったのかと云えば、そういった事も無い。

 正真正銘、桜は丸腰だった。

 

 そして相手の誘いに素直に応じてお互いに愉しんでいただけなのに、急に機嫌を悪くされ終いには警戒心剥き出しで怒鳴られてしまった桜は、何か不味い事をしてしまったか、自分のテクではこの娘を満足させられなかったのかと、いまいち緊張感無く困り果てていた。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 殺生院キアラは朗らかに笑みながら内心で己の対極に位置する獣を嘲笑う。

 

 ()()()()()()()()()()と。

 

 見通しが甘い訳でも仕掛けが緩い訳でもない。

 やり方を間違えているのだ、あの蟲は。

 

 

 ─────間桐桜の、これ迄の28年間に及ぶ人生は、正しく波乱万丈と称するのが適当な程苦難に満ち溢れた、ベリーハードもといルナティックモードであった。

 魔術師の家系に長女と同等以上の才を持って生まれるというなんとも扱いに困るポジションを背負い、そのせいで転がり込んだ他所の魔術師の家にて無惨な仕打ちを受け、それでも性根を歪ませず歩み続け聖杯戦争に参加したかと思えば祖父の要らん置き土産のせいでドえらい目に遭い、段々と明らかになる真実、そのせいで生じた周囲との軋轢、強大な敵サーヴァントとの死闘等で心身共にボロボロになりながらも逃げる事無く全てを背負ってゴールテープを切り、その後先輩もとい夫と姉と共に世界中を回って様々なゴタゴタに巻き込まれまくってきたのだ。

 

 そして、その巻き込まれたゴタゴタの分だけ、()()()というものに触れてきたのだ。

 

 理想を追い求め続けた結果、手段と目的が入れ替わり外道と呼ばれる人種に堕ちてしまった者が居た。

 普通の人間とは真逆の感性を持って生まれ堕ちたが故に、自らの出生の意味を神に問い続けた者が居た。

 生まれが貧しいというだけで家族も財産も自由も奪われ、同じ様に奪われた者達の為にと国と権力者に立ち向かう者が居た。

 国力に乏しい国を何とか存続させ未来有る子供達に希望を持たせてやれる様、一を切り捨て十を救う苦渋の決断を下した権力者達が居た。

 只々正義の為に、大勢の人の笑顔の為に、人を苦しめ陥れる悪と呼ばれる連中を殺し続けた者が居た。

 周囲の無理解から悪のレッテルを貼られ排斥された大切な人達の仇を討つ為、世論を利用して正義の味方を気取る馬鹿を追い詰める者が居た。

 

 多くの人間を見てきた。

 本当に、大勢の人の心を聞いてきた。

 虚数という属性を持つが故に、人一倍そういった(もの)に桜は敏感だった。

 

 その結果桜は、他者を受け容れる様になった。

 

 元々素質はあったのだ。

 優しく慈しみに溢れ、自身を二の次にして周囲を気遣い、基本的に他者を責めず己の内に抱え込む、そんな愛情深い在り方が桜の本質である。

 数多の人々と交流し、その者の本質、原点、今に到るまでの経緯、どんな経験によりそう考える様になったのか、一番大切なもの、譲れないものは何なのか─────先ずはその者が懐く愛と正義を、見極め理解しようと努める様になった。

 そうして理解した後、それはいけない事だと判断したのなら、口で説き伏せ拳で語り合い、最終的に締めるとこはちゃんと締めるが、先ずは理解を示す、先ず最初に相手の事を受け容れるというステップを桜は踏むのだ。

 

 

 

(そう、彼女は─────この私の在り方さえ、受け容れたのです)

 

 

 殺生院キアラは一人、かつてを思い浮かべる。

 

 そんな彼女を()()()()()

 

 

 本当に、見当違いもいいところだ。

 

 

 

 

 

 彼女は()()()()()()()()()()()()のである。

 

 

 全てを平等に差別する事無く受け容れると云えば聞こえは良いが、それはつまり悪徳や不浄と云った醜いものも認めるという事である。

 それ等を律する事無く、抵抗も拒絶もしないというのは、全てを諦めて流されるまま軟弱に怠惰に過ごす、ある意味堕落の極致という見方も出来てしまう。

 勿論上記の通り実情は全く異なるが、桜が初期段階では相手がどれだけどうしようもない輩でも絶対に拒絶しないというのは事実である。

 だからこそ桜は大奥の影響を受けない。

 (はな)っから崩れ切ったボロボロの要塞を攻撃する事に何の意味が有ると云うのか。

 

 

 そしてその上で桜は自分を見失わない。

 

 先述の通り桜は締める所は締めるのだ。

 相手の心の内を知り、その在り方に共感する、実情に同情する、そうやって受け容れる事で理解を示す。

 だがその上で桜は裁くべきは裁くのである。

 大切な人を殺された、成る程復讐を果たしたいだろう、だが殺すのは駄目だ、その人にも事情があったのかもしれない、此方にも非が多少あったのかもしれない、確りと生かして償わせるべきだ。

 あの悪人を殺さねばならない、成る程その人が本当にどうしようもない外道なら殺すのも已む無しだろう、だが貴方は本当にその悪人の全てを理解しているのか、何等かの事情があるのかもしれない、その根底には悪人なりの正義があるのかもしれない、その正義に僅かでも心が揺れるならその刃を振り下ろすべきじゃない、一々理解する余裕等無い、話し合い等不可能だ、そんな甘ったれた事を抜かすなら、徹底出来ないのなら正義の味方なんて名乗ってはいけない。

 ─────そうやって、何処までも優しく周りを諭しながら、何処までも厳しく罰を与える。

 何処までも妥協して少しでも皆が笑える結末に辿り着けるよう、何処までも冷徹に実情を把握して処理していく。

 己の力の及ぶ限り、己の身を削って届く限り。

 

 それが、間桐桜という人間。

 矛盾しながらも己を失わず、根底にある本質に沿った在り方。

 心ある人間だ、無論猜疑心や警戒心は人並みに…いや、夫に付き合って修羅場に飛び込む事が日常茶飯事なのだ、人並み以上にそれ等を持っている。

 その上で相手を受け容れる優しさと信じる勇気を持ち合わせているという話だ。

 

 故に懐に入り込むのは至極容易い、自分の側に引き込む事すら簡単だ、最後の一線の内側に足を踏み入れるのだってチョロいもんである。

 だがそこまで籠絡しても桜はいざという時そういった前提を全部脇に置いて動けるのである。

 演技をしている訳ではない、本当に心の底から桜は相手の事を想っている。

 だからこそ相手にとって最善の選択を掴み取るべく、相手への理解、共感、同情、そういった自らの私情を一時殺して突っ走るのである。

 

 要するに、堕とすのは超簡単だが、そこから息をする様にさらっと復活して牙を剥いてきやがるのだ。

 

 ゲームシステム的に例えるならあれである。

 防御力は紙同然でHPも並だが、zeroにしたと思ったら瞬く間に全回復する復活効果がほぼ無限に等しい回数付与されているのだ。

 こんなもんチート通り越してギャグ、と云うか完全にシステムバグの類いだ、まともにやり合って勝てる訳がない。

 

 

 事、精神面での戦いなら桜は無敵に等しい。

 …物理面でもサーヴァントに引けを取らない、と云うか滅茶苦茶にヤバイレベルだがそこは今は関係無い。

 

 だからこそキアラはこんな()()()()で彼女を堕とせると思っていたカーマに対して失笑を禁じ得ない。

 マタ・ハリやシェヘラザードも彼女の大切な仲間ではあるが、それでは足りなさ過ぎる。

 彼女に対し勝機を作り出せるとしたら、それは彼女の根底に根差した二人───夫と姉を上手く使って揺さぶりをかければよかったのだ。

 

 尤も、それをやったが最後、地獄を見る羽目になっていただろうが。

 いや、或いはカーマ自身が依代の影響を受けて無意識の内にそれを忌避していたのか、どちらにしろ詰めの甘い事だ。

 

 

 

「もういいです!!数時間で駄目なら数日、数年と懸けて……絶っっっっ対に堕落させてやりますから!!!」

「っ!薄々思ってましたけどその角…やっぱりビースト!」

 

 そんな事を考えている間に状況が変わる。

 痺れを切らしたカーマ…いや、カーマ/マーラがその本性を現し直接攻撃に出て来た。

 それを受けて臨戦態勢に入る桜達の下へキアラは馳せ参じる。

 

 間桐桜を護る為に。

 何せ彼女は()()()()なのだから。

 私の生い立ち、そこから培われた魔性、その全てを知って尚私を受け容れた(ひと)

 

 欲しいと思った。

 愛とは、違う。

 上手く言葉に出来ないが、貪りたいというのとは違うんだ。

 ただ、傍に置いておきたい、と─────。

 

 並行世界の私が出逢った、あの毒舌作家。

 彼に抱いたそれに似ている様な、そうでない様な。

 

 『気持ち良い』ではなく『心地好い』。

 そんな存在を護る為にキアラは拳を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、令呪三画を用いた勅命でキアラを半ビースト化させ自身の虚数を用いたダークマターの生成等で宇宙パワーを相殺して中々優勢に戦いを進めたが群体化という数の暴力の前に一旦キアラ含め全員で退却して再度対策を立てて殴り込みをかけ完封してやったらギャン泣きされてその際の独白が心にぶっ刺さったのでしょうがねーなという感じでパールヴァティー同様カーマを自分の中に受け容れてカルデアに帰ったものの度々パールヴァティーとカーマとルルハワ事件の際BBホテップに対抗する為協力してもらった■■■■■(クトゥグア)が頭の中で喧嘩するせいで寝不足になり更にそれがバレて夫と姉とマシュと所長とサーヴァント達にめっちゃ怒られるという桜ちゃん総受け状態になったけど、この話は一発限りのネタで続きとか特に無いんで後は各々の妄想で補完してください。




因みに作者は間違いなく五階層で脱落します。え、知ってた?

しかし書き終わってから読み直してみるとこれ桜ちゃんアゲを装ったキアラさんアゲっぽくなってんなオイ。


前々からFGO編の妄想を脳内だけで練り回してた私。

2004年の1月時点で15歳って事は同年の3月2日で桜ちゃん16歳。つまり2015年には桜ちゃん27歳ですよ。最高じゃねえか。子供生まれてるのかな。

きっと桜ちゃんがカルデアに行ったら所長を兄に、マシュを自分に重ねてめっちゃ世話焼いて救済しまくってくれるんだ。

そんでもってライダーさんと同じ様に桜ちゃんの過去を夢で見たサーヴァント達が暴走して鎮静化の為に奔走する桜ちゃんを愉悦部がワイン片手に見てるんですよ。

特にバーサーカー連中はヤバイかもしれない。
蟲蔵で泣き叫ぶロリ桜ちゃんを見て頼光ママをはじめ母性EX勢が発狂するんですよ。
あとスパPも「汝も虐げられし者だったか」的な感じでめっちゃ抱擁してきて桜ちゃん全治一ヶ月ですよ。
ジャンヌオルタや巌窟王も「何で憎まねえんだよもっと怨めよ!」みたいな感じで優しく怒ってくれるんですよ。



まあ全部妄想だから続きは書かねえけどなっ!!!


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【突発番外編】桜ちゃんのいく虚数海

大晦日記念の番外編!

虚数関連のイベントが来た以上、桜ちゃんを絡ませない訳にはいかんやろと衝動的に指を動かしました。

今年最後の投稿、楽しんでいただけたら嬉しいです。


※一応ネタバレ注意。今回は殆んどネタバレ要素ありませんが(笑)


「納得いきません」

「いや…そう言われても、ね?」

 

 

 ノウム・カルデア。

 彷徨海の軒先に建てられた新たな拠点、その内部に在る乗船ドックにて、完成したノーチラス号の試運転兼虚数潜航(ゼロセイル)訓練が行われようとしていた。

 

 そう、()()()()

 開始直前という段階で、一匹の女神(怪物)が己のマスターにして今回の訓練で司令代理を務める間桐桜を拘束しながら文句を垂れ始めたのだ。

 

 言わずと知れたライダー・メドゥーサである。

 

「トリスメギストスⅡ、シオンさんにダ・ヴィンチちゃんが議論と演算を重ねて導き出したベスト…いや、ベターメンバーなのよ。文句を挟む余地は無いってば」

「それがおかしいと言っているのです。議論を重ねた上で何故私とサクラを引き離すのが最適(ベター)等と云う結論に至るのか!」

 

 自身をあすなろ抱きにしたまま項垂れるメドゥーサの顎から伝わる熱を頭頂部に感じながら桜は何とか自身の使い魔を宥めようとするも結果は芳しくなく。

 更に声を荒げて猛るメドゥーサは梃子でも動かんとばかりに桜を抱く腕に力を込めた。

 

「もうっ、いい加減諦めなよー。他の皆だって最終的には泣く泣く納得してくれたんだからさー。あ、今の泣く泣く納得って口触り良いテンポじゃない?」

「どうでもいいですよそんなのっ……もう一枠、もう一人くらい融通利かせてくれても…」

「ダーメ。指揮の伝搬速度、リソースとかの事を考えても今の人数が最適解なんだってば。大体もう一人融通利かせたとしても君候補に入らないから」

「くっ、私は悲しい…」

「それ君の持ちネタじゃないでしょ」

 

 やれやれとばかりに苦笑しながら何時もの軽い調子でメドゥーサを嗜めるロリンチ(もと)いダ・ヴィンチちゃん。

 それでも一向にマスターから離れようとしないワンコ系蛇という若干清姫とキャラ被ってる感じの問題児サーヴァントに対し、ならば最終手段だと言って指を鳴らすと同時に進み出てくる二騎───元い二柱。

 

 

「全く、いい加減になさい駄メドゥーサ」

「聞き分けが良いのが貴女の数少ない長所だと云うのにそれすら無くなっては本格的に只の目障りな木偶の坊に成り果ててしまってよ?」

「…!ひ、卑劣な!私に対して姉様達をけしかけるなど!」

 

 瓜二つの美貌を備えた男達の幻想の具現化たる女神、ステンノとエウリュアレ。

 自らの姉であるこの二柱にメドゥーサは逆らう術を持たず。

 するりと両手をそれぞれの姉に握られて、やんわりと桜から引き離された。

 

「ほら、来なさい。無理難題(我儘)でヒトを困らせるのは女神の(さが)なれど、度を過ぎればそれは自身に反ってくる破滅の刃よ」

「全く、何故私達が態々貴女のお尻を拭いてあげなくちゃならないのかしら。こんな図体のデカイ赤ん坊のオシメを換えるなんて重労働御免被るわよ?」

「ぅぅ…さくらぁ」

 

 最後の望みと云わんばかりの(すが)る眼差しに桜は苦笑しながら手を振る事で応えた。

 本来なら二柱の難題(姉の我儘)に妹が振り回されるというのがこの三柱の関係だが、このカルデアでは度々(マスター)関連で暴走する妹を姉二柱が嗜めるという真逆のそれになっているのは最早見慣れた光景である。

 まぁどちらにしろメドゥーサに勝機が無いのは御愛嬌。

 

「はは…まあメドゥーサの気持ちも解らないでもないけどな。出来るなら俺も付いて行きたかったよ」

 

 

 そんな断罪者にドナドナされていく罪人を見送りながらそう溢すのは───衛宮士郎。

 間桐桜の、夫。

 

 

「そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。飽く迄試運転なんですから」

「でもなー…こういう時大抵トラブルに巻き込まれるだろお前」

 

 そう言いながら眉根を寄せて腕を組む士郎。

 

「士郎さんに言われたらお終いな気もしますけど」

「いやいや確かに女難云々に関してはもう諦めてるけど、それが絡まなきゃ割かし普通だって」

「あんたそれ仮にも妻の前で言う事じゃないでしょ」

 

 そうジト目でツッコむのは遠坂凛。

 言わずと知れた桜の実姉。

 

 仮って何ですか完全無欠の正妻にして本妻ですよ私、と姉の言葉に(いき)り立つ桜には取り合わず只々士郎にジト目を向け続け、士郎もそんな妻と義理の姉の様相をガン無視して喋り続ける。

 

「桜はほんと何て云うか、尽く貧乏クジ引かされる(たち)だろ?つーか何なら周りを気遣って自分から引き受けていくまである」

「で、最終的には自力でハズレをアタリに変えて総取りしてくのよね。人類史上最も悪運が強い女でギネス載れるレベルよ」

「嬉しくないんですけど普通に幸運で居たいんですけどって云うか士郎さんさっきから言ってる事全部ブーメランなんですけど!!」

 

 言いたい放題な夫と姉に某冬木の虎を彷彿とさせる雄叫びで対抗する桜。

 十年以上の付き合いを経て色んな意味でお互いに遠慮の無くなった冬木トリオの常態である。

 

 そんな感じに、いい歳してぎゃいぎゃいと中学生男子の如く騒ぎ続ける三人。

 いい加減時間が押している、そろそろ宥めようかと周りの者達が思い、行動に移すより数瞬早く。

 

 

「───ええ、士郎さんの言う通りかと」

 

 

 ドタプンッ、と云う効果音がピッタリの弾力溢れる衝撃が桜の後頭部を襲撃する。

 凄まじい質量のそれに一瞬おぅ、と呻いてしまうが、この頸椎への殺意に溢れる母性愛も最早慣れたものだった。

 

「ら、頼光さん」

「母と呼んでください桜さん」

「…お母さん」

「ええ、はいっ。貴女の母ですよ」

 

 心底嬉しそうな満面の笑みを浮かべて桜の背後にピッタリとくっついた人物───源氏の棟梁、バーサーカー・源頼光。

 相も変わらぬ母性の押し売りに若干たじたじになる桜の両肩にそっと手を置き、頼光は一転、表情を曇らせる。

 

何時(いつ)も何時も、貴女は無茶をし過ぎなのです。それも本来貴女が背負う責任の無い重荷まで…母は…いえ、皆、気が気でないのですよ?」

「…責任は無くても、背負いたいと。他ならぬ私の精神(こころ)がそう叫びますから。三つ子の魂百まで、残念ながらこれはもう変えられない性分です」

 

 寂し気で、悲し気な。

 沈み込んだ面持ちの頼光に桜は一転、カラッと笑いかける。

 それを受けても尚、寧ろ更に悲痛さを増した()を頼光はその端正な美貌に浮かべる。

 

「それでも───それでも、母には聴こえるのです。貴女が涙する音が」

「…」

(たと)え、最終的には利になるのだとしても、その道中で貴女が酷く傷付いてしまう事には変わりありません……。心の声に従うと言うのなら───せめて、もう少しくらい、自身の心が泣き叫ぶ音にも耳を傾けてあげてください」

 

 

 同じ様な懇願(教え)を、もう何度聞いただろうか。

 変わらぬ母の(想い)に温かくなる内心を、桜はそのまま笑顔として出力する。

 

「大丈夫ですよ。どんなに痛くたってへっちゃらです───お母さんが待っててくれるから」

「───」

「子供は泣いて傷付いて成長していくものです。子を信じて待つのも母親の務めの内ですよ」

「───~~~っ、貴女は、またそうやって煙に巻いてっ…」

「いーえ、これはラブコール返しと云う奴です。ふふっ、お母さんの愛情パワーは確り受け取りましたから。どうか、想っていてください」

「…ええ、ええっ。片時も忘れません、四六時中貴女の無事を祈って念を送り続けますともっ」

「いやそれは疲れちゃいません?」

「何かあったら直ぐに母を呼ぶのですよっ。迅速に、雷速で、神速を以て駆け付けますから!」

「はいはいはいはい!ヒートアップするのはそこまで!」

 

 徐々に目の色がヤバイそれへとなり始めた頼光をダ・ヴィンチちゃんが強引にシャットアウトした。

 

「いやさー、私も皆の気持ちは充分解ってるつもりだけど、今回ばかりは大丈夫だって。何せ虚数空間だよ?外敵なんて居る筈が無いし、居たとしても虚数の専門家たる桜君が今回の司令なんだ。更にはその桜君の指揮の下、虚数の世界により対応出来る様ブラッシュアップされたノーチラス号…大抵の脅威は障害足り得ないさ。それこそ深淵で眠ってるティアマトに出会(でくわ)したりしない限りね」

「───あの、やっぱり今日の試運転(テスト)中止にしませんか」

 

 

 先程までの微笑みは何処へやら。

 ダ・ヴィンチちゃんの発言に対し真顔で桜は返した。

 

「って、何でだい!?さっきと言ってる事が180度変わったよ!?」

「いやっ、今キタんですあれが!弱冠28年の人生で培われた『何かがヤベーセンサー』が反応したんですよ!今のダ・ヴィンチちゃんの発言はフラグだと!」

「んな訳ないでしょ!ほらっ、そろそろ出発時間だよ、キャプテン事(ふね)に関しちゃ怖いよ~、遅れたりしたら突き上げ待ったなしだ、それこそノーチラスでね」

「ぐ、何ですかこの、知らぬ間に王手を掛けられていた駒みたいな状況!」

 

 前門の地雷(フラグ)、後門の弾頭(キャプテン)

 桜が選択したのは、ある意味当然と云えば当然の後者だった。

 

「…もし本当にティアマト(お母さん)に遭遇しちゃったらその軽口を一生呪いますからねダ・ヴィンチちゃん」

「君程の魔術師の一生呪う宣言はマジで洒落にならないからヤメテ」

 

 恐ろしい捨て台詞を残しながら乗艦した桜の背中を見送りながら、ダ・ヴィンチちゃんは誰に向けるでもなく問いを溢した。

 

「……いやまさか、流石に無いよね?」

 

 

 士郎と凛は目を合わせてくれなかった。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

「───よし。虚数潜航(ゼロセイル)成功。及びマスター・桜を司令代理、マシュ・キリエライトを副司令代理とした指揮権の一時譲渡も完了。取り敢えず第一段階は終了だよ」

「はーい…ふぅ」

 

 

 虚数世界への突入が成功して暫く。

 当初の予定通りに訓練が進み、ノーチラス号のキャプテン・ネモからのOKサインが出る。

 それを受け、大きく息を吐きながら座っているシートにより深く体を沈める桜に、隣の席から声が掛けられる。

 

 

「お疲れ様です、桜先輩」

 

 マシュ・キリエライト。

 桜の、後輩。

 

 

「うん、マシュもね。大丈夫?気分とか悪くなってない?」

「はいっ、大丈夫です。出発前と変わらず、マシュ・キリエライト体調万全です!」

 

 ちょっとした確認だったが、それに対しふんすっ、と云う効果音が聞こえそうなくらいの張り切りで応えるマシュに桜は微笑みを浮かべる。

 相変わらず後輩が可愛い。

 

「当たり前さ。ノーチラス号を虚数世界に対して最適化したのは君なんだぞ桜。まぁ僕の航行技術有ってこそだけどね」

 

 そんな会話にネモが加わる。

 言い放った言葉の通り、現在の結果に何の疑問も覚えていないのだろう自然体な表情が実に頼もしい。

 

「ああ、航行は問題無い…問題無い、けど、さ…寧ろ懸念すべきはあっちだよ」

 

 だが直ぐにその顔色は苦々しいものへと変わった。

 くいっと親指で後ろを指しながら流し目を送るネモに釣られて桜とマシュも後ろを振り向く。

 

 

「わぁ…!凄いわ、潜水艦って思っていたよりずっと静かに進むのね」

「はー全く。こんなお船に乗れたくらいでそーんなに(はしゃ)ぐなんてアビーさんはほんとにお子様ですねぇ」

「あらまぁ、いけませんよBB、その様な事を申されては。年齢差を鼻に掛けて幼き子供の純心(未熟さ)を嗤う等、魔そのものの行いです」

「…べっつに~?BBちゃんは月の支配者たるグレートデビルですから~?悪者扱いは全然構いませんけど、同じ穴の(むじな)所か最底辺に位置するゴミ虫さんから自分を棚上げした批判を受けるのは不愉快極まりないですねぇ」

「困りましたわ、自身の非をお認めにならず矛先を此方へ向けるとは。これでは何方(どちら)が子供か…いえ、最早人ですらない畜生、誰彼構わず噛み付く盛りのついた牝犬ですわ」

「だ・か・らっ、自分を棚に上げるのは止めてください、って言ってますよねぇ?耳ちゃんと付いてるんですかぁ?───ああ、年を取ると耳も遠くなって困りますよねぇ年増さぁん?」

「───うふふふふふふふふふふ。ソワカされたいですか?」

 

 

 身の毛も弥立つ様な会話を繰り広げるのは三騎元い二騎のサーヴァント───の様なナニカ。

 

 蕃神(ばんしん)の巫女、アビゲイル・ウィリアムズ。

 月の女王、BB。

 魔性菩薩、殺生院キアラ。

 

 これが。

 この冗談の様なトリオが今回の訓練に同行したサーヴァント三騎である。

 

 

「……………一体ダ・ヴィンチは何を以てこれを最適解としたんだ」

「ダ・ヴィンチちゃんのせいと云うよりトリスメギストスⅡ(あのトンデモパソコン)ですけどね主犯は」

 

 たっぷり間を取って自身の中で何かを整理しながら(おか)で待つ者への非難を吐き出すネモに桜は淡々と返した。

 

 

「おっ、御止(およ)しになって御二人共!確かに、これは、訓練で、ちゃんと真剣に取り組まないといけない事で…なのに私、初めての事だからって浮かれてしまっていたわ。ごめんなさい、もう燥いだりしないから…だから、御二人共仲良く、喧嘩しないで…」

 

 

 その一方で、人類悪二人に挟まれていたアビゲイルは何とか喧嘩を仲裁しようと健気に呼び掛けをしていた。

 これには流石の二人も口が止まる。

 

「…べ、別にそんな風に思って欲しかった訳じゃ…って云うかそもそも注意のつもり無かったですし?あんまり辛気臭い雰囲気醸し出されても訓練に支障来すって云うか…あの、あれ、め、迷惑なんですけど~?」

「ほんとどっちが子供なんですかこれ」

 

 しどろもどろになりながらフォローしようとしてその実全然出来てないコミュ障AIを心底呆れた声色と眼差しで揶揄しながらキアラはアビゲイルの頭を撫でる。

 

「大丈夫ですよアビゲイルさん。BBも本気で貴女を悪く言った訳ではありませんから。確かに、此度の訓練は今後のカルデアの方針を左右する重要なミッションですが…此処は外敵や危険物の一切無い虚数世界。周りの物珍しさに心を沸かせる余裕くらいは有っても善い筈ですわ」

「はいっ、キアラさんの言う通りかと!」

 

 腰を落として目線を合わせながら優しく諭すキアラの言葉に駆け寄って来たマシュが賛同する。

 それに続いて歩み寄って来た桜をアビゲイルは上目遣いに見詰める。

 

「…いいの?」

「勿論」

 

 ニコリと、生来の愛らしさに大人の色気を加えた魅力増し増しの笑顔で桜は応えた。

 それを受けて安堵したアビゲイルもニコッと無邪気に笑む。

 先程の一触即発気味な空気から一転、朗らかになった場にあてられてマシュもニコニコ、キアラもニコニコ。

 唯一不満気な表情をしているのはBBだった。

 

「…何ですかこのそこはかとない疎外感」

「君ほんともう少し素直になりなよ」

 

 呆れ気味に、それでいて鋭くネモがツッコンだ。

 要するにそういう事だった。

 

 

「でも不思議だわ。どうして虚数の世界には外敵さんが居ないの?」

「…何故なのでしょう?私もその辺りはよく知りません」

 

 取り敢えず話が落着した所で、再びアビゲイルが口を開いた。

 呈された疑問にマシュも同調したのを見て、桜がふむ、と片手を自身の顎に当てる。

 

「それじゃー次の段階(フェイズ)移行(シフト)する前に少しその辺りを講義(レクチャー)しましょうか」

 

 先輩/マスターの授業。

 そんな魅力溢れる提案にマシュとアビゲイルの目の色が変わる。

 そんな期待の眼差しを受けてしまっては否が応にも張り切ってしまうというもの、桜はこほんと咳払いをして気持ち胸を張りながら話し始めた。

 

 

「えー、っと…先ずですね、そもそも『虚数』ってどういうものか二人は知ってますか?」

「はい。実数ではない複素数…単位を『i=√−1』とした場合、『z=a+bi*1』と表される数。若しくはもっと単純に『2乗した時、0未満の実数になる数』で、英語でimaginary number(イマジナリーナンバー)と訳されている数字です。魔術世界に於ける虚数属性は『有り得るが物質界に無いもの』と定義されています」

「わあ!凄い凄い!流石ねマシュ、そういう勤勉な所は本当に素晴らしいです」

「え、えへへ…」

 

 ペラペラっと自らの質問に完璧な答えを寄越したマシュを桜は惜しみ無く称賛する。

 先輩に褒められて照れるマシュ、そしてそんなマシュの博識ぶりをアビゲイルは内心尊敬しながらも何処か悔し気に見上げた。

 

「そうなんです。今マシュが述べてくれた虚数属性の定義が重要でして。虚数世界は私達が普段住んでる物質界…つまり実数世界には無いものが有る、全く法則の異なる世界なんです」

「…真逆の世界、って事…?」

「はい、そういう風にも表せますね」

 

 まだよく解らないと小首を傾げるアビゲイルに桜は微笑を浮かべたまま解説を進める。

 

「虚数世界は、ギリシャ神話のカオス等の様に、世界各地の神話でしばしば語られる原初の混沌…それに近い世界なんです。ありとあらゆる要素、因子を内包しているにも拘らず、それ等が一切定義付けされていない…つまり観測が不可能故に収束出来ない、()()()()()()概念の世界なんです」

「何もかもが混ざってしまっている、と?」

「うん、そういう事。無限でありながら、然れど虚空…正しく混沌(カオス)ってね」

 

 ピッ、と桜が指を一本立てる。

 

「これはホーキング博士という、有名な物理学者が提唱した説なんですが…───元々、この宇宙(世界)の事象、存在、あらゆる概念は全て虚数に属していた…宇宙は虚数から始まったと言われているんです」

「虚数から?」

「ええ。でもそんな虚数の宇宙に、天文学的確率で『実数』が生まれ…そこを起点として今の実数世界が誕生したんです。所謂トンネル効果と云う奴ですね」

「あっ、それ!それは私も聞いた事があるわ!」

 

 挙手をして必死に知ってますアピールをするアビゲイルの頭を桜が優しく撫でる。

 今度はマシュが悔し気にする番だった。

 

「さっき言った様に、虚数の概念しかなかった宇宙には何も無かった…ですが実数が生まれた事で概念に定義付けが為され、『形』が出来た…つまり物質が生まれたんです」

「わあ…!そうやって(おそら)に沢山の星が生まれたのね!」

「はい。ですが、形有るものは何時か必ず壊れ、崩れる…物質の誕生によって多様性に富みましたが、同時に『限り』も定められた…多様でありながら、然れど有限、それが実数の世界(宇宙)なんです」

「…成る程、虚数(無限)実数(有限)…本当に真逆なんですね」

「面白いものですね。虚空(カオス)より生まれし(ガイア)…存外神話に於ける世界の創造とは的を得ているのかもしれません」

 

 マシュだけでなく傍らで黙していたキアラも興味深そうに反応してくれた事で桜は嬉しくなる。

 魔術に限らず、知識を披露すると云うのは無条件で得意になれるものだ。

 

 

「あの、なら桜さん。実数世界と虚数世界では、どうして時間の流れ方が違うの?」

 

 時空を司る蕃神の巫女にとって、ある意味一番気になっていた部分なのであろう。

 アビゲイルの新たな質問に桜は再びふむ、と片手を自身の顎に当てる。

 

「なら、逆にアビーちゃんに質問するけど───時間ってなあに?」

「え?」

 

 

 きょとん、と。

 突拍子も無い内容の質問返しにアビゲイルは目を点にする、が、そこは生来真面目な気質の彼女、直ぐ様返答しようと思考に没する。

 

 だが。

 

「えー……え?えっと…あれ?」

 

 意味の無い呻きや疑問符を溢して百面相するばかりで、一向に具体的な説明が出来ないでいた。

 隣のマシュも両手で頭を抱えたり足踏みしたりと必要以上に身振り手振りを行って何とか大脳から言葉を絞り出そうと苦心している。

 キアラは特に何もせずニコニコ微笑むばかり。

 桜には判った、あれは分かんないからてきとーに笑って誤魔化そうとしている情けない大人の笑い方だと。

 

 

「…………時間は、時間…なのではなくて?」

 

 やっとの事で導き出された言葉は、何とも漠然として───然れど要領を得た指摘だった。

 そんなアビゲイルの言葉に桜は実に満足気に頷くが、アビゲイル本人にはそれが馬鹿にした態度に見えた。

 

「むーーーっ!!何よ桜さん!自分は全部解ってるからってそんな風に!さっきのBBさんと一緒だわ!意地悪!悪い人!」

「ええーそうですよ。私は意地悪でわるーい魔術師です」

 

 敢えて否定せず受け流す桜の飄々とした態度が余計に気に食わず、アビゲイルは直接攻撃に出る。

 

 

 にゅるりと。

 

「え゛」

 

 何も無い宙に、まるで水面に出来るそれの様な波紋が広がり、空間そのものから頭足類(タコとかイカ)の如き吸盤付きの触腕が飛び出て桜の四肢を拘束した。

 

「悪い人にはお仕置きだわ!」

「あ゛っ!だ、ちょ、まっ!」

 

 四肢を四方向に限界まで引っ張られ、まるで標本の様にピーンと宙に固定されてしまった桜にアビゲイルが襲い掛かった。

 具体的には無防備な脇腹への(くすぐ)りである。

 

「ぃ やっ、は! ひょ、ははんぐあぎゃ!あ゛ーだめだめだめ!!!アビーちゃんそれだめぇぇへっは!!!」

「ふんっ、許さないわ」

「ぃや゛ーー!!い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 追加で現れた触腕に足の裏も(攻め)られ始め、濁点増し増しの悲鳴を桜は上げる。

 そしてそんなどさくさに紛れてBBとキアラが擽りに参加して来た。

 BBは真正面から堂々と桜のおっぱいを揉みに行き、キアラは脚の付け根や腰周り等の下半身を、擽ると云うよりまるで愛撫するかの如く()(さす)る。

 淫靡にして悪辣に過ぎる攻めが加わり、擽ったさが快感に変換され始めた事で桜の声色も変わる。

 

「は  あ、や!やだっだめ!」

「うふふ、駄目と言いつつも体は悦んでる様ですわよ」

「桜さんっておっぱい大きい割には感度良いですよね~。こんな高級食材毎晩料理してたらそりゃ士郎さんも女慣れするってもんです」

二人共カルデア戻ったら覚えといてくださいよ!!

 

 

 

 そんなこんなで数分程(もてあそ)ばれた桜。

 乱れた呼吸と衣服を整え、再び講義を始める。

 因みにマシュは桜が弄ばれている最中、助けなければと思いつつも四人の絡みにどうしても顔が紅くなってしまい、結局目を逸らしながら縮こまっている事しか出来なかった。

 

「ぁぁ…何か火照りがヤバイです、汗も……って云うかどこまで話進んでましたっけ?」

「時間は時間、とアビーさんがお答えになった所ですよ」

「ああそうか、そうでした」

 

 キアラのフォローを受けて桜が口を開く。

 

 

「時間は時間…その通り。改めて時間と云うものを説明しようとしても、具体的な言葉って出てこないんですよね…───『時間』とは、確かに宇宙を成立させている重要な概念(要素)です。が、同時にそれに()()()自己を確立させているのは私達人間の様な、ある程度の中途半端な知性を持った生命体だけなんですよ。BBちゃんやアビーちゃんと契約している外なる神の様な高次元の存在は時間に依存する必要が無いんです───結局の所、私達人間が認識している時間と云うのは、事象の変化を観測する為に定義された感覚的な概念(物差し)でしかありません」

 

 ちら、と少し離れた所に佇むBBに流し目を送った後、桜は(おもむろ)に掌を上にして差し出す。

 ぽうっ、と。

 その掌から50cm程の小さな影の柱が飛び出し、それを伝う様に淡い桜色の光が上へ昇っていく。

 

「物質が空間を()れ程の速度で何れ程の距離を移動したかと云う、運動の過程と結果、その積み重ねが私達が普段時間と呼んでいる『実数の時間』です───そして『虚数の時間』にはですね、そういう実数時間の様な()()()()()()()んですよ」

「積み重ねが、無い?」

「ええ、より厳密に云うなら実数時間と虚数時間は軸の方向が違うんです」

 

 マシュの呟きに答えるのと同時に、桜は掌の上の影柱に直角に交差する様、横向きの影柱を作って付け足した。

 

「実数時間がこの縦向きの軸だとすると、虚数時間はこの横向きの軸なんです」

「…?…どういう事?」

「えーっと…縦軸が実数(私達の)時間なんですよね?下が過去だとすると、上が未来で……ええ、と、横向き?」

「あはは、解んないですよね」

 

 十字に交差した影軸を穴が開く程見詰めながら首を捻るマシュとアビゲイルの様子に桜は微笑ましくなりながらも説明を続ける。

 

「そう───()()()()んですよ、虚数の時間って云うのは」

「ええ!?」

「私達人間は飽く迄感覚的にしか時間を捉えられない…なら実数の存在である私達が全く法則の異なる虚数の時間を感覚的に捉えようなんて土台無理な話なんです。ですから虚数時間に関しては『通常とは全く違う流れ方をする滅茶苦茶で意味不明な時間』くらいに思っておけばいいです」

「随分とアバウトなんですね…」

「まぁ実際そうですから仕方ありません。人間と云う知性体の限界です…まぁ先程も言いましたが、BBちゃんや外なる神の様な高次元(記録宇宙)の視点を有する者、シオンさんの様な高度な分割思考、或いは超高感度な感覚器官を有するが故に周囲の状況を計算し俯瞰出来る者、そして私の様に単純に虚数に属する者なら捉える事も出来るんですけどね」

「成る程…!流石は先輩です!」

「ふっ、天才ですから」

 

 マシュの称賛に半分(わざ)と、半分素でドヤってみせる桜。

 そんな態度が鼻に付かないのもやはり桜がこれ迄積み上げてきた人徳によるものなのだろう、まぁ美人と云う点も大きいが。

 

「それで、何故それぞれの時間がそういう風になっているのかと云いますと…先程説明した通り『時間』とは『空間内の物質運動の積み重ね』な訳ですが…二人は絶対零度って知ってますか?」

「はい。熱力学に於ける最低の温度で、-273.15℃と定義されています。温度とは物質の熱振動、即ち原子の振動なので、その振動のエネルギーが最低になった下限温度状態が絶対零度と云われています。古典力学ではエネルギーが最低の状態=原子の振動が完全に止まった状態とされていますが、量子力学では不確定性原理の為、エネルギーが最低の状態でも原子は零点振動をしているとされています」

「…マシュさんって本当に凄いわ」

 

 またもや披露されたマシュのスーパーペラペラ解説の凄まじさに圧倒され、アビゲイルは最早悔しさすら感じなかった。

 

「ありがとうマシュ。まぁ要するに、SF映画や漫画なんかでよくあるけど、絶対零度で一定空間の全ての物質(分子)の運動が完全に止まってしまったら、さっき言った運動の積み重ねが起きない…つまりその一定空間の時間は止まる事になっちゃう訳です───何が言いたいかと云えば、時間と空間はほぼイコールで繋げちゃってもいいくらい密接な関係にある訳です」

 

 再び桜が掌を差し出し、今度は円錐(コーン)(かたど)った薄い光の像が現れる。

 

「先述の通り、実数が生まれた事で起点が出来、そこから実数の宇宙が誕生しました。そして今尚、宇宙は膨張し続けています───空間が膨張し続けていると云う事は、時間が過去から未来に積み重なり続けていると云う事、そして宇宙には果てが在ると云う事です───ですが、虚数世界には()()()()()んです」

「───果てが、無い…」

 

 マシュの呟きに反応する様に光の像がくるんと円を描く様に広がり、影の球体になる。

 

「ええ、虚数世界は実数世界の様にある起点から生まれたのではなく、最初から其処に在ったものですから。此処から始まりましたよーみたいな端っこが無いんです。球体の表面を想像して貰えれば解りやすいかと」

「確かに!地球には果てが無いわ、何れだけ歩いてもぐるぐる回るだけ」

「そうそう、そういう事です。そして果てが無いと云う事は、空間が膨張していない…物質(形有るもの)が何も無いから空間内での運動も起こらない。つまりそれ等から逆説的に考えて、虚数世界には時間の積み重ねが無いと云う事なんです」

 

 桜がそこまで言って言葉を区切ると、今度は影の球体が一回り大きくなり、その中に無数の光の球体が現れた。

 

「そして、それぞれの世界の位置関係を表すとこうなりますね。飽く迄イメージですが、虚数世界がこの大きな玉だとすると、その中に漂っているこの光の玉一つ一つが実数世界なんです」

「…では、この玉一つ一つが並行世界の関係にあると云う事ですか?」

「おお、鋭いですねマシュ。そうそう、そう云う事です───そして、これ等全てを引っ(くる)めたものを一つの宇宙とするなら、外なる神はこの玉の外、つまり領域外と呼ばれる全く別の宇宙からやって来ている訳です」

「…成る程、並行世界線を移動するどころか宇宙そのものの壁を越える事が出来る程に高次元の存在…そんな化け物(モノ)にやって来られては、現れるだけで地球の法則を上書きされてしまうのも納得ですね」

 

 そう言って興味深そうに見遣ってくるキアラの視線に照れたのか、将又(はたまた)怯えたのか、アビゲイルは顔を伏せてそそ、と桜に擦り寄った。

 そんなアビゲイルを気遣ったのか否か、桜は話の方向を修正する。

 

「ま、結局の所ざっくり纏めるなら、虚数世界とは『物が無く、果ても無く、時間の流れすら滅茶苦茶な不確かな世界』くらいに思っておけばいいですよ。アビーちゃんの最初の質問に対する答えは、そもそも虚数世界には生命体が存在しないから外敵なんて居る筈が無いと云う事です。同様に物質も存在しない為、障害物も無い…ほらね?今回の訓練はよっぽどが無い限り絶対安全です」

 

 そう言って桜は腕を組みながらうんうん頷く。

 まるで自分にも言い聞かせている様だ、とキアラが内心苦笑する中、桜は尚言葉を重ねる。

 

「唯一の危険は意味消失ですが、艦内に居る限りその心配はありませんし、万が一そうなりそうでも虚数事象への干渉を得手とする私とBBちゃん、加えてキアラさんの五停心観による精神安定が有ればその万が一にも対応出来ます。それ等の想定をも超える最悪の事態に陥ったとしても、アビーちゃんの力なら全員纏めて虚数世界から脱出する事が可能ですし…あー成る程、こう考えると納得の人選だった訳ですねこれ」

 

 そうして喋っている内に一人で納得した桜は再びアビゲイルの頭を優しく撫でた。

 

「うん、そーいう事ですから…少しくらいなら気を抜いたってだーいじょうぶ。折角だもの、何事も楽しくいきましょ」

「…!ええ!」

「良かったですね、アビーさん!」

 

 桜の言葉ににぱっ、と花が咲き誇るかの様な笑顔を返すアビゲイルと、それを我が事の様に喜ぶマシュ。

 カルデアで特に気に掛けている二人の喜色に溢れた表情は桜の内で僅かに(しこり)となっていたダ・ヴィンチちゃんの台詞を忘れさせるのに十分な効果を持っていた。

 

 

 

 だが。

 

 

「桜さん。どうやらそうは問屋が卸さないみたいですよ」

「へ?」

 

 BBの言葉に桜がそちらを向くと───先程まで真っ暗だった艦外の景色が一変していた。

 

 虹。

 

 まるでオーロラの様な虹色の光が虚数空間内の彼方此方(あちらこちら)に渦巻いていた。

 

 

「わあっ…!綺麗!」

「これはっ…凄い光景です!桜先輩、これはどういった現象なんですか!?」

 

 無邪気に窓の外の神秘的な光景に目を輝かせているアビゲイルとマシュの二人とは対照的に、桜は眉根を寄せた困惑の表情を浮かべていた。

 

 

「……何でしょうね?これ」

「へ?」

 

 頼りになる筈の先輩の口から飛び出た、余りにも頼り無い台詞にマシュも間の抜けた言葉を口から漏らしていた。

 そんな桜の異変を敏感に察知したネモが声を掛ける。

 

「どうした、何か起こったのかい」

「…先程説明した通り、虚数世界は実数の存在である我々には観測出来ない領域です。通常、何も無い真っ暗闇に見える筈なんですが…」

「…こんな風に(オーロラ)が溢れているのはおかしいと?」

「時々なら、要素と要素が偶然混じり合う事で、まるで稲光(スパーク)の様な反応を見る事はあるんですが……これ、は、明らかに異常です」

「ふむ、異常、ね…僕としては本艦に何等かの悪影響が無ければそれで───」

 

 

 ビーーッ!ビーーッ!ビーーッ!

 

 ネモの言葉を遮る様に警報が鳴り響く。

 

「───良いと思ってたのになぁ!もぉ!」

「な、何に対する警報ですかこれ!?」

「判らないよ!プロフェッサー!?」

 

 マシュの半ば悲鳴に近い問いにネモも怒鳴りながら艦の頭脳に呼び掛ける。

 

『えー、ソナーに感有り。前方に障害物の様です』

「障害物だって!?」

『はいー、恐らく岩礁かとー。実数センサーには何の反応もありませんが、桜さんとの共同開発で取り付けた虚数センサーが捉えましたー』

「何だってそんな…あぁーっ兎に角一時緊急停止だ!エンジン!」

『言われなくともとっくにやってらぁ!ったく何処のどいつだ、虚数空間に岩礁なんて置きやがった馬鹿は!?』

「…BBちゃん?」

「違いますから!BBちゃんはちゃんとTPO弁えて悪戯しますから!」

 

 航行の緊急停止により艦が僅かに揺れる中、第一容疑者に鋭い眼差しと声色を桜は向ける。

 

「本当ですね?」

「本当ですって!何で信じてくれないんですかオリジナルさん!」

(ひとえ)に日頃の行いのせいだと思いますが?」

「だから貴女にだけは言われたくないっつーんですよ!」

 

 関与を否定するBBをからかう様に指摘するキアラ。

 またもや始まった犬猿二匹の喧嘩を他所に桜は窓の外を睨む。

 

「…キャプテンさん。これは恐らく、()()()()()が起こっています」

「!それってつまり」

「ええ、()()()()()()()()()()事で、虚数空間内に物質が生まれているのでしょう。この異常な量の虹もその影響によって生まれているものかと」

「…独りでにそんな現象が起こりうるのかい?」

「さっきも言いましたが、普通は有り得ません。何者かの仕業と考えるのが妥当かと」

「やっぱりそうなるか…くそ、兎に角先ずは(ふね)の安全確保だ!各員、気を抜かないよう───」

 

 

 

 ネモがその言葉を言い切るより早く。

 複数の衝撃がノーチラス号を襲った。

*1
a, bは実数、b≠0




ごめんなさい、続きます(笑)。

いや、一話では全然収まらなかったって云うか収める気なかったって云うか、前回の大奥みたいに一部ピックアップした短編じゃなくガッツリ書きたい衝動が、ね…。

もうちょっとお付き合い願います(笑)。



三騎の選抜理由。

BB…無論、虚数の専門家な為。桜と同系統の能力故、いざという時のバックアップもこなせる。

キアラ…千里眼持ち故に虚数空間でも俯瞰視点で活動出来る為。また五停心観によるメンタルケアで意味消失しそうになった人員の治療を担う。

アビーちゃん…最終手段幼女。マジでどうしようもなくなった際、ノーチラス号ごと空間転移で実数世界に脱出する役目を担う。

って云うかこの三人が居れば大概の事は何とかなるよね(笑)。



Q・虚数世界を纏めると?
A・物質が何も無くて、空間の果ても無くて、時間の積み重ねすら無い、滅茶苦茶で曖昧で不確かな謎世界

虚数に関するあれこれはイベントで説明された設定に、ネットで調べた物理の知識をあさーくてきとーに混ぜ合わせた作者による作者の為だけの捏造設定です。真に受けないでね!


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【突発番外編】桜ちゃんのいく虚数海part2

明けましておめでとうございます。

ほんとはお正月の0時きっかりに投稿して二日連続更新にするつもりでしたが全然無理でした()。

今年もこんな感じのクソ蟲更新でしょうが、見捨てず読んでいただけると嬉しいです。


「きゃああっ!」

 

 突如鳴り響いた警報、それに加えて間髪入れずに来襲した衝撃。

 マスターのお墨付きで安全だと断じられたクルージングの最中に起きた不測の事態に思わずアビゲイルは悲鳴を上げてしまう。

 桜は咄嗟にアビゲイルとマシュを護るよう抱き締めた。

 

「今度は何だ!?」

『複数の方角から本艦に小型の物体が()つかって来ている模様ー。打撃か投擲かは判別出来ませんが、これは本艦に対する明確な攻撃と見受けられますー』

「攻撃…!」

「障害物の次は、外敵ですか」

「フラグって怖いですねーほんと」

 

 キャプテンとプロフェッサーの会話を聞いたキアラとBBが呑気にそんな事を口走るが、その表情には然程余裕が無い。

 その傍らにて、桜も泣きそうな表情になりながら喚き出す。

 

「え何っ!?何ですかこれ!?ちょ、まさか本当にティアマト(お母さん)!?」

『いえー、彼の原初の女神程に強大な魔力反応は在りませんー。飽く迄今襲撃して来ているのは小が、た……………』

「…?おい!どうしたプロフェッサー!?」

『……すみませーん。たった今感知しました。小型の群れに交じって、一つでっかい反応が近付いて来てますねー』

「何だって!?」

「でかいって、()れくらいですか!」

『本艦と同等くらいですねーこれは』

 

 複数の小型と一体の大物。

 まるで群れが待ち伏せを行い、射程圏内に入った獲物に一斉に襲い掛かってきたかの様なこの状況。

 予想外にしていきなり過ぎる事態に桜は一瞬パニックになりかける…が、それは飽く迄一瞬。

 自分の腕の中に居る子供二人を見て、直ぐ様行動を開始する。

 

「プロフェッサーさん、その小型達と大型が連携している様な素振りはありますか?」

『んー…いえー、断言は出来ませんが、それぞれの動きに法則性は見られません。特に協力している訳ではないかとー』

「では、大型の内包魔力量は?」

『中々のものですが、竜種程ではありませんー。周囲の状況や地形を考慮に入れなければサーヴァント一騎でも対応可能、二騎以上なら高確率で撃破可能かとー』

「───成る程、要するに大して焦る必要は無いと」

「きゃ!?」

「わっ!」

「おっと」

 

 プロフェッサーとの会話を終え、一転、冷静になった桜はマシュとアビゲイルをキアラに押し付ける。

 

「キャプテンさん。本艦の指揮権を一時貴方へ返却します。私、ちょっと外に出てきますね」

「は!?ちょっと待て何言って…いや何する気だ!?」

「無論、戦って来るんですよ。BBちゃん、いざという時は皆さんの事、よろしくお願いしますね」

「いやいやいや待て、待って!!本気で何言ってるんだ桜!まるで一人で出撃するって言ってる様に聞こえるぞ!?」

「そう言ってますからね。大丈夫ですよ、伊達に修羅場は潜ってきてませんし───虚数世界( ここ )は私にとってホームグラウンド同然ですから!」

 

 そう言うや否や桜は自身の足下に影を展開し、するっとその中に入って(沈んで)いった。

 

 唖然とする一同。

 

 

「…普通私と役割が逆ですよね?」

「全くだよ!!」

 

 

 マスターの自覚が有るのか彼奴(あいつ)は!───BBの呟きにそうやって吼える事しかキャプテン・ネモは出来なかった。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 所変わって、艦外。

 ノーチラス号の甲板に突如染みの様なマンホール程の大きさの影が広がり、そこから桜が上がって来た。

 

 桜は即座に敵の位置、数、特徴、それ等と並行して周囲の状況───(もと)い虚数世界の()()を把握すべく、己の全ての感覚を広げる。

 

 

(何ですかこれ、水中?)

 

 そして直ぐ様その異常さに気付く。

 常の虚数世界とは観測不能の未明領域、暑くもなく寒くもなく何も感じない、文字通り虚空に放り出されたかの様な感覚を覚えるのが虚数の世界だ。

 

 だが、今の此処は違う。

 肌に纏わり付く様な、重く、それでいて柔い流動体の感触。

 明らかに水中のそれだ。

 幸い普通のそれとは違い呼吸は問題なく行えるのは、恐らく桜の虚数属性の恩恵だろう。

 

 

 そしてそんな『虹の海』に浮かぶ外敵達。

 

 青髭(ジル・ド・レェ)の使役する海魔によく似た、蛸の如き異形。

 鋏、甲羅等を有する蟹の様な節足動物に近いモノ。

 そして極め付けは顔が魚類の様に鰭と鱗に覆われた人型。

 

 如何にも、何処ぞの創作神話のモンスター達を彷彿とさせる連中だった。

 

 

(落とし子?)

 

 外なる神の眷属、或いは劣化個体。

 桜はそう当たりを付けるが…それにしては今一()が無いと云うか、端的に云って弱そうだった。

 劣化の劣化みたいなものか、取り敢えず桜はそう結論付けた。

 

 

「正直無駄かとは思いますが、一応───直ちに本艦への攻撃を止めてください。我々に対して何等かの要求が有るのならば、出来る限りの範囲で御応えします」

 

 何事も、先ずは話し合いから。

 桜は自身の心情、そして在り方に(のっと)り、受け入れる姿勢を示す。

 

 そんな 人間 (愚かな下等生物)に対する異形達の返答は、当然の如く殺意に満ちた兇撃だった。

 

 

 

 

「───返答は受け取りました。後悔なさい」

 

 

 

 

 四方八方から迫る触手、鋏腕、爪牙───それ等を桜は自身の足下から巻き上がらせた複数の影の触手(リボン)で瞬く間に斬り捨てた。

 

 影とは、明暗(光量)の差によって平面に生じる像、要は只の視覚現象であり、実際そこに何等かの物質が生まれる訳ではない。

 つまり厚さが全く無い───魔術によって実体化させた触手(リボン)であってもそれは同じ。

 そして物と物が接する際、接する面積が小さければ小さい程より大きな力が伝わると云うのは常識だ。

 平面に映る質量を持たない像故に厚みは一切無く、だが確かに実体を持って存在している───そんな限り無く(zero)に近い薄さの断面を持った(リボン)は恐ろしく切れ味の鋭い刃と化すのだ。

 そんじょそこらの雑魚エネミーがこれを喰らって無事でいられる道理は無い。

 

 十数体もの相手を一度に、操る武器どころか体ごと始末してしまった強者の存在に(おのの)き、異形達は動きを止める。

 桜はそんな取るに足らない雑魚達を無慈悲に一瞥する。

 

 そう、慈悲は無い。

 己の大切な人達(モノ)を害そうとする輩は、(たと)え相手が神だろうが桜にとって滅殺対象である。

 

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 馴染み深い呪文(言霊)を紡ぎ、桜は自身の掌中に弓を創り出す。

 士郎()のそれを参考に編み出した即席武器の作製法───無論、士郎()のそれとは全くの別物。

 固有結界由来でも何でもない、礼装のサポートを受けて自身のイメージを形にしているだけの、普通の投影魔術の延長線。

 勿論宝具の投影(コピー)なんて反則(チート)も出来ない。

 だが魔力さえ有ればその場で幾らでも望んだ形状の武器を用意出来ると云う利便性だけでも十二分に価値は有ると考え、桜はこの魔術を編み出した。

 …夫のそれとお揃いの呪文、似た様な戦闘法で隣に立ってみたい、なんて乙女心が理由の半分近いなんて事は、当然周囲にバレバレである。

 

 桜が弓の弦に指を添えると、そこに多量の魔力が集束し、光の束となった。

 

 

「千本桜」

 

 

 そして桜は言霊を乗せ、その束を解放する。

 文字通り、千本の桜色の矢が(弾幕)となって異形達に殺到した。

 夫と姉と、三人で世界を周り正義の味方活動をする中で編み出した数々の戦闘法、その一つ。

 数だけは無駄に多い相手を一掃する際、非常に便利な技である。

 光の矢───正しくビームと云って差し支えないそれの弾幕に曝された異形達は、尽く矢に貫かれ瞬く間に全滅。

 そして異形達を殲滅して尚勢いを失わない矢群達は後ろで控えていた鯨の様な大物の体に次々と突き刺さっていった。

 

『───────ッ!!』

 

 あっという間に形勢逆転されるどころか、そのまま自身を滅ぼしかねない猛攻───桜にとっては準備運動以下の作業だが───に曝された大型は死に物狂いで反撃───全身から青白いビームを発射した。

 身体中にある起点から射出し全方位を薙ぎ払うタイプのそれは九割以上が明後日の方角に消えていったが、残りの一割程はノーチラス号に直撃するコースを突き進んでくる。

 竜種の吐息(ドラゴンブレス)程ではないがそこそこの魔力を内包したそれが直撃しては損害は免れぬと判断し───まぁそうでなくとも敵の攻撃を防御するのは当然と云う事で。

 

 

桜威熾(さくらおどし)

 

 

 桜は再び言霊により魔術を、今度は防壁を構築する。

 瞬時に展開されたそれは、薄い桃色がかかった白色の魔力()で構成された五枚の壁───桜の花弁を模した盾。

 夫の有するロー・アイアス(最強の防御宝具)によく似たそれは、ノーチラス号全体を覆い隠す為に普段の十倍程の大きさで展開され、敵が放った苦し紛れのビーム攻撃を完璧に防ぎ切った。

 

 そしてそのままカウンターを放つ。

 

 桜威熾は防壁であると同時に()()でもある。

 BBがよく使うハート型ビームの如く、五枚の魔力壁(花弁)一枚一枚から極太の魔力光線(ビーム)が溢れ、大型エネミーを蹂躙した。

 桜───と凛と士郎───は現代の魔術師でありながら保有する火力は並のサーヴァントの比ではない、その気になれば対城宝具クラスの攻撃を連発可能なのである。

 そんな(火力お化け)の砲撃をまともな防御能力の無い高々数十メートル程度の体躯の魚が耐え切れる筈も無く。

 凄まじい爆音を立てて大型エネミーは文字通り粉々になった。

 

 目と鼻の先で崩壊、散り散りになっていく敵を見届け、桜は残心。

 生来の眼の良さと魔力探知で周囲を警戒───残敵が居ない事を確認してほっと息を吐いた。

 

「状況終了、と…」

 

 

          ∵∵∵

 

 

 艦内から窓越しに戦闘の一部始終を見ていたネモがぽつりと漏らす。

 

「彼奴絶対現代人じゃないよね?」

 

 

 いや、間違いなく現代の人間です。

 …そう口に出来なかったのは、この場に居る全員が(かつ)て全く同じ所感を抱いた事があるからだった。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

「………色々言いたい事は有るけど、取り敢えずお疲れ様。無事で何よりだよ」

 

 艦内の司令室に帰投した桜を待っていたのは実に不機嫌そうな表情と声色のキャプテン・ネモだった。

 思わず頬を引き攣らせ半歩後退(あとずさ)る桜にアビゲイルが右側面からタックルをかます。

 

「桜さんの馬鹿!心配したんだから!」

「そうですよ!マスターである貴女がサーヴァントを伴わずに単独で出撃なんて…危険過ぎます!万が一があったらどうするんですか!」

 

 本当に心の底から心配したのだろう、今にも泣きそうな顔で此方を非難してくるアビゲイルとマシュを見て、桜は困り果ててしまう。

 

「い、いやだって…虚数世界で自由に活動出来るのは私とBBちゃんだけだし…いざという時の為にどっちか片方は艦に残っておかなきゃいけないと思ったし…」

「でしたら普通私と役割が逆じゃありませんかー?マシュさんが云う様に万が一があった時、サーヴァントである私は兎も角マスターである貴女は取り返しがつかないと思うんですけど?」

「右に同じくですわ。未知の敵勢力(見た事の無いエネミー)に加えて、今の虚数世界は何等かの異常が起こっているのでしょう?幾ら虚数使いの桜さんと云えども予想外な悪影響が出る可能性は充分に有り得ます。迂闊な行動は控えていただかないと」

 

 

 ぐうの音も出ない程の正論に打ちのめされ、桜はすっかり小さくなってしまった。

 そんな桜の様子を見て、(まなじり)を吊り上げていたキャプテンは溜め息を吐くと幾分か表情を和らげる。

 

「…言いたかった事は大体言われてしまったが、こんな事はほんとこれっきりにしてくれよ。夫婦共々一人で突っ走る癖があるのはもう嫌って程解ってるけど、今回は何時もと訳が違うんだ。(ふね)の中と云う逃げ場の無い密閉空間で誰か一人でも身勝手な行動をとればあっという間に不和が全体に広がるんだ。特にそれが司令官(あたま)だった場合ね。───即ち、それは(全滅)だ。今後はそれを確り念頭に置いておいてくれ」

「はい…」

 

 完全にしょぼくれてしまった桜。

 美人のそういう姿を見てしまうと、間違いなく自分が正しい事を言っているのに何と無く罪悪感を抱いてしまうのが常人の感性と云うもので。

 だがこのままでは話が進まないと、敢えてその罪悪感を無視しキャプテンは喋り続ける。

 

 

「───で、だ。これからどう動くべきかな、僕等は」

 

 そう言ってキャプテンは司令官(あたま)に指示を仰ぐ。

 桜はふむ、と呟いて考える仕草を見せると、数秒も経たない内に言葉を発した。

 

「皆さんは、どうするべきだと思いますか?」

 

 一先ず、全員の意見を聞く、そしてそれ等を擦り合わせる。

 ディスカッション形式でいく事を決めた桜の言葉に、俯いて熟考に(ふけ)る者や周りの顔色を窺う者等、皆それぞれに思案を始めた。

 

 

「やはり…ここは一度、実数世界(カルデア)に戻るべきではないでしょうか?本来なら居る筈の無い生命体()に在る筈の無い地形(障害物)…明らかな異常事態です。それに、桜先輩の推測が正しければ、これ等は観測の収束…人為的なものである可能性が高いと…もしもこれが私達(カルデア)に対する悪意の下に行われた事なら、このまま虚数世界( ここ )に留まっているのは危険過ぎます」

「私もマシュさんと同意見です。やっぱり後輩属性同士気が合うんでしょうかね~」

 

 一番最初に意見を述べたのは、引っ込み思案な様で(意外と云えば意外)結構大胆な所のある(妥当と云えば妥当の)マシュだった。

 そして述べられた意見も実に常識的な判断(もの)、そこにBBも賛同する。

 

「今回の件が私達(カルデア)を狙ってのものにしろそうでないにしろ、一度(おか)で待ってる皆さんに伝えに行く必要があるのは間違いないでしょう。報連相は集団行動の基本なんですから」

「そうだね…一旦安全圏迄退いて、態勢を整えてから改めて調査する、っていうのが妥当な所だろう」

 

 兎に角、一旦退く。

 BBに続いてネモも賛同した安全第一の策に桜も内心で頷く。

 やはり同じ後輩属性だからか、マシュの意向は桜に合っていた。

 特にBBは───並行世界のとは云え───自分自身を元にして造られたAIなのだ、なんやかんやでその辺の、根っ子の思考回路は似ている。

 

 そんな感じでストレートに意見が纏りそうな雰囲気の中、一石を投じるのはやはりと云うかこの女。

 

 

「ふむ…成る程。確かに皆さんの言う通り、一時撤退がこの場合はベターなのでしょうが…それでは少々──────()()()()()のではありませんこと?」

 

 何を考えているのか読めない怪し気な、それでいて何処か無邪気にも感じる微笑みを浮かべて、魔性菩薩・殺生院キアラが言葉を発した。

 それを聞いたBBはうげ、と露骨に顔を顰める。

 

「はぁ~~やれやれ、これだから年中頭の中お花畑で発情期の、その癖いい歳して夢見がちな行き遅れ年増女は困るんですよね~~」

犯しますよ?

 

 

 ガチトーンだった。

 流石に言い過ぎだった。

 

 何時の間にか法衣から魔性菩薩としての衣装に変化したキアラが全く笑っていない笑顔でBBを直視する。

 なんやかんやで親密な関係であるが故に、あヤバイこれガチだ、と察した桜は慌てて二人の間に割り込む。

 

「はい駄目!喧嘩は駄目ですよ!ほらBBちゃん謝って。今のは普通に言い過ぎですよ」

「えー嫌ですー、何で私が───」

───謝りなさい

 

 

 ガチトーン、二回目。

 秩序を重んじ、相手が誰であろうと締める所は絶対に締めるカルデアのマスター、間桐桜の一言は文字通り()()

 逆らった場合、冗談抜きで地獄を味わわされるとルルハワ事件の際、骨の髄迄叩き込まれた…元い()()()()()()BBは素直に従う事を選択した。

 

「ハイゴメンナサイイイスギマシタモウシワケアリマセン」

「だ、そうですよキアラさん」

「…ふぅ…ええ、はい…申し訳ありません、此方も少々大人気無かったです。桜さんのお陰で溜飲も下がりましたし、此処は引きますわ」

「そうですね、今のはキアラさんの言い方も問題でしたよ?つまらないって何ですかつまらないって」

 

 両手を腰に当ててプンスコ、という効果音が聞こえてきそうな、何処か緩い態度でキアラと向き合う桜。

 何と無く対応の格差を感じてBBは面白くなかった。

 

「ふふ、其方(そちら)に関しても申し訳ありません。───ですが、桜さんもそう思いませんか?無難で常識的な安全策…確かに良案でしょうが、そんな山無し谷無しではドラマ性に欠けましょう?」

「リアルなんて往々にしてそんなものですよ。肩透かし喰らうしょうのないオチなんて日常茶飯事じゃないですか」

「ですが、貴女はそんな面白味の無い道とは真逆の道を歩み続けて来たからこそ、多くを得て、今此処に居るのでは?」

 

 

 するっと。

 流れる様に歩み寄ったキアラが、桜の左胸───心臓の上に手を当てる。

 そっと、指先だけで慎重に、慎重に。

 まるで砂で出来た芸術品に触れるかの如く。

 まるで相手を絶頂させ(イカせ)ない様にギリギリの所で焦らすかの如く。

 

 やがてその手は首を伝い、耳へ、そしてそこにかかる髪へ。

 長い長い、青みがかった長髪を自身の口元に持っていき、これまたそっと口付けた。

 

 桜とキアラの視線が絡み合う。

 互いに敵意は無い、だが全く剣呑さが無いかと云えばそうでもない、何処か妖しいやり取り。

 視て、触れて、()んで───睦み合いの如く(じゃ)れ付くキアラ。

 そんな実に愉し気な友人を桜はやれやれと云った具合に受け入れ続ける。

 

 

「…命の危険がある状況下で、周りを付き合わせたりはしませんよ」

「私は、構いませんよ…?貴女と涅槃(ねはん)に逝けるのなら、本望でございます」

「キアラさん貴女涅槃入り出来るつもりなんですか?」

「いいえ、全く。したくもありませんわ」

「ふふ、でしょうね」

 

 ()りにも()って、貴女が煩悩を捨てるなんて、ねぇ?

 そう嗤いながら桜はキアラの手を取る。

 指を一本ずつ相手の指の間に絡ませる、俗に云う恋人繋ぎで、やんわりと。

 媚びる様に、蕩けきった瞳を向けるも、それは一瞬だけ。

 ぐいっと桜はキアラの手を押し退ける。

 

 今此処では貴女の遊びに付き合えない、と。

 

 ふふ、残念、と欠片もそう思っていないだろう笑みを浮かべ、再度キアラは語り出す。

 

「既に何度か述べられましたが…此度のこれは人為的なものである可能性が高い…であれば、優先して考えるべきは誰が犯人かではなく、犯人の目的であると愚考致します」

「───炙り出す、と?」

 

 桜の問いに、我が意を得たりとキアラは笑みを深める。

 

「ええ、はい……皆さん、よく思い出してみてください。先程の襲撃…何だか、()()()()()()()()()()()?」

「?ぬるい?」

「ええ…仮に相手が本艦を、デミも含めてサーヴァント五騎と虚数属性使いのマスターを有する(ふね)を本気で沈めるつもりだったのなら、あの程度の戦力しか寄越さない等有り得ないでしょう」

 

 確かに、と皆が唸る。

 外なる神とは云え、下位の奉仕種族のそのまた劣化個体に、でかいだけの魚。

 碌に連携も取っていなかったこれ等だけでノーチラス号の戦力を潰せる等とは普通考えない筈だ。

 となれば───。

 

「相手の目的は僕等を殺す事じゃなかったって事かい?」

「恐らく」

 

 ネモの言葉に頷くキアラ。

 だがそこにBBが待ったをかける。

 

「んーそれだけでは判断材料が些か足りないと思いますけどね~。相手が此方の戦力を把握していなかったとか、そもそもそこまで考えられる頭が無かったとか…考えられる可能性は幾らでもありますよ」

「それは、そう、ですよね…」

「ふむ…では純粋に今起きた『事実』だけを素直に受け止めましょうか…虚数世界が普段と違う在り方に変化し、障害物が生まれたと思えば間髪入れずに敵が出現、攻撃を受けた…此処までが『事実』」

 

 そこまで言って言葉を区切ると、キアラが人差し指を立てる。

 

「そして此処からが『推察』ですが…戦に於いて敵を攻撃する際、その目的は大別して『殲滅』と『撃退』の二つだと考えます」

「…戦備を整え、作戦を立て、自ら積極的に打って出る…向かってくる敵を退け、狙った場所に誘導し、防衛する」

「ええ、そうです桜さん。今(おっしゃ)られた事は、()()()()()()()()()()()()。敵を皆殺しにする為の行動なのか───それとも敵を近付けさせない為の威嚇なのか…」

「!後者の可能性が、高い…?」

 

 

 驚愕を伴ったマシュの呟きに、キアラは鷹揚に頷いて返した。

 

「私の温いと云う所感が正しければ、そう云う事になるかと」

「流石セラピスト。心の機微には(さと)いですね」

「何を仰いますか、直接彼等と矛を交えた桜さんの方がより強く感じられたでしょう?───仲間の安全を第一に考えるのは貴女らしい…司令官としても正しいのでしょう。ですが、それで見えている機を逃しては、人理の守人(カルデアのマスター)足り得ないのではありませんか?」

 

 常の微笑みを消し、真剣な眼差しを向けてくるキアラに対し、桜はバツが悪そうに目線を逸らして頭を掻いた。

 

「先輩…」

「桜さん…」

「…桜、もう一度言っておくけど、指揮権は君にあるよ」

「…幾度となく世界を救ってきた御自身の手腕に、もう少し自信を持てばいいんじゃないですか?」

 

 子供達の何かを訴える様な呼び声、船長と分身()の後押しを受け、桜は深く溜め息を吐いた。

 

「…皆さんも大概無鉄砲ですよね…人の事言えないじゃないですか」

「君の背中を見続けてきた影響だよ。どう転んでも責任は君にあるさ」

「暴論じゃないですか、もぉ……本当に、いいんですね?」

 

 桜の最終確認。

 それに対し、揺るぎ無い瞳で応えるメンバー。

 方針は、決まった。

 

 

「分かりました…───それでは、現時刻を以て試験(テスト)を中止。虚数世界の変異の調査及び原因の究明に移ります」

 

 桜の号令に応じ、居並ぶメンバー全員が姿勢を正した。

 桜は先ず、最も頼りになると同時に最も困ったちゃんである BB (自身の分身)に目を向ける。

 

「まぁ兎にも角にも、BBちゃん。貴女の言った通り、先ずは報連相です。カルデアに戻って姉さん達に事の次第を伝えてきてくれますか」

「ええ~~、私だけ戦力外通告ですかー」

「言わなくても解るでしょ…虚数空間を自由に動けるのは私と貴女だけなんですから。ささっと報告したらさささっと帰って来てください。バリバリ働いて貰いますよ」

「労働基準法は遵守でお願いしますよ?」

「大丈夫、過労死しない程度に走ってもらうから」

「何が大丈夫なんですかそれ…」

 

 何かと自分には容赦無い母親(オリジナル)のナチュラルブラック発言に素で引いてしまうBBの反応には取り合わず、桜は残りの皆に向き直る。

 

「残りの皆さんは試験の時(これまで)と同様に動いてください。ただし変更点が二つ。先ずキャプテンさん、言われるまでもないでしょうが航行の際には障害物に注意してください。そして二つ目、今後会敵した際には皆さんにも前線に出て貰います」

「わ、私達も…?ああっ、いえ!先輩(マスター)が戦えと命じるならば是非もありませんが…その…」

「ええ、マシュの言いたい事は解ります───ですので、はい」

 

 (おもむろ)に桜が右手を横に薙ぐ。

 するとメンバー全員の体を桃紫色の光の膜が覆い、数瞬の後消えた。

 

「今、皆さんに魔術で虚数のテクスチャを張り付けました。これで艦外でも問題なく活動出来る筈です」

「え……い、一瞬で、そんなっ!?」

「…詠唱無し(シングルアクション)でそんな真似出来るならさっきもやれば良かっただろ…」

「あーあー聞こえませんね」

 

 呆れ返るネモの発言はスルーして桜は話を続ける。

 

「前衛は実の所近接格闘が一番得意なキアラさんに任せます。アビーちゃんは中距離で遊撃、私は後方からサポートしますので…マシュは、私を護ってね」

「はいっ、シールダーの本領、発揮します!」

 

 ウインクを飛ばしてきた(先輩)にマシュは張り切って応じる。

 それを受け取った桜は再びBBに向き直る。

 

「BBちゃんは私達が戦闘している間、艦内の防衛に務めてください。不測の事態が起こったら直ぐ様各ネモシリーズをフォロー出来る様に気を配っておいてくださいね」

「ほんと地味にキツそうですね…」

「出来ないとは言わせませんよ、グレートデビルちゃん?万能を謳うなら、この程度は(こな)してくれないと」

「な、何なんですかもぉー!ほんと、ちょっと、何で私にはそんな厳しいんですか!」

「母親は、娘には遠慮しないものですよ?」

「……ふんっ、教育ママ気取りなんてナンセンスなんですけどー」

 

 拗ねた様にそっぽを向くBBの、実に可愛気のある態度にニッコリと御満悦になる桜。

 なんやかんやで桜は誰に対しても割と甘々なのである。

 

 そうして和んだ空気も程々に、桜が号令をかけた。

 

「では、各員配置に就いてください!これより作戦開始です!」

『了解!!』

『了解ー。そいでもって了解ついでに報告をばー。たった今ソナーが複数の敵影を捉えました、規模は先程より大きいですね、真っ直ぐ此方に向かって来てます、約7分後には会敵しますよー』

 

 

 メンバーが揃って返事をする中、変わらずマイペースなプロフェッサーから早速報告が飛んで来た。

 各々が互いに顔を合わせて苦笑する。

 

「いきなりですか…」

「まぁいいではありませんか。どのみち、やる事に変わりはありませんでしょう?寧ろ相手方の熱烈なアプローチを盛大に歓迎しようではありませんか」

「ははっ、そうですね。では、戦闘配置へ。BBちゃんは戦闘が終わるまで待機しててください」

「ゆっくりでいいですよ~、ゆっくりで~」

「ですって、キアラさん」

「ふふっ、承知しました。では速やかに片付けて参ります。直ぐ様馬車馬の様に働かせてさしあげますからねBB」

「ゆっくりでいいって言ってるんですけど!」

 

 そんな軽口を叩き合いながら、実にリラックスした様子で桜達は艦外へ出撃していく。

 

 

 

 そして、ものの3分程で()りは着いた。

 少々規模を増したとは云え、先程桜一人に呆気無く殲滅されてしまった連中だ。

 そんな桜に比肩する、文字通りの化け物集団を相手に早々持ち堪えられる道理は無かった。

 

 これに関しては予定調和である。

 桜達のそれを狂わせたのは、エネミー群から逃げて来た二人の少女だった。

 

 

「エ、エヘヘ…あ、危ない所を助けていただいて、ありがとうございます……あの、助けて貰っておいて、ほんと図々しいお願いなんですけど…温かいスープとか頂けたり、しませんかね…エヘヘ、もう、長い事冷たい生の海産物しか、口にしていないもので…」

「ぬきゅ~~~……ここどこ…?私誰…?(おか)…?……やっと、宮に戻ってこれたの私…?」

 

 

 艦橋にて礼を述べるのは、橙の髪に麦藁帽子、そして大きな向日葵を携えた小柄な少女。

 ───そして、その背に背負われ前後不覚になっている、肚兜(どぅどう)を身に纏い、団子を二つ作って尚棚引く程の艶やかな長髪を持った、何処か妖艶な気を漂わせる少女だった。




桜威とは鎧の威の一種だぞ!

数十年に一人レベルの天才が10年以上魔術の研鑽しながら戦場でドンパチやってきたんだ。そりゃこんくらいにゃなるさ()。

と云う事で桜ちゃん無双と方針会議だけで一万字超えちゃったよ。やってらんねー。
次回からは出来るだけ巻いていきたい…ノーチラス号が桜ちゃん監修の下、虚数使用に磨きがかかっているので原作と違って未だにダメージ/zero、なので多分サーヴァントの追加召喚はしない。そこで何とかテンポ上げたい(願望)。


BBちゃんと桜ちゃんは諸に親子みたいな関係。サクラファイブは孫扱い。

キアラさんと桜ちゃんの関係は何か匂わせる程度で収めていきたい。何れは番外編とかで詳しくやりたいとは思いますが。










Q.ユゥユゥは原作に於いて主人公を天子様認定してきたけど今作の桜ちゃんに対してはどうなの?

A.大奥編で桜ちゃんの中には何が入っていると書かれていたでしょうか?


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【突発番外編】桜ちゃんのいく虚数海part3

間桐桜さん、お誕生日おめでとうございます。



この言葉ももう何回目でしょうねほんと()


「ごっほ?」

「ごっほ、と言われましたわね」

「ごっほって仰ったわ」

「ごっほって聞こえましたね」

「咳き込みですか?」

「い、いえ…私の、名前です…」

「ぇぇ…」

「エヘヘ…」

 

 

 先程、敵群との戦闘中に保護した二名のサーヴァント。

 片方は未だに意識がハッキリしていなかった為、取り敢えずもう一人の麦藁帽子を被った少女に話を聞いてみようという事になった…のだが、自己紹介の段階で早くも波乱の予感が漂っていた。

 

「えーっと………ごめんなさい、もう一度…念の為もう一度聞かせてください…貴女の真名は?」

「ゴッホ、です。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ…クラスは、降臨者(フォーリナー)、です…いえ、英霊(サーヴァント)とは言っても、出来る事は精々絵を描く事くらいで…何と言ってもゴッホですから、私…その絵も生前はまるで売れなかったしがない三流ですが…エヘヘ、ウフフ…」

「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ……降臨者(フォーリナー)、ですか」

 

 

 若干辿々しく…と云うよりおどおどとした口調で、然れどハッキリと自身の真名を少女は口にする。

 それを聞いた桜は、明かされた名前ともう一つの情報にどんな反応を示せばいいのか…色々と判断がつかず内心頭を抱えていた。

 

「あ、あの…これ、スープ、ありがとうございます…凄くあったかい…これこそ、人の温もりってやつですね…エヘヘ、人情、万歳」

 

 どう二の句を次ぐべきか悩む桜に先んじて、ゴッホ(?)が振る舞われたスープに対するお礼を述べてきた。

 裏の無い純粋な感謝の気持ちを受けて、桜は少しだけ胸の(つかえ)が軽くなる。

 

「どういたしまして。まぁお礼は後でベーカリーさんに直接言ってあげてください───ゴッホさん」

「はい?」

「実は今我々はちょっとした不測の事態に直面していまして…今の所、打開策(どころ)か事態の原因すら掴めていない、右も左も解らない状態なんです。なので、少しでも情報を集める為に、これから貴女に色々と話を聞かせて貰いたいのですが…構いませんか?」

「……え、えーっと…ひょっとしてゴッホ、疑われちゃってます?」

「…はい。ごめんなさい、少しだけ、怪しく思ってます」

 

 正直に胸の内を告げる桜。

 それを聞き、ゴッホの顔はみるみる青褪めた。

 

 

「ごめんなさいっ!!!!」

 

 

 艦全体に響き渡る程の声量。

 腰を90度以上曲げ、持っていたスープの皿を取り落としてしまう程に凄まじい勢いでゴッホは頭を下げた。

 突然過ぎる豹変と謝罪に、一同は驚愕、茫然自失してしまう。

 その間にもゴッホはあわあわと、まるで喘ぐ様な痛ましさに溢れ、言葉を吐き出す。

 

「わ、わ、わたっ、ぅ、あの…そんなつもりなくてっ、でも、こんな、大変な時に来てしまったみたいで、ご迷惑を…呑気にスープとか、折角助けてくださったのに、皆さんのご厚意に甘えてっ……ぅ、ううううう」

 

 支離滅裂な謝罪。

 ゴッホ達を救助したのは自分達の判断で、助けられた側である彼女等には現状何の責任も生じていないのに。

 自分達…いや、自分が助けられた事に、相手に負担をかけた事が耐えられないと言わんばかりに、ゴッホは泣き崩れ、(うずくま)った。

 

 余りにも突然で、いきなりで。

 ───然れど、目の前の少女がどうしようもないくらいに自分を責めている事だけは解る。

 

 そんな存在を、『間桐桜』が放っておける筈も無く。

 

 元セラピストとして動こうとしていたキアラよりも一瞬早く、桜は床に跪きゴッホを真正面から抱き締めた。

 

「あ゛っ  ぅ、ぐう゛ ?」

 

 ぐちゃぐちゃの顔に困惑の色を滲ませるゴッホの背を何も言わずに桜は擦り続ける。

 少し経った後、片手を頭に持っていき、これまた撫で擦る。

 時々ポンポンと背を軽く叩いてやる。

 

 柔く、温かく。

 人肌が(もたら)してくれる安心感、ものの1分程でゴッホは落ち着きを取り戻した。

 心音が少しゆっくりになったのを感じ取った桜は、両手をゴッホの肩に置いてそっと体を離す。

 

 

「大丈夫ですよ。大丈夫」

「ぁ…」

「ごめんなさい、私の言い方が悪かったですね。出来るだけ嘘は吐かずに接しようと思ったんですが…裏目に出ちゃったみたい」

「ぃ、いいいいえっ、ゴッホが、ゴッホが…」

「大丈夫。貴女は悪くない。貴女は悪い娘じゃないって、もう判りましたから。自分を責めないで」

 

 只々、慈しみに溢れた声色と笑顔。

 それがゴッホの心を(ほぐ)し、()かす。

 

 マシュが、キアラが、アビゲイルが。

 嘗て自身にもそれを向けられた時の事を思い出す。

 大丈夫だと、本当に心の底から思えるのだ、あの人に包まれていると。

 

 ───どうやら、ゴッホも同じだったらしい。

 完全に呼吸を落ち着かせ、ありがとうございますと小さく呟いた。

 少しばかり頬が紅くなっているのはご愛嬌。

 

「お話は、もう少し後にしましょう。今はゆっくりしてください。私はその間に、もう一人の娘の様子を見に行って来ます」

 

 そう言って立ち上がる桜を見て、ゴッホは途端に胸の内を寂寥と云う名の冷たさが占めていくのを感じた。

 行って欲しくない───咄嗟にゴッホは桜の服の袖を掴む。

 

「あっ!ぁの、ぅ……私、大丈夫なので、私も、一緒に、行っても…」

「───ええ、勿論。一緒に、行きましょ」

 

 グッと、桜は手を握り返す。

 そうして貰うだけで、再び胸の内が温かくなるのだ。

 ゴッホ自身も気付かぬ内に、自然と頬が緩む。

 

「では、私達も一緒に」

「そうですね。今の所、司令室(ここ)ですべき事もありませんし。BBがちゃんと仕事をしているか見に行ってあげましょう」

「ええ、じゃあ、キャプテン。一先ず此処はお任せします」

「ああ。今は航行も止めてるし、何かあったら呼ぶよ」

「はい、それじゃあ」

 

 

 そう言い残して退室していく桜とゴッホ及びサーヴァント達。

 ゾロゾロと連れ立っていくその様子を見て、ネモは思わず独り言を溢した。

 

 

 

「カルガモ……いや、ペンギン…?」

 

 

 どちらにしろ、鳥類だった。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 所変わって、医務室。

 清潔を第一に保たれたその空間に踏み行った桜達を、BBとネモ・ナースが出迎える。

 

「あら、早かったですね。もう事情聴取は終わったんですか?」

「いえ、諸々あってそれはもう少し後に回す事にしました」

「…諸々、ねぇ」

 

 桜とゴッホの繋がれた手を見て、何処か含みの有る声音と呆れを込めた視線をBBは投げる。

 

「まーーーた何時もの手口ですか、すけこましさん?」

「誰がすけこましですか…」

「言わなきゃ分かんないんですかぁ?もう少しご自身の魔性っぷりを自覚して自重してくれませんかねぇ?キアラさんの事言えませんよそれじゃ」

「私は私が善しとした事を行ってるだけですよ。それで色々と縺れてしまうのなら、仕方が無いと諦めます」

「うわー無責任。そういうの娘の教育に悪いと思いますよお母様?」

「それこそまさかですよ。途中で放り投げたりしないわ─────ええ、ちゃーんと、最後まで、支配し(背負い)ますとも」

 

 

 

 ───そう言って、人を見下す悪女の様にも、快楽主義な娼婦の様にも───然れど確かな愛を持って微笑む魔女を見て、BBはやっぱり教育に悪い…と呟く。

 

 

 間桐桜28歳。

 彼女は長年の経験から、()()()()()に関しても相当な『あれ』になっていた。

 士郎(旦那)()は既に色々と諦めていた。

 

 

「で?その娘の容態は?」

「ええ、とっくに安定してますよ。直に目を覚ます筈です」

「それは良かった」

 

 BBの言葉を聞いてほっと安心した表情になるゴッホ。

 随分と弛緩したその様子を見て、かなり親しい間柄だった事が窺えた。

 ひょっとしたら元々、それこそ生前からの付き合いなのか、と桜は当たりを付ける。

 

 が、その予想を即座に自身で否定する。

 未だ気を失っている少女の顔立ちは明らかにアジア系のそれ。

 そして身に付けているのは、肚兜(どぅどう)と呼ばれる中国の服飾。

 最も歴史の古い前掛けという説があり、現代では主に中国人女性のラフファッションの一つとして知られている。

 ほぼ間違いなく中華圏の英霊である少女と、仮にもゴッホを名乗っている少女が生前の知り合いと云うのは流石に無理がある。

 

 更に付け加えるならば、医務室の寝台で横たわる少女の、そこに居るだけで人の本能を狂わせる様な、傾城の美貌。

 そして肚兜の起源となったとされる、中国(どころ)か人類史上で最も美しい女性の一人。

 恐らく、この少女の真名は───。

 

 

(いや、今考えても、詮無き事ですね)

 

 そうして思考を打ち切った桜はより詳しい話を聞く為、BBとナースに再度話し掛けた。

 

「一通りの検査はしたんですよね?何か判った事はありますか?」

「はい…先ず血液検査を行ってみたのですが、彼女の血中を循環している魔力は、通常のサーヴァントの方と比べてかなり特殊な性質をしていました」

「特殊?」

「構成魔力そのものが通常のものとはかなり異なっていて……一応、よく似たパターンのケースは在ったのですが…」

「それは?」

「…アビゲイルさんや北斎さんのものとです」

「っ…つまり」

「ええ、この人はほぼ間違いなくフォーリナーのサーヴァントです」

 

 BBの断言に桜は()()()()()()()()()困惑する。

 傍らのゴッホを刺激しない為だ。

 しかし…拾ったサーヴァントが二騎共フォーリナーとは、しかもウチには既にアビゲイルと云う元々ノーチラス号に搭乗していたフォーリナーも居る。

 

 人理を保障する為の機関、カルデアが有する戦略艦艇の試運転の最中に、『人類の脅威』とカテゴリーされている降臨者(フォーリナー)達が次々と集まって来ていると云う現状に、桜は何か()()()()()を感じてならない。

 

 だがそんな桜の内心は置き去りに、BBとナースの報告は続く。

 

「それとですね、魔力属性が、通常のものとは異なるので随分と判別し辛かったですが、火属性に近い…と云うより、より()()ものでした」

「深い…」

「ざっくり言うなら、本来の(それ)よりもっとずっとエグい感じなんです───ええ、それこそ、桜さんの(なか)に居るそいつみたいに」

「!」

 

 

 ナースの説明を引き継いだBBが、嫌悪感を露に桜を───正確にはその内側に宿る存在を()め付ける。

 今度は桜だけでなく、その場の全員に衝撃が走る…が、桜は飽く迄冷静に報告の続きを促した。

 

「…他には何かありますか」

「…保護した際、この娘は間違いなく意味消失しかけていました。あの前後不覚状態は演技じゃありません。まぁ幾ら特殊な霊器であるフォーリナーと云えど、虚数空間に適応出来る道理はありませんからね」

「…つまり、その方は本当に命を落とす寸前で、奇跡的に我々に保護された、と」

 

 BBが言いたい事を即座に理解したキアラが、言葉を引き継いだ。

 

 それによって全員が悟る。

 ゴッホとこの少女はトロイの木馬(狙ってノーチラス号に潜り込んだ訳)ではないと。

 その事にマシュとアビゲイルの純粋コンビが安堵の表情を浮かべる。

 

「…今の所はこれくらいです。まぁこの娘の意識が戻ってから色々と話を聞けば、何か見えてくるんじゃないですか?」

「ええ、ありがとうBBちゃん」

「はいはーい、たっぷり感謝しちゃってくださいね───…それじゃあ私、ちょっと疲れちゃったんで食堂で休憩してますね」

「お疲れ様…今の内に確り体力蓄えておいて」

 

 労いの言葉を掛ける桜、それに軽く応えるBB。

 退室しようと桜の横を通り過ぎる───その一瞬でBBと桜の『眼が合った』。

 

 

 ───油断しないでくださいよ

 ───分かってますって

 

 

 ほんの一瞬、交わされた念話。

 何時もと変わらぬ横顔を見て、分かってないんだろうなぁ…と内心嘆きながら、BBはそのまま退室していった。

 

 

「…この方も、私と同じなのね」

「BBとナースさんの見立てが間違っていないのなら、ですが」

 

 BBが退室し、会話が途切れた医務室にアビゲイルの呟きが響き渡り、キアラがそれに応えた。

 ベッドで眠る少女を見詰める蕃神の巫女の表情は今一判然とせず、その内心は窺い知れない。

 

 唐突に、アビゲイルが桜の手に縋り付いた。

 

「?アビーちゃん?」

「…ごめんなさい、桜さん。何だか…何だか……胸が凄くざわざわするの」

 

 自分でも上手く説明出来ない、漠然とした不安感をアビゲイルは訴える。

 先行きが見えないが故の不穏な空気に当てられたのか───それとも彼女の中の(と繋がっている)存在が何等かの反応を示しているのか。

 

 色々な事が、全く解らない。

 判断材料すら無い。

 だから今、間桐桜に出来るのは己の内心の不安感を押し殺して、大切な人の不安感を(やわ)らげる事だけだった。

 

 桜はアビゲイルに向き直り、先程ゴッホにしてあげた様に正面から抱き締める。

 そのゴッホはと云えば、握っていた反対側の手を離された事で若干悲しそうな顔をしていたが、此処は自分より幼い少女に譲ってあげるべきだと文句は口にしなかった。

 

「怖いわ…怖いの…よく分からないけど、ただ、只管に怖くて…」

「アビーさん…」

「何か、善くない事が起きそうで…嫌な予感が止まらなくて…」

 

 不明瞭な恐怖を訴えるアビゲイル、そんな彼女を案じるマシュ、何時もと変わらぬ様でいて、その実少しばかり肩に重さを感じてしまっているキアラ。

 

 そんな仲間達の負の感情を、持ち前の能力(ちから)によって尽く感受してしまった桜は───それでも、笑った。

 

 

「大丈夫。何とかなります。してみせますとも。なんてったって、世界を救った女ですよ私は」

 

 

 上手くいく保証等何もなくて。

 こんな言葉は只の気休めに過ぎなくて。

 

 ───それ等を理解しながらも、前を向いて進もうと言えるなら、それもきっと強さなのだ。

 

 何処までも頼り甲斐が有って、温かく包んでくれる人の胸に、アビゲイルはより一層力強く抱き付いて顔を埋めた。

 本当なら立場が逆なのに、サーヴァント(  自分  )マスター( この人 )を護らなければならないのに、何もかも背負ってしまうこの人にこれ以上の重荷を載せる訳にはいかないのに。

 そう思いながらも縋る事を止められず。

 

 これはアビゲイルのみならず、カルデアに所属するサーヴァント及び所員のほぼ全員が、一度は抱いた事のある感情(不甲斐なさ)だった。

 

 

 

 

「───ぅ  ん…」

「!桜先輩」

 

 その時、ベッドで眠る少女が(かす)かな呻き声を上げた。

 瞼を僅かに痙攣させ、起床時の独特の不快感(気怠さ)に口元を歪める様は意識を取り戻す前兆だった。

 マシュの呼び掛けに応じて、桜はアビゲイルを抱っこしたままベッドに歩み寄り、そのまま少女の眼が覚めるのを待つ。

 十秒程の後、少女の眼が開く。

 

「 ぁ   ん ふ、ぅ………?」

「…気が付きました、ね?」

「は、え…」

「大丈夫ですか…?何処か痛い所とか、意識、記憶は確りしてますか?」

 

 少女の顔を上から覗き込んで桜はゆっくりと質問を投げ掛ける。

 起き抜けでいきなり、これ等の質問にすらすら答えられるとは思っていないが、最低限精神(意識)が確りしているかどうかを確認する為に言葉を投げ掛ける。

 何せ意味消失───存在の発生源である情報が壊れかけた事により、消滅しかけたのだ。

 普通の怪我とは訳が違う、BBの腕を信用していない訳ではないが、保険は何重にも掛けておくに越した事は無い。

 

 暫くして、朧気に瞳を揺らし、少女が言葉を発した。

 

 

 

「─────天子、様…?」

「へ?」

「天子様……嗚呼っ、嗚呼っ!天子様っ!!逢えた!漸く、漸、く……っ……う゛、あ゛あ゛あ゛」

「は、え!?ちょ!」

「天子様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 少女は桜の顔を認識するなり、桜の事を天子様と呼称し、飛び付いてきた。

 咄嗟にアビゲイルを引き剥がし脇に避難させるも、それによって受け身が遅れた桜は飛び付いて来た少女ごと床に倒れ込み、後頭部を強打する羽目になった。

 

 

 

 てきとーな仕事しやがったか BB (あの馬鹿娘)

 桜が内心でそう毒吐(どくづ)いたのも無理からぬ話だろう。

 

 

 

 

 




あれ?今回なんか短いな、と思ったそこの貴方は正しい。

取り敢えず桜ちゃんの誕生日には一話更新を己に義務付けている私ですが、今回はマジで執筆時間が取れず中途半端な状態での投稿になってしまいました。
ほんっと申し訳ありません。たぶん後々4000字くらい加筆すると思います。何ヶ月かかるか判りませんが思い出したら覗きに来てください()



FGOのイベ頻度多過ぎて忙しい!仕事もここんとこ忙しい!ニコ動のチェックも忙しい!寝るのも忙しい!
こんなんで執筆時間なんて取れる訳ないだろっ、いい加減n(ry


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