インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~ (ヌオー来訪者)
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01 マシンと会った日

 原作より少しはきれいな束を書こうと思ったけれど、色々厄介な事(主にチート)になりかねないので結果、彼女の動きを封じてみる事に。それが本作でございます。


「テロか……」

 

 男子としては平均より少し長めの紫掛かった黒髪の少年は夕飯のうどんを啜りながら自宅のテレビのニュースを見て顔を顰めた。

 

 東京都八王子市に自律兵器(オートマトン)と呼ばれる無人兵器による小規模テロ発生。IS部隊により鎮圧される。死傷者はゼロ。実行犯は既に逮捕されたものの、この影響により一部区域に停電が発生。

 

 簡単に纏めてしまうとそんな内容のニュースだった。

 

 日本はかつては比較的テロの少ない国らしかったが、今となっては過去のものと化しており、テロも他人事では無くなっていた。

 今回のは直接的な被害を被った死亡者はゼロかつ怪我人も軽傷ばかりだったらしいが、停電が発生したらしく結構な人数が迷惑しているという。それが些か近い県だったので思わず寒気が奔った。

 

 犯人の主張は今の風潮に対する不満が爆発したもの。

 気持ちは分からんでもないが巻き込まれる側は堪った物じゃない。

 

 少年は――篠ノ之(しののの)玲次(れいじ)は深く溜息を吐く。受験勉強へのストレスもテロに対する不安と不満もまとめて吐くように。

 そろそろ高校への受験日も近い。うどんを食ったら後もう少し勉強しよう。そう思い立った矢先、卓袱台に置いたスマートフォンの着信音が鳴った。電話だ。

 

「はいはい……今から出ます出ますー」

 

 テレビの音量をリモコンでミュートにしてからスマートフォンを手に取り画面を確認すると、発信元が画面に表示されていた。

 

【篠ノ之箒】

 

――珍しい事もあるもんだねぇ

 

 必要な事以外では連絡を寄越さないと玲次の脳内では有名な名前だった。苗字から察せられる通り身内の人間であり、玲次にとっては姉にあたる。なお、双子のくせに大して似て居ないとしょっちゅう周囲から言われている。

 双子が似て居なくて何が悪いんだ、何が。

 

「おれです」

 

 電話に出ると久々に聴く声が返って来た。

 

『玲次か? 近い県でテロがあったらしいが無事か? 巻き込まれては居ないか?』

 

 少し焦ったような声。巻き込まれていないか心配でもしていたのだろうか。

 そんな姉に少し苦笑いしつつ玲次は呑気に返事をする。

 

「あー、大丈夫大丈夫。発生時は自宅でゲームやってたし」

 

『そうか……って何試験が近いのにのうのうとゲームをやっているんだ貴様は!?』

 

 事件発生当時の状況を聞くや否や箒の声色が変わった。明らかに怒っているのは電話越しでも分かり、玲次の背筋が反射的にピンと伸びた。

 

『高校受験だって馬鹿に出来ないのだぞ、全く……大学受験程でないにしろ将来に関わる事だというのに』

 

「いやいや、ちゃんと勉強している上で休憩にゲームやってんだから別に良いじゃん?」

 

 言い訳気味に反駁する玲次。それに箒は更に気炎を上げた。

 

『その気の緩みが命取りなんだ!』

 

「弦は張り過ぎるとプッツン行くんだから少しぐらい緩める時間あっても良くね!? 寧ろ箒が真面目すぎんだっての! つか厳し過ぎじゃね!?」

 

『全くお前は……』

 

 とても呆れかえったような言葉と共に溜息が聴こえて来る。流石にここまで言われると罪悪感が湧いてくる。

 もうそんなに当日まで日がある訳じゃないから少しぐらいはゲームは止めておこう、そう思った。流石にまた説教されると敵わないし、気を緩めた結果下手なミスして落ちるなんて笑えない話だし家族に迷惑が掛るのだ。

 箒の言う事もまた一利ある。

 

 箒は真面目の度が過ぎているフシがあるのだが。

 

『何もともあれ無事ならそれで良い。お前は軽薄かつ、危なっかしいからな』

 

「ひ、ひっでぇ……そこまで言う?」

 

 玲次は軽く不貞腐れていると何故か箒の忍び笑いが聴こえて来た。それで益々玲次は不貞腐れる。さっさと話題を変えてやる、と思いもしたが箒の方が先に言葉を発した。

 

 ちくしょう。

 

『自律兵器のテロも最近増えてきているからな。アレはタチの悪い兵器だ』

 

 実際問題箒の言う通り先ほどニュースで取り上げられた自律兵器と呼ばれるソレはタチの悪いモノだった。先を越されてもっと不貞腐れていた玲次も神妙な顔になる。他人事では無いのだこの事は。いつどこで自律兵器を用いたテロが起こるのか。それは分からないのだから。

 

 そんな時代なのだ、今は。

 

 

 

 

 戦争の様相は16年前に開発された手を汚さずに敵対対象を鎮圧する事の出来る無人の兵器によって変わろうとしていた。

 

 自律兵器(オートマトン)と呼ばれるそれは、遠隔操作で操り対象を殲滅する一種のラジコン、ドローンのようなものだった。

 形状は多種多様で四足歩行型やタンク型、はたまた戦闘機型と多種多様。しかも安価で量産できる上に組み立ても容易く遠隔操作で任務を遂行する事が出来る。

 安価かつ人的消耗も無いが為に、あっと言う間にゲリラやテロリストの主力となってしまった。それもたった数年で。不自然な程の速さだと軍事に明るくない人間でも思ってしまう程だったが、その裏を知る者は恐らくは居ない。

 

 安価かつ物量押しが出来る上に、無人故に搭乗者の負荷も度外視出来る為、通常兵器を上回るレーザーや機銃などと言った豊富な火力も持っていて、人員の消耗も減らせるのだからテロリストにはうってつけの戦力だ。テロリストたちが飛びつかないほうがおかしい。

 そしてそれが日本で猛威を振るう事も時間の問題だった。なんせ量産が容易いのだから。

 

 現状、国際条約では使用が規制されているがゲリラやテロリストがそれを聞く訳が無いし、広まったものをそう簡単に無くす事など出来る訳が無かった。故にテロリストたちの主力として運用されていた。で、現に先程ニュースになっているような事件が日本でも度々起こっていると言う有様だ。

 

 

「それはそうと、IS学園に入るって母さんから聞いたけど大丈夫?」

 

『逸らしたな貴様。まぁいい。なに、別に大した事は無い、お前が気にする事じゃない』

 

――そんな筈は無いでしょーに……

 

 何の事も無げに否定する箒の言葉に玲次は心の中で返した。IS学園とは何処にでもあるような、ただの高等学校ではない。兵器を取り扱う、特殊な高等学校だ。それは自律兵器に対する有効手段であるI()S()と言う兵器を取り扱うエキスパートを育成する、世界に一つしかない学校。

 そんな学校に箒は入学するのだ。日本の各地でテロが増えたのはIS学園が原因とも巷では言われている。

 

 故に危険は常に付きまとう。

 しかも取り扱う兵器であるISは現行の兵器の中では間違いなく『最強』だった。

 

 ISは一時期猛威を振るっていた自律兵器をそこらへんの石ころの如く蹴散らしてしまう程の性能を持っていた。実際テレビのニュースで報じていた通り鎮圧もあっと言う間にこなしてしまう。

 自律兵器にも強力な個体もあるらしいが、どっちにしろISの力ならばそれを打ち倒す事は出来る。それでいて従来の戦車や歩兵などを用いた戦術より圧倒的に軽微な損害で済む。

 

 それだけの力をISは――人よりちょっと大きいだけのパワードスーツは持っていた。

 

 IS、正式名称インフィニット・ストラトス。それは低コスト高火力である自律兵器の天下を塗りつぶすかのように現れた救世主と大袈裟に評された兵器。

 それを作り出したのは――篠ノ之束。

 

 玲次と箒にとっての姉。

 束はとても変わった人物だった。

 ……と言うのは興味あるものにはとことん興味を示すものの、興味の無いものにはとことん淡白な、そんな人物。

 これだけならまだ、変人。とカテゴリに入るだけで終わる。それに天才、と言うとんでもない要素が付与されるのが篠ノ之束と言う女だ。

 

 彼女は約10年前の渋谷で発生した自律兵器によって発生した大規模テロからISを以て人々を救いその名を世界中に馳せた天才技術者()()()

 これだけならば家族として最高に鼻が高い話で終わる。その一方少し厄介な事情を篠ノ之家もそして世界も抱えていた。

 

「でもさ……」

 

『それ以上言うな。怒るぞ』

 

 いやさっきぷんすか怒ってたよね、とは言ってはいけない。

 箒はISに対して忌み嫌っている節がある。束の作ったISを。

 嫌いな物を専門に取り扱う学校に入学させられたらそれはもう気分の悪くなる事間違いナシだ。

 

 なおこれは箒の意志による入学ではなく政府の手による強制入学だ。

 理由としては天才である束の妹だからというそんな余りにも理不尽な理由。きっと彼らは期待しているに違いない。3()()()()()()()()()()()()()束の代わりに成り得ると。

 

『人の事より自分の事に集中しろ。余計な事に首突っ込むのはお前の悪い癖だ』

 

「余計とは何だよ……わーったよ。自分の事に集中する。でも愚痴くらいは誰かに吐いときなよ。気負いすぎてぶっ潰れそうだし、親父も母さんも居ないしさ」

 

 篠ノ之家の家庭環境はかなり歪だ。玲次も箒も一人暮らしであり、親と言える人間は遠い場所に居る。

 ISが世に出た事に伴って数年前から重要人物保護プログラムなる日本政府主導の恐らくテロ対策であろうもののお陰で、篠ノ之家は一家離散に近い状態で日本各地を転々とさせられていた。

 

 箒も玲次も、地理的に離れてしまっている為お互い両親ともマトモに顔を合せていないし、たまにメッセージ用のアプリや電話で連絡する程度なので顔は見ていない。

 箒とこうして連絡するのも稀だ。そして箒自身の生真面目過ぎる性格もあって心配以外何でも無かったし、重要人物保護プログラムに一番堪えていたのは箒なのだから。

 そんな玲次の心配を箒は一笑した。

 

『そう簡単には潰れんよ。私を甘く見るな。では、切るぞ』

 

 語調は少し穏やかなもので、もう怒っている様子はもう無かった。

 

「それじゃ。箒もテロは気ィ付けなよ」

 

『分かっているさ。でだ……高校受験落ちたら承知しないぞ』

 

「あ、はい」

 

 が、最後のドスの効いた一言で円満な空気が台無しとなり玲次は改めて決意した。

 

――ゲーム機は暫く封印だ……

 

 電話が切れたので玲次はちょっと苦笑いしながらうどんを一気に啜ってから。すぐさま試験勉強を再開した。

 ここまで言われたら受からなければならないのだから。

 

 落ちたら何を言われるか分かったものじゃない。

 

 

//

 

 

 

 電車から降りた瞬間、玲次は肌を刺すような冷たい風に晒された。

 

「さっむ……」

 

 思わず声が出る。手袋もしておけば良かったと思ってもあとの祭りで、手と手を擦りながら改札口に向かった。行先は受験先の高校だ。

 別に今日が試験日とか言う訳では無く、試験当日に迷わないようにするための下見と言う奴だ。

 

 夏とか言うエアコンor扇風機必須な季節も嫌いだが、冬とか言う手に力が入らない季節も大嫌いだった。玲次が通っている中学校の玲次の在籍していたクラスの教室には残念な事にエアコンは置いていなかったので、地獄以外何でも無かった。

 

 更に追い打ちを掛けるように男子クラスと女子クラスに分けられた挙句、女子クラスの教室にはエアコンが設置されているとか言う中々ふざけた学校だった。

 まあ元々あの学校にはエアコン自体なかったのだが女子生徒の要望で女子クラスの教室のみエアコンを設置された経緯があるという中々酷い話で、一方で自分たちの教室にエアコンが置かれなかった男子生徒の要望は一蹴されてしまっている。

 男は頑丈なだけが取り柄なのだから耐えて当然、らしい。比較的気温の低い地方だったので本当にふざけた話だ。

 

 ……これも実はISが間接的に絡んでいる事だったりする。ISの存在は社会の構造すらも変えてしまった。故にその存在を快く思わない者も居る。ISの存在は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という女尊男卑の図式を作ってしまった。

 

 何故ならばISは女性にしか動かせないという欠陥があるからだ。原因は分からない。だがそれを問う事はもう出来ないし、女性にしか動かせない原因であるとされるISを作る上で欠かせない『ISコア』と呼ばれるコアユニットは、ブラックボックス化されており束にしか作れない状態だった。

 そしてその肝心の束は()()()()()()()()()()()()()()()ので欠陥の是正のしようが無いのだ。

 

 今の社会はISを使わざるを得ない。喩え、生みの親を喪ったとしても。

 自律兵器は強力で歩兵や戦車など通常兵装で立ち向かえば必ず被害がでてしまうが、ISならば少人数で一方的に撃破も出来る。

 

 ISは陸上、海上、水中、宇宙空間と場所を択ばない高い汎用性、ミサイルを追い越すほどの機動性を持ち、パワードスーツで有る為に操作からの動作へのタイムラグが殆ど発生しない。更に生身の人間が使えば脱臼か骨折確実な武器の反動をモデルガンレベルにまで軽減できるので、携行装備の火力も尋常では無いし、防御力も言わずもがなだ。高所から墜落しようが操縦者にはちょっとの衝撃しか届かない。

 

 まるでこれまでの兵器を嘲笑うかのような性能があるのに自律兵器を倒すのに活かさない筈がない。

 

 ISが最強の兵器であり、女性にしか扱えない。その上、増加しつつあるISでなければ対応が難しい自律兵器によるテロに対応するべく、そして他国家への抑止力を確立させる一環として国家群は女性への優遇制度を制定。

 それがエスカレートしていった結果――女尊男卑の風潮が出来上がってしまった。

 

 この世界を守っているのは女なのだから女が偉くて何が悪い、そんな主張をするタイプの人間も出てきてしまい、自律兵器を使用したテロを起こしているのが全部男性の嫉妬によるものなどと言う根も葉もない風評も相まって益々男性への風当たりが強くなる訳だ。

 

 きっとISが現れなければこうもならなかったのだろう。けれども10年前に渋谷を、東京を救ったのもまたISのお陰な訳で。ISの存在を恨めないし、手放しで賞賛も出来ないのが玲次の心境だった。

 

 そんなISの存在で歪んでしまった中学校に通う日々も近いうちに終わる。

 玲次が通っていた中学は上層部の意向もあって女尊男卑化が進んでいたが、受験先の高校はそういった極端な優遇は無いらしい上にエアコンも付いているとか。ついでに学費も比較的安いので一石二鳥だ。

 

 

 気を取り直して玲次は受験先になる高校に向けてスマートフォンの地図と周囲の景色を交互に見比べながら街中をただひたすらと歩き続けた。

 

 駅前にある少し寂れた商店街を通り抜けると、受験先であろう高校のグラウンドらしき高いフェンスが少し見えて来る。他のビルなどで色々隠れているが、街中に高いフェンスがあるような場所など数が限られている。あそこが受験先に違いない。

 軽く確認してからさっさと帰って勉強しよう。そう思って交差点を渡り、駆け足になったその時だった――

 

 

 ――轟音、銃声。そして、誰かの悲鳴。

 

 

 背後からした尋常では無い轟音が玲次の耳朶を打った。咄嗟に振り返ると少し離れた交差点の中心で砂煙が立ち込め、信号機が折れて中途半端な曲がり方をしている。先ほど渡った場所とはかけ離れた光景に戸惑い思考が止まり、足も止まった。

 

自律兵器(オートマトン)だッ!!」

 

 誰かの叫びにより漸くショートした頭が動き、状況を察した。気付けば悲鳴と怒号、クラクションや車と車が衝突する音がまじりあった不愉快な音がこの澤木と言う街に木霊していた。

 

 きらりと煙の中から一つの赤く丸い光が煙の中で鋭く輝き玲次の瞳に映る。

 

「邪魔よ退きなさい!」

 

 踵を返してさっさとこの場から逃げようと思い立ったその時だった。逃げ惑っていた女性に突き飛ばされた。玲次の身体が軽く浮いて、アスファルトに投げ出される。そして、地に身体が接触しようとしたその時だった――

 

 一筋の真紅の閃光が玲次を突き飛ばしたスーツを着た女性の身体を貫き縦に真っ二つに斬り裂いた。

 

「なっ――」

 

 絶句せざるを得なかった。真っ二つにされた女の身体の傷口は閃光に焼かれて血飛沫が飛び散る事無く切断され、切り離された左右の身体がごろごろとアスファルトを転がった。焼き切られた衣服の一部がひらひらと宙を舞う。

 突き飛ばされた瞬間、あの女に軽く苛立ちを覚えた事も同時に何処かへと吹き飛んでしまった。

 そのためレーザーに斬り裂かれてざまぁみろとまでは思えなかった。

 

 

 レーザーで煙を斬り裂き、現れた一般男性の身長の二倍程大きな灰色の機械は4本の脚に付いたホイールで無機質な駆動音を鳴らしながらこちらに向かって行く。きっと――殺す為だけに。

 駆動音はまさに死神の足音だった。追いつかれたら確実に殺される。

 自律兵器自体、使用が国際条約で規制されているが、安価かつ人的損失の無さも相まってテロリストが手軽に手に入れる事が出来るという事態となっている。ワイドショーのコメンテーター曰く、何者かが裏で提供しているのではないかと推測していたが、きっとその通りだ。

 

 何とか痛みを堪えながら、起き上がって逃走を再開する。

 当然それを自律兵器が見逃す訳がなかった。ふと彼我の距離を確認しようと後ろの自律兵器群を見ようと後ろを向くと――

 

 5つの小さな鉄の塊が火を噴いて此方に向かってものすごい勢いで飛んできていた。

 それが何なのか気付くのは容易だった。

 

――マイクロミサイル!?

 

 逃げても無駄だ。直撃せずとも爆風で身体を持って行かれるか壁に叩き付けられるなりして大怪我する事は眼に見えている。普通の人間が走る速度とマイクロミサイルが飛んでくる速度なんて比べる事などおこがましい。当然後者が速いに決まっている。

 どう足掻いても怪我は免れない、最悪死も覚悟しなければならない。

 

 その事実に玲次は顔面蒼白となった。

 

――たった15年しか生きていないのに死ぬのかおれは。

 

 死がここまで現実的になって自分の眼前に迫って来ていたなんて昨日の自分は想像なんてしていなかった。玲次は必死に走った。せめて直撃だけは避けたいと必死に。

 そんな思いの前に立ちふさがる現実というものは実に非情で――

 

「っが!?」

 

 慌てるあまりいつもの走り方を忘れ、普段慣れないフォームで駆けていた足が絡まって派手にこけた。

 手に持っていた鞄が緩衝材となってくれていたので怪我こそ防げたが、このマイクロミサイルに追われている状況下では最悪の一言だった。

 

――駄目だ、逃げられない。

 

 立ち上がろうにも身体に力が入らない。身体が追い付かない。そしてマイクロミサイルは観念して目を閉じた玲次のもとに着弾

 

 

 

 

 する事は無かった。

 

 ふわり、とした感覚を覚えると同時に少し離れた場所で爆音が響いた。そしてひんやりとした金属特有の硬い感触も。

 玲次はハッと目を見開く。そこには――黒いロボットが居た。

 その黒いロボットに玲次は抱えられていた。自衛隊かIS学園が寄越した代表候補生のISじゃないのかと思いはしたものの、そのロボットから生気が感じられなかった。人が乗っていると素肌が少しは見える筈なのだがソイツからは一切見えない。

 ……故に異様さを覚える。無人のISなど見た事が無い。聞いた事も無い。

 一般的に使われている量産型ISであるラファール・リヴァイヴや打鉄とは形状が異なるし、TV中継で見た事のあるタイプともかけ離れていた。

 

――こいつは、一体?

 

 ロボットは地上に降り立ち、玲次を降ろす。自律兵器から然して離れていないアスファルトの上で、だ。

 せめて離れた場所まで運んでくれと文句の一つも言いたくてロボットを見上げる。ロボットの大きさは2メートル強で些か顔を上げなければならない大きさだった。

 

 恐らくはISだろうが、謎の違和感がひしひしと湧いてくる。ロボットは玲次を見下ろす。流石に自分の身長の1.5倍程の大きさのものに睨まれれば流石に怯むというものだ、思わず数歩後ずさった。もしかしたらあのごつい腕でいきなり殴って来るんじゃないかとすら思ってしまい、冬なのに嫌な汗が止め処なく流れる。

 そんな怯んだ玲次に構う事無く無機質な音声を何処かについたスピーカーから放たれた。

 

【認証完了、正規操縦者篠ノ之玲次と確認】

 

 割とクリアな音だったので、綺麗に聴こえた。

――何故、俺の名前を知ってるんだ。ロボットの友人は居ないんですけど。と言うか正規操縦者とは何だ。

 疑問符を浮かべつつ、益々得体の知れなさが強まって身構える。

 

 まさか殺し屋じゃないだろうな。と根拠のない推測もしてみるがこんな一介の天才でも無い冴えない男を殺しても何の得も無い。

 

 次の瞬間、ロボットの装甲が白い光に包まれて――弾けた。

 そして無数の光の粒となって玲次の身体に纏わりつく。

 

「え? あ、ちょっ!?」

 

 光の粒を振り払おうとするも全く効果は無く

 身体中に硬質な金属が鎧のように形成されては装着されて行く。そして脳に機体状況、エネルギー残量、OSなどが容赦なく流れ込んでくる。正直言って頭が狂いそうだった。流れ込む膨大な、それも意味の分からない情報まで入って来る。気持ち悪い事この上ない。

 

 

 が、気付けば気持ち悪さは直ぐになくなった。

 自分の頭の高さに違和感を覚えて下を見ると地面がいつもより遠く見える。例えるならば竹馬をしている時に下を向いたときのような。

 そして下を見ている内に体に違和感を覚えて自分の手を見る。機械造りの装甲に覆われた大きな手、足、脳内に流れ込む視えていない筈の背後や上空の情報。

 この異常な違和感に苛まれている内に、自律兵器がすぐ近くまで迫り、赤く丸いランプのような部位がきらりと光った瞬間、玲次は察した。あの女を真っ二つにしたレーザーが放たれようとしている事に。

 

「あぶなっ――」

 

 右に避けようと意識するが、身体が追い付く訳が無い。あの自分を突き飛ばした女性と同じように身体が真っ二つにされると覚悟したその時身体が、動いた。スライドするかのように。

 紙一重で躱され、玲次というターゲットを見失った閃光は真っ直ぐと虚空を切ってから減衰し、髪の毛よりも細くなって消え去っていく。一方で回避した玲次の身体は勢い余ってビルの壁にぶつかった。

 

 右半身の出っ張った装甲が壁に突き刺さり、体に軽い衝撃が襲う――はずだったが、不思議と痛みがなかったし勢いの割には覚悟していたような衝撃はほとんど来なかった。

 

――あぁ、そう言う事か。

 

 パニックになっていた頭が、レーザーを躱してビルの壁に勢い余って突っ込んだ事で落ち着きを取り戻し、頭の中に直接流れ込む機体の情報から自分の置かれている状況を何となく理解した。

 

【シールドエネルギー残量:98% 装甲の破損:無し】

 

 

 自分が――男なのにISを纏っているという事を。

 

 



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02 マシンと会った日Ⅱ

 どうでも良い話かもですがサブタイの元ネタはVガンから。


 玲次は困惑し切っていた。何故ISに乗れるのか、そもそもこいつは何なのか。

 そんな疑問は湧いたがISは自分の名前しか応えてくれなかった。

 

黒鉄(くろがね)

 

 名前は打鉄に似ているような似ていないような。そんな名前だった。武装もどうやら搭載されているらしい。つまり戦えと言うのか。確かにISは自律兵器を軽々と粉砕する攻撃力も、攻撃を防ぐだけの防御力も持っている。

 だがこういう事は自衛隊か代表候補生の仕事だ。

 

 とっとと退散したいと思ったが逃げた所で自衛隊に捕まって世話になる事は間違いないし、どう足掻いたって碌な事にならないのは眼に見えていた。それに男がISを纏って飛び回るなんて尋常では無い異常事態だ。

 ISに乗れる理由はどうせ篠ノ之の人間だからだろうと投げやり気味に推測しつつ、ビルにめり込んだ右半身を引き抜く。だが逃げ場は無くビルに右半身をめり込ませている内に4基の四足歩行型自律兵器に四方から取り囲まれてしまっていた。

 

「…………チッ」

 

 ISなら空を飛び回る事は出来る筈なのだが、如何せん()()()()()()()()()。何処ぞのロボットアニメみたいにマニュアルは置いていないからどうしようもない。テレビ中継で見た大会や自律兵器との戦闘の動画の知識しか頼りにならない。

 ISには確か防衛機構は有ったはずなので、自律兵器の攻撃はある程度防げるはずだが、操縦方法は分からない。手足を動かす事は辛うじて出来るのだが。

 

 今回の自律兵器は柱状のボディに四本の脚を生やし、両サイドに一門ずつの機銃の銃口が。頭頂部にはミサイルポッドが付いている。レーザーはボディの上部、機銃の銃口と同じ高さの位置に赤く丸い一つのランプのようなものから発生するらしい。

 一基が両サイドに付いていた機銃の発射口が玲次に向いてから火を噴いた。

 避けようとするも間に合わず、装甲に覆われた両腕を盾にして放たれた弾丸の雨を受ける。だが受けた衝撃は微々たるものだった。当然のように痛みは無い。

 

【シールドエネルギー残量94%】

 

 成程ISが持ち上げられる訳だ。生身の人間が喰らえば蜂の巣確定の下手な拳銃より大きな口径の機銃を受けて全く痛みを感じない。しかも腕に付いた装甲が結構な数の弾丸を弾いてしまっていた。

 だが当たり続ける事は間違いなく危険である事ぐらいは素人である玲次でも分かった。悪く言えば4%のダメージを負ったのだ。シールドエネルギーは一種のISにとってのヒットポイントのようなものだ。これが無くなると、ISの防御力は無くなってしまう危険がある。それぐらいの知識は持っていた。

 脳内に送られてくる周囲の状況を確認していると、少し離れた場所にてバラバラになり焼けただれた肉の塊が映った。それは――人だったナニカ。それは一つだけでは無い。幾つもだ。レーザーで焼き切られたり、マイクロミサイルの爆風でバラバラにされ、機銃で蜂の巣にされて。

 最早人と言うにはかけ離れた――原型は最早留めておらず辛うじて焼けただれて皮膚に張り付いた布や発せられる不快な臭いと状況からしてそれが恐らく人間であったのだろうと推測できるぐらいだった。

 

 前々から自律兵器とテロ行為は気に入らなかったが、今回は尚の事気に食わなかった。こんな死体の山と言う胸くその悪い光景を見せられれて喜べるはずがない。喜べる奴が居たらそいつはきっと狂っている。

 

 別の個体がレーザー発射体勢に入ろうとした途端、玲次はその個体に飛び掛かって勢いよくレーザーの発射装置目掛けて殴りつけた。

 ガンッ! と良く響く音を立てて自律兵器は軽く吹っ飛んだ。追い打ちにもう一撃叩き込もうとしたが、残り3機が黙っている訳が無く一基はレーザー、一基は機銃、一基はマイクロミサイルを展開して今にも玲次を吹き飛ばそうとしている。

 

 だが、構うものか。多少のダメージが平気ならこのまま突っ切る。

 地面を力強く蹴り、肉迫し、左の拳を振り上げる。一度玲次に殴り飛ばされたこの個体は既にレーザーの発射機能が先の一撃で壊されており、残っている反撃手段は機銃くらいだ。マイクロミサイルは射出までタイムラグがある。撃つ前に掻っ捌かれている事だろう。

 

 放たれた拳はそのまま真っ直ぐ自律兵器に向かって行く。そしてその最中に左腕の手甲型の装甲から刃が飛び出た。レンジこそ短いが高周波ブレードなので切れ味はそこら辺の金属など容易に斬り裂く。

 拳が自律兵器にヒットする前に飛び出た高周波の刃が自律兵器の装甲にヒットし、火花が派手に散り、瞬く間に突き刺さった。そして追い打ちを掛けるように右膝の装甲からもブレードが出現しそれで膝蹴りを叩き込んだ。

 

 自律兵器の装甲はどうやら大した事は無いらしく、仕込み刃はあっという間に深々と突き刺さり、追い打ちとして左腕の仕込み刃を突き立て、突き刺した右膝のブレードも引き抜いてズタボロになった自律兵器から、別の個体が発砲した同士討ちを考慮しないマイクロミサイルとレーザー、機銃から回避するべく飛び退いた。

 

 すると別個体から放たれたものが玲次に命中する事無く、大破した個体に泣きっ面に蜂の弾丸とレーザー、マイクロミサイルと言う三十苦を浴びせられて、最早鉄屑と化して沈黙した。

 

「滅茶苦茶だ。ISも束姉も……」

 

 そんな感想しか出なかった。正直自分には無縁のものだったので、事実を知っては居てもその力の大きさの感覚的な実感が無かった。驚かずには居られない。束が作った物の大きさは、自分が思った以上だった。

 相手が無人機ならば遠慮も要らないだろう。それと同時に完膚無きにまで壊してやりたかった。先ほど見た惨状が脳裏に焼き付いている。このまま放って置くと後味が悪い。

 武器の切れ味も上々だ。残り3体も倒せそうだ――

 

 仕込み刃の詳細が知りたいと思った時には既にデータは提示されていた。どうやら袖口、肘、膝、爪先を至る所にブレードが仕込まれているらしい。そして通常の高周波ナイフが、両腰に一本ずつマウントされている。

 それ以外の装備は、両腕部に装着されたアンカー射出装置のみ。

 

「飛び道具は……これだけか」

 

 玲次は軽く毒づきつつ構え直す。

 有効レンジは短めだが、威力はそれなりにある事は先ほどの一発で実証済み。

 残り三機の動きには淀みは無く玲次を殺そうと再び銃口を向けている。逃げるにしたって追って来るようじゃ拙い。相手は無人だしただの殺しの機械だ。

 

 玲次は、脚に力を籠め、ゆっくりと膝を折る。そして力を込めて地面を蹴り、空高く飛び上った。それに伴い銃口から外れ、銃口は跳びあがった玲次を追うべく上へと向いて行く、が、もう遅い。10Mほどの高さを頂点に、重力に従って玲次の身体が落ちていく。そんな落下の勢いを利用し、右脚の爪先の仕込み刃を展開し飛び蹴りを放った。ISそのものの重量と落下の勢い、そして仕込み刃の切れ味が上乗せされて、自律兵器の装甲が蹴り抜かれて派手に凹んだ。

 

 そして刺さった右脚を蹴り剥がしてから着地した瞬間、機銃が玲次の背後を襲った。

 弾丸が装甲やバリアに弾かれて行く音が玲次の耳朶を打つ。無理矢理振り返り次の個体も殴り倒そうと機銃の雨の中被弾を気にせず走り出した。

 

【シールドエネルギー残量:85%】

 

 弾かれた弾丸と、落ちる薬莢の音が引っ切り無しに鳴り響く。そしてマイクロミサイルも飛んでくるが構う事は無い。爆発が起き、煙に包まれながらも前進は止めず、両腕の仕込み刃で機銃の砲身を切り捨て、右腕の仕込み刃で突きを放ってから、右腕を即座に抜き、爪先の仕込み刃を利用した蹴りを前方の脚部に叩き込む。すると脚部は瞬く間に斬り裂かれて4本のうち2本の脚を失った個体はバランスが取れず前のめりに倒れてしまった。

 

 さぁ、次はお前だ。

 

 そう言わんばかりに最後の個体に玲次は顔を向ける。最後に残った個体はそんな玲次に臆する事無く無機質にマイクロミサイル発射装置の砲門を開いた。

 

 

//

 

 

 また自律兵器によるテロ。

 その報せを聞いていた金髪碧眼の少女はヘリの座席に座り窓から見える下界の街を見下ろしながら、苦々しげな顔をした。まだ現場から少し遠いのか、街並みは平穏そのもの。そんなあるべき平穏に苛立つ自分に気付き、少しの自己嫌悪を覚える。

 

 少女は待ち続ける。まだか、まだかと。待ち続けていた。

 

 少女は自律兵器が気に食わなかった。アレはISとは違う。ISが乗りこなすのにそれなりに時間を要するのに対し自律兵器は何の苦労も無く手に入れられて、そして自分の血を汚す事無く、人やモノを機械的に潰す事が出来る。そこに責任も何もない。

 そんなモノが少女は気に入らなかった。

 

 ふと顔をあげると、少し離れた場所から黒い煙が登っているのが見えた。もう現場まで近いのだろう。

 

「オルコットさん」

 

 ヘリのパイロットの声に、ふう、と一息吐いてから答えた。

 

「えぇ、分かっていますわ。近いのでしょう? 自律兵器が」

 

「はい。降下準備、お願いします」

 

 これが初陣となる事に、心が躍る。少女に与えられたものは自律兵器など簡単に凌駕する。オルコットと呼ばれた少女はヘリのドアに右手を掛け、空いた手でロールの掛った金色の長い髪に隠れた左耳についたイヤーカフスに軽く触れた。

 一抹の不安こそあれど、カタログスペック上簡単に倒せる筈だ。

 やって見せる。いや、やらなければならないのだ。そうじゃなければこれまで積み上げて来たものは何だったのかと言う話になってしまう。それだけは少女にとって耐えられた話じゃなかった。

 

「お気をつけて!」

 

 パイロットの台詞を背に少女はぽつりと呟いた。

 

「さぁ、参りましょう、ブルーティアーズ」

 

 そしてヘリから少女は――飛び降りた。

 

 

//

 

 

「ふぅ……」

 

 バラバラにされた自律兵器の残骸の跡。全て玲次が斬り裂き、殴り倒したものだった。とは言っても倒したのは4機だけなのだが。

 

【シールドエネルギー残量78%】

 

 酷くダメージを喰らった気がする。まぁ回避の一つもしなければこうもなるのだが。だがもうこれで終わりだろう。大きく安堵の息を吐くと聞きたくない機械の駆動音が聞こえて来た。

 

――まさか。

 

 そのまさかだった。

 先程倒した自律兵器と同じタイプが四脚に搭載されたローラーで走ってやって来たのだ。しかも玲次の逃げ道を奪うように、前方後方5機ずつの挟み撃ち。合計10機と言う先ほどの2倍以上の数でやって来られていた。

 

 残りのこのエネルギーでやって行けるのか。手数は先ほどより増している為にミサイルのシャワーを喰らってゴリゴリとシールドエネルギーを削られてしまうのは眼に見えていた。

 飛び方を知らない素人の身で生き残る事が出来るのか。最早博奕だ。分の悪い賭けは正直好きでは無いのだが、拒否が出来ない強制参加かつ賭け金が命となると勝負に出ざるを得ない。

 

 腹を括る。

 チャンスはある。アンカーと2本の高周波ナイフ、四肢に搭載された仕込み刃、そしてISの力でそれなりに強化された身体能力だけでやっていけるか不安だがやるしか無かろう。

 

 全機一斉にマイクロミサイルの砲門が開く。

 

――拙い

 

 回避に入る。ミサイルの軌道に関しては飛べたらきっと回避できるのだろうが地上ではそうはいかない。

 ぎりぎりの所で上手く回避できないかとタイミングを見計らう。上手く出来るかは不明だが、やるしかないだろう。そう思った矢先――身体が動かなかった。

 片足を持ち上げようにも持ち上がらず、腕も動かない。

 

 それはたった数秒だけの硬直だったが、このマイクロミサイル一斉発射のタイミングでのこの硬直は命取りだった。

 激しい爆音と共に玲次の居た場所は50発程の爆発に呑まれる。熱気が玲次の肌を舐める。そしてそのまま爆発に吹き飛ばされてしまう――

 

【初期化・最適化が完了しました】

 

 筈だった。

 爆煙を斬り裂く白い閃光が玲次の黒鉄を中心に発せられる。先程の50発のマイクロミサイルによるダメージはゼロに等しく、シールドエネルギー残量に変化は無い。しかし――

 

 装甲は様変わりしていた。

 黒がメインカラーなのは同じだが、よりシャープな形状へと様変わりしていた。そしてまるでこれまでに感じていた着込んでいるという感覚は消え、まるで己の手足のような機体のレスポンスの速さに玲次は驚愕した。

 

――行けるか?

 

 まるで先ほどの状態が嘘のようだ。

 玲次の無事を確認した自律兵器群は機銃とレーザーで蜂の巣にしようとするも、その前に玲次は地面を蹴った。まるで先ほどの動きは嘘のような感覚だった。高速道路で走っている車に近いかそれ以上の速度で一機に近寄り、爪先の刃を利用した跳び回し蹴りを叩き込む。

 

 多少の無茶にはISは応えてくれるらしく、すぐさま次の行動に出る事が出来た。地面に着いた手で強く押し込むようにしてジャンプし、両腕のアンカーを射出。別の二機の装甲を突き刺し、捕縛した事で振り回し、ビルの壁に二機とも叩き付けた。

 

 流石の玲次の動きの変わりように自律兵器も困惑したらしく、動きが鈍い。その隙に玲次は前方機体の始末に専念していた。既に二機はビルの壁に叩き込んで大破している。残りは3機のみだ。そのうち1機は回し蹴りを喰らって手負いだ。

 

 背後の5機から機銃の弾丸が飛んでくるのがセンサーで確認されたが、相手取らず、動き回る事で被弾を減らし、じぐざぐに動いて接近して中破した個体の傷口に塩を塗り込むように先ほどの回し蹴りを叩き込んだ場所と同じ個所を狙って飛び膝蹴りを叩き込んだ。まるで抉られるように変形してしまう自律兵器の装甲。

 追い打ちに両腕の袖口の仕込み刃で突き刺し、掻っ捌いた。

 

「次――!」

 

 黒鉄が眼前の自律兵器が完全に沈黙した事を報せてきたので、次の標的にターゲットを変えた。今度は比較的離れた個体のレーザー発射装置を狙い、左腕のアンカーを射出した。

 見事にレーザー発射装置に命中。どうやら補正はある程度ISが掛けてくれるらしく、思い通りにアンカーが自律兵器のボディに突き刺さった.

 そしてそのまま、手元まで引っ張ってからカウンターの要領で右肘打ちを叩き込んだ。無論、仕込み刃は展開している。深々と刃が突き刺さり肘にも直接当たった為、大きく装甲が歪む。悪あがきに機銃で玲次を撃とうとするも、読んでいた玲次は空いた腕で機銃を片方だけ切り落とし、マウントされた高周波ナイフを引き抜いてから、迷いなく抉るように叩き込んだ。返り血のように火花が飛び散る。そして数秒後、それは糸の切れた人形のように沈黙した。

 

「前半ラスト――ッ」

 

 接近しつつある後方の5機から一旦、小刻みなバックステップで距離を取り、近くに有った比較的大きな自律兵器の残骸をアンカーで固定。それをハンマーの如く前方に残った最後の自律兵器に叩き付けた。衝撃に耐えられず最後の一機も大ダメージを負い、追い打ちにもう片腕のアンカーを射出、引き寄せてから爪先の仕込み刃を使ったカウンターキックで切り裂きトドメを刺した。

 

 引き寄せられた勢いのままカウンターキックで斬り裂かれてしまった機体は玲次と擦れ違い、アンカーから外され玲次の背中で爆発四散した。

 

「はぁっはぁっ……くっ」

 

 合計9機目撃破。射出したアンカーを両腕に戻して、残り5機を一瞥する。

 

 身体に強烈な疲れが襲う。玲次自身それなりに鍛えており他と比べてそれなりに体力がある自信はあったのだが、今回ばかりは慣れない事ばかりをやった所為で普通より疲れが溜まりやすかった。

 ISの操縦も楽じゃないらしい。もっとも玲次の場合陸上戦しかしていないというISの性能を十二分に生かせていない半ば縛りプレイに近い状況な上に、常人では有り得ないような滅茶苦茶な動きをしたのもあるが。

 

 玲次は状況の整理をした。

 

――シールドエネルギー残量は……67%。装甲のダメージは軽微。大分後ろから喰らったとは思ったけどンな事は無いって感じか。おれがこいつに慣れたのか? 現状敵は残り5機、それまでにおれの体力が残るかどうか分からないけどまぁ……なるようになるかね。ここまで減ったし、位置取りとしても逃走は可能。つってもここで放置すればあのガラクタ連中が何しでかすか分かんないから自衛隊か代表なんたらが来るまで持ちこたえるのがベターな選択か?

 

 再び人だった肉塊に目をやる。あれを見れば放って置く気にもなれないというものだ。それに自律兵器群がこちらを狙っている以上、逃げれば被害は拡大する。そしてあのかつて人だった肉塊は増えていくのだ。それだけは避けたい、後味が悪い。

 

「やるか――」

 

 玲次は高周波ナイフを構える。無理して殲滅する必要は無い。自衛隊なりが来るまで生き延びれば良い。

 この黒鉄とやらが一体何なのか知らなければならない。篠ノ之玲次と名指しで呼ばれた以上自分には知る権利がある筈だ。だからこそ生き延びてやる。

 

 疲弊した身体を引き摺りながら残り5機に向かって一歩、踏み出す。

 

 ――が、そんな玲次の目論見は思いの外速く果たされる事となる。

 

 

 キュインッ! と耳をつんざくような音と共に蒼白い閃光が玲次の頭上を奔った。その閃光は一つだけでは無く、次々と飛んできて自律兵器を射貫いて行く。

 

「ッ」

 

 2発程度で1機が完全に沈黙していく。自律兵器に反撃を許す事無くたった15秒で5機が全て沈黙した。自分も撃たれる事を危惧した玲次は咄嗟に閃光の飛んできた方向へと身体を向けた。撃たれる事も危惧して高周波ナイフも構える。

 

「……IS?」

 

 閃光が飛んできた方向は上空。そして黒鉄のシステムがそのISの反応を示していた。

 

【戦闘モード状態のISを感知。登録操縦者:セシリア・オルコット。機体名:ブルー・ティアーズ】

 

 それは蒼いISだった。背中に4枚のフィン・アーマーを装備し、手には大型のライフルを持っている。操縦者は恐らく地毛の金髪で僅かにロールがかかっており、いかにも外国人と言う印象を与える外見だ。名前の他にも所属国家がイギリスだとか言った情報が流れ込んでくる。

 

「貴方、自衛隊の方ではありませんわね?」

 

 セシリアと言う少女の問いに玲次は頷いてから応える。

 

「一応一般人。そっちは……もしかして()()()()()?」

 

 そんな玲次の返しに、そのセシリアは些か信じられないようなものを見るような形相で銃口を玲次に向けていた……

 

 




:自律兵器四脚型
 最もポピュラーな自律兵器。装備は側面に搭載された機銃2門、マイクロミサイルポッド、レーザー砲1門。ローラー走行も可能。
 恐らく自律兵器の中で最も量産されている。
 火力面では対人ではオーバーキルかつ装甲は軽火器は殆ど通用しない為脅威として見られている。

 他にも六脚型、タンク型、戦闘機型が確認されている。人型は確認されていない。


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03 世界最強『だった』女

 千冬さん登場回。
 デレ成分ちょっと多いかも


 

 有り得ない。

 所属不明(アンノウン)のISを見た瞬間、セシリア・オルコットは言葉を失った。

 

 ヘリから降下し自分に与えられた専用機であるブルー・ティアーズを纏い、現場に急行したものの既に状況は始まっていた。

 自衛隊が既に赴いているという情報は無く、戸惑いつつ六十七口径特殊レーザーライフルのスターライトmkⅢによる狙撃で所属不明機と交戦している自律兵器を手早く始末したのだが、所属不明のISはこちらに仕掛けて来る事は無く、ただ茫然とこっちを見上げている。

 

 ここまでならば、まだ驚く要素は無いのだが、搭乗者があまりにも特殊だったのだ。

 

【戦闘モード状態のISを感知。登録操縦者:ネットワーク未登録。機体名:ネットワーク未登録。コアナンバー不明】

 

 コアは有数だ。それも467基しかない。だから搭乗者やコアそのものの管理も厳重になされているハズだ。それなのに未登録? どういう事だ。

 しかも女性と言うには首を傾げてしまうような風貌だったのもある。

 男性的な女性は居ない訳ではない。だからセシリアは念の為に質問を投げかけた。だが返って来た声は明らかに男性のものだった。

 

 有り得ない。

 男性がISを操縦できるなんて、有り得ない。

 

 じゃあこの男の纏っているのはISでは無いに違いない。なんて発想がセシリアの脳裏に浮かびこそしたがブルー・ティアーズのシステムは既にそれを否定している。

 じゃあ変声機か、変声機でも使っているのか。

 

 だがそんな事をして何の意味がある?

 冷静になって考えてみればそんな結論に行き着く。意味など無い。

 

「貴方……何者ですの?」

 

 銃口を向けたまま問うと、男は返した。

 

「おれ? えっと、篠ノ之玲次。一応一般人なんだけどちょっと変な事になってて。助けてくれて、ありがとうございます。お陰で助かりました」

 

――シノノノ?

 

 聞いた事のあるファミリーネームだ。と言うか明らかに特殊なファミリーネームなので直ぐにISの開発者の血縁であることが分かった。と言うか9機も自律兵器を粉砕しているのか。それに比べてこちらは遠距離から5機を仕留めただけ。

 セシリアの眉間に軽くしわが寄る。

 

 篠ノ之と言うのだから何かISに細工したとかそんなのではないのかと思い至ったがどうやら玲次と名乗る男はかなり困り切っている表情をしている。

 

――困っているのはこっちの方ですわよ……!

 

 初陣で華々しくデビューを飾るかと思ったらいつの間にかポッと出の所属不明ISに、それも男に滅茶苦茶にされているなどとセシリアとしては些か不愉快な話だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 篠ノ之玲次とは関係のない、自分の昔の事を思い出してセシリアは苦虫を噛み潰したような顔で篠ノ之玲次を見下ろしていた……。

 

 

//

 

 

――何で睨まれてんのおれ?

 

 玲次は困惑していた。そんなに男がISに乗る事が気に入らないのか。

 ISを絶対的に神聖視する危ない頭の人は居ない事は無いのだが、セシリアと言う人はそんなタイプなのか。

 何故睨まれているのか分からない。銃口も既に下げられていたが怖い事この上無い。何か文句言ったらまた銃口向けられて撃たれるんじゃないかとすら思ってしまう。

 両者が無言のまま対峙していると、上空からヘリが近づいてきた。それにセシリアと玲次の注意がそちらへと向く。

 そしてそれがセシリアと玲次の前に着陸すると、中から女性がドアを開けて降りて来た。

 

 黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、少し鋭い目つきで黒い髪の女性が。そんな彼女に玲次は見覚えがあった。

 

「……千冬さん?」

世界最強(ブリュンヒルデ)!?」

 

 玲次は名前を、セシリアは彼女の異名を呼ぶ。

 

「玲次か……こうして顔を合せるのは3年ぶりだが随分と妙な物を纏っているな」

 

 千冬は呆れたように言う。玲次は千冬と言う女とは面識があった。

 織斑千冬……玲次の姉である束の数少ない友人であると同時にちょっとした有名人でもある。それはセシリアの『世界最強(ブリュンヒルデ)』と言う言葉に集約されている。

 

「あー、話せばちと、ややこしい事になるんですが」

 

 どう説明すればいいのやら。玲次はちょっと困った顔をしていると、千冬は一切顔色変えずに切り出した。

 

「分かった。その前に私と同行して貰う。オルコット、入学前ではあるがご苦労だった」

 

 千冬はセシリアに労いの一言投げてから踵を返しヘリに再び向かって行く。それに玲次は付いて行く。3年ぶりの再会で更に突然過ぎるものであったが、知らない人に連行されるよりはまだ信用は出来る。それにセシリアの反応から分かるようにISの界隈では名の通った人間であり、話しが分かる人であるのには違いない。

 

 が、千冬はヘリを前に振り向いて溜息を吐いた。

 

「ISに乗って物騒な得物を持ったままヘリにでも乗るつもりかお前は」

 

「あっ」

 

 言われてみればISを纏い、物騒な高周波ナイフを持ったままだった。

 千冬の突っ込みに玲次はあたふたし、セシリアは、なんなんだこいつはと言わんばかりに益々眉間にしわを寄せた。

 

「あの――どうやって解除するんですか」

 

 そんな玲次の問いにセシリアは盛大に溜息を吐き、千冬は軽く頭を抱えた。

 結局、解除方法は千冬から教えて貰う羽目となったのは余談だ。

 

 

//

 

 

 ヘリに乗り連れられた先はIS学園……つまり箒の入学先だった。

 IS学園の位置は東京湾に浮かぶ人工島にある。一般的なアクセス方法は船かモノレールしかない。ヘリに関しては最早特例だ。そもそも一般的では無い。

 

 無論、監視システムもある為にそう簡単に侵入は出来ないだろうし、噂だとCIWSとかバリアとか装備しているらしい。まさに要塞か監獄島(アルカトラズ)だと玲次は思った。

 まぁ、CIWSやバリアについてはネットに書き込まれているようなソース不明の噂話なので信用は出来ないのだが。

 

 だがそれくらいの装備はしていないと強力な兵器と人材の溜まり場であるあの場所を維持は出来ないだろう。ただでさえテロが昔より簡単に出来てしまう時代だというのに。

 無論、モノレールに乗るには許可証が要るので通常は一般人が乗れないようになっている。

 

 そんなIS学園に上陸する事になろうとは数時間前の自分じゃ想像も出来なかった。

 

 

「で――突如現れた機体に乗って自律兵器を9機程撃墜した、と」

 

「えぇ、でもよくよく考えたら滅茶苦茶ですよ。まるでロボットアニメか特撮だ」

 

 IS学園の島に設立されている研究施設らしき場所まで連れられて、何もないまるで取調室のような所まで連れられた玲次が自分の置かれた状況を一通り説明すると、玲次の向かいに座った千冬は要領を得ない顔をした。

 

「黒鉄に関してはこちらが調査中だ。これで何かしらは分かるだろう。だが、あれは未登録コアだろうな……」

 

「467機しかないコアがそうホイホイとおれ如きをピンポイントで来る筈は普通有りませんからね……」

 

 机に置かれたコーヒーカップの中の黒々とした液体に映る自分の顔は明らかに不安混じりの表情をしていた。当然だ、常識で有り得ないものが存在するなどと、あってはならない事なのだから。

 

 ISの欠陥は女性にしか扱えない事だけでは無く、ISを形成するのに必要不可欠なコアユニットであるISコアが467機しかない事にある。

 じゃぁ、作れば良いじゃないかと思われるかもしれないがそうは問屋が卸さない。

 

 何故なら()()()()のだ。

 

 ISコア自体ブラックボックス化されている上に、推測されている必要な資材が入手困難なレアメタルと謎の合金で、他にも必要な資材は沢山あるのだが判明されていない部分が大部分を占めている始末だ。束曰くISコアの生成には相応の時間を要するらしい上に、ISコアの作り方を知っている肝心の束は――

 

「男がISを稼働させられる事は想定外だった。だが、名指しで呼ばれた以上作為的な物だろう。後程様々な検査を受けて貰うからそのつもりでな」

 

「まさか……モルモットになるんですかね、おれ?」

 

「あぁ、そうなるな」

 

 ばっさりそう言い放つ千冬に玲次の顔は真っ青になった。玲次の脳裏には手足を拘束されて改造手術を受ける某特撮主人公めいた光景や、脳だけになって培養液漬けになった己の姿が浮かぶ。我ながら悪趣味な発想に寒気がした。

 

「いっ……か、解剖ですか?」

 

「流石に貴重なサンプルを無碍に扱えまい。世界のパワーバランスを再び書き換えかねないものを下手に弄れはせん」

 

 とは千冬には言われたが不安は消える訳が無い。そんな玲次にトドメを刺すように千冬は続けた。

 

「だがまぁ、男がISを動かしたとなると世界中は大騒ぎだろうな。しかも正体不明の未登録コアもセットに付いてきた。……男女のパワーバランスを再び書き換えかねない存在を人々は放っては置かんだろう。喩え強行手段を使ってでも、な」

 

 強行手段。その単語はどう見ても穏やかな話では無かった。特にテロ件数が増加した昨今、説得力は段違いだ。

 

「気分の良い話では無いですね。常に見知らぬ誰かに狙われているとびくびくしなきゃならないのは流石に……」

 

「あぁ、それに日本政府も放ってはおかんだろう。貴重な外交カードに成り得るからな……だが、己が身を、立場をある程度守る唯一の方法ならある」

 

 あるのか。玲次の顔が少し明るくなる。国すらも守ってくれないのなら誰が守ってくれるというのだろうか。そんな都合の良い救世主が居るなら是非とも紹介して欲しい。

 

「なんです?」

 

 ずい、と身を乗り出して聴く玲次に千冬は何の事も無くさらりと答えた。

 

 

 

 

「お前がIS学園に入学する事だ」

 

 

 

 

「…………はい?」

 

 斜め上の回答に玲次の眼が点になった。それと同時に自分の耳を疑った。時間が停止したかのように玲次の動きが止まり、十数秒後に我に返ってしどろもどろになった。

 

「いや、ちょ、あの、女子校じゃないですかアレ?」

 

 玲次の取り乱しように反して千冬は冷静だった。だが、玲次は気付かなかったが、少し眉間にしわが寄っていた。常時仏頂面なのだから気付きにくいのだ。

 

「あぁ、ISの性質上な。入学条件がISの操縦が出来る事前提だからな。お前はその条件をクリアしている、と言う事だ。それに規則上男が入学してはいけないという規則は無い」

 

 つまり規則の穴を突けば入学できない事は無い、と言う訳だ。だが、玲次の存在など異物でしかない。学園施設そのものは男性が居る事前提では無いハズだ。

 

「まぁ、その事を念頭に入れておくと良い。まだ確定事項では無いからな」

 

 まだ、と言う事はいずれ確定事項に成り得るという事だ。

 この男が生き辛い世の中で女ばかりの環境に放り込まれれば碌な事にならないのは眼に見えていた。マグカップの中の黒い水面には引き攣った玲次の顔が映って居た。

 

「あのー、おれの受験は?」

 

「こうなったら取り消しだろうな」

 

「…………」

 

 開いた口が塞がらない。少し前までは少し手を抜いていたとは言えど、箒に叱られてしっかりしようと思った自分は何だったのか。酷い話もあったものだ。と言うかぶっちゃけふざけるなと文句の一つ二つは言いたい所だ。

 生と死の境界線に立たされた挙句、世界から望まぬ注目を受ける挙句、女子校に放り込まれるなんて悪い夢であって欲しかった。けれどもこれは現実で――

 千冬の容赦ない通告に愕然としていると、千冬の携帯の着信音が鳴った。

 

「すまん。少し席を外す」

 

 千冬はそう言い一旦部屋から出て行った。そして間もなくして戻って来た。

 

「準備が出来た、今から検査を行う」

 

「あっはい」

 

 もうなるようになれ。半ばヤケクソになった玲次は千冬の案内に従い検査を行うべく然るべき場所まで赴く。

 箒にはどう報告すれば良いのだろうか。箒は間違いなく良い顔はしないだろう。益々束に対しての反感が悪化するに違いない。そんな事を想像してげんなりしつつ診察室のドアを開けた。

 

 

//

 

 玲次が診察室に入り、廊下で待つ事になった織斑千冬は一人、壁に凭れていた。

 

――468機目のIS、か。

 

 有り得ない存在だった。それにそれが玲次が乗っていたとなると驚きも動揺もする。玲次の前では一応冷静であろうとしたが。そう見せる事が出来たかの自信は無い。自分は役者じゃないのだ。

 ISは467機しかない。それを新たに造れるとなるとそれは束しか居ないのだが、その()()()()()3()()()()()()()()()()()()()()()()()筈だ。

 

 事は3年前に遡る。

 当時は自分が現役から引退した辺りの時期か、ドイツへと出向する前ぐらいの時期だ。

 

 篠ノ之束と言うISを造った女は世界が放って置くような存在では無かった。故に日本政府の監視下で研究をさせられていたという。日本国内の様々な研究所と渡っていた筈なのでずっと同じ場所に留まっている事は少なかった。

 

 静岡の研究所でIS関連の性能向上などの研究をしていたらしいが、その研究所で突如爆発事故が発生したという。爆発の規模は相当なものだったらしく、研究所が原型をとどめないほどに消し飛んだという。

 そこに居た約50名ほどの人員はその爆発に呑まれてしまったようだ。死体は原型をとどめない程に吹っ飛んでおりどれが誰の死体なのか判別も出来なかった。その場に居合わせたとされる者の生存者はゼロ。

 

 篠ノ之束と言う人材を喪う事を恐れた日本政府は血眼になって彼女の生死を確認しようとしたが確認は取れず。敢え無く死亡と断定された。

 

 それを知った時、千冬は己が目と耳を疑った。

 篠ノ之束と言う女とは友人、のつもりだった。束本人は顔を合わすたびに過剰レベルのスキンシップを要求して来るので千冬はそれを些か乱暴な手段で跳ねのけていたが。

 

 きっと生きているに違いないと携帯で何度か掛けてみたが、応答は無かった。3年間ずっと。

 それが生きているかも知れない。千冬はふとそんな希望を少しだけ抱いたが、自分も自分なりの方法で束の生死を調べた。だが、爆心地(グラウンド・ゼロ)を調べて見つかったものは束がいつも着ていた風変りな衣服片だけ。転がっていた死体はどれも鑑定不可能な状態だった。

 

――期待はするだけ無駄、か

 

 もう自分には()()()()()()()()()()()()()。今は唯一の家族も、友人の家族も守る事ですらままならない体たらく。

 

「私も落ちたものだ」

 

 自嘲気味めいた声色で呟く。

 

「なぁ、お前はこんな私を見たらどう言うだろうな」

 

 それは分からない。千冬は束が一体何を考えているのかずっと分からなかった。千冬だけじゃない、箒も、玲次も、両親も、彼女を理解する事は恐らく出来ていない。

 

「やれる事は――やるか」

 

 でも、こんな自分でも出来る事はある。3年前持っていた力を無くしても何もしない言い訳にはならないのだから。せめて己が身を守るだけの方法ぐらいは教えたい。千冬はそう決意した。

 

 

 

 

 ――それから月日は流れ

 

 

 桜舞う季節へと時は流れていった。

 

 




 次回から原作に足突っ込んでいくよ。
 でもちょっとIS学園生徒は原作よりちょっと厳しめだから野郎どもにとっては些かハードモードかもしれない。

 本作の千冬さんやセシリアは原作と異なる点が幾つかあります。あと束さんは原作より性格は丸いかと。


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04 IS学園と幼馴染

 原作に足を突っ込む。
 一応オリジナル要素とか細かい変更点は有りますが。まだ原作通り。

 でも一夏の環境もちょっと変わっています。


 

 

「なにこれ……」

 

 玲次は誰にも聴こえないようぽつりと呟いた。

 冷や汗が頬を伝う。前知識としては知っていたがいざ現場に居るとなるとまた違って来るものだ。

 

 一見変哲も無いただの教室の中、玲次は久々に再会した旧友の男子生徒の席に視線を移すと黒髪の、ひいき目に見なくても男前な顔をしている少年はとても情けない顔で助けを求めるようにこちらを見ていた。名前は織斑一夏。こうして顔を合せるのは何年ぶりだろうか。

 苗字から察せられるように千冬の弟だ。

 

――おれだって助けて欲しいよこんな状況。

 

 実際玲次たちが置かれている状況は普通じゃない。周囲から刺さる好奇の視線がとても辛い。街を歩く芸能人とはこんな辛さを抱えていたんだろうかとふと思ってしまう。きっとそうだ、そうに違いない。

 奇遇にも姉の箒が同じクラスなので、彼女の席に視線を移す。別に助けて欲しい訳では無い、箒ともこうして直接顔を合せるのが久々なのだ。長い黒髪をリボンでポニーテールに纏めた凛とした雰囲気を持ち近寄りがたい空気を醸し出している。

 そんな箒には「知らん」と言わんばかりにそっぽを向かれてしまった。

 

 四方八方から飛んでくる好奇の視線の中に鋭い視線が一つだけ。後方の席に座っている縦にロールが掛っている金色の髪の少女からだ。彼女の名前は既に知っている。セシリア・オルコットだ。一体何を思ってそんな厳しい目で自分たちを見ているのか分からない。分からないから殊更に居心地の悪さが強くなる。

 

 

 ここまで玲次と一夏が追い詰められている要因は二つ。セシリアに睨まれている事と、

 

 

 

 玲次と一夏以外この場に居る者は全員女なのだ――

 

 

 

 

 

 男でISを使える人間は玲次だけでは無かった。織斑一夏という少年もそうだった。篠ノ之姉弟と一夏は大体6年ぶりの再会した、所謂幼馴染に類するものだ。

 

 教師はまだ来ない。どれだけ待ったのだろうか。それは約5分にも満たないだろうが二人にとって1時間ぐらいに感じられた。それぐらいに周囲の視線が痛い、痛すぎる。

 

 そして漸くお待ちかね――教師がやって来て教壇の上に立った。

 

 ショートカットの、ちょっと大きさの合わない眼鏡を掛けた女性。身長は低めで下手したら生徒に紛れても見分けがつかないかも知れない。それぐらいに顔立ちも幼く、千冬とはまるで正反対の雰囲気を持つ教師だった。

 

 生徒たちの視線が玲次と一夏から教師に向く。

 そして女性教師は大きく深呼吸をしてから、口を開いた。

 

「皆さん入学おめでとう。私は副担任の『山田真耶』です」

 

 彼女の隣にホログラム映像が表示される。最近はハイテクになったものだなぁと一夏と玲次は感心した。普通ならば黒板にチョークでデカデカと名前を書くのだが、ここではホログラムが飛び出すものなのか。

 

 性格なのか何故だかおろおろしている山田先生だが、直ぐに取り直して山田先生は続けた。

 

「今日から皆さんはこのIS学園の生徒です。この学園は全寮制。学校でも放課後も一緒です。仲良く助け合って楽しい3年間にしましょうね」

 

 そして再び、おどおどし始めた。静か過ぎる反応に堪えたのだろうか。どんな反応すれば良かったのだろうか。玲次はちょっと考えてみる。

 大学生みたいにウェ~イとかだろうか? 何だか嫌がるか、益々委縮しそうだ。

 

「じゃ、じゃぁ自己紹介お願いします。えっと、出席番号順で」

 

 その言葉に一夏は眼を見開いた。比較的最初らへんではないか。

 一夏があたふたしている内に数人の自己紹介が終わり、一夏に順番が回る。

 

 それに気づかず、混乱している一夏に山田先生が顔色を窺うかのように覗いてきた。

 

「織斑一夏君?」

 

「――うっ」

 

 一夏は箒に助けを求めるように視線を移すと箒は「知らん」と言わんばかりにぷいっとそっぽを向いた。今度は玲次に向くと、玲次はにこやかにサムズアップし、一夏の顔は絶望に染まった。

 

 神は死んだのか。

 

 元から信じても居ない神に縋るのもバカバカしい話だが、今回ばかりは一夏は信じていない神に縋らずには居られなかった。

 一夏は己の最期を悟り、顔をドラ○もんの如く青ざめさせる。そして――一夏は、息を飲みながら立ち上がった。すると生徒たちの視線が一夏に集中し、一夏は針の筵に立っているかのような感覚を覚えた。

 

「織斑一夏です……!」

 

 そして縮こまってしまうのも癪だったので、腹の底から声を出す。だがこの後に続く言葉が思いつかない。周囲の生徒たちは『何か喋ってよ』とか『これで終わりじゃないよね』と言いたげな顔をしている。

 

――それ以上期待したって今の俺には何も出ねえよ!?

 

 玲次以上にあたふたしていた一夏は趣味の話でもしようかと考えはしたが、それは憚られる。趣味の話しても面白味なんて無い。釣り、ゲーム、身体を動かす事――面白くない。

 ならば勢いで誤魔化してしまえば良い。何をトチ狂ったか一夏はそんな考えに至り、生徒たちの期待を一身に背負って一夏は――

 

「以上ですッ!!」

 

 ……勢いよく着席した。

 それにはさすがの生徒たちも茫然自失。声すら失うのだ。あまりの沈黙振りにカラスや閑古鳥の鳴き声が聞こえてきそうだ。

 

 そんな一夏に玲次は真顔になった。

 

――そんなタメを作るならもうちょっと何か喋れたんじゃない?

 

 なんてことも思ってしまう訳で。

 そんな状況下山田先生は一夏の簡素過ぎる自己紹介に戸惑い、心なしか涙目になっている。タメを作らずに流すように自己紹介すればこのような事にはならなかっただろうに。

 

「つ、次の人どうぞ……」

 

 山田先生が顔を思いっきり引き攣らせながら、次の人へと自己紹介のバトンを渡す。そんな中生徒たちのひそひそ声が聴こえて来た。

 

「あの子があの千冬様の弟さん?」

 

「だろうね。テレビでやってたし織斑なんて苗字珍しいし多分そうだと思う」

 

「あー、何となく似てる感じがする」

 

「ってことはめちゃめちゃ強かったりするのかな?」

 

 確かに織斑姓で思い浮かぶのは千冬の事だ。千冬がISの界隈での影響力は計り知れないのだから。因みに一夏は玲次の記憶では剣道はかなり強かった筈だ。それも箒と張り合える程に。

 数人の自己紹介を経て玲次の出番が回ったので立ち上がった。

 

「篠ノ之玲次です。訳有って男でありながらIS学園に入学させていただきました。趣味はテレビゲームです。宜しくお願いします」

 

 取り敢えず何のゲームかは言わないで置く。言ったところで話が合うタイプも居ないだろう。

 自己紹介を終えて玲次はさっさと着席するとまたひそひそ声が聴こえて来た。

 

「もしかしてもう片方が……自律兵器を撃退したって言う篠ノ之束の弟さん」

 

「篠ノ之ってことはこっちはIS開発者の?」

 

「そそ。ってことはあっちは既にISの事について知ってたり?」

 

 そんな訳が無い。実際問題、数か月前の黒鉄と出遭った時は知識なんざTVでやっていたISバトルの試合とかの知識しかなかった。その結果数か月前の自律兵器との戦闘で空戦が出来なかったのだ。

 今ならそれなりに戦えるようにIS学園の研究施設で教わったのでそれなりに戦えるが……

 

 玲次はひそひそ話に耳を傾けながら苦笑いする。身内だからって何でも知っている訳では無いというのに。

 

 そんな中、がらりと音を立てて横開き式の教室の扉が開いた。

 

 

「全く、朝から騒がしいぞ……」

 

 まるで呆れるようなそのトーン低めの声に一夏の肩はピクリと動いた。一方で玲次も察したのか「まじかー」と戸惑いの言葉を誰にも聴こえないような小さな声で溢す。教室の扉が開いて顔が見えないという1秒にも満たない時間の間に、教室の空気は一変し、静かになった。

 生徒たちの関心の矛先は玲次と一夏から離れて、その先ほどの声の主へと向く。

 

 そしてその声は案の定――

 

「ゲェッ、千冬姉!?」

 

 声の主――織斑千冬は一夏の声に反応し心底呆れた顔で早足で詰め寄り一夏の頭に手に持っていた出席簿で華麗な一撃を叩き込んだ。無論、面であって角では無い。だが怒らせたら角ぶつけられそうな予感が野郎二人にはした。

 

「織斑先生と呼べ、良いな?」

 

「あっはい」

 

 拒否を許さぬその威圧感に圧され、一夏の選択肢には「はい」か「OK」と言う選択肢しか残されていなかった。逆らえば碌な事が起こらないと一夏の本能が叫んでいた。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「あぁ山田君。クラスへの挨拶を押し付けて済まなかったな。後は私がやろう」

 

 山田先生からバトンタッチして、千冬は生徒たちの自己紹介をてきぱきと生徒に済まさせる。山田先生とは異なりかなり生徒たちの自己紹介もシンプルで名前だけで済ませた生徒たちもおり、結構緊張している様子が伺えた。

 

 この山田先生と千冬のコンビは最早アメと鞭か何かだ。アメだけで良かった気がすると一夏は思った。

 

「さて、知っている者もいるだろうが私が担任の織斑千冬だ」

 

 教壇に立ってからそう言うや否や、耳を劈くような女子たちの黄色い歓声が男子二人の耳を襲った。

 一夏と玲次と一夏は耳を塞いだ。

 

 女子の歓声は二人とも苦手だったのだ。ぶっちゃけ耳が痛い。

 

「私、貴女に憧れてこの学園に入ったんですッ!」

 

「私、千冬お姉さまの為なら死ねます!」

 

 

 口々に思いのたけをぶちまける生徒たちに玲次も一夏は顔を引き攣らせる。何故千冬がここまで慕われているのかと言うと、ISが世に現れる初期からの操縦者であり、ISを使用した世界大会の優勝者である事に由来する。

 要するにべらぼうに強いのだ、世界一。

 

 中継を見ていたので玲次は知っているのだが、IS専用の近接ブレード一本で次々と対戦相手を切り捨てていく様は圧巻だった。

 相手が接近戦主体だろうと狙撃主体だろうと、寄らば斬り、寄らずとも寄って斬る。喩え相手が迎撃しようとも悉く躱して切り伏せると言う反則スレスレの強さを持っており、相当な数の自律兵器を斬り捨てている。まぁ、約3年前に諸事情で引退し、一線を退いており現在はこうして教導に身を置いているらしいが。

 

 騒ぐ生徒たちに千冬は心底面倒そうな顔を一瞬するが流石はプロだ。直ぐにそんな顔をやめて――

 

「SHRは終わりだ。さて、IS学園に入学した以上、兵器をを取り扱うと言う自覚をもって貰う。ISの力はIS以外の現行の兵器やオートマトンを大きく引き離す。だからとて、女王様気分になって貰っては困る。そして人生のステイタス気分でこの学校に居る事もな。日本にもテロが起きるこのご時世だ。一国を滅ぼしかねない兵器を取り扱う以上それ相応の危険にもつき当たる事になる。その事を念頭に入れろ。これは遊びでも何でもない。これはこの教員としての命令だ。いいな」

 

 本当に分かっているのか、生徒たちの憧憬の視線が千冬に集まる。

 分かっているようには見えない。一部生徒は全く自覚していないも同然なのかもしれない。

 

 はい、と生徒たちは元気よく返事しているのだが、千冬は溜息を吐いていた。

 

「諸君にはこれからISの基礎知識を半月で覚えて貰う。その後実習になるが、基本動作は半月で身体に染みこませろ。一か月程の間に最低限のスキルを叩き込むのでそのつもりでいて貰う。いいな? いいなら返事しろ。よく無かろうと返事しろ」

 

 その時――一夏と玲次は悟った。

 神は死んだ。居るのは鬼か悪魔か魔人ばかりである。

 

 はい、と威勢よく返事する生徒たちを他所に軍隊よりはマシかも知れないがそれでも強烈な厳しさに眩暈を覚えていると、白い小さな塊が飛んできて玲次と一夏の額に直撃した。

 

「あだっ」「てぇっ」

 

「――言ったよな? 返事をしろ、と」

 

 飛んできたのは白チョークだった。道理で痛い訳だ。二人は着弾した額を痛みの余り押さえる。

 逆らったら命に拘わるのには違いない。玲次の頬に嫌な汗が伝う。

 実際問題千冬のお陰で助かっている部分もあるし、兵器を取り扱う学校であるという事もあるので、ここで異を唱えるのもおかしな話なのだ。――それに命が惜しい。

 観念した野郎二人は謝り返事した。

 

 

 さて、どうやら恒例行事なのか、山田先生は落ち着いた所でISについて先程のおどおどっぷりは何だったのかと思ってしまうぐらいに流暢に説明を始めた。これは大体の人が知っているような事ばかりで、最近作られた学校の教科書に載っている話だった。

 ISというのは、10年前に日本で開発されたマルチフォームスーツ。10年前の当初は宇宙空間での活動を想定していたのだが、現在は停滞中。現在問題になっている国際条約では違法とされる兵器『自律兵器の排除及び撃退』以外の軍事利用はアラスカ条約によって禁止されているので、今は専らスポーツとして活用されている。

 

 そしてここ、IS学園はIS操縦者の育成を目的に作られた唯一の教育機関。世界中の人が操縦者になる為にここに集まり勉学に励み、様々な国の若者たちが自分たちの技能を向上させるべく日々努力に勤しんでいる。

 ……という感じで、説明を終えてから

 

「今日から皆さん、しっかり勉強しましょうね!」

 

 

 SHRが終わり、休憩時間に入った。とは言っても授業までの準備をするためのインターバルのようなものだ。

 

 だが周囲から集まって来る好奇の視線は相変わらずで一夏は精神的に疲れたかぐったりと机の上に突っ伏した。幸い生徒たちがこちらに殺到して来てからの質問攻めと言うデスコンボには遭っていないが、両者が「抜け駆けは許さない」と言わんばかりの謎の牽制をし合っているので、予断は許さない状況だ。

 そんな中一夏が口を開いた。

 

「お互い苦労しそうだな……鬼教官に女子だらけの環境とか普通じゃない」

 

「ま、なるようにならぁね」

 

「マイペースだなお前……」

 

「なに、自棄(ヤケ)になってるだけさね」

 

 玲次はさっさと授業用の教科書を取り出しながら言う。こういった針の筵の上に座らされるような感覚は数日経てば、新鮮味が無くなって行き、周囲の興味から消えていくようなものだ。

 もう慣れるしかない。

 

「所で箒は元気だったか?」

 

「そんなん直接聞けばよく無い。本人近くに居るんだし」

 

「いや、ホラ……こう、話しづらいというか気まずいというか」

 

 本当に気まずそうに返す一夏に玲次は首を軽く傾げる。一応気持ちは分からなくもないのだけれども。

 

「強いて言うなら勉強してるか鍛錬してるかとおれに電話で訊いてくるぐらいには元気だよ」

 

「相変わらず真面目な奴だなぁ……」

 

 一夏は苦笑いする。箒は小学生時代からそんな生真面目な性格をしていた。だが一夏も中々人の事を言えないのは内緒だったり。

 因みに小学生の頃、玲次は一夏と箒とは別のクラスだったのだが、箒を通じて知り合ったのだ。

 

「まぁ無言の圧力をかまして来る親父よりはマシだよ。受話器越しから来る威圧感的なアレはもうね……絶対親父から影響うけてるよあの生真面目さは」

 

 愚痴っていると箒が席を立ち、玲次のもとへ早足でやって来た。噂をすればナントヤラだ。ちょっとまずい事を言ったかも知れないと思った玲次は咄嗟に口をつぐんだ。

 

「一夏を少し借りるが良いか?」

 

 ――が、そんな玲次の危惧は杞憂に終わった。

 

「あ、どうぞどうぞごゆっくりー」

 

 即答した玲次に一夏は「俺の意志は無視か」と恨めし気に見る。

 

「あれ、嫌だった?」

 

「いや、別にそう言う訳じゃない」

 

 態度が何となくそっけない感じが一夏にはしたので箒から話しかけてくれるのは割とありがたい話だ。けれども心の準備と言うモノがあるんじゃないのか。一夏は反論しようとした所でそれを察したのか玲次は一夏だけに聴こえるように小声で言った。

 

「先送りにしまくっていると億劫になるよ、多分」

 

「……確かに」

 

 箒に教室外まで連れていかれる一夏を見送っていると、どたばたと一夏目当ての生徒が後を追っていく。きっと箒の抜け駆けが狡いと思ったのか、箒と一夏の関係を知りたがっているかのどちらかだろう。

 

 生徒たちが半数程消えた所で、廊下側の窓を見ると、他の教室からやって来たのであろう生徒たちがこちらを凝視している。

 

 黙々と教科書を開いて、適当に読み漁っているとまた話し声が聞こえて来た。

 

「優男に見えて結構真面目だったり?」

 

「ギャップ萌えかぁ、イエスだね」

 

――いや、真面目じゃないから。

 

 心の中で勘違いしている女性陣にツッコミを入れつつ、教科書の3()()()()()()の項目が目に入り気が滅入りそうになったのは内緒だ。

 

 

「……えっと、久しぶりだな箒」

 

「ん? あぁ」

 

 一夏は、箒と共に学園の屋上へと上った。正直廊下は話せるような状況では無かったのだ。玲次や一夏目当てに別クラスはおろか上学年から自分たちの教室を覗きに来ているのだから、廊下で立ち話出来たものじゃなかった。

 廊下にひしめく沢山の生徒たちだが、モーセの如く道は開かれた。多分箒から発せられる『どけ、私が歩く道だ』と言わんばかりの気迫に気圧されたのだろう。

 

 一夏は思い出したかのように、昔の箒の姿を思い浮かべる。初志貫徹、頑固一徹、日々鍛錬、日進月歩、武士道。そんな単語が似合うタイプだった。

 多分自分や玲次よりずっと男前だ。美貌に似合わず、何てことを言ったらきっと殺される気がしたので一夏はそこら辺については黙った。

 

 

 箒はポニーテールに結んだ髪を弄りながら一夏を横目に、海を見渡す。カモメたちが鳴きながら飛びまわっているのが見え、立地の良さが見て取れる。

 

 一方で一夏には箒に睨まれているように思えて、少し拙い事を言ったかと焦った。箒は顔つきが些か鋭く、不機嫌そうに見えるのだ。本人曰く生まれつきらしいのだけれども、その所為かキレているのか笑っているのか少しよくわからない所がある。

 

 そんな中一夏は話題を必死に探す。そしてある事を思い出した。

 

「そう言えば、さ。去年剣道の全国大会で優勝したんだよな。アレ俺吃驚したよ。祝うのは少し遅いかもしれないけれど、おめでとう」

 

 すると箒は少しギョッとした顔をした。まるで鳩が豆鉄砲……否、徹甲弾を食ったような面だ。

 

「何故……知っている?」

 

 箒が恐る恐る訊いてくる。また地雷踏んだかと一夏は怯んだ。だが玲次との雑談では玲次は別に顔色一つ変えて居なかったし、大丈夫なものだと思っていたのだが―――

 でも心無しか少し嬉しそうに見える。

 

「……新聞読んだんだよ。引っ越して以来それっきりだったけれど、親父さんは元気か?」

 

「いや、最近あっていないので顔をずっと見ていないんだ……言葉を交わしたのは電話だけで声は元気そうだったが詳しくは分からない」

 

「そっか」

 

 一夏の視界にカモメが雲一つない蒼空を舞っている。海も見えるし中々良い景色だとふと思うも、それと同時に昔の事も脳裏によみがえって行くような感覚を覚えた。

 箒が引っ越して色んな事があったのだ。

 

「……しっかし、お前もIS学園に来てるなんてな。驚いた」

 

 一夏が溢した一言に箒は苦笑いで返した。

 

「お前たち男がISを扱えた事もあって二重に驚いた私程じゃないだろう」

 

「そりゃぁな」

 

 一夏も苦笑いする。そして、ふと屋上の出入口に視線をやった。――人の気配がする。箒もそれに気づいていたようでギロリと出入口に向けて睨みつけた。すると、すっ……と人の気配が掻き消えた。

 完全に尾行されて覗き見されているのが直ぐに分かった。

 

――俺に安息の地は無いのか

 

 覗き見されている事に一夏が軽く恐怖していると、休憩時間の終わりが近い事を告げる予鈴が鳴り響いた。

 

「時間だ。戻るぞ」

 

「あ、おい……」

 

 何故か突然そっけなくなった箒は階段に早足で向かって行く。一夏はそれを追い同じく早足で教室まで戻る事にした。授業に遅れたら何を言われるか分かりはしないのだから。

 




 白式登場はちょっとだけ前倒しする予定


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05 決闘へのカウントダウン、開始

 

「……であるからして、ISの基本的な運用は条約で使用が禁止されている自律兵器の対処以外の軍事的運用は現時点では国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したISの運用は、刑法により罰せられる可能性が―――」

 

 山田先生はすらすらと教科書を読み上げ乍ら、黒板に要点を記していく。

 一夏は先ほどのHR等で精神を摩耗した所為で授業を聞く気が湧かず、ぼんやりと山田先生の記す黒板を見ていた。

 

 

 他の生徒たちは黙々と教科書と黒板を見ながら板書をしている。そんな中一夏は必死に教科書を捲りながら一つ一つの用語を調べているが、そうしている内にどんどん授業から置いて行かれて行く。

 一夏のISに関する知識はゼロに等しいものだった。

 

 ふと玲次の席を見ると、玲次は他の生徒たちと同じように黙々と板書している。仲間を探すのは愚策か。軽く落胆しつつ、また調べ直す事に専念する。

 だが、どれも長々と書かれており中学校時代の教科書とは比較にならない程の密度だった。

 

――なんかの魔導書かよ……

 

 読むと何か呪文でも唱えられそうなくらいの意味不明の単語で並べられた文章は一夏の頭を益々混乱させる。

 他の生徒たちは予備知識は既に頭の中に叩き込んでいるようで、行き詰っている様子は無い。箒も少し遅れ気味ながらも喰らい付いているし、玲次も調子は箒とほぼ同じだ。

 

 IS学園の在校生は高い倍率の中で選び出されたエリートの中のエリート。一夏と玲次、そして箒は例外としてその中で甘い判定によって入学したに過ぎない。

 

 焦りを覚える。

 このままじゃ拙い。IS学園を侮っていた。

 

 歯噛みしながら急いで用語の一つ一つを確認していく中、焦った一夏に気付いたらしい教壇の山田先生が声を掛けて来た。

 

「織斑君、分からない所がありましたか?」

 

 心配げに問うてくる山田先生は中々有り難かったのだが、それと同時に自分が情けなくなった。

 

「……分かりません」

 

 ボソリと呟いたが、山田先生の耳にはちゃんと届いたらしく「何処がですか?」とにこやかに訊いてくる。流石教師だ。「どんと来い」と言わんばかりに謎ファイティングポーズすら取っている。

 そして一つ間を置いてから――

 

「全部分かりません」

 

 ここは正直に言った方が良かった気がした。

 嘘を言って分からない事を隠してしまえば、雪だるま式に積もって行くと中学時代の先生は良く言ったものだ。

 

「えっ……全部、ですか?」

 

 山田先生の可愛らしい顔が大きく引き攣る。先ほどの頼れる雰囲気は何処行った。

 だが、素直に言ってしまえば気持ち良いものだ。恥とか、余計なプライドが吹っ飛んでいくような開放感を感じる。あぁ『スカッと爽やか』とはこういう事か。

 まぁ、そんなアホな爽快感に酔いしれて良い訳が無いので、直ぐに我に返ったが。

 

 玲次は困り切った表情をし、箒は軽く頭を抱える。そして別の生徒たちは顔を引き攣らせたり、ごにょごにょとひそひそ話をしていた。そんな空気に負けじと山田先生は口を開く。

 

「え、えっと……今の段階で分からない人はどれくらい居ますか?」

 

 シン……と教室は静まり返る。そんな中玲次は手を上げた。

 

「この第四行の基準について少し不可解な点がありまして。お聞きしても宜しいでしょうか」

 

「あっはい」

 

 山田先生は気を取り直して教えに掛る。ある程度の説明が終わった所で――

 

「分かりましたか?」

 

 確認が入る。それに玲次は頷いた。

 

「はい」

 

「そうですか。良かったぁ……」

 

 山田先生がホッと胸をなでおろす。

 その間に一夏は必死に教科書を読み漁る。一秒でも多くの単語を頭に突っ込まなければ死ぬ気がしたのだ。

 

「織斑、入学前の参考書をちゃんと眼を通したか?」

 

 教室の片隅で控えていた千冬が見かねて割って入り一夏のもとまで歩み寄る。一夏を鋭い視線で睨んで来るので正に蛇に睨まれた蛙のような心境で、嘘は吐けず大人しく首を横に振った。

 

「済みません、読んでません。ラーメン溢して駄目にしました」

 

「必読! とデカデカと書いていた筈だぞ馬鹿者……と言うかラーメン溢すな」

 

 千冬は盛大に溜息を吐いてから、一夏の頭を出席簿で軽く叩いた。与えられた参考書は電話帳レベルに分厚く、一夏をげんなりとさせていた。因みにその参考書はラーメンを溢して駄目にしてしまったので参考書は既にこの世には無い。南無……

 

「実技試験云々でバーンアウト症候群にでもなったとか言い訳は聞かんぞ。ったく……織斑、お前は後であの参考書を再発行してやるから一週間以内で可能な限り覚えろ。後で試験をする」

 

「……はい」

 

 千冬にそう通告された一夏は項垂れ、一部から忍び笑いが聴こえて来た。聴いていて腹が立つものだったが、怒る権利は今の一夏には無い。

 

「ISは機動性、火力、制圧力は既存の兵器を大きく凌ぐ。そう言った兵器を知識抜きで扱えば事故は必ず起こる。それを防ぐための基礎知識だ。理解出来ずとも覚えろ。これは規則だ。……IS学園に行こうが行かなかろうがどのみち人は望まずとも集団の中で生きなくてはならない。それすらを放棄するなら人間を辞める事だな」

 

 その辛辣なひと言に一部生徒のひそひそ話が加速していく。

 

「所詮男ってその程度よ」とか、「千冬様も不出来な弟が居て本当に気の毒よねぇ」とか。目立った嫌がらせは無くてもこういったものは無くしようがないのだ。

 

――分かっている、だからお前らに必ず追いついてみせる、必ず。ISが乗れるという前提は同じなんだから追いつけない事は無いハズだ

 

 一夏だって黙ってやられてやる程大人しい人間では無い。

 そんな中ひそひそ話をする生徒に千冬が軽くギロリと睨みつけた。

 

「私語をするなら出て行って貰おうか」

 

 その一言で喋っていた生徒は一瞬にして黙らされた。千冬に逆らえる程、度胸は無かったらしい。

 千冬が生徒を黙らせてから直ぐに教室の片隅に戻って行くと山田先生が一夏のもとに駆け寄った。

 

「えっ、えっと……織斑君と、それと篠ノ之君も。二人とも授業が終わってから放課後分からない所をちゃんと教えてあげますから、頑張って、ね、ね?」

 

 少し恐る恐る二人の顔色を窺うように、心配そうに言った。挙動不審だが心配してくれている山田先生の厚意を無下にするほど一夏も畜生では無かった。

 

 

「はい、放課後、よろしくお願いします」

 

 一夏が頭を下げ、玲次も頭を下げる。だが、山田先生は微動だにせずフリーズしていた。そしてぼそぼそと何やら呟き始めた。

 

「放課後……男子生徒と女教師……あっ、だ、駄目ですよ織斑君、篠ノ之君! ……先生強引にされるのは弱いんですから……それに男の人とは初めてで……しかも二人一気に……やんっ」

 

 何を想像しているのやら、顔を真っ赤にして滅茶苦茶な事を呟いていた。

 この教師、男子生徒に免疫が無いらしい。どうやってそれで教師になれたのか。ここは塾とか予備校じゃないので研修とか色々必要な筈だ。

 

――謎だ……

 

 因みに後々知った事だが、山田先生もIS学園出身で、優秀な成績を修めており、IS学園の教師になるには特殊な教員免許が必要なのでその免許を取得する為に独自の国家試験を受けるので免許も結構特殊な経緯で修得しているとか。だから彼女の性格もあって男子生徒に対する耐性が碌に無いらしい……

 

 一夏も玲次もイレギュラーだ。基本的にIS学園の生徒は女子しかいないので致し方ないと言えば致し方ない。でもこの男子に対する耐性の無さは本当に大丈夫なのか。

 

「で、でも織斑先生の弟さんとそのお友達なら」

 

「あー、こほん! 山田先生、授業の続きを」

 

「えっ、あ、は、はい!」

 

 千冬の少し大げさな咳払いでトリップ状態だった山田先生は我に返り、少し慌てた様子でいそいそと教壇に向かう。そして教壇に躓いて――ずっこけた。

 

「うぅ、いたたたた……」

 

 この先生大丈夫だろうか。

 そんな不安が玲次と一夏に限らずこの教室の生徒たちの脳裏を右往左往していた……

 

 

 

 授業、終了。

 一夏は力なく項垂れ、先ほどの騒動もあって精神的に摩耗し切っていた。

 

「悪い、後で教えてくれないか……そろそろヤバい」

 

 教えを請う一夏の姿は相当後が無いように見えた。まぁ、あんな忍び笑いと陰口を叩かれては平常心ではいられないだろうけれども。

 

「まさか参考書をラーメン溢して駄目にするとは吃驚だよ。おれでもちゃんと眼は通したよ。まぁ理解できているかって訊かれたらアレだけどさ……」

 

「あんな電話帳、皆そんなに読んでいないものかと――正直侮っていた」

 

 一夏はさらにぐったりとする。

 一方で玲次は無表情でさっさと必要な教材と不必要な教材を入れ替えていく。一夏にはそんな玲次の冷静さが羨ましいと思っていたが、当の玲次はそこまで冷静では無かったりする。

 

 

「この一時間見てきましたが随分と情けない……」

 

 失望と呆れの混じった少女の声。

 溜息交じりのその声に一夏は顔を上げ、玲次もその声の主の方へと向く。その声の主が誰なのか、玲次は知っていた。

 セシリア・オルコットだ。

 その端正な顔つきだが何か嫌悪感を感じずにはいられないのは見下しているからだろう、と玲次は分析する。

 

「ISに関する無知、そしてその情けなさ……それでよくIS学園に入る事が出来ましたわね」

 

「……突然なんだ」

 

 一夏はズバズバ言われて顔を引き攣らせた。無知で情けないのは自覚している。だから一々言われるまでも無い。

 

「まぁ、なんですのその気の抜けた炭酸のようなお返事は! そんなダメダメな男性の貴方達にこのわたくしが構ってあげているだけでも充分有り難いと思うべきだと言うのに!」

 

「え、あ、いや……どちら様?」

 

 突然自分を知っている事前提で話されても困るばかりだ。一夏は心底困り切った顔で問うとセシリアは驚愕し切っていた。

 

「ご存じない!? このイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットを? 日本でもテレビが一家に一台普及していますわよね?」

 

 彼女が先ほど言ったように代表候補生であり、将来を期待されたエリート中のエリートだ。そもそも代表候補生と言うのは其々の国家から公式に学費諸々のお金を出して貰って、IS操縦者の候補生として入学したエリート中のエリートだ。

 代表候補生は特別に専用にチューンされたIS……所謂専用機を与えられ、自律兵器の排除の協力を義務付けられる。

 

 倍率は勿論IS学園の一般生徒よりずっと高いし、国防力と政治に影響し、テロリストから市民を守ると云う点では非常に優れた存在であるのには間違いない。テレビでも彼女の名前は時々出てきており、確かマスコミが亡くした両親の仇の為にイギリスが誇る代表候補生になろうとしたとか色々美談として持ち上げていたな、と玲次は思い出す。

 

「あぁ、名前なら聞いた事があるような、ないような」

 

 一夏はテレビなど滅多に点けないし自分の事で手一杯だったので、セシリア個人の事を調べたり知る猶予など無かったし興味も無かった。

 

「所で、代表候補生ってなんだ? 名前は聞いた事は何となくあるけれど」

 

 で、隙を生じぬ二段構えで一夏はボケをかまし、外野からずっこける音がした。セシリアも驚きのあまり顔を盛大に引き攣らせていた。そんな中玲次はポーカーフェイスを演じながら答える。

 

「んー、名前の通り。国代表の凄いIS装者。テロリストが操る自立兵器から、スペシャルな機体を以て人を守ってる」

 

「そりゃすげぇな」

 

 気の抜けた会話の野郎二人とセシリアとで温度差が際立っていた。苛立ちのあまりセシリアの額に青筋が浮かぶ。

 

「貴方たちは一体何のためにIS学園に入ったのですかっ。大体ISの事についてまるで無知だと言うのによく入学できましたわね? 男性であるからと世界最強の弟という理由だけで入学したのではないでしょうね?」

 

 否定は出来ない。玲次も一夏も黙りこくってなにも言い返せなかった。玲次と一夏が男でなければ、この学校に居られる事がおかしいというものだ。

 

「ふん、まぁでも、わたくしは優秀ですから貴方のようなお馬鹿さんでも優しくしてあげない事もありませんわよ」

 

 その偉そうな物言いに玲次の表情は少し曇った。 

 と言うか……その上から目線な優しさは一部の趣味の人限定じゃないだろうか。

 だが生憎ながら一夏も玲次もそういう趣味は持ち合わせてなどいなかった。

 

 そんな温度差に負けずセシリアはマシンガンの如く言葉を紡ぐ。

 

「ISの事で分からないものがあるなら、まぁ泣いて、所謂ドゲザというもので頼まれたら教えてあげなくもございませんわ。なんせわたくし、唯一入試で教官を倒した程の腕前ですから」

 

 そのセシリアの言葉に引っ掛かりを覚えた次の瞬間――

 

「えっ」

 

 と、一夏は声を思わず上げた。疑問符を乗せて。

 

「えっ」

 

 と、セシリアも声を上げる。こちらも疑問符を乗せて。

 

「えっ」

 

 と、玲次も声を上げ(以下略)

 

「……いや、教官なら俺も倒したぞ」

 

「え゛」

 

 一夏の報告にセシリアはまるで信じられない物を見るかのような目で玲次と一夏を交互に見やるが、一夏と玲次はあっけらかんとした表情をしており嘘を言っているようには見えなかったので、セシリアは益々混乱する。

 

「一体どういう事ですか? 教官に勝利した生徒は私ぐらいだと聞きましたが!?」

 

 食い付くように問うセシリアに一夏は恐る恐る返した。

 

「多分、女子だけってオチだったりとかじゃないか……」

 

 一夏の指摘に何かがピシッとひび割れるような音がしたようなしなかったような、玲次はそんな気がした。

 

 

「そ、そこの貴方は」

 

 セシリアは狼狽え乍ら玲次に問い掛ける。玲次は引き攣った笑みで応えた。

 

「勝った。先手の奇襲で一気に畳み掛けた。意表を突かれたのか凄くびっくりしてた」

 

 それを聞いたセシリアは益々顔を引き攣らせた。そして一連の会話を聞いていた周囲のギャラリーたちがざわつく。教師を倒す程の新入生が合計3人も居た事になるのだから驚くというものだ。

 誇るべき点を一瞬で無駄にされた事は、セシリアには我慢ならない事だったらしい。まぁ、それ程誇りにしていたようだ、教官を唯一倒した存在であると言う事に。

 

 恐らく玲次と一夏の入学試験はセシリアたちが受けた公式の入学試験より少し遅れていた為にこのようなセシリアが戸惑う事態になったのだろう。

 随分と滑稽な扱いとなったセシリアだが、セシリア自身にはなんら非は無い。不幸な事故だ、これは。

 

「えーと落ち着けよ、な?」

 

 一夏が何故か慌ててセシリアを宥めるがこれが落ち着いていられるものかと食い下がる。

 玲次がそろそろ仲裁しようとした矢先、休憩時間終了のチャイムが鳴り響いた。

 

「ッ! また来ますわ、逃げない事です、よくって!?」

 

 セシリアはそう言い捨てて早足で自分の席に向かって行く。

 出来たら来ないでください、なんて言いたいのは玲次も一夏も山々だったが、そうは問屋が卸さなかった事をこの後直ぐに思い知らされる事となる……

 

 

 

 2時間目の授業。

 

「さて、授業を始める前に再来週実施するクラス対抗戦に出るクラス代表者を決めないとならない……諸君の殆どは知っているだろうが、クラス代表者とは名前の通りクラスの代表者だ。具体的に何をするのかと言うと、生徒会の開く会議や委員会への出席……要するにクラス長としての役割も果たす。……ただのISを使った競技、模擬戦とは思わん事だ。力と信頼ある者にはそれ相応の権利とそれを振るう責任、背中に受ける期待がある。一度決まると一年間変更が無いのでそのつもりで。これは選挙形式で行う。自薦があるのならば名乗り出ろ」

 

 授業担当は千冬。IS関連の座学が始まったと思いきや、突如としてクラス代表を決めるなどと言う展開になってしまった。まぁ別に自分たちが選ばれる事はあるまい。生徒に一枚紙切れが配られて各々一人の名前を書いて行く。

 玲次と一夏にもそう思っていた時期があった。セシリアが選ばれるに違いないと思っていた。が――

 

 暫くして、投票用に配られた紙切れは回収されて千冬が黒板に『正』形式でカウントして集計を取り始める。織斑、織斑、篠ノ之玲次、オルコット、織斑、篠ノ之玲次……

 圧倒的に玲次と一夏が多かった。

 

「なぁにこれぇ」

 

 玲次は何故か変な発音で本心を呟く。一方で一夏はムンクの叫びのような顔になってしまって言葉すらも出ていなかった。

 結果は玲次と一夏のツートップだった。次点でセシリアと言った具合か。

 

 何故そうなると、二人は慌てるが、周囲から嫌味な視線を、そして戸惑いの視線を感じて大体を玲次は察した。

 

 

 この教室には数種類の人間がいる。

 一つは色眼鏡を使わず安定性を重視した普通の生徒。

 一つはちょっとおふざけで書いてみた結果意外な結果になってしまって「こんな筈じゃなかった」と戸惑いを見せる生徒。

 一つは教官を倒したと言う玲次と一夏の話を聞いて軽く期待した生徒。

 一つは適当に知ってる名前を書いたと言う少数派な生徒。

 最後に……一夏たちを代表にして負かして晒し者にしようと言う悪意持ち。

 

 思い付く限りそんな感じだ。

 玲次は軽い頭痛を覚えていると。ふと箒が怪訝な表情をしているのが見えた。セシリアに視線を移すとセシリアは固めた拳を机の上でぷるぷると震わせて、片目を軽く吊り上げさせていた。

 

 ……大分衝撃を受けているようだ。

 

 これは後で要らぬ恨みを買いそうで怖いなぁ……と思いつつ玲次は成り行きに身を任せた。もしかしたら投票のし直しになるかもしれないという、叶わぬ願いを込めて。

 

「……という結果になったのだが、異論及び自薦があるならば受け付けるぞ」

 

 と、千冬が少し疲れたような声色で言った瞬間、我慢の限界に達したセシリアがバンと机をお嬢様を思わせる風貌に似合わぬ乱暴さで、机を派手に叩き声を上げた。

 

「こんな結果、納得がいきませんわ!」

 

 そらそうだ。玲次だって一夏だって納得していない。こんなおふざけ結果無効だ無効。玲次も一夏も心底同意してセシリアと一緒に抗議しようとした。だが次の発言がいけなかった―――

 

「大体男がクラス代表なんて良い恥さらしにも程がありますわッ! このクラスを笑いものにさせたいんですか!? 実力からしてこの私、セシリア・オルコットが選ばれるのは必然ではありませんか!? それを物珍しいからと言って知性も碌に無い極東の雄猿を代表にされては困ります!」

 

 どうやら、一部女子の嫌がらせには気付いて居ない様子だ。まぁ、あんなの気付いても精神衛生上よろしくないのには違い無いが。……と言うか実の姉前によくもまぁそんな、知性の無い極東の雄猿だなんて事を言える物だ。怒ってそれを忘れている可能性は高いけれども。

 と言うか少なからず生徒には日本人がそれなりに居るというのにその発言は大丈夫なのか。玲次は怒るよりも心配してしまった。セシリアの剣幕は続く。

 

「おふざけでこのような野蛮人……いえ、モルモットにクラス代表にされては困ります! 私はこんなおふざけを、茶番をするために態々こんな辺境の島国に来た訳ではありませんッ」

 

 一息にまくし立てるセシリアに玲次は口を開いた。

 

「……じゃぁ君がやれば良いじゃないの。おれは止めないよ? やる気のある人がやった方が良いし」

「同じく」

 

「なっ――」

 

 野郎二人があっさり引き下がった事にセシリアは鳩が豆鉄砲食ったように言葉を詰まらせた。

 

「貴方にはプライドと言うモノが無いのですか!」

 

 何故代表である事に異論無しと言ったのに怒られるんだ。玲次がちょっと動揺していると、千冬が口を開いた。

 

「言った筈だが拒否権は無い。現状篠ノ之弟と織斑が投票ではツートップ。オルコットが自薦している現状――クラス代表決定戦を行う事とする。形式は通常のISバトルだ」

 

 一夏と玲次は眼を一気に丸くした。当然だ、セシリアと戦えと言うのか。勝ち目は薄いし玲次も一夏も戦意は無かったのもある。だがセシリアは乗り気だった。

 

「言っておきますがお二人とも。わざと負けたりしたら小間使い――いえ、奴隷にして差し上げますわ」

 

 まるで槍のような鋭さの眼光が玲次と一夏を刺す。眼は笑っては居なかった。全力で戦っても素人である玲次と一夏が勝てるかと言われたらお察しなのだが。玲次は多少IS操縦している時間は一夏よりはあるのだが、セシリアに正面切って勝てるほどでは無い。

 だがわざと負けるなどと言う事でもすれば千冬や教師陣にも迷惑をかけ掛けない。それに奴隷にされるというのは誰であろうと真っ平御免被る話だ。

 

「勝負は一週間後の月曜の放課後に第三アリーナで行う。篠ノ之弟と織斑、オルコットは其々準備をしておくように」

 

 千冬の通達を耳にしながら睨み合うセシリアと玲次と一夏。そんな一触即発の状況に周囲の生徒たちは固唾を飲み、一部生徒は嘲笑混じりに見守っていた――

 

 

//

 

  セシリア・オルコットは織斑一夏と篠ノ之玲次が気に食わなかった。

 ……と言うのは彼らが努力せずに、このIS学園に来た事と『男』であると言う事だ。

 

 前者は言わずもがな、セシリアは男という生き物に失望と軽い憎悪を覚えていた。

 

 母は強い人だった。社会が女尊男卑に染まる前からずっとだ。女の身でありながら幾つもの会社を経営し成功を治めた人間だった。

 娘である自分にはとても厳しかったが、それでも憧れだった。目指すべき目標だった。

 一方で、父はその逆を行っていた。

 

 名家に婿入りしたせいか、いつも母親の機嫌を窺っていた。それが女尊男卑の社会になってから更に卑屈でおどおどするようになり、次第に母もそれを鬱陶しがるようになっていった。

 

 セシリアはその時点で、このような情けない男と結婚はしない。そう決心していた。

 

 そして父と母の溝は深まり、一緒に居る事が少なくなった所で――三年前に、自律兵器の越境鉄道に対するテロ行為に巻き込まれ、父と母が一緒に死んだ。

 死傷者は100人を超える大惨事で、自律兵器を使用していたテロリストは今の社会に不安を持っていたのだと言う。

 その男は、セシリアの母が経営していた会社の元社員であり、女尊男卑のあおりを受け失職。行き場を失った所でとあるテロ組織に参加。テロ行為に及んだという。投入した自律兵器の基数は片手で数えられる程度でどれも小型だったが、何の防備も無い越境鉄道に損害を与えるのには充分過ぎるものだった。

 

 一種の男の憂さ晴らしとも言える事件にセシリアは怒りを覚えた。そして、やりきれなさをも覚えた。

 

 父と母はそれまでには別々だったのに、どうしてこんな時一緒に死んだのか。

 その疑問に答えてくれる者は何処にも居ない。そして、犯人は少し時間がかかったとは言えど逮捕する事が出来たが、セシリアは牢屋に守られた彼に復讐する事は出来なかった。

 思いつく言葉の限り詰ったけれども、男は一切悪びれる事無くニヤニヤしている。それが死んだ父親の卑屈な顔とダブり更に苛立ち、やりきれない思いに苛まれた。

 

 どうやっても彼を追い詰める事など出来ない。怒りを収める先が無い。

 そして追い打ちを掛けるように母の遺した遺産目的でセシリアにすり寄る大人たちの影。

 

 セシリアはありとあらゆる事を必死に勉強した。母の生きた証である遺産を薄汚い大人たちから守る為に、誰にも奪わせない、そう決心して。勉強した、必死に。

 

 ある日、IS適正テストでA+を出したセシリアに政府は国籍保持のために幾つもの好条件を提示した。それは遺産を守る為には非常に役立つものが有り、セシリアはそれを承諾しIS学園に入学試験を受けた。

 IS学園に入学するのも楽では無い。世界中から入学希望者が現れるのだから、倍率はそこらの大学の比では無い。だから――セシリアは勉強した、必死に。

 その年の少女が覚えて然るべき遊びも交友にも触れる事無く。

 

 その結果、最新鋭機である第三世代型IS『ブルーティアーズ』を与えられ、その稼働データと戦闘経験値を得る為に日本へと降り立った。

 

 そしてその先で篠ノ之玲次と織斑一夏という存在が突如として現れた。

 

 何の苦労も無く楽してIS学園に入ったのも許せなかったし、男に対するセシリアが抱く印象も碌でも無いという事実もあって喧嘩を吹っ掛けた。自分の優位性を保つために。

 

 

 それがどれだけ矮小で愚かな行為であるのか。セシリア自身はあのクラス代表人選騒動の後で気付いていた。クールダウンした時にはもう引っ込みが付かなくなっていた。

 けれども、まるで己のやって来た事を嘲笑われているような気がしてならなかったのだ。あのにやけ顔の犯人に。

 

 そんなやりきれない思いがセシリアの心を蝕んでいた。

 




 感想、お待ちしております。
 気軽にどうぞー(`・ω・´)


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06 織斑一夏の受難

「……くっそ」

 

 放課後、一夏は教室に残って教科書と格闘していた。現状理解度は十全ではないどころか、一番後れを取っているのは今日で身をもって思い知らされたのだ。

 ふと玲次の席に視線を移すと玲次は黙々と例の参考書を読み漁りながら板書したノートを読んでいた。

 

 他には数人ぐらいまばらに席に座って自習している姿が茜色の光に照らされていた。

 

 自分の教科書に視線を戻すと、意味不明の用語が長々と並べられており、中学生時代の教科書が可愛く見えてしまう程にびっしりと文章で敷き詰められていた。

 

「わからねぇ……」

 

 要は公式を理解していないと解けない問題と対峙しているようなもの。公式を知らないようでは理解も出来ないのは当たり前の事だった。

 

「大丈夫?」

 

 一段落したのか一夏の方を向いた玲次が問うと、一夏は首を横に振った。

 

「いや。専門用語の羅列で訳が分からない……まるで未知の言語と向き合ってるみたいだ」

 

「必読って言われてた参考書読んどけばそれなりに苦労はしなかったのにどうしてラーメンを……」

 

「アレは事故だったんだよ……でもまさかこんな結果になるとは」

 

 玲次の様子や千冬の叱責から考えるに、あの参考書はかなり大事な事が書かれていたらしい。しまったなぁ、と思いつつ玲次の机に置かれた例の参考書をぼんやりと見ていると玲次は「貸さないよ? 使ってるんだから」と言った。

 

「だろうな」

 

「おれだって完璧って訳じゃないんだから。千冬さんが再発行してくれるまで待ちな」

 

「言われなくたって分かっているさ」

 

 一夏は若干不貞腐れる。なんで捨てたんだよ俺、と後悔するばかりである。それから5分程の沈黙が流れてから玲次はふと口を開いた。

 

「あー、取り敢えず代わりと言えば何なんだけど、ISの基本操作くらいなら後で教えるよ。操作方法分からずに自滅とか流石に知り合いがやらかされるのはちょっと……」

 

「るせぇ」

 

 だが、基本自体碌に出来ていない現状コイツに頼らざるを得ないのも事実。それに自分が蒔いた種なのにあまり文句が言えないのだが。流石にあのセシリア相手に自滅やらかしたらわざと負けたとみなされて奴隷とかにされかねない。

 

――そんなのは俺だって趣味じゃない。

 

「でも、サンキュ。後で何か奢る」

 

「じゃぁザギンのシースー(銀座の寿司)頼むわ」

 

「鬼かお前は。てかなんで業界用語使った」

 

「ノリ。まぁ冗談だよ。じゃぁラーメン頼むわ」

 

「どういうノリだ……あいよ、それくらいならお安い御用だ」

 

 

 

 あれこれふざけた事を言いながらもなんやかんや言って手助けはしてくれる友人に心の中で感謝しつつ教科書に再び目を通し始めた。

 全く理解できていないに等しいにせよ何もしない理由にはなりはしない。

 

 黙々と教科書を捲り「邪魔をするんじゃない」と背中で語る二人の姿に笑う気も、観察する気も無くなったか教室の生徒たちが出て行く。それから数十分後、山田先生がぱたぱたと走りながら人がまばらとなり閑散とした教室へとやって来た。

 

「織斑君、篠ノ之君、寮の部屋割りが決まりました」

 

 山田先生は教室に入った瞬間躓いて転びかけたが直ぐに持ち直して玲次と一夏のもとへと駆け寄る。それに一夏は疑問符を浮かべた。

 

「あれっ、俺の部屋とか決まってないんじゃなかったんですか? 前に訊いた話だと一週間は自宅から通学して貰うとか――」

 

 一夏の予定は暫くは自宅からの通学であった。一方でIS学園からかなり離れた地域で住んでいた玲次も似たようなものだった。一週間は併設された研究施設で宿泊してやり過ごす予定だったのだが。

 山田先生の通達によると、如何やら変更にでもなったらしい。

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……織斑君と篠ノ之君、そのあたりの事って政府から聞いてます?」

 

 最後の所で小声になったのだが、二人は首を横に振った。無論、政府と言うのは日本政府の事。今まで前例のない男のIS操縦者なので国としても保護と監視を付けたいらしい。

 IS学園にはバリアやCIWSなど防衛システムが仕込まれている、と言う噂は本当なのかもしれないと玲次は思い、その事に対して浪漫と畏怖を感じた。

 

 因みに、玲次も一夏もISに適合した事を報道された直後、マスコミだの野次馬だの各国大使だの果ては怪しげな遺伝子工学の研究員までもが押しかけてきて中々ストレスの溜まる日々を過ごしていた。

 特に研究施設に何度か行っていた玲次は道中マスコミの襲撃を受けており、お陰でストレスで体重が少し減った。

 

「そう言う訳で政府特命もあって兎に角寮に入れるのを最優先したみたいです。正式な部屋割りは1か月後、との事です」

 

 山田先生がごそごそとポケットの中から部屋番号が刻まれたプレートが付いた二つの鍵を取り出してからそれぞれ一つずつ二人に渡した。

 

「いや、でも俺は荷物は一旦家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰って良いですか?」

 

 一夏の場合準備は一切していなかった。当然だ、今いきなり言われても出来る訳が無い。どこぞの猫型ロボットじゃあるまいし。

 

「あ、いえ、準備なら――」

 

 山田先生が何か言おうとしたその時だった。

 

「それなら私が手配して置いた、有り難く思え」

 

 背後から声がした。その声の主は容易に想像できる。まるで錆びついたブリキ人形の如くぎこちない動きで首を後方が見えるように回すと、そこには鬼……もとい千冬の姿があった。

 

「とは言っても、生活必需品だけだがな。着替えと携帯電話の充電器があれば充分だろう」

 

 中々簡素かつ大雑把な内容に一夏は苦笑した。文庫本一冊ぐらい持ってきて欲しかったと思うのは望み過ぎか。まぁ、じっくり読む余裕は現状無いに等しいので別に良いのだが。余裕が出来てから学園外に外出するときに取りに行けばいい。

 

「じゃあ時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時の間、寮の一年生用食堂で食事を取ってください。因みに各部屋にはシャワーやシャンプーなどが用意されていますが、大浴場もあります。こちらは学年ごとに使える時間帯が異なりますけど――男子は使えません」

 

「えっ男子使えないんですか」

 

 一夏が思わず声を上げる。男尊女卑と言う奴か。風呂に浸かってないと落ち着かない性格だったので落胆もした。

 一方で玲次は些か割を食ったりするであろう事は想像していて些か諦めていたのでダメージは少なく動揺もしなかったのだが、二人が思っていたより事情はちょっと違うらしい。

 

「当たり前だろう。まさか同年代の女子と一緒に入りたいとは言うまいな?」

 

 千冬の返答で腑に落ちた。IS学園は実質女子校のようなもので男湯など元からない。仮に男子が使える時間帯があっても下手すれば鉢合わせと言う可能性も有り得る。そんな事になったらシャレにならない。

 返答によっては()()()()()も辞さないと言わんばかりに千冬に睨まれた一夏はたじろいだ。

 

「いや、入りたくないです」

 

 そして反射的に否定してしまった。別に興味が無い訳では無い。だが常識的に考えて駄目だろう。玲次も社会的に死んでまで混浴をしたいとは思わない。

 

「えぇっ、女の子には興味ないんですか!? それはそれで問題のような……」

 

 山田先生はやや赤面しつつおどおどしながら変な解釈をしていて玲次の背に嫌な汗が流れた。BがLなモノでも想像したのかこの教師は。

 

「どういう解釈をしたらそんな結論に至るんですか!?」

 

 一夏の突っ込みが冴え渡る。

 一方で廊下から覗いていた生徒の間では何やら一夏が責めなのか受けなのかとか言う結構噂されている側からすれば悍ましい話が繰り広げられており、それを聞いていた一夏は顔を青ざめさせた。

 

 

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるのでこれで。お二人ともちゃんと寮に帰るんですよ。道草喰っちゃだめですよ? それではっ」

 

 山田先生は千冬共々忙しそうにそそくさと教室を出て行く。玲次と一夏と言うイレギュラーが発生した現状、対応に追われているのだろう。

 益々迷惑は掛けられなさそうだ。

 

 

 

「ほいっ」

 

 教師二人の姿が見えなくなった所で玲次が参考書を一夏に投げ渡し、危なげながらも一夏はそれを受け止めた。

 

「うおっと……えっ、お前……」

 

「この後、ちょっとIS動かすからその間だけ。あとで返せよ?」

 

「あぁ、有り難く使わせて貰う。ありがとな」

 

 参考書を受け取った一夏は教室を出て行く玲次を見送ってから、参考書をパラパラと捲った。要点にはマーカーでチェックが入っていたりメモが書かれたりと、目を通した跡が伺える。

 

「よっし」

 

 誰かに助けられてばかりだ。姉にも、玲次にも、色んな人に。頼ってばかりなのは性分じゃない。

 気合いを入れ直してから勉強に着手した。

 

//

 

「えっと――ここか。1025室」

 

 一時間半ほど参考書に目を通し、陽が完全に沈み切った時間帯で切り上げた所で寮に向かった。こうやって集中したのは中学時代の高校受験前の時期を思い出す。

 知識ゼロの人間にも分かりやすいように出来た参考書だったのですんなりと集中する事が出来たので気が付けば、と言う奴だ。

 鍵穴にキーを差し込み、回してからドアノブに手を掛けて開こうとすると何故か開かなかった。

 

「……ん?」

 

 妙だと思ってもう一度刺さったままの鍵を回す。そしてもう一度開こうとすると、今度は何故かあっさりと開いた。

 

――何だよ、最初っから開いていたのか。

 

 てっきり壊れていたものだと思っていたので拍子抜けな思いをしつつ部屋の中に入る。既に電気も点いており少し違和感めいたナニカを感じなくも無かったが、如何せん今の一夏は少し精神的に疲れておりそんな事を気にしている余裕は無かった。

 

 それを迂闊だったと悔いる事になるのは直ぐなのだが。

 

「おっ広いな」

 

 部屋を見て思わず感嘆の声を上げる。真っ先に視界に入ったベッドはそこいらのビジネスホテルよりよさげな雰囲気を醸し出している。二人分らしいが玲次は別の部屋だ。つまり二人分の部屋を一人で独占した事になる。

 その答えに行き着くと贅沢な部屋割りだなぁ、と思わずには居られなかった。

 

 

 迂闊だった。

 

 

 そう後悔するのは直ぐ後だ。特に、シャワーの音が微かにしていたのと、他の生徒の荷物が置いてあった事に気付かなかったのは。

 

「誰かいるのか?」

 

 声がした、シャワー室のドア越しだからか声に曇りを感じる。

 

「同室になった者か? これから一年宜しく頼むぞ」

 

 ドアが開かれたからか声がクリアに聴こえて僅か乍ら声が近づいてくるのを感じる。嫌な予感はこの時点で疲れていた一夏でも感じていたが如何せん足が動かなかった。いや、今更仮に足が動いたとして逃げに徹した所で不審者扱いされて問題となるのでどう足掻いても()()だったに違いない。

 

「こんな格好ですまないな。私は篠ノ之――」

 

「「箒」」

 

 一夏と声の主である箒の声が見事にハモった。それから数秒間まるで時間が停止したかのように両者の動きが停止して無言の間が出来上がってしまった。

 

 シャワー室から出て来たのは箒だった。今しがたまでシャワーを使っていた所為か、水に濡れた乾き切っていない黒髪に水がパタリと床に落ちる。言わずもがな何時ものポニーテールでは無い。

 スタイルの良い身体は一枚のバスタオルに巻かれており、片手にはもう一枚小さいタオルを持って拭き切れなかった水滴を拭こうとしていたらしいのだが、一夏が居た事に動揺して動きが見事に止まっている。

 

 巻かれた白いバスタオルの面積は結構ぎりぎりで目のやり場にとても困るレベルのものだったが、まぁ本人も野郎が、それも一夏が部屋に居たとは思いもしなかったに違いない。

 そんな一夏も思考停止していた為に箒の裸体に近い状態を凝視してしまっており、ハッと我に返った箒の顔がみるみる内に茹でダコの如く真っ赤にそまり――

 

「貴様が何故ここに居るんだァァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 裏返り気味の箒の悲鳴混じりの絶叫が木霊し、それで我に返った一夏が目を逸らす。が、ちらっと横目からの視界には箒の姿がぎりぎり映っており、その箒は身体に巻いたタオルできつく自分の身体を締めていた。

 隠しているつもりだろうが、それが逆効果だったりする。余計に胸の谷間が強調され――あぁ、意外と胸大きいんだなとか余計な感想が脳裏を過った。

 

 その余計な感想と思考が仇となったか、既に箒は次の行動に出ていた。動きは実に速かった。部屋に立てかけていた木刀を手に取り一夏に飛び掛かる。

 

「いっ!?」

 

 ここまで来たら自身の身の危険くらい誰でも察知は出来る。振り下ろされた木刀は一夏の脳天に振り下ろされようとした。だが、辛うじて反応し切れた一夏は白刃取りで直撃は免れた。

 

「あぶねぇッ!? お、俺を殺す気かッ!?」

 

「何故お前がここに居るというのだ!?」

 

「そりゃ俺の部屋だからに決まってんだろ!」

 

「言うに事欠いてそんな見え透いた嘘を吐くのかお前は!」

 

「嘘じゃねぇって、嘘じゃ!」

 

 箒の竹刀に込められた力が増し、一夏はどんどん膝が曲がって行く。このままではじり貧だ。だったらどうする? 当然――逃げるに限る。

 

 一夏は身体を逸らしてから白刃取りしていた手を離し、標的が居なくなった竹刀は虚しく空を切る。その隙に一夏は一目散に部屋の外まで逃げ出した。

 教科書や玲次から借りていた参考書を置き去りにしてしまっているが今はそれどころでは無い。生きるか死ぬかの瀬戸際だ。

 

 部屋を飛び出してから扉を乱暴に閉めた。

 

「ふぅ……助かった」

 

 閉められた扉にもたれ込んで溜息を吐く。どうしてこんな受難ばかりなんだ。自業自得な所も多少なりとてあるとはいえ、今回のは不可抗力と言うか事故じゃないか。

 が、部屋からズドン、ととても穏やかでは無い破壊音が耳元で鳴り響き、直ぐ真横を見ると木刀の先端がドアから突き出ていた。

 

「って助かってねェ!?」

 

 だがそんな一夏に追い打ちを掛けるように騒ぎを聞きつけた生徒たちが其々の部屋からわらわらとこちらに寄って来た。しかも――

 

「なになにー?」

「あ、織斑くんだ。篠ノ之君は一緒じゃないの?」

「もしかして1025室が織斑くんの部屋なんだ。いい情報ゲット!」

 

 困った事に一部ラフなルームウェアで女子校ゆえに男子の眼を気にしない服装だった。一番印象に残ったのは長めのパーカーを着て下にはズボンもスカートも穿いて居ないという有様だった。他にも羽織ったブラウスの合間から肌色の胸元まで見える子も。

 はっきり言って目の保よ……目に毒だった。

 そんなのがわらわらと一夏を取り囲もうとしていて一夏は益々焦った。

 

 玲次の部屋に逃げ込むか? いや、今玲次は居ないので駄目だ。いつ戻って来るかすらも分からないと言うのに。頼れるのは箒ぐらいだ。だが今の箒はキレている。下手すれば殺されかねない。

 

 ストレスで死ぬか、物理的に死ぬか。

 

「あのー、箒さん? ちょっとヤバい事になってるんで部屋に入れて下さい。今すぐに。これまでの情報も嘘偽りなくちゃんと説明しますんで。すみませんでした、お願いしますこの通り」

 

 扉の前で謝り倒す。兎に角謝り倒し、頭の上で合掌する。

 一夏の願いが届いたのか言葉こそかえって来なかったが扉から突き出た木刀が引っ込んだ。それから暫くの間が空き、一夏のもとへとわらわらと寄って来た女子たちは状況が掴めず疑問符を浮かべていた。

 それが2、3分ぐらいの時間だっただろうが、一夏にはそれが1時間ほどに感じられた。

 

 そして――

 

「――入れ」

 

 ガチャリ、と音を立てて扉が開いた。一夏はなだれ込むようにして部屋に飛び込み、女子生徒は益々不可解げな顔をして若干破損した1025室のドアを茫然と見ていた……

 




 女子校に男だけが放り込まれる恐怖。
 ○モだろうと無かろうと戦慄も困惑もする。

 なお、一夏の受難は続く模様。一夏の明日はどっちだ。


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07 白式、起動

 本作の白式は強め、と言うか一夏も若干謎補正込み。


 IS学園にはアリーナが幾つか配置されている。利用目的は言わずもがなISの運用、IS同士の模擬戦である『ISバトル』が目的だ。アリーナの形状は天井の無い野球場をイメージしてくれると分かりやすいかも知れない。陽が沈んだ状態での使用もある程度許可されており、その為のナイターが煌々とアリーナ内で夜空を飛び回る黒鉄を纏った玲次を照らしていた。

 

「んー、黒鉄の様子は良好。こうしてると普通のISそのままね……」

 

 一頻り飛んでから、地上へと降下すると、下から玲次を見守っていた白衣を着た20代前半であろう茶髪ロングの研究員の女性が玲次のISについて呟いてから、駆け寄って来た。

 

「あぁ、芝崎さん。あの時は自律稼働していた癖に、今はまるで普通のISみたいです。何なんですかねぇ、本当に」

 

 玲次は応えると女性は――芝崎は答えられず黙り込み、朗らかな笑みで誤魔化した。普段なら見ていて安心感めいたものを覚える笑みなのだが、今回ばかりは玲次の落胆を誘った。

 数か月間IS学園に併設されていた研究所が黒鉄について解析を行っていたのだが、大した進展は無かった。

 

「分かった事と言えばこの子が467機の内に入らない(エクストラナンバー)という事と、通常のISと同じ運用が出来るって事と基本性能ぐらいだし、暫くは期待は出来ないわね」

 

 状況を整理しよう。

 

 黒鉄は通常のISとは一線を画している。

 主な要因は自律稼働して玲次を名指しで助けた事。どの国にも属さない既存の467機の内に入らない事。そしてあのテロ事件からずっと自律稼働せず待機状態となっている事。従来のISと同じ運用が可能である、と言う事だ。

 

「まぁ、一朝一夕でどうにかなるほどIS関連は簡単に出来ちゃ居ないってのは分かるんですけどね」

 

「そう。ISを形成するのに必要な要素であるコアは現状製造は不可能。製造方法を知る貴方の姉、篠ノ之博士は3年前の研究施設の爆発事故で――ごめんなさい」

 

 失言に気付き、芝崎は謝罪するが玲次は「良いですよ別に」と返した。3年も経っているから多少の踏ん切りは付いているし、他者に不謹慎だのと罵倒する程神経質ではない。

 芝崎は続けた。

 

「黒鉄コアは468基目と言う異常(イレギュラー)と言って良い存在。更にこの子は、電磁迷彩を装備していた所為で出自は不明。そんな芸当が出来るのは篠ノ之博士しか考えられない」

 

「でも肝心の博士はもう居ない。じゃぁ一体誰がやったんだーって話ですが」

 

 いきなりポン、とゼロから現れたなんて事は有り得ない。

 

――いい? れーくん。全ての奇跡(トリック)には原因(タネ)があるんだよ?

 

 ふと、昔、マジシャンのマジックショーを前に束が言っていた言葉を思い出した。子供にそう言うのは余りにも大人気ない行為だったが、今の状況にその言葉は玲次にとっては支えだった。

 ならば、一体誰だ。誰がコイツを作った。

 

「可能性として考えられるのは生前博士が造っていたコアを何者かが利用してこの子を作った説を推しておくわ」

 

「そう考えるのが自然ですねぇ」

 

 それ以上は考えられないだろうし、あとは黒鉄をけしかけた張本人に全てを話して貰うしかないだろう。芝崎は腰に手を当てて「取り敢えず――」と切り出した。

 

「貴方の役割はこの子を動かしてデータを取り、私たちはそこからデータを取り、そこから分析する。なんせ468番目の機体なんだから稼働データは本当に欲しいのよ」

 

「こちらとしても姉が関係しているかも知れない案件で実際巻き込まれているんで、出来る事はやりますよ」

 

「ん、君はそう言うスタンスだったね」

 

 芝崎は満面の笑みで黒鉄を解除した玲次の肩をポンと叩いた。

 

「ま、代表候補生との喧嘩、頑張んなさい」

 

「喧嘩になると良いんですがねェ……」

 

 玲次は引き攣った笑みで返す。過大評価しているのは否定できないが、何をしてくるか分からない以上何とも言えないのだ。

 

「まぁそこは男の子の見せどころでしょう? ISに乗れてカタログスペックは互角以上なんだから」

 

 さて、どう転ぶか。運用の最低限の知識自体は既に頭の中に叩き込んでいるが、この一週間で玲次が出来る事はたかが知れている。後は対策を立てる事ぐらいだ。

 

「へい、善処します」

 

 芝崎からすれば貴重な対代表候補生との戦闘だ。こっちも気合を入れようと思いつつ、玲次は更衣室へと歩を進めた。

 

//

 

 ――翌日

 

「うわぁ……」

 

 バシン、と竹刀が硬い物を強く打ち付けるような音が道場に鳴り響いた。隅で成り行きを見守っていた玲次は参考書片手に、気の抜けた声を出してしまった。

 

 

 

 放課後、一夏は箒に連れられて剣道をする事となった。

 ――と言うのにも理由があり、一夏に与えられるISはロングブレードによる近接戦主体と言う話を聞いたからだ。ISの操作面はある程度玲次なら教えられるし、授業でも教師に叩き込まれるが、長物を振り回すスキルは玲次はそこまで持っていない。

 

 で、長物を振り回すスキルのある箒が自分から名乗り出たので事のいきさつを玲次は参考書を読みながら見守っていたのだが一夏がぼろっかすに箒に叩きのめされていた。

 力の面では間違いなく一夏の方が圧倒的にあり、ある程度箒の猛攻をいなしていたのだが、直ぐに押され、辛うじて一夏が反撃にと箒に打ち込む瞬間、動きが鈍りその度に一撃を喰らってしまう。

 

「おーい、剣道やってたんじゃないのー君ー?」

 

 玲次の気の抜けたような問いに尻餅ついて箒に降参の意を示した一夏が応える。

 

「いや――それが中学にやめちゃって……3年間帰宅部だ」

 

「貴様は一体何してたんだ……」

 

 箒は呆れ気味に言うが一夏はそれ以上応えようとはしなかった。一体どのような理由があったのかは知らないが鍛え直さざるを得まい。小学生時代の頃はもっと強かったと箒は記憶していた。単なる思い出補正なのかもしれないが。

 

「鍛え直す! 玲次が使えない時は私がお前を鍛え直す! 稽古をつけてやる!」

 

 一夏も玲次が既にIS操縦についてレクチャーしてくれているので断る理由が無かった。剣道も近接戦闘の助けになる。

 一方玲次は一夏が気の毒に思えて来た。一夏はどうやら教員たちのミスで箒と同室になってしまったらしく、そのまま一夜を明かしたとか。一応翌日教員に報告して一夏は玲次の部屋に移動する事になったのだが、本当に気の毒な話である。

 

「――分かった、でも玲次との兼ね合いになるけど、それでも大丈夫なら」

 

 そう言うと若干恨めし気に箒は玲次を睨み、玲次は明後日の方向を見て知らんぷりするのだった。

 

 

 

 

 それから数時間箒からの鍛え直しを受けてから一夏は道場の片隅で床に腰をついた。久々の剣道だ。頭が覚えていない。けれども身体が覚えており、少しずつ自分の戦い方というイメージがおぼろげながらに戻って来ていた。

 これでもまだ剣道をやっていた小学生時代は、年上にも勝っていたのだ。

 

 それなのに何故止めたのか。理由は一夏の家庭にある。

 織斑家は千冬と一夏の二人暮らしだった。故に千冬が大黒柱だったのだ。流石に姉ばかりには苦労掛けさせたくは無かった。だから、自分に出来る事を探した。

 

 その最たるものが剣道を止めて中学生時代にアルバイトを始めた事だった。道着とかだってタダじゃないし背が伸びれば新しく買い直さなければならない。だから剣道を止めてアルバイトを始めた。

 とは言えど中学生が出来るアルバイトなどたかが知れている。だが、運のいい事に、知り合いの仕事に手伝いの名目で給料込みで紛れ込む事が出来た。

 

 そんなこんなでこれまでやって来た。藍越学園への受験勉強だって就職しやすいとの評判かつ学費が安いからやっていた。

 

 

 そんな人生設計が(一部自業自得とは言え)、ご破算になった。

 人生設計と引き換えに鍛えて強くなる。()()()()()()()()()()()()という機会は得た。

 

 その為のISに乗る資格であり、再び始めようとしている剣道だ。

 

「よし、まだやるか!」

 

 気合いを入れ直す。そして立ち上がった。そして一心不乱に己を鍛え上げていった。

 

 

//

 

 

「えっと――」

 

 それから2日後。一夏は地図を片手にきょろきょろと周囲を見渡しながら延々と続く坂道を登っていた。

 

 訪れた先は山の中だった。IS学園は勿論、中心街からも離れている。具体的に言えば電車乗り継ぎで1時間、バスで1時間と合計2時間掛るとされている場所だった。何故そんな山道を歩いているのかと言うと、自身の専用機を受領しに行くためだ。

 本来ならば数週間後にIS学園へ輸送されるまで待つのだが、今回は事情が事情なだけに自ら赴いて手続きを取って予定を前倒しして貰いに行くのが本日の一夏のやることだった。

 

「くらもちぎけん……っと、ここか」

 

 暫く歩いていると500m先倉持技研と書かれた看板が立っているのを見つけ、その前で足を止めた。足腰だけはアルバイトで鍛えられたのでちょっとやそっとの坂道程度軽いモノだった。

 

――さて、もうちょっと頑張るか。

 

 気合いを入れ直し足を速めた。

 

 

 間もなくして、白い壁で出来た建造物の前まで辿り着いた。

 機械造りの扉の前まで来たのだが、これはどうやって入れば良いのか。ドアノブは無い、かと言ってコンビニにあるような自動ドアでも無い。

 扉に触れたが明らかに固く閉ざされており、力づくで開く事は出来ないのは明白だった。ならば扉の近くに付いてある機械のようなもので何かすれば良いのか。

 

 扉の近くに設置された機械はPHSを思わせるスイッチとカードリーダーと思しきスリットがある。その装置に触れても反応しない辺り、恐らくはカードリーダーにカードをスラッシュさせてから暗証番号を打ち込むのだろう。流石はISの研究所、セキュリティは厳重だ。

 

 だが暗証番号も知らないし、カードも持ってはいない。

 

 どうすれば良い? 

 他に出入口が無いか探そうと、扉から背を向けてこの場を後にしようとした矢先、機械の駆動音がした。明らかに扉が動いたような音だった。

 

「ッ!?」

 

 びくり、と肩が硬直する。心臓に悪すぎる。そして後ろを向くと予想通り扉が開いており、開いた扉には眼鏡を掛けた白衣の、いかにもな研究員の青年が、クリアファイルを片手に立っていた。

 

「君、織斑一夏君だね? 話は既にIS学園から聞いている。こんな山奥までよく来たね。まぁ上がって」

 

「あっはい」

 

 青年の案内を受けて一夏は扉を潜ると、機械式のドアは完全に閉ざされた。真っ白な壁、天井と白い蛍光灯。それに照らされた白いリノリウムの床が光を反射していた。研究所らしい殺風景な廊下だった。

 長い長い廊下だった。道中に数人研究員らしき人物とすれ違ったが其々忙しそうな様子で一夏に目もくれなかった。

 

 案内された先は、応接室であろう場所だった。研究所とはかけ離れたまるで企業の重役が居そうなソファとテーブル、観葉植物が置かれた一室だった。

 

「座って」

 

「失礼します」

 

 ソファに座るよう促された一夏はソファに座り、青年も向かいのソファに座った。

 

「僕は倉持技研白式開発チーム主任、矢川浩輔。君の専用機を造っている人間だ。篝火所長が現在出張で不在な為僕たちが留守番をやっているという形だ」

 

 そう言うとおもむろにポケットから名刺ケースを出してそこから一枚抜いて一夏に差し出した。

 

「あぁ、どうも」

 

 それを受け取ると確かに矢川浩輔と書かれている名刺だった。それから矢川はクリアファイルから一枚の紙を出し、手続き書を机の上に出した。

 

「えっと、ここに名前と住所を書いてくれ。それと身分証……要するに保険証とか学生証とかも見せて」

 

 指示通りに手続き書に自分の名前を記名し、学生証を手渡す。男性研究員も居るんだな、とふと一夏は思った。

 

「僕が珍しいのかい?」

 

 悟られたのか。矢川に訊かれて一夏は嘘を吐けず首を縦に振って肯定した。

 

「……はい」

 

 そう言うと矢川は、連絡用端末を操作しながら軽く苦笑いした。

 

「マスコミは基本的に男性のIS関係者は表に出さないからね。まぁ仕方ない。実際ISに乗れない事はIS研究員にはディスアドバンテージでしかないからね。ちょっと待っていてくれ」

 

 矢川はソファを立ち上がり、応接室から出て行くその入れ替わりに別の研究員が応接室からやって来てココアの入ったマグカップを出してくれた。それを口にしつつ、十数分程待っていると矢川が戻って来た。

 

「待たせたね。ちょっと付いてきてほしい」

 

 ココアを呑み干し、再び矢川に付いて行き別の部屋へと赴くと少し広い部屋に辿り着いた。そこは二機程の打鉄であろうISが鎮座していたり、IS専用の武器と思しきものが組み掛けの状態で大型の装置に掛けられていたりしている。そんな物々しい空間の奥地へと進んで行くと、そこには――

 

――白が鎮座していた。

 

 打鉄のような灰色では無く、白が。フォルムは打鉄とは明らかに違う、異質さを放っていた。

 

「これは――」

 

「白式。君のISだ。一応、ISスーツは持ってくるように伝えたが持ってきたかい?」

 

「はい。一応制服の下に着ています」

 

「なら試乗してくれ。既に動作テストを行っているとは言えど、念の為だ」

 

「分かりました」

 

 一夏は急いで制服を脱いで、下に着ていたISスーツの姿で白式を装着するべく装甲に触れた。

 

「――ッ」

 

 何か――コイツが自分を待っていた。何故かそのような感覚を覚えた。何故そんな感覚を覚えたのかは分からないし。気のせいなのかも知れない。けれども一夏にはこの白式が自分を待っていたかのような感覚を覚えたのだ。初めて触れるISだというのに何故?

 その答えを教えてくれる者は一人とて居ない。だから、一夏はこれは()()()()()と片付けた。

 

「背中を預けるように。そう、座る感じで良い。後はISが勝手に固定してくれる」

 

 一夏は展開された装甲に身体を預けると、白式が反応して装甲が閉じられて手足、胴が白式に固定される。かしゅっかしゅっと空気が抜くような音が響く。まるで白式と溶け合い、一体化するかのような感覚を覚える。それと同時に感覚がクリアーになるような感覚を覚えた。

 そのクリアーさに違和感を覚える。普通なら視界に入る事が無いハズの背中の情報が脳に送りこまれて行く。その感覚が少し気持ちが悪かった。

 

 だがその気持ち悪さは脳が追い付いてきたからかスッと無くなっていった。

 

 脳に情報が送り込まれる。

 シールドエネルギー残量100%。気温23度。敵性反応:無し。

 機体状況ではなく、脳内にレーダーのような情報が送り込まれ、簡単な位置情報も分かってしまった。

 

 事の成り行きを見守っていた矢川が口を開いた。

 

「どうだい? 少し気持ち悪く感じるが、直ぐに脳が慣れていくはずだ」

 

「あ、はい。もう平気です」

 

「そうか、ならよかった。では――」

 

 それから動作テストを行ったがどれも滞りなく進み、陽が沈みかけた時間にて、正式に白式は一夏に与えられる事となった。

 

 

//

 

 景色が流れていく。バスを待つよりは車に乗った方が速いだろう、と言う事で矢川とスタッフ一名にIS学園付近まで車で送られる事となった。

 一夏は助手席に座って、IS学園に辿り着くまで待ち続けている。

 

 それにしても倉持技研には研究員が何人かいたが、殆ど女性だった。やはり女性の方が内定率が高いのだろう。現に同乗しているスタッフ一名も女性だった。それなのに何故この矢川と言う人はISに関わろうとしたのだろうか。単なる下心では済まないだろうという事は容易に想像出来た。

 

「……どうしてISに関わろうって思ったんですか」

 

 ふと、一夏は気になって矢川に問う。矢川はそんな質問に少し面食らったような顔をしつつも「そうだな……」と少し考えてから口を開いた。

 

「ロマンを感じたから、かな?」

 

「ロマン、ですか」

 

「だってそうだろう? 理論上素肌晒した状態でも大気圏も突破出来るし、宇宙服も船も無しに宇宙航行も可能なんだ。継戦能力に些か難ありかもだが、それはIS同士での戦闘でしか発生しない。よくよく考えてそれは凄いことじゃないか?」

 

「まぁ、それは確かに」

 

 だからISは自律兵器を凌ぐ最強の兵器たり得るのだ。一夏は自分に与えられた力の強大さをひしひしと感じながら右腕についたガントレットを見た。白式は今、待機状態にあり、所有者の命令を待っている。

 

「そこまで俺は運動神経がいい訳じゃなかったし、所詮は野郎だから乗る事なんて叶わない訳だけど……それでも欠片でも良いから関わりたかった。だから必死に勉強した。男性研究員は女性研究員より狭き門だし」

 

 実際ISに乗れない男など女性研究員の下位互換だと考えているのが殆どなのだろう。実際に搭乗してデータを取る場合もあるので、ISに乗れないのはディスアドバンテージだ。

 

「割と勉強の際は男がISに関わるなんて正気かとか、色々言われたりして肩身が狭い思いこそしたけど、今居る倉持技研は悪い感じじゃない。それにお陰で数少ない野郎のIS適応者の専用の機体を手掛ける事が出来たし」

 

 車は既に高速道路に上がっていた。多分1時間もすればIS学園専用のモノレール駅前に辿り着くだろう。

 

「白式、ですか」

 

 一夏の問いに矢川は「そうだ」と頷く。

 

「こいつが……白式は少し変わった機体だけど基礎性能は同世代型より上を行くハズだ。ここだけの話だけどね……」

 

 切り出した矢川は少し声を抑えて、続けた。

 

「実はこいつは純製の倉持技研製じゃない。匿名で送られた設計図を基に製造されてるんだ。それがまぁ、中々興味深い作りでね……」

 

 それから言葉を続けようとしたその時の事だった。

 耳を劈かんばかりの、爆音。そしてふわりと、一夏たちは浮遊感を感じた。

 

「「「⁉︎」」」

 

 そして世界が回る。シートベルトをしていたので幸い、逆さまになった所で重力に従って頭を天井に打ち付ける事は無かった。突然な出来事に脳が追いつかず、状況を理解するのに数テンポ遅れてしまった。そしてこれが緊急事態である事を漸く察した。

 

 事故か?

 

 逆さまになった車から一夏は必死に這い出る。まだここは高速道路上だ。暗くなった道に幾つもの鋭く光る赤いランプが、少し眩しく思えた。

 

 そしてその赤ランプの正体を知った時、一夏は背筋が凍るかのような感覚を覚えた。それと同時に己の不運を呪った。何でこんな時にコイツらが出て来たんだ。

 

「――自律、兵器」

 

 最もポピュラーな4脚タイプが立ち並んでいた。

 それらは高速道路を通せんぼするかのように横に並んでおり、正面突破は目に見えて不可能。そして、何も知らずにこちらに向かって来るトラックが、クラクションを鳴らしながら一夏の横を通り過ぎて――

 

「あっ――」

 

 危ない、と声を上げる前に、総てが終わった。

 装備されていたレーザー砲から紅い閃光が放たれ、トラックを積み荷ごとを縦に真っ二つに斬り裂いた。そして後に続く二台の車が一夏の近くに止まり、一台の運転手がドアを開け放った。

 

「乗るんだ!」

 

「えっ!?」

 

 どうやら後でも付けて来たらしい。黒服グラサンの如何にもな男がそう言って来た。

 

「乗るぞ、彼らは政府の人間だ!」

 

 車から脱出した矢川が言う。同乗していた女性も頷く。どうやら信用出来る人間のようだ。一夏は意を決してその車に乗ろうとしたその時だった――

 自律兵器の機銃が火を噴いた。

 

 金属と金属が弾ける音が鳴り響き瞬く間に一夏の搭乗を待っていた車は蜂の巣になり、中身は最早見るに堪えない惨状を晒していた。最早めった刺しにされた果物のように、血と言う果汁を車内で散らしていた。

 もう一台も同じく、レーザーで焼き切られて最早車としての役割を果たせない状態となって、ガソリンが引火し煌々と炎を揺らしていた。

 

「ッ!?」

 

 流石に異常だと勘付いたかそれから続く車両の姿は無く、遠くからクラクションがおびただしく鳴り響いていた。

 

 

「――で、これが件の織斑一夏チャンか」

 

 自律兵器の群れの中、一人の人影が自律兵器と自律兵器との間から出て来た。見るからにソレはISを纏っていた。黒髪ロングの女。目付きは鋭く獲物として一夏を見据えており、一夏はゾクリ、と悪寒が奔った。

 

――こいつはヤバい。関わったらダメな奴だ

 

 女は何処からか取り出したナイフの刀身をねっとりと舐めてから――

 

 

 消えた。否、素早く動いたのだ。そして何か水が頬に飛び散ったので飛んできた方向を見ると――同乗していた女性職員の喉から凄まじい量の赤い水が飛び散っていた。そして彼女のすぐ後ろでISを纏った女がその紅い水を傷口から啜っている。明らかに恍惚とした表情をしていた。まるで()()()()()()()()()()かのように。

 

 その様はまるで吸血鬼であった。女性職員は見るからに助かるような状態では無い。

 

「どうした、織斑君、逃げるぞ! もう、彼女は……!」

 

「ぁ……ぁぁ」

 

 矢川は一夏に逃げるように促すが、一夏は茫然自失として動かなかった。

 

//

 

 その光景に、どこか見覚えがあった。

 薄暗い場所、錆びた鉄のような臭い。そんな中に俺は横たわっていて。あの吸血鬼女ではない女性はまるで安心したかのように優しく微笑んでいる。

 

 これは誰だ?

 

 思い出せない。そもそもこんな事があった()()()()()

 

 だがどうしようもない程の罪悪感を覚えるのは何故だろう?

 

 分からない。分からない分からないわからないわからないワカラナイワカラナイ

 

「しっかりしろ! 織斑君!」

 

 まるで思考の袋小路に陥っていた所で声がし、まるであやふやな意識がはっきりとして現実に引き戻された。

 

 目の前には最早ピクリとも動かくなった女性職員が首がパックリと割れた状態で横たわり、血だまりを作っていた。そして手を下したISを纏った吸血鬼女はじりじりと一夏に歩み寄っていた。矢川が一夏の手を引いて逃げるように促している。

 

「何なんだよ! お前は!」

 

 訳が分からない。平気で殺せるこの女が。

 血まで啜って。恍惚としたあの顔を思い出すたびに身の毛がよだつ。

 

 吸血鬼女は首を軽く傾げてから口を開いた。

 

「アレ、あんまり美味しくなかったし。織斑一夏チャン、キミに期待しちゃおうか」

 

「なんで、殺した」

 

 一夏が問う。考えてみれば直ぐにわかるような事を。気が動転していたのもある。

 だが返って来た答えは常識から外れていた。

 

「人って弾けるの。命がどばーってね。丸い水風船みたいに。それって綺麗じゃない? 綺麗なモノは欲しくなるでしょう?」

 

「なんなんだよそれ……!」

 

 それは、憤り。

 一夏の爪が掌に食い込む程に拳に力が込められる。

 

「――矢川さん。逃げて下さい、俺はコイツをブッ飛ばす」

 

「何を馬鹿な! 勝てる確証など……」

 

「基本操作は知っていますから大丈夫です」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 矢川の言う通りだった。相手がISを纏っている上に自律兵器を引き攣れている。何者か分からないが、技量は間違いなく吸血鬼女の方が上だろう。だが、矢川の制止を振り払って一夏は前に出た。

 

「俺が相手になってやる! 吸血鬼女ッ!」

 

 確かめるようにして右腕のガントレットに触れる。大丈夫だ、その為の力はある。

 そして――叫んだ。

 

「来いよッ白式ッ!!」

 

 瞬時にして一夏の身体に純白の装甲が装着された。ISスーツではなく制服姿なので機体への伝達率が若干落ちるが誤差レベルだ。

 武器の確認をすると一つだけ欄が出た。

 

 近接ブレードのみ。

 

 飛び道具が無い事に一夏は苦虫を噛み潰したようにぎりと歯噛みする。だが無いよりはマシだ。

 

 

 

「クッ……!」

 

 矢川は一夏とは別の理由で歯噛みした。まだ白式は完全では無い。それに一夏が逃げるには自分が邪魔なのは理解していた。生身の人間を抱えて逃げる事も出来るが、スピードが出せない。出せば生身の人間はGに耐えられず死に至る。だからと言って抱えた人間に気を配っていると、直ぐに追いつかれてしまうだろう。

 もう一夏を止める事は叶わない事を悟った矢川は一夏から二歩三歩下がってから、口を開いた。

 

「危なくなったら逃げるんだ。シールドエネルギー残量に気を付けろ」

 

 シールドエネルギーはISのHP(ヒットポイント)だ。これが無くなればISは解除されてしまう。一応コアの内臓電源を含めばそう簡単に実戦で解除される事は無いが、相手もISで在る以上覚悟はしなくてはならない。

 一夏が勝てる見込みがない事を知っていた矢川にとっては一夏の行為は自殺行為であり、今から見捨てようとしているのだ。

 

 だが今逃げなければ一夏も逃げられないのだ。一夏と自律兵器に背を向けて矢川は走り出した。次の瞬間、矢川に向かって四脚型の自律兵器たちが銃撃を放った。

 

「させるかッ!!」

 

 一夏は守りの体勢に入り、矢川を庇う体勢に入る。これ以上誰も殺させない。絶対に。そう強迫観念めいたナニカを抱きながら。近接ブレードで機銃を弾き、レーザーは手甲型の装甲やシールドバリアを利用して防ぐ。どんどん矢川の姿が小さくなっていく。

 

 ISのハイパーセンサーは後方の状況も脳に送られるので頃合いかと思えるほどに離れていた。一方で吸血鬼女は自律兵器の射撃の巻き添えを喰らわないように、射線から離れて自律兵器の傍にいて、何もせずに盾になっていた一夏を見ていた。その様子はとても楽しそうに見えた。

 

「かわいい……あのオタクみたいな人と違って、良いね、欲しくなってくる」

 

 頃合いだと悟った一夏は反撃の為に近接ブレードを構えて自律兵器の群れと、吸血鬼女に向かって白式をブーストさせた。

 

「誰が――やるかよッ」

 

 機銃やレーザーが飛んでくる。マイクロミサイルが飛んでこないのは高速道路の崩落を恐れているからだろうか。

 吸血鬼女は反撃する事無く一夏と自律兵器の戦闘を傍観していた。

 

 一夏は銃撃を受けつつ接近し、片手間に吸血鬼女のISのデータを確認しようとしたが、UNKNOUWNとしか出なかった。ワインレッドを基調としており、背中には大型ウイングが装備されている。武器はナイフしか分からない。何を持っているか分からないので攻撃を仕掛けてこないのは僥倖だったが、それは自信の表れとも取れる。

 

 だが、相手がどうであれ関係は無い。コイツを放って置けば誰かが死ぬそれだけは一夏には耐えがたいものだった。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 そして一夏は無理矢理一機の四脚型をブレードで横に一閃、真っ二つに斬り裂いた。

 




 一夏にここから居なくなれ的な事言わせたかったけど流石にネタ過ぎるし没。ラストの雄叫びになりました。


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08 Riot Highway

 篠ノ之箒は無力感を感じていた。

 玲次の一件だってそうだった。

 

 玲次がテロに巻き込まれた時、気が動転しそうになった。幸い助かったようだが、こうしてIS絡みの騒動に今後巻き込まれて行くであろう事を考えると、気が気でなかった。

 

 

 そして追い打ちを掛けるかのように一夏がISに適合した、と言うニュースが箒の耳に入った。

 姉が――束がISなんてものを造らなければこんな事にはならなかったのだ。

 幼馴染である一夏と再会できるという小さな喜びこそあったのだが、これから起こるであろう事を想像すると素直に喜べやしなかったし、その喜びも直ぐに塗りつぶされてしまった。

 

 こんな状況下だ。自分に何かしてやれる事は無いかと探していた。だが、その為にはISに嫌でも触れざるを得なかった。だがISに対する拒否感や嫌悪をどうにか出来るほど箒は器用に出来ていない。

 そして唯一出来ることが剣道だった。幸い一夏の専用機は近接主体と聞いたのだ。

 

 幸か不幸か一夏は既に剣道をやめてブランクがあるようだったのでこの手で存分に鍛え直す事が出来た。

 

 

 けれども、どう足掻いてもどうしようもない事が次々と振りかかって来る。

 その最たるものが――

 

 

 今回の一夏が何者かに襲撃を受けたという事態だった。

 

 彼らに振りかかる不幸と言うものは際限がないのか、と心底嘆いたが嘆いた所でどうにもなる訳が無かった。

 これに箒が割って入る事は出来ない。自分には専用機も無くそれを行使する権限も持ち合わせていないのだ。だがそれに対し、玲次は一夏を助けに行くと言い出した。

 

「どうしてお前まで……」

 

「一応その権限はおれにもあるし。それに――このまま放置して見殺しにするのも後味悪いでしょ。それにおれは適正Aだ」

 

「そう言う問題では――」

 

 それが身内となると何処かもやもやとしてしまう。他人なら別に死んでもいいという訳では無いのだが。セシリア・オルコットも同行するとの事のようだが……数日前にいざこざがあったので不安要素しかない。

 

「それにIS適性が高いのは()()()()()()()()()()って話だから大丈夫大丈夫……多分」

 

 そう言い残して玲次は輸送用ヘリにセシリアと搭乗していく事を止めようとしたものの断固として玲次は譲る事は無く、箒はただヘリポートで一夏と玲次の無事を祈ることと己の弱さを呪う事しか出来なかった。

 

 

//

 

 

「一機目ッ!」

 

 一機目の自律兵器を両断し、一夏はブレードを構え直す。動かし方はある程度玲次に教わっているのである程度は戦える。

 ブレードの斬れ味も悪くない。

 

「でやぁぁぁぁぁぁぁッ」

 

 直ぐさま近くで機銃の砲門をこちらに向けようとした別の一機にブーストで接近し、斬り上げて斜めに真っ二つにした。

 だが、他の個体とて案山子ではない。機銃やレーザーの発射準備を済ませて、一夏を蜂の巣にしようとしている。

 それを一夏は真上へと即座に飛翔して退避した。

 

 間一髪だった。多方面から飛んできた弾丸と閃光は先程まで一夏が立っていた位置を通り過ぎて、コンクリートの壁やアスファルトを抉ったり、フェンスを引き裂く。

 現状、残量SENは80%。

 

 最初と、突撃の際にそれなりに被弾してしまったのだがまだ戦えるだろう。

 

 まだ3機程いる。

 

 守っていては負けだ、攻めろ。速く自律兵器を始末してあの愉しげに見ているあの女をぶっ飛ばしてやる。

 

 一夏は自分に言い聞かせるように頭の中で唱えながら、ブレードを構えたまま急降下して健在な一機に落雷した。

 それなりに大きな質量が金属を容易く斬り裂く剣の切っ先を対象に向けたまま落下したのだ。これでどうなるかは自明の理であった。

 

 ぐしゃり、と自律兵器の頭頂部にブレードが根元まで突き刺さり、そこからさらに押し込まれて自律兵器の装甲はメキメキとプレス機に掛けられたアルミ缶の如く音を立てて潰れていく。

 

 その間に機銃が飛んで来てSENがじりじりと減ってはいるが、気にするほどの余裕が一夏には無かった。

 刺さったブレードで潰れた装甲を掻っ捌き、飛び退いてから残り2機を睨み付けてから、次の標的に飛び掛った。

 

 吸血鬼女は愉しげに一夏の奮戦を観ている。

 いったい何が愉しいんだ。何が。

 

 一夏の苛立ちは募る。それに伴い太刀筋も乱暴になり、縦に振り下ろされた一撃は、急所を外してしまい一撃で一機を仕留めることが叶わず、已む無く咄嗟の斬り上げ。そして追い込みのヤクザキックで漸く3撃目で完全な破壊に至った。

 

――残り一機だッ!

 

 9時の方向に立っていた自律兵器の機銃が火を噴き、レーザーも飛んでくる。躱しきれず直撃を貰うが、その程度ではISを貫けはしなかった。

 

 だが、問題は別にあった。民間車両が3台こちらに迫ってきた事をハイパーセンサーがしらせて来たのだ。

 

「拙いッ⁉︎」

 

 約100kmで迫る車だ。凄まじい勢いでこちらに迫って来る。

 このままでは自律兵器か自分に衝突しかねない。

 

 一夏はどうすればいいのか分からず歯噛みしたところで、吸血鬼女が動いた。

 

「ッ⁉︎」

 

 思わず身構える――が、一夏に攻撃がくる事は無かった。その代わり背後から金属特有の耳障りな音が響き――

 

 3台とも車体が真っ二つに斬り裂かれて、車だった鉄塊が走行中の勢いを保ったまま喧しい音を立ててガッタンガッタンと転がりながらこちらに飛んで来た。それなりに大きな鉄塊がこちらに中身を撒き散らしながら飛んで来たのだ。その中身は、見るに無残なものとなっていた。血が一夏と白式に降りかかり、幸運にも斬られなかった運転手は勢いよく外に放り出され、即死であろう勢いで地面に叩きつけられた。

 

 あの吸血鬼女が何処からか取り出したロングブレードでやって来た3台の民間車両全て斬り裂いたようだ。

 

「ほら、続けて?」

 

 そして斬り裂いた跡を確認してから一夏と残り一機の自律兵器を一瞥する。

 

 こいつは何の躊躇いも無く殺しやがった。

 

 一夏の苛立ちが更に募る。

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

 一夏の魂を怒りと倒さなければと言う使命感擬きのナニカが押す。

 

「アンタはッ!!」

 

 背後から残り一機からの銃撃が飛んでくるが頭に血が上った一夏には全てが苛立たしかった。

 

「邪魔だッ!!」

 

 無造作にブーストで詰め寄りブレードを突き刺し、下向きに搔っ捌いた。そして一気に離れてから破壊された自律兵器たちは爆発を起こした。

 どうやら機密保持でもしたいらしい。自爆装置がセットされていたようだ。

 

「はぁ……ッ」

 

 息を、吐く。それは気を落ち着かせるためではなく、逆に己を奮い立たせるためのものだった。

 一夏は手持ちのブレードを握り直して、周囲の状況を確認した。

 

 鬱陶しいものはもう居ない。

 わらわら居た四脚の自律兵器は、斬り伏せられた後に全て自爆した為に、最早兵器としての体をなしていないスクラップの山を作っていた。

 処理しないと恐らくは高速道路は閉鎖だろう。車が来ないのは恐らく、後をつけていた政府の人間が閉鎖しているからだろう。

 

「次は……お前だ!」

 

 吸血鬼女に向かってブーストする。残量SENを気にしている余裕など一夏には無い。ただ奴を斬る。それだけを考えていた。コイツを放って置けばまた誰かが死ぬに違いないのだから。

 そして勢いよくブレードを振り下ろした。

 

「ふぅん。元気だねェ~」

 

 が、それに物怖じする事なく吸血鬼女はロングブレードで一夏の放った一撃を受け止めた。

 ガキン、と音を立てて火花が四散し、二人を中心に発生した衝撃波が自律兵器だった残骸を僅かに動かす。

 

 余裕綽々な吸血鬼女に一夏は益々苛立つ。

 

「でもISに振り回されてる感じ。機体性能に助けられてるっぽい。うん、期待外れ」

 

 と、まるで品定めするかのように言ってから、一夏を蹴り飛ばした。

 

「くぅっ……」

 

「じゃぁ、行くよ~?」

 

 そして吸血鬼女はブレードを仕舞い、ナイフを取り出して身を低くし、構えを取った。

 蹴り飛ばされた一夏は咄嗟に姿勢制御を行い、体勢を立て直して足に地を付けてブレーキを行う。するとガリガリと音を立てて火花を散らしてゆっくりと速度を落としていく。

 

――来る!

 

 そんな中吸血鬼女がこちらに向かって飛び掛かって来たので咄嗟にブレードを構えて迎撃するべく、射程距離に入った所でカウンター気味にブレードを振るう――が

 

「なっ……消えた!?」

 

 フッと吸血鬼女の姿が掻き消えた。

 

――いや、違うッ!

 

 センサーが警報を鳴らしている。()()()()()()()()

 

「遅いよ」

 

 一夏は咄嗟に振り向きざまにブレードを振るって引き離そうとしたものの吸血鬼女の方が速かった。

 

「ガァッ!?」

 

 ナイフの一閃を貰い、背中に強烈な衝撃が奔った。

 幸い絶対防御が機能して衝撃で済んだが生身だったら真っ二つにされていたに違いない。だが幾らISを纏おうとエネルギーシールドは容易に貫通しており残量SENは50%を切っていた。

 前のめりによろけつつも、これ以上受けまいと振り向こうと試みた矢先既に吸血鬼女の姿は背後には居ない。

 

 が、次の瞬間。

 

 頭上から吸血鬼女が落下してきてナイフを一夏の頭目掛けて突き立てるべく落ちて来た事に気付き、今回はそれを辛うじてブレードで防いだ。だが、吸血鬼女の落下の勢いも相まって衝撃が上から圧し掛かり、肘が曲がりそうになり、膝は些か耐えられず曲がってしまう。

 だが、状況はどうであれ防ぐ事は出来た。

 

「ふぅん、まぐれかな? それとも……」

 

 後は押し合いだ。一夏は全身に力を籠める。吸血鬼女は平然としている。この時点で差は目に見えていたのだが、一夏に後退という発想は無かった。

 一秒でも早くこの女を倒す。苛立ち、怒り、表現し難きナニカが一夏の背中を押す。そして――

 

「どっちだっていい……! アンタだけは倒す……関係の無いハズの人を巻き込んだお前を俺は――許さないッ!!」

 

「ッ!?」

 

 初めて、吸血鬼女の表情に一瞬の驚愕が見えた。

 その理由を探るよりも先に結果が目に見えるように現れた。

 

 白式の装甲が急速に、まるで塗りつぶされて行くかのように変わって行く。最初はブレードを握っていた拳から、腕へ、胴体へ、そこから非固定浮遊部位の肩部バインダー、脚部へと広がりを見せて行く。そして――

 

「このぉッ!!」

 

 しびれを切らした一夏は力を敢えて抜いて、後退。吸血鬼女の押しを受け流して地面に落下させた所で後退して距離を取った。

 

「ははっ、まさか初期形態で私とやり合ってたなんて。びっくりだよ。流石は()()()()()()()()

 

 感心する女だが、白式の唐突な変化に一夏は少し困惑していた。

 どうやら一次移行が完了したようで、白式は正真正銘一夏の専用機へと変わったらしい。その為の機体形状変化なのだろう。

 そして手持ちのブレードの形状も変わっていた。それは少し見覚えのある形状だった。

 

【雪片弐型】

 

 白式の補助AIが、そうブレードの名前を教えてくれる。

 

――雪片、だって?

 

 その雪片と言う名前に一夏には聞き覚えも見覚えもあった。

 雪片とは姉である織斑千冬が現役時に使用していた半身とも言うべき白き剣。その純白の刀身が変形し、二つに割れ間から青白い光の刃が現れ、ブゥンと音を立てた。

 

「――いける」

 

 謎の確信が胸の内にふつふつと湧きおこる。

 尊敬している姉が持っていた力だ。負けるはずがない、と。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 そして地面を抉るように蹴り、勢いのままブーストして吸血鬼女に飛び掛かった。

 

「ふぅん、でもやっぱ――」

 

 だが吸血鬼女の表情は再び驚愕の色が消える一方、一夏が距離を詰め横一文字に一閃を放つが――

 

「素人は所詮素人だ」

 

「なッ――」

 

 一夏の目の前には吸血鬼女はいなくなっていた。何処へ行ったか探る必要は無い。背後の情報が脳に送りこまれている。そこからはじき出される結論は――

 カウンター気味に擦れ違いざまに一撃を叩き込まれていたという事だ。

 

 現に残量SENは10%以下を切っていた。その上1%ずつ一定の間隔で減って行っている。一体何故だ。

 その理由を探るより先に脇腹を力一杯に鉄パイプでぶん殴られたような痛みが襲う。思考どころじゃなかった。絶対防御とて全てはシャットアウトは出来ないのだ。

 何が絶対防御だよと心の中で愚痴りながら地面に膝をついた。

 

「じゃ、一夏チャンかーくほっ」

 

 ガシャガシャと物々しい音やジェット音が周囲から聞こえて来る。自律兵器反応12機。9機は先ほど破壊した四脚型と同タイプ。残り3機は初めて見る飛行型だった。

 まだ戦力がある事実から鑑みるに完全に舐められていたのか。

 

 一夏は睨みつけるように吸血鬼女を見上げる。

 

――こんな所で終わるのか。俺は。

 

 悔しくて仕方が無かった。

 

――まだ何も出来ちゃいない。姉と同じ剣を持っておきながら、俺は!

 

 拳を握りしめる。

 そんな中――何かが急速接近してくる事をハイパーセンサーが報せて来た。

 

「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 黒いナニカが、一夏と吸血鬼女の間に横から割って入り凄まじい勢いで隕石の如く地面に落下、咄嗟に吸血鬼女はバックステップで後退した。そして――

 

「ちっ、外れたか」

 

 と、男の残念そうな声が聴こえた。それは一夏には聞き覚えのある声だった。

 

「玲次、なのか」

 

「よっ。待たせたねェ。んで、何がどうなってるのか詳しくは分からないけど、大雑把に言ってこの紅いISに乗ってるのがここら辺の自律兵器の元締めって事で良いかい?」

 

「多分、そうだと思う。けど、何故ここに?」

 

 玲次が纏うIS、黒鉄は黒を基調に紫色の部分も所々ある機体だった。装甲は比較的細く見えるのは高機動型であるが所以か。玲次は手にハンドガンを出現させて吸血鬼女に迷わず向けた。

 

「そのまま放って置けば後味悪い事になるしね。それに、専用機持ちはある程度の権限が与えられている」

 

「……気を付けろ、あいつは、強い」

 

「まぁそんな気はした。一応アシストは居るっちゃ居るけどね」

 

「アシスト?」

 

 何のだ。一夏が怪訝な表情をしていると、周囲の自律兵器が射撃体勢に移行し吸血鬼女は敵が増えたにも関わらず嬉しそうに、まるで新しい料理が出て来た事を喜んでいるかのようにニタリと笑った。

 

「まさか男のIS操縦者が一同に会するなんてね。どっちも戴いちゃおっか」

 

 位置的に玲次が一夏を守りながら四方八方自律兵器に囲まれた状況下で戦う事は困難だった。このままでは満身創痍の一夏を護る事は実質不可能。それでいて吸血鬼女に勝利する事など……

 が――その不可能は4方から飛んできた青白いレーザーによって綻びを生む事となる。

 

 立て続けに玲次と一夏に命中しないように放たれたレーザーは四脚型の脚を焼き切り照準を合わせる妨害を行い、その隙に玲次は一夏を無理矢理自律兵器の包囲外へと連れ出した。

 

「今のは?」

 

「オルコットの狙撃」

 

 一夏は顔を顰めた。まさか助けられる事になろうとは。しかも現状敵対しているというのに。

 

「……まぁ、これはこれ、それはそれって事で」

 

 と、玲次は言うのだが。

 あっという間に地上の四脚型が何処からともなく飛んでくるレーザーに撃ち貫かれて全て爆散した。狙いは正確的確に反撃を封じて確実に潰していく様は一夏と玲次には脅威に思えた。吸血鬼女の介入を防ぐように申し訳程度に牽制弾をちゃっかり放っている。

 そして狙撃し終えた本人(セシリア)は直ぐに玲次と一夏の近くにやって来た。

 

「アシストありがとさん。お陰でこいつ(一夏)を助ける事が出来た」

 

「礼には及びませんわ。わたくしはただ、自律兵器と戦いに来ただけですから」

 

 意訳するなら勘違いするな、別にお前らを助けたくて助けた訳では無い、と言う事か。

 

「ん。あとはあの紅い所属不明機(アンノウン)を追っ払うだけか」

 

 玲次は吸血鬼女にハンドガンを向けたまま、空いた手で高周波ナイフを抜刀し、セシリアは手持ちのスナイパーライフルを構えた。

 吸血鬼女は怖気づく事は無くナイフの刀身をねっとりと舐めた。

 

 

//

 

 照合はしてみたものの、敵機のデータにはプロテクトが掛っておりコアナンバーや機体名を参照する事は出来なかった。

 その事実に玲次は舌打ちする。

 

 得体の知れないものを相手にするときは誰だって少しは驚きも恐れもするものだ。

 特に相手はISだ。その力の大きさは重々承知している。

 

「何処の奴……?」

 

 対峙している紅いISの搭乗者は黒髪で顔立ちは間違いなくアジア系だろう。だがそれ以上は分からない。

 一夏を痛めつけただけあって素人では無いのは確かだ。

 

「どうだっていいでしょ? 知ったってどうにもならないんだし。それに金髪の娘もだけど二人とも欲しいな」

 

 と、女は玲次の疑問には答える事は無かった。それどころか欲しいとのたまったので玲次とセシリアは困惑した。欲しいとはどういう事だ。

 

「……取り敢えず、さっさとこの場から立ち退いて欲しいけど、話を聞いてくれは無さげな面してやがりますな」

 

 玲次はハンドガン『時雨』のトリガーに掛けた指に少し力を籠める。それに応えるように女はナイフを新たに何処からか4本取り出して指の間に挟み持った。

 

「話が分かりそうで何より。じゃ、やろっか!」

 

 次の瞬間女はナイフを玲次に投げつけた。

 

「ッ!!」

 

 飛んできたナイフを玲次は時雨で全て狙い撃つ。銃弾に弾かれたナイフは地面にカランカランと音を立てて落ちていった。

 追加装備のハンドガン『時雨』の調子は良好だった。現状黒鉄の兵装は固定装備されていた仕込み刃と高周波ナイフ『迅雷』、アンカーのみだったのだが一応他に装備する為の領域は残っていたのでハンドガンとグレネードランチャーを持たせている。

 

 ナイフを迎撃した直後、上空で飛び回っていた飛行型3機に搭載されていたマイクロミサイルが射出された。合計9発射出された。

 

 成程地上を走る必要が無いから高速道路を崩落させてしまっても良いという事か。人が乗る事を想定していない為、小型かつ機動力は高い。これ程厄介な相手も無い。

 

「織斑一夏、ここは逃げなさい!」

 

「だけど!」

 

「SENの残っても居ない足手纏いを庇い建てする程暇ではありませんわ!」

 

 反駁する一夏をセシリアは突っぱねる。事実残量SENは5%を切ってしまっている。そして次の瞬間4%となった。不調でも起こっているとでも言うのか。一夏は歯噛みしながら後退した。

 この状態で戦えないのに気付かない程一夏は愚かではない。

 

 その間にセシリアと玲次は其々の得物を構えて迎撃態勢に入るが、いかんせんマイクロミサイルの弾速は速く全て撃墜出来ず撃ち漏らしの3発が地面に着弾した。爆煙が巻き起こり、粉々になったアスファルトが塵となって舞い上がる。

 

 その隙に女は動いた。恐らく逃げる一夏を狙っているのだろう。

 マイクロミサイル3発で堕とされる程ヤワではない黒鉄とブルーティアーズだ。真っ先に反応した玲次が高周波ナイフで迎え撃つ。

 

「行かせるかッ!!」

 

 女もナイフで挑み、ナイフ同士の鍔迫り合いが発生し、火花が引っ切り無しに散る。

 

「へぇ、キミはもう少し出来そうだね」

 

 女はニタリと笑う。それに構う事無く時雨を発砲する。それに女は鍔迫り合い状態のナイフを離してひょいと躱してから、もう一度玲次に一閃を放つ。

 

――行動が速い!

 

 玲次は軽く舌打ちしつつ、迅雷で防ぐ。スピードタイプであるという性質はほぼ同じで技量が敵の方が上となると少し考えなければならない。

 セシリアは自律兵器の注意を引き付けており、狙撃を開始している。

 

 となると一対一となる。すでに一夏は白式の機動力を以てかなりの距離まで逃げているので後はこの女を追い帰すかとっ捕まえるのみ。

 だが勝てる自信は正直無いのが現状だ。

 

「ホラホラホラホラ! 守ってるだけじゃやられちゃうよ!?」

 

 愉し気にナイフを何度も振るい、玲次はそれを後ずさりしつつも受け流していく。

 そのうちどんどん自分の反応が遅れてきている事に玲次も気づいた。集中力も削がれてしまう。

 

――このままではジリ貧……

 

「ならさぁ!」

 

 一瞬の隙を見つけて被弾覚悟で仕込み刃を発生させた膝でミドルキックを放った。

 その際数発斬撃が掠り、SENが僅かに削られる。

 

「遅いね」

 

 空高く上方に飛び上り回避される。だが――アンカーが放たれて女のナイフを持った右腕に絡みついた。

 

「あっ」

 

「掛った!」

 

 これでもう動きは制限される。ワイヤーを断ち切られる前に一気に引き寄せ、引き寄せられて急速に近づいて行く女に容赦なく爪先の仕込み刃を展開させたブレードキックを撃ち込んだ。

 

 

 が――

 

「それだけで動きを止めると思ってた?」

 

 寸前の所で絡みついていない手で新たに持った直剣型ブレードの表面で女は玲次の蹴りを防いでいた。

 

 何処までもコイツは自分の先を行っている。その事実を前に玲次は必死に脳をフル稼働させる。諦める訳にはいかない。こんな訳の分からない奴に負けるわけには行かないのだから。

 

//

 

 一方でセシリアは自律兵器の注意を引くべくスターライトMk‐Ⅲを構えてスコープを覗き込み照準を合わせていた。相手は小型でかつ尋常でない程速い。

 まるで幽霊を相手にしているような感覚すら覚えるほどにこちらの狙撃が当たらなかった。その癖自律兵器側は機銃を放ってこちらのSENを削って来る。

 

 威力は砲門が小さい為にたかが知れているが塵も積もれば山となる。

 

 こんな状況下()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……煩わしいですわ!」

 

 超高速で飛び回る相手は狙撃手(スナイパー)にとって越えるべき課題だった。多少動き回っている程度の相手なら当てる事など容易いが今回は相手が相手だ。

 相手は小型故に非常にもろく、武器積載量もたかが知れているという弱点がある。先ほどのマイクロミサイル発砲で手札は機銃しか残されてはい無いハズだ。

 

 落ち着いてやれば勝てる筈だ。生憎相手は人工知能、動きに一定のパターンがある。そして、一通り自律兵器の動きを観察してから来るであろう位置に照準を合わせ――

 

「……そこですわッ!!」

 

 トリガーを引く。

 放たれたレーザーは一直線にその位置へと飛んで行き、自律兵器は自分から飛び込むように飛んで行き、結果的にレーザーはウイングを掠めた。

 

「……ッ」

 

 タイミングが少し速かったらしい。だが戦闘機型自律兵器を落とすのには充分なモノだった。軌道がやや怪しくなり動きも鈍っている。それを狙い撃つ事など造作もなくトドメの一発を撃ち込んだ。

 

 一機目。

 いい加減目が慣れて来た。一機堕ちた所で弾幕もやや減り、落ち着いて狙撃が出来るようになった。パターンさえ掴めばどうと言う事は無いのだ。

 

 今度は直撃させる。

 

 狙い通り、予測した機動を取り始め、次に右へと動く事を予測したセシリアは咄嗟に誰も居ない虚空に向かって引き金を引いた。

 今度は直撃だった。自ら射線に飛び込んだ自律兵器は機首から穴を開けて、まるで叩かれた蠅の如く落ちて行き、高速道路より下の山の中に落ちると燃料漏れで引火でもしたか爆発を起こした。

 

 さぁ、ラスト一機だ。

 

 最後の一機は弾丸を切らしたか弾幕が一切なくなっていた。これなら楽勝だ。

 

 狙いを絞り、同じ要領で飛んでくるであろう虚空を狙い撃つ。今回はタイミングが遅すぎて掠るだけで済んでしまう。だがやはり動きは鈍り、追い打ちのもう一発を撃ち込む事で3機目も撃墜成功した。

 

 

 次は元締めのIS乗りだ。

 何者かは分からないが近接武器主体だ。相性の面でこちらが有利なので倒す事など容易い筈だ。

 

 所属不明の女は玲次と斬り合っていた。玲次がじりじりと追い詰められている事にはセシリアは気付いた。

 だがこちらは狙撃主体。態々同じ土俵に立ってやる道理など無い。

 

 照準を玲次と斬り合っている女に向け、そのまま引き金を引く。――が、女はその瞬間にやりと笑って

 

 玲次を射線上に突き飛ばして盾にした。

 

「なっ!?」

 

 セシリアの表情は驚愕に染まる。読まれていたのか。更にスターライトMk-Ⅲの銃口に女が咄嗟に投げつけたナイフ突き刺ささる。

 玲次は焦ったようにセシリアの方へ向きセシリアは慌てて首を横に振った。

 

――わ、わざとじゃありませんわよッ!?

 

//

 

 玲次は女に盾にされた挙句セシリアの狙撃を叩き込まれ、ブースターが損傷したという情報が流れ込んだ。

 

「うわぁ……」

 

 盾にされた挙句ブースターが損傷するなどと言う笑えない状況に玲次の顔が一気に引き攣る。女は一定の距離を開けており、第二波に備える余裕こそあるがそんな事より盾にされた事がショックだった。

 しかもブースターに当てられるなどと。

 

――どーすんのこれ……

 

 げんなりしていると、女は携えていた得物を量子に変換させた。

 

「今日は撤収だって。ざーんねん」

 

 そうあっけらかんと言い放つ女にセシリアは疑問に思った事をそのまま口にした。

 

「……撤収? 貴女は一体何者ですの? 所属は? 基本的にISの情報にプロテクトを掛ける事は条約で禁止されている筈ですわ」

 

「だーかーら。知る必要は無いの。バイバイ、また会いに来るから」

 

 答える気は毛頭も無いらしく、手を振ってからブースターを吹かせた。

 

「待ちなさいッ!?」

 

 セシリアは主武装を封じられていたため、両肩部に一基ずつ装備されたフィン状の浮遊ユニットに搭載されていた左右二基ずつセットされたBT兵器『ブルー・ティアーズ』を射出し後を追わせようとしたが明らかに速度が違い過ぎる上に対応が後手に回ったため徒労に終わり、ただ全速力で逃げていくISを見送る事しか出来なかった。

 

「出来れば二度と来ないでくれませんかねぇ……冗談抜きで」

 

 玲次は盛大に溜息を吐き、このままでは敗北していた可能性があった事に気落ちせずには居られなかった。

 そして今後も襲って来るであろう可能性を考えると気が滅入りそうだった。

 

 1分もしない内に彼女が撤退した理由であろう自衛隊がやって来たが時既に遅く戦闘は終わっていた。

 そして引き下がった一夏と矢川は自衛隊に保護されたという報告を聴き玲次は心底安堵するのだった。

 

 

//

 

「楽しかったぁ。あの玲次チャンも中々踊ってくれたし」

 

 一夏に吸血鬼女扱いされていた女は呑気にそう呟いた。

 

 流石あの辺りの世代はISの敵性平均値が高いだけある。横流しされた今年の代表候補生候補のデータを閲覧したがどれも高水準にまとまっているという。

 

「ま、捕獲は出来なかったけど強さは分かったしいっか」

 

 そう呟きながらも残量SENは90%と表示されているのに一瞬だけ眉を顰めた。

 

()()()()……掠っただけでも痛いなぁ」

 

 玲次の一撃もセシリアの狙撃も全ていなしたものの一夏の攻撃が一発だけ掠っていた。だが掠っただけで10%もダメージを受けてしまう事実と、掠らせども当てて来た一夏に女は満足そうに舌なめずりした。

 

「今度は本気出せるといいなっ」

 

 と、紺碧の空の下まるで子供のように独り言を口にした。

 




 初戦完敗&技を無効化された挙句盾にされる主人公ズの明日はどっちだ。

 
 自律兵器(小型戦闘機型)
 空戦タイプ。ISに匹敵する機動力を持ち、機体の小ささも相まってこちらの砲撃が命中しにくいようになっている。反面、小型故の総合火力の低さと装甲の脆さが最大の弱点であり、レーザーが掠っただけでも致命傷になり得る。


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09 vsセシリア

 引き撃ちは強い怖い


 IS学園敷地内の整備区画の一室に黒鉄が鎮座しており、工具を携えた整備員が忙しなく動き回っている。

 ブースターが若干ダメージが入っているのでその修繕を行い、交戦データの回収を行うのが目的だ。

 

「何だったんだ……アレ」

 

 玲次は呟く。

 何だった……と言うのは交戦した所属不明のIS搭乗者の事だ。

 動きからして相当な手練れ。悔しい話だがこちらの攻撃が悉く通用しなかった。思考に入ろうとした矢先近くで声がした。

 

「少なくともそれなりの数の自律兵器を率いている辺り何かの組織に属している可能性が高いと思われます」

 

「うおぁッ!?」

「ひゃぁっ!?」

 

 玲次が驚きの余り飛び退いたのと同じタイミングで声の主も飛び退いた。

 

「や、山田先生ですか……びっくりしました」

 

「お、驚かせてごめんなさい!」

 

「いやそんなこっちがボケボケしていただけですんで謝らんでください!」

 

 山田先生は肩を縮こまらせ、玲次は急いで謝る。そんな妙な光景が1分程続いてから、コホン、と落ち着きを取り戻した山田先生が咳払いし玲次は大きく深呼吸して一つ間を置いてから山田先生は再び口を開いた。

 

「えっと、今後の予定についてですが……予定通りクラス代表決定戦に関しては行う事が決定しました。理由としては割ける時間が無かった事と、3人とも診断結果は正常である事が分かったから、という事です」

 

 延期とまでは行かなかったようだ。仕方のない話だろうけれども。

 

「さいですか……」

 

 残された時間は3日間のみ。一夏をピンポイントで狙って来た以上自分で自分の身を護る手段は確実に必要となって来るだろう。

 

「戦闘の疲れも色々あるかもしれませんが、その、ごめんなさい」

 

「いえ、おれは大丈夫です。勝手に戦いに行ったようなモンですし」

 

 そう言って玲次はふと黒鉄に視線を向けた。

 自分もきっと何かに狙われる可能性があるだろう。己が身を護る為には黒鉄の力が必要不可欠となって来る。

 

「……それに益々気張って行かないと取り返しが付かん事になりそうなんで、尻に火が点いているくらいが丁度良いかもしれませんからね」

 

「前向きなんですね、篠ノ之君は」

 

「単に危機感が無いだけですよ、おれは」

 

 山田先生の言葉に玲次は苦笑いする。

 玲次自身切羽つまっているが、一夏ほどではないのだ。一夏が白式に慣れなければならない一方玲次は黒鉄に多少慣れている。

 整備が終わったらすぐに射撃訓練やマニューバの演習に入ろう、こちらとてウサギと亀のウサギにはなりたくはないのだから。

 

 整備が終わるまでは……準備運動にグラウンドを走ろうと思い立ち、「ちょっと走りに行ってきます」と言い残して山田先生と別れた。

 

 

//

 

 パシン、パシンと竹刀がぶつかり合う音が道場の中引っ切り無しに響いていた。

 そこには竹刀を持ち、防具を身に纏った二名が居る。片方は……一夏は有無も言わさぬ猛攻を放ち、もう片方、箒はそれを軽々と捌いて行く。そして隙を見つけた途端反撃に入りあっという間に猛攻を放っていた方は一本取られてしまった。

 

「まだだッ!」

 

「来いッ!」

 

 それでも挑みかかる一夏に箒は応える。

 箒としてはただ嬉しかった。一夏がここまで意欲的な事に。昔、一緒に剣道をしていた頃を思い出す。

 

 だが、この後も箒の勝利で終わり、一夏は15戦0勝という悲惨な結果だった。

 3年もブランクがある一夏がずっと剣道を続けている箒に一朝一夕で勝てる訳が無かった。

 

「今日はここで終わりだ」

 

「あぁ。終わりなのか」

 

「もう夕食の時間も近いからな」

 

 箒の終了宣言に一夏は糸の切れた人形の如くへたり込み尻餅をついた。

 この15戦の前にランニングや筋トレ、素振りとやれる事は沢山やった、体力だけはあるが衰えた技量は中々取り戻せはしない。

 こうして打ち合う度にそんな思いが箒の胸の内に大きくなっていく。

 

「本当に、辞めてしまったのだな……」

 

 箒は少し寂しげに呟くが、疲労が蓄積し切った一夏には聴こえる事は無かった。

 もう箒には一夏が剣道を辞めた事を怒る気は無かった。どうして剣道を辞めてしまったのか問い詰めても一夏は教えてくれなかったし、現在はこうして一緒にまた剣道をしている、今はこれで充分だ。

 今の一夏の気迫は相当なものだ。そこに技術は伴っては居ないがこれから付けて行けばいい。

 

「今日もありがとな、箒」

 

 面を外した一夏の礼に少し、どきりとする。

 修練後の一夏を見ているとどうも、表現し難い何かを感じる。

 

「れ、礼を言っている暇があったら先にシャワー浴びてこい!」

 

 反射的に箒はそっぽを向くが、一夏は首を横に振った。

 

「箒が先に行けよ。俺はちょっとここで休んでる」

 

 疲労困憊と言わんばかりに床に寝そべる一夏に、流石に突っぱねられなかった。

 女子校のシャワー室の性質上仕切りがあっても、完全に隠せる訳では無い。

 

 一瞬、邪な想像を仕掛けて全力で振り払った。

 

「箒、どうした? 熱でもあるのか?」

 

 それが少し奇異に見えたのか一夏に怪訝な顔で問われて半ば反射的に一夏に竹刀を振るっていた。

 

「うわぶねッ!?」

 

 咄嗟に一夏は横に転がって回避し、空ぶった竹刀は地面を強く叩き道場に音が響き渡る。

 

「ハッ、すまん!」

 

 ハッと我に返った箒は脱兎のごとくシャワー室へと駆けこんで行く。別に一夏に非がある訳では無い。自分が迂闊なだけだったのだ。

 背を向けていたので顔を確認は出来なかったが間違いなく一夏は茫然としているに違いない。

 

――いやいや待て待て、不意打ちに対応出来たという点では修練の賜物、喜ぶべき事ではないか。あぁそうだ、そうだともははははは……はぁ

 

 シャワー室に駆け込んだ後、自己嫌悪で盛大な溜息が出た。

 

//

 

 

 それからというもの、時間と言うのはあっという間に過ぎていくものでクラス代表決定戦当日にまで至ってしまった。

 その間に一夏は白式に馴染むよう玲次と機動テストを行いつつ箒と修練を積み。一方で玲次は一夏のサポートをしつつマニューバの取得や射撃の命中精度を上げるよう努めていた。

 

 これらがセシリアとの戦いで活かされるかどうかは分からないが、一応出来る事はやったつもりだ。

 

「おれが先に行くよ」

 

 アリーナのピット内でISスーツに着替えた玲次は切り出した。

 

「えっ、何でだ」

 

 一夏は疑問符を浮かべる。

 

「そらもう、時間稼ぎ。その間に観察なりなんなりすれば多少何とかなると思うし」

 

「負ける事前提か……」

 

「んな事ァ無い。もしおれが勝ったらそん時はそん時さね」

 

「でもシード扱いってのはなぁ」

 

 引き攣った一夏の心境は玲次にも何となく読み取れたが、白式の性質上セシリアに勝利出来る確率は無きに等しかった。何故ならば白式には飛び道具が無い。

 純粋に相性が悪いのと同時に白式に積まれていた()()()()の存在が邪魔をする。

 

「おれが負けたら後は頼みますわ。あの光の剣でズバッと頼む」

 

「無茶言うな。お前が無理だったら俺も無理だ。で、あるのか」

 

「何が?」

 

「策、みたいな奴」

 

 問われて玲次は少し考え込む。一応ブルーティアーズの戦い方は、自分が手に入るレベルの既存のデータとこの目で視たものをかき集めたので大体は理解している。

 

「基本としては取り敢えず奴の銃口と軸は合せない。これは絶対だ。まぁあっちが合せて来るだろうから割とキツイけど」

 

「あの勝手に飛び回る砲台は」

 

「無理。砲台……要はビットに気を取られている内に本体に狙撃されたら死ぬ」

 

 あっさりと無情な現実を言い放たれ、一夏はガックリと気落ちした。飛び道具がある玲次が駄目ならばこっちはどうすれば良いのだ。飛び道具は無く刀一本しかない自分はどうすれば、と。

 白式の出力で無理矢理突破して一撃を叩き込む手段しか思い浮かばない。現状白式の武器は純粋なカタログスペックと()()()()しかない。

 

「まぁこっちには、ちょっとした電気ビリビリマジックがあるからなるようにはなるさね。あの時は使う余裕もなかったけど」

 

「電気?」

 

 一夏が怪訝な顔をすると玲次は「そ、電気」と軽く答えたものの詳細は教えてはくれなかった上に「当たらなきゃどうしようもないけど」と不穏なひと言まで呟いた。

 

「それにお前も教師倒したんでしょ? ならそれなりに行けるでしょ」

 

「いや、それが……」

 

 一夏はとても言い辛そうに言いよどむ。気になった玲次は半ば興味本位で追求してみた。

 

「何」

 

「あれ、教師が自滅したんだよ……勝手に突進してきて、俺が横に避けたら壁にズドンッ! て勢いよくぶつかって……」

 

「伸びちゃった、と」

 

「おう……」

 

 それって勝ったと言えるのか。いや、判定としては勝利となるのか。教師が多少手を抜いている可能性から鑑みてもあまりにも予想斜め上の一夏の勝因に玲次の顔が一気に引き攣る。

 

「ま、まぁなるようにならぁね、うん。そうに違いない」

 

 間違いなくヤケクソであろう話の切り上げ方だったがそんな反応になるであろう事を想像していた一夏にはダメージは無かった。

 そんなこんなでアホな話をしているとそこに箒がやって来た。

 

「まだ始まって無かったんだな」

 

「いや、もうそろそろ開始時間。じゃ、おれ行くわ」

 

 玲次は一夏と箒に軽く会釈してからカタパルト前に立つと黒鉄を呼び出す。今の黒鉄の装備は前回の戦闘と同じだ。ハンドガン、グレネードランチャー、後は固定装備だけ。

 

「――勝って来い」

 

 箒の言葉に玲次は「全力は尽くすよ」と返した。

 勝てる確証など無いしこちらの手札が何処まで通用するかは分からない。だがやるしかない。

 

 脚部アーマーをカタパルトに接続する。接続を確認したらこちらが発進する為の指令をISを使ってカタパルトのコンピューターに送ると30秒後に射出に入るという仕組みだ。

 

 深呼吸する。射出に掛るGはそこまででも無いが気が抜けた状態だと何が起こるか分かった物では無い。数メートル先のゲートが開き、その先には蒼穹が広がっていた。

 

【3、2、1、ready】

 

 カウントが0になった途端、脚部に接続したカタパルトが火花を散らしながら凄まじい勢いで出口に向かって直進し、玲次と黒鉄を外へと向かって運び、射出する。

 

 脚からカタパルトが離れて、足場を失った玲次。玲次は咄嗟にISの基本システムであるPICを作動させ、センサーに意識を向ける。するとそこには――

 

 

 

「あら、逃げずに出て来たようですわね」

 

 既にブルー・ティアーズを纏うセシリアが少し高い高度から玲次を見下ろすかのようにして待っていた。そんなセシリアの言葉に玲次は見上げ、怖じ気る事なく返す。

 

「数日前いっぺん撃たれましたんでそのお返しに、と」

 

「なっ、アレはわたくしは……」

 

 玲次の返しにセシリアは慌てる。別にセシリアに非がある訳では無い。盾にした所属不明の女が全面的に悪いのであって。

 

「いやこれは冗談。……このまま逃げたら奴隷にされちゃうし全力で戦う事にした」

 

 セシリアにとってはあのわざと負けたら奴隷する宣言は本気で言っていた訳では無かった。怒りのあまりの勢いもあった。だが全力で戦って来るのならばそれはセシリアにとっては都合の良い事だった。

 無論、勝ちは見えている。技量差はセシリアの方が上なのだという事実は覆しようがない。

 だが態と負けられるのは気分が悪いし腹も立つ話だった。セシリアは先ほどの狼狽を振り切って気を取り直した。

 

「えぇ、そうですわ。わざと負けようものなら――!」

 

 玲次はセシリアと同じ高度まで上昇し、所定位置まで移動する。一触即発の状況下両者は戦闘開始。

 そしてアナウンスが流れた。

 

『これよりセシリア・オルコット対篠ノ之玲次によるクラス代表決定戦を開始します。生徒の皆さんは安全の為、席に着いてください』

 

 ISバトルのルールはこうだ。先に敵のシールドエネルギーを0にした方の勝ちという至極単純なルールだ。場合によっては制限時間などの制約が付くが今回は無し。

 

『開始まで……3、2、1、はじめッ!』

 

 始まりのコールと共にセシリアは携えていたレーザーライフル『スターライトMk-Ⅲ』の銃口を玲次に向け、一方で玲次はハンドガン『時雨』をセシリアに向ける。

 ほぼ同タイミングだった。両者とも相手が初手で銃撃を放つ事は読んでいた。

 

 玲次は咄嗟に上体を逸らし、セシリアも同じく横に機体をブーストさせて弾丸を避けた。

 

「……ッ」

 

 だがレーザーの弾速は馬鹿には出来なかった。僅かに回避が遅れて肩部アーマーが僅かに焦げ付いていた。一方でセシリアは完全に回避しておりダメージはゼロだった。

 そして後退しつつ次の射撃を放つ。

 

――引き撃ちかッ!?

 

 両腕の装甲を盾にしてセシリアの引き撃ちを防ぐも、そうしている内にセシリアは後退していき距離が開いて行く。

 無論、時雨の有効射程距離はIS専用な為に通常のハンドガンを凌ぐ射程を持つためまだ有効射程の範疇だが、距離が開けば開くほど精度も落ち、そして読まれやすくなる。どっちにしろ不利な事には変わりはしない。

 

「さぁ踊りなさい! わたくしセシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

「盆踊りしか踊れないけどねぇ!」

 

 幸いレーザーライフルしか使っては来ないので近づく前に落ち着いて軸を合せないように照準をブレさせる事が先決か。

 

 不規則に左右に機体をスライドさせるように動き始める。それにセシリアは食らい付こうと撃ち続けるが、直撃を当てる事は困難を極め5発に1発は命中する程度となった。

 それでもまだ当てられる辺り厄介以外何でもない。

 

「ッ、苛立たしいですわね!」

 

 セシリアは言葉の通り苛立しげに言う。このまま弾切れを狙う事は多分無理だ。

 レーザー兵器を売りとしたブルーティアーズがそう簡単にガス欠になるとは思えないし、その前にこちらのシールドエネルギーをゼロにされてしまいかねない。

 あのレーザーの一発一発が地味に痛い。

 

 申し訳程度にハンドガンで応戦しているが同時にセシリアの射撃を避け廻っている為、照準がままならず明後日の方向へと飛んで行ってしまう。

 

 初手で躓いたのが不味かったか。玲次は歯噛みしていると――一瞬だけだが射撃が途切れた。

 

「ッ!」

 

 流石にリロード時間は発生するのか。1秒後直ぐに射撃が再開されたが、活路は見えた。

 

 グレネードランチャーを取り出し、持つ手に少し力を込める。

 そしてその手から紫電が奔った。

 

 じりじりと削られて行くシールドエネルギー。全ては躱し切れない、それどころかどんどん命中率が上がってきている。第2波を避けている内に黒鉄の残量シールドエネルギーが65%を切っていた。対してセシリアのブルーティアーズは100%。

 申し訳程度にハンドガンで反撃し、こちらの考えを悟られないようにする。準備が出来、条件がクリアされるまで、回避に専念する。

 

 反撃の手立てを思いつかない馬鹿を演じるのだ。

 

「このまま避けているばかりで終わるおつもりですかッ」

 

「…………」

 

 セシリアの挑発には乗らない。スターライトMk-Ⅲの次弾装填(リロード)開始まで耐える。

 とにかくチャンスを――待つ。

 

//

 

 

 篠ノ之玲次機、黒鉄のデータがあまり公開されていないことからして、まだ何か武器を出し惜しみしているのではないかとすらセシリアは思ったが全くと言っても良い程何もしてこない。

 だが先ほど行った新しいアクションはグレネードランチャー呼び出しのみ。

 

 ハンドガンより当たらないではないか。命中精度でも、射程距離でも劣るような武器で何をしようと言うのだ。

 それにスターライトMk-Ⅲだけで充分事足りてしまっている現状、使う必要は無いのかも知れない。

 

 このままでは本気を出さずとも完封勝ちは目に見えている。

 

――こんなものですか……

 

 失望と同時に侮蔑の感情が湧いてくる。もしかしたらあのアンノウンだって自分なら仕留められたのではないかという思いすら湧いてくる。

 

 

 トリガーから手ごたえが無くなり、ハッと我に返りスターライトMk-Ⅲの次弾装填(リロード)を開始させる。

 

 

 だが、彼がその瞬間を待っていた事を彼女が知る由も無い。

 

「ブーストッ!!」

 

「な――ッ!?」

 

 リロード時間は1秒程。だがその1秒が命取りであった。

 玲次が機体をブーストさせて詰め寄って来た。目に見える形で二丁の得物を携えて肉迫してくる。

 

「ですがッ!!」

 

 スターライトMk-Ⅲの次弾装填(リロード)は既に終わった。

 何かされるまえに追い払う。

 

 後方に下がろうと思い立ったのだが、気が動転したか対応がやや玲次の方が速く、IS専用グレネードランチャー『烈火』の銃口を向け、迷う事無くその引き金を引き、一つの大きな弾丸が放たれセシリアに接触する――

 

 が――それが破裂したはしたのだが小規模な爆発と同時に紫電が飛び散っただけだった。

 

「行きがけの駄賃だ。コイツも取っとけ!」

 

 追撃に時雨の銃口をこちらに向けて来るのだが、これ以上受けてやる理由など無い。

 

「そこまで受けて差し上げる理由など有りませんわ!」

 

 スターライトMk-Ⅲの銃口を玲次に向ける。当てるというより追い払う目的だ。

 一発照射されたレーザーを玲次は時雨の発砲を取りやめて上体を逸らす事で脇腹を掠める形で直撃を免れ、即座に後退していった。

 

「全く、脅かせますわね……」

 

 グレネードによるシールドエネルギーにダメージは大してなく97%も残っている。

 だが僅かなリロード時間を縫って肉迫して来る辺りを想定していなかったのはある種篠ノ之玲次と言う男を侮り過ぎたか。

 

 敵機シールドエネルギー残量26%

 だがもう決着は付いたに等しい。こちらの次の次弾装填(リロード)前にシールドエネルギーは尽きる事だろう。

 

 もう一度引き撃ちを再開しようとした矢先――

 

「……?」

 

 違和感を感じた。

 まるでISと自分自身が剥離しているというか、まるで纏っているような感覚だ。何時もならばISは体の一部のような感覚で動かしていたのだが、今は何故か――距離のようなものを感じると同時に、

 

「ハイパーセンサーが、機能低下を起こしている……!?」

 

 その違和感が形となって表れ、セシリアは悟ったのだ。

 罠に掛ってしまった、と。




 明確な説明は次回、千冬さんたちでお送りします。

 あと事件後報告もちょこちょこと。


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10 vsセシリアⅡ

 セシリア戦後半


「遂に使ったか……」

 

 モニター越しで玲次とセシリアの試合を観ていた千冬は呟いた。

 その呟きを耳にしていた一夏と箒は反応しモニターから視線を千冬へ移し、まず箒が口を開いた。

 

「あの自衛隊に配備されている型のIS専用グレネードランチャーに何か仕掛けでも?」

 

 玲次が先程使用したグレネードランチャーは自衛隊では正式採用されているIS専用のタイプと何ら変わらなかった。打鉄が使用する副兵装の一つだ。使用する人間は武器の性質上かなり少ないが。

 これぐらいの知識は箒でも持ち合わせていた。

 

 だがグレネードにしては爆発範囲は狭く、プラズマが奔っただけ。

 

 

 が、その直後動きが目に見えて鈍っていた。狙撃の精度も落ち、玲次はそれから全く直撃は食らっていない。

 

 何かをグレネードに仕掛けでもしたのではないかと考えるのが自然だった。

 だが、千冬は首を横に振る。

 

「いや、グレネードへの仕掛けは火薬などの中身を減らしただけだ。発射装置は確かに自衛隊正式採用のIS専用のソレだが、あのオルコット機への異変の根本的な原因は篠ノ之弟が搭乗している黒鉄の力によるものだ」

 

「……まさか!」

 

 答えに行き着いた箒が声を挙げ、一方一夏は要領が得ないのか、首を傾げていた。

 

「え、どう言う事だ?」

 

 一夏の質問に箒は神妙な表情で推測を口にした。

 

「単一仕様能力だ」

 

「え?()()()()()?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったように一夏は驚いた顔をし、モニターに映った玲次を観た。

 単一仕様能力と呼ばれる技能については、一夏はつい最近知った事だ。ISとの相性が極限まで至った場合に発生する、特殊能力のようなもの。

 本来は第二形態から発生する筈の技能だがこれは一体?

 

 だがそれを千冬は否定した。

 

「正確には単一仕様能力としてはカウントはされない。単一仕様能力に極めて近く、限りなく遠いものだ。あの機体は電磁迷彩を搭載しておりそれを武器に転化した訳だ」

 

 千冬の説明に一夏は玲次の言っていた『電気』がなんなのかの答えが出て、胸の奥につっかえていた何かが無くなりスッキリした。だが電磁迷彩の能力を攻撃に転化するとは随分と無茶な発想をするものだ。

 

「が、黒鉄が単一仕様能力の芽を持っているのは事実だ。あの特殊な電磁波精製能力はコアナンバー468と黒鉄の組み合わせだからこそ作り出せたものだ」

 

「……しっかし最初から使えば良かったのにあいつ、出し惜しみしやがって……」

 

 一夏は大きく溜息を吐く。

 

「最初から最後までずっと使えれば苦労してはいない。織斑、()()()()()()()()()()()()()()な。それにあれは単一仕様能力未満の単一仕様能力もどきだ。それに電磁迷彩も完全では無いのだからな」

 

 千冬はその一夏の台詞に指摘を入れた。

 言われてみればたしかにそうだと一夏は納得する。だが、その機能を正常に作動させる事が出来たという事が意味する事は――

 

「――が、これでこの勝負は分からなくなった。正体不明のISである事を利用した篠ノ之弟の作戦勝ちだが、ここから先篠ノ之弟に上手く転ぶとは限らん。オルコットとて一方的にやられるような案山子ではないからな」

 

 ここまで持ち込めたのだ、どうせならば華々しく逆転勝利して欲しいとすら一夏は思っていた。

 

//

 

「一体グレネードに何を仕掛けたのですか?」

 

 状況を半ば理解したセシリアは努めて冷静な表情を保ちながら玲次に問い掛ける。玲次はグレネードランチャーの烈火を収納(クローズ)してから両腰部にマウントされた高周波ナイフ、迅雷を一本引き抜き、近距離中距離両方にも対応できるように構えを取る。

 

「企業秘密――でもそれがおれの切り札さね」

 

 玲次は再び機体をブーストさせセシリアに再び接近する。

 千冬の言う通りセシリアとて案山子では無い、焦りスターライトMk-Ⅲによる射撃で迎撃を行うが動きがセシリアの要求とは少し遅れてブルーティアーズは反応する。その結果玲次が射線上から外れるように立ち回るお陰で直撃は一つも無くなった。

 

 侮っていた。

 

 セシリアは迎撃しながら歯噛みする。

 この男が隙を伺っていた事を何故考え付かなかったのだろうか。

 

 決闘なのに手の内を隠していた事に文句の一つや二つも少しは言いたくなるのだが、これを責める事は出来なかった。自身が玲次を侮っていた事実も間違いなく起因している。

 

 玲次の猛攻が始まった。かすめ取るように玲次が通り抜けざまに一閃を放ち、時雨を発砲しながら後退しつつアンカーを射出してセシリアの位置を固定、そしてセシリアを中央に円を描くように動き回りながら撃ち続ける。主にスターライトMk-Ⅲを狙って主武装を封じようとしており、玲次の思惑通りスターライトMk-Ⅲの銃身は暴発の危険があるとして発砲する事は危険だとISが判断するまでに至った。

 

 既にセシリアのブルー・ティアーズのシールドエネルギー残量は30%を切っている。

 ここまでやられるとは思いもしなかった。突然の機能低下に些か頭がパニックになっていたのが大きいだろう。

 

「インターセプター!」

 

 真正面から接近して斬りかかる玲次に対し、セシリアは武器名をコールして展開させるという素人のやり方で唯一の近接武器であるインターセプターを使って自身を絡めていたアンカーを断ち切ってから玲次の斬撃に応戦し、辛うじて玲次の斬撃を防いだ。

 

 機体そのもののパワーは互角。だが近接武器の取り扱いは玲次が圧倒的に上だった。セシリア自身近づかれる前に撃破するというスタンスを基本的に取っていたため、このようなことは不測の事態である。

 インターセプターを弾き飛ばされ、再び迅雷による一閃を叩き込まれた後追い打ちに時雨による射撃。

 

 ここは既に玲次の距離だった。

 

 セシリアは両腕を盾にしてダメージを軽減させるが軽減できるダメージなどたかが知れている。

 ここからどう巻き返そうか、そうセシリアは必死に防御しつつ模索している内に時雨の残弾が切れたのか、射撃が止み、カチッカチッと弾切れを告げる空虚な音が響いていた。

 

「カートリッジ! ……ッ」

 

 玲次は窮した表情で再装填を開始しようとするが時間が経っても弾丸は飛んでは来なかった。弾切れか。やはりハンドガンだけでISを撃墜する総火力は持って居ないようだ。実際斬撃で削られたシールドエネルギーの量の方が多いし、ブラフの為の無駄撃ちとスターライトMk-Ⅲを破損させるのに相当な弾数を使ってしまったのも大きいだろう。

 今がチャンス。一気に後退してから、BT兵器の射出準備に入る。

 

「このわたくしをこうにまで追い詰めたのは貴方が初めて、褒めて差し上げますわ。ですがわたくしには手札が残っていますわ。では――閉幕(フィナーレ)と参りましょう」

 

 本来の稼働は出来ないにせよ、残っている武器がそれしかないのは事実だった。インターセプターは地面に突き刺さっており、実質ロストしたに等しい。

 残るはBT兵器『ブルー・ティアーズ』だけだ。

 

//

 

 玲次も時雨は弾切れを起こし、アンカー1門もセシリアに断ち切られてロストしてしまっていた。使える武器は迅雷×2と、アンカー1個。グレネードランチャーの烈火、四肢の仕込みブレードのみで更に接近しなければならない事態になっている。

 

 グレネードもそう簡単に当たる代物でも無いし、連射も出来ない。そして玲次自身グレネードを当てるのが苦手だった。何故そんな苦手なものを搭載したのかと言うと電磁波を収束し叩き込むのに最適な武器だった、それだけなのだ。

 あのアンノウンと戦う際に使わなかったのは、グレネードが間違いなく命中しないという諦観と、電磁迷彩によるかく乱が一夏から自分へと注意を引く事を要求される状況に適さなかったからだ。

 

 状況を確認している1秒間に、セシリアがBT兵器『ブルー・ティアーズ』を射出する。それを見た玲次は歯噛みした。

 

 射出されたのは4基。先にスターライトMk-Ⅲを破損させられ、精度を落とす事が出来たのは僥倖だった。だが現状4方から狙い撃ちにされる可能性を考えると、危険な事には変わりはない。

 

 両手には2本の迅雷を持つ。順手持ちだ。

 

――隙が見つかった次の瞬間が勝負だ

 

 この勝負、別に乗り気では無かったつもりなのだが、やっている内に楽しくなってきていた。互いに手札を出しつくし全力で戦う事が。先の高速道路上での戦闘とは違って純粋な殺し合いでは無い事も大きいだろう。

 

 己の周囲を取り囲み如何にも「逃げ場はもうないぞ」と言わんばかりのビットのフォーメーションに玲次は眉を顰めつつ、照準が合わないように機体を不規則に動かし始めた。

 

 

 4つの別々の位置からはしり、交錯する射線の上に行かないという行動は至難の業だった。それ程の集中力を玲次は未だに持って居ない。それにセシリアも機能が低下した状況に次第に順応してきている。射撃は四方から態々位置を変えて自分の背後や頭上を狙って来る辺りが本当にいやらしい。

 早期に決着をつけなければ勝ち目は無い。

 

 

 玲次機のシールドエネルギー残量は既に19%、セシリア機も28%だ。

 

 それまでにチャンスを見つけなければならない。幸い、思ったほど弾幕は酷くは無い。それに態々反応が遠くなる所ばかり狙って来る事に薄々玲次は勘付いていた。

 背後、真下、などと言った死角ばかり狙って来ている。

 

 だが同じ事ばかりもされれば、()()()()()()()()()

 フェイントの気配は無い。身動き一つも取っていない、もう武器が無いのか。

 

 頭を働かせる。だが残された時間はあとわずかだ。多分あのグレネードを当てなかったらとっくの昔に沈められていただろう。パターンはある程度掴めたので避けては居るのだが掠ったりしてじわじわと削られて行く。下からの攻撃はやや苦手なので玲次は咄嗟に低空飛行を行う。

 

「考えましたわね……ですがそれだけでブルー・ティアーズからはッ!」

 

 しつこく追いすがるビットに玲次は舌打ちしつつ、少しずつセシリアに距離を近づける。後退する様子は無い。

 

 これは賭けだ。

 機体をブーストさせる。これ以上待てばビットのエネルギー切れより前にセシリア機の機体エラーが直り、玲次にトドメを刺しかねない。その事を考えると最早猶予はあるまい。

 

 思い切って機体をブーストさせる。と、同時に直ぐ後ろでレーザーが4方から交錯していた。タイミングは上々。左右の景色が流れ、目指すは上方で見下ろすセシリアのみ。

 だが、背後からビットによる追撃のレーザーが玲次を襲い、じりじりとシールドエネルギーを削って行く。

 

――間に合えッ!!

 

 が、セシリアは怖気づく事無くにやりと笑う。

 そして玲次は悟ったのだ。

 

――やはり何かを!

 

「おあいにく様、ブルー・ティアーズは6機あってよ!」

 

 両腰部のスカート状のアーマーが動く。エネルギータンクと思しき白い筒の先端が玲次に向きそこからミサイルが放たれた。

 それがブルー・ティアーズの持つ5機目と6機目だった。ミサイルが放たれる。

 

「くッ!」

 

「避けたッ!?」

 

 幸いいち早く反応する事で被弾は免れたが、そのミサイルは背後でUターンして此方に迫って来ている。ブルー・ティアーズと呼ばれるだけあってこれは操縦者の意志で動くホーミングミサイルか。機能低下を起こしていなければ真正面から当てられて潰されていた所だった。

 更に後方で追撃を掛けて来るビットの砲撃も容赦なく降り注ぎ、退路を奪われた玲次はセシリアにそのまま突撃を仕掛け、念の為にロストせずに残った一つのアンカーを放つ。

 近距離な事もあって腕を拘束されてしまい、セシリアの表情は恐怖に染まった。

 

「でぃぃぃやぁぁぁぁッ!!」

 

 雄叫びと共に、二本の迅雷による刺突がセシリアに命中し、凄まじい勢いでセシリアのシールドエネルギーを奪っていく。無防備だった。恐らくビットとミサイルの操作に集中しなければならなかったが為に無防備となっているのだ。だから、今が勝機。

 

 火花がまるで血飛沫のように散り、セシリアはミサイルと自身への巻き添えも覚悟の上でこちらにミサイルとビットを仕向ける。

 こちらが削り切るか、背後からの攻撃が命中してしまうが先か。

 

 最早玲次には次に投じる策は無かった。後はもう押し込むしかない。

 

 玲次の黒鉄のシールドエネルギー残量は背後からのレーザーでゴリゴリと削られ、15、14、13と玲次の敗北を秒読みするかのように%が減少していく。無論、セシリア機もだ。セシリア側の方がもろに直撃を貰っているのでシールドエネルギーが減るテンポが玲次機よりやや速い。

 

 観客席が白熱した戦闘に一部は湧き、一部は男がここまで接戦に持ち込んだ事に対しどよめく。

 ミサイルとレーザーが迫る、一方高周波ナイフが押し込まれる。

 

 その時間は10分にも30分にも感じられた。まるでミサイルは何時まで経っても着弾しないように、もしかしたら不調でも起こしたんじゃないのかと錯覚してしまう程に。

 やっとハイパーセンサーがミサイル接近による警告を放つ。まだか、まだかと、玲次は焦りつつ迅雷を持つ両手に力を籠める。セシリアの表情は火花のせいで視えず分からなかった。

 

 

 そして間もなくして背中への強烈な衝撃が玲次を襲った。まるで鉄パイプでぶん殴られた時のような衝撃だった。それと同時に閃光が玲次とセシリアを呑み込んでから爆煙が巻き起こる。

 

 そんな事などお構いなしにビットたちは玲次を潰すべく引っ切り無しにレーザーを放つがガス欠となったのかレーザーを放つ事を止め、喧しかったアリーナ内の戦闘領域は一気に静まり返った。

 

 観客席で戦闘を見ていた生徒たちはどよめく。

 決着はついたのか。どっちが勝ったのか。どっちが負けたのか、と。口々に思った事を言い放つ。

 

「直撃……篠ノ之君も背中から当たったしただじゃすまないよね……」

「多分これまでのダメージとかから見ると多分もうシールドエネルギー残量は残っていない筈なんだけど」

「でも先に篠ノ之君が削り切っていれば……」

「男如きが代表候補生に勝てる訳が無いんだから、馬鹿言わないで」

 

 あれこれ観客のクラスメイトたちが言い合っている内に爆炎が次第に治まり、にわかに、両手に携えた2本の迅雷をセシリアに突きつけた玲次の姿が見えた。火花は散っては居ない。

 

 とても静かだった。

 先程の戦闘が嘘のように、静かだった。

 

 両者ともシールドエネルギー残量は0となっていた。

 お互いまるで彫刻の如く動かない。玲次の表情は何時もと想像がつかない程に鬼気迫る形相をしており、一方でセシリアは恐怖の色に染まっている。

 

 

 そして――

 

『オルコット機、篠ノ之機ともにシールドエネルギー残量0。0.2秒の誤差によりセシリア・オルコット対篠ノ之玲次による模擬戦は篠ノ之玲次の勝利となります』

 

 ブザーが鳴り響き、山田先生によるアナウンスが流れた。

 

「……そんな」

 

 絶句するセシリアを他所に、玲次は試合終了のアナウンスを聞いた途端、玲次の全身から力が抜けた。突き出した高周波ナイフを下げ、両腰部に格納してから、セシリアの方を見ると、彼女は下を向いていて表情は分からなかった。

 

「あの……大丈夫……?」

 

 反応は無い。万が一の事もある。絶対防御が守ってくれるとは言えど不慮の事故が起こる可能性はゼロじゃない。白い肩が少し震えているように見えた。

 

「怪我とか……」

 

「ありませんわ。ですから、先にピットに戻ってください」

 

 声が少し震えているような、そんな気がした。

 彼女は一体何を思っているのだろうか? いや、一々考える必要などありはしない。

 

 そしてこちらが何か言ったり行動した所で死体蹴りにしかならない事は、玲次とて心得ていた。

 だから玲次は機体を180度ターンさせ自分のピットへと機体を進ませた。

 

『織斑一夏対篠ノ之玲次のクラス代表決定戦は翌日の放課後の1700に行います。後の連絡は翌日の朝礼にて追って連絡します』

 

 山田先生のアナウンスを聴きながらふと、空を見ると太陽はもう沈みかけており、オレンジ色に染まっていた。そんな夕暮れが目に痛く、玲次は眼を細める。

 次の対一夏戦は翌日。その事が少し玲次にとっては救いだった。

 

 

 

 緩やかにピットに降り立つと一夏と箒、そして芝崎が待っていた。

 

「まさかマジで勝つなんてな……やったな!」

 

 一夏も些か驚きながらも黒鉄を解除した玲次の背中を軽く叩く。

 

「あー、うん。まぁほぼ相討ちだけど判定的におれの勝ちみたい。やばい、もう何か持ってる引き出し全て出し切った気がするわ」

 

 セシリアに勝った喜びより圧倒的に心身の疲れが勝り、身体が重くヤケクソ気味にコメントしつつ待機状態の黒鉄を芝崎に手渡した。

 

「芝崎さん、修理どうですかね」

 

「まぁ翌日までには間に合うと思う。損傷レベルもそこまで深刻でも無いし。それより貴方の方がボロボロなんじゃない?」

 

 芝崎の指摘通り玲次の顔はやや憔悴しており目が死んでいる。

 

「返す言葉もごぜーません……」

 

 もう床の上でもいいから倒れてしまいたい気分だった。体力はまだある筈なのだが緊張の糸が完全に切れてしまっているので全身に中々力が入らない。

 今はIS学園側の技術者たちの技術を信じて今日は休もうと、

 

「取り敢えず、一夏。次はお前だからなー翌日は覚悟しろー……うはははは……」

 

 全く声に覇気も勢いもない宣戦布告に一夏は苦笑いし軽く肩を竦め

 

「おう、お手柔らかにな」

 

 と、努めて何時もの調子を保ちつつ返した。

 一夏としては相手がどっちであれど嫌な予感しかしなかった。玲次の場合、セシリアと比べて技量と総火力は劣るが件の電磁波を放って来る可能性や策を持っている事を想定すると厄介な事には変わりないのだ。

 

 

//

 

 シャワーノズルから熱めのお湯が噴き出し、瞬く間に湯気が浴室に立ち込める。

 水滴は肌に当たっては弾け、ボディラインをなぞるように流れていく。

 白人にしては珍しく均衡のとれた身体と、そこから生まれる流線美はちょっとしたセシリア・オルコットの自慢だ。

 

 しゅっと伸びた白い脚は艶めかしくも、スタイリッシュと言えるもので、そこら辺のモデルやアイドルには引けを取らないどころかむしろ勝っている。

 胸は同い年の白人女子に比べると幾分つつましやかに見えるが、逆にそれが全身のシルエットラインを整えている要因でもあるのでセシリア本人としてはやや複雑な心境である。

 

 が、これは白人女子基準であって、日本人女子と比較すれば充分通り越して大きい程だ。

 

 シャワーを浴びながらセシリアは自身の頭をクールダウンさせていた。

 日本の諺で言うなれば窮鼠猫を噛む、とでもいうものだろうか。最初の油断がこの敗北の遠因となったが言い訳にはならない。結局負けた事実には変わりはない。

 

「…………」

 

 認識を改めなければならない。少なくとも、篠ノ之玲次と言う男は確かに。一方で織斑一夏と言う男がどのような人物かはまだ分からないが、次の試合やこれからの行動で確かめる事にする。

 男とか、贔屓による入学などと言う色眼鏡は無しだ。織斑一夏と篠ノ之玲次と言う人物を見極めよう、と、考えつつシャワーの蛇口を捻り、シャワーを止めた。

 

 相手を侮って敗北する遠因を作ってしまった愚かな自分自身が単純に許せないのもある。それに少しだけ、ここまで食い付き、追い詰めて来た玲次にほんの少しだけだが興味が湧いた。

 




 次回 11話『斬り裂け、奴よりも速く』


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11 斬り裂け、奴よりも速く

 たつな氏のご指摘もありまして、場面転換に使っている記号を変えてみました。少しでも見やすくなったならば幸いです。


 翌日。

 朝早めに教室にやって来た玲次と一夏だが、二人より先に教室にやって来ていたセシリアに声を掛けられた。

 

「よろしい――でしょうか?」

 

「ん、何さ?」

 

 玲次がやや間抜けな声で疑問符を浮かべる。態度はやや、前より丸くなった、と言うのか、刺々しさは感じられなかった。一体どうしたのやらと気になった一夏と玲次は教室の片隅にセシリアと共に場所を変え、聞く姿勢に入る。

 そして、セシリアが深々と頭を下げた。

 

「先のクラス代表決定戦前の選挙の件ですわ。取り乱していたあまり失言を重ね、挙句怒りをぶつけてしまった。その非礼をお詫びしたいのですわ。……本当に、申し訳ありませんでした」

 

 

「「……あっ」」

 

 …………忘れていた。

 一夏も玲次も正直色々あり過ぎてそれどころではなかったし、インパクトがやたら強かった奴隷云々しか記憶に残っていなかった。思い出してみれば割と腹立つ事を言っていた気がする。

 だがこのままだんまりを決め込む事だって出来たハズだ。負け惜しみも、インチキしたとか嘘を吹聴してしまう手段もあったが、女尊男卑をここで武器にしない辺り潔さを一夏は感じた。

 

「うん。ぶっちゃけ野蛮人、モルモット、猿扱いされたのは正直アレだし腹の立つ話だよ。こちらとて相応の事情というものがあった訳だし」

 

 しれっと返す玲次にセシリアは少し俯く。やはり自分でも何を言っていたのか自覚はちゃんとしているあたり悪い人間ではないのだろう。取り乱す時点で些か問題はあるのかもしれないが、自分たちはまだ15か16なのだ。

 

「でも謝ったからこれで手打ち。これ以上ズルズル禍根残して引き摺っても仕方が無いし」

 

 怒った理由は知らないがそれ以上玲次は追求しなかった。一夏もまた追求しなかった。謝られた以上あれこれ言う気にはなれなかった。頭を下げたままのセシリアに頭を上げさせる。

 セシリアはそれでいいのかと言わんばかりの表情をしていたが、もうそれで良かった。本人が謝っている以上、これ以上互いにギャーギャー言うよりはずっと精神衛生上宜しいものだ。

 

 セシリアのあの暴言抜きならば、物珍しさでは無く実力や実績、信頼性で推薦しろ。と言っているようなものなのである種理にかなっている上に、実力も努力も碌にないぽっと出の野郎にクラス代表になる可能性を持って行かれたとなると腹も立つものだ。

 まぁ、怒りをぶつけられた玲次たちにだって相応の事情があるし、望んで選ばれた訳でも無いのに罵倒されて堪ったものじゃなかったが。

 

「…………放課後の第2戦目、楽しみにさせて戴きますわ」

 

 そう言ってセシリアは再び深々とお辞儀をしてから自分の席へと向かって行く。そんな彼女の背中を二人は何も語ることも追う事も無く見送っていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 放課後。

 

「シールドエネルギー残量、ハイパーセンサー、絶対防御、PIC動作チェック、及び単一仕様能力、量子変換システム問題無し」

 

 ピットにて一夏は白式を起動しカタパルト前に立ち機体状況を最終チェックを行っていた。簡単なチェックの仕方は矢川に教えて貰っている。

 クラス代表決定戦開始前に異常でも起こられたら困るのだが。念の為だ。

 

 箒は既に観客席に居るし千冬たち教師陣も事務室で取り仕切っている。

 

 玲次と戦う事になるとは半分予想出来ていなかった。心のどこかでセシリアが勝つのではないかと思っていた……が現実は玲次の辛勝でこうして戦う事になっている。

 まだセシリアよりはマシとは言え、あのグレネードランチャーは脅威以外何でもない。

 

 奴隷にされる可能性は無くなったが、一夏としては手を抜くつもりは無かった。

 あの吸血鬼女を倒せるだけの力を付ける。その過程で玲次は越えるべき壁なのだ。そして、セシリアも。

 

「織斑一夏、白式、行きます!」

 

 脚部をカタパルトに接続し、安全装置を解除。発進準備に入り宣言する。呼応するようにシグナルによるカウントダウンが始まり、

 

【3、2、1、ready】

 

 カタパルトが火花を散らしながら一夏を外まで運び、白式と一夏を投射する。その瞬間、一瞬バランスを崩しかけるが、PICを作動させ、機体の姿勢制御を行い安定させ、定位置まで移動する。

 1分後玲次と黒鉄も向かいのピットから投射されてバランスを崩す事無く安定した動きで定位置についた。

 

「まさかお前さんと戦う事になるなんてね」

 

 少しおどけた声色に聴こえたが玲次は言う。だが眼は笑っていない、真剣そのものだった。

 

 黒鉄は他のISと比較するとシャープなシルエットで、機動性を重視している事が分かる。手甲、肘、爪先、膝には仕込み刃があり、手根部辺りにはアンカーが仕組まれている。

 腰部のアーマーには高周波ナイフがマウントされている。切れ味は言わずもがな緊急用の仕込み刃よりは上だ。

 他にはハンドガンとグレネードランチャーを量子化させて収納させている。

 

 近中距離対応型だ。

 迂闊に近づけば全身凶器の黒鉄にボロクソに削られてしまうが、生憎こっちには武器がブレード一本しかない。だがこれが白式最大の強みがある。

 

「……手加減は要らないぜ」

 

 全力でぶつからなければ意味が無い。

 ISの基本操作を教えてくれた時は間違いなく手加減はしていた事ぐらいは一夏だって分かっていた。

 

「言われなくてもしないさね。大人気なくやらせて貰うよ」

 

「あぁ!」

 

 ふと、観客席を見ると、クラスメイトたちが固唾を飲んで見上げているが、前回の試合より数は少なかった。

 興味は無い、と言う事か。

 箒の姿は直ぐに見つかり、少し離れた位置にセシリアも観客席に座っていたのが見えた。

 

『これより、篠ノ之玲次対織斑一夏によるクラス代表決定戦を開始します。観客席に居る皆さまは、安全のため席に着いてください』

 

 開始前のアナウンス後、アリーナがしんと静まり返った。その所為だろうか、心臓の音がいつもより喧しく感じた。

 一夏は深呼吸し、玲次を見据えた。初手攻撃の可能性が高い、それより速く斬りかかれるよう自分の得物を展開する準備に入る。

 

『開始まで……』

 

 カウントダウンが始まる。たった3秒の間なのに妙に長く感じた。

 

『3、2、1、はじめッ!』

 

「「!!」」

 

 開始を告げられた次の瞬間、ブーストの音がアリーナの左右から同時に響いた。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 機体を直進させながら一夏は雪片弐型を展開し一直線に突っ込む。が、玲次は即座に一夏の対応レンジ外を維持するように後方へと後退しつつ時雨を発砲した。

 

「ッ!」

 

 防御の姿勢に無理矢理入る事でダメージを少しでも軽減させようとするが、次の瞬間、アンカーが飛んできた。咄嗟に雪片弐型で弾き飛ばし、弾かれたアンカーの先端は逃げるように玲次の黒鉄の腕部アーマーに戻って行く。

 

 アンカーの先端の行先を目で追っている内に玲次は妙に離れた距離にまで下がっていた。恐らく時雨の射程範囲内だ。50m程離れており、雪片弐型は寄らない限り届かないのは素人でも分かる。

 

「まったく……ホントに大人気ないな」

 

「言ったでしょ? 大人気なくやるって」

 

 毒づく一夏に悪びれずにやりと笑う玲次。少し腹が立ったのもあるし、このままだと、引き撃ちされてなぶり殺しにされかねない事を察した一夏は、ジリ貧になる前に速攻でカタを付けるべく雪片弐型を自身に得物がある事を再確認するかのように握り直してから――()()を発動させた。

 それは白式唯一最大の武器。

 

 その名は――

 

「零落白夜!」

 

 

 雪片弐型の刀身が二つに割れ、その間から青白い光が吐き出されて剣の形を成した。それを見た玲次の表情は次第に険しくなっていく。その最たる理由は言わずもがな零落白夜の効果にあった。

 

 

◆◆◆

 

 

 一夏の雪片弐型が変形し光の剣を形成した事に、観客席がどよめく。そして一部はその剣に見覚えがあるのか口々に言うのだ。あれは雪片じゃないのか――と。

 その指摘は間違っては居ない。

 

 雪片弐型は織斑千冬が使用していたISの武装である雪片の改良型だ。

 

 実質的な世界最強の半身の後継機と対峙している玲次の頬に嫌な汗が流れた。

 

 世界大会をテレビで見て来た身としてはあれの恐ろしさは知っているつもりだ。

 近接武装でかつ唯一の兵装という大きなハンデを背負っておきながらも、だ。

 

「ッ!」

 

 機体をブーストさせて一夏が雪片弐型を携えて肉迫する。玲次はギリギリまで引きつけつつ、寸前の所で回避する。――が、思いのほか一夏の反応も速く食らい付いて来た。

 

【シールドバリアーにダメージ有。シールドエネルギー残量90%】

 

 見極め損ねたか、肩を掠めてしまい、玲次は歯噛みした。

――これを恐れていたんだ。

 掠っただけでも、ここまでダメージが入ってしまう。これが零落白夜、白式の最大の武器だ。相手のシールドバリアーを無効化して安全装置である絶対防御を強引に発生させ、シールドエネルギーを過剰に消費させてしまう。要するにRPGで例えるならば常時クリティカルと言ってしまえば良いかもしれない。

 更に得物の長さは此方の手持ちの得物より雪片弐型の方が圧倒的に長い。

 

 よって発動時の接近戦は危険。それに零落白夜には致命的な弱点がある。そこを突けば勝利は困難では無い。

 

 時雨のグリップを握り締める。

 落ち着け。今この瞬間でも刻一刻と一夏は追い詰められている。

 

 玲次は大きく深呼吸しつつも再び斬りかかりに一夏が鉄砲玉の如く迫る。玲次は黒鉄を後方にブーストさせて、時雨の引き金を引いた。

 

 カンッカンッ、と弾丸が装甲やシールドバリアに弾かれて行く音と白式と黒鉄のブースト音が綯い交ぜになった騒音が鳴り響く。

 

「うおおおおおおおおおおッ!」

 

 その騒音を斬り裂くような一夏の叫び。

 ハンドガンでは白式と一夏は簡単には止められない。だからとて何もしないで放っておくのは危険だった。

 猪の如く突っ込んでくる一夏に玲次は機を窺う。

 

 ()()()()()()()は白式のシールドエネルギーが0%になるまで。その秒読みはシールドエネルギー残量そのもので、()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()

 

 

◆◆◆

 

 玲次が既に白式の弱点を知っている事は一夏も知っていた。目に見えて表情がやや焦っており、動きも零落白夜を恐れているようにある一定の距離を保ちつつ、詰め寄られたら後退していく。

 

 時雨の一発一発は弱いのだが、塵も積もれば山となるし、零落白夜の代償もあって落ち着いては居られない。早々に決着を付けなければ負けるのはこちら。

 分の悪い賭けは正直したくはなかったが、分の悪い賭けをせざるを得ないのなら仕方が無い。

 

 それに自分に与えられた力は世界最強に至った姉とほぼ同質のモノだ。

 不可能では無いハズだ、自分の使い方次第で、玲次に勝つ事は不可能じゃない。きっと。

 

 自身の気を落ち着かせるべく、雪片弐型を持っていない開いた手を握り、開きを繰り返す。こうすれば気が落ち着くような気がする。()()()()()()()()()()()()

 ふと、自身のシールドエネルギー残量を確認する。

 

【シールドエネルギー残量84%】

 

 零落白夜は掠っただけでもISに大ダメージを与えてしまうだけの力を持っている。だが代償が余りにも大きすぎた。

 それは――零落白夜の発動に自身のシールドエネルギーを徐々に削って行ってしまう事だ。それでいて飛び道具が無い為に大きなハンディキャップと化してしまっている。

 

 だが言い方を変えると一発深く踏み込み一撃を叩き込むだけでも勝負は終わってしまうのだ。

 一夏は機体をジグザグに動かしながら、玲次の照準をブレさせつつ接近する。

 

 近づかなければ話にならない。時雨の装弾数がどれだけあるかは知らないので弾切れまで待つ選択肢は無い。

 彼我の機動力は、白式のほうが出力が高いが、加速力と旋回性能は黒鉄の方が上となっている。

 

 一夏は再び、玲次に向かって直進で踏み込んだ。踏み込んだ瞬間、玲次は後方に下がる。

 

「逃がすかッ!!」

 

 被弾及び反撃を恐れず踏み込み、縦に雪片弐型を振り下ろす。が、玲次はそれを見切っていたのか寸前で横に回避。返す刀で一発パンチを放った。

 衝撃が肩に奔り、機体が後方に圧されるも無理矢理ブーストさせる事でそれを防ぎ、それどころか強引に雪片弐型で突きを放った。

 

「何っ」

 

 想定外の反撃に玲次の表情が焦燥に変わる。反応し切れず突きを喰らった玲次は怯みつつも脱兎のごとく距離を取る。

 踏み込みが足りなかったのか、玲次の黒鉄のシールドエネルギーはゼロにはなってはいなかった。だがごっそりとアリーナが示す玲次の黒鉄のシールドエネルギー残量は減っており――

 

【黒鉄・シールドエネルギー残量50%】

 

 確かな手ごたえを感じていた。勝てない相手では無い、と言う実感がある。

 あとはあのグレネードにさえ気を付ければいいのだ、と。

 

◆◆◆

 

 致命傷は避けられた。とはいえど痛手である事には変わりはないだろう。

 

 黒鉄のシールドエネルギー残量を確認しつつ歯噛みする。近寄れば斬られる。正直近寄りたくは無い。だがシールドエネルギー総量は零落白夜を前提にした機体構成なのか他の機体よりやや多い。

 

 だからこちらから出向いて行くしかない。時雨でチクチク削っている内に接近されてまた斬られる。接近すれば言わずもがな斬られる。

 玲次からすれば白式は苦手なタイプだった。しかも猪突猛進に一夏が突っ込んでくるのでこちらの小細工は余り通用しない。更にこのアリーナには建造物等と言った障害物も無い。そしてグレネードは既に見切られているとなれば――

 

――アレを使う。

 

「行けるね――黒鉄」

 

【システム・異常なし。電磁波放出可能】

 

「じゃ、アレを使う」

 

【レディ。電磁迷彩、展開】

 

 玲次の問いに答えるように黒鉄の装甲に紫電が奔る。そして――まるでワイパーで拭われる窓ガラスに付いた雨水の如く黒鉄と玲次の姿が――『消えた』

 

「なっ」

 

 流石の一夏でも困惑せずにはいられない。

 対セシリアならばすぐに見破られただろうから使わなかったし、一夏への救援の際は此方の気を引くために使う事が出来なかったのでこれを戦闘で使う事は実質的には初めてとなる。

 

 玲次の目論見通り、一夏は焦りあちこちを見回っている。ハイパーセンサーでも探知は不可能だ。

 先ずはジャブだ。側面から時雨を発砲する。

 

 突然の側面からの被弾に一夏は驚きつつ、時雨の飛んできた方向に向いて斬りかかるが見事に空ぶった。玲次が一体どこに居るのか分からずハイパーセンサーから得られる情報と視覚で得られる情報から玲次の位置を探そうとするも一向に玲次を見つけた様子は無かった。何故ならば――

 

 玲次自身一夏の視界に入らないように動いていたのだ。そして時間を置いて時雨を撃っては場所を変えてかく乱する。

 電磁迷彩とて完全なステルスではない。目を凝らしてよく見れば居場所の空間が歪んで見えてしまう。故に迂闊に視界の内に入る訳にはいかないのだ。

 だがいつまでもチクチクと攻撃している程こちらには余裕はない。電磁迷彩とて無限に使える訳では無い。必ず限界があり効果を切らしてしまう。持続時間は発動開始から勘定すると180秒。

 

【電磁迷彩持続時間、残り130秒】

 

 そして黒鉄のシールドエネルギー残量は50%。白式のシールドエネルギー残量は60%。時雨と零落白夜の代償で今も尚じりじりと減りつつある。

 だがこのままでは削り切れない事を悟った玲次は空いた右手で右越しにマウントされた高周波ナイフ、迅雷を引き抜いた。

 

 そして一夏の背後から――!

 

 一閃。

 横一文字に迅雷が閃いた。

 

「そこかッ!!」

 

 振りき様に雪片弐型を振るう。玲次は咄嗟に下方向にブーストして回避。更に追い打ちで時雨を申し訳程度に発砲し、位置を悟られないように射撃を中断し、今度は正面から攻撃を行う。

 思惑通り一夏の注意は後方に向いており、正面への注意はおざなりになっていた。持っていた迅雷を投げつけ、迅雷が電磁波の力が玲次から離れるごとに弱まって行きその姿を現していく。

 

 電磁波の力が無くなった迅雷が姿を現した時には最早躱せるような距離には無く、シールドバリアを貫通し深々と突き刺さった。

 

「クソッ!」

 

 一夏は舌打ちした。

 意識外を狙って来る。その戦い方は最早暗殺者(アサシン)か忍者だ。

 迅雷を投げつけた後、もう一本の迅雷を抜刀し意識外を狙って斬りかかる。電磁迷彩を利用したヒットアンドアウェイの戦術でほぼシールドエネルギー残量は逆転していた。

 

【電磁迷彩の効力消失、通常モードに移行】

 

 玲次の姿が再びはっきりと、明確になって行く。それを好機とみた一夏は機体をブーストさせて玲次に詰め寄った。

 

 今度は切り上げの斬撃。寸前の所で躱してカウンター気味に迅雷の一閃を打ち込む。

 接近戦は危険だが、時雨の残弾数は残り僅かで一夏を倒し切るには明らかに足りては居なかった。ならば最早残されている効果的な手段は迅雷ぐらいとなる。

 残った時雨の残弾は牽制だ。

 

 一旦蹴り剥がし、距離を取り体勢を立て直す。

 黒鉄のシールドエネルギー残量は40%、白式のシールドエネルギー残量は零落白夜の代償とダメージも相まって10%を切っていた。

 両者は一度地上に降り立つ。泣いても笑ってもこれが最後だ。

 

「勝負だ……!」

 

「ここまで来たら小細工ナシ……白黒付けますか!」

 

 一夏の言葉に応えるように玲次も迅雷を逆手持ちで構える。そして肘、爪先のブレードも展開し、そして――ほぼ同じタイミングで互いに向かって地面を蹴りその勢いのまま機体をブーストさせた。

 両者が今、望む事、目指す事はただ一つ。

 

――斬り裂け、奴よりも速く。

 

 そして一夏が雪片弐型を振り上げ、玲次は回避の姿勢に入る。一夏が拙いと察した時既に遅く身体が脳の反応に追いつかず無情にも斬撃が空ぶりそして――

 

「俺の――勝ちだッ!!」

 

 玲次が勝利を確信し、迅雷を振るったその時――()()()()()()()()()()()()()()()()に見えた。

 

 

 

 

 両者が擦れ違い、一定の距離が開いた所で武器を手にした両者の動きが止まった。痛い程の沈黙がアリーナを支配する。

 

 

 先に頽れたのは――――玲次だった。

 

「ッ、マジかよ……」

 

 玲次は引き攣った顔で呟く。表示されているシールドエネルギー残量は0%となっており、一方の一夏のシールドエネルギー残量は7%。これが意味する状況なんて小学生でもわかる。

 

――俺は、負けたんだ……

 

『篠ノ之機、シールドエネルギー残量0。織斑一夏対篠ノ之玲次による模擬戦は織斑一夏の勝利となります』

 

 アナウンスを聴きながら玲次は全身を襲う脱力感に襲われて大きく溜息を吐いた。

 

 

◆◆◆

 

「やった……のか」

 

 一方一夏には勝利した達成感より本当にやったのか、と言う釈然としない気持ちが大きかった。

 最後、斬撃を躱されて玲次の反撃が飛んできた時、もう駄目だと思った瞬間、意識がクリアになって何をするべきかするりと頭の中に入り込みそれを直ぐに行動に移せてしまったのだ。それが些か信じられないような気がした。

 

 エネルギーが切れて雪片弐型から発せられた零落白夜の光が消え、元の実体ブレードへの形態へと戻って行く。それに気づく事無くぼんやりと暮れゆく空を見上げた。

 

 そして、深呼吸する。

 

――取り敢えず勝ちは勝ちだ。まずは玲次に勝てた事を喜ぼう。

 




 零落白夜は結構恐ろしい……かもしれない。

 原作より白式の基礎性能がやや高くなっています。


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12 白騎士事件/教導依頼

 白騎士事件回想と代表決定戦の翌日のお話


「昨日の代表決定戦の結果、1年1組代表は織斑一夏くんに決定しました。あ、(いち)繋がりでいい感じですね!」

 

 クラス代表決定戦から翌日。正式にSHRで山田先生の口から語られた。その様子はちょっと楽しそうだ。

 ある生徒たちは歓声を上げ、ある生徒は嫌悪感剥き出し、ある生徒は無関心の様子だった。

 

「…………」

 

 当の一夏はと言うと。少し引き攣った顔をしていた。

 まさか玲次に勝つなんてこと想定もしていなかったのだ。

 不安にはなる。結構な数の生徒が期待の眼差しでこっちを見て来る。お世辞にも多数の期待を背負って戦った経験が無い一夏にはどうしたものかと思いつつ頭を抱えていた。

 

 一方で玲次もどうしたものかと軽く頭を悩ませていた。

 クラス対抗戦そのものまでに残された時間は少なく、玲次とて素人に毛が生えた程度のものなので教えられる範囲も少ないのだから。

 

 

◆◆◆

 

 本日の1時限目は座学でIS史の授業だった。

 山田先生は教壇の上で教科書を片手に流暢に語って行く。

 

「ISの歴史自体は10年ちょっとしかない為に浅い歴史ではあるのですが、これの存在が与えた影響は大きなものでした。ISの存在は兵器のパワーバランスを変えたのは周知の事実。ですがISの技術のごく一部が応用された事により、結果家電製品やネットワークの技術も急速に発展したんです。身近なもので技術の進歩が分かるものは……」

 

 と、山田先生はポケットの中から携帯電話を取り出した。

 それはスマートフォンと呼ばれるタイプのもので数年前にリリースされた別段珍しいものでは無かった。

 

「これも、ISの技術が一部ですが取り入れられています。そのおかげではあるんですけれど、普及がやや速くなりました。お陰でフィーチャー・フォン……つまりガラケーが結構速く衰退しちゃったりして困った事になっちゃったんですけどね」

 

 困り顔で苦笑いする山田先生に玲次をはじめとした一部生徒たちも苦笑いする。実際問題スマートフォンの比率は70%を越えており、ガラケーが淘汰されつつある。

 この2009年で、だ。

 

 とある学者は言った。

 I()S()()()()()()()()()()()()()()()7()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 なお、半ばブラックボックスと化していたISのほんの一部の情報だけでここまで至ってしまうのだから、もしもISの全てが分かった時、技術がどこまで行くのかは最早見当もつかない。

 

――そら篠ノ之束を神格化する連中の現れる訳だ……

 

 玲次は姉の不幸(本人は意に介してすら居ないが)にもやっとした感情が胸の内に湧いた。

 技術面でのパラダイムシフトを起こした挙句、戦後最大のテロ事件を鎮圧する切欠となったのだから。

 更に対処に四苦八苦していた2000年問題と呼ばれる、コンピューターが誤作動を起こす事を危惧された問題に完全な解決策を提示したのも彼女とされる。

 

 世紀末で八面六臂の大活躍なんてすれば妙なオカルト思想に傾倒する連中に目を付けられるのも時間の問題でもあった訳で。

 ふと昔、何度か押しかけて来た()()()()を思い出して苦笑いしそうになるが授業中だし不審がられるだろうから堪えた。

 

 

 さて、そんなすべての発端となった10年前に遡り白騎士事件の詳細について遡ってみよう。

 

 

 

 

 

 1999年、と言えば世紀末だのなんだので騒がれていた時期だ。

 今から思えばとても荒唐無稽にも程がある話だが、当時の人々にはそれは深刻な話だったに違いない。

 

 当時、数年前に突如テロ組織の戦力として登場した自律兵器と呼ばれるモノにより世界の様相が変わった。出自は不明。突然テロ組織が手に入れた圧倒的力は国家間のバランスが歪み始めていた。

 そういったものが日本を襲うのも時間の問題であった。

 

 

 1999年7月20日。

 渋谷に巨大な5m程の金属の塊が落ちた。

 それはまるで卵のようだと、現場に居た一人の者は語る。

 

 が、問題はそこでは無い。

 それが渋谷に何機も落下した事と、渋谷を皮切りに関東各地に出現した事であった。

 

 まさか突然日本に現れる事になるとは誰が予想したか。

 その巨大な卵のようなものが落下しただけでも建造物が歪み、運悪く落下地点に立っていた者はすり潰されイチゴジャムの如く真っ赤に染まり、その周辺に居た者は衝撃で吹き飛ばされ、壁や電柱にその身は叩き付けられ、身体中の骨は砕かれた。

 

 しかしこれは、悲劇の狼煙でしか無かった。

 

 その卵の下部は4つに割れ、脚を形造り。上部は変形し機銃など物騒なものを詰め込んだ内部をさらけ出した。ガシャガシャと音を立てて手あたり次第に破壊の限りを尽くした。

 

 薙ぎ払うように放たれるレーザーと機銃は逃げ惑う者たちを容赦なく撃ち貫き、真っ赤な花を咲かせ。そして逃げ遅れたもの踏みつぶす。

 ジュラルミンの盾やら携えた機動隊など相手にすらなっていなかった。

 

 盾は盾としての役割を果たしておらず、機銃たった一発で半分ほど盾は抉り取られ衝撃はそのまま持つ者に伝播してしまい最早盾が盾としての役割を果たせていない。

 警官が痺れを切らし、銃の安全装置を外し引き金を引く。が――弾は命中はしても装甲に小さな傷をつけただけでその堅牢な装甲を貫くにはあまりにも不十分だった。あらぬ方向へと跳ね返り近くに居た逃げ遅れた民間人の脛を貫き逃げる術を図らずも奪う。

 

 最早地獄絵図の様相を呈していた一方、自衛隊及び在日米軍基地も同刻に襲撃。一方的な蹂躙を受けていた。

 

 あくまで対人用の武器では貫く事など叶わなかった。ならばグレネードなどの爆発物を、と言いたい所だったが相手の人工知能はそれを予知していた。それを持った兵士の登場に対し真っ先にロックオンしレーザーで撃ち貫いた。

 

 

 一基を倒すだけならば然したる苦労はしなかっただろう。だがそれが複数となると歩兵など相手にもならないし、戦車は出撃前に倉庫を潰され戦闘機は飛び立つ前にその翼をレーザーで焼き切られてしまう。戦車も出向いたが砲撃体勢に移る前に機銃を撃ちこまれあらぬ形に変形させる。

 

 本来ならば射程外から圧倒的火力をもって殲滅させるのが自律兵器に対する数少ない手段であり、こうして強襲された場合は、しかも増援も見込めない場合は最早どうしようもなかった。

 

 その圧倒的蹂躙に日本中が戦慄した。

 一体何故日本なんだと、自らの不運と振りかかる理不尽を呪いもした。

 

 出現から30分。それだけで100人をも超える犠牲を生んだ。自衛隊及び在日米軍も壊滅的被害を被り、痺れを切らした米軍は高高度からの爆撃すらも打診する程だった。

 自律兵器そのものが手を下した数以上に自動車の玉突き事故や火事場泥棒による被害も深刻だった。

 混乱に乗じてコンビニエンスストアの中やレジを漁り、中には強盗を始める者も居てまさしく無法地帯と化している。

 

 これらの混乱全てひっくるめて、最終戦争(ハルマゲドン)の序章だの神の裁きだのと当時オカルト関連が流行していた事もあってこれを喚く者が居た。

 オカルト自体はバカバカしいと嗤い虚仮にする事は簡単だったのだが、実際に数多い犠牲を生んでる事実もあってか笑い飛ばせる者など一人も居なかった。それにそれほど人というのは意志の強い生き物でも無いのだ。

 

 

 このようなテロを起こした犯人は一体何なのか。ここまで来ると誰もが知りたいと思うだろう。だが――

 本件は事件直前の犯行声明は無く、素性も不明。過去に自律兵器を操って来たテロ組織にしたって突然日本を狙う地理的メリットは無かった。近隣国もそれらしき動きは無く、シロ。

 日本国内の人間ではないかという説は幾つか浮かび上がったのだが、前々から尾行していた公安たちの証言からして本件には一切関わっていない……と言う。

 

 

 その正体不明身元不明の自律兵器による蹂躙は約40分後――終わりを告げた。天から落ちるかのように現れた思いもよらぬ介入者によって。

 

 当時の事件の当事者であり生存者であった自衛官、相川3尉(当時)は語る。

 

 その介入者は、まるで金属の羽を持った白い騎士甲冑だった、と。

 だがそれは自律兵器とは異なり間違いなく中身が『ヒト』である事は分かった。防具を身に纏う『ヒト』。ボディラインと、ヘルメットから出ている黒く長い髪からしてそれが女である事は直ぐに分かった。

 

 彼女が手に携えていたのは一振りの剣。

 刀身から青白い光が放出されてその光が増やした面積のお陰でその剣は大剣と言っても差し支えないものとなった。

 

 自律兵器はその間に標的を兵士から白い騎士に変えた。あちらの方が脅威だとでも言いたいのか。

 自衛隊はこの異様な展開にどうすれば良いのか決めあぐねていた。あれが敵なのか、味方なのかもはっきりしない。

 そしてこちらの呼びかけにも一切白い騎士は答えなかった。

 

 

 自律兵器は一斉に火器に火を吹かせた。

 銃声やレーザーの射出音がけたたましく鳴り響き、白い騎士に向かって一斉に人間ならば粉々になっているであろうほどの火力を集中させた。

 

 白い騎士は微動だにせず――まるで自衛隊を守るかのように全てを受けた。そう、全て。

 あれだけ受ければあの騎士甲冑も粉々になっているだろう、と誰もが思った。

 

 が――無傷。

 

 あれだけ、一発でジュラルミンの盾を抉り、人をジャムにし、戦車や戦闘機にも致命傷を負わせた機銃を、レーザーを、一切ものともしていなかった。

 銃撃が収まるとふわりと、白い騎士は僅かに浮遊し弾丸のような速さで自律兵器の一機に詰め寄り迷いなく携えた大剣を振り下ろした。

 

 

 自律兵器はまるで紙を刃物で切るかのように、綺麗に真っ二つとなった。

 流れるような動きで、次の標的へと飛び掛かり先ほどと同じ要領で真っ二つに斬り裂く。

 

 最早一方的試合だった。沢山の兵士が犠牲を払う程の相手を、駐屯地に居た6機の自律兵器を30秒も掛らず全て斬り捨てた。

 

 

 これまで諸外国の兵士たちの犠牲をまるで嘲笑うかのような鮮やかさだった。

 茫然とする自衛官を尻目に、その白い騎士は別の自律兵器発生地帯へと飛び去って行く。彼女を追う余力など彼らには最早残っても居なかった。

 

 それから30分後。関東各地及び自衛隊駐屯地などに現れた自律兵器群は白い騎士によっていとも簡単に殲滅された。その自律兵器の数は合計100体。

 それをたった一人のISを纏った人間により殲滅された。

 自律兵器殲滅後、白い騎士は何処かへと飛び去って行き、その行方をくらました。

 

 

 ……これは死者含める負傷者は戦後最悪のテロ事件とされる。これを『白騎士事件』と政府は呼称。個人に限らず、企業、公的機関も多大な損害を被り、自衛隊の死者数も相当なもので再編を余儀なくされてしまったという。

 

 

 事件から数日後、テロの犯人は分からないまま事件の傷がまだ癒えぬ中、篠ノ之束が表舞台に現れ、自身が白騎士をけしかけた事を告白しISを改めて全世界に発表する事となる。

 

 因みに一部では白騎士事件は篠ノ之束のマッチポンプでは無いのかと疑う者も居たのだが、その証拠は全く見つからないし、後に束が「世界中のミサイルをハッキングして日本に飛ばして、ISで全て迎撃、撃墜させた方があんな自律兵器(テツクズ)を関東中心にけしかけて無為に死人を出すのに比べて、死人が全然出ないしインパクトあるじゃん?」ととんでもない事を平然とぶちかまし、自身はテロに加担はしていないと明確に語った。

 白騎士事件後から散発的に自律兵器によるテロが日本でも発生するようになり数年後IS学園が建造されてからそれが更に頻度が増した。その一方篠ノ之束への厳重な政府による監視もあったがテロに加担している様子は欠片も無かったのだという。

 

 

 

 

 篠ノ之束によるISの発表後、2000年問題の解決に貢献し、自律兵器によるテロ事件、さらにISの存在による技術革新への展望を提示し無事に21世紀を迎えた。

 

 お陰で篠ノ之束という人物を神聖視するタイプの人間が現れるのは避けられなかった。

 当時オカルト方面が流行っていたという事も相まって、一部は束を神の使いだとか篠ノ之家からしたら噴飯モノの事をのたまったり、一部の野次馬が興味本位でで篠ノ之家に押しかけたりする迷惑な人間も多々居たのだ。

 マスコミも束で騒げるのだからやたらと煽るし政界にも束を「ノストラダムスの大予言から人々を救った救世主」だとか必要以上に持て囃していた政治家が数人いたりした。

 束本人は壮絶にどうでも良いと言わんばかりの顔をしていたし、信奉者も適当にあしらっていたので身内としては結構安堵もしたが。

 

 

 ここまで束に注目が集まると篠ノ之家もいつも通りの生活など送れる訳がなく結果的に重要人物保護プログラムが出されて一家離散させられた挙句全国を転々とするという憂き目に遭う訳で。

 その後にも玲次も箒も束の妹弟な事もあって碌な目に遭わなかったのはまた別の話だ。

 

 

◆◆◆

 

 

「参った……」

 

 クラス代表が正式に決定した日の放課後、生徒たちの喧噪の中、玲次が教室で軽く頭を抱えていると、箒が声をかけて来た。

 

「どうしたんだ玲次?」

 

「あぁ、箒。ほら、一夏が代表になった訳だけど――おれじゃちょっと限界あるわ。しかもあいつに負かされたし」

 

「珍しく弱気じゃないか」

 

 実際問題教えられる範囲はISを動かすうえで基本中の基本レベルのものだ。しかも玲次自身のマニューバは独学かつ我流の部分が大部分を占めている。

 一夏に変な癖が付いた場合取り返しのつかない事になるかもしれない事を考えると、あまり出しゃばれない所はある。

 

「おれも基礎的な面は完璧とは言い難い所はあるっちゃあるからねぇ……まぁ自信失くしたってのも否定できない。完全にウサギと亀のウサギだわ」

 

 盛大に溜息を吐く。

 別に怠けていたつもりは毛頭もないのだが。ちょっと詰めが甘かったんじゃないのかと言われたら全否定は出来ない所はあった。

 

「何やらお困りのようですわね!」

 

「うぉッ!?」

 

 その時、やや高めの声が突如して玲次は若干ビビりながら背後を咄嗟に向いた。するとそこには腕を組んだセシリアが立っていた。

 

「お、オルコットさんね……」

 

「織斑さんの教官役が務まらないようならばこのわたくしにお任せください!」

 

 玲次はポカンとした。

 願っても無いチャンスではあるのだが一体何故――と。

 

「無論、1年1組の代表たる彼が無様に敗北するなどあってはならない事だからですわ! わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトなIS操縦をそれはもうみるみる内に成長を遂げ――コホン。貴方としても悪いお話では無くてよ?」

 

 確かに、有り難い話ではある。代表候補生ならば基礎の基礎は大体マスターしているであろうし、自分よりは知識や技量面では上である事を鑑みるとありがたい事この上ない話だ。

 それに無様に負けて欲しくない、という考えでは同じだ。クラスメートとして、というより友人としてという部分ではあるが。

 

「……ありがと。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

「玲次!?」

 

 箒が不満気に食い付くがこちらも限界と言うものがある。

 セシリアはちょっと嬉し気な顔をしてから、「えぇお任せくださいまし」と、そう言った。

 

 このあとその事を一夏に知らせるとちょっとだけ驚いてはいたけれどもすんなりと、「分かった」と受け入れた事で箒は軽く不貞腐れた。

 

 

◆◆◆

 

 教導依頼、なんて言えば聞こえは良いが、身も蓋も無い事を言ってしまえば単なる丸投げだ。悔しくない訳が無い。

 生憎アリーナや黒鉄が整備で使えない事もあって、IS学園敷地を利用したランニングを始めた。

 運動神経には自信があるが体力はあまり無い。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 とは言っても2日連続の激戦で蓄積した疲れはまだ取れてはおらず、暫く走った所でヘタレてしまった。

 辿り着いたグラウンドの上で寝転がり、夕焼けでやや明るい空が紺色に染まって行くのをぼんやりと観察していた。

 

 無茶が過ぎたか。

 

「そこでヘタレてるのは……織斑君?」

 

「……残念、篠ノ之です」

 

 やや暗いからか顔が分からなかったらしい、ショートカットの女の子が確かめるように玲次の顔を覗き込んだ。

 

「篠ノ之君だったか、ごめんごめん……」

 

 軽い調子で女の子は謝り、玲次はその女の子に少し見覚えがあった。

 

「えっと……岸原さん?」

 

「違うよ。あっちは眼鏡かけてるでしょ?」

 

 違ったか。玲次は一旦身を起こし少し考え込む。女の子は答えを期待しているように黙して待つ。人の名前を間違える事自体失礼な話ではあるが、女の子の方は結構楽し気で何故か名前当てゲームと化してしまっていたがそこら辺は気にしないで置こう。

 

「夜竹……さん?」

 

「残念」

 

「鷹月さん」

 

「外れ」

 

「……金剛寺さん」

 

「こ、金剛寺さんって誰ッ? 少なくとも1年生に金剛寺って人居ないから!?」

 

 玲次がボケ倒した所で女の子は諦めたのか名乗りはじめた。

 

「出席番号1番、相川清香。ハンドボール部。趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ」

 

「ご丁寧に……覚えてなくてごめん」

 

「いいよ。そんなに気にしてないしちょっと面白かったし」

 

 出席番号1番で覚えていない自分の脳みそは一体どうなっているのか。ドタバタしていたし環境の変化に適応し切っていなくて自分の事で手一杯だったのもあるが。自分の脳みそに説教したくなった。

 

「改めてよろしくね。ところで昼寝……してたわけじゃないよね。もうそんな時間じゃないけど」

 

「残念ながら。ちと走ってた。今は休憩中」

 

「そっか、同じだね。篠ノ之君もジョギングとか好きなの?」

 

 清香は玲次の隣にしゃがみ込む。

 

「いや。おれは体力があんまりなくてねぇ……短期決戦型と言ったら聞こえは良いけれど結局体力が無いだけだから、多少でも体力付けないと拙いからさ。それとわりかし一夏の奴に負けたのがちょっと堪えている。まったく総合稼働時間はあてになりませんわ」

 

「あ、代表決定戦凄かったよ。オルコットさんや織斑くんとも凄く良い勝負していたし」

 

 純粋に試合を楽しんでいたのか目を輝かせているのが暗がりでもわかった。感想を楽し気に語り始めており、スポーツ観戦が好きと言うのだからそこに通づるものがあるのだろう。

 

「オルコット戦は結構ぎりぎりで、寿命は30秒くらいは削れたよ。もうあんなスリル味わいたくない……」

 

「確かに当事者からしたら心臓止まるよねーアレは」

 

 ふと、玲次はこうして落ち着いて生徒と話した事はあまりなかったことに気付いた。大体併設されている研究所に入り浸っているか、クラス代表決定戦に向けての準備ばかりしていたので仕方が無かったのだが。

 

「っしょと。じゃぁ、この辺で。これ以上休むとアレだからさ」

 

 玲次は立ち上がった。これ以上のんびりとしていると夕食の時間が来てしまう。続くようにして清香も立ち上がった。

 

「じゃぁ私も一緒に、走っていいかな?」

 

「ん? どうぞ」

 

 別に断る理由は無い。

 だがジョギングとランニングはペースが違うんじゃないのかと玲次はやや危惧したのだが、清香は余裕で合せて来た上に、走り終えても「この程度」と言わんばかりに平然としているものだから余計玲次が凹んでしまったのは言うまでもない。




 相川さんはかわいい。はっきりわかんだね。


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13 自分、不器用ですから

 これでセシリア編は終了。あぁ、次は鈴音編だ……


 翌日。整備がようやっと終わったアリーナにてセシリアが神妙な顔つきでスターライトMk-Ⅲのスコープを覗き、その向こうで雪片弐型を携えて迫る一夏の脚を狙いをつけてから、正確に撃ち抜いた。

 

「そこですわ!」

 

「うあっ!?」

 

 一夏は片足を撃ち抜かれる。無論、シールドバリアーと堅牢な装甲で守られている為血を見る事は無いのだが衝撃だけはどうしても殺せずバランスを崩し、一瞬ふらついた所で、今度は腕部、次は胸部の直撃を狙い、撃つ。セシリアの狙いは非情かつ正確だった。

 その上一夏の動きに前の戦闘のようなキレは無かった。

 

 一夏はPIC制御が利かなくなった白式が地上に墜落し、それを付近で黒鉄を纏っていた状態で観戦していた玲次は声を掛けた。

 

「おーい、動きが散漫になってたよー」

 

「んな事言ったって、シールドエネルギー残量と間合いを常に気を配りながら、状況に合せて零落白夜をon、off切り替えつつ、戦えってお前じゃないんだからそんな事易々と出来る訳が無いだろ……」

 

 起き上がりつつ一夏はボヤいた。

 一夏に課せられた課題は、先ほど一夏が言った言葉の通りだった。だが一夏はそれを捌き切れていなかった。現状、単一仕様能力が一夏の脚を引っ張っている。

 シールドエネルギー残量が無くなることは敗北を意味している。……一方白式の最大の武器である零落白夜は発動しているだけで自分のシールドエネルギーをゴリゴリ削って行くという、要するに自分で自分を追いつめているという訳だ。

 

 だからシールドエネルギー残量が一夏としてはとても気になって仕方が無い。気を配ろうにも気を配り過ぎて、操縦や状況把握が散漫になり、結果セシリアに一方的にやられてしまった。

 

「甘いですわ。IS操縦には相応の情報量を戦闘中に捌きつつ、次の行動のイメージをしなければいけません。必要な情報が一つ増え、引き換えに武器が一つしかない現状情報量はわたくしたちとは大差ありませんわ」

 

 セシリアの指摘は尤もなのだが、納得はしてもいざ行動を起こせとなると話は変わってくる。姉のように上手くは行かない事に軽く苛立ちを覚えては居るものの肝心のシールドエネルギー残量が10%を切ってしまっており戦闘続行が困難な状態だった。

 白式の燃費の悪さもあるだろうが、セシリアの射撃を避けられなかった自分自身の力不足も原因にある。

 

「そう簡単に上手く行くわけじゃないか……悪い、ちょっとエネルギーが無いからピット行って来る」

 

 努めて平静な表情を保ちつつトボトボとピットへと一夏は向かう。その背中はどこかどんよりとしているような気がしなくも無かった。

 まぁ一朝一夕で出来るようになられたらセシリアも千冬も要らなくなる訳でもう少し時間は掛るであろうことは明白だった。

 

「……どうだった?」

 

 一夏を見送りつつ玲次はセシリアに声を掛けた。セシリアは顎に手を当てて少し考え込んでから言葉を返した。

 

「累計起動時間が24時間程度なのにここまで動かしてこられたのは評価するべき所、ですわね。白式の単一仕様能力の力も有りますがこれを振るうにはそれ相応の技術を持たなければなりません」

 

「こんな事言うとアレかもしれないけど流石あの鬼教官の弟……得物のぶん回し方はブランクはあれど相当だ。反射神経も悪くないときた」

 

 玲次としては小細工抜きで自身の腕で正面突破してくる一夏はやり辛い相手だった。しかもこちらの癖を本能的に理解されているフシがあるのでやり辛い。一夏は理屈で戦うタイプじゃないので相性が悪い。

 

「……貴方程狡賢くは無いようですけれど」

 

 冗談交じりの一言に玲次は苦笑する。セシリアに冗談を言われる事になるとは一週間程前までは想像もしていなかった。

 話してみれば割と話し易いものだ。第一印象が最悪過ぎた事と代表候補生という雲の上の存在だったのが良くなかったのだろう。

 一方一夏の方には厳しめの指摘をかましているが、別にギスギスしている様子は無い。

 

 セシリア自身頼られるのが好きな性分なのかもしれない、と玲次は分析する。

 

「あいつは正直なのさね。おれみたいに捻くれちゃいない」

 

 玲次は軽く肩を竦める。

 そこが一夏の美徳ではある。良くも悪くも。分かりやすいので真面目にセシリアの説明を真面目に聞いている……のだがセシリアの説明はどうも細やか過ぎてあまり理解出来ている様子では無いが、理解しようと必死で居る事はセシリアでも分かった。

 玲次はセシリアに向き直る。

 

「さてと、ちょっと良い?」

 

「勿論。お相手しますわ」

 

 こうして一夏の特訓に立ち会って来た理由は単に一夏だけの為じゃない。

 頼み込んで優先順位は落ちるが序での如く。模擬戦に付き合って貰う事になった。セシリア自身も玲次に負けたのが癪だったのかすんなりと了承した。

 

 セシリアはスターライトMk-Ⅲを構える。ターゲットを淡々と撃墜したり、VRで一定の動きしか出来ない仮想敵とやり合うより、直接、リアルタイムで判断し、行動して手を打って来る代表候補生とやりあった方が参考にもなるというもの。

 

 これから嫌でも他の代表候補生をはじめとした格上と戦わざるを得ないであろうことは想像に難しくは無い。だからこそ技術や戦術は少しでも盗まなければこの先やっていけない事はもう分かっている。

 今後自律兵器とやり合っている最中に件の所属不明機(アンノウン)と遭遇する可能性も無くは無い。

 

 今度はあの所属不明機に好きにはさせない。次あらば逆襲してくれる。

 玲次はおもむろに迅雷を一本引き抜き、空いた手で時雨を持ち、セシリアと対峙するのだった。

 

 

◆◆◆

 

「改めて、織斑君、クラス代表決定おめでとう!」

 

 パンッ、と爆ぜるクラッカーの音。

 夕食後の自由時間、寮の食堂へと清香に呼び出された一夏の頭にクラッカーで放たれた色とりどりの紙テープが乗り、その重量以上に一夏の心に重くのしかかった。

 そこには1組のメンバーが殆ど揃っており、玲次やセシリアの姿もあった。

 

 壁には『織斑一夏 クラス代表就任パーティ』と書かれた大きな紙がセロテープで貼られている。

 

「いやぁ、これでクラス対抗戦も盛り上がるよねぇ。玲次君も悪くないけれどこう、織斑君の方が熱血ッ! って感じはあるし」

「ほんとほんと」

「ラッキーだよねぇ……男の子2人とも同じクラスになれて」

 

 口々に一夏や玲次の容認派たちが思い思いに口にしている。まぁここに居るのは殆どその派閥らしいが。セシリアが野郎二人を認めた事でセシリアに同調していた一部が容認派に流れ込み、割合としては無関心派を容認派に含むと8:2の割合で、容認派+αの方が半数以上となっている。

 

 女子同士の派閥争い自体IS学園に限らず、中学時代にも似たものがあったのだが、それとは違う点は自分が当時者であるか否か。それだけだ。一夏自身は中学時代のはほぼ蚊帳の外だったし興味も無かった。

 

「人気者だな、一夏」

 

「本当にそう思うか?」

 

 何故か不機嫌な箒。

 どうもセシリアが操縦を教えてくれるという事になったあたりからどうも機嫌が悪いように思えてならない。一体どうして不機嫌なのか。ふんっ、とそっぽまで向かれてしまい、一夏は反応に困った。

 女心は複雑怪奇だ。

 

 

「はいはーい、新聞部でーす! 話題の新入生、織斑一夏君と篠ノ之玲次君に特別インタビューをしにきましたー!」

 

 一夏が困惑しつつ開いている席についた所、眼鏡を掛けた女子生徒がボイスレコーダーを片手に挨拶しながらこの食堂に言葉の通りやってきた。首にはカメラを提げており、いかにもな装備をしている。

 

「あ、私は2年の(まゆずみ)薫子(かおるこ)。よろしくね。新聞部部長やってまーす! はいこれ、名刺どうぞ」

 

 有無も言わせぬマシンガントークに一夏は返す言葉を失いなされるがままに名刺を受け取る。少し離れた所に居た玲次はクラスメートに押されて薫子のもとへと連れて来られて、そんな玲次にも名刺を渡した。

 

「ではでは、まずはずばり代表になった織斑君! 代表になった感想をどうぞ!」

 

 ずい、とボイスレコーダーを一夏の顔の近くに向ける。ボイスレコーダーには録音中のランプが点灯しており、迂闊な返答が出来ないと思い立ち、その結果何故か息まで止めてしまい、息苦しくなった。

 

「何と言うか……が、頑張ります」

 

 10秒ほどの沈黙の後やっと出た言葉がそれだった。我ながら無味乾燥な感想だったがこちとら玲次ほど口先は巧くは無い。

 で、案の定薫子は不満気な顔になった。

 

「えーもっといいコメントちょうだいよー。俺に触るとヤケドするぜ? とか!」

 

「えぇ……」

 

 えらく前時代的と言うか古いネタだし、そんな事言ったら普通にドン引きされるじゃないか。一夏は薫子の無茶振りにどう返したものかと考えた。

 話のネタがそこまで豊富じゃない人間に何か面白い話をしてくれとか言う振りはあまりにも無邪気な残酷さがある。

 

「自分、不器用ですから」

 

 で、結果匙を投げた。

 投げやり気味に出た返しがそれで――

 

「うわ! 前時代的! まぁ脚色、ねつ造しとくからいいとして」

 

 理不尽だ。あまりにもその反応は理不尽だ。前時代的な振りをしといてそれは酷くないか。

 

――と言うかねつ造っていいのかそれ!?

 

 一夏の表情が一気に引き攣る。

 嗚呼、こうして織斑一夏と言う人物が歪んで世に広まるのか。

 

「さて、次は篠ノ之君だね。代表決定戦で熱戦の末に負けてしまったけれど、今後について一言!」

 

 矛先を玲次へと変え、一夏は複雑な心境を抱きつつもホッと胸を撫で下ろす。一方の玲次はあまり緊張している様子は無かった。

 

「いやほんと悔しいです。じゃ、駄目ですか」

 

「駄目」

 

「さいですか……」

 

 薫子の容赦ない真顔での返しにしょぼくれて暫く黙り込んだ玲次だが、何か覚悟したのかカッと目を見開き、両手をわななかせ、口を開いた。

 

「おぉのれぇ! 織斑一夏めぇ、覚えてろォ! 次があったらァ、メッタメタのギッタンギッタンにしぃてやるずぇ!!」

 

 某アニメの次回予告を彷彿とさせる裏声と独特の発音とやたらと大袈裟な身振り手振りのコメント。そして明らかに悪役なコメントに薫子は口をぽかんと開けて唖然とし、コメントを聴いていた周囲は噴き出した。

 

「で……いかがでしょうか」

 

「えっ……えぇ取り敢えず次は勝つぞってことでいいかしらね」

 

「はい」

 

 玲次なりの仕返しなのか、それとも単なるおふざけなのか。

 どっちにしろ自分から道化を演じる辺り篠ノ之玲次という男は本当に変な奴だと一夏は思った。……束程では無いが。

 

「お、オルコットさん貴女もコメント頂戴」

 

 まるで逃げ場所を探すかのようにセシリアに話を振る。

 

「わたくしですか? えー、このクラス代表決定戦にて幾つか反省点が見つかり――」

 

 セシリアは初戦敗退だったが、堂々とコメントをしている。流石代表候補生、多少のインタビューで動じない。人前に出る事に慣れているのだろう。

 

「はい有難う。取り敢えず3人並んで。写真撮るから」

 

 ようやくキリの良い所が見つかって薫子はインタビューを切り上げた。 一ヵ所に専用機持ち3名が集められる。真ん中に一夏が立ち、右側に玲次が、左側にセシリアが立った。

 

「それじゃぁ撮るよ。もうちょっと寄って寄って~。35×51÷24は~?」

 

「え!?」

 

 1足す1じゃないのか。一夏は困惑した。……もしかしたら1足す1を態と複雑化させただけなのかもしれない。

 

「2?」

 

 恐る恐る一夏は答えてみたが隣にいた玲次は「多分それはない」と小声で返した。

 で、気になる答えは……

 

「ぶっぶー。74.375でしたー」

 

――暗算で出来る訳が無いだろ!?

 

 一夏の叫びは外には出ず心の底でのたうち回るだけだった。それを他所にパシャリと音を立ててカメラのシャッターが切られる。

 

――ってヲイ

 

 気付いたら専用機持ちじゃない生徒たちまで一緒に写りに入っていた。どうしていつの間に。

 それで良いのかそれで。しかもさり気なく箒まで一緒だ。そう言うのは苦手そうだなと思っていた自分の思い違いなのか。

 

「あのー……明らかに専用機持ち以外の面子が混ざりまくってるんですけど」

 

「まぁ良いよ。別に。一応真ん中に写ってれば分かるでしょ。じゃ、私はこれで。機会があったらまた」

 

 写真を撮った後薫子はそそくさと退散していった。新聞部って言うのだからきっと新聞でも作るつもりなのだろう。写された時の自分の顔とか気になって妙に釈然としない気持ちになりつつも薫子の後ろ姿を一夏は見送った。

 それからと言うもの、織斑一夏クラス代表就任パーティーはぐだぐだと長引き、気付けば22時を過ぎ、疲れた身体を引き摺りながら玲次と一夏は部屋へと帰還した。

 

 

◆◆◆

 

「疲れた……女子ってのはなんでこうもパワフルなんだろうな……」

 

 部屋に戻るなり一夏は力なくベッドにぶっ倒れた。倒れると緊張の糸が切れたのか疲労がどっと押し寄せ起き上がる気にもなれなかった。

 

「そら逆に男子校にカワイイ女の子が来たらチヤホヤしたくなるでしょ? そういうもんよ」

 

 一方で玲次は勉強机に座り、ノートパソコンを起動させパスワードを打ち込んでいた。やはり押し寄せて来た女子が違うから大して疲れてないのか。そりゃ一夏は勝った方でかつパーティの主役なのだからさもありなんなのだが。

 

「え? そう言う物なのか……?」

 

 不可解そうに一夏は問うと玲次は大きく、とてもわざとらしく溜息を吐いた。

 

「あーあ。道理でねぇ」

 

「え? なんだよ」

 

「いや、もういいよ。時間に任せる」

 

「ちょっと待て、意味ありげな事言って話切り上げるのやめろ。気になるだろ」

 

 意味ありげな事を言われて気にならない訳が無いので一夏は食い下がる。玲次は構わず心の底で箒の前途多難さに心の底で合掌した。

 

 

 

 

 起動したノートパソコンを玲次は慣れた手つきで操作していく。画面には報告書の文面が表示されており、片隅に(ハンドガン)、そして近接型ブレードの設計図らしき画像が貼り付けられていた。前者は《時雨改》、そして後者は《雷斬》と名前が付けられていた。




 次回『鈴音、襲来』

 ここからおまけ。興味が無い方は飛ばしても問題はありません。

篠ノ之(しののの) 玲次(れいじ)
 主人公その1。IS学園1年1組15歳。所有ISは黒鉄。
 箒とは双子の弟。篠ノ之家では末っ子にあたる。箒に外見は似ては居るのだが性格は束に影響でもされたのか真逆で冗談を好む。
 戦闘中でも余程の事が無い限り冷静に戦況を把握しその場に応じた判断が出来る。状況を利用してセシリアの不意を突いた。

 言動から軟派という扱いを受けがちだが後味が悪いからという理由で他者を助けたりと熱い部分もある。
 苦手なものはお化け屋敷とかホラー関連。好物は麺類。
 姉の束にはやや複雑な感情を抱いているが箒と比べると好意的。

 名前に関しては遠まわしではあるがとあるゲームの箒の元ネタと思しきキャラクターから一部借りている。

◆◆◆

 機体
黒鉄(クロガネ)
 規格は第3世代型と推測される篠ノ之玲次専用IS。メインカラーは黒に紫色のラインなどが入っている。コアナンバーは468。
 窮地に立たされた玲次の元に自律稼働状態で現れ彼の命を救い、半強制的に玲次に取り付いた。製造出来ない筈の新規コアなど不明な点が多く謎の多い機体。そして妙に容量が少なく武装も少ない。
 待機状態は腕時計であり、入手時玲次は時計でロボット呼び出すロボットアニメを連想したとかしなかったとか。
 現在IS学園に併設された研究所預かり。出現以降自律稼働した形跡はない。

 機動力は高く非常に身軽で、シールドエネルギー総量は平均的。
 特筆すべきはコアが特殊な電磁波を発生させる事に長けた性質をしており、その電磁波を利用して敵機の性能を低下させたり、自身の姿を消す電磁迷彩の発動(ハイパーセンサーは反応しない)が可能な点である。
 デメリットは実質戦闘一回だけと使用回数が少ない。使用後、充電が必要であり、その充電は約30分を要する。

 本機の弱点は決定性に欠けてしまう点であり、対IS戦闘ではグレネードの命中率が低い為どうしても高周波ナイフに依存せざるを得ない事になっている。
 但し、四肢の装甲に仕込まれたブレードや、両腕に装備されたアンカーなど、内部兵装はそれなりにある為、乗り手の立ち回り次第、と言う事だろう。


 武装
:緊急展開近接ブレード(通称仕込み刃)
 手の甲、肘、膝、爪先に装備されている全装備をロストした場合に重宝するブレード。だが緊急用と言うだけあって切れ味は後述の高周波ナイフ《迅雷》に劣る。
 跳び蹴りの体勢で爪先の刃を叩き込むブレードキックを放っていたりとロストせずともそれなりに活躍の場は与えられている。

:高周波ナイフ《迅雷》
 両腰部のアーマーにマウントされた近接ナイフ。切れ味は高く専らこれがダメージソースとなる。切れ味は鉄骨を容易に引き裂く程。相応の威力は保障されている。

:ハンドガン《時雨》
 文字通りハンドガン。
 取り回しは利き、射程距離も普通のハンドガンより長いが如何せんISを倒し切るには火力不足故、専ら迅雷との併用で牽制として使われる。

:アンカー
 両腕に搭載された兵装。対象を引っ掛けて無理矢理引き寄せるのが基本的な運用方法だが、単純にこれで鞭のように振り回す事も可能。

:グレネードランチャー《烈火》
 武器の性質上対IS戦には不向きではあるが、特殊電磁波を瞬間的に全て叩き込むにはこれが最も効率が良い。ナイフやアンカーでは時間が掛るし、ハンドガンは言うまでもない。

:対IS特殊電磁波
 武器と言うより特殊能力。敵ISコアにエラーを発生させ一時的に適性レベル低下、ハイパーセンサーが機能低下を起こす。
 だが敵対機に対しての発動にはグレネードを当てるか、ナイフ、アンカー、若しくは自身の身を30秒程当てなければならない。
 なお二者一択として電磁迷彩という自機の身を隠してしまう事も出来る。このステルスシステムはハイパーセンサーでも判別不可能。肉眼でも判別は困難だがこちらは不可能ではない(出来るとも言っていない)。
 発動から30分の間は充電しなければ再び発動可能。


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14 鈴音、襲来

「転校生? こんな微妙なタイミングに?」

 

 朝のSHR前。

 玲次は女子生徒の雑談に混ざっていた。そこで興味深い情報が入ったのだ。

 

 今はまだ4月。そろそろ5月に差し掛かろうとしている頃だ。しかし妙なタイミングだと玲次は訝しんだ。IS学園は普通の生徒が飛び入りで転入出来るような学校ではない。恐らく代表候補生かそれに近い特殊な生徒が転入するであろうことを推測するのは容易だった。

 

「そ、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

 黒鉄や白式に興味を持ったのだろうか。それとも単に個人の事情なのか。

 前者の可能性が高いし、今後とも他国から新たに代表候補生と投入してくる可能性は高いのは想像に難く無かった。男女のパワーバランスを再び揺らがせると言うのだからその原因を探らせに行くのは何らおかしくは無い。

 その考えに男尊女卑だろうと女尊男卑だろうと男女平等だろうと思想面での関係は無い。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

 数少ない代表候補生、セシリア・オルコットは腰に手を当てて胸を張って話に割り込む。

 残念ながらその可能性はちょっと低い。

 

「多分おれか一夏辺りじゃァないすかねぇ……」

 

「ちょっとお待ちなさい! わたくしは眼中に無いとでも!」

 

「いやいや……そう言う事じゃなくて」

 

 いつも通りプライドは高い。食い下がるセシリアに玲次は手をヒラヒラさせて否定の意を示す。

 

 負けをちゃんと認めたり、失言を謝ったりするので別に悪い人間では無いのだが。それに実力はあるので笑える立場では無い。

 

「そいつってどんな奴なんだろうな」

 

 いつの間にか教室にやってきた一夏が割って入る。これでかなりの大所帯と化しており、いつの間にか清香や箒まで混ざっていた。

 

「このクラスに転入して来る訳でもないだろう? 別に騒ぐほどの話でもあるまい。……気になるのか、一夏」

 

 最近不機嫌な箒がむすっとした表情で言う。

 何でそう不機嫌なのか分からず一夏は困り、玲次はさり気なく目を逸らした。

 

 この嫉妬魔め、と思わない事も無い。

 

「そりゃ、少しはな。なんせ結構代表候補生なら実力はあるんだろうし……」

 

 一夏の返しに箒は「ふんっ」とそっぽを向いたが、何か思う事があるのか、どこか神妙な顔をしていた。そんな姉に玲次は何が出来るのか。今の玲次には――無理だ。

 姉の恋心優先にしていたら損をするのは一夏だ。セシリアと一夏がくっつく可能性はゼロではないが、現状その様子は無い。

 一夏は何かに憑りつかれたかのように強くなる事に拘っているが、一夏が強くなれば玲次としても彼にIS関連で気を配る必要も減るし、テロリスト相手から何かされる可能性もグッと減る。

 

「さてさて、零落白夜抜きの省エネ戦法にも慣れなきゃならないからやること多いよこれは。噂に聞かない4組の機体ってどうなの? 場合によっては立ち回りを考えなきゃならないけど」

 

「4組の専用機……データにはありませんわね。ある情報は日本の代表候補生のサラシキさん、と言うぐらいですわ」

 

 それを聞いた一夏は「うそだろ……」と大きく項垂れた。

 前情報抜きで戦うのは一夏としても怖いものがあるようだ。が、直ぐに立ち直り顔を上げた。

 

「……取り敢えず、やれるだけやってみるさ。前情報抜きだとしても逃げていい訳じゃないからな」

 

「やれるだけでは困りますわ! わたくしが教えるからには織斑さんには勝って戴きませんと!」

「そうだぞ、仮にも専用機を持っていてそのような弱気でどうする」

 

 セシリアと箒が口々に檄を飛ばす。それに一夏は「そんな無茶な」と苦笑いする。

 直感的操作では気付けばジリ貧になっているから多少は機体状況に気を配らないとならないという課題がある。

 

 考えなしで直感フル活用で攻めてエネルギー切れで自滅するか、無駄に意識し過ぎて動きがちぐはぐになって叩き落とされるかと言う両極端な状況から打破しなければ一夏は立ち止まったままだ。

 

「織斑君が勝つとクラスみんなが幸せだよ~。なにせ優勝したクラスは半年間学食のデザートフリーパスで毎日タダでデザートが食べられるからね~」

 

 清香が呑気そうに言う。

 玲次としても学食のデザートのフリーパスはとても魅力的な景品だった。

 男が甘いモノが好物で何が悪い。

 

「そうそう。おれを潰したんだから勝って貰わないと。フリーパスが掛っているし」

 

「お前も欲しいのかよその、フリーなんたら……」

 

 何の臆面もなく玲次は縦に頷いた。「篠ノ之君分かってるね~」とか数名から声が上がり余計に一夏は脱力した。

 

「4組に気をつければ大丈夫だよ~、きっと」

 

 と、クラスメイトの一人が言ったその時である。

 

 

 

「その情報――古いよ」

 

 と、教室の入り口から声がした。

 教室の入り口には腕を組み、片膝を立ててドアに凭れている小柄なツインテールの少女が居た。

 

 見慣れない顔だ。言うまでも無く1組の人間では無い事は明白であった。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単に優勝は出来ないから」

 

 玲次は思いっきり拙ったと顔を顰めた。

 代表へのねじ込みと言う可能性も考えておくべきだった。そもそも今回の景品は女子にとっては喉から手が出る程欲しくなるようなものだ。2組とて女子ばっかりなのだから欲しいと思う人間が大多数だろうし出来れば勝率の高い人間に託していたって何もおかしくなんかない。

 

 さて、どうしたものか。玲次がふと一夏に目をやると、当の一夏は彼女の登場に驚いているようだった。それも――尋常では無い驚き方だ。

 

 そんなに強敵が出て来るのがショックだったのかと最初はてっきり思っていたのだが、実際は違い予想斜め方向のものだった。

 

「鈴……? お前まさか鈴なのか!?」

 

 まるで見知った間柄と言わんばかりの物言いだ。

 本当に見知った間柄なら世間と言うモノはよっぽど狭いものだ。

 

「そうよ。中国代表候補生、(ファン) 鈴音(リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 フッと不敵に鈴音は笑う。

 小柄な所為もあってかちょっと背伸びしているように見えた。身も蓋も無い事を言ってしまえばあまり似合っていない。

 鈴音の身長は、170台の一夏の肩ぐらいしかない。多分150とかそこらだろう。

 

 因みに玲次は165だ。

 

「え、何? 知り合い?」

 

 玲次は鈴音と一夏を交互に視線を移しつつ状況を把握しようと一夏に質問した。

 

「あぁ。お前たちが転校して居なくなった辺りに入れ替わりで俺の所の小学校に転校してきて知り合った。いわば、セカンド幼馴染と言う奴だ」

 

 成程。入れ違いならば玲次が知る訳が無い。

 次に箒へと視線を移すと箒は何が何だか分からず混乱している様子だった。そんな中一夏は――

 

「ところでお前――カッコつけてるようで悪いが、すげぇ似合わないぞ」

 

 玲次が思っても言わなかった事を容赦なく言ってしまった。流石鈴音とは幼馴染なだけある。初対面の玲次と違って言う事に容赦がない。

 

「んなッ――!? この空気でなんてこと言うのよアンタは!」

 

 キレた鈴音は一夏に詰め寄る。

 流石に幼馴染でもアレは空気が読めていない発言だったようだ。黙ってあのノリに付き合うのが正解だったのかも知れない。だがこれで二人の関係が何となく見えたような気がした。

 

「で、何時までこの1組の教室に居るつもりなんだ?」

 

 その時、ドスの効いた女性の声と威圧感が鈴音背中を襲った。状況に気付いた周囲の生徒たちは蜘蛛の子を散らすかのように散り散りになり自分の席へと逃げていく。

 玲次もそそくさと自分の席へと退散した。

 

 なんせ命が惜しい。

 

「ち、千冬さん……?」

 

 鈴音がまるで錆びたブリキの人形の如くぎこちなく首を後ろに向ける。一夏を知っているわけだから千冬と顔見知りでもおかしくは無いという事か。

 

「織斑先生、だ。とっとと戻れ。SHR中の教室に余所者が突っ立っているつもりか」

 

「……っ、また後で来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

 

 彼女も千冬の恐ろしさは知っているようだ。脱兎のごとく2組へと走って行く彼女の後姿を見送りつつ、玲次は大きく溜息を吐いた。

 これで一夏の勝率はがっくりと落ちたようなものなのだから。

 

 

◆◆◆

 

 昼食の時間。いつものように玲次と一夏、箒は食堂へと足を運んだ。気付けばセシリアなどクラスメート数人が付いてきていたが、別段驚く事も無く券売機前まで辿り着いた。のだが――

 

「待って居たわよ、一夏!」

 

 どーん、と券売機の前で一夏たちの前に立ちふさがるツインテールの少女が一人。噂の転入生、凰鈴音だった。

 

「待ってたのは別に良いとして取り敢えずそこをどいてくれ。食券が買えない」

 

「う、うるさいわね……分かってるわよそれくらい。アンタを待ってたのよ」

 

 一夏にしては極めて冷静かつ的確な返しに鈴音はちょっと不貞腐れつつ大人しくそこを退いた。尚、彼女の片手にはお盆を持っていてラーメンの入ったどんぶりが白い湯気を立てて鎮座している。

 

「いや別に待ってくれとは一言も言ってないぞ。来るかどうか怪しい奴待ってたらラーメン冷めるし伸びちまうぞ」

 

「アンタが速く来ればいい話でしょーが!」

 

「無茶言うな!」

 

 一夏と鈴音が軽い口喧嘩(一方的に鈴音が噛みついているだけに見えなくも無いが一夏の物言いも中々遠慮が無い)に発展しているのを尻目に玲次はさっさと、発券した豚骨ラーメン大盛りの券を食堂のおばちゃんに渡し、現品と交換してもらう。

 

 鈴音と一夏のやりとりを見ていると、これから更に騒々しくなりそうな、そんな予感がしていた。

 

 

 

 

「鈴、いつ日本に帰って来たんだ? おばさん元気か? それといつ代表候補生になったんだ?」

 

「一度に沢山訊かないでよ。アンタだって何突然ISなんて使い始めてんのよ。ニュースで初めて知った時びっくりしたわよ」

 

 一夏と鈴音が旧交を温めている一方玲次は、ずず、と豚骨ラーメンを啜りつつそんな二人を観察していた。近くの席には箒や清香、セシリア、その他諸々の生徒たちが座っていた。

 

「織斑君と凰さんって幼馴染とは聞いたけど、どういう関係なの? もしかして付き合ってたりする?」

 

「や、何でおれに訊くの相川さん」

 

「そりゃもう織斑君の事よく知ってそうだし」

 

 清香は肉うどんに七味を掛けつつ玲次と話していると、注意が散漫になり肉うどんの上に大量の七味が掛ってしまい、気付いた清香が「あっ」と短い悲鳴を上げた。

 

――ご愁傷さま……

 

 涙目になっている彼女に「水、取って来たら?」と言い、清香が一旦水を取って来て戻ってきてから玲次は質問に対する答えを続ける。

 

「確かに姉とおれは、一夏とは幼馴染だけど引越しとかで暫くブランクがあってねぇ……その間に知り合ったっぽい」

 

「つまり知らぬ間に篠ノ之さんにライバル出現! って感じだね……うぅ、辛い」

 

 辛さに耐え切れずコップの中の水を呷る。見ててちょっとかわいそうになって来た。

 

「あー、やっぱ気付いてたかー」

 

「それはもう初っ端から屋上に呼び出してるんだから、噂も出るよ」

 

 確かに1日目から呼び出すとかよくよく考えたら異常事態だ。箒もよくもまぁそんな目立つ事をしたものだ。

 

「べべべべべ別に奴にそういう感情など抱いている訳が無いだろう!」

 

 話を聞いていた箒が慌てて否定しに掛るが、そんな事をするから余計に色々言われるんだよなぁ、と玲次は苦笑いしつつ「はいはい」と返し、レンゲでスープを掬い、啜っていた。

 

 

 一方鈴音はどんぶりを持ってレンゲを持たず豪快に啜ってから、切り出した。

 

「一夏、アンタクラス代表なんだって?」

 

「おう。一応、な」

 

「ふーん。あ、あのさぁ。ISの操縦見てあげてもいいけど?」

 

 その提案は大丈夫なのか。幼馴染だからって敵に塩を送って良いのか。……人の事言えないけれど。

 玲次がそう思い立った所でセシリアが口を開いた。

 

「あなたは2組でしょう? 率直に言わせていただきますが敵の施しは受けませんわ」

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

 

 ばっさり言い放つ鈴音にセシリアが一気に不機嫌な顔になる。

 

「既に織斑さんへのIS操縦の教導に関しては同じ組のわたくし、イギリス代表候補生、セシリア・オルコットで既に間に合っていますわ。そもそも一組の代表ですから一組の人間が教える事は当然のこと。あなたこそ後から出て来て何を図々しい事を――」

 

「や、でもアンタ、話に聞くと素人に負けたって」

 

「んぐっ……!」

 

 セシリアとしても与えられた役割を奪い取られるのは嫌なのだろう。玲次が勝利出来たのは偶然の産物と状況が味方しただけなので結果=強さにはならないのがちょっと厄介な所だ。

 鈴音とセシリアとではどうも相性が悪そうに見えた。上手く表せないが何かが正反対と言うべきか。

 

 

 一触即発の空気になるセシリアと鈴音を他所に玲次は鈴音に対抗して黙って鈴音と同じくどんぶりを持って豚骨ラーメンのスープを飲み干した所で昼休みの終わりを報せる予鈴が鳴り響いた。

 

 因みに、清香は予鈴から1分後、半泣きで七味まみれのうどんを完食したとかなんとか。

 

 

◆◆◆

 

 箒はまるで蚊帳の外に立たされているような感覚を覚えた。いや、現に立たされているではないか。

 

 そもそも専用機を持っているか否かで様々な面で違って来る。専用機が無いと必然的に学園の量産機を借りるのが普通だ。だが、そう簡単に借りられる訳では無い。事前に申請などと言った手続きをしなければならない。それだけでも相当後手に回ることになる。

 

 剣術を今でも一夏に教えているがそれ以外は殆ど出来ていない。

 そして話は専用機持ち同士で話が進んで行く。

 

 専用機さえあれば、と思いはするものの、家族を滅茶苦茶にしたものを求めるにも抵抗があった。

 

 

 このまま一夏が自分の知らない何処かにいなくなってしまうんじゃないか、と妙な不安が襲う。

 もし黒鉄が自分のもとへと現れたならば、どうなっていたのだろうか、とふとそんな事を考えてしまうが、あった所で機体の性質からして相性が悪いのは明白だった。

 それに自分はISそのものの適正が低いではないか。

 

 一抹の寂しさと悔しさと抵抗感などといったものが綯い交ぜになったものに襲われながらも、箒は冷えてしまった味噌汁を呑み干してから鈴音とセシリアの喧嘩の板挟みにあった一夏の姿を見てから大きく溜息を吐いた。

 

 これ以上考えると頭の中がぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。




 暫く箒の苦悩は続く。
 自分の家族を滅茶苦茶にした大嫌いなものを、求めなければならないという訳の分からない状況とかどうしろと。


 予定通りに話が運べば原作より速くあの機体が出るかも知れない。


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15 龍の気持ち/亡霊の影

 本作は2009年設定(ISの登場で技術的には2016年現在+αなんですが)
 これに沿うと箒が最初に転校したのが6年前の2002、3年くらい。この時期だと携帯を持ってる子供とか割と少な目だし某笑顔動画やらようつべも無し。言わずもがなTwitterなぞもなし。
 2005年以降辺りに色々出来始めましたね。2009年になるともう粗方ありますけど。


 究極何が言いたいのかと言うと、重要人物保護プログラムって2016年現在だと多分機能しないよねって思っただけです。色々抜け穴ありますし小学生でも携帯持ってる時代ですし……
 その時代に合せた対処方法も多分あるんでしょうけれどね。でもまぁ、原作で箒が剣道関連で新聞に載る時点で色々(ry


 クラス代表決定戦のリベンジ、と言えば良いのだろうか。夕暮れの空の下、玲次と一夏は相対し各々の得物を構える。

 玲次はいつも通り時雨と迅雷を。一夏は零落白夜が発動していない雪片弐型を。

 

 両者とも地面を踏み締め、10mほど離れた位置で神妙な顔で睨み合った。

 

 間にセシリアが立ち、片手を挙げた。

 

「それでは……始め!!」

 

 彼女の一声を皮切りに一夏は機体をブーストさせて玲次に詰め寄った。

 先手必勝。やられる前にやる。

 機体を走らせながら零落白夜を発動させ、雪片弐型が変形、光を放ち刃の形を成していく。

 

 だが、玲次は初手強襲である事を既に見抜いていた。

 

「よーしそのままそのまま……それ行け!」

 

 迎撃に時雨を持った腕のアンカーを飛ばした。狙いは一夏の手元だ。

 

「なっ⁉︎」

 

 まさか迎撃に時雨の弾丸じゃなくてアンカーを飛ばしてくるとは思っていなかったのか、雪片弐型を持つ腕にアンカーが炸裂し一夏の両腕が跳ね上がる。

 衝撃に耐え切れず、一夏の手元から雪片弐型が離れ、くるくると回転し夕陽を反射しながら宙を舞い地面に突き刺さった。

 

「しまっ……」

 

 玲次が動き出し、一夏の側まで踏み込む。だが、その詰め寄り方は単なる加速ではなく何時も以上の速度で一夏に踏み込んでいた。

 

「速いッ⁉︎」

 

 時間の短い接近時の間にも時雨の引き金を躊躇いなく引き、一夏の動きを鈍らせる。

 僅かの時間だけでも一夏の動きが鈍ればそれで良いのだ。

 

 そして玲次の目論見通り一夏の動きが一瞬だけ鈍り、その一瞬の間にゼロ距離まで詰め寄っていた。

 

「貰った!」

 

「させるかぁッ!」

 

 一夏とて案山子では無い。咄嗟に玲次を殴り飛ばそうと拳を振り上げる。

 が、遅い。

 

 玲次は一夏のカウンターパンチを身を低くして間一髪で避け、通り抜けざまに迅雷で一閃を叩き込み、一夏が反撃しようと後ろに回り込んだ玲次の方へとふり向こうとした矢先に、折り返し再び通り抜けざまに一閃を放つ。ハイパーセンサーは玲次を捉え切れているが一夏の身体が追いつかない。

 日に日に黒鉄のスピードが上がってきているのは気の所為では無いハズだ。動きも一夏の癖を掴んだのか隙も中々見せなくなってきている。

 

 クラス代表決定戦で至った頭の中がクリアになる現象は来ないのか。

 

「くっ⁉︎」

 

 雪片弐型を手から離した時点で致命的だった。握った拳が軋む。

 機体相性的に零落白夜は玲次にとってはあまりにも厄介な存在だったのだが、発動トリガーである雪片弐型を失くしてしまえば流れは玲次のものだった。

 焦り、雪片弐型を回収しようとするものの、玲次が邪魔をしてくる上に時雨による射撃で雪片弐型をあらぬ方向へと弾き飛ばして一夏に近付けない。

 

 一夏に反撃の機会を与えないまま玲次の連撃によるダメージが白式に無情にも蓄積していった。

 

「そこまでですわ!」

 

 セシリアの一声で両者とも動きを止める。

 迂闊だったとしか言いようがなかった。雪片弐型さえロストしなければこのような事にはならなかったのだ。唯一の武器を失う事がどう言う事か、分からない一夏ではない。

 

「今回は、俺の勝ちだ」

 

 玲次は得物を下げた。一方下げる得物が無い一夏は両腕をだらりとぶら下げ脱力した。

 

「不注意だった……」

 

「だね。アレは必要不可欠だし君の半身なんだ」

 

 無慈悲に一夏の後悔を肯定する。得物を落としちゃ世話無い。

 

「しっかしお前短時間によくそんなに武器を駆使出来るな」

 

 思わず呆れ混じりの感想が一夏の口から漏れる。白式は武装関連以外は非常に優秀に纏まっているが、その分一夏に強いる負担も大きい。

 有り体に言ってしまえば一夏は機体に振り回されまくっている。

 

 一方で玲次は機体をある程度理解し、尚且つ操りつつ持てる手札(ぶき)を駆使し戦術を組み立てて、戦っている。

 もし武器が自由に、沢山搭載出来たならかなりの脅威になっていたに違いない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()敵とか想像するだけで一夏は身震いしそうになる。

 

 

 生憎、玲次の黒鉄の武装は指折り数えられる程度なのでまだ優しいが。

 

「そうやりくりしないと火力不足、単純な実力不足の現状ではやってられないしねぇ。でも、仮にハンマーとか斧とかバズーカとかやたらでかい得物を与えられても性に合わないし」

 

「確かにお前が大きな得物を構えている姿はあまり想像出来ないしな」

 

 玲次の場合片手で持てる武器とか好みそうだ。

 一夏は地面に落ちていた雪片弐型を拾い上げてからこびり付いた土を手で払う。

 

 ふと、観客席に誰かが座って見ているのが見えた。ハイパーセンサーを動かしてそれが誰かを確かめる。――箒だ。

 

「――回避の時は後方20度に反転ですわ……って聞いています?」

 

「あ、あぁ。悪い、もう一度説明してくれ」

 

「仕方ありませんわね……良いですか? そもそも接近時のマニューバは……」

 

 注意が箒の方に行っていて散漫になっていたため、箒に意識を取られていた内に始まったセシリアの指摘が耳に入っていなかった。……とは言ってもちゃんと聞いていても理解できるかと言われたら微妙だったりする。右方45度にターンだの9時の方向だの、先ほどの後方20度だの細かい数字が出まくるし、時々無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)なる専門用語まで飛んでくる。ちゃんと分からない所を尋ねたら懇切丁寧に説明してくれる分親切なのだが。

 

 セシリアの指摘を耳に入れながら、もう一度観客席の方を一瞥してみたが箒の姿は既になかった。

 

 

◆◆◆

 

「残り何日だ?」

 

「2週間ちょい」

 

「そうか」

 

 ISの搭乗訓練を終えて更衣室の椅子に座り、一息吐いてから玲次にクラスリーグマッチまでの日数を問うてから一夏は大きく伸びをした。2週間でどこまで行けるのか。それは分からない。だからと言って何もしない言い訳には決してならない。経験や才能関係なくあの吸血鬼女や自律兵器群から人を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まぁ取り敢えず総合として取り敢えず予備動作がちょっとデカい。それとちと迂闊。一発で仕留める気迫は認めるけれど無駄な予備動作は余計に体力喰うし見切られやすいし良い事無い」

 

「予備動作かぁ……予備動作なぁ」

 

 玲次の分析も割と役には立つのだが、セシリアに比べると漠然としている部分は多い。単純に知識不足なのも大きいが。けれども有り難い事には変わりはない。

 

「攻撃時の隙ら辺は箒に教わんな。剣術に関しては右に出るやつ居ないだろうし」

 

「そうさせて貰う」

 

 箒から得られるものは沢山ある。箒と剣道の試合をして彼女の有無も言わせぬ隙の無さは学ぶべき点も多い。一夏は一夏なりに脳内でこれからの課題を組み立てていく。

 

 

「一夏!」

 

 そんな中、自動ドアが特有の駆動音を立てて開いた。誰がやって来たか姿を見ず声だけでも分かる。

 鈴音だ。手にはスポーツドリンクとタオルがあり、一夏のもとに一直線に駆けより、それらを差し出す。

 

 なお、それを見ていた玲次は「おれのは無いのね……」と人知れずガックリと項垂れていたのは余談である。

 

「おつかれ、はいタオル。飲み物はスポーツドリンクでいいよね?」

 

「サンキュー」

 

 受け取った一夏はふと、玲次の方に視線を移すが玲次は事前に持ってきたらしい麦茶を呷っていた。

 それを見て安心し、有り難く鈴音から貰ったタオルを首に掛けて、スポーツドリンクを呷った。

 

「あー生き返る……」

 

「変わってないね、一夏。若いくせに体のことばっか気にしてるとこ」

 

「あのなあ、若いうちから不摂生してるとクセになるぞ。塵も積もれば山となる。不摂生という借金は後で山となって返って来る。泣くのは自分と自分の周囲だぜ?」

 

「うわー、ジジくさっ」

 

「っせぇ、悪いかよ」

 

 こういう軽口なやり取りは久々に感じた。

 隣に座った鈴音のいたずらっぽい笑顔に一瞬ドキリとした。

 

――あれっ、こいつこんなに可愛かったっけ?

 

 記憶には男勝りで千冬とか言う別格以外には恐れ知らずで女尊男卑などと言う風潮も意に介さない。そして女尊男卑を鼻に掛けるタイプとはすこぶる相性の悪いタイプでそいつらには蛇蝎の如く嫌われていたし、鈴音自身もそれらに対して敵意を隠していなかった。そんな下手な男より男前な性格をしている。それが一夏の認識だった。

 

 脳裏に一瞬湧いてきた妙な思考を振り切るように話題を変える。

 

「そう言えば、親父さんは元気にしてるか?」

 

「っ……元気――だと思う」

 

 妙に歯切れの悪い返答だった。何か変だ。何かあったんじゃないかと思い立った所で鈴音が「それはそうと」とまた無理矢理話題を変えた。

 

「ところでさっ……一夏、あの時の約束、覚えてる?」

 

「……?」

 

 急な切り出しに一夏は混乱した。

 気付けば玲次の姿は無かった。荷物も無い。何時の間にか更衣室から姿を消していた。

 

――約束? なんの事だ? 

 

 必死に記憶の糸を手繰って行く。キーワードは『鈴音』『約束』だ。妙に鈴音の態度がよそよそしいのが気になりつつも、10秒ぐらいの時間を要して思い出した。

 

 それは2年前の放課後の中学の教室の事だ――

 

 

 

「それにしても鈴のとこは助かるぜ。安くて美味いから毎日通えるもんな」

 

 当時、鈴音の家族は中国に帰る2年前までは中華料理屋を営んでいた。当時の一夏としては千冬に苦労かけさせまいと食費を節約していたので鈴音の家の中華料理屋は有り難い存在だった。それに一夏自身、そこの店の味が好物で、特に酢豚は格別だった。

 彼女は2年前に急に転校する事になった訳だが転校する事を知る少し前にこのような会話をしていたのだ。

 

「そんなにうちの料理が好きならさ……わざわざお客さんとして来なくっても……良いんだから。酢豚で良かったら毎日作ってあげるわよ。料理が巧くなったら」

 

「マジか。そいつは助かる」

 

 その時に約束したのだ。そう――

 

 一夏の意識が現在(いま)へと還る。

 

 

 

「鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を――」

 

「そうそう!」

 

 鈴音が何かを期待しているかのように食い付く。心なしか耳も赤く染まっていた。

 

 

 

「――奢ってくれるって奴か?」

 

 刹那、ぶーっ! と、どこぞの私立探偵よろしく飲み物を噴き出す音と「げほっげほっ」と実に苦しそうな咳が閉じた更衣室の出入口のドアの向こうから聞こえて来た。

 

「はい?」

 

 鈴音の顔が何かを疑うような表情へと一変した。

 無論、先ほどのドアの向こうから聞こえて来た雑音の事では無い。一夏の発言の事だ。

 

「いや、だから鈴が料理出来るようになったら俺に酢豚を奢ってくれるって――」

 

「この……馬鹿ぁ!」

 

 罵声と共に鈴音の平手打ちが一夏の顔面に炸裂(クリティカルヒット)した。

 どうして殴られたのか、一夏には分からなかったが、その平手打ちはこれまで食らわされた拳より何故か痛かった。

 

「人の、それも大事な約束をマトモに覚えてないなんて……! 犬か狼に噛まれて死ね!」

 

「え、あ、おいっ!?」

 

 鈴音は一夏の制止を振り切り、ありったけの罵倒を吐いてから更衣室へと駆け出て行く。彼女を追おうとしたものの殴られた時の動揺が強くて出遅れてしまい――

 更衣室から出た時には既に鈴音の姿は見えなかった。

 

 代わりに玲次が廊下の出入口付近に立っており、タオルで濡れた口元を粗方拭いてから口を開いた。

 

「いやぁ……ここまで来るとマジで才能だよ……うん」

 

「え?」

 

 玲次も言いたい事だけ言ってから、何処かへと行ってしまった。取り残された一夏は一人更衣室の出入口前に立ち尽くしていた。

 

「一体何がどうしたんだ二人とも……」

 

 記憶違い、では無いハズだ。何処かで自分の記憶に不備があったのか。一夏は暫く立ち止まって考えたものの結局答えが出ないままだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 数日後。

 

 玲次は一夏にセシリアから言伝を頼まれて箒と一夏が竹刀を打ち合っているであろう道場へと足を運んだ。今日は私用で操縦を教えられない、との事だ。

 

 道場に入ろうと出入口のある通路に差し掛かったところで、小さな人影が見えた。一体誰だろうと思い、歩を進めると鈴音だと分かった。

 

「……何よ?」

 

 険のある彼女の反応に玲次は何とも言えない気持ちになった。

 

「入らないの?」

 

「偵察よ偵察。自分から見つかりに行く馬鹿な真似なんてする訳が無いでしょ」

 

 鈴音の素直じゃない反応に玲次は苦笑いしそうになる。が、ここはこらえた。

 

「……一つ訊きたい事があるんだけど」

 

 パシン、パシンと竹刀と竹刀がぶつかり合う音を聴きながら、鈴音の質問に耳を傾けた。

 

「アンタの姉って一夏とはどういう関係なの?」

 

 一番知りたいのはそれか。

 確かにあんな返答されれば、一夏の周囲を取り巻く女子たちが気になりもするだろう。

 

「幼馴染。小4辺りの頃に引っ越して久々に……ってとこ」

 

「そうじゃないわよ……あたしが知りたいのは――」

 

「幼馴染であってそれ以上でもそれ以下でも無いよ。現状は」

 

「嘘は言ってないわね?」

 

 そんな馬鹿な、と言わんばかりに鈴音は疑うように玲次を睨む。敵視されているのは恋敵の弟だからか。

 恐らく彼女の見立てからして既に箒が一夏に好意を持っている事を一夏自身に吹聴してしまっているのだと、そう思っているのだろう。

 一夏は知らないが既に女子同士の噂で箒と一夏の間について色々と、あること無い事が広まってしまっている背景もあったりする。

 

「嘘じゃない。アイツは……一夏は現状、箒の事ただの幼馴染の一人としか多分見てないよ」

 

「なんで教えなかったのよ。幾らでも教えてあげる機会も時間もあるでしょうに。ほら、引越の別れ際、とか」

 

 少し驚いた表情で玲次に問い掛けた。

 確かに鈴音の言う通り機会はあった。

 

「小4の頃これっきりだと思ってたから、こうして再会する事はイレギュラーな事態だった。それにその頃のおれは恋愛沙汰云々とかそこら辺考えても無かった。小学生の野郎の思考回路なんて大体そんなもんよ。精々記憶が正しければスマブラとかゲームの対戦相手が、遊び相手居なくなった事を残念に思う程度だよ。色々理解したのはちょっと後。それと――アイツが気付かなきゃ、意味が無いって思う。アイツ自身が気付いて、考えて、どうするか答えを出さなきゃ。家族とは言ってもそこら辺のお節介は出来ないさね。それに迂闊に第三者が恋のキューピット(もど)きをやって何処で綻びを生むかわかりゃしない」

 

「……応援の一つもしてないの?」

 

「応援はしてるつもり。なんやかんやで家族の事だしさ。そりゃ多少の補正が入ってしまうのは許して」

 

 昔、善意でやっていたのに自身の関係を壊してしまったお節介な友人を玲次は知っている。

 恋のキューピット擬きをやって、結果、決裂させてしまった馬鹿な友人を。

 

 友人は善意でやっていた。友人がくっつけようとした二人とは幼馴染で。長年見かねた友人が二人の幼馴染をくっつけようと仕向けた。けれどその結果を――玲次は知っている。

 壊れてしまった。10年以上続いた友情が呆気なく一瞬で。

 3人が仲直りしたかどうかについては玲次は知る由も無い。何故ならば連絡も取る事も政府に禁じられているのだ。

 

 これが第三者から見ても見るに堪えない惨状だったのは玲次の脳裏に焼き付いている。自分もお節介な性分なのは自覚している。だからその友人と同じ愚を犯す事だって充分に有り得る事だった。

 トラウマと性分がぶつかり合っているのが今の玲次だ。

 

「犯罪とか、例えば飲み物に睡眠薬ぶちこんで眠らせてあれこれやらかしたり……とかみたいな余程碌でも無い事をやらかさない限りはおれは止めないよ。――それと、あのニブチンでもさ……」

 

「――悪気は無い。それくらい知ってるわよ。悪人だったらとっくの昔に友達付き合い辞めてるわよ」

 

「そっか」

 

 鈴音は道場に入る事無く踵を返し、この道場から去ろうとした矢先、思い出したかのように足を止め、軽く振り向いてから口を開いた。

 

「あたしがここに来た事は――」

 

「言わずもがな黙っときます」

 

「ん、ありがとね」

 

 漸く気を許したのか、への口だった口元が少し緩んで礼を言って鈴音は道場から去って行った。

 

 鈴音の後ろ姿を見て玲次は大きく溜息を吐いて――

 

「まったくあのラブルジョワめ……モテやがりますねぇ……ほんと」

 

 誰かに、それもあそこまで可愛らしい異性にそこまで好かれてる事実にちょっと茶化すように呟いてから、出入口の戸に手を掛けた。

 

 

◆◆◆

 

「手がかりはナシ……か」

 

 数週間前にて、白式輸送中に立ち会った織斑一夏を襲撃した所属不明機の件の報告書を捲りながら千冬は大きく溜息を吐いた。

 陽はもう数時間前に沈んでしまっており、この職員用のラウンジには千冬以外誰も居ない。そんなラウンジの片隅の席に彼女はぽつんと座っていた。

 既に時計は0時を回っている。恐らくIS学園の生徒たちの半数は眠っている事だろう。

 

 突然の所属不明のIS襲撃に対し各施設及び各国の返答は『覚えが無い』との事だった。

 自分から国際的に禁じられている自律兵器の使用及びテロ行為という犯行を名乗り出る間抜けなんている筈が無いので案の定、と言うべきか。

 一部では日本のマッチポンプではないのかという声すらもある。だが、あの事件中日本国内のISコアにはアリバイがあったので事実無根だ。

 

 今の日本を仮想敵としている国はISの登場により、白騎士事件が発生した10年前より格段に増えた。

 

 とは言えど、大国同士や核及びIS保有同士の戦争行為が発生しないのは、当然振りかかるであろう報復行為もあって割に合わないのだ。それに不完全かついい加減ではあるが国家間のコミュニティの存在もある。

 日本の場合IS学園の存在もあって日本の立ち位置も特異なものとなっている。良くも悪くも。

 

 ISを持つ国は限られている。

 

 漠然とながらだが。有力候補なら千冬の頭の中に浮かんでいた。

 

「……亡国機業(ファントム・タスク)、か」

 

 それは何処の国にあるのかすらも分からない。まさに亡霊のような秘密結社。それでも()()()()()()()()()のだ、彼らは。

 千冬はそれを知っている。第二次世界大戦中に生まれ、裏で様々な紛争及び戦乱に一枚噛んでいる。兵士及び兵器の提供、民族間及び宗教間の対立煽りを行っている。

 陰謀論者ならきっと泣いて喜ぶような組織だ。

 

 だが、あの事件に彼らが動いているという証拠も無いので所詮は憶測に過ぎない。

 

 もし、次に現れた時はとっ捕まえて、何としても知らなければならない。一夏を襲った所属不明機。日本政府が名付けたコードネームは『ヴァンパイア(吸血鬼)』。その正体を。

 

 そろそろシャワーでも浴びて眠ろう。資料を片付けファイルにしまい込み、職員用のラウンジを後にした。




 ラブルジョワ、って単語でピンと来た方は僕と握手(ぇ


 おまけの年表。

 1999年:白騎士事件。ISの存在が世に知れ渡り、コアの配布を開始。
 2003年:重要人物保護プログラム発動により篠ノ之家離散。この頃からテロが活発化する。
 2004年:一夏が鈴音と出遭う。
 2005年:技術が急速に発達(現実以上のテクノロジーを獲得し始める)。
 2006年:織斑千冬、引退により前線から身を引く。IS開発者篠ノ之束、消失
 2007年:鈴が転校する
 2009年:突如468機目のISの出現。世界初の男性IS操縦者2名出現。奇しくもISにゆかりのある人物の弟である共通点を持っている。更に所属不明機による織斑一夏襲撃事件発生


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16 チャーハンと脅迫状

『近年、少年犯罪及び男性によるテロの増加が危惧されています。尾賀教授はこの事実に対してどのような見解を?』

 

『えー、男性の脳には刺激的なマンガ、アニメ、映画によって一種の異常を……』

 

 インチキを振りかざす教授と言うのはいつの時代になっても出て来るのか。と言うかまともな証拠も無いのになんでそんな事が言えるのだろうか。

 1950年代から人は学習しないのだろうか。

 

 祝日の月曜日。自室で自習していた玲次はラジオ代わりに点けたテレビから流れ来る音声にツッコんだ。

 男性は皆犯罪者の素質を持っている。女性は異常を来さないのだ、と。自分の事を棚に上げて彼は熱弁する。なお……とうの尾賀寺教授だって男だったりする。

 

 テレビを消してしまおうと思い立ち、玲次は机の上に置かれたリモコンの電源ボタンを押す。さて、自習再開としようとした所で部屋のインターホンが鳴った。

 

「はいはいはい……」

 

 何故こんな、嫌なものを聴かされた直後に。玲次はちょっとへの口になる。テレビに関しては点けっぱなしで勉強していた身から出た錆な節もあるが。

 苛立っている様子を悟られないように深呼吸し、身を落ち着かせてからドアを開けた。

 そこには箒が立っていた。やけに神妙な顔もちで。

 

「今、お前、一人か?」

 

 箒の様子が少し変だった。つま先立ちして部屋の中を見ようとしたり、外をきょろきょろしたりしている。疚しいものでも隠しているのか、誰かに見つかってしまう事を恐れているように見える。

 

「あぁ、箒か……一夏は居ないよ? あいつは10分くらい前に走りに行った」

 

 一夏は今IS学園敷地を走っているのでしばらくは帰ってこない筈だ。

 

「そうか、それなら少し……良いか?」

 

「あ、うん」

 

 玲次に用があるとは珍しい。玲次自身説教される要因は作ってはいない事はないけれども、どうやら今回は別件のようで怒っている様子はなかった。

 両手を背中に隠している彼女の体勢に玲次は違和感を感じた。……何かを隠している。ナイフか?包丁か?

 普通に考えてあり得ないが。

 

「腹は減っているか?」

 

「え? 何を唐突に」

 

 唐突かつ予想外な質問に玲次の首が傾いた。

 

「腹は減っているかと聞いている」

 

 ずい、と箒が詰め寄り、玲次は思わず気圧され足が2歩くらい下がる。

 今は15時ぐらい。一応小腹は減っている所だ。だがそんなもの、夕飯までに待つか事前に買って来た板チョコレートを齧っていれば何でもない。

 

「ま、まぁ食えない事はないけど」

 

「そうか! なら――」

 

 背中に隠していた何かを差し出す。それは刃物とか物騒な物ではなくラップを被せられた茶碗と割り箸。ラップ越しでも茶碗に入ってるものはチャーハンだと分かった。玲次は目をぱちくりさせて、しばらく言葉を失った。

 それでやっと出た言葉が

 

「……なにこれ」

 

「チャーハンだ」

 

「や、見れば分かる。なんで唐突にチャーハンなのさ。てか料理出来たんだ……」

 

 重要人物保護プログラムによる一家離散を喰らうまでは、箒が家事をやっている様子なんてこれっぽっちも見た事が無かった。もしかして一人暮らしのうちに自炊スキルを身に着けたのだろうか。

 が、玲次の推測に反して箒の反応はやや歯切れが悪かった。

 

「ま、まぁ……な。兎に角、部屋に入れてくれるか。あまり見られたくないのだ……」

 

「あーへいへい」

 

 気の抜けた返事と共に箒を部屋に迎え入れた。

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

 内容はどうあれ()()()()()()()()()()。箒が玲次のもとにチャーハン(たずさ)えてやってきた理由はチャーハンをただ単に食わせ、感想を聞きにきただけのようだ。要するに玲次は毒味役。

 机の上には空になった茶碗がある。玲次の向かいに座っていた箒はこれまでにないような神妙な顔つきでチャーハンを食う玲次を凝視していた。怖い。

 刑務所で飯を食う服役者のような気持ちになりながらも無事、完食した。

 

「味はどうだった」

 

「あー……ちょっと待ちんしゃい」

 

 どう表現したら良いものか。玲次は悩みに悩んだ。あれこれ悩んでいると箒が口を開く。

 

「不味いなら容赦なく言ってくれ」

 

「えぇ? キレないでよ?」

 

「キレないぞ」

 

 何だかキレられそうな予感がして内心ビクビクしていたが、ここは言葉に甘えさせて戴こう。玲次は大きく息を吸ってから――

 

「はっきり言って……イマイチです」

 

 容赦なく言わせてもらった。

 

「ぬっ……むぅ」

 

 流石に堪えるものがあったのか。箒は肩を落とし顔は一瞬にしてしょんぼりとしたものに変わる。言い過ぎたかと後悔しそうになったものの、別に言い過ぎじゃないハズだと自分の言った事を脳内でリフレインさせつつ

 

「なんかみょーにべちゃ付いてるし、味もちょっとおかしい気がするし……」

 

「そうか……」

 

「そもそも料理した経験は」

 

「……無いに等しい。作れても雑なもの程度だし、自分以外の誰かに作った事はない。チャーハンだって冷凍食品のものでどうにかしていた」

 

 一夏の話によると鈴音は親が中華料理店を営んでいたらしく、一時期はそこでよく世話になっていたそうだ。一朝一夕で鈴音に対抗出来る程簡単な事ではないのには間違いはないだろう。チャーハンは簡単のように見えて難しいと何処かで聞いた事がある事を玲次は思い出した。

 恋敵の登場に対し料理が出来るようになりたいと思うのはおかしな事じゃない。

 

「おれも料理関連はからっきしだからなぁ……」

 

 が、玲次だって、チャーハンを食べたくなったら冷凍食品なり店で食べに行くかだけで自分で1からチャーハンを作った経験はない。と言うか料理自体誰かの為に作った経験はない。自分のこめかみを人差し指で軽く叩きつつ眉を顰める。

 

 こうなったらチャーハンを作るにあたって、失敗しないやり方のようなものを調べるしかないという考えに玲次は至る。まず情報が必要だ。

 そのときふと、鈴音が一夏に毎日酢豚を作ると言う約束のくだりを思い出してしまった。

 酢豚が日本人で言う味噌汁に相当するならばそれはもう告白どころかプロポーズに近い。こうなったらチャーハンじゃなくて味噌汁の作り方でも学んだ方が直接的でいいんじゃないかとすら思いはしたものの、奥手な箒にそれが出来るかと言われたら微妙な所だった。

 

 プロポーズ紛いの発言をした鈴音にリーチが掛ってしまっている状況下、箒が料理を始める事など単なる悪あがきなのかもしれない。まぁどっちにしろ料理は出来る事に越した事はない。

 玲次は勉強机の片隅に置かれたノートパソコンを無造作に立ち上げた。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 玲次が可能な限り、箒がどうして失敗したか、その理由を纏めて指摘してから箒は息巻いて部屋に帰って行った。再び一人になった玲次は大きく伸びをしてから、ノートパソコンを閉じて箒が現れた為に中途半端な状態の参考書を引っ張り出した。

 

 この参考書は、教師陣から一夏と玲次に向けて特別に課題がセットされており、提出日は1週間後との事。何故そんな猶予がまだある課題をやっているのかと言うと、単純に面倒事を先送りにするのが嫌だっただけだ。これを先に終わらせればある程度走ったり機体の稼働テストなど行う時間が出来る。

 

 既に参考書の課題は60%ほど終わっており、折り返し地点は通り越している。

 

 その時机の上で充電していたスマホが鳴った。

 

「あぁもう……」

 

 今日の自分の間の悪さに辟易する。テレビでやっていた今日の運勢は1位だったのに。やっぱり占いなぞあてにならない。スマホを手に取り画面を見ると『非通知設定』と表示されていた。

 

――誰?

 

 訝しみつつ応答のマークをタッチした。

 

「はい、篠ノ之です」

 

『篠ノ之玲次様ですね?』

 

 聞きなれない声だ。しかもテレビのニュースでよく聞くようなボイスチェンジャーを通した音声だ。その声を聴いた瞬間玲次は耳に全神経を集中させた。

 

「はい。そうですけれど。どちら様です?」

 

『……警告です。クラスリーグマッチ開始時、第三アリーナAピットで待機してください』

 

「あのー質問に答えてくれませんかね……あんた何者だ?」

 

 玲次の声色に少し険が混じる。IS学園のイベント事情を知る人間となってはかなり数が限られてくる。それに――

 

『答える必要はありません。もし、この警告を無視した場合――織斑一夏と凰鈴音の命は――無いと思って下さい』

 

「あ、そう。政府もこの電話を聴いているかもしれないけど。そんな馬鹿みたいな事をしてタダで済むと思ってるんすかね。悪戯電話はその辺にしたらどうです?」

 

 一瞬動揺しかけるも、努めて平静を装う。

 友人と顔見知りの命が無い、と。そう脅されもすれば冷静さも失いそうにもなる。しかし、返って来た言葉は実に平坦で、平静で、焦りの色一つも見えなかった。

 

『単なる悪戯を期待しても無駄です。政府の監視は既に無力化しています。なお、他者に吹聴した場合も同じくお二人の命は無いと思って下さい。それでは、良いご判断を期待しております』

 

 ボイスチェンジャー越しでも分かる。一語一語から滲み出る自信――政府如きに遅れは取らないという絶対的自信が。機械的な抑揚の無さが物語っている。

 IS学園内の情報を把握しているという事実を鑑みれば――これは冗談じゃない。

 

「それ以外の要求は」

 

『そうですね……機体は万全にしておいてください。何が起こるか分かりませんから』

 

――こいつは一体何をする気なんだ

 

 目的が見えない。自分を殺す気ならばこのような忠告はしない。何も知らず無防備な所を不意打ちすればいいだけの事。こいつは一体何がしたい。

 疑問と不可解さが玲次の頭を支配していく。

 

『質問はそれだけですね。私は貴方を常に見ています――それでは』

 

「あ、ちょっと」

 

 ぶつり、と一方的に電話を切られた。履歴を見たがこちらから通話をかける事は出来ない。玲次は力なくソファへと座り込み、大きく溜息を吐いた。

 

――最後にストーカー宣言と来たか。

 

 カワイイ女の子がストーカーしてくれるのならば嬉しい話だけれども、顔も見せないし声もボイスチェンジャーを通した所為で低くくぐもった音声で全くもって分からなかった。

 

 ……最悪の事態を考慮すれば、教師への吹聴は迂闊には出来ない。ではあのよくわからない電話の要求に応えざるを得ないのか。悔しい話ながらそうせざるを得ないだろう。悪戯だったらそれで良いのだから。

 さて、次は先ほどの電話をしてきたものが一体誰だったのか、という事だ。

 

 玲次は幾つか仮説を立てた。

 

 一つは――生徒、教師、研究員含めたIS学園関係者。これは可能性としては低いものの、自分たちにヘイトを持っているタイプも少なからず居る。……未成年でもIS学園生徒は他の高校生よりは優秀な部類だ。研究員も教師も同じだ、生半可な人材ではない。

 

 二つは――テロ組織。こちらは既に自分たちがマークされていると言っても過言ではない。……外部からIS学園に侵入出来るかと言われたら甚だ疑問だが。最近呼称が確定した所属不明IS吸血鬼(ヴァンパイア)もそのうちに入る。

 

 三つは――不明。不明、と言うのはまだ明らかになっていない黒鉄をこちらに寄越して来た人物が分からない。もしかしたら束は生きているんじゃないかという考えも湧いてくる。なんせISコアを1から作れるのは束だけなのだから。

 

 

 

 

「どうした?」

 

 一夏がいつの間にか部屋に戻って来ていた。玲次はびっくりしつつ「何でもない」と誤魔化した。

 どう考えてもこの電話は罠だ。それでも一夏や鈴音の命を人質にすると言われた以上その罠に引っ掛かりに行くしか無かった。

 

 嘘でも真でも良い。真偽を突き止める必要がある。

 

 

◆◆◆

 

 やれるだけの事はやった。

 一夏は大きく深呼吸をしてから、クラスリーグマッチ開始までの時間を第三アリーナのAピットで潰していた。

 

 箒やセシリアや玲次との特訓に、授業での可能な限りの知識の叩き込み。そして、暇あれば現役時代の千冬の試合を見たりもした。

 何事も上級者の動きを見て盗むのは大事だ。千冬との実力差は歴然でも、千冬だって自分と同じブレード一本でどうにかしてきたのだ。相応の努力は必要だろう。しかし姉に出来て弟が出来ない事は無いハズだと己を鼓舞する。

 

「で、反省した?」

 

 Bピットに居るべきハズの鈴音が一夏の前に立つ。一体何を反省しろと。幾らなんでも理不尽じゃないか。

 

「何をだよ」

 

「だ・か・ら、あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとかあるでしょが!」

 

 ぷんすか怒る鈴音に軽く気圧されつつこれまでの言動を振り返る。身に覚えは勿論ないし、そもそも謝りに行こうとしていても鈴音が避けていたので謝りようはなかった。

 

「話そうとしたってお前逃げるだろーが」

 

「じゃぁ女の子がほっといてと言ったらそのまんまほっとくワケ!?」

 

「そりゃ、煩わしいと思われてるなら俺は」

 

 一夏の返しに鈴音は盛大に溜息を吐いた。

 ここは認識のすり合わせでもした方が良いんじゃないかと思ったがそのタイミングが見つからない上に鈴音が突っぱねるか逃げるのでうまく行かない。

 

「あー駄目こいつ……それと、約束について、気付いた事ある?」

 

「いやだから酢豚をおご……」

 

「約束の意味が違うのよ、意味が。……ったく反省の色はないみたいね」

 

「いやだから何を反省しろと。ちゃんと説明してくれよ、してくれたら分かるかも知れないだろ!」

 

「言うに事を欠いて、余計な恥をかかせるつもりなのアンタは……だぁぁぁぁッもう! じゃぁこうしましょう!」

 

 むしゃくしゃしたように唸ってから、続けた。

 

「この試合で勝った方が負けた方になんでも一つ言う事を聞かせられる! それでいいわね!」

 

 指を一夏に差し条件を突き付けた。

 成程。それなら話が速い。一夏は「いいぜ」とその条件を呑んだ。

 そうとなればこの戦いで勝って訊き出せば良い。どっちにしろ勝つ為に、代表としての最低限の責任を果たす為、白式の戦い方も出来る限り身に着けて来たのだから。

 

「但し、俺が勝ったら説明して貰うからな」

 

「せ、説明はその……」

 

 何故か鈴音が急にもじもじし始めた。全くもって女心とは複雑怪奇と思わずにはいられなかった。

 

「……やめたいのか?」

 

 自分で言った事が時々取り消したくなる衝動に駆られる事は時々あるので一夏も共感せずにはいられない。

 

「誰がやめるかッ! アンタこそあたしに謝る練習でもしときなさいこの馬鹿! ドアホ! 朴念仁! スットコドッコイ!」

 

 鈴音の返しは想定外のものだった。キレた鈴音の有無も言わせぬ罵詈雑言のラッシュに、一夏のイライラも募って行きついに爆発した。

 

「何だよ貧乳」

 

 それは、鈴音を傷つけられる最大級の暴言だった。たった2文字。されど2文字。

 鈴音の額に青筋が浮いていたのはきっと気のせいじゃない。鈴音から込み上がる気迫に圧倒され、一夏はまさに今、自分の発言を取り消したい衝動に駆られていた。

 

「……悪い今のは無かった事に」

 

「出来るかァァァァァァァァ!」

 

 釈明する一夏の顔面にお構いなしで鈴音の拳が電光石火の如く勢いで飛び、炸裂した。身体が宙に舞い、金属造りの床に背中が叩き付けられた。一夏の脳内でコングの音が何故か鳴り響いた。

 

「つか今の『は』って何!? 今の『も』でしょーが! 9割方アンタが悪いわよ! 悪意は特にないだろうからちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……いいわよ、希望通りにしてあげる。全力で、叩き潰してあげる……!」

 

 本気で怒った鈴音を見るのは久々だった。

 身を起こし、早足でピットを出て行く鈴音の後ろ姿を見て一夏茫然としていた。

 そしていつの間にか玲次とセシリア、そして箒がピット内に居るのに気付き「いつから居たんだお前ら……」と思わず呟いた。

 

「女性に身体の事をあれこれ言うのはナンセンスですわ」

「うんアレはマズいね。実にマズい。リアルで貧乳はステータスとか明確に言えるようなのは基本居ないと思った方が良いだろうし」

「デリカシーという物がお前の辞書には無いのかまったく……」

 

 一連の喧嘩を聞いていたらしいセシリアと篠ノ之姉弟が口々に一夏の発言について咎める。言い返す言葉は一つも見つからず溜息が出てしまった。

 

「いやぁ今のは良いパンチだった。ありゃIS戦でやられたらただじゃ済まなかったろうね」

 

 玲次の感想を聴いていると、殴られた顔の痛みを頭が自覚してしまい急に痛みが襲って来て反射的に鼻頭を片手で押さえた。

 

「――取り敢えず戦闘時は基本的に攻撃は極力受けるな。受ければその分攻撃の機会を失うよ。噂によるとあの娘のISは出力が高いらしいし猶更ね」

 

 彼の忠告を聞きながら白式の状態をチェックする。大丈夫だ、問題ない。整備はちゃんと行き届いている。

 瞬時に白式を身に纏い一夏はカタパルトまで歩き、それを玲次とセシリアは追った。

 

「何はともあれ、無様に敗北する事は許しませんわよ」

 

 セシリアのその言葉にはあまり棘は無かった。多分、多少は打ち解けていられていると、そう思いたい。

 

「分かってる。特訓した分は巧く立ち回って見せるさ」

 

「ま、気張んなさい。デザートが懸かってるんだ」

 

 玲次が軽い調子でサムズアップしてそんな事をのたまい、一夏も「おう」と軽い調子で応えてサムズアップした。前回のセシリアとの試合の時と同じように白式の脚部をカタパルトに接続していくそんな中、箒が一歩前に出た。

 

「一夏――」

 

「――何だ箒?」

 

「勝って来い」

 

「あぁ」

 

 

◆◆◆

 

 

「行きましたわね……」

 

 白式が発進して行ったのち、セシリアは呟いた。

 

「では、わたくしたちも観客席へ参りましょう」

 

 開始時間までの残り時間は最早僅かだ。それまでに観客席にまで着かなければならない。まぁ良い席は既に他の生徒にとられていそうなので双眼鏡は必須だろうが。因みに箒の首には双眼鏡が下げられていた。

 

「……篠ノ之さん?」

 

 このセシリアの言葉は玲次の事を差していた。

 箒とセシリアがピットを出て行こうとしている矢先、玲次だけが動いていなかったのだ。

 

「あぁ、ちょっとね。先行ってて。すぐそっち行くから」

 

「そうか。なら早く来いよ」

 

 箒はそう言い残してセシリアと共にピットのゲートから出て行った。そして――玲次は大きく深呼吸してから周囲を見渡した。

 

――さて、鬼が出るか蛇が出るか……

 

 待機状態の黒鉄に手を掛ける。薄暗い空間に一人残されるというのは実に息苦しいものだった。しかも安全が保障されておらず何が起こるか、待ち受けているのかも分からない。あれこれ警戒している内に試合はもう始まってしまっていた。

 

 このままだと試合は見られないのは明白だった。

 ただの悪戯だったのか?

 

 拍子抜けしかけたその時、

 

 流れるような銀色の糸、否、髪が視界の淵の――物陰付近にて垣間見えた。

 

 

「誰……?」

 

 一瞬見えた情報を頼りにそこへと近寄って行く。

 ……誰も居ない。錯覚か? 余りの恐怖心で幻覚でも見えていたのか?

 

 何か圧迫感を感じる。何か別の、自分より大きなものが近くに居る。鳥肌が立つ。これは――

 

「黒鉄ッ!!」

 

 咄嗟に叫んだと同時に頭上から桜色の光芒が玲次目掛けて落雷した。




 次回はバリバリの戦闘回。乞うご期待!


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17 アンノウン

「ッ――ダメージ、ゼロ。当てる気は無かったってか、それとも」

 

 玲次は砲撃を放った者を睨む。

 そいつは玲次のISと同じく黒いISだった。両腕が不自然な程巨大で、顔はまっ黒な仮面に覆われて素顔は見えない。

 黒い仮面には目のような剥き出しの赤いセンサーレンズが不規則に並んでおり、この機体を簡単に評すならば『異形』という言葉が適切だった。

 人のカタチから少し離れたフォルムが不気味さを際立たせる。こんな禍々しい形状のISは見たことがない。

 

「念の為に聞いとくけれどおたく――何モノ?」

 

「…………」

 

 もしかしたら返答をくれるかも知れない……などと期待をした自分は馬鹿だったようだ。

 黒いISは答える気なぞさらさらないと意思表示でもしているかの如く5つの赤いセンサーレンズを鋭く光らせ、玲次は思わず目を細めた。

 

――ま、名乗る気あるなら顔も隠しちゃいないよねぇ……

 

 わざわざ必要ない全身装甲で出て来るのだから。こちらとコミュニケーションを取る気など毛頭も無いのだろう。

 

 黒いISは右腕に搭載されたビーム砲を光らせる。咄嗟に上半身を逸らす事で直撃は避けられたが、掠った一部の装甲が少し焦げ付いていた。

 威力は掠っただけでも分かる。出力はセシリアが駆るブルー・ティアーズより上だ。

 

【警告、9時の方向にIS反応有り】

 

「嘘ォ!?」

 

 あんまりな展開に素っ頓狂な声が出た。

 9時の方向――つまり左から黒いものとは別のISの反応があると報せるアラートが鳴り、玲次は迅雷を引き抜いて防御姿勢に入る。狙い通り、横殴りにやってきた新手のISによる斬撃を受け止めた。

 

「2体も居るって……」

 

 新しく出て来たISは紅のカラーリングで、両手には日本刀型のブレードを携えている。このISも見たことがない。黒いISとは異なり、通常のISと形状は変わりなく、顔に付いた紅いセンサーレンズは一つだけ――言うなれば某ロボットアニメに出て来る量産機を思わせる思わせるモノアイだった。

 どちらも初見のIS×2による襲撃などと言う異常事態に玲次は歯噛みした。

 

 ――こいつは本物だ。

 

 2機のISを使ってまでIS学園の中で襲撃してくる。このような事をそこら辺の自律兵器だよりのテロリストが出来る芸当ではない。ヴァンパイアを一夏に仕向けた奴と恐らくは同一かあるいは――

 同一じゃないという可能性など考えたくもなかった。もし同一じゃなかったとしたら世も末だ。

 

「ッ!」

 

 膝の仕込み刃を展開して、切り結んだ状態のままの紅いISに膝蹴りを放つ。手ごたえは無い。動きを読まれていたのか、後退されて見事にスカった。

 黒いISと紅いISが並び立ち玲次を見据える。

 

 

 得体の知れない敵と2対1という悪夢のような光景。このまま後手に回れば殺られる。

 嫌な汗が玲次の頬を伝った。

 

 

 ◆◆◆

 

 玲次が所属不明のIS2機に襲われるより十数分前――

 

 一夏はアリーナの規定位置に移動してから、ハイパーセンサーを使って360度に広がる観客席を見渡した。見た所、一年生はほとんど出ているようだ。上級生の姿もちらほらと。更には視察に来たらしい何処かのお偉いさんが特等席に座っている。

 意識を眼前の相手へと戻すと、ISを纏っている鈴音が立っていた。

 

 その纏っているISはマゼンタと赤みがかった黒を基調としたカラーリングで、非固定浮遊部位が二基、浮かんでいる。そいつにはスパイクが付いており、実に攻撃的な外見をしている。

 

 ――名は甲龍(シェンロン)。中国製第三世代型IS。

 セシリアから聞いた話だと、燃費と安定性を重視したタイプだとの事。攻撃力も見た所高そうだ。

 なんかガンダムみたいな名前しているよねぇ――と、玲次の談である。一夏はドラゴンボールに出て来る方の龍を連想したのだが。

 

 そんな事はどうだって良い。いかにどう立ち回るかが今の一夏に課せられた課題なのだ。

 

「一夏、今謝るなら少しぐらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

 

「どうせ雀の涙くらいだろう? それに手加減されるのは俺の望みじゃない」

 

 一夏の返しに鈴音は訝し気な顔になった。

 

「はぁ? ……まさか、あんたマゾ?」

 

「違う。手加減されるのは嫌なのと同時に――今の俺がどこまでやれるか。それを知りたい」

 

 力が欲しい。姉に迫るだけの力が。人を守るだけの力が欲しい。

 その過程で手抜きされてしまうのは困る。

 

「……ったく分かったわよ。身の程知らずもここまで来ると表彰モノよ。でも、ISバトル自体模擬戦で兵装にセイフティが掛けてあるけれども完全な安全は保障されていない。死なない程度に――殺すわよ」

 

 鈴音の口ぶりからして一夏に対しての怒りはまだ収まっていない様子。一体何故鈴音は自分に対してキレているのか一夏には分からなかった。

 鈴音は身の丈以上の大きさの青龍刀『双天牙月』を構える。一夏も雪片弐型を展開させて構えを取った。まだ零落白夜は発動していない、何の変哲も無い実体剣の状態だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。そう玲次やセシリアに口が酸っぱくなるほどに言われたのだから。

 

『これより凰鈴音対織斑一夏によるリーグマッチ第一回戦を開始します。生徒の皆さんは安全の為、席に着いてください』

 

 戦闘による流れ弾を防ぐためにアリーナの戦闘領域をバリアが覆う。バリアがドーム状の空間を構築する間、一夏は両手に持った雪片弐型を握り締め、鈴音はキッと一夏を睨んだ。その時にはもう、自分の知る幼馴染はそこにおらず――代わりに一人の戦士が目の前に居た。彼女の眼差しは刃物のような鋭さを持っていた。

 

『開始まで……3、2、1、はじめッ!』

 

「ッ!」

 

 開始の合図と共に先に打って出たのは鈴音だった。一夏はワンテンポ遅れてから機体をブーストさせて勢いよく両者の振るった得物による斬撃が衝突した。

 

「ふうん、初撃に対応出来るなんてやるじゃない」

 

「そりゃ、伊達に色んな奴から鍛えられてないさ――」

 

 ここまで来るとパワー勝負だ。

 切り結ぶ両者。押し合いが始まり、雪片弐型と双天牙月から火花が散る。鈴音の体格の割にはパワーが白式に負けてはおらず、一夏は戸惑い、それによりやや圧されていた。

 

「押しなさい――甲龍!」

 

 鈴音の声に応えるように甲龍の出力が上がり、一夏の焦りは加速する。力を籠め、白式も一夏の想いに応えるように出力を上げる。

 これでパワーはほぼ互角。このままでは埒があかないと判断した鈴音は力一杯に一夏を振り払った。

 

「くっ!」

 

 一旦仕切り直しと行くべく、一夏は敢えて鈴音に振り払われる選択肢を取った。25メートル程の距離が空いたところで、鈴音はもう一本の双天牙月を出現させた。形状はほぼ同じで、得物が増えた事を確かめるように鈴音は軽くその2刀を振るう。素人目でも分かる――これは手慣れている。

 

 次が来る、と思った時には既に鈴音が直ぐ近くまで接近していた。

 

 一刀が振り下ろされ、一夏はそれを雪片弐型で弾く。弾かれた所で、もう一本の双天牙月を振り下ろして来る。パワーもあり、手数もそれなりにあるのは一夏にとっては脅威だった。

 ――が、玲次ほど連撃は速くはないのが幸いした。

 

 現状、鈴音の斬撃は全て受け流す事が出来ていた。

 伊達に篠ノ之姉弟にえげつない連撃を叩き込まれてはいない。

 

「さてと――」

 

 鈴音は両手に持った双天牙月の柄と柄を連結させ、それをバトンでも扱うかのように軽々と回す。徐々にギアを上げていくタイプらしい。戦っていて分かる、時間を掛ければ掛けるほど鈴音はどんどん強くなっている。否、力を出している。

 このままではジリ貧になって行くのは目に見えていた。

 

 鈴音の突進と共に迫る双天牙月の切っ先。一夏は上に飛んで避け、鈴音はそれを逃さず喰らい付き、斬り上げた。

 下から襲って来る斬撃を紙一重で躱す。スレスレのところで下から上へと、勢いよく一夏の横を通り過ぎる双天牙月から起こる風が一夏の肌を撫でる。

 当たれない。攻撃を受ければ受けるほど自身の攻撃の機会を失う事も意味している。

 一旦距離を取ろうと後方へとある程度下がった矢先、非固定浮遊部位の球体部位の中心部が開き、そこから一瞬光を放った。

 

 最初、何が起こったのか一夏には理解できなかった。

 なんせ次の瞬間鈴音がやや離れた位置に居たのに関わらず、急に巨大なボールを力一杯に投げつけられたような衝撃を身体に受けたのだから。

 

「なっ……」

 

 ナニカに吹っ飛ばされた一夏は、一時的に制御を失い地上へと真っ逆さまに落ちかけたところを慌てて体勢を立て直し、そのナニカを仕掛けたであろう鈴音を見た。

 何か新しい武器を構えている様子は無い。そしてナニカに吹っ飛ばされる直前何が飛んできたのかも見えはしなかった。

 

「今のはジャブだから、次は直撃行くわよ――」

 

「えっ……」

 

 鈴音の宣言と共に非固定浮遊部位が光を放つ。

 一体何が起こっているのかイマイチ分からなかったが、確かな事が一つ。

 

――俺は今、見えない攻撃を受けている。

 

 そう悟った次の瞬間、再び見えないナニカに吹っ飛ばされて勢いよくフェンスに衝突した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「何が起こっている! 急に一夏が吹っ飛んだぞ!?」

 

 ピットのアリーナ監視区画にてリアルタイムモニターで試合を見ていた箒が声を上げた。今しがた一夏が2度目の見えない攻撃を喰らってフェンスに衝突したところである。

 

「――あれは……衝撃砲」

 

 同じくモニターを見ていたセシリアがポツリと呟いた。無論、それを聞きのがす箒ではない。

 

「衝撃砲? なんだそれは」

 

「空間自体に圧力を掛けて砲身を形成。余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾として撃ち出す。ブルー・ティアーズと同じく第三世代型兵器ですわ……」

 

「……? んん?」

 

 訊いたのは良いが、正直意味が分からない。理解出来たのは第三世代型の新しい武器……と言うぐらい。そもそも予備知識ゼロの状態の人間に口頭で話されても分かる訳がない。

 

「拙いですわね……衝撃砲は砲身と砲弾が見えないようになっているのが最大の特徴。このままでは……」

 

 箒は、衝撃砲とは空気砲のようなもの、と脳内で納得させた。あまり理屈めいたものは苦手だしこれ以上考えても仕方がない。そう言うのは玲次とか束が得意そうだが。

 

「砲弾はおろか砲身すら見えないとなると、これは手詰まりではないか」

 

 威力は一夏と白式が派手に吹っ飛んだ光景を見るだけでも充分に分かった。初見であれに対処できるかと言われたら箒でも首を横に振っている。

 

「いえ、衝撃砲とて完璧な兵器ではありませんわ。織斑さんがそれに気が付けばあるいは……」

 

 気弱な発言をした箒とは対照的に、確信があるのかきっぱりと言い放つセシリア。

 一夏にはまだ勝算が残っているというのか。

 モニターに映った鈴音が地上の一夏を見下ろしている光景を目の当たりにしつつ、箒はセシリアが示唆した本当にあるかどうかも不明確な勝算に賭けていた。

 

「――それにしても篠ノ之さん……貴女の弟さんの方まだ来ませんわね」

 

 ふと、セシリアは話題の矛先を変えた。箒は辺りを見回したが、モニターの操作をしている山田先生とその近くにいる千冬の姿しか、箒とセシリア以外の姿はなかった

 セシリアの言う通り、玲次の姿がここにはない。本来ならここに来ているハズだというのに。

 

「一体何処をほっつき歩いているというのだあいつは……」

 

 箒は呆れを込めて深く溜息を吐く。玲次が方向音痴だったとかそのような話は生まれて15年と数か月まったく聞いた事はない。なら寄り道でもしているのだろう。

 どうせ待っていればいずれ来るだろうと思い、再びモニターに意識を集中させた。

 

 

◆◆◆

 

 こうなれば動き回るしかないだろう。

 一夏は機体を全速力でかつ予測されないように不規則な動きで翻弄をしようと試みた。直ぐ近くで何かが掠めたり、粉塵が舞い、石や土の塊が白式の純白の装甲を汚していく。

 方角の制限は無いらしく背後に回っても、真上や真下へと飛ぼうとも見えないナニカが飛んでくる。

 

 避けていく最中に一夏は理解した。非固定浮遊部位の発光が攻撃の合図なのだという事を。更には僅かにだがハイパーセンサーがその衝撃砲に反応している。

 そしてISで玲次と戦っている時の事も思い出した。

 

 気付いてからというもの、直撃の回数は目に見えて減っていた。

 

「初見でよくここまで躱すじゃない。衝撃砲『龍咆(りゅうほう)』は砲身も砲弾も目に見えないというのに」

 

 鈴音の表情にやや焦りが見えていた。様々な状況が重ならなければ初見でここまで避けられはしない。

 一夏とそれを取り巻く環境が異常だったのだ。

 

「見えないモノとやり合うのは慣れているからな……! あっちは見えないのは機体そのものだから色々違うが、気付けば避けられない訳じゃない」

 

 玲次の電磁迷彩は厄介だった。ハイパーセンサーすら反応しない迷彩を展開し、身を隠して攻撃を仕掛けるという厄介極まりない代物だ。……それと対峙した経験もあって見えない攻撃を出されてもそこまでパニックにはならなかった。あれが無ければもっと手こずっていたに違いない。

 

 セシリアのように多方角から狙い撃ちを仕掛けて来るわ、引き撃ちもするわ、偏差射撃も得意なタイプよりは比較的戦いやすかった。

 一夏は雪片弐型を握り直す。

 

 シールドエネルギー残量は64%。衝撃砲の龍咆とやらの直撃を貰ってから幾度となく掠めていたので大分ダメージを受けてしまっている。対して鈴音のシールドエネルギーは100%。

 まぁ避ける事だけに専念していれば当たる事はあまりない。そう、()()()()()()()()()()()()()()

 

 攻撃に移るとなると話は違ってきてしまう。嫌でもあの射角制限ゼロかつ不可視の攻撃に晒される事となる。

 このまま逃げ回ってもジリ貧だ。ならば――

 

――瞬時加速を使うしかない

 

 瞬時加速を使えば一気に鈴音に詰め寄る事が出来る。しかし、その代償に機体や操縦者に掛る負荷など相応の対価を払わなければならない。

 発動中は操縦者及び機体の空中分解を防ぐためのシールドバリアも摩耗してしまうし、接近中に攻撃を受けた場合通常のほぼ2倍のダメージを受けてしまうだろう。

 

 RPG風に言ってしまえば、『HPが僅かに減少、防御力低下、スピード超大幅アップ』と言う諸刃の剣。

 諸刃の剣(瞬時加速)の上に諸刃の剣(零落白夜)を重ねる訳なのでハイリスクハイリターンで収まらないレベルの分の悪い賭けだ。

 

 成功すれば億万長者、失敗したら破産。実にシンプルだ。

 

 やるしかない。やらなかったらジリ貧で潰れるだけ。仮に倒れるとしても前のめりで倒れてやる。

 雪片弐型を握る両手に汗が滲み出る。

 

――力を入れすぎるな、落ち着け。悪い癖だぞ

 

 自分に言い聞かせながら瞬時加速の為のチャージに入った。

 瞬時加速の為のエネルギーが徐々にブースターへと集まって行く。

 その最中にも容赦なく襲い来る龍咆の衝撃波を避けていく。チャージが終わり、瞬時加速の起動スイッチを入れようとした次の瞬間――

 

 

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 一夏側ピットのゲートから、黒鉄を纏った玲次がフィールドのど真ん中に向かって、凄まじい勢いで突っ込んで来た。

 違う、これは――飛ばされているのか。

 

 飛ばされている玲次は地面へと墜落し、25メートルほど転がってから漸く静止した。

 

「な、何なの!?」

 

 鈴音は龍咆による射撃を中断し、反射的に声を上げる。まさか試合中に邪魔者が現れるなどと思いもしなかった。常識的に考えて有り得ない状況を前にすれば叫びたくもなる。

 一夏もワンテンポ遅れつつも玲次が突然アリーナに突っ込んで来た事に思わず声を上げた。

 

「何でお前がここに!」

 

 二人の反応を他所に玲次は立ち上がる。玲次の顔はいつになく険しい。そんな彼の視線の先はいつの間にか解放されていた一夏側ピットのカタパルト。試合開始時には閉じていた筈なのに今は完全に開き切っていた。

 

 それに対し白式と甲龍のハイパーセンサーがアラートを鳴らしていた。

 

『IS反応あり。数は2。いずれも識別コード無し』

 

 識別コード無し。それは所属不明である事を意味していた。普通のISならば識別コードを入力しているのが義務とされている。

 ゆえに、鈴音と一夏はおぼろげながらもこれはただ事ではない事を察した。

 

 

 ガシャ、ガシャ、と音を立てて、カタパルトを歩く2つの影が開いたゲートの向こう側から出て来る。

 

 片方は異形、異様、異質、としか言いようがなかった。不必要な程に大きな両の腕と、全身を覆う黒い装甲。そして素顔の見えない黒い顔に赤く光るセンサーレンズが5つ不規則に配置されている。

 腕の大きさとセンサーレンズも相まって、辛うじて人のカタチをした機械仕掛けの怪物(モンスター)にしか見えなかった。

 

 そしてもう片方は、あの黒いISに比べれば明らかに標準的な形状をしたISだった。紅を基調としたカラーリングと、両手には日本刀型のブレードを1本ずつ携えている。

 この二つのISに共通して言える事はどちらも素肌の一つも見せていないという事だった。

 

「玲次、一体何なんだよ、アレ!」

 

「おれにも分からない――うわっ!?」

 

 黒いISが右腕を突き出し、何のためらいも無くビーム砲を玲次目掛けて発砲した。玲次は辛うじてこれを躱し、黒いISは左腕も突き出して右腕から放ったビームと同じものを玲次目掛けて撃ち、躱し切れなかった玲次の右肩を掠めた。

 

「くそッ! やめろ!」

 

 友人が襲われているのを見て、居ても立っても居られなかった。一夏は黒いISに向かって全速力で飛び掛かる――が、それを紅いISが行く手を阻み、2本の刀で一夏を迎え撃つ。

 両者の得物が衝突して、火花を止め処なく散らし始めた。

 

「何なんだ! お前らは!」

 

「…………」

 

「答えろ!」

 

 紅いISはだんまりを決め込んでいる。それが一夏の苛立ちを募らせる。鍔迫り合いは紅いISがやや押しており、何のためらいも無く一夏を蹴り飛ばした。

 

「一夏!」

 

 最早試合どころでは無かった。鈴音は蹴り飛ばされて落ちていく一夏の身体を咄嗟に受け止める。鈴音が受け止めなければもう少し吹っ飛んでいただろう。

 

「あいつらは――一体」

 

 苦々し気に一夏は疑問を口にする。それに答えてくれる人間は誰一人とて居なかった。鈴音も、玲次もあの2機が一体何者なのか、知る訳もなかった。

 鈴音から離れて、雪片弐型を構え直す。

 

 連中が何をしでかすかまだ分からないが、誰かに危害を及ぼすのであれば護らねば。護らなければならない。

 そんな事を思っているとまた、脳裏にあの赤い光景がちらつく。それを振り払うように一夏は首を横に振った。




 紅椿、やや速めの登場。

 次回は速めに出します(´・ω・`)


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18  ふたりとひとり

 突然の闖入者に教師陣も当惑していた。

 ピットの監視ブロックにて、今までリアルタイムモニターで試合の状況を見ていた山田先生は、慌てて他教師陣に連絡するものの、どの教師も想定外の展開に対応が後手に回りきっている。

 

 この学園を襲った所属不明のIS2機は学園にあるモノではないのは間違いない。玲次をはじめとした専用機持ちを数名抱えているが、いずれも該当する形状を持ったISは居なかった。そして学園内に併設された研究施設も『覚えがない』と言っている。ISコアも移動した形跡も無くアリバイは十二分にある。

 

 

 山田先生は襲われている3名が逃げられるようにゲートの解放操作を試みた。――しかし

 

『ロック、解除出来ません』

 

「そんな……!」

 

 ならばアリーナのバリアを解除すれば良いと、ふと考え付く。しかし避難する生徒たちの姿が見えてそれは出来なかった。そんな事をすれば悪戯に被害を増やすだけ。

 流れ弾が無防備の生徒に直撃でもすれば死を免れない。

 

「更に――流れ弾を防ぐために発動された遮断シールドのレベルが緊急事態に備えて用意された出力レベル4に強制設定されている。試合するだけならレベル3以下で充分なのにも関わらず、そして悉くロックされたゲート……外部からの不正操作(クラッキング)である事には違いあるまい」

 

 付け足すように千冬が状況を説明し、置かれた状況があまりにも絶望的だという事を再認識させられた。

 ゲートも流れ弾による被弾を想定していてそう簡単に破壊出来ない。

 

 3人は今、脱出不可能な空間に閉じ込められてしまっている。

「山田先生、管制棟に連絡は取ったか」

 

「今問い合わせます………………返答来ました。そちらの操作も受け付けないと――」

 

「チッ、用意周到と言う事か……」

 

 千冬は苦虫を100匹丸ごと噛み潰したような顔で画面に映った2機の敵機を睨みつけた。

 3人が居るフィールドに部隊を突入させるには相応の時間と、ゲートをぶち抜くか開くための用意が必要だ。それまでに3人が持ちこたえられている可能性は限りなくゼロに近い。

 

「救援も向かえない――そう言う事なのですか」

 

 一連の会話をしっかりと聞いていたセシリアが悔し気に言う。彼女もクラスメートがどこの馬の骨とも分からないISにやられて行くのを看過出来なかった。

 

「なに、ゲートの解除か遮断シールドの解除さえ出来ればすぐに突入部隊を仕向けるさ」

 

「でしたら是非ともわたくしをその部隊に!」

 

「駄目だ」

 

「何故――」

 

 セシリアが解せないと訴えかけるが、千冬は畳みかけるように続けた。

 

「では、対ISの連携訓練はしたか? その時のお前の役割(ロール)は何だ? ビットをどのように扱う? フレンドリーファイアしない確信は? 味方の機体構成は把握しているか?」

 

 答えられる訳が無い。これまで主に相手にしてきたものは自律兵器と1対1のISによる戦闘のみ。このような敵味方入り混じった乱戦を行った経験はあまりない。

 そしてフレンドリーファイアと言う単語で、ヴァンパイアとの戦闘で玲次にレーザーを当ててしまった失態を思い出す。

 

「そ、それは……」

 

「行けない事を気に病む事は無い。経験はこれから積んで行けば良いだけの事だ。今は大人たちに任せて待ってくれ」

 

「わかりました……」

 

 ここまで言われては引き下がるしか無かった。

 今はクラスメートの無事をただただ祈るしかない。そんなセシリアの心境を表すかのように爪が掌に深く食い込んでいた。

 

 

 

 

「一夏、玲次……」

 

 箒はモニターを見ながら幼馴染と家族が命の危機に晒されている事を改めて思い知らされていた。話だけならば何度も聞いている。ただ、こうして自分の目で確かめた事は初めてだ。試合では無い純然たる殺し合い。負ければ死だけが待っている。

 

 紅い2本の刀を持ったISと戦う一夏と、黒い異形のISと戦う玲次。

 

 誰も助けに行けない極限の状況下、生き延びようと必死に戦っている。紅いISは2本の刀を振るい、有無も言わせぬ連撃で一夏を攻め立て、黒いISは見ているだけでも強力だと分かるビーム砲で玲次を近付けない。

 玲次と一夏が遠い所へ行ってしまっているように思えた。

 

 物理的距離は大してない。話す事だって出来る。

 それでも何処か隔たりのようなものが確かに存在しているのだ。それは、力を持つ者と、持たざる者の――

 

『うわっ!?』

 

 圧倒的に剣捌きが上の紅いISに蹴り飛ばされた一夏が落ちていく。その姿を見て耐え切れず箒は出口に向かって駆け出した。行先は中継室だ。

 

 

 ◆◆◆

 

 ――最悪だ。

 

 玲次は舌打ちした。

 アリーナの状況は既に山田先生が通信で教えてくれた。逃げられない上に、助けも来ない。

 天を覆う光の壁と、堅牢なゲートと分厚いフェンスが逃げ道を塞ぎ、このフィールドは最早牢獄と化している。

 

 鈴音と一夏は既に紅いISと交戦を開始している。これで敵戦力は2分されて格段に戦いやすくなったが、一夏と鈴音を戦闘に巻き込んだのは手落ちでしかない。

 本来なら()()()()()()()2()()()()()()()()()()()

 

 迅雷を左手に逆手持ちで、右手に時雨を持つ。近接、中距離同時に対応出来るのでこれが基本スタイルとなっている。

 

 黒いISが両腕を上げる。見るだけでも分かる。射撃の体勢だ。

 あのISはビーム砲を4門装備している。両腕だけじゃない、両肩にも1門ずつ装備している。更には巨大な両腕そのものを武器とした格闘戦も得意なパワーファイターだ。

 

 実際フィールドに吹っ飛んだのはあの黒いISのパンチの所為だ。……あれは痛かった。

 パンチが入った自身の腹が今でもズキズキと痛む。

 

「先ずはゴリラ君から――」

 

 負けるわけにはいかない。自分がこいつに倒されたら鈴音と一夏が生存する可能性が一気に落ちる。ただでさえ両者は試合で疲弊しているというのに負担を増やせばどうなるか分からない玲次ではない。

 

「黙らせるッ!」

 

 手始めにの黒いISから倒す。

 状況の説明時、教員たちの救援まで待てと言われたが、いつ来るかと山田先生に質問したら黙り込んでしまった。

 ……いつ助けに入れるか分からない。それが答えなのだろう。

 

 ならいつ助けに来るか分からないままジリ貧にされるより勝ちに行く方が確実だ。アリーナは言う程広くはないし逃げ回ってもいずれ捕まるだけなのだから。

 

 

◆◆◆

 

 

「模擬戦用のリミットは切るわよ」

 

「えっ」

 

 驚く一夏に鈴音が溜息を吐く。

 

「当たり前でしょ。相手は明らかに殺しに来てる。リミッターは付いてない殺傷設定よ。下手したらあたしたち、パワー差で殺されるわよ」

 

 一夏にはあのISには人間が居るのではないかと言う疑念があった。あの高速道路上で襲撃してきた女とは違って分からない事が多過ぎる。

 

「ISを持ち込み、問答無用の武力行使。どんな理由があったとしてもただのテロリストでしかないわよ。仮にうっかり殺したとしても正当防衛も成り立つ」

 

 リミッター解除は気が進まなかった。あの女なら怒りのまま容赦無く斬り伏せてしまいたかった衝動に駆られただろうが、このIS乗りが何を企んでいるのかさっぱり分からない以上、殺してしまうと何か取り返しのつかない事になるんじゃないかという恐れめいたものもあった。

 

 同じテロリストであるあの女との違いはまだ誰も手にかけていない事に尽きるであろう。その違いが一夏を躊躇わせる。

 しかしこのままでは自分も鈴音も殺されるという危機感も確かにあった。何より現に玲次が危険な目に遭っている。それに他の生徒が危険な目に遭わない保証はどこにもないではないか。

 

「……教員からの許可は」

 

「要らない。そりゃ勝手に切ったら始末書出せとは言われそうだけど、情状酌量の余地くらいはくれるでしょ」

 

「情状酌量って犯罪者みたいだな……」

 

「ここで間抜けに殺されるよりずっとマシよ」

 

 ばっさり切り捨てる鈴音だが、一夏としてもこのまま殺されたくはなかった。

 

「……あたしも奴が何を企んでるのか色々知りたいから殺さない程度にはやるわ」

 

 その付け加えられた一言が一夏の迷いを断ち切らせた。

 

「あぁ……!」

 

 

 

 

 が、リミッターを切ってもパワーは紅いISの方が上を行っていた。スピードも、技量も何もかもが一夏や鈴音の上を行く。

 

「はぁッ!!」

 

 紅いISの動きを一夏が鍔迫り合いに持ち込む事で止め、上から鈴音が双天牙月を振り下ろす。

 が、咄嗟に一夏から離れる事で回避。鍔迫り合いの相手を急に失い、勢い余って前のめりになった一夏は勢いよく落下して来た鈴音と衝突。2名とも地上へ墜落した。

 

「痛たたたた……あんた何やってるのよ!」

 

「鈴がぶつかって来たからだろ!」

 

 口喧嘩しながらも二人は立ち上がった。既にリミッターを切って10分程経つ。白式のシールドエネルギー残量は30%を切っている。鈴音の甲龍も紅いISに軽くいなされ60%台だ。

 

「しっかしたった刀2本で何なのよあの紅いの……衝撃砲もまるで当たんないし」

 

 たった2本だけの何の変哲も無い刀でここまで鈴音と一夏を一蹴してしまうとは。搭乗者は只者じゃない。

 一夏はあれと、黒いISをまとめて相対してしれっと生き延びられている玲次が少し恐ろしく思えた。

 

「一夏、アンタもう下がってなさい。あとはあたしがこいつを抑える。こっちはまだシールドエネルギーが残ってるから」

 

 鈴音が一夏の前に出る。

 彼女の言う通り残量は鈴音の方が残量が2倍近くある。だからと言って――

 

「馬鹿を言うな。幼馴染を放っておけるかよ」

 

 一夏がそれに納得する訳が無かった。誰かを守ろうと戦う事を、強くなる事を択んだのに大事な幼馴染を見捨てるなど本末転倒以外何でもない。

 

「アンタねぇ……」

 

「俺は戦う。そして、お前も、玲次も皆を――護る」

 

 この瞬間、鈴音がある感覚を覚えた。

 ときめき? 違う。尊敬? 違う。

 

 恋心とかそのような甘美なものでは決して無い。

 

 ……恐怖。

 否定された感情は少なからず鈴音の心に浮かび上がりはした。けれどもそれは恐怖と不安に押し流された。

 

 その時、鈴音は一夏という幼馴染に生まれて初めて恐怖を覚えた。

 ハイパーセンサーから見える背後の一夏の鬼気迫る表情。何かに焦っているようにも見える。

 

「何がアンタを駆り立ててるのかは知らないけど、死んだら何も護れないわよ」

 

「分かっている」

 

 分かっている、そう言っているのに一夏は再び鈴音の前に立つ。分かっているなら下がるはずなのに。

 もう何言っても一夏を止める事は出来ない、そんな確信が鈴音の中に出来ていた。

 

「ったく仕方ないわね。最後まで付き合うわよ。トーシロのアンタ一人じゃ命が幾つあっても足りなさそうだし」

 

 いずれにせよいつ増援が来るかすら全く分からない現状、勝ちに行くしかないのだろう。逃げているだけだといつ玲次がやられてしまうかは分からない。

 あまり話した事はないが、玲次にも死なれては目覚めが悪い。それに彼が死んだら一夏はきっと悲しむに違いない。一夏が悲しむ顔など鈴音も見たくなかった。

 

 鈴音は双天牙月を、一夏は雪片弐型を構え直して切っ先を紅いISへと向ける。

 紅いISは二人の出方を窺っているのか、ゆっくりとにじり寄っていた。

 

「じゃ――仕掛けるわよ」

 

「あぁ!」

 

 龍咆の発砲準備に、2つの球形の非固定浮遊部位がガチャガチャと音を立てて開かれ、発射装置が露わになる。

 恐らく龍咆は避けられてしまうのは目に見えている。それでもけん制にはなるはず。

 

 2つの球形の非固定浮遊部位圧縮された空間から衝撃が紅いIS目掛けて放たれると同時に一夏も、機体を走らせた。

 

 龍咆の制度はそこまで高くはない。相手の練度を考えたら当たればラッキー程度に考えて置くのが吉だろう。一頻り撃ってから横殴りに一夏が一太刀を振り下ろし、それを紅いISが防いだ隙に鈴音は双天牙月を投げ付けた。紅いISは一夏を蹴り剥がして飛んできた双天牙月を回避。したのだが直後に一夏が突っ込んできた。

  瞬時加速を利用して無理矢理体勢を立て直して突っ込む。余りにも無茶過ぎる戦法に紅いISは明らかに混乱している様子で、反撃がワンテンポ遅れた。

 

 ザン、と零落白夜の刃が紅いISの絶対防御がぶつかり合う音が響く。

 

「浅いッ」

 

 踏み込みが足りない。寸前で紅いISが後退した所為で直撃とは言い難かった。

 それでも一発入れられたのは収穫だ。

 紅いISの残量は公式戦ではないので数値は分からないが見た所30%程は持って行けたと思われる。

 

 一夏が急いで間合いから離脱し始めた所で紅いISが反撃に追って来る。次の瞬間ブーメランの如く戻って来た双天牙月が紅いISに直撃してバランスを崩し墜落、轟音と共に派手に土煙を上げた。

 

「け、計算通りねっ!」

 

 引き攣ったドヤ顔で言い張る鈴音に、これはただの偶然だったんだなとなんとなく察して、一夏の胃の辺りが不安のあまりずきりと痛んだ。

 

◆◆◆

 

 反撃のチャンスを伺い始めてから数分ほどの時間が経過した。

 距離を保てば高出力のビームが飛んできて、距離を詰めればビームマシンガンを撃って来るか、直接その剛腕で殴りつけて来る。このパンチが中々強烈で掠っただけでも体の一部が吹っ飛ばされるような感覚を覚えてしまう。正直な所高出力ビームの直撃よりぶん殴られる方が怖い。

 

 高出力のビームが肩を掠めながら玲次は舌打ちした。

 

「ちょっと卑怯じゃないの!? 器用なマッスルなんて!」

 

 文句垂れつつ、状況を脳内で整理する。

 幸い一機が一夏の方へと行ったので戦闘開始時よりはまだやりようはある。……とか言いながら数分間ずっと逃げ回っているのは内緒である。

 シールドエネルギー残量は50%程度。この後紅いISを相手どらなければならないので被弾は極力避けたい所だ。しかし敵機の性能と技量は思った以上に高い。

 

「――こうなったら」

 

 些か無茶をやってみよう。相手の性能が高いなら落とせば良い。それを成すだけの力が黒鉄にはあるのだ。

 地上へ向けて機体を急降下させる。黒いISは突き出した両腕を下へと向けて、立て続けに高出力ビームを撃って来る。真下まで行った所でアンカーを射出した。アンカーは思惑通りに黒い異形のISに絡みつき、振りほどこう砲口をワイヤーに向ける前に力一杯に引っ張る。

 

「ずぉりやァ!!」

 

 ガクン、と黒いISが玲次によって地上に引きずり降ろされ、勢いよくフェンス際に叩き付けられた。黒鉄からワイヤーを通じて電気を流し込まさせた。バチバチと音を立てて、黒いISがガクガクと動く。

 悲鳴の一つも上げないとは余程鍛えられているのか、それとも――

 

「チッ、切れたか」

 

 先程までピン、と張って居たハズのワイヤーがだらりと垂れ下がった。ワイヤーを排除し、時雨と烈火を持ってありったけの弾丸を撃ち込んだ。グレネードによる爆炎が黒い異形を覆う。ここで出し惜しみすれば、使うタイミングを逸する。撃っている最中に熱源反応の増大を察知、高出力ビームが飛んでくる寸前で一斉射を中断し、一旦離脱。目標を見失った高出力ビームが空を切った。

 

 崩れたフェンスの瓦礫を押しのけて、ゆらりと体勢を立て直した黒いISはギロリと玲次を睨む。その様は怒っているように見えた。まぁあのようにアンカーで投げ飛ばされ、電撃まで流されては怒りたくなる気持ちも分かるのだが。

 

「シメだ……!」

 

 構わず玲次は腰部にマウントされた迅雷を引き抜き、構えを取る。4問のビーム砲が放たれた瞬間、玲次は身を低くして、これを回避。瞬時加速を発動させた。

 

 黒いISは咄嗟に迎撃行動に移る。しかし――遅い。

 

 抉るように迅雷を打ち込み、火花が散る。振りほどこうと黒いISが玲次に手を伸ばす動きには先ほどまでのキレが損なわれており、回避は容易。一旦蹴り飛ばしてその勢いで距離を取りながら、残ったもう一本のアンカーで黒い異形の片足を拘束、再びそれで地を引き摺り、フェンス目掛けて再び叩き付けた。

 

「ラストッ!!」

 

 爪先の仕込み刃を展開してから瞬時加速を発動。時雨を発砲しつつ急接近、跳び蹴りの要領で仕込み刃を打ち込む必殺の蹴り、ブレードキックをヒットさせ、尚も弾丸を撃ち込む。

 黒いISが抵抗を示すも、時すでに遅し。

 ビーム砲を光らせるより先に糸の切れた人形の如くその動きを完全に停止させた。

 



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19 白い閃光vs紅い衝撃

白い閃光が白式
紅い衝撃が紅いIS
元ネタはこれまでの内容で察してくだせぇ……


そう言えばやっとISの新巻出るらしいですね


 完全に沈黙した黒いISを見下ろしながら、玲次の表情は強張っていた。もしかしてこいつは死んでいるのではないかと思ったのだ。

 実際声をかけても揺さぶってもピクリとも動かないし、拳骨で痛くない程度に軽く叩いてもゴン、と金属特有の鈍い音がするだけである。

 まるで洋風の屋敷に置かれているような中身のない騎士甲冑が横たわっているようだ。

 人間特有の熱と言うか、暖かみのようなものが感じられない。

 

 ISには搭乗者の保護機能は備え付けられているので、殺す気でなければそう簡単には死ぬ事はないはずだ。

 その時、玲次の脳裏にある可能性が浮かんだ。黒鉄だって元は無人で動いていた。なら奴も無人であると言う可能性もある。無人のIS。通常ならばそんな発想には至らないし至れない。何故ならばISというものはそのように出来ているとしか言いようがない。ISというものは搭乗者の身体状況(バイタル)や戦闘スタイルに合わせて自己進化を行う。但し、搭乗者が人間であればその必要が無くなってしまう。――要するにISそのものを否定しているに等しいのだ。

 加えて、ここまで精密に動かせる程の精密なAIは造られていない。

 しかし、世の中には例外という物が絶えず存在している。それは玲次がよく知っている。

 

 止そう。これ以上考えても時間の無駄だ。所詮素人の考えだし、今ここで考えてどうにかなるものでもない。

 玲次は黒鉄の機体状況を確認に移る。自分にはまだ、やるべき事が残っているのだから。

 

「時雨の残弾21発、烈火は1発、迅雷は2本とも健在。アンカーは片腕分ロスト。シールドエネルギーは26%か……」

 

 我ながら無茶したものである。お陰で単騎で紅いISに勝てる見込みはゼロだ。とは言ってもいつ終わるか分からぬ消耗戦に挑んでジリ貧で潰されるか、無茶をして勝ちに行くかと言われたら、後者の方を選ぶ。

 

『篠ノ之、やったのか』

 

 千冬から通信が入る。声色がやや険しいのはまぁ、当たり前ではあろう。なんせ教え子2名訳の分からないテロに巻き込まれているのだから。

 

「えぇ、一応ゴリラっぽいのは黙らせました」

 

『――何故お前が所属不明機に襲われていたのか疑問だが……事情は後で聞こう』

 

「……助かります。あと一機なんでもうちょっとひと頑張りします」

 

『ッ、おい、待てISのシールドエネルギー残量は――』

 

 千冬が慌てて制止するが、玲次は無視した。このまま何もしないというのも些か癪だし、出来ればもう一機も沈めておきたい。そして奴らが一体何者なのか問い詰めてやる。

 剣戟を繰り広げている一夏と紅いISを地上から見上げながら、玲次はぎりと拳を固めた。

 

 

 ◆◆◆

 

「コイツ――急に動きが変わったわね!」

 

 鈴音の言う通り、先ほどまでのはジャブだと言わんばかりに紅いISのマニューバが急に変わった。タイミングとしてはあの偶然のコンボが炸裂した直後。

 たった二振りの日本刀だけでよくもここまで動けるものだ。

 

「こっちも二刀流なのになんでこうもッ――」

 

 鈴音が双剣へと分離させた双天牙月を振り下ろすが、紅いISは斬撃を悉く受け流してから反撃の斬撃を放つ。双天牙月でこの返しを防ぐも鈴音の小さな体は軽々と吹っ飛ばされた。

 次に一夏が、零落白夜未発動の雪片弐型を持って紅いISに飛び掛かる。

 

 縦に振り下ろされた一太刀は容易く横に避けられ、一夏が振り下ろした太刀を切り上げて追撃をかけた次の瞬間、片方の刀で抑えられ、もう一刀は一夏の白式の装甲を斬り裂き、派手に火花を飛び散らせた。最後に蹴りを放ち反撃のチャンスも与えない。

 

「なんだこいつ……速いッ」

 

 鈴音が龍咆で援護射撃をかける。しかし紅いISは冷静にそれらを全て最低限の動きで回避してのけた。

 

「あぁもう!」

 

 まったく弾が当たらない事に痺れを切らして再度双天牙月で紅いISに斬りかかる。紅いISは鈴音の斬撃を悉く防ぐ。

 隙を突いた一夏が剣戟を行う両者の真下から奇襲をかける。一夏の奇襲に鈴音は慌てて機体をバックさせて、鈴音と紅いISの間に下から割り込む形になった一夏が上昇の勢いと共に雪片弐型で斬り上げる。

 

 しかし、紅いISも上昇して接触までのタイムラグを発生させ、その隙に間合いから外れ一夏の奇襲も空振りに終わった。そして顔を蹴りつけられ、一夏は真っ逆さまに墜落し小さなクレーターを作った。

 

「っつ……」

 

 全身の筋肉が悲鳴を上げている。身体の内側で筋肉を締め付けられているような痛みが一夏を襲う。

 疲労が限界を来しているのは明らかだった。身体が自分のものじゃないような、まるで他人の身体を持ち上げているようだ。空で紅いISの無機質な仮面がこちらを見下ろしている。

 一体何を考えているのか分からない分、悍ましさは倍増だ。

 

 腹に力を込めて無理矢理上体を起こす。白式がサポートしてくれたので比較的楽に起こせたが、痛みが走る。

 残量シールドエネルギーは15%

 この絶望的な状況下でどう勝ち筋を見出せばいいのか。

 戦いに行かず回避に専念していればどうなっていたのか。そんなIFに価値などない。選んでたまるものか。幼馴染をあんな目に遭わせた奴を許してはおけないと一夏の魂が叫んでいるのだ。

 

「させるかッ」

 

 玲次が横殴りにアンカーを射出し、紅いISが器用な剣捌きで先端を弾く。

 続いて放たれた時雨の弾丸もたった二振りの刀で弾かれ、切り裂かれ、弾薬がバラバラと虚しく落ちて行った。

 黒いISは既に始末したらしい。フィールドを見渡せば、黒いISの姿がピクリとも動かぬ状態で倒れていた。

 

 立ち上がった所で、鼓膜を直接刺激する不愉快なハウリング音が一夏の耳朶を打ち付けた。

 

「一夏ァ! あんな生気の無いガラクタ人形が振るう単調な太刀筋に打ち勝てなくてなんとするっ!」

 

 箒だ。音源の中継室に箒がマイクを片手に立っている。彼女が何故そこにいるのかという疑問もあるが、生気のないガラクタ人形が振るう単調な太刀筋という言い回しが気になった。

 

 無人機だとでもいうのだろうか。一夏が疑念を持つ一方で玲次は確信に近づいていた。

 お互い無人機が存在し得るという情報は持ち合わせている。そして箒の言う事が真実ならばそれは――

 

「……ちょっとちょっと!」

 

 玲次は通信で甲龍と白式へと回線を繋げた。紅いISはこちらの出方でも伺っているのか全く動きをみせない。この状況は好都合だった。

 

「状況が知りたい。奴には何発ダメージ入った?」

 

「俺が浅めの一発。鈴が双天牙月の直撃を一発」

 

「あとは」

 

「以降発狂モードにでもなったか動きも急に変わってて全くダメージ入らない。手でも抜いていたみたいだ、あいつは」

 

 一夏の説明に鈴音が苦々しげに、紅いISをキッと睨みつけた。代表候補生として謎のテロリストに好き放題やられている事は屈辱なのだろう。紅いISは出方を窺っているのか全く動かず無機質なカメラアイでこっちを見ていた。それがやけに気味が悪い。一夏たちを焦らせる。しかし玲次は恐怖による堪える。

 

「3人がかりで負けるわけがないだろ!! ……とはいかないよねぇ。こちとら消耗しているし、だいいち2人がかりでこの状況じゃあのゴリラより間違いなくヤバいって訳だし。で、零落白夜撃てる?」

 

「一応な。でも当たるかどうかは怪しい。奴は悉く俺たちの攻撃を簡単に避けて来るから瞬時加速込みで命中する保証もない。それ以上の速度を期待しろって言われたら……」

 

「だったらおれが囮をやる。こちとらまだ余裕はあるしね。おれが同じ動きをする。奴が機械ってのが本当ならば同じ動きで返すハズ。その動きから隙を見つけて瞬時加速の一発叩き込んでよ……!」

 

 

 痺れを切らした紅いISが、一夏に向かっていく。そこに玲次が割り入り立ちはだかる。

 紅いISの二刀流に対抗して迅雷を2本とも抜刀し、飛び出した所で残された一夏が鈴音に個人回線を繋げた。

 

「鈴音、俺に考えがある」

 

 

 

 後方にいた鈴音は一夏の背後に立って龍砲の発砲準備に入る。

 鈴音は何故かあまり納得していないような顔持ちだが、一方で一夏は一寸の曇り無き顔で雪片弐型の切っ先を紅いISへと向けていた。

 

「ホントにやる気なの?」

 

「やるさ。それ以外無いんだからな。その為に今この瞬間、あいつは命を賭けている。それに俺は応えたい。どうせただの瞬時加速じゃ気付かれて避けられる。ならば、それ以上の加速で叩き切るしかないんだ」

 

「……どうなっても知らないわよ」

 

 一夏の気迫に押された鈴音が渋々といった表情でいつでも撃てるように準備に入った。

 

「あぁ、最大出力で頼む。俺が合図したら撃ってくれッ」

 

 玲次と紅いISが切り結んでいる。玲次が飛び掛かり、紅いISが迎え撃つという構図だ。

 有効射程、機動力、技量、パワー、すべての点で紅いISが黒鉄を上回っている。玲次はわざと同じマニューバを繰り返した。紅いISは寸分違わぬ同じ得物の振り方で迎撃していく。紅いISの反撃は的確で、徐々に玲次の黒鉄のシールドエネルギーが削られて行く。

 

 落ち着いてみれば紅いISの動きは非常に単調なものだった。人間特有の僅かな違いも見つからない。

 故に――隙を見つける事は容易かった。一定の速度で動くのでタイミングを掴むのも容易く。玲次が作ってくれた時間を使いチャンスを伺い、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一夏は気を静めようと深呼吸するも、心臓はそれを許さずばくばくと鳴り続ける。装甲の下、雪片弐型を握りしめるこの手は嫌な汗で一杯だ。白式の装甲が握ってくれていなければきっと手から得物がすっぽ抜けてしまっていることだろう。

 当てれば敵を知ることが出来るという()()()、外れれば人生の()()という100か0かの土壇場に立たされたときの不安。そして――わずかながらの高揚感。

 

――やれるのか? いや、やるんだ。俺が――この手で。

 

 瞬時加速の準備は出来ている。引き金は鈴音に任せた。龍砲が発砲したその瞬間にトリガーを引け。後は――奴に向けて一直線に――ただ切り裂くのみ。

 

「――ッ!!」

 

 鈴音の息を呑む音と共に龍砲の駆動音が後ろから聞こえはじめる。

 1秒も経たぬうちに龍砲が火を噴いた。

 

 但し――一夏の背中に。

 

「うぉッ!?」

 

 背骨をクッションを付けたバットでぶん殴られたような衝撃が一夏を襲う。

 一瞬意識と身体が離れかける、それでもと奥歯にヒビでも入りかねない程の力を込め噛み締め、気合と根性で無理矢理耐え、吼える。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッッッッ!!!!」

 

 瞬時加速、点火。

 零落白夜、発動。

 

 さぁ、準備は万端だ。

 

 瞬時加速――その原理はまず後部スラスター翼からエネルギーを放出。それを内部に取り込み圧縮して再度放出する。その際に得られる慣性を利用して加速する技能だ。

 エネルギーを大雑把に吐いて、そいつを吸って、中で塊にしてからそれをペッと吐いて凄い加速をする、と、理解が追い付かなかった頃の一夏に玲次は語彙を投げ捨てて教えてくれた。

 

 これが出来るか否かで実力者との差が大きく埋まる。

 

 瞬時加速には外部からのエネルギーでも大丈夫だと、一夏は考えたのだ。あまりにもバカバカしく、無茶な戦法だ。鈴音は当初理論上不可能ではないと明かしつつも難色を示した。下手すれば同士討ちの自殺行為だ。玲次ももし聞いていたら彼も同じ意見になっていただろう。

 しかし衝撃砲自体瞬時加速に発生するエネルギーと酷似していたので白式を騙す事が出来てしまったのだ。

 

 それを裏付けるように龍砲そのものが瞬時加速の慣性を武器に転化出来ないかというコンセプトのもとで開発されたらしく、結果的に不可視の砲撃になってラッキーというあんまりな開発経緯だと鈴音によってぶっちゃけられた。

 

 話を戻そう。白式の後部スラスター翼が吐き出す放出量より、甲龍の龍砲の方が圧倒的に多いので、得られる出力は段違いだ。故に――

 

 異常な加速で疲れ切った体の節々が「もうやめて! 身体のHPはもうゼロよ!」と言わんばかりの悲鳴を上げ、再び身体と意識が切り離されかける。意識はまだ鈴音の目の前のつもりなのに、身体は既に数百メートル先まで加速している。

 機体も想定外の行動で、悲鳴の代わりに警告音を仕切りに鳴らしている。

 白式も辛いのだろう。

 

 見る暇も無かったが背中のスラスターは完全にオシャカになっており、今この瞬間、直前に発動した瞬時加速の慣性だけで紅いISに突撃していた。その速度は通常の瞬時加速の2倍以上は出ている。

 名付けて、超瞬時加速。

 

 異常な加速で朦朧とした意識で紅いISを狙い一直線に突っ込む。

 玲次が想定以上のスピードで眼前を横切る一夏に唖然とし、役目を終え万が一のことの為に一夏の後を追っている最中の鈴音が息を呑んだ。

 

「取ったッ!!!」

 

 紅いISが急接近する白式に反応し、防御体勢に入る。

 流石の反応速度だ。しかし――

 

 勢いよく零落白夜の光刃と2本の刀が衝突し、白式の勢いによって押し出される。最早パワー差は完全に覆っていた。紅いISは押し返す事も許されず刀ごと縦に切り裂かれた。

 圧し折られた2刀が地面に落ち、斬撃によって一夏から離れた紅いISは流れ星と化しフェンスに叩き付けられた。

 

 

「俺の――(いや)、俺たちの、勝ちだ」

 

 勝った。この眼では見えないけれどもそれだけは確かだった。事実、センサーが紅いISの反応が停止したと報せている。

 勝利を確信したのが災いしたか。白式が完全にブレーキ仕切った所で全身の筋肉が緩み、身体が思い出したかのように鈍痛が全身を奔る。緊張感で痛覚が死んでいたようだ。しかし痛みに苦しむ声を出すより先に意識が遠のいた。

 

 正直な所もう、今日は休みたかった。

 

◆◆◆

 

「一夏!! あんた、あいつを見張って置いて!」

 

 気絶した一夏のもとへと鈴音が一直線に向かう。乗り手が気絶しても安全装置が働いたので白式が乗り手を守るべく墜落する事無くゆっくりと降下を行っていた。

 正直な話、玲次も後を追いたかったが異を唱える間すら与えられず頼まれたからには見張る事にした。

 

 万が一再起動でもされたら一夏が危険だ。

 それに気になったのだ。奴らが一体何者なのかを。

 

「何なんだろうねぇ……こいつら。やっぱり人形(ガラクタ)か……」

 

 紅いISに恐る恐るにじり寄ってみる。

 得体のしれない物相手となると多少慎重にもなるものだ。それに黒鉄の残量シールドエネルギーは囮になった際にかなり減らされて2%しか残っていないのもある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に気付かないまま――

 

「……え」

 

 黒鉄のアラートが突如鳴り響く。

 上空から高エネルギー反応。

 半ば反射的にバックステップでその場から下がると、桜色の光芒が眼前に落雷した。見上げると信じたくもない光景が玲次の視界を襲った。

 

「おいおい……何の冗談ですか……何の……!」

 

 それは――黒い全身装甲のISだった。

 玲次が倒したそれとは形状からしてまた別の個体。今度は頭部に触覚のようなものを2本生やし、頭部にはモノアイ型のセンサーレンズがギロリと下界の者を見下ろしている。

 両肩部から伸びるマントのような装甲とそこから覗かせる腕。

 

 掌から銃口らしきものがあり、煙が出ていることから撃ったのは奴だという事は明白であった。

 

 装備こそ似ているが、形状はあの玲次が倒したゴリラのようなタイプより洗練されていると言っても過言ではないだろう。それにしても頭から伸びる触覚が黒光りするアレに見えるのは気のせいか。

 

「ゴリラの次は黒光りするアレか…………」

 

 やっとの事で2機の襲撃者を倒したのに得体のしれないIS3体目に襲われて勝ち目のない状態に追い込まれている。何の悪い冗談だ、これは。

 新手の黒いISが地上に降り、紅いISを抱える。邪魔をしようにも鈴音は一夏を守るのに精一杯だし、玲次は残量シールドエネルギーが雀の涙程度しか残っていない。

 駄目だ、今度こそ負ける。玲次が歯噛みする。

 

 しかし――新手の黒いISは紅いISを抱えたまま空へと向かって飛び去って行った。

 

「……逃げ……た?」

 

 ポカンとした鈴音が、確かめる口調で言葉を紡ぐ。

 間もなくして教員たちの乗った数機のISがアリーナ内に殺到し、玲次は派手に舌打ちした。

 別に遅い教員に腹を立てたのではない。

 奴らを侮っていた己自身に腹を立てていた。

 

◆◆◆

 

 事の成り行きを小型の端末で観戦していた銀の髪の少女はふう、と溜息を吐いた。

 さらさらと風にたなびく長い銀髪にきめ細やかな白い肌。身には黒い外套を纏っている。作り物の人形を思わせる整った顔立ちで、憂いのある表情もされれば10人中9人は振り返るだろう。

 しかし生憎ながら振り返る振り返らぬ以前に人がおらず、少女が砂浜にぽつりと一人立っているだけだった。

 

「ゴーレム2号機を回収出来なかった……1号機による紅椿の回収は辛うじて出来たけれども」

 

 周りに人が一人もいない事も相まって波の音が雑音なく聞こえる。波の音は気落ちした少女の心を落ち着かせた。

 

「紅椿は改良の余地がある。アレは黒鉄と白式同様、新しい可能性なのだから……」

 

 己に言い聞かせるように波の音に掻き消されるぐらいの小さな声で独り言ちてから、水平線の向こうで沈んでいく夕日を一瞥し、少女は踵を返し何処かと消えた。




1号機が赤星版漫画ISベースで、2号機がアニメ化以降のデザイン準拠です。
赤星版のゴーレムも結構好きなんや……(´・ω・`)

銀髪の少女……一体何者なんだ……(白目)


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20 架空の空

 学園の地下50メートルに存在する区画が存在する。レベル4……要はIS学園教諭でもそれなりの地位に居なければ立ち入る事も許されないのだ。

 そこでは機能停止した黒いIS――学園が暫定的にティターンと名付けたISの解析と事件の処理が行われていた。

 

 その一角、薄暗い室内にて千冬は仏頂面で今回の事件の戦闘記録映像を繰り返し観ていた。

 教員の介入無しでの闖入者への対抗、及び撃破。3人とも随分と無茶をしてくれたものだが、一夏と玲次、鈴音の奮闘で1機鹵獲する事が出来たという点では感謝するべきであろう。しかし無茶自体は咎めるつもりではある。調子に乗ってまた無茶をやらかされて死なれては困る。

 

『織斑先生』

 

 戦闘記録映像を映すディスプレイに割り込みでウィンドウが開く。ウィンドウにはいつもの様子からでは想像できないであろうほどの険しい表情の山田先生――真耶が映っていた。

 千冬がコンソールでドアのロックを解除すると、真耶がタブレット型端末を持ちきびきびとした動作で入室してきた。慣れた手つきで端末に表示されたレポートを千冬に提示する。

 

「あのISの解析結果、出ました。やはりあれは――無人機だったようです」

 

「そうか……」

 

 遠隔操作、独立稼働。いずれも自律兵器には実装されている機能ではあるが、ISには未だ実装が成されていない。何せ構造がISの方が複雑であるからだ。そもそも無人兵器の使用自体ISの登場によって禁止されており、偵察程度の使用しか許されてはいない。

 

「どのような方法で動いていたのかは不明です。篠ノ之君の手に渡った黒鉄と同じく、中枢機能が何かしらの手段で消去(デリート)されていて修復も恐らく不可能かと」

 

「用意周到な事だ……コアはどうだった?」

 

「コアも未登録でした。こちらはデータ改ざんの形跡が無かったので正真正銘のエクストラナンバーです。恐らく残り2機も同じかと……」

 

「そうか……」

 

 報告を聞いた千冬は天井を見上げた。

 黒鉄とあの3機、きっと無関係ではないだろう。……妙に胸騒ぎがした。これから黒鉄を中心に何か面倒な事が起こる、そんな予感が。

 

「……黒鉄の監視を強化した方が良いだろうな」

 

「そうですね……」

 

 千冬と真耶の視線がディスプレイの映像に移る。玲次がティターンと戦闘している様子が映されていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 あのアリーナ乱入事件後、教員らによる事情聴取で丸一日拘束された。クラス対抗戦はこの事件で中止を余儀なくされ、玲次自身吐ける事は殆どなかった。

 

 そもそも信じて貰えるかどうかと言われればNOであるし、吹聴すれば一夏らの身に危害が及ぶ可能性を考慮すれば、返答内容は急に襲われたと言う形にするのが玲次がはじき出した答えだった。

 やはり件の電話に関しては証拠隠滅を入念に行ったのか電話代は一切掛かっていなかったようで教員の口からそれらしき話はなかった。恐らくは傍受はされていない、と思われる。

 

 その最中興味深い話を耳にした。

 案の定黒いISは無人機であったとの事だ。しかも登録された467+1のうちには入らない全く新規のコアと言う恐るべき事実。

 逃亡したもう一機の黒いISと紅いISの行方は知れず、以後紅いISはレッドフェンサー、黒いISはティターンと呼称する事にしたと言う。

 

 なお、無人機エクストラナンバーの登場に対し委員会及び日本支部の対応は完全に後手に回っているらしい。黒鉄という前例や高速道路の一件と問題が山積みになっているのでどこから手を付ければいいのか分からない状況になっているあげく、無意味な責任の所在の追求が続いているという、解決策の糸口が一切見えない状態だと、IS学園職員の一人が愚痴っていた。

 

 

 

 事情聴取から解放されて教室にやって来れば、生徒たちが一気に群がって来た。当然の反応だ。何せ訳の分からない侵入者との交戦という前代未聞の事態での当事者なのだから。それがISとなると猶更だ。本来ならば一夏で半分くらいに分散されるハズが、彼の不在により玲次ただ一人受け止める形となっていた。故に負担マシマシで玲次を襲った。

 

 恐くなかった? ――当然怖かったよ。危うく死ぬとこだったよ、もう。

 

 あのISは何だったの? ――知らないからこんな大騒ぎになってるんだよなぁ……何なんだろうね、ほんと。

 

 織斑君は大丈夫なの? ――大丈夫。まだ眼は覚ましてないけど命に別状はないそうだよ。

 

 一頻り質問攻めを喰らった後、それなりに満足したのか女子生徒たちが散り散りになった所で玲次はげっそりとしていた。ほとぼりが冷めるまで、息つく暇も無さそうだ。恐らく次の休み時間で第二波がやって来るに違いないのだ。

 それから授業はいつも通りに行われた。それでも生徒間の空気はいつも通りとはお世辞にも言えやしなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

「よっ」

 

「玲次か」

 

 一夏が目を覚ました。

 その報せを聞いた玲次はその旨を箒に伝えた後真っ先に医務室へ向かうと一夏がベッドに横たわって暇そうに天井と睨めっこしていた。

 今回の案件では一人でどうにかする事自体無理難題だと理解こそすれど、最後に丸投げしてしまったのは迂闊だった。一夏が無茶な瞬時加速を行なった事を玲次が知ったのは戦闘が終わってから。それを知った時は激しく後悔した。

 

「具合は」

 

「一応大丈夫だ。とは言っても暫くは動けないな。俺も白式も無茶をしたみたいだし。全身打撲程度で済んだのが奇跡みたいなものだって言われた」

 

「そりゃそうだ。まさか衝撃砲使って無理矢理加速させるなんて普通じゃやらないし、想定外だ……」

 

「でも、お前が命懸けでチャンスを作ってくれた。だから俺も全力で応えたかったんだ。ま、千冬姉にはこっぴどく怒られたけどな」

 

 一夏は屈託なく笑う。こういう奴だから箒も鈴音も彼に惹かれたのだろう。やるときはやる奴なのだ、織斑一夏という男は。そう言う奴なのは古い記憶ではあるが知っている。

 真剣な目でそう言って来るものだからむず痒かった。

 

「そう言ってくれるのがカワイコちゃんだったらいいんだけどね」

 

 玲次は苦笑いで軽口を返し「悪かったな野郎で」と憎まれ口で返す。

 

「事実あれをやらなかったら、命中しなかったのは事実だ。アイツ、あんな速度でも余裕で反応して防御態勢をみせた。その点、おれの見通しは甘かった……ごめん、焦っていた」

 

 自身の未熟は重々承知だった。

 相手は想定以上の暴力で踏みつけて来る、それに対し自分たちは立ち向かうだけの力をまだ持ち得ていないのは3機目の所属不明のISが現れた事で浮き彫りになっている。

 

「お互い、色々上手く立ち回るだけの技術が必要だな。お前がチャンスを作ってくれなかったらそれすら当たらなかっただろうし」

 

 一夏は笑っていたが、玲次は笑えず黙りこくっていた。

 次に奴らは襲って来るのはいつなのだろうか。問答無用の殺し合いに自分たちは生き延びることが出来るのか。無意識に握り固めていた拳が震えていた。

 

「――鈴?」

 

 入り口に向かって一夏が呟く。玲次が振り向く。

 やや開かれたドアから鈴音が覗き見しており、気付かれるや否やさっと身を引っ込めた。

 

「……お邪魔虫は退散した方が良さげか」

 

「え? 何でお前が居なくなる必要があるんだ?」

 

 きょとんと一夏が疑問符を浮かべる。駄目だコイツ本物の朴念仁だ。まぁ筋金入りの朴念仁でなければこんな状況になっていないのでそう簡単に治る訳がないなと思うとなおの事、眩暈がした。

 

――箒と鈴音……ほんと君らいつか報われると良いなぁ……

 

 玲次は派手に溜息を吐き頭を抱えながら、フラフラと医務室から出て行った。

 

「おい、玲次なんで溜息なんか吐いてるんだ? なんかフラフラしているし大丈夫か? おーい!?」

 

 

 

 玲次と入れ替わりで鈴音が入室する。鈴音はベッド脇の椅子に腰かけた……のは良いのだが何か話す話題が見つからずお互い無言のままであった。鈴音から何か言いだすのかと一夏はてっきり思っていたものの鈴音から何か言いだす気配がない。

 妙な静寂に耐え切れず一夏が口を開いた。

 

「……試合、無効になったらしいな」

 

「そりゃそうでしょうね。あんなものが割って入って来たんだから」

 

 やっと鈴音が吐いた言葉は案外そっけないものだった。

 まだあの事を怒っているのだろうか。流石に貧乳と言ったのは拙過ぎたと心底反省する。ヒートアップしていたとは言えあの暴言はしてはならないものだ。

 

「……決着、どうする? 次の再試合もなにもクラス対抗戦自体中止になってしまったし」

 

「その事なら別に良いわよ」

 

「何でだ」

 

「い、いいからいいのよ!」

 

 何故だ、と言いたかったが鈴音があまりにも必死なのでこれ以上の理由は追求しないようにした。しかし、ケジメだけは付けておきたい。幼馴染として云々より人間として。

 

「鈴。ごめん。悪かったよ、色々酷い事言って」

 

 頭を下げる一夏に鈴音が面食らったような表情をしてから、すぐ取り直した。

 

「ま、まぁそこはあたしもムキになり過ぎていたってのもあるし。お互いさま。もうこれで手打ち、いいわね」

 

 鈴音と喧嘩する事自体は珍しい事ではない。

 と言うか女友達でここまで喧嘩するのは鈴音ぐらいだ。鈴音自身サバサバしている事もあってか尾を引かない所為で尚の事喧嘩の回数が増えた訳だが。

 

「それと、思い出した事がある」

 

 昔、鈴音と交わした約束の事だ。IS絡みで色んなことが起こり過ぎて、忘却の海に投げ捨てられていた。ちゃんとサルベージ出来たのは幸いか。

 その約束を交わした時は今と同じ夕暮れだったか。

 

「料理が上達したら、毎日あたしの作った酢豚、食べてくれる? ……って。そんな感じの約束だったよな。で、どうだ、上達したか?」

 

「え、あ、う……」

 

 再び面食らった鈴音はしどろもどろになり、視線が泳ぎまくっていた。簡潔に言い表すなら相当焦っているように見える。夕暮れのせいなのかは定かではないが耳も赤かった。

 

「ふと思ったんだが、その約束ってもしかして違う意味なのか? 俺はてっきり料理の修行の練習台かと思ったんだが……」

 

「違わない違わない! だ、誰かに食べてもらった料理って上達するでしょ!? だから、そう、だから!」

 

 早口で詰め寄りまくし立てる鈴音に一夏は気圧されて思わず上半身は引いた。と、同時に打撲痕がずきりと痛んだ。

 

「た、確かにそうだな。いや、もしかしたら酢豚=味噌汁だったのかなとか勘違いしていたよ」

 

 はははと、怪我の痛みを悟られぬように笑って見せる。きっとその笑みは引き攣っていることであろう。

 

「そ、そそそそそうね! ……深読みし過ぎよっ、う、うははははは……」

 

 何故だか鈴音も何かを誤魔化そうと笑い始めた。

 両者とも無理をした笑い声が病室に響き、通りがかりの医者が「えっなにこれ」と困惑しきっていた。二人の無理した笑い声が収まると、こほん、と一夏が咳払いしてから気を取り直した。

 

「そういや、こっちに戻って来たってことはまた店をやるのか? やるんならまた食べに行きたいぜ」

 

「それは――」

 

 鈴音が言い淀み、そして表情も一転して暗くなった。

 

「もう、お店はしないんだ……ううん、出来ない。あたしの両親はさ……離婚しちゃったから。あたしがあの時国に帰る事になったのはそのせいなんだよね……」

 

 一夏は記憶にある、鈴音の中華料理店で昼飯食べていた思い出が音を立てて崩れていくような感覚を覚えた。記憶が正しければ鈴音の両親は相当仲が良かった風に見えた。それが一体何が……

 鈴音の様子からして冗談なんかには見えないし、鈴音がそんなたちの悪い冗談を言う性格ではないのは一夏が一番よく知っている。

 加えて、言われてみればあの頃の鈴音は酷く不安定だった気はする。何か隠し事をしている風でもあったし、めっきり鈴音の中華料理店にも行く事もなくなっていた。あの頃は引っ越しの支度のせいだろうかと思っていた。

 

「母さんの方の親権なのよ、ほら、女の方が立場が上になった時代だし待遇は上で……だから父さんとは1年くらい会ってないの。多分元気だとは思うんだけど」

 

 信じられなかった。豪快で気前のいい鈴音の父親や、鈴音に似て活動的な母親の姿が鮮明に思い出せるからこそ、あの二人が離婚にまで至る姿が想像出来なかった。現実を受け入れるのにもう少し時間がかかりそうだ。

 どんどん沈んでいく鈴音にどう声をかけたらいいのか分からず、一夏はへの口で黙り込んでいた。

 

「家族って、難しいね」

 

 家族。一夏が知る両親はどれも他人のものだった。

 一夏は自分の両親というものを殆ど知らない。故に彼女の一言にどんな思いが詰まっているのか計り知れなかった。

 それでも、一つだけ確かな事がある。鈴音が悲しんでいるという事だ。

 

「なぁ――鈴」

 

「何よ」

 

「今度どっか遊びに行くか」

 

 その時、鈴音の目の色が変わってパッと明るくなった。思いの外効果てきめんで一夏は嬉しくなった。鈴音に沈んだ顔は似合わない。笑っていた方がずっといいのだ。

 

「それってまさかデー」

 

「五反田も呼んで、また中学の頃のメンバーでさ」

 

 鈴音が溜息を吐いた。呆れ交じりでもあったが、何処か優しい溜息のように一夏には思えた。

 

「仕方ないわね……」

 

「え、何がだ?」

 

「色々よ! 察しなさいよ」

 

「あっはい」

 

◆◆◆

 

 

「朗報よ。黒鉄のオーバーホールと同時に換装プランが採用されるのよ!」

 

 地獄に仏とはまさにこのことか。

 後日、芝崎に研究所に呼び出された玲次は黒鉄の換装プランの実装をいつもの研究施設で知らされた。

 信じがたい話だった。何せ黒鉄に与えられた拡張領域はたかが知れており、結果グレネードとハンドガン程度しか積めなかったのだ。

 

「え? 行けるんですか?」

 

「えぇ。その代り、機動力がやや低下を起こしてしまうのと少し癖があるという所かしら。前々からプランはあったからそれなりに固まっていたのよ。残る問題は容量だったのだけれども」

 

「つまりそこは解決したという事ですか。しかし一体何故?」

 

「あーそれはね……」

 

 芝崎は部屋の奥に鎮座している損傷したの黒鉄を見やる。一夏と白式ほどでないにせよこちらも随分と無茶をしたものだ。オーバーホールは修繕も兼ねている。

 一つ間を置いてから芝崎は言葉を続けた。

 

「戦闘終了後、コアの中で何かが変化した……と言うか一部ブラックボックスが解放されたのよ。その原因はまだ分かってないけれど。これで換装に対応できるように調整すればあとは現物の完成を待つだけよ」

 

 それは有り難い事だ。手段が増えるという事は、使い手がしっかりとしていれば柔軟性が増す事と同義なのだ。しかし急なブラックボックスの解放が玲次にとってはどうにも不可解であった。

 あの黒いISとの戦闘で黒鉄のコアが覚醒したのだろうか。

 

「暫く悪いけれど黒鉄は預からせて貰うわ」

 

「あんな状態のままにはして置けませんしね、頼みます」

 

「後で換装プラン……プランGの資料を渡しとくから。それと、もう一つ」

 

「もう一つ……?」

 

 芝崎はちょっと得意げな表情で、「ついて来て」と言い玲次はそれに従って共にこの研究室を出た。

 

 

 

 それから別の施設へと向かった。そこは黒鉄を預けている研究所に比べれば比較的学生寮には近く行き来しやすい位置にあった。目算だが寮からは徒歩10分程度だ。

 

「IS学園にはIS操縦のエキスパートを育成する機関としては申し分のない設備と人員が用意されている。但し、唯一最大の欠点が存在する」

 

 芝崎は淡々と前置きの説明をしながら、施設の一角にて電子ロックが掛ったドアのパスワードを慣れた手つきで打ち込んでいく。ドアが開け放たれると、縦長の部屋が姿を現した。

 全長3m程の半球体状の機械が数機程縦長の部屋の左右にセットされており、機械特有の駆動音が小さく聴こえて来る。

 

「それはISそのものの実技のし辛さ。整備科なら類似の教材を用意すれば良いけれども、ISそのものの操縦は代えが効かないし、学園が保有している教材用としてあるISは僅か十数機程度。学園生の数はその何倍もあり、圧倒的に足りていないのが現状よ。自主的な練習をやろうにも早い者勝ちでかつ競争率が異常に高いと言う様相を呈している所か、ISのレンタルを巡ったトラブルも少なくはないわ。学生も昔より格段に増えて来た事で今後同じような事がもっと多く起こるであろうことは目に見えている」

 

 その手の話なら女子間のゴシップめいた話はよく聞かされるので玲次も聞いたことがある。

 一番新しい出来事で言えば昨年当時の1年生間でISの使用権を巡ったトラブルが起こっており、予約した事で使用権を得た女子生徒から何やら脅し取ったという話があるらしい。

 IS学園としたらそう言った沽券にかかわるような事は早急に解決したい事だろう。

 

「ISコア自体は量産のしようがないから、代替品を作るよう上が頼んで来た。まぁ……4年近く前かしらね。ISの代わりになるようなものなんてそうそう作れる訳がない。じゃぁ、擬似的に再現できればいいのではないか? そう考えた私達は数年もの歳月をかけてコイツを創り上げた――そう、このIS用のVRシミュレーターを」

 

「IS用のVRシミュレーター?」

 

 VRとは話の流れからしてあのヴァーチャル・リアリティのVRしか思いつかない。

 

「えぇ。可能な限りISの操作性に近付けたから、これが量産された暁には環境も大きく変わるはず。ちなみにこれ、男性でも使えたりするのよ」

 

「……マジか」

 

「とは言っても予算の都合上そう一般に出回るような代物じゃないから、男性が当たり前のように触れる機会は滅多に無いのかも知れないのだけどね」

 

 幾らするのだろうか。ちょっと気になってから真剣な表情で芝崎と向き合った。芝崎も何故か釣られて真剣な顔で対応する。

 

「……で、そのお値段は」

 

「それは――」

 

 玲次の耳にごにょごにょと耳打ちすると、玲次はドラ○もんの如く青ざめさせた。想像を絶する値段であった、最先端技術とは言えそこまで値段がするものなのか。己の見通しが甘かったことを思い知らされてしまい、茫然自失となった。

 

「えぇぇ……」

 

「そんなビビらないの。ISよりは安いから」

 

「えぇぇ……」

 

 あんまりな値段だったので言語中枢に異常を来たしたかのように同じ反応が口からこぼれ出るばかりだ。

 

「それに一気に増やしたりはしないわよ。ゆっくりと増やしていくつもり。そうでもしなきゃ学園の運営も立ちいかなくなるしね」

 

 常識的に考えてそりゃそうだ。

 納得した玲次はやっと同じ反応をしてしまう事をやめた。それにしてもそんなもののある場所へ何故自分を連れ込んだのだろうか。

 

「で、俺をここに呼び出して何を」

 

「動作テストをやって欲しいのよ。黒鉄が無い間だけでも――」

「じゃぁやりますやります」

「即答!?」

 

 まさか即答されるとは夢にも思っていなかったのか、芝崎はたじろいだ。

 玲次からしたらVRに触れられるという事自体が貴重な体験だ。許されるのであれば喜んで体験してみたくなるというものだ。実際心は踊りに踊っていた。

 

 芝崎から許可を得たので早速目についたシミュレーター一機に近寄って、外装を様々な角度から観察し始めた。見た所、ゲームセンターに置かれている戦場の絆の筐体を思わせる密閉式のものだ。

 芝崎が外殻のコンソールを操作すると、ハッチが開かれる。

 中を覗くと、四肢に取り付けるプロテクター……ISの装甲を限りなく簡略化させたようなものがセットされていた。

 

「じゃぁ、中に入って。マークのついてるとこの上に立ってなさい」

 

「ん? 今更な質問ですけど、ISスーツに着替える必要があるんじゃないですかこれ?」

 

 ISに乗るとなるとISスーツを嫌でも着せられてきたので、念のために聞いてみる。正直な所着たくは無かったがデータ収集上と追従性の都合上着ざるを得ない事情があるのだ。

 

「別に厚着って訳でもないし、設定すれば問題ないわ。それに着替えるの、ぶっちゃけめんどいでしょ?」

 

 よく分かってらっしゃる。態々着替えるのも面倒だ。

 玲次は指示に従い、シミュレーター内に入るとハッチが閉められた。閉所恐怖症ではないが些か不安になる。間もなくして両腕と両足ががっちりと機械で固定され、何かよくわからないヘルメットを被せられた。

 

『じゃ――始めるわよ』

 

 そして真っ暗な空間に光が差した。

 

 

 

 

 

 

『それじゃ。先行お試し版としてプランGによるターゲットダウンを行うわよ』

 

 擬似的に展開された空間の中で、玲次はタイプG追加武装であるレールガン《遠雷》を構える。

 当然だが、烈火や時雨に比べれば圧倒的に重い。おかげで機体の動きがやや鈍くなっている。序でに発射には武器サイズの都合上両手が塞がる為格闘戦は実質封印されたに等しい。

 使い方をマスターするには骨が折れそうだ。

 

 左右にはビルが立ち並び、車道のど真ん中で玲次は立ち尽くしていた。見渡す限り人気は無くゴーストタウンと化していた。

 纏う黒鉄のプランGの装備はレールガン、ミサイルポッド、アンカー、迅雷のみ。追加オプションとして両肩部にシールドが付いている。

 

『ターゲット展開レベル1。四脚型自律兵器のポピュラーな奴を5機この擬似市街地内にセットしたわ。そいつらを全部撃墜して』

 

 勝利条件:敵機の全機撃破

 敗北条件:自機撃墜

 

 やるかやられるか。実に分かりやすい勝利条件にレベル1らしさを感じる。敵機数もたかが知れているし、初陣よりは多少動ける自信がある。ならば上手く立ち回ってみせよう。

 

 玲次は機体のメインシステムを索敵に回し、敵機の位置を確認する。12時の方向、800m先に1機。

 3時の方向900m先に2機。

 7時の方向500m先に2機。

 

 散らばってはいる。しかしISの機動力であれば1km未満などさしたる問題ではない。まずは12時の方向の1機から仕留める。玲次はポジションを確認した後遠雷の射出準備に入りスコープを覗き込んだ。

 

 スコープの向こう側の世界には一体の自律兵器がこちらに向かって走りながら車道に乗り捨てられた民間車を機銃で蜂の巣にしていっている。遠雷は射出準備は完了した事を報せるが如く砲身に電気が奔る。

 目標をセンターに入れ、そして深呼吸してからトリガーに掛けた指を引いた。

 

「撃ち貫くッ」

 

 耳をつんざく銃声と共に銃口が爆ぜる。射出された弾丸は目にも留まらぬ速度で道路上を駆け抜けて、四脚型自律兵器の胴体である部分を左半分ほど()()()()()

 

「うわぁ……」

 

 強力過ぎる。

 遠雷の威力に玲次は舌を巻いた。シミュレーションの補正もあるのかも知れないが、高威力な飛び道具が無かった黒鉄を使ってきた玲次には中々新鮮なものだった。

 砲身に冷却用のフィンが開き、白い湯気を放つ。どうやら連射が効く代物ではないらしい。再射まで次弾装填含めて15秒を要する。15秒間の隙は中々デカい。

 セシリアや鈴音みたいにバカスカ飛び道具を撃てないので、遠雷は遠距離用の必殺兵器と考えるた方が良いだろう。

 撃つなら確実に急所を狙わなければ、逆襲される危険がある。

 

 さて、次は7時の方向の奴をやる。

 

 冷却フィンが畳まれた後、砲身が折り畳まれる。ビルの陰に隠れながら7時の方向で暴れている自律兵器に近付いた。

 お次はマイクロミサイルを使おう。300mまで詰めた所で脚部装甲に取り付けられたマイクロミサイルポッドを展開し、狙いを付ける。

 そして隙を見つけた所で、瞬時加速を発動。2機の頭上で通り抜けざまにミサイル数発降らせた。

 

 瞬時加速に対応出来ず、一方的に頭上から降ってくる火薬と金属の塊が2機の機械人形を吹き飛ばし鉄屑の塊に変えた。

 やや発射タイミングが遅れたが、ミサイルの追尾してくれたお陰で無駄なく全弾命中を成し得た。

 

「ラスト……!」

 

 残るは開始時点3時の方向に居た奴だ。迅雷とアンカーは健在なのでいつも通りの戦闘で試してみる。

 瞬時加速を再び行い一直線に残り2機のもとへと急行し、50m離れた道路上に着地する。

 突然の黒鉄の登場に臆する事なく2機がマイクロミサイルを発射。玲次はPICをカットしたまま跳び避け、目標を見失ったミサイル群は玲次が先ほどまで立って居た地点で虚しく爆ぜ、落下の勢いのまま逆手持ちで抜刀した迅雷を一機に突き立てた。

 返り血の代わりに火花を浴び、もう一機が隙を突こうと機銃を味方巻き込んで発砲を始めた。

 

 こうなる事は分かっている。

 迅雷で無力化させた自律兵器そのものを盾にして防ぎつつそのまま突っ込む。

 

 ガン、と金属同士がぶつかり合う音が鳴り響いた所でアンカーで縛り付ける。一旦引っ張り自分より後ろに下げた後で大きく振りかぶってハンマー投げに使われるハンマーの要領で振り下ろした。

 ぐしゃり、とぺしゃんこにされた自律兵器と、盾にされるわ、投げられるわと散々な目に遭った自律兵器は完全にスクラップと化していた。

 

『やっぱレベル1程度では肩慣らしにもならないか……』

 

 芝崎が何かぶつぶつ言っている間玲次はVR空間の街並みを歩き回っていた。

 見れば見るほどよくできている。建造物の中に入る事も出来るようで付近の自動ドアに近づくとちゃんと開かれていた。生憎ISを纏った状態では装甲が邪魔をして入り様が無かったが。

 

『じゃ、レベル5でやってみましょっか』

 

 芝崎の声でハッと我に返る。ハイパーセンサーが反応している。ISの反応それも5機だ。

 どれも量産型ISのラファール・リヴァイヴだ。

 ISに量産型なんておかしいだろと言う話だが、コアにも好き嫌いがあるらしく無理やり合わないものを載せると拒絶反応(リジェクション)を起こして機能低下を起こす可能性がある。打鉄含めて量産機はコア受けしやすいらしい設計なのだという。

 

 5機のカラーリングは通常のラファール・リヴァイヴと異なり、赤、青、黄、桃、緑とカラフルで統一性の欠片も無かった。ゴレンジャーか何かかコイツらは。

 

「いやー、5対1はちょっときついんですけど」

 

 立ち回り次第で勝てない事は無いかもしれない。しかし性能差が物量で覆る事は往々にしてある。3分で12機を単騎で落とすなんて馬鹿げた事をISに乗って数か月程度の人間に出来るかと言われたらそれは微妙な所だ。

 

『まー、ここまで増やしたのは訳があるのよね』

「そう、このセシリア・オルコットが居るのですから!」

 

 

 

 

「え゛」

 

 芝崎の台詞を補足する声がした方を――空を見上げる。

 蒼い機体を纏う金髪ロールの少女がこちらを見下ろしていた。

 

 

 勝利条件:敵機の全機撃破

 敗北条件:自機撃墜or僚機撃墜




 前回の騒動で出番が無かったセシリアさんへの救済措置的な側面もあるVR編、突入。
 IS対ISの市街戦がやりたかったんや……

 そんなに長くはないです。


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21 Five

 セシリアがどうしてこのVR空間にいるのか。その理由を問うのは後だ。

 ラファール部隊は既に戦闘態勢に入っており、青いラファールがクロスボウを構えて照準を玲次とセシリアに向けていた。

 

「――ッ」

 

 咄嗟の反応で玲次はビルとビルの隙間に入り込んで、弾丸の雨を避ける。セシリアもスターライトMk―Ⅲで迎え撃ちながらビルの影に隠れて青いラファールの射撃をやり過ごした。

 連戦ではあるが玲次機の武器弾数やエネルギーは芝崎の手によって回復している。

 

 補給の必要が無く、消費カウンターをリセットすれば終わり。VRの強みと言うものをひしひしと感じる。

 ――成程便利な教材だ。

 ゲームで使われるようになれば面白い事であろう。それはいつになるのかは分からないのだけれども。

 

「流石に3世代級が2機居ても数の暴力はきっついな……あまり欲張らず各個撃破で楽にして行こう」

 

「ブルーティアーズならば纏めて倒す事も可能ですわ。このままじっくりとやるのは些かジリ貧にされていくというもの」

 

「いやぁ、欲張るのは危なくない? ――ってうぉ!?」

 

 作戦会議中水を差すが如く、足元にコロコロとパイナップル状の金属が転がって来て、玲次は全身から血の気が引くような感覚を覚えた。――手榴弾だ!

 慌てて手榴弾から離れようと、跳び退く。爆風に流されつつ表に出ると前後に2機のラファールが得物を携えて待ち構えていた。

 赤と青だ。

 

 赤は鞭型の武器を、青はクロスボウ型のライフルを持っている。

 赤い奴は鞭型の武器を玲次の右手に巻き付け、青はクロスボウの照準を玲次に向けた。

 

「やっば!」

 

 腰部装甲から飛び出した迅雷の柄を、玲次は引き抜こうと手を伸ばす。しかしこうしている内に青がトリガーを引こうとしている。

 

 間に合わない。

 

 被弾を覚悟したその時、一筋の閃光が青の背中に刺さった。レーザーだ。赤、青両者は次の被弾を避けるために回避に入る。青の攻撃の止まった事をチャンスだと判断した玲次は赤を巻き付けられた右手の鞭を利用して逆に引き寄せ、カウンター気味に迅雷を閃かせた。

 

 一撃。

 通り抜けざまに打ち込んだ一発は直撃と言うべき手応えを感じ、すぐさま踵を返してもう一閃放とうと試みた。

 が、

 

 空から何か黄色い物体が玲次の頭上目掛けて落ちて来た。黄色いラファールだ。

 追撃に利用しようとした右腕に巻き付いた鞭もいつの間にか解けていて腕にはもうない。黄色いラファールは柄の長いハンマーを持っていた。カラーリング通りパワー担当らしい。

 

 慌ててバックステップするも、黄が振り下ろしたハンマーの衝撃波が玲次を吹っ飛ばした。玲次の身体が宙を舞い、空中で無理矢理体勢を立て直して着地、並び立つ黄と赤を一瞥した。

 

「まったく、やってくれるね……あの手榴弾投げて来たのが桃で、緑はもしかしてブーメランか?」

 

 元ネタが元ネタならばそうなるだろう。

 当のセシリアは玲次の言っている事が分からず混乱しながらも青と撃ちあっていた。ジグザグに後退しつつスターライトMk-Ⅲの引き金を引き続けるセシリアとそれを追ってクロスボウの引き金を引く青。性能面ではセシリア側に分がある、しかし技量と言う観点では無駄のない人工知能が操るラファールの方が上であった。それでいて連携力はあちらの方が上なのだ。

 セシリアが単騎で始末しようとしており、玲次は味方を利用して倒そうと考えている。この思考の差異は状況によっては危機を招きかねない。

 

「――ッ」

 

 待ち伏せしていた緑色のラファールが、ビルの陰から飛び出して、後退するセシリアの横からブーメラン状のブレードを投げつける。

 

「あぁぅッ!?」

 

 確かにセシリアのBT兵器は1対多でも通用する、そういう風に出来ているのだ。しかし、展開する隙が与えられなければそれどころでは無くなってしまう。その上、BT兵器展開中は本体の身動きが取れなくなってしまう弱点があるのだ。

 現状、この事もあってBT兵器の展開どころでは無くなっていた。

 ブーメランブレードの直撃を喰らい、セシリア機がバランスが崩し慣性のままに道路の上を転げ落ちた。

 

 セシリアのアシストに向かおうとするも後ろ上空から桃色のラファールが玲次の真上を飛び二丁のグレネードランチャーを構えていた。

 

「ちょっとちょっと! シミュレーターの癖に殺意高いよ君たち!?」

 

 何時の間にか眼前にいた他のラファール達はどこかに逃げていた。この歩道上に居るのは玲次とセシリアだけだ。つまり――サッと全身から血の気が引いて行くのを感じた。同時に身の毛もよだつような感覚が襲う。奴は諸共グレネードで吹き飛ばす気だ。

 瞬時加速をセットし、玲次はセシリアに向かって走り出す。

 

 瞬時加速発動にはチャージから発動までにタイムラグが発生する。しかし、敵はこちらの事情なんて考えてはくれないのだ。着実にこちらへと迫ってグレネードと鉛弾の雨を降らせてくる

 それから逃げるように――いや、実際に逃げているが――走り、瞬時加速の発動までの時間を稼いだ。

 

 しかし距離は着実に詰められている。爆風と熱風が綯い交ぜになった何かが背中に当たり始める。通常形態ならばもう少し早く動けるハズなのだが、今の黒鉄がプランGなのでやや動作が重いのだ。それが玲次を焦らせる。

 

 数秒間の時間を要してようやっと瞬時加速でスラスターが点火し玲次の背中を力強く押した。

 セシリア目掛けて瞬時加速で突っ込んでくる玲次とそれを追う桃色の爆弾魔(ボンバーマン)。あまりにも強烈な光景にセシリアの表情が恐怖に染まった。

 何をする気だと無言で訴えかけるセシリアの疑問は直ぐに払拭された。

 

「オルコットさん! そこを動かないで! おれが運ぶ!」

 

「えぇッ⁉︎」

 

 ヤケクソ気味に瞬時加速の勢いのままセシリアを抱えて瞬時加速の効力が切れるまで飛び続けた。効力が切れた所で着地し、大きく溜息を吐く。

 これで体勢を立て直して仕切り直せるはずだ。

 

 ハイパーセンサーを索敵モードに切り替える。敵はフォーメーションを組み直しているのか桃を中心に集まってきている。

 

「……いい加減降ろしていただけませんか? それに一体何処触ってるんですか!」

 

「ん? ……あぁ!? ちょっ、ごめんすんません!」

 

 抱えられ続けていたセシリアが痺れを切らし、不満を口にすると玲次はハッと気づいて手元を見る。セシリアを抱えていた装甲に覆われた手はどう見てもセシリアの豊満な胸を触っている状態だ。元々黒鉄自体細身の機体で他のISより手が細めなので覆っているようには見えないのだ。それに気が付いたところで玲次は「しまった」と言わんばかりの表情で慌てて降ろし、謝り倒した。ISの装甲に覆われていたので胸を触っていた事など分からなかった。

 素手じゃなかった勿体ないと、一瞬邪念めいたナニカが過ぎるのは悲しいかな野郎の性か。蜂の巣にされるのは目に見えているので当然口にしないし顔にも出さない。それに関係を悪化させてまで自ら触りに行く程玲次は馬鹿ではない。

 

「まったく……」

 

 セシリアが明らかに怒ってますよと言わんばかりにギロリと玲次を睨み、玲次は両手を上げて無実を訴える。

 

「事故です」

 

「本当でしょうね?」

 

 威圧込みの質問をしたのち、問い詰めてももうしょうがないと悟ったか、セシリアは大きく咳払いした。

 

「コホン! ……まぁ、お陰で助かったのは事実。その点だけは感謝しますわ。それに話は――」

 

「アレをなんとかしてから、か」

 

 セシリアがビットを展開させる。恐らくアウトレンジからビットによる射撃で撃破していく腹積もりなのだろう。玲次は遠雷を展開し、発射用意に入った。

 

「さぁ――お行きなさいッブルー・ティアーズッ!!」

 

「ターゲット・ロック」

 

 4基のビットが主の下を離れ、近くで遠雷を構えていた玲次はスコープに映る世界の中心でハンマーを持った黄に狙いを付けていた。

 黄は距離が空いている内に決着を付けたい。それ以外は接近戦でもなんとかなるがあの黄だけは接近前に始末を付けなければあのハンマーでぶん殴られかねない。

 

 引き金に指を掛け、狙撃のチャンスを伺う。

 チャンスは有限、今この瞬間を最後と思え。

 

 そう、己に言い聞かせながら狙いを取りそして――引き金を確かめるように力強く引いた。

 

 銃口の先端が爆ぜ、そして弾丸が一直線に標的目掛けて飛んでいく。流れる風を斬り裂き、先行したビットも追い越していく。

 黄が避ける前に阻むシールドバリアに深々を突き刺さった。弾の衝撃で黄色いISが怯み、ビットが隙ありと4基とも群がって一斉にレーザーを放つ――が、その前に他4機のISがセシリアのビットを追い払った。

 

「……くっ」

 

 歯噛みするセシリアに、玲次は唸る。

 次の一発が命中するとは限らないのだ。遠雷の直撃を貰ったのを皮切りに5機の動きが警戒態勢に入って遠距離射撃を警戒し始め、ビルや建造物を盾にし始めた。

 

 4基のBT兵器たちは道路上で、不意打ちに備えるように動き回っている。

 

「……まずはあの黄色いのを倒そう。大分弱っているだろうし。こっちもうまく連携しないと相手は倒せない」

 

「仕方ありませんわね。どう戦うおつもりで?」

 

セシリアは不本意ながらも玲次の提案に耳を傾けた。

 

「理想としては距離を保ったまま奴を倒したい。なんせあのタイプは接近戦やるとパワー差の暴力でペシャンコにされかねないし」

 

「では、ビットを御伴させますわ」

 

「あー、それなんだけど……半分は敵を散らしてもう半分は黄色い奴を仕留める事に役割分担出来ない?」

 

 連携を可能な限り封じて、こちらに有利な状況に運んでいく。

 敵の数が減れば減るほどこちらが有利になるのは誰だって分かる事だ。問題はその解に行き着く過程をいかにして作って行くか、と言う事に尽きる。

 

 セシリアはビットの操作がしやすいように空高く上昇し、ハイパーセンサーを索敵モードに切り替えた状態で天から地を見下ろすように状況を確認する。

 

 黄色いラファールは迂回してこちらに近付いていた。

 玲次は事前にリロードさせた遠雷をいつでも撃てるようにスタンバイさせてから黄の前に飛び出す。すると黄を庇うように青が立ちはだかり、クロスボウの銃口を玲次に向けた。

 

「うっ」

 

 咄嗟に上半身を逸らす事で弾丸を回避するがこのままでは照準前に黄に詰め寄られてハンマーで殴り飛ばされる事請け合いだ。しかしこちらには強力なバックアップがいる。

 青の照準を2基のビットが放つレーザーで妨害しダメージも確実に与えていく。

 

 玲次は遠雷を構え、黄に狙いを付ける。

 落ち着け、動きは鈍重だ。黄が横道に逃げて建造物を盾にしようとしているがそうはいかない。先に撃ち貫く。

 

 引き金を引き、遠雷が火を噴いた。

 

「くっ――外したッ」

 

 玲次は派手に舌打ちした。遠雷の弾丸は標的を失い虚しく街の果てへと消えて行き、黄はビルの陰に再び隠れた。

 嘲笑うように青が上空からクロスボウで玲次を狙い撃つ。

 

「こいつも中々邪魔だな……!」

 

 2基のビットが射撃で青いラファールにダメージを着実に与えている事もあって、幸いクロスボウが命中する事は無かったが、厄介な事には変わりがない。

 遠雷のリロードを開始し、片手を青目掛けて突き出し、アンカーを飛ばした。

 

 アンカーで片脚と捕縛し、玲次はそれを引っ張り付近のオフィスビル目掛けて派手に叩きつける。3階ほどの高さで窓ガラスをぶち破り、ガラス片がバラバラと音を立てて道路に落ちて来る。そして玲次はオフィスビルに叩き付けられた青にリロード完了した遠雷を構え、ビットと共に一斉射撃を放った。

 

 2筋のレーザーと強烈な実弾を一斉に叩き込まれた青が無事でいられる訳が無く――

 

 青は完全に沈黙して、オフィスビルのフロア奥の壁に磔になったままぐったりとしていた。

 

「1機!」

 

 玲次が叫ぶ。黄色いラファールを探していると、突然ビルから飛び出して来た黄がハンマーで玲次を殴り飛ばした。

 

「っだァッ!?」

 

 きりもみしながら墜落し、黄が追撃を掛けるがセシリア操るビットがそれを許さない。行先をレーザーで阻み、玲次が立ち上がる隙を作る。

 

「全弾――持ってけッ!」

 

 セシリアの目論見通り立ち上がった所で、マイクロミサイルを展開しありったけ発射し、全弾黄色いラファールに叩き込んだ。

 耳をつんざく爆発音と共に爆煙が黄を中心に巻き起こる。しばらくすると物言わぬ鉄人形と化して道路に落ちた。

 

「2機!」

 

 残るは赤、緑、桃だけだ。

 少し離れた場所から爆発音が聞こえて来た。

 

 残り3機がセシリアを狙っていると察した玲次は直ぐに引き返した。それを証拠に今まで助けてくれた2基のビットは先ほどまでの機動が嘘のように空中で静止していた。

 間もなくして爆発音のした場所へと向かうと、本来居た場所のから墜落したのか道路上でセシリアが苦虫を噛み潰したような表情で、3機を睨みつけていた。

 

 BT兵器は発動中身動きが取れないという欠陥を抱えていた。その隙を突かれていたのだろう。

 

 緑色のラファールが両手に持った2本のブーメランブレードをセシリアに投げつけ、それを最低限の動きで回避する。続けて赤が追い打ちに鞭を振るう。

 そこで玲次がセシリアの前に出て、迅雷で切り払った。

 

 

 桃色のラファールが上空から再び爆撃をかけようとしていた。先に気付いていたセシリアがスターライトMk-Ⅲの銃口を上空の桃に向けていた。

 つまり赤と緑をやれと言う事か。

 

 このままではセシリアは緑と赤の攻撃を受けて狙撃が出来なくなる。そのために玲次が赤と緑の妨害を掛ける。

 

 緑が回収したブーメランブレードで斬りかかり、玲次は遠雷を投げ捨て、2本の迅雷で対抗に入った。パワーあらば黒鉄の方が上だ。じりじりと玲次が押していたが、敵はなにも緑色だけではない。赤色もだ。

 横から赤が鞭を振るい玲次の左腕を縛り付け、引っ張る。

 

 あらぬ方向に力が加わった事で、パワー差は逆転した。緑が左手の迅雷を弾き飛ばし、玲次の片腕が留守になった事をいいことに斬撃を浴びせた。

 

「チィッ!」

 

 反撃に膝の仕込み刃を膝蹴りの要領で打ち込む。しかし直ぐに左腕に巻き付けられた鞭によって引っ張られて膝蹴りのダメージは浅く終わった。

 黒鉄のシールドエネルギー残量68% 先程のハンマーが相当痛かったようだ。

 鞭の高周波振動で巻き付けられている間にもごりごりとシールドエネルギーが奪われて行く。

 

 だが、玲次は何故かにやりと笑った。

 

「使い時かな――これがッ!」

 

 左腕から紫電が奔り、鞭の上を奔る。そしてそのまま赤に伝播して、ガクガクとバグを起こした機械のような挙動を始めた。

 

 

 

 

 一方でセシリアは桃が上空から投げつける手榴弾を前に上昇しつつスターライトMk-Ⅲで放つレーザーで手榴弾を着地前に撃ち貫き、破壊していた。桃は爆発物のエキスパートだ。しかし、空戦に持ち込めばこちらのものだ。

 

「残念でしたわね。ここで堕ちて貰いますわ!」

 

 セシリアが同じ高度まで上がった所で桃が慌ててグレネードランチャー2丁に切り替えて、発砲を掛ける。しかしそれでも全てセシリアが迎撃、グレネードがセシリアの身に届く事は無かった。

 更に貫通したレーザーが桃の装甲を削って行く。

 

 右脚、右手、左脚、左腕。

 

 順に撃ち貫き、グレネードも狙撃によって破壊された桃は敢え無く地上に向かって墜落爆発四散した。

 

「3機目ですわ!」

 

 間髪入れずに別の敵機に視線を移すと、赤が玲次に紫電を流されて機能不全を引き起こしていた。緑色のラファールがブーメランブレードで玲次に背後から斬りかかる。

 邪魔はさせない。これで2対2。性能面ではこちらの方が上――勝ちは確定したも同然だが、油断はしない。

 

 緑を狙撃し玲次からセシリアへと注意を逸らし、その間に玲次は自分を拘束している赤に肉迫して抉るように迅雷を深々と突き立てた。そして一度突き立てた迅雷を引いてから、膝の仕込み刃も膝蹴りの要領で叩き込み、逆手持ちに切り替えて両手で持った迅雷を振り下ろした。

 

 血飛沫代わりの火花が夥しい量で散り、赤も抵抗をしようとするが、玲次は冷静だった。

 

「――ブーストッ」

 

 瞬時加速で押し出し、ガラスをぶち抜き、ビルに突っ込んでコンクリート製の壁にめり込ませた。

 

「4機――最後はッ」

 

 完全な沈黙を確認してから玲次はビルから外に出て、緑を探す――既に上空で緑とセシリアが戦闘を繰り広げていた。

 緑色のラファールが一本だけブーメランブレードを投げつけ、セシリアがそれを回避――している隙に緑色のラファールが接近を仕掛ける。

 

「――インターセプターッ!!」

 

 咄嗟に近接武器の名前を叫ぶも、展開に手間取って斬撃を叩き込まれて、戻って来たブーメランブレードがセシリアの背後に直撃した。

 

「うぅッ――このッ」

 

 遅れて展開したインターセプターを一閃させる。次に反撃を受けぬよう後退してスターライトMk-Ⅲで引き撃ちしつつ、ブーメランブレードの投擲を受けないように緑を中心点とした円を描くように動きつつ行動不能になるまで撃ち続ける。

 

「これで5機……」

 

 シールドエネルギーがゼロになり墜落を始めた緑を見下ろしながら、セシリアは確かめるように呟いたのち、着陸して大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ……これで全部、ですわね?」

 

 玲次も戦闘終了を確認した後、迅雷を納刀し、肩の力を抜いた。安心感と虚脱感が同時に雪崩の如く押し寄せて来る。偽りの空間であるとはいえ、感じた緊迫感は紛れもなく本物だ。

 

【状況終了:勝利条件達成】

『二人とも流石ね。もうちょっと手こずると思ってたけど。そろそろ疲れて来てるだろうし解除するわ……』

 

 芝崎の合図と共に精密に作り上げられた空間が細かいブロック型データへと分解されてゆき、消滅していく。

 セシリアは色んな感情が綯い交ぜになったような顔持ちで消滅していく仮想世界の消滅を見届けた。

 

 

◆◆◆

 

 本日のVRによる模擬戦はここで終了となった。

 芝崎によるとエネミーデータの調整はまだ完全ではなく、作成者の趣味も前面に出ていたと語っていた。あのゴレンジャー擬きもどうやらエネミーデータ製作者の趣味によるものらしい。

 

 

 施設から出た所で玲次はふと空を見上げた。

 VRで見た空とこの空にどんな違いがあるのか、分からなくなりそうだった。

 どれが本物でどれがVRなのか。限りなく現実へと近づき過ぎた仮想世界なんてそれは最早本物と差異はないんじゃないのか。

 

 一瞬そんな危ない思考が脳裏をかすめた。

 

 ゲームと現実には隔たりがある。例えばテレビやゲーム機という隔たりだ。

 それは正常な人間であればだれでも分かる事。しかし精密に近づき過ぎた場合は、その隔たりが薄くなるのではないか。

 しかし隔たりが薄いサバゲーはどうなるのか。やっている人間皆がゲーム外の人間を撃つ行為に出るかと言われたらそれはNOだ。実際何度か友人の付き合いでサバゲーをやった事はあるがそのONとOFFの切り替えぐらいは出来る。なら大丈夫なのか。

 

――こんな事を考えるおれが馬鹿なだけか。あーバカバカしい、やめだやめだ!

 

「……ちょっと聞いていまして、篠ノ之さん?」

 

「ん?」

 

 知らない内に思考にふけっていて、外の声をシャットアウトしていたようだ。我に返った玲次は声をかけてきていたセシリアの方を向いた。

 

「どした?」

 

「心そこにあらずといった顔をしていましたが……大丈夫ですか?」

 

 怪訝な表情で玲次に問うと、玲次は首を横に振った。

 

「いや、VR凄いもんだったなってさ」

 

「そうですわね……現実と差異を殆ど無く再現できるのは驚くべき事ですわ」

 

「……そう言えば何であそこに?」

 

 ラファール戦隊と戦い始めた時に訊きそびれた事をふと思い出して訊いてみる。

 

「前々からそう言ったお誘いがあったのですわ。代表候補生の意見が聞きたい、と」

 

「成程、本命はそっちってことか」

 

「?」

 

「いや、こっちの話」

 

 セシリアの話を聞くに玲次がVRシミュレーターに誘われたのは恐らく序でであったのだろう。タイミングとしては非常に丁度良い話だったし、ついででも充分にありがたい事だったのでこれ以上あれこれ言う事はないが。

 勝手に自己解決されてセシリアは不思議そうな顔をしていた。

 

「……ってそれはそうと、話を戻しますわ。まったくこんな事二度も言わせるなど……」

 

 先ほどのきょとんとした表情から一転し若干し、何故か玲次から目を逸らした。

 

「わたくしの胸に軽率に触れた事に関しては偽りの空間でしたし不問としますわ。ですが2度はありませんわよ?」

 

「上手く拾えなかったおれの責任だしね……改めて、すみませんでした」

 

 反省している。無論、後悔もしている。セシリアが気分を害しただけだ。ようやっと多少打ち解けて来たのにここで印象が初対面以下になるなんて後味が悪いではないか。

 

「これでも――貴方の腕は悪くはないと思っています。貴方のサポートもあって勝ちに持ち込めたのは紛れもない事実ですわ。そして今回撃墜数では貴方の方が多かった……次こそは――負けませんわ」

 

 彼女の負けず嫌いな気質が垣間見えた気がした。

 それと同時に高飛車な雰囲気からどこか厳かな気迫のようなものもひしひしと伝わって来る。先ほどまで事故についてキレていたのが嘘のようだ。

 今度は負けるかも知れないというおそれめいたものも湧いてくる。しかし、別に負けて何かしらペナルティがある訳ではない後腐れない果し合いならば望むところだ。

 

「おれだってそう簡単に負けてやるタイプじゃぁないよ」

 

「それでいいですわ。手を抜かれて勝った所で価値などありませんもの」

 

 両者が睨み合い、間で火花が散り始めた所で腹が鳴った。それも一人ではない二人ともからだ。恥ずかしながらほぼ同じタイミングだった。セシリアは赤面して「こほん」と咳払いし、玲次は顔色一つ変えず

 

「そろそろ夕飯の時間だし食堂行きますかね……」

 

「ですわね……」

 

 今日は妙に体力を使ったような気がする。二人はとぼとぼと食堂へ赴いた。




 キャラが勝手に動くとはこういう事なのかと痛感するこの頃。

 連携に関しては黄色いラファールにぶん殴られて半ばご破算になった辺りまだまだという事ですね……


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22 炒飯

 お待たせしました
 23話も殆ど出来てますのでしばしお待ちを(`・ω・´)


 一夏の心は踊っていた。

 ずっとベッドの上というのはどうも窮屈で困る。医務室特有の薬品の臭いもあまり好きじゃない。そんな治療と書いて拷問と読むなにかがやっと終わった。医務室での窮屈な生活から解放されたのだ。

 そこに何の感慨も湧かない訳がない。

 

 空を見上げると太陽が一番高い場所で下界を照らしていた。散らかった部屋を大掃除した後のような清々しさだ。退院がてら昼飯にでも行こうと思った所で偶然にも箒と出くわした。

 

「……身体はもう、大丈夫なのか?」

 

「あぁ。しばらく無茶はするなって言われたけれど」

 

「その調子だと舌の根乾かぬうちにまた無茶をするんだろうな、貴様は」

 

「心配するなって。そんな無茶する機会なんてそうそうない」

 

 無茶をせずに単純な実力差で勝利したいものだと一夏は思う。

 今回のレッドフェンサーと呼ばれるタイプとはまた矛を交える事もあるだろうと思うと、今後とも箒に世話になりそうだ。箒に勝てるまでに至らなければ多分、奴には勝てないだろうから。

 1対1で、鈴音や玲次の力を借りずにやっていく事が一夏の抱く理想であった。千冬のようになるにはまだまだ先は長そうだ。それでも一秒でも早く近づかなければならない。

 

「し、心配などしてはいないっ。一応幼馴染が教員たちに迷惑を掛けるのは忍びないだけだッ――ただ、私も見ているだけで力に成れなくて済まないと思っている」

 

 ムキになって返したかと思うと、箒は俯いた。そんな箒の気持ちが分からなかった。今回皆に心配かけたのは()()()()()なのに。

 

「なんで箒が責任感じる必要があるんだよ。俺が、弱かっただけだ」

 

「…………馬鹿者が」

 

 違う、そうじゃない。と箒の胸の内が叫んでいた。

 そもそも15や16の子供一人が何とか出来る範疇を越えているのだ。自律兵器の事だって大人たちが子供たちに全てを丸投げしているに等しい状態だ。

 

「……お前の太刀筋は甘すぎる。それに踏み込みが足りん、後で覚悟しておけよ」

 

「あぁ、覚悟しておくよ」

 

 止める事は出来ない。そんな権力など持ち合わせていないのだ。持っているのは所詮篠ノ之の血と束の妹という肩書、そして剣道の実力者という事だけなのだ。

 あのアリーナを襲った敵に近付けるだけの太刀筋を与えられるのであれば少しでも一夏にくれてやる。それで生き延びる可能性が増えるならば幾らでもくれてやる。

 でも今はこれだけじゃない。あともう一つ、くれてやれるものが増えた。

 

「所で――昼はまだか?」

 

「まだだけど、どうした?」

 

「付いて来い」

 

「ちょ、おい、引っ張るなって!」

 

 

◆◆◆

 

 箒に半ば強引に連れられた先は箒の部屋だった。

 同じ部屋の娘は外出中のようで今はこの部屋にはおらず実質二人きりという状態だ。

 

「なんでお前の部屋なんだ」

 

「まずはうがい手洗いをしろ。それからテーブル横の椅子について待って居ろ」

 

 なんで部屋に呼び出されて威圧されなければならんのだと一夏はやや不機嫌になりつつも、言われたとおりにうがい手洗いを済ませ、部屋の片隅のテーブルについて、ぼんやりと待ち続けた。

 箒は台所に行ってそれからずっと出てこない。その代り香ばしい匂いが台所に漂って来た。腹が減っていたのも相まって一夏の嗅覚は2割増しで敏感であった。これはごま油を炒めたような匂いだ。

 

「……何か作っている……っぽいよな?」

 

 台所の方を覗こうとしても、テーブルからは死角になっていて見えない。でもここから動いて覗きに行けば箒が機嫌を損ねそうな気がしたのでこれ以上動くのは止めにした。

 それから十数分後、やっと箒が台所から出て来た。手には箒らしからぬ物を持って。

 

 

 

 

「えっ……お前が作ったのか?」

 

 状況から察するにそれ以外は考えられない。しかし箒にしては意外過ぎるのだ。

 

 誰が想像できるのか。――まさか箒が炒飯を作るなど。

 もっと和風の――それも魚でも捌いていそうなイメージがあったのだが。

 

「そうだ。……なんだその意外そうな顔は」

 

 何の風の吹き回しだ。

 最近中華ブームなのか。流行っているのか。否、箒が流行りに乗るタイプには思えない。

 じゃぁ、何の冗談だ、何の悪ふざけだ。否、箒が冗談を吐く性質か、悪ふざけをする性質か。

 

「……食えと?」

 

 一夏が、テーブルの上の白い皿に乗せられた黄金色のソレを見ながら問う。

 

「嫌なら喰わなくていいぞ」

 

「折角作ってくれたんだから食べるよ」

 

「うむ、遠慮なく食べるが良い」

 

 とは言われても、傍で仁王立ちで見られれば落ち着いて食べられる気がしない、妙に神妙な表情で見下ろしているものだから、千冬の監視下で補修を受けている時と同じような感覚でレンゲを手に、炒飯を掬い上げ、恐る恐る口に運んだ。

 

 

 

 

「ご馳走様」

 

「ど、どうだった?」

 

 完食後すごい剣幕で訊いてくる箒に、何でこんな殺伐とした空気の中でご飯を食べねばならんのだ。と一夏は心の底でぼやいた。

 完食までずっと傍で仁王立ちで微動だにせず食事中に一挙一動を監視されてれば気も落ち着かないしゆっくり味も楽しめない。

 味より一挙一動に粗があれば怒られそうな空気をなんとかしてほしかった。

 

「……いつまでそんな至近距離で仁王立ちなんだ。正直滅茶苦茶怖くて味が良くわからなかったぞ」

 

「あ゛」

 

 仁王立ちで一夏を緊張させてしまった事に気付き、「しまった」と箒の視線が泳ぎ始める。こういう時玲次なら気の利いたフォローが出来るんだろうかと思いながらも一夏は精一杯のフォローをしてみる。

 

「別に不味いって訳じゃなかったから、多分美味かったんだとは思う。後味は良いし」

 

「そ、そうか……」

 

 安心したらしく箒がホッと一息を吐く。

 一応嘘ではない。後味も悪くはない。落ち着いて味わいたかったのが心残りだが。

 

「それにしてもなんで炒飯なんだ? 正直意外だったぞ」

 

 一番気になった事を訊くと箒はまた挙動不審になり始めた。

 

「別に何だって良いだろう? 気紛れだ! 気紛れ!」

 

 そんな事もあるのか。一夏は無理矢理己を納得させた。これ以上深入りしてまた地雷を踏むのは御免被る。

 

「その、今度は身の振り方に気を付けよう。また作ってやる」

 

「いや、いいよ。箒の手間になるだろ」

 

「お前が納得しても私が納得せんのだ! えぇい! 一夏、お前には実験台になって貰うぞ!」

 

「えぇッ!?」

 

 唐突にムキになった箒に呆気にとられて勢いに押し切られてしまい、どうしたものかと悩んでいると、箒も箒で自分の言った事に何か思う事でもあったのか喜怒哀楽とも表現できぬ奇妙な顔持ちになり、それ以上何も言わなかった。

 両者とも完全に言葉を失い何とも言えない空気の中で自然解散という形に終わった。

 

 

 なお、その一部始終を一夏から聞いた玲次は大爆笑したとかしなかったとか。

 

 

◆◆◆

 

 

「なんすかこれ」

 

「新兵器よ。プランGの後追いとしてね」

 

 また芝崎から研究室に呼び出しを喰らった玲次は、渡された図面を観て仏頂面となっていた。

 新兵器だというその図面には拳銃が描かれていた。それも時雨のようなオートマチック型ではなく、リボルバー式だった。

 

「……なんで今時リボルバーなんですか」

 

 オートマチックの信頼性向上によりあまりリボルバーを使う必要性も薄い筈だ。弾を籠めるにもひと手間ふた手間かかるので、『マグチェンジでは到底味わえないリロードタイムが生むギリギリの緊張感に快感を覚える物好き』でなければ使う人間なんて限られている。

 

「そりゃもう殴る為よ」

 

「えぇ?」

 

 NAGURU? ナグル……なぐる……殴る……殴る? 拳銃で殴ると?

 脳内変換に5秒ぐらい時間がかかった玲次の目が点になった。確かに銃身やグリップが拳銃にしては長い。確かにオートマチックより構造が単純なリボルバーの方が鈍器には向いては居たりする。オートマチックだと複雑な構造もあって壊れるリスクが高いのだ。

 

「篠ノ之君、基本銃とナイフ両方使うから、どうせなら銃でも殴れたら良いじゃない? ちょっとした剣を受け止める盾にもなるし」

 

「はぁ……殴っても後腐れの無い武器なのは良い事ですが……」

 

「建前はそんなのだけど、スタッフにリボルバーが好きな奴が居てね……何かリボルバーこそ至高だとかなんとか熱弁していたのよ……」

 

 リボルバーは確かに格好いい。それは分かる。理解は出来る。玲次とてロマンの分からぬ男ではない。ただ自身が実際に使うとなると別の話になる。

 それで良いのか。大丈夫なのか。

 

「まぁ、一応実用に耐えられるようにシミュレーションはしたし、あいつの趣味程度で終わる程うちは甘くはないわよ……うふふふふふ……」

 

 芝崎が獲物を見つけた肉食獣が如き不敵な笑みを見せ、玲次に一抹の不安が過った。芝崎もアレな人種(変態技術者)のカテゴリに位置する人間だったんじゃないのかという、そんな不安が。

 

――凝るのは別に良いけれど程々にしてよ……

 

 せめて良い武器になると良いな、とプランGの使用感を信じて完成を待つ事にした。なんやかんやで彼らの腕は確かなのはプランGで証明されているのだから。

 

 

◆◆◆

 

「――以上が本事件の顛末です」

 

「ご苦労だったわね、織斑さん」

 

 とある会議室にて千冬はアリーナ乱入事件の資料を読み上げた後、最奥の席で報告を聞いていた50代後半の女性が千冬の労をねぎらった。

 長方形に囲われたテーブル群の左右の席に座っていた役員たちがざわつく。

 その役員の割合は女性8割男性2割という光景であった。IS絡みだとこういった光景は珍しくはないのだ。ざわつきが収まった所で会議室の奥にいた女性――IS委員会日本支部会長が口を開いた。

 

「ここ数か月信じられない事ばかりが起こるものですね……エクストラナンバーの登場と言い、防衛システムが機能しなかったりと」

 

 IS委員会日本支部。

 国際IS委員会を母体とする組織であり、最もIS学園に近い支部とも言える。IS学園と国際IS委員会を繋ぐ橋のような役割を持つ。

 

「ですが事実です。エクストラナンバー第一号である黒鉄の出現、ヴァンパイアによる襲撃事件、更には新たなるエクストラナンバーの登場。今後何が起こってもおかしくはない状況となっています。加えて――」

 

 

「どうせ男どもの仕業でしょう。女性たちの躍進と正当な評価に対し怒る時代錯誤なお馬鹿さんは腐るほどいますから」

 

 と、誰かが千冬の言葉を遮るように吐き捨てた。

 

「女性は篠ノ之博士が与えた今の時代に満足しています。篠ノ之束博士の遺産を悪用しようだなんてバチ当たりな事を女性ならばしません。男の野蛮かつ醜悪な嫉妬による工作と私は推測しますが」

 

 先程の発言をした眼鏡を掛けた吊り目という見るからにヒステリックな印象を受ける女性役員は、相当なタカ派の人間で、女尊男卑筆頭と言える人間であった。隠しもしない女尊男卑思考に少ない男性役員があからさまに嫌な顔をした。嫌悪感を感じている同性の役員もちらほらと。しかし彼女を糾弾する事は困難であった。日本支部副会長という肩書を持っているのだから当然だ。彼女の機嫌を下手に損ねる事は自身の立場を危うくする事に繋がる。

 千冬としてもこの女の物言いは気に喰わなかったが相手にする気も無かった。体力と時間の無駄だ、雑音(ノイズ)として処理するに限る。

 千冬は彼女の言い分を無視して話を続けた。

 

「ISコアを新規に造る事が出来る人間が居る、もしくは未登録のコアが現存しているという事実は無視できる事態ではありません。最悪国家間のバランスも大きく変わる可能性があります。送り込んだ者が男性であれ女性であれ、早々に突き止めなければならないかと」

 

 進言を黙って聞いていた会長は目を閉じ、思考に入る。

 時間も経てば状況も変わる。それを乗り越えられるだけの柔軟な対応が求められる訳だが、そう簡単に出来れば苦労はしないのだ。政府が重い腰を上げるには相当の準備が必要な上に、毎度毎度後手に回る。それは千冬も理解はしていた。納得にはほど遠いものではあるが。

 

「確かに、この件に関しては由々しき事態です。世界のバランスをその意志一つで崩しうるものがあるという事だけでも充分に危険な事。国家間の疑心暗鬼を生み、最悪国家間の関係悪化にも繋がりかねません。その上IS学園生そのものに攻撃が加わったとなると、箝口令を飛ばしたとはいえ生徒たちの記憶を消す事は、そして目撃してしまったという事実を消す事は出来ません、生徒さんの数も減るでしょうし、最後まで隠し通す事も不可能でしょう。それに()()()3()()()()()()I()S()()()()()()()()という事もありますからね」

 

「――3人目。フランスの、ですね」

 

 織斑にも篠ノ之にも無関係なフランスの少年が一人ISを操る力を持っていたという事が最近明らかになった。一応まだ表沙汰にはなっていないがその旨は既に学園に知らされている。

 しかもこの流れだと1組に流れるであろうことは目に見えていた。学園の上層部はどうも面倒事を千冬に押し付けている節がある。まぁ、一夏と玲次の件は学園に捻じ込んだ責任を取る形なので文句は一切ないのだが。

 

「追跡に関しては自衛隊に一任するとして、現状、学園の立ち回りを見直す事も必要となるでしょう。まず貴方たち教員には専用機持ちを中心に育成に力を入れて欲しいですね。特に今回の一件で味方同士の連携を深める事は必要でしょう。今回は多少無茶をする事で運よく撃退出来ましたが次もあるとは限りませんからね。代表候補生も男子生徒の彼らへの護衛としても使えるでしょうし、彼らも自分の身は自分で守って貰えるだけの力を持って貰わなくては。この件の犯人をいぶり出す――言い方が悪いですが餌としても機能しますから」

 

「――――」

 

 確かに理には適っている。気に喰わないが。

 しかし、千冬は彼らを、彼女らに技術を教え込み、見送る程度の事しか出来なかった。千冬にはもう彼らの代わりに戦える力などもってはいないのだ。腹立たしい事に。自律兵器と戦いに行く玲次と一夏を止める事は出来ない。そもそも奴らが言っても大人しく聞くような連中じゃない。

 

「家族に友人の弟さんと心苦しいでしょうけど。状況が状況です、今は割り切って下さい――こちらも出来る支援はしましょう。特に――IS学園の防衛システムや機材の予算絡みは政府と掛け合ってみる価値はありますからね」

 

 会長の諫めるような口調に千冬は何も言い返せず黙り込む。じくりと、古傷が疼いた。




 舌の根乾かぬうちに新武器フラグ。
 一応これで通常形態も強化される形となります。

 モデルはR-1改のGTリボルバー……知っている方は少ないかもしれませんが、用途はそれそのまんまです。
 簡単に用途を説明するなら『トンファーにもなる拳銃』という代物です。
 初出のゲームは15年以上の前のゲームなんですよねぇ……歳は取りたくないもんです。



 次回は五反田家のお話となります。


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23 男はつらいよ

 11巻の情報量で一時期どうすればいいのかわからなくなりかけましたが私は元気です。
 一応その要素も適度に取り込みつつ独自路線で行こうと思います。シャルの両親絡みとか。


 6月の頭、日曜日。

 梅雨の季節が始まって間もない頃。じめじめとした空気が少し気持ち悪かったが、今の玲次と一夏にとっては関係ない事であった。

 

「あぁ~シャバの空気がうめぇぜ。ムショにおってほんま長かったからのう……」

 

 玲次が唐突に深呼吸してから渋い顔でそんな事を言い出すものなので一夏は噴き出した。

 

「お前は出所したヤクザか何かか!? まぁ、似たようなもんか……ムショだよな、ある意味」

 

 今の二人は久々にIS学園の島から出て、とある東京の下町に訪れていた。

 こうして何事もない状態で島から出るのは2か月ぶりだ。左右の古びたブロック塀が懐かしく感じる。IS学園島は妙に近未来感があるのでこのようなものは見かけないのだ。妙に小洒落ているというか下町特有の無骨さがない。

 

「よし、ここだ」

 

 IS学園から専用のモノレールで本島に降り、それから電車を乗り継いで、その間に懐かしの織斑宅に寄った後、とある駅から1キロほど迷路のように入り組んだ下町を歩いた後、ようやく目的地へと辿り着いた。出入口に『食事処 五反田食堂』と書かれた暖簾が下げられている。何処をどう見ても食堂だった。

 

「それにしても……この眼鏡ほんと違和感というか着心地悪いな……」

 

 一夏はぼやきながら掛けていた眼鏡をはずす。視力Aなのがちょっとした自慢である一夏である。こうしてまともに眼鏡を掛けたのは産まれて約16年初めてだ。……伊達眼鏡だけれども。

 玲次も被っていた帽子を軽く上げた。

 

「そりゃ仕方ない。変装した方が邪魔が入らなくて助かるというものさね」

 

「分かってるけど……」

 

 提案したのは玲次だ。事実、玲次も一夏も数か月たったとは言え時の人だ。この女尊男卑の時代に一石を投じるような存在。報道で顔を晒された以上、この顔を知らない者は居ない。下手すれば騒ぎになり足止めを喰らいかねない可能性がある以上玲次の変装案は非常に効果のあるものであった。

 

 目的地まで辿り着いたのでこれでお役御免だ。一夏は伊達眼鏡を玲次に返す。

 この変装用伊達眼鏡は元々玲次のものだ。

 

「ここが噂の五反田君の家か」

 

 一夏は頷く事で肯定し、ぐるりと裏口に回ってからインターホンを押した。

 

「おーい、弾、来たぞー」

 

 気の抜けた一夏の声に応えるように、どたどたと音が近づいて行き、ドアが開かれ、赤いロン毛をバンダナで纏めた少年が顔を覗かせた。

 

「おー、来たか。で、後ろに居るのが噂の……」

 

「はい。篠ノ之玲次と申しますー。突然お邪魔してしまってすみません」

 

 玲次のあまりにも営業用(?)スマイルの入った挨拶に一夏は凄まじい違和感を覚えた。一瞬お前そんなキャラだったかと思いもしたが初対面相手にあんな何時もの物言いなのもまたおかしな話だ。

 

「いや、いいよいいよ。硬ッ苦しいのはナシだ。コイツ(一夏)が世話になってるようだし。俺は五反田弾だ。よろしくな篠ノ之」

 

「どもども」

 

 案外早く打ち解けたようで一夏は安心した。

 まぁ何やかんやで一夏の見立てではこの二人は似ているように思えたのであまり心配は無かったのだが。こうして見るとやはり安心はするものだ。

 

「まぁ、立ち話もアレだ。上がってくれ」

 

◆◆◆

 

「だぁぁぁぁッ、一夏てめっグルグル回ってんじゃねぇぞ!」

「ちょっとォ! 漁夫の利を狙うなんて卑怯じゃないのかい一夏君! そういうのはおれの専売特許じゃないの!? てかちょっとメタナイト速過ぎない!?」

 

「あっ、わり……いやでも俺が操作に慣れるまでそっちのけでお前らがCPUと乱闘始めるし、突っ込むにはこうするしかないかなって」

 

 成り行きで格ゲー……厳密にはスマブラを始めて数分後、弾と玲次を中心に阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていた。二人とも一夏に場を荒され、キャラたちが無情にも人数稼ぎのNPCと一緒に場外に吹き飛ばされて行く。

 それから似たように一夏が美味しい所を持って行くわ、性能と一夏持ち前のセンスに任せた蹂躙が始まったものだからついに弾と玲次の怒りは爆発した。

 

「一時休戦だ篠ノ之……アイツは潰す」

「あいよ……! シリーズ初心者っつーんだから多少ハンデを与えたおれたちが間違っていたようでねぇ……!」

 

「待て! 2対1とか卑怯じゃね!? えっちょっおまっ!?」

 

 かくして阿鼻叫喚の2対1が始まった。しかし一夏は思いの外強かった。

 阿鼻叫喚の地獄絵図は戦闘終了まで続き、勝者は数合わせのCPUという何とも言えないオチで終わった。

 

 

 

 

「で?」

「で、って何だよ」

「だから、女の園の話だよ。さぞかし良い思いしてんだろ? お前(一夏)のメール観てるだけでも楽園じゃねぇか。なにその天国(ヘヴン)招待券とかねぇの?」

 

 試合後、麦茶を飲んで休憩していると弾が切り出した。

 

「だから、実際聞くのと住むのとじゃ違うって言ってるだろ。周囲の視線を常に気にしなくちゃいけない辺りホント気の休まり様がないし話し相手も限られるし居心地悪いったらありゃしない」

 

 玲次としても同意見だった。

 元々性格が性格故男女分け隔てなく接する事が出来るので、一夏ほど消耗はしていないが、見えない所でじわじわと、確かに摩耗している。お陰で何もない日は図書室か研究所に入り浸っている事が気を休める貴重な場所となっている。

 

こいつ(玲次)は多分ウハウハでハーレム状態なんだろうが……」

 

「ちょっと待った一夏? おれを何だと思ってるの」

 

「篠ノ之玲次だろ」

 

「おうおう、言うじゃないか……」

 

 一夏が急に矛先を玲次に向け、玲次は抗議の声を上げた。弾も気になったか玲次に矛先を変えた。

 

「……篠ノ之、お前はどうなんだ」

 

「いやぁ、可愛い子一杯だし入れ食い天国だぜヒャーッハハハハハハハハッ! ……って、言うのは冗談として……うーん真面目な話、迂闊に手を出したら校内の派閥争いが酷い事になるしそこまでして手を出すなんてしたかないよ。女子と恋愛無しで付き合おうにも常にアンテナ張らなきゃいけないのは疲れるものよ。女子間の情報はほんと速いし多いし、生々しいし。聞いていて苦痛だよありゃ。でも聞いてなきゃこの先生きのこれないのがねぇ。下手こいたら社会的に殺されるよありゃ」

 

 単純に女子が多いやったー、だけで済まされないのがIS学園というものなのだ。加えて女尊男卑という状況下、立ち回り方を誤ればそれこそ社会的に殺されかねない。セシリアとの一件だって、下手すれば入学早々取り返しのつかない事になっていたであろう。

 IS学園に在籍せずに完全に宙ぶらりんな状態でいるよりはマシとはいえ、現実というものはそうそう玲次や一夏に安息の地をくれたりしないのだ。

 

「かーッ! 俺そう言う台詞一度は言ってみてぇなぁ……」

 

 弾は全然理解していなかったようだが。

 玲次は渇いた笑いを浮かべながらがっくりと項垂れた。当事者と第三者の壁は分厚い事だけを思い知らされた。

 

「つうかアレだ。鈴が転校してきてくれて助かったよ。話し相手がホントに少なかったし。玲次も居なかったら更に面倒な事になってそうだし」

 

 一夏が気の抜けた声色でぼやいていると、弾がニヤニヤに近い表情で聞いていた。

 

「何だよ、弾」

 

 そんな顔をされると一夏も気になる訳で若干不機嫌気に問う。

 

「ところで、お前鈴の事は――」

 

 弾が鈴音の話題に入ろうとした矢先。バン、とドアが乱暴に蹴り開けられる音によって遮られた。

 ビクリ、と玲次の肩は跳ね上がり、一夏と弾は特に驚く事無く出入り口の方を見ると、とても不機嫌気な少女が姿を見せた。

 

「さっきからずっとお昼出来たって言ってんじゃん……さっさと食べに――」

 

 何故か言葉が途中で途切れた。そして不機嫌気な少女の身体はフリーズしたロボットの如く微動だにしなくなった。

 

「あ、久しぶり。邪魔してる」

「どうも、お邪魔してます。篠ノ之という者です」

 

「あぁ、どうも篠ノ之さん。弾の妹の五反田蘭です……って一夏さんまで!?」

 

 入って来た少女の名前は五反田蘭。

 成程確かに兄妹だと玲次は思った。髪の色といい色々似ている所がある。玲次と箒の場合あまり似ていない所があるので少し新鮮に見えた。

 一夏と玲次を見た途端蘭が慌て始める。それもそうだ何せ彼女は相当ラフな格好をしており、長い髪をバンダナとクリップで纏めただけの状態。服装もショートパンツにタンクトップだけという、機動性重視の恰好だ。IS学園で見慣れた格好とは言え、あまりじろじろ見るものではない。

 

「いやっえっと、その……き、来てたんですか? 全寮制の学園に通っていると聞いていたんですけど」

 

「今日はちょっと外出。家の様子見に来たついでに寄ってみた。ほんとなら鈴も来る予定だったんだけど、急用で駄目だったみたいで。代わりに俺の友達連れて来たんだ」

 

「そ、そうですか……」

 

 蘭の一夏に対する態度を見る限り彼女もホの字かと思うと玲次の胃が痛くなって来た。一夏の鈍さは女子のそんな態度に幼少期から慣れ切ってしまったのだろう。贅沢な男である。

 

「蘭、お前なぁ、ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと思わ――」

 

 ぎろり、と蘭の眼光が咎める弾を刺す。何となくこの家の人間関係というかパワーバランスが見えて来た気がして面白い。蛇に睨まれた蛙――あるいはダメージを受けたマリオの如く縮んでいく。

 

「なんで言わないのよ……それにまさか他の男の人まで居るなんて……! しかも篠ノ之って……篠ノ之博士の弟さんじゃないの!?」

「いや、言ってなかったか? そりゃ悪かった。聞かれなきゃ答えられねぇや。ハハハハハハ……」

 

 再び蘭はぎろり、と弾を鋭い眼光で貫く。死に体と化した弾を置いてそそくさと部屋を出て行き、部屋と廊下を隔てる壁に首から下を隠すように、ひょこっと顔だけ出した。

 

「あ、あの良かったらお二人もお昼どうぞ。まだ、ですよね?」

 

「あー、うん。いただくよ。ありがとう。玲次、お前もまだ昼飯食ってないだろ?」

「お、おう」

 

「……それではちょっと待っててください!」

 

 一夏の返答辺りで赤面し蘭は、ばたん、と音を立ててドアを閉めた。

 そしてとてとてと木製の床を走る音が遠くなっていく。

 

 音がしなくなった所で一夏はとても困り切った表情で口を開いた。

 

「――それにしてもアレだな。かれこれ3年近くの付き合いになるけど、まだ俺に心を開いてくれないのかねぇ……」

 

「「ひょっとしてそれはギャグで言ってるのか!?」」

 

 玲次と弾、考えがシンクロしたのか、台詞とタイミングまで被ってしまった。それを気にする程両者に余裕はない。二人とも自分の家族が一夏に惚れているという状況だ。しかも本人が言わずとも端から見てバレバレなのもまた同じ。

 

「ギャグな訳ないだろ。ほら、なんかよそよそしいしさ。てかお前ら直ぐ仲良くなったよな。あいつともそんな風になりたいんだがねぇ……」

 

 もうなっとるっちゅーの。――という玲次と弾の心の叫びも一夏には届く訳も無く、心の底でぐるぐるとのたうち回って自然消滅していく。

 

「――家族絡みで苦労しているのはおれだけじゃないようで……五反田氏」

「篠ノ之氏、お前もか……」

「うん姉がね……」

「友人が家族になる可能性なんて、考えたかァないな……」

「なろうがならなかろうが、おれはどっちでも良いけど、絶対妙な空気になるよねぇ……ま、当の本人が気づかなきゃそれ以前の問題だけどさ」

「ハハッ、違いねぇ」

 

 今後とも家族絡みで悩まされそうだ。そう思うと二人の気は重たくなる一方であった。

 

◆◆◆

 

 弾の部屋から出て一度裏口からでて再び表口に回って、引き戸を開ける。弾の話によると家の構造上そんな面倒な回り道をせざるを得ないようだ。

 食堂に入ると、今では珍しくなりつつある箱型テレビがワイドショーを流していた。客も疎らに黙々と昼飯を食べている姿が見られる。

 

 片隅のテーブルに玲次、一夏。向かいの席に弾と蘭で着く。既にテーブルには定食4人分が用意されており、野菜炒めの匂いが食欲をそそった。

 

「――そういや、蘭さぁ」

「は、はひっ」

 

 一夏が切り出すと蘭がしどろもどろになる。

 

「着替えたの? どっか出かけるのか?」

 

 一夏の指摘通り蘭の恰好はラフなものから一転して、髪をしゅるりと降ろし、ロングストレートの髪が照明を反射していた。服装も妙に息苦しい湿度の6月なので半袖のワンピース。裾からは白い脚が伸びている。僅かにフリルのついた黒いニーソックスと言い女の子女の子した格好に玲次は大体察した。

 

――あーこりゃ、対一夏用装備か。

 

 競争率は思いの外高いようだ。鈴音も箒も前途多難というべきか。

 まぁ、その問題の一夏が気付かなきゃまったくもって何の意味もないのだが。

 

「あぁ! デートか!」

 

 想像通りの反応に玲次も弾も呆れる気も湧かなかった。

 ムキになった蘭が反射的にテーブルを叩く。そら怒るわ、さもありなんと玲次は軽く肩を竦めた。

 

「違いますッ!!」

 

「ご――ごめん。無神経だった」

 

 蘭の迫真の訴えでにたじろぐ一夏。

 ハッと我に返った蘭が気を取り直して姿勢を改める。そして念押しするように一夏のデート発言を否定した。

 

「あ、いえ――兎に角違いますからっデートとかそんなんじゃありませんからっ」

 

 一夏が気付くのはいつになるのか、そして誰の想いに気付くのか。

 自身の家族が絡んでいる事もあって気になる所だ。しかし永遠に気付かない可能性が一瞬脳裏を過ったので玲次は考えるのをやめた。

 

 話が終わった所で弾が手を合わせ、玲次と一夏、蘭も続いて手を合わせた。

 

「「「「いただきます」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっとうますぎませんかね」

 

 ――と業火野菜炒めなる名物メニューを口にした玲次はボソリと感想を漏らした。

 一人暮らしの頃世話になった即席ラーメンやカロリーメイトの比ではない。そもそも比べる事自体が間違いだ。IS学園の食堂も悪くは無かったが、これは良い穴場を見つけたかもしれない事を思うと、こうして一夏の誘いに応じたのは大正解だったと胸を張って言える。

 立地的にはあまり何度も通える所ではないのが些か残念ではあるが。

 業火野菜炒めを作っていたであろう男性の姿がここから見える厨房で見える。筋骨隆々の男性であり、弾の話によると五反田食堂の大将らしい。

 

「でよう、一夏。鈴と、えーと、誰だっけ。件の篠ノ之の姉貴と再会したって?」

「あぁ、箒な」

 

「――ホウキ……? その人とはどんな関係で?」

 

 一夏と弾の会話に蘭が怪訝な表情で割って入る。

 

「ん? 幼馴染。でもまぁ、お前らと知り合う前に引っ越しててさ久々に会ったって訳だ。こいつ(玲次)は箒の双子の弟にあたる」

 

 一夏の説明に蘭の頬に冷や汗のようなものが伝う。明らかに焦っている様子だった。そして恐る恐る蘭は口を開いた。

 

「その、箒さんってどんな人なんですか?」

 

「カタイ、コワイ、ツヨイ、ミス・ブシドー」

「うん、大体あってるな」

 

 玲次の雑な説明に一夏はうんうんと頷く。恐らく蘭の脳裏には、仮面を付けた筋肉モリモリマッチョマンなゴリラめいた女がイメージされているであろうが、たちの悪い事に現実は蘭にも勝るとも劣らない美貌である。

 しかもIS学園に居るかいないかの差を考えると蘭には酷な話だがはっきり言って不利だ。

 だからこれ以上語るのは蘭に絶望を突き付けかねないので黙っておく。真実が常に人を幸福にするとは限らないのだから。

 

 

 場所は変わってIS学園の道場。仮面を付けた筋肉モリモリマッチョマンのゴリラのようなイメージを持たれた噂の女がくしゃみをした。

 

 

 

「そ、そうなんですか……」

 

 安心したのかホッと胸を撫で下ろす蘭の姿に玲次は複雑な気持ちになった。正直箒には悪いとは思っている。しかしこの恋する乙女に残酷な現実を突きつける程玲次とてサディストではない……多分。

 もしかしたら3年耐え切れば可能性が米粒レベルであるかも知れない。

 

 

 

「――決めました。私、IS学園を受験します」

 

 突然この人は何を言い出すのか。玲次と一夏、そして弾は蘭の宣言に目を丸くした。

 

「えっ、いや……そうは言っても筆記時点で倍率高いし、女性なら誰でもって訳じゃないんですよアレ。あとそもそもIS適性とか――」

「適性については大丈夫です!」

 

 玲次のツッコミに対して蘭は一切怯まなかった。それどころか自信満々な態度だ。前々から宣言する気だったのかポケットから何重にも折り畳まれた紙を取り出して弾に突きつける。

 弾は渋々その紙を開くとIS適性試験結果と書かれた文字列が姿を見せた。

 

「――マジかよ」

 

 内容を観て青ざめた弾が一夏と玲次に慌てて渡すと二人も驚愕の色に染まった。

 

「判定A……」

「まじでか……」

 

 前言撤回。

 もし一夏が1年間気付かないままであったら蘭にもチャンスがある。一気に可能性が上がったという事だ。ランクAとなるとSランクという規格外(ブリュンヒルデ級)を除外すれば実質最高ランクだ。

 その時、IS関連の人材発掘の一環として希望者への適性検査を政府主導で行っていた事を玲次はふと思い出した。

 弾はあれこれ文句を言っているが蘭は聞く耳を持たない。弾の文句によるとどうやら蘭の今通っている中学校(今は中学3年生のようだ)は大学までエスカレーター式でそれも他の学校には疎い玲次でも知っているレベルのネームバリューを持つ名門校だった。

 窮した弾が食べ終えた所で一夏のもとへと近寄ってから肩を掴んだ。

 

「――お前、すぐに彼女作れ! すぐにだッ!」

「あ? いや、なんで俺がお前に言われて彼女を――」

「これは指図でもなんでもない、切実な願いだッ!! 作ってくれ! 今年――今年じゃ遅い、今月中にだッ!」

「――無茶言うなァ!」

 

 玲次は弾に心底同情した。

 IS学園のネームバリューも相当ではあるが、今居る名門校を蹴ってまで行く所ではない。それに今IS学園が置かれている状況は――

 一夏は意を決して真剣な顔で蘭に向き直った。蘭は何を言うのか期待半分不安半分で耳を傾ける。そして重々しく口を開いた。

 

「ここ最近物騒だからなぁ。あの学園、防衛システムがあるとはいえテロの標的だし、この先何が起こるか分からない。まだ時間はあるんだからよく考えろよ。自分の命にも関わる事だから」

 

 男尊女卑の回帰を図るテロリストからすれば、悪の総本山とも言えるのだ。

 そして得体のしれない無人のISが襲い掛かって来る今を思えば、玲次も一夏もIS学園入学を蘭に勧めはしたくはなかった。折角名門校にいるというのに。あの無人機事件は既に部外者への吹聴は禁じられているのでどうにかして訴えたかったが、やんわりと言う以外一夏にはネタがなかった。

 

 

 その時――著名人のゴシップを下世話に取り上げていたワイドショーの上画面で突如、緊急速報のテロップが流れた。

 

『13時14分東京都A区のB銀行X支店周辺にて自律兵器が出現、一帯を占拠――』

 

「「!?」」

 

 報じたのはこの下町そう遠くはない場所だった。電車で行くならば2つ先の場所。ISならひとっ飛びで辿り着く。一夏はテレビに映っていた情報をしっかりと目に焼き付けてからこの五反田食堂から飛び出した。

 

「お、おい一夏!? 何処行くんだ!」

 

 弾の制止の声が一夏の耳に届く事は無かった。蘭は呆気に取られ、続いて玲次も立ち上がる。

 

「ちょっとあいつ追いかけて来る、すぐ戻るから! それとご馳走様でした! お代置いときます!」

 

 そう言い残して玲次は財布から引き抜いた1000円札を4枚机に置いて一夏を追い五反田食堂を飛び出した。お釣りを受け取る余裕はない。

 一夏が向かう先は考えるまでもなかった。




 当事者と第三者とじゃ感じる事も色々違うもの。


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24 Wolf eyes

 ISの機動力であれば十数キロ程度大した距離ではなかった。

 問題の現場に居るのはいつもの四脚型が3機現場の銀行周辺を脚部のローラーで走り回って警戒している。

 大手の支店だ。それなりの金が動いているであろうことは想像に難くはない。テロの資金供給のつもりだろうか。一夏が真っ先に飛び出そうとした矢先、玲次は慌てて手で制した。

 

「迂闊だ」

 

「なにをッ!」

 

「先ずは状況を確認してから突っ込むとこでしょ。状況もまともに分かってないのに突っ込む奴がいるかい」

 

「そんな事やってる時間はッ――」

 

 制止を振り払い、真っ先に突っ込んでいく一夏に置いてけぼりにされ玲次は「ったくもー」と悪態を吐いた。索敵モードに移行し、市街地内で暴れまわっている自律兵器の数を確認すると、そこまで数は居なかった。目視で確認できる3機の他に、やや離れた位置で1機確認出来る。

 流石に強盗なだけ小規模だ。ただ問題が一つあった。支店にもう1機自律兵器の反応があるという事であった。

 

 慎重に行動しなければ余計な犠牲を出す恐れがある。先行した一夏に玲次は、その敵の数と状況を連絡し、店内の自律兵器には後回しと釘を刺した後行動を開始した。

 

 

 ◆◆◆

 

 一夏が表で暴れまくって注意をあちらに引き付ける事が出来ているという事と、索敵を入念に行い自律兵器を意図的に避けていったのが功を奏し、支店付近までの接近は滞りなく成功した。

 銀行強盗の成功率は今時低い。仮に成功したとしても紙幣番号を調べられれば割り出されてしまう。だからそうされないように資金洗浄(マネー・ロンダリング)を行うのだが、その手間を考えるとそうそう出来る事ではない。

 しかしその手間をかけてまでやる事となるとそれは――

 

 あの白騎士事件を上回る惨劇がまた起きるという最悪の展開が玲次の脳裏を過る。想像した瞬間寒気がした。

 白騎士事件、1999年にて起こった戦後最大規模のテロ事件だ。白騎士の出現が無ければ東京は火の海と化していただろうと声高に叫ばれる、かの惨劇。

 あの事件の再来など冗談じゃない。何としてでも阻止はしたいと玲次は思う。

 

 

 ……本題に戻ろう。現状最大の問題が一つ。

 仮に人質が居る場合、迂闊な立ち回りをしてしまうと人質に危害が及んでしまう可能性が十二分にある。

 道中には人の亡骸が幾つも転がっていた。レーザーで焼き切られた誰かの腕、どこの部位なのかわからない肉片、燃えた衣服。

 相手は無抵抗な人間相手の殺しに躊躇いはない事を雄弁に物語っていた。

 

 玲次は舌打ちしながら、建物の陰に隠れて索敵モードで内部の様子を見る。出入口は随分と乱雑な侵入をしたらしく、透明なガラスの自動ドアはかなり乱暴に破られてしまっていた。

 他の窓ガラスは指示によるものなのか、カーテンで覆われていて外の様子は見えないようにされている。しかし索敵モードのハイパーセンサー相手では役者不足だ。内部は見え見えだ。

 

 内部ではかなりの人数の人が伏せられている。数名ピクリとも動かないのは死体だろうか。

 その中でひときわ大きな熱源反応が動き回っていた。ここはプロに任せるべきか。しかしこのまま悠長に待っていればそれこそテロリストに資金を持って行かれ、今後犠牲が増える事を思うとあまり待ってはいられない。

 

『玲次、聞こえるか?』

 

「どした」

 

『こっちはもう片付けた。今からすぐ行く』

 

「あー、ストップ、ストップ。現状待機。でもいつでも動けるようにスタンバっといて」

 

『何でだ』

 

「こっちに考えがある。現在依然として犯人は籠城中。ただこの状況で出ない訳にはいかないって状況に追い込めた訳だ。必要あったら呼ぶから。それともう一つ。おれが居る事を悟られないように」

 

『お、おう』

 

 困惑気味な返答をする一夏を他所に玲次は通信を切った。今玲次には電磁迷彩という手札がある。しかし使い時を誤れば地獄絵図と化す諸刃の剣だ。

 一夏が手ひどく暴れてくれたお陰でテロリスト連中は慌てている事だろう。

 

 このまま犯人が行う選択肢は2つ。

 籠城作戦。増援が来る前の強行突破。前者は悪手だ。それも隠した脱出手段が見つからなければただの時間潰しに終わる。自律兵器を使う以上多少強気に出る事は可能と思われる。多少無茶し、領域を離脱した後犯人に金を運び、役目を終えた所で自爆なりして証拠隠滅を働くのがベターと言えよう。

 仮に前者を選ぼうと電磁迷彩で強行突入を行うのでどっちにしろ彼らには詰みという結果しか残らないだろうが。

 店から出るのは時間の問題だ。

 その時、自律兵器が出入口に向かおうとし始め玲次は咄嗟に身を隠した。

 両サイドにアームが付いており、職員の女性が一人ずつ拘束されていた。加えて動きが速い。脚部に付いたローラーを回転させ、放置された乗用車を避け乍ら猛スピードで走っている。ぼやぼやしていると戦闘領域から早々に離脱されるのは時間の問題だ。

 

「一夏、出番だ。犯人は人質2名を抱えて南西の方角に逃走を開始。多分金も持ってると思われる」

 

『何だって!?』

 

 慌てる一夏に玲次は抑えた口調で続けた。

 

「人質が居れば下手に立ち回り出来なくなるし、人質を生かしてかつ、犯人を潰すというのは難しくなるだろうね。まず一夏には先回りして足止めをしてほしい。おれに考えがある」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 玲次の指示通り逃走中の自律兵器の進行方向に先回りしていく手を阻んだ。雪片弐型の切っ先を逃走中のそれに向けて止まれと敵対の意志を露わにする。

 

「そこの自律兵器、止まれ!」

 

 すれ違いざまに一刀両断される事を恐れたか自律兵器は減速を始め、ブレーキをかける。捕まった女性は走行にかかったGに耐え切れず片方は失神し、もう片方は完全に恐慌状態に陥り意味不明の言葉を辺りにまき散らしながらもがいていた。あんな尋常でない速度で振り回されては鍛えていない人間が平気でいられるはずが無いのだ。

 

『君は――織斑一夏か?』

 

 自律兵器から機械を通した男とも女とも判別がつかない音声が発せられた。この機体は作戦の要だからかモニターしていたようだ。

 

「あぁそうだ。その二人をはやく降ろすんだ」

 

『それは出来ない。君も男であるならば道を開けろ』

 

「この状況と性別が一体何の関係があるって言うんだよ」

 

 男であるならば。その物言いはどうも好きにはなれなかった。自分への戒めや奮い立たせるニュアンスであれば幾らでも使うが、他人に言う台詞としてはどうも気に喰わない。一夏の眉間が僅かにしわを作った。

 

『……君は可笑しいと思わないのか。この女尊男卑というふざけた世界に疑問を持たなかったのか? かつて男尊女卑を声高に批難し、男女平等を謳っておいて今や立場が逆転しただけ、いや、それより劣るような有様にしてしまった事を国ぐるみでやっているこの惨状を見ろ。男女平等を盾にして好き放題やったバカ共のやった事を知らない年齢ではあるまい』

 

「今の時代がおかしいかろうがおかしくなかろうが、こんな事が許される訳がないだろ、罪もない人を平気で殺して……お前らこそ何も思わないのか……!」

 

 確かにあの音声の言う通り、一夏はこの世界はおかしいと思いはしていた。けれどもそれは虐殺を正当化する理由には決してなりはしない。

 彼らはその越えてはならない一線を平気で踏み越えている。

 女尊男卑に対して思う事があるという点では確かに同じではあるが、何故平然と罪のない人間を殺せるのか一夏には理解が出来なかった。

 この街にも命だったものが転がっていた。機銃で全身に穴を開けられ血だまりの布交じりの肉片と化したナニカ、レーザーで焼き切られ、人肉が焼かれた特有の悪臭を漂わせる物体。先ほどまで物を考えて必死に今を生きて来た者を、ただの物言わぬ、考え得ぬ肉片にした事が一夏にはただただ許せなかった。

 

『この世界を享受した軟弱もの共に罪が無いとでも言うのか。あんな立ち上がりもしない無能(クズ)など死んで当然だ。……心配するな、この死を切欠に立ち上がる新たな同志も現れるだろう。この死を以て生き延びた者達に切欠を与えてもいる。これを機に生き延び、我々の下へとくるのであれば歓迎するつもりだ。現に支店内の人員は半数以上敢えて生かしたし警告もした』

 

――狂っ(イカれ)ている。

 

 底知れぬ不気味さと悍ましさを感じた。それが人間のやる事なのか、と疑いたくなるほどに。

 同時に彼の言葉で一夏の中で何かが切れた。

 

――あぁ、こいつらは許しちゃいけない奴だ。放置してはいけない奴だ。

 

 超えてはならない一線と言うモノがあるのだ。彼らはそれを正当と唱えていた。死んで当然、と。

 そんな事で殺されるなんて冗談じゃない。殺された彼らにも今日や明日に予定があった筈だ。それを平気で奪って、ぶち壊す権利があるのか。そちらの勝手な都合で。何が考える機会だ。ただ反感を生んでいるだけだろうに。余計な憎悪を増やしているだけだろうに。

 

「冗談じゃない……あんたらの勝手な都合で殺されるなんて、冗談じゃない。お前たちのやってる事は余計な憎しみを増やしてるだけだ」

 

『ISに乗れるからという特権意識で女どもと同じようになったのか!』

 

 無機質的な合成音声に感情が乗った。操り主の怒りと怨嗟がひしひしと伝わって来る。

 しかし怒りたいのはこちらの方だった。

 

「何が特権意識だよ……」

 

 一夏は一歩踏み出す。すると自律兵器の装備した機銃が一夏の足元目掛けて火を噴いた。

 

『来るな。こちらに手を出せばこの女も無事では済まない。……人質は2人。1人死んでもさしたる損失はない』

 

 なるほど。だから人質が1人ではないのか。相手が往生際悪く引き下がらないのであれば見せしめに一人殺す事も出来る。相手は殺す事に躊躇いは無いのは間違いない。一夏の心情としては、2名とも救い出したい。故に相性の悪い相手であった。

 一夏一人でどうにかなるような状況ではない。

 

 こんな時セシリアや鈴音が羨ましくなる。セシリアは手数が多くBT兵器を持っている。鈴音は見えない弾丸を放つ事が出来る。こんな時二人のISのような力があれば、と少し思うも、所詮は無い物ねだりだ。

 一夏の白式には得物一本だけ。それしかないのだ。

 

 

 その時、玲次から通信が入った。

 

『一夏。そこを動かず静かに聞いてほしい。一夏には、(ライトアーム)女性(ヒト)をアームを叩き斬って助けてほしい。おれは(レフトアーム)の方を助ける。タイミングはおれがカウントダウンをするからそのタイミングでね』

 

「……!」

 

 一体玲次は何処に居るのだろうか。センサーには一切反応が無い。一夏は気になったが、今この状況で詮索しても仕方が無かった。玲次に何か考えがあるのは間違いないが。

 

『じゃ、いくよ。3、2――』

 

 カウントダウンが始まり、一夏は息を呑む。今は玲次を信じるしかない。

 雪片弐型を握る手が震える。タイミングを逸すれば人が死ぬのだから当然だ。今、自分の背中には人の命が重くのしかかっている事を再び実感した。

 

『さぁ、武器を捨てろ。さもなくば』

 

『1、GO!』

 

 さもなくば。その先の言葉を聞くより先に両方のアームが本体から外れた。否、正しくは斬られたと言うべきか。一夏がライトアームを斬り捨てたのだ。一方レフトアームは一夏が切り落とすまでもなく綺麗に寸断された。

 

 ライトアームに捕縛されていた女性を地に落ちる前に受け止め、一夏が受け止めなかったレフトアームに捕縛されていた恐慌状態だった女性は何故か宙に浮いていた。既にその女性も疲弊したのか失神している。

 よく見ると宙に浮いている女性の周りの世界がやや歪んで見えた。……誰かが、いる。目を凝らすと人型のナニカが女性を抱えていたのだ。ハイパーセンサーには何の反応も無い事からこの人型のナニカの正体を察するのは容易い事だった。

 人型のナニカは自律兵器が反応するより先に動き、自律兵器を蹴り飛ばした。

 自律兵器は4脚型でローラーもあるので安定性は高いはずだった。しかし、脚部のローラーが停止していた事もあって受けた衝撃を逃がせずガシャン! と喧しい音を立てて転倒した。

 

「さもなくば――何さ?」

 

 人型のナニカが問う。その声でその正体は一体何者なのかという疑念は確信へと変わった。

 女性を浮かせた透明のナニカが徐々に正体を顕していく。機械造りの黒と紫の装甲。そして装甲の無い部分から見せる私服、そして、能面のような表情と化した

 

「玲次……!」

 

「お待たせ」

 

 軽快な物言いながらも顔は一切笑っていなかった。

 玲次は建物の陰に女性を隠し、倒れた自律兵器を一瞥した。起き上がる手段を喪った自律兵器は姿勢制御用のサブアームを展開して起き上がろうとした矢先、玲次の容赦ない時雨による射撃が脚部を1つ砕いた。バランスを損ねた自律兵器は再び転倒し、玲次はそれを見下ろした。

 その隙に一夏も抱えた女性を同じ場所に遠ざける。

 

『お前は篠ノ之玲次か⁉︎ 諸悪の根源篠ノ之束の……』

 

 ガチャリ、と音を立てて格納されていた機銃の砲口が玲次に向く。しかしそれから先の言葉を紡ぐ時にはもう時雨の銃口に硝煙がたゆたっていた。

 完全に再起不能になるまで機銃と脚部に鉛玉を撃ち込み、先の言葉が銃声と破砕音とノイズにかき消される。静かになった時には既に自律兵器の表面装甲は無残な姿となっていた。

 

「お前らが奪った金、返してもらうよ」

 

 刀にこびりついた血をやゴミを払うように時雨を一振りして硝煙を払った。後は自衛隊なりが中身を解析するなり、金を取り出すなりすれば解決だ。

 と、油断したのがいけなかった。

 大破した自律兵器が突如、内側から爆ぜた。

 

「――ッ」

 

 ――自爆ッ!?

 

 爆発の規模は小さかったとは言え、鼓膜が破れかねない音が一夏と玲次を襲い、思わず守りの体勢に入る。幸いISの防護機能が働いたから良かったものの、生身なら聴力を失っていただろう。幸い生身の人質2名は若干離れた距離に居た事もあって難を逃れた。

 機械の破片と先ほどまでは札束だった紙片があちこちに飛散する。

 

「現金吹っ飛ばしたのかあいつら……」

 

 ひらひらと舞う紙片を被りながら一夏はボヤいた。証拠隠滅の為の自爆だろう。やられる側からすれば迷惑極まりないが。ロストした金は事件後ちゃんと補てんされるのだろうかと若干どうでも良い事を思いながら深く溜息を吐いた。

 

「これで終わり……なのか?」

 

 一夏が肩の力を抜こうとした矢先だった――

 

「ッ――一夏伏せろ!」

 

 気付けば白式がアラートをやかましく鳴らしていた。玲次の叫びが耳朶を打った所で間髪入れずに身を低くさせた。玲次は時雨の引き金を一夏の頭があった場所目掛けて引く。一夏はそのまま玲次のもとへ駆け、後ろのナニカから距離を取る。

 

「――吸血鬼(ヴァンパイア)

 

「一夏チャン、玲次チャン、おひさー」

 

 背後から襲い掛かったナニカが誰なのか。

 忘れる筈も無かろう――あの高速道路で現れた女だった。手をヒラヒラと振っている。

 このタイミングで現れるとはテロリストと組んでいるのか。いや、それは些かおかしな話だ。ISを毛嫌いしているような連中がISを戦力とするのかと言われれば疑わしい話だ。

 単純に間が悪いだけなのか。

 まだ気絶している生身の人間が近くに状態で迂闊に戦えば巻き添えを食うのは目に見えていた。一夏の脳裏には高速道路での惨状が鮮明に甦って来る。

 

「一夏、おれが隠した人も連れて逃げろ」

 

 玲次のいつになく真面目な口調に戸惑いながら一夏は問う。

 

「お前はどうするんだ」

 

「おれはコイツとやり合ってる。足止めは必要でしょ? 慎重になり過ぎてサボった分は仕事する」

 

「死ぬ気か?」

 

「死なないよ。どうせ死ぬなら畳の上だ。……おれたちが死なないようにするには全力で戦う必要がある。まず丸腰の人を戦闘領域から離さないと。巻き添え喰らわせたいなら話は別だけど……ね?」

 

 確かに、2名とも自力で逃げる事は失神している都合上無理だろう。

 理屈は分かっても納得は出来ない。それは玲次を見捨てるようで我慢がならなかった。加えてあの女から逃げるというのも非常に癪だ。それでもなお、玲次は頑なに引き下がらない……引き下がる気は無いと玲次の背が雄弁に物語っていた。

 

「ッ……分かった」

 

 これ以上何を言っても無駄であると一夏は悟った。

 不本意ながらも了承し一夏は背を向けた。どっちにしろ生身の人間はIS対ISの戦闘の足枷だ。それぐらい一夏だって分かる事だ。それでも納得しがたい衝動のようなものが湧いてくる。

 その衝動を無理矢理振り切るように2名を両脇に抱えてから一夏は戦火の届かない場所目指して飛び去った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「おっと、ここから先は通行止めだ」

 

 吸血鬼が一夏を追うのは目に見えていた。先読みした玲次は時雨で追撃を封じる。狙い通り数発被弾した吸血鬼は脚を止め、両手に3本ずつ投げナイフを引き抜く。玲次も迅雷を一本抜刀した。

 本来ならば引き撃ち安定だが、足止めをやる以上あまり距離を開けてしまうのは悪手だ。

 

「あーあ、一夏チャン逃げちゃった」

 

 吸血鬼は不満を漏らしながらも、身体は機敏に動いていた。ナイフを3本玲次に投げつけた。

 咄嗟に上半身を逸らすことで回避する事は出来たが、回避成功時には既に吸血鬼が次の行動に映っていた。残り3本を指の間に挟み動物の爪のように持ったナイフで斬りつける。玲次はそれを時雨を持った腕の装甲で受けとめ、迅雷で突きを放つ。しかし吸血鬼が新たに呼びだしたナイフで突きを止めた。

 

 このまま取っ組み合いをやっても埒があかないと判断し、蹴り剥がそうにも吸血鬼が先を読んで後退して空振る。挙句、蹴りの隙を突かれて吸血鬼が6本丸々ナイフを投げつけ、玲次にヒット。ボンッ、と爆ぜた。

 

「――爆発ッ!?」

 

「まだまだあるよ――」

 

 新たに出現する投げナイフ――改め爆弾投げナイフを前に玲次は舌打ちした。当たり所次第ではあるが、1発でも数%シールドエネルギーを持って行かれる。それが6発直撃したものだから86%にまで落ちていた。

 

「フフフ……弾切れを狙っても無駄だよ。これはね、ISのエネルギーを物質化させたもの。望めば幾らでも造れるの。コアの力が許す限りはね」

 

 消耗戦。そんな玲次の発想も容易く打ち砕かれてしまう。

 一夏はどれだけ遠くに行けただろうか、と一瞬気がそぞろになった途端吸血鬼は玲次の直ぐ目の前まで距離を狭めていた。

 

「チィッ!!」

 

 後方に跳び避け時雨の引き金を引く。銃弾は全て吸血鬼が投げナイフを持った両手を眼にも止まらぬ速度で振るい、全てを弾き飛ばす。そして跳び避けた代償に玲次の背中が地面に触れる――より先にPICを作動させ身体を浮かせ、姿勢制御を行い無理矢理体勢を立て直した。

 

――生半可な射撃じゃ一発も入らないか……

 

 実力差は依然として開いたまま。あの無尽蔵に湧いてくる投げナイフが非常に鬱陶しい。3方向に飛来するナイフは彼我の位置によって回避距離を調整しなければ中心のナイフを避けたと思いきや左右どちらかのナイフが刺さるというアクシデントも起こる。つまり中心を避ける事に躍起になって大雑把に動けば別方向の一発を貰いかねないという事だ。

 避け辛い。挙句動きも速い。

 黒鉄の特殊能力は既に使い切っているので、電磁迷彩で闇討ちをかますという手は使えない。

 

 しかし見得を切った以上それなりの結果は出さねばならない。加えて及び腰のままでは、逃げられる危険があるので攻める必要があるというのは厄介な話だ。

 格上の動きを止めつつ、逃げられないよう攻めもする。この両方を要求されている以上保つ時間は防戦一方より短くなるのは必然だった。

 

 玲次は地面を蹴り、吸血鬼へ一気に距離を詰める。

 

 逆手持ちにした迅雷をアッパーカットの要領で振るい、横に避けられた次の瞬間、追撃の一発に回し蹴りを放った。

 

「おっと……」

 

 また防がれる。しかし衝撃は殺しきれず、吸血鬼の脚が地面を滑った。玲次は黒鉄のスラスターに火を吹かせて時雨の引き金を引きつつ追撃を開始。弾丸の行く先は吸血鬼の手元そのものであった。

 

「……つッ!?」

 

 予想外の狙いで意表を突かれた吸血鬼の手からナイフが零れ堕ちる。この瞬間こそがチャンスだ。

 打ち込み、抉るように。順手持ちに直した迅雷を吸血鬼の腹部に渾身の力を込めて叩きつけた。

 

「かはっ⁉︎」

 

 吸血鬼の表情が初めて苦痛に歪んだ。

 確かな手応えを感じる。迅雷の切っ先が吸血鬼の腹部にめり込み、搭乗者を守るべく作動したシールドとブレードが削り合いを始め、血の代わりに火花を散らす。ここで欲張れば手痛い反撃が飛んでくるのは目に見えた。証拠に吸血鬼は既に新しくナイフを精製している。

 これ以上の深入りは危険だと判断した玲次は即座に迅雷を引っこめ、バックステップで距離を取る。予想通り吸血鬼は反撃に投げナイフを投げ付ける。冷静に玲次はアンカーを鞭のように振るって悉く弾き飛ばし、弾かれたナイフたちは地面に次々とアスファルトの上で爆ぜた。

 

「まずは一発……!」

 

 先程の一撃は時間こそ短かったものの深く刺さった。それなりにシールドエネルギーを削る事は出来たハズだ。その確信を持っていた玲次は確かに実力差が以前よりは多少埋まっている実感があった。

 しかし、吸血鬼は余裕綽々の態度を崩さずにいる。

 

 やはりあちら側からしたら雑魚がもがいているだけなのかもしれない。しかし――

 

「油断してたなぁ……でも鴨が葱背負って戻って来たしいっか。今から本気出せば良いし」

 

――鴨が葱を?

 

 吸血鬼(こいつ)は一体何を言っているのか一瞬玲次は分からなかったが、黒鉄が白式の再出現を報せた時に吸血鬼の言葉の意味を理解出来た。――一夏が戻って来たのだ。

 

 チャンスでもあると同時に、出来れば自衛隊でも他の代表候補生でも良いから援軍も欲しかった所ではあった。しかしそこまでの判断をしろというのも些か酷な話というもので一夏を責める気にはなれなかった。

 それにしてもセシリアと鈴音は一体何処で何をしているのだろうか。自衛隊だって対応が幾らなんでも遅すぎる。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お帰り、一夏チャン?」

 

 それはヒトと言うにはあまりにも動物的な獰猛な笑みであった。喩えるならば好物を目にした肉食獣めいている。その狂気の孕んだ吸血鬼の笑みは玲次の背筋を凍て付かせるには充分過ぎるほどだった。しかし今の一夏の背筋を凍てつかせるには不充分だった。今の一夏は煮えたぎっている。

 

「あの時の借りは返させてもらう……!」

 

 零落白夜を起動させた雪片弐型を構える一夏を他所に玲次はセンサーを確認した。

 

 民間人を逃がし切れた今、増援が来るまで耐えて、数の暴力で袋叩きにするのが最善だろう。しかしその作戦を今の一夏が聞くかと言われればNOだ。もちろん、一夏を見殺しにするという発想は論外だ。

 加えて自衛隊やセシリアなど増援の兆しは依然として無い。期待するだけ無駄だとでもいうのか。

 玲次が今この瞬間すべき立ち回りは一つ。一夏の隙をカバーする事だった。

 

 迅雷を納刀し、代わりに烈火を呼び出す。時雨と烈火の二丁で仕掛ける。

 地面を蹴り、吸血鬼に向かって走り出す一夏の後方で射撃のチャンスを伺った。

 

「ハァッ!!」

 

 まずは一夏が水平に薙ぎ払うようにして雪片弐型を振るう。しかし吸血鬼は身を低くしてやり過ごし、返す刀に新たに精製した大型ナイフで一夏の腹部に狙いを付ける。

 

 玲次は横殴りに時雨を吸血鬼に撃ち、その攻撃をキャンセルさせる。咄嗟に吸血鬼がバックステップで避け、一夏との距離が空いたところで烈火の引き金を引く。グレネードの弾丸が山なりに吸血鬼に向かって飛んで行き、咄嗟に投げナイフで着弾前に爆破させた。

 しかし爆風まではどうにもならず、爆煙と共にその身が流された。

 

「前よりはやるようになったね。よーし――そろそろ本気出すね?」

 

 爆煙を突き抜け、吸血鬼はニタリと笑う。

 こんな状況でもニコニコ笑っていられる彼女に一夏は苛立った。

 

限定(リミット)解除(ブレイク)

 

 詠うような宣言と共に軽く投げられた6本以上の投げナイフが()()()()()()()()()。そして弾丸の如く玲次目掛けて()()()()()()()()()()()()()()

 全弾回避しようにも、軽い追尾をするので回避がままならない。

 仕方がないので射角に気を付けつつ時雨で狙い撃ち、弾き飛ばす事で漸く無効化にまでこぎつけた。弾かれたナイフたちは地面を転がって爆発四散して消えていく。

 

「――BT兵器擬き……舐めプだったというのかい……!」

 

 玲次は苦虫を噛み潰したようにしかめっ面になる。相手はまだ手の内を隠していた事実が玲次たちに絶望を叩き付ける。いつもの飄々とした雰囲気は最早見る影もない。

 一夏も玲次同様、焦りを見せている。

 

「良い顔だね。もっと! もっと見せて!」

 

「お前は……!」

 

 一夏が飛び出す。吸血鬼は一夏の斬撃を大きな動きで悉く躱しながら、空へと飛翔し挑発を繰り返す。

 

「こっこまでおいでー」

 

「ふざッけるなァ!」

 

 一夏が吼え、追撃を掛けていく中、吸血鬼がどさくさに紛れて何かを放り投げている事に玲次は気付いた。吸血鬼が居た地点に3本ずつナイフが浮遊している。

 

――置きナイフという奴か!?

 

 吸血鬼の意図に勘付いた玲次は浮遊しているナイフ目掛けて時雨で撃ち落とす。しかし全て撃ち落とすより先にナイフが先に動いた。大半の狙いは一夏。そして数本程度が玲次を狙っていた。

 数本で玲次の足止めをしつつ、大半のナイフで一夏に致命傷を負わせるつもりなのだろう。

 

 一夏は頭に血が上っているからか、置きナイフに全くと言って良い程気付いていない。このままではやられるのは時間の問題だ。

 

「させるかッ――」

 

 足止めのナイフたちをアンカーを振るって弾き飛ばし、一夏を狙うナイフたちも落とすべくロックオンをしようにも如何せん数が多すぎる。全て落とす事は不可能だろう。

 既にナイフの切っ先が一夏に向き、動き始めている。ここから先やるべき行動は――

 

 アンカーを振り回しつつ、時雨で狙い撃つ。正確性は度外視した戦法で可能な限り被害を減らしつつ残りはこの身で攻撃を受けた。

 

「――玲次ッ!?」

 

「ちっとは後ろに気ィ配ってくれないと……身は一つしかないんだから何でもかんでもカバーはし切れないって」

 

 ぼやきつつ被害状況を確認。管制システムがアラートを鳴らしていた。黒鉄の量子回路が数か所ダメージでショート。おかげで四肢が重く、レスポンスもワンテンポ遅れている。戦闘開始時と同じようにするには些か時間がかかるようだ。

 内部だけではない。外部のダメージも甚大だ。

 煤に塗れた黒鉄の装甲が所々爆発で欠損しており、シールドエネルギー残量も10%を切っている。

 

――多少出し抜いたからって思い上がるものじゃないな……!

 

 一夏が吸血鬼と鍔迫り合いを行う中玲次は自嘲の笑みを浮かべつつ黒鉄をゆっくりと地上へ降下させた。このまま戦闘続行した所で一夏の脚を引っ張るだけだ。実質的な戦闘不能状態であった。

 

◆◆◆

 

――何をやってるんだ! 俺は……!

 

 煙を上げ離脱していく黒鉄を見て一夏は我に返る。

 吸血鬼を倒す事だけに拘り過ぎた結果、周囲の状況確認がおざなりになっていた。その結果が黒鉄の大破だ。加えて一撃も相手に叩き込めていない体たらくだ。

 

「くそッ……!」

 

 悪態を吐くより先に新たに投げられたナイフが一夏を襲う。既に行動が分かっていた一夏は雪片弐型で弾き飛ばしつつ可能な限り躱すが如何せん数が多すぎて捌き切れない。白式が耳の保護の為に掛けたフィルター越しで、耳をつんざくような爆発音を聞かされながら一夏は苛立つ。

 

「ほらほらほらほら! もうお仕舞い!? つまらないなぁ!」

 

――こんな所で

 

 飛来するナイフたちは一夏の前方にだけでなく背後からも、上方からも、下方からも襲い掛かる。喧しく鳴り響くアラートから間もなく、バスケットボールを勢い良くぶつけられたような衝撃が一夏の全身を襲った。

 吸血鬼は縦横無尽に舞うように飛び回りナイフを仕掛けていく。物量で攻める吸血鬼と白式の相性はすこぶる悪かった。

 

――こんな所で俺は

 

 足、腹、胸、腕、顔、背中。四方八方から襲い来る物量の暴力はようやっと収まりを見せると、とうとう白式のバランサーが狂い、PICが切れて地上へと敢え無く堕ちた。

 幸い、シールドエネルギー残量が完全に切れた訳ではないが、残量は僅かしか残っていない。

 零落白夜の分を合せると、これ以上ダメージは絶対に受けられない。

 

「本気出して損した。こんな程度かぁー」

 

 心底つまらなそうに吸血鬼が爆煙と粉塵の向こう側で嗤っている。あの女を叩き斬らないまま俺は終わるのか。――否、断じて否。

 あんな奴に負けたまま終わる等絶対に出来ない。したくない。姉ならばきっとこんな終わり方はしない。――まぁ、姉ならそもそもこんな風に追い詰められたりしないだろうが。

 たった一人も守れないで、何の意味がある。仲間という代償を支払ってでも負けるなどやってはならない事だ。

 この白式は一体何のためにある。

 

――守る為だろう? 

 

 元々仲間という代償など払ってはならぬものだ。あの無人機との戦いでも鈴音や玲次に大きな負担を掛けた。

 

――俺が皆を守らなければならないのに

 

――俺は織斑千冬(ブリュンヒルデ)にならなければならないというのに

 

 むくりと起き上がり、ふらりと幽鬼の如く一歩踏み出す。全身が鉛のように重かったが、不思議と思考だけはクリアだった。次に何をするべきか、何となく分かる気もする。黒々とした爆煙を抜け一夏は雪片弐型を構えて振り絞るように言葉を紡いだ。

 

「まだだ……まだ、終わっていない……ッ!!」

 

 

 

 その時――破損した黒鉄を立て直していた玲次には、一夏の瞳は禍々しい金色に書き換わっているように見えた。




 久々の金目登場。前回は一瞬ではありましたが今回はちゃんと戦闘します。


 篠ノ之 束 
性別;女性 
年齢:推定20代
 機械工学、生物学、そのほか様々な分野に精通した所謂天才
 玲次、箒の姉であり、ISの生みの親。
 性格は絵にかいたような変人であり、奇天烈な衣装を身に纏い、加えて好き嫌いが激しい事で有名。当然友人も少なく、千冬は彼女の数少ない『友人』と言えるものだった。
 1999年、東京に出現した自律兵器の無差別破壊を前にISをけしかけ、東京壊滅という最悪の結末(だいさんじ)を未然に防いだことで白騎士事件の英雄と評された。しかし行き過ぎた評価もあるのも事実であり、女尊男卑を加速させてしまう一因となってしまっている(本人にその気があったのかは不明ではあるが)。
 2006年の静岡県某所の研究所にて発生した大規模な爆発事故により消滅(バニシング)する。


 一夏の瞳は禍々しい金色に書き換わっている
関連話:11話、24話
 玲次との戦闘時と、吸血鬼の戦闘時に発動した現象。一夏の瞳の色が黒から金色に書き換わっており、凡そ人間の瞳とは思えない禍々しい光を放っている。
 白式独自のシステムではないかと玲次によって推測されているが真相は不明。当人の一夏には僅かながら頭の中がクリアになったなどと言った自覚こそあるがあまり大きな事としてとらえてはおらず、ゾーン体験みたいなものと切り捨てている節がある。

 ナイフ爆弾
関連話:24話
 吸血鬼が使用した武器。着弾(つまり刺さる)と爆発を起こす仕組みとなっている。
 リミッターを切ると軽い追尾機能まで付いている上に浮遊機能まである為、いわゆる置きナイフといったトリッキーかつ物量に任せた戦法が可能である。

 自律兵器(オートマトン)
関連話:1、2、7、8、20、24話
 本作のオリジナル要素。
 AI制御によってあらかじめプログラミングされた行動を行う機動兵器。人的損失が無く搭乗者が居ない為乗員の安全性度外視した行動が可能。1994年のとある紛争にてその姿を現した。
 加えて安価なためIS登場以前は最強の兵器として君臨していた。しかし1999年の白騎士事件にて最強の名は返上させられる憂き目に遭う。
 AI制御の都合やコスト面の問題もあり、四脚型や小型戦闘機タイプなど非人型のシルエットが主流。
 現在IS登場後使用の規制が国際的に働きかけられたものの、それを拒否している国家も少なくなく、テロリストの主力としても現役で使われている。日本国内のテロ件数の爆発的な増加はこの兵器によるものと言える。


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25 雨が降る

「――へぇ。一応、()()()()()ってワケか」

 

 吸血鬼もまた、一夏の変容には気付いていた。知らぬ気付かぬは変容した本人のみ。幽鬼の如く立ち込める煙から現れた一夏は金色の双眸に吸血鬼を映しながら、雪片弐型を構え――駆けた。

 速い。先ほどまでの動きが嘘のようだ。

 一瞬にして詰め寄った一夏は雪片弐型を振るい、紙一重で吸血鬼は避ける。

 

 回避した次の瞬間、一夏の姿は消えた――否、吸血鬼の背後に回り込んでいた。

 

 

 何故ここまで速くなったのか。

 ISが性能向上を起こすのは搭乗者の状態とISそのものがシンクロした場合だ。本来ISとは人間と二人(?)三脚で稼働するマシンなのだ。

 なぜこのような事になったのか。考え得る可能性は2つ。

 白式が一夏に合わせようとした。順当に考えればこの発想に至る。しかし白式には外見的変化は一切ないのが些か引っ掛かる。

 

 もう一つの可能性はその逆、一夏が白式に合わせるようにした。

 あの金色の眼を見るのは2度目だ。いずれも急に動きが変わったのは同じだ。白式の変化が見当たらない事実を踏まえると、そう言った推測が出来る。

 

 無論この考えにも反論できる要素はある。玲次が知らない力が白式に元々内蔵されていた――とか。

 ……いずれにせよ白式をバラして調べなければ不毛な話になるだろう。

 

 無論、無断の解体を倉持技研が――一夏本人が許すとは到底思えないが。

 

 一夏の斬撃を避ける吸血鬼、見るからに追い詰められているのにも関わらず表情は明るく、目は爛々としていた。得物の刃渡りは一夏の方が上、加えて動きに隙が無くなったとなると吸血鬼のほうが圧倒的に不利だ。だのに何故、この女は追い詰められているような表情を見せないのだろう。

 

 一夏は切っ先で石ころを掬い上げるように雪片弐型を斬り上げ吸血鬼がバックステップ躱そうと試みるもワンテンポ遅れて胸部を掠めた。

 しかし一夏の背後に浮遊したナイフが隙を伺っていた。背後から狙い撃つつもりだ。

 既に気づいていた玲次は時雨で狙い撃った。

 

「――させるか」

 

 次々と浮遊していたナイフがあらぬ方向へと弾き飛ばされて地面に落ちていく。

 しかし上空にもまだナイフたちは残っていた。しかも時雨の射程外だ。玲次では手の打ちようがない。雨のように一夏に落ちるナイフの群れ。しかし――一夏は脚を動かす事無く、雪片弐型を天に掲げた。零落白夜で発生した光刃の切っ先が輝き、一体何をする気かと思えば、刀身を扇風機の如く回転させ、降り注ぐナイフの雨を弾き飛ばした。

 

「――ッ!」

 

 吸血鬼は続けてナイフを一夏目掛けて投げつけるが、雨を防ぎ切った一夏は物怖じせず次なる行動に移った。襲い来るナイフに向かって走り、雪片弐型の刀身で防いでいく。

 先程の戦闘までの行動からは想像もつかないような正確無比な動きで再度吸血鬼に肉迫し、接近時の勢いに任せて突きを放つ。

 

「甘いよ!」

 

 軽々と横に避けられる。既に読んでいた一夏は間髪入れず掌底を吸血鬼の顎に叩き込んでいた。大きく体を逸らせ怯む吸血鬼に一夏は容赦なく雪片弐型を振り下ろした。

 ザシュッ、と雪片弐型の光刃と吸血鬼の絶対防御が衝突し合い、派手に火花が散る。

 

 ――まだ浅い!

 

 確かに直撃したが、寸前で吸血鬼が反応し上体を無理矢理動かした事で致命傷を避けたのだ。それでも大ダメージになったのは事実だ。更に次の行動に入ったのは一夏の方が先になる。

 一夏がもう一撃加えようとしたその時――

 

 雪片弐型の割れた刀身の合間から伸びていた光刃が――――

 

 

 消えた

 

「――くそっ、間に合わなかった!?」

 

 振り下ろすより先に消えた光刃を苦々しげに睨む。

 しかし睨んだ所で消えた光刃は戻りはしない。

 

「ッ!?」

 

 吸血鬼が振るうナイフを咄嗟の反応で避ける。絶対防御が無くなった今、掠っただけでも致命傷は避けられない。一目散に後退した後、実体剣状態の雪片弐型を構える。しかし勝算はゼロだ、最早手詰まりと言う他無い。

 

「ふーん、もうエネルギーは無いんだ。じゃぁ、あたしと一緒に来てよ?」

 

「――誰が来るものかよ」

 

 あんな平気で人を殺せるような奴に降伏するなど真っ平御免だと、一夏はあくまで拒絶の意志を示す。

 そんな中玲次は神妙な表情をして時雨の銃口を吸血鬼に向けつつ、呟いた。

 

 

 

「うん。確かに行く必要はない」

 

 どうしたんだ――と一夏が問うより先に大きな弾丸が空から吸血鬼目掛けて飛来した。咄嗟に吸血鬼は後退する事で躱すも地面への着弾によって発生した衝撃波に吹き飛ばされた。

 土煙が舞い、吸血鬼の姿が見えなくなる。

 思わぬ横槍によって集中力を切らされ一夏の瞳は金色の輝きを失い黒の色に戻っていった。

 それぞれのISがその弾丸を撃った者の情報を報せに来る。

 

「軍人さんが来たみたいだ。生憎、自衛隊じァゃないみたいだけどね」

 

 ISのハイパーセンサーを利用してその弾丸を撃って介入して来た者の姿を確認した。

 蒼い空に――黒い機影が一つ。

 

 漆黒の四肢、右肩部に大型のカノン砲が付いている。背中には二基の非固定浮遊部位が浮いている。恐らくあれがスラスターと思われる。

 ドイツ第3世代型IS――シュヴァルツェア・レーゲン。それが介入者のISの名だった。

 

 搭乗者は流れるような長い銀色の髪を持つ小さな体躯の少女だった。それ故に――左目の黒い眼帯が異彩を放つ。怪我でもしたのだろうか。

 銀色の髪の少女は一夏の前に降り立ち――

 

「危ないッ!!」

 

 一夏が叫ぶと同時に立ち込める土煙を突き破って幾つものナイフたちが少女目掛けて飛んできた。このままだとこの少女も自分たちを同じように致命傷を負いかねない。しかし少女は――動かなかった。

 

「無駄だ」

 

 少女のその短い一言に絶対的な自信が籠っていた。ナイフたちは少女に突き刺さるより先にピタリと空中で静止した。それも一本や二本ではない、今飛んできたもの全てだ。全てのナイフ達が動きを止めた所で、カランカランと音を立てて地面に落ちた。

 

「なっ――」

 

 一夏は驚愕の余り喉の奥から声が出る。玲次も「うっそでしょ……」と目の前で起こっている事実に納得出来ずに呟いていた。確かに増援が来たのはまぁ良いとして飛んでくるものの動きを止められるような奴が来るとは思わなかった。

 

「うっわぁ……ドイツのアレか……あぁいうの苦手なんだよなぁ……」

 

 土煙が晴れ吸血鬼の姿が目視でも分かるようになる。その吸血鬼の表情はやや苦々し気に見えた。いけると玲次は確信を持てた。他力本願も良い所だが、藁にも縋る状態なのでこの際手段は択ばない。

 あの吸血鬼が嫌な顔をするほどの相手であれば信用出来る。

 

「――撤収か。仕方ないなぁ……一夏チャン? またね!」

 

 吸血鬼は新たに生成したナイフを大量に投げつけ間髪入れずに瞬時加速で戦闘領域から脱兎のごとく逃げ出した。

 追おうにも無数のナイフが飛来してきてそれを先に捌かなければ追おうにも追えない状態であった。

 

 しかし――

 

「無駄だと言っただろう」

 

 少女に悉く止められ、アスファルトに投げナイフの山を乱雑に積み上げた。

 想像を絶する防御力に玲次は言葉を失った。まるであの少女を中心に見えない結界でも貼られているようだ。

 ふと空を見上げると数機のラファールに乗った自衛隊員が編隊飛行で吸血鬼の後を追っているのが見えた。あとは自衛隊に任せて自分たちはこれでお役御免だ。

 アスファルトに積み上げられたナイフたちは持ち主が遠く離れてしまった事で形を維持出来ず、弾け飛び、消えた。

 

 戦闘の終わりを確信した一夏は構えていた雪片弐型を降ろす。

 

「……危ない所だった。誰だか知らないけれど、有難う」

 

 一夏は銀色の髪の少女に礼を言う。事実彼女の介入が無ければどうなっていたか分かりはしない。

 しかしそれに少女は答える事無く、振り返り、冷たい眼差しを一夏にぶつけた。

 

「その程度であの人の弟など――笑わせるな」

 

 怒り、それとも憎しみか。一夏は思わずたじろいだ。あの人――恐らく彼女は千冬の事を言っている。

 息をつけない。まるで空気が凍っているようだ。少女の小さな体躯から発せられる威圧感に気圧されていると、遠くからでも穏やかじゃない空気を察したのか玲次がやって来た。

 すると、少女の視線は一夏から玲次の方へと向いた。

 

「――シュヴァルツェア・アイゼン。なぜ貴様が持っている。何処でその設計データを手に入れた」

 

「は?」

 

「とぼけるな。アレは計画初期段階で――」

 

 今度は玲次に詰め寄り、玲次は2、3歩後ずさる。身に覚えのない事を聞かれても困るだけだ。そもそもこの機体の名前やOSからして和製のISだ。ドイツのものではない。

 

「ちょっと待って。これはね、黒鉄つってシュワルツェネッガー・アイゼンとか言うのじゃないの」

 

 慌てて説明するも少女は納得していないのか疑いの眼で玲次を睨み続けた。

 睨まれ続けると玲次でも何か自分が知らぬところで悪い事でもやらかしたのではないかと錯覚してくる。それでも知らない物は知らないのである。16年間の人生を見届けて来た脳みそが一番良く知っている。

 玲次はたじろぐのを止め背筋をピンとして疚しさを感じさせるような空気を振り払う。

 

――それにしてもこの人どっかで見た事あるような……

 

「シュヴァルツェア・アイゼンだ。まぁ良い――問い詰めるのは今度にしてやる」

 

 律儀に名前の間違いを訂正してから少女は背を向け何処へと飛び去って行った。それを追うような体力は玲次にも一夏にも残ってはおらず茫然としていた。

 

「何だったんだ――アレは」

「それはおれも知りたいよ」

 

 一夏が呆気に取られながら去りゆく銀色の髪の少女の背を見ながら思い思いの言葉を口にし、玲次は力なく返す。もう今日は泥のように眠ってしまいたかった。

 全身を襲う虚脱感に襲われながら玲次は大きく溜息を吐いた。

 

 ◆◆◆

 

 十数分後、IS学園が寄越したヘリコプターに玲次と一夏は拾われた。

 ヘリには既にセシリアと鈴音が疲労困憊と言った状態で座席に座っていた。

 

「どうしたのさ二人とも……」

 

 玲次が問うと鈴音が気だるげに答えた。

 

「アンタがあそこでごたごたしている間に別の場所でテロが発生してたのをあたし達が何とかしてたのよ……」

 

「まるで打ち合わせでもしていたかのようにほぼ同じタイミングで自律兵器を利用してATM及び銀行、宝石店を襲撃。金品を奪って逃走……当然わたくしたちも自律兵器の破壊を行い防ぎに掛ったのですが、身は一つしかないものですから全て破壊して防ぐ事は敵いませんでしたわ……」

 

 鈴音の説明にセシリアが補足し、状況を察した玲次は額に手を当てた。

 

 ――やられた。

 

 ISは確かに圧倒的性能を持つが如何せん数が少ないのは知っての通りだ。広範囲でかつ物量に任せた作戦をやられると流石のISでも完封という訳にはいかない。

 通りで増援が中々来ない訳だ。

 

 同乗していた山田先生がタブレット型端末を片手に今回の事件の説明を始めた。

 

「山田先生が篠ノ之君と織斑君が対応した地域を合せて16か所と広範囲に渡る自律兵器を使用したテロが発生し、IS学園の上級生や自衛隊との連携でそれの排除に当たっていたんです。助けに行くのが遅れてしまって……ごめんなさい……」

 

 山田先生は俯き、謝罪する。

 しかしこれは山田先生の落ち度でもなんでもなく、責めるべきはそのテロを起こした組織だ。

 

「資金洗浄や物資調達などで時間がかかるでしょうけれど……これから大きく出るのは明白ですわね……」

 

 セシリアの言葉で一夏は拳をぎりと固めた。このまま握りつづければ内出血を起こしそうなほどに。

 

「あんな奴らの為に、誰かが死ぬのか……ふざけるなよ……」

 

 一夏の声は震えていた。世直しの為にこんな罪も無い人間まで無駄に死んでいくのが我慢ならなかった。鈴音とセシリアはそんな彼の姿に気圧され、玲次は座席に凭れぼんやりと窓に映る外の景色を眺めながら吐き捨てるように呟いた。

 

「……全部機械がやってくれるし自分で顔を晒す事もないから誰かを画面越しで殺ってるって実感も罪悪感も、誰かに殴られるかもしれないって怖さも無い――――いかれてるよ」

 

 これからも良心の呵責もなく十字架を機械の人形に押し付けるのだろう。そして壊しつくしていく。

 ……玲次は窓の方を向いていたのでどんな今どんな顔をしているのか一夏にもセシリアにも分からなかった。

 窓の向こうで雨がぽつぽつと降り始めていた。玲次は所在なくガラス窓に流れる雨粒をただただ漫然と眺めていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「やっぱりハヅキ社製のやつがいいなあ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのものがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノは良いけれど高いじゃん」

 

 事件から一週間後――

 あの同時テロについての報道はお気楽なものだった。自律兵器のテロを見事にISが撃退、などうまい具合に編集した映像がお茶の間に送り出された。しかしその中に玲次や一夏、吸血鬼の姿は一切無かった。

 映っているのは自衛隊やセシリアと鈴音だけ。

 吸血鬼に関しては吹聴が禁止されているのは要らぬ混乱を招くからであろうか。金品を大量に持って行かれた報道はゼロに等しかった。

 吸血鬼とあのテロリスト集団との関係性は依然として不明のまま。追撃に当たった自衛隊のラファール部隊は敢え無く吸血鬼に撒かれ、挙句2機は大破してしまったのだという。

 

 今のところ進展ナシ、それどころか状況は刻々と悪い方向へと突き進んでいる。

 

「しのれーが着てるのってどの奴だっけ~」

 

 IS学園教室にて――緩い水を浴びせるような間延びした声がガールズトークを他所に自分の席で教科書を適当に斜め読みしていた玲次を呼んだ。しのれー、篠ノ之玲次を縮めたアダ名らしい。

 そう呼んだのはクラスメートの布仏本音だった。サイズでも間違えたのかだぼだぼの制服(実質的に萌え袖標準装備)を身に纏っており、全体的にスローと言うか緊迫感と一切無縁そうな娘だ。

 

 本音が見せてきたのは、ISスーツのカタログだ。様々な企業の製品のスーツとそれを見に纏うモデルが写っている。それがまたモデルのスタイルは良いわ胸もそこそこあるわ以下省略と、思春期の野郎どもには目に毒だ。尚、このカタログを欲しがる野郎は中学時代には割と居た。……まぁ男の哀しい性なので察して頂きたい。

 玲次の使っているスーツはどれにも該当しない特注品である。何せ元々女性用しかなかったものだから当然である。

 

「ん? あぁ、そう言えば分からないなぁ……一夏の奴のシロモノとは見てくれがちょっと違うし、学園側からポンと渡されたモンだから一体何処が作ったのやら……」

 

 その手のメーカーに関しては知識はない。中学時代のクラスメートが、よく◯◯社のエロくね? とかと言う話をしていたのはよく聞いていたのだが。勿論そんな話をしたらドン引きされかねないので黙っておく。

 

「んー、何処のだろ。AT社かな……」

 

 話に混ざっていた清香が疑問符を浮かべつつ、玲次とカタログを交互に見ていると、手持ち無沙汰な谷本が爆弾を投げつけてきた。

 

「じゃぁさ、篠ノ之君と織斑君ってどの奴が好きなの?」

 

「「は?」」

 

 声がダブった。玲次と、今さっき教室に入って来た一夏の表情が引き攣る。言えというのか。谷本の発言は要するに性癖を暴露しろと言っているようなものだ。

 

「あ、一夏君ちょっとおれ用事を思い出した。あとはヨロシクゥ!」

「逃げるな。お前も道連れだ」

「おのれぇ!」

 

 一夏は立ち去ろうとする玲次の首根っこを掴み、逃亡を封じる。玲次が嘘を吐いている事は容易に解っていた。「なんでそう言うのは察しが良いのあんた」と毒づきながら玲次は観念してカタログにざっと目を通した。

 

――うーん、目に毒だ。

 

 迂闊な返答をすれば自分のイメージダウンに繋がってしまう。流石にそれだけは避けたい。しかしここでベターと言える答えはあるのだろうか。しかし、だ。あまり露出が少ないものを選ぼうにもボディーラインがくっきりしているものだから別の意味で厄介だ。

 

――アレ、詰んだ?

 

 当の訊いて来ている本人はにこやかで悪意のようなものは微塵も感じない。その笑顔が逆にプレッシャーとして玲次と一夏の背中にのしかかる。

 玲次も一夏も答えに困って無言を通し続ける事約30秒。

 

「今日は些か早いが席に着け」

 

 千冬の声が教壇からこの教室に響き渡った。これは地獄に仏と言う奴だ。いや、正しくは鬼と言うべきか。――ふと、壁に掛けられた時計を見るとまだ朝礼の時間より5分早かった。

 いつもなら時間丁度にやって来るはずなのだが。その疑問の答えは千冬の口から語られる事になる。

 

「諸君に重要な話がある」

 

 

 

 

 理由は分からないが――嫌な予感がした。

 

 




・シュヴァルツェア・アイゼン
登場話:25話
 突如玲次たちの前に現れた少女が口にした機体名と思しきもの。詳細は不明。


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26 賽はもう、投げられていた

「本日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練ではあるがISを使用しての授業になるので各人、気を引き締めるように。万が一事故が起こった場合命の危険もあるのは既に承知の上だろうが、念の為に言って置く。遊び半分での搭乗は決して許さん、いいな? ISスーツを忘れるなよ。忘れた場合学校指定の水着なりで代用して貰う」

 

 いつもより5分速いHR開始。

 千冬の表情は常に仏頂面なのだが、今日は通常の三割増しで仏頂面だ。

 授業中に死人が出られればシャレにならないので真面目にも仏頂面にもなるのは当然だった。着席した生徒たちの表情もいつになく真面目な顔をしているように見える。

 

「では、山田先生HRを」

 

「は、はい」

 

 連絡事項を伝え終えた所で千冬は山田先生に後を託して教壇を降りる。間が悪く山田先生は眼鏡に付いた埃を眼鏡拭きで払っていたのでわたわたしながら眼鏡を掛け直して教壇に立った。

 お陰で眼鏡が若干ズレていた。

 

「えーっと、ですね。今日はなんと転校生を紹介します。……しかも2名!」

 

 いきなりの転校生の存在に周囲が一気にざわついた。

 そんな情報は聞いていない、と嘆く生徒の姿もちらほらと見られる。三度の飯より(ゴシップ)な十代女子の情報網を掻い潜れる辺り流石は兵器を取り扱う学校という事だ。

 だからこそ、あのISの学園襲撃が非常に解せない。

 

 それにしても何故このクラスに転校生2名も集中させるのだろうかと、玲次は疑問に思った。

 今更だが、兄弟姉妹が同じクラスであるという事自体が基本的におかしい。普通の学校なら別のクラスに分散させる。1組が厄介者の押し付け先として扱われていると考えてしまうのは玲次が捻くれているが故か。

 

「では、二人とも入って来てください!」

 

 山田先生に呼ばれて、教室の外で待っていたらしい転校生2名が入って来る。

 その時、再び教室中がざわつき始めた。何せ片方が――

 

 この世に2人分しか無い筈のIS学園男子用制服を身に纏っていたのだから。

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事が多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 教壇上に立ち、男子の制服を纏う転校生は山田先生に促されて自己紹介をする。それに合わせて山田先生が黒板に『シャルル・デュノア』とチョークで書いて行く――途中、シャルルと書き終えた所で力を入れすぎたか、チョークが圧し折れ、力の行先を失った腕が空を切りバタン! と音を立てて派手に倒れた。

 ここでも炸裂する山田先生のあがり症に、初めて見るシャルルは倒れた山田先生に慌てて駆け寄って「大丈夫ですか?」と訊きつつ手を差し伸べる。ふらりと身を起こした山田先生は戸惑い、赤面しつつ差し出されたその手を取った。

 

 ……山田先生が赤面する程の美形だった。

 丁寧で流れるような――所謂エレガントな立ち居振る舞いに、女性と見紛うような整った端正な顔立ち。長く濃い金色の髪を首の後ろで束ねている。金色のソレは教室内の光を浴びてきらきらと輝いているように見えた。体つきも華奢でかつ無駄のないスマートさを持っており、頭からつま先までスタイリッシュかつエレガントな『貴公子』を絵に描いたような外見だった。

 

 シャルルに引っ張られ立ち上がった山田先生は服に付いた汚れを払いながら力が入り過ぎて跳ねる所がおかしくなった最後の『ル』を書き直して、ファミリーネームの『デュノア』を書き足した。

 

「男?」

 

 と、クラスの誰かが声を上げる。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入させていただきました」

 

 柔和な笑みを浮かべながらシャルルは誰かの声に答えていく。物言いも厭味が全くないので女子たちの好感度がみるみるうちに上がって行く。多分玲次や一夏の比では無い事は確かである。

 暫くの静寂から我に返った女子たちの誰かが歓喜の悲鳴を上げた。HR開始時の真面目な空気は何処に行ったのやら、それが他の女子から女子へと伝播し波のように教壇へと押し寄せた。

 

「三人目! まさかの三人目!」

「硬派、軟派、貴公子系! 見事にキャラが被ってない!」

「何型!? A型だよね!?」

 

――デュノア、フランス……デュノア社……アルベール・デュノア社長の親族?

 

 歓声の中、玲次は脳内に詰め込まれたキーワードで脳内検索をかけていく。デュノアと言えば、あの2世代型ISの傑作機の一つラファール・リヴァイヴを生んだフランスの大企業デュノア社だ。社長の親族だろうか。

 

 一夏と玲次は束と縁のある人間という共通項があったので、男であるのに拘わらずISに適合した理由に何かしら関係があるのではないかという仮説を玲次も研究施設の芝崎たちや千冬も立てていたのだが、このままでは崩れて何もかもが振り出しになる可能性がこれで出来てしまった。

 無論、自分たちのあずかり知らぬところで束がシャルルという人間と知り合っている場合ならその限りでは無い。まずは訊いてみなければ分からないし、落胆するにはまだ早い。

 それに何も悪い事ばかりではなく、男子が増えた事で多少学園からの待遇も良くなる筈だ。精神的な居心地も同性が増えたことで格段にマシにもなるはずだ……多分、恐らく、きっと。

 

 玲次の関心は三人目の男子、シャルルだけではない。もう一人も気にかかっていた。

 こちらは普通の女子……とはやや言い難かった。一応女子ではあるのだが記憶に新しい顔見知りだった。なにせあの識別コードがドイツ軍のシュヴァルツェア・レーゲンを駆り、吸血鬼を撃退その後自分たちに因縁を付けて来た銀髪ロングの少女だったのだ。

 

 ISに乗っていないと尚の事背が低く見える。やはり左目に付けられた眼帯が異彩を放っていた。医療用のそれではない黒眼帯だ。きっとその瞳はもう瞳として機能していないのだろうと玲次は推測した。

 一方で生きている右目には紅く。しかしその色に反して冷たく、無機質的だった。

 

 どうでも良さそうにシャルルに対して歓声を上げる生徒たちを一瞥した後、目を閉じ無言を通していた。

 これをどうしたものかとおろおろする山田先生。確かに今の彼女に話しかけるのは中々骨が要りそうだ。近寄りがたい雰囲気というか鋭利な刃物のような冷たさを遠くの席からでもひしひしと感じる。触れたら怪我をしてしまいそうだ。

 

「……挨拶しろ、ボーデヴィッヒ」

「ハッ、教官」

 

 痺れを切らした千冬が命令すると、ボーデヴィッヒと呼ばれた少女は佇まいを正して以外にも素直に返した。教官呼びの堅苦しさから軍人感が強まる。

――あぁ、本物だ。

 玲次が感心している一方で、教官と呼ばれた千冬は呆れたような顔をしてから、口を開いた。

 

「ここでは教官と呼ぶな。もう昔の事だ。今はこの学園の教師で、お前も生徒だ。以後、織斑先生と呼ぶように」

「了解しました」

 

 返って来るのは無機質的な返事。

 玲次が入学前にイメージしたIS学園生徒のイメージそのものがそこにあった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 名前を言うだけ言って再び沈黙に入った。これ以上話す事は無いとの意思表示か、口は堅く結ばれている。

 

「あ、あの……以上、ですか?」

 

 流石にこの空気に耐えられなくなったのか山田先生が出来る限りの笑顔で訊いてくる。しかも目をよく見ると半泣き状態だ。男である玲次ですらラウラという人物が少し怖く思えたのだ。近くに居た山田先生はこの比ではないだろう。メンタル面で打たれ弱そうな事も相まって効果は抜群だ。

 

「以上だ」

 

 即答。痛いほどの沈黙が再びこの教室を襲った。

 コメントのしようがない。茶化しようもない。黙して転校生2名が割り当てられた席に座って行くのを見届けるしか出来ず、ラウラは一夏のすぐ横にまで通り――

 ギロリ、と。冷たいという印象のあった真紅の瞳が嘘のように凄まじいまでの怒り、それとも憎悪のような昏い熱を帯びて、一夏を捉えた。

 

「――ッ!!」

 

「認めるものか。貴様があの人の弟である事など、認めるものか」

 

 それは、明確な殺意だった。一夏は返す言葉が出てこずに絶句し、手元を見ると微かに振るえていた。

 一夏の本能が生命の危険を叫んでいた。殺気を向けられている訳でも無い玲次にも、箒にも、セシリアにもその殺気に背筋が凍るような感覚を覚えていた。

 次にその殺気は玲次にも向く。

 

 玲次は飽くまで平静を装い、「こないだはどうも」と恐怖を悟られないように会釈する。するとラウラはそれを鼻で嗤った。

 

――今おれを嗤ったかい!?

 

 侮蔑。人間らしい感情はちゃんと持ち合わせているらしいという安堵と同時に、鼻で嗤われた怒りが湧いて来た。この売られた喧嘩は如何にして買ってやろうかとすら思えて来る。……直ぐに本物の軍人相手に物理的喧嘩で勝てるのかと言われたら無理な気がして頭に登った血がサッと引いたが。

 それでもいつかその鼻を明かしたい気持ちはあるのでこの怒りは大事に取っておく。

 

「シュヴァルツェア・アイゼン……」

 

 ラウラが席につき、冷静になった所で先週の事件でラウラが言っていた言葉を思い出し、噛み締めるように呟く。あの時僅かに感じていた既視感をふと思い出した。

 ……IS学園襲撃事件で一瞬見えた銀色の長い髪。

 

――まさか

 

 その時には既にシャルル・デュノアへの関心よりラウラ・ボーデヴィッヒという少女に対する危機感が大半を占めていた。シュヴァルツェア・アイゼン……和訳すると、黒い鉄……黒鉄。そしてあの事件に一瞬見えた銀色の髪。

 単にドイツが468機目のISを欲しがっているが為の言いがかりや、いちゃもんの可能性も否定できないが、同時にそうではない可能性もあった。

 ……どちらにせよ、もう既に自分は後へと引けない場所まで来てしまったのだという実感を改めてせずには居られなかった。ドイツに目を付けられているのは最早明白だろう。

 

 賽はもう、投げられていた。

 

 

◆◆◆

 

 ISがこの世に生まれ落ちてから約10年。性能面での恐竜的進化を遂げつつ、現行の第三世代ISの製造に向けて各企業による競合が行われていた。

 目指すは一騎当千のマシン。

 何故一騎当千のマシンに拘ったのか。……それはラファールや打鉄のような安定性を重視したものは、ISコアとは相性の悪い組み合わせであり、限界があったのだ。

 極端なワンオフ機だらけでは兵器としての信頼性に欠ける。及び整備性の問題についても叫ばれているが、もとよりIS自体が数が少なすぎる。総数500機未満、その上量産が実質不可能、コアそのものに武器の好き嫌いがあるという兵器としての是非が問われかねない……見も蓋も無い事を言ってしまえば欠陥品も良い所なものだった。

 しかし、それを覆すだけの圧倒的なものをISというものは持っている。

 のであれば――割り切って、量産性や汎用性を度外視し、コアの好き嫌いに従ってコアそれぞれが持つ得意分野を極限にまで伸ばしてしまおうというのが第三世代IS主流のコンセプトだった。

 

 BT兵器及び光学兵器の制御に長けたイギリス製のブルー・ティアーズ。

 空間を圧縮しそれを見えない弾丸へと変える中国製の甲龍。

 

 などなど。

 

 純粋なバランスの取れた兵器としての成長を主とした二世代ではフランスのデュノア社が一つの到達点を極めてしまったというのもあって、第三世代は非常に個性的な能力や武装を持った面々ばかりが増えて行った。

 

 そんな中、ドイツも他国からやや遅れを取りながらも第三世代型の開発に着手していた。後にシュヴァルツェアシリーズと呼ばれるマシンたちである。技術者たちの思考錯誤の結果、シュヴァルツェア・レーゲン、シュヴァルツェア・ツヴァイクの名をもらい受け、ドイツ製の第三世代ISが2機この世に生まれ落ちる事になる。

 

 勿論、その計画の過程で没、つまり破棄されたプランもある。その内の一つがシュヴァルツェア・アイゼンと呼ばれるものだ。主にレーゲンとの競合が行われていた機体だ。

 レーゲンはパワーを、アイゼンはスピードを重点に置いたものだ。選ばれたのは――レーゲンだった。

 何故ならば採用された機体に積むハズのAICとの相性の問題や、アイゼンが搭載していた兵装があまりにも毒にも薬にもならなかった――つまるところ二世代型ISに毛が生えた程度のものであった。

 兵器としては確かにアイゼンが優秀だし、量産向きではあった。しかし、特殊性を重視した第三世代のコンセプトにそぐわないのに加え、量産機のノウハウ面ではデュノア社には勝ち目が無い。ラファールの外装は多くのコアに適合するという強みがあるのに対し、アイゼンの外装はコアを選んでしまう。ラファールの外装と同じコアを選びにくい性質を持たせるには、ドイツは如何せん量産機の製造技術を持ち合わせていなかった。

 よって無慈悲にも日の目を見る事なく破棄された。

 ここまでなら、よくあるペーパープランで終わった悲しい兵器の末路で終わるだろう。

 

 しかし、それが今他国で使用されていたとしたら話は別になる。

 今、黒鉄と名を変えて稼働している。細部は設計図と異なるが大まかな点同じだ。

 

 確かめなければならない。何故そこに本来存在するはずの無いものが存在するのかを。それが――ラウラ・ボーデヴィッヒに課せられた任務だった。

 

 同時にラウラ自身にとって忌むべき男、織斑一夏と顔を合わせる事になるのは避けられぬ事であった……



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27 フレンドリーファイア

 扱いづらい装備とかって話だが、最新型が負けるわけねぇだろ!行くぞぉぉぉぉぉぉ!


 なお結果


 1、2、3時間目は2組との合同でのISの模擬戦闘を行う為、生徒たちが各々準備を始める中、一夏は座ったままだった。HRでラウラに睨まれてからずっとこの調子だ。

 手元を見ると未だ僅かに手が振るえていた。セシリアや、本音や清香たち一夏を心配している一部女子たちはどう声をかければいいのか分からず黙ったまま一夏を遠巻きに見ていた。

 流石にこのまま放置しておくのも憚られるので篠ノ之姉弟は直接様子を見に来たが、声をかけてもうんともすんとも言わず黙り込んでいる。我ここにあらずといった風だ。

 

「――ったく……そぉい!」

 

 玲次は一夏の目の前で、勢いよく手を叩いた。すると一夏はやや仰け反り我に返った。

 

「ハッ……! どうした玲次」

 

「おれもアイツが恐ろしいとは思ったがお前程ガチビビリはしてないよ? お前こそどうしたのさ」

 

 一夏の尋常でない恐怖の抱き方には違和感のようなものがあった。あの吸血鬼や、レッドフェンサーに果敢に立ち向かっていたこれまでの姿が嘘のように見える。何故そこまで怯えるのか。玲次も箒も訳が知りたかった。

 

「大丈夫だ。なんでもない。ちょっとボーっとしていただけだ」

 

――嘘を吐け。大丈夫じゃない人間が手を震わせて我を失うかい

 

 不可解だが、一夏にこれ以上訊いても無駄だと玲次は思った。

 加えて一夏の心配もしていなかった一部生徒たちが「はよ出ろや」と無言の圧力をかけて来る。

 女子は教室で着替えるのだ。玲次と一夏、そしてシャルルは更衣室で着替える事になっているのでこれ以上長居は出来ないだろう。

 

「あのボーデヴィッヒとかいう転校生……一体何なのだ……」

 

 箒は教室の片隅の席に座っているラウラを見やる。箒の疑問に答えてくれる人間はこの場に一人もおらず、暫くの沈黙が生まれた。

 ラウラはシャルルには一切興味も示さず、逆に生徒たちも一人もラウラに興味を示さなかった――というより怖くて近づけなかった、というのが正解だろう。近寄りがたい空気はHRからずっと彼女を中心に放ち続けている。

 

「この調子じゃ聞いてないだろうから一つせんせーからの伝言ね。野郎どもはデュノアの面倒を見ろってさ」

 

 シャルルの周りには人だかりが出来ており、2組の女子の姿もぽつぽつと見受けられた。

 現在進行形で質問に次ぐ質問の波状攻撃を喰らっていた。「血液型は?」「趣味は?」「好きなタイプは?」などなど。数の暴力で紡がれるソレは、聖徳太子もきっと匙を放り投げる事だろう。

 

「確かにな。このまま放ってはおけない」

 

 一夏は無造作に着替え用の鞄を取り出し、玲次もそれに続いて、シャルルのもとへと歩を進めた。

 

 

◆◆◆

 

「ほんと凄まじいね……」

 

 四方八方の絶え間ない質問攻めからやっとこさ解放され、疲弊したシャルルは感想を漏らす。

 確かに女子たちの勢いは並々ならぬものだった。いち早く一つでも多くの情報を得る為に我先にと質問を繰り出していく者が別の組からの流れ者併せて30名程いたのだ。

 

「そりゃ貴重な男だからね。しかも美形男子とくりゃァ、テンションも多少上がるってものなんじゃないかい」

 

「……そうなの?」

 

「そうさね」

 

 玲次の返答に要領を得ず首を傾げるシャルル。それは天然なのか、それとも計算込みなのかは本人のみぞ知る。

 

 今のシャルルの状態を弾が見ていたら憤慨していただろうと、玲次は心の中で苦笑いした。

 入学時の自分たちもシャルルに似た目に遭ってきたので思うと何だか懐かしい気分にもなってくる。自分たちが入学したのはたった数か月前の事なのに随分と昔なような錯覚を覚える。

 

「80年代のウーパールーパー状態だな」

 

 一夏が微妙な喩えを出し、玲次が異を唱えた。

 

「パンダの方が分かりやすくない? 上野動物園のアレ」

 

「もっと古いじゃねぇか。お前何歳だ」

 

「それ、君が言う?」

 

 両者とも年齢を疑われかねない喩えを出して無駄な主張のぶつけ合いを始めるもシャルルには全く分からず「ごめん、両方分からない」とバッサリと切り捨てられてしまった。

 当然だ。そもそも日本の一時の流行を知るフランス人がどれだけいるのか。

 

「しかしまぁ助かったよ。学園に男は2人しか居なかったから随分と肩身の狭い思いをしてきたからな……」

 

「そうなの……?」

 

 一夏の苦労話に対しナチュラルに疑問符を浮かべられたのでずっこけた。もしやハーレム状態で喜んでいるクチなのかと玲次は疑いもしたが、少し前の言動から察するにそれはない気がした。

 

「なにはともあれ、これからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏ってよんでくれ。こいつは篠ノ之玲次」

「おれは苗字なり名前なりどちらでもどぞー」

 

「うん。よろしく。二人とも。僕の事もシャルルで良いよ」

 

 

 

 

「あー、所でシャルル君。篠ノ之束に――うちの姉に会った事はある?」

 

 それから会話のネタが無くなり、無言で更衣室に向かう中、玲次はシャルルに一番訊きたかった質問を口にした。この返答の結果によっては振り出しに戻ってしまう。せめて、顔見知りであってくれと願うが――

 

「ううん。名前は知ってるけど直接会った事は一度も……それが、どうかしたの?」

 

 即答で否定され、玲次の願いは無情にも砕け散った。

 

「いや、何でもない。忘れて」

 

 これで全て振り出しに戻ってしまった。

 何故自分たちが男なのにISに適合したのか。篠ノ之束と面識がありまともに会話した事があるという貴重な共通項が消え失せてしまった事で、理由が尚の事分からなくなってしまった。

 これは単なる偶然だったのか。

 肩透かしと落胆に玲次は肩を人知れず落とした。

 

 このまま自分たちが適合したのは偶然と切り捨てて良いのか?

 釈然としないような感覚に苛まれながらも玲次は更衣室に入った。

 

◆◆◆

 

 2組との合同授業はIS学園敷地内の第2アリーナで行われる。3時間も1年生が貸し切りと言う状況なため約60名居ても広々としていた。60名の生徒たちは観客席に集まって出席番号順に座り全員の注目が千冬に集まっていた。

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練の授業を開始する。まずは専用機持ちに射撃戦、近接格闘戦の実演を分けて行って貰うのでよく見ておくように。篠ノ之玲次、オルコット。フィールドに降り各々ISを起動し、戦闘開始位置で待機しろ。お前たちがタッグを組め。2対1で模擬戦をやって貰う」

 

「えっ、何でおれですか?」

「わたくしもですかッ!?」

 

 何故自分たちなんだと玲次とセシリアは不平を漏らす。当然千冬を引き下がらせる事は不可能だった。一介の生徒のわがまま如き聞いてやるほど甘い訳が無い。

 

「そうだ。専用機持ちは展開が早いからな。それに機体の兵装は飛び道具も刃物も持っているだろう? 凰は不可視の弾丸、織斑は飛び道具すら持っていないというのに他に誰を選べという? まさか新入生に早々押し付けるなどと言う事は考えていまいな?」

 

 畳み掛けるような正論の連発で玲次とセシリアはぐうの音も出なかった。流石に学園に入って間もないシャルルやラウラに押し付けるのは抵抗感がある。かといって一夏や鈴音は実演に不向き。結局自分たちしかいないのである。

 セシリアの場合別に戦闘自体の実演が問題ではなく、近接格闘を強制されるという状況に不満を持っていた。

 

「まずは射撃戦だ。フィールドに降りてさっさと戦闘開始ラインに立て。早くしろよ? 大めにコマを取っているとはいえ数時間程度なのだからな」

 

 有無も言わさぬ命令に、渋々従い、セシリアと玲次は観客席から出てフィールドに降りそれぞれISを展開した。セシリアはいつも通りのブルー・ティアーズ。しかし玲次はいつもとは違った。黒鉄の装甲に緑色の追加パーツが各部に追加されていた。

 脚部がやや大型化されており、右肩部にはシールド、左肩部には半分に折り畳まれたレールガンを搭載。砲撃型装備『玄武』。以前、完成前まではプランGと呼ばれていたものだ。防御力及び、総火力を底上げした形態だ。

 

 展開後、玲次は確認するように機体の腕部装甲を見ていると、鋭い視線が玲次を刺した。玲次本人もその視線に気付いていた。

 

――ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 専用機持ちのタッグ戦で賑わう観客席の中、一人腕を組みこちらを見据えている。タッグ戦用の戦闘開始ラインに立った玲次はハイパーセンサーでラウラを一瞥し、溜息を吐いた。

 このままあのおっかない女に目を付けられ続けると精神がゴリゴリ持って行かれそうだった。さっさとこのいざこざを解消したい。――のであればコミュニケーションを取るのが常道。

 しかし、彼女の醸し出す鋭利な刃物のような気配がそれを妨げる。近づくにも一苦労だろう。

 

「……篠ノ之さん?」

 

「ん? どしたオルコットさん」

 

 セシリアからの通信で我に返り、玲次は何事もなかったかのように返す。

 

「いえ……織斑さんも篠ノ之さんも今日変ですわよ?」

 

「いやぁー、変なのはいつもでしょ」

 

「はぐらかさないでください。あのボーデヴィッヒって方が来てから二人とも……」

 

 流石にセシリアの眼は誤魔化せないらしい。セシリアだけではない、間違いなく殆どの生徒たちが気付いている。大半はシャルルへと関心が移り我関せずを通しているが。しかしこの不確定要素ばかりの状況でいたずらに話すのは危険だった。

 一応一週間前にラウラに因縁を付けられた事は既に千冬や芝崎たちには話しているがそれはただ黒鉄の件について現時点で一番近い人間である為だ。

 

「いずれ話すよ。おれにも色々分からない事ばかりだからさ」

 

「――分かりましたわ。今日はもう訊きません。その代りいつか必ず話して貰いますわよ?」

 

 追い打ちに横目で「約束は守れ」とセシリアが無言で訴えかけてくる。このまま忘れて貰う事は無理だという確信がセシリアの無言の圧力にはあった。

 

「……それはそうと、わたくしたちの相手は一体誰なのでしょう?」

 

 話題のやや強引な切り替えに玲次は苦笑しつつも感謝した。

 

「そう言えばそうだ。おれたちが戦うならまだしも、組んでいる以上他の誰かが相手になる。でも凰さんや一夏の奴が蹴られた以上一体誰が……」

 

 1年の専用機持ちは転校生を除くと4名。そのうち残り2名は既に千冬から弾かれている。だったら一体誰が相手になるのか。一夏は鈴音は未だ観客席に座って他の生徒と一緒に観戦している。

 その答えは――

 

 キーン、と飛行機特有の空気を裂く音が微かに聴こえた。最初は飛行機でも飛んでいるのかと玲次もセシリアも思っていた。しかしIS学園上空を飛行機が飛ぶなどという事があるのだろうか。加えて空気を裂くような音は着実にこちらにに向かっている事に気付き、センサーを作動させた。

 

「――げっ」

 

 玲次の喉の奥から短い声が出た。センサーが見せた光景はラファール・リヴァイヴを纏う山田先生が上空をふらふらと急降下――否、落下していた。

 

 ……玲次目掛けて。

 

「あああああああッ!? ど、どいてくださぁぁあぁぁぁぁい!」

 

「あっはい」

 

 言われるがままに反射的に身体を逸らす。すると山田先生の身体が玲次のすぐ近くを横切って――見事なまでに着地もとい墜落した。轟音がフィールド内に反響し、玲次は咄嗟に耳を塞ぐ。

 

――止めるべきだったかこれ……

 

 派手に墜落して砂埃を舞い上げて地面に倒れている山田先生を見ながら、後悔する。ISの防護機能ならエネルギーさえあれば10m以下の高度からの墜落程度ちょっと転んだ程度で済むとはいえ少し罪悪感が湧いた。

 ゆらりと立ち上がった山田先生は今度はゆらゆらとしないちゃんとした真っ直ぐな飛行で戦闘開始ラインの上に立ち、玲次とセシリアたちを見据えた。手にはアサルトライフル一丁携えている。

 

「まさか……山田先生が!?」

 

 ここまで来れば相手が誰になるのかは明白だ。セシリアがにわかに信じられないような声を上げる。

 搭乗機が量産機でかつ世代が1つ下で、玲次とセシリアという3世代型2機に挑むというハンデにハンデを重ねたような状況だ。

 

 搭乗者が千冬ならばまだ腑に落ちるが、今乗っているのは山田先生だ。

 玲次達から見た山田先生は座学での教導能力は高いが、何もない所でコケる、あがり症と、運動神経の面では良い印象は無きに等しい。

 一夏曰く、実技試験の相手が山田先生だったらしく、滅茶苦茶な動きをしてから何故か自滅してしまったのだとか。

 

『あぁそうだ』

 

 セシリアの台詞に肯定したのは千冬だった。観客席でインカムを付けている。

 

『勝てるものなら勝ってみるがいい』

 

「なッ!?」

「へっ?」

 

 そんな馬鹿な、とセシリアも玲次も己が耳を疑った。千冬は暗に「お前たちでは勝てない」と言っている。

 

「あー、これはマジっぽいね……()()()ももしかしたらというか、もしかしなくても……」

 

 玲次は山田先生に視線を移す。いつものほんわかしたような表情でアサルトライフルを構えている。例の噂が本当だとしたら、今自分たちはかなりの強敵を前にしているのではないかと玲次は思い始めていた。

 

『カウントダウンを始める。各員武装を展開――構えろッ!』

 

 3機のISの立体映像式のモニターにカウントダウンが表示される。玲次は両脚部にマウントされた、汎用武器の近距離特化型大型リボルバー、『陽炎』を片方だけ引き抜く。セシリアは何時ものようにスターライトMk-Ⅲの引き金に指をかけ、銃口を山田先生に向けた。

 カウントダウンが0に切り替わった次の瞬間――玲次は空を駆け、セシリアは山田先生に引き金を引いた。

 セシリアの放ったレーザーは山田先生目掛けて一直線に飛んでいく。――が、いつものあがり症は鳴りを潜め、最低限の動きでそれを回避した。

 

 動きには余裕があり、セシリアの狙いの先の先を読んで次々とスターライトMk―Ⅲのレーザーを躱していく。その姿は百選の手練れ。背後に玲次を警戒させるには充分過ぎる動きだった。

 千冬の言う勝てるものなら勝ってみろ――その挑発に偽りはないと玲次は悟った。

 

 首尾よく背後に回り込み、流れるような動作で陽炎の撃鉄を起こし、引き金を引く。

 銃口から弾丸が飛び出し山田先生のリヴァイブのバックパックを直撃

 

 

 しなかった。

 

「外した!? この距離で!?」

 

 玲次の顔が驚愕に染まる。背後を見るより先に山田先生は陽炎の弾丸を横に避けた。同時に前方でセシリアが撃ったレーザーが黒鉄の右肩部シールドを掠め、焦がす。

 

「うおぁ危ねぇ!?」

「篠ノ之さんごめんなさい!?」

 

 山田先生はセシリアの狙撃を最低限の動きで躱し続けつつアサルトライフルを玲次に向け、玲次は右肩部の実体シールドでそれを防ぐ。弾き飛ばされた演習用の弾丸たちはパラパラと地面に落ちた。

 僅かな隙を突いて陽炎で反撃をするも、瞬く間に残弾数がゼロになった。装弾数は6発だ。それを時雨の時と同じ要領で乱射してしまったのは玲次のミスであった。

 

 アサルトライフルの弾丸は玲次を襲い続けシールドで防御する事を余儀なくされる。山田先生の狙いは玲次の動きを封じる事にあった。アサルトライフルをオートロックで黒鉄のシールドを狙い撃ち続け、銃身に付属されたグレネードランチャーを撃って動きを封じた隙に、空いた片手でサブマシンガンを呼び出し、距離を取ろうと後退するセシリアに肉迫する。

 

――まずっ

 

 接近戦が極端に弱い事は玲次も知っていた。なら当然副担任の山田先生が知っていてもおかしくはなかった。スターライトMk―Ⅲは武装の性質上銃身が長く、取り回しが効き辛い。加えて近距離兵器の有効射程とも言い難い微妙な距離のせいでインターセプターで薙ぎ払いようもない。

 

「遠雷展開――」

 

 玲次はグレネードをシールドで防ぎ切り、なおも迫りくるアサルトライフルの弾丸を避けつつ陽炎を格納し、左肩部に固定された遠雷の取手を掴み、固定具のロックを解除。半分に折り畳まれた砲身を開く。暴発防止用の最終ロックを解除し引き金に指をかける。

 FCSが照準を合わせ、ロックオンするのに何秒もかからない。

 山田先生がサブマシンガンの弾の雨をセシリアに降らせる寸前の所で、玲次は意を決して引き金を引いた。

 

「「!?」」

 

 遠雷の発砲は既に山田先生は読んでいた。一方でセシリアはワンテンポ遅れて遠雷に気付き、目を見開いて慌てて回避。お互い距離を取るような形で両者は回避した。

 

「ちょっ、危ないですわね!」

 

「ごめん!」

 

 最早連携もあったものではなかった。レーザー実弾が敵味方問わず縦横無尽に飛び交い、2対1の戦闘がただの乱戦と化してしまっていた。

 

 

◆◆◆

 

「見事なまでに先生に振り回されてるな……」

 

 観客席で模擬戦を見ていた一夏は、今の惨状を目にして、呆れ半分驚き半分に呟いた。ISをどれだけ動かせるか程度にしか図っていなかった入学前の実技試験では、自滅という教員としてはどうなのかとすら思いたくもなるようなものだったのに、それが嘘のようなマニューバであった。

 

「流石は先生だねー……噂によると山田先生、元日本代表候補だったらしいよ」

 

「マジかよ……」

 

 清香の情報をこの模擬戦の前に聞かされれば自分の耳を疑って一笑に付しただろう。しかし今、目の前で説得力あるマニューバと戦術を披露されれば考えも変わる。

 ちょこちょこ山田先生の狙い通り2人はフレンドリーファイアをかまして、同士討ちを始めており、完全に振り回され切っていた。機体の性能を技量で覆しているその姿に一夏は見惚れていた。

 

「さて、今の内に、折角なのでデュノア、山田先生の使用しているISの解説をして貰おう」

 

「あっはい」

 

 千冬に振られたシャルルは少し戸惑いつつ、慣れたように解説を始めた。

 

「えっと、山田先生のの使用しているISはフランスのデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後期の機体ですがポテンシャルは初期第三世代型にも勝るとも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性と信頼性の高い機体として仕上がっています。コアごとの相性が問題視される量産機ですが本機はコアにかける負荷も小さく、現在配備されている量産機の中では最後発でありながらも七か国でライセンス生産、十二か国で正式採用されています。特筆すべきは高いポテンシャルを持ちながらも操縦の簡易性の高さにより操縦者を選ばない事と、多様性役割切り替えを両立しています。つまり操縦しやすくて尚且つ、拡張性の高さをも持っているという自由な機体とも言え、参加サードパーティーが多い事でも知られています」

 

 要約すると、操縦者や武装にも合わせてくれる器用な機体という事だ。

 しかし性能面は黒鉄もブルーティアーズもかなり新しい機体であり、比較対象にされた3世代初期のものと比べて明らかに性能は高い。しかしそれを補えるだけの技量が山田先生にある。それと両者の連携の覚束なさもあるだろうが。

 

「ちょっとオルコットすぁん! バーカスカとビット撃つのやめてぇぇぇ! こっちに当たるからァ!」

「射線上にホイホイ誘導されて自分から当たりに来る貴方が言う台詞ですか!」

「面白いように接近されるわ、回避先読まれて偏差射撃の餌にされまくってる君が言う!?」

 

 

「なんかこいつら喧嘩してるんだけど……」

 

 飛び回りながらも喧嘩する玲次とセシリアに鈴音は呆れツッコミ、一夏と清香たちはポカン、としており、千冬は盛大に溜息を吐いてから「……後で説教だな」と呟いた。

 説教。この模擬戦の後どのような説教をされるのかと思うと恐ろしくなり、ご愁傷さまと一夏は二人を心底憐れんだ。

 

 

「さて、これでIS学園教員の実力が分かっただろう。機体の性能差が戦闘の勝敗を決めるとは限らないという事を肝に銘じて置け」

 

 なんやかんやで巧く纏める辺り流石は教師だなと一夏は山田先生にやられて墜落していく2名を他所に感心した。

 山田先生の勝利に終わり、ボロクソにやられた玲次とセシリアは意気消沈したのは言うまでもない。

 

◆◆◆

 

 

「見事なまでに弄ばれた……」

「このわたくしが踊らされる方とは……」

 

 模擬戦終了後、千冬にお説教を喰らい、挙句箒に「戦闘中に味方同士で喧嘩とか貴様は馬鹿なのか」と慰めや労いの言葉一つなく容赦なく罵られた。自分でも酷い戦闘をしたという自覚があった玲次とセシリアは意気消沈とした状態でこの3時間の授業の終わりを迎え、玲次はとぼとぼと食堂で昼食を取った。流れでセシリアも同席していた。

 

「ど、どんまい……二人とも……」

 

 ずるずると引き摺る玲次とセシリアに、清香が生姜焼き定食の味噌汁を呑みながら慰めの言葉を投げかけるが効果は無い。玲次は死んだ魚なのような目で機械的に醤油ラーメンを啜り、セシリアはパスタをぐるぐると無心にフォークに巻き付けていた。

 

「二人とも~喧嘩はよくないよ~」

 

 定食をスローペースで食べながら本音は二人を戒めるが、両者とも既にそれが敗因である事は承知していた。喧嘩を始めてから同士討ち(フレンドリーファイア)が増え、自爆という山田先生を笑えない惨状を作る一端を担っているのだ。冷静になってそれが暗愚な行いであると気付いたのはすべてが終わってから。

 生来プライドが高かったセシリアは無様だと嘆き、玲次は完成した新形態の玄武と新武器の陽炎の初陣という事もあって尚の事凹んでいた。

 

「新形態のお披露目で旧式の量産機に負けるって……我ながらカッコ悪すぎじゃないの。しかも陽炎全然役に立ってないってさぁ……つーかさぁ、同士討ちってもう戦闘以前だよこれ……」

 

「そんなアニメじゃないんだし、最初からすぐ上手く行くわけじゃないんだからさ。次、がんばろうよ?」

 

 清香の励ましは有り難かったとはいえ、ロボットアニメとかに親しんで来た玲次としては新形態のお披露目所でカッコいい所を見せたかった訳だ。プラモデルなどのグッズの販促に踊らされているとか捻くれた人間にはよく言われるが、新しいものへの一種のワクワク感は鮮度がある時に出すべきなのだ。…………些か話が逸れて来た。

 

「――篠ノ之さん」

 

 ふと、セシリアがフォークを持つ手を止める。俯いたままのぽつりとした声であったのに、やけにはっきりと聞こえた。

 

「何」

 

「このまま恥を晒して終わる気は当然、ありませんわよね?」

 

 当然という単語が妙に力が入っていた。負けず嫌いなセシリアらしい言い回しだ。

 玲次としても旧式機にロールアウトしたばっかりの最新装備がボコボコにされるのは恥というかあまり気分の良い話では無い。

 

「そりゃそうだよ。玄武の有用性っつーか強さはあんなモンじゃないさね。――多分」

 

「なら、月末の学年別トーナメントで――わたくしと組みませんか」

 

 顔を上げた彼女の表情はいつも以上に真剣なものだった。

 




 新装備ひっさげたのにも関わらず旧式にボロクソにされる主人公とは


 黒鉄・玄武
解説:少し前の話でプランGと呼ばれていた装備の完成品。プランGとは一部差異がある。
 素体である黒鉄の上に装甲を上乗せし、レールガンの遠雷とマイクロミサイル、大型シールドを搭載した事により防御力と火力の底上げを行ったのが特長。
 その代償として重量が増しており、黒鉄の元々のキャパシティーの無さも相まって容量はぎりぎりに詰め込んでいるという有様。スピードも落ちている。
 重量の原因となっている遠雷とシールドは黒鉄本体と一括で出現させるように設定されている程に余裕がない。
 パージ可能。
 

 陽炎
解説:大型のリボルバー式拳銃。容量削減のために時雨に変わる拳銃として採用された。トンファーとして振り回す事も出来る。
 時雨と異なり火力は高く、格闘戦としての使用にも耐えうるほどの強度を持っている。構造も非常にシンプルで容量削減の役に立っている。但し、装弾数は6発と極端に少ない。


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28 ま が い も の

 今回は通常の2倍ほどの分量でお送りします。


 本日分の授業を終え自室に戻った一夏は今月末提出予定の白式の報告書の製作のために真っ先にノートパソコンを開いた。

 今月前半分の提出を最近終えたばかりだが、提出日に一気に仕上げるようでは間に合わないし、それに記憶が鮮明な内に書いておくものだ。

 簡単な報告書とはいえ書くのは少々面倒だ。玲次は簡単に短時間で書き上げてしまうが一夏にとってはそうでもないのだ。学生の天敵、読書感想文を書かされているのに近い。

 理路整然とした文章を書くのが苦手だ。直感的にISを操縦しているのもあって尚の事説明もしにくい。

 

 それでもこんな好きでもない事でもやっていると、今日起こった出来事を忘れて居られそうだという一種の現実逃避も含んでいた。

 

 

 昼、玲次とは別に屋上で箒と鈴音、シャルルと昼食を取った時、急に両者が睨み合いを始めたりと誘ったシャルル共々妙に居たたまれない思いをしてしまったのもあって今日は妙に気が重い。

 なお、箒や鈴音の作って来てくれた弁当はとても美味しかった。実は箒も料理が出来たのには非常に驚いた。腕はお世辞にも良いとは言えないが真剣に作ったのであろうことは分かる。作りつづければいずれもっと美味しくなっているに違いないとは思う。一方鈴音の料理は、中学時代から変わらずの美味しさで安心した。

 いつか二人が仲良くなれる事を心底願ってやまない。二人とも何処か似てるような、そんな気がするのだ。

 

 自分自身に向けられたラウラからの憎悪も気になって仕方がない。

 

――俺は、確かにあいつに恐怖していた。

 

 玲次は何となく察していたようで、反射的に「なんでもない」と言ってしまったが玲次の顔は疑っている人そのものだった。それでも引き下がってくれたのは玲次なりの配慮なのか。

 朝、ラウラに睨まれた感覚を思い出そうとしたが、頭の何処かがそれを拒否してそれが叶わなかった。

 一夏の『本能』が絶えず叫び続けている。「あいつには近づくな」「近づけば取り返しのつかない事になる」と。一夏の理性もまた、ラウラに近づきたいとは全く思ってはおらず、関わると面倒になるというジャッジを下していた。

 

 今日起こった出来事は一夏の気を重くさせるのには充分過ぎた。こうやって報告書を書いていると気がまぎれる。特に自室に居ればラウラという少女に出くわす事はないのだ、少なくとも。

 携帯電話が鳴り始めた。――通知を見ると矢川からの電話だった。

 

「――はい、織斑です」

 

『やぁ、織斑君。元気かい? 白式の調子はどうだい?』

 

「元気です。白式も大丈夫です。現時点では動作不良とかは起こしてません。ちゃんと、動いてます」

 

 白式の燃費の悪さで何度追い詰められたか。玲次やセシリア、鈴音との模擬戦では引き撃ちでしょっちゅう嬲り殺しにされるわと散々な目に遭っている。燃費の面でも吸血鬼戦で勝っていた可能性を思うと時々呪いたくなる時もある。

 それでも最近は玲次たち相手に白星も増えてきているので腕の上がり様を実感出来ている。姉はこれと同じ力で世界一を取ったのだ。もっと強くなる事は不可能ではない筈だと一夏は踏んでいた。

 

『でも――燃費悪いと、思った事はないかい?』

 

「――気付いていたんですか」

 

 単一仕様能力は一夏本人以外では発動は不可能。そんなものだから実際に一夏が動かして稼働データを送り付けないと分からないというのは中々タチの悪い話だ。――起動してみなければ分からない。そんなもの兵器としてどうなのかと一夏でも思う。しかしそれは絶対的攻撃力と防御力の前にその疑問は灰塵と化す。

 

『稼働データを送ってくれれば分かるよ。昔、君のお姉さんが使っていた暮桜と同一の単一仕様能力だと分かった時、何度か上層部に直訴してみたんだけど――』

 

「だけど?」

 

『あっさりと蹴られたよ。織斑千冬の弟さんなら使いこなせるはずだって。所長もノリ気でデータが取れるから現状維持だ、と。白式には黒い箱(ブラックボックス)がある。それが白式の容量を異常なまでに圧迫している。そのうちの一つに単一仕様能力の強制起動とかが仕込まれていると思われるんだけど、あれさえ排除出来れば、白式は普通のISのように動けるハズなんだ』

 

「大丈夫です。姉が使いこなしたこの力、使いこなせず逃げるのは――出来ません」

 

『しかし――ッ』

 

 反駁する矢川に一夏が遮る。

 

「実際模擬戦では少しずつ勝てるようになってきてるんです。だから俺は――箱を捨てません」

 

『……前にも行った通り白式は元々匿名の人間が送り付けた設計図を基に作り上げたものだ。素人が送り付けたものにしてはえらく精密でかつ僕らが到底思いつかないものでね。添付されていた黒い箱もその設計図通りに積み込んだものだ。最初は凄いものが出来たって舞い上がっていた。けれども君が白式を使い、実戦で戦い、箱が開かれるたびに僕らは怖くなって来た、これでいいのか、と。戦闘中突然マニューバが2度程別人のように変わったりするのも恐らくは黒い箱によるものだろう。ここから先、何が起こるか分からない。加えて自律兵器のみならずISを使用したテロリストが君を狙っているとなると、そうはいかない――その力のせいで、君が死ぬ可能性だってある』

 

 やはりマニューバの変化も気づかれていたらしい。矢川から見るとどうやら別人のように変わっているようだ。矢川の言う通りこれは自分自身の力では無いのかも知れない。けれども、その力はまだ悪さをしていない。自分自身を助けてくれている。

 千冬の代わりに護らねばならないのだ。同質の力であれば尚の事捨てる訳にはいかない。

 

「でもまだ、その力に助けられてます。黒い箱が無ければもしかしたら俺はもうとっくに死んでいたかもしれない。だから、大丈夫です。白式は、俺の味方だ」

 

『……分かった。けれども、報告はこれまでより多くやって貰うよ。……いいね?』

 

「はい」

 

 半月に1度のペースで送っていた報告書が更に増えるとなると些か気が重かったが、黒い箱とやらを今手放したくはない。

 何せ単一仕様能力が被る確率は非常に低く、宝くじで数億当てるぐらいの確率だ。だから、白式が姉の機体と同一の単一仕様能力が発動出来たのはきっと何かの縁に違いないのだと一夏は信じていた。姉の代わりに人を守るチャンスを積み重なった偶然(カミサマ)がくれたものだと。だからおいそれと手放したくはない。

 

『――人を裏切ってまで目新しいからと言って手を出したものがパンドラの箱かも知れない代物で……君にも、()()にも本当に申し訳なく思うよ』

 

「彼女?」

 

『あぁ、いやこっちの話だ。白式の謎より君の無事が最優先だ。それを忘れないでほしい。無茶だけは絶対にしないで。……いいね?』

 

 念押しするような物言いに一夏は「はい」と返すものの、約束が出来るものではなかった。いずれまた無茶をする事になるであろうことは目に見えていた。あの吸血鬼や赤い奴(レッドフェンサー)と戦う以上自分の実力以上のものは必ず要求されるのだ。

 挨拶を交わし、電話を切った所で一夏は報告書の製作を再開した。それから間もなくして自室の扉が開き、玲次が入って来た。

 

「おーい一夏君、ちょっと取り込み中悪いけれど、3分くらい時間貸して」

 

――今度は玲次か

 

 現実逃避の邪魔をされて、ちょっと苛立たし気に一夏は振り向き、玲次は一夏の苛だたしげな反応に呑気な物言いを止めて神妙な表情に切り替わった。

 

「あー、タイミング悪かったっぽい? 出直すよ」

 

「いやいい。3分だけだろ? カップ麺が出来る時間くらい貸すさ」

 

 別に玲次に罪がある訳ではないし、これではただの八つ当たりになってしまう。気を取り直し平静を作りながら玲次の話を訊く姿勢に入った。

 

「タイミング悪くて悪いね。――本題に入ると部屋割りの件の話になる。本日野郎が3名になった訳だけど、1部屋に2人という制限の都合と、シャルル君右も左も分からんだろうという織斑先生の配慮によって、今からシャルル君と入れ替わりで、新しくこさえた部屋に引っ越しする人を決めろという命令が下った」

 

「――突然だな」

 

「本当に突然だよ。どっちにしろここでお別れだという事は決まっているからじゃんけんで決めない? 勝った方が残留、負けた方が出て行くという形で」

 

「あぁ、いいぜ」

 

 玲次の提案を受け入れた一夏は握り拳を出し、玲次も同じく握り拳を差し出した。ここで拒絶する理由もないのだ。

 一夏にとって結果はどうだって良かった。玲次ならシャルルと同じ部屋でも丁寧に教えてくれる事であろう。故になにも考えずに無心でじゃんけんを始めた。

 

「「最初はぐー、じゃんけんほい」」

 

 一夏が出したのはパーだった。

 玲次もパー。じゃんけんをやる以上あいこという僅かな遅延リスクを抱えるのは重々承知の上だ。もう一度一夏と玲次は手を引っ込めてから改めて出した。

 

「「あいこでほい」」

 

 グーとグー。またあいこだ。

 

「「ほい」」

 

 またグーとグー。こういう事もあるのか。

 

「「ほい」」

「「ほい」」

「「ほい」」

「「へい」」

「「そぉい」」

「「ふぉい」」

 

 同じことを繰り返すたびどんどん雑になっていく。決着が中々つかない所為で一夏は若干苛立ち、玲次も「なんだこりゃ」と言わんばかりの脱力したような表情になる。

 そして10回目でようやっと決着が付いた。

 

「あ、負けた」

 

 玲次が10回目に出した掌を何の感動も感慨も無い声で呟いた。

 一夏はチョキを出した手を引っ込めながら「じゃぁ俺残るぞ」と言ってから報告書の作業を再開する。

 

「……あぁ、それと」

 

 そんな中思い出したように玲次は口を開いた。

 

「今日転校してきたラウラ・ボーデヴィッヒさぁ。アレ、放置しておくと拙い気がする――多分」

 

「――――」

 

 荷造りを始める玲次の口から放たれたタイムリーな言葉に一夏は返す言葉を喉に詰まらせた。玲次の声もいつもより低く尋常ならざる空気がこの部屋を支配する。玲次は重々しい空気に構わず続けた。

 

「あいつがこれからどんなアクションをかけるかによっては、なんか色々状況が動くような気がする」

 

 目を背けるな。現実は既にこちらへ牙を剥いている。玲次は暗にそう言っているように聞こえて、一夏は無言を貫いた。しかし玲次のシリアスモードはそこで途切れて何時ものノリに戻り――

 

「まぁ黒鉄に因縁つけられただけでビビッている野郎の戯言はこの辺にしといて――言いたい事はそれだけ。それじゃシャルル君をよろしくー」

 

 喋りながらてきぱきと荷物を纏め、いつもの声色に戻った玲次は新しく用意されたという部屋へと向かって出て行く。一人残された一夏は大きく溜息を吐いてから「理解はしても実際にちゃんと対峙出来るかって言われたらまた別の話になるよな……」とぼやいた。けれども玲次の言う通りでもあるのだ。避け続けても相手はこっちの事情なんて考えてはくれないのだ。

 それなのに何故、『俺』は恐れているんだろう?

 ラウラ・ボーデヴィッヒに対する得も言われぬ忌避感の正体が掴めないのが妙にもどかしく、深く考えようとすると脳がねじれるような痛みが襲った。

 

「一夏? 何処か調子が悪いの?」

 

 どれだけの時間悶々としていたのだろうか。

 気付けば、テーブルに上体を伏せ頭を抱えた一夏の後ろにシャルルが心配そうに覗き込んでいた。未だ頭の痛みが残るが無用な心配はさせられまいと、平常を装う。

 

「あ、あぁシャルルか。俺は大丈夫だ、問題ない」

 

「顔色悪いけど……」

 

 顔を近づけて来るシャルルに一夏はひょい、とシャルルから離す。妙に中性的というより女性的な顔だ。玲次も顔が整っている方ではあるが何処か根本的なナニカが違うよう気がする。

 シャルルには悪いが妙に居心地が悪いというと語弊があるが、些か遠慮めいたものが出てしまう。

 

「何でも無い。本当に大丈夫だ。よく来たな、これからよろしくな、シャルル」

 

 頭痛も苛立ちも振り切るように手を差し出し、シャルルもまたにこやかにその手に応え握手した。

 

「こちらこそよろしく、一夏」

 

◆◆◆

 

 玲次が一夏の部屋を去ってから数時間後。既に時計は21時を回っていた。

 そんな中アリーナにて玲次が纏う黒鉄・玄武が夜空を飛び回りながら次々と四方八方から現れるホログラフのターゲットを遠雷で次々と狙い撃つ(というより撃ち砕くと言った方が正確か)。狙うは当然中心点。ホログラフも宙に止まっているだけでは無く上下左右に動き、命中難度を上げている。それが玲次の手を焼かせていた。

 

 当然中心を撃ち抜けば満点な訳だが、動くターゲット相手の精密射撃や、慣れない遠距離武器の扱いも相まって狙いが逸れる。

 地上でISスーツ姿のセシリアは真剣な目で玲次の動きや射撃を目で追い続けていた。

 

 結果、100点中68点。素人にしては及第点とは言えるだろう。しかしセシリアからすればあまりにも不十分かつ不出来な結果であった。

 

「やはり動きが鈍い……こう、違う戦い方を無理にしている風に見えますわね。あまりわたくしの真似はしない方が賢明ですわ」

 

 ターゲットを全て落としてセシリアの元に着地した玲次は遠雷をマウントしつつ大きく溜息を吐いた。思うように動けない、というのが正直な感想である。セシリアの真似をしようなら何処かで綻びが生まれてしまう。

 遠雷とスターライトMk-Ⅲの性質が違い過ぎるのだ。弾丸の性質、及び連射性能、破壊力、それを操るコアの性格も。

 黒鉄コアの性格は器用かつ柔軟性はあれど突出した要素が皆無なのに対し、ブルー・ティアーズコアの性格はどうも射撃や索敵が得意なのだ。

 

「しかも素体がスピード主体、こっち(玄武)は防御攻撃主体。全く違う動きを要求される訳だ……慣れない事はするモノじゃないか。とはいえど総火力と防御力は間違いなく高いから使いにくいからって無視は出来ないんだな、これが」

 

「確かにあの素体では決め手に欠けるのは事実。様々な状況に対応出来る能力は確かに重要とも言えますが、とはいえど役割がそのまま同じ後方支援(バックアップ)同士が組むのは些か問題がありますわ……」

 

 何を思ったかセシリアは顎に白く細い指を添えて何か考え込む。それからずっと数分間ぶつぶつと何か難しい単語で構成された独り言を呟きはじめ、流石に心配になって来た。

 一体何を悩んでいるのかと訊こうとした矢先だった。

 

「――ねぇ、アレ。ちょっとアレ」

「ドイツの第三世代機?」

「確か開発延期になったって聞いてそれっきりだったって聞いたけどなんで――」

「ねぇねぇ、ちょっとあれ篠ノ之弟君の機体にちょっと似てない?」

 

 黒鉄が拾った生徒(ギャラリー)たちの声。普段なら無視するであろう所であるが、タイムリーな話題となると無視は出来なかった。噂のドイツの三世代機――シュヴァルツェア・レーゲン纏うラウラはカタパルト先端に立って玲次たちを見下ろしていた。

 

「……大変気分の良いものじゃないね。仮にもうちの友人にあんなあからさまな殺気を向け、こっちにも因縁つけて来るんだから」

 

 玲次は目を細め、敵愾心を込めてラウラを睨む。

 

「因縁か……廃棄物(ウェイステッド・ナンバー)擬きを使って置いて良く言うものだ」

 

 吐き捨てるラウラ。地上から彼女を見上げ睨みつける玲次という構図から険悪な空気が作り出され、観戦に来ていた生徒たちも息を呑んだ。このまま戦闘が始まるのではないかという野次馬根性の期待半分とシャレにならない事が起こりそうだという不安半分が混じっているようだ。

 

「コピーコピー言うけどおれだって知りたいんだよねぇ。黒鉄(こいつ)が一体何なのか。寄越して来た奴が一体何者なのか。寧ろあんたらの方が詳しいんじゃない?」

 

「フッ――」

 

 ラウラの両腕アーマーから桜色のプラズマ刃が奔る。あからさまな戦闘態勢に玲次は身構え、玲次の後ろに居たセシリアもブルーティアーズを展開する。ラウラ機は既に準実戦状態に入っており、答えるように玲次とセシリアも同様の状態に移行する。

 

「そいつが何なのか、知りたいなら私と戦え。コピーの力を私に示すがいい」

 

「なんで黒鉄が何なのか知る為に戦わなきゃならんのさ。……やだねと言ったら?」

 

「拒否権など無い事を貴様の身に刻み付けるまでだッ!」

 

「さいですか」

 

 ブーストで接近、両腕のプラズマ手刀をクロスさせて玲次の元に迫る。セシリアがスターライトMk-Ⅲを銃口を迫りくるラウラに向ける。それを玲次は手で制した。

 

「オルコットさん、待って。こうなったらおれも実際に確かめたい事がある。だから今回は一対一で」

 

「ですが――ッ」

 

 反駁すると同時に、ラウラのプラズマ手刀が玲次目掛けて振り下ろされた。咄嗟にそれを両腕の仕込み刃で受け止める。衝突した途端火花がおびただしく散り、玲次の表情に焦燥が現れる。

 

「クッ――」

 

 パワーはあちらが上という事を即座に理解した。このまま正面から斬り合うのは不利なのは確定的だ。じりじりと腕が押されてプラズマの刃が刻一刻と近づいて行く。

 膝アーマーの仕込み刃が飛び出し即座に膝蹴りをラウラに叩き込む。命中した瞬間即座に後退されたため、当たりは浅く、与ダメージは軽微に終わる。

 微量でもダメージはダメージだ、それに一度距離を取る事は出来たので喜ぶ事にしよう。

 

 さて、一対一の戦闘開始に持ち込んだ訳ではあるが、単純な出力はあちらのほうが上であるという事実と、スピード面では玄武という拘束具を加味しても此方の方が有利であろうという推測はついた。

 肩部のレールカノンからして分かりやすいパワータイプだ。しかし問題が一つある。

 

――あのバリアみたいなものが厄介になりそうだな

 

 以前吸血鬼が使った投げナイフを完全に無力化させた謎の能力らしきものがネックであった。

 

「なら――小手調べだ」

 

 格納していた陽炎と時雨を取り出す。

 前回は陽炎の弾数で失敗したが今度は時雨の弾数で陽炎の弾数をカバーする方針で固めた。

 

 肩部のレールカノンが火を噴き、玲次は右にスライドする要領で避ける。超高速で飛んできた弾丸が裂いた風が遅れて玲次の肌を撫で、玲次の頬に嫌な汗が流れた。

 口径は一目見ただけでも遠雷のそれより大きなものだ。当たれば致命傷は避けられないだろう。

 

 返す刀で距離を保ちつつレールカノンの射線に注意して時雨の引き金を引く。いとも簡単にラウラはそれを最低限の動きでひょいひょいと避ける。時雨を連射し、ラウラのマニューバの癖を読み取って行く。そうだ時雨は牽制だ。

 本命は――陽炎だ。

 

 

 陽炎の銃口が火を噴き、鉛色の弾丸が空中を動き回るラウラを襲う。

 動く先は既に読んだ。そうそう外せるものではない――筈だった。

 

「無駄だ」

 

 残り30㎝。あの長い定規が一本分入るか入らないかの距離で勢いよくラウラに向かって飛んで行った陽炎の弾丸はピタリと停止した。即座に時雨と陽炎も両方の引き金を引き、追加の弾丸がラウラを襲うもそれらすべてが初撃同様ピタリと着弾前に制止した。

 

「弾も防ぐ!?」

 

 歯噛みする玲次を見て、悦に入ったかラウラは見下すように笑う。停止した弾丸は見せつけるようにパラパラと音を立てて地面に落ちて行き、完全に無効化されてしまった。

 

「AIC……完成していたでもというのですかッ!?」

 

 セシリアが何か知っている様子で声を上げる。AICとは一体何なのか詳しく話を聞きたい所ではあったが、そんな余裕は今のところない。

 

「停止結界を前に玩具の鉛弾など無意味と知れ」

 

 まるで、見えないバリアを張っているようだ。恐らく遠雷も同様に防がれるであろう。であるならばもう一度接近戦に持ち込みヒットアンドアウェイで挑むのが最良か。

 遠雷とシールドをパージさせ、瞬時加速を発動。一機に接近に持ち込んだ玲次が陽炎を入れ替わりに引き抜いた迅雷を振り上げ、ラウラ目掛けて一閃!

 

「篠ノ之さん! 駄目!」

 

 セシリアの制止の声。だが時すでに遅し。

 振り降ろした腕が――動かない。刃先はラウラのすぐ近くまで迫っていたと言うのに。

 力を入れても、腕が震えるだけで一閃すらままならない。腕が見えないつっかえ棒で動きを止められてしまっているようだ。

 

――どうした? どうして身体が動かない?

 

 もしや停止結界というものは身体すら封じてしまうとでも言うのか。己が失策に玲次は後悔のあまり眉間に皺が寄った。レールカノンとは別に後ろ両肩部に装備された非固定浮遊部位からワイヤーで繋がれたブレードが一本ずつ顔を出す。

 

――まだ武器を持っているのか、この機体は

 

 どんどん玲次の表情が険しくなる一方でラウラは涼し気であった。

 

「この程度か……所詮は素人、本気を出すまでもない」

 

 舐められたものである。本職の軍人相手なので技量差はあれど、こちらとて素人なりの意地というものがある。ここまで虚仮にされたからには2、3発ぐらいは手痛い一発をお見舞いしたくなるのは人情というものだ。玲次は険しくなった表情を取り直し、作った含み笑いで返した。

 

「どうかな?」

 

 まだ右腕は動く。時雨の銃口を引き気味に発砲した。

 

「小賢しい!」

 

 時雨の弾丸は例によってラウラの力で停止するものの、迅雷を持つ玲次の腕の拘束は消え失せていた。

 その隙に後退し、間合いを再び取った。追いかけてくるワイヤーブレードはアンカーを鞭のように振るい弾いてから、パージさせた遠雷とシールドのもとへと後退、しかしラウラもこのまま追撃でレールカノンを玲次に直撃させる。

 

「ガッ!?」

 

 強烈な衝撃が胸から四肢へと伝播し、衝撃に押されて地面の上を派手に転がった。転がっている間にもレールカノンの弾丸は襲い掛かって来る。これ以上悠長に転がっていればシールドエネルギーを完全に刈り取られかねないので、無理矢理立ち上がりラウラの追撃を避けるべく距離を更に取る。直撃を貰ったおかげでシールドエネルギーがごっそりと持って行かれた。100%から70%まで低下。

 

――やられたッ

 

 玲次は歯噛みしつつ、構え直す。

 

「篠ノ之さん、停止結界――AICに実体兵器は効果ありませんわ! あれは物質を任意に強制停止させる事が出来る能力――このままでは」

 

「分かってる」

 

 あの停止結界というものが搭乗者の意志に基づき発動するもので発動は任意。常時張っている訳ではないという事は既に初撃で証明されている。

 しかし停止結界に弱点はあるのか――

 

 強いて言えば、停止結界発動時に動きが多少鈍るという事くらいか。

 ISは搭乗者の思考に強く影響されるマシンだ――とすれば停止結界発動時に思考リソースが割かれてしまっているのではないかという推測に入る。ブルーティアーズも同様にBT兵器使用時に操縦者の思考リソースがビット操作に割かれてしまい本体が動けないという欠陥を抱えている。

 なら、そうさせる時間を長くすれば巧く行くのではないだろうか? 例えば――マイクロミサイルとか。

 

 しかし動きを止めただけでは意味がない。確実に本体に一撃を加える手段が必要なのだ。

 今この瞬間、確実に無視が出来る光学兵器が欲しい。

 思考している内にラウラも攻撃体勢に移行しており、レールカノンの弾丸が次々と飛んで来ては黒鉄の装甲を掠めていく。もうこれ以上思考に入る事は不可能だ。玲次の表情に焦りが出る。

 

 そんな中、思わぬ助け舟が差し出された。

 

「黒鉄?」

 

 黒鉄のコアが何かを言いたさげに一部ハイパーセンサーが勝手に地面に転がっている遠雷を捉えている。例の能力の発生も同時に主張するように玲次に見せる。

 黒鉄が一体何が言いたいのかいまいち理解は出来ないが、こうして自分を進んで助けてくれるのは初めて出くわした時以来である。

 こうなれば黒鉄に賭けるだけか。

 

「ッ!」

 

 ラウラがレールカノンを発砲した瞬間、着弾地点から飛び退いた。

 衝撃波に押され、転がりながら時雨を発砲し、マイクロミサイルも1秒の遅れを作ってから発射。時雨を棄て、入れ替わりに「遠雷を拾い上げ、発射準備に入る。

 

 時雨は全て躱されるが、ラウラが回避に専念させているのが幸いしてお陰でマイクロミサイルが途中で撃墜されたり、振り切られたりするという懸念が消え失せた。

 マイクロミサイルは狙い通り、停止結界によって動きを止めた。

 しかし発射装置依存で推力を得ているハンドガンなどの弾丸とは異なり、ミサイルの場合ある程度用意された燃料で推力を得ているのでそうそう停止結界を解除させる事は叶わない。停止結界に抵抗するようにミサイルの後方部分は火を噴き続けている。今停止結界を解除すれば再び推力を持ったマイクロミサイルがラウラを襲うのは確実だ。

 

「ミサイルで動きを止めたか。素人にしては(さか)しい事が出来るようだが――そのスナイパーレールガンで停止結界を抜く事は――」

 

「どうかな?」

 

 精一杯のハッタリを吐く。恐らく相手もハッタリと思っている事だろう。

 遠雷のグリップを確かめるように強く握りしめる。すると砲身に紫電が奔り、メタリックパープルの装飾が加えられた。――その瞬間、玲次は黒鉄の新たな力を『理解』した。

 

 理解している内にFCSがラウラを捉える。

 

――勝てる

 

 理解を終えた頭は勝手にそんな確信をしていた。

 これ以上ロックに時間は掛けられない。一次ロックを完了した所で間髪入れずに引き金に掛けた指に力を込めて――引く。

 するとドフッ――と遠雷が引き金を引く音に似つかわしくないような雄叫びを上げた。遠雷から放たれたモノはレールガン専用の徹甲弾という生易しいものでは無く、砲身が到底撃てないような極大な紫色の光芒。

 ラウラからすれば全くの想定外の事態に今まで散々見せて来た威圧的な表情が消え、驚愕の顔を見せた。

 

「何だとッ!?」

 

 避けようにも、今ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンはマイクロミサイルを食い止めている真っ最中だ。

 停止結界を解除すればマイクロミサイルの餌食、このまま留まろうものならプラズマ砲の餌食になるだけである。想定外の事態に冷静さを欠いたラウラが待っている運命は――停止結界を解除できないままプラズマの奔流に呑み込まれるという事であった。

 

「げっ、やり過ぎた!」

 

 気付いた時にはもう遅い。尋常ならざるプラズマの奔流を吐き出し切った遠雷は力を使い果たして、緊急冷却フィンを全て開きそこからもくもくと黒い煙が立ち込める。どう見ても壊れた武器のソレだ。銃口も当然の如く溶けていた。

 

 当然、後ろで戦闘を見守っていたセシリアの口が盛大に引き攣っていた。そんな武器があったなんて聞いてないぞと言いたげな顔をしている。

 玲次本人だって今知った。代償として遠雷を駄目にしたが。

 

「貴様――」

 

 プラズマの奔流が消え失せた跡には損傷しし黒煙を上げるシュヴァルツェア・レーゲンと、怒気の籠った表情をしたラウラの姿があった。玲次の砲撃の影響か眼帯が取れ左目が露わになる。眼帯をしている以上何かしらの傷を負っていると考えるのが普通であろう。しかし、その問題の左目は玲次にとって見覚えあるもので――

 

 言葉を――喪った。

 人間の目とは到底思えぬような金色に妖しく光る瞳――それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言える程に瓜二つのものだった。

 

「――!」

 

 ハイパーセンサーが捉えたラウラの左目に気を取られている内に、黒鉄のハイパーセンサーが停止し、ISに搭乗していない肉眼の状態に戻った。

 何事かと我に返った玲次は慌てて状況を確認すると、四肢が全く動かず遠雷も異常に重く感じて咄嗟に手を離し、ズシンと音を立てて遠雷は地面に落ちた。そしてバランスを崩し手と膝を地面に着く。

 

 このままでは重量で黒鉄に押し潰されかねない。

 ISを慌てて解除し、腕時計状態に戻った黒鉄から機体状態(ステータス)を確認した。

 

 ――システムダウンを起こしている。ハイパーセンサーは言わずもがな、量子回路が()()()()()()()()、普段ならば軽々と動くハズのアーマーは、四肢に数十キロの重量を持つ手枷足枷ただのプロテクターのカタチをした鉄塊(鉄屑)と化している。

 唯一動いているのは操縦者の安全を守る為の絶対防御と、体勢を立て直すために起動した緊急修復プログラムやステータス確認機能程度だ。最早こんな状態で戦闘など不可能だ。

 が、それはラウラとて同じ事で、プラズマ砲の直撃を受けたシュヴァルツェア・レーゲンのPICもダウンし墜落。同じくISを緊急解除していた。

 

「機体システムダウンにより戦闘続行不可能……チッ、些か遊び過ぎたか。今回の勝負は預けてやる……!」

 

 ラウラが踵を返し、アリーナから出て行こうとする。追おうにも玲次の疲労は限界を来たして脚が動かず、去りゆく彼女の後ろ姿をただただ見送るばかりであった。

 次は手加減しない、そう彼女は言っていた。軍人に本気を出させられた事を喜ぶべきなのか、本格的に軍人に敵意を向けられたわが身の危険に嘆くべきなのか……この際どちらでも良いのだろう。

 

「篠ノ之さん、一体何がどうなって……」

 

「さっきのプラズマ砲、あれが撃った側にも回ってしまったんだ。代償は負荷によるメインシステムダウン。加減しなきゃこれ、道連れの一発だわ、うん……」

 

「そうではなく、廃棄物の贋作ってボーデヴィッヒさんが仰ってましたが、あれは一体」

 

「……あぁ、それね。オルコットさんには離してないんだっけ。黒鉄の事、あいつは知っているような口ぶりだった。曰く、黒鉄もといシュヴァルツェア・アイゼンって元々ドイツのものだったというのがあちらの言い分だ」

 

「え? コアは未だ新規に作る事が出来ないのでは……」

 

「ん。多分外装(ガワ)の部分の事だとは思う。あちらさんもコアが作れるなんて主張するほどバカじゃない筈だしね……」

 

「確かに属性は異なりますが手刀に、有線式の中距離兵装……それに四肢の部分は似ている箇所もそれなりに見受けられましたわね。所謂デザイナーの癖、とでも言うべきでしょうか?」

 

「デザイナーの癖?」

 

「はい。洋服を選び続けていると何となく誰がデザインしているのか分かる、それと同じようなものですわ。そこから見るにその人に強い影響を受けたか、若しくは同一人物による設計かそこまで細かい所まで来るとわたくしには答えかねるというものですけれども。特に脚部の形状の癖が明確に出ていまして――」

 

「なるほどね、大体分かった」

 

 サブカル的表現で言うなればキャラクターを見てデザイナーが分かるような要領だ。特に絵や音楽みたいに視覚や聴覚に訴えるものはその人特有の癖というものは必ず滲み出て来る。その癖からデザイナーの持ち味が出て行き、持ち味の違いで多種多様な作品が世に産み落とされて行く。

 ISにだってデザイナーが居る。ISは仕様上(特に専用機の場合)形状変化を何度か行うとはいえ基本的に原型は保ち、デザイナーの癖は何かしらのカタチで残る。

 

「第三者がそう言うなら、尚の事気をつけてみるよ。多分今回で最後じゃないだろうしね」

 

 ラウラの後ろ姿が全く見えなくなった所で玲次は自分の気を落ち着かせるべく深呼吸した。一夏が見せたあの眼と同じ色のもの――あの少女が何か鍵を握っている事は見えた。

 

「それとさ――」

 

「何ですか?」

 

「閃いた気がする。――おれなりの、玄武の使い方が」

 

 

◆◆◆

 

 

「転校生、急に玲次の奴に襲い掛かるとはどういう事だ! 説明して貰おうか……ッ!」

 

 戦闘後、ピットに戻ったラウラを待っていたのは箒だった。箒は険な表情でラウラに詰め寄り、ラウラはそれを最初から興味がないかのように素通りする。

 

「一夏――いや、織斑にも出会いがしら殺気を向けたりと流石に見過ごせん……一体どういうつもりだ!?」

 

 気炎を上げている中横を通り過ぎたラウラの肩を掴んだ。

 

「何か言ったらどうだ……!」

 

 このまま逃がすつもりは無い。自分の手の届かない距離は兎も角出来る範囲であれば出来る事はしたい。蚊帳の外に立たされている自分自身への苛立ち、単純なラウラに対する怒り。いろんな物が綯い交ぜになった感情を込め、掴んだ肩に力を籠める。

 

「――――ッ」

 

 理性より先に本能が反応した。ラウラは瞬時に振り払い、箒もまた追撃を警戒して距離を取る。彼女が軍人であるという事は既に玲次に教えてもらっている。

 

 軍人が何故玲次に攻撃をしかけたのか、一夏に露骨なまでの殺意を向けたのか。察するに穏やかな話ではない事は容易に察しが付く。とはいえ、相手が軍人だからとてここで理不尽に引き下がる事を箒の性分が許すものか。

 ラウラが構えを取り、箒もまた迎撃姿勢に入る。

 

 先に動いたのはラウラだった。

 右手に形作った拳が、箒の腹部狙って襲い掛かる。読み通りだと一直線に飛んでくる拳を敢えて寸前の所で躱し、右手首の動きを封じてから脇にまで詰める。

 

「――アイキか……!」

「篠ノ之流だッ」

 

 ラウラが苦々し気な表情を一瞬見せたものの、直ぐにそれがフェイクだと察した。ラウラは音も無く脚を運び、箒の脚の身動きを封じてからそのまま転ばせ――

 

「しまっ――」

素人(アマチュア)の遊びで軍人(プロフェッショナル)に勝てると思ったか――!」

「遊びだとッ――」

 

 断じるラウラに、これまでを否定された箒の全身の血が頭に昇る。ただただ腹が立つ。この女は一体何をしたいんだ、自分の周囲を滅茶苦茶にして一体何を。

 拳を箒の眼前に突きつけたラウラの脛を力一杯に蹴り、振りほどき立ち上がる。

 

 そして双方が走り寄った次の瞬間――

 

「そこまでだ」

 

 割り入った何者かによって箒の腕を掴まれた。それはラウラもまた同じ。そして身体が宙を舞い世界がぐるりと一周した。背中から鈍い痛みが奔る。その時箒は自分に置かれた状況を理解した。――投げ飛ばされたのか。

 それはラウラも同じ。背中をしたたかに打ち付けた直後、予想外の展開に鳩が豆鉄砲を食ったように状況を慌てて身を起こした。

 流石は本物(ぐんじん)というべきか。復帰が速い。

 

「模擬戦なら幾らでも死なない程度で勝手にやってろ。私は止めん。が、喧嘩の殴り合いを看過する訳にはいかんな」

「教官!?」

「教官じゃない、先生だ」

 

 乱入して二人を投げたのは千冬だった。こうも簡単に二人とも片手で投げ飛ばしたという異常事態に驚く余裕は箒にもラウラにも持ち合わせていない。特に箒にはそれよりも気になる事があったのだ。

 まただ――またこのラウラという少女はまた千冬の事を教官と呼んだ。どういう関係なのだろうかこの二人は。疑問を挟み込む余地は無情にも――

 

「今回は反省文で見逃してやるから感謝するがいい。後で用紙をくれてやるから3日以内に提出しろ」

 

 七面倒な通告を突きつけられて雲散霧消した。

 

◆◆◆

 

 反省文とはいえど所詮400字程度の原稿用紙一枚分だ。

 PC打ちの下書きと原稿用紙に直接書く清書をこなせば一週間も不要だ。反省文を1日で済ませた箒は昼休み、原稿用紙を千冬の待つ職員室のデスクに赴き、それを提出した。

 

「今度やろうなら倍にするか、トイレ掃除をやって貰うぞ」

 

 提出の直後マイルドに言うなれば次はないぞ的な忠告をされてから、箒は「はい」と返しそのまま千冬と彼女のデスクの前に立ち尽くしていた。千冬は反省文をざっと読んでから

 

「帰っていいぞ。もう昼休みだろう」

 

 このまま帰れば昼食にありつけるだろう。しかし箒は指示に従わず口を開いた。

 

「織斑先生……ボーデヴィッヒが先生の事を教官、と呼んでいましたが一体彼女とはどのような……?」

 

 IS学園は兵器を取り扱う教育機関の割にはゆるい所があり、それゆえラウラの異質さは尚の事目立つ。教官と呼ぶのもそうだ。普通の生徒なら先生と呼ぶ所だ。千冬が既に『もう昔の事だ』と返している以上何も無かったなどとは言わせない。

 

「お前には関係の無い事だ」

 

「いえ、あります。幼馴染として、姉としても。あのような状況を看過する事など――出来ません。奴は一夏に明確な殺気を向けていた、その事も先生も気付いているハズ」

 

「…………」

 

 箒は千冬を睨みつけるように問い詰める。千冬は黙して語らず箒の目を凝視し双方の睨み合いが1分程続いた。永遠とも感じられる1分が過ぎ、先に折れたのは千冬であった。千冬は溜息を吐いた。

 

「3年前、私が引退した直後の事だ。とある件でドイツに借りを作り、その見返りに教官としてドイツに出向した」

 

 千冬の語りに箒は神妙に耳を傾ける。

 3年前は箒も玲次も一家離散していた状態だ。引退の報道こそ目にすれども千冬がドイツに出向していた事は初耳だった。

 

「ドイツに……?」

 

「あぁ。その時の教え子だ」

 

 箒は千冬が引退した理由はドイツに出向したからなのかという考えに至るが、引退する理由にしては弱すぎるものだった。戻った時に復帰すればいいだけの事なのだ。

 恐らく裏で色々厄介な事があったのだろう事は想像に難くなかった。

 

「その教え子が何故一夏に襲いかかり、果ては玲次までをも襲う!? 一体どういう事ですかッ」

 

「それ以上は話せん。確証も無く機密事項も混ざっている以上、深く話せば些か面倒な事になるのでな。それにしてもおかしなものだな、反省している側がこちらにまくし立てるとは」

 

 千冬に詰め寄り(まく)し立てる。唾が飛びかねない程の勢いに関わらず千冬は気圧されもせず何時ものどっしりとした構えを崩さなかった。それが箒を余計に苛立たせる。

 自分のかつての教え子が今の教え子や弟に殺意を向けている事に何も思わないのか。

――何故そう冷静でいられるッ……!

 苛立ちのあまり、爪が掌に深く食い込み、歯も今ならあずきバーだろうが余裕で噛み砕けそうな程に歯噛みする。結局は自分で知り、どうにかするしかないというのか。

 

「失礼します」

 

 これ以上話しても無駄だと箒は確信した。簡単に挨拶をしてから踵を返し足早に出口を目指す。そんな中千冬の声が後ろから聴こえてくる。

 

「お前の愚弟もうちの愚弟も、お前が思う程ただで転ぶようなタマではないさ。そして――」

 

 最後の部分が聞き取れなかった。続きの言葉は気になったが引き返して聞き直すのもあまりにも間抜けな気がして、そのまま職員室の出入口を潜った。




 シャルの扱いが微妙に空気なのは、ラウラがキーキャラであるのと本筋にあまり関わりが無いという部分もあります。
 今後シャルの出番がない訳でもありませんのでご安心を。あの人間武器庫みたいな機体を使わない理由が無いし個人的にも使いたいですし、シャルの話もちゃんとやるつもり。

 原作以上に精神が摩耗している一夏、ドイツ軍人と喧嘩の売り買いをしてしまった篠ノ之姉弟。
 彼らの明日は、どっちだ。


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29 噂

 お待たせしました。

 かなり久々ですが……30話も既に完成していますので少々お待ちください。


「篠ノ之君」

 

「はい」

 

 ラウラとの対決から翌日、早朝IS学園島内のいつもの研究室にて玲次はリノリウムの床の上で正座していた。それを見ていた研究員は「お気の毒に」と言わんばかりの憐みの眼で見て来るが同情するなら助けてくれと玲次は心の中で悲鳴を上げる。

 正座している玲次の前に仁王立ちしている芝崎は不気味なまでににこやかだった。しかしそれを前にすると得も言われぬ圧が玲次の心臓を掴んでいた。このままハートキャッチ(物理)されてしまいそうな程の圧が玲次を襲い、背がピンと伸びた状態でカタカタガタガタと震えた。

 

「これはなに?」

 

 あるものに指をさす。指さした先を眼で追うとハンガーに鎮座している黒鉄と破損した遠雷の姿。

 

「えっと、黒鉄玄武と遠雷?」

 

「折角新しくロールアウトした早々これは一体どういう事かしら?」

 

「あっはい、必殺ビームをぶっ放して壊しました」

 

「報告は事細かにするって約束だったわよね? そんな能力あるなんて聞いた事無かったけど?」

 

「イレギュラーな事態で唐突に発動しまして。所謂アレです、ポケモンが戦闘中に新しい技を覚えた的な状態です、はい」

 

「なんでイレギュラーな手段を精査せずにホイホイと使ったの、まったく折角作った遠雷をこうも無残な姿にしちゃって……ねぇ?」

 

「すみません迂闊でした許してくださいなんでも……は出来ませんけど出来る事ならやりますから」

 

 土下座し額を白い床にこすりつける玲次をゴミを見るような目で見下ろす芝崎。

 今回黒鉄の新たな力で窮地を潜り抜けたが、後々の事を考えると迂闊ではあった。まさかここまで芝崎にこってり絞られるとは昨日の玲次は思いもしなかったのだから。加えて黒鉄も反動で機能停止を起こしてしまっている有様だ。

 芝崎は滲み出る威圧感をフッとなくしてから、デスクのPCに取り掛かり玲次を横目で見ながら口を開いた。

 

「もういいわ。壊したものはしょうがないし、研究協力費からさっ引いとくから。今気にするべきは先ほどの力の正体と如何にして早く黒鉄を復活させるか。トーナメント、近いんでしょ?」

 

 しれっと減給処分を食らい玲次はがっくりと肩を落とす。そして幽鬼の如くゆらゆらと力なく立ち上がっているとPCの操作をしている芝崎が説明を始めた。モニターには黒鉄の戦闘記録が表示されていた。

 

「昨日黒鉄玄武の撃ったプラズマキャノン、便宜上玄武砲と呼ばせて貰うわ。恐らく黒鉄のコアが玄武の追加装備(パッケージ)にコアが学習、試しに撃ったものと思われるわ」

 

「コアが玄武に合わせようとした?」

 

 玲次が芝崎の後ろからモニターを覗きつつも疑問符付きで声を上げる。

 まるでコアが生物か何かのようだ。事実ISコアは搭乗者に合わせられるだけの高性能な学習能力を持っている……となれば黒鉄のコアが玄武に合わせようとする事も理にかなっている訳だ。

 

「そう。黒鉄のコアは思いの外従順で、取り回しの効く武器こそ好むけれど、あまり好き嫌いは無いというか、こちらの要求に柔軟に応えてくれている。何というか、搭乗者を守る為に進んで様々な手を使うって思考というか……」

 

「そりゃまた良い子ですね……」

 

 最初玲次の命を救ったのも自律稼働していた黒鉄だった。その事を思い出しながら黒鉄の方を見ると、疲れているのかなんだかこの機体が従順なメイドか何かに見えた。

 

――なーにアホな想像してんだ気色悪いぞおれ。

 

 即座に自分の妄想を斬り捨てる。

 

「どした篠ノ之君?」

 

 玲次の様子を不審に思った芝崎に、玲次は死んだ目で返した。

 

「最近疲れてるなぁ、って自分で」

 

「まぁ慣れない事の連続だものね。そりゃ疲れる。でもね……玄武の件チャラにはしないわよ」

 

「その件はほんとすみませんでした……」

 

 ギロリと玲次を睨みつけ玲次は蛇に睨まれた蛙の如くその身を硬直させ震え上がらせる。謝罪の言葉に芝崎は「ケッ、こちとら残業確定なのよ」と冗談交じりにグレたように呟く。しかし芝崎たちに仕事を増やさせてしまったのは本当に申し訳なく思い「すみません」と玲次は芝崎に震え上がる自身の気を落ち着かせ深々と謝った。

 モニターは芝崎の操作で黒鉄の図面データに切り替わった。

 

「もういいわよ。いずれこうなる事は覚悟していたし。……話変えるけどそう言えば、ドイツの娘(ラウラ・ボーデヴィッヒ)、黒鉄をシュヴァルツェア・アイゼンと呼んだんだっけ……?」

 

「あっはい。それとオルコットさんの指摘もあってほんとに似てるのかなぁと」

 

「交戦データと公式で公開されているレーゲンのデータと、黒鉄のデータで照合してみたけど――搭乗者に合わせて多少の差異こそあれど基本装甲に関してはレーゲンの設計思想というかクセが偶然とは言えない程に似ていたわ。()()()()()()()()()()

 

「彼女の言っていた事は本当……っぽい感じか現状は」

 

 となると黒鉄を寄越した人間はドイツ人という事になるのだろうか。もしくはドイツから技術を盗用した何者か。

 もしくはドイツ側のマッチポンプという可能性だ。

 以前のIS学園襲撃時、流れるような銀の髪が見えたのは覚えている。あれがラウラだとしたら……だがしかし何故玲次がISに適合する事を知っているのかという事が分からなくなる。黒鉄と出遭うまで適合検査は一度も……いや、10年前一度念のために受けた覚えはある。

 しかし記憶が正しければ当時起動出来なかったはずでは……

 

――妙だ。何故今になって適合した?

 

「彼女が言っていた事が正しいとしても、コアは完全新規ドイツのものとは記録されていない。ドイツにこいつを譲渡してやる理由にはならないわ。良いわね?」

 

「心得てます」

 

「よろしい。他は知らないけれど私や織斑先生、山やんは貴方の味方だから。……ね?」

 

 芝崎は説教時の殺意の籠った表情が嘘のような屈託のない笑みを見せる。多分、本心なのだろう。

 玲次もつられて笑顔で「ありがとうございます」と返した。

 

「玄武と遠雷をさっそく壊したのは許さないけどな……ふぅ、もっと丈夫に作っとくべきだった。ったくもー残業込みで頑張って直すわ」

 

 もういいと言っておきながらやっぱり恨みタラタラで頭を掻きながら、スタッフたちの手による整備が始まった黒鉄に目をやる。

 暫くは芝崎には逆らえなそうだと玲次は頭を垂れた。

 

「所で、山やんって……山田先生の事ですか?」

「あーそっか言って無かったっけ。学生時代同期だったんだけど」

「えっ」

 

◆◆◆

 

 民間人(玲次)軍人(ラウラ)に勝利した。そのような噂が飛び交うのも時間の問題だった。厳密には相討ちだというのに、第三者からすればそんな事はどうだっていいのだろう。

 ラウラに対する女子生徒の評判はよくない。

 曰く、自分たちを見下しているようだ。

 曰く、愛想が無い。

 

 半ば事実、半ばいちゃもんに等しいそれは、玲次の活躍などラウラからマウントを取る為のきっかけというか叩き棒でしかないのだ。

 ラウラ本人が彼女らを歯牙にもかけていない為、尚の事ラウラを良く思わない生徒たちの悪口は加速する。

 

「篠ノ之君も災難だったねー。なんか噂によるとボーデヴィッヒさん、篠ノ之君のIS狙っているらしいよ」

 

 善意でそう玲次に語り掛ける生徒もいる。こちらからすればラウラ叩きの為の叩き棒にされるのは迷惑千万な話だ。そんな醜い排斥行為の肩棒なぞ担ぎたくはなかった。

 そんな噂話を早朝耳にした玲次。心情が表情に出ていたか、教えて来た女子生徒の表情が戸惑いに変わった。

 

「ど、どうしたの?」

 

「……っ!? あぁ、ごめんね。最近色々あって疲れてるから……怖い顔してるかも知れないけど気にしないで。因みに――実はおれは勝ってないよ、相討ちだよ」

 

 訂正してから、たじろいだままの女子生徒を他所に自分の席に着く。

 流石に自分のクラスの仲間をあまり嫌いになりたくないのが本心だし、迂闊に敵を作ればその分一夏も自分も箒も動きづらくなる。

 1時間目の授業の教科書をバッグから取り出して机に並べていく。

 

「篠ノ之さん、黒鉄の様子はどうですか?」

 

 玲次より速く教室にやって来ていたセシリアが訊いてくる。最近席替えで隣になったので割と相談がしやすくなった。

 

「整備班が残業込みで頑張って直すって厭味全開で言われた」

 

「……ご愁傷さまですわね」

 

「こういう時菓子折り持って行けば良いんだよね……何が良いと思う?」

 

「知りませんわよ……っていうか菓子折りって何ですか……」

 

 しまった。イギリスに菓子折りという文化は無かった。怪訝な表情で質問してくるセシリアに机に突っ伏し脱力する玲次は停止寸前に陥ったゾンビの唸り声みたいな声で答える。

 

「簡単に言うとお詫びの品……?」

 

「成程。そういう事ですか……律儀な事は良い事ですわ」

 

 玲次のやろうとしている事が少し気に入ったのか感心したように微笑む。

 

「整備班に恨まれたらおれの命が危ないし……うん。あと玄武とか陽炎とか、おれを助ける為に本来造らなくて良かったものなのに造ってくれたしここでぞんざいにするするのはなんか……後味悪いし」

 

「ふふっ。後味悪い、ですか」

 

 何がおかしかったのかセシリアは口を抑えて上品に笑う。玲次は口を尖らせ露骨な不満気な表情で抗議を込めて訊く。

 

「何かおかしかった?」

 

「なんでもありませんわ。放課後菓子折りとやら一緒に探しましょうか?」

 

「そりゃ有り難い。女子の意見も聞きたいトコだ。別に正式なものって訳でもないし……整備班とか研究班が喜びそうな奴を選びたいな」

 

「ではわたくしの国でお世話になっているお店があるのですが……」

 

 セシリアとお菓子の話をしながらふと、ラウラの方をさり気なく見る。

 彼女はいつも通りクラスメイトの他愛のない世間話にも一切耳を傾けず、ただただ席に着いて微動だにしていなかった。

 遠目から見ても近づく気になれないほどに見えない壁を作っているように見える。同時期のシャルルとはまるで正反対の彼女ではあるが、シャルルもシャルルで何処か不審な点がある。

 

「篠ノ之さん?」

 

 暫く考え込んでいると不審に思ったのかセシリアがこちらの顔を覗きこんでいた。ハッと我に返った玲次が慌てて謝った。

 

「――あ、あぁ。ごめん、ちょっと色々考え事してた」

 

「最近何処か変ですわよ? 何か考え込んでいてうわの空……のように見えますわ」

 

 セシリアの鋭い指摘に玲次は口を噤む。

 普通では居られない出来事が玲次をおかしくさせる。ISに適合してしまったこの謎体質、所属不明のISに自律兵器を悪用したテロリスト連中、謎の脅迫事件、ラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルル・デュノアという2名の転校生――

 胃の痛くなりそうな要素はゴマンとあり、そこら辺の高校生が抱えられるキャパシティーを余裕で超えてしまっている。さっさとこの場から逃げだしてやりたい所だ。だが出自不明の黒鉄や篠ノ之束の弟という鎖がそれを許さないし玲次自身も逃げる事を許さなかった。

 

「いつまで駄弁っている。さっさと席に着け」

 

 気付けば既にSHRの時間を回っており、千冬が仕切り始め、セシリアは姿勢を正し他の生徒たちも即座にSHRの為に着席していく。玲次はやや緩慢な動きで姿勢を正した後ぼんやりとした不安を抱えながらSHRをやり過ごした。



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30 3年前Ⅰ

 どうやらIS12巻が近い内に出るという話。
 拙作束がマッドとはいえ比較的まともというか色々な所が下方修正されてたり、非ISの無人兵器など、ある程度独自路線を進んでいるとはいえ心情的に原作の方もちゃんと拾っておきたい所ですし早く出る分有り難いんですが、11巻がやや早足だっただけに色々心配だったり。


 12巻でがっつり関わらせない限りISAB要素は拾わない知れません。これ以上キャラクターや設定を増やして死にキャラにするのも忍びないので……


 機体の性能差が戦力の決定的差ではないという事はどこぞの仮面の人が実証している通りである。

 事実、シャルルの操るオレンジ色の専用機ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡという長ったらしい名前の機体は第2世代後期で、対する白式は第3世代のやや上に位置するシロモノだ。

 

 放課後。夕日が照らすアリーナのど真ん中、瞬時加速で突撃する一夏は雪片弐型を振り上げる。

 

 シャルルは両手に携えたサブマシンガンの引き金を引き迎撃をかける。サブマシンガンのおびただしい数の弾丸を浴びながらも一夏は瞬時加速を止めぬままシャルルの傍まで肉迫する。

 その、弾丸を一切恐れぬ猪突猛進、特攻とも言えるその行動に一瞬焦りを見せるものの、両手のサブマシンガンを投げ捨て一夏の一閃をギリギリ回避する。シャルルは入れ替わりに高周波ナイフを呼び出して返す刀で一閃し、新たに呼び出したハンドガンをばら撒きつつ距離を取ってから、2丁のグレネードランチャーを呼び出し、容赦なく白式にグレネードを叩き込んだ。

 

「うわ強っ……」

 

 観戦していた玲次が闘牛士に振り回される牛のようになっている一夏を見て呟いた。

 すると玲次の近くで戦闘を見ていたセシリアと鈴音が口を開く。

 

「機体の性質を熟知しているデュノアさんと、高い性能に振り回されている状態の織斑さんとでは差は歴然ですわね……デュノアさんはラファールの性質を理解しつつ多彩な武器を使いこなしています」

 

「ラファールの使い手こそ多くてもここまで使いこなせる方はそうそう居ないわよ。流石はデュノア社長の息子なだけあるって奴かしらね……」

 

 シャルルの武器特性を完全に把握しているテクニカルな戦い方は玲次としても注目したい所だ。鈴音もセシリアもどちらかと言えば特化型のもので、武装を幅広く使いこなせるシャルルは貴重だ。

 ラファール自体容量があるのでまるで武器庫だ。無論積むだけなら簡単だ。それを全て使いこなしそれぞれ適切に使いこなしているとなると下手な3世代乗せるより強い。

 

「あーくそ! 駄目だ……!」

 

 墜落した一夏は苦虫を噛み潰したように、地面を殴る。玲次は口惜しがる一夏にポカリのペットボトルを投げ渡し、一夏は危うくキャッチする。

 

「っとと、悪い。……なんかシャルルの戦い方、お前の戦法を一回り厄介にしたような感じですげー苦手だ」

 

「器用に戦えるように努力しないとね。多彩な技で相手を手玉に取って相手をイラつかせるってなんか憧れるねぇ? いやーおれも真似したい」

 

「性格悪いなお前……」

 

 ゲス顔でわざとらしく笑う玲次に一夏はツッコミつつ、白式を解除してポカリを呷る。

 玲次はシャルルにもポカリを投げ渡す。こちらは一夏のこともあって身構えていたか危なげなくキャッチし「ありがと」と女子なら即堕ちしかねない眩しい笑顔で応えた。

 シャルルはポカリを一口呷ると一夏の方に向き直ると少し考え込んでから口を開いた。

 

「織斑君はちょっと焦り過ぎじゃないかな。こう、無理してでも一撃を当てようって感じがする。それで相手の射撃武器の特性を直感的な把握も出来ず焦って突撃してるから今回のようになっちゃった……と思うんだ」

 

「まずは落ち着け。そして視野を広く持て。そう言う事か」

 

 一夏の解釈に「そうそう」とシャルルはにこやかに頷いた。的確な指導に一夏は食い付いてシャルルの説明に耳を傾けており、その光景を見ていた鈴音は不満げにぶーぶーと口を尖らせていた。

 

「一夏の奴なんか楽しそうなんだけど……」

 

「――いやぁ言うのも何なんだけどだって強いし分かりやすい教え方してるし」

 

 玲次のツッコミに「あたしも強いわよ」と更に不満気に返す。

 しかしこればかりは玲次もツッコミを入れたかった。強いのは事実なので別に否定しない。ツッコミたいのは教え方だ。鈴音は既に一夏にIS操縦を教えるのを数回やっているものの――

 

「や、ISの装甲越しに殺気を感じろとか何なの? ニュータイプか何か?」

 

 という、直感的教え方だった。

 その時の一夏は「そんな無茶な」と訴えたがっていたのを記憶している。

 

「えぇ? 普通殺気を感じて対応出来るでしょ。変に考えるから駄目なのよ」

 

「いやいやいやいや普通って何普通って」

 

 殺気を感じろなど中々山勘に頼った戦法を平然と行える点においては彼女はある種の才能を持っているのだろう。……誰かに教えるには圧倒的に向かないが。

 不満気に語る鈴音に玲次が必死に突っ込みを続けていると、セシリアが割って入った。

 

「理論的な説明でなければ分からないでしょう? ちゃんと言葉に、理論的に説明しなければ駄目ですわ」

 

 セシリアもセシリアで、専門用語に数字のオンパレードで一夏の頭にクエスチョンマークで一杯にさせたのであまり褒められたものでは無い。一応セシリアも分からない点があれば説明してくれるもののそちらも良くわからない専門用語のオンパレードで予習復習として用語集を必要以上に読み込まされる羽目となっている。

 なお、必死に突っ込み入れている玲次の場合知識も経験も両者に劣っている所為で教えるどころではないので実質論外だ。

 それでも辛うじて鈴音やセシリアの教えに喰らい付こうとしている辺り一夏の執念と熱意を感じる。その様はいわゆる修行僧のソレであったが、今シャルルに教えてもらっている姿は人気教師に面白おかしくそして分かりやすく説明して貰っている生徒の姿そのものだ。

 玲次はその姿を見ながらシャルルの話に耳を傾けた。

 

 

「一夏の武装って後付武装がないんだっけ」

 

「あぁ、何度か調べて貰ったんだけど、拡張領域――つまるところ容量不足で量子変換は無理だって言われた。だからあるのは雪片弐型だけ」

 

「多分単一仕様能力に容量を持って行かれているからだろうね……それにしても白式の単一仕様能力は異常だよ」

 

「……というと?」

 

「まずは白式は第一形態なのに単一仕様能力を持っているという点。これは知っての通り有り得ない事で第二形態から発動するのが普通……最悪発動しない可能性もある。もう一つ――その能力、織斑千冬が現役だった頃使用していた単一仕様能力のそれと全くの同一であるという点」

 

「そりゃぁ一応姉弟だからとかじゃないのか?」

 

 シャルルは首を横に振った。

 

「残念ながら既に姉妹のIS操縦者が現実に存在していたけど彼女らは全く違う単一仕様能力を発現させているからその線は無いと思う。ISと操縦者のシンクロが重要だからいくら意図的に再現しようとしても全く同じになるなんて事は普通有り得ないんだ」

 

 シャルルの言う通り普通有り得ない。一連の話を聞いていた玲次は眉を顰める。

 だからこそ白式か一夏に何かしら謎が隠されている。あの金色の瞳然り、一夏か白式には何かしら謎が隠されているのは確実だ。

 ラウラか、倉持技研、若しくは織斑家が鍵を握っている。

 

「最っ悪だ……どれも口が堅そうだ」

 

「何がよ?」

 

 独り言を耳にした鈴音が訊くと玲次は「いや、何でもない何でもない」と返した。

 比較的口を割って貰えそうなのは織斑家からか。一夏本人はアテにならないとして千冬を問いただすか。……千冬も口を割って貰える望みが薄いものの、まだ組織というしがらみが見えない以上可能性はあるだろう。

 

――偶然じゃないはずだ。おれたちがISに適合した事は、絶対に何かしらの必然性がある。

 

 偶然じゃないはずだ。一夏の金色の瞳とラウラの片目。そしてシュヴァルツェア・アイゼン――きっとこの件は繋がっている。まぁこれ以上思考した所で答えなぞ望めないので身体を動かして鍛える事にしよう。

 思い立った玲次は深呼吸してから、気持ちを入れ替えた。

 

「さて、おれも参加しようかねぇ」

 

 玲次は腕をぶんぶんと回し、ピットの方へと向くと鈴音が玲次の腕を見る。玲次の腕には待機状態の黒鉄の姿は無かった。

 

「そういえば篠ノ之弟、アンタ黒鉄どうしたのよ」

 

「アレはオーバーホール中。代替機のラファールを用意して貰ったから、今からそいつを取りに行く。そいじゃ、首を洗って待ってろ野郎ども」

 

 シャルルと一夏におちゃらけた宣戦布告をして去って行く玲次を見送りシャルルは「篠ノ之君って変わった人だなぁ」と感想を漏らし、一夏も「だろ?」と肯定した。

 

「そこ聞こえてるよ!? デュノア君共々覚えたからなぁ!」

 

 やり取りを聞いていた玲次は振り返って抗議の色を見せる。

 

「そうやって道化やるから転校生にも変な奴扱いそれるんだぞーそういうところだぞー」

 

 と容赦ない一夏のツッコミに「おうおう言ってくれるじゃん……覚えてろよー。おれは恨み深いからなー2回言うけど首洗って待ってろー」と攻撃的な笑みを見せて今度こそ振り返らずピットに走って行った。

 

 

 

 

「……二人とも仲いいんだね」

 

 玲次がピットへ消えた所でシャルルが溢す。その横顔は楽しそうに見えて一夏は「そう見えるか?」と疑問符付で問う。

 

「うん、見えたよ。羨ましいな。そういう友達が居るのは」

 

「シャルルにもフランスに友達が居るだろ?」

 

 悪気があって言った言葉では無い。シャルルなら友達が沢山居るだろうと短いながらも普段の穏やかな様子を見て一夏は思ったのだ。しかしシャルルの反応は一夏が思ったものとは違った。

 少し、俯き瞳に陰が差した。

 

 

◆◆◆

 

「さて、このラファールは可能な限り性質を黒鉄玄武に近付けた再現機だ。手加減は要らない」

 

 玲次は持ってきた代替機ことラファール・リヴァイヴを身に纏い2丁のリボルバー《陽炎》をクルクルと回してからホルダーに仕舞う。

 陽炎の使い方も慣れて来た所だ。玲次のラファールの武装は黒鉄玄武が搭載していた装備の通り肩部にシールドと実体スナイパーライフルを搭載しており、脚部にミサイルポッドを搭載。見てくれ(シルエット)だけなら黒鉄玄武のそれだった。

 カラーリングはデフォルトカラーの暗めの緑色のままだがこればかりは玲次の専用機という訳でも無いので致し方なしである。

 

 ――なお本機は玲次が整備班及び研究スタッフに提供した例の菓子折り(賄賂)によるものだ。無論、そのセシリアが紹介した菓子も安くは無くはそこら辺の高校生が易々と手出し出来るような場所でもなかった。お陰でこれまでの対テロ戦闘や研究協力で得た報酬、そして貯金はスッカラカンになったが。

 とはいえ整備班の機嫌はかなり良くなった。おまけにデータ取りのラファールを多少の調整込みで借りる事が出来た。

 我ながら中々せこい事をしたのは熟知している。

 

 相手はシャルルと一夏のタッグ。玲次はセシリアと組む形となる。

 お互い所定位置にまで移動して玲次は即座に肩部のスナイパーライフルを外し地面に落とした。

 

「捨てた……何故!?」

 

「さて、何故でしょうな?」

 

 一夏が玲次の突然の行為に驚愕の声を上げ、玲次が誤魔化す。

 黒鉄玄武は特殊能力との相性こそ良いが容量不足もあり部分的な武装の格納は出来ないようになっている。だからこそ部分的に格納という器用な行動が出来ない欠陥を抱えて居る。

 ラファールの容量ならそうする必要は無いが、玲次の専用機という訳では無いので黒鉄の仕様に合わせておく。いずれこのラファールは返却し黒鉄は戻って来る。その予行演習だ。

 無論、このスナイパーライフルが必要ない訳では無い。決定力に欠ける本機にとって重要な攻撃手段なのだ。だから一夏の捨てた、という反応は間違いだ。

 

 

 甲龍を纏った鈴音が両タッグの間で手を上げた。

 

「あたしが審判するわ。……行くわよ、3、2、1――READY……」

 

 

 

 

「GO!」

 

 鈴音の声を皮切りに両チームは戦闘を開始した。

 初手、セシリアが後退し狙撃位置につく。対して玲次は前進。引き抜いた一丁の陽炎の銃口をシャルルに向ける。

 そうは問屋が卸すまいとシャルルはサブマシンガンを片方玲次目掛けてばら撒きつつ、空いた手のアサルトライフルをセシリアに向けた。

 

「――ッ」

 

 玲次は咄嗟に肩部シールドでサブマシンガンの弾丸を防ぐものの、その隙に一夏が上空から玲次目掛けて急降下、雪片弐型を振り下ろす。

 

「隙ありッ!!」

 

 すると玲次は空を見上げ――ニタリ、と悪役めいた笑みを見せた。その時、一夏は悟った。――この隙は自身を陥れる為の罠だという事に。上体に血を巡らせ、捻ろうとしたもののもう遅い。

 

 構えていたシールドを急降下し雪片弐型を振り下ろそうとする一夏目掛けて投げつけた。ゴン、と金属が硬いものにぶつかる不穏な音を響かせ一夏が怯む。衝撃で手元から雪片弐型がすっぽ抜けて、地面にずしんと落下した。

 

「ごふっ……おっ、お前っ……」

 

「おれが隙を見せたらそいつァ罠だ。おれは近距離以外のサブマシに防御態勢取るほど流石にチキンじゃァない。まずは一夏お前を討ち取る」

 

 恨めし気な顔で体勢を崩す一夏に2丁の陽炎の銃口を向ける。しかし一夏の表情は追い込まれた人間のするものではなかった。――まだだ、まだ終わっていない。諦めていない人間のする顔だった。

 

「舐めるなよ――俺だってただの案山子(カカシ)じゃないぜ……!」

 

 瞬時加速。一夏は無理矢理体勢を立て直し、玲次は咄嗟に陽炎をトンファーモードに変え、立て直しざまに放たれた一夏の瞬時加速パンチを防いだ。

 

「――っつぅ……なんてデタラメで無茶苦茶な……!」

 

 陽炎の銃身から玲次の腕に伝わり、全身に伝播し痺れる。

 性能差で完全にパワー負けしている。地上すれすれまで機体が押し込まれ玲次は歯噛みする。

 それにつけても瞬時加速で勢いの乗った拳を食らって銃身が歪まない陽炎の強度も大概だ。あれだけの一撃を貰ってまだ使用可能と来た。伊達に格闘前提で造られていない。

 しかし乗り手のダメージとラファールの性能ばかりはどうしようもなく、全身に走った衝撃が玲次の身体を麻痺させる。四肢の感覚が薄い。無理矢理その身体を動かそうとするとピリピリと僅かに痛みが奔った。

 

 まだあの一撃が響いているようだ。

 

「剣を喪えばあとは拳しかない……だったらそっちも戦えるようにするってのが筋だろう?」

 

「おれに体術で挑もうってのかい……!」

 

 1対1ならその勝負に付き合っていただろう。しかしこの試合は2対2のタッグバトルだ。押し込まれる拳を強引に払い除け、先ほどのパンチのお返しに片方の陽炎で殴り飛ばし、もう片方の陽炎の引き金を一夏目掛けて引く。反応した一夏は咄嗟に射線から退避し回避。

 

「生憎付き合ってやる余裕は今は無いんでね……!」

 

 シャルルは既に多彩な武装でセシリアに接近していた。先に一夏をセシリアが遠距離で仕留めるという算段がご破算だ。

 玲次は即座に陽炎の銃口を落ちた雪片弐型に向け発砲し、更に遠く離れた場所まで弾き飛ばした。容赦ゼロの行動に一夏は悪態をついた。

 

「お前ほんと性格が悪いな!」

 

「悪く思わないでよ。そうでもしないと零落白夜叩き込まれてお陀仏さね!」

 

「だったらさっさと雪片を回収しないとな!」

 

「ケッ、言ってくれる……じゃぁ全力で邪魔してやろっかねぇ……!」

 

 一夏並びに玲次は獰猛な笑みを浮かべる。いかにして相手を出し抜くか両者ともこの一瞬のうちに思考を巡らせる。一方セシリアは後退しつつスターライトMk-Ⅲを撃ち続け、シャルルはそれを回避しつつ持ち替えた2丁のアサルトライフルで追撃を掛ける。

 手数は圧倒的にシャルルの方が上だ。後方支援でこそ真価を発揮するブルーティアーズと、手数で押せ押せのラファールとでは真正面で戦うには相性が悪すぎた。

 

 アンカーで破棄したスナイパーライフルを引き寄せつつ、弾切れの陽炎を一夏目掛けて投げつけ接近を防ぐ。

 スナイパーライフルの回収を終えた所で、一夏がすぐ目の前まで迫っていた。シャルルに不意打ちの弾丸を撃ち込むのが先か、一夏の鉄拳が玲次に炸裂するのが先か。

 

「ここだ……ッ!」

 

 ほぼ同じタイミングだった。スナイパーライフルから弾丸が射出されたと同時に一夏の鉄拳が玲次に炸裂した。一撃を貰って吹っ飛び地面を派手に転がるもののその顔はほくそ笑んでいた。

 

「――必要経費だ」

 

 その言葉の意味を悟った時にはシャルルの機体のスラスターから黒煙が出ていた。瞬時加速で墜落するシャルルのもとへと翔ける。

 さて、これで仕切り直しだ。今度は巧くやる、玲次が内心で腕を捲る。

 双方体勢を立て直しを図った所で、新たなISの反応がカタパルト付近から発生した。

 

「――アイツ」

 

 反応の主は黒いボディ、それに似合わぬ搭乗者の小さな体躯に真紅の隻眼、流れるような銀色の長い髪。

 ドイツのIS、シュヴァルツェア・レーゲンとその搭乗者ラウラだった。これだけなら単に観戦に来たと思えばいいだけの事だった。しかし、どうやら観戦の為だけに来るという見通しは甘かったらしい。

 レールカノンの照準を一夏に向けていた。

 

「今度は乱入かい?」

 

 玲次の呆れ交じりの問いにラウラは鼻で笑った。

 

「黒鉄を持たない貴様には興味はない。織斑一夏、私と戦って貰おうか」

 

 煽りを完全にスルーされた挙句、相手にされていない事に玲次はショックを受け「興味ないのね……」とがっくりと項垂れた。愛想が無い事を除けば端正な顔つきの女の子に興味ないとバッサリ言われるのは少々堪えるものがあるというものだ。

 一方一夏は毅然とした態度で首を振って拒否した。

 

「悪い。後にしてくれ……何で俺をやたら敵視するのか分からないが今は取り込み中だ――」

「貴様になくても私にはある。貴様が居なければ織斑教官は力を喪わずに済んだのだ……貴様のせいで、何もかもな」

 

 姉の名前を出された事を聞き過ごす一夏(シスコン)ではない。それに自分のせいとなれば流石に反応するのは至極当然のことであった。

 

「待てよ。それはどういう事だ。俺のせいって――」

 

 ……まるで訳が分からない。身に覚えのない罪状を突き付けられた一夏は怪訝な表情をする。立ち直った玲次は一夏の反応に嘘はないように見えた。しかしラウラからすれば一夏の反応は許しがたいものがあったようでその怜悧な表情が一変し、憤怒の色に変わる。瞳の色に似合わず無機質的で冷たい印象のあったラウラの瞳に昏い火が宿る。

 

「とぼけるなッ! ……3年前あの人は貴様の所為でモンドグロッソ2連覇はおろか二度とISに乗れぬ再起不能に陥った……無力な貴様の所為でな……!」

 

 一夏の反応も本物だが、ラウラが一夏に対して抱いている憎悪も本物のように見える。ラウラの話を聴いていた玲次とシャルル、鈴音、セシリアは話が見えず各々が混乱していると、誰か一人が頽れた。

 

 

 頽れたのは一夏だった。地に膝を付き、頭に手を当て苦悶の色を浮かべ始めていた。

 

「一夏? どうしたのよ一夏!」

 

 尋常ならざる何かを感じた鈴音が一番に一夏のもとへと駆け寄り頭痛に苦しむ一夏の介抱を始めるものの、一夏の様子は目に見えて酷くなる一方だ。脂汗も尋常ならざる量で流れ、眼は見開かれている。

 

 

「あっ……ぐっ……3年前――誘拐事件……モンド・グロッソ……俺は……俺は……」

「何言ってんのよ一夏一体何があったのよ! その3年前って奴に!」

 

 鈴音が必死に一夏のうわ言のような声を拾いながら問うものの、今の一夏にはうわ言を吐き続けるのが関の山だ。流石に今の一夏を放置するのは後味が悪い。見かねた玲次は苦しむ一夏を庇うように立ち、カタパルト先端に立つラウラを見上げた。

 一夏の様子からしてこのラウラという少女は何か知っている。とはいえ今の一夏の様子を見る限りこれ以上の刺激は危険だ。一夏が壊れてしまう。そんな予感がする。

 

「……何を知っているかは知らないけど用事は後にしな。今はアンタに構ってる場合じゃない」

 

「仮病で戦えないふりか……見下げた男だ。そこを退け、骨董品(アンティーク)に乗っている貴様(篠ノ之玲次)には興味は無いと言った筈だ」

 

「そう言われると地味にショックだけどアンタの興味なんて今この状況じゃ知った事じゃない。これ以上やるってんならおれが相手になるけど?」

 

 介抱していた鈴音も同じ気持ちのようで彼女もラウラをキッと睨みつける。シャルルもセシリアも事情こそ測り兼ねているものの今の状況を良しとしていなかった。

 一触即発の空気の中一夏は頭痛に耐え切れず、糸がぷっつり切れた人形の如く全身から力が抜け落ちた。




 3年前Ⅱへ続く

 どうしても女性陣が男前になる……可愛く書けません……(震え)


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31 3年前Ⅱ

 何故頭に身に覚えのない光景が出てくるのか
 何故姉に執着するのか
 何故頭が痛むのか
 その答えはただ一つ


 織斑千冬――それは多くの人の憧れでありヒーローとも言える女性。

 

 そんな人が俺、織斑一夏の姉であり親でもあった。

 俺はそんな姉を誇らしく思っていた。それと同時に俺という人間が彼女の足枷になっているという自覚があった。

 

 

 俺には両親が居ない。いや、居たには居たらしいが物心つくまでに両親に捨てられたらしい。

 故に千冬姉は一夏にとって親代わりのようなものだった。

 

 当時の千冬姉は中学生だった。故にアルバイトすることは法律上禁じられている。なのに何故今日まで生きてこれたのかというと、それは千冬姉が従事していた『超法規的な仕事』に依る所が大きかった。

 その仕事はIS関連のものだった。彼女の仕事の内容はテレビでうんざりするくらいに報じられていた。

 

 日本を代表するIS搭乗者、織斑千冬が次々とテロリスト操る自律兵器を斬り捨てる。その鬼神の如き活躍で生計を立てていたのだ。他には研究にも協力していたらしく、そこで稼いだ金で二人が生きるには困らないくらいの環境を千冬は作り守り続けて来た。

 更には西暦2003年の第一回モンド・グロッソでその才覚を振るい最終的には世界最強という称号を得てなおもその強さが留まる事を知らなかった。

 

 2006年――2度目のモンド・グロッソが開催された年。

 

 俺はふと彼女にとって重荷になっているのではないかと思い始めた。

 事実、俺は姉程の才覚は持っていなかった。そもそも男でISに乗れないと思っていたし、千冬姉と同じ剣道やっても思うようには行かなかった。確かに昔は地元で一番強かったけれどもそれが納得いく領域であったかと言われると精々お山の大将が良い所だった。

 

 昔、千冬姉が私がお前を守ると言っていたけれども、それが俺にとって重荷だった。

 

 早く就職して姉の手元から離れよう。……そんなことを中学生になってから思っていた。

 別に千冬姉のことを疎ましく思っていた訳じゃない。ただ自分が千冬姉の傍にいることが辛かった。

 知っている、姉が俺のことを想ってくれていることなんて。そんな姉の想いが俺にとっては支えであると同時に重荷でもあった。

 きっと中卒で就職だなんて姉は納得したりしない。高卒ならギリギリ姉を納得させることが出来るかもしれないが、それでもちゃんとした所に就職するには学費が安く就職率の高い藍越学園に行くのが得策だろう……なんて。

 

 自分に限界を感じ、俺は知人の手伝いと称したアルバイトをこっそりし姉からの仕送りを使うフリをしつつも裏ではその手伝いで貰った報酬でご飯を食べていた。

 就職した時にその使うフリをしたお金を返そうと計画もした。

 

 きっと千冬姉は俺を叱るだろう。でもそれが最後になるのなら安いものだ。

 だが――その計画も第二回のモンド・グロッソ、決勝戦直前で途絶えることとなる。

 

◆◆◆

 

「千冬姉、今日が決勝戦だよな。相手滅茶苦茶強いらしいけど大丈夫か?」

 

 ドイツ、早朝のホテルの一室。決勝戦に赴く為の準備をしていた千冬に、一夏は声をかける。

 世界大会で二度めの世界最強の座を手に入れるか否かの瀬戸際だというのに拘わらず千冬は事も無げに平静を保っており、鞄に不要な荷物を突っ込んでいく。強者特有の余裕を保ちながらもその様は乱雑の一言で千冬はその辺ではいつも通りだった。

 

「アリーシャ・ジョセスターフ……イタリアの格闘機、テンペスタを操る。私の暮桜と有効レンジは同じだが……まぁ、やってみるさ」

 

 いつも通りだった。我が道を行くというか余程の事が無い限りマイペースな人なのは一夏は知っていた。アリーシャ・ジョセスターフなる人物は25歳、第二回モンド・グロッソ初出場でありながら破竹の快進撃を続けて来たダークホースとも言うべき人物だった。

 インタビューによると千冬との対決を意識しているらしく、マスコミが因縁の対決だと囃し立てている。

 

 近接武器で次々と対戦相手を切り伏せるその隙の無いマニューバに姉は勝てるのだろうか、などと少しばかり不安になるのだ。

 だがそれを心配した所で千冬に何か変化があるのかと言われるとこの有様なのでほぼ杞憂なのかもしれない。

 

「そろそろ時間だな」

 

 千冬は荷物を担いで玄関に向かって行く。そんな姉の後ろ姿に一夏は表情を元に戻して言った。

 

「頑張れよ、千冬姉」

 

「あぁ。やってみるさ」

 

◆◆◆

 

 ここは何処だ。

 

 朦朧とした意識に僅かな光が差す。寝ていたのだろうか、と地に横たわったその身体を動かしてみるとジャリ、と砂と衣服が擦れる音が耳朶を打つ。

 

 寝る前なにしてたっけ?

 起きた時の習慣のように寝るまでの出来事を脳から掘り起こしていく。

 千冬姉を見送って少し経ってから試合を見に行こうとしたまでは覚えている。ベルリンIS競技場に向かう為にホテルを出て電車に乗ってそれから――

 

 目を開けると薄暗い空間が広がっていた。埃っぽい空気がめいっぱいに吸った肺が拒否反応を起こす。光源は古ぼけたランプが天井からぶら下がってゆらゆらと揺れている。そこに羽虫たちが寄ってたかる。

 手を左右の手がきつく縛られており動かず。立って歩こうにも両足が縛られて思うように立ち上がれない。

 

 その時自分に置かれた状況を漸く理解した。――俺は、攫われたのか。

 

 古ぼけたランプの光を頼りに、周囲を見渡してみる。真正面には鉄で造られた扉。そこ以外は石の壁だけがあった。まさに殺風景な空間に俺は自身の生命の危険というものを実感して行った。駄目元で扉を押してみたものの案の定うんともすんとも言わなかった。……そりゃそうだ。

 こういう状況(シチュエーション)はドラマとかで見た事がある。こういう時って身代金とか要求したりするんだ。もしくは臓器を取り出す為の準備を誘拐犯とかがやっている真っ最中だとか。

 

 冗談じゃない。

 

 俺はこのまま殺されるのか。

 とはいえ、自分に出来ることなど無かった。何せ、ポケットの中に仕舞っていたはずの携帯電話は無く荷物も無くなっている。まぁ荷物を持たせたまま牢屋にぶち込む間抜けな誘拐犯がいるものかって話だ。

 普通ならきっとパニックになっているものなのだろうが、その時の俺の頭はパニックを通り越して逆に冷静になっていた。

 

 万策尽きたので助けてくれ、と叫んでみたものの無反応だった。こういう時、誘拐犯が黙ってろとか言ってこの牢獄に入って来て俺を殴ったりするものかと思っていたのに。

 石造りの壁に凭れ、ただ途方に暮れる。

 

「――千冬姉、勝ってるかな……」

 

 誰かの返答を期待していた訳ではない。口から零れ出たか細い声は壁にぶつかる前に消えていく。

 腕時計も当然没収されているので今の時間も掴めない。千冬姉が頑張っているだろうか? アリーシャって人と巧く戦えているだろうか?

 

 千冬姉、2連覇出来ると良いな……

 なんたって自慢の姉だ。きっと、巧くやれているに違いない。

 

 2連覇を果たした姉の姿を夢想していると、ようやく時が来たか――乱暴に鉄の扉が開かれた。

 

「よう、お目覚めかァ?」

 

 ランプの灯りが弱い所為で扉を開けたヤツの顔は見えない。けれどもこの敵意から分かる。こいつは――俺を誘拐した奴らの一派だ。しかもご丁寧に日本語で喋ってくれている。

 ……ISの通訳機能でも通しているのだろうか。

 シルエットと声だけで判断するなら、長い髪の先がややウェーブが掛っている――女だ。あの粗暴な物言いながらも声の質は女性のそれだ。

 

「何が目的だよ……俺を攫ってどうしようって言うんだ」

 

「どうするって? 教えねーよバーカ」

 

 女は馬鹿にしたような物言いで返し、俺はただただ苛立つ。

 何もかもが分からないし、俺を突然さらったのだ。苛立っても当然だろう。

 

「っざけるな……!」

 

「チッ喧しいガキだ」

 

 逆上した女は俺のもとに歩み寄り顔目掛けて蹴りを放つ。意識と体が離れるような衝撃が俺を襲う。吹っ飛んだ身体に意識が追い付くと、頬に強烈な痛みが奔った。

 女が倒れた俺の襟首を掴み、牢獄の外に引き摺って運ぶ。

 

「助けなんて期待するなよ? お前の姉貴は試合の時間だし、ここから大分遠いからなァ。態々大事な時間に助けに来るなんてこたぁ有り得ねえよなァ?」

 

 訊いてもいないのに教えてくれる辺り随分と多弁な誘拐犯だ。でもこれで状況は何となく掴めた気がした。まだ試合前ということはそこまで長い時間は経っていないらしい。

 何処へと知らぬ場所へと運ばれて行く中、遠くから破砕音が聴こえて来た。

 

「……チッ、誰か来たってのか。自律兵器ぶっ壊したってことはISか」

 

 女が毒づく。どうやら助けが来たようだ。ドイツ軍だろうか? ISのスラスター音が徐々に近づいてくる。壁辺りから火花を止め処なく散らしながらそれは近づいてくる。誰だ、一体誰だ。

 俺を掴んだ女の手が強く握られる。

 誰だ――それが誰なのか分かった瞬間、俺は心臓が止まるような衝撃を受けた。

 

「千冬姉……!」

 

 暮桜纏う千冬姉が薄暗い通路を突っ切って、近接ブレード《雪片》の先端を壁に走らせながら千冬姉がこちらに迫る。

 

「馬鹿なッ! 試合中のハズじゃなかったのかよ!」

「あぁそうだ……! 貴様らがつまらん事をしでかさなければこうもならなかっただろうな……!」

 

 女は俺を乱暴に投げ捨てると、女の周囲に一瞬水色の粒子が輝いた。すると背中から左右4本ずつ計8本の蜘蛛を思わせる脚が生えた。

 千冬姉が雪片を振り下ろすと女は腕に纏った手甲で防ぎ、金属と金属が衝突する音と共に衝撃波が俺の身体を襲った。

 

 これが、IS同士の戦いという奴なのか。

 テレビや観客席で見るIS同士の戦いこそ見た事はあるけれども、こんな近くで見るのは初めてだ。ここから離れようにも手足が縛られているので動けないし、這おうにも全身に力が入らなかった。

 

 一方、戦闘は一夏の近くで繰り広げられていた。

 技量は圧倒的に千冬姉の方が上だった。女が蜘蛛脚から放つビームを全て刀身で防ぎ、斬撃を加え入れる。防御しようならフェイントをかけてがら空きの所に蹴りを叩き込み、怯ませてから斬撃を叩き込む。

 的確に、脆い所を一発一発叩き込む。堅実でかつ隙の無い連撃に女は焦りの表情を見せる。千冬姉の勝利は目に見えていた。

 

「野郎ッ」

「後悔するんだな亡霊ども……迂闊にこちらに手出しした事をッ!」

 

 しかし――寸前の所で女は千冬姉の一撃を避けた。そして千冬姉を蹴り飛ばしてから俺の方を見てニタリと笑った。次にこの女が取るであろう行動は何となく目に見えていた。

 

「動くんじゃねぇぞ……! このガキを蜂の巣にしたくなければなァ!」

 

「貴様はッ」

 

 女の背中に生えた脚の先端が俺に向いていた。千冬姉が何かしようなら俺をあのビームで撃つつもりだ。姑息な女だと俺は女を睨みつけるが、睨まれた当人は薄ら笑いを浮かべていた。

 

「おっと、動くなつっただろ? 避けるなよ? 大人しく喰らえよ!」

 

 俺に向けた脚とは別サイドの脚を千冬姉に向けていた。俺を人質にして勝利を得ようという寸法らしい。

 

「千冬姉、俺のことは良いからこいつをぶった切れ!」

「うるせぇぞガキィ!」

 

 俺が叫んだ瞬間女の背中の脚からビームが放たれた。外れこそしたが直ぐ近くの床でビームが着弾し、赤熱した床から出る熱気が俺の肌を撫ぜる。

 一発でも生身の人間が受ければひとたまりもないソレを千冬姉はもろに喰らっていた。

 

 今ならISが守ってくれているが、それにも限界がある。千冬姉は一つも抵抗する素振りをみせないまま一頻りビームを受け続けていた。

 

――やめてくれ

 

 俺の中の俺が叫ぶ。俺の為に傷付くのは止めてくれ。このままでは千冬姉が死んでしまう。止めてくれ、止めてくれ、やめてくれ、やめてくれ、ヤメテクレ、ヤメテクレ。喉から出ない声で叫び続けても千冬姉は反撃しようとはしなかった。

 千冬姉には俺は邪魔なものだった。本人がその気でなくても俺にとっては千冬姉の邪魔者でしかなかった。どう見てもそうだろう? 他人の愛も第三者視点からすれば脚を引っ張っているようにしか見えないのだ。

 

「くたばりやがれ、最強さんよッ!」

 

 乱雑に放たれる閃光は千冬姉の暮桜の装甲を焼き、バリアも徐々に弱まって行く。このままでは――

 

 次の瞬間、カチッカチッと何かが空ぶるような音が冷えた空気の中反響した。

 

「しまった! 弾切れ!」

「待っていたぞ……この瞬間を!」

「てめぇ――ッ」

 

 眼にも止まらぬ勢いで千冬姉は女に詰め寄り、斬撃を叩き込んだ。直撃だ。突っ込んで来た千冬姉に焦った女は狂乱した表情で呪詛を込めて叫ぶ。

 

「てっ……めぇ、警告を無視しやがったな、望み通りこのガキぶっ殺してやらァ!!」

 

 女はその拳を振り上げ、俺のすぐ目の前に詰め寄って手刀を俺目掛けて放つ。

 ISのパワーの手刀など勢いよく飛んできた長細い鉄骨をぶつけられるようなものだ。即ち、死。

 

 迫る機械造りの腕を前に死を確信し、全身に力を籠め目をつぶる。

 

 

 貫かれたらどれぐらい痛いのだろうか。そう思考した瞬間、自身の違和感に気が付いた。

 いつまで経っても、それが来ないのだ。

 

 その代りに、生暖かい液体が俺の身体に落ちて来る。

 

 血だ。

 

 その血が俺のものではないことは明白だった。何せ俺の身体に覆いかぶさる形で千冬姉が俺を庇っていたのだから。その事実に気付いた瞬間、自分の目を疑った。現実も疑った。

 

「この……ッ」

 

 千冬姉は女の手刀を脇腹に受け、返す刀で雪片を再び叩き込む。

 

「何だ……何なんだテメェは……シールドバリアのエネルギー切らした状態で突っ込んで果てはガキを守るだと……正気かよ……!」

 

 カウンターを食らい後退した女は信じられない物を見るような顔で千冬姉と俺を見ていた。俺にとって女の反応なぞどうでも良かった。それよりも、千冬姉が今置かれている状況の方が一番気になっていた。

 何故って――当然じゃないか。

 

 普通の人間が喰らえば即死も免れない一撃を食らったのだ。

 

 女はグレネードを投げて脱兎のごとく逃げ出し、千冬姉は肩部の装甲と雪片の刀身を使って俺を庇うようにして防ぐ。もう――シールドバリアのエネルギーが尽きているというのに。

 爆発が収まった所で千冬姉は傷を庇うようにしながら俺のもとへと歩み寄る。

 

「どう……して」

 

「昔言った筈だろう、お前を守る――と」

 

 ISの一撃を食らい果てはグレネードの爆風を一身に受けても尚も笑みを見せる千冬姉。そんな笑顔を俺は見たくなかった。俺の所為だ、俺の所為だ、おれのせいだ、おれのせいだ、オレノセイダ、オレノセイダ

 

「い……嫌だ……」

 

 認めたくない現実というものが眼前にあった。

 こんな現実などあってはならないのだ。笑わないでくれ、詰ってくれ。俺のせいでこんな目に遭ったというのに。大会を棄権して、攫われた俺を助けに来てこんな目に遭って……! どうして笑う、どうして怒らないんだ。お前の所為だって詰ってくれ、笑わないでくれ、やめてくれ……!

 

 それが――俺が最後に見た光景だった。

 

 

 

 

 結論から言おう。この事実を以て織斑一夏という人間は一時的に死んだ。

 死んだというのはやや語弊があるかもしれない。けれども、俺の脳は俺を守る為に一部の記憶を消したのだ。

 

 これまでの積み重ねてきた些細な出来事がごっそりと消えたりしていたので織斑一夏13歳というこれまで積み重ねてきたものは死んだに等しいだろう。

 記憶を喪った間、俺の周囲――特に千冬姉は露骨にIS関連のものに触れさせようとはしなかった。ニュースでIS搭乗者が自律兵器を狩った事を報じられてもチャンネルを無理矢理変えてきたりしてきた。とは言っても千冬姉が家に居た期間はそこまで長くはなかった。

 現役IS乗りの引退から、海外への出張、多分IS学園教師とか。

 

 千冬姉が居ない間、一人でいる時よく人の気配があった。多分千冬が雇った用心棒的なものだろう。記憶を喪っていた時の俺は過保護も良い所だと呑気に笑っていたけれども、記憶が戻った今なら分かる。

 多分、記憶を喪わなければ俺は身を投げていただろうという確信はあった。これ以上千冬姉に迷惑を掛けたくなくて――

 

 

 

 

 記憶を取り戻したのが今で良かったのかもしれない。多分記憶を喪う前と喪った後の考えが統合されたのだろう。

 巡り巡って姉と同じ誰かを守る力を、切っ掛けを得たことは幸運だったのかもしれない。しかしその切っ掛けを得たのが千冬やラウラの犠牲の上で成り立ったものであるというのなら俺は――

 自分の限界を超え、この身が砕け散ろうとも、どんな手を使ってでも千冬姉の代わりにならなければならないんだ。

 

 

◆◆◆

 

「どうしておれにそんな話を?」

 

「……お前には一応伝えて置いた方が良いと思ってな。篠ノ之弟」

 

 雨が降っていた。昼間なのに薄暗くじめじめとした空気が、この使われていない空きの教室に漂っていた。今朝やっていた天気予報によるとここ一週間は雨が降り続けるそうだ。

 この空きの教室にいるのは千冬と玲次の二人だけ。玲次は壁に凭れて大きく溜息を吐いた。

 

「3年前の謎の不戦敗、何か怪しいとは思ってましたけどそういう背景があったってことですか……それで、一夏の居場所突き止めてくれたドイツ軍に借りを返す形でドイツの教導隊に一時出向――その時の教え子にやたら懐かれて今の有様ってことですかい」

 

「その認識で相違はない。だが――」

 

「他言無用、知ってます。にしても、あの娘随分と面倒なもの担いでやってきたものですね。黒鉄関連を知りながら事件でなくした一夏の記憶をしれっとバラシに来たもんだ、胃が痛くなるというものですよ。それに誘拐犯の正体、何かヤバげですし」

 

 玲次は虚ろ気に窓の外を見渡す。並び立つ木々と学園施設群、雨に濡れた道路にて傘を差して歩いて行く生徒たちの姿が見える。その光景がまるで蜃気楼のような、非現実的なもののように見えた。

 ちょっと前の自分はその蜃気楼の中で生きていたことを思うと、気が遠くなりそうだった。

 ずっと蜃気楼の中で生きていたかった。

 

「何か、もう後戻りできそうに無い気がしますね」

 

「そうだろうな。お前の黒鉄のことも、そして愚弟のことも……とっくにもう後戻りできん所まで来てしまっている。そんな気がするよ……」

 

「おれはどうすれば良い?」

 

 玲次の問いに千冬も同じく、窓の外に映る光景を見渡してから応えた。

 

「黒鉄のことも探りつつ、愚弟のことも少しばかり気にかけてやってくれ。……愚弟とラウラをあんな風にした責任の一端は私にあるのにも関わらず、第三者であるお前に押し付ける。全くここまで酷い姉も居まい」

 

 自嘲気味に吐き捨てる千冬に玲次は否定しなかった。けれども、千冬には千冬の立場や戦いというものがある。もう現役のようにその力を振るえないし、下手に刺激しようなら一夏やラウラに何が起こるか分からないのだ。

 

「第三者にしか出来ないことも多少なりとてありますよ。彼女に対する拘りも特にありませんのでボーデヴィッヒさんのメンタル面をどうこうは個人的な恨みつらみあるんで出来ませんけど。一夏の奴のブレーキ役くらいは買いますよ、前々からあいつ危なっかしかったですし。危なっかしさ5割増しした現状放置はできませんから。それに噂で言う姉貴の代わりになろうって言う気概……なんか、かなり嫌な予感がしますし」

 

 言い終えると、外からゴロゴロと雷雲の音が聴こえてくる。本格的に雷が落ちようならぶりっ子気取った一部女性陣の悲鳴も聞こえてきそうだ。

 

「今日はそろそろ寮に帰れ。雷に打たれて死ぬなどというつまらん死に方は許さんぞ?」

 

「ははは……そういう間抜けな死に方はおれでも御免被りますよ、じゃぁ、帰ります」

 

 冗談めかして言う千冬に玲次は苦笑いして返した。この人も少し冗談が言えたりするんだな、なんてちょっと感心しながら空きの教室を後にした。

 

 

 学年別トーナメントまで――残り1週間

 

 




 一夏くんのメンタルがそろそろ危ない。でもまだここからが始まり
 ラウラに色んなものを持たせ過ぎてシャルが空気な事案。扱い間違えたら冗談抜きで空気になりかねないので一部イベントをずらすことに。

 1999年:白騎士事件(12話)。ISの存在が世に知れ渡り、コアの配布を開始。問題視されていた2000年問題が篠ノ之束個人によって解決させられ、彼女を救世主と呼ぶ声が出る。
 2001年:ISの自律兵器を使用したテロに対しての運用がされはじめる。先陣は織斑千冬が切り、徐々に女尊男卑の風潮が強まって行く。
 2003年:重要人物保護プログラム発動により篠ノ之家離散。この頃からテロが活発化する。第一回モンド・グロッソ開幕。千冬が世界最強の座を掴み取る。
 2004年:一夏が鈴音と出遭う。
 2005年:技術が急速に発達。女尊男卑もさらに加速する。VR技術が注目され始める。
 2006年:第二回モンド・グロッソ開幕。一夏誘拐事件と織斑千冬引退(31話)
     数か月後に篠ノ之束、消滅
 2007年:鈴が転校する
 2009年:突如468機目のISの出現。世界初の男性IS操縦者2名出現。本編へ。


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