真剣でオラに恋すんの?GT (縦横夢人)
しおりを挟む

プロローグ

 前から書きたかったものです。
 三作目ですが完結目指して頑張ります!!
 映画は今日からですがなんとかまぜたいと思います。
 応援よろしく!!


 

 

 そこは空、無限に広がる空

 

 しかし現実のような青い空ではない

 

 夢幻(ゆめまぼろし)の、まさに桃源郷と呼べる桃色の空だった

 

 下に広がるのも水蒸気でできた白い雲ではなく、まさに絵でしか描けない黄色の雲が隙間ない絨毯のように端まで広がっている

 

 そしてその間を無数の球が浮いていた

 

 球は水晶のように透明で、しかし何故かそれ以上見えなかった

 

 その世界はまさに夢と現実が混ざり合った世界

 

 夢と現実の狭間、夢現(むげん)の世界とでも呼べばいいのだろうか?

 

 ――グォォォオオン

 

 そこに風を切る音共に“それ”は現れた

 

 “それ”は空を飛ぶというより泳ぐようにして緑色の鱗に覆われた長い身体を苦にすることなく球の間を進む

 

 ただただ前を見る赤い瞳には何を映しているのだろうか?

 

 しばらくして“それ”は何かに気付いたようにその場で止まり、ある一点を見つめる

 

 そして無数の球を掻き分けるように進み、ある一つの球を見つけた

 

 球は何かを示すように淡く光っていた

 

 “それ”は長い身体で球を包みこむようにして、球の中をのぞいた

 

 その中には――

 

 

 




 続きはすぐ投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話

 書いてたら予想以上に長くなってしまいました、すみません。
 今日映画観に行こうと思ってたんですが、お金がギリギリになってしまい行けなくなってしまった。残念orz
 ではどうぞ


 

“ザァァァァァ”

 

 雨が降っている。

 雨は一定の音を出しながら止むことなく降り注ぎ、私の身体を濡らす。

 

“ザァ―ァ――”

 

 それでも私はただ下を向いて歩き続ける。

 

“ザ―、――ァ、――ザァッ”

 

 私にはノイズのように途切れ途切れに聞こえて、けど瞳からこぼれるものと一緒に心にある痛みも洗い流してくれると思いそのまま身をさらす。

 

“ザ――、ザッ――ァ―、ザザ――”

 

 でも涙は洗い流しても痛みは流れず、逆に激しく脈打つ

 

「……っあ!?」

 

 思わずドシャッと顔から倒れてしまう。起き上がろうにも手になかなか力が入らない。

 

「う、くっ、はぁ、はぁ……」

 

 力を振り絞って膝立ちになったが、勢いで靴も履かずに裸足で出てきてしまったため足が限界だった。

 

「……う、っぅぁぁぁあぁあぁぁあっ!!」

 

 すると何かが決壊したように今まで我慢していた痛みに耐え切れず泣き声を上げてしまった。

 

 

 

 ≪九鬼紋白(もんしろ)≫

 それが優しくて暖かくて、亡くしてしまった母からもらった名前だった。

 母は病弱ながらいつも穏やかで、子供の私がやんちゃをしても優しく許してくれた。そんな母だからこそ私も大好きで、母のために買い物やお手伝いをしたりといろいろと駆け回った。貧乏でも楽しく、暖かい生活だった。

 しかしそんな母との生活は、母の身体に住む病気によって母ごと壊されてしまった。

 咳が止まらない母のために医者を呼ぼうとしたが、母自身に一緒にいて欲しいと言われ手を繋ぎながら最期まで話した。最期に笑って欲しいと言われたが、涙で濡れる私は笑えていただろうか? わからないが母は最期に笑いながら私に形見を渡し眠ってしまった。

 その後に母に言われていた通り、未だ会ったことのない父の所を訪ねた。母は父のことを「忙しい人だから」と苦笑しながら言っていた。今思えば会わせるべきではないと考えていたのかもしれない。

 たどり着いたのはあの有名な≪九鬼財閥≫の会社だった。始めはここで働いているのかと息を呑んだが実際はそれ以上のものだった。今にして思えば自分の名字で気付くべきだった。

 通されたのは社長室。そこにいたのはなんと九鬼財閥の総帥で、そして自分の父親だと名乗る≪九鬼帝≫だった。思わず固まってしまった私に父は軽い感じで衝撃の言葉を伝えたのだ。なんと私は本妻とは別の子供、つまりは父の浮気によってできた子供だったのだ。

 とは言っても当時幼かった私にはよくわからず、また父もそんなことは気にせず自分の子供として扱ってくれると言ったので深くは考えていなかった。その場は父の話によって流されるように頷いてしまったが、新しい兄と姉、そして母に会わされてからようやく実感できたのだろう。兄≪英雄(ひでお)≫と姉≪揚羽(あげは)≫は妹ができるのが嬉しいのか快く引き入れてくれて、新しい母≪局(つぼね)≫は言葉は少なかったけど受け入れると言ってくれた。母がいなくなってしまった私にとっては新しい希望だったのかもしれない。

 新しい家族になれるために、そして新しい家族に認めてもらうためにも頑張らなくてはならない。≪九鬼≫という名はそれほど大きいものだった。そのためにも勉学に励み、あまり得意ではない武術を学び、賞や功績を必死に求めた。

 

 ――しかし現実はそう甘くなかった。いくら賢くなっても、いくら強くなっても、いくら賞をとっても何故か母は笑わず、心から受け入れてもらえなかった。兄や姉からはお前は頑張っている、照れているだけだと言っていたが私にはどうしても思えなかった。父の方は本当に忙しいようで、あれ以来なかなか会うことがなかった。

 どうすれば母に認めてもらえるのか。そう考えながら廊下を歩いていると従者達の話が聞こえた。いや聞いてしまったのだ。新しい母は浮気相手の私の母を認めていない。そしてそれは娘の私にも言えること。いや母だけではない。親戚や九鬼財閥の重臣達まで九鬼のスキャンダルになるのを恐れている、汚い血が混じるのは嫌だと噂していた。だからいくら頑張っても無駄だ、と。

 それを聞いた私はいつの間にか走りだしていた。どこへ行くかも、何をするかも考えずに頭が真っ白のままただただ走った。履いていた屋敷のスリッパも脱ぎ捨て裸足で駆けていた。外が雨だと知ったのは九鬼邸から出てしばらくだった。

 

 

 

 「っう、あぁあ、あ……」

 

 何故、どうして。子供の私には未だわからず疑問だけが溢れてくる。

 いつの間にか広い空き地のような場所で泣いていた。雨も涙も収まる気配はせず、吐き出すように声をあげるしかなかった。

 今さらになって母がいなくなったことを心で自覚するがもうどうすることもできない。ただただ冷えていく心と身体を、現実から夢へと離れていく意識の中で自分が何者なのかと堕ちていくだけだった。

 

 だからこそ願った。

 母と過ごした日を。楽しかったあの時を。やすらぎをくれるあの暖かさを。自分を証明してくれるモノを!!

 

 だが……母は戻らない。もう眠ってしまったのだから。 

 だけど――

 

「おかぁ、さん……」

 

 呟いた言葉を消し去るように雷鳴が轟く。近くに落ちたのか大きく鳴り響き、思わず顔を手で覆いしゃがんでしまう。雷はまだ怖い。母がいた時はよく抱いてもらって安心していたが、その体温をもう感じることができないことを思い出しただ震えていることしかできなかった。

 

「……?」

 

 と、そこで気付く。音がない。冷たく濡らす雨がやんでいる。そして何故か前が明るいのだ。近くに街灯はなかったはず……。

 不思議に思いながらも顔を上げた。

 するとそこには――

 

 ――オォォォオオンッッ

 

 長い身体に蛇のような鱗。

 威圧感を感じる二本角。

 神秘的な美しさや偉大さを感じさせる長い髭や鬣(たてがみ)。

 そして澄んだ赤い瞳がこちらをのぞいていた。

 

 それはまさに≪龍≫であった。

 中国の神話で出てくるような≪龍≫が天高くから長い身体を幾重にも曲げこちらを見ていた。手は小さくも生え、尻尾は果てない空の上にある雲の渦で途切れて見えない。

 声も出せずに尻餅をついて見上げるが、そこでまた驚くことがあった。空がないのだ。降っていた雨粒も、日を覆い隠していた雲も、その太陽さえもない真っ暗な空だった。あるのは≪龍≫が現れた雲の渦だけ。

 まるで時が止まってしまったようだ。

 しかし不思議なことに世界を闇が覆ったわけでもない。現に遠くに見えるビルも、近くにある家も、座り込んでいる地面さえも先程と同じような明るさで認識できる。

 それに怖いわけではない。確かに尻餅をついてしまったがそれは驚いてしまったからだ。

 自分でも何故怖くないのかわからない。ただ瞳から伝わる暖かさが、いやそれ以上の“力”が私の心と繋がった気がした。

 

 ――願いを

 

「……え?」

 

 ≪龍≫が口を動かし喋ったと思ったら、頭に直接響いてきた。普通なら喋ったことにビックリするがその時の私はただその大きい“力”に圧倒され、すごいとしか感じていなかった。

 

 ――願いを、言え

 

 再び問いかけてくる≪龍≫。そこでハッと我に返った私は心にある思いをそのままこぼした。――その時の私は何故か「母を生き返らせて欲しい」や「新しい母に認めてもらいたい」等といった考えは浮かばなかった。そもそも叶うはずもないことを、それも正体のわからない相手に言うのは普通は馬鹿馬鹿しく思う。だがこの≪龍≫相手には何故か素直に口からこぼれた。それに問われているのは、見られているのは頭にある考えではない。自身の根源、心にある純粋な“願い”を問われているのだと。

 

「っわ、たしの。私の“願い”はッッ!! 私に暖かさをくれるものを!! 痛みを共有してくれる友を!! 認めてくれる家族を!!

 ――そばにいてくれる人が……欲しいッ……」

 

 最後は呟くようになりながらも、全ての思いを声に乗せて叫んだ。心の底にあった思いが、水晶球のようにコロコロと転がり出た気がした。

 

 ――了解した

 

 そう言って≪龍≫は赤い瞳を光らせ天に嘶く。大きく響く声に思わずまた耳を塞いでしまいそうになるが、それよりもはやくにそれは起きた。

 天から星が降ってきた。一つ、二つ三つ、四つ五つ六つ、そして七つと降ってきて≪龍≫の前で円を描くように回る。

 よく見るとそれらはオレンジ色の水晶球だった。どこか神秘的で芸術的なそれらはどんな宝石や真珠よりも綺麗で、美しくて、そして力強かった。中には赤い星があり、それぞれの球には一~七個の星が入っていた。

 やがてそれらは共に輝き合う。眩い光に包まれ直視することができずに腕で顔を覆う。やがて光が治まったようで、腕を下げてまた見上げる。

 すると――

 

 「あっ……」

 

 ――少年が一人、そこに現れた。上が空色、下が黄色の見たことがないシンプルな胴着を白い帯で結んでいる。手首にピンクのリストバンドをはめ、靴は動きやすいブーツという印象を受けた。歳は自分と同じくらいだろうか? 癖毛がありそうな黒い髪はあっちこっちにはねていて、顔は穏やかに眠っていた。何故かその顔を見ただけで暖かい気持ちが胸に宿った。横には赤い棒が共に存在しているが、おそらく少年の物なのだろう。七つの球は消え、代わりに暖かい光に包まれたその少年はゆっくりと私の前に降りてきた。

 

 ――願いは叶えた

 

「え?」

 

 呆然としていた私に≪龍≫は再び言う。

 

 ――ではさらばだ

 

 ≪龍≫は言った瞬間にはその姿を光に変え空に向かって行く。それが彼方へ見えなくなった時にはパッと闇が晴れ、曇っていた雲は消え去り満点の青空がもどっていた。

 しばらくまた呆然としていた私だが改めて少年を見ていた。

 

(これが、この人が私の……願い?)

 

 少年を観察していてふと気付き、驚いた。

 何と周りに花が咲いていたのだ。少年を受け止めるように、祝福するように少年の周りで咲いている花。だがここはただの空き地。それに自分が来た時には花はなく水溜りのできた砂地だけだった。

 おそるおそる近付いてみるがやはりそこには花以外違和感はない。

 

「……わっ!!?」

 

 花に一歩踏み込んだとたん、ぶわっと少年から力強い生命の力を感じた。いや姉達が言う“気”と言うものかもしれない。太陽を直接見たらこんななのだろうか? そう思わせるほどの大きい力だった。しかしそれも一瞬。そこにはただ自分と同じくらいの歳の少年が嬉しそうに笑って寝ていた。

 今までは夢だったのではないだろうか? そう思ってしまうが、花の中でのんきに眠っている少年を見て現実だと教えられる。

 

「っん、へへへ~。もう食えねぇぞぉ~」

 

 当の本人は今までの出来事に気付くことなく夢を見ているようだ。その寝顔を見ていると何故か引き込まれそうになり、気付いたら指でその頬をつついていた。

 

「んっ、ぅ、んふぇふぇ~」

 

「おぉっ!」

 

 想像以上にやわらかい! 少年は気付く様子がない。しばらく癖になりそうな頬をつついていたが……。

 

「ハッ!? 私は何を?」

 

「ぅうん~。んっ?」

 

 自分でもわからずにつついていたようだ。知らない少年に何てことを!! 我に返った時には恥ずかしさで頬を熱くした。

 その時ちょうど少年も気がついたようで、何度か目を擦ってから周りを見た。驚いて数歩さがってしまい、それに少年は気付きこちらを見てきた。

 今まで閉じられていて見れなかった目には純粋な黒い宝玉があった。

 その瞳に見惚れている私に、彼は笑いながら手を上げ言った。

 

 

 

「オッス! オラ悟空!」

 

 

 




 感想はのちのち返します。
 感想、誤字、アドバイスあればよろしくお願いします。

 修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

 ちなみにまじ恋sは持ってるけど未プレイ。一作目やるかやらないかで迷って初回版買ったまま今現在orz
 だから急いで始めてますが時間軸があべこべになるかもしれません。そこはご了承を。
 あと幼少期の紋様や原作キャラの言葉遣いはわからないのでまた変更するかもしれません。
 こんなぐだぐだな作者ですがこれからもどうかよろしくお願いします。
 しばらくはオリジナルで進みます。原作回避の部分とかご都合主義は「まぁ悟空だから」ってことでお願いします。できれば「さっすが悟空、そこにしびれるあこがれるぅっ!!」とジョジョ的に思って下さい。


 

 

 

「オッス! オラ悟空!」

 

 起きた直後、無邪気に手を上げ私に第一声。

 

「……えっと、おっす?」

 

 それに対して私は呆然としたままオウムのように返していた。

 

「なぁ、ここどこだかわかっか?」

 

 彼がその大きくクリっとした目でこちらを見ながら問いかけてくる。少し不思議な訛り方をしているけど不快には思わなかった。

 

「え、あっ、たぶん川神を出てないと思うんだけど……」

 

 そこで私は我に返り、問われた内容に答えようとして同時にここがどこか自分でもわからないことに気付いた。何せ家から飛び出し無我夢中で走ってきたのだ。川神は広いからさすがに出ていないと思うが、ここら辺は見知らぬ場所としかわからなかった。

 

「かわ……かみ? 神さんの場所かぁ!」

 

「え、いや“神”は合ってるけど神奈川県の“川神”だから。けど……恥ずかしながら自分でもそれ以上ここがどこかわからない」

 

「そっか……んじゃ迷子だな!」

 

「ちっがーーう!! 迷子なんかじゃない! 迷子なんかじゃない……と思う」

 

 いや、迷子なのだろうか。いやいや認めてしまったらそれこそ恥だ。

 なので、

 

「そそそ、それよりもキミは何者なんだ?」

 

 強引に話を変えてみた。普通ならばれそうなものだが、彼は天然なのかわざとなのか知らないがスルーしてくれた。

 

「ん? オラか? オラ≪孫悟空≫ってんだ!」

 

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 

 そこで私はどう説明しようかとかと悩む。今さっき起きた起きたことは私だけが体験した、それこそ誰かに話しても馬鹿馬鹿しいと一蹴される荒唐無稽な話だ。

 そんな話を、ましてや≪龍≫が彼自身を召喚した話なんて普通信じるわけ――

 

「あぁ、≪神龍(シェンロン)≫がオラをここに呼んだのか! なるほど~」

 

「信じちゃった……」

 

 さすがに私の“願い”によって召喚された等とは言えなかったのでそこだけ省いて話したらあっさり納得した。しかも彼が何か知っているようだったので聞いてみた。

 

「シェ、≪神龍≫と言うのかあれは……。あれは何だったのだ? 空が暗くなるなったり君を召喚したり……オーラと言うか威圧感とかすごかったから、まるで本当に神様みたいだった」

 

「まぁな! 神様が創ったもんだしな」

 

「……へ?」

 

 軽いノリでいう彼に、思わず口あんぐりと開けてしまう。神様だと思っものが、神様によって創られたものだった。自分でも何を言っているのかわからないが、何を言われたのかわからなかった。頭がこんがらがってしまいそうだ。だが自分が見たものは本当で、その証拠が彼だ。

 思わず頭を抱えてしまいそうだが言った本人は気にせず私に顔を向けてきた。

 

「そういやオメェは?」

 

「私の名はくk……ッ」

 

 と、そこまで言って気付く。私は九鬼であり、まだ(・・)九鬼ではない。名乗りたいが私自身はその名に相応しいのだろうか? それに九鬼と言う名は子供でも知っているほどビッグネームであり私はその社長令嬢だ。相手にプレッシャーを与えてしまう。

 そう思い私はとっさに名前だけを名乗った。

 

「わ、私の名は≪紋白≫だ!」

 

「もんしろ……うん≪紋白≫だな! よろしく頼むな!」

 

「うん、よろしく……」

 

 あれ? 今思えば家族以外に名前で呼ばれるのは初めてかもしれない。自分で名乗っておきながら今さら気付く。そう思うと顔が熱くなるのを感じて顔を背けてしまう。彼は不思議に思いながらもこっちを覗き込んでくる。また隠そうと横に動くが彼もまた追いかけてくる。

 しばらくお互いグルグル回っていたが私の方が先に限界にきてしまい、息切れしてしまった。彼の方は全く疲れた様子もない。

 

「どうしたんだよ。顔なんか隠してさ。別に減るもんじゃねぇし見せてくれたっていいじゃねぇか……」

 

 拗ねたように言う彼の顔が可愛く見えた気がした。

 

「あぁっ! やっと笑ったな、紋白!」

 

「あっ……」

 

 彼に言われ思わず自分の顔を触ってみる。私は……笑っていたのか? そういえば九鬼に着てから心の底から笑ったことがあまりない気がする。

 

「……アハハ!」

 

「……フフフ!」

 

 どちらともなく笑い出す。

 あぁ楽しい! こんなくだらないことで笑ってしまうなんて。今までの私は“九鬼”の名に相応しくなれるように前へ突っ走ってきた――いや、止まることができなかった。“九鬼”に、母に認めてもらおうと焦っていたのかもしれない。彼との出会いは私に立ち止まらせてくれるための空間を作ってくれたのだ。おかげで心に余裕ができ体が軽くなった気がした。

 

 しかしそんな楽しい時間にもすぐに別れが来てしまう。ふと見上れば雲がかかっていてわからなかった空が赤く染まり始めていた。

 

「もう……帰らないと」

 

「ん? あそっか、もう夕方時か! 父ちゃん母ちゃんが心配してるだろうしな」

 

 彼に言われて今さら家から飛び出てきたことを思い出し顔が曇る。急に何も言わず飛び出したのだ。今頃心配してるだろう。いや……父はわからないが姉や兄は心配していると思うが、母は逆に清々したと思っているのかもしれない。ならいっそこのまま何処かへ、と考えるがそれこそ姉や兄、さらには“九鬼”の名を汚すことになりかねない。それこそ迷惑がかかる。

 なので急ぎ彼と別れ帰宅するべきだ。

 

「じゃあ私はここで……っ!?」

 

 久方ぶりに笑わせてくれた彼と別れるのは名残惜しいが別れの言葉を告げる。幸い九鬼のビルが見えているのでその近くに九鬼邸があるだろう。

 その方向へ向かって歩けば着けるはず、と考え一歩踏み出す。が、突如足に痛みがはしり頭から前に倒れてしまう。

 このままではまたこける!?と刹那に感じバタバタと必死に腕を動かすが、それ以上どうすることもできず目をつむって痛みに耐えるように倒れ――

 

「おっと、大丈夫か?」

 

「……っ!?」

 

 る寸前で彼が胸板で受け止めてくれた。しばらくは何が起こったのかわからず呆然としていたが、彼の胸元に顔を埋めたままなのに気付き彼を突き放すように離れてしまった。この時また顔が赤くなっていたが、お互い気付かなかった。

 

「あ、そのっ、ごめん!!……あれ?」

 

 すぐさま突き放してしまったことに謝るが、そこでふと疑問に湧き出た。

 

(あれ? さっき彼は私の後ろにいなかったか?)

 

 後ろを振り返るが誰もいない。しかし彼とあった花畑が見える。頭に?をいくつもつけていると彼が顔を近付けてきた。

 

(わ、わわっ!? 近い近い!!)

 

「こら、ちげぇだろ?」

 

「へ?」

 

 彼は少し「怒ってます」という風に腰に手を当てて指を振った。

 

「“ごめん”じゃなくて“ありがとう”、だろ?」

 

「あっ、ご……ありがとう」

 

“人に謝るより礼を言え”以前母にも言われていたことだがもともと気弱だった私はいつのまにか謝る方が癖になっていた。思わずまた謝りそうになったが彼のジト目に言おうとした言葉を吞み込み礼を言う。

 

 言った後にまた痛みがはしり、しゃがみこんでしまう。見れば履いていた靴下が破れ穴が開き、所々切り傷や皮がむけ血が出ていてボロボロだった。思えば靴も履かず飛び出し、≪神龍≫や彼に会ったインパクトで痛みを忘れていたようだが思った以上に傷が深く痛みでこれ以上歩けそうにない。

 

「ッ痛!! っく、これでは歩けない。早く帰らなければならないのに……」

 

 どうすれば……と考る私に彼はしばらく顎に手を当て考えていたが、ポン!と手を叩いて名案を告げるように言った。

 

「うしっ、じゃあオラが連れてってやるよ!」

 

「え? けどそれじゃ君に悪い……」

 

「よっ! 心配すんなって。 ほっ! 困ったときはお互い様ってやつで!」

 

 言いながら腕を伸ばしたり屈伸する彼。よくみれば彼の腕や胸には歳相応には思えないほど鍛えられた筋肉が自身の表れとして見える。そんな彼の言葉には説得力があった。

 また謝りそうになりながらも礼を言って甘えることにした。

 

「んじゃ、ほいっ!」

 

 掛け声と同時に背を向けしゃがみこむ。彼の方は準備できたようなのでその背に乗ろうと痛む足でゆっくり歩く。

 

「……ん?」

 

 ――そこでまた今日何度目かの違和感を感じた。

 

「さすがにオラは場所わかんねぇから、どっち行くか教えてもらわねぇと」

 

 ――今まで彼を正面からしか見たことがなかったので気付くことはなかった。

 

「でも舞空術はあんまし使うなってチチやブルマ達に言われたからダメだろうし」

 

 ――黒い髪に空色と黄色の胴着。そこに混じって稲穂のように揺れる一本の茶色。

 

「かといって瞬間移動もダメだろうなぁ~。てか知ってるやつの気の場所しか行けねぇからどっちにしろダメだな」

 

 ――彼の黄色いズボンの中心、もっと言えば少し破れたお尻の辺りから生えてピクピクと動いている。

 

「そっか! “おまわりさん”ってところをたずねりゃいいんだ!……あダメだ、その場所さえもわからねぇんだったっけ」

 

 ――まるでたわしのようで、毛のようで、もっと言えば猿の尻尾のようで。

 

「やっぱ紋白頼みか。ん? どした紋白?」

 

 ――今考えれば気付くべきだった。少し古そうな胴着。シンプルでいて見事な色合いを持つ棒。そして猿のような尻尾をもち、御伽噺に出てくる黄色い雲“筋斗雲”が似合いそうな少年。

そして――

 

 

 

「孫……悟空ぅぅうぅぅうぅううっっ!!!????」

 

「うん、オラ≪孫悟空≫だけど?」

 

 

 

≪西遊記≫に出てくる≪孫悟空≫にそっくりだと……。

 

 

 




 紋様が少しジョジョってしまった。な、何を言っているかわからねーと思うが(略
 そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ……
 ――的なもん入れちゃった。わかる人にはわかる。わからない人はジョジョでググってはまろうぜ!!
 しかし話が進んでない気が……(気にしたら負け

 感想、評価、アドバイスよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

 リ・ボーーーーーン《復活》!!
 シフトが変わってしまい慣れない生活送ってました。
 けど言い訳にならないですね、すみませんorz
 駄菓子菓子、最後にはとっておきを――(魔法カード―ネタバレ規制発動)

 では、どうぞ


 

「な、なるほど。つまりそ……じゃない、ごっ悟空はこことは違う場所というか……世界?から来た、というのか?」

 

「おう! オラいろんな場所旅したけどこんなと知らねぇし、見たことねぇのいっぺぇあるしな!」

 

 あれから気を取り戻すまでいくばくかの時が過ぎ、何とか落ち着いた私は改めて彼≪悟空≫から話を聞いていた。その内容は驚くべきのものだった。

 

「しかしまさか、い、異世界とは……」

 

 考えてみれば始まりから異常だった。時が止まった世界、神龍との邂逅、七つの光る球、そして……彼との出会い。全て理屈では証明できない、まさに幻想(ファンタジー)のような話だ。誰が説明できようか。実際に体験した私にしか納得しようがない。

 しかし――

 

「と、ところで悟空……」

 

「ん? どうした紋白?」

 

 彼は不思議そうに尋ねるが、こっちはそれどころではないッ!!

 

「お、……ぉ……く……ぃか?」

 

「? なんだって?」

 

「だっ、だから、重くないかと聞いているんだっ!!」

 

 今の私は悟空の首に手を回し、膝を抱えるようにして持たれて彼の背に乗っかっている――つまりおんぶされているのだ。

 改めて考えるとこの格好は恥ずかしいものではないのか? あぁ!!近所に住んでいるだろうおば様たちが微笑ましそうに笑っている!! 口に手を当てて「あらあら」とかわざわざ言わないでぇ?!

 

「そっか? そんな重いとは思えねぇけどなぁ」

 

「そ、そうか……」

 

 今思えばこんなこと幼い時に母にしてもらって以来ではないだろうか? しかしあれはまだ子供だったからいいものの(本人はもう大人のつもりです)、今やられては羞恥心だけしかわかない。

 おんぶして後ろが見えない彼が、頭を抱え悶々と唸る私に気付かないことが不幸中の幸いだった。

 

「まぁでぇじょうぶだって! 車よりはかりぃからよ!」

 

「そ、そうか。軽いか……ん? 車より?」

 

 それはどうなのだろうか? 車と比較されても……って、いうことはもしかして悟空は持ち上げたことが!?

 

「そんなわけないよね~」

 

 あんなことは従者部隊の永久欠番、序列零(・)位の人物くらいしか思い浮かばない。いや、そういえば姉も通行の邪魔だと言ってバイクを持ち上げ放り投げてた気が……。序列零位は初めて会った時から人外だと感じていたが我が姉も達してしまったか、と考え思わず汗を垂らし明後日がありそうな遠くの空を眺めてしまう。

 

「そういやよ、何でおめぇはあんなとこにいたんだ?」

 

「……っ!?」

 

 そんなことを考えていた私に、彼は意図せず爆弾を放り込んだ。

 

「……うん。それは――」

 

 この時の私は何故か素直に話してしまっていた。心にたまった苦味を吐き出したかったのかもしれない。誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。さっき会ったばかりの見ず知らずの彼にこんな話をするのは私の心にある黒い感情の押し付けだ。しかしどこか根拠のない期待を込めている自分を自覚しながら、彼に向かってに言葉を溢した。

 

 

 

「ふーん、そっか。んなことあったんだな」

 

「……ん」

 

 話した後でも彼の顔は変わらない。それは前を向いている彼の顔を見ずとも声でわかった。逆に言えば関心がないのかもしれない。呆れているのかもしれない。。今さら思えばこんな話を赤の他人にして戸惑うのは当たり前だ。自分勝手に期待して自分勝手に落ち込む。苦味を吐き出したのに気付かぬうちにまた吸い込もうとしていた。呼吸のように永遠と繰り返し前以上に闇を抱え込んでいただろう。

 

「くくっ……」

 

「……え?」

 

「あっはははははは!」

 

 

 彼の笑いはそんな私の呼吸を止めるのに十分な衝撃だった。それは私に向けての嘲笑か、はたまた私の行動への冷笑か。ネガティブな考えばかり浮かぶが、そんな笑いは彼には似合わないと思っている自分がいた。

 吸い込もうとしていた闇も空気も全て詰まり、思わず咳き込んでしまう。

 

「ははは、おっと」

 

 彼は笑いを止め心配そうに声をかけてくるが、顔のニヤつきが止っていない。私はその声に肩を叩いて答える。

 

「ん、まぁそう暗くなんなよって! しんぺぇすんな!」

 

「ゴホっ、ぅう゛ん! ど、どうしてそう笑えるんだ? 勝手に飛び出したら普通、かっ……“九鬼”に、心配をかけてしまうではないか……!」

 

“家族”

 そう言いかけて思わず詰まり、咄嗟に“九鬼”と言ってしまった。

 彼は私の答えにどこか懐かしそうにしながら私を持ち上げなおして言った。

 

「別にいいんじゃねぇか? でぇじょうぶだって!」

 

 軽い調子で言った言葉。何故かそれがのどにつっかかっていたものをストンと胸に落とした。 

 

「子供ん時はやりたいことやりゃあいいさ。んでいっぺぇ心配かけてもいい。親ってぇのはどんなやつでも子供はでぇじなもんさ。けど甘やかせすぎちまうのは駄目だ。子供が自分でやり始めるってのが肝心だし、それに無闇に手助け出しても駄目だ。自分を作るでぇじな作業……ちゅうやつだっけかな? まぁ本当に手が必要な時に貸してやりゃいいんだ。それまでは自分一人で成長させるべきなんだ。

 つってもこれは親にとってもむずけぇからついつい手ぇ貸しちまうしなぁ。だからおめぇの母ちゃんはすげぇんな!」

 

 そう言われて考え、改めて気付く。私が勉学や武術に励んでいる時は見ないが、家族での食事の時はほとんど出席している。そう私一人(・・)の時でも一緒に出席していた。その時は私を無視していると思っていたのでプレッシャーしか感じていなかったが、今考えると無視しているのなら一緒に食事すらしないはずだ。それに私が母に目を向けるとすぐ見つけることができるが、逆を言えば私がいるところには母もいるということだ。それも今考えれば私を見張っていた、いや見守れて(・・・・)いたのかもしれない。

 これはわたしの勝手な思いこみだ。けど彼に言われるとそういう希望がわき、体が暖かくなった気がした。

 

「ってかむずけぇこと考えすぎだぞおめぇは」

 

「で、でも――」

 

 思いとは別に口から出た言葉。それは悟空が勢いよく回りだしたことによって強制的に閉じさせられた。

 

「わっ、わわぁ!? ちょっ、ごく、う、やめっ!?」

 

「ハハハハハハハハ!」

 

 ぐるぐると回る景色はおんぶの振動と相まってのすごい衝撃を与えてくる。悟空はそんな私を知ってか知らずか、なおもスピードを上げて回る。

 やっと止まった時には目を回してしまった。

 

「うぅ、ぐるぐるぐるぐる~」

 

「っと、へへへ! おめぇ考ぇすぎなんじゃねぇか? 頭固すぎっと、アイツ(・・・)みたいにがんこもんになっちまうぞ?」

 

 いつか鬼ババになっちまうかもな、ニシシと笑って言う悟空に私の何かがブチっと切れた気がした。

 

「ウガーーッ!! 鬼ババとか言うなーーーー!!!!」

 

「わっ、いててて! いてぇってもんしろぉ!?」

 

 彼の頭をポカポカと叩く。効いているのかわからないが彼は楽しそうに笑っているのでさらに力を入れを上げ叩いた。やっと彼に効いてきたのか彼は足を速め駆けだすが、こちらは背に乗っているのだ。逃がさないよう頭にしがみついて片手で叩き続ける。

 

 

 

 こんなやり取りで誤魔化しているが、本当は母に見てもらえていた嬉しさとそんなことに気付かず勝手に落ち込んでいた自分に対しての恥ずかしさを誤魔化すためだとわかっていた。

 同時に心の中で、胸に宿る暖かいものをくれた彼に向けて礼をいう。

 そうしたやり取りが九鬼邸近くまで繰り広げられていた。

 

 

 

 しかしこの時の私は本当に子供だった。嬉しいと恥かしいという気持ち以外で、身体が熱くなり鼓動が早まる気持ちを知らなかったのだから。

 

 

 

「えっと、たしかこのへんって言ってたよな紋白?」

 

「あぁ、ここをもう少し真っすぐ行ったところだが」

 

 あれからお互い冷静になって九鬼邸を探し、自分でもわかる道に戻ってきた。

 

「あ! あった、あそこだ悟空!」

 

「おーあっこかぁ、でっけぇな! ブルマん家みてぇだぞ!」

 

 そしてついに我が家に戻ってきた。さすがに皆に心配をかけているだろうと思い、最初に言う言葉と覚悟を決め門の前に来た。

 が――

 

「あれ? 見張りの門番がいない?」

 

「? どうしたんだ紋白?」

 

 いつも門の前に立っている門番がいないのだ。ここを出る時は誰もいない横道から抜け出したが、普段なら二人ほど立っているはずなのだ。それに家にも人の気配が少ない気がする。これでも九鬼家の娘というレッテルがあるのだからいないとわかればもっと大騒ぎになっているはずなのだ。

 

「人が少ないのだ。それに静かすぎる気もするし……」

 

「そうか? いるじゃねぇか人なら」

 

 え、と言う前に悟空は空を指す。それに従って上を見ると――

 

 

 

「――我が妹に何をしているかぁぁぁぁぁぁあああああッ!!!!!!」

 

 

 

 ズン、と上から人が降ってきて5m前に片膝を立てて着地する。その声、その姿、そして私には無い(・・)この家の特徴的な×点傷を額に付けたその女性。

 その人は――

 

「小僧、我が妹から離れろ!! でなければ我が相手をしてやるぞッ!!」

 

 ――九鬼家長女にして我が姉として慕う≪九鬼揚羽≫だった。

 

 

 




 ついに我らが準ヒロイン(?)が登場!!
 まぁまだ未定ですけどね。え?ヒロイン枠に入れろって?
 どうしよっかな~
 ――ってあ、ちょっやめ、アーーーー!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

 長かった……長かったぞぉッ!!!!(フリーザ様的な)
 あ痛!?、ごめんなさいっ!? 皆さんが言う言葉でしたね。謝るから石はぁぁ――(ゴスッ)

 いやね、途中で切って投稿しようかと思いましたがここは切ったらダメな場面だと思いまして。それに切るところもわからなったので……

 その分楽しんで(感動して)読んで下さい
 ではどうぞ


 

 

 

「フハハ! なるほど、そういうことであったか」

 

「はふぅ……。な、なんとか納得してもらえた……」

 

「ははは! なんかてぇへんだなおめぇも」

 

 何とか九鬼邸に戻ってこられた私達の前に、九鬼家次期社長候補であり私の姉≪九鬼揚羽≫が空から現れた。どうやら姉は私が誰かに誘拐されたと思っていたらしく、一緒にいた悟空をその仲間だと勘違いしたらしい。あわや一触即発という空気の中で私が姉の緩和剤となって必死に経緯を説明し、皆が集まる部屋へ通してもらうため廊下を歩く今に至る。――納得してもらうまでに30分の時を要したのは大変だった。

 ちなみに経緯と言っても自分がした体験をおいそれと話せるわけもなく、また悟空自身も説明が苦手……というか、よけいに場を混沌とさせようとしていたので“自分で飛び出したはいいが道に迷う上に転んでケガを負ってしまう。一人路頭で困っていたところを悟空と出会い懇意で家に送ってもらうことになった。なのでおんぶしてもらっているのは深い意味はない……そう決して意味はないんです!”と説明した。

 姉は何とか納得(それでもおんぶの件はしつこく聞いてきたが)したようで、九鬼家にある“恩人、または客人はもてなせ”という家訓のもと皆への説明もかねてこうして悟空を九鬼邸に通している。

 

「孫悟空とやら。早合点してわるかったな。まぁ許せ、ハッハッハ!」

 

「オラ気にしてねぇからでぇじょうぶだ。ハッハッハ!」

 

「……はぁぁあ」

 

 必死だった私をよそに二人は笑い合っている。二人ともお気楽というかマイペースというか何というか……。

 

「なかなか好感が持てる少年だな。だが妹は簡単にはやらん!! 紋が欲しくば我を倒すことだな!」

 

「ちょっ、姉上!?――」

 

「ん? まぁ闘いてぇっちゅーんなら闘うけどよ、今は紋を届けに来てんだからまた今度な!」

 

「ふっ、この我に挑むか。いいだろう! この場では貴様の言うとおりやめておいてやる。が、我が相手をするのだ。それなりの覚悟をしておくのだな!」

 

「あのっ、二人とも――」

 

「おう、楽しみだなぁ~! ここにいるやつらみんな強ぇやつばっかみてぇだし、オラワクワクすんぞ!」

 

「いい心がけだ。ふむ……どうだ? 貴様さえよければ将来九鬼で働かんか? なかなか有望そうであるからな。まぁ考えておけ少年よ。フハハハ!」

 

「話を聞いてっ――」

 

「ん~まぁ考えとくさ。それよりまだ着かねぇのか? 結構長ぇこと歩いてっけど……」

 

「フハハ、心配するな。もうすぐ着く。今主だった者達を集めているからな。あぁちなみにおんぶしたままでいいぞ。紋のケガを含め全て伝えてあるからな」

 

「~~~~ッ!!」

 

 この二人、“話を聞かず突き進む”人種だ。絶対二人だけにしておいてはいけない、とひそかに私が決意したのは秘密だ。

 

「ほら、見えてきた。あそこの部屋に皆集まっておる」

 

 そうこうしているうちに目的の場所に着いたようで、目の前には映画館やコンサート会場のように大勢の人が通れそうなほど大きく質の良い木でできた扉が私達を迎えるように存在していた。

 ここは確か――

 

「うむ、ではいくか! あぁちなみに二人とも、覚悟はしておいたほうがいいぞ?」

 

 覚悟? 怒られる覚悟だろうか?

 そう疑問を溢す前に姉上は「揚羽、参りました」といつもの高笑いを潜めた低い声で宣言するように、それでいてどこか緊張した面持ちで入室した。

 私達はただそれに着いていったが、入った瞬間に姉の言葉を|理解させられた(・・・・・・・)。

 

「――――ッ」

 

 入った部屋は九鬼の家というには少し質素的に思えるほど物というものが無く、しかし天井には豪華でいながらほどよい光で部屋を照らすシャンデリア。真紅の絨毯が広がる床には幻想的な金の模様が描かれている。

 そして――いや、一番始めに認識していたはずだ。ただ衝撃的すぎて目では認識していても頭では認識できていなかった。

 黒、黒、少しの白、そして黒。大勢の男性女性が着ている執事服やメイド服は従者の証。それが中央の道を分けるよう左右にずらりと並んでいた。誰も彼もが直立不動の無表情でピッシリ立つ様は石造のように思わせた。が、一人一人石造にはない強者(つわもの)の雰囲気を纏っている。よくよく見れば全員はわからないが見たことがある者がおり、ほとんどが従者部隊序列百位以内の者だ。つまりここに集められたのは従者部隊序列百位以内の者らしい。

 姉上はその視線の中を我間せずといった感じでズンズンと進んでいく。私達はそれに着いていくしかなく、様々な視線にさらされながら逃げるように唯一開いている前だけを見ていた。

 

 が、それも無駄な努力だったようだ。だんだんと進むごとに感じるのは“王”の威光。それと同時に見えてくる先には一人のために作られた見事な装飾のイスに座る一人の男。木でできているはずのそれが玉座に見えるのはその男がもつ雰囲気のためか。顎を支えるように肘をつき足を組む様は他の人がやれば偉そうに見えるが、男にとってはそれが普通であるように違和感が無い。服は一級品の黒いスーツを見事に着こなしている。顔は一見普通と呼べる顔だが何の感情も見えない無表情で、目から感じるのは全てを射抜き見通す氷の矢の視線だった。その目と身に纏う雰囲気から何もしていないのに胸を鷲掴みにされるイメージを自分に抱かせた。

 自分はあの人を知っている。いや、知っているはずだった(・・・・・)。

 

「ち、ち……うえ……」

 

「…………」

 

 九鬼財閥の頂点にして総帥、そして私達兄弟の父親である≪九鬼帝(みかど)≫その人だった。しかし知らない。あの人は総帥の身でありながらお気楽でマイペースな性格をし、部下にさえも軽い調子で応対する人だった。愛人の子供である私にさえ我が子のように笑顔で接してくれる人のはずだ。けど今(・)のあの人は知らない。

 それだけではなく横には九鬼家の長男にして私の兄である≪九鬼英雄(ひでお)≫従者部隊序列三位で“ミスターパーフェクト”の異名をもち、私の世話役である≪クラウディオ・ネエロ≫、話したことは少ないが先祖は吸血鬼を倒したとされるあのエイブラハム・ヴァン・ヘルシングでありあの(・)川神鉄心のライバル等の噂を山ほど聞く序列零位にして永久欠番の称号を持つ≪ヒューム・ヘルシング≫もいた。クラウディオは落ち着きのある雰囲気で立っているが、ヒュームの方は私にさえ感じられるほども強者の“気”を隠そうともせず腕を組み目を伏せていた。

 そして――

 

「……」

 

「あっ……」

 

 ――九鬼帝の正妻にして姉達の母、そして……私の義母であり新しい母となる人。≪九鬼局(つぼね)≫その人が父の横でたたずんでいた。こちらを見るその瞳には私は映されているだろうか? 思わずそう考えてしまった。

 

「九鬼揚羽、九鬼紋白並びに客人を連れて参りました」

 

「……」

 

 母のことを考えていた私をよそに場は進んでいく。姉が参上の言葉を述べるが、父はじっとこちらを見るだけで何も返さない。やはり勝手に出て行ったことを怒っているのだろうか? 誰も彼もが父の反応を待っているが一向に反応がない。ただただ何も感じない瞳がこちらを映すだけだった。

 

「……帝様」

 

 緊張と不安で胸が張り裂けそうな思いのえ私を察したかのようなタイミングでヒュームが声をかけた。ちなみにヒューム持つは父上や私達九鬼家以外の人間にはこれほど敬語では話さない。それほどの力と功績をたてているから、というのもあるが一番の理由が「ヒュームだから」というのもある。

 その彼が話すことだから何かあるのだろうかとさらにドギマギしていると、衝撃の言葉が紡がれた。

 

「いつまで寝ているつもりですか……」

 

「……グゥ、んん? あれ、俺寝てた?」

 

 カクンと思わずこけそうになったのは何も私だけではないはずだ。周りを見れば前のめりになりながらも必死に姿勢を崩さないよう震えている従者も何人かいた。唯一の例外は姉と兄、母やヒュームが呆れており、クラウディオだけが苦笑していた。

 

「まったく、バカですか……」

 

「あぁー! バカっつった方がバカなんだぞ!」

 

「それより帝様、揚羽様と紋白様、そして例の方がいらっしゃっています」

 

「おぉ、そういや呼ぶように言っといたな。サンキュー、クラウディオ。最近忙しかったから待ってる間に思わず眠っちまった」

 

「父上、何も目を開けて眠る必要もあるまいに……」

 

「ちなみにそりゃオレの特技だ(キラン)」

 

「そんなものいりません」

 

「ヒドッ!?」

 

 会議中でも使えるんだぞ!だから~~、と言葉を続ける父に思わず呆然としてしまう。先程までの雰囲気はなんだったのか。あれほど緊張していた私が馬鹿だったではないかと溢しそうになる。

 

「あっはっは、おめぇの父ちゃんおもしれぇな!」

 

 ……面白いで済ますんだ。

 

「おい貴様!! 帝様に何て無礼なことをッ!!」

 

 悟空の軽い口調を馬鹿にしたと思ったのか従者の一人が叱咤する。しかしそれは父本人の手で慎められた。

 

「ハッハッハ! お前も面白いヤツだな、気に入った! おっと紹介がまだだったな。オレは九鬼財閥総帥にして統括者の≪九鬼帝≫だ。簡単に言やそこにいる紋白と揚羽、んでそっちにいる英雄の父親だ。まぁ気楽に帝って呼んでくれ。あ、みかどっちでもミッチーでもいいぜ」

 

「オッス、オラ悟空! 孫悟空ってんだ! オラのことも好きに呼んでいいぞ。よろしくなミッチー!」

 

「……そうか、孫悟空か」

 

 そこで帝は何故か考えるように間を空けた。それに不思議そうに見る悟空を横目に見ていると、ヒュームがわざとらしく咳払いをしだした。

 

「コホン。おい、ちゃんと名前で様付けしないと痛い目を見るぞ、おもに蹴りで」

 

「ご、悟空!! ちゃんと名前で呼ばないか!!「え~ダメか?」ダメに決まっておる!! 相手は父上……九鬼家で一番偉い方だぞ! じゃないと本当に――」

 

「いいっていいって。しかし順応力早いなお前、ますます気に入った! しかし孫悟空か……西遊記の主人公の名前と一緒ってのは珍しいな。うんじゃあそのまま悟空でいっか!」

 

「仕方ねぇな~じゃあ帝でいいか?」

 

「それもダメに決まって――」

 

「OK」

 

「いいの!?」

 

 ダメだ、もう私ではこの二人をどうにもできない。思わず頭を抱えてしまいそうになる。

 

「んで本題だが。あぁ、悟空への礼だ。紋白を無事連れ帰って来てくれてありがとな」

 

 礼の言葉と同時に頭を下げる父上に悟空以外の人間が驚きに目を開く。もちろんそれには私も含まれる。普通は社長等の人の上に立つ者が頭を下げることはよほどのことがないかぎりありえない。それも九鬼という世界に渡る大企業の総帥が、だ。しかし父上は簡単に下げた。私のことを思ってかはわからない。だがこんな風に素直に感謝できる人こそが、人の上に立つに相応しいのだろうと感じた。

 

「いいって帝。オラが好きでやったことだしな」

 

「そうか、そう言ってくれると助かる。で、何か礼をさせてくれ。これはウチの家訓でな? “恩人にはもてなしを”ってやつだ。何か希望あるか?」

 

「ん~それって何でもいいんか?」

 

「ぅう゛ん、あまり調子にのるな」

 

「いいんだよヒューム、ほれ気にすんな、何でもいいぞ? 金か?おもちゃか?それとも九鬼とのつながりか? オレ的には九鬼との繋がりかな? オレは悟空が気に入ったから、できたら将来九鬼で働いて欲しいけどな。オレ直々の招待券用意してやるよ」

 

「ん~じゃあさ――」

 

 次の言葉はあの九鬼帝の予想さえ上回るものだった。

 

 

 

「紋とそこにいる紋の母ちゃんとさ、話させてやってくんねぇか?」

 

 

 

 思わず息を呑むほど威力を孕んだその言葉は、私の胸に喜怒哀楽全ての感情を抱かせた。

 

「ほぅ……?」

 

 父上は先程までのほがらかな笑顔を潜め、目を細め鋭い眼差しで悟空を見つめる。母の方に振り向けば父とは逆に目を大きく見開いて驚きを表していた。

 もちろん悟空が放った言葉に一番驚いているのは私自身だ。だが一体どういうつもりで、とういうことで驚いているのではない。いやその気持ちもあるが、その答えはもう自分自身で出ている。驚いているのは悟空が自身への礼を私のために使ってくれたことだ。

 

「んーまぁいいだろ。それが恩人への礼になるなら、な」

 

「へへっ、サンキュー帝!」

 

「つーことは俺らは邪魔者だな。よーし皆解散かいさーん!」

 

 父がパンパンと手を叩くと言葉に従って従者達はササッと流れるようにこの部屋から離れていく。

 

「……いいのか、悟空?」

 

「ん、やっぱお互い気になるなら話し合わなきゃわかんねぇだろ?」

 

「……ありがとう。なら悟空にもお願いがある」

 

 ん?と首を傾げる彼に、

 

「見届けて……くれないか?」

 

「……わかった。しっかり見届けてやっから、胸にあるもん全部伝えちまえよ」

 

「……うん」

 

 その前に予め決めていたことを伝えるため、去ろうとする父たちに慌てて叫ぶ。

 

「ま、待ってください! ……これは母上だけでなく父上にも、姉上兄上達にも聞いて欲しいことなのです」

 

「……そっか。うんわかった」

 

 どこか納得したように言って父はまた席に座る。姉も兄も元いた位置へ戻ると扉が閉まる音がする。ここにいるのは自分と父、姉、兄、それと父の護衛としてヒュームとクラウディオ。そして母と私、悟空だけとなった。

 このままではさすがにいけないと思い、悟空に降ろすよう伝える。それを聞き悟空が膝をついて私を優しく降ろそうとしてくれるが、今まで背負われていた背から離れることに思わず不安を覚える。彼の身体は子供にしながら年月をかけて鍛え上げられたように筋肉がつき硬く、だがその体に宿る暖かさは幼い頃感じた“母”のように眠りを誘う程心地よく伝わってきた。それは自分が感じただけで錯覚なのかもしれない。だが不思議なほど安心できた。そのおかげで今までぐちゃぐちゃだった心が一粒の雫を感じられるほど落ち着き、今までの母への違和感にも気付けた。そして今、母の目の前へ立つ道ができた。

 その勇気を与えてくれた背から降りると自分はまた孤独に戻るのではないか。不安な考えが湧きながらもそれに首を振って降りた。

 改めて覚悟を決め一歩進めようとするが、震えて動かない足に自分が情けなく思う。やはり自分一人ではなにもできないのか。

 

「ほれっ!」

 

 ポンっ

 

「!」

 

 突然背を押され、勢いで一歩と言わず二、三歩も進む。振り向けば悟空が押した状態で笑っていた。それに「あっ」と言葉がもれる。自分で頼んでおいて今さら彼が見守ってくれていることに気付くとは、何と情けない。しかし同時に笑いがこみ上げるほど馬鹿馬鹿しく感じた。なんだ、たった一歩が、いやそれを飛ばして二歩三歩といけるのがこんなに簡単だったなんて。

 

“ありがとう”

 

 口には出さず笑顔で答えて母の前に立つ。足の痛みはいつの間にかひいていた。

 

「……」

 

「……」

 

 お互い何も話さないまま時が過ぎる。悟空以外は皆無表情で事の成り行きを見守っているが、姉と兄はどこかハラハラしているように思える。

 こんなに近くで顔を合わせたのは初めて会った時以来だろうか。私はあれ以来こうやって直接見ることはせずに遠くで窺っていた気がする。今思うと自分に呆れてしまう。当たり前ではないか。知りたい本人の中身(心)を見ずに外側(顔)を見て何がわかるのだ。

 しかし今は目の前で直接見ることができる。後ろに太陽が輝いているみたいに背が暖かく、母の顔がはっきり見える。母の瞳の奥にある思いを探ろうとするが、こちらを見下ろしている筈の目は何故か私を見ずに違う所を映している気がする。

 かまうものか。それならば自分で進みその読めない扉(心)を開くのみ。

 

「母上よ」

 

「――!」

 

 一言。ただ発しただけの言葉に母が反応する。ハハ、おかしいな。いつもの立場が逆転したようではないか。

 

「正妻の母上(義母)が我が母上(実母)を嫌うのはわかっています。私は未熟な身でありますがそのような複雑なものも薄々ではありますが感じています」

 

「……」

 

 ――そうだ、わかっている。正しいのはあっちで悪いのはこっちだ。他人に聞いても普通こちらを非難するものだ

 

「そう、私は未熟です。勉学も、武術も、功績も未熟。九鬼という名には未だ片足も届いていないほど相応しいとは思えない」

 

 ――瞳の奥にある扉は(心)は揺るぎも見えず、氷のように冷たくて重く感じる

 

「それに私は妾の子。九鬼家にとっては不利益にしかならないでしょう……」

 

「……」

 

 ――どうすれば開くのか。どうすれば届くのか。彼の背に頭を埋めながら必死に考えた。走っても走っても背中しか見えずたどり着かない。ならどうすればいいのか?

 

 

 

『ってかむずけぇこと考えすぎだぞおめぇは』

 

 

 

 ――そう

 

「だからこそ“我(・)”は宣言する!!!!」

 

「――っ!」

 

『子供ん時はやりたいことやりゃあいい。んでいっぺぇ心配かけていいんだ』

 

 ――悟空に言われて気付いた。私はつい母を目で追いかけて見ている。

 

「この九鬼という名に相応しい者になることを!!」

 

『親ってぇのはどんなやつでも子供はでぇじなもんさ。必ずどっかで見てる』

 

 ――私は母を見つけることができる。逆を言えば“母は必ず私が見える場所にいる”

 

「たとえ“今”がどんなに駄目なものでも、“未来”でその名に恥じぬ者になることを!!」

 

『けど甘やかせすぎちまうのは駄目だ。子供が自分でやり始めるってのが肝心だし、それに無闇に手助け出してもいけねぇ。自分を作るでぇじな作業……ちゅうやつだっけかな? まぁ本当に手が必要な時に貸してやる。それまでは自分一人で成長させるべきなんだよ』

 

 ――そうだ、いつも見守ってくれていた。自分勝手な妄想かもしれない。妾の子を監視していると言うのかもしれない。だがそれでもいい

 

「たとえ誰かに嫌われても、“その者さえ振り向かせる”ことを!! 九鬼家末子にして九鬼揚羽と九鬼英雄の妹、そして九鬼帝と九鬼局の“娘(・)”であるこの≪九鬼紋白≫がここに宣言する!!」

 

 ――扉が開かないなら、開けさせればいいのだ。向こうから来てもらえるように、見てくれるように。ならばこそ自分はただ前に向かって突っ走る。今度は母が私の背を目で追いかけてもらえるように

 

 そこで一度言葉を止め、いつも懐に入れていたある物を取り出す。刀より小さく、ナイフより大きく、そして命の次に大事なそれを目の前に突き出す。

 

「――ッ」

 

「そりゃ確か……」

 

 同時にもれ出る二つの声。

 

 私が手にしているそれは、母が形見として残してくれた赤と白の鈴緒が結ばれた一本の白い小刀だった。一見ただの棒に見えるが、素人でもわかるほどの雰囲気を纏っている。シンプルでいて繊細に、そして極限まで突き詰めただろうそれは、木の材質も作った職人も纏う空気さえも普通の小刀とは別格だった。

 

「これは九鬼の血を継ぐ者の証と、その覚悟です」

 

 儀礼用に作られたのではないかと思うほどに神聖さをもつそれを右手で抜く。しかし抜き放たれた刃は光で見えないほど反射する。一瞬の閃光のあとに感じるのは龍の咆哮。棟(刃とは逆の部分)の側面に白く彫られた龍の光沢が印象的な小刀だった。

 それを迷いなく額に当てる。

 

「ッ!? まッ――」

 

 母上が私がしようとしていることに気付き手を伸ばしてくるが、それよりも早くに左から刃を斬り上げた。それほど力を要れなかった小刀は、しかし音もなく額に綺麗な一本線を描いた。母の手が驚き止まるが構わず刃を返し、始めの傷に対して縦に引いた。

 

 刃を鞘に収め驚きに目を開き固まっている母にさらに一歩近付き、瞳を覗く。

 

 ――フフ、こんな母上は初めて見た

 

 初めて見えた母の心。それに嬉しく思いながらも、一番大事な言葉を告げる。

 

“ありがとう”

 

「――あっ」

 

「これからもよろしくお願いします」

 

 見守ってください、とはさすがに言えないのでそれだけを言い反応を待つ。周りは以前静かだがおそらく驚いているのだろう。だがおそらく一人、もしくは二人だけは違うのかもしれないが、おそらく二人とも笑っているのだろう。それがわかるほど私の心は生まれ変わったように澄んでいた。いや実際に生まれ変わったのだ。≪くき紋白≫という不安定なものから≪九鬼紋白≫という九鬼家の一人として。

 

「……」

 

 もらした言葉を手で隠していた母上はしばらく口をもごもごとしていたがその目は今私を、私の瞳と繋がっていた。

 

「……そう」

 

 ふいに母上はそう呟き、出入り口に向かう。

 届かなかった。確かにこれは一方的な宣言で自分勝手なものだ。だけどそれでいい。いつか必ず届けて――

 

「頑張りなさい、“|紋白(・・)”」

 

「ッ!!」

 

 はじかれたように振り替えるも、母上は変わらず歩いていた。聞き間違いかと疑う自分に、いいや違うと嬉しく思う自分がその疑いを散らせた。

 そして何故かこの時、姉上と兄上が言っていたことが思い浮かんだ。

 

『母上は、照れているだけだからな』

 

 落ちる雫を見せないよう頭を下げる。

 最後まで貫き通そうと目に力を入れながら、その背を見送った。 

 

 

 




 一応次の話書いたら黒バス頑張ろうと思います
 同時更新は意外と大変だった(まる)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

 ついに、ついに本編投稿!
 あと感想に書かれていたことに対しての返事と説明をあとがきに軽く書きました。できたら見てください。

 ではどうぞ


 

 

 

「あむっ、んぐんぐ、んめぇーなこれ! はぷかぷ、がつがつがつ! おーい、おかわり頼む!」

 

 目の前に気付かれていく山の音に負けないほど大きな声が聞こえてくる。が、その声の主は山に隠れて見えない。呆然と見上げる私達をよそに多くの従者達がせわしなく動き回るが、その間にも山は大きくなり続け止まる様子を見せない。

 なんとこれが一人の子供によって築かれているのだから驚きだ。

 

「がぶっ、むぐむぐ、ずるずるずずー、んぐっんぐっ、ぷはぁ~~」

 

 ラーメンの杯をドンと置き、彼は一息つく。

 

「ふぃ~、これで腹八分目ってとこか」

 

 腹八分!?……これでッ!!!??

 それはここにいる全員が思ったことだろう。

 

「はっはっは、すげぇなお前。いいぞもっと食え食え!」

 

 いや、やはり一人だけ違うみたいだ。父上は面白そうに手を叩き、追加を作るよう従者に指示する。

 どうしてこうなったのかは、私がしたあの宣言の後に戻る。

 

 

 

 母が去ったあの後、我慢していた涙が溢れ出してしまう。止まらない涙を拭う私にどう声をかけたらいいのかわからない姉上や兄上に、珍しく父上も黙ったまま見守っていた。

 

“ぐるるるぅぅぅうう~~”

 

 いつまでも続くかと思われたこの空気を壊すように、獣の唸り声に近い大きな音が部屋中に鳴り響いた。

 

「はは、わりぃ。腹ぁへっちまってつい……」

 

 発声源は父上と同じように今まで静かだった悟空だった。思わず姉上や兄上はズッコケそうになり、涙目の私でさえもポカンとしてしまう。

 

「ぷっ、くくく……はっはははははぁ! そうかそうか腹減ったか」

 

 今までの沈黙を破るように父上が笑い出す。もう爆笑だった。

 

「あっはっはっはっは……!」

 

 悟空も笑い出す。

 何故か悟空らしいと思い、私もつい笑ってしまう。

 姉上も兄上も、クラウディオやヒュームでさえ苦笑や呆れを含めて笑っていた……気がする。

 

「まぁさっきの願いは家の問題だったからな。また礼として飯ぐらいは食ってけよ」

 

 父上はそう言って近くにいたクラウディオに指示を出した。

 

 

 

 と、そんなことがあり皆で食事をする今に至るのだが……。

 

 ガチャ、カラン……。

 

「っぷはぁ~食った食った~」

 

 ついに彼の手が止まった時には、数十を超える山が積み上がっていた。もう何人分というより結婚式とかの何式分とかで聞いたほうがあっている気がする。

 

「おう、いい食いっぷりだった。ところで悟空、これからお前はどうすんだ?」

 

 父の問いにハッとする。そういえば悟空はこの世界では身元不明なのだ。まさかあんな不思議な体験を話すわけにもいかず、私からは何とも言えないので悟空に任せるしかない。一応あのことはあまり他人には言わないよう言っておいたが……。

 

「ん~オラ今旅してる最中だかんな。いろんなとこ回ってみてぇとは思ってんだ。けど……」

 

 おぉ、上手いこと話を繋げた。しかしそう思いながらも悟空が離れてしまうと思うと何故か胸がしめつけられるような感覚があったが、悟空をここに留めてはいけないという思いがあった。

 そう考えていると悟空が言葉を止めこちらを見てくる。そして二カッと笑い言葉を続けた。

 

「オラ、紋のこと気に入っちまったからな!」

 

 ……どこかでブフォッと咽る音が聞こえてくるが、今の私にはそれさえ耳に入らない。悟空の言葉が幾度も頭で鳴り響いているからだ。

 

「あっはっは、そうか気に入ったか! んじゃしかたねぇな。どうだ悟空、お前ウチに住まないか?」

 

「ち、父上!! 我は反対です!!……ゴホッ」

 

 父上はどこか面白そうに悟空に提案する。とそこで我慢の限界だと兄上が立ち上がり反対を叫んだ――のどをさすりながら。

 

「んだよ、別にいいじゃんか。オレも悟空が気に入った!」

 

「そんな簡単に受け入れてはいけません!! こんなどこの馬の骨とも知れない者を紋白に近づけさせるなど……」

 

「そうか? 逆にオレはこういうやつと付き合ってくべきだと思うぜ?」

 

「つ、付き合うなど、父上が認めてもこの我が許しません!!」

 

「まぁ落ち着け英雄、我もそれはどうかと思うぞ?」

 

「姉上……」

 

 姉上は落ち着き払って腕を組み目を伏せていた。やはり悟空を警戒しているのだろうか?

 

「そうだ、付き合うなら一生と決まっている!! ならば我も一生、悟空と付き合ってゆこうぞ!! 我も悟空を気に入ったからな、フハハハ!」

 

「姉上ぇーーーーーーッ!!!??」

 

 どうやら父上に賛成していたようだ。兄上は叫び崩れた。そんな兄上に私は近付く。

 

「あ、兄上?」

 

「も、紋……」

 

「えっとその、悟空は私を助けてくれた。今度は私が悟空を助けたいのです。ダメ……ですか?」

 

「うっ、くぅう、ぬぅぉぉおおお……。~~紋がそう言うならばしかたがないッ」

 

「あ、ありがとうございます兄上!」

 

「ぬぅ、だが孫よ!! 我はまだ認めたわけではないからな!!」

 

「いいんか、帝?」

 

「おうおう、かまうもんか。何より――」

 

 父上はちらっとこちらを見たが、頭が真っ白になっていた私は気付かなかった。

 

 ――こいつは紋白に必要なもんを持ってる。まぁそれは紋自身が気付かなけりゃな。なにより、

 

「面白そうだろ?」

 

「そっか!」

 

「そうだ。あぁもちろん条件がある。」

 

 父上は人差し指を立てて悟空に言う。

 

「なーに、簡単なことだ。紋白の護衛だな。常に近くにいて紋白の身を守ってくれ。といっても勉強とかしてるときは自由にしてもらっていい。まぁ一緒に勉強してもいいがお前さん……」

 

 苦手だろ?と父上が聞くとすぐに頷く悟空。そこですぐに頷くのは人としてダメじゃないだろうか?

 

「あとはこっちのお願いを時々聞いてくれたらいい。そんだけだ」

 

「OK! それくらいならオラできるぞ」

 

「父上!」

 

『まぁまぁ落ち着け英雄。紋にも同じ年頃の友達は必要だろうよ。悟空本人は武術に自信があるらしいからな。一緒に鍛えて将来九鬼のために働いてもらえば一石二鳥じゃねぇか』

 

『ぬぅう~~ッ。父上がそう決めたのなら従いましょう……』

 

 父上と兄上はこちらを見ながらひそひそと話している。

 

「よかったな悟空!」

 

「あぁ、サンキューな紋」

 

「えへへ」

 

「うむ、仲良きことはいいことだ!!」

 

「ぬぅぅううう、我は、我は……」

 

「んじゃクラウディオ、悟空に部屋紹介してやってくれ」

 

「はい帝様。では悟空様、こちらへ」

 

「おう」

 

 それを期に皆が解散する。そ悟空はこれから屋敷や部屋の説明などで忙しいだろう。それに私は母との約束を反故にしないためにもやり残した課題に取り掛かることにした。

 

「待て」

 

 と、そこで悟空を呼び止める声がかかる。

 いつの間にいたのだろう、ヒュームが悟空の後ろに立っていた。ヒュームの身体的スペックは人外を大きく超えているので自然と納得していた。しかしあの父上や認めた者以外を赤子以下と表しているヒュームが、一体悟空に何の用事だろうか?

 

「……」

 

「……」

 

 自然と二人は見つめ合う。いや、悟空は口角を上げ面白そうに、ヒュームは探るような鋭い瞳で睨んでいた。ヒュームの瞳に見られていないのに私の背筋が冷たく感じた。今まで彼が賊を軽く撃退したことは何度か見たことあるが、ここまで警戒しているヒュームは今まで見たことがない。何故悟空にそこまでするのだろうか? 私にはわからなかったが、悟空が心配になり前に立とうと一歩踏み出す。

 が、それをヒューム自身が手で制し、そのままその右手を悟空に伸ばす。

 

「ふっ、心配するな。ただの握手だ。九鬼家への歓迎と、これから紋様を頼むことがあるかもしれんからな。まぁ客人への礼というものだ」

 

「……そっか、おめぇが紋の“ぼでぃーがーど”っちゅうやつか。よろしくな!」

 

 悟空も素直に右手をさし出す。

 このヒュームの行動は私だけで無くこの全員が驚いた。あの誰彼構わず赤子扱いするヒュームが、だ。それに一時驚いていた私達。まぁ“客人にはもてなしを”という九鬼家の家訓があるし、父上が気に入った相手にはそれなりの態度で示すのだろうと己自信で納得していた。

 故に気付かない。

 

 パァンッ

 

 ――手を合わせた音が、妙に遅れて大きく聞こえたことに。

 

「……フン」

 

「……へへへ」

 

 その握手もお互い数秒で終わりヒュームはそのまま部屋を出て行き、悟空はクラウディオに案内されて行った。

 

 

 




 どうでしたか?
 では感想に対しての軽い説明です。

・こないだ投稿したのは第4話に紋白が×点つけた話と母の形見についての話を付け足したということです。
・ドラゴンボールの知識は万端。ただマジ恋は今ゲーム進行中で、オリジナルが終わり原作に入る頃には全部(とは言わないけどほとんど)クリアできてたらいいなぁと。まぁオリジナル(子供時代編)はまだ長くなると思いますが……。
・悟空のスペックはGTのままです。まぁそれでも最強なのですがなのですが、神龍の力を使わない理由は映画の「神対神」で出てた己自身の力で強くなりたい、って理由で力をセーブしてる感じかな?

 こんな感じです。またあとで感想の方一つずつ返して生きたいと思います。

 次は黒バスかな?
 ではまた( ̄▽ ̄)ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話・裏

遅れましただウラ!
……すいません、トクノスケが乗り映ってました
しかし一ヶ月で一話、それに話が進んでないな……うん何か絶望orz
まぁこれから一つ二つの大きな事件以外は原作キャラ(ロリ多数)と知り合っていく話なんで、速め速めにちょびちょびと書いていきたいと思います。
あとがきで大事な話(?)があるのでぜひ見て欲しいです。
ではどうぞウラ! ……ッハ!?




 

 

「さて、報告を聞こうか……」

 

 そこは極寒を思わせるほど冷たく暗い一室。唯一上から照らす淡いスポットライトが男の顔に影を落としている。顔の前で手を組む部屋の主と思しき男はその対面の闇に声を投げ掛ける。

 

「ハっ、しかし……」

 

 闇から出てきたのは眼鏡をかけた一人の老執事。知的な印象を持ちながら、しかし老人とは思えないピシっとした姿勢と静かながらも只者ならない雰囲気を携えて、執事は主に言葉を返す。場は緊迫した空気で進む――

 

「……部屋を明るくしてはどうですか、帝様?」

 

「あ、やっぱそう思う?」

 

 ――わけもなく、その空気は部屋の灯りと共に晴れていく。

 

「はぁ……わざわざそんなものまで用意したのですか?」

 

「おう、一度やってみたかったからな! あぁすまん、片付けといてくれ」

 

 側にいたメイドに指示し、後ろにあったスポットライトを片してもらう。しかしこんなことをするためだけに平然と用意できるのは、さすが九鬼と言うべきか。いや、つまらないことに使えるのはさすが九鬼“帝”と言うべきだろう。

 ある意味でこの方らしいと心の中でため息をつくクラウディオをよそに帝は笑いながら本題に入る。

 

「で、どうだった?」

 

「ハッ、このようになっております」

 

 クラウディオは書類の束を渡す。一番上にあった紙には「孫悟空調査資料」とういう大きな文字が書いてあった。 

 

「ふんふん……なるほどな」

 

 それをパラパラと読んでるのかわからない速度で眺める帝。ふざけているように見えるがその内容を一瞬で理解するのはさすが九鬼を束ねる者。納得したように頷いてクラウディオに目で促す。

 

存在しない(・・・・・)……ね」

 

「はい、この川神にも、日本にも、世界にも孫悟空という存在しません。同じ名前の者はおりましたが関係を見受けられず、()という存在は今ここにいるということ以外何もわかりませんでした」

 

 クラウディオが渡した書類は、悟空のことを調べてまとめたものだった。だが結果は著しくないようで、クラウディオが珍しく苦い顔をしていた。

 それは仕方がない。なにしろあの(・・)九鬼が誇る情報網を持ってしてもわからなかったことだ。主人の命を受けそれを成し遂げる。それが“執事/メイド”としての矜持であり誇りである。それはパーフェクト執事と呼ばれる彼にとって命の次に大事なものである。だからこそ主の命を果たせなかったことを悔やんでいた。

 

「第二位……マープルのやつは何て言ってた? あの(・・)計画の人間じゃないのか?」

 

「いえ、第二位は「そんな御伽話の人間を作れるわけあるかい……」と呆れておりました。ただ彼女でさえもここに存在している孫悟空という人間は知らないそうです」

 

 あの『この世の歴史全てを暗記するほどの人間離れした記憶力』の持ち主で“星の図書館”、“魔女”の異名も持つ九鬼家序列第二位≪マープル≫でさえ知らない彼。まさか絵本から出てきた、というバカな話もあるまい。

 

「ふむ。いろいろと聞きたいこと、つか調べたいことが増えたけど、まぁあまり深く踏み込むこともないか。じゃあもう一つ」

 

 帝は先程までのお気楽な雰囲気を一変するように瞳を細め、最初に演じた芝居以上の冷たさでクラウディオを見る。いや睨むと言った方が正しいのかもしれない。

 その顔は九鬼総帥としての顔。真剣な瞳と宿す覇気を感じる度に心震わされる自分を抑え、姿勢を正す。そんなクラウディオを知ってか知らずか帝は告げる。

 

「あいつは使える(・・・)か?」

 

「……帝様、それは――」

 

 紋白様がかわいそうでは、と続けようとしたが変わらぬその瞳に言いよどんでしまう。孫悟空は紋白様にとって必要な存在だ。本人は気付いていないかもしれないが、あれは傍から見ていれば一目瞭然だ。その感情を直接的には言えないが、乙女(・・)の瞳だった。

 今まで勤めてきた世話役としてそれがわかるからこそ、彼を無闇にこちら側(・・・・)に巻き込むことに抵抗を感じてしまう。

 

「――ヤツは使える。オレが保障しましょう」

 

 答えに迷うクラウディオの後ろからヌッと人が現れた。気配を出さずに現れた人物は、圧倒的な威圧感を持ちながら歩いてくる。そんな矛盾を成せる程の実力を持つ彼はクラウディオと同じような、しかしクラウディオとは違い全身刃物を思わせる覇気を纏わせていた。その覇気と合間って獅子のように見える金色の髪を揺らしながら帝の前で一礼する。

 

「へぇ? お前がそこまで言うほどか、ヒューム」

 

「はい」

 

 その男は先程悟空と握手を交わしたヒューム・ヘルシングだった。

 

「それはさっきのあいさつ(・・・・)でわかったのか?」

 

「……やはりお気付きになりましたか」

 

「うん、わからんかった。」

 

 あっけらかんとこぼす帝。

 では何だと言われれば――

 

「ただの勘だ!」

 

「……フハハ。そうか、勘か。――やはりあなたは我が主に相応しい」

 

 姿勢を正し改めて深く一礼する。

 

 

 

 ヒュームが悟空を一目見た時、何者にも動じないはずの鉄の心臓がドクンと脈打ったのを覚えている。自分でもわからないその高揚は、まるで川神鉄心と闘ったときのような闘争心の高まりのような、以前第二位に感じた恋のような……。

 しかし相手はそこらにいる子供と同じくらいの気の量しか持っていない。だが佇む姿勢からは“武”の一文字を感じた。

 

(ただの赤子ではないな……)

 

 確信を込めた瞳で見つめている(本人はその気でも他人には睨んでいるように感じるが)と、その子供と目が合った。澄んだガラスのように純粋で、ヒュームをしても綺麗だと思わせるほどの瞳だった。が、ヒューム自身が持つマスタークラス並みの力故に奥にあるモノ(・・)を見てしまった。刹那、今まで感じたことのないほどの威圧感がヒュームに襲った。

 

(ぬぅおッッ!!!??)

 

震える。身体が、心が、魂が。細胞一つ一つが啼いていた。それは恐怖ゆえか、それとも――

 

(クッ、クハハ……ッッ)

 

 主と赤子が、いや“孫悟空”が話している間、心の中で久方ぶりの嗤いをもらしていた。

 

 故にあの時――悟空とヒュームがお互い握手をした時、直接肌で感じたその力に感化されてしまったのか気付けばヒュームの左手は悟空の顔に向かっていた。こいつを試したいという思いがヒュームを埋め尽くし、頭より体が先に動いていたのだ。全力とはいかないまでも、それなりの一撃。冷静な部分が紋白様のお気に入りだと訴えてきたので紋白様達にばれないよう、それでいて容赦のない手加減なしの七割本気で放った。だがヒューム・ヘルシングといえば武の世界ではあの“川神鉄心”にも並ぶ伝説の存在だ。普通の人間でも――それも世にいる一般的な武道家を含めても――ヒュームの七割どころか一、二割の力を受ければよくて重傷、悪くて命を落とすかもしれないほどだ。それを見た目子供の悟空に振るうのは傍から見れば常軌を逸しているように見えるかもしれないが、ヒュームは効かないと確信していた。それをどうやって返してくるのかを期待するほどだった。

 だがそれは期待以上の“異常”で返ってきた。顔にめり込む拳も、受け止められたであろう相手の手も、避けられた時に感じる空気を裂いた風も、何も感じなかった。

 ……いや、違う。そうではない。刹那の世界の停止の果てにやってきたのは震えだった。左手が震えていた。拳に何か当たった感触もなく、珍しく動揺を隠しきれず固まっていたが、やがて気付き理解した。

 

(クッ、フフハ……なんてやつだ)

 

 ――まさかオレと同じ力で、同じ速度で相殺させるとは。

 

 聞いたことはないだろうか? 同じ力と速さでぶつかった時、力が相殺――つまり0になる。ボールとバットが真芯でぶつかった時打ったときの感触が無くることを、時速100km/hで走行中の軽トラの上から進行方向とは逆の方向に向かって球速100km/hで投げた時に数秒(そら)に止まることを。

 そして今回のように、ヒュームの拳と同等の力で悟空が放った拳がぶつかった時に起こるのは、±0の現象“無”。故に拳同士がぶつかった衝撃を感じず、衝撃の流れだけが腕に残った。

 しかしヒュームが一番驚いているのはそこではない。ヒュームがしかけたお互いのちょうど中央でぶつかった。それはつまり“先に出したはずのヒュームの拳を即座に察知し、同等の力で対応した”ことだ。しかもそれはお互いのちょうど中央でぶつかったのだ。ヒュームの拳と同じ力で、しかしヒュームより速かった。矛盾をしているようでその実インパクトの瞬間に調整し、合わせたのだ。

 

(……ククク、いかんな)

 

 その後ヒュームは悟空から急ぎ離れるように部屋を出て近くの無人の部屋に入り、胸に宿った熱を吐き出した。

 

「フ、フックク……フハッハハハハハッハハハハハハァッッーーーーーーーーーー!!!!」

 

 止まらない、まだ止まらない。火山の如く燃える気と心を抑えるどころかコロナの如く焦熱させてワラい続けていた。

 

 

 

「孫悟空は必ず紋白様の、九鬼に光をもたらすでしょう」

 

 クラウディオは驚く。あのヒュームが直々に名前を呼ぶ。それはヒュームが認めたということだ。川神鉄心と並ぶ武の頂点に最も近いとされ、九鬼の者でも名前を呼ばれるが少ないあの(・・)ヒュームが、だ。

 帝は顔を変えずヒュームを見る。

 

「“孫悟空”……ね。それは九鬼にとってか? お前自身(・・・・)にとってか?」

 

「……フ、それはあなた自身のご想像にお任せします」

 

「くくく、そうか」

 

 帝とヒューム。お互い笑い出す。唯一クラウディオだけは緊張を保ちながら佇んでいた。

 やがて二人は同時に笑いを止める。

 

「故にしばらく孫悟空を育成すると同時に紋白様の護衛にしたいと提案します」

 

 クラウディオは今度こそ開いた口が塞がらなかった。主の命を絶対としながらそれ以外を自分絶対としているヒュームが、紋白という主から自ら離れ別の者を推しているのだから。

 これには帝も驚いたという顔をしていたが、目が笑っていたのでどこかでわかっていたのだろう。

 

「ヒューム、いくらあなたでもそこまで……」

 

「ふん、勘違いするなよクラウディオ。別に全部を認めたからと言うわけではない。むしろ逆だ」

 

「逆?」

 

 ふん、と気に入らないよう鼻をならすながらもすぐに嗤う。

 

「オレ自身が下にいるということが気に入らん。故にしばらく暇をもらいオレ自身もう一度鍛え直さねばならんのだ。全盛期に、いやそれ以上に進化しなければならん。そのためには少し時間が足りんかもしれんので打診したのだ」

 

 もちろんクラウディオ、お前にも手伝ってもらう。そう告げるヒュームの瞳を見て悟った。本気なのだと。

 

「……うん。よし、いいだろう」

 

「帝様!!」

 

「なーに紋白と悟空にはクラウディオ、お前を補助につける。ヒュームも別に毎日クラウディオを借りるってわけではないだろ? それに他のやつもいるんだ。

 ま、そんな心配もいらないだろうが」

 

 それは暗に悟空を信じているということだろうか?

 少し不安に思うクラウディオだが主の言葉とありそれ以上進言することはなかった。

 ただし、と続ける帝に目を向ける。ヒュームも下げていた顔を上げ帝を見る。

 

「気を付けろよ? あいつはいろんな意味で強いからな」

 

 そう告げた帝は思い出す。帝が孫悟空を出会った時感じたものを。

 

 

 

 どっしりした山のような身体で

 

 プニプニとやわらかそうな肌で

 

 猿のようなフリフリしてる尻尾で

 

 はちゃめちゃな性格を表したような黒い髪で

 

 太陽のような笑顔で

 

 人に安らぎを与える心の籠った声で

 

 放った――

 

 

 

「オッス、オラ悟空! 孫悟空ってんだ!」

 

 

 

 ――龍の嘶きを

 

 

 




はーいあとがきでーす。
というわけで前書きで話したので聞きたいのですが、ヒロインどうしよう?
……いえ何人かは決まっているのですが迷うキャラも多くて(汗)
ですので皆さんに聞いてみたいと思いまして、できたら感想でお願いします。
といっても多数決みたいのではなく、結局は自分の気分できまるんですけどねぇ。
一応今のところ紋様に揚羽(に、ひでお!?)、清楚ちゃんに燕にワン子、小雪にぐらいかなぁ。英雄組の義経と弁慶、それとモモーヨは迷ってる。百代はキーキャラだけど恋愛は……ねぇ?(泣)
あとは辰子ぐらいかなぁ……自分の好みだけじゃないよ?ホントダヨ?
とまぁお約束を挟んで今回はこれで終わります。
感想、評価、アドバイスをよろしくお願いします。
次は黒子かな? いくぜ太陽!!
「ウェーイ! マシュマロいる?」
「ウェーイ! お、いただきます!はぐはぐ」
作者「!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

くっそう、黒バス書こうとしてたらこっち書いてた。
黒バス書くって言ってたのにすみませんでした。
ではどうぞ


 

 

 

「すー……くぅ……すー……ぅんん、う?」

 

 朝。太陽が頭を出し始め、暖かな光が窓からを通り抜け部屋の主を照らす。一人用にしては大きいベッドに眠る少女≪九鬼紋白≫は、太陽からの起床の挨拶に規則正しい寝息をやめて薄目を開く。しかし誘惑を併せ持つその光と春始めの暖かさが+どころか相乗効果を生み出し、また夢の世界へと誘われる。

 顔にかかる日を避け、いざ行かんとコロリ寝返りを打つ。目を瞑ったままドアへ向く形になったところで、ふと違和感を感じた。うるさいくらいにいびきが聞こえる。それに顔に生暖かい風が当たって思わずピクピクと反応してしまい、気になって寝られない。顔の前に何かあり自分の睡眠の邪魔をしている。我が眠りを妨げるものは見敵必殺と無意識ながらも頭に浮かび、仕方なく確認しようと目を開けた。

 

「んがぁ~~すぴ~~」

 

「……」

 

「くかぁ~~んぐぉ~~」

 

「………?」

 

「むにゃむにゃ、オラまだまだいけっぞ~~。悟飯もどうだ~~?」

 

「…………ふぇっ!!?」

 

 目の前に映るのは少年≪孫悟空≫の特大の顔。それを認識するのに時間がかかったのは眠気の為か、はたまた思考外の事態の為か。夢へ誘う眠気が一気に覚める。ついで頭に血が上るほど顔を真っ赤になり、思わずババッと後ろに下がった。

 しかしまたまた頭が回っていなかったのか、ベッドの大きさに気付かず手を突いたのは宙の上。故にそのままゴチンと頭から床へ落ちてしまった。幸いそこまでの高さではなかったので重症とまではいかなかったが、かわいいたんこぶが紋白の頭にできていた。

 

「~~ご……ごっ……、ごくぅぅぅうううーーーー!!!!」

 

 そんなことに気付かないほど顔を真っ赤にした紋白は天を仰ぎ、また今日も日課のように叫んだ。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 さて、あれから30分後。

 九鬼邸の東にある九鬼家専用の訓練場。西にある従者専用の訓練場とは違い本家の人間と選ばれた従者しか使用できない場所で紋白と悟空が向かい合っていた。今この場には二人と壁際にいる世話役のクラウディオ一人だけしかいない。

 紋白が駆け出す。紅白の袴を苦にした様子もなく動けるのはさすが着こなしているというべきか。目の前の悟空に向かって軽く握った掌底を顎に向かって打ち出す。

 首を右に捻ってかわす悟空の奥、本命の胴着の襟を狙う。同時にかわした反動で前に出た悟空も右手首を掴み大外狩りを決めようと左手を出す。が、悟空はかわした勢いを殺さずに勢いそのまま右手で弾く。弾かれるのもわかっていたので繋げるようにさらなる一手を放ったが、それさえも流された。

 

「フッ、ハッ、ハァ!!」

 

「よっ、はっ、ほっと」

 

 また三、四、五と放つが、それも軽い調子でかわされ、弾かれ、受け止められる。当たらない攻撃に業を煮やし、続々と攻撃の手を増やす。

 と同時に――

 

「ご、くうッ! お前、はッどうして、こう、いつも、いッ、つもッ!!」

 

「よっ、ははは、いや~何か、さぁ? おめぇんとこの、部屋が、便所に近いせいか、つい寝ぼけて行、っちまうみてぇ、だ。たはは、わりぃわりぃ。そんな怒んなって。」

 

「それがッ、毎日はッ、おかしい、って……そこッッ!!」

 

「あぶねッ!?……なんちって♪」

 

「ムキャーーーー!!!!(゜皿゜井)」

 

 紙一重で当たりそうな攻撃も、余裕でかわされおちょくられる。思わず怒りが振り切りキャラ崩壊してつっかかるようにさらに攻撃の手を加速させる。

 その様子をクラウディオがまるで孫を見るように微笑まし気に見ていた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「ふぃ~今日もよく頑張ったな」

 

 さらにさらに一時間後。

 芝生の上で大の字に寝ている紋白と、汗をかいているようには見えないのに額を拭う悟空の図が出来上がっていた。

 

「いやーやっぱ紋白強くなってんな。ちょいとヒヤッとしたぞ」

 

「……うそつきめ」

 

 ――紋白の攻撃を悟空が受け弾く時、痛みが無かった。攻撃側は決してダメージを負わない……ということはない。相手が受け止める時、腕を伸ばしすぎて殴った衝撃がそのまま自分に帰ってくることもある。棒の先を真っ直ぐ壁にぶつければ持ち手が痛くなる、と言う原理だ。他にも流し、弾かれる時も下手な方向に流されれば手首を捻りケガをする場合もある。だというのに自分の手に痛みが無い。つまり悟空が綺麗に上手く流しているのだ。紋白自身頭に血が上り無理して放ったものもある。それすらも自然な方向に流され、五体満足で倒れている。

 強すぎればケガをさせ、弱ければガードを抜けられ攻撃が通る。そんな絶妙な力で流す悟空。悪く言えばそれほどの力の差がある、しかしよく言えばやさしく大事に扱われている。そう考え思わず顔を赤くしながらも納得する。

 

(ヒュームが薦めるわけだ)

 

 悟空が家に住み始めた翌日。今日のように悟空がふとんに潜り込んできて絶叫したものの、日課となっている朝の訓練のためにこの場所で相手役のヒュームとクラウディオを待っていると、その二人が悟空を連れてやってきた。最初は見学かと思いきや、なんと今日から護衛役として紹介したのだ。そのため訓練の相手も悟空に替わるという。悟空は出会った始めから少しハイカラな胴着を着ていたので武術経験者だろうと思って頷いたが、今までの攻防も含め改めて納得させられた。これほどの技術を持つ者だ。ヒュームやクラウディオが将来に期待できると見越して私と共に競わせるのだろう。

 しかしその意図を理解しながらも、暗い気持ちが湧き上がるのを抑えられなかった。気づけば水を飲む悟空に口を開いていた。

 

「……なぁ悟空」

 

「んぐっんぐっ、ぷはぁっ! ん、どうした?」

 

「私は……強くなれるか?」

 

 やってみてわかる。自分と悟空の力の差がどれほど離れているのかも。故にこのまま一緒にやっていても、悟空の強さを見せ付けられるだけではないかという考えが浮かぶのだ。

 母に宣言しておきながらも、自分の苦手、又は弱い部分だとどうしても卑屈になってしまう。だから零してしまった。

 

「まぁ確かに動きがまだまだなとこもあっけどな」

 

「うぅ……」

 

「ははっ、そんな落ち込むなって。けどな――」

 

“おめぇは強ぇよ”

 

 思わずバッと振り向きその瞳をみつめる。そこにはパーティー等でよく見る濁った嘘つきの色は無く、純粋で綺麗な黒があった。

 

「で、でも……」

 

「それれともおめぇ、オラに苦手なもんねぇと思ってんのか? 言ったろ? オラの頭よくねぇってさ。紋白と比べたら全然かなわねぇよ」

 

 ……まぁ確かに。あんなにドリルの前で頭痛そうにしていたらわかるけど。

 

「力が強いってだけで全部が強いわけじゃねぇさ。それにさ、おめぇには一歩踏み出す勇気があんだ。誰でも逃げることはできる。けどあん時紋は一歩踏み出したじゃねぇか。それさえありゃでぇじょうぶさ」

 

「……ふふ、そうだな」

 

 一歩。横にでも後ろにでもなく、前に進みだす一歩。母の前で短くても踏み出した一歩は、確かに私の心を変えたのだ。

 あぁ、やはり悟空の言葉は不思議と染み渡る。弱い自分の心に光を照らしてくれる。

 

「……次は絶対当ててみせるからな」

 

「あぁ、いつでも相手してやるよ!」

 

 決意を新たにした私は悟空と共に笑い合うのだった。

 

 

 

「さて、ではお二人とも。食事の後に数学の勉強がありますのでお早めに汗をお流しください」

 

 そこにタオルを差し出しながらクラウディオがこれからの予定を述べる。

 

「うむ、そうだな。では行くか悟空よ!」

 

 ………………

 …………

 ……

 

 あれ?

 そうして振り返った先には、

 

「……」

 

「失礼ながら悟空様はいつの間にか消えておりました。その、いつものように……」

 

 誰もいなかった。

 静かな場に風が吹き抜ける音が聞こえた気がした。

 

(あぁ、そうだな悟空。たまには逃げることもありだろうな)

 

 私は笑顔で持っていたドリンクボトルを握りつぶしていた。

 

 

 

「あちゃ~やべぇな。ま~たやっちまった……」

 

 さて、あの場から消えた悟空は多馬川沿いを歩いていた。頭で手を組みながら将来に“変態大橋”と呼ばれるだろう橋を取りすぎ、さきほどのことを後悔していた

 

「いやー勉強って聞くとなんかなぁ~。あっこの勉強は難しくて頭痛くなっちまう。いや、それよりも……」

 

(紋のやつが恐ぇかも……あいつもチチに似て怒らすと恐ぇかんなぁ)

 

 思わずブルッと震え冷や汗を流す悟空を追撃するように、腹の虫が盛大に鳴り響いた。

 

「それにメシ前に逃げちまったのもマズかったなぁ。オラ、はらぁへって死にそうだ」

 

 腹をさすりながらとぼとぼ歩く悟空。今帰っても紋白に怒られて飯抜きにされる可能性もある。

 どうしようかと悩む悟空の前に――

 

「あのっ!!」

 

 やせい の 少女 があらわれた!

 

「ん? おめぇどうした?」

 

「あ、う、えっと……」

 

 女の子は悟空が答えた途端にしどろもどろになり、ササッと後ろを向く。悟空が「?」と首を捻っていると、ごそごそと動いて服の中から何かを取り出し、悟空の目の前に差し出した。

 

 

 

「ま、マシュマロたべる?」

 

 

 




ちなみに悟空はバカじゃない……はず。
だって車の免許持ってるし。ただ勉強が苦手なだけだと思います。まぁ今回は仕様ですね。
S組入りもまぁ護衛という名目でなんとか……。
そして次こそ黒バス!!……書けたらいなぁ
それではまた次回
\(O∀O)/ウェーイ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

またまた、またッ遅れてすいませんorz
今回ぐだぐだな気がしますが、次の話でちゃんとまとめたいと思います。てか話し進んでねぇなぁ


 

 

 

「ま、マシュマロたべる?」

 

 悟空の前にいる少女は、そう言って笑顔で右手に置いた白くて柔らかく甘いお菓子――マシュマロを差し出した。普通の人なら知らない少女がマシュマロを差し出してきたことに理解が及ばず呆然とするだろう。

 

「おぉっ! マジでくれんのか? サンキューな!」

 

 駄菓子菓子(マシュマロ故に)、ここにいるのは宇宙一の食いしん坊にして能天気なサイヤ人。そんな不可解なことを露程も考えずにもらっていた。というかすでにおいしくいただいていた。

 

「おぉ!! やっっわらかくてもちもちしてうんめぇえなこれ! もっともらっていいか?」

 

「ッ……うん!」

 

 悟空の催促に少女はビックリしながらも嬉しそうにブンブンと頷いた。袋から二つほど出すと一つを悟空に、そしてもう一つを自分の口に入れた。

 

「んぅん~、やっぱりうんめぇな~これ」

 

「うん、おいしいね~」

 

 そしてまたお互い一緒に食べておいしさに和む。

 しばらくの間これが続いていた。

 

 

 

 しかしおいしそうに食べるその顔を、悟空が一瞬神妙そうに見ていたことに少女は気付いていなかった。

 

 

 

 

「いや~今日は朝メシ食わずに逃げ……オホン、出ちまったから困ってたんだ。サンキュな!」

 

 さて、あれから少し経って二人はマシュマロを食い尽くしていた。さすがに一個ずつ味わっていても二人で食べていたので一袋などあっという間で無くなってしまった。

 

「ありゃ? そういやおめぇ名前何てんだ?」

 

 そこまでやってようやく気付いた悟空は今さらだが名前を尋ねた。彼女はどこかためらいがちに小さい声でポツリと呟いた。

 

「あ、えっ……と……。ボク、榊原……小雪……」

 

「ん? んーと……あかいばら、こゆき? んー……うん! ユキってんだな!」

 

「あっ……うん! ボクはユキ! ユキ……か、えへへ!」

 

 悟空は名前を間違えていたが少女は気にした様子もなく、あだ名のように呼ばれて嬉しそうにしていた。

 

「キ、キミの名前は?」

 

「オラ孫悟空ってんだ、よろしくな!」

 

「ご、悟空……君? よ、よろしく」

 

「はは、悟空でいいって。なんかそう言われっと背中がムズムズすんだよなぁ」

 

「じゃ、じゃあ悟空……でいいかな?」

 

「あぁ!」

 

 お互い自己紹介が終わったところで、少女“榊原小雪”はもじもじしながら尋ねようとする。

 

「あ、あのね悟空? えっと、その――」

 

「うっし、腹もちっとは膨れたし体でも動かすか。修行だ修行!」

 

「え、シュギョー? あの――」

 

「ユキも一緒にやんねぇか?」

 

「ふぇ? あっ、う、うん」

 

「んじゃいこうぜユキ!」

 

 悟空が自然と差し出した手に、小雪はビクッと怯んでしまう。それをじっと見つめ彼女はおずおずと伸ばすが、戸惑いがちに出したり引いたりする。しかし次に出した手を悟空は強引に掴み、駆け出す。 

 

「あ……」

 

 子供ながらにがっちりとした手。しかし痛くないよう優しく包んだ手は、太陽のように暖かかった。

 

「まずは走っぞ、かけっこだ!」

 

「……うんッ!」

 

 前を見て駆ける悟空は気づかない。引っ張られるように後を追う彼女の伏せられた顔がほんのり赤く、濡れていたことに。

 

 

 

 黒い影が差し高らかに鳴く赤い空。やがて闇に染まる手前の時間に二人は川辺の草原に大の字で倒れていた。

 

「ふぃ~やっぱ体動かすのは気持ちいいな~!」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 悟空は幾分か余裕を持って寝転んでいたようだが、小雪はきつそうに深呼吸しながら倒れていた。悟空に返すことも難しいほどだ。

 

「やっぱ一人ん時より二人ん時の方がおもしれぇしはかどるな。ユキは楽しかったか?」

 

 悟空が尋ねると、彼女は咳き込みながらも矢継ぎ早に答えた。

 

「ケホっ……うん、うん! かけっこって久しぶりにやったけど……ハァ、楽しかった。これが……ハァ、シュギョーってやつなんだ。ケホッ、何か苦しいけど……楽しかった!」

 

 そこには初めて会った時に見た陰のある作った笑顔とは違う、晴れやかな笑顔が咲いていた。

 

「うん、いい顔だ。何か会った時暗ぇ顔してっからさ、ちっと心配だったんだ」

 

「あ……」

 

 悟空が零した言葉に、少女は顔に手を当て自分が笑っていたことに気付いた。が、その途端思い出したようにまた暗い顔をしてしまう。そして空を見て、別れが近いことを悟った。

 

「……もう、帰らないと」

 

 怒られちゃう。その言葉を寸前で吞み込み、小雪は笑顔で悟空に顔を向けた。――日の光とは違う、暗い笑顔で。

 

「あのね、悟空。ボク達って、もう……“    ”に――」

 

「いっけね、もう帰んねぇと!? ……アイツ怒ってっかも」

 

「――え?」

 

 ブルブルと震えていた悟空はガバっと立ち上がり急いで帰ろうとしだし、思わず固まってしまう。頭は真っ白になり、ついで胸に絶望がおしよせた。

 

 ――あぁ、行っちゃう。また離れていく。

 

 悟空は足や尻についた草を払う。

 

 ――声が、出ない。身体が、動かない。

 

 空を見上げ、やがて大きなビルの方角を向く。

 

 ――たった一言だけでいい。言いたい。聞きたい。

 

 悟空はその道に一歩踏み出し。

 

 ――“    ”に……なって、ってッッ

 

 願いを叶えてくれるだろう“流れ星”に、手を伸ばすこともできず、

 小雪の顔に、一筋流れた。

 

 

 

「“また”な、ユキ!」

 

 

 

 別れ(・・)の言葉が、紡がれた。

 

「……え?」

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 思わず放心して丸くなった口から、素直に心が零れた。

 

「……“また”……会ってくれるの?」

 

「んん? なーに言ってんだよ。当たり前だろ?」

 

 

 

 ――オラたち、もう“    ”だろ?

 

 

 

 溜まりに溜まった雫が、溢れ出した。

 たくさんの雨と、うるさいくらい雷が降り注いだ。

 我慢しようとしても溢れ、聞こえてくる。

 赤い空の中で、雷雨が降り注いでいた。

 

 

 

 やがてそれが止むと、お互いに言った。

 

 

 

「じゃあ“また”な、ユキ!」

 

「うん、“また”ね……悟空ッッッ」

 

 

 

 名前を呼び合い、別れ(・・)再会(・・)の約束をする

 

 

 

 それは“ともだち”同士のあいさつだった

 

 

 




はい、てことでフラグ乱立でした。
次回は小雪サイドの想いを描きたいと思ってます。
まぁ次は7話のあまりで構成された……てか本命で書いてたやつですね。
なので速めに更新できると思います。……いやホントですって。
え? 黒バス?……黄ぃーちゃーん、まってろよー!!主人公すぐそっち行くから!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

はい、また嘘つきましたすいませんorz 本当だったら月曜くらいに出せてたんですが、小雪の話を先に延ばしてしまったのでまた新しく書き始めなんやかんや……。

まぁもう一つにシリアス続きって言うのがきつかったので……弱くて自分ですいません。

というわけで、どうぞ


 

 

 

 さて、一人の少女に初めての友達が出来て数日後。その友達は今窮地に陥っていた。

 

「なぁ……」

 

「……」

 

「なぁって……」

 

「……プイっ」

 

「いいかげん許してくれよ~、紋~」

 

「……フン!!」

 

 現在九鬼邸の食の間ではこんなことがことが行われていた。悟空が必死に紋白に許しを請い、紋白が怒って知らんぷりといったところだ。このような状態になったのは悟空が小雪と友達になったあの時に遡る。

 

 

 

「~♪」

 

 赤い空でカラスが馬鹿にするような鳴き声を上げる夕方。悟空は小雪と別れ帰宅の途に着いていた。その足取りは軽く嬉しそうだ。それもそうだろう。相手の小雪に友達ができた=悟空に友達ができた、ということでもあるのだ。嬉しくないわけがない。

 

 故に忘れていた。自分が何故ここまで来たのか、家で誰が待っているのか。

 

「へへ、明日もまた小雪と一緒に修行すっかな~」

 

 九鬼邸までの道のりを半ばまで来ると、悟空はふと不思議な気を感じ取る。知っている人物の、しかし別人のような気だ。だが自分はこの気を以前……それも元いた世界(・・・・・)で感じたことがある。けどそれは、いやしかし……。

 疑問を抱くが同時に身体はぎこちなくなり、何故か寒気を感じる。しかし家に帰らないわけにもいかないので嫌な予感をしながら歩いていく。

 そして九鬼邸の門前まで来るとその気配はなお強く感じた。いつもいるはずの門番もいない。思わずそろりそろりと抜き足差し足で入る。

 が、

 

「ん?……あ゛っ!!?」

 

 悟空はそれと出会った、と同時に思い出した。そう、あれは――

 

「フ・ハ・ハ☆ よくぞ……よぉ~くぅ~ぞぉ~戻って来た。

 なぁ、ゴ・ク・ウ?」

 

(ひッ、ひぃぇぇえぇぇえぇえええーーーーーーッッ!!? も、紋が!! ちちちチちっ、チチ(・・)みたいになってやがるーーーーーーーッッ!!!!??)

 

 ――もんのすご~~~~く怒っている元の世界の妻のように修羅と化した紋白が仁王立ちしていた。それはもうニコニコと満面の笑顔で。まぁその目に宿る冷たい炎と額の青筋、ヒクついている口元が気になるが……。

 

 白夜叉の存在はその身に纏う(オーラ)だけで悟空を怯ませた。

 その後はもう想像できるだろう。

 

 あえて言うならば、そう、どこかのナメック星人の言葉を借りるのなら、

 

『サイヤ人にも弱点はあったか……』

 

 

 

 で、現在までも続いていると……。といってもここ九鬼邸ではいつものことらしく、従者達は我関せずといった具合だ。まぁ主に対して気安く話しかけないのが普通だ。唯一進言できる世話役のクラウディオだけが微笑ましそうに笑っていた。

 

「なぁ~頼むって~」

 

 ポンっ

 

「フン今さら何を言っても遅い!」

 

 ナデナデ

 

「これまで何度言った、ことか」

 

 ナデナデナデナデ

 

「今度と言う、こんどは……ゆるさん、から、な……」

 

 ナデナデナデナデナデナデ

 

「きい、てる……の、…………ふにゃ~~」

 

「おーよしよし。な? 許してくれよー」

 

「あぅ、まったく~……ふみゅ、しょうがないな~」

 

 そしてこうなるのもいつものこと。最後は悟空の超必殺技『ナデポ』に紋白はやられて許してしまう。

 これも悟空の白い友達から言葉を借りるなら、『マシュマロや雲みたいにフワフワやさしく撫でてくれて、太陽みたいにポカポカしてあったかいの……』らしい。

 今度はクラウディオだけでなく従者達も、まさに孫を見るような目で微笑ましく見ていた。

 

「フハハハ! おはよう紋……し、ろ……ぬぅぁあああぁあああああッッ!!? なっ、何をしておるか貴様ぁッ!!」

 

「フハハハ! おはようだ紋白……ふむ、いつも通り仲が良くてよろしいな! ハッハッハ!」

 

 と、そこに九鬼家長女と長男のが起床してきた。が、最近妹の紋白と悟空のホロ甘なやりとりに兄としてムカムカしている英雄は割って入り、揚羽はお得意の超マイペースで嬉しそうに笑っていた。

 

 これも悟空が来てからここ最近の日常としているので割愛する。カオスすぎるので……。

 

 

 

「いいか、悟空。紋と仲良くやるのは構わない。だがしかし節度というものをだな―― 」

 

「フハハ、まぁいい加減落ち着け英雄よ。そのセリフはもう四回目だ。今は朝餉の時間であるからおとなしく食せ。というか悟空聞いてないぞ……」

 

「んむぁ? ぶぉ! ぶぅいてるびぃてぶ……ずるずずーーーーッがつがつんぐんぐ……」

 

「あぅあぅあぅ……」

 

 あれからまた時は過ぎ、やっと朝食の席に着いた四人は未だにカオスってた。一応食事をつつあるので“先程よりは”落ち着いたようだ。“先程”のことはまた今度見られると思うので置いておくとする。唯一話し声以外は食器のカチャカチャ……失礼、一人のガチャガチャとした音だけが響いてた。これもまた従者達には慣れたものでバケツ作業のように回収されていた。

 ちなみに全くの余談だが、九鬼邸に大型の冷蔵庫並びに冷凍庫が複数増えたことをここに記す。

 

「おぉ、そういえば言い忘れる所だった。お前達、近くに我らが九鬼と懇意にする家の主催する大きなパーティーがある。それにお前達も全員参加するので準備をして置けよ」

 

「ハッ、わかりました姉上」

 

「了解しました。というわけだ悟空。貴様はその間家でおとなしく――」

 

「ん? 何を言っている英雄よ。悟空も行くに決まっているではないか」

 

 ピシっと固まる英雄と紋白。言われた当の本人は未だにラーメンにむしゃぶりついていた。てか朝からラーメンって……(汗。

 

「ほ、本当ですか姉上!? よかったな悟空よ!」

 

「なッ、ならん!! ならんならんならんなりませんよあねうえぇえッ!!!? こやつは我ら九鬼とは全く関係ない赤の他人。そのような者をパーティーになど、恥をさらすだけです!!!!」

 

「……英雄よ、それ以上語るな。これは我が九鬼代表として出るために父上から出された条件、言わば父上の言葉よ。それに一応悟空は紋の護衛ということになっている。まぁそれも我がいるから心配いらぬことだがな。フハハハハ!」

 

「なッ、父上が!?」

 

 その言葉は自分が次代の九鬼を担う者として周りに示すため揚羽がそのパーティーに出ることを父親の帝に進言し、それを許可した帝が最後に条件として付け足したものだった。

 

「くッ、父上のお言葉では仕方が……ない……」

 

 がっくりと膝を突く英雄。その横では紋白が嬉しそうに悟空に語っていた。紋白にとってはこれほど大きなパーティーに参加するのは初めてのことだった。しかも悟空が一緒にとなると、紋白に恐いものはなかった。聞いている悟空本人は食事に気が向いていて生返事しか返していないが……。

 

「ふむ、決まったな。ではそれまで自分を励んでおけ三人共! フハハハハ!!」

 

 こうして悟空のあずかり知らぬ所で(というか本人がちゃんと聞いてないので自業自得というべきか)大きな出来事に遭遇しようとしていた。

 

 

 

 しかしこの時揚羽は、英雄は、紋白は知らなかった。このパーティーによって運命に大いなるうねりが生じることに。誰も気付かなかった。

 

 だが“孫悟空”がいる。それだけで、安心できるのではないでしょうか?

 

 

 

「パクパクもぐもぐガジガジちゅーちゅーはぐんぐゴっっっクン……おーい、おかわり!」

 

「しかし相変わらずよく食べるな悟空は……私もお腹いっぱいになってきた」

 

 

 

「……あれでも連れて行くのですか?」

 

「……うむ、勉学の方にマナーも追加しておこう。パーティーに間に合うよう念入りに……な」

 

 

 




また一つ聞きたいのですが、サブタイって何か言葉付けたほうがいいですか?
自分も他の人の作品で時々気に入った話が何話かわからなくなる時あるんで……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話

 言い訳しませんどこまでもorz
 就職難だとか書きたかたことの三本に入っていたので細かく計画立てていたとかモンハン4にはまっていたとか言いませんともええ……書いているのでセーフとかも思っていませんよ(汗)
 まぁその分読み応えがあるようオリジナルも入れて3~4話続くと思うので楽しみにしていてください。
 ではどうぞ!





 

 

 

「なぁ、紋……」

 

「ん、どうした悟空?」

 

「もうすぐ暗くなるっつーのに忙しそうにしてっけど、これから何かあんのか?」

 

 夕方。いつも通りの日常を過ごしていた二人であったが、日が暮れだす頃になると紋白達三姉兄妹(きょうだい)は服を整え始めた。それに伴い衣裳部屋へと連れて来られた悟空は疑問を溢した。

 

「…………は?」

 

 それに対して紋白の一言はそれ以外になかった。いや、それこそ理解が追いつかない疑問が漏れ出たものだった。

 

「……ちょ、ちょっと待て悟空。お前は何を言っているんだ?」

 

「ん? だーかーらぁー、もう夜になるってのに何でそんなキレーな服に着替えてんだ? あとオラも」

 

「……はぁーーぁなるほどなるほど。つまり悟空は此間(こないだ)の話を聞いていなかったと。へぇぇぇぇーーーー」

 

 じーという半眼でらズンズンと足音鳴らして悟空に詰め寄る紋白。悟空は「あれ、そうだっけ? なは、なっはっは……」と溢していたが、紋白が目の前まで来ると自分でも気付かないうちに正座の体制に移行していた。どうやら怒られるとわかると自然と正座になるよう体が覚えてしまったようだ。つまり条件反射になるほど怒られているようだ。それはもう数え切れないほど……。

 

「この、たわけぇぇぇえッ!! わからんのか悟空、この前からクラウディオに教えてもらっていただろうが!! 誰のためにマナーの教育を始めたと思っておる、我が怒るのも当然だ!! だいたい以前からッ――」

 

 

 

「――だからな? いいかげんお前は私の苦労というものをだな……おい聞いてるのか悟空!」

 

「ハイ、キイテオリマストモ」

 

 説教は何十分も続き、いつの間にか悟空は正座でロボットのように片言で喋っていた。

 

「……まぁいい。ほらお前も出掛けるんだ、着替えてこい。おい、こいつを頼むぞ」

 

「かしこまりました紋白様。では悟空様、こちらに……」

 

「ホッホーイ、カシコマリマシタ! キィーーン」

 

 メイドの一人に悟空を連れて行かせるよう指示し、ドアが閉まると同時にハァとため息をつく。

 

「少し怒りすぎたか……」

 

 何かいろいろ混ざっていたが大丈夫だろう……多分。と興奮していた自分を落ち着かせる。

 

「だがあれくらい言っておかないと後で何かしでかしそうだからな。今回のパーティーは霧夜等多くの企業が参加するからな」

 

 故に紋白は粗相がないように悟空に少しきつく言ったのだ。が、あれでよかったのかと――あれで本当におとなしくなるのかとまた悩みだし、先程よりも長いため息をついた。

 

「本当に、お前には苦労させられる……」

 

 和服の胸元を締めて改めて自分の姿を鏡で確かめる。パーティーの為に用意させた自分の髪と同じ淡い白に桜が描かれた着物に後ろで纏めて整えられた髪、そして化粧を施した顔と見る。

 

「…………我は女だぞ。少しは見惚れるか恥じらいを持て、バカ者」

 

 ドアの外へ消えた彼の背に向けて、届かない声と思いをポツリと溢した。

 

 

 ――だがしかし、その後ろで着替えを手伝っていた一人のメイドが目聡く耳に拾い、目を輝かしていたことに気付かなかった。これが多くのメイドや従者に伝播されていくことも……。

 

 

 

(おぉ……)

 

 屋上手前にある70階の展望台。パーティーが行われるその場所からは湖のさらに奥にある海を眺められるほどだ。その光景もさることながら紋白は始めて参加する公のパーティーの雰囲気に呑まれていた。煌びやかなシャンデリア、尽きることがなさそうな大量で美しい魅了する料理、そして各界で名を馳せる大勢の富豪たち。皆笑顔で隣の友人や取引相手と談笑していた。そして舞台の上に筆で書かれた≪裏導≫の文字。

 

 ≪裏導(りどう)家≫

 それは九鬼、霧夜、摩周財閥等の御三家、他にも多くの財閥や企業と幅広い関わりをもつ大企業である。表の社会ではあまり目立たないが、その力は裏でこそ大きく発揮する。取引先への橋渡しや失態の揉み消し、パーティーの警備人員貸し出し等などいわゆる裏での何でも屋、絶対的な中立を保つ企業である。その在り方は意外にも表のものと遜色のないほど清らかで、信用=繋がりある数多くの企業だ。また九鬼と比べると一つ二つ下回るがその情報量は馬鹿に出来ず、九鬼とも情報の交換が行われるほどだ。

 裏の世界でありながら表と同じクリーンな企業。そんな矛盾と胡散臭さを残る企業だが、結果も残しているので利用する企業が多い。裏の世界は常に相手の裏の裏を探り見抜く世界だ。故に仲立ちとして立つ裏道家は扱いやすく、利用するものが多いのだろう。

 目の前の道が行き止まりでも横にもう一本の道としてある存在。

 故に裏導家は別名こう呼ばれている――“裏道(うらみち)”と。

 

 今回のパーティーでは霧夜や久遠寺等の数多くの企業や財閥が参加する。残念ながら摩周財閥は参加しないが、それでも世界で一、二を誇るパーティーになるだろう。会場は主催者の裏道家が唯一所有し、大きな湖で囲まれた高さ296mを誇る裏道タワーで行われていた。

 端まで見渡したところでやっと心が落ち着いたのか紋白は心の中でコホンと一息つく。そうだ、ここはただ楽しく談笑する場所ではない。皆が皆、笑顔という仮面を被りながらその奥にある腹の探りあいをしているのだと。そして一度でも隙をつかれば喰われる場所だ……と。

 故に一つ深呼吸して第一に――

 

「お前は何をしておる悟空……っ」

 

「んむ?」

 

 皿に山の如く盛られた料理をリスの如くもっしゃもっしゃとこれまたいつも通りに食べている悟空に注意する。同時に怒りを通り越して呆れが深いため息と共に出た。

 いつも来ている空色と黄色の胴着とはかけ離れた黒のスーツで紳士にされた悟空。尻尾は服の中に隠され唯一残った部分といえば、いくら整えても整えても!整えてもッ!!直らないボサボサな髪とおいしそうな笑顔だった。

 

「服は汚すでないぞ。あともう少し失礼がないようおとなしくするのだぞ……」

 

「っんぐ、わかった! ……おっ、あれもうまそうだなぁ!」

 

「……まさか食い尽くされてしまうというのは……あるまいよな?」

 

 いやいやさすがにこれだけの料理を……だが悟空ならやりかねん……けどしかし……うぅーん。そうやって悶々と考えている間に九鬼を目に入れた者たちが挨拶回りに来たので、紋白は頭を振って対応し始めた。

 

 

 

「ヤッホー、揚羽!」

 

「む? 何だ霧夜ではないか」

 

 一方その頃、揚羽は初の九鬼代表としての顔出しでありながら、挨拶回りに来たそれぞれの企業の首脳陣を軽く受け流し、友人であり昔からの馴染みある取引相手≪霧夜≫の令嬢、≪霧夜エリカ≫と出会い世間話に講じていた。

 

≪霧夜 エリカ≫

 霧夜コーポレーション総帥の一人娘にして次期霧夜財閥総帥候補。日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフで、その血を受けた金色の髪は自身の活発な性格を表すかのようにポニーテールにしている。お嬢様の立場であるが本人はそのようなことは気にせず誰とでもフランクに話す。趣味は……セクハラ。

 現在はあの(・・)橘平蔵(たちばな へいぞう)≫が館長を務める私立竜鳴館学園に通っている。

 

「久しぶりね、元気してた?……っていうのはあんたに失礼ね」

 

「フハハ、当たり前だ! 我はいつも健在である。しかしお前もその遠慮の無さ、相変わらずのようだな」

 

「うふふ」「フハハ」

 

「そういえば森羅のやつはどうした? あいつも呼ばれているのだろう?」

 

「それならあ・そ・こ」

 

「ん? あぁ、なるほどな」

 

 エリカが顎で指す方向には、舞台の上でこの場の雰囲気に合わせた音楽を奏でる交響楽団の一団。大勢の者達が談笑する声に負けないほどの、しかし話の邪魔にならないよう程の絶妙な大きさで響き渡る音。いつまでも耳に残りそうな心地よいそれを指揮するのはうら若き一人の女性。フリルのついた黒いカチューシャからなびく美しい黒い髪は揚羽やエリカとは違った輝きを見せる。彼女のタクトによる一振りは七色の風を起こし、その場の温度や空気、果ては人の感情さえも操ってしまう。

 

久遠寺 森羅(くおんじ しんら)

 クラシック界でその名を馳せる有名人で、異例の若さで七浜フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者任された女性。九鬼や霧夜、そしてパーティー主催の裏導とも大きなコネを持つ揚羽とエリカの幼馴染だ。

 

「森羅は今回主催の裏導からパーティーのBGMを頼まれたらしくてね。もう少ししたらこっち来ると思うわ」

 

「そうか。そういえばこの間――」

 

「へぇーあんたんとこでそんなことが。こっちはね――」

 

 幼馴染であり大財閥の将来を背負う者同士、そしてとても馬が合う二人。話は盛り上がりを見せていたが、ふいにエリカが神妙な顔をして尋ねてきた。

 

「……ねぇ、あんたも気付いてるんでしょ?」

 

「――あぁ、このパーティーのことか」

 

 揚羽も目を鋭くさせて会場を見渡す。

 裏導家がパーティーを開くということは今まで何度かあった。が、そのほとんどは企業の仲立ちと交流を深めるためのものだった。今回も名目上はそれだが、裏には現総代≪裏導 |総晴(そうせい)≫が次期総代へ譲るという話だ。名を受け継ぐというのは重要な儀式であり、これを失敗すれば名を汚してしまうのと同義だ。故に万全の警備体制を配すのは当たり前なのだが、裏導家の全戦力が集結している。それほど大事なものだといえばそれまでだが、拭いきれない違和感を揚羽は感じていた。

 

「それに裏導家と繋がりがあるほとんどの企業集めたのだ。おかげで会場が埋まるほどのトップの者達、おかげで護衛も海常に入ることが出来ず少こししか連れてこなかった……。まぁ、ほとんどの者達は裏導の警備を信用……いや、気が抜けているとしか言えんな」

 

「ふむ、やはりお前達も感じていたか……」

 

 声がしてきたのは舞台の方から。そこには久遠寺森羅が護衛のメイド一人を連れ歩いて来た。

 

「久しぶりだなエリカ、そして揚羽。三人が集まるのはいつ以来か……」

 

「フハハ、久しぶりだな森羅よ! 息災そうだな」

 

「あら、もうお終いなの森羅? もうちょっと聞きたかったのになー」

 

「ふっ、それは光栄だな。あぁ朱子、何か飲み物を頼む」

 

「はい」

 

 森羅が護衛のメイド――赤い髪をエリカと同じポニーテールにした女性――朱子(ベニス)に持って来てもらい、口を濡らすと続きを話す。

 

「私も本当は大佐と数人連れて来る予定だったが人数が絞られたのでな? 朱子と大佐の二人で……と思っていたのだが運悪く大佐が任務で出掛けるらしく、結局朱子一人になってしまった。あぁ心配はしていないさ朱子、信頼しているからこそお前と二人だけ出来たのだからな」

 

「森羅様……恐悦至極であります!」

 

 嬉しそうに頭を下げる朱子の頭を森羅が撫でるのを横目に揚羽は浮かんだ疑問をエリカに問う。

 

「エリカ、お前の護衛はどうした?」

 

「んなもん暑っ苦しくてめんどーだから連れて来なかったわよ。せいぜい送迎の車が外で止まってるだけよ」

 

「「……お前らしいな」」

 

(……霧夜家の令嬢は馬鹿なのだろうか)

 

「馬鹿じゃないの、面白いことが好きなだけよ?」

 

(心を読まれた!?)

 

 昔からだったのだろう、幼馴染の二人はあっさり納得していたが朱子一人はまだついていけなかったようだ。それさえも読むエリカは何者だろうか?

 

「それにいざとなったら揚羽が何とかしてくれるし……ねぇ?」

 

「まかせよ! ウチのほうでも一人、それなりのやつを紛れ込ませている。故に我らが安全を保障しよう!! フハハハハっ!」

 

 揚羽は舞い上がるように笑う。二人は肩を竦めて苦笑する。これもいつものことなのだろう。

 

 ――故に気付かない。それは“自身”ではなく、“驕り”であると。

 

「ふむ、まぁ思い過ごしですめばいいがな。裏導も本格的に警備しているし」

 

「まぁ裏導も沽券あるでしょうしね。名を汚すような馬鹿なことはしないと思うけど……それより揚羽、紋ちゃんは公のパーティーへの参加は今日が初めてなんでしょう? 英雄君は何回か会ったことあるし慣れてるでしょうけど、大丈夫?」

 

「フフン、心配などしておらんさ! あやつの努力は我も知っているからな。それに心の支えがあるから大丈夫であろう!」

 

「あぁ! そういえばあんたの家に面白いやつ入ったんだって? 何かあんたと紋ちゃんのお気に入りらしいじゃない! どの子どの子?」

 

「ああ悟空のやつか。それならほら、あそこにいるだろ?……とても目立つやつが」

 

 獲物を狙う鷹のように目をキラキラさせながら探すエリカに、揚羽はある方向を指す。

 エリカと森羅が見たその方向には……リスのように頬を膨らませ、山のように料理が盛られた皿を片手にものすごい勢いで減らしていく子供がいた。

 

「あやつこそが紋のお気に入り、孫悟空だ」

 

 揚羽がニヤニヤと面白そうに紹介する。

 メイドも含め三人共ポカンとしていた。あのエリカでさえも理解が追いつかなかったようだ。しかしそこは霧夜家のお転婆娘で面白いこと好きなエリカ。一番に復活して爆笑しだした。

 

「あっっっはははは、ははははぁ――は、――――――ぁっっ! ゴホッ、ゲホッ! 何、あの子、最高じゃない!!」

 

 呼吸困難に陥りほど笑うエリカとは対象に久遠寺家は未だ呆然としたままポツリと溢した。

 

「……すごいな」

 

「……すごいですね」

 

 いつもクールな森羅も呆けた顔で出た言葉に、朱子も公の場と言うことも忘れ相槌を打った。

 

「ククク、面白いやつだろう? あやつには他にもいろいろあってな?父上に――」

 

「何、そんなこともしたの!? (いい意味で)ヤバすぎじゃない! ねぇ、あの子くれない!?」

 

「さらには――」

 

「……子供は怖ろしいな」

 

「……いえ、ただの子供を通り越してますよ」

 

 この混沌とした場は進行役の開幕の声がかかるまで続いていた。噂の本人はそんなことにも気付かずもくもくと……いやむっしゃむっしゃと第三の山にてをつけていた。

 

 

 

「えーではただ今より今日のメインイベント、裏導家総代の引継ぎを行いたいと思います」

 

 スポットライトを当てられた進行役が裏導家の歴史を軽く語りだす。

 紋白は未だに食べ続ける悟空を横に舞台上を眺めていた。裏導家の次期総代を直接見たことのない紋白は、自分の将来の理想を重ね合わせながらそれもあいまり期待した様子で見ていた。

 と、そこで横の悟空が急にもぞもぞしだした。気になった紋白は小さな声で尋ねた。

 

(どうした悟空、食べ過ぎか?)

 

(ん、いや小便したくなっちまってな。ちょっといって来る)

 

(しょッ!?……オ゛ホン! ちょっと待て悟空、今から始まるんだぞ!!)

 

(でぇじょうぶだって、すぐ戻ってくっから)

 

(……はぁ。二つ下の階にあるらしいからすぐに戻って来い)

 

(おう!)

 

 残った料理をテーブルに置きスタコラさっさと小走りで駆けていく悟空。今は全員舞台の方へ視線を集めているからいいが、次からは気をつけるように注意せねばと呆れた顔をほぐす紋白。

 ため息を吐いたちょうどその時、進行役から一際大きな声が上がった。

 

「――では紹介しましょう。我らが次期裏導家総代、≪裏導 (切道きりみち)≫様です!」

 

 スポットが中央へ照らされる。一泊ついてカツンッと革靴がすれる音が響き、一人の男が出てきた。シンプルな黒いスーツに紺色のネクタイ、丸く整えられた髪、そして平凡な顔。その男を一言で表すなら“普通”だった。

 歳は揚羽達と同じくらいだろうか? 唯一個性として見えるのは常に浮かべている笑顔だった。その笑顔を見た時、紋白は心のそこでゾッとしていた。理由はわからないが、一瞬だったので気のせいだと改めて顔を向ける。

 

「皆さんこんにちわ。改めて裏導家次期総代にして嫡男、裏導切道です。以後よろしくお願い申し上げます」

 

 胸に手を当て著しくお辞儀する裏導切道。その歳の若さからか雰囲気からか、ほとんどの者たちが心の中で嘲笑い、鼻で笑っていた。唯一探るような目で油断なら無いと感じていたのは揚羽やエリカ、森羅含む数人だけだった。

 

「えー早速引継ぎを行おうと思っていたのですが、残念なことに我が父裏導総晴の体調が優れず、残念ですが。あぁ、心配ありません。正式とは言い辛いのですが先程父から総代の名を預かりましたので、この場では裏導家総代の宣誓とさせて頂きます」

 

 少し残念な感じではあるが、彼は総代となったのだ。将来の参考にするため一言も逃さないように紋白は聞き耳を立てた。

 

 

 

 だが次の言葉は、耳には入っても頭には入りきらなかった

 

 

 

「えーそれではさっそく裏導家総代として手初めに――世界征服させて頂きます!」

 

 

 




 ところで本編のDBでも悟空ってどっかでスーツとか着てなかったっけ? 自分の気のせいかな?
 ちなみに摩周財閥は確か「姉、ちゃんとしようよ?」で設定だとかで誰か書いていたのを見て入れました。間違っていたら誰か教えてください。
 それとエリカや森羅は今回の話だけの登場かもしれません。両方とも話はほとんど知っているのですがなかなか出しにくいかなと。まぁ希望があれば考えます。
 次回は早めに上げられるよう頑張りたいと思います。
 では( ̄▽ ̄)ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

何か一ヶ月更新になってるような……。言い訳しませんorz
しかし設定にこりすぎて長くなりすぎた。
では話はここまでにして。
ではどうぞ


 

 

 

「ふぃ~すっきりした!」

 

 ズボンのチャックを閉め手を洗う悟空の顔は至上の快感を得たようにふやけていた。ハンカチで手を拭きながら会場に戻ろうとトイレを出ると、外が騒がしいことに気付く。パーティーが盛り上がっているのかと思いきや、下の階からも騒々しい音が響いていた。

 

「下の方も楽しそうにさわいいでんなぁ~……っと、いっけね!」

 

 オラも戻んねぇと。早足でエレベーターに向かいボタンを押す。上から現れたエレベーターに乗り、68階から二つ上にある元の会場70階のボタンを押そうとする。

 

「?? あり?」

 

 が、押しても押しても動かない。数秒してやっと動いたかと思えば、

 

「……なんかこれ、下に行ってねぇか?」

 

 とある永遠の五歳児的に言えば、お股が“ヒュン”となる感覚。それと共に階を示す光が67、66、65……下に下がっていく。どのボタンを押しても反応せず、どうすることもできないまま数十秒たち、遂には一階まで降りて止まってしまった。

 ピンポーンの音と共に開いたその先には――

 

 ガチャッ

 

「?? おろ?」

 

 先がキラリと光る、黒い二つの筒だった。

 

 

 

「えーそれではさっそく裏導家総代として手初めに――“世界征服”させて頂きます!」

 

 普通の男の普通な言葉――だがその中には異常が含まれていた。

 

「――ッ!? 全員窓から離れろぉぉぉぉおッッ!!!!」

 

 何かに気付いたのか、はじかれた様に叫びながら窓に向かって跳ぶ揚羽。その後ろを朱子達それぞれの護衛数人が続いていた。え?とその場の全員が零す前に突如、何十人もの黒い迷彩服を着た者たちが展望台と外とを分けていたガラスを割って現れた。

 肩にかけていたマシンガンを構え男達が動き出す――前に揚羽は正面にいた一人の心臓近くへ右の正拳突きを叩きつける。だが本気の一撃ではなく、相手を戦闘不能で吹き飛ばす程度の威力で、だ。

 一対一のタイマンなら全力でもいいのだが、今は多対一の集団戦だ。しかも明らかに護衛の人数を合わせてもこちらの方が少ない。さらには後ろに非戦闘員の英雄や紋白、エリカや森羅がいるのだ。故に一人一人まともに相手にしている場合ではなく、近づけさせないように一人一人を確実に潰す。狙うは一撃一殺、故に放ったハートブレイクショット。続くは暇を与えない速攻での戦闘だ。時間をかければかけるだけ紋白たちに危機が及ぶ。

 本来なら気を使った全体攻撃で吹き飛ばすべきだが、この展望台は広いとはいえ戦闘に対する耐久も高くないし非戦闘員をも巻き込みかねない。だがそれでも我とこの護衛達がいれば十分と拳の衝撃を押し込む。

 相手は防弾チョッキを着ているようだが衝撃は殺せない。一人目が蹲る間に二人目の懐に低く潜り込む。相手は近すぎてマシンガンを撃てないと判断したのか、即座にバックステップして腰のアーミーナイフを逆手に構える。が、揚羽は構わず近付いて水面蹴りを放ち転ばせ、獣のように跳び縦に一回転。その勢いのままに踵落としを腹に落とす。これで二人目。

 一瞬だけ周りを見渡せば周りの護衛達も同じ考えのようで、正面の敵に対峙しながら横の敵に飛び道具で牽制し足止め、顎や鳩尾、果てには金的などを狙う。さすが大企業の護衛達と言うべきか、並みの軍人さえ凌ぐ動きで倒していく。それに口角を上げつつ、次の敵へ対応する。

 続く三人目は仲間のことも構わずマシンガンを放ってくる。それに嫌気が差しながらも踵落としのまま二人目を踏み台にして天井へ三角跳びで着地、そして重力を味方にして天井から跳ぶ。相手はその三次元の動きについてこれず、気づいた時には揚羽が目の前で拳を振りかぶっていた。これで三人。流れるような動きで三人に使った時間は四秒。一人約一秒で沈めた。その驚愕の事実に味方の護衛達でさえ驚き感心していた。

 だが、

 

(っく! 先程もそうだがこやつら、味方のことさえ厭わず……ッッ!?)

 

 展望台を囲うように現れた者達の力はその並の軍人さえ凌いでいるようで、護衛達の動きを瞬時に覚えたのか次々と対応していく。いや凌ぐとは程遠い、まるで別格だった。

 強さが別格というわけではない。その動きは機械的で集団戦のプロだとわかる。それだけならただの軍人として片付けられるが、仲間を囮にしてその仲間ごとこちらを潰しにかかってくるその姿はまさにマシーンだ。。まるで高性能AIを使ったチェスや将棋のようだ。向こうは大量の【歩】……いや【と金】を使い追い詰め王手にかかる。逆にこちらは【歩】を守るために【飛車】【角】、そして【王】を前面に出しているようなものだ。数の差では向こうが一枚も二枚も上手であり、いくらこちらが【飛車】や【角】、はたまたその両方の力を持った【王】がいたとしても自分さえ厭わない自爆特攻で来られれば削られていき、最後に狩られてしまう。それに新しい手を打っても即座に対応され一手で覆されてしまう。

 

 それでも挫けるわけにはいかないと己を奮起させた揚羽は紋白達との位置を確認し、巻き返すためにも気を集中させ範囲攻撃を行おうと――

 

「はーいはいストップ」

 

 裏導総代の声が響き、後ろでパチンと音が鳴る。同時にガチャッと激鉄が引かれる音がした。

 

「あ、姉……うぇ……」

 

「ッッ!? 英雄ッ!!!!」

 

「動かないで下さい」

 

 バッと振り向き、気付けば守るべき英雄やエリカ、森羅達、非戦闘員の参加者達が二十前後の人数に囲まれ銃を突きつけられていた。

 

「九鬼揚羽様、それに皆々様もどうか抵抗せずおとなしくして下さいね?」

 

「姉上、我のことはお気になさらず紋白を!」

 

「我らは人質だ、故に傷つけることはあるまい……」

 

「そーよ、慣れたものよこれくらい」

 

「……エリカはこんな時でも相変わらずだな」

 

 

 

「――待て、紋は……紋白はどうした!」

 

「「「!!!??」」」

 

 英雄達を見た時に感じた違和感。それに気付いた揚羽は英雄達に確認するが、当の英雄達もやっと気付いたのか辺りを見渡す。だが紋白の姿は見当たらなかった。

 まさか――

 

「裏導、きさま紋白をどこへやったぁ!!」

 

「あぁご心配及びません。あなたがたの大事な大事な妹様はこちらで保護(・・)させていたいただきました」

 

「き、さッ、まぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッッ!!!!!」

 

 

 

(やられたッッ!!?)

 

 揚羽は己の歯を砕かんばかりの力で歯軋りした。

 簡単だ。己ら力ある者達を窓際に炙り出し、離れた瞬間に中央で待機していた本命で紋白達を人質として囲う。それだけで自分達は何も出来なくなる。さらには見せ付けるための人質と手の届かない所で心乱させるための人質という用心もしている。明らかにこちらを熟知している動きだった。逆に言えば脅威として見られていると言えるが……。

 

 これは自身が招いた“驕り”だ。この程度の人数“いつも通りに”倒してくれる。そうやって己だけで片を付けられると心のどこかで驕っていたのかもしれない。だが今回は英雄や紋白がいる。逆にヒュームやクラウディオ、小十郎もいない。今までは己より強いものがいたから攻めのスタイルでも大丈夫であったが、闘えない者達がいる時点で守りのスタイルを維持するべきであった。それにどうして相手の増援がいないと決めていたのか。

 揚羽は自分で自分をぶん殴りたかった。

 

(我の油断、失態だ!!……だが、まだっ!)

 

 最後に残された一手を信じ、裏導切道を睨んだ。

 

「要求は何だ、裏導……」

 

「ん~裏導は固いですね、切道でいいですよ?」

 

「……裏導っ」

 

 未だ笑顔でいる裏導切道に対して内から怒りが湧き上がるが、状況は向こうの方が圧倒的有利。憤怒を理性で圧し込み、しかし滲み出たものを言葉と共に吐き出す。

 

「まぁ、いいでしょう。要求は言いましたよね? 世界征服だと」

 

「おいふざけるな! そんなくだらないことで我々を拘束したのか!!」

 

 そこでやっと言葉の意味を理解したのか、紋白達と一緒に拘束されていた参加者達が怒りを露にした。

 

「裏導風情がぁ!! 今さらでしゃばりおって……っ」

 

「おとなしく隅で縮こまっていればよいものを……“世界征服”だと? 馬鹿馬鹿しい!!」

 

「裏道は裏道らしく、我らの足元で道となっておればよい――」

 

「はい“パーン”」

 

 甲高い音が言葉を裂いて響いた。一種の静寂、その後は悲鳴だ。

 

「ぐわぁぁぁぁああっっ……あァ……ぁあっ?!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた男達の一人が脚を抱え悶えていた。

 

「パン、パン、パパーンっと!」

 

 更に響いた三度の拍手。そして三人の合唱と大勢の悲鳴。

 

 英雄達、そして揚羽も、何も出来ずに見ているしか出来なかった。

 

「別にいいじゃないですか“世界征服”。かっこいいじゃないですか」

 

 ふぅ、とハンドガンの硝煙吹き消しながら言う切道。その先に映る撃たれた者達をつまらなそうに――それこそゴミの様に真っ黒な目で見ていた。いや、実際は認識さえしていないのかもしれない。

 子供のようにすねた声色。純粋過ぎる真っ黒な瞳に宿る狂気が本気で言ったものだと理解させられ、それがより一層揚羽達に怖気を湧かせた。

 だが揚羽も馬鹿ではない。動けない身体の変わりに頭をフル回転させ、怖気を払うように手で空気を裂いた。

 

「我達トップを一気に片付け、人質とする気か……ッ」

 

「さすが九鬼揚羽さん、やはり他の人たちとは違い頭が回りますね。そこいらにいる暗愚達とは違う」

 

 目を向けることさえ億劫なのか、言葉だけで震え上がる財界者達を指す。撃たれるのを恐れた者達はヒッと怯え後ずさった。

 

「……これほどシンプルで、効果的なやり方はあるまい。子供(・・)でもわかることだ」

 

 暗にお前は子供だと言っているのだが、何がおかしいのか切道はクスクスと嗤い、いえいえと手を振る。

 

「違いますよ。このような状況で冷静に判断し、自分が出来る最大限のことをやっていることですよ。ほら、今も気を高めてヒューム・ヘルシングやクラウディオ・ネエロ等のマスタークラスの方を呼ぼうとしている。」

 

「っ!!?」

 

 今度こそ揚羽の頭が止まった。その顔を見て当たったと切道は腹を抱え嬉しそうに嗤った。

 

「いやーやはりあなたはイイ! その切れ長の瞳が、プルンとした口が、整った鼻が、絹を思わせる髪が、」

 

 揚羽に一歩一歩近付き、頬を撫で顎に手を添える。

 

「その氷のような顔が、白く美しい肉体が、その全てがッ!!

 あぁ――

 

 

 

 ――飾っておきたい」

 

 ゾッ――。揚羽の身体が、心が、魂が今までに感じたことのない最大級の恐怖で染められた時、一陣の影が切道の背後から飛び上がった。。

 

 

 

(どうするっ、出るか!?)

 

 裏導切道が語る後ろ、メイド達が並ぶ一角で冷や汗を流すものが一人いた。彼女の名は≪忍足(おしたり) あずみ≫。

 

 ≪忍足 あずみ≫

 彼女は≪女王蜂≫の異名をもつ幾多の戦場を駆け抜けた傭兵だ。生まれは日本の甲賀。これから分かるとおり幼少から忍者として育てられ、その腕で世界中の戦場を生き抜いてきた。

 

 今回も九鬼揚羽から護衛としての依頼を任され、裏導専属のメイドとして会場に潜り込んでいた(その際上司であり傭兵仲間の≪大佐≫からありがた~~~~い程ごく短い間、メイドとしての基本を文字通り叩き込まれたのはまた別の話)。

 

(九鬼から護衛の依頼が来た時から嫌な予感はしてやがったんだ……しかも裏導のだ! あたい達の間でも気味が悪くて極力近付かなかい方がいいと話してたところにこれだ。っち、金と九鬼揚羽に乗せられたあたいのミスってか……)

 

 そのツケが回ってきたのがこのザマだ。圧倒的不利な状況に陥っている。あのマスタークラス程の力ある依頼主で現在人質を取られ動けない九鬼揚羽と同じ護衛たち。裏導の者達に包囲された護衛対象の九鬼英雄と紋白含めた政界財界の人質達。

 なによりあれぐらいなら九鬼揚羽だけでも対処できると考え、しかし英雄や紋白達の方へ行くか様子を見るかの一瞬の迷いで判断できなかった為に人質をとられ何も出来なかった己が一番許せなかった。

 

(だがまだチャンスはある! こいつらは心を殺しすぎた駒だ。動かす担い手がいなければ独自に動くことはない。大本の裏導切道を逆に人質にとれば……っ)

 

 故に待つ。後悔は後のしろと教えられた。幸い切道は今子供のように……てか子供らしいと言えばいいのか、揚羽の前ではしゃいでいる。揚羽の方は護衛ともども注意を払われているので動けば即人質も危険が及ぶ。逆に視線は皆そっちに向かっているので、己を見ていない。

 そこに切道が揚羽から一歩間をおいた。

 

(ここだッ!!!!)

 

 急がず、騒がず、慌てず。心音を低く、身体を柔らかく、だが悟られないよう平静で、直立の状態から一歩で跳び駆ける。発動→動作→結果の過程を飛ばし、0から100への加速を超えた移動術。未だ至れない縮地の一歩手前。

 

“瞬身”ッッ!!

 

 一足で跳ぶ。狙うは喉。指示を出させないために絞め落とし、抵抗させずに逆人質にする。

 手を伸ばし首を刈るように喉仏を――

 

「――対不起(すみません)

 

「ッ……がぁッ!!?」

 

 あずみのさらに後ろ、もっと言えば上から背に膝蹴りが落ちて来た。あずみはそのまま相手の体重ごと床に叩きつけられた。

 

乖乖地(おとなしくして下さい)

 

「てめっ、その声――≪李 静初(リー・ジンチュー)≫かッ!!」

 

「……確か日本語ではこう言うのでしたね、“お会いしたかったです”と」

 

「っぐ、あたいは会いたくはなかったぜ……どおりで何も感じなかった、いや静か過ぎたわけだ。あの≪沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)≫様がいたとはな……。

 だが何でてめぇがそこにいやがる!」

 

「……答える必要はありません。しいて言えば依頼だから、ですね」

 

「あぁ李さん、動けないようにしといて」

 

「……了解、悪く思わないで下さい」

 

 返事と共にボギッと鈍い音が響く――腕が折られた音だった。

 

「がぁぁぁっ……ッ」

 

「女王蜂!!」

 

「ふむ、やはりあなたのでしたか揚羽さん。さすがと言うべきか、あの女王蜂を雇うとは」

 

 あずみの強襲にも全く動じた様子もなく、うむうむと頷く切道。

 それはつまり――

 

「全て分かっていたということか……ッ」

 

「いえいえ、九鬼帝が揚羽さん達を送ってくることや現在ここにいる人たちが今日暇なこと、女王蜂さんがウチにメイドとして働きに着たことげらいしか知らないよ?

 うん、そこで腕利きのメイドが欲しかったから李を雇ったのなんて偶然さぁ! いやーよかったよかった」

 

「っく、わざとらしい。……いつからだ、いつから計画していた! これほど大規模な事は一年やそこらで出来るはずがあるまい!!」

 

 ピタっ、と切道の動きが止まった。時が止まったように一ミリも揺れないそれは不気味だった。だがそれも一瞬、小刻みに震えたかと思えば天を仰ぐほど大きく手を広げ嘲笑し始めた。それは大地震を予兆させる予震のようであった。

 

「……一年?二年?ハハハ、なぁぁぁぁに言ってるんですかぁ? そんな短い分けないでしょー?」

 

 ならば五年、いや十年か!! 揚羽の問いを嘲笑うかのように、まるでお疲れさんと肩を叩く様にポンとこぼした。

 ――400年

 

 告げられた言葉をいち早く理解できた者はいなかった。それがどうしたと言い切ったのは切道自身だった。やれやれと首を振って語りだす。

 

「まぁ実際は100年近くと言った具合ですよ。我らが裏導が生まれたのはちゃんとした熱血で胸熱でクリーンな理由だったんですよねー」

 

 そこからは切道の独壇場。語られるは裏導の裏の闇の部分、つまり真の思想だった。

 

 始まりは殿様や天皇、大臣たちの相談役だった。裏から主を支え、道を作る存在。故にその頃主、徳川本家の者から『裏で導く者』――≪裏導≫の名を直々に頂いた。それから現在までそれは続いているという話。家訓にも『影は背にありつき従う。時に影、主の前に出でる時あり。しかる時、我ら(裏導)導く時』と。それだけならまさに影で動くダークヒーローだっただろう。

 

 だがいつからだろうか、それがズレ始めたのは……。

 

 切道から数えて三世代前の頃から裏導の存在は軽んじられていた。考えれば恨まれるのは当然だ。殿下に対して唯一口が聞ける存在=その気があれば殿下を操り天下を取ることができるということだ。当時の裏導家総代にその気はなかったらしいが、それでも欲深い人間に様々な妨害を受けていた。また当時の総代はそれに下手で対応をしてしまいだんだんと品位を下げられていた。しまいには次代の徳川殿下にも悪い噂を囁かれ、ついには周りから裏道とよばれるようになってしまった。その時からだろう、裏導に真の影が差したのは……。

 次代の総代、つまり切道の祖父にあたる者に引き継がれるときに新たな家訓が付け加えられた。

 

『だが壁いでる時、影は主に問え――世は何処(いずこ)

 

 つまり主の目の前に壁があったとき、壁に映った影は主の目の前に現れ問うということだ。それは世に不審を抱いた曽祖父の怨みを込めたものだった。

 そしてそれは加速する。祖父の総代が生きた世界は世が変わり始める節目だった。戦争が始まり国のトップの目には侵略や略奪という炎が宿っていた。その時一度、総代は問うたのだ――世は何処、と。

 だが返ってきたのは無言。相手にさえしなかったのだ。そのときこそ元来の“裏導”は一度潰えたのだろう。その闇は今の切道に受け継がれている。

 が、

 

「我が父≪総晴≫は私に受け継ぐ半ばで悟ってしまったのでしょう。この恨みはただの八つ当たりじゃないかと。まぁそんなわけで裏導自体を潰そうとしたんですよ……」

 

 そこまで聞いた揚羽は、いやこの場の全員が嫌な予感を抱いた。それを揚羽は代表して問うた。

 

「……総晴殿はどこだ」

 

 そして切道はもちろんと笑顔で答えた。

 

「今はお疲れで眠ってしまいましたよ。今ではいい夢を見ているのではないですか?」

 

「――――ッ!!?」

 

「何ということを……」

 

「貴様、親殺しをッ!!」

 

「……どおりで狂ってるわけね」

 

 言葉にならない揚羽の変わりに声を上げたのは英雄、森羅、エリカだった。そこで聞き捨てならないと首だけをグルンとを回してエリカに向いた。その動きはあのお調子者のエリカでさえ後ずらせるほど不気味だった。

 

「これが正常ですよ。幼少から裏導の闇を受け継いできた私達にとっては……ね。

 知ってましたか? 裏道という名を広めたのは元々私達なんですよ。裏道は意味を変えれば“怨満”と呼べる。つまり我々子孫への戒めを込めて広げたんです。なのに父、総晴は『総ての怨みを晴らす』という名を授かりながら別の意味で晴らそうとしていた……。

 だから僕が祖先の思いを受け継いだんです!! 『怨みの道を切る』のではなく、『世の全てを裏切る道』を!!!!」

 

 笑顔を浮かべていた顔が狂笑へと変わり、切道は叫んだ。周りはただただそれに呑まれてしまっていた。

 

 

「とまぁ、昔語りはこれぐらいにして始めましょうか♪」

 

 何を、と聞く間もなく切道はあずみの頭を踏みつけた。

 

 ――お掃除を

 

「ぐがッ……ァ……ぁアああッ!!!」

 

「いらない~何も~捨ててしまおう~♪って歌もあるじゃないですか。いらないものはポイっとかたずけないと。そうだなー、まずはやっぱりこの蜂さんですね。放って置くと痛い目にあうかもしれませんから。その次はもちろんあのちっさい企業の三人。脚を撃たれたぐらいでうるさいんですよねーさすが弱小企業!」

 

 ヒッと尻餅を突いたまま後ずさる男達。感情的に撃ったのかと思えば目的を違えていない。表面上は狂ったようにはしゃぎながらも内では恐ろしく冷静に動くやっかいなやつだと揚羽は分析する。

 切道が言った掃除、それはつまり人質の選別。しかも解放するのは外ではなくこの世(・・・)から。

 それを聞いて声を上げたのは――

 

「やめろッ!!!」

 

 英雄だった。

 

 

 

 聞いていれば我慢の限界だった。何が、とは言えない。その男の全てが、としか言えない。そしてそれに恐怖して動けない己にだ。相手の言うことは全ては理解できないが、恨みがある。結構。闇に染められ自分の人生を奪われた。結構。我ら九鬼を利用する。あぁ結構だ。だが人を巻き込むことは認めない。

 始めは裏導総代、トップに立った。つまりそれは下にいる者や民草に責任を持たなければならないということだ。次次代を継ぐ“王”を目指す己にとって感化できないことだった。周りを者達を見れば一目瞭然。銃を向ける者達の目に生が宿っていない。どれほどのことをすればこの様になるのか。想像さえしたくない。

 妹をさらったことも一番許せないが、目の前にあるのはそれを超える出来事だった。姉が雇った傭兵が殺されようとしている。自分と関係ないと言われるかもしれないが、姉が受けた責任は家族の責任。つまり自分が雇ったと同じなのだ。

 揚羽は動けず、傭兵も動けない。さらには紋白が人質にされた。この圧倒的不利な状況揚羽ではなく自分が動けたのは、まだ本当の闇の部分を知らないただのガキだったからかもしれない。だがここで動かなければ“九鬼英雄”は死ぬというと感じた。これが運命と呼ばれるものかもしれない。

 相手は命令がなければこちらに手を出せない。その隙を突きエリカ殿や森羅殿の静止を振り切り駆け出し、男の目の前に飛び出した。

 

「んー英雄君か。何か用かな?」

 

「その足をどけい!!」

 

 友人のように話す切道の言を聞く気もなく、叫ぶ。

 やつはやれやれと首を振ると、離れる。傭兵を抑えていた李と呼ばれる女も離れるのですかさず安否を確認する。

 

「おい、無事か!」

 

「ッ……ははっ、無事……とは言えねぇな、痛ぅッ」

 

「……喋れる元気はあるな、うむ」

 

「……へ、歳下のやつに心配されるとはッぁ、あたいもヘマしたもんだ。いや、……こんな場面でも出てこれるあんたがすごい、のか……」

 

「それは――」

 

 答える前に銃声。急いで音がした方を向けば一人倒れていた――部下であるはずの迷彩服の男が。

 

「何をしておるッッ!!!?」

 

「ん? もちろん教育。勝手に英雄君をこっちに通したからね」

 

 ウチではこれが普通なの。そう言う切道。

 

「あぁ、それから李さん」

 

「?……何でしょう」

 

 ――あなたも用済みだ

 

 言葉の変わりに出たのは鉛の弾丸だった。それは李の腹を抉った。腹からあふれる血はメイドの象徴であった白く清潔感あふれるエプロンを赤黒く染めていく。

 

「――かはぁッ……ぐ、ぅ……ごぼッ?!」

 

 ついには口からも血を吐き出し膝が折れ、頭から倒れた。

 

「いやーすみません。自分で手掛けた物しか信用できないんですよー」

 

「……ぅ、きさ……ま……ッ」

 

「李ーーーーーー!!!?」

 

 幸い床に弾痕が着いていたので貫通していたようだが、内臓をやられたのか力が抜けたように震える李静初。あずみは折られた

 

「それが……それが上に立つ者のすることかぁぁぁぁああッ!!!!!!」

 

 恐怖を上回る怒りが湧き、英雄は頭突きをせん勢いで切道に近付き睨む。いや、人質がいるので動けない身体の変わりに瞳で攻撃しているようなものだ。

 

「これ以上、この者も、そやつらも、やらせるわけにはいかんッ!!」

 

 

 

 

 

「あぁ、あぁ、そんな目で見ないで下さいよ。若い頃の自分を見ているみたいで思わず――」

 

 パァ――――ンッ

 

「絶望させたくなるじゃないですかー」

 

 何をされたかわからない。ただ右腕が灼熱のマグマの如く熱かった。逆に何か冷たいぬるっとしたものが右腕を伝っていく。不思議に思い右手を挙げて確認しようとするが、動かない。変わりに左手で触れれば赤い――紅い血が流れていた。それを認識した途端、焼けた鉄を捻じ込まれたような痛みが襲った。 

 

「ぐァ――――ぁぁぁあぁぁぁああぁああああッ!!!??」

 

 何だ何だ何だっ何だこれはッ!! 熱い――右腕が――痛い――動かない――熱い――血が――痛い――止まらない。

 

「ん~これが本当の絶望の歌!

 あぁそういえば英雄君、野球やってたんだってね?」

 

 そうだ、我はこの腕で――痛い――皆と優勝し――腕が――プロに立つ――動かない。

 

 ――――――動かない?

 

「でも残念、これじゃ野球できませんね?」

 

 ――ァァぁアぁアアァぁあああァァアあああーーーーーーッッッ

 

 撃たれた以上の痛みに英雄は声にならない声で叫んでいた。

 

「はは、いい声だ」

 

「切道、きさまぁぁぁぁぁああッ!!」

 

 揚羽は弟の野球に対する本気の思いを知っている。故にそれを汚され我慢に限界が来たのか、切道をぶん殴ろうと飛び掛る。しかしそれも切道が指をパチンと鳴らして呼んだ裏導の親衛隊に阻まれてしまった。邪魔だ、と怒りも合わさり押し通ろうとするが、いくら揚羽だろうとマスタークラスに近い――それも自身の身さえ厭わず壁になろうとする者達を突破できずにいた。

 

「お姉さんも大変ですね。九鬼の跡を継がない弟さんと直接血の繋がらない妹さんがいるもんだからねー。“王様”としての威厳を保つのも大変だ」

 

 耳に入ったその言葉に、ピクっと英雄は反応した。

 

「――なめるなよッ」

 

「ん?」

 

 ガリッと歯をくいしめ左手で腕を潰さん勢いで握り、止血と共に撃たれた以上の痛みで意識を保った英雄は震える脚に力を籠めて立ち上がり、あずみの前に立った。

 

「っく……ハァ、貴様はこの世界の王になろうとしているようだが、ハァ、この世界だけが“王”の道ではない。野球、サッカー、バレー等のスポーツの王。科学等の学業の“王”。もっと言えば遊びの“王”等もおるかもしれん。だがしかし、どの場合にも言えることがある」

 

 あずみは護衛として英雄の前立つべきはずなのに、立てなかった。立つ力がなかったのではない――英雄の放つ“王”としての覇気に目を奪われていたのだ。

 英雄は息を精一杯吸い込んで叫ぶ。

 

「“王”とはッ! その(場所)で一番にして頂点に立つ者ッ! 常に皆を指揮し、示すものッ!

 そして“王”とはッ! 民の責任を全て受け持ち、守るものなりッッ!!

 例えこの者と関係があろうとなかろうと、我は誰であろうと手を伸ばす! 正義か悪かは後で決めればいい! 我は後悔だけはしたくないのだ!

 故に人の命、ましてや部下の命をないがしろにする貴様を“王”とは絶対に認めんッッッ!!!!!!」

 

 声は展望台を震わせるほど大きく響いた。もっと言えば人を――人の心を震わせた。

 人質となった参加者、親衛隊達はもちろん切道でさえ動揺したように一歩後ずさった。

 

 

 

(何だ、これ……。)

 

 その中で一番響いたのは誰であろうあずみだった。

 

(胸が焼けるほど熱い……心臓がうるさいくらいドクドク言ってやがる)

 

 それは今までの人生で感じたことのないものだった。だが知っている。なったことはないが知識として言葉は知っている。

 これは――

 

(っは、何やってんだあたいは。あんなガキに……英雄様(・・・)にあそこまで言わせて、あたいはお寝んねってか……ふざけんな!!)

 

 何より自分が許せない。例え身体が動かなくても、脚だけでも動かしてこの身を盾にして守らなければ……。

 それが“王”としてのカリスマに、に、心に、彼《・》の全てに、

 

 ――男に惚れた女の役目だ

 

 

 

 英雄は最後は擦れる様な声で切道に言った。

 

「“王”一人は……寂しいぞ?」

 

「?! ……黙れ、黙れ黙れだまれダマレェェェェェエエエーーーーーー!!!!」

 

 狂ったように叫ぶ切道は、銃を英雄に突きつけた。

 

「ハハ、やっぱり君、いらないや……」

 

「!? 英雄ぉぉおお!!」

 

「くそッ、動け、うごけぇぇぇぇぇえ!!!!」

 

 指がトリガーに掛かり、引き金が引かれる。だが英雄に焦りはない。いや、もう悟ってしまったのかもしれない。

 

(あぁ、死ぬのか……)

 

 諦めるなと何度も教えられた。本来の自分はこんな時でも諦めたりはしなかったかもしれないが、この状況ではもうどうしようもない。“王”としての自分を全て吐き出し、この命で(この者)を守れるのだから。姉上とこの者も自分を庇おうと必死に身体を動かすが、間に合わないだろう。

 唯一の懸念は未だ安否がわからない紋白一人。あぁ、だがそれも心配ないだろう。そう、あいつ(・・・)がいる。あいつがいれば、紋白は笑っていられる、強くなれる。母上とも仲良くなれるだろう。

 痛みはもう無い。九鬼英雄という全てのものが無くなるのだろう。

 あぁ、だがしかし我は――

 

 

 

(生きたい……)

 

 

 

 パァンと一つの銃声が鳴った。

 痛みは無い。

 

 

 

 ――そして意識が離れることも無かった。

 

 

 

 五秒、十秒と時が経つが未だ暗闇は晴れないまま残響が響く。疑問が胸に湧く。

 何だ、まさかこの闇はもう地獄に着いたのか?

 

「――ふぅ~危ねぇ危ねぇ。ギリギリだったな!」

 

「い、いいからもう降ろせ!」

 

 誰もいなかったはずの我と切道の間に、聞きなれた声が聞こえた。

 

「わっ、暴れんなって紋、おっことしちまうぞ!」

 

「このような場面で何のん気なことを言っておる!! ……第一このような格好、恥ずかしいに決まっておろう(ボソッ)」

 

「何か言ったか?」

 

「ええい、もういい! とにかく降ろせーー!!」

 

「!? 何故九鬼紋白がここに!? お、お前は誰だ!!」

 

 驚きその瞳に再び世界を映せば――

 

「オッス、オラ悟空!」

 

 にっくきアイツが愛しい妹を抱えて現れた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話

就職で忙しいので、中途半端に切ってしまいました。
森羅とエリカのキャラはこのまま行かせて下さい。何か三人共同級生みたいに思えて、だからもっとフランクに話させたいと思えました。まぁこっちの都合ですけどね。
まだ続きますよ、ごめんなさい。

ではどうぞ


 

 

 ――あやつを初めて見た時に感じたのは何だったろうか? ……あぁ思い出した。怒り……いや憎しみだったか? 今思えばあの時はまだまだ子供だったなと笑えてくるわ、フハハハ!

 

 ――紋を背負って我ら家族が集まった部屋へ来るあやつはまさに子供であった。いつも笑顔で……というか今と変わらずのん気に笑っておって楽しそうだった、ハッハッハ。うむ、その時はまだそやつのことを読めなんだから何とも言えんかった。ただ……ただッッ、背負った紋と喋る姿を見てすぐにわかった。あぁこやつムカツク、とな。こんなシリアス全快(父上以外)の場所でマイペースに話すのもそうだが、何よりあやつと話す紋の姿が今でも忘れられん。

 

 ――笑っておった。無理した顔ではなく、純粋に、楽しそうに笑っておった。紋の事情は父上から聞いていた。別段そのことに何か思うことも無く、むしろ妹ができるのが嬉しくて大歓迎であった。紋が来なかったら我は九鬼家の長男ではなく弟として見られておったからな。男としてはやはり兄と呼ばれる方が嬉しかった。それ故兄の責任として紋が早く九鬼に馴染める様に我も姉上の頑張った。こ・れ・が・まっ~~~~~~~~~た可愛くてなぁ! 初めて来た頃なんか九鬼に早く馴染めるよう表ではピシっとしながらも、我らの前ではパァっ嬉しそうに笑うのだ。うむ、あれが俗世でいうギャップ燃えというものだな!(注:間違いです) 他にも我らの後をテトテトとペンギンの様について来たり、好物のパフェや金平糖を嬉しそうに食う姿は至宝ものだ。他にもなぁ……(この後延々と続くので以下略)

 

 ――だが、母上は紋の前で笑わなかった。母上は純粋に父上を愛しているからこそ自分以外の女の血を毛嫌いしておった。その母に何とか認めてもらおうとする紋の姿は、我らでさえ痛いほど感じた。紋は母を笑わせるために――認めてもらうために、それこそ自分が笑う暇も泣く暇もなく頑張った。しかし、それが逆に九鬼としてのプレッシャーとなり紋の心を追い詰め閉ざさせてしまった。我らとしては紋には九鬼としてではなく、年頃の女の子として生きて欲しかったのに、な……。

 

 ――その紋が苦笑しながらも楽しそうに、作り物ではなく本物の笑顔で笑っておった。その時の我の気持ちは如何ともしがたい複雑だった。まぁ主にあのヤロー紋に馴れ馴れしく触れおって、しかも顔が近い近い近いっ!気安く我の妹に触るな触れるな引っ付くなぁぁぁぁあああ!!とかだったな。しかし同時にもやもやとしたしこりが残っていた。何とも言えないもどかしい気持ち。それを吐き出すようにあやつに当たっていた。醜いと自覚しながらも……な。

 

 ――あぁ、そうだ。だからこそあの事件のあの時、我らではどうしようもなかったあの状況で紋を抱えて現れ、敵の裏導にさえ笑って返すあやつを見てそれの正体がわかった。なんてことはない。それは誰もが持ちえるものであり、今の我を形作ることになったもの。

 

 ――“憧れ”だ。悪く言えば“嫉妬”だな。あやつは我らにできないことをやってのけてしまう。紋を笑顔にすることもしかり、母上と話させることもしかり、そして今度の事件もしかり、な。

 

 

 

「待たせて悪かったな。英雄、揚羽」

 

 紋をゆっくりと降ろした悟空は今の状況を理解しているのかいないのか、軽い笑顔を英雄に向ける。当の英雄は理解が追いついていないのか呆然とした瞳で悟空を見ていた。いや英雄だけではない。揚羽も、あずみも、参加者もその護衛も親衛隊も、そして今まで動揺さえしなかった切道でさえも呆然としていた。それも当然、何の前触れもなく突然悟空が現れたのだ。まるで始めから悟空がいたように時が切り取られ、張り替えられたように。

 その中で最初に声をもらしたのはもちろん――

 

「姉上、ご無事でしたか!」

 

 悟空と共に現れた、裏導によって誘拐されたはずの紋白だった。

 

「!? 紋白、無事であったか!!」

 

「おぉ紋!! ケガはないであろうな!?」

 

 続いて揚羽が紋白がいる場所へと駆け、胸に溜まった心配を晴らすように思わず抱きつき、安心したのか大きいため息を吐いた。改めて紋白の身体を見渡す。多少着物の端が破れているが、傷跡らしきものは見当たらなかった。

 

「はい、我は大丈夫です! それより兄上の方が……」

 

「なに、っ……多少痛むだけだ、この程度叫ぶまでも無い……」

 

 そんながわけあるか、と揚羽は言えなかった。今の紋の顔は目が小刻みに震えて涙腺が決壊しそうなほど不安な顔をしている。それ以上余計な心配をかけるわけにはいかないと英雄が我慢していることは揚羽もわかっていた。故に何も言うことができず、破った服の端で英雄の腕を絞めながら話を逸らそうと紋白に疑問に問う。

 

「しかし紋よ、お前は一体どうやって……」

 

「それは、まぁ、なんというか……悟空が助けてくれたのです」

 

「……悟空が?」

 

 歯切れが悪いながらもそう話した紋白の言葉に訝しみ、思わず悟空を見る。

 その悟空は英雄の前に膝を着いた。

 

「……」

 

「……悟空」

 

 笑いを潜め真剣な顔でじっと英雄の顔を見る悟空。英雄は今まで見たことのない悟空の表情と、先ほどまで死に直面していたのに静かなくらい落ち着いている自分の心に驚きながらも悟空を見つめ返した。

 五秒くらい見詰め合っていたが、唐突に悟空がいつものように、にっと笑った。

 

「うん、よくやったな英雄。おめぇ“強ぇ”な!」

 

「……!?」

 

 “強い”。こんな様でいながら強いと言われた。それを悟空から聞いて英雄が胸に抱いたのは嬉しさだった。英雄自身もわかっている。悟空が言った強いは“身体による力”のことではなく、“心の力”だ。それを憧れの――“英雄(ヒーロー)”から言われ、英雄は思わず目元から光が伝った。

 

「揚羽も無事みてぇだな」

 

「あぁ、紋が人質にとられて何も出来なかった。が、無事なら安心して反撃……といきたいところだが、未だに状況は改善されていない。未だ他の参加者達が人質として拘束されている。これからどうやってこの場を脱するか……」

 

「ん、オラが何とかすっから」

 

「そうか、ならば頼む。我は…………ん? んん!? おい悟空、ちょっと待て!!?」

 

 コロっと音が聞こえそうなほど軽くこぼした悟空の言葉に揚羽は呆然としていたが、立ち上がり前に出る悟空の姿を見て静止を呼びかける。しかし悟空は口角を上げて笑うだけで止まる気はないようだ。

 

「……悟空」

 

 悟空の背に英雄が思わず手を伸ばす。それに気付いた悟空は撃たれた右肩にポンと手を置いて英雄を見る。黒色の丸くて大きな、それでいて真珠のように曇りない眼が英雄の目に映りこんだ。

 

「へへっ、大丈夫だって!」

 

 確信も無いその言葉、それに不思議と安心している自分に英雄は驚いていた。さするその手は太陽のように暖かく、撃たれた右肩に渦巻いていた灼熱の痛みが和らいだ気がした。

 

「紋と英雄、頼む」

 

「待て悟空、おい!!」

 

 大丈夫だ、悟空はもう一度そう言って言って切道の方へと向かって行った。

 

「悟空っ!! ……っくそ、紋からも何とか言わんか!」

 

「……大丈夫です」

 

「?」

 

 揚羽がその言葉に訝しみ紋白を見る。彼女の顔には不安や恐れ等は無く、何処か安堵と呆れ、そして期待が入り混じった顔をしていた。

 

「あやつならやってくれる……そんな気がしてなりません」

 

 その言葉に揚羽は以外にもすんなりと心で納得していた。

 それは英雄も同様だった。思わず押さえていた右腕をギュッと握る。

 

 不思議と痛みは無かった。

 

 

 

「わりぃな、待たせたみたいでよ」

 

「……君、いったいどこから来ました?」

 

 驚いていた切道だがさすがというべきか、すぐさま頭を回転させて如何にして悟空がここへやって来れたのかを問うてきた。

 

「ん。ちこっと気使って、な」

 

 先程の紋白達と話していた時の顔とは違い、目を細め今までで見たことが無い真剣な顔で切道を見る悟空。この圧倒的不利な状況を理解しているのかいないのか、そんな子供を切道は不思議に思いながらも興味を持った。

 

「うん、面白いね君! この状況でも堂々としているし、目にも恐れや震えが見当たらない。

 どう、君ウチに来ない? 今その歳でその度胸、そしてここへ来れたその能力は惜しい。ここで散らすのももったいないし、ウチならその力を十分に発揮できる。どう?」

 

 子供のように嬉々として語る切道だが、この状況では提案ではなく命令に変わらない。普通の人ならば“YES”と答える。

 が、

 

「わりぃな、それりゃきねぇや」

 

「……それはまた、どうして?」

 

 断られても切道の顔に変わらない。だが声の質が僅かに変わったことをこの場の全ての人間は悟った。

 

「約束があっからな。“ずっと一緒にいる”ってさ。だから守んねぇとさ」

 

 悟空が指す“約束”。それを言葉から察した切道が悟空の後ろを見る。そこに心配そうにしている九鬼姉弟、そして唯一揺るぎ無い瞳をしている紋白が目に入った。

 

「そうですか、残念です……」

 

 これまででは珍しく、切道が素直に残念そうな顔をする。

 

「けど、やっぱりその力は惜しいなー。

 ……うん決めた。ねぇ君、えぇっと確か孫悟空……だったね? 西遊記の主人公と一緒とは珍しい名前だね。今ウチでは“気”の研究をしていてね? 兵に様々な用途や応用をさせているんだ。内気功、外気功、身体強化、回復、とまぁいろいろと研究しているんだよ。その中でも今の君の技は見たことが無いものだ!

 あぁ、ごめんごめん。研究のことになると熱が入っちゃうからね。ほら“気”とか男なら子供の頃から憧れるものだろ?

 まぁ結局何がいいたいかと言うと――」

 

 ――“答えは聞いてない”ってやつだね

 

 切道がピッと二本指を悟空に指すと、一人の親衛隊が取り押さえるために向かう。通常よりも一回り大きい男が悟空の前に立てば、その差は歴然。実際大人一人分ほどの身長差が悟空と男にはあった。はたから見ても悟空と男の力の差も歴然で、まさに大人と子供で争うようなものだ。

 誰もが悟空が拘束される未来を見る。揚羽等はその後に起こるだろう最悪の未来さえも幻視してしまい思わず駆け出そうとするが、今自分がここを離れれば英雄と紋白から離れ危険に晒すことになると理性が押し止めた。

 故に見ているしかない。残り後5m、3mと近付き、あと一歩というところでその巨大な両の(かいな)が伸ばされ、悟空の姿を覆い隠す。届くのも時間の問題であろう。

 

 ――そう。届けば、の話である

 

「――――」

 

 ……男の動きが止まった。五秒、十秒と経ってもピクリとも動かない。

 

「……? おいどうした? こちらに連れて来い!」

 

 切道の呼びかけにも応えない。これには全員が訝しむ。彼ら親衛隊には切道の命令は絶対にして不動の定理。どんな命令でもそれを実行する動きはまさに板状の駒のように性格で無駄が無い。だからこそこの状況は不可解だ。

 故に全てが終わった後、男に対しそれなりの処罰を与えることを考えながら切道がもう一度命令を下そうとする。

 が、それは叶わなかった。

 

 ドサリと男の身体が崩れ、四つん這いに倒れた。

 

「なぁっ?!」

 

 切道が驚きに目を見開き、思わず驚嘆の声がもれた。

 それは回りも例外ではない。悟空の悲惨な未来を幻視した者達は、いったい何が起こったのか理解できないでいた。

 

「――っとと、悪ぃな。ちょっと(リキ)入れすぎちまった。まぁけど――」

 

 男の体の腰がノソリと不自然に起き上がり、

 いや、唯一それを見れたのは悟空の後ろで見守っていた。揚羽、英雄、紋白だけだった。ただ悟空がしたことは何てことは無い、だがありえないものだった。

 

「――オラもちょっと頭にキテっからな。手荒になっちまうけど勘弁してくれよ」

 

 一撃。右拳による腹部への一撃で倒してしまったのだ。だがただの一撃ではない。その威力は防弾チョッキをきたガタイのいい男が倒れるほどだ。

 

「……また何かしたのかもしれません。これ以上何かあると計画に支障をきたします。もういいです、この計画さえ達成すればその後に時間は十分あります。彼のような特殊ケースは後々探すとしましょう」

 

 切道が手を上げる。それに合わせて親衛隊たちが前に出て銃を構え出す。

 

「揚羽さんだけでいいです。あとの三人は片付けなさい」

 

「悟空逃げろ!」

 

「……」

 

 悟空は動く様子はない。ただ半身になり左手を前に出しただけだった。

 だが何故か、その黒い瞳に睨まれただけで切道の背筋に寒気が走った。それを振り払うように手をかざした。

 

「やりなさい!」

 

 咄嗟に揚羽は紋白と英雄を自分の身体で隠し、来るであろう痛みに備える。

 途端に鳴り響く銃声の嵐。ドとダとパを合わせた音を鳴らして発射された弾丸は、続けてガラスを割り壊す音と混じって逆に高く響きあい、音にならない音を作った。

 

「……バ、バカな!?」

 

 しかしそれは、揚羽達の身体を貫くことはなかった。

 痛みが来ないことを不思議に思いながら、揚羽達は二人の方へと向く。悟空に動きはなかった。未だに左手を伸ばしたまま不動であった。

 

「全部で120ってところか……」

 

 ――その手から、パラパラと弾丸が零れるまでは。

 

「か、片手で自分達に当たる弾丸を全て弾いた……だとっ!!?」

 

 悟空の足元には弾丸が転がっていた。数にして100発程だろうか。そして悟空が落としたものが20発、合わせて約120発。つまり悟空には全て見えていたということになる。

 切道や親衛隊、参加者、そして近くで見ていた紋白と英雄にも何気なく右手を伸ばしたことしかわからなかった。だが唯一、マスタークラスに近い揚羽の目だけは捉えていた。

 しかし揚羽も信じられず、納得もできなかった。先程の一撃も子供の一撃で倒すことは出来る。“気”を使えばいいのだ。それはあの川神院で次期総代と名高い孫の川神百代にも、そして己にもできることだ。だがさっきの悟空の一撃には気を使った様子は見えなかったし、今も気の壁を作ったということもなく、はっきりと認識できなかったが左手を高速で動かし掴んだのだ。自分の目でもブレていることしかわからなかった。つまり先程のも合わせ、悟空は素の身体能力だけで男を倒し、弾丸をつかんだことになる。

 揚羽自身も銃口から予測弾道を割り出して斜線上から避けることで回避は出来るし、“気”で身体強化を行えば掴むこともできるかもしれない。またヒュームやクラウディオほどの者ならば“気”を使わずとも複数の銃口に囲まれても見ずとも空間把握などで回避や掴むことも可能であろう。だがそれは何年、何十年と修行や経験を積まなければ習得できない技能だ。

 だがその事実は揚羽の頭をさらなる混乱へと落とす。いくらなんでも鍛えた軍人相手に勝てる腕力など、7、8歳の子供が小さい頃から鍛えて手に入るはずが無い。その矛盾を解決できるのが“気”であり、それでも解決できないとなると『悟空は数年僅か7、8歳にして十数年分の修行や経験した』ということになる。

 ――揚羽はまだ知らない。彼の実際の年齢は100を超えているであろうことを。

 

(なんだ、なんなんだこいつは?!)

 

 それは切道も同じだった。大人顔負けの力、銃さえ効かない子供。いやもはや子供ではない。“    ”ではないか、と切道は考えそうになり、頭を振る。

 悟空がゆっくりと歩いて近付く、一歩、二歩と。それに合わせて切道も一歩、二歩見えない恐怖の影に後退ってしまう。だが三歩目で踏み止まり、恐怖を振り払うべくギリっと銃を握り直す。

 

(だがしかし、幸い奴にも弱点がある!)

 

「動くなぁ!!」

 

 ハンドガンを参加者達に向ける。それに合わせて周りの親衛隊の半数が悟空に注意しながらもマシンガンを参加者たちに向けた。参加者からヒィっと情けない声が漏れる

 

「いくら貴様でもこっちにいるやつらを守ることはできまい!! おとなしくしていろよ?」

 

「……」

 

 悟空は応えない。だが脚がピタリと止まった。それを肯定と捉えたのか、切道の口角が上がる。

 

「おっと動くなよ? ピクリとでも動けば貴様の変わりにあいつらがパーンだ!

 クハハハ、やっぱりお前も他人を巻き込むのを嫌う甘ちゃんだったか!! いくら貴様でもこの距離は届くまい。あぁ確かに貴様はすごいよ。おそらくここにいる親衛隊達では貴様に敵うかわからない……」

 

 気分が良さそうに叫ぶ切道。だがその言葉に先程までの余裕と品格の良さはなくなり、荒々しいものになっているのことに本人は気付いていない。

 

「だがお前に効かなくても、さすがにこのデブ達は撃たれれば死ぬ雑魚――」

 

「――あら、誰がデブで雑魚ですって?」

 

 カッとヒールの音が割ってはいる。自分の言葉を切らた切道は「あ゛ぁ?」と苛立ち気に声の方へ目だけを向ける。

 

「失礼ね。撃たれてもあたしの美しさが減るわけ無いじゃない」

 

 そこには髪の毛をバッと見せ付けるようにして自分の言葉に嘘偽りなし、と腰に手を当て堂々と銃口の前に立つエリカがいた。

 

「だから君も自由に動けばいいのよ、悟空……だったかしら?」

 

「ふむ、そうだな。美しさとかにあまり興味は無いが、私の魅力はわかるものにはわかってもらえるのでな。別に撃たれたからといってどうということもあるまい。痛いのは勘弁だが、この状況ではそうも言っておれまい……」

 

 続いて森羅もエリカの横に並ぶ。二人は銃口が目の前にあろうと腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「……へへ、おめぇらも強ぇな!」

 

「あらやだ、いい笑顔……ホレタ! ねぇ君ウチに来ない? てか私のハーレムにならない? あっち(九鬼)よりもいい待遇で迎えるわよ?」

 

「いやいやエリカ、彼はこちらに来てもらうのだ。美有(みゆ)(ゆめ)にいい刺激となるだろう」

 

 悟空に何かを感じたのか、二人は悟空を勧誘しだした。しまいにはお互い言い争う始末。

 

「おれ、を……オレを無視するなぁっ!!! そんなに死にたいなら、二人共々あの世へ送ってやる!!!!」

 

 その銃口を前にしながらの争いは爆発寸前だった切道の堪忍袋を掻き切ってしまい、力の入りすぎた指を震わせながらトリガーを引こうとする。

 

「――待てよ」

 

 それはたった一言で止められた。

 

「オラが相手だって言ったろ」

 

 悟空の存在を思い出した。いや思い知らされたと言った方が正しいのかもしれない。同時に切道の頭も幾分か落ち着いたのか、優先順位を再度思い出してもう一方の手で腰にある二つ目の銃口を悟空にも向ける。

 

「……そうだ、そうだったな。まずはお前を……消す!!」

 

 エリカと森羅に向けた銃口そのままに離れ、悟空に近付いて右手に持つハンドガンを構える。相手の反撃が来ない、そして自分が外さない距離。

 

「さっきの“力”は使うなよ? ピクリとでも動いた瞬間この場の全員を殺す……おい、オレが撃った後にそのナイフで“確実”に殺れ」

 

やはり切道の頭の熱は冷めていないようで、始めの穏やかな口調からかけ離れた荒々しい言葉と憎悪渦巻く目で睨んでいた。こちらが切道の真の姿らしい。

 命令された部下の一人はコクリと頷き、ジリジリと構えながら近付く。今度こそ絶体絶命。それでも悟空の口角は下がらなかった。

 それを見た切道がギリッと口を噛みしめて、

 

 引き金を、引いた。

 

 パァン、と軽い音と共に発射された鉛の弾丸はそのまま真っ直ぐ進み、

 

 ――悟空の眉間を撃ち抜く。

 

 周りの悲鳴や驚きの声が発せられるよりも速く、命令を実行するため部下の一人が逆手に構えた軍用ナイフで悟空の頚動脈を狙い、

 

 

 

 空を裂いた。

 

 

 

「…………ぁ?」

 

 ピっと鋭く風を裂いて進むナイフは、孫悟空がいた(・・)場所に残されていた存在のカケラを切り裂いた。乱されたそれは存在をいびつに歪め、ノイズのように消えていった。

 後に残されたのは空気へと溶け込んでいく影と、信じられない現象を見せられたまま振るった体制で固まる部下一人だけだった。

 一泊の静寂、その刹那に予め予想していた切道は意識を戻して左手のハンドガンに力を入れながらバッと人質の方へと向ければ、

 

「ばぁっ!」

 

「ひぃっ!?!?」

 

 わざとらしいお化けのように手を使って笑う悟空の姿が目の前に存在した。

 思わず反射的に引き金を引いた切道だが、弾丸は胸の正面へと向かい心臓を貫いた。が、またもやその姿は掻き消えた。

 

『あぁぁあっ!!』

 

 続いて聞こえたのは周りの驚き一色に染まった声。それに目をむけ、今度こそ切道の体は心の臓ごととまった。

 

「ヤッホー」

 

「ハハハ!」

 

「よっす!」

 

「おろ?」

 

「へっへ~」

 

 そこにあったのは何十という数の孫悟空の大群だった。

 それぞれがぞれぞれ変な格好やポーズで床にテーブルに、はてには天井や宙にまで浮く姿。これを初めて見せられれば誰だって固まり驚くだろう。

 

「うわぁぁあッ!?」

 

「このっ!!」

 

「離れろぉぉお!!」

 

「あぁっああぁあっああああうぇ?」

 

 現に感情が無い人形として切道に育てられた親衛隊たちが、錯乱しているのか命令もなしに武器で攻撃しだした。だがそれのなんと空虚なことか。文字通り煙のように消えていく悟空たちが、またどこからもなく写真を貼り付けたように現れ、逆に数を増やしていく。

 

「残像拳……てな」

 

「っくぅ……なんだ、なんだなんだなんだなんだなんなんだこいつはぁッッッ!!!!!」

 

 斬っても撃ってもまた現れる。まるでゾンビみたいではないか。

 人質さえ無視ししあまつさえこんな摩訶不思議な現象を起こすこいつは人じゃない。人であるはずがない。“バケモノ”ではないか……。

 切道は知らない。人質を無視しているのではない、人質がいようが関係なく救える術があるから、そして少女が“願ったから”こそ彼は動くのだ。

 そんな恐怖に苛まされていた切道は部下を壁にしながら、無意識に懐にある携帯のボタンを押していた。早く、早く連絡をとり、あいつ(・・・)を起こさなければと。

 

 だがそこでドサっと倒れる音が聞こえた、それも連続して。それと共に悲鳴や恐怖の声もなくなり、不気味な静けさを晒しだす。

 

「……ッ!?」

 

 いつのまにか奴の姿がなくなっていた。が、その代わりに裏導の親衛隊たち床で倒れている姿に変わっていた。自分が見ていないに何が、と未だ固まっている壁にしていた部下に確認を取ろうと手を伸ばす。だが手が届く前に彼らも糸が切れたように倒れ伏す。

 

「な、にが――」

 

「――よっと」

 

 後ろから声が聞こえた、幼く純粋な、しかしバケモノの声を。

 

「ふぅ、これで全部だな。さて」

 

「…………ぁ……あぁ……」

 

 見たくない、だが見なければならない。知的好奇心なのか、それとも別の何かの力故か。切道は後ろをゆっくり振り向く。

 

 

 

「おめぇで最後だ」

 

 

 

 そこにバケモノがいた。

 

 

 




何か悟空が恐怖の権化になってしまった。
切道のキャラも形が速攻くずれてしまった。もうちょっと落ち着いた感じだったのにどうしてこうなったorz
この話し終わったらのんのんびりするんだ。「よ」さえ入れたら後は完璧。
その後は遂にあのキャラと真剣でバトらせたい!!
けどこの話どうやって終わらそう……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話

あけましておめでとうございます。
この際「遅いよ!」というのはご勘弁を。
さて、最新話を更新させていただくのですが、まずは謝罪を。
大晦日に更新した話でややこしくさせてしまってすみません。感想でも頂いたようにああいうのは別のとこでやるべきでしたね。
それともう一つ。その時に二話同時更新するという話もさせてもらいましたが、作者がインフルエンザにかかってしまい、そのせいでまだ続きが書けていません。今もまだ続いているのですが、遂には一月が過ぎ二月になってしまいました。これ以上皆様を待たせるのも心苦しいのでこの一話を更新させていただきます。同時更新はまた今度頑張ってみようと思います。
では長々とさせていただきましたが最後に、
“恐竜がい~たら~、た~まの乗りし~こみた~いね~♪”




 揚羽は目の前の出来事に驚きを通り越して放心していた。いや、見惚れていたとも言えるのか……。

 彼女はこの中でも唯一マスタークラスに近く、それ故に全く見えなかった切道や護衛達と違い悟空の姿を微かにではあるが追えていた。悟空がやったことは何も難しいことでは無い。ただ一瞬で背後に回り、神経の集まる首を狙い手刀で意識を断ち切ったのだ。大の男を一発で倒したことや銃弾を掴み弾くこと、そして今のも含めても、己がもう少し修練を積めば出来るだろう。やろうと思えば数体の残像を出すことも可能だろう。。ただし、“()()使()()()の話である。

 つまり悟空は“気”を使っていなかったのだ。

 揚羽自身、彼から一般の人と何ら変わり無い“気”しか感じたことがないので何とも言えないが、今さっきの動きで“気”を使った様子が無いのだ。悟空から感じる気は最初と変わらず少量だ。……ただ違和感がある。悟空の全身(・・)から同量の気を均等に感じるのだ。

 熱を測るサーモグラフィーを思い浮かべてもらえばわかりやすいだろう。武に触れたことが無い一般人の気にはムラがあり、体温のように部分々々で色が違ってくる。手足や皮膚から身体の中心に向けて熱が高く、赤くなっているのと同じである。例外は頭や脇だが、気も同様に体のそれぞれで高低があるのだ。それを整え、身体を操ることが武の本分でもある。通常では割れない岩でも、手に気を集中させ拳を放てば割れるようになり、また脚に集中させてジャンプすれば何倍も跳べるようになる。余談だが、これは自分の体内の力故に普通の人でも修行を積めば意識してできるようになるが、気の放出は体外という自分の意識では届かない場所なので操ることが難しい。それ故にこれができる者はそれなりの実力があると見ていいだろう。

 話が逸れたがしかし、悟空の気は一般人と同じくらいの量でありながら整えられていたのだ。それはもうキレイな一色で、手足はもちろん指先にまで行き渡っており、目隠しされても認識できるほど形になっていた。

 

「ふぃ~。さーってと、あとはおめぇだけだな」

 

「……」

 

 悟空は肩を回して切道を見る。まるで準備運動が終わったかのような言い方だ。そう聞こえるのは我々の心に落ち着ける程の余裕ができたからか。

 切道は応えない。あの場を支配していた圧倒的有利な状況から一転、自分一人になってしまったのだ。いや、まだ裏道の部下達が下の階を制圧しているはずなので油断はできないが、大本を断ち切れば自体は治まるはずだ。

 

「…………はぁぁぁ……」

 

 だがしかし、切道は諦めたようにタメ息をついた。それはもう残念そうな様子がありありと顔に出ていた。これほどまでに素直な表情を出されると逆に疑わしくなってしまう。

 

「あー残念、誠に残念だ。まさか私の部下をこれほど簡単に制圧してしまうとは……」

 

 ヤレヤレと文字通りお手上げの状態で溢す切道。まぁそれも仕方ないだろう。自慢の部隊がこれほど簡単にやられれば、怒りよりもむしろ呆れや無気力感が湧いてしまう。

 

「せっかく長年かけて立てた計画をこんなにあっさり、しかも子供にやられると逆にもうどーーでもよくなってしまった。逆に拍手を送りましょう。パチパチパチパチパチパチ……」

 

「いや~それほどでも~」

 

 切道の賞賛に満更でもなさそうな悟空。頭をかく姿は先程場を圧倒した者とは思えない、いつものマイペースな悟空だった。

 切道のあの表情……嘘はないようだ。揚羽自身の相手の表情を読むスキルは切道には通じないが、身体に宿る気が怒りで乱れていない。切道自身が言うように諦めたようで、これ以上事を起こす気はないようだ。自分の戦力と相手の戦力を正確に測る頭といい、期を見て決める決断力といい、諦めの良さといいさすが裏の大企業を継ぐ者と言うべきか。

 

「あ~あ、せっかく長年立てた計画がパァだ。もうどぉーーでもいいや――」

 

 しかしあぁ、これでやっと終わるようだ。長かったこの事件も、裏の危うさと己の無力さをかみ締めながら、死人も出ず無事に終わったことに安堵して、

 

 

 

「全部壊せばスッキリするだろぉ、なぁ?」

 

 

 

 切道がポツリと溢した言葉と同時、静寂を押し潰すようにガゴゥンッと重い音が響く。音の先を見れば食材や物資を運ぶ為であろう上下に動くアップスライド式のドアに、従業員用も兼ねた大型エレベーターがあった。上から何か降りてきているようで、段々と音が近くなってくる。だが余程重いのだろうか、所々でガガッと突っ掛かる音も聞こえてくる。

 やがてポーンと場に全く似合わない到着の音が鳴る。全員の視線がその先へ釘付けになる。だがしかしドアが開いてこない。一拍、二拍と静かな間が続き、誰とも知らずゴクリと喉を鳴らす。唯一知っているであろう切道は顔に手を当てたまま俯いていた。

 英雄や紋白の顔に冷や汗が流れる。だが揚羽にはその倍以上の汗が表れていた。それは揚羽だからこそわかった何か(・・)を感じたのだろう。顔を青ざめながら逃げろと叫ぼうとして、しかし口が震えて上手く言葉が出なかった。背中越しにいる英雄はそんな姉の様子を知らず、チラリと目だけで悟空を見た。そこに笑顔はなく、目を細めて体を開き、不動の構えをしていた。

 嫌な静寂が続く。しかしそれは――、

 

 ズッ――ドガァァァァンンッッッ!!!!!!

 

 エレベーターのドアと共に破られた。

 ≪ソレ≫はドアを破片を頭に煙を纏って現れた。そのスピードは悟空と同等か、ドドドと地鳴りを上げて来る様はまるでSLのようで速く重いという印象を抱かせた。そのまま揚羽達の目の前を通り過ぎ、壁に激突する。

 

 もうもうと立ち込める煙の中、隙間から見えたのは靡く白と金色の光だった。

 やがて煙が晴れていき、その姿が見えた。

 

 それは“バケモノ”であった。

 通常の人の……いやライオンの3~5倍はあろう巨大な身体。その上から覆う硬く刺々しい金色の鎧はその身体をさらに大きく、触れることさえ憚れる様な圧力を増させた。隙間から見える白い体毛とそれに隠れながらも雄々しい筋肉を備える四本の脚は、人間ではありえない軌道と速度を可能にさせるものだった。靡く白い尾も一つ振られればブゥンとムチを超えハンマーの如く人など簡単に吹き飛ばせるであろう。

 なによりも≪ソレ≫を際立たせたのは顔だった。顔を覆うその金色の兜と額に輝く一本の角は、己が頂点であるように雄々しく、全てを切り捨て、貫くだろう。さらにそれを後押しするように体毛とは違うもう一つの白、口から生えた獣特有の鋭い牙と喉を震わせて聞こえてくる唸りが空気をも震わせているようだ。

 ……そして一番と言えるのが、その兜の下から覗く鋭く細められた紅い目。目の前にある全てを引き裂く、と断言しているような縦に裂かれた血のように赤い……紅い瞳だった。

 その瞳に睨まれただけで英雄達の体は石のように固まった。唯一動けそうな揚羽にもまるで水中にいるかのように重圧と息苦しいさがその身に圧し掛かっていた。

 だがそれよりも――

 

「悟空ッ!!?」

 

 紋白が思わず叫ぶ。

 ≪ソレ≫通った道は嵐の如く荒らされ、斜線上にいた悟空の姿は消えていた。あの壁の壊れ具合を見れば嫌でも考えてしまう。いくら悟空でも、不意にあれほどのモノに突撃されれば……と。

 

「ふぃ~危ねぇ危ねぇ」

 

 しかしのんきな声は≪ソレ≫の横から聞こえ来た。壁とソレ≪・・≫の頭との間には何も居らず、≪ソレ≫がこちらに振り向いた顔のその横に、悟空はぶら下がっていた。

 

「ヴオゥッ!!!」

 

「のわわっ!?」

 

 悟空に引っ付かれているのが嫌なのか、ブンブンと何度も頭を振るケモノ。その一振り一振りは風圧は凄まじく、離れている英雄達でさえ押し飛ばされそうだった。

 さすがの悟空も遂には引き剥がされてしまった

 

「っとと、すげぇなこいつ……」

 

「ッ?! 悟空、その傷は!?」

 

 ポタ、ポタと腕から伝うそれはまさしく血。その本を辿れば二の腕の辺りから垂れており、そこには皮がめくれて赤くなった傷があった。

 

「へへっ、ちょっちかすっちまった」

 

 かすっただけであの威力かッ!! 戦慄する揚羽達をよそに、≪ソレ≫はザッと四肢を伸ばして咆哮する。

 

「――――――ァアッッ!!!!!!!」

 

 雷鳴の如き咆哮。その声は全ての人間の身体を震わせ凍らせる。今度のものは揚羽も例外ではない。何故なら揚羽でさえ怯ませるそれは生物の上位種がなせる“本能”への威嚇だからだ。

 その中でも動けるのは発したモノ自身とそれの上位と認識されている者、そして我らが孫悟空だけである。

 天変地異の叫びと共にそのケモノは獲物と定めた悟空に飛び掛った。さすがに悟空でも当たればないだろう、避けることに専念していた。

 呆然と眺めていた今まで俯いていた切道が開いた口からククッと小さく溢し、次いで顔を勢いよく上げてその嗤いを爆発させた。

 

「クッ……クク……クククヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハッハァッ!!!!!!

 

 やーちまったやっちまった~♪ 思わずボタンをポチっとなぁ!! 箱から飛び出てジャジャジャジャーン!

 どうだ? 最高だろ?」

 

「……アレ、は……アレは何だ……答えろ、切道ぃいッッ!!!」

 

 震える唇を血が出るほど噛み絞め、痛みで無理矢理動かし揚羽は切道に叫んだ。

 

「戦犬、又は軍犬は知ってるな? 戦事や軍で使われる調教された犬、それがアイツだ」

 

「そんなことは知っている!! だがあれは……ッ」

 

「そう、もちろんあれはただの戦犬じゃない」

 

 視線の先には自らが育てた自身傑作の攻撃に悟空がひたすら避ける姿。気付けば悟空は柱に追い込まれ、そこに容赦なく襲い掛かる牙。悟空はギリギリで避けたが、その牙は止まることなく柱に噛み付いた。普通ならばこのタワーを支える一柱だ、犬の牙では到底ヒビを入れることはできず、逆に牙が折れるだろう。

 しかしその牙は柱へと沈みヒビを作ったのは一瞬、メキメキという音もたてず噛み砕かれた。

 

「アレにはある因子を組み込みましてね?」

 

「因子?……つまり細胞を埋め込んだ……アヤツを実験体としたのか!? 貴様それでも人間か!!」

 

「おっと、今さら非人道的とか言わないでくださいよ~。そんなのまさにい・ま・さ・らですから。この世の中にはそういうこともいっぱいあるんですから。

 まぁでも今まで行われた凡人のようなものではなく、私の画期的なオリジナルですけど、ね?」

 

「オリジナル……だと?」

 

 未だ言葉調子の直らないまま――いや、我々と会うまでにもうすでに壊れていたのかもしれない――切道は嬉しそうに小躍りして続ける。

 

「見つけたんですよぉ! 二億五千万年前に誕生して六千五百年前の白亜紀に絶滅しながらも、未だ現代に骨が残るほどの強靭な身体を持っていた、生物の上位種にして頂点に立つモノ――」

 

「……まさかッ!?!!?」

 

 ソレに気付いた揚羽が驚きの表情で振る返る。そこにはニヤっと頬が裂けんばかりの表情で切道が嗤っていた。

 

「そう!

 

 

 

 ――“恐竜”だ」

 

 

 

 そこには破壊の音を景色に、静寂が世界を満たしていた。

 誰も言葉にならない、いや何も考えられないと言った表情で切道を見ていた。

 

「しかもただの恐竜じゃない、未だ誰も発見していない未知の恐竜だ!……いや、恐竜と呼べるかは怪しいかな?」

 

 揚羽でさえも声にならず瞳を震わし、切道を見ているだけだった。それに気付いているのかいないのか、自分の世界に入った切道は一人自慢するように語る。

 

「そいつはな? 身体の一部はいくつか欠損していたが、骨だけじゃなく身も残っていたんだっ! それもいくつかはまだ新しいまま、まさに奇跡だったよ!

 何よりも驚嘆したのがその姿! 弱肉強食であるジュラ紀や白亜紀でも恐竜相手に引けを取らず生き残っていたであろう、狼型の新種! ダイアウルフの始祖だろうか?いいやそんな生易しい存在ではない、調べれば調べるほどそのすごさがわかる! 恐竜に負けない皮膚や牙、爪等の外的能力はもちろんそれを自由自在に扱える筋肉や五感等の内的能力も既存の物と比べるのがおこがましいほどさぁ!!

 いやー研究者をかじっているオレでもその異常性が理解できますよ、うん。もしかしたら恐竜時代の歴史を覆すかもしれない発見だ」

 

 ――だからこそ面白い

 

「ボクは≪Dinosaur The “Я”ebairth≫計画、通称“|Я≪リバース≫”計画を立て始動した。

 そしてオレはそいつに狼の頂点にして竜に相応しい“王”を文字をつけた≪王狼(オウロウ)≫と名付け、子孫であり血統と身体のポテンシャルが高い数体を選び、そこに王狼の因子を組み込んで薬で増強し、そしてそしてもう一つの研究成果である“気”をも組み入れ完成されたのが……あれだ!」

 

 切道が指す先には逃げ回る悟空を追う狼。一つ駆ければ風を裂き、二つ駆ければ地を砕き、三つ駆ければ天が轟く。嵐のようなその姿は神話の戦狼“フェンリル”のようだ。

 

「アレはオレ以外の命令は聞かない。作り出して調教した“親”であるオレ以外は、な」

 

 “親”

 その言葉が一番胸に深く突き刺さったのは紋白だった。“親”……とりわけ“母”という言葉を彼女はよく知っている。いやよく調べたから、と言うべきだろうか。自分も母――局に認めてもらうために。

 だからこそ先ほどから≪オウロウ≫に感じていた違和感……いや何故か痛いほど胸に響くその声は自分のよく知っているものだった。そしてその瞳の奥にあるモノも……。

 故に、

 

「違うッッ!!!」

 

「あ?」

 

 叫ぶ。死の恐怖を乗り越えてでもそれを否定しなければならなかった。

 

「“親”とは……“家族”とはッッッ!! そのような縛って、従わせて、服従させるものではないッ!!

 ……決して、ないッ」

 

 最後は搾り出すように言った言葉。それは紋白だからこそ言える言葉だった。

 

「……へー、で?それで? よそはよそ、ウチはウチってやつさ。そっちだってそういうのあるでしょう?

 まっ、そんなことはどうでもいいじゃん」

 

 その言葉に切道がどう思ったかはわからない。だがそれでも変わらず余裕を持って皮肉で返す。

 

「現実は残酷なんですから」

 

 いつの間にか破壊音は止み、一人と一匹は向かい合っていた。片方は身体の数箇所に掠り傷を作りながら、もう片方は鼻息荒く目の前の獲物を見ていた。いや、その焦点は所々でブレており、正気と狂気の狭間にいるのがわかる。これだけを聞けばどちらが危険かわからないが、どちらも危険だと断言できる。  

 フゥッ、フゥッ、フゥと過呼吸のように繰り返す王狼を見て悟空は何を思うか。しかし紋白だけは祈るように願った。悟空を無事を。そして――あのモノに救済を。

 

「……はぁ~~~~っ」

 

 果たして祈りは届いたか。

 悟空は唐突にタメ息を溢した。

 ガリガリと頭を掻く。特徴的なくせっ毛が雑草のようにガサガサと揺れる。

 それは諦めからか?NOだ。面倒くさいからか?NOだ。

 

「――あんま傷つけたくねぇんだけどなぁ」

 

 ポツリと小さく呟かれた言葉。それを聞き取れた人間はいない。そう、目の前にいる獣以外は……。

 

 

 

 ブワッと空気が変わる。極寒の寒さから、段々と暖かい熱さへと。中心にいるのもちろん悟空。だがそれだけだ、ただ空気が変わっただけではあの王狼には勝てない。切道は絶対の自信を王狼に持っていた。

 しかし揚羽や英雄、そして紋白の心は不思議と安心していた。

 

 同時に不思議なことが起こった。

 ……震えている。あの王狼が傍目にもわかるほど震えているのだ。その目は見開かれ、何処か畏怖の思いで悟空を見ているようだった。

 

 

 

 ――意識だけの暗い世界。王狼が見ていたのはただの一人の少年ではない。その瞳には地球のに存在する上位種である自身――恐竜でさえも超えるものが映っていた。

 自身の四、五倍はあろう巨大な体躯。その大きさからくるであろう巨腕巨脚、そして雄々しい尾。毛むくじゃらな茶色の体毛はそれだけで威圧感を増させる。そして突き出た口に牙はまるで己を大きくしたようなものだ。

 その姿は猿鬼。通常ではありえないそれが目の前の小さな少年から出で立つ姿。その全身から溢れ出る威圧感に自身は気圧されていた。

 そしてなにより己と同じ、それでいて全てが紅い瞳。見つめられたその瞳からは、理性をなくした狂気だけが思い浮かばされた。

 この瞬間、この世界の地球の上位種・恐竜が宇宙の戦士、サイヤ人に敗北した瞬間だった。

 身体が負けを認め、力が抜ける。弱肉強食の世界で生きた彼だからこそ、その身を勝利者に捧げるのだ。例えそれが、以前のように無理矢理従わされた理不尽相手でも……。

 猿鬼がこちらに手を伸ばす。その巨腕で押し潰すのか、はたまた掴み上げられその口に入れられるのか。恐怖から目を逸らそうとするが、不思議と相手の目に引き込まれた。

 

 しかしその手は優しく頭に置かれていた。――気付く。その紅い瞳の奥に、やさしい光が見えていた。そのまま撫でられる。硬い豆が残る手はごつく、撫で方も少し雑だったがこんな風に撫でられたのは初めてだった。

 だんだんと身体の内にあった痛みが和らいでいく。暖かい。まるでいつも見上げ憧れていた、あの青空に咲く太陽のようだ。目を閉じれば草原に立つ自分、心地よい風、そしてお互いの首に顔を埋め、擦り付けあう似た顔の|映像≪ビジョン≫。知らないはずなのに知っている。だが疑問さえ湧かず、むしろ懐かしい気がして知らず涙を流す。

 

 同時に上から光が注がれる。撫でられながらも片目を開けば、そこには長い、長い体を持つ緑の龍が存在していた。こちらを見るその瞳はまるで子を見守る母のように優しかった。

 遂にはこちらを包むように龍は旋回し、光が大きく空へ立ち上る。

 

 意識が途絶えていくのを感じながら最後に見たのは、光を放つ龍でもなければ照らされた金色の猿鬼でもなく、ただただ己より小さい、しかし大きい少年だった。

 

 

 




ポケモ……ん゛ん、ペットゲットだぜ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話

大変長らくお待たせました。
いや、ちゃうんですよぉ! せっかく6月始めにで投稿しようとしたらPCがカチンと固まって馴染みの人にチラッと見てもらったらザーウィルスが入ってたらしくテキパキと治してもらったら中身がスッキリと消えて俺の心がバキンと壊れてゴロンと不貞寝してでも皆さんの感想にボワァッと燃え上がってタタタタタッと覚えてる限りのこと書いてやっと完成しました!!
……って言い訳染みたもの本当のことも見ずに読んでくれてると嬉しいです、ハイ。


 

 

「…………馬鹿な」

 

 切道は目の前の現実が信じられなかった。あの恐竜さえ超える王狼が、触れる者の腕ごと噛み千切っていたЯ-07が、自分の最高傑作がッ!!!

 あんな……あんな簡単に……。

 そ、それも…………

 

「な……ついて、る……だと…………ッッッ!!?!!!??」

 

 素直に悟空に頭を撫でられる、あの(・・)王狼が、だ。

 床に身体を預け、されるがまま撫でられているその姿には狂気も殺気も感じられず、まさに牙を抜かれた獣と呼ぶ有様。

 裏道では一度も見たことが無い――“親”であるはずの自分にも。

 愕然と震える身体をよそに、今しがたの考えを切り捨て頭の回転をフルスピードにして思考する。ここにある(自分 の駒含め)全て壊すリスクと、目の前に存在する後々邪魔になるであろう芽を天秤にかけ、それでも切り札である王狼を解き放って潰すこと決めた。しかしその結果がこの様だ。

 

(いや、後悔をしている場合じゃない。ならどうする? 第二、第三部隊を呼ぶか?……いや今からでは遅い。そちらは九鬼牽制に回しているし、呼び戻せば九鬼の従者部隊も付いて来る。何より九鬼帝に就いている後ろ二人が問題だ。残りのЯ計画の実験体は使い物にならない。ならば中止し諦める?……それこそ無しだ、この計画にどれほどの時間と金をかけていると思うッ!!? そもそもあのガキが出てこなかったら全てうまくいっていたのにッッ!!!!……違う、そうじゃない。……あぁ認めよう。あれは本物のバケモノだと。 だがならばどうする!? いっそあれを使うか? しかしアレは自分自身にも危険が伴うし、アレこそ最後の手段だ。おいそれと使える訳が無い!! っち、これならアレも残しておけば……クっソ違う、違う違う違う! 今考えることじゃない、切り捨てろ!!! ならこの状況をどうする!? なら別ルートで……いやしかし――)

 

 切道は現状への対策を練ろうとするが、悟空の存在や切り札をやられたショックからか後悔や疑問、そして恐怖など弱腰な考えが頭を遮りまともに考えられなかった。

 そんな切道を時間は放って置くはずもなく、懺悔の時は迫っていた。

 

「さぁて、っと」

 

「――ッッ!!?」

 

 聞こえたのは偶然か、はたまた胸に抱く恐怖からの反応か。王狼に向いていた優し い眼差しが、鋭い刃となって切道に突き刺さっていた。

 気付けば窓際まで後ずさっていた。高さ296mからなる70階からの景色はまさにここから飛び出したいほどの絶景。しかしそれ以上進めるはずもなく、見ているほど余裕があるはずも無い。いっそここから飛び出せた方がどんなにいいか。しかしそれもパラシュートがあればこそ。準備があっても手元になければ意味がなく、それを取りに行くほど相手は待ってくれるバカではない。

 

「おめぇはちっとばかしやりすぎた」

 

「…………くっ……くるな……」

 

「さすがのオラも頭にキテっからな」

 

「……来るなッ」

 

「でけぇの一発――覚悟しろよ」

 

「来るなぁぁぁァぁぁあアあぁぁあぁぁぁアアアア――――――ッッ ッ!!!?!!!??」

 

 悟空が消える。次の瞬間には切道の目の前に存在し、右手を腰ダメに構えていた。切道にはそれがまるでジャンケンをするかのように見えた。

 

 

 

“さ・い・し・ょ・はグーーーーゥッ”

 

 

 

 しかしその拳には見えない何かが渦を巻き、嵐となって吹きすさぶ。

 ふと切道の頭を過ぎったのは、幼い頃に亡くなった母との思い出。裏道を継ぐため幼少の頃から父に厳しく育てられ、泣きそうな時にいつも優しくしてくれた母。裏道を継いだ父とは違い、庶民の出身だった母はちょっとした時間でも遊べるようにジャンケンや指相撲等を教えてくれた。

 あの時は下らなくも楽しかった。忘却の彼方にあった記憶が走馬灯のように走り、今までの記憶が頭を埋め尽くす。と同時 に理解した。

 

『違うッッ!!! “親”とは……“家族”とはッッッ!! そのような縛って、従わせて、服従させるものではないッ!!

 ……決して、ないッ』

 

 

 

 あぁ、九鬼紋白が言ってたのはこれだったか。そうだ、ワタシは、オレは、ボクは知っている。

 

 

 

“ジャンっ、ケンっっ――――”

 

 

 

 これが――“  ”だ

 

 

 

 その拳は全てを消し去った。壁も、ガラスも、そしてその先にある雲でさえ掻き消した。閃光と音にならない音が拳の先にある物全てを消し去ったのだ。壁やガラスの欠片がパラパラと舞い砂煙がもうもうと立ち込める中、揚羽達は見た。

 

「――――」

 

「…………」

 

 綺麗な正拳突きを放った格好の悟空と、その先に 頭を垂れてガクガクと震え佇む切道の姿を。

 真っ直ぐ伸びたその拳は武に立つ者にとって基本中の基本の型であり、しかし全ての人間が見惚れるものだった。何千、何万、いやそれだけでは圧倒的に足りないだろう神秘の境地だった。その拳の凄まじさは、外の絶景が直に一望出来ると言えばわかってもらえるだろうか。

 だがその拳は切道に届かず、胸のわずか手前1cmの距離で止まっていた。その切道に外傷が無く、ただただ呆然としている様子だった。

 つまりは、だ。おかしなことを言っているのはわかるが、悟空の拳は切道を“無傷”で通り、後ろにある全てを消し飛ばしたということだ。

 いや、無傷ではなかったようだ。くの字に折れていた身体から力が抜けて崩れ落ち、遂には 前に倒れた。腕に隠れて見えないが、さぞや憎々しい顔をしているのだろう。

 

 ――紋白も、揚羽もその場にいる全ての人は気付かないだろう。俯き倒れ、腕に隠れたその顔が、どこか晴れやかな顔をしていることに。そう、倒れゆく様を目の前で優しく見守る小さな少年以外は……。

 

 

 

「…………終わった、のか?」

 

「あぁ、こいつが一番悪ぃやつだろ?」

 

「……そうだ、な。これで……終わったのだな」

 

 揚羽の言葉から次第に周りも危機が去ったと理解した途端、盛大な歓声が湧き上がった。

 

「やった! やりましたよ姉上!兄上! よくやったぞ悟空!!」

 

「はっははは! いやぁ~やりすぎちまったかな?……これでも手加減したんだけどなぁ~」

 

 最後のポツリと呟かれた言葉は奇跡的に誰にも聞かれていなかったが、聞いていた者がいたら眼が飛び出る思いだろう。

 

「……ハハ、何なんだあのガキは」

 

 目の前の出来事に呆然とした表情で顔を引くつかせるあずみ。思わず夢では無いかとらしくも無く現実逃避を押してしまう。あずみも揚羽ほどとはいかないが、悟空の纏う気が少なく、ただのバカな子供だと危険に思い、しかし隣に新しく決めた守るべき王がいたため何もできずただただ見ていることしか出来なかった。

 だが蓋を開けてみるとどうだ? パンチ一つで訓練された精鋭の軍人を倒し、120発の弾丸を片手で掴んで弾いたり、はたまた自分のお株を奪うような分身の術で敵をあっと言う間に片付け、果てには 敵に傷さえ付けずに後ろのお空の雲を吹き飛ばした。そして理解する。あぁ、コイツも壁を越えたバケモンか、と。しかもこんなガキがだ。夢と思わずなんとする?

 しかし目の前の惨状が現実であると頭に訴えてくる。それでもやはり納得いかない……というかしたら駄目なんじゃないかとループする寸前だったあずみに、支えられている英雄が声をかける。

 

「おい」

 

「いやけどこれ夢でんがなしかし……あぁ?――あ、ァぁぁっぁああああああははははははいいぃっ!!!!?? なななんんでごぜぇましょうかぁ!!?」

 

「貴様、名前は?」

 

「ににににんにんニンニン……じゃなかった 忍足(おしたり)あずみデスマス!」

 

「そうか、あずみか」

 

「はわぁーん!(はぁと)」

 

 あずみはこれがまだ夢の続きだと確信した。テロの中で英雄の王としての器を垣間見てから、この方に仕えたい、我が主になって欲しい、まずはお付き合い、では無く友達から……い、いやいやそれよりアタイの名前を呼んで貰えたら……と、年齢○○(ピー)歳ながら胸にズッキューンと来た熱い熱い思いに人生初の一目惚れをしてしまったのだ。一応恐らく(めいびー)成人を越えているあずみ自身、今まで忍になるための修行や傭兵といった道を歩んできたので初恋と言うモノを知らなかったが、女のカンが“これだ”とバクバク鼓動が脈打つのだ。

 さて長くなったが、そんな初恋知らずのあずみさんが好きな人から、それもファミリーネームではなくファーストネームで呼ばれたのだ。 初めての言い表せぬ快感に打ちひしがれてもしかたがない。もう先程までの理解不能な出来事も頭から吹っ飛んでいった。もう小躍りするほどだ。

 だがさすがに現状でそのようなことを、ましてや好きな人の前で痴態をさらすわけにもいかず、理性を総動員して真剣な顔で対応する。。

 

「何でしょうか英雄様!」

 

 ……とってつけたようなブリっ子で対応した感想は、皆様の胸に秘めておいて頂きたい。

 その仕草を見ているのか見ていないのか、顔を前へ向けたままの英雄はあずみに言う。

 

「あそこまで連れて行ってはもらえぬか?」

 

 その答えはもちろん、

 

「喜んで!(キラッ)」

 

 

 

 

 

「……悟空」

 

 あずみに肩を支えてもらいながら歩いて 来た英雄はあずみに礼を言って離れ、悟空と一人向かい合った。その目は鋭く、思わず二人の間にピリピリとした空気が漂う。

 

「おぉ、英雄! 大丈夫か?」

 

 しかし悟空気付いているのかいんばいのか、さも仲が良い様に軽く手を上げて答えた。それに苦笑したのは、意外なことに英雄自身だった。

 

「あぁ、何とかな。……それよりも、だ」

 

「ん?」

 

「孫悟空。――感謝する」

 

 そう言い頭を下げる英雄。これには揚羽も紋白も驚いた。今までの英雄は何処か悟空を毛嫌いしていた(てい)があった。しかしその英雄がここまで悟空に面と向かって、しかも頭まで下げたのだ。

 

「?? オラ何かしたっけ?」

 

 しかし言われた当人は言葉の意味を理解 できていないようで、頭に『?』マークがいくつも浮かんでいた。何度も左右に首を傾げる様は本気で分かっていないようだ。その様子では、彼は英雄に嫌われていること事態知らないようだ。

 だがそれでいい、と英雄は内心で苦笑した。

 

「いや、ただそれだけを言いたかっただけだ」

 

 ――これは今までの分。そして今回の礼は、いずれあやつが危機に陥った時に味方でいられる――背を任されるような“男”になること。それが九鬼としてのの、英雄としての――我が我であることへの証明であり、我があやつに出来ることでもある。

 

『感謝は言葉と態度で示せ』……九鬼家の家訓でもある。

 

「そっか、ただ言いたかっただけか……ぷッ」

 

「そうだ、ただ言いたかっただけ だ……くッ」

 

「「ハッハッハッハッハッハッハッハ!」」

 

 お互いどこか可笑しくて、同時に吹き出してしまう。

 

「フハハ、っハハ! 悟空も兄上、っも、仲直りして本当に……ほんとうに、よがっだぁ゛~」

 

「フハハ、そうだな……あぁ本当に、な」

 

 

 

 あれほど離れていた二人の心がついに……遂に繋がった。その事実と胸いっぱいに溢れる嬉しさに紋白はフハハと笑いながらその潤んだ瞳からポロポロと珠の滴を零していた。そんな妹の頭を優しく撫でながら揚羽もホッと息を吐いた。

 

 

 

「うぅ~よかったですね英雄さま~。ズズッ。思わずアタイももらっちまいました」

 

 離れた所で見ていたあずみはその光景に顔を横に向けて鼻を啜っていた。

 

「おっと、まだアタイの仕事が残ってたな」

 

 あずみの足が進む先は、切道が放った裏切りの凶弾で倒れている李の身体だった。

 その身体は急所に当たったのかピクリとも動かず、故に撃たれた一発以外触れられた様子のないまま放置されていた。近付くにつれ見えるその赤い血だまりの大きさでは、悟空が10分とかからず瞬く間に制圧したと言ってももう間に合わないだろうと誰もが思うほどに広がっていた。

 傭兵だからこそ今回のような敵対勢力として会い(まみ)えることも少なくなかったが、李とあずみ、そしてもう一人と三人の上司であった大佐でチームで組み各地を回ったことの方が圧倒的に多く、そして心地良かった。

 いつもとかわらない無表情で床に倒 れるその表情。だが旧知の仲であるあずみにはその顔に似合わない驚きが浮かんでいることがわかった。

 故に大切な仲間の遺体に近づき、

 

 

 

 

 

「おら、起きろ」

 

 

 

 

 

 蹴りを入れた。

 

 

 

 

 

 しかしその脚は李の横を通り、当たらなかった。

 死体であるはずの李の上半身がぐにゃんと起き上がり、遂には頭に糸が付いてる人形かの如く不自然な動きで立ち上がったではないか!! その様はまさに中国の妖怪キョンシーのようだった。

 

「ちっ、避けんじゃねぇよ」

 

「マァーナンテヒトデショー。文字通り死体に鞭打つなんて……そのムチムチの脚だけに(ぷすーっ)」

 

「あ? てっめぇそのムチムチって言葉は太いって意味じゃねぇよな? 全然上手くねぇよ、ケンカ売ってんのか、ああ゛ん?」

 

 死体であったことを強調するようにカクカク動く李は、自分の掛けた言葉か……はたまた別の要因でかは知らないが、フイと顔を横にそらして口に手を当てる。しかし無表情でいながらバカにするように吹き出した息をあずみは見逃さず、暴発寸前の拳を理性で落ち着けていた。

 己の内から湧き上がるある阿修羅を何とか……それはもう深く深く飲み込んで、呆れを含めた長いタメ息を吐いた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ~~、相っっっ変わらずそれ好きだなお前! まぁ今回はアタイしかわからなかったからよかったがな。そういうことに関しては流石というべきか」

 

 この状況では知っていたアタイでさ え騙されそうだった。――その身体に付いた血の量が撃たれた箇所にもかかわらず、致死量ほどの量が服と柄に染み渡っていなければ。

 

「今回は特製の絵の具と、保険のためにをクナイで浅く傷付けておきましたから」

 

 ――あとから聞いた話だが、元々裏道家の怪しい噂には気付いていたらしく、その事実を大佐から調べるように言われて潜入したらしい。今回はお互い依頼主が違ったため、行き違いのように別々で行動していたらしい。

 あずみと対峙したあの時も、常に切道へと意識を向け隙を狙っていた。だからこそ切道の発砲を読み切り、バレないように体を捻って避け、袋に入れておいた特製血袋と掠めた部分の僅か横を内臓を避けて同時に傷付けたのだ。

 そこに李お得意の死んだふりを合わせれば完全な死体の出来上がりである。

 

「まぁ無事ならそれでいい」

 

「あずみのツンデレ、乙です」

 

「茶化すな……お前も見てたろ?」

 

「……ええ、それはもう」

 

 視線の先には九鬼姉兄妹と後から来た霧夜家と森羅家の長女に囲まれ楽しそうに笑う子供。いや――

 

「あれを子供と言っていいのかねぇ?」

 

「ふふ、何を今さら」

 

「あ?」

 

 李へと振り向く。常に感情が乏しく知古のあずみ達ですら読みずらいその顔には、今まで見たことが無いほどの喜び、安堵、尊敬、憧れ等、複雑な表情が現れで悟空を見ている。

 ただ一つ、それが一つにしてわかることがある。李は笑っているのだ。

 

「彼は彼です。裏道を撃ち抜き、霧夜に誘われ、森羅に褒められ、九鬼姉兄妹に囲まれ笑う、普通よりただちょっと強い子供ですよ」

 

 李は初めてあったばかりのあの子供に

 

 

 

 

「っは! らしくないな、李」

 

「ふふふ。あなたも笑ってるじゃないですか」

 

 どちらともなく二人は笑い合ってた。

 

 

 

 

 

「それにしても先程のアナタもらしくないですね、床の上で魚のように飛び跳ねて。まさしく――」

 

「ブリだけに、つったら殺るぞこらぁぁぁぁぁああッッッ!?!!?!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九鬼三姉兄妹の長き夜が、遂に終わりを迎えた。

 

 

 

 闘いは終わったのだ。

 

 

 

  ――しかし“戦い”は終わらない

 

 

 

 それも起こした当人でさえ予期できぬ、まさに逃れられぬ“運命”のように……

 

 

 

 

 

 ……ピッ

  ……ピッ

   ……ピッ

 

 ピ―――――――――――ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドンっ、と地球が怒鳴った。

 

 そう思える程の、爆音。床がひっくり返るのではないかというほどの揺れがそのタワーにいた全員を揺らし、立つことができず床に手を着いた。唯一立っていられたのは武人として鍛えられた身体を持つ揚羽、同じく傭兵として一線越えた強さと似たような経験に慣れている李と英雄を支えるあずみ、そして胸に飛び込んできた紋白を抱く悟空とその背を自らの身体で支える王狼だけであった。

 

「な、んだっ、この揺れは!?」

 

「ちょっ、こんな地震ってありえないでしょぉっ!?」

 

「お怪我はありませんか、英雄様!?」

 

「うむ、心配ない。世話をかけるな」

 

「大丈夫か紋?」

 

「う、うぬ! わわわわれ我は、だだだ大丈夫であるぞなもし!」

 

「本当に大丈夫か? 何か顔赤くなって震えてっぞ?」

 

「ばっ、バカモノ! この揺れのせいに決まっておる!!……決まっておるはずだ!?」

 

「ん~そっかぁ、ならいっか。おめぇもサンキューな!」

 

「ウォンウォン! クゥ~ン」

 

「ははっ、よせってくすぐってぇぞ~」

 

 慌てる参加者たちをよそに、揺れる身体を支えながら揚羽たちは冷静に現状を分析する。――若干二名と一匹はは別のことで揺れていたが。

 

「……まさか?」

 

 その中でも逸早くそれに気付き駆け出すのは李静初。続いて揚羽がその後を追う。あずみも気付いていたが英雄を守ることが第一と動かなかったが、嫌な確信だけは浮かんでいた。

 そして近付くは切道が倒れる場所。その横にはもちろん、赤いボタンがライターのようなものが転がっていた。ご丁寧に「ポチっとな」と幻聴が聞こえそうなほどボタンが沈んでいた。だが先程まで切道の手には何もなかったので、おそらく倒れた拍子に落ちて起動してしまったのだろう。

 

「これがまさに“お約束”ってやつですね……」

 

「こんな“お約束”など有難迷惑だ!! 切道め、いらん置き土産を残しおって……ッ」

 

 揚羽が睨む先は倒れている切道。おそらく本当の最終手段として残していたであろうそれは、己さえ巻き込みかねない程のものだ。おそらく逃げる準備も万端で、どこかでヘリが待機しているのだろう。自分一人だけで逃げる気だったのだと考えると胸に黒い炎が燃え上がりそうだった。

 しかし切道を殴っても現状の解決にはならない。胸に宿った炎を、周りを守らなければという責任に換えて揚羽は声を張り上げ李に問う。

 

「この階の脱出ルートはッ!?」

 

 向けられた王としての覇気に、李は自分の上司ではないながらも背筋を伸ばして起立し、もしものために調べておいた情報を伝える。

 

「ハッ! 現在の状況における脱出ルートは4通りです。しかしエレベーターはいつどこで停止するかもわかりませんし、最悪閉じ込められるかもしれませんので除外。次に設置されている緩降機ではタワー367(?)階の高さにこの人数、そしてこの揺れでは一人として降ろすことはできないでしょう。ましてや助けのヘリを呼ぼうにも今からでは間に合わず、逆に二次災害を引き起こすかもしれません。つまり最終的には非常階段を使うしかないわけですが……」

 

 そこで李は言葉を切って周りに目を向ける。そこには泡を吹いて喚く者、自分だけでもと周りを押し退けエレベータ―へと醜く足掻く者、生を諦めた虚ろな目の者、ただただ恐怖しか湧かずに泣き叫ぶ我が子を、この子だけでもと抱きしめ守ろうとする親子。そこにはパニックにしかなかった。何とか落ち着かせようとする胆力ある人物や護衛もいるが、恐怖の波は静まることを知らず大きくなっていく。

 このままでは爆発や落下で死ぬ前に人殺しを見るかもしれない。それを止めることはできても全ての命を助けることが出来ない己の無力さに歯を噛み砕かんばかりの怒りを覚え、しかし血が出るほど拳を握りしめるしか出来なかった。

 

 神による悪戯は、しかし以外にも二人に人間によって留まっていた

 

 

 

“ パ ン ッ ”

 

 

 

 空気を破る柏手一つ。

 

 叫ぶ者も、押し退ける者も、虚ろな者も、泣き叫ぶ者も、抱きしめる者も、怒りに拳を震わせていた揚羽でさえも、その場にいる全ての者がそちらに目を向ける。いや、吸い寄せられた。

 

「はい、ちゅうもーく!」

 

 手を挙げて視線を集める先には、我々を救ってくれた救世主。孫悟空がいた。

 そうだ、彼がいた。まだ希望はあったのだ。

 

「オラに考えがあっからさ、話聞いてくんねぇか?」

 

 

 

 ただの子供が何を、と思うかもしれない。事実先ほどまで参加者たちは切道が計画したテロと育てられた精鋭に人質を取られた圧倒的絶望の中で、突如現れたのがたった一人の子供だ。殺されに来たと勘違いしてもおかしくない。バカな子供だと思った。

 ガキの次は自分たちだ、子供が死にゆく様を見たくないと顔を背ける者でさえいた。

 しかしその後に見たことはまるでおとぎ話のような英雄章だった。大の大人を拳一つで倒し、弾丸の雨を片手で防ぎ、忍者のように分身して数十の精鋭を瞬殺し、ついには切道の身体に触れず空の雲を掻き消してし、一人で裏道家を壊滅させてしまった。

 彼なら何とかしてくれる。そう思うほど皆は惹かれ、不思議と彼の言葉の全てを聞き逃さないようにと波紋のように静かになっていった。

 その彼が言った言葉。それは――

 

 

 

「みんな手繋いでくれねぇか?」

 

 

 

「……おい、これで本当に大丈夫なのか?」

 

 英雄がそう零すのも無理はない。眼の前には悟空の背中に五本の手、横には英雄と同じように悟空の背に手を置く九鬼三姉兄妹と霧夜エリカに久遠寺森羅、そして後ろには端にいるエリカと森羅を繋ぐようにぐるりと円を描いて手を繋ぎ合う参加者たち。そしてその円の中には今回のテロの首謀者のである切道とその精鋭たちが山積みされ、その者たちを繋ぐようにあずみと李が三人の間にいる揚羽と英雄の背に手を当てていた。

 危機的状況にあるというのに摩訶不思議な空間が出来上がっていた。さしもの参加者たちもこれには疑問しか上がらないが、揚羽たちが何とかまとめあげたのだ。

 

「なぁ~に、でぇじょうぶだって! 心配いらねぇよ」

 

「いや、まぁ、うむ、そこまで言うのならいいのだが……」

 

「急げっ!! 少しづつだが揺れが大きくなってきている。時間がないぞ!?」

 

「あぁ、たださっきも言ったように皆ぜってぇ手ぇはなずんじゃねぇぞ?」

 

「わかっている、もう頼みの綱はお主しか居らぬからな、もうこうなったらとことん付き合ってくれる!」

 

「おっし、んじゃいっちょやっか!!」

 

 そう言って右手の人差指と中指の二本を出して額に当てる――前に最後の忠告とばかりになた振り替える悟空。そのもどかしさに全員が顔を赤くして怒鳴ろうとするが、先に出た悟空の言葉に頭が真っ白になってしまった。

 

「みんな“跳ぶ”から気ぃ付けろよ?」 

 

「……とぶ?」

 

「…………飛ぶ?」

 

「………………“跳ぶ”?」

 

 三姉兄妹の理解できていない呟きを気にせず、悟空は額に指を当て目を閉じる。

 

 

 

 いる。

 

 ぜってぇいるはずだ。

 

 帝とヒュームの気は遠すぎてはっきりしねぇし、探すにゃ時間がかかっちまう。他のやつらはまだ全部覚えられてねぇ。けど、じっちゃんならおそらく……。

 

 

 

 10秒か、20秒か、それとも1分か、もう10分経ってしまったのではないか? そう体内時間が狂ったのではないかと思うほどの焦りがそれぞれの胸に襲い掛かる。それに呼応するかのようにフロアが揺れ、天井の埃が落ちてくる。『今ならまだ間に合う、手を放して自分だけでも逃げればまだ……ッ』そんな考えも浮かんでしまうが、それを隣にいる者の手を強く握って食いしばり耐え抜く。ここにいる者は武力では弱くても、それぞれの会社や企業、世界のトップに立つ者たちだ。それなりに苦い物を飲み込んで進んできた。だからこそまだ耐えられる!!――というのもあるが、一番の理由は彼がいるからだった。物語のようにバッタバッタと敵を倒し、こんな絶望的な状況でも笑って大丈夫だと言ってくる。まさしくこの場にいる全ての者たちにとって彼はヒーローなのだ。そんな彼を見ていると元気をもらえる、まだ頑張れる、そして見届けたい!! そんな思いに満ち溢れていた。

 なによりもそれが顕著なのはその背を見守る四人と後二人、そして上下一対の一人と一匹だ。その瞳の奥に絶対の信頼を宿していた。

 だが悲しきかな。時はなおも生きている。

 粉は礫に、礫は石に、そして石は人を圧死させる岩となる。

 

「おい、天井が崩れるぞッ!!?」

 

 フロアのあちこちから降り出す岩石と化した天井の破片。誰かの声が響く中、それでも悟空は潜る、潜る、潜る。今はまだ人を避けているが、それも時間の問題。次の瞬きの刹那には、その場全てを覆い隠すほどの雪崩が降り注いだ。

 それを目にした人にできる抵抗は隣の手を強く握ること。そして……神に、仏に、そして彼に祈り“信じぬくこと”!!

 王狼も、エリカも、森羅も、李も、あずみも、揚羽も、英雄も……そして紋白も岩の雨の中でただ瞳を閉じ、隣り合う手を強く握った。

 そうすれば、ほら……彼は叶えてくれる。

 

 

 

「みっけたぁ!!!!」

 

 

 




正直詰め込みすぎて話が進んでない……。
つ、次こそは裏道編を完結してみせます!!
といつものような宣言をしつつ次回もお楽しみにしてくれると嬉しいです。
感想を下さった皆様に感謝を、そして変身……ならぬ返信を返していきたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話

前回から約三ヶ月の更新……あばばばばばばばば((((;°Д°))))
しかもこれまだ終わらない……あばばばばばばばば((((;TДT))))
次はいつになるか……/(  川)\


 

 

 

「揚羽様、英雄様、紋白様……悟空様」

 

 裏道タワーから300m程離れた地点。そこでクラウディオは未だ自分の主達が取り残されている裏道タワーの様子を伺っていた。

 

 裏道家の怪しい噂はクラウディオ達はもちろんヒュームや帝まで知っている。いや帝に知らないことなどあるのだろうか?……話がそれたが、噂の中には裏道家の強化精兵の噂もある。所詮噂は噂……と軽く流せればよかったが、クラウディオ含め第10位以内の者たちが3人と第20位以内の者たちが5人、第30位から第50位の者たち12人に以下各人が受け持つ従者達20人を加えた総勢400人の九鬼従者部隊精鋭が動いたということはそれほど信憑性が高い、いや確実だということだ。

 情報を受けてからすぐさま帝に報告し現場へ向かおうとしたのだが、帝はカラカラ笑いながら「放っとけ放っとけ」と手をひらひらさせて払い捨てた。これにはさすがのクラウディオも目を見開き愕然とした。元から帝は何事にもお気楽に笑って返す口があるが、流石にこの状況でそれをするとは考えてもみなかった。理由を問えば「これは次期九鬼代表として行った揚羽の問題」ダカラオレサマ関係ナイと言わんばかりに手元にある書類に目を戻して仕事に戻った。

 その言葉はまるで自分の子供を見捨てろと言っているのと同じではないか。これにはヒュームも呆れて何か言うと思っていたが、逆に賛同したことに驚いたのはまだ記憶に新しい。

 

 確かに揚羽様ならただの武人相手に遅れをとることは無い。揚羽様が依頼した傭兵の腕も申し分ない。が、しかし揚羽様は本当の“戦い”というものを知らない。傭兵一人だけでは対処できない事態も起こりえるだろう。それを解決してこそ本当の一人前だ、と言われればそれで終わり。しかしだからこそクラウディオは迷った。

 子供の頃から彼女らの世話役を任されていたからこそ、クラウディオは自分の孫のように人一倍情を抱いて彼ら彼女らを育てた。それ故の心配が今、クラウディオの内心で鎌首をもたげていた。普段は公私をキッチリ分け応対しているが、今回のテロは今までのソレらとは比べものにならない。まだ若い彼女らには重いものだ。最悪を想像するだけで鳥肌が立つ。

 

 主の(めい)を守ってこその完璧執事。しかし主の間違いを正すことも仕える執事としての、人間としての行動ではないだろうか?

 

 迷いを抱くクラウディオが出した答えは――主の命を守ることだった。

 かしこまりましたと頭を下げたクラウディオは、かわりにとテロの後片付けを申し出た。それぐらいならと帝が了承したのを見てすぐさま行動に移し、向かった。もちろん後片付けとは建て前、真実はこの大部隊を見れば一目瞭然である。

 

(例え帝様に怒られようと、今回だけは主――揚羽様達の命をお守りすることを優先させていただきます)

 

 そのためにも即刻現場へ赴き、制圧せねば。そう思いヘリに乗り込んだ。

 ……のだが、既に制圧するまでもなかった。辿り着いた先には噂にも聞いていた裏道家の精兵達が全員気絶して山のように積み重なっていたのだ。尋問しようにもかなりの衝撃を受けたのかピクリともしていない。今はもう既に地上の制圧を完了していたが、中の様子がまだ完全には把握できていないので現在は慎重に行動している。

 

「クラウディオ様!!」

 

 偵察部隊の一人、従者部隊のメイドが現れ片膝を着く。

 

「揚羽様達がいるフロアは無事ですか?」

 

「いえ、偵察班からは爆発の煙とスプリンクラーの影響で確認できず未だ何とも……」

 

「仕掛けられた爆弾の方は?」

 

「今現在も解体作業は続いております。幸いというべきか、設置された爆薬の量はこのタワーを支える主柱の強度より僅かに少なかったようです。前頭首であるの裏道頼道がこのような事態を想定していたのでしょう、設計図に細工した跡が残っていました」

 

 切道の誤算は彼だけではなかった。自身が殺した父、頼道が敵に対テロ用にタワーの情報をすり替えていたのだ。用心を重ねていた切道でも一番の身内である頼道の情報は鵜呑みにしてしまったようだ。切道の計画が頼道によって阻まれる。それは子供がこれ以上悪の道に走らないように止めようとする父親としての意志か、はたまた頭首として殺された恨みによる最後の意趣返しなのか……。

 だがしかしそれでも――

 

「時間が圧倒的に足りません。爆弾の種類は少しでも感知されれば即爆破の水銀燈型。今から突入して揚羽様達を救出できたとしても他の参加者や各階に取り残された者たち全員を救出するのは不可能に近いです。さらには柱が壊れずとも一つでも折れ曲がってしまえばこのタワーの自重でバランスを崩し、連鎖的に最後は……」

 

「そう、ですか……」

 

 もう一度タワーへと顔を向けるクラウディオ。こんな状況の中でも冷静でいられる第三位に流石だと冷や汗を流すメイド従者。少なくとも彼女だけでなく、この場にいる全ての人間には僅かながらも焦りの色が見えた。だが次の言葉は相手もわかっている禁句だとしても、部下として言わなければならない言葉。かすれそうな喉へと唾を送り込み、続ける。

 

「……周りは湖に囲まれています。例えタワーが倒れても周りに被害は及ばないでしょう」

 

 それはもちろん倒れることが前提で放った言葉。第零位なら「諦めるのか?」と冷たい声(と蹴り)で叱咤されそうだが、クラウディオはただそうせすかと頷いて流すだけだった。

 口にこそしなかったが、彼女たちは一人でも多くを救うために己の身をを犠牲にする覚悟ができていた。爆発が続くタワー内に突入するということは、自分たちがその被害を被る可能性もある。それでも進める覚悟が九鬼従者達にはあった。それは偏に九鬼への忠誠心と、我らを上へと押し上げてくれた上司のためでもあった。

 しかし今も続く冷汗は本当に尊敬の感情からくるものだろうか? クラウディオから感じた冷たい気迫に彼女は知らず気圧されていた。

 嫌な予感とはよく当たるもので、クラウディオから感じたものは何だったのか、次の言葉で理解した。

 

「私が行きましょう」

 

 歩みを進めながらコートを羽ばたかせ、普段は見えないようにしている鋼糸を大量に展開した。指一本ずつ、ではない。身体中に幾重にも巻きつけた糸は間節という関節へビッシリと巻き付き、糸を超え紐を超え遂には荒縄と言わんばかりの太さとなる。

 雁字搦めになったそれはまるで装甲のような鋼となり、クラディオの身体を覆い尽くした。そして巻き付いた糸の端は弾丸のように宙を舞い、空を駆け、地を突き抜け、タワーへと向かう。

 

「クラウディオ様、何をっ!?」

 

「――私の糸でタワーを支えます」

 

 先の言葉を理解し、戦慄する。いつ何時爆発するかわからない裏道タワー。そのすべてのフロア、階段、窓をすべて鋼糸で多い尽くすのだ。内外だけではなく、一フロアの壁全部を覆い尽くし爆発を食い止めるのつもりなのだ。爆弾の場所は始めに支柱を狙ったように、人を爆殺するのではなくタワー倒壊による圧殺死を狙って計画していたのだろう。その方が効率がよく、何より屋上に用意しているであろうヘリに被害が及ばないからだ。他人を蹴落とし自分は安全な場所で高みの見物をするという完璧なシナリオ。まさに裏道の凶才というべきか。

 だがしかし、やらせるわけにはいかない。九鬼家に仕える者としても、九鬼従者部隊第三位としても、そして――

 

(己が“執事の”誇りと命にかけて!!)

 

 止まらない、例え愛しい部下の声でも、友であるヒュームの声でも、……主である帝様の命でも、止まる気もない。

 ただただ執事として主を守ると、

 

「誓いしましたのでッ!!!!」

 

 例え何十にも巻きついた糸が食い込み血が流れても、鉛よりなお重い己が身体を盾として、いざいかんと足を一歩踏み出す!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その第一歩を踏み出す、目の前に、あの少年の顔が、現れなければ。

 

 

 

「おぉ! やっぱクラウディオのじっちゃんここにいたか、ありがてぇ!」

 

 目の前に現れたのは孫悟空。紋白様が最近拾われた不思議な子供、紋白様の護衛、そして紋白様の……。

 時が切り取られたように突如宙空に現れた孫悟空。彼とクラウディオは同じ目の高さでお互い見つめ合う形になっていた。その黒い無垢な瞳に吸い寄せられ、時が止まったような感覚をクラウディオは身に感じていた。

 突如現れたのは悟空だけではない。同じように宙へと浮いていた状態の揚羽、英雄、紋白……とその下に跨っている巨大な新種の狼。そして横には霧夜カンパニー次期社長、霧夜エリカと七浜フィルハーモニー交響楽団の指揮者であり久遠寺家の長女、久遠寺森羅。後ろには今回護衛として揚羽様自身が依頼した“女王蜂”こと忍足あずみ、裏の世界で有名な“沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)”と呼ばれている李静初。その他パーティーの参加者と、黒幕である裏道切道とその精鋭と思われる者達が山となって倒れていた。

 そのまま悟空はトン、と軽く着地する。同時に周りの者達もドサドサっと尻餅を着いた。

 彼ら彼女らの顔は目を見開いている者とギュッと閉じている者の二つに別れ、どちらもただただ呆然としている印象を受けた。

 だがクラウディオの目はただただ孫悟空の瞳に吸い寄せられていた。

 

「おーい、じっちゃん?」

 

「…………悟空、様?」

 

 その曇りなき眼に映っている私を彼はどう思っているのだろうか? ふとそんな思いが浮かんだ。

 だが悟空に声をかけられ、改めてその瞳に映る自身の姿を確認したクラウディオはすぐさまコートを翻し一回転。巻き付けていた鋼糸も一瞬にして回収し、ハンカチで己の額に流れる血を拭き取り何事も無かったように振舞う。

 

「おかえりなさいませ、揚羽様、英雄様、紋白様……そして悟空様。ご無事のよう何よりでございます」

 

 まさに一瞬の出来事。だが完璧執事として意識回復まで5秒も掛けてしまったのは痛かった。周りは尻餅の痛みでこちらに気が向いておらず、唯一話しかけた悟空もおぉ~と軽い拍手をするだけだったのでそのまま進めることにした。

 そんなクラウディオの心情に気付いたのか気付かなかったのか、最初に認識したのは英雄の身体を支えていた揚羽だった。

 

「…………クラウ、ディオ?……おぉ、クラウディオ、クラウディオかっ!!」

 

「ここ……は?」

 

「……戻って、きた……のか?」

 

 紋白、英雄と続く中、英雄がポツリと溢した「戻ってきた」という言葉に他の者達も反応して『戻ってきた……』『戻ってきたんだ……』と小さな呟きが斑紋のように広がり、遂に爆発した。

 

『ワァァァァア――――ッ!!!!!』

 

 まるで花火のように咲いた歓声には喜び一色で あった。片膝を着いて神に感謝する者も、友と握手する者も、恋人や家族で抱き合う者も、そしてお互いを知らぬ者たちでさえ肩を組み合い、その顔の端に涙を携えながら笑っていた。

 あの絶望的な状況。絶体絶命。死ぬことが確定していた未来が、希望の未来へと変わったのだ。未だに生きていることに理解が追い付いていない者もいる。だが、それも次第に笑顔へと変わっていった。ただただ生きていることに喜び、感謝し、泣き合う者達には先ほど自分たちを救ってくれた不思議な現象が今、頭から離れてる様だ。

 

「皆さまお怪我はありませんか?」

 

「我は大事無い。が、英雄達が撃たれた!! 速く治療を――ッ」

 

「いや、我は大丈夫です姉上。それよりも他の者を……」

 

「何を言うか馬鹿者ッ!! その腕を治療せねばお前……っ」

 

「いえ、弾は貫通しておりますし、布で縛っておけば平気です。それよりも他の撃たれた者達が心配です!! 我は腕だけでしたが、他の者達は腹や胸を……それに避難に遅れた者達がまだおります!!」

 

 叱り付けるように怒鳴る揚羽に対し、英雄は酷く冷静だった。ケガを負ったのはお前なのに、何故そこまで冷静でいられる!! 焦っている自分の方が馬鹿みたいではないか。そんな思いがまた胸からせり上がり、声を熱くする。

 

「だがッ!!」

 

『うぅ……ぁッ!!』

 

『ぁあ゛ぁッ……くぅっ……?!』

 

 後ろから届く呻き声。先程まで笑って喜んでいたようだが、尻餅をついた衝撃で痛みがぶり返したのだろう。最低限の応急処置は施してあるがいつ意識を失い倒れてもおかしくない。

 

「さぁ、姉上!!」

 

「……わかった、だが後で必ず治療を受けろ……絶対だぞ!!」

 

 未だ納得いかない揚羽だが、現状は未だ安全とは言えない。怪我をしている者や取り残されて者も大勢いるので九鬼従者部隊だけでは当然足らず、人手は猫の手も借りたいほど必要なのだ。頭である自分一人が身内の安全のためにもたついていては、それこそ二次災害を引き起こしてしまいかねない。

 揚羽たちの会話が終わるのを見計らってクラウディオは進言した。

 

「失礼ながら私としては揚羽様達がどうやって現れたのか御確認したいところですが、現状の危機は未だに去っておりませんのでおいおい聞かさせていただくとしましょう。

 揚羽様には我々の陣頭指揮をお願いします」

 

「お前はどうするのだクラウディオ?」

 

「私は未だにタワーに取り残されている方々を救出しに――」 

 

「いや、オラが行ってくる」

 

 常に冷静なクラウディオが動揺に目を見開いた。声へと振り向けば悟空が子供の用に手を振って自分をアピールしていた。これで驚かされたのはいったい何度目だろうか? 紋白様に拾われて以来、悟空のやることなすことにこの歳で幾度も驚かされてきた。勉強するという度に我が包囲網から逃げられ、大の大人でさえ持つのが大変だろう荷物も何のその、食事に手を付ければ九鬼が誇る九鬼家社員従者含めた食糧庫がすっからかん。遂には悟空用にもう一つ作ってしまったほどだ。姿中身は変わらぬ子供なのに、である。

 確かに彼には不思議な力がある。だがいくらなんでも子供相手には任せておけない。……だがしかし、彼なら大丈夫だと何処かで思っている自分も存在した。

 困惑した瞳で揚羽を見るクラウディオ。だが彼女はジッと悟空を見た後、静かに頷いた。

 

「わかった。……大丈夫であろうな?」

 

「あぁ、任とけって!」

 

 悟空は胸をドンと叩いて自信満々に返した。そんな揚羽の態度にクラウディオは更に困惑するが、悟空に対する揚羽の瞳には絶対の信頼が見て取れた。ならば主の命に背くわけにはいかない。

 

「では、私の部下たちを連れて行ってください。いざという時には役に――」

 

「いやぁ? 逆にちょっち荷物になっちまうかもしんなねーしなぁ? いいっていいって!

 それよりケガしてる奴とかの方に回してくれよ」

 

「し、しかし!?」

 

「んじゃ、行ってくっから」

 

 クラウディオの提案も断り、悟空は笑顔で返すと指二本を額に付ける。クラウディオが制止の声を上げようと一度瞬きした後には――彼の姿は消えていた。

 

「――――!?!?!!!??」

 

「うむ、悟空に関しては見ての通り……と言っても見てもわからんか。フハハ、不思議よなぁ!」

 

 揚羽は不謹慎ながらも、いつも冷静で落ち着きのあるクラウディオが大袈裟に表情を崩す様を見て内心口角を上げていた。

 が、さすがにその様な状況でもないのですぐ様笑みを引っ込め、未だ動揺を隠せずにいるクラウディオ並びに他従者部隊に指示を出した。

 

「すぐさま部隊に編成する!! 序列を高い者5人を選び五班に分け、それぞれの役割を果たせ。これは九鬼の名と我の誇りにかけて、全力で遂行せよっ!!!!」

 

 いつもより覇気の篭もった声はその場にいる全ての者の鼓膜を震わせ、息を詰まらせた。常の揚羽の声には快活とした元気と人を鼓舞する力がある。これは九鬼のというよりは揚羽自身が元々持つカリスマ性だろう。しかし先の声には間違いなく九鬼帝と同じく覇気が篭もっていた。この声には人を従わせる力と――鼓舞よりも圧倒的な――人の魂を震わす力があった。

 これが血のなせる業なのであろうか。その声を聞いたこの場の者達全ての耳に、脳に、 魂に入り込み、心震わせ、今ならば何でも出来ると思わせられた。従者達は声に操られるように従者序列高位の者を先頭に、一瞬で五班に別れ自然と片膝をついて頭を垂れていた。

 

(…………ッ!?)

 

(これが……九鬼かっ!!!!)

 

 比較的近くにいた李とあずみも、つい先程初めて顔を合わせたばかりだと言うのにその声に強烈な影響を受け、まるでその身に重力を帯びたように頭を下げそうになった。それをグッと耐えられたのは、己のプライドか、支えている英雄がいたからか……。

 揚羽は英雄を護衛のあずみに任せ、従者部隊に命令を出す。ケガ人の手当て、敵部隊の捕縛、ヘリでの移送準備、瓦礫の撤去又は破壊、その他諸々を指示する様には“これが王(トップ)の人間か”と思えるほど見事な采配を見せた。

 そして彼女は最後にこう言い放った。

 

「――これらの指揮を、序列第三位クラウディオ・ネエロに全て委託する」

 

「ッ!!? 揚羽様それは――ッ!!!!」

 

 クラウディオは気付く。彼女は自分よりもクラウディオの方が上手く指揮できるクラウディオに任せた――というわけではない。彼女の視線はもうタワーに向いていた。

 いくら悟空が不思議な技をもっていたとしても救助には未だ時間がかかるだろうし、悟空がすべての人間を探し出し救助できるという保証もない。ならば救助部隊をもう一つ向かわせたほうがいいだろう。――例えそれが頭首だろうと、手が空いている実力者となればなおさらだ。

 クラウディオからは顔は見えないが、その身体には有無を言わせぬ迫力があった。これではもう何も言うことができないとクラウディオはため息を吐いた。

 しかしここで問題がある。先程出した揚羽は従者部隊全てに指示を与えていたが、その中には揚羽に付く者が一人もいなかったのだ。揚羽自身は一人で行く気のようだが流石にそれは許容できることではない。この場で未だに手が開いていうものはもう一人、いや二人しかいない。だがそれはつまり――。

 と、そこまで考えていたクラウディオの思考を、件のもう一つの問題である人物の声が上がった。

 

「なればこそ、我も行きましょうぞ!!!!!!」

 

 ダンッと拳を地に叩きつけ立ち上がるのは揚羽と紋白の兄にして弟、そして九鬼家長男――九鬼英雄その人である。 

 残っていた二人――あずみと李にはお互い傭兵だり暗殺者である。実力も今一番必要な機動力も、揚羽やクラウディオから見れば他の従者たちと比べても一目瞭然である。

 だがその二人を動かすならば当然、ケガ人の英雄が一人残ってしまうことになる。それこそ由々しき事態である。だが英雄のことだ、頭では足手まといとわかっていながらもついて来ようとするのは目に見えている。

 揚羽もとっくにわかっていたのだろう、見向きもせずその身にあふれる嵐のような覇気で否と答えた。

 だが英雄もまた多少風に煽られたかのように動じず、その身にはいつの間にか同様の覇気を纏ってい受け流し、そして押し返す。

 次第にお互い自らの胸に宿る炎をさらに燃焼させる。熱く熱く燃える様は業火のようで、それでいて冷たく冷静さを思わせる青い炎へと変わっていく。その様はまさに“豪火”絢爛 といったところだろうか。

 

 オオォォォオォォオオ――――

 

 ――――オォォオォォオオォオ

 

「――――」

 

「――――」

 

 お互い何も喋らず、ただただ覇気での問答を繰り返していた。クラウディオや近くにいたあずみも李も、止めるべきだとわかっていながら身体も口も動かせなかった。ただただ宝石のように眩しく輝き燃え上がる青き魂に魅せられていた。心臓さえ止まってしまったのではないかと思ったほどだ。

 5秒か、10秒か、それとも一分か、はたまた一時間も経ってしまったのではないだろうか。見ている側としてはたった10秒程度のものでも、時間が狂ったように錯覚するほど濃密なものだった。

 やがて揚羽からの覇気が収まった。見ていた者たちは忘 れていた呼吸を再開して一息つく。

 揚羽呆れたように振り返り、その瞳の奥を見て理解した。英雄の瞳に宿る熱い炎。今まではまだ漠然と捉え、父や揚羽を真似ていただけの鏡のようにこちらの姿を映していた黒茶色の瞳は、太陽の如く燦々と輝いてるように見えた。

 

「ふぅ、これではもう是と言うしかないでないか」

 

 だが最後に確かめなけらばならないことがある。揚羽は英雄に近付き、あずみ達が止める間もなく撃たれたその右肩へと手を置き力を込めた。

 

「――――ッ」

 

 顔にこそ出なかったが気が揺らいだのが見えた。だがそれがどうした、逆に心地いい風だとでも言わんばかりに次の瞬間にはさらに轟々と燃え上がっていた。動じない英雄にもはや言うことはない。

 ――揚羽は知らぬことだが、英雄感じていたの腕の痛みはいつの間にか無くなっていた。先ほども勢いで撃たれた右腕で地面を叩いていたが、何も感じなかった。痛みが限界を超えたのだろうと本人は然して気にしてないが、不思議と熱とは違う暖かさを感じていた。――そう、あの時、悟空に触れられてからは……。

 

(まったくっ、いらぬところばかり似合いおって。……成長とは早いものだ。我の後ばかり着いていた英雄も、紋ももうこんなにも大きくなっておったとは……)

 

 飛んだ、とわかった。始めから形作られていた川の流れに沿ってただ漠然と泳いでいた鯉が、初めて憧れた頂のある空へと目指すため、龍へと成長、進化したのだ。その一歩を踏み出したのなら、もう自分だけで飛んでいける。

 ――あえて因みにと言わせてもらえば、紋白は例えるならペンギンだそうな……。

 

 その先にいるのはやはりあいつだろうという核心もあった。何故なら――

 

(我も同じだから、な。……本当に似ておるな、我ら三人は)

 

 まぁ、どうしようもない時は助けてやるのが姉の役目であるがな、と揚羽は心の中でフッと笑い、残る二人に顔を向ける。

 

「忍足あずみ、お主に引き続き護衛任務と新たな依頼をしたい。もちろん李静初、お前にもだ」

 

「……報酬は?」

 

 揚羽はニィっと笑って答えた

 

「以後九鬼家が相応の金、技術、地位をもって生涯お主たちを全面バックアップし雇い入れる!!」

 

 話さずとも目で言葉交わせる二人には、お互いの顔を見ずともどんな顔をしているかわかっていた。

 答えはもちろん決まっている。

 

「「乗った!!/契約成立です」」

 

 金でも、技術でも、地位でもない。ただただ二人は魅せらたのだ――彼ら彼女らに。

 

「では行くぞ!! 私が先行し、英雄を中心に二人は左右に当たれ。タワーの中で気での感知はあまり当てにするな 。人や障害物が多すぎて難しいだろう。だからこそ忍足、李――そして英雄。目で、耳で、鼻で、舌で、肌で、己の五感をフル活用して探し出せ!!」

 

「「「はい/御意に!!」」」

 

 即席ながらもすでに阿吽の呼吸を整えた四人に大きな期待を寄せるクラウディオ。

 が、ふと今さら気付いた重大な問題に、熱気とは別の汗をかきながら揚羽たちに問いかけた。

 

「あ、あの……揚羽様?」

 

「なんだクラウディオ!! もうお主に指揮は預けた、お主が考えて動け!!

 もう時間も押している、今すぐ向かわなければ――――」

 

「いえ、その責務は全うする所存ですが、そのことではなく……」

 

「えぇい、くどいぞ!! では何だというのだっ!?」

 

 突入間近に勢いを削がれ、揚羽が怒鳴る。クラウディオ自身も言いづらそうに口籠もっていたが、やがてポツリと溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紋白様のお姿が、先程からお見えにならないのですが…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………そういえば、先ほど悟空が消える瞬間。その背に、九鬼一族特有の、銀白の長い髪が、見えた……よう、な……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「あ」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ひっく、母上~、父上~、みんなどこなのじゃ~~!?」

 

 岩の雨が降るタワーの中。女の子が一人、テーブルの下で頭を抱え蹲っていた。英雄と同じ歳ぐらいの年齢だろうか? 団子状に二つに纏めた美しく艶のある髪に、淡いピンクを基本とし、美しい花々を散らした見事な着物を着ている。その顔を悲壮に俯けていなければまさに大和撫子と呼べる少女。その姿からさぞ名のある御家の子だろうと思うが、何を隠そう九鬼、霧夜、摩周財閥等の御三家と並ぶと称される日本御三家の名門“不死川家”のご息女、≪不死川(ふしかわ)(こころ)≫である。当人達はこの御三家をも自分達の下だと見下しているが、 名家の歴史の長さは馬鹿に出来ない。

 とまぁ所謂エリート人生を突っ走っている彼女はもちろん蝶よ花よ我らは名家よと育てられ、見事なまでに己の家を鼻にかけたお嬢様になってしまった。

 しかしこの不死川心、その傲慢な性格とは裏腹に――今現在の顔を見ればわかる通り――かなりのヘタレである。

 蝶よ花よと都合のいいことだけを煽てられ育った故に、高慢ちきな態度で相手を見下して話すコミュニケーション能力を得てしまった。そんな彼女に果たして友達はできるだろうか? いいや出来まい、と断言する。家の者は雅をわからぬ(サル)共のことなど気するなと言うが、彼女は密かに気にしているのを知らない。

 自分でも治そうとはしているのだが、いざ目の前に立つと相手と自分を比べて鼻で笑い釣り合わぬと跳ね除けてしまう。そして後から「あぁまたやってしまったぁのじゃ~」と後悔して次こそは、とまた負の連鎖へと陥ってしまう。

 今回も九鬼と同じく初お目見えということで参加したのだが、初めての参加に大勢の人々、そして父から言われた“不死川の名に恥ぬ雅な立ちぶるまいをせよ”という言葉に余計に緊張してしまい、何とか人を受け流しながらさり気無く逃げてきたのである。さすがは未来のヘタレ女王(クイーン)と言うべきか、それによって先のテロから逃れているのだからもうその星の定めに生まれてきたといっても過言ではない。

 だがしかし幸か不幸かといわれたら不幸だろう。テロのこと自体知らぬが故に地震だと思ってテーブルの下に隠れていたら天井までくずれてきてしまい、動けぬ状態になってしまった。一応少し空けた空間はあるので何とか呼吸はできているが、外へと繋がる道が完全に断たれてしまっていた。

 こんな状態では高慢な態度も取っていられず、涙目でヘタレ顔を晒しているのには失礼ながらカワイイと言っておこう。だが本人にとっては生きるか死ぬかの状況だ。

 

「うぁ~ん! 誰か、誰か居らぬのか~~!!?」

 

 未だ揺れも収まらないしお気に入りの着物もボロボロで、涙腺も決壊してしまい大泣きである。

 だがしかし不幸とは続くもので、遂にその時は来てしまった。支えていたテーブルがミシミシと嫌な音を立て始めヒビが広まっていき、割れた瞬間には眼の前に災いが押し寄せていた。

 

「ぴぃッ!?」

 

(嫌じゃ、死ぬのは嫌なのじゃ~!! 此方(こなた)は……此方にはまだ、夢が……ッ)

 

 それを見ていることしか出来なかった心は次に来るであろう痛みに目を瞑り、無駄であろうが手で塞ごうと伸ばしていた。

 岩は一秒と立たず心を飲み干すだろう。それが用意に想像できた。

 だがそれよりも先に心が感じたのは――

 

(……手?……ゴツゴツ……あったかい?)

 

 まるで天国からの使いが引いているような気がして、あぁもう死ぬのかと思った。

 だが一秒、二秒、三秒と経っても痛みがこない、息苦しくない。

 不思議に思い目を開ければ――

 

「ほぇ?」

 

 目の前に岩の雪崩はなく、いつの間にか人が多く集まる場所へと来ていた。

 

「……?……!?……っ!!!?!?

 にょわ~~~~っ!!?!?!?!?」

 

 何が起こったかわからないが、次の瞬間には尻餅を着いていた。

 

「~~ッいたたたた、な、何が起こったのじゃ……」

 

「ふぅ、危ねぇ危ねぇ。ギリギリだったな~」

 

「うにゅ?」

 

 声が横から聞こえ、振り返る。

 

 

 

 ――以後、彼女はその姿を忘れないだろう。青空と太陽を思わせる空色と黄色の道着に所々跳ねた黒い髪の男の子が、その背に銀白の羽を広げて自分の手を握り支えてくれていたことを……。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい!!」

 

「んじゃ、あっちの方に多分おめぇに似た気の……家族がいると思うから、非難しとけよ!」

 

「はい、なのじゃ……」

 

 心は夢を見ている気分だった。故にこそ、その後に続いた「悟空、次ぎに行くぞ」「あぁ、しっかり背中掴まっとけよ?」という言葉を聞こえていなかった。

 

「んじゃ、またな!」

 

 ピッと指を振って少年(())は消えていった。呆然とした突っ立ったままの心は、少年(())が消えていった虚空を見つめて、ポツリと溢した。

 

「…………王子様なのじゃ~(はふぅ)」

 

 ――不死川心、彼女は孤独だった故によく本を読んでいた。名家と言ってもまだ子供な彼女にとって、その中に出てくる物語の王子様とお姫様に憧れていた。

 故にこそ彼女の願いは物語の王子様ように自分を救ってくれた人と結婚し、お嫁さんになることである。

 

 のじゃ~とまさに心ここにあらずの彼女を避難していた両親が心配で駆けつけ抱き寄せている間も、彼のことを夢見るお姫様であった

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話

また一ヶ月かかるかなぁ~と言ったな。
……あれは嘘だ!!


 

「うっし、これで半分はいったかな」

 

「うむ、速く次へ向かうぞ!!」

 

 もちろん先の少年の正体は孫悟空その人であり、銀白の羽はその背に乗る九鬼紋白の髪であったのだが。

 悟空が瞬間移動でタワーに取り残されている人たちの下へと跳ぼうとした刹那、紋白はその背に飛びついて一緒に跳んでいたのである。

 

 悟空の瞬間移動は跳ぶ前にその相手の気を感じ取らなければならない。その為一瞬とはいえ周りから意識を放してしまうのだ。もちろん悟空にとって隙とはいえ無い隙だが、それは身内から、しかも近くにいる者の気など脅威とは感じていなかったので油断していたとしかいえない。まぁ紋白がそういうことをするとも考えていなかったのもあるだろう。

 

 その為紋白も助けた人達と一緒に送り返そうとしたのだが、「お主、道がわかるのか?」の一言で一発承諾である。確かにいくら瞬間移動があるといっても人の気配がある先がどんな場所になっているかもわからないし、瞬間移動は便利だが気の消耗が舞空術よりも多いのは確かだ――悟空にとってはそれも些細な問題である――が、知らない紋白にとっては倒れたら元も子もないと心配の目線を送ってくるので渋々それに従った。

 

 それに瞬間移動はそれこそ一瞬だが、気を探すことには時間も必要であり、近くにいるのなら真っ直ぐ突っ切った方がいい場合もある。

 

 まぁ先ほど救出した少女のように道が岩で塞がれしまっている場合等は、岩や壁を壊してしまうとその先にいる少女にもケガをさせかねなかず、またタワーの崩落を加速させてしまうかもしれないので瞬間移動を使ったのだ。開けた空間があるのは彼女の気が一定の距離をあちこちと彷徨っていたのでわかった。――当の本人は知らず「にょわ~!?誰か~!?」とヘタレてパニックっていたのだが、そのおかげで助かっているので運の良い少女だ。流石は未来のヘタレ女王である。

 

 話がそれたが、現在は悟空の瞬間移動で取り残された人から人へと順次跳んでいき、5、6人ほど救出したら地上にいるクラウディオタチの場所へと送っている。一人づつ回収して最後に送った方が効率がいいのだろうが、大勢だと跳んだ場所へと入りきれない場合もあるし、それが返って危険に晒してしまうかもしれない。

 いかに悟空の瞬間移動で大勢を一瞬で運べるとしてもその先が危険ならば意味がない。かといって一人づつ探して送っていると、それこそ時間と気の無駄になってしまうのだ。その為タワー内部を事前に把握していた紋白がいて助かった命も少なくない。

 

 また、紋白がいることでの利点がもう一つある。それは大人を救出した時の場合である。

 取り残されていた子供たちが泣いているのは想像が容易であり、そういう子供の扱いは悟空も紋白も――同じで子供であり、片方は子供兼父親であるので――得意である。だが逆に現実を知る大人達にはなかなか話を聞いてもらうことが難しい。

 子供達はまだ夢見るお年頃なので魔法や気というのにも憧れがあり、割と簡単に理解してくれる。だが現実的な大人達は理解不能なものには畏怖と混乱を抱いてしまう。悟空だけならば無理矢理にでも連れて行ったり気絶させることもできるが、時間を無駄にしてしまう。

 だが紋白の場合は“九鬼一族”特有ので銀白の髪と傷のネームプレートをその身に引っ提げた証拠人でもある。様々な業界に手を伸ばし頂点に立つ“九鬼”の名は絶大であり、また超人変人の集まりと噂されていることもありそういう不思議な現象には納得されてもいる。

 

 何よりも紋白の手腕がこれまた見事であった。混乱する相手を落ち着かせるため、また時間も無駄にしないために簡潔かつわかりやすいように説得し、冷静になるよう宥めた。もし悟空一人だけならば話が余計にこじれ、無理やりに気絶させて連れていったかもしれないが、無駄に時間を喰って救えなかった命があったかもしれない。

 

「……ん? 揚羽達や英雄達も来てるみてぇだな」

 

「何っ!?、姉上たちもか!! うぬぬ……」

 

 思わず呻る紋白。やはり責任強い姉兄達のことだ、もしかしたらと思っていたが本当に来てしまうとわ……。

 こちらには悟空がいるから大丈夫であるが、姉上達は――と考えているわけではない。

 むしろ、

 

「どのように説教されるのであろうなぁ……」

 

 と遠い目をしながら考えていた。姉上の説教の仕方は愛のムチ(又の名を拳骨&サバ折りとも言う)だが、実際に紋白への愛が篭もっているのでどうにも逃げづらい。威力はそれほどだが、あの悟空も痛がるほどの愛が篭もっているので痛みはお察し頂けるだろう。

 なので少し涙目でプルプルと悟空の背中に隠れるように震えていたが、自分の覚悟に間違いは無いと何とか立ち直った。……説教を受ける覚悟も込みで。

 

「おーい、もんしろ~? 大丈夫か~~?」

 

「あ、あぁ、大丈夫だ……」

 

「おっし、んじゃ次行くか!」

 

「おぅ!」

 

 それから悟空と紋白、揚羽と英雄とあずみと李の二組は次々と救出して行った。

 そして遂に最後の男性を 救出し――今――クラウディオへと預けた。

 

「こいつで最後の奴だ。脚を折れてっから気ぃ付けてくれ」

 

「はい、ご苦労様でした。後はお任せください……この方を救護ヘリへ」

 

「はっ! 了解しました!!」

 

 担架で運ばれて行く男性を見送り、やっと一息を着いた一同。あとはタワーで捜索していた揚羽達を悟空が回収してここから離れるだけだ。

 しかしこれも彼の運命だろうか? 不幸の旋律は尚も続く。

 

「ま、まって……待って下さい!!」

 

「ん?」

 

 ヘリの音を押し退けるように女性の叫ぶ声が届いた。

 振り向けば制止を呼びかける従者たちを振り切り、女性が離陸前のヘリから飛び出し紋白たちへと駆けてきた。その後ろから同じくもう一人男性が後から追って来ていた。

 全力で走ってきたのだろうが、それ以上に鬼気迫る顔をして咳き込みながらも、女性は何とか言葉を出そうとする。

 その顔に一抹の不安を感じながらも、紋白は落ち着かせながら話を聞く。

 

「どうした? もうここは危ない。急ぎヘリへと戻って――」

 

「はぁっ、はぁっ…………の、あのっ! こ……で全員……なんっ……ですか?」

 

「あ、あぁ……宿泊者や参加者のリストに書かれていた者達は先程の者で全員のはずだが?」

 

「ゲホッ、……ぁ、わたっ……の、こ……が……です」

 

「落ち着け、慌てすぎて口が回っておらんではないか。一つ深呼吸して答えよ」

 

「ほ、本当にですか? ちゃんと探してくくれたんですよねッ!?」

 

 今にも倒れてしまいそうな女性を追いついた男性が支え、彼も同じように紋白に聞き返す。様子を見るにこの二人は夫婦のようだ。

 どうやら女性よりも男性に聞いたほうが良さそうだと紋白は男性に尋ねた。要領を得ない言葉に、しかし聡明な紋白はその言葉の端々を読み取ってその意味を理解し、タラリと冷たい汗が頬を流れる。

 半ば確信しながらもそれを否定したい気持ちに苛まれながら、女性よりもまだ話せそうな男性に確認しようとするが、それよりも速く女性の 口から答えが出てしまった。

 

 

 

「まだ、私の子供がいるんですっっっ!!!!!!!!」

 

「「「!!!?!?」」」

 

 

 

 

 

「何っ!? まだ赤子がここに取り残されているだと!!?!?」

 

『え、えぇ。その夫人はタワーに止まりに来たなのですが、その子供がまだ赤ん坊故に名簿から見逃されていたようです』

 

 すぐさま揚羽達に連絡を取り確認する。が、驚いている所を見るとあちらでも見つけられていないようだ。

 

「その言、確かであろうな!」

 

『はい。こちらでも参加者の方から赤ん坊を見た証言は取れております。避難直前まで彼女と一緒にいた方もそうおっしゃっておりますし……』

 

「っく、だが気は全く感じんぞ! 子供とはいえ微弱でも気は持っている筈だ!!

 ……そうだ悟空は、悟空ならわかるだろう!?」

 

『そ、それが……『とりあえずオラ達もそっち向かうから』……えぇはい、わかりました。

 とりあえず、そちらへ向かうそうです』

 

「あぁ、わか「揚羽も英雄、あずみも李も全員ここにいるな!」った……相変わらず突然だな」

 

 音も気配もたてず会話の途中で紋白を担いで現れる悟空にもはや呆れるしかない揚羽。今日で何度も驚かされすぎていっぱいいっぱいなのだろう。

 もう何が出来ても何ら不思議はない悟空だからこそ、赤ん坊の気もわかるだろうと期待して放った言葉は、しかし苦虫を噛み潰した顔で返された。

 

「……わりぃ、オラでも全然気が感じ取れねぇんだ」

 

「な、何だとっ?!」

 

「ある程度だったら息とか気配とかでわっかんだけど、こんな広くて場所じゃ岩とかにまぎれちまってわかんねぇんだ」

 

 未だ岩の雨が降るこのタワーでは、気も視界も気配も音も臭いも空気も……全ての五感が真面に機能しない。いく悟空ほどの腕前でも、一番頼りになる気がわからなければ

 

「たぶんだけど、そいつって生まれたてだから気が不安定なんだと思う。それか元々気が隠れちまってる体質かもしんねぇ。

 怪我をして気が弱まっちまってるからか、最悪…………」

 

「そんな――」

 

「わけがあってはならんっ!!!」

 

 英雄の断ち切る一喝は、この場にいる全員のの総意であった。自分達よりも幼い、そして未来ある赤ん坊だ。その命が、このような所で潰されていい訳がない!!

 

「だな! 泣いてっかもしんねぇから、ささっと助け出してやらねぇとな!」

 

「ああ、そうだな悟空……。

 これ以上の増員は逆に危険だ。よって今からこの全員で三つに分かれて探し出すぞ!

 現在我らは45階中央広場にいる。ここから各自散開し赤ん坊を探す。

 

 悟空と紋白は上の階へ、いざとなったら屋上に待機してあるヘリに向かうか、こちらへ跳んで来い。

 英雄とあずみは以降下へ向かって探せ! 一階へ着いたらそのまま外へ避難しろ。

 そして我と李がここ中央広場を中心に探す。上下どちらかに異常があれば中央の吹き抜けを使ってそちらに向かう。

 

 ……本当はお前達にも避難して欲しいのだがな。どうせ言っても聞かん以上、もう何も言わん。

 ただし絶対全員で帰るのだぞ? いいな!!!?」

 

「これも依頼です、お任せ下さい」

 

「はい、英雄様はお任せ下さいですます!(やぁぁぁあってやるぜ!!)」

 

「これ以上、一人の犠牲者も出させてなるものか!!」

 

「我も兄上と姉上、そして父上母上と同じく九鬼の名を継ぐ者、ここで逃げるわけもありません!

 いまこそその証を示しましょうぞ、なぁ悟空!」

 

「うっし、いっちょやっか!」

 

「よしっ、ではゆくぞッ!!!!!!」

 

『応ッ!!!!!』

 

 

 

 

 

『赤ん坊は生まれてまだ8ヶ月ほどの歳で、花を模したピンクの服が特徴のようです。離れる前には黒の乳母車に乗っていたそうなので、そちらも併せてお探し下さい』

 

「以降、ナビゲートを頼むぞクラウディオ」

 

『はっ。こちらでも他の方たちが見ていないか聞き込みをしておりますので、何かありましたらご連絡入れます』

 

「うむ、では一度切るぞ」

 

 散開後、各自は揚羽の指示通り駆け出して行った。今は一秒でも時間が惜しく、またこれ以上の問答も無用。即席でありながら、まるでお互いが長年戦場を共にしたチームであったかのように二言三言で理解し、見事な動きで探索、報告をして行く。

 各自10フロア目に突入しながらも、あれから三分と経っていなかった。

 迅速な動きで次々とドアを開けていく。

 

『こちら英雄、現在19階を進行中。赤ん坊は未だ発見に至れません』

 

『こちら紋白、現在50階西フロアへ突入。こちらも同じく発見できておりませぬ』

 

「くっ、もうビルも限界が近いというのに……」

 

 所々で未だ爆発が起きている。悟空の迅速な行動のおかげであっても、未だタワーが留まっているのは奇跡的であった。

 何時倒れてしまうかということも警戒しならければならず、嫌な汗が止まらなかった。

 

『あせんなって揚羽』

 

「悟空……」

 

『こっちがあせっても何もいいことねーぞ。いるって信じたやらなきゃな!』

 

「……あぁ、そうだな」

 

 悟空の声には焦りも不安もない。ただ確信しているような、そんな声だった。

 彼の言葉は心にストンと落ちて、不思議と納得してしまう。よく言えば自信が持てる。悪く言えば悟空だから、の一言で片付く。

 だが悪い気はしない。他人に縋っているように見えるが、むしろ無駄な力が抜けたようだ。汗が滲んで震えていた拳がピタリと止まった。

 

「あぁ、そうだともっ!!!」

 

 再びその拳を、今度は優しく握りこんで眼の前の岩の壁に振るう。先程よりも遅い拳は、しかし嵐のように岩の壁を駆け抜けその道を作り上げた。 

 

「着いて来い、李静初。我は今――」

 

“猛烈に感動しているっ!!!!”

 

「――――はッ!」

 

 魂を燃やすその様はまさしく龍の如し!!

 その背に龍/思いを背負い、前へと進む揚羽の呼びかけに、李は自然と傅いて答えていた。

 

 

 

 英雄達の方もまた、悟空の言葉を聞き取りながらフロアを駆けていた。先行するあずみはその背に感じる気配に、歯を噛み締め――その頬を上へと引き攣らせていた。

 

(ハハっ! 全く、何て奴らだよ……本当に子供か?)

 

 こんな状況でも悟空のある意味能天気な言葉に毒気を抜かれてしまいそうだ。だがそれは子供の屁理屈でもなければ、大人の理屈でもない。ただただあるがままの真実の答えだ。

 それを言う奴も、そしてそれに答える人もただただ真直ぐだった。ある意味バカと言える。

 

(――けど、あたいはそんなバカは嫌いじゃない)

 

 ただ真直ぐに、単純に、けど大変で、見えなくても、一歩づつ進んで行ける“本当に強い人”だからこそ、彼女も崇めたのだろう。

 彼の傷は自分達武人や傭兵にとって大したものではない。しかし一般人の……ましてや未だ10にも達したばかりであろう子供が撃たれた事実さえ無かったかのように必死に腕を振って走っていた。

 その眼は一片の迷いもなくただ前にあるこの背を見据えているのを感じる。未だ心配は尽きない。だが一度視線を向けてしまえばその瞳に吸い込まれてしまうのではないか――そう思える程の集中力を彼はその目に、耳に、身体に張り巡らせていた。

 ならばこそ無粋な真似はせず……また、させない。させてはなるものか。

 この身は貴方の為に、……剣にも、盾にも、道にも梯子にもなってみましょう。全ては貴方が飛ぶために、望みの為に……。

 

 眼の前の瓦礫の山へと小太刀を、苦無を、その身を曝して吹き飛ばす!!

 

「風魔一族が一人、忍足あずみ!! 如何なる壁があろうとも、貴方の道を作りましょう!!!!」

 

 

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 

 目で見て、耳が拾い、鼻で辿り、肌と舌で感じ取る。

 

 岩、岩、壁、ドア、床、瓦礫、天井、シャンデリア、壁、ドア、窓、岩、観葉植物、窓、電灯、岩――

 

 もっと細かく、もっと詳細に、もっと深遠に。

 

 石、グラス、破片、服の切れ端、血の跡、石、葉巻、砂、靴、ガラス、破片、ヒビ、散った花びら――

 

 手を振り、脚で踏みつけ、肺で吸い込み、吐いて舞うその全てを全身に掻き集める。

 

 酸素、二酸化炭素、温度、湿気、臭い、風、埃、重力、気圧、硝煙の味、空気の振動、漏れ出る電気――

 

 英雄は今、その身に全てを掴み取っていた。

 

 そして彼が持つもう一つの秘められていた力。第六感――シックスセンスが今、遂に――――捉えた。

 

 

 

 それは偶然であった。それは直感であった。それは奇跡であった。

 それは必然であった。それは確信であった。それは運命であった。

 

 それは起こった。

 それはなし得た。

 

 それが神の救いの手であった。

 それは己が全てをかけて伸ばした手であった。

 

 神が答えた。世界が答えた。――命が答えた。

 

 

 

 天が落ち、地が割れ、闇が覆う壊れた世界の中で、

 

 儚く、美しく、しかし誰よりも力強く、生命(いのち)溢れる一輪の花が咲いていた。

 

 

 

 驚くよりも速く、声を張り上げるよりも速く、足は前に動いていた。

 

 誰よりも速く、何もかもを押しのけ、岩を足場に――飛んだ。

 

 あずみが気付いたときには、英雄はその場所へと辿りついていた。

 乳母車は天井ごと落ちた岩とシャンデリアによって潰され見るも無残な姿となっていた。

 だが赤ん坊には傷一つない。そして不思議なことに岩や破片は赤ん坊の周りへと集まり、まるで赤子を守るように包んでいた。

 赤ん坊はこんな状況でも何事も無かったかのように目を閉じていた。人形のように動かないその姿に、場違いにも綺麗だと思ってしまった。

 震えながらも手を伸ばす。落とさないように強く、しかし壊れないよう優しく抱いて、頬に寄せた。

 

 ――トクン、トクンと、確かな命の音を聞いた。

 

 それだけで涙は溢れ、言葉も漏れていた。

 

 

 

「…………よかった…………生きてた」

 

 

 

 

 

 生きておるぞぉぉぉぉおおおっ!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

「あずみぃぃいぃッッッ!!!!」

 

「はいッ!!」

 

 即座に呼びかけに応じ、あずみが降りかかる火の粉を振り払い、廊下を駆け出した。

 三階に当たるその廊下を駆け抜け、あずみにその身を預ける。二人をしっかりと抱き寄せたあずみは岩場を三段跳びで飛び越えた。そして遂に地上一階、中央の吹き抜け大広間へと辿りついた。

 

「見つけたか英雄、よくやったッ!!」

 

 するとインカムで連絡しておいた揚羽と李が目の前に着地した。揚羽は感極まったように英雄と赤ん坊を抱きしめた。

 それにくすぐったようにしながらも、英雄は揚羽に赤ん坊を託した。

 

「この子です姉上」

 

「うむ、確かに。……しかしこんな状況でも寝ていられるとは、大物だなこやつ此奴は……」

 

「ハッハッハ、そこは我も保障しましょう!」

 

 思わず四人とも笑ってしまう。珍しく李が顔を崩しているのをあずみは見逃さなかった。

 

「っくく……おっと、此奴がこんなに気持ち良さそうにしているから、思わず和んでしまったな。

 そろそろ此処から出るぞ」

 

「悟空と紋白は?」

 

「あやつらにはもう伝えてある。もうそろそろこちらへ――」

 

 来るであろう、と言う言葉は続かなかった。

 足下から今までよりも大きな振動が起き、思わず膝を突いてしまう。

 まさか支柱が、と思った瞬間には床からヒビが走り、斬撃のように壁を駆け抜け一瞬で天井のある70階まで届いてしまって。刹那、ヒビが細かく枝分かれし、とうとうそれは起きてしまった。

 

「天が……落ちて来た」

 

 まさしく李が表現した通り、世界が反転したかの如く天上が崩れ迫ってきた。パイナップルのように綺麗にくり抜かれたソレはなんと水平を保ったまま落ちて来たのだ。もう5秒と経たず自分たちはソレに押し潰されるだろう。予想していながらも実際に起きてしまった現象に思わず一秒もフリーズしてしまった。

 動いたのは四人同時。反射的に駆け抜けた思考は1/75秒という刹那を越え阿頼耶という領域の先へ飛ばしながら、知識、経験、記憶を走馬灯の様に全て引き出しこの状況への打開策をシュミレートする。

 が、いくら何百、何千という方法を思いついても、そのどれ一つもが失敗だと答えていた。

 例え揚羽がその手にある赤ん坊を横にいる英雄に投げ渡し、ありったけの全力を籠めた拳で何度も殴り続けようと、壊すどころか削るのでやっとだろう。もし、もし壊すことができたとしても、その際に砕けた破片はこの場にいる全員に降り注ぐだろう。全てを粉微塵に砕くことが出来ない揚羽の拳は結局の所、大質量の岩の雨を降らせ二次災害を引き起こしてしまうだろう。

 例えあずみがその懐に隠してある爆薬苦無で岩を砕こうと、揚羽の二の舞になってしまうだろう。ましてやこの密封された空間では爆発の余波でその身を焼き焦がすだろう。

 例え李静初が暗殺で磨いた瞬身、縮地で三人を外へ投げ飛ばそうと、瓦礫と灼熱の壁に囲まれているこの場で力に精通していない彼女ではその壁を壊して進む力は無いだろう。

 そして例え…………そう例え英雄がその身を投げ出し庇おうとも、英雄と地面に挟まれ――――英雄自身の身で殺してしまうことだろう。

 

 そう、無駄だとわかっていても……四人には取る方法は決まっていた。

 赤ん坊の下へと走る。自分たちのみを犠牲にしてでも守ろうとしていた。ほんの少しでも生きる可能性を作るために内気功で威力を抑えようと、体に残る気全てを使って練り込み解き放つ三人。背を向けて折り重なり赤ん坊を包み込んで地に伏せる。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと刻まれる時の中で、英雄は唯一人その災害と言う名の暴力を前に恐怖で後ずさることもなく、顔を背けることなく、ただ仁王立ち、睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 死ねない。

 まだ、自分は、あずみは、李は、姉上は…まだ、こんな所で死ねない。

 死んでたまるものかっ!!!!

 

 そう思う自分と、安心している――信じている自分がいる。

 

 あぁ、そうだ。大丈夫だ。心配ない。わかっているのだ。自分は、大丈夫であると。

 

 何故?と思う自分に何故かな、と答え、自分で自分を納得させる。

 

 ならばやることは、思うことは一つ。

 

 ただ“願う”ことだけだ、と。

 

 流れ星に願うように、頂きますと食材に感謝するように、神に手を合わせ祈るように。

 

 瞳を閉じる。現実から逃げたわけではない。

 

 

 

 

 

 

 ただ自分は――“彼”を信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音がが死んだような静寂の中。暗闇の世界で揚羽は思う。自分は死んだのか。赤ん坊は、李は、あずみは――我が愛しの弟は。

 死後の世界ではそれすらわからん……か、と何処か自嘲する揚羽。だが何だろう? 死んだにしては、こう……己の腕の中が、暖かい。

 

「にっぎぎぎぎ……何とか、間に合ったみてぇ、だな……」

 

 ふっ、こんな時にでもアイツの声が聞こえるとは。アイツも同じく天国にでもやってきたか? ならば英雄も紋白たちもいるだろう。

 

「おーい、んっぐぐぐ……揚羽! 起きてっか? おいって!」

 

 あぁ静かにしてくれ。こんなに暖かいんだ、もう少しで気持ち良く眠れそうなんだ。……ん? 暖かい? 寝る? こんな暗闇の世界で何があるというのだ。

 

「あ、姉上! はやく目を開けて下され!」

 

 紋白の声も聞こえた。そうか、自分はただ目を閉じていただけか。

 

 死を覚悟して身体が麻痺していたのだろう。倒れたまま力強く瞳を開けば、逆さまの紋白が目の前で膝を立てこちらを窺っていた。あぁ、やっぱり近くにいたのか。

 悟空もすぐ隣にいる。なんだか少し苦しそうに身体が震えていて、まるで重いものを持ち上げて踏ん張って……いる…………よう、な…………………。

 振り返ればそこで悟空は逆立ちしていた。何やってんだと言いそうになって、目を見開く。驚きすぎてとうとう心臓が一度止まってしまった。

 

 

 

 落ちて来た月を支えるかのように、到底人の力では持ち上げられないはずの、天井を、悟空は、その両の腕で、持ち上げていた。

 

 

 

 頭が可笑しくなったのではないだろうかと思うほど、ありえない現象だった。

 人一人で持ち上げるどころか、壊すこと難しいソレ。タワーの天井はヘリを数十台も置けるように広く頑丈に、そして安定するように重く圧縮されたであろう地面とさえ言えるソレは、武人でさえ持ち上げることさえ考えず、下に敷いて立つとしか考えない岩の塊。それを子供一人が支えている。

 人によっては馬鹿なことを言っている、頭が可笑しいと笑われるだろう。しかし今、揚羽の前で起きている現実なのだ。

 

「ぬぐぐぐ……ッ」

 

 いや、良く見れば岩が左右に揺れている。いくら何でもできそうな悟空をもってしても、今これだけの質量を持ち上げることだけで限界だろう。

 もって数十秒か。ただ死ぬ時間が延びただけ。

 

 しかも最悪なことに、それだけでは終わらない。頭の一番上にあった超重量のソレが崩れた所為で、此処まで頑張って支えていた柱も遂に折れたのだろう。重心が崩れゆっくりと、だが確実に倒れる未来が簡単に予想できる。

 

 ならばどうするのか。

 

 どうにもできない。

 

 揚羽には、英雄には、紋白には、あずみには、静初には――そして悟空にも、もうどうすることは出来ない。

 希望が、絶望へと塗り替えられていく。

 頬に一筋の光が走る。

 

 

 

“……くっそォォおぉぉぉぉぉおおおぉぉおおおおぉおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!”

 

 

 

 揚羽のあらん限りの声は、静かにただ大気を震わすだけであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そう“今”の悟空では、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、いっちょやってみっか!」

 

 そんな軽い声が、ポンと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ドッ……ドッ……ドッドドドドドドドドドッ

 

 

 

 地が振るえ、世界が悲鳴を上げていた。

 怒号のように、悲鳴のように、耐えるように……。

 

 

 

 ――ォォォオォォオォォオオオオォォオオオオ

 

 

 

 だが違う。これはもう一つある。

 それはまるで武者震いのように、歓声のように――赤ん坊の産声のように、世界が祝福を上げていた。

 

 

 

 ――ォォォぉぉぉおおぉぁぁアぁァァアアアア

 

 

 

 彼の発する声と同時に、今まで感じなかった気が白い湯気のようにふわりと、しかし次の瞬間には間欠泉のように立ち昇り爆発した。

 

 

 

 ――ァァァァぁぁぁぁぁぁあぁあああああああ

 

 

 

 石が、瓦礫が、大気が……そして彼の周りに漂う光の粒子が後押しするように舞い上がり、彼の周りを奔流となって渦巻く。

 

 

 

 

 ――はぁぁぁぁぁあぁぁあぁああああああああッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 そして彼は光に包まれた。

 

 金色に逆立った髪は怒りの証。普段とは違うに恐怖さえ感じてしまいそうなその姿は、しかし瞳には彼本来の優しさが垣間見えた。――“1”

 

 体の周りを稲妻が走り、触れることままならないように感じるその姿は、神々しく神秘的に感じた。――“2”

 

 ほうき星のように輝くまっすぐ後ろに伸びるその髪は羅刹の如く凄まじく、だが一房だけ反抗するように前へと垂れた髪が彼らしく思えた。――“3”

 

 

 

 身体が変化を遂げ終える。

 少年の姿など今はなくなり、ヒュームと比べても遜色ない程のがっしりとした大人の身体。

 空色の服は帯となり、黄色のズボンと紺のブーツはその身体にフィットするように伸びていた。その後ろに生えた尻尾は以前変わらず穴から生えていた。

 なにより特徴的なのは胸元を開くように上半身を覆う体毛ともいうべき真紅の衣。気高き獅子の様に迫力を感じるそれは極限まで引き締まった筋肉を強調している。

 溢れる気の奔流とは対照的に黒く伸びた髪は風にゆれ、畏怖と優しさの矛盾を呑み込んだように不思議と混ざり合っていた。

 

 そして目元を赤く奔るその瞳が、遂に見開かれた。

 細められた切れ長の瞳と先程まで見えた金色の光を凝縮したその眼光がこちらを射抜いたとき、もはや何も言う事も思う事もできず、ただただ圧倒され膝を屈してしまいそうだった。もはや気を感じるというレベルではない。神々しい光がその身体を包んでいるのを揚羽やあずみ、李――そして気を見ることが出来ない英雄と紋白も感じていた。

 同時に全幅の安心と信頼をその場にいた全員が預けていた。――そう、まるで神に祈るように。

 

 

 

 ――“4”

 

 

 

「おう、もう大丈夫だ。あとは任しときな」

 

 大人びたぶっきら棒な声にもはや少年の跡は無く、だが変わらぬ優しい響きを聞いてやっと自分たちが知っている“彼”なのだだとわかった。

 今の状況を思い出して彼を一度止めようとしても、その行動さえ憚られるような気がして、彼徐女達はただ夢のようにその後の出来事見ていた。

 

 彼が持ち上げていた天井がピタリと止まっていた。両手で軽々と持ち上げるその姿は、次にはダンベル上げのトレーニングにでも使っていそうだ。だがそれさえ生温い。

 一度その身体をぐっと沈め、ハァッ!!という掛け声と共に身体を伸ばした時には、巨魁はいつの間にか空へロケットのように飛び出していた。

 ぐんぐんと上がっていくその塊は倒れかけていたタワーの壁と接触。方向を変えるはずのそれが何と真っ直ぐ……そう彼が飛ばした方向そのままにガリガリと昇っていくではないか。

 そして遂には何とタワーを垂直へと直し、天辺を突き抜けた。もう地上からは粒くらいのおおきさでしか見えないソレは、未だ落ちる気配ない。だが段々と勢いは削がれ、宇宙へと届く前に止まり、また此方へと隕石のように降ってきそうだ。

 

 

 

 ならばそれを砕くとしよう。

 

 彼は右手を腰溜めに構える。それだけで天地どころか大気さえもビリビリと震わす。

 ポワっと光る拳は太陽のように熱く、眩しく輝く。だが誰もその光から目を離せなかった

 そして巨魁が頂点へと達した時――

 

 

 

 

 

 ――――“りゅぅぅぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅうううう

 

 

 

 

 

 それを一気に空へと、解き放つ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 けぇぇぇぇぇぇええんんんんんんんんんッッッ”――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日川神の、いや世界中の人間が“ソレ”を目撃した。

 

 

 

 川神院総代である老人とその師範代たちも――

 

 

 

 九鬼に殉ずる者達も――

 

 

 

 世界で戦う軍人達も――

 

 

 

 中国の武を極めた梁山泊も――

 

 

 

 孤島で秘密裏に暮らす四人の少年少女達も――

 

 

 

 父親に苦労して母親と共にため息をつく少女も――

 

 

 

 父に憧れる二人の少年達も――

 

 

 

 体に痣を作りながらも笑って生きる少女も――

 

 

 

 冒険家を目指す少年も――

 

 

 

 二人で馬鹿して笑う凸凹な少年達も――

 

 

 

 父と姉に撫でられぬいぐるみを抱く少女も――

 

 

 

 馬の人形と話す練習をしていた少女も――

 

 

 

 耳を塞ぎ心を沈めていた少女も――

 

 

 

 泣き虫なおばあちゃん子の少女も――

 

 

 

 “ソレ”を間近で見ていた少年少女達も――

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、母さん!」

 

「どーしたの大和ー?」

 

「あれってなーにー?」

 

「んー? ごめーん聞こえなーい!

 今洗い物の最中だからまた後でねー?」

 

「……ほぁー、すっげー……」

 

 

 

 そして、とある一般家庭の男の子と――

 

 

 

「~♪ あぁ――きれいだなぁ」

 

 

 

 ――小うるさい祖父から逃げ、屋根の上に登った……未来で“武神”と呼ばれるであろう、少女も。

 まだ何も知らぬであろう純真な笑みで空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  暗雲の闇を突き抜けて

 

 

 

 

 

 “光の龍”が空へと飛び立った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて裏導編はおしまい
スーパーサイヤ人4は仕様です。じゃないとまぁ面白くないですし
マジ恋勢が悟空に近づこうとして・・・・・・そこを無双かなと
それとタワーの天井を持ち上げるシーンはGTの邪悪龍の七神龍の時にビルや地面を支えたシーンを想像して下さい
感想、評価、アドバイス等よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話

 あけましておめでとうございます!
 いや~ついに年が明けましたね、これからもジャンジャン更新を……え?2015年始まったのは一ヶ月前?
 え?この小説、前話から三ヶ月も過ぎてる?
 ……ふっ、大人になれば時間なんてあっという間だったよorz

 とりあえず今回は説明回と新ヒロイン登場で我慢してください。
 本当にすいませんでした(真剣あやまり)


 

 

 

「ふっ、ほっ、たぁっ!!」

 

「おっ、よっ、ほいっと!」

 

 九鬼家にある中庭兼訓練広場。そこには紋白と悟空の毎朝よく見る姿があった。

 

「くっ、えぇい、このっ、いつもいつも、ちょこまかと!!」

 

「おっと、へへっ! お~にさん、こっちら、べーろべーろ、ばぁ~!」

 

「ムキ―ーッ?!!!?!?」

 

 ……まぁ、これもいつもの光景である。

 

 

 

 さて、あの後話をしよう。

 

 裏道タワーでのテロは、負傷者は少数いたが死者0名という奇跡的な数字で幕を閉じた。

 

 表では裏道家の噂を聞きつけた九鬼家が潜入し、これを一網打尽。何とか退けようとした頭首――裏道切道が最終手段として自爆しようとしたが九鬼が完全制圧。裏道家は頭首含めそれに関与していた部下並びに企業の多くが御縄に付いた――そんな朝の一分少々のニュースで報道されていた。簡潔に報道されているが、元々川神はあらゆる奇人変人の現れる場所であり、そんな事件も日常茶飯事と思われている。また裏道家は表世界で目立たないようにと中小企業の皮を被っていた会社だ。名の知らぬ企業より九鬼のビッグネームのほうが大きく、一般人に「あぁ、また九鬼か」とBUSHIN&KAWAKAMIと並ぶ認知力として伝わっている。いや、海外にも進出している九鬼の方が世界中に多く取り上げられているだろう。

 ただその報道映像の際、チラリと映った切道の顔は最後まで笑っていた。多くの人間が狂者の末路と認識していたが、それの本当の想いを理解した少数の者にはどこか、先の見えぬ暗い道から抜け出した子供のように、晴れやかな顔に感じたそうな……。

 ここで裏での話になるが、裏業界で名の知れた裏道がその名を消し、意外とてんやわんやだったらしい。まぁそれもそうだろう。長年裏では橋渡し役として多くの取引に関わっていた裏道とその関係者が消えたことで、他の企業への取引手段が大幅に削られたのだ。九鬼では現在それを利用して大物を大量にFishしているとかなんとか、ヒュームが楽しそうにしているのが印象的だった。

 

 などなどなど事件の方は九鬼家の力によっていろいろ情報を規制できたのだが……いよいよ核心の話に入ろうと思う。

 

 あの時、龍が飛び立って空へと消えていく幻想的な奇跡に心奪われていた五人。それから一番に現実へ戻ってきた紋白が龍が生まれた場所へと振り向けば、先ほどまでいた赤い衣の戦士の姿はいつの間にか消え、元のちびっこ姿のの悟空が瓦礫の山の中心でポツンと立っていた。その顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。

 思わず目を真ん丸にしてごしごしと二度見してしまったのも悪くない。夢を見ていたような気分だったが、あれは現実だったと証明っするように夜の星空が瞬いていた。

 

 その後全員が悟空にさっきのはなんだったのかと説明を求めたが、未だ崩壊の危機にあるタワーからの脱出を一番にして走った……それはもう悟空が瞬間移動できるのを忘れるほど全力で。

 今までもったことが奇跡だったのか、それとも先程の余波の影響か。どちらにせよ遂にタワーが限界にきたようで、瓦礫の雨を駆け抜けた。最後は壁を蹴り破って何とか脱出できたが、あと5秒でも遅かったら晴氣と一緒に生き埋めにされていただろう、とある意味こちらも奇跡だっただろう。

 

「たはは、やりすぎちった……」

 

 頭をかきながらそんな「テヘペロ☆」と思わせる仕種にアポォウ!!とチョップを見舞った紋白にその場の全員が心の中で拍手喝采を送っていたのはまた別の話。

 

 兎にも角煮も砂糖にも、そんなこんなで無事全員生還し、治療を終えてからクラウディオ含めて人払いしてもらいさて説明してもらうぞコノ野郎と悟空を囲んでのOHANASHIが始まった。最初こそ何か隠すようにして話していたが、何とその嘘のわかりやすいことか(泣)。わたわた目を泳がせて笑って誤魔化すという悟空全力の嘘は30秒と持たなかった。

 駄菓子、答えは出てこなかった……いや『わからない』という答えがわかった。渋々話すことを決めた悟空だが、その説明の何と下手なことか(泣-part2)。

 

 

 

 だがこれには悟空なりの考えあってのことである。悟空自身にも少し自覚のあることだが、彼には理不尽な悪意を引き寄せてしまう運命――所謂悪運が付きまとっている。

 彼という存在はある意味奇跡である。だがそれゆえにその奇跡を起こしを形作るための事象がその世界へと落とされてしまう。

 彼は正義を名乗るつもりはないが、英雄と呼ばれる存在だ。だがその英雄は一人でなれるものではない。

 

 そう、英雄という“正義”には、”悪”と言う相対者が必要である。

 

 世界征服を目指す軍の支配者。

 若返りを目指す魔族。

 弱肉強食を生きる誇り高き同族。

 不老不死を目指す宇宙一の最悪。

 完全無欠を証明する科学の怪物。

 純粋故に全てを染め奪う純粋悪の魔人。

 奪いつくされた星の怨念によって生まれた機械生物。

 星と星の科学を融合させた超科学の人物。

 ――そして、彼ら自身の願いという欲望によって闇に染まったの龍神達。

 

 これらの者達と闘い、勝利し生き残ってきた。だがそれがまた新たな争いの火種を呼んでしまった。

 故に今度こそ……と。この世界に自身の争いを持ち込みたくなかったのである。

 

 

 ……とまぁかっこよく言ってみたが、悟空が説明下手ということには関係の無いことである。その思いを汲み取ることが出来るには長い付き合いが必要だろう。

 

 結局その内容から何とか読み取れたのは、ここにいるほとんどが聡明な頭脳の持ち主だったからであろう。……まぁ、頭脳の無駄遣いだが。

 それでもわかったことをまとめると

 

「ちょっと遠いところ(別世界)から来た」

 

「これでもそれなり(宇宙一)の武術家である」

 

「俺にはあと5回の変身が残っている(笑)」

 

 ということであった。

 これではどこぞの宇宙人(今度復活しそうな……メタ略)みたいであるが、超人やKAWAKAMI人がいるこの世界においてもぶっ飛んだ内容であったためさすがの聡明な者達でも頭を悩ませた。

 

 結局のところ、この中で一番付き合いの長い紋白が言った「悟空だから」という言葉に全員が何度も頷いたのはご愛嬌。ぶっちゃけ疲れたから。

 

 

 

 

 

 現在に戻ってみれば、先ほどよりもリズムを上げて悟空と紋白の拳が交わされる。

 出会った頃から続く変わらぬ光景。しかし出会った頃と違って変わったことがある。それは――

 

「ふははは! 元気におはよう 我 参 上 !」

 

「きゃるる~ん☆ 朝早くからご立派です英雄様ぁ~☆」

 

 バンッと壊れそうなほど全快に開けられる。九鬼家本館へと続く中庭のドアから登場したのは、変化その“1”九鬼英雄と忍足あずみ(その“2”)である。

 毎回後ろで紙吹雪を降らせ悶えるあずみはさておき、以前には会うことさえ稀だった英雄が自分から進んでこの朝練に参加したのである。

 以前の英雄は姉の揚羽と自分の武の才能の差を感じて早々に経営の道に進み始めていた。護身程度には武術を習っていたが、それよりも勉学の時間の方が圧倒的に多かったのは確かだ

 だが今回のことで自身が習っていた護身術が護身でさえなかったことを思い知らされたので今一度鍛えなおそう。何せ我は九鬼英雄、英雄(ヒーロー)たる者常に己を磨かねばならぬからな、フハハハ!……というのが英雄自身の言であり、また従者達にとってもそれが建前であることは周知の事実だった。

 何故なら彼の瞳にはただ漠然と燃えているだけだった赤い炎よりも、確固たる目標を見つけ目指すための“覚悟”と言う青く純粋な炎が宿っているのだから。

 そしてその目標を超えるために、あえてその者に教えを乞い、向き合うのだ。

 

「フハハ。次は我の番であるな悟空!」

 

「おう! んじゃ、いっちょやってみっか!」

 

 英雄がビシッと指させば、悟空がクイっと手で招く。二人は嬉しそうにニヤッと笑い、それをゴングにして英雄が悟空へと飛び掛かった。

 交わることがなかった二人が今こうして向かい合い、お互いのためだけに拳を合わせる。あずみから差し出された椅子に腰かけながら見るその光景に、紋白は二人と同じように笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

「ハッ、ホッ、――――――ぁぁぁあアチャーーッ!!!!」

 

「ほっ、はっ、ていっりゃ!」

 

 拳を打ち合い芝生を踏み鳴らし、タメを作るためにお互い離れ一呼吸ついた時、不意に英雄が笑いを溢した。

 

「ッハハハ! やはりお前は強いな悟空!」

 

「そっかー? オラもまだまだだと思うけどなぁ~。それにオラには|これ(拳)しかねぇしな!」

 

「ククッ……いいや悟空、お前は強いさ。力も――」

 

 ――“心も”――

 

「?……そっかぁ? 

 ん~やっぱ何かわかんねぇけど照れるなぁ~」

  

「ふっ、そうであるな。

 ……では、仕切り直してもう一度ゆくぞ!!」

 

「おぅ! バッチこい!!」

 

 言葉を切り朝独特の静寂だけが残る。そして次の一呼吸でお互いの拳がぶつかり合う……前に、またまた新たな声が割って入った。

 

「フハハッ! 天から元気に 我 降 臨 !」

 

「ついでに私も空元気です……天から元気に……空元気…………Goodです」

 

「私もいますよ……って予想以上に高ぁああああぁァァア揚羽様アアァアァァァ――――プげらっ?!」

 

 これまた良く響く笑い声で登場したのは変化その“3”九鬼揚羽、変化その“4”李静初と相変わらずのお約束、《|武田 小十郎(たけだ こじゅうろう)》が頭から地面へ落ちていた。

 

 あの事件の後、揚羽も英雄と同じく自身の武に未熟があると教えられ、一から鍛えなおすことを決めた。それに合わせヒュームの師事する一方、悟空との組手も鍛錬に取り入れられたのだ。

 ただ悟空には簡単に了承をもらえると思っていたが、まさかヒュームからも許可を出してくれるとは思わなかった。最悪ヒュームが離れたときに内緒で会おうと思っていたのだが、とっくに読まれて問い詰められ素直に白状すると――。

 

『ふむ、ちょうどいいかもしれん。私も少し用事で九鬼家を離れることが多くなるでしょうから、自主練と言うことでなら許可しましょう。』

 

 と言ったのだ。

 以来同じ考えだった英雄と共に頼み込み、九鬼の仕事と併用しながら鍛錬に参加している。

 

「おお、おはようございます姉上!」

 

「ふぅーーーーっ・・・・・・フハハ、おはようございます!」

 

「おっす揚羽!それに李と・・・・・・おめぇは相変わらずだな小十郎。よっと!」

 

 キュポンっ

 

「っぷはぁ~。あ、ありがとうございます悟空様。よい――」

 

「これくらいの高さで何を埋まっておるか、この軟弱ものがぁーーーー!!!!」

 

「――しょっ、精進致します揚羽様ああぁぁぁぁーーーー……(キラン)」

 

 そしてこれまたお約束通り揚羽にぶっ飛ばされる。……彼は星になったのだ(遠い目)。 

 

「フハハ、小十郎は相変わらずであるな。ところで姉上の下での生活はどうだ李よ?」

 

「はい、すこぶる順調です。それはもう掘り返すほどに」

 

 李とあずみもあの事件の後、揚羽から正式な依頼とともに専従として雇われていた。まぁしかしそれもヒュームの“ちょっとした教育(・・・・・・・・)”でいつの間にか冥土従者となってしまっていたが……。

 まぁ元々二人とも九鬼家に隷属する気持ちでいたので従者になれたのはよかったのかもしれないが、メイドにまでなる予定はなかったとは本人たちの談。

 ――因みにあずみのキャラだが、一度やっちまったからには元の調子に変えると英雄に嫌われてしまうかもしれないのでそのままで行くらしい……。

 

「あはは、李も相変わらずですね~☆ (おい、もしかしてすこぶるとスコップを掛けたつまらんダジャレを英雄様にきかせたんじゃないだろうなぁ~、ああ゛ん!?)」

 

「えぇ、あなたも相変わらずでなによりです。できればもっとこう採点を優しくしてほしいですが」

 

 お互い表面上は笑顔と無表情であるが、あずみの指で作られたピースと○のサインに内面の顔は面白いほど真逆であった。

 

「ところで小十郎は飛んでっちまったけど大丈夫なんけ?」

 

「ふん、心配せずともどうせ何時ものようにひょっこりと戻ってきよる。あとでまた相手をしてやれ。

 ……それよりも、次は我とだな。存分に手合わせ願おう」

 

「おう、始めっか!」

 

 さすがにこの二人だと周りにも被害が出るかもしれないので残りの四人は離れた場所の縁側へと座り見学する。これからの組手は紋白と英雄だけでなくあずみと李にとっても学ぶことの多いものとなる。故に二人は主達に許可を頂いたうえで横で観戦。

 悟空は軽く自然体に、揚羽は適度に緊張を維持した状態でお互い構える。それだけで空気がピリっと弾けた。

 お互い心に渦巻く感情を止められない。自然と口角が上がっていた。紋白や英雄たちとの組手も教える側として楽しいが、揚羽との組手は戦士としての部分が交ざってくる。

 つまる所、これは戦う者特有の“戦闘狂(バトルジャンキー)”と言う病気である。

 そしていざっ、

 

「――大変恐縮ながら失礼させていただきます」

 

 …………というところで、悟空の後からの声が停止を呼びかけた。

 もちろん止められた側はいい顔をせず、揚羽は眉を顰めながらもその人物に声をかけた。

 

「……なんだクラウよ、これからがいいところなのだ、重要な案件でなければ下がれ」

 

「いいえ、これは重要な案件でございます」

 

 少し言葉に冷たい棘が入ったがクラウディオの表情は何時もの穏やかな顔からは想像できないほどで、冷たいを通り越して無表情だった。

 何が彼をそこまでさせるのか。仕方ないと溜息を吐きながら構えを解く揚羽に頷きながらクラウディオは悟空と向き合う。流石の悟空も冷や汗をかいて構えを解く。と同時に嫌な予感が走ったのか若干後退りしていた。

 

「……悟空様、私はおっしゃいましたよね?」

 

「えっ、えへへ……なっ、何が?」

 

「……しらばっくれてるとは、いけませんねぇ~」

 

 クイっと眼鏡を光らせたクラウディオ。後ろにゴゴゴゴ聞こえてきそうな圧迫感はこの世界で紋白に次いで二番目に怖かったかもしれない。そのまま懐に手を伸ばし、それを広げた。

 そこには――

 

『猿にもわかる、ていおうがくのす・す・め☆ドリル』

 

 と書いてあった。

 

「い゛ぃッ?!」

 

 

 

「    」

 

「    」

 

「    」

 

「    」

 

「    」

 

 冷たい風が一つ、葉をさらっていった。

 

 ついでにページが真っ白であることも証明していった。

 

 

 

「…………あぁあっ!!!? それ昨日が〆切の宿題ではないか!!!!!」

 

 一番に理解したのはもちろん紋白。何せ昨日散々に確認をとろうとしていたからだ。だがそれを訪ねようとする度に悟空は従者やメイドたちの手伝いで忙しかった。

 

「そうか、そのために昨日はあんなに手伝って避けてたのか……」

 

 あぁ納得いった、そうかそうかと紋白は俯きブツブツと繰り返す。ぶっちゃけ髪で隠れた目が光って怖い。それにいつの間にかクラウディオの隣に立っているし。

 悟空は周りを見回す。揚羽たちはもう傍観する気で助ける気はない……というか自業自得である。

 ならば一時撤退をと思った瞬間にはクラウディオが後ろにいて、鋼糸で体をグルグル巻きにされていた。

 

「わっ、ちょっ、たんまタンマ!!!?」

 

「クフっ、クフハハハ!

 王の判決を言い渡す――――有罪(ギルティ)

 

「というわけですので悟空様、お覚悟を……」

 

 陸に上がった魚のように必死の抵抗を試みるが、現状はまさにまな板の鯉である。じりじり迫る紋白はコハー怪しく目を光らせ、クラウディオの両手はいつの間にかパイ投げをするかの如く大量のドリルが載せられていた。

 いくら悟空でもこの頑丈で細い鋼糸では力付くでやれば逆に自身の身体を傷つけてしまうだろうし、瞬間移動も行き先は我々を除けば帝とヒュームくらいだろう。そこにはもうクラウディオが手配しているらしいので大丈夫。

 これでもう逃げることは出来ない。完璧だ!!……と思っていたのだが。彼らは知らない。

 

「し、仕方ねぇ。これを使うしかねぇか……」

 

「む、クラウディオ! 何かする前に止めろ!!」

 

「はい!」

 

 そうして一足で近付いたクラウディオだが、それが間違いだった。

 

「むむむ~っ『太 陽 拳(弱)』!!!!」

 

「っくぅ?!」

 

「うぉ、まぶし?!!」

 

 近くにいたクラウディオと紋白はもちろん、遠くにいた揚羽達の目も悟空から放たれた光に手で覆ってしまった。

 そして次に目を開けたときには、クラウディオの鋼糸だけが地面に残っていた。

 

「あーまぁ、うん。逃げられてしまったな」

 

「うむ、……頑張れ紋白」

 

 思わず頬を掻く揚羽とポンと肩をたたく英雄が励ますように言うが、同時にプルプル震える紋白の姿に『あ~あ』と呆れのため息が出た。

 

「悟空の……悟空のっ、バカァアァァアアアアーーーーーーッ!!!!」

 

 青空に乙女の怒りが響き渡った。

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫?」

 

「ふぅ、いや~助かった助かった。サンキューな小雪!」

 

「?? 何かわかんないけど、どういたしまして! えへへ~」

 

 変態大橋から少し離れた場所の河川敷。九鬼から瞬間移動で逃げてきた悟空が頭を撫でる先には九鬼以外で初めて出来た繋がりある友達、榊原小雪の頭を撫でていた。

 

「ねぇ、ねぇ! 今度はどんな“しゅぎょー”するの?」

 

 悟空は初めて出会って以来小雪とたびたび会っており、紋白たちと同じように一緒に修行している。小雪的には“しゅぎょー”と称した遊びだと思っているし、何より初めて出来た友達なのだ。まだ幼い体で多少つらいことがあってもそれ以上に誰かと一緒にいることが嬉しく、楽しかった。そんな小雪が悟空に懐くのに時間は要らず、後ろをアヒルのように着いて回っていた。

 

「ん~そうだなぁ~……うん、決めた!」

 

「なになになに?」

 

「疲れたから寝る!」

 

「……ん??……えぇっ、ねちゃうの?!」

 

 遊ぼうよ~と悟空の左腕に引っ付いて揺らす小雪に、悟空は優しく説明する。

 

「いいか小雪? ずっと修行ってのもいいかもしんねーけど、休憩ってのは大事なんだ。おめぇの頭はまだ遊びたいって思っても体の方はぜってぇ疲れが残ってんだ。体が重くなるのは体からの“大変だぞ!”ってサインなんだ。そんな状態で修行してたら強くなるどころかケガしちまうかもしんねぇ。

 だからよく遊んでよく食べてよく寝る! これはオラの師匠の≪亀仙人≫のじいちゃんの受け売りなんだ」

 

「む~~……」

 

「まぁなによりも――」

 

「? わわっ!?」

 

 倒れる悟空の手に引っ張られ一緒に土手に倒れ込んでしまう。下は芝生ほどではないがそれなりに雑草が生えており、ところどころチクチクしたが二人の身体をやわらかく受け止める。

 自然と距離は縮まり、お互いの鼻が触れそうなところで目を開けば、彼の瞳の中に自分が映る。不思議と胸が高鳴った。

 

「こーんな天気がいい日に外で昼寝しなきゃ、お日様に失礼だろ?」

 

「……うん!」

 

 ニカっと笑う悟空の顔を見た時、小雪はお日様以上の熱さを感じた。同じようにぽかぽかして暖かいのだが、じーっと見てると熱がどんどん上がっていく。ドキドキ鼓動が早まり顔が真っ赤っかになるほど熱かったが、不思議と悪い気分ではなかった。

 小雪は掴んでいた手をそのまま絡ませて嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

「ぐぅ~……かぁ~……ぐぅ~……っんんぅ、…………ん?」

 

 お日様がさようならと手を振る夕暮れ時。風に頬を撫でられた悟空が目を覚まし、体を起こして伸びをしようとする。が、しかし身体に違和感を感じた。

 

「すぅ、すぅ……」

 

 左を見る。先程まで一緒に寝ていた小雪が悟空へと温もりを求めるよう体を寄せ、安心したように頬を緩めている。

 

「Zzz…………」

 

 右を見る。同じように寒さを感じたのかオーバーオールを着た青い髪の少女が悟空へと身を寄せて頬を緩めた。幸せな夢を見ているのかにゅふふ~と嬉しそうにも口を動かしてる。その様子から何処かポワンとした雰囲気を持っている。

 

「……あり?」

 

 全くの見知らぬ赤の他人が隣で寝ていたのだ、思わず首を捻る悟空を責める者はいないだろう。

 

「んっ、はほわあぁぁ……んん~……あれ? だ、誰その子?」

 

 起きたのを何となく察したのだろう、一つ欠伸をして起きた小雪も悟空の隣にいる見知らぬ少女に元来の人見知りを発揮し悟空の背にサッと隠れた。

 

「んふふ、あったか~い……んん~?…………ほぇ?」

 

 すると連鎖するように青い髪の少女がごしごしと目を擦りながら起き上がる。まだかなり眠そうだが、擦った後もそのままなので閉じているような目は元々のようだ。

 

「?? あれ、君達は~?」

 

「おめぇこそ誰だ?」

 

「あ、そっか~。お散歩してたら~君達が気持ちよそう寝てたから~何か私もおひるねしたくなっちゃったんだ~」

 

「おぉそっか! こんなに天気がいいと眠くなっからしかたねぇや」

 

「うん。そうだね~。お日様もさびしいもんね~。けど今日は何かいつもより気持ちよく眠れたな~」

 

 微妙にかみ合ってない会話だが、天然+天然ではがっちり歯車がかみ合うようだ。

 うんうんと頷く悟空をじっと見る少女。どうしたのかとまた首を捻る悟空にかまわず少女は見つめ続け、やがて納得したのか嬉しそうに笑った。

 

 

 

「お日様もあったかいけど、君もあったかいね~」

 

 

 

『お~い、辰姉ぇ~!』

 

『どこいったんだい、全く!』

 

『またいつもの様にどっかで寝てんだろ……』

 

 土手の向こうから声が聞こえてきた。

 

「あ~皆が呼んでる~」

 

 少女はそういって立ち上がり、眠気が残っているのかふら付きながらも土手を登っていく。

 だが途中でピタリと止まり、こちらに振り向いた。

 

「んん~……ねぇ?」

 

「ん、何だ?」

 

 

 

「また、一緒にお昼寝してもいい?」

 

 

 

 尋ねられたときに?薄く開かれた瞳を見て、悟空が何を感じたかわからない。

 だがかれはそれに答える前に、後ろに振り向いた 

 

「なぁ小雪、おめぇはいいか?」

 

「へ? う、うん。ボクはかまわないけど……」

 

 小雪自身、彼女に対してはまだなんともわからないのでどう答えれば良いのか迷ったが、悟空の顔を見て自然と頷いていた。

 

「いいってさ!」

 

「そっか~。でも、キミは?」

 

 

 

「んなの聞くまでもねぇさ、もう友達だろ?」

 

 

 少女の目が少し大きく見開かれたが、やがて嬉しそうに頷く代わりに目を閉じた。

 

「……ん、そっか。ありがとう。

 じゃあ、またね~」

 

「あ、その前にオラからも聞いていいか?」

 

「ん? なぁ~に?」

 

「おめぇ名前は?」

 

 

 

「私は板垣、

 

 ≪板垣 “辰”子(いたがき たつこ)≫だよ~」

 

 

 

 

 

 この日、≪龍≫を関する者達が出会い、新たな友達になった。

 

 

 

 

 

 




燃えた、燃えたぜ……真っ白にな…………。
という感じでオリジナルストーリーだけでこんなんなってた。
信じられるか? これ、まだ序章に過ぎないんだぜ?

しかし次回は皆さんお待ちかねのバトル回!!
遂にあいつが孫悟空に牙を向く!!……全部呼んでくれてる皆さんなら、わかりますよね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。