暗黒大陸が第二の故郷です (赤誠)
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プロローグ

前半は33巻の内容をまとめているだけなので、「****」のところから読んでも大丈夫です。



ハンター協会は現在、対応に追われていた。

 

先日、V5は暗黒大陸への進出計画を進めているカキン帝国をV6として新たに迎え入れることと相成ったが、その裏では各国の思惑が交錯していた。

本来「暗黒大陸には誰も行かせない」という姿勢を貫いていたV5が、ここにきて暗黒大陸渡航を結果的に許可したのは、カキン帝国の抑止としての意味合いが強い。

カキンが暗黒大陸から厄災を持ち帰れば、全世界を危機に晒すことになりかねない。逆にリターンを持ち帰ったとしても、カキンによって独占されてしまう。そのどちらもがV5の望む事ではなかった。

カキンはV5と違い暗黒大陸不可侵条約の締結をしていないため、V5はカキンの暗黒大陸渡航を公に阻止することはできない。だが、それはあくまでも“公には”の話だ。今回の案件は国家を揺るがすほどの危険事態であるため、軍事的介入等のような強制的手段も取れなくはない案件だった。しかし、それを行使する事はすなわち平和的解決を放棄する事に他ならなかった。

その結果V5がとった選択は、新たにカキンをV5に迎え入れ、V6として再編成するということだった。

リターンを得た場合はV6加盟国で6等分に分配する。そのかわりカキン国王の名前は新大陸の開拓者として公式に歴史に記す。カキンとV5双方に利益が生じるよう調整された妥協案といえた。

しかし、この流れはカキンによる暗黒大陸探検隊総責任者に抜擢されたビヨンドの望むままの結末であった。彼はカキン国王を歴史的偉人にするかわりに、今こうして確実に暗黒大陸行きの切符を手に入れたのである。

V5としてはビヨンド――ひいてはカキンにしてやられたままでは体裁を保てない。何よりも面子を重んじる彼らは、ビヨンドへのお目付役が必要だと考えた。

 

そこで白羽の矢が立ったのが、ハンター協会である。

 

V5はハンター協会に、ビヨンドを監視しながらの暗黒大陸渡航への同行を命じた。

V5からの指令、そして今は亡きネテロ会長からの要望により暗黒大陸に行くことになったハンター協会最高幹部――十二支んの悩みの種は尽きなかった。それもそのはず。彼らは、ビヨンドを監視しながら、彼の仲間を撃退しつつ厄災の解決法を見つけなければいけない。それも、何が起こるともしれない未開の地で、だ。

無計画で行けば当然この任務は達成できない。それどころか何の成果も得られず全滅したとしても何らおかしくないほどの難易度だった。

失敗すればハンター協会は許可庁やV5からの信頼を失う。そして何よりもネテロ会長の遺志を反故にすることになる。

そういったリスクが重圧となってのしかかり、彼らの頭を悩ませた。

 

医療チームの編成、乗船者の把握、ビヨンドの逃亡防止策、上陸までの経路の確保、防疫対策のマニュアル作成など、挙げていけばキリがないほどにやることは沢山ある。彼らは入念な渡航準備のために奔走することを余儀なくされた。

 

 

 

しかし、弱り目に祟り目と言うべきか。それだけでなく、新たに彼らの頭を悩ませる問題が浮上していた。

 

 

****

 

 

ハンター協会本部のとある一室。

そこで小柄な男は受話器を手に佇んでいた。背後から声をかけると、振り返ったその人物は予想通り浮かない表情をしている。

 

「またあの電話がきたのか、ビーンズ」

「は、はい……」

 

事の始まりは、ハンター協会へとかかってきた一本の電話だった。

変声機を使っているため性別不明なその声の主は、ある日唐突に協会に電話を寄越し、一方的に意見を展開したかと思えば、電話対応係の返答を待つこともなく一方的に電話を切っていった。

その後も幾度となくその声の主は電話をかけてきたが、よく聞いてみると一貫してある主張を貫いていた。

 

『暗黒大陸には行くな』

 

その電話の主張を一言でまとめるとしたら、まさにそれに尽きる。

 

ハンター協会ほど巨大な組織ともなると、それだけクレーマーや迷惑電話の類も多くなってくる。その全てを馬鹿丁寧に対応していたらキリがない。そのため、この電話に関しても当初は注視されることもなくその他大勢の迷惑電話と同じで、真面目に取り合うこともなく適当に流されていた。しかし後にその電話が彼らの目に留まった理由としてはいくつかある。

 

一つに、その頻度の高さだ。

粘着質な迷惑電話は他にもあるが、それにしてもこの電話は群を抜いていた。一日5回は最低限電話をかけなければいけないと心に決めているのではないかと疑うほどには、回数を重ねていた。

 

そして、もう一つ理由を挙げるとするならばその内容だった。まだ公にはハンター協会が暗黒大陸渡航に同行するとは発表されていない。ニュースで報道されている内容でも、暗黒大陸渡航に参加するのはビヨンド氏とカキンの王子達ぐらいしか世間一般には知られていないはずだ。

それにも関わらずカキン国ではなくハンター協会に電話をかけてきたということが、この電話の最も不審な点であった。

 

最近では、専らこの電話の対応はビーンズの仕事となっているが、彼の表情からは疲労の色が窺えた。俺――ミザイストムは、日に日に窶れていく彼の姿に同情を覚えていた。

 

「もういい加減その番号着信拒否しとけよ」

「いえ、それがどうやら様々な公衆電話を使ってかけてきているようでして…」

「逆探知でどこの公衆電話か調べたのか?その電話周辺の国に住んでるやつだろ。さっさと捕まえて厳重注意した方が早いんじゃないか」

「何度も逆探知したのですが、本当に様々な国の公衆電話からかけてきているんです。ある時はクカンユ王国の公衆電話から。ある時はパドキア共和国の公衆電話から。そしてある時はカキン帝国の公衆電話から……といった感じに」

「複数犯ということか?」

「その可能性もありますが、単独犯が瞬間移動の類の念能力を使って所在を眩ましている可能性も高いです」

「瞬間移動か……それほどの距離を移動できるとなると、暗黒大陸行きのメンバーに加えたいところだな」

「ええ?!こんな得体の知れない電話をかけてくる人物をですか!?その方が危険ですよ!」

「それもそうか」

 

納得する素振りは見せつつも、現在 転送系の念能力者を協会が欲しているのは事実だった。

暗黒大陸という未開の地への挑戦には、通常の何倍もの食料や物質の調達が必須となってくる。その点に関しては本来ならば、人や物質の転送に優れた能力をもつノヴに頼めば何の問題もないはずだった。

しかしノヴはキメラ蟻討伐の際に精神的深手を負ってしまったため、恐らく今回協力してくれたとしても、仮想の新大陸――限界海境線付近の不干渉協定エリア内までが限度だろう。現在、彼と同レベルの類似能力者を探しているが、そうそういるものではない。それだけに、ノヴという戦力の損失はハンター協会にとっては痛手だった。

 

 

 

会話が途切れたため、特に何をするでもなく佇む。

無機質な音声が耳に入ってくる。例の電話の音声をビーンズが再生しているようだ。

それまで流し聞き程度だったそれに自分もビーンズ同様耳を傾ける。暫くそうしていると、ある違和感に気付いた。

 

「なんというか、最初の頃に比べると……内容が濃くなったな。この脅迫電話」

 

十二支んでの会議の最中にもかかってきたことがあるため、自身も過去にこの電話は何度か聞いたことがある。当初は二、三言のみの本当に簡潔な電話だったはずだ。

しかし、今再生している電話は、すぐに切れることはなく、かれこれ1分近く話が続いている。

 

「やはりそう思いますか?最近、そうなんです。まるで実際に見てきたかのように詳しく暗黒大陸の恐ろしさを語っているんですよ、この人」

 

ビーンズのその言葉に興味が湧いたため、俺は最初から聞かせてもらえるよう頼み込んだ。もともと人が良いビーンズのことだ。嫌な顔一つせず承諾してくれた。

「それでは流しますね」そう言ってビーンズは再生ボタンを押す。今度は聞き漏らさないよう、耳を澄まして音声に集中した。

 

変声機を使った歪な声が鼓膜を撫でる。当初と変わらず、その声の主は大本の主張をまず最初に述べていた。しかし、明らかに当初とは違った。かつての電話と同じ人物がかけてきたとは思えないほどに、内容が充実している。

 

 

 

 

――そう、あまりにも充実しすぎていたのだ。

 

徐々に顔色が変わっていくのが自分でもわかった。

 

「おい、待て……こいつ、何で……?」

 

ビーンズも同じことを思っていたようだ。神妙な面持ちをしている彼と目が合う。

 

信じがたいことに、そいつの語りには、俺達やV5の各国首脳ぐらいしか知らないような内容が含まれていた。

 

――高層ビルの何倍もの大きさの生物が沢山いる。

 

これはお忍びで暗黒大陸に行ったことがあるネテロ会長の、かつての証言と一致している。

 

――樹海付近に生息する謎の球体植物には、出会った瞬間死ぬと思え。

 

これは恐らく古代の迷宮都市を守っているという謎の球体ブリオンのことだろう。『新世界紀行』にも記されている5大厄災の一つだ。

 

それだけでない。地形や気候、異様な生態の生物、謎の病などについても事細かに述べられていた。それこそ、『新世界紀行』にすら載っていないような内容についても、まるで実際に体験したかのように語っているのだ。

 

 

徐々に、この電話の主がこの世の者ではないかのような、不気味な存在に思えてきた。

 

 

――この電話の主は、何者だ?

 

まさか、本当に暗黒大陸に行ったことがある人物がかけてきたとでもいうのか。いや、そんなはずはない。暗黒大陸に渡航した者の中で生きて帰ってきたのはわずか28名。その中で現在も存命なのはビヨンド氏のみのはずだ。

この電話の主が暗黒大陸に行った者のはずがない。

しかし、この人物がただ虚構の物語を語っているようにも思えなかった。それにしてはあまりにも事情に精通しすぎている。

 

そうなると、生還者28名のうちの誰かが存命時に周囲に情報を洩らしたのかもしれない。それが後世にまで語り継がれ、それを耳にしたこの人物が電話をかけてきた。

この考えが、現在考えられる最も整合性のある説明のように思えた。

しかし、どうにも違和感が拭いきれないのもまた事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『再生を終了します』という音声の後に残されたのは、静寂だけだった。

 

もう音声は流れていない。

 

 

 

 

 

――それなのに、あの歪な声が嫌に耳にこびりついて離れなかった。

 

 

 

 



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過去編
第1話


何これ何これ何これ!!

どうして私はジャングルにいるの?!さっきまで私は通学路を歩いていたはずなのに!!

そもそも、あの巨大な生物達はいったい何なの?!あんな巨大な生物が日本に、いや、この世に存在するはずがない!!

どうしよう。どうすれば……!!あんなのに襲われればひとたまりもない!!

高層ビルを遥かに超える大きさの生物から逃げる術などもたない私は、ただ木々の間に身を隠すしかできなかった。

これは悪い夢だ。だって、こんなことあるはずがない。

そう、夢のはず。

それなのに、鼻腔から入り込む空気の匂いが、遠くから聞こえてくる獣達の咆哮が、踏みしめた土の感触が。そのどれもがやけに現実味を帯びていた。

木陰に入って、ひとまず荒い息を落ち着かせる。こんな精神状態ではできることもできなくなってしまう。まずは状況判断と自分にできることの整理だ。

 

私は、とある公立高校に通っている普通の高校生で、今日は部活もなかったからすぐに帰路についた。別に普段と違うことをしたわけではない。いつも通りに通学路を歩いていただけだった。少し小洒落た住宅街を抜け、学校最寄りの駅へと向かう。そんな普通の帰り道だった。しかし、よく思い返してみれば、普通と違うところが一つだけあった。

目眩だ。あの時、珍しく立ち眩みがしたんだった。視界が暗転し、気付けば意識を失っていたようだ。

目を覚ますと、私は木々の生い茂った、この異様な場所に這いつくばっていた。空を見上げれば、特撮ものでしか見たことがないような光景が広がっていた。まるで恐竜のような生物に、蛾のような生物、そしてイソギンチャクのような生物など多種多様な生物が捕食し、捕食されていた。そして特筆すべきは、その全てが巨大であるという点だった。象でさえも蟻レベルに小さく見えるほどの、スケールの違いに唖然とするしかなかった。

 

これが、これまでの顛末である。

…状況を整理してみたが、やはりわけがわからない。

考えてもわからないことは後回しだ。

とりあえず自身に身体的異常がないかどうかの確認でもしておこう。

しかし、ここで最初の違和感に気付いてしまった。何故か私の服が余すところなく褐色に染まっていたのだ。もちろん最初から褐色のデザインなわけではない。もともとは紺と白のボーダーのトップスに、白のガウチョパンツだったはずだ。お気に入りの服のあまりの変貌ぶりに既に泣きそうだ。いったい何だってこんなドス黒い色に変わってしまったんだ。私は知らず知らずの内に泥水に浸かったりでもしていたのだろうか。無意識で泥水に浸かるとか相当ヤバいぞ、自分。それが許されるのは小学生までだ。

どうやら汚れてから暫く経っているのだろう。パリパリとした服の感触が、どうにも着心地を悪くしていた。

 

とりあえず自分の持ち物も確認しておかなければ。肩にかけていた鞄を下ろして、チャックを開ける。入っていたのは、数冊のノートに教科書、ペンケースぐらいだった。何故かわからないが、一部の教科書が変な風に折れ曲がっていた。雑な入れ方をしてしまったのだろうか。違和感はそれだけではなかった。普段の私ならスマホをもっているはずなのに、鞄のどこにも見つからない。最悪だ。あの中には、人には見られてはいけない画像が色々と入っていたのに。

スマホもないが、教科書とノートの数も減っている気がする。普段の私なら基本的に5教科ぐらいの教科書とノートを鞄に入れているはずなのに、教科書は3冊、ノートは2冊しか見つからなかった。おかしいな、と思いながらノートに手をかけると、またしても奇妙なものを見つけてしまった。残ったノート2冊のうち1冊の表紙に、大きく赤い文字で「重要!!!絶対に見るべし!!緊急事態!!!」と書いてあった。もとは古文のノートであったはずなのだが、私は何をしでかしているんだろう。ここまで堂々とした落書きした覚えがないんだけど。

 

「……」

 

この非常事態に何を呑気に落書きノートを見ているんだろうと思いながらも、好奇心は殺せずに私はつい中を開いてしまった。そのノートは、板書をとっていたのであろう最初の数枚は破り捨てられ、途中のページから日記のようなものが始まっていた。

 

“○月×日

学校から帰る途中だったはずなのに、気付いたらジャングルのような空間にいた。ありえないぐらい大きい生き物に、現実世界ではありえない形状をした生き物が沢山いる。スマホで救助要請出そうと思ったけど、圏外。とりあえず状況整理するために日記をつけてみた。”

 

確実に私の筆跡で書かれた文章に思わず目を見開く。私の勘違いでなければ今日は○月×日であっている。

だけど私はこんなもの、ここに来てから書いた覚えがない。

それに、スマホはそもそも私の鞄から見つけられなかったから救助要請を出す試みすらできずに終わったはずだ。

背筋が凍るような感覚に陥る。

その隣のページには、同じように私の筆跡で日記があった。

 

“○月×日

左ページを私は書いた覚えがないのに何故か今日思ったことがそのまま書いてある。これがスレで見かける「おま俺」というやつか…いや、確かに私だけど。”

 

うん、このふざけ具合は確実に私だ。筆跡も内容も実に私らしい日記だけど、これも私は書いた覚えがない。そしてもう一つ気になる点があった。前のページの日記と同じ日付――今日の日付が表記されている点だ。底知れない違和感に、胸がざわつくのを感じた。

 

更にページをめくると、またしても同じ日付が記されていた。最初の1行は「前ページと前々ページ、お前ら俺か」といったふざけた内容ながらも、わりと整った字をしていた。しかし、その次の行からは一転してミミズがのたくったような文字になっている。それまでとは明らかに違う様子に、思わず生唾を飲み込んだ。

 

“痛い。凄く痛い。大きなゾウみたいなのが倒れた時の巻き添えを食らって、左脚が潰された。多分複雑骨折してる。一緒にスマホも潰された。誰か助けて”

 

その文面を見た瞬間、息が止まった。

これは、本当に私なのか。だって、私は別に左脚を負傷なんてしていない。さっきまで普通に歩いていた。

でも、もしもこれが本当だとするならば、スマホが今ここにない理由が説明できる。

 

次のページをめくる。

 

“○月×日

何故か怪我をしているわけでもないのにガウチョパンツが一部赤黒いなってさっきまで思ってたんだけど…ちょっと待って、前ページの日記見たら怖くなってきた。今私すごくピンピンしてるんだけど”

 

次のページに目を移す。

 

“○月×日

今日ジャングルに気付いたら迷い込んでたって書こうとしたらもう書き込まれてた。これどういうことなの?あと汚した覚えがないのにガウチョパンツが完全に褐色になってる。少しどころじゃなくて完全に全部染まってる。クリーニングで落とせるかな…?そういえば、変な妖精みたいなのから林檎みたいなのもらったけど、怖くて食べれない”

 

そして次のページをめくると、衝撃的な内容が書いてあった。

 

“私へ

もしもこのノートを今見ているなら今起こっていること、思っていることを必ず日記に書け。恐らくそれが次の日の私へ繋がる”

 

まるで遅めの中二病にかかってしまったかのような内容だが、今この時だけは、これを書いたであろう“私”に全力で同意を示したい。

 

それから数ページ読み進めていくと、林檎のようなものを食べてお腹が痛くなっていたり、教科書やノートを武器として使ったりとなかなかにシビアな状況が綴られている。

一番最新のページにきたのだろう。それ以降のページは空白だった。私は、覚悟を決めて最後のページに目を通した。

 

 

 

“わかったことをまとめてみる。

 

・全て私の筆跡。

・全て同じ日付。

・自分より前のページは、書いた覚えのない日記。

・服の汚れ(多分ほとんど血)は蓄積されている。

・怪我や病気になっても、他のページの日記ではピンピンしていたりする。

 

 

考察

私は、恐らくこのジャングルに来てから何日も経っている。しかし、一日経つごとにその日の記憶を失っているために、常にその日がジャングルに初めて来た日だと認識してしまっていると考えられる。

そして怪我をしても次のページの日記では何事もなかったかのように元に戻っていることから、私の身体は一日経つごとに元の状態にリセットされている可能性が高い。このジャングルに来てからの記憶が1日しかもたない原因もこれによって説明可能である。

 

あとは次の日の私、任せた。”

 

 

 

 

 

いや、任せたじゃねーよ。何をしろっていうんだよ。

 

でも、おかげで今の異様な状況を理解することができた。どうして私の服がこんなに汚れているのかも。

恐らく前の日か、前の前の日ぐらいの私が大怪我をしたから今の私の服が全身血で汚れてしまったんだろう。

いや、大怪我どころではないか…もしかしたら私はもう何度も死んでいるのかもしれない。ノートにそんな記述はなかったからその考えを無意識に消去していたが、何らおかしくない考えだ。死んでしまったのなら、日記を書くことは叶わないのだから、ノートに「死んだ」なんて記述が残るはずもない。ノートに残されている最大の被害が、大怪我の報告程度にとどまっているのも当然の結果といえる。

 

俄かには信じがたいが、今の私は不老不死とやらになってしまったのかもしれない。かつての自分にとってはちょっとした憧れの対象であったが、実際に我が身に起こるととんでもない。こんな状況、絶望でしかない。記憶が引き継がれないあたりが、一番納得のいかないところだ。何日も何日も見せかけの同じ日を繰り返す姿の何と滑稽なことか。今の私はこのノートのおかげで何とか状況を理解できたが、もしこのノートを失くしてしまったら、次の私はまた零からのやり直しだ。そう考えるだけでぞっとする。

嫌だ。

忘れたくない。今までの“私”の犠牲を無駄にしたくない。

ここで見て、触って、考えてきた今までの私の行動をなかったことになんてしたくない。

 

そう強く願っていたからだろうか。

 

謎の球体植物が目にも止まらぬ速さで近付いてきていたことに、私は微塵も気付くことができずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、れ………?

 

 

痛い。

 

 

焼けるように熱い。

 

 

痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 

 

 

 

 

 

 

暗い。

 

 

 

何も見えない。

 

 

 

私は、死んでしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

また………

 

忘れてしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

そんなの、許せない。

 

 

許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。

許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!!

絶対にっ!!!

 

 

忘れない!何がなんでも忘れたくない…!!

 

 

 

 

 

ここでの出来事を……ここで生きて、ここで死んできた私のことをなかったことになんてしたくない!!

 

 

 

 

だから………

 

 

 

 

 

 

 

どうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、気付けば木に背を凭れさせていた。視界に広がる光景は、意識を失う前と同じ鬱蒼としたジャングルだった。

夢じゃなかった、か…。

まだ意識を失う前のことが脳裏に過る。あの時、一瞬で視界が暗くなって、何が起こったのかもわからないまま私は激痛に襲われた。いったい自分に何が起こったのか把握できないほどに唐突な出来事だった。ただ、視界が黒く染められる直前に、視界の隅に何か丸い植物のようなものが映りこんだことを覚えている。

きっとあの謎の球体植物に私は殺されたんだろう。そして、私の身体が1日たってまたリセットされたおかげで、今の私は五体満足でいられているんだ。ノートに書いてあったことは、どうやら本当らしい。

 

 

 

……ちょっと待て。

 

おかしい。何で私は昨日のことを覚えているんだ…?

あのノートを開いたことも、私の身体が一日経てば記憶もろともリセットされることも、謎の球体植物に殺されたことも。全部覚えている。

ここでの記憶は一日経てば忘れてしまうはずなのに、今の私は明らかに記憶が残っていた。

これはいったいどういうことだ。何か原因があるのだろうか。

昨日までの自分と今日の自分の何が違う?何故差異が生じた?

 

 

 

結局考えても納得できる答えは導き出せなかった。きっと考えたところで答えの出ない問いなのだろう。

……今はそれでいい。

確実に私は一歩踏み出せている。その事実だけでも、今の私には十分だ。

 

そう、そうだよ。何を弱気になっていたんだ。まだ諦めるには早すぎる。

こんな所、もうこりごりだ。どうして私がこんな生活環境最悪な場所で危険に晒されながら生活しなければいけないんだ。私がこんな所で過ごさなければいけない道理なんてない。

私は必ずこのジャングルから抜け出してみせる。

普通に学校に行って、普通に友達と遊んで、普通にご飯を食べて普通に暖かい布団で眠る。そんな普通の日々を、取り戻してみせる。私は決意を新たに、両の足で地を踏みしめた。

目を閉じて深呼吸をする。

 

「よし、行こう」

 

私はしっかりと前を見据えて、初めの一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

この時の私は、まだ気付いていなかった。

私がいったい何を犠牲にして、ここでの記憶を引き継げるようになったのかを。

何を犠牲にして、この厄介な体質を手に入れたのかも。

 

何一つとしてわかっていなかった。

 



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第2話

ここでの記憶を次の日に残せるようになってから、5ヶ月ほど経った。

記憶が引き継げるようになってわかったことだが、私はここに来てからほとんど毎日死んでいたようだった。あの日記を見る限りそこまで死んでいるわけではないのでは、と淡い期待を抱いていたが、そんなことはなさそうだ。今のところ、巨大な生物に踏み潰されたり、謎の蔦に身体を締めつけられたり、よくわからない病気のせいで身体が徐々に石になっていったりと、ありとあらゆる方法で死んでいる。多分あの日記を書き続けてきた過去の自分もほぼ毎日死んでいたと見て間違いないだろう。

記憶が残るようになった日から通算したとしても100を優に超える回数死に続けてきた私は、もう死ぬことに対して恐怖を感じなくなってきた。

 

……なんてことがあるわけもなく、私は毎日死の恐怖に怯えながら生きてきた。

 

いくら次の日になれば身体がリセットされるとはいえ、当然死ぬ時に苦痛は感じる。それはたとえ何度味わったとしても慣れるようなものではなかった。できることなら私だって死にたくないし、痛い思いだってしたくない。苦痛すら与えないぐらいに瞬殺してくれる生物と出会えた時はむしろ全力で感謝しているぐらいだ。

ちなみに私の死因第1位は、あの謎の球体植物だった。おそらく私の死因の4割以上を占めているんじゃないだろうか。あれのせいで、最近丸いものがトラウマになってきている。あいつら本当に何なの…まるで親の仇とでもいうかのように、出会ったら即殺しにかかってくるんだけど。そして無駄に遭遇率も高いんだけど。本当にやめてほしい。

 

 

そんな風にただ一方的に虐殺される日々を送っていた私に転機が訪れた。

今日、このジャングルで初めて普通の人間に出会うことができたのだ。

 

彼の名前はドン=フリークスというらしい。彼は、出会い頭に私を見て「ファッションセンスねーな」とほざきやがった。うるせぇ、薄汚い格好のお前に言われたくねぇよ。そもそも私の服が上下揃って褐色なのは別に好きでやってるわけじゃねえ。

第一印象は最悪だったが、滅多に出会えない人間をここで逃すわけにはいかない。私は暴言を吐かずに笑顔で対応してみせた。流石だ、私。最高にクールだ。

 

どうやら彼曰く、ここは暗黒大陸というそうだ。人類最大禁忌の絶対不可侵領域と呼ばれるほど危険な場所で、ここに来るのは命知らずのバカぐらいらしい。だろうな。

しかし、そんなバカだとしても自分が行こうとしている場所の名前ぐらいは当然把握している。だからこそ「ここはどこなのか」と質問した私に、彼は目を丸くしていた。

 

「お前、どうやってここに来たんだ?資格はともかく、許可や契約はもらったのか?」

 

許可や契約とは何の話だろうか。

もしかしたらこのジャングル――暗黒大陸とやらに入るためにはそういった手順が必要なのかもしれない。いや、でも私の場合は不可抗力だと思う。悪気はないから見逃してほしい。切実に。

 

「私は日本という国の高校生をやっていた者です。学校から家へ帰ろうと通学路を歩いていたら、突然目眩に襲われて気付けばこの暗黒大陸に来ていました」

「はぁ?!気付けばだと!?じゃあ、湖を渡った覚えもないってのか?」

「全くこれっぽっちもありません」

「…嘘はついてなさそうだな。そうなると、何かしらの念能力か厄災の力が働いたとしか思えねーな」

「念能力…」

 

それは、何故か聞き覚えのある言葉だった。

ああ、そうだ!HUNTER×HUNTERだ!何故私は言われてすぐにピンとこなかったんだろう。念能力とはHUNTER×HUNTERという漫画に出てくる能力のことだ。一番大好きな漫画なのにすぐに思い出せなかった自分が悔しい。

念能力という単語を出してきたということは、このドン=フリークスとやらも、HUNTER×HUNTER読者ってことか。日本語で話しているわりに日本人っぽくない名前だと思っていたけど、オタク趣味は世界に通じるものだな。きっとこの人もアニメが好きで日本語を覚えたクチだろう。

この人とは第一印象のせいで仲良くなれないと思っていたけど、今なら仲良くできそうだ!HUNTER×HUNTERについてなら語り明かせる自信があるからね、私!

何なら一巻から説明できるよ?まずは主人公の………

 

…………あれ?

 

何だっけ……流れは覚えている。主人公がお父さんみたいなハンターになるためにハンター試験を受けたり、念能力とかいうチート能力を習得したりする話だった。

でも、何故かキャラ名が全く思い出せなかった。HUNTER×HUNTER好きな私がキャラの名前を誰一人として思い出せないなんて、そんな事態があっていいのか…?

何で……何で思い出せないんだ……?

 

「おい、いきなりぼーっとしてどうした?」

「あ、いえ。何でもないです」

「おう、そうか?じゃあ、話を続けるぞ。お前は、いつここに来たんだ?もう何かしらのリターン…人間にとっての利益になりそうなものをここで手に入れたか?」

「ここに来たのは大体5〜6ヶ月ほど前ですね。利益になりそうなもの…食べれると判断したこの木の実ぐらいですかね」

「ああ、それ美味いよな。ふーん、結構長くいるんだな。お前弱そうなのに、よくそんなに生き延びれたな」

 

生き延びてないです。何度も死んでます。しかし、それを言えば混乱を招くだけだと思い、口を噤んだ。

 

「纏はできてるみたいだし、念の基礎に関しては問題なさそうだが、基礎体力が問題ありだな」

 

ん?念?

何を言っているんだ、この人。

念能力は漫画の中の話でしょうに。きっと二次元と三次元の区別がついてない可哀想な人なんだな。仕方ないから、私も彼の話にのってあげよう。

 

「そういう貴方はどうなんです?念能力使いこなせてるんですか?」

「お前、馬鹿にしてんのか?よーし、そこまで言うなら見せてやるよ」

 

ジト目でこちらを見ながらそう言うと、彼は空を飛んでいる巨大な蛾のような生物を指差した。本当に大きい。東京ドーム3つ分はありそうだ。

 

「あいつ倒してくるからよく見とけよ」

「えっ」

 

そう言うや否や、彼は勢いよく地面を蹴って、宙へと身を投げ出した。明らかに人間のジャンプ力を遥かに凌駕している。開いた口が塞がらないとは、このことか。

 

「えっ、いや、えっ?!」

 

そして、蛾のような生物の懐へと入り込み、勢いよく拳を突き出す姿が見受けられた。その瞬間、ドゴッという重低音と爆風とともに蛾のような生物が吹っ飛んでいった。

 

う、嘘でしょ。

 

 

 

 

 

その後、念能力の存在を認めざるを得なくなった私は、この世界を暫定的にHUNTER×HUNTERの世界であると認識を改めることにした。

彼曰く、私は既に無意識に念能力を使えているらしい。確かに、目に意識を集中させると、オーラのようなものが体の周りに纏わりついているのが見えた。むしろ今まで何故気付かなかった私。

 

この世界がHUNTER×HUNTERで、私が念能力を使えるという事実は私にとって朗報でもあり、悲報でもあった。

念能力を極めれば、私の死亡率低下が望める。いや、それどころじゃない。もしも移動系の念能力を作ることに成功すれば、確実にこの暗黒大陸からは脱出することができる。

ちなみに最初は、ドンさんに頼み込めば暗黒大陸からの脱出に付き合ってくれるのではないかと甘い考えをもっていた。しかし彼はまだ暗黒大陸での冒険を続けるようで、話を持ちかけた瞬間にべもなく断られた。鬼か。こいつ、鬼なのか。

まあ、とりあえず暗黒大陸からの脱出は移動系の念能力の開発で何とかなる見通しがついたから良しとする。

しかし、私の最終目標は元の世界で普通の生活を送ることだ。もしも移動系の念能力を開発できたとしても、ここからしてみれば異世界である元の世界に移動することができるかといわれれば怪しい。

それに、もしもこの世界と元の世界の時間が同じように流れているとしたら、私が元の世界からいなくなってから既に5〜6ヶ月経っていることになる。

早くしないと向こうで死亡届が出されてしまうため、一刻も早く異世界へ行ける念能力を開発する必要がある。もしくは、時間指定可能な異世界への移動能力が必要だ。

そんな能力を開発するのに、いったいどれほどの修行と年月が必要なのか。あくまで想像でしかないが、とんでもなく計り知れないものになる予感しかしない。

事態は思ったよりも深刻だ。

 

 

無力な私を暗黒大陸に残すことに多少の罪悪感を感じたらしいドンさんは、修行を見てやると申し出てくれた。中途半端に優しいな、この人。

 

彼曰く、私は基本の四大行は問題ないらしいため、早速念の応用技と基礎身体能力の向上にとりかかることとなった。

念の応用技とは、「円」「周」「隠」「流」「硬」「堅」「凝」のことだ。これを即座に切り替える訓練をするだけでも、相当な集中力とオーラを必要とする。私の今日の修行は、この応用技を2秒ごとに切り替えながら木から木へと飛び移るという実に慌しい内容だった。イジメか。

 

 

「もうやだ」、「帰りたい」、「ハゲろ」など泣き言を並べながらも、私はその日のうちに念の応用技と基礎身体能力を彼の合格ラインまで引き上げることに成功した。中でも「円」についてはかなりの精度でできていたらしく、お墨付きをもらえた。

修行の最中に教えてもらったことだが、ドンさんの実力は世界屈指のものであるらしく、彼ほど念能力に長けた人物に師事するのは本来ならありえないことらしい。自分でそれを言うのはどうかと思ったけど、そこは素直に嬉しいと思ったので感謝を述べる。

 

「今日はありがとうございました」

「いいってことよ。それにお前、なかなか飲み込みが早いと思うぜ」

「あなたに言われると嫌みに聞こえますね」

 

それは紛れもない本音だった。会った時から思っていたが、この人は規格外だった。この暗黒大陸で、私の修行をつけながら生存している時点で只者ではないのは明白だった。だけど、私が念を自分のものにできるようになるにつれて、彼の凄さがそれどころではないことを理解できるようになってきた。

 

この人は、化け物だ。

 

きっと、暗黒大陸で本当の意味で生き残ることができるのはドンさんみたいな人なんだろう。

 

「褒め言葉は素直に受け取っとけ。とりあえず今日のところは寝るぞ」

「そうですね。おやすみなさい」

「ん」

 

久しぶりの一人きりじゃない夜に私は自然と肩の力が抜けるのを感じる。背を向けて地面に寝転がった彼の背中は、やけに大きくて頼もしく見えた。

思えば、今日一日中この人に守られてばかりだった。普段の私なら死んでいるような動植物からの襲撃も、ドンさんがまるで何事もなかったかのように対処してくれたから、私は安心して修行に励むことができた。

本当にこの人には感謝しないとな。

 

空を見上げると、無数の星が散らばっていた。それは、かつて都会で見た夜空よりも輝いて見えた。昨日までの自分だったら、こんな風には思えなかっただろうな。

今日は、この世界に来て初めて快眠ができるかもしれない。不思議と心が軽くなるのを感じた。

暫くしてから私は瞼を下ろして、意識を彼方に追いやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の私は、多分浮かれていた。久しぶりに人と会って安心して気が抜けていたんだと思う。

そのせいだろうか。

何故今まで何度も死んでいるにも関わらず、今こうして生きているのかを失念していた。

 

だからこそ次の日に起きる事態を想定できなかったんだ。




ドン=フリークスの口調や性格については完全なる捏造です。もし原作で彼が登場したら、修正する予定です。


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ハンター試験編
ハンター試験開始【※前書き必読※】


基本的に書きたいところから書いてる人間なので、このままだと順番通りにあげられるのはいつになるのやら…と思ったためハンター試験編も並行して書き進めていくことにしました。
順番通り読みたい方は、過去編が完結するのを待ってからハンター試験編も読んでください。

過去編を途中まで読んでいてハンター試験編も今すぐ読みたいという人は、以下のポイントさえ押さえていただければほとんど問題なく読めるはずなので、目を通しておいてください。

•この話は主人公が念能力で暗黒大陸から脱出することに成功した後のこと。

•主人公は元の世界の記憶を結構忘れている。

•ドン=フリークスとの別れ際に餞別をもらった。


この話では主人公がほんの少し念能力使ってますけど、ハンター試験編ではほとんど使わない予定なので念能力については適当に流しておいてください。そのうち過去編で念能力の内容とか修得過程についても描写していけたらな、と思っております。

それでは長々と大変失礼致しました。


暗黒大陸を出てから驚いたことといえば、人間ってそんな頻繁に死ぬものじゃないんだなってことだった。

暗黒大陸で生活していた頃と今の死亡率を比較してみると圧倒的に違う。暗黒大陸では念能力を鍛えた後で計算しても2週間に1回は死んでいたのに対し、暗黒大陸脱出してからは、何と!一度も死んでない!!何これ最高!死なないって素晴らしい!

あとは、全体的な規模の違いにも大きな差を感じた。暗黒大陸に生息する生物は植物でも動物でも大きいものが多かった。そのため、色々な意味で常に頭上を気にしてなければいけなかったのが、ここではその必要がない。うん、これも素晴らしい!

あとは食べ物だろうか。コンビニのチキンがあまりにも美味しすぎてつい涙ぐんでしまったのは、不可抗力だと思う。

ドンさんがいる間は、彼が食用可能な生物を狩ってきてくれたおかげで何とかなっていた。味付けなんてあってないようなまさに男の料理だったけど、一応食べれたから。しかし、ドンさんがいなくなってからの私の食生活は悲惨だった。私ごときの実力じゃあの凶暴な生物達に打ち勝てないというか打ち勝とうという気が滅多に起きない。その結果引き起こされたのが深刻なタンパク質不足である。一応自生していた豆のようなものを食べたりしてタンパク質を補おうとはしたのだが、所詮気休め程度にしかならなかった。念能力の影響で私の体の時間経過は常人より異常に遅いとはいえ、徐々に筋肉の衰えを感じていた。

だからコンビニでチキンを食べた時の感動といったらなかったのだ。熱せられたその身は柔らかく、噛めば噛むほどに肉汁が溢れ出す。こんな美味しい肉を食べれたのはいつぶりだろうか。

道端でチキン食べながら泣いている私のことを不思議そうに通行人達は見ていたけど、形振り構わず食べ続けた。

 

 

 

余談だが、別れ際にドンさんからもらった餞別の袋を開けてみると、中身は葉っぱと草と石と米と液体だった。もしかしてゴミを押し付けられたのかと疑うラインナップだったけど、さすがに捨てるのは忍びないのでとりあえず部屋に飾っている。

そのまま飾ると本当にただのゴミにしか見えないので、葉っぱは額縁に入れたり、米や液体はちょっとオシャレな瓶に入れたりしてみた。

その結果できあがったのは――なんということでしょう、匠もびっくりするほどのオシャレな空間でした。素人知識同然でここまでオシャレ空間を作り出してしまうとは…やはり私は天才だったのかもしれない。少し自分の才能が恐ろしい。

 

ただ、自然の摂理に従ったのか知らないけど草は普通に枯れた。これに関しては最早ゴミ以外の何者でもないと思い、普通に捨てた。

 

 

 

暗黒大陸から解放されて調子に乗っていた私は、何を思ったか護衛の仕事に就くことを決めた。確か「せっかくだし、念能力者にしかできないような仕事をやろう」って感じに軽い考えで応募した気がする。しかし、結局護衛の仕事をやっていた期間は一ヶ月程度で、今はもうやっていない。主にある人物のおかげで色々と痛い目を見たため、もう念能力者が集まりそうな場所には行く気分になれなかった。詳しく語りたい内容でもないので、この時起こった出来事については割愛する。

 

やはり普通のバイトが一番だ。そう思い直して、いざ飲食店のバイトを申し込もうとしたら、住民票が必要だと言われて、思考が停止した。

じゅ、住民票…?あの護衛の仕事ではそんなもの必要なかったけど、あれって若干アウトローな仕事だったからいらなかったのかな…?

私が固まったことに気付いた店主が「身分証を見せてくれるだけでも構わない」と言ってくれたが、当然そんなものもない。私は体調が悪くなったことにして、その場を後にした。

身分証がない状態では、これからもアウトローな仕事にしか就くことができないということは、つまりこのままじゃあ、私は普通のバイトに就くことは不可能……?

思わず血の気がさーっとひいていく感覚を体験した。

 

その後必死の思いで身分証を作成する方法を探ったが、元からこの世界にいたわけでもない人間が身分証を作るとなると、法に触れる恐れがあるようだった。

しかし、調べていくうちに身分証と同等に扱われるものがあることを知った。

――ハンターライセンスだ。

 

 

 

 

 

普通のバイトをするためにハンター試験を受けるという未だかつてない矛盾を感じながらも、私は試験会場に立っていた。受験理由聞かれたらどう答えればいいんだ、これ。一応面接マニュアル本もってきたけど、参考になるのだろうか。とりあえず3回は読み直したけど。

思ったよりも早く着きすぎてしまったみたいなので、私は隅っこで楽な姿勢でいることにした。

会場に着いた時に、豆のような頭をした人物からもらった「33」と書かれたナンバープレートで手遊びしながら、これからのことに思いを馳せる。

この試験に合格すれば、ファミレスのバイトやコンビニバイトも夢じゃない。それどころかあらゆるバイトが選り取り見取りなはず。

絶対に合格したい。そのためにも、気を引き締めて臨まないといけないな。

 

 

 

 

 

 

暇だ。凄く暇だ。まだ試験は始まらないのだろうか。暇を潰すにも、話し相手もいないし、大して面白い物も持ってきていない。

仕方ない。もう飽きるほど読んではいるけど、もう一度面接マニュアル本でも読んで時間を潰すか。そう思いたち、鞄の中を探すが見当たらない。

え、嘘。さっきまで絶対にあったのに。

しかし鞄を逆さにしても、マニュアル本はどこにもなかった。途方に暮れていると、ざわりと空気の流れが変わるのを感じるとともに粘着質な声が耳を侵した。

 

「お探し物はこれかな?」

 

私の目の前に現われたのは、まるでピエロのような格好をした男だった。トランプのマークをモチーフにした服装に加えて、星と涙の形を模したフェイスペイントまで施されている。

何というか…普通ではない。

格好もだが、醸し出す雰囲気が常人のそれではない。纏をしていることから念能力者であることは確かだが、彼の異様さはそれだけではない気がした。もっと内から滲み出る狂気のような……そんな何か。それが彼の本質であるかのように感じられる。三日月のように細められた目が、私を舐めるようにねっとりと見つめている。あまり気分の良いものではない。

 

しかし、よく見ると彼の手には私の面接マニュアル本が握られていた。もしかして拾ってくれたんだろうか。雰囲気からしてヤバい人かと思ったけど、実は良い人なのかもしれない。

 

「それ、もしかして拾ってくださったんですか?」

「うん、お返しするよ♦︎」

「ありがとうございます」

 

本当にただ落とし物を渡しにきてくれただけらしい。少し警戒してしまったことを心苦しく思う。人は見た目で判断してはいけないな。今度から肝に銘じよう。

 

そのまま何事もなく本が手渡しされる。そんな誰もが想像しうる簡単な流れ作業だけで終わるはずだった。

しかし、差し出された本に手を触れたその瞬間。

 

――私は無意識に『隔離』を行っていた。

 

間を置かずして面接マニュアル本が見るも無残に切断される。切り落とされたページは、ばさばさと音を立てて床へと舞い落ちた。

徐々に周囲が喧噪に包まれる。たまたま今のを見ていた人達がいたのだろう。衆人環視の的になりながらも、眼前の男は微塵も怯む様子を見せない。

 

「うん、良い反応だ♠︎」

 

――前言撤回。

やっぱり得てして人は見た目どおりのようだ。

 

眼前の男は笑みを深くしていた。私はそれを冷めた目で見つめながら距離をとる。

彼の様子を見るに、私の判断は間違っていなかったようだ。

 

何があったのか説明すると、この男はあろうことか私の本にオーラをくっつけていたのだ。『隠』で巧妙に隠していたあたり、悪意しか感じられない。一瞬触れた感触がまるでガムのようで思わず鳥肌がたった。今の感触からして、変化系の能力者の可能性が高い。

 

さて、どうするべきか。この突然の襲撃者への対応を考えあぐねる。今ここでこの男と殺り合うのは得策ではない。こんな衆人環視の状態で手の内を晒すなんて愚の骨頂だ。

しかし、今ここでこの不穏分子をリタイアさせておけばハンター試験合格率は確実に高くなる。

どちらをとってもそれ相応のリスクが生じる。難しい選択だ。

 

しかし、私のその刹那の思考はすぐに水泡に帰した。

 

「うん…美味しそうだ、やっぱりキミとは後でじっくりヤりあいたいな❤︎」

 

またね、と軽く手を振ってピエロはにこやかにその場から立ち去って行ったのだ。そのあまりにも予想外な展開に、思わず拍子抜けした。

 

ピエロが立ち去ると、先程までのざわめきもまるで嘘だったかのように鳴りを潜めていった。

 

しかし一人残された私は、未だに今起こった事態を素直に受け入れられず釈然としない思いでいた。

 

何だったんだ、あのピエロは。

こんなところで念能力を使うだなんて何を考えているんだ。そして何故私に絡んできた。後でじっくりなんちゃらとか言っていたけど、まさか今後も接触を図ってきたりするのだろうか。本気でやめてほしい。

この試験に受かると受からないとで私の今後の身の振り方が大分変わってくるんだから、邪魔をしないでほしい。問題を起こすなら自分一人でやってくれ。こっちは死活問題なんだ。

そして何故試験官とか試験監督的な人はあれを放任しているんだ。あんなのがハンターになったら世も末だぞ。あれは梃入れしてでも受からせてはいけない人種だ。ていうか私が試験官だったら確実にあいつは落とす。たとえ職権濫用だと言われても何が何でも落とす。

恐らく今後もあのピエロは私だけでなく他の受験者にとっても障害にしかならないだろう。

 

できることならあまり関わり合いになりたくないが…

 

――消すなら早めがいい。

 

何か上手い妨害方法はないだろうか。できれば、変に目をつけられたり恨まれたりしない方法で。

 

「さっきは災難だったな」

 

私の邪な思考を遮るかのように四角い鼻が特徴的な小太りの中年男性が話しかけてきた。その口振りから察するに、先程のやり取りを見ていたのだろう。

 

「俺はトンパってんだ。こいつはお近付きの印だ」

 

そう言って差し出されたのは缶ジュースだった。私は両手で受け取って、不自然でない程度に顔の近くに近付けた。微かにだが、果汁や甘味料の匂い以外の何かを感じる。これでも長い間暗黒大陸で過ごしていくうちに、ある程度は匂いを嗅ぐだけでそれが食べられるものかどうか判断できるようにはなっていた。

毒とまではいかないが、何かしら混ぜられていることは確かだ。この特異な匂いからすると、瀉下作用のあるものの可能性が高い。

 

――なるほど、こういう妨害方法もあるのか。参考になるな。

 

「ありがとうございます。あの、トンパさんでしたっけ?」

「おう!」

「このジュース、まだ沢山持ってらっしゃるんですか?」

「ああ。一応持ってるが…」

「本当ですか!」

 

私は缶ジュースを両手で挟みながら大袈裟に喜んでみせた。

 

「それなら、あのピエロさんにも渡してあげてください」

「…え」

「あ、もしかしてもう渡してましたか?」

「い、いや。渡してはいないが…」

「ピエロさん、さっき喉が渇いたって言ってましたよ。ぜひ渡してあげてください」

 

私が思いついた妨害方法は、自分の手は汚さずにトンパを利用して妨害する方法だった。上手くいけばあのピエロを体調不良で棄権させられるし、私には何の被害もない。まさに万々歳だ。

 

一応下衆いことをしている自覚はあるが、まあ、自覚があるだけまだマシだろう。

 

「いや、それはちょっと…」

「え、どうしてでしょう?」

 

私は白々しくも不思議そうな顔をしてみせる。そんな私を見てトンパは、表情筋を引きつらせていた。

 

「あ、あんなヤバい奴に近寄れるわけないだろ!あんただってヒソカのヤバさをさっき目の当たりにしただろう?!あんた、自分の本をアイツに切り刻まれてたじゃないか!」

 

私の本を切り刻んだのは私自身だけど、なるほど、確かに周りの人から見ればあのピエロがやったようにしか見えないか。これは嬉しい誤算だ。

 

「きっとピエロさん、喉が渇いて気が立っていたんですよ」

「あんた正気か?!」

 

さすがに、これは無理があったか。上手くいけば純粋な少女からの幼気なお願いとして受け入れてくれるかと思ったけど、仕方がない。

 

「トンパさん、どうしてそんなにピエロさんに意地悪するんですか…?」

「い、いや、だから」

「ピエロさんが怖いから…?」

「あ、ああ」

「本当にそれだけですか?他にも何か…渡せない理由があるんじゃないですか?」

「…え」

 

トンパの表情が固まった。

心当たりがあるからこそそんな顔ができる。この人もまだまだ詰めが甘いな。私の前で、そんな顔してみせてはいけないのに。

これはちょっとした意趣返しだ。せいぜい私が()()()()()()()()()()()()今の台詞を言ったのかどうか悩めばいい。

私は笑顔でおどけてみせた。

 

「えへへ、なんちゃって。ピエロさん、ちょっと変わってるから怖いですもんね!」

「あ、…ああ」

 

私の態度の変化を見て、トンパの強張りも解ける。しかし、その声はまだ少しだけ掠れていた。

 

「それじゃあ、お互いに頑張りましょうね?トンパさん」

 

同じ志を持つ者(妨害仲間)として、ね。

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに、かなり時間が経過していたようだ。最初に比べると人が増えている。

念のため、ざっと辺りを見渡して念能力者の有無を確かめる。

 

…この様子だと念能力を使った妨害は無しだ。

 

ざっと見たところ、受験生の中で念を使えるのはあのピエロ――確かヒソカと言ったか――と釘が全身に刺さっているどう見てもヤバそうな男と私だけだ。念を使おうものなら、消去法ですぐに私がやったとバレてしまう。

そうなると、かなり方法は限られてくるな。罠を作ろうにも、あまり大規模なものは作る時間も資材も無い。

今のところ使えそうな妨害アイテムは、トンパからもらったこのジュースぐらいか。さっきはトンパを利用してヒソカにこれを飲ませようとしたけど、今となって冷静に考えてみるとアイツには効かない気がしてきた。

何たってあの風体だ。相当の修羅場を潜ってきていると見て間違いない。生半可な毒薬を使っても多分死なないだろう。いや、別に殺したいわけじゃないけど。

 

この試験、なかなか頭を使うことになりそうだ。

 

 

 

 

ジリリリリリリリ、というけたたましい音が、試験官の登場を知らせる。くるんと曲がった口髭に、洗練されたスーツに身を包んだその男は、どこか英国紳士を思わせた。

 

一応 数分前から彼の存在には気付いていた。隠し通路のようなところを通ってきていたから、受験生ではないのだろうと踏んでいたが、やはりその予想は正しかったようだ。

 

その男は、なおも鳴り続けていたベルを止めると、私達へ向かって口を開いた。

 

「ただ今をもって受付時間を終了いたします」

 

その落ち着いた声音は、優しい印象よりも、どこか厳かな印象を与えた。その証拠に、この時声を発する者は誰一人としていなかった。

 

 

「では これよりハンター試験を開始いたします」

 

 

男の声は、しん、と静まり返った会場中に響き渡った。

 




主人公はちょっとクズなぐらいが書いてて楽しいですね


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一次試験

死ぬほど更新遅くてごめんなさい…


ハンター試験第一次試験の内容は、第二次試験会場までサトツさん――さっきの英国紳士っぽい人――についていくことだった。

 

ドンさんとの修行で似たような内容をやったことがあるため、少し懐かしさを覚えた。あの時は大変だったな…。先にスタートしたドンさんを1秒後に追いかけるという一見簡単そうに思える修行内容だったのだが、私にとっては地獄だった。この「1秒後」ってのがなかなか厄介で、ドンさんに1秒も与えてしまえば、あっという間にその姿は点になってしまうのだ。豆粒どころじゃない。点だ。

更地での直線移動なら一応点となったドンさんを視認することはできるけど、基本的に私達の修行場所は鬱蒼としたジャングルだったし、ドンさんもまっすぐ進んでくれるわけではなかった。こんなの余裕でドンさんの姿を見失うに決まってる。

仕方ないから『円』でドンさんの居場所を探って走り出すも、ドンさんとの距離は一向に縮まらないどころか引き離されるばかりだった。当然だ。あんな野生児と私の足の速さを同列に考えちゃいけない。あれは最早人間ではない。

あの時、あまりの実力差に軽く絶望した私は立ち止まって、そして何故か慈愛に満ちた表情で「ドンさん、森へお帰り…」って呟いたんだっけ。多分、唐突に"匿っていた野生動物を森に放してあげる少女ごっこ"がしたくなったんだと思う。もちろん野生動物役はドンさんだ。気分はさながらハリウッド女優だった。

正直に言おう、あの時の私は大分ふざけていた。 それというのもドンさんとかなり距離があったから聞かれるはずがないと思っていたためできたことだった。

しかし、そのおふざけ気分は目にも留まらぬ速さで飛んできた石が頭に当たったことにより霧散した。多分あの時『硬』してなかったら頭蓋骨突き破られて私の死亡回数が1増えてたと思う。

もちろん石が飛んできた方向は『円』で捕捉したドンさんの位置と一致していた。つまりこれはドンさんからの殺傷力のありすぎるツッコミというわけだ。

あの人めちゃくちゃ地獄耳だな。ていうか煽り耐性ないな、と思わず口に出してしまい、その後二投目が投じられることとなる。

最終的には追う側と追われる側が逆転して恐怖の鬼ごっこと化していた気がするけど、今となっては良い思い出だ。…多分良い思い出のはずだ。もう二度とやりたいとは思わないけど。

 

 

 

 

一次試験が始まってからもう6時間ほど経ったみたいだが、正直ただ早歩きでサトツさんについていってるだけなので、いまいちこれが試験であるという実感が湧かない。

最初は持久力を測る試験かと思っていたけど、それにしてはあまりにスピードが遅すぎるし。いったいこれは何を見る試験なんだ。単調な作業にも不平不満を言わずに成し遂げられる社畜根性でも見ているのか。それとも何か他の要素も絡んできているのか。でも、それなら最初のサトツさんのセリフの中に何かしらヒントがありそうなものだけど、サトツさんは「場所や到着時刻はお答えできません。ただ私について来ていただきます」と言っただけだった。

特に違和感のあるような台詞回しでもないし、やはり単純にサトツさんについていくだけでいいのか。

 

そこまで辛い試験内容のようには思えなかったが、全ての人がそうというわけではなかったようだ。

最後尾にいる187番のナンバープレートの人なんかはそろそろ限界そうだ。蝶ネクタイを首に巻いた肉付きの良いその男性の息は乱れ、顔面も涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

程なくしてトンパさんに雇われたのであろう三人組が完全に187番の心を折りにかかっているのを尻目に見て、思わず私はトンパさんに物申したくなった。

 

トンパさーん。その人よりもっと妨害するべき人がいると思うんですけどー?どこかのピエロとか、どこかのピエロとか、どこかのピエロとか。

 

全く。目先の受験生減らしにばかり囚われないでほしい。

今対処すべきなのはあのピエロだ。あいつは“問題児”だ。どう考えても“優等生”(わたし)のようにじっとしていられる性質ではないだろう。そのうち奴による傍迷惑な妨害行為が起こるに違いない。

長い目で見れば、ヒソカを消すのが最重要課題だとすぐにわかるというのに…トンパさんにはもっと広い視野を持ってもらいたいところだ。

 

でも、トンパさんの妨害に積極的なところは私も見習わないといけないな。噂を聞く限り、どうやらトンパさんはハンター試験の合格は二の次で、新人潰しに全力を費やしているらしい。なかなかできることじゃない。きっと妨害においては相当なプロ意識を持っているに違いない。

 

私の場合、トンパさんと違って妨害したいのは一人だけだけど、そろそろ何かしらの罠は仕掛けたいところだ。でも、走りながら他の人には迷惑をかけずヒソカにだけ焦点を絞って仕掛けるとなると、奴のすぐ前を走って何か仕掛けていく必要があるから難しいな。その状況だと私が何かを仕掛けているのがヒソカにバレバレだし、常にヒソカが後ろにベッタリ張り付いていることになるから私の精神衛生上よろしくない。何か、こう…生理的に受け付けない。

せめて変装グッズとかを持っていれば、私だとバレずにできるんだけどな。面接マニュアル本ぐらいしか持ってきていない、自分でも驚きの品揃えの悪さである。当然変装グッズなんてものもな……

――いや、待てよ。できないことはないな。

でも、それだけではまだ足りない。もう少し手数が欲しいな。

 

そんなことを考えているうちに、気付いたら列の先頭付近にまで来ていたようだ。

私の前には少年二人とサトツさんぐらいしかいない。少年二人は、この試験中に仲良くなったのか和気藹々とお喋りをしている。

しかし少年のうち黒髪のツンツン頭の方は素直な良い子みたいだけど、銀髪の方はいけ好かないな。ハンター試験受験理由を暇潰しとかほざいている。暇潰し程度の軽い動機なら今すぐ棄権してほしい。こっちは死活問題なんだ。 合格者枠がお前のせいで一個潰れるだろうが。サトツさんがこんなに近くにいなければ、はっ倒してやりたいところだ。流石に試験官に見られながらやる度胸はないからやめておくけど。

 

少し興味が湧いたので暫く少年達の会話を盗み聞きしていたが、ふと黒髪の少年が持っている釣竿が視界に入りこんだ。少年の走りに合わせて上下に揺れ動くそれに、自然と視線が釘付けになり、思わず溜め息が出た。

 

いいなぁ。私も釣り糸欲しい。釣り糸さえあれば、多彩な罠が仕掛けられるのに…!!

ビニール袋とかペットボトルとかロープに関しては暗黒大陸で苦い思いをしてから常備しているけど、釣り糸は盲点だった。釣り糸があればワイヤータイプのトラップが沢山できるじゃないか。

ていうか今思えば面接マニュアル本の代わりにもっとマシな物持ってこれただろうに。何考えてるんだ、昔の私。馬鹿じゃないのか。面接マニュアル本とか面接以外には何の役にも立たないぞ。本当に馬鹿じゃないのか私。

 

私が自己嫌悪に陥っている間にも、歩みを続ける足が止まることはなく、気付けば階段に差し掛かっていたようだ。気のせいか何人か休み始めている気がする。もしかしてここが休憩地点だったりするのだろうか。そんなものを設けるだなんて、意外とハンター協会も優しいな。

 

「ねえねえ、そこの君!」

 

受験生達の足音と息遣いに紛れて聞こえてきたその声は、異彩を放っていた。雑音の中でも埋もれることのない、よく通る声だ。どうやら黒髪のツンツン頭の子が誰かに話しかけているようだ。しかしその誰かさんとやらがなかなか返答しないみたいで、呼びかけの声は次第に大きくなっていく。

誰だよ。いい加減答えてやれよ。少年が可哀想だろ!

野次馬精神からふと少年の方へと目を向けると、何故か目が合う。その瞬間、少年は満面の笑みを浮かべた。

 

「あ!やっと気付いてくれた!」

 

もしかして、私に言っていたのだろうか。確認のために人差し指で自分のことを指しながら首を傾げてみると、笑顔でコクコクと頷かれた。

 

「ごめん、気付かなかった。何か用?」

「オレ、ゴン=フリークスっていうんだ!君の名前は?」

 

ゴン=フリークス。

初対面のはずなのに、何故か聞き覚えがある。ああ、そうか。ドンさんと同じ苗字だからか。案外フリークスって苗字は「田中」とか「佐藤」並に一般的なものなのかもしれないな。

ドン・田中。

うん、なかなか面白い。今度ドンさんに会ったら田中って呼んでみよう。まあ、もう暗黒大陸に行く気はないからドンさんに会うこともないだろうけどね。

 

「私はアズサ=チノネだよ。そっちの銀髪の君は?」

 

ゴンの隣で、さっきハンター試験は暇潰しに受けに来たとかほざいていた少年にも一応声を掛けてあげる。私は優しいからこういう気遣いにも事欠かない。優しい、優しすぎるぞ私。

 

「キルア」

 

銀髪の少年は、こちらに顔を向けることもなく簡潔に答えた。ぶっきらぼうに名前のみを告げてくるその態度にイラっとしなかったといったら嘘になるが、実際本来はこうあるべきなんだ。ゴンみたいに試験中に馴れ合おうという考えの方がおかしい。無邪気を装って、相手の油断を誘おうとしていると言われた方がまだ信憑性がある。

そのはず…なんだけどな。

どうにも彼にはそんな裏があるようには見えない。これが演技だとしたら賞賛に値するレベルだ。

 

「アズサ、さっきオレの釣竿見てたよね?もしかして釣りに興味あるの?」

 

きらきら。きんきらきら。そんな擬態語が聞こえてきそうなほどに、目を輝かせて聞いてくる少年に、私はある確信を得た。

 

この子、やりづらい…!!

 

これでも私は外面はいい方だ。心にもない賛辞を笑顔で言うことには何の抵抗もないし、誰とでも話そうと思えば話せる。ただし、こういう純真無垢な子を相手にすると自分の汚さが浮き彫りになるようで、どうにも居心地が悪くなるのだ。ひきつりそうになる笑顔を何とか気合いで保たせて、私は答える。

 

「うん。実は釣り、結構好きなんだよね」

「やっぱり!じゃあ、後でオレの釣竿で一緒に釣りしようよ!」

 

………言えない。

トラップに使えそうだとか思ってたなんて口が裂けても言えない…!!

あわよくばその釣り糸タダで譲ってくれないかなぁ、とかクズ過ぎることを考えていたなんて絶対に知られてはならない!!ていうか今更だけど私本当にクズだな!!

 

その後、結局ゴンの目を直視できずにいた私は体調不良を理由に二人と別れた。いや、だって実際胸が痛い。

ゴンは一緒に行動できないことに残念そうにしてくれたけど、キルアは露骨に嬉しそうにしていた。おい、ちょっとは隠せよお前。

 

 

階段を上りきると、光が射し込んできた。どうやら地上に出たようだ。

そこには、辺り一面の湿原が広がっていた。

サトツさん曰く、ここはヌメーレ湿原――またの名を詐欺師の塒というそうだ。その名の通り、ここに生息している生物達はあの手この手で迷い込んだ者を騙し、誘き寄せて捕食するのだそうだ。

しかしここでサトツさんの説明を遮るが如く、傷を負った自称試験官の男が突如現れ、サトツさんのことを偽物だと喚いたり、その男とサトツさんに向かってヒソカがトランプを投げて真偽を確かめたりする謎のイベントが始まったが、あまり興味がなかったため聞き流した。だが、その際にサトツさんが告げた一言は私にとっては興味深いものだったため、その時だけ私の意識はそちらへと向けられることとなる。

 

「次からはいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格とします」

 

ヒソカへと向けられた忠告の言葉。それを聞いて、私は微かに目を細めた。

 

…へえ、それは良いことを聞いた。

ヒソカをその気にさせて、試験官を攻撃させれば勝手に不合格になってくれるわけか。頭の片隅に入れておこう。

 

私のその不穏な思考が伝わったのか知らないけど、ヒソカが私の方に視線を寄越した。こちらを見て、にぃっと不気味な笑みを浮かべているのはいったいどういうつもりなんだ。威嚇か。威嚇なのか。私は優しいから気持ち悪がることもせず、普通にスルーしてあげた。

それにしてもここまで不快感を与える笑顔も珍しい。ある意味才能あると思う。彼と夜道で出会ったら、たとえ彼が何もしてなくても通報する人が何人かいるんじゃないだろうか。ていうか私だったら通報する。

 

 

サトツさんを先頭に再び走りだした集団の中で、私は先程と比べて目に見えて機嫌が悪くなっていた。

こう言うと勘違いされるかもしれないが、けしてさっきのヒソカが気持ち悪かったことが原因ではない。原因はこの場所にあった。

端的にいうと、居心地が悪いのだ。暗黒大陸と比べれば、全然マシだけど……でも、どことなく似ている。あまり長居はしたくない空間だ。ここにいると嫌なことばかり思い出す。畜生、あいつら何度も殺してくれやがって。覚えてろよ。あ、いや、もう二度とあんな所行く気はないです。すみません生意気言いました。もう殺さないでください。

ああ、でもやっぱり無理。本当に、どれもこれもが癇に障る。苺のような赤い実も、触手のように蠢く蔦も、けたたましい獣の鳴き声も。ううん、違う。よく見れば、あそこにいる奴らとは違うことはわかっている。それでも、ほんの少しの共通点に目が行ってしまうのだ。そしてそれとともに数々の死因が蘇ってくる。機嫌が悪くならないはずがない。何なんだここ。私のトラウマ詰め合わせパックかよ。

でも、もしかすると、私みたいに「こんなところで生活してられっか!」と不満が爆発してこちらの大陸に移動してきた種もそれなりにいるのかもしれない。そう考えると少し親近感が沸いて……う、うーん。やっぱり沸いてこない。

まあ、どんなに似ていたとしても所詮紛い物。あちらには遠く及ばない。それなら

 

――利用できるだけ利用してやる。

 




主人公の名前、何気に初公開の回でした。
この主人公はトンパさんリスペクトしてます


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