ポケットモンスターCLEAR (マンボー)
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カントー編
一話『vsリザード 無色透明の少年』


 あくまで気分投稿です、すいません。


 一瞬、大規模な地震でも起こったのかと思った。

 視界がブレ、脳が揺さぶられ、同時に僅かな吐き気を催す。

 

 彼がそう感じた取った瞬間、少年はいつの間にか一面灰色の世界の中で倒れていた。

 思考が一瞬停止し、すぐに直前の記憶を思い出そうとするも、まるでフィルターでもかかったかの様にモザイクとノイズが邪魔をして上手く思い出せない。

 やがて次第にはっきりとしていく頭を抱えながら、少年はゆっくりと起き上がる。

 

「……これは、コンクリ……建物の中か?」

 

 薄暗く広く冷たい場所だった。

 そこにあるのは静寂と冷気、人の気配をまるで感じさせない所を一見すると廃屋にも思える。

 だがそんな考えは、次の瞬間には改めさせられた。

 コツン、と足音らしき音が聞こえた瞬間、少年は咄嗟に身を隠す事にする。

 その部屋の中には灰色の壁天井、そして一枚のドアと、破壊された石像の他には目に見える範囲ではもう何も無かった。

 

 当然、少年は石像の影に隠れる。

 選択肢としては奥に進んでみるという選択もあったにはあったが、更に奥に進んだとして果たして何があるのか、もしかすると更に最悪な状況が待っているかもしれない――そう考えて彼はあえて留まるという選択を取った。

 数秒後、建て付けの悪い扉の開閉音が耳に届く。

 

「全く、どうしてこの俺様がこんな雑用やらなきゃなんねぇんだ」

 

 ボヤキながら表れたのは全身を真っ黒に着飾った男だった。

 頭の先から足の先までを黒く染めた男、そしてその男の胸元に大きく描かれた『R』の文字に少年は小さな興味を示す。

 

(……ハハッ、一体何がどうなってやがるんだこれ?俺はいつの間にコスプレ会場なんかに来ちまったんだ?)

 

 心中そう呟き、少年に気づく事無く歩を進める黒尽くめの男と僅かに光が漏れる扉を数度見比べて、

 

「……よし」

 

 小さく呟いて少年は黒尽くめの男を追い、更に建物の奥へと進む事にした。

 

 

 

 建物の奥はやはり更に薄暗くなっていった。

 段々と闇の濃度が濃くなって、一瞬でも気を抜けば少年は尾行中の男を見失ってしまうだろう。

 だから細心の注意を払いながら壁伝いに少年も歩を進めていたのだが、

 

「ッチ、そろそろ視界が怪しくなってきたな……よし、こいつにするか」

 

(……何だ、腰の辺りから何か出して……)

 

 黒尽くめの男が手に取ったのは丸い球体だった。

 遠目にはよく見えないが、それ程大きくない、ポケットサイズのボールの様な物を黒尽くめの男は手に持っている。

 

「ゆけ! コイル、"フラッシュ"だ!」

 

 黒尽くめの男がそう叫んだ直後、手に持っていたボールが急に発光し、中から"ナニカ"が飛び出してきた。

 

「……あれは!?」

 

 少年が驚きの声を上げようとするが、その声を掻き消すかの如くボールの中から現れた"ナニカ"は鳴き声を上げながら先のボールの何倍もの輝きで発光した。

 部屋の中の闇が見る見るかき消されていく、少年はその光に紛れながらどうにか建物を支える柱の一つの影へと隠れる。

 

「よし、よくやったコイル。さて……あった、あいつか」

 

 満足気に言って黒尽くめの男は光で満たされた空間を歩いていく。

 そしてその後姿を少年はなお注意深く観察する――が、今の少年の心は最早黒尽くめの男、なんかには無かった。

 視線こそ外さないものの、チラリと視界の隅に入るその生物に少年は心を奪われる。

 

(あれは……コイル……ポケモン……!?)

 

 そう、ポケットモンスター、縮めてポケモン。

 この世界に存在する不思議な生き物、そしてこの"コイル"と呼ばれた一見機械仕掛けの生き物もその"ポケモン"と呼ばれるカテゴリーに属する生き物なのだ。

 

「……どういう事だよ、どうしてポケモンなんてものが"実在してやがる!?"」

 

 驚きと喜びの混じった声色の少年の呟きは当然黒尽くめの男には聞こえない。

 

 

 

 そもそもだ、この世界ではコイルの一匹や二匹珍しい事じゃない。

 世の中にはもっと珍しいポケモンがいるし、伝説級の存在となると、それこそ今の少年の様な反応もするだろう。

 だがこの少年は今、"コイル如き"に驚嘆の声を漏らしている。

 それは何故か?――それは少年がこの世界の人間では無いからだ。

 少年の世界にもポケモンは"在った"、所謂ゲーム、娯楽として子供から大人まで楽しめるツールとして――の話だが。

 

(……まさか実物をこの目で見る事になるとは……つーかとすると、あれはリアルロケット団って事になるのか!?)

 

 少年がコイルに驚き、ポケモンを知っていたのもそれが理由、唯単に少年がポケモンで遊んだ事があった、というだけの話なのだ。

 と言っても、元々飽き性で面倒臭い事が嫌いな性格だった為か、育成は言う程真面目に取り組んだ事等無く――友達との遊びの手段、ストーリーをクリアしたら満足する程度にしか嗜んだ事は無かったのだが、

 

(おぉ、やっぱ凄いなポケモンって)

 

 それでも一度でも遊んだ事がある少年にとってはやはり、今の光景は気分が高揚する場面だろう。

 最初の一匹を貰って、育てたポケモンでジムを制覇して行き、最終的に四天王を倒しライバルと決着をつける。

 そんな最初にプレイした時の記憶が昨日の事の様に蘇って来て、高ぶる鼓動を抑えられない。

 

(でも、となるとじゃあここはどこになるんだ? どこかの研究所でそこで実際にポケモンを現実にする実験を……だけどロケット団まで現実にする必要は無い、となるとやっぱりここは……)

 

 ――別世界。

 現実にポケモンがいる、ゲームとしてポケモンが存在した少年が生まれた世界とは違う世界。

 頭は割と冷静だったらしい、すぐに自分に置かれた状況を分析し、少年は視線の先のロケット団の行ったゲーム内での出来事を思い返す。

 すぐに頭に浮かんだのはシオンタウンのガラガラの事、当時プレイしながら複雑な気分になった事も一緒に思い出される。

 

(……いや、今は俺ポケモンなんて持っていないんだし、相手は仮にもマフィアだ、余計な事には首を突っ込まない方がいいな)

 

 それが正解、少なくともあのコイルだけで人一人位普通に殺せるだろう。ポケモンの一撃でインド象が――そんな説明を昔ゲーム中の図鑑で見た事もある少年はそう判断し、ゆっくりとロケット団の男から後ずさる。

 あのロケット団がどんな用でこの建物に来たのかは少年も気になったが、今の少年はそれ所では無い。

 最低限に衣服はあるとしてもほとんど身一つで別世界に放り出されたのだ、ポケモンなんて当然連れて無いとして、加えてこの世界で通じる紙幣の一枚も持ってないのだ。

 今日の食事にも困るというこの状況で、寄り道なんてしてられないのである。

 

(そうだな、ロケット団って事はゲーム基準だとカントーかジョウト地方だろ、なら順当にその地方のポケモン博士でも訪ねてみるか)

 

 そう計画立てて、少年が身を翻そうとして、

 

「ッビッカァァァァ!!」

 

 雄叫びにも近い鳴き声に反射的に振り向いてしまう。

 

「ッこんの……暴れんじゃねえ!」

「ッ、チャァ!」

 

 男の拳が鳴き声の主の頬にヒットし、鳴き声の主――黄色い体とホッペの赤い電気袋が特徴的なポケモン"ピカチュウ"が殴り飛ばされる。

 

「っな!」

「あ、誰かいんのか!?」

 

 あまりに光景に少年はつい口を開いてしまった、咄嗟に柱の影に隠れたが訝しげに少年が隠れた柱をロケット団の男が凝視する。

 

「……コイル、あの柱のとこ見て来い、攻撃するつもりでな」

 

 わざと少年に聞こえる声でロケット団の男がコイルに指示を出す。

 指示を出されたコイルはフヨフヨと柱の方へと浮遊して行き、少年は柱の影でゴクリと息を呑んだ。

 

(ヤバイ、ヤバイ! 見つかった、つーか攻撃するつもりってあいつトレーナーであっても容赦しないつもりなのかよ!?)

 

 正確にはトレーナー未満の少年だが、そうこうしてるうちにコイルは着実に少年へと迫る。

 ジリジリと次第にコイルと少年との距離は詰められてゆき、そして残り距離一メートル付近といった所で、

 

「す、すいません!」

 

 勢いよく柱を飛び出して少年は深々と頭を下げた。

 同時に面食らった様にコイルとロケット団の男が固まる。

 

「今あった事は誰にも言いません、どうか俺を逃がしてください!」

 

 頭を下げたまま早口に少年は言った。

 どうやらよほど危険な侵入者を予想していたらしいロケット団の男は一瞬呆気に取られるがすぐに建て直し、

 

「あぁ? なんだガキかよ、ってか何でお前はこんな所にいやがったんだ?」

 

 少年の周りをコイルがフヨフヨと浮遊する、まるで威嚇するかの様に。

 ロケット団の問いに顔を上げた少年は愛想笑いを浮かべて、

 

「え、えーと、えへへ……ちょっと道に迷ってしまった的な、ちょっとした探検心冒険心もあったり的な」

 

 ペラペラと嘘八百を並べる少年、だがその言葉に信憑性は無くても一向にポケモンを出して反抗して来ない少年の態度にロケット団の男は、

 

「……それが本当かどうかはどうでもいい、それよりお前まさかポケモンの一匹も持って無いのか?」

「えーと、はい、えへへ、お恥ずかしながら」

 

 低姿勢で愛想笑いを浮かべて頭に片手を回す姿は完全に脇役Aの姿である。

 だがそれもこれも生き抜くため、現実銃持ったマフィアに見つかったら媚売り売りで対応するしか無い(少なくともこの少年はそうする)、今はそんな状況なのだ。

 

「……ふん、お前の様なポケモンも持てないヘタレが何を見た所で関係無いか、俺の気が変わらないうちにさっさと行くんだな」

「へい、ありがとうございやす!」

「ッチ、返事だけはいいんだな」

 

 まるで汚物でも見るかの様な目でロケット団の男は少年を見る。犯罪者にこんな目で見られる少年は、きっとそれほどまでに相手の眼には汚く映っているのだろう。

 だが少年はそんな事分かってるはずなのだが、理解出来る頭を持っているはずなのだが、少しもヘコたれる様子も無く背中を見せた。

 それは自分が敵わないと自覚しているからか、どう頑張っても(ポケモン)を持った犯罪者(ロケット団)には勝てっこないという諦めなのか。

 それは分からないが、背を向けたまま少年はポツリと呟いた。

 

「ん、なんだって?」

 

 声量が小さかったので聞こえなかったらしいロケット団の男が聞き返す。

 少年は再び振り向いて、ロケット団の男の傍にある小さな檻と、倒れ起き上がろうとするピカチュウを交互に見る。

 

「……所で、その"ピカチュウとイーブイ"どうするつもりなんですか?」

「あ? 何でお前なんかにそんな事教えなきゃならねぇんだ」

「いいじゃないですか冥土の土産という奴ですよ、まぁ死ぬって訳じゃ無いですけど」

「……まぁお前に教えた所でどうにかなるって訳じゃ無いからな……こりゃあ商品だよ商品」

「商品?」

「あぁ、ピカチュウとイーブイといやぁ珍しくて人気が高いポケモンだからな、欠陥品の処分も出来て一石二鳥なんだ」

 

 ピクリと少年の右手の人差し指が動く。

 

「……欠陥品?」

「あぁそうだ、その倒れてるピカチュウは電撃が出せなくて、イーブイに至ってはどう頑張っても進化しねぇんだ、どの"進化の石"を試しても進化しねぇ」

「……どうしてそんな事に」

「そりゃあ俺達ロケット団の実験でだ、ピカチュウは電力供給のエネルギーにしてたらいつの間にかって訳だしな」

「……そうかい」

 

 流れる様に喋ったロケット団の男は気づかなかった、少年の右手が、開いた掌が拳に変わっていた事に。

 

「だったら、その二匹、俺が貰いますよ」

「……あぁ?」

 

 視線は下げたまま、ロケット団の男の方へ少年は歩き出した。

 ポケモンも持ってない生身の人間に、やはりロケット団の男は警戒心を示さない。

 

「なーに言っちゃってんのお前?金ある?金あるなら別に売ってやっても構わねぇけど」

「……あー、金なんて無いですね」

「だったら却下だ却下、ガキはさっさと家にでも帰ってろ」

「分かった、交渉決裂だなクソ野郎」

「え?」

 

 途端に口調が変わった少年にロケット団の男は目を見開いた。

 そこにあったのは先程までのヘタレた少年等では無い、まるで無色透明だった色が燃える様な赤に変わった少年の姿だった。

 

「っな! お前!?」

「テメェが何を言おうが関係ねぇよ!」

 

 歩みを走りに変えて少年はロケット団の男目掛けて突進して行く。

 

「まずは歯ぁ食いしばりやがれ!そんでもってテメェボコってこいつら解放して全部丸く解決してやっからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 咆哮を上げながら少年は握り締めた拳をそのままロケット団の男に突っ込んでいく。

 

「何だこいつ突然豹変しやがって!?コ、コイル!"でんきショック"だ!」

 

 しかし、少年がロケット団の男に届く前に、少年の周りを浮かんでいたコイルへと命令が下された。

 コイルはロケット団の男のポケモン、それがどんな命令でもコイルは淡々と実行する。

 本来ポケモンが受ける技を、少年はモロに食らったのである。

 

「っが、があぁぁぁ!!」

 

 体中を電流が駆け巡った。

 焼ける様な痛みと痺れが少年の意識をどこか遠くへ持って行こうとする。

 

「…っがは!?」

 

 しかし少年は意識を手放さなかった、コイルがでんきショックを撃ち終わり煙を上げながら黒々となった少年をロケット団の男は信じられない物でも見るかの様な目で見つめる。

 

「お前一体どういうつもりだ? あのまま帰ってたらそんな目には合わなかったんだぞ?」

「どういうつもり……だって? あぁそうだなどういうつもりなんだろうな、正直突発的に動いたから俺でも訳分かんねぇよ」

「…何?」

 

 少年の言葉の真意が理解出来ないと、ロケット団の男は忌々しげに少年を見る。

 一方少年は霞む視界の中に映る二匹の影へと視線を向ける。

 檻の中で震える薄汚れたイーブイと、傷だらけで不思議そうに少年を見つめているピカチュウ。

 

「ただな、今ここであいつ等見捨てて逃げる……なぁんて選択肢が出てこなかっただけだよ」

「……」

「そんな選択肢が出てくる前に、足が動いてたんだ……なら!」

 

 再び少年は走り出す。

 

「しょうがねぇよなぁ!?」

「"でんきショック"」

 

 無慈悲に単調に作業の様に、ロケット団の男はコイルに命令を下す。

 次いで再度でんきショックが少年を襲った、焼ける様な痛みが再び肌を焼き、少年の体力を削る。

 

「……終わりだコイル」

 

 掛け声と共にコイルは放電を止める。

 そしてすぐに、ドサリという音が建物内で木霊し、少年は床に突っ伏しる。

 

「……よし、さっさと仕事を……」

 

 言いかけた時、ロケット団の男の視界の隅でピカチュウが動いた。

 そのピカチュウは電撃を使えない、だが言い換えれば電撃以外の攻撃は出来る。

 すぐにコイルに指示を出そうとしたが、ロケット団の男はそれを取りやめる。

 

「……ピカ、ピカチュ…?」

 

 倒れた少年の方へとあのピカチュウが寄って行ったのだ。

 

「ブイ!」

 

 それにつられる様に檻の中からもう一匹も飛び出した。

 イーブイはピカチュウの傍へと寄って行くと、倒れた少年を心配そうな素振りで見つめている。

 

「ピ……ピカ?」

「ブ、ブイ!?」

 

 少しだけロケット団の男はその光景を見つめた。

 ロケット団の男は――この男は知っていた。

 今少年に寄り添う様にしているポケモン達は、実験とその為の電力供給にと人間達に酷使されて来たポケモン達だ。

 だからあのポケモン達が人間に懐く事は絶対に在り得ない、今の今までそう思ってきた。

 だが目の前には一人の少年を気遣う二匹のポケモンがいる、現実としてそこにいるのだ。

 

「……これは」

 

 その光景を見て、ロケット団の男の心の波が揺れた。

 下っ端とは言えない、だがしかし幹部とも言えない微妙な立ち居地のこの男は目の前の光景に笑みを浮かべた。

 ――尤もその笑みは暖かい、なんて事は無い冷たい冷笑だったが。

 

「使えるな、あのガキ……上手くやればあの二匹をもっと高額で売り捌けるぞ」

 

 反省の色等無し、否まずそんな心情この男の中には存在しなかったのだ。

 あるのはただの物欲、出世欲、"無くなってしまった"ロケット団を再興し、その暁には自分が幹部入りするという夢のみ。

 

「よし、コイルまずはあの二匹を回収し……何だその目は?」

 

 気づくとピカチュウとイーブイが視線をロケット団の男へと向けていた。

 しかもそれは先程までの弱々しい弱者の眼じゃない、火が点いた様な闘志溢れる瞳だ。

 まるで先程の少年の様な変化。

 

「ふ、フハハ! お前等弱小ポケモン如きが、この俺様に歯向かうというのか!?」

「ピッカ!」

「ブイ!」

「っふ、完全に臨戦態勢をとっているな……これもそのガキの影響なのか?」

 

 二匹の傍で倒れる少年へと目を向けた瞬間、二匹のポケモンの戦闘意欲が更に膨れ上がる。

 

「ふむ、そうだな、仕方無い、せっかくの商品だが楯突くというのなら仕方無い……バトルで徹底的に教育してやる必要があるな! 現れろリザード!」

 

 二匹対一匹、それも最近捕まえたばかりのコイルでは少々分が悪い――とはこのロケット団の男は全く思っていなかった。

 いくら二匹対一匹と言えど相手は碌な戦闘経験も無いイーブイと電撃が使えない役立たずのピカチュウのみ。

 正直負けるなんて思わないがとりあえず駄目出しでもしてやるか、それ位の軽い気持ちでロケット団の男は追加のポケモンを出したのだ。

 そしてポンっと軽快な音と共に表れたのはリザード、しかしその色は普通の赤では無く煌くオレンジに近い色をしている。

 

「ふん! 驚いたか雑魚共、俺のリザードは特注中の特注よ、ロケット団の中でも色違いのポケモンなんて扱うのは俺ぐらいのものだぜ」

 

 自慢気にそう言うロケット団の一瞬の隙を、ピカチュウは逃さなかった。

 

「ピッ!」

 

 元々高速戦闘が得意だったこのピカチュウ、素早い動きで高くジャンプしたかと思うと、そのままの勢いでしっぽを宙に浮遊するコイルへとたたきつけた。

 

「ッチ、"たたきつける"攻撃か!」

 

 気づいた時にはもう遅い、ピカチュウの尻尾で叩かれたコイルはそのまま地面に直撃、そのまま一瞬で戦闘不能へと陥る。

 

「……ふん、まぁいい。こんな役立たず、"フラッシュ"に使った後はすぐに逃がすつもりだったしな」

 

 そう言ってロケット団の男はコイルのモンスターボールを地面に落としたかと思うと、右足を勢いよく振り下ろした。

 当然の様にボールには亀裂が入り、果てに完全に破壊されてしまう。同時に、帰る場所が無くなったコイルは傷ついた体のままどこかへと彷徨い去ってしまう。

 

「……!、ブイ!」

「あ? なんだイーブイ、この俺様を非難しようってのか?」

「ッ、ィ……」

 

 抗議の声を上げようとしたイーブイだが、男に睨まれた瞬間震え下がってしまう。

 

「はん、ポケモン如きが人間様に意見しようなんぞ百年早ぇんだよ、リザード"ひのこ"!」

 

 元々イーブイに戦闘経験は皆無だった。

 加えてピカチュウは電撃が使えず傷ついてもいる。

 勝負は一瞬でほぼ決着はついた。

 

「……残りHPも僅かってとこだろ、ったく余計な仕事を増やしやがって」

 

 ボロボロの二匹と一人を見下ろしてそう独り言を呟く。

 立っている者はロケット団の男と彼のポケモンしかいない。

 だからこその独り言だったのだが、

 

「……そうか、残りHPが、僅かも……あるのか」

 

 その独り言に、途切れる声で少年は返す。

 

「……ッち、また仕事が増えやがる」

 

 そしてロケット団の男もまた、面倒そうに忌々しげに呟いた。

 

「……ピカチュウ、イーブイ……やれないなら無理しなくていいぜ……ただ、な……もしもう少し頑張れそうなら………」

 

 ピクリと、二匹の体が動く。

 

「あと一度だけ、頑張ってくれるか?」

「……ピ!」

「……ブイ!」

 

 立ち上がる二匹の姿に満足そうに少年は微笑んだ。

 そしてそんな光景をロケット団の男は呆れる様にため息を吐く。

 実際、相手はほぼノーダメージで加えて力量(レベル)差も激しいポケモンが一匹で、此方はボロボロのポケモンが二匹。

 どう考えたって勝利はロケット団の男のもの、百人が百人そう言うだろう。

 

「一撃で決める! ピカチュウ"たたきつける"だ!」

「ピカッ!」

 

 長期戦は返って此方が不利、少年はそう判断したのだ。

 しかし、そんな当たり前の戦法じゃこの戦力差はひっくり返せない。

 

「甘いわガキが! リザード返り討ちにしてやれ!」

 

 当然ロケット団の男はそう来るはずなのだ。

 まずは目の前のピカチュウの処理にと、

 

「だから"今"! イーブイ、トレーナーに向けて"たいあたり"!」

 

 最早反則だな、と内心苦笑を浮かべつつ少年はイーブイに指示を出す。

 少年から指示を受けたイーブイは精一杯の力でロケット団の男へ"たいあたり"をする――が、

 

「分かってんだよそう来るのはな! "リザードは倒さない"って選択でしか俺には勝てないって事はな!」

 

 少年の作戦は完全に見破られていたらしい、不意打ちを完全に見切られていたイーブイの攻撃ははずれ、何も無い空を切る。

 

「わはは! これで止めだ! リザード"ひのこ"!」

 

 リザードの口から無数の火の粉が飛び出してくる。

 "ひのこ"、と言ってもそれはポケモンを倒す為に使う技だ、当然通常の"火の粉"程度の威力しか無い訳は無いのだが、

 

「かはっ! お前は避けるか! いいぜいいぜ、だが俺は!」

 

 ピカチュウを庇う様に前へと出た少年にひのこがクリーンヒットする。

 少年の服に焦げ目がつき、少年はよろけるが、作った笑みは崩さない。

 

「"あえて受けよう"!」

「何!?」

 

 笑いながら少年はリザードをガッシリと掴んだ。

 突然の少年の奇行に流石のリザードも動揺を隠し切れず必死に少年を振りほどこうとするが、少年のどこにそんな力が残っているのか中々少年はリザードから離れない。

 

「今だピカチュウ! イーブイ! "たたきつける"と"たいあたり"だ!」

「……ピッ!?」

 

 少年の命令に一瞬耳を疑うピカチュウだが、

 

「早くしろよイエローネズミ! こちとらそろそろ限界なんだよクソッタレが!」

 

 叱咤する少年の声と表情でピカチュウも覚悟を決める。

 すかさずジャンプし、ピカチュウはリザードへと狙いを絞る。

 

「……ば、馬鹿かこいつは!? え、ええい止めだ止め! こんな頭のおかしいガキなんているか! リザード"ひのこ"だ! そのガキに止めをさせ!」

 

 命令を出されたリザードは少年目掛けて大きく口を開けるが一瞬硬直する。

 

「早くしろリザード! "ひのこ"だ!」

 

 だがリザードも躊躇うがやはり此方はトレーナーと持ちポケモンの関係、トレーナーの指示なのでリザードは言う事を聞く。

 

「っが!」

 

 次々と"ひのこ"が少年を襲う。

 その瞬間にも、ピカチュウが"たたきつける"の技を上空から繰り出す。

 更にひのこが少年を痛めつける、ここまで来るとリザードもやけなのだろう、ピカチュウが段々と迫り来る毎にリザードの"ひのこ"は強さと速さを上げていく。

 

 そして、

 

「……ピッカ!」

 

 ピカチュウの渾身の"たたきつける"がリザードの頭と、少年の肩に決まった。

 リザードと少年は同時に倒れ、またピカチュウも今の一撃で全体力を消費したのか倒れ込んだ。

 残るは生身のロケット団の男と、

 

「ブイ!」

「っな!?」

 

 "たいあたり"の命令を受けたイーブイだけだった。

 

「っく、リザード戻……って(っぶ)ねぇ!」

「ブイ!」

 

 仕方なくリザードを戻して撤収しようとするロケット団の男だが、イーブイが邪魔でリザードが回収出来ないらしい。

 それでも珍しい色違いのリザード、ここで無くすのは惜しいのだろう、根気良くボールを翳すが、

 

「ブイ!」

 

 イーブイのたいあたりがロケット団の男の右手、と同時にリザードのボールにも直撃した。

 

「しまっ!」

 

 ボールの機能が完全に停止する。これで彼はリザードをボールに戻せなくなった。

 そして一緒に右手も負傷――、

 

「ッくしょう! 仕方無ぇ、こういう事ならもっと装備を整えてりゃあ!」

 

 頃合と見たのだろう、ロケット団の男は脱兎の如くイーブイに背を向けて走り出した。

 

「ブーイ!」

 

 背中にイーブイの声が刺さるが気にしない。

 必死に建物、トキワジム跡を走るロケット団の男はとうとう出入り口の扉へとたどり着いた。

 視界の端に最初に少年が背中を預けていた銅像を入れながら、扉へと手を伸ばして。

 

 

 

「フッシー、つるのムチ!」

 

 また別の少年の声が彼の耳に届いて、そして彼の悲鳴がジムに響き渡るのだった。

 

 




 イエローも可愛いけどサカキさまもカッコイイと思います。


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二話『その名は――』

バトルが無かったら文字数が著しく減る法則。


「…………カ」

 

 靄が掛かった様な白い視界の中だった。

 

「…………ィ」

 

 混濁した意識の中で彼は自分を呼ぶ声が聞こえる気がした。

 いや聞こえたのだ、今確かに。

 

「……ピカ」

「……ブイ」

 

 どこか心地の良い呼び声に、彼の意識は次第に覚醒していく。

 まず瞼がピクピクと動き、指先へと神経を伝って感覚が舞い戻ってくる。

 それは空気の匂い、ヒリヒリとした熱さ、そして口の中のざらつき鉄の味等等の感覚。

 ――具体的には体の傷の痛みや、口の中の血の味だったりする。

 

「……って痛っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ピ!?」

「ブイ!?」

 

 飛び起きた彼の目の前で、二匹のポケモンが転がるのだった。

 

 

 

「ここは……病院……?」

 

 身なりと周囲の景色を確認した少年はポツリと呟いた。

 真っ白な部屋の中で簡単な手術着の様な着物を着ていてベッドの上で寝かされていたらしい、その事を確認した少年は次に自身のベッドの上で嬉しそうに尻尾を振る二匹のポケモンへと目をやった。

 そこにいたのはピカチュウとイーブイ、少年がいた世界には一匹たりとも存在しなかったポケモンという生き物。

 その存在に軽く現実逃避し掛ける少年だったが、体中を巡る火傷の痛みが嫌でもこれが現実だと自覚させてくる。

 

「……ったくどうなってやがんだよ一体……ッチ、記憶が曖昧で今一覚えちゃいねぇ」

 

 自分がどうしてこんな世界にいるのか、ましてやあんな建物の中にいたのか少年には理解不能だった。

 記憶が途中でブツリと切れ、どうしても少年が目を覚ました建物の中に入った時の記憶や意識が無くなる前の記憶が無かったのだ。

 思い出されるのは数日前までの記憶、地元の普通高に通っていた時の記憶だけ。

 

「……ダーメだ! なーんも思い出せねー!」

 

 しばらく思案してみるがそれでも結果は出ない、ついに少年は不貞腐れる様にベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 その様子を覗き込む様に眺めてくるピカチュウとイーブイの二匹、どうやら先の出来事で少年に完全に懐いてしまったらしい、二匹はまたしても倒れ込んだ少年の安否を心配する様な目で少年を見つめる。

 

「……あん? 何心配そうな目で見てやがんだお前等、別に俺は平気だっての」

 

 内心火傷の痛みが中々堪えているがそんな素振りは一切見せずに少年は両の手で二匹の頭を撫でた。

 頭を撫でられてピカチュウとイーブイは二匹共心地良さそうに顔を緩める。

 そんな小動物的な可愛さの二匹に、その二匹をしきりに撫でる少年の顔もいつの間にか綻んでいた。

 

 

 

 そうして数分位経った後だった、病室のドアから音がして少年は二匹の頭を撫でるのを止める。

 

「おぉ、気がついたようじゃな」

 

 ドアを開けて少年を見つけ、入って来た老人は嬉しそうに言った。

 同時にピカチュウとイーブイが少年の後ろへと隠れ、少年も庇う様に二匹の前へと手を伸ばす――が、少年はこの老人が別に恐れる様な相手では無い事を知っていた。

 その老人はポケモン世界では超有名人物の一人、会った事こそ無かったが当然の様に少年もその老人を知っていたのだ。

 

「……はい、助けて頂きありがとうございますオーキド博士」

 

 そう言って軽く頭を下げる少年を見て、隠れていたピカチュウとイーブイも危険が無いと悟ったのか少しだけ体を出す。

 オーキド博士――第一世代と言われる始まりのポケットモンスターのゲームで主人公に最初の一匹と図鑑を授けてくれる人物で、アニメ版ポケモンでも主人公のサトシにピカチュウを渡した人物でもある。

 

「ふむふむ、とりあえず元気そうで一安心じゃ、それと礼はわしでは無く君を助けた者に言うのじゃな」

 

 その言葉を聞いて少年は下げてた頭を上げる。

 

「……となると、俺を助けたのはまた別の人物という事ですか?」

「うむ、レッドという君と同い年位の少年じゃ」

「レッド!?」

 

 オーキド博士が発した人物名に思わず少年は声を張り上げてしまう、小脇のピカチュウとイーブイが突然の声にビクリと体を震わせる。

 だが少年が驚くのも無理も無い、ポケモン世界のレッドと言えば初代ポケットモンスターの主人公の名前を代表する名前の一つ、いわば代名詞的な存在なのである。

 その存在はポケットモンスターソフト、金銀クリスタルでは裏ボス的な立ち居地で多くのゲームプレイヤーを興奮させ、原点にして頂点なんて囁かれる程の人物なのだ。

 

「ほほう、やはりレッドを知っているか、全くあいつも有名になったものじゃな」

「……やはり?」

「うむそうじゃ、レッドがポケモンリーグで優勝してもう一年と半月程か、いやはや時が経つのは早いものじゃな」

「っ! じゃ、じゃあロケット団って組織は!?」

「……うむ、その事なんじゃが……」

「?」

 

 それからオーキド博士は少年に話した。

 レッドがポケモンリーグで優勝した年に壊滅したはずのロケット団が、その残党勢力が今尚活動を続けている事を。

 そしてこの少年が、挑戦状を貰ったレッドが立ち寄ったトキワジム跡で助けられたという事を。

 

 

 

「じゃあ……俺、達が戦ったあのロケット団の男は……」

「うむ、大方ロケット団復活の為の資金でも集めていたのじゃろう」

 

 そこでふと少年はピカチュウとイーブイを見やった。

 ロケット団によって少なくとも幸せとは正反対の生き方をしてきた二匹、その二匹を地獄の底から救い出せた事に少なからずの達成感を少年は覚える。

 そして二匹のポケモンも少年の視線に気づき、幸せそうに少年に身を摺り寄せる。

 

「……」

 

 そんな一人と二匹の光景を眺めたオーキド博士は少し思案した後、

 

「ふむ、君になら託してもいいのかもしれんのう」

「……え?」

 

 唐突にそう切り出して、一個のモンスターボールを取り出す。

 ポケモンが入ってるであろうそのモンスターボールを少年へと手渡して、オーキド博士は話を続ける。

 

「実はあのロケット団の男が持っていたポケモンなんじゃが……って君ならもうそのポケモンを知っているかのう」

「……はい、出て来いリザード」

 

 モンスターボールが光り、中からポケモンが現れる。

 薄いオレンジ色のリザード、色違いのリザードがボールの中から現れ、同時にピカチュウとイーブイが警戒する様にリザードを威嚇する。

 

「そのリザードはもうロケット団のポケモンじゃない、じゃが……"おや"のロケット団の男も無事逮捕されたという事で、うちで預かる事になったんじゃがどうにも研究に協力してくれそうも無くてのう」

「なるほど、それで一応顔見知り程度には知ってる俺に預けようと?」

「まぁそれもあるんじゃが、君はポケモンから慕われる特別な才能を持っているようだしのう」

「……特別な才能、ね」

 

 当然そんな事を言われても少年にはピンと来るものが無い。

 少年自身、廃人と言われる程ポケモンのゲームをプレイした事なんて無いし、ましてや本物には昨日今日会ったばかりなのだ。

 それで自分には特別な才能がある、なんて言われても全然自覚等出来るはずも無い。

 

「……分かりました。このリザードは責任を持って預からせて頂きます」

 

 特に拒む理由も無ければ"ひのこ"を浴びせられた恨みが残ってる訳でも無い、ので受け取ったリザードの頭に手を伸ばすが、ギロリと睨みで返してくるリザードに少年は手を止めた。

 どうやらこのリザード、かなりプライドが高いらしい、元からなのか除々にやさぐれていったのかは定かでは無いのだが。

 

「そう言って貰えると思っていたぞ、さてじゃあそろそろわしは帰るとしよう、こう見えて中々忙しい身でな……あぁこの病院の治療費等は払ってあるから心配ないぞ、そのポケモン達を助けて貰ったわしからの礼と思って貰って構わないからな」

「……すいません、ちょっと待ってください」

「ぬ? まだ何かあるのかの?」

「はい、しばらく博士の所に身を置かせてください!」

 

 頭を下げて懇願する少年と、突然の申し出に目を丸くしたオーキド博士。

 今の少年にはこの世界での知り合いはいない、聞けば少年を助けたレッドという少年も挑戦状を貰い旅立ってしまったばかりらしいし、この世界での接点はこのオーキド博士しかいないのだ。

 通貨の一枚も持ってない少年からしてみればこの出会いは正に天から垂れた蜘蛛の糸の様な物、必死にしがみついて登っていく為の、生きていく為の最初の関門の様なものなのだ。

 

「……まぁ研究を手伝ってくれるというのならわしは構わないのじゃが」

「っ、やった! ありがとうございます博士!」

 

 満面の笑みでお礼を言う少年にオーキド博士は少々たじろいだ。

 礼儀正しいかと思えば、下品な言葉で熱くなったり、太陽の様な笑みで笑ったりもする。

 まるで実態の無い、イメージカラーなんてものとは程遠い少年、それがこの少年が昔から持たれてた周囲からの印象だ。

 

「じゃあ早速研究所に……っていてて! 痛い痛い!」

「あぁ無理をするでない! 無事、退院したらうちに来なさい、いいね?」

「……りょーかいっす」

 

 涙目で弱々しく右手を挙げる少年を眺め、ため息まじりに内心はらはらとしながらオーキド博士は病室を出た。

 素性が一切不明の少年を何故ああも簡単にオーキド博士は受け入れたのか、それは一重に彼がポケモン達と極めて良好な関係を築いていたからなのだろう。

 あのピカチュウとイーブイがロケット団からどんな目に合わされていたのかはオーキド博士も聞いていた、そのポケモン達がまるで長年連れ添った仲の様に彼に付き従っていたのだ。

 件のリザードでさえ、すぐに暴れ出す様な無法者だったが、あの少年の前ではかなりおとなしかった。

 そして自らの身を省みずにポケモン達を助け出した姿勢は、かの少年の人間性を認めるのには十分過ぎる程だったのだ。

 

「……まっ、レッド達の様な危なっかしさはあるが、あれはあれで心地の良い少年だったし、悪い奴でも無いだろう」

 

 そう結論付けてオーキド博士は来た道を戻る。

 マサラタウン、レッドやグリーン、ブルーといった実力派トレーナーを多く輩出して来た場所へと戻るのだった。

 

「む、そう言えば名前を聞くのを忘れていたのう」

 

 正に今更である。

 

 

 

 

 

 

 所変わって、ここは病院、病室、リザードやピカチュウ、イーブイはもうボールへと戻して少年はゆっくりと療養中だった。

 だがその顔は青い、というか凄く落ち込んでいる。

 ようやっと落ち着いた所で、少年は自身の身の変化にこれまたようやく気づいたのだ。

 

 まず少年は高校生だった、年にして十七程、だったのだが――今の少年の身体はどう見積もっても十歳過ぎた辺りのそれである。

 大体十一の頃程か、鏡を見て軽く絶望しかけたのだが、顔までは変わっていなかったのがせめてもの救い――いや昔からその鋭い目付きと人当たりの良さというギャップから気味悪がられていた少年からしてみれば、顔のパーツの変化の無さというのはマイナスポイントなのだろう。

 どうせ縮むならもっと別の人間みたいにして欲しかったのだ、何も某真実は一つ的な名探偵の様にならなくても良かったのだ。

 

 ――だが悔んでいたって仕方が無い。

 どうしてこうなったのか、どうしてこんな場所にいるのか、その訳を少年はこれっぽっちも知る由も無いのだが、それでも腹は減るというものだ。

 病院食を食べながら、これからの事について考える。

 まずどうしてあの場所にいたか、等の事は自分でも分かってない為分からないとしておく事にする。

 この世界にはポケモンなんて不思議な力を持ったモンスターがうじゃうじゃいるのだ、多少の不思議は仕方無い。

 加えて、少年は別世界から来たという事も隠しておく事にした、色々と質問されたりするのが面倒だったのだ。

 

「……で、肝心の名前は、っと」

 

 お世辞にも美味しいとは言えない病院食を全て食べ終えて、少年は昔の記憶を掘り起こした。

 始めてポケットモンスターをプレイした時の記憶、"緑"を買って貰って最初に"ヒトカゲ"を選んだ時の記憶。

 

「そうだな、どうせなら最初につけた名前にしよ」

 

 一番最初に主人公につけた名前。

 これからその名を名乗る事にした少年は、この日からその名で呼ばれる事になった。

 

 

 

 "クリア"、何色にも染まり、何色にもならない、無色透明の少年の名はこうして決まるのだった。

 

 



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三話『ピカと麦藁帽子』

 

 

 少年、クリアがポケモンの世界に来て半年が過ぎた。

 

「P、"たたきつける"! Vは"でんこうせっか"! エースは"ひのこ"!」

 

 マサラタウン、前回ポケモンリーグベスト3全員の出身地でもあるこの場所で、クリアは今日もポケモン特訓に励んでいた。

 この半年間、オーキド博士の研究や仕事を手伝う傍らこうして自身のポケモン達の訓練もかかさずやって来たのである。

 せっかく持っているポケモンだ、しかもこの世界にもロケット団の様な悪のポケモン使い達も無数にいる、そんな奴等と遭遇した時の為にポケモンを鍛えておく事は別に悪い事では無いのだ。

 

 そしてクリアの指令どおり、(ピカチュウ)が特訓用の丸太に"たたきつける"を繰り出し、(イーブイ)が複数の障害物を網の目の間を縫う様な繊細な動きで潜り抜けその先の丸太に突撃する。

 そしてエース(リザード)の"ひのこ"が、三つ程纏め集めた丸太の束を黒こげに焦がした。

 

「っま、こんなもんだろ……んじゃ仕上げだ、三匹共!」

 

 そう言ったクリアはゆったりと構え、呼ばれた三匹のポケモン達もクリアの方を向いた。

 一匹と三匹は一瞬だけ身動きを止め、一陣の風が通り抜ける。

 

 そして、風が止んだ瞬間、三匹が三匹動いた。

 まずVの"でんこうせっか"勢いよくクリア目掛けて繰り出される、その素早い動きでクリアの視線を左右にゆさぶり近づいて、思い切り突撃する。

 ――が、クリアはこれを間一髪のとこで避けた――後すぐに頭上から"たたきつける"を行ったPが降ってくる。

 クリアは倒れ込む様に転がって近場の石を一つ、P目掛けて投げた、当然Pはこの投石の対応に追われ技を石を弾く事に使う。

 だがクリアが転がった先には大きく口を開けたエースの姿、エースはクリア目掛けて"ひのこ"を飛ばす。

 

「っ!」

 

 ここで一瞬、右と左と後ろ、どちらへ逃げるかクリアは迷いそうになるが、すぐにクリアは判断した。

 右足に力を入れ、踏み切ってエース目掛けて駆け出した。

 "ひのこ"の一つがクリアの右頬を霞め、そのままクリアはエースの頭上へとジャンプする、追うようにクリアを追う"ひのこ"。

 そしてエースの背後を取った瞬間、

 

「……終了、かな」

 

 いつでも技を繰り出せる形を取ってクリアのすぐ近くに身構えたPとVを尻目に見て、クリアは涼しげな表情で呟くのだった。

 

 

 

 前述の通り、クリアがこの世界に来て半年程が過ぎた。

 最初こそ慣れない世界観に右も左も分からない状態のクリアだったが、それもほんの一週間で克服した。

 オーキド研究所でそこそこ安定した生活を送っていた彼は、オーキド博士の研究の手伝いをし、合間でポケモンの特訓という生活をここ四ヶ月程ずっと続けていたのだ。

 彼もゆくゆくは元の世界に戻る為の旅をすぐにでも始めるつもりだったのだが、その前準備の特訓を続けているうちに今の安定した生活に満足してしまっていたのである。

 

「さてと、そろそろ研究所につくぞヤロー共、まずは帰ってから飯にでもすっか!」

 

 笑顔でそう言ったクリアに、元気よく返事をするのはVとP、エースはいつも通りの素っ気無い態度だが、クリアにはエースがいつもより少し上機嫌なのが一目で分かった。

 クリアがこのポケモン達にニックネームをつけたのはつい最近の事だった。

 オーキド博士から「そう言えばクリア、このポケモン達にニックネームはつけないのか?」なんて言われたのが切欠である。

 ――と言ってもあまり悩まず考えず、その場の発想でクリアはこの三匹のニックネームを付けてしまった訳だが――。

 ピカチュウの頭文字からとって"P"、イーブイのブイからとって"V"、手持ちの中でも一番の実力者であるリザードは"エース"。

 まぁポケモン達も悪くは思っていない様なのでオーキド博士も何も言わなかったのだが。

 

「……あ、研究所が見えて……ってあれ?」

 

 いざ研究所が目の前まで来てクリアは違和感に気づく。

 研究所の中から人の気配がしないのだ。

 

(今の時間なら、博士がいつも図鑑のバージョンアップ作業中のはずだったはずだけど……)

 

 そんな少しの違和感を持ちながらクリアは研究所内へと入る。

 そこにあったのはいつも通りの乱雑に置かれた研究資料とパソコン、そしていつもは作業が中断すれば必ず直してるはずのバラバラのポケモン図鑑だった。

 

「おかしい、おかしいな、博士はよほどの事が無い限りポケモン図鑑の扱いは慎重にしてたはずなのに……」

 

 クリアは数秒考え込み、

 

「ッチ、P、V、エース、ちょっと博士探しに行くぞ!」

 

 図鑑を放り出してまでの急ぎの用があったのか、それとも博士の身に何かあったのか、それは分からないがお世話になった人に何か異変があったのは確かだった。

 ならばクリアが動くのは当たり前である。

 急いで出入り口のドアに走り寄ったクリアだったが、丁度目の前で開け放たれたドアがクリアの顔を打った。

 

「っが!?」

 

 突然の事に一瞬頭が真っ白になって尻餅をつく。

 

「おぉなんじゃクリア、帰っておったのか!」

 

 直後聞きなれた老人の声が聞こえ、僅かな安堵と共に小さな怒りがこみ上げてくる。

 

「帰っておったのか……じゃねぇよ爺! 急にドア開けやがって!」

「なんじゃ、ドアの前で突っ立てるお前さんが悪いんじゃろうが」

「誰の所為……ってなんだそのチビ?」

 

 気づくとオーキド博士のすぐ後ろに見慣れない少年が立っていた。

 大きな麦わら帽子と黄色い髪が特徴的な少年で、すぐ傍にはピカチュウが立っている。

 心なしかクリアのPが嬉しそうに鳴いた気もする。

 

「あぁそうじゃな、実はクリアに用事を頼もうと思っての」

「え、あのう博士? もしかしてこの人が?」

「そうじゃ、こいつがクリア、わしの助手みたいなもんじゃが、君達の旅にはこいつを同行させよう」

「え、えぇーと……」

「……おーいクソ爺? 全然話が見えねーんですけど?」

 

 何やら麦藁帽子の少年とオーキド博士は知人同士の様な、だがしかし雰囲気的には今さっきあったばかりな感じもする。

 そしてその二人で、クリアのあずかり知らぬ所で何らかの話が進んでいた様で、取り残されたクリアは肩眉を吊り上げながらオーキド博士に質問する。

 

「全く、お前さんは時々本当に口が悪いな、今度矯正してやらないといけないのう」

「いけないのうじゃねぇよさっさと話せよ」

「あーはいはい、クリア、お主ちょっと旅に出ろ」

「……は? いや別にいいけどよ」

「うむ、お前さんならそう言ってくれると思っていたぞ、じゃあ……」

「じゃあじゃねぇよ! 旅の目的とか何やらを詳しく! 説明しやがれ!」

「これこれ、あまり声を張り上げるでない、少年が怯えておるではないか」

「誰の所為だ誰の!」

 

 多分クリアの所為である。現に麦藁帽の少年はクリアに怯えているのだから。

 まぁ実際、怒りに任せて老人相手に怒鳴り散らす目付きの悪い不良にしか、今のクリアは見えない訳だし。

 

 それからクリアはオーキド博士から簡単な説明を受けた。

 半年前クリアを助けた張本人、レッドがその頃から音信不通になっていた事――はクリアも知っていたのだが、その手持ちポケモンのピカチュウこと"ピカ"が傷だらけで帰って来た事。

 その直後この麦藁帽の少年が現れ、ピカを連れてレッドを探すと言い出した事、そしてその麦藁帽の少年を少なからず信用したオーキド博士は彼をピカと共にレッドのポケモン図鑑を預け、レッド探しの旅に送り出す事にした事。

 そしてその旅に絶賛暇人街道まっしぐら中のクリアを同行させる事にした事。

 

「……えぇ、大体の事は分かりました博士」

「お前さんのその豹変ぶりは一体どういう訳なんじゃ……」

 

 いつもの調子に戻ったクリアの様子にオーキド博士はガックリと肩を落とした。

 少し離れた所では麦藁帽の少年がそんなクリアの様子を興味深そうに見ている。

 

「レッドには恩もありますからね、そういう事なら喜んで行って来ますよ」

 

 そう言ったクリアだが、それとは別に別の目的の計画も立てていた。

 

(せっかくの旅だし、ここは密かに元の世界に戻る手がかりでも探しておくか)

 

 あくまでもついでにといった感じに、だが。

 

 

 

「さて、では善は急げじゃ!クリア、この少年と共に今すぐ旅立つのじゃ!」

「え、あれ? ご飯は?」

「さっさと旅立てぇい!」

 

 半ば追い出される形でクリアは研究所から締め出される。

 続く様に麦藁帽の少年も研究所から出てきて、レッドのピカとクリアのポケモン達も続いて出てきた。

 

「ほれクリア、餞別じゃ!」

「うわっ! 投げるな爺!」

 

 外に出たクリアはオーキド博士に投げられたリュックをどうにか受け取る。

 中に入っていたのは最低限の旅用品、そして、

 

「これは、ポケモン図鑑と空のモンスターボール…!?」

「お前さんにはいつかレッド達みたいにポケモン捕獲を任せようと思っていたからの、密かに作っておいたんじゃよ」

「……爺」

「おいクリア今のは"博士"の場面じゃぞ」

 

 オーキド博士からのツッコミ等無視して、クリアはリュックをからってモンスターボールを腰のベルトにセットする。

 

「あ、ちょっとタイム!」

 

 これでようやく旅に出れる、そう思った途端慌ててクリアは駆け足で研究所内に戻った。

 オーキド博士の横を通って自室に借りた部屋に戻り、机の上に無造作に置かれた一個のゴーグルを手に取る。

 

「おっ待たせー!」

 

 深めにハットを被って意気揚々とクリアは再び外に出た。

 

「何事かと思えばお前さん……まだ目付きが悪い事気にし取ったのか?」

「うるさい爺! こちとらこの鋭い眼差しでどれだけの青春を棒に振ってきたと思ってやがる!」

 

 まだ青春なんて送った事無いじゃろ、なんて呟くオーキド博士等無視してクリアは麦藁帽の少年の方へと歩いていった。

 

「オッス! 少年、もう俺には慣れた?」

 

 にこやかな笑みを浮かべて挨拶をするクリアには、先程のオーキド博士との言い合いの時の面影は無い。

 暴言を吐く時こそその目付きの悪さも相まって迫力は数倍増すが、そうじゃない平時の時は彼は基本人当たりの良い少年なのだ。

 

「はい、慣れはしてませんけど今はあまり怖くは無いです」

「そっか、正直者だなお前はおりゃりゃ!」

「わ!? 帽子の上から頭撫でないで!」

 

 帽子上から頭を撫でようとするクリアを必死に振りほどく少年、何故かガッシリと異様なまでに麦藁帽を掴むその姿にオーキド博士もクリアも気づかない。

 

「じゃあグズグズしてても始まらないし、行こうか麦わら君」

「あ、はい! クリアさん!」

 

 グズグズしていたのはクリアだという事は分かっていても少年は言わなかった。

 そして走り出したクリアを追いかける形で麦藁帽を被った少年も走り出す。

 そんな二人の小さくなっていく後ろ姿を見つめながら、

 

「大丈夫、なのか本当に……?」

 

 オーキド博士は心配そうな声で呟くのだった。

 

 




とりあえず勢いに任せて書いた三話までを手始めに、ヒトカゲ系統はゲームで最初に選んだポケモンなので愛着があり入れました、一応グリーンのリザードンと区別する様に色違いという設定で。


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四話『vsジュゴン 四天王カンナ急襲』

 

 

 トキワの森近辺の川辺に、クリアと麦藁帽の少年はいた。

 麦藁帽の少年は川に釣り糸を垂らし、クリアはというとその近くでトキワシティのショップにて購入した棒についた飴玉を舐めている。

 緑のTシャツの上から白の薄い長袖のシャツを羽織り、紺のカーゴパンツ、そして額にはゴーグルという格好でクリアはチラリと麦藁帽の少年の方へ目を見やった。

 麦藁帽の少年はどこか眠そうに呑気に糸を垂らしたままである。

 二人の傍ではピカとPが二匹で遊んでいるようだ。

 こうして見ていると、この二人は本当にレッドを探す気があるのかと問いかけてみたくもなる。

 

「……なー、少年よ」

「? 何ですかクリアさん?」

「少年よ、お主名を何と言うのじゃ?」

「クリアさんその口調ワザとですよね?それと名前は言えません」

「……」

 

 やっぱりか、とクリアは嘆息した。

 この麦藁帽の少年といざ旅に出たはいいものの、この少年一向に正体を明かさないのである。

 どこ出身の、どうしてレッドが行方不明になったのかを知ったのかも――まぁ正体自体はクリアも明かさないのだからお相子なのだが。

 

(それにしても名前位教えてくれてもいいんじゃないか?……いや俺も偽名だけどさ)

 

 クリア自身その事についてこの麦藁帽の少年に正体の事では強く言えない為、今の今までこうして名前呼びは出来ていないのだ。

 それで特別困る事も無い為、こうして問題無く続けて来れたが、だけど自分だけが(偽名だが)名前呼びされるのも何か癪になったのか、

 

「よし、少年、名前が呼べないのなら仕方無い、あだ名でも決めようか」

「……はい?まぁ別にいいですけど…」

「じゃー候補一、"ルフィ"理由はその麦藁帽子から」

「……すみません、訳が今一分からないです」

「そうか? じゃあ麦のんとか?」

「えーと、何か嫌な予感がするのでそれもいいです」

「じゃあ……むーむー?」

「今分かりました! クリアさん凄く適当につけてますよね!?」

 

 思わず声を張り上げた麦藁帽の少年だったが、クリアのそれに悪意が無い事を悟ると「はぁ…」と一度だけため息を吐いた。

 クリアと一緒に旅をしてまだ日は浅いが、それでも多少なりともクリアの事が麦藁帽の少年にも分かって来ていた。

 まずクリアはよく口調が変化する、それは相手を選ぶし、感情によっても変わる。

 丁寧な物腰で喋っていたかと思うと、急に粗暴な言葉遣いになってたりもする。

 始めこそ麦藁帽の少年も驚いていたが、慣れればどうって事も無い、それがクリアという人物の特徴だと見過ごす事が出来る様になる――尤も、クリア自身もこの"無自覚な癖"を自覚しているらしく、面倒極まりないが、今みたいにわざと相手の口調を真似たり、性格(キャラ)を変えたりもしてくるのだ。

 

 それとクリアを語る上で後一つ欠かせないのが彼のカリスマ性だ。

 尤もそれはポケモンに対してのみ有効だが、彼は会ってすぐにピカと仲良くなってしまった、今までレッドや麦藁帽の少年位にしか懐いていなかったあのピカが――だ。

 他にも野生のポケモンと衝突する事はほとんど無かったし、もし衝突してしまったとしてもトレーナー付きじゃない野生のポケモンならクリアはある程度は従えてしまうのだ。

 

 ポケモンと"友達"という間柄を大切にする麦藁帽の少年とはまた別の接し方、ポケモン達の先頭に立って引っ張っていく素質、"導く者"オーキド博士は彼のこの才能をそう呼ぶ。

 

 

 

「なぁクリア」

 

 そしてそんなクリアを呼ぶ声が聞こえ、クリアは声の方を振り向いた。

 いたのはマサキ、ポケモン転送システムでゲーム内でも有名だった人物だ。

 では何故このマサキと知り合いになっているのか、というと事故で川に落ちたマサキをクリアと麦藁帽の少年で助けたのがそもそもの原因だった。

 と言っても、クリアが一声掛けるとマサキを襲っていたシードラは活動を止めて去っていっただけなのだが、どうしてそんな事が出来るのか聞かれてもクリアは、

 

『あぁ、聞き分けの良い奴で助かったよ』

 

 で済ませてしまう為、マサキとしては何としてもこのクリアの力の正体を見破りたいと思っていたりもする。

 で、マサキは今ようやく借りたタオルで髪等を拭き終えたので二人の下に歩み寄ってきたという訳だ。

 

「あんさんのあれ、やっぱ特別な能力なんやろ?そうでなきゃあのシードラが大人しく帰った理由が分からへんもん」

「知らねーよそんな事は、少年も特に追及して来なかったし別にいいじゃん」

「まぁそうなんやけど……」

 

 正直クリア自身、どうして自分にそんな力があるのかなんて分からない。

 ただ気づくと身に付いていたのだ、野生のポケモンと手持ちのポケモンと同等に接する事が出来るこの力を。

 

 そしてそれを皮切りにマサキもそれ以降は聞いて来る事は無かった、彼もクリアが本当に何も知らないという事を彼の態度から感じ取った様だ。

 

 

 

「なぁ所でマサキはん」

「それはわいの口調を真似してるんかクリア?」

「そんな事どうでもええねん、そんな事よりほれ、少年……いつの間にか寝てはるやろ?」

 

 クリアが言う通り、いつの間にか麦藁帽の少年は昼寝タイムに入っていた。ご丁寧に竿まで片付けている。

 

「あぁ、だからなんや?」

「俺っちさぁ、あの麦わら帽子の下、まだ見た事無いざますのよ?」

「クリアその口調疲れへん?」

「だからちょろ~っとだけ……拝見させて貰おうぜぇぇぇヒャッハァー!」

「どうしてそんなテンション高いんやクリア?」

 

 呆れながらクリアの奇行を眺めるマサキ、どうやら彼はクリアの考えには賛同しかねるらしい。

 それならそれでいいと、クリアは寝ている麦藁帽の少年へと近づいて、

 

「むにゃ……む、あれ……?」

 

 帽子へと手を伸ばそうとしたクリアと、その気配を感じてかはたまた偶然か、目を覚ました麦藁帽の少年と目があった。

 

「……」

「……」

 

 麦藁帽の少年が起きるとは思っていなかったのだろう、突然のハプニングにクリアは固まる。少年も固まる。

 

「……な」

「な?」

「何してるんですかクリアさん!?」

「ビンタッ!?」

 

 力一杯振るわれた麦藁帽の少年の右手がクリアの左頬を捉えた。

 バチーンッ!と気持ちが良い程綺麗に決まり、麦藁帽の少年は赤面のまま思わず立ち上がっていた。

 

「お、親父にも……」

「……で、ク、クリアさんは一体何をしようとしてたんですか?」

「ぶ、ぶたれた事……あ、やっぱあったわ」

「ごまかさないでください」

「……はい」

 

 あまりの迫力に思わずたじろいでしまうクリア、一方の麦藁帽の少年はジト目でクリアに詰め寄る。

 

「いやぁ、ちょっとその麦わら帽子の中を拝見しよっかなー的な?」

「え!?」

 

 ニヘラと笑って麦藁帽の少年の麦わら帽子を指差してクリアが笑う。

 麦藁帽の少年はそんなクリアの仕草に咄嗟に帽子をかばう様に手で押さえた。

 

「なぁー少年、なーんか寝る時もご飯食べる時もその帽子被ってるけどさ……中に何か見られたく無いものでもあるの?」

「っう……」

 

 ギクリと肩を震わせる麦藁帽の少年の態度に、クリアの中の嗜虐心が刺激される。

 

「なーんでかなーなーんでかなー? なーんで君はそんなに必死に帽子を押さえてるのかなー?」

「うっ、こ、この帽子の事はあきらめてください!」

「そぉ言われると、見たくなるのが人間心!」

「ひやっ!?」

 

 とうとうクリアの手が麦わら帽子を掴んだ。

 

「やっ、離して!」

「だが断る!」

 

 目尻に小さな涙を溜めて懇願する少年だが、むしろクリアはその姿すら楽しんでる様に見える。

 あぁ俺ってばこんな趣味もあったんだなぁ、とどこか遠い所から自身の蛮行を自己分析するクリアだが、その蛮行を止める気配は到底見えない。

 

「や、だ!」

「良いではないかー良いでは無いかー」

 

 傍目に見ればただの漫才だが、麦藁帽の少年の方は本気で嫌がっている。

 クリアが腕に込める力は除々に強まってゆく。

 

「お、おいクリア、その子も嫌がってるようやしもうその辺で……」

 

 なのでマサキが二人の間に仲裁に入ろうとし、ピカに至っては電気袋に電気を溜め始め、Pはやれやれといった感じに両手を挙げていた。

 ――その時だった。

 

 

 

「危ねぇ!」

 

 叫んで、クリアは麦わら帽子から手を離すとすぐにマサキと麦藁帽の少年を庇う様に押し倒す。

 次いで虹色に光る光線が三人がいた付近に直撃する。

 

「な、何が?」

 

 麦藁帽の少年が呟き気味に体を起こしてその場所を見る。

 そこにあったのは氷の世界、光線が当たった場所は完全に凍りきっていた。

 

(このパワーと、明らかに俺達に向けての攻撃、いや挑発か?…となるとこれは……)

 

 敵襲。

 そう判断したクリアはすぐに動く。

 まず初めに、クリアはポケモンバトルでは負けなしだった。

 特訓の成果か電気技が使えなくてもPは十分強かったし、Vもそれに負けてない、そしてエースはその二匹の倍は強かった。

 が、それでもやはりレベル差はあるし、百戦やって百勝出来る者等そうそういない。

 勿論、クリアの様な田舎で時たま表れるトレーナーと戦う程度の様な初心者等論外である。

 ――では何故負け知らずなのか?それは――、

 

「三十六系逃げるに如かずってねぃ!逃げるぞ二人共!」

「ちょ、クリアさん!?」

「クリア!?」

 

 突然の逃亡宣言に麦藁帽の少年とマサキは目を丸くして驚く、がクリアからしてみればむしろそんな二人の態度の方が不思議だった。

 

(今の"オーロラビーム"で分かるがこの攻撃の主、滅茶苦茶強ぇじゃねぇか畜生!そんな相手とまともにやって勝てる訳ねぇよ!)

 

 心中そう呟いて二人を連れて急いで逃げようとする――が、

 

「あら、どこへ逃げようというのかしら?」

「ッチ!」

 

 どこからか聞こえてきた声にクリアは小さく舌打ちする。

 直後、今度は激しい寒風がクリア達を襲った。

 今の寒風は十中八九"ふぶき"攻撃だ、クリアがそう判断する前に"ふぶき"はピカとPへと直撃し、二匹の体力を奪う。

 

「……戻れP!」

 

 すかさずクリアはPをモンスターボールに戻した。

 まだPには余力は残っていた――が、クリアからしてみれば、相手のポケモンとの力量差から考えて今のPじゃ太刀打ち出来ない――つまり足手まといと考えての事だ。

 

「おい麦わら! テメェも早くピカ戻しやがれ!」

「それは許さないわ!」

 

 クリアの声に答えたのは麦藁帽の少年では無く相手の方、しかし今度こそ声の発せられている場所が分かりクリアは視線を上へと上げる。

 同時に吹雪が止み、凍りついた森の中で顔を上げたクリア達の視線の先には一人の女性がいた。その傍らにはポケモン"ジュゴン"の姿も見える。

 メガネをかけた年上の女性で、その表情は氷の様にも思えた。

 

「どこの誰かは知らないが、どうやらピカが狙いの様だな」

「えぇそうよ、あまり手は煩らいたくないの、よければ貴方の手から渡して貰えないかしら」

「だが断る!……あ、やべつい反射的に」

「そ、まぁ当然そう言うと思ってたわ」

「いやちょっとお姉さん? え、マジで戦う感じ?マジで?」

「ふふっ、見せてあげるわ!"四天王"カンナの(ひょう)の力を!」

「出来りゃあノーセンキューでお願いしますよガチで!」

 

 そうは言ってもバトルは始まってしまった。

 カンナと名乗った女性は自身のジュゴンの背に乗って崖からクリア達の方へ、氷のレーンを伝って滑り降りて来る。

 

(なるほどさっきの氷の攻撃は威嚇では無くこの(レーン)作りの為の……って感心してる場合じゃない!)

 

 クリアにしては珍しく、焦りながら自身にツッコミを入れて対策を練る事にする――が、上手く考えが纏まらなかった。

 

(つーかどういう事だよ四天王って! なんで最初からクライマックスなんだよマジふざけんなよ! ゲームの最終ボス共の一人じゃねぇか!)

 

 そう、クリアがいた世界でのポケットモンスターというゲームにおける一先ずのゴールの様な存在。

 バッジ八つ集めてようやく苦戦出来るというレベルの相手が今まさに全力で挑んで来ようとしているのだ、手持ち三体バッジ0、おまけに麦藁帽とマサキ(オマケ付き)――クリアは思う――『馬鹿にするにも程がある!』――と。

 

「クリアさん!」

 

 内心焦りまくりのクリアだったが、麦藁帽の少年の言葉にハッとする。

 

「……少年」

「来ますよクリアさん! ドドすけ!」

 

 そして麦藁帽の少年がドードーを繰り出した。

 

「バッ! そんなポケモンでどうしようと……」

「こうします!」

 

 麦藁帽の少年が予め命じていたのだろう、ドドすけと呼ばれたドードーは周囲の氷の一部をその(くちばし)でどんどん削っていって、ある程度の大きさに削り終わると麦藁帽の少年が右手人差し指で合図を挙げた。

 その合図を切欠に、ドドすけが削り取った氷の塊を防壁の様にクリア達とカンナとの間に押し上げる。

 

「くっ、無駄よ!」

 

 だがその防壁はすぐにカンナのジュゴンによって砕かれる。

 そしてカンナはその下にいるはずのクリア達を見定めようとするが、

 

「……消えた、か」

 

 そこにはもう、クリア達の姿は無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

「全く、今日はなんちゅう日や!?」

 

 先程までクリア達がいた川辺よりそう遠くない洞窟の中にクリア達は非難していた。

 中ではマサキが肩で息をしながら真っ青な顔でそう呟き、麦藁帽の少年とマサキが自然の流れで先程のカンナの強襲はレッドへの挑戦状が四天王からのものだったと推測する。

 

 そして直後、麦藁帽の少年がピカを抱き寄せたと思うと、先の戦いで負ったピカの傷が見る見るうちに回復していった。

 その様子にマサキは唖然とする。

 

「な、今の!?……き、君は……」

「まだ説明していませんでしたけど、ボク達はレッドさんを探す役目をオーキド博士から言い付かってきたんです」

 

 先の現象の事については一切触れず、とりあえずの正体だけ麦藁帽の少年はマサキにそう説明した。

 その説明でマサキも何故レッドのピカがこの場にいて、この麦藁帽の少年と一緒にいるのかを理解した様子だった。

 

「……クリアさん?」

 

 そこでふと麦藁帽の少年は先程から全くの無言を決め込んでいるクリアへと声を掛けた。

 彼等がクリアとこの洞窟までたどり着くまでも、たどり着いてからも彼は終始無言だった。

 その様子にどこか心配した様に麦藁帽の少年は、

 

「どうしました? まさかさっきの時にどこか怪我して!?」

「………いや、大丈夫」

 

 きちんと返事をして、見た所怪我も無かった様なので麦藁帽の少年は一先ず安堵する。

 

「それと……さっきはすまなかった」

「え? えぇと、帽子を盗ろうとした事なら別にもういいですけど?」

 

 そう答えた麦藁帽の少年に、フッと笑みを浮かべてクリアは答えた。

 普段からコロコロと表情を変えるクリアだったが、今の様な冷たい表情を麦藁帽の少年は一度も見た事が無かった、だからこそ彼は彼の事を余計に心配に思うのだろう。

 

「……な、なぁそんな事より、なんか聞こえへんか?」

 

 マサキの言葉に麦藁帽の少年も周囲へと警戒の眼を向ける。

 クリアも無言のままだが別方向へと視線を向けた。

 三人が無言になってみると、確かに何か不自然な音が洞窟内に響いていた。

 まるで工事現場にでもいる様な地響き、そして次の瞬間、

 

「のわッ!?」

 

 マサキが飛び退き、直後先程までマサキがいた場所に大きめの(スピア)が降ってくる。

 麦藁帽の少年とマサキはそれを敵からの攻撃、そして自身達の居場所がすでに割れていると感じ取って洞窟外へ逃げようと試みるが、

 

「で、出口!……ふ、ふせがれた…!?」

 

 恐らくカンナの手によって攻撃が加えられたのだろう。

 いくつもの氷の塊によって洞窟はほぼ完全に密閉される。

 オマケに、カンナの氷ポケモンの攻撃の影響か洞窟内に次第に冷気が漂い始める。

 

「寒っ、な、なぁいつまでもこんな所おれへんやろ、さっきのドードーのパワーであの入り口の氷を突き破る事は出けへんやろうか?」

「出来るでしょうね、でも恐らく……出た途端さっきのミサイルで狙い撃ちされます」

「っな、じゃ、じゃあどうすればいいんやぁ~!?」

 

 洞窟内に入れば冷気で駄目になるか、もしくはカンナによって洞窟を破壊され生き埋めにされるかもしれない。

 しかし入り口から氷を砕いて出てしまえば途端にミサイルの餌食にされる。

 

 

 まさに八方塞なこの状況で、クリアは一人地面に向かってぶつぶつと呟いていた。

 

「……お、おいクリア、お前も一緒に対策を考え……」

「……対策なら、考えた」

「なんやて!?」

「え!?」

 

 平然とした様子でそう答えたクリアに麦藁帽の少年もマサキも驚きを隠せずにいる。

 そんな二人を気にする様子も無く、クリアは一体のポケモンをボールから出す。

 

「……リザード」

 

 出てくるのは色違いのリザード、荒々しい尻尾の炎と気難しい性格のクリアの手持ちポケモンの中で一番の強さのポケモンだ。

 

「っな!? こ、このリザード色が違うで!」

「うん、クリアさんのリザードは色違いのリザードなんだよ」

 

 驚くマサキに麦藁帽の少年がそう説明した。

 普段のマサキならここは是が非でもリザードに飛びつきたい気持ちなのだろうが、今は非常時、どうにか衝動を押さえ込む。

 

「……よし、二人共、少し下がって」

「な、何する気ですか?」

「……氷を壊す」

「わ、わい等の話聞いてたのかクリア!? 今入り口から出ればミサイルの餌食やで!」

「……聞いてたよ、リザード"ひのこ"」

 

 マサキの制止も聞かず、クリアはリザードに命令を出し、リザードも命令を実行する。

 リザードの"ひのこ"は見事氷の塊に当たり、氷を瞬時に溶かし水蒸気を作り出す。

 

「水蒸気? いや、でもそれあんま意味無いやろ?」

 

 マサキの言う通りだ。いくら水蒸気を作ったからって、入り口は一つしか無い、水蒸気の中から出た瞬間、そこにあるのはやはり死だ。

 その事はクリアには分かっていた、水蒸気なんて何の意味も無い、ただの作戦の副産物に過ぎない。

 クリアは一人、その水蒸気の中へと歩を進めた。

 

 

 

「入り口の氷を壊してきたのね、でも残念、姿が見えたその時この"れいとうビーム"と"とげキャノン"の合わせ技で葬ってあげるわ」

 

 呟くカンナだが、一向に誰も洞窟から姿を見せなかった。

 不審の思うカンナだったが、その絶好の射程場所から迂闊に動く事も出来ず、仕方なく成行きを眺める。

 やがて水蒸気が晴れ、そこには一人の少年、クリアのみが立っていた。

 

「……あんたの負けだ、四天王のカンナ」

 

 水蒸気が晴れ姿を見せて早々、クリアはそう彼女に宣言する。

 

「……ふ、フハハハハ! 何を言ってるのかしら貴方は? 今この状況で私の負けですって?」

「……あぁそうだ、今すぐ降参しろ」

「何を根拠に! パルシェン、ジュゴン!」

「根拠ならアンタの足元だ!」

 

 急に声を張り上げたクリアに一瞬だけ気押されて、カンナはゆっくりと足元を見る。

 

「何!?」

 

 同時に驚きの声を上げる。

 そこにあったのは二つのモンスターボール、そして、

 

「ディグダ!?」

 

 そう、二匹の野生のディグダがいつの間にかカンナの足元にいたのだ。

 そしてボールの開閉スイッチが地面の凸凹部分に偶然、否そうなる様に仕向けられたボールは開き、中から二匹のポケモン、クリアのPとVの二匹を外に出す。

 パルシェンとジュゴンもかなりの力量(レベル)のポケモンだが、しかしトレーナーに牙を向けられたとなると話は別だ。

 それもゼロ距離で、例えるなら人質の喉下にナイフを突きつけられた状況である。

 

「……い、いつの間に」

「ついさっき、そのディグダ達に俺のモンスターボールを運んでもらったんだ」

 

 何でも無い事の様に言うクリア、その後ろからはゆっくりとマサキと麦藁帽の少年が洞窟から出てくる。

 

「クッ!」

「おっと動くなよ、もうその二匹には命令している、もし何か妙な素振りをすればすかさず"スピードスター"と"10まんボルト"を撃つように、ってな」

「……え?」

 

 麦藁帽の少年が驚くのも無理は無い、クリアのPは電気技が使えないピカチュウでイーブイに至ってはまだスピードスターを覚えていないのだ。

 その事を知ってる麦藁帽の少年は横目でクリアへと目配せする、するとクリアはその視線に微笑で返す。

 

(クリアさんのPが電気技を使える様になったなんてボクは聞いてない……となると、まさかフェイク!?)

 

 麦藁帽の少年は思わず身震いした。

 一歩間違えれば一発で敵に逆転される様な状況、確かに相手はピカの情報は持っていてもそれを連れてるトレーナーの情報、ましてその手持ちポケモンの情報まで事前に調べてくるという確証は無い。

 ――だけど裏を返せばその可能性もあったという事だ、にも関わらずクリアは存在しない刃を相手の喉下に突き立てる様な暴挙に出た、自信に満ちた表情と共に。

 その強靭なメンタルの強さに麦藁帽の少年は思わず身震いしたのだ。

 

「ふふ、予想外だったわね、まさか貴方の様なトレーナーがいるなんて」

「……」

「所でさっきのディグダ達、いつの間にか姿が見えなくなったけどどこにいったのかしら?貴方の下に帰ってる様子も無いし」

「……あれは野生のポケモンだったから、多分住処に帰ったんだろ」

「なんですって? だったらあのディグダは野生のポケモンで、貴方はそのディグダ達を自分のポケモンの様に操ったというの?」

「……操ってなんていない、少し手伝って貰っただけだ」

「……そう、何にしろ()()()()()()()能力の様ね」

 

 興味深そうにカンナがクリアを見る。

 当然だろう、ゲットなんてせずに野生のポケモンを手持ち同然に扱ったのだ、そうなるとこのクリアという少年には手持ちポケモン野生ポケモンという概念が非常に曖昧だという事が分かる。

 ――ゲットせずとも自分の手持ちポケモンの様に野生ポケモンを扱う術――順当にクリアのこの力が成長すれば、それはきっとカンナ達四天王にとって脅威となる。

 それに加えて、

 

「そう言えばそこのレッドのピカチュウ、結構なダメージを与えたはずだけど回復してるわね、何か道具でも使ったのかしら?それともそれも貴方の力?」

「……さぁ? 気づいたら回復してた」

 

 この言葉には思わず麦藁帽の少年とマサキもずっこける。

 

「く、クリア!? 君は洞窟の中で一体何を見てたんや!?」

「……ディグダ?」

「か、完全にボク達の事は眼中に無かったんだねクリアさん…」

「ボク達……って事は治したのは少年達か?」

「ちゃうちゃう、治したのはこの麦わら君や! なんか触った瞬間ポワ~って感じに!」

「そうか……それはそうとその情報、カンナにも丸聞こえなはずだけど良かったのか?」

「……ってうわぁぁぁ!?しまったぁー!?」

 

 声量調節を全くしていなかったマサキ、失敗したと焦るがもう遅い。

 

「……そう、その少年も何か不思議な力を持ってるのね」

 

 麦藁帽の少年にカンナが視線を送り、少年もまたカンナに視線を返す。

 

「……まぁ別にいい、どの道あいつはここで始末する」

「え!?」

 

 平気でそう言ったクリアの言葉に麦藁帽の少年が反応する。

 

「な、何もそこまでしなくても……」

「……甘い、四天王というからには後三人も奴みたいな奴がいる、それに敵は今も後にも少ない方がいい」

 

 あくまでも冷静にそう言い放つクリアに、麦藁帽の少年とマサキは思わず息を呑む。

 

「ふふ、冷酷なのね貴方、以外と氷タイプに向いてるんじゃない?」

「……余計なお世話だ……もういいか?」

 

 無駄話は終わった、そう言いたげにクリアは次の命令を口に出そうとする。

 別に電気技じゃなくてもいい、PとVの物理攻撃でカンナの体を崖より下に突き落とせばいいだけの事なのだ。

 

「待って、最後に一つ聞かせてくれないかしら、貴方達の名前を」

 

 貴方――達、それは恐らくカンナは麦藁帽の少年にも聞いている。

 

「……俺は、クリアだ」

「……ボクは……」

 

 そこで麦藁帽の少年は口を噤む。

 ここまで頑なに言わないできた名、一体そこにどんな理由があるのか、クリアもマサキもあえて聞かなかった。

 きっと今回も言わないだろう、そう判断してクリアは、

 

「……こ」

「トキワグローブ……!」

 

 最後の一言を命令しようとした瞬間、ついに麦藁帽の少年がその名を口にした。

 

「ボクは、イエロー・デ・トキワグローブ!」

 

 イエロー・デ・トキワグローブ――イエローとう名を。

 その告白に一瞬だけ、辺りは静まり返る。

 その一瞬だけ、クリアは先程から続いていたまるで氷の様な表情を解いて彼、イエローを見つめた。

 ――が、それも一瞬、

 

「……じゃあ、四天王カンナ、もう覚悟は出来たな?」

 

 再び元の氷の仮面を被ってクリアは言う。

 

「待ってクリアさ……!」

 

 その質問に対して、カンナは非常にシンプルな回答を持って答えた。

 

「……えぇ、だけど覚悟が必要なのは……」

「……?」

「貴方の方よ!」

「ッ!?」

 

 カンナが叫んだ瞬間、クリアの体が宙に浮く。

 カンナの回答はただ一つの真実、反撃、むしろ"今からそうなるのはお前だ"という意思の表れ。

 

「……これは、サイコキネシス……でも一体どこから?」

「っ! あれや!!」

 

 宙に浮きながらも周囲を見回すクリアにマサキが言う、クリアもマサキが指差した方向を視認し、ようやく状況を理解する。

 そこにいたのは一匹のヤドランだった、自信の存在が気づかれた事に気づくと、ヤドランはそのままサイコキネシスで浮かべたクリアを――、

 

「っ……っが!?」

「クリア!?」

「クリアさん!?」

 

 勢いよく地面へと叩きつける。

 肺から一気に酸素が抜け一時的に呼吸困難になり、また打ち付けた背中に激痛を感じる。

 それと同時に、

 

「それとこのポケモン達も、返してあげるわ!」

 

 カンナの声が聞こえたと思った瞬間、クリアのPとVが崖から落ちてくる。

 

「P! V!」

 

 そしてそれを受け止めるイエロー。

 どうやらクリアがやられた事に気を取られた一瞬の隙をつかれたらしい、その背中にはカンナの氷ポケモンの攻撃をモロに受けた痕がある。

 

「あのヤドランはカンナの……でもいつの間に!?」

「最初からよ、私は仮にも四天王よ?」

 

 マサキの疑問に当たり前だと言う風に答えるカンナ、つまりは不測の事態にも備えて最初からヤドランを近場に待機させていた、ただそれだけの事。

 そしてそのヤドランがクリアに攻撃出来るまでの時間稼ぎとして、カンナはわざと会話を長引かせていたのだ。

 

「…っ、ドドすけ! クリアさんとPとVを安全な所へ!」

 

 再びカンナがジュゴンに乗ってやって来る、更にその後ろにはパルシェン、ヤドランに至っては確実にイエロー達は射程距離内にいた。

 だからこそ、ヤドランのサイコキネシスをモロに受けたクリア、カンナの氷ポケモンの不意打ちで傷ついたPとV、一人と二人の身を案じて唯一の移動手段たるドードーを手放そうとするイエロー――しかし、

 

「……リザァァドォ! "ひのこぉぉ"!!」

 

 かろうじて意識が残っていたのだろう、先程までの冷めた態度とは正反対に、力の限りクリアは叫んだ。

 次の瞬間、リザードの口から放たれた"ひのこ"が周囲の、カンナが先程まで洞窟内にいたクリア達を追い詰める為に気温を下げ、凍らせていた周囲の全てへと炎を振りまいた。

 そして再び、大量の水蒸気がカンナの視界を包む。

 

「っく、二度も同じ手が通用すると思わない事ね!パルシェン、"とげキャノン"! ジュゴンは"れいとうビーム"!」

 

 ある一点を狙ってカンナはパルシェンの"とげキャノン"にジュゴンの"れいとうビーム"のコーティングという合体技を放つ。

 その一点とは水蒸気が視界を覆う直前に見えた場所、余力を使い果たしたクリアが倒れたと思われる場所――。

 

(ピカに……イエローとクリア! そして今追加された標的の中で最も重要視しなければいけないのは、クリア! 彼の能力は、私達四天王の目的の邪魔になる!)

 

 最悪ピカとイエローにはこの場で逃げられても構わない、それ位の気持ちでカンナは"とげキャノン"を撃った。

 クリアの野生のポケモンすらも手玉に取る能力、それを危険視したカンナの判断は概ね正しい――イエローのもう一つの能力を知らなければ、の話だが。

 ここでカンナが犯した間違いの一つ、それはイエローにはポケモンを"癒す力"の他にポケモンの"記憶や心を知る"能力も持っていたのだ――だからこそ、ここでカンナはクリアを無視してでもピカ、もしくはイエローを狙うべきだった。

 そうしなければ、"レッド対四天王"の記憶をイエローに読み取られるのは時間の問題となり、それは四天王達にとってもマイナスとなる。

 そして、最大の間違い、それは――、

 

「……なんですって?……避けきったっていうの?あの"冷凍とげキャノン"の雨を……?」

 

 水蒸気が晴れた時、そこにはカンナの行った攻撃の跡がむざむざと残っていた。

 "とげキャノン"と"れいとうビーム"の合わせ技による攻撃だ、その威力はかなりのものとなる――が、そこにあるはずの倒れたクリアの姿等何処にも無かったのだ――。

 

 カンナの犯した最大の間違い――ーそれはクリアに対しての過小評価そのものだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ、上手く、逃げ…切れたか?」

「っ! 気づきましたか!? クリアさん! クリアさん!?」

「は、はは……うるさいよ、少年……」

「あまり喋らない方がええでクリア……なんせあの四天王のヤドランの一撃を受けたんやからな」

 

 走るドードーの上に、三人と一匹はいた。

 クリアとマサキとイエロー、そしてピカ、流石に三人は定員オーバーなのかドドすけもかなり疲弊が早い様子で、しかし走る足は止めない。

 何故彼等がどうやってカンナの攻撃から逃れられたのか――、それはあの攻撃の瞬間、パルシェンの"とげキャノン"が見えた瞬間、クリアは逃げずにむしろ仲間達を全て自分の周りへと集めたのだ。

 水蒸気のお陰でクリアの行動はカンナには見えていなかった、だからクリアの不審な行動をカンナは見逃したのだ、そしてイエローとマサキとピカを周囲に集め、ポケモンを全てボールへと戻したクリアはあの時、笑いながら"背中に隠してた"ポケモンを彼等に見せたのだ。

 

「でもまさか、あの土壇場でケーシィなんて隠し持ってたなんてなぁ~、カンナの攻撃から逃げもせず、むしろわいら全員集めた時は道連れにでもされるのかと思うたで~」

 

 やれやれといった感じのマサキだが、実際肝が冷えたのは確かだろう、ケーシィは一日十八時間は眠るポケモン、いくらクリアの能力がポケモンに手助けして貰う能力だとしても、そこはやはり強制力が落ちてしまう。

 が、しかしケーシィの図鑑の説明文にはこうもある、『眠ったままでも周りの様子を察知し、敵が近づけば"テレポート"で逃げる』――と、その能力の可能性にクリアは賭けた、そして成功したのだ。

 クリアが攻撃地点に仲間を集めたのもその為、リザードの攻撃の際にたまたまテレポートして来たケーシィを捕まえて、そして全員一緒に逃げる為の算段をクリアはあの一瞬でやってのけたのだ。

 

「それはそうと、あのケーシィはどこにいったんや?」

「……どこかに、また…テレポートしたんでしょ、きっと……」

「なんにしても運が良かったっちゅー事やな!」

「……クリアさん?」

 

 息も絶え絶えの様子のクリア、当然だ、ヤドランのサイコキネシスをその身に受けたのだから。

 だがしかし、イエローは気づいた。その様子が少しばかりおかしい事に――予想以上に苦しんでいるクリアの姿に。

 

「それはそうとここはどこやろ?」

「それは……多分、タマムシ……」

「…クリアさん!?」

 

 崩れ、ドドすけの背から落ちそうになったクリアを、イエローは間一髪で受け止め支える。

 そしてクリアの体を支えた瞬間、ぬめりとした感触に違和感を覚えたイエローはその手についた赤い液体を確認し、絶句する。

 

「なっ、どうしたんやクリア!?やっぱヤドランの攻撃が……」

「……いや」

「……イエロー? どうしたんやイエロー? クリアはどうして……」

「いやだ! クリアさん! クリアさん!」

 

 マサキの問い掛けを無視して涙目になりながら、震えながらイエローはクリアを呼ぶ。

 その尋常ならざる様子にようやく異変に気づいたマサキはイエローの手元へと目をやって、

 

「っな!? なんやその血は!?……ま、まさかそれクリアの!?」

 

 その時、クリアの腕がダラリと垂れた。

 その腕によって隠されてた、一本の氷付き"とげキャノン"、恐らく大きさからして砕けた破片の一部だろう、ケーシィがテレポートするまでの僅かな時間の間、地面に着弾し砕けた欠片がクリアの体を貫いたのだ。

 元の大きさよりも小さな欠片だが、それでも十分過ぎる程の凶器と化す、クリアの額から嫌な汗が噴出し始める。

 

「は、早く病院に連れていくんや! イエロー!」

「クリアさん! クリアさん!」

「イエロー!!」

「っ!……マサキさん……」

 

 マサキの呼びかけにようやくイエローが我を取り戻す。

 そして振り返ったその顔には、大粒の涙が浮かんでいた。

 

「ボクの、ボクの所為だ……ボクがクリアさんを止めたから、止めたりなんかしたから…だからクリアさんがこんな目に……」

「そういうのは後や後! いいから今は今すぐクリアを病院に連れていくんや!幸い場所はわいが知ってる、まずはそれからや!」

「……はい……はい!」

 

 あふれ出る涙をグッと堪えて、再びイエローは前を向いた。

 クリアはマサキが支え、ドドすけは走るスピードを速める。

 そして三人は、ゲートを全速力で突っ切って、タマムシシティへと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「油断したわ」

 

 所変わって、その頃セキエイ高原のとある場所にて一人の老婆が"円形の石で出来た何か"を磨いていた。

 そんな老婆の下へ通信を入れている人物は、つい先程までクリア達と死闘を繰り広げていた人物、カンナ。

 

「標的はピカだけじゃない、そのピカを連れてるイエローというトレーナー……そして野生のポケモンを従える能力を持つクリアという少年よ!」

「何? 野生のポケモンを従える能力じゃと!?」

「えぇ、今はまだ簡単なお願い程度を叶えて貰う程度なんでしょうけど、もしその能力が強まれば……」

「捕まえずともポケモンを意のままに操る事が出来るという訳か……フェフェフェ、それはさぞかしワタルに聞かせてみたい話じゃのう」

「……きっと激昂するわね、彼」

「アタシもそう思うがね……でも考えようによってはその能力、アタシらの目的に利用出来と思うがね?」

「……私もそう思うわ、だけど私達の理想からは大きく外れたものよ」

「……まぁそこの所はワタルに任せようじゃないか」

「……それもそうね、まずは逃げた奴等を追わなきゃいけないわね」

 

 そうして四天王のカンナと、同じく四天王のキクコの通信は切れるのであった。

 これで負傷したクリアは益々四天王に狙われる事となった――だが不幸中の幸いに、まだ全ての能力が割れていないイエローには、ピカやその癒しの能力の為追撃の手は止まないもののクリア程の猛攻は無いとも捉えられる。

 クリアとイエロー、彼等の旅は、まだまだ始まったばかりだ。

 

 




……長い、そして一気にシリアスになりやがった……。

という訳でマンボーです。早速主人公に対して批評があったのですが、主人公の性格や口調が変わりまくるのは仕様です、その内多分安定すると思います、多分。長い目で見守ってやってください。


マサキがかっこ良く見えるのは俺だけだろうか。


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五話『vsガラガラ 少年とイエロー』

 ポケットモンスターCLEARを長い間応援していただきありがとうございました、マンボー先生の次回作にご期待ください!


 

 

 イエローは一人、タマムシの郊外にいた。

 傍ではピカが彼を必死に慰めようとしてくれているが、それでイエローの自責の念が消える事は無い。

 四天王カンナと対決したあの時、イエローはカンナに確実に勝てていたクリアの邪魔をした、それは一重にクリアの行動がやり過ぎだと感じたから、そしてクリアにそんな事をして欲しくなかったから、だから例え自身の名を公表する事になっても構わなかった。

 ――だが結果、クリアはカンナの反撃で重症を負った。

 タマムシの病院に運び込まれたクリアは全治約一ヶ月、それまでは絶対に安静らしい。

 白いベッドの上、机に置かれた彼のゴーグル、そしてまるでこのまま一生目覚めないんじゃないかと思わせる程の彼の眠る顔。

 凄く仲が良い訳でも無く、ましてや昨日今日会ったばかりでイエローの嫌がる事もして来た彼だったが、そんな彼でも倒れるのを見た時、彼の眠る姿を見た時重なったのだ。

 

 ――今だ手がかりを掴めない音信不通の、憧れの人(レッド)と――。

 

「……ダメだよね、ピカ……ボクはレッドさんを助けるって決めたはずだったのに……」

 

 傍に寄りそうピカを抱き寄せイエローは呟く。

 そしてイエローは、泣きはらした顔を上げて、

 

「ボクももっと頑張らなきゃいけないよね、レッドさんを助ける為に……動けないクリアさんの分までも!」

 

 決意を新たにするイエローに、ピカも嬉しそうに鳴き声を上げた。

 イエローの精神は言う程強くは無い、だけど――だからといって弱い訳でも無い。

 彼は恩人を助ける為にここまで旅をして、これからも歩き続けなければいけないのだ、そして今度は、クリアという少年の想いを乗せて一緒に――、

 

(ごめんなさいクリアさん、今はまだ、ボクはやらなきゃいけない事があるけど……でも次に会う時に、その時必ずお詫びします)

 

 そう心に誓ってイエローがピカと共に足へ力を入れた――その時、

 

「よぉピカ、ようやく見つけたぞ!」

 

 ふたりの耳に懐かしい声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……テンプレおつ」

 

 ベッドの中で目を覚ましたクリアは反射的に呟いて上体を起こした。

 時間はもう遅く、夜空にはタマムシの街の光に阻まれながらも、いくつかの星が点々と瞬いている。

 

「いつつ……ここは病院、て事は無事逃げ切れたのか……で、あいつらは何処にいるんだ?」

 

 痛む脇腹を押さえて病室を見回す。

 痛みは一向に引かない、割り当てられた病室が個室という事もあって、クリアは自身が結構な重態であるという事をすぐに悟る。

 

(深々と刺さってたからな、まぁ死ななかった分だけマシってもん……ん?)

 

 そこでクリアは机の上に置かれたゴーグル、そしてその脇に添えられた一枚の紙を発見する。

 恐らくイエロー達からの伝言だろう、流石にここまでの重態となった自分は置いてもうレッド探しに戻ったのかもしれない、そうクリアは考えて手紙を読む。

 

 

 ――手紙は二枚あった。一枚はマサキから、用があるとの事で家に戻ると、そしてイエローもきっとレッド探しの旅を続けるだろうと。

 そしてもう一枚――、

 

「……クソッ!」

 

 その一枚を見た瞬間、クリアは怪我の事等顧みず、机の上のゴーグルを引っつかんで、引き摺る足で病室から抜け出す。

 カーテンとベッドのシーツ、その他諸々あらゆる道具を駆使して窓からクリアが抜け出した後、一陣の風が抜け殻の病室へと入り、クリアが見た手紙は机の上から風に乗り、外へと運ばれる。

 

『罠ダ、イエローが危ナイ!』

 

 そう書かれた手紙はそのまま、"不自然な風"に乗って一人の老婆の手に渡る。

 

「フェフェフェ、これで私の役目は終わりだね」

 

 手紙を手に取った老婆、キクコは呟き再び夜の街からそうして消える。

 そして壁越しにフラフラと歩くクリアに、三つの人影が忍び寄っていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、タマムシシティ中心部ではイエローとレッド――いや、偽レッドだった"理科系の男"とのバトルが続いていた。

 レッドの匂いに似せた香料とレッドの絶縁グローブ、この二つの作戦によってまんまとイエローを騙してピカを手に入れた理科系の男だったが、追いかけてきたイエローとバトルになり、お互いにポケモンを出し合っていた。

 決意を固めた矢先のこの襲撃、そこにとてつもない悔しさを感じながら、手持ちのコラッタのラッちゃん、ドードーのドドすけを出して戦うが――、

 

「ヒヒヒ……ペルシアン"いやなおと"! 続けてパラスの"キノコのほうし"をほねブーメラン"につけて……」

 

 だがしかし、理科系の男が繰り出すパラス、ペルシアン、ガラガラの三体にイエローは苦戦を強いられていた。

 自らは身を隠し、地の利と夜の闇も利用してイエローを陰から攻撃する作戦にイエローは防戦一方だったのだ。

 

「ぐ……うあぁぁぁ!ま、また"いやなおと"、これじゃ方向が分からな……わぁ!?」

 

 "いやなおと"攻撃に方向感覚を失いながらも、投げられた"ほねブーメラン"を間一髪でイエローは避ける――が、

 

「この粉は……!」

 

 気づいた時にはもう遅い、"ほねブーメラン"と共に飛んで来たパラスの"キノコのほうし"がイエローのドドすけにふりかかり、一時的にねむり状態となる。

 そしてなお、攻撃は続く。

 "ほねブーメラン"による連続攻撃に、ラッちゃんも目覚めたドドすけも既に瀕死に近い状態となっていく。

 そんな中、イエローは自身が持つ"もう三個の"モンスターボールに目をやった。

 

(……マサキさんに言われてボクが預かったクリアさんのポケモン達、この子達を使えばもしかしたら……)

 

 この状況を突破出来るかもしれない、そう考えボールに手が触れるも、そこでやはりイエローは躊躇してしまう。

 ここまで、何度もクリアのポケモン達を使うチャンスはあった、しかしイエローにはそれが出来なかったのだ。

 

(でももしまた、次はクリアさんのポケモン達をボクの所為で傷つけてしまったら……!)

 

 自分の所為で傷ついたクリアの二の舞には絶対にさせない、そうイエローは考えクリアのポケモン達に助力を頼めない。

 

(ボクはこの子達を傷つける為に連れて来たんじゃない、だからこの子達は……)

 

「……何やってんだよ、少年」

「……え?」

 

 "ほねブーメラン"の猛攻の中で一人の少年の声が聞こえた。

 その声の主は簡単に見つける事が出来た。

 その少年はボロボロの体を更にボロボロにして、そんな体でイエローの事を睨みつけていたのだ。

 

(あぁ、やっぱり怒ってるよね、クリアさん……)

 

「おい少年返事しろよ!何やってるかって聞いてんだ!」

「……クリア、さん……」

「早く俺のポケモンを出して応戦しやがれ! テメェは何の為に俺のポケモン達を連れて来たんだ!?」

「……え?」

 

 責められると思ってた、怒られて当然だと思っていたのだ。

 そんな中、クリアは勝手にポケモンを持ち出した事も、そもそも怪我の事を一切口には出さなかった。

 

「ッ、クリアさん!? ダメだよ今来ちゃ……あぅ!?」

「ッチ、ガラガラの"ほねブーメラン"か……いやトレーナーの事は奴等に任せよう……そんな事より少年!」

「……クリア、さん…?」

 

 攻撃の中、フラフラの状況にも関わらずクリアはとうとうイエローの目の前までやって来た。

 イエローもイエローで今にも倒れそうだが、それでも今のクリアよりは幾分かマシなはずだ。

 

「……正直、すまなかったよ、少年」

「え?」

 

 突然の事にイエローは頭の処理がついていかなくなる。

 クリアが倒れてからずっと自分を責めていた自分に、真っ先に謝ろうと思っていた相手に頭を下げられたのだ。

 それは動揺してもおかしく無いだろう。

 

「な、何でクリアさんが謝るんですか!?」

「正直俺、お前の事馬鹿にしてた、旅の荷物同然に思ってた」

「……」

「だけどカンナが襲ってきた時さ、テンパる俺を助けてくれたのは少年だった、お前がドドすけで一時的に時間稼ぎをしてくれなかったら今頃俺はここにいないかもしれない」

「……な、何言ってるんですかクリアさん……? それを言うなら、カンナに勝てるチャンスを、精一杯時間を引っ張って勝てるチャンスを無くしたのはボク……なんですよ?」

 

 罪悪感に苛まれながら必死の思いでイエローはそれを口にする。

 自らの過ちを、正直今この瞬間までイエローはクリアに嫌われる事も覚悟していたのだ。

 

「あぁ、その事に関しては……ありがとう、俺を止めてくれて」

「……止めてって……」

「お陰で嫌な思いもせずに済んだし、結果こうしてみんな生きてるんだ、むしろお前のお陰だよ少年」

「なん、で……そんなボロボロになって……血、も、沢山出て……」

「……ったく、ゴチャゴチャ言うなよ少年!」

「っむが!?」

 

 弱々しい身体で、同じく傷ついたイエローをクリアは抱きしめる。

 突然の事に顔を真っ赤にして暴れ出すイエローだが、

 

「あはは、それだけ暴れれば十分元気だな少年!」

「ちょ、違っ!? ぼ、ボクは……ってクリアさん!?」

 

 必死に何かを言おうとしたイエローだが、瞬間急激に力を失って倒れるクリアに一瞬驚き、そして慌てて彼の容態を見る。

 

「だ、ダイジョーブ……」

「全然大丈夫そうに見えないよ! というかクリアさん今更言うけどなんで病院抜け出したの!?」

「ああ……えーと、退屈じゃん?」

「クリアさん!!」

「お、怒るなよ少年、少し怖いぞ?」

 

 イエローが怒るのも無理も無い。

 今まで心配してた少年が二人共今日突然現れた、かと思うと一方は偽者で、もう一方は死に掛けの身体を引き摺ってふざけた理由でイエローの前に現れた。

 そして溜めてた罪悪感を吐き出したらむしろ感謝されたのだ。

 挙句の果てにその所為でまた体調を悪化させるクリア、完全に自業自得である。

 

「ってあれ? いつの間にか攻撃が止んで……!?」

「気づくの遅いよ少年、結構前から止んでたぜ?」

 

 とりあえず涼しい顔で立ち上がろうとするクリアに、イエローは睨みつける攻撃を行い、クリアの動きを封じる。

 イエローの睨みつけるはクリアの精神に恐怖という形でダメージを与えたようだ、仕方なくその場に座り込み、ついでにイエローへと背をもたれる。

 

「く、クリアさん!?」

「堅い事言うなよ、言われた通り休んでんだから、それよりほら、解決したみたいだぜ?」

 

 仕方無い、といった感じに両手でクリアの両肩を支えるイエロー、その顔はどこか赤みを帯びてるが夜の街ではあまり目立たない。

 そんな二人が見つめる方向から、複数人の影――男女二人ずつ、と縄で縛られた理科系の男だった。

 

「あ、あなた達は……?」

「カントー正義のジムリーダーズ、らしいよ、子供っぽ……いややっぱいい」

 

 四方から怨念の様なものを感じて最後まで言わずにクリアは口を噤む、具体的には各ジムリーダー達から。

 

「クリアさんあの人達を知って……ってもしかしてクリアさんをここまで連れてきたのは!」

「あぁそれは違うよ少年、むしろ全力で止められたけど俺が無理してここまで来た」

「なんだやっぱりそうなんだ」

「あれ冷たい?」

 

 ちなみに態度と視線的な意味である。

 

「私はカスミ、こっちはタケシで、この人がエリカ、そしてこのお爺さんがカツラ、私達全員ジムリーダーで……そして皆レッドを心配してる貴方達の仲間よ」

 

 そう言って笑顔で握手を求めてくるカスミに応じる形でイエローも手を差し出す。

 二人はそうして握手を交わして、次にカスミはイエローに寄りかかるクリアを見て、

 

「で、アンタにはもう自己紹介したわよね、というか早く病院行きなさいよ」

「なんで俺にはみんな冷たいの?」

 

 多分自業自得である。後何だかんだで心配してくれてる辺りまだマシというものでもある。

 

「全くだ、そんなに立派な弟がいるんだから兄としてもう少しなぁ……」

「なーに言ってんだ脳みそ岩男、俺と少年は赤の他人同士、兄弟なんかじゃねぇよ」

「あら、そうだったの?私ったら完全に弟と兄の関係だと……」

「アンタの入れ知恵だったのかよお嬢様……グハッ、って血が!?」

「だ、大丈夫ですか!? クリアさん!?」

「アンタもいい加減病院に戻りなさい……」

 

 とうとう身体が震えだしたクリアに呆れる顔でカスミが言う。

 その言葉に他のジムリーダー達も頷いてクリアを追い詰めていき、

 

「……ほらクリアさん、いい加減病院に戻ろうよ」

 

 そう言われるクリアと言ったイエローは、傍から見れば(イエロー)(クリア)にも見えた。

 

 

 

 それから、その場に通りかかったグリーン――前回ポケモンリーグ準優勝者にしてレッドのライバルである彼の登場で、イエローは彼についていき修行をつけて貰うという事になった。

 イエローの手持ちはクリアの手持ちを抜かせばたったの三体、それもピカを抜かせば二匹共レベルもそう高くは無く進化もしていない、それで四天王に挑もうというのがそもそも無謀なのである。

 

「……じゃあボクは行くけど、クリアさんはちゃんと病院に戻らないとダメだよ?」

「…ぷくく、これじゃあ本当にイエローがクリアのお兄ちゃんみたいじゃない」

「そこうるさいよカスミ、俺もそろそろ限界なんだ、もうツッコミさせるな、それと少年も……言わなくてもちゃんと病院行くって、ほらこの震え!」

「そもそもどうしてこんなに元気に動き回れてるのかしら……?」

 

 エリカの疑問も尤もである。

 というかクリアは色々と限界突破し過ぎなのだ、まだ傷もちゃんと塞がっていないはずなのだ。

 

「……ってどうした少年、なんか言いたげな顔だな」

「……クリアさん、ボク名前ちゃんと名乗りましたよね?」

「……言ったな、少年」

「なのになんでまだ呼び方"少年"のままなんですか!?」

「なんだ、不満か少年?」

「凄く!」

 

 頬を膨らませつつそう言うイエローだが、マサラタウンを出た当初の彼等の関係ならば今のこの光景は絶対にありえなかっただろう。

 それ程に今のこの二人は、当初に比べ遥かにお互いがお互いを信頼しているという事なのだ。

 

「そうか、いいよ、別に"イエロー"って呼んでも、俺の事呼び捨てで呼んでくれたらね」

「……はい?」

「後敬語もいらないな、年もそう違わないんだし……まぁ少年は小っちゃいから見た目分かんないけど……」

「今ボソッと失礼な事呟きませんでした?」

「そんな事無いさ、で、どする?」

「……」

「……?」

「……考えておく事にします」

「あっそ、じゃあそれとは別に、エースとVのモンスターボールを渡してくれ」

「あれ、Pは?」

「お前に預けるよ、ピカも喜ぶだろうしな」

 

 そう言ってクリアは笑ってエースとVのモンスターボールをイエローから受け取る。

 ちなみにイエローはカスミとタケシからゴローンとオムスターのモンスターボールも受け取っている、これでイエローの持ちポケモンは計五体となった。

 

「……そろそろ行くぞ」

「あ、はい、グリーンさん!」

 

 話の終わる頃合を見計らってグリーンのリザードンが飛び立つ。

 その背にグリーンと共に乗ったイエローは小さくなっていくジムリーダー達、そしてクリアの姿をその目に焼き付けて、そして前を向いた。

 理科系の男程度にあそこまで苦戦する様では、四天王には到底勝てない、その事をよく自覚した上で、イエローは新たに"強くなる"と誓って空へと飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

「大丈夫だって、もうイエローもいなくなった事だし、ポケモンも一緒だしな、しばらくは病院で大人しくしてるって」

「しばらくは……ね」

「大丈夫よカスミ、時々彼がちゃんと療養してるか私が監視しておくわ」

「あれおかしいな、何か病院が、牢屋に、思えてきたよ?」

「……諦めろクリア、大丈夫、レッドの事は俺達に任せるんだ」

 

 安易に"諦めろ"と遠まわしにタケシに言われて、見送られながらクリアは病院へと入っていく。

 もう暗くなった病院の中、それを見届けてからジムリーダー達は皆散り散りに解散していって。

 

 

 

「そ……ろ、そろ、かな」

 

 それを完全に見届けてから、クリアは再び外へと出る。

 震える身体を必死に抱きしめながら、刻一刻と近づいて来る"終わりの時"へと精一杯の抵抗を見せる。

 

(……あの時)

 

 ジムリーダー達と会うほんのちょっと前、一度だけ、彼はゴーストというポケモンに会った。

 一目で刺客と分かったクリアだったが、逃げようとするクリアをゴーストは一度だけ舐めて、そしてどこかへと消えていったのだ。

 その時はまだ何とも無かったが、じょじょにその真意がクリアには分かってきた。

 少しずつ強まる震え、今ではもう吹雪の様な悪寒が全身を駆け巡っている。

 

(くそ、なんで図鑑の説明を今頃になって思い出すのかな……)

 

 少しずつ光が小さくなっていく瞳を前へと向けて、クリアはタマムシを抜け、ふらつく足で、震える身体で目的も無く彷徨う。

 "なめられると命を吸われる。体が震えて止まらなくなりやがては死に至るという"――確かに図鑑の説明でそんな説明がゴーストにはあった気がする、それを思い出したクリアはこれでようやく敵の正体を掴んだ。

 

(ゴーストに、四天王……さてはカントーの四天王、キクコだな、ゲーム通りなら)

 

 分かった所で何が変わるという訳でも無かったが――。

 やはりカンナとの戦いは四天王全体に伝わっていたらしい、クリアの能力を危険視した四天王はクリアの命を完全に絶つ為の行動に出たのだ。

 わざとイエローの危機を知らせる事で、対処の出来る病院から抜け出させ、最早手遅れになるという状態になるまで弱らせる。

 もう自分は助からない、それが分かったからこそ、クリアは病院から抜け出し、人気の無い場所へと彷徨い歩いているのだ。

 

「……もう、この辺で……い、い、かなぁ……」

 

 最早その命は風前の灯である。

 そんな状態で彼は、自身のポケモンであるエースとVを外に出す。

 暗闇の中エースの尻尾の炎が周囲を照らす、どうやら彷徨い歩いてクリアは小さな森の中に行き着いたらしい。

 トキワの森程広大じゃ無いにしろ、こんな静かな森の中でなら――、そんな思いがクリアの心中に渦巻く。

 

「俺は、もう……から……よく、聞け…よ……」

 

 震える声を絞り出す。

 コテン、と力無くクリアはその場に倒れる。

 

「エース…V……お前等は……もう、自由……Pは……"イエロー"の、とこ……やりたい…よ…にやれ」

 

 そして彼の眼から、まるで蝋燭が風に揺らされ消える様に、

 

「……はぁ、結局……帰れなかっ……」

 

 光が消えた。

 

 




………
……


すいませんエイプリルフールです、フールって名前かっこいいですよね……はいすいません、愚か者は自分でした。
というかこれで終わったら酷いバッドエンド過ぎる……。

ってな訳で、いつ終わるか分かりませんが当作品、これからもよろしくお願い致します。マンボーでした。




よし、そろそろお気に入りポケのカモネギでも出そうかな――。

追記:そう言えば今日は二日か……まぁいいか。


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六話『vsオニドリル 新たなる仲間達』

 

 

 そこはカントーのとある島、地図に無い島、スオウ島。

 その島の一角にて、二人の人物が顔を突き合わせていた。

 一人はゴーストを傍に浮かべる老婆、キクコ。

 そしてもう一方はドラゴン使いと名高い四天王の将――。

 

「で、その例のトレーナーというのは本当に始末出来たのか?」

「フェフェフェ、アタシのゴーストが確実に仕留めたよ、その様子をアタシも見てたからね、間違いないよ」

「ふん、ただの人間の分際で大業な能力を持った罰だな、いやむしろこれから起こる戦いに巻き込まれずに済んで良かったのかもな」

「全くだねぇ、後は八つ目のバッジさえ手に入れば……まぁそれも時間の問題だがね、のうワタル」

 

 ワタルと呼ばれた男は返事も無しに振り返る、その様子を見たキクコは、

 

「……早速出かけるのかえ?」

「あぁ、クチバへ行って来る」

 

 それだけ言って数歩歩を進め、一度だけ彼は立ち止まり、振り返らずにキクコへと質問する。

 その質問にキクコは笑いながらこう答えた。

 

「計画は順調に進んでいる様だな……例の少年、そう言えばまだ名を聞いて無かったな」

「今更覚えた所で得等無い事じゃないだろうが……"クリア"……もう死人の名じゃがね」

 

 その事をまだ、イエローは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 イエローとクリアが別れて数日が経った。

 イエローはグリーンの元ポケモン修行に励み、見事(?)キャタピーのピーすけをゲットし、またバトルの腕前もグリーンが認める程には伸ばし、ポケモンに関する知識等もレッドの図鑑を使ってどうにかつけてきていた。

 他にもジムリーダー達もレッド捜索に力を注ぎ、またやはり病院からいなくなったクリアへ激昂する者数名。

 マサキは自宅に侵入してきた、イエローをこの旅に送り出した張本人であるブルーと合流し、別ルートからレッドを追う。

 

 それぞれがレッド捜索を続ける中、誰一人として病院から消えたクリアの身を案じる者はいなかった。

 まず一番にクリアの身を心配しそうなイエローとマサキの両名はこのクリア消失の事実を知らず、ジムリーダー達も彼の"演技"にすっかりと騙され、まぁ生きてはいるだろう、と心のどこかで思っていた。

 

 

 

 だが確かにあの夜、イエローとクリアが別れた夜にクリアは死んだ――。

 

 

 

 息絶えて、そのまま死ぬはずだった――。

 虹色のポケモンが現れなければ――。

 

 

 

 あの日の夜。

 

(……なんだろう、急に身体が軽くなったな)

 

 先程まで彼を苦しめていた身が凍える程の震えも、焼け付く様な痛みも消えていた。

 まるで暖かな水の中にいる様な心地のいい感覚に、クリアは思わず目を細める。

 どこまでも気持ちの良い空間、時間が続く。

 それまでの苦労全てがまるで夢だったかの様な、次に目が覚めたらまた悪夢の様な高校生活(げんじつ)が始まる様な予感すらした。

 

(そうだよな、いきなりポケモンの世界にトリップなんて、漫画の見すぎだよな)

 

 次第に薄れゆく意識の中で、クリアは抵抗せずにその"見えない力"に身をゆだねる。

 今はただ、楽にしたかった、次に目が覚めるその時まで、どこまでも続くその平穏の中にいたかったのだ。

 

 その時だった。

 どこかから彼を呼ぶ声が聞こえ、彼は瞑りかけていた目を薄っすらと開く。

 

(なんだ、声……?……いいよ、後少し、少しだけ眠ったら起きるから……それまでは、今だけは……)

 

 声の主の判断なんて出来ない位の"二つの"小さな声、いや出来たとしても今のクリアならどうでもいいと一蹴するだろう。

 聞こえ続ける声を無視していると、その声も次第に弱まっていく。

 そこでようやく、眠りにつける、眠りにつこうとした時だった。

 

(……な、なんだ! 何が起こって!?)

 

 今度こそクリアは目を見開いた。

 クリアの周囲を炎が燃え上がったのだ。

 

(なんだよこの夢! ふざけやがって人がせっかく眠ろうとした時に……眠ろうと? 俺はどうして眠ろうとしたんだ……?)

 

 瞬間、それまでの旅の記憶が彼の心の中に蘇ってくる。

 塞き止められた記憶の濁流は、ほとんど透明となったクリアの心、魂に再び色をつけていく。

 普通の高校生活の記憶、一度途切れ、そしてマサキやオーキド博士、ジムリーダー達、そして――、

 

(……そうだな……"イエロー"、俺達まだレッド助けてないよな)

 

 僅かながら一緒に旅した、しかし遠い世界で"一人"だったクリアがその世界で一番親しくなった友人の姿が目の前に浮かんだ。

 小さな外見と女の子の様な華奢な身体、そんな一見頼りなくて、だけど凄く頼りになる友人の黄色が、彼の魂を満たしていく。

 

(それに、一度博士と約束しちまったし、そして……)

 

 旅の途中、イエローから特別に聞いた話を思い出す。

 彼が始めてポケモンをゲット出来た時の事を、レッドの事を"憧れの人"と慕っている彼の事を。

 

(確かあの時は俺があまりにもしつこく聞いたから渋々にって感じだったよなぁ、イエローの奴……)

 

 当時の風景が頭に蘇って思わず苦笑を漏らす。

 そして、次からはもう少し優しくしてやるか、等と呑気に彼は考え再び苦笑する。

 

(……それにしても、この炎も、凄く暖かそうだ……)

 

 もう完全に自分を取り戻したクリアは、目の前で煌々と燃え盛る炎を見つめた。

 動物としての本能ならば炎を見たらまず警戒の色を出さなければいけないのだろうが、今は凄くこの炎が暖かそうに思えたのだ。

 先までのゆだねる様な安らぎでは無く、もう一度立ち上がろうと思わせる奮い。

 

(よし!)

 

 躊躇は無かった。この炎で、彼はもう一度立ち上がれる気がした。

 だから彼は、炎の中へ飛び込んだのである。

 そして彼は、そこで大きな虹色の鳥のシルエットを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めた時、そこには黒い学生服なんて無かった。

 机も無ければ漫画も無い、部屋も無いし、ましてやそこは自宅なんかじゃ無かった。

 あったのは周囲に大量の木、小さな川、そこはどこかの小さな森の中。

 

(そして何故かネギ……ネギに包まれてる、何気臭い)

 

 布団の代わりにネギ、毛布の代わりにネギ、一体どういう事だか彼自身分からず仕舞いだった。

 ただ分かる事もある。

 ――それは、

 

「なんだよ、せっかく自由だったのに、残っちまったのかよ」

 

 一匹のポケモンは彼に泣き付いていた、フワフワの尻尾が大きく揺れる。

 一匹のポケモンは彼にそっぽを向いていた、大きな炎がゆらゆらと燃えるオレンジの尻尾、その尻尾は心なしかいつもより大きく動いていた。

 

「おはよう……V、エース」

 

 Vは嬉しそうに高らかに、エースはぶっきらぼうに微笑を浮かべて、しかし確かに二匹は一人の声に答えたのだった。

 

 

 

「……にしても、なんなんだよこのネギ、新手の嫌がらせ? というか今気づいたけどこのピンク色の尻尾は何? なんか口の中が妙に甘ったるい気がするし……」

 

 謎だ、と呟く彼の裾をエースが引っ張った。

 

「珍しいなエースからコンタクトを取るなんて、どうした一匹狼気取り?」

 

 適当に答えながらエースが指差した方向を見る。

 するとそこには二匹のポケモンがいた、一匹は一本のネギを持った鳥、もう一匹は何も考えてなさそうな顔のピンク色。

 

「へぇ、カモネギとヤドンか……って事はこのネギまさか!?」

 

 一度先のネギ地獄を振り返り、次にカモネギの方を見る。

 するとカモネギは、どうだい元気になったかい?、的な感じにカモネギが大きな翼でネギを持って一度鳴いた。

 

「……どういたしまして、かな」

 

 とりあえず礼は言っておく、これまで色々な人に助けられてきたクリアだが、まさか野生ポケモンに命を救って貰うなんて思わなかっただろう。

 彼自身、驚きを隠せないでいた。

 そして次にカモネギは相方らしきヤドンを強引にクリアの下に引っ張ってくる。

 

「なんだカモネギ、そのヤドンも俺に何かしてくれたのかああええええええええ!?」

 

 クリアが驚くのも無理は無い。

 クリアが喋っていた瞬間、というか彼が驚いたまさにその瞬間、いきなりカモネギがヤドンの尻尾をそのネギ(図鑑にはクワと書いてあるがあれはネギだろう)でぶった切ったのだ。

 

「おいおいおい!? 何いきなり"いあいぎり"なんてやっちゃってんのこのカモネ……はっ!? まさかさっきのピンクの塊はヤドンの!?」

 

 そして追い討ちをかけるが如く、驚くクリアにカモネギが笑顔でヤドンの尻尾を手渡してくる。

 

「いやいやいやとても申し訳無さ過ぎて食えねぇよそんなもん! 何が楽しくて命の恩……ポケ? の尻尾を食わなきゃいけねぇんだ!? 俺は別にサディストじゃねぇよ!」

 

 ちなみにイエローいじって楽しんでいたという前科があったりする。

 

「というか何か当たり前みたいに尻尾切られてるけど痛くない? 痛くないのヤドンさん!?」

 

 とうとう"さん付け"である、野生のポケモンに。

 そしてクリアに問いかけられたヤドンはというといつも通りボーっとしたまま、十秒程が過ぎてから――、タラリと小さな雫を瞳から零した。

 

「結構痛がってるじゃねぇか!!」

 

 フギャ!?っとクリアにド突かれてカモネギが小さな悲鳴を漏らす。

 そんなクリアの肩を、相変わらずボーとしたままヤドンは叩いて、

 

「……ヤドンさん……」

 

 何も言わずに尻尾を差し出してくるその姿に、クリアは一人涙したという――。

 

 

 

「じゃあ改めて、ありがとうございましたヤドンさん……ついでにカモネギ」

「!?」

 

 ガーン!と効果音がつきそうな程にあからさまにショックを受けるカモネギの肩を、エースが無言で叩く。

 クリアがいない眠っている間、Vの事を守っていたのはこのエースでもある、何気に面倒見はいいのかもしれない。

 

「冗談冗談、ちゃんと感謝してるさカモネギ」

 

 そう言ってカモネギの肩(?)をポンと叩いたクリアに、今度こそ元気よく返事をするカモネギ、満足気に頷くクリア。

 そしてとりあえずの礼も済んだ所で、クリアは目を細めて、

 

「……さて、じゃあそろそろ聞くぜ?カモネギとヤドンさん、お前等どうしてそんなに"傷だらけ"な訳?」

 

 先程から気になっていた事柄についてクリアは質問する。

 そうなのだ、この二匹の野生ポケモン、どうにも生傷が多い、それもここ最近のものばかりだ。

 クリアとしては大切な命の恩ポケである、一肌や二派だ脱ぐ位の礼は感じているし、ましてや放って置くなんて選択肢は最初から存在しない。

 ――が、クリアは別にポケモンの気持ちが分かる訳では無い。

 だからこの二匹、ついでにエースとVも説明に加わるがどうにも要領を得ない、というか得ているかどうかすら分からないのである。ぶっちゃけお手上げ状態だ。

 そこでとりあえずジェスチャーでもして貰うか、そう思ってクリアが考えを口にしようとした時だった。

 

 バッ! とその場にいた三匹のポケモンが同時に空を仰ぐ。

 ――少し遅れてヤドンも空を見る。

 

「……あれは、オニドリルか……」

 

 そこにいたのはオニドリル、しかも何か凄く悪い顔してる、具体的にどこが悪いかというと目付きが凄く怖い、どこかの誰かさんのようである。

 そしてそのどこかの誰かさんは、

 

「……なんだオニドリルか、楽勝だな、カモネギ、指示は俺が出すからスパッと飛んでやっつけて来てくれ」

 

 欠伸でもしながらそう言うクリアだが、一方のカモネギは焦りながらクリアに何かを伝えてくる。

 しかし何度も記述する通り、クリアにはポケモンの言葉も気持ちも分からない。

 

「……分かった、お前"飛べない"んだな?」

 

 ――分からないはずだが、クリアの言葉に嬉しそうにカモネギは首を縦に降った。

 ちなみにこのカモネギが飛べない理由は唯一つ、まだ幼い頃に植えつけられたトラウマがあるのだ。

 このカモネギ、スピードが自慢のポケモンでよく大空を空を切る様に飛び回っていた、がある日の事勢いあまって地面に激突してしまったのだ。

 正直まぬけな話だが、それでも当の本人は笑い話では済まない、それ以来恐怖からこのカモネギは空を飛べなくなったのである。

 ――当然、クリアはこんなエピソードは知らない。

 

「つか、そもそも簡単な推理だな、普通に考えて敵がオニドリルなら圧倒的にカモネギの傷が多くないといけないはずなんだ、ヤドンさんは空中じゃ戦えないし動きものんびりでいい的だ……なのに二匹の傷はほぼ同程度、つまりは二匹はいつも同じ場所で同じ攻撃を受けていた、水辺のポケモンと空のポケモンが同時に……そして今のこのカモネギの態度から考えて、空を飛べないって考えしか出ない訳だな」

 

 長ったらしくそう独り言を呟くクリアの様子にカモネギは首をかしげる。

 

「そうだ、まずはクールになれ、状況を分析整理しろ、敵を見ろ、味方も見ろ、戦力を冷静に分析して、最良ルートを導きだせ……!」

 

 まるで自分に言い聞かせる様にブツブツとクリアが呟く。

 だが相手もいつまでも待ってはくれない、荒くれ者のオニドリルはまずは同じ鳥ポケモンのカモネギに狙いをつけ襲い掛かってくる。

 当然カモネギも迎え撃とうと構える、エースはVを守る様にVの前に立ち塞がり、ヤドンは相変わらず能天気にお空を見上げる。

 

「……行くぜカモネギ! まずはオニドリルの初撃を横に動いてかわせ!」

 

 そしてカモネギとオニドリルが衝突する直前でクリアがカモネギに指示を出す、唐突に発せられた指示に思わず体を動かすカモネギ。

 だがそれでカモネギはしっかりとオニドリルの攻撃を避けた、驚いた様子でオニドリルはカモネギを見る。

 恐らく今までこのオニドリルの攻撃が外れた事は無かったのだろう、交わした本人のはずのカモネギですら驚いているのだ。

 トレーナーの有無、たったそれだけの切欠が、トレーナーが"つくポケモン"と"つかないポケモン"の差を圧倒的なまでに広げていく。

 

「よし、カモネギ……勝利への必勝法あるけど乗るか?」

 

 薄ら笑いを浮かべたクリアが旋回するオニドリルを睨みながらカモネギに言う。

 そしてカモネギも、その問いに元気の良い返事で返す。

 

「っしゃ! そうこなくっちゃな!……じゃあ作戦は単純だ、あのオニドリルはもうすぐここへもう一度向かって来る、そこですれ違い様に"いあいぎり"だ!」

 

 というかそれは作戦では無いのでは!?、多分今のカモネギはこんな事を思っているのかもしれない。

 旋回終わり、こちらへ迫り来るオニドリルにアタフタとしながらカモネギはオニドリルとクリア両名を何度も交互に見る。

 

「心配すんな、お前が今まで負けてた原因はその"自信の無さ"だ、お前ならあんなオニドリル一匹KO余裕だよ」

 

 そう言って元気付けるが、カモネギはまだ心配そうな目をクリアへと向ける。

 オニドリルはドンドン加速をつけながらクリア達へと迫る。

 

「……分かった、じゃあこうしよう、お前が外したら俺があのオニドリルの嘴の一撃をモロに受けてやる!」

 

 そう言ってクリアは両腕を広げてカモネギの後ろに立った。

 信じられない物を見る目でクリアを見つめるカモネギ。

 目の前まで迫ったオニドリル。

 

 そして、

 

「今だカモネギ! "いあいぎり"!」

 

 カモネギとオニドリルが交差する。

 そのワンシーンだけが、まるで壊れた映画の様に、時が止まった様に硬直する。

 そして――、一秒後、オニドリルは地面へと崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあそろそろ行くぞV、エース」

 

 オニドリルを退治して早々、クリアはその場を出て行く事にした。

 一体何日経ったのか分からなかったし、そもそもの目的、レッド捜索の進展も気になったからだ。

 そのままあの場に長居しても得る物は無い、それに、

 

(また立ち上がるって誓って、あの炎に飛び込んだんだ、いつまでもジッとしてられっかよ)

 

 夢で見た煌々とした炎、そして不思議な虹色の鳥のシルエットが薄っすらと頭の中に蘇る――が、それはとても曖昧なもので、鮮明には思い出せなかった。

 

「じゃあな、カモネギ、ヤドンさん……カモネギはその内空飛べる様になれよ」

 

 どこか寂しそうな顔をしたカモネギと、相変わらずの無表情のヤドンに最後の別れの挨拶をするクリア。

 Vもどこか寂しそうに、エースはあえて突き放す様に背中を見せる。

 そしてクリアが一歩踏み出した瞬間、

 

「……カモオォォォォォ!!」

 

 絶叫しながら、カモネギが"いあいぎり"を放った。

 パラリと、クリアの前髪の髪先が少しだけ落ちる。

 いきなりの攻撃にクリアは、怒るでも無く、驚くでも無く、怖がるのでも無く、

 

「……来るか?」

 

 最早そこに野生ポケモンと人間という垣根は存在しなかった。

 笑ってそう尋ね、何度も頷くカモネギにをゲットする為、モンスターボールを取り出そうとして――、

 

「……あー、そう言えば荷物は全部置いて来たんだったなぁ……」

 

 実はまだ入院着を着ていたという事も思い出して、クリアは嘆息した。

 そんな彼の様子を不思議そうに見つめるカモネギ、そしてついて来るでいるのか、クリアの前へと顔を出すヤドン。

 Vとエースはそんな彼のいつも通りの様子に、安心した様に笑みを零す。

 

「仕方無い、一度タマムシに取りに戻るぞエース、V……それとカモネギとヤドンさん」

 

 そんなポケモン達にその日一番の笑顔を浮かべて、クリアはポケモン達と走り出した。

 ――が、ヤドンが全く走らなかった為仕方なし歩いて向かった。

 

 




という訳で普通にクリア復活して、新パーティにヤドンとカモネギを追加、今回はカモネギが活躍しましたが次話はヤドンがヤバイです。



いい具合にブルーとクリアを絡ませる要因が出来た気がする……。


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七話『vsハクリュー 対面と再会』

実は昨日、ここまではほぼ書いてたからすぐに投稿できたのさ!


後今回チート注意、種族値何それ状態。


 

 

 その日クリアはクチバシティに来ていた。

 気が合った現仲間、カモネギとヤドンをゲットしたクリアはそのままタマムシに直行、病院の保管場所に大切に保管されていた荷物や図鑑等の貴重品を人知れず返して貰ったクリアは、特に行く当ても無いのでとりあえずとクチバに来ていたのだ。

 港町のクチバならそれなりに有益な情報も手に入るだろう、そう思っての行動だった訳だが。

 

「おーいねぎまー? ヤドンさーん?」

 

 彼は今、絶賛行方不明中のカモネギとヤドンを捜索中だった。

 ここしばらくはカモネギの"ねぎま"とヤドンの"ヤドンさん"を連れて歩いていたのだが、何故だかトラブルに巻き込まれる率が異常な事になっていたのである。

 ついこの間も結構大変な目にあって――まぁそれ相応の見返りがあった為別段気にして無かったが、今にして思えば小さなものも合わせてやはり比較的トラブルが多い。

 それもこれも、あのせっかちでいて心配性なねぎまと、のんびり屋のヤドンさんのコンビの所為だろう、とここ最近になってクリアはようやく気づいた。

 ねぎまが興味本位に何かに首を突っ込んで、ヤドンさんがそれを持ち前のマイペースっぷりで拡大させる、理想のフォーメーションである。

 

 ――ちなみに、ニックネームは何時もの如くクリアの思いつきだ。

 

 

 

「ったく、今日は何やらイベントがあって見失いやすいから離れるなよって言っておいたのにねぎまの奴……」

 

 ねぎまがいなくなればヤドンさんもいなくなる。この負の連鎖はどうにかならないものかとクリアは頭を抱えた。

 しかし頭を抱えたからって二匹が帰って来る訳じゃない、というかむしろ奴等はこういう時こそ、クリアの気持ち等知った事では無い!、と豪語するかの如く今という時代(とき)をエンジョイしてるはずなのだ。

 ――となると、行き先は大方絞れる。

 

「……"サマービーチなみのりコンテスト"、ね……というか別になみのり出来るポケモンなんて自分で捕まえるか育てればいいだけの事だろ、わざわざこんなのに頑張って出るまでも無ぇよ」

 

 切り捨てる様に言ったクリアは知らない、彼のこの世界において最も親しいのだろう人間がこのコンテストに出場してる事を。

 そして当然の様に落ちてあったりする"ひでんマシン"をちゃっかり手に入れる道具運を持つクリアは知らない、それはそう易々と手に入る物では無いという事を。

 

 

 

「……で、コンテスト会場に来て見たはいいけどさ……何やってんだあいつら……?」

 

 げんなりとした顔でコンテスト出場者の最後尾、ヤドンに乗ったカモネギを発見したクリアは再び頭を抱えた。

 

「面白いだろうあのポケモン達、ポケモンだけで参加させるなんてトレーナーも粋な事考えやがるね~」

「……全くですね、参加を認めたイベント関係者はちと前へ出ろやって感じですね……」

 

 本気でヤドンさんに"なみのり"を覚えさせた事を後悔するクリア。

 そんなクリアの心情とは裏腹に、観客の中にクリアの姿を発見したねぎまは、元気に羽で持ったネギをしきりに振ってくる。

 

「キャー! 何あのポケモン達可愛い~」

「わははは! いいねいいね、最高だねぇ!」

「絶対優勝しろよカモネギにヤドン~!」

 

(……なんなんだよこの街の連中は!?皆が皆頭の中がお花畑なのか!?)

 

 観客達の人気を独占する手持ちポケモンズにクリアは三度頭を抱え、面白い位に計画が破綻していく様に彼は乾いた笑いすら零す。

 というのもクリアはここ最近出来る限り隠れて動こうと努力して来たのだ。

 きっと四天王のキクコは自分を殺したと思っているだろう――そう確信しているだろう、だからこそ自分の不意打ちこそが四天王に対抗する最大の攻撃と思って今日まで息を潜めてきたのだ。

 ――尤も、息を潜めていたのはトレーナーだけだったらしいが。

 

 

 

『……ではオープニングセレモニーに移りましょう! セレモニーは賞品のハクリューによるデモンストレーションです!』

 

 司会の言葉に観客のテンションが盛り上がる。

 同時にクリアのテンションは盛り下がる。

 

「っけ、こんなイベント潰れちまえばいいんだよ……」

 

 何もかもが思った通りにいかない現状に、不貞腐れる様に言ったクリアだが、数秒後、

 

『……お、おやどうしたんでしょうか!?』

 

 事態は急変、海は荒れ、参加者達が激流に飲み込まれていく。

 

「……え?」

 

 突然のハプニングに会場は一気にパニックへ、嵐の様な異常気象に参加者達は逃げ惑い、観客達もわれ先にと走り出す。

 

「あれ、俺の所為? 俺が呟いたから? ねぇ答えてよおじさん」

「うるせー! つかお前もさっさと逃げろ!」

「……」

 

 人混みのパニックの中、通りすがりの"火事場泥棒"っぽいおっさんに話しかけるクリア。

 そしてそう言われて少し後、はぁ…、とため息をついて涙目でヤドンさんにしがみついているねぎまを助けに向かおうとした時だった。

 件のハクリューが唐突に"はかいこうせん"を放ったのだ。

 それも唯の"はかいこうせん"では無い、明らかにパワーアップした、なんらかのトレーナーによって鍛えられたポケモンの技だ。

 

(……なーんかキナ臭くなって来たな、さっさとねぎまを救出して……)

 

 それを見たクリアは、心中そう呟きながらチラリとハクリューを見た瞬間――ドキリとクリアは再度心臓が止まるかと思った。

 

(って何で四天王のワタルがこんな所にいんだよ!?)

 

 勿論声には出さない、まだ生きてる事をバレたくは無いのだ。

 というかここまでの運の無さもある意味異常だろう、彼がまだ出会っていない四天王はシバ位のものだ、よくこれでここまで生き残れたものだ――まぁ一度は死んだが。

 

 

 

「よーしねぎま、ヤドンさんボールに戻れ」

 

 どうにか四天王のワタルに気づかれる事無く二匹に近づけたクリアは、ねぎまとヤドンさんをボールに戻し、体を隠してワタルに視線を送る。

 どうやら戦闘中らしく、誰かがワタルと戦っている様子だった。

 

(よし今なら気づかれる事無く逃げれるな、というか誰だよワタルに挑戦しようなんて馬鹿野郎は……)

 

 呆れた様子で双眼鏡を取り出してその中を見つめ、そしてクリアはその目でよく知る顔の馬鹿野郎を視界に捕らえるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか! お前がイエロー・デ・トキワグローブか!」

 

 ワタルとイエローの戦いは終始イエローの劣勢だった。

 最初はワタルに相手にすらして貰えず、必死に追いかけ攻撃してみるも、イエローはハクリューに囚われてしまい、ピカはハクリューの"はかいこうせん"に直撃してしまった。

 

「ちょうどいい、あいつを連れていけばあいつらも喜ぶだろう! ま、このワタルにはどうでも良い事だがな、フッハッハッハ!」

「そ、そんな事絶対にさせるものか!」

 

 高笑いするワタルにイエローは叫ぶ。

 ピカもピカで、つい先程習得した"なみのり"を使って水上でのバトルを可能とさせているが、しかし今はイエローが人質状態となっている、

 

「フハハハ! そんな状態でどうするって言うんだ!……それともにまた何かを失うのが怖いのか!」

「何かを失う……? 何の事だ! ボクは別に何も無くしてなんていない!」

 

 そう言ったイエローに、不思議そうな顔でワタルは聞く。

 

「……ほう、まさか知らないのか?」

「だから何の事だって……」

「まさか知らなかったとはな……お前はクリアというトレーナーと親しかったと聞いていたが?」

「……クリア? どうしてそこでクリアが……」

 

 ワタルの言葉にイエローの中の何かが揺れる。

 その揺れは震えとなって声帯を伝わる。

 

「どうしてだと? それは奴が死んだからだ、まぁ手を下したのは俺では無いがな」

 

 そしてその発言は、イエローを絶望の底へと叩き落した。

 

 

 

「死……う、嘘だ!」

「嘘じゃない、なんなら証拠写真でも見せてやろうか?」

 

 ピッと一枚の写真をワタルは手放した。

 それは風に流されてイエローの手に渡る。

 

「……嘘」

 

 その写真はキクコが監視、録画していた動画の一部を映像化したもの。

 イエローが見たそれは、ゴーストに舐められて、人知れず倒れ、そして瞳の光を完全に失い、変わり果てた友人(クリア)の姿だった。

 ちなみに映像はそこで終わっていた、それ以上の監視は必要無いとキクコが判断したからだ。

 

「どうやら本当に知らなかったらしいな、ならば感謝して貰おうか、このワタルが貴様の友の凶報を知らせてやったのだからな! フーハッハッハッハ!」

「……嘘だよ」

「ハハッ……何?」

「こ、こんなのデタラメだ! クリアが、あのクリアがこんな簡単に死ぬはずが無い!」

「何を言ってるんだ貴様は? 奴とて人間だぞ、あれ程の重症を受けた上での追撃なのだ、むしろ助かっていたとしたら是非とも出てきて欲しいものだな我が前に!」

「……嘘だよ、あの後すぐに……クリアは……」

 

 写真から分かった。

 あの分かれた時と同じ入院着のまま、彼は衰弱死していた。

 もしもあの時別れなければ、そんな考えがイエローの中で生まれては消えていく。

 

「そうだ! 大方貴様等に心配を掛けたくないとかそういった理由だろう、ふん! 馬鹿な奴だ、こんな奴の為を思って行動したのだからな!」

「……そんな、クリア、クリアァ……う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ふん、泣き出すか、所詮は子供という事だな……いいだろう、そんなに会いたいなら会ってくればいいさ、ハクリュー"はかいこうせん"!」

 

 いくら旅をしたからって、その中で強くなったからといってイエローがワタルやレッド達の様な人達と比べまだ子供だという事実は変わらない。

 初めての友人の"死"、それは楔となって彼の心に打ち込まれ、強く強くイエローの心を締め付けていく。

 

 そしてハクリューの"はかいこうせん"がイエローに打ち込まれ、盾になる様にピカが海上から飛び出した。

 一緒に旅した大好きなイエローを守ろうとしての行動、だが――、

 

「ふん、そうすると思っていたぞ!」

 

 が、ハクリューは一度イエローを離し、代わりにピカを捉える。

 同時に"軌道を自由に変えられるはかいこうせん"は軌道を変え、落ちていくイエロー向かって直進する。

 クチバの街に大きなクレーターを残す程の威力を持った"はかいこうせん"がイエローへと迫り、イエロー自身も、高所から頭から水面へと迫る。

 そしてワタルが笑い、ピカが鳴いて、イエローも泣いた。

 

「……ごめんなさい、レッドさん……」

 

 ――クリア。一粒の涙が宙へと浮いて、瞬間"はいこうせん"によって一瞬で蒸発し、そしてイエローが後悔の言葉を呟いた時。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、いつまで泣いてんだよ"イエロー"」

 

 上空から一匹の黒い火龍が現れる。

 

 

 

 黒い影の背に乗った少年は、イエローを抱き捕らえた状態で太陽を背に向けて立つ。

 ワタルよりも高い高度にいる為、逆光が彼の姿を黒いシルエットにして、ワタルの認識力を惑わせる。

 

「……嘘、でしょ?」

 

 ワタルの耳に届くのは謎のシルエットの声と、イエローの声、だがシルエットの主は分からない。

 

「……ええい貴様! 誰だ、姿を見せろぉぉぉ!」

 

 その状況が気に入らなかったらしい、ワタルは怒りのままに"はかいこうせん"を謎の影に撃ち、シルエットはそれを急速に降下して避けた。

 

「本当は、姿を見せるつもりなんて無かったんだ」

「……き、貴様は……!?」

「だけど、目の前であんな光景見せられたら……」

「……何故だ、何故貴様が生きている……クリア!?」

「落ち落ち死んでもいられねぇよ!」

 

 黒いリザードンに乗ったクリアは、薄ら笑いを浮かべてワタルにそう返事を返した。

 

 

 

「本当に、クリアなの?」

 

 自分を抱きかかえる少年に、思わずそう質問をぶつけるイエロー。

 震える声で尋ねるイエローに、

 

「……あぁ、俺だぜ、イエロー」

 

 ワタルに向けて笑みとは違う、温かみのある笑顔でクリアはイエローに返した。

 まるで亡霊でも見る様な目でイエローはクリアを見つめ、ワタルも同じ様な視線をクリアへぶつける。

 そして波の音だけが辺りを支配する。

 そんな空気の中、耐え切れなくなったのか少し肩を落としながらクリアは、

 

「……なんだよお前等、俺が意を決して颯爽と登場したのに、みんながみんなノーコメント? せめて反応プリーズ?」

「……いつものクリアだ」

「うん、それどういう意味イエロー?」

 

 まだまだ驚きを隠せないといった感じのイエローだが、同時に確かな安心感も生まれていた。

 どうしてそんな感情が生まれているのか、そこまで親しい間柄だったか、なんて疑問も生まれるが、今のイエローはそんな無粋な疑問は全て心の引き出しの奥へとしまった。

 そして"黒くなったエース"の背に足を降ろすと、思い切り彼を抱きしめた。

 もう離れない様に、もう二度とさっきまで感じていた不安感を感じない為に。

 

「……ったく、しっかり捕まってろよイエロー、落ちたら大変だし……じゃあまずは、ピカの奪取といきますか」

 

 

 

 今でもワタルは目の前で起きた現象が信じられなかった。

 確かに死んだと思っていた、証拠も上がっている人間が、イエローを助け、あまつさえ今から自分に対して牙をむこうとしている。

 俄には信じられない現実だが、クリアの一言でワタルはスイッチを切り替える。

 

「……ふ」

 

 ワタルに対して、最強のドラゴン使いに対して牙をむこうとする亡霊を再び地獄へ追い返すべく。

 

「フハハハハ!! いいだろう亡霊! ならば再度、貴様を地獄へと送ってやろう! このドラゴン使いのワタルが!」

「あぁいいぜ、来いよ、手持ちもそのハクリューだけじゃ無いだろ?」

「ふっ、亡霊如きこのハクリューだけで十分だ、何にしても今オレの手持ちはこいつだけだしな!」

「そ、なら俺も、こいつ一体で十分だな」

 

 言ってクリアは一体のポケモンを出す。

 だがそのポケモンをワタルが見た瞬間、

 

「……貴様、このオレを"なめて"いるのか!?」

「あー今その言葉俺に対しては禁句だぜ四天王、つーか俺なりにもそれなりの敬意は払ったつもりなんだがな」

「そんな間抜けそうなヤドン一匹でか!? 冗談も休み休み言え!」

「……ほう? ヤドンさん馬鹿にするとお前、今から痛い目見るぜ?」

 

 そう、クリアが出したポケモンはヤドンのヤドンさん一匹だけ。他に移動手段として"リザードンとなったエース"も出してはいるが、エースをこの戦闘に使う気等今のクリアには無かった――正確には"必要無かった"。

 だがしかしワタルが怒るのも無理は無いだろう、せめて進化系のヤドランなら勝負も見えるだろうが、その進化前のヤドンでしかも、

 

「つー訳で一つ頼むぜヤドンさん!」

「……やー?」

「よしオッケーだって!」

「ちょっと待ってクリア!? その子今何も分かって無かったよ!? 多分今その子"何が?"って聞き返したよ!?」

 

 マイペースに適当な事を言うクリアに、すぐ傍でイエローが思わずツッコミを入れる。

 そんな馬鹿げた漫才を見せられれば、誰だって馬鹿にされてると思うだろう。

 我慢できなくなって、ゴミを見る様な目でクリア達を見つめたままワタルは、

 

「ハクリュー! "りゅうのいか」

「ヤドンさん"なみのり"!」

 

 だがワタルが攻撃に出ようとした瞬間、彼とハクリューを完全に飲み込んでしまう様な高波が発生する。

 

「り"だ!」

 

 だがワタルは少しは驚いたものの、その高波を"りゅうのいかり"で弾き飛ばす。

 水しぶきが舞い、波が揺れ、一瞬クリア達が見えなくなり、次に見えた時には、クリアのヤドンさんは水の上に立っていた。

 

「っな……」

「ヤドンさん、お次は"フラッシュ"!」

 

 だがクリアは攻撃の手を緩めない。

 急激な強い光によって一瞬視力を奪われるワタルとハクリュー、そしてその一瞬の隙に、

 

「ヤドンさん、もう一度"なみのり"だ!」

 

 再び襲い掛かる高波に、今度はワタル達は直撃してしまう。しかも、

 

「さぁ、ピカは取り返したし、そろそろフィニッシュといこうか」

 

 ハクリューが力を緩めた一瞬の隙に、高波を操り上手くピカを自信の元へ引き寄せたらしい。

 イエローがピカを抱きしめ、そしてピカを回復させる。

 

 そして波が元に戻り、海中からずぶ濡れのワタルが姿を現す。

 

「……許さん、許さんぞ貴様!クリア! ハクリュー!」

「……ヤドンさん」

 

 激昂し、ワタルは叫ぶ。

 

「"はかいこうせん"!」

 

 ハクリューが今現在使える最強技を、軌道を変え、かつクチバの街に大打撃を与えた程の威力を持つ"はかいこうせん"を。

 恐ろしい程の破壊力を持った光線が蛇の様にウネリながら、四方八方退路を絶つ様な威力でクリアとイエローと、そしてヤドンさんに襲い掛かってくる。

 ――が、

 

「ヤドンさん……"それ位"、見極められるよな?」

「……やー」

「イエロー、今ヤドンさんは何て?」

「多分、"余裕"……って」

 

 そんなハクリューの"はかいこうせん"に対して、"それ位"程度の認識でクリアもヤドンさんも臨む。

 そのあまりの自信に、イエローもワタルも言葉を失った。

 

「オーケー、ヤドンさん、"かいりき"だ」

 

 あまりにも軽々しく、ヤドンさんの背後を狙った"はかいこうせん"はその軌道を完璧に見切ったヤドンさんによって弾き返されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クリア、良かったの?」

 

 海上にてピカの"なみのり"に乗るイエローは、同じくヤドンさんの"なみのり"に乗るクリアに言う。

 

「んー? ワタルを逃がした事か? なら仕方無いさ、深追いして返り討ちにあっても嫌だし……攻める時は、万全の状態になってからでないと」

「そう……うん、そうだね」

 

 イエローは思う、この数日間で、一体彼…クリアに何が起こったのかという事を。

 数日会わなかっただけで、いくら相手が本気じゃ無かったとはいえあの四天王を軽々と撃退してしまえる程になっているのだ。

 そんな人が変わったかの様に強くなったクリアに怪訝な視線を向けるイエローだが、

 

「ん?……あぁ、さっきのは気にすんなよ、ヤドンさんが凄すぎるだけだから……これでも一応、うちのナンバー3だし」

「う、うんそうだよね……って3番目!? その強さで!?」

「だよなー驚くよなー、俺も驚きだし」

「いや驚くのはボクの方だよ!? いつの間にかエースが進化してたと思ったら、クリアはいつの間にか何故か物凄く強くなってるし、しかも死んだって聞いたから……」

「うん、一度死んだけど?」

「ちょっとそれどういう事!」

 

 バン! と大きな音がした、イエローがピカの"みがわり"サーフボードを蹴った音だ。

 ボードからジャンプして、すぐ近くを泳ぐ――というより波に滑る様に乗るヤドンさんに乗ったクリアのもとへと飛ぶ。

 当然の事ながらクリアはイエローの行動に驚き、ながらも放って置く訳にはいかず、海に落ちない様にイエローを抱き止め、ヤドンさんにしがみ付かせる。

 そんな突然のイエローの行動にピカはフラツキながらも何とかバランスを保ち、そしてボードを蹴ってクリア側の"なみのり"に乗っかったイエローを若干呆れながら見つめた。

 

「ちょ、いきなりこっち来んなイエロー!ヤドンさんが水中に……沈んでる!?」

「ごまかさないで! さっきまでワタルの嘘だと思ってたけど、本当に死んだって……じゃあ今ここにいる君は幽霊!?」

「実体あるだろ実体が、なんか知らんが生き返ったんだよ」

「生き返ったって……」

「いやー、俺もよく分からないんだけどな、なんか炎がなー……いや、なんだっけ?」

「え、そこちゃんと覚えててよクリア」

「って言われてもなぁ……というかいつの間にお前は俺に対して呼び捨てになってんだよ?なんか敬語も取れてるし」

「……それを言うならクリアだって……会ってからずっとボクの事"イエロー"って呼ばれてるの気づいてるよ?」

「……あ、マジだ」

「気づいてなかったの!?」

 

 そこで一旦会話は途切れ、お互いの顔を見合ったまま数秒過ぎ、そして何が可笑しいのか二人して大笑いした。

 二人の笑い声が大海原に響き渡って――すぐに半分以上水中に浸かっててヤドンさんの限界を感じたクリアは、慌ててイエローを強引にピカのボードに移動させるのだった。

 

 

 そうして、海を渡って二人はついにグレン島へと足を踏み入れる。

 それと同時に、二人の旅に終わりが近づいている事を、二人はまだ知らない。

 

 




絵に描いた様なひでん要員で無双したかった結果がこれだよ!
そしてこの時点で実はクリアのパーティは六体フルでいます、エースがリザードンに進化してるという事もあってあえて抜かしたエピソードがあるんです、気が向けば書くと思います。


ヤドンさん強いよヤドンさん。


ではでは、感想等も心から待ってます。マンボーでした。


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八話『決戦直前』

 

 

「驚いたわね、まさか貴方が逃げ帰って来るなんて」

 

 カントー地方の地図に無い島、スオウ島のとある場所にて四天王のカンナは言う。

 

「……あぁオレ自身も驚いている」

 

 一方のワタルも静かに呟く。

 クチバ沖におけるイエローとの戦いの最中に彼の前に現れた死んだはずのトレーナー、クリア。

 だが前情報でも対して脅威となる様な力も無く、カンナの言っていた様な奇策や、野生ポケモンにだけ気をつけていればいいと彼は思ってクリアと戦い、そして逃亡したのだ。

 敵に背を向けて逃げるというその行為の悔しさや惨めさは圧倒的なものだったが、それよりもワタルの中ではクリアという人物に対する驚きと疑念の思いの方が大きかった。

 

「キクコ、クリアがここ半年前にトレーナーになったという情報、本当だろうな?」

「……あぁ、間違いないよ」

 

 こちらも珍しく冷や汗を垂らす老婆、キクコ。

 彼女もクリア復活の報を聞き、急いでクリアに関する情報を探ってみたが、だが驚く程にクリアの情報は何も無かった。

 半年程前にトキワジム跡にてロケット団の残党と戦い、そしてそれから半年間はオーキド博士の研究所にて助手として居候して、今ではイエローという少年と旅をしている。

 リーグ優勝なんて話は持っての他、ジム戦を行ったという情報すら無い未知の実力のトレーナー。

 そんな彼がこの短期間で自力で実力を上げたと言えばそれまでだ、話は彼自身の才能が凄まじいという程度に終わってしまう――が、

 

「……キクコ、シバを呼び戻せ……もしかしたらあのクリアという少年、あの"能力"以外にも……何か"特別な何か"があったのかもしれない」

 

 だがそれが、なんらかの切欠があったとしたら、それが物なのか現象なのかすら分からないが、しかし見過ごすには大きすぎる力だ。

 

「どちらにしても奴等はこのスオウ島に来るだろう、答えはその時、その命も預けておくぞ……クリア、イエロー」

 

 クチバにて敵対した二人の少年の名を、微笑を浮かべてワタルは呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ところでクリア、いつの間にか凄く強くなってたけど何か特別な特訓でもしてたの?」

「え、そんな訳無いじゃん? 別に俺は特別な事は何もしてないし、"特別な何か"的な不思議出来事も起きてない、海上でも言った様に仲間になったヤドンさんが偶々強かっただけだよ」

 

 グレン島について早々、額にゴーグルを当てた少年に麦藁帽を被った小柄な少年が言った。

 クリアと呼ばれた少年の方は海水に浸かってしまった上着を苦い顔をしながら手に持っている。

 どこぞの四天王達に是非とも聞かせてやりたいクリアの言葉に、イエローは、

 

「まぁクリアがそう言うのならそうなんだろうけど、だったらクリアって実はバトルの才能の塊なんじゃ……!?」

「それこそ無い無い、そういうのは"レッド"とかそういう奴等の事を言うんだよ」

 

 若干驚愕しながら言うイエローだったがクリアはあくまで冷めた態度でヒラヒラと右手を振って返す。

 

「……それもそうだね、正直レッドさんに比べればクリアは……」

「その納得の仕方も、それはそれで何かイラッと来るな」

 

 昔を思い出して呟くイエローにクリアが頬を引きつらせて言った。

 

「あ、えーと、その、ゴメンねクリア?」

 

 そんな彼は苦笑を浮かべて謝るイエローを仕方なしに許してから、一呼吸置いて、不意に手持ちのポケモンを数体ボールから出した。

 

「ったく……じゃあイエロー、海上で言った通り、ちょっとこいつら"見て"みてくれ」

 

 出てきたのは黒いリザードンのエース、進化が出来ないイーブイのV、飛べないカモネギのねぎま、そしてヤドンさんの四体。

 

「……どうしても、やらなきゃダメかな……」

「あぁ、改めて見せてしまうのは俺も心苦しいっちゃ苦しいが、それでもあの時何が起こったのかを……俺は知りたいんだよ」

「……ヒドイんだね、クリアは」

「悪いな、自覚はあるさ」

 

 そう言ったクリアは本当に申し訳無さそうに、そう返されたイエローは嫌々ながらだけど少しの躊躇の後、彼はクリアのポケモンへと手を伸ばす。

 

 イエローには不思議な力がある。

 それはクリアの"導く者"という"能力"なのか"特技"なのか分からない曖昧なものでは無く、正真正銘の"能力"とよぶべきもの。

 傷ついたポケモンを癒し、そしてポケモンの心や記憶を読み取る能力。

 そのイエローの能力を聞いたクリアは、真っ先に彼にこう頼んだ。

 

『俺が死んだ時のポケモン達の見ていたもの、見れるか?』

 

 クリアは自分がどれだけ残酷な事を言ったのか容易に想像出来た。

 今では親友同士の様な二人、その一方にもう一方の死をむざむざと見せ付ける所業、それをやってくれと、クリアは迷う事無くイエローに告げたのだ。

 イエローも最初こそ嫌がったが、それでもクリアの再三の説得に応じ、こうしてイエローはエースの前へと立つ。

 

「……じゃあ、やるよクリア?」

「……やってくれ」

 

 そしてクリアに促され、エースに触れたイエローは彼の記憶を読み取る。

 

 

 

「……どうだイエロー、俺が死んだ時何が起こったのか少しは分かったか?」

 

 海水に浸かってびしょ濡れとなってしまった自身の上着をギュゥっと絞りながらクリアは言う。

 問いかけられたイエローは力を使って眠くなったのか、もしくはその瞳に溜まった微量の水を取る為か少しだけ目を擦って、

 

「うん、エースもVも、何か虹色に輝く大きな鳥を見てるよ、それが何なのかまでは分からなかったけど……」

「……やはりか、という事は俺が見たあれも唯の夢では無かったという事か」

 

 イエローの言葉を聞いてその時の光景を少しながらクリアは思いだす。

 姿形まで鮮明には覚えていないものの、虹色に輝く巨大な鳥と、生気があふれ出す様な炎の夢。

 だがそれは夢では無かった、実際にあった出来事だったのだと、イエローの能力でようやくクリアはそれを知ったのだった。

 

(……となると確証は無いがあの時俺を助けてくれたのは"あのポケモン"って事でいいのかな……)

 

 密かにバッグの中に仕舞っている"ある物"を思い出しながら、そんな事をクリアは思う。

 虹色のシルエットと炎、そしてそれはクリアの見た夢幻では無く現実にあった事、それをイエローに確認して貰い――、

 

(極めつけは、"これ"だ……もう確定的だろうな)

 

 クリアが倒れていた場所で密かに拾っていた"ある物"の存在が、クリアに一匹の伝説の鳥ポケモンの存在を暗示していた。

 ――そして、エースとVに立て続けに能力を使って疲れたのか、眠たそうに再び欠伸をするイエローだが、そんな彼にクリアはなお促す。

 

「イエロー、疲れてるとこ悪いけど……」

「ふぁ~……うん、ねぎまの事だね」

 

 返事をして次はねぎまに触れるイエロー。

 クリアは自身の死に際に何が起こったのかをイエローに見てもらうついでに、飛べないかもねぎのねぎまの事もイエローに頼んでいたのだ。

 同じく問題を抱えたポケモンであるPとVについては悔しいが何もしてやれない、だけどねぎまには何か出来る事があるかもしれない――そう考え、まずはねぎまの飛べない原因を探るべくクリアはイエローに頼んだのだった。

 そして彼はねぎまの記憶を読み取って、

 

「……ねぎまが飛べないのは昔のトラウマが原因みたい、それでその時群れとも逸れてしまって、偶然会ったヤドンさんとその時からずっと一緒にいたみたいだ」

「なるほど精神的なものか、ならまぁそのうち何とかなるか、ご苦労さんイエロー」

「うん、じゃあボクは少しだけ眠るね」

「あぁ、俺もここらで服乾かしてるから、ぐっすり眠るといい……ってもう寝てやがる」

 

 気づくともうイエローは身体を小さくして寝息を立てていた。その傍ではピカも一緒に寝ている。

 場所はグレン島のとある小さな木の木陰、その木の枝の一つに上着の服を引っ掛けて、

 

「ったく、寝る子は育つって言うけど、どうやらデマだったみたいだな」

 

 小さな身体を更に小さくして眠るイエローに小動物的な保護欲を掻き立てられつつクリアは呟いた。

 思えばイエローはこの旅の最中、一緒にいる期間は僅かだったが、かなりの頻度で眠っていた。

 それがイエローの能力を使った"対価"のようなものという事も、クリアは薄々気づいていた。

 昔のクリアなら、ここでイエローの麦藁帽でも引っつかんで引き離そうとしたのだろうが、

 

「……サンキューな、イエロー」

 

 クリアの死を見てしまったからか、スーっと右目から細い涙の後を一本引いたイエローにクリアは無意識に呟く。

 一度死んだあの夜から、クリアの中の何かが変わっていた。

 まるでリセットボタンでも押された様に、グチャグチャと複雑に絡み合っていた彼の感情は整頓され、今では昔みたいに会話中急に怒り出す、途中から口調がおかしくなるという事も無くなった。

 それが"死"の影響なのか、または謎の巨鳥の炎によるものなのか、しかし今のクリアにはその答えを見つける術も、意思も無い。

 

(今はただ、イエロー(こいつ)と一緒に、無事にレッドを助け出すだけだ)

 

 記憶に蘇るはマサキやジムリーダー達との交流の記憶とイエローとの旅の記憶、そして曖昧だった目的は決意へと変わり、揺れていた感情は静まった。

 コンディションはバッチリ、クリアの手持ちの六体のポケモン達も、それぞれが全員異質な強さを持った猛者達ばかり。

 一皮も二皮も剥けた少年は、戦いの時に向け、今はただ平穏なこの一瞬を堪能する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って休んでばかりもいられないしな、とりあえず皆出て来い!」

 

 木にもたれかかり眠るイエローから少し離れて、クリアは手持ちの六体のポケモンを全てボールから出した。

 元から外に出していたVとエース、ねぎまに加えてヤドンさん、イエローから返して貰ったP、そしてもう一匹、水色のボディを持つ傷だらけのポケモン。

 

「さてと、Pは初めて会うよな? ドククラゲ(レヴィ)だ、気難しい奴だけど仲良くしてくれよ?」

 

 そうドククラゲだ。

 その体中にはバトルでつけられたものだろう無数の傷跡が付き、オマケに左目は潰れて隻眼となっているが、それはそもそもクリアと会う前にこのドククラゲが勝手に暴れてついたものだった。

 そしてこのポケモンはクリアがねぎまとヤドンさんと仲間となり、クチバへと来る途中で捕獲したポケモン、正真正銘、初めてクリアがゲットしたポケモンでもある。

 "荒れくれ者のメノクラゲ"として、人間や他のポケモンに嫌われていたこのドククラゲだったが、そこで通りかかったクリアがエースと共にバトルし、元々嫌われ者でもあって、周囲の要望も強く仕方なしクリアはこのポケモンをゲットしたのである。

 ――結果的に、長年このドククラゲが行ってきたストリートファイト的な勝負は、このドククラゲの強さをかなり底上げしており、今ではクリアのエースと双璧を為す彼の自慢の切り札の一体となったのだが。

 

「あー、気にスンナP、こいつエースと似て気難しい奴だから……っま、悪い奴じゃないんだけどな」

 

 苦笑いしながらクリアは言った。

 というのも仲間の証として握手でもしようとしたのだろう、手を差し出しているPだがレヴィはそれを完全無視しているのだ。

 その事実に多少なりともショックを受けているPだったが、Pに限らずこのドククラゲには協調性というものが皆無、しかも、

 

「っておいエース! レヴィ! お前等こんな所で睨み合うな! バトルするな! ええいもうボールに戻す!!」

 

 終いにはエースとレヴィがクリアに意等ガン無視した状態で勝手にバトルを始めてしまった為、仕方なくその二体をクリアはボールに納め、そしてため息を一つ。

 ――しかも、自身と同等位の実力を持つ者同士、しかも性格も一匹狼の様な性格で、恐らくお互いに初めて好敵手(ライバル)と認め合ってる仲だからだろう、二体一緒にボールから出すと必ずといっていい程エースとレヴィはバトルを始めてしまうのだ。

 そしてその被害は周りまわって、もしくは直接クリアに来るから堪ったものじゃない。

 

(……そういや、ポケモン持った最初の方もこんな事があった)

 

 チラリとクリアはPとVに目を見やった。

 一方の二匹は何の事だか分からずハテナマークを頭の上に浮かべる。

 

(常にエースと敵対してたPとV、今の様な関係にするには一月もかかったが……またあんな苦労を味わう羽目になるのか……)

 

 元々エースはロケット団のポケモンだったのだ、PとVの二匹が始めの頃はエースを警戒するのも頷ける。

 その時にはその時のちょっとしたドラマもあったりするのだが、今となっては最早過ぎ去った事である。

 

「っよし、じゃあ気を取り直して、V! "スピードスター"!」

 

 クリアがVに指示を出し、Vの口から星型の光線が無数に飛び出してきた。

 そしてそれは近場の岩に辺り、いくつかの爪あとを岩へと刻み込む。

 

「よしよし上々、何だかんだでVも着々と経験積んでるもんなぁ」

 

 言いながらクリアがVの頭を撫でてやると、Vは嬉しそうに鳴き声を上げた。

 Vが"スピードスター"を覚えたのはつい最近、クチバにつくほんの少し前の事だった。

 クリアは進化出来ないからといってVをバトルで使わない、なんて事は無い。

 尤もそこにはVの意見も取り入れるが、VもVでバトルには出たいらしく、それならば「じゃあお前はお前のまま強くなればいい」と、マサラにいた時からとりあえず決め技としてVに"スピードスター"の訓練を積ませていたのである。

 

「じゃあ次はPだな……ヤドンさんとねぎまの技構成はもう把握してるし、後はイエローと一緒にいたPがどんな進化を遂げているかだ」

 

 あくまでも変わらなかった、とクリアは考えなかった。

 短い間とはいえ、PはPでまた強くなってるはず、進化したエースや新技を覚えたVの様に――当然の様にクリアはそう思っていた、信じているのだ。

 そしてPもその期待に答える様に、速く、速く、高速に駆け回る。

 

「へぇ、"こうそくいどう"か、いい技覚えてるじゃんP」

 

 クリアに褒められて嬉しいのだろう、Pは更に速く動き、そして先程Vが技を当てた岩へ"たたきつける"をヒットさせる。

 VとPの技を立て続けに受けて崩れる岩。

 

「……十分だぜお前等、これだけの布陣なら四天王にだって十分通用するさ」

 

 クリアの言葉に嬉しさと自身に満ち溢れた顔をするポケモン達だったが、

 

(……とは言うものの、やっぱり不安は残る……何より相手は四天王が四人でこっちは二人、本心はもっと味方が欲しい所だけど……)

 

 だが言葉とは裏腹にクリアは本心からそうは思っていなかった。

 慢心はせず、正確に自身の戦力と相手の戦力を分析した結果の答え、今でこそ余計な不安を与えない様に言ったクリアだが、そのクリア自身に余計な不安は多少なりともかかっていた。

 

(発展途上のPとV、速さが自慢のねぎま、安定して意外な強さのヤドンさん、そして四天王の主力達にも十分通用するだろうエースとレヴィ)

 

 そしてイエロー達、ここから先は作戦が物を言うだろうとクリアは考え、その考えは概ね正しい。

 だがそれでも、作戦等ではどうにもならない壁というものは確かに存在する。

 

 そもそも、クリアの持ってるポケモン達は少なからずハンデを持って戦わなければいけないのだ。

 クリア自身は気にしてないものの、それは事実となってやはり彼等の足を引っ張る。

 

 "電気技が使えない"ピカチュウ。

 "進化が出来ない"イーブイ。

 "空が飛べない"カモネギ。

 

 それぞれがそれぞれ自身の真骨頂を失っている様なものだ。

 

(ならやっぱ、主力はこの三体にして他三体はサポート役に回す……それを基本形にしてコンビネーションを組ませれば上手く渡り合えるか……?)

 

 エース、レヴィ、ヤドンさんを攻撃の軸に置いて、他三体がサポート技で敵をかく乱する。

 そこで相手が油断した一瞬の隙をついて他の主力三体でどうにか勝負を決める。

 

(……となれば理想は短期決戦、どれだけ早く勝負を決めれるかだな)

 

 戦力差が大きな相手と戦う時の定石として、一つに早めに勝負を終わらせるという作戦もある。

 相手との力量差が大きければ大きい程、持久戦ジリ貧になればその実力差が物をいう世界になってくる――だからこそ、実力差(それ)が決め手になってしまわぬ様に早めに敵を倒してしまおうというのだ。

 言うだけなら簡単だが、だが実行に移すとなるとそれはそれで難しいのだが。

 

 

 

 そうこうしてるうちに、ふと気づくと近くの方で何やら何かが弾かれる音がクリアの耳に入った。

 音は少し離れた先の崖の方、丁度クリアから数メートル離れた所から聞こえ、そこにクリアが目をやると、

 

「あれか、何やってんだあれ?」

 

 そこには一人のトレーナーとそのポケモンがいた。

 格好から見てボーイスカウトか、その脇にはゴーストとウインディもいる。

 見ていると、ボーイスカウトのゴーストがいくつかの積まれた手ごろな岩を手に取り、そして吊り橋の方へと放り投げる。

 直後に再びキンッっと弾かれる音。

 

「……何」

「あれ何をしてるんだろう?」

「うわっ!? イエローいつの間に!?」

「ついさっきだよ? 気づかなかった?」

「……き、気づいてたさモチロン、あははは」

 

 意味の無い見得を張って内心胸を撫で下ろすクリア。

 そんな内心動悸が止まらないクリアを不思議そうにイエローは見つめて、すぐにボーイスカウトの方に目を戻す。

 そしてそれにつられる様にクリアもその視線を追った。

 気づくとボーイスカウトのゴーストの投げる岩にはウインディの"ひのこ"がオプションとして追加されている。

 

「あのおじいさん、"ナニカ"で岩を弾き返してるみたいだけど……」

「遠すぎてよく見えないよな……つーかあのじいさんもしかして……」

 

 そう、岩が放り投げられている橋の上には一人の老人が立っていた。

 後退した白い髪と中々に意思の強そうな目をした老人、その人物にクリアは一人だけ、心当たりがあった。

 

「……そう言えばここはグレン島か、なら不思議も無いよな」

「クリア?」

 

 一人呟き、クリアは老人とボーイスカウトの方へ歩みを進め、イエローもそれに続く。

 そして、

 

「どうも、カツラさん」

 

 クリアの存在に驚いたのであろう口を開けたカツラにクリアは至って普通に話しかける。

 

 

 

 

 

 

「まさか私の変装を見抜かれるとは思わなかったな」

「いやいやアレ位気づくでしょ普通」

「ボ、ボク全く気づけなかったんだけど……」

 

 所変わってカツラの研究所。

 カツラに連れられてその場所を訪れたクリアとイエローだったが、崖の所で会ったカツラから二人は『そろそろオツキミ山にいったタケシから連絡が入ってるはずだ』と誘われてこの場所に来ていた。

 来ていたのだが――、

 

「それにしてもクリア……あれ程病院を抜け出すなと言ったでおろうが!」

「うひゃ!? な、なにいきなり説教モード!?」

 

 ついて早々カツラの叱咤がクリアを襲った。

 小さな丸メガネを取った状態のカツラに怒鳴られ、反射的に縮こまり自身よりも背丈が低いイエローの背へと回るクリア。

 

「はぁ、命があっただけマシとはいったものだが、もしもあの後四天王に襲われていたらどうなって……」

「いや命が云々はぶっちゃけ死ん……」

「クリアちょっとストップ!」

 

 クリアが口を開こうとした瞬間、イエローが彼の口を塞いでカツラからクリアごと身を翻して唇に指を当てる。

 

「"その事"は全部終わった後に話して、それこそもう終わった事なんだし」

「……べ、別にもう終わった事なんだし」

「今はレッドさんの事! クリアの事はその後でいいだろ!?」

「わ、分かった分かった、なんだよなんでそんな必死なんだよ……?」

 

 満足した様に顔を背けるイエローに聞こえない様ブツブツと呟くクリアだったが、イエローにはイエローで、

 

(……そう、終わった事だよね……もうあの時のクリアみたいにはならないんだよね……?)

 

 自身にそう言い聞かせていた。

 いくら自身の眼で見なかったとはいえ、クリアが死んでゆく様をイエローはポケモン達を通して見ているのだ。

 次第に生気が失って冷たくなっていく身体、乾く唇、光が消える瞳。

 それを見てしまった為か、今のイエローが死に、クリアの死について敏感になるのは当たり前である。

 そしてそれを差し引いてもこの情報は確かにレッドの件とは関係が無い、それを薄々感じ取ってイエローはクリアの言葉を止めたのだった。

 

「なんだクリア、言いたい事でもあるのか?」

「いえいえ別に! つーか怖いからメガネ掛けてくださいカツラさん!」

「……はぁ、全く……」

 

 クリアに言われ渋々といった感じにメガネを掛け、同時に付け髭も付けるカツラ。

 これで普段の彼らしいスタイルとなって。

 

「もう無茶はするなよクリア」

「はい、分かってます」

 

 全然分かってないであろう返事を返され、再びカツラはため息を吐いて、そしてタケシに連絡を繋ぐのだった。

 

 




繋ぎの回、だからか分からないが書きづらかった、次回からは四天王戦。

そしてクリアの最後のポケモンはドククラゲのレヴィです、レヴィとの出会いは多分番外編的な形で書くかも。
名前の元ネタはレヴィアタンって海の怪物から、最近始まったアニメはあまり関係無いです。


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九話『vsヤドラン ブルー登場、水上の戦い』

 

 

 四天王による本格的な攻撃が始まった。

 ジムリーダーカスミのいるハナダ、エリカのいるタマムシ、タケシのいるニビへと次々と四天王に送り込まれたポケモン達が攻め込んだのだ。

 

「っく、クラちゃん! クラブハンマー!」

「モンちゃん!」

「いくぞっ! ツブテ達よ!」

 

 そしてそれらに対応する各ジムリーダー達。

 無数のポケモン達とジムリーダー達との戦いが口火を切ってから少し経った頃、クリアとイエローの二人はスオウ島にいた。

 たった今街々を襲っているポケモン軍の本拠地、四天王のスオウ島に――その一角、とある草木の中に二人は隠れていた。

 馬鹿正直に夕方正々堂々と挑むよりも、夜の闇に紛れて攻め込もうという作戦、普段は卑怯だろうが相手は四天王、二人もそうは言ってられないのだ。

 

 そしてそんな敵地の真ん中で、クリアは呑気に空を眺め、イエローはいつも通りのマイペースで睡眠をとっていたのだが、

 

「……レッドさん」

「ははっ、心配いらないさイエロー、それともお前の知ってるレッドって奴はそんな簡単にやられるタマかよ」

 

 起きて早々、不安気に呟くイエローにクリアは笑い飛ばしながら言う。

 だがイエローが不安がるのも仕方無い、彼等がグレンにて受けたタケシからの通信の内容、それは既に抜け殻となったレッドの氷像の情報だったのだ。

 その像から見るにもうそこはもぬけの殻だが確かにレッドが凍らされていたという事が、決して無事では無かったという事が分かる。

 そしてそのレッドがいなかった、という事実が更にその先の『ではレッドは何処へ?』という疑問へと繋がれるのだ。

 そこからは嫌でも最悪の想像が頭の中を駆け巡る。

 イエローにとって特別な人物の最悪の姿が、だ。

 

「どちらにしろ、レッド探すならそのレッドと戦った四天王とは必ずぶつからなくちゃいけないんだ、まずはそれからだろ」

「……そうだね、クリア……うん、ありがとう!」

 

 クリアの言葉に不安はかき消されたらしい、イエローはその表情から不安を消してクリアに礼を言う。

 そしてピカもピカでイエロー同様悪い夢でも見たのか不安がった様子で、そんなピカをイエローはそっと抱きしめる。

 ポケモンの気持ちを感じ取る事が出来るイエローだが、この時のピカの気持ちが、いやピカは何かをイエローに伝えようとしているのだがイエローはそれを知る事が出来なかった。

 それは一重にピカに重くのしかかったトラウマという名の重圧が正体だったのだが、この時のイエローに、ましてやクリアにもピカの気持ちを知る事なんか出来ない。

 

 

 

 そして、不安がったピカの様子が落ち着いた頃を見計らって、不意にクリアは立ち上がる。

 

「よし、じゃあ暗くなったしそろそろ行くか、カツラさんももう上陸してるはずだしな」

 

 暗くなり星が瞬く空を眺めて、カツラから渡された地図を握り締めてクリアは言った。

 グレン島を出る時、彼等はそこからはカツラと別行動とし、別々のルートでスオウ島に行く作戦となっていた。

 イエローとクリアとは反対側のルートからカツラは島へと上陸してるはずなのだ。

 

「うん、じゃあ行こ……」

 

 立ち上がりながらイエローがそう呟こうとした時だった。

 

「あー! 見つけたわよお二人さーん!」

 

 どこからか女性の声が聞こえ二人は動きを止める。

 

「っな! もう敵に見つかった!?」

「……い、いやこの声は……!?」

 

 何かに気づいたイエローが言葉を発送とした瞬間、ドンッ!という鈍い音が地面へと響く。

 それは空から何かが降ってきた音。

 一人の女性と一人の男性が宙に浮かぶ膨らんだプリンから降りてきた音だった。

 

「ブルーさん!?」

「マサキ……?」

 

 降りてきた人物の意外性にイエローとクリアは同時に口を開いて、

 

「……って誰だよブルーって?」

 

 直後にクリアだけが頭の上にハテナマークを浮かばせる。

 

 

 

「……ふーん、なるほどな、つまりイエローを旅に送り出した張本人はアンタなんだと」

「えぇそうよ、それに悪いけど貴方の事も調べさせて貰ったわクリア」

 

 時は少し進んで四人はブルーの手持ちの膨らんだプリンの上。

 そしてそのプリンにまたもやブルーの手持ちのタッツーの"えんまく"を被せて偽装工作をし、空から移動してるという状態だ。

 

「年齢出身全てが不明、最後に確かめられた経歴は半年程前のロケット団の残党との戦歴のみ、それからはずっとオーキド博士の研究所で助手を務めていた」

「……謎が多いお年頃なんだよ」

「正直最初は貴方をイエローから引き離そうと考えていたわ」

 

 もしかしたら敵のスパイかもしれないし、そうブルーは呟いて、

 

「だけど貴方にそんな様子は全然見えなかった……だから私は貴方に手助けする事にしたのよ、ケーちゃんを使ってね」

「ケーちゃん……?」

 

 いきなりニックネームで言われてもそれが何のポケモンなのかクリアには分からないし、そのポケモンにどんな手助けをして貰ったかも当然ながら分からない。

 そんなクリアに先に話は聞いていたマサキは、

 

「ほらあれやクリア、カンナ戦の時のケーシィ」

「……あ」

 

 言われてようやくピンと来る。

 四天王カンナが突如急襲してきた時、そのピンチを救ったのはとある一匹のケーシィだった。

 クリア自身、そのケーシィは野生のものだとばかり思っていたのだがどうやらそれは違ったらしい。

 

「驚いた? 私がいなかったら貴方多分あの場で死んでたわよ?」

「……驚いた、驚きすぎて意味が分からない、とりあえずありがとうございます」

「……命の恩人にとりあえずってなんなのよ、まぁ別にいいんけど」

 

 実は自身の手柄等では無く、単に助けて貰ってただけという事実に驚きを隠せないクリアだったが、イエローもイエローでその事実には驚いている。

 

「そ、そうだったんですか……えと、あの、ブルーさん、ありがとうございます!」

「別にいいわよイエロー、っていうかどうしてイエローの方がきちんとお礼言ってんのよ」

 

 まぁ密かにずっと彼等二人の旅を見てきたブルーだ、そこについては言及しない。

 クリアのいい加減さは今に始まった事じゃないのをブルーは知っていた。

 だから最早イエローやマサキ並みに慣れていた。

 ――つもりだった。

 

「そうだな、そうだ、きちんとお礼をしようか」

「? どしたの君?」

 

 片言で呟いたクリアに不審そうにブルーは言う。

 その様子の変化にイエローとマサキも彼に注目する。

 

「なぁブルー……さん、確か今俺達が飛んでる理由って、そこ等じゅうにウジャウジャいる四天王のポケモン達が原因なんだよな?」

「え?……えぇそうよ、街への襲撃にかなり数は裂かれてるけど、それでもまだまだ奴等のポケモン達がいるから私達はこうして隠れながら進んでいるんじゃない」

 

 そう言ってブルーが指差す方向、そこには十数匹はいるであろうヤドランの群れがいた。

 恐らくカンナの配下のポケモンだろう、周囲を警戒する様にしきりに首を横に振っては歩いている。

 

「……よし、じゃあ俺が奴等を引き付けるから、そのうちにブルー……さん達は早くカツラさんと合流してくれ」

 

 "えんまく"で見えないはずの地面に視線を落としてクリアは言う。

 そんなクリアに、

 

「っな!? ダメだよクリア! そんなの!」

「せや! それはただの無謀……」

「分かったわ」

「ちょっと、ブルーさん!?」

 

 イエローとマサキは止めるが、反対にブルーはそれを肯定する。

 そんなブルーの了承にイエローは反発しようとするが、

 

「……ま、ダメと言われても俺は行くけどね!」

 

 そんな議論等全く待たずに、クリアは額につけたゴーグルを額から目へと移動させつつプリンから身を投げ出した。

 

「あー! ちょっとクリア、まだ話は終わってないよ!?」

「おいブルー!? なんでクリアを止めへんかったんや!?」

 

 まるで自殺志望者とその関係者に対する問いかけの様である。

 ヤドランの群れへと落ちるクリアをブルー持参の暗視ゴーグルで見ながらマサキは言って、イエローもクリアが落ちて行った方向を見つめながら言うが、

 

「そうは言ってもね二人共……多分、あの子なら心配いらないわ、タッちゃん」

 

 ブルーの指示で少しだけ"えんまく"の効果を薄めるタッツー。

 黒く濁った視界が少しだけ開き、三人の眼に外の景色が映る。

 そんな三人の眼に入ったのは、地面へと着地し、そしてヤドランの群れに囲まれるクリアの姿。

 

「ほらブルーさん! 今すぐクリアを助けないと!」

 

 その光景にイエローはすぐにブルーに言うが、ブルーはあくまでも冷静に、

 

「何をそんなに慌ててるのイエロー? あなたなら知ってるでしょ、クチバの港での彼を」

「ッ! ど、どうしてその事……?」

「なんや、なんの話や!?」

 

 

 

 クチバの港、イエローが四天王の将ワタルと対決した時、彼をピンチから救ったのはクリアだった。

 黒いエースに乗って、ワタルと対峙したクリアは、ワタルの操るハクリュー相手に、

 

「……行くぜ、ヤドンさん」

 

 ヤドン一匹でそのハクリューと互角に戦い。

 

「"なみのり"だ」

 

 そして全力で無いにしてもあのワタルとの戦闘で、クリアはヤドン一匹で勝利をもぎ取ったのだ。

 

 

 

 数十匹のヤドランに囲まれたクリアが行った行動は実にシンプルだった。

 手持ちのヤドン(ヤドンさん)を出して、"なみのり"をする、ただそれだけ。

 ――ただそれだけの行動で、辺りのヤドランはほぼ全て波へと飲まれ、流されていく。

 

「な、なんやあのヤドン! なんでヤドン一匹で数十匹のヤドラン相手に無双してるんや!?」

「そうこれよ! 私がクリアを信用した一番の要因、その実力の高さ!」

 

 この台詞をもしクリアが聞いていたら「それは単にヤドンさんが強いだけだよ」絶対にそう言っていたであろう。

 だがそれでも強いのは事実、現にクリアのヤドンさんは進化先であるはずの、しかも数も圧倒的に多いヤドラン相手に互角以上の戦いをしている。

 

「凄い! 水の無い所であのレベルの"なみのり"が出来るなんて、あのヤドン一体何者や!?」

 

 その水は大気中とか、地面の中とか、果ては海から直接引っ張って、という風にありとあらゆる水分を使って波を作り出しているヤドンさん。

 そしてそのヤドンさんに指示を出すクリア、その姿を見れば、誰がどう見てもヤドンさんとそしてクリアの実力を認めてしまう。

 

「……さぁ、私達も先に急ぐわよ」

「え? でもブルーさん、クリアがまだ……」

「何言ってるのよイエロー、今はクリアがポケモン達を引きつけてくれているのよ!私達が一刻も早くカツラと会う為に、その努力を無駄には出来ないわ!」

「……うん、そう、だね」

 

 どこか納得出来ない風だがイエローも納得した様だ。

 それにもしまたクリアと合流するにしても、クリアはもう目立ちすぎた、その状態で合流したら漏れなくイエロー達の存在も露呈してしまう。

 クリアが外に出てしまった以上、三人はクリアを残して進むしか無いのだ。

 

「さぁ、イエローの話じゃカツラは島の反対側から来るのよね、じゃあまずはそこに向かってみましょ!」

 

 心配そうなイエローの表情と、興味深げにクリアの戦いぶりを見つめるマサキを引き連れて、そうしてブルー達は先程よりも少し早いスピードで先を急ぐ。

 

 

 

 一方、残されたクリアは。

 

「ッチ、"サイコキネシス"か」

 

 今だ大波を操るヤドンさんだが、いくら優勢に事を進めていても相手はヤドランの軍、しかも四天王配下のだ。

 除々に相手のヤドラン達が体勢を立て直し始めたのである。

 そして幾匹かのヤドランが始めた"サイコキネシス"はやがてほぼ全てのヤドランへと伝染していき、ヤドンさんが操る波が少しずつヤドランのコントロール下に置かれていく。

 

「今もまだ順調にダメージがいってるはずなのにそれでも攻撃して来るか、流石だな……ま、相手が悪いが」

 

 少しずつ波が揺らめき足元が不安定になっていく。

 ヤドンさんの"なみのり"は文字通り足の裏で波に乗る様な"なみのり"だ、言うならば板無しサーフィンの様なもの、バランスを保ってないと今にも水中に落ちそうになる。

 

「丁度今は水場だし、行くぜレヴィ」

 

 ニヤリと笑って、クリアがボールから一匹の生傷だらけのドククラゲ、レヴィを出す。

 そしてレヴィが水中に潜ってものの一分後。

 

「……よし、行くか」

 

 ()()()()()()()()()()()レヴィと、"なみのり"を終えたヤドンさんをボールに戻して、クリアもまた手元の地図を眺めながらスオウ島内陸へと進んでいくのだった。

 

 




 ケーシィのフラグを回収、フラグを回収……こらそこ、後付けとか言わないd(ry


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十話『vsイーブイ ブイとV』

タイトルから誰が出るかは分かりますね。
ただレイエ派の人的に納得のいかない展開になってそう、ちなみに作者もレッドとイエローの絡みは大好きなので結構悩みました。


 

 

 クリアと別れて少し経った頃、イエロー等三人は島の反対側まで来ていた。

 そこで人の気配、それも見知ってるであろう人間の気配を探知して、とある鍾乳洞の中へと向かったイエロー達。

 そこにいた人物達はグレンにて一旦別れたカツラ、短期間だがイエローの師となったレッドのライバルグリーン、そしてかつてそのグリーンやレッド、ブルー等と戦ったロケット団のジムリーダー達、セキチクのキョウ、ヤマブキのナツメ、クチバのマチス。

 

「邪魔をしないと言うのなら、今この場は手を組んであげてもいいわよ!」

「……敵の敵は味方、という訳か」

 

 その中の一人、ナツメの提案にカツラが思案し、グリーンが一時的な協定を遠まわしに決定付ける。

 そうして集まった八人は、強大な力を持つ四天王を相手どる為、ナツメのフーディンの出した特殊なスプーンによって二人一組のコンビを結成した。

 

 相手は四人、此方は八人、単純計算で二人で一人を倒せば済むという話になる。

 

 そしてスプーンは首を折り、その先の相手とコンビを組む。

 イエローとカツラ、グリーンとキョウ、ブルーとナツメ。

 

「……あれ、スプーン曲がってへん……」

「俺も曲がってないぜ」

 

 だがそのスプーンは戦う意思の無い者、組むべき相手がいないものには作用しないらしい。

 真っ直ぐになったままのスプーンを持つのはマサキとマチス、その様子を見てイエローが、

 

「もう一人、多分すぐにもう一人来ると思います」

 

 ポツリと呟く。

 その彼の言葉にすぐにブルーとマサキは囮となったクリアの姿を思い浮かべるが、

 

「もう一人だと?……俺達以外にまだ誰かこの島に来てるというのか?」

 

 その事を知らないグリーンがイエローへ詰め寄る。

 敵にしろ味方にしろ情報を隠す必要は無いし、むしろ無いより有る方が百倍有利となる、それが戦いというものだ。

 

「はい、グリーンさん。ボクはクリアと一緒にこの島まで来たんです……でもボク達が移動する時囮になって敵を引きつけてくれるって……」

「クリア……というとタマムシの時(あの時)いたあいつか……」

「全く、無茶をするなと言った矢先にこれとは……」

 

 思い出した様子のグリーンと、頭に手を置いて嘆くカツラ。

 

「……っへ、そんないつ来るか分からない野郎待ってても時間の無駄って奴だぜ、おいお前もスプーン曲がって無いんだよな! 数合わせだ、来い!」

「あ!あわわわ!?なんでこうなるんや~!?」

「あっ……行っちゃった……」

 

 どうやら待つのはマチス()の性には合わなかったらしい。

 動揺するマサキを片手で担いでノッシノッシと熊の様に歩いていくマチス、その様はどっかのガキ大将の様である。

 

「奴の事は気にするなイエロー君、仮にもジムリーダーだ、それより我々もそろそろ行くぞイエロー君!」

「……はいカツラさん!」

 

 少しだけ入り口の方を振り返り、イエローは力強く返事をしてカツラの後を追う。

 そして同じ様に鍾乳洞の更に奥へ進んでいく打倒四天王のコンビ達。

 彼等の行く先々には各四天王が待ち構えており、その戦闘は必然となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな状況の中、クリアは一人今だ星の見える位置を歩いていた。

 

「はぁ……そこらの兵隊粗方蹴散らしたけど、どこに行けばイエロー達と合流出来るんだろ?」

「ブーイ……」

 

 正確には一人と一匹、彼の手持ちのVと一緒に歩いているのだがクリアはただ今絶賛迷子中なのである。

 ――というのもカツラから渡されたスオウ島の地図、それを行く先々の戦闘でいつの間にか落としてしまってたらしく、行くべき方向が全く分からないでいたのだ。

 仕方なく、周囲への警戒の意味も込めてVをボールから出し、今は一人と一匹でそれらしき場所を探しているのである。

 

「なーV、お前のその無駄に長い耳で何か聞こえないか?」

「ブー……ブ? ブイ!」

「だよなぁ、そう都合良くいかないよな~」

「ブイ!?」

 

 丁度都合よく何かを聞き取ったVがクリアに語りかけるが、クリアはため息を吐くばかりで全く意思の疎通が出来ない。

 ここにいたのがイエローだったならすぐにVの気持ちが分かったのだろうが、生憎とクリアにそんな能力は無い。

 無論Vもそんな事は当に分かっている為、彼は一度クリアを見上げてから駆け出した。

 

「あれ? ホントに何か見つけたのかV?」

 

 その様子にようやくVの気持ちを理解してクリアもVへと続く。

 数メートル走った所辺りか、ようやくクリアにもその"何か"が聞こえてくる。

 

「おいブイ? 一体どうしたっていうんだ!?」

 

 それは少年の様な声だった。多分今のクリアとそう年も変わらない。

 その声が聞こえたとクリアが認識した瞬間、

 

「ッ!……ってイーブイ?」

 

 一匹のイーブイが草陰から現れた。

 途端に立ち止まるクリアとV、そして現れたイーブイに続く形で自転車に乗った少年も姿を現す。

 

「ん、イーブイ…ってお前は!?」

 

 クリアの姿を見た途端、すぐに臨戦態勢に入り腰のボールへと手を伸ばす自転車に乗った帽子の少年。

 ゴーグル少年、クリアもクリアでいつでも次のポケモンを出せる様ボールを手元に用意する――が、

 

「っておいV、お前何してんだよ」

「……ブイ、まさか知り合いなのか?」

 

 睨み合うトレーナー達とは対象的に、二匹のイーブイはまるで兄妹の様に無邪気にじゃれ合っている。

 その姿に肩透かしを食らってポカン、と目を丸くする二人だったが、

 

「あ、アハハハ、なんだなんだいい奴かお前」

「ハハッ、そういうお前こそ…悪かったな疑って、何よりここは俺にとって敵地の真っ只中だからな、だがこいつらが何よりの証拠だ」

「あぁ、俺にとってもここは敵地だ、となると目的は一緒という事だろうなきっと」

 

 お互いのイーブイの仲良さ気な様子にすっかり打ち解ける二人。

 これだけポケモン同士が仲睦まじく、そして何よりそのポケモンを見ただけでどれだけ大切にされてたかが分かった、それだけの理由で、否それ程の理由に二人は会って早々握手を交わして、声を揃えて言う。

 

「「打倒四天王!」」

 

 そして二匹のイーブイはそれぞれの主人を見上げ、二人は交わした手と手を解く。

 

「じゃあまぁなんだ、時間も惜しいし歩きながら自己紹介といこうぜ」

「それもそうだな……V、ボールに……やっぱいいか」

 

 そう言って歩き出す二人の少年。自転車の少年は自転車から降りてクリアのペースに合わせている。

 地図を無くして途方に暮れていたクリアにとってこの出会いは正に天の導き、出会った少年には明確な目的地を示す何かがあるらしく、その足取りはしっかりとしている。

 そしてVをボールに戻そうとするクリアだったが、件の少年のイーブイと話しながら歩いてる姿を見て、そっとボールをしまった。

 

「へぇ、お前のイーブイもブイっていうのか、実は俺のイーブイもブイって言うんだぜ」

「それは奇遇だな、Vなんて一文字のニックネームをつけるのは俺位のものだと思ってたのに」

「え?」

「ん?」

 

 呼び方は一緒でも書き方は違う。

 それからクリアと帽子の少年はお互いのイーブイの呼び方を確認し合ってから、

 

「そうかお前Vっていうのか、よろしくなV!」

「ブイもよろしく!……一瞬ブイゼルと被っちまった事は、黙っておこ」

 

 それぞれが互いのポケモンに呼びかけあって二匹のイーブイもそれに返事する。

 もしここがスオウ島じゃなければ、敵地の真っ只中じゃなかったらこのまま和んだり、バトルを楽しんだりするのだろうが、だがここは戦場。

 それをこの少年等はきちんと理解している。

 だからこそ、帽子の少年は隠し持つ三つの石をクリアに進めようと口を開きかけ、

 

「なぁ……ってそういえば俺達まだ互いに自己紹介してないじゃん」

「……自分の事なんて時空の彼方に放り投げて、先にポケモンの紹介してたな」

 

 苦笑いをし、一旦仕切りなおして、

 

「俺はクリア、ちょっと人探しを頼まれて旅してたらいつの間にか四天王と戦って……あれ、なんで俺こんな事になってんだろ?」

「それは災難だったな、俺は……」

「まぁとりあえず"レッド"って奴を見かけたら……」

「レッドって言うん……」

 

 言葉が止まる、足も止まる、何事かとイーブイが己が主人達を見上げる。

 そして数秒後、

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!? なんでレッドが普通にこんな所ウロついてんだよ!? なんだよ俺達の旅の意味!」

「というか俺探されてたのか、まぁ連絡してる状況じゃ無かったからってのもあるけど……」

 

 誰にも構わず叫んで、これまでの旅での出来事をクリアは思いだす。

 まず最初、研究所から追い出される形で旅立たされた、ここまでは良い。

 

(その後カンナに襲われて死に掛けて! 実際その後ゴーストに舐められて実際に死んで! 生き返ったと思ったらワタルと戦って、そして今はこんな地図に無い島まで来て!)

 

「なんでレッドがここにいるんだよ!?」

「俺がいちゃ悪いのかよ!?」

 

 最早滅茶苦茶である。

 というか敵地のど真ん中でこれだけ叫んで、辺りの兵隊ポケモン達をクリアが倒してなかったら今頃大群に襲われている頃だ。

 こうしていても埒が明かない、そしてクリアも冷静さを取り戻し再び二人は足を動かす。

 

「……いや悪い、こっちも予想外の出来事に一寸混乱状態だった、忘れてくれ」

「そう簡単に忘れられるものじゃ無い気がするけど……というかお前今"達"って言わなかったか?」

「あぁそうだよ、イエローって奴も一緒だった。この位の背の小さい子だよ」

「そうだったのか……でもイエローって名前には心当たりが……」

「そうなのか? じゃあトキワの森でコラッタ一緒に捕まえてあげた子って言えば分かるか? 昔お前に手伝って貰ったって言ってたけど」

 

 そう言ったクリアの頭には麦藁帽子を被ってコラッタを抱きしめたイエローの姿が浮かび上がり。

 

「……あぁそう言えば昔一度あったな! あの()か!」

「そうだよきっとその子だよ、コラッタにラッちゃんってニックネームつけて無かったか?」

「あ~、そういえばつけてたな! あの()だなきっと!」

 

 そう言ったレッドの頭にはポニーテールの女の子の姿が浮かび上がる。

 だがしかし、二人の認識の違いはその会話からは到底浮かび上がる事は無い。

 

「で、そのイエローも一緒に来ててな、ちなみにお前のピカも一緒だぜ? かなり強くなってる……はず」

「……はず? まぁいいや、そうかぁいつかバトルしてみたいなぁその()と」

「やればいいさ、この戦いが終わった後にいくらでもな」

「それもそうだな……クリア」

 

 いつの間にか鍾乳洞の入り口まで来ていた。

 その先に待つ四天王、そして戦っているであろう仲間達、その姿を想像して、クリアに呼びかけたレッドはおもむろに三つの石をクリアの前へ出した。

 同時に再びその足も止まる。

 

「もしクリアが良ければそのイーブイ、Vをブースター、シャワーズ、サンダースのどれかに進化させてやる事も出来るが……どうする?」

「……いいよ別に」

「石の事は気にしなくてもいいぜ、この石は使っても無くならない」

「その情報は凄く気になるがいいや、というか無理なんだよ、俺のVはな」

「……どういう意味だよ?」

 

 表情に影を落とすクリアと、同じ様に暗くなるVに、何らかの事情を感じ取ったのだろうレッドがクリアに言う。

 一方のクリアも特に隠す様子も無く、

 

「俺のVは進化出来ないんだよ、どの進化の石を使っても決して進化しないのさ」

 

 そう言ったクリアはレッドから"ほのおのいし"をひったくるとそれをVに使ってみせた――が、普通ならここでブースターに進化するはずのVの身体に変化は起きない。

 "ほのおのいし"をレッドへと返し、続けてみず、かみなりと使うが、やはりVに変化は無い。

 

「ロケット団の実験が失敗して、Vは進化の石の恩恵を受けられなくなっちまったのさ」

 

 そうクリアが言った時、一際深くVが沈んでる様に、そうレッドには見えた。

 そしてチラリと自身のイーブイ、ブイを見たレッドだったが、ブイはブイで事情を知ってる様子である。

 そこでようやく、レッドは何故自分のブイとクリアのVが会って早々、あそこまで意気投合していたのかを悟った。

 

「なるほどな、だからお前はVと……知り合いだったのか」

「知り合い……レッド、まさかお前のブイも」

「あぁ、ならそのVも"ロケット団の実験体"だったんだな」

 

 それは彼等のイーブイ達が持つ暗い過去。

 ポケモンマフィア"ロケット団"の実験体とされた過去、二匹の違いは、その結果が"成功"だったか"失敗"だったのかという事だけ、それだけだった。

 

「……ゴメンなV、お前の気持ちも考えなくて」

 

 そう言ってレッドは三つの進化の石を懐にしまって、優しくVの頭を撫でた。

 進化し、そして元に戻る事で三つの進化を可能としたブイを持つレッドだが、それでも進化すら出来なくなったVの気持ちが分からない訳では無い。

 元々の人柄も相まって、Vも彼のそんな労わりの言葉に元気を出す。

 

「っか! だけどそれでも、別に悲観する事でも無ぇんだぜ!」

 

 だがクリアは逆に、その事実を笑い飛ばしていた。

 何事かとレッドはクリアの顔を見て、そしてその自信に満ちた表情を凝視する。

 

「進化の石が使えない? ブースター? シャワーズ? サンダース?……それがどうしたよ、進化が出来なくても強くなる事は出来る、そうだろV?」

「……ッ、ブイ!」

 

 Vの大きな返事に、レッドはクリアの持つ能力(ちから)の片鱗を見る。

 あれだけ大きく沈んでいたVに最早その後は無し、むしろ宣言したクリアをどこまでも信頼した眼で見つめている。

 

「例え電気技が使えなくても強い打撃攻撃を持ったPだっているし、飛べなくても一撃必殺の"いあいぎり"を持ったねぎまだっている、それにVの"スピードスター"は一味も二味も違う」

 

 むしろ俺のポケモンに弱いポケモンなんて存在しない!、そう断言したクリアの姿にレッドはもう何も言うまいと決める。

 元々これらの三つの進化の石はレッドのブイの為の秘策、クリアに提案したのはあくまでついでだったのだ。強く勧める事もする気は無かった。

 

「それだけ言うなら心配いらないな、むしろ今度戦ってみたい程だぜ、お前のVと!」

「……俺もな……それに」

「ん、何か言ったか?」

「……いや何でも無い」

 

 何かを呟いた様なクリアだったがレッドはよく聞き取れなかった。

 再度確認するも何でも無いと返すクリア、そこに特には重要性も感じなかった為、レッドもそれ以上の言及はしない。

 直後、足場が揺れる、地響きが鍾乳洞の奥から響いてくる。

 

「……始まったみたいだな」

「みたいだな」

 

 どうやら戦いが始まったらしい、レッドは自転車に跨って、ブイをボールに戻し、

 

「悪いけど俺は先に行くよ……どうしても決着をつけなきゃ相手がいるんだ!」

「分かった、俺もすぐに向かうよレッド」

「あぁ、後で会おうぜクリア」

「勿論だ」

 

 最後にそう言葉を交わして、レッドは自転車に乗って風を切って鍾乳洞の中へと入っていった。

 彼が言った決着をつけなけらばいけない相手シバのいる場所へ、"運命のスプーン"が導くままに。

 

「……レッド、さっきはああ言ったが、別に進化は"石じゃなくても"出来るさ」

「ブイ?」

 

 いなくなった背中にそう呟くクリア、そして彼の言葉の真意を理解していないVを見下ろして、

 

「そうだな、あいつはここから入っていった事だし……V戻れ、そしてねぎま!」

 

 Vを一旦ボールに戻し、カモネギのねぎまを外に出す。

 いつものように一本のネギ(クキ)を携えて颯爽と現れるねぎま。

 そんなねぎまに、

 

「よしねぎま、俺は空から攻めようと思ってるんだ、だから飛べ」

「!?」

 

 出て早々トラウマ攻撃、まさに外道である。

 ――だがそれもねぎまのトラウマ克服の為のチャンスをあえて作り出しているのだ。

 やろうと思えばエースを出して背中に乗れば一っ飛びだが、いつまでもねぎまが飛べないという彼のトラウマも、トレーナーとしてなんとかしてやりたい。

 いつの間にかそんな"トレーナーらしい"思考が芽生え始めたクリアだったが、

 

「……ダメか、悪いなねぎま無理させて、出て来いエース」

 

 必死に羽をバタつかせジャンプするねぎまをボールに戻し、エースを出す。

 どうやら今回もダメだったらしい、だけど焦る必要は無い、別に今は飛ぶ必要も無いからだ、その時になったら――"飛ぶべき時"が来たらいずれ飛べるだろう、そう確信した、してるクリアはエースに背中に跨って、

 

「じゃあエース頼むぜ」

 

 そう呟いて、黒い火竜は空を飛ぶ。

 そこからどこか入れそうな場所をクリアが探してる時だった。

 鍾乳洞の天上、クリアの下の景色がいきなり崩れ、そしてそいつはいきなり現れた。

 

「……貴様はっ!……ふ、フハハハ! いないと思っていたらこんなとこにいたのか!」

「エース、いきなり大ボスだ、気合入れろ……そしてテメェは今から落とされる覚悟をするこったな!」

 

 プテラとリザードンに乗った両者は互いの視線を交差させて、

 

「クリア!」

「ワタル!」

 

 互いの名を呼び合って激突する。

 ワタルのプテラの翼と、エースの翼がぶつかり、交差する。

 技を使わない肉弾戦では両者は互角と見ていいだろう、そして第二撃を構えようとしたクリアの目の前に、

 

「無茶をするなと言ったはずだぞクリア!」

 

 カツラとイエローと――そしてミュウツーが更に現れるのだった。

 

 




名場面クラッシャークリア!
というか前述した通り作者もレッドがイエローの正体を知る第三章のあそこは大好きなんですが気づいたらクリアがバラしてました。あの場面好きな人はガッカリするかもですよね…。

でもまぁ二次小説という事でそこは勘弁してください。

後はVがロケット団の実験体だったならレッドのブイとも面識あるだろうと勝手に捏造、多分Pとも面識はあるはず。
そしていくつか伏線も投入、この時代では石での進化しか無かったですしね!


ではでは、感想とか送ってくれたら嬉しい、マンボーでした。


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十一話『vsカイリュー 決戦』

 

 

 鍾乳洞の天上がワタルによって破壊され、戦いの舞台は外へと移行した。

 その戦いの舞台に身を置くのは四天王のワタル、ミュウツーをパートナーとするカツラ、そしてイエローとクリア。

 ワタルはプテラに乗り、カツラとイエローはミュウツーの念動バリアの様な球体の中に浮かび、クリアはエースの背に乗った形で睨み合う。

 

「カツラさん!? ってそのポケモンは!」

「下がっていろクリア、まずは私が戦う!」

 

 カツラの連れているミュウツーに驚きを隠せない様子のクリアだったが、いきなりクリアの乗るエースの高度がガクンと下がった。

 何事かと構えたクリアだったが、それはミュウツーが念力でクリア達を動かしたのが原因だったらしい、ミュウツーの傍までクリアとエースは移動させられ、声の届く範囲まで来てからカツラが言う。

 

「戦うって、なら全員で一緒にやった方が良くないですかカツラさん!?」

「あぁそうだ私達全員で戦う……が、まず第一撃で万が一全員がやられないという保障も無い、だからまずは私が戦うのを見ているんだ!」

「……分かりました」

 

 カツラの言い分にも一理ある、そう理解してクリアはエースを一旦ボールへと納めた。

 納めて、ミュウツーの念動バリアの中へとクリアも入っていき、カツラを真ん中に右にイエロー、左にクリアというポジショニングでミュウツーを囲む。

 

「ふん、話は済んだか? なら行くぞ!ハクリュー!」

 

 そのやり取りの間、ワタルは一切攻撃して来なかった。

 それが正々堂々と戦おうという姿勢なのか、それとも単にカツラ達を見下しているだけなのか分からないが。

 そしてワタルは次に繰り出すはハクリュー、それも二体だ。

 恐らくその中の一体はクリアのヤドンさんにクチバで倒された個体なのだろう、うち一体のハクリューはクリアに対して威嚇してる様にも見える。

 

「風を、雷雲を呼べ! "こうそくいどう"!」

 

 ワタルが指示を出した瞬間、二体のハクリューは同時に動く。

 直後荒れ狂う暴風と(いかずち)がカツラ達を襲った。

 念動バリアの中で直接的な被害は無いが、辺りに渦巻く嵐と雷の攻撃の強さは見ただけでも分かる、その威力に念動バリア全体がグラつく。

 

 元々ハクリューには気象を操作する能力(ちから)があった。

 が、ワタルのハクリューの場合その能力を最大限まで引き出し、またその風や雷と一体となる事でその威力を増大させているのだ。

 

「……ッチ、これじゃあ埒が明かない! カツラさん!」

「分かっている、ミュウツー"バリア"を解くぞ、次は我々の攻撃の番だ!」

 

 いつまでも念動バリアの中にいても悪戯に時間と体力を削るだけだ。

 だからこそ、カツラとミュウツーはあえて念動バリア(それ)を解く、瞬間凄まじい程の突風に身をさらされ痛めつけられるが、

 

「"サイコウェーブ"!」

 

 ミュウツーを中心として竜巻が発生した。

 エスパータイプのミュウツーがその念力で発生させた竜巻、それでハクリュー達の気象攻撃に対抗しようというのだ。

 

「ふん、良い技だ、それで中央部まで引きずり込んで一気に叩こうというのだろうが……」

 

 ワタルの言った通り、ハクリュー達は為す術も無くミュウツーへと引き寄せられていく、が、

 

「構わん! 此方にとってはむしろ攻撃のチャンスだ!」

 

 それすら逆に攻撃のチャンスに変えて、ワタルのハクリュー二体はお互いにまるでウロボロスの様な輪になって竜巻の中でも風と雷の攻撃を仕掛けてくる。

 もしもこれが、ミュウツー一体だけだったならば問題無いのだろうが、そこにいるのはミュウツーと、数人の人間達。

 ミュウツーは耐えれてもトレーナーには別問題だ、仕方なし一旦距離を取るミュウツー。

 

「カツラさん! 俺達は一旦離れましょう、そうすればミュウツーの負担も減ります!」

「……ふふ、それが出来れば苦労はしないのだがね」

「え?」

 

 次の瞬間、ワタルのプテラがミュウツーを襲う。

 その鋭い羽と、ミュウツーが念動力で作り出した"スプーン"の交差する音、金属音の様な音が響いた。

 

 そんな中、クリアとイエローはカツラから聞かされる。

 カツラとミュウツーの関係、互いの身体に埋め込まれた互いの細胞、そしてそれ故の制限時間(タイムリミット)

 三分、それがカツラとミュウツーに課せられたハンデだった。

 

「クリア、イエロー君!」

 

 だがそんなハンデを背負っているとはいえ、今共に戦っているのは"あの"ミュウツーなのだ。

 桁外れの実力を持った伝説級のポケモン。

 

「奴が勝利を確信している今こそがチャンスだ、狙うは奴の……ボールの開閉スイッチ!……だからイエロー君はプテラの相手を、クリアは二匹のハクリューの相手を頼む」

 

 そう言ってカツラはワタルにプテラの相手を、そしてクリアに二匹のハクリューの相手を頼むと言って、ミュウツーへと向き直る。

 

「ピカ!」

「ヤドンさん! ねぎま!」

 

 イエローの指示でピカがプテラへと向かい、プテラもその迎撃に追われて一瞬ミュウツーから気を逸らす。

 そしてクリアの出したヤドンさんとねぎまの二体はハクリューへ、当然二体のハクリューも一瞬気を逸らして。

 

「今だ!」

 

 カツラの号令と共にミュウツーの"スプーン"の先が"フォーク"の様になり、ワタルへと向かった。

 そしてピンポイントでワタルの腰のボールへと伸びて、パキンッ!という音が木霊し、破壊された三つのボールがワタルの腰から地面へと落ちる。

 そのボールの壊れようからして、しばらくは使い物にならないだろう。

 

 それを見て勝利を確信して、カツラとミュウツーは体勢を崩す。

 

「カツラさん!」

「ミュウツー!」

 

 クリアとイエローがカツラとミュウツーへと駆け寄る。

 

「カツラさん……は気を失ってるみたいだな」

「ミュウツーもさっきの戦いでかなり体力を消耗したみたいだよ」

 

 カツラ達の状態を見てクリアとイエローは互いに報告し合い、そしてワタルの方を見た。

 そしてイエローの眼にあったのは確信、ミュウツーとの戦いで疲弊したワタルのポケモン達、と壊されこの戦いには参加出来ないであろう残りのワタルのメンバー、その事実に対する勝利の確信。

 逆にクリアには一つの疑問があった。

 

(やけに……あっさり過ぎる、奴は四天王のワタルなんだぞ? それがこうも簡単にやられるものなのか?)

 

 肩透かしというか、決着があまりにも簡単に行き過ぎて現実味が無いのだ。

 だからこそクリアは倒れたワタルに警戒の色を示して、そしてそのクリアの予想は当たっていた。

 

「フフ……フフフ、フハハハハハハ!」

 

 高笑いと共に起き上がるワタル。

 同時に顔を強張らせるイエローに、緩めかけてた気を一気に締めなおすクリア。

 

「ボールを壊して安心したか、確かに残りHPが少ないプテラとハクリューだけでは俺の敗北は確実だろう……だが」

 

 言ってパチンとワタルが指を鳴らす。

 それを合図に地に落ちた三つのボールにその刃を突き立てるプテラ、音を立ててボールは完全に粉砕されるが、その中にポケモンなんて無く、転がるのは唯のカラのハイパーボールが三つのみ。

 

「中身が空……そ、そんな!」

「ダミーか」

 

 そう、クリアの呟く通りワタルが腰に下げていたボールは偽物だった。

 今の様な攻撃に対する対抗策、四天王ワタルからしてみれば当たり前の対策だった。

 

「フハハハ! 今更驚いてももう遅いぞ! お前達がボールに閉じ込めようとした竜達は……ここだ!」

 

 瞬間、地響きと地震がクリアとイエローを襲う。

 そして地面の下から二体のポケモンが現れる。

 カイリューとギャラドス、イエロー達を鍾乳洞から外へと押し上げた張本人達で、一目でその力量の高さが伺える程のポケモン達。

 

 そして、

 

白竜(ハクリュー)海竜(カイリュー)凶竜(ギャラドス)翼竜(プテラ)、そして火竜(リザードン)!……これが四天王ワタルの(ドラゴン)軍団だ! さぁどう戦うイエロー、クリア!?」

 

 もう一匹、空から一匹のリザードンが降りてくる。

 六匹の竜達、四天王ワタルのチームが全員集合した姿、その圧巻とも言える風景に流石のイエローとクリアも息を飲んだ。

 そんな中、一人、一体だけミュウツーだけが動き、

 

「いいのか? ご主人様は? お前が一人で戦ったらカツラの体は耐えられないそうだろ!?」

 

 生み出した"スプーン"でワタルを攻撃しようとするが、ワタルの言葉にミュウツーは動きを止める。

 少し離れた所で、カツラの苦しそうなうめき声が聞こえ、そしてミュウツーは一瞬躊躇して、自らマスターボールの中へと戻った。

 そしてミュウツーの戻ったボールはまるで意思でも持ってるかの様に、イエローの元へ向かい。

 

「ミュウツー……カツラさんを、これ以上傷つける訳にはいかないと言うんだね?」

 

 イエローの問いかけにボールの中のミュウツーは一度だけ頷く。

 それでイエローの決意は固まったらしい、挑む様な視線を上げ、ワタルを見据える。

 

「ま、それもそうか……カツラさんもミュウツーも十分やってくれたし、俺達だって別に弱い訳じゃないんだ、イエロー」

「うん、クリア!」

 

 クリアとイエローは肩を並べてワタルを見る。

 

「さっきは少し圧倒されたがまぁ、ドラゴンと言っても所詮はポケモンなんだ! ポケモンバトルで勝てない道理は存在しない!」

 

 ワタルを指差しクリアは宣言する。

 それはワタルに言った言葉でもあり、イエローに言った言葉でもあり、そしてクリア自身に言い聞かせた言葉でもあった。

 ワタルの竜軍団の力は一目で見てとれる、が、それでも数の上ではまだ此方が有利、クリアはそう考えていたのだ。

 二体一、イエロー&クリアvsワタルの竜軍団。

 

「ふ、クリアよ、オレもお前にクチバの時の借りを返さなければと思っていた所だ、むしろ逃げる事なんて許さんぞ!」

 

 そう言ったワタルは二体のハクリューとプテラを自身の寄せて、その手を翳した。

 その行動にハッとするイエローだがもう遅い、見る見るうちにプテラとハクリューの三体は体力を回復していき、ほぼ全快となってクリア達を見る。

 

「その能力(ちから)……やっぱりワタルはトキワの……!」

「っか! それがどうしたよイエロー、それを言うならこっちにはお前がいるじゃねぇか!」

 

 ワタルの能力をその目でしっかりと見て予想を確信に変えるイエロー。

 同じトキワの出身で同じ能力を持って、だけど思想は全くの正反対の二人。

 いや思想だけで無く、トレーナーとしての腕前もイエローとワタルにはまだまだ差はある。

 だけどそんな絶望的な状況でも、クリアは笑ってみせた。

 

「ほらイエロー、ワタルが何やら移動してやがるぜ! 俺達も追おう!」

「……うん、そうだねクリア」

 

 走るクリアとイエロー、続くねぎまとピカ。ちなみにヤドンさんは相変わらずのマイペースなのでクリアが一旦ボールに戻した。

 

「……ありがとうクリア」

 

 ワタルと自身の力量差を見せ付けられて、少しだけ不安になったイエローだったが、そんな不安はクリアの言葉で吹き飛んだ。

 何故だかクリアの言った言葉はイエローの中の奥底まで響き渡って、そしてイエローを安心させるのだ。

 それが何故だかは分からないがイエローにも分からないが、クリアと一緒だと例え相手が四天王の将でも何故だか勝てる気がしてくる。

 不思議な安心感をクリアはイエローに与えてくれている。

 

 そんな彼の背中にポツリとイエローは呟く。勿論彼には聞こえない声量で。

 

 

 

「追い詰めたぜワタル!」

「追い詰めた? 誘い出されておいて何を言っている!」

 

 島中央の火口付近まで来て、ようやくワタルはその進みを止める。

 

「ギャラドスとカイリューが地下に潜り地殻を刺激してくれてたお陰で、今にもこの火山は噴火せんという状態だ、このワタルとの最終決戦の場には相応しい場所だろう?」

 

 煮え滾るマグマの上に、カイリューに乗って飛ぶワタルは地を走ったクリアとイエローに向けて言う。

 言って、一気にワタルは自身の全戦力を解放する。

 

「我が(ドラゴン)軍団の前にひれ伏すがいい!カイリュー! ギャラドス! ハクリュー! プテラ! リザードン!」

 

 六匹の竜がクリアとイエローを囲む。

 クリアとイエローは互いに背を預け、正面の三匹に向いて、そんな状況でなお、クリアは笑う。

 

「……ドラゴン軍団? 悪いがワタル、火竜を使うのはお前だけじゃねーんだぞ!?」

 

 笑ってクリアも自身のポケモン達を出した。

 

「エース!」

 

 その内の一体、黒い火竜(エース)に叫ぶクリア、それだけでクリアの意思は伝わったらしくエースはワタルのリザードン目掛け突撃していき、

 

「ふん、黒い火竜(リザードン)か! 面白い!」

 

 その勝負にワタルも応じた。

 二体の火竜は互いに一メートルの距離まで詰め寄って、一気に上空へと浮き上がる。

 

「エース!」

「リザードン!」

 

 その様子を見て、クリアとワタルは同時に叫んだ。

 

「「"かえんほうしゃ"!」」

 

 二体の火竜の"かえんほうしゃ"がぶつかり合う。

 炎がうねり、着弾し、押しつ押されの攻防、どうやら技の威力は互角らしい。

 "かえんほうしゃ"を打ち終え、二体の火竜は次はスピードに乗って風を切る。

 橙と黒の火竜が夜空に舞った。

 

「っふ、やはり面白いなクリア! オレのリザードンとここまで渡り合えずリザードンは初めてだ!」

「っは! ならよほど狭い世界にいたらしいな!」

「ほざけ! カイリュー! "かいりき"!」

 

 次はワタルが先手を取る。

 ワタルのカイリューがその巨体に任せ腕を振り上げて、

 

「レヴィ! "バリアー"だ!」

 

 クリアとイエロー達に振り下ろそうとした瞬間、見えない壁がカイリューとクリア達の間に立ちはだかった。

 そしてその"バリアー"を生み出すのはクリアのドククラゲ、レヴィ。

 カイリューは何度も何度も叩き壊そうと"バリアー"を殴るが、その壁は全く壊れる気配が無い。

 

「カイリュー"はかいこうせん"!」

 

 見かねたワタルがカイリューに指示を出して、

 

「レヴィ! ならこっちは"いかり"だ!」

 

 クリアもレヴィに指示を出す。

 直後、カイリューの"はかいこうせん"がレヴィに直撃する。

 

「な、何してるのクリア!?」

 

 その行動にイエローが驚くのも無理は無い。

 クリアはワタルのカイリューの"はかいこうせん"、言わば敵の最大攻撃とも言える攻撃に対して回避行動も防御行動も指示しなかったのだ。

 大抵のポケモンなら、今の一撃で沈むのは必死だろう――大抵のポケモンならば。

 

「……っな!?」

「驚く程の事じゃ無い」

 

 驚くワタルにクリアが何でも無い事の様に言う。

 だがワタルが驚くのも無理は無い、"はかいこうせん"の直撃を受け、発生した煙が晴れたそこには、まるで食らって等いないかの様なレヴィの姿があったのだ。

 直後にレヴィの"いかり"がカイリューに反撃する。

 それも攻撃を受けた直後の、"いかり"のボルテージが上がった状態のがだ、その触手の一本がカイリューに直撃し、カイリューを少しだけ吹き飛ばす。

 尤もカイリューもそれで大したダメージ、という訳でも無いのだが。

 

「悪いがうちのレヴィのタフさは半端じゃ無いぜ? ちょっとやそっとの攻撃じゃあ倒れないぞ」

「……なるほど、その生傷の多さも伊達じゃないという訳だな」

 

 クリアとワタルの言葉が交差して、海竜(カイリュー)海魔(レヴィ)の二体もまた二体の火竜達の様に互いの戦いを始める。

 時折トレーナーの指示もあるが、ほとんどは独断での戦闘だ。

 そしてそれを可能にしているのが、二匹の純粋な実力と、ポケモンがトレーナーを、またトレーナーもポケモンを信頼しているという証、それが無ければ手元から離してポケモンの判断のみで戦わせるなんて所業が簡単に出来るはずが無いのだ。

 

「……フフ、流石に強いなクリアよ」

「ったり前だ、あの二体はうちの"エース達"だからな」

 

 かつてヤドンさんをナンバースリーと言ったクリアがこと戦闘に置いて尤も信頼する二体。

 攻撃のエースと防御のレヴィ、それが二体の特徴だった。

 どこまでも攻撃力に特化したエースは風を切り、ワタルのリザードンに猛攻を仕掛け、どこまでも防御に特化したレヴィはカイリューの攻撃に余裕の表情を見せ、そして反撃によるダメージを確実に着実にワタルのカイリューへと与える。

 

「フハハハハハハ!! 面白い! ならばあの二体はあいつらに任せよう!」

 

 高笑いをして、ワタルは次に二体のハクリューを前へと出した。

 それに応じる形で、クリアもさっきの二体、ヤドンさんとねぎまを前へ出す。

 

 上空では二体の黒と橙の火竜が飛び、地上では海竜と海魔が泥沼の持久戦を繰り広げる。

 そしてまた、次はヤドンさんとハクリューの因縁の戦いが三度起ころうとしていた。

 

 




ワタルの手持ちにリザードンを勝手に追加、すいませんただリザードン対決をしたかっただけです。
予定では次かその次位でイエロー編は終了予定、そしてジョウト編に入ります。


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十二話『vsハクリュー 二体のエース』

 

「ヤドンさん! ねぎま!」

 

 クリアが二体のポケモンを繰り出し、ワタルもそれに応じる。

 クチバの港でワタルのハクリューを圧倒したヤドンさんだったが、今はむしろ逆だった。

 

「ふん! そんなものか、ハクリュー"はかいこうせん"!」

「ッチ、ヤドンさん"かいりき"で弾き飛ば」

「ならもう一本はどうだ!?」

 

 ハクリューから放たれた縦横無尽に動く"はかいこうせん"を見極め、それを弾き飛ばそうとするヤドンさんにもう一本の"はかいこうせん"が直撃し、それに怯んだ直後更にもう一発が当たる。

 元々ドククラゲ(レヴィ)程の耐久力がある訳でも無く、ましてや進化してる訳でも無いヤドンさん、いくらその実力が高かろうとハクリューの"はかいこうせん"は一気にヤドンさんの体力を奪っていた。

 直撃を貰って涙目で肩膝をつくヤドンさんに駆け寄るねぎま、ねぎまもねぎまで対応しようとはしたのだが、流石にねぎまでは変化する"はかいこうせん"は捉えられなかったのだ。

 

「ヤドンさんっ!」

「ふん、悔しければ反撃してみろ」

「……だったら今すぐ降りてきて戦いやがれぇ!」

「どうして自ら安全圏を放棄する様な事をせねばならんのだ、むしろ貴様がハクリューに向かってくればいいだろう!」

 

 そう言ったワタルのハクリューは今だ空中に漂い、安全圏から"はかいこうせん"を撃って来る。

 対するクリアサイドのポケモンはヤドンとカモネギ、一見対等に戦えそうな面子だが、

 

(……ねぎまは"空が飛べない"!)

 

 ここに来てそのねぎまの欠点が大きく出ていたのだ。

 いくら強くても、強い技を持っていても、当たらなければ意味が無い。

 宙に浮くハクリューに対する明確な攻撃手段がクリアには無かったのである。

 

「何故貴様のカモネギが飛べないか等オレにはどうでもいい、だがそうして地べたを這い蹲るのみというのなら、大人しくオレのハクリューに倒されろ!」

「……だが嫌だね! ねぎま"みがわり"だ!」

 

 クリアが叫んで、ねぎまが実態のある分身を作り出し、その分身に"はかいこうせん"が直撃する。

 

「"みがわり"か……だが時間稼ぎにもならんぞ!」

「ッ! ねぎま! ヤドンさん!」

 

 たったの一度で"みがわり"は破壊された。

 そして再び"はかいこうせん"の雨、爆撃の様な攻撃に白く煙が立ち、そして次に煙が晴れた頃には、最早戦闘不能になったヤドンさんの姿があった。

 

「ヤドンさん!」

 

 叫んで、クリアは走った。

 追い討ちを掛けるが如くもう一発"はかいこうせん"を撃つハクリュー、だが光線が到達する一瞬前に、ヤドンさんを抱えギリギリの所で滑り込みそれを避けるクリア。

 

「どうやらそのヤドンはもう使い物にならないらしいな、貴様のヤドンの"強さの秘密"その真骨頂とも言える"反射速度の高さと見極める能力"も同時多角攻撃には無意味だった様だしな」

「……気づいてやがったのか」

 

 ワタルの言葉に悔しそうな表情を見せるクリア。

 そう、ワタルの言う通りヤドンさんの強さの秘密はそのレベルの高さでは無い、真に注目すべきはその反射神経と観察眼の高さ。

 レベルこそヤドンさんは高いが、それでもそこは進化していないヤドン、ワタルの鍛えられたハクリューと互角以上に戦えていたのは、クチバでの圧倒的な強さの秘密はそこにあったからこそなのだ。

 ワタルの"はかいこうせん"の軌道や光線のどこを叩けば、無数にいたヤドラン達のどこに攻撃すれば最も効果的か、そして視覚外からの攻撃にも対応出来る反射神経、それがヤドンさんの強さの秘密だったのだ。

 

「当たり前だ、クチバ湾で負けたあの時からオレは貴様のヤドンには必ず"二体"のハクリューで相手どろうと決めていたのだ!」

 

 一対一の戦いならばヤドンさんにも勝機があっただろう。

 だが相手が二体となると途端に処理しなければいけない情報量は倍となる、さらに常に動く戦況の中、二体の行動や弱点を見極めながら戦うのは至難の業だ。

 まして此方の攻撃は当たらず、向こうの攻撃のみが続く、疲弊は判断力を鈍らせ、一対の攻撃に反射的に対応出来ても別の攻撃には対応出来ない。

 

 正にヤドンさん封じの戦法をワタルは取ったのである。

 

「……この状態じゃもう戦えないな、休んでてくれヤドンさん」

 

 ハクリューの"はかいこうせん"を何発も食らったのだ、最早ヤドンさんは戦える状態では無い、クリアは静かにヤドンさんをボールへと戻した。

 

「勿論、そのカモネギを狙わなかったのもまずは厄介なヤドンからと決めていたからだぞ、それ程までにオレはあのヤドンを評価していた!」

 

 素直な賞賛の言葉も今のクリアには皮肉に聞こえた。

 残されたねぎまが申し訳無さそうにクリアを見上げる。

 

(……どうする、正直こんなに早くヤドンさんが倒れるのは予定外だったぞ!?……残りのワタルのチームはギャラドスとプテラ、エースとレヴィも苦戦してる様だし、正直戦力差がここまでだったなんて……!)

 

 元々クリアの作戦はエースとレヴィ、そしてヤドンさんを本命として残りのポケモンでサポートしながらワタルのポケモンを各個撃退するのが作戦だった。

 だがここに来て、まずはエースとレヴィで厄介そうなリザードンとカイリューを引き付けておいて、残りはヤドンさんと他のポケモン達で撃退する作戦に変更した。

 ハクリュー程度なら余裕で倒せる、その油断が今回の結果を招いた、完全にクリアの判断ミスである。

 

「もう諦めたらどうだ? 言っておくがもし先の二匹の戦いが互角だと思っているのならそれは単なる思い違いだぞ?」

「……そんな事、まだ分からないぞ!」

「ふん、その内分かる……どちらにせよ、オレはオレの目的の為に動くだけだからな」

「……目的、だと?」

 

 ワタルの目的、思えばクリアもイエローもそれを知る機会が無かった。

 成行きでレッド捜索に出て、四天王と戦い、流されるがままに今ワタルと戦っているのだ。

 それを知ってか知らずか、ワタルは口を開く。

 

「そうだ! 造り変えるのだ! ポケモン達の住み易い世界へ、今の世界を壊して新しい世界へと! 身勝手な人間は全て滅ぼしてな!」

 

 それがワタルの目的、ワタルはこれまでイエローと同じ能力(ちから)で色々なものを見てきた。

 ポケモンの視点から、人の勝手な都合で居場所を奪われ、傷つけられるポケモン達を。

 

「……」

 

 そしてそんな事件に思い当たりのあるクリアも思うところがあるのだろう。

 クリアの手持ちのうちの二匹、PとVは元々ロケット団の実験体だった。

 ただ利益の為だけに――二匹もまた被害にあったポケモン達なのだから。

 

「どうだ? 貴様さえ良ければ仲間にしてやってもいいぞ? オレの目的には同士は多ければ多い方がいい」

「……俺は」

 

 それは新たな可能性か、はたまた悪魔の囁きか。

 PとVがどれだけ苦労して来たか、少なくともクリアは知っているつもりだ。

 電気技が使えないにも関わらず今だ"10まんボルト"を覚えているPや、時折見つける"進化の石"をとりあえず試すよう急かしてくるVがその証拠だ。

 そんなポケモン達が増えないのならば、むしろそれは良い事では無いか?――そんな考えがクリアの中を渦巻く。

 これが一度死ぬ前のクリアだったならそんな考え一蹴していただろう、だが一度命を落としたその時、彼は救ったのは虹色に輝くポケモンだった。

 

 ポケモンに救われた彼は、最早ポケモン達にただの他人の様な感情は持てなかったのだ。

 

「……俺は……!」

「違うよ! そんなの間違ってる!」

 

 迷いながらも言おうとしたクリアの言葉はイエローの叫びにかき消される。

 

「確かに人間が勝手な事をしてポケモンが住処を失ったり、食料を失ったり……そういう場所をボクはこの旅で沢山見てきた!……でもだからといって人間を滅ぼしていい理由にも、街を滅ぼしていい理由にもならないよ!」

「……イエロー?」

 

 明確な意思を持ったイエローの言葉。

 クリアの瞳に、小さな彼が初めて大きく見えた瞬間である。

 

「それにこの戦いの中でも沢山のポケモン達が傷ついているんだ……ポケモンは人殺しの道具じゃないよ!」

「……黙れ!」

「黙らないよ! ボクは本当は戦いが嫌いなんだ、ポケモン達は大切な友達だから……傷つくのも傷つけるのも嫌なんだ……貴方も、そんなにポケモンを大切にしてる貴方もきっとそうなんでしょ? ポケモン達は大切な友達なんでしょう!?」

「う、うるさい! ハクリュー!」

「ッ!……ぶねぇイエロー!」

 

 再度発射されるハクリューの"はかいこうせん"、狙いはイエロー。

 咄嗟にクリアはイエローを抱えその攻撃を避けた、さっきまでイエローのいた場所に光線が当たり、蒸発音が発生する。

 その光景を見て、思わずクリアの顔は強張った。

 勝機はもう絶望的、負ければ死、そんな非情な現実がクリアの心を蝕んでいく。

 そしてその顔に絶望の色が広がり始めたその時だった。

 

 

 

「……諦めちゃダメだよクリア」

 

 

 

 ショックに打ちひしがれそうになるクリアに、そんな言葉を掛ける人物が一人。

 イエローである。

 

「エースとレヴィはまだ戦ってる、ねぎまやPとVだってまだ残ってるんでしょ? だったらまだ大丈夫……ボクだっているんだから!」

「イエロー……」

 

 優しい笑みを浮かべそう言ったイエローも自分の手持ちを全てボールから出す。

 元から出ているピカに加え、ラッタにドードー、キャタピーにゴローン、オムナイト。

 

「……ははっ、こりゃあ頼りになるわ」

「む、それ本心? それとも皮肉?」

 

 お世辞にもワタルに対抗出来るとは言えないチームだが、今のクリアには何よりも頼もしく思えた。

 だがいつもの軽口だと思ったらしくイエローは頬を膨らませている、そんな仕草の一つが、クリアの中に消えかけていた闘志を復活させる。

 

(最悪"にげる"って選択肢も用意してたけど……勝負の最中に背は向けられないよな……)

 

 もうレッドに会うという目的は達成していた、その無事も実はクリアがここで四天王と戦う理由というのは当に消えていたのである。

 正義の為に動くカツラや、グリーンや他の者達の様にそれぞれの目的でこの島で戦いを繰り広げる者達。

 その誰とも、今のクリアとイエローの目的は違っていた。

 

「なぁイエロー」

「何、クリア?」

 

 ガァンッ!という大きな音が聞こえた。

 直後に同じ様な音、先程のワタルの言葉が現実となった――戦っていたレヴィとエースが吹き飛ばされてクリア達の方へ戻って来たのだ。

 ヤドンさん程では無いがボロボロである、いくら強いからといっても相手は四天王のポケモン達、もう一歩の実力差が届かなかったのだろう。

 悔しそうに再び突撃しようとする二匹を、クリアは手で制した――いつもならクリアの言う事をあまり聞かない二体だが、何故だか今はクリアの制止に従う。

 

「お前は、どうして今ワタルと戦っている?」

「クリア、突然どうし……」

 

 その問いの意味を理解出来ず一度聞き返そうとするイエローだったが、クリアの真剣な表情を見て躊躇い、そして答える。

 

「……ボクはワタルを止めたいんだ、同じ能力(ちから)を持つワタルを、そして皆を守りたいんだ!」

 

 そんなイエローらしい答えに、クリアは安心しきった様な表情を見せた。

 主力を一体失い、残り二体もHPは僅か、そして相手はフルメンバーに加えてワタルのポケモンを回復させる力もある。

 戦況は絶望的だった、そんな絶望の中で、クリアはワタルの先程の問いかけに答える。

 元の自身に満ちた表情で、ニヒルな笑みを浮かべながら。

 

「よぉワタル……さっきのテメェの提案だが、答えはノーだ!」

「……何?」

 

 ワタルにとってもその答えは予想外だったらしい。

 当然だ、今この状況でワタルの提案を断るという事は命を投げ出す様なものだから。

 散々四天王に命を狙われてきたクリアだ、仲間にならないのならばむしろ四天王にとって邪魔な存在でしかない、生かしておく理由も無いからだ。

 

「言葉の通りだバカヤロー! たった今俺にも、"戦う理由"ってもんが出来たからな!」

「戦う理由だと?」

「あぁそうさ!」

 

 言ってクリアはいつかの様にイエローの麦藁帽の上に手を乗せた。

 だがそれは乱暴にでは無く、あくまで手をそっと置くといった感じに、

 

「こいつがテメェと戦うってんだ、理由なんざそれで十分だよ」

「……馬鹿か、貴様」

「馬鹿で結構!」

 

 クリアの叫びに感化される様に、吹き飛ばされたエースとレヴィの二体も立ち上がる。

 立ち上がって、クリアの半歩後ろ、右と左につく。

 その姿はまるで、主に付き従う兵、忠臣。

 

 

 

「こいつが"皆"を守るって宣言したんだ!……なら俺は、"皆"を守る"こいつ"を守る!」

 

 

 

 クリアの言葉にイエローは目を見開きクリアを見る。

 当然、その視線にクリアは気づかない、今もワタルに視線を定める。

 

「……フン! いいだろう! ならば望むがままに、死ねクリアぁぁぁ!」

 

 "はかいこうせん"、ワタルのチーム全員が同時に破壊の光線を放つ。

 クリアとイエロー目掛け、だがそんな攻撃の前でも、クリアはイエローの前から動かない。

 

「ピ、ピカ! ゴロす……」

「エェェェェェェェェェス!!」

 

 咄嗟に対応しようとしたイエローだが、途端に叫んだクリアの叫びにその声はかき消される。

 それこそ今までに無い位、これだけの大声を出したのはクリアもきっと初めてだろう。

 呼ばれたエースはクリアの前に立つ、その姿はまるで主を守る剣そのものだ。

 

「む、無茶だよクリア!? エース一人でそんなっ!?」

「無茶で構わない!」

「クリア!?」

「どうせこのまま常識に囚われたままじゃワタルは倒せねぇんだ! ならいっそ、そんな常識ぶっ壊す!」

 

 クリアの心に色が広がる、無色が燃え滾る赤に変わって、

 

「無茶を通せ! 常識を壊せ! 限界を超えろエース! そこまで俺が、"導いて"やる!!」

 

 そしてエースの咆哮と共に、クリアの心の色が激しく燃える"青い"炎へと変わり、その高まる炎の温度によって尾の周りの岩が溶け始める。

 

「行っけえぇぇぇぇぇぇぇ! エェェェェェス!!」

 

 黒い火竜の尾の炎の色が青に変わる。

 青い炎はその輝きと大きさを増して、ついにはエースの体とほぼ同等まで燃え上がる。

 特性"もうか"、この現象はきっとそれに当たるのだろう、尤もこの現象は、特性なんてものを遥かに上回るパワーを出しているのは確実なのだが。

 そして、この次に出される技は――、

 

「"かえんほうしゃ"!」

 

 次の瞬間、六体の竜の"はかいこうせん"と、エースの"かえんほうしゃ"がぶつかり合った。

 拮抗は――しなかった。むしろ押されていた――六匹同時"はかいこうせん"の方が!

 

「っな!? なんだこの威力は!?」

「知らねぇよ! んな事はどうでも良い! 今大事なのはテメェを止めて皆を守って、そしてイエローを守る為の力、それだけだ!」

 

 ワタルが驚く通り、それは唯の"かえんほうしゃ"では無かった。

 本来なら特別な修行が必要な技、"ブラストバーン"、それをクリアとエースは本人達も知らないまま体現してしまっていたのだ。

 まるで最初からそうなる様に出来てたかの様に、まるでエースの中の可能性がクリアによって"導かれる"様に。

 

「っく! カイリュー!」

 

 ワタルの指示で、カイリューの"はかいこうせん"が軌道から外れる。

 そしてそのまま別方向から攻撃動作中のエースを狙った、真横からエースを狙撃しようという思惑らしい。

 ――だが、

 

「レヴィ!!」

 

 光線とエースの間、当たる直前でレヴィが体を滑り込ませる。

 もはや体力も限界、その"はかいこうせん"だけで瀕死は必死なはずだが、それでもレヴィは倒れない。

 

「っ何!? お、押せぇ!奴等はもう虫の息だ! 押し切ればオレの勝ちだ!」

「押し切れば?……それはこっちの台詞だぜクソヤロウがぁぁぁ!!」

 

 更に大きく闘志を燃やすクリアの心が伝染でもする様に、エースの青い炎は更に大きくなり、レヴィはついにカイリューの"はかいこうせん"を弾き飛ばす。

 

「ば、かな……」

「……これで、終わりだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして遂に、エースの炎が光線に押し勝った。

 "ブラストバーン"がモロにワタルとそのポケモン達に直撃する。

 地が裂け、マグマが更に活性化され、そしてワタルは、

 

「ムウ!? マグマかっ!?」

 

 地盤が緩み、ワタルの足元が崩壊して、そしてそのままマグマの中へと消えていくのだった。

 

 




 今回のvsハクリューのハクリューは二体目という意味です。
 そして今回の言い回しは少しだけグレ○ラガンを意識していたり、クリアの「"皆"を守る"こいつ"を守る」とか……相変わらずくっさい事言いやがるなこいつ……。


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十三話『vsプテラ 飛べない鳥』

「……終わった、のか?」

 

 マグマの中に消えていったワタルを見てから、クリアはポツリと呟いた。

 

「……クリアっ!?」

 

 ドサリ、と音を立ててクリアは倒れる。

 クリアの外見に特に目立った外傷は無かった、強いていればワタルのハクリューの"はかいこうせん"からヤドンさんを庇った時に出来た擦り傷程度。

 にも関わらず、酷い疲労感が今のクリアを襲っていた。

 

「ちょ、ちょっとどうしちゃったのクリア!?」

「……疲れた」

「……へ?」

 

 恐らくカンナ戦の時の記憶が蘇ったのだろう。

 狼狽するイエローに倒れたままクリアは呟く。

 そしてすぐに起き上がろうとするがまだロクに力が入らないらしい、まるで生まれたての小鹿の様にプルプルと足が震えていた。

 

「のわっ!?」

「クリア!?」

 

 再度倒れそうになったクリアをイエローが慌てて支える。

 それでどうにか体勢は整えれたらしい、危なっかしくもイエローに支えられ少しは安定しながら何とか二本の足で大地に立つ。

 

「大丈夫クリア!? もしかしてまた怪我してるんじゃ……」

「……大、丈夫……本当にちょっと疲れただけだから」

 

 確かに今のクリアの表情からその疲労感は伺えた。

 だが同時に確かにクリアにこれといって目立った外傷が無い事も彼を真近で支えるイエローは確認し、一先ず安堵する。

 そして落ち着いた所で、イエローは辺りを見回した。

 案の定そこには最早疲労困憊のエースとレヴィの姿、それもそうだろう、先程の戦いは彼等も実力以上の力を出していたはずなのだから。

 

 だがその力が唯の奇跡で起こされたのか、それとも別の力が作用したのか、この時の誰にもそれは分からない。

 

「……とりあえず二体を戻すか、サンキューなエース、レヴィ」

 

 イエローに肩を貸された状態でクリアは言って、二体のポケモンをボールに戻す。

 

「……終わった、んだよな……?」

 

 恐る恐るといった具合にクリアは言った。

 当然だ、もしこれでワタルが生きていたら、まだ戦える状態ならば最早万が一にもクリア達に勝つ事なんて出来ないはずなのだから。

 クリアの主力は全てダウンし、イエローの手持ちははっきり言ってレベル差が酷い、戦力外というもの。

 その展開まで持ってくるだけでも、いや偶然持ってこれただけでもギリギリだったのだ。

 これでワタルが生きていたら、本当の本当に絶望しかない――そんなクリアに、

 

「いくらワタルでも、流石にマグマに飲み込まれたんじゃ……」

 

 はっきりとしない答えでイエローは答えた。

 彼もまた断定出来ないのだ、それ程までにワタルの力は圧倒的だったから。

 

「……今はこの事は忘れよう、そんな事より良いニュースがあるぜイエロー!」

 

 暗い話題から目を逸らして、無理矢理気分を上げながらクリアは言った。

 まだイエローに肩を貸して貰わなければ歩けない状態だが、先程よりも幾分かクリアを襲う疲労感も回復している。

 

「良いニュースって?」

「あぁ……実はさ」

 

 そう言いかけたクリアの背後で、二人の後ろのマグマがボコリと一瞬泡だった。

 

 

 

 その頃、各四天王と戦っていた三人の図鑑所有者達は三人とも各四天王に勝利し、図鑑の導きのもと一点へと集まりかけていた。

 ロケット団ジムリーダーの三人は四天王を撃破すると何処かへと消えてしまい、今は三人共――否レッド以外は単独行動をしていた。

 偶然戦いに参加したマサキを連れて、レッドは自転車を飛ばす。

 グリーンもリザードンに乗り先を急ぎ、ブルーもまた図鑑の音の意味を理解して先へと進んだ。

 "正しい所有者が持った図鑑が三つ集まる時"にのみ鳴る図鑑の音、三人の図鑑所有者達とマサキは先へと急ぐ、恐らくまだ戦っているであろうイエローの元へと。

 

 ――そして、もう一人は既にクリア達のすぐ傍に――。

 

 

 

「……それならもう知ってるよ?」

「……え、えぇぇ……ケホッ!」

「あぁクリア無理しない!」

 

 驚き叫びかけた所で咳込んで、慌てて心配そうに言うイエロー。

 そんなイエローに対しクリアは顔を青くしながら、

 

「大丈夫大丈夫、モーマーンターイ……」

「今にも消えそうな声で言わないで」

 

 いつもの調子で言われたクリアは、薄ら笑いでイエローに返した。

 後はもう帰るだけ、戦いは終わった、時が進むにつれそんな考えがクリアの中で大きくなっていた。

 

(帰ったらしばらく休むかな……)

 

 イエローじゃないけどとりあえずベッドに入って眠りたい、そうイエローが思った時だった。

 掌サイズの泡が彼等の目の前に浮かんでいた。

 

「ん? これって……」

「……嫌な予感がする」

 

 不思議そうに泡を見つめるイエローの傍で、クリアは苦笑いを浮かべ呟く。

 本当に本当の最悪の状況、確信は無いがそんな予感がクリアの中で大きくなって、思わずクリアは笑ってしまっていた。

 人間本当に絶望的な状況では、不思議と笑みが零れてくる事もあるのだ。

 本当にもう、

 

「ッ、ワタル!?」

 

 ――どうしようも無い状況では。

 

 

 ワタルが生きていた。

 その事実はイエローには驚愕を、クリアには絶望を与える。

 大きなシャボンの様な泡に包まれたワタルは火山の中から浮き上がって来て、そして丁度日の出の時間と重なったらしくその背に眩いばかりの日光が当たる。

 そして一度、パチンとワタルが指を鳴らした瞬間だった。

 

「泡が消えっ……」

「……ぐぅぁっ!?」

「クリア!?」

 

 突如目に見えていた泡が視界から消え、その次の瞬間にはクリアが悲鳴を上げていた。

 イエローが驚きながらクリアを見てみると、左腕を押さえながら苦しそうな表情を浮かべている。

 

「どうしたのクリア!?」

「……腕の骨が折れた」

「折れっ!?……って今は処置が先! ピーすけ!」

 

 イエローの判断は中々的確だった。

 うろたえるよりも先に、キャタピーの糸をクリアの腕に巻いて、骨を固定させるギブスを作る。

 だがそうしてる間にも、見えない泡の攻撃は続いていた。

 

「ねぎまっ!」

 

 その一つがねぎまに当たったらしい、まだ戦闘不能には陥っていないものの、その体には着実にダメージが積もる。

 

「ッチ、なんだよこの攻撃、全然見えねぇ……!」

「多分、光の三原色だよ……赤と緑と青の"バブルこうせん"が合わさって"無色"になって、それが太陽光を反射する透明球となってるんだ」

「……へー、中々頭良いんだイエロー」

 

 そんな状況でも軽口を叩く、というかもうクリアも笑いしか出ない。

 

「となると、溶岩から身を守ってたのもあのバブルか……ッハ! そういうのは漫画の中だけにして欲しいね全く!」

「……言ってても仕方無いよクリア」

「イエロー?」

 

 半笑いで言ったクリアにイエローは静かに言った。

 そしてクリアをその場に下ろし、自身のポケモン達と共に一歩前へ出る。

 

「……おい、何して」

「クリアは十分頑張った、だから次はボクの番だよ!」

「……イエロー?」

「今度はボクが、クリアを守るから!」

 

 そう言って振り向いたイエローの笑顔は――クリアには死亡フラグにしか見えなかった。

 冗談等抜きにして、太陽光を前に振り向き様の眩しい笑顔、縁起が悪すぎる。

 

「おいお前それ死亡フラグっぽい……」

「行くよ皆!」

 

 イエローは走り出す。

 同時にクリアのボールからPとVが出てきた、開閉スイッチにはどうやらねぎまが手を掛けたらしい。

 

「お前等、まさか俺を守る為に?」

 

 クリアの問いにすぐさま返事をして、三匹のポケモン達はクリアを囲み大きく技を奮う。

 "たたきつける"、"いあいぎり"、"スピードスター"、広く弱く放たれる技は辺りを漂うバブルをどうにか捉え、クリアへの衝突を防ぐ。

 だがそれが出来るのも、イエローの方にも数が裂かれ、バブルの数が激減している為だ、というより大半はイエローを狙っている。

 ワタルもクリアがもう満足に立つ事さえ出来ないのを感じ取ってるらしい。

 

「……大丈夫かよイエロー……」

 

 不安げに呟くクリア、その視線の先では今もイエローが数あるバブルから逃げ回っていた。

 パッと見闇雲に逃げ回り、過ぎた箇所でバブルが弾ける。

 そしてとうとうイエローが追い詰められた、崖から飛び降り、何とか人一人分あるか無いかの様な場所でその足が立ち止まる。

 

「ねぎま! 俺の事はPとVに任せてイエローの元へ行け!」

「!?」

「早く!」

 

 困惑するねぎまだがクリアに急かされ、急遽イエローの元へ向かった。

 それを確認しイエローの方をクリアが向き直ると、

 

「……なるほど、なるほど!」

 

 そこにあったのは見事にワタルのバブルを攻略しているイエローの姿があった。

 ワタルのギャラドスと二体のハクリューが織り成す無色の泡攻撃、その目に見えないバブルを先程逃げると見せかけて設置していたであろうピーすけの糸で泡の位置を特定し、ラッちゃんの髭で感知して、オムすけの水で通電性を良くした糸にピカの電撃を流し込みバブルを割る。

 良い作戦だった、クリアが見惚れる程に。

 

(……そう言えばあいつ、グリーンと一緒に短期間だけど修行したんだったな……なんだ、いつの間にかまた俺はあいつを足手まとい扱いしてたんじゃないか……)

 

 思い返してみれば、"守ってやる"発言も唯のクリアの自己満足だった事に気づく。

 実力が足らなくても頭でそれを補い、柔軟な発想で対応する。

 そしてここ一発の突破力もレッドのピカがいた、イエローはクリア以上にワタルと渡り合える戦力を持っているのだ。

 

(……師匠か、俺にもそんな人がいれば、ちょっとは強くなれるのだろうか……)

 

 クリアのポケモン達は十分強い、クリアはいつもそう言って来た。

 問題はクリア自身、心の底ではまだまだ自分が弱い事を、もしかしたらクリアは自覚していたのかもしれない。

 

 そしてイエローの作戦が上手くいき、とどめとばかりにゴロすけがドドすけをワタルへと投げ飛ばした。

 ドドすけの"ドリルくちばし"がワタルの泡に直撃する――が、

 

「技が効かないっ!? そ、そんな!?」

「作戦は良かったが……悲しいかなパワー不足だ!」

 

 ぐにゃりとバブルは凹むだけで一向に貫通しない。

 溶岩に耐えるだけのバブルなのだ、イエローのドドすけのレベルでは、貫通力ではまだ足りなかったらしい。

 悔しそうなイエローの顔と、余裕に満ちたワタルの顔がクリアの眼に入って、直後におかしな光景が目に入って、

 

「……はは」

 

 思わずクリアは笑みを漏らした。

 だがそれはあまりの絶望的状況におかしくなったからでは無い、更におかしな光景が目に入ってしまったからだ。

 それはドドすけの足元付近、妙にモコモコとした体毛に隠れてイエローやワタルからは死角になっていた場所。

 

 そこからヒョッコリと突き出ている一本のネギ(クキ)が目に入ったからだ。

 

「流石は意外性ナンバーワン……!」

 

 クチバの時はため息をついたけれど、今は疲れも忘れて高笑いすらしてしまいそうになった。

 

「ねぎまぁ! "いあいぎり"だぁ!!」

 

 ックエ!と元気よくドドすけの体毛から首を出したねぎまに、イエローはおろかワタルすらも驚愕の表情を示した。

 そしてその羽で持つクキで一閃、軌跡が残るような太刀筋をねぎまは一度振るった。

 

 瞬間、パチンっと拍子抜けする様な音と共に、ワタルが再び溶岩へと落ちる。

 が、これは流石に余裕がある、すぐにプテラの背に乗ってワタルは飛び上がる。

 それでも、今の一撃は瞬間的にイエローと、そしてクリアのねぎまがワタルに勝っていた証拠だ。

 その事実にワタルも気づいているのだろう、再びその視線はイエローからクリアへと変わっている。

 

「ね、ねぎまぁ!? いつの間にドドすけの体毛の中にいたの!?」

 

 イエローも驚きながらねぎまに聞くが、ねぎまからすればさほど重要な事じゃ無かったらしい。

 イエローはよくドドすけの背に乗って移動していた、だからねぎまもドドすけに乗ってればイエローの傍にいけると思い、ゴロすけに投げられる瞬間、ドドすけの体毛へと潜り込んだのだ。

 別にワタルを倒そうとか、イエローを助けようとかいう意思はそこには一切無い、ただの偶然――ねぎまの意外性が生んだ一つの奇跡だった。

 

 

 

「……やはりまずは貴様から消した方が良さそうだなクリア」

 

 しかし今の攻防でワタルはクリアを危険因子と再確認してしまった。

 最早動けないクリア等眼中から消えうせていたワタルの眼に、クリアの姿が再び止まったのだ。

 それも最悪な事に、もう動けないクリアの姿が。

 

「プテラ、"はかいこうせん"」

 

 無慈悲なワタルの声が聞こえた。

 その攻撃にイエローが気づいた時にはもう遅い、"はかいこうせん"はクリアの足元の地面を破壊し、先のワタルの如くクリアは溶岩へと重力に引きずり込まれる。

 ――前の一瞬前、一つの影がクリアの傍を駆けた。

 その影は少し離れた所でクリアと共に溶岩へと落ちそうになっていたPとVを抱え上げ、一瞬の所でその場を離れる。

 そして崩れ去る地、だが運が良かったらしくクリアはすぐに下の岩肌へと落ちた、さっきまでイエローがいた人一人分程度しか無いであろう場所、すぐ近くで溶岩が滾るがそれが届く事はまず無い。

 

「お前はっ…!?」

 

 突如現れた人物にワタルは警戒の色を示し、またピカもその人物を警戒する様に電気袋からチリチリと放電させる。

 そしてその人物に抱え込まれたPとVは――ただただ震えていた。

 

「……まさか、サカキか、ロケット団首領の!?」

「ほう、よく調べているな、お前とは会うのは初めてのはずだが?」

「……どうしよう、感謝しなくちゃだけどしたくない」

 

 今PとVがいた場所はクリアと違い、完全に溶岩に飲み込まれる位置だった。

 それを助けたサカキは言うならば二匹の命の恩人――が、一方で彼等の生を狂わした張本人でもあった。

 その証拠に、二匹のポケモンはサカキが降ろした直後も震えていた、Vは仕方無いとしても、初めてクリアが会った時、ロケット団残党に果敢に立ち向かっていたあのPすらもだ。

 それ程までに、この男がこの二匹に与えたトラウマは大きかった。

 

「そんなものは必要無い、俺はただ俺の目的の為にここに来ただけだからな」

「ふん、目的だと?トキワジムジムリーダーにしてロケット団ボスの貴様が態々こんな所へ来る目的とは?」

「決まっている、俺が制圧するはずのこの地で好き勝手やってる連中がいて目障りだったものでな」

「そうか、ならば貴様も敵か! リザードン"だいもんじ"! ギャラドス"ハイドロポンプ"!」

 

 次の瞬間、ワタルの背後に二体のポケモン達が現れサカキ目掛けて大技を発射した。

 

「マズイ! P、V逃げろ!」

「マズイのは貴様もだぞクリア!」

「なっ!?」

 

 クリアの掛け声でPとVはイエローの方へ一目散に走り出し、クリアが安堵した直後ワタルの声が響く。

 ワタルが背に乗るプテラが"はかいこうせん"を撃ったのだ、クリアの足元の足場へと。

 それに反応するのはイエロー。

 

「クリア! 危ない!」

「うわぁっ!?」

 

 サカキへの技の到達とクリアの足場への技の到達は同時だった。

 サカキは身を守る様な体勢になって、近くの岩等の障害物で身を守りながらも、すぐにそれは壊され除々に追い詰められていく。

 一方のクリアは足場を破壊され、しかも先程のミラクルは起こらない。

 真下は完全な溶岩である。

 

「クリアァァァ!!」

 

 イエローの絶叫が聞こえ、クリアは必死の思いで落ちながらゴツゴツとした出っ張り部分を掴もうとするが、掴んだ瞬間それは崩れ去る。

 

「クリアァ! クリアァ! クリア!!」

 

 イエローのポケモンに空を飛べるポケモンはいなかった。

 クリアの手持ちにいた空を飛べるポケモン、エースは既に戦闘不能、そんな状態じゃ人一人を乗せて飛ぶなんて出来ないだろう。

 少なくとも敵では無いサカキも今まさに攻撃を受けている状況、助けは見込めそうにない。

 ――そんな判断する前に、クリアは手元のモンスターボールを全て崖上へと放り投げる――クリアと一緒にエースとレヴィ、ヤドンさんが溶岩に飲み込まれない様に。

 

「……あーあ、やっちまった、これでもう万事休すだ」

 

 

 

 サカキは黙って攻撃を受ける。

 ワタルの高笑いが聞こえ、無言で、静かに、サカキは一個のボールを転がす。

 コロコロと、ボールはワタル目掛けて転がっていく。

 

 クリア!と叫ぶイエローの声が聞こえていた。

 ねぎまは震える身体で、目でクリアが落ちていく様を見つめていた。

 ねぎまは空が飛べない、昔のトラウマで飛ぶ事が出来ない。

 クリアはそんなねぎまに事ある毎に飛ぶ為のチャンスを与えていた、時にはスオウ島で、時にはクチバでイエローとの合流前にエースよりも先にねぎまに飛べるかクリアは聞いていた。

 ねぎまもクリアが好きだった、飛べない自分が飛べるオニドリルに勝てた時、ねぎまは凄く嬉しかったのだ。

 群れから離れ、ヤドンさんと二人きりだったねぎまに、久しぶりに多くの仲間が出来た。

 ――クリアと一緒にいるのが楽しかったから、ねぎまは初めて会ったあの時、迷う事無くクリアについていく事に決めた。

 

 クリアが溶岩へと落ちる、落ちたら確実に死だ、ソレ位ポケモンにだって分かる。

 震える体で、震える翼で、涙で滲んだ瞳をキッと鋭くして、ねぎまはクリア目掛けて――飛んだ。

 

 

 

「ねぎまっ!?」

 

 もう溶岩まですぐそこまで来たって時だ、イエローの驚く声が聞こえた。

 そして最早考える余裕なんて無かったクリアの眼に飛び込んでくるのは驚くべき光景、今まで何度やっても飛べなかったねぎまが、この土壇場で羽をばたつかせている姿。

 その姿が見えた瞬間、まさに溶岩へと落ちる一歩手前という状況で、ねぎまはしっかりとクリアを掴んで更に羽をばたつかせ数メートルだけそこから上昇する。

 

「ねぎまお前……一応"そらをとぶ"は秘伝で覚えさせてたけど、やっぱりやれば出来る子だったんだな……って落ちてる落ちてる!」

 

 悪戦苦闘しながらも、ねぎまは何とかクリアをイエローの元へと運ぶ。

 よろめきながら、たまに高度を下げながらも、確かにねぎまはクリアと共に"空を飛んだ"のである。

 

「す、凄いよねぎま! ついにトラウマを克服したんだね!」

 

 興奮した様にねぎまに抱きつき頭を撫でるイエロー、ポケモンを友達と言っていたイエローも、ねぎまのこの成長は自分の事の様に嬉しいのだろう。

 ――ねぎまの方は汗だくで目を大きく見開きぜぇぜぇと肩で息をする姿の所為で、色々と台無しになっているが、主に感動的な意味で。

 

 

 

「……真下がガラ空きだ!」

「っな!?」

 

 クリアとねぎまがそんな感動ドラマを広げている間、ワタルとサカキの戦いにも変化があった。

 サカキが密かに転がしたボールが、ワタルの真下まで転がったボールの中から現れたスピアーが状況を逆転させたのだ。

 プテラに乗ったワタルへとすぐに移動し、プテラに感知される前にワタルを突き飛ばしたのだ。

 突き飛ばされたワタルはサカキの計算通り、先程イエローが作ったキャタピーの糸の罠にかかり、腕や足が糸に絡まり自然と拘束された形となる。

 そしてすぐさまワタルの喉元にスピアーが針を突き立てる、それによってワタルのポケモン達も身動きが取れなくなる。

 

「本来地面タイプ以外は専門外だが、このスピアーは俺の故郷トキワの森で育ったポケモンだ、もうお前に勝ち目は無い」

「……くく」

 

 自慢のポケモンで、勝利を目前とした状況でもサカキは油断していない。

 逆に一寸先は死といった状況で、ワタルは笑う。

 傍から見ればどちらが勝者か一目瞭然なのだが、全てはワタルの思惑通りに進んでいた。

 

 

 

「あれは!?」

 

 島に巨大な光の柱が建った。そう思った瞬間、巨大な鳥の影が島に上陸する。

 巨大な鳥の影、恐らくポケモンだろう――はその光の柱へ突進し、そしてその光の柱を、その光の柱のエネルギーを吸い取り始めた。

 同時期に、サカキの持つグリーバッジが光を放った一瞬の隙をついて、マグマの中から現れたカイリューに乗って再び飛翔するワタル。

 先のチャンスもこれで潰れてしまい、サカキは少しだけ考え、退散する。

 

 そんな様子を見ていたクリアとイエローは、

 

「あ、あれは……」

「ポケモン……なの?」

 

 唖然とするイエローだったが、クリアにはそのポケモンに見覚えがあった。

 というより、光の所為で詳細な姿は見えないが、そのシルエットはまさに、

 

(ルギア、か?あれは……となるとワタルの目的は、あいつを従える事にあったのか)

 

 だからこそ、ワタルはクリアを誘ったのだ。

 クリアの持つ"導く者"の力、その力はワタルにとって強力な道具そのもの、敵の手に渡れば脅威だが自身の持ち物となれば話は別だ。

 それに加え、クリアがポケモンを大事にしている様もワタルには見て取れたし、ある程度の人間的条件もクリアはクリアしていたのである。

 尤もクリアがそれを拒否してしまった今では、どうでも良い事なのだが。

 

「ワタルは、あのポケモンで恐らく人間を滅ぼそうとしているんだろうな」

「そんなっ!? 今以上にまだワタルは破壊しようっていうの!?」

「それが奴の本来の目的だろ、邪魔な人間(ヤツ)は全部消して、ポケモンの理想郷を作る……その為にあのポケモンを欲したんだろうよ」

「そんなの、そんなの間違ってるよ!」

「分かってるよ、だから今あいつを……あいつを止められる俺達が今止めなくちゃいけないだろ」

 

 クリアとイエローが地上でそんな会話をしていると、プテラに乗ったままワタルが不意にクリアとイエローの方を見下ろした。

 

「最早邪魔等出来ないと思うが、念には念を入れておくか……カイリュー、上で待っている、後から来い」

 

 尖兵としてカイリューがクリアとイエローの前に立ち塞がる。

 そしてプテラに乗ったままワタルは巨大な鳥ポケモン、ルギアの元へと飛んでいった。

 

「っ、どいてカイリュー! ワタルを追わなくちゃ!」

「ちょっと待てイエロー、こいつ……」

 

 二人の前に立ち塞がるカイリューに叫ぶイエローだったが、クリアがその声を止めさせる。

 直後カイリューは、よろめきその場に倒れた。

 無理も無い、ワタルを待って、念の為にとずっとマグマの中にいたのだ。

 相当のダメージを負っていても不思議は無い。

 

「カイリュー、なんでこんなになるまで……」

「それは多分、ねぎまがトラウマ乗り超えてでも俺を助けた様にだろうな」

 

 そんな状態で、カイリューは再びワタルの元へと向かおうとする。

 "上で待っている"そんなワタルから言われた言葉を忠実に実行する為に。

 

「ま、待って!」

「ッ! お前が待てイエロー!?」

 

 無理して動くカイリューを説得するイエローはまさに無我夢中だったらしい。

 飛び立つカイリューの尻尾にしがみつき、そのままワタルの元へと向かう。

 その行動に唖然とするのはクリアの方だ、完全に取り残しである。

 

「……ねぎま、もう一度飛べるか?」

「!?」

 

 そう問いかけられたねぎまは首をブンブンと激しく横に振り大きく拒否反応を起こす。

 さっきのあれはどうやらマグレ、たまたま、火事場の馬鹿力というものらしい、再度同じ事が出来る程、トラウマというものは甘く無いのだ。

 その様子を眺め、クリアは一度だけ、はぁっとため息をついた。

 

「なぁねぎま、今イエローが一人でワタルのとこ行ってんだ、心配だろ? 飛べよ」

 

 ブンブンとねぎまは首を横に振る。

 

「じゃあ何か? さっきのあれはたった一度の奇跡だったとでも言うのか?」

 

 ブンブンとねぎまは首を縦に振る。

 

「じゃあ"二度目"があれば、それは奇跡でも何でも無いんだよな?」

「?」

 

 今度は首を傾げるねぎま、そして直後に、

 

「!?」

 

 今日一番の驚いた顔をねぎまは見せた。

 笑いながら、クリアがマグマへと落ちたのだ。

 重心を後ろに、壁も何も無い、一歩後ろは火口という最悪な場所でまるで昼寝でもする様にクリアは両腕を広げてねぎまの前から消える。

 

「ほらねぎま! 早く助けてくれ! 死んじまう!」

 

 陽気なクリアの声がねぎまの耳に届く。

 一瞬ポカンとなるねぎまだが、そうしていると本当にクリアが死んでしまう、急いでねぎまは火口へと飛び込み、再びクリアを空中キャッチした。

 

「よし飛べた、お前はもう飛べるんだ、自信持て」

 

 笑って言うねぎまだが、当の本人が一番半信半疑である。

 

「まだ信じられないか? なら一度俺を放せ、そしてトップスピードでPとVを連れて戻って来い!」

 

 またしても馬鹿な事を言い出す主人に、流石に口答えしようとするが、クリアがそれを許さない。

 わざと暴れてねぎまの足から離れ、再び落ちていく。

 一瞬それを再び回収に戻ろうとしたねぎまだが、どうせ堂々巡りになるのは明白だ、仕方なく取り残されたPとVを連れて、落ちるクリアを"余裕を持って"キャッチする。

 

 そしてその事実に一番驚いたのは、やっぱりねぎま。ついでに背に乗るPとVも驚いている。

 

「自分の事だよ驚くなよ、お前は元々"制御が出来ずに地面に激突してしまう位速い"んだから」

 

 笑顔で言うクリアに何かを言いたげにするねぎまだったが、クリアはPとVをボールに戻し、エース達同様腰のベルトにつける(密かにボールはねぎまが回収してた)、そして真剣な表情で空を見上げ、そして呟く。

 

「俺は単身向かったイエローを助けたいんだ」

 

 無言でクリアの言葉を聞くねぎま。

 

「協力してくれるだろ、ねぎま?」

「……クエーッ!」

 

 今度こそ、今度こそねぎまは二つ返事でクリアに返し、空を飛ぶ。

 

 




ねぎま回、この話で終わるかと思ってたらそんな事は無かった。

どうしよう……明日も仕事だけど、このテンションで次話も無理して書こうかな、明日死にそうだけど。


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十四話『vsワタル 決着』

ようやく決着……長かった。


 

 

「レッド! やっぱり無事だったのね!」

「命は拾った様だな……」

「は、はは……何とかね」

 

 一方その頃、三人の図鑑所有者が久しぶりに顔を合わせていた。

 本当に久しぶりの再会、といってもだからといって呑気に話すなんて暇は今はまだ無い。

 こうしている今も、上空ではイエローとワタルが戦っているのだ。

 そして――、

 

「ん、あれはクリア?」

「え? どこ? ていうか何でレッドがクリア知ってるの?」

 

 まだ一応は中、だけどスッポリと開いた天上の穴からそれは見えた。

 レッドの視線を追ったブルーとグリーンもクリアの姿を見つける。

 今正に、クリアはねぎまと共に空を飛び、ワタルとイエロー達の所へと向かう所だった。

 人一人分のハンデがあるにしては速いと言えるスピードで飛んで雲の中へと入るクリアとねぎまを見て、

 

「どうやらお喋りしてる暇は無い様だ、早く外に出よう」

 

 そのクリアの姿にまだ戦いは終わって無い事を再確認した三人は、共に出口へと向かう。

 

 

 

 ワタルとイエローの戦いは続く。

 絶対にワタルを止める、皆を、クリアを守る為の力は欲したイエローは、一つの決意を胸に、そしてそれを言葉にする。

 

「キャンセルボタンはもう押せない……イヤ、キャンセルボタンはもう押さない!」

 

 瞬間、イエローのポケモン達の体が発光し始める。

 暖かで眩しい、"進化"という名の光を。

 

「ボクは力が欲しい! 皆を守る為の力を! 大事な人(クリア)を守る為の力を!」

 

 羽の生えたピーすけがイエローの背中に張り付き、まるで翼の様にイエローの体を宙に浮かせる。

 そして変化はピーすけ同様、ピカと元から進化していたラッちゃん以外のポケモン達、オムすけ、ゴロすけ、ドドすけ達にもその波紋は広がった。

 

「ワタルーーー!」

「イ、イエローーー!」

 

 進化したイエローのポケモン達が、ワタルのポケモン達とぶつかった。

 互いに拮抗した力のぶつかり合い、だがしかし、バタフリーに進化したピーすけはイエローの背中にいる、戦闘に参加出来ない。

 つまりリザードン含め手持ちが六体いるワタルとは、数の上で差があったのだ。

 

「えぇい! リザードン"かえんほうしゃ"!」

 

 ワタルのリザードンがイエローのピーすけを狙う。

 もしここでピーすけをやられたら、イエローは再び空中を飛行する手段を失う、それはつまりイエローの負け、いくらポケモン達が成長を遂げていても、トレーナーが空中から投げ出されればどうしようも無い。

 まぁそれも――もしもの話。

 

 

 

「ッ! リザードン!?」

 

 リザードンが一瞬体勢を崩し、その隙にイエローは攻撃から逃れる。

 

「なんだ、今影の様なものが……もう一度だリザー」

 

 ワタルが言いかけたその時、再び茶色の影がワタルのリザードンを襲った。

 リザードンもリザードンで、何が起きたか分からないらしい、そして続く第三撃目。

 

「今っ! 一瞬見えたぞっ! 何か鳥ポケモンの様だったが、だが今のスピードはなんだ!?」

 

 うろたえるワタル、勿論イエローのポケモンじゃない、イエロー本人も驚いている。

 ならば誰か――?

 

「……主役は」

「はっ!?」

「遅れて……」

「この声…」

 

 ワタルに続きイエローも声のする方を振り向く。

 と、同時に"そらをとぶ"がワタルのリザードンにクリーンヒットする、今度こそ大きく弾かれるリザードン。

 だがワタルの眼はそこには無い、巨大な鳥ポケモンに座るその人物に視線は集中している。

 

「……登場する、ってな!」

「クリア!? また貴様か!」

「クリア!」

 

 驚く二人だが、この後二人は更に驚く事になった。

 先程の影、鳥ポケモンのカモネギ、通称ねぎまが凄まじいスピードでクリアの周りを十度程旋回してから彼の傍へと降り立ったからだ。

 

「さっきのはあのカモネギ、だと!?」

「……き、君って凄く速いんだねねぎま……」

 

 いつもの様にネギ(クキ)を掲げて笑顔でイエローに返事をするねぎま。

 その様子からして、もう完全にトラウマは克服した様だ。

 そしてトラウマを克服したという事は、ねぎまが持つ"最大の武器"を存分に発揮出来るという事になる。

 

「行くぜねぎま、もう一度だけ"こうそくいどう"だ」

 

 クエッ!と返事をして、フワリとねぎまが浮か――んだと思った瞬間、ワタルとイエローの丁度間を"何か"が通り抜けた。

 その"何か"は十中八九、というかねぎまなのだが、通り抜けたと思った瞬間にはねぎまはもうクリアの傍へと飛来する。

 規格外の速さ、それこそがねぎまの持つ最大の長所である武器――。

 飛べないハンデで封印されていた力が今一度、四天王最強のドラゴン軍団相手に振舞われる。

 

 

 

「っく! ハクリュー! 此方も"こうそくいどう"だ!」

 

 目には目を、速さには速さを――といった所か。

 それも二体のハクリューは同時にねぎまを襲う、雷と嵐の合わせ技。

 だがそれは同時に先程の戦いの借りを返すチャンスが出来たという事だ、倒れたヤドンさんの存在もありねぎまは逆に二匹のハクリューに闘志を燃やし、更に更に速くなっていく。

 

(向こうはねぎまに任せて良さそうだな……)

 

 そう判断したクリアはねぎまから視線を外す。

 直後ねぎまの"いあいぎり"がワタルのハクリューの一体を捉えた、そして更に畳み掛ける様に旋回しねぎまは相手へと向かう。

 一発一発は小さくても、積もれば大きなダメージとなり、しかもねぎまに攻撃を当てるのは容易な事では無い。

 

「ハクリュー! "はかいこうせん"!」

 

 今日何度目になるのか、ハクリューの光線がねぎまにヒットする――が、その影は揺れて消える。

 "かげぶんしん"、逆に攻撃を仕掛けたハクリューに"そらをとぶ"が決まった。

 

「……良し、P! V!」

 

 視線はねぎまへは戻さない。

 クリアはもうねぎまを主力達を支えるサポートの一体とは考えていなかった。

 正真正銘の本命、一匹でもワタルのポケモンと同等に戦える強者。

 それが今のねぎまだった。

 

 

 

「……ギャラドス!」

 

 新たなにピカチュウ()とイーブイ《Ⅴ》を出したクリアにワタルはギャラドスを向かわせる。

 これまでのワタルなら、クリアのPとVに等目も暮れなかっただろう、しかしエースにレヴィ、ヤドンさん、そしてねぎま。

 これまでの戦いから、クリアのポケモンに弱者はいない、そしてこの二匹もどうせ油断ならない、そんな考えをワタルの中に生ませていた。

 

「っく! P"こうそくいどう"から"たたきつける"! Vは"スピードスター"!」

 

 だが実際にはこのPとVだけは元からレベルが低いポケモンだった。

 他四体と比べその力量差ははっきりしている。

 案の定、PとVの攻撃は簡単にギャラドスに弾かれた、そしてギャラドスの"ハイドロポンプ"が二匹へ向かって、

 

「オムすけ!」

 

 イエローがすぐさま助っ人に入り、オムすけの"れいとうビーム"がギャラドスの"ハイドロポンプ"とぶつかり合う。

 その一瞬で、クリアはPとVの二匹を抱え、どうにか攻撃の射程内から退避する。

 直後さっきまで二匹がいた場所に激突する水流弾。

 

「大丈夫クリア!?」

「あぁサンキューイエロー、助かった」

「良かった……ッ、ピカ! "10まんボルト"!」

 

 安堵して早々イエローはピカに支持を出し、走る。

 今もまだ戦いは続いている、クリアのねぎまもまた二体のハクリューを相手に互角の勝負を繰り広げている。

 

「……P、V」

 

 そんな中、余裕なんて無いはずの状況で、クリアは二匹のポケモンに向かい合う。

 

「正直、お前等のレベルじゃワタルのドラゴン軍団には到底敵わない」

 

 あえて残酷な真実を打ち明けるクリア。

 これまでの四匹は、曲がりなりにもレベル自体は高かった。

 ねぎまも飛べなかった時は実力の半分も出せていなかったが、今では全力で戦って、そのレベルの高さを示している。

 だがPとVは、この二匹はまだまだ成長途中、さっきまでの進化前のイエローのポケモン達とそう変わらないレベルなのだ。

 

「今ならイエロー達もいるし、ねぎまも全力を出せる様になった、もう頑張る必要は無いんだぞ?」

 

 提案された選択肢は実にシンプル。

 これ以上の増援は別に必要無い、戦いたくなければボールの中で休んでいろ。

 遠まわしの戦力外通告と同等なのだが二匹は、

 

「ッピ!」

「…ブイ!」

 

 その提案を拒否し、ワタルのポケモン達に向き直る。

 先程まで戦っていたギャラドス、今はオムすけが戦っているがそのギャラドスへと向き直る。

 その様子を見て、

 

「っま、お前等ならそう言うと思ったよ」

 

 フッと笑った。

 元々勇敢なPはともかく、Vまでもそんな返事をした事にクリアは一切驚く様子も無く、分かっていたという風に告げたのだ。

 

「皆が、エースとレヴィにヤドンさんにねぎまが、あそこまで必死に戦ったんだ、お前等だけが休んでる……って訳じゃダメだもんな……それにお前等も、活躍したいだろ?」

「ピカ!」

「ブイ!」

 

 その時だった、クリアの貰った図鑑から"音"が鳴った。

 その音は三人の図鑑所有者が揃った時に鳴るアラーム音ともまた違う音。

 そのアラーム音をクリアは無言で切って、

 

「クリア! この俺の手で、貴様との因縁に決着をつけてやる!」

 

 現れたワタルとプテラへと視線を移す。

 同時にPとVもワタルの方を向いて、Vだけがクリアの前へ出た。

 自身に訪れた"変化"にVも気づいたのだろう。

 

 辺りが少しヒンヤリと涼しくなった気がした。

 

「プテラ! "はかいこうせん"!」

 

 一切の容赦も無くワタルのプテラが"はかいこうせん"をクリア達へと撃つ。

 イエローはカイリューの相手をしてるらしく応援は間に合わない、ねぎまもハクリュー達の相手で手一杯の様だ。

 つまり、舞台は整えられたのである。

 

「ったく、もう"はかいこうせん"は聞き飽きたっつーの!V!」

「ブイ!」

 

 冷たい冷気がVの全身を包み込む、身体が発光し、そのエネルギーはVの口元へと集められた。

 

「タイプは"氷"! 威力は"最大"! 食らえよ"めざめるパワー"!」

 

 次の瞬間、Vの"めざめるパワー"がプテラの"はかいこうせん"を弾き、そのままプテラへと直撃した。

 そう、ポケモン図鑑のアラーム音はVが新たに習得した技を知らせる音だった。

 "めざめるパワー"、その名の通りVが持つ"可能性の一つ"を形として外に出した力。

 

「っふ、やはりお前は油断ならん!」

 

 プテラはまだかろうじて体力が残ってるらしい、一旦Vから離れ体勢を取ろうとするが、

 

「ピカ!」

「っく、プテラ!」

 

 ピカの"10まんボルト"がワタルのプテラに迫る。

 直撃した!――一瞬そう思ったが、プテラはかろうじてその攻撃を避ける。

 そしてかわされた攻撃はそのままの軌道で、

 

「危ないクリア!」

「ッピ!」

 

 クリアへと向かっていくが、クリアを庇う様に"10まんボルト"とクリアの間にPが割って入る。

 勿論、電気タイプが電気タイプの技を受けたからといってノーダメージという訳では無い。

 そこには確かにダメージが存在し、レベル差の高いピカの攻撃ならばそのダメージは油断ならない物のはずだ。

 

「平気かP!?」

「ピ……」

「……P?」

 

 だがPはダメージが無い所か、むしろ――。

 

 

 

「P、大丈夫だったかな……でも今はワタルを!」

 

 後でPに謝ろうと内心呟き、イエローはワタルを見る。

 ピーすけの羽で空を舞い、ワタルの竜の光線が空に光の軌跡を描く。

 イエローはピカと共にワタルと戦い、そしてピカの心に触れ、またピカも閉じていたその心を開き始めていた。

 

「……ワタルを止めるには、バッジのエネルギーを更に超えるエネルギーをぶつけて吹き飛ばすしか無い……クリアァ!!」

「……了解だイエロー、P!」

 

 クリアが叫び、Vに変わってPが前に出る、瞬間まるでその次の行動を予想していたかの様にねぎまがクリア達の元に飛来する。

 クリアはねぎまに捕まり、またPとVもねぎまの背に乗る。

 これでスピードはかなり減速し、通常程度の速さしか出ていないが、最早そんな事クリアには関係無かった。

 

「イエロー! だったら俺達のエネルギー、お前に託すぜ!」

 

 クリアが言って、ねぎまが丁度イエローの付近を通過した時Pがイエローの元へ飛んだ。

 Pに触れ、クリアの考えも同時に理解したイエローは驚きながらクリアを見る。

 すると、クリアは一度だけ親指を立てて返答し、そしてVとねぎまと共にワタルのドラゴン軍団へ突っ込んだ。

 

「V! "めざめるパワー"!」

 

 イエロー達の為のほんの些細な時間稼ぎ。

 その僅かな時間が、この戦いに最大の勝機をもたらす。

 

「クリアァァァァ!」

「叫び過ぎだぜコノヤロォォォォ!」

 

 ワタルとクリアがぶつかる。

 "はかいこうせん"と"めざめるパワー"がぶつかる。

 リザードンが、ハクリューが、カイリューがねぎまを捉えようと躍起になる。

 

「……分かったよP、君とクリアを信じる」

「ピ!」

 

 そんな光景を見て、イエローは意を決した様に言う。

 

「ピカ! 最大パワーで"P"に"10まんボルト"!」

 

 ピカの"10まんボルト"がイエローの指示通りPに命中する、が肝心のPは痛がる所か、むしろ久しぶりの感覚に嬉しそうに気持ち良さそうにしていた。

 

 ――Pは電気技が使えない、ただしその表現には正確には語弊がある。

 正しくは"電気技を使う為の発電能力が無い"、過去に酷使された影響で発電能力を失ったPだったが、だからといってその放出方法を無くした訳では無かったのだ。

 ただ元の電気が空だっただけ――それが今、ピカによる電撃攻撃という最高級の電力を貰っている。

 元が空だからだろう、生きていく為にPについた"電気攻撃を無効にし、更に強力な形で自身の電力へと変換する"能力(ちから)、特性"ひらいしん"の様な能力だが、この時点ではそんな言葉はまだ無い。

 

「いくよP、ピカ!」

 

 イエローの準備が終わるのを見計らってクリアもイエローの元へ戻る。

 そしてそれを追って来るワタル。

 クリアはイエローの横に立ち、そして、

 

「P!」

「ピカ!」

 

 声を合わせて二人は叫ぶ。

 これまでの戦いに終止符を打つために。

 

「"100まんボルトォォォォォォォ"!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはどこだろ

 森の中で起きて最初にそう思った。

 あれ、スオウ島は?ワタルは!?

 つい先程までの激戦が嘘の様に穏やかな光景、故郷の森。

 クリア?ピカ……ラッちゃん、二人を知らないかい?

 近くにいたラッちゃんにそう聞いてみたが、ラッちゃんは知らないという。

 おーいピカー?

 探してるうちに友達のポケモン達と出会った、進化してるって事忘れてたから最初は驚いた。

 あ、ピカ!

 だけどポケモン達に連れられた先にはピカがいた、やっぱりポケモン達は進化しても友達のままだった。

 あっ!待ってよピカ!?

 だけど呼びかけてみると、ピカは複雑そうな表情で振り返り、どこかへ行ってしまった。

 そういえば…ピカ、お前はレッドさんのポケモンだったものね。

 走った先にいたのはレッドさん、そしてピカがレッドさんのポケモンだったという事を再確認して、ボクは少し寂しい気持ちになったんだ。

 

 ――だけど。

 

 だけどもう少しだけ、今までみたいに――。

 

「っよ! イエロー! 相変わらず寝てんのな」

 

 そう願って変わらないポケモン達とピカと昼寝してる光景に浸った時、クリアの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん?」

「お、目が覚めたか?」

「ってうわぁぁ!? レッドさん!?」

 

 目を覚まして最初にイエローが見た顔はレッドだった。

 どうやらレッドのギャラドスの上に乗っているらしい、"なみのり"で海を渡ってる所を見ると、全員で帰宅途中の様だ。

 

「あ、あれ!? ワタルは!? あの大きなポケモンは!?」

「ワタルは君達が倒したんだよ、あの大きなポケモンなら西の方へ飛んでいったよ」

「君……達、そうだ! クリア! レッドさんクリアは!?」

「……えーと」

「レッドさん……?」

 

 ワタルと大きな鳥ポケモンの事に関しては快く説明してくれたレッドが言葉を濁した。

 そこに一抹の不安を感じるイエローだったが、

 

「……もう行っちゃったわよ」

「ブルーさん?」

「あいつ! 眠ったままのあなたを私達に預けて『ちょっと用事が出来たから任せた』って言ってね!」

「……へ?」

 

 ブルーの言葉に一瞬だけ呆気に取られるイエローだが、すぐに肩の力を抜いて安心しきった顔で、

 

「よ、良かったぁ~……」

「良かったって、またどうして?」

「だ、だってまたクリアに何かあったんじゃないかって思っちゃって……」

 

 レッドの問いにそう答えるイエロー。

 今回の旅で、クリアは何度も死に掛けていた――腹に穴が空いたり、死んだり、マグマに落ちかけたり――実際死んでた。

 だけどきちんと無事らしい、それが確認出来ただけでもイエローには朗報なのだ。

 

「……ねぇイエロー、もしかしてあなたクリアの事」

「え、なんですかブルーさん?」

 

 意味深な笑みを浮かべてイエローにそう言うブルーだが、肝心のイエローが言葉の意味を理解していない。

 

「クリアと言えばイエロー、眠ってる時クリアの名前呟いてたけど夢の中で会ってたりしたのか?」

「……え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 レッドの何気無い一言が、今日一番のイエローの絶叫を生み出す。

 近くでゴルダックに乗るグリーンが凄く迷惑そうにしていたりもするが、回りの人間達は全く気にしない。

 

「ボ、ボボボボクそんな事を!? 夢の中、ってもうあまり覚えていないですよ!」

「そうなのか、何かピカの事呼んでるかと思ったら一言だけ『クリア……』って呟いてたぜ?」

「はぅっ!?」

 

 顔を赤くして俯くイエロー、どうしてそういう態度を取るのか分からないレッド、そしてその態度から色々と察した様子のブルー。

 

「はは、そうしてるとイエローもやっぱり女の子だな」

「レ、レッドさん! ボクはこれでも女……ってえぇぇ!? なんでレッドさんボクが女の子って知ってるんですか!?」

 

 今日のイエローはうるさいな、と静かにグリーンは思う。

 まぁイエローもレッドは自分の正体を知らないと思っていた為驚きもするだろう、見るとブルーも同じ様に驚いている。

 

「あぁ、スオウ島でクリアと一度会った時に聞いたんだよ、それでな」

「……え、じゃあもしかしてクリアもボクが女の子って知ってるの……!?」

 

 そして彼――否彼女の頭に浮かび上がる思い出ミュージアム。

 何か抱きしめられたり、泣いてるトコ見られたり、抱えられたり、肩貸して支えてやったり、というかもう色々と恥ずかしい台詞の応酬もあった様な気がする。

 それら全てを思い出して、イエローの顔は再び蒸気する。

 

「……えーと、イエロー? 多分あいつはこの事知らな」

「ど、どうしようレッドさん!? ボクしばらくクリアの顔見れないよ!!」

「落ち着いてイエロー! クリアは今ここにはいないわ!」

 

 状態異常で言うなら"こんらん状態"、難しく言うと軽く錯乱状態。

 ギャアギャアと騒ぎ立てる三人を尻目に、グリーンは唯一言、

 

「はぁ……うるさい奴等だ」

 

 ため息混じりに呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタルの、四天王達の起こした異変は少なからず野生のポケモン達にも変化を及ぼしていた。

 ポケモン達の大移動もその一つ、そしてクリアは今、その真っ只中にいた。

 大量のカモネギの群れ、スオウ島から少しだけ離れた小さな孤島、岩礁地帯で羽休めをしているカモネギ達の群れの近くに彼等はいたのだ。

 

「行きたいなら、行ってもいいんだぜ?」

 

 その大量のカモネギ達を見つめながら、クリアはカモネギへと言う。

 

 クリアがブルー達に言った用事とは正にこの事、生息数が少ないカモネギの群れと出会える確率は比較的低い、そんな機会をクリア達は偶然手に入れてしまったのだ。

 そして問題になるのがクリアのねぎま、元々は群れの一羽で、心残りも少なからずあるのだろう。

 クリアもそれは感じ取っていた、そして機会があれば、ねぎまを群れに帰してやりたいとも思っていた。

 

「……俺達の事なら心配いらないさ、別にお前なんざ居なくても、うちのチームは優秀だからな」

 

 手持ちは全て出している。

 ワタルとの戦いで、若干の体力回復は出来ていてもボロボロな面々、彼等もそれぞれ違った反応の仕方で、だけどしっかりとねぎまを見ている。

 

「どうする、いつまでも群れは待ってくれないぞ?」

 

 残るのか? 飛び立つのか?

 選択肢は二つに一つ。

 そしてそうこうしてるうちに、羽を休めていた一匹のカモネギが空に浮かぶ。

 続く様にバラバラとカモネギ達が羽ばたき始める。

 

「……行くのか?」

 

 ねぎまの目が今正に飛び立とうとする群れにいったのをクリアは見逃さなかった。

 そう問いかけた瞬間、ねぎまはまたしてもクリア達の方へ向きなおし押し黙る。

 ねぎまは昔とは違う、空を飛べる、むしろ群れのリーダーとなれる素質すら持ち合わせている。

 

「……ヤドンさん?」

 

 いつまでたっても答えを決めれないねぎま、クリアも別にどちらかに強制はしない。

 そんな中、ヤドンさんが前へ出る、ねぎまの前へと。

 そしてねぎまの体を、トンっと押した。

 

「……」

 

 その様子を黙って見つめるクリア。

 突然押され、半歩だけ後ろへ下がるねぎま、そしてヤドンさんは不意にねぎまに背を向けた。

 同時にPやV、エースやレヴィすらもねぎまに背を向ける。

 

「……やー」

 

 そう言ったヤドンさんの言葉が、勿論クリアには理解出来なかった。

 だけどクリアは小さく笑って、そしてクリアもまたねぎまに背を向ける。

 

 ポケモン達がそういう決断をしたのだ、クリアもまたポケモン達を信じてみようと思ったのだ。

 いつもポケモン達がそうしてきてくれた様に。

 

 一際大きな羽音が聞こえた。

 最後の一羽が飛び立った音だった。

 そしてその音を聞いて、少しだけ戸惑いを見せるねぎまだったが、その直後、ワタル戦での――ハクリュー達と戦ってる時の、ヤドンさんの敵討ちとして戦ってる時の表情を見せた。

 

「ックエ!」

 

 そしてねぎまは一度だけ敬礼、の様なポーズをとった。

 今だ背を向けるクリア達に、ヤドンさんに、例え見られて無くてもそんなポーズをとって、そして彼は大空へと羽ばたいた。

 風に乗って、空を切って、凄まじいスピードで群れのカモネギ達に追いつく。

 出会った瞬間こそは警戒されるも、むしろその実力の高さ、これまでの旅とワタル戦で培われたキャリアが生きたのだろう、すぐに群れに受け入れられ溶け込んでいる。

 

 西、大きな鳥ポケモンが飛び去った方角向けて、ねぎまは飛んでいく、仲間と共に。

 

「……寂しいものだな、別れって」

 

 そんな光景を見つめながら、ポツリとクリアは呟いた。

 そしてヤドンさん以外のポケモン達を全てボールに戻す、勿論ヤドンさんには"なみのり"をして貰うという役割があるから残したのだ。

 いつまでもねぎまの方向を見ず、背を向け続けるヤドンさんにクリアは呟く。

 

「涙はとっとけよ、次会う時の為にな」

 

 ヤドンさんの瞳にキラリと、透明な雫が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、カモネギの群れとは珍しいな!」

「本当ですね……あれ?」

 

 ギャラドスの上でレッドが言ってイエローが同調する。

 グリーンもブルーもその群れに視線を向ける。

 カモネギ達は飛んでいく、西へ向かって。

 

「ん、どうしたイエロー?」

「いえ、その……きっと勘違いかもしれないんですけど」

 

 躊躇い気味にイエローは言う。

 もう一度だけ飛び去っていくカモネギ達を見つめながら。

 

「一匹、よく知ってる子と目が合った様な気がしたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ行くか」

 

 ねぎまと別れてから少し経ってからクリアはヤドンさんに言った。

 ヤドンさんは相も変わらず、何を考えているのか分からない無表情で佇んでいる。

 そして波の乗って、ニヤリと笑ってクリアは目的地を告げる。

 

「またさっきそこで拾ったこの"羽"、一枚目と二枚目で何か重要っぽいアイテムも揃った事だしさ」

 

 その手の中には二枚の羽が握られていた。

 一枚目はクリアが一度絶命し倒れていた場所、二枚目はさっきスオウ島で決戦後拾ったもの。

 

「"いかりまんじゅう"も食ってみたいし、行ってみようぜジョウト地方!」

 

 虹色に輝く羽と銀色に輝く羽を握り閉めて、クリアとヤドンさんは海を渡る。

 大きな鳥ポケモンとねぎまが消えた方向、西。

 目的地は――ジョウト地方。

 

 




とりあえずカントー編終了です。
Vは進化では無く技、しかもめざパ、でもイーブイにしっくり来る技だと思うんですよね、Pの設定も最初から頭の中にありました、えぇ最初からです、急ごしらえじゃないです断じて!
ねぎまとの別れも最初からの設定、ヤドンさんとは離れ離れになってしまいましたね、でも旅してるんだしこういう事もあると思います、出会いと別れと言いますし。

そして恐らく次は番外編を挟んで、その次からジョウト編に入りたいと思います――というかこの小説で一番やりたかった事が出来るのがジョウト編なんですよね…次にエメラルドの所かな、やりたい話が出来る箇所は。



ではでは、マンボーでした。
……イエロー可愛いよイエロー。


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十五話『vsメノクラゲ 番外編①』

現代+過去編+現代って感じにサンドしてみました。
パンでは無いです、番外編です。


 

 カントー四天王事件から約一年。

 その襲撃によって破壊されていた街々もほぼ修繕が完了され、人々は活気を取り戻していた。

 そしてそんな街の一つ、トキワシティ郊外の森、トキワの森にて。

 

「それで、相変わらずクリアとは音信不通なのか」

「……はい、元々連絡先とかも交換してありませんでしたし」

 

 肩を落として呟くイエローにレッドもどう声を掛けていいくか分からずポリポリと頬を欠いた。

 その傍では二匹のピカチュウ、レッドの"ピカ"とイエローの"チュチュ"が仲良く木に登ったり、軽く電撃を飛ばしたりして遊んでいる。

 

「まぁ、そう心配する事も無いんじゃ無いか? あいつだって相当の腕のトレーナーだし」

「レッドさん一年前の事忘れてませんか……?」

「は、はは……」

 

 ジト目で返され確かに何も反論する事が出来ないレッド。

 一年前の事件の時、というよりイエローが旅立ったそもそもの原因がこのレッドだった。

 彼が四天王に負け、行方を晦まさなければ元々あの冒険は無かったはずなのだ。

 

「……はぁ」

「まぁまぁ、気にしたって仕方無いんだし、何の音沙汰も無いっていうのはむしろ何も無いって事だと思っていいと思うぜ」

 

 スオウ島で別れたっきり、しかも何の挨拶の言葉も無しにイエローはクリアとここ一年会っていなかった。

 時折レッドや、ブルーに相談を持ちかけてみるもクリアの足取りは一向に掴めないでいたのだ。

 レッドの言う通り、分かりやすく言うと"レッドの時のピカ"の様な異変が無い現状はクリアもどこかで元気にやっていると思っていいだろう。

 だけどそれが長く続くとも限らないし、もしかしたら本当に何かトラブルに巻き込まれてるかもしれない。

 

 一人で無茶するクリアを散々見てきたイエローは、そんな彼の事が心底心配だったのだ。

 

「……今頃、どこで何してるのかな、クリア……」

 

 トキワの森の一角で、ポニーテールの少女がそんな呟きを吐いた丁度同じ頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって、薄っすらと雪が積もるその場所で、寒さに震えながら一人の少年が一匹のポケモンと共に駆け足で街へと向かっていた。

 

「あー寒い寒い寒い寒い! だから俺はいい加減街の方へ引っ越そうって再三言ってんのに!」

 

 そう文句を垂れながら走る少年の傍ら、並走するポケモン、イーブイはそんな少年の様子に苦笑いを浮かべている。

 

「あん? なんだよV、そりゃあお前はこの辺気に入ってる様子だから苦じゃないだろうけどさ」

 

 むっ、としてVと呼ばれたポケモンに少年が言って、そして次に少年は怒る事も拗ねる事もせず、ニッと笑顔を作って、

 

「まぁどうでもいいさ生活環境なんてものは! よーしV、こうなりゃ街まで競争だぜ! 負けたら"いかりまんじゅう"驕りな!」

「ブ、ブイ!?」

 

 一気に加速して少年、クリアは駆けていく。

 トキワの森で彼の身を案じるイエローの気持ち等ホンの少しも彼には届いていないらしい、今この瞬間をクリアは心から楽しんでる様だ。

 そして遅れながらもVも加速して、一瞬でクリアを追い抜いていく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さて。

 時は遡って、これより先はまだワタル達四天王とクリア達が戦っていた頃の話。

 キクコのゴーストによって一度は絶命したクリアだったが、冷たくなった彼の前に現れた謎の虹色の巨大ポケモンによってその命は繋ぎとめられ、そして新たにカモネギ(ねぎま)ヤドン(ヤドンさん)を仲間に加えて冒険を再開したクリアが出会った。

 一匹の暴れ者の話である。

 

 

 

「ん、どうしたねぎま?」

 

 倒れていた小さな森から出発して、彼等はその頃クチバシティへと向かっていた。

 情報収集の為に歩みを進める彼等だが、今のクリアは外にはねぎまとヤドンさんを外に出して歩いている。

 出来る限り会ったばかりの彼等をボールから出して、今後の為に更にポケモンとの絆を深めようというのである。

 

 そんな時だった、共に歩いていたねぎまが彼に一枚の羽を手渡して来た。

 不審に思いながらもクリアはその羽を受け取って、

 

「……虹色に輝く、羽……こんなものどこで拾ったんだよ」

 

 鮮やかな虹色の塊を受け取ってクリアが尋ねると、ねぎまはその大きな羽で元来た道を指し示した。

 ――無論、そんなジェスチャーじゃ到底分かるはずも無い。

 

「……虹色、となると多分俺が倒れてた場所か?」

 

 その輝きに見覚えがあったクリアがねぎまに尋ねると、ねぎまは首を縦に振って答える、どうやら当たりらしい。

 虹色の羽、そして思い出されるは自身が死んだ時の事、虹色に輝くポケモン、思い当たるのは一匹の伝説のポケモン。

 ――だがやはり、推測の域は出ない。

 

(……イエローには悪いけど、あの時俺の事を見ていたエースとVの記憶を見てもらおう、ついでにねぎまの事も)

 

 まずは確証が欲しかった、だからとは言わないが、とりあえず当面の目標はイエローとの再会、その為にクリアは今日も歩いていた。

 そして懐に"にじいろのはね"を忍ばせてねぎまと共に歩いていると、

 

「……あれ、ねぎま?」

 

 気づくとねぎまの姿が見えなくなっていた――今のクリアの傍にはヤドンさんしかいない。

 キョロキョロとクリアは辺りを見回すが、ねぎま目印のあの目立つ"ネギ"がどこにも見当たらない。

 

「ついさっきまで、ねぎまは確かについて来てたよな?……一体どこに……」

 

 そう言い掛けた時だった。

 ドンッ!っと何かがぶつかる音がクリアの耳に届き、瞬間クリアは走り出す。

 消えたねぎまと謎の異音、そしてこのタイミング、もしかしたらねぎまに何かあったのかもしれない、そうクリアは考えたのだ。

 ――ちなみにヤドンさんは勿論歩いていたが、気にせずクリアは走る、どうせ後から追いついてくろうと。

 

「っ、ねぎま!」

 

 走った先に、確かにねぎまはいた。

 その確認にとりあえずホッとして、そしてすぐにねぎまが相対している敵へと視線を向ける。

 そこにいたのは一匹のメノクラゲだった、妙に生傷が痛々しいメノクラゲ。

 

「メノクラゲって……珍しいな、ここは海から結構距離あるはずだけど」

 

 近くに小さな川程度ならあるが、タウンマップの表記には"道路"と表記されてる様な場所である、勿論"水道"の様な大量の水場は存在しない。

 そうクリアがメノクラゲの存在に首をかしげていると、敵のメノクラゲが動く。

 その二本の触手のうちの一本をねぎまへと突立てて来たのだ。

 

「ねぎま"いあいぎり"!」

 

 咄嗟にクリアは指示を出し、ねぎまのネギ(クキ)とメノクラゲの触手がぶつかり合う。

 そしてその触手の先、針の様なものがある事に気づいてクリアは今メノクラゲが出した技が"どくばり"である事を確認して、

 

「"どくばり"、"どく"状態になったら面倒だな……ねぎま、オニドリルの時みたく一瞬で決めろ!」

 

 そう言ったクリアにねぎまは首を振って了承した。

 再びすれ違い様の一太刀、何故このメノクラゲが襲ってきたのかは分からないが、それで早々に勝負を決めてさっさと旅に戻ろうというのだろう。

 そしてメノクラゲの"どくばり"が再度ねぎまへと迫り、ねぎまもまた(ネギ)を振るう。

 

「やったか」

 

 やはりねぎまの技の速さの方が早かった。

 メノクラゲの"どくばり"よりも先にねぎまの"いあいぎり"が決まったのは誰の眼から見ても明らか、それで勝負が終わるとクリアは思っていた――が、

 

「っ何!?」

 

 まるで何も無かったかの様に動いたメノクラゲの"どくばり"がねぎまに直撃する。

 その動作にはねぎまの一撃を本当に食らったのかさえ疑わせる程のもの、ダメージの一切を感じさせない軽やかな動きでねぎまへと攻撃を仕掛けてきたのだ。

 そして運が悪い事にも、ねぎまが苦しそうな表情を浮かべている、どうやら"どく"の追加効果を受けてしまったらしい。

 

「ッチ、戻れねぎま……ってヤドンさん!?」

 

 仕方無しにクリアがねぎまをボールへと戻した直後、ねぎまに変わって、いつの間に追いついていたのかヤドンさんがメノクラゲへと近づく。

 

「ヤドンさん何やって……!」

 

 その進撃を止めようとするクリアにヤドンさんは何も言わずに親指を立てて見せた、その行動に何か意味でもあるのかとクリアはひとまずヤドンさんの行動を見守る。

 そしてヤドンさんは無言でメノクラゲに近づいた。

 見詰め合う二匹、奇妙な緊張感が辺りを包み――数秒後、何故かメノクラゲにも親指を立てて見せるヤドンさん。

 今度は口元辺りから"どくばり"を放つメノクラゲ、モロに受けるヤドンさん、そして当たり前の様に毒に犯される。

 

「本当に何やってんだよヤドンさん……」

 

 呆れながらクリアはヤドンさんをボールに戻し、

 

(今度はちゃんと俺が指示してやらなきゃダメだなこりゃ)

 

 今回の反省を次回に生かすべくそう考え、視線は再びメノクラゲへ。

 

 

 

「……よぉお前」

 

 少しだけその場に硬直してみるが、メノクラゲがクリアを襲う事は無かった。

 その事実を確認したクリアは、一つの確信を持ってメノクラゲに問いかけ――た時だった。

 何者かの手によって、ピッピの(なり)をした人形がクリアとメノクラゲの間へ放り込まれたのだ。

 一瞬その人形に気を取られ、攻撃を放つメノクラゲ。

 そしてその瞬間、クリアはその何者かに腕を捕まれ、草陰へと引っ張り込まれる。

 

「……いきなり何しやがる」

「なっ、それが助けて貰った恩人に対する返事かよ!?」

 

 クリアを引っ張り込んだのは極一般的な帽子と短パンが特徴的な少年だった。

 不機嫌そうに少年に呟いたクリアに、むしろ少年の方が驚いている。

 

「まぁいいや、俺は"たんぱんこぞう"!」

 

(…まんまだな)

 

「お前もあのメノクラゲに襲われていた口だろ?実は俺もなんだよ」

 

 どうやらこの短パン小僧の少年も、先のメノクラゲに襲われたらしい。

 それからクリアは大人しく短パン小僧の気がすむままに彼の話を気く事にした、それでクリアに直接的な損害がある訳でも無いのだし、という理由で。

 

 ――聞けばあのメノクラゲ、ここらに通りかかるトレーナーに無差別に襲い掛かっているらしく、被害が多発してるらしい。

 しかも面倒なのがあのメノクラゲが中々の実力者でしかも成長途中だと言う事――何度か捕獲の為に集団で追い詰めたりもしたらしいが、その度に死線を掻い潜り、あのメノクラゲをただ強くするだけに終わってしまっていた事。

 そしてこの短パン小僧の少年はそんな噂を一蹴して、ならば自分が捕まえてやろうと意気込んで来たはいいものの、物の見事に反撃されてやられてしまったらしい。

 

「ほら、俺のレアコイルを!」

 

 そう言って短パン小僧はもう戦闘不能になってしまったレアコイルを見せた。

 タイプ相性では有利なはずだが、何度攻撃を受けても倒れないそのタフさに彼のレアコイルはやられてしまったらしい。

 

「っな、これであのメノクラゲの恐ろしさが……」

「……まぁそんな事はどうでもいいんだけどさ」

「どうでもっ!?」

 

 レアコイルを見て本当に心から興味無さ気なクリアに、長々と説明したのが馬鹿らしくなる短パン小僧だが、そんな彼にクリアは口元を歪めてから言う。

 

「……あのメノクラゲ、には興味がある」

「え……ってまさかお前も挑戦するつもりか!? やめとけよ、手持ち全員戦闘不能にされちまうぞ!」

「と、言うとお前もされたのか?」

「当然!」

 

 胸を張って答える所じゃない場面である。

 クリアもそんな事を思いツッコミそうにもなるがグッと堪えて、

 

「……じゃあ、今まであのメノクラゲと戦った奴は全員……」

「あぁそうだ! 全員戦闘不能にされてしまったんだよ!」

「その割には、元気そうで何よりじゃないか」

「……何?」

 

 クリアの言葉の意味が理解出来ない短パン小僧だったが、すぐに腰を上げたクリアに彼は慌てて、

 

「ちょっと待て! 言っても聞かない様だし何ならこれを持って行けよ!」

「これ?」

「"どくけし"だ、必要だろ?」

「……そうだな、サンキュー」

 

 彼から投げ渡された"どくけし"を持って、クリアは再びメノクラゲの下へ向かう。

 そしてすぐにメノクラゲは見つかった、先程と同じ所で何もせずただ突っ立っている。

 

「よぉメノクラゲ」

 

 そんな彼に、彼は声を掛ける。

 ジロリとクリアへと視線を移し、メノクラゲは再びクリアと体ごと向き合った。

 

「お前を、"捕まえ"に来たぜ!エース!」

 

 短くそう言ってクリアはエースを繰り出す。

 身構えるメノクラゲ、色違いのリザード、エースもまた戦闘態勢をとる。

 タイプ相性ではむしろ不利、そんな事はクリアも重々承知だが、しかしあえてエースを出した事にはクリアなりの理由があった。

 

「エース! "ひっかく"!」

 

 エースの爪がメノクラゲへと直撃した。

 しかしメノクラゲは怯まない、むしろ"どくばり"による反撃を行ってきた、まさに予想通りである。

 

「毒? んなもん熱処理で"消毒"してやんよ! "ひのこ"!」

 

 エースの"ひのこ"がメノクラゲの"どくばり"をかき消す。

 そしてそのままダイレクトに"ひのこ"を受けるメノクラゲ、しかも――、

 

「追加効果、"やけど"を負ったな……いい傾向だ畳み掛けろエース!」

 

 更に"ひのこ"を連発するエース、ダメ押しにと"やけど"によるダメージもメノクラゲに負荷をかける。

 塵も積もれば山、しかもいくら水タイプと言えどこれだけ攻撃を食らえばダメージも相当なものだろう。

 ――相当なもののはずだが、"ひのこ"の雨を、やけど状態のままメノクラゲは突き進んで来て、

 

「マズッ! エース一旦離れ!」

 

 クリアが言い終える前にメノクラゲの"どくばり"がエースに突き刺さる。

 同時に"どく"状態となるエース。

 そして今度はメノクラゲの方がダメ押しとばかりに、

 

「"バブルこうせん"……! エース!」

 

 メノクラゲの"バブルこうせん"がエースに直撃した。

 タイプは炎に水の攻撃で相性最悪、しかも予想以上にメノクラゲの"バブルこうせん"は威力が高かった。

 攻撃力に自信を持つエース程では無いが、少なくとも平均的以上にはこのメノクラゲもそこそこの攻撃の力を持っているらしい。

 そのダメージで一気に体力を持っていかれるエースだが、だが倒れない。

 

 むしろ目付きを更に鋭くさせ、ギリギリのとこで踏ん張り、そしてメノクラゲを睨む。

 

「エース」

 

 そんな彼の様子に、クリアは言う。

 

「お前がずっと悔しい思いして来たのは俺も知ってる、だからこのバトルに俺はお前を選んだんだぜ」

 

 クリアはさっきの短パン小僧から貰った"どくけし"を使って、ねぎまやヤドンさん、果てはPやVも使っても良かった――だがそこであえて、炎タイプのエースを選んだ。

 ここ最近エースに溜まっていた欲求不満(フラストレーション)を解決する手助けとして。

 最初にクリアがエースと会った時、彼は敵だった。

 次に四天王のカンナと対決した時、エースには目晦まし程度の役割しか無かった。

 野良バトルでは活躍していた彼も、ここ一番の勝負所では実力不足だった――そんな状況を彼は一番嫌っていたのだ。

 

「俺は何度でもお前に期待するぜエース」

 

 クリアの言葉がエースに届く。

 積み重ねてきた経験の種が一気に芽吹いていくのをエースは感じ取る。

 

「……というかさ、もうそろそろのはずなんだよな、レベル的にも」

 

 一方のクリアにはクリアで確信があった。

 エースの進化、翼を手に入れるタイミングはもうそろそろのはずだという確信が。

 

「お前は俺のチームの"エース"だぜ、そしてエースは期待に答えるものって、昔から決まってるものだろうよなぁエース!」

 

 飾った言葉はエースには不要、必要なのはそのままの言葉。

 そのままのクリアの思いを、考えてる事をエースにぶつける。

 それでいつも、勝負所でのエースはクリアの思いを汲み取ってくれてきたのだから。

 そして直後に、クリアは貰った"どくけし"をエースに使って何の負荷もかかる事が無い状態として、

 

「行くぜエース"かえんほうしゃ"!」

 

 進化して"リザードン"となったエースの"かえんほうしゃ"がメノクラゲを襲った。

 "ひのこ"の時とは段違いの攻撃、圧倒的な力、そしてメノクラゲがよろめくのを確認してクリアは空のモンスターボールを取り出して、迷わずボールをメノクラゲへと放るのだった。

 

 

 

「いやぁまさか本当にあのメノクラゲを捕まえるなんてなぁ!」

 

 別れ道、そこまでは一緒に歩いてきた短パン小僧が別れ際にクリアにそう言った。

 クリアもクリアでその言葉には適当に返答しつつ、短パン小僧が完全に歩いていくのを確認してから、

 

「……さてと、まずは出て来いメノクラゲ」

 

 先程ゲットしたばかりのメノクラゲをボールから出す。

 そして出てきたメノクラゲを見てクリアは、

 

「……やっぱりな、お前まだまだ余力を残してやがったな」

 

 傷つきながらも、その傷だらけの体をしっかりと支える二本の触手を見てクリアは呟く。

 そう、このメノクラゲはまだもう少しだけ余力を残していた、進化したエースの攻撃を受けてなお、その体力は尽きていなかったのである。

 

「しかも、だ……お前はトレーナーのポケモンと戦ってもトレーナーには"指一本"触れなかった、そうだろ?」

 

 答えなんか気にしていない。

 今クリアが行ってる事は単なる穴埋め作業、これまで見聞きした情報を改めて整理する為だけの作業だ。

 

「その傷跡の多さと人間には手を出さなかったってとこからして、大方武者修行的な何かだろ、つーかそれしか考えられないんだけど?」

 

 そう問いかけるクリアに、予想外にメノクラゲは一度だけ触手を縦に振る。

 その動作に驚き、クリアは内心湧き上がる嬉しさを自覚しつつ、

 

「まぁ別に悪い奴じゃ無いんだろうし俺は一向に構わないけど、お前が嫌なら俺はお前を無理に連れて行く事はしない」

 

 その言葉はメノクラゲにとって予想外だったのだろう、それもそうだ、必死になってゲットしたポケモンにそんな言葉をゲットした直後言うトレーナーは中々いないはずだ。

 

「だけどもしお前が良いなら実は一緒に来て欲しいんだよねこれが……何たって俺が今から戦うのは"四天王"っていうカントー最強のトレーナー軍団なんだから」

 

 "最強"、その単語にメノクラゲがピクリと反応する。

 元々生傷作って自らトレーナーに勝負を挑む程に戦いに飢えていたメノクラゲだ、その強さを強者相手に試したいと思っていても何ら不思議は無い。

 

「だけど俺はお前を……って、もう答えは決まっているか」

 

 言わずもがな、クリアを見上げるメノクラゲの視線は真っ直ぐにクリアを捉えていた。

 嫌なら今すぐにでもクリアの下からこのメノクラゲは去っているだろう、それがクリアを見つめたまま動かないという事は――、

 

「……っま、これからよろしくな……ってニックネームはどうしようかな」

 

 言いかけた所でクリアは考え込む。

 これまでクリアのポケモン達のニックネームはほんの五秒程で各自決まってきた。

 だから今回も大体五秒程経って、適当にクラゲからとって"フラゲ"とつけそうになるクリアだったが、

 

「……へ、何でお前身体光ってんの?」

 

 言う直前、メノクラゲの全身が光、巨大化して、そして生傷が勇ましい正に歴戦の勇者とも言えそうなドククラゲにメノクラゲが進化したのだ。

 その展開には流石にクリアも驚愕して、

 

「……へー、さっきまで気づかなかったけどお前隻眼なんだな、カッコイイな……よし、海の悪魔って意味で"レヴィ"にしよう、よろしくなレヴィ!」

 

 カッコイイとか言っておいて悪魔である。

 だがその意味をこのドククラゲは正しく理解していないし、"レヴィ"という名も悪くは無い、割と気に入った様子のレヴィだったが――不意にで触手の一本をクリアの腰へと伸ばした。

 その触手の先をクリアが目で追うと一個のモンスターボールへとたどり着き、そしてその中身を確認して、 

 

「……まさかお前、せっかく進化したからまたエースと今度は対等に戦いたいなんて言うんじゃないだろうな?」

 

 コクリと頷いたレヴィを、クリアは無言でボールへと戻す。

 

「はいはいまた今度なレヴィ……今はクチバに急がなきゃいけないんだ」

 

 お前の毒を食らったねぎまとヤドンさんを回復させる為にもな、と呟き足して、そしてクリアは走り出す。

 四天王に挑む為の六体のポケモンと共に、イエローがいるという事実を知らないクリアは、こうしてクチバへと急いで向かっていったのである。

 

 

 

 もしこの出会いが無ければ、偶然イエローとクリアが出会う事も無かっただろう。

 人生何が転機になるかは分からないものだ。

 このメノクラゲ、レヴィの様にもしかしたらクリアが知らず知らずのうちに接している人物が、もしかしたら何らかの重要人物だったりするのかもしれない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして時間は現代へと戻る。

 

「……結局驕らされる羽目になるのか」

「ブイ!」

 

 というかどう足掻いてもクリアの驕り確定である、Vはポケモンだ。

 美味しそうに"いかりまんじゅう"を頬張るVを眺めつつクリアは一度ため息をつく。

 Vとクリアは半分ずつに分けられた饅頭を頬張りつつ、帰りの家路についていた。

 クリアが饅頭を一個しか買わずに半分ずつに分けている理由は単純、金が無かったのだ。

 それというのも、ここ最近はクリアも数ヶ月前まで程至る所を歩き回っていた訳でも無く、収入源も無い為手持ちの財産が乏しかったのである。

 

「はぁ……そろそろ寒くなって来たな」

 

 吐く息の白さを確認してクリアは空を見上げる。

 歩を進める毎に濃くなっていく雪景色を眺めながら、一人と一匹は歩く。

 

 スオウ島でイエロー達と別れたクリアは、その時彼等が呟いた通りジョウト地方へやって来た。

 その時の彼の予定では、とりあえず腕試しついでの修行としてジョウトのジム全てを撃破してジョウトのバッジ八つを手に入れた後、カントーへと帰りつもりだったのだが――、

 

「……よしついた、じゃあ行くぞV」

 

 買い物袋を提げたクリアがVに問いかけVも鳴き声で答えた。

 そして彼等は目の前に広がるクレパスの様な地面に横に広く開いた穴、その中へ躊躇無く飛び込む。

 一見自殺行為にも思えるその行動、ちょっと前まではクリアもエースやレヴィに手伝って貰ってこの穴を降りたり上ったりしていたが、上がり下りに丁度使えそうな出っ張り部分を壁に見つけてからはこれも修行の一環と、その頃からクリアは身一つでこの危険地帯を行き来していた。

 だが今のクリアは――最初こそよく失敗していたが――余裕の表情で跳ねる様に下へと下っていき、Vもクリアにしっかりついてくる。

 

 

 

「寒い! 早く中入ろうV!」

 

 下まで降りたクリアは寒さに身を震わせながら崖下にそびえる、巨大なかまくらの様な建物の中へと入っていく。

 入った瞬間、気温は通常程度の過ごしやすいものとなり一先ずの安堵を浮かべるクリア。

 そして足元の氷の床を慣れた足取りで滑っていき、すぐに向こう側までたどり着いたクリアだが、そこで何やら金属音の様な音が鳴り響いている事に気づく。

 

「この音……また氷像作ってんのかあの爺さんは、まぁ売りに行く時はエース達に手伝って貰うとして……」

 

 音が鳴る方へクリアは足を進め、そしてたどり着く。

 そしてそこにいたのは小柄で車椅子の様な物に乗った一人の老人だった。

 

「帰って来たのか、クリア」

 

 作業の手を止め、老人はクリアに向かい言う。

 そしてクリアもいつもの様に買ってきた食材等が入った買い物袋を掲げて、

 

「はい! 弟子一号クリア、ただ今帰還しましたぜい師匠!」

「……だから私は君の師匠にはならないと、いつも言っているのだけどね……」

 

 笑顔でイーブイを連れて買い物から帰って来た"自称弟子"の少年に向かって、いつもの様な小心者な態度で、チョウジジムジムリーダー"ヤナギ"は呟くのだった。

 

 




という訳でレヴィとの出会いでした。
まぁ単なるバトル馬鹿と意気投合したってだけの話ですが――。


ラストで驚いて頂ければ作者的にはもうお腹一杯です。
一応伏線としてはカンナ戦の時のカンナの台詞とVのめざパのタイプとか、次回からジョウト編になるのでどういう経緯でこうなったのかは(覚えていれば)書くと思います。

ではでは、マンボーでした。


……というか何で今日はこんなにお気に入り登録件数が急激に上がっているのだろうか(歓喜と困惑の表情で)。


追記:カントー編十四話までのキャラプロフィールを活動報告の方で纏めてみました。


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ジョウト編
十六話『vsウリムー 始まりは氷の中から』


ジョウト編突入、今回はそのプロローグ的な話です。


 

 

「V! "でんこうせっか"!」

 

 クリアの指示の元(イーブイ)の"でんこうせっか"がウリムーへと向かう。

 対するウリムーは"こなゆき"で対抗、襲い掛かる"こなゆき"を、Vは右に左にと左右に揺さぶり避けウリムーとの距離差を一気に詰めていく。

 

「行けぇV、突撃ッ!」

 

 Vが避け、ウリムーの"こなゆき"が氷の(フィールド)に当たって少しずつ冷気の煙が立ち込めていく、そんな中Vは射程距離まで詰め寄ると、軸足に力を入れてジャンプし最後の"こなゆき"をかわした。

 

「……と見せかけて"めざめるパワー"!」

 

 そして"でんこうせっか"を最後まで完遂せず、即座に次の技へと変更する。

 "めざめるパワー"、最大の決め技をVはウリムーへと発射した。

 氷タイプのエネルギー弾は煙の中、ウリムーのいる場所へと真っ直ぐに進み、そして直撃した。

 

「っよし! クリーンヒッ……ってあれ?」

 

 初めてまともに攻撃を食らわせる事が出来た事に歓喜するクリアだったが、煙が晴れていくその場所にはもうウリムーはいなかった。

 消えたウリムー――Vも慌ててその姿を探しており、クリアも消えたウリムーの行方を目を凝らして調べて、

 

「ッ! マズ」

 

 先程までウリムーのいた場所、その場所にポッカリと空いた小さな穴を発見してすぐにクリアは叫ぼうとするが、その声はカァン!という大きな音に遮られた。

 対戦相手――クリアが師匠と呼ぶヤナギが思い切りその手に持つ杖で床を叩いたのだ。

 直後、Vの足元の氷の床に亀裂が入り――下から吹き上がる"ふぶき"にVは戦闘不能に陥るのだった。

 

 

 

「また負けちまった……」

 

 床に空いたウリムーによって空けられた穴を修繕しつつクリアはボソリと呟く。

 先程までの戦いは公式的なジム戦、今日クリアはヤナギにジム戦を申し込んでいたのだ。

 ――と言っても大体一週間に一度程、断るヤナギに何とか頼み込んでそのペースで彼はヤナギに挑み、そしてその度に敗北していた。

 

「……っと大体こんなものか、じゃあ後は頼むよデリバード」

 

 真似事レベルで適当に補強して、クリアは傍に立つデリバードに言った。

 この様な作業ももう手馴れたものなのだろう、デリバードは一度頷き"ふぶき"を撒き散らして床を瞬間的に凍らせた。

 その技のパワーの強さにクリアも最初は驚いたものの、今ではそれも見慣れた光景、クリアはデリバードに礼を言って、

 

「つーかさぁ、お前のご主人本当に強すぎるんだよなぁ、その秘訣を俺に教えてくれるようお前からも頼んでみてくんない?」

 

 ニッと笑って両手を合わせるクリアだが、当のデリバードはそっぽを向いてジムの奥へと帰っていく。

 そんなデリバードにクリアは一度深くため息をついて、自身もデリバードの歩いた方向へと進んでいった。

 

 

 

 そもそもクリアが何故このチョウジジムにいて、そしてヤナギを師匠と呼んでいるのか。

 それは遡る事約一年前、彼がジョウトへと来た当初の事である。

 四天王との決戦、そしてカモネギ(ねぎま)と別れてすぐに、彼はジョウトへとやって来ていた。

 目的は一つ――ジョウト地方全てのバッジを手に入れる事――腕試しと修行がてらにそう目標立てて彼はジョウトの地を踏んだのである。

 当初は遅くて数ヶ月でカントーへと帰る予定だったがその予定はすぐに崩れ去った。

 

 彼が最初に挑んだジム、このチョウジジムでヤナギと出会ったのがそもそもの原因。

 

 ジム戦を挑み、その力の差を大差の敗北で見せ付けられる事によって、クリアの意思は固まった。

 

『……で、弟子にしてくださいっ!』

 

 そう頼み込んだ彼にヤナギは静かにこう答えた。

 

『すみません、他を当たってください』

 

 ――それでも引き下がらず、今はジムに住み込んで、勝手にジムトレーナーを勤めながら今に至る。

 最初こそジムにすら入れてくれなかったヤナギだったが、クリアの必死の説得によって傍に置く事位は了承していた。

 というより恐らくいつまでも帰らないクリアに呆れたのか、体の良いお手伝いさん位に思っての行為なのだろう。

 

 チョウジジムの立地場所は非常に悪い、行き着くまでが過酷過ぎてクリアが来て以降一人も挑戦者が来てない事がそれを裏付けている。

 そんな場所では街への買い物すら一苦労である、それをクリアは引き受けてその他雑務もクリアがこなす様になっていた。

 本人も修行の一環とプラス思考に考えて、その見返りとして最初の一回以外は断られていたジム戦も、週一ペースならと引き受けて貰えている。

 

 そんな毎日を過ごしていたクリアも、何も一年かけてこのジムにいた訳では無い。

 ジムに入れて貰える様になった最初の方、まだジム戦を断られていた時、

 

『そんなにジム戦をして欲しいのならまず、ここ以外の全てのジョウトジムを周って来なさい、私以外のジムバッジ全てを手に入れる事が出来たなら、もう一度ジム戦をしてあげますよ』

 

 その言葉で、クリアは数ヶ月程ジョウトを渡り歩いた時期があった。

 そしてヤナギの言葉通り、どうにか七つのバッジを手にチョウジへと戻ったクリアは――瞬殺された。

 ジムを出た当初より幾分かマシになってた彼の実力を、彼がジムを出た時よりも遥かに強くなってたヤナギに瞬殺されたのである。

 

『本人は臆病者と言うけど、自分を低く見積もる強者程怖いものは無いね』

 

 チョウジジムジムリーダーについて質問して来たとあるトレーナーに対するクリアの回答である。

 年老いた自分に挑んで来る挑戦者が怖いから、だから準備は怠らない、その結果底なしの力を手に入れたのがヤナギである。

 結果挑戦者(クリア)をボコボコにしておいて、いまだこんな事を言うのがヤナギ老人なのだ。

 ちなみに、ヤナギ本人からあまり自分の事は語らないで欲しいとクリアも頼まれている為、クリアに質問して来たトレーナーにはこんな回答位しか答えられなかったのだが。

 

 そんな彼を、クリアは師匠と呼んでいる。

 その圧倒的な実力はクリアにとって理想の近い存在。

 

 四天王ワタル戦で、数々の奇跡が無ければクリアは何も出来なかった。

 ワタルの様な絶対的な実力がある訳でも無く、イエローの様に作戦を立てる事も出来ない。

 

 イエローはグリーンの手ほどきを受けて強くなった、なら自分も誰かに指導して貰えれば強くなれるはずだ。

 

 そう考えた時期にたまたま出会った予想を遥かに上回る実力者、それがヤナギであった、ただそれだけの話なのだ。

 

 

 

「なー、ししょー? いい加減俺にバトルの極意的なアレを教えてさっさと隠居しちまおうぜー?」

「だから何度も言っているだろう、私は弟子はとらないと……」

「その台詞、聞き飽きましたぜししょー?」

 

 ヤナギのラプラス、ヒョウガに乗ってグデーっとだらけた状態のクリアはヤナギにそう提案するも、いつもの様にバッサリとその提案は却下される。

 ヒョウガもヒョウガでクリアを背中に乗せる事に抵抗は無いらしく、クリアの好きな様にさせている。

 

「なー? ししょー!ししょー!」

「……ヒョウガ、クリアを連れて出ていなさい」

「んな!? 師匠!?……ってヒョウガも従わないで! 話はまだ終わっ……ふが!?」

 

 上体起こして反論しようとするクリアに、すかさずデリバードが自身のプレゼント袋をかぶせる。

 突如目の前が真っ暗になり軽く混乱状態に陥るクリアをデリバードが抑えて、ヒョウガが一人と一匹を背中に乗せてヤナギの仕事場から出る。

 そして騒がしすぎる少年が連れ出されるのを確認して、ヤナギは再び仕事に戻る。

 金槌が氷を砕く音だけが部屋に木霊する、時折部屋の外からは、

 

『おいこの野郎デリバード何しやが……あ、何プレゼント? それはどうもありがとう!……って爆発物寄越すんじゃねぇよ!』

 

 なんてまた騒がしい声が聞こえて来るが、ヤナギは耳には入れない様、聞こえない様に作業に集中する。

 彼の膝元のウリムーは転寝し、外ではパウワウ達も混ぜて本格的にクリアとポケモン達が軽くバトっている様子だ。

 

 そんな平和な空間に、一本の通信が入る。

 

 

 

『……という事です……首領』

 

 一旦作業の手を止め、通信に耳を傾け、そしてヤナギは二、三言指令を渡して、

 

『了解しました……新首領……仮面の男(マスク・オブ・アイス)様』

 

 "ロケット団"のシャムという女の言葉を聞いて、チョウジジムジムリーダーヤナギは静かに微笑む。

 クリアが一度も見た事が無い、冷たい笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経ったある日の事だった。

 

「……オーキド博士?」

ふぁい(はい)ひょっと(ちょっと)用事があいまひて(ありまして)!」

 

 頬一杯におにぎりを溜め込みながらクリアはヤナギに言った。

 珍しく目を薄く開くヤナギに気づかないまま、クリアは口の中の握り飯を飲み込んでから、

 

「実は俺カントーではオーキド博士のとこで世話になってたんですけど、思えばロクにお礼も言わないままここにいるんですよね今……だからちょっと会いに行って来ます」

 

 それはつい最近クリアも知った事だが、大人気ラジオ番組にオーキド博士が担当する番組があり、その収録で度々博士がジョウトへと赴いているというのだ。

 そしてそうと分かればクリアは黙っていない、昨日のうちに支度を済ませたクリアは朝一番、朝食の席で『ちょっとお使い言って来る』的な軽いノリでヤナギにそう切り出したのだ。

 言われたヤナギもいつもならクリアがどうしようが彼の知った事では無い――が今回はタイミングが悪かった。

 

「まぁ一週間あれば戻って来れると思いますし、その時はまたジム戦頼みますね師匠!」

 

 早々に朝食を食べ終え流しに持っていき手早く後片付けするクリア。

 今のクリアにヤナギへの警戒心は皆無、後ろから速攻をかければ難なくやれるだろう。

 

「……道中は気をつける様にな、近頃は"色々"物騒な事だし……それと私の事は」

「それはロケット団事件や四天王事件の事を言ってるんっすかししょー?……それに分かってますよ! いつもの様に師匠の事は誰にも言いませんよ!」

 

 洗い物を終え、クリアはゴーグルをはめ、ボールをセットし、リュックをからってジムの入り口へと向かう。

 

「あ、靴紐解けてる……」

 

 出入り口前でクリアは腰を屈める。

 またと無い絶好の機会、今ここでクリアを止めねば、もしかしたらヤナギの指令の一つが失敗してしまうかもしれない。

 クリアの実力は、一番多く彼と戦ってきたヤナギが一番良く知っている。

 

 ――そしてヤナギの指がボールに触れて、

 

「……っじゃ師匠!」

 

 瞬間、クリアはヤナギの方へ振り向いた。

 

「ちょっくら行って来ます!……ジムに帰って来たらまたジム戦申し込むんで、その時は覚悟してくださいねっ!」

 

 笑顔でそう告げて元気良くジムを飛び出していくクリア、そして彼はいつもの様に自力で崖を登り始めて。

 無言で彼を見つめるヤナギの視線を受けつつ、そしてあっという間に彼の姿はヤナギの目から完全に消えるのだった。

 

 

 

「っふ、まぁいい……邪魔する様なら消してしまえばいい」

 

 クリアの姿がヤナギの視界から消えて少し経ってから、ヤナギはクリアの消えた方向を眺めながらそう呟く。

 チョウジジムジムリーダーヤナギという人物は、氷の仮面を被る。

 躊躇してる暇なんて無い、もうじき長年待ち望んだ大事な時期が来る。

 目的さえ達成出来れば、彼はそれで良かった、それ以外に望むものなんて無い。

 ――望むものなんて、今の彼には"たった一つ"しか無いのだ。

 

 クリアという少年が消えた直後。

 そして仮面の男(マスク・オブ・アイス)、を名乗る老人は行動を再開する。

 

 




最近日刊のランキングに載ってた事に気づいた、もしかしてお気に入り急増の原因ってこれだったのかな。


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十七話『vsヤンヤンマ ヤドンの井戸』

 

 

 始まりを告げる風が吹く町。

 そう比喩されるジョウト地方のとある田舎町、ワカバタウンに一人の少年が舞い降りた。

 黒いリザードンを従えたトレーナー、クリアである。

 

「到着っと! んじゃあエース、サンキューお疲れさん」

 

 チョウジタウンからエースに乗って一っ飛びして来たクリアは、いつもの様にエースに労いの言葉をかけてボールへと戻した。

 いつものクリアなら移動は止むを得ない場合を除いて基本自分の足なのだが、今回に限っては、そもそも目的の人物(オーキド博士)がいるのかどうかすら怪しい、ので急がば回れ的な諺なんて無視して急ぎでワカバへと直行したのである。

 現時点でオーキド博士がジョウトに来てるのならそれでいい、だがもし来ていないのなら――、

 

「……ここだな、ウツギ研究所」

 

 彼に連絡がつきそうな人物を訪ねる、そう思ってクリアが白羽の矢を立てた相手、それがこのウツギ研究所にいるウツギ博士だ。

 オーキド博士同様のポケモン研究者、それに加えて、

 

(ゲームとかでは普通に知り合いだったし、こっちがどうかは分からないけど……つーか少しゲームとかとズレてるってのが難点なんだよなぁ)

 

 自身が元いた世界のポケモン知識によるウツギ博士ならば、十中八九オーキド博士の事を知ってるはずだ、そう思ったのだ。

 ――しかしそこに確証は無かった、それというのも全て一年前の四天王事件が原因だ。

 向こうの世界では知り得なかった大事件、それも人物の役割も少しだけ知っているものと違う、そんな経験から、彼はもうこの世界を"自分が知ってるポケモン世界"とは別に考えていた。

 パラレルワールドの類、大本は同じだが違う歴史を紡ぐ世界、それがクリアがこの世界に持った印象である。

 

 そんな彼、クリアがこの世界に来て早一年と半月程、その間元世界に帰る手がかり発見数ゼロ。

 クリアは元々この世界に住人では無い、別世界――ポケモンがゲーム等のコンテンツとして存在する世界から来た所謂異世界民だ、何故どうしてこんな世界にやって来たのかは分からない、だがだからと言って帰らない理由は無い。

 一応彼もジョウト地方を回ってる時にそれと無くその辺りの事について調べたりもしていたのだが、それでも収穫は何も無しな現状なのである。

 

 

 

「すみませーん、誰かいますかつかいろよー?」

 

 研究所の呼び鈴を鳴らしながら言うクリア、それから少し経ってから、

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 と丁寧な物言いで中から返事が返って来た。

 だがしかし入り口のドアが開けられる様子は無くどうやら相手は少しばかり警戒しているらしい。

 

「えーと、俺はクリアっていう者ですが、ちょっとウツギ博士にお聞きしたい事があって来ました」

 

 だが日常生活の中でも警戒し過ぎる位が丁度良いのかもしれない、いつどんなトラブルが舞い込んで来るかなんて誰にも分からないのだ。

 だから不容易にドアを開けないのだろう――そう結論付けて答えたクリアに相手はいきなり無言で押し黙って数秒後、

 

「いやぁすまないね、最近ちょっと色々あって少しばかり用心深くなってしまってね」

「いえいえ、むしろそれ位が丁度良いんじゃないんですかね」

 

 出てきた人物が侘びながら現れた為、クリアも社交辞令的な返事を返した。

 ドアから顔を出した人物は研究者にしては若い、というよりクリアもオーキド博士位しかポケモン研究者を知らないが、それにしたってその人物は割と若かった。

 人当たりの良さそうな顔に、メガネを掛けた男性。

 

「……貴方が、ウツギ博士で間違い無いですよね?」

 

 そう確信を持って質問するクリアに、ウツギ博士は首を縦に振って答える。

 

「そうだよ私がウツギです、そういう君は、クリア君だね」

「……さっきそう名乗りましたよね?」

「あぁそうだね、だけど僕は君の事を少しだけ知っているんだよ」

「……まぁ大体予想はつきますがね」

 

 クリアの予想は大方当たっていた。

 ウツギ博士が見ず知らずの他人のクリアの事を知っていたという事は、少なくともクリアの事を多少は知ってる人物から聞いていたという事。

 そしてウツギ博士と関係性の深そうな人物でかつ、クリアの事を知っている人物となるとそれはかなり限られてくる。

 それはつまり、クリアの予想通りウツギ博士とオーキド博士に接点があったという事で、ウツギ博士はオーキド博士からクリアの事を少なからず聞いていたという事になるのだ。

 

「オーキド博士から君の事は度々聞いてたよ『近頃のキレやすい若者』だってため息混じりに話してたよ?」

「はぁ、やっぱそうか……それで、そのオーキド博士は今どこにいるか分かりますか?」

「そうだねぇ、今はヨシノの第二研究所にいるか……いや、今はコガネでラジオの収録かな?」

「コガネ、ですね……ありがとうございますウツギ博士、それさえ分かれば十分です」

 

 ウツギ博士から必要分の情報を聞き出してすぐ、再びクリアはエースをボールから出す。

 オーキド博士の居場所が割れて、かつ本人がジョウトのコガネシティとなればもうこの場所に長居する理由も無い。

 ウツギ博士に礼を言って飛び立とうとするクリアに慌ててウツギ博士は、

 

「黒い、色違いのリザードン!?……って今は後回しで、クリア君!」

「はい? なんでしょうウツギ博士?」

「実はこの研究所で最近ポケモン盗難があったのだけど、もし犯人を見つけたら僕に連絡して欲しい! これが犯人のモンタージュだ!」

 

 今にも飛び立とうとするクリアに一枚の紙を手渡すウツギ博士、そしてその紙を見たクリアは、

 

「……ヒデー顔、ウツギ博士このモンタージュ本当に合ってんっすか?」

「それが僕も顔は見てないから知らないのだけど、犯人を見たと言ってる少年はそうだと言っているんだ!」

「……まぁ別にいいですど、じゃあ情報手に入れ次第知らせます、では!」

「あぁ頼んだよ!……それと!音信不通の君の事をオーキド博士は凄く心配していたんだからね!? ちゃんと謝らないとダメだよ!?」

「……えぇ、元からそのつもりでしたし!」

 

 それで会話は終わった。

 エースが一度羽ばたき、突風を起こしながら地面からその足を離す。

 そして黒い巨体はクリアを乗せたまま浮かび上がり、空を駆けてあっという間にウツギ博士の視界から消えていった。

 

「……それにしても」

 

 クリアが完全に見えなくなってから、ウツギ博士は呟く。

 

「オーキド博士から聞いてた人物像とは少し違ってたな、音信不通になって一年と言うけれど、その一年の間に彼に何か劇的な変化が起こる様な出来事でもあったのだろうか……?」

 

 そう呟くウツギ博士は知らない、というよりイエローと呼ばれる少女以外にその事を知る人物は極端に少ない。

 一年前の四天王事件で一度クリアが命を失っている事を、当の四天王達ですら、そもそもその情報自体が何かの間違いだと思っているはずだ。

 唯一イエローという少女だけが、クリアの手持ちから記憶を覗いてその事実を知っていた。

 

 彼クリアが、虹色に輝く巨大な鳥ポケモンによって再び命を取り戻した事を。

 そしてそれ以来、クリアの何かが変わったという事は、当の本人にも理解出来てはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワカバタウンでそんなやり取りがあっていた頃、ヒワダタウン付近、リングマの山にて。

 

「ヒメグマは後回しだ! 先に俺がこのリングマを頂くぜ! エーたろう!」

「むっ、横取りする気か!?」

「っへ! 野生ポケモンの捕獲は早い者勝ちだぜ、シルバー!」

 

 二人の少年が相対してるのはリングマとヒメグマ。

 赤髪の少年はその手に持ったボール職人ガンテツの力作の一つ、ヘビーボールを使ってリングマを捕獲しにこの山へと入ったのだが、そんな彼の前に、またしてもゴーグルと帽子、そしてボールを弾くキューを持った少年がまだ幼い幼女と共に現れた。

 反対にゴーグルの少年、ゴールドはこの山にガンテツの孫娘のチエの為にヒメグマを捕獲しに共にこの山に入った所で、赤髪の少年シルバーと出合って、彼の捕獲しようとしていたリングマに自身もまた狙いをつけたという所である。

 

 フレンドボールとヘビーボールを手に、二人の少年は二匹のポケモン達と向き合い、バトルを開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っよし、ここらで一旦休憩しとこうかエース」

 

 ワカバタウンを出発して暫くはエースの背に乗っていたクリアだったが、丁度ヒワダタウンに差し掛かってきた頃、突然に地面に降りてエースをボールに戻した。

 

「ポケモンっつっても生き物だから無理は禁物ってね、それにここにはあれ(井戸)があるし」

 

 それからクリアはボールから手持ちのヤドンのヤドンさんを外に出して、ヤドンさんのペースに合わせてゆっくりとした足取りで目的地へ向かう。

 彼が目指してる目的地、それはヒワダタウン外れにある井戸、通称ヤドンの井戸だ。

 では何故クリアがヤドンさんを連れてその場所に行くのか――別になんて事は無い、ただの休憩がてらの寄り道である。

 

 というのも、クリアが暫くこのジョウトでジム巡りをしていた頃、その時にも一度クリアはヤドンさんと共にその場所を訪れた。

 ヤドンの井戸、と呼ばれる様にそこには沢山のヤドンがいて、その訳もあってか井戸に行くといつも無表情のヤドンさんが少しだけ楽しそうにしている、そうクリアには見えたのだ。

 だから近場に寄った今、久しぶりにヤドンさんをこの場所に連れてきたかった、ただそれだけの理由だったのだが――、

 

「あ? なんだテメェジロジロ見てんじゃねぇよ」

「……」

 

 井戸の前にいた人物にクリアは動きを止めた。

 全身黒尽くめの格好のその男、顔に見覚えは無いがその胸のマークには見覚えがあった。

 大きく『R』と描かれた――ロケット団、かつてその残党員の一人と戦った事のあるクリアだったが、まさかこんな所でその残党の一人と出会うとは思っていなかったのだろう、固まったまま動かない。

 

「……ん、なんだテメェもヤドン連れてんのか、丁度いいぜ! オイガキ、そのヤドンは我等ロケット団が頂く!」

 

 言って残党員が繰り出したのは一体のヤンヤンマ、そして立ち尽くすクリアに近づきながら、

 

「言っておくが無駄な抵抗は止めとけ、そうすりゃあそのヤドン一匹だけで勘弁してやるからよ!」

 

 そう残党員が言った直後、ヤンヤンマの羽の動きが早まった。

 活発化したその羽の振動によって生まれる衝撃波がクリアの真横を突き抜ける。

 薄く裂かれた頬からタラリと血を垂らしながら、クリアはおもむろに図鑑を取り出した。

 

「あ、なんだそりゃあ……」

「ヤンヤンマ、うすばねポケモン……なるほど、高速で羽を動かして衝撃波を飛ばしたりも出来るのか」

 

 図鑑の説明を見てクリアは残党員へと視線を移す。

 視線の先の残党員はクリアの動作に不信感を持ってるらしい、しかし相手はまだ子供、それに抗う様子も今のクリアからは感じられないのですぐに、

 

「っへ! そうだよその通りだ、だから怪我したく無かったら抵抗はよすんだな!」

 

 相も変わらずクリアは動かない。

 先程の行動からてっきり抵抗するものだと思っていた残党員だったが、一向にその様子を見せないクリアに抵抗の意思は無いと受け取り、そしてヤドンさんへと手を伸ばす――が、

 

 バシン、と大きな音を立てて、ヤドンさんは残党員の手を叩き退けた。

 そしていつもと変わらない無表情を崩して、睨む様な視線を残党員に向ける。

 

「へぇ、ヤドンさん、そんな顔もするんだね」

 

 驚く残党員とは対象的に、クリアは何が可笑しいのかクツクツと笑ってヤドンさんに語り掛ける。

 

「っな、何しやがんだヤドンの分際でこのっ! ヤンヤンマ!」

 

 驚きは怒りへと変わって、残党員はヤンヤンマへと声を掛ける。

 直後空中に停滞していたヤンヤンマはその速さを生かして縦横無尽に飛び回り、

 

「"ソニックブーム"!」

 

 ヤドンさんを翻弄する様にヤンヤンマは飛び回り、飛び回りながら残党員の指示で衝撃波(ソニックブーム)を次々と打ち出してくる。

 そして衝撃波はヤドンさんの足元、頭の上へと除々にその精度を上げていき、そしてヤドンさんの顔の前へと衝撃波は押し迫る。

 だが唯でやられてやる程、というよりやられてやろうなんてヤドンさんは思っていない、衝撃波が目の前まで迫ったその瞬間、大きく右手を降るってヤドンさんは衝撃波を悠々とかき消した。

 

「何っ!?」

「ヤドンさん」

 

 何の技も使わずに衝撃波をかき消すヤドンさんに驚く残党員だが、当のヤドンさん本人からすればこんな事は造作でもない事だ。

 かつて四天王ワタルの(ドラゴン)の"はかいこうせん"を"かいりき"で払ったヤドンは、世界広しと言えど恐らくこのヤドンさん位だろう

 そしてヤドンさんが衝撃波をなぎ払って、残党員が隙を見せた直後、クリアは目を瞑って呟く。

 

「"フラッシュ"」

 

 閃光がヤドンさんを中心に広がった。

 目を瞑ったクリアに影響は無かったが、その閃光は残党員とそのヤンヤンマの視界一杯に広がって、

 

「っくそ、ってヤンヤンマ!?」

 

 眩しさに一瞬目を瞑るもすぐに目を開ける残党員だったが、目を開けた先に広がっていたのはヤドンさんに羽を捕まれるヤンヤンマの姿だった。

 羽を捕まれ、羽ばたきで衝撃波を出す事も出来ずただ足掻く事しか出来ない虫一匹を、いつもの無表情で見つめるヤドンさん。

 

「ヤドンさん、もう一度だけ"フラッシュ"」

「っく、そう何度も効くかよ、目を逸らせヤンヤンマ!」

 

 二度目の閃光が井戸前に広がる。

 だが今回は事前に何をするかも残党員には分かっていた、光に目をやられない様に太陽でも見るかの如く薄っすらとだけ目を開き光に備える。

 しかし対策を出来たのは残党員だけだった、"フラッシュ"直後、ヤドンさんの手元のヤンヤンマは二度の閃光、それも二度目は目の前での全力"フラッシュ"で完全に気を失ってしまっていた。

 

「な、何故目を逸らさないヤンヤンマ!?」

「ヤンヤンマの眼は常に360度全体を見渡している、逸らせる範囲なんて存在しねぇよ」

「っく! こうなったら井戸の下の仲間に連絡を……」

「行かせると思うか? ヤドンさん!」

 

 背を向け逃げようとした残党員に呆れ気味にクリアが語りかけてから、その背へ向けて力一杯ヤンヤンマをヤドンさんは投げつけた。

 宙に弧を描いて気を失ったヤンヤンマは見事に残党員に直撃する、それも井戸へと入ろうとしていた残党に、である。

 

「……あー、まぁ死んではいないだろう、多分」

 

 大きく音を立てて井戸へと落ちていく残党員を見て、クリアはもう一度ヤンヤンマのページを図鑑で見る。

 ヤンヤンマ、うすばねポケモン、たかさ1.2m――おもさ38.0kg。

 ぶっちゃけ、今の残党員が死んでても何もおかしくない状況だったりするが、敵の事なのでクリアは然程気にはしない。

 

 それから数秒後、すぐに井戸の中から物音が聞こえてきた。

 どうやら井戸へと落ちた残党員の様子から外の様子を察知した仲間が上がってきているらしい。

 その事にすぐに気づいたクリアは薄く冷笑を浮かべる。

 

「ヤドンさん、今回はお前だけでいいよな?」

「……やー……!」

 

 いつもより少しだけ力強い返事の後、再び戦闘は再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは」

 

 水道から水が出ない――異変を察知したガンテツがヤドンの井戸へと来てみると、そこにあったのは大量のロケット団残党達の山だった。

 皆が皆、縄で縛られてしかも気絶している。

 誰がやったのかはガンテツには分からなかったが、ロケット団残党の山としっぽを切られたヤドン達、その中で一匹だけ異彩を放つヤドンがいた。

 一匹だけ尻尾を切り取られず、井戸の淵で佇む一匹のヤドン、何故だか分からないがそのヤドンだけ、他のヤドンとは違い妙な風格があった。

 

 まるで歴戦の猛者の様な力強さを思わせる、ガンテツは即座にそのヤドンからそんな雰囲気を感じ取っていた。

 

「おじいーちゃーん!」

 

 そんなガンテツの下に走り寄ってくるのは彼の孫娘のチエである。

 走り寄ってきた彼女はガンテツにゴールドがフレンドボールで捕まえたヒメグマを見せ、叱られ、そしてポケモンとの友好の大切さを教えられる。

 

「……で、なんだこのロケット団残党の山は……もしかしてこれ全部爺さんがやったのか!?」

「いや、ワシが来た時にはもうこうなっておったんや……」

 

 チエと共に来たゴールドがガンテツにそう聞くが、先に現場に来ていたガンテツも事情は分からないという。

 二人して不思議そうにロケット団残党の山を見るが、それで答えが分かるという訳でも無い。

 そうこうしてるうちに、三人の近くの草陰が揺れる。

 こんな状況である、流石に警戒するゴールド達だったが、

 

「あれ、ゴールド?」

「ツクシ!?……ってなんだツクシか」

「なんだって事は無いんじゃないかな、ゴールド……」

 

 出てきたのはヒワダのジムリーダーにして、学術調査員として遺跡調査等もしている人物ツクシ。

 ゴールドとツクシとはとある遺跡にて出会い、交流はあったのでその姿を見た途端に警戒を解くゴールド、ガンテツも同様である。

 

「なんだぁ、ツクシも異変を察知してやって来たって口か?」

「あぁ…いやまぁそうなんだけどね、だけど僕は知人から連絡を受けて警察への連絡を済ませて来たんだよ」

「知人から連絡?」

「うん、ロケット団残党達を捕まえたから後は頼む、ってね……全く、相変わらず人使いが荒いよあの人は……」

「……おいツクシちょっと待て、"あの人"って事はこれ全部そいつ一人でやったって事なのか!?」

「うんそう言ってたよ、ほら、あそこのヤドン」

「ん?」

 

 事情を説明しながらツクシは井戸の淵で佇む一匹のヤドンを指差す。

 尻尾が唯一切られていないヤドン、そのヤドンにその場の全員が視線を集めて、次の瞬間――ロケット団残党達の為に枯れていたであろう井戸から大量の水が噴出してくる。

 

「な、何だよそりゃあ!?」

「あのヤドンはその人のポケモンだったんだけど、どうやらここに残していったみたいだね」

 

 止め処なく湧き上がる大量の水、その水を受けて尻尾を切られたヤドン達も少しずつ元気を取り戻していく。

 その様子に一先ず安堵するツクシとガンテツ、この町に住む者として、この井戸の水は大切なライフラインの一つだ。

 それが回復したとみて胸を投げ下ろすのも当たり前の事である。

 

「すげぇなあのヤドン……」

「そうだね、僕も数ヶ月位前にあのヤドンにやられたんだよね……」

「?……どういう事だそれは?」

「ジム戦だよ、僕が任されていたヒワダジムに"その人"が来て、そしてそこのヤドンで挑んで来て……結果は敗北」

「……というと、そいつやっぱすげぇ強かったりするの?」

「強いよ、僕はあのヤドン以外に彼のポケモンは一匹も見てないけど、きっと他のポケモン達も強いはずだ」

 

 そう言ったツクシの脳裏に浮かぶのは数ヶ月前の光景。

 ジム戦に来たヤドンさんを使うクリアの姿、一対一でのバトル形式で行ったジム戦で、クリアは目の前のヤドンを使ってツクシのヘラクロスを何とか下す事に成功したのである。

 

「おもしれぇ……」

「ゴールド?」

「面白ぇじゃねぇか! ツクシ、そいつの名前はなんてんだ!?」

「……"クリア"だけど……もしかしてゴールド、彼を追うのかい?」

「いや追うって訳じゃねーんだけどよ、どうせ会う事があればその時には強さの秘訣的な何かを聞けるかもしれねーじゃねぇか!」

「そういう事、クリアならコガネに向かうって言ってたよ、今からならまだ間に合うんじゃないかな? 彼が普段どこにいるのか僕も詳しくは知らないし、多分この機会を逃せば簡単には捕まらないと思うから急いだ方がいいね」

「分かったぜ! サンキューツクシ、それじゃあ行くぜ皆!」

 

 そう言ってゴールドは仲間のポケモン達と共に走り出した。

 元々シルバーを追って旅に出ているゴールドだったが、ここに来て彼にまた新しい目的が追加されたのである。

 クリアとの邂逅、まぁシルバー程重要な目的では無いのだが。

 そうして彼はウバメの森へと入っていく――。

 

 仮面の男(マスク・オブ・アイス)がいる、今現在最も危険な森の中へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、そろそろ降りるぜエース」

 

 コガネ周辺道路の上空にてクリアは言う。

 それから地上に降りて、ふとヒワダ方面の方、ウバメの森へと視線を移した。

 数秒だけそうして固定し、直後微笑を浮かべて振り返りコガネへと進む。

 

 

 ヤドンの井戸で、ヤドンさんが残った事はクリアにとって想定内の出来事だった。

 元々ヤドンさんはカモネギ(ねぎま)についてくる形でクリアの手元にいた、つまりねぎまが彼と別れた今、ヤドンさんがクリアの手元にいる理由は特にこれといって無かったのである。

 それが別れて暫くヤドンさんがクリアの手元にいたのは、ただの気まぐれなのかクリアの事も気に入ってたのか、それはイエローの様なトキワの力を持たないクリアには分からない。

 

 そして先程、ロケット団残党を全て駆逐して通りかかったツクシに声を掛けてから井戸を離れる間際、ヤドンさんはクリアの手元へは帰らなかった。

 尻尾を切られたヤドン達を見つめ、そしていつもの無表情でクリアへと振り返る。

 それだけで、クリアはヤドンさんの気持ちを汲み取って、ヤドンさんをその場に残したのだ。

 過去一度だけ井戸へ行った時も、ヤドンさんはどこか名残惜しそうな顔でクリアへとついて戻っていった。

 それが先の出来事で、ヤドン達が再び狙われた時にそれら脅威から守れるだけの力を持つヤドンさんも決心がついたのだろう。

 

 クリアの手元から離れ、仲間達と暮らす決意。

 どこかの親友(ねぎま)の様に。

 

 そしてクリアもそれを了承した。

 クリアの手持ちは彼に"ついて来たい"と思ってるメンバーのみで構成され、彼自身もそのスタンスを貫いている。

 だからこそ、クリアが空のモンスターボールを投げた事はこれまで"たったの一回"しか無い。

 だからこそ、クリアはヤドンさんの残留を快く了承してやったのだ、いつかのねぎまの様に。

 

「……っま、会おうと思えばいつでも会えるし、別に一緒に旅し無くなってあいつが変わる訳じゃないしな」

 

 件のねぎまと違い、ヤドンさんはいつでもヤドンの井戸にいる、会いたい時にはそこまで飛んでいけばいいのだ。

 そう言い聞かせる様にそう呟いて、クリアはコガネシティへと足を踏み入れるのだった。

 

 




ねぎまとヤドンさんは似たもの同士です。色んな意味で。

――はぁ、ゴールドの性格が思う様に掴めない、これから頑張ろう。

――はぁ、イエローが出ない。イエローが出ない!イエローが出なあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(発狂)


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十八話『vsドーブル 再会と邂逅』

 

 

 コガネシティ。

 ジョウトでも最大の歓楽街にして、夜闇の中でも常に輝くネオンが眩しい街。

 街の中にはポケモンジムは勿論、百貨店やゲームセンター等の娯楽施設も充実し、そして今回この街を訪れた少年クリアの目的地でもある"ラジオ塔"もこの街に現存するのだ。

 

 

 そして、行き交う人の波から少し離れた所、路地裏の様な場所にクリアはいた。

 手持ちは(ピカチュウ)を外に出して、人の波を避ける様に彼は路地裏を進む。

 というのもクリアは人混みが好きでは無い、特別嫌いという訳でも無いのだが好んでその中に入ろうとは思わない為、こうして他人の視界に入らない様な所を進んでいるのだ。

 ――そして、クリアがこの様な道を通る理由はもう一つ。

 

(ラジオ塔までもう少しって所か、何にしてもさっさと博士に近況報告済まして帰ろう……というよりさっさとこのコガネから出てしまわないと、アイツ(・・・)に出会う前に!)

 

 そう、クリアにとって出会いたくない人物がこのコガネにはいるのだ。

 そのとてつもなく面倒くさい相手に会わない為に、クリアはこうして裏路地を進む。

 

 進んで進んで、ようやっとラジオ塔付近まで来て、クリアは満を持して表通りへ出た。

 後はラジオ塔の中に入って、オーキド博士とコンタクトを取るだけ、それだけの簡単なミッション。

 ――だったのだが、

 

「……あ」

「え?」

 

 ラジオ塔に入る直前、入り口前で、クリアは一人の女の子と鉢合わせした。

 外見はクリアと同年代か少し上程度か、ピンク色の髪に健康そうな印象の女の子。

 どうやら彼女もクリアと同じくラジオ塔の中に入るつもりだったらしい、お互いに知らない仲でも無い顔を突き合わせて少しだけ無言の静寂が続きそして、

 

「あぁぁぁぁぁぁ!?」

「あぁーーー?!」

「って振り向き様に逃げ出すな!」

 

 絶叫だけ残して逃亡するというクリアの作戦は失敗に終わったらしい。

 背中を向けて逃げ出そうとするクリアの襟首をしっかりと掴んで、少女は自身の元へクリアを引き寄せる。

 

「よぉクリアァ~久しぶりやの~? 元気しとったか?」

「ど、どこの極道モンだよ、もう嫌だよ怖いよ関西弁話すなよ……」

「これはコガネ弁や!……じゃなくて! こんなとこで何してるんやクリアこの!」

「喧嘩腰反対! 俺はちょっと知り合いに会いに来ただけなのになんでこんな事に……」

「知り合い? なんやこの"ダイナマイトプリティギャル"に会いにはるばるやって来たんか?」

「誰がお前なんかに会いに来る……むごっ!?」

「なーんか聞こえた気がするけどウチの気の所為やったかな~? ほれクリア、もう一回言うてみ?」

「……ダ、ダイマナイトプリティなんちゃらってギャグなの? まさか本気じゃっッガフ!?」

 

 少女のか細いながらも無駄に力強い腕で首を絞められ、かつ容赦の無い少女の拳がクリアの顔面にヒットした。

 ――少女の拳である、か弱い少女の拳で、鼻を押さえながらクリアは涙目になる。全く持って情けなし。

 

 目尻に涙を浮かんで鼻を押さえてしゃがみ込むクリアを、少女は見下ろして言った。

 

「さぁクリア! この際やからこの間の決着、今度こそ白黒つけようやないか!」

 

 ジョウト地方、コガネジムジムリーダーアカネ。

 一度クリアに負けた少女はクリアを見下ろしながら、堂々とリベンジマッチの宣戦布告をする。

 

 

 

「いつつ、あんの暴力女めっ……」

 

 ラジオ塔に入って、クリアは今オーキド博士のラジオ番組の終了を待っていた。

 今丁度オンエアー中で、その終了が大体後十分ほど、そして、

 

「そして今あのアカネは自身もラジオ収録中! 勝てる! 俺は奴に勝てる(逃げれる)ぞ!」

 

 不審な笑みを浮かべるクリアを見る塔内の視線は完全に怪しい人を見る目である。

 

 

 あれから、ラジオ塔の前でジムリーダーアカネと偶然鉢合わせしたクリアだったが、当の本人(アカネ)が出演するラジオの収録間近という事であり一旦解放され、クリアはそのままオーキド博士を待つ為に塔内に進入した。

 そして用事を済ませてアカネに捕まるその前にこのコガネを脱出しよう、そう考えていたのだ。

 

『いいかクリア! ウチの収録が終わるまでこのラジオ塔が出るの禁止やで!』

 

 なんてアカネは言っていたが、クリアはむしろコガネから出る気でいる。

 それ程までに、アカネには会いたくないのだ。

 

 というのもそもそもの発端は数ヶ月前、クリアがコガネジムに挑戦した時の事が切欠だった。

 アカネとの死闘の末、どうにかクリアは勝つ事が出来た、ここまでは良い。

 ジム戦後アカネが泣き出したかと思うと、今度は急に怒りながら再戦を要求されたのだ。

 それにはクリアも堪ったものじゃない、誰でもせっかく手に入れたバッジを返したくなんて無いはずだ。

 それからはのらりくらりとアカネの追求を逃れてたクリアだったが、コガネにいるとほぼ必ずアカネと顔を合わせてしまう。

 

『今日こそ決着つけさせてもらうで!』

『っな、また逃げるんかこんのっ!』

『クーリーアー?』

 

 まさにバトルジャンキーだ、こんな中毒症状はいらない。

 よほどクリアに負けたのが悔しかったのだろう、それに加えてそれから一度もクリアが再戦をしなかった事も大きかったのかもしれない。

 数ヶ月前のジム巡りの際、段々遠慮が無くなっていく彼女の存在から、クリアは予定よりも早くこのコガネシティを脱出していたのだ。

 

 そしてあれから数ヶ月、散々彼女を放置した結果がこれである。

 

 

 

「……む?」

 

 ロビーにて座って待っていると、クリアの視界に一人の男の子が入って来た。

 クリアよりも年が下の白い帽子が目立つ男の子だ、キョロキョロとまるで、

 

「何かを探してるのか?」

「ッ!」

 

 何か探し物をしている風だったので気軽と声を掛けたクリアだったが、男の子は予想に反して、鋭い目付きになってクリアから距離を取った。

 

「はは、声掛けただけで事案発生って、笑ってられない状況だよな……」

 

 半笑いで肩を落として呟くクリア、その周囲ではやけに警戒心の強い目で彼を見ながらブツブツと呟く声が聞こえて来る。

 一方の声を掛けられた男の子の方もクリアに警戒心を抱いてる様子だが、

 

「……ん?」

 

 項垂れるクリアの足元、そこにいたPの存在に男の子は気づいて、

 

「えーと、すみません、急に飛び乗ってしまって」

「あぁいいんだ、いいんだよ、悪いのは全部俺なんだよはは……」

 

 Pの懐き様から、別にクリアが怪しい人物では無いと判断して男の子はクリアへと謝罪する。

 が、クリアは既に完全にネガティブモードである。

 先日ヒワダでロケット団残党を蹴散らしたあの勇ましさは何処にも無い、あるのは先刻女の子に首をキメられ、鼻を殴られたな避けない少年の姿だけだ。

 

「……で、何か探してる風だったけど、無くし物的な何か?」

「はい、実は僕のポケモンがいなくなってしまってて」

「……あぁはいはい迷子ポケモンね……そうだな、今は暇だし手伝ってやんよ、そのポケモンの特徴は?」

「え、えぇと、ピンク色の……小さな体で大きな耳、それで尻尾が長くて」

「丁度あんな感じのか?」

「え?……あ、はい、あんな感じの……って」

 

 特徴を丁寧に説明する男の子に、クリアは彼の後ろを指差して言った。

 そこにいたのは一匹のポケモン、まさしく今の少年の告げた特長に告示したポケモンが、何やらボールの様な物を追い掛け回して遊んでいるのだ。

 

「こ、COCO(ココ)! 全く君は……ずっと探してたんだよ?」

 

 ボール遊びをしていたポケモンをすぐに捕まえて、むっとしながら男の子は言った。

 その様子に一旦怯えるピンクのポケモンだったが、すぐに男の子が優しい笑みを作るとピンクのポケモンも途端に安心した様になる。

 きっと怒られると思ったのだろう、だけどそのポケモンが無事だった事に男の子もひとまずは安心し、それ以上の叱咤はしない様だ。

 

 そしてコロコロとボールの様な何かは転がり、クリアの足元へ。

 それは小さな、中に閃光の様な黄色のエネルギー体が何やら渦巻く球体だった。

 クリアがそれを拾い、不思議そうにそのボールを見ていると、男の子がピンクのポケモンを抱いたままクリアの下へと走り寄ってきて、

 

「あの、ありがとうございます。お陰でCOCOを見つける事が出来ました!」

「いやいや気にすんな、俺もさっきの事は、全然、気にしてないからさっ!」

「そ、それ絶対気にしてますよね?……すいません、何と言うか、お兄さんの目付きが僕の知ってる、というより苦手なポケモンと似てたもので……」

「うん大体分かってるよ、最近は子供と接する事が少なかったから忘れてたけど、俺って実は目付き悪いって事にさ……はぁ」

 

 またしても自嘲気味に笑うクリアに、男の子は苦笑いで返すしか無かった。

 それからすぐ、男の子の母親と名乗る人物が男の子を向かえに来た、どうやら男の子の母親が用事でこのラジオ塔に来ていたらしく、彼も母親に連れられて来ていた様だ。

 

「じゃあお兄さん、COCOの事、本当にありがとうございました」

「良いって事よ別に、所でこのボールみたいな"道具"、お前のじゃ無いのか?」

「いいえ、僕のじゃ無いですね……このラジオ塔の中にあったものなのかな、特に騒がれてる様子も無いし貰っておいて良いんじゃないでしょうか?」

「いやいやそれ犯罪だから……まぁ後で聞いとこう、それと少年」

「はい?」

「"エネコ"は動く物を追う習性があるから、外に連れ出す時はくれぐれも目を離すんじゃないぞ」

「……はい、分かりました」

 

 そして男の子は母親に連れられてラジオ塔を去っていく。

 ルビーと名乗る男の子は、そうして帰路についた。

 

「そう言えばあの人、この地方でエネコ(COCO)の事知ってるだなんて、珍しい人もいるんだなぁ……」

 

 今のジョウト地方にはエネコはいない。

 ホウエン地方のポケモンであるエネコを知っているトレーナーは、ジョウト地方やカントー地方にはまだまだ少ないのだ。

 このクリアと名乗る少年が、ホウエン所かその他のシンオウ等の地方の事も少なからず頭の中に入っている事を、男の子はまだ知らず。

 

 そして、自身にこれから先起こるであろう出来事も、まだ知らない。

 

 

 

「……さて、オーキド博士はっと……」

「ワシに何か用かの、クリアよ?」

「……どーもオーキド博士、相も変わらずお元気そうで何よりでございますよ」

 

 男の子を見送って、振り向いた先にはオーキド博士。

 それも何やらご立腹な様子だ、クリアにも表情おや雰囲気から分かる。

 

「いやいや、お前さんも随分と元気そうじゃのー」

「は……はは、お、お陰様で」

「だがなクリア……」

 

 そこで一度溜めて、

 

「いくら元気だからといっても一年も連絡を寄越さんとはどういう事じゃっ!!?」

「うがぁぁぁ!? す、すいませぇぇぇぇぇん!!」

 

 塔内にオーキド博士の怒声が響く。

 周囲の人間達も一体何があったものだと、声のする方を見てみるが、

 

「全く! ワシ一人ならいざ知れず、イエローやレッド達にも連絡を寄越さんとはどういう事じゃ!」

「し、修業的なあれこれを……」

「言い訳無用じゃ! やる分には別に構わんが、そうならそうと連絡の一つでも寄越さんかっ!」

 

 そこにあったのは子供に説教する大人の姿。

 まるで悪戯を見つかった子供の様に正座するクリアの姿と、頭上からそのクリアに説教を掛け続けるオーキド博士の姿だった。

 そこに特に危険な要素も見当たらず、塔内の人間は皆各々の活動へと戻る。

 

「はははっ」

「何を笑っておる、まだ話は終わって……」

「いえ、なんだか懐かしいなぁと思いまして」

 

 かれこれ五分は経っただろうか、今だガミガミと説教を続けるオーキド博士だが、気づくと微笑を浮かべていたクリアを睨みつけるが、当のクリア本人は昔を懐かしむ様に、

 

「俺がどれだけ口が悪くても……いやその事についても怒られてましたけど、だけどそれ以上に、危険な事をした時はいつも以上に……今みたいに怒られましたね」

「……当然じゃ、子供に説教するのは大人の務めじゃからな」

「……そうですね」

 

 それから不意にクリアは立ち上がる。

 その動作に、いつもの様に悪態でもついてくるのかと身構えるオーキド博士だったが、

 

「今までのご無礼すみませんでした、そして」

 

 クリアの口から発せられたのは謝罪の言葉、そして続く様に、

 

「今まで、ありがとうございました!」

 

 "ポケモン図鑑"と共にお礼の言葉が返って来たのだ。

 これには流石のオーキド博士も驚きを隠せない。

 時間だけ見ると、この世界でクリアと一番長く付き合いがあるのはオーキド博士だ。

 そのオーキド博士からしてみれば、クリアという少年は信頼に値はするがまだまだ子供、目上の人にタメ口で暴言を吐く様な子供というイメージだった。

 しかし、今オーキド博士の目の前にいるクリアは頭を下げて、今までの謝罪とお礼の言葉を述べている。

 

 それに加えて、オーキド博士が彼に渡したポケモン図鑑を同時に返却して来ているのだ。

 今まで少なからずその図鑑に助けられて来たであろうクリアが。

 "今まで"という言葉と共に、もうオーキド博士には頼らないとでも言いたげに。

 

「……顔を上げろクリア」

 

 その変化に面を食らったまま、オーキド博士は言う。

 

「子供に説教するのは大人の役目じゃが、大人に頼るのもまた子供の役目じゃ」

「……はい」

「だからその図鑑は取っておけ」

 

 差し出された図鑑を手に取らないまま、オーキド博士はクリアに背中を向けた。

 彼も多忙の身である、これ以上この場に留まっていられないのだろう、どこか哀愁漂う背中が少しだけクリアには小さく見えた。

 

「クリアよ」

「…はい」

「お前さん、少し変わったか?」

「ふ、いいえ、全くそんな事はねーっすよ!」

 

 そして振り向いたオーキド博士の眼に映るのは、頭の後ろで手を組んで笑うクリアの姿だった。

 いつか見た、研究所でポケモン達相手の時にだけ笑う無邪気な笑顔で。

 

「俺はいつでも俺のままだぜ、爺さん!」

 

 

 

 それからすぐにオーキド博士はヨシノの第二研究所へと帰っていった。

 ジョウトの研究所とカントーの研究所の二つを持つオーキド博士も大変なのだ、せっかくのクリアとの再会だが、それを喜んでいる暇は無い。

 ――説教する暇は無理矢理作っていたが、それとこれとは別である。

 

「……よし、後はこのボールの事聞いてそれからアカネの奴から逃げて……」

「へー、誰から逃げるって言うんやクリア?」

「だからアカネだっつってんだろ、あの何故かジムリーダーの! 執着心の強い! 暴力怪力女!……って」

 

 気づくとそこにいるコガネジムジムリーダー。

 アカネちゃんは今日もニコニコクリアの傍にいた、ちなみにニコニコは決して嬉しい気持ちから来るものだとは限らない。

 

「やっほークリア」

「やっほーアカネちゃあぁぁぁぁぁ!」

「ってこらまた逃げるなや!」

 

 再度逃走を試みるが、失敗。

 思えばクリアがこの少女から逃げ切れたのは一度だけ、数ヶ月前のコガネからの脱出の時のみである。

 

「でぇ~? クリアはウチの事、そんな風に思っとったんやなー?」

「じ、事実を端的に言ったまでぇぇ!?」

 

 最後まで言い終える前に、クリアの襟元を掴む手とは反対の手でクリアの口元に手をやるアカネ。

 顔を鷲づかみしてクリアの顔が今とんでも無く面白い事になっているが、そんな事等全く気にせずクリアを拘束したまま、アカネは早足でどこかへと向かう。

 

「っふが!? っふがが!?」

 

 勿論何の説明も無し、用事を済ませてさっさと帰ろうとしていたクリアが反論しようするが、上手く言葉が発せられない。

 そしてとある一室の前について、アカネは問答無用と言わんばかりにその部屋にクリアを投げ入れた。

 大きな音を立てて部屋へと転がり入るクリア、その部屋の中にいたドーブルを連れた女性が驚愕の表情を浮かべている。

 

 それからアカネも部屋へと入って、扉を閉めてから、

 

「いっつー!……ってぇ、何しやがんだこの、アカネェ!」

 

 すぐさま大声でアカネへの怒りを露にするクリア。

 当然だろう、何の説明も無しに訳の分からない部屋に突然投げ入れられたのだ、誰だって怒る。

 

「あ、あのう大丈夫ですか…?」

 

 ドーブルと共に先に部屋にいた女性が盛大に転がったクリアの身の心配してそう声を掛けるが、

 

「なんや? 文句あるんかクリア?」

「ったり前だ! こいつめ、こっちが大人しくしてたらっ!」

「ほう、いいでいいで、ウチはいつでも喧嘩は大歓迎や、だったら今からウチのジムにでも……」

「ハッ!?……ってまさかお前、そういう方向に話持ってく為にわざと!?」

「さぁ、何の事かウチには分からんな~? そんな事より、決着つけたるでクリア!」

「だが断る、全力で断る! 誰がお前なんかと勝負してやるもんか!」

「んな!? なんでや! 今のはアンタから仕掛けてきたバトルやろ!」

「っか! 知らないなぁ知らねぇよ! そんな証拠がどこにあるって」

「これ、ラジオやで?」

 

 白熱する口合戦だったが、そこで一瞬空気が変わった。

 アカネの何気無い一言、その一言にクリアは氷の様に固まった。

 

「……え、いや、え?……何、もっかい言うてみ?」

「なんでコガネ弁になるんや! じゃなくて、これラジオやで? 生放送の?」

 

 そのアカネの言葉を聞いて、クリアはドタバタと部屋の扉へと近づき開け放ち、そしてその扉の上部へと視線を移し――そこに描かれた『ON AIR』の文字とバックの照明に注目する。

 それから少しだけ時間を置いて、無言で扉を閉めて、今更気づいた部屋の中のマイクの様な物を指差して、

 

「……ON AIR?」

「オンエアー、しかも生放送やで!」

 

 引きつった笑顔で尋ねるクリアに、アカネは満面の笑顔でそう返した。

 そしてアカネのその行動に、ちょっと面白い奴がいるから出演するか聞いてくるわ~、と言われて了承したクルミはドーブルと共にその場のカオスに対応出来ず、成行きを見守るばかりである。

 そして再び、生放送での少年少女の喧嘩ラジオが再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 一方その頃カントー地方のトキワジムではレッドのジムリーダー試験が行われていた。

 レッドが長年夢見てきたジムリーダーの認定試験、その場には多くの民間人やポケモン協会理事長等の著名人、そしてグリーンの姉ナナミやイエローも見学兼応援に来ていた。

 

 そしてレッドの試験結果は合格――だが四天王戦での後遺症から自ら辞退したレッド。

 そんな中、突如野生ポケモン達の襲来という事件が起こるが、それに対処したのはいつの間にか戻って来てたグリーンだった。

 野生ポケモン達の対処に、原因となったラジオ放送の特定、それに加えて前回ポケモンリーグ準優勝者等の肩書きからグリーンのトキワジムジムリーダーはほぼ確定的になっていた。

 

 そして皆がようやく安心して、トキワ出身のイエローもトキワジムに再びジムリーダーが戻って来た事に安心していた時だった。

 

「ふぅ、じゃあとりあえずこの"ポケモンマーチ"は変えとこうか」

 

 ラジオから流れ出る音楽を、これ以上野生ポケモンが活発化して街に来ない様に、ポケモン協会の人間の一人がチャンネルを回して変える。

 適当に変えられたラジオは、変えられた通りの電波を受信して、

 

『……いっつー!』

 

 まず最初に聞こえて来たのは少年の声だった。

 どうやら電波は遠路はるばるジョウトから届いているものらしい、これは現在、ジョウトにて人気配信中の生放送番組である。

 それは人気アイドルのクルミちゃんや、コガネジムジムリーダーのアカネちゃんがパーソナリティをつとめてる事でも有名で――だけどこの時この瞬間に特別ゲストが来ていた事をこの場にいた誰も知らない。

 

『てぇ、何しやがんだこの、アカネェ!』

 

 ラジオから垂れ流されるのは完全に放送事故レベルの少年と少女の喧嘩の様子だった。

 だがどこかおかしく繰り広げられるその口論に、思わずその場にいた全員が聞き入って笑いを浮かべている。

 ――そんな中数人、レッドとグリーンとナナミ、そしてイエローのみがその放送に周囲の人間達とはまた別の理由で耳を傾けていた。

 

『だから勝負や勝負! ウチが勝ったらそのレギュラーバッジは返してもらうで!』

『どーしてそーなるの!? これ俺がお前に勝った証として貰ったバッジじゃん! そんなに負けたのが悔しかったの? そんなに負けたのが悔しかったの!?』

『あぁーもう二回も言うなや! それにウチは負けてへん! あの時は……そう、調子が悪かっただけや!』

『はぁ、出たよ言い訳……』

『言い訳ちゃう! というかそもそもクリアの戦い方は卑怯過ぎるんや! なんや"どく"て!? "バリアー"なんて張って腹立たしいわー!』

『それを言うならアカネのミルタンクだってチート過ぎんだよ! いい加減倒れろよ! "メロメロ"なんて使うんじゃねぇよ! また俺にトラウマ再発させるつもりかこの野郎!』

『いい加減倒れろって……それはクリアのドククラゲ(レヴィ)も一緒や!』

 

 コガネのジムリーダーとギャアギャアと言い合う様子に、固まったまま声が出ない四人。

 今まで行方不明だった人物が、イエローに至ってはここ最近本気で心配していた人物が、突然ラジオの中から「こんにちわ」なのだ。

 固まるのも無理は無い。

 

「えーと、イエロー?」

「……」

「イエロー……?」

 

 レッドとナナミは恐る恐るイエローに尋ね、グリーンも僅かながら気になるのか視線と聞き耳はイエローへと集中する。

 

「クリアが……」

 

 必死に言葉を搾り出すイエロー、それを見つめるレッドとグリーンとナナミ。

 今まで消息不明だったクリアが見つかった、そしてこの放送はコガネからリアルタイムで送られている。

 その事実に三人はイエローの反応をいくつか予想してみる。

 

(イエローの事だから、とりあえずクリアの無事を安心してホッとするだろうだなぁ)

(……いつかの様に泣き出しそうだな)

(きっと彼が見つかって大喜びするでしょうねぇ)

 

 ワナワナと震えながら、心配そうに見つめる三人の視線の中でイエローは言葉を振り絞る。

 

「クリアが女の人と楽しそうにラジオしてる……!」

 

 その反応は割と乙女なものの様だ。

 ただしその反応には怒りが見え隠れしている。

 その事には三人は気づいたが、この事については一年も連絡を寄越さなかったクリアの完全な自業自得である。

 

「レッドさん、ピカは貸してくれるんですよね?」

「え? あ、あぁ……うん、イエローに任せようと思ってるけど、嫌か?」

「いえ、ちょっとボクジョウトに行く用事があるので、丁度良いです」

 

(何がどう丁度良いんだろう!?)

 

 それからいつもと変わらない様子のイエローだが、その変化の無い笑顔はむしろ事情を知っている者に一種の恐怖を与えてくる。

 ピカと自分のピカチュウ(チュチュ)を連れて走り去っていくイエローを暫く眺めて、レッド、グリーン、ナナミは三人が三人共クリアの無事を祈りつつ、そして各々のやるべき事へと戻る。

 

 




イエローイエローうわあぁぁぁぁぁ!(歓喜)
――っといけないいけない、このままじゃ某コピペを叫んでしまう所だった。


という事で、アカネちゃんも可愛いよね!
なんか若干暴力的になってるけど作者はアカネちゃん大好きですので多分こうなりました、クリアの態度にも問題はありますし、仕方無いと思うのです。

そして今回の話ではようやく博士に謝ったり、ルビーが登場したり、ドーブル関係無かったりしましたが……やっとイエロー出せたよイエローうわあぁぁぁ(自主規制)


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十九話『vsサイドン レースバトル』

たまにはギャグも書きたかった。



 

 

『えー、今日のゲストはコガネジムジムリーダーアカネちゃんと!』

 

 防音性の高い狭い室内で、三人の人間と一匹のポケモンが一つの机を囲っていた。

 椅子に腰を下ろすのは二人の少女と一人の少年そして一人の少女の隣にポケモンドーブル、机の上には無数にばら撒かれた手紙の数々、そして室外の上部、照明に映し出されるは『ON AIR』(放送中)の文字。

 

『皆様のご要望にお答えして!昨日飛び入り参加してくれましたポケモントレーナーのクリアさんに再度、お越し頂きました!』

『どーも! 多数の嬉しいお葉書ありがとうございます! 要望にお答えしてまたまた参上しちまいました! クリアです!』

 

 ラジオに向かってにこやか営業スマイルで語りかける少年、クリア。

 そしてその様子を隣で含み笑いを堪えつつ、アカネが番組の進行を図る。

 

『っぷくく……はい、では早速お便りコーナーに移るでぇ!……では始めに、ペンネーム『永遠の緑』さんから「貴様は何をやっている?」……これもしかしてクリアの知り合いからなんとちゃう?』

『そんな痛いペンネームつける人知り合いにいたかな……緑、まさかね……分からないんで次に移っちゃっていいよ』

 

 少しだけ記憶を掘り起こして、思い当たる人物に心当たりを見つけられずにクリアは次の質問を促す。

 一通目から不安が残る回答に、内心ドギマギしながら今度はこのラジオコーナー主役のクルミが手紙を読み上げる。

 

『そ、そんな適当でいいのかしら……では次は、ペンネーム『秘湯を目指して三千里』さんから! 「……無事を祈ってるぜクリア」……クリア君、君何したの? 身の安全を心配されてるけど?』

『うーん、特に覚えが無いですねー、きっと間違いか悪戯でしょう』

『いやでも名指しされてるし……』

『ほんなら次は順番的にウチが読み上げるで! ペンネーム『後はフリーザーだけ』さんから! 「何がどうなってそうなってるのか知らないけど、少しは連絡寄越しなさいよ、特に誰に……とは言わないわ、思い当たる人物がいるでしょ!」……誰の事やクリア?』

『……心当たりがございません』

『おいなんやその間は? というか連絡ってどれ位してへんの?』

『大体一年位?』

『しろや! 連絡位いれろ! これアンタすっごい心配されとるんとちゃうか!?』

『すっごい心配されてたなぁ……』

『他人事かい!』

『ッ痛!』

 

 つい昨日出会った老人の顔を思い浮かべるクリアの頭を、アカネが勢い良く叩いた音が生放送で電波に乗って配信されていく。

 割と痛かったのか涙目でアカネを睨むクリアだが、当の本人は舌をチロリと出して知らん顔だ、クルミもクルミで最早いつもの事と認識したらしく苦笑いしか浮かべない。

 一応番組の演出、そう割り切ったクリアは次のお便りに手を伸ばす――が、

 

『ちょい待ちクリア、まだ話は終わってへんで』

『……終わっただろ、話の流れ的に』

 

 手を伸ばすクリアの腕を掴んでその動きを静止させ、アカネは言う。

 

『"思い当たる人物"……誰の事やクリア?』

『……黙秘権を行使する』

『却下します』

『クルミちゃん!?』

 

 まさかのクルミの裏切りである。

 信じられない物を見るかの様なクリアの視線に、クルミは申し訳無さそうな顔で、自身から見て右を指差す。

 その方向はクリアから見て左、ガラスで遮られたラジオ製作の別スタッフ達、主にディレクターやらがいる部屋を指していて、そこに映るのは『面白そうだからそのままGO!』と大きく書かれたスケッチブックを持つお偉いさんの姿が。

 

『で、クリア君?』

『"気になる人物"誰なんや?』

『おい勝手に改変すんじゃねぇよ……ったく』

 

 最早言わなければならない空気となりつつある、そしてクリアも報酬分の仕事は果たさなければならない。

 期待の眼差しを向ける二人の少女に、クリアは頭をガリガリと欠いて、そして仕方無いという感じで話し始める。

 

『別に面白い話じゃないんだけどさ、俺が一年前……四天王事件に巻き込まれた時』

『ちょっと待て、初っ端から面白そうな話持って来てるやないか!』

『乗っけからツッコムなよアカネ、まぁその話はまた後日って事で……その時一緒に旅した奴がいるんだけどな』

『へぇ、なんや男女二人旅かい、それでその()にフォーリンラブってか?なんやホンマつまらん話やなー』

『だから面白い話じゃないって言ったじゃん、つってもそいつは男なんだけどな』

『なんや男かい』

『男だよ、しばらく名前も教えて貰えなかったから俺は"少年"って呼んでたけど否定しなかったし』

 

 そしてクリアは掻い摘んで話す。

 主にイエローとの出来事の事を、身元が割れない程度に、自身の"死"等の後々面倒臭そうになる事も隠して。

 時間にして数分間、クリアが話し終わると同時にアカネが、

 

『だぁーつまんねー!』

『だからつまらんって最初に言ったじゃねぇか』

『でも素敵な話ね、もし私がその子だったらクリア君に惚れてたかもしれないわね』

『はは、冗談上手いなクルミちゃんは』

 

 グダグダになりかけてた場をクルミが上手い具合に纏め、クリアもそれに乗る。

 丁度時間もいい具合に経ち、そろそろ次のコーナーに移行しなければいけない、そんな時。

 

『じゃあそろそろ時間も時間やし、最後はウチがお便り読むでー』

『おい次はクルミちゃんの番じゃ……』

『さぁ最後のお頼りは『ダイナマイトプリティガール』さんからのお便りや!』

『……おい』

『「こんにちわ皆さん、早速ですがウチはどーしてもっ! アカネちゃんとクリアに勝負をして欲しいです! というか是非してくださいお願いします!」……あーこりゃあかんわー、ウチ実はこういうお願いに弱いねん』

『いやそれお前のじえ』

『という訳で、勝負やクリア!』

『結局勝負(それ)やりたいだけだろお前!』

 

 放送室内というとてつもなく狭い部屋の中でボールを構えるアカネに、とうとうクリアは堪えきれずにツッコム。

 それを口火に、いつものアカネとクリアの口論が開始、一人置いてけぼりを食らうクルミはやれやれと手を挙げ。

 

「……よし、完璧な流れだ」

 

 先日のアカネとクリアのやり取りは好評を博し、またその展開を期待していたディレクターはその様子に、一人ガッツポーズを決めた。

 

 

 

「ったくテメェは! 通りで放送開始直後何やら企み笑いしてると思ったらこういう事だったのかよ!」

「何の事かウチには分からへんなぁ、そんな事より勝負や勝負! 純粋なリスナー様からの頼みを無碍(むげ)にするんか!?」

「むしろこんな不純なリスナー意見聞いた事ねぇよ! つーか発信側の意見混ぜんな! ラジオなめんな!」

「ちょっ、二人共! そろそろ次のコーナーに……」

 

 いつまで経っても終わらない喧嘩に、痺れを切らしたクルミがとうとう仲裁に入った。

 瞬間、転がる様に、一人の少年がドアを破って室内に飛び入って来る。

 

「はっ!? あのポケモンがクルミちゃんと一緒に……って事は奴はクルミちゃんの、いやそんなはずはねぇ……って事はオイそこの隣の男か女! お前等どっちかが"おや"なんだろ!? どっちでもいいからかかってこいやー!」

 

 二人の喧嘩が白熱して誰も気づいていなかったのだが、実は先程から放送室のドアを叩く音が室内には響いていた。

 しかしアカネとクリアの言い合いにその音は見事にかき消されてしまっていて、しかしそんな喧騒の中にとうとう扉は耐え着れなくなり騒音を立てながら一人の少年がドアを破って室内に入って来たのだ。

 そして入って早々、勝手な言いがかりで二人の喧嘩に紛れ込む少年。

 この少年、ゴールドという名のジョウト地方図鑑所有者にして、実はクリアの後輩だったりする少年なのだが――、

 

「……あ?」

「……は?」

 

 ゴールドは知らなかった、彼が今しがた喧嘩を売った二人は今現在喧嘩の真っ最中で、つまり気が立っている訳で、

 

「ほう、いい根性やないかアンタ、砂になる覚悟は出来てるっちゅー事やな?」

「っな、じょ、上等じゃねぇかやれるもんならやってみ」

「何お前? いきなり入って来て、死ぬの? 死にたいの? レヴィ!」

「ちょっ、お前、こんなとこでドククラゲなんて……って顔ちょーコエー!?」

 

 喧嘩を吹っかけて次の瞬間には、傷だらけで隻眼のドククラゲ、レヴィに気圧されるゴールドだが、

 

ミルタンク(ミルたん)! まずはこの命知らずに引導渡してやりや!」

「安心しろ、骨は拾ってアサギ湾にでも流してやるよ」

 

 喧嘩に無粋な横槍を入れられた二人は容赦しない、する気も無い。

 薄ら笑いを浮かべジリジリと迫るクリアとアカネに、思わず後ろへと下がるゴールド、それを更に追い詰めていく二人。

 そして終いには壁に背をつけ退路を封じられるゴールド。

 それを見てニヤリとする二人は正に追い詰めたネズミを見る猫の様――いや猫なんて可愛い生き物じゃない、もっと獰猛で凶悪なジャガーや豹辺りに、今のゴールドにはそう見えるだろう。

 

「はいはいストップストップ! この子怖がってるわよアカネちゃん、クリア君」

 

 完全に追い詰め後は止めの一撃を入れるだけという場面で、ようやくクルミちゃんという救世主に救われるゴールド。

 そしてクルミちゃんという所謂"常識人"にそう言われたら、いくらクリアとアカネと言えども黙るしか無い。

 仕方無しゴールドを許し、放送に戻ろうとする二人だったが――、

 

「怖、がってる……?っへ! 冗談! 今のは武者震いって奴だぜ!」

「ちょっと!? 君何言って……」

「止めないでくれクルミちゃん……これは男と男の、戦いなんだ!」

「……ウチ女やで?」

 

 やられたら倍にしてやり返す位の気力で臨む少年、それがゴールドという少年。

 今までのやり取り全てチャラにして立ち上がり、クリアとアカネを睨むゴールド、勿論クリアもアカネも怯まず睨み返す。

 一触即発の空気の中、丁度放送終了のチャイムが室内に流れ、クルミは力無くその場に座り込む。

 

「あ、あぁ……放送終わっちゃった、これじゃあきっと今頃抗議の電話が……」

「クルミちゃん!」

「あ、す、すみませんディレクター! まさかこんな事に……」

「二時間スペシャルだ!」

「……へ?」

「今の放送で「三人の勝負が見たい!」って内容の電話が殺到してな、急遽二時間スペシャルだ!」

「え?……えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 クルミの絶叫を後に。

 睨み合う三人のトレーナー等蚊帳の外で、急遽決まった二時間スペシャル番組。

 決戦の日は、近い――というか今日だ。

 

 

 

 波乱が波乱を呼ぶ、というか最初から波乱しか無かったこの日のラジオは、更なる混乱を巻き起こして今に至る。

 

「っへ! 今に吼え面かかせてやるぜお二人さんよぉ!」

「なにおう!? そう言うアンタこそ、今にその顔泣きっ面にしてやるわ!」

「アンタじゃねぇ! 俺の名前はゴールドだアホ女!」

「アホ!? アホにアホと言われとうないわこのアホ!」

「なんだとこのアホ!」

「……帰りてぇ」

 

 ドンパチと街々に上がる小さな花火の如く、二人の少年少女の間では火花が散っていた。

 自転車に乗るアカネと、スケボーに自転車のハンドルを付けてキックボードの様にしたゴールドだ。

 対象的にクリアの周りには淀んだ空気が漂っていた、先程まで高ぶっていた気分が時間と共に消化され、今となってはこの状況が馬鹿馬鹿しくなっているのだ。

 

「なんやクリア? 棄権するならしてもええんやで?」

「あらそう? ならそうさせて貰……」

「だけどそれは負けも同じって事でバッジも返してもらうでクリア!」

「出たよ超理論!」

 

 こうしてクリアも嫌々勝負への参加が決まった。

 

 この勝負、勝負方法は至って簡単、言ってしまえばポケモンバトルと自転車競走(レース)を混合した様な勝負だ。

 コガネシティをスタート地点とし、自然公園を抜けて、37番道路の看板前というゴールを目指すもので、そして勿論、ポケモンバトルとの混合という事もあってレース中にバトルを挑み挑まれる事も可能でもあるというものなのだ。

 ちなみに提供は宣伝も兼ねた"ミラクルサイクル"という自転車屋の提供でお送りしています。

 

 

 そしていよいよレース直前、実況席から移動して来た開始合図を知らせる笛を手に持ったクルミがスタート地点に現れ――、

 

「絶対勝つ!」

「それはウチの台詞や!」

「どうしてこうなった!」

 

 三者三様の台詞と共に、甲高い笛の音が街中に響き渡る。

 スタートの合図、それと同時に自転車に乗ったクリアとアカネ、そしてキックボードに乗ったゴールドは一斉にスタートして――、

 

「ミルたん! "ころがる"や!」

「レヴィ! "バリアー"!」

 

 開始早々速攻を掛けたアカネだが、その攻撃を予想していたクリアが悠々とそれを防ぐ。

 これはレースであって同時にポケモンバトル、今のアカネの攻撃は開始直後にクリアを自転車から落として時間を稼ごうという作戦だったのだが、クリアもまたバトルとなればアカネの分かりやすい思考は手に取る様に分かる、だからこそクリアはアカネの第一撃を防ぐ事が出来た。

 そしてレヴィの"バリアー"に攻撃を防がれ、アカネは悔しそうに、

 

「ま、またそれや! ええ加減その"バリアー"張るのやめいや!」

「やだよ、そんな事したらお前のミルたんがこれ見よがしに転がってくるジャン?」

「当たり前や!」

「そら見ろ! 悪いがこの"バリアー"は解除しねーぜ、行くぞレヴィ! "バリアー"……"全方位展開"!」

「っな!?」

 

 言って、クリアとレヴィを包む様に薄い透明な半球体が出来上がる。

 それは一年前、クリアがカツラとミュウツーのコンビを見た時、ミュウツーの念動バリアからヒントを得て習得したもの。

 ミュウツーの念動バリアは全方位を包む丸い球体だった、だからクリアもレヴィの"バリアー"で同じ事が出来ないのかと、ずっと練習していたのだ。

 その結果、つい最近ようやくそれは完成され、今では自由に扱える様にまでになったのである。

 

「ひ、卑怯だぞクリアー! ちゃんと戦えこの引きこもりー!」

「はいはい負け惜しみ負け惜しみ、というかアカネ、お前俺ばっか見てると……」

「え?……キャアァ!?」

「"足元掬われる"……ってもう遅いか」

 

 意外と可愛らしい悲鳴を残して、"エイパム"によって転ばされるアカネを尻目にクリアはその場を後にする。

 そしてそれに続くアカネを転ばせた張本人のエイパムを肩に乗っけて、その後を追うのはゴールド。

 

「ってんめこの野郎! よくも散々俺様の事無視してくれやがったな!」

「悪いな少年、眼中に無かった」

「い、いい度胸じゃねぇかぁ! エーたろう!」

 

 火に油を注ぐクリアだが、これも彼の計算の内だ。

 勝負事では熱くなった方が負け、昔ヤナギが呟いたその言葉をクリアはしっかりと覚え、そして試しにゴールド相手にその知識を役立ててみたのだ。

 案の定、エイパムを使ったゴールドの攻撃はアカネの時とは比べ単調になった。

 先程は相手の隙をついて一撃でアカネの自転車を転ばせたというのに、今となってはその面影は無い。

 

「このっ! 畜生!」

「はっは……下手糞、しょうがないから"バリアー"も解いててやるよ」

「テメェ! 後悔すんなよ!」

 

 クリアの一言に、更にゴールドの怒りのボルテージが上がるが、それでクリアを仕留めれるかと問われれば別問題。

 今もゴールドはクリアを狙って、エイパムの器用に使える尻尾を腕に巻きつけて、エイパムを飛ばしてクリアを襲うがその攻撃をクリアはいとも簡単に避ける。

 もしそこに、右や左への揺さぶりが加わればクリアでも避けるのは難しくなって来るが、熱くなっているゴールドにそんな思考回路は存在しない。

 今も真っ直ぐにしか飛んでこないエイパムを、クリアは右に避けて先へ進む。

 

「……む?」

 

 そんなやり取りが何回続いただろうか、流石のゴールドも最初よりはエイパムを周りの木から攻めさせたりと絡め手も使って来ていたが、それでもクリアには届かなかった。

 元々チョウジジムと街の往復で自身の身のこなしもいくらか鍛えていたクリアなのだ、そんな一朝一夕の攻撃が当たる訳が無い。

 そうしてゴールドと鬼ごっこをしながら自転車を走らせていると、クリアの目の前に一本の木が現れたのだ。

 見ると中継用の車等もそこで立ち往生している、どうやらつい最近までは無くて、いきなり現れたものらしい。

 

「これって……」

「エーたろう!」

「レヴィ」

 

 負けじとぶつかってくるエイパムを、とうとうレヴィに捕らえさせてクリアは目の前の一本の木を見つめる。

 

「おいこの野郎! エーたろうを離せよ!」

「そんな事より少年」

「ゴールドだ! エーたろう離せ!」

「……はぁ、レヴィ」

 

 ため息一つ、そしてレヴィに指示を出しレヴィも指示通りエイパムを離す。

 解放されたエイパムは一目散にゴールドの下へ向かう、よほど信頼されてるらしく、ゴールドもエイパムを受け入れる。

 

「……で、だ。ゴールド」

「……なんだよ?」

 

 エイパムが解放された事でいくらかは怒りも抑えられたらしい、まだクリアを睨みつけてくるがそれでも一応ゴールドはクリアに口を聞いた。

 その事に、話が出来る状態、と判断して、だけどクリアは腰のボールから手を離さずに言う。

 

「この木……多分」

「こぉらあぁぁぁぁぁ男共ぉぉぉぉぉ!!」

「……また五月蝿いのが来たよ」

 

 怒りの形相で、それでいて自転車を猛スピードで飛ばしてくるアカネの声に、クリアは思わず頭を抱える。

 

「アンタ等二人共もう容赦せぇへんでぇ!……って何やこの木は!?」

「あぁだから俺が今この木について説明を……」

 

 到着したアカネはクリアとゴールドに怒りを露にするも、目の前に聳える道路を塞ぐ一本の木に驚愕する。

 その間を狙って、今度こそ口を開こうとするクリアだったが、今度は巨大な地鳴りが彼の言葉を遮った。

 除々に近づいて来るその音に、クリアはイライラを抑えられない様子で、

 

「……ズシンズシンうるせぇんだよ、一体お次は誰が……」

 

 音の鳴る方へそう言いながら振り向くいた。

 振り向いて彼は口を閉じる、閉じて見上げ、見上げた先には一匹のサイドン。

 クリア以上の強面の視線で見つめられたら、それは流石に黙るしか無いだろう。

 

「……なんだサイドンか」

「いや落ち着き過ぎやクリア!」

 

 そんな状況にも関わらず、その血が騒ぐのか思わずクリアにツッコムアカネ。

 そんな状況じゃ無ければ、ここからコントにでも突入する場面なのだろうが、相手はそんなのお構い無しだ。

 雑魚でも蹴散らす様に腕を振り上げ、そしてクリア目掛けてサイドンは腕を振り下ろす。

 

「クリア! ミ、ミルたん、クリアを助けるんや!」

「ッ! バッ……余計な事すんじゃ……」

 

 サイドンの初撃をクリアが跳んでかわして直後、アカネのミルタンクがサイドンに向かって突撃していく。

 直後サイドンとミルタンクが衝突し、押しつ押されつつの攻防をする様に見えたが、次の瞬間、サイドンはすぐ傍まで迫っていたアカネへと視線を移し、

 

「ッち」

 

 クリアは舌打ちし、そこへ飛び込む。

 サイドンに掴まれそうになったアカネを寸での所で引き寄せ、そして壁になる様にアカネとサイドンの間へ立つ。

 

「ク、クリア……」

「……さてと」

 

 目の前で何か言いたげなアカネを無視して、クリアは背後のサイドンの方に体勢はそのままに視線だけ移す。

 

「悪いなサイドン、ここは大人しく帰ってくれないか?」

 

 命の危険に立たされてるというのに、選択権は今はサイドンが握っているというのに、クリアはあくまで冷静に微笑すらも浮かべてサイドンに語りかけていた。

 その奇怪な行動に、サイドンも一瞬怯み、だが直後周囲を見回す様に首を動かして再びクリアへと狙いを定める。

 どうやら何か探し物をしているらしい、クリアがそう判断した直後、

 

「っクリア!?」

 

 サイドンの腕がクリアをなぎ払うかの如く振るわれる。

 一瞬、目の前に佇むクリア目掛けて振るわれたサイドンの腕は、見事なまでに空を描いて空振りし、少しだけサイドンはよろめいた。

 その場にいた全員、何が起こったのか分からなかったが、

 

「あそこだ!」

 

 一人だけ、ゴールドだけはクリアの事が見えていたらしくすぐに空へと指を差す。

 そこにいたのは黒いリザードン、色違いの"エース"に乗るクリアの姿。

 先の一瞬で、クリアはサイドンが攻撃行動に出た瞬間にボールを開き、そこからエースを出して脱出していた。

 ボール自体には既に手は触れていたし、サイドンとの様子もボールの中からエースには見せていた為指示を必要としていなかった、だからこその早業である。

 

「最終通告だ」

 

 ゆっくりと下降しながらクリアはサイドンへ言う。

 

「今すぐここから退くか、ぶちのめされてから退くか……好きな方選べよ」

 

 アカネに手を出した時点で、クリアにはサイドンに手を上げる理由が出ていた。

 いくら喧嘩ばかりの仲だからと言っても、特別嫌ってる人物でも無い。

 そんな人間に手を出されれば、当然反撃にも出るだろう。

 そして、クリアが本気で反撃したらどうなるか――今の出来事でサイドンもそれが判断出来た様だ。

 

「これにて一件落着、なんてな」

 

 意気消沈に帰っていくサイドンを眺めて、クリアは笑ってそう呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ラジオ番組の企画はサイドン襲撃の影響で完全に潰れた。

 今回の企画の頓挫でディレクターは泣きを見る目にあったのだが、当事者であるアカネも、

 

「あんのクリアめぇ~! ドサクサに紛れてまた逃げよったわアイツ! しかも自転車借りパクしていったで!」

「まぁまぁアカネちゃん、それにクリア君、あの自転車今日のラジオの出演料として貰って行ったらしいわよ?……後何か"道具"もついでにといった感じで貰ってた様だけど……」

「なんやそれ!? どんだけ用意がいいんや……いや待てよ、まさか今日アイツが勝負を受けた理由って、最初から自転車で逃げる為に……!?」

「……してやられたわね、アカネちゃん」

「ッ! 許さへん! 絶対許さへん!」

 

 アカネもアカネで泣きを見る結果となっていた。

 サイドン襲撃後、スタッフ諸々すぐにコガネに皆して帰ったのだが、その時にはもうクリアの姿は無かったのだ。

 どうやら帰る途中、または帰らずにクリアだけ別れていたらしい、ディレクターも名残惜しそうにはしていたが、クリア自身長居はしないと伝えていた為、納得もしていた。

 そして勿論、納得していなかったのはアカネ本人のみなのである。

 

「でもアカネちゃん?」

「何やクルミちゃん!?」

 

 そんなアカネに、どこか楽しそうなクルミが言う。

 

「何だかんだでクリア君にちゃんとお礼言ってたよね?」

「……そりゃあまぁ、一応助けて貰った訳やし……って何ニヤニヤしてるんやクルミちゃん!」

「べっつに~? でも良かったね」

「何がや!?」

「クリア君の"思い当たる人"が男の子で!」

「クールーミーちゃーん?」

 

 面白そうにアカネをからかうクルミに、顔を赤くしてジト目で返すアカネ。

 そんな二人のやり取りがあった事をクリアは知らず、またこの二人も、"思い当たる人物"が実は女の子である事を知らない。

 それもその少女が少なからずクリアの事を意識してる事も、勿論知らない。

 

 

 

 所変わって、ここは先程のサイドン襲撃の現場。

 ゴールドは手持ちのニョたろう(ニョロモ)を外に出して、今も尚道を防いでる一本の木を見つめる。

 

「でもまさかだったぜ、あのむかつく野郎がツクシの言ってた"クリア"だったなんて」

 

 誰とも構わず呟くゴールドは目の前の木を凝視しそして、

 

「頼む、ニョたろう!」

 

 ゴールドが言った直後、ニョロモの"みずでっぽう"が木に直撃した。

 だが木はざわざわと少しだけ動き、また動きを止める。

 そこでゴールドは再度木に水を浴びせ、

 

「っ……この木、ポケモンだったのか!」

 

 目を丸くして目の前に立つ"ウソッキー"を眺めながらゴールドは一人呟いた。

 

『おいゴールド、あの木に水かけてみろよ、面白いポケモンに会えるぜ』

 

 そう言ったクリアの言葉を半信半疑ながら試したゴールドだったが、まさか木自体がポケモンだとは思わなかったのだ。

 今もまだ驚いているが、キョロキョロと辺りを見回すウソッキーの様子に、すぐにピンと来たゴールドは、

 

「もしかしてサイドンを探してるのか? それならもうおっぱらったからもういないぜ?」

 

 そう言ってサイドンが去っていった方向を指差すゴールド。

 その彼の言動と行動から、"サイドンをおっぱらったのはゴールド"と勘違いしそうな、というか勘違いしているポケモンが一匹いるが、ゴールドにそんなポケモンの心中を理解する事は出来ない。

 実際クリアの戦いはウソッキーのすぐ傍で行われたものだが、ウソッキー自身後ろを向いて、しかも目すら瞑っていた。

 その事から、サイドンがどこかへ消えたのは知っていたが、誰がやったかまではこのウソッキーには理解出来ていなかったのだ。

 それからウソッキーはゴールドを見て、そして彼に良く懐くニョたろうを何度か交互に見る。

 

「……一緒に来るか? ウーたろう?」

 

 こうして、新たな相棒を仲間に加えて、ゴールドの旅はまだまだ続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな頃、もう日が暮れ始めたという時間帯。

 歴史の街――エンジュシティに到着したクリアは、今日一晩はこのエンジュに泊まり、翌日チョウジへと帰還する様計画を立てていた。

 宿泊先は古びた旅館でも何でも、とりあえず屋根と壁さえあれば良い、そんな考えでこの街へと足を踏み入れていたのだが、

 

「……今?」

 

 彼はこの街に過去一度足を踏み入れている。

 ファントムバッジを手に入れる為、この街のジムリーダーマツバに勝負を挑みに来た数か月前の話だ。

 その時には、今の様な現象は無かった。

 一瞬空耳かと思い、すぐに忘れ去ろうとした直後、再びそれは今一度"聞こえて"来る。

 

「……やっぱり聞こえた……何だ、今の"声"?」

 

 "やけたとう"――彼の耳、否頭の中に直接、確かにそう聞こえたのだった。

 

 




けどやっぱ最後の最後でシリアスになりやがった。

――おかしいな、アカネちゃんにフラグなんて立てない様にしてたのに、どこで間違えたんだろう。


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二十話『vsイノムー “声”』

今回は凄く書きにくかった…。


 

 

「……ここか、焼けた塔ってのは」

 

 階にして一階半程度、それより上層部は黒く荒れ果てた――そんな塔の前に、クリアは一人呟く。

 彼がエンジュに到着して間も無く、一定感覚で頭に直接呼びかけられる様な感覚に痺れを切らして彼はこの場所を訪れていた。

 とある伝説の語り継がれる場所、昔電子機器から取得した情報とこのエンジュにて人づてに聞いた情報とを照らし合わせ、その内容をクリアは無意識に頭の中で反復する。

 

 焼けた塔の伝説、それはこの街エンジュシティに伝わる伝説。

 昔この塔が大火事に見舞われた時、その際に犠牲となってしまった三匹のポケモン達がいた――。

 そんな時、虹色に輝くポケモンが空から舞い降り、そしてその三匹のポケモン達は後に"エンテイ"、"ライコウ"、そして"スイクン"と呼ばれる伝説のポケモンとなって蘇った――伝説ではそう伝えられている。

 

(虹色に輝くポケモンってのは十中八九ホウオウで、俺を助けたのもその虹色に輝くポケモン(ホウオウ)、そして"やけたとう"……となると)

 

 目の前に重々しく建った焼けた塔。

 古びて風化していくだけの建物、万人の眼にはそれは唯の廃材の山、それも何も知らない子供が遊び場にでもしそうな危険な建造物の塊。

 だがクリアの眼にはそうは見えなかった。

 焼け落ちた今でもその風格は変わらない、むしろ現存するスズの塔と何ら変わらない――不思議と彼にはそう思えてくる。

 

(って事はこの声はまさか伝説の三匹か?……ホウオウとの関係性から何らかの"糸"が繋がっているとでも?)

 

 その見えない糸を手繰り寄せてみても、到底暗闇の中の真実には到達する事が出来ない。

 ならば逆に、寄せてダメなら自らその足を踏み入れるしか無いのだ。

 自分の命を救ったポケモンへの手がかり、そのチャンスが今まさにクリアの目の前に転がっているのかもしれないのだ、躊躇する理由等どこにも存在しない。

 

「まぁあれこれ思ってても仕方無い、まずは入って確かめ……」

 

 呟き、クリアがその焼け古びた塔へ足を踏み入れるべく、石造りの階段を上ろうとした――時だった。

 その瞬間、恐ろしい程の轟音、耳を疑うかの如き地鳴りと地割れが彼の身を襲ったのは。

 

「ッ! ん、だ!? こ……!」

 

 言葉が上手く出てこない。

 足場が不安定に振動し、直後に足元の地面が割れる。

 

「ッ!?」

 

 気づいた時にはもう遅かった。

 重力に引っ張られ、深い闇の底へとクリアはその身を落としていて、

 

「ッ! レヴィ!」

 

 底に激突すれば唯では済まない、だがそれで終わるクリアでも無い。

 クリアは腰のボールからレヴィのボールを取り出し即座にレヴィを外に出す。

 出した瞬間レヴィも状況、そしてクリアの考えを理解したらしくすぐさま"バリアー"を全方位へ球体状に張った。

 

「な、ナイスレヴィ……ってか今のは流石に俺も焦ったぞ」

 

 親指を立てて賞賛するクリアにレヴィは一本の触手を挙げて答えた。

 今の状況、一瞬でも判断を誤ればその一瞬が命取りともなりえる状況で、クリアは瞬間的に空を飛べるエースでは無く"バリアー"を張れるレヴィを出していた。

 では何故クリアはエースでは無くレヴィを選んだのか、その答えは今のクリアの状況にある。

 強固な"バリアー"に守られながらクリアとレヴィは落ちていく、そしてその"バリアー"に降りかかるは無数の瓦礫や岩、その落下物等も計算に入れて、クリアはレヴィを選択していたのだ。

 

 そしてすぐに彼等は底へとたどり着いた。

 転がり落ちるボールの様に、"バリアー"の中で奈落の底へと落ちていくクリアはレヴィの無数の触手をクッションにし、バリアの中で衝撃に耐える。

 たったの約数秒間、転がり落ちたクリアとレヴィは次第にその動きを鈍化していき、そして遂には静止する。

 

「……よ、ようやく止まったか……?」

 

 粉塵が舞う薄暗闇の中、周囲に一定以上の広さを確認したクリアは"バリアー"を解いて再度地に足をつける。

 

「うぅ気分悪い、俺回る系のアトラクションですら駄目だってのに……」

 

 そろそろ目が慣れてきた頃、顔色を悪くしながらクリアは周囲を見渡す。

 天上、外から入る僅かな光源の下、辺りにあるのは先程クリアと一緒に落ちて来た瓦礫ばかりである。

 どうやらそこは焼けた塔の地下にあたる部分らしい、壁や床の端々に僅かながら木材が使われているのが分かる。

 その事を確認したクリアは少しだけ口元に手を当てて、

 

「……"やけたとう"の地下、ってなるとゲームじゃ……うん、ついでに探してみようか」

 

 そう呟き、今しがた地盤沈下に被災したばかりの彼は意気揚々と、暗闇の中を進んでいく。

 ――伝説の三匹を目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、エンジュシティ"スズのとう"では――、

 

「シルバー!? どうしてお前がここに!」

「ッチ、またお前か」

 

 二人の少年達が偶然の再会を果たし相対していた。

 ワカバタウン、ウツギ研究所から始まったこの二人の少年、ゴールドとシルバーの運命は本当に、それはもう雁字搦めに絡まってしまってるらしい。

 "マダツボミのとう"、リングマの山と行く先々で出会い、そして対立して来た二人の少年達だったが、この"スズのとう"でも二人の少年は三度にらみ合っていた。

 

「その子をどうするつもりだ!」

「別に何もしない、偶然見かけたから助けただけだ、文句があるならお前が持っとけ」

「うわっ!? お前いきなりっ!?」

 

 そう言ってシルバーがゴールドに預けたのは一人の女の子。

 ミカンという名の、近頃ゴールドがお世話になった育てや夫婦に頼まれ彼が探していた女の子で、数ヶ月前クリアのP、エースとジム戦を繰り広げた女の子だったりする。

 災害に巻き込まれ、意識を失っている彼女をゴールドに預け、一人単独行動を開始するシルバー。

 シルバーの行動に僅かながらの不信感を抱きながらも、そこは今にも崩れ倒れそうな塔の中だ、彼は急いで脱出を試みるが、

 

「わあぁぁっ!? 土砂がこんな所まで!」

 

 塔の扉を突き破りながら、大自然の驚異が少年達へと迫る。

 

「何をしている! その子だけでも外へ出せ!」

 

 土砂が被り、閉ざされていく出口を前にシルバーが叫んだ。

 直後、先程からミカンの傍にずっといた彼女のデンリュウに彼女を託すゴールド。

 今にも完全に閉じきってしまいそうな出口目掛けてデンリュウは走り、そして間一髪の所で、

 

「やった!」

 

 歓喜の声を出すゴールド。

 デンリュウが出口を潜った直後、土石が外へと繋がる唯一の穴へと降り注ぎ、完全に中と外の世界を遮断した。

 これで彼女は助かったが、今度は少年達の番だ。

 先の地盤沈下の影響で、今も尚地の中に沈み続ける塔の中、少年達は今度は自分自身が助かる為に行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、見つけれ無かったなぁ」

 

 奇跡的に無事だった一階へと上る階段を見つけ、クリアは肩を落として呟いた。

 この階段を見つけるついでに、もしかしたらいるかもしれないスイクン、ライコウ、エンテイの三匹を探していたクリアだったが、目的の三匹は見つけられず、見つける前に階段を見つけてしまっていた。

 ――いや元々助かる為の地上への出口が最優先事項だったはずなのだが、いつの間にか目的の優先順位が入れ替わってしまっていたらしい。

 それ程までにクリアには、伝説の三匹に会いたい理由があった。

 そしてそれは、先日の"声"の件とは全く関係の無い話で。

 

「……ん?」

 

 見つけれ無かったものは仕方が無い。

 そう気持ちを切り替えて彼が階段を上りきった丁度その時だった、やけに鮮明な"声"が彼の頭の中に響いたのである。

 

「……すぐ傍、岩……なんのこっちゃ」

 

 頭の中で響く声に頭を悩ませるクリア。

 これがもし唯の彼の勘違いだったなら、多分二重人格の疑いすら持たれるだろう。

 だが今回のこの現象は、実際に彼へと発せられていたメッセージだった。

 

 "声"に導かれるままに、クリアは一個の岩の前へと足を運ぶ。

 

 それは何の変哲も無い唯の岩だった。

 特別な素材で作られてる物でも無ければ、特別な場所に置かれてる物でも無い。

 正真正銘ただの岩、しかしクリアの頭の中では、しきりにその岩に触れる様、彼に語りかけてきていた。

 

「……そ、触ればいいのな? この岩に?」

 

 そう返答したクリアに再び頭の中では肯定の返事が。

 その返事を聞いたクリアは、薄っすらと微笑を浮かべて、そして飛び込む様に岩の中へと入り込む。

 

 妙な空間だった。

 というかそれ以外にその空間を言い表す言葉が無い、前後上下左右、目に映る全ての景色が同じ、自身が何処にいるのかすら確かめる術が無い。

 そんな場所に飛び込んだクリアは、地面、では無い何かに着地してすぐに気づいた。

 ――自分を取り囲む三つの薄い鏡の様な物体、薄い氷壁。

 

 そしてクリアがその存在に気づいた瞬間、氷壁は突如として音を立て割れ、そして三体のポケモン達がクリアの前に現れる。

 

 

「……なんだ、そんな所にいたのか」

 

 

 割れた氷壁の中から現れた三匹のポケモン達は見定める様にクリアを見つめ、クリアもまた三匹の姿をマジマジと見つめる。

 スイクン、ライコウ、エンテイ、この場所に着てからずっと探していた三匹の伝説のポケモンを目の前にして、クリアは驚く程落ち着いていた。

 今クリアが目にしているのは伝説のポケモンだ、普通ならその力強さ、気高さ、美しさに目位奪われても良い様な状況なのだが、今のクリアの中にそんな感情は一切存在しなかった。

 

『まずは礼を言うぞ、お陰でここから出る事が出来た』

 

 そう語りかけてきた一匹の伝説のポケモン、スイクンにクリアは笑顔で答える。

 何故だか知らないが――いや心当たりはクリアにもある、目の前の会ったばかりの三匹がどうしても他人に思えない様な気分になる。

 そんな彼の心境を知ってかしらずか、神妙な面持ちでエンテイが言う。

 

『ところでお主、一体何者だ? 何故だか我々はお主と自由に意思疎通が行え、かつ……』

『今尚、妙な感覚に陥っている』

 

 エンテイの言葉をライコウが続ける形で三匹のポケモン達はクリアへと問う。

 実際にはその口から言葉を発してる訳では無く、三匹の心の声がクリアに語りかけてる形なのだが、当のクリアはそんな術等当然持ち合わせていないので自分の口を開いて、

 

「それは多分、俺もお前達と同じ、ホウオウに蘇生させられたからなんだと思うぜ?」

 

 いつもの調子で言ったクリアに、三匹三様、それぞれ驚きの表情を浮かべる。

 それからクリアは駆け足で自身の体験を三匹へと伝えた。

 

「うん、そう……それで一度死んだんだけど、いつの間にかホウオウに助けて貰ってて、ホウオウ自身はさっさとどっかへ飛んでっちまってんだよねぇ、だから会って礼の一つでも言いたい訳よ」

 

 似た境遇同士、話が合うのか一人の人間と三匹の伝説のポケモン達は短い間だったが確かに語り合っていた。

 それは傍から見ればきっと異様な光景、ポケモントレーナーが捕獲する素振りを一切見せず、嬉々として自分語りし、その話に伝説のポケモン達が耳を傾けるというもの。

 

「へぇ、で、お前等はホウオウに恩義を感じて仕えてて、それで……」

 

 その一瞬、クリアの周囲の空気が変わる。

 人の良い笑みを崩し、鋭い眼光で空を睨む。

 

「そのホウオウを操っていた"仮面の男"にこの場所に封印されたと、ね……うん、いいよ、俺もホウオウには少なからず恩は感じているし、その男の事出来る限り調べてみるよ」

 

 三匹から伝えられた情報をクリアは頭の中で整理しながら言った。

 "仮面の男"、その素性を一切の謎に包まれた男。

 そして伝説のポケモンホウオウを自らの手足とし悪事に加担させる程の実力を持ち、彼の目の前にいる三匹のポケモンをこんな場所に封印した人物。

 そんな男が今尚活動を続けていると、目の前の三匹はクリアへと話した。

 巨悪を退く、その為には力が必要だ、優秀なトレーナーの力が必要だと、そう付け加えて。

 

 そして、三匹のポケモンの話を聞いたクリアは、

 

「そうか…じゃあとりあえず、まずはこんな場所からとっととおさらばしようぜ!」

 

 立ち上がり言ったクリアの言葉に、三匹のポケモン達は頷いて答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「総員戦闘態勢!」

 

 カラカラ、スリープ、レディアン、キュウコン、無数のポケモン達がゴールドを襲う。

 

「っく……オイ、シルバーこのままじゃ狙い撃ちだぜ! くそっ、ざっと三十人はいやがるな、こいつらこれだけの戦力集めて一体何するつもりなんだ?」

「もうすでに事は起こっている……エンジュ壊滅はこいつら、R(ロケット)団残党の仕業なんだよ」

「なんだって!?」

 

 何とか敵ポケモンの攻撃を避けたゴールドだったが、直後シルバーの言葉に驚きの声を上げる。

 それもそうだろう、今目の前で突然襲ってきた集団が、エンジュシティをここまで壊滅的な物にした張本人達だとあっさりと告げられたのだから。

 そしてそんなシルバーの言葉を、当の本人達は肯定し、

 

「ほう、そこまで知ってるか……しかもその赤い髪、ワカバタウンで我々の邪魔をしたというのはお前だな? 油断ならんガキだ、今ここで始末してやる!」

 

 そして無数のポケモン達を使ってシルバーに襲い掛かる。

 シルバーもそこそこ腕に自身を持つトレーナーなのだが、如何せん多勢に無勢、物量的に圧倒的にシルバーが不利だ。

 そんな中、シルバーに攻撃を仕掛けたポケモン達に、逆に攻撃の火の粉が降りかかる。

 

「ワカバタウンと言えば俺とシルバーの戦いに割って入って来た奴がいたんじゃないかと思っていたが、あれはお前等の事だったのか!……今回の事といい許させねぇ! 助太刀するぜシルバー!」

「余計な世話だ、大人しくしていろ!」

「っな、何ぃ!? 人がせっかく……」

「えぇい! 余裕でいられるのも今のうちだぞガキ共! 二人まとめて片付けてやる!」

 

 シルバーへと襲い掛かった無数のポケモン達を振り払うゴールド、それで一時手を組むかと思われた二人だったが、やはり相性は最悪らしい。

 コンビネーションという言葉が全く見られない二人に対し、ロケット団、それも服装から見て幹部と思われる男がそう言って指をパチンと鳴らした。

 直後、先程の地盤沈下を連想させる様な地鳴りが辺りに鳴り響きそして、

 

「こいつはっ!?」

「出たな、こいつが地盤沈下の正体が!」

 

 一匹の巨大なイノムーが二人の少年の前に現れる。

 

「こ、こいつが地盤沈下を引き起こした正体だってのか!?」

「そうだ! "こおり"と"じめん"の二つのタイプを持つポケモンイノムー……しかもこれ程広範囲に地盤を崩す力、予想はしていたがそれ以上だ!」

 

 イノムーの追撃から逃げる二人、そして後を追うイノムー。

 その巨体を生かした攻撃と、巨体だが素早い動き、そしてシルバーの言葉通りエンジュの街を壊滅させたこのイノムーだ、一撃でも貰えば一溜まりも無いだろう。

 

 しかしながら、ゴールドもシルバーも走りながらイノムーの攻略法をそれぞれ組み立てていた。

 シルバーも腕の立つトレーナーだが、それを言うならゴールドも同じである。

 バトルこそ得意、とまではいかないが、それを補う発想力と機転の良さがゴールドにはある。

 

 高笑いするロケット団の男を尻目に、イノムー攻略も時間の問題かと二人が思ったその時だった。

 

「……テイ、"だいもんじ"!」

 

 遠くからそんな"声"が耳に届いた、そう二人の少年が思った瞬間にはもう、

 

「っ、イノムー!?」

 

 件のイノムーは戦闘不能に追い込まれていた。

 そして一人の少年と三匹のポケモンがその場へと姿を現す。

 

 

 

「っ、何が起こっ……何、だと!?」

 

 彼がああも豪語していたイノムーがあっさりと撃破され、苛立ちを隠しきれない様子のロケット団幹部カーツは攻撃が飛んできた方向へと視線を向け絶句した。

 そこにいたのは一人の少年と、三匹のポケモン。

 だがそれはただの少年と、ただのポケモンでは無かったのだ。

 

「なぁスイクン、お前が言ってた"近くに感じる悪"ってのは、あのロケット団残党共で良かったんだよな?」

 

 三匹のポケモン達はいずれも伝説のポケモンと呼ばれる、だが今は封印されているはずのポケモン達だった。

 その事をボス"仮面の男"から聞いていた彼は、その姿を見て絶句したのだが、同時に一緒にいる人間の方にもまた、彼は驚きを隠せないでいたのだ。

 

 クリア、そう名乗る少年は彼のボス"仮面の男"の傍に最近居付いた少年だったのだ。

 その少年が、今伝説のポケモン達を引き連れてカーツの前に姿を現している。

 しかも、だ――よくよく見るとその少年の手の中には二枚の羽が握られているのだ。

 

「……にしても、なぁんでこんな二枚の羽で、あぁもあっさり封印が解けたりするのかねぇ」

 

 そんな事を呟く少年の事等、今のカーツには見えていない。

 彼の視線はしっかりと彼が持つ二枚の羽"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"に釘付けになっている。

 カントーでの旅の際偶然クリアが拾った二枚の羽、それはクリア自身すらもその存在を忘れかけていた代物で、リュックの中にずっと入れっぱなしになっていたものなのだが、そんな事は当然カーツの知る所では無い。

 

「……撤退だ」

 

 言葉を失うカーツに、もう一人の幹部シャムが言う。

 

「あの"羽"の事……何としても新首領様に報告しなければならないはずだ」

 

 悔しそうな顔でクリアを睨むカーツだが、しかしシャムの言い分には一理ある。

 彼等のボスの目的遂行の為、そのクリアが持つ二枚の羽は絶対必要なモノであって、また同時に、その二枚の羽を別の誰かが所持しているという状況は彼等のボスにとって非常に芳しくない。

 仮面の男が確実に目的を遂行する為に、クリアが持つ二枚の羽は絶対に奪取、もしくは破棄しなければならない代物なのだ。

 

「だから俺は、あのガキはさっさと始末しておけばいいと……!」

「今更言っても仕方無いだろう、退くぞ」

 

 少し前、ジムに居付いた少年を排除しようとして仮面の男自身に止められた時の事を思い出して呟くカーツだったが、今思い出した所で最早結果は変わらない。

 過去に戻る事なんて、彼等には到底出来る事では無いのだから。

 

 

 

「あ、オイ待てコラお前等!」

「まぁ落ち着けよゴールド、深呼吸どう?」

「……なんでアンタがこんな所にいて、そんな知らないポケモン達といるかなんて今はどうでもいいッスけど、なんでアンタはあいつら追わねぇんだよ! 攻撃したって事はあいつ等の敵って事なんだろ!?」

 

 スイクンに跨りのんびりとした口調で言うクリアに、突っかかる様に言うゴールドだが、肝心のクリアからは覇気が全く感じられない。

 完全に戦闘意欲ゼロ状態である、もう今日は戦わないぞ、的な意気込みすら今にも聞こえてきそうな程である。

 

「敵だよ、間違いなく……だけどああいう奴等は多分、戦闘よりも逃走の方が長けてると思うからな、馬鹿正直に追っても意味がねーと思うんだよ」

「だからって、アンタはちょっと悠長に構えすぎじゃねーのか!?」

「分かってる分かってる、だから落ち着けっての、別に追ってないなんて言ってねーだろ?」

「……一匹消えてるな」

 

 その時、それまで口を噤んでいたシルバーが呟いた。

 同時にゴールドは周囲を見渡し、確かにシルバーの言葉通り三匹のうち一匹、黄色いポケモンがいなくなってる事を確認する。

 

「今は偵察に行って貰ってるよ……で、ゴールドは知ってるけどそっちのお前は初だよな、俺はクリア、お前さんの名は?」

「……シルバーだ、アンタの事は少しだけ知ってる、ヒワダの井戸で見たからな」

「"シルバー"……"銀"ね……って井戸って事はまさか」

「あぁ、お前とロケット団の戦闘を俺は近くで見ていたからな」

 

 そう言うシルバーが、本当は件の井戸でのロケット団を駆逐する予定だったという事を、彼はあえて言わないでいた。言う必要も無いからだ。

 

「井戸? 一体何の話をしてんだよシルバー?」

「お前には関係無い話だ」

「なんだとこいつ!」

「すげぇなお前等、あっという間にバトルの流れになってるぞ?」

 

 クリアが言う通り、ゴールドとシルバーは本当にその場でバトルを始めてしまった。

 クリアの登場で強敵だと思っていたイノムーをあっさり倒し、そしてゴールドもシルバーも手持ちはほとんど体力は減っていない状態だったのだ。

 そして何やら二人はポケモン交換をやった後、楽しそうにクリアを無視して、というより今は相手の事しか見えていないらしい。

 

「いっけーウーたろう! お前が信じる俺を信じろ!」

「どこの兄貴だよ、ったく、こっちの図鑑所有者は……」

 

 傍から見ても本当に楽しそうにバトルをする二人の少年、ジョウト地方図鑑所有者の二人に、クリアはため息一つに呟いた。

 今この時、二人の少年に声を掛けるのは無粋というものだろう、最初こそクリアには二人の少年達は犬猿の仲の様に見えたが、こうして見ていると唯の負けず嫌いのライバル同士にしか見えない。

 そんな二人の勝負を止める気になど、クリアには更々なれないのだ。

 

 

 

「……む、なんだエンテイもう行くのか、あぁ……まぁ頑張れよ、応援してる」

 

 適当にクリアは言って、次の瞬間にはエンテイは走り去っていく。

 そして数分経たないうちにライコウから思念話がクリアへと飛んで来る、どうやらロケット団には逃げられたらしく、足も掴めなかったらしい。

 そしてライコウもまた、エンテイ同様トレーナー探しの旅へと出るとクリアへと伝わる。

 

「……そうだな、お前もそろそろ行くのかスイクン?」

 

 次々と旅立っていく伝説の三匹達。

 そして最後の一匹にそう尋ねるクリアに、尋ねられたスイクンもまた肯定の返事を返した。

 

「そ、なら最後に一個だけ頼みごと……」

 

 頼みごと、と言われどんな言葉が飛んで来るとスイクンは予想したのだろうか。

 これまで彼等を捕獲しようとしなかったクリアだ、そんな彼がわざわざ頼みごとと、エンテイとライコウがいなくなった後に言った言葉だ。

 更にスイクンも他二匹同様、優秀なトレーナー探しの旅を始めるつもりであり、クリアもそれを知っている。

 そしてスイクンも多少は、クリアの事を認めていた、自分と自由に意思疎通が出来、更に彼が持つバッジの数もその実力の高さを表している。

 

「……ちょっと背中に乗っけて走ってくれよ! 昔からの夢なんだよね!」

 

 そんな期待の眼差しを向けたスイクンに掛けられた言葉は、それはそれは子供染みた無邪気な望みだったのである。

 

 




なんで書きにくいのか考えてみた結果、今回全く女の子が出ていない事に気づいた。
ミカンちゃん気失ってるし、シャムさんぶっちゃけ女の(子)って年じゃ(ry

そろそろ結晶の子が出る頃かなぁ。


追記:イノムー訂正。きっと疲れてたんだと思います…。


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二十一話『vsハリーセン クリスとクリア』

 

 

 約一時間程前、エンジュにてジョウト図鑑所有者の二人の少年達と共に複数のロケット団と対峙したクリアは、

 

「ははっ! すげぇすげぇ! 速いぞスイクン! スゲー速い!」

 

 ――風と一つになっていた。

 クリアを背に乗せたスイクンは、気が向くままに風のままに、トレーナー探しという使命を忘れて小一時間程ジョウト地方を走り回る。

 スイクン、ライコウ、エンテイ――眠りから目覚めた彼等三匹は、これから立ち向かう"巨悪"と戦う為、これから自身の力を十二分に発揮してくれるパートナーを探す旅へと出るのだ。

 スイクン以外、他二匹は既に旅立った、残るスイクン自身も今すぐにでも使命を全うしなければいけないのだが――彼を封印から解いてくれた人間の小さな我儘、その我儘に今現在仕方無くスイクンは付き合っているのである。

 

「……どうしたスイクン?」

 

 走り回る事大体一時間が経過した頃だった、港町アサギシティにてクリアを背に乗せたスイクンはそこでようやく立ち止まり、食い入る様にある一点を見つめている。

 その様子にクリアもまたスイクンと同じ方向を凝視し、そしてすかさず目を見開いた。

 

「っ、女の子……それに子供のハリーセンか」

 

 言いながら彼はすぐにスイクンの背から降り地面に着地する。

 同時にスイクンもすぐに先までスイクンが見つめていた方向、そこにいた工事の廃液に塗れたハリーセン、そしてそのハリーセンを抱く一人の少女へと近づいた。

 見た目まだ小さく、どうやらまだ幼少期の様だ、そのハリーセンが今は力なく海へと流れたものであろう廃液塗れの姿で少女の腕の中で絶え絶えに息をしている。

 事態は一刻を争う、そんな状況下で瞬時にハリーセンと一人の少女へと近づいたスイクンは、

 

「な、何!?」

 

 突如目の前に現れたスイクンに驚愕の表情を浮かべる少女だが、次の瞬間には彼女の視界を眩いばかりの閃光が覆う。

 スイクンから放たれた光は、危篤状態だった子ハリーセンを癒し、また廃液に汚染された海をその元から浄化していく。

 

「ふぅん、見た感じ事故か何かでそこの工事現場から流れ出た物みたいだな、その廃液は」

「何!? だ、誰なの!?」

 

 光の中どうにか目を開ける少女、そんな少女の問いかけにクリアは、

 

「誰? 誰って言われてもクリアとしか……って何だスイクンもう行くのか……うん分かった、え? 俺が?……いや今はまだ止めとくよ、今はまだ結論出すのは早計だと思うしな……うん、じゃあな!」

 

 少女への答えを早々に切り上げてスイクンへ顔を向け何やら独り言を呟く。

 まるでスイクンと話しでもしてるかの様なその態度に、少女は更に状況が分からなくなるが、それも一瞬の事だ。

 クリアが話し終えると同時にスイクンもまた、己の使命を果たすべく駆け出して行く。

 

 

 

「……あっ」

 

 その美しさ、神々しさ、そして秘めたる神秘さにいつの間にか魅せられていた少女。

 だがそんな至福の時間も突然に終わりを告げ、一先ずの役目を終えたスイクンは少年と少女を残して去っていく。

 

 スイクンが完全に消え去ってから、工事の人間達が消えた廃液を見て驚愕し、そして少女も一瞬だけ放心状態となるが、

 

「っは!?……あ、あのポケモンは、もういっちゃった……ならさっきの人は!?」

 

 彼女の腕の中で、ピチピチと元気良く跳ね出すハリーセンの子供に気付かされ、そしてすぐに周囲を確認した。

 彼女の周りには複数の人間とハリーセンの子供がいる、その中にいた先程スイクンと同時に現れたゴーグルの少年の姿を確認した少女は、手元のハリーセンを手早くボールに納めて、波打ち際に佇む彼の下へ向かう。

 

「スイクンの"浄化"、初めて見たけど凄いなこれ、生活排水とかも浄化してくれんのかな?」

「……あ、貴方は一体……」

「む、よぉあのハリーセン大丈夫だった? だったよな? スイクンが助けたんだし」

「……っひ!?」

 

 振り向いたクリアの顔、ゴーグルの下に隠されていたその目付きの悪さに少女は反射的に思わずたじろぐ。

 

「……」

「あ、あぁすいません! その、悪気は無かったんです!」

「……ははは、いいさいいさ、もう慣れっこだし」

 

 少女の一瞬怯えた態度に目に見えて肩を落とすクリア。

 その様子に元凶となった少女も少なからず罪悪感を感じたのか、慌てて頭を下げて謝罪する。

 とは言え、クリアも言ってた通り、彼にとってはそんな少女の様な反応は割と日常茶飯事である。

 今ではかなり良好な関係を気づいているイエローも、初対面では彼を恐れていた節があり、コガネで出会ったエネコを連れた少年も、初対面の彼に対してすぐに臨戦態勢をとっていた。

 

「……うん、よし切り替え完了、で俺に何か用?……えーと」

 

 そういった経緯から復活までのタイムラグは意外と短い。

 すぐにいつもの本調子を取り戻したクリアに更にたじろぐ少女だが、少女も本来の目的を思い出した様に"はっ"として、

 

「クリスです、貴方は確か、クリアさんでしたよね?」

「……俺の名前を知っている? こやつめ何奴じゃ!?」

「いや、さっき貴方自分から名乗ってましたよね?」

 

 いつもの調子に戻った途端、おどけた様に冗談を言うクリア、そんな彼の態度に割と"真面目"系な少女、クリスは目を細めながら呟くのだった。

 

 

 

「じゃ、じゃあ貴方があのポケモン……スイクンを目覚めさせた張本人っていうんですか!?」

「あぁ、なーんか奴等封印されてたんだけどさ、まぁ目覚めさせたってより俺が近づいたら勝手に目覚めただけなんだけどさ」

「勝手にって……そんな曖昧な」

「事実だからしょうがないじゃん、それはそうとクリス……スイクンに興味があるって事は、やっぱ捕獲が目的なんだろ? 図鑑も持ってるって事だし」

「はい、これでもオーキド博士から新図鑑の完成の仕事を受けてますから」

 

 クリアと会ってすぐに、クリスはクリアにスイクンの事について焦る思いを抑えつつ聞いた。

 一旦は情報を渋るクリアだったが、クリスが図鑑所有者という事をその後すぐ彼女のポケギアに掛かってきたオーキド博士からの着信で知ったクリアは、そういう事ならと彼女に事情を話したのである。

 

「っそ、まぁ頑張れよ、相応の実力見せればもしかしたらお前の事を選んでくれるかもしれないぜ?」

 

 そう言ってクリアはこれからの予定を一先ず思案する。

 クリアの言った事は本当だ、クリスがスイクンを捕まえたいのなら、一番手っ取り早い方法がスイクンに認められる事にある。

 ただ無理矢理捕獲しようとするのはそれこそ至難の業である、スイクン程の実力者をボールに納めようなんて、いくら捕獲のプロであるクリスにも骨の折れる作業となる事は必死だろう。

 だが今のスイクンは幸いといっていいのかパートナー探しの真っ最中だ、だからもしその為のパートナーとして見極められれば、難なくスイクンの捕獲に成功出来るという事になる。

 

 それは同時に、これから起こる戦いへと半強制的に身を投げ出す事になるのだが。

 

 

「ジムに戻るのは暫く先延ばしにして、今はとりあえず情報収集だな、スイクン達が言ってた"巨悪"、そしてエンジュでのロケット団――繋がりは、あるはずだ」

「えぇと、クリアさん?」

 

 ブツブツと呟くクリアにクリスの声は届いていない。

 彼が伝説の三匹と交わした約束、ホウオウに命を貰った三匹はそのホウオウへの恩返しとしてジョウトに巣食う悪と戦う事を決めていた。

 そしてクリアもまた、ホウオウに貰った恩を返す為にも、その"悪"と戦う覚悟でいるのだ。

 

「クリアさん!」

「……ん、どしたのクリス? まだなんか用?」

 

 気づくとクリスが目の前で呼びかけていた。

 その事に気づいたクリアは目を丸くしながらクリスに問う、問われたクリスは彼に自身のポケギアを掲げながら、

 

「オーキド博士です。今クリアさんが横にいるって言ったら替わってくれって」

「オーキド博士が?」

 

 一度そう確認をとるクリアにクリスは頷いて答える。

 

「もしもし博士? 一体どうし」

『どうしたもこうしたも無いわい! クリス君に聞いたが伝説のポケモン、スイクンと一緒におったじゃと!? どうして捕獲して図鑑作成に貢献しなかったんじゃ!?』

「……えーと、なんかすいません?」

 

 クリスからポケギアを受け取って声を発した直後、怒号の様なオーキド博士の声に一瞬怯むクリア。

 クリスもクリスで横では大きく目を見開いて驚いている。

 

「でも俺捕獲ってどうも苦手なんですよね、今までもたった一度位しか空のボールを投げた事無いし」

「え!? い、一度しか無いんですか!?」

 

 クリアの言葉に先に反応するのはクリス。

 捕獲のプロとも言える彼女からすれば、ポケモントレーナーで、しかも図鑑所有者である彼の言動は信じられなかったらしい。

 ――だがまぁその事についてはクリアも自覚はしているのだが、基本ポケモン捕獲の際は相手ポケモンにも意思の確認を取るのが彼である、結果出来上がるのは心から彼と繋がり合った少数精鋭のチーム、クリアもそれで満足しているのだ。

 

『はぁ、まぁもう過ぎた事はいい……それよりクリアよ、クリス君と一緒にいるって事は今後もジョウトにいるつもりなのか?』

「……えぇ、ちょっと"やる事"が出来たので」

『……やる事? それはすぐに済みそうに無い用事なのか?』

「恐らくそうでしょうね、というかどうしてそういう事を聞くんです?」

『いやいや、ただちょっとクリス君の手伝いをして貰いたくてな……伝説のポケモン捕獲となると人手は多いに越した事はないじゃろう』

「そうっすか、じゃあ遠慮しときます」

『……まぁいいわい、だが今から言う事は必ず聞いて貰うぞクリアよ?』

 

 オーキド博士から提案されたクリスの助力、その用件をすっぱりと断るクリアだが、ここまで話を聞いていたオーキド博士もその事については予想していたらしく、それ以上の追及はしなかった。

 クリアと伝説の三匹とは少なからず因縁があり、何らかの繋がりがあり、少なくともスイクンはクリアに対しては心を開いている。

 そんなクリアに対して、伝説の三匹を捕獲するから戦って来い、なんて流石にオーキド博士には言えなかったのだ。

 そしてそれはクリスも同じ、あくまで友人視点で伝説のポケモン達の事を話すクリアとは、捕獲に関しては協力関係は築けないと薄々分かってきたらしく何も言わない。

 

 ただその事とは無関係に、と話し始めるオーキド博士の言葉に、クリアは顔の色を変える。

 

『"イエロー"がジョウト(そっち)へ向かったから、お前さんはあの子と合流を……』

「帰してください」

 

 オーキド博士が言い終える前に、きっぱりとした態度でクリアは言う。

 その先程までの態度との違いよう、彼の身の回りの空気の変わり様に思わずクリスは息をのみ、ポケギアの向こうのオーキド博士もまた無言になってしまう。

 

「何の目的でジョウトにいるのかは知らないけど、あいつはカントートキワの住人のはずだ、こっちに来る理由が無い」

『……目的か――四天王事件、その事件で現れた巨大鳥ポケモン、その調査の為に今イエローはその叔父と共にジョウト、今はコガネ辺りにいるはずじゃ』

「ッチ、あいつそんな事調べてやがったのか」

 

 舌打ちし、顔を歪ませるクリア。

 それもそうだ、彼は今から件の四天王事件の時の様な――否、もしかしたらそれ以上の脅威と戦う事になる。

 伝説の三匹がかつて敵わず、ホウオウすらも手玉にとる様な相手、そんな敵と戦うというこんな時に限って、一年間も連絡を取っていなかったイエローが今クリアの身近にいるというのだ。

 

『どうしたんじゃクリア? 何をそんなに慌てておる?』

「巨大鳥ポケモン、シルエットからしてルギアか……だとしたら奴の対象からは……いやでもホウオウ同様ルギアも狙って来るという可能性も……」

『ルギア、ホウオウ?……おいクリア、一体何の話をして……!』

「オーキド博士」

 

 クリアの呟きを拾ったポケギアの、その音声を聞いてオーキド博士は除々に声を荒らげていくが、突如としてクリアは流れを絶つ様にオーキド博士に呼びかけた。

 呼びかけられたオーキド博士も、どうしてクリアが巨大鳥ポケモンの詳細を知っているのか、そして彼が呟いた"奴"とは誰の事なのか、といった不確定要素について質問しかけるが、一旦その声を喉まで押し込めてクリアの言葉を待つ。

 そして数秒後、不穏な空気が包む中、クリスのポケギアに向かってクリアは言う。

 

「恐らく、もうすぐジョウトで去年の様な大規模な戦いが起こります、スイクン達はその下準備に向かってます……そして俺も……!」

『大規模な戦いじゃと!?……まさかジョウトで起こっているロケット団残党の動きや、"仮面の男"事件もその事件の予兆とでも言うのか!?』

「おいちょっと待てよ爺さん……"仮面の男"だと!?」

 

 "仮面の男"、そのキーワードにクリアは思わず敬語等忘れて聞き返した。

 焼けた塔の謎の空間の中で、伝説の三匹と会った時に彼等から聞いた宿敵の相手、その特徴を捉えているであろう"仇名"とオーキド博士が言った人物の特徴が見事なまでに一致していたのだ。

 目的素性は一切不明の人物、クリアと伝説の三匹達がこれから戦う相手の情報だ、彼が声を張り上げるのも無理は無い。

 

『あぁ、先に新図鑑を持たせたゴールドという少年がウバメの森で出会った人物じゃ……まさかクリア、お前奴を追っているのか!?』

「……黙っとくつもりだったがバレちゃあしょうがないね……あぁそうですよ博士、俺もスイクン達も、その男の野望を止める為に今は行動している」

『ッ! 止めろクリア! その男は危険じゃ、何せその男はジ……』

 

 クリアの身を案じるオーキド博士の気持ちも分かる。

 レッドやグリーン等と違ってクリアはまだ潜ってきた修羅場の数が圧倒的に足りない、オーキド博士はそう思っているのだ。

 四天王事件の際、クリアは病院に運ばれる程の重態になり、解決はしたものの彼の傍には必ず誰かしらの助けがあった。

 強くはなった、そう思ってはいるのだが、まだまだ彼の実力をオーキド博士は信頼し切って無かったのだ。

 ジョウトジムバッジ七つ、それだけの数をクリアが既に集め終わってるという事を――オーキド博士は知らないのである。

 

 そして、そんな心配をするオーキド博士の心遣い等無視してブチン、とポケギアの電源が切れる音が聞こえた。

 クリスがその音に気づいた瞬間、彼女のポケギアは既にクリアの手元からは放り投げられ、電源の切れたポケギアは彼女の手元へと落ちる。

 

「ちょ、ちょっとクリアさん!? まだ博士は話し中だったじゃない!」

「クリスとか言ったなお前……」

「え? えぇそうだけど、その前にポケギアの電源を早くつけ直さないと!」

「お前、やっぱスイクン追うの止めろよ」

「……どういう意味ですか?」

 

 クリアの言葉にクリスの手が止まった、そして彼を見つめるクリスの視線には少しだけ怒りの色が見える。

 "スイクンを追うのを止めろ"、その彼の言葉を単に"彼女が力量不足"だと受け取って――プロとしての誇りを彼に傷つけられた、そう思ったらしい。

 

「どうもこうもねぇよ、どうやら俺の想像以上に敵の規模ってのはデカイらしい、ジムリーダークラスの実力でなきゃ奴等(スイクン達)のパートナーは務まらない」

「……それでも私はプロですから、だから彼等のデータを図鑑に記録する義務があるんです! それに、そんな話を聞いて黙ってるなんて事は出来ません!」

 

 そう言われて尚も何かを言いかけるクリアだったが、クリスの眼、その意思の強い視線を感じて言葉を失う。

 どれだけ言っても彼女にはプロの意地があり、そして彼女にも正義感と、彼女の大切な場所と人を守らないといけないという使命感もある。

 キキョウシティの寂れた塾、そこに通う子供達と先生、そんなクリスの大好きな場所にももしかしたら脅威は迫るかもしれないのだ――そう感じた彼女に、黙って帰るなんて事は到底出来るはずも無いのである。

 

「ったく、どいつもこいつも勝手な」

「それはクリアさんもですよ!」

 

 呟くクリアに、ジト目で返すクリス。

 そうこうしてる内にクリスの手元のポケギアの電源が入る、画面に照明がつき、次の操作を待つトップ画面が表示される。

 同時にクリアもボールからエースを出す、初めて見るのだろう黒いリザードンに目を丸くするクリスだが、そんな事情はクリアは知らない、残念ながら今の彼にはエースをクリスに紹介するなんて時間は無い。

 

「おいクリス、お前も図鑑所有者ってならもしかしたらイエローに会う事もあるかもしれない、から絶対に帰る様にあいつに言っといてくれ!……後お前も無茶はするな」

「ク、クリアさんは!?」

 

 羽ばたき、エースを中心に突風が巻き起こる。

 

「俺はさっきも言った通り"仮面の男"と戦う、とりあえず今は"ゴールド"の追跡だ。エンジュであいつと会った時、あいつらが次に向かう場所を聞いてたからな!」

 

 そう言ってクリアはすぐに飛び上がった。

 もう日はほぼ落ちて、辺りも暗くなっている、そんな薄暗闇の夜空の中に一匹の黒いリザードンが舞う。

 目的は伝説の三匹同様、"仮面の男"の打破、それも出来る限り急がないといけない。

 もしかしたら、スイクンを狙うクリスや、このジョウト地方に来ているというイエローを巻き込んでしまう可能性もあるからだ。

 彼女等は少し特殊だが一般トレーナー、ジムリーダー達の様な責務がある訳でも無い、いわば一般人よりな人間だ。

 

 そんな彼女達を、クリアは一重に巻き込みたく無かったのだ。

 ホウオウと伝説の三匹、そして自分自身の因縁に。

 

 遠くでクリスが何かを叫んでいるのが聞こえ、見えたがクリアは振り返らない。

 エースに乗って飛んで、目指す場所はチョウジ方面。

 彼が勝手に師匠と崇めるヤナギ老人のいる街、その付近に存在する"いかりのみずうみ"そこが彼の目的地だ。

 

(確かシルバーがそこに向かって、ゴールドが追いかけてたよな……ならやはりまずは怒りの湖に向かうべきだが……)

 

 ふと空を見ると頭上には満点の星空が輝いていた。

 ゴーグルを装着して眼球は守っているものの、それ以外の箇所には容赦無く夜の冷風が突き刺さってくる。

 

(今日はもう遅いし、明日にでも向かうか……流石にこんな夜遅くまで湖にはいないだろ)

 

 そう計画立てて、彼は一旦帰る事にした。

 チョウジジム、ジムリーダーヤナギの居る場所へと。

 

 

 

 丁度その頃、怒りの湖にて二人の少年が"仮面の男"によって沈められた事等知る由も無く――。

 

 




どうにか書けたけどドンドン書きづらくなっていく。
そろそろ一旦休んだ方がいいのだろうか――丁度GWだし。

そしてちょっとだけ本編との時系列弄ってます、クリスの図鑑譲渡を早めにしました。

――また名前しかイエローが出なかった。


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二十二話『vsライチュウ イエローの決意』

最近vsシリーズが適当な気がする。


はぁ久々だなぁ。


 

 

「なぁイエロー、所でそのクリア君ってのはどんな奴なんだ?」

 

 もう日が落ちた頃、コガネシティのとあるファミレス。

 一人の中年の男性と、一見まだ幼い少年っぽいが、だが紛れも無く件の少年と同年代の少女の二人が箸を突いていた。

 イエローと釣り人のヒデノリ、一年前の四天王事件の際に活躍したトレーナーとその叔父だ。

 彼等は今、その四天王事件の際、垣間見えた巨大鳥ポケモンの調査にこのジョウト地方に来ていたが、その中の一人――イエローにはまたもう一つの目的があった。

 

「クリアは、えーと……何と言うか滅茶苦茶な人です」

 

 ヒデノリの問いかけに必死に考えて出したイエローの結論はそれは凄く曖昧なものだった。

 

 そう、イエローの目的は一つは巨大鳥ポケモン――ルギア――の調査、そしてもう一つは一年前に別れたきりの友人、クリアとの再会だった。

 一年前、ワタルとの決戦後気絶していたイエローをブルーに預け姿を消したクリア、そのクリアの足取りが一年経った今、ようやく掴めたのである。

 レッドのジムリーダー認定試験の日、偶然ラジオから流れ出たクリアの声、そしてジョウトについて立ち寄った彼女達に告げたオーキド博士の証言。

 コガネを去った後、エンジュの方角へ向かったと聞いたイエロー達は、ならば自分達もとエンジュへと歩を進めていたのである。

 

「滅茶苦茶って、もうちょっと具体的に言うとどんな感じなんだよ?」

 

 そんな件の少年の事がヒデノリも気になるのだろう。

 自分が今成行きとはいえ捜索してる相手で、姪っ子のイエローが気にしてる相手だ、気になるのも仕方無い。

 更に言えば今回の巨大鳥ポケモンの調査、実力あるトレーナーの助けも必要と考えていた彼はイエローと一緒に、あわよくばクリアにも手伝って貰えないかとも思っていたのだ。

 

「具体的……具体的には、野生ポケモンに好かれやすい人かなぁ、ゲットしなくてもある程度は言う事聞いて貰えたり」

「ほうほう、それはそれはスゲェ特技だな」

「はい、後は……無茶ばかりしてる人です!」

 

 そこでイエローの声色が変わる。

 先程までの丁寧な口調の中に、僅かながら怒りの色が見え隠れする。

 

「無茶って、でもそれは仕方無い事なんじゃないのか? レッド君だってそうだし、そのクリア君ってのも男の子なんだろ?」

「レッドさんはまだ安心出来る位強いし、何より無事を確認出来るからいいんですけど……」

 

 四天王事件以来、レッドはどこかに出かけたとしても、定期的に頼りは寄越す様になっていた。

 それもそうだ、今まで散々迷惑と心配をかけていたのだから、そういう習慣がついてもおかしくない。

 そしてイエローは一呼吸置いて、

 

「でもクリアは一年ですよ一年! この一年ボクがどれだけ心配したかクリアは分かってないんですよ!」

 

 そんな思いのたけをイエローは叔父のヒデノリにぶちまける、相手をさせられるヒデノリとしては良い迷惑である。

 だがそんな事等お構いなしにイエローは続ける、彼女の頭の麦藁帽が僅かに揺れて。

 

「クリアってばカンナ戦の時はお腹に穴空けちゃうし、タマムシで別れた時は一回死んじゃってるし、ワタルと戦ってる時だってマグマに落ちちゃうし!」

「なぁイエロー一つ質問していいか?……そのクリア君って本当に人間なのか?」

 

 ヒデノリの疑問も当然である。

 何気に話すイエローだが、その内容はかなりぶっ飛んだもので、今の様な無茶ばかりする人間それがクリアだ、その様子を一番近くで見続けてきた彼の事を彼女がひどく心配するのもまた頷ける。

 それからもクリアの事を怒りながら、だけど少しだけ楽しそうに話すイエローの様子にヒデノリは苦笑を交えつつ、

 

「わ、分かったからイエロー、なら早くそのクリア君を見つけないとな! また無茶しないうちに……うん?」

 

 憤るイエローをなだめていると、彼のポケギアに着信が入る。

 そして彼はポケギアのボタンを押し、通話相手へと確認を取った。

 

『おぉ繋がったわい! オーキドじゃが、そちらは釣り人のヒデノリ君のポケギアで良かったかの?』

「オ、オーキド博士!?……って事はイエローですか? イエローなら今近くにいますけど」

『すまんすまんヒデノリ君、ちとイエローに替わってもらえないかの?』

 

 言われた通り、ヒデノリはポケギアをイエローへと渡す。

 ジョウトの来て以降、ヨシノで一度オーキド博士の第二研究所を訪れて依頼、もし何かオーキド博士がイエローに用がある時は、ポケギアを持たないイエローの代わりに、まずはヒデノリのポケギアへと通信が入る様になっていた。

 そしてイエローにポケギアを渡したとしても、会話はしっかりとヒデノリに耳に届く、だから彼はその会話に聞き耳を立てつつ、オーダーしたスープを飲もうとしたが、

 

『実はさっきクリアと話したんじゃがな』

「っ、もしかしてクリアに会ったんですかオーキド博士!?」

「イエローイエロー! 少し静かに!」

 

 イエローの声はファミレス内に響き渡り、周囲の客や店員が彼女へと注目する。

 そして思わず声を荒らげてしまい、顔を赤らめながら少しだけ肩身を狭くしたイエローにヒデノリが注意して、どうぞ、とオーキド博士にイエローは話の続きを要求する。

 

『い、いや直接会っては無いんじゃが、今先まであやつはアサギにいたようじゃが……もう移動してしまったらしい』

「うぅ……クリアってばまた行方をくらましたんですね」

『まぁ用事があるとかで暫くジョウトにいると言ってたからな……それとイエローよ、クリアから伝言があるのじゃが……』

「伝言?……クリアからボクにですか?」

「まぁ伝言というより、君等にこう言う様に頼まれているのじゃが……」

 

 意外な声を出すイエローだが、確かにそれは意外な事だった。

 一年も行方を晦ませた少年なのだ、イエローがクリアに伝えたい事はあっても、クリアからイエローへ伝えたい事があったとは考えられなかったのだ。

 イエローはずっとトキワシティにいた、そしてクリアもイエローがトキワの出身だという事は知っている。

 会おうと思えばいつでも会えたし、話そうと思えばいつでも話せた――ただ彼にその意思が無かった、イエローはずっとそう思って、少しだけ寂しい思いをしていたりするのだが、

 

「な、なんでしょうかオーキド博士、クリアからボクにって!」

 

 それは予想外のサプライズである、さらにイエローからオーキド博士にクリアと合流出来る様に彼に頼んでみる様にとも言っていたから、きっとその返しの返事だろう。

 ――そう予想していたイエローだったが、アサギでのクリアの言葉を聞いているオーキド博士は凄く言いづらそうにしながら、しかし言う。

 

『それがのう……"帰れ"だそうじゃ』

「……え?」

 

 一瞬、イエローはオーキド博士が何を言っているのか分からなかった。

 この一年ずっと心配して来た相手、一年前の四天王事件、レッドが行方不明になった直後のクリアの失踪だったのだ、心配するなという方が無理な相談だ。

 レッドやグリーン、ブルーだって少なからずクリアの事は心配していたし、彼に最も近いイエローの気苦労は彼らの比じゃない。

 

 だけどラジオから流れる彼の声を聞いて、楽しそうに女の子と話すクリアの声に若干の憤りもあったが、それでも心の底では安心して、そして嬉しかったのだ。

 またクリアと会える事が、そんな彼と再会する事が楽しみで、楽しみに今回の調査に来ていたイエローだったのだが、しかしクリアの一言は冷徹なものだった、そんな彼女を突き放す様な返答をクリアはオーキド博士にしていたのである。

 

『まぁ正確には"帰してください"と頼まれていたんじゃが……』

「……」

『……イエロー?』

「っぐす……ぇぐ……はい……」

「イエロー!?」

 

 ポケギア越しのオーキド博士には分からなかった事だが、傍で見ているヒデノリはすぐに異変に気づいた。

 麦藁帽を深めに被って必死に悟られない様にしているが、その下からは啜り無くイエローの声が聞こえ、突然の事にヒデノリもただうろたえる事しか出来ない。

 

「お、おいイエロー何泣いてんだよ! ほら、いいからハンカチ! とりあえず泣き止め、な?」

「……ぐす……はい」

 

 ポケギア片手に、ヒデノリから渡されたハンカチで涙で濡れた顔を拭うイエロー。

 そんな彼女に、ヒデノリは心配そうな表情を浮かべて、

 

「大丈夫かイエロー? どうしちまったんだよ一体、そんなにクリア君ってのに帰れって言われたのが堪えたのか?」

「……はい、ボク一年前の四天王事件の時は一時別れた時以外はずっとクリアと一緒にいたけど……だけど本当は嫌われてるんじゃないかって……」

「なっ! そ、そんな訳無いじゃねぇか!」

「で、でも! ずっとボクがいるトキワシティに来てくれなかったし、連絡だって一度も来た事無いし……それに今日は"帰れ"って多分ボクの事が嫌いだからっ……!」

「……そんな事!」

『そんな事は無いぞイエロー!』

 

 何かを言いかけたヒデノリよりも先に、ポケギアからオーキド博士の声が聞こえてきた。

 どうやらずっと通話中で彼女の言葉もオーキド博士には聞こえていたらしく、イエローの言葉をオーキド博士はまずは真っ向から否定する。

 そんなオーキド博士の態度に、新たな涙の線をまた一つ頬につけたイエローは目を丸くしてオーキド博士の言葉へと耳を傾ける。

 

『奴は、クリアはきっと君の身を案じて、だから君をカントーへと帰したいんじゃろう』

「……どういう事ですか、オーキド博士?」

『うむ、実は今ジョウトでは各所で不穏な動きが続いておる』

 

 それからオーキド博士は話した。

 ワカバ、ヒワダ、エンジュ、そして怒りの湖と、立て続けに各所にてロケット団残党と思われる黒服の集団の活動が目撃されている事。

 そしてウバメの森でゴールドが相対した人物"仮面の男"、もしかしたら何処かのジムの"ジムリーダー"かもしれないその男を、伝説の三匹やクリアが追っているという事。

 

『しかもその"仮面の男"と怒りの湖で再度相対したとゴールドという新たな図鑑所有者から連絡があったきり、それからプッツリと連絡が切れてしまったとウツギ君からも報告があったのじゃ!』

「……じゃあ、まさかクリアは……」

『うむ、恐らく君を巻き込みたくない一心でそんな心無い事を……』

「また危ない事を一人でしようとしてるんですね!?」

『うむ……うむ?』

 

 いつの間にか声色が変わっていたイエローにようやく気づいたオーキド博士だが、時は既に遅し。

 

「おじさん! 今すぐエンジュへ向かいましょう! もしかしたらクリアと鉢合わせ出来るかも!」

「お、おいイエロー、流石にもうこんな時間だし明日の朝からでも遅くは無いぞ!?」

「で、でも……」

 

 興奮した様に言うイエローだが、彼女の叔父が言う様にもう日が沈んで大分経つ。

 今からエンジュに向かうとなると、夜闇に紛れた野生ポケモンやトレーナーの襲撃等のリスクがついてくる事になるのだ。

 その事を踏まえて、出発は明日の朝、というのが本来の理想系である。

 イエローもその事は重々承知――しているのだが、彼女にとって大切な人間の一人が今にも無茶をしそうな勢いがあるのだ――一年前のレッドの時の様に、要するに黙っていられないのである。

 

『ふむ、確かに今日はもう遅いから止めた方がいいじゃろうな』

「ほらな、オーキド博士もこう言ってるし!」

 

 ポケギアからのオーキド博士の同調の声にヒデノリは焦りながらイエローに言う。

 立場は彼女の叔父だが、バトルの腕前で言うなら彼はイエローに遥かに劣る、もしここでイエローが我儘を言い出したら彼にそれを止める力等無い。

 尤もイエローがそんな我儘を言った事等数える程度しか無く、それも彼女自身のマイペースに翻弄される形で危険も無いものだったが。

 

「……分かりました、ごめんなさい無理言って……」

 

 そう言ったイエローだが、酷く落ち込んでいるのがヒデノリの眼にも見て取れた。

 一年前は一緒に戦った戦友にして、ずっと彼女が心配して来た少年――その少年に心配されてる、とはいえ逆にいえばそれは彼女の事をクリアが信頼していないという裏返しとも取れる。

 そして今イエローに出来る事は限られ、あまつさえ今からクリアを追う事すら出来ない、その事実に彼女が肩を落としてしまうのも仕方が無いのかもしれない。

 そんな彼女にどう声を掛けたらいいかと、再びヒデノリが思考の海へとダイブしかけるが、

 

『クリアの助けになりたいか? イエロー?』

「……オーキド博士」

『ワシはクリアから君の事を帰す様に言われたが、それでワシはイエスとは言っておらん、それにどうするかは結局は君が決める事じゃ』

「……ボクは……クリアの力になりたい! クリアが困った時、傍でクリアの事を助けてあげたいんです!」

 

 まるで試されるかの様なオーキド博士の問いに、イエローは自信を持って答えた。

 というより元から彼女はそのつもりだったのだ、オーキド博士から話を聞いた先程から、

 

(ボクは貴方の力になりたいから、貴方が巨大な悪に立ち向かうというのならその時は、皆を守る"貴方を守る"……!)

 

 一年前のスオウ島でクリアが言った台詞をそのまま流用した様な誓い。

 その時はイエローが傷ついていく皆を守る為に立ち上がりワタルと対決し、そしてクリアもまたあの時はそんなイエローを守る為にワタルへと立ち向かっていった。

 だが今度はその逆だ。

 今はクリアが皆を守る為に"巨大な悪"に立ち向かおうとしている――だから今度は、そんなクリアを守る為にイエローが立ち上がるのだ。

 

『分かった、それだけの決意があるのなら問題無いじゃろう……イエローよ、ならばクリス君と合流するのじゃ!』

「クリスさん、と言うと捕獲の専門家って博士が言ってた……?」

『そうじゃ、クリス君は今伝説の三匹のうちの一匹、スイクンを狙ってる様じゃし、何よりその捕獲の技術は必ず君の役にも立つじゃろう!』

 

 もしも、もしもだ。

 クリスが伝説のポケモンを捕獲し、その伝説のポケモン達と一緒にイエローがクリアの下に助力に向かえば、それはクリアにとっても大きな戦力となるだろう。

 それは同時にイエローの目的とも一致する、クリアを助け、守るというイエローの目的と。

 そしてイエローが向かえば多少はクリスの捕獲の手伝いも出来るはず――つまり双方にとってもメリットのある話という訳である。

 

「……分かりました、明日には出発してそのクリスさんという人を探してみます!」

『うむ、頼んだぞイエロー!』

「はい!」

 

 力強い返事の後、ポケギアの通話終了の操作を行うイエロー。

 そしてヒデノリの方を見たイエローに、先程までの面影はとうに無かった。

 今まであったのはずっとクリアの事を心配して、そして彼の言葉に不安がってた姿だった――が今では、まるで一年前の四天王事件の頃の表情へと戻っていた。

 明確な目的が、それも心の底から思える目的を持った彼女の変化、それは再度彼女の心を奮い立たせる。

 

「っへ! 内容なら聞いてたぜイエロー! そうと決まれば俺もそれ相応の準備って奴をしとかないとな!」

「っ! ありがとうおじさん!」

「良いって事よ、可愛い姪っ子の頼みだ……ただしそのクリアってガキには一発鉄拳制裁が必要みたいだがな」

「……おじさん何か言った?」

 

 最後の方はイエローには聞こえない様にわざと言ったヒデノリである。

 彼も彼とて胸中は穏やかでは無いのだ、形はどうあれ姪っ子を泣かせた男――それがクリア、彼の脳内データには既にそう登録(インプット)されてしまったのだから。

 というか元からクリアに対してヒデノリには良い印象が無いのだ。

 散々イエローに心配かけた挙句、どこぞの少女と楽しくラジオ出演し、そして今回の言伝、更にその経歴は謎だらけという怪しさマックスの少年、良い印象が無いのも当然と言えば当然か。

 自分のあずかり知らぬ所でまた一つ恨みの種が根付いてしまったが、勿論クリアにそれを知る術は無い。

 

 

 

「なんや向こうの方うるさいなぁ」

「そうねぇ……あ、アカネちゃん料理来たわよ」

「お、ホンマかクルミちゃん!いやーウチもうお腹と背中がくっ付きそうな勢いやわー! ほんなら、いっただきまーす!」

 

 そしてイエロー達とは正反対、店の端と端の丁度分かれた配置で座っていた少女達にイエローが気づく事は無いし、また逆も然りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……チョウジに戻って来たはいいものの」

 

 コガネでイエローがファミレスでそんな決意を果たしていた頃、当のクリア本人は路地裏に身を隠していた。

 身を隠し、その場所からとある商店へと視線を向ける。

 

「ここ、だな」

 

 そこにいたのはカントークチバジムのジムリーダーマチスだった。

 軍人らしい設定の迷彩服に身を包んだ彼は、明らかに何か調べ物をしてると言いたげに店内を物色している。

 そしてその様子をクリアは隠れて見ているのだが、彼がマチスを見つけたのは全くの偶然だった。

 

(……カントージムリーダーがこんな所に一体何の用があって……いや考えてても仕方が無いか)

 

 そう判断し、彼はその身を晒して堂々とした足取りで商店へと向かう。

 元々チョウジジムに直で帰るつもりだったクリアだが、その際にエースと共に怪しげな飛行物体を見つけたのが最初だった。

 それは複数のレアコイルが作った、言うならば電気のポッド、それで宙に足場を作り飛行しているマチスを発見し、ここまで尾行していたというのが事の全てである。

 

「っよう兄さん、何か探しもんかい?」

 

 そして何故カントージムリーダーの彼がこんな場所にいるのか、ここで何をするつもりなのか。

 マチスが元ロケット団という事を知らないクリアがそう気さくに話しかけ、

 

「……あ?」

 

 そしてマチスのライチュウが商店の床を崩し地下内部の秘密施設を見つけるのは、ほぼ同タイミングだった。

 

 




うわあぁ(ry
……う(ry

――やっと、やっとまともにイエローが書けた!本当はもっと短くまとめるつもりだったけど話の大部分をイエローが占める結果になった!しかも短時間で書けた!イエロー書けるとなった瞬間これだよ!


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二十三話『vsデルビル 仮面の男』

 

 

 その日クチバシティジムリーダーマチスはとある調査の為、ジョウトチョウジタウンのとある商店を訪れていた。

 その調査とは何を隠そう、彼が所属するカントーを主な活動域としていた悪の組織"(ロケット)団"の今の動向を探る調査である。

 ――というのも今現在ロケット団は組織のボス"サカキ"が敗北、失踪して以来今は事実上の解散状態となっているはずなのだが、そんな中このジョウト地方でその解散状態のロケット団の活動がチラホラ確認されているというのである。

 そしてそんな情報はロケット団元三幹部の一人であるマチスのあずかり知らない所であり、またその活動を行っている団員達はサカキに代わる新たなリーダーを頭に据えて活動しているという情報もあるのだ。

 当然彼はその現状に怒りを感じて――同じ三幹部でありながら一年程前に姿を晦ましたキョウ、療養中のナツメに変わって彼がこのジョウトの地へと足を運んだという訳なのである。

 

 

「あ?……なんだテメェは?」

「人に素性を尋ねる時はまず自分の……ってもうアンタの事は知ってんだけどな、クチバジムのマチス……俺はクリア、まぁよろしく」

 

 そう言って手を差し出すクリアと名乗った少年の手を、マチスは用心深く見つめる。

 数秒して、いつまで経っても握手に応じないマチスの様子にクリアは肩を竦めて手を戻す。

 だがマチスが彼を用心するのも当然だ、マチスがジョウトの、それもチョウジの小さな商店に入っているのは何も特産品の"いかりまんじゅう"目的等では無い。

 

(なんだこのガキは……唯の通りすがりの一般人か? だがこのタイミング、俺がいざ敵の懐に潜りこもうとした瞬間に現れるタイミングの良さ)

 

 そう、彼がこの商店に来た目的は前述の通り何者かによって復活そして掌握されたロケット団の調査と、その何者かの抹殺だった。

 その為の調査の最終段階として、昨今の怒りの湖ギャラドス大量発生事件の際、怪しげな出入りが行われたというこの商店の調査へとやって来た彼だったのだが、いざ怪しい空洞を発見し、飛び込もうとした瞬間にクリアが現れたのだ。

 今この瞬間にも異変が相手に伝わっているかもしれない、そんな一秒すらも惜しい状況での新たな不安要素の出現――疑われて当然である。

 

「おいテメェ、こんな所で何をしてやがる!?」

「……テメェじゃねぇクリアだ、つーかそれは俺の台詞だぜ? 俺の行き付けの饅頭屋でアンタこそ何してるの?」

 

 ピリピリとした緊張感が周囲を漂う。

 片や早々に話を切り上げ、かつクリアの立ち居地を見極めたいマチス。

 片や行き付けの店に、突然現れた他地方のジムリーダーに穴を開けられ不審がるクリア。

 両者とも、疑惑の眼を相手に向けたまま、いつでも戦闘へ移行出来る体勢をとっている、だがそんな状況が続いて不利になるのはマチスの方のみ、従って先に折れるのも当然マチスだった。

 

「……はぁ、これじゃあ埒が明かねぇ! じゃあ俺が手短に事情を話すからその後はテメェが話す番だ、いいな?」

「……あぁいいよ」

 

 マチスの提案にすんなりとクリアは了承し、そしてマチスは口を開く。

 

「俺がテメェの行き付けの饅頭屋だっけか?……に穴を開けたのはこの床下に広がる空間の調査をする為だ」

「床下に……空間?」

 

 少しだけ頭を穴へと近づけてその中を凝視するクリア、その視線の先にはマチスの言った通り確かに新たな広い空間が広がっていた。

 綺麗に整えられた何かの研究所の様な電子機器類が多様に見える場所、勿論クリアはこの商店にこんな地下室があるなんて情報は聞いた事が無い。

 

 ――いや、正確には聞いた事は無くても知っていた。

 

 彼がゲームから吸収した情報の一つに、この商店の地下の情報は確かに存在していた。

 だがそれは所詮はゲームの話、この世界とゲームポケモンの世界は同じ所もあれば全く違う所もあるというのはクリアも重々承知の事実である。

 だから彼は"ある特別な事件"が起こるまではこの場所は放置しておこうと決めていたのだ、根拠も無い唯の推測のみで人様の家の床に大穴開けるなんて事、流石に気が引ける。

 

「この場所は"いかりのみずうみ"で最近起こった"ギャラドスの大量発生"の際、怪しい人物達の出入りが確認された場所だったんでな、それで俺はこの場所に目をつけたって訳だ」

(……そうか、もうギャラドスの大量発生は発生してたんだな)

 

 クリアはポケギアを持たない、故にラジオから流れるニュースを聞く事が出来なかったのが今回の事件の発覚を遅らせる原因。

 そして普段彼はチョウジジムにいて、ジムにいる間ならばラジオ等の情報機器もありはするのだが、今回の事件の発生時には彼が偶々ジムにいなかったのもまた原因の一つなのだろう。

 裏を返せば、彼が"ジムにいない時を狙って発生した"という見方もあるのだが、クリアがその事実に気づく事は無い。

 

「そんで俺はこの店の床下から"妙な音"を聞いて、まぁ電子機器の作動音なんだが、それでこの穴を開けたって訳だ……じゃあ今度はお前の番だぜ、テメェがここにいる理由、教えて貰おうか?」

「電子音……確かに聞こえる、今まで気づかなかったな」

 

 開けられた穴の中から確かに聞こえて来る音、それは穴を開けられる前にも微かにだが発生していた音のはずなのだが、それは所詮は微々たるもの、こうして音の波が更に大きく伝われる様な"穴"でも開けられない限り分からなかった事だろう。

 その事実を確認し、そしてマチスの言葉にも何ら不審な点が無い事をクリアは確認して、

 

「じゃあ俺も、さっき言った通り名前はクリアなんだけど、今はこのチョウジの外れに住んでて……ってちょくちょくジョウト地方を旅してたりもしたんだけどさ」

「……だとするとなんだ、テメェは本当にただの一般人、って訳でいいんだな?」

「うーん、どうだろ? 多分ただの一般人にはならないんじゃないかな?」

 

 少し考える素振りを見せてから、クリアはポケットから一個の携帯型電子機器を取り出した。

 赤い外見でポケットサイズのそれを見て、マチスの表情に驚きの色が広がる。

 

「図鑑を貰った図鑑所有者って言われてるんだけど、これ持ってても一般人には含まれるのかな」

「ポケモン図鑑!?……いや待てよ……おいお前、もう一度名前言ってみろ!」

「クリアだけど、それが何か……」

 

 驚愕しながら、その名前に"心当たり"があるマチスは必死にその名を思い起こす。

 記憶の海に潜り込みながら、数日前数週間前数ヶ月前、と段々と過去の映像を掘り起こしていき、そして――、

 

 

 

『もう一人、多分すぐにもう一人来ると思います』

 

 約一年前、四天王事件の時の出来事が彼の記憶の網にかかる。

 

『もう一人だと?……俺達以外にまだ誰かこの島に来てるというのか?』

 

 それはカントー四天王との最終決戦の舞台、スオウ島にてイエローと呼ばれる小さな子供と、グリーンと呼ばれる図鑑所有者の会話。

 ナツメの運命のスプーンでコンビ相手がいなかったマチスを見て、イエローが言った言葉。

 

『はい、グリーンさん。ボクは"クリア"と一緒にこの島まで来たんです』

 

 イエローが発言した人物の名と今彼の目の前にいる人物の名。

 スオウ島の最終決戦の決着後、事の顛末だけはマチスも聞いていた。

 

 ――四天王ワタルを倒したのは、イエローと呼ばれるトキワ出身のトレーナーと、"クリア"と呼ばれる謎の多いトレーナーだった――と。

 

 

 

「……おいお前、まさかとは思うが"スオウ島"って単語に聞き覚えは……」

「スオウ島? 懐かしいね、もう一年も前だっけか、そういやアンタもジムリーダーだっけな」

 

 一致した、そして間違い無いと、マチスは目の前の子供に釘付けになる。

 一年前のスオウ島での最終決戦で、もしかしたらマチスと組んでいたかもしれないトレーナーで、そしてその事件を解決に導いたトレーナーの一人。

 "図鑑所有者クリア"、マチスはここに来てようやくその事実に気づいたのである。

 

「……じゃあさ、アンタも一つ質問したんだし、俺も一つだけ質問いいよね?」

「……質問だと?一体何を質問し……」

「アンタが言ってたこの店に出入りしてた"怪しい人物達"っての、もしかしてロケット団?」

「ッな!?」

「その様子、ビンゴだね」

 

 突然の的確な質問にマチスは意図せず反応してしまい、その様子からクリアに話さずとも伝わってしまう。

 だがそれでマチスに何らかの不利がある訳でも無し、単純に彼は驚いただけなのだが。

 

「What……テメェ、一体何故ロケット団だと?」

 

 それでも彼は聞かずにはいられなかった。

 今の情報のみで、もしクリアがその答えにたどり着いたのなら名探偵ばりの推理力、なんて話じゃない。

 そこには何かしらの理由が、クリアがすぐに"ロケット団"を思い浮かべる様な事件があったはずなのだ。

 ――そして、もしかしたらマチスがまだロケット団として活動していた頃の図鑑所有者達の様な、そんな活躍がクリアにもあるかもとマチスは考えたのである。

 

「別に、ヒワダの井戸やエンジュの地盤沈下の時に活動してたからなあいつ等、それで何となくそう思っただけだよ」

「……ほう、まるで見てきたかの様な言い方だな」

「見てきたよ、というか戦った……だから多分、ここもロケット団が関係してると思ったの、さ!」

「お、おい!?」

 

 マチスの予想は正しかった。

 クリアは三年前のレッド同様、何度かロケット団と戦っていたのだ。

 しかも一年前には四天王と呼ばれる強者とも戦い、そして勝利した図鑑所有者。

 敵に回れば厄介な存在だが、味方となれば確かに頼もしい存在、クリアもそんな集団の一人だったのだ。

 

 そうと分かれば、今回の調査で不測の事態があった時に彼一人よりクリアと二人でいた方が対処しやすいはずで、共に向かえばメリットもあるだろう。

 ――だがクリアとマチスはそもそもの立場が違う。クリアは恐らくロケット団を捕まえる為、マチスは奪われた団員達を支配下に戻す為に向かうのだ――当然結局は激突は必死だろう。

 果たしてどう判断づけるべきか、その事を思案していたマチスだったが、突然のクリアの行動に戸惑いながらも彼についていく。

 

 

 

「おいテメェ! 何いきなり降りてやがる!」

 

 憤りながらマチスは言って穴へと身を落として、いきなり自分一人で地下へと降りたクリアへと近づく。

 マチスの怒号を聞きながら、だが当の本人は無言で立ち尽くしていた。

 彼の方を見向きもせず、ただ一点のみを見つめている。

 その事に気づいたマチスはそんなクリアの態度を不審に思い、彼の視線の先を追う。

 

『……もう一匹ネズミがいたのか』

 

 追って、その視線の先の人物で、彼の視線も止まった。

 

「……テメェか、ロケット団新首領の名を語る不届き(もん)ってのは!」

 

 そこにいたのは一人の仮面をつけた男だった。

 不気味なオーラを漂わせる顔も体格も分からない人物、だがそんな事はマチスにとってはどうでも良かった。

 周囲にかけられたロケット団団員服、電力工場としても稼動しているらしい周囲の電気機器、そして仮面の男の堂々とした態度、雰囲気から、マチスは彼を新首領と決め付けて、自身のレアコイル達三匹を仮面の男へと放つ。

 

『デルビル!』

 

 しかし唯でやられる程度の相手なら、そもそもマチスも、そしてクリアだってここまで苦労はしていない。

 即座に仮面の男も対応し、デルビルの"かえんほうしゃ"がマチスのレアコイルを襲う。

 うち一体に直撃し、"はがね"タイプも持つレアコイルの体力を一気に奪い戦闘不能に追い込み、更に続けざまに他二体へと攻撃を移す――が、

 

「P! "こうそくいどう"から"たたきつける"!」

 

 クリアは(ピカチュウ)を召還し技を指示する。

 指示を受けたPは"こうそくいどう"で一気にデルビルへと詰め寄ると、なぎ払う様な"たたきつける"を一撃放つ、がそれを寸での所で避けるデルビル。

 そしてデルビルが次の攻撃行動に移ろうして、Pも追い討ちはやめて一旦クリアの所へと戻る。

 それを見て、薄ら笑いを浮かべてクリアは口を開いた。

 

「へへっ、まさかとは思っていたけど……ようやく会えたな仮面の男」

「クリア、テメェあの男の事知ってんのか!?」

「まぁ話に聞いただけだけどね、伝説の三匹を焼けた塔に封印して、かつてはホウオウを操り悪行してたっつー話をな」

 

 目を細め、敵対心をむき出しにしながらクリアは言う。

 そんなクリアの話に、一瞬視線を外していたマチスもまた息をのんで仮面の男の方へ再度視線を移した。

 伝説のポケモンを封印し、そして従える程の実力、少なくともマチスと同等かそれ以上はあると見て間違いない、クリアの話からマチスはそう感じ取ったのである。

 そしてマチスは三匹のレアコイル達を手元へと戻し、そしてライチュウを前へと出して、

 

『フッフッフ、よく調べている……いや、聞いたと訂正した方がいいかな?』

 

 仮面の男が口を開いた。

 相手の心に直接冷気を吹きかける様な、聞いた相手を震え上がらせる様な声で彼は続ける。

 

『そうだ、私がロケット団新首領の仮面の男(マスク・オブ・アイス)……今から消えるお前達への冥土の土産になる名だ』

 

 仮面の男(マスク・オブ・アイス)、ジョウト地方図鑑所有者と幾度か戦い、そして彼らを怒りの湖で葬った人物。

 そしてその正体はクリアの良く知る人物でもあるが、どちらの真実もクリアは知らない。

 知らずにクリアは微笑を崩さずに、

 

「へぇそうかい、だったら俺の名も教えてやるよ、クリア……テメェを冥土に送る名だ、しっかり覚えて地獄に落ちろ!」

「……知っているさ、そんな事は」

 

 最後の呟きはクリアには聞こえなかった、仮面の下の人物にしか聞こえない声量の呟きは、どこか哀愁の漂う冷たいもので、

 

『地獄だと? 生憎ながらそんな所へ行ってる暇等私には無い!』

 

 更に冷たい冷酷な声は、しかとクリアの耳に届く。

 その瞬間、仮面の男のデルビルが遠吠えし、"かえんほうしゃ"を再度放つ。

 

「ライチュウ"10まんボルト"!」

 

 すかさずマチスのライチュウが対抗し、二つ技がぶつかり合う。

 火花が飛び散り、出し続けられる技同士が相殺し合う、その横をクリアのPが通り抜けて、

 

「たたきつけ」

『"シャドーボール"!』

「ッ、P!」

『まだだ、"いとをはく"!』

 

 デルビルに対し"たたきつける"を遂行しようとした瞬間、Pの頭上から"シャドーボール"が放たれPに直撃した。

 体力は残ってるもののよろめき、そして"いとをはく"で体の自由が奪われたPが仮面の男の手にかかる。

 

「……アリアドスとゴース、いつの間に……」

『フッフッフ、攻撃を止めろ、止めなければこのピカチュウは……』

「ッ、マチスさん、攻撃止めて!」

「のわっ!? わ、分かったから離せよテメェ!」

 

 Pを人質に取られたクリアに掴まれ、仕方なし攻撃を止めるマチス。

 放電を止めるライチュウと、同時に放射を止めるデルビル、そして拮抗状態を築いた仮面の男は、

 

『それでいい……ではクリアよ、このピカチュウを返して欲しくばお前の持っている羽を渡して貰おうか』

「……羽だと?」

『恍けなくて良い……私は知っている、貴様が"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"の二枚を持っている事を……!』

 

 仮面の男の言葉に、クリアはチラリと背負ったリュックを見やる。

 彼が持っている二枚の羽"ぎんいろのはね"と"にじいろのはね"、それは彼が偶然手に入れたものだったが、同時にそれは仮面の男がかつて失い、そして喉から手が出る程に欲していた物でもあったのだ。

 その二枚の羽をクリアが持っている、とエンジュでクリアと戦った団員から報告を受けた仮面の男は、その時からずっとクリアが持つこの二枚の羽を狙っていたのである。

 

「羽だと? やっぱテメェ、まだホウオウを狙ってやがるのか、しかもルギアまで!」

『何の事だか知らないが、その二匹は所詮私の目的の為の"道具"に過ぎん、到達手段に執着心等無い』

「道具、へぇ……道具ね」

 

 "道具"、ポケモンをそう言い放った仮面の男にクリアは内心静かに怒りの炎を燃やす。

 クリアにとってポケモンとは言わば恩人にも等しい存在だった――突然この世界に来た彼と誰よりも長い時間を過ごしてくれて、命を救われ、この世界で一人だった彼に数々の出会い、友人(イエロー)達、そして(ヤナギ)にめぐり合わせてくれた存在。

 そんな存在を"道具"と言い放った仮面の男、彼にクリアが憤るのも無理の無い話なのだ。

 

「……仕方無い、か」

 

 一瞬だけ躊躇するも、クリアにPを見捨てるという選択肢はそもそも存在しない。

 仕方なくクリアはリュックを地面に置き、その中に乱雑している道具、傷薬系統のものから先日貰った球体の道具等を掻き分けた先にあった物、二枚の羽を取り出す。

 

『おぉ! それだ! その羽、それが私の求めていたものだ!』

 

 二枚の羽を見た瞬間歓喜の声を出す仮面の男、その一瞬の隙、彼が自分から眼を離した隙を見てマチスは即座動こうと足に力を込める、込めた瞬間。

 

「っは、いつの間に、デルビルの大群だと!?」

 

 マチスは気づいた、彼等を取り囲むデルビルの大群に。

 見渡す限り黒の景色、その強面の顔は皆マチスを睨み、そして次の瞬間、彼等は一斉に雄叫びを上げる。

 

「……っぐ、体が、動かない…!?」

『お前が何か企んでいたのは知っていた、だからその動きは封じさせてもらう……さぁクリアよ、早くその羽を私の所へ持って来るのだ!』

「ッチ……」

 

 複数の野生デルビルによる"ほえる"、その圧倒的な程の数の雄叫びで身動きを封じられたマチスは、悔しそうに羽を持って仮面の男の方へ向かおうとするクリアを見て叫ぶ。

 

「おいテメェ! どうしてピカチュウに電気技の指示を出さねぇ!? 今の一瞬でテメェがそれをやってれば今頃は……」

「出来ないんだよ」

「……何だと?」

「俺の(ピカチュウ)は昔ロケット団に酷使された影響か電気を溜め込む事が出来ない、"外部からの干渉"があればどうにかなるが、アンタのライチュウも動きが取れないしな」

 

 因果応報とはまさにこの事だ。

 かつてマチスが行った非道が、今正に彼へと返って来たのである。

 マチス自身、クリアのピカチュウに身に覚えは無いが、施設の運営等の電力確保の為、電気ポケモンを使っていたのはマチスだった。

 その彼があずかり知らぬ所で、クリアのPの様なポケモンが出現し、マチスの知らない所で下っ端団員に使い捨てられていても何ら不思議は無かった。

 

「そうか……だったら……」

「……?」

『どうした、早くこっちへ来いクリア!』

 

 マチスと何やら話してる様子のクリアを仮面の男が急かす。

 会話の内容は最後のトーンが落ちた所以外は彼にも聞こえていた為、別段気にする程でも無いのだが、いつまでもクリアとマチスを一緒にして妙な作戦を立てられないとも限らない。

 仮面の男の声を聞いて、クリアもすぐに彼の方へ歩を進めた。

 その間マチスはどこか複雑そうな顔でPの方を見つめている、そしてクリアはとうとう仮面の男の目の前までやって来る。

 

「さぁ来たぜ、P返せよ」

『二枚の羽が先だ……!』

「やだね、どの道俺はもう終わりなんだ、最後に頼みを聞いてくれてもいいだろ?」

『……いいだろう』

 

 仮面の男はクリアとマチスが話す以前からPが電気技を使えないと知っていた。

 だからアリアドスの"いとをはく"で動きを封じた瞬間にはもう、彼はクリアの敗北を確信していた、そしてそれは今も同じ。

 クリアにPを返した所で、アリアドスの糸を短時間でそう簡単に、人の力でほどく事等到底出来ない、そう判断した仮面の男はクリアにPを返した。

 

「サンキューな、仮面の男(マスク・オブ・アイス)

 

 フッと笑ってクリアはそう彼に告げて、Pを手元に置いたアリアドスの前で屈み込んだ。

 申し訳無さそうなPの顔を見て安心したクリアは、アリアドスからPを受け取る。

 ――そして、

 

『さぁ早くこっちへ渡せ! "にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"を!』

「あぁ分かった」

 

 Pを抱いてそう言ったクリアの表情は、温和な笑みを更に崩したものとなっていた。

 

「欲しいもんなら、自分で取りにいけよ!」

『何っ!?』

 

 まるで悪事を遂行する犯罪者の様な、あるいは悪戯をし掛ける子供の様なそんな笑みを浮かべたクリアは、元々腐敗しない様にコーティングしていた二枚の羽を適当な方向へと投げ飛ばす。

 

『っク、デルビル、あの羽を拾ってくるのだ!』

 

 すかさず慌てた仮面の男がデルビルに指示を出し、指示を受けたデルビルがすぐにその羽をキャッチする。

 その様子を見て安堵する仮面の男だったが、

 

「なーに安心してんだよテメェは」

 

 が、そこまでは完全にクリアの予定通りだった。

 そして後はクリアがこう指示するだけだ。

 

「いくぜP! "10まんボルト"だ!」

 

 ――と、電気技が使えないPに対して、電気技の指示を出すだけだったのだ。

 そして勿論、Pの事をよく知る仮面の男は驚愕して、

 

『なんだと!? お前のピカチュウは電気技が使えないはず!』

「あぁ使えない"使えなかった"よ、今さっきまでは!」

 

 クリアが答えた瞬間、Pの体から漏電する。

 ワタル戦やジョウトジムリーダーマツバとの対戦等、数少ない戦闘以外では全く電気技が使えなかった、一体では完全に使えなかったPの体から放電が始まり、そして、

 

「いっけぇぇぇP! テメェに渡す位なら、"燃やし"ちまった方が百倍マシなんだよぉぉぉ!」

 

 クリアの叫びとPの"10まんボルト"が放たれるのはほぼ同時だった。

 ――Pは電気技が使えない、だが外部からの干渉があれば電気技を撃つ事が出来る、それも元の電力の何倍もの威力で放つ事が出来るのだ。

 その特徴に、クリアとマチスは賭ける事にしたのである。

 クリアが偶然手に入れた道具"でんきだま"は元々ピカチュウを強化する為の道具だ、しかも触った相手を麻痺させる程には"外部に電力が漏れている"道具。

 その微弱な電力をどうにか技に繋ぎ、かつ"でんきだま"本来の力でPの電撃の威力を更に倍増させれば通常程度の威力は出せるんじゃないか?――クリアは先程のやり取りでそうマチスに提案されたのである。

 

 そして賭けは成功したのだった。

 

 Pの電撃が仮面の男のデルビルへと直撃し、同時にデルビルが口に咥えていた二枚の羽にも当然被弾する。

 雨や風等をしのげる様コーティングが施されていても、電気ポケモンの"10まんボルト"には流石に耐えられない、耐えられるはずは無いのだ。

 

『羽が、私の虹色の羽と銀色の羽が……』

 

 "でんきだま"を持ったPの電撃を受け、発火し、燃え尽きていく二枚の羽をしかと見届けてから、クリアはマチスの傍まで戻る。

 

『許さん、もう許さんぞ貴様等……!』

 

 どうやら本気で激昂しているらしい仮面の男。

 二枚の羽をどうにか仮面の男に渡さなかったとはいえ、クリアとマチスが追い詰められている事に変わりは無い。

 辺りには無数の野生のデルビル、いくらクリアが"導く者"と評される人物でも、流石にこの数の野生ポケモンを手懐ける事等で切る筈が無い。

 

 そんな絶体絶命のピンチの中、クリアとマチスはそれぞれPとライチュウをボールに戻した。

 そのままデルビル達、そしてゴースやアリアドスに襲われれば生身の人間である彼等は一溜まりも無いのだが、マチスの作戦は既に完了している。

 

「許さない? それはこっちの台詞だクソ野郎が!」

「右に同じ、こっちだってアンタには怒ってんだよ!」

 

 マチスとクリアもまた仮面の男を睨むが、それで戦況が変わる訳でも無い。

 非情な仮面の男の手が上へと上がり、後はそれを下に下げて合図を出す、ただそれだけの行為の前に、その寸前に、

 

「……だがま、今は退くしか無ぇ、その位俺だって分かる……だがな」

 

 瞬間に、マチスとクリアの周りに無数のマルマインが出現し、仮面の男の手が止まった。

 それはマチスの隠し玉、動けなくたった直後に作動した、非常用の緊急退避の為の策。

 本当なら今すぐにでも目の前の相手をぶちのめしたい、と考えている二人だが、今は戦況が、相手が悪すぎる。

 更には時間も経ち過ぎていていつ増援が来るかも分からない状況だ、仕方なし二人も退くしか無いと頭でどうにか理解しているのだ。

 

「テメェもロケット団の新首領名乗る覚悟なら……この位の覚悟で敵陣に臨みやがれえぇぇぇ!!」

 

 マチスが叫び、マルマインが発光し、そして爆発音が木霊する。

 複数のマルマインによる"じばく"が地面を陥没させ、爆風が仮面の男を遅い、白い膨大な煙が出てそして――。

 

 

 

『……逃がしたか』

 

 その後にはもう、何も残っていなかった。

 倒れたクリアやマチスの姿が無いのは、先の爆発で二人が逃げおおせた証拠、今すぐに二人を追う事も出来るが――、

 

『……まぁいい、警察に嗅ぎ付けられた時の策ももう講じてあるしな』

 

 そう呟いた仮面の男が一個のリモコンを操作した直後、床下、仮面の男から見て天井で僅かな動作音が鳴る。

 そしてその場所を覆う様に厚い木の板、コンクリートの板と順に彼の頭上を塞いでいく。

 その様子を見て満足した彼は、またリモコンを操作し、天上を元に戻してから。

 

『……次はもう、容赦はしないぞ……クリアよ』

 

 孤独な地下にて一人そう呟くのだった。

 

 




電気玉の設定、あってるか不安だけどその時はその時だ。
そしてこれでようやくPが通常電気技を使える様になった……。
ツクシ、アカネ、マツバと――クリアと彼等のジム戦がどんな感じだったのか一寸だけ書いてるけど、その全容を書く事は無いと思います、あるとしたら今までみたいな"何があったか"とか"どんなポケモンで戦ったのか"等です。

ちなみにマツバ戦では"10まんボルト"を使えるゴース相手にクリアはPで戦ったりしてます。


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二十四話『vsスイクン 再会への兆候』

 

 

 現在エンジュシティでは、約一週間前に起きた地盤沈下の復興作業が行われていた。

 エンジュの各地ではその街に住まう者達、更にはアサギやコガネから助力にやって来た人々が今日も精一杯働いている。

 

 そしてそれを指揮するのはアサギシティジムリーダーのミカン。

 ここエンジュに通りかかった際に被災した彼女だったが、ようやく本調子に戻った様で、今は街を留守にしているエンジュのジムリーダーマツバの代わりを務めているのだ。

 

 このエンジュが被災したのが約一週間前、突然の地盤沈下によって街々は破壊され、エンジュシティの象徴とも言えるスズの塔は地に沈み、エンジュシティは多大な被害を受けた。

 そしてその災害が起きた日、二つの噂がこのエンジュからジョウトの全土へと見る見るうちに伝わったのである。

 

 一つはこの災害が"人災"であるという噂――理由は災害が起きた日、エンジュの各地にて黒服の怪しい人物が数人目撃されているのだ。

 ロケット団、度々暗躍する犯罪者集団がまたもや活動を始めたと小さな噂になったのである。

 そしてもう一つ、二つ目の噂、これは先の"地盤沈下人災説"よりも確証と目撃情報が数多あり、かつ実際に各地のジムリーダーも体験してるという、最早噂とは呼べなくなったもの――。

 

『ピーガガガ……』

 

 作業現場の一角に置かれたラジオ、ノイズ混じりの音声が辺りへと響く。

 

『……数日前、エンジュの焼けた塔から出現したとされる伝説のポケモン、スイクン、エンテイ、ライコウの三匹に関する続報をお送りいたします……』

 

 そのラジオ放送に、周囲の人間の作業の手の動きが鈍る。

 今は一刻も早く街の修復を行い、早く復興しなければいけない時なのだが、それでも気になる情報があれば聞き耳を立ててしまうのが人間である。

 作業効率が目に見えて悪くなりながらも、それでもラジオの電源は落とされずに情報を漏らす。

 

『伝説の三匹と呼ばれるこれらのポケモン達はジョウト各地で目撃されており、今現在はこのうちスイクンと呼ばれるポケモンがフスベ、タンバ、ヒワダのジムリーダーと戦ったという情報が入っています……ガガガ』

 

 そして、そのラジオに熱心に聞き耳を立てる人物が二人。

 背丈の低い麦藁帽を被った少年、の様な少女と、彼女の叔父に当たる釣り人風な中年男性。

 

「スイクンか……となるとやっぱりこのポケモンがオーキド博士が言ってた、クリスって子が追ってるっていう伝説のポケモンなんだよな……ならまだもう少しだけ、ここでスイクンを待ってた方が賢明かもな」

「そうみたいですね、肝心のクリスさんにはオーキド博士も連絡が取れないって言ってましたし」

 

 少女の名はイエロー、叔父の名はヒデノリ。

 このイエローと言う少女、一週間前に件の伝説の三匹を解放した少年、クリアの元旅の連れであり、今はそのクリアを探してこのジョウト、エンジュの地へ足を運んでいた。

 本来ならスオウ島で彼女が目撃した"謎の巨大鳥ポケモン"の調査の為にジョウトへと渡ったのだが、一年も音信不通だったクリアの捜索をその時までは第一目標としていた。

 ――というのも彼女の個人的理由は勿論として、件の巨大鳥ポケモンと相対した時の戦力としてもクリアは十分に戦力として期待が出来る為である。

 だが肝心のクリアの居所は相変わらず掴めない、そこで彼女等は次の策として伝説のポケモン"スイクン"の追跡に専念する事にした。

 しかしそれは必ずしも捕獲が最優先では無い、相手は仮にも伝説のポケモン、その捕獲難易度がどれだけ高いかは誰でも分かる事。

 だがそのスイクンを今は捕獲の専門家(スペシャリスト)と呼ばれるクリスという少女が追っているとの情報を、彼女等はオーキド博士から貰っていた。

 ポケモン図鑑完成の仕事を請け負っている彼女とイエロー達の利害は一致している、だから今はオーキド博士の提案通りスイクンを、クリスという少女を追おうとヒデノリが提案したのだ。

 

 ――少しだけ不満そうなイエローも渋々了承して一週間、では何故ジョウト各地を奔るスイクンを探す為エンジュの地に留まっているのか――それは現在のスイクンの"ある行動"にある。

 各地のジムリーダー、または相応の強者の前に現れては戦いを挑んで去っていく、そのスイクンの傾向から、彼女等は復興の助力も兼ねてエンジュに留まっているのである。

 アサギシティジムリーダーミカン、彼女の前にスイクンが現れるのを待っているのだ。

 

『ガガガ……なお、これは未確認情報との事ですが、伝説の三匹が現れたその日、スイクンの背にゴーグルをかけた謎の少年が乗っていたという話もあり、事実確認を急いでおります……』

 

 最後にそんな情報を伝えて、ラジオは再び元の番組へと戻る。

 クルミという名のアイドルが歌う『ラプラスに乗った少年』、その歌が辺りに流れ出し作業の手が鈍ってた人々も元の活気を取り戻していく。

 ――そんな中、イエローとヒデノリの二人は無言のまま数秒経ち、再度イエローが口を開く。

 

「ゴーグルの少年ってまさか……」

「いやいやイエロー、流石にそのクリアって少年も自分の手持ちでも無い伝説のポケモンに乗るなんて出来る訳無ぇよ!」

 

 ちなみにゴーグルの少年とは正真正銘クリアの事である。

 

「でもクリスさんって人の前にスイクンが現れた時、クリアも一緒に現れたって……」

「偶然だよそんなもんは、どこの世界にそれだけ伝説のポケモン手懐けながら捕獲しないトレーナーがいるんだ」

 

 ちなみにこの世界のクリアという少年である。

 と言っても彼は元々ポケモンの捕獲や伝説のポケモン等には特別な興味も無かった。

 一目見る、位には興味はあっても手元に置こうとは思っていない、そもそも彼にとってポケモンとは全て珍しい存在であり、また仲の良い数匹が一緒にいてくれればそれで良いと、本気でそう考えている――クリアという少年はそういう少年なのだ。

 

 

 

「ミカンさん、何か手伝える事はありませんか?」

 

 ラジオから目ぼしい新情報が流れる様子も無い様なので、イエローとヒデノリは作業指揮をとるミカンの元へとやって来た。

 彼等もこのエンジュに留まる以上、せめて自分達にも出来る復興作業が無いかと日々ミカンの元に指示を仰ぎにやって来ているのだ。

 その作業の多くはイエローのポケモン達を使った消化活動や瓦礫の撤去等、彼女等の活躍によりエンジュの再興は日に日にスピードを増していき、予定よりも早くスズの塔や焼けた塔の再建が出来ていた。

 そして今現在は破壊された街々の復元、それももう秒読みの段階である。

 

「あぁイエロー、それに叔父さんもいつもありがとうございます……そうですね、いえ今から休憩に入ろうかと思っていた所ですし、今は大丈夫ですわ」

 

 イエロー達二人にお礼の言葉を述べてから、ミカンは配られた昼食用のお結びを二つずつイエロー達に差し出した。

 元々この二人と共に昼食を取ろうと思っていたミカンである、予め二人の分の握り飯も貰っておいたのだ。

 

「ありがとうございますミカンさん、そう言えばもうそんな時間でしたね」

「全くだ、時間が経つのは早いものだな……」

 

 シミジミと呟くヒデノリだが、彼のそんな哀愁漂う台詞に一々何か言うイエローでは無い。

 彼女はマイペースにお結びを口まで運び、幸せそうにそれを食す。

 

「うふふ、美味しいですねイエロー」

「はいとっても!……そう言えばミカンさんはジムリーダーなんですよね?」

「えぇアサギシティのね、それがどうかしたのかしら?」

 

 無視された事からか、彼女達の横ではヒデノリが寂しそうに昼食とっているが、そんな事等お構いなしにイエローは続ける。

 

「はい、もしかしたらクリアの事を知ってるかもと思って……」

「クリア……もしかして黒いリザードンを連れたクリアの事かしら」

「ほ、本当に知ってるんですか!?」

 

 驚きの声を上げるイエローに一瞬ミカンはたじろぐ。

 イエローからしてみれば、この質問はふと思いついて、確証等無く"もしかしたら"の気持ちで質問した事柄だった。

 ジムリーダーともなれば入って来る情報量も一般人のそれとは比べ物にならないだろう、そう考えて何の気なしに質問したのだが、まさか本当に知っているとは流石にイエローも思わなかったのだろう。

 

「え、えぇ……そうね、大体数月前に私のジムに挑戦に来た少年が、黒いリザードンと、それと相手の電気技を無効化するピカチュウを連れたクリアというトレーナーだったわ……もしかして知り合いなの?」

「……はい、実はボクがジョウトに来た理由の一つが、そのクリアを探す事だったんです」

「そうだったの……でもごめんなさい、今彼がどこにいるかは私も知らないわ」

「……そうですか、すいません、ありがとうございます」

「いえこちらこそごめんなさい……そうだ、それなら彼が私のジムに挑戦に来た時の話でもどうかしら?」

「っ!……は、はい是非!」

 

 それからミカンとイエローは休憩時間の間中、ずっとクリアの事で話を盛り上げた。

 彼がエンジュのマツバを撃破してミカンの元に来た時にはバッジはまだ一個だった事。

 彼とミカンの戦闘でクリアが使ったポケモンはエースとP、ミカンのデンリュウ相手にはPで対抗し、ハガネールにはセオリー通りエースを召還し何とかクリアが勝利を納めた事。

 そして、それからまもなくは彼が各ジョウトジムを次々と破っているという噂がジムリーダー達の間で流れた事、しかしフスベでのイブキ戦を最後にクリアの噂がそこでパタリと途絶えた事。

 休憩時間終了間際まで、そんな話をしていた二人の少女達は、

 

「……知らなかった、クリアがそこまで強くなってるなんて……」

「そうねぇ、私が知る限り彼はバッジを七つは手に入れてるはずだわ、それも驚く程早くね」

 

 そう言ったミカンの言葉にあったのは若干の畏れ、各地のジムリーダーを各個撃破していった彼だが、経過時間は驚く程短い。

 移動手段を主にポケモン達に任せていたからといっても、どこかのジムで敗北した、という噂も聞かずに彼は一月余りでほぼ全てのジムを制覇した事になる。

 その事実を話したミカンに、イエローもまた息をのんだ。

 

「……だからなんだね、クリアがカントーに帰って来なかったのは」

 

 少しだけ寂しそうに言ったイエローの様子にミカンは何か気がついた様子だったが、そこは黙る事にした。

 何より今はあまり茶々をいれる様な気分じゃない、彼女自身、クリアに敗北した日の事を思い出して、多少は悔しい気分になったりもするのである。

 まぁそれもあまり気にならない程度、数分すれば気分は戻る程度にだが。

 

「でもよぉ、だとしたらそのクリアってのは、結局バッジは七つまでしか集め切れなかったって事か?」

 

 そこで無言で話だけは聞いていたヒデノリが口を開く。

 

「最終的にはどうか知りませんが、私が聞いた限りの話ではそうみたいですね、きっと今もまだ修行でもしてるんじゃないかしら」

「……クリアってば、そんなに強くなってどうしようっていうんだろう……でもレッドさんやグリーンさんだって似た様なものだけど、クリアはあまりそういう事考えてる様には見えないし」

 

 そう呟くイエローだったが、少なくともクリアにレッドやグリーンの様な強さへの渇望があるとは、イエローには思えなかったのである。

 身を守る程度には強くなろうとしていた事はイエローにだって分かった、だがそれはある程度の強さまで達してしまえば後は無理に高める必要は無い。

 更に言うと彼女から見たクリアは常にマイペースに、レッドやグリーン達が行ってる様な修行してでも手に入れる強さとは無縁の様な気がしたのだ。

 そんな彼女の呟きに、意味深な笑いを込めてミカンは、

 

「そうね、私も一度彼に聞いた事があるわ、そしたら……」

「……そしたら?」

「『前に何度も力量不足を体感したから、もう二度とあいつ(・・・)に心配かけない為にも強くなる必要がある』……そう言ってたわ……何でも前に旅した時一緒だった子にこれ以上心配かけたくないんですって、一体誰の事かしら?」

 

 そう言ったミカンの前で、見る見るうちにイエローの顔が赤くなっていくのが分かった。

 そしてそれを見て、イエローが女の子だと知ってるミカンは微笑ましそうに笑って、彼女の叔父は面白く無さそうにそっぽを向く。

 

 

 

 そうこうしてるうちに大分時間は経っていた様である。

 街の人々から少し離れた位置で昼食をとっていた彼女等は、活動を再開していく他の人たちを見て、

 

「じゃあそろそろ作業を再開しましょ……」

 

 そう言い掛けた、言い掛けた所で彼女の言葉が止まる。

 ある一点を見つめたまま動かないミカン、その様子を怪訝に思ってイエローとヒデノリもまたその方向へ視線をずらす。

 

「っな!?」

「あれは!?」

 

 視線をずらした先、そこにいた一匹のポケモンを視界に捉えた瞬間、イエローとヒデノリは同時に驚きの声をあげる。

 透き通る様な青の体、見とれる程の美しさを持つ伝説のポケモン、そして彼女等がこのエンジュに留まった理由の最大の要因。

 ――ポケモン"スイクン"、伝説の三匹のうち一匹が今正に、彼女達の前に姿を現したのである。

 

「もしかしてあれがスイクンか!?」

「えぇそうみたいですね、もしかしたら私の前に来る日もあるかもと、そう思ってはいましたが、まさか本当に現れるとは……」

 

 驚愕するヒデノリにそう返しながらミカンは一個のスーパーボールを取り出した。

 その中に納められている一匹のポケモン、

 

「お願い! アカリちゃん!」

 

 彼女のデンリュウを外に出して応戦する体勢をとった。

 

 スイクンが各地のジムリーダーに挑んでは去っていくというのは最早有名な話。

 だからこそ、イエロー達の前に、否ミカンの前にスイクンは現れた、話通りミカンに挑む為に。

 そんなスイクンの気持ちを無碍にするミカンでも無い、からこうしてミカンはデンリュウを出してスイクンに対抗する姿勢をとった――だが、

 

「え……」

 

 思わず小さく驚きの声を漏らすミカン、それも仕方無い。

 何故なら今から襲い掛かってくると思っていた存在が、スイクンが彼女に背を向けた。

 今まで数々のジムリーダーに挑んできたスイクンがミカンに背を向けた事が、ミカンにとっては予想外の出来事だったのである。

 

 そして改めてスイクンが目を合わせた人物、麦藁帽を被った黄色の髪を持つトレーナー。

 

「……え、えぇ!?」

 

 イエローもまた驚きの声を漏らすしか無かった。

 今から目の前でジムリーダーとスイクンのバトルが始まると、緊張した面持ちでその場を眺めてたイエローに、まさかスイクンが振り向くとはその場の誰もが思わなかった事なのである。

 だが今にして思えば、イエローもまた十分な実力を持ったトレーナーだ。

 スオウ島でワタルを打ち倒したトレーナーはクリアとイエロー、更にその力でエンジュの復興にも多大な効果をもたらしている。

 本人にその気が無くて気づいていなかっただけで、スイクンに"挑戦して貰える"資格というものを既にイエローは獲得していたのである。

 

 ――といっても、スイクンが目の前のジムリーダーよりもイエローを優先した理由は、また別にあるのだが。

 

「ボク……ってこれはもしかしてチャンスなんじゃ!?……いやでもボク捕獲って苦手だし、第一クリスさんも辺りに見当たらないし!」

 

 いざスイクンを目の前にしてテンパるイエロー。

 当然だろう、彼女がスイクンを追っていた目的には勿論、戦力確保の為にスイクンを捕獲するという目的もあったのだが、第一の目的がそのスイクンを追っているというクリスに出会う事にあったのだ。

 クリスに会って、彼女の手助けをしてクリスにスイクンを捕獲してもらう、当然そうなるとイエローもヒデノリも思っていたのだが、肝心のクリスがいない状況でのスイクンの登場なのだ、彼女が焦るのも仕方が無い。

 

「落ち着けイエロー! こうなったらお前が捕獲するしか無い!……幸いミカンちゃんもいる事だし、二人で協力すれば可能性も……ってなんだぁ!?」

 

 そうイエローに助言した瞬間、ヒデノリもまた驚きの声を漏らす。

 ミカン、イエローに続きヒデノリも驚愕の色を表情に表す、それ程までに今のスイクンの行動は三人の眼にはおかしく映ったのだろう。

 最初ミカンに挑むかと思われたスイクンはイエローに向き直り、そのままイエローに挑むかと思ったスイクンはゆっくりとした足取りでイエローへと近づいたのだ。

 そこに敵意も戦意も無く、真っ直ぐとイエローを見つめるスイクンにそんな争いの色は存在しなかった。

 

 イエローもまたそんなスイクンを見返して、

 

『お前が、クリアの言っていたトレーナーか……』

「ッ!……今の、声……もしかして君なのかい?」

 

 頭に直接語りかける様な声に、イエローは目の前のスイクンを凝視した。

 そんなイエローの問いかけに首を一度だけ縦に振るスイクン、どうやらイエローの予想は当たっていたらしい。

 どういう理屈かは知らないが、恐らくイエローの"癒す者"の能力に関係しているのか、はたまた"別の何か"か――とりあえず言える事は、今の彼女にはスイクンの"声"が聞こえているという事だ。

 ――彼等を封印から解き放った人物、イエローも良く知るトレーナー、クリアと同様に。

 

「クリアは、今……大きな脅威に立ち向かおうと……だから、忠告に……」

 

 ポツリポツリとイエローは言葉を紡ぐ。

 スイクンが彼女に直接語りかけた声を、その様子をヒデノリとミカンは唯ひたすらに見守る。

 

「……じゃあ君も、オーキド博士と同じでボクに忠告に来たんだね、クリアからそう頼まれて」

 

 再度コクリとスイクンは頷いた。

 それはクリアがスイクンに跨ってジョウトを駆け回っていた小一時間の間の話、彼はスイクンに乗りながら彼の事をスイクンに話していた。

 一年前のスオウ島での出来事、今はとある場所でとある人物に弟子入りして修行に(勝手に)励んでいる事。

 そしてイエローの事、その中で、これからジョウトを駆け回るであろうスイクンにクリアは言ったのである。

 "もしイエローに会う事があれば、彼をカントーに帰して欲しい、少なくともクリアには関わらせないで欲しい"――と、そうスイクンに頼んでいたのだ。

 今回の戦いはクリア個人と伝説の三匹の因縁の様なもの、スオウ島での戦いの様な直接イエローに関連するものでは無い。

 そしてこの戦いは、前回のスオウ島同様に、もしくはそれ以上に危険なもの、だから巻き込みたくは無いとクリアはスイクンに言っていた。

 それを今、スイクンはイエローに話した。

 オーキド博士の推測の言葉じゃない、直にスイクンが聞いたクリアの本音、それを聞いたイエローは、

 

「……そうなんだね、ありがとうスイクン、クリアの言葉をボクに届けてくれて……でも」

 

 でも――そこから言葉を繋げるイエローは意思の強い目をスイクンに向ける。

 

「ボクはクリアの力になる、そう決めたんだよスイクン」

 

 その決意の表明を聞いて、スイクンは彼女に背を向ける。

 元々スイクンには無理をしてでもイエローをカントーに帰す義理も、また彼女を説得する義理も無い、クリアの頼みで伝言は伝えるが、彼がクリアにしてやる事はそこまでなのだ。

 それにスイクンは見た、イエローの意思の強い瞳を。

 彼が数日前に会った少女と同じ様な目、その少女が落としたピアスを今もまだ持つスイクンは、その目に確かな安心を導き出して、そして彼女等に背を向けて駆け去っていく。

 

 再び、自分を扱うトレーナー探しの旅へと戻っていくのだ。

 

 

 

 そしてそれはスイクンが走り去った直後だった。

 ヒデノリのポケギアに、クリスがアサギに向かっているという情報が届いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって、そこはジョウト地方のとある村。

 街と呼べる程の規模も無いその村に、三人の男達がいた。

 

「……それで、行くのか? 渦巻く海の島へ」

「あぁ勿論だ、行ってその図鑑所有者のガキ共、こいつの話じゃゴールドとシルバーだっけか? に聞かなきゃならねぇ事があんだよ、俺とこいつにはな」

 

 一人はマツバ、エンジュシティジムリーダーでゴーストタイプのエキスパートと呼ばれる男。

 一人はマチス、クチバシティジムリーダーで電気タイプのエキスパートと呼ばれる男。

 そしてもう一人、先程マチスが"こいつ"と呼んだ少年。

 

「……渦、って事は渦巻き島かな……ったく、嫌な予感しかしない!……ってイテテ!」

 

 痛々しげに体中に包帯を巻いて床に伏せた少年は、痛む体を無理矢理起こそうとしてうめき声をあげる。

 

「全く、鍛え方が足んねーんだよテメェは!"じばく"程度でそれだけのダメージ負いやがって!」

「当たり所も問題があると思いますぜ旦那!……つーか俺もまさか一週間も寝込むとは思わなかったな」

「一体何があったのか気になるが……話したくないというのなら俺も深くは聞かない……だがお前がそこまでやられるとは流石に俺も驚いたぞ」

「安心してくれマツバさん、俺が一番驚いてるから」

 

 かつて公式のジム戦で彼と戦った事のあるマツバは心底そう思いながら呟く。

 彼のピカチュウとイーブイにしてやられた事のあるマツバは彼の強さを知っていた、だからまさか彼がここまでの負傷を負って彼の元に来るとは思ってもいなかったのである。

 

「……じゃあ俺もそろそろエンジュに戻るぜ、"クリア"、お前今日までは絶対安静だからな、明日までは辛抱するんだぞ」

「リョーカイっす……俺もこれ以上無理はしたくねぇからね……」

 

 青い顔でそう返した少年、クリアは村から出て行くマツバを見送って再び療養に集中する。

 

「本当こちとらさっさとその渦巻き島って所に行きてぇってのに、テメェの所為でまさか一週間もこんな村に足止め食らうとはよぉ」

「む、そう言うならテメェ一人でさっさと行けばいいんじゃねぇのかマチスさん?」

「……っか! 俺は借りはきちんと返す性分なんだ、せめて明日までは待っててやるよ」

「借りって……この怪我は半分は俺の所為もあるよな……?」

 

 マチスの言う借りとは別にクリアに対する借りでは無く、彼の"あるポケモン"に対する借りなのだが、クリアは当然その事には気づかない。

 勿論マチスも必要以上の事は喋らないので、その話はそこで終わりとなる。

 

 

 

 そして翌日には彼等は渦巻き島へ向かう事になるのだ。

 またその日アサギにてようやく出会えたイエローとクリスもまた偶然、次の日にはその付近を通りかかる事になり。

 結果として――クリアとイエローの両者は、図らずして今から十数時間後、急接近する事となる。

 

 




酷いタイトル詐欺な気がするな今回――。
本当は真面目にスイクンと戦わせようと思ったのですが、どう頑張ってもスイクンがイエローについていってしまったので伝言係になって貰いました。

だから今回はオーキド博士の推測の言葉では無く、スイクンからのクリアの言葉を聞いて前回の決意を本物にするという話にしました。
――というか今回はイエロー回だったのに書きづらかった……なんかミカンちゃんの口調が今一分からなくて……。


今回は"じばく"って一週間もクリアは療養していたのですが――この事を知ったら、イエローはどう思うのだろうか――。


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二十五話『vsルギア① 渦巻き島の戦い』

 

 

「どーもありがとうございました」

 

 とある小さな村の、世話になった民家のキリンリキを連れた娘とその両親にお礼を言ってから、クリアとマチスは村を出る。

 今クリアが礼を言った家族は約一週間程、療養する為の場として使わせて貰い、またその間の食事等も提供してくれた家族だ。

 いくら恩人であるマツバの知り合いだからといって、彼等にそこまでする義理等無かったのだが、それでもクリア達はそこで厄介になる事が出来た。

 動く事もままならない程の負傷を負っていたクリアにとっては不幸中の幸いだった、感謝しても仕切れない位だった。

 そしてその日の朝、ある程度まで回復したクリアはマチスと共に渦巻き島を目指して出発したのである。

 

 チョウジの小さな商店の地下にて、仮面の男と対峙したクリアとマチスは、仮面の男の戦略に追い詰められながらも苦肉の策でどうにかその場から脱する事が出来た。

 だがその際の"じばく"の代償として、クリアは一週間は安静にしなければいけない程の傷を負う。

 結果脱出し、そして怒りの湖で見つけたゴールドとシルバーの荷物を彼等に届け出る事が出来なかったのである。

 幸い、療養と仮面の男から身を隠す為に寄った小さな村でエンジュジムジムリーダーマツバと偶然出会ったクリアは、彼に訳を説明して千里眼を使って貰い、図鑑所有者二名の無事を確認してから今まで、ずっと彼は療養に励んでいたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして村を出た二人は、マチスの船に乗って大海原へと出ていた。

 

「へぇ、これが高速船アクア号か、いい船乗ってるじゃんマチスさん……まぁ船の良し悪しなんか知らねぇが」

「だったらんな事呟くんじゃねぇよ、オラ、そろそろ見えて来たぜ」

 

 大型船のデッキから段々と大きくなっていく島を眺めながらクリアは呟く。

 "高速船アクア号"、ジョウトとカントーを繋ぐ新型高速豪華客船の名称で月水金の曜日にアサギから出航している船なのだが、今現在その船にはクリアとマチス、そして乗務員が何名か程しか乗っていなかった。

 というのも今日はそもそもアクア号の運用日では無い、客船なのでそれは勿論人間を運ぶ船なのだが、今日に限ってはマチスの超個人的理由で船は動かされていた。

 その理由というのが、マツバの千里眼によって見つけて貰ったジョウト図鑑所有者の二人の少年に出会うというもの、恐らく渦巻き島にいるであろう彼等の荷物を持って、クリア達は"ある目的"でこの渦巻き島へとやって来たのである。

 そしてその目的、それは何を隠そうチョウジで出会った彼等の宿敵、"仮面の男"の情報だ。

 ホウオウ、伝説の三匹という繋がりから仮面の男を倒そうとしているクリアと、奪われた手下達を取り戻そうと動く元ロケット団のマチス。

 二人共お互いに戦う動機は知らないが、利害は一致しているという事でこれまで行動を共にしてきていた。

 尤も、マチスが一週間もクリアの回復を待ったのにはまた別の理由があるが、それをクリアが知る事は無い。

 

 

 

「あ、鳥ポケモンの大群……」

 

 もう後数分で島近辺まで近づけるだろう。

 それまでの時間を退屈を持て余し、何の気もなしに海や空を眺めてたクリアだったが、見ているとピジョンやポッポの群れが島から出て行くのが分かった。

 群れをなして飛んでいく鳥ポケモン達は、アクア号の真上を通過してそのままジョウト本土へと飛び去っていく。

 今頃あいつは何してるのかな、と――その姿にかつての自身の手持ちの鳥ポケモンの一体を重ねていると、乗組員の一人、船乗りの男が声を掛けてきた。

 

「やぁ兄ちゃん、何見てるんだい?」

「……んー、鳥達が沢山島から逃げる様に飛んでってるから何事かなぁ、ってね」

「あぁ本当だね、そういえば近頃は島の周りに巨大な渦が巻いてたり、ポケモン達が大移動していたりするって話だったが、これもそれの一種なのかねぇ」

 

 そう言った船乗りの言葉にクリアは思考を巡らせる。

 見た感じ、今彼が乗る船の周りの海域には渦という渦は少ない、それも小型船程度でも脱出出来そうな程小さなものばかりで巨大ものなんて全く視認出来ず、また波も至って普通の高さで上下に揺れて、際立った異変というものは確認出来ない。

 ――だがポケモンという生き物は人間よりも第六感に優れた生き物である。

 かつてのスオウ島での決戦前にもポケモン達の大移動というある種の異常はいくつか観測されていた。

 

(これは少しだけ、注意しといて損は無ぇかもな)

 

 飛び去っていく鳥ポケモン達を見送ってクリアは心中ボソリと呟いた。

 もしこのポケモン達の大移動が、かつてのスオウ島の時の様な大規模な戦いの前兆だとしたら、否こういう時は常に最悪な方に仮定して物事を進めていった方が得策だ。

 そうする事で、突然最悪な状況に放り込まれても対処出来る確率が大幅に上昇するからである。

 そう判断して、クリアは腰の四つのボールに納まる四匹のポケモン達をチラリと見て、そしてその内の一体をボールから出した。

 

「エース!」

 

 黒いリザードン、いつもの事ながらクリアのリザードン初見の乗組員の船乗りの男が驚嘆の声を漏らしているが、クリアはこれをスルーして自身もレアコイルを出したマチスに近づいて、

 

「マチスさん、何か見えましたか?」

 

 双眼鏡で島の中腹辺りを見つめているマチスにそう声を掛ける。

 そして彼が手に持った紙に描かれた島の外観と目の前の島を見比べ、その特徴が一致している事からマツバの千里眼の情報に間違いが無い事を確認する。

 後は島を隅々まで見ているマチスが何かを見つけ次第エースに乗って飛んでいくだけ。

 

「ん、あれはっ!?」

「何か見つけました?」

「……あぁ、ガキが二人、黒と赤の髪のガキが二人だ」

「ビンゴですね、ちょっと双眼鏡(それ)貸してください」

「あっ、コラ勝手に取んじゃねぇよ!」

 

 マチスの返事等聞かずに彼の手の双眼鏡を奪い取りレンズに目を通して。

 

「……間違いない、ゴールドとシルバーだ」

 

 そしてクリアはレンズ越しの景色を見る、洞窟の出入り口の様な場所、その付近に二人の少年がいるのを彼は確認したのである。

 彼がコガネで初めて会った少年ゴールド、そしてエンジュで初めて会った少年シルバー、かつて出会った二人の少年が確かに生きてそこにいるを確認して、

 

「よし、じゃあ行きましょうかマチスさん」

「というかもう少佐なら行っちまったよ」

「え?」

 

 船乗りの男に用済みになった双眼鏡と島の描かれた紙を手渡しながらそう言ったクリアだったが、そこにはもうマチスの姿は無かった。

 彼が島にいる二人の少年の素性を、ゴールドとシルバーの二人だと確認した、そう呟いた瞬間にはもうマチスは三匹のレアコイルで磁気浮上を起こして空中へと身を乗り出し、クリアを残してさっさと行ってしまっていたのである。

 そしてもう一度双眼鏡を手に取り島へと目をやると、そこには彼等の荷物を持って少年達と話すマチスの姿が――完全に置いていかれた様だ。

 

「なっ!? あ、あの人は……良い人かと思ったら……!」

「いやー多分少佐は基本悪人だと思うぜ?」

 

 どこか自嘲気味に言う船乗りの男の言葉なんか聞かずに、クリアもマチスを追ってゴールドとシルバーに仮面の男の情報を聞くべくエースの傍へと寄ろうとして。

 そしてエースに乗ってそのまますぐに飛んで彼等の元へ――クリアが向かおうと思った直後だった。

 

「……っわ!? 揺れ……んだこれ!?」

 

 突如として船体が大きく揺れたのである。

 足元が覚束無くなるほどの揺れに必死の思いでクリアはデッキにしがみ付き、

 

「と、とりあえずエースは空に逃げてろ!」

 

 まずは飛行能力を持つエースを空へと逃がす、彼の言葉にエースはすぐに弧を描きながら空へと舞う。

 とりあえずそれでエースは大丈夫だ、そう判断して次にクリアは揺れの原因を調べる事にする。

 まず初めに考えられる原因があるとすれば地震、津波や高潮の類も考えられるが、揺れは今も長期的に続いているのでその可能性は低い。

 そう考えクリアは水面へと顔を向け、更にその状況に混乱する事になる。

 

「ッ!……浮いて……アクア号が浮いてる!? この巨体で!」

 

 見た瞬間は、流石にクリアも理解が出来なかった。

 アクア号程の巨大客船がまるで風船の様に宙に持ち上げられてるのだ、最早冗談として笑い飛ばせそうな話だ。

 だが実際に事は起きている、彼の身に直接に、そしてそのまま原因を探る様に船下へと視線を向けていると、何やら白い物体が顔を出した。

 

 それは白い翼を持つ海を統べる巨鳥、強力なエスパー能力も有する、かつてクリアがスオウ島で垣間見た存在。

 

「……予感はしてたが、なーんでこんなタイミングで現れるのかなぁ、なぁルギアさんよぉ!」

 

 ルギア――ジョウト地方伝説のポケモンの一体で、伝説の三匹を生み出し、彼の命の恩人ともなったホウオウと同等クラスの力を持った存在が、今彼等に牙を向けていたのだ。

 

「っま、予感はしてたから覚悟はバッチリなんだけどな! エース!」

 

 だがいつまでも尻込みしてるクリアでも無い。

 彼が言う通り、まさかルギアが出てくるとは彼も思わなかったが、相応の脅威は現れるかも、という心持で今彼はこの場にいたのだ。

 鳥ポケモンの大移動を目撃した瞬間から、もう戦いの準備は完了しているのである。

 そしてクリアに呼ばれて、黒い火竜は空を切りながら彼へと近づく。

 それを見て、クリアは船のデッキから勢い良くジャンプすると、そのまま宙へと身を放り出し、そこにすぐさまエースが飛来する。

 

「野生相手の荒事は出来れば避けたいとこだけど、そうも言ってられない状況だ、エース! 奴に近づけ!」

 

 今まで彼が乗っていた客船に加えて、よく見ると小さな小船も一隻ルギアの念力に捕まり宙に浮遊していた。

 乗員数は三名、その顔までは見えないが数まで把握出来る、まずはこの小型船とアクア号の乗員達を助ける事を最優先に考えて、ゴーグルを装着しながらクリアはエースに指示を出す。

 言われたエースは彼の指示通り、そのまま全速力でルギアへと近づき、それに気づいたルギアも此方へと向き直りそして、

 

「"りゅうのいかり"!」

 

 エースの"りゅうのいかり"がルギアの顔面へと直撃した。

 突然の攻撃に体勢を崩され念力の力も弱まり、そのまま大きな波飛沫と音を立ててアクア号と小型船は海面へと落下する。

 その様子を見てとりあえず安堵した所で、クリアは再度ルギアへと視線を移した。

 

「さぁ気合入れろよエース……」

 

 目の前に広がる伝説、その強大な力が今、怒りの形相でクリアとエースを睨む。

 当然だ、突然現れて攻撃を仕掛けられたのだ、怒るのも当然だろう。

 だがクリアからしてみれば最初に攻撃を仕掛けてきたのはルギアの方で、しかもルギアは彼の知人を既に攻撃に巻き込んでいた、その時点でクリアには攻撃する動機が生まれていた。

 だからクリアは攻撃した、まず説得したとして聞き入れられたのかは分からないが、今回に限ってはそんな暇等彼には無かったのだ。

 そしてルギアも今は攻撃を仕掛けてきたクリアにその怒りを向けている、最早激突は必須、止められない状況――そんな状況で、最初に動いたのはクリアだった。

 

「エース降下!」

 

 クリアの声に反応してすぐにエースが高度を下げる、直後それまでクリアがいた位置、その場所にルギアの攻撃が放たれた。

 まるで見えない大砲でも飛ばしたかの様な圧力が、離れたはずのクリアまで伝わり、彼は頬を流れる汗を拭う。

 

「空気の大砲、弾丸……なるほどあれが"エアロブラスト"か、せっけー威力っ!」

 

 言いながらも尚クリアとエースはルギアの"エアロブラスト"を二発三発と避ける。

 更に脅威となるのは空気の弾丸だけでは無い、ルギアの翼、尻尾もまた一撃でもクリアが食らえば致命的とも言える威力を持っている。

 それを惜しむ事無く使ってくるルギア、"エアロブラスト"を放つ傍ら、尻尾等を使った打撃攻撃もしっかり入れて来てクリアとエースに着実にダメージを与えようとしてくるが、簡単に当たってやる程クリアもエースもお人良しでは無い。

 

「まずは奴に傾いてる流れを絶つぞエース、奴の懐まで入り込め!」

 

 縦横無尽に空気の弾丸、打撃系攻撃と避けていたクリアだったが、いつまでもそうしてても埒が明かない。

 だからこそ、危険は承知で彼はエースにそう指示を下し、エースもそれを了承する。

 

「さっきは"りゅうのいかり"だったが、今度は"だいもんじ"をお見舞いしてやれ!……奴は俺達で捕獲するぞ」

 

 先程エースが放った技"りゅうのいかり"は派手な見た目とは裏腹に、敵に与えるダメージは固定されたもので、レベルの弱い相手には効果的だが、今彼等が相対しているルギアの様な伝説級の相手に使うにはいささか威力が心もとない。

 もしかしたらそれで正気を取り戻して住処に帰るかも、そう思ってあえて威力の低い技を指示したクリアだったが、そこは彼の思惑通りにはいかなかった。

 結果的にルギアはクリアへと攻撃対象を定め今も攻撃して来ている――一応他の人々ポケモン達から攻撃の照準をずらす、という目的は達成出来てはいるのだが、このままだとクリア自身の身が持たなくなる。

 だからクリアは、かつてのメノクラゲ、レヴィの時の様にルギアを捕獲する事にしたのである。

 一度捕獲して大人しくさせ、自然に帰してやる――それにもしかしたらルギアもクリアについていくと言うかもしれない、そう考えて彼はルギア捕獲の決断を下す。

 

 

 

 一方、此方はクリアによって何とかルギアの念力から解放された小型船。

 その船に乗る一人の中年男性と二人の少女は各々に苦い表情を顔に浮かべながら、

 

「ハァハァ、だ、大丈夫かお嬢ちゃん? イエロー?」

「は、はい、何とか」

「こ、こっちも大丈夫ですおじさん」

 

 互いに生存確認し合ってから、三人は上空に浮かぶポケモンへと見やる。

 彼等を宙へ浮かべた元凶となったポケモン、その巨体と溢れんばかりのオーラからその事に関しては三人共すぐに理解して、

 

「あれは、スオウ島で見た……でも、それよりもあれは……あの黒いリザードンは……!」

 

 最初こそ圧倒的な存在感を放つルギアに目がいってたイエローだが、すぐにその周りを飛び回り一回りも二周りも小さなポケモンの存在に気づく。

 普通ならば、その存在に気づいた所でまたルギアへと目がいくのが普通の反応だろう、だが彼女、イエローにはその存在は到底見逃せないものだったのだ。

 通常色とは違う黒色の体を持ったリザードン、そしてその背に乗るゴーグルをつけた少年。

 

「あれは……もしかして」

 

 ようやくクリスも気づいた様だが、その呟きはイエローの耳には届いていなかった。

 だがそれも仕方の無い事、遠目とはいえ、向こうは此方に気づいていないとはいえ、その人物は彼女にとってある意味特別な存在。

 カントーからはるばるジョウトまでやって来て、そしてようやく――実に約一年ぶりにその姿を見る事が出来た少年。

 

「……クリア!」

「クリアさん!」

 

 イエローとクリスが同時に叫び、その名を聞いてイエローの叔父ヒデノリもまた、伝説のルギアと空中戦を繰り広げるクリアに驚愕しながらも視線を送る。

 

 

 

 彼、彼女等の視線の先では今も尚クリアとルギアの戦いが続いていた。

 ルギアが放つ空気の弾丸、その情報を持たないイエロー達の眼にはただのエネルギー弾の様にも見えているのだが、クリアはその弾丸をどうにか避けながらルギアへと近づこうとしている。

 

「ッチ、右に旋か、いや下だ! 海面間際まで下降しろエース!」

 

 縦になぎ払われた尻尾を避けようとしたエースにそう指示を出すクリア。

 攻撃は上から下に降りてきているのだから、そこは当然左右のどちらかに逃げなければいけないと、普通ならそう思うのだが、この時のクリアはゴーグル越しに見ていたのだ。

 ルギアが大きく空気を吸い込む様を、まもなく発射するだろう"エアロブラスト"の準備を、そしてその攻撃をどの様にルギアが振るおうと考えているのかも、ルギアの視点になって考えてみればすぐに考え付く。

 だからあえて、クリアは真下へと振るわれる攻撃を避ける為に真下へと逃げる。

 

「来るぞ、避けろ!」

 

 言われた通り海面ギリギリまで下降するエース、そして海との差数センチ、そんな所まで下降すればどうにかルギアの尾を避ける事が出来た。

 そして直後に横に払う様に放たれる"エアロブラスト"――そう、下へと落とす様な尾の攻撃は囮、本当のルギアの狙いはその攻撃を横に逃れたクリア達を横に払う"エアロブラスト"で打ち落とす事にあったのだ。

 だがその攻撃をクリアは先読みして避けた、さらにその一撃でクリアとエースを仕留められると思っていたのだろう、空気弾(エアロブラスト)を放つルギアの顔に驚愕の色が現れて、

 

「今だエース」

 

 ルギアが攻撃を撃ち終わるのとほぼ同タイミング、そこを狙ってクリアはエースを急上昇させ、そして当初の作戦通り懐に入り込んだクリアはエースに呼びかける。

 クリアが言った直後、口の中に炎を溜め込み最大技の発射用意をするエース、ルギアもそれに対応しようと思う――が今は"エアロブラスト"を撃ち終わったばかりだ、次に"エアロブラスト"を撃つ為の空気の補充をルギアは済ませていない。

 更に言うならもうエースはルギアの間近、腹の辺りだ、ここまで間近だと逆に翼や尾を使った物理攻撃もし辛いだろう。

 

 そこまで見越して、クリアは薄ら笑いを浮かべてルギアを見て、

 

「"だいもんじ"!」

 

 そして――海面から急上昇したエースの"だいもんじ"がルギアの腹の部分に直撃した。

 

「っよし!……てヤベ!」

 

 確実なダメージを与える事が出来た事に歓喜するクリアだが、すぐ慌ててその場を離れる。

 丁度ルギアの真下に位置しているクリア達だったが、そのままだと崩れ落ちるルギアの胴体に巻き込まれて海に飲み込まれてしまうからだ。

 そしてどうにかルギアと海の間から体を滑り込ませる様に脱出して一安心するクリア、直後ルギアは騒音を立てながら海へと落ちる。

 更にルギアが海に落ちた影響で辺りに高波が起きて、まだ視界に残るアクア号が派手に揺れている。

 

「って海に落としちまったら捕獲出来ないじゃん、しかも多分まだ力尽きて無いだろうしなぁ」

 

 海中に消えたルギア、その姿を捉える事は出来なくても消えた海面をどうしても眺めてしまうのが人間というものだろう。

 意味も無い事だと分かってるがクリアも何の変化も起きない海面を暫く眺めてそして、

 

「……そう言えば小型船が一隻あったな、流石に離れ……ってまだ離れてないし、ちょっと警告に行くか」

 

 いつまで経っても変化が無い海面を眺めていても意味が無い。

 そういう考えも含めてそう遠くでは無い位置に見える小型船へと目をやるクリア。

 海水でよくは見えないゴーグルの向こうで、大体三人位の人の数を確認し、クリアがそちらへ向かおうとした、その時だった。

 

「ッわ!?」

 

 海面から上がった水柱に思わず驚愕の声を漏らすクリア。

 その水柱は恐らくはルギアの"ハイドロポンプ"なのだろう。

 そしてその高く上がった水柱はクリア目掛けて、まるで垂直に立った棒を倒す様に落ちてきて、それを難なくエースで避けるクリアだったが、

 

「っは! しまっ!」

 

 水柱は倒れる様にクリアへと迫ってきていた、そしてクリアと一隻の小型船は丁度直線上の位置にあったのだ。

 そしてその水柱が、先程まで自身が見ていた方向へと倒れてるという事に気づいた時にはもう遅い。

 振り向いた瞬間にクリアが見たものは――彼の目の前で、一隻の小型船がケーキを切るかの様に真っ二つに分断される光景だった。

 

 



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二十六話『vsルギア② 決着は開幕の合図と共に』

 

 

 白の巨鳥と黒の火竜が(くう)を切って(そら)を舞う。

 文字にすれば幻想的な響きとなるが、実際目の当たりするとそんな悠長な事は言ってられないだろう。

 元々、白の巨鳥と黒の火竜では実力差が圧倒的に違っていた――当たり前だ、伝説のポケモンのルギアに対して、リザードンは色違いという点以外はその他そこらにいるポケモン達とほとんど大差無い。

 だが黒い火竜、エースに乗る少年の指示の下、エースは確かにルギアと対等に渡り合っていた。

 一撃でも貰えばアウトの"エアロブラスト"をギリギリの所でかわし続け、粘り強くチャンスを待つ。

 

 そして――そんな光景を眺める揺れる小型船に乗った三人の人間。

 荒れ狂う高波に攫われない様にしっかりと船にしがみ付き、眼前で行われている戦いに目を奪われている。

 クリスと呼ばれる少女、クリスタルもまたそんな人間達に一人だ。

 彼女の近くではイエローと名乗る少女と、彼女の叔父というヒデノリという釣り人風な中年男性も必死な思いで船にしがみ付きながらも、クリアとルギアの戦いを見つめていた。

 

「クリア! クリア! こ、こうなったらボクも一緒に戦って……!」

「お、落ち着けイエロー、流石にあの戦いに横槍を入れるのはマズイって!」

「でも……!」

 

 傍から見ても分かる。

 伝説のポケモンルギアの圧倒的な力、そしてその力になんとか抵抗しているエースの底力。

 そしてそれを指揮するトレーナーの少年、クリアの実力の高さ。

 仮にも、これでジョウト地方七つのバッジを手に入れる程の実力者なのだ、一年前にイエローと別れて以来、高めてきた実力が今正にこの時の為にある、とでも言いたげに遺憾無く発揮される。

 指示を出すタイミング、状況判断の早さ、そして目の前で"エアロブラスト"の絶大な威力を見ても尚、目を逸らさず立ち向かっていく度胸。

 

 全てにおいて、未熟だった一年前の彼とは比較にもならなかった。

 

 そしてとうとう、クリアがルギアに一撃をお見舞いする。

 超至近距離からの"だいもんじ"、遠くから見るイエローからすれば、それは寿命が縮む思いだったのだろうが、ルギアを打ち落とした彼の姿にひとまず安堵する。

 そんな彼女の傍では彼女の叔父が感嘆の声を漏らし、クリスも驚愕の表情を浮かべていた。

 勿論イエローも驚きはしているのだが、それでもその大きさは他二人程では無い。

 そもそもイエローは一年前の事件の際、クリアという少年に関してはいくつもの――それは良い意味でも悪い意味でも驚かされているので、有る程度の耐性はついているのである。

 

「ま、まさか倒しちまったってのか? あのポケモンを!?」

「……ク、クリアさんって一体、何者なんですか!?」

 

 そんな彼女の傍らで、クリアという少年の異常性を知らない二人が驚きの声を上げているのを見てイエローは苦笑する。

 自分も一年前はこんな感じだったのだろうか、と。

 そしてイエローはクリアの方へと再度目をやる。

 するとどうした事だろうか、視線の先の少年は、こちらの方を――イエロー達の方をジッと見つめているでは無いか。

 数秒間、黙ってクリアはイエロー達の方をジッと見つめてそして、

 

「あ、クリアさんこっちに来てますよ」

「え!?」

 

 クリスが言う通り、エースに乗ったままイエロー達がいる小型船へと接近して来ているのだ。

 これにはイエローも吃驚である、いやどちらかというと喜ばないといけない場面なのだろうが、今の今までそれ所じゃなかった――具体的には突然ルギアが現れたかと思うと、まさかの探し人がそのルギアと戦い、勝利し、そして今ここである。

 つまり、心の準備が出来ていなかったのだ。

 

「わ、わわわ! ど、どうしようおじさん! ボククリアに帰れって言われてたのになんて声を掛ければ!?」

「落ち着けイエロー! というか何で今更になって焦ってんだよ!」

 

 ヒデノリの言い分も全くである、今まで散々"クリアに会いたい気持ち"の一心でこのジョウトで活動して来たのに、いざ本人を前にテンパるとはどういう事だろうか。

 

「大丈夫ですよイエローさん! もしクリアさんがイエローさんにきつく当たる時は私が庇いますから!」

「ク、クリスさん……」

 

 そういう事じゃ無いんだけどなぁ、なんてイエローには言えなかった。

 そもそもクリスは、イエローの性別を知らない、恐らくまだ勘違いしてるはずだ。

 イエロー自身も癖になってるのか一人称が"ボク"から変わらず、また麦藁帽子も最早手放せないものになっている為、誤解されるのも仕方無いのだろうが。

 だからクリスに、"久しぶりに気になる異性に会う時どんな対応をしていいか分からない"、なんてイエローの気持ちを理解出来るはずが無いのだ。

 ちなみに、イエロー自身にその自覚は無い、原因は分からないがどう対応していいか分からない、程度の感情しか理解していなかった。

 

「ほらイエローさん、もうすぐクリアさんが……」

 

 言いかけた所でクリスの言葉が止まる。

 同時にイエローとヒデノリの動きも止まった、理由は明白、上から倒れる様に落ちてきた水の柱が目に見えたからだ。

 クリスが右に、イエローとヒデノリが左に咄嗟に飛ぶ、少し先の海上ではクリアがその水の柱を避けるのがイエローには見えた。

 直後、まるでケーキでも切り分けられる様に簡単に、小型船は真っ二つに裂かれたのである。

 

「うわぁぁ! お、俺の船が!」

 

 悲痛なヒデノリの言葉とは裏腹に、残酷にも二つに分かれて波間に漂う二つの(ざんがい)、最早足場すら不安な、いつ崩壊するかも分からない状況。

 一人別れたクリスの事も心配だが、ヒデノリとイエローもまた自分達の事で精一杯だった、何とか波に攫われない様に残骸にしがみ付く。

 そんな絶望的な状況の中、イエローは別れたクリスの方の船の残骸に、高波が近づくその船の半分にクリアのエースが近づくのが見えた。

 

 

 

 悲鳴を上げながら、だけど生き残る為に精一杯船にしがみ付きながら、クリスは叫んでいた。

 叫ぶ事に意味なんて無い、だがそれで最早残骸となってしまった船にしがみ付くだけの力が湧き上がる様な、そんな気がしたのだ。

 

「キャアァ!……メ、メガぴょん!」

 

 揺れ崩れる足場に体勢を崩しながらもクリスは自身のベイリーフを外に出す。

 もし万が一海に落ちた時の為、"つるのムチ"でいつでも助け出して貰える様にだ。

 だがベイリーフを出して安堵したその時、数メートル級の高波がクリスの眼前に現れた。

 

(ッ!ネイぴょん!……いやダメ、間に合わなっ……!)

 

 今から彼女のネイティ(ネイぴょん)をボールから出してる様じゃ、その内に高波が彼女の元まで到達してしまう。

 だがこのまま何もしないでいる訳にはいかない、それ位はクリスも分かる。

 だからクリスは、ベイリーフに"つるのムチ"で何とか船体にしがみつき、波が過ぎるのを待つ様、そう指示しようとした。

 ――した所で、一体の黒いリザードンが飛来する。

 

 

 

「エース!」

 

 唯名前を呼んだだけ、それでクリアの意図は伝わったらしい。

 まずは一人放り出された方を助けようと、クリアはエースと共にその人物の下へ飛来し、そしてエースにその人物が出したベイリーフを掴む様に指示する。

 一方のクリアはクリアでポケモンでは無く人間の方へ手を差し伸べ様と身を乗り出し、そしてようやく顔の識別が出来る程の近くまで接近した所で、

 

「……クリス?」

「ク、クリアさん!」

 

 差し伸べられた手をしっかりと掴んで、少女クリスもまたクリアの名を呼んだ。

 そしてエースもベイリーフを回収した所で一気に上昇し、同時に海面が異常な程に膨れ上がり、

 

「……やっぱルギア、まだピンピンしてら」

 

 海中から先の"ハイドロポンプ"を撃った張本人、ルギアが再度姿を現す。

 姿を現し、またクリアを狙ってやって来るかと思ったが、彼の予想とは裏腹にルギアは辺りに手当たり次第に"エアロブラスト"を乱射していた。

 どうやら怒りで我を忘れてる様子、目に映るもの全て敵、とでも言いたげに自身の周囲へと敵意を振りまいている。

 だがクリアからしてみればこの状況はかなり有りがたかった、今はクリスと彼女のベイリーフを抱え込んでる状況である、これだけの数を背に乗せて先みたいな高速空中戦なんて流石のエースにも無理というものだ。

 そこでクリアはひとまず近くの渦巻き島の一つへクリスを降ろす事にした、暴れるルギアを尻目に気づかれない様ゆっくりと移動を開始する。

 

「つーかさ、なんでお前がここにいんだよ、スイクン追ってたんじゃ無かったのかよ……」

「そ、それは、何と言うか成行きで……ってそれを言うならどうしてクリアさんもこんな所に……!」

「あぁ、俺はお前以外の新図鑑所有者の……」

 

 言いかけた所で、一つの異音がクリアとクリスの耳に届いた。

 その音は確かにクリスから、正確にはクリスのカバンから発せられていて、だがどうやらクリスも音の正体は分からないらしい。

 突然の事に驚きながらもクリスは音の正体を――自身のポケモン図鑑を取り出す。

 

「な、何この音……私こんな機能知らない!」

「それは多分、共鳴音だな、前にオーキド博士から聞いた事がある」

「共鳴音?」

 

 聞き返すクリスにクリアはコクンと頷いて答えた。

 思い出すのも懐かしい、それは四天王事件の前、彼がまだオーキド博士の研究所で助手をしていた頃の話。

 その時クリアはオーキド博士から聞いた事があった、同時製作された三つの図鑑が接近した時、それぞれの図鑑から共鳴音が鳴ると――。

 

「三つの図鑑が正確な所有者の手にあって、それぞれ接近した時鳴る音だよ、それが共鳴音なんだけど……」

「って事はもしかして、この場のどこかに私以外の新図鑑所有者がいるって事ですか!?」

「まぁ元々、俺はそいつらを追ってここに来たんだけどね」

 

 そうなのだ、クリアは元々クリス以外の新図鑑所有者、ゴールドとシルバーの二人を探してこの場へ訪れていた。

 今の今までルギアとの戦闘で忘れかけていたが、思えば彼等がマチスと会っているのを見て以来、彼等の姿を見ていない。

 あの後マチス含めた三人はどうしたのかと、クリアがそう思ったその時、

 

「あー! アンタは!」

「む?」

 

 下からそんな声が聞こえたと思い、クリアとクリスが同時に頭を下に向ける。

 そこにいたのは帽子とゴーグルの少年だった、マンタインと大量のテッポウオを使って空を飛んでいるクリス以外の新図鑑所有者の一人。

 ――ゴールド。

 

「おいコラ! ギャルを助けるのは俺の役目だぜ!……って訳でカノジョ、そんな奴のリザードンに乗る位なら俺のマンタインにどう……ってわぁ!?」

「何やってやがる……」

 

 ゴールドが今飛んでいるマンタインはテッポウオの水の発射の推進力で飛んでいる。

 そんなバランスが悪い状況で、掴まるキューから片手離せばそれは体勢も崩れるだろう、そんな彼の姿にクリアは呆れながら呟く。

 

 クリアがルギアと戦ってる最中、ゴールドはゴールドで先に自身のヤミカラスで飛び去ったシルバーを追う様にマチスのレアコイルに相乗りしていたのだが、運が悪い事に暴れるルギアの"エアロブラスト"の一撃を三体のレアコイルの内一体が食らってしまったのだ。

 マチスはどうにか空中に留まる事が出来たものの、ゴールドはそのまま水中へと落下した、だがそんな時、彼は水中を漂う一匹のマンタインを見つけたのである。

 それと同時に、彼が旅先で出会った釣り人、"ヒデノリ"という釣り人から託された大量のテッポウオを使い、今クリアとクリスがいるこの場まで空を飛んでやって来たという訳なのである。

 

「ととっ、危ない危ない」

「ったく、ほらもうつくぞ、じゃあクリスは先に降りてくれ」

「は、はい」

 

 そうこうしてる内に四つある渦巻き島の一つに到着である。

 柔らかい砂浜の上にエースは着地して、次にクリスが砂の上に足をつける、続く様にゴールドもマンタインをボールに戻して地上に降りてから、

 

「あ! シルバーこんな所にいやがったのか!」

 

 彼等の近くでルギアを見上げるシルバーの存在に気づいてゴールドが叫び声を上げた。

 ゴールドよりも先に一人ヤミカラスで脱出していたシルバーだったが、体力的な問題でもいつまでも飛んでる訳には行かなかったのだろう、ヤミカラスの羽を休めるという意味でもこの島に上陸した様だ。

 そして彼に近づくゴールドと、それを追うクリスの二人にシルバーは面白く無さそうにそっぽを向いた。

 瞬間、三人の図鑑の共鳴音が同時に鳴り出し、重ね木霊する。

 

「あ?」

「……?」

「これって、じゃあもしかしてこの二人が!?」

「その通りだよクリス、新ポケモン図鑑三人の所有者が、偶然とはいえ集まったみたいだな」

 

 突如鳴り出す図鑑の共鳴音、ゴールドとシルバーの二人はその存在を知らなかった様でキョトンとした顔で図鑑を見つめている。

 そしてそんな二人を明らかに不安気な表情を浮かべて眺めるクリス。

 

「こ、この不良二人が私以外の図鑑所有者だなんて……」

「ふ、不良!? おいおいシルバー(こいつ)はともかく俺は……」

「いやお前も十分不良だけどな」

「なんだとこの野郎!」

「っひ!?」

 

 冷静に呟くクリアに今にも噛み付きそうな勢いで突っかかるゴールド、にいつかのクリアとの初対面時の様な反応を示すクリス。

 状況が状況なら、簡単な自己紹介でも挟んで図鑑所有者同士で話す事もあったのだろうが、今は戦闘中だ。

 それも伝説のポケモンルギアという大型ポケモンとの、それに海に投げ出されたクリス以外の他二人の事もクリアの頭にはちゃんと残っている。

 

「まぁ喧嘩は後にして……っておいシルバー、お前ちゃっかり一人で離脱しようとすんじゃねぇよ」

「っぐぇ!?」

 

 騒ぐ三人を尻目に一人でルギアの下へ向かおうとするシルバー、の襟元を掴んでクリアは彼を引き止める。

 襟を掴まれ、結果的に急に首を絞められる形となったシルバーが妙な声を出しているが、クリアはあえてスルーして。

 

「よし、じゃあまずはクリス、お前さん確か前に会った時"捕獲(ゲット)専門家(スペシャリスト)"とか言ってたな」

「は、はい!」

「じゃあ問題無いな、お前があのルギア捕まえろ」

「え?……えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 目に見えて大声で驚くクリス、まぁそれも当然か。

 今の今までそのルギアと戦ってた人物が、当然そのクリアがルギアの捕獲も担当すると思っていたのだろう、それなのに突如自分にそんな重大な役割を押し付けられたのだ。

 驚くのも無理は無い。

 

「ク、クリアさんが捕獲するつもりだったんじゃ……」

「うんそのつもりだったんだけどさ、俺捕獲って一回しかやった事無いんだよねぇ、だからそこはその道のプロに任せようと思ってな」

「い、一回!? たったの一回だけですか!?」

「うるさいなぁ、いいだろ別に」

 

 不貞腐れる様に言って、まだ驚愕の表情を浮かべているクリスを無視して、次にクリアはゴールドに向き直り、

 

「って事で、ゴールドとシルバーはクリスのサポートよろしく」

「あぁ? なぁんで俺がアンタなんかの言う事聞かなきゃ……」

「あっそ無理なのねじゃあいいわ」

「……はぁ? 誰が無理だって言っ……」

「それは了承と受け取るぜ、そんでシルバー」

「……いい加減離して欲しいんだが」

「おっとこりゃ悪い……で、だ…ってまだ逃げるなよ、お前はポケモン達の方を見てみろ」

 

 気づけばまだ掴んでいたシルバーから手を離して、クリアは彼等のポケモン達の方へシルバーの視線を促す。

 三人のポケモンの主人達がそちらへ目を向けてみると、そこにいた三匹は同時にルギアの方を見上げている、図らずしてポケモン達は共闘の構えをとっていたのである。

 

「ポケモンに指示を出すのがトレーナーの仕事だが、ポケモン達を信じてやるのもまたトレーナーの仕事だぜ」

「……」

 

 そう言ったクリアに無言で返答しシルバーも仕方なしといった感じにその場に残る。

 一年前の四天王事件の際にはクリア自身、まともに指示を出す力がまだ少なく、常にポケモンを信じる力のみで戦ってきた様なものであった。

 そんな彼の言葉には、何かしらの"重み"があったのかもしれない。

 

「さて、じゃあ……」

「で、俺達に言うだけ言って、アンタは何するってんだよ?」

 

 生意気そうにそう言うゴールドに、クリアはニヤリと笑って答える。

 クリス、ゴールド、シルバーの三人に必要な指示は出した、何とか三人を纏める事にも成功した。

 後はクリアが自分の仕事を果たすだけだ。

 エースに乗ったまま、羽ばたくエースの背上で、

 

「俺が奴の"エアロブラスト"封じた上でここまで連れて来るから、後の事は任せたぜ」

「連れて……ってそれクリアさんの役割が一番危険なんじゃ……」

「っま、こういう時位"後輩"達に良いとこ見せようって思うのが……」

 

 そこでクリアは自身のポケモン図鑑を取り出し、新ポケモン図鑑を持った三人に見せる。

 レッド達カントー図鑑所有者達と同じデザインの、だが共鳴音はならないクリア単一の図鑑。

 事情を知ってたクリスは別として、彼が図鑑を持ってる事に驚愕するゴールドとシルバー、その姿に満足した様な笑みをクリアは浮かべて、

 

「"先輩"ってもんでしょ!」

 

 後輩三人に背を向け、再度エースに乗り空へと舞い上がる。

 

 

 

 海面ギリギリの所を滑空しながら、クリアとエースはルギアの下へ向かう。

 三人を残してきた砂浜の方をチラリと見ると、三人の少年少女達がいまだ自分の方を見ていた、その姿を確かめて、クリアは一度海面に手をつけて、そして一気に上昇し、

 

「エース! "かえんほうしゃ"!」

 

 ルギアの左翼目掛け、エースは直線状の炎の放射を直撃させる。

 直撃後、水蒸気がルギアの左翼から沸きあがり、ギロリとその眼光をクリアへと向ける伝説。

 それで思い出したのだろう、自分何故こうも暴れているのかを、狙うべき相手が誰なのかを。

 

「……飛び上がれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 クリアの絶叫とルギアの"エアロブラスト"はほぼ同タイミングだった。

 僅かコンマ数秒の差、その差が生死の分かれ目となる、そんな戦い。

 何とか間一髪でルギアの"エアロブラスト"を避けて、旋回するエース、戻る先は三人の後輩達がいる渦巻き列島の一つの島だ。

 

「ったく、ここまでの空中戦は"ハヤテ"さんとのジム戦以来だっての」

 

 そう呟くクリアだが、シミジミと昔を懐かしんでる場合では無い。

 風を切るエースと、それを追うルギア。

 エースには前だけを見て飛ぶ様に予めクリアは指示してある、その真後ろでルギアが大きく口を開けるのを確認して、

 

「来るぞエース、"エアロブラスト"か"ハイドロポンプ"か分からないが……二、一、右に避けろ!」

 

 直後ルギアの"ハイドロポンプ"がエース目掛けて放たれる。

 だがその発射タイミングを見切って、クリアはタイミングと回避行動をエースに指示し、どうにかその攻撃を避けた。

 トレーナーがいるポケモンといないポケモンの差、かつてねぎまと呼ばれたカモネギとオニドリルを撃退した時もこんな感じだった。

 手数の多さ、判断力の差、全てにおいて野生とトレーナー持ちではトレーナー持ちの方が優れている。

 それでもそのトレーナーに力量や、そもそも覆せない様な実力差という現実があったりもするのだが、今この時においてはトレーナー持ちのエースの方が野生のルギアよりも遥かに有利だった。

 

「よし、そろそろあいつらの所に到着するな、エース! 俺を"残して"急降下!」

 

 そろそろ島の海岸線に差し掛かる頃、クリアは躊躇い無くそう言って、最早そんなクリアの奇行にも慣れたエースは迷う事無くクリアを"上空"に残して一気に下降する。

 一瞬だけ上空に留まり、そして除々に速度を上げて落ちていこうとするクリア、下降するエース、その一人と一匹を交互に見てルギアは、すぐ様クリアへと視線を合わせる。

 

「分かってたぜ、お前が俺を狙って来るって事はな」

 

 だがそれもクリアの作戦通り、今まで散々ルギアへの攻撃指令を出していたのはクリア、それはルギアも分かってるはず。

 だからルギアはクリアを狙うだろう、今の様な大口開けて"エアロブラスト"を狙おうとするはず、そう考えていたのだ。

 

 彼の下の砂浜では三人の新図鑑所有者達が焦り気味にポケモン達に技を指示している。

 マグマラシ、アリゲイツ、ベイリーフの三匹が同時に攻撃を放ち、そらはクリアの真横を通り過ぎてルギアへと向かい、ルギアもまた"エアロブラスト"の準備を終え放とうとした――瞬間。

 クリアがずっと狙っていたその瞬間に。

 

「いけ、P! V! エース!」

 

 ルギアの真上から、エースから離れる寸前ボールから出しておいたPとV、そしてクリアに気をとられてる隙にルギアの真上へとポジショニングしたエースが、三匹共各々の技を繰り出す。

 Pは"10まんボルト"、Vは"めざめるパワー"、エースは"だいもんじ"、まずは"めざめるパワー"と"だいもんじ"の二つがルギアの頭へと直撃し、その拍子にルギアの口が閉じる。

 だがそれで止まるルギアの"エアロブラスト"じゃない、狙い通りルギアの口内で暴発する"エアロブラスト"、それでようやく苦しそうな表情をルギアが見せ、直後にPの"10まんボルト"がルギアへと被弾する。

 痺れ、ピタリと一瞬だけ動きを止めたルギア、そしてそこに到達する三匹のポケモン達の炎、水、草。

 しかもこのタイミングで同時進化したらしく、更に威力は倍増されて、バクフーン、オーダイル、メガニウムの攻撃技がルギアへと直撃したのだ。

 

 流石のルギアでもこれだけ浴びれば体力も大分減っただろう。

 後は当初の予定通りクリスがルギアを捕まえればそれで終わり、そしてその行動も既にほぼ終わっている。

 蹴り出されたクリスのヘビーボールがルギアの額へと向かっていき、発光するのを落下しながらクリアは確認して、

 

「レヴィ!」

 

 予め外に出しておいたレヴィの名を呼ぶ、直後すぐに海中から伸びてくる一本の触手。

 よく見るといくつもの触手が海面から伸び、二つの人影もその触手に救出されていた、島からルギアへと向かう際、海中にそのまま放して、クリスと共にいた二人をまずは救出する様クリアがレヴィに言っていたからだ。

 ゴーグルが曇って良く見えないが人数だけは確認出来る、とりあえず救出出来た事に安堵して、クリアはゴーグルを外してまずはクリス達の方へ目をやった。

 

「ははっ、三人揃ってボールを見てるよ……で、レヴィ、助けた人達は無事だっ……」

 

 そこでクリアの言葉が止まった。

 ゴーグルを外した先、一点の曇りの無い視線の先に見えたからだ。

 一人の中年男性の姿と、そして――、

 

「……ったく、クリスの奴、あれだけ言ったのに……」

 

 ひとまず無事の確認である。

 気を失っている様だが胸は上下に動いている、脈も正常な様だ、中年男性の方も無事らしい。

 それを確認して、クリアは降りてきたエースの背に乗り、一見少年の様な少女と、釣り人風の中年男性をエースの背中に押し上げてから、

 

「流石に満員か……じゃあ、ちょっと借りるぜ……ピーすけ」

 

 麦藁帽を被った少女の腰のボールから、一匹のバタフリーを外に出した。

 開閉スイッチを押して、ポケモンの方も外に出るのを了承したらしくすんなりと出てくる。

 

「お前のご主人助ける為だ、ちょっと俺抱えて運んで……ってサンキュ、頼まれなくてもって奴だな」

 

 クリアが言い終わる前にピーすけと呼ばれたバタフリーは彼の背中へ張り付く。

 これでいつも彼のよく知るピーすけの主人の様に飛び回る事が出来る。

 そこでクリアはそのピーすけの主人の服の合間から、一枚のメモ用紙を発見し、次の目的地も定めてから、

 

「おーいクリスー!」

 

 砂浜にいるクリスに呼びかける。

 すぐにクリスはクリアの方へ振り返り、その無事を確認して安堵した様子で、すぐにゴールドとシルバーが同時に振り返るのを確認してから。

 

「俺はちょっとこの二人を安全な所に送ってくから、そのルギアは好きにしろ!」

「え!? 二人、ってイエ……」

「釣り人のおっさんも無事か!?」

 

 クリスの声を掻き消す様なゴールドの問いかけにクリアは頷いて答え、彼等に背を向ける。

 

「まっ、クリアさん! それが、このルギア、ボールの中が空……ってもう行っちゃった……」

 

 よほど急いでいたのだろう、クリスが言い終える前にエースに二人を乗せたまま、クリア自身はピーすけに運んで貰ってすぐにその場を離れてしまった。

 "ボールの中が空だった"――という事実を告げられ無かったのが少しだけ心残りになりながらも、去っていった人物の事をいつまでも考えていても仕方無い、とクリスは掛かってきたポケギアをとる。

 クリアが去った直後すぐにシルバーもその場から離れ、結局誰がルギアを捕獲したのかも分からないまま、彼女はオーキド博士からの着信をとって――。

 

 そしてゴールドと共に一つの指令を言い渡されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったくよぉ……」

 

 ピーすけに運んで貰いながら、クリアはエースの背中を見やる。

 そこに眠る、名も知らない一人の中年の釣り人、そしてもう一人の、

 

「こんな事になるかもと思ってたから、だから帰って欲しかったってのにさ……でもまぁ」

 

 麦藁帽子がトレンドマークの様な少女、クリアが少年だと思っている人物を眺めて彼は呟く。

 

「久しぶりに会えて嬉しかったぜ、イエロー」

 

 彼女には聞こえていない事は承知の上で、むしろ聞こえていないからこそそう呟いて、彼はようやく見えてきた一軒の民家に目を向けた。

 コガネシティ近辺に存在する一軒の建物、そこに住まう"育て屋"をしている二人の老夫婦、イエローの持っていたメモに導かれてクリアは二人をここまで運んで来たのだった。

 ――彼が師と仰ぐ人物の古い馴染みの下へと、その事実を知らないままに、勿論口止めされてる為彼がヤナギの情報を口外する事も無いのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経って、

 

「さてと、そういやセキエイ来るのは初めてだっけか……師匠はどこかなぁーっと」

 

 クリアはセキエイ高原の地へ足を運んでいた。

 人混みでごった返す会場に、偶然ラジオで知った情報から、彼が師と呼ぶ老人のバトルや、かつて彼が戦ったジョウト地方ジムリーダー達のバトルを見る為である。

 コガネの市街ラジオで偶然聞いた情報、今年のポケモンリーグではカントーとジョウトのジムリーダー達によるエキシビジョンマッチが開催されるというイベント情報。

 そんな面白そうな情報を聞いて黙ってるクリアでは、勿論無かったのである。

 

 ――そして。

 クリアは何も知らないままその会場内へと踏み入れたのである、これからそこで起こるであろう陰謀や戦いを知らずに。

 ゴールドとクリスの両名や、シルバー、更にブルー、グリーン、伝説の三匹――そして"仮面の男"。

 陰謀渦巻く今年度ポケモンリーグは、ルギア襲撃の決着から数日後すぐに、多くの人間の歓喜の声と共に盛大に開催されるのだった。

 

 




単行本読んでていつも思うけど、イエローのピーすけ絶対"そらをとぶ"覚えてるよね。

そして物語もそろそろ終盤、ようやくポケモンリーグまでこれた!時系列とか知った事じゃ――すいませんこの世界ではこうなってるんですきっとはい。

イエローとクリア、会えたはいいけどこれは再会とは呼べないだろうなぁ。


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二十七話『vsカモネギ 開幕!ポケモンリーグ』

今回やたらと、久しぶりにクリアがやんちゃです。


 

 

 ポケモンリーグ、それはセキエイ高原で三年に一度開催されるポケモントレーナー達の夢の祭典。

 毎年多くのトレーナー達が殺到し、凌ぎを削り、そしてその中の一名だけが輝かしい栄光を手に入れる事が出来るのだ。

 

「……はぁ、予想はしてたけど、これは流石に予想以上だなぁ」

 

 更に言うとその開催会場セキエイ高原には出場者以外にも、その観戦者も数多く詰め寄り、最早会場はすし詰め状態である。

 そんな熱気漂うセキエイ高原ポケモンリーグ本会場に、少年クリアはいた。

 

 

 

 数日前、ルギアとの激戦後傷ついたイエローと彼女の叔父ヒデノリを育て屋につれていったクリアは、他に当ても無い、そしてアサギシティジムリーダーミカンのメモも入ってたという事で育て屋老夫婦にイエロー達は半ば強引に任せた。

 アサギのミカンと育て屋の老夫婦は良好な関係を築いている、という情報を数ヶ月前にミカンから聞いていたクリアだ。ここぞという時の為に脳内メモリーに取っておいた情報を今こそ活用したのである。

 だが老夫婦、特に御婆さんの方は凄く文句を言いたげに――というかクリアに滅茶苦茶文句を言って来て、

 

『だったら、この二人の介抱をしてやるから育て屋の仕事を手伝わんかーっ!』

 

 と此方もクリアに負けず劣らず半ば強引にクリアに育て屋の仕事を強要。

 その仕事とは少し前にゴールドという少年もやった事のある、育て屋で預かっているポケモン達との戦闘訓練――だったのだが、

 

『なぁおば……じゃなくてお姉さん、もう終わっちまったんだけど?』

『なん……じゃと…!?』

 

 そこは七つのバッジを持つクリアである、御婆さんが用意した育て屋のポケモン達をその圧倒的な力であっという間に伸してしまい、手持ち無沙汰になった所で"とある情報"がコガネの市街を歩く彼の耳に入って来たのである。

 

『という訳で、今年度のポケモンリーグでは何とジョウト対カントー、それぞれの地方によるジムリーダー対抗戦が……』

 

 コガネラジオ塔前でそんな情報を聞いて、それからすぐにクリアは行動に移した。

 育て屋老夫婦に礼を言って、ついでにミカンの戦いの撮影係も任されて、彼はこの場にやって来たのである。

 

 

 

「いけ! ペルシアン"だましうち"!」

「なにを! "さいみんじゅつ"だゴースト!」

「……やってるねぇ」

 

 会場入り口付近、彼の周囲ではウォーミングアップがてらのポケモンバトルする組が複数存在している。

 恐らく、というか十中八九大会参加者のトレーナー達だろう、予選へ向けての景気づけという意味合いもきっとこのバトルには込められてるはずだ。

 ――というのもポケモンリーグは数多くのトレーナー達でいくつかのブロックに別れた予選ブロックを制した一名ずつで本戦トーナメントをやって、その勝者がその年のリーグ優勝者となるシステムとなっていた。

 更に言うと今年度はこれに加えて新たに、バッジを八つ持つ者は無条件に本戦出場権を得られる、なんてルールが追加されたのだが、

 

「まぁ流石に厳しいよなぁ、カントーもしくはジョウトの八人のジムリーダー全員に認められるなんて」

 

 ――と、七つのジョウトバッジを持つクリアは呟く。ちなみに悔しそうに。

 もしこの情報をもう少し早く知っていれば、彼は一度チョウジに戻る事も考えていたかもしれない。

 育て屋にお世話になってた時はイエローや中年親父の看病、育て屋の仕事としてのバトル、と仕事が無くなるまではやる事もあって、イエローの事も心配でそこにいたのだが、同時に長らくチョウジに帰っていない事も少しだけ気にかけていた。

 

(一週間で戻るつって大分経つからなぁ、師匠心配してないといいけど)

 

 まさしく"どの口が言うか!"である。散々彼が看病してた、黄色い少女に心配かけてた男の台詞とは思えない。

 クリア自身、七つのバッジを持ってリーグ本戦出場権までは後一歩の距離、という所まで来ているのだから、最後に足掻いてみるのも手では無いか、と考えない事も無かったのだ。

 予選から出るつもりは無いが、本戦ともなれば話は別だ。

 何より魅力的なのはその戦う数の少なさ、それによって得られる称号、一考してみるのも当然である。

 ――ちなみに予選から出る事も一応はクリアも考えてみたのだが、受付で申し込みを事前に出しておかないと駄目だと言われ、なら良いかと却下されたのである。

 

「まぁ別にいいけどさ、俺は今回は観戦だけでも十分だし」

 

 何と言っても東西ジムリーダー達によるマッチ戦なのだ。

 それは彼がこれまで戦ったジョウトジムリーダー達は勿論として、偶々出合って別れの挨拶も無しに別れたマチス、一年前に出会ったエリカやカスミ、タケシにカツラといった面々のバトルが見られるのだ。

 それは一般トレーナーのそれとは比べ物にならない迫力だろうし、何より見るだけでも強くなれる――気がする。

 そして一番の理由は、

 

「さぁってと、師匠はどこかなーっと!」

 

 彼が師と仰ぐ人物の本気のバトルを久々にその目で見られる為であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせしました」

 

 ポケモンリーグ本会場、天上の照明が消え、満員の観客席に座る人々が注目するバトルフィールドの真ん中に、ポケモンリーグ理事が開催の宣言をする為現れ立つ。

 

「三年に一度、全国ポケモントレーナー達の夢の祭典……セキエイ高原ポケモンリーグの開催です!!」

 

 宣言された瞬間、会場は大歓声に包まれた。

 温度が高まり、熱気で今にも汗が噴出しそうな程である、だがしかし会場の人々の高鳴る胸の鼓動はそれ以上だ。

 選手も観客も、これから始まる熱く長い戦いに皆、期待に胸を膨らませているのである。

 

『第十回を数える今大会には、カントージョウトから約七百名のトレーナーが予選にエントリーされ、たった一つのチャンピオンの椅子を巡って戦いが繰り広げられます!』

 

 湧き上がる会場に女性司会者の声が響き渡った。

 司会の女性はコガネラジオでも御馴染みのアイドルクルミ、しかも今回の大会の模様は四時間スペシャルでラジオ生放送もされるらしい。

 そしてこの紹介で更にヒートアップする会場内、そしてそれ以上に盛り上がるのは会場外もだ。

 もう満員の為会場に入れなかった者や、そもそも会場まで足を運べなかった者まで、そんな人達でもリアルタイムで大会の進行が聞けるのである、盛り上がらないはずが無い。

 

『このポケモンリーグの中の過去の歴史の中で優勝者は常にカントーマサラのトレーナーだそうです。果たして、この記録が今回も更新なるのかそれとも破られるのか!?』

 

 熱狂する会場内にクルミの解説が響き、そして出番は理事へと移る。

 

「それではセレモニー第一弾……」

 

 マイクに持つ手に力を込めて、堂々とした態度で理事は叫ぶ。

 

「前回優勝者マサラタウン出身、レッド選手の入場です!」

 

 片腕広げて入場ゲートに視線を移す理事。

 だがそこで彼は気づいた、今のレッドの状況に、彼は今療養中の為大会セレモニーには参加出来ないとオーキド博士から言われた事を。

 今更ながら思い出す――がそれでも広げた片腕は宙に投げ出されたままだ、凄く良い格好で"今からレッドが出てくるよ期待大だよ"的な感じに場は温められてしまっている。

 ――さて次にどう言おうか、そう理事が思案した時、入場ゲートの方から足音が聞こえた。

 コツ、コツ、とゆっくりとした足取りで一人の少年が歩いてくる――が、それはレッドでは無い、前述の通りレッドは療養中だ。

 さっきまでの熱狂が嘘の様な、静まり返った会場内にそうして一人の少年が現れた。

 

「あのうすいません、ジムリーダー控え室ってここであってます?」

 

 あまりにも場違いに、空気を読まず、全国的にも絶賛無名の実力派トレーナークリアの登場に、会場は混沌の渦に包まれる。

 

 

 

 さてこれはどうしたものか、まずクリアはそう考えた。

 ひとまず大会が始まる前にヤナギに会って挨拶しておかないと、そう考えた彼はリーグ警備員の眼を掻い潜りながら会場内に潜入、ここまで罪の意識無し。

 そしてゲスト参加のジムリーダー達ならば当然、控え室位あってもいいだろうという考えで彼はそれを探し歩いていたのだが、気づくとその場所に立っていたのだ。

 

 ――ポケモンリーグセキエイ高原本会場の大舞台に、ジムバッジ八つ集める事無く、予選突破等せず、そもそも選手として出場登録すらしていない。

 理事等の特別関係者を除いてこの大舞台に、絶賛開催中の神聖なポケモンリーグメイン会場に、何の権限も持たない者が立つなんて前代未聞だ。

 過去出場者達が聞いたら本気で怒り出しそうな所業を無意識の内にやってのけたクリアは、周囲の様子をまず確認、そしてそこが"控え室"なんて裏方の場所とは程遠い場所だと瞬時に理解して。

 

「……あ、すいません間違えましたー」

「ま、間違えましただとぉ!?」

 

 即座に振り返り、脱走――しようとしたが失敗に終わったらしい。

 彼の首根っこを頭が少しだけ寂しい理事に掴まれ、クリアの眼前に最早怒り心頭の理事の顔が度アップで迫る。

 

「君! な、なんて事をしてくれたんだ一体!」

「……なんという事でしょう、レッド選手がまさかのビフォーアフター」

「ビフォ……き、君がレッド君の訳無いだろう!?」

「でもさっきレッド選手入場って……」

「私の間違いだ! というか君は一体こんな所で何をしてるのかね!?」

「何……何って言われてもちょっと師匠探してたって事位しか言えないっすね、そんな事よりいいんです? 何か会場凄い白けてますけど?」

「全部君の所為じゃないかぁぁっー!!」

 

 少しだけ悪戯心を垣間見せるも、どうやら理事のお気には召さなかった様だ。

 静まり返る会場に、理事の怒号だけが響き渡る、クリアは五月蝿そうに顔を逸らす。

 

 

 

「クルミちゃん」

「……分かってます、ディレクターが何言いたいか大体分かってます……」

「うむ、ではサポートは任せたぞ」

「は、はい、でも良いのでしょうか?」

「大丈夫だ、私が責任を持つ!」

 

 怒号だけが響き渡る会場内で、クリアと理事の光景を見た(クリア)をよく知る二人の司会者達はそんな怪しい密話を交わす。

 

 

 

「とりあえず警備員を呼ぼう」

「おやっさんそれだけは勘弁っ!」

「逃げるんじゃない!」

 

 流石にクリアもそろそろ真面目に逃げようとする、が一向に理事が手を離してくれなかった。

 そもそも彼はこの場に、一般の観客として来たはずだ、きっと今の彼の心境は"どうしてこうなった!?"である、まぁ自業自得だが。

 だが彼にも使命がある、育て屋の老夫婦から任されたミッションが、一度引き受けた以上はやり遂げるのがプロというもの。

 ――実際には使命を果たせなかった際の御婆さんの仕打ちが恐ろしいだけなのは内緒だ。

 

(どうしよう、やりたく無いけどここはポケモン使って……ってそれじゃあガチで犯罪者っぽく……)

 

『それではここで予定を変更してスペシャルサプライズ企画!』

「……む?」

 

 四人の警備員がクリアに近づく中、会場にクルミとはまた違う男性司会者の声が響く。

 コガネラジオのディレクターだ、突然の司会の再会、それもそんな企画は理事の耳には入っていない情報。

 当然理事は怪訝な顔で放送席へと目をやるが、そこには瞳に情熱という名の炎を燃やしたディレクターの男性と、必死に顔の前で両手を合わせたクルミの姿が見えた。

 

『突然出てきた謎の少年、だがその実態は我がコガネラジオ屈指の名スペシャルゲスト!』

「なんだよ名スペシャルゲストって」

 

 クリアのそんなツッコミは虚しく虚空へと消える。

 

『彼が出演した二回のラジオは過去最高聴取率を同時更新した程の言わばラジオ界の伝説ともなった少年!』

「初耳だけどなそんな情報」

 

 またもやのクリアの呟きもやはり放送室までは届かない。

 

『そしてそして、さらにはそのバトルの実力はあのコガネジムジムリーダーで当ラジオでも御馴染みのアカネちゃんを凌ぐと言われ……』

「というか他六人にも勝ってるんだけどね実は」

 

 そう言って彼が集めたバッジをジャラリと音立てて掌に乗せて見せる。

 計七つのバッジが彼の手の上で光り、今度こそ放送室で叫ぶディレクターは声を失う。

 勿論彼の首根っこを掴む理事もだ、まさかジョウトジムバッジを七つも集めた者がいるとは思わなかったのだろう。

 そしてそれは会場も同じ、バッジを三つ四つまでなら集められる者もいたのだろうが、流石に七つも集めた者はその会場に誰もいなかったのである。

 

『……こ、これは驚いたぁ! まさかこの少年が七つもバッジを集めていたなんて我々の想定外だ! これなら実力的にも申し分無いだろう!』

「だから一体何やらせるつもりなんだよ……」

 

 もういい加減飽きたよ、そうクリアが呟くのを理事は聞いて。

 

『ではこれより、警備員(ガードマン)四人対クリア少年のポケモンバトルの開始をここに宣言します! これを私用で会場入り出来ないレッド選手の代わり、セレモニー第一弾とします!』

「なっ! わ、私はそんな事聞いていないぞ!?」

『そのはずです! 今私が決めました!』

「!?」

 

 その独断と行動力にはポケモン協会理事も驚きと呆れの両方で言葉を失う。

 そしてその隙に、あまりの驚きで手の力が緩んだのを見てクリアは理事の手元から抜け出す、が理事は最早そんな事気にしていない。

 

「……ふ、ふふふ、いいでしょう! そういう事ならそこの少年の力、とくと見せて貰いましょう! 警備員の方々!」

「い、いいんですか理事!?」

「構いません!そのかわり"本気"でかかりなさい!」

「……分かりました」

 

 マスメディアとしての仕事魂に火がついてしまった(ディレクター)は最早止められるものでは無い。

 さらにただ見ていても、ここまでリーグを滅茶苦茶にした少年(クリア)には逃げられてしまうだろう。

 ならばいっその事、ディレクターの企画に乗ってやろうと、もう自棄だと、そう決断してちょっとだけ泣き目になりながら理事は警備員にそう指示を出す。

 

「そういう事なら、ウインディ!」

「仕方無いですね、クロバット!」

「やれやれ、カモネギ!」

「大人しく捕まるのです、ウツボット!」

 

 理事の指示を受け、クリアを囲む様に四方を陣取った警備員の四人。

 四人はそれぞれの手持ちポケモン達を出し、そして一斉にクリアへと襲い掛かる。

 

「行け! "しんそく"のウインディ!」

「抵抗は無駄ですよ、"どくばり"ですクロバット」

「さっき捕まえたばかりの奴だがこいつは中々の、"つばさでうつ"だカモネギ!」

「ウツボットは"つるのムチ"なのです!」

 

 前方からはウインディが、右方からはクロバットが、左方からはカモネギが、後方からはウツボットが、それぞれの持ち技でクリアを襲って、

 

「ったく……」

 

 そう彼が呟いた瞬間、彼の立つ場所に一斉に技が直撃した。

 

「やったか!?」

 

 理事が叫び、煙が上がる。

 四方からの一斉攻撃だ、一匹だけを迎撃してる様じゃ他三体にやられる様な攻撃手段、だがポケモン四匹を出して指示を与えている暇等先の攻撃の間には無かった。

 だからといって回避手段等ほぼ不可能――そう、ほぼ――、

 

「……行け、お前達!」

 

 "真上"以外に、ありはしないのだ。

 

「こっちも一斉攻撃だ!」

 

 そして上空からクリアは彼の持ちポケモン達と一緒に落ちてくる。

 先の一撃で完全に"やれた"と思っていたのであろう、というより真上へと移動したクリアの姿が、その高速に急上昇する姿が警備員達と理事には見えていなかったのがそもそもの敗因だろう。

 彼の手持ちポケモン――"でんきだま"を持ったPの電撃が、傷だらけの勲章を持つレヴィの水流が、黒い火竜のエースの火炎が、そしてVの"めざめるパワー"がそれぞれ弱点となるポケモン達にヒットして、

 

『……き、決まったーっ! 一撃! 一瞬! 一対四という圧倒的ハンデを覆す高速戦闘術! これが七つのジムを制したクリアの実力なのか!?』

「つーか速攻しか無いでしょ、今の場合は」

 

 さも当たり前の様にクリアは言うが、果たしてそれを実行出来る者はこの場に何人いるのだろうか。

 突如始まったバトルに臆する事無く臨み、四方を囲まれ退路を阻まれた状況での一斉攻撃に自棄にならずに対処する事が出来、対戦相手の目にも止まらぬ速さで飛び上がって、相手の体力を一気に奪う大技を確実に急所に当てなければいけないのだ。

 理解しても、実行出来るとは限らない、そこには確かに彼の強さの証明があった。

 単身ジョウトへと渡り、各地のジムで七つのバッジを手にし、そして伝説のポケモンとも渡り合えるだけの強さ。

 

 今のバトルは、この場において彼以外に出来る者等、そうはいないのである。

 唯一の例外と言えば、可能性があるのは既に会場している新ポケモン図鑑所有者であるゴールドやクリスぐらいか。

 

 だがそれでも、その実力を会場が認めるかは別問題だろう。

 クリアのバトル後も、辺りは今だ静けさを保っている、その様子に決定を下した理事は目に見えて焦り、発案したディレクターも内心焦り、クリアはいつも通りだ。

 

「……よかったぜ」

 

 誰かが言った。

 そしてそれはまるで伝染する様に大きく広がっていく。

 

「うおぉぉぉぉぉ! やるじゃねぇか小僧!」

「凄ぇもん見せやがってこの野郎ぉ!」

「死ねークリアー!」

「アキヒトさん煽らないでください!」

 

 彼の実力を認め、絶賛する声が辺りに広がっていく。

 中には不満を訴える声もあるにはあるのだが、その声もクリアを賞賛する声に掻き消されていく。

 ――そもそも、ここに集まるのはバトルが大好きな、ポケモンが大好きな人達ばかりなのだ。

 そんな人々が、流れる様にレベルが高い警備員のポケモン達を瞬殺する様を、先のバトルを見せられて興奮しない訳が無い。

 更に言うとレッドが来れない不満が、先程のクリアのバトルをより面白く見せていたのだ。

 何も無いよりは有る方がマシ――それも代わりとなったセレモニーで一定レベル以上の戦いが見れたのだ、そこに満足した者も多かったのである。

 

『えー、それでは興奮冷めぬバトルの後ですが、この熱気を残したままセレモニー第二弾へと移らせて貰います!』

 

 歓声沸きあがる会場内にクルミの声が響き、クリアがその声の主に気づいた瞬間。

 彼と理事の傍、メイン闘技場が真ん中から二つへと別れていきそして、

 

『本大会の目玉、果たして一体どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!……カントー対ジョウトのエキシビジョンマッチ、ジムリーダー対抗戦です!』

 

 クルミの言葉を切欠にして、別れた闘技場の真ん中、敷かれたレーンの上に驚く程の速さで一つの列車が到着した。

 それはカントーとジョウトを繋ぐ新しい足として大会後より活用される予定の、リニアモーターシステム。

 磁力で走る次世代の技術、それを今大会、ジムリーダー達を運ぶというたったそれだけの為に今回初投入、お披露目されたのである。

 

「お、お待たせしました! 急遽セレモニー第一弾の変更というアクシデントもありましたが、無事に会場を程良い熱気が包んだ所でそろそろ本丸の登場です!」

「……なんだよ、俺は前座かよ」

「し! 今のバトルに免じて今回は見逃してあげるから黙ってなさい……コホン、ではあらためて、カントーの八人、ジョウトの八人、全ジムリーダーの登場ですっ!」

 

 そして理事の言葉を最後のキーとして、リニアから煙が立ち篭り、その扉が開く。

 それぞれのスーパーボールから、カントー、ジョウトのジムリーダー達は自身の自慢の一匹を外に出しながらリニアから足を踏み出し会場入りを果たし、

 

「っ、師匠!」

 

 更に盛り上がる歓声を聞きながら彼等が見た最初の人物は、理事と共にメイン闘技場の中心に居座る人物、クリアだった。

 

 




シリアスに入ったと思った!?俺も思った!
でもギャグになりました、何やってんだよクリア…。
後作中でのクリアの持ち上げられ方が半端無い気がするけど、伝説相手に戦ったり、バッジ七つって結構凄いと思うんですよ。


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二十八話『vsバタフリー 無数の殺気』

 

 

 クリアによる思わぬスペシャルサプライズ企画、それに続く全十六人のカントー、ジョウトジムリーダー達の登場により更に室内温度を上げるセキエイ高原ポケモンリーグ。

 そんな熱気渦巻くリーグ会場とは打って変わって、ここは穏やかで心地のいい静けさの中で、ラジオの音と四人の人間の会話だけが木霊する世界。

 ――育て屋老夫婦の家。

 

 

 

 リーグ開幕セレモニーが始まる直前に、コガネシティ近辺に位置する育て屋の室内でイエローは静かに目を覚ました。

 

「ん、ここは……クリアっ!?」

 

 目覚めて早々彼女が意識を手放す寸前で見た少年の名を口にする。

 ルギア襲撃の際、一人彼女等から離れてしまったクリス。

 その彼女をエースに乗って助け出していたクリアを目視してすぐ、彼が渦巻き列島の内の一つに向かうのを確認してから、彼女等もまた襲い来た高波に攫われてしまう。

 精一杯に足掻いてみたはいいものの、あれ程の渦巻く海ではピカの"なみのり"に頼る事も出来なかった為、彼女の叔父ヒデノリ共々そのまま気絶してしまっていたのだ。

 

 だが目を覚ますとどういう事だろう、海にいたはずの彼女等は知らない天井の下、見慣れぬ屋内に寝かされていた。

 それも彼女等が負った傷の手当後もある、恐らくは誰かが看病してくれた様だが、勿論イエローにはそんな自覚は無い。

 襖の奥では流れ出るラジオの音と、老人達の会話が微かに漏れていた――ので、その襖を開けてまずは状況を整理しようとしたイエローだが、

 

「……ピーすけ?」

 

 ボールの中で何やらガタガタと騒いでいるピーすけに気づいた。

 その様子に気づいたイエローは、ピーすけのボールを手に取り少しだけジッと見つめて、

 

「何か伝えたい事があるんだねピーすけ」

 

 そう呟くイエローの言葉にピーすけは首を縦に振って答えた。

 それを見たイエローは、自身の能力"癒す者"と称される能力の一端、ポケモンの感情を読み取る能力を行使する。

 そしてボールに手を翳して、彼女のバタフリー(ピーすけ)が見た記憶、感情の景色が流れる様にイエローへと伝わって、

 

『ったくよぉ、こんな事になるかもと思ってたから、だから帰って欲しかったってのにさ……でもまぁ』

 

 そう言った少年の声はどこか優しく、そしてその顔は穏やかだった。

 ピーすけの記憶、伝えたかった事はどうやらクリアの事だったらしい。

 意識を失った彼女(イエロー)彼女の叔父(ヒデノリ)をエースの背中に乗せて、自分(クリア)は彼女のボールからピーすけを借りて飛んでいる様である。

 でもまぁ、と一呼吸置いてそしてクリアはイエローへと視線を向けて、

 

『久しぶりに会えて嬉しかったぜ、イエロー』

 

 少しだけ照れくさそうな笑顔で、はにかみながらクリアはイエローに笑顔を向けて言っていた。

 勿論それは友人として会えた事の喜び、クリアはイエローが女の子だとは知らない。

 そしてイエローも、ブルーから恐らくクリアは気づいていないと聞かされていて、その事については承知しているのだが――。

 

「……あぅ」

 

 それでも真面目にそう言われたら頬を赤く染めるしか無いだろう。

 能力の行使を中断し、ピーすけのボールを元の位置に戻して、僅かな眠気等気にせずに、両の頬に手を当てて彼女はその場にへたり込む。

 今のイエローの耳には、ラジオから流れるポケモンリーグ実況も、老夫婦の会話も、叔父ヒデノリの(いびき)も聞こえていなかった。

 

『会えて嬉しかったぜ、イエロー』

 

 クリアが言った何気無い一言、その一言が彼女の頭に反復される。

 久しぶりに聞いた彼の声は、彼女が一番聞きたかった言葉で発せられていたのだ。

 惜しむべくはその言葉を自分の耳で、リアルタイムで聞けなかった事か。

 ――これで本人にはあまり"自覚"が無いというのだから吃驚だ。

 

 

 

「おぉ気がついた様じゃな」

 

 いまだ体温が高まったままの彼女だが、そんな彼女に襖を開けながら一人の老人が話しかけた。

 育て屋夫婦、穏やかそうなお爺さんと、その隣には少し気が強そうなお婆さんもいる。

 

「あ、す、すいません! 助けていただいて……」

「いやいや礼なぞいらんよ、もう貰ったからのう……それよりお前さん、まだ少し顔が赤い様じゃが、もうちっと安静にしといた方がいいんじゃないか?」

「あ、そ、それはその……」

 

 まさかピーすけの記憶で見たクリアの所為で赤面してたなんて言えるはずも無く、イエローははっきりしない物言いで更に顔を赤くする。

 その様子に何かしらピンと来たのだろう、ニヤニヤとした笑いを浮かべながら育て屋婆さんはイエローへと近づき、

 

「ほほう、あんたも若いってのに、中々隅に置けないねぇ」

「な、何の事ですかぁ!?」

「うふふ、皆まで言うで無い、お前さんをここまで連れて来たクリアとかいう小僧の事じゃろう」

「あ、あぅぅ……」

 

 育て屋婆さんからそう耳元で呟かれ更にテンパるイエロー、とそれを見て楽しむお婆さん、全く良い性格をしている。

 イエローの正体については、このお婆さんも女性だ、当の昔に気づいてはいた――がお婆さんはあえてクリアには教えていなかった。

 何の気無しに聞いて、気づいていない風だと感じたお婆さんはそのまま放置する事を続行。

 そして今目覚めたイエローの様子から、全てを悟った様である。

 ちなみにお爺さんは気づいていない、何やらお婆さんがまた若者にちょっかいを出してる、程度にしか思っていないお爺さんはため息を一つついて二匹のピカチュウ達、レッドのピカとイエローのチュチュを指差す。

 

「そんな事よりもほれ、そのピカチュウ達はお前さんのじゃろ?」

「い、いえピカは借り……ってピカ、チュチュそのタマゴは一体どうしたんだい!?」

「それがのう、その二匹のピカチュウを一緒にしてたら……ふと気づいたらあったのよ、これが」

「え、えぇぇぇぇぇぇ!!?」

「むふふ、どこかの誰かさんよりかはよほど進んだ関係の様じゃな」

「ちょ、ちょっとお婆さん!? ボ、ボクとクリアはそんなんじゃ……」

 

 あくまでイエロー弄りを止める気は無いらしい、ボソリと呟いたお婆さんの言葉にイエローは再び蒸気でも発するかの如く赤面する。

 勿論その呟きは、お婆さんのせめてもの配慮か男性であるお爺さんには聞こえない程度に言われたもので、眼前で繰り広げられるお婆さんとイエローの様子に、お爺さんは一度だけ首を傾げて、

 

「……それはそうと婆さん、もうそろそろポケモンリーグの開催セレモニーが始まる頃じゃが……」

「あぁそうだった!……ほれあんたもいつまで寝てるんだい! 起きて一緒にミカンの晴れ舞台を応援するよ!」

「んがっ!?」

 

 最早やりたい放題である、イエロー弄りを中断していまだ布団の中で睡眠中のイエローの叔父、ヒデノリを叩き起こし、居候二人を居間へと連れて行くお婆さん。

 そしてそれに続く様にお爺さん、ピカやチュチュも入ってきて、襖を閉めラジオへと注目する。

 

『それではセレモニー第一弾……前回優勝者マサラタウン出身、レッド選手の入場です!』

「レッドさん!?……ってレッドさんは今はシロガネ山で療養中のはずだけど」

 

 早速"レッド"の単語に反応したイエローが身を乗り出す、が彼女の言葉通りやはりレッドが現れる様子はラジオの中からは感じ取れない。

 数秒の静寂、その静けさにまさかの放送事故かとその場にいる全員が思ったその時だった。

 

『あのうすいません、ジムリーダー控え室ってここであってます?』

 

 聞きなれたその声に呆然とするイエロー他三名を残して、そして本物の放送事故は開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、師匠!」

 

 開け放たれたリニアから、白い煙が立ち込める。

 急遽予定変更され、セレモニー第一弾を飾る事になったクリアだったが、どうにか役割分は果たす事が出来た。

 クリアによって更に熱を持った会場の温度が、限界を超えるが如く更にヒートアップする。

 二つの地方の全ジムリーダー達による対抗戦、今大会の目玉とも言うべきそのイベントの主役達が、全ジムリーダー達が今ここに、この会場に満を持してようやく現れる。

 そしてそれを特等席とも言うべきメイン闘技場の真ん中で、目の前で開かれたリニアのドアから現れた人物を見てすぐさまクリアは叫んだ。

 

「……クリア、どうしてこんな所に……」

「あぁー! クリアー!!」

「げっ、アカネ!」

「ちょい待て"げっ"って何やねん"げっ"って!」

 

 久しぶりの師弟の再会、まぁ実際正確には師弟では無いのだが、それでもお互いに思う所があっての再会であった――のだが、それはすぐに横槍を入れてきたアカネによって阻まれる。

 

「なんやクリア、一体こんな所で何してんねん」

「ちょ、ちょっと開幕セレモニー第一弾を……って師匠!? ねぇちょっと無視して行かないで!」

「……ししょ~う? なんやクリア、アンタまさかヤナギのお爺ちゃんがアンタの師匠だとでも……」

「そうだけど?……ねぇ師匠ー、もうこれだけ大っぴらになったんだから隠す必要無いですよねー? ねぇ師匠聞いてる、聞いてますー?」

「な、なんやそれぇ!」

 

 クリアに掴みかかったまま驚愕の表情を浮かべるアカネ、そしてそれは彼等の傍に立つ理事も同様だ。

 当然だろう、今の今までチョウジジムにいる人間はヤナギ一人だとこの場の当事者以外誰もが思ってた事だ。

 アカネもアカネでラジオの取材でチョウジジムに一度行き、その際ヤナギと顔を合わしてはいたものの、こんな事実は初耳である。

 

「む、誰かと思えば貴様は……」

「っげげ、イブキさん!?」

「……ほう、よほど私に会いたく無かった様だな、なんなら今ここで勝負するか?」

「来たよアカネ以上の超理論!」

 

 ぞろぞろとカントー、ジョウトのジムリーダーがリニアから降り始め、その中の一人イブキがクリアの顔を見るなり言って、クリアはげんなりとした表情で答える。

 答えた瞬間イブキが外に出していたハクリューが威嚇して来て、思わずビクリと肩を震わすクリア。

 

 クリアにとってイブキは、ある意味アカネ以上に厄介な存在だった。

 ジム戦としては最後、七つ目のバッジ獲得の為として戦った相手なのだが、そこで何とか勝って以来、フスベに滞在中は事ある毎にイブキは彼に勝負を挑んで来ていたのである。

 それも、少なくともアカネよりも更に強者が、加えてクリアは高圧的なイブキの態度が苦手であった。

 イブキは女性として美人の部類に入るのだろうが、その格好もフスベの民間男性人はそそられるものがあると言うが、残念ながら彼女はクリアのタイプでは無い。

 彼女が"大人しめで一緒にいて楽しい、そして何よりも優しい"女の子ならクリアもここまで苦手にはならなかったのだろうが、彼女(イブキ)を異性として見れなければ、クリアの瞳に映る彼女はただのバトル馬鹿である。

 それもアカネよりも性質が悪い――無論、クリアがフスベに滞在した期間はコガネと同レベルのものだったという。

 

「む、お前はクリアか? こんな所で何をやっている?」

「え……って本当にクリア!? こんな所で何やってるんだい? ゴールドには会えた?」

「クリア、イエローには会えましたか?」

「ふふっ、もう本調子の様だなクリア」

 

 上からタンバのシジマ、ヒワダのツクシ、アサギのミカン、エンジュのマツバ――皆が皆過去に彼と対戦したジムリーダー達だ。

 そして続く様に今度は――、

 

「ちょっ、なんでアンタがこんな所にいるのよ!」

「一年も消息を絶ってたと思えば……」

「クリアよ、また無茶ばかりして無いだろうな……?」

「うふふ、カツラさん、クリアが無茶してない、訳無いじゃないですか、聞きましたわよ渦巻き島の事」

「おうクリア、元気そうじゃねぇか! 渦巻き島以来だな」

「……こいつがマチスが言ってた少年か」

「……本当に、お前は一体何をやっているんだ……」

 

 カントージムリーダーズの登場である。

 ハナダのカスミ、ニビのタケシ、グレンのカツラ、タマムシのエリカ、クチバのマチス、ヤマブキのナツメ、トキワのグリーン――共に戦った事もある者から、一度会った事ある者、他人からの情報でしか知らないものと関わり方は様々だが、それでも彼等がクリアの事を知っていたのは事実である。

 当然、会場は更なるざわめきを起こす。

 いくらセレモニーの第一弾を飾る程のバトルを先程見せていたからと言って、いくらジョウトのバッジ七つを集めていたからと言って、実際に見て確かめのと情報でしか知らないのでは大分差がある。

 更にはジョウトだけで無く、カントージムリーダー達とも面識がある様子で、更に更に先程はジムリーダーの一人であるヤナギを"師匠"と呼び慕っていた。

 

「ク、クリア"君"?……君は一体?」

 

 これにはポケモン協会理事も驚きである、思わずクリアを君付けで呼んでしまう程に。

 

「一体……って、そう言われても、自称ヤナギ師匠の弟子の、ジョウトジムバッジを七つ集めて、四天王事件を解決したトレーナーの一人…って所ですかね?……あ、後この間伝説のルギアとも戦いましたよ」

 

 そう答えたクリアの言葉に嘘は無かった。

 実際に彼は、認められていないがヤナギに弟子入りして、ジョウトジムバッジを七つ集めて、ルギアと戦い、そして一年前の四天王事件を解決に導いたトレーナーの一人だ。

 今の今まで特に聞かれなかった為あまり公表はしていなかったその情報、それはもう理事やジムリーダー達含めた会場全体を驚かすには十分な素材で。

 四天王事件での彼を知らないジョウトジムリーダーの面々や、バッジ七つを集めた事を知らないカントージムリーダーの面々、そしてそれら全てを知らない理事含め会場の一般客達は次の瞬間一斉に――。

 

(……誰だろうあの人は)

(……誰なのだあの者は)

 

 クリアと一切の面識が無い二人のジムリーダー、キキョウのハヤトとセキチクのアンズを残して、会場全体に驚愕の声が響き渡るのである。

 

 

 

「いやー、まさか俺も特別にジムリーダー席に座らせて貰えるなんて思わなかったよ」

「ヤナギさんが自前の車椅子に乗ってたから、丁度一人分空きがありましたからね」

「いやいやそれもこれも、理事に頼んでくれたミカンのお陰だよ、サンキューなミカン」

「いえ、私もせっかくなら大勢で楽しみたいと思いますから」

 

 会場が驚愕の渦に包み込まれてから少し後、とりあえずの落ち着きを取り戻して全ジムリーダー達はジョウトとカントーに別れて席についた。

 メイン闘技場傍に用意された長椅子、東側にカントージムリーダーが、西側にジョウトジムリーダーが腰を下ろす形で席についた――のだが、今の会話通りミカンの進言で、特別にクリアもジョウト側のジムリーダー席に座る事を許可されたのである。

 というより恐らく協会側も、このままクリアを観客席に戻したらきっと大会所じゃ無くなると、事前に察知したのだろう。

 もしこの状況で彼が普通に退場してしまえば、彼の言葉に興味を持った者達や、ジムリーダー達の事を聞きたい、近づきたい者達が彼に殺到してしまう恐れがあるからだ。

 更に言うと、目を離した隙に先の様な予想外の事態を起こされても堪ったものじゃない――そう考えて、きっと彼はジョウトジムリーダー席に置かれたのである。

 

「おーいクリアー?」

「ん、なんだよアカネ?」

「むぅ、なんやその態度なんやその態度!? なんでウチとミカンちゃんとでそんなに態度が違うんや!?」

「……キャラ?」

「どういう事やねん!」

「あべしっ!」

 

 設営が進むメイン闘技場に、パコーンっという気持ちの良い音が木霊する。

 アカネがクリアを勢い良く叩いた音だ、そしていつも通りクリアは涙目になりながら、

 

「ほらそれ! 暴力反対駄目絶対!」

「やかましいわ! というか自分、今凄く美味しい状況にいるの分かってんの!?」

「美味しい?……なんか食い物でもあるの?」

「こんの……草食系!」

「あだっ!」

 

 再度アカネの激しいツッコミが、横に座るクリアに炸裂する。

 そしてそれを見て、クリアの横に座るミカンが少しだけ心配そうに彼を見つめる――が、会場内の人物、というか大半の男達はそんな状況のクリアを哀れみを持った目で見つめたりなんかしていない。

 むしろ逆――殺意にも似た何かが篭った眼差しを今は向けている。

 それは先程まで彼を称えていた者、褒めていた者、貶していた者、とりあえず会場内にいるほぼ全ての男性がクリアに敵意の眼差しを向けていた。

 理由は明白、クリアが座るポジション。

 

 長椅子の一番端にイブキが座り、そこから順にシジマ、ツクシ、ハヤト、マツバ、ミカン、クリア、そして長椅子の逆の端にはアカネ、最後に自前の車椅子に座るヤナギと続いている。

 ――そう、今のクリアは両手に花状態だったのだ。約大半の男達の総意としては、ヤナギの弟子を自称するのならアカネと場所を変われよ、という感じなのである。

 更にそんな彼に近づく二つの影に、男達の怒りのボルテージは更に急上昇する。

 

「全く、アンタってばイエローが心配してたわよ……それだけ元気なら、たまにはあの子がいるトキワシティにでも行ってあげなさいよ」

「ふふっ、連絡を寄越さなかった言い訳でも聞きに来ましたよクリア?」

「えーと、とりあえずなんかすいません……!」

 

 ジョウト方面から来ている男達の怒りのボルテージは既にほぼマックス近かったというのに、今度はカントー方面からお越しになられている男達の怒りのボルテージがマックスまで到達する。

 ジョウトジムリーダーを代表する美少女の二人、アカネとミカンを両に置いた状況で、今度はカントーのカスミとエリカの登場だ。

 おてんば人魚とも言われる健康系美少女のカスミと、正統派和服お嬢様のエリカだ、そのビジュアルからカントー男衆からの人気が高い事は明白。

 そんな彼女たちが、有ろう事か既に二人の美少女と話していたクリアに近づいたのだ。会場内の男達は血の涙を流して、女達はそんな男達にあきれ返る。

 

 ――まぁ尤も、別にこの四人と、というかその内誰か一人とすらクリアは特別な仲では無いのだが、そんな事情を知ってる観客達では無い。

 

(……むぅ、また女の子かいな、全く本当に油断も隙も無い! 何が草食系やクリアのアホ!)

 

 だが一人だけ、内心面白くなさそうに呟く少女がその四人の中に一人だけいたのだが、当の本人クリアがその様子の変化に気づく事は無い。

 

 

 

「さぁ準備が整いましたので、今から電光掲示板に対戦順が発表されます!」

 

 いまだ妙に殺気だった会場に理事の声が響く。

 先程のセレモニー第一弾のクリアのバトル、その後片付けが終わり、これでようやくジムリーダー対抗戦の始まりである。

 そして理事の言葉通り、会場電光掲示板に対戦表が発表される。

 

「へぇ、最初はミカンで相手はタケシか、頑張れよミカン」

「はい、応援よろしくお願いしますクリア」

 

 そう言って席から立ち、闘技場へと向かうミカン、カントー側からも同じ様にタケシが向かって来ている。

 対戦表から、第一戦目はミカン対タケシの勝負だ。

 一度ミカンと戦った事もあるクリアからすれば、この戦いはミカンが圧倒的に有利だった。

 彼女が使う"はがねタイプ"は"いわタイプ"使いのタケシからしてみれば相性不利な相手、だがしかし、だからといって相性で全てが決まる訳でも無いのがポケモンバトルだ。

 さらに言うとそれは強者同士の戦い程、顕著に現れる、まぁだからこそ面白いのだが。

 

「それでは第一試合、ニビジムタケシさん対アサギジムミカンさん」

 

 そしていよいよ、待ちに待った日がやって来た。

 全ジムリーダー十六人によるエキシビジョンマッチ、ジムリーダー対抗戦。

 その開幕の火蓋が今――、

 

「試合開始っ!」

 

 ――切って落とされるのだった。

 

 




……イエローが会場にいなくて本当に良かった(震え声)

後今回のサブタイは完全に騙すつもりでつけました。じ、次回からこそはシリアスになると思われ……なればいいなぁ。


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二十九話『vsエアームド 新たなる誓い』

サブタイは昔あったアニポケ特別編のオープニングタイトルから、あの話結構好きだったなぁ。


 

 

 とうとう始まるカントー対ジョウト、ジムリーダー対抗戦。

 三年に一度のポケモントレーナーの祭典、セキエイ高原ポケモンリーグにて、最も注目されていたイベント。

 その開幕試合を務めるは、カントー岩タイプのエキスパート、ニビジムのタケシ。

 対するジョウト勢からはアサギジムのミカン、鋼タイプのエキスパートとされるジムリーダーだ。

 ――といっても、彼女の情報を知らないタケシはミカンの出したポケモン達に困惑の色を浮かべている。

 当然だろう、彼女が本番前に調子を見たいと言って出したポケモン達は、デンリュウが一匹にレアコイルとトゲチック二匹ずつ、パッと見電気タイプ使いっぽいが、トゲチックは"ノーマル"と"ひこう"タイプのポケモンだ。

 実際に戦ったクリアは彼女のエキスパートタイプ、"切り札"が何であるかを知っているのだが、その情報は勿論タケシには教えていない。

 いくらタケシとは知人同士といっても、それはクリアにとってミカンも同じ、それにタケシ本人もそんなクリアの助言なんて望んでいないだろう。

 

 だからこそクリアはこのバトルを大いに楽しむ事にする。

 ジョウトもカントーも、両ジムリーダーの大半は彼にとっては友人関係にある者が多い。

 その者達のバトルをクリアは特等(ジムリーダー)席で楽しみながら観戦し、バトルに役立ちそうな盗めそうな技術は盗んで、そして――、

 

「……なぁクリア、なんでビデオカメラなんて持ってきてるんや?」

「ちょっと育て屋の爺さんと婆さんに頼まれたんだよ」

 

 周囲の観客達の注目を集めつつ彼は三脚まで用意して、特等席から撮影を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何やってるのかしらクリア(あの人)

「はぁ……知らねーよんな事は、つーかなんか俺はもう慣れちまったぜアイツの奇行にはよぉ」

 

 空気も読まずにジョウトジムリーダー席に三脚立てて撮影始めるクリアを、立ち見の観客席から眺める二つの人物。

 ジョウト地方新ポケモン図鑑所有者、ゴールドとクリスだ。

 渦巻き島でクリアと別れた彼と彼女は、その後オーキド博士からセキエイ高原で行われるジムリーダー対抗戦、そしてその"真の開催理由"を聞いてこの場へと参じた訳だが。

 早速彼等の先輩とも言える人物の姿を、有ろう事かジムリーダー席に見つけてクリスが呟き、ゴールドがため息交じりに答えていた。

 

「所でどうゴールド、貴方の眼から見て怪しい人物はいる?」

「さぁな、今の所目立って怪しい奴は一人しかいねーな」

「……クリアさんはジムリーダーじゃないから例外として考えて頂戴……」

 

 二人が見つめる先の人物、白熱するタケシとミカン両ジムリーダーの対決――を意気揚々とカメラに収めるクリアの姿を見てげんなりとした様子で答えるクリス。

 この二人がここセキエイ高原に来た"真の目的"、それは何を隠そう、解散したはずのロケット団残党達を束ねた悪"仮面の男"の発見にあった。

 ゴールドと仮面の男が過去ウバメの森で対峙した時、その時仮面の男のから偶然採取したジムバッジの金属粉から、オーキド博士やウツギ博士、そしてポケモン協会理事は、仮面の男はジムリーダーの一人だと断定し、今回の対抗戦を開催してジムリーダー達を一堂に集めたのである。

 そして集められたジムリーダー達の中から、実際に仮面の男と対決したゴールドにその正体を探ってもらおうと考えたのだ。

 ちなみにクリスは、嫌でも目立つ性格のゴールドのお目付け役として使わされたのだが、実際にはその心配は無かった様だ。

 

『イワーク戦闘不能! 試合終了ぉぉぉ!!』

 

 会場内に試合結果を知らせるアナウンスが流れ、ジョウト陣営のジムリーダー達、そしてジョウト組の観客達が歓喜の声を漏らす。

 ――と、撮影終了ボタンを押しながら帰ってくるミカンを迎えるクリア。

 

(……クリアさんが目立ってしまってるこの状況じゃ、別にゴールドのお目付け役なんていらなかったんじゃないのかしら……?)

 

 そう思うクリスの見つめる先では、勝利し帰ってきたミカンと片手でハイタッチを交わすクリア。

 同時に濃くなる会場内の殺気、無論それは男性人のみからの殺気である。

 そしてそれは彼女の隣に立つゴールドからも、

 

「あんの野郎! あんな可愛いギャルとハイタッチなんかしやがってぇ!」

「……はぁ、馬鹿ばっか」

 

 同時に殺気立つ隣の少年の様子に呆れながら、ため息吐いて彼女は呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

『続いての試合は、ハナダジムカスミさん対コガネジムアカネさんです!』

 

「よっしゃ、ウチの出番や!」

 

 場内アナウンスが流れ、クリアの隣に座るアカネが勢い良く席を立ちながら言った。

 ジョウト地方からはノーマルタイプのエキスパートのアカネ、対するカントーからは水タイプのエキスパートであるカスミの登場である。

 タイプ相性的には先の鋼対岩、の様な特別カントー不利という訳でも無い今バトル、ジョウト的には再び勝って勢いを確固たるものとしたい所だが、逆にカントーからしてみれば既に一敗してる状況、まずは流れを掴む為の一勝が欲しいといった所か。

 まぁ所詮はエキシビジョンマッチなのでそこまで勝利に拘る必要は無いのだが、そこは各ジムを任される程のトレーナー達だ。

 

「絶対負けへんでぇ~!」

「おう、まぁ頑張って来いよアカネ」

 

 勝利への拘りというのは並々ならぬものでは無いらしい。

 そしてそう意気込むアカネに適当にエールを送りつつ、再びビデオカメラを回し始めるクリア。

 どうやら今回の試合全てを撮るつもりらしく、合間合間で一旦ビデオを止めるのは出来るだけ容量を食わない様にする処置なのだ。

 

 

 

「……ねぇ師匠?」

 

 アカネとカスミの試合が始まって、順調にカメラを回していたクリアは手持ち無沙汰となりながら自称彼の師ヤナギに話しかけていた。

 

「……なんだクリア?」

「いやぁ、なーんか怒ってません? 凄いピリピリしてますよ?」

「そんな事はない、ただお前がこの場にいた事が予想外だっただけだよ、はてどれ位でジムに帰ると言ってたか……」

「あ、あはは……あ、アカネの勝負がもうじき終わり……って」

 

 話しかけてみると、予想以上に辛らつな言葉が返ってきてクリアは慌てて試合へと視線を戻す。

 言動自体はキツく無いが、むしろ氷タイプのエキスパートである彼の師の返しとしてはその冷静な返事は、ある意味キツく言われるよりもヤナギからにじみ出る怖さと、クリアの自責の念が倍増する。

 氷の様な冷たさで叱られた時には、まるで体の芯から心の底まで凍らされた様な気分になるのだ。

 

 そして話をすり替えた矢先、再度視線を戻してみると試合は終了間際だった。

 カスミのスターミーの"はかいこうせん"がアカネのミルタンクに直撃してそして、

 

『ミルタンク戦闘不能! 第二試合はカントーハナダジム、カスミさんの勝利です!』

 

 勝者はカントー側、そしてアナウンスと同時に盛り上がるカントーサイドの人間達。

 これで試合は一対一の振り出しに戻された。最初こそ先勝して勢いづくかと思ったジョウト側だったが、カントー側も負けてはいないという証拠である。

 そしてそれはここからの激戦を予感させるもので、手に汗握るバトルの行方は誰にも分からないもので。

 

「やっべ……!」

 

 だけどそんな事等今は忘れてクリアは闘技場へと走る。

 理由は簡単だった。彼がコガネジムでアカネに挑戦した際の記憶が彼の脳裏に過ぎったからである。

 それはジム戦に挑み、戦い、僅かの差でクリアが勝って、いざジムバッジを貰おうとした時だった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁん! 負けてしもうたぁぁ、ウチの所為でジョウトに初黒星がぁぁぁ~!」

 

 その声は会場の騒音にかき消されていたが、勝利したカスミとは裏腹にアカネは瞳を濡らして号泣したのである。

 ペタンとその場に座り込んで泣き出したアカネの下に、その事態を予測していたクリアはすぐ様駆け寄って、

 

「はいはいアカネ、泣くならまずは席に戻るぞ」

「ひっぐ、ぐすっ、クリアぁ…」

 

 そんな彼女の手を引っ張って、クリアは二人で観客席に戻る。

 ――そう、クリアはアカネが意外と泣き虫だという事を知っていた数少ない人間だった、だからこうして涙を流す彼女をいち早く迎えに来れたのだ。

 クリアとアカネが初めて戦ったコガネジム戦で、勝利したクリアがいざバッジを貰おうとした際アカネが泣き出してしまい、ジムトレーナーの一人からアカネが泣き止むまで暫く待って貰う様に言われたのは良い思い出である。

 昔ゲームでプレイした主人公の体験を、まさかその身で味わう事になるとは思わなかったクリアはその時、若干の懐かしさを覚えると同時に小さな罪悪感も持ってしまっていた。

 いくらクリアに非が無いとは言え、やはり女の子を泣かせて平然としてられる程クリアは気丈では無いし、ドSでも無い。

 

 それ以来、クリアは負けるのは当然嫌として、彼女に勝つのも苦手な為アカネとのバトルは受けなくなったのである。

 

 

 

「ほら、もう泣き止めよ、な?」

「えっぐ……うん、うん、ありがと、クリア……」

「……ま、まぁ気にすんな、うん」

 

 席に戻って、微笑ましそうに見つめてくるミカンの視線を無視しつつクリアはアカネの頭に手を乗せて適度に撫でる。

 観衆の注目の的となり若干の照れくささはあるものの、それでも隣で女の子が泣いてるのに何もしない男、というレッテルを貼られるよりはマシというもので、加えてクリア自身も何だかんだでアカネの事が放っとけなかったのだ。

 泣き出す事は多いが、気持ちの切り替えは割と早いアカネである。クリアに頭を撫でられ気持ちが落ち着いたのか、いつもの彼女ならぬ落ち着いた態度でアカネはクリアにそう礼を言って、その様子に少しだけドキリとしつつクリアも彼女にそう返すのだった。

 ――尤も、そんな微笑ましい男女のやり取りも、世の男性陣には不評らしく思った通り会場のクリアへの敵対心は更に深まるのだが。

 

(……こうして大人しくしていると可愛いんだけどなアカネは……ん?)

 

 さて、カントーが勝利で飾った第二試合も終わり、続いて第三試合である。

 カントーはセキチクジムのアンズ、対するジョウトからはキキョウジムのハヤト、二人共まだジムリーダーに就任したばかりの新米ジムリーダー対決。

 その開始直前で、気づくとその試合に出るはずのハヤトがクリアの前に立っていたのである。

 それに気づいたクリアはそろそろ泣き止んだ様子のアカネの頭から手を離して彼へと視線を向けると、ハヤトは自ずと口を開いた。

 

「実はさっき、マツバさんから君の事を聞いたんだが、もしかして君が手に入れたウイングバッジは……」

「多分、アンタの予想通りだよ、キキョウジム前ジムリーダーのハヤテさんから貰ったものだぜ」

「……やはりか」

 

 クリアから出た"ハヤテ"の単語にハッとして、どこか懐かしそうに納得したハヤト。

 更にその"ハヤテ"という単語に反応したのはハヤトだけで無く、少し離れた位置にいるシジマもだが、彼は元々多くを語る性格では無くその動きに変化は無い。

 逆にハヤトはその時の様子を、自身の前任であり、父親の戦いの様子をクリアに聞こうと口を開きかけるが、

 

『では第三試合、セキチクジムアンズさん対キキョウジムハヤトさんの新人ジムリーダー対決です!』

 

 流れ出るアナウンスに我に返り、口を閉じる。

 ハヤトも父親の跡を次いでジムリーダーになった身だ、その前任の最後の挑戦相手となったクリアに、戦いの様子を、父親がどんなバトルをしていたか聞きたい気持ちは強いものだろう。

 だが今は自分がそのジムリーダーで、現在はその責務の一つとしての対抗戦の真っ最中なのである。

 真の意味で彼が父親の跡を次いでジムリーダーとなり、かつその前任を超える為にはきちんと責務を全うする義務があるのだ。

 更に言うと彼は警察官でもあり、仕事に私情を挟むのがどれだけはた迷惑な事かもよく理解している。

 だからこそ、ハヤトは名残惜しそうにその場を去ろうとして、

 

「ハヤテさんは……」

 

 そんなハヤトに、名前の響きからハヤトとハヤテの関係を、彼の事情を察したのだろうクリアは短い言葉で告げた。

 

「強かったぜ、あのエアームドにはタイプ相性で有利なはずの俺のエースが苦戦したんだからな」

 

 その言葉だけで十分だった。

 細かい事や、気になる点等もまだまだ多々あるが、そんな事は仕事が終わってからゆっくりクリアと食事でもとりながら聞けばいい。

 ただ欲しかったのは挑戦者としてのクリアの率直な意見、ハヤテの強さの証明。

 そしてそれは、ハヤトが超えるべき壁として確かに出現して、同時にハヤトの背を押す力にもなる。

 

「っふ、ならばその前任を破った……父を破ったクリア、お前の前で無様な格好等見せられないな……!」

 

 彼には聞こえない呟きを残してハヤトは闘技場に上がる。

 相手は同じく新米ジムリーダーにして、ハヤトと同じ様に父親を前任に持つ少女。

 そんな似通った境遇のジムリーダー同士の対決が今、始まる――。

 

 

 

 第三試合が始まって間も無く、クリアが何の気なしに観客席を見上げた先で、彼は二人の人物を見つけた。

 

(あれは……ゴールドに、クリス?)

 

 試合が始まってすぐ、ハヤトのヨルノズクとアンズのベトベターの勝負が始まってすぐは彼も試合に注目していたが、元々飽き性のクリアだ、時間が経てば次第に辺りへと視線を向ける様になってくる。

 この広い会場で、誰か知ってる顔でもいないものかと、目だけ動かして一人一人の顔を観察してみたりしていたのだが、その最中に二人の図鑑所有者の姿を見つけたのである。

 

(あの二人も観戦か?……いや、それにしてはやけに険しい顔してやがるな……)

 

 最初こそ違和感無く二人の姿を見つけたクリアだったが、次第に周囲と彼等との様子の違いに気づいたのだ。

 まず二人はあまり楽しそうには試合を見ていなかった。周囲の観客達は皆笑顔を浮かべたり、そう思った次の瞬間には驚愕の表情を浮かべたりとコロコロと表情を変えているのだが、この二人に関しては全く表情が変わらなかったのである。

 それはつまり、試合への感情移入が一切無いという事、試合目的で来てる訳では無いという事だ。

 そもそもクリアはクリスの旅の目的は知っていてもゴールドの旅の目的までは知らなかった、コガネ、エンジュ、渦巻き島と何度か遭遇したクリアだったが、てっきりゴールドはリーグ出場でもするものだと思っていた。

 ――だが実際は、彼は選手席では無く立ち見の観客席にいる、その時点でリーグ出場は無いと言える。

 ならばゴールドは何の為に旅をして、何の為にこの会場を訪れたのか、最大の要因とも言えるジムリーダー対抗戦も彼等の表情の変化の無さからほぼ間違いなく無いと言えるだろう。

 

「……すまんアカネ、このビデオカメラそのまま回しててくれるか?」

「ふぇ?……ぐずっ……ク、クリアはどこに行くん?」

「あぁ、ちょっと気になる事があるから、知り合いに会って来る」

 

 そう言って、回し続けるビデオカメラはもう試合が終わったアカネに任せてクリアは席を立った。

 今は皆バトルに夢中な様子で、彼が席を立った事に気づいたジムリーダー達も、所用か何かだろうとすぐに視線を試合へと戻す。

 丁度ハヤトのエアームドとアンズのアリアドスの戦闘に移り変わり、ハヤトがエアームドの羽を用いたブーメラン状のボールでアンズのアリアドスの糸を切断し攻略した時。

 今からが勝負の盛り上がり、これから更に白熱した試合が繰り広げられるといった所で――クリアが観衆の前から姿を消すのと、観客席に"父の姿"を見たアンズが試合を放棄するのはほぼ同時だった。

 

 

 

 そんな頃、人気が全く無いリーグ会場通路に一人の少年の姿があった。

 黒を基調とした服に身を包んだ赤毛の少年、シルバーだ。

 

(今は対抗戦でカントー、ジョウト全十六名のジムリーダー達はエキシビジョンマッチに参加しているはずだ、その隙に控え室を調べて……)

 

 なるべく人目に付かない様に慎重に行動する彼にはある目的があった。

 "仮面の男"その正体を暴く事、新図鑑所有者であるゴールドとクリスの二人と同じ目的でシルバーもまたこの会場に来ていたのである。

 というのも、彼は今まで"とある人物"の指示で動いていた。

 半年間程の時間を、彼は彼の目的の為にその人物の命令の下、エンジュや怒りの湖等に地に赴き、そして最後の任務としてこのセキエイ高原にやって来ていたのである。

 

『ふっ、クリアか……一年前、俺と同時に奴も姿を消したと聞いていたが、まさか奴もこのジョウトの地にいたとはな』

 

 ヒワダの事件の際、シルバーがその人物にクリアの事を報告した時そんな事を呟いた人物。

 

『スオウ島ではやられはしたが、だが俺が久しく忘れていたものを思い出す切欠にもなった……それがクリア、俺と同じ故郷を持つ"イエロー"と共に、一年前俺に挑んで来た人物だ』

 

 一年前クリアとイエロー相手に死闘を演じた人物、四天王ワタルはシルバーにクリアの事についてそう話したという――。

 

 

 

「よっ、誰かと思えば銀色じゃん、何してんだよこんなとこで」

「っ……お前は、クリア……」

「おおう、先輩に対して良い物言いじゃん……って別に俺は気にしないけどねそういうの」

 

 突如後ろから声掛けられ、反射的に飛び退きながらその人物へ視線を向けるシルバーだったが、視線の先にいた人物の顔に、僅かながら安堵する。

 ふとワタルに彼の事について聞いた時の事を思い出していたからか、それとも単なる偶然か、どちらか等定かでは無いしそんな事どうでもいい、問題なのはクリアにシルバーの目的を話すかどうかだ。

 シルバーの目の前に立つ人物クリアは、ワタルの話と、ゴールドのポケギアに通信を入れてたウツギ博士の話では今回の事件とは全く関係の無い者だと思っていいだろう。

 それに加え、先の渦巻き島のルギア戦ではその実力の高さも証明されている――だがそれは同時に、クリアを今回の事件に巻き込む事になるのだ。

 シルバーが知る限り、クリアが今回の事件に関わったのは二度、ヒワダの井戸とエンジュの地盤沈下時、しかもどちらも巻き込まれる、もしくは首を突っ込む形で介入している。

 その性格から、協力を申請すれば快く引き受けそうだが、果たしてそれが正しいのかどうか、シルバーには判断しかねるのだ。

 

「まぁ、そんな事より一つ聞きたいんだけどさ」

「……なんだ?」

「タメ口かよ……ってそれはまぁいい、実はこの会場にゴールドとクリスが来てるんだけどさ……なーんかキナ臭いんだよねこれが、何でか知らない?」

「……それは、この場にロケット団残党を束ねる男が、仮面の男(マスク・オブ・アイス)が来て……」

 

 少しだけ躊躇して、シルバーはクリアに彼の目的を話す事にした。

 それは放っておいてもどちらにしても彼がその事実に行き着くと判断したから、もしシルバーが話さなくても、恐らくシルバーと同じ理由でこの場に来てるのだろうゴールドとクリスがクリアに話すと思っての事だった。

 まぁその事実と、クリアが行動に移すかは別としてシルバーは考えていたのだが、その事を聞いて――正確には"仮面の男"の事を聞いた瞬間、クリアの顔色が変わる。

 

「おいシルバーちょっと待てよ、マスク……まさか、本当に奴がここに来ているのか?…その言い方だと目星はついてる様だな、教えろ」

「……待て、お前は奴と会った事があるのか!?」

「あぁチョウジの土産屋でな」

「チョウジ……」

 

 チョウジタウン、真っ先にシルバーの頭に思い浮かんだのはチョウジジムのヤナギだった。

 氷タイプのエキスパートのジムリーダー、そして今回の仮面の男も強力な氷の使い手――だが共通点はそこまで、背丈等の身体的特徴は全く当てはまらない。

 一応考慮に入れておく程度か、ひとまずシルバーはそう判断して、自身の持ってる情報をクリアへと開示する事にした。

 別にそれで情報が減る訳でも無し、さらに言えばクリアの単独行動で仮面の男の正体を暴く切欠が出来るかもしれないからだ。

 クリアは既に仮面の男と会っていた、その時点でクリアはもう事件に無関係の他人では無くなっている。

 

「目星、一つだけ、奴に関する確実な情報がある」

「……だから何だよそれは」

「ゴールドがかつて奴とやりあった時、微量の金属粉が奴から検出された、そしてそれはワカバの博士から鑑定に回され返ってきた答えは……奴がジムリーダーの一人だという事だ」

「……ジムリーダー、だと?じゃあまさか、お前は今会場にいるジムリーダー達の一人が……」

「あぁ、仮面の男だ」

 

 極めて平坦な口調でシルバーがそう言って、彼はクリアの様子を観察する。

 俗に言う衝撃の事実を突きつけられて、クリアはただ乾いた笑いを零す。

 だが彼がそうなるのも当然だ、ついさっきまで話してた人物達の一人が、彼が良く知る者も多いジムリーダー達の内の一人が、彼や伝説の三匹の宿敵"仮面の男"だと、確かにシルバーはそう言ったのだ。

 一年前の四天王事件では短い間だが共に戦ったカントージムリーダーの四人、加えて共に仮面の男と戦ったマチスと、その彼と親しい間柄の様子のナツメ、そしてイエローの師とも言えるグリーンに、まだあまり話した事も無い新米ジムリーダーアンズ。

 数ヶ月前、ジム戦を挑み戦ったジョウトジムリーダーの面々、中でも知らない仲だったハヤトとは先程友人になれた気もしたし、何よりあのアカネが仮面の男だったなんて少しも考えられない。

 ――そして彼の師匠ヤナギ、普段は謙遜しがちの優しい老人、それがクリアがヤナギに持つ印象だ。

 だがその実態は怒らせたら怖い、氷タイプのエキスパート、そして彼が知る中でも最強のジムリーダー。

 

 そんな人達の中に、ロケット団残党達を束ね、そしてチョウジの土産屋での戦闘でクリアを攻撃した者がいるなんて、クリアには到底考えられなかったのだ。

 

「ははっ、悪い冗談だよ本当に、ジムバッジ? そんなもん俺だって持ってるぜ?」

「それは挑戦者に配られる簡易版だ、今回採取された金属粉は、ジムリーダーのみが持つ純正のものだったらしいからな」

「……じゃあ何か? 本当に、本当にあのジムリーダー達の中に仮面の男がいるってのか? 俺はあの中の大半とは知り合いなのに、だけど本気で攻撃されたんだぞ?」

「……馬鹿かお前」

「な、に?」

「知り合い? そんな事奴には関係無い!奴は自分の目的の為なら手段を選ばない様な奴だ! そんな奴が、ちょっと知り合っただけのお前なんかに手心を加えると……本気でそう思っているのか!?」

 

 激昂する様にクリアの胸倉を掴んでシルバーは叫んだ。

 彼自身、仮面の男に比喩表現無しで人生を狂わされた存在だ。

 何も悪い事はして無かった、ただ彼の出生が、出身地が他とは少しだけ違って特別だった、たったそれだけの理由で彼は九年前に攫われたのだ。

 まだ二歳だった彼のそれからの幸せを全て奪って、仮面の男は自身の目的の為だけに彼を利用しようとしたのである。

 仮面の男がジムリーダーの一人だった、ただそれだけの理由で、そんな存在をクリアは譲護しようとしたのだ、シルバーが怒りを覚えるのも無理は無い。

 

「……奴の目的は時間(とき)だ」

 

 シルバーの言葉にすっかり言葉を失ったクリアに、彼の真横を通り抜けて去り際にシルバーは呟く。

 シルバーも暇じゃない、いつまでも戦う気が無い者の相手をしていても仕方が無い、今から彼は仮面の男について調べなければいけないのだ。

 だから立ち止まったままのクリアを、図鑑所有者としては先輩の彼を、シルバーはその場に残して去る。

 ――がそれでも、彼にその情報だけは残しておく事にした。

 

「奴が何の為に時間を統べる術を求めているかは知らないが、だがこれだけは言える……奴を止めなければ、また無関係の人達が犠牲になる!」

「……」

「目的の為なら……各地から無関係の子供を攫い、エンジュで地盤沈下を起こし、怒りの湖でギャラドスを大量繁殖させる様な奴だ! そんな奴の目的が、綺麗なもののはずが無い!」

 

 シルバーの言葉は確かにクリアの心に響く。

 彼がついさっきまで話して、笑って、そして慰めて、そして戦ったり共闘したりした者達。

 その中の一人がジムリーダー、彼の宿敵、今までの関係全てが偽りだった相手――その事実に支配された彼の頭、心に、確かに染み込んでいく。

 

「お前がどうしようが俺には関係無い……だが俺は奴の正体を必ず突き止めて、俺は俺の宿命に終止符を打つ!」

 

 そうクリアに告げて、シルバーは彼に背を向けて歩き去る。

 クリアに言った言葉は、シルバー自身による自分への確認の様なもの。

 決意の確かめ、彼を縛る過去からの鎖を断ち切る為の最大の難関にして、最後の壁、それを壊す覚悟を今一度、シルバーはクリアに言う事によって固めていった。

 一方で一人残されたクリアは、

 

「……宿命に、終止符をね」

 

 クリアもまた、仮面の男を追う者。

 だがその理由は酷く曖昧なものだった――ホウオウに蘇生された伝説の三匹達同様に、ホウオウを守る為、そしてそのホウオウへの恩返しとしての行動。

 そこに嘘は無かった、無かったのだが、やはり伝説の三匹や、シルバー程必死にはなれていなかった。

 その証拠が今のクリアだ。

 伝説の三匹達が今もまだ共に戦うパートナー探しをしているかもしれないこの状況で、シルバーやゴールド、クリスが必死になって仮面の男の正体を探っているこの状況で――師匠が出るという言い訳で、ジムリーダー対抗戦を見に来ているという現状。

 

「……あぁそうだなシルバー、そんな奴を放っておいて……」

 

 だがそれもこの時までだ。

 今のクリアには、仮面の男を追う為の目的が、死に物狂いになる程の理由が見つかった。

 それはシルバー達が追っているからでは無く、伝説の三匹達同様ホウオウへの恩返しという訳でも無い。

 勿論それらの理由も含まれるが、根本にある理由はもっと単純なもの。

 

「……"大好きな奴等"に何かあったら俺は自分が許せなくなるっ!」

 

 彼の脳裏に浮かぶのはいくつかの知ってる顔。

 例えその中の一人が悪の親玉だとしても、やはり彼にとっては特別な存在のカントー、ジョウトジムリーダー達。

 彼の師ヤナギ、オーキド博士やウツギ博士、それにゴールドやクリス、シルバーも最早知らない仲じゃ無い。

 そして――今ジョウト地方にいる彼が初めて強大な敵と一緒に戦った、初めてこの世界で信じて背中を預けた人物。

 

「誰だか知らねぇが、仮面の男……止めてやるよアンタの野望、それが例え……!」

 

 例え、その先はあえて言わずにクリアは会場へと戻る。

 

 今度は隣にはいない、彼の親友(イエロー)がいる育て屋までせめて敵の手が伸びないうちに。

 新たな戦いの誓いを胸に秘めて、クリアはジムリーダー達の下へと戻る――宿敵の傍へと再度舞い戻るのだ。

 

 




試合内容は書かなくていいかなと思ってカットしました――というか一々書いてたら使う話数が酷い事になる!

ジムリーダー達との交流を増やせば増やす分だけ、クリアへのメンタルダメージが大きかった件。
というかあんな状況に放り込まれたら疑心暗鬼になる自信がある…。

――これでどうにか、GW毎日更新達成かな…。


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三十話『vsキレイハナ 祭りは第二幕へと移行する』

 

 

(……絶対、止めてやる…!)

 

 心の中で意を決して呟き、クリアは再び熱狂、陰謀が渦巻く舞台への扉を開く。

 

 

 第十回セキエイ高原ポケモンリーグ、その開幕イベント――ジムリーダー対抗戦。

 カントーとジョウトきっての実力者達、ジムリーダー達が凌ぎを削るそのイベントの本来の目的、それはジムリーダー達の中に混じる巨悪"仮面の男"を見つけ出す事にあった。

 その事実をシルバーから聞かされたクリアは、一時はその衝撃に苦悩したものの、何とか迷いを断ち切る事に成功する。

 今までとは違う、本気で仮面の男を止める為の意思、決意。

 もしかしたら彼が良好な関係を築いたジムリーダーの中の一人が宿敵かもしれない、ならばその敵を、友人だからこそ止めなければならない。

 そして何より他の無関係な人達を巻き込まない様に、彼の親友(イエロー)を守る為にも、クリアは今一度メイン闘技場へと戻って来たのだ。

 

 

「お、遅かったやないかクリア」

「……アカネか、もう涙は引っ込んだのか?」

「な、なんや、もうウチ泣いて……っていうか元から泣いてへんし!」

「…くくっ、嘘付け号泣だった癖に」

「なんやとー!」

 

 ジムリーダー席へと戻った彼を最初に出迎えたのは、やはりといった所かアカネだった。

 もう完全にいつもの調子を取り戻した様子のアカネに、クリアはどこか哀愁漂う微笑を浮かべながら返答し席へと座る。

 そしてそんな彼を出迎える様に彼の隣に座るミカンが、

 

「でも本当に遅かったですね……知り合いの方というのは、そんなにも話しこむ様な相手だったのかしら?」

「あぁそう言えば会って無かったな……まぁいいか」

「?……それではどちらに?」

「……ちょっとな」

 

 思えばクリアは知り合い、観客席にゴールドとクリスの姿を見つけ彼等に会いに行くと言って、その場を離れていた。

 そのはずなのに、暫く時間を置いて戻って来たクリアはその知人達には会わなかったと言った――なら席を離れていた間何をしていたか、考えるのもその事について問うのも自然な流れだ。

 勿論ミカンもちょっとした好奇心でそうクリアに聞いたのだが、返って来た答えは酷く曖昧なもの、それに加えて少しだけ含みのある表情を見せたクリアの変化に気づかないミカンでは無い。

 席を立つ前と、戻って来た後では確実に様子が違っていたのだ、そしてそれに気づいたのはミカンだけで無く、

 

「……クリア? なんかあったんか?」

「……別に、何もないさ、そんな事よりサンキューアカネ、ビデオ回しててくれて」

「へ? そ、それ位別に何ともあらへんけど……」

 

 どこか影のあるクリアの表情、ミカンとアカネに続く様に座席に座る各ジョウトジムリーダー達も次第とその様子の変化に気づいていく――が、二人の少女が尋ねて答えなかったのだ、ならばクリアが他の誰かに"変化の理由"を話すという事は無いだろう。

 人間誰しも、話したくない事の一つや二つはあるものだ。それを理解して、誰も彼もが口を噤み、皆目の前の試合に集中する。

 今は第五試合目の真っ最中、ヤマブキジムのナツメ対ヒワダジムのツクシのバトル。タイプ相性で有利なツクシのストライク、続くヘラクロスがナツメのバリヤードを着実に追い詰めていく。

 先の第四試合、クチバジムマチス対エンジュジムマツバの対決は、一見マチスの勝利に見えていたが、最後の最後にマツバが一糸報いる形で引き分けに終わっていた。

 従って現在の試合経過は二勝一敗一分けとジョウトの一歩リードといった状況――そんな形で迎えた今回の第五戦、傍から見ればタイプ相性で分が悪いナツメの敗北が濃厚かと思われていたのだが、

 

「っ……上下左右前後に何かが、僕はまさか……見えない部屋の中にいるのか!?」

「フッ、正解だ。バリヤードの指から放たれる波動、一見パントマイムの様な動きで見えない壁を作り出す……よって今この場には私にしか分からない"見えない家"が出来上がっている……お前のいる部屋にもちゃんと出口はあるぞ、探してみるといい」

 

 追い詰められる"フリ"をしながらバリヤードが作り上げた一戸建ての家、上下二つの部屋に階段と廊下からなるシンプルな構造の家だが、その広さと構造はナツメにしか分からない。

 

「っく、ヘラクロス"とっしん"で家を叩き壊……」

「"アンコール"……!」

 

 ツクシを見下ろす様に"二階"に立つナツメと、それを"一階"から見上げるツクシ。

 その実力の優劣を表現した様な光景の通りに、ツクシに対抗する術は無かった。

 唯一の策として、"とっしん"で無理矢理家を叩き壊そうとしたツクシだったが、それを見越したナツメの"アンコール"で攻撃技を封じられたのだ。

 

「さぁ終わりにしよう! "サイケこうせん"!」

 

 唖然とするツクシの耳にナツメの声が木霊して、そしてそれがその試合最後の言葉となった。

 バリヤードから放たれた"サイケこうせん"は彼女がいる"二階"から廊下を渡り階段を下りて一階に到達して、そのまま一階にいるヘラクロスへと直撃する。

 かつては図鑑所有者達、そして四天王との戦闘経験もあるナツメだ、そんな彼女のポケモンであるバリヤードの攻撃が絶大なものであるという事は言うまでも無い事。

 その一撃によって横転したヘラクロスの様子に、司会を務めるクルミの声が会場内に響き渡った。

 

『ヘラクロス戦闘不能! よって勝者、カントーヤマブキジムのナツメさんです!』

 

 

 

 第五試合はナツメの活躍によりカントー側の勝利に終わった。

 これで試合は互いに二勝二敗一分け、試合は振り出しに戻り続く第六試合は――、

 

『さぁいよいよ第六試合、タンバジムリーダーシジマさん対トキワジムリーダーグリーンさんの対決です!……手元の資料によればグリーンさんはかつてシジマさんの下でトレーナー修行をしていたそうで、いわばこれは師弟対決! 注目の一戦です!』

 

 師弟対決、シジマ対グリーン。少しだけ遅れて闘技場に姿を現したグリーンは、手短に謝罪の言葉を述べてから試合へと入る。

 まず始めにカイリキーを出すシジマに対して、グリーンは全ての手持ちをさらけ出し、そこからサイドンを繰り出して戦い始めるグリーン。

 カイリキーとサイドン、力と力のぶつかり合い、師弟対決という事もあって会場の興奮がまたも湧き上がるが、そんな会場内の空気とは逆に、クリアは静かに試合を見つめる。

 

(どないしたんやろクリア、戻ってから目に見えて口数も減ってるし……)

 

 そんな彼の態度の変化に僅かな不安を垣間見せて、すぐにアカネはブンブンと頭を雑に振るう。

 

(……というか、な、なんでウチがクリアの事でこんな悩まなきゃならないんや! それもこれも……!)

 

 雑念を振り切ってから、アカネは実況席のクルミへとガンを飛ばす。

 常普段からアカネをおちょくる口実に、クルミはクリアを引き合いに出していた。だから絶対にその影響だと、そうに――それだけの所為に決まっているとアカネは自分に言い聞かせてから、クルミへと視線を送る。

 瞬間、ビクリと肩を震わせるクルミ、尤も彼女にその原因を特定する術は無い為、不思議そうな顔をして再度実況を続けていた。

 

 

(師弟……ね)

 

 一方クリアは、グリーンとシジマの試合を眺めながら、その姿を自分とヤナギの関係に照らし合わせる。

 何も語らず、ただ拳で語るが目の前の子弟達、打って変わってクリアとヤナギは――試合、こそ公式的なジム戦という事で週一程のペースでやっていたが、それは目の前の試合とは似て非なるものだった。

 全力を出し合うシジマとグリーンに対して、クリアとヤナギの勝負はまるで赤子の手でも捻るかの様に、突っかかってくるクリアを毎回ヤナギが一蹴する、それをただ繰り返していただけ。

 今行われている様な気持ちのぶつけ合いとは全く違う、ただ一方的なクリアからの一方通行だった。

 尤もクリアにその実力が無いから、ヤナギに見合う実力をクリアが持っていないだけ、という見方も出来るが、それにしたってヤナギから何かを伝えようという意思は無い。

 

 ――だがそれも思えば当然だった。何故ならクリアとヤナギは師弟では無いから。

 一方的にヤナギを師匠と呼ぶクリアに対し、ヤナギはいつもそれを否定していた、そんな二人に"師弟"なんて言葉が見合うとは到底思えない――。

 

 

 

「いけえぇぇ! "つのドリル"!」

 

 激戦となったシジマとグリーンの戦いにも終わりが近づいていた。

 カイリキーからサワムラー、そしてカポエラーへとポケモンを交代したシジマは、回転するカポエラーのその頭の"突起"を武器とした攻撃を頭上からサイドンへと放つ。

 それに対しグリーンは、危険を承知でサイドンの背へと乗って、カポエラーの動作を感じ取りそして、サイドンへと技の命令を下した。

 回転するドリルとドリル、相反する二つのドリルがぶつかって威力を相殺し合った所で、更に回転力を増したサイドンの"つのドリル"がカポエラーを捉えて――、

 

『勝者! グリーンさん!』

 

 場内アナウンスの掛け声によって、カントー側の勝利が確定する。

 

 

 

 第六試合が終わって、次の試合はカツラとイブキによる第七試合だ。

 だがカントー側の長椅子にカツラの姿は見えない、運営スタッフ数名が慌てながら駆けているのが分かる。

 

(仮面の男はジムリーダー、今この場にいる全員が容疑者……それは、当然師匠もその中の一人だという事……)

 

 眼前で固く握手を交わすグリーンとシジマ。その光景に目を奪われながらクリアは呆然と思う。

 彼がジムにいる間、ヤナギに目立っておかしな行動は無かった。それはこの一年の間ずっと見てきたクリアだから言える事。

 ――だがそれは反対に、クリアの眼が届かない範囲ではヤナギが何をしていたか分からないと言ってる様なものだ。

 クリアだって年がら年中ずっとジムの中にいた訳では無い、ジムを巡ってジョウトを旅した事もあったし、買い物等の外出は彼の担当だった。

 それに加えて、クリア自身もチョウジジムの内装全てを理解しているとは考えていない。もしかしたらクリアの知らない部屋があって、夜な夜なクリアが寝静まった時に、そこから何かしらの指令を飛ばしていたのかもしれない。

 尤もそれも、唯のクリアの憶測に過ぎない訳だが、可能性が無いとも言い切れない。

 

 だがそれでも、クリアは彼の師匠を信じていた。

 シルバーの言葉から疑いの目は今もヤナギにも向いているも、心の底では完全に疑いきれずにいたのだ。

 

『えー、ただ今カツラさんの体調が思わしく無いとの事で、急遽試合順を変更したいと思います! 第七試合は主将対決、タマムシジムエリカさん、チョウジジムヤナギさん、闘技場へどうぞ!』

 

 いきなりの試合変更、その決定に少しだけ会場はざわめくも、すぐにそのざわめきは各地方の応援の声へと変わる。

 何たって次の試合は主将戦、カントーとジョウトの名目上はそれぞれの地方最強ジムリーダー対決となるのだ、熱が上がるのも仕方無い。

 

「……師匠」

 

 予定より早い出番となるがその様子には微塵も緊張の様子も驚愕の様子も無い。

 あるのはいつも通りの落ち着いた態度、少しだけ臆病そうな表情、チョウジジムジムリーダーヤナギ。闘技場へと赴く彼をクリアは一声掛けて呼び止めた。

 一瞬にして、ジョウト側のジムリーダー席の空気が変わる。

 戻って来てから違和感だらけだったクリア、そんな彼が久しぶりに言葉を発した、彼が師と崇める相手の試合前に彼に向けて――そこに何かしらの意味があるという事が嫌でも分かったのだろう、全員黙って彼等二人の様子を見つめる。

 

「師匠は……っ」

 

 そして意を決した様に、言葉を吐き掛けて躊躇い俯き、だが再度顔を上げてクリアは言う。

 

 

「っ……師匠は、"仮面の男(マスク・ド・アイス)"ですか……?」

 

 

 妙な言い回しはいらなかった。変に遠まわしに伝えるつもりも無かった。

 その答えに真実が返ってくるとは到底思えない、この状況で"真実"を彼が言う必要は微塵も無いのだから。

 だがクリアはあえて、ぶつける様にストレートにヤナギへとそう質問した。

 そうしなければ、黙ったまま考えた所で様々な憶測に潰されてしまいそうな、そんな気がしたのだ。

 

「……なんだろうかクリア、その"ますくどあいす"というものは?」

「……いえ何でも、勝ってくださいね……師匠!」

 

 返って来た返答にクリアは笑みを浮かべて返事をする。

 何故クリアがそんな質問をしたのか、そもそも彼の質問した"仮面の男"とは何なのか、少しだけ事情を知るマツバ以外の面々は皆頭にクエスチョンマークを浮かべて。

 

 またヤナギも"真実"を包み隠したまま、クリアの声援を受けながら闘技場へと向かう。

 

 そもそもそんな質問自体が無意味だったのだが、それでクリアの気分は大分晴れていた。

 先程までの濁った様な心情を拭い捨てて、真っ直ぐな目で彼は対峙するヤナギとエリカを見つめる。

 どちらもクリアからしてみれば"仮面の男"だなんて思えない、思いたくない人物達だが、それでもクリアは彼等の行動に逐一気を配った。

 過去一度だけ対峙した時の様な、"仮面の男"に重なる様な動きの特徴は無いか、スッキリとした頭で思考する。

 

 今までのバトルも振り返って、"アリアドス"という共通点からセキチクの新ジムリーダーアンズにも注意を払ってみたりもしたが、しかしやはりその正体は掴めない。

 

『では、主将戦! チョウジジムヤナギさん対タマムシジムエリカさん、試合開始!』

 

 クリアがそんな思案を巡らせてる間にも、"時間(とき)"は止まる事無く戻る事無く進み続ける。

 主将戦ヤナギ対エリカ、ヤナギが繰り出すはいつもクリア相手に使うウリムー、対するエリカはキレイハナだ。

 普段日頃からクリア相手にヤナギはウリムーかデリバードのどちらかを使っていた、ラプラス(ヒョウガ)や二体のパウワウの様に他にもポケモンは数体いるのだが、その中でもこの二匹は別格の強さを誇っていたのだ。

 永久に溶ける事の無い氷の使い手、ついた二つ名は"永久氷壁"、それが最年長ジムリーダーにして、チョウジジムリーダーヤナギだ。

 

「ふふっ、休ませませんわ!……ポポッコ、"しびれごな"!」

 

 そのヤナギに対しエリカは攻勢を保っていた。

 キレイハナの"はなびらのまい"をウリムーの"花の香りに反応し走り出してしまう"という性質すらも利用し直撃させ、かつ瞬時にポポッコにポケモンを変えて"しびれごな"をウリムーに浴びせてくる。

 しかしヤナギが、彼のウリムーがそれだけで倒される様なトレーナーとポケモンだったなら、それこそクリアがこの一年の間に撃破していたはずだ。

 ヤナギがその手に持った杖で二、三度、地面を叩くとウリムーはすかさず我に返り走り出し、"こなゆき"をポポッコに対し繰り出した。

 ――だがその"こなゆき"はその大半が先程のキレイハナが残した"はなびらのまい"、その花びらのシールドによって防がれ――が、その一欠片、"こなゆき"の一粒がポポッコへと直撃した瞬間、瞬時にその体力を根こそぎ奪った。

 

「……"こうごうせい"!」

 

 タイプ相性的にも "草"と"氷"でポポッコは不利、それを差し引いても、先程の"こなゆき"の威力の強さは尋常じゃ無いと言えるだろう。

 それがヤナギで、それがヤナギのポケモンだ。一年かけてクリアがとうとう手にする事は無かった"アイスバッジ"を持つ実質ジョウト最強のジムリーダー。

 だがエリカもカントー側の主将を任されるジムリーダーだ、対策としてとっておいた"こうごうせい"ですぐ様体力の回復につとめる。

 

 "はなびらのまい"と"こうごうせい"による、防御と回復を同時に行い持久戦へと持ち込む作戦、それがエリカが立てた氷タイプのヤナギ対策だった。

 ヤナギの氷攻撃を"はなびらのまい"で受け、すり抜けてきた攻撃は"こうごうせい"で瞬時回復し、防御の合間からウリムーに攻撃する。

 確かに氷タイプのウリムーと草タイプのポポッコではウリムーの方が有利だ、しかし逆にポポッコは草タイプの攻撃が行える。

 そしてウリムーは氷タイプであると同時に草タイプの攻撃が有効な地面タイプ、技での相性だけなら実は二体のポケモンは五分同士だったのである。

 だからこそ、エリカは勝利すら確信――していたのだが、そんな彼女の希望を打ち崩す様に、彼女のポケモンが出した"はなびらのまい"が凍りつき、音を立てて崩れ行く。

 

「そんなっ!?……ポポッコ!!」

 

 悲痛な叫びを上げるエリカの眼前で、頭の花びらを凍らされたポポッコが力無く地面に倒れる。

 先のウリムーによる"こなゆき"は、ポポッコへの攻撃を意図したものでは無かった、それがこの勝負の分かれ目となった原因だ。

 最初から"一枚一枚の花びら"目掛けて撃たれていた"こなゆき"で、回転する"はなびらのまい"を冷風扇代わりとした時点でヤナギの勝利は確定していたのだ。

 持久戦に持ち込めば勝てる、そう判断していたエリカの最大の間違いは――持久戦に持ち込んでも負ける、一重にその点にあったのだ。

 

 

 

 これで残すところは第七戦、カツラ対イブキの試合だけとなった。

 体調不良という事で対抗戦中、終始退席していたカツラだったが、ようやく彼も体調万全となり帰って来る。

 スタッフ関係者用ゲートから身を現したカツラを見て、いよいよ長い様で短かった対抗戦も終わりを告げている事をその場にいた誰もが理解した。

 まだまだ見ていたかったであろう会場内の人々の顔に若干の寂しさが見える、だが泣いても笑っても、これが最後の試合だ。

 炎タイプのエキスパート、過去四天王相手にも戦った事のあるカツラと、その四天王"ワタル"と兄妹弟子であり従妹でもあるドラゴンタイプのエキスパートであるイブキ。かつてクリアが一戦交えた際、彼もイブキからワタルに関する情報を色々と聞かれたものである。

 そんな二人の実力者同士の対決、"祭り"の最後はド派手な花火と相場は決まっているものだ。

 

 カントー対ジョウト、いよいよ大詰めのジムリーダー対抗戦、その最終決戦の火蓋が切られようとした――その時だった。

 

 

『聞こえるかあぁぁ! 凡人共ォォォ!!』

 

 

 突如会場メインモニターにゴールドの顔がアップで映し出される。

 それは勿論予定されていた大会進行とは大きく外れたもので、何事かと周囲はざわめき、運営スタッフはメインコントロールルームへと駆け出していく。

 

 ――だがしかし、この時既に開幕への警鐘は鳴らされていた。

 

『いいか! この会場内にロケット団残党が進入したッス! 俺の活躍で最悪の事態は回避したッスが、コントロールルームのプログラム工作でリニアの安全装置が破壊されてしまったらしい!! 事故が起きるかもしれねぇから……全員、ガー……早く逃げて……ピーガガ!』

 

 最後の方はノイズ交じりになり、プツンと瞬間的に画面が途切れる。

 このゴールドの警告は本物だった、会場内の観客、リーグ出場選手達は口々に話し合い、何が起きているのかを確かめようとしていて、ジムリーダー達も同様の反応を示しているが、

 

「……仮面の男、ロケット団残党、リニア……だけど、それと"時間"にどんな関係が……」

 

 そんな状況下でクリアは冷静に状況を分析する。

 今のゴールドの警告を真実だとクリアは受け取って、ならばこの行動の意味が何を意味するのかを考える。

 三年前に壊滅したロケット団、その残党達を集めロケット団の新首領となったのが"仮面の男"だ。

 そしてその仮面の男の目的が"時間(とき)"だとシルバーは言っていた、ならば真っ先に考え付くのはジョウト地方"ウバメの森"の祠に伝わる幻のポケモン。

 だが今のこの状況は、そのポケモンとはかけ離れすぎている、一体仮面の男は何が目的でこの会場にロケット団残党を送り込んだのか――考えてみるが、その先が分からず、ひとまず人々の安全を最優先した方がいいだろう、と結論出してクリアは口を開きかける。

 

 

 その時だった。クリアが口を開く前に、代わってメイン闘技場が二つに開いたのだ。

 それは最初、ジムリーダー達が会場入りに使った線路を出現させる為の作動、そしてジムリーダー達は"リニア"によって会場入りを果たしている。

 これらの要素が意味するものそれは――、

 

「っ……P!」

 

 瞬間、二つに分かれたメイン闘技場にリニアが到着する。

 それを視界に捉えた瞬間、クリアは誰よりも早くそのリニアへと向かい、自身の(ピカチュウ)を外に出して、

 

「"10まんボルト"!」

 

 開かれた一つの扉の先、そこにいた大量のロケット団残党目掛けて電撃を放ち、直ぐ様リニアへと飛び乗った。

 その中はクリアの思った通り、所狭しとロケット団残党達がいて、皆戦闘準備は既に終えている様で、一人のロケット団残党がクリアに襲いかかろうとする――が、

 

「ミルたん"ころがる"っ!」

 

 それを防いだのはアカネのミルタンクだった。

 外から転がってきたミルタンクとそれに続くアカネ、更には他のジムリーダー達も全員リニアへと駆け寄り外から中へロケット団残党達を押し返している。

 その様は果敢で勇ましく、絶大な安心感を与えるものだったが、すぐにクリアは気づいた。

 リニアの中に、少なくとも自分の見える範囲で仮面の男がいない事に。

 

「クリア! アンタまさかこいつらが来る事分かってたんやないやろうな!?」

「んな訳あるか!……クソッ、まさかこのリニアの目的は……!」

 

 気づいた頃にはもう遅かった。

 ロケット団残党の波を掻き分けクリアが外へと出ようとした瞬間、無情にもリニアの扉は音を立てて閉じる。

 そして動き出すリニア、列車はカントーとジョウト、両ジムリーダーとクリアを乗せて、見る見るリーグ会場から離れていく。

 両地方屈指の実力者達を乗せて、その実力者達を会場から離すという役割をきっちりと果たして――。

 

 

 

 そして会場では――、

 

『……紹介しよう、我が僕達"いと高き空虹色の翼"ホウオウ! "いと深き海銀色の翼"ルギア!……では、ここからは"祭り"の第二幕の開幕といこうか!』

 

 ゴールドとクリスの前に、二つの巨大な翼が舞い降りていた。

 かつてクリアを救った虹色の翼と、かつてクリアが戦った銀色の翼。

 

 そして今、その二匹の伝説を従えた男、"仮面の男"との最終決戦が今正に始まろうとしていたのである――。

 

 




ま、毎日投稿完了…(震え声)

ようやく最終決戦です。
ちなみにゴールドの通信後、ホウオウの映像が流れなかったのはゴールド達と戦ったシャムとカーツにその映像は絶対流さない様にヤナギが言ってたからです。
もし万が一にもデリバードをクリアに見られたら正体バレするかもしれないですからね。

※5/8追記:誤字訂正、突貫工事の欠陥がモロに出てる……"半分"なんてタイプしたつもり無かったのに……。


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三十一話『最終決戦Ⅰ』

せっかくの最終決戦なのでサブタイは原作通りにしました。


 

 

 最高潮の盛り上がりを見せるセキエイ高原ポケモンリーグ会場、残すところ最後となった第七試合の直前で、突如として現れた半分に割れた仮面をつけた大量のロケット団残党員達。

 彼等の登場により会場内の空気は一変、突然の出来事に人々はパニックになりかけるが、それに対処するは先程まで激闘を繰り広げていたカントー、ジョウト両陣営の各ジムリーダー達、そしてクリアだった。

 ロケット団残党達を乗せたリニアが闘技場へ到達する寸前で入ったゴールドからの警告、その警告にいち早く対応したクリアに、彼に続く様にリニアへと駆け寄るはアカネやハヤトといった各ジョウトジムリーダー達。

 押し寄せるロケット団残党達に大群をリニア内へと押しやる事に成功するクリア達だったが、直後リニアは無情にも固く扉を閉ざし走行する。

 

 突然のハプニングで逃げ惑う人々、リニアに乗って会場を後にするクリア達、そして会場内に残ったゴールド、クリスの両名の前に現れる"仮面の男"。

 伝説の存在ホウオウと、渦巻き島にてクリア達よりも早くルギアを捕らえる事に成功した仮面の男は、満を持してその姿を現して伝説の力を大いに振るう。

 

 彼の目的は唯一つ、"時間の支配"――その為に必要不可欠な"ある物"を求めて仮面の男はこの会場へと侵入したのだ。

 

『見つけたぞ!』

 

 会場内の一般人が逃げる際、その矛先が彼等に向かわない様に攻撃の誘導をしていたゴールドとクリスだったが、伝説の二匹の前に為す術無くホウオウの放った"炎のリング"の様な輪の中に捕えられ身動きを封じられる。

 そして仮面の男は一人の老人へと手を伸ばした。

 

『クククク、さぁガンテツ私の為に腕を振るって貰おうか、お前の手で作るのだ……時間(とき)を捕らえるモンスターボールを!』

 

 ヒワダのボール職人ガンテツ。"ぼんぐり"という木の実から特殊なモンスターボールを作るという事で有名な人物。

 その人物と彼の孫娘を捕らえた仮面の男は、そう彼へと命令するのだった。

 ――仮面の男、彼が求める唯一つの"時間を捕らえるモンスターボール"を手に入れる為に。

 

 

 

 一方、リーグ会場から再度発車したリニアの中では、各ジムリーダー達とロケット団残党達との戦闘が激化していた。

 何しろリニアの各車両全てにロケット団残党達がすし詰め状態でいるのだ、個々の強さは弱くても、それが数を為せば話は違ってくる。

 倒しても倒してもキリが無い団員達との戦闘は、一つの車両に三、四人程の数で自然とジムリーダー達は振り分けられた様な形となり、残りの者達は急いでリニアの先頭車両――唯一暴走するリニアを静止させる可能性を持つ運転席へと移動する作戦へとシフトしていた。

 それは誰かが提案した様なものでは無く、自然と彼等の自己の判断により発生したもの。それでいて現状正しい選択。

 

 そんな状況判断の早さこそが、彼等がまたジムリーダーと呼ばれるたる所以なのかもしれない――。

 

「V"めざめるパワー"! から、また次を出されたら厄介だ、"でんこうせっか"で奴を止めろ!」

 

 そんな中、唯一ジムリーダーの名の称号を持たない者、クリアもまたロケット団残党との戦いへと身を投じていた。

 クリアの(イーブイ)の"めざめるパワー"がロケット団残党のコンパンへと直撃し、その体力をゼロへと奪い、直後Vの"でんこうせっか"ががら空きとなったロケット団残党へと向かい、元々人形の様だった彼の動きを完全に静止させる。

 これでクリアが倒した団員の数は十三、流石に立て続けにそれだけの戦闘をこなしたとなると、体力の消費も些か激しい。

 肩で息をしながら、クリアは周囲の様子をザッと見渡す。

 彼の他に車両に残っているメンバーは二人、突入時彼に続いてきたアカネと、キキョウのハヤト、この二人とクリアの合わせて計三人がこの最後尾車両のロケット団残党を自然と任されていた。

 そして今クリアが一人倒した所で、残る敵は五人、ここまで来れば最早大した事は無い。

 

「ヨルノズク、"さいみんじゅつ"!」

「"メロメロ"や!」

 

 ハヤトのヨルノズクが二人の残党員を眠らし、アカネのピィとププリンが"メロメロ"で残党員の行動を鈍化させた所で、

 

「P、"でんきショック"だ!」

 

 クリアの(ピカチュウ)の"でんきショック"が残る残党員五人に電撃を浴びせ、ようやく彼等の行動を不能にした。

 これで彼等がいる車両のロケット団残党は粗方制した――が、いくら倒しても先頭車両から、ジムリーダー達の猛攻を掻い潜った敵は再び後部車両へと回ってくる。

 休まる暇も無い連戦、それを予想して再度クリア等が身構えた直後だった。

 

「ふん、どうやら後方全ての団員達は片付いたみたいだな」

「ッ……マチス、さん? アンタ前へ進んでいったはずじゃ?」

 

 車両間での出入り口用の扉が開き、姿を現したのはクチバジムリーダーのマチスだった。

 その背後にはマツバとツクシ、それにカントー勢のカスミとカツラもいる。

 それでいて敵の数はゼロ、つい先程まで湯水の様に沸いて出ていたロケット団残党達の姿は影も形も無い。

 

「あぁそうだ、それで前方の二車両と後方二車両を切り離してきた。そして既に、実はこの車両はセキエイに向けて逆走してるぜ」

「き、切り離したぁ!? って、しかも逆走してるって……ま、マジかよ……」

 

 先程までは戦闘に必死で気づかなかったが、よくよく外の外観を見れば確かにリニアの進行方向は先とは逆になっていた。

 それに加えて新手の敵が現れないのも今のマチスの発言で頷ける。

 だが一つだけ気になる事があった、それは"力"、リニアを逆走させる程の"電力"だ。

 いくらリニアを切り離したからといって、切り離された後方車両が勝手に逆そう等始めるはずも無い。むしろ取り残された後方車両は自然と速度を緩めていって停止するはずだ。

 

「……こんな電力、どこから」

『それは私の力によるものだ。クリアよ』

 

 ――にも関わらず、現にリニアは逆走している。

 その事についてクリアがマチスに質問しようとしたその時、彼の頭に一つの声が響いたのだ。

 それはかつてエンジュで聞いた声、スイクンと同じくホウオウに蘇生されたクリアと奇妙な共通点を持つ一体。

 

「"この声"は、ライコウか……お前マチスさんに……いや、エンテイとスイクンも、なるほどカツラさんとカスミ、それぞれのタイプのエキスパート達についたんだな」

 

 ライコウに続く様に頭の中に響く三つの声。

 それは簡単なクリアへの現状報告だった。何故彼等三匹がマチス、カツラ、カスミと共にいるのかという。

 そして、これから行われる作戦、カツラ達の立てた作戦を端的に一方的に説明されたのである。

 

「……クリア? ライコウとか、スイクンとか……な、何を言ってるんや?」

「……あぁ、どうやらスイクンはカスミ、エンテイはカツラさん、ライコウはマチスさんをそれぞれパートナーに選んだみたいだな」

「え? えぇ!? て事は今その三匹は……」

 

 仰天するアカネはそのまますぐにカントージムリーダー三人組へと目をやる。

 それに応じる様に、または最初から出す予定だったのか、伝説の三匹が入ったスーパーボールを見せるカスミ、カツラ、マチス。

 そして、今まで散々ジムリーダー達に挑戦して来たスイクン達がここにいる事は流石に予想外だったのだろう。アカネじゃないが、ハヤトやマツバ、ツクシも唖然とした表情を見せている。

 

 ――だがマツバが驚いたのは別にあった。

 それは今の"伝説の三匹がこの場にいる"というインパクトに誤魔化されそうになった、ある一つの事実。

 

「クリア、お前今、ライコウの声を聞いたのか……?」

 

 そう、先程クリアは確かにこう言ったのだ。

 ――"この声"――と、そしてそれを聞き逃すマツバでは無かった。

 彼は長年虹色のポケモン"ホウオウ"を憧れ追い求めてきた人間だ、その過程でホウオウによって蘇った三匹のポケモン達の事も当然調査済み。

 そのポケモン達に興味こそ無かったが、もしかしたらそこからホウオウに繋がるかも――そう考えた事もあった。

 尤も今では、スイクンを追う彼の友人ミナキに情報を提供し、あわよくば彼がスイクンを捕獲出来ればそこからホウオウに繋がる可能性もあるので、伝説の三匹に関しては見逃してきたのだが、流石に今のは見逃せなかったのだろう。

 更にはマツバの言葉に、アカネを始めとしたジョウトジムリーダー達や、マチスやカツラまでもがクリアに興味の視線を送っている。

 

 ただ一人だけ、スイクンからクリアの事も聞いていたカスミだけは、どこか苦しそうな表情を浮かべているが。

 

「あぁ、それは簡単な事だよ」

 

 そんなカスミの態度とは裏腹に、クリアは努めて明るい表情口調で言う。

 何でも無い事の様に、昨日の晩御飯でも話すかの様な軽く、ただ一つだけの事実を述べる。

 

 

「俺もそこの三匹同様、ホウオウによって蘇った命だからさ、だから多分共通項が出来てるんじゃないかな」

 

 

 無音だった。クリアが言葉を発した直後数秒は音の無い世界が続いた。

 極力消音で走るリニアの性質も手伝って、不気味な程の静寂、そしてその静寂は不意にアカネによって破られた。

 

「……蘇ったって、なんやクリア……まさか自分、一回"死んでる"言うんやないやろうな……?」

「うんそうだよ、ってかそうとしか言ってねぇんだけどな……さて後どれ位で会場につくか、飛んでいくよりはリニア乗ってた方が速いんだろうけどな」

「っな……死んだって、そんな話警察の俺でも聞いた事が」

「そんなの当たり前よ、多分知ってる人は数える程もいないわ、私だってスイクンから教えて貰って初めて知ったんだから」

 

 アカネに質問に適当に答えて、何でも無い事の様に窓の景色を眺めるクリア。

 そんな彼にハヤトが口を開いた時、ハヤトの話に割り込む形でカスミが割って入る。

 

「でも流石に私が知ってるのはクリアがスイクン達と同じって事だけだけどね……」

「そりゃそうだよ、なんたって知ってるのはイエロー位だからな」

 

 そう言ったクリアは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

 過去、その時クリアは自身の死の瞬間を、(彼女)が傷つくと理解していながらイエローに見せた。

 その様子を見ていたエースとVを使って、その後イエローが流した涙は今だにクリアの脳裏には焼きついている。

 

「だからさ、俺もついていくぜカツラさん。話ならもうエンテイ達に聞いてる」

「ッ! クリア、お前まさか作戦の事も!」

「バッチリこの通り!」

 

 右手の親指と人差し指で円を作りながら、白い歯をチラつかせながらクリアは言う。

 ――言って、カツラが何かを反論する前に。

 

「ジムリーダーでも何でも無い普通のトレーナーの俺は連れて行けない……なんてのは無しだぜカツラさん、なんたって俺はそこの三匹同様"仮面の男"には因縁がある、それにチョウジでの借りもな、そうだろマチスさん?」

「……そうだな、言いたくねぇが確かにこいつの実力は十分だ、俺が保障するぜ」

 

 チョウジのロケット団秘密アジトで、かつて少しだけ共に戦ったマチスはそう言ってクリアの参戦を認め、そしてカスミもまた、

 

「っま、どうせ言っても止まらないでしょうしね、それにスイクンの意思もある」

 

 どこか諦めた様に言ってクリアを認める。

 

「……しょうがないな、確かにお前は実力も高いし、エンテイの入ったボールも私に訴えかける様に震えている……だがクリアよ、それでもお前は今回の事件とは直接的な関連は無いんだ。くれぐれも無茶はするなよ」

「今回の事件には関係無い……ねぇ」

「む、どうしたクリアよ?」

「いや、何でも無いっすよ」

 

 そう言って、少しだけクリアが意味深な態度を見せるが今はそこに言及してる時間も惜しい――そして、そうしてカツラもまたクリアを認めた所で話は固まった。

 と言っても話の筋が見えていたのは当の本人達であり、クリアとカントー勢三人を除いたジョウトの四人は全く話についていけて無いのだが。

 だがそんな彼等に説明してる暇等当然無い、今は一刻も早くジムリーダー達全員が離れて手薄になり、恐らく何かしらの異変が起こってるだろうリーグ会場に急ぐ事が先決だ。

 

「ライコウ!」

「エンテイ!」

「スイクン!」

 

 伝説の三匹のパートナー達はそれぞれの三匹を外に出した。

 まずはライコウを持つマチスがその背に乗って、リニアの車両間の出入り口用の扉から外に飛び出し、エンテイに乗ってカツラも続く。

 そしてクリアもまた、スイクンに乗るカスミの後ろに乗って、

 

「まっ、待ってクリア! アンタも会場に行くの!?」

「アカネ……今の話聞いてた?」

「き、聞いてたに決まってるやないか!馬鹿にしてるんか!?」

「そんなつもりは無いけどさ……で、何? 手短によろしく頼む」

「なんやその適当な返しは……じゃなくて、行くなら行くでええけど、だけど絶対に死ぬんやないで! 約束や!」

 

 そう言ったアカネは少しだけ目が潤んでいた。

 恐らく直前にクリアの死の話を聞いたから、いくら今彼が生きてると言っても、かつてクリアが死んだ事に変わりは無く、スイクン等と意思疎通が出来るという証拠まである。

 "死"というある意味現実から一番遠くて、実は身近な存在を感じ取る事が出来た、出来たしまったのだ。

 そして直後に当の本人が今一番危険度が高い場所へと赴こうとしているのである、彼女が心配して、ちょっとだけ感傷的になるのも無理は無いだろう。

 

「なんだよアカネ、心配してくれるのか?」

 

 そんなアカネの様子には気づかず、呑気にゴーグルをかけるクリア。

 そしてクリアがゴーグルをかけ終える頃を見計らって、カスミの合図でスイクンもまた足に力を入れた。

 先に出て行ったライコウとエンテイにもすぐに追いつけるだろう、そして三匹と四人は再度会場へと足を踏み入れるのだ。

 

「……当たり前や、アホ」

 

 その寸前で、微かにアカネから発せられた確かな一言。それはどこか切なさそうに、少しだけ顔を赤く染めて俯き様に放たれた一言。

 直後スイクンは走り出し、あっという間にリニアから遠ざかる。その様子を見つめるアカネ、そしてマツバにツクシとハヤト。

 離れていくクリア達を眺める事しかこの四人には出来なかった。

 何もしなくてもライコウが残した莫大な電力がリニアを会場まで運ぶ、だからこそ、何も出来ずただ待つ事しか出来なかったのである。

 

 

 

「クリア、アンタまさか……」

「……いやいやカスミさん!? 貴女はちょっと勘違いをしてらっしゃる! 別に俺はアカネとは何でも無いからね!?」

「……」

「いやそんなジーっと見られても無いものは無いんだからさ!」

「はぁ……まぁそういう事にしておくわ、それに今のもイエローには報告しないであげる」

「え? 何でそこでイエローが出てくるの?」

「……はぁ~!」

 

 更に深く、意味深にため息を吐くが当然クリアは何の事だか分からずキョトンとしている。

 だがそれも仕方無い、クリアはイエローの性別の事は知らないし、なんせ彼女と話したのも約一年も前なのだ。

 確かについ最近彼女と顔を合わせる機会は多かったが、その時イエローの意識は無く、当然そんな状態なのだからクリアとイエローは会ってないも同義である。

 だからこそ、クリアにカスミのため息の訳とか、何故アカネの照れた様な態度からイエローの話題が出てくるのかとか、クリアには理解出来なくて仕方は無いのだ。

 

「まぁいいわよ……でもイエローも災難ね、よりにもよってこんな奴なんかを……まぁ本人に自覚が無いってのもねぇ……」

「むっ、こんな奴とはなんだこんな奴とは! ってかだからどうしてこのタイミングでイエローが……」

「あ、見えてきたわよ会場」

「おい無視すんな!」

 

 気づけばいつの間にか先に飛び出していたライコウとエンテイと足並み揃えて走っていた。

 右を見ればカツラが、左を見ればマチスがいる状態で、彼等はとうとうリーグ会場へと再度戻って来たのである。

 

 瓦礫塗れの、半壊した会場、そして暴れまわる二匹の伝説のポケモン、ルギアとホウオウ。

 そんな最悪の状況に一瞬唖然とし、すぐに四人は気を取り直して対峙すべき悪へと目を向ける。

 

 ガンテツから"時間を捕えるモンスターボール"を作る為の巻物を、ボール作りの秘伝が画かれた巻物を強奪しボール作りに勤しむ、"デリバード"に乗った仮面をつけた人物。

 "仮面の男"――マスク・オブ・アイスへと目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ラジ……お聞きの、っな……大変、で……』

 

 雑音交じりのノイズだらけのラジオが室内に木霊する。

 そこはコガネ近辺に存在する一つの民家、育て屋を経営する二人の老夫婦が住んでいる家。

 そして今そこにいるのは、育て屋老夫婦に加えて二名の人物、一見少年の様な麦藁帽を被った少女と、釣り人風なその叔父。

 

 彼等は今の今までラジオでポケモンリーグの生放送を聞いていた。

 開幕セレモニー第一弾で急遽クリアが出てきた時はイエローは勿論、その他三人も大いに驚いて、だけどどこか可笑しそうに笑ったりして。

 イエローもイエローで、更に強くなっているクリアの活躍が自分の事の様に嬉しくて、放送が終わったらすぐに彼に会いに行こうと思っていた。

 

 ――だが、

 

『……会場に、仮面を半分つけ……ガガ……ロケット団残党、達、が乗り込んで……』

 

 第七試合よりも先んじて行われた主将戦。異変はその試合が終了した直後にあった。

 突然放送が乱れ、会場の混乱の様子だけ伝わってきたかと思うと、次に流れてきた放送はノイズ混じりの雑な状況説明だった。

 端々にしか言葉は伝わって来ないが、今会場で何か大きな異変が起こってるという事は確認出来る。

 

「おぉぉぉ、どういう事じゃ! ミカン、ミカンはどうなったんじゃあぁぁぁ!」

「お、落ち着けばーさん!」

「クリアは!? ねぇクリアはどうなったの!?」

「お、お前も落ち着けイエロー!」

 

 壊れんばかりの勢いでラジオを左右に振る婆さんと、それに加担せずともラジオに向かって必死に言うイエロー。

 それで何かが変わる訳でも無いのでそんな二人の女性陣を諌める男性陣も苦労する。

 ――というか彼女等が心配する二人共、片方はジムリーダーでもう片方もジムリーダーレベルはあるであろう実力のトレーナーだ。言う程心配する必要も無いのだが。

 

「それにしても、ロケット団残党員って言ってましたよね……クリアの事が心配だし、ボクちょっと会場まで見に行ってみようかな」

「何っ!? 止めとけイエロー!何も自分から火の粉に飛び込む事は無ぇ、ここは警察とかに任せてだなぁ……」

「イエローよ、ミカンの事も頼んだぞ!」

「ば、婆さんも言ってないで!」

 

 そしてとうとう立ち上がったイエローを何とか止めようとするヒデノリ。

 婆さんは婆さんでそんなイエローを行かせようとして、そんな婆さんを止める爺さん。

 こんな状況じゃなきゃコントの様な状況だが、だけど矢張り今は"こんな状況"である。ふざけている場合じゃなく、真面目に危険地に飛び込もうとするイエローを止めないとならない。

 

 そう考えてヒデノリもどうにかイエローの進行を止めようと彼女の腕を引っ張るが、不意にイエローがその動きを止める。

 動きを止めたイエローはそこからピクリともせずただ一点を見つめ、ようやく諦めたか、とヒデノリが思った時、

 

「おじさん、リーグ会場に現れたロケット団って……」

「ん……ど、どうしたイエロー?」

「きっとあんな感じなんでしょうね?」

 

 そう言ってイエローが指差した方向には複数人の人影があった。

 黒い団服を着て、胸には大きくRの文字、そしてその顔には半分に割れた仮面。

 正真正銘の、リーグ会場に乗り込んだロケット団残党員そのもの、正確にはその仲間達である。

 

「あぁそうだな……ってえぇぇぇ!? なんで会場に乱入した奴等がこんな所に!?」

「おじさん! とにかく今はお爺さんとお婆さんを守らないと! ピカ、チュチュ……!」

 

 呼んですぐにイエローは気づく。

 ピカとチュチュ、二匹のポケモン達が庇う様に持った一つのタマゴに。

 そのタマゴを気にして戦えないでいる二匹に。

 

「……よし、ピカとチュチュはタマゴを守るんだ! おじさんはドドすけを使ってお爺さんとお婆さんを逃がしてください! ここはボクが……」

「わ、分かった!」

 

 その様子を見て即座にイエローはそう判断を下す。

 まずは非戦闘員の人達と、タマゴを守る二匹のピカチュウを逃がす。そんなイエローの決断通りに、ヒデノリはドドすけに乗りお爺さんとお婆さんを連れてすぐに走り出し、ピカとチュチュもまた、タマゴを持って風船をいくつも体に巻きつける事によって体を浮かせ、空中に退避する。

 それを見てまずは安心したイエローはすぐに残りの手持ち、オムすけ、ピーすけ、ラッちゃんを出す。

 ――が、元々戦うのが苦手なイエローだ。感情が高ぶった時等ならば彼女のポケモン達も力を発揮出来るのだが、通常時では些か戦力不足な点は確か。

 出したポケモン達にフォローして貰う形でイエローは何とか逃げ延びようと試みる。

 

「わっ、な、何を……まさか……!」

 

 いきなりナイフで衝かれ、間一髪帽子をかする形でそれを避けるイエロー。

 そして障子に背を預けるが、後ろから伸びた手に気づき彼女はすぐにその手から回避し、そしてすぐに育て屋から飛び出した。

 ポケモン達はボールに仕舞って、追って来る残党員達から、ウバメの森方面に向かって逃げる。

 

「まさか、ボクの帽子を狙ってる……!?」

 

 そう言った彼女の帽子、正確にはそこに付けられた飾り。

 かつてブルーによって飾られた、麦藁帽につけられた羽の外飾が剥がれ、その中にあった物は――虹色と銀色に輝く二つの羽は顔を覗かせて。

 そして彼女は今だ追って来る追っ手を巻く為、ウバメの森へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、リーグ会場では――、

 

「……おいテメェ、なんでテメェがその"デリバード"を持ってやがる……!」

 

 とうとう対峙した仮面の男、それに対するクリアと伝説の三匹、そしてそのパートナーとなるジムリーダー達。

 彼等の登場で半壊したリーグ会場内は安堵の空気に包まれていた。

 いくらルギアとホウオウを従えているとは言え、今さっきまで二人の図鑑所有者に無双していたとは言え、仮面の男は一人だ。

 対して此方はジムリーダー級のトレーナーが四人に、伝説のポケモンが三匹。

 勝てる――この光景を近くで見ていた理事は確かにそう思っていた。

 

 ――だが、

 

『……』

「ダンマリかよ、あぁいいぜ……だったら、っ……答えてやる!」

 

 一瞬だけ躊躇して、顔を背けて、再度クリアは仮面の男を見る。

 今から言う事は、探偵でも何でも無いクリアの根拠も無い推理だ。証拠なんてあるはずも無く、それは今から確かめなければならないもの。

 だがしかし、リニアに乗った時から彼はある一人の人物を、誰にも気づかれない様に探していた。

 彼が最も長く付き合い、戦ったジムリーダーを、それでいて絶対に勝てなかった相手を。

 

 リニアに乗って、一人だけ姿が見えなかった相手、チョウジジムジムリーダーを。

 

「"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"、俺はリニアに乗ってからずっと乗車していたジムリーダー達を観察していたが、その中で唯一一人だけ見当たらない人物がいた。そしてそこまでは疑心の範囲だった俺の予想は今、確信に変わった!」

 

 そしてクリアは仮面の男、彼が乗る一匹のデリバードを指差す。

 

「アンタが乗ったそのデリバード! 他の奴には分からなくても俺には分かる、そのデリバードが誰のポケモンなのかを! ずっとそいつと戦ってきた俺なら!……アンタ程の奴が、そう簡単にポケモンを盗まれたりなんかしない、なぁそうだろ……」

 

 最後の最後、その部分だけ少しだけ弱気な声を発して、悲しげな声を出した彼に答える様に、仮面の男は自身のマスクに手を掛けた。

 そこにあるのはクリアへの敬意か、もしくは最早ここまで来れば正体等バレても問題は無いという余裕の表れか。

 どちらにしろ、今、白昼の下その素顔が明かされる。

 

「……師匠……!」

「ふん、クリアよ、大人しくしていれば痛い目見ずに済んだものを!」

 

 悲痛な声を出すクリアに、これまでの演技、仮面を全て捨て去った男は答えた。

 仮面の下の素顔をさらけ出して、いつもの気弱でそれでいて優しそうな頃の面影等微塵も感じさせない険しい表情をしたヤナギ。

 そして彼はその弟子を自称していた少年もろとも粉砕する覚悟で、ルギアとホウオウに命令を下す。

 まるで"決別の意"の様なその攻撃を合図に、仮面の男との本当の"最終決戦"が今始まる――。

 

「ルギア、"エアロブラスト"! ホウオウ、"せいなるほのお"!」

 

 




実は昨日の時点で書き上げたのだけど、どこか納得がいかなくて一度消していたり――。
でもこれでようやく最終決戦、ジョウト編も終わりが近いです。でも多分まだ後四話以上はかかりそうな気がします。

はぁ、次の投稿はいつ出来るのか……そして挿絵とかいう作者には無縁の長物!絵心なんて皆無なんですよねコレが。


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三十二話『最終決戦Ⅱ』

 

 

 仮面の男(マスク・オブ・アイス)――仮面の男はチョウジジムリーダーヤナギだった。

 全ジムリーダーの中で最もジムリーダー暦が長い大ベテラン、それでいて圧倒的な実力をいつも謙虚そうな苦笑いで隠していた老人。

 ――そしてクリアが師と仰いでいた人物、誰も予想していなかった。予想出来るはずも無かった、対抗戦でジョウト側の主将を務めた男が、まさか新生ロケット団の首領だなんて思えるはずが無かったのである。

 だが同時にヒントもあった。仮面の男は"氷使い"、その事実と彼が仮面の男時に好んで使う"デリバード"を一目でも見ていたら、氷使いという情報を知っていたなら、クリアも今まで以上の疑惑の矛先を向けていたかもしれなかった――が、それも所詮過去の話だ。

 

 今の彼に、もうそんな仮面は必要無い。必要なものは揃ったのだ。

 ルギアとホウオウ、その二匹から取った虹色の羽と銀色の羽の二枚の羽、そしてボール職人ガンテツから奪い取った"時間を捕えるモンスターボール"の製作書。

 後は時を待つだけ、その時しかるべき場所に行けば彼の目的は完遂される。

 

 ――だからその前に、

 

「ルギア、"エアロブラスト"! ホウオウ、"せいなるほのお"!」

 

 最後の仕上げに、彼は彼の邪魔となる全てのモノを排除する。

 伝説のポケモン、ルギアとホウオウの力を使って、伝説の三匹を、その三匹を操る三人のトレーナーを、そしてクリアを。

 何の躊躇いも無く、"最終決戦"開幕の引き金を引いた。

 

 

 

「っ……エース!」

 

 ルギアの口元から放たれた"空気の砲弾"、ホウオウの嘴から放たれた"聖炎の砲弾"、二つの空気と炎、この二つの属性から導き出される答えは容易に予想出来る。

 即ち瞬間的な爆発、炎はその性質上、空気中の酸素を燃やしてその形を保つ、だから火を消したいなら何らかの手段で蓋をして空気の流入を止めてやれば良い。

 ならばその逆。逆に燃え盛る炎に更に空気を送り込んでやれば、その炎は更に強く燃え上がるのだ。

 加えてこの炎はホウオウの"せいなるほのお"、唯の"かえんほうしゃ"じゃない分性質が悪い。たったこれだけの工夫で、図鑑所有者二人を追い詰める程の威力に増大させる事が出来るのだ。

 

「さらに行け、P、レヴィ!」

 

 だが爆発が起こる寸前で、クリアは即座にエースを外に出して宙へと逃げる、他伝説の三匹達もそれぞれの選んだパートナー達を背に乗せてその場を離れる。

 そして次の瞬間に起こる爆発音、その音が耳に届いた時点でクリアはすぐに次の行動に移ったのだ。

 マチスとライコウ、電気タイプのエキスパートと伝説の電気タイプの方へPを、同様にカスミとスイクンの水属性コンビにはレヴィを送り込む。

 

「……ッチ!」

 

 そして自分はカツラの方へは――向かわずにクリアはヤナギへと突っ込む。

 

「!?……クリア、お前作戦は……」

 

 勿論それは作戦外の行動、単身仮面の男に突っ込むなんて、勝算も無い行動をカツラ達がとらせる訳が無い。

 そして今クリアが行っているのは唯の彼の我儘だ。

 ヤナギと一緒に過ごした時間、押しかけ同然だったがそれでも彼は笑っていたと、本気でクリアは思っていた。

 だからこそ、最後の可能性に賭けてみたかったのだ。

 

「師匠! もういいだろ、いい加減目ぇ覚ましてくれよ!」

 

 エースに乗って、急速にヤナギへと接近するクリア。

 一方ヤナギは尚も余裕を保ったまま、小さな老体で彼が常時乗っていた車椅子に腰がけ、その下は仮面の男としての体、氷の腕と胴、それに足で覆われている。

 そしてその氷の体を作っていたと思われる張本人、クリアが絶対に勝てなかった相手、ヤナギのウリムーはチョコンと彼の膝元に座っていた。

 そんな彼にどうにか近づいて、あるいは近づける様ホウオウとルギアに攻撃の手を緩めさせていたのか、クリアは叫んだ。

 

「目を覚ますだと? いい加減目を覚ますのはお前の方だクリア……いつまで師弟ごっこを続けているつもりでいる!?」

 

 対するヤナギはいつも彼が見ていた気弱な瞳では無く、気丈な鋭い視線を彼に向けて答えた。

 次いでクリアを襲う"ふぶき"、ヤナギの膝元のウリムーから発せられた猛吹雪をどうにかかわしながらクリアは尚も、

 

「あぁそうだな師弟ごっこだ、確かに俺と師匠は師弟じゃない……だけどそんな事は関係無い、一人の人間として、アンタに憧れた一人のトレーナーとしてアンタに目を覚まして欲しいんだよっ!」

 

 彼の心の奥底からの叫びを"技"に乗せて、クリアのエースは"だいもんじ"を放つ。

 同時にウリムーによる"ふぶき"、タイプ相性では勝っているはずなのに、なのにエースは押し勝つ事が出来ず、均衡に保つのがやっとの様だ。

 ――そんな相手に、師弟なんて間柄等関係無く、ただクリアが憧れた圧倒的な氷のトレーナーとしてのヤナギに対して、クリアは心の奥底からの叫びを言い放つ。

 

 炎と氷の激突が終わる。均衡した二つの力は相殺されそして――、大空を舞う二つの伝説は大きな影となってクリアの前に現れる。

 

「ふん、何とでも言うがいいクリアよ、お前が何を言おうと私は変わらん! もう我が目的まで後一歩なのだ! 必要なボールはもう少しで完成し、後を時を待って、その間に邪魔者を排除するのみ!」

「……し、ししょ」

「昔私の二枚の羽を奪っていったブルー、だがあの女が今だに自ら持っているとは思わん。ならば考えられる可能性は多々あるが……そういえばクリア、お前は昔面白そうな話をしていたな? 一緒に旅したという"麦藁帽に羽の様な飾り"をつけた少年の話だ」

「……ま、まさか……!」

「"イエロー"というのだったか……今頃残党共がその少年の下へ向かっている頃だろうな、そしてお前が持っていた二枚の羽ももう存在しない!」

「……ヤ」

「後はここでお前と、伝説の三匹を葬れば、私の野望は完全のものとなる!」

「ヤナギィィィィィィイ!!」

 

 クリアが咆哮すると同時にエースが彼の意思を読み取ってヤナギへと突撃する。

 が、それを見越して――彼を煽る事によって冷静な判断力を鈍らせ、猪の様にクリアが突進して来る様仕向けたヤナギは微笑を浮かべて言う。

 

「言ったはずだクリア」

 

 ヤナギの眼前までクリアが迫ったその時、丁度クリアいる部分に影が出来、そして――、

 

「勝負は常に"熱くなった方が負け"だとな」

 

 ヤナギが言葉を言い終えると同時に、轟音が会場内に木霊した。

 それは上空から落とされた巨大な氷の塊、ヤナギのデリバードが落としたそれが地面へと落ちた音。

 丁度クリアがいた部分に、人一人位簡単に(ひしゃ)げる程の巨大な氷を落とした音だった。

 

 

 

「……確かに、勝負とは常に冷静でいなければならないかもしれない。だがな……」

 

 突如、落ちた氷から水蒸気が立ち込める。

 同時に氷の"中"から一人の声が聞こえた。

 その声にヤナギが気づいた――直後、落下した巨大な氷が内側から弾け飛ぶ。

 

「時には"熱く"ならなければならない場合もあるのだよ、勝負の世界にはね!」

 

 その中から現れたのは潰れたはずのクリア、そしてエース。

 そしてその一人と一匹の傍に立つは"炎"のジムリーダー、パートナーのポケモンが全力を出せる様予め用意しておいた小型の酸素ボンベを口に咥えたグレン島のカツラと、伝説の炎ポケモンエンテイだった。

 

 

 

「カツラさん……」

「だがクリアよ、いくら何でも熱くなり過ぎだ」

「……あぁ分かってる、ごめんカツラさん」

「……分かっていればいい、気持ちは分かるさ」

 

 そう言ったカツラの微笑は、冷たいヤナギの微笑とは違い暖かさがあった。見た者を和ます暖かさ、その微笑を見てクリア自身も微笑を浮かべ立ち上がる。

 

「……すまない三匹共、もう暴走は()める……()めるぞ、ヤナギを」

 

 言葉にして、彼等の傍に降り立ったスイクンとライコウにも聞こえる程の声量でクリアは言った。

 それまで彼がヤナギに対して使っていた"師匠"では無く"ヤナギ"、と彼自身も本当に覚悟を決めたという意思表示を三匹、そしてそのパートナー達に伝える。

 師匠との決別を、彼の名を呼び捨てで呼ぶことによって、クリアはその決意を固くしたのだった。

 

 

 

「ふ、ふふふ……止めるだと? この私をか、お前が何度挑戦しても勝てなかった私を?」

「……行くぜエース、レヴィ、P!」

「……いいだろう、ならばこれより先、余計な言葉はいらない! 来るがいいクリア、そしてスイクン、ライコウ、エンテイ! そのパートナー達、お前達を潰し私は確実に"時間"を支配してやる!」

 

 そしてヤナギのその言葉を合図に、両者一斉に動く。

 

「スイクン"あまごい"」

「そんでもって、ライコウ"スパーク"だ!」

 

 スイクンの"あまごい"で大雨を呼び、その雨に"スパーク"を混ぜる事によって、先程のホウオウとルギアの二つの合わせ技の様に威力を高めるカスミとマチス。

 更に二人は先程のクリアとヤナギの問答の際の内に、それぞれのエキスパートタイプの技の威力を高める"しんぴのしずく"と"じしゃく"、この二つの道具を予めスイクンとライコウの持たせていた。

 結果、更に二匹のコンビネーション攻撃の威力は増す事になる。

 

「ふっ、我々も負けてられないな、エンテイ"もくたん"だ」

 

 雷雨の中を、雷を避けて飛ぶホウオウとルギア、そしてヤナギとデリバード。

 その中からヤナギに向けて、カツラはグレンの炎で焼けたと言われる炎タイプの技の威力を上げる道具"もくたん"をエンテイに投げてその技の威力を増大させ、炎を放った。

 だがそれでやれれるヤナギ達では無い、天から落ちる"スパーク"をルギアとホウオウは避け、ヤナギも当然回避行動に出る。

 ――が、そこでクリアのポケモン達も、予め想定されてた通りの動きを――伝説の三匹をサポートする動きをとった。

 

「今っ! P、レヴィ!」

 

 クリアの支持でPがまず先程ルギアが通り過ぎた下、ライコウの"スパーク"が落下する場所へと移動。

 直でその電撃を浴びる――が、クリアのPは少しだけ特別なピカチュウだ。

 その電撃による攻撃は皆無で、加えてライコウの"スパーク"の莫大なエネルギーは確かにPに蓄積され、一撃必殺の雷技と化す事が出来る。

 だがこれはあくまでも"とっておき"だ、ヤナギも当然、このPの特性は知っている、知っているからこそこの光景を見ればPを警戒するはずだ、それに加えて今この場には無関係な人達がまだ大勢いる、そんな状況ではPの電撃で二次被害が起こってしまうかもしれない。

 

 だから次に、Pには準備だけさせてレヴィ、そして、

 

「エース!」

 

 二体の"エースポケモン"に指示を出した。

 指示の命令は至って簡単、エースはエンテイの炎の補助だ。エースの"かえんほうしゃ"をエンテイの炎に織り交ぜ、その威力を更に倍増させる。

 そしてレヴィも"あまごい"の影響下にあり、ホウオウの炎攻撃を弱らせると共に水タイプの技の威力を増大させる"あまごい"の効果の下、最大パワーで"ハイドロポンプ"を放つ。

 その水砲は今現在ぶつかり合っているホウオウの炎とスイクンの水、そのぶつかり合いに文字通り"水を差す"形で、ホウオウの炎を消し去りスイクンの水の勢いを増させる。

 

「甘いわっ!」

 

 だがその攻撃はホウオウまで通らない。ヤナギの掛け声と共にデリバードがホウオウのサポートに回ったのだ。

 デリバードが作る"氷の壁"、"永久氷壁"の二つ名を持つヤナギが作り出す半永久的な氷の壁だ、それは空気中の水分を吸って自動で回復し続ける氷の壁だ。

 氷の壁に防がれ、更にスイクンが放ったその水分まで凍結され、吸収される。

 そしてスイクンの力をも吸収し、巨大化した氷の壁はエンテイとエース、二匹の炎の攻撃をも防ぎきる。

 

(ッチ、こうなったらP……いや、でもまだ人が……!)

 

 レヴィとスイクン、エースとエンテイ、二組のポケモン達の攻撃は完全にヤナギのデリバードが作った氷の壁に阻まれた。

 残る策はPとライコウによる、ライコウの背に乗り飛び上がったPの"爆発的な電撃エネルギーの爆撃"だが、それではまだ会場に残る人々にも被害がこうむる恐れがある。

 ――となると、こうなると自ずと手段は最後の策へと絞られる事となる。

 チラリとクリアがカスミの方を見ると、彼女もそのつもりなのかコクンと一度だけ頷き答えた。

 そしてその様子を見てカツラとマチスも無言で了承する。

 

 仕方が無い、危険は残るがやるしか無いと――。

 そう彼等は判断して、

 

「エース、ホウオウを頼む! レヴィはルギアの方を!」

 

 地面スレスレまでの低空飛行から、クリアはエースから飛び降りエースを単身ホウオウの方へ向かわせる。レヴィも同様にルギアの方へ。

 そしてそれに続くエンテイとライコウ。まずは邪魔となるホウオウとルギア、それにデリバードと彼等四体のポケモン達の力で抑え込もうという作戦だ。

 次にクリアはその様子を見届ける事無く、今だライコウの電気エネルギーを溜めたままのPを一旦ボールへ、そしてスイクンと共にヤナギへと向かったカスミの方へと見やった。

 

 

「貴方はこの先へは行かせないわ! 絶対に……それが私がスイクンとかわした約束だから!」

「……こしゃくな! そんな事出来る訳が無い!」

「いいえ出来るわ、周りをよく見なさい!」

 

 気づけばスイクンに乗るカスミと、氷人形に乗るヤナギの一騎打ちが繰り広げられていた。

 今現在はスイクンの"バブルこうせん"とヤナギの"れいとうビーム"が競り合っている――が、すぐにヤナギから打ち出される"れいとうビーム"がスイクンの"バブルこうせん"を破り、スイクンはジャンプで自身へと迫る冷凍攻撃を避ける。

 が、今の一瞬で"ほとんど完成"したらしい。あえて技の威力を下げてまでもスイクンが張っていた結界が。

 "水晶型の結界"、スイクンが敵の行く手を止める為に張るという"水晶壁"がそしてどうにか完成したのである。

 

「はぁ、はぁ……これで……私たちの勝ちね」

 

 周囲を完璧に完成された水晶壁に囲まれて、その中のカスミは同じく囚われの存在、ヤナギに向けて勝ち誇った様に言った。

 というより、ほぼ勝ちも同然だ。スイクンの水晶壁はどんな攻撃でも敗れない無敵の結界、その結界を解く事が出来るのはスイクンのみ。

 加えてその水晶壁の中を自由に行き来出来るアイテム"とうめいなスズ"をヤナギは部下の失態で無くしてしまっている。

 当然その事をカスミ達は知らないのだが、だけど現に今のヤナギは"とうめいなスズ"等持ってる訳も無く、イコール、この水晶壁の中に囚われてしまえばいくらヤナギと言えど抜け出す事は出来ないのだ。

 

 ――そう。

 

「……ふん、警戒しておいて正解だった様だな」

 

 ――ヤナギがもし、"本当に"捕まっていれば、そこで彼等の勝ちだったのかもしれなかったのだ。

 

 

 不意に呟いたヤナギの姿がブレる。

 驚愕するカスミとスイクンだが、そんな二人を置いていく様に事態は進む。ヤナギの姿はブレて、氷人形の上からヤナギとウリムー、そして彼の乗っていた車椅子が消失する。

 それと同時に、水晶壁に捕まった氷人形の上に現れたのは、

 

「ッ! パウワウ!」

 

 その姿が見えた瞬間、クリアはカスミの方へ走りながら叫んだ。

 パウワウ、チョウジジムにいるヤナギの氷ポケモンの内の二匹が氷人形に乗っていたのである。

 そして、そのすぐ近くに、水晶壁の"外側"にヤナギはその姿を浮かび上がらせる。

 

「どうだスイクン、自分の技で出し抜かれた気分は!」

 

 そう、今ヤナギはスイクンの氷の鏡に自分を映して、あたかも別の場所に自分がいる――という技術を完全コピーして使用したのだ。

 元々スイクンとの戦闘を想定して、その対策として自身の氷でも体現出来る様にはしていたが、まさかこんな形で役立つとは彼にも想定外の、それでいて嬉しい誤算だろう。

 そして、そう言ったヤナギは、今度は近づいて来るクリアの方をグルリと向いて、

 

「ッ、しまっ!」

「ウリムー、"とっしん"だ!」

 

 不用意に近づき過ぎた、そう感じた瞬間にはもう遅かった。

 ヤナギの膝元から跳んだウリムーの全力の"とっしん"、小さいながらもパワフルな攻撃をクリアはモロに受けたのである。

 

「っが……!」

 

 腹に突き刺さったウリムー、そしてクリアは"くの字"に体を曲げたまま、無造作に瓦礫が落下して、ボロボロになった地面へと倒れ込んだ。

 

「クリアっ!」

「お前は自分の、いやスイクンの心配をしたらどうだ?」

「なんっ……スイクン!?」

 

 攻撃を食らい気を失ったクリアを気遣おうとしたカスミにヤナギは余裕の笑みをもって答える。

 言われてすぐはカスミもその言葉の意味が分からなかったが、スイクンの方を見てすぐに気づく。

 予想以上にグッタリとし、その場に音を立てて倒れ混むスイクンに。

 ダメージ自体は言う程受けてないはずだ、確かに水晶壁を張る為に多少の労力は使ったはずだが、それを差し引いてもここまでの疲労の仕方は明らかに異常である。

 

「スイクン! どうして……」

「フフフ、よく見てみろ」

 

 そうヤナギが言った瞬間、スイクンの体から黒いガス状のものが飛び出してくる。

 それはゴーストタイプのポケモン、ゴースだ。本来ならセレビィ捕獲用のポケモンだが、ヤナギがパウワウ達と共に自分のダミーの傍に出して残しておいたポケモンだ。

 その存在が――水晶壁の存在が露見した瞬間にはゴースの行動は始まっていた、カスミが知らぬ間にスイクンに"のろい"をかけ、ジワリジワリと除々にその体力を奪っていたのである。

 そして次に追い込まれたのはカスミの番、先の対抗戦、そしてリニア内での戦闘でかなりの疲労が残るポケモンと、倒れて動けないスイクンと、彼女は水晶壁の中に取り残されてしまったのだ。

 水晶壁を解く事が出来るのはスイクンだけ、それはつまり、スイクンが倒れてしまった場合、既に完成されてしまった水晶壁を解く手段は無くなったという事。

 スイクンの体力が回復すれば、自ずとそれも出来るだろうが、

 

「後は任せたぞ、ゴース、パウワウ」

 

 その水晶壁の中には、まだヤナギのポケモン達が、そして彼が作り出した自律する氷人形が一体いる。

 最早手立てが無くなったカスミ等ただのサンドバックに等しい、氷人形の殴打が一撃、カスミを数メートル吹き飛ばす。

 それを見てもう自分を止める者はいなくなったと判断したのだろうヤナギは、そのままデリバードにウリムー、そして戦いを切り上げたホウオウとルギアと共にその場を飛び立つ。

 

 クリアとスイクンは倒れ、カスミは水晶壁の中に閉じ込めて、今はエンテイとライコウもその救助に尽力を上げ、その傍ではほぼ戦闘不能まで追い込まれたレヴィとエースがボロボロながらクリアの下へと向かっていた。

 そして無理だと分かってても尚、時間の無駄だと理解していてもエンテイとライコウはヤナギを追わずに仲間を、そのパートナーを助けようと躍起になっている、ヤナギの思惑通り。

 その現状に満足して、そしてヤナギはその場を飛び立つ。

 無残にも半壊したリーグ会場を背にして、彼が目指す場所は唯一つ――ウバメの森――正確にはその"祠"。

 幻のポケモン"セレビィ"を手中に納めるべく、ヤナギは次の目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんてこった」

 

 リーグ会場理事は呆然と呟く。

 半壊したリーグ会場を前に、水晶壁に囚われた少女とスイクン、その救助に全力を出すエンテイとライコウ、そしてカツラとマチスも。

 その様子を眺めてその様子に絶望した――訳では無く、今彼が見つめる視線の先の少年。

 ウリムーの"とっしん"を受けて、肺の中の空気を一気に放出して意識を失った少年、彼の手持ちのレヴィ(ドククラゲ)エース(リザードン)が寄り添っている少年。

 開幕セレモニー第一弾を華々しく飾った少年、クリア、その彼が師匠と謳っていた人物の正体が――ヤナギの正体が真の敵、"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"だという真実、その真実に驚愕を隠せないでいるのだ。

 そして同時に、伝説のポケモンを二体も操り、書類上はヤナギと同格のはずのジムリーダー三人、それに加えて伝説の三匹とクリア、これだけの手札が揃っていながら正体を突き止める事位しか出来なかった現状。

 

 そこにあったのは純粋な力の差だった。どのジムリーダーよりも実力が高い、最強のジムリーダーヤナギの強さ。

 今の戦い後、後に残るのは無力感のみだったのだ。

 

 

「……はぁ、はぁ……は、早く彼女を助けないと!」

 

 そう言って出て行ったのはオーキド博士からの使者、図鑑所有者のクリスタルというクリスと名乗る少女。

 過去に同じ様にスイクンの水晶壁に捕まった事のある彼女は身を持って知っていた、水晶壁の鉄壁の守りを、スイクンが解かない限りは絶対にその結界は解けないという事を。

 

「スイクン!スイクン!目を覚まして!」

 

 必死にスイクンに呼びかけるクリス、彼女が焦るのも無理は無い。今もカスミは水晶壁の中で追い詰められていく。

 ヤナギのパウワウとゴース、デリバードやウリムー程じゃ無いがそこはヤナギのポケモンだ。彼女もスターミーを出して対応しているが、連戦続きのスターミーじゃそれも時間の問題である。

 更に極めつけはヤナギが残した氷人形、倒してもまた再生するこの物体の所為で、カスミのスターミーは必要以上の苦戦を強いられていた。

 

「ッ、スタちゃん!」

 

 そしてとうとうカスミのスターミーが力尽きる。

 倒れたスターミーを抱え、迫り来るゴースとパウワウ、そしてその後ろに構える氷人形を睨むカスミ。

 だがそれもただの気丈なハッタリ、最早彼女には次の手立ては残されていない。

 

 一歩、また一歩と氷人形が彼女に迫り、同時にゴースもそれに連れ添って、カスミの目の前まで来てから、氷人形が腕を振り上げた。

 その瞬間、氷人形の上半身が弾け飛ぶ。

 

「……な、何が……」

 

 一撃を覚悟していたカスミは訳も分からず呟いて、同じ様に現状を理解出来てないゴースに、似た配色の手が迫った。

 ゴースト、ゴースの進化系であるポケモンの手だ。そしてそのままゴーストはゴースを水晶壁へと叩きつける。

 

「秋の風はうつりぎ、ただそれがやるせない……」

 

 そう気障ったらしく言った青年の顔を、出入りが出来ないはずの水晶壁の中に佇む青年の顔をクリスは知っていた。

 かつて一悶着はあったものの、彼女が信用に値すると思った人物、ヤナギが持っていた"とうめいなスズ"をロケット団から強奪した張本人。

 それでいてエンジュジムリーダーマツバの友人は、まだ水晶壁内にパウワウが残ってる事、不気味な氷人形がいる事に気づいたのか慌てた様子でカスミとスイクンを連れてどうにか水晶壁から飛び出す。

 その様子を見て、安堵した様子でクリスは呟くのだった。

 

「そうだ……いたんだ、一人だけ、水晶壁の中を自由に行き来出来る人……ミナキさん!」

 

 

 

 ようやく――彼に登場でようやく彼等へと微かに風向きが変わっていた。

 カスミとスイクンは救出し、ヤナギのポケモンと残された氷人形は水晶壁の中、もうその心配をする必要は無い。

 今だヤナギが絶対的に有利だということは変わらないが、それでも確かに風向きはクリア達の方へと傾いていた。

 

 

 

「そうだ、ゴールドも一緒に手当てを……」

 

 カツラから手当てを受けるカスミを見て、思い出した様にクリスは呟き、先程までゴールドが倒れていた場所へと目をやり、そして言葉を失った。

 同時に――、

 

「理事! 先に行ったクリア達は!?」

「おぉ君たちは! 本当に大変な事になった……カスミ君達やスイクン達は今ここに、クリア君は……」

 

 ようやくリニアが戻って来たのだろう。クリア達よりも一足遅れてマツバ、ツクシ、ハヤト、アカネの四名も会場へと舞い戻ってきた。

 全ては終わった後だが、実力者達が戻って来てくれるのは非常に心強いものだ。その姿にとりあえず理事は安堵して、すぐにクリアの倒れている方向へと目をみやるが――、

 

「……どないしたんや理事?」

 

 言葉を失った理事に、アカネが問う。

 同時に――、

 

「ゴールドがいない、まさか……!」

「……あの状態で、ヤナギ老人を追っていったのか!?」

 

 同時に、クリスと理事の言葉がリーグ会場に響いたのだった。

 

 



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三十三話『最終決戦Ⅲ』

過去最長!――すいません、キリ時が分からなくてこうなってしまいました。軽く二話分はあります。


 

 

 リーグ会場から数キロ離れた場所、そこでは今だジムリーダー達とロケット団残党達との戦いが続いていた。

 会場から発車したリニア、その前方車両へと進んでいたジムリーダー達である。

 マチスによって分断され、更に加速を続けるリニア前方車両、その車両内では正気を取り戻した数名のロケット団残党と、ジムリーダー達による洗脳されたロケット団残党達の鎮圧と、

 

「っく、駄目だ! プログラムはどうにか修正出来たがこのままじゃ行き止まりにぶつかる!」

 

 暴走するリニアの停車に全力を注いでいたグリーン等だったが、書き換えられたプログラムを修正する頃にはもう遅い。

 先が行き止まりとなった引込み線にいつの間にかレーンチェンジしていたリニアは、少しずつだがスピードを緩めながらも、しかし十分な加速がついた車両はそう簡単には止まれない。

 リニアの一番先頭、コントロールルームに陣取ってどうにか悪あがきを続けてみるジムリーダー達だったが、

 

「ツブテ達よ、"マグニチュード"!」

 

 タケシの六体のイシツブテが地面に衝撃を与える――が、

 

「駄目だ、そんな小さな力ではっ!」

「クソっ!」

 

 タケシのイシツブテ達でマグニチュードを起こし、その衝撃でリニアを止めようとしてみるもあえなく力及ばず失敗。

 思わず悪態をつくタケシだが、最早そんな悪態をついてる猶予すら彼らには残されていなかった。

 後ほんの僅かの時間で、リニアは猛スピードで行き止まりの壁に激突する。

 その車両に乗ったジムリーダー達も、ロケット団残党達も全てを台無しにする終わりを迎える事になるのだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イツキとカリンがこの先で待ってる、一足先に行ってろ!」

 

 一方そこはリーグ本会場から離れた場所、繋がりの洞窟付近にある三十三番道路。

 セキエイ高原にて散々暴れまわった二匹の伝説のポケモン、ホウオウとルギアを連れたヤナギはデリバードを連れて目的地へと飛んでいた。

 向かう先は唯一つ、"ウバメの森"、彼の目的の最終地点にして幻のポケモン"セレビィ"を祀る祠がある場所。

 だがその場所へ向かう前に、一先ずホウオウとルギアを先に行かせ、ヤナギは一旦地面へと降りる。

 

「……フフフ、もうすぐだ、もうすぐ完成する……!」

 

 彼のポケモンが作り出した氷人形、その上体に愛用の車椅子を乗せたヤナギは一心不乱にその手を動かす。

 リーグ会場にてかつての友、ガンテツから奪い取った巻物と、ホウオウとルギアの二匹から取った虹色の羽と銀色の羽、それらを使って作られる彼が目的を達成する為の必需品。

 ――"時間を捕えるモンスターボール"の作成に専念する為に、彼は目的地の眼前とも言うべきこの場所で一時足を止めたのである。

 更に付け加えると、今のヤナギには一時的にだが時間に余裕があった。

 彼の目的であるセレビィは夕刻、ある決まった時間にしか姿を現さない。その時間外では何時いかなる時でも無駄足に終わってしまう。

 だからこそ、件のセレビィを捕まえる為の、"時間を捕えるモンスターボール"の製作にヤナギは――最早完成目前だが気を抜かずにしっかりとボール作りに専念しようというのだ。

 

 

「もうすぐ会える……私の……」

 

 その時ヤナギの頭に浮かび上がったのはとある時代の、まだ彼が若かった頃の風景。

 寒風厳しい氷原にいるヤナギ自身と、二匹のラプラス。

 一度失った愛しい二匹のポケモン達。

 そんな光景が目に見えた様な気がした――瞬間少年の声が彼の耳に届く。同時にヤナギの作業の手が止まる。

 

「……誰に、会えるって?」

 

 そこにいたのは一人の少年だった、黒いリザードンをボールに戻し、その背後では野生だろうか数羽のカモネギが見慣れない顔に警戒の色を示している。

 ヤナギが吐いた唯の独り言、返事なんて期待していないその言葉に対する確かな応え、その応えを言った少年。

 今の瞬間まで彼の頭の中にあった光景が、氷原の風景が一瞬にして消し飛び、そして一人の少年の顔がヤナギの頭に浮かぶ。

 彼を師匠と呼び慕っていた少年の表情が、セキエイ高原で確かに倒したはずの少年の顔が彼の脳裏に鮮明に浮かび上がり、そしてその顔は今まさに彼の視線の先に立っていた少年の顔と一致して――、

 

「……本当に、しつこい奴だなお前は」

「……諦めの悪さが売りなもんでな」

 

 問答はそれだけ。たったそれだけの会話の後、ヤナギとクリアは同時に動く。

 全くの健康体であるヤナギと、既にボロボロの状態のクリア。

 しかも最も高レベルの手持ちは二体共体力は残り僅か、そんな危機的状況でも、クリアは臆せずヤナギに挑んでいく。

 セキエイ高原での勝負の続きは、そして第二ラウンドへと移行するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時を同じくして。

 

「衝突まで、後一分!」

 

 ようやく大半のロケット団残党達の制圧に成功したジムリーダー達だが、グリーンの言葉で車内は今だ緊迫した状態が続いていた。

 後一分足らずで行き止まりに衝突し、爆発四散するであろうリニア。

 対策を考えようにも思案する時間が圧倒的に足りない、恐らくもう数十秒もすればグリーン達はリニアもろとも木っ端微塵となるだろう。

 リニアを捨てて下車すれば、助かる事には助かるが――彼等はジムリーダーだ、仮にも悪とは言え今リニアで倒れている大勢のロケット団残党員達も人間、見捨てる訳にもいかない。

 

(っく、考えろ! 閃け、この状況を切り抜く打開策をッ!)

 

 そう心の中で呟いた言葉は、グリーンが自らに言い聞かせる様に言ったもの。

 いくら後方と分断されて数は減っているとは言え、それでも前方車両にはまだ多くのジムリーダー達が乗っている、それだけの使い手が揃っていれば、こんな列車の一つや二つ止められるはずだと、そう必死に自分に言い聞かせているのだ。

 だがしかし、いくら考えた所で、考える暇等もう彼等には残されていない。

 考えようと脳を動かす今一瞬にも、リニアは絶望へのタイムリミットを刻一刻と刻み走っている。

 

 

 ――もう駄目かと、誰かがそう思ったその時だった。

 

 

 線路上に一人の人影が見え、直後リニアと衝突するはずの壁の間に一匹のカビゴンが現れる。

 突如として現れたカビゴンはリニアを迫り来るリニアをガッシリと掴み、足に力を入れ、その進行を阻害する。

 カビゴンの足元の地面が捲り上げられ、車内のグリーン達にも激しい振動が襲う。

 そして、轟音をたてるリニアはそれでもカビゴンを押しのけ進み、その背を壁につけるカビゴン――だがリニアの暴走もそこまでとなった。

 

 土煙がたって、僅かばかりの衝突の衝撃で体勢を崩していたグリーン達は起き上がり、その人物を見た。

 赤い帽子を被って、絶縁グローブをつけた少年。

 

「遅れてゴメン、皆」

 

 一年前の四天王事件、その戦いの際に負った後遺症。

 シロガネ山の秘湯にて、その後遺症を完治させたマサラタウンの少年、レッドはこうして完全復活を遂げたのである。

 

「レッド!」

「グリーン!」

 

 そんな彼に、グリーンは真っ先に声を掛けた。

 とは言ってもそれは久しぶりの再会に、という有触れた友情から等では無いし、元々こんな状況じゃなくてもそんな馴れ合いをグリーンは望まないだろう。

 せっかくの復活を遂げた、前年度ポケモンリーグ優勝者であるレッドだ。戦力としてはこれ以上無い程申し分無い。

 そして今は、誰がどう見ても非常事態である事が分かり、彼等が今からどこに向かわなければいけないのかも彼等は理解しているのだろう。

 

「乗れ、レッド! 俺の新しい手持ちだ」

 

 地上にはどんな罠が張られているか分からないからと、そう言ってグリーンはシジマ戦で見せたサイドンを出した。

 サイドンの角のドリル、それを使って地中から目的地へと向かおうというのだ。

 その意見にレッドも同意し、グリーンの後ろに続く。再会したエリカやタケシ達からもいくつかの言葉を貰い、そしてレッドとグリーンは地中へと潜っていく。

 彼等もまた、最終決戦の舞台へと――レッドの持つ"運命のスプーン"の導きによって、ウバメの森へと進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……な、何とか撒いたみたいだけど……ピカやチュチュ、おじさん達は上手く逃げられたかな」

 

 レッドとグリーンがそんなやり取りを終えた頃、ウバメの森。

 生い茂る木々が日光を遮断している為、日中でも薄暗いその森の中にイエローはいた。

 リーグ会場に突如出現したとラジオで実況されていたロケット団残党員、その脅威が迫った育て屋から何とか逃亡し、彼女はこのウバメの森まで走ってきたのだ。

 はぁ、はぁ――と、急な運動の所為か既に肩で息をしているイエローは、先程まで自身を追っていた複数の影が辺りにいない事を確認し、一先ず安堵する。

 

「……それにしてもどうして育て屋にロケット団残党が……? ボクの帽子を狙ってた様だけど……」

 

 そう呟き、イエローはキュッと頭に被った麦藁帽の端を掴んだ。

 ブルーから貰った何の変哲も無い麦藁帽子、不思議そうにその麦藁帽を上目遣いに見つめてみるが、それで疑問が解決する訳も無く。

 

「……考えていても仕方無いか……この森のざわめきも気になるし、それに……」

 

 それに――、そう呟いた後すぐに頭に浮かび上がった"彼"の顔、ロケット団の襲撃にあったリーグ会場に確かにいたはずの彼、クリア。

 その実力の高さ、死んでも蘇ってくる程のしぶとさはイエローも重々承知だが、理解していても心配にならないはずは無い。

 

 そして当然、先にドドすけに乗って行かせた彼女の叔父ヒデノリや育て屋老夫婦の事も気になるのだろう。

 まずはヒデノリ達と合流しようとイエローは、すぐに急ぎ足で森を進もうとした。その瞬間――、

 

「……え?」

 

 彼女の頭上に巨大な翼の影が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「P! "たたきつける"!」

「デリバード」

 

 クリアとヤナギ、二人の対決が再度始まる。

 今まで公式的なジム戦で幾度と無く戦ってきた二人が、リーグ会場にて激突した二人が、今度は一対一での決戦という形で。

 ――とは言っても、その実力差は絶望的な程に大きい。

 全ジムリーダー達の中でも群を抜いた強さを、ジムリーダー最強と呼ぶに相応しいヤナギと、所詮は数多のジムリーダークラスもあるか疑わしいクリア。

 先程までの多対多のバトルでは目立たなかったが、いざ個人戦となるとその実力差は目に見えて出始める。

 

「"ふぶき"だ!」

 

 何とかデリバードの懐に潜りこもうとするPだが、そんなPにデリバードの"ふぶき"が襲い掛かる。

 速さ、技の威力とPを勝り、同時に飛行能力も持つヤナギのデリバードだ。

 タイプ相性だけなら一見Pの方が有利だが、先程からクリアが打撃系の技しか指示を出さない為、そのタイプ相性での有利も無いに等しい状況にある。

 

「どうしたクリアよ、お前のピカチュウはもう一人で電気技を使えるんじゃなかったのか?」

「……とっておきの作戦があんだよ」

「作戦か……大方予想はついている、セキエイでのライコウの"スパーク"が、お前が私に勝つ最後にして最大の切り札なのだろう」

 

 言われて、クリアはヤナギに気づかれない様小さく舌打ちをした。

 出来る限り苦しげな表情を見せないクリアの反応どおり、ヤナギのこの予想は完全に当たっていたのだ。

 セキエイでの戦闘中、ライコウの"スパーク"エネルギーをその身に宿したまま、Pは戦闘から離脱していた。

 その溜まった莫大な電気エネルギー、その力を糧にして、かつてのスオウ島での決戦時の様な電撃を放とうと、そうクリアは思ってこの場までヤナギに見つからない様に、エースに低空飛行で飛んで貰ってついてきたのである。

 

 だがその策もあっさりとヤナギに見破られてしまった。

 そしてライコウの莫大な電気エネルギーも、使える機会は一度キリ、外せばそれこそエースとレヴィがほとんど戦闘不能状態のクリアの勝機は完全に無くなってしまう。

 

 ――チャンスは一度、その一度のチャンスで確実に当てる為、クリアとPはヤナギの猛攻に必死に耐える。

 

(考えろ、考えろ! 何か策があるはずだ、ヤナギの裏をかく最高峰の奇策がッ! くそっ、何でもいいから何か思いつけ……!)

 

 デリバードの"ずつき"がPへと迫り、それをどうにかかわして掠る程度の被害で抑えるP、だが掠る程度でも十分なダメージは行き渡ったらしく、更にPの息が上がってるのが見えた。

 エリカ戦でのウリムーの"こなゆき"程じゃないが、やはりそこはヤナギのデリバードだ。少しのヒットでも決定打になりかねない、直撃でも貰った日には目も当てられないだろう。

 頼むから直撃だけは避けてくれよとPに心の内で懇願して、クリアはこれまでの日々をザッと思い出す。

 

(何か、今まで戦った相手、味方……誰でもいいから打開策になりそうな技を……)

 

 初めて戦ったロケット団の男や、四天王戦、ジョウトでの七回のジム戦に、傍で観戦した対抗戦。

 果てはヤナギ自身との勝負の中にもヒントを見つけようとするが、やはりすぐには良いアイデアは思い浮かばない。

 一瞬、挫けそうになったその時だった。

 

「っ、P!」

 

 完全に後ろを取られたPの姿が視界に入り、Pとデリバードの間に割り込む形でクリアは体を滑らせる。

 Pを抱えて転げ――直後、デリバードの"ふぶき"が先程までPとクリアがいた場所を一瞬にして凍らせた。

 "永久氷壁"と呼ばれるヤナギの氷、例え欠けても自動的に修復する脅威的な氷技に、クリアはゴクリと息を飲んだ。

 

「……もう諦めろクリア、私を追って来さえしなければ、私だってお前なんかに構わないというのに」

「……悪いが、それは出来ない相談だぜ、ヤナギ」

「……ほう、そこまでして私を止める理由があるとでも言うのか? いくらお前が師匠だと言った所で、私はお前とは何の関係も結んでいないつもりだったが?」

 

 その言葉の通り、ヤナギが一度だってクリアを弟子と認めたことは無く、クリアもそれは十分理解している。

 それを差し引いて、クリアは一人の人間としてヤナギを止めたいと言った。それは本心から来るもので、確かにその言葉は何も間違っちゃいない。

 だが同時に、リーグ会場で対峙した時からクリアには、もう一つ理由が出来ていたのだ。

 ヤナギが彼に言った、ブルーが所持する二枚の羽の行方、その見当をつけている多数ある可能性の一つ。

 

(ヤナギがイエローを狙うかもしれないんだ、意地でも止めて……待てよ、イエロー?)

 

 その瞬間、クリアの脳裏に浮かび上がるのは、イエローとそしてイエローが一時的に預かっていたレッドのピカ(ピカチュウ)――"みがわり"を使って上手に"なみのり"をしていたピカの姿。

 そして、偶然か必然か、クリアは丁度一つだけ拾い持ってた"みがわり"の技マシンを最近密かに使ったばかりだった。

 本の気まぐれに、Pにも同じ様に何か出来ないかと考えて――。

 

「……P、今は自分の姿を完璧に真似るだけでいい、一瞬だけヤナギの意識を別に向けて……その隙に奴の懐にどうにか入り込め、出来るか?」

 

 別に今は"なみのり"が出来なくても構わない。ただ一度だけ、Pが自由に行動出来る一瞬さえあれば良い。

 その一瞬に全てを賭けて、どう足掻いても避けきれない至近距離でヤナギに最大パワーの電撃を送り込む。

 そう遠まわしにクリアはPに伝えて、そしてPも了承の意を首を縦に振って答えた。

 

 

「行け! P!」

「馬鹿め! 正面から突っ込んで来るとは!」

 

 ヤナギに背を向けたクリアが抱えていたPがヤナギに向かって走り出す。

 当然ヤナギはその動きを封じる為、デリバードで応戦する。

 拳大の小さな氷の塊を打ち出して、Pを完全に戦闘不能に追い込もうとするデリバード、その攻撃を避けるP。

 右に左に避けて避けて、次第に距離を詰め、Pがとうとうヤナギの眼前まで迫った所で、

 

「惜しかったな、Pよ」

 

 ヤナギの懐にいたウリムーが、Pに向かって"ふぶき"を放った。

 デリバードをどうにかかわした所で意味は無い、その先には更に強力な敵が。

 ヤナギの最後にして最大の切り札、彼のウリムーが常に傍に出張っていた、彼を守る小さな鉄壁の砦となってPを撃退したのだ。

 だからこそ、どんな時でもヤナギは不敵な笑みを浮かべて、自身の安全を確信していたのだ。

 ――全てはクリアの思惑通りに――。

 

「今だ、P"たたきつける"!」

「っな……」

 

 次の瞬間、"みがわり"Pの姿が消えて、いつの間にジャンプしていたのか、上空から現れたPの"たたきつける"がヤナギの懐にいたウリムーを弾き飛ばす。

 そう――クリアの狙いはデリバードにあらずウリムー、ヤナギを守る最後の砦を打ち崩す事にあったのだ。

 クリアもずっと、ヤナギの膝元にいたウリムーには密かに注意を払っていた、デリバード一匹でも危機的状況なのに、そこにウリムーが加われば戦況はほぼヤナギ優勢となる。

 にも関わらずヤナギがウリムーを送り出さなかったのは、一重にヤナギ自身の体力的な問題もあるのだろう。

 流石に高齢、いくら氷人形があるからといっても、クリアにはまだVという一匹が残っている。

 もし迂闊に追撃して、予想外の反撃をされたら――きっとそんな考えがヤナギにはあったのかもしれない。

 

「……チェックメイトだ、ヤナギ」

 

 いつだって用意を怠らず、今回の計画も十年ばかりの歳月を経て用意されたもの。

 だが今回ばかりは、そんな用意周到なヤナギの性格が裏目に出たのだ。

 もしも早めに決着をつけるべくウリムーを出していたら、デリバードとウリムーの二体でPを追い詰めていたらこんな事態にはならなかったのかもしれない。

 だけど今更嘆いてももう遅い――Pは既にヤナギの懐に、ウリムーが先まで居座っていた場所に到達してしまったのだから。

 

「……アンタに十秒だけ最後のチャンスをやる……諦めて自首してくれ」

 

 ヤナギの傍ではいつでもPが電撃を放てる様に準備を完了している。そんな状況ではヤナギのポケモン達も迂闊には動けない。

 ほぼ勝ちは確定した様な状況で、クリアはどこか寂しそうにそうヤナギに問いかける。

 

「……ふふ、相変わらずだなクリアよ」

 

 それはヤナギ本人からすればもう諦めるしか無い状況で、そこまで追い詰められると不思議と笑みが浮かんでしまうものなのだろう。

 どこか自嘲気味に微笑を浮かべたヤナギはそう呟き、その様子に"ほんの一瞬"だけ、クリアもヤナギが改心したと。

 ――そう思った瞬間。

 

 

 

「相変わらず、甘いわっ!」

「ッ何を!?……!」

 

 追い詰められてるのはヤナギの方で、追い詰めてるのはクリアの方だ。

 にも関わらず、ヤナギの気迫に押し負かされクリアは一瞬すごんで、そして何故彼がそう発言したのかを彼はすぐに知る事になった。

 ヤナギが取った行動は単純明快、ただ地中に潜めた氷人形の腕を伸ばして二匹のポケモン達を人質にとった、ただそれだけ。

 ただそれだけの動作で、クリアとPの動きは完全に封じ込められたのである。

 

 しかも――、

 

(あれは、ピカ!? もう一匹のピカチュウは知らないけど、あいつらタマゴなんか持ってやがる!)

 

 クリアの視線の先にいたのは一年前共に戦ったピカチュウ、一時的にイエローの手持ちに加わっていたレッドのピカ。

 そのピカと一緒にいるピカチュウとタマゴ、それだけでクリアにも大方の予想は出来、そして一つの確信が持てた。

 恐らくその一緒にいるピカチュウが、レッドかイエローの手持ちであるという予想が。

 そしてそのタマゴは視線の先の、必死にタマゴを守ろうとしているピカチュウ達のものだという確信が。

 

「さぁクリア、これでも私を攻撃するか?」

「し……ヤナギ! アンタは無関係のポケモン達まで!」

「そんな事は関係無い! 私にとって他人とは、愛すべきものとその他一切の道具! その二つにしか分けられないのだから!」

「……ヤナギ、アンタそこまで……!」

「そしてそれは、ポケモンとて同じ」

「P!」

 

 知り合い(ピカ)の顔に気をとられたのだろう、不意をつかれ氷人形に難なく弾かれ、Pは地面へと落ちる。

 

「当然クリア……お前もだ!」

「っぐぁ!」

 

 人質をとられ、築き上げた優位は脆くも崩れ去った。

 最大のチャンスを潰され、地面へと叩き落されたPの様に、クリアもまたヤナギの氷人形に鷲づかみにされ、そして放り投げられる。

 地面に己の体が落下し、衝撃が全体へと伝わる。"痛い"、という感情の前に、"悔しい"という感情がクリアの心情を支配する。

 

「……くしょう……俺が、躊躇ったばっかりに……」

 

 地面に唇をつけながらクリアは思う。

 自首してくれなんて頼まなければ、ヤナギに直撃を与えれる最大のチャンス時に迷い無くPに指示を出せていれば、こんな事にはならなかったと。

 余裕が出来た瞬間、心のどこかでまだヤナギの良心に訴えかけれると、そう判断した自分がクリアは悔しくてしょうがなかったのだ。

 

「ふふっ、礼を言うぞクリア、このピカチュウ達が通りかからなければ……今のは私も危なかった」

 

 反対にヤナギは余裕の笑みで言う。

 ――が、確かにヤナギの額には薄っすらと冷や汗が浮かんでいた。

 言葉どおりに、Pが彼の懐に入った時はヤナギも内心焦っていたのだろう、まさか十年来の計画を、こんな少年一人に潰されるかもしれないと。

 

 だが結果的に、最後はヤナギがクリアを制した。

 偶然にも"なみのり"を使うピカチュウと"そらをとぶ"を使うピカチュウの、それもタマゴを抱えた二匹がその場に現れるという予想外のハプニングによって。

 

「じゃあまずはクリア、お前のピカチュウを戦闘不能にしてやろうか」

「っやめ……!」

 

 そうヤナギた言った直後、彼のウリムーはヤナギの元へと走り、デリバードはPの元へと向かおうと顔を向けた。

 ヤナギもまずはライコウの電気エネルギーを溜め込んでいるという、厄介な存在から片付けようというらしい。

 地に落ちたPもまだ体力はあるものの、その体力ももうなけなしのものとなっている。

 次の一撃を食らえば、例えそれが掠ったものでもPは倒れる、それを悟ったクリアが叫ぼうとしたのと――同時に。

 

 

 

「だったらこの俺様が通りかかったら、アンタの命運どうなるよ?」

 

 背後に迫ったゴーグルをつけた少年にも気づかないまま、ヤナギは二匹のピカチュウ達へと目を向けてしまう。しまった。

 その瞬間、ゴーグルの少年――ゴールドは言いながら自身の乗ってきたバクフーンは単身、そして自分はマンタインで空を飛び、ピカチュウ達の元へと向かう。

 遅れて聞こえて来るゴールドの声、その声を聞いたヤナギは即座に反応し、一瞬だけゴールドと視線を合わせて。

 

「行っけえぇ! バクたろう、"かえんぐるま"!」

 

 バクフーンの炎が二匹のピカチュウ、ピカとチュチュを掴む氷の手に直撃する。

 氷の手は一瞬ドロリと溶けて、また再び再生しようとした所でマンタインで飛ぶゴールドがピカとチュチュ、それにタマゴを救出する。

 その光景を見て、クリアもヤナギも一瞬何が起こったのか分からなくなり、次に二人は一斉に我に戻って、次の行動に出る。

 

 

 

「P!」

「ウリムー、デリバード!」

 

 このゴールドの登場は、クリアにとってもヤナギにとっても予想外のもの。だがそれは確実にクリアにとってプラスになる出来事だった。

 捕われた人質はゴールドが救出してくれた、後は当初の予定通り、少しヤナギとの距離はあるものの、この距離ならば確実に電撃は直撃するだろう。

 ヤナギの掛け声の前に動いているヤナギのポケモン達が気になるが、そんな事は気にしている場合じゃない、そんな事はクリアも十分分かっている。

 ゴールドが再度生み出してくれたチャンスを、最もヤナギに近づけた今を、クリアとPは最大限に生かさなければいけないのだ。

 

「やれP!」

 

 かつてのスオウ島の時の様な電撃の放流。

 ワタルとの決戦時は、ピカの絶大な電力によって"百万ボルト"の力を生み出した。

 ならば今度はどうだろう、伝説のポケモンライコウの"スパーク"に加え、今のPは"でんきだま"というピカチュウの能力を飛躍的に上昇させる道具も持っている。

 それはつまり――ワタル戦時よりも、更に強力な電撃を放てるという事では無いだろうか。

 十万よりも、百万よりも、千万よりも、更に強い電撃――即ち。

 

 

「一億ボルトオォォォォォォォォォオ!!」

 

 

 クリアの叫びと同時に、Pの最大パワーの電撃がヤナギへと向かう。

 まるで爆発の様な電撃の放流、飛散する電気エネルギーは今にもクリアやゴールドにすらも無差別に襲い掛かる勢いだ。

 だがそれだけこの電撃の威力は凄まじいという証明にもなる。きっと間近でこの電撃を見ているヤナギの眼には白い光しか見えていないはずだ。

 そして最後に、ヤナギのいるはずの場所辺りで閃光がスパークして――、

 

「……やったか?」

「……かもな、多分」

 

 電撃の後には静けさだけが残った。

 白く煙が立ち、視界の確保が些か難しい。

 そんな中、バクフーンをボールに戻し二匹のピカチュウを連れ、タマゴを抱えたゴールドが呟き、クリアもまだ半信半疑のまま答える。

 流石にこれだけの規模の跡が残る攻撃、それを受けたヤナギもタダでは済まないだろうとクリアは考えての事の発言。

 そして最後にクリアが見た時、ヤナギの元にはデリバードもウリムーも戻ってはいなかった。その二匹が今どこにいるのかもこの煙じゃ分からないが、だが電撃が放たれた瞬間、ヤナギを守るポケモンがいなかったのは事実。

 

「……本当に、終わっ」

 

 数秒経っても音沙汰が無く、クリアが半分笑って言いかけたその時だった。

 

 

「終わるはずが無いだろう、この私が!」

 

 

 まるで死刑宣告の様な声にクリアは、同じくゴールドも背筋が凍りついた。

 直後、煙の中から現れた一体の氷人形がクリアの体を捕え、Pに吹雪の様な攻撃が直撃し、同時に煙が晴れていく。

 そして姿を現せるのは、やはりヤナギ。勿論傷一つ負っていない。

 今までの様に車椅子を装着した氷人形に乗って、膝元にウリムーを乗せて、その傍にはデリバードが佇んでいる。

 

「なん……どうやって……」

 

 体を捕まれ、苦しそうに呻きながらも、クリアは混乱する頭でヤナギに質問して、

 

「どうやって……か、その訳はこいつだ!」

「……イノ、ムー……まさか、エンジュの時の……!」

「そうだ、あの時私が貸してたイノムーだ、最も最近捕まえたばかりでジムにも置いていなかった奴だからな、お前も見るのはエンジュの時が初めてだっただろうがな」

 

 そう言ったヤナギの言葉通り、ヤナギの氷人形の足元にいるこのイノムーはエンジュでクリアが出会ったポケモン。

 クリアに倒されたこのイノムーはロケット団残党員達に回収され、ヤナギへと戻っていっていたのである。

 ――そして、イノムーのタイプは"こおり"、"じめん"――そう、地面は電気を完全に無力化するのだ。

 それが例え、どれだけ強力に強化された電撃でも、電気である限り同じ事。

 瞬時に出したイノムーの背に隠れて、ヤナギはPの最大出力の電撃を防いでいたのである。 

 

「……といってもあれ程の電撃、そのフラッシュで全く目が見えない状態なのだがね、だが今となってはそんな事はどうでもいい! 何故ならついに、ついに完成したのだからな!」

「完成したって、一体何が完成したって言いやがるんだ!」

「ふっ、その声はゴールドか……完成したというのは、これだ!」

 

 言ってヤナギが翳した一つのモンスターボールに、クリアとゴールドは目を見開いた。

 それはヤナギが見せたものが、正真正銘完成された"時間を捕えるモンスターボール"だったから、その実物を見た事が無くても、見た事無いからこそその不思議な輝きを放つモンスターボールが特別なものだと分かる。

 加えて、クリアはそのボールが特別だという事を知識のみで知っていた、だから彼もこんなにも驚いているのである。

 GSボール、ゲームでも通常プレイでは絶対に手に入らない特別なボール、それを直に見て、そしてそれがヤナギの目的の品だと分かってしまったのだから。

 

「"時間を捕えるモンスターボール"、そしてどうだっ、この溢れんばかりの力は!」

「なっ、奴の体が宙に!」

 

 ゴールドの驚愕の声が聞こえた。

 当然だ、とうとうボールを完成させたヤナギの体は宙に浮き、そして空間が歪んだと思うと。

 

「ふ、デリバード、イノムー、こいつらの始末は任せる……私は時空の狭間へと、"あの時"へと向かう為出発する!」

 

 言って、ヤナギの体が妙な穴の様な、空間にポッカリと空いた穴に吸い込まれ消えていく。

 氷人形の外観が吸引される際に朽ちて小さくなっていき、その過程でクリアを捕えていた腕も崩れ落ちて。

 そしてその様子を見て、勿論ただ黙っていられるゴールドでは無いが、

 

「…っ野郎!」

「まっ、ゴールド!」

 

 意地でもヤナギを追おうとしたゴールドを、ヤナギから解放されたクリアは体を張ってでも止めた。

 

「何しやがる! 今追わねぇと奴が行っちまうじゃねぇか!」

「今はそんな場合じゃ、無ぇ!」

 

 クリアに掴みかかるゴールドに睨み返し、そして体を捻らせてゴールドもろとも地面を転がった。

 直後その場所に出来る氷の山、デリバードの"ふぶき"による攻撃だ。

 

「今からあのヤナギのポケモン達が俺達を襲ってくる、だから今は奴を追うよりも……」

「あぁ分かってるぜ、あのポケモン達を俺が倒せば……」

「いやお前はヤナギを追え、奴はウバメの森にいるはずだ、セレビィを捕まえる為に!」

 

 予想外の返事にギョッとしてゴールドはクリアの顔を見る――が、クリアには冗談を言ってる風な態度は見えず、あまり見れない真剣な表情を見せている。

 それもそうだ、今ゴールドがこの場を離れてしまったら、クリアは残りV一匹同然で、それも散々ヤナギに痛めつけられたボロボロの体であのデリバードとイノムーに挑まなければならない。

 勿論それは自殺行為にも等しい行為で、

 

「っな、テメェそんな事言ってる状態じゃ……」

「エース!」

 

 当然戦いだそうとしたゴールドだったが、それより早くクリアがエースを外に出すの方が早かった。

 エースもクリアとは長い付き合いで、彼の考えは言葉にするよりも早く伝わっていたのだろう。ゴールドを抱え、途中でピカとチュチュが乗れる程度に減速して二匹を乗せて、そのまま空高く飛び上がる。

 

「ちょっと待てよオイ! ふざけんな! 誰がこんな事頼んだッ!」

 

 エースに掴まれてジタバタとするが当然エースの力は揺るがない。

 加えてゴールドは今タマゴを持っている、冗談でもその高度から落とす訳にはいかなく、自然と行動にも制限がかかる。

 それは必然として、クリアの思惑通りゴールドはピカやチュチュと共にウバメの森まで大人しく運ばれるしか無いという事だ。

 

(セレビィって言えばウバメの森の祠だ、今のゴールドにならこの戦い、託してもいいだろうし、俺は俺で……やれる事をやりましょうかね)

 

 飛び去っていくエースを眺めながら内心そう呟いて、クリアはそのエースを追って飛び立とうとするデリバード目掛けて手頃な石を一個拾い、投げる。

 石は弧を描いてデリバードの目の前に落ち、それでデリバードと、それにイノムーも完全にクリアに的を絞っている様子。

 だが勿論クリアも死ぬつもりは無い。そんな気起こしたら、何故だか本能的に後が怖いと告げている。

 

 

 

 

 

 もしここでデリバードをいかせてしまったら、ゴールドの戦いが不利になる。

 それはつまり、ヤナギの野望が成就する確率が極めて高くなるという事で、同時にどこかの麦藁帽の少年にも危害が加わる確率が高まるという事。

 否イエローだけじゃない、それ以外の多数の人達もクリアと同じ目に会う可能性が潜んでいるという事だ。

 今のヤナギは目的の為なら何でもやる、そして今のクリアよりもゴールドの方が、そんなヤナギを止める確率が高い。

 ただそれだけの理由で、クリアはこの場に残って。

 だけど当然ただでやられる気なんて更々無いから――。

 

 

 

 

 

 だからこそ、クリアは今から全力でデリバードとイノムーから逃げる。

 逃げて、隠れて、それでウバメの森へと向かおうと思った――のだが、

 

「はぁ……やっぱり、そう上手くいかないか」

 

 大体一分位経っただろうか、その頃には既にクリアの前にはデリバードとイノムーの二匹がいた。

 命がけの追いかけっこも、もう少し長引かせる事が出来るとクリアは思っていたのだが、思った以上にクリアの体力が限界を迎えていた様である。

 足に力を入れた瞬間、膝が笑って、崩れ落ちる。

 こんな時"ピッピにんぎょう"でもあればどうにかなったのかもしれないが、生憎クリアは最近"きんのたま"は拾ったが"ピッピにんぎょう"なんて拾っていない。

 

(……あぁ、また怒られるんだろうなぁ)

 

 ――と、どこか危険になれてしまった彼は、目の前で技を構える二匹を眺めながら思う。

 考えたのは当然、つい先日見たばかりのイエローの眠った顔。あまり成長が感じられないその寝顔に、思わず苦笑いが出て少しだけ同情してしまったのは彼だけの秘密である。

 そして、そうしてゆっくりとした体感時間で次の瞬間を待つクリアの瞳に。

 大きく見開かれたその瞳に。

 今にも技を繰り出しそうな二匹の氷ポケモン、その背後に、複数の茶色の羽が映り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……ルギア!? と、ホウオウ!?……後の三匹も伝説のポケモンで、あのポケモン達と戦ってるのは……」

 

 クリア達から少し離れたウバメの森の地で、イエローの視線の先では伝説級の戦いが繰り広げられていた。

 ヤナギが先にこの森へと送り込んだルギアとホウオウ、その二匹に乗る"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"がかつて攫い、自身の手駒とした子供達――マスクド・チルドレンの内の二人、カリンとイツキ。

 どちらのポケモンもその実力の高さは周知の事実だが、それを操るカリンとイツキもまた相当の実力者だという事が見てとれる。

 

 そして、そんな二人に対抗しているのは――、

 

「ブルーさんにグリーンさん、それにレッドさん!」

 

 イエローが呟いた通り、カントー図鑑所有者でマサラ出身の三人だ。

 何故この三人がこの場所で戦っているのか、それはやはり"運命"という言葉が正しい答えなのだろう。

 上空で戦うブルーに、イエローの視界には映らないが彼女と同じく"元マスクド・チルドレン"のシルバーもまた、ルギアの背上でイツキと対峙し、自身を今だ縛る運命の束縛から逃れようと二人は戦っている。

 それに加勢するレッドとグリーンの二人も、レッドが持つ"運命のスプーン"の導きでこの場所まで来ているのだ。

 

 

 そしてイエローもまたこの場所へと導かれた――しかしそれは、彼等の様な運命的な導き等では決して無く――ある人物達の策略によるものだったのだが。

 

「デルビル、"ひのこ"ッ!」

「え、わあぁ!?」

 

 突如として、背後からデルビルの"ひのこ"がイエローを襲った。

 上空の戦いを見上げてる最中のいきなりの不意打ちである、回避行動は完全に遅れていたが、それでも攻撃自体が掠った程度に済んだのは不幸中の幸いか。

 

「い、一体何が……」

「フフフ、とうとう見つけた……かつて"仮面の男"様から奪われた虹色の羽と銀色の羽!」

「わざわざリーグ会場からここまでやってきた甲斐があったというものだ」

 

 気づけば二人の人物がイエローを見つめていた。その周囲には三対ずつの、合計六体のヘルガーとペルシアン、それと先程イエローを襲ったデルビルが一体構えている。

 

「……ロケット団残党員…もしかして急にボクを追っていた追っ手達がいなくなったのは……」

「ふん、多分お前の予想通りだ。お前を"ここまでおびき出す"作戦が終了した為、持ち場に帰したまでだ、お前の羽を我々が直々に葬る為にな!」

「羽? 羽って一体何の事を言ってるんだ!」

「ほう、どうやら惚けてる様子は無いから本当に知らないのだろうが、そんな事は我々の知った事では無い! お前の羽は私シャムと!」

「カーツが奪い取る!」

 

 その二人は少し前にリーグ会場でリニアを暴走させた張本人の二人。

 ゴールドとクリスのコンビに倒されながらも、リニアのプログラムを改竄し目的を達成した二人は、先のリーグ半壊の騒ぎに乗じて会場内から逃亡していたのだ。

 そして今ここに、仮面の男に忠誠を誓う二人のロケット団残党は、イエローの麦藁帽、正確にはそこに飾られた虹色の羽と銀色の羽を狙ってイエローを襲撃したのである。

 

「何の事か知らないけど……だけど貴方達がロケット団で、どうしても戦わなくちゃいけないのなら……ボクだって!」

 

 そう言って、力強い眼を向けたイエローは腰のボールへ手を伸ばす。

 先程まで追いかけられていたロケット団残党達は複数人いて、倒しても倒してもキリが無いと考え、かつあまり争い事を好まないイエローは逃げるという選択肢をとった。

 だが今、上空で戦っているレッド達を見て彼女もまた戦う選択を選ぶ事にしたのである。

 加えて敵は二人、一人でもまだ戦えるはず、そう考えてボールへと手を伸ばしたのだが――、

 

「……あれ、そんな……!」

「くくっ、どうした? まさか"何かが壊れて"いたりしたのか?」

 

 ボールに触れて焦りの色を見せるイエローに、シャムは可笑しそうに笑って言う。

 カーツも同様に、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていて。

 

「ボールの開閉スイッチが……まさかさっきの!」

 

 そう言ってイエローは先程"ひのこ"を放ってきたデルビルへと視線を向ける。

 ――そしてその予想は当たっていた。

 シャムとカーツの二人が、デルビルが狙って攻撃したのはイエローでは無く、ボールの開閉スイッチだったのだ。

 いくらトレーナーと言えど、ポケモンを出せなければ唯の人、加えてイエローは一見少年の様でも、体の小さな女の子だ。

 肉弾戦ではポケモン所か、目の前の二人にすら太刀打ち出来ない。

 

「ククク、じゃあ大人しくその麦藁帽子を渡して貰おうか!」

「……い、嫌だ! 来ないで!」

 

 渡してしまえば見逃して貰えたかもしれない。

 もしくはあらぬ方向へ投げてしまえばその隙に逃げ出せたかもしれない。

 だがイエローは、あえて帽子を守る選択をした。

 それはその麦藁帽に、二枚の羽にどれ程の価値があるのかを直感的に分かった訳では無く、ただ予感がしたからだ。

 

(こ、この人達がここまで欲しがるものなんだ! きっと渡したらいけない気がする!)

 

 そう予想して、その予想は大体正しくて、イエローはすぐさま二人から逃げ出そうと走り出そうとするが、

 

「ペルシアン"ひっかく"!」

 

 その足目掛けてペルシアンのが襲い掛かる。

 "ひっかく"を受けて、その場に倒れ、攻撃の痛みに顔を歪ませるイエロー。

 だが苦しい表情を浮かべながらも再度立ち上がり、走り出そうとするが――、

 

「っぐ!」

「止めとけ、もうその足じゃ走れまい」

 

 あまりの痛みに足を上手くうごかせず、再度倒れるイエロー。

 かろうじてよろめきながらも歩く事は出来ても、今の彼女は走らなければいけない状況――にも関わらず、彼女の足は言う事を聞かない。

 それもこれも全部、この二人のロケット団残党、シャムとカーツの作戦通りだ。

 まずはデルビルにイエローのボールを使えなくさせ、次にイエローの行動手段を奪う。

 ここまですれば、相手は手負いの子供一人、まず失敗は無いと、そう二人は考えて行動したのだ。

 

 そして彼等の作戦通り、二枚の羽を持つイエローは身動きを封じらていた。

 この二人の前で、走って逃亡出来ないようじゃ動きを封じられたも同意である。

 

 

「じゃあ渡して貰おうか、虹色の羽と銀色の羽を!」

「やだっ、来ないで、来るな!」

 

 ポケモンを、身動きを封じられて尚、それでもイエローは抵抗した。

 ただ二人に帽子を渡したら大変な事になると思って、確信なんて無いただの予想からの行動。

 その足掻きに――いい加減二人のロケット団残党もイラついてきたのか。

 

「いいだろう、ならばまずは貴様の動きを止めてから、ゆっくりとその帽子を奪うまで! ペルシアン!」

「ヘルガー!」

 

 そう言って、動けない彼女に向けて六匹のポケモン達が放たれた。

 頭上では今も戦っている五匹の伝説の鳥ポケモンと、六人のトレーナー達、彼等に助けを呼ぶ手段も暇も無い。

 普段使ってる釣竿も育て屋に置いてきた為手元には無く、武器になれそうなものは無い。

 だけど絶対に最後まで諦めず、イエローは周囲を観察した。

 ヘルガーとペルシアンが動き出すその瞬間まで、一年前共に戦ったクリアの様に、どんな状況でも決して諦めず。

 

 諦めず、打開策を探していた、その時だった。

 ヘルガーとペルシアンの六匹が動いたその瞬間、彼女の大きな瞳にピンク色の集団が映り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

 技を繰り出そうとしたデリバードとイノムーに、無数のカモネギが襲い掛かり、複数の"みだれづき"でクリアからデリバードとイノムーを遠ざける。

 イエローに襲い掛かったヘルガーとペルシアンの六匹を、無数の"みずでっぽう"が襲って、唖然とするシャムとカーツの前でペルシアンとヘルガーの六匹はイエローの前から弾き飛ばされる。

 そして彼と彼女の傍に集まるは、大量にいるあるポケモン達の群れ、茶色の羽と、ピンクの体。

 

「まさか……」

「もしかして……」

 

 どちらのポケモンも、クリアとイエローからすれば一年ぶりの再会を果たしたポケモン達だった。

 

 そのポケモン達は"おや"元を離れ、群れの長となっていた。

 当然自然の中で、今度は自分がリーダーとなって仲間を守る立場になった彼等の実力は一年前の比では無く。

 そして長いネギ(クキ)を持ったカモネギと、頭に大きな貝を乗せたヤドキングに、それぞれの場所で、同時に、クリアとイエローは呟く。

 

「……ねぎま?」

「……ヤドンさん?」

 

 二人の問いに、二匹のポケモン達は昔と全く変わらない返事で二人に返して。

 そしてそんな無抵抗な二人に攻撃を加えようとした二つの敵に、二匹は静かに刃と牙を振りかざす。

 

 




今日書く話のラストはこの二匹だと決めてたんです。その結果がこの長さ、後悔はあんまり無いです。


――茶色の羽って、これだけ聞くとゴキブリ思い浮か(ry


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三十四話『最終決戦Ⅳ』

 

 

 スオウ島での決戦から約一年、その間に彼等は群れを率いる長となっていた。

 

 決戦直後に"おや"と別れた"ねぎま"は、合流した群れの中ですぐに頭角を現し瞬く間に群れの長となって、この三十三番道路を拠点に活動していた。

 そんな折、彼の元に近くで妙な人間同士が戦闘していると仲間から情報が入る。

 例え仲間が捕獲されても、捕獲された仲間が幸せそうならひっそりと住処を変えて、極力人間とは関わらない生き方をして来た彼である。

 その時もすぐにそんな情報は無視しようと一瞬思った彼だったのだが、しかし人間達が争っているという場所は彼等の住処のすぐ近く、万が一にも火の粉が飛んでこないとは限らない。

 従って、様子見程度に仲間とその場所を訪れた彼の眼に飛び込んで来たのは――約一年振りの再会となった、友達(にんげん)の顔だった。

 

 極最近"おや"から離れ、仲間達と共にヤドンの井戸やヒワダタウンを自由に闊歩し、のんびりと暮らしていた"ヤドンさん"。

 つい三日程前の事、何の因果か、はたまた長の印として頭に被っていた"おうじゃのしるし"の影響か、突然ヤドキングへと進化した彼だったが、それでも矢張り彼の生活は変わらない。

 寝て食べてまた寝る、時々遊ぶ。そんな自堕落かつ快適な生活を送っていた彼だったが、彼は、彼等ヤドン達は見た――ウバメの森上空を飛ぶ伝説の五匹の鳥を。

 ウバメの森はヒワダタウンの真横に位置していて、その森で、彼等の目と鼻の先でそんな伝説級のドンパチをやられていたら、せっかくの彼らの憩いの場であるヒワダタウンにも何らかの被害があるかもしれない。

 そう考えた彼等は、此方もまた様子見がてら森へと入って――そして彼は見た、約一年前の決戦で一緒に戦った少女を、今正に窮地に陥っていたイエローを。

 

 ――そうして、

 

「……ねぎま?」

「……ヤドンさん?」

 

 彼等は再び彼等の前に現れた。

 今度はクリアという少年の手持ち等では無く、彼の指示無しに野生の状態で、彼等は彼等の戦う理由から。

 そしてなにより、クリアという少年とイエローという少女を救うべく、彼等二匹もまた、巨大な悪に立ち向かう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デリバードが放った氷攻撃で所々点々と氷付けになっている三十三番道路、その場所でクリアは仮面の男、ヤナギと再度対峙し、そしてまた敗北した。

 絶対優勢の状況からの逆転敗北、更には最後のキーアイテムの"時間を捕えるモンスターボール"を完成させたヤナギを取り逃がす形に終わって、後に残されたのはデリバードとイノムーという二匹のポケモン。

 Pは倒れ、エースもゴールドを逃がす為に今は手元を離れ、残ったレヴィの体力も真っ赤な状態。

 唯一まともに戦えるVでも、流石にデリバードとイノムーの二匹を相手取るのはキツイと考えたクリアは、せめてゴールドへと攻撃の矛先が向かぬ様にデリバード達の攻撃の囮になろうと考えたのだったが、すぐに彼は追い詰められてしまった。

 

 そんな絶体絶命のピンチを、コンマ一秒の差で救ったポケモンは――。

 

「……ははっ、全く、相も変わらずナンバーワンの意外性だなお前は……いいのか、お前は今俺の手持ちじゃないんだぞ、そんな状態で仲間を危険に晒すというのか?」

 

 そう彼に問いたクリアに、変わらぬ笑顔でネギ(クキ)を振って答え、そして意表をつかれた攻撃に、思わず飛ばされてしまった二匹の氷ポケモン達の方を向き、その方向へ自身の得物を構えた。

 同時に、彼が纏める二十数羽のカモネギ達もねぎまの意思に従う。

 彼等はある者はねぎまの様に得物となるネギ《クキ》を、鋭い視線を、翼を広げたり等して二匹の氷ポケモン達に向けて威圧する。

 そしてそれで――ねぎまの行動は決まった。

 反対する者は誰もいない、いるはずも無い――今から彼らは、カモネギ達はリーダーたるねぎまの為に力を振るう。

 

「……分かったよ、俺もこう見えて結構ピンチだったんだ、力を借りるぞねぎま、それにねぎまの仲間達」

 

 一時的に手持ちに加わったねぎまの技を図鑑で確認しながら言ったクリアの、嬉しそうな声を聞いて一斉にねぎま達カモネギの軍団がデリバードとイノムーの二匹に飛び掛り、そして二匹の氷ポケモンもそれに応戦する。

 数の上では圧倒的、しかしタイプ相性と個別の力では圧倒的にデリバードとイノムーに分がある。

 差し引いて五分五分、普通に戦えばどちらが勝つかの判断はし辛い事だが、しかしクリアは微笑を浮かべて、勝利を確信した声でねぎまへの指示を出した。

 

「いくぜ……ねぎまはデリバードとの一騎打ち、他の奴等はイノムーに集団でかかれ!」

 

 クリアの支持はねぎまへと伝わり、ねぎまの指示は他のカモネギ達へと伝わって、勝つ為の作戦が展開される。

 トレーナーの有無、相手は飛行ポケモン、そんなどこか懐かしいデジャブに、初めて出会った時の映像が一人と一匹の脳裏に浮かび上がりそして、ただ一人だけねぎまに指示が出せるトレーナーは、今一度ただ一人からの指示しか受けないポケモンとタッグを組んで。

 そして彼等ねぎまの仲間のカモネギ達は、彼等のリーダーとその旧友の為に全力を注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ! このヤドンの群れは!?」

 

 三匹ずつのペルシアンとヘルガー、それにデルビルの一匹を加えた計七匹のポケモン、その軍団を指揮するロケット団残党達の幹部にして、仮面の男直属の部下、シャムとカーツは目に見える焦りと動揺を隠せずにいた。

 理由は明白、今しがた彼等に攻撃を加えたヤドン達の群れ、そして彼等に挑む様な視線を向ける、イエローの傍に立つヤドキング。

 何故野生の彼等が、ヒワダもしくは井戸にいるはずの彼等が、そして何故彼等が自分達の標的を――数々の疑問が生まれては、消化されないまま混乱だけを頭に残していく。

 ヤドン達の数は二十弱程、決して多い数では無いが、今の彼等には下っ端達のサポートは無い。手負いの子供一人に人員を裂くのも無駄だと彼等が連れて来なかったからだ――だからこそ、その数のヤドン達は彼等にとってとてつもない脅威となる。

 

(クソッ! 想定外だぞこんな事は……! 何故奴等はあのガキの味方をするんだ!? 見た所あいつの手持ちでも無い様だし……)

 

 そう思案するカーツだが、イエローとヤドン達の長、通称ヤドンさんと呼ばれるヤドキングの関連性を彼は知らない。

 かつてのスオウ島での四天王との決戦や、クリアという共通項を持ち、当然彼女とヤドンさん同士も友人同士。

 それだけで、ヤドンさんには十分な戦う理由になるのだ。

 

 

「君は、ヤドンさん……なんだよね、本当に……」

 

 そう呟いて、イエローは不意にヤドンさんの記憶を、心を読み取った。

 "癒す者"、そうオーキド博士から評される彼女が持つトキワの森の特別な能力。

 ポケモンの治癒と、心を読み取る力を使って、彼女はヤドンさんに手を翳し、ヤドンさんも無言の了承なのか特に抵抗の意を示さない。

 

 ――程なくして、戦闘中であるという事からおよそ数秒間だけ記憶の表層部分のみを読み取ったイエローは、

 

「……そうなんだね、ヤドンさん……君はクリアと別れて……今はヒワダ近辺で暮らしてるんだ」

 

 そう納得の声を出したイエローに、ヤドンさんは一声だけで返答する。

 イエローが読んだのはヤドンさんとクリアの別れの時の記憶、ロケット団残党との戦闘後、お互いに少しだけ寂しそうな素振りを見せた後すぐにそれぞれの道を歩んだ一人と一匹。

 その時のヤドンさんは少しだけクリアに似た態度をとっていて、そして今彼はイエローを守る為に群れを率いてロケット団残党幹部の二人、シャム、カーツと対峙している。

 ポケモンはトレーナーに似る、もしかしたらこの言葉も、あながち間違っていないのかもしれない。

 

 

「ッチ、だがしかし、我々もあの方の為にあの二枚の羽を葬る必要があるのだ! カーツ、例の作戦で行くぞ!」

「……あ、あぁ分かった! ヘルガー"ほえる"だ!」

「ペルシアンもやれ!」

 

 眼前に広がるヤドンの群れとそれを率いるヤドキング(ヤドンさん)

 戦況は明らかにシャムとカーツに不利な状況だったが、だが彼等とてたったそれだけの理由でイエローの帽子の羽を諦める訳にはいかない。

 もしかするとその羽が、彼等のボスである仮面の男、ヤナギの目的を邪魔する最後のピースになるかもしれない、その可能性を秘めているからだ。

 時空の狭間に行く為の絶対必須のアイテムが、このまま敵対勢力の手にある事がどれだけ不味い事か、それが分からないシャムとカーツでは無い。

 

 そして彼等のポケモン達、ヘルガーとペルシアンの計六匹が一斉に"ほえる"。

 本来逃走用の補助技である"ほえる"だが、相手の戦意を奪うその技はシャムやカーツの様な訓練された実力者が使う事によって、更にその効力を高める。

 戦闘意欲が高ければ高い程、その気持ちに反して動こうとする意志そ削り取り、体の自由を奪う技術、元々は仮面の男ヤナギの技術だ。

 

「フフフ、これでヤドン達の動きは封じた! "戦おう"とすればする程戦意を奪う技だ! よって状況はまた振り出し……に……」

 

 "ほえる"の成功に、動揺していたシャムの表情に余裕の微笑が戻り、彼女は再度イエローの帽子を狙おうと足を一歩踏み出そうとした、その瞬間――彼女の言葉は不意に途切れる。

 同時にカーツもまた驚愕の表情を浮かべヤドン達の方を見た。

 それは何故か――何故なら動きを封じたと思った相手が、それで無力化したと思っていた相手の軍団が平然とした様子で彼等に向かって歩いてきているからだ――。

 

「な、何故だ!? 確かに"ほえる"の効力は受けているはず……」

 

 彼女がそう驚きの声を上げるのも、カーツが言葉を失ってしまうのも納得出来る。

 彼等が会場で戦った二人の少年少女、図鑑所有者ゴールドとクリスにも先の"ほえる"の技は有効であって、この技術は戦おうとするポケモン、人間全てに有効な戦術だ。

 明確な戦う意思を持った者に対してはこれ以上無い程有効な戦術――にも関わらず、現実としてヤドンの軍団は今も尚カーツとシャムの両名へと迫っている。

 

「……貴方達は一つ大きな勘違いをしている」

「勘違い……だと?」

 

 驚愕する二人のロケット団幹部に、イエローは静かに言った。

 歩みを進めるヤドン達を見つめながら、"ほえる"の効力で動けない身ながらも、それでいて勝利を確信した瞳を真っ直ぐと彼等二人に向けながら。

 真横で全く微動だにしないヤドンさんを一度だけ横目で見て。

 

「……はい、多分今のヤドン達に……戦う意思なんて無い。だから貴方達の技はあの子達には効きません!」

「戦う意思が無いだと!? そんな事が……っ、いや、まさか……!」

 

 言い返そうとしたカーツだが、そこでハッとしてヤドン達を見る。

 のんびりとした足取りで、しかし"ほえる"の効力を完全に撥ね退けて歩き来るヤドン達。

 その常時と全く変わらない"何も理解していなさそう"な無表情から、カーツは、続くシャムも同時にその事に気づく。

 

「まさか……"ドわすれ"か!」

 

 そう叫んだシャムの言葉通り、ヤドン達は皆一斉に"ドわすれ"を使って歩みを進めていた。

 戦う意思が邪魔になるというのなら、戦う理由を一旦忘れて、ただヤドンさんの指示の下訳も分からずヤドン達は前進していただけなのだ。

 だからヤドン達だけ動けて、イエローとヤドンさんは動けなかった。

 明確な戦う理由がある一人と一匹だからこそ、"ほえる"の効力下に置かれ、実は自信に満ち溢れていた彼女等は何の抵抗も出来ない状態にあったのだ。

 今襲われれば一溜まりも無いイエローとヤドンさん、だが逆に、今現在"ほえる"を使っているヘルガーとペルシアンはその他の攻撃行動の一切がとれず、加えて流石にデルビル一匹じゃヤドンの群れは突破出来ない。

 後は技の有効範囲に入ったら、ヤドンさんの指示で何も分かって無い状態のヤドン達が"みずでっぽう"をすれば終わり――身動きを封じられながらもイエローとヤドンさんはそうして自由に動けるシャムとカーツを追い詰めていたのだ。

 

「っく、"ほえる"を解け!」

「ヘルガーも解くんだ!」

 

 当然彼等は今すぐに"ほえる"を解く選択を取る、そうしなければ無数のヤドン達の攻撃が飛んで来るから。

 もしこのまま"ほえる"を続けるとなると、技の継続で抵抗が出来ないペルシアンとヘルガー、それにデルビルじゃ防ぐ手立てが無い。だからこそこうして、一旦"ほえる"を解く必要があった。

 迫り来るヤドン達に対抗する為に、例え一度身動きを封じたイエローとヤドンさんの拘束を解く事になったとしても。

 

 だが彼等は知らなかったのだ。

 ――"ほえる"を解くという事は同時に、真に恐ろしい敵の解放を意味するという事を。

 その群れのボスにして、滅多に表に現さない戦う意思を、少しだけ目を尖らせたヤドンさんの力を――彼等はただ知らなかっただけなのだ。

 

 

 

「"ほえる"が解けた! ヤドンさん!」

 

 痺れる様な体の硬直が消えて、イエローはヤドンさんの方を向いた。

 イエローがヤドンさんに目をやった時には、彼女の眼前にはシャムとカーツを睨むヤドンさんがいて。

 彼女自身、そんなヤドンさんを見るのは、ここまで感情を露にしているヤドンさんを見るのは初めてであって。

 そして同時に、この時初めて彼女は一年前とは比べ物にならないその力を目の当たりにする。

 

「……やー!」

 

 ――次の瞬間。

 ヤドンさんの強大な"サイコキネシス"が、友人を傷つけられた彼の怒りが抵抗出来ない程の巨大な力の波となって、ペルシアンを襲いヘルガーを巻き込んでそして、シャムとカーツの両名をもその力で吹き飛ばす。

 木々が少しだけざわめき、周囲のヤドン達は惚けた様な顔でその様子を眺め、そして二人のロケット団残党幹部達の意識の途切れと共に。

 そうしてあまりにもあっさりと、圧倒的な力を以ってしてその戦いは終幕を迎る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十三番道路上空で、二匹の鳥ポケモン達が宙を舞っていた。

 ネギ(クキ)を咥えたねぎまと、プレゼント袋を咥えたデリバードが、両者共一歩も引かずに鬩ぎ合っているのだ。

 速さで勝るねぎまと、相性で勝るデリバード。激突は一進一退の攻防、ねぎまが速さでかく乱しながらデリバードの隙を突こうとするが、相手は仮にもヤナギのナンバー2とも言えるデリバードだ、そう簡単にはいくはずも無い。

 いざデリバードの傍へ近づこうとすると、デリバードは氷の壁を周囲へと張りトラップを仕掛け、ねぎまの速度を実質自分と同じレベルへと落としている。

 いくらねぎまと言えど、突如として現れる氷の壁を避けてかつデリバードへ決定打を与えるのは難しいらしく、攻めあぐねている。

 

 だが一方で、地上で戦う他のカモネギ達は優位を保っていた。

 流石に数で勝っているのが大きいのだろう、上空からの奇襲、地道ながら確実な戦法でカモネギ達は攻める。

 複数でイノムーへと接近し、ヒット&アウェイの要領で小さな攻撃をイノムーへとし掛ける。

 当然それで倒れるイノムーでは無いが、それを何度も何度も何度も繰り返して、確実なダメージを負わせているのだ。

 大体三、四匹でイノムーへと向かい、その部隊が撤退したら次のカモネギが、そしてまた次のカモネギが――という風に、一切の休みをイノムーに与えない様に攻撃をカモネギ達は繰り返していた。

 大方ねぎまが群れの仲間達に仕込んだのだろう、流石はクリアの元手持ちといった所か、伊達にいくつもの修羅場を潜ってきただけの事はある。

 

(イノムー戦は何の問題も無いな……となるとやっぱねぎまとデリバード、実力的には互角の様だけど……ん?)

 

 傍から見ても最早カモネギ達とイノムーの戦いは時間の問題、そう判断したクリアはすぐにねぎまとデリバードの方へと目をやり、次に図鑑へと目を落としたクリアの視線の先で、

 

(これは……俺の知らない技、別れた後に覚えたのか?)

 

 図鑑に浮かび上がったねぎまの技、その中の一つに覚えさせた覚えの無い技を見つけて、そして再度クリアは上空のねぎまとデリバードへと視線を戻す。

 

(このまま勝負が長引けば、それはヤナギの目的の成就にも繋がって結局は俺達の負けとなる……なら今すぐにでも、ここは勝負を急いだ方が得策か)

 

 そう判断して、クリアはすぐさまボールからポケモンを一体外に出した。

 普段から傷だらけで、更に今はもう体力の限界値が近いレヴィを、外に出してクリアは言う。

 

「悪いなレヴィ、もうお前も限界近いだろうけど、最後のもう一仕事頼めるか?」

 

 そうレヴィに言ったクリアに対し、レヴィは何も言わずに上空のデリバードへと目をやった。

 どうやら状況は理解しているらしい、そしてデリバードに対し見せるその闘争心を了承の意と受け取ったクリアは、

 

「サンキュ、レヴィ……ねぎまぁ!」

 

 短く礼を言って、クリアはねぎまへと呼びかける。

 今から行う作戦は残り少ないレヴィの体力を更に酷使し、そして恐らくレヴィのヒットポイントが確実にゼロになるであろう作戦だった。

 本来ならばクリアもこんな策には気乗りしないのだが今は非常時、呑気に別の作戦を考えている時間も無く、適任となりそうな別ポケモンも存在しない。

 そして呼びかけられたねぎまもすぐにクリアの下へと下降し、デリバードもそれを追ってきた。

 

「よし、すれ違い様だぞレヴィ、その瞬間を狙え」

 

 コクリと彼の触手が頷くのを見て、準備は整った。

 十数メートル離れた上方からねぎまは勢いよくクリアへと下降し、デリバードも下降するねぎまを追いながら、尚も攻撃を繰り出す。

 氷の塊の様なものがねぎまを襲い、ねぎまはそれを避けて避けて、何度か"いあいぎり"で氷の塊を一刀両断する。

 そうして、何とか無事にねぎまはクリア達の下へとたどり着き――通過して、

 

「今だ、レヴィ!」

 

 それを追ってきたデリバードが彼等に近づいた瞬間、レヴィの"まきつく"がデリバードへと伸びた。

 纏わりつく様に無数の触手がデリバードへと絡みつき、その動きを封じる。

 それを見届ける間も無く、クリアはすぐにねぎまへと技の指示出した。

 

「よしっ、今だねぎま、"ゴッドバード"!」

 

 言って、ねぎまもすぐにクリアの指示に従う。

 レヴィに絡まれ身動きを封じられたデリバードを上空で見下ろすねぎまの体から少しずつ蒸気が上がりだし、技の準備へと入った。

 "ゴッドバード"、一旦動きを止めて力を溜めなければならないその技を確実に成功させる為、力を溜めている最中にねぎまがやられない様に、クリアはレヴィにデリバードの身動きを封じさせたのだ。

 それはクリアの手持ち一の耐久力を持ち、相手を拘束するのに適した無数の触手を持つレヴィだからこそ為せる作戦――。

 

 ――だがしかし、レヴィにはリーグ会場でのホウオウ、ルギアとの戦いの傷も残っている。

 

 忘れてはいけないその事実を再認識させる様に、レヴィの体が不意に崩れ落ちた。

 いくら触手に体を絡められたからといって、それで"ほえる"の様に戦力を削られる訳では無い、従ってレヴィは至近距離からのデリバードの攻撃を受けてしまう事になる。

 もしレヴィの体力が満タンだったなら、この作戦は最後まで成功していたのだろう、いやむしろそんな状態で数秒間もデリバードの攻撃に耐えたレヴィを褒めるべきなのか。

 

「っ、ねぎま!」

 

 そしてデリバードは傍に立つクリアには目も暮れず、再度ねぎまへと向かっていく。

 クリアもすぐにねぎまへと呼びかけるが、だが今だねぎまの準備は出来ていなかったらしい。

 タラリと、額に冷や汗を一つ浮かべ、その瞬間ねぎまの冷や汗が凍りつき――、

 

「避けろぉ! ねぎまぁ!」

 

 言った瞬間、その寸前で。

 恐ろしい程の寒風が氷の飛礫を纏わせてねぎまへと襲い掛かる。

 そしてクリアの目の前で、デリバードの"ふぶき"がねぎまへと直撃するのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった、のか?」

 

 小声でそう自問自答したイエローに、ヤドンさんは小さく頷いて答える。

 彼女等の前には無数のヘルガーとペルシアンそれにデルビルと、シャムとカーツと名乗った二人のロケット団残党幹部が意識を手放し倒れていた。

 そしてその周囲にはヤドンさんの仲間のヤドン達がいて、敵を退き安心したのか思わずイエローはペタンとその場に座り込んで、

 

「……助かったよ、ありがとうヤドンさん」

 

 イエローがそう礼を言うと、ヤドンさんは薄く微笑を浮かべて彼女へと手を貸した。

 ――実際には念力で彼女の体を浮かし、その小柄な体を自身の肩へと乗せる。

 

「あ、あはは……ゴメンねヤドンさん、ボクが満足に歩けないから肩まで貸して貰って」

 

 痛みこそ最初に比べて引いているものの、それでもペルシアンの"ひっかく"を受けた彼女の足はまだ力を込めると激痛が走ってくるものだった。

 それを見越したのだろう、ヤドンさんは何も言わずに彼女のサポートへと徹し、イエローも再度礼を言って少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

 イエローとヤドンさんの再会は実に約一年振り。

 彼女もヤドンさんに、その一年間の間何があったのか、クリアの様子がどうだったのか等の事柄をヤドンさんに今すぐにでも聞きたかっただろう。

 だが今はまだそれ所じゃない、例え目の前の敵を倒したとしても、リーグ会場から始まったヤナギとの最終決戦にはまだ勝負はついていないのだ。

 彼女自身、今起こっている戦いの概要を半分も理解していない、しかしだからと言って、目の前の戦いを無視する理由にはならない。

 そしてそれは、ヤドンさんも同意だ。

 

「ヤドンさん、ボク達もレッドさん達の所へ! この戦いを止める為に!」

 

 そう言ったイエローの声にヤドンさんは了承の声を出して答えた。

 元々偵察程度の理由でやって来たこのウバメの森だが、ここまで来ると彼等もまた当事者であると考えたのだろう。

 上空で繰り広げられる戦いへと、まだ満足に動けないイエローとヤドンさんより先駆けてヤドン達はホウオウとルギアへと向かう。

 ――イエローの"戦いを止めたい"という思いを受けて。

 

 

 そしてそれとほぼ同時に、ヒワダタウンのポケモンセンターの転送マシンからウバメの森へと進行する大量のポケモン達の姿があった。

 次々と各地のトレーナー達から送られてくる彼等のポケモン達もまた、イエローの思いを受けたヤドン達と同じく、ホウオウとルギアへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂だけが残った。

 コンマ数秒以下の駆け引き、レヴィの拘束を解いたデリバードがねぎまへと向かい、ねぎまも必死な思いで"ゴッドバード"の準備を進める。

 技の有効範囲に入り、自慢の"ふぶき"ねぎまへと放つデリバード、その瞬間にピクリと羽を震わすねぎま。

 だが速かったのは――デリバードだった。

 ねぎまが回避行動を取る直前で、デリバードの"ふぶき"がねぎまへと直撃したのだ。

 飛行タイプと氷タイプと技の相性から見ても、同時に今の"ふぶき"の威力を見ても、ねぎまが唯で済む訳が無いのは明白だ。

 いやそれ以上に、最悪ねぎまの体力が一気に持っていかれた可能性だって――。

 

 静寂はほんの一瞬だった。

 冷気の煙が宙に残留し、ねぎまとデリバードの二匹の姿を完全に隠す。

 だからクリアはすぐに勝負の行方を知る事は出来なかった、出来るのはただ祈る事のみ。

 せめてその煙の中からねぎまが力無く落下して来ない様に、そう祈って眺める事しか出来なかった。

 

 そして静寂は破られて――傷だらけの体と、片方の翼を完全に凍結されたねぎまは、

 

「クェェェェエッ!!」

 

 雄叫びと共に煙の中から姿を現しそして、"ゴッドバード"でデリバードを地面へと叩きつけるのだった。

 

 



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三十五話『最終決戦Ⅴ』

 

 

 一陣の風が彼等の間を吹き抜ける。

 三十三番道路の激闘、ヤナギが残していったデリバードとイノムーに対する、ねぎま率いるカモネギの群れ。

 その戦いを制したのは、ねぎま率いるカモネギ達だった。

 ねぎまはデリバードとの一騎打ち、一進一退の攻防の中、レヴィの助力を受けたねぎまの"ゴッドバード"がデリバードを地へと突き落として勝負を決した。

 一方のイノムーとカモネギ達の群れの戦いも、流石に無傷とは済まなかったのだろう少なからず傷を負ったカモネギ達が、それでも最後に立って倒れたイノムーを囲んでいるのが見える。

 

「……デリバード」

 

 対デリバード戦勝利に大きく貢献したレヴィをボールに戻しつつ、クリアは倒れたデリバードへと声を掛けた。

 倒れたまま、デリバードは少しだけ顔を動かしクリアを見上げる。

 ねぎまとの戦いで全ての体力を使い切ってしまった様で、それが精一杯の彼の動きに見える。

 デリバードとクリア、まだクリアがヤナギの正体を知る以前、ほんの少し前まではチョウジジムで共に暮らしていた程の仲だった一人と一匹。

 思えば喧嘩ばかりの日々だった。ツンケンとした態度のデリバードはいつだってヤナギの指示には従うが、クリアの事等お構いなしに、よく"プレゼント"が彼の手元で爆発したものだ。

 

「お前……いや、やっぱいいや」

 

 その様子をねぎまは唯黙って見守り、クリアは開きかけた口を再度閉じた。

 言いかけた言葉を飲み込み、ウバメの森方面へと顔を向ける。

 恐らく今まさに行われている戦闘を、ヤナギが向かい、ゴールドとエースが追ったその場所へと視線を送り、

 

「今はまだ、俺はヤナギを止めなきゃならない……ねぎま」

 

 初めの部分は宣言する様に、もう動けないデリバードに向けて、そして決戦の地へと赴く為にねぎまの名を呼んだ。

 呼ばれたねぎまも一度頷き、無数の翼が羽ばたき、ねぎまが自身の周囲に他の仲間達を集める。

 その様子をただ眺めて、クリアの近くに転がるデリバードはどこか諦めた様な顔で、コロンとその場に力無く顔を伏せる。

 もう力が出ない為か、体力が尽きた為か、抵抗するだけ無駄だと分かっているからか、それとも彼自身もまたヤナギを止めて欲しかったのか――。

 本心をひた隠しにして、デリバードはウバメの森へと赴く為の準備が完了したクリア達から、フッと視線を外すのだった。

 

 

 準備は整った。

 デリバードとイノムーの二匹は戦闘不能、邪魔する者は誰もおらず、カモネギ達ももう既に離陸の準備は終えている。

 ねぎま含め彼等の体力もかなり削られているが、空を飛ぶ分位はまだ余力を残しているらしい。

 一先ず手持ち道具の"なんでもなおし"でねぎまの翼の氷を溶かして、そしていざ二匹のカモネギに捕まりクリアが飛び立とうとしたその時だった。

 彼の背後から人の気配、そして――、

 

「……クリア?」

 

 

 

 気配を感じた瞬間、声を掛けてきた相手が"味方"なのか"敵なのか"を素早く判断するべく、クリアは即座に振り向く。

 ここに来てまた新手の登場、となるといくらクリアでも、負けはしないまでもいよいよヤナギに追いつけなくなる。

 その事に、内心焦りを感じて振り返るが、クリアの前に立っていたのは三人の人間だった。

 二人はどちらも年老いたお爺さんとお婆さん、もう一人は見覚えのある中年男性。

 

 その中で、先程彼に声を掛けた人物であるお爺さん、育て屋夫婦の内の育て屋爺さんがクリアへと言う。

 

「おぉやっぱりクリアか! お前さんはリーグ会場にいたはずなんじゃなかったのか? どうしてこんな所に……」

 

 そう言って、お爺さんは改めてクリアの様子を観察する。

 何があったのか大量のカモネギに囲まれた少年、傍にはデリバードが倒れていて少し離れた所にいるイノムーの存在から、彼がこの二匹のポケモンと戦っていたという事はすぐに予想がつく。

 お爺さん、同じくお婆さんと中年男のヒデノリもリーグ会場で何が起こったのかはラジオ放送で知っている。

 ロケット団残党によるテロ行為、先程同じ黒服の連中に襲われた彼等はその脅威がどれ程のものかも理解していて、

 

「まさかクリア、お前さんロケット団と戦って……」

 

 言い掛けたお婆さんの言葉に、クリアは首を縦に振って答える。

 そして、

 

「正確にはそのボスとの対決なんですけどね……だから俺は今から、ウバメの森へ急ぎます、奴と……あの人との決着をつける為に」

 

 そう言ったクリアの視線の先に、諦めという言葉は広がっていなかった。

 例え幾度と無く敗北の土をつけられても、それでも最後まで諦めない意思を、這い蹲ってでも前へ進む意思を、クリアは育て屋老夫婦に態度で示す。

 もし彼等が"危険だから止めておけ"と事前に忠告を発したとしても、それでも恐らくクリアは止まらないだろう。

 そんな言葉程度で自分は止まらない、どんな思いをしてでも決戦の地へと向かうという意思表示も込めて、彼らに何かを言われるその前に、クリアは先手を打って老夫婦達の言葉を奪ったのだ。

 更に言えば、先に行かせたゴールドやエースの事もあるのだ、どの道クリアには、どう足掻いても先へ進むという選択肢意外残されていない。

 

「……っへ、クリアって少年がどんなヤローかと思って会ってみりゃあ、中々どうして芯の強そうな子供じゃねぇか。確かにイエローがお前の事を信頼してるのも頷ける」

「イエロー? ……そう言えばおじさん、渦巻き島の時からイエローと一緒にいたけど?」

「お、叔父さんじゃねぇ、俺はヒデノリっていうんだよ!……ってまぁ、叔父ってのは間違っちゃいないがな、イエローは俺の姪っ子だ」

「……へぇー、全然似てないですね」

 

 うるせぇ、と怒鳴るヒデノリに、クリアはコロコロと笑って返す。

 思わぬ所で思わぬ人物と会うものだ、今からヤナギとの決着をつけに行くという時に、彼が数日世話になった育て屋老夫婦と、知らずに助けたイエローの叔父と出会えたのだから。

 クリア程では無いが身なりが少し薄汚れた三人と偶然出会い、今ここはヤナギの最終目的地であるウバメの森のすぐ近くという事と彼等の様子を照らし合わせて、クリアは目的の再確認をする。

 恐らく彼等も理由は不明だがロケット団残党に襲われたのだろう、彼等の様な無関係の良い人達が、ロケット団の様な者達の脅威にこれ以上晒されない様に、クリアはウバメの森方面を見据えて。

 

「そう言えばおじ……ヒデノリさん、一緒にいたイエローはどこに?」

「あ、あぁ、それが俺達を逃がす為にな……きっと追って来てるとは思うから、今頃はウバメの森辺りか」

 

 ウバメの森、その単語に一瞬だけ目を見開き、微笑を浮かべて、より固くなった自身の決意を認識して。

 

「そうですか……どうやら理由が一つ増えたみたいだ」

「理由……?」

 

 ヒデノリの言葉に返事は無かった。

 クリアは無言でねぎまに目で合図を送り、大空へと飛び立つ。

 これから彼等が向かう場所、最終決戦の地、ウバメの森へ向けて。

 

「ま、待つんじゃクリア! どうしても行くというならこの手紙を持っていけ、オーキドからの預かり物じゃ!」

 

 飛び去ろうとするクリアへ向けて慌てた様子でお婆さんが叫ぶ。

 その手紙はお婆さんの言う通り、オーキド博士からの図鑑所有者への手紙、彼が評した図鑑所有者各人の能力についての手紙だった。

 "戦う者"、"育てる者"、"癒す者"、"代える者"、"換える"、"孵す者"、そしてクリアの"導く者"。

 それぞれ戦闘、育成、回復、進化、交換、孵化といった形で図鑑を持つ者が持つ得意とした特技、または能力に関する事を詳細に綴った手紙だ。

 ――果たして、そんな手紙が今回の戦いに何の役に立つのか、そんな事はこの手紙を渡された育て屋老夫婦の知る所では無い。

 ただ彼等はオーキド博士から、機会があればゴールドやクリアの様な図鑑所有者の誰かにその手紙を渡してくれと頼まれただけなのだから。

 

「ねぎま、頼む」

 

 その手紙を、最後に飛び立ったねぎまがクリアの指示で去り際にお婆さんの手から掠め取る。

 そしてねぎまから手紙を受け取り、宙に浮いた状態で手紙を広げる。

 来るべき決戦の前に、二匹のカモネギに肩を掴まれたまま手紙を広げて文面を目を通しながら、そうしてクリアはその場を後にする。

 

 育て屋老夫婦とヒデノリをその場に残したまま、最後の図鑑所有者もまた決戦の地、ウバメの森へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアが三十三番道路を飛び立った丁度その頃、ウバメの森ではホウオウとルギアの二匹がヤナギの呪縛から解放され、天へと帰っていた。

 ジョウト、カントーという枠組みに縛られない想いの力が、トレーナー達の戦いを止めたいという想いを乗せたポケモン達の大群の進撃によって、ホウオウとルギアの二匹を解放へと導いたのだ。

 そしてそれは、その二匹と戦っていたファイヤー、フリーザー、サンダーの三匹のポケモンと、そのポケモン達と共に戦っていたグリーン、レッド、ブルーの三名もようやく"目的地"へと向かう事が出来るという事。

 

 同じ時、ウバメの森での同じくマスクド・チルドレンだったイツキとの戦いを終えたシルバーもまた、ブルーのメモ通り"目的地"へと向かい。

 またその場所には、スイクン、ライコウ、エンテイの伝説の三匹とクリスもはせ参じていた。

 

 そしてヤドンさんに連れられたイエローもまた、何かに導かれる様にその場所を訪れる。

 六人の図鑑所有者と、今回の事件の全ての黒幕であるヤナギが対峙している場所へと。

 

「へっ、とうとう追い詰めたぜヤナギ!」

 

 そう言った少年の傍らには黒いリザードンがいた。

 一瞬、イエローは思わず周囲を何度も見回して、今脳裏を過ぎった少年の存在の有無を確認するも、その姿はここには無く、ホッとする様な若干残念な様な、そんな奇妙な感覚にとらわれる。

 

 

 

 ウバメの森祠前、その場所にいたのは七人の少年少女達だった。

 レッド、グリーン、ブルー、イエロー、ゴールド、シルバー、クリスタル、六人の図鑑所有者達と一人が今一堂に会したのである。

 それに対峙するは仮面の男、ヤナギ。ブルーとシルバーにとっては因縁の、自身の人生を滅茶苦茶にした憎き相手でもある人物。

 そんな相手を前にして、少年少女達の目的は一致していた。

 全てはこの事件を収束させる為、そしてブルーとシルバーは運命の束縛から逃れる為でもある戦い。

 

仮面の男(マスク・オブ・アイス)、ヤナギ! お前の野望今ここで潰える時だ!」

「あぁ、テメェを倒して全て丸くおさめてそんで、ついでにあのクリアの野郎の助けにさっさと戻るとするぜ!」

「……え!?」

 

 シルバー、ゴールドと続いて、ゴールドが言った人物名にイエローはピクリと反応する。

 ――が、今彼にその事について問いただしている時間は無い。

 シルバーとゴールドのオーダイルとバクフーンに続く様に、クリスのメガニウムが、レッドのフシギバナとピカが、グリーンのリザードンが、ブルーのカメックスが、イエローのチュチュもヤナギへと攻撃を放つ。

 同時にその傍にいた黒いリザードン、エースもヤナギへと炎を吐いた。体力の残りは少ないが、それでもエースには何もしないという気は更々無かったのだ。

 どの道今からじゃ手遅れにしろ無事にしろクリアの下へ戻っていたんじゃ遅い――それにエースはクリアの事を少なからず信じていた――死んでも尚蘇って彼の傍にいたクリアの事を。

 デリバードとイノムー程度に倒される存在では無いという事を、エースは信じて疑って無かったのである。

 

 

 六人の図鑑所有者達と一人、七人のトレーナー自慢のポケモン達による一斉攻撃。

 普通に考えれば、それでヤナギは終わりのはずだった。

 ホウオウとルギアが手元から離れ、ウバメの森に到着するまで彼は手持ちのポケモン達を次々と手放していった、結果彼の手元にはもう小さなウリムー一体しか残っていなかった。

 だからこそ、多勢に無勢、ゴールド達は勝利を確信していたのだが――次の瞬間、そんな甘い考えは幻想だったという事を、仮面の男ヤナギの恐るべき実力を改めて知る事になる――。

 

「な、氷の壁で受け止めただと!?」

 

 ゴールドが驚くのも無理は無い。

 壁――物質的な意味でも心理的な意味でも彼等の前に"氷の壁"が立ち塞がったのである。

 ヤナギのウリムーが出した氷の壁は、強力なはずの図鑑所有者達の攻撃を受け止め、かつ、

 

「それだけじゃないぞ! 氷の壁はやがて人形となり、全てを凍結させる!」

 

 ヤナギが声高に言って、その通りに氷の壁は変形する。

 周囲の水分を吸い取り、計十体の氷人形(レプリカ)の姿を形取ると、そのまま図鑑所有者達へと突撃する。

 彼等のポケモンの合間を掻い潜り、叩き伏せて、彼等本人達へとたどり着き、伝説の三匹へも三体の氷人形が向かう。

 当然イエローの方へも一体の氷人形が迫り、それをヤドンさんが返りうちにしようと身構えるが、その瞬間ブルーへと向かっていた氷人形が進路を変えてイエローへと進路方向を変える。

 咄嗟の事にヤドンさんが一瞬焦ったその瞬間、イエローへと向かっていた本来の氷人形がヤドンさんもろともイエローへと手を伸ばす。

 だがそれでも、どうにかヤドンさんは反撃を試みるが――、

 

「う……ぁ、ぅ」

 

 少しだけキツく氷人形が彼女を圧迫したのだろう、途端にイエローは苦しそうなうめき声を上げ、その声を聞いて咄嗟に動きを止めるヤドンさん。

 そして表情を和らげるイエロー、その様子に歯がゆそうに氷人形を睨むヤドンさんだが、元々氷人形に意思は無く無論その睨みに意味は無い。

 そうこうしてる内に、他の六人の図鑑所有者達も全員氷人形に捕まったらしく、伝説の三匹も中でも著しく体力の低下しているスイクンを庇いながら戦っているからだろう、氷人形に思いの他苦戦している。

 最後の砦とも言うべき相手を封じて、そんな状況だからかヤナギが歓喜の声を漏らした。

 

「ふふ、力が、力が漲って来る! 自分でも何故だか分からないがもしかすると、ついに完成したこいつが私に活力を与えているのかな!」

 

 捕まり身動きが取れなくなった七人の図鑑所有者達を見てそう言い、そしてヤナギは懐から一個のモンスターボールを取り出した。

 金色に光る上部に、GとSの様に見える文字が小さく二つ飾られたボール。

 そのボールを見てクリスは、

 

「時間を、捕える……モンスターボール……!」

「その通り、そしてあれが!」

 

 その瞬間、祠から光が漏れた。

 眩い光を放ちながら、祠が自動的に開かれる。

 時間はおよそ六時前後、昼と夜が重なるその時間に現れる、幻の時渡りポケモン。

 そして、緑の妖精の様なポケモン、セレビィが祠から現れた瞬間、その瞬間にはもう"時間を捕えるモンスターボール"は既に彼の手元から離れそして――。

 

「捕獲、完了……さぁセレビィ連れて行ってくれ、私の失った過去を取り戻す時間の旅へ」

 

 気が抜ける程あっさりとボールへと納まるセレビィ、その事実に絶望の色を表情に広げる図鑑所有者達。

 だがそれで終わりでは無い、むしろここからが始まりなのだ。

 ガチャン、と音を立ててヤナギの座る車椅子の二つの計測器が動き始める。

 右の時計の針は逆回転を始め、左の温度計の針は既にマイナス値に達している。

 同時に形を崩して、しかしより冷たく強固に固まり出す氷人形達。

 絶対零度、全てのモノが凍結し、時間すら止まる空間の中。

 

「っく! この、離しやがれ氷野郎! 俺はクリアから、託されて来たってのに……!」

「クリア……?」

 

 ゴールドの呟きを誰かが反復した。

 それは水に落ちた波紋の様に広がって、彼等の脳裏に浮かぶクリアという人物像を引き出す。

 無鉄砲で不思議とポケモンに好かれて、だけど一応の先輩らしさの欠片も無い、だけどいつでも誰かを助けていた人物。

 その場にいる図鑑所有者達の中にはこの瞬間が初の顔合わせとなる者達もいる。

 だけど彼等には一つだけ全員に共通する接点があった――それがクリアなのだ。

 その場にいる全員と顔を合わせた事のある人物、共鳴音が鳴らない唯一つの図鑑を持つ少年。

 

「クリアか、奴も今頃は私の残したデリバードとイノムーにやられている頃かな?」

「っく!」

 

 悔しそうなゴールドの声が聞こえた。

 顔を青くするクリスがいた、シルバーもピクリと反応し、レッドとグリーン、ブルーも彼の身を案じてなのか睨む様にヤナギを見る。

 ――だがイエローは、そのどれとも違う反応を示す。

 

「……無い」

「……む?」

「そんな事は、無い!クリアがやられるなんて事は、絶対に無いんだ!」

 

 怪訝そうな顔をするヤナギ、その目は今だPの電撃によって微かにも光を捉えていないが、しかし彼の顔はしっかりとイエローへと向いていた。

 ヤナギは彼女に言う、彼女が"イエロー"だという事を知らずに。

 

「ほう、何故そう言いきれる? あの場の状況を見ていないだろうお前に?」

 

 対するイエローも答える、彼がクリアが"師匠"とかつて呼んでいた人物とは知らずに。

 

「……それは」

 

 その瞬間、伝説の三匹達が空を見上げた――。

 

 いくら伝説の三匹とて、彼等にとってもヤナギは強大な存在だ。

 それに加えて今は祠が開き、セレビィを手中におさめたヤナギの背後には時空の狭間が広がっている、かつてその中に捕われた彼等がここまで動かなかったのは、それを警戒するあまりの事だった。

 だがいつまでもそうやって固まったままでいられるはずが無い――いざとなれば、ヤナギが祠へ入ると同時に突撃しようと、そう考えていた彼等三匹だったがそんな折、彼等は三匹同時に"とある気配"を感じ空を見上げたのだ。

 ――そう、不意に感じ取ったのだ――彼等とよく似た気配を。

 

「信じているから……」

 

 同時に一瞬、一つの影が彼女の頭上を通る。

 一つの影が、そしてそれは複数へと少しずつ、少しずつ増えていく。

 そうしていつの間にか、何匹ものブラウン色の鳥ポケモンの群れがウバメの森上空を飛行し、その変化にその場にいたヤナギとイエロー以外の全員が空へと目を向ける。

 

「いつだってクリアは……」

 

 イエローがそう言い掛けた次の瞬間、影達は一気に下降する。

 茶色のシルエットを持った彼等は逆光の中、次々と祠付近へと降り立っていき――そして同時に、ヤドンさんの傍にも一匹のカモネギが降り立って――。

 イエローの瞳に一人の少年の背中が飛び込む――彼女とヤナギの間に割り込む様に、二匹の野生のカモネギ達に連れられて。

 

「……とうとう追いついたぜ、ヤナギ」

 

 そして少年は、イエローが探し続けてきた少年は、再び挑む様な視線をヤナギへと向け降り立つのだった。

 

 

 

「ボクの……え?」

 

 イエローの言葉が止まる。

 ヤナギも、その他全ての者が驚愕の表情を少年に向けて、同じ様に一匹のヤドキングが、驚いた様子で傍に降り立ったカモネギと少年を見比べる。

 

「……クリア?」

 

 少年の背後からそう恐る恐る声を掛けるイエロー、そんなイエローの声を受けた少年は、ゴーグルを額につけたボロボロの格好の少年は、手持ちの(イーブイ)をボールから出して、

 

「久しぶり……"少年"」

 

 イエローの方を振り向かずにクリアは言う。

 ヤナギの手前だからなのだろう、あえてその名を呼ばず、一年振りの再会に彼は、初めて彼女をそう呼んだ呼び方で少年はイエローに答える。

 表情が見えない程度にイエローの方へと顔をずらして、一年前と比べ少しだけ背が伸びた少年は短くそう告げて、彼女が何かを言う前にクリアは動いた。

 

「V、"めざめるパワー"!」

 

 イエローやレッド、ブルーとの再会を喜ぶ前に、今やるべき事に全神経を集中させる。

 目の前に対峙しているかつて自身が"尊敬した人"を倒す為に、その野望を食い止める為に、クリアは最後に残った手持ちポケモン、Vと共にヤナギへと向かった。

 先に飛ばしたエースや、ねぎまやカモネギ達は先の戦いでかなりのダメージを負っている為休ませて、周囲のヤドン達に関してクリアは彼等がヤドンさんの仲間という事を知らず、伝説の三匹達も最後の氷人形を相手取っている。

 故にクリアは、動けない七人の少年少女達の代わりに単身ヤナギへと立ち向かうのだ。

 最後に彼とヤナギが行った公式的なジム戦、皮肉にもその時と全く同じ対戦の組み合わせで。

 

「ふっ、ウリムー」

 

 一声発して、その瞬間にヤナギとウリムーへとVの"めざめるパワー"がヒット――した様に見えたが一瞬ヤナギ達の方が速かった。

 冷気の気弾が空を切り、何も無い地面へと直撃して土煙を巻き起こす。

 

「っく、上だV! "スピードスター"!」

 

 "めざめるパワー"が被弾する一瞬前、その瞬間に氷人形に乗り跳躍して攻撃をかわしたヤナギへと追加攻撃すべく、クリアも負けじと足元のVへと指示を出す。

 上空へと逃げ、飛行手段のデリバードがおらず回避行動に制限かかっている今のヤナギへとVは"スピードスター"を放つが、

 

「……いいのかクリア、上ばかり見ていると……」

 

 しかし氷人形の両腕を盾に使われ遭えなく攻撃は防がれ更に、それと同時にヤナギが言いかけた不吉な言葉、その言葉の全容を予想する間も無く、クリアの足元の地面が膨らんだ。

 瞬間、飛び退くクリアとV、地面から現れるウリムー――それはヤナギの作戦、上空へ逃げたヤナギへとあえて攻撃を誘う事で、留守になった真下から攻撃を加えるという戦術。

 互いに手持ちポケモン一体で、ヤナギは時間、クリアは実力差という互いに短期決戦を望むこの戦いで、勝負を急がせようとするヤナギの思惑通りの展開――だが。

 

「……分かってるよそんな事」

 

 ――だがクリアも、その策に一度敗れている身である。

 最後となったクリアとヤナギとのジム戦で、彼のVが最後ウリムーから食らった攻撃、地面下からの攻撃。

 ヤナギが上へと逃げた瞬間、クリアは咄嗟の閃きでその時の事を鮮明に思い出していたのだ。

 同時に、それが分かればヤナギの思惑にも見当をつける事が出来る。

 

「V! 今だ、出てきた所に……」

 

 ウリムーが地面から顔を出し、跳躍しながらもウリムーへと視線と狙いを合わせるV。

 射程距離内、威力も十分溜め込んでいる――撃つなら今。

 

「"めざめるパワー"!!」

 

 そしてクリアの叫びがウバメの森で木霊して、Vの"めざめるパワー"がウリムーへと直撃する。

 避けようの無い一発を最大威力で至近距離から放ったのだ。いくらヤナギのウリムーと言えど、氷の壁による防壁すら出す余裕すらも無かった。

 確かにVの"めざめるパワー"は直撃し、ダメージを与え、クリアは完全な勝利を確信して――そしてヤナギは薄く笑う。

 

「……ッ!」

 

 その時、ウリムーの体に亀裂が入る。

 一瞬、やり過ぎたかと思い、言葉を詰まらせたクリアだったがそうでは無かった。

 亀裂は見る見るうちに広がり、次の瞬間、地面の土でカモフラージュされた"ウリムー型の氷像"は音を立てて破裂したのである。

 クリアの勝利の確信を打ち砕く様な音を立てて、その後に続く"本物"のウリムーへの勝利の音色を奏でながら。

 

「クリアよ、お前は確かに強くなった」

 

 唖然とするクリアにヤナギは言う。

 

「だからこそ、私はお前の強さを信じて、そして私は賭けに勝ったのだ!」

「……ぶ、V!」

 

 地面から顔を出した本物のウリムーは、跳躍して回避出来ないVを狙う。

 先程とは全く逆の立場、文字通り逆転されたクリアは庇う様にVの傍へと駆け寄りそして、

 

「"ふぶき"……!」

 

 Vもろとも、ヤナギのウリムーの"ふぶき"がクリアを襲う。

 それは、六人の図鑑所有者とイエローらの攻撃を軽々しく防いだ"氷の壁"を形作るウリムーの凍技、無論その威力は絶大でありクリアとVの身体を瞬く間に覆った。

 

「"永久氷壁"、これで今度こそ私の後は追えまい」

「……っぐ!」

 

 悔しそうな顔をするクリアだったが、事実彼は今ヤナギに手も足も出すことが出来ない状態にあった。

 それは比喩表現では無くそのままの意味で、Vを庇おうとした自身の両腕を完全に凍らされた影響である。

 それも今も少しずつ、氷は凍結領域を肥大化していく、"永久氷壁"のヤナギの氷攻撃の特徴で本来ならば自動補修機能の様なものだが、この状況ではそれは益々クリアを追い詰める武器にしかならない。

 加えて、今クリアを凍結しているのはどんなトレーナーの中でもトップクラスであろうヤナギの氷攻撃だ、それは四天王カンナの氷と同等、もしくはそれ以上のもので。

 ――結果、解氷を急がないとクリアはかつてのレッドやナツメと同じ症状に悩まされる事になる――。

 

「では私はそろそろ旅へと出ようか……おっとエンテイ、クリアの氷を溶かそうとするのは勝手だが誤るなよ? 一瞬で溶かしきらなければクリアの命はここで終わってしまう事になる」

 

 これはクリアだけの特別仕様だがな、と最後にヤナギは付け加えて、吸い込まれる様に彼は発光する祠の中へと消えていく。

 "時間を捕えるモンスターボール"その内部にいるセレビィの導きによって、彼は彼の"目的"の為に祠の中へと消えていったのだ。

 当然クリアもそれを追いたいと思うが、彼の両腕は地面から伸びた氷柱の様な柱に巻き込まれた状態にある。

 ――それと同時に、

 

「っ……おいV、返事をしろ! 内部から"スピードスター"を撃つんだ!」

 

 彼は完全に氷の中に囲われてしまったVへと声を掛ける、が彼の声をVには届かない。

 凍らされた世界の中で今Vに何が見えているのか、それはV以外の誰にも分からない。

 そんな彼等にエンテイが近づくが、その瞬間――、

 

「ッ!」

 

 音も無くクリアの喉元へと"氷槍"が氷柱から伸びる。息を飲むクリア、咄嗟に彼の傍から離れるエンテイ。

 エンテイが離れるとすぐに槍は元の柱へと引っ込み、また出てくる様子は無い。

 一体ヤナギがどんな細工をしたのかは分からないが、彼へとある一定量以上の重さのものが近づくと、クリアへと"氷槍"が伸びる仕組みになっている様である。

 そうしてる間にも、ヤナギが残した氷は次第に広がっていく。

 それは人から地面、木々へと広がり森全体を侵食していく。

 絶対的な"永久氷壁"の氷は今だ、留まる事を知らない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中だった。

 一点の光も無い暗闇の中、彼女は迫り来る恐怖心に身を震わせていた。

 

 闇は彼女が最も苦手とするもの、昔彼女が負った過去のトラウマ、そこに出てくる黒服の集団を象徴させる色。

 冷たく、暗い世界で彼女は一人ぼっちだった。

 過去の闇の中でも彼女の傍には仲間がいた、それから明るい陽の下を歩き出しても彼女には仲間達と、そして友達であり、"(あるじ)"でもある人間が常に彼女の傍にいた。

 だから彼女は強くなれた、強くなりたいと思えた。

 

 ――だが突如として彼女の前から仲間達は、友達であり主である人間が消えた。

 

 そうなる前後で何があったかを思い出せず、一人になった瞬間、"一匹"になった瞬間どうでもいいとさえ思えた。

 

『……イ!』

 

 だけどそれでも、何故か彼女の足に力が篭った。

 冷たい世界で、凍える様な寒気の中で、再び彼女は四つの足で立ち上がる。

 何故立ち上がれたのか――簡単だ。

 

『……返事しろ!』

 

 彼女を必要としてくれてる主――友達がいるから。

 倒れていった仲間達の思いを無駄にしたくないから。

 そして何より、彼女自身、ここで終わりにはしたくないから。

 

『……道が見えないなら、新たな可能性に"導いて"やる、だから……』

 

 だから彼女は、確かに彼女の耳に届く友達の声、"クリア"の声に気づけた。

 冷たい暗闇、氷の中で、聞こえる筈の無い声を聞く事が出来た。

 それは新たな可能性の開花。

 氷と一体化していく彼女の、途絶えてしまったかに思えた"(イーブイ)"の新たなる真価の可能性。

 

 その時は、すぐそこまで迫って――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリア! クッ、早くクリアを解放しないと昔の俺みたいに……!」

「そ、そんな……レッドさん、何か方法は!?」

 

 呟くレッドに焦るイエローは言うが、良いアイデアなんて思い浮かばずレッドは表情を曇らせ、だが諦めない視線をクリアへと向ける。

 他の五人も大体同じ様なものだ、大体はクリアとVの様子に焦る気持ちを隠さずに必死に思考を巡らせるか、意地でも"永久氷壁"から抜け出そうとするかである。

 ヤドンさんも、仲間達と"サイコキネシス"や"ねんりき"で氷を砕こうとするが、"永久氷壁"の氷はたちまち修復され、ねぎまもクリアに近づく事は出来ない。

 自由に動ける伝説の三匹もすぐにでもクリアを救うべく三匹同時に彼へ飛び掛り、"氷槍"が彼の喉元へ向かう前に氷を割って彼を助けるか、もしくは手数を増やす為他の人間達の氷を先に溶かすか、で思案するが、その二つの案には欠点があった。

 最初の一つは、クリアが晒される危険のリスクが高すぎるという事――もしスイクン、ライコウ、エンテイの三匹がこの案に失敗すれば、待つのはクリアの死のみである。

 二つ目の案は、確実性は大幅に上昇するものの、時間が立ちすぎるというデメリットが目立つ――他の誰かの氷を溶かしている間に、クリアの身に何らかの後遺症が残る確率が飛躍的に上昇する。

 その二つに一つの選択肢は、思ったほか伝説の三匹達の行動を縛るものだった、それがヤナギの思惑通りなのかは、果たしてヤナギ本人にしか分からないものだが。

 

 

 

 そして、彼等七人の少年少女達が、ポケモン達が打開策を模索してる時クリアは、一つの文を思い出していた。

 

「……いてやる」

 

 それは手紙、オーキド博士が図鑑所有者達の能力について綴った、育て屋婆さんから受け取った手紙の内容である。

 クリア含めた八人の少年と少女が持つ特別な能力、才能、特技、それらを彼等八人それぞれの代名詞としてオーキド博士が称したものだ。

 ――その中の一つ、"導く者"というクリアの代名詞、その説明文。

 七つの能力の説明が終わり、終盤へと近づいた手紙の内容の中で、最後に書かれた"導く者"の欄、カモネギでここウバメの森へと飛来するまでに読んだ文章を、クリアは頭の中で反復する。

 

『……最後に"導く者"、出身地不明、年齢不詳と謎の多い少年"クリア"の能力じゃが、その詳細まではワシにもまだ分かっていない』

 

 腕の感覚が除々に無くなっていくのを感じた。

 氷の中のVはピクリとも動かない。

 

『じゃが、これまでの彼とポケモン達の様子から、先導者の様なポケモンのみに対する"カリスマ性"のものだと、ワシはつい最近まで推測しておった……じゃが"スオウ島"での一件をイエローから聞いて以来、他の考察がワシの中に芽生えた』

 

 呟く、ただひたすらにクリアは呟く。

 どれだけ叫びを上げても決して届かない氷の中のVへ向けて、真摯な思いを言葉に乗せて。

 

『恐らくそれもあるじゃろう、だがそれだけじゃない、決定的な"特徴"がイエローから聞いたスオウ島でのワタルとの戦いで目立っておった』

 

 ピクリと、氷の中のVが動いた気がした。

 

『僅かじゃが食らうはずの電撃攻撃を受けて無傷で、それ所かその電気エネルギーを自身の力に換える"P"、ただの"かえんほうしゃ"を奥義レベルの技まで昇華させた"エース"、まだ確認されていないレベルアップでの技の習得の仕方をした "V"……これら三匹に共通する項は"可能性が皆無の事は為していない"という点じゃ』

 

 その手紙の内容を思い出し、オーキド博士の推測が正しいと信じてクリアはVへと呼びかける。

 彼女の可能性を信じて、自身の"能力"、"才能"、"特技"、制御なんて到底不可能なその力の可能性を信じてその時を待つ。

 

『電気タイプが電気エネルギーを吸収した、炎タイプが更に強力な炎技を偶然放った、可能性の象徴とも言うべきポケモンが新技を習得した、どれも可能性がゼロでは無いものばかり……つまりは彼等の底に眠る"潜在能力"の開花、それは単純な力であり、特性であり、技でもあるもの……そしてそれらを強制的に引き出したと思われるのがこのクリアの能力、"孵す者"のゴールドの様な影響を与えるタイプの力"導く者"じゃ……そこでワシは一つある推測を立てた』

 

 それ程の時間は待たなかった、精々一分程度だろう。

 一時間の様な一分間、両腕から来るヒンヤリとした冷気を浴びつつ、クリアはVと心を一つにする様に努めた。

 いつだって彼のポケモン達が力を開花させたのは、クリアとポケモン達が一心同体となって戦っていた時。

 スオウ島のワタル戦でのエース、P、V――もしかしたらその時既に、開花の為の種はねぎまの中に根付いていたのかもしれない――だからこそ、本来なら確認されていないレベルアップでの"ゴッドバード"をねぎまは使えたのかもしれない。

 

『もしこの"導く者"の能力が技や特性だけで無く……"進化"にも影響を与えるとすると、それは全く新しい種の進化に繋がるという事なのでは無いのだろうか、そして恐らくその影響を最も強く受けるだろうポケモンは……』

 

 

 

「……ちょっと待て、クリア達の様子が……」

 

 その時だった、グリーンが不意に口を開き、その場の全員がクリア達の方へ――亀裂が走る"永久氷壁"の氷へと注目する。

 本来ならばすぐに修復されるはずのその亀裂は、直る事無くそのまま割れる様に広がっていき、同時に氷の中にも変化が訪れた。

 歪み、亀裂が走り、白く淀んだ氷の中の様子を伺い知る事は出来ない。

 だが当の本人、クリアの様子を観察する事なら出来る。

 

「……クリア?」

 

 イエローが言った。

 一方のクリアは微笑を浮かべ、安心した様に一度息を吐く、氷の亀裂が広がる、蒼い氷の中の白が、次第に蒼に染まっていく。

 それはまるで溶ける、では無く吸収する様に、"永久氷壁"によって無限の広がりを見せる氷は内部へと内部へと、次第に縮まり小さくなっていった。

 

 その時点でクリアは予測していた。Vの変化を、オーキド博士の言葉の言葉の是非を。

 夕刻六時前後、朝と夜の中間地点で起こったVの変化の行く末を。

 縮小し、完全に消滅して、白い冷気を纏わせた蒼いVを見て、予測は確信へと変わる――。

 

 

「……なんなのあれは、エーフィなの、それともブラッキー?」

 

 ブルーが呟く、"化える者"の少女はまだ知らない未知に目を見開く。

 他の六人も同様の反応、否人だけで無くポケモン達まで興味の瞳をVへと向ける。

 この一年ずっと寒冷地帯で、氷ポケモンと多く戦い、氷タイプの"めざめるパワー"を使っていたVを。

 "永久氷壁"の氷の中で、新たな可能性を見事に開花させたVを――。

 

『現在のクリアの手持ちで"可能性"の代名詞とも言えるV、種別イーブイのこのポケモンなのでは無いのだろうかと、ワシは推測を立てたがそれはまだ推測の域を出ない』

 

 その場にいた全員に、文面のオーキド博士に返す言葉の如く"導く者"クリアは口を開く。

 ほんの少しだけ大きくなって蒼色の姿へと"進化"した、透き通る氷の様なポケモンを抱えて。

 

「こいつは"グレイシア"……氷タイプの(ブイ)だ……!」

 

 自由になった両腕を引っさげて、その傍にはグレイシアへと、氷タイプへと進化したVを連れて。

 クリアは静寂の中、誰もが息を飲む中言ったのだった、その場にいた全員に、文面のオーキド博士に。

 そして、祠へと消えていった――彼が尊敬し師と崇めた"氷タイプのエキスパート"であるヤナギに向けて宣言するかの様に。

 

 




フラグ回収って意外と楽しい、すぐ忘れてしまうのが欠点だけど。


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三十六話『最終決戦Ⅵ』

 

 

 ウバメの森祠前で再度合間見えたのはクリアのVと、ヤナギのウリムーの二体。

 前回の敗北から学び、一時はヤナギを追い詰めたかと思ったクリアとVだったが、彼等の成長すらもヤナギは計算に入れ戦略に組み込み、一見優勢だったクリア等は一転して絶体絶命の窮地へと追い込まれる。

 自動で修復し、半永久的に溶ける事の無い氷、"永久氷壁"の前に、為すすべも無く凍結されていくクリアとV。

 

 ――だが彼等は諦めなかった、諦められるはずも無かった。

 ヤナギが祠へと消えた後も、クリアが呼びかけ、Vが応えそして――とうとうVは到達したのである。

 進化という境地、"グレイシア"という到達点へと――。

 

 

 

 その様子を、彼等は各々の視点から見つめていた。

 六人の図鑑所有者達、クリアを覗いた三人ずつの少年と少女、カントー組にとっては後輩となる、逆にジョウト組にとっては先輩となる人物の能力(ちから)を。

 そして、彼等の中で唯一図鑑を持っていない少女もまた、祠を凝視するクリアの背から視線を外せないでいた。

 約一年前、一時的に図鑑を預かり図鑑所有者となっていた、麦藁帽子を被ったイエローという少女は、

 

「……クリア……?」

 

 確かめる様に、その存在が夢幻で無い事を確認する様な声色でクリアへと声を掛ける。

 それは虫の知らせの様なものなのか、理由は分からないが何故か彼女の直感が警告音を発していたのだ。

 本当に久しぶりに、渦巻き島での事をカウントに入れないのならば約一年振りとなる彼と彼女の再会――その事に、本来なら心の底から喜びが湧き上がって来ても可笑しくない状況なのだが、今のイエローはどうしてもそんな気分になれない。

 あるのは唯一抹の不安、また彼が――クリアが何も言わずに遠い何処かへと行ってしまう様な焦燥感。

 

「ッ……ちょっと待ちなさいクリア!」

 

 そんな状況で、唐突にブルーが焦った様な声を出す。

 それはクリアが不意に祠へと手を伸ばしたのが原因だった。

 ヤナギがセレビィと共に消えていった発光する祠内部、その中に入る為には二枚の羽――"ぎんいろのはね"と"にじいろのはね"が必要であり、その加護無くして祠の中、"時間の狭間"の中に入ればどうなってしまうのか、それは誰にも予想はつかないが、恐らく良くない事が起きるだろうという事は簡単に推測出来る。

 そしてそんなブルーの推測通り、祠の中へと突っ込んだクリアの腕がグニャリと不自然に捻じ曲がる。

 

「ッチ……でも分かった」

 

 慌てて腕を引き戻し、引っ込めた腕に異変が無いかを見極めて、極めて冷静にクリアは呟いた。

 彼が実験的に自身の腕を"時間の狭間"の中へと腕を入れたのは二つの事柄を確認する為。

 一つ目は彼自身半信半疑だった事だが実際に祠内部に触れてみて、予想は確信へと変わった。それはその場所、"時間の狭間"の内部の場所に見覚えがあったという事だ。

 前後左右どこが前で後ろかも分からない様な、似た配色の景色だけが永遠と続いているかつてエンジュにて伝説の三匹を解放した場所――スイクン達が囚われていた場所と今目の前に広がる空間が同一のものであるという確信。

 そして前回は入れた場所に今回は入れない理由、二つ目の確認事項、かつてのクリアや今のヤナギが持っているもの。

 

「やっぱり"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"が必須アイテムか……つってももうホウオウとルギアはこの場にはいないし」

 

 そう、矢張り必要なのは二枚の羽なのだ。

 内心今すぐにでもヤナギを追いたいクリアがまだこの場に留まっているのはこの為、全ては身の安全を保障する為の必需品の欠如にある。

 

(こんな事なら、飛び去っていくホウオウとルギアの羽を取っておけば……)

 

 ウバメの森から飛び去っていくホウオウとルギア、その二匹をカモネギ達に連れられながら眺めていたクリアは内心そう呟いた。

 と言っても彼自身、飛び去っていくホウオウに呟く程度の言葉で、"いつか"の礼を言っていた身である、流石にその後礼を言った相手の羽を毟り取るなんて所業は出来るはずも無かったのだが。

 

 ――しかし、だからと言って状況が好転する訳でも無い。

 早急に祠内へと入らなければ、もうヤナギには追いつけなくなってしまうだろう。

 そしてそれが今出来るのは、凍結された七人の少年少女達を含め、クリア唯一人なのである。

 その事に少しずつ焦りを見せ始めるクリア、そんな彼を見つめるイエローは、

 

「……"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"……?」

 

 呟かれたその言葉、聞き覚えの有る言葉を反復する。

 少し前、先程二人のロケット団幹部を名乗る男女の組み合わせに襲われた時の事を。

 彼女の麦藁帽子を狙ってた彼等は確かにこう言っていたはずだ――、

 

『じゃあ渡して貰おうか、"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"を!』

 

 ――と、確かにイエローの耳にはそう聞こえていて、その事を思い出した彼女はそっと麦藁帽へと手を伸ばす。

 その手の先にある二枚の羽へと、しかし縫い付けられている為かいくら引っ張っても取れず、少しの間奮闘してみるが、どう頑張っても二枚の羽は彼女の麦藁帽子から取れる様子は無い。

 同時に、祠前で立ち尽くすクリアは、今にも生身のまま"時間の狭間"へと飛び込んでしまいそうな勢いがあった。またしても自身の身を省みずに、だ。

 だからこそイエローは、意を決した様にクリアへと声を掛ける。

 

 

 

「……クリア、もしかして虹色の羽と銀色の羽って、この帽子についてる……この羽の事なんだよね?」

「……あぁ、多分、間違い無いね」

 

 ヤナギがその場から消えた為だろう、彼の標的対象の一人だった"イエロー"に対して、今度こそクリアは彼女の名を呼んで振り向く。

 光溢れる祠前、彼女の麦藁帽子に刺さった虹色の羽と銀色の羽の二枚、その二枚の羽に注目し、そしてクリアはイエローへと近づいて、

 

「えぇと、この帽子はブルーさんが……って今はそうじゃなくって、その、どうしてもこの羽が帽子から取れなくって……」

「そうだろうね、簡単に取れる様には出来てないはずだし」

 

 その二枚の羽が刺さった麦藁帽子、その帽子をイエローへと渡したのは他ならぬブルーだ、用心深い彼女の事だから件の二枚の羽も早々簡単に取れる訳が無いと、そうクリアは踏んでいたのである。

 そしてその予想は概ね正しい、矢張り二枚の羽は麦藁帽子から外れる気配は無く、当の本人であるブルーは今も尚氷付けにされてる為、苦笑いを浮かべる事位しか出来ない始末である。

 

 ――だが彼女の麦藁帽子ごと二枚の羽を持っていく、という選択肢はクリアには無かった。

 それはイエローが帽子を取られる事を知っているからこそ、それをよく知るからこそクリアは彼女の麦藁帽子を無理矢理取って行こうとは思わなかった。

 いくらヤナギを追う為とは言え、過去にその事で苦い思い出がある為、どうしてもその最も簡単な選択肢がクリアには選べなかったのだ。

 ――だったのだが、

 

「うん、だから……だからさ……!」

 

 俯き加減で除々に高まってくる鼓動を必死に押え無視しながら、赤面した表情でクリアへと向いて、イエローは告げる。

 虹色の羽と銀色の羽、二枚の羽が刺さる麦藁帽子へと手を掛けながら、

 

 

「だから、ボクの麦藁帽子をクリアに預けようと思うんだ……!」

 

 

 告げたイエローの言葉、それは言葉の裏に隠された決意――ジョウトの地を踏んでからずっと、強大な敵に立ち向かおうとするクリアの力になりたいと考えてきたイエローの決意の表れだった。

 それは自身の小さな羞恥心よりも、クリアの身の安全を優先して考えた結果。

 同時に、彼女の決意、そして決断の早さにはレッド、グリーン、ブルーといったイエローの正体を知る面々も驚愕の色を示していた。

 そしてクリアもまた、驚きながらもイエローへと訊ねる。

 

「……いいのかイエロー、あんなに嫌がってたのに」

「……うん、もういいんだ、あの時は四天王と戦ってる最中だった時だし、それに今は……その、単に恥ずかしいだけ、だから」

「そっか、何だか知らないがありがとな、勇気出してくれて」

「……ううんいいよ、そ、それと出来れば後ろを向いてて欲しいな……あ、後……!」

「ん、分かった」

 

 言って、クリアは彼女に背中を向ける。

 距離にして数十センチの距離、手を伸ばせば掌をクリアの背中に押し当てる事すら出来る程近くで。

 そしてついに、クリアの背中を見つめながら、イエローは自ら麦藁帽子を取るのだった。

 

 

 

 事の真実を知るカントー組はさておき、何も知らないジョウト図鑑所有者の面々、ゴールド、クリス、シルバーは同時に声にもならない驚きの表情を浮かべて。

 そしてクリアの背後、その場にいたのは、麦藁帽子に隠されていた、風に揺れるゆうに背中まで届く長い黄色の髪、恥じらいからか少しだけ赤みがかった頬の、どこからどう見ても、一人の少年――では無く、イエローという少し小柄な一人の女の子だった。

 

 皆の注目を浴びる中、帽子を外した彼女(イエロー)は――、

 

「絶対に帰って来て……約束だからね、クリア!」

 

 そう言って二枚の羽、虹色の羽と銀色の羽付きの麦藁帽子をクリアの頭へと彼女は被せた。

 突然の事にクリアも一瞬戸惑うが、ただ麦藁帽子を被らされただけ、という事に気づくとすぐに我を取り戻して、

 

「あぁ、勿論そのつもりさ……じゃあ行こうかライコウ、スイクン」

 

 イエローの方を振り向かないまま、クリアは少し離れた所にいた伝説の三匹の内の二匹へと声を掛ける。

 思えば始まりはその三匹との出会いからだった。

 仮面の男を追い出した切欠、同じ境遇を持つ三匹の伝説のポケモン達、彼らもまた打倒ヤナギという目的をもってしてこの場に集まったポケモン達だ。

 しかしクリアはライコウとスイクンの二匹のみへと呼びかけ、声を掛けられた二匹は戸惑いながらもクリアの傍まで寄っていき、呼ばれなかったエンテイは押し黙ったままクリアを睨みつける。

 

「あー、そう睨まないでくれよ、エンテイにはここに残って皆の氷を溶かして貰いたいんだ」

 

 背中越しでも痛々しい視線に気づいたのだろう、後ろ手で頭を掻きながらクリアは前だけを見つめて言う。

 六人の図鑑所有者達とイエローの七人、彼等を現在進行形で凍らせているヤナギの氷は"永久氷壁"、クリアのエースを初めとしてゴールドのバクフーンやグリーンのリザードンがこうしてる今も尚、自身の炎で氷を溶かそうとしているが中々溶ける気配も無い。

 このままでは彼等がウバメの森と共に全身を凍結させてしまうのも時間の問題、そしてもしそうなってしまったら、誰が戻って来たクリアとの約束を果たそうというのか。

 そんなクリアの心情を察したのだろう、エンテイはクリアを睨む視線を外し、最も近くにいたシルバーの氷を溶かす作業へと入る。

 

 その様子を麦藁帽子のつば先から微かに見て、静かに微笑を浮かべてクリアは真後ろにいるイエローへと、

 

「……そうそう、それからイエロー」

「な、何!? クリア!?」

 

 いつクリアが振り向いて彼女を見るか、その緊張からか少し声が裏返っているイエロー。

 そんなイエローを相手に、しかしその変化には気づかないままクリアはまたも振り向かず、あえて祠を見つめたまま言う。

 

「この際だから話しておくけど、ついさっき育て屋の婆さん達と一緒にお前の叔父のヒデノリって人に会ってさ、多分もうすぐこの森にもつくと思う、一応心配してるかもだから教えとくよ」

「そ、そうなんだ、おじさん達無事だったんだ……良かったぁ……」

 

 割と本気で心配してたらしく、クリアの言葉を聞いてイエローは肩が抜けた様に脱力した。

 それもそうだろう、いくらイエローが狙われていたからと言って、それでヒデノリ達への追撃が留まるとも限らない。

 否、もしかすると人質等の目的で更に危険が高まるかもしれなかったのだ。

 そんな予想から解放されて、イエローが一先ず安堵した所で、

 

「でもまさかだったぜ、あの渦巻き島で一緒に助けたおっさんが、まさかイエローの叔父だったとはね」

 

 その言葉に、何か背筋が冷たくなるものをイエローは感じて、

 

「ね、ねぇクリア?……まさかおじさん、他にも何か言って無かった?」

「んー?……いや別に、ただお前がヒデノリさんの"姪っ子"だって事だけだぜ……っと、無駄話はこの辺にしとくか!」

「え!?……ちょ、クリア!?」

 

 姪っ子、その単語に目を丸くして驚愕するイエローだが、時間が押し迫っているのだろうクリアは彼女の言葉を待たずにスイクンに飛び乗り、そして、

 

「……待ってろよヤナギ、今度こそ、アンタに追いついてやる……!」

 

 スイクン、ライコウという伝説の二匹のポケモン達。

 そしてグレイシアへと進化したVと共にクリアは再びヤナギへと挑む為"時間の狭間"へと飛び込む。

 これまでの全ての、ヤナギとの因縁に決着をつける為に、とうとう一切イエローの方を振り返らないまま。

 ――彼女が"女の子"だという事を知らないままに、そして彼等は祠の中へと消えていくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず初めに、クリアはイエローの正体については気づいていない。

 それは様々な偶然が重なった事による、ある意味奇跡の産物の様な勘違い。

 もし彼がヒデノリからその事実を言われた時、今の様な緊迫した状況じゃなければ、少しでも違和感に気づいて思案していれば、すぐにオーキド博士からの手紙に思考を移さなければ、そして――。

 

 イエローが少年だと言う事をまず念頭に置いて考えていなければ、彼はそんな馬鹿げた勘違いをするはずが無かったのである。

 恐らく言われれば気づくのだろう、気づいて何故自分がそんな勘違いをしたのだろうと思うはずだ。

 まさか甥っ子と姪っ子を混同して考えていただなんて、そんな勘違いを――。

 

 

「……じゃあクリアは、もしかしてボクの事……気づいていたの?」

 

 そんな事実等露知らず、彼に麦藁帽子を預けた少女は唖然としたまま、静かに祠を見つめ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "時間の狭間"の空間の中は、確かに伝説の三匹を解放した空間の様な異空間だった。

 前後左右が分からなくなる様などこまでも続く同じ景色、気持ち悪くなりそうなまるで、数種類の絵の具をパレットの上でかき混ぜた様な雑な配色。

 だがしかし、唯一つだけかつて見た異空間内とは明らかに違う特徴もある。

 それは映像、ヤナギを追うクリア等一人と三匹だが、道中様々な過去の出来事が、クリアが経験した記憶達が現れては消えていく。

 デリバードとねぎまの決闘から、ここ数週間程の映像、まだ何も知らなかった頃のヤナギとクリアの日常風景、ジョウトジムリーダー達との試合、そしてスオウ島での戦いとその旅路。

 今にして思えば懐かしい、それでいてつい先日の出来事の様にクリアの脳内でも同じ映像がフラッシュバックしては消えていった。

 

 

 ――そしてそれは唐突に現れる。

 

「……あれはっ!?」

 

 それは薄暗い建物の中だった。

 少し欠けた像が今だ飾られている場所、トキワジム、クリアがこの世界に来て初めて目にした光景。

 その映像の中で彼は見た、倒れている彼自身と更にその近く、僅かに歪んだ空間の歪に存在する"大きな影"を。

 ――そして次第に空間の歪みは消えていき、同時に過去の映像もそこで途切れる。

 

「……今のは」

 

 過ぎ去っていく映像、だがそれも所詮は過去、彼にとっては既に起きた出来事――。

 名残惜しむ様にクリアは背後へと視線をずらした、自分が何故この世界に、そしてどうやって来たのか、その理由を知る手がかりが目の前に転がっていたのだ。気になるのも仕方は無い。

 だがそれでも、クリアは前を見る。過去への誘惑を振り払って、止めるべき敵を見定めて。

 

 雑念を振り払い、そしてクリアはようやく追いついた止めるべき敵へと視線を固定する。

 敵は――ヤナギは一人そこにいた。

 今だセレビィとの時空を超える旅の最中だったのだろう、後ろから追いついてきたクリアに一瞬驚愕の色を示すも、すぐに彼は立ち直って、

 

「……その麦藁帽子」

「あぁ、親友(イエロー)から預かってきた大事な代物……そしてアンタを追い詰める為の、最後のキーアイテムだ」

 

 どうやら既にPの電撃による一時的な失明からは回復しているらしい、クリアの頭で微かに揺れる二枚の羽を差した麦藁帽子を見つめてヤナギは言い、クリアも返した。

 "時間の狭間"の中、チョウジ商店地下、セキエイ高原、三十三番道路、ウバメの森祠前、そしてそれ以前に幾度と無く繰り返されてきた両者の激突。

 過去を振り返る老人と未来を見据える若者の、師と弟子の最終決戦は、そんな二人に最も相応しいとも言える戦いの舞台で――今、始まる。

 

「さぁヤナギ、これが正真正銘最後の"ジム戦"……俺からアンタへの最後の挑戦状だッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍結されていた六人の図鑑所有者とイエローの七人、そしてウバメの森ほぼ全域。

 クリアがイエローの麦藁帽子を被り、祠の中へと消えた後、祠前の彼等、そして森自体の凍結も次々とエンテイによって解放されていった。

 エース達普通の炎ポケモンでは決して出来ない所業、伝説のエンテイが放つ"特別な炎"、伝説級のその力だからこそ、ヤナギの"永久氷壁"を完全に溶かしきる事が出来たのである。

 更に彼等、レッドにはその解凍速度を更に速める策があった、その策があったからこそ、彼等はこの短時間で自由の身になれたのである。

 

「でもまさか水で炎を広げるたぁ、流石の俺も驚きましたよレッド先輩!」

 

 解放されてから、もしくは凍結されている間に幾らか話す機会があったのだろう、いつの間にかレッドの事を"先輩"付けと呼ぶゴールドに、

 

「あぁ、シロガネ山の秘湯の別名は"(ファイヤー)温泉"、常に発火性の高いガス纏っているから触れた炎の威力を増大させるんだ」

 

 そう答えたレッドの言葉通り、シロガネ山に共に向かったブルーのカメックス、そのポンプの中に溜めておいたシロガネ山の秘湯の源泉を彼は今ここで使ったのである。

 普通ならば掻き消えてしまうであろうエンテイの炎を、ガスを纏った水流を使ってウバメの森全域へと広げ、凍結されていたウバメの森の氷を一掃したのだ。

 

「イエローさん、その髪……」

「クリスさん!?……これは、その……」

「はいはい、そんな事は後にしなさい!どうせもうバレちゃった事なんだから」

 

 一方此方はクリスに聞かれ、今更ながら風に靡くポニーテールを両手で恥ずかしそうに隠すイエロー。

 だがそんなやり取りも割って入ったブルーによって止められ、

 

「え、えぇ分かってますブルーさん、今は祠に入ったクリアの加勢……ですよね?」

「ふふっ、当然でしょ」

 

 問いかけたイエローの言葉に、自身のカメックスを引き連れてブルーは答えて。

 それと同時に、他の面々も既に外に出してあった自慢の一匹を従えて祠の前へとにじり寄る。

 全ては祠へと入ったクリアの為、虹色と銀色の二枚の羽が無くたって、少しでも彼等全員の攻撃エネルギーをクリアへと送る為だ。

 

 その攻撃が彼の助けになると信じてレッド、グリーン、ブルーは――。

 その攻撃がヤナギを倒す助力になると信じてゴールド、シルバー、クリスタルは――。

 その攻撃が中に入っていった一人と二匹の同胞の力になると信じてエンテイは――。

 

 そして、イエローの傍へとやって来たピカとチュチュの二匹、その二匹を引き連れたイエローもまた、クリアの為に全身全霊をかけて――。

 彼等はその一撃に全てを賭け、発光する祠内部へ目掛けて――放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、最後の"ジム戦"だと!? まさかまだ、この私を倒せると本気で思っているのか!?」

「倒すんじゃない、俺はアンタを止めたいだけだ!」

 

 "時間の狭間"内部、クリアとヤナギの攻防は最後の(とき)を迎えようとしていた。

 ヤナギの持つ"永久氷壁"の氷の盾、何人の攻撃も許さない絶対防御の前に、クリアが行った行動は至ってシンプルだった。

 

「スイクン、ライコウ! 遠慮はいらない! 思い切りやれ!」

 

 最早ここまで来れば、ヤナギ相手に小技や裏をかいたり等出来るはずも無い。

 それ程までの実力差、経験差がクリアとヤナギの間には立ち塞がっているからだ。

 だからこそ、その実力差を埋める為に行う事――それは唯全力で攻撃する事のみ。

 スイクン、ライコウ、そしてV、三匹の力による怒涛の攻め、相手に反撃の隙すら見せない、防御に徹するヤナギに対し、クリアは攻撃に徹する事にしたのだ。

 

「その程度で、この私が! この盾が破れるはずも無い!」

 

 だがヤナギの氷の盾は強大だ、崩れてもすぐに自動修復される"永久氷壁"の名は伊達じゃない。

 いくつかの氷の盾をウリムーが形成し、スイクン、ライコウの二匹の攻撃を受け止める――だがそれでも。

 ――例え勝ち目が薄くても、限りなくゼロに近くたってクリアはポケモン達と共に戦うのだ。

 伝説のポケモン達による全力、その余波はクリアの身体にも相応の負荷をかけているのだが、それでも尚クリアは攻撃停止の指示は出さずに、全てはこの時の為、彼が尊敬した唯一人の師を止める為には、そんな事で彼自身が止まる訳にはいかなかったのだ。

 

「……あぁ確かに、ヤナギ、アンタの"盾"は強力だ」

 

 届かない、三匹の力を合わせて尚ヤナギには届かない。

 だがしかし、そんな状況でも彼はニヤリと微笑を浮かべて見せる。

 まるでこれから起こる事を、彼の第六感で予感でもしたかの様に、勝利を確信した笑顔でクリアは答えた。

 

「でも俺には、その盾を破る程の"矛"がある……!」

「矛だと?……そんなものどこに……!」

 

 言った傍から、ヤナギは目を見開いてクリアを――否、その後ろへと視線をやる。

 ヤナギの視線の先、そこにあったのはは"力"だ。

 外からやって来るいくつもの攻撃エネルギー、クリアの仲間達が彼へと送った、最高峰の威力を持つ"矛"の数々。

 そしてそれら攻撃エネルギーがクリアの周囲を通り抜け、ヤナギへと到達するだろう瞬間に、クリアは声高に叫ぶのだった

 

「これがアンタに無くて俺にはあるものだよ……"師匠"!」

 

 

 

 ヤナギの氷の盾へとクリアの"矛"、正しくは彼の仲間達の攻撃が直撃する。

 炎、草、水、三種のタイプ攻撃は二乗に威力を増大させてヤナギの盾へと亀裂をいれて、更にエンテイの炎がその亀裂を広げ、そこにスイクンとライコウの二匹も攻撃を加える。

 六人の図鑑所有者と伝説の三匹による攻撃、それは着実に確実にヤナギを追い詰めていき、更にその場所へと三つの電撃が走った。

 それはイエローの指示で放たれたピカとチュチュ、そして今しがた祠の外で生まれたばかりの件の二匹のピカチュウの子供"ピチュ"の放電による攻撃。

 一つ一つは小さな力でも、合わさればヤナギを追い詰める事が出来る、ヤナギが持たずクリアだけが持っている力。

 "仲間"という、極普通に有触れていて、それでいて大きな繋がり――そしてそれは宣言通り、クリア最大の"矛"となって――。

 

「っく!」

「吹き飛べ氷の仮面!!」

 

 クリアの絶叫が"時間の狭間"に響き渡る。

 六人の図鑑所有者のポケモン、三匹の電気ネズミによる電撃、そして伝説の三匹による計"十二匹"による複合攻撃だ。

 それはいくらヤナギの防御が堅く強力だろうが、それでも彼の最強の盾を破る最強の矛になり得る攻撃。

 ヤナギ一人の盾に対抗する為の、"仲間"というクリアが持つ最強の矛の形、そして――。

 

 そしてとうとう――まるでガラスが割れる様に、ヤナギを守る盾と、彼の身を包んでいた氷人形の等身が弾け飛んだのである。

 

「まだだ!」

「勝負は終わってない!」

 

 次の瞬間彼等は同時に動いた。

 ヤナギのウリムーが再度"永久氷壁"の氷の再生を試み、そこへクリアのVが走る。

 疲労し、全力で技を出し尽くしたばかりのスイクン、ライコウを残して、Vは瞬く間に"氷の槍"を形成していく。

 ヤナギのウリムーよりも早く、瞬間的な爆発的を秘めた氷槍、そしてそれはヤナギの元――正確にはヤナギの手元の"時間を捕えるボール"へと即座に伸びて、

 

「やれV、ヤナギの呪縛を凍て破れ!」

 

 その氷はヤナギの"永久氷壁"とは対となる氷。

 クリアだけが、彼のVだけが持つ特殊な氷技、"永遠"では無く"瞬間"に全てを賭けた力――ヤナギの自動修復する"永久"の氷と最も対象に位置する、"一瞬"にして形を成す氷技、そしてその凍結速度はウリムーの"永久氷壁"の再生速度を上回り、壁の間を縫って届いたボールに小さく切っ先をたてて――。

 

 ピキリと、セレビィの入ったボールへと亀裂が入り、ヤナギがそれを知覚した瞬間はもう時既に遅し。

 次の瞬間、捕獲用のボールが破壊された事により、晴れて自由の身となって時の番人"セレビィ"がボール内から外へと飛び出す。

 

「ぐっ……ま、まさかクリア、最初から……」

「あ、あぁそうだ……言ったはずだぜ、俺はアンタを"倒す"んじゃなく"止める"って……うぅ……な」

 

 "時間を捕えるモンスターボール"は虹色の羽と銀色の羽の二枚から作られていた、故にボールが破壊されその加護が無くなってしまえばどうなるか――答えは今のヤナギの苦しそうな表情にあって。

 同時にクリアも息も絶え絶えの中、ヤナギと同じく僅かにうめき声をあげる。理由は明白、気づけばクリアの頭の麦藁帽子、そこに刺さっていたはずの二枚の羽が消えていたのだ。

 それは無我夢中で今の今まで彼自身も気づいていなかったが、先の一斉攻撃の際、スイクン、ライコウの全力の攻撃の反動によるものによるものだった

 そうして彼等は今、"時間の狭間"の中で虹色の羽と銀色の羽を持たない者がどうなるかを身を持って体感してるのである。

 

「っぐ……私は、まだ……!」

「ヤ、ナギ……アンタまだ諦めて……!」

 

 息が出来ないのか、それとも全身を圧迫されているのか、はたまたその両方か。

 どちらにせよ、両者は互いとも苦しそうな表情を浮かべながら、しかしヤナギの眼からは尚も光は消えていなかった。

 その執念、果たして何がヤナギをそこまで駆り立てるのか、それが分からないクリアは不意に一つの疑問に当たる。

 それはこれまでの戦いで、ヤナギが唯一見せていないポケモン、チョウジジムの中でデリバードの様にクリアが接していたポケモンの内の一匹。

 

「……私はまだ、ヒョウガをあの時代に連れていけていない……!」

「ヒョウガ……だと……?」

 

 ヤナギが持つ氷タイプのポケモン、ラプラスの"ヒョウガ"。

 この"時間の狭間"の決戦にたどり着くまで、クリアは様々な場所でヤナギと衝突し、彼のポケモン達と戦ってきた。

 デルビルや、アリアドスといったセレビィ捕獲用の彼の専門外となるポケモン達、デリバードやパウワウ、ウリムーといった普段からクリアとも面識があった氷ポケモン達。

 しかしその中で唯一、この戦いで最後までヤナギが参戦させなかったポケモンがいた、それがヒョウガ――今回の一連のヤナギの行動の目的、その原因となったポケモン。

 

 ――全てはこの一匹の為の戦いだったのだ、この一匹のラプラスを"ある時代"へ連れて行く為に、ヤナギは今までの凶行に及んだのである――。

 

 そしてクリアは見た、"時間の狭間"の中で、まだ若いヤナギが氷原で二匹のラプラスを一緒にいる所を。

 そのラプラス達がクレパスに飲み込まれていくのを、その直ぐ後に後悔の念に苛まれるヤナギの手の中でヒョウガが誕生する瞬間を。

 それら過去の出来事を、"時間の狭間"の中で見てようやくクリアも気づいたのだ。

 

「……まさか、全部……そのヒョウガの為に……」

「そうだ……だから、私は……っぐ!」

「ッ、師匠!」

 

 その時だった、一際苦しそうに呻いたヤナギの表情に、咄嗟にクリアは彼へと手を伸ばす。

 ヤナギへと届かないと分かっていても、それでも伸ばさずにはいられなかったのだ。

 いくらヤナギが悪行を重ねていたとしても、いくらヤナギから何度も傷つけられていたとしても、それでヤナギを見放していい理由にはならない。

 ましてや彼はクリアにとって初めて"師匠"と呼んだ特別な存在、だからこそクリアはここまで傷つきながらも進んできたのだ。

 ホウオウへの恩返し、無関係の人々を守る為、様々な思いこそあったものの、根底にあったのは唯一つの思い。

 

 師匠を止めるのは弟子の役目、伸ばした手は、それはクリアの中で一際強かった思いの表れだったのだ。

 

「……セレビィ?」

 

 そんなクリアへと、自由を手にしたセレビィが近づく。

 本来ならもう彼等の元から離れていてもいいはずのセレビィが、放っておけば消えてしまいそうな脆弱な一人の若者へと近づき、彼の様子を観察する。

 "時間の狭間"に入るまでにいくつもの戦いを経験し、更に先の戦闘でも伝説のポケモン達の全力による反動を受け、今も尚"時間の狭間"の中で苦しんでいる人間。

 そんな彼を、彼等を哀れに思ったのか、それとも単なる気まぐれか――その真意は分からないが、フッと唐突にクリアを苦しめていた息苦しさが消える。

 驚いた様子でセレビィへと目をやり、次にヤナギへと目を向ける、どうやらヤナギ自身もとりあえず命の心配は無くなったらしく、彼自身も驚愕の色を浮かべていた。

 

 

 

「……場面が」

 

 そして、驚きはそこで終わらなかった。目の前に広がる過去の映像が少しだけ移り変わったのである。

 寒風厳しいその場所は先程までと同じ氷原、だが絶対的に違う空間内、クレパスなんて存在しない平らな氷の地面に、二匹のラプラスの姿、それ以外には人っ子一人いない景色。

 それを見てヤナギも察したのだろう、大粒の涙が彼の頬を伝った。

 

「おお……おおぉぉぉぉぉ!!」

 

 同時に、ヤナギの最後のボールから、一匹のラプラスが嬉しそうにその景色へと飛び込む。

 クリアとヤナギの目の前で、彼等がよく知る一匹のラプラス、ヒョウガが。

 幸せそうに、自身の両親の下へと帰っていく。

 そして、青と白の空間の中で、二匹のラプラスが自身の子供を抱いているを見て、

 

「セレビィ……今のはお前がやったのか……?」

 

 ヒョウガは自身の手持ちポケモンでは無い、しかし感傷的にならないと言えばそれは嘘になる。

 チョウジジムではよくクリアもヒョウガの背中に乗せて貰ったりした身だ、少しだけ目頭が熱くなるのを感じたが、彼はあえて涙は見せなかった。

 ――今涙を流すべきなのはクリアでは無くヤナギ、それが分かっているからこそ、クリアはヒョウガとの別れを心を無にして済ませる。

 かつてのねぎまやヤドンさんの様にはいかない、別の時代に生き、もう一生会えなくなるそのポケモンを、クリアはただ無心になって見つめ、そして気を紛らわす様にセレビィへと呟く。

 

「……いや、どっちでもいいさ……ありがとうなセレビィ、ヤナギを……師匠を救ってくれ……て」

 

 急激に体から力が抜けるのを感じるが、その時にはもう彼の意識は途切れる寸前だった。

 無理が過ぎたのが祟ったのだろう、急いで倒れ混むクリアの体を滑り込む様にスイクンがその背に乗せる。

 この場所へたどり着くまでの連戦、そして事が全て終わった事を悟った事で安堵したのか、まるで眠る様にクリアは瞳を閉じていく。

 

 

 

 "時間の狭間"の中、スイクンの背で眠るクリアを見つめ、ヤナギはそっと微笑んだ。

 最早その心にはスイクン達が警戒していた黒い野望等は存在していない、愛した存在(ヒョウガ)の救いから彼の心もようやく解放されたのだ。

 長年彼を苦しめていた、縛り付けていた罪悪感という鎖から――。

 そしてこれもまたセレビィのせめてもの心遣いか、今辺りには透き通る様な歌声が響いている。

 かつて傷心したヤナギの為に彼の友人達が作った歌、育て屋老夫婦、ガンテツ、オーキド、キクコ――彼等の想いが時代を超えて、今のヤナギの凍て付いた心溶かしているのだ。

 

 ――そしてそれは、彼の心の氷を溶かすのは何も彼の友人達だけでは無い。

 

 不意にヤナギは、クリアの傍に寄りそう一匹の氷ポケモン"グレイシア"を、そして続いてクリアへと目をやって、

 

「……羨ましいな、これからも共に沢山の時間を生きる事が出来る若いお前達が……」

 

 そう言って、ヤナギは懐から一個のバッジを取り出す。

 "アイスバッジ"、チョウジジムジムリーダーに認められた時初めて貰える公式のジムバッジ。

 それも純正の、この世に唯一つの"アイスバッジ"をヤナギは何も言わずにVへと手渡した。

 渡されたバッジに若干の戸惑いを見せつつも、しかし確かに"アイスバッジ"を受け取るV、その様子にヤナギは満足気な口ぶりで、

 

「ふふ、もう聞こえていないだろうがクリアよ、今初めて私はお前を認めよう、宣言通り私を"止めた"お前を……クリア、最後のチョウジジム戦はお前の……"お前達"の勝利だ」

 

 そう言ったヤナギの眼から、再度涙の線が零れる。

 ヒョウガが救われる姿を、そして友の想いをようやく肌で感じる事が出来、凍りついた彼の心に暖かなモノが溢れてくるのを感じながら。

 そんな中少しだけ、少しだけ勿体無いと思ってしまったのだ。

 今まで散々迷惑だと思っていた存在を、幾度と無く彼の前に立ち塞がってきた存在との"別れの時"を前にして初めて――ヤナギは気づいた。

 彼にとってクリアという存在がどれだけ大きなものとなっていたかを、そしてクリアと過ごした日々を、無自覚ながら"楽しい"と感じていた事を。

 ――いつの間にか弟子というより、家族の様な存在となっていた彼との日々をもう過ごせないという事が、少しだけ悔しく思えたのだ。

 

「……あぁ分かってる、ではそろそろ行こうかセレビィ……」

 

 だがこれ以上の我儘は許されない、それ程までの行いを、ヤナギは自らの目的の為に行ってきたのだ。

 いくらヒョウガを両親に再会させる為とは言え、その為にシルバーやブルーといった子供達をそれぞれの家族の下から強引に連れ去り、多くの人間やポケモン達を傷つけてきた。

 そんな彼が、今更家族を恋しく思おう等とは、決して許されてはいけない事なのだと――そうヤナギは自分に言い聞かせ、

 

 そして――、

 

「では去らばだクリア……」

 

 ヤナギとセレビィはクリアの傍から離れていく。

 それを見届けた彼等スイクンとライコウもまた、クリアとVを乗せてヤナギとセレビィから視線を外し、振り返り出口を目指して、

 

「ポケモンと共にいるその時間を大切に……我が弟子よ」

 

 そして一気に、駆け出していく。

 最後にヤナギの口から出たその言葉だけを残して。

 正式に弟子と認めた老人は"時間の狭間"へと消え、正式に弟子と認められた少年はスイクンとライコウに連れられて、そうして戻っていく。

 ――彼を待つ仲間達の元へと、約束を交わした少女の待つ場所へと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれ位眠っていたのだろうか――瞼の裏側から、日光が遮断されるのを感じた。

 何か大きな物体に遮られているのだろう、まだ上手く働かない頭を強引に覚醒させながら、少しだけ身じろぎして。

 

「……ん」

 

 柔らかい土と草の上、生い茂る木々の中、決して光等放っていない何の変哲も無い祠の前で、そうしてクリアは目を覚ます。

 

 

 

「あ、起きた! 大丈夫ですかクリアさん?」

「……むぅ、クリス?……ここは、って!」

 

 起きて早々目にしたのはクリスの姿、どうやら日光が一時的に遮断されたのは、彼女がクリアの顔を覗き込んでいた為らしい。

 目を覚ますと同時に立ち上がった彼女に続く様に、というかむしろ飛び起きる様に彼は上半身を起こす。

 上半身を起こした視線の先、そこにあるのは何の変哲も無いウバメの森の風景、その中には何故かシルバーとつかみ合いの喧嘩をしているゴールドと、その傍に立つグリーンとブルーの姿も確認出来る。

 だが彼が起き上がった瞬間、全員が全員クリアの方を見て、それで彼はようやく状況を理解する。

 

「……あぁ、そうか、終わったんだな全部」

 

 そう呟き、クリアはざっと周囲を見渡した。

 土木の匂いが充満する緑の世界の中、その中にいるのはスイクン、ライコウ、エンテイの伝説の三匹、ねぎま率いるカモネギの群れと、何時の間にやら進化しているヤドンさんと彼の愉快な仲間達、そしてクリスに、ゴールドとシルバー、グリーンとブルーの五名と――、

 

「起きたか、クリア」

「レッド……さん」

 

 声掛けられ、クリアは気の抜けた様な顔のまま彼へと返事し、背後に建った祠を挟んで向こう側にいるレッドを振り返り見上げる。

 そして更にその後ろ、レッドの背に隠れる様に立っている一つの人影に気づき、大方イエローだろう、とすぐにクリアは断定をつけて、苦笑いを浮かべながら頭の麦藁帽子のつば先を少しだけ弄って確信する。

 

(これだけ、か)

 

 戻って来た暖かな景色の中で、彼の自業自得とは言え失ってしまった存在を確かに感じながら。

 "時間の狭間"の中で対峙したヤナギ、最後に分かり合えたはずの人物を思い出し、少しだけ感傷的になりながらも、クリアは無言で一度だけ顔を拭って立ち上がる。

 

「大丈夫、そうだな」

「……あぁ、もう大丈夫だよ、レッドさん」

 

 いつの間にか"さん"付けになっている事が驚きなのだろう、虚をつかれた様なレッドだったが、一つ咳払いし取り直して、

 

「あ、あぁ……じゃあ、って……おいイエロー、いつまで俺の後ろに隠れてるつもりだよ?」

「……ははっ、全くだよ、そこにいるのはバレバレだって……の……」

 

 レッドの背後、その背中に隠れている小さなの人物の姿を拝む為、すぐにクリアは覗き込む様に少しだけ体を動かした。

 何故か一向に出てこない金髪の子と会話する為、"約束"したのだから報告位はする義務があるだろうと思い、彼女の姿を見ようとして、そして彼女の姿を視界に捉えた瞬間――クリアの言葉が止まった。

 より正確には、その少女の可愛らしいポニーテールを見た瞬間、まるで時でも止まったかの様に、クリアの動きと表情が硬直する。

 

 

「えぇと、久しぶり、クリア……クリア? あれ? ねぇちょっと!?」

「……ッハ!? い、いけね、また眠ってたらしい、なんか実はイエローが女の子だったっていう夢を……」

「いや、クリア……それ現実だから」

 

 現実逃避しかかるクリアに、レッドの非情な、というか現実的な言葉が突き刺さる。

 

「……女の子?」

「女の子、というかお前はその事知ってたんじゃないのか?」

「し、知るかよそんな事! なんだよ女の子って!」

「え?……えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 レッドとクリアの問答に、今度はイエローが大声をあげた。

 だがそんなイエローの反応も当然と言えば当然、決戦へと向かうクリアの為、意を決して正体を告げる決意をし、直後に彼によってその決意が無意味だったという事を告げられた。

 ――が、実はその決意自体全然無意味では無く、同時に最早クリアには知られてる事、と考えていたイエローの中で再度羞恥の心が息を吹き返す。

 彼女からしてみれば、最初にクリアが"姪っ子発言"した時と今ので二度、同様同程度の恥ずかしさを経験する羽目になったのである。

 だからこそ、今だ彼女が羞恥心から顔を赤くしていたって何ら不思議は無い。

 

 

「だ、だってクリアってばおじさんから"姪っ子"だって聞いたって!」

「あぁ聞いたよ、それと何の関係が……あれ、"姪"? あれ、女の子って意味の方が確か……」

「……おいクリア、まさかお前……」

「……クリア?」

 

 ジトーっとした粘っこい視線がクリアへと刺さる。ついでに彼の背後からもいくつか同様の視線が飛んで来る。

 それはクリアが起きるまで、散々イエローが何をどう説明しようかと悩んだ挙句、その相談を受けた面々による視線だ。

 グリーンやブルー、クリスといった三名に、レッド、そしてイエロー自身による無言の圧力。

 

 必死に頭を抱えたのが馬鹿みたいだと、そう言いたげな視線。

 

「……えぇと、いやだってほら、甥っ子と姪っ子って、時々ゴッチャにならない? なりません? なりませんよねー、いやー何で俺もこんな勘違いしたのか理解に苦しみますよハッハッハ……だから皆様その殺気だった目線を止めてくださいお願いします!」

 

 そう懇願するクリアだったが、彼の罪は重い。今の勘違いを生み出した原因、加えて約一年間の彼等の心配、具体的には一年間も音沙汰無しだったという罰的意味合いも相まって。

 そして容赦の無いピカとチュチュの電撃が彼の身を襲い、壮絶な戦いすぐ後のウバメの森で、そうして一人の少年の絶叫が木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いつつ、ったく、少しは手加減して欲しいな、こっちは結構ボロボロなんだからさ」

「ご、ゴメンねクリア、でもクリアだってちゃんと反省するんだよ?」

「分かってる、反省してるよそこの所は……」

 

 制裁終わり、ウバメの森の中。

 電撃に所為か跳ねた髪をそのままにしたクリアは、イエローから傷の手当を受けていた。

 よく見ればかすり傷やら切り傷等が至る所に見受けられて、それに見かねたイエローが今現在クリアの手当てを受け持っているのである。

 ――といっても怪我自体は大した事無く、絆創膏を張る程度で済むようなものばかりなのだが。

 

「……にしても驚いたなぁ、まさかヤドンさんが"ヤドキング"に進化してるなんて」

「そうだね……ん、どうしたのねぎま?」

 

 彼等の周りに集まるカモネギとヤドンの群れ、そしてその長たるヤドンさんとねぎま、ある意味圧巻なその光景の中、不意にイエローへと近づいたねぎまにイエローが反応した。

 どうやら彼女に何か伝えたい事があるらしく小さく鳴きながら頭を預けてくるねぎま、そんな彼の思いに答えるべくすぐにイエローは"トキワの森"の力、"癒す者"の能力を使ってねぎまの心を読んで、

 

「……うん、分かった。君達はこのウバメの森に住む事に決めたんだね」

 

 イエローの言葉に、一際大きな声でねぎまが返答した。

 元々ねぎまは、ジョウトの様々な場所を点々と渡り飛んで住処を変えていた。

 それは必要以上の人間と関わらない為だった、がその渡り鳥生活も今日で終わりにするつもりらしい。

 ヒワダタウンを挟んですぐ近くにあるヤドンの井戸、そこに住むヤドンさんとその仲間達の傍であり、かつ過ごしやすそうなこのウバメの森に、ねぎまは居住を決めたのだ。

 何かあった時に助け合う事が出来る友の傍、群れを守るという意味合いでも、これほど都合の良い場所はそう無いだろう。

 

「ははっ、これからのヒワダはヤドンとカモネギの町になるのか、ツクシが聞いたら驚きそうだな」

「クリア、ツクシって?」

「いつも虫取り網持ってるヒワダのジムリーダーだよ、機会があれば紹介するさ」

 

 適当にそう流したクリアの目の前に、今度は大型のポケモンが三匹、ねぎまと入れ替わる様に現れる。

 伝説の三匹、スイクン、エンテイ、ライコウというクリアとある意味同類のポケモン達。

 

「……あぁ、分かってる……うん……その時は頼むよ……うん、じゃあ」

 

 彼等とクリア、奇妙な繋がりがある三匹と一人はいくつかの会話を交わして、次の瞬間、伝説の三匹は同時に三方向バラバラに駆け去っていく。

 あっという間に、風を切って駆けていく彼等を一頻り見つめるクリアに、

 

「……クリア、あのポケモン達と話してたんだよね?」

「……ふっ、これからは自由に生きるってさ、主のホウオウが帰ってくるその時までね」

 

 彼が伝説の三匹から聞いた彼等の意思を、今度はクリアからイエローへと伝えて彼は微笑を浮かべた。

 クリアがイエローへと伝えた事実の中、あえて触れなかった彼等のクリアへの言葉『共に行こうか?』という言葉の部分だけはあえて伏せて、必要時には頼むとやんわりとその申し出を断ったクリアは、しかし晴れ晴れしい顔で彼等が駆け去った三方向をもう一度見直して、そして次に彼の目の前に来たのは――、

 

「さて、V……悪かったな、色々あって待たせちまって」

 

 クリアの前へと出てくる蒼色のポケモン、グレイシアのV、ずっと彼女はこの機会を待っていたのだ。

 起きて早々再度気絶し、ねぎまやスイクン達の言葉を聞いていたクリアを律儀に待って、そしてようやく彼の渡す時が来たのである。

 彼女がヤナギから渡されたものを、ヤナギからクリアが認められた証である"アイスバッジ"を。

 そしてクリアは、Vの口元から落とされたそのバッジを右手で受け止めて、

 

「……全く、遅いんだよなぁ師匠は」

 

 受け取ったバッジで全てを悟ったのだろう。彼の頬に一筋の涙が走り、すぐにクリアは頬を拭った。

 

「今更こんなもの貰った所で、もうバトルの手ほどきすら教えて貰えねぇってのにさ」

「……クリア」

 

 泣いてる所なんて見せたくなかったのだろう、すぐに表情を元に戻した、それでいてしっかりと赤くなった目をイエローへと向ける。

 そんなクリアに、イエローは笑って告げる事にした。

 無事約束を果たしたクリアに、彼女なりの精一杯の気遣いを込めて。

 地面へと手を置いてあった彼の両手を自身の両手で握り締めて、涙の跡残るクリアの顔をしっかりと見つめて言う。

 

「おかえり、クリア」

「っ……あぁ、ただいま……イエロー」

 

 笑顔で告げたその言葉に、"時間の狭間"の中のヤナギ同様、クリアもまた確かに救われる感覚を感じながら、クリアも笑って彼女にそう返したのである。

 

 

 

「……つーかさぁ、こう目の前でイチャイチャされると、こっちとしても流石に目のやり場に困るんだけどよぉお二人さん」

 

 そして空気を読まずにゴールドが言葉を発した事により、二人の世界は音も無く崩れ去り、クリアとイエローはビクリと同時に肩を震わせて声の方へと顔を向ける。

 そこにいたのは六人の少年少女達、うんざりした様子のゴールド、顔を赤くしているクリスに、相変わらず興味為さそうなグリーンとシルバー、苦笑いのレッド、そしてニヤニヤと顔を歪ませているブルー。

 ――特にブルーのにやけ顔、そこにクリアは危険信号を察知するが、気づいた時にはもう遅い。

 

「あらクリアってば、イエローが"女の子"だって分かった瞬間態度が変わると思ってたけどそうでも無かったわねぇ」

「あぁぁぁ! ブルー…さん! 今その話題禁句! 人には時間が必要な時もある!」

 

 クリアにとって、ブルーとはかつて命を救われた事もある人物だ、だから彼は彼女には頭が上がらない。

 同じ様に過去助けて貰ったレッドはそんな素振りは見せないのだが、ブルーという少女はそんな事等お構いなしに、今最もクリアが気にしてる所を必要に攻めてくる。

 

 それは勿論、イエローが実は"女の子"だという事実だ。

 いつかお姫様抱っこを平然とやっていたり、抱きしめたりもしていたり、臭い台詞も多量に吐いていた、そんな紛れも無い彼の過去の行い達がクリアを羞恥の地獄へと追い込んでいく。

 そしてそれはイエローも同じの様だ、既にクリアから返してもらった麦藁帽子を目一杯に被りながら、赤く染まった顔を下に向けている。

 

「うふふ、もしかしてお互いにわざと意識しない様にしてたのかしら?……でも駄目よクリア、それにイエローも……貴方達は"異性"同士なんだから」

「あー! 分かった今分かった! ブルーさん、アンタ面白がってるだろ!」

 

 高笑いするブルー目掛けて赤面涙目になりながらクリアが言うが、所詮それは負け犬の遠吠えの様なもの。

 どう言ったって、状況的にクリアが不利な事に変わりなく、その事でブルーに弱みを握られてる事にも変わらず、挙句の果てにイエローに至っては熱くなり過ぎたのか、頭から湯気が出始めている。

 

(このままここにいれば……やられる!)

 

 主に精神的な意味で、そう考えたクリアはすぐさま腰のボールへと手を伸ばした。

 ジョウトの渡って以降、日々鍛え抜かれた早業で、こんな状況で役立てる様なものでは無かったはずの修行の成果を存分に振るって。

 彼をからかうブルーや他のレッド達面々に阻まれない様、すぐに外に出していたVを戻し、

 

「エース!」

「あ、こらクリア! また逃げる気!?」

 

 呼びかけてすぐにエースは反応した。

 黒い火竜は即座にクリアの下へと滑空し、クリアもエースの背に飛び乗って、

 

「悪い皆、俺ちょっと用事が……」

「クリアまたどこかに行っちゃうの!?」

「……」

 

 ブルーの玩具にされる前に、青い大空の彼方へと羽ばたいていこうとした瞬間、彼へと問いかけた一人の少女の言葉にクリアとエースは動きを止める。

 スオウ島で離れて、それから約一年も会え無かった事の反動からか、今別れればまた会えるのは一年後とでも思ったのか、そこには不安げな目をしたイエローがいた。

 二人のロケット団幹部との戦闘で怪我した彼女の片足。先程までは歩く程度の事は出来ていたはずだが、恐らく無理に走り出そうとでもしたのだろう、彼女の足は今は微かに震えている。

 すかさずそんな彼女の肩を支えるレッド、同時に攻める様な視線がその場にいた"全員"から投げかけられていた、そしてそれはクリアが背に乗るエースからも同様にである。

 

 

 

「……あぁもう分かったよ! エース、一度だけ"寄り道"!」

 

 ビシッ! っとクリアはイエローとレッドがいる方向を指差し言った。

 その言葉を待っていたのだろう、すぐにエースは彼女等の下へと下降し、その際に出た風圧でイエロー、レッド他全員が動けなくなるのを確認して、

 

「ほら、掴まれイエロー!」

「ク、クリア!」

 

 差し伸べられたその手をしっかりと掴んで、イエローはエースへと飛び乗る。

 同時にイエローのピカチュウであるチュチュもまたエースの背へと飛び乗り、クリアの後ろにイエローとチュチュが座る形でその場に落ち着いて、

 

「じゃあ皆、今度こそ"またな"!」

 

 今度こそ、今度こそクリアは大空へと飛び立った。

 一年前と同様に、決戦後他の図鑑所有者達をその場に残して、"やり残した用事"を済ませる為に。

 一年前とは違い、今度は同伴者(イエロー)を連れた上で。

 

 そして彼は三十三番道路へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと追いついたぁ!」

 

 同じ頃、ウバメの森祠前に二人の老人と一人の中年が顔を出していた。

 育て屋老夫婦とヒデノリである。

 クリアの後を追ってこのウバメの森へと入った彼等は、どうにかようやく図鑑所有者達が揃うその場へとたどり着き、

 

「さてと、おーい、どこだイエロー?」

 

 育て屋老夫婦はまず顔見知りのゴールドの方へと向かったらしい。

 ゴールドはゴールドでどこか迷惑そうな顔で育て屋、特にお婆さんの相手をしているがそんな事はヒデノリには関係無い、あのお婆さんの相手がどれだけ大変かという事を知ってるヒデノリだが、だけど今はそんな事は関係無い。

 まずは先に行かせたイエローと合流しようと、そう思ってその名を口にした彼の目の前に一人の少年が現れ出た。

 

「イエローを探してるんですか?」

「む、君は……そうだレッド君だ」

「はい、イエローのおじさんですよね?」

 

 イエロー経由で何度か面識がある二人、何度かと言ってもそれは数える程しか無い程度なのだが。

 

「ヒデノリだ、それよりレッド君、イエローがどこにいるのか知らないか? もう合流出来そうなものなんだが」

「あぁそれなら、あれですよ」

 

 それでも顔見知りに会えた事は嬉しいのだろう、嬉々とした様子で聞いたヒデノリに、何でも無い様子でレッドは答える。

 遥か視線の先、飛び去っていく黒いリザードン、そしてその背に乗る小柄な人物の、頭に見えるは見覚えの有る麦藁帽子。

 ――正真正銘のイエロー、その事を確認すると同時にヒデノリは、

 

「あれか! でもアイツどこに行って……それにあの黒いリザードン、確かどこかで……」

「あれはクリアのリザードンですよ、イエローの奴クリアについて行っちゃって、でも心配は無いと思いますよ、クリアってトレーナーも信用出来る奴だから」

「……な」

 

 可愛い姪っ子との感動の再会、という未来予想図は脆くも崩れ去った。

 まるで妹の成長を見守る兄の様なレッドの対応、だがそんな事は今のヒデノリには関係無いしどうでもいい。

 またしてもクリアである、彼の姪っ子を連れて飛び去っていった人物、同時にイエローの予想以上に早い親離れ、という考えが瞬時に彼の脳内を駆け巡ってそして、

 

「なんじゃそりゃああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ヒデノリの悲痛な叫びがウバメの森に木霊し、勿論そんな絶叫があった事等、クリアとイエローの二人は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばおじさん達の事どうしよう?」

「大丈夫だろ、あの場にはレッドさん達もまだいた訳だし」

 

 太陽が半分以上沈んだ三十三番道路上空で、そんな会話をする彼等もまた、ヒデノリの絶叫等知る由も無い。

 

 各所に溶け出した氷の跡が残る三十三番道路、そのポケモンはそんな道路の真ん中に横たわっていた。

 ねぎまとの戦闘に敗北してずっと、そうして横たわっていたのだろう。

 何を考え、どう思い、そしてこれからどうするつもりなのか、クリアにはそれを知る術は無い。

 そしてそれを知る術を持つイエローも、成行きとはいえ今一緒にいるが、だが今は彼女の能力に頼るつもりも無かった。

 

 そのポケモンとは一対一で話そうと、最初からクリアはそう決めていたのである。

 

 

 

「ようデリバード、さっき振り」

 

 地上へと降り、イエローはエースの背に乗せたまま、クリアは今だ地面に倒れたままのデリバードへと声を掛ける。

 最早戦う意思等無いのだろう、力を抜いた状態で上半身だけを起こし無言でクリアへと視線を投げる。

 

「まず初めに言っておくぞ……師匠は"時間の狭間"の中に消えていった」

 

 簡潔にそう述べたクリアだが、対するデリバードの反応は驚く程冷静だった。

 主人の失踪に、クリアを攻撃する程怒る事も、涙を流して悲しむ事もしない。

 ただいつもの様な睨む様な表情で、ジッとクリアの様子を見つめる。

 

 そんな観察する様なデリバードの様子に、クリアは薄く微笑を浮かべて、一つのバッジを取り出した。

 純正の"アイスバッジ"、そのバッジを見た瞬間、確かにデリバードに動揺が走るのが見えて。

 手にしたバッジは元の持ち主がもうこの時代にはいないという証として、そして今からクリアが提案する事はただの彼の気まぐれの様なもの。

 約一年間も家族同然にジムで過ごして、ねぎまとの戦いの最中でも狙える距離にいながらクリアを狙わなかった、そんなデリバードだからこそ、クリアは彼へと告げる。

 

「だから今のお前の"おや"もうこの世界のどこにもいない、だから……」

 

 

 

 デリバードからすれば、三十三番道路に置いていかれた時点でヤナギと決別する事は分かりきっていた。

 ヤナギの目的は"時間(とき)"の支配、そしてラプラス(ヒョウガ)を親元へと送る事。

 それが分かっていたからこそ、ヤナギがもうこの時代からはどういう形であれ去るという事が分かっていたからこそ、デリバードはクリアの言葉を聞いても動揺しなかったのだ。

 それはこの三十三番道路でクリアと、ねぎまと対決した時にデリバード自身薄々ながら感じた事。

 

 もしかしたらクリアならば、ヤナギを止める事になるのでは無いだろうか、確証は無い言いし得ぬ予感。その予感は見事に的中したのである。

 

 バッジを見せられた時は流石に驚いた。まさかヤナギがクリアを認める事になるとは思わなかったからだ。

 しかし同時に納得も出来た、それはデリバード自身、理解していなかっただけで、彼もまたヤナギ同様クリアの事を認めていたからなのだろう。

 だからこそ、心の底で認めていたからこそ、クリアとねぎまのペアとの戦闘に楽しみを見出し、クリアの事等放っていたのだ。

 クリアを慕うねぎま、ヤナギを慕うデリバード、そして同じ鳥ポケモン同士――そして結果は――。

 

 

 

「だからデリバード、お前俺と一緒に来ないか?」

 

 そう言ったクリアにヤナギの影が一瞬重なり、デリバードは再度目を丸くした。

 そのデリバードの態度をクリアの言葉の所為だと思ったのだろう、悪戯っ子の様な笑顔を浮かべ、クリアはデリバードへと手を差し出す。

 差し伸べられたその手、もう"おや(ヤナギ)"のいないデリバードにとってその手を取る事は吉と出るのか凶と出るのか。

 

 ――考えるまでも無かった。

 

 元よりヤナギ仕込のその強さだ、野生の中に戻ったとしても安寧な日々にすぐに退屈する事になるだろう。

 ならばいっそ、この人間についていくのも悪くは無いと。

 日々のジム戦や、それに加えてこの少年と一緒ならば、嫌でも退屈とは程遠い日常になりそうだな、と。

 

 そうしてデリバードは、クリアの手へと羽を伸ばし――一個の"プレゼント"を手渡す。

 

 

 

「……って"プレゼント"!? 何、まさか爆発で否定を表現するつもりなのデリバード!?」

 

 以前の経験からか、慌てた様にプレゼントを離そうとするクリアだがもう遅い。

 デリバードの"プレゼント"は既にクリアへと決まっている。

 離す前にクリアの手の中で発光する"プレゼント"、そしてデリバードはニヤリと笑って、

 

「ばくはっ……つしない……それにこの氷は、"とけないこおり"か?」

 

 唖然とするクリアに"とけないこおり"を手渡した。

 "永久氷壁"のヤナギと同質の氷を、その"永久氷壁"の技を叩き込まれたデリバードは、その氷と自身を比喩するかの如くクリアにそれを手渡したのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、カントーとジョウト、二つの地方を震撼させた"仮面の男(マスク・オブ・アイス)事件"は幕を閉じた。

 "にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"という二枚の羽は失われ、もう二度と、ウバメの森の祠が開く事は無かった。

 また、半壊し、期間中にはもうリーグ会場が使えなくなり予選、本戦共に行われなかった事から、この年のポケモンリーグ優勝者のいないリーグとなり、第七試合が行われなかったジムリーダー対抗戦は引き分けという形で記録されている。

 その後、各地方のトレーナー達の間でバッジ取得によるリーグ本戦無条件出場を目指すべく、ジム挑戦者が激増し、各ジムリーダー達は忙しくその責務を全うする事になった。

 

 

 

 ――そしてそれは、このジムでもまた然り。

 

 

 

「ようこそ、アンタが挑戦者第一号だぜ」

 

 開かれた扉の中、氷の床が敷き詰められたジムの奥で待つ少年は言う。

 三つの部屋からなるそのジムの最奥地に座る少年には、まだ挑戦者の顔は見えておらず、挑戦者にはスピーカーから声だけが届く仕組みになっている。

 本来ならばジムの中にジムトレーナーでも数人程配置したいな等と考える少年だが、少年がこのジムに就任したのはつい最近の事、だから今だこのジムにいるトレーナーが少年だけだという事もまた仕方の無い事だ。

 

 先代のジムリーダーも一人でそのジムを切り盛りしていた事だし、少年もその人物の様に暫くは一人でジムを運営していく事になるだろう。

 

 そして滑る床に苦戦しながらも、挑戦者はとうとう少年のいる最奥の部屋へとたどり着く。

 呼吸を整え、扉を開け、その先に待つ、グレイシアとデリバードという二匹の"氷ポケモン"を従えたジムトレーナーへと向いた。

 そして――、

 

「この勝負、"氷タイプ使い"のチョウジジムジムリーダー"クリア"が受けて立つぜ」

 

 先代"永久氷壁"のヤナギから受け継がれたジムとバッジ、そしてデリバードと共に、別名"瞬間氷槍"と呼ばれる少年は、扉を開けた挑戦者へと静かにそう告げるのだった。

 

 

 雪と氷が溶ければ春が来る、暖かな春の日差しが凍りついた人の心へと降り注ぐ。

 そして季節は、次の冬へと巡っていく。

 

 




多分もうこれ以上長い一話は書かないと思う。多分。

そしてジョウト編終了、後は番外編が書きあがり次第載せて、ホウエン編のプロットでもゆっくり練りたいと思います。


また色々と間違えてそうで怖い……!


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三十七話『vsピカチュウ 番外編②-1』

(まさか"姪っ子発言フォロー"の内容を思いついた理由が作者の実体験から来ているなんて口が裂けても言えない)


 

 

 陰謀と騒乱渦巻いた第十回セキエイ高原ポケモンリーグ大会。

 全ての黒幕、"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"ヤナギ率いるホウオウ、ルギアのリーグ会場襲来、そして続くウバメの森での図鑑所有者達とヤナギによる最終決戦。

 それら一連の戦いは、"時間の狭間"の中へとヤナギがセレビィと共に消えていった事で、一先ずの解決となった――。

 その後、破壊されたリーグ会場はただちに修復の手が加えられ、"時間の狭間"へと消えたヤナギ後、この時代へと彼が残していったポケモン達は"ある一匹"を除いて、いつの間にかその場から消えており、恐らく野生に帰ったものだと思われる。

 

 "ある一匹"、ヤナギの"デリバード"は事件後クリアの下へと渡り、それからすぐにクリアはデリバードを連れてポケモン協会理事の下へと訪れた。

 理由は唯一つ、チョウジジム新ジムリーダーへと就任する為。

 ヤナギ失踪後、主を失ったチョウジジムへとイエローと共に帰ってきたクリアはジムの前で、それを決意したのだ、自身が新たなチョウジジムリーダーになる事を、ヤナギから受け継いだ"アイスバッジ"を握り締めて。

 それからの彼の行動は早かった、一年前の反省から今度は自身のこれからの居場所をイエローに伝えた上で、クリアはすぐにポケモン協会理事の下を訪れ、ヤナギから認められた証としての"アイスバッジ"を見せ付けて直談判したのである。

 ヤナギの弟子だったクリアだが、しかしリーグ会場のみならず至る所でヤナギとは対峙しており、ウバメの森での決戦の事もグリーン等他の図鑑所有者から情報は理事へと伝わっている事で、彼がヤナギの仲間だった――という疑いの眼が向く事はまず無く。

 加えて、その実力の高さは他のジョウトジムリーダー達が認め、理事自身もその目で直に見ている為疑いの余地無し。

 更に、今後のリーグ出場条件の変更内容から、各トレーナー達のジム挑戦数が大幅に増大する事も目に見えて明らかだった。

 

 ――それらの理由から理事は特別に、早急にクリアのジムリーダー認定試験を受験する事を承認し、実施したのである。

 当然、試験は合格。元ヤナギのデリバードとグレイシアのV、この二匹の氷ポケモンの力で、"永久氷壁"と"瞬間氷槍"、二つの性質の異なる凍技でクリアは合格をもぎ取ったのだった。

 

 

 

 そして、仮面の男事件から約二週間の時が過ぎて――。

 

 

 

「ようこそ挑戦者第一号、俺がチョウジジム新ジムリーダーのクリアだ……って」

 

 お世辞にも良いとは言えない鋭い目付きの、今は室内だからか愛用のゴーグルは外してある少年、クリアは一瞬驚き、嬉しそうに、それでいて内心を悟られない様に僅かに口元を歪ませた。

 それは彼の目の前にいる人物、黄色いポニーテールを晒した小柄な少女、彼女もまた今は愛用の麦藁帽子を外した姿で登場である。

 ――約二週間前、彼のこれからの居場所をしっかりとその眼に残してカントートキワへと帰った少女イエローへと、クリアは立ち上がり様に言う。

 

「あーそう言えば今日だっけ……まぁいいか、態々こんなとこまで来てもらった事だしお茶でも飲む? イエロー」

 

 それが、かれこれ事件後二週間ぶりのクリアとイエロー、二人の少年少女の再会であった。

 

 

 

 時刻は大体正午、氷の闘技場のある部屋から更に奥、テレビやテーブル等の日用品が置かれた居間の様な場所にクリアはイエローを招いていた。

 冷蔵庫に入れておいた麦茶をコップに注ぎ、それをチョコンと椅子に座るイエローへと出して、

 

「にしても早かったな、予定の時間はもう少し後のはずだけど」

「え? あ、うん、思ったより早くついちゃって」

 

 問いかけたクリアの言葉に、平静さを装っているものの、しかし目に見えてドギマギとしながらイエローは答える。

 その様子に若干の違和感を覚えつつ、クリアは一口自身のコップに口をつけて、

 

「ふーん、まぁいいけど、それよりイエロー、ヒデノリさんやレッドさん達は一緒じゃないのか? 勿論一緒に来るものだと思ってたんだけど……」

「そ、その事なんだけど、おじさんは仕事が忙しいらしくて今日は無理だって……レッドさん達は……」

「?……達は、どうしたの?」

 

 言葉を詰まらせるイエローに、不思議な顔でクリアは言った。

 だが肝心のイエローはそこから先の言葉がどうしても上手く出てこない、というのもそもそも、それは今から数十分前の事。

 レッド、グリーン、ブルー、オーキド博士等と共にジョウト入りした彼女は、当然その四人と共にクリアが待つチョウジジムへ一緒に向かうものと思っていた――が、

 

『ゴメンねイエロー、私ちょっとシルバー待たないといけないから先に行ってて貰えるかしら?』

『ではワシも一緒にクリス君達を待つとするかの』

『じゃあグリーン、イエロー、俺達は先にチョウジジムへ……』

『アンタ達男集は買出しに行ってきなさい!……って訳でイエロー、悪いんだけど"一人"で先にクリアの所に行ってて頂戴ね!』

 

 ――という感じで、何やら訳の分からないままイエロー一人でジムまで来てしまったのである。

 確かにブルーの言い分も尤もなのだが、しかしその裏には何やら彼女の策略めいたものが垣間見て取れる。

 ――具体的には先の一人イエローを向かわせて、クリアとイエローを二人きりにさせよう的な、お節介スレスレのブルーの心遣いが。

 

「えぇと、ブルーさんやオーキド博士はシルバーさんやクリスさん達を待ってから来るみたい、レッドさんとグリーンさんは買出しにって……」

「はぁ、納得。確かに何も用意して無かったからなぁ、ブルーさんにも今回の主役だから場所提供位で良いって言われてたし」

 

 だけど矢張り言葉自体に違和感が無いのも変わらない、そう言ってあっさりと納得するクリアに、同時に内心胸を撫で下ろすイエロー。

 

(って、何でボクは安心してるんだろう……)

 

 その事に、除々に高鳴っていく鼓動を意識しながらイエローは考える。

 レッドを探す旅、その旅に偶然のめぐり合わせで同行したクリア、スオウ島での決戦を共に戦い、彼が一年間も消息を絶った時は本気で心配したりもした。

 ウバメの森では勇気を出して麦藁帽子をとって、彼がエースに乗って飛び立とうとした時は、何故か締め付けられる様に胸が苦しくなった。

 そして今、ブルーの考えを何となくだが理解出来るイエローは、今のクリアの反応に僅かながらの安堵を示した。それが何を意味するか、それは彼女自身も分からない。

 

(ブルーさんはきっとボクとクリアを二人きりにさせたかったんだろうけど、それは何故?……どうしてボクはクリアがその事について何も思わなかった事に、こんなに安心してるの?)

 

 何もかもが理解出来なかった。

 何故ブルーが彼女とクリアを二人きりにさせたのかも、何故クリアがその事について触れなかったのかも、何故今自身の胸の鼓動がいつもより僅かに早いのかも。

 それら理由全てが、彼女には理解出来なかった。

 それはたった一つのシンプルな答え、それでいて自分本人は気づきにくい感情。

 

 

(……もしかしてボクはクリアの事……ま、まさかね)

 

 

 経験不足、何よりもその言葉がピッタリなのだろう。

 それに加えて、バトルの修行をつけて貰ったグリーンや、もっと幼い頃に助けて貰い、ポケモンは友達だと教えて貰ったレッドの様な存在が、彼女のクリアに対する想いの正体と混合する。

 師や兄の様な者達に対する尊敬や好意が、別の意味での好意すらも惑わせる。同類のものと錯覚してしまう。

 自身の気持ちに気づかないまま、今はこの少し緊張する心地いい環境に甘んじようと、そうイエローは思ってしまい、次のステップには中々たどり着けないでいるのだ。

 その気持ちの正体の自覚、という最初の一歩に。

 

 

 

「……にしても、本当に時間が有り余ってるな」

「う、うんそうだね……それにしても、レッドさん達遅いな、どこまで買出しにいってるんだろう」

「そうだなぁ……だったらさ」

 

 イエローがジムに入って大体三十分は過ぎた、にも関わらず一向にレッド達一向は姿を現さない。

 集合時間は予め決めていた為、そう時間の差異は無いはずなのだが、だけど文句を言ってても仕方無い。

 来ないものは仕方が無い、ならば何とかして時間を繋げようと、そう考えクリアは提案する。

 

「どうせ唯待っとくのも暇だ、だからイエロー、せっかくだからホントに俺のジムの挑戦者第一号にならない?」

「……へ?」

 

 先のイエローを出迎えた時のクリアの最初の発言、それを実際に再現しようと言うのだ。

 それはただの勘違いで、挑戦者だと思っていた人物は客人のイエローだった訳だが、しかしレッド達一向は相も変わらず姿を現さない。

 そしてここはポケモンジム、やる事は一つ、出来る事も一つ、という訳なのだろう。

 

「で、でもボクバトル苦手だし……」

「大丈夫だよイエロー、例え誰が相手でも、このジム内では絶対に俺は誰にも負けないから、だから結果なんか気にしなくてもいいさ」

 

 軽くそう言ったクリアだが、その言葉自体は決して軽いものでは無い。

 "絶対に負けない"、その言葉の裏にあるのは彼の師匠と彼の戦いの日々、約一年間も続いた数多のジム戦の数々、その間無敗を誇ってきたクリアの師匠、ヤナギ。

 そんな人物から受け継いだジムとバッジなのだ、例えどんな挑戦者が来ようと早々簡単には、否無敗を貫いたヤナギの様にクリアもまた絶対に負けないつもりで臨む、今日という日からジムを任されるクリアはこの決意を胸に、ジムリーダーとなったのである。

 

 だけどそんなクリアの事情をイエローは知らない。知らない者からしてみれば、今のクリアの言葉はただの挑発以外の何物でも無く、同時に油断の表れとも取れる。

 だからイエローは、少しだけ眉尻を平行より下げて、

 

「……いいのクリア、そんな事言ってたらすぐに負けちゃうよ?」

「負けない負けない、そんなつもりは一切無いから」

「本当に? レッドさんやグリーンさんが相手でも?」

「勿の論、流石にキツイだろうけど……絶対に負けない」

「むぅ……分かった」

 

 最初は忠告のつもりで言ったイエローだったが、レッドとグリーンの下りで尊敬する人達の強さを馬鹿にされたと感じたのか、僅かに頬を膨らませて、

 

「そこまで言うのなら、ボクがクリアの実力確かめてあげる」

「へぇ、言っとくがこれでも認定試験は結構余裕でクリアしたんだぜ? そう簡単に勝てると思うなよイエロー?」

 

 そう言って二人は飲みかけの麦茶を残したまま立ち上がった。

 バトルが苦手、と言ってもイエローには不思議な能力がある、スオウ島での決戦、ワタル戦で見せたポケモン達の同時進化、その事から導かれる答えは彼女のポケモン達の急激なレベルアップ。

 普段こそイエローの手持ちポケモン達はレベルが低い、二十台三十台なんてザラである、しかしそれを補うだけの能力が、彼女の感情の起伏に応じてレベルを左右する能力がある為いくらクリアと言えど、彼女との試合は油断出来ない。

 対して、クリアも新人とは言えジムリーダーだ、相手が例えイエローでも、ジム戦となれば話は別、全力で相手をする事になる。

 彼の前任のヤナギの様に、勝負の時は常に全力で、過去二度の大事件を解決に導いた程の力を。

 

 そうして、イエローとクリア、今まで一度も対峙した事が無かった両者が火花を散らせる中――。

 

 

 

「……ど、どうしてあの子達あんな展開になってるのよ!? 私はもっと面白……イエローの為になる様にセッティングしてあげたのに!」

「俺に聞くんじゃない……」

 

 勇み足で闘技場へと向かう二人の人物等を眺める複数人、その中にそんなブルーとグリーンのやり取りがあったとか無かったとか――。

 

 

 

「ルールは使用ポケモン二体で、内一体でも倒れた方の負けだ、異論は無いなイエロー?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 場所は移って闘技場、凍結された床で出来た氷のフィールド、そんな場所でクリアとイエローの二人は向かい合っていた。

 お互いに相手の手の内は全て知ってる身――という言い方には語弊がある、何しろその情報は約一年前、スオウ島での決戦までの情報だ。

 それから約一年は全く顔を合わせず、ようやく再会したと言ってもまだ数える程しか会っておらず、当然その間の相手の情報は皆無だ。

 例えばクリアから見ればイエローのチュチュに対しては些かデータ不足な点が目立つし、イエローから見てクリアのデリバードは同義、加えて進化したVや電気技が使える様になったP等の事柄もイエローは知らない。

 

 条件的には五分五分、トレーナーとしての実力も今のイエローの僅かながら高ぶった感情ならクリアと同程度には上がっているだろう。

 そうしてまず、イエローが出したポケモンは――、

 

「お願い、ラッちゃん!」

「V!」

 

 ラッタのラッちゃん、対するクリアはチョウジジムリーダーとしての心構えからかグレイシアのVを選択する。

 ノーマルタイプと氷タイプ、タイプ相性では互角、しかしレベル差で言えばクリアのVが圧倒的に勝っているはずだが、

 

「"ひっさつまえば"!」

 

 Vがかわすその前に、ラッちゃんの"ひっさつまえば"がVへと直撃する。

 苦痛の表情を浮かべながらも、それでも倒れないV、だが受けたダメージは相当に大きかったらしく、倒れないまでもその一撃でもう既に息が絶え絶えになっている。

 

「ッチ、流石はワタルと渡り合っただけの事はある……だけど」

 

 普段のレベル差こそ大差あるものの、今のラッちゃんはイエローの気を受けて大幅なレベル上昇を見せている。

 気の持ちようで強さが変わるという、ある意味全てを気合でどうにかするというトンデモ能力、そしてそのグリーンによって開発された能力は時として、どの図鑑所有者達をも凌駕する力を発揮する事になる。

 ――しかし、

 

「こちとらジムリーダー、そう簡単に黒星つける訳にはいかねぇよなぁ、V!」

 

 彼にもジムリーダーとしての意地が、前任から受け継いだ無敗伝説が残っている、負けられないだけの理由が。

 そしてクリアが言った瞬間、Vは大きく口を空けて冷気を溜め込み――次の瞬間、

 

「"れいとうビーム"!」

「ッ、ラッちゃん!」

 

 回避行動を取ろう、そう相手に思わせる前に既にVの"れいとうビーム"はラッちゃんの顔面へと到達していた。

 "瞬間氷槍"、彼の師ヤナギをも越える凍結速度、それがクリアのVの凍技、クリアの異名の由来。

 凍結され、自慢の前歯が使えなくなったからなのだろう、焦った様子のラッちゃんだったがイエローはすぐに、

 

「も、戻ってラッちゃん……チュチュ!」

 

 すぐにラッちゃんを戻し、彼女のピカチュウであるチュチュを戦闘へと送り出す。

 勿論、そのチュチュもイエローの気の高ぶりから常時よりもレベルが高まった状態での登場だ、ラッちゃんの"ひっさつまえば"を受けた直後のVでは、些か体力的な面で不安が残る。

 そう判断し、クリアもすぐにVへ退去の指示を下し、彼が次に繰り出すのは、

 

「デリバード、"ふぶき"!」

 

 先手必勝とでも言わんばかりに、デリバードの"ふぶき"がチュチュを襲う。

 元ヤナギのデリバード、その氷技の威力は湖一面を凍らせ、仮面の男の配下として動いていた時は幾度も図鑑所有者達を苦しめてきたポケモン。

 そんなポケモンの"ふぶき"がチュチュへと向くが、しかしその氷は先のVの凍技の様な"一瞬"のものでは無く、その攻撃を予め味わっていたイエローは即座に、

 

「チュチュ、"そらをとぶ"で上へと逃げて!」

 

 イエローの声が聞こえた瞬間、チュチュはすぐに"みがわり"を使い、"みがわり"を変形させて一個の"みがわり"風船を作り出す。

 レッドのピカの"なみのり"用サーフボードの様に、と言っても普段こそチュチュの"そらをとぶ"は本物の風船を使用するが、バトルの時常に風船を持ち歩いているかは分からない。

 だからこそ、レッドのピカの様に"みがわり"で風船を代用しているのである。風船自体は本物の様に常時飛ぶ事は出来ず、一時的に飛び上がるだけとなってしまうが、今の様な戦闘時ならばそれで構わない。

 一気に宙へと上昇したチュチュはデリバードの真上を取り、電気袋に電気を溜めて一気にそれを放出する準備にかかる――が、

 

「悪いがイエロー、チュチュ(そいつ)の"そらをとぶ(それ)"は前見ていた、対策は立ててるよ」

 

 ニヤリとクリアが笑った、その直ぐ後、

 

「あ、あれは……氷人形!?」

 

 デリバードの出した氷人形に驚愕するイエローだが、無理も無い、彼女自身二週間前に全く同じ技をその身に受けた身だ。

 ヤナギが仮面の男として行動していた時の名残、デリバードが彼から教わったヤナギの凍技。

 氷の盾や氷人形、自動修復する"永久氷壁"、Vの"瞬間氷槍"と対を成す凍技、それを先の"ふぶき"で保険の為デリバードは既に作成していたのである。

 避けられた時の保険の為に作成した氷人形、その氷人形は回避されたその瞬間からデリバードの"ふぶき"、ついでといった具合に周囲の水分を巻き込み凍結し、そして宙へと浮かぶチュチュへと迫ったのである。

 氷タイプの技の長所、それはどんな形をも形成出来るその変成能力、火炎や電撃の様な大体の場合は放出してそこで終了といった攻撃にはならず、避けられた後も、どんな場合にもある程度の対処が出来るという利点があるのだ。

 

「動きは封じた、これで終わり……だが、その前に……おいそこの隠れてる奴等!」

 

 ジリリと、身動きが取れないチュチュにデリバードが近づいた所でクリアは一旦試合を中断させる。

 試合中のデリバードとチュチュ等から目を離し、イエローの背後、その向こうの半開きのドアの影に見え隠れする複数人へと呼びかけ、その事にイエローも驚いたのだろう、彼女もすぐに後ろを振り返る。

 今このジム内にはクリアとイエローしかいないはずだ、他の者は様々な理由からイエローを一人で寄越し、かつ誰もまだジムには訪ねて来ていない。

 つまり、そこから考えられる可能性は多数のマイナスの予想、そしてその中で最も可能性の高い可能性――ドロボーの類、最悪強盗等。

 大体ジムリーダー兼家主でもあるクリアに断り無くこのジムへ入ってる時点で、ロクでも無い相手である事は明白である。

 

「ダンマリか?……それならそれ相応の手段を用いるまでだぞ?」

 

 普段とは違う言い方、ジムリーダーとしての彼の態度にイエローは一瞬言葉を失った。

 彼女や、レッド達と接する時の様な目付きは悪くて、だけど実は心優しい少年の顔から、ジムリーダーとしての威厳に満ちた表情。

 そんな面持ちで他の手持ち、P、エース、レヴィを即座に外に出して、クリアは人影のする扉の方へ一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。

 相手が戦闘行為を行うのなら戦って倒すまで、逃亡するのなら追い討ち捕える、どちらにしても敵を逃がすつもりは毛頭無い。

 そしてとうとうドアの前まで来て、取っ手へと手を掛けようとした瞬間、

 

「ひ、久っしぶりねぇクリア!」

「っ!?……ぶ、ブルーさん!?……に、レッドさん達も……」

 

 勢い良く開け放たれたドアにビクリと肩を震わせた後、ドアの向こうにいる一人の少女の声にクリアは目を見開いた。

 そこにいたのはブルー、カントー図鑑所有者の一人で立場的には所有者としては後に図鑑を貰ったクリアの先輩に当たる人物。

 加え、他にも申し訳無さそうな顔のレッドと、いつも通り興味無さげにため息をつくグリーンの両名もいる。

 予想外の先輩達の登場に、クリアは目をパチクリさせて、直後バッ!とイエローの方を振り向き、

 

「……知ってた?」

「……し、知らなかった」

 

 5W1Hなんてお構いなしに、短く彼等はやり取りを終わらせる。

 今クリアの目の前にいるのは悪戯がバレた様な、反省の気無しの表情を浮かべるブルーと幾分か反省してそうなレッド、相も変わらない様子のグリーン。

 本来なら自身の先輩達を来客として持て成さなければならない所、なのだろうが、今のクリアからしてみれば彼女達は立派な不法侵入者達でしかない。

 呆れた様な顔を作って、腰に手を当ててクリアは言う。

 

「はぁ……で、どうしてブルーさん達がここに? シルバー待ってたり、買出しに行ってたんじゃ無いの?」

「オ、オホホ、買出しならもう終わったわよ、ねぇレッド?」

「あ、あぁ勿論!」

 

 そう言ってレッドは手に持つ買い物袋を掲げて見せ、よく見ればグリーンもちゃっかり同じ様な袋を持っている。

 その事にいくらかの納得をして、次にクリアは目の前の少女ブルーへと視線を戻し、

 

「で、ブルーさん……シルバーは?」

「それならオーキド博士が待っててくれてるから大丈夫よ」

 

 当たり前の様に言い放つブルーの一言に、割りと哀れみに近い感情をシルバーに向けるクリア。

 彼がブルーを姉の様に慕っている事はウバメの森での一件で、イエローの治療を受けてた際に傍から観察していれば分かる事だった。

 

「……そ・ん・な事よりクリア?」

「ん、何ブルーさ……ん!?」

 

 言葉の最後、クリアの発言がおかしくなったのは、いきなり目の前にブルーの顔が迫ったからである。

 ガッチリと両手でクリアの顔をホールドして逃がさない様に固定し、両の眼の視線をクリアに合わせるブルー。

 釣りあがった眉から何かしらに腹を立てているのは明白なのだが、そんな至近距離まで近づかれればいくらクリアと言えども、正常な思考判断を失ってしまうというもの。

 恐怖と羞恥に真っ青の様な真っ赤な様な、どっちの態度を示せばいいのかクリアの体も反応に困っている様で、ただ焦る事しか出来ず、その背後でイエローが少しだけムッとした態度を取っている事も、背中に目が無いクリアには当然それを知る機会が無い。

 

「アンタは、どーして!……そうなのよ!?」

「な、何が、つーか離し……」

「せっかくの私の配慮で面白……もといイエローと二人っきりにしてあげたと言うのに!」

「ブ、ブルーさん貴女今"面白い"って言いかけましたよね絶対そうですよね! ってか別に俺はそんな事頼んで無い、ですっよ!」

 

 しっかりと押さえつけて来るブルーの両手を、必死に頭を振って振り払いながら、クリアは言った。

 急に抵抗が強まりクリアの頭からつい手を離して、振りほどかれた両手を宙に残したままブルーはその場に硬直して。

 そして赤くなりつつあった顔を右手で押さえ隠し、ジロリとクリアはブルーの方を見上げて、

 

「もういいですから、場所は向こうのだだっ広い訓練場を使っていいんで早く準備に取り掛かってくださいよ」

 

 そう言って、クリアはイエローの方へと向き直り、ブルー等もしょうがないと言った具合にクリアの指示した方向へと振り返る。

 クリアの指示通り訓練場へと歩みを進めるブルー等に背を向け、イエローへと視線を合わし、かけ矢張り思いなおしたのか斜め上でも見るかの様に視線を逸らし、再度ゆっくりとした足取りで彼女の下へと向かい、

 

「……悪いなイエロー、試合中断させちまって、何か後味が悪いけどレッドさん達も来た事だし、もう終わりにするか」

「あ、うん……そ、そうだね」

 

 試合は中断、結果はほぼクリアの勝利目前だったのだが、予想外の事態という事で引き分けという形に、そうして彼らの戦いはとりあえずの幕を引く。

 とてもじゃないがクリアとイエロー、お互いに試合なんて続けれるコンディションでは無かったのだ。

 両者共赤くなった顔を逸らし、お互いの顔も見れない様な状態じゃ、流石にこれ以上の試合は不可能というものだったのである。

 

 

 

 訓練場は最近クリアが新設したジムの新たな部屋の一つだ。

 クリアのチョウジジムリーダー就任が決定した直後、ポケモン協会からジムの支援金、とも呼ぶべき心ばかりの金銭が舞い込んで来たので、クリアはその金銭を使ってジムを新設したのである。

 それは毎月のジム運営金とは別に支給されたもの、決して莫大とまではいかないものの多少の支援金がおりたのは、一重に二週間前のクリアの活躍から、と言えなくも無い。

 ――が、まぁ実際はチョウジジムの立地条件の悪さから、もっと通いやすくしてくれ、と一般トレーナーからの苦情が相次ぎ、その根回しとして金銭が下りてきた、とクリアは風の噂で聞いたのだが。

 かくして、どういう経緯で入ったのかは謎だが、しかしその金は立派なジムの金だ、ならばジムの為に使おうと考えるのが一般的である。

 まずは"噂の苦情"に対する配慮として適当な場所に地上からジムへと繋がるエレベーターを設置した。

 ジム自体クレパスの穴の様な崖下に存在する為、行き来が非常に困難だったのだが、今はこのエレベーターのお陰で町への買い物も楽になり、そして余った金銭は部屋の増設に使ったのだ。

 それが先の訓練場、と言っても部屋自体は使っていなかったものが何箇所かあった為、その壁をぶち抜いて綺麗に整地するだけ、という比較的簡単なものだったのだが。

 

 そうして出来た闘技場よりも多少は小さいだろう、だけど矢張り広い訓練場に、五人は集まっていた。

 適当に並べられた既にクロスをかけられたテーブルと、各箇所にいくつか設置された椅子、大方立食的なものをイメージしたのだろう、それらは全てクリアが用意したものだった。

 昨晩のうちに、ただ暇だったからという理由、もとい名目で配置した数々の品。

 

「じゃあ後は料理を用意するだけだけど……誰が作るの?」

「……というかアンタは一体誰が作ると思ってたのよ?」

「てっきりクリスあたりかなと、でもアイツまだ来てないよな、だったら誰も作れる人が……」

「じゃあグリーンは私を手伝って、レッドはお皿でも用意してて頂戴」

 

 顎に手を当てて思考するクリアの事等お構い無しに、テキパキとした様子ですぐにブルーが各人へと指示を出した。

 その様子をボンヤリとした表情で一瞬眺め、すぐに慌てた様にクリアはブルーへと詰め掛けて、

 

「も、もしかしてブルーさん料理とか出来たんですか? あのブルーさんが!?」

「……アンタは私に、喧嘩でも売ってるのかしらクリア?」

「だってブルーさん、貴女どちらかと言うと旦那に家事全部任せて、自分は一人テレビでも見てゴロゴロとしてそうな……あ、すいません冗談です冗談ですから殴らないでマジで!」

 

 口が過ぎたのだろう、というか完全にクリアのイメージが悪いのだが。

 無言で胸倉を掴み上げ、ニコニコとした黒い笑顔を見せられれば誰だって恐れおののくものである。

 即座に謝るクリアを離して、全く、と呟きながらブルーは厨房へ向かいそれに続く様にグリーンも、

 

「あ、グリーンさんも料理とかするんですね」

「師匠の所にいた時は炊事も俺の仕事だったからな、和食なら粗方覚えた」

「……へー凄いっすねー、期待してますね」

 

 "師匠"という単語に僅かながらの反応を示した後のそんなクリアの反応に、先に台所へと向かっていたブルーから非難の声が飛んで来るがクリアは華麗にスルーする。

 何故かグリーンなら料理の一つや二つ位出来そうな、そんなイメージがあったのだろう、それに加えて先の発言に、一先ず食べれそうな物が出てきそうだとホッと一息つくクリアだったが。

 次の瞬間、グリーンに続く黄色いポニテを見た瞬間、その子の肩を柔らかく掴んでその場に静止させる。

 そして振り向いた彼女に、青い顔をしたクリアは、

 

「ちょっと待てイエロー、まさかお前も料理担当か?」

「そうだけど……まさかクリア、ブルーさんの様にクリアの頭の中ではボクまで自堕落な人間になっちゃってるの?」

「いやそんな事は無い……というか多分イエローなら進んで家事とかもやってくれそうだし、結構そういう意味では理想的な女の子と思うけど」

「へ?……えぇ!?」

「だけど……身の危険を感じる」

「……それは一体どういう事かなクリア?」

 

 主にドジ的な意味である。

 塩や砂糖を間違えるといったよくあるものから、果ては洗剤を間違えて投入してしまった、的な。

 そんな想像が今のクリアの頭の中では展開され、その姿が割りと似合っているからこそ性質が悪い。

 そして本当にそんな間違いでも起こされて、目出度く全員救急車入り、なんて事態は避けたいものだったりするクリアであるが、

 

「ボクちゃんとお料理だって出来るよ! そ、そりゃあレパートリーは少ないかもしれないけど……」

 

 訴えかける様なイエローの言葉、そこに少なからずの罪悪感を感じて目を逸らすと、そこには非難の眼を向けるレッドの姿が。

 まるで妹を見守る兄に睨まれてる様な感覚、それは罪悪感と共にサンドイッチの様にクリアを挟み、心の退路を塞ぎ、物質的な退路もレッドの存在に事実上存在しない。

 それでも不安気な目をしたイエローは尚も見つめてくる、その事に気づかれない様、一度息を吐いた後、

 

「じょ、冗談だよイエロー、料理楽しみにしてるからさ、ほらそろそろ行って」

「……う、うん、クリアの為に頑張って美味しく作るから!」

「……お、おう、がんばれー」

「うん!」

 

 クリアの一言で、不安に満ちた表情は陽の光の様な眩しいものとなって、少し頬を赤くした少女はそんな彼女の変化にドキリとしている少年の様子に一切気づく事無く、一つ気合を入れてグリーンの背中を追う。

 そんなポニーテールを揺らす少女を見つめる少年は、ポカンと口を空けたまま佇んで、すぐにブルブルと頭を振るった。

 

(……いやいやいやいやいや、うん、これが所謂ギャップ萌えという奴だな、正直こっちに馴染み過ぎた所為で"向こう"の事半分以上忘れかけてるけど、何でこんな事は覚えているのか)

 

 そう自分に結論付けて、それ以上の思考を停止する。

 しかしいくら思考を止めた所で、脳内ハードは止まる事を知らない、決して壊れず擦り切れない映像データが再度頭の中で再生され、先程のイエローの表情が映し出される。

 普通から拗ねた様な表情、そこから不安に満ちた目と、最後の照れた様な笑顔というイエロー七変化、実際には四つしか無いがそこは気分の問題だ。

 そして一先ず早くさっきのやり取りを忘れようと、一応主賓であるが自分も何か手伝える事はという事で、レッド達が買って来た食料品、その中にあった大量の飲料水を冷蔵庫へと移そうと、そう思って買い物袋の方へクリアが迫った時だ。

 

「ようクリア」

「レッドさん? どうしたんですか?」

 

 そんな彼に近づくレッドの影、そして彼は不意にクリアの頭へ自身の右手を置き、ワシャワシャと無造作に撫でた。

 その行動に、一体何事かとクリアが彼に問いかけようと口を開きかけた、その時にはもうレッドの口は動いていて、

 

「お前絶対イエロー泣かすなよ」

「泣かっ……一体何の事を……」

「……さぁてな、ただの独り言だ気にすんな!そうだクリア、重いだろうから一緒に持つぜ、ペットボトル(それ)

「あ、ありがとうございます……」

 

 二言目にはもういつもの明るいレッドの口調で、しかし一言目は確実に念の篭った言い方だった。

 背筋がゾワリとする様なそんな感覚、それが今でも残っているクリアは内心そんなレッドの言動に怯えながら、彼と分担して飲料水を運ぶ。

 

 

 

 調理室からは美味しそうな匂いがたち込め、会場作りもほぼ完了した。

 シール等を貼ったりする程度な内装と、料理自体もそう手の込んだものは用意出来ていないが、それでもクリアからすれば十分過ぎる程のもの。

 仮面の男事件後、加えてジムリーダー就任式と結構忙しかったこの二週間、久しぶりの休暇に集まった仲間達、それだけいれば十分なのだ。

 

 そして、途中で合流したのか決して少なくない数の足音がジムへと近づき、呼び鈴が一回、二回となって――、

 

「はいはいただいまー、って……もう誰がいるかは分かってるんだけどさ」

 

 言いながら、それでいてどこか嬉しそうな心持でクリアはジムの入り口へと向かう、一先ず氷の床を渡る為の絨毯を出現させる為のスイッチを押す為に。

 扉を開け、外へと続く自動ドアがある一つ目の部屋へと入ったクリアの眼には、複数人の人物達の姿が映った。

 オーキド博士やクリス達ジョウト図鑑所有者は勿論、ジョウトジムリーダー達や、タケシやカスミ等といったカントージムリーダー達もチラホラといった形で、大体十名以上の大人数が。

 生まれて初めてだったのだろうその人数での祝い事だが、しかし背伸びをしたいのかあまり表情や態度には出さず、極めて冷静な口調で彼は言った。

 

「……なーんか予定より人多くない? まぁいいけどさ、それより入って入って、もう四人は来てるからさ」

 

 そうして、クリアのチョウジジムジムリーダー就任記念パーティは幕を開ける。

 

 




キャラ崩壊、かなぁこれ。あんまし崩壊とかはしたく無いんだけど、うーん。
今回の話は一話に纏めるつもりだったんですが、無理でした。どこまで書くのか分からなくなったので、切りの良い所で一旦切りました。

後ジョウト編終了後までのクリアの持ちポケ情報、カントーの様にするなら活動報告でいいかな。でも活動報告ってそういう事をしてもいいのだろうか……活動報告が入ってればいいのか?アンケはいいっぽいし、最近悩む事ばかり……。


やっぱこれキャラ崩壊……でも原作とは違ってこっちは兄貴的ポジだし、これ位は……まぁいいか(適当)


追記:すいません感想今日中はやっぱ無理です、残りは明日また返すとします……でもまさかこんなに感想が来ようとは……(歓喜)


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三十八話『vsゴースト 番外編②-2』

結局番外編という事もあって色々と妥協してしまった。


 

 

 二週間前、ウバメの森決戦直後。

 クリアがイエローと共にエースに乗り飛び去ってから、他の図鑑所有者達も各々の帰路についていた。

 ブルーはシルバーと共に、ゴールドは育て屋老夫婦に連行され、クリスタルは今回の事後報告も兼ねてヨシノシティのオーキド研究所へと足を運ぶ為森を離れ、またレッドとグリーンも同様である。

 あからさまに気分が落ち込んでいるヒデノリを連れて、恐らくイエローが戻ってくるであろう育て屋にゴールド達と共に向かった。

 いくらずっとクリアを追ってきたイエローと言えど、流石に泊り込む為についていった訳では無いだろう、彼の居場所をその目で見る事が目的のはずだ、と。実際その通りだったのだが。

 そしてイエローが帰ってきて一日経ってからカントーに帰ればいい、そう判断して皆それぞれの帰路へとついた。

 

 彼等意外の他の者も大体似たようなもの。

 カントージョウト各種ジムリーダー達はそれぞれの街に戻り、ポケモン協会理事は今回の事件の後始末に早速他所に駆り出され、今回の事件を引き起こした側、ホウオウとルギアを操りレッド等とウバメの森上空で戦っていた仮面の男一味のカリンとイツキの二名もまた、四天王事件のシバと元ロケット団幹部のキョウというはぐれ者同士、真っ当な道へと足を一歩踏み出していた。

 "仮面の男"事件、ヤナギが起こし、残した爪跡は大きかった。

 半壊したセキエイ高原リーグ会場や、怒りの湖の大量繁殖したギャラドス、その他にも叩けば埃が出そうな案件がいくつかあったが、しかしそれでも事件は収束し解決した。

 セレビィと共に祠へと消えたヤナギが残した爪跡、それを修復する為、多くの者が明日からの頑張りを決意し、眠りについた深夜の森で。

 

 

 ――決戦終わったウバメの森の地で。

 

「……ヤナギの忘れ形見ねぇ……」

 

 その場に倒れている大量のペルシアンとヘルガー、それにデルビル、二人の男女――ヤドンさんに倒されたシャムとカーツの二名。

 リーグ会場でゴールドとクリスに倒されて、ウバメの森でもヤドンさんに倒されたのだ。体力的にも限界が来ていたのだろう、傍に一人の人間が近づいても起きる気配は無く。

 唐突に、彼等の体が浮き上がる。その周囲に漂う無数のゴーストポケモン、ゴーストやゲンガーの群れが彼等の体を浮かしているのだ。

 ――そして、

 

「"捨てる神あれば拾う神あり"……フェーフェフェフェ」

 

 不気味に笑った老婆は、そして森の奥へと消えていく。

 誰の眼にも触れず、誰にも知られずに。ただ森の木々だけがざわりとざわめく音だけが木霊した深夜の事。

 

 ――それが、かれこれ二週間前に起きた出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チョウジジム内訓練場、そこそこの広さを誇っているはずのその場所だが、今は所狭しと多数の人間達が詰めかけていた。

 カントージョウト図鑑所有者達を初め、オーキド博士、ジョウトジムリーダーズ、カントージムリーダーも数名程といった錚々(そうそう)たる面子が集まっている。

 それというのも、今日この日は晴れてチョウジジムジムリーダーに就任した少年、クリアの就任祝いのパーティがあるからだ。

 記念パーティ、と言っても所詮はチョウジジム内で行う身内での立食会――最初はその程度のものと、催しの発案者であるオーキド博士とクリスタル等は考えていたのだが、そこはクリアの無駄に広い人脈だ、どこから噂を聞きつけたのか他のジョウトジムリーダー達全員がいつの間にか勢ぞろいとなり、ついでに彼女等が今回の情報を伝えたレッド、から更に派生してカスミ等カントージムリーダー達へ、と情報は瞬く間に広がっていったのである。

 

 

 

 そうして、騒々しい雰囲気の中クリアの周囲には複数のジムリーダー達がいた。

 各々ブルー等が作った手料理や、他の者達が手土産に持って来た飲み物類や食事等を手に持っている。

 

「まさか君がジムリーダーに就任するなんてね、新人同士これからもよろしく頼むよ」

 

 クリアの周囲に群がるジムリーダーの内の一人、キキョウジムリーダーハヤトが手に持つオレンジジュースをクリアへと向けながら言う。

 一方のクリアも苦笑しつつ、自身のコップをハヤトのコップへと近づけ、二つのグラスのぶつかる音を響かせた後、

 

「新人同士と言ってもハヤトの方が少しだけ先輩なんだけどな、まぁ俺からもよろしく頼むよ」

「っま、お前達二人共分からない事があったら何でも聞くといい、手が空いてる時ならばいつでも相談に乗ろう」

「はい、ありがとうございますマツバさん」

 

 そう言って微笑を浮かべるエンジュジムのリーダーマツバに礼を言って、クリアはコップに口をつけ、同時にハヤトもマツバへ軽く頭を下げた。

 それからクリアは不意に、彼から見て左隣に立つヒワダジムジムリーダーのツクシの方へ目をやって、

 

「あぁそうだ、所でツクシ、ウバメの森のねぎまと井戸のヤドンさんの方はどんな様子?」

「はは、あの二匹ならいつもヒワダの町を練り歩いてるよ。彼等の他の仲間達も合わせたら、もうヒワダはヤドンの町というよりヤドンとカモネギの町って感じだね」

「へぇうん、いやそれよりさ……あいつら二匹が一緒にいるんだ、何かトラブルでも起こしてないかと心配で……」

「いやいや全然! この前だって民家に入ったコソ泥を捕まえてくれたんだ、空き巣に入られた家のお婆ちゃんも凄く感謝してたよ!」

「あぁそう言えば最近あったなそんな事件が……うちの同僚達も、ヒワダは平和過ぎて管轄区域から外してもいいだろう、なんて冗談を言ってる程だしな」

「……そっか、そういう事なら安心かな」

 

 ツクシとハヤトの言葉に本当に、本当に心から安心した様にクリアは言う。

 離れ野生に帰ったとは言え、ねぎまとヤドンさんの二匹はクリアの元手持ちポケモンであり、同時に彼の友人達でもあるポケモン達だった。

 共に苦しい戦いを経験し、一旦離れたクリアと、そしてイエローの窮地に駆けつけた頼れる相棒達。

 そんな彼等の今後はクリアと言えど気にならないはずは無く、早くも周囲の環境に馴染み出しているという事を確認出来た事で、胸のつっかえが一つ取れたのだろう。

 安堵し、それでいて嬉しそうな表情を見せて、クリアは今後同僚となる彼等三人のジムリーダー達との歓談を楽しむ。

 

 

 

 そんなクリアの様子を離れた所から眺める二人の少女の姿があった。

 

「……そんなに気になるなら行ってきたらいいんじゃないかしら? アカネちゃん」

「べ、別に気になっとる訳やないでミカンちゃん! う、ウチはいつクリアに試合を挑もうかと……そう! チャンス! チャンスを待ってるだけや!」

「うふふ、チャンスなんていつまでも待ってたら逃してしまうものなのよ、私もマツバに用があるから一緒に行きましょアカネちゃん」

「ちょ、ミカンちゃん!? そんな強引な!?」

 

 コガネジムのアカネとアサギジムのミカン、二人のジョウト美少女ジムリーダーである。

 料理も飲み物も手に取らず、尻込みした様子のアカネの手を握ってその手を強引に引っ張るミカン。

 目指すは当然クリア、ミカン自身アカネのモヤモヤとした気持ちには当然気づいており、友人である彼女の背中を押したいとも考えている。

 ――それはカントージムリーダーに置き換えると、レッドに好意を寄せるハナダジムリーダーのカスミとその友人タマムシジムリーダーのエリカの様な関係。

 

 そして、人波かわしてクリアのもとへと急ぐ彼女等二人同様、同じ人物を目指す同じく二人の少女の影。揺れる黄色のポニーテールと、彼女の手を引くブラウン色の長い髪。

 

 

 

「クリアさん」

「クリア!」

 

 ハヤト等と話すクリアに呼びかけたのはほぼ同時だった。

 アカネの手を引っ張るミカンと、同じくイエローの手を握るブルー。

 彼女達二人の目的は完全に同一、二人の少女の応援だ。ただしブルーの場合はイエローを応援する理由に自身の楽しみも付属されているが。

 

「ミ、ミカンにブルーさん? 一体何……って何で二人共アカネとイエローを引っ張って来てるの?」

 

 呼びかけられたクリアは驚いた様子で二人の少女にそう問いかけた。当然だ、彼女等が各々二人の少女を彼の下へ連れて来る理由等、今のクリアには到底想像もつかない所にある。

 しかしそれでも、現実二人は鉢合わせした。

 就任祝いのプレゼントだろうか、綺麗にラッピングされた小さな長方形の箱を持ったアカネと、恐らく手作りの卵焼きを乗せた皿を手に持ったイエロー。

 その両者が出会った瞬間、突然雲行きは変わった。

 現状が理解出来ないクリアを置いて、ハヤトとツクシは早々に新たな食料を求めて、という名目で彼の傍から去り、マツバも撤退するタイミングを見計らっている。

 

「初めまして、アサギジムのミカンです」

「これはご丁寧に、マサラタウンのブルーよ、こちらこそよろしくお願いね」

 

 とりあえずの自己紹介、だがそこには不穏な空気等微塵も無い。

 当然だ、彼女等二人に争う理由なんて無い、彼女等二人"には"――だが――そして軽く自己紹介も済ませて、

 

「……じゃあマツバ、私達は行きましょうか」

「さて私もシルバーの所にでも……」

 

 そしてその場から"逃げる様に"ミカンはマツバと、ブルーもまた一人どこかで佇んでいるであろうシルバーを探す、という理由を付けてすぐにその場から離れた。

 彼女達が連れて来た二人の少女を残して、クリアへのプレゼントを持ったアカネと、自身の手料理を持ったイエローを残して。

 無責任、まさしくその一言に限るのだが、元々二人共すぐに彼女達の傍からは離れる予定だった。それがほんの少し早まっただけ。

 彼女達が背中を押す少女二人にとっての、文字通りの意味でライバルの出現という、想定外の事柄から――。

 

「……クリア? 誰やその()?」

「イ、イエローだよ前に話した……つーか何か怒ってないかアカネ?」

「……ふーん、随分と仲良さそうだねクリア、その人の声聞いた事あるよ、確かラジオで話してたよね?」

「そ、そりゃあ無理矢理……ってかイエローさん? なんで笑顔に影差してるのかな!?」

 

 笑顔、笑顔である。二人の少女は笑顔でクリアへと微笑みかける。氷使いのクリアが、震え上がる程の冷たい笑顔で。

 

 ポケギアを持っていないクリアの為、就任祝いという名目を利用して彼の為に空色のポケギアを手に入れたアカネは今日この日の為にミカンに綺麗にラッピングして貰っていた。

 ひょんな事から始まったレースバトル中、助けて貰ったというお礼も込めて、仮面の男事件の際何度も無茶したクリアの身の安全を知る為にも、自身の電話番号を一件目に登録した状態でのプレゼントである。

 彼女自身自分の気持ちが本物かどうか、いまだ理解に苦しむ所があるが、助けて貰った事に感謝している事、彼を心配した気持ちは本心だ。だからこそ、恥じをしのんでミカンにプレゼント選びの協力を頼み、態々ラッピングまでして貰った状態で持ってきたというに、

 

(……はてウチの聞き間違いやろか? 確かクリアはイエローは"男"だって言ってた様な……でもウチの目の前にいるのはれっきとした女の子やで! しかも滅茶苦茶可愛い!)

 

 

 まだ暖かい卵焼きを見つめながらイエローは思い出していた、レッドのジムリーダー就任試験での出来事を。

 無事試験に合格したものの、四天王事件の後遺症から合格を辞退したレッド、そんなレッドの代わりにトキワジムリーダーに就任したグリーン、直後に車内ラジオから聞こえてきたクリアとアカネのラジオ。

 その時の気持ちを、普段滅多な事では怒らない彼女だが、その時は確かに今の様にこう思ってたはずなのだ。

 

(……ボクがずっと心配してたって時に、肝心のクリアは楽しそうに女の子とラジオしてた、ラジオしてた!)

 

 

 

「どういう事やクリア!?」

「どういう事なのクリア!?」

 

 身を乗り出す様な勢いで、二人の少女が同時にクリアへと詰め寄った。

 右手でプレゼントの箱を持ったアカネと、両手で卵焼きが乗った皿を持ったイエロー、そんな二人の少女に挟み撃ちにされたクリアは、隠しきれない動揺を露にしながら、

 

「どういう事って……前にアカネに話した時はイエローがお……女の子、って知らなくてだな! そしてアカネとのラジオは成行きだしというか楽しそうにはしてなかったし!」

 

 今にも襲い掛かってきそうな勢いすらある二人の少女を両手で宥めつつ、そう言うクリア――だがそんな説明で二人の少女が納得するはずも無い。

 

「ほう、それならあれかクリア? アンタはそこのイエローって娘を姫様だっこで助けたりもしてたって事なんか!?」

「わ、わあぁぁぁ!! その事は言わないで! と、というかそういうあなただって、なんですかそのプレゼント!」

「こ、これはお礼とかお祝いとかその……色々……そ、それを言うならその卵焼きもウチと同じ様なもんやろ!」

 

 当の本人を置いて、いつの間にかアカネとイエローによる口喧嘩が始まっていた。

 口火を切ったアカネの言葉を皮切りに始まったその口論は、パーティの主役であるクリアの傍という事もあり、すぐに周囲の注目を集めてしまっている。

 そして当然の様に気づかない二人の少女にクリアは、

 

「お、おいアカネとイエロー、喧嘩は別にいいけどもっと他人の事を考えてだなぁ……」

「誰の所為や!」

「誰の所為だ!」

「ッヒ!?……すいません……!」

 

 注意した途端、反撃に遭い途端に顔を青くするクリアだが、まぁそこは当然クリアの自業自得である。

 イエローの正体が分かってから早急に、アカネにしっかりと訂正を入れておけば今の様にアカネに怒鳴られる事は無かっただろう、きちんと定期的に連絡を入れておけば、イエローにいつかのスオウ島決戦時の様な雰囲気で言われる事も無かったのだ。

 

 

「はぁ、こんな事になる気はしてたんだよなぁ、でもこれはお前の自業自得だから俺はフォローしないぜクリア……一度言った様に無事は祈ってるよ」

「レ、レッドさん……一体何の話を……」

 

 そしてそんなクリアにため息交じりに声を掛けるレッド、彼自身女性関係に関してはクリアの事を言えた義理では無いが、しかし今回ばかりはイエロー絡みだからか妙に冴えているらしく、呆れた様な態度を取っている。

 だが矢張りクリアには理解出来ない領域の話、訳が分からないという顔をするクリアは自然とその横、視線を感じてシジマと共にレッドの右横に立つグリーンへと視線を逸らすと、

 

「……ふん、痛い奴で悪かったな」

「……一体何の話ですかグリーンさん?」

 

 レッドの言葉で何か思い出す事があったのだろう、例えば今共通してる"ラジオ関係"の事で。

 それからグリーンから向けられる刺す様な視線に耐えかねたクリアは今度はグリーンから目を外し、レッドの左横、シルバーと共に立ったブルーへと視線を合わせる。

 するとブルーは面白そうに含み笑いをして、何事かとクリアが思った瞬間、

 

「ふふっ、大変そうねクリア」

「そう思うなら助けて欲しいよブルーさん……」

「でもレッドの言う通り自業自得でしょその状況は……全く、"思い当たる人物"に連絡寄越しなさいって私の忠告を聞かないからそうなるのよ」

「オイちょっと待て……まさか"後はフリーザーだけ"さんはアンタかブルーさん!」

 

 いつかのラジオの出来事、クリアを一時的に苦しめた一通の手紙、その差出人相手にクリアは激昂するも立場的にも当然ブルーに敵う訳無く、恨みの篭った視線だけをブルーへ送る。当の本人は涼しげな顔をしているが。

 ――ちなみに今この場には"秘湯を求めて三千里"さんというリーグ優勝者や、"永遠の緑"さんというジムリーダーもいるのだが、当のクリアがその事に気づく事は無い。

 

 

 

「おぉ修羅場だ修羅場、いいぞもっとやれー!」

「もう、煽らないのゴールド!……それにしても、イエローさんも大変そうね」

「全くだぜ、これだから女心の分からない奴は……ってどうしたクリス? 俺の顔に食いかけの怒り饅頭でもついてたか?」

「……はぁ、いいえ別に何でも無いわよ」

 

 クルクルと彼自慢のキューを回して、ブルーを睨みつけるクリアをそのキューで差して言った帽子の上からゴーグルを被せた少年に、白衣の少女がジットリとした目で見て、そして一度ため息を吐く。

 クリアを巡る騒ぎから少し離れた所で、二人の男女のそんなやり取りがあったとか無かったとか――。

 

 

 

「こうなったら勝負や勝負! バトルで決着をつけようやないか!」

「やっぱり言うか戦闘狂、まさかイエローとバトルつもりなのかアカネ?」

「んな訳無いやろ、勝負やクリア!」

「……うん、何かそんな気はしてた」

 

 目に見えて肩を落とすクリアだが、どうやら今回の勝負は受けるつもりらしく否定の言葉は出さなかった。

 確かにアカネの言葉がこの現状を解決する事に繋がるとは到底思えないが、だがしかしレッドやブルーの言葉通り、この状況はクリアの"自業自得"によって起こったのだ。クリアに拒否権等あるはずも無い。

 

「……で、イエローはどうするんだ? もう一回戦うの?」

「……いい、ボクは戦うクリアを見てるから」

 

 頬を膨らまし顔を背けるイエローだが、何だかんだでクリアの事は気になる様子、それは彼女の言動にもにじみ出ているが、精神的に疲れ切っているからかクリアは気づかない。

 だが気づかないのはクリアだけ、周囲の大半の人達は当然の様にイエローの言葉の裏にある本心に気づき、彼女もまたその事に気づいた様子だ。

 クリアの事を好きな訳では無い、決して無い――そう自分に言い聞かせつつ、されどイエローとクリアのやり取りに、彼女は、アカネは何故か無性に腹が立つのを感じるが、すぐに頭を払ってそんな気持ちを振り払い、気持ちを一新してクリアへの再戦に闘志を燃やす。

 闘争心以外の感情を全て押し殺して、ひとまずクリアとの再戦に胸高鳴らせながら、そして彼女は闘技場へと向かうのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁ、しょうがないし、ちょっとポケモン達を迎えに行って来るからここで待ってろ』

 

 そんなアカネの微妙に揺れる気持ちに気づかず、クリアはぶっきら棒にそう言って早足で自室へと入っていた。

 訓練場に皆を待たせたままなので、すぐにボールを取って戻らなければいけないのだが、だけどクリアはここで一旦壁に背をつけて一度息を吐く。

 吐いた息にこれまでの気苦労を乗せて、

 

「……ったく、俺って今日の祝いの主役じゃ無かったんだっけ?」

 

 だがその後すぐ、そう呟いて自嘲気味に笑った。

 彼の自室、前任のジムリーダーが自室として使っていた場所で、クリアは静かに微笑を浮かべる。

 

 残されたその部屋には何も残っていなかった。

 家具の類が一切無かった部屋、"何か大きな置物"が置いてあったであろう変色無く誇りも被ってない箇所の有る部屋。

 そしてその部屋の主もまた、既にこの時代にはいない。

 その事を深く感じてしまう場所なのだが、それでもクリアはこの部屋を自室に、最も多くの時間を費やす事となる場所に決めたのだ。

 それは恐らく、全てにおいて前任を継ぐというクリアの小さな意思表示なのだろう――ポケモン、技、ジム、バッジ――彼が、ヤナギが残していったもの全てを。

 

「……さてと、じゃあそろそろあいつ等連れて戻るとするか……」

 

 少しの間感傷に浸った後、すぐに切り替えてクリアはベッドの上に置いたボールを腰につける。

 後々からパーティに合流させようと思っていたVを初めとするクリアのポケモン達だったが、こうも早く向かう事になるとは予想外だったのだろう、彼等のおさまるボールがガタガタと音を立てているのが分かる。

 でもまさかこれから試合をする事になるとは思うまい、とクリアが内心クツクツと笑みを浮かべたその時だった。

 

 

 

「……クリア?」

 

 音を立てて、クリアの自室のドアが半開きで開く。

 咄嗟に振り向くクリアだったが、そのドアの先にいた人物、イエローを視界に捉えた瞬間すぐに肩の力を抜く。

 ――が、先の出来事を思い出したのだろう。僅かに眉を下に下げて大きな瞼を少しだけ細めて怒るイエローの表情を思い浮かべて、すぐにクリアは引きつった笑顔で彼女を室内に迎え入れた。

 

「えぇと、なんだイエロー? 用があるなら早くし……いえ向こうで怒られるのが怖いから、出来れば早急にして欲しいのですが……」

「……なんで敬語なのクリア?」

「怒られるのが怖いから……でしょうか?」

「へー、ボクには敬語禁止だって昔言った癖に?」

「……お、おう、なんだイエロー突然一体どうしたんだい?」

「凄く不自然な返しだよそれ……」

 

 淡々とした口調で言うイエローだが、その様子には先程とは若干の差異が見受けられた。

 もう冷え切った卵焼きを持ったまま、ほんのりと赤く染まった頬、その事に気づかないのかそのままの表情で彼女はクリアにしっかりと視線を送る。

 だが、例の如くクリアは気づかない。

 

「……そ、そんな事よりクリア!」

「は、はい!?」

 

 バタン、と扉が閉まる。

 タンスやベッド、机といった最低限必要なものと、ラジオ位が置かれた室内、クリアの部屋の中、静寂が辺りを包み。

 そしてイエローはクリアと向き合う、自身の作った卵焼きに一度視線を落として、数秒間、そして意を決した様に彼女は口を開いて、

 

「その……ボクを……ボ、ボクの卵焼きを食べて!」

 

 緊張のあまりか、途中何度も噛みながらも、それでも彼女は作った卵焼きをクリアに差し出す。

 先の一件で時間が経ち、もう冷え切った卵焼きを――。

 それを見て、彼女にしっかりと視線を合わせられ、泳がす事も出来ずにクリアは思わずたじろぐ。

 逃げ腰となるクリアだが、しかし彼女がそれを許さない、壁に背をつけたクリアの前へ、更にもう一歩踏み出す。

 更に至近距離までクリアへと詰め寄り、彼の顔の前まで卵焼きを近づけて。

 

「っ……お前、俺に怒ってたんじゃないの?」

「べ、別に、怒ってないよ……ただちょっとムッとしただけだもん……」

「怒ってんじゃん……」

 

 嘆息して、諦めた様にそうして彼は卵焼きへと手を伸ばした。

 その瞬間、改めてさらに大きな緊張が彼女に走るが、もう遅い。

 当然箸等用意してる訳も無く、直に手で取ってクリアは卵焼きを口へと運んだ。

 彼女が彼の為にと作った手料理を、口を噤む彼女の目の前でふっくらとした冷たい卵焼きをしっかりと味わう。

 

 それが――イエローからの、クリアへのジムリーダー就任祝い――。

 悩んだ挙句の、彼女の結論だった。

 

 

 

「ど、どう?」

「……甘い」

 

 三回、四回と数度噛み、味わって、やっと出てきた一言だった。

 少しの沈黙の後、その一言を告げたクリアの顔も僅かに赤みがかっていて、

 

「……あ、あれ、お砂糖とお塩を間違えたりしないように、だしで作ったつもりだったのに……も、もしかして本当にどこかで……間違えた……?」

 

 残り一つの卵焼きを眺めて、震える声でそう呟くイエローだが、無理も無い。

 彼女自身、この卵焼きに全てを込めていたのだ、ろくなプレゼントも差し入れの品も用意せずに、ブルー達カントー図鑑所有者達の助言の結果作られたのが、この卵焼き。

 その渾身の力作に、失敗作疑惑が浮上したのである。

 ――彼女の声が、泣きそうなかすれ声になるのも無理は無い。

 

「っく、はははははっ!……大丈夫だよイエロー、凄く美味しいし、何も間違っていない」

 

 だがクリアはそんな彼女を笑い飛ばした。

 笑って、彼女に言う。それは安心させる為等では無い、本心から来るもの。

 本当に美味しかったからこそ言える、真実味が篭った台詞。

 

「え?……で、でも今甘いって……む、こうなったら最後の一個で確認を……って、クリア!?」

 

 だがクリアが甘いと言った事は事実で、イエローが卵焼きをだしで作ったのもまた事実だ。

 砂糖を入れたならまだしも、砂糖なんて作る過程で彼女は加えていない、だから彼女が困惑するのは当然で、その事実を確認すべく最後の一個となった卵焼きへと手を伸ばすイエローだったが――途端に反対側から伸びた手に卵焼きをたちまち攫われていった。

 一個目を食べ終わってすぐに、もう一個の卵焼きもすぐに頬張る。

 そして唖然とするイエローに向かって、やはりクリアはもう一言、

 

「……うん、やっぱり、甘い……でも何も間違ってないよイエロー」

「……うぅ、クリアの言ってる事が全然分からない……」

 

 とうとう頭を抱え込んだイエローを眺め、可笑しそうにクリアは苦笑を浮かべる。

 だしで作った砂糖を使わない"甘い"卵焼きの謎。もうクリアによって食べられてしまった為解明出来ない謎。

 その答えは、きっとクリアにしか分からないのだろう。多分、今のイエローではいくら考えたって到底分からないだろう、卵焼きについて必死に考える今のイエローには――。

 

 ――何故ならクリアは、"何が"甘かったかなんて、彼女に一言も告げていないのだから。

 

 

 

「じゃあそろそろ本当に行くとするかな……って訳で俺は先行くけど、イエロー?」

「……うん、大丈夫、ボクはもう少しさっきの卵焼きについて考えてみる」

「……そ、まぁ頑張れ」

 

 ――無駄だと思うけど、そう言葉の裏に付け加えクリアは言って、扉を開けたクリアにイエローもまた振り向いて、

 

「うん、クリアも、頑張ってね?」

「あぁ……ありがとう、イエロー」

 

 試合へ向かうクリアの背中へと言って、扉が閉まるその瞬間まで彼の姿を見送った。

 そしてクリアもまた扉が閉まるその瞬間、少しだけ彼女の方へと顔を向け果たして"何に"対して言ったのか、されど確かにそう告げて、皆が待つ闘技場へと急ぐ――。

 

 

 アカネを初めとして、リベンジマッチのつもりだろう明らかに戦闘意欲に満ち溢れていただったイブキ達ジョウトジムリーダー達の待つ場所へ。

 手合わせしてみたいのだろうそっとボールを取り出していた四名のカントージムリーダー達のもとへ、当然の様に戦う気でいるレッドや、その他の図鑑所有者の仲間達、Vに非常に興味を示していたオーキド博士が待つ場所へ。

 五匹のポケモン達を引き連れてクリアは走り、その少し後、続く様に結局謎の解けなかったイエローも彼の後を追うのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁブルーさん?」

 

 雪が溶けて、花が芽吹き、青い若草乱れて、燦々と降り注ぐ太陽の日差しが除々に強くなって来て、少しずつ海の家の売り上げも上がってきている季節。

 

「うん、レッドさんの番号を……え、今そこにいる? じゃあちょっと代わって貰えます?」

 

 チョウジジムにある自室で、クリアは空色のポケギアへと話しかけていた。

 ポケギアに付属している電話機能を用いてる最中、つい先程済ませたジム戦の疲れを微塵も見せずに、高揚する気持ちを抑えつつ彼は口を動かす。

 一年と数月前の事件を切欠に、このチョウジの地で歩みを止めたクリア。

 それから、彼のジムリーダー就任記念パーティ以来色々あった、大きい事件等は無かったが、小さな出来事なら――平和的な事件なら指で数えても足りない位だ。

 

「レッドさん? 俺ですクリアです……えぇ、今日はちょっとレッドさんにお話……というかちょっと旅行のお誘いでもと……」

 

 電話の向こうのレッドは少しだけ息が荒かった、大方彼もバトルの後なのだろう、一体誰と戦っていたのか――バトル好きのレッドの事だ、心当たりが多すぎて見当もつかない。

 ちなみに、彼がレッドを選んだのはただの気まぐれだ。

 別にジョウトのジムリーダー達の誰かでも良かったし、トキワのグリーンでも良かった。

 しかし今挙げた彼等はジムリーダーの身だ、普段のクリア同様基本忙しい身である――となれば、必然的に人選は絞られ、その中でも最も連絡がつきやすそうな、かつ楽しめそうな相手を選ぶのが無難というものだ。

 

 椅子に腰掛け電話を話すクリア、その膝元ではPが昼寝をしている。

 ジム戦を終えたVとデリバードはクリアのベッドで寝息を立てて、恐らくエースとレヴィは今日も訓練場で特訓という名のバトルに励んでいる事だろう。

 挑戦者もここ最近は落ち着いていて、静かに流れる時間が心地良い世界、その中で彼へと舞いこんだ一枚のチケット。

 

 机の上に無造作に置かれた、新たな世界へと導く為の二枚のチケット。

 それら二枚を一つの封筒になおしながら、微笑を浮かべクリアはポケギアへ向けこう話すのだ。

 

 

「……ホウエン地方、興味無いですかレッドさん?」

 

 

 

  季節が巡るのと同時に、物語もまた次のステージへと――豊かな自然を有するホウエン地方という舞台へと移行する。

 新たな冒険の予感と同時に、そして次の戦いの幕は静かに上げられるのだった――。

 

 




今回は過去、現在、未来って感じの構成ですかね。話的には。

それにしてもこれ区切らなかったら前々回の話並の量になってたのか……削ったエピソードも加えて考えたら……恐ろしい。

――今回の話もどこか書きにくかった、矢張り気分の問題なのか。


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ホウエン編
三十九話『vsホエルオー 船出』


お久しぶりです。
それにしても、一旦休憩挟んでしまうと書けなくなるものですね……。


 

 

 ジリジリと照らす太陽、アスファルトに照りかえる熱気には体中の水分全てを奪う程の錯覚すら覚える。

 しかしそれでいて熱に倒れないのは、一重に海上から来る心地よい風の影響だろう。

 強過ぎない海風に髪が揺れ、そして彼は眼前に浮かぶ一隻の船を見上げて、

 

「すぅーはぁー……うん、久しぶりに来たけど、相変わらず気持ちの良い所だなぁ」

 

 そう言って、一度深呼吸をし肺の中の空気を一新したのは一人の少年だった。

 少し横に伸び跳ねてきた髪の毛を風に揺らされつつ、首の後ろに左腕を回してもう片方の腕と背筋を伸ばすのは十三、四歳位の少年。額には愛用のゴーグルをかけ、傍には"P"と名づけられた一匹のピカチュウをつれている。

 彼――チョウジジムジムリーダー、"瞬間氷槍"の異名を持つ少年クリアが今日この日、アサギの町を訪れていた理由は他でも無く、目の前に浮かぶ一隻の巨大な客船に乗り込む為だった。

 というのも事の発端は一週間前、彼の友人にしてジムリーダー仲間でもあるハヤトから貰った二枚の乗船パス。

 彼、ハヤトが所属する署の年末ビンゴ大会なるもので当てたという期間限定でカントー、ジョウトからホウエン間の行き来が出来るという無料パスを、使う予定も無いからとハヤトから譲り受けた事がそもそもの始まりだ。

 ハヤト自身ジムリーダー業と警察官としての責務との板ばさみでこのパスを使うタイミングが無く、このままでは宝の持ち腐れとなる。そして丁度良いタイミングで休む事無くジム戦に明け暮れるクリアの噂を同じくジョウト地方ジムリーダーのツクシから聞き、ならばクリアの骨休みにでも、という経緯でクリアは成行きホウエン行きのチケットを手に入れたのである。

 

 

 

「さぁてと……っと、待ち合わせ場所は船内だっけか……つか、にしても暑いなぁ今日は、本格的に夏本番ってか」

 

 待ち合わせ時間ギリギリに、ボヤきながらクリアは入船の為タラップを渡る。

 待ち合わせ、その言葉通り今日クリアは一人の人物と会う約束になっている。パスは既にカントーへと送っており、旅の道連れとなるその人は既にカントークチバより眼前の船に入船を果たしているはずなのだ。

 それは赤い帽子がトレードマークの見た目クリアより少し年上の少年。クリアの(ピカチュウ)とも仲の良いピカ(ピカチュウ)という相棒を連れた、マサラタウン出身の――、

 

「レッドさん、確か甲板(デッキ)の方にいるってブルーさんから聞いたけど、まぁ行っていなかったら一度ブルーさんに連絡いれるか」

 

 リーグ優勝経験も持つ図鑑所有者の一人、マサラタウンのレッドその人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "あの出来事"から約一年以上の月日が流れた。

 "あの出来事"――それは彼クリアがチョウジジムに就任する切欠となった出来事、ジョウトとカントー二つの地方を震撼させた仮面の男(マスク・オブ・アイス)事件。ポケモンリーグ本会場半壊、及びその年のポケモンリーグ自体の中止、その他"いかりのみずうみ"で起こったギャラドスの大量発生といった様なジョウトで多数起こった出来事、それら全ての事件の総称、それが仮面の男事件だ。

 "ある一匹のポケモン"を救う為、たったそれだけの、それでいて大きな願望の元チョウジジム前任ジムリーダーヤナギによって引き起こされたこの事件は、彼に弟子のクリア、そして彼と少なからず因縁を持つブルーやシルバー等といった図鑑所有者達、その他大勢の活躍の下どうにか解決へと導かれた。

 この事件で首謀者のヤナギは時の狭間へと消え事実上の失踪、彼に操られていたロケット団残党達はまるで穴に潜るかの様にいつの間にか姿を消し、まだまだ課題は残されたままだが一応の解決となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人物は波間に揺れる船の甲板にいた。

 規則的に上下に揺れながらも、その揺れをほとんど感じさせない程の豪華客船。

 無論、乗船する為には相応の資金が必要になったはずだが、聞いた話ではその人物が手に持ったパスは無料(タダ)で手に入ったものらしく、気にする必要は無いとの事だった。

 ――だがそう口で言われても気兼ねするなという方が無理というものである。大きな麦藁帽子を被る彼女も最初はそう言って断ったものの、

 

『大丈夫よ、というかむしろこっちからお願いしてでも私に付き合って欲しいんだから、女一人の一人旅ってのもイロイロと危ないでしょ?』

 

 と、半ば強引に押し切られてしまい、今この現状である。

 彼女をこの旅に誘った人物、ブルーとはジョウトの港にて落ち合う予定になっていた。シルバーというジョウト図鑑所有者の一人にして、ブルーにとって弟の様な存在に先に会ってくるからという事らしい。

 時刻は昼過ぎ、そろそろ出航の時間帯である。

 同時に待ち合わせ時間もほぼ同時刻、初めこそ彼女もその時間の決定に疑問が浮かんだものの、きっとブルーの事だ、何か考えがあるに違いないとその疑問は飲み込む事にしたのだ。

 

 常識的に考えて、待ち合わせ時間と出航時刻がほぼ同刻というのは可笑しい。普通ならば出航時刻より少し早い時間に待ち合わせ等は済ますべきなのだろう。

 結果的に、そんな提案をしたブルーには矢張りある考えがあった、甲板にて待つ彼女の予想通り。

 ――尤も、その予想は甲板で待つ彼女にとって斜め上のものとなっているのだが。

 

 カチリ、とどこかの時計が数字の一の位置に短針を合わせ、同時に船の汽笛が鳴る。出航の合図だ。

 その音を聞いて、一瞬本当に待ち合わせ人が遅刻したのかと内心焦った彼女だったが、甲板向けて歩み寄ってくる一人の人影を見て一先ず安堵する。

 逆光になってて顔は見えないが、今この船の甲板にいるのは彼女一人だ。そしてこのタイミング、十中八九目的の人物だろう。そう考えて、彼女もその人物の下へと歩を進めて、

 

「お久しぶりです、ブルーさ……」

 

 そこで彼女、イエローの言葉は途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……はい、ではまた後日、それじゃあ』

 

 それはかれこれ一週間程前の事。

 カントー地方マサラタウン、始まりの色と比喩される町で、大体十五歳位の二人の少年少女がそれぞれポケギアへと目を向けていた。

 少年の名はレッド、カントー図鑑所有者の一人にして数年前のポケモンリーグ大会優勝、ヤマブキ決戦でのロケット団壊滅の立役者の一人となった少年。

 少女の名はブルー、彼女もまた正式なカントー図鑑所有者の一人にしてまた、レッドと同じ様にポケモンリーグ大会三位入賞にロケット団を壊滅に追い込んだ一人となった少女だ。

 ――さて、彼彼女等が一個のポケギアへと視線を送っているのは他でも無く、そのポケギアを先程まで使用していた為である。

 先程、最近新しくジムリーダーとなったクリアと名乗る少年から発せられた通信、ホウエン行きのチケット、その誘い。

 新しい地方に、新しいポケモン、それらの魅力は絶大であり、当然の様にレッドは二つ返事でクリアへと答え、電話を切ったの――のだが、

 

「え、ホウエン行きを諦めろって?」

「えぇそうよ、まぁ行こうと思えばいつでも行けるんだし、今回は……ね?」

 

 切って早々、少しの間何かを考え込んだブルーに言われレッドは思わずブルーへと聞き返した。

 当然だ、カントーからホウエンの距離というのは隣同士の地方であるジョウトとは比べ物にならない程離れている――確かに、ホウエン以上に離れている地方も存在するが、だからと言って地方間の移動はそう軽々しく友達の家に行く程度の感覚で気安く出来る程のものでは無い。

 金銭的にも時間的にも、今回のクリアからの誘いはレッドにとっても割りと楽しみになる程には嬉しい誘いだったのだ。

 

「……まぁとりあえず、どうしてそういう事を言い出したのかを聞いておこうか……言っとくけど、今回誘われたのは俺だからな? 間違ってもお前に譲ったりは……もがっ!?」

「はいはい、別に私が行きたい訳じゃないわよ」

 

 上げて落とされた為か、少し口を尖らせるレッドだが、そんな彼の口をブルーは両手で挟む形で閉じて、

 

「生憎私にそんな余裕は無いわ……じゃなくて、良いレッド? クリアが旅行に誘っているのよ?」

「ん、あ、あぁ……それがどうし」

「クリアが! 一人で!……そうと決まればやる事は一つしか無いじゃない!」

「やる事って……一体何をやるんだよ」

「ここまで言ってまだ分からないなんて……まぁいいわ、ちょっとレッドは黙っててね、今から"イエロー"に電話するから」

「イエロー?……あぁなるほど!」

 

 クリアからの電話が切れたばかりのポケギアを操作し、トキワシティ郊外にあるイエロー宅の電話番号を出す。

 そんなブルーの様子を傍から眺めながら、レッドもまたどこか納得した様な顔となる。

 

「……ま、そういう事なら協力しない訳にもいかないしな」

 

 そんなレッドの呟きを聞き、ブルーもまた微笑を浮かべた。

 全ては二人の少年少女の為、関係としては後輩とも言える二人。先程の電話相手と今から電話する二人の為だ。

 レッド自身もその二人の少年少女の内の一人、自身の図鑑を一時的にだが所有していた少女の為ならば簡単にホウエン旅行等諦めきれる。

 それは今だに自身の気持ちにすら気づいていないだろう少女の――そんな、彼にとって妹の様な存在の少女の為だからこそ彼がホウエン旅行を諦めてしまう事も仕方の無い事なのだろう。

 

「……あ、もしもしイエロー? 私、ブルーよ……えぇ、ちょっと貴女にお願いがあってね、実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアがタラップを渡り終えた直後、それはすぐに回収されて船の汽笛が鳴った。

 待ち合わせ時間丁度、出航時刻と同タイミングの時間、つまり少し遅刻気味という事だ。

 

「やべっ」

 

 短く呟き、恐らく待たせてしまっているだろうレッドの下へとクリアは急ぐ。

 つい十分程前にブルーに連絡を入れた所、レッドは確かにクチバから船に乗ってジョウトへと向かったらしいとの事だった。ならば当然、今レッドは待ち合わせ場所の甲板の上にいるはずだった。

 だからクリアは少し急ぎ足で甲板へと向かい、もう既に動き始めた船上、甲板へと出たのだ。

 

 開けた場所に出てまず左方へ視線を向ける。誰もいない。

 ――となると、必然的に目的の人物は予定通りならば反対側に存在しているという事になる、だからこそ彼はすぐに右方へと顔を向けつつ口を開きかけるが、

 

「お久しぶりです、ブルーさ……」

「お待たせしました、レッドさ……」

 

 言葉が止まる、動きも止まる。少年の瞳に小柄な少女の姿がしっかりと映り込む。

 顔を向けた先、クリアから数えて大体二メートル程離れた位置に彼女は立っていた。

 外出時の必需品とも言える大きな麦藁帽子を被った一見少年の様な少女。その帽子の下には腰まで届く程のポニーテールが隠されている事もクリアは知っている。

 そしてクリア同様に、視線の先の彼女、年の割りに小柄な黄色の少女イエローもまた、目を丸くしてクリアを見つめていた。というか固まっていた。

 

 当然だ、今日彼女がこの場に来た目的は一つ。ブルーとの邂逅、そしてブルーと共にホウエン入りを果たすという目的の為だ。

 そしてクリアもまた同じ様に、旅の同行に誘ったレッドとの待ち合わせの為にこの場へと足を運んだ。

 クリアはレッドと会う為に、イエローはブルーと会う為にこの船上へと赴いた――ので勿論、今この場で時間が停止した様に固まる二人が出会う予定等最初から存在していなかった。

 だがしかし、結果として彼等は実に久しぶりの再会を果たした。大体一月ぶり位か。

 普段の彼等ならば、偶然会ったからと言って今の様に固まる様な、そんな事は無い。気の合う友達同士、笑って予想外の再会を喜ぶ事だろう。

 

 ――そう普段なら、今がホウエン旅行前という状況じゃなかったら。互いの待ち合わせ人が互いに見当たらないというこんな現状じゃなければ。

 

「……えぇと、あれ?……クリア? なんで?」

「……なんでって、そりゃこっちの台詞だよ……」

 

 凍った時間を強引に動かす様に、おもむろにイエローは口を開く。表情を青くさせながら答えるクリア。

 それから再度、一瞬の静寂。心なしか波の音がいつもより大きく聞こえる。

 

「……あー、えーと、とりあえず一つ聞くけどイエロー、レッドさん知らない?」

「え、クリアだけじゃなくレッドさんも来てるの!?」

 

 一先ず目的の人物であるレッドの事についてイエローに尋ねるクリア、だが今の反応から彼女がレッドの所在を知らないという事は一目瞭然だ。その事に少しだけクリアは肩を落とし、不意に視線をクリアブルーの海へと向ける。

 彼等を乗せて出航した客船は、既に陸地から遠く離れた所を波を掻き分け突き進んでいる。最早引き返す事等ほぼ不可能。

 一応、クリアはデリバードやエースといった飛行能力を持ったポケモン達の手を借りれば戻れない事も無いが、流石に今すぐその手段に出るのは些か早計と思えた。

 何故レッドでは無くイエローがこの場にいるか、そもそも何故彼女は今この場にいるのか――先ずはその謎を早急に片付けようと判断し、そしてクリアはイエローへと視線を戻して、

 

「ふむ、じゃあ次の質問だけど……どうしてイエローがここにいるの?」

「ボ、ボクはブルーさんに旅行に誘われて……そう言うクリアは?」

「レッドさんを旅行に誘っ……ッ!」

 

 その瞬間、妙に嫌な予感が二人の間を漂った。

 嫌、というより予想外、二人の少年少女にとってはそこそこ程度には大きな問題。

 それは彼女を誘った彼女、彼が連絡を入れた彼女の存在からくるもの――そして恐らくはその彼女が考えたであろう今の状況、そのシナリオの到達点を思い浮かべて二人が頬を引きつらせた所で、クリアのポケギアから着信音が鳴り響く。

 その音を聞いた瞬間、即座に空色のポケギアへと手を伸ばすクリア、すぐにダイヤル確認、映し出される文字は"ブルーさん"。その人物の名前を瞳に写した所でクリアは恐る恐る通話ボタンを押し、その横からはイエローが顔を出しクリア同様ポケギアからの音声に耳を傾けた。

 

『はぁ~い、クリア、それにイエローも! 船は予定通りもう出航した? したわよね?』

「……どうもブルーさん、船なら確かに陸地からかなり離れちまってますが……とりあえず今の俺達の状況を簡潔に述べやがってください」

『あらあら言語が安定してないわよクリア? 大丈夫? 何かあった?』

「"何があった"というより、"何かと会った"って言う方が正しいですね……というか分かってるでしょう……ってかむしろこれはアンタの仕業のはずだ! レッドさん! レッドさんもそこにいるでしょそうなんでしょう、ねぇ!?」

 

 途中から声を荒らげるクリア。だがそれも仕方の無い事だろう、今のこの状況が仕組まれたものであるという事は一目瞭然、互いの待ち人が来ないクリアとイエロー、そして出航後すぐのブルーからの電話、ここまで来れば流石のクリアでも理解出来る。

 そしてそれはクリアの横からポケギアへと視線を注ぐイエローも同じなのだろう、どこか疲れた様な表情を見せているのが分かる。

 

『おほほ、アンタが一体何を言ってるか……概ね理解出来るけどあえてスルーさせて貰うわね、じゃあレッドに代わるわ』

 

 ポケギア越しに遠くなるブルーの声、そうクリアが思った直後、

 

『よ、ようクリア、それにイエローも久しぶり!』

「あ、レッドさん! お久しぶりです!」

「いやいやイエロー、今は呑気に挨拶する場面じゃないから、この状況を問いただす場面だから!」

 

 ポケギア越しに聞こえて来るレッドの声に反応し、嬉しそうな声を出すイエローだったが、すぐにクリアによって言及されすぐにハッと我に返る。

 そんな彼女の様子に、気づかれない程度に目を細めてどこか面白くなさそうな表情を露にするクリア、そしてそのまま、眉尻を少しだけ上に上げた状態で不機嫌そうな声で言う。

 

「……で、なんすかこの状況、勿論アンタ等が仕組んだ事っすよねレッドさん?」

『あれ、何か怒ってるかクリア? どっかゴールドみたいな口調に……ってまぁいいか、それはその、な……ってわっ!? ブルー!?』

『それはつまり、たまには二人でのんびりしんこ……旅行にでも行って羽を伸ばしなさいって事よ!』

 

 どこか歯切れの悪いレッドの言葉に痺れを切らしたのか、再度ポケギアから聞こえてきたのはブルーの言葉。恐らく言葉が詰まったレッドに代わって用件だけをバッサリ言う為に彼からポケギアを奪い取ったのだろう。

 

「……まぁそれは分かりますけど、俺はともかくイエローがここにいるのは?……というかどうして騙して引き合わせたりなんか……」

『そうでもしないと二人一緒に行かないと思ったからよ、残念ながらチケットは二枚しか無いんでしょ? それにイエローも昔からホウエン地方に行ってみたいって言ってたじゃない』

「え、ボク一度もそんな事……」

『ちょっとストップ……クリア、悪いけどポケギアをイエローに預けて離れてなさい、大事な話するから』

「大事な話?……まぁ別にいいですけど、はいイエロー」

「う、うん…………あ、もういいですよブルーさん、それで大事な話って何でしょうか?」

 

 イエローに自身の空色のポケギアを預けて、大体二、三メートル程度離れた位置まで移動するクリア。

 その様子を視認してからイエローもポケギアの向こうのブルーへと言葉を促した。

 イエローとクリアの距離、それだけ離れればポケギアからの声なんて聞こえないだろう。イエロー自身どんな話をブルーがするのか想像も出来ないが、態々クリアを離してまで話す事だ、それはきっとクリアに聞かれては些か不味い事なのだろう。

 そう考え、大人しくブルーの指示に従った直後、クリアが船の上から海へと視線を向けてる中、至極自然に何でも無い事の様にブルーは言う。

 

 

 

『うんまぁ単刀直入に聞くけどイエロー、ぶっちゃけクリアの事好きなんでしょ?』

「……へ?」

 

 まず最初に、ブルーが何を言ってるのかが理解出来なかった。次にその言葉の意味を理解した瞬間、彼女は手すりに身を任せ大海原を眺めるクリアへと視線を移し、今の会話を聞かれていない事を確認する。

 ――一先ず大丈夫の様だった。今彼は何やら海の向こう側にいる見た事が無い一匹の大きな青色のポケモンに夢中の様子だ。

 その事にとりあえず安堵し、そして慌てて空色のポケギアに向かってイエローは、

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいブルーさん! ボクは別にクリアの事をそんなす……と、特別になんて思って……」

『……ふーん、まぁそんな所よね……だからこそ、私は騙してでも貴女をクリアと合流させたのよ』

「だから……こそ?」

 

 顔が熱くなるのを感じて、思わず肩を小さくする。そして相変わらずクリアは、まるで子供の様な期待溢れる眼差しを大海原へと向けている為、そんなイエローの微妙な変化には気づいていない。

 

『えぇ、丁度良い機会じゃない、貴女が自分の本当の気持ちを確認する……ね?』

「本当の……」

『じゃあ頑張ってねイエロー、それと……もし本当にクリア(あの子)の事が本当に好きなのなら早めに行動する事……ボヤボヤしてると取られちゃうかもよ?』

「え、取られるってどういう……」

 

 最後に告げられたブルーの発言、その思いがけない言葉に何故か、胸の奥をチクリと針で刺された様な痛みをイエローは感じた。

 その痛みに戸惑いを見せつつも、すぐにイエローは"どういう意味"か、っと即座にブルーへと聞き返そうとするが――もう既に通話は終了したらしく規則的な電子音だけがイエローの耳には届く。

 

(取られるって、一体どういう意味なんだろう……取られる? クリアを? 一体誰に?……もしかしてブルーさん……)

 

 押し黙ったまま、先程のブルーの言葉だけがイエローの頭の中で反復される。

 彼女が告げた意味深な一言、その言葉はクリアとブルーに関係するもので、イエローには何の関係も無い事のはず。

 そのはず、そのはずなのだが、気づくとどこか怖い様な寂しい様な、そんなどうしようも無く言い表せない感情が自身の中で渦巻いているのを感じて、

 

「……そうだ、電話も終わった事だし早くクリアを呼ばなきゃ……」

 

 逃げる様に、彼女はそっとその感情に蓋をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁブルー、お前が最後に言ってた言葉、あれってどういう……」

 

 通話が終わって、ポケギアを自身のカバンの中へと直すブルー、そんな彼女に恐る恐るといった感じにレッドは声を掛けた。

 理由は簡単、今先程の彼女の発言、レッド自身も戸惑いを隠せないでいるその発言の為のもの。真偽の確認。

 そうして声を掛けられたブルーはレッドの方へと振り向いて、いつも通りの調子で言う。

 

「ん? あれならレッド、貴女も"ハナダのジムリーダーさん"から聞いてるんじゃない? コガネのジムリーダーとクリアの話」

「あ、あぁ! その事か!……なんだ俺はてっきり、お前の"取られる"ってお前がクリアの事をイエローから取っちまうって意味かと思ったよ」

「何よそれ、そんな事ある訳無いじゃない」

 

 呆れた様な表情を作るブルーと、頭の後ろに右手をやって乾いた笑いを浮かべるレッド。

 通話中のブルーの発言には確かに驚きはしたが、しかし今のブルーの態度と表情を見れば分かる、彼女の言葉に嘘偽りは無く、本当にクリアに対して特別な感情を持っている訳では無い様子だ。

 その事を確認し、自身の早とちりに少々の羞恥心を覚えるレッドだが、彼はその次の推測には思考を繋げられなかったらしくすぐに今の出来事を記憶の片隅に追いやる。どうやら今の彼の早とちりを出来るだけ早く忘れようとしている様だ。

 

(……確かに思い返せば今の私の言葉は……って事はイエローはもしかして……)

 

 だがしかし、そこはブルーも女の子だ。レッドの気づきに自身も納得し、そしてその先の推測へと到達する。

 今の自身の発言が、捉え方を間違えると"ブルーがクリアの事を特別に思っている"――と捉えてしまうという事に――そして、もしかしたら今頃、イエローも今のレッドの様な勘違いをしているかもしれないという事に気づくが、

 

「っま、いっか」

「ん、どうしたんだブルー?」

「……いいえ、何でも無いわよレッド、ちょっと面白そうな事になりそうだなーって思っただけで」

「面白そうって?」

「それはまぁ、後のお楽しみって所ね……それよりもほら、今日はグリーンのトキワジムへ行く予定でしょ? そろそろ出かけましょう」

「あ、あぁ!?……ってもうそんな時間か、急ごうブルー! 遅れたらグリーンになんて言われるか……!」

「えぇ、急ぎましょう!」

 

 それからすぐに彼と彼女はマサラタウンのオーキド研究所を飛び出した。

 向かう先はトキワシティ、そのジムリーダーにしてカントー図鑑所有者の一人である彼等の友、グリーンの下へと急ぐ。

 今のクリアとイエロー達とのやり取りをもう過去のものにして、だけどしっかりと含み笑いを残したまま、そしてブルーは自身のプリンへと飛び乗るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、終わったのかイエロー」

「うん、それとさクリア……やっぱりボクもホウエン地方へ行ってみたいんだけど……その、駄目かな?」

 

 言いながら彼へとポケギアを返して、あくまで通常通りに振舞う。

 先のブルーとのやり取りで彼女自身、ほんのりと自身の顔が熱を帯びて頬が赤くなるのを感じていた、だがその事をクリアに気づかれない様、最深の注意を払って彼へと近づいたのだが、

 

「うーん、別に駄目って訳じゃないけど……まっ、結局は同行人がレッドさんからイエローに変更になるってだけだし、俺は別に構わないよ」

 

 彼女の心配はどうやら杞憂に終わったらしく、目の前の少年は彼女の変化に全くと言っていい程気づいていなかった。

 ましてやこれから行われるのは男女の二人旅、多少はその事を気にしたり、少なからずの感情の波の変化があってもいい様なものだが、

 

「なんかさイエロー、こうしていると初めて会った時の事を思い出すよな、なんか懐かしい感じがする」

 

 そう言ったクリアは昔を懐かしむ様なはにかんだ笑顔を見せた。

 言われ思い返してみれば確かに、ほんの少しの間だが彼等は一度二人でカントーを旅した事があった。

 それはレッド失踪中の事、非常時であった為確かに今との温度差は激しく、旅の最中もよく離れ離れになっていたりもしたのだが、しかし二人一緒に旅していた事もまた事実。

 その所為だろう、特にクリアは、イエローと二人きりで旅行という事実に特別なものを見出してはいないらしい。あくまで普段通り、本当に友人が別の友人に代わった程度の感覚。

 

「あはは……そう、だね……別に、特別何かを気にする事も無いんだよね……うん、いつも通り」

 

 そんな本当にいつもと変わらぬ様子のクリアに若干拍子抜けしながらも、イエローもまた彼の言葉に賛同する。

 そう、今は別に――今だけはあまりゴチャゴチャと"何か"を考える必要等無いのだ。

 先程のブルーの意味深な発言や、彼女自身知らず知らずのうちに温めてきた感情に目を向けなくとも、今は彼と彼女だけの二人だけの空間。旅路。

 それはただの問題の先送りという事になり、いずれはきちんとした形で決着をつけなければいけない問題なのだが――しかし、今この瞬間、この旅路の間だけはそんな事を忘れて――、

 

 

 

「ホウエン地方、楽しみだな、イエロー!」

「……うん、クリア!」

 

 彼と彼女は、共に新たな地方へと足を踏み入れる。

 カントーとジョウト、彼等にとって特別なその二つの地方に一時の別れを告げて、そして、舞台はホウエン地方へと移る。

 

 




そろそろタグの恋愛?の"?"を外さないといけない気がしてきた。


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四十話『船内デート』

今回の話はジョウト編のリバウンドだと思います。加減はしたつもりです。


 

 その船でジョウトからホウエンまでは大体約一日の距離があった。

 前日の昼頃ジョウトのアサギ港を出発して、目的地であるホウエン地方の港町カイナシティに着くのは大体翌日の日が昇って数時間が経過した頃、その間乗船客達は各々好きに自由時間を楽しむのである。

 船内にはゲームセンターから映画館、レストランといったものから船内プール等の様なものまで多種多様な施設が用意されており、多額の資金が投入されている事が目に見えて明らかである。

 本来ならば、これだけの施設と設備が整った船に乗船するとなると相応の元手が必要となるだろう。とてもじゃないがその辺りを普通に歩いている様な一般人等には乗船出来る様なものでは無い。

 そんな本来上流階級を相手として計画、設計、運用されているこの船なのだが今現在、この船内に無数に存在するレストランの内の一つで、小さなどよめきが起こっていた。

 

「ねぇクリア?……何かボク達、凄く目立ってる気がするんだけど……」

「き、気にするなイエロー、気にしたら負けだ……!」

 

 高級そうな、というか恐らく本当に高級ブランド品なのだろうスーツやドレスに身を包んだ男女総勢八人程、いくつかの空席を残して椅子に座り出された料理へと手をつける彼等だが、その視線は僅かながらある一点へと集中していた。

 視線の先、そこにいたのは一組の若い男女のペア。寝癖かそれともわざとなのか判断し辛い横に跳ねた黒髪の少年と、麦ら藁帽子の一見少年の様な少女――そう、どう考えてもこの場に相応しくないであろう格好の二人の少年少女に、上流階級の人々の眼は釘付けとなっているのだ。

 口数を減らし、なるべく肩身を狭くして黙々と料理を口へと運ぶ(クリア)彼女(イエロー)だが、時折チラリと流し目で見つめてくる視線に気づかない訳が無い。今まで食べた事も無い様な絶品とも言える料理の数々を堪能するのだが、味は全く舌を伝わず頭に入ってこず、今彼等にあるのはただひたすらに、その場から退散したいという願望唯一つである。

 

「うぅ、美味しい、美味しいはずなのに味が全く分からないよ……」

「"無"だイエロー、心を"無"にして食すんだ! なぁにそうすりゃあ周囲の目なんですぐに気にならなく……ならない」

 

 金属同士が触れ合う音だけが静かなレストラン内に響く。同時にクリアとイエローの精神的ストレスも積もっていく。

 しかしそれも仕方無いのだろう、唯でさえこんな場所では目立つ風貌の彼と彼女、四天王事件の頃からさほど変わらない至ってラフな格好を好むクリアと、オレンジの上着に灰のジーンズ、加えて乗馬用の様なブーツといった格好のイエローだ、更に加えて、イエローは常に携帯している木の釣竿を今日も勿論の様に持ってきていたりする、これで目立つなという方が無理というものだろう。

 

 

 

 それから約数十分間、周囲の好奇の眼に晒されつつ、彼と彼女は同時に食事を終わらせると急ぎ逃げる様にレストランから出た。

 時刻は午後二時を回った頃、肩身が狭い思いをしてまでもどうにか昼食を済ませ、彼と彼女は当ても無く廊下を歩いていた。

 彼クリアは、チョウジジムのジムリーダーであり、ポケモン研究の権威と言われるオーキド博士からポケモン図鑑を託された図鑑所有者。それと同時に、実はこの世界とは違う別のどこかの世界の元住民であったりもする少年。

 彼女イエローは、一時的にだが一度は図鑑所有者になった人物であり、十年に一度生まれるというトキワの森の力を持った少女でもある。その力により彼女は一切の道具も使わずにポケモンの回復、気持ちの理解といった芸当をこなしてみせる事が出来る、が代償として相応の眠気に襲われるのがたまに傷でもある。よくよく考えれば能力を使わずとも彼女は常日頃からよく寝ているが。

 

 そんな少年少女の二人が何故この船にいるのか、それは率直に旅行の為、ホウエン旅行の為だ。

 唯でさえ忙しい警官業にも励むキキョウジムのジムリーダー"ハヤト"が署内のビンゴ大会で見事に当選した豪華客船の無料パス、明らかに使う機会の無い様なものが景品になってる辺り、一体どれ程の金銭がこの嫌がらせの為に消えているのかは定かでは無いが、何はともあれその嫌がらせの道具はクリアという仕事中毒(ワーカーホリック)なりかけの少年の為有効活用される事となった。

 普段から挑戦者相手に無双し、絶対にバッジを渡さないジムリーダーとして一般トレーナーの間で割りと有名になりかけているクリアだ。その為今頃は、そんな一般トレーナー達からの苦情を受けたポケモン協会が派遣した臨時ジムリーダーがジムリーダー不在のチョウジジムで臨時ジム戦を行い、相応のトレーナーにはバッジを渡しているのだが、あえてその事情は当たり前だがクリアには伏せられている。

 そして、そんな事露程も知らないクリアの横を歩く少女、イエローは"とある少女"の策略の元今クリアと一緒にいるのだが、

 

「あ、クリア! ゲームセンターだって、ゲームセンター!」

「そうだな暇だし入ってみるか……ってか意外、まさかイエローがゲームセンターに興味を示すなんて」

 

 予定とは違う展開、それも男女の二人旅という事もあり、何だかんだで最初こそ不安も大きかったものの、今となってはそれも過去の話。彼女もまた今の船上内の施設を満喫していた。

 尤も、同行人が特に気兼ねなく振舞っているクリアという事も手伝っているのだが、同時に彼女は元々結構マイペースな性格だったりする、なので一旦自身のペースさえ取り戻せば最早いつもの調子に戻ったも同然なのである。

 そうしてクリアとイエローの両名は勇み足でゲームセンターへと入り――ものの五秒で引き返して来た。

 

「……で、"初めて"の感想は?」

「……み、耳がおかしくなっちゃいそう……」

 

 入ってすぐ、というか扉を開けた瞬間から聞こえて来たのは様々なゲームのBGMの数々、折り重なって生まれる奇跡の騒音(ハーモニー)

 その騒音が耳に届いた瞬間硬直し、そして即座に耳へと手を上てるイエローを見てすぐさまクリアはイエローがゲームセンター初心者だと悟った。自分もこことは違う世界で、最初の頃はそんな動作を行った覚えがあるからだ。

 そしてフラフラと扉へと引き返すイエローに続く形でクリアも戻り、扉を閉めてげんなりと肩を落としたイエローにどこか呆れた様子でクリアは感想を問いたのである。

 

「ゴールドさんが楽しそうに話すのを聞いてちょっとだけ興味があったんだけどなぁ」

「まぁ、ああいう雰囲気はイエローには合わないだろうよ、それに……どっちかって言うとイエローにはこっちの方が合いそうだし」

 

 そう言って彼が親指立てて指差したのは彼の後方、ゲームセンターの横のエリア、船内映画館だった。

 

 

 

 館内にはポツリポツリとしか人影は無い、元々座席数すら少ないのだから仕方の無い事だろうが、同時に今彼等がいるのは船上、何が楽しくて陸地の様に締め切った暗い映画館で映画を見なければいけないのかというものである。

 ――まぁその辺りもニーズに応えているのだろうが、どうせ時間を消費するならせっかくの海の上、大海原を望みながらカフェ等に洒落込む方が些か有意義では無いのだろうか――等と考えるクリアであったが、すぐ様その考えは撤回された。

 館内の照明が落ち、とうとう映画が始まるのだろう時間、スクリーン内で不思議な踊りを見せるカメラ人間の不在に寂しさを覚えつつも、この世界の娯楽には疎かった為か、子供の頃の様な胸躍るといった気持ちで彼は映画を楽しむ事が出来た。

 本編自体はよくある冒険ファンタジー物、拾った指輪を捨てる為に旅する映画に似たものがあるかもしれない、大体そこにこの世界独特の世界観でもあるポケモン要素を組み込んでほとんど完成だ。

 どうやらこの映画は章等で分かれる事無く単体完結らしく、場面は目まぐるしく変わっていく、冒険に出発し敵やライバルが現れ、時折恋愛描写を混ぜつつも最後の決戦、ラスボスを倒したかと思ったら実は主人公自体が偽者でラスボス、そして本当の主人公は今まで彼に付き従っていた従者の一人だという謎の大どんでん返しがあって終了となった。

 最早言葉も出ないとはまさにこの事、今まで散々感情移入させられた主人公がヒロインを手にかけつつ、

 

『一体何時からハッピーエンドだと思っていた?』

 

 等と、明らか視聴者に対し言い出し最後は真の主人公である従者に魂まで浄化され、消滅して終了なのだ。そこまでの感動を返せとはこの事、むしろここまで来ればギャグとして成り立っていると言えなくも無い。

 上映が終わり、虫食い状態の館内にいた僅かな人々も次第に立ち上がり去っていく、皆それぞれ微妙そうな表情を浮かべている事は言うまでも無い。時折満足気な表情を浮かべている者もいたが、きっとあれは特別な少数派なのだろう。

 

「……ふぅ、まぁギャグとして見れば中々……うん、イエローはどうだっ……」

 

 言いかけた所でクリアの言葉が止まる。そしてすぐにどこか諦めた様なため息を一つ吐く。

 映画館に入った瞬間から、映画を提案した時から薄々は思い始めていた。館内の照明が落ちた段階で隣に座る彼女が目を擦り始めた段階で薄々には気づいていた、しかし彼は気に留める事も無かったのだが。

 ――まさか上映中ずっと眠っていたとは、今の作品の監督さんが見れば怒り出しそうな光景である。

 

「おーいイエロー、朝……つーかまだ昼だけど、とにかく起きろー」

 

 揺らしてみる。肩に手をかけ少しだけ力を込めて左右に揺らす。大体二、三秒程が過ぎた頃合いだろうか、閉じた瞳がピクリと動いた。

 それを見てクリアも彼女を揺らすのを止める。直後閉じられた瞳を薄っすらと開くイエロー、すぐには現状を理解出来なかったからなのか一度ずつ左右を見回し、今自身がいる場所を確認した所で、

 

「うーん……え、あれ?……もしかして映画ってもう……」

「うん、終わっちまったよ……それにしても凄いなイエロー、まさか一時間半の上映中ずっと眠っているなんてな」

「えぇ!? な、なんで起こしてくれなかったのクリア!?」

「いやーまさか上映開始早々寝るなんて誰も思わないだろ、普通」

 

 言ってももう遅い。現に上映はもう終了し、次の上映までは三十分、それもまた同じ映画の上映だ。イエローはまだしも今しがた見た映画を再度続けて見る気力等流石にクリアでも無い。

 大きなショックまでは受けてないまでも、しかし見れなかった事は多少は悔まれる様だ。普段明るい彼女が少しだけ気分が落ち込んでいる様に見える。その事に気づき彼もまた多少は申し訳なさそうに頬を欠いた、いくら鈍感な部類に入るのだろうクリアでも、目の前の大きな変化位は見逃さないのだろう。

 尤も、このイエローのショックはせっかくクリアが誘ってくれた映画であまつさえ寝てしまった事、その事でクリアに不快な思いをさせていないかという心配事から来るもので、クリアもクリアで彼女が寝落ち始めた時にきちんと起こしておけば良かったと後悔していて、結果的に互いに相手の事を想って自身の落ち度から気が沈んでいるのだが、その決定的な理由に気づかない二人が当然その事に気づく事は無い。

 逆にイエローはせっかくの映画鑑賞中に勝手に寝落ちしてクリアを怒らせていないか、一方のクリアは知っていながら起こさなかった事でイエローが不機嫌になっていないか、と割と本気でその事に悩み、

 

「とりあえず、スマン、イエロー」

「ううん、こっちこそ、ゴメンねクリア」

 

 まるで低年齢層の形式美の様に、互いに謝りあう事で事なきを得る。無論、互いに何について謝られたのかについては知る由も無いが、余計な事を言って深く言及しない方が吉と考えたのだろう。両者共それ以上の詮索をする事は無かった。

 そうしてまるで引き寄せられる様に、二人は次のエリアへと歩きつく。

 その場所は船内の中、雨の日でも利用出来る様設置された屋内プール、海沿い側は一面透明のガラス張りで大海原を一望出来、かつガラスから入り込んでくる太陽光にキラキラと水面が宝石の様に光り輝いて見える。

 船自体揺れが最小限に抑えられているからだろう、揺れる波間は本当に小さな物で、周囲に他の乗船客の姿が見えない事から今使えばほぼ貸切状態となっている模様だ。

 

 だが二人はその場に固まったまま動かなかった。

 今日この日、太陽は傾き始めているもののまだまだ蒸し暑い真夏日、今目の前のプールに入ればそれはさぞ気持ちの良いものだろう。

 手ぶらであるという点も問題無し、言えばその場で水着を格安で購入出来るとの事、一応購買という形はとっているものの、それは主な商売相手である上流階級の客人のプライドや"無料"という言葉に付きまとう衛生面等での様々な問題に対する配慮、なので文字通り本当に格安で近場のデパート等で買うよりは確実に安い値段で上質の水着が手に入る為、むしろ経済的にも健康的にも精神衛生面的にも、もう様々な面から入らなければいけない空気になっているのだが――だが今この場にいるのは年頃の若い男女だ。少年と少女だ。それも無自覚に互いに意識し合ってる同士という絶賛思春期真っ盛り中の男と女だ。

 つまり何が言いたいのかと言うと――、

 

(……イエローと二人でプールとか、何それ恥ずかしい)

(どうしよう……入りたい、入りたいけど!)

 

 相手に悟られない様に顔を背けあう二人の男女の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 僅かに濡れたプールサイド、足元の床を少し擦ってみると確かに滑りやすく、子供の頃口をすっぱくしてまで言われた"プールサイドを走るな"といううたい文句がどれだけ重要だったかが理解出来た。

 確かにあまり使用されてないこの船のプールサイドで気をつけないといけない程なのだ。これが腕白だけが自慢の様な活気溢れる小学生のプールサイドだったらどうなるか、考えただけでも恐ろしいものである。

 だから学校のプールサイドは石造りで滑りにくくしてあったのか、等とひたすら身近に潜む安全性への脅威について考え逃避する事約五分、立って待つ事に若干の疲れを覚え、座り水面に足を付けて待つクリアの下に小さな足音が近づいて来る。

 よくある海パンタイプの水着で、膝元まである丈を眺めながら冷たい水に足をつけつつ、その気持ち良さに僅かながらの不思議な高揚感を覚える。

 

「……ク、クリア?」

 

 もうすぐそこまで来たのだろう、雀の無く様なか細い声で声掛けられ、彼もとうとう決心がつく。

 大半を占める羞恥の気持ちと、僅かながらの先程生まれた高揚感、そしてその他の雑念を振り払いつつ、彼はその人物へと目を向けた。

 

「……ど、どうかな? どこか変じゃないかな?……ねぇ、クリア?聞いてる?」

 

 無言で見上げた先の人物に、思わず目を奪われた。

 露出が少ないオレンジ色の強い赤色黄色の可愛らしいフリルの付いたワンピース型の水着、それでも普段目に付かない部分が露になっている事は明白で、あまり日焼けしない性質なのか普段ジーンズや長袖の下に隠された肩の先、太ももから指先まで変わる事の無い白い素肌、所々寂しい部分はあるもののそれでも十分、今のイエローは可愛い女の子だと言えるだろう。

 続けて言うと今彼女は麦藁帽子を被っていない、泳ぐのだから当然とも言えるが、常日頃から彼女の最も少女らしい部分を隠してある麦藁帽子を取ってしまうと、そこから現れ出るのは腰まで届く程の柔らかそうな金色のポニーテール、その髪型より一層目の前の彼女が"女の子"であるという事を自覚させて来る。

 言葉を失って数秒、その間イエローが不安げな目で問いかけて来ているが、今のクリアはそれ所じゃない。何せイエロー自身、普段と変わらない仕草と表情で語りかけてくるのだ。いつもの軽く手堅い男装姿からのギャップは、ある意味彼の中のもう一人の自分を覚醒させるかの様に強く何かを訴えかけてきて、

 

「ねぇクリア? 聞いてる? おーい?」

「ん、あ……えと……」

 

 片言になりながらも必死に真っ白になっていく頭を整理しつつ、彼はどうにか言葉を振り絞ろうとする。

 もしもここで不審がられて、万が一一瞬でも目の前の彼女に見惚れていたなんて知られたら後でどんな反応されるか、言われるかでは無くどんな反応か、そこが重要。そしてこの事が恐らくカントーにいるであろう彼にとって一番の天敵とも言える少女に伝わったらどんな反応で何を言われるか、想像するだけでも恐ろしいものである。

 だからこそ、空洞の様な脳内で何とか言葉を搾り出す、どこか様子のおかしいクリアに目の前の少女が可愛らしく小首を傾げるが、そんな事を一々気にしていられない。

 まずは何でもいい、何でもいいから早くすぐにでも思いつく言葉を言おうと、そう決心して彼は乾いた口を開けて、

 

 

 

「……随分と貧相な体つきを……」

「ていっ!」

 

 彼が言いかけた瞬間、間髪入れずに金髪ポニーテールの少女の突き出した手がクリアの体を押した。

 そのまま彼は、重力に逆らう事も出来ず一面に張られた水面へと引き寄せられ、ドボンっと鈍い音が彼の耳に届き、直後に耳と鼻の穴から侵入して来る水に不快感と少しの痛みを覚える。

 彼がプールに落ちるのと同時に、此方はクリアが聞いた音よりもやや高い音がイエローの耳へと届き、彼女はハッと我に返る。

 

「わっ!? ゴメンクリア……ってちょっとクリア!今凄く不快な言葉を聞いた気がしたんだけど!」

 

 謝るのと同時に怒りを露呈させるというイエローの高等テクニック。どうやら今先の行動は無自覚によるものだったらしい、ただ本当に反射的に手が出てしまっただけか、それともそれだけ彼女にとって彼の一言は彼女のコンプレックスに触れるものとなっていたのかは定かでは無いが。

 言いながら彼女もすぐに水面へと足指をつけ、その温度の変化に僅かに華奢な体を震わせながらも、すぐにプールへとダイブした。

 水深自体はそこまで深いものじゃ無い様で、背丈の低いイエローでもどうにか足をつけて酸素を補給出来る程の深さ、そしてつい先程クリアが落ちた、というか彼女によって落とされた場所へと視線を向け、

 

「……っぷはぁ! い、いきなり落とす奴がいるか……!」

「そ、それはゴメン……でもクリア、ボクが落とす前何か言って無かった? ねぇ?」

「……き、気のせいなんじゃないですかねー、私目の記憶にはございません、多分水面に着水した時のショックでここ数秒程の記憶は失われたきっとそうですハイ」

「むぅ、どこか納得いかないけど……でも許してあげる」

 

 僅かに頬を膨らませるもそれは一瞬の事、すぐにイエローは元の人懐っこい穏やかな表情で微笑んだ。

 彼女自身、つい勢いでプールへと落としてしまった事に対し多少の反省はあるらしく、それとこれで帳消しチャラにしようという考えらしい。

 ちなみにその笑顔を見たクリアは自身の頬の温度が上昇するのを感じて顔の半分まで水へとつけ隠れるが、イエローがその理由に気づく事は無い様子だった。

 

「何してるのクリア?」

「……冷ましてるんだよ、"瞬間氷槍"らしくさ」

 

 

 

 約一時間程それから、一頻り二人きりでプールで遊んだ。

 泳いだり、借りたボールで水中バレーをしてみたりと、とりあえず思いつく限りの事を。

 そうして一緒に楽しむ二人だったが、そこでクリアは気づいた。彼も彼で普段からジム戦の為、ジムと町との行き来の際はあえてエレベーターは使わず険しい崖を使って上り下りをしたりして鍛えたりはしていたが、そんな彼の体力について来るイエローもまた実は隠れて体を鍛えてるんじゃないかと思える程だったのだ。

 プールでの水中バレー、文字通り水の中でやるバレーなのだがこれが中々体力を使う。どんな動きをするのにも、特に下半身に力を入れる時は日常生活の中の数倍の労力を必要とする、始めこそ何も感じないが、慣れてくれば次第とその腰下辺りの水に除々に足を取られ始め、最後にはもう動けなくなって水面に浮かんで休憩したりもするものだが、彼を相手どるイエローが全くと言っていい程疲れを見せないのだ。

 本当に、心の底から楽しんでいる様で結構なのだが、彼も男の子、女の子相手に疲れたから休憩しよう――等とは妙なプライドからか言い出せず、結果水中バレーは惨敗。体力を使い果たした彼は今の今まで、傍に置いてあった椅子に座って休憩を取っていたのである。

 

「つーかあの小柄な体格のどこにあれだけの体力がついてんだよ、見た所筋肉なんてろくについてない様に見えるし……」

 

 ボヤきながら水面へと目を向け、再度足先を水へと突っ込む。

 もう温度の変化にも慣れたのだろうすんなりと上半身まで浸かって、今は浮き輪に乗って漂流しているイエローの下へと疲れた足を運んだ。

 

「おーい? ……おーいイエロー、もうそろそろ上がって部屋に戻ろう……ぜ?」

 

 呼びかけてみるも返事は無く、その事を不思議に思いながらも彼は彼女の下へとたどり着く。

 漂う浮き輪の上から、彼女の長い金髪が水面へと垂れて漂っている。それを確認し、毛先の先まで見える位の位置まで近づいても彼女の様子に変化は無い。

 

「……おい、イエ……ッ!?」

 

 嫌な予感が彼の脳裏を駆け抜ける、何の根拠も無いその予感に戦慄を覚え、すぐに彼は彼女の浮き輪を動かした。

 まずは目の前の少女の安否の確認を、そう思って浮き輪を動かした先にあったのは――少女の安らかな寝顔だった。

 軽い寝息を立てて、気持ち良さそうに胸を上下させる少女の姿、それを見たクリアは思わず、

 

「……え?」

 

 思わず、つい素っ頓狂な声を漏らす。強張っていた肩の力が抜け、溜め込んでいた不安を吐き出す様に一度肺の中の空気を捨て、深呼吸し、

 

「ほっ、良かった、寝てただけか……って何水場で寝てやがんだよお前は、危ないな」

 

 注意する様に言いながらも、その顔に怒りの表情は見えない。眉は釣り上がってないし、声も荒立ってはおらず逆に穏やかなものになっている。

 

「……おーい起きろよイエロー、起きなきゃ置いてくぞー……まっ、置いてかないけどさ」

 

 誰とも構わず独り言の様に彼は呟いた。

 否、それは本当に独り言だったのかもしれない、普段見せない裏の表情を、はにかみ笑いをした彼はいつか見せた彼女が眠っている時にだけ見せる柔和な笑顔を浮かべ言う。

 

 

「……はぁ、何か寂しいなこれ……ったく、本当に置いてくぞ、イエ……」

 

 再度クリアの言葉が止まる、しかし今度は目の前の少女に何か違和感があったから――では無い、むしろ逆、彼の中での違和感の為。

 今この場に人間はたった二人、たった二人の男女、少年と少女、そして少女は眠っていて見た目分からずとも矢張りかなりの体力を使っていたのか、そう簡単に起きる気配は無い。

 更に目の前の少女、イエローは今水着である。水に濡れ、着衣が肌にフィットしその細い線を鮮明にしてあり、ゆっくりと上下する胸は慎ましながらもそれでいて僅かに彼女が"少女"であるという証明にもなっており、そして濡れた唇や白い素肌は柔らかそうに湿り水気を保っていて、

 

「……ぁああもう!」

 

 そんな状況に遭遇してしまっては、彼も理性を保つのは必死、見た目幼く日頃は男装している為意識しないが、矢張りこういう場所、シチュエーションだと特別意識してしまう。

 そして彼は、少々乱れた呼吸を正常に戻しつつ、震える手を眠る彼女へと伸ばして――、

 

 

「起きろ! イエロー!」

 

 

 勢い良く、それこそ容赦なく彼女から浮き輪を引っ手繰った。

 

「むッ!?……ぷあぁ! な、何々どうしたの!?」

「"どうしたの"じゃない……!」

 

 ビクリ、と小さな肩を震わせ、金髪のポニーテールが僅かに揺れる。

 浮き輪から水中へと一旦落ちて、すぐ様頭を出した彼女を待っていたのは、眉を少しだけ吊り上げたクリアの姿だった。

 彼女自身、どうして今自分が怒られているのか理解していないだろう。彼女からしてみると、ただ浮き輪の上で何時もの様にお昼寝をしていただけなのだ、クリアだって彼女がよく眠る事は知っているし、その事について呆れる事はあっても特に咎める事も無かったのだ。

 

「全く、こんなとこで寝てて、もしそのまま溺死しちまったら大変じゃないか……少しは気をつけてくれよ」

 

 そう言ったクリアは本当に心配そうな顔をしていた。

 しかしそれでいて、ほんの少し声が上ずっていたのだが、先のショックと目の前のクリアの心配そうな表情の所為かその変化に気づかないイエローは、

 

「……ゴメンなさい……」

 

 素直に謝る事しか出来なかった。それ以上の言葉は不要だったのだ。

 何にせよ、確かに水場での居眠りは危険だ。寝ている時は人間の最も無防備な時間の一つなのだから。

 それを理解して、謝るイエローの姿に、クリアは一度嘆息し、

 

「本当に気をつけろよな……俺じゃなかったらどうなっていたかと」

「……え、それってどういう意味?」

「なんでもねーよ」

 

 彼の言葉に疑問を持ったイエローだったが、それ以上の答えは返ってこなかった。

 彼女の目の前の彼は本当に心配した様子で、そして少し怒っていて、しかしその怒りは何も彼女自身にだけ向けられていた訳では無い。

 ただ一瞬でも"そう思ってしまった"事が、きっと彼には酷く許せない事だったのだろう。

 

「あぁ、それとさイエロー」

 

 だけど、そんな怒りは飲み込んで、経験は次に生かす為に記憶の中に取っておいて、

 

「今日一日楽しかったよ、明日からもまたよろしくな」

 

 短い間になるだろうが、これから暫く共に過ごす"友人"へ向けて、彼は静かにそう告げるのだった。

 

 




……これ位の描写なら指定つかないでしょう(震え声)

後書き終わって気づいた、今回一匹もポケモン出てない!……なのでvsシリーズは空欄になりました。
多分、こんな事は今回限り――だと思いたいです、元々今回のはプロットにない話でしたし。


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四十一話『vsキャモメ 一つの約束、すれ違う表裏』

 

 

『……この度はご乗船真にありがとうございました。当船は予定通り、ホウエン地方カイナシティ港に間も無く到着致します、荷物等のお忘れ物が無い様に……』

 

 薄ら眼を少しずつ開きながら、天井高い豪華な作りの客室の中でクリアは目を覚ました。

 まだ静かに寝息を立てるVの分は残して、弾力が有り過ぎる羽毛布団を押しのけて彼はベッドから降り、流れるアナウンスを目覚まし代わりに頭を覚醒させる。

 たった一日限りの船旅だったが、良い意味でも悪い意味でも別室で休んでいる同行人との思い出が出来た船旅、その功労者たる船に心ばかりの賛辞を呟き、彼は着の身着のまま自室を出た。

 部屋を出てすぐ、右隣の客室、彼はその客室のドアの前に立って、

 

「おーいイエロー」

 

 軽く二度ノックする――が、返事は無い唯のドアの様だ。

 うんともすんとも言わない目の前のドアを凝視しつつ、クリアは数秒待って再度、

 

「おーい、イーエーロー? 起ーきーろー!」

 

 今度は強く右手を打ちつけしばらく、七回目のノックの後不意にドアは開かれる。

 

「ふわぁ……あ、おはよークリアー……」

「おはようイエロー、眠そうなとこ悪いけどもう船着くから、すぐに適当に準備を済ませてくれ」

 

 出てきて早々、言って眠そうに欠伸をしながら現れたのは腰まで届く金髪の少女、イエロー、今回ホウエン地方へと出発したクリアにとって予定外な嬉しい同居人だ。

 普段こそ彼女は常に麦藁帽子を携帯し一見少年の様な出で立ちをしているが、しかし今クリアの目の前に立つ彼女は頭の上に麦藁帽子は当然無い、寝起きだからそれは仕方の無い事だろう。

 それに加え、いつもは麦藁帽子を取ると現れる可愛らしいポニーテールも今の彼女の頭には無かった。あるのは腰まで届く何の飾り気も無い金色のロングヘアー、ここまで来れば誰がどう見ても女の子と分かる外見となり、そんな少女の姿を見てクリアは内心、

 

(……パッと見唯の幼女だよなこれじゃあ、本当に今年十四歳の誕生日を迎えるって年なのかよ)

 

 口に出せば怒られそうなのであくまで心の内の中に留めて、目の前の少女の姿に対する素直な意見を述べる。

 元々この世界の住人では無い彼なのだが、そんな彼のいた世界から見て、どう考えても目の前の少女はあって高学年位の児童程度にしか見えない。今のポケモン世界に現れて順調に年を重ねるクリアだが、恐らく初見だと絶対に彼とイエローが同年代には気づかないのだろう。

 

「うん、分かったよ……って、どうしたのクリア?」

 

 どうやら結構な時間、イエローの事を観察していたらしいクリア、彼の目の前で黄色の少女は何時まで経っても動かない彼の様子を怪訝に思ったらしく不意にそう尋ねて来る。

 

「ん、あー、いや別に、ちょっと誕生日的なアレコレを考えてだな……」

 

 言われ、虚をつかれた事もあり、しどろもどろになりながら適当な言葉でその場を濁す。

 自分でも何言ってるか分からないが、いずれにしても目の前の少女が実年齢よりも幼すぎるという事について考えてました、なんて思っても言えない。当然である。

 慌て取り繕った様な彼の言葉だったが、しかしイエローはどこか不審に思う訳でも無かった。しかしそれでいて少しだけ寂しそうな声を振り絞ると、

 

「誕生日……そう言えば、まだクリアのお誕生日にお祝いした事無かったね」

 

 ポツリと言ったその言葉だったが、何故だかそれは辺りに深く響き渡った。

 思えば彼、クリアがこの世界に来て数年、最初の一年は行方を晦ませジョウトで好き勝手やってたとしても、仮面の男事件以降は頻繁に知人達にも会っていた。

 リニアを利用し、週単位でジョウトへとやってくるオーキド博士は勿論として、特別仲の良いハヤトやツクシを始めとした他のジョウトジムリーダー達、レッドやゴールド等図鑑所有者、そして目の前のイエローも含めそれなりに交流は行っていた。

 しかし、彼等がクリアの為に何らかの祝い事を行った事と言えば、思い返せば彼のチョウジジム就任祝い一度切り、それ以来は会に出席する事はあっても彼主賓の祝い事はゼロだったのである。

 

「……そうだな」

「ねぇクリア、まだ話せないの?」

「……あぁ、まだだ」

 

 問う方も問われる方も辛い問答。恐らくこの場にブルーの様な者がいれば、空気を読んで話を笑い話へと転換させ、別の話題を振るのだろうが、惜しくもそんな都合の良い人材は今はいない。

 寂しそうにそう聞いたイエローに、苦虫を噛み潰した様な顔でクリアは"何時もの様に"そう答える。

 

 過去に何度も、今のイエローの様に彼に誕生日を聞いてくる者達はいた。イエローの他にはブルーや、レッド、アカネやハヤトといった者達が主な面子だ。

 しかしその度に彼は今の様に自分の素性についてははぐらかせてきた、何度も、何度も、何度も――理由は勿論、彼がこの世界の住人では無いという点、その一点に尽きる。

 唯でさえ別世界の人間というだけで笑われそうなものなのだ、加えてクリアは彼自身がいた元の世界で"ポケモン"の知識を少なからず入手している、そしてその事実こそが、彼が正体を打ち明けられていない最もの原因。

 ――そもそも何故彼がいた世界にポケモンという概念があったのか、唯の偶然なのか、可能性の問題なのかそれとも――彼が元いた世界に今彼がいるポケモン世界の元住民がいるのか。

 真相は定かでは無いが、彼が今いるこの世界において"クリア"という存在は非常に珍しい存在で、そして"二つの世界"を知っている恐らく唯一の人間なのだ。

 そしてもしその事実が公になれば、彼は今の心地よく暖かな生活を失う恐れすらある。注目の的になる分はまだいい、最悪どこかの悪の組織が"もう一つの世界"目当てに彼自身を狙って来るかもしれない、別世界の人間という事で狂科学者(マッドサイエンティスト)の研究対象にされる恐れすら微量ながら存在している。

 更に加えるとそうなる事で実害を被るのはクリアだけ、という保障はどこにも無く、レッドやオーキド博士といった親しい者達も、目の前の彼にとって非常に大切な少女すら危険な目に会うかもしれないのだ。

 考え過ぎ、そう言われてしまえばそれまでだが用心に越した事は無い。そもそも黙っていた所で日常生活に支障をきたす訳でも無く、素性が不明だからと言ってもそれを補い余る分の信頼を、彼はこれまでの行動で掴み取っている。

 

 ――むしろこのまま、クリアがこの世界から消えていなくなるまで口に出さずにいてもいいだろう、そうクリアは考えているが――、

 

 

 

「……まぁ、誕生日位なら喋っても構わないか」

「……本当!?」

 

 顔を背けながら呟かれたクリアの言葉に、陰が差していたイエローの表情に光が戻る。

 その微妙な表情の変化に内心ホッと胸を撫で下ろしつつ、クリアは久しぶりに自身の誕生日を思いだし、そしてそれを口に出す。

 

「五月五日、その日が俺の誕生日だよ」 

 

 五月五日、端午の節句のこどもの日。過去にその事で子供っぽいとよく同級生にからかわれた日々の事をシミジミと思い出しながらも、しかしそれでいてその事を目の前の少女にはあえて感じさせない様努めクリアは何気無い風に告げる。

 今までひた隠しにして来た彼の"秘密"の些細な一部分、万が一にも情報漏えいは避けてきた彼だったが、だが今にして思えば誕生日の一つや二つ、確かに彼もその程度の情報ならいつでも公表しても良かった気がして来る。

 こんな情報から彼の"秘密"の真相にたどり着く者がいれば、そんな人物は恐らく稀代の天才クラスの頭を持つ者しかいないだろう。

 そしてそんな人物とクリアが出会う確率なんて、あって無い様なもののはずだ。

 

「うん、五月五日だね……だったら今度はちゃんとやらなくちゃね」

「やるって何を?」

 

 遂に明かされたクリアの誕生日、特別大した事も無い情報にイエローは目を輝かせて言う。

 何がそんなに嬉しいものかと、割りと本気で考えながら聞き返すクリア、そんな彼にイエローは嬉しそうな笑みを浮かべ、

 

「決まってるよ!……クリアのお誕生日のお祝い! 勿論皆で!」

 

 彼と彼女が知り合って、まだそう多くは季節は巡っていない。

 しかしそれでも、その季節の中で彼女が感じた寂しさは本物であって、これからの季節の中で共に彼の誕生を祝う事が出来る事は彼女にとっても本当に嬉しい出来事。

 何気無い"誕生日"一つで、彼と彼女の間の壁が一つ取り払われた様な、そんな錯覚すら今のイエローの中には湧き上がりそうな程だった。

 

「……そうだね、楽しそうだし」

 

 そして浮かべられた笑みを見て、一瞬大きく目を見開いたクリアだったが、次の瞬間にはもういつもの表情に戻った。

 ――否、その表情はいつもより少しだけ頬を吊り上げた表情へと変貌していた。

 

「だったらはい!」

「……何、その指?」

 

 そして差し出される一本の小指、イエローの右腕から伸びるその指を数秒見つめ、クリアは至極当然の疑問を彼女へと投げかける。

 何の説明も無しに小指だけ差し出されたのだ――恐らくクリア以外の人物ならば大体の者はイエローが何をやりたいかの予想は立てられるだろうが、しかし残念ながらクリアがそれに気づく事は無い。

 その鈍感さに一寸だけ頬を膨らませてイエローは言う。

 

「指きりげんまん! "約束"しておかないと、いつもみたいにまたクリアってばフラッといなくなっちゃいそうだし」

「何でそんなにテンション高いんだよ……それにもう、そんな事はしないさ」

 

 しかしそう言いながらも、彼女の指を待たせる事無くクリアの右手の小指がイエローの右手の小指へ絡まる。

 平静を装いつつも、しっかりと目を泳がせるクリア、何分相手はイエロー、見た目多少は幼いと言っても年代的には同世代位の少女、ドギマギとしない方が可笑しいはずだ。

 そして当のイエロー本人も――まさか本当に絡めてくるとは思わなかったのか、それとも今になって自身の行いに羞恥心を覚えたのか、微妙に鼓動を早めるイエローの心臓。

 ドクン、ドクンと体内ポンプが血液を循環させ脈打つ音が彼女の耳へと届き、その音が目の前の少年に届いていないかと、イエローは一抹の不安を覚えるが、やりかけた事ならば仕方が無い。早まる鼓動と朱色に染まりかけた頬を頬誤魔化す様に彼女は声を上げて、

 

「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたら……どうしよう?」

 

 ただ純粋にそんな疑問へとぶつかった。

 途端に平常へと戻されていく心拍数、肌の色、彼女の目の前のクリアも呆れた様な可笑しそうな微妙な笑みを浮かべている。

 

「流石に針千本は飲めないしなぁ……十本位なら」

「数の問題じゃ無いと思う……うーん、じゃあこれは後々決めよう!」

「それ多分忘れて流れるパターンだと思うぜイエローさん?」

 

 結局約束が果たされなかった時の決まり事は保留となる。

 というかそれでは指きりの意味が無いはずなのだが、しかし当の本人達は既に約束事は交わされた気でいるらしく、

 

「じゃあクリア、約束だからね、絶対どこかに行っちゃ駄目だからね!」

「分かってるって、心配しなさんなよ」

 

 八月初めの朝方、寝巻き姿のクリアとイエローはそう言って一つの約束事を決めた。

 次の五月五日、つまりは"約九ヶ月後"に初めて、クリアの誕生日を祝うという事を。

 それは極最近ホウエン地方ミシロタウンを旅立った二人の少年少女と似て非なる約束、ルビーと名乗る少年とサファイアと名乗る少女達が交わした"八十日後"の約束は、"約束の日まで"という期限付きのもので、クリアとイエローが交わした約束は五月五日という"絶対にその日で無いといけない"というもの。

 何でも無い様に努め、だけど薄い微笑を隠し切れないクリアと、ニコニコと笑顔を浮かべるイエローの――彼らのそんな小さくとも大切な"約束"はこの日そうして交わされたのだった。

 

 

 

『……皆様大変お疲れ様でした、当船はただ今ホウエン地方カイナシティに……』

 

 そして彼等が指を離そうとしたその瞬間、クリアとイエローの両名の耳に聞こえて来るのは船内アナウンス。

 彼等が無自覚に時間をかけてイチャついている間に、どうやら船は予定通りカイナシティについらしい。隣、そのまた隣と次々に客室のドアが開いていく。

 寝巻き姿で呆然と立ち尽くす彼等だが、しかし寝巻きと言ってもクリアは半そで半ズボンというラフな格好で、イエローも普通にピンクのパジャマ姿という確かに多少の恥ずかしさは湧き上がるが、しかし特別妙な格好をしている訳では無いので、出てくる乗船客には作り笑いで逃れられる状況――のはずだったのだが、

 

「あらまぁ、もしかしてカップルさん達かしら、いいわねぇ若い子達は」

 

 イエローの部屋から数えてすぐ右隣の部屋、アナウンスを聞いて身支度済ませて出てきたであろう、老眼鏡らしき眼鏡をかけた小柄で腰を曲げた一人のマダムが上品に顔に手を当てつつ、微笑を浮かべ呟いた。

 傍から見ればクリアとイエローは所謂年頃の若い男女で、そんな若い男女が寝巻き姿で朝方から向かい合って小指を絡ませあってるという状況だ――そんな状況じゃ言い訳なんて不可能、何も知らない人達から見たらマダムの言葉通り、唯の仲の良いカップルそのものである。

 

「ッ!……じゃ、じゃあイエローすぐ支度する様に! 俺もソッコーで終わらせるから!」

「う、うん、じゃあクリアまた後で!」

 

 マダムの言葉に完全に引いていた二人の熱が再び上昇する。

 互いに顔を赤くしながらコンマ数秒の勢いで指を離し、早口にそう伝え合ってから、まるで逃げる様に彼等は部屋へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなクリアとイエロー二人の様子を見て、あくまでも上品な笑いを崩さずにマダムは笑みを深める。

 その笑みは目の前の初々しい二人の男女の姿に対して――では無く"見知った顔"の二人、クリアとイエローという少年少女達に対して、

 

「まさかこんな所で鉢合わせするとはこれも運命の悪戯かね……まぁ今回は見逃してやろうじゃないのさ、今はまだ私の動く時では無いからねぇ……フェフェフェ」

 

 上品に悪意の篭った特徴的な笑い声を出した老婆はそうして彼等の部屋の前を通り過ぎる。

 出会ったしまった"不幸"、下船ラッシュ時というそれ以上の"幸運"、その二つの事実にクリアとイエローの二人が気づく事は無かった。

 

「じゃあ行くとするかい、まずはお前達の"修行"が最優先だよ……シャム、カーツ」

 

 そして次々と各部屋のドアから人間が現れる。

 そんな雑多な人間の群れに混じって、木を隠すなら森の中とでも言わんばかりに、異質な彼女等はそうしてホウエン地方のどこかへと消える。

 いずれ先程出会ったクリアやイエローの様な"正義のトレーナー"達と再び邂逅する時に備え、準備を怠らず、そして彼女は急がない。

 "その時"が来るまで、ひたすら耐え準備する、"スオウ島"の時はそれでも失敗したが、しかしそれは準備が、"手駒"が不足していた所為だろうと。

 四天王達とその他の多数のポケモン達の軍――だけではまだ足りなかった、ポケモンの軍だけでは力不足だった、だからこそ有力なトレーナーが必要不可欠であると彼女は考えたのだ。

 その為の足がかりとしてまずは彼女の後ろに付き従う二人の男女、仮面の男"ヤナギ"の弟子だったシャムとカーツの両名、まずはこの二人を徹底的に鍛え上げる事、それが今の彼女、"キクコ"の課題。ヤナギの失踪で生きる目的を失った二人の人間を取り入れる事は、思ったよりも楽だった。

 そしてこれらの行動は全ていずれ来る"動く時"までの、その準備段階に他ならないのだ。

 

 ――そしてもう一人。

 

「ん、もう一人はどこに行ったんだい?」

「……様ですか? 確かさっきまで後ろに……」

 

 キクコの言葉にカーツが答え、三人同時に後ろを振り向いた。

 ――瞬間、

 

「フンフフフ、誰かをお探しですか? キクコ様」

「……何だいそこにいたのかい……」

 

 此方もまた特徴的な笑い方の、細目で血色の悪い顔でミステリアスに笑う女性。

 何時の間に彼等の前方にいたのか、ハッとして振り返ったシャムとカーツの両名に対し、彼女は毒々しい印象の微笑を浮かべる。

 

「アンタにはアンタの仕事があるだろうが、今は私について来るんだよ、いいね……サキ」

「えぇ分かっております……お師匠様」

 

 より一層深まっていく"闇"を間近にしながらも、クリアとイエローの二人はまだその"闇"に、とうとう気づく事は無かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにか身支度を最低限の時間で済ませたクリアはすぐに自室のドアを乱雑に開けた。

 もう廊下には誰もいなくなっており、つい先程までいた"誰か"の存在に当然彼が気づく様子は無い。

 最も、いくら殺されたとは言えそれは刺客のゴーストによるもので、実は現実には"一度も会った事の無い"彼クリアと、そしてイエローもまた、今しがた出会った軽めの変装だけで平気で町々を出歩く老婆が、まさかスオウ島事件の主犯格の一人、"キクコ"であったとは夢にも思わず気づく事が無かった事も頷ける。

 

「あ、クリア」

「イエロー、そっちも身支度は終わったんだな」

「うん……じゃあ行こう! クリア!」

「あぁ……!」

 

 そうして彼等は肩を並べて歩く。

 持ち歩いているのは最低限必要なもののみ、旅はいつでも身軽な方が色々と効率が良い。

 そして鉄の天上の船内から、太陽が眩しい青空の下に彼等は出た。

 新鮮な空気が肺を満たし、カントーやジョウトとはまた一風変わった風や海、景色が彼等の眼に飛び込んでくる。

 小型の白を基調とした鳥ポケモン、キャモメが港で羽を休め、物拾い中なのか茶色の縞模様のポケモン、ジグザグマが所狭しとジグザクに走っているのが見えた。

 

「わ……わぁ! 凄い凄い! 見た事無いポケモンばかりだよクリア!」

「そうだな、ちなみにそこの白いのはキャモメで茶色はジグザグマってポケモンだよ、どっちもホウエンが主な生息地域のはずだ」

 

 珍しく子供の様にはしゃぐイエローに、可笑しそうに苦笑を浮かべたクリアは、とりあえず"持ってる知識"の中からポケモン達の情報をかき集める。

 別世界でポケモンのゲームをやりこむ程、にはしていなかったがそれでも一時期は四六時中ずっとやっていたクリアだ。名前やタイプといった超基礎的なデータ位は頭の中に入っているつもりだ。

 

「そうなんだー……って、やけに詳しくないクリア?」

「っ……そ、それ位なら常識だっての、仮にもホウエン来るんだし下調べ位はしてるさ」

「……ふーん」

 

 どこか疑わしそうな眼を向けてくるイエローに、クリアは内心冷や汗をしつつ答える。

 数秒の間、疑わしそうに彼を見上げる彼女だったが、しかしクリアの言い分にも一理ある。その事からか諦めた様にイエローはクリアから目を逸らして、

 

「じゃあクリア、この街の"お勧め"に案内してよ、ボクまだこの街の事よく分からないから」

「んな!? お前そんなの俺だって……」

「下調べしたんでしょ?」

「うぐっ……あー、分かったよ、俺に分かる範囲でいいならエスコートさせて貰うさ」

「……本当に案内出来るんだね、ボク今ちょっとだけクリアの事見直したよ」

「……俺も今思ったけど、お前なんかブルーさんに似て来てない? 悪い影響受けてるぞ」

 

 タラップを渡りきり、目の前に広がるカイナの市場を物珍しそうに眺め歩きながら、クリアとイエローの二人は街の中心部へ向けて歩き出す。

 時折軽口を叩きあいながら、目の前の人物以外誰一人として知人がいない土地の中を。

 恐らく見知らぬ土地、見知らぬ街というシチュエーションが彼等のテンションゲージを軽く振り切らせているのだろう。中でも幼い頃のイエローを知る者がいれば、きっと今のイエローの変わり様には驚くのかもしれない。

 レッドとの出会いから始まり、ブルーとグリーン、そしてクリア、様々な出会いを通して成長しているのは、何もクリアだけでは無いのだ。

 

「それで、まずはどこに行くんだいクリア?」

「そうだなぁ、まずはカイナのコンテスト会場にでも行ってみようか、何にしたってまずはポケモン関連を攻めて行こう!」

「うん、さんせー、じゃあ行こう……クリア!」

 

 そう言って差し出されたその手に、クリアは僅かな戸惑いを見せつつもだけど自身の手を伸ばす。

 人混みの中、(はぐ)れない様にしっかりと、恥ずかしそうに握られた手と手は離れない様しっかりと固く握られていたのだった。

 

 




この話書いてて、実は自分は性格が悪いんじゃないかと改めて思った。

そして少しずつ原作から離れていく――まぁまだあまり影響は少ないはずですが。
――本当はキクコとサキの関係はもっと後の方で出す予定だったのですが、何故か船の中で出てきてしまった……何やってんだよこいつら。


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四十二話『vsロゼリア 緑の少年、赤の男』

 

 ホウエン地方、人とポケモンが行き交う港町、カイナシティ。

 カイナ市場やクスノキ造船所、ポケモン大好きクラブといった数々の施設が現存する場所。そしてそれら数々の施設の中でも一際目立つこの町一番の観光スポット、それがポケモンコンテストハイパーランク会場だ。

 ノーマル、スーパーと二つのランクを制した者のみが出場出来る文字通りのハイレベルなポケモン達の技の魅せ合い、一般的なポケモンバトルを"闘"と例えるならポケモンコンテストは言うなれば"美"、美しさを競う競技であり、その魅力にバトル以上の価値を見出す者も少なくない。

 

 そして、そんなポケモン達の魅力を競う施設の入ってすぐの入り口付近に二人の少年少女は立っていた

 クリアとイエロー、ジョウトとカントーというそれぞれ別々の地方に腰を据えている二人は今、クリアの持つ無料の乗船パスを利用してこのホウエン地方へと旅行に訪れている。

 旅行と言ってもガイドもそして計画さえも定まっていない旅、そもそもパスの有効期間以内にジョウトへと戻れればいい為、ホウエンについてしまえば後は彼等各自の判断によって旅行の道筋予定は決まる。

 そこで彼等は、まずカイナについてすぐコンテスト会場へと足を運んだ。理由は単純に、ジョウト地方でも最近ではいくつかの町でコンテスト自体は行われているのだが、しかし両名共もそれらの大会を見に行った事が無かった為である。

 だからこそ、期待に胸を膨らませコンテスト会場へと足を運んだ二人だったのだが、

 

「すいません、この辺りでカクレオンを見かけ無かったでしょうか? これ位の緑色のポケモンなんですけど」

 

 いざ会場に入ってすぐ、その日のコンテスト開催状況を確認していた二人の前に一人の少年がそう言いながら現れたのだ。

 それは彼等より少し年下位の明るい緑の髪の若干顔色の悪い少年、ジェスチャーを交えつつ言った彼の言動から察するに、手持ちポケモンとはぐれてしまったのだろう。

 問いかけられた二人だったが、当然今会場へと到着したばかりの二人がそんなポケモンの行方を知るはずも無い。

 

「いえ、ボク達は今来たばかりなので見てないですけど……はぐれてしまったんですか?」

「……うん、ちょっと目を離した隙に……あ、どうもありがとうございます」

 

 イエローが答えると、少年は二人に頭を下げて礼を言い、再度ポケモンの名前を呼びながら辺りを探し始める。

 その様子を少しの間眺めて、イエローとクリアは一度だけアイコンタクトを交わすと、

 

「ねぇ君、もし良かったら俺達も君のポケモン探し手伝うよ、次のたくましさコンテストまで少しのインターバルもあるしさ、そのカクレオンはこの会場内にいるんだろ?」

 

 心配そうな顔で呼びかけ続ける緑の少年にクリアは言った。

 彼の言葉通り、今は五つある各種目のコンテスト間に休憩時間中であり、コンテストを見に来た彼等には少しの暇があった。

 だがしかし、恐らくそんな場合じゃなくとも、彼等は目の前の少年へと声を掛けたのだろうが。

 

「え、えぇはい! ありがとうございます……えーと」

「クリア、俺がクリアでこっちがイエロー」

「クリアさんとイエロー君ですね、僕はミツル、よろしくお願いします」

 

 クリアの提案に戸惑いを見せつつも、だが一人で探すより多人数で探す方が遥かに効率的であり、また名乗った少年"ミツル"自身の体力的な問題からもこの申し出は嬉しい。

 その為ミツルもクリアに礼を言って互いに自己紹介を済ませる――のだが、ミツルの言葉にどこか困った様な表情を浮かべるクリア、その表情の変化に疑問を覚えるミツルだったが理由は直後に分かった。

 

「えーと、まぁ気づかないよね……クリアだってずっと気づかなかったんだし」

 

 言って、おもむろに頭の麦藁帽子をとるイエロー、すかさず現れる長い金髪のポニーテール、一瞬目を見開き驚きを隠せないでいるミツル。

 

「え、あれ!? もしかしてイエロー……さんって」

「君の思ってる通りだよミツル、後イエローは俺と同い年位だから多分君よりも年上だ、一応先に言っておくよ」

「えぇ!?……す、すいませんでしたイエローさん! てっきり年下だとばかりに、それに、その……すいません女の子とは思わなくて……」

「い、いえ大丈夫です! 慣れてますし! 気にして無いですから頭を上げてください!」

 

 苦笑を浮かべるクリアに、慌てふためくイエローとミツル。

 だがミツルが勘違いするのも頷ける、イエローは基本誰に対しても敬語で見た目も実年齢より幼く見られがちだ、更にクリアと肩を並べる事によって比較対象も出来てより一層、そんな考えを助長させる。

 しかし見誤って年上のイエローに対して砕けた口調で、それも男性と勘違いしていたのも事実、その事で頭を下げるミツルと突然の事に慌て言うイエローだったが、すぐにクリアは手を一度叩き合わせて、

 

「よし、じゃあ挨拶はこれ位にしてそろそろミツルのカクレオンを探そうか、カクレオンの特徴から考えて探すのは大変だろうし」

 

 そう言って周りをキョロキョロと見回し始めるクリアにイエローは、

 

「クリア、特徴って?」

「イエローさん、カクレオンは周囲の色に自分を擬態させる能力を持ってるんです、多分クリアさんが言ってるのはその事だと思います」

「その通り、流石に持ち主だなミツルは、じゃあそんな擬態したカクレオンの見つけ方も当然知ってるよね?」

「はい、お腹の赤いギザギザ模様を探せば見つける事が出来ます……というかクリアさん、やけに詳しいですね、もしかしてクリアさんもカクレオンを……?」

「んにゃ持ってないよ、知識として知ってるだけさ」

 

 生憎今は競技が行われていないという事もあり、周囲には少なからず人やポケモンが溢れている。その中で探すという時点で一苦労なのだが、探す対象は隠れる事が得意なカクレオンだ。

 だからまずはカクレオンの特徴を――ミツルには当然知ってるだろうという確認、そしてカクレオンの特徴と見つけ方を知らないだろうイエローに教える為、あえて確認する様な質問をクリアは投げかけて、

 

「固まって探しても効率悪いな……よし、俺は向こうの方探してみるからイエローとミツルはここら一帯を頼むよ」

 

 カクレオンの特徴と見つけ方は既に確認済み、そして捜索は一つの場所を多人数で探すより広い範囲を別々に探した方が効率的だ。

 故にクリアは早口にそう言い、イエローも、

 

「うん分かった、見つけたらまたここで!」

 

 走り去るクリアに、去り際叫び伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても"ミツル"か……確かゲームでもいたよなそんな奴、という事は同一人物か? もうグラ(グラフィック)なんて覚えていねぇから確かめようも無いけど」

 

 イエローとミツルの二人と別れて、ブツブツと独り言を呟きながらもしっかりと周囲を見回しながらクリアは会場内を歩いていた。

 

「確かゲーム版では病弱設定があったよな……となるとさっきのミツルも……確かに顔色悪かったし」

 

 過去の出来事を思い出しながら呟く彼、クリアはこの世界とは違う世界の人間である。

 どういう訳か、気づいたらこの世界で倒れていた彼は、それから様々な出来事と出会いを繰り返して、今この場、この時間に至っている。

 だからこそ、先程あったミツル少年はクリアにとって初めて出会う人物であったが、同時に全く知らない人物でも無かったのだ。

 ポケットモンスタールビーのゲームをプレイした時、その時からある意味クリアは彼ミツルの事を"知識"としてならば、既に知りえていたのである。

 

「……まっ、ゲームと同人物だとしても関係無いか、結局この世界とゲームの世界は同一じゃない、その事は十二分に理解しているつもりだしな」

 

 四天王事件、仮面の男事件、どちらも彼のいた世界にあったゲーム内では存在しなかった事件だ。

 四天王ワタルやチョウジジムのヤナギが悪人であったという事実は少なからずの衝撃と、同時に彼が今いる世界がゲームと似て非なるもの、同じに見えて全く違う世界という印象も彼に与えていた。

 だからクリアは、先程のミツルやレッドやグリーン達といった"知識"として知り得ている人物と出会ったとしても、それは彼が知っている彼等とは別人だと、出会った時からそう思う様に心がけているのである。

 

「……さてと、気を取り直してカクレオンカクレオンは……っと」

 

 頭を切り替え本格的にカクレオン捜索に身を乗り出す。

 周囲を散策し、特徴的な赤いギザギザ模様を目で追って探すも矢張りそう簡単には見つからないらしく、少なくとも彼の視界内には影も形も無い。

 はぁ――と一度ため息をついて、今度は別の場所で捜索しようと彼が振り向いたその時だった。

 

『……会場内の皆様にお知らせです』

 

 唐突に、彼の頭上のスピーカーから会場アナウンスが周囲に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアと別れてイエローとミツルの二人は共にミツルのカクレオンを探していた。

 普通ならここで、クリアと同じ様にイエローもミツルの下を離れ探すべき場面なのだろうが、今のミツルは目に見えて顔色が悪い。

 恐らく元々悪かった体調に加え、手持ちのカクレオンが迷子になっている事で精神的にも疲弊しているのだろう、その事からもしも万が一の事があった時の為に、イエローはミツルの傍についていたのだ。

 

「ここにもいないみたいだ……中々見つかりませんねミツルさんのポケモン……ミツルさん?」

 

 先程クリアと別れて出入り口付近、そこから少しずつクリアが向かった方向とは逆方向に進みながらカクレオンを探す二人だったが、気づくとミツルは廊下の隅の方、植木の前にしゃがみ込んで俯いていた。

 一瞬疑問に思うイエローだったが、すぐに彼女はミツルの体調が優れない事、先程までの今にも倒れそうだった彼の顔色を思い出し、慌てて彼へと近づくが、

 

「ミツルさん! 大丈夫ですか!?」

「あ、イエローさん……すいません、ちょっとこのポケモンが気になって」

「ポケモン?……あ!」

 

 言われてからイエローも気づいた、彼の見ていた場所、植木の陰にいた一匹のポケモン。

 可愛らしい緑を基調とした、両手に薔薇の様な花を持つ小さなポケモンだった。今は何かに怯える様に植木の陰に隠れ震えており、そんなポケモンに対しどうにか安心させようと弱々しい笑顔を作ってミツルは話しかけていたのだ。

 

「ほら出ておいで、何も怖いものは無いから」

 

 そう言って右手を差し伸べるミツル、数分の間、強い警戒心を持ってミツルに察していた緑のポケモンだったが、彼の気持ちが伝わったのだろう、やがて緑のポケモンは安心した様に彼の右手へと乗り、ミツルはそのままそのポケモンを自身の肩へと移動させる。

 

「可愛いポケモンですね! 誰かの手持ちなんでしょうか……」

「それが分からないんです、見た所誰かがポケモンを探してる感じはありませんし……このポケモンも、何て名前なんだろう、見た事無いから名前が分からないや……イエローさんは分かります?」

「いいえ、ボクも見るのは初めてで……クリアならもしかすると分かるかもしれないですけど」

「そうですか……それにしてもクリアさん、さっきのカクレオンの事もそうですけど、随分とポケモンに詳しいみたいですね」

 

 そう言って肩に乗せた緑のポケモンの頭を優しく撫でるミツル、撫でられたポケモンは心地良さそうに目を細めた。

 

「まぁああ見えてクリアはジムリーダーですから、だからきっとポケモンにも詳しいんだと思います」

「え、そうなんですか!?」

「えぇ、ジョウト地方の……あ、クリアはジョウト、ボクはカントーから旅行で今日ホウエン地方に入ったんですけど……」

「はぁどおりで……クリアさんとイエローさん、凄く仲が良いんですね、二人きりで旅行になんて……ってどうしたんですか?」

「いえ……何でも無いです……!」

 

 ミツルに指摘され、少しだけ朱色に染まった頬を隠す様にイエローは麦藁帽子を深く被った。

 こうして他人から指摘されると矢張り羞恥の心が強まるのだろう、普段一緒にいる事が多く、今では一番の親友同士の様な二人だ。それが別視点、第三者から改めてその仲の良さを言われると、何とも言えないこそばゆい様な感情がイエローの胸に渦巻いた。

 

「ミ、ミツルさん! 良ければそのポケモン、少しボクに貸して貰えませんか!?」

「は、はい! どうぞ!」

 

 まるで誤魔化す様に声を荒らげてミツルに言うイエロー、気圧される様に緑のポケモンを肩から両手に乗せイエローへと差し出すミツル。

 しかし差し出された緑のポケモンはまだミツル以外の人間には慣れていないらしく、一向にイエローへは移ろうとしない。

 困った様な顔をするミツルだったが、そんな彼と緑のポケモンにイエローは優しく微笑みかけてから、

 

「そのままで大丈夫ですよミツルさん、それに君もね……ボクは君の事をほんのちょっと知りたいだけだから」

「え、はい、イエローさん一体何を……?」

 

 疑問符を浮かべるミツルだがそれも仕方無い。彼はイエローの能力を知らない。

 彼女の能力、十年に一度現れるという特別な"トキワの森の力"を持つという彼女の能力を――。

 そしてイエローは緑のポケモンへと手を翳し、ミツルの掌に乗った小さなポケモンの心を読み取って、

 

「……分かりました。どうやらこのポケモン、野生のポケモンみたいでこの会場に迷い込んでしまったみたいです……でも何だろう、何か恐ろしい存在がこのポケモンの心の中に見える」

 

 緑のポケモン、その心を読んだイエローは読み取った情報をミツルへと口頭で説明する。

 彼女の言葉通り、今ミツルの手の中にいる緑のポケモンはここカイナ周辺に生息している野生のポケモンだった。そして矢張り彼女の言葉通り、このポケモンは臆病な性格ながら好奇心には勝てなかったらしくカイナの町を興味本位で訪れ、そして最も人の出入りが多く"楽しそう"なこのポケモンコンテスト会場へとやって来ていたのだ。

 だがそこで、その場でこの緑のポケモンは予想外のトラブルに巻き込まれた、それもこのポケモンにとっては思い出すのも恐ろしい様な出来事に、それは思い出すのも嫌な恐怖体験。

 イエローの能力はポケモンの回復、そして心を読み取る能力だ。しかしその能力も万能という訳では無く、そのポケモンがその時考えている記憶しか覗けない為、そのポケモンが思い出せない記憶までも読み取る事は出来ないのである。

 

「イエローさん……貴女は一体……」

 

 何者なんですか? そうミツルが声に出そうとしたその時だった。

 彼等の頭上のスピーカーから、放送の知らせを告げるチャイム音が響き、続く様に高い女性の声でアナウンスが流れ出る。

 

『会場内の皆様にお知らせします。ただ会場内で出場予定だったポケモン達が暴走するというトラブルが発生しました、大変申し訳ありませんが観客、トレーナーの皆様は最寄の出入り口もしくは非常口から速やかに退去をお願い致します。繰り返します……』

 

 スピーカーから再度繰り返される避難勧告、その放送を聞いて彼等の周りにいた観客、トレーナー達は次々と出入り口に向かって退散を開始する。

 流石にポケモンに関するトラブルには慣れているのだろう、それを差し引いても今は件の暴れ出したポケモンはこの場にはいない、故に人々は特にパニックに陥る事無く、会場内から姿を消していく。

 除々に姿を消していく人の気配に、少々の焦りを感じ始めるミツル、だが彼は今手持ちのカクレオンを捜索している状況だ、彼の大事なポケモンを置いて自分だけ避難するという訳にはいかなく、その焦りを表情に出しながらも、必死にカクレオンを再度探し始める。

 

「カクレオン! どこにいるの、出てきてカクレオン!」

 

 出入り口へと向かい流れていく人の悩みを掻き分けながら、ミツルとイエローの二人は必死になってカクレオンを探す。

 が、呼びかけ続けるが一向にカクレオンは現れない。その事に次第に焦りを表情に出し露にしていくミツル。

 ――そんな時だった。

 

「おおぉぉぉぉ! そこの少年達よ、早く外へと出るのじゃ~!」

「え……カクレオン!」

 

 発せられた声に、ミツルとイエローは同時に振り向く。

 そこにいたのは一人の老人、黒のハットとサングラス、ブランド物らしき服装に身を包んだ老人、そしてその老人の肩に乗っていた腹の部分に赤いギザギザ模様を持つ緑のポケモンを見つけるとミツルは歓喜の声を漏らした。

 だが喜んでいるのも束の間、次に老人達の後ろから現れた白と赤の物体にミツルは、そしてイエローもまた驚愕の表情を浮かべる。

 

「心配したよカクレオン!……それと貴方は……」

「ぜぇぜぇ……ウォッホン、わしはとっても偉~いポケモン大好きクラブ会長の……って今はそれ所じゃないですぞ! 会場で暴れ出したあのザングースがわし等を狙って~!」

 

 会長を狙い現れた白と赤のポケモン、ザングースは会長に加え、ミツルとイエローにも狙いを定める様に一度ずつ視線を送る。

 そして彼等より先に窓際へと周りこみ、ジリリと少しずつミツル達を壁際へと追い距離を詰めていく。

 そうして追い詰められながら、イエローは流し目でミツルと会長を一度ずつ見て、次にミツルの手の中の緑のポケモンへと目をやって、

 

(この怯え様……もしかしてこの子、目の前のあのポケモンに怯えてる?)

 

 まるで吹雪の中にいるような身の震わし方に、イエローは確かめる様に再度緑のポケモンへと手を翳す。

 能力を使って影響で激しい眠気に襲われるも、グッと堪えて緑のポケモンの心を読み取って、

 

「会長さん、ミツルさん、ここはボクが……その間に逃げてください」

 

 緑のポケモン、その心の中にハッキリと目の前の白と赤のポケモン、ザングースの姿を読み取ってから、イエローは前を見据えて言った。

 どうやらこの緑のポケモン、町に入りコンテスト会場に迷い込んだしまったまでは良かったのだが、どういう訳か暴れ出していたザングースに見つかり、狙われたらしい。

 体格の差、元々の臆病な性格も相まって必死に逃げ、そして先程の植木鉢の場所で、イエロー達一行と出会ったらしかったのだ。

 

「イエローさん!? 何を言って……!」

「そうじゃぞ少年! 無茶じゃ!」

「多分、大丈夫だと思います、それに会長さんはボク達の事少しだけ知ってますでしょう」

「へ?」

 

 ニコリと笑い言ったイエローだったが、当の会長本人には彼女が何を言っているのかが理解出来なかった。

 それもそのはず、彼女は過去一度クチバの町でポケモン大好きクラブ会長とは知り合っているのだが、しかしそれは目の前のクラブ会長とは別人、見た目全く同じ様に見えるのだが、紛れもない別人なのだ。

 当然イエローからそんな事を言われても、今この場にいる会長には何の事だか分からず、無論安心なんて出来る訳が無い、結果逃げずに二人共その場に留まってしまうが。

 

「……頼んだよ、ピーすけ」

 

 それでも構わないと判断したのだろう、イエローは即座に自身のポケモンであるバタフリーの"ピーすけ"を外に出し、ザングースと向かい合う。

 新しい敵の出現で、更に闘争本能を掻き立てられたのか、先程よりも深く目を吊り上げるザングース。

 そして、最初に動いたのはザングースだった。

 ピーすけへと飛び掛ったザングースは自慢の三本の爪を用いて"ブレイククロー"をピーすけへと向ける、がその攻撃は空を切り、縦横無尽に飛び回り攻撃をかわすピーすけ、しつこくそれを追うザングース。

 

「おぉ!……じゃがイエロー君、逃げてばかりだとすぐにバタフリーの体力が……」

「大丈夫です、すぐに終わらせます」

 

 笑みを崩さずに言うイエロー、その姿に最初こそ不安に思っていた会長と、そしてミツルだったが、彼女の自信に満ちたそんな笑みを見せられ、いつの間にか――何故だか彼女を信じてみたくなってしまった彼等がいた。

 不思議な安心感をもたらす彼女の姿、その姿はカントー、ジョウトと旅してそこに巣食う悪と戦った一人でもある彼女だからこその安心感、尤もそんな事、少年と老人は知る由も無いのだが。

 

「今だ、ピーすけ!」

 

 瞬間、ザングースの動きが止まり、イエローが叫ぶ。

 何事かと身を乗り出した会長だったが、理由はすぐに分かった。ザングースの周囲を囲うキラキラと光る無数の細く丈夫な糸、その糸にザングースは身体を絡め取られて動きを封じられていたのだ。

 そしてそれはピーすけが外に出て間もなく放出し続けていた"いとをはく"攻撃、ピーすけは逃げるフリをしながらも気づかれない様に着々と糸を形成、放出しながら、ザングースの周囲をまるで結界の様に糸を張り巡らせ、丈夫なその糸を何重にも使ってザングースの動きを封じたのである。

 だがそれで終わるザングースでは無い、乱暴に爪を振り回し、強引にピーすけが仕掛けた糸の結界を切り裂いていこうとする――が、

 

「"ねむりごな"!」

 

 その隙を狙ったイエローの、ピーすけの"ねむりごな"がすかさずザングースへと降り注ぐ。

 そうして無数の粉を浴びて、消えない闘争心をむき出しにしながらも数秒、次第にザングースから力が抜けていき、重くなっていく瞼には逆らえなかったのだろうザングースはその場へと眠り込んで、

 

「……終わりましたよ、ミツルさん、会長さん」

 

 イエローの下へと戻ったピーすけをボールに戻して、彼女は笑顔のまま彼等にそう戦闘の終了を告げた。

 

「……凄い、あんなに暴れていたザングースをああもあっさりと……」

「えへへ、いつもはこんなに上手くはいかないんですけどね」

 

 恐る恐る倒れ伏したザングースの横顔を覗き込むミツルだが、確かに目の前のザングースは一寸やそっとの事じゃ起きない位には熟睡しており、先程のイエローのピーすけの"ねむりごな"の威力の凄さがその状況に色濃く現れている。

 その事について呟くミツルだったが、しかしイエローは謙遜する様に小さく笑う程度、彼女の実力の高さは目に見えて明らかだったのだが、どうやらイエローは彼等にはあくまでそんな謙遜とした態度で押し通すつもりらしく、ミツルは、そして会長もそれ以上の言及は止める事にした。

 ――といっても、イエローがバトルが苦手という事は本当である。彼女自身も自分でそう思い疑っていない。

 しかしだからと言って弱い訳でも無い、イエローの手持ちのポケモン達は普段こそレベルが軒並み低く、彼女自身も普通のバトルじゃ碌な指示を早々出してやれないが、今の様な緊急事態の場合は別だ。

 特に人助けに関わった時や、彼女の故郷でもあるトキワの森が危機に晒された時は、彼女の気持ちの高ぶりに呼応して、彼女のポケモン達もまた普段は隠し秘めている強大な力を発揮する事が出来るのである。

 

 

 

「ありゃ、これは一体どういう事だ?」

「あ、クリア!」

 

 倒れたザングースを取り囲む三人、そんな三人に近づく一人の影、先程別れたばかりのクリアだった。

 まずはイエローが彼の声に真っ先に反応し、続く様にミツルと会長も彼の方を振り向く、そこにいた少しだけ横に跳ねた黒髪黒眼の少年、その少年が歩いてくる方向へと。

 

「見てくださいクリアさん、イエローさんが暴れてたポケモンを鎮めてくれて! 凄かったですよイエローさんは!」

「うん、それは知ってるけど……それだけか?」

「え? それだけって?」

「あぁ……」

 

 今のイエローのバトルを間近で見た事に軽く興奮を覚えたのだろう、最近ポケモンを手に入れたばかりの少年ミツルは純粋な尊敬の念をその瞳に写し輝かせて言った。

 が、ミツルの言葉にクリアはその場に立ち止まり、先程までの歓喜の雰囲気が一片する。

 再度重苦しい空気へと変貌しつつある辺りのムードに、イエローは重くなっていく瞼を一度擦って、そこでクリアが、

 

「さっき暴れていたポケモンは"二体"いるって聞いたんだけどさ……?」

 

 その時だった。

 そう告げたクリアの背後、そこに大きな黒く動く物体の姿がミツルの視界に入る。

 クリアに気づかれない様に彼の真後ろへと少しずつ這いずる黒く長い生き物、大きく伸びた牙――ポケモン、ハブネークは明りが最も届かない暗がりから這い出ると、目の前のクリアに狙いを定めて、

 

「ッ! 危ないクリアさん!」

 

 ミツルが言った直後、振り返る間も無くクリアにその毒牙が襲い掛かって――。

 

 

 

 目の前で、彼、クリアの頭一つ分位丸ごと飲み込めそうなほどに口を大きく開けたハブネークを見て、ミツルは先程の放送を思いだしていた。

 確かに先程の放送では"出場予定だったポケモン達が暴走"とアナウンスされていた、暴れているのは一匹のポケモンでは無いと――それを聞いていたはずなのに、失念していた。

 イエローがザングースを無力化した時点で、安心し浮かれていたのだ。自分よりも小さな女の子が上手にポケモンを使う姿に、その姿に自分の姿を重ね合わせて。

 元々身体が弱かったミツルだったが、つい先日、友達が出来た。その友達はそんなミツルにポケモンを貸してくれて、あまつさえポケモン捕獲も手伝ってくれたのだ。

 その時はぐれてしまったそんな彼とはぐれてしまったミツルだったが、彼が療養の為引っ越したシダケの地で一人の老人から自分のいるキナギタウンへと来る様に誘われ、彼はそのままその誘いを承諾、あわよくばポケモンを借りたまま別れてしまった彼の友達の"ルビー"と出会えるかも、という期待を込めて、彼は弱る身体を引き摺り友達となったポケモン達の力を借りて、このカイナまでどうにか旅をして来たのだ。

 

 何故かそんな過去の思い出が、命の危険は無いはずの彼の記憶の中にまるで走馬灯の様に現れ、次に訪れる惨劇を前に一瞬目を閉じそうになるミツルだったが、しかし次の瞬間、彼は――彼を含めた彼等は逆に目を見開く事となる。

 ただ一人、クリアという少年を知っているイエローを除いて――。

 

 

 

「……なんだ、こんな所にいたのか、お陰で探す手間が省けたよ、これで被害は最小限に抑えられそうだし」

 

 振り返らないまま彼は呟く、彼の頭上には大きく伸びた牙が今にも閉じて彼の頭へと切っ先を立てようとするのだが、プルプルと震えるばかりでそれより先には進めそうにも、そして戻れそうも無かった。

 それもそのはず、今のハブネークの身体は、

 

「とりあえずはサンキューV、助かったよ」

 

 巨大な氷のアート、まるで氷山の如く聳える巨大な氷の塊に飲み込まれて尻尾一本動かすのも困難な状況になっていたからである。

 それから、すぐに警察やポケモン達のトレーナー達が現れて事態は収拾した。

 事の発端は何の事も無い、単純な喧嘩、ハブネークとザングースという天敵同士が出会ったしまったばかりの実にありきたりな話。

 互いのポケモン共、遺伝子レベルで戦いがプログラムされている様な性である。そんな事情もあってトレーナー達には厳重注意、これからはしっかり自分のポケモン達の管理はする様にという説教だけで済まされていた様だった。

 

 

 

 そして、事件が解決した後クリアとイエロー、それにミツルと会長の四人は――会長のポケモン大好きクラブにいた。

 

「むほぉ~! この艶この毛並み、何とも美しいポケモンじゃなぁ少年よ!」

「そうですか、それは良かった?……です、Vも喜びますよ」

「クリア君、このポケモンわしに譲っては……」

「駄目です」

「即答とは少し寂しいぞ少年……」

 

 警察からの事情聴取に思った以上に時間を食ってしまい、彼等が解放される頃にはすっかり夜になっていた。

 流石にそんな暗闇の中動くのは昼間と比べ旅の危険が遥かに跳ね上がり、またクリアとイエローの旅路も急ぎの旅では無い、という事から、そして会長切っての頼みという事もありクリアとイエローの二人は共に会長のポケモン大好きクラブのビルに泊まる事にしたのである。

 まぁ一番の理由は、能力を使った影響もあり、今にも眠ってしまいそうなイエローを連れて夜間の旅は危険だったから、というのが一番の理由であるが。

 

「あはは、会長さん、凄く嬉しそうですね」

「そうですねミツルさん……お水飲みます?」

「あ、頂きます」

 

 相も変わらず体調が優れないらしいミツルにイエローはコップ一杯に溜め込まれた水を差し出した。

 クリア、イエローの二人と同じく、警察からの事情聴取が終わる頃には乗る予定だった船がもう出港時間を過ぎていたという事もあり、緑の少年、ミツルもまた大好きクラブに泊まる事となっていたのである。

 そして差し出されたコップを受け取り、一口だけ水に口をつけて、そして息を吐くミツル――そんな彼に、彼の胸ポケットに納まった緑のポケモン"ロゼリア"が彼へと向き直ると、

 

「あれ、何だか身体が……」

「ロ、ロゼリアの"アロマセラピー"みたいだな、初めて見たよ」

 

 ロゼリアが両手に持った花をしきりに動かした直後、不思議と気分が良くなっていくミツルにクリアは言った。

 

「クリア君! この色違いのリザードン君を是非わしに……!」

「だ・か・ら! お断りしますって言ってますでしょうに!」

 

 言った直後、エースに手を伸ばす会長から守る様に引き離すクリア、その様子を多少の呆れを混ぜた表情で見つめるイエローとミツルがいた。

 ――それというのもクラブに入った直後、会長がクラブ内では手持ちのポケモン達は全て出しておくようにと告げた事がそもそもの原因、彼の言い分ではポケモンを愛し、共に暮らす事を信条とした大好きクラブ内ではポケモンをボールの中に閉じ込めておく事はマナー違反になるらしい。

 そう言われ、クリアとイエロー、ミツルはそれぞれのポケモン達をボールから出した。そして訪れる会長からの猛烈な愛情表現。

 ミツル、イエローのポケモン達へと続いた会長の進撃は一度クリアのポケモン達を見た瞬間に止まった、それで疲れて終わりだと、その時はそうクリアは判断したのだったが、

 

「うおぉぉぉ! なんと"かっこよく"、"うつくしく"、"かわいく"、"かしこそう"で"たくましい"ポケモン達じゃ!」

 

 等と更に興奮ゲージを振り切って、クリアのポケモン達に突撃していったのである。

 どうやら"かっこよく"はエース、"うつくしく"はV、"かわいく"はP、"かしこそう"はデリバードで"たくましい"はレヴィの事を言ったらしく、クリアのポケモン達は会長の眼に止まったらしい。

 

「クリア君! 君、ポケモンコンテストに出てみてはいかがかな? 君のポケモン達ならば優勝いや、マスターランク出場だって夢じゃ無いぞ!」

「ふっ、お断りします」

「え、これも!?」

 

 先程までの会長からのポケモンの譲渡を断り続けた時と同じ表情、否それ以上に満面の笑みを浮かべてクリアは全力で会長の言葉を拒否する。

 更に会長自身も今の申し出を断られるとは思ってなかったらしい、先程までの申し出は軽い冗談だったとしても、今のクリアの拒否は割りと本気で衝撃だったらしくつい声を荒らげている。

 

「元々そういったものとは無縁ですし、俺はジムで忙しいんでね、今回の旅が終わったらまた暫くは仕事(ジム戦)の日々ですよ」

「むぅ~、せっかくの逸材じゃったのにポケモンバトルとは……きっとルビー君もこんな気持ちじゃったのかのう」

「え、今会長ルビー君と言いましたか!?」

 

 どんなに言われても自分がポケモン達と戦う場はポケモンバトルの場所だけだ、そう遠まわしに宣言され、ショックを受ける会長だったが彼が何気なく言った言葉、その人名に意外にも強く反応を示したのはミツルだった。

 だがそれも当然、ミツルにとって"ルビー"という名は特別な友人の名であり、同時に初めてのポケモン捕獲を手伝って貰った恩人の名なのだから。

 

「む? あぁ言ったが、もしかしてミツル君、ルビー君と知り合いなのですかな?」

「はい! その、このRURUは元々ルビー君のラルトスで、このRURUをルビー君に返す為もあって僕は自分の足で旅して来たんです! それでさっきのコンテスト会場にも行ったんですけど……」

「むぅ、だが残念ながらルビー君は……」

「え、ルビー君が……どうかしたんですか会長!?」

「それがなミツル君、ルビー君はつい先日確かにカイナに来て、わしとも意気投合した素敵なトレーナーじゃったのじゃが、この間の潜水艇が奪われる事件、その時にルビー君はわしらと悪者を離す為に一緒に潜水艇でどこかへと消えてしまって……」

「ふわぁ……潜水艇って、もしかしてこのニュースの事ですか会長?」

 

 自身のポケモン達に囲まれながら一度欠伸をしたイエローが垂れ流しになっているテレビを見ながら言う。

 確かにテレビの中では、女性リポーターによる現場での状況説明、そして赤装束の集団に注意と勧告が行われていた。

 

「おぉこれじゃこれですぞ! この時謎の赤装束の集団に襲われてそれでルビー君は……」

「そんな……ルビー君……」

「だ、大丈夫じゃぞミツル君! ルビー君ならきっと無事でいる、少なくともわしはそう信じていますぞ! だからミツル君も……!」

「……はい、そうですね、ありがとうございます会長」

 

 相変わらず心配そうな表情は消えないまでも、しかし会長の言葉で希望は持てたらしくミツルも首を縦に振って会長に応える。

 今もこのホウエンのどこかにいる彼の友人、その友人にラルトスのRURUを返す事をミツルは再び心に誓うのだった。

 そして、そんな光景にどこか既視感を覚えたイエローだったが、そこでふとある事に気づく。

 

「……あれ、会長、ミツルさん……クリア達はどこに?」

「え、あれクリアさん?」

「おぉ! クリア君のポケモン達も消えてしまっていますぞ~!」

 

 二人の疑問符と一人の老人の悲壮な声が重なった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、付き合いきれないっての、なぁV」

 

 一声、疲れきったVの声が夜の闇に響き、クリアは苦笑を浮かべる。

 夜のカイナシティ、光るネオンにジョウトのコガネとそこのジムリーダーの怒り顔を思い出しつつ、クリアは一人、手持ちポケモンの"グレイシア"のVと一緒に歩いていた。

 特に目的も無い夜の散歩、会長からの申し出があまりにもしつこかったのでさっきの一瞬、皆がテレビへと目を移した瞬間を見計らって彼は大好きクラブを脱走して来たのである。

 と言ってもある程度ほとぼりが冷めれば戻るつもりなのだが。

 

「さて、あともう少し歩いたら戻ろうか……V?」

 

 歩きながら、気づくと先程までクリアの右隣を歩いていたVが、今は彼の左側に位置移動していた。その事に疑問を覚えたクリアだったが、答えはすぐに現れる。

 それは人影、ポツリポツリと明りが途切れる街灯道の真ん中を歩く人影であった。どうやらその人影を感知し、出来る限り離れる様に反対側へとVは移動したらしい。

 元々人の手によって非道な扱いを受けたVだ、昔と比べ今は遥かに人には慣れていたが、それでも見知らぬ他人相手となるとまだ矢張り気を張るらしく、その事を察して、クリアもまた何も言わずに歩きながら一度安心させる様にVの頭を撫でた。

 

「……あぁ、どうやら……」

 

 そうして一つの消えた街灯の下、クリアと人影が交差する。ポケギアに向かって何やら呟くその人影だが、何を言っているのかその正確な情報までは掴めない。

 そして一度クリアは立ち止まり、後ろを振り返って街灯の下、映し出される人影の全体像を見やる。

 赤いフード付きの装束に身を包んだクリアよりも年上らしく、聞こえた声の低さから男性だと分かる事以外は何も分からない人物。

 最早後姿しか見えない為顔すら分からない男だったが、何故かクリアはその人物に視線を集中させて――、

 

「ブイッ!」

「っと、すまんなV、じゃあ行こうか」

 

 聞こえた声で我を取り戻し、平謝りしつつ彼はVと共に再度歩き始める。

 そしてその日、彼が振り返る事はもう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……どうした、何かあったか?』

 

 ポケギアから聞こえて来る男の声に、蒼のポケモンを連れた少年、歩き去っていくその少年を眺めていた赤い装束の男は、振り返っていた顔を戻し再度ポケギアへと向き直る。

 

「いや、何でも無いぜ頭領(リーダー)、ちょっと珍しいポケモンを見かけたもんでな……それで肝心の"特別起動部品"だが……やっぱ駄目だ、製造されたのは一個だけ、それに恐らくその一個は……」

『アクア団……アオギリの野郎か……!』

「恐らくな、どうすんだ? 頭領(リーダー)マツブサ?」

『無論、取りに行くさ、そんでもって力尽くでも奪い取る、あのアオギリの野郎からなぁ……!』

「……で、俺は次は何をすればいいんだ頭領(リーダー)? なんなら俺が、その"特別起動部品"奪い取って来るぜ?」

『いや、それは後だ"ホカゲ"、今は復活させた後の事も考えて、カガリ達が取って来た"探知機"の修繕に専念しろ』

「ウィース、了解だぜ頭領(リーダー)

 

 それで会話は終わったらしい、"ホカゲ"と呼ばれた男はポケギアを操作し、通話を終了させポケギアを直してすぐ、ボールから一羽のオオスバメを出して、そしてオオスバメの"そらをとぶ"で彼はその場を飛び離れたのだった。

 

 

 

 これが、この出会いが彼、マグマ団三頭火(さんとうか)の一人"火の影"ホカゲと呼ばれる男と、チョウジジムリーダー"瞬間氷槍"のクリアの、これからホウエン地方で幾度と無くぶつかり合う宿命となった二人の男達が初めて邂逅した瞬間だった。

 

 




ホカゲは出番的な意味で優遇されると思う。主に作者の好きなキャラ的な意味で。


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四十三話『vsカクレオン 海上の町にて』

 

 

「三人共、本当にもう行ってしまうのですかな? もう少しゆっくりしていってもいいと思いますぞ?」

「せっかくの申し出ですけど、キナギタウンに僕を誘ってくれたお爺さんが待ってくれていますので」

「俺も拒否します。正直会長といたらポケモン達の精神的疲労がマッハなので……でもまぁ、泊めてくれた事には感謝しています……ありがとうございます……」

「そういう訳で、すみません会長さん、ボクもクリアについて行きますので」

 

 名残惜しそうな顔をする会長に、申し訳なさそうな顔の二人と、顔を背けてポツリと呟く様に言う一人、カイナの港、キナギ経由でミナモシティへと向かう定期便の前で、三人の少年少女と一人の老人が別れの挨拶を済ませていた。

 元々の予定通りキナギへと向かうミツルと、そのミツルについていく形で定期船への乗船を決めたクリアとイエローの両名。

 というのも、二人は、というかクリアは元々カイナからはフエン辺りへと向かうつもりだったのだが極最近、フエンの火山が死んだという情報をミツルから得て、ならば彼についていこう、という事でミツルに同行する事に決めた。

 都合の良い事にクリアとイエローの二人の旅は計画性の欠片も無い旅だった、だからこそ今回の様な急な進路決定にも特に動じる事無く対処出来たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー! っと、はぁ……ようやく解放されたよあの人から、隙あらばV達の事狙って来やがって……!」

「でもその割にはクリアってば凄く楽しそうにしてたよ……ね、ミツルさん」

「はい、僕もそう思いますよクリアさん」

「そ、そんな訳あるかよ、ったく……」

 

 頬に当たる風を心地よく受け、大きく伸びをしながら言うクリアを茶化す様にイエローが言って、ミツルもそれに同意する。

 定期船に乗って波を掻き分け進む彼等、カントーのイエロー、ジョウトのクリア、ホウエンのミツルの三人の少年少女。

 それぞれピカチュウ(チュチュ)グレイシア()、カクレオンを外に連れ出した三人はキナギにつくまでの数時間の間、のんびりと船の旅を満喫しつつ、話しこんでいた。

 

「それにしてもイエローさんの能力(ちから)には驚きました、まさかポケモンの心が読めるなんて! お陰でロゼリアとも一緒になれましたし!」

「はは、使っちゃうとすぐに眠くなるのが欠点なんだけどね、それに君達ならきっとボクなんていなくても仲良くなってたと思うよ」

「まぁそれはその通りだと思……ふわぁ……というか文字通りの"眠り姫"がよく言うぜ全く、ってか眠……」

「む、昨日の夜中散歩に出かけて碌に寝てない今のクリアには言われたくないなー?」

「ぐぬぬ、言い返せないこの悔しさ……!」

「あ、あはは」

 

 船のデッキから大海原を望みながら眠そうに欠伸をするクリアに、すかさず突っ込むイエロー、そんな彼女にクリアも珍しく言い返せず、またミツルもそんな二人のやり取りを苦笑いを交えつつ観賞するのだった。

 

 

 それから数時間、今の様な調子で会話しつつ、船上で昼食をとり、食べ終わる頃、船は一時キナギタウンへと立ち寄った。

 約一時間の停泊、それは乗客の乗船下船も勿論の事だが、停泊中キナギにて僅かながらの物資や燃料の補給も同時に行う為でもある。

 キナギタウン、朝日が水辺を照らす町。町自体が海の上に作られており、家々の移動も木の渡し板の様なもののみで移動する町、この町では自転車はおろか走る事すらままならない。

 

「おぉミツル、待っておったぞ!」

「お久しぶりです、お爺さん!」

 

 クリア等三人と、外に出してある三匹は共にキナギタウンへと降りて、そして船から一旦降りた所で、そこでは既に一人の随分と年老いたお爺さんが待っていた。

 一見すると大きく腰が曲がった今にも倒れてしまいそうなお爺さん、なのだが何故だか十年後も変わらず生きていそうな、そんな不思議な印象を持たせる。

 

「うんうんよく来た……所で後ろのお二人さんは?」

「はい、ここまで一緒に来てくれたクリアさんとイエローさんです、二人は……」

「……ほう、これはまた……」

 

 クリアとイエローを見るや否や、そう言ったお爺さんは、

 

「……何、やってるんです爺さん?」

 

 ベタベタと何の遠慮も無くクリアと、外に出しているVへと肩や腕等といった部分にボディタッチを実行するお爺さん。昨夜の会長に続けてなのでうんざりとした様な顔になるV。

 約数秒間、何かを確かめる様に行われたそれは、クリアの我慢が途切れる寸前にピタリと止んで、そして続く様にお爺さんはイエローへと手を伸ばすが、

 

「おい何ナチュラルにセクハラしようとしてんだよ爺さん!」

 

 しかし伸ばされたその手は彼女へと触れる前にクリアによって止められる。

 僅かに怒声が混じった声にミツルはビクリと肩を震わせ、当のイエロー本人は状況が分からないのかキョトンとした顔でクリアとお爺さんの二人を見比べていた。

 

「おや? これは済まなかったのう、てっきり少年だとばかり」

「少年でも普通はアウトです、というかいきなり何してくれてんですか?」

 

 普段目上の人には丁寧語のクリアだが、それはあくまで相手の態度次第――例えば悪の組織の人間や、自分が良い人間だと認めていないものには基本砕けた話し方で彼は接する。

 のだが、今彼の目の前にいるお爺さんは先程イエローへセクハラしかけた張本人だが、同時にミツルの恩人らしき人物らしく、故に今クリアはあくまで言葉遣いには気をつけながらお爺さんと対面していた。

 尤も、セクハラ云々を言うのならクリア本人も随分と綱渡りをしていたのだが――それも思い返す度に顔を赤くして必死に忘れようとする位に黒歴史である程の。

 

「いやはや確かに急過ぎたな……何、ちょっとお前さん達の事を確かめたくなってのう、それで……二人共名は何と言う?」

「……クリアです」

「ボクはイエローです、というかクリアってば何をそんなに怒ってるの?」

「イエローには関係……あるけど無い」

 

 何それ?――と返すイエローをクリアはスルーして、

 

「で、"確かめたくなった"というのはどういう意味で……」

「いやーゴメンね君達、それは僕がゲム爺さんに頼んだからだよ~、船から下りてきた少年達の実力を見てみてくれってね!」

 

 問い詰める様に言おうとしたクリアだったが、その声はまた別の声に阻まれる。

 瞬間、お爺さんを除いた全員が海の家の一軒屋、その中から現れた一人の大柄でアロハシャツ、サングラスといった目立つ風貌の男へと視線を集めて、

 

「は~い、私はエニシダ、以後よろしくね少年少女の諸君よ!」

 

 出てきた瞬間そう元気良く挨拶するエニシダ、その姿を見て随分とテンションの高い人だと、その場にいた三人は同時に思った。

 思った所で、それでいて若干引き気味な、更にその中でも一番後ずさり気味のクリアにエニシダは勢い良く手を伸ばし肩を掴んで、

 

「君!」

「っひ!?」

 

 思わず悲鳴にも似た声を漏らすクリアだが目の前の人物は容赦を知らないらしい、そんな彼の肩を今度は大きく揺さぶって、

 

「いやぁ中々良い感じに"素質"に溢れているじゃないか君~!」

「な、何、の、こ、と……って喋らせろー!」

 

 肩を揺さぶられ、片言に言葉を吐きかけるクリアだったが当然それでは満足に言いたい事も言えない、のでクリアは掴みかかっているエニシダの腕を強引に振り払って、

 

「い、いきなり何なんだよアンタは! エニシダとか言ったけど……ん、エニシダ?」

「そうだけど、どうしたんだい? もしかして私の名前に聞き覚えでもある?」

「えーと、んー……あ……いや人違いだ、というか本当に何なんですか一体!」

 

 そう言って話を元に戻すクリアだったが、今の彼の言葉は嘘、直接見聞きしていなくても彼は目の前の人物、エニシダの事を知っていた。

 勿論それは過去、この世界とは違う別世界での話、その世界のゲーム内で見聞きした情報――尤もその情報がこの世界でどれ程の価値を見出すのか、という事は長年の経験からクリアも重々承知している為、何時もの様に初対面のつもりでクリアはエニシダに接する事にするのだろうが。

 

「なぁんだ、てっきり今度私の開く施設"バトルフロンティア"が期待通りに噂として広まってると思ったんだけど、こんな事じゃまだまだだな~、もっと宣伝しないと! という訳で! 君達も是非、オープンしたら来てくれよな"バトルフロンティア"!」

 

 まるで友達に話しかけるが如く軽い口調でしっかりと宣伝をするエニシダ、尤もターゲットとなった少年少女三人は早口で繰り出される宣伝文句に呆気にとられるばかりなのだが。

 

「バトルフロンティア……聞いた事がある、ホウエン地方のどこかにその名の通り"バトル"のみに特化した施設を建設する予定があるって……」

「へぇー緑の君は博識で結構! まぁ一つ訂正するなら、"予定"じゃなくてもう既に工事は始めているって事かな~?」

 

 病気で床に伏している時にテレビかラジオ等から得たのか、それとも旅の途中で聞いたのか、思い出す様にそう言ったミツルの言葉を、エニシダは半分肯定し、半分否定する。

 現に彼が言った通り、エニシダ本人がオーナーを務める夢のポケモンバトル施設、通称"バトルフロンティア"の工事の着工は既に始まっていた。

 完成はまだ大分先となるが、エニシダから言わせればそれはもう"予定"では無く確固たる後は時が経つのを待つだけの事実、フロンティア計画の中止等今の彼の頭の中には存在しなかったのだ。

 

 ――では何故、自分がオーナーを務める施設の準備段階で忙しいはずの彼がこの場にいるのか、それは勿論"バトルフロンティア"と関係のある事柄からだった。

 彼の夢とも言える"バトルフロンティア"を開催するにあたって基本費用等を除き必要となるもの、それは建物を建てる"土地"、バトル用の"ポケモン"、そして最も大事なもの――それが施設を訪れる客人トレーナー達を待ち受けるべき"凄腕のトレーナー"の三要素。

 一つ目の土地は既にクリアしており、ポケモンも着々と集まりつつあった、そして残るは"凄腕のトレーナー"――それはただのジムリーダーよりも更に高い実力の、少し腕が立つ所では無い程の強者の存在――そんな者達を、エニシダは特別広い人脈を駆使しつつ、自分の目と、足と、そして直感でそんな者達を探しスカウトしていたのだった。

 

「バトルフロンティア……それで、その施設と俺達に一体何の関係が?」

「え~、全く鈍いな君も、私はバトルフロンティアを開くにあたって特別腕の立つトレーナーを探しているんだよ? ここまで言えば分かるよね?」

 

 キラリと黒いサングラスが光る。同時にエニシダは悪巧みでも考えそうな、そんな悪戯っ子の様な微笑を浮かべ、

 

「君達、いや……チョウジジム新ジムリーダーの"クリア"、私は君をフロンティアに誘ってるんだ……どうだい? 君もバトルにとり憑かれた者なら我々と一緒に、一丁派手に暴れて……」

「はい、お断りします」

「……まっ、そう言うと思ってたよ、君がジムリーダーに就任した経緯を知ってからずっとね」

 

 そう言ったエニシダの顔に後悔なんてものは見受けられなかった。それも矢張り、今彼が言った一言が原因なのだろう。

 クリアがジムリーダーに就任した経緯、仮面の男事件、ヤナギとクリア、その事件の詳細を幅広い人脈を駆使して入手したエニシダはその時点で、クリアのスカウトはほぼ諦めかけていたのだ。

 尤も、それでも一度は誘ってみる辺り、彼の良い意味でセコい正確が出ているのだろうが。

 

 

 

「さてと、それじゃあ僕は目的も果たした事だし、そろそろお暇させてもらうぜ」

「……一体何の為に来たんだよアンタは」

 

 相も変わらない砕けた口調でそう言ったエニシダは、疲れ切った声で言うクリアのツッコミを平然とスルーしつつ、彼が移動手段として頻繁に使う円盤(UFO)型の乗り物に向かう。

 そして集中する視線を背中に受けつつ乗り込もうとした、その時だった。

 突如として、足場が不安定になる程の地震が彼等を襲ったのだ。

 

「うわあっ!?」

「っ……ミツル!」

「クリア!」

 

 地震に揺られ、バランスが崩れたのだろう。渡り板の上から海へと倒れ込んだミツルへと手を伸ばすクリア、そしてクリアに即座に釣竿の先のモンスターボールを飛ばすイエロー。

 海へと落ちかけたミツルの身体をまずクリアはしっかりと掴んで、その後すぐに投げ渡されたボールへと手を伸ばし、またもそのボールをもう片方の腕で確かに掴み取る。

 海面ギリギリまで頭を下げたミツルはそれでどうにか停止する、が――、

 

「ク、クリア……重い……!」

「そりゃあ人二人分だから重いだろうよ! V"れいとうビーム"!」

 

 停止したのも束の間、流石に少年二人分の重さをイエローの様な小さな女の子が支えきるのには限界がある。

 故に一秒も経たないうちに再び海面へと迫るミツルとクリアだったが、直後に発射されたVの"れいとうビーム"が海面を凍らせ、即席の簡易イカダを形成、そして二人は何とかその氷の上に落下する事に成功する。

 

「ギリギリセーフ……!」

「はぁ……はぁ……あ、ありがとうクリアさ……ケホッ!」

「やべっ、イエロー!」

「分かってる!」

 

 どうにか着水せずに済んだ事にクリアにお礼を言おうとしたミツルだったが、言葉を詰まらせ咳き込んでしまう。そしてそれを見たクリアとイエローはすぐにミツルへと彼のバッグの中に入っていた呼吸器を渡す。

 イエローによってバッグから取り出され、釣り糸に乗せて投げられたその呼吸器をクリアが受け取りミツルに渡すまで一秒と掛からなかった。

 仮にも一日以上の時間をミツルと共にいたのだ、クリアとイエローの二人はミツルの身体の事を知っていたし、その対処法についても事前に聞かされていた、だからこその迅速な行動。

 

「すぅー、はぁー……二人共すいません、迷惑かけてしまって……」

 

 呼吸器のお陰で呼吸も安定したらしく、元の規則的な息の仕方でミツルは言う。

 だがそんなミツルにクリアとイエローの二人は互いに一度顔を合わせそして、

 

「気にすんなよミツル、困った時はお互い様、だから俺達が困った時とかは頼りにしてるぜ?」

「うん、クリアの言う通りだ、だから気にしないでくださいミツルさん」

「ははっ、あまり期待しないで待ってて貰えると助かります……」

 

 元気づける様に言われたクリアの言葉に、しかしミツルはそんな曖昧な返事しか返せなかったのだった。

 

 

 

「うんうん、青春だねぇいいねぇ、感動物だね~!」

「それ本当に心の底から思っておるかエニシダよ?」

 

 そんな少年少女達のやり取りを、エニシダとお爺さん――ゲム老人は少し離れた場所から眺める。

 氷上からキナギの町へと戻ろうとするミツル、しかし身体が弱く体力が低い為か上手く上れず、それをクリアとイエローの二人が必死になって手伝っている。

 そんな光景を眺めながら、ポツリとエニシダは呟く。

 

「……だけど本当に残念だ、あのクリアは出来れば私の手元に置いときたかったんだがな」

 

 先程までとは打って変わって真面目な口調、声色。その事から何かを察したのだろうゲム老人もクリア達には聞こえない様声を潜めて、

 

「どういう事だ、さっきはあぁもあっさり引いたものを……」

「今はまだ"監視"の必要が無い、そう思っただけだ……まっ、今の所は、だが」

 

 黒いサングラスの下の眼光、いつもはおちゃらけた態度の下に隠されたもの。

 バトルフロンティアなんていう一大プロジェクトを計画の段階からたった一人で始動し、そしてそんな夢物語を現実に開催一歩手前までこぎつけた彼の手腕と眼力――そう費用もポケモンもトレーナーも、良質なものを莫大な数必要不可欠となるプロジェクトを――そんなプロジェクトを開催間際にまで推し進めた彼自信が"一流"で無いはずが無いのだ。

 

「"監視"とはまた物騒な言葉だのう……」

「現にそう思ったから言ったまでだよ、私は彼を"素質"と評したが、何も素質(それ)は良い意味ばかりでは無い、言い変えるなら"可能性"か……今の彼はまだ正しく成長している様だが一歩間違えれば"悪"に、それも強大な力を持った巨悪になりうる"素質"を持っている、そう私は直感した、ただそれだけだ」

「……ふーむ、別にわしはそうは思わんがのう?」

「言っちゃ悪いが爺さんとじゃキャリアの差が違う、これでも選りすぐりのブレーンをその称号と共に見極めてきたんだぜ?」

 

 そう言われると確かに納得してしまいそうになるゲム老人、しかし現に今目の前にいる彼にはそんな兆しは全く見えない。だからこそ、エニシダも頭の片隅に置いておく、程度に考えているのだろう。

 だが彼等は知らなかった、過去のクリアを、一度文字通りの"死"を体験する前の彼は、今よりも更に不安定な天秤の上にいた様なそんな状況だった事を。

 乱暴粗暴な面もあれば、他者を労わる事も出来る。今でこそ方向性を見出し成長を着実と何かしらの成長を遂げているクリアだが、だからと言って過去の出来事の全てがリセットされる訳でも、ましてその魂の"本質"が、エニシダが評した"素質"が消える事は決して無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ今度こそバッハハーイ!」

 

 そう言って、あまりにもあっさりと台風の様な男、エニシダは去っていった。

 それはどうにかミツルを氷上から引き上げた直後、何か言う前言われる前に、そうしてエニシダという男は去っていったのだ。

 ――否、その前に一つだけ、

 

『あ、クリア君、良ければ君のポケギアの番号聞いておきたいんだが』

『え、どうしてエニシダさんに……』

『まぁまぁ』

『いやまぁまぁじゃなくて……』

『まぁまぁまぁ!』

 

 ――という感じで、強引に番号を交換させられたりもしたが、少なくとも此方から掛ける用事も無い為、恐らくは他の番号に埋もれて消えたも同然になるだろうな、と思った事をクリアはそのまま胸の内に秘めた。

 

 

 

「っと、もうそろそろ乗船開始の時間か、じゃあそろそろ行こうかイエロー」

「もうそんな時間なんだね、分かったよクリア」

 

 ふと思い出した様にそう言って、エニシダが空の何処かへと消えた後、クリアとイエローの両名もミツルとゲム老人と向き合った。

 短い間の出来事、付き合いだったがそれでも別れの瞬間とはどこか心悲しいものがある、それは幾度と無く繰り返されてきたものだが、矢張り二人共、まだ慣れる事は出来ない。

 

「それじゃあミツルさん、体には気をつけてくださいね」

「はい、色々ありがとうございます、イエローさんもお元気で」

 

 まずはイエローがミツルと挨拶を交わす。

 思えばイエローはミツルが一緒の間、ずっと彼の身を心配し、何かあった時の為に彼の傍に付き添っていた。

 その事に少なからずミツルも恩に感じているのだろう、彼の感謝の言葉にはどこか重みの様なものまで見受けられる。

 

「じゃあ俺は……えーと、まぁ元気でなミツル!」

「あはは、クリアさんは相変わらずですね」

「む、相変わらずとは失敬な奴だな、そんな恩知らずな奴の事なんて知らないからな! これからは自分でどうにか出来る様頑張れよな!」

「……はい、クリアさんも、ありがとうございます」

 

 軽口を叩いて、ニッと笑ってクリアは右拳を軽く突き出す。ミツルは一瞬呆然として、直後クリアの意図を掴んだのだろう彼も弱々しい拳を突き出し、そしてクリアとミツルは軽く拳同士をぶつけ合った。

 そして次にイエローとクリアの二人はミツルの隣、見た目小さな春風一つで飛ばされそうな高齢のお爺さん、ゲム老人へと向いて、

 

「ふふっ、じゃあお爺さん、お元気で」

「まぁ一応、さようなら、後さっきは失礼しましたお爺さん」

 

 丁寧なイエローと、ぶっきら棒なクリア、両名共全く違う別れの仕方だが言われたお爺さんはそれでもニッコリと笑って、

 

「ワハハ、まぁまた近くまで来たら寄って行くが良い、二人共歓迎するからのう」

 

 そうして、彼等はミツルとゲム老人の二人と別れ、再度船に乗る。

 思えば船でばかりの移動となっているホウエン旅行だが、しかしそれもありと言えばあり、どうせ向かう場所なんて彼等は気の向くままに決めてしまうのだから。

 そして彼等を乗せた船は出港する、自然と共に生きるキナギタウン、海上に浮かぶ町とは正反対の大都会――ミナモシティへと。

 

 




危なかった、また危うくvsシリーズが消える所だった…。
というかエニシダさんの口調が上手く掴めない…。


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四十四話『ミナモデート』

 

 

 海面から顔を出し、少しずつゆっくりと昇りゆく朝日差す、陸地の最果て海の街、ミナモシティに今日も朝は来る。

 ポケモンコンテストマスターランク会場を筆頭に美術館やデパートといった施設が充実する街、そんな街の一角にある民宿、民宿モナミで彼も今日も目を覚ます。

 

「ふぁぁ……と、そうか、昨日は民宿に泊まったんだったな」

 

 そう言って今だ眠たそうに目を擦る少年はクリア、チョウジジムリーダーにしてポケモン図鑑を持つ図鑑所有者の一人。

 ホウエン地方へ骨休みの旅行へとやって来た彼はまず初めに踏んだホウエンの街の一つ"カイナシティ"でミツルと出会い、海上の町"キナギタウン"でそのミツルと別れ、そして今、ミナモシティについた彼等は民宿に寝泊りしていた。

 ――彼等、彼ともう一人の同行者、金髪のポニーテールを麦藁帽子の下に隠した少女、

 

「おはようクリア、今日はボクの方が早起きだったね」

 

 イエローが襖を開けて寝起きの彼へとそう挨拶する。

 元々ブルーと共に旅をする予定だった――というかブルーから騙されて今この場にいる少女は柔らかな笑顔をクリアへ向け、同じく騙され仲間のクリアもまた僅かに頬を攣らせて応え、

 

「ホント、珍しい事もあるもんだね」

 

 何時もと違う場所で何時もと変わらない挨拶を交わす彼等の日常は、そうして始まるのだった。

 

「おはよう、イエロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、探知機の方はどうなんだいホカゲ?」

 

 ミナモの街の路地裏、日当たりが悪く犯罪の温床とも言えそうなそんな場所で、一人の女性が自身のポケギアへ向けて話しかけていた。

 黒髪の整った顔立ちで、主に左足を中心にロングスカートを切り開いた露出が高い黒の服装、そんな格好でフーセンガムを膨らませながら器用に口を動かして、

 

『あぁ、もうちっと掛かりそうだなこりゃあ、こいつさえ直れば後はすぐなんだけどよ』

「そうかい、それならそれまでの間は、あたしも自分勝手にやらせて貰うとするよ」

『好きにやりゃあいいさ、どうせ頭領(リーダー)もそう言うに決まってるからな』

 

 ポケギアから聞こえてくる若い男の声、長年の腐れ縁とも言える付き合いの長い"ホカゲ"という男の言葉にカガリは一度口に咥えたフーセンガムをパチンと割って、

 

「じゃあ宝珠(たま)探し、あたしの好きにやらせて貰うからね、後で頭領(リーダー)に怒鳴られる事はあってもそれはアンタの役目だよ」

『……おいカガリ、お前今どこにいる?』

「んー? それはねぇ……」

 

 そして再びフーセンガムを膨らませつつ、表通りへと足を運ぼうとする"カガリ"と呼ばれた女性。

 その瞬間、彼女の背後から明らかに目付きの悪い街のゴロツキだと言わんばかりの"暴走族"の男達が数人、下卑た笑みを浮かべて悟られない様彼女へと迫るが、

 

「ミナモシティ……まっ、ここは一つ宝珠(たま)探しのついでにアクア団のアジト捜索でも一緒にやってやろうじゃないのさ」

『オイコラテメェ! さてはこの大事な時に自分一人だけ楽しもうと……』

 

 ポケギアから怒声が聞こえたきたその瞬間、何の躊躇いも無く彼女はポケギアの電源を落とす。

 ――と同時に、手早く自身のボールへと手を伸ばし、数秒後――彼女は何事も無かったかの様にそのまま表通りへと出た。

 いつものマグマ団の赤装束の団服は目立つ為控え、少しだけ質素になった黒の衣服を身に纏って、路地裏に焼け倒れた暴走族達を置き去りにしたまま、彼女は今日も迷いの無い歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どこ行くのクリア?」

「あぁ、まずは忘れない内にデパートに買い足しにでも行こうかなーってね」

 

 ミナモシティの一角を連れ添って歩くのはクリアとイエローの二人。民宿モナミを先程出た二人はこのまま昨夜立てた予定通り一日掛けてミナモシティを観光し、夜にはトクサネシティへと向かう船に乗り、またも再び船の上で夜を明かそうと計画していた。

 と言っても何も彼等二人、船上の夜に病みつきになったとかそういう事は一切無く、彼等がこの計画を立てたたった一つの理由、それは早朝から行われるという"ホエルコウォッチング"という項目、ただそれだけの理由。

 否、この二人から言わせれば、恐らく"ポケモン"という単語が話に絡んでくる時点で"それだけ"という事も無いのだろうが。

 

「うん、分かっ……あ、ちょっと待ってクリア」

「ん?」

 

 そうしてデパートの前までやって来た彼等だが、不意にイエローから静止の言葉をかけられ硬直するクリア。

 そして麦藁帽子を僅かに揺らし、イエローは小走りで彼の視線の先、開いた自動ドアの前へと走り行くと、

 

「あのう、これ落としましたよ」

「うん?……あぁ、これはどうもありがとう"お嬢ちゃん"」

「いえいえ……え?」

 

 スタイルの良い黒髪の女性、その女性が落としたポケギアを拾い手渡すイエローに、女性は礼を言ってポケギアを受け取った。

 そして次に発せられた言葉にイエローは一瞬呆気に取られ、その間に女性は麦藁帽子の少女から目を離すとすぐにデパート内へと消え去る。

 

「なんだ落し物か、それにしても……」

「ク、クリア、今あの女の人ボクの事お嬢ちゃんって……!」

「綺麗な女の人だったなぁ……」

「どこを見ていたのかなクリア?」

 

 それから小一時間、頗る機嫌の悪くなった少女への対応、もといご機嫌取りに一人の少年は追われる事となったのである。

 

 

 

「ねぇイエローさん、私的には美術館なんてつまらないと思うのですが……というかイエローさんもつまんないでしょ」

「もう、何言ってるのクリア? せっかく遠くまで来てるんだから観光しなくちゃ、それにボクだって、たまにはこういう静かな所でのんびりとしたい時だってあるんだよ」

「常時のんびりしてる奴が何を言うか……」

「何か言ったかいクリア?」

「ハハ、まさか」

 

 所変わってミナモ美術館、過去からの遺産とも言うべき絵画や彫刻、古い壁画等も展示されている場所だ。

 デパートでどうにか無事に買い足しを終えた二人は、その後すぐにデパートの隣に位置するこの建物へとやって来ていた。

 来て早々そんな文句を呟くクリアだが、その声はイエローの極めて冷静な言葉に押し黙る。そうする事しか出来ない、主に目の前の少女の静かな怒りを表に出さない為に。

 尤もクリア自身、何故彼女が物静かにだが怒っているのか、最早恒例の如く理解していないのだが。

 

「ふ~ん? まぁいいけど……あ、見てよクリア! 幻のポケモンの絵だって!」

「幻のポケモン?……うん、まぁ見た感じミュウだなこれは、絶滅したって言われてるポケモンだよ」

 

 一枚の壁画の前で足を止め、タイトルと説明文へ目を通す二人の少年少女。

 それは桃の色を大胆に使った頭と瞳が大きな尻尾を持つポケモンの絵、確かに今しがたクリアが言った通り、幻のポケモンミュウの絵でほぼ間違いは無いだろう。

 そして、特に説明文の類を見る様子も無く何気無くそう言ったクリアにイエローは、

 

「あ、相変わらず詳しいんだねクリアは……」

「そうでも無いさ、こんな知識、現実に会ったら途端に意味を無くすよ……っと、向こうにはセレビィの絵もある、懐かしいな」

 

 適当に答えた後、クリアはどこか物寂しそうな表情でそう呟いた。

 セレビィはクリアにとって、少なからず因縁のあるポケモン、彼の師であり仮面の男"ヤナギ"が目指したポケモンであると同時に、そのヤナギを時間の旅へと連れ去った緑の妖精。

 クリア自身、別にその事で、ヤナギが帰って来なかった事で特別セレヴィを恨んでる訳でも無く、ヤナギの様にセレヴィを捕獲しようとも考えてはいない。

 結局はヤナギの自業自得でセレヴィはむしろ被害者の側、それが分かってるからこそ、非力な自分がどうしようもなく小さく思えるのだろう。

 どれだけ新ジムリーダーと、"瞬間氷槍"と持て囃され様とも、"無くしたモノ"を取り戻すだけの力すら、彼の手の中には無い。

 その時不意に、クリアは顔を俯けた。同時に何やら瞳の辺りへと両手を当てて何かを拭う様な仕草を見せている。

 ――そして、その姿を見たイエローは、

 

「……大丈夫だよ」

 

 そんな彼の心境を察したのか、それとも心からの言葉なのか、はたまたそのどちら共なのか。

 その答えは確かでは無いがしかし、クリアの傍で、優しく笑った彼女は続けざまに言う。

 

「もう誰も君の前から消えたりしない……少なくともボクは、クリアの前からいなくなったりしないから」

 

 "ヤナギ"という唯一無二の師、相対し、最後には和解したクリアにとって大切な存在。

 約一年もの付き合い、それはきっと、もしかすると彼女よりも大きくクリアという存在に影響を与えていた人物。

 そんな存在の消失が一体どれ程の苦痛をクリアの精神に与えたのか、それは彼女には分からない。

 だからこそ、分からないからこそ何度でも彼女は言うのだろう、折れてしまいそうなクリアの心を再び蘇らせる様に、イエロー自身の言葉をクリアへと投げかけるのだ。

 

 そしてクリアも、俯きかけていた顔を上げて、

 

 

「えぇと、いきなりどうしたよイエロー?」

 

 

 何時もと変わらない尖った目付きのまま、クリアは少し驚いた様にイエローへと問いた。

 その表情の中にはイエローが予想した哀愁、悲しみの色等一切見られず、あるのは日常的ないつもの彼の姿。

 本来ならば喜ばしい事なのだが、何分彼女は先程自身の心の言葉をオブラートなんてものは投げ捨てながら、そのままの状態でかつ勢いで告げたばかりだ。

 これがもしシリアスな場面ならば感動物として場に馴染むだろうが、残念ながらその可能性は今のクリアの態度からもう既に諦めるしか無い状況である。

 

「……え? あれ、なんで?」

「なんでって、それは俺の台詞だよ、何か唐突に消えたりがどうのって言ってきたりして」

「だ、だって! 今クリアってば目に見えて落ち込んでたじゃない! だからボクは少しでも元気付けようと……」

「ん? いやこれは目にゴミが入ったからさ、取ってた」

 

 あっけらかんと言うクリアだったが、先程自身の心中を吐露したばかりのイエローは堪ったものじゃない。

 今にも顔から火が噴出しそうな程顔を赤くして、自身の言葉を思い返し、そして更に顔の赤みが上昇する。

 

「そ、そんな、じゃあ……今のボクの言葉って……」

「うーん、全部は聞こえなかったけど……まぁでも」

 

 そこで一旦言葉を区切り、頬を欠いたクリアは必死に顔を背けるイエローに向けて白い歯をチラつかせながら言う。

 

「何となく俺の事を心配してくれてるってのは伝わったよ、だから……ありがとうな」

「っ……うん、その……ボクも、ありがとう……」

「アハハ、なーんでお礼言ってるのにお礼言われてんだか! それじゃあそろそろ行こうか、イエロー」

「う、うん! クリア!」

 

 一時は恥ずかしさで死んでしまいそうな程の思いだったイエローだったが、クリアからそれ以上の言及は無かった。

 あくまで普段通り、いつも通りに戻った彼は、先程のやり取りを思い出の中に仕舞った彼女は、クリアとイエローの二人は再び歩幅を合わせ歩き始める。

 そうして美術館の出口へ向けて歩き始めてクリアは、

 

(まっ、本当は全部聞こえてたんだけどね)

 

 隣の少女に悟られない様に、一瞬チロリと舌を出して、クリアは心中そう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 美術館を後にして、マグマ団の幹部"カガリ"は自然とコンテスト会場へと足を運んでいた。

 "三頭火"と呼ばれる、三人のマグマ団幹部の紅一点、カガリ。

 ――そう呼ばれる以前、幾年も昔、まだ彼女が少女と呼ばれる位の時代に、ポケモンコンテストに夢を燃やしていた時代が彼女にはあった。

 同年代の有名な博士の孫という茶髪のロングヘアーの少女と共に競い合い、夢を見ていた時代。眼前で繰り広げられるコンテストバトルを見ていると、その出来事がつい昨日の様に彼女の脳裏に浮かび、そして消えていく様な錯覚に陥る。

 

「ふっ、あたしとした事が何センチになってんだか……」

 

 自嘲気味に呟いて彼女は立ち上がった。

 まだ終了していない、熱気に包まれたメインホールへと背を向け何の迷いも無い足取りで出口へと向かう。

 元々彼女は仕事でこのミナモシティに来ていた、遊びに来ていた訳じゃない、そう自身に言い聞かせ諦めてしまった夢に再度背を向け、そして開閉扉を開き、固く扉を閉ざした。

 

「美術館にそれらしい宝珠(ブツ)は無かったし、結局アクア団のアジトも見つけず仕舞いだった、次はシダケのトンネル辺りを探ってみようかねぇ……ん?」

 

 そうして呟きながら、コンテスト会場から出るべく廊下を歩こうとした直後だった。

 見た事のある黄色の髪、麦藁帽子の少女が彼女の視界に入る。

 どうやら人探しをしているのだろうと一目で分かる彼女の挙動に、カガリは一瞬考え込み、

 

「……まぁ、気分転換には持ってこいって事なのかねぇ」

 

 そう呟いて、麦藁帽子の少女へと歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 ミナモシティポケモンコンテストマスターランク会場のとある廊下で、イエローは自身に近づく気配にゆっくりとした動作で振り返った。

 

「ちょっと、もうコンテストは始まってるよ、何してんだいこんな所で?」

 

 そう声を掛けて来たのは見覚えの有る黒髪の女性、可愛いというより綺麗という言葉が似合う目の前の人物に多少の憧れを感じるイエローだったが、そこでふと、その人物がデパート前で彼女がポケギアを拾ってあげた人物だという事に気づくと、

 

「……あ、貴女はさっきの!」

「あぁあの(デパート)は助かったよ、で……どうしたのさ一人で、彼氏と喧嘩でもしたのかい?」

「か、彼氏ぃ!? ち、違います! ボクとクリアは別にそんなんじゃ……」

 

 否定はしていても、その表情には満更でも無い、という感情が見て取れる。

 そんなイエローの朱色に染まる表情に楽しさを感じ、カガリは意地の悪い笑みを浮かべてから、

 

「へぇークリアってのかい、アンタの彼氏は」

「その、クリアとはお友達というか、でもお友達とは少し違うというか……」

「だったら何だってんだい、友達じゃない? ならやっぱりアンタの彼氏じゃないのさ」

「だ、だから彼氏じゃあぁ……うぅ」

 

 あまり苛め過ぎた様だ、顔を赤くし必死に抵抗を見せるイエローだが、除々にその勢いは弱まっていく。

 自分は彼とは恋仲では無い、だけど頭ごなしに否定も出来ない何故だかしたくない、そもそもどうして自分は彼との事でこんなにも悩んでいるのか――そんな未知の感情が、思考がイエローの中に現れては渦巻き続ける。

 その様子を眺め、そしてカガリは口元のフーセンガムを一度膨らませてから、

 

「はぁ……だったら質問の仕方を変えるよ、アンタにとってそのクリアって男は何なんだい?」

 

 ため息を一つ吐いて、カガリは真剣な声色でイエローへと聞いた。

 何故カガリがここまで目の前の少女に入れ込んでいるのか、それは目の前の少女のあまりにもどっちつかずな態度に若干の苛立ちを覚えたからだろうか。

 恐らくそれもあるだろう、言いたい事を躊躇い無く言うカガリと、自身の意見すらも他人の為に飲み込んでしまうイエローとでは、まずその性格からして正反対、カガリが苛立つのも仕方が無い。

 だがそれと同時に、何故だかカガリは目の前の少女が放って置けなくなったのだ。最初は唯の気分転換程度の気持ちで話しかけていたのだが、気づくと彼女を叱咤している自分に気づき、しかしそれを止め様とは思えない。

 そしてそのままカガリはイエローを見据えて、

 

「ボクにとって……?」

「そうさ、アンタはそのクリアって男の事が好きなんだろ?」

「なっ、ち……!」

「"違う"……ほら、はっきりと言ってみな」

「ち、ちがっ……」

「はい駄目、全然駄目だ、そんなんじゃ何時まで経ってもアンタ自身の気持ちに気づけないよ」

 

 どこまでも曖昧なイエローの態度、だがそれでもはっきりとした"否定"の言葉は出す気配が無い。

 その事からカガリは今の目の前の少女の、イエローの"本物の感情"を彼女は一人感じ取る。

 イエローの性別を一目で言い当てる程の洞察力、そして何より彼女の"女の勘"と言われるもので、イエロー自身すらまだ気づいていないその大きな感情の一片を。

 

「……ボクの、気持ち……?」

「あぁそうだ、アンタが今も心の内に持ってる本当の気持ち……言っておくが"分からない"なんて言って逃げるのは反則だよ、その言葉は"否定"してる事と同じだからね」

「ボクは……」

 

 不意に麦藁帽子を取るイエロー、直後現れる長いポニーテール。

 その事に少しだけ驚きの色を表情に浮かべながらも、カガリは次の言葉を待つ。

 必死に振り絞ろうとするその彼女の感情の一片を――始めは唯茶化していただけで、それから除々にお節介と分かってながらも、カガリ自身も気づけない何とも言えないモヤモヤ感、それを払拭する為、目の前の少女の背中をカガリは後押して――、

 

 

 

「あ、いたいた、おーいイエロー!」

「……クリア」

「ッチ、邪魔が来たね」

 

 遠くの廊下から声を発し、駆け足で此方へ向かってくる少年、顔は見えないが今のイエローの言葉からその少年が件の少年だという事が分かった。

 イエローの不明な感情、その正体の発生原因となっている少年。

 

「それじゃあアンタの"連れ"も戻って来た事だし、あたしも色々と忙しい身だから退散するとしようかね」

「あ、あの、ボクは……!」

「そんな急ごしらえな答えなんていらないよ、決めるならもっと考えて、悩み抜いてから決める事だ」

 

 言ってカガリは、もう用は済んだと言わんばかりにイエローに背を向けた。

 そして、去り間際、半分だけ表情を覗かせてカガリは、

 

「全く、アンタも変に真面目な奴だな、見ず知らずのあたしの言う事なんて無視してしまえばいいものを」

「……出来ませんでした、貴女の言葉は、それはきっとボクの為になる言葉だと……そう思ったものですから」

 

 会話を始めて、ずっと思ってきた言葉を口に出したカガリだったが、その言葉は即座にイエローに否定される。

 カガリとイエローはほぼ初対面同士、相手の事も良く知らない、そんな浅い関係なのに、イエローはカガリに恐らくブルーやクリスに相談する以上の案件を話していた。

 クリアと自身の関係について、一歩踏み出せばそれまでとは全く違う日常が訪れる、言わばパンドラの箱。それも自身が抱える感情の正体にすら気づいていないイエローが、だ。

 だが何故なのか、見抜かれたから仕方なくかは分からないが、それでもイエローはカガリの言葉で決心を固めたのだった。

 ――自身がずっと抱えてきた感情、その感情の正体を見つける決心を、勇気を。

 そうしてイエローは、駆け寄ってくるクリアとは反対側の通路から外へと出ようとするカガリに最後にもう一度声を掛ける。

 

「あの、ボクはイエロー、イエロー・デ・トキワグローブです! 貴女の名前は!?」

「……あたしはカガリだ……ふっ、こうして自己紹介も終えたんだ、次会う時には答えを聞かせて貰うよ?」

「は、はい!」

 

 それで彼女等の会話は終わった。カガリは出口から外へと出て、入れ替わる様にクリアがイエローの傍まで駆け寄る。

 

「いやー探したよイエロー、まさか人混みに紛れて迷子になるなんて……ってどうしたんだ?」

「何でも……無いよっ!」

 

 カガリが去った後、麦藁帽子を深く被って出来る限りクリアの顔を見ない様にしていた少女の姿が、そこにはあった。

 カガリが見たら最早呆れの言葉すら出なさそうな状況だが、

 

「そういやさっきの女の人、デパートの所で会った人だよな、知り合い?」

「う、ううん、何でも無いよ、ちょっと今さっき知り合っただけだから!」

「?……そ、まぁいいや、じゃあ行こうか、コンテストはまだ終わっていないんだし」

「……うん」

 

 そう言って、手を差し伸べたクリアだったが、イエローはその手を無視して彼の先を行く。

 いつもなら手を握り返してくる場面で多少の疑問を持つクリアだったが、思い返せば確かにそれは木っ端恥ずかしい行い、彼自身も少しだけ顔を火照らせながら肩を竦め、そして続く様にイエローの後ろを歩くのだった。

 顔を赤くして、少しだけ目を潤ませた、そんな少女の後ろ姿を眺めながら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミナモシティ郊外、コンテスト会場から出たカガリは先程とは打って変わって赤を基調とした服装に身を包んでいた。

 今ではすっかりホウエンの一般家庭にも浸透し始めた赤装束、アクア団総帥(リーダー)アオギリの策略で少しずつ派手な動きを封じられつつあった彼女等だったが、彼女――カガリはそんな事は気にしない。

 精神攻撃を得意とするホカゲや、煙による睡眠攻撃を仕掛けるホムラと違ってカガリの戦術は焼いて焼いて焼き尽くす、唯ひたすらに圧倒的火力で迫るスタンス、それが彼女であり、カガリという女性の特徴でもあった。

 ――優しさの象徴の様な"回復"の能力を持つイエローとは、全く逆の戦い方、性格――そんな彼女だからこそ、もしかするとイエローとカガリは気があったのかもしれない。

 尤もそれが良い事なのかどうかは、判断しかねる所だろう。理由は矢張り、ただ一つ――、

 

「それじゃあまずはシダケで、派手にやっちまおうかい……!」

 

 暴力性の強い笑みを浮かべた彼女が悪の組織の幹部、マグマ団のカガリという事実に他ならない――。

 

 




もう恋愛タグの?は抜かさないと詐欺な気がするので抜かします。


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四十五話『vsタマザラシ 浅瀬の出会い』

 

 

『アンタにとってそのクリアって男は何なんだい?』

 

 ミナモシティで問いかけられたその言葉、カガリと名乗った女性から告げられたその問いに、一日経った今でも彼女は心を揺らいでいた。

 麦藁帽子がトレードマークの、その下に隠された長い金髪のポニーテールの少女、イエロー。カントートキワ出身の少女である。

 昨日ミナモシティで度々出会ったカガリという名の女性から言われ、イエローは心此処に有らずといった感じに口数少なくずっと考えていた。

 今隣に立つ少年の事を、クリアという"友人"の事を――。

 

「どうしたよイエロー、昨日からずっと変だぜ?」

「……ううん、何でも無い」

 

 不審そうに問いかけて来る少年に素っ気無く答え、水平線へと目を向けたまま彼女はこれまでの彼との出来事を再確認する様に思い出す。

 

 かつての四天王事件、恩人であり憧れの存在"レッド"を捜索する際に共に旅立った少年、それが彼女にとっての"クリア"という少年だった。

 彼女が持ったクリアという少年への第一印象は最悪のものだった、口が悪く、何をしでかすか分からない不安定な存在、その事から当時の彼女は僅かながらもはっきりとした苦手意識を彼に感じていた。

 ――しかし、突如として現れた四天王カンナ襲撃の折、彼女達を逃がす為の作戦で一人重傷を負った彼の姿に、彼女はその考えを改める事となる。

 

 ただ不器用なだけの根は優しい少年、彼が死んだと四天王ワタルから聞かされた時は心の底から悲しみが溢れたものだった。

 

 それからまるでヒーローの様に再び彼女の前に現れ救った彼は、どこか憑き物が落ちた様に清清しい顔をしていた事を彼女は今でも覚えている。

 まるで"別人"の様にすら感じた、それでいて懐かしい感覚――。

 そうして決戦の地、スオウ島までの旅路をまた共に歩き、ワタルとの決戦時には迷い挫けそうになりながらも二人力を合わせ放った最大級の電撃で一連の事件を終着へと導いた。

 それが彼等の最初の旅の終着点、一時の平穏が訪れる事となる。

 

 ――だが次に目を覚ました時、彼女の隣にいたのはこれまで共に旅したクリアでは無く、彼女の恩人であり憧れの人レッドだった。

 幼き日に救って貰い、大事な事を教わった恩人の存在は確かにイエローに一定の幸福感を与えるものだったが、同時にクリアがいない寂しさも心の内には確かにあった。

 共にいた時間はそう長いものでは無かったが、共に強敵と戦った彼と彼女の培った絆は確かに本物だった。

 それからの日々の毎日は、きっとどこかで元気にしているのだろうクリアを心中心配する日々、表には極力出さずとも、レッド失踪騒動のすぐ後という事もあり不安な気持ちが消えた日等無かった。

 ――だからこそ、ラジオから唐突に彼の声が流れ出た時には珍しく静かに激昂したのだろうが。

 

 ジョウトに渡ってからは毎日があっという間だった。

 クリア捜索を続けながらも、仮面の男事件の裏側を駆ける日々、潜水ポケモン"ルギア"との遭遇時に久方ぶりに邂逅を果たしていたと知った時は目を丸くして驚き、そして僅かに頬を染めたものだ。

 そして仮面の男事件終盤、とうとう再会を果たした二人だったがその時は再会を喜んでいる場合でも無く、その時の彼女は再会した彼を見送る事しか出来なかった。

 強大な力を持つ敵を前にし単身、"時間の狭間"へと乗り込んでいくクリア、彼女はそんな彼に自身の麦藁帽子を託し、隠していた真実も同時に打ち明けた。

 

 本当は行ってほしくは無かった、それでも向かうというのならまた一緒に臨みたかった、そんな感情を押し込めて、彼女は"時間の狭間"へと飛び込む少年を見送る事しか出来なかった。

 

 ――そうして全てが終わった後、最初こそ戸惑っていた彼だったが、だが結局は彼等は元の鞘へと戻った。元の――仲の良い"友人"同士という関係に。

 

 

 

(あの時は、何も思わなかった……けど)

 

 カガリの言葉が彼女を惑わせる。隣に立って大海原を望む少年を強く意識させる。

 

(ボクは、一体クリアの事をどう思ってるんだろう……)

 

 今はまだ答えは出ないまま、少女の悩みはしばらくの間は尽きそうに無かった。

 

 

 

 

 

 

 

(……気まずい)

 

 朝焼けの中、船の上から手すりに腕を当て頬杖を立てる少年は密かにそう感じていた。

 当然だ、今彼等はトクサネシティ周辺の海"125番水道"で朝早くから"ホエルコウォッチング"というツアーの真っ最中の身だ。つい先程までの彼の未来予想図では今頃、隣の少女イエローと何時もの様に二人その光景を楽しんでいるはずだった。

 ――だが結果、イエローは何か悩むように考え込み黙り込んだままである。それも昨日からずっとだ。

 そしてその状況が何を生み出すのか、答えは静寂、周囲には数人の人々が感動の言葉を漏らすが此方はどこか重たい空気が周囲を包んで、ただ一心不乱に見飽きる程にホエルコを見続けるだけの時間。

 決して楽しいとは言えない状況の中、クリアは心中でのみ吐露していく。

 

(つーか何でイエロー(この子)はこんなにも無口な訳なんだ、俺何かしたか? 聞いても何でも無いとしか言わないし)

 

 誰よりも熱心にホエルコに熱中する、熱中する事しかやる事が無い少年はそこで横目に隣の少女へと目をやる。

 どう見ても眺める程度にも見ていないイエロー、少し間隔を空けて立つ彼女には気づかれない程小さく、そしてクリアはが漏らして、

 

(こんなんじゃ、せっかく見つけたツアーも意味無ぇよな……む?)

 

 そう思った所で、海の向こう、海上でポカリと空いた洞穴の前で一つの動く影を見つけた。

 せわしなく動く小さな物体、よくよく目を凝らして手に持ったレンタルの双眼鏡でその場所を凝視する。

 

「あれは……タマザラシか?」

 

 彼の言葉通り、見えたのは一匹の小さなタマザラシだった。

 恐らくまだ幼年期なのだろう、唯でさえ小ぶりなサイズの丸まった体系が更に小さくなっており、他のツアー客達はホエルコのみに集中しその存在には気づかない。

 その一匹はイエローの事で注意が散漫していたクリアだからこそ気づけた様なもの、それからクリアはホエルコから視点を切り替え、双眼鏡の先のタマザラシにしばらく注目していたのだが、

 

「……悪いイエロー、ちょっと俺行ってくるわ」

「え、うん……え? クリア?」

 

 一度の肯定を聞いてクリアは手すりを乗り越え海に向かって体重を移動する、そんな彼に咄嗟に手を差し伸べようとするイエローだったが、

 

『アンタはそのクリアって男の事が好きなんだろ?』

 

 クリアへと手を伸ばそうとした瞬間、不意に思い出されたカガリの言葉に、イエローはその手を自ら引っ込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅瀬の洞穴、125番水道に存在する自然物、その内部は満潮時と干潮時で水量が変わる天然のダンジョン。

 そんな洞穴内部、浅く濡れた足場を一人の男性が歩を進めていた。それは特徴的なスキンヘッドの頭に、上は黒と白の横縞模様、下は青のズボンといった風貌の男性。

 

「四つ目……これで最後」

 

 ホウエン地方悪の組織の一つ、陸地を増やす事を信条とするマグマ団とは対となる存在でもある、海を広げる事を思想とするアクア団――その幹部、SSS(スリーエス)の一人、シズクは誰とも言わず呟いた。

 今彼が手に取ったのは浅瀬の貝殻というこの洞穴で満潮時のみに入手出来るアイテム、同じく干潮時のみ入手出きる浅瀬の塩と四つずつ集める事で"貝殻の鈴"へと変貌させる事が出来るアイテム群だ。

 なので当然、彼シズクがこの場に来た目的はこの貝殻の鈴であり、その為の必要素材も今しがた集め終わったばかりである。

 来るべき決戦、彼等の目的である伝説の超古代ポケモン"カイオーガ"、そのポケモンが復活した時、邪魔となる反抗勢力に対抗する為、彼はその貝殻の鈴というアイテムを作成しようとしているのだ。

 それは恐らくマグマ団だったり、ホウエン地方のジムリーダーだったり、はたまた全く別の未知の勢力かもしれない。

 何にしても準備は怠らずにやっておいて損は無い――なので彼は、この朝方、まだ日が昇って間もない時間を狙いこの場所へやって来ていたのだった。

 

 

 

「さて、では用事も終わった事ですしこれで……」

 

 出入り口へと続く水道、其方へと目を向けた瞬間言いかけた言葉を止めた。理由は単純、彼の眼に一匹の幼いタマザラシが飛び込んで来たからだ。

 丸い身体は必死に動かし、不器用なりに全速力で海水を掻き分けるタマザラシだったが、元々タマザラシはあまり泳ぎが得意なポケモンでは無い、むしろ転がった方が速いとまで言われるポケモンだ、その速さは矢張りといった所か人並みの速さしか出ていない。

 そしてそんなタマザラシに数秒間目を奪われていたシズクだったが、気づくとタマザラシはシズクの方へ全力で泳ぎに来ていた――恐らくシズクの姿がタマザラシの目にも映ったのだろう、彼の前まで泳いでくるとタマザラシは、少しの躊躇の後勢い良く丸くて青い球体は彼の下へと飛び込んで来る。

 

「なっ!?」

 

 突然の事に驚きの声を出しながら、飛び込んで来たタマザラシから躊躇い無く逃れるシズク、そして空を切って浅瀬の上に不時着するタマザラシ。

 だが彼が避けるのも無理は無い、おおよそ平均で約四十キロは体重のあるタマザラシだ、そんな重量級の物体が飛び込んでくれば、人なら誰でも避けるに決まっている。

 薄く水の張った岩の足場に激突して涙目を浮かべた野生のタマザラシだが、そんな事はシズクの知る所では無い。

 

「野生のタマザラシですか、だが一体どうして……いや、原因はあれか」

 

 一瞬疑問符を浮かべたシズクだったが答えはすぐに分かった。

 先程タマザラシが通ったルート、そこから無数の黒い尾ひれが見えたからだ。

 そしてその黒い尾の群を見た瞬間、シズクの影に隠れるタマザラシ、その様子から大体の見当はついたのだろう、そう言ってシズクは徐に三つのモンスターボールを取り出すと、

 

「サメハダーの群れ、大方このタマザラシを狙って来たんでしょうが……バルビート"シグナルビーム"!」

 

 ポケモン"バルビート"、蛍の様な赤色の虫ポケモン、シズクはそれらバルビート達を一気に三匹繰り出し、かつ同時に命令も手早く下す。

 直後、シズクの予想通り水面から飛び出してくる三匹のサメハダー、海のギャングと呼ばれ畏れられる極めて凶暴な性格のポケモンだが、残念ながら野生のサメハダーとシズクのバルビートでは実力の差に開きがある。

 これでも悪の組織の幹部なのだ、そんなシズクのバルビートが弱いはずも無く、三匹一斉に発射された三つの"シグナルビーム"が三匹のサメハダーを各個撃退、勝負は一瞬で決まったのだった。

 

 

 

 結果的に、野生のタマザラシを助ける事になったシズクだったが、しかしそれはあくまで結果論、成行きに過ぎない。

 今の状況ではタマザラシだけで無く、シズク自身もサメハダーに襲われる危険性も――否現に襲われていたのだ、だから撃退した。

 ただそれだけの事で、彼にこのタマザラシを助けるつもり等毛頭無かったのだが、

 

「……何なんですか一体」

 

 ピョコピョコと彼の周囲で飛び跳ね、手を叩くタマザラシの姿に、シズクは怪訝な顔で呟く。

 先程のサメハダーが去った事でこのタマザラシの危機も完全に消えたと言える、故にシズクもこれで目の前のタマザラシは早々と海に帰っていくばかりだと思っていた。

 ――のだが、目の前のタマザラシは何やら歓喜の感情を身体全体で表現するばかり、その様子から一目で、このタマザラシが自身に懐いていると容易に感じ取る事が出来る。

 無論シズクもすぐに目の前のタマザラシからその事を察し、観察する様にタマザラシを見つめるが、

 

(どうやら我々の作戦では、役立ちそうにありませんね)

 

 どんなに懐いていても所詮そのタマザラシはまだ生まれたばかりらしき身体も小さな幼体、お世辞にも戦闘等で役立つとは思えない。

 故にシズクは、冷徹にそう判断を下し目の前のタマザラシに背を向けた。

 彼のそんな突き放す様な態度にも意味を見出せないのか小首をかしげるタマザラシ、そんな一匹の水ポケモンには目もくれず、彼は再び歩き出そうとした。

 ――その時だった。

 

「ようやく追いついた、大丈夫だったかタマザラシ……って、あれ?」

 

 痛々しい程の生傷が目立つ厳つい風貌のドククラゲ、そのドククラゲに乗ったこれまた目つきの悪い少年の声が彼等の耳へと届く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やら追われてる風だったから来て見れば、なんだもう終わってるのか……貴方がそのタマザラシ助けてくれたの?」

「……まぁ結果的にはそうですが……君は?」

「俺はクリアと言います。ちょっとそこのホエルコウォッチングのツアーでこのタマザラシを見かけて、ここまで追ってきたって訳です。何にしても大事にならなくて良かったなお前」

 

 そう言って、平均的な個体よりもまだ一回り程小さなタマザラシの頭を撫でるクリアと名乗る少年。

 彼の言った通り、船上で彼はタマザラシを発見、したまでは良かったのだが直後にその付近に三つの黒い尾ひれ――サメハダーの尾ひれを見つけたのだ。

 放っておけばまだ小さなタマザラシでは太刀打ち出来ないだろう、それを見越して、見逃す事が出来なかったクリアはイエローに一言告げて、こうして態々浅瀬の洞穴までやって来たのである。

 

 だが結果来て見れば、タマザラシは先に洞穴に入っていた目の前のスキンヘッドの男に助け出され無事だった。その事に一安心しつつ、目の前の男の評価を鰻上りに上昇させる。

 見た目悪人風な面構えだが、タマザラシを救った事実もあり、そしてクリア自身人を見た目で判断してはいけない事を自分の身の事もあってよく知っている、だから彼は目の前の男を、アクア団幹部のシズクを"善人"だと判断したのだった。

 

 

 

「っと、そう言えばまだ貴方の名前を……ってあれ?」

 

 タマザラシから目を離してそう言い掛けるも、またしても疑問符を浮かべるクリア、そして目の前に広がる何も無い空間。

 気づけば先程まで目の前にいた男は影も形も無くなったいたのである。

 その事に気づいて、少しの間の後クリアは、

 

「……なんだもう行っちまったのか、せっかく似た境遇の人と出会えたと思ったのに」

 

 本当にそこにいたのか疑問に思える程綺麗にいなくなっていたシズクという男、彼の名すら知らないクリアは一瞬それが自分の見た夢幻覚だと錯覚しそうになるが、だが次の瞬間にそれは間違いだと分かる。

 

「何だよお前、もしかしてさっきの人を探してるのか?」

 

 それは水色の丸みを帯びた水ポケモン、野生のタマザラシがシズクの事を必死に探していたからである。

 辺りをしきりに見回し、シズクの気配を辿るタマザラシ、彼はそのまま浅い海水に身を浸しながらまだ残るシズクの僅かな匂いを辿って、最後には大海原を一望した。

 洞穴から出て太陽の下、後に続く様にクリアも外に出てきて、

 

「もうどこかに行っちまってるし、どっちにしろもう追えないだろうよ」

 

 呟く。呟いて、続いて流し目でタマザラシを見て、そしてクリアは明らかに落ち込んでいるタマザラシに対し言う。

 

「お前、さっきの人の事追いたいか?……だったらもし良かったら俺と一緒に来なよ、旅の道すがらまたさっきの悪人顔の人にも会えるかもしれないからさ」

 

 微笑を浮かべながらそう言ったかれの言葉に、そして元野生のタマザラシとなったそのポケモンは、彼の取り出したモンスターボールに飛びつき彼の言葉に答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 小さく見える浅瀬の洞穴、クリアという少年が"なみのり"して行ったその方面を眺めながら、イエローは小さくため息を吐く。

 何やら急ぎの様子で唐突に船から飛び降りたクリア、その時何故か彼に触れる事が出来なかった自分に若干の驚愕を感じて、彼女は迷う心を先程よりも更に広げていた。

 

 クリアを思う自身の気持ち、その感情の正体について昨日からひたすらに考えるイエローだったが、矢張りその答えは中々見つかる様子を見せない。

 その所為で先程の出来事、飛び出すクリアを止める事も、そんな彼についていく事も出来なかった。

 更にもう一つ、最も重要な事。

 

(駄目だよね、クリアに気をつかわせちゃってるままじゃ)

 

 彼女自身、クリアの微妙な変化には気づいていた。

 彼が思い悩むイエローの事を案じて、このツアー中も時折心配そうに言葉を掛けてくれていた事――そんな事、イエロー自身も先程から気づいていた。

 気づいていながら、それでもまともに取り合う事が出来ず、結果クリアに気を使わせる形となっていたのだ。

 

「……チュチュ?」

 

 物思いに耽りながら波間に視線を落としていると、不意に外に出してある彼女のピカチュウである"チュチュ"が彼女の服の袖を引っ張っていた。

 どうやらイエローの手持ちの彼女(チュチュ)には彼女の心の変化が伝わったらしい、頭を差し出して"トキワの森の力"で感情を読み取る様催促して来る。

 そんなチュチュの行動に疑問を浮かべながらも、イエローは誘われるがままチュチュの頭へと手を翳し、そしてチュチュの気持ちを読み取った。

 

 そうしてそこに見えたのは一匹のピカチュウ、クリアの"P"では無いレッドの"ピカ"の姿――ピカがレッドと共に戦う姿、チュチュと何かを話す姿、そして何よりも頼り強くチュチュの前に立つ姿。

 それはチュチュがイエローに伝える彼女の気持ち、レッドの"ピカ"と人間で言う"恋人関係"の様な彼女が持つ、ピカへの気持ちの全てだった。

 

「うん、チュチュはピカの強くて便りになる所が好きなんだね」

 

 そう言ったイエローの言葉に、チュチュは恥ずかしそうに顔に両手を当てながら頷き答える。

 そして続けて、

 

「……え? チュチュは、ボクがレッドさんの事を好きなんだと思ってたの!?」

 

 チュチュの感じた心の声をそのまま代弁し、驚くイエロー、そんな彼女にチュチュは同意に意を示す。

 確かに、カントーにいる間は彼女(イエロー)とレッドは良く頻繁に会っている。マサラとトキワという互いの家の距離が近いという事もあり、また相談相手としてトキワの森で一緒にいる事も事実多かった。

 だがそれは、彼女にとって"レッド"とは初めてのポケモン捕獲を手伝って貰い、更にトキワの森を利用しようとしたロケット団、その組織を壊滅に追いやってくれた一人の恩人で、そして同時に尊敬する人、という意味合いが強く、その様な浮いた感情を強く感じた事は無かった。

 尤もそれは今彼女が思い出すレッドへの印象であり、もっと幼き頃、初めて会った時にどう思ったのかかは彼女自身、もうあまりよくは覚えてはいないのだが。

 

「……そうだね、多分、好きになっていたんだと思う」

 

 それでも矢張り彼女にとってレッドとは特別な人間の一人。そこは揺らぐ変わる事は無い。

 レッドが失踪したと聞いた時は本気で心配し、そして彼の為に何かをしたいと思った。ブルーからレッドを"助ける力"があると言われた時は彼女も純粋に嬉しかった。だから彼女は危険な旅と分かっていながら勇み足で出かける事が出来た。

 

 そしてそれは、クリアという少年もまた同じで――。

 

「でもボクはクリアと出会って、初めて同じ立ち位置の男の子と一緒に戦ったんだ」

 

 同世代らしく、また(クリア)も一度レッドに救われた事があると言う。

 そして旅の中、救い、救われ、誰に対しても敬語を使う彼女が敬語を外して話せる数少ない友人、そんな人物にいつの間にか彼女は、普通の友人以上の存在価値を見出していた。

 

「だからボクにとってクリアもまた、特別な人なんだよ」

 

 そう言ったイエローの言葉に、チュチュもようやく答えが見えた様だ。

 ――もしかしたら、クリアと出会わず日々を過ごしていたらレッドへの憧れの形は、兄へと向かうそれでは無くなっていたのかもれしない。

 それがイエローが出した一つの答え。

 

 憧れの存在であるレッドと、親友の様な存在のクリア、両者共彼女の危機を救った人物で似てる様で両極端な彼等だが――しかしそのどちらにも全く同じ共通項が存在していた。

 

「……あぁそうか、きっとボクは……」

「おーいイエローやーい!」

 

 その時だった、ぼんやりと虚空を見つめるイエローの耳に最早聞きなれた少年の声が響いた。

 先程までの悩みの種となっていた少年、その人物の声は船の下、海水面から発せられておりイエローと、同時にチュチュも下方向へと視点をシフトする。

 

 

 

「おーいイエロー、見てみろよー、拾ったー!」

 

 まるで捨てられた犬猫を拾ってきたかの様な言い方で、レヴィの触手と同時に持ち上げたタマザラシをイエローに見せつけながらクリアは言った。

 笑いながら、その笑顔の裏に隠された彼女を元気付けようとする意図――"ポケモンが大好き"な彼女に送るささやかで精一杯の贈り物。

 その姿を見て、そしてイエローもまた微笑を浮かべ、そしてその微笑をすぐに広げて、

 

「うん、凄く……可愛いポケモンだね、クリア!」

 

 陽だまりの様な笑顔で、彼女も笑って彼に答えるのだった。

 

 

 

(まだこの気持ちがカガリさんやブルーさんの言う"好き"の気持ちかは分からない……だけど)

 

 レッドとクリア、彼等が持つ絶対的な共通項、それは一重に、"ポケモンの事が大好き"という事。

 ポケモンとの関係の大切さ、友達だと教えてくれたレッドと、ポケモンの為なら捨て身にだってなって彼女を余計に心配させるクリア。

 どちらも彼女と同じくポケモンが好きで好きでたまらない人種、そして彼女もまた彼等と同じ様にポケモン達の事が好きでたまらない。

 ――だからこそ、

 

「だけどボクはそんなレッドさんが、ポケモンの事が大好きなクリアの事が好きなんだと思う」

 

 だからこそ、彼女はそう結論付けた。

 チュチュの頼り強いピカを思う気持ち、それと同じ様にイエローもまたポケモンが大好きな人間が大好きなのだ。

 その好きのベクトルはまだまだ定まっていないが、だがその感情は嘘じゃない。

 だから彼女は、次にカガリに会った時、胸を張って言えるはずだろう。

 

 クリアの事が好きな気持ちを、否定等せず堂々とした態度で――。

 

 




後もう少しでホウエン編の前半部分は終了し、後半戦に突入です。多分転換部分は割りと分かりやすいと思います。


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四十六話『vsソルロック&ルナトーン 石の収集人』

 

 トクサネシティ、周囲を海に囲まれた島の町。自然豊かなこの町の印象とは裏腹に、島にはホウエン地方を代表する施設の一つ"トクサネ宇宙センター"もあり、週に一度はロケットを打ち上げるホウエン地方で最も宇宙に近い場所でもある。

 それと同時にホウエン公認ジム施設の一つ、トクサネジムもあるこの街に、二人の少年少女が足を踏み入れていた。

 予想外の"友達(タマザラシ)"と出会った朝方の"ホエルコウォッチング"を終え船を降り、真っ直ぐとトクサネ宇宙センターに向かう二人の人物。一人は傍らにチュチュと呼ばれるピカチュウを連れ、もう一人もPと呼ばれるピカチュウを連れたポケモントレーナーの二人。

 カントー地方トキワシティ出身のイエローという少女と、ジョウト地方チョウジジムに公認ジムを構える少年クリア、彼等二人の旅路の範囲はここトクサネの街にまで及んでいたのだ。

 

「……もう悩みは吹っ切れたみたいだな」

「うん、もう大丈夫、心配してくれて……ありがとう、クリア」

 

 気にすんな、と微笑を浮かべて返すクリアだが、彼は知らない。

 今彼に礼を言った少女の頬が僅かに朱色に染まっていた事を、そしてその悩みの種が、正真正銘彼女の目の前にいる彼自身だったと言う事を。

 そうしてそんな彼女の心境の変化等微塵も理解しないまま、クリアは歩きついた眼前の建物を見上げた。

 

 トクサネ宇宙センター、一階と二階の一部分だけなら一般解放もされているトクサネシティ随一の観光スポットの一つ。

 トクサネの町の中でも一番の高地に聳え立つその巨大なビルを見上げ、クリアとイエローの両者はその外観の壮大さから一度息を飲み、そしてビル内部へと進入する。

 一階一般解放エリア、平日の昼間という事もあってか見物客は少なく、確認出来るのは数人程度の一般人とその倍はいるだろう研究員等の従業員位のものである。

 

 入って、二人はひとまず辺りの展示物に大雑把に目を通してみる。

 ――が、

 

「……なぁイエロー、今度は二階行ってみようぜ、二階」

「……ふわぁ、うん、そうしよう」

 

 一階にあったのは主にトクサネ宇宙センターが出来た経緯や、尽力した人々の紹介文が主。

 無論、宇宙や隕石等に関する展示物、そして目玉となる着工中のロケットの見学に来た二人にとって、それはあまりにもつまらなくまた眠気を誘うものだった。

 故に二人は早々に一階分の見学を終了させ、二階へと続く階段へと歩みを進めた。

 まずはイエローから階段を上り、朝早くから起きていたからかやたら眠そうなイエローに気を配りつつクリアもそれに続く、そして彼等の背後からもう一人、一人の青年が少し後に続き二階へと上がるのだった。

 

 

 

 そしてビルの二階、着工途中のロケットの作業風景と主に隕石を中心とした宇宙に関する記録写真、説明文、展示物等がひしめくフロア。

 

「おぉ! この階は一階と違って結構面白そうだ!」

「うん、ボクもあまり眠くはならないよ……はふっ」

 

 ――到着早々揃いも揃って失礼な二人である。一人はさらりと本音を暴露し、一人は何だかんだ言いながら欠伸を欠かさない、少しは一階の宇宙センターの歴史にも興味を持ってもいいだろうに。

 そうやって一先ず製作途中のロケットを強化ガラスを隔てながら二人は見学する。綿密な計画の上作られている一ミリの誤差も許されない作業、それらの作業を手際よく行う人々の様子、そしていずれは暗い闇の中を突き抜けていくのであろう目の前の鉄の塊。

 

「ねぇクリア、ロケットって言えばさぁ……」

「よしこれでこの話は終わりにしよう、次は隕石でも見てみようぜ」

「……うん、そだね」

 

 始めのうちは興味深そうに見ていた二人だったが、どこか苦い顔でそう呟いたイエローの言葉を遮る様にクリアは言って、そのまま眼前のロケットに背を向け展示物の方へと向かいイエローもそれに続く。

 "ロケット"、彼等が単語から即座に連想出切るものと言えば唯一つ――"ロケット団"。

 かつてトキワの森を利用し生態系を荒らした彼等の行いは決して許されるものでは無く、またクリアのPやV等を始め様々なポケモン達が彼等の理不尽なエゴの犠牲になっているという事もまた然りだ。

 気づくとクリアとイエローの傍らにいたPとチュチュの二匹がどこか苦しそうな表情をしていた事もあり、眼前のロケットには何の罪も無い、分かっていながらも彼等は背を背ける事しか出来なかった。

 人には誰でも、関わりたくない、苦手意識を持つものの一つや二つはあるものなのだろう。

 

 そうして早々にロケット見学は切り上げて、クリアとイエローの二人は展示物とその説明文のコーナーへとやって来る。

 そこに展示されているものはホウエン地方に落下したと言われるいくつかの小さな石ころ、素人目にはその辺りに転がってそうに見えるそれだが、しかし専門家から見ればそれは貴重な一石だ。

 彼等が今住む星、その星の外、宇宙という限りなく無限近く広がる空間からやって来た小さな訪問者。

 

「……石に興味があるのかい?」

 

 声が掛けられたのはそんな数々の石達を唯漠然と、興味深そうに彼等が見ていたその時だった。

 まず素早くクリアが反応し声の方へ顔を向け、遅れてイエローも同方向を向く。

 

「あぁすまない、見慣れない顔だと思って珍しくてね……観光の人かな?」

 

 そこにいたのは一人の青年だった。

 赤い瞳と赤いネクタイ、銀に近い様な水色の髪、何故か紫のギザギザ模様のラインが入った黒のスーツ、そしてこれまた何故か腕にはめられた鉄製の輪。

 それでいて物腰柔らかそうな紳士的な人物、一見すると良い所のお坊ちゃんという印象が持てる。

 

「いえ……じゃなかったはい、そんな所です……貴方は?」

「あぁ、これは度々すまない、僕はダイゴという者だ、石の収集人(ストーン・ゲッダー)をしている」

 

 "ダイゴ"、その名前を聞いた瞬間、クリアは何時もの様に過去の情報を引き出す。

 目の前のダイゴ名乗った青年の風貌、そしてダイゴという名前――それはかつて彼が遊んだゲームに出てきたホウエンチャンピオンの人物の名前、特徴と一致したもの。

 ――だがそれはあくまでルビー、サファイアというソフトバージョンまで、確かエメラルドではチャンピオンは名乗らず一般トレーナーの部類だったはず。

 

(だとしたら目の前のこの人が……ダイゴが俺の知識として知ってるダイゴだとすると、この人はチャンピオン、それとも……)

 

 一瞬、そう思考を張り巡らせるも、すぐにクリアは考えるのを止めた。

 どちらにしてもそんな事はすぐにでも分かる事、考える時間も労力も無駄というものだ。ましてや彼が今いるこの世界はゲームでは無く、紛れもない現実の一つ、ゲームの常識等通用するはずも無し。

 そう判断し、クリアは元来悪い人相をなるべく抑えるべく密かに練習した人当たりの良い笑みを浮かべて、

 

「これはご丁寧にどうも、俺はクリア、それでこっちは……」

「ボクはイエローです、所でダイゴさん、ストーン・ゲッダーって……」

 

 互いに自己紹介を終えた所で早速、イエローがダイゴにそう質問を投げかけ、彼女の言葉が終わる前に、ダイゴは目の前にあった一つの展示物の隕石、その一つに視線を落として口を開く。

 

「あぁそれはね、僕はこういった隕石含め、とにかく珍しい石や宝珠(たま)を探し集める事が好きでね、そしてそれが同時に僕の職業"石の収集人(ストーン・ゲッダー)"となっているのさ」

 

 言われ、クリアとイエローは同時に"へぇー"っと感嘆の声を漏らした。

 確かに、石と言ってもその価値は千差万別、道端に落ちてある様な石ころから、高い値段がつく"天然鉱石"、果ては"化石"なんかも当然"石"の部類に分類されるだろう。

 更にこの世界特有と言っても"石"、"進化の石"も無論ダイゴが狙う"石"という事になり、それらを見つける職業となれば確かに、収入は安定しないまでも当りは大きい立派なもののはずだ。

 

「へぇ、凄いですねダイゴさん、でも石の採集って中々大変じゃありません?」

「ふふっ、そうでも無い、結局は僕の趣味としての範疇が大きいからね」

 

 そう言って笑うダイゴに、クリアとイエローの二人は互いに目を合わせ、そして同じ事考えたのだろう同タイミングで笑いあう。

 クリアもイエローも、そしてレッドやブルー、グリーンといった彼等が関わった者達は全員ポケモンに関する職業に携わる者ばかりだった――ポケモン研究のオーキド博士、転送システムのマサキ、ジムリーダーのクリアやグリーン。

 その仕事自体、キツイ事が無いと言ったら嘘になる、だがそれでも続けていられるのは一重にポケモンが好きだから、それに関わり職とする事が楽しいから。

 そんな彼等と目の前のダイゴ、対象となるモノは違えど、しかし彼等とダイゴの根本は変わらないのだ。

 

「そうだね、例えばこの石は"つきのいし"、特定のポケモンを進化させる石だ」

「はい、ピッピやプリン等の進化に主に使われる石ですね」

「へぇ、詳しいじゃないかクリア君……ならこの石は何の石か分かるかい?」

「うーん、これは……このどこか太陽を彷彿させる形……ヒマナッツ等のポケモンの進化に効果がある"たいようのいし"ですか?」

「ご名答、中々物知りじゃないか」

「浅い部分だけです、深く突っ込まれると何も言えませんよ」

 

 そう言ったクリアの言葉は真実だった、確かに彼は少しなりともポケモンによる知識は持っているがそれはあくまで常識の範疇、例えばポケモンの詳しい生態について聞かれたりなんかすれば、ポケモン図鑑片手でないと答えられる自信が無かった。

 そうして、いつの間にかダイゴによる石講座となっている場だが、為にもなり質問形式のダイゴの説明に飽きも来る事が無いのでクリアとイエローは大人しくその場の流れに身を任せる。

 

「まぁそう謙遜する事も無いのだけどね……君達はこのホウエン地方、いやこのトクサネには宇宙センターを見る為に来たのかい?」

「……いいえ、特に予定も決めずに流れるままに来ましたけど、それがどうかしたんですか?」

 

 壁に掛けられたいくつもの額縁、その中で鈍く輝く石の数々。

 その中でも更に隕石の事について多く飾られた一枚、その前で止まり唐突にそう聞いてきたダイゴにイエローは疑問符を浮かべながら答える。

 彼の言葉の真意が読めなかったのだろう、そしてダイゴは彼女とクリアの疑問に答える様に、

 

「そうか、だったらこの場所はよく見ていくといい、特にホウエン地方は隕石が頻繁に落ちる事で有名だからね」

 

 どうやら唯彼等の旅の思い出の協力を、心の底からそう思っての言葉らしい。

 隕石のはめられた額縁に手を翳しながらそう言ったダイゴに、クリアとイエローは同時に肯定の言葉で答え、それを聞いたダイゴは、

 

「特にこの"隕石"という"石"も興味深い、この星の石とはまた違った魅力がある、そうは思わないかいクリア君?」

「……はぁ」

「宇宙にはまだまだ知られてない謎が、未知のパワーが満ちいてるからね、千年に一度目覚めるという幻のポケモンの言い伝えも宇宙や星に関するものだし、ポケモンは宇宙から来たという学説まであるものだ、非常に興味深い……!」

 

 どうやら語る内に彼の石好きとしての魂に火がついてしまったらしい、マシンガンの様に発せられる彼の言葉は、最初こそ耳に入っていたのだろうがそうペラペラと話されると集中力も途切れてくるというもので、クリアとイエロー、二人の耳に入ってはそのまま通過していく。

 

「あ、あのーダイゴさん?」

 

 そんな止まる事無く言葉を発する彼にイエローが声を掛けるも、ダイゴは止まる事無く言葉を紡ぎ、

 

「特に僕はこの"隕石"に関してはまだまだ収集不足でね、あぁ隕石を降らす事が出来るというポケモンの技、是非とも伝承してみたいものだよ」

「あぁ"りゅうせいぐん"ですね」

「ほう、究極技であるこの技の名前まで知ってるとは、流石だねクリア君」

「えぇ、でもその技の修得は結構苦労しますよ……」

「ふっ、このダイゴにそんなお節介は不用だよ」

 

(……あれ? 今、俺……)

 

 そうクリアが言った直後、彼の中に言い知れぬ不安感が蘇る――現れるでは無く、"蘇る"。

 何ともしれないモヤモヤとした感覚、まるで心が自分のものでは無い様な違和感、自分が発した言葉なのだが、まるで自分以外の誰かが発した様な矛盾。

 ダイゴとイエローの二人はどうやら特に何も感じ取る事は無かったらしく、今だダイゴはイエローに石について熱く語っている。特に問題は無い。

 問題は無いはずなのだが、後味の悪い気持ち悪さだけがクリアの中には残った。

 残って、今一度自身の言葉を思い返してみるが不自然な所は見つからなかった。

 ――見つからなかったから、彼はそのまま今の異変を一旦は忘れる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変だったね……」

「そうだな……」

 

 トクサネ宇宙センターから出たクリアとイエローの二人は、並べた肩を深く落としながら"目的地"まで歩いていた。

 目的地、トクサネジムへと――。

 というのもいつまで経っても終わりそうに無いダイゴの言葉、小一時間は聞いてみたもののいい加減我慢の限界に来たクリアはそこでトクサネの他の観光地の話をしてダイゴの語りを終わらせようと考えたのだ。

 だがどうしたものか、いくら考えてもトクサネ宇宙センターの他に思いつく施設が無かったのである。後に残るは自然豊かなトクサネ周囲のみ、そうなればその自然の中でダイゴは石に関する話題を拾うに決まっている。

 ――となれば向かう場所は一つ。

 

『あぁそうだったー、すいませんダイゴさん、俺達ちょろっとそろそろジム戦行こうと思ってたんですけどー』

 

 芝居がかった口調で言ってみたが、どうやら効果はあったらしい。

 

『む、そうか、それは悪い事をしたね、頑張ってくれクリア君、イエロー君』

 

 すぐに話を中断しそう告げたダイゴの言葉に、クリアとイエローの二人は彼には見えない様心の中で胸を撫で下ろしたという。

 そうして永延と石の話を聞かされた彼等はその疲労を残したまま、口数少なくもトクサネジムに歩きついた。

 そしてそんな疲労の原因となったダイゴは、もう少し宇宙センターで隕石を見ておくと言って今この場にはいない。

 

「ねぇクリア……ホントに入るの?」

「まぁ、あの乱射(マシンガントーク)から逃れる為とは言え言い出しちまったものはなぁ……それにほら、イエローのチュチュも」

「え……あ!」

 

 気づくと、イエローのチュチュが彼女のズボンの裾を引っ張って何やらアピールしていた。

 その様子からチュチュの心を読まずとも察するクリアだったが、一応確認の為イエローはチュチュに手を翳して、

 

「クリア、チュチュも戦ってみたいって!」

「よし、そうと決まればやるか、P!」

 

 チュチュがその気になったと言う事は、ポケモン達を自身の友達と考え大切にしているイエローもチュチュの感情を優先するという事になる。

 従って、Pもその気になっているという事でジム戦を決行するのはほぼ確定、"挑戦者としては"久しぶりのジム戦に、クリアは高鳴る鼓動を直に感じていた。

 いつもはリーダーとして挑戦者を迎える立場の彼だが、矢張りいつも同じポジションだと新鮮味も薄れるのは必然、たまには挑戦者として初心に戻って戦ってみたいという気持ちがあるのだろう。

 ――しかし、

 

「だけどクリア、"ジムリーダー"ってジム戦に挑んで大丈夫なの?」

 

 そう、クリアはジムリーダーだ。いくら他の地方のリーダーだからと言っても、本来バッジを渡すはずのリーダーが非公認の手合わせならいざ知れず、公認試合を早々簡単にやっていいはずも無い。

 そんな事になれば今頃、定期的に行われるポケモン界最大のイベントとも言える"ポケモンリーグ"に毎回、本戦からジムリーダーがゴロゴロ出場するという事態になりかねない。

 その為原則的にジムリーダーの公式的なジム戦は禁止事項の一つとされている――のだが、

 

「大丈夫だイエロー、バレなきゃ犯罪じゃないし、規約は破る為にあるもんだろ?」

 

 どうやらそんな常識は、チョウジジムのジムリーダーには通用しない様子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら挑戦者が来たみたいだよ、ラン」

「……どうやら相手は二人のようね、フウ」

 

 ジム内部、行儀良く正座をしたまま、まだ年端もいかない二人の小さな少年と少女が目を閉じたまま呟いた。

 薄い水色のチャイナ服の様な格好をして、後ろで髪を纏めた顔の造形が似通っている二人、フウと呼ばれた少年とランと呼ばれた少女、二人共このトクサネジムのジムリーダーとなっている二人だ。

 二人で一つのジムリーダー、その就任背景には一寸した彼等なりの特別な事情があるのだが、その事情を知る者は指で数える程度である。

 

「今日は挑戦の予定は入って無いけどいいわ、わたし達」

「僕達が貴方達の相手をします、トクサネ神秘のコンビネーション、あなた達にお見せしましょう!」

 

 ジムの扉を開けて入って来た二人、ゴーグルを首から下げた少年と、麦藁帽子を被った一見少年の様な少女に対し、トクサネジムの二人は宣言するのだった。

 

「トクサネジムのジムリーダー、フウと」

「同じくトクサネジムリーダーのランで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 トクサネジムに入った彼等を迎えたのは二人の小さな番人、フウとラン、トクサネジムの二人のジムリーダーだった。

 入って早々のトクサネジムの二人のリーダーから言われた自己紹介を混ぜつつのジム戦了承の意、どうやら態々口に出さずとも此方がジム戦に来たという事は向こうに伝わったらしい。

 まぁポケモンジムに来るのだから、むしろジム戦以外の用事の方が少ないと思われるが。

 

「いきなりの訪問だったけど、どうやら相手は取り合ってくれるらしいな、ラッキーだったぜ」

「あはは、本当にジム戦やる事になっただねボク達……それでどっちから先に戦えばいいんだろ?」

「そんなもん、二人一緒にダブルバトルで良いじゃないか……そっちのリーダーさん達もそれでいいだろう?」

 

 対戦の順番に悩むイエローにそう言って、続けてクリアは少し離れた位置に立つフウとランの二人に叫ぶ。

 通常ジム戦とは挑戦者とジムリーダーの一対一のバトル、チョウジジムでもクリアは常にそのバトル形式でジム戦をとりおこなって来たが、しかし別に頑なにそのルールに縛られる必要は無い。

 一対一の試合と言ってもその中から更に"入れ替え制"か"勝ち抜き戦"を挑戦者に選ばせたり、試合方式を手持ちの一体でも瀕死になったら試合終了のワンノック制か、または手持ち全員総出で行うフルバトル制かを決めたりと、その試合方式は細部まで見ると非常に幅広く多岐に渡っている。

 だからこそ、ジム戦にダブルバトル方式があっても、更にそれが挑戦者二人、ジムリーダー二人の二体二のダブルバトルだとしても、ジムリーダーが一度"OK"のサインを出せばそれはもう公式のジム戦、誰にも文句は言われない。

 

「えぇいいですよ、元々このトクサネジムはダブルバトルのジムです。特例としてあなた方二人の同時挑戦権を認めます」

 

 そしてどうやらそれは認められたようである。

 フウの了承の意を聞いて僅かに緊張を膨らませるイエロー、だが隣に立つクリアはそんな彼女とは反対にむしろこのジム戦を楽しんでるらしく笑いながら、

 

「そっか、サンキュー少年……えぇと、君がフウで、隣の子がランって名乗ってたよな」

「はい、では挑戦者さん、あなた方の名前も教えて貰って構いませんか?」

「あぁいいよ、俺はクリア、"チョウジタウン"のクリアだ」

「ボ、ボクはトキワの森のイエローです!」

 

 ランに言われて、クリアと直後にイエローの二人は自身の出身地と名前を言って、それぞれ自身のピカチュウを前に出す。

 元々ジョウト地方のジムを一人で周ったからだろう、クリアの笑みには余裕の表情が見て取れ、逆にイエローの顔には若干の焦り、緊張の色が浮かんでいる。

 そして彼等の出身地を聞いたフウとランの二人はその事に、驚愕の色を顔全体に広げて、

 

「ふ、二人共随分と遠い地方からジムリーダー戦に来たんですね、あなた達二人共、出身地方にジムはあるのでしょうに」

「君は……ラン、女の子の方ね……つっても向こうでは俺、超個人的な都合上気軽にジム戦が出来なくてね、それで腕試しにとでも今日ここに来たわけさ」

 

 その都合というものが彼自身がジムリーダーというもので、今この場に彼が立っているのもかなりのマナー違反、場合に寄ってはリーグ規約に違反するものだが、そんな事微塵も思っていないランは彼の言葉にただ疑問符を浮かべるだけである。

 そしてその会話で戦闘前の余興も終わりらしい、クリアの言葉の真意は理解出来ないだろうが、相手は挑戦者、今から始まるのはジム戦、フウとランの二人も手持ちのポケモン、ソルロックとルナトーンの二体をフィールドに呼び出し構えて。

 ――そして次の瞬間、ジム内部に響いた開始の合図となるアラーム音と共に、イエローを除いた三人が一斉に動き出す。

 

「ソルロック! "コスモパワー"!」

「ルナトーン! "コスモパワー"」

 

 流石はダブルバトルに特化した双子のジムリーダーといった所か、開始早々に自身の"特殊攻撃"と"特殊防御"を上げる"コスモパワー"を秒単位で同時に行い、まずは二人のポケモンとも一斉にその能力を高める。

 クリアが"こおり"を専門とする様に、フウとラン、この二人が得意とするタイプは"エスパー"、超常的な力で為す術も無く相手を行動不能に追い込む神秘の力。

 

「P! 長引かせるのはマズイ、"でんじは"で奴等の動きを封じろ!」

 

 まずは着実に、そう考えて"でんじは"の指示を出すクリアだが、その程度の考えは既に読まれてるらしい。

 今だ"コスモパワー"を続けるルナトーンを残し、既に技を解いて次の技の構えを取っていたソルロックがルナトーンの前に立ち塞がり、

 

「ソルロック、"まもる"で守って、続けざまに"サイコウェーブ"だ!」

 

 フウの指示でソルロックはすぐに"まもる"の体勢に入り、見えない障壁の様なもので弾かれるPの"でんじは"、そして間髪入れずに繰り出される"サイコウェーブ"。

 使うたびに威力が変わる渦上の念動力の攻撃、Pの直前まで迫っていたその攻撃は見事にPに決まり、宙に浮くP、更にそこに、

 

「今よルナトーン"サイコキネシス"!」

 

 "コスモパワー"を終えたルナトーンの追撃がPを襲った。

 先程の"サイコウェーブ"の力よりも更に強力なエスパーの力、念波の塊をぶつけて来るルナトーン。

 だが避けようと思っても今は空中だ、周りに障害物も無ければ碌に動きを取る事も不可能、そしてこうしてる間にもPには"サイコキネシス"が迫りつつある。

 そんな一秒も無駄に出来ない時間の刹那の中、クリアはイエローへと顔を向けて、

 

「イエロー、チュチュに"10まんボルト"の指示を!」

「え、でも上手く当てれるか……」

「いいや大丈夫だ、"技を出す"事に意味があるんだ、早く!」

「わ、分かった! チュチュ"10まんボルト"!」

 

 展開の早さについていけず棒立ち同然だったイエローと彼女のチュチュ、そこにクリアの言葉が加わり初めてチュチュは技を放った。

 ――が、所詮はそれはただ闇雲に放たれただけのもので、当然ソルロックとルナトーンを捉える事は出来ない。

 電撃は念波よりも断然早くソルロックとルナトーンに迫るが、しかしその電撃は、上に逃れるソルロックと下に逃れるルナトーンに悠々と避けられた。

 

 だが先に彼が言った通り、クリアの狙いは別にある。チュチュの放った"電撃"、この闇雲に発射された"電撃"があればそれで良かったのだ。

 

「P! チュチュの電撃を全て吸収して、サイコの力を迎え撃て!」

 

 Pが持つ特性"ひらいしん"、尤もこのPの"ひらいしん"は"ちくでん"にも似た効果も付加された様な特別なもので、Pが電撃を放つ事が出来るのもこの特性のお陰だ。

 Pが持っている"でんきだま"の微弱な電力を、Pの特性で何倍にも底上げして、今では通常攻撃程度の電撃ならば自身の力だけで撃てる様になり、更には他者の電撃の力を引き寄せる性質も持っている。

 だがこのPの特性自体、味方のみならず敵の電撃すらも吸収し、己の力に変えるこの能力は本来ならばダブルバトル用の様なもの。

 従って、今この場における彼等のピカチュウ同士のダブルバトルでの相性はすこぶる良いのだ。

 

 そしてチュチュの放った電撃は急激にPのいる上空へと方向転換し、上方向へ逃げたソルロックを巻き込みながら、電撃は"サイコキネシス"よりも早くPに届きPの電撃の威力を底上げさせて、

 

「っ……今! P"かみなり"だ!」

 

 次の瞬間、上空からの落雷がルナトーンを襲ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう二人共、とっても楽しかったよ」

「いえ、こちらこそ、久しぶりに全力で戦えて楽しかったです」

 

 そう言って握手を交わすクリアとフウ、その隣では疲れ切った表情のイエローと苦笑を浮かべるランもまた握手を交わしている。

 結果から言うと、クリア達はあの後本気を出したフウとランのペアに敗北した。

 Pの特性を利用した奇襲が上手くいった所までは良かったのだが、矢張り相手はダブルバトルの、その道の専門家でありプロでもあって、対する此方は急作りな即席ペア。負けるのは当然だろう。

 一応二人のジムリーダーからも、初めてでこれなら素質はある、と褒められたりもしたのだが、今のイエローの様子から考えて、またクリアが次のダブルバトルの相方を務める事があるかすら微妙である。

 元々バトルが苦手と言う彼女だ、今のバトルでも十分頑張っていた方で、常日頃からジム戦に慣れているクリアやフウとランの様に平気な顔をしている事等出切るはずも無かった。

 

「にしても、疲れてるなぁイエローは」

「うん……凄く眠いや」

「そういえば朝も早かったし、今日はトキワの力も使ったものな……となれば早目に宿を取らないと……なぁ二人共、このトクサネでオススメの宿って無い? 出切れば安眠出来そうな所」

 

 完全に意識半ばで、いつ眠りに落ちても可笑しくないイエローの肩をさり気無く支えて、クリアはジム戦を終えたばかりのフウとランの両名に聞いた。

 聞かれた二人は互いに目を合わせて、少し考えた後、

 

「そういう事なら僕達の家に泊まっていきませんか? 部屋ならいくつも空いてますから」

「それは嬉しい提案だけど、いいのか? 俺達みたいな見ず知らずの他人を、というか親御さんだっているだろう」

「多分大丈夫だと思います、もしあなた方に邪気があれば、それはソルロックが感じ取ってるはずですし、それにわたし達も嬉しいですから」

「……そういう事なら、時間も無いからお言葉に甘えるよ……ほらイエロー、寝るなー、起きろー?」

 

 言って、フウとランから寝床の提供を受けた事で宿の心配も無くなったので、クリアは除々に彼に体重を預けつつあったイエローの身体を僅かに揺らしながら彼女に呼びかける。

 揺さぶられ、眠気眼のままぼんやりと虚空を見つめるイエロー、よほど眠たいらしく今だ意識は半覚醒のままだ。

 朝早くから起きてイベントがあって、宇宙センターでダイゴの語りを聞き、今のダブルバトル、確かにこの日一日は彼女にとって中々ハードな一日だったのかもしれない。

 そしてようやく意識が大分戻ったのか、今の自分の状態、立ったまま背中から完全にクリアに寄りかかっている状態という事に気づいたイエローは、

 

「わ、わっわっ!? ク、クリア!? あれボクなんでどうして!?」

「やぁおはようイエロー、今日はやけに元気がいいな……とりあえず今日はこの二人が家に泊めてくれるっていうから、一先ずそこまで我慢しような?」

「なっ、そんな子供みたいに扱わないでよ!……もう」

 

 顔を赤くしてクリアから即座に離れるイエローだが、それで今の行いが消えた訳では無い。

 確かに彼女は悩みから吹っ切れ、何時もの様な調子でクリアと接する事が出来ている、しかし矢張り今の様なアクシデントには弱いらしい。

 そして恐らく、少なからずクリアという少年の事を意識してしまっている事で、彼女のリアクションも何時もよりオーバーになっているのかもしれないが。

 

 そんな二人を、クリアの言葉に珍しく少しだけ頬を膨らませて拗ねるイエローを見たランは一言、

 

「……所で、お二人は兄弟か何かですか?」

 

 素直に疑問に思ったのだろう。見た目背丈的にも流石にクリアと小柄なイエローでは同世代には見えない。

 そんな当たり前の疑問、聞きなれた疑問に更に少しだけ機嫌が悪くなったらしいイエローを眺めて、思わず苦笑を浮かべつつクリアはランに返す。

 

「ククッ、いいや違うよ」

「え、すいません、てっきりイエロー君はクリアさんの弟さんか何かだと……」

「やっぱ君もそう思ってたのかフウ、まぁ仕方無いだろうけど……そもそもイエローは女の子だよ」

「え?」

「は?」

 

 面白おかしく含み笑いをするクリアが一言発した直後、二人のジムリーダーの素の声が聞こえそして、突然の突風で飛ばされたイエローの麦藁帽子、その下から腰まで届く金髪のポニーテールが現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フウとランの家に招待され、まずは彼等の両親に挨拶した所、クリアとイエローの二人は予想外にも彼等の両親から気に入られた。

 フウとランの二人に久方ぶりに本気を出させたという話と、イエローの人当たりの良さ、クリアも初見ではかなり警戒されたが、どうにか誤解はすぐに解く事が出来た。

 まず子供のフウとランの二人がクリアの事を警戒していなかったのだ。それはエスパー使いの二人の第六感、ソルロックの能力の影響という証拠もあっての事。

 クリアも表には出さなかったが内心、初めて子供から怯えられずに済んだ事にガッツポーズをしていたという事は内緒だ。

 

 そうして深夜、皆が寝静まった時間にクリアは一人彼等の家を抜け出していた。

 家から歩いて五分程の小高い丘の上、そこに待っていた一人の人物の下にやって来る為だった。

 

「お待たせしました、ダイゴさん」

「来たねクリア君……いや、チョウジジムのジムリーダークリア」

 

 クリアがダイゴからメッセージを受けたのはジム戦後、フウとランの二人の家に向かっている時だった。

 さり気無くズボンのポケットに入っていた一枚の手紙、それにすぐに気づいたクリアだったが、差出人がダイゴであった事も踏まえてこの事は誰にも言わず、指示通りに今この場にも深夜帯に一人で来ていた。

 そして今目の前にいるダイゴの雰囲気、昼間会った時よりも遥かに重い空気を纏った彼に何かを感じてまずはクリアから切り出す。

 

「それで、態々こんな時間に呼び出したって事はただ事じゃないですよねダイゴさん、いや……ホウエン地方チャンピオン殿?」

「フッ、やはり僕の見込んだ通りの男だな、君は」

「多分、見込み違いだと思いますよ、まぁ用件位は聞きますが」

「では単刀直入に言おう、君の力を貸してほしい、このホウエンに巣食う二つの巨悪を討つ為に!」

 

 否定が無かった所を見ると、ダイゴは本当にチャンピオンらしいと、否チャンピオンなんだとクリアは予想を確信に変えた。

 チャンピオン、その地方で一番の実力を持つ者の代名詞。力の象徴。

 ――そんな人物が今目の前で、クリアに助力を申し出てきたのだ。

 俄には信じがたいが、チャンピオン程の実力があってもどうにもならないもの、それ程の邪悪、その存在をダイゴは今口に出したのである。

 

「そうですね、俺に出来る範囲なら別に構いませんが……だけど、頼りになるとは思いませんよ、俺みたいな子供」

「確かに僕はスカウトするなら十六歳以上と決めていたが、現役ジムリーダーの君は別だ、トクサネジムの戦いも見事だった事だし」

「あー、やっぱ見られてましたか」

 

 クリアがジム戦中、何かの視線に気づいたのはPに"かみなり"を指示する一瞬前、何かの視線に気づき窓に視線を送る時間があった為、ルナトーンに的確な攻撃を送るタイミングを見誤ったのだが、今更そんな事を言ってもしょうがない。

 それからクリアは、少しだけ考える"フリ"をしてから、

 

「……いいでしょう、どうせ滞在期間に余裕はあるんだ、あくまで俺に出来る範囲で力を貸します……ただし」

 

 ただし、その一言を言う瞬間、クリアの目付きが少しだけ変わる。

 元々鋭かった瞳に鈍い光を宿し、目を少しだけ細めて、

 

「この話を俺にだけしたって事は、イエローは関係無いって事ですよね……なら彼女は今回の事からは除外させて貰いますよ」

「分かっているさ、僕も実力が伴わないトレーナーを必要以上に巻き込むつもりは無い」

「なら、決まりですね」

 

 言ってダイゴから差し伸べられた手、その手に自身の手を差し出して、そしてこの夜クリアはダイゴのスカウトを受けた。

 ホウエンに巣食う二つの巨悪、マグマとアクアの二つの組織、その組織を壊滅させる為の助力の提供。

 一見クリアには何の得も無い様に見える二人の協定だが、しかしこれでクリアは大きな貸しが一つダイゴに出来た事になる。

 現役ホウエン地方チャンピオンであり、巨大企業の息子でもある彼に対する大きな貸し――それは後々クリアにとって大きなプラスになるはず、そんな打算的な考えも確かに彼には少なからずはあった。

 だがそれ以上に、カイナ、キナギ、ミナモ、トクサネ、ホウエン地方に来て訪れた四つの街々、これらの都市に住む人々、今日会ったフウとランの様な人達の為に無償で行動するのも悪くないと、むしろ動きたいという感情、それがクリアの決定の大部分の理由だったのだ。

 

 そうしてクリアはこの夜、ダイゴへの協力を約束して静かにフウとランの家に戻った。

 寝静まった廊下を歩き、自身の割り当てられた借り部屋へ戻る――道の途中、通りかかったイエローの借り部屋。

 そこで彼は一度立ち止まって、そしてすぐに自身の部屋へと戻るのだった。

 

(悪いなダイゴさん、俺にはイエローを巻き込め無い……もしもの時は、その時は俺は残ってイエロー一人で……)

 

 本気になればクリアの力等軽く上回る実力を持つ、四天王事件の立役者の一人であるイエロー、彼女の実力をクリアはあえてダイゴに包み隠したまま、そして夜は更けていく。

 

 




どうでもいいけどポケスペ読み直してたらマイちゃんの可愛さに気づいた。


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四十七話『vsデリバード 戦いの足音』

 

 

 クリアとイエローがトクサネシティを訪れてから、早くも約十日以上の日にち経過していた。

 別段急ぎの旅という訳でも無く、泊まり先のトクサネジムリーダーの二人であるフウとラン、そしてその家族達からもクリアとイエローの二人は大層気に入られ、気づくとそれ程の時間を彼等はトクサネシティにて過ごしていた。

 大体はフウとラン相手に慣れない"ダブルバトル"の練習や、トクサネの大自然を歩き見て周る日々、"旅行"という彼等本来の目的からはズレているのかもしれないが、それでいて充実した日々。

 

 ――しかし、彼等が、否クリアがトクサネシティに留まる理由は別にある。一向にトクサネから足を踏み出さない理由、それはトクサネシティを気に入ったからという個人的な意見とは別の物。

 

『……という訳だ。君にはしばらくの間このトクサネに留まって貰い、もしも万が一フウとランの二人が使命を果たす時が来たら、その時は二人に助力して欲しい』

 

 ある日の夜、それがクリアが受けたダイゴからの指令だった。

 クリアはトクサネシティを訪れた初日の日、ホウエンチャンピオンのダイゴからの申し出でダイゴと協力関係を築いている。

 それはホウエンに巣食う二つの巨悪、"マグマ団"と"アクア団"、これら二つの組織を叩く為にジョウト地方チョウジジムのジムリーダーである彼の、"瞬間氷槍"の力をホウエンの為に振るうというもの。

 "現役チャンピオンに恩を売る"という見返りの為にクリアが受けたこの協定、その為の指令は早くも二日目の夜にダイゴから告げられたのだ――。

 

 

 

(つってもトクサネに留まってもう一週間以上も過ぎてるってのに、なーんも進展無し、ダイゴさんも早々にどっか行っちまうし、俺はこのままここで遊んでていいのか……?)

 

 水しぶきが弾け、しっかりと足腰に力を入れ、器用にバランスを取りながらクリアは思案する。本当に自分がこの場に留まっていていいものかを。

 ダイゴの話によれば今このホウエン地方では次々とマグマとアクアの両組織による暗躍が行われているらしく、それは先日の潜水艇強奪事件を筆頭に人々の記憶にも新しい事件が主となっている。

 更にはフエンの火山が活動停止した事についても、ダイゴはアクア団が怪しいと睨んでいるらしく、その組織力の強大さはかの"ロケット団"をも彷彿させる。

 一つでは無く二つ、仮面の男事件の倍は考えられる敵勢力の巨大さ、それはクリアも十分に考えている。

 そんな、そんな静かなる緊迫した状況下の中で、クリアは――、

 

「……来たぜ、来たぜ伝説のビッグウェーブ!」

 

 ――トクサネシティ沿岸、レンタルのサーフボードで波に乗るジムリーダーの姿がそこにはあった。

 どこかのムロのジムリーダーの様に、とまではいかないものの上手く体重を移動させ、バランスを保ち波に乗っている姿はとても素人には思えない。

 

(ま、何も言ってこないって事はこのままここで待機って事でいいんだよな、いいよな!)

 

 誰にとも無く心中そう呟いて、ホウエンに迫る脅威等今は忘れて、クリアは生まれて初めてだろうサーフィンに没頭する。

 そして楽しそうに笑みを浮かべ、そう大きくも無い波に乗るクリアと、そんな彼の姿を木陰となった砂浜から見つめる三つの影、トキワの森のイエローと、トクサネジムリーダーのフウとランだ。

 短パンとTシャツで波に乗るクリアと違って、三人共々普段着という格好で、彼彼女等は砂浜に腰を下ろしている。

 そんな中、年甲斐も無くはしゃぐ年上の少年の姿にランは、

 

「楽しそうですねクリアさん、それにこう言うと失礼なんですが……なんだか凄く子供っぽい、ポケモン扱う時とは雰囲気がまるで違う気がします」

「ふふ、そうですね、普段のクリアは大体こんな感じですよ」

 

 ランの言葉にイエローは苦笑を浮かべて答えた。

 ランの言った雰囲気が違うという言葉、その言葉は確かにクリアという人物を一言で表しているが、それでいて今のランが見ているクリアは以前のクリアよりも圧倒的にその言葉に似つかわしく無い。

 以前のクリア、それは今以上に喜怒哀楽が激しく、その様子は言葉遣いにも影響を及ぼすまでにあったもの。

 大きく揺れる"感情"の変化、今でこそ不自然な程に身を潜めた"その時のクリア"を知るイエローからしてみれば、"今のクリア"の雰囲気が違うとどれ程言われても、あまりピンと来るものが無いのである。

 

 

 

「いやぁ、初めてやったけど中々楽しいものだなサーフィンって」

「お帰りクリア……というか本当に初めてだったの? 随分上手だった気がするけど?」

「あぁ、生まれてこのかたサーフィンなんてやった記憶は無いよ、不思議と上手くバランスが取れて俺自身も驚いてる位だからな」

 

 海水に濡れたTシャツの裾を絞りながら帰って来たクリアにイエローが言って、クリアもそんな彼女にそう返事をして真ん中に座るイエローの右隣、そこにいたフウの隣に座り、ボードを置く。

 確かにイエローの疑問も尤もである、先のクリアの動きは明らかに素人のそれとは格段に違っていた。

 しかしクリアが板物で波に乗った事が無いのもまた事実――クリアがまだ"別の名前"で呼ばれていた頃から現在に至るまで、クリアの記憶にはサーフィンはおろかボードに乗った事も確認出来ない。

 クリア自身もイエロー同様、自分の事ながら少しだけ疑問に思ったが、

 

(ま、修行みたいな事もやってたし、それでバランス感覚が鍛えられてたのかねぇ)

 

 そう考え、クリアは考える事を止める。

 実際、チョウジのジムにいる間のクリアは外に出る度に、修行がてら己の身体のみで険しい崖を上り下りしているのである。

 多少なりともそれがスポーツに反映されないとも限らないのだ。

 そうして戻り横に座ったクリアに、彼の横に座るフウは立ち上がってから、

 

「それじゃあクリアさん、そろそろまたポケモン修行に付き合ってください」

「俺今戻って来た所なんだけど、まぁいいや、やるかフウ……頼むぜデリバード」

「はい、ありがとうございます……ソルロック!」

 

 戻って来て早々だったが、クリアから了承の意を取ったフウは一人先に木陰から身を出し、照りつく太陽の下、熱された砂浜の上へと移動した。

 移動して、それと同時にクリアも立ち上がり一個のスーパーボールを、フウも同様にスーパーボールを取り出す。

 そして砂浜のフウへと迫りながらクリアはデリバードを、フウはソルロックを出してすぐに戦闘を開始する。

 

「いけっ! "ほのおのうず"!」

「まだまだ、"ふぶき"だデリバード!」

 

 炎と氷の二つの大技がぶつかり合い、両者共楽しそうに頬を歪ませた。

 

「やっぱり楽しいです、クリアさんとの特訓は!」

「そうか、そりゃあ良かった……デリバード"ずつき"!」

「"かたくなる"で防御だ!」

 

 デリバードの"ずつき"がソルロックに直撃するが、"かたくなる"で防御を固めたソルロックにはまともなダメージは与えられていない、技を指示するタイミング、指示を受けて対応するポケモンの行動の早さ、どれを取っても流石はジムリーダーというべきだろう。

 これで何回目になるだろう、クリアが彼等フウと、そしてランも含めたトクサネジムのリーダー達と特訓と称したポケモンバトルを行うのは。

 元々はトクサネシティで待機している間、暇を持て余したクリアからフウとランの二人に提案されたこの特訓なのだが、今となっては彼等二人から進んで申し出られる様になっていた。

 というのも、矢張り身分は隠していてもクリアもジムリーダーの端くれだ、彼の実力の高さ、彼と戦う事で得られる経験値の高さは相応のものであり、それ故に今となっては"とある理由"から己の実力を高めたい彼等二人からこうして毎日、バトルを申し込まれる事になっているのである。

 

「……ふ、やるねフウ」

「クリアさんこそ……!」

 

 炎と念力の攻撃を掻い潜り、デリバードの"プレゼント"が直撃した――そう確信するも束の間、白煙の中から現れるまだまだ余力を残していたソルロックを見てクリアが呟き、フウが答える。

 そして再び、嬉々として手を抜かず、それでいて本気では無い訓練としてのポケモンバトルを再開する二人の少年を見つめる二人の少女、ランとイエローは夏の日差しが辛いのか今だ木陰の中で涼んでいた。

 そんな中、珍しく休憩を取っているランは視線の先の二人の様子、クリアの戦いを視界に捉えつつ口を開く。

 

「やっぱり強いですねクリアさんは……ね、イエローさん」

「むにゃ……くりあぁ……」

「……イエローさん?」

「ッ……ふぁ、はい!? な、なんですかランさん!?」

 

 どうやら眠っていたらしい。帽子の影に表情が隠れて気づかなかったが、飛び起きたイエローの口元に僅かに涎が垂れているのが確認出来た。

 そして先程の寝言から、どんな夢を見ていたのか非常に気になる所なのだが、だが今それを言うときっとイエローはオーバーヒートを起こしてしまうだろう――と、諸々の事情からランは二秒で推測し苦笑いでその場を誤魔化した後、先程自分が告げようとした話題に移行する事にする。

 

「あぁいえ……別に大した事じゃ無いんですけど、クリアさんって何者なんですか? 正直、クリアさんの実力は一般トレーナーのレベルは遥かに超えてると思うんですけど?」

「え!? 何者って……えぇと、それは……」

 

 別地方のジムリーダーです――等とは流石にイエローには言えない。

 その理由は相手がラン、トクサネのジムリーダーの一人にして一度ジム戦を行った相手だからだ。クリアがジムリーダーだとバレたらジム戦云々の問題が後々浮上して来るかもしれないからである。

 その問題が大きく取られるか小さく取られるか、そこの所はイエローには判断し兼ねないが、しかし話さない方が得策だと言うのなら話さないに越した事は無い。

 ではどう言い訳すれば良いかと、その答えを必死に考えるイエローの姿、そしてそれ程深く悩むとは思ってもいなかったのだろう、それを見たランは慌てて、

 

「は、話せないなら別に良いですよイエローさん! 少しだけ、彼の出身地等が気になっただけなので」

「あ、あはは、そう言って貰えるとボクも助かります……それに、ボクもクリアの出身地とかは知りませんし……」

「……そうなんですか? それは、結構意外かも……」

「……ボクだけじゃ無いですよ、誰もクリアがどこの生まれなのか、ボク達と会うまで何をしていたのかは知りません、知りませんしクリアも意図的に隠してる……」

 

 そう言って、イエローは少し寂しそうに困った様な笑みを作った。

 別世界から来たから、理由が定かでは無い為いつまた元の世界に戻るか分からないから、周囲に迷惑を掛けたく無いから、それがクリアが素性を隠す理由だ。

 それらの理由は当然イエローやその他大勢の者達は知る由も無いが、しかしクリアという人間がどういう人柄で、どの様な功績を残しているかは大体の者が知っている。

 知ってるからこそ、頑なに素性を隠すクリアに、必要以上に迫る者は誰もいないのだ。それだけの理由があると誰もが心のどこかで察しているから。

 

 ――だがしかし、分かっていても、それでも隠し事をされるという事は気分が良いはずも無く。この話をする時常に、チクリと刺す様な痛みをイエローは常に感じているのである。

 

「だけど多分、理由があると思う……ボク達には分からない大きな理由が……だからボクは、ボク達は待つ事にしてるんです、クリアから言ってくれるその時を」

 

 それが彼女達が決めた暗黙のルール、茶化す程度には話題に振る事があっても、あまりしつこくは聞かない。

 クリアの今の現状から見ても、押し黙るその理由は彼の身を脅かすものでも無いから、だからイエローは、レッドやブルーは深くは詮索しない。

 その時、クリアから理由を告げられるその時まで――。

 

「そうなんですか……」

「はい、そう言う事だから、ごめんなさい、答えられなくて」

「いいえ、良いんです、ただの好奇心でしたから」

 

 謝るイエローにランは申し訳なさそうに言った。

 それからランは再度視線をフウとクリアの方へと移す。

 

「はぁ、はぁ……やっぱり強いですねクリアさん」

「……むしろそれはこっちの台詞だよジムリーダー殿……っと、それじゃあそろそろ休憩にしよっか?」

 

 彼女等二人が話しこんでいる間にどうやら一先ず訓練は終了したらしく、言いながら二人の少年は彼女等二人の下へと歩き戻って来た。

 そして再度四人は集まって、自然とこの後どうするか、という話に場は流れる。

 彼等が戻って大体五分程経った頃だろうか、そんな時、ふと思い出した様にクリアは口を開いて、

 

「そう言えば二人共、昨日ジムの電話が鳴ってた様だけど、あれは何だったんだ? ジム戦の予約にしても二人共やけにのんびりとしてるし」

 

 何の気無しに言ったその言葉に、フウとランの二人はピクリと少しだけ肩を震わせて反応する。

 ほんの僅かな、気をつけていないと分からない様な反応だったが、しかしクリアは見逃さなかった。

 そしてすぐに、取り繕った様な笑みを浮かべてフウは、

 

「……別に、大した事じゃないですよ、クリアさんが気にする様な事じゃ無いです」

「えぇフウの言う通りです……そうだ! クリアさんとイエローさん、今日はこの後宇宙センターの方へ行ってみるとどうでしょう、確か今日はロケットの打ち上げの日だったんじゃないかしら?」

 

 フウのすぐ後、両手を合わせてランが言った。

 気づけばイエローは完全に睡魔にやられており、今はクリアの肩に頭を預けている状況だが、しかしクリアの目の前の幼い二人がその事を特に言及する様子は無い。あるいは、言及出切る程落ち着いていないのか。

 その事から、フウとランの二人の微妙な変化に確信を持ってクリアは、

 

「ふーん、そういう事なら二人も一緒に行こうぜ宇宙センター、たまには地元の観光地を巡るのも楽し気なものだぜ?」

「い、いえ、私たちはちょっと……用事があるのでお二人で行って来てください」

「うん、僕もランの提案に賛成だよ、是非見て行ってくださいクリアさん、勿論二人仲良くイエローさんと!」

 

 茶化す様に言うランの言葉に同意するフウの意見。

 これがほんの一分前の言葉ならばクリアも普段と変わらぬ態度で、イエローとの関係性の誤解を解く様努めるのだろうが、今のクリアの目には彼の目の前の二人のジムリーダーが何かをはぐらかそうとして態と茶化してる風にしか見えなかった。

 クリアから少しでも冷静な分析力を奪って、あまつさえ"二人"の部分が意識してかせずか強調されてる事から、何かしらクリア等に関わられたく無い"何か"があると見受けられる。それもその提案を今この場でやってくる辺り、クリアとイエロー双方に隠しておきたい"何か"に纏わる事は恐らくこの後すぐにでもあるのだろう。

 尤も少しの間ではあるが共に過ごしたクリアだ、目の前のジムリーダー二人が、かつての彼の師と同様な世間一般から言われる"悪人"である事は無いとほぼ確信を持っている。

 故にフウとランの二人がクリアにひた隠している"何か"というものは、必然的に悪巧み以外の"何か"に絞られる――それは言うに足らない雑事から、部外者に気軽に口外出来ない秘匿性の高いものや、安全性に欠けるもの、あるいはそれら全ての要素を全て足した厄介事か。

 

「……まぁいいか、そういう事なら、そうさせて貰うよお二人さん」

 

 暫く押し黙るも、クリアはすぐに眠りこけたイエローを自然な動作で背に負ぶって二人に背を向けた。

 その声色には二人の言葉に快諾した、といった明るい雰囲気は無く、どちらかというと訝しげな雰囲気をかもし出している。

 が、それでもフウとランの二人は何も言わずにクリアとイエローの姿が視界から消えるまで彼等の姿を見送った。

 ここ最近の付き合い、それも他地方の者達だがクリアとイエローの二人にはフウとランの二人も既に一定以上の親しみを感じ、故に二人を無理矢理自分等から引き離すといった行為は胸に刺さるものがある。

 しかしそれでも、トクサネジムリーダーの二人は無関係の一般人の二人を自分達から遠ざけた。これからある"特別な仕事"を全うする上で極力クリア達を巻き込まないする為に。

 そしてそれは他のホウエンジムリーダー達も知らない様な秘匿性の高いものであり、また万が一クリア等を同行させた場合クリア等に危険が及ぶ可能性のある危険性の孕んだもの。

 

「クリアさん達、もう行ったみたいね、フウ」

「そうだねラン、それじゃあ僕達も行こうか……"おくりびやま"へ」

 

 そう言った二人のトクサネジムリーダーはそれぞれ、浮遊するソルロックとルナトーンへと乗り移る。

 そしてそのまま海上を出て、二人は向かう、送り火山――使者をあの世へ送り出す炎の在る山へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは先の出来事から、フウとランがクリアとイエローの二人と別れ送り火山へと向かった日の前日の事だった。

 ヒワマキシティ、木の上で自然と戯れる街、ヒワマキジムリーダーのナギがジム管理をするその街にその日、ホウエン地方のジムリーダー六名がそろい踏みしていた。

 トクサネシティにいたフウとラン、そしてルネシティのジムリーダーであるミクリを除く六名のホウエンジムリーダー達、彼等が集まったのはその中の一人、フエンシティのジムリーダーアスナの呼びかけによるものだ。

 それは"緊急レベル7"の非常事態の号令のもと、全ジムリーダーが召集された緊急会議であり、ホウエン地方のジムリーダーであればよほどの理由が無ければ必須となる会議――だったのだが、とある理由からルネシティの水位調査を依頼する為ハジツゲタウンへと向かったミクリと、諸事情から連絡がつかなかったフウとランの二人は訪れず、しかしミクリに関してはモニター越しからだが会議には参加していた。

 

 結果、アスナの口から明かされたのはホウエン地方で暗躍する組織の存在。彼女ととある一人の少女のトレーナーを襲った青い装束の集団の話、そしてその集団に立ち向かうべく全ジムリーダーで力を合わせようという提案。

 だが会議は二つに割れた、それはホウエン地方で活動するもう一つの集団、赤い装束の存在からだった。

 各ジムリーダー達は"一時的に協力関係を築いた"、"見知り信頼する者が悪に手を貸すはずは無い"、等といった各々様々な理由から赤装束派と青装束派の二つに分かれてしまったのである。

 多数決と意見を決めようにも数的には三対三、果てに唯一意見を述べなかった男は、"どちらにもつかない"、と明言し去ってしまうのだから会議に収拾等つくはずも無く、その場は一旦そこでお開きとなってしまっていた。

 全ては連絡がつかない唯一のジムリーダー達、フウとランの二人の到着を待ち、二人の意見を取り入れた上で決断を下すという結論の下から、ゆっくりと、だが確実に聞こえて来るかつてない戦いの足音を感じつつヒワマキシティジムリーダーでホウエン地方ジムリーダー達の纏め役となっているナギは一先ずその案件を先延ばしたのだ。

 

 しかし彼等ジムリーダー達は知らなかった。フウとランの二人はその日から、僅かながらも不穏な予感を感じていた事を。

 そして彼等ジムリーダー達は知らなかった。フウとランの二人の下に、ジョウト地方から訪れていた一人のジムリーダーがいた事を。

 そうして時間は流れ翌日、フウとランの二人が送り火山へ向けて出発した頃、二人の少年少女がヒワマキシティで偶然に再会を果たした。

 一人は頭に赤いバンダナを巻いたミシロタウン出身の少女、そしてもう一人は頭に白い帽子を被った、"COCO"と呼ばれるエネコロロを連れた少年だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フウとランの二人はトクサネシティのジムリーダーであると同時に、とある仕事を任された特別な子供達だった。

 それは年老い役目を果たす事が困難になった二人の管理者に代わって、秘密裏に送り火山に納められた二つの"宝珠"を守るという、他に知る者も極端に少ない仕事。

 "べにいろのたま"と"あいいろのたま"、伝説の超古代ポケモンの二匹を管理下に置く事が出来ると言われる貴重で、そして危険な代物、その二つの宝珠を守る事がフウとランのもう一つの、そして最も大事な仕事だった。

 そして、今彼等二人が送り火山に向かっているのも、無論この紅色の宝珠と藍色の宝珠に異常がある事を察知した為である。

 前日までは不穏な予感といった形で警戒だけはしていた、しかし先程、丁度イエローがクリアの肩で寝息を立て始めた頃、二人はソルロックとルナトーンの二匹のポケモンを通じて異変を察知したのだ。

 明確な侵入者の気配、それは山に近づき、その正面まで来れば来るほど分かりやすいもので、相手の心を読み取ると言われるソルロックがより一層に山内部に潜めるただならぬ邪気に反応を強めている。

 

 本来ならクリアとイエローの二人にも正直に話せれば良かったのだが、だが矢張り二人とはまだ出会ったばかり、そこまでの信頼は流石に無理がある、それ程に二つの宝珠の保管には慎重をきしているのだ。

 もしその二つの宝珠が悪人の手に渡ればどうなるか、それは大地が裂け海が荒れ、さしずめ神話の終末レベルの災害をも覚悟しなければいけない程、それ程までに超古代ポケモン――グラードンとカイオーガの力は強大なのだ。

 

「二匹共、ここから邪気を感じてるみたい」

「うん、それにしても熱いな……」

 

 山の中央部、数え切れない程に蝋燭が並んだ異様に広い部屋の中、フウとランの二人は汗を拭いつつぼやいた。

 ぼやきつつも、それでいて一定の緊張感を保ちつつ、どこに潜んでいるかも分からない敵の存在に警戒しつつ、順調に山頂へのルートを進んでいた二人だったが、

 

「熱い? 熱いのは当然だ」

 

 不意に響く謎の男の声、その声に一瞬で身構えた二人だったが、攻撃を突如として行われる。

 彼等二人を挟み込む様に二つの炎が彼等二人へと迫ったのだ。

 それと同時に、周囲の異様さにも二人は気づく、あまりにも膨大過ぎる熱量、確かに夥しい程にある蝋燭だったが、それを差し引いても辺りに広がる炎の線が多すぎるのだ。

 理由は明白、蝋燭以外のものを燃やしているものが、敵が既に罠を張って待ち構えていたのである。

 恐らく侵入者を撃退する為に山へと入った二人のジムリーダーを逆に迎撃する為に、敵である男が仕掛けたのだろう。

 

「フウ!」

「ラン!」

 

 その仕掛けの理由を、今は未だ知らないフウとランの二人は、とりあえずは今まさに彼等二人に迫り来る攻撃に対処する。

 同タイミングで全く逆の方向へ、二人は跳んで炎をかわし、宙で一度回転した後すぐに二人は綺麗に着地を決めて降り立った。

 それと同時に現れる二つの影、今なお炎を広げているポケモンはマグマッグか。

 

「頂きに来たぜ、紅色の宝珠と藍色の宝珠……」

 

 内一人が言葉を発して、再度二匹のマグマッグが炎を噴射して攻撃する。

 が、その"かえんほうしゃ"による攻撃はすぐにルナトーンとソルロックの"サイケこうせん"が相殺してみせる。不意打ちでさえ無ければその程度の攻撃、二人のジムリーダーにとってはどうって事無いのだ。

 

「させないわ! 私たちトクサネ神秘のコンビネーションで……!」

「僕たちが最も得意とするダブルバトルで……!」

「絶対に阻止してやるぜ! 侵入者諸君共!」

 

 ランの声にフウが続き、フウの声の後にも声が続いた。

 極自然と流れたその声は、しかしして今先程宣言したフウとランの両名共予期していなかった声、聞き覚えがあり、なおかつ今この場にいないはずの声。

 今頃ロケットの打ち上げを見上げているはずの声だった。

 

「クリア、やけに堂々と言ってるけど、どちらかと言うとボク達も侵入者側だって事忘れてないよね?」

 

 見えたのは先程トクサネシティで別れた二人のトレーナー、鋭い目をした黒髪の少年と、優しそうな印象を受ける黄色い髪の麦わら帽の少女。

 そんな二人の異分子(イレギュラー)の登場に、恐る恐る振り返った二つの宝珠の番人は、これまで彼等異分子の二人が見た事も無い程の青い表情を浮かべたという。

 

 




久しぶりの投稿、最近スランプ気味で全く書けなかったので、ずっと詰みゲー消化したり、詰みラノベや漫画を読んだりしてました。後ポケスペ最新巻のホワイト社長可愛すぎだと思いました。

まぁ書いてみたら、今度は予想以上に書き過ぎて長くなってしまい、本来予定してた所とは違う所で切ってしまったのですが。


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四十八話『vsマグマッグ 送り火山の戦い』

 

 

 それはフウとランの二人が送り火山にて侵入者と遭遇する少し前、彼等二人がトクサネシティを後にした直後の事。

 海上を行く二人の小さなジムリーダーの背後を追う一つの影、その影は対象から気づかれない様ひっそりと海中に身を隠しながら、それでいて確実にフウとランの二人の後を追っていた。

 無数の触手と数々の戦いで受けた消えない傷跡を持つ水ポケモン、クリアのドククラゲ、通称レヴィ。フウとランの二人の様子の異変に気づいたクリアが、密かに差し向けていたポケモンである。

 二人を追ったレヴィは送り火山に到着後、それからすぐに追いついたクリアと、未だ少しだけ瞼が重そうなイエローを迎えて、彼の今回の仕事は完遂となった。

 

 フウとランが持つ使命、送り火山で密かに守られ続けている秘宝"べにいろのたま"と"あいいろのたま"を守りかつ侵入者の撃退という使命、クリアもイエローもそんな彼等の事情等微塵も知らない――否、クリアのみならばその使命の存在だけならば人づてに知ってはいるのだが、矢張りその内容までは知らなかった。

 故に、今の自身達の行動は必要以上のお節介であり出過ぎた真似である事は二人共重々承知だった。

 だがそれでも彼等二人はこの場所を訪れた、送り火山――結局、フウとランの二人から僅かながらに漂っていた不穏な空気をこの二人は見過ごす事が出来なかったのである。

 それはクリアとイエローの二人が過去に四天王事件や仮面の男事件に深く関わり、悪やそれに順ずる者を見す見す見逃す様な性質ではいられなかったという事であり、そして――彼等二人が一度はポケモン図鑑を手に取った"図鑑所有者"であった事が原因だったのだろう。

 

 そして彼等は過程はどうあれ再び巨悪と接触する事となった。

 ロケット団、四天王、仮面の男、それらの組織に勝るとも劣らない二つの組織、その一つであるマグマ団と、まるでそれが運命(さだめ)であるかの様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク、クリアさん!?」

「それにイエローさんも、どうして!?」

 

 フウとランの驚愕の声が響く。相対する二匹のマグマッグへの注意を怠らない様意識を向けつつも、しかし矢張り突如として現れたクリアとイエローの二人が気になってしまう。

 彼等は今頃、トクサネ宇宙センターでもう何度目かになるロケットの打ち上げを見ているはずであり、彼等ジムリーダー二人はその事を信じて疑っていなかった。

 彼等二人から僅かに漂う不穏な空気を微かに感じて、クリアが彼の手持ちポケモンに彼等の後をつけさせていた事等夢にも思っていなかったのである。

 

「"どうして"? それはこっちの台詞だぜお二人さん……ってまぁ、そっちにはそっちの事情があるだろうけどさ」

 

 コツン、と足音が煌々と燃える炎が揺らめく空間に響く。

 最初に足を踏み出したゴーグルを首から下げた少年に続く様に、麦藁帽子の少女もまた足音を響かせた。

 普段と変わらない足取りで自然とフウの横までクリアは歩き、イエローも驚くランの横にまたつき、敵のマグマ団の二人は、その様子に警戒の色を示す。

 

「マグマッグ、"かえんほうしゃ"!」

 

 先手必勝。先のクリア達の明らかにフウとランの味方をする様な動作の所為だろう、数の上で互角だったのが転じて圧倒的不利となったのだ、彼等としては一人でも多く敵を戦闘不能に追いやりたいのだろう。

 マグマッグの口から放たれた業火はそのまま真っ直ぐクリア達四人の方へと伸びる。

 その攻撃に反応して、すぐにランがルナトーンで対処しようとするが、

 

「大丈夫だよ。オムすけ」

 

 ランの行動をその小さな手で制し言って、いつも彼女が持ち歩いている木の釣竿を持ってそれを即座に振るう。

 

「"みずでっぽう"!」

 

 直後、釣竿から伸びる糸、何時の間にそんな場所まで転がっていたのか、"かえんほうしゃ"を放つマグマッグのすぐ傍にあったモンスターボールから飛び出たオムスターのオムすけの"みずでっぽう"が完全に油断していたマグマッグを襲った。

 

「クッ、何時の間に! "のしかかり"!」

 

 今度はマグマ団の男の内の一人が驚愕の表情をとって、仲間のマグマッグを救うべくもう一体のマグマッグに指示を出す。

 指示を受けたマグマッグは勢いよくオムすけの真上へジャンプし、それを察知したオムすけはすぐに攻撃を止めて距離を置く、直後先程までオムすけがいた位置に勢いよく着地するマグマッグ。

 "みずでっぽう"は水タイプの技の中では比較的弱い技だが、しかしそれを受けたマグマッグは炎タイプ、相性的には効果が抜群だ。

 当然、"みずでっぽう"を受けたマグマッグの体力はかなり消耗しており、それを見るマグマッグのトレーナーの表情は苦虫を噛み潰した様な顔になっている。

 

「……凄い、今のオムスターの動き、それに一体何時の間にボールをあんな所まで……」

 

 その様子に、イエローの横に立つランはそう呟くしか無かった。フウもまた同様の反応を示してる様である。

 だが当然と言えば当然なのだ、イエローは過去に四天王事件を解決した一人、四天王のワタルを倒した実績を持っている。

 加えて彼女は十年に一度現れるというトキワの森の能力を持った少女であり、彼女の意思はポケモンの強さをも左右する。

 普段こそ温厚で優しく闘争心が欠片も無い様な性格の彼女故、ポケモン達も軒並み弱いレベルのままでいるが、だが彼女の感情が高ぶった時は話は別だ。

 

「……テレビで見ました、あなた達が赤装束の悪い人達ですね」

「ふん、だったらどうしたって言うんだ」

 

 肯定とも取れる赤装束の男の言葉、その返答に対しイエローは、可愛らしい外見はそのまま、しかしいつもと違い少しだけ眉尻を上に上げた少女は言う。

 

「攻撃を止めて、この山から出て行って、そしてもう悪い事は止めてください」

 

 その場に似つかわしくない言葉だった。

 そんな事を言われて、"はいそうですか"とマグマ団側が答える事等当然無いだろう、見ず知らずの子供の言葉に簡単に諭される様なら、彼等も今こんな事はやっていないのだから。

 だがしかし、同時にその言葉はイエローの心からの本心だった。

 争いを好まないイエローだからこそ簡単に出る言葉、戦わずに済むならそれに越した事は無いという、彼女の心からの願望。

 

 ――だが、矢張り現実は彼女の思ってる通りにはいかないものである。

 

 

「……マグマッグ、"いわなだれ"!」

 

 それが彼等の答えだった。二体のマグマッグから放たれた"いわなだれ"に対し、クリアとフウ、イエローとランの四人はそれぞれ二方向へと避け難を逃れる。

 

「……言っても無駄ですよイエローさん、彼等から感じた邪気は全く薄まってない」

 

 クリアとフウの二人と分断されながらも、"いわなだれ"を避け、傍にルナトーンとオムすけを従えて、彼女達は目の前の一人の敵へと目をやった。先程オムすけの"みずでっぽう"を食らったマグマッグのトレーナーの方だ。

 ランから言われ、イエローは一度頷いて答える。いつもの温厚そうな表情とは打って変わって挑む様な視線を敵へと向けて。

 そして彼女達がルナトーンとオムすけへと指示を出そうとした、同時に動こうとしたその時だった。

 

「あ、待て!」

 

 次の瞬間、マグマ団の男が一歩後ろへと引いたのである。

 当然戦闘になると踏んでいた二人の少女からしてみれば少し肩透かしな気がするが、しかしランは目の前の男が何の目的を持ってこの山に侵入したのかを知っている。

 

(マズイ! このまま逃がしたら紅色の宝珠と藍色の宝珠が!)

 

 元々彼等の目的は彼女達との戦闘では無く、二つの宝珠、ならば今此処で目の前の男を逃すのは得策では無く、むしろここで迎撃しなければいけないはずだ。

 山頂には二人の老人が二つの宝珠の前で守護しているが、だが流石にその二人が一戦を交えるには年を重ねすぎている、そんな二人の老人に無理をさせない為にも彼女とフウの二人は宝珠を守護する役目を負っているのだ。

 それらの事から、彼女等二人は慌ててマグマ団の男を追う。

 先程から噴出されていたマグマッグの炎の所為だろう、周囲に無数にあった蝋燭の蝋が凄まじい勢いで溶け大粒の汗が嫌でも額に浮き出る。

 まるでサウナの様な空間の中、彼女等は数メートル走った所で、不意に立ち止まる。

 丁度"いわなだれ"による落石や土砂によって遮られていたバリケードが無くなった付近で、その向こう側に二人のマグマ団の男の姿を目視したからである。

 

「……もう一人? ちょっと待ってよ、じゃあクリアさんは……フウは……?」

「ッ! 来ますよランさん! オムすけ"みずでっぽう"だ!」

 

 熱の所為か、はたまた目の前の非情な現実によるものの為か、クラリと体勢を崩しそうになるランに素早くイエローは言って、目の前の二匹のマグマッグの内の一体から放たれた"ひのこ"に対し、再度オムすけの"みずでっぽう"を繰り出す。

 二つの技がぶつかり合い、相殺し合い、技を出した者同士は互いににらみ合った。

 どうやら相手もイエロー達の動向を伺っているらしい、切欠さえあればすぐにでも動き出しそうな戦局の中、相手の方を向いたままイエローはランに呟く。

 

「大丈夫です、クリア達は無事ですよランさん」

「……分かってます、分かってはいるんですけど……」

 

 最悪の事態が頭に浮かび消えないのだろう。イエローに返答するランの声は微かに震えていた。

 相方のフウの強さはランが一番よく知っており、そしてここ最近一緒にいたクリアの強さもランは十分に知っている。

 知ってはいても、いざ目の前に二人の敵が現れてしまえば、その強さに疑念を感じてしまうのだろう。ジムリーダー、宝珠の守護者、どれ程の肩書きを持っていようと、彼女はまだ幼い少女なのだ。気持ちが現実に追いつかない事があっても仕方の無い事。

 目の前の敵に対する闘争心は消えないまでも、表情に余裕の無い様子のラン、そんな彼女に対し、イエローは相変わらず確信を持ったまま言う。

 

「まずは目の前の相手に集中しましょう、ランさん」

「イエローさん……でも、イエローさんはクリアさんの事が心配じゃないんですか?」

「心配、ですけど……だけど、信じてますから……」

 

 その言葉にランは不思議と重みの様なものを感じる。まるで心の直接響くような言葉。

 何度も何度も何度も、危険に飛び込み巻き込まれていく少年の身を案じ、そして信じ続けた少女の言葉。

 

「クリアはいつだって、最後にはボクの隣に帰って来てくれますから」

「イエローさん……」

「……ただまぁ、いきなりフラッといなくなる時もありますけど……」

 

 最後の言葉はどこか哀愁漂う感じがして、ランは訳が分からず小首を傾げる。そんな少女の疑問を知ってか知らずか、イエローは雑念を振り払う様に一度息を吐いて、そして目の前の敵を見定めて、

 

「じゃあ、まずはあの人達を倒しましょうランさん!」

「えぇ……そうですね、イエローさん!」

 

 イエローとラン、二人共この数日で心の距離こそ縮まったものの、イエローはクリアと違ってあまりポケモン修行も行っておらず、その手持ちの実態はラン自身も掴めてはいない。

 それに加えてイエロー自身も、感情が高ぶれば高ぶる程ポケモン達が強くなるといってもバトル自体は言う程上手くは無い。

 不安要素が圧倒的に多い二人のペアは、しかしそんな事等微塵も感じさせない程、同時に重なった声でそれぞれのポケモン達に技の指示を出すのだった。

 

「オムすけ"ハイドロポンプ"!」

「ルナトーン"サイコウェーブ"!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「"ソーラービーム"!」

「"めざめるパワー"!」

 

 ソルロックの"ソーラービーム"とグレイシアのVの"めざめるパワー"が二匹のマグマッグから放たれた"かえんほうしゃ"にぶつかる。

 威力は共に互角、再度相殺し合った後、クリアとフウの二人は目の前に立つ"二人"のマグマ団相手に憎々しげに視線を送る。

 

「こいつら、まさかラン達を……!」

「落ち着けよフウ、怒ってるのはお前だけじゃない」

 

 目に見えて怒りを露にするフウをなだめる様に言うクリアだが、しかしその声色は彼もまた穏やかな様子では無く、フウ以上の敵意の視線をクリアは目の前の相手に送っていた。

 "いわなだれ"によるイエロー、フウのペアとの分断後、突如として逃げたマグマ団を追った彼等が見たもの、それはイエロー達と相対してるはずだろうマグマ団と合流し、二人となったマグマ団達の姿だった。

 その瞬間予想されたのは彼等が大切だと思う人物達の危機、当然それで心穏やかでいられるはずが無い。

 出会って早々、即座にボールからグレイシアのVを外に出したクリアは、当て付け気味にすぐに"スピードスター"をVに指示、その攻撃に対し敵のマグマッグも"ひのこ"で応戦した様子で二つの技がぶつかり相殺し合い――そして今、今度は向こうから"かえんほうしゃ"の洗礼を浴びたのである。

 

「フウ、こうしていても埒が明かない、早く奴等に決定打を与えないと」

「ハァ、ハァ……分かってますよクリアさん、僕もランの事が心配だ、短期決戦と行きましょう」

 

 そう言ったフウの様子にクリアは少しだけ目を細める。

 いつもより息が切れるのが早く、そして荒い。恐らく辺りを包む炎の熱によるものだろう。本人は気丈に振舞っているものの、無理をしている事が一目で分かる程だ。

 

(これは、どちらにしろ長期戦はこちらに不利、不自然に見当たらないイエロー達の様子も気になる……なら!)

 

 少しずつ身体がフラついてきているフウに一瞬見やり、すぐにクリアはVへと視線を送る。

 送られたVは、現在の状況、戦況からのクリアの視線、それでクリアの意図が分かったらしい、首を縦に振り了承の意を唱える。

 

「よし、まだ練習段階の技だが一か八か試してみるか……フウ」

「は、はいクリアさん!」

「左の方は頼んだ、俺達は右を狩るから」

「わ、分かりました! ソルロック!」

 

 短い作戦タイムを終了させ、クリアとVは前へと飛び出る。

 それと同時に、フウのソルロックが"サイコウェーブ"を撃つのが目に見え、視界に入れたままクリアはその技の行く末を見守る。

 クリアとフウはダブルバトルでは即席とも言えるコンビだ。当然、ジムリーダーであるから一個人としてはその実力は並のトレーナーよりも高いのだが、しかしそれもダブルバトルとなれば話は別。

 ダブルバトルでは相方との連携が最も重要となってくる、それも仲間が次にどんな技を出すか、その技をサポートする為にはどんな技を放てばいいのかという、相方の思考すらも計算に入れて戦わなければならない。

 そしてそれは即席コンビで行うには非常に難易度が高いものであり、それはダブルバトルを専門とするフウと、トクサネジム戦にてダブルバトルで敗北したクリアもまた十二分に理解している。

 だからこそ、彼等はそれぞれ一対一で戦うというスタンスを取る事にしたのである。

 ダブルバトルが苦手ならば、ダブルバトルを行わなければいいのだ、何も無理にダブルバトルで勝負をつけなくても良い、ましてやこれはルール無用の野良バトル、正式にルールに則ったジム戦とは勝手が違うのだ。

 

 そして、ソルロックの"サイコウェーブ"が敵のマグマッグの内の一体に直撃――、

 

(よし、直撃し……)

 

 直撃した。そうクリアは確信したのだが、土煙が晴れた後そこにいたのは傷一つ無いマグマッグ。

 熱の所為か視界が揺れる。振り返ると技を出したソルロックとフウもまた驚きの表情を浮かべていた。

 

「どういう事だ、今確かに……ッ、V、れいとう……」

 

 確かに、マグマッグに"サイコウェーブ"が直撃した事をクリアは見届けたはずだった。しかし現に敵のマグマッグは怪我一つ無く、悠々とした佇まいでフウを見つめている。

 その事に疑問を覚えるクリアだったが、だが敵もそんなクリアの都合を待ってはくれないらしい、まぁ当然と言えば当然だが。

 前へと飛び出したクリアを迎え撃つべく、マグマ団の一人もまたクリアへと接近して来たのである。

 それに気づいたクリアは、即座にVの"れいとうビーム"で対処しようとして――唐突にその指示を取りやめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人前に出てきたよ、イエローさん!」

「えぇ……行くよオムすけ!」

 

 彼女等が放った"ハイドロポンプ"と"サイコウェーブ"の二撃はすぐに打ち落とされ、その直後、次の手を考えていた彼女等に近づく為か、敵のマグマ団の一人が彼女達に近づいてきたのだ。

 恐らく接近戦に持ち込もうという魂胆だろう、そしてその仲間を援護する様に、もう一人のマグマ団から"かえんほうしゃ"が放たれるが、その技は宙に浮くルナトーンのすぐ真下へと直撃するのみで終わる。

 

「どうやらあの人達も疲れてるみたいだ、ランさんはそこからサポートをお願いします!」

「う、うん、ありがとうイエローさん……」

 

 珍しく進んで戦いの場へ身を投じるイエローだったが、そこには彼女なりの理由があった。

 それは今彼女に礼を言った少女、ランの体調の様子だ。

 目に見えて足元がフラつき始めた彼女に近距離で戦わせるのは些か酷だと、そう判断しての行動である。

 実際、その判断は正しい。それは仮にもジムリーダーのクリアもまた考え実行する行動だったからだ。

 

「オムすけ、れいとう……」

 

 そして、彼女のオムすけの"れいとうビーム"もまた、指示途中で中断される。

 彼女と目の前の彼との周囲にある炎が一際強く燃える、目の前の男のシルエットが赤く染まる。

 

「……まさか」

 

 彼女がそう呟くのと、目の前の"少年"が同じ事を考えたのは同時だった。

 確かめる様に、警戒心を強く持ったままゆっくりと彼女と彼は歩を進めた。

 

 炎の勢いが弱まった、瞬間、

 

「……クリア?」

「……イエロー?」

 

 少女は少年を見つけ、少年は少女を見つける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬混乱しそうになる頭を数秒で無理矢理整理し、猜疑心は一先ず引き出しの奥へと仕舞う。

 目の前に立つ少女、麦藁帽子を被った金髪の少女の姿を垣間見たのはほんの一瞬だった。

 だがその一瞬、その一瞬さえあればクリアの闘争心は途端に弱くなる。ただし警戒の色は以前として赤色に設定したままに、彼は確かめる為に目の前の人物へと近づいたのである。

 

 そしてそれは、少女も同じ、そうして彼等は自身達が今まで戦っていた相手を知るのだった。

 

「……クリア? 本当にクリアなの?」

「……そういう君こそ、本当にイエロー?」

 

 確証も確信も持った訳では無かった。エスパータイプのポケモンの幻覚という線も考えられるし、もし今目の前に立つ人物の存在が敵の罠であったら最悪の状況である。

 最早逃れられる状況じゃない、互いにポケモン達はいつでも技を撃てる様臨戦態勢をとってはいるが、とてもじゃないが、もしも目の前の人物が虚像だった場合、その時はクリアにとってもイエローにとっても終わり、敗北を意味する。

 しかしそんな状況下でも、一度顔を合わせてしまうと、口調がいつもの掛け合いの様に柔らかくなるのは、彼彼女等だからこそなのだろうが。

 

「ク、クリアは最初ボクの事をどう呼んでた?」

「……"少年"と初めて会った時俺が頭に乗っけてたものはどうなったでしょう?」

「クリアのハットは旅立って早々にエースとの修行で灰になっちゃったよね」

「あぁ、あのハット高かったのにな……」

「だからボクは"帽子は脱いだ方がいい"ってあの時言ったんだよ?」

 

 いつの間にか、二人の強張った表情が柔和なものになっていた。

 彼等の敵が知らない様な情報を問題として出し合い、相手の素性を明確なものとする、その問いかけ合いで彼等はようやく目の前の人物が"本物"だと確認出来たのである。

 

「て、今はそれ所じゃないよイエロー、早くこの事をフウにも伝えないと……っ」

「そうだね、ボクもランさんに……え」

 

 確証を得て、先程までの彼等のパートナー達にその驚愕の事実を伝えるべく振り返った先、そこにあったのは二人の男の闘争だった。

 互いにマグマッグを出して、"かえんほうしゃ"を撃ちあっている。

 先程までは確かに味方同士だった赤装束の男達の戦い、その事実に再度混乱状態に陥りそうになるイエローだったが、対してクリアはそれで疑念が確信へと変わる。

 

 ふと、周囲で燃え盛る炎へと目をやる。

 熱く赤く燃え上がる無数の炎、蝋燭の蝋はドロドロに溶け、白い絨毯が一面に広がる様が広がる。

 それを見て、クリアはイエローに向けて、

 

「イエロー、オムすけは確か"ふぶき"が使えたよな?」

「え、う、うん、大丈夫。使えるよ、だけどそれがどうかしたの……っていうかあれってフウさんとランさんじゃ……!?」

 

 少し遅れてイエローもようやく事態が飲み込めたらしい。

 先程まで彼等が戦っていた相手は、クリアとフウの相手はイエローとランで、逆もまた然り――要は仲間同士で潰し合いをさせられていたのである。

 恐らく全て、先のマグマ団から仕向けられていた事なのだろう。"いわなだれ"でクリア達を分断させて、二人同士に分断させた事を利用して、彼等を味方同士潰し合わせる。

 そしてそれが、マグマ団の彼にとって最も効率的かつ、確実な作戦だったのだ。

 

 何故ならこの送り火山に侵入したマグマ団の男、"ホカゲ"の目的は紅色の宝珠と藍色の宝珠の奪取、その為の時間稼ぎが出来れば上々、その上味方同士同士討ちをさせて戦闘不能まで追い込めれば完璧である。

 どちらにしろ、クリア達がイエロー達を、イエロー達がクリア達を敵だと認識した時点で、彼の作戦は達成されていたのだ。

 

「多分、これはこの辺一帯の炎が原因だと思う。蜃気楼ってあるだろ、あまりの暑さで無いものが見えるって奴、これはその一種みたいだ」

 

 そう言ったクリアの言葉は概ね正しい。

 クリアの言った通り、彼等の周囲の炎はホカゲのマグマッグが持つ特殊な炎、極限まで高められた熱エネルギーによる幻覚攻撃はホカゲが最も得意とする戦法だったからだ。

 そして、今回その炎によって作り出された幻覚はポケモンとトレーナーの偽装、一定以上の距離を離れると対象の人物がマグマ団の男に、そしてポケモンはマグマッグに見えるというものだ。

 更に繰り出される技も炎に似せて幻覚を被せる仕様にしていたらしく、彼等が"ハイドロポンプ"や"ソーラービーム"を"かえんほうしゃ"だと思っていたのもこの為。

 尤も、ソルロックの"サイコウェーブ"が虚像のマグマッグに直撃し、宙に浮かぶルナトーンには傷一つ無く、また技を受けたマグマッグも無傷という"綻び"もこの幻覚の中には無数に存在していたのだが、流石にそこまでの完成度はいくらホカゲでも無理だったのだろう。

 どちらにしても、ホカゲの目的は時間稼ぎ、それが達成出来ている時点で、勝負はクリア達の負け、という事になるのだが。

 

「まぁ今はそんな事はどうでもいい、まずは早くこの幻覚攻撃を解くぜイエロー」

「幻覚、炎、"ふぶき"……うん、分かったよクリア……オムすけ!」

 

 クリアの意図を理解したらしいイエローがオムすけに呼びかけ、そしてクリアもまた満足気にVへと視線を逸らし、Vもクリアに頷く。

 

 ホカゲの幻覚攻撃は全て周囲の炎による高い熱エネルギーによるものだ。

 ならばその突破方法は簡単解明、ただその熱エネルギーを下げてやればいい、その熱量すら上回る圧倒的な氷の力で。

 そしてそれは、クリアが最も得意とする力。

 

「"ふぶき"……!」

「V、"ふぶき"!」

 

 そして次の瞬間、大規模な水蒸気が辺り一面に立ち上る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 送り火山山頂付近、深い霧が立ち込める中、赤装束に身を包んだ男が紅の球体と藍の球体を確かに手にとってほくそ笑む。

 その付近には二人の老人達が悔しそうな表情を浮かべ力なく倒れており、当分は目を覚ましそうに無い。

 

 送り火山中腹にて、四人のトレーナーから見事身を眩ませた男、ホカゲはそうして無事に二つの宝珠の奪取に成功していたのである。

 マグマ団三頭火、幹部のホカゲは自身のポケギアを取り出し、彼をこの場所に差し向けた頭領(リーダー)、マツブサに連絡を取る。

 

「頭領か、予定通り紅色の宝珠と藍色の宝珠、確かに頂いたぜ」

『よくやった、ならば一旦戻れホカゲ、そろそろド派手に動くとするぞ』

「……了解」

 

 通話を終え、ポケギアを短く操作して仕舞い、そして、

 

「オオスバメ」

 

 彼の傍に這い寄っている二匹のマグマッグをボールに戻し直後にオオスバメを出して、二つの宝珠を大事そうに持ったまま彼はオオスバメに足を掴んで飛んだ。

 "そらをとぶ"、山頂付近は霧が深く危険な為、低速で麓まで移動し、そこからは海を渡って移動する算段である。

 

(そういやさっきのトレーナー……いや、どうせもう会う事は無い、気にする必要も無いな)

 

 一瞬、先程送り火山中腹で出会った少年の顔に見覚えがある様な気がしたが、彼は気に留める事無く山を降りた。

 見覚えがあると言っても街ですれ違った程度だろうと、自身の幻覚攻撃に嵌って手も足も出せない様な相手は気にする程でも無い、そう判断しての事だった。

 そして彼は予定通り山から降りて、そこからは彼のアーマルドに乗って海上を渡り、そうして送り火山を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うぅ」

「あ、フウさん、気がつきました?」

 

 点々とした残り火と、同じ量の氷が支配する世界の中、トクサネジムのジムリーダー、フウは意識を取り戻す。

 彼の横では今だランが眠っており、彼等の面倒を見ていてくれたのだろう、起き上がった彼にイエローが人の良さそうな笑顔を向けて来た。

 

「ここは、確か僕達送り火山に来てて……」

「はい、それで赤装束の人達と戦って……」

「ッ! そ、そうだ! イエローさん、敵は今どこ……って、わ、あだっ!」

「あぁ危ないよフウさん! 軽い熱中症みたいだから安静にしておかないと!」

 

 無理に起き上がり立ち上がろうとしたフウだったが、足元が覚束無いのか立ち上がった瞬間、体勢を崩して倒れこんでしまう。

 それを見たイエローが慌ててフウを強引に寝かせ、そして次にVの方を見る。

 そしてイエローが何かを言うよりも先に、Vはすかさず小さな氷の塊を瞬時に作って、それをイエローに差し出した。

 

「うん、ありがとう、V……フウさん、これを額に当てといてください。それともう少し良くなるまでそのまま寝てて貰いますよ」

 

 受け取った氷を、緊急時の為にと持ち歩いていたタオルに包むと、イエローはそれをフウへと手渡す。

 有無を言わさぬイエローの物言いに、普段が普段故か気圧され、素直に氷入りタオルを受け取り額に乗せるフウ。

 その様子を満足気に見て、そしてイエローはすぐにVのもう一つ小さな氷を要求し、生成されたそれを持っていた未使用のハンカチに包んで、顔を歪ませ眠っているランの額へと置いた。

 

「……赤装束の人達の事なら、今クリアが追っていますから大丈夫です……多分、もうすぐ何か知らせが来ると思います」

「そう……ですか、すみません、巻き込んじゃって」

「いえ、ボク達が勝手に首を突っ込んじゃっただけですから」

 

 そう言って先程の戦いが嘘みたいに笑うイエローに、フウは不思議と安堵感を感じていた。

 フウの使命は紅色の宝珠と藍色の宝珠を守る事、今まさに、その二つの宝珠の危機であり、あるいはもう既に持ち去られた後かもしれない。

 そんな絶望的な状況ながら、不思議とフウが自暴自棄にならず、自信の身を優先して安静にしていられるのは恐らく目の前の少女、"癒す者"と称されるイエローと、そして敵を追ったという"導く者"のクリアという謎の少年の影響故だろう。

 一般トレーナーながらも並外れた実力を持つクリア、先の戦いでも危うく同士討ちとなる所を、イエローと、そしてクリアのポケモン達の力でどうにか乗り切る事に成功していた。

 ホカゲの炎を超える程の氷の力で、クリアとイエロー、二人の氷技で幻覚現象を引き起こしていた炎を粗方消し飛ばす事に成功していたのである。

 

 だがそれと同時に、極度の疲労と軽度の熱中症から倒れたフウとランの二人を放っておけないという事で、二人の事をイエローと、そしてクリアの手持ちである氷ポケモンのVに任せる形でクリアは敵を追う事に専念していた。

 そしてそんなクリアが姿を消したのが大体十分ほど前、そろそろ事が動いても可笑しくない時間、そうイエローが感じ始めた頃、確かに事は動いた。

 

 彼女等に近づく一つの影があったのだ。

 

 それは空を飛んできて、一瞬イエローは身構えるも、その姿に見覚えがあるという事ですぐに警戒は解く。

 

「デリバード、クリアからのお使いかい?」

 

 そう、彼女の下にやってきたのはクリアのデリバードだった。

 元はクリアの師であり仮面の男と呼ばれた老人、ヤナギの手持ちだったデリバード、今ではクリアの大事な一匹でもあるポケモンだ。

 イエローの下までやって来たデリバードはすぐに自身の頭を差し出す。

 突き出す様に頭を向ける様を見て、すぐにイエローは、トキワの力を使って"デリバードの記憶にある"クリアの伝言を読み取る、という事を察しすぐに彼女はデリバードの頭へと手を翳す。

 

「……イエローさん、一体何を……」

 

 トキワの森の力を使ってデリバードの記憶を読み取るイエローだが、フウからしてみればただイエローは目を閉じてデリバードの頭に手を翳してる様にしか見えない。

 そんなフウの疑問を置いて、数秒後デリバードの頭から手を離したイエローは、先程までとは打って変わってやけにどんよりとした空気を辺りに漂わせながらフウの方を向いた。

 どこか残念そうな、それでいて怒ってる様な、だけど心配してる様な、なんとも言えない表情、その事からフウは何事かとゴクリと一度息を飲んで、

 

「……クリアが」

「ク、クリアさんが……?」

「クリアがまたフラっといなくなった、しかもまた危ない事してる……!」

「……え?」

 

 最後の言葉の声色の変化に、少しだけ寒気を覚えたフウだったが、本人は額の上や周囲に残った氷の所為だとそう思う事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 山頂から降りてきたのだろう赤装束の男を見たのは、山内部から新鮮な外の空気を吸える場所まで上った所だった。

 向こうは此方に気づいてなかったのが幸いか、恐らく立ち込める霧がプラスに働いたのだろう。

 だがその男が抱えた二つの宝珠、その宝珠には覚えがあり、見過ごす事等出来なくなった。

 すぐに彼はデリバードを外に出し、赤装束の男を追うも、霧や慣れない地理の所為か追いつく事は出来ず、結局デリバードには今見た事、そして伝言だけを残して彼女達の下へと向かってもらう事にしたのだ。

 

「えーと、コホン……イエロー、悪いけどフウとランの二人は頼んだぜ、俺は奴を追うから、多分危ない事はしないから、何も心配せずに待っとく様にな!」

 

 その姿はきっと今までで一番無責任に見えたのだろう。先の激闘の後、更に今は緊迫した場面なのにやけに軽薄に親指を立てた姿がまた何とも言えず、彼のデリバードすらも彼に冷ややかな視線を送っていた。

 そして彼はそんな視線に負けず、すぐにドククラゲのレヴィを海へと出し、自身はその上に乗って、気づかれない様にアーマルドとその上に乗った男を尾行する様に指示する。

 指示してすぐに、そうして彼はホカゲを追って送り火山を後にした。

 その様子を見届けたデリバードはイエローの下に向かった。

 結果、イエローは静かに怒りの炎を燃やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、マグマ団とアクア団、一時的に手を結んだ彼等がいざ海底洞窟へと向かおうとする時、場面。

 カイナシティで奪われた潜水艇に次々と乗り込んでいくマグマ団下っ端集団の中に――彼はいた。

 赤の装束に身を包んだ、チョウジジムのジムリーダー、現マグマ団下っ端――に扮した少年、クリアは誰にも気づかれない微笑を浮かべて、潜水艇へと乗り込んでいく。

 

 




今日は不思議とキーボードが叩けた。
そしてこれでようやくホウエン編前半終了、後はひたすらシリアスになると思います。


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四十九話『vsトドゼルガ 潜入、マグマ団』

 

 

 マグマ団はアジトを持たない。

 ホウエン地方を主として暗躍する二つの組織の内の一つにして、"大地を広げる"という唯一つのシンプルな目的を掲げた荒くれ者の集団、それがマグマ団。

 彼等は特定のアジトを一切持たず、また組織としても団員の正確な人数等を完全に把握出来ていない等といった具合に内部事情は思うほか整ってはいない。

 それでも、団員達はマグマ団頭領(リーダー)"マツブサ"に付き従い、反逆の意を唱える者がいないのは一重に、マツブサのカリスマ性の高さに尽きるのだろう。

 

 だがそんな組織だからこそ、クリアは簡単に潜入する事が出来たのである。

 送り火山での戦いから、気づかれる事無くホカゲを尾行したクリアはそのまま、彼等の"仮アジト"らしき洞窟へ潜入、そこで体よく団服を一式失敬し、そうして無事潜入に成功したのである。

 マグマ団の組織としての管理体制の甘さ、それに加えて彼等の団服であるフードのついた赤装束という事もまた、クリアの身元発覚防止の手伝いをしていた。フードを深めに被って、なるべく目立つ行動さえ取らなければそれだけで、クリアは立派なマグマ団下っ端に扮する事が出来たのだ。

 

 ――以上がつい先日までの話、マグマ団三頭火の一人、ホカゲによって強奪された二つの宝珠はホカゲによって頭領マツブサへと渡り、クリアも無事マグマ団へ潜入したまでは良かったものの、宝珠も一度頭領まで渡ってしまえば早々簡単に取り返せるものでは無い。

 強引に奪い返す、という選択肢もあったはあったのだが、数、地理上での不利、加えてマツブサ本人の実力も未知数であった為、リスク面を考慮してクリアは今日まで動かず息を潜めていたのである。

 とは言っても無理はクリアの専売特許の様なもの、幾度と無く奇襲を仕掛けようとも考えたがその度に彼の脳裏に、一人の人物の心配げな表情が浮かび上がり、仕方なしに手を引っ込めていた。

 

 しかし、そうこうしてる内に時間は進み状況も変化する。

 マグマ団の目的は大地を増やす事、そしてその為に彼等が目をつけたのは超古代ポケモンの存在だった。

 超古代ポケモン、その内の一体であるポケモン"グラードン"、大陸ポケモンとも言われる伝説の復活こそがマグマ団の狙いであって、これまでに彼等が奪った紅色の宝珠と藍色の宝珠、そして潜水艇かいえん一号、これらの品々は全てグラードン復活の為の下準備だった。

 全てはグラードンの為、そしてその為に向かうべき場所、"海底洞窟"へと到達する為の行為。

 

 だが彼等はグラードン復活の為の、その為に絶対に向かわなければいけない場所である海底洞窟へ行く為に必須となる道具を、彼等は一つだけ所持していなかった。

 それが、現在アクア団が所持している潜水艇を動かす為の"特別起動部品"である。

 超古代ポケモンを操る為の宝珠、そして海底洞窟へ行く為の潜水艇を奪取したマグマ団だったが、だが"特別起動部品"無しの潜水艇では海底洞窟へはたどり着けない。

 故に彼等は手を組んだ。マグマ団頭領のマツブサとアクア団総帥のアオギリは海底洞窟へたどり着くまでの一時のみ、協定を結んだのだ。

 

 

 

 ミナモシティ沖合い、アクア団アジト。

 マグマ団と違い立派なアジトを持つアクア団のアジトはミナモの沖合いにあり、そのアジトを一時探していたカガリの勘はかなり優れたものと言えるのかもしれない。

 アクア団総帥(リーダー)"アオギリ"は、自身のアジトで"ある一団"を待つ間、彼等組織の成果を満足気な表情で眺めていた。

 モニターに映し出されるフエンタウンの風景と小難しい統計表、そして流れる機械的な音声、全ては彼等がフエンの火山で行った"火山停止活動"の成果によるもの。

 その活動で、彼等は"とある少女"の抹殺という第二目的は達成出来なかったものの、火山活動の停止という第一目的を達成し、結果ホウエンの水位は大幅上昇、それ以外にも多様な影響がほんの僅かながらホウエンの地に起き始めていた。

 そしてそれら全ての活動は超古代ポケモン"カイオーガ"をマグマ団、マツブサよりも早く目覚めさせる為の布石、現に火山活動が停止した事により、大地の力より海の力に僅かに天秤が傾き、カイオーガは少しずつながら、だが確実に目覚めつつあった。

 

「む……来たか」

 

 アオギリが呟くのと同時に、彼の眼前の水面が少しずつ盛り上がっていく。

 アクア団のアジトの出入り口はカモフラージュの為海面下に存在し、移動時も海を潜って移動しなければならない。

 その為の出入り口に繋がった海面が上昇し、そして次の瞬間、その場所に一隻の潜水艇が姿を現した。

 

「待たせたな、アオギリ」

 

 言って出てくるはマグマ団頭領のマツブサ、次いでマグマ団幹部のホカゲも現れ、続く様に十数名のマグマ団員達も続々と潜水艇内から姿を現していく。

 何を隠そう、彼等の目的は超古代ポケモンの復活だ。

 その目的を今日この日、これから果たそうというのだ、その為に彼等は手を組み、アクア団はマグマ団にアジトの場所を明かし、合流したのだ。

 アオギリから渡される"特別起動部品"を受け取ったマツブサは、それをそのまま部下のホカゲへと渡す。

 渡されたホカゲは"特別起動部品"を潜水艇に取り付け、"完成させる"為単身再度潜水艇へと入っていく。

 

「い、いよいよですね……総帥」

 

 その様子を眺めていたアオギリに、不意に声を掛ける者がいた。

 疲れ切った表情を見せ、アクア団幹部"SSS(スリーエス)"のシズクに肩を借りた、同じく幹部のウシオだ。

 彼はフエンタウン、火山停止活動の際、第二目的だった少女――サファイア抹殺の任を請け負っていたのだが、それに失敗。

 第一目的の火山活動自体は別の幹部達の働きで停止出来たのだが、その際の戦いの傷が今だ完全には癒え切っておらず、こうして全快とは言えない弱々しい姿でいるのだ。

 

「ウシオさん、貴方まさか今回の作戦に自分も同行出来るとでも?」

 

 だがそんなウシオに対し、アオギリは冷徹に言う。

 

「か、身体の事なら、もう大分治って……」

 

 ウシオが言いかけた瞬間、アオギリのトドゼルガがウシオを蹴り飛ばした。

 慌てウシオへ駆け寄るシズク、まだ全快では無く、怪我人であるはずのウシオだったが、そんな事等お構いなしにアオギリは口を開いた。

 一度作戦に失敗した、失敗者であるウシオには今回の作戦に参加出来る資格等無いと、参加するのはシズクの方だと。

 

「失敗者である貴方の処遇は追って指示をしましょう」

 

 マグマ団とは違い、アクア団はアオギリによって統率され、失敗も、勝手な行動も許されない組織だ。

 故に失敗者であるウシオに対する風当たりは思いのほか強く、その様子を間近で見るシズクは静かに一度息を飲む。

 失敗すれば、次は自身がこうなる――その予感がシズクの脳裏を巡ったのだろう。掻いた冷や汗は決して想像上のものでは無かった。

 

(……良かった、潜入したのかマグマの方で本当に良かった……!)

 

 その様子を見て、マグマ団に扮した少年、クリアは心の底からの叫びを、文字通り心の中だけに留めて叫ぶのだった。

 そして程なくして、彼等は潜水艇へと乗り込んだ。

 クリアを含めた十数名のマグマ、アクアの団員達、幹部のシズクとホカゲ、そして頭領マツブサと総帥アオギリ。彼等を乗せた潜水艇はゆっくりと確実に潜っていく、海底洞窟へ向けて、その場所に眠る二体の超古代ポケモン目掛けて。

 そして二人の組織のリーダーの掛け声と共に、潜水艇は勢いをつけて直進する。

 

「かいえん一号、海底洞窟へ向けて……発進!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 送り火山、ホカゲの策略によりクリアとイエローが危うく同士討ちで自滅しかけた場所。

 クリアが去った直後、残ったVとデリバードを傍らに置いたまま、イエローはこれからの事について思案していた。

 程なくしてフウに続きランも目覚めたものの、二人共今すぐに動ける、という程の体力はまだ無く、イエロー自身もクリアから"待っとく"様に伝言を預かった身である。

 実際、クリアの言葉等無視すればいいものの、だからと言って満足に動けないフウとランの二人をそのままにしておく訳にもいかない。

 どうしたものかと、これからの対応に困っていたイエローであったが、

 

「ボンジュール、お嬢さん、そしてトクサネのご両人」

 

 そんな彼女に声を掛ける者がいた。

 咄嗟に振り向き、声の主へと注意を払うイエロー、だがそんなイエローとは正反対な態度でランは、

 

「大丈夫ですイエローさん、この方は……」

 

 イエローの前に立つ人物に対して警戒の色が見られないフウとラン、彼等の態度を習いイエローもまた警戒心を無くし、再度目の前の人物を見定める。

 白が混じったオールバックの髪に、青のコート、紫のハーフパンツといった格好の紳士的な中年男性、その立ち姿には何処と無く気品の様なものが漂っており、その姿に安堵の声を漏らすランの言葉を、フウが続けるのだった。

 

「ルネシティ、前任ジムリーダーの……アダンさんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 海底洞窟、そこは人知の及ばぬ最深海、128番水道にあるその場所は人工の光までで無く、太陽の光すら届かない完全なる闇の世界。

 今だその領域に足を踏み入れた人類は皆無であり、大自然が生み出したその洞窟がある海域には様々な噂が飛び交う――無人の幽霊船というポピュラーなものから、そこに眠る超古代ポケモンの噂、時折影を見せるという大型ポケモンらしきUMAの影等という、事実や極最近発生した噂まで。

 そんな場所に、あるはずの無い"光"が刺した。潜水艇、かいえん一号の光だ。

 

「おぉ、ここが……!」

「海底洞窟!」

 

 たどり着いた海底洞窟内、その入り口にてまず最初に声を発したのはアオギリとマツブサ、二人のリーダーだった。

 潜水艇の明りのみで照らす薄暗闇の洞窟内には人が手を加えた様子も、人工物の痕跡も一切無く、未開の地という印象を今までの見識よりも更に強く二人の人物に受け付けてくる。

 そうして潜水艇から降り、地へと足をつけるアオギリとマツブサ、その二人に続きアリの子の様に続々と現れる二人の幹部、団員達、海底洞窟へとたどり着いた十数名全員が地面へと足をつけた所で、

 

「進路は二手に分かれている、ここでお別れだな」

 

 海底洞窟入り口、二手に分かれた道の前で、そして彼等は袂を分かつ。

 左へと続く道にはマツブサ率いるマグマ団が、右へと続く道の前にはアオギリ率いるアクア団が、それぞれの進路を前にし静止する。

 そしてマツブサの言葉に、アオギリは微笑を浮かべて、

 

「次に会う時には、フフフ、どちらが正しいか答えが出ているはずだ」

「どんな答えでも好きなだけほざけよ、ただしテメェの口がまだ開ける状態だったらな」

 

 掛け合い自体は極端に少なかった。

 因縁深い二人のリーダー達の会話はそれで終了し、彼等は部下を引き連れて奥へと突き進む。

 グラードンを起こし、大地を広げる為。

 カイオーガを目覚めさせ、海の力を増幅させる為。

 似て非なる目的を持った彼等二人は歩みを進め、ホカゲ、シズクの両幹部もそれに続き、他団員達も付き従う。

 

 そんな中、マグマ団員に紛れ込んだクリアは最後尾にて、しきりに動く一つのモンスターボールに手を置いて、中のポケモンに静止を促す。

 クリアの意図を読んだのだろう、しかしすぐにはその意を受け付けず、少しの間ボールの中で暴れていたポケモン、タマザラシはマツブサとアオギリが別れ、歩を進め始めた辺りにようやく大人しくなった。

 

(悪いなタマザラシ……お前を"あの人"に渡す訳にはいかなくなったんだ)

 

 心の中でそう呟き、クリアは前を行く団員に続いた。

 クリアのタマザラシは、元々は別の人物との再会を願って、今クリアの手の中にいる。

 その人物とはアクア団幹部SSSのシズク、浅瀬の洞穴にてシズクと出会ったタマザラシは、すぐにその場から消えたシズクについて行きたかったらしく、その意を汲んだクリアによって彼にシズクの下へと送り届けてもらうべく、クリアと一緒にいた。

 しかし今しがた、ようやく再会出来たタマザラシだったが、クリアはその約束を反故にしたのだ、そしてその理由は明白、シズクがアクア団、その幹部だったから。

 マグマ団に潜入し、アクア団のアジトに到着した際にシズクの姿を発見した時、人知れずクリアは大いに驚いた。

 まさか自身の探し人が悪の組織の幹部とは思ってもいなかったのだろう、驚いて、すぐに冷静になったクリアはボールの中で暴れるタマザラシを静かに押えて、より一層自身の影を薄くした。

 ホカゲにも、シズクにもクリアは面が割れている、何よりもまず素性がバレない事を優先し、クリアはその時深くフードを被りなおしたのだった。

 

(まさかシズクさんまで悪の組織だったなんてな……クソッ、どうして俺の知り合いにはこう人知れず悪の組織やってる奴が多いんだよ……!)

 

 その時クリアの脳裏に現れたのは、矢張りヤナギの顔だったのだろう。

 それに加え、クリアが知らないだけでミナモシティで彼が出会ったカガリもまたマグマ団で、クリアがチョウジで初対面したマチスもまた元ロケット団。

 彼の周囲には、彼が今だ事情を知らない人物まで含めて確かに悪の組織の――だった人間が意外と多くいたのだ。

 

 

 

「おお! 見つけたぞ!」

 

 薄暗い海底洞窟を、懐中電灯という名の人工物の明りのみで突き進んでいたマグマ団一向だったが、不意に聞こえたマツブサの歓喜の声に彼等は動きを止めた。

 足元を細い水の線が走り、頭上からはポタポタと雫が垂れ落ちてくる開けた場所。

 グラードンは、そんな場所の中心で静かに眠りについていた。

 もしかしたらアクア団、アオギリの方も同様の声を発しているのかもしれない、そんな考えが一瞬最後尾のクリアの頭に浮かび、しかしクリアはすぐにそんな雑念は消し去る。

 

(手を拱いたまま、とうとうたどり着いてしまったけど、さて一体どうするか……)

 

 そうこうしてる間にも、グラードンを呼び起こすべく、マツブサの指示によりホカゲ、そして複数の団員達が炎ポケモンを出してグラードンを刺激すべく今にも技を繰り出す準備を推し進めている。

 このまま事が進めばグラードンは目覚め、そしてホウエン地方に災厄が訪れるだろう。

 ――否、恐らくはもう既に手遅れ、先程感じた地鳴りはもしかするとアクア団が先にカイオーガを復活させた影響なのかもしれない。

 となると、今グラードンの復活を阻止した所で、カイオーガが目覚めてる時点で最悪の状況は免れないと言っても過言では無い。

 

(だとすると、目標は一つ、いや二つだ……!)

 

 いつか見たマグマッグ含む、複数の炎ポケモンがグラードンへ目掛け一斉に"かえんほうしゃ"をぶつける。

 洞窟内を熱気が包み、周囲の興奮も除々に上昇し、その波に乗る様に滑らせる様にクリアは少しずつ前へと移動する。

 不自然にならない様に、眼前のグラードンへと視線を注ぐマグマ団員達の視界に入らない様に。

 そうして団員達の最前列へとクリアが移動した、まさにその時だった。

 

「よくやったぞ、ホカゲ!」

 

 マツブサの声が聞こえた、そう思った瞬間、閉じられていた瞳に光が宿る。

 大地が揺らぎ、壁にヒビが入り天上から砂崩れが落ちてくる、そして超古代ポケモン、グラードンは復活の咆哮を上げた。

 目の前にしたら分かる、その力の大きさ、天候をも――自然をも左右する超古代ポケモンの強大さ、その大きさにクリアは思わず目を見開いた。

 過去数度伝説のポケモンと遭遇した事があるクリアだったが、その遭遇に慣れたかと言えば答えはノー、同じほどの力を持つルギアと相対した事もあったが、その時同等のプレッシャーをクリアは感じていた。

 何分ルギアとの対決時はクリアは一人では無かった、三人の図鑑所有者が味方についていた分気も楽だったのかもしれない。

 だが今彼の周囲を取り囲んでいるのは全員が敵だ、その事もあっていつも以上の疲労と緊張がクリアの身体を蝕んでいく。

 

「ホカゲ、送り火山で奪ってきたアレを出せ!」

「オウよ頭領!」

 

 呆気に取られるクリアだったが、マツブサの言葉に我を取り戻す。

 気づけばホカゲが二つの宝珠を取り出し、今にもマツブサに渡そうと宝珠を差し出していた所だった。

 それはグラードンとカイオーガを操る事が出来る唯一無二の道具、そしてマグマ団が持っているアクア団に絶対に勝てるという最大のアドバンテージ。

 いくらカイオーガが目覚めようが、カイオーガの力もまたグラードンと同じく強大だろうが、その宝珠から静止の命令さえ下してしまえば何の脅威も無い。

 

 ――そしてそれは、グラードンも同じ事、宝珠から命令さえ発してしまえばグラードンもまた同じ様に無力化出来る。

 つまり、その二つの宝珠すら奪取してしまえば、後はどうにでもなるのだ。

 そしてクリアは腰についた一つのモンスターボールへと手を伸ばして――、

 

「ア、アクア団ッ!!」

「何だと!?」

 

 在らぬ方向を見上げて叫び、その声に釣られる様にマツブサ、ホカゲ、その他団員達もまたその方向へと目を向ける。

 当然だ、今ホカゲが手渡そうとしている二つの宝珠、その存在がアクア団側にバレてしまえば意地でも奪取しに来るだろう、否それ所かグラードンを操る紅色の宝珠まで奪われ、グラードンのコントロールすら奪われる危険もある。

 そうなれば目も当てられない、自身達がカイオーガにしようとしている様に、グラードンを完全無力化され、カイオーガによる海の侵略が大地を襲う事となるのだ。

 だからこそ、今目の前に迫る危機に一時的にも彼等が目を向ける事は必死であり、その隙を突く事こそがクリアの狙い。

 視線が上へと集中した一瞬、その瞬間、モンスターボールから飛び出たPはトップスピードでホカゲへと迫り、そして――その手に持つ二つの宝珠を奪い取る。

 

「なっ!?」

 

 それにまず一番に気づくは矢張りホカゲ、それと同時にクリアもまた振り向き走り出す、その反動で彼のフードが後ろへと下がり素顔が露になる。

 その顔に、見覚えのある顔に一瞬驚きの表情を作るホカゲ、ホカゲよりも一瞬遅れて事態に気づくマツブサだが、その頃にはもう二つの宝珠はPの手の中だ。

 そうしてマグマ団員達の間を縫う様に走るクリアと、それに追いつくP、だがマツブサもまたそのまま黙ってみている訳が無い。

 すぐに状況を理解すると、鬼気迫る表情で、

 

「テメェェェラァ!! 今すぐそのネズミをとっ捕まえろォォォ!!」

 

 凄まじい程の怒気、雄叫びの様な叫び声を上げる。

 その声に一瞬身が竦みそうになるのを感じながらも、精一杯に足を前へとやるクリア、だがマツブサの怒号を聞いた団員達がクリアへと掴みかかろうと手を伸ばす――が、

 

「誰が……捕まるかよ、エース!」

 

 思わぬ強風に、クリア周囲の団員達が一瞬怯み、直後一体のリザードンが現れ、その背にクリアを乗せ飛び立つ。

 見慣れない黒い、色違いのリザードン、その背に乗ったままPをボールへと戻し、手の中に二つの宝珠を持ったまま、クリアは一度マツブサの方へと視線を向けた。

 そこには怒りの形相のマツブサと、驚きと敵意が混ざった眼差しのホカゲがクリアの方を見上げている。

 

「テメェ……一体何者だ……!」

 

 振り絞る様な声を出すマツブサは、敵意の篭った眼差しを向けながら宝珠を持ち去った(クリア)の姿をその眼に焼き付けている。

 マツブサ自身、まさか自身の組織に鼠が入り込み、あまつさえ目的成就間近で邪魔をされるとは思ってもいなかったのだろう。

 悔しそうに歯軋りをするマツブサに、クリアはマグマ団の制服を脱ぎ捨てながら告げる。

 

「クリア……ジョウトジムリーダーの一人"瞬間氷槍"のクリアだ」

 

 




ちょっとばかり海底洞窟行きの人間を改変しました。


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五十話『vsキバニア 暗く黒い海の中で』

 

 遂に、二体の二体の超古代ポケモンが目覚めた。

 まずはカイオーガ、その少し後にグラードンが、目覚めた二匹は各々のルートから"決戦の地"ルネシティを目指して進撃を開始する。

 カイオーガを中心とした地域には暴風雨が、対してグラードンを中心とした地域には強烈な日照りが、二つの異常気象がホウエン地方を真っ二つに両断する様にして発生し、ホウエン地方に住む住人達の心に暗い影が差す。

 だが彼等も黙って見ているばかりでは無い。

 ホウエンのジムリーダー達、ポケモン協会、そして四天王と彼等を率いるチャンピオン、数々の実力者達がこの並々ならぬ事態に対処すべく動き出していた。

 

「うむ、ここからの指揮は私がとる! 君達は既に交戦中の他のジムリーダー達と合流し、超古代ポケモンの進撃を阻止するのだ!」

 

 そう告げられたホウエンポケモン協会理事の言葉に、ヒワマキシティジムリーダーのナギは額に当てていたゴーグルを装着し、勇み足でチルタリスへと飛び乗る。

 これまでジムリーダー達の纏め役として指揮をとり、最前線に出られない歯痒さを感じていた所にこの理事の言葉だ。今まさに、誰よりも戦闘意欲を上げる彼女を止められる者等誰もいない。

 そんな彼女に、ルネシティ現ジムリーダーのミクリは無言で手を差し伸べ、そしてナギもまた少しの間の後、その手をとる。

 そこにどんな意味があるのか、それは本人達にしか分からない事だが、何にしても彼等のやるべき事は一つだ。

 つい先程海へと"ダイビング"した二人の少年と少女、ミクリの事を"師匠"と呼ぶ少年と、ナギの事を"先生"と呼ぶ、彼等二人を慕う少年少女に負けない為にも、そうして彼等二人は離れた。

 目的は唯一つ、超古代ポケモンの制止、ミクリはグラードンへ、そしてナギはカイオーガへと、それぞれ向かうのだ。

 

 一方、ホウエンポケモン協会理事は協会内司令室にて二人の老人を迎えていた。

 今現在、通常ミナモシティにあるはずのホウエン地方のポケモン協会は海上を飛行船の形をとって移動している。

 それは有事の際に用意された緊急移動システムであり、その存在は理事含め、僅かな人物しか知らないもの、だがそのシステムがあったからこそ、こうして理事も戦線へと赴き指示を出して、ナギを最前線へと送る事が出来たのだ。

 そして今しがた協会内に迎え入れた二人の老人は、送り火山で二つの宝珠、紅色の宝珠と藍色の宝珠を守っていた二人の老人だった。

 ホカゲに手も足も出ず、見す見す目の前で宝珠を奪われた二人だったが、二人の老人は手持ちのチリーンの力でどうにかミクリ達の下まで辿りつき、ミクリとナギ、そしてルビーとサファイアに必要な情報を渡した所で、協会によって回収されたのである。

 尤もこの老人達の目的は音信不通となったフウとランの二人を探す事――だったのだが、それはミクリ達にも理事にも分かる事では無く、仕方なしにこの空飛ぶ協会内で待機する事にしたのだ。

 

「……グラードンとカイオーガ、果たして今の戦力でこの二匹の超古代ポケモンを鎮める事が出来るのか……」

 

 呟くはホウエンポケモン協会理事、独特の巨大なアフロヘアーが雰囲気を壊しかねない中、彼は神妙な面持ちでデスクに肘を着き、両の手の指を絡ませて口元を手の方へ持ってくる。

 敵の力の強大さ、彼もまたその事を痛感しているのだろう。

 元々フウとランの二人に宝珠の守護を命じたのは何を隠そう理事自身だ、そしてそんなトクサネジムリーダーズの力の高さも故に重々承知している。

 その二人が行方不明、更に今の所、敵の思った通りに事は進み、グラードンとカイオーガの二匹は復活、緊急レベルは既に八を超えている。

 確かにジムリーダー達は強い、中でもミクリに至ってはその強さはチャンピオン級、裏では現チャンピオンのダイゴと、四天王達も動いており、今しがた海底洞窟へ向かった二人の少年少女も、図鑑所有者――かつて別地方での大きな事件の際、その収束に大きく貢献した図鑑を持つ者達の後輩、そういう意味では彼等にも十分に期待が持てる。

 

 だがそれでも、心の不安は拭えない。目の前の災害を前にするとどうしても、更に用心深く、並々ならぬ強さを持った駒が欲してしまうのだろう。

 

「仮面の男事件を解決に導いた"ジョウト地方最強のジムリーダー"か、一体彼はこのホウエンのどこで何をしているのか……」

 

 先程入った情報、ジョウト地方のポケモン協会理事から伝えられた情報を思い出しつつ、ホウエン地方のポケモン協会理事は一先ず、手持ちの駒をより有効に使う為、再度盤面へと目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、件のホウエン理事曰く"ジョウト地方最強のジムリーダー"は現在、窮地に立たされていた。

 マグマ団へと潜入した彼、クリアだったが海底洞窟にて、とうとうその正体を現し二つの宝珠を彼等マグマ団の眼前で奪取する事に成功する。

 ――そこまでは良かったのだ。

 だが矢張り数の上でクリアは圧倒的に不利であり、見下げるマグマ団の団員達、その頭領マツブサも鋭い敵意の篭った視線をクリアへと投げかけている。

 それに加えて、今彼の手持ちは四体、彼の右腕とも言うべき二匹の氷ポケモン、グレイシアのVとデリバードは今現在イエローの所へ残して来てしまっている。

 彼の手持ちにはもう一匹、氷タイプのポケモンはいるにはいるのだが、彼のタマザラシは捕獲したばかりで、戦闘経験もほとんど無い低レベルのポケモンだ、とてもじゃないがこの数相手の戦闘は酷というものである。

 ならば矢張り、ピカチュウのPとリザードンのエース、ドククラゲのレヴィでこの状況を乗り切るしか無い、逃げようにも潜水艇の動かし方等クリアには到底分かるものでは無く、ましてや潜水艇無しでの海底洞窟、深海からの脱出等命をドブに捨てる様なものだ。

 

 戦うも駄目、逃げるも駄目、まさに八方塞、絶体絶命。

 

 だがそれでも、クリアに残された選択肢は"動く"事である。例えその先でどんな行動を取ろうにも、今はまずその場から離脱する事だけを考えなくてはならない。

 万が一の場合には、アクア団の方をどうにか騙してでもマグマ団と争わせ、双方の戦力低下を狙うしかないのだろう。

 

「んじゃ、逃げるぜエース……GO!!」

 

 言って、回る様に旋回してクリアはマグマ団に背を向けた。

 背後からいくつかの炎攻撃が飛ばされてくるが、回避はエースに任せてクリアは手の中の二つの宝珠に集中する。

 ひんやりとする宝珠にどこか背筋が寒くなる様な印象を持ちながら、クリアは恐らく今ホウエンを大混乱に陥れているだろう二匹の超古代ポケモンに向けて命令を下す。

 

(グ……グググ……! グ、グラードン、カイオーガ! 共に制止せよ!)

 

 やり方を教わったこと等当然ある訳が無く、今クリアがやってる事は単なる当てずっぽう、直感のみで宝珠の使い方を感じて行っているに過ぎない。

 だがこの宝珠に思念を送る作業、小手先の技術よりも精神的な面の方が強く影響するらしく、まるでガリガリと彫刻刀で心を削られる様な、そんな錯覚に陥る程の強い思念が、クリアの心中へと流れ込んでくる。

 一瞬で感じ取る事が出来る、それはグラードンとカイオーガ、二匹の超古代ポケモンの力の影響、流れ込んでくる力の本流、一瞬でも気を抜けばその力に自身の全てを飲み込まれてしまう様な強い力の波。

 それでもその力に全力で抗いながら、宝珠を通して見える二匹の超古代ポケモンにクリアは念を送る、まずは暴れる二匹を抑える事が先決、その後すぐに脱出の事は考えればいい、そう判断しクリアは念を送り続けた次の瞬間――、

 

「ッ! ッガアァァァ!?……! しまっ……!」

 

 思わず紅色と藍色の二つの宝珠を放り捨ててしまった。

 二匹の超古代ポケモンから流れ来る強大過ぎる程の力、その力に抗い命令を送っていたクリアだったが、不意に一瞬だけ、彼の意識が飛んだ。

 飛んで、すぐに訪れたのは自身がちっぽけに思える程の黒く暗い思念の塊、押しつぶされてしまいそうな程のその強大な力から逃れる為、恐らくクリアの生存本能が"宝珠を手放す"という選択を取ったのだろう。

 クリアの手から離れた宝珠は宙を舞って、地面へ到達――する前に二人の人物の手へと収まる。

 まるでそれが運命であったかの様に、数名の部下を引き連れたマグマ団幹部のホカゲと、カイオーガの様子がおかしいとアオギリに言われ、様子見に来たアクア団のシズクの手に二つの宝珠が渡ってしまったのだ。

 

「ふ、何だか知らねぇが、取り返す手間が省けた様だな……おいお前等!」

 

 紅色の宝珠を手に入れたホカゲは部下の団員へと指示を出し、紅色の宝珠を頭領マツブサへ届けるべく呼び出した団員へ宝珠を預ける。

 その様子を観察したシズクもその宝珠がいかに重要なものか理解したのだろう、自身のバルビートを外へと出してアオギリへと届ける様指示を出していた。

 

「ガ……お、おいお前達! その宝珠に触れるな、いやそれで"奴等"に命令すんじゃねぇ! グラードンもカイオーガも、人の手でどうにか出来る程のものじゃ……グ!」

 

 バルビートと数名のマグマ団下っ端、眼前で再度、それも二つの組織のリーダーへと届けられていく二つの宝珠、それを悔しそうに見るクリアだったが、それを止める程の余力は今彼には残されていなかった。

 宝珠を手放した事で流れ込んで来ていた超古代ポケモンの力は止まったものの、手放したからといってすぐに楽になるというものでは無いらしい。

 今もクリアの頭の中では得体の知れない力が渦巻き、今にも彼の精神を乗っ取ろうと侵略を続けている。

 だがそんなクリアの心境等、直に命令を下した事の無い彼等には分かるはずも無く、

 

「はっ! 出鱈目並べて奪い返そうたってそうはいかねぇぜ、それに、どちらにしてもテメェと違って頭領なら宝珠を支配下に置く事位、造作も無い事だろうよ!」

「全くですね、総帥なら貴方の様な無様な姿は晒さないでしょう、それと……」

 

 恐らくはクリアの事等覚えていないのだろう、実際浅瀬の洞穴で偶然会って少し会話しただけの関係だ、覚えていないのも無理は無い。

 黒いリザードンの上で嫌な汗を掻き顔を青くしているクリアから視線を外したシズクは、そう言い掛けて残りの自身のポケモン達を総出にし、

 

「"紅色の宝珠(もう一つの方)"も当然頂きますよ」

「そりゃあこっちも同じだっての!」

 

 シズクが言って、ホカゲが言い返し、次の瞬間ぶつかり合うと思われた両者は、しかしクリアの予想外の行動に出る。

 

「……だがまずはテメェを排除して俺の面目取り戻す事からだ! マグマッグ!」

「……まずは最も大きな不確定要素の排除、それも目に見えて弱っている今がチャンスです! ぺリッパー! キバニア!」

 

 それぞれのポケモンを出して、一斉にクリアを狙ったのだ。

 クリアとしては、今彼等に潰し合って貰っていれば、後の戦いが楽になり、かつ今の最悪な状態から少しでも回復する事が出切る。

 なのでそれを願っていたのだが、どうやら願いは天には通じなかったらしい。二体のマグマッグとぺリッパーとキバニア、それらの攻撃をかわし、クリアの指示を待つエースだが、指示を出したくても満足な指示をクリアは出来ない。

 マグマッグの"かえんほうしゃ"を身を翻してかわし、ぺリッパーの"ハイドロポンプ"を低空へと落ちてどうにかかわして、目の前へと迫り来るキバニアに、

 

「エ、エース! グ、"だいもんじ"……!」

 

 周囲の状況なんてとてもじゃないが確認出来ない、だからまずは目の前の脅威に対処すべくエースへと指示を出す、が――、

 

「ふっ、後ろがガラ空きですよ……!」

 

 キバニアに"だいもんじ"がヒットした、その瞬間、クリア達の後ろからぺリッパーの"ハイドロポンプ"が迫り、咄嗟の事ながら素早くそれをかわすエースだったが、

 

「甘いぜ、"いわなだれ"!」

 

 ホカゲのマグマッグの"いわなだれ"が即座にクリア達へと襲い掛かった。

 精一杯に身体を捻り、その攻撃をもかわそうとするエースだったが、先程までの動きの疲れ、そして今の攻撃の連携の前には流石にそれは不可能だったらしい。

 "いわなだれ"による土砂がエースへと襲い掛かり、その中でも一際大きめの岩がクリアを乗せたエースへと直撃する。

 それを見て微笑を浮かべる二つの組織の二人の幹部達だったが、それでもエースの地力は底を尽きない。

 弱々しくも、その黒翼を大きく広げ、更に力の篭った眼差しを前へと向ける。

 

「……グ、ガ……よ、し、エース……一先ず潜水艇の中へ……!」

 

 クリアの指示を受け、素直に潜水艇へと向かうエース。

 エース自身、何故潜水艇なのか少しばかり疑問が残ったが、これまでの戦いでクリアが致命的なミスをした事等数える程しか無く、それも今の様な"命を賭した"戦いの中では常にクリアは真価を発揮して来た。故にエースは疑問を感じても、クリアを疑う事だけはしなかったのである。

 実際、クリアの判断は概ね正しい、潜水艇ならば深海の水圧に耐えうる程の強度を持ち、またそれは彼等マグマとアクアの人間達が事が終わった後に帰還する為必要となるもの、下手に手出し等出切るはずも無い。

 トレーナーもポケモンも、ボロボロの状態のまま潜水艇へと向かうその姿に、ホカゲとシズクの両名もクリアの狙いに気づいたらしく、ぺリッパーとオオスバメで急いでその後を追う。

 先に潜水艇へと到達したクリアは震える腕でエースをボールへ戻し、潜水艇の中へと潜ってハッチへと手を掛ける。

 

「オラ、何引きこもろうとしてんだよテメェ!」

「グ……ガッ!」

 

 だがその瞬間、ハッチへと手を掛けた瞬間に、ホカゲの足がクリアの眼前へと迫って、クリアはそのまま潜水艇内へと蹴り落とされた。

 落ちて、激突の衝撃が全身に伝わりそれは痛みとなってクリアを襲うが、今の彼は宝珠の影響から逃れる事に全神経を集中しており、そんな痛み等に気を配ってる余裕等無い。

 立ち上がって、前を向くクリアだが、彼の目の前には絶望的な状況が広がっていた。

 

「チェックメイト、だな」

「その様ですね」

 

 ホカゲとシズク、二人のマグマとアクアの幹部達。

 敵は万全、此方は見も心もボロボロ、どう足掻いても勝てない、そんな状況。

 

「う……グ、ガ……!」

 

 うめき声は獣の唸り声の様なものへと変わりゆき、最早いつ精神の主導権を宝珠の力に握られるのかも分からない。

 四方を防ぐ強固な壁は、我を失ったクリアを隔離するものでも、外敵からクリアを守る為のものでも無く、今は決して逃れる事が出来ない鉄格子の様にも見える。

 ホカゲのマグマッグとシズクのぺリッパーが見える、もう既に攻撃のモーションには入っている、だがそれが何に結びつくのかが理解出来ない。

 

「マグマッグ!」

「ぺリッパー!」

 

 二人の男性の声が聞こえた、クリアの精神の主導権が完全に持っていかれる、その一瞬の時、ガコンという音が頭上で響いた。

 三者三様、それぞれの行動を止め、頭上の異音へと目をやる。

 ホカゲとシズクは倒れかけのクリアよりも謎の異音を優先して、クリアもまた今の音でどうにか意識を繋ぎとめて、その場所を見上げた。

 気づくと、潜水艇へと乗り込むための出入り口、先程まで空いて海底洞窟の岩肌が見えていたその場所には、人工物の重々しい灰色が見えた。

 どうやら閉じ込められたらしい、その事にようやく気づいた三人だったが、その時にはもう遅い、窓へと駆け寄るホカゲとシズクは見た。

 沈み行く潜水艇の中から、藍色の宝珠を持ったアクア団総帥の姿を、潜水艇の特別起動部品を持ったアオギリの姿を。

 

「素晴しい! 藍色の宝珠、カイオーガを思いのままに出来る輝き、シズクさん、貴方は非常に良い仕事をしました、勲章ものの働きです」

 

 何かを呟くアオギリが見えた、が、シズク達には彼が何を言っているのかは当然聞こえるはずも無い。読唇術を使える者等この場には一人としていない。

 だがそう思ったのも束の間の事、すぐにアオギリの声は潜水艇内へと響き渡った。どうやら通信機能を使って外からシズクへと語りかけているらしい。

 そして、アオギリの嬉しそうで冷たい声は、尚も続ける。

 

『本当にご苦労様でしたシズクさん、ゆっくり深海の散歩でも楽しんでください、ただし……特別起動部品は外しております、この深度では船体が水圧に耐えられないかもしれませんがね、マグマの幹部と侵入者、二人をよろしくお願いしますよ』

 

 絶望。

 先程まで絶対的な優位に立っていた二人の幹部は、直後にクリアと全く同じ状況へと陥る。

 否、それよりも更に最悪、更に命の危険度が増した状況、そしてそれはクリアもまた同じ事、特別起動部品を外した潜水艇は深海の中を漂う様に流れそして――ミシリと、三人が今日まで聞いた人生の中最も嫌な音を立て始める。

 

 

 

 

 

 

 

 ホウエン地方の図鑑所有者の二人、ルビーとサファイア。

 コンテスト制覇を目標に掲げた"美しさ"を追求するルビーと、ホウエンジム制覇を目指す"強さ"を追い求めるサファイアの二人は、今まさに海底洞窟へと向かっていた。

 目的は唯一つ、サファイアが偶然助けたジーランスのじららの力を借りて、ホウエンに巣食う二つの巨悪を止めるためだ。

 互いの目標を一時中断してまでの行動、そこに至るまでに、彼等は幾度と無く壁にぶつかり、それを乗り越えてきたのだが、それは彼等視点の物語。

 そして同じ様に図鑑を持ったジョウト地方のジムリーダー、クリアにもまた彼の物語がある。

 少しずつ壊れながらも浮かび上がる潜水艇に乗ったクリアと、ジーランスの力で海底洞窟目指し潜水する彼等は一瞬すれ違い、そしてまた離れていく。

 彼等の物語は交差して、だが彼等はまだ、出会う事は無い――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! そっち水漏れってぞ! さっさと抑えやがれ!」

「やっている!」

 

 最早膝下まで海水は侵入して来ている。

 命の危機に、敵対している暇等あるはずも無く、ホカゲとシズクは結託して今の非常に危険な状況への対応に追われていた。

 彼等のぺリッパーとオオスバメが潜水艇を押し上げ、今にもバラバラに分解してしまいそうな船体、その隙間から流れ込んでくる海水をどうにか塞き止める。

 彼等にとって、それは予定外過ぎる事態だった。

 ホカゲはまさか今の様な危機的状況に陥る等とはクリアを追っている時当然思っておらず、シズクもまた、先程のアオギリの言葉に動揺を隠せないでいる。

 だが時間は待ってはくれない、そうこうしてる間にも再び別の箇所に亀裂が走り、水鉄砲の様に海水が飛び込んできて、ドククラゲに寄りかかる少年の顔にかかった。

 

「チッ、ったく使えないヤローだぜ全く、テメェさえいなけりゃあこんな事にはならなかったのによぉ……!」

 

 憎々しげに言うホカゲだが、手は出さない。出せない。

 釣られる様に少年の方へ目を向けるシズク、彼の目に映るのは空ろな目をした少年の姿だった。

 二つの宝珠の奪取に失敗したジョウト地方最強と言われたジムリーダーの姿、だが今となっては傍から見れば重篤患者の様に見える。

 クリア自身、今尚自身の中の"強大な力"人知れず戦っているのだが、当然ホカゲとシズクの両名にそんなクリアの気苦労が分かる訳が無く、その瞳には怒りの感情しか見えなかった。

 

「……ガ……ィ……」

 

 ブツブツと小声で呟く言葉を聞いて、彼を支えるドククラゲ、レヴィは一瞬躊躇する。

 だが、空ろながらも意思の強い眼差しを見せるクリアに、観念した様にレヴィは一度頷いた。

 その頷きに安心感が生まれたのだろう、フッと力無くクリアは笑って、彼は"頼れる存在"に身を委ねる事を止め、どうにか自身の足で立ち上がる。

 

「……貴方は……!」

 

 不意に立ち上がったクリアの姿に、何かを呟こうとした、シズクが口を開きかけたその時だった。

 一瞬で、レヴィの触手がシズクに迫り、次いでホカゲにも触手は伸びる。

 

「なんだっ、一体!?」

「……のままじゃ、皆お陀仏だ……だから」

 

 驚きの声を上げるホカゲに答える様に、クリアは答える。俯いていた顔を上げる。

 その表情、血走った目を見開いて、薄ら笑いを浮かべた先程までとは全く様子の違うクリアの姿に、ホカゲは、そしてシズクもまた息を飲む。

 どうやら先程までのクリアの言葉の意味が、今更ながら彼等にも僅かながら理解出来てきたらしい。

 

「グガが!……だ、ら……レヴィの全方位"バリアー"で……アンタ等二人だけでも逃がして……」

「バッ……! テメェ、今の状況分かっていってんのか! それともとうとう頭おかしくなっちまったってのか!?」

「……信じられませんね、そんなものがあるなら、貴方一人で逃げればいいものでは?」

 

 ホカゲもシズクもレヴィの力を信じていないらしい。

 無理も無い、少しは海底から上昇したと言っても、そこはまだまだ深度が高い、日の光が僅かにも届いていない海の中だ。更に言えばどれ程の間レヴィの"バリアー"が続くかも分からず、また他人のポケモンに命を委ねる事も出来ないらしい。

 だがそんな二人の訴えを無視して、または聞こえていないのか、クリアは自身の言葉を続ける。

 

「ガ……ガ……レヴィは、アンタ等送り届けたら俺の下へ戻ってくる様、言って、あうから……だい」

「あぁ? じゃあなんでテメェはこっちへ来ない? 安全なら問題尚の事だ」

「そうですね、それに貴方には私達を助ける理由が無い……!」

「ふ……定員は、二人ま……ガグ」

 

 頑なに信じようとしないホカゲと、少しだけ声を震わせたシズク、そんな彼等に一度そう呟いてクリアは目を閉じ、そしてすぐにその目を開いた。

 先程までの見開いた空ろな眼では無く、意思の強い、ここ一番の勝負時の眼で、レヴィが彼と会った時から変わらないレヴィが"信じる"彼の眼で。

 それを見た瞬間、レヴィは伸ばした触手を引っ込める。同時にホカゲとシズクの二人もレヴィの下へと引き寄せられる。

 そして起こるは、崩壊。

 彼等二人が押えていた最も大きな割れ目から、大量の海水が船内へと入り込んでくる、それを見て出していたオオスバメとぺリッパーをホカゲとシズクはボールへと戻す。

 船体全体へと亀裂が入るのと、レヴィが"バリアー"を球体状に張るのと、クリアが呟くのは同時だった。

 

「はぁ、はぁ……理由なんて、人を助けるのに、理由なんていらないよ」

 

 それが"クリア"の最後の言葉だった。

 その言葉を言い終わった直後、クリアは一度項垂れる様に頭を垂らし、そしてまたすぐに顔を上げた彼は(クリア)では無かった。

 

「グガ! グギギギガガアァァァア!!」

 

 焦点が合って無い血走った瞳で、涎の垂れた口元には薄ら笑いを浮かべている。

 一目で正気で無いと分かるその姿に、ホカゲとシズクはそれぞれ純粋に恐怖を感じたのだろう、固唾を呑む音が聞こえた。

 

「ガアー!」

 

 まるで小さな怪獣の様な方向と共に、正気を失った彼は"バリアー"を張ったレヴィへと突撃した。

 次の瞬間、一際大きな崩壊音と共に、潜水艇が藻屑の様に崩れ去った。

 

「ガ!?」

 

 訳の分からないという彼の呟きを飲み込んで、潜水艇は瞬く間に分解される。

 流れ来る水流が全てを飲み込んで、ホカゲとシズクを含むレヴィをあっという間に見えない位置まで流してしまう。

 そして彼もまた、レヴィ達とは全く別方向へと流され、空気を求めて足掻くが、意識の無い彼が海面に到達する事等有り得ない。

 カイオーガの出現で水位が増し、荒れる海の真っ只中に放り込まれた彼は暫く足掻いて、そしてすぐに動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何を考えてんだ」

「……別に何も」

 

 一方、レヴィの"バリアー"によってどうにか急な水圧から身を守り、更にレヴィによって海面まで届けられたホカゲとシズクの二人は久しぶりに見た空を眺め、一時の間だけ身体を休めていた。

 ホカゲの出したアーマルドの上で、ホカゲもシズクもどうやら先程の少年、クリアの事を考えているらしい。

 最後に彼が発した言葉と、行動、そして彼の顛末。

 すぐにクリアを探しに行ったレヴィはもう見えない、見えるのは荒れた海とどんよりと重たい空の色だけ。

 

「……納得いかねぇな」

 

 不意にホカゲが呟いた。

 普段から幻影攻撃を得意とし、飄々とした彼らしくない、言うならば同じくマグマ団幹部のカガリの様な荒々しい言葉、声で。

 

「俺はまだ、あいつに出し抜かれた借りを返してねぇ……!」

「貴方は……まだあの少年が生きてるとでも?」

 

 考えれば当然、クリアが生きている保障等どこにも無い。

 荒れ狂う海、急に襲う水圧、ましてや先のクリアは正気では無かった。

 普通に考えれば死んでいて当然の状況、だがシズク自身、クリアの死を断言しなかった事に自分でも驚きを感じていた。

 

「そんな事はどっちでもいい、様はあいつに借りを返せりゃあな、アーマルド!」

「なっ、何処へ!?」

「決まっている、俺は大地を広げるマグマ団だ、そしてあいつは俺達の邪魔をして来た、つまり……」

「つまり貴方がマグマ団として活動していれば、またあの少年に会えると?」

「そしてさっきの借りを返す、絶対に逃がさねぇ!」

 

 どうやらホカゲの心には、クリアを心配する気持ち等欠片も無いらしい。

 敵同士なので当然と言えば当然だが、それは些か白状な気もするが、シズク自身もクリアを狙い攻撃した身だ、そんな事は当然口走れない。

 そもそもシズクには、先の出来事の所為で、今のホカゲの様にクリアを明確に敵として判断する事に対し、迷いが生じていた。

 

(私は、アクア団のシズクです、そして私の総帥はいつだってアオギリ総帥……)

 

 そう自身に暗示をかける様に心中で呟くシズクだったが、出てくるのは先の少年の間際の顔、言葉。

 "人を助けるのに、理由なんていらない"。野望の為にシズクを窮地へと追いやったアオギリと、理由も無く自身の命よりシズクを優先させたクリア。

 彼等の顔が交互に浮かび消え、決意が鈍りそうになるのを堪えて、

 

「私はSSSのシズクです。そして海を広げる事は、私達の悲願……!」

 

 決意の言葉を発したかと思うと、ホカゲが何かを言う前にぺリッパーに乗って飛び立つ。

 結局はシズクもまたアクア団、その幹部だったというだけの話だ。

 例え目の前でアオギリに裏切られようと、自身に課せられた使命だけは果たす、その為に行動する。海を増やす。

 それがアクア団のシズクという男、"アクア団という組織に身を置く以上"、彼がアオギリを裏切る事等有りえはし無い。

 

「ふん、行っちまったか、まぁいい……まずはカガリ達と合流する事だな、そして……」

 

 飛び去ったシズクが向かった方向を興味なさ気に見て呟くホカゲは、すぐに本当に興味を失って前を向く。

 まずは目先の戦いに集中する為、そして再度クリアと合間見えた時の事を考えて、

 

「今度はテメェだけに、"地獄"を見せてやるぜ、ジョウトのクリア……!」

 

 幻影を操る男は決意を新たにそう呟いて、そしてホウエンジムリーダー達との戦いの地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い暗い、海の中だった。

 意識を手放す寸前のクリアが考えた事は、唯一つの事。

 

(……しまった、エース達、どうしよう、このままじゃ俺もろとも海の藻屑に……)

 

 脳に酸素が行き渡らず、その命のともし火が消える寸前に考えた事は、残して来たイエローの事でも故郷の事でも無く。

 自身の手持ちの安否の心配、ただそれだけだった。

 だがどれだけ心配しても、彼にはもう指一本動かす力も残ってない。

 ようやくになって彼を支配していた宝珠から流れ込んできた"力"の影響から解放された事は良かったのだが、だがその時にはもう既に、クリアは身体は満足に動かす事が出来なくなっていたのだ。

 もしも少しでも力が残っていれば、水ポケモンのタマザラシにどうにか頑張って貰おうと、もしくは周囲の水ポケモンに助けを求めようとも、先の状況下の中ボンヤリと考えていたクリアだったが、身体が動かないとなると元も子も無くどうしようも無い。

 漂う、視界が一層に暗く黒くなっていき、一切の音が消えて、そしてクリアは静かに瞳を閉じた。

 

 




溺れる事は決まっていたとして、ここまで発狂するのは予定外だった。
というか宝珠の影響ってこんな感じでいいのかな、ちょっと命令飛ばしただけだけど。


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五十一話『vsプラスル&マイナン 空の柱、幻の島』

 

 

「"ニードルアーム"!」

 

 少年の叫ぶ様な指示の後、ノクタスの"ニードルアーム"の針が波に打ち上げられた一個のカバンを貫き、岩礁へと突き刺し固定する。

 それを見た少年は安堵の表情を一瞬浮かべ、すぐに自身のカクレオンへと指示を出した。

 先程のカバンを取る様に、少年の命を受けて、彼のカクレオンがその自慢の舌を器用に伸ばし岩礁へと貼り付けられたカバンを捉え、そして少年の下へとカバンを引き寄せる。

 少年と、もう一人は小柄な老人、二人の人物を乗せたゴムボートの上に一匹のポケモンが衰弱し切った身体を晒し倒れる。

 カバンの中にあった一個のモンスターボール、その中から現れた緑のポケモンはこの嵐の海の中、カバンと共に長時間の間漂っていたのだろう、息も絶え絶えの状態で少年は急いで手持ちのロゼリアに"アロマセラピー"の指示を出した。

 少しの間技をかけ続け、緑のポケモン、キモリの呼吸が安定する頃を見計らい、次に少年は"くさぶえ"をロゼリアに指示し、キモリの体力回復の為睡眠を誘う。

 

「ほう、中々のポケモン捌きだ」

 

 キモリの睡眠が深くなってきた頃、まるで見計らった様に不意に少年達の頭上から声が聞こえる。

 その声の主、緑髪の少年に質問を告げる人物は言う、"何故危険性の高いニードルアーム"を使ったのかと。

 脅しを掛ける様な強い声色で質問された少年、"ミツル"は答える、"自身のポケモンを信じたから。ノクタスなら必ずやってのけると、それしか自分には出来ない"と。

 そして彼等の問答を、ミツルと共にいた老人、ゲムは意味深な微笑を浮かべて見守っていた。

 

「ふ、見違えたな、ミツル君」

 

 ミツルの答えを聞いて、満足気にそう言って降りてくるのは、フライゴンに乗った黒髪の、凛々しい印象を持った一人の男性。

 その男性を、ミツルは知っていた。そしてその男性を呼んだのは、何を隠そうミツルと共にいた老人ゲムだった。

 クリアとイエローと別れ、キナギタウンに身を寄せていたミツル、そんな彼の隠れた才能を見出したゲムが独自のツテから目の前の男性へと連絡をつけたのである。

 年の功とも言うべきか、エニシダや目の前の男性と知り合っているという辺り、このゲムと名乗る一見弱々しい小柄な老人もまた、只者では無いのかもしれない。

 

「ではミツル君、あの時、トウカで果たせ無かった君の願い、今からそれを叶えに行こうじゃないか!」

 

 突然、フライゴンに乗って飛来した"ホウエン地方最強のジムリーダー"トウカジムの"センリ"の言葉、嵐の中の彼の言葉を発端として、そうしてミツルの戦いの幕は上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴風雨が吹き荒れる131番水道でクリアは意識を取り戻した。

 どうやら直に地べたに寝転がっていたらしく、突風に乗って頬へと降りかかる雨粒が覚醒し切っていない頭を無理矢理叩き起こしてくる。

 目を覚ました数秒間、眠気眼で遠くを見つめていたクリアだったが、暫くしてようやく事態を理解したらしい、跳ねる様に彼は飛び起きて、

 

「……ここは、あれ……俺確か海の中で……」

 

 片言にそう呟いて、その視線は自然と腰のボールの下へと注がれる。

 心配気な表情のP、何故か荒々しく闘争心を燃やすエース、そして寂しそうな顔を向けるタマザラシ、どうやらクリアの手持ち達は皆無事らしくその事に、彼は一先ず胸を撫で降ろす。

 一瞬、意識を失った後ホカゲとシズクを救出したレヴィが帰還し、そこからクリアを救出したのかとも思ったクリアだったが、どうやらその様な事は無いらしく、レヴィの姿等どこにも見当たらない。

 しかし、だからと言ってクリアはさしてレヴィの身の心配はしていなかった。

 レヴィ自身、チョウジにいる間も普段からエースと飽きる事無く闘っていたのだ、多少の事で危険に陥る様な鍛え方をしたポケモンでは無い。

 

 よって上記の理由から、クリアはまず周囲の状況を確認し、自身の身に何が起こったのかを推測する事に専念する。

 クリア自身、今彼がどこに立っているのかを理解していない。

 人工の石造りの建造物らしき場所、その最下層に立っているらしいクリアはまずは外へと目を向ける。

 そこにあるのは変わる事無く、荒れ狂う程の雨嵐が吹き荒れ、とてもじゃないが海水浴等とは言ってられない光景がその眼前には広がっている。

 ――そう、彼の前には猛り白波を上げ、いくつかの渦を作る大海原が広がっているのだ。

 視界は悪く、数メートル先の海を視認する事は出来ないが、飛んで来る海水の塩辛さがその巨大な水溜りが"海"である事を証明している。

 

「そう言えば、あれから一体どれだけ経ったんだろ……」

 

 呟き、クリアは海へと背を向けた。

 彼が海底洞窟で失敗し、意識を手放して今まで、たった数時間しか経過していない、という保障等どこにも無かった。

 何分死んだ様に眠っていたのである、その間の記憶や感覚等当然あるはずも無く、事情を知っているだろうポケモン達に聞こうにも、"癒す者"のイエローが傍にいないとなればそれもまた敵わない。

 海底洞窟で、クリアは一度は二つの宝珠、紅色の宝珠と藍色の宝珠を奪取する事に成功するも、その宝珠の力の影響の所為もあって計画は失敗、二つの宝珠は取り返され二つの組織のリーダーへと渡り、そしてアクア団総帥アオギリの策略によりクリアはその二つの組織の幹部、ホカゲとシズクの両名と共に海の藻屑となりかけた。

 宝珠から逆流して来る超古代ポケモンの力に翻弄されながらも、レヴィの力でどうにかホカゲとシズクを脱出させる事に成功はする、しかしクリア自身は力の波に飲み込まれそこで意識は一度途切れ、次に気を取り戻した時は現実の波に飲まれ、その全身から全ての力が抜け出した後だったのだ。

 

 そうして嵐の海で一人、もう何度目かになる死と向き合って意識を失ったクリアだったのだが、どうしたものか今も変わらず、五体満足健全な身体で今こうして地に足をつけている。

 

 一体どうして今の状況になったのか、結局クリアには理解出来なかった。

 少しの間熟考するも、レヴィが戻って来た様子は無く、周囲に他の人の気配も無い。

 最も可能性が高い予想はボールの中のタマザラシが外に出てクリアをこの場所まで引っ張ってきた、とうものだが、しかし彼のタマザラシはまだ幼年期、泳ぎもそこまで上手くないらしく、とてもじゃないが嵐の海を人一人引っ張り泳ぎきるとはとても思えない。

 考えても考えても、納得のいく予想も答えも出て来る事無く、終いには、

 

「よし、この問題は保留にしよう……それにしても」

 

 考える事を止め、一先ずは目の前の問題へと目を向ける事にしたのである。

 そう判断してクリアは雨風に晒される事覚悟の上で、少しだけ外へと身を出して自身今いる建造物、その実態を確認する為に視線を少しずつ上に移動させて、直後彼は、その余りに迫力ある風景に圧倒された。

 雲を突き抜けて高く聳える塔、この嵐の中でも揺らぐこと無く立ち続ける長方の巨大な一本の柱がクリアの眼前に広がっていたのだ。

 その迫力に言葉を失いつつも、すぐにクリアは再度頭を働かせる。止まない風雨を目覚めた超古代ポケモン、カイオーガの影響と仮定して、そしてその事からまだクリアがホウエン地方にいると判断して、

 

「まさかここは、"そらのはしら"か……?」

 

 空の柱、そう呟いたクリアの予想は的中していた。その塔は131番水道に位置する場所に存在し、その存在はあまり巷には出回っていない塔の存在。

 そして同時に、クリアは最早濃く靄のかかった様な記憶の海から、一つの情報をどうにか探し出す。

 探す出す情報は唯一つ、今彼の眼前に聳える空の柱、そこに住まう一匹のポケモン、"もう一匹の超古代ポケモン"の情報だ。

 

 自然と目付きは鋭くなっていた、周囲の状況から恐らく未だ超古代ポケモンの脅威は続いていると予想して、なれば目の前に転がった好機を逃す手は無いと考える。

 超古代ポケモン"レックウザ"の捕獲――クリア自身、そして彼の現在の手持ち達の体力は、先の戦いの疲労や、長時間海水に使っていた事によりとうに限界に達しているが、それでもクリアは短期決戦を臨む覚悟を決めた。

 どちらにしても、この嵐と雨ではエースによる飛行に頼る事は出来ない、このまま手を拱いていては今度こそ、食糧難等のどうしも無く不恰好な理由で人知れず果ててしまうだろう。

 そうなる前に、レックウザを捕獲し、空の柱から脱出する事、クリアはまずその一点のみを目標に掲げる事にしたのだ。

 

「……大丈夫だ、次こそは、失敗しないでやれる……!」

 

 先の失敗の影響だろう、無自覚に震える身体は恐らく雨水で濡れた体温低下の影響では無い。

 いくら心の中で覚悟を決めたと言っても、一度超古代ポケモンの力に屈した事はまだクリアの記憶にも新しい事実だ。

 それもグラードンとカイオーガの場合は二つの宝珠、紅色の宝珠と藍色の宝珠という媒介となり、力の影響を軽減させる為の道具があったにも関わらず、彼はその力の逆流に耐え切る事が出来なかったのである。

 ならば当然、超古代ポケモンの一匹であるレックウザにも同様の現象が簡単に予想出来る。

 それも宝珠が無い分、その難易度は遥かに高い事は必死、もう何度も体験している事ながら、"ゲーム"と"現実"の違いをひしひしとクリアはその肌で感じ取っていたのだ。

 

 だがそれで怖気づく訳にもいかない、何の準備も無く、唯一安全に海を渡れるレヴィがいない今、クリアは目指すしか無い。

 そう感じて、意を決してクリアが空の柱を登ろうと足を動かそうとした時だった。

 何か重量級のものが背後に落ちる音が耳に届き、次に数人の足音と気配を察知する。

 上階へと続く階段の手前、近づいて来る足音を背中に感じながら、警戒の色を強くしてクリアは振り返る。

 ――だがそこにいた三人の人物、その中の二人の顔を見て、クリアは一気に張り詰めた警戒を解いた、必要ないと判断しての事だったからだ。

 

「あれ、もしかしてクリアさんですか?」

「もしかしなくてもね、そういうミツルこそ、どうしてここに?」

 

 空の柱、天まで届く巨大建造物の眼下で彼等は再会した。

 カイナのコンテスト会場で出会い、キナギタウンで別れた二人の少年、クリアとミツル、そしてそれは正式に譲渡されたかどうかの違いはあれど、今は共に図鑑を持った所有者同士の邂逅。

 それと同時にキナギタウンのゲム、そしてホウエン最強のジムリーダーセンリ。嬉しい再会と出会いを切欠に、彼等は暫くその場に停滞する事となったのである。

 彼等の目的は唯一つ、偶然か必然か"共通の目的"を持った者同士の邂逅、目指すは第三の超古代ポケモン――"レックウザ"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘の様な穏やかな陽だまり、暖かな草木と土の匂いがする場所。

 現在のホウエン地方は超古代ポケモン、グラードンとカイオーガの激突で、異常なまでの日照りと暴風雨で丁度半々に両断され、そんな過ごしやすい気候の場所等どこにも存在しないかの様に思われていた。

 だがそんな幻の様な場所で、二人の少年少女は目を覚ます。

 ホウエンコテンスト制覇を目指すルビーと、ホウエンジム制覇を目指すサファイア、二人のホウエン図鑑所有者だ。

 彼等は海底洞窟でマグマ団の頭領マツブサと、アクア団の総帥アオギリと激突し、そのまま暴走した二人に強引に連れられてルネシティへと辿りついた。

 そこで彼等は、フエンの活火山の活動を停止させた、自然エネルギーを打ち消す隕石"グラン・メテオ"の力を使い、二匹の超古代ポケモンの暴走を止めようと画策、計画は成功したかに見えた。

 しかし実際には、完全に紅色の宝珠と藍色の宝珠にとり憑かれたマツブサとアオギリの二名を解放するまでに留まり、今尚グラードンとカイオーガは暴れ戦い、ルビーとサファイアの二人はその時起こった衝撃に巻き込まれ、今の今まで気を失っていたのだ。

 

「ここは……」

「分からない、あの激しい戦い、ホウエン中の大混乱とは全く関係無い様な、穏やかな場所……」

 

 そうして目覚めた彼等二人は、気絶する寸前まで行われていた熾烈な争いを思い出し、そんな争いとは全く正反対な今自身達がいる場所に違和感を覚えつつ、身を起こす。

 その時、彼等は聞こえた足音と掛けられた第三者の声に二人同時に振り向く。

 そこにいたのは四人の人間、子供が三人と、紳士的でダンディズムな大人が一人。

 

「ボンジュールご両人、ようこそ最終特訓の地へ。私はアダン、ミクリの師でこの度彼の頼みでルネシティジムリーダーに復帰した者、そしてこの二人もまたジムリーダー、トクサネジムのフウとランです」

 

 (うやうや)しく丁寧なお辞儀をして簡単な自己紹介を述べるアダン、彼の放った"師"の単語に驚きを隠せないでいるルビー。

 それもまた仕方無い、ルビーにとって元ルネジムリーダーのミクリとは師匠と呼び慕う人物であり、そんな師匠の師となるとルビー自身にとってもその瞬間から、無関係な人物では無くなる。

 尤も、まだアダンはミクリの師という証を見せた訳でも無く、ルビー達自身半信半疑であるが、そんな疑惑はすぐに払拭される事となるのだろう。

 ――だがその前に、もう一人、アダンから紹介を受けていない"麦藁帽子を被った人物"へとルビーとサファイアの二人は自然と視線を動かした。

 一人だけ紹介されなかった人物に対し、疑念と興味が沸いたのだろう、そんな彼等の視線に若干の戸惑いを見せつつ、彼女もまた自ら自身の簡単な紹介をする。

 

「えぇと、ボクはトキワの森のイエローです、よろしくお願いします、ホウエン図鑑所有者のルビーさん、サファイアさん!」

 

 そうして、幻島の地で彼等は出会った。

 一時の間のみだが図鑑を持っていた元図鑑所有者の少女と、ホウエンの地で新たに図鑑を手にした二人の少年少女の出会いは、驚く程平凡な挨拶で締めくくられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョウト地方とカントー地方、二つの地方からホウエン地方へと訪れていた二人の少年少女、クリアとイエロー。

 クリアの骨休みを兼ねたホウエン旅行、主にカントー図鑑所有者の一人であるブルーの策略により、共にこのホウエンの土を踏んだ彼等だったが、それもまた図鑑所有者の定めか、彼等は三度巨悪と対峙する事となった。

 四天王、仮面の男と続く二つの巨悪、マグマ団とアクア団、強大な力を持った"二つ"の組織だ。

 送り火山、トクサネジムリーダーのフウとランと共に戦い、戦いあってすぐに成行きで別行動となった二人のトレーナーだったが、それから数度と無く日が昇り沈んで、そして既に現実時間で約三週間の時間が過ぎようとしていた。

 

 

 

「いけプラスル、"うそなき"!」

「今ったいマイナン! "でんげきは"!」

 

 顔の造形が似ている二人の少年少女と彼等が指示する二匹のバネブーを相手に、此方もまた先の二人より少しだけ年上の少年少女、そして彼等の操る二匹のポケモンの、息の合ったコンビネーションでプラスルとマイナンのコンビ技が炸裂する。

 "マボロシ島"、その名の通り、滅多に人の目に触れる事無く文字通り"マボロシ"の様に消失と出現を繰り返すことで知られるホウエン地方の島の一つ。

 そんな場所で、彼等の修行は行われていた。

 ルビーとサファイア、ホウエン図鑑所有者にして、ホウエンの未来を託された二人の若きトレーナーだ。

 今彼等はこうして、ダブルバトルを得意とするトクサネジムのジムリーダー、フウとランの二人を相手にダブルバトルの修行を行い、それが一段落つくとルネシティのジムリーダー、アダンによる精神修行へと入る、という修行プランを繰り返していた。

 トクサネジムの二人のジムリーダーとのダブルバトルは近い決戦の日の為、そして精神修行はルネシティでのグラードンとカイオーガの激突、その際に彼等二人についてしまった二つの宝珠、紅色の宝珠と藍色の宝珠をコントロールする術を身に付ける為のもの。

 そして、休息が少ない厳しい修行を繰り広げる彼等二人とほぼ同時に、もう一人、普段はなれないバトルの修行をする者がいた。

 

「今だよ、デリバード!」

 

 ルネの新ジムリーダー"アダン"のキングドラ相手に、デリバードの"ふぶき"が降りかかり、そうしてデリバードは"永久氷壁"の冷気を持ってして、アダンのキングドラを"こおり"状態へと状態を変移させる。

 それを見て、アダンが戦闘終了の合図を送り、麦藁帽子の少女、イエローもまたそれに応えた。

 

「見事ですイエロー……それにしてもこのデリバード、よく育てられている」

「は、はい、ありがとうございますアダンさん……と言ってもデリバードは元々ボクが育てたポケモンでは無いのですけど」

「ふむ、件の少年、ジョウト地方のジムリーダー"クリア"少年の事ですね」

 

 小さく首を縦に振り頷いて、イエローはアダンから視線を逸らしデリバード、続いて彼女の近くに寄り添う美しい蒼のポケモン、グレイシアのVへと視線を移した。

 この二匹の氷ポケモン、送り火山でマグマ団のホカゲを追ったクリアが結果的にイエローに残していったポケモン達、成行きとはいえ何の気兼ねも無く大事なポケモン達を残していける辺り、クリアという少年がどれ程このイエローという少女を信頼しているか簡単に推測出来る。

 

 送り火山でクリアと別れてから、イエローはミクリの前任であり事実上後任にも当たるルネシティの新ジムリーダー、アダンと合流した。

 フウとランの二人が信頼を寄せているという事も大きく、またイエローはホウエンの地理や事情には詳しく無く、単独で行動するよりはアダンと合流した方が色々と都合が良かったのである。

 そうして暫くは、最早いつもの事だと慣れたのか、今回はクリアの言う事を聞いて単独でマグマ団へと潜入した彼からの連絡をイエローは大人しく待っていた。

 ――だがその間にも事は進み、ルネシティでの超古代ポケモン、マグマとアクアの二つの組織のリーダー、そしてホウエン図鑑所有者の二人、彼等を中心とした騒動の一度目の決着、その結果現在の彼女はこのマボロシ島にいるのである。

 グラン・メテオの爆発、その衝撃からルビーとサファイアを救ったイエロー含むアダン一行はそのまま幻島を最終特訓の地と定め、この地に足を降り立った。

 イエロー自身、完全に行方を晦ましたクリアを探しに行きたい気持ちが日に日に増幅していたのだが、だがイエローは思いとどまり、今回の騒動でもしも自身の力が必要になった時、その時の事を想定して自身もまたルビーやサファイアと同様にポケモン修行を行う事にしたのだ。

 そしてイエローがクリア捜索を踏みとどまった理由、それは一重にクリアが過去の経験から学び、そして彼自身ジムリーダーという重要な役職についている為、基本無茶はしないだろうと、クリアを信じてそう決めていたのだ。

 尤もその信頼をクリアは見事なまでに裏切っていたが、この時点でそれをイエローが知る術等存在しない。

 

 

「でもイエローさんから聞いた時は驚いたよ、まさかクリアさんがジムリーダーだったなんて」

「でもまぁ納得はしたわ、通りで強いはずだもの……身分を隠してジム戦挑んで来た事は一先ず置いておいてね」

 

 いつの間に近くに来ていたのか、一旦休憩を挟んだのだろうフウとランの二人が会話に割って入り、ランの言葉に曖昧な笑みで答えるイエロー、それに続けて、

 

「確かつい最近ですよね、その人がチョウジタウンのジムリーダーに就任したのって……僕がジョウトにいた時、結構話題になってましたよ」

「しかもポケモン図鑑を持ったあたし達の"先輩"に当たるお人なんよね、図鑑所有者でジムリーダーって、凄かお人やねー」

 

 白と緑の帽子を被った少年と、緑と白のバンダナを被った少女もまた会話へと入って来る。先程までダブルバトルの練習をしていた二人、ホウエン図鑑所有者のルビーとサファイアだ。

 ちなみに図鑑所有者の中でジムリーダーを務めるのはクリアだけでは無くもう一人、マサラタウンのグリーンがおり、またイエローが尊敬するトレーナー、レッドもまた一度はジムリーダー試験に合格した人物であり、決してクリアだけが特別な訳では無い。

 その事を一人知ってるイエローはまたも曖昧な笑いでその場を濁し、

 

「いいえ、皆さんが思ってる程凄いって事は無いですよ……クリアは全然、特別なんかじゃないです」

 

 その場において、クリアという人物の最も近くにいた少女はそう言って笑った。

 "導く者"と称され、二度にも渡り巨悪との戦いに巻き込まれ、一度は死んで蘇生した人物の事を、あくまでも"普通の人間"だと、彼女は彼等五人の人物達に語るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、単身マグマ団へと潜入し、海底洞窟で妨害に失敗、嵐の大海原へと放り出され、次に空の柱で目覚めたクリアは、その後空の柱五十回――最上階にて彼もまた修行に励んでいた。

 空の柱で目覚めた直後、偶然ミツルとゲムの両名と再会したクリアは、一先ずはその場に留まり彼等の行動についていく事にしたのだ。

 それというのも、第一に彼等は空の柱から離れようとは思っておらず、当然クリア、そして現在唯一の長距離移動要員のエースの体力にもこの天候では難があり、流石に空の柱からは離れられない。

 第二に、トウカジムのジムリーダーというセンリと、レックウザが住まうと仮定される空の柱、その組み合わせに只ならぬ予感をクリアは感じて、それもまた彼の決断の一旦を担っていた。

 グラードンとカイオーガの二体が復活し、大混乱に陥っているホウエン地方、そんな時、そんな場面でのこの組み合わせなのだ、並々ならぬ事情があるに違いない、そう判断したクリアは一先ず彼等についていく事にしたのである。

 

 そうして自身とポケモンの力のみで空の柱、五十階を駆け上がり、ミツルがクリアとセンリの二人と合流するまでも、そして合流してからも、彼等はひたすらに自身のポケモン達と、自身等の技量を鍛えていた。

 多くを語らない性格のセンリは、クリアやミツルにも未だ目的を明かしていないが、それでも彼等との特訓は海底洞窟で破れたクリアにとっては有り難いものであり、力と技と心を鍛える一番の近道になったと思えていた。

 

 

「そろそろ、教えてくれてもいい頃合じゃないかと思うんだ」

「え?」

 

 だがそれもそろそろ潮時というものである。

 空の柱五十階、それより先の上階へと続く階段はもう存在せず、現段階での最上階にて、クリアとミツルは束の間の休息を取っていた。

 休息に必要な物資はセンリやゲムがどこから持って来たのか十分な量を用意しており、後一月は空の柱に篭っていても問題無いと言っても良い程だ。

 この訓練で進化してしまった元ラルトスのキルリア、ルビーの手持ちのRURUとミツルが腹ごしらえのお結びを持って、突然そんな事を言い出したクリアを見た。

 

「決まってるよ、センリさんと俺達が今ここで特訓している理由さ」

 

 そう言いながら無造作に一つのお結びを手に取り、少し離れた位置にいるエースへと投げるクリア、それを落とさず空中で平らげるエース。

 その様子を満足そうに見て、続ける様にクリアは言った。

 

「正直、今のホウエン地方があまり悠長な事をしてられない位、危機的な状況ってのは俺でも分かる。そしてセンリさんはジムリーダー、俺が言うのも何だけど、本来なら事態の収拾に尽力してなければいけないんじゃないのだろうか」

「……うん、実は僕もずっとその事については考えてました、だけどセンリさんは何も言いませんし……まぁでも、確かに不安ではあります」

 

 そう言って気弱な笑顔を浮かべるミツルの表情の変化に、クリアは今更ながら驚きを感じる。

 カイナ、キナギと出会ったミツルは、非常に身体が弱く、常に今にも倒れそうな青い顔で咳込んでいた、そんな少年だった。

 だが今目の前にいる彼は、確かに完全な健康体――と言える程では無いものの、それでも以前よりは遥かに血色よく、咳き込む回数も大幅に減っている。

 それというのも彼等が修行している場所、空の柱という高度が高く、酸素濃度が地上よりも低い場所という立地条件が関係していた。

 一回で吸い込む空気量が少なく、嫌でも多くの空気を欲する事となるその場所では、地上で暮らすよりも短期間でミツルの弱かった心臓を鍛え、彼の心肺機能を何倍にも強化されていたのだ。

 だがミツルのそんな事情は唯の結果の一つに過ぎない、レックウザの存在を知っているクリアはどうしてもその考えを改める事が出来なかったのである。

 

(修行を始めてもう何週が経過したのか、そろそろセンリさんに直接問い質して……)

 

 クリアの心中の呟きは途中で中断された。

 ビクンと、何かに反応する様に身体を震わせたエースの姿がクリアの視界に入ったからである。

 身体を震わせた後、ミツルの背後、その先の階段を見つめるエース、そんなエースの行動にクリアもまた一気に緊張状態を極限まで持っていった。

 仮にも冗談でそんな態度を取る事等、クリアのエースには考えられなかったのである。

 そして背となっている為ミツルの眼にはエースの姿は映っておらず、またその為エースの急な反応には当然気づかない。

 しかし急に雰囲気を一変させたクリアにミツルは驚きを隠しきれないながらも、その迫力に並々ならぬ事情を察知したミツルもまた背後を振り返る、それと同時に次第に大きくなる足音、そしてミツルが振り返るのとその人物が最上階に到達するのはほぼ同時だった。

 

「あぁ、ようやく会えましたか。でもまさか最上階にいるとは、これなら最初から飛んで登った方が早かったですね」

 

 現れたのはスキンヘッドの男、クリアにとっては少なからず縁のある、アクア団のマークが入った青のバンダナを頭につけた男性。

 その姿を視界に捉えた瞬間、クリアの行動は早かった。

 すぐにエースへと目配せして、早口でミツルへと用件を告げ、目の前の"敵"へと注意を払う。

 

「ミツル、今すぐセンリさんの所へ、こいつはアクア団の幹部……敵だ」

「探しましたよ、チョウジジムジムリーダー"クリア"」

 

 傍らに"傷だらけのドククラゲ"を連れた男性、アクア団SSSシズクの突然の来襲により、クリアとミツル、二人の少年の"戦いの為の準備期間"は終わりを迎えようとしていた。

 

 




毎回毎回、プロットと違う内容になってる本編に驚きを感じる。
後進行速度、なんで元のプロットの半分も進んでいないのか。


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五十二話『vsレックウザ 第三の超古代ポケモン』

 

 

 ホウエン地方全土を巻き込んだ二匹の超古代ポケモン達の戦い、その戦いはこう着状態を維持したまま、しかしその莫大なエネルギーだけはその地に着々と溜めつつあった。

 マグマ団とアクア団、二つの組織によってその眠りから目覚めたグラードンとカイオーガの二匹はルネシティにおいて遂に激突、そして一時はグラン・メテオの力で災厄は回避されたのかと思われたが二匹の戦いだったが、しかし二匹は尚も戦い続けた。

 その拡散するエネルギーを封じているのがホウエン四天王と彼等を率いるダイゴ、そして新チャンピオンのミクリだ。

 レジアイス、レジロック、レジスチルの伝説の三匹を目覚めさせた彼等はその力を以ってして、"ばかぢから"で拡散する超古代ポケモン同士の激突のエネルギーを一点に留め、何とか被害を最小限に食い止めているのである。

 全ては二つの宝珠を持って再び現れるだろう二人の少年少女、彼等に全ての希望を託しての行動、精一杯の時間稼ぎだった。

 

 そんな状況下で、ホウエンの命運を託された件の二人の少年少女であるルビーとサファイア、そして特別な才能を持つイエローと名乗る少女はマボロシ島の地にて今も尚修行に励んでいた。

 時間の経過が外界とは異なるマボロシ島の地、極端に遅い時間の流れが極端に速い時間の流れとなるその間、丁度外界と時間の流れが同調するその瞬間までという制限時間の中、三人の少年少女達は各々の想いを胸に抱えて、そしてその時は――もうすぐそこまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、イエローという少女の旅の連れ、否どちらかというとイエローの方が連れになるのだがそんな事は些細な事だ、彼女の親友とも言うべき少年、クリアは空の柱の最上階にて明確な"敵"の存在と対峙していた。

 アクア団幹部、SSSのシズク――今クリアが手持ちに加えているタマザラシが本来懐いていた人間である。

 この空の柱での修行の中、どうにかタマザラシの説得には成功したものの、矢張り敵として対峙する事に多少の戸惑いがあるのか、ボールの中のタマザラシは僅かに震えていた。

 その様子の変化に気づきながら、クリアはミツルを共に修行していたトウカジムリーダーのセンリの方へと逃がしつつ、シズクへ睨む。

 此度の修行の目的は未だクリアもセンリの口から聞いてはいないが、十中八九その理由とは三匹目の超古代ポケモンであるレックウザだ、となるとカイオーガを目覚めさせたアクア団のシズクは絶対にその目的を阻止してくるに違いない、否もしかするとレックウザを我が物としてグラードンとの相打ちを狙う可能性だってある。

 どちらにしても目的を知られてはならない、だからこそ冷静に脳内で言葉を選別するクリアだったが彼が何かを発する前に、

 

「……にらみ合いは後にしましょう、まずはこのドククラゲの"処置"の方が先です」

 

 "敵"であるはずのシズクが真っ先にそう言った。

 当然訝しげな表情を見せ、反論しようとするクリアだったが、それより先にシズクの傍らにいたレヴィが唐突に体勢を崩すのが目に入り、それまでの事情の何もかを全て忘れて、彼は自身の仲間(ポケモン)の下へと慌て駆け寄った。

 

「レヴィ!」

「いくら海のポケモンとは言え、貴方を探して約三週間もの間ずっと、ホウエンの全海域を彷徨っていれば体力だって限界を迎える……いや、むしろ今まで立っていられた事を褒めるべきでしょう」

 

 一瞬、シズクが連れたレヴィを視界に捉えた瞬間クリアが考えた事は"人質"――シズクが弱ったレヴィを捕え戦闘を優位に運ぼうとしているのかとクリアは考えたが、どうやらそんなクリアの予想とは正反対の事をシズクは行ったらしい。

 

「まずは早く体力を回復させてあげる事です、でないと手遅れになるかもしれない」

「……レヴィ、"すごいキズぐすり"だ、悪かったな探させて、一先ずボールの中で休んでいてくれ」

 

 体力回復の道具を使い、短く詫びを入れてから素早くレヴィをボールの中へと戻す。

 モンスターボールの中ならばこれ以上の体力消耗はとりあえず抑えられる、その事に安堵し、そして自身の考えの浅はかさにクリアは思わず唇を噛んだ。

 クリア自身、レヴィから嫌われてはいないまでも、まさかこれ程にレヴィから大切に想われていた等とは思わなかった、だからこそまさかレヴィが体力の限界までクリアを探しているとは考えられなく、優先してレヴィの回収も行わなかったのである。

 レヴィの強さはクリアの手持ちの中でも一二を争う程のものだ、それこそ野生ポケモンの脅威等限りなく少なく、そして海はレヴィにとって庭の様なもの、適度な休憩さえ挟めばこれ程の体力低下は無かったはずだった。

 だがレヴィはその必要分の休憩すら挟まなかった、それは恐らく、海へと放り出されたクリアの身を案じての事なのだろう、だから彼に休憩する間等ありはせず、今回の様な無謀な行動に出てしまった。

 全ては、そんなレヴィの行動、考えを読めなかったトレーナーの力量不足故の結果だったのである。

 

「……なんなんだよ、アンタは」

 

 ポツリと、震える声でクリアは呟き、

 

「礼は言う、だけど解せない! どうしてレヴィを助けたんだ、俺の手持ちの……敵のレヴィをどうして……!」

「……人、いや誰かを助けるのに、理由なんていらなかったのでは?」

 

 あくまでも淡々とした口調で言われたその言葉に、クリアは言葉を失う。

 潜水艇の中でクリアが言った言葉、彼はその時には"人"と言ったが、当然今のシズクの語り通り彼の言葉にはポケモンも含まれる。

 ならばこそシズクがレヴィを助ける事もまた自然な事、クリアの持論からいけば、誰かを助ける事に理由等必要無く、だからこそシズクはレヴィを無償で助けたと言える。

 

「……どっちなんだよ一体、"アンタ等"は敵なのか味方なのか、何をしたいんだよ畜生! どうして善人が悪事なんか働くんだ!」

 

 だがクリアがその事を理解する前に、彼の思いは言葉となってシズクへと放たれた。

 押し黙りその叫びを聞くシズクは知る由も無いが、クリアは一度、身近な人物を目の前で失っている。

 

 それはきっと、彼が"師匠"と呼び、そして仮面の男と呼ばれた人物と、目の前で彼のポケモンを助けた"悪人"の姿が彼の目には重なって見えたのだろう。

 

 簡単な事。

 当初はイエロー含めた図鑑を持った仲間達に痛んだ心を救われ、今も心の片隅に残していた記憶だったのだが、ここに来てクリアのその想いが爆発したのだ。

 セレビィと共に時間の狭間へと消えたヤナギは簡単には許されない程の悪に手を染めた、だから叫んだ所でどうなる訳でも無いという事をクリアも分かっている、だから今まで大切な記憶として覚え続けてきた。

 そんな中でのシズクのこの行い――元々シズクが悪人であると知る前、少しの間だがシズクの事を善人だと思っていたクリアだ、その姿が彼の前では善人を演じていたヤナギと被って見えても仕方の無い事だった。

 そして被って見えてしまったからこそ、どうしてヤナギが最終的に悪に手を出し、消えてしまったのか、その答えをクリアは思わず問いかけたのだった。

 ヤナギの答えなど、彼の眼前のシズクに問いかけた所で答えられるはずも無いというのに。

 

「貴方が言う"アンタ等"が誰なのかは知りませんが、私個人の考えで言うと……迷っています」

「……迷っている?」

 

 またしてもクリアを思考の渦へと突き落とす言葉、そんなクリアの葛藤等気に留める事無くシズクは続ける。

 

「私はアクア団SSSのシズク、私は総帥アオギリに忠誠を誓った身……ながらにして、私はアジトの場所を敵のジムリーダー達に教えるという"裏切り"とも言うべき行為をしてしまった」

 

 それはホウエンジムリーダーの内の三人、ナギ、アスナ、テッセンがアクア団のSSSと激突した時の事。

 ルネシティへ向かう途中のカイオーガの進撃を食い止めていた彼等はその場でアクア団幹部の三人と衝突、戦闘となり結果軍配はジムリーダー達に上がったがアクア団幹部は全員取り逃がし、カイオーガの進みも許す結果となった。

 その戦闘後、シズクは彼等に一つの計器を転がしたのだ、船の航行を記録する機械――ミナモシティから出発した記録を彼等に提示し、彼等の考えをアクア団アジトへと結びつかせる為に。

 だがシズクの言った通り、それは最大級の謀反行為である。

 自身達のアジトを教えるという事は帰る為の場所を手放し、蓄えた装備を全て投げ捨て、アジトに残っているだろう仲間を売るという行為。

 

「元々私は総帥に忠誠を誓った身です、海の事情等は二の次だった、だから分からなくなった、私自身どうすればいいか……分からなくなったから、この場へと来たんです」

 

 だから彼は自分自身が分からなくなった。元々海を広げる事では無く、アオギリに従っていた彼は、海を広げるという行為にも価値を見出せず、しかしアオギリには裏切られ、シズクも裏切りとも言える行為に出てアオギリを裏切った、そして彼自身、自分自身でその裏切り行為に驚きを感じていたのだ。

 そして、だからこそ、彼はこの空の柱を訪れたと言った。

 

「あの時、海底洞窟で私欲の為に私を切り捨てた"総帥(アオギリ)"と、自分の身を犠牲にしてまで私を助けた"貴方(クリア)"どちらが正しかったのかをハッキリさせる為に!」

 

 そして、だからこそ、彼は自身の疑問に終止符をつける為、クリアの下を訪れたのである。

 言いたい事は言った、後は行動で示すのみ、シズクの動作にそんな意図を見出して、クリアは一度目を閉じて深く息を吸い込んだ。

 掻き混ざる様な感情の渦、まずはその感情を無視して、一旦気持ちをリセットする。頭を冷やし、今目の前にいる人物を見据える。

 眼前に立つシズクという人物を見定め、彼がヤナギでは無いという事を再確認し、ヤナギに対する疑念をシズクに向ける事はお門違いだという事をハッキリと心に刻んで、

 

「そうだな、俺も変に考え過ぎる所だった。そうだよ、答えを知るにはこれが一番ベストなんだ……俺とアンタは、"敵同士"なんだから」

 

 微笑を浮かべてクリアは言った、釣られる様にシズクの表情も少しだけ和らいだ。

 そしてクリアは、真っ直ぐに左手の人差し指をシズクへ向けて叫び、

 

「"アクア団SSS"のシズク! 俺は俺自身の気持ちに踏ん切りをつける為に、そんでついでにセンリさんとミツルの為の時間稼ぎの為に、アンタをここから一歩先にも進ませやしない!」

「臨む所です、私は私の為、そして我が総帥の悲願の為、私は貴方を倒して"その先の答え"を見る!」

 

 その叫びにシズクも答える。

 そして彼等は互いの思いの丈を言い合って、同時に互いのポケモンを召還した――タマザラシとテッカニン、出し合って一秒後、そして即座に彼等のバトルは開始されるのだった。

 

「テッカニン"こうそくいどう"!」

「タマザラシ"こなゆき"!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ましたアダンさん!」

 

 フウの声がアダンの耳に届いた丁度その頃合、彼等の周囲の雨風が急激に強くなり始める。

 普段のマボロシ島なら、外界がどんな気候だろうがお構いなしの晴れ模様、心地よい風が吹く天国の様な場所だが、今は嵐が強まり、草花が不安げに揺れている。

 それは合図、マボロシ島とその外の世界との時間差が縮まり、修行を終えた彼等が外へと飛び出る絶好の機会、恐らくこの時を逃せば次彼等が外に出る頃には、ホウエン地方は滅んでいるか、奇跡的に原型を留めているかの二択だろう。

 恐らくは外の世界、空の柱を含めた周辺の地域でも薄っすらとマボロシ島の外観が見え始めた頃、外へと出る少年と少女達は海岸沿いに集まっていた。

 

「いよいよだね、それにしてもイエローさんはどこへ行ってしまったのだろう」

 

 アダンとフウとランの三人のジムリーダーがその場から姿を消し、一向に現れないイエローを待ちかねたのだろうルビーがそんな呟きを吐く。

 三人のジムリーダー達は彼等が嵐の中、外界へと飛び出すタイミングを間違えない様に、残って合図を送ってくれるのだと言う。

 実際、数分でもタイミングを逃してしまえば、今まで通り外界との同調時期を待つ事になり、また最悪の場合、時間の狭間の中を永延に彷徨う事となる。

 故にイエローがこのまま現れなければ二人だけで出発しよう、そう考えていたルビーだったが、不意に彼の横に立つ少女、サファイアが意を決した様にルビーを見た。

 

「……ねぇ、ここば出る前に、話しときたい事があるけん」

 

 急激に強まっていく嵐の中、上から下までビッショリと濡れながらもその時を好機と思ったのだろう、そして少女(サファイア)少年(ルビー)へとその想いを告げる。

 

「あたし、あんたの事が……好きったい……」

 

 

 

 ――そしてその様子を、離れた茂みの中からイエローはしかと見届けていた。

 

「え、わ……え!?」

 

 目に見えて顔を紅潮させ、先程サファイアが言い放った"告白"の意味を、彼女は心の中で細かく吟味していく。

 

(えぇと、"好き"って事は、友達同士でって事? いやいや、でもあの雰囲気はどう考えても……)

 

「へぇ、ありゃ間違いなく"告白"だねぇ……適当な答えで結局話をはぐらかせたどこかの誰かさんとは偉い違いだ」

「カ、カガリさん!」

 

 そんなイエローの驚き慌てふためる態度に対し、カガリと呼ばれた赤色のマグマ団服を纏った女性は茶化す様にそう言った。

 

 マボロシ島にいた人物はイエロー、ルビーとサファイア、そしてアダンにフウとランの六人――では無く、実際には七人だった。それが彼女、七人目の人物"カガリ"。

 マグマ団として活動し、グラードン復活の際にはホウエンのジムリーダー達と交戦までした彼女だったが、今はイエロー達に協力的な態度を取っている。

 それというのも、元は何度かの戦いから目をつけたルビーを追っていた彼女だったが、激化する超古代ポケモン達の戦いから身の引き時を感じたらしく、今ではこうして自身もまたイエロー達と共にこの戦いに決着を付けるべく、密かに出発の時を待っていたのである。

 

「おっと合図が上がった、行くよイエロー」

「告白……サファイアさんがルビーさんに……」

「何やってんだい、グズグズしてると置いてくよ!」

「あ、わ、分かってますすぐ行きます!」

 

 一瞬、呆ける様に片言に何かを呟いていたイエローだったが、カガリに叱咤されバタフリーのピーすけに背中を預け、そしてカガリと共に先に出発したルビーとサファイアを追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 タマザラシの"こなゆき"を、テッカニンは余裕を持って避けて、

 

「"みだれひっかき"」

 

 シズクが指示を出した直後、三、四と続く鋭い爪を利用したテッカニンの"みだれひっかき"がタマザラシを襲った。

 

「ッチ、"まるくなる"でガードだ!」

「ならば"つるぎのまい"から"きりさく"で一気に畳み掛けなさい!」

 

 負けじと防御指令を出すクリアだったが、まるでその返しを読んでいたかの様に、シズクはテッカニンに攻撃補助の技と一撃が重く、急所ヒット率も高い技を指示して来る。

 クリアは一瞬の躊躇の後、そのままタマザラシに防御の形を取らせ、そしてテッカニンの爪がタマザラシに食い込み、その小さく丸い身体が数メートル弾き飛ばされた。

 

 クリアとシズク、交戦を始めまだ数分と経っていないが、戦況は圧倒的にクリアが不利な状況だった。

 それというのも、矢張り彼のタマザラシ、生まれたばかりという事もあり、未だ戦闘経験が不足している事も致命的か、シズクのテッカニンにやや押されっぱなしなのである。

 更に付け加えればクリアはカントーを旅立ちジョウト地方を訪れた頃辺りからずっと、レベルの高い、また戦闘慣れしたポケモン達と共に戦ってきた。

 四天王ワタルと戦ったポケモン達とジョウトジムリーダーズや仮面の男の軍勢と戦い、新規にクリアのチームに加入したデリバードも元はヤナギの手持ち、そのレベルは当然の如く高い。

 しかしこのタマザラシは違う。これまでクリアが扱ってきたどのポケモン達よりも、良い意味で成長段階、悪い意味で実力不足だったのである。

 四天王と戦った当時のPやVも半年間の修行期間があったが、それすらもこのタマザラシには無かった――だからだろう、クリアの指示とタマザラシの動きが点でバラバラなのだ。

 今の"きりさく"の攻撃にも、クリアは当然の様に氷技で反撃しようとした、がタマザラシはまだまだ攻撃のモーションに入るには体勢が整っておらず、だから仕方なく、クリアはそのまま"まるくなる"で防御した方がまだマシという結論に達したのである。

 

「……厚い体毛が衝撃を和らげましたか、だが防戦一方のその状況で、一体どうやって私を攻略するつもりですか」

 

 何とか起き上がるタマザラシを見て、シズクは言う。

 彼の言った通り、タマザラシは元々は寒さ対策にある深く厚い体毛に救われる形と、高い体力のお陰でどうにかまだ元気に動けるらしかったが、だが矢張り、戦闘自体には段々と敗色の色が見え出していた。

 それはクリアとタマザラシのコンビネーションが最悪な事もさることながら、しかし最もな原因は予想以上に高いシズクの実力故だろう。

 シズクが下っ端程度の実力だったならば、クリアも少しは肩の力を抜いて余裕のある指示をタマザラシに出せていたかもしれない、だが相手は仮にも悪の組織の幹部クラス、ジムリーダーと渡り合う実力だ、当然手を抜いて勝てる相手でも無く、かと言って全力を出しても今の状況では勝機は薄い。

 

 だがクリアはこのシズクに勝つ方法を、最初から一つだけ思い当たっている。

 それは最も簡単かつ、一番の勝利への近道、それを行えばほぼ必ず勝てるだろうという選択。

 ――タマザラシで勝てないのなら、十分な余力を残しているエースやPに交代してしまえばいいのだ。

 エースやPならばクリアの本気の指示についていく事が出来、勝利の見込みは飛躍的に上昇する。

 だがクリアは、交代する気等更々無かった。それも最初から。

 

(この建物自体、老朽化が進んだ脆い塔だ……なら)

 

 それは何故なら、シズクとの勝負を決心したその瞬間から、タマザラシのみを使う事を決めていたから。

 この勝負は唯の勝負では無い、クリアにとってもシズクにとっても、一つのケジメとするべく始めた決闘、ならば――ポケモンではあるが、元々はシズクについていきたがったタマザラシにもまた、この勝負を戦い抜く資格があるはずなのだ。

 

「"アイスボール"!」

「ふ、当たりませんよ、"こうそくいどう"で素早さを高めたテッカニンの前ではね!」

 

 数度に渡るタマザラシの"アイスボール"、だが冷気を纏ったタマザラシの転がりは、いとも容易く悲しく虚空を切る。

 

「では詰めと行きましょうか、テッカニン"いやなおと"で相手の防御をガクッと下げて、"れんぞくぎり"で止めを刺しなさい!」

 

 シズクの指示通り、"いやなおと"がフロア内に響いた。

 鼓膜を叩きつける思わず目を瞑ってしまいそうになるその音に必死に耐えるクリア、手を叩いて音を中和するタマザラシ、彼等の後ろではセンリとミツルが急いで何かを始めていたが、そんな光景等今クリアとシズクの両名の瞳には映っていなかった。

 今はただ、目の前の戦闘に全力を以って挑む事、彼等の頭にはその事しか無いのである。

 

「さぁテッカニン、行きなさい!」

 

 そして無情にも下されるシズクの言葉、その直後、"いやなおと"を再度鳴らすテッカニン。

 シズクの指示した内容は"れんぞくぎり"、その指示に反するテッカニンの行動、その矛盾に一瞬呆気に取られるシズクだったが、途端に彼は納得した様に、

 

「なるほど、さっきのタマザラシの行動は……」

「あぁそうだ"アンコール"だよ、そして! 今、アンタのテッカニンが出してる"いやなおと"も俺達の勝利に有効な働きを見せてくれてるぜ!」

「何ですって……?」

「聞こえないのかアンタには……このそこら中から聞こえて来る"悲鳴"が」

「"悲鳴"……私の耳にはテッカニンの"いやなおと"と、貴方のタマザラシが撃った"アイスボール"が壁に打ち付けられる音しか……!」

 

 言いかけて、ようやくシズクも気づいたらしい、先程から始まっていたクリアの作戦に。

 タマザラシの"アイスボール"と、それを避けるテッカニン、避けられた"アイスボール"となったタマザラシはそのままの勢いを乗せて壁へと打ち付けられていく。

 老朽化して脆くなった空の柱の壁、そして"アイスボール"という技は撃てば撃つ程に威力を高めていく技、一度は中断したものの、それもタイミングが良かった。

 テッカニンの攻撃の手を封じ、あまつさえ"いやなおと"でフロア全体を震わせてクリアの作戦の手助けをして貰っているのだから。

 

「そろそろだぜタマザラシ」

「ス、ストップだテッカニン! これ以上"いやなおと"は……」

「"みずでっぽう"で……壁をぶち壊せぇ!」

 

 そうしてクリアの狙い通り、タマザラシの"みずでっぽう"が空の柱の壁の一部を破壊するのと、テッカニンの"いやなおと"の"アンコール"が止まるのはほぼ同時だった。

 威力が増加するタマザラシの"アイスボール"でテッカニンを狙う、というカモフラージュをしつつ空の柱の壁にダメージを蓄積させ、またテッカニンの"いやなおと"で壁全体に震わす様な振動を与え微弱ながらも破壊に補助とする。

 それも衝撃が直接の打撃より伝わりやすい分、"音"による補助は有効な手となって、またテッカニンの"いやなおと"が強力であればある程、空の柱の壁に与えるダメージは強く、結果壁は壊されそして、

 

「いい具合に降って来たな、"あられ"だタマザラシ!」

 

 それこそがクリアの本当の狙いだった。

 振付けてくる無数の雨、その雨を利用した"あられ"攻撃こそが真にクリアが待ち望んでいたもの。

 過去クリアが手にしたゲームと違って、現実での天候を利用した技を行うには当然、相応の環境が必要となる。

 伝説級の様な純粋なパワーの強いポケモンならばその様な事は気にする必要も無いのかもしれないが、そんな力技はタマザラシには望めない、ならばタマザラシが戦いやすい環境にクリアが調整してやればいい。

 タマザラシをクリアに合わせる事が難しく、クリアがタマザラシに合わせる事が難しいのならば、周囲の状況を彼等好みに変えてやればいい、ただそれだけの事だったのだ。

 

「やりますね、"あられ"の小さな氷晶による小さなダメージも蓄積すれば大きなダメージとなる、その壁の様に……ですか」

「……次で決めてやる、タマザラシ"オーロラビーム"で止めだ」

 

 シズクの言葉を無視してクリアは、今タマザラシが使える中で最も威力の高い技を指示し、タマザラシもその指示に答える。

 気づけば彼等は心底楽しそうに微笑を浮かべ、タマザラシもまたシズクと戦う事にいつの間にか喜びを感じている様であった。

 もしかすると、どんな形でも"再会"というものは、当事者にとっては心の底から嬉しいものかもしれない。

 

「当たると思っているのですか! テッカニン、すぐに避け……ッこれは!?」

「"あられ"による極小の氷晶で僅かでもテッカニンの機動性を削いで、そして本命はそれだ」

 

 タマザラシの"オーロラビーム"の準備が出来る瞬間、クリアは言った。

 シズクのテッカニン、よろめきながら"あられ"の中を飛行する、"身体の大半を凍らせた"、クリアが想定した最も最善の状況の中でテッカニンを直視しながら。

 恐らく"答え"が見つかったのだろう、二人の男達は"勝利"と"敗北"という反する二つの結果を目に前にして、しかし互いに心に靄のかかった様な不快な気分は払拭された様だった。

 

「先の"みずでっぽう"の時に大量放出された水は、嵐に乗ってまたアンタのテッカニンに降りかかっていたんだ、そして"あられ"による急激な温度低下……結果残るは……」

「"こおり"状態……ですか」

「あぁそうだよ……そんで楽しかったぜ、"シズクさん"!」

 

 そう言って、戦闘終了間際、笑顔を見せてクリアは"最後となる指示"をタマザラシへと言い渡す。

 

「"オーロラビーム"!」

 

 

 

 決着はついた。

 結果はクリアとタマザラシの勝利、その差は恐らく、長らくこの空の柱で過ごしていたかそうでないか、唯それだけの差だったのだろう。

 そして勝負後の彼等は、どこか晴れ晴れしい表情で先程と同じく互いに微笑を浮かべていたが、しかし今はもうシズクの姿はその場には無い。

 というのも、クリアとの勝負で自身の結論を――アクア団脱退という結論を見出したシズクは、この荒れた海には自分にも責任があるとして、数分前に既に決戦の地、ルネシティへとぺリッパーの"そらをとぶ"で向かってしまったのである。

 結果、結局タマザラシはクリアの手元に置かれたままだが、去り際クリアはシズクに、

 

『全部終わったその後、大事な話があるから逃げないでくださいよ、"シズクさん"』

 

 そう言って別れたので未だタマザラシの持ち手が誰になるのかの決定は流されたままである。

 シズクもクリアのその言葉に、

 

『えぇ、分かりましたよ"クリアさん"』

 

 と、そう言って別れたのでこの話にも決着は着くのだろう。

 互いに"さん"付けとなった呼びかけが、一体何を意味するのか、それは恐らく次に彼等が会った時、近い未来で分かる事なのだろう。

 

 

 

 そして現時点での問題は今、クリアの目の前にある。

 クリアとシズクがドンパチやってる間に、センリとミツルもどうやら自身達の任務を全うしてしまったらしい。

 元々はそろそろの時期だとセンリも思っており、シズクの襲撃等は関係無く、今日中にはこの任務に取り掛かるつもりだったのだが、仮定はどうあれ結果彼等は無事に超古代ポケモンを解放する事に成功した様だ。

 第三の超古代ポケモン"レックウザ"、今クリアの眼前にはその長い緑の龍と、その龍を手に取る様に操るセンリの姿があったのである。

 

「セ、センリさん! センリさんもルネシティへ!?」

 

 クリアの問いに、センリは短く首を縦に振って答える。

 

「……さっきの男はどうした、クリア君」

「シズクさんなら、もう大丈夫です! 今はこの騒動に当事者として事態の収拾に向かっています!」

 

 クリアの言葉に、納得した様子で、センリは彼に背を向けた。どうやら今すぐにでも飛び立つらしい。

 が、このまま見す見す彼を行かす訳にはクリアにはいかなかった、それは彼がこの空の柱に居残り続けた最も重要な理由。

 彼自身、今のこの荒れ狂う海を越える事等到底出来ず、そうなれば決戦の地へ赴く事さえ出来ない。

 そして、クリアには一刻も早くこの事態を解決する必要があったのだ、それは彼の連れである少女、麦藁帽子の少女を長期に渡って放置している、という色んな意味で恐ろしい事態の為、今すぐにでも彼女に自身の存在を知らしめる必要があったのである。

 

「行くなら俺を連れて行ってください! 炎タイプのエースや体力少ないレヴィじゃこの海はとても……!」

「クリア君」

 

 言いかけたクリアの言葉を、センリに鋭い声が阻む。

 そして一瞬の間の後、

 

「私はここに来てから、ずっと"強大な力"を感じていた」

「……あ、当たり前じゃないですか、現に"レックウザ"がこの空の柱にいたのだから」

「フッ、君は少し、"上"ばかりを見過ぎている様だな」

 

 センリの言葉に、小さな疑問の声がクリアの口から漏れたが、その程度の声量ではセンリの耳には届かなかった様だ。

 既に離陸準備を終えたレックウザが今にも飛び立ちそうに身を屈め、

 

「クリア君、たまには"下"も見てみるがいい、それが私に出来る最大限のアドバイスだ」

 

 最後にそう言い残して、レックウザは一気に上昇した。

 天高く昇り、そしてセンリもまたシズク同様にルネシティへと向かう。残されるのは役目を終え疲れ切った様子のミツルと、彼の身を案じるゲム老人、そして途方に暮れるクリア。

 これまで、レックウザ目指して上へ上へと進んできたクリアだ。そのレックウザを目の前にしても、センリやミツルと修行して、いざ空の柱から脱出出来ると思ったら、またしてもチャンスを逃がしてしまったのだ。

 途方に暮れるのもまた仕方なし、まずはセンリの言った言葉の意味を考えよう、そうクリアが思った矢先、

 

「そう言えばクリア、センリの言った事と関係あるかは分からんが、さっきまでいたあの坊主頭、奴は海を渡っていた所を導かれる様にこの場所へ辿り着いたらしいぞ、君のドククラゲを連れた状態でのう」

「……ゲム老人、それを世間ではヒントって言うんですよ」

「……はて、何の事やら」

 

 相変わらず食えない爺さんだと、自嘲気味にクリアは笑って、先のシズクの戦いの直前にボールへと戻したエースを再度外へと出した。

 とは言ってもこのまま飛んでルネシティまで飛ぼうという訳では無い、塔の最下層まで、ひとまずセンリの言った通り、ゲム老人のヒント通りに行動を起こしてみようという訳だ。

 

「じゃあミツル、俺はそろそろ行くよ」

「……う、うん、ケホッ……クリア君も、気をつけて」

「……あぁ、ま、辿り付けるか分からないけどな」

 

 そうして二、三のやり取りの後、クリアはエースに乗って一気に急降下する。

 ゲム老人がついて、センリが何の気兼ねも無く飛び立ったのだから、とりあえずミツルの容態の心配は無いはずだ、ミツル自身、この修行期間で驚く程鍛えられている。

 だからクリアも、彼に残った最後の難題をクリアする事に専念する。

 陸地へと足をつけ、風雨に炎タイプのエースが長時間晒されない様ボールへと戻して、先のセンリとゲムの言葉、その中のキーとなる言葉を選び出す。

 

「上ばかりを見ず、下を見ろ……シズクさんは海を渡ってきた……となると、やっぱ問題は"(これ)"か」

 

 眼前に広がる荒れに荒れた大海原、泳ぐなんて愚の骨頂と言わんばかりに白波となった高波が押し合いを繰り返し、いくつもの巨大な渦が飛び込んだ者全ての命を吸い込む様に回転している。

 思えば、クリアはどうやって自身がこの空の柱へと流れ着いたのかを覚えていない、だからなのだろうか、その答えもこの"海"にある――そんな気がして、そうして暫く、クリアはその場に立ち尽くして――。

 

 




本当は後一話書きたかったけど時間が無かった…。
そしてホウエン編も後二、三話で終了予定――ナナシマ編までの間、出来るだけ空けない様にしたいです(震え声)。


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五十三話『vsグラードン&カイオーガ 想いは銀翼をひろげて』

後一話で終わらせきれる自信が無い。


 

 

 時間の狭間、何とも形容しがたい不可思議な景色の中、カガリのすぐ後ろを飛んでいたイエローは極端に無口になっていた。

 その原因は明白、先程サファイアが告げたルビーへの告白、その景色を思い浮かべ、その光景に自身達を投影させては、強く頭を振って妙な考えを抹消する。

 自身達、とは紛れも無くイエロー本人とクリアの事である。

 カガリとの出会いと再会、それが無くともこのホウエンの地を二人で訪れてから、クリアとの関係について考えさせられてきたイエローだったが、先のサファイアの告白は今までで一番衝撃を受けるものとなった。

 何しろ、イエローが誤魔化す為に用意した答えである"方向性は分からないがとりあえずクリアの事は好き"という考えを、真っ向から否定する様なものとなったのだ。

 年齢的にも後輩にあたるサファイアが思い切った行動に出たのである、覗き見する様な形ではあるが、その光景を間近で見たイエローには、それはこれから始まる最終決戦と同等程に重要な事だった。

 そんなイエローの様子の変化に気づいたのか、不意にカガリが口を開く。

 

「どうしたんだい、そんなに悩んじまって、そんなにさっきの娘の告白が気になったのかい」

「カ、カガリさん、ボク……」

「アタシが言えた義理じゃないけどさ、今はその事を考えるのは止めな」

「ボク……え?」

 

 意外そうに返すイエローだったが、カガリは至って真面目な顔で答える。

 

「これからおっ始めるのはホウエンの命運を左右する戦いだ、そんな戦場に、そんなどっちつかずの気持ちは不用だよ……ってこれもアタシが言えた立場じゃないけどさ」

 

 カガリの言葉は、イエローの小さな胸に深々と刺さる様に感じた。

 確かに、今はサファイアの告白で動揺してる場合では無い、これから起こる戦いはかつての四天王戦や仮面の男との最終決戦の時の様な規模の戦いだ。

 気を引き締めて臨まなくてはならない、それが多分、今最も簡単なクリアへの近道にもなるのだから。

 その事を理解して、イエローは気を引き締める様に両の手で頬を二、三度叩き、その様子を見たカガリは満足そうに、

 

「フフ、そうだよ、それでいいんだ……とは言っても、その気持ちに自信を持てるのなら、むしろそれはプラスに働くのだろうけどね」

 

 時間の狭間を抜けるまでの間もない時間の間、彼女達は互いに感情の整理をつける様に言葉をかわした。

 イエローはクリアへの気持ち、その事をひとまず忘れて、クリアへの近道となり、また最早他人事には考えられなくなったホウエンの地を救う、その手助けをする為に。

 そしてカガリもまた、自身の犯した罪の尻拭いをする為、そして彼女が"気になった"少年であるルビーと共に戦う為。

 そうして時間の狭間を抜けたその瞬間だった、彼女等の目の前で、ルビーがサファイアを彼女のトロピウスから突き落としたのは、正にそんな時だったのである。

 

「カガリさん」

「分かってるさ」

 

 だがそれも彼女達の予定通り、カガリが提案し、サファイアを危険に巻き込みたくないルビーが承諾した予定。

 マツブサとアオギリ、マグマとアクアの二つの組織のリーダーすらも一時は完全に取り込んでしまった紅色の宝珠と藍色の宝珠、二つの宝珠の制御には当然相応の危険(リスク)が付きまとう事となる。

 故にルビーは、サファイアを戦線から外したのだ。

 サファイアに、まずは彼女の中に存在していた藍色の宝珠を取り出して貰い、その直後サファイアを、彼女と共に乗って来たトロピウスの上から突き落とし、即座に彼の師であるミクリのエアカーを移動させ彼女をその上に着地させると同時に、エアカーの扉を閉じてその中に閉じ込める。

 そうしてルビーは、イエローのサポートの下、マグマ団のカガリと共に戦う選択をしたのだ。

 

「さぁ、行きましょうか……カガリさん、イエローさん」

 

 アダンやミクリ達の予定とは全く異なる彼等の行動、だが起こってしまった事は最早変える事は出来ない。

 サファイアをエアカーに閉じ込めて、その場へと残したルビーの後方から接近するカガリとイエローの二人。

 そして、ルビーの掛け声と共に合流したカガリ、イエローの三人はルネの上空を舞い、激突する超古代ポケモン達の戦いへとはせ参じる。

 

 

 

 ホウエン地方で起こった未曾有の大災害。

 眠りから覚めた伝説の超古代ポケモン、グラードンとカイオーガの激突によって起こった此度の事件だったが、その騒動にもようやく収束の兆しが見えてきた。

 二匹の超古代ポケモンを操る事の出来る紅色の宝珠と藍色の宝珠、二つの宝珠を現在所有しているルビーと、彼と共に戦うカガリとイエロー、彼等が辿り着いた先は最終決戦の地であるルネシティ。

 ルビーとサファイアの修行が終了するまでの時間稼ぎ、その為にホウエン伝説の三匹であるレジロック、レジスチル、レジアイスを呼び起こし、その力を使って拡散する超古代ポケモン達の衝突のエネルギーを抑えているホウエン四天王とミクリとダイゴの新旧Wチャンピオン。

 そして空の柱からも戦いを終結させるべく、自身の意思で事を決めたシズクと、レックウザを駆ってトウカジムのジムリーダーセンリの二名が飛び立ち、決戦の地へと到着するのも既に時間の問題となっていた。

 

 

 

 そして、ルビー達三名がルネシティ上空へ到達したその時だった。

 驚愕する周囲の人々を置いてけぼりにして、突如として"ルネシティそのもの"が天空へと上昇したのである。

 それはホウエン四天王達とミクリとダイゴ、ホウエン地方の伝説の三匹達によって塞き止められていた衝撃のエネルギーが溜りに溜って起こった誰しもが予想外だった事態。

 拡散するはずのエネルギーはルネシティの中で長期間溜り続けて、そしてとうとう、そのエネルギーは解放を求めて天空へと、ルネシティ全土を巻き込んで昇り始めたのだ。

 無論、ルネシティ内で戦い続けるグラードンとカイオーガの二匹も同様に天空へと浮かぶルネの街と共に浮かび上がる。浮かび上がっても尚、一切気に留める様子も無く戦闘を続ける。

 

 その戦いを目の当たりにし、眼前で繰り広げられる災害規模の戦闘を前にしてルビーは一度息を飲んでから、

 

「いきます、カガリさん! イエローさんはサポートを頼みます!」

 

 己に課せられた使命を全うするべく、紅色の宝珠を手に取り、またカガリもルビーと同じ動作で藍色の宝珠を取り出す。

 ルネシティ目覚めの祠の前で、一人の少年と一人の女性は、そうしてこの長期に渡った決戦に終止符を打つべく宝球を持った手を掲げて二人は同時に、

 

「紅色の宝珠の名の下に命ずる!」

「藍色の宝珠の名の下に命ずる!」

 

 その後方で金髪の麦藁帽の少女、イエローが見守る中で、ルビーとカガリの二人は次の瞬間、声を揃えて叫び声を上げた。

 

「超古代ポケモン、グラードン、カイオーガ! 静止せよ! 戦いを止め、安らぎの地へ帰れ!」

 

 紅色の宝珠と藍色の宝珠に僅かに光が灯り、ルビーとカガリの両名の意思を二匹の超古代ポケモンへと伝える。

 ――が、どうやら完全に伝わりきれなかったらしい、二人の命令が背中の目覚めの祠まで響いて数秒、依然としてグラードンとカイオーガの二匹は戦いを止めなかった。

 二匹の眼には倒すべき相手の事しか映っておらず、それ故か宝珠から伝わる命令にも反応を示さない。

 

「チッ、どうやらまだ相手の事しか見えていない様だね……イエロー!」

「は、はい! オムすけ"ハイドロポンプ"、ドドすけは"トライアタック"!」

 

 ここぞとばかりに、ルビーとカガリの前へと身を出し、イエローはボールから二匹のポケモンを手早く出した。

 イエローが呼び出したオムスターとドードリオの二匹は、ボールから出た瞬間、一気に攻撃のエネルギーを溜め、それぞれが使える最大級の技を二匹の超古代ポケモンへと放出する。

 オムすけの"ハイドロポンプ"とドドすけの"トライアタック"、どちらもマボロシ島に滞在していた中でイエローが共に磨いた技だ。

 だがそれでも効果は薄いらしく、矢張り二匹の超古代ポケモン達は争いの手を全く緩める様子は無い。

 

「まだ力が足りないみたいだね、あたしらも行くよルビー! それとイエローも、狙うはどてっ腹だ、頭や背中の様な頑丈な部位への攻撃は避けるんだよ!」

「分かりましたカガリさん……ZUZU!」

「はい! オムすけ、ドドすけ!」

 

 見かねたカガリがルビー、イエローへと指示を出し、自身もキュウコンを外へと出した。

 本来ならば、彼女達は宝珠の使い手として宝珠に削り取られ続ける精神を正常に保つ為、出来る限り別の作業はしない方がいいのだが、今はそうも言ってられない。

 どちらにしても時間が経てば経つほど彼等には不利になる。だから急ぎ足で勝負にケリをつける。

 ルビーもカガリに続いてラグラージのZUZUを出し"だくりゅう"の技を、カガリもキュウコンに"はかいこうせん"の命令を下し、二匹のポケモンもはすぐ様彼等の命令に応える。

 グラードンに"ハイドロポンプ"を放つオムすけの攻撃に、ZUZUの"だくりゅう"が加わり、カイオーガへの"トライアタック"の攻撃にも"はかいこうせん"が加わる。

 更に三人は攻撃目標を二匹の超古代ポケモンの腹部に集中させ、最も防御の薄い部分を的確に狙い――これでようやく準備は整った様だ。

 先程までとは打って変わり、グラードンもカイオーガも明らかに技によるダメージを受けてると分かり、戦いへの集中が途切れかけていた。

 ――しかし、

 

「っぐ……!」

「あぐっ!」

「ルビーさん! カガリさん!」

 

 うめき声を上げたルビーとカガリに、イエローが必死に呼びかける。

 超古代ポケモンを操る二つの宝珠、当然その宝珠には危険が伴う。

 心の弱い者が使った場合、その者は宝珠から流れ来るグラードン、カイオーガの意識に逆に自分自身を支配されてしまう。

 その副作用に対する精神修行を、ルビーはマボロシ島で行っていたのだが、だがしかし宝珠の力を完全に押さえ込む事等到底不可能らしく、紅色の宝珠はルビーの腕の中に、藍色の宝珠はカガリの腕の中に吸い寄せられる様に、彼等の意識を蝕む様に彼等の内へと入り込んだのである。

 

「だ、大丈夫ですイエローさん、まだ……やれる!」

「ルビーさん……」

「全く心配性な嬢ちゃんだねぇアンタも……さぁルビー、もう一発だ、奴等に取り込まれない様に、気合入れていくよ!」

「カガリさん……」

 

 カガリの言葉に、脂汗を額に滲ませながらルビーは微笑のまま頷いた。

 そして再度腕を掲げて、宝珠による命令を下そうとするルビーとカガリ、そんな二人の姿を見て、

 

「ッ……じゃあボクも、出来る限りあの二匹の注意を払って見せます!」

 

 そう言い残し、何事かと聞き返そうとするカガリの方を視界に入れず、イエローは背中にピーすけを預けて宙へと舞う。

 向かうはグラードンとカイオーガ、二匹の超古代ポケモン達の――真正面。

 

「オムすけとドドすけは戻って……そしてお願い……今だけでいいから力を貸して、V、デリバード!」

 

 オムすけとドドすけをボールへと戻し、入れ替える様にイエローはグレイシアとデリバード、二匹の氷ポケモンを場へと出した。

 そのポケモン達は本来ならばイエローの手持ちでは無い、クリアの代名詞とも言える二匹のポケモン達、成行き上今はイエローと共にいる二匹のポケモン。

 そんなポケモン達を外へと出して、デリバードには自力の飛行を負かせ、そして空を飛べないVはイエローが抱きしめて、そうして二匹の氷ポケモン達は二匹の超古代ポケモンと向き合った。

 ひんやりと冷えたVの冷気を感じつつ、イエローはマボロシ島での特訓を思い出す。

 マボロシ島での特訓、その際彼女がこの二匹の氷ポケモンと練習した技は、以前からクリアがこのVとデリバードと共に練習していた技、一度は送り火山で披露しかけた技。

 最もその技は、現時点でグラードンとカイオーガの二匹に通用するか分からない為、イエローは既に完成させたこの技の指示は止めて、

 

「"ふぶき"!」

 

 最もポピュラーかつ強力な氷タイプの技の指示を出す。

 それもグラードンとカイオーガの眼前で、最も効果が期待出来る顔面へと放つ。Vとデリバードの放った寒波の波がグラードンとカイオーガ、二匹の顔の表面を覆う。

 そしてイエローの攻撃の直後、グラードンとカイオーガの二匹が思いがけない事態、突然顔面の薄皮を覆った薄い氷に戸惑いを見せた瞬間、

 

「おおおお!」

「止まれ! このデカブツ!」

 

 再び静止の命令を下すルビーとカガリ。

 それも先の一度とは違い、十分にグラードンとカイオーガの注意を散漫させ、宝珠との結びつきもより強くなった状態での静止命令だ。

 響く様な、甲高い音が鳴った気がした。

 そしてルビーとカガリの静止命令を耳にして、イエローは一旦Vとデリバードをボールへと戻す。静寂が場を支配する。一秒、二秒と音の無い時間が続く。

 

「止まった……?」

 

 ルビーの掠れる様な声が辺りに木霊し、それでも微動だにしないグラードンとカイオーガ、その二匹の様子に、一同が"成功"を予想した。

 ――予想した、次の瞬間、ギロリとカイオーガとグラードンの眼が動いた。

 

「マズイ! イエローさん!」

 

 カイオーガの視線は目前のイエローへと、グラードンの視線は目覚めの祠前のルビーとカガリの方向へと向けられ、その瞬間、二匹の超古代ポケモンが動き出す間際、一斉に彼等は自身等の危機を感じ取った。

 グラードンとカイオーガによる戦いの邪魔をした三人の人間へと向けられた明確な"敵意"、強大なプレッシャー、その力を肌で感じたルビーは何よりも先にイエローへと叫んだ。

 自身やカガリにも危機が迫ってはいるが、そんな自身達よりも最も危険な位置にいる、カイオーガの眼前にいるイエローへと警告の声を出す為に、ルビーは声を振り絞ったのだ。

 

「ピーすけ! 今すぐここから離れ……わあっ!?」

 

 ルビーの警告を受ける間もなく、カイオーガから強い敵意を感じたイエローは即座にピーすけへと回避行動の指示を出しかけるが、それよりも先にカイオーガの行動力の方が上だったらしい。

 突き刺さるスコールの様な豪雨、カイオーガの特性"あめふらし"の影響だろう、突如として降り出した雨の水がイエローとピーすけの身体は一気にずぶ濡れとなって、

 

「くっ、頑張って、ピーすけ!」

 

 よろめきながらも羽ばたくピーすけを必死に励ましつつ、イエローは背後のカイオーガへと目をやって、その動きをよく観察する。

 正確に見極めれば、カイオーガの攻撃は避けきれるはずだ。トレーナーのついていないポケモンだからこそ、その攻撃は単調で、そしてイエローはどうにかカイオーガの攻撃範囲から逃れれば、天空へと上昇すれば一先ずの危機は去る。

 加えてカイオーガの注意をイエローに向けてさえいれば、グラードンに狙われている為安心、とまでは言えないまでもルビーとカガリの負担も半分程度は軽減出来るはずだ。

 しかしその為には、イエロー自身がまずはカイオーガの追撃から逃れる必要がある。

 ――あるのだが、羽に大量の水っ気が付着して飛行が極端に困難になっているのだろう、先程からピーすけの飛行速度が極端に減少し、更に空中での安定感さえもが危うくなっているのである。

 

「こ、この雨の中じゃピーすけが……こうなったらデリバードに交代して貰って……!」

 

 これ以上のピーすけによる飛行は不可能。

 そう判断して、呟きながらボールへと手を伸ばすイエローだったが、その瞬間、一筋の閃光が歪な線となって頭上から下りて来る。

 

「これは"かみなり"!? ピーすけ!」

 

 彼女が言った通り、それはカイオーガが放った"かみなり"だ。

 そして"かみなり"は一直にイエローへと降りかかり、その背に付いたピーすけに直撃したのだ。

 当然、体勢を崩すイエロー、一撃で体力がゼロとなるピーすけ。

 ボールへと手を伸ばすイエローだったが、少し遅い、もう既に下から顔を覗かせたカイオーガの開けた口はすぐそこまで迫り、

 

「……え?」

 

 視界いっぱいに広がる綺麗に並ぶ鋭い歯を見て、危機に陥ったイエローがそんな呟きを発した直後だった。

 一瞬、カイオーガが勢いよく口を閉じた瞬間、その前、突然白い羽に乗って飛来した一人の男が空中に放り出されたイエローをキャッチし、すぐにその場を離れる。

 直後、鼓膜を揺さぶる甲高い音が響き渡る、カイオーガが勢いよく口を閉じた音だ。

 その音を聞きながら、突然の事に何が起こったのか理解出来ていないイエローはまず目覚めの祠の方向を見る。そこでルビーとカガリがグラードンを相手にどうにか踏ん張っている姿を見て、そして、不意に出た呟きと共に彼女を抱えた男へと視線を送って、

 

「クリア……?」

「残念ながら私はクリアでは無い……私は、元アクア団SSSの、今は唯のシズクです」

 

 ぺリッパーに乗って決戦の地へと飛来した男、シズクの姿はかつての四天王事件の際、ワタルと初めて対面した時のクリアの姿と、イエローには重なって見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 窮地に陥ったイエローがシズクによって助け出された丁度その時。

 ルネシティへと真っ直ぐに進路をとった"ソレ"は、エスパーの力によって身体の周囲に薄いバリアーを張って、飛ぶ様に海底を突き進んでいた。

 空の柱海域付近から真っ直ぐと、一人の少年をその背に乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは、アクア団の……」

「みたいですね。だけどイエローさんを助けたって事は、味方って事でいいのでしょう……か、ってZUZU"がむしゃら"だ!」

「キュウコンは"だいもんじ"だよ!」

 

 カイオーガの攻撃から、イエローがシズクによって救出される様を眺めてルビーとカガリの二人は言い合う。

 一方で此方もグラードンによる追撃を受けているのだが、イエロー側とは違って二人で相手をしてる分、イエローの読み通り負担はかなり抑えられているらしい。

 こうしてる今でも勝負に水を差した二人を始末し、カイオーガとの対決を再会しようとするグラードンを相手取っているが、どちらかというとルビーとカガリの方に勝負の分はあった。

 と言うのも、"勝負の分"があると言っても、それは勝ち負けの問題では無く、一先ずの所はまだ命に危機が迫る様な事態では無いという事だが――。

 

 そして、勝負の流れと同じに、ポケモン達の状態と同じく人の状態とは常に変化していくものである。

 

「グラードンの追撃がきましたよカガリさん……カガリさん? カガリさん!」

 

 ルビー達側にとって有利に事を運んでいると言っても、伝説のグラードン相手に多少特別な事情があるとは言え一般トレーナー二人では、到底グラードンの体力をゼロに持っていく事等出来ない。

 故に先程と同じ、緩むことの無い攻撃がカガリを襲い、ルビーが注意を促すが、当の本人であるカガリの動きが妙に鈍いのである。

 グラードンの鋭い爪がカガリが先程までいた地面へと食い込み、同時に周囲の建造物等も破壊して、カガリの足場が崩れ、瓦礫がカガリへと降り注ぐ。

 

「ZUZU"だくりゅう"でグラードンを引きつけて! カガリさん!」

 

 足場が崩れよろめいた拍子に、カガリの背中に人の頭程はあるだろう岩の塊が直撃するのをルビーは見た。

 その次の瞬間、カガリの足場が完全に崩れ、一瞬カガリは宙へと放り出されるが、寸での所で彼女の手をルビーはどうにか掴む事に成功する。

 

「カ、カガリさん! 強く手を握って! 汗で滑り落ちそうだ!」

「……ルビー」

 

 宙ぶらりんとなった状態で、ルビーはカガリの青くなって、少しだけ血管が浮き彫りとなった表情を見て絶句する。

 思えばそれは当然な事だったのだろう。

 カガリは宝珠に選ばれた人間という訳では無い、宝珠が操る人間を選別するという話が眉唾物かどうかは定かでは無いが、どちらにしても今のカガリは宝珠から拒絶された状態となっていたのだ。

 とは言っても、未だその意識を手放す事無く、宝珠に抗っている辺り相当の精神力の持ち主だと分かるが。

 そしてルビーがカガリから視線を外し、ZUZUへと目をやった瞬間、彼の目の前でZUZUがグラードンに弾き飛ばされるのを視界に捉えた。

 

「ッ、ZUZU!」

 

 グラードンの腕が横に薙ぎって、そこそこの重量を持っているだろうZUZUがまるで子供の様に弾き飛ばされる。

 そして、次はお前らだと言わんばかりにルビー達へと眼光を飛ばすグラードン、一方のルビーはカガリの手を掴んでいる為身動きが取れない。

 大地を揺るがす音が聞こえ、着々とグラードンがルビー達の方へ近づいて来るのが嫌でも分かる。当然ルビーも必死にカガリを引き上げようとするが、完全に力を抜ききっているのかまるで鉛の様にカガリの身体は重かった。

 

「……もう、いい……どうやら私はここまでの様だ、ルビー……散々偉そうな事言っておいて、もう宝珠に抗うのが精一杯みたいだよ」

「諦めないでください……! 早く上がって、一旦この場を離れましょう、大丈夫です! どうにかなります!」

「ふふっ、現実思考のアンタにしては、随分と楽観的な意見じゃないか」

「たまにはこういうのもいいかな、ってね!」

 

 目覚めの祠の入り口はルネシティでも高地の方に設置されている。

 故に今のカガリは地上から数メートルの所で吊り下げられた状態であり、今の宝珠によって精神を削られ、弱ったカガリの身体ではそれ程の距離が十分な脅威となる。

 それを分かっているからこそ、ルビーは何があっても絶対に離さない様、しっかりとカガリの手を握り締めているが、

 

「……もう、来ちまったのかい」

「グラードン……!」

 

 最早悠長に構えている様な事態では無い。

 既に超古代ポケモンの一角、伝説のグラードンはもう目の前まで来ていたのだ。

 カガリの手を握り締めたまま、忌々しげにグラードンを見上げるルビーだが、そんな彼の鋭い視線等全く意に返さない様に、グラードンは大きく腕を振り上げる。

 その一撃で、全てを台無しにしてしまう為に、その一撃で戦いの邪魔となる者等を排除する為に。

 

「ルビー!」

「嫌……です!」

 

 振り上げられた腕を見て、ルビーに声掛けるカガリだったが、ルビーは頑として手を離さなかった。

 それは人として当然の事、人が人を助けるのに理由なんていらない事と同じ、人が人を見捨てる理由なんて、ルビーの中では存在しない事と同じなのだ。

 だがその優しさが、時として正解とは限らない。

 最後の時まで手を離さなかったルビーの視線の先で、振り上げられたグラードンの腕が降下しようとした――その時。

 

 一瞬、グラードンの眼が大きく開いたかと思うと、グルリとグラードンは正反対の方向へと向きを変えた。

 ルビー達を見下ろしていたグラードンの背中の方向、天空の方向へと。

 

「……あれは!」

 

 つられる様にルビーも天空を見上げて、すぐにその答えを理解した。

 そこにいたのは一匹の竜、緑色を貴重とした細長い身体を持った、グラードンとカイオーガの二匹に負けず劣らない威圧感を放つポケモン。

 そんなポケモンが、突如として天空より現れたのだ。見ればカイオーガと対峙するシズクとイエローの方も、カイオーガもグラードンと同じく天空を見上げていた。

 

「……第三の古代ポケモン"レックウザ"、という事は、あそこにいるのは……」

 

 そしてその竜、レックウザの姿を見て、カガリもまたポツリと呟く。

 それはルビーですら知らない事実、マボロシ島へ到着する前、トクサネの宇宙センターを密かに襲撃したカガリだからこそ知っている事実。

 レックウザの名前や、そしてそのレックウザを駆って操る人物が誰であるかという事、その予測。

 

「ルビー、よく聞きな。あのレックウザを駆って空の柱からやってきたのは、恐らく……あぐっ!」

 

 だから彼女は口を開く。宝珠によって今も尚、まともな精神を保つのが精一杯の状況だが、その事実をルビーは知る権利を持つ、そう信じて疑わない為、少しでもルビーの力になる為に彼女は言葉を話しかけるが、一方で宝珠の影響が少しずつ彼女の心を蝕み、正常な判断を鈍らせてしまう。

 しかし彼女は諦めない、話す事が駄目でも、彼女はルビーに"その事実"を伝える手段を持っているのだから。

 

「……ルビー、これを、記憶のライター、私の見てきた炎の記憶をアンタに……グッ!」

「これは……カガリさん、一体何を……!」

 

 カガリの手を握るルビーの手に滑り込ませる様に、空いたもう一方の手でカガリはルビーへと"記憶のライター"を渡す。

 それはカガリの古くからの腐れ縁とも言える人物"ホカゲ"のマグマッグの炎によって、その人物が"過去に見た"記憶を見せるライター。

 ルビーも震える左手でどうにかカガリから記憶のライターを受け取り、それを満足そうに見たカガリは、

 

「それじゃあ、そろそろアタシも……ッ……限界の様だからね」

 

 そう呟いて、最後に残った全精神力を使い果たして、

 

「カ、カガリさん!?」

「……しっかりやんな、ルビー」

 

 そしてカガリは、自身の腕に取り付いた藍色の宝珠を強引に取り出した。

 カガリの体内から出た藍色の宝珠は当然、取り込んだカガリの腕、右手から放出される。

 それはカガリとルビーを繋いでいた唯一の命綱でもある右手、そこから再度カガリの中から出た藍色の宝珠は、すっぽりとルビーの手の中に納まりそして、

 

「……カ、カガリさぁぁぁぁぁん!!」

 

 掴み場を失ったカガリの手は虚空を掴んで、そしてカガリは重力に従って落下していったのだった。健康体ならば確実に助かるであろう崖下へ、空中で意識を失いながら、ルビーの叫び声だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは一体……」

「私にも分かりませんが、ですが一応、警戒はしておきましょう」

 

 唐突に天空から飛来した翠の竜、レックウザを見上げて、イエローとシズクが口をそろえた。

 ルビーとカガリがグラードンと対峙している中、カイオーガと対峙していたイエローとシズクだったが、突如として現れたレックウザの姿に、カイオーガ共々見入っていたのだ。

 事情を知っていたカガリや、カガリから"レックウザを駆ってきたのはルビーの父、センリである"という事を知らされたルビーとは違って、イエローとシズクはレックウザとセンリの事情を知らない、知らないが故に彼等を敵として見ていいか、味方として見ていいか判断に困っているのだ。

 尤も、シズクがもう少しだけ空の柱に滞在して、クリアと共にレックウザの姿を視認していたら事情は違ったのだろうが、それだと彼がイエローを救出する事も無く終わっていた為、結果的にはこの状況が最善と言えるだろう。

 

「ま、まぁでもカイオーガはあのポケモンに注意を……シズクさん!」

 

 イエローが叫んだ。次の瞬間、三匹の超古代ポケモンの咆哮がルネの街に響き渡った。

 だがその咆哮はレックウザとグラードンがぶつかり合って、そして再度カイオーガがイエロー達を狙った咆哮のもの、イエローとシズクの予想と反して、カイオーガはまず目の前の敵に再度目的を定めた様である。

 一方でグラードンはレックウザの方へと進撃を開始し、レックウザも一先ずはグラードンを相手取る体勢を取っている。

 援軍は期待出来ない。だからこそ、再びイエローはシズクと共に、たった二人でカイオーガ相手に生き残る必要が出てきたのである。

 

「ぺリッパー"たくわえる"です!」

 

 カイオーガが再びシズク達を目標に定めるのと同時。それを察知した瞬間、シズクはぺリッパーに技の指示を出した。

 

「……"たくわえる"!」

 

 だがカイオーガも黙って待っていてくれはしない。今にもシズク達を押しつぶさんとする勢いで"のしかかり"を仕掛けてくる。

 それをシズクとイエローの二人を乗せたぺリッパーはどうにかすれ違う様に避けて、

 

「"たくわえる"……そして」

 

 カイオーガの真横を横切って、真正面まで飛んだぺリッパーとシズクとイエロー。その瞬間、交差するシズクとカイオーガの視線。

 

「"はきだす"だ、ぺリッパー!」

 

 直後、三度に渡って溜め込んだ"エネルギー"を、ぺリッパーは真正面から一気にカイオーガへと放った。

 "たくわえる"によって溜め込まれるエネルギー、それは"のみこむ"で体力回復の用途に使うか、または今の様に"はきだす"で攻撃技として使用するかの二つの選択肢がある。

 そしてシズクは、迷わず攻撃の選択を取った。

 それはこの争いを終わらせようという明確な意思表示、少しでもカイオーガの体力を削ぎ、出来るならば戦意まで削ぎたいと思っての行動。

 さらに三度にも渡る"たくわえる"後の、ゼロ距離からの"はきだす"だ。もしかすれば、これでカイオーガだけならば無力化出来たかもしれない、そんな"甘い"考えが一瞬、シズクの脳裏を過ぎって、

 

「まだですシズクさん!」

 

 イエローの声に現実に呼び戻された直後、シズクとぺリッパーを襲うのはカイオーガの尾ひれによる打撃攻撃だった。

 下から上へ掬い上げる様な攻撃に、シズク達はその攻撃を食らい数メートル上昇、そして落下しながらもどうにか体勢を立て直す。

 直前で気づけたのが功を労したのか、一先ず直撃だけは避けられたものの、伝説のポケモンの攻撃であるその余波は大きく、一撃でぺリッパーの体力はごっそり持っていかれた様だ。

 更に悪夢は一度では終わらない。

 体勢を立て直した直後、最も無防備な一瞬、その瞬間を狙ったのだろう大きく口を開けて、その中に荒れるような激流を溜め込むカイオーガの姿がイエローとシズクの目に映った。

 

「"ハイドロポンプ"……!」

 

 シズクが口にした通り、カイオーガが今にも放とうとしている技は"ハイドロポンプ"。それも伝説級のポケモンによる水タイプ最大級の技。

 無論、そんなものを至近距離で食らえば、ポケモンのぺリッパーはまだしもイエローやシズク等の人間は一溜まりも無いだろう。

 レックウザはグラードンを相手にしながら、少しずつルビーへと近づき、他に近くに人の気配は無い。故に救援は期待出来ない。

 一瞬でそれだけの状況判断をして、

 

「ここまで、ですか……」

 

 ポツリと、シズクは呟く。

 アクア団として、アオギリに忠誠を誓った者として、海を広げる為このホウエンの地で様々な悪事を働いた彼だったが、今となってようやく、その心に罪の意識が芽生えつつあった。

 クリアと出会って、アオギリに見捨てられ、自身の考えが理解出来無くなり、そしてクリアと戦って自身の気持ちと決着をつけて。

 何もかも失って初めて、澄んだ透明の心でホウエンの地を見た時、彼は言葉を失ったのだ。

 己のやった事の重大さを思い知って、だからこそ彼はこの場へと現れた、だからこそ彼はイエローを"理由も無く"助け、カイオーガと対峙した。

 

 精一杯やった。出来る限りの事はやった。だからもう思い残す事は無い。そう感じて、諦めて、そっとシズクは目を閉じかけて、

 

「まだです、まだ終わっていません」

 

 閉じかけたその目をシズクは再度見開いた。

 自身よりも遥かに幼い背中が眼前に見えた、諦めかけた彼の前で両手を広げて、庇う様にカイオーガの前に立っていたのだ。

 生命力に溢れたその行動に、シズクは一瞬呆気に取られ、直後微笑を浮かべて、

 

「……ふ、そうですね、あなただけでも逃げてください、私が囮になって」

「大丈夫ですよ、ボクは信じてますから」

「信じてる……とは?」

 

 シズクが問いかけて、そしてイエローはシズクの方を振り向く。

 溢れんばかりの笑顔で、まるでこれから起こる事が分かっているとでも言うばかりに。

 

「いつだってクリアはボクの事を助けてくれる、だからボクもクリアの事を信じて、そして力になりたいと、"ずっと傍にいたい"と想えるんです……!」

 

 まるで天使の様な笑顔だった。三匹の超古代ポケモンが激突するこんな戦場には相応しくない、太陽の様な煌きの、失うには惜しいとさえ思える様な、そんな笑顔でイエローはシズクへと振り向いた。

 それと同時に、イエローはようやく自身の感情に気づいたのだ。

 本当に、気づく事さえ出来れば簡単な事だった。"好き"だとか"愛"だとか、そんな言葉で表さなくても出来るただ簡単な、素直で心の底から溢れる想い。

 "ずっと一緒に、傍にいたい"と思える相手と出会えた喜びという名の感情、そうしてようやく、イエローはその想いに気づく事が出来たのである。

 

(想いの力……ですか)

 

 逃れようの無い危機に瀕してようやく感じた想いの姿、その想いを堂々と口にしたイエロー。

 そんな素直な彼女に触発されてか、シズクの心にも不思議と暖かなものがあふれ出た気になる、"癒す者"の傍にいるからなのか、透明となったシズクの心に彼だけの色が染み込んでいく、そんな感覚。

 カイオーガの視線がイエロー達に定まる、攻撃の前準備が整ったらしい、しっかりと準備を終えたカイオーガは、ゆっくりとイエローとシズクの方へと照準を合わせる。

 打つ手立てが最早皆無の、それでいてどこか自信に満ちた笑顔を浮かべるイエローへと、そんな彼女の影響を受けてかどこかおかしそうに微笑を浮かべるシズクへと。

 完全にイエロー、シズクへと目を向け、口を向けた。カイオーガが口を開きかけた、その時だった。

 

 イエローの腰のボール、クリアから預かったVとデリバードが入ったモンスターボールが僅かに動いた。

 

 瞬間、カイオーガの身体がブレた。横からの"見えない攻撃"による奇襲を受けて、右から左へとその巨体が移動したのである。

 カイオーガクラスの重量のポケモンがボールの様に吹き飛ばされる程の攻撃、見えない攻撃――。

 ――空気の弾丸(エアロ・ブラスト)

 攻撃が飛んできた方向へイエローとシズクが同時に目を向ける、するとそこには二枚の羽が浮かんでいた。

 まるでイエローの想いに応える様にひろがる二枚の銀翼(はね)、イエローにとっては四天王事件、仮面の男事件と遭遇し、馴染みの深いポケモン。

 そしてそのポケモンを駆って、飛翔する少年もまた、イエローにとっては馴染みが深すぎる人物。そしてシズクにとっても特別な少年。

 

「遅くなってごめん、イエロー、それにシズクさん……ここからは、俺達に任せてくれ」

 

 そして少年は数メートル程吹き飛ばされたカイオーガへと視線をぶつけ、カイオーガもまた彼等に視線を送る、凄まじい程の敵意の視線を。

 

「"海の王"カイオーガか、相手にとって不足無しだ、さぁ行くぜ"海の神"……ルギア!」

 

 四つ目の咆哮がルネの街に響く。それは開戦の合図。"導く者"クリアによって"導かれ"、またルギアによって自身もまた空の柱、そしてこのルネシティへと"導かれた"クリアの参戦。

 海の王と海の神という二匹の海を司る伝説のポケモン達による戦い、ルギアの咆哮はその戦いを告げる合図となって、超古代ポケモン、グラードンとカイオーガの激突によって始まった戦いは、レックウザとルギアという二匹の伝説を巻き込んだ四つ巴の戦いとなって、第二ラウンドは開始されるのだった。

 

 




戦闘シーンやら、カガリさんやら結構改変してます。


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五十四話『vsマツブサ&アオギリ 炎の追憶』

この一話でおさめるのは無理だった。次話できっとホウエン編は最後になるはず。


 

 

 深淵の闇の中、覚醒していく意識と五感の感覚を感じて、カガリはゆっくりと瞼を開けた。

 空には銀色に輝く翼、翠の竜、それらの伝説と対峙する伝説のグラードン、カイオーガの二体。霞んだ視界に広がるその光景に、先程までの出来事全てが現実であるという事を再認識して、傷む身体に鞭打ち、カガリは上半身を起こす。

 

「……確かアタシは……ルビーに藍色の宝珠を託して、そしてそのまま……!」

 

 傷の痛み等一瞬忘れ、咄嗟にカガリは下方へと視点を移動させる。

 そこにいたのは猫の様に丸まった一匹のアーマルド、どうやらそのアーマルドが落下の衝撃を和らげ、かつ今しがたまで気絶した彼女の護衛役も担っていたらしい。周囲の所々に、伝説のポケモン達の戦闘による余波、彼女目掛けて飛んで来ていただろう岩や瓦礫が散乱している。

 少しの間、呆けた様にアーマルドを見つめていたカガリだったが、その視線に気づいたのかアーマルドは一度顔をカガリの方へ向けて、そして再び興味無さ気に顔を背けた。

 

「……お前、ホカゲのアーマルドだね、アイツは一体どうしたんだ」

 

 古くからの知人、腐れ縁の男の名を口にして、カガリはジッとアーマルドを見つめる。

 一方のアーマルドは、そんなカガリの視線を無視して、ただひたすらに伝説達の戦いへと視線を注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「"エアロブラスト"!」

 

 カイオーガの放った"れいとうビーム"を完全に見切った後、右方向へと飛び、そこから脇腹目掛けてルギアの"エアロブラスト"が炸裂する。

 カイオーガの巨大な身体を吹き飛ばす程の、圧縮された空気弾。その威力を身に染みて知るクリアは、全く衰えを見せていないその力の強大さに、勝利を確信すると共に僅かに身を震わせた。

 強大過ぎる力はその力故、扱いを間違えれば我が身をも滅ぼすという。唐突に今クリアが考え付いた言葉だ。

 ルギアの力は強力だ。強い、強く、強過ぎる。今の様な伝説同士の戦いとなれば心強いが、これが普通のポケモンとのバトルとなれば、今のクリアにルギアの強過ぎる力を扱えるかと問われると、疑問符を浮かべてしまう。

 別に弱気な訳では無い、唯確証を持っている訳でも無いだけ。もしも先にイエローとシズクを安全な場所へと避難させなければ、クリアは彼女と彼をこの壮絶な戦いに巻き込んでしまっていたかもしれない。

 

「本当、ホウオウや伝説の三匹と言いお前と言い、俺ってばジョウトの伝説と縁が深いよな」

 

 戦闘の最中そう呟いたクリアの呟きは、果たして暴風に掻き消える事無くルギアへと届いたのか、それはルギア自身にしか分からない。

 

 

 

 

 

 それはかれこれ数十分前、空の柱。

 センリがレックウザに乗って飛び立った直後、クリアは荒れる大海原を見つめ唯呆然としていた。

 センリとシズク、ゲム爺さんから与えられたヒントを頼りに、海が見える拓けた場所へと来てみたはいいものの、そこからどう行動すれば良いか分からず、途方に暮れていた。

 キーワードは"海"、その単語が頭の中で何度も反復する中数分後、閃く様にクリアはそれを見つける。

 海面にいくつも浮かぶ"渦"、気づけばそのいくつもの渦が互いに近づき合い、折り重なって、一つの巨大な"大渦"へと変貌する。

 

 そしてその大渦の中に銀色の光を見つけて、ようやくクリアは全てを悟ったのだ。

 

「あぁ……なんだ、そういう事かよ」

 

 言葉と共に、ニヤリとした笑みが零れた。

 思えば、海底洞窟へと足を踏み入れたクリアが――大破した潜水艇から放り出されたクリアが奇跡的に助かった謎。その解答(こたえ)は常にクリアの近くで息を潜めていたのだ。

 "解答(それ)"は"せんすいポケモン"と呼ばれる海を司る神、故に深い深い海の底で、気ままな海流に流され眠っていた。

 そんなある時、そのポケモンの眠りを妨げる出来事が起こったのだ――海の王カイオーガの出現、それに伴う異常気象、突如として凶暴な怪物へと姿を変えた海、当然海の神たるそのポケモンの気分は宜しくないものである。

 だから、海の神"ルギア"は海底洞窟付近の深海の中で再び目を開けた。ジョウトで起こった仮面の男事件、その時の疲労や負った傷を癒す為に眠っていたルギアは、自身の眠りを妨げ海を荒らす者へ制裁を加える為、活動を開始し、ルネシティへと向かおうとした。

 その時だったのだ、海中を漂うクリアを見つけたのは。

 初めて激突した渦巻き列島、仮面の男に操られる形で二度目の衝突となった第十回セキエイポケモンリーグ、流し目で見る程度だったウバメの森付近の上空、そしてそれよりも以前、スオウ島での初対面という四度にも渡る邂逅は、その少年の顔をルギアの脳裏に焼き付けていた。

 激流に流され風前の灯となった少年の命の灯、その少年の灯を守ったのは、かつて彼を救ったホウオウ同様、本当にルギアの気まぐれだった。

 

 そうして少年を安全な空の柱まで運び、そのままルネシティへと飛ぶ事も出来たが、しかしルギアはそれをせず、彼を待つ事にした。

 ルギアにしてみればどちらでも良かったのだ。快眠を妨げた者へと制裁を加えるも、気にせずに他地方の海へ姿を消すのも。ただ怒りの感情が表に濃く出ていただけで――。

 そんな高ぶっていた感情は、不思議とクリアを救出する事で大分落ち着いていた。むしろその時には好奇心の方が強くなっていたのだ。

 エンテイ、ライコウ、スイクンの伝説の三匹と同じ"ホウオウの聖なる炎"を感じさせるクリアという少年に対して、ジョウトの他の伝説達と同じく、ルギアもまたクリアという少年をこの時既に認めていたのかもしれない。自身を打ち破ったその強さと、"導く者"という彼の素質に惹かれて。

 

 そして空の柱で再びクリアが現れた時、その時が来たとルギアは感じ取ったのだ。

 焦燥に駆られたクリアの表情、焦る様子のクリアを見て、かつて仮面の男(ヤナギ)に操られたルギアは、そしてその弟子(クリア)と共に戦う決意を固めた。

 クリアの手持ちに加わる訳では無い、クリアの下につく訳でも無く、クリアの上に立つ事も無い。

 これはクリアとルギアによる共同戦線、共通する目的を持った者同士が結んだ同盟、"導く者"を導く為にルギアが貸し出すは銀翼の力、そしてクリアが貸し出すはトレーナーとしての経験。

 微笑を崩して、海から現れ出たルギアを前にしたクリアは、白く並んだ歯を見せてから顔一杯に広がる笑顔でルギアへと告げたのだった。

 

「ありがとうルギア、お陰で俺はまだ"あの子"の傍にいれる」

 

 ポケモン相手だったから油断したのだろう。常に心の奥に隠していた感情の一旦を除かせて、それからすぐにクリアはルギアと飛び立って、そして今に至ったのである。

 全てはホウエン地方を救う手助けをする為、ミツルやフウとランの故郷を守る為、トクサネで交わされたダイゴとの共闘の誓いを果たす為、そして何より、未曾有の災害の中にあるこのホウエン地方のどこかにいる、いつからかだろうか、ずっと心の奥底で想っていた少女(イエロー)の為に、彼は想いを込めた銀翼を広げるのだ。

 

 

 

 

 

「見えました……父さん」

 

 カガリから託された記憶のライター、そこから浮かび上がったトウカジムの公式ジムバッジ"バランスバッジ"の模様を見てから、グラードンと死闘を繰り広げるレックウザとその上に立つセンリの姿を視線の先に映してルビーは呟いた。

 カガリが散り際に残した最後のメッセージ、まぁ尤もカガリは別に散って等いないが、そんな事実等知る由もないルビーは嘆くのを後にして、センリのいる方向を見上げた。

 真実をひた隠しにして、家族からも離れ約五年間という歳月を棒に振った男、トウカジムのリーダーであるセンリ。ルビーの父親。

 レックウザが現れグラードンがレックウザと対峙してから少しずつ、少しずつルビーがいる付近へと近づきつつあったセンリとレックウザは、そこまで来てようやく、

 

「父さん」

 

 レックウザがルビーへと急接近したその瞬間、その一瞬を狙ってルビーはレックウザの胴へと飛び乗り、センリの眼前で前屈みの姿勢で呟いた。

 だがその呟きにセンリが答える事は無く、ただ黙って目の前の相手、グラードン、そして銀翼を駆るゴーグルの少年が対峙するカイオーガを見つめている。

 その不動な姿勢に、ルビーは思わずフッと笑って、

 

「フフッ、分かりました、いいですよ。やる事はハッキリしているんだ!」

 

 紅色の宝珠と藍色の宝珠、そして第三の超古代ポケモンであるレックウザ、この三つの要素が、グラードンとカイオーガを鎮める為に絶対的に必要な要素。

 その事をセンリは出発前にクリアにも伝えていたのだろう、二つの宝珠を持ったルビーがセンリと合流した事を確認したクリアは、ルギアへと最後の指示を出した。

 この大災害に終止符を打つ為の最後の指令、ルギアの頭脳となったクリアが、手足となるルギアへ下す最後の命令。

 

「これで最後だルギア……全身全霊掛けて押し切るぞ!」

 

 クリアの叫ぶような指示がルギアへと届く。届いた瞬間、一気にルギアは最大速力(トップスピード)でカイオーガの後方へと周る。

 当然、ルギアの軌道を追ってカイオーガも向きを変える。丁度カイオーガとグラードンが背中合わせの配置となり、そしてこれで、その二匹をルギアとレックウザが挟み撃ちとする構図となる。

 その配置を確認して、一度だけセンリとその前にいる二つの宝珠を持った"選ばれたのだろう"少年へと目配せしてから、

 

「"エアロブラスト"……連弾!」

 

 瞬間、大口を開いたルギアの射口から一発の空気の弾丸が飛び出て、続く様に散弾の如く無数の"エアロブラスト"がカイオーガへと放たれる。

 一発一発が砲弾の様に強力な空気の弾、その集中砲火を浴びたカイオーガは為す術も無く、グラードンの傍まで強引に移動させられる。

 それもこれも、今までの"エアロブラスト"をどの距離から何処に、どれ程の強さで撃てばいいのかをずっと実験し、試していたクリアとルギアだからこそ為せる技、カイオーガに一切の反撃の隙を与える事無く、もうこの攻撃の後は"エアロブラスト"を撃てなくてもいいと言える程の、今のこの瞬間に全てを賭けた決死の猛攻。

 そして、そんなクリアとルギアの苦労が功を労したのだろう。遂にカイオーガとグラードンは背中合わせにピッタリとくっ付いて、

 

「今だ少年っ! 終わらせろぉぉぉ!」

 

 二つの宝珠を持つ少年へとクリアの叫び、それと同時に少年(ルビー)は跳んだ。

 グラードンとカイオーガの身動きを封じる様に二匹の身体にその長い胴を巻きつけたレックウザから跳んだルビーは、そのままグラードンとカイオーガの頭上へと落ちて行って――そしてルビーの紅色の宝珠と藍色の宝珠が一際大きな輝きを増し、レックウザの咆哮がルネの街を奮わせた。

 二つの宝珠による静止の命令と、レックウザによる"粛清"の咆哮、瞬間一度だけ、彼等を中心に吹き抜ける様なエネルギーの波が広がる。

 弾かれる様に双方に吹き飛ぶグラードンとカイオーガ、それを見守るルビーとセンリ、レックウザ、それにクリアとルギア、恐らく少し離れた何処かではイエローとシズクもその光景を見ているはずだ。

 そして皆が静かに見守る中、弾き飛ばされたグラードンとカイオーガは再び体勢を整える。

 次にどう動くか、成功か、失敗か、再び衝突してしまうのか、各々がそれぞれの予想を立てる中、グラードンとカイオーガはそれから一度としてお互いの視線をかわす事無く、先程までの争いが嘘だったかの様に互いが互いに背中を向けた。

 溢れんばかりの闘争心はいつの間にか消えていた。そして超古代ポケモンの二匹は、ゆっくりと、確実に、互いに背を向けて歩き始める。

 

「これで、ようやく……終わったんだな……!」

 

 その様子に、別方向へと進路をとり、去っていくグラードンとカイオーガを見送りながらそう呟いて、クリアはルギアを見上げる。

 そこにあったどこか誇らしげな堂々とした伝説のポケモンの姿に、クリアは思わず笑みを零すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラードンとカイオーガは再び悠久の眠りについた。

 グラードンとカイオーガの二匹の超古代ポケモンは、第三の超古代ポケモンであるレックウザ、それにジョウトの伝説であるルギアを含めた大乱闘を経て、極限まで戦い抜き、結果その非常に高い闘争本能が満たされたのだ。

 そしてルネの地を離れた二匹はそれぞれ別々の方向へと進んだ。

 カイオーガは再び海底洞窟へ、そしてグラードンはフエンタウンにある火山、えんとつ山の火口を新たな安住の地に定めた様である。

 

 そしてそのニュースに沸き立つのは矢張り、ホウエン地方の住民達だ。

 飛行船の形となっている現ホウエン地方ポケモン協会本部では一足早く、事の終了を喜ぶ声が所々から上がっていた。

 長期間に渡るグラードンとカイオーガの死闘、その戦いがようやく終わったのだ、彼等が喜ぶのも仕方が無い。

 全てはトウカジムのセンリがレックウザを呼び覚まし、彼の息子が二つの宝珠を用いて、その助力に最大限に貢献したのがジョウト地方のジムリーダーの一人とジョウトの伝説の鳥ポケモン。

 その事実に、多少なりとも不甲斐なさを感じつつも、しかし協会理事が暗い顔をしていては皆がまたもや不安がってしまうかもしれない。

 

「みんな、よく良くやってくれた……グラードンとカイオーガという二つの危機は去った。この良い知らせ(グッドニュース)を共にホウエン全土に伝えようではないか!」

 

 そう考え、祝勝の言葉を掛け、そのニュースをホウエン全土へと届け出ようとした矢先だった。彼の元に、ミクリからの連絡が、旧ホウエンチャンピオンのダイゴの凶報が届いたのは――。

 

 

 

 

 

 今際の時、ミクリからホウエンの危機が去った事を確認したダイゴは静かに息を引き取った。

 レジロック、レジスチル、レジアイスのホウエン伝説の三匹を呼び起こし、グラードンとカイオーガの衝突、その際に起こる拡散する大量のエネルギーを抑えていたダイゴとミクリ、ホウエン四天王の面々だったがその中でも特に負担が大きかったのがこのダイゴだった。

 伝説のポケモンを力ずくで操るには、それ相応の危険(リスク)が付きまとう。それはグラードンやカイオーガという伝説の超古代ポケモンも例外無く、またこのレジロック、レジスチル、レジアイスもそうだ。

 ミクリとダイゴ、ホウエン四天王達と分担して三匹の伝説達で"ばかぢから"を発揮していた彼等だったが、その中でもダイゴは自身の六匹のダンバル達による伝説の三匹の統制も行っていた。

 レジロック、レジスチル、レジアイスの三匹による"ばかぢから"は常に均等に力を発揮していなければならなかった、そうでないと、三匹の内一つの力が弱まればそこに衝突のエネルギーは集中し、また一匹の力が強すぎても、形成していた"ばかぢから"の力場(フィールド)は崩れてしまっていただろう。

 だからこその必要な役だったのだが、結果、ダイゴの命の灯は消えてしまったのだ。

 

「ふっ、そうか……彼も共に、ホウエンの為に、戦ってくれたんだな……」

 

 最後に、ミクリからルギアを駆って現れたゴーグルの少年の話を聞いて、彼が行った努力に意味があったという証明があった事が、彼にとってせめてもの救いなのかもしれない。

 

 

 

「……父さん!」

 

 そして、伝説の力を使った反動は此方でも確認できていた。

 グラードンとカイオーガという二つの脅威が去ったルネシティ、未だ上空に浮上し続けるこの街の片隅で、倒れた父親(センリ)を必死に呼び起こす息子(ルビー)の姿があった。

 それは至極当然の事、レックウザもまた超古代ポケモンの一匹であり、そのレックウザを操るとなれば、紅や藍の様な二つの宝珠が存在しないレックウザを操るとなれば瀕死は覚悟の行動だったのだ。

 だが彼は運が良かった。レックウザを操るセンリには同じく伝説のポケモンを操るクリアという強力な助っ人が存在していた。

 先程の決戦時にもクリアとルギアがカイオーガという一方の脅威を一手に引き受けていた事で、かなりの消耗を抑えられていたらしく、センリ自身指一本動く事は無いがすぐにどうこうなるという事は無い様子だ。

 

 それでもそれが彼の責任だと感じたのか、センリはルビーに話し始める。彼が何故レックウザを追う事になったのか、その経緯を。

 意図的では無いとは言え、幼い頃の出来事とは言え、サファイアという少女を守る為だったとは言え犯したルビーの罪、五年前のジョウト地方で、レックウザを逃がしたルビーの話を、センリは静かに語り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、クリアはルギアと別れの挨拶を手短にだが済ませていた。

 クリアの場合、確かにかなりの疲労は感じるもののセンリの様に指一本すら動かす事が出来ない状態、にはならなかった。

 それというのも矢張り、クリアがルギアと協力関係となっていた為である。

 無理矢理従わせたのでは無く、対等な立場で接したからこそ、クリアが受ける危険の可能性はダイゴやセンリと違い格段に下がっていたのだ。

 

「なーんか、別れって感じがしないんだよなぁ、ねぎまやヤドンさんといつでも会えるからなのかな」

 

 頭に手を回して、ルギアを見上げてクリアは言う。

 

「まっ、多分こうなるんじゃないかなーとは思うけど、一応言っておくよ……"またな"、サンキュールギア!」

 

 クリアが話し終えた直後、そしてルギアは一度その場で羽ばたいた。

 目も開けてられない程の強風がクリアを襲うが、それでもクリアはルギアから視線を外さず、一時とは言え共に戦った友の旅立ちを見送った。

 銀翼は羽ばたく、恐らくはもうホウエンの海底洞窟付近の深海には戻らないだろう。

 ならば何処へ行くのか、それは誰にも分からず、当然今のクリアには分からない。

 だが何故なのか、また会える気がしてならないクリアは、微塵も寂しさという感情を感じずに、そうしてルギアが小さくなっていく様を眺めていたのだった。

 

 

 

 

 

 危機は去った。皆がそう確信していた。

 激突していたグラードンとカイオーガは去り、ルギアとレックウザも互いの時間へと戻っていく。後は空に浮かび上がったルネの街が降下すればそれで終わり、そのはずだ。

 しかし場には未だ不穏な空気が流れ、その空気を感じてか、ルビーによってエアカーの中に閉じ込められたサファイアとプラスル、マイナン達は不安気な視線をルネシティへと向ける。

 そして幻島では、アダンにフウとランが緊張の面持ちを崩さずいた。決戦直後、確かにアダンは言ったのだ、"まだ終わっていない"と。

 

「私には確かに予感があった、ルビーとサファイア、そしてイエローの三人が二つの強大な力に立ち向かう姿が思い浮かんだからだ」

 

 しかし現実にはクリアとセンリが二匹の伝説のポケモンを連れて来た事で事態は収束した。ランはそうアダンに言って、そしてアダンはこう答えた。

 

「私はそこに思い違いをしていた。三人が立ち向かう強大な力とは、グラードンとカイオーガの事では無かったのだ」

 

 その答えに双子のジムリーダーは驚愕の声を発して、

 

「三人が立ち向かう強大な力、その正体は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、タマザラシ」

 

 ルギアとの別れを済ませて、クリアは徐にタマザラシを外へと出した。

 目的は唯一つ、今彼に向かって走り寄って来る二人の人物、イエローとシズク、彼等と合流した後、今度こそシズクにタマザラシを引き渡そうと考えたのだ。

 アクア団アジト、空の柱で再会した時のシズクはクリアにとっては正真正銘の敵で、信じるに値しない人物だった。

 だが今では、イエローと共にカイオーガと戦っていた人物、最早それだけでこのタマザラシを託すには十分な理由だと、そうクリアは判断したのだ。

 

「あはは、そうはしゃぐなっての、今にシズクさんに……」

 

 言いかけた、その時、急激に重力の方向が真横へと変化したかの様な、そんな感覚に陥る。

 景色が飛んで、最後に見えた光景は、イエローとシズクの両名が目を丸くしてクリアを見つめていた姿。

 一瞬何が起こったのか理解出来なかったクリアだが、すぐに気づく、自身の首元、服の襟部分を掴む手と、一匹のオオスバメの存在、そして紅を基調としたフードのついた団員服であるマグマ団制服と、その団服に身を包む同じくマグマ団の幹部の顔、知ってる顔。

 

「よぉ大将、ようやく会えたなこのヤロウ」

「マグマ団……三頭火の、ホカゲか……!?」

 

 今度こそ、クリアの顔に驚愕の色が広がった。

 手早くクリアを連れ去り、そして目覚めの祠目掛けて飛んでいるのはマグマ団三頭火の一人、そして過去にクリアとは二度程ぶつかった相手、ホカゲだったのである。

 

「くっ、お、お前! 一体こんな事して何になるってんだっ! もうグラードンはいないぞ!」

「あぁそうだな、知ってる、知ってるがそんな事は関係ねぇ」

「何……じゃあ、お前の目的は……」

「さぁな、別に目的なんてねーよ、ただ俺はお前をどうしようも無く倒したいんだ……ったく、今頃になってようやくカガリの考えも少しは分かるってもんだぜ」

 

 彼の言葉通り、ホカゲはクリアと決着を着けるべく、ずっとこの時を待っていたのである。

 送り火山では墓穴を掘り、クリアに潜入の手助けをするという結果となり、海底洞窟での対決も有耶無耶に終わっていた。

 故にホカゲは決着を望む。その心の内に確かに灯る、カガリの盛る様な炎とは違う、揺らぐ様な炎に従ってホカゲはクリアを目覚めの祠(決着の地)へと運んでいるのだ。

 だがクリアも唯黙って運ばれる訳にはいかない。

 足掻いて、腰のボールへと手を伸ばそうとしたクリアだったが、不意にその手の動きは止まった。

 

「あー、そう言えば言って無かったっけな」

 

 クリアの視線の先に、二人の人影が見えたからである。

 それはルビーとセンリ、その二人から少し離れた所にいたイエローとシズク、そして彼等を見ていた二人の巨悪の姿が――マグマ団とアクア団のリーダー、マツブサとアオギリの姿が見えたからだ。

 

「まぁ、ならそれでいいか、俺は"リーダーマツブサの目的の為に邪魔となるお前を排除する"……そら、立派な目的の出来上がりだ」

「……ふ」

 

 次の瞬間、クリアの視線は、マツブサのヘルガーがルビーとセンリへと襲い掛かる姿を捉えて、

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫び声だけを残して、ホカゲと共に目覚めの祠内部へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホカゲによって攫われたクリアを追跡しようとしたシズクとイエローだったが、突如として現れたマツブサとアオギリ、そして彼等が倒れ動けないセンリへと襲い掛かる様子を見て、急遽クリアの事は後回しにしてルビーの加勢に入る事にした。

 クリアは仮にもジムリーダー、そして相手はマグマ団幹部とは言えホカゲ一人、どちらを優先すべきかは考えなくても分かる事だ。

 

「ぺリッパー、"みずでっぽう"!」

 

 センリ目掛けて襲い掛かったヘルガーからセンリを守る様に、シズクの召還したぺリッパーがヘルガーへと"みずでっぽう"を放つ。

 "ハイドロポンプ"の方が技としては強力だが、強力な分撃つ為の溜めに時間が掛かる為、最短の時間で最大の効果が期待出来る"みずでっぽう"、更にヘルガーは炎タイプが混じった悪タイプだ、効果も十分に期待出来る。

 結果、シズクの思惑通りセンリへと届く前に、ヘルガーに"みずでっぽう"は命中し、どうにか緊急の危機は回避出来た。

 だがまだまだ彼等に不利な状況である事には変わらず、動けないセンリを守る様にシズクを中心にして、右にルビー、左にイエローの配置でマツブサ、アオギリと対峙する。

 ルネシティにてルビーとサファイアがグラン・メテオを放った時、その時以来姿を見せていなかった二人のリーダーだったが、彼等はずっと、目覚めの祠の内部で息を潜めていたのだ。

 彼等にとって好機となる一瞬を見逃さない為、その一瞬で今までの失敗を帳消しにする為に。

 そしてその好機とは、今である。今、レックウザとルギアが場を離れ、ホカゲによってクリアが連れ去られ、センリが行動不能となった今を逃せば他にあるまい。

 

「……アオギリ、リーダー……!」

「ふん、どこまでも使えない奴が、我らの邪魔をするというのなら、例え"元"部下とは言え容赦はせぬぞ!」

 

 搾り出す様なシズクの言葉を、切り捨てる様にアオギリは返答する。

 だがどちらにしても同じ事だった。だがこれで、アオギリの言葉でシズクは完全に踏ん切りがついた。

 シズクが裏切っても裏切らなくても、彼は既に、否マグマもアクアも彼等二人のリーダーの部下達はリーダー本人達によって裏切られていたのだ。

 宝珠に精神を侵食された彼等に、最早仲間という概念は無い。あるのは唯一つ、"陸"と"海"という心の底から沸き上がり渇望する目的のみ。

 

「そうですか……いいえどちらにしても、私は既にアクア団では無い! ぺリッパー、タマザラシ!」

 

 今戦える面子の中で唯一の大人であるシズクは、それ故か先陣を切ってマツブサとアオギリへと飛び込んでいく。

 そして彼に続く様に、シズクのぺリッパーと、そして先程クリアが置いていったタマザラシがシズクへと続いた。

 相手は悪の組織のリーダーである二人だが、此方はイエローとルビーを含め三人、彼等に援護攻撃をして貰えば勝機は十分にある、そうシズクは確信していた。

 ――だが、

 

「雑魚が!」

「がっ……!」

「シズクさん!」

 

 真横から伸びる触手、その先がシズクの頭部を弾く。

 グラードンとカイオーガの激闘、その戦いによって崩れた瓦礫の中から、無数の触手を引っさげて一匹のドククラゲが現れる。先程シズクを弾いた触手もこのドククラゲによるものだ。

 一瞬そのドククラゲにレヴィの姿を重ねて見るイエローだったが、傷一つ無いそのボディからすぐにそんな考えは払拭される。

 どうやらアオギリの手持ちらしく、シズクを弾いた後、更に続けてタマザラシとぺリッパーの二匹にも"まきつく"で即座に追撃が開始される。

 

「ぺリッパー! タマザラシ! くっ、今すぐその子達を離してください!」

 

 その光景を見て叫び声を上げるイエローだったが、アオギリは彼女の方へと濁った眼光を向けて、

 

「離す? いいだろう、ならば受け取るがいい!」

 

 そう言って、縛り上げていたぺリッパーとタマザラシの二匹は、すぐさまルビーとイエローの二人へと投げ込まれた。

 避ける事も、綺麗に受け取る事も敵わず、砲弾の様に飛んできた二匹を全身で受け止めて、ルビーとイエローは同時に急な重さの物体を受けて体内の酸素を外へと出す。

 そして、悪夢の様な攻撃は尚も続く。

 

「よしドククラゲ、まずはその邪魔なガキ二人を締め上げろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルネシティ周辺の空域、ルビーによってミクリのエアカーに落とされたサファイアは今、そのエアカーの本来の持ち主であるミクリと共にいた。

 それというのも、決戦への参加はルビーによって阻まれ敵わず、悔しくもリエアカーの中で行く末を見守っていた彼女だったが、決戦終了後、グラードンとカイオーガの二匹が姿を消しても尚、彼女と共にいるプラスルとマイナンの戦意が消えていなかったのだ。

 見えない敵と戦う様に放電するプラスルとマイナン、その様子に、サファイアの様子を確認に来たミクリも何かを感じ取って、今彼女達はルネシティに入るべくその付近まで来ていたのである。

 

「頼むったいプラスル、マイナン! あたしは、あん人の所へ、ルビーの所へ行かねばならんと!」

 

 だがルネシティへ向かう彼女達を阻んだものがあったのだ。グラードンとカイオーガの二匹の衝突によって生まれた莫大なエネルギー、それに加えてレックウザの放出したオゾンまでもが加わって、堅固な障壁となっていたのだ。

 不幸中の幸いと言うべきは、超古代ポケモンでは無いルギアの出すエネルギーまではその障壁の源となっていなかった事か、恐らく結びつきが弱かったのだろう、まるで水と油の様に、三匹の超古代ポケモンの力とルギアの力とでは混ざり合う事が無かったのだ。

 しかしだからと言って障壁を軽々しく破る事は出来ない、当然と言えば当然、その障壁は三匹の超古代ポケモンの力が合さって出来たものだからだ。

 プラスルとマイナンの放電で小さな穴を障壁に空ける事は可能だった。だがそれだけ。

 人一人すら通れないそんな穴では、空いた所で意味が無い。その事を理解してるからこそ、願う様にサファイアは叫ぶのだ。

 まだ戦っているだろうルビーの下へと向かう為に、彼の力となる為に――そんな時だった。

 

「強い電気のエネルギーが、必要なんだね」

 

 サファイアと面識のある、カラクリ好きな男の声が、彼女の耳に届いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあっ!」

「くっ……ル、ルビーさん……!」

 

 超古代ポケモン達の衝突後、完全に油断していた彼等の前に再び現れ出たマツブサとアオギリ、そして彼等のドククラゲの触手によって縛り上げられたルビーとイエローだったが、彼等はまずルビーを地面へと叩きつけた。

 苦痛の声を上げるルビーと、彼の身を案じるイエロー、だがイエロー自身も身動きが取れず、相手に自身の命を握られた様な状態である。

 

「ぐ! ぅ、あぁっ!」

 

 締め付けられる力が少しだけ強まる。同時にイエローのうめき声が除々に鮮明なものとなる。

 

「ククク、清清しい気分だ。我等の邪魔をした愚か者をいたぶるこの快感、実に晴れやかな気持ちになる」

 

 邪悪な笑みを浮かべ、地面へと打ちつけたルビーの手から零れた二つの宝珠、その一方である紅色の宝珠を取ってマツブサは言う。

 更にマツブサに同調する様にアオギリも藍色の宝珠を拾い、しかとその手に持ってルビーを見下げる。

 彼等の目的は唯一つ、最初の頃から変わらない、陸と海、似て非なるもの。

 だからこそ、彼等は一時的に今、共闘の形をとっていた。彼等がこのホウエンの地で活動した中で、最も上手く事が運んだ状況を作る為に、再び協力関係を結んで、ルビーやイエロー含めた"邪魔"となる者全てを排除した後、再びグラードンとカイオーガを操り彼等の決着をつける為に。

 そしてその序章として、まずはルビーと、そしてイエローを抹殺すべくマツブサとアオギリは動く。

 センリは動く事もままならず、恐らくもう意識すらはっきりとしていない。シズクも先程沈めたばかり、頭を狙った事もあって当分は動けないはずだ。

 

「くくくくく!」

「うはははは!」

 

 ルビーもイエローも触手に絡め、身動きを封じ、モンスターボールの開閉すらままならない状態としている。そしてこのルネの地にいて、戦える者は彼等のみ。

 唯一の例外は、何を思ったのかマツブサの元部下であるホカゲが攫い、今この場にはいない。

 何もかもが順調、その喜びから、彼等が不気味な笑い声を漏らした時、

 

「ルビー! イエロー先輩!」

 

 悲痛な叫びが、無垢な少女の澄んだ声がルネの街に響く。

 それは先程、ようやくルネシティへと突入出来た少女の声、カラクリ大王と名乗る男と一体の電気をエネルギーを"吸収"し"放出"する力を持ったカラクリの力を借りて、ようやくルネシティへと突入出来た少女、サファイアの声だった。

 

「誰だ?」

 

 そして声の方向へと二人のリーダーは振り向く。

 予想外の事態だったのだろう、その反応の素早さの中に、多少の焦りが見え隠れしている。

 そして、そこにいたのは一人の少女と一人の男だった。

 少女サファイアは、戦いの結果、傷ついた者達を見て表情を青くする。

 倒れたセンリ、シズク、縛られボロボロとなったルビー、イエロー。心配の色を表情全体へと変貌させるそんな少女の傍らで、一人の男はおもむろにマントを羽織った。

 

「このマントを見て悟る者なら、名乗る必要は無い……」

 

 男が羽織るマントとは"チャンピオンマント"、それはチャンピオンとなった者の証。強さの証明。

 そしてそのマントを男に譲り没した、彼の友人の為、ホウエン地方を救う為、ミクリもまた彼等との戦いへと参戦する。

 

「このマントを見て悟らぬ者なら、名乗るに値しない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着は近い。

 ホウエンで起きた数々の事件、そして大災害、全ての元凶とも言える二人の巨悪と、それに立ち向かう正義の人々。

 真の最終決戦とも言うべき戦いが激化する中、此方の戦いも更に熱を増していた。

 

「……おいおい、どういう事だよお前」

 

 掻いた汗は暑さの所為、のものでは無い。呟いたホカゲ本人、そんなケースと遭遇した事無く、彼だけが気づいたその事実に彼もまた、驚きを隠せないでいるのだ。

 

 目覚めの祠内部。全体に亀裂が走り、いつ崩れてもおかしくないその祠でのクリアとホカゲの戦いは、大技による勝負では無く、小手先の技を最大限に駆使したものとなっていた。

 祠に少しでもダメージを与えれば、天井が崩れて二人まとめて生き埋めとなる。二人の戦いが小技同士のぶつかり合いとなる事は必然で、そしてそれは、目覚めの祠を戦いの場所に選んだホカゲの狙い通りでもある。

 戦いでは常に自身に有利な状況を作らなければならない。

 だからホカゲは、ルネシティの中で自身に最も有利となる場所を、目覚めの祠を選んだ。熱が篭りやすく、相手の攻撃を牽制出来て、自身の幻覚攻撃を最大限に発揮出来る場所として。

 

 そして彼の眼前では、彼が強敵と定めたクリアが、彼の手持ちの(ピカチュウ)と共に頭を垂れていた。

 今彼はホカゲの幻覚攻撃を受けている最中だ。そしてホカゲが行った幻覚攻撃とは、以前ルビーが受けたものと同じ、"過去のトラウマ"を再度思い起こさせるもの。

 だから今、クリアとPはその幻覚に苦しめられていた。そのはずだった。

 

「……何をしたいのかよく分からないけどさ」

 

 額に汗を大量に浮かばせながら、クリアは微笑を浮かべて、そしてクリア本人は気づかずに、右の瞳から一筋の涙を流しながら言う。

 

「"訳の分からない幻覚"じゃ、俺を惑わせる事すら出来ないぜ……!」

 

 過去のトラウマを見せられ、苦痛の表情を浮かべるPのすぐ後ろで、そう言ってクリアは微笑を浮かべていた。

 ホカゲの幻覚の炎によって、過去のトラウマを穿り返された状態で、だがそれが解せない異常な光景だという事にクリア本人は気づいていない。

 ルビーの様にトラウマが闘志に繋がるという例外や、以前戦ったムロジムのリーダートウキの様に力技で幻覚を生み出す炎全てを吹き飛ばすという事情とは訳が違う。

 "過去のトラウマ"を見て尚、クリアは"訳の分からない幻覚"と言い放った。そして、ホカゲの幻覚は忘れ去った、うろ覚えの出来事すら鮮明に思い出させる事が出来る。

 例え欠片も覚えていない遠い過去の記憶でも、ホカゲの炎は対象者にそれを思い起こさせ、相手に地獄を見せる炎、だがクリアはそんな炎の幻覚に対して"訳が分からない"と言ったのだ。

 ――それはつまり、その出来事に心当たりが無いという事。心当たりが無い、だが炎によってクリアの内に蘇ったという事は、それは確実に過去クリアの身に起こったという事。

 

 例え忘れ去った記憶でも思い起こす炎、その炎ですら蘇らない記憶となれば、考えられる解答はおのずと絞られる。

 

(こいつはまさか記憶を無くしているのか、それも自然と忘れた訳じゃなく、恐らく外部からの干渉を受けて!)

 

 それは過去を見せるホカゲだからこそ気づいた真実。そしてそれは、同時にクリア自身ですら気づいていなかった真実。

 クリアが見た記憶というのは、言うなれば記憶の燃えカス。何者かの手によって抹消された、燃え尽き消えた"ある一定期間の"クリアの記憶のほんの一片だったのだ。

 記憶を無くせば、当然その前後の記憶や周囲の環境と差異が生まれ、結果本人は記憶が無い事に気づく。

 だがクリアの場合は少し事情が特別だった。何故ならば、彼は一度肉体年齢が低下しており、また周囲に彼を見知った人間等一人もいなかった。

 だからこそ、今の今まで誰も、クリア自身もその事実に気づかなかった、気づけなかったのである。

 

 思えば確かにおかしな事だらけだった。

 クリア自身、別世界に来たという事で流し気にも留めなかったが、そもそも高校生程度の見た目だった彼が、齢十歳程度の肉体まで退化している事自体、異常な事だったのだ。

 同じ様に、オーキド邸に居候し出した頃の、豹変する様なクリアの様子も、"ただ気性が荒い、変化が著しいだけの人"と済ませるには、"変化が大きすぎた"。

 元々本人にその気はあったと公言してはいたが、一度絶命した後とその前では、彼の様子には急激な変化があり、それもまた確かなヒントだったのだ。

 

 

 

 クリア自身すら知らない過去、その存在の伏線。

 "肉体年齢の低下"、一度の絶命によってもたらされた"感情の起伏の差"という変化、そしてホカゲが気づいた"記憶の消失"。

 それらの要素が結びつける答えは一つ、それはクリアすら知らない彼の"無かった事となった物語"が、クリアが今の状況となるに至った出来事が、彼の過去に確かに起きていた事実。

 だがその事実に、クリアはまだ、いやその周囲の者達も――気づく事は無い。

 

 




ようやく出すことが出来たこの設定。伏線や設定に違和感が無い事だけを祈ります。
記憶喪失とは違って、記憶消失はもう絶対に記憶が戻らない状態って感じです。


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五十五話『vsヒンバス 未来へ向けて』

ホウエン編の主人公プロフィールはまた後日上げます。


 

 

 ホウエン全土を揺るがせた超古代ポケモン達の脅威、グラードンとカイオーガによって齎された壊滅の危機は、幾人もの人々が傷つき倒れながらも、遂に最悪の事態は未然に防がれた。

 だが喜びも束の間、本当の脅威の出現によって彼等の事態は一変する。

 生き残っていたマグマ団とアクア団の二人のリーダー、マツブサとアオギリの凶行により、シズクは倒れ、ルビーとイエローの二人も身動きを封じられてしまう。

 そんな絶望的な状況下の中、しかし彼等にはまだ希望が残されていたのだ。

 

「このマントにかけて、ホウエンをここまで蝕んだお前達を、絶対に許しはしない!」

 

 チャンピオンマントを身に纏った新チャンピオン、ミクリの登場によってまたも事態は急変したのだ。

 ミクリは登場と同時に二つのボールの開閉スイッチへと指を掛け、自身の手持ちであるアズマオウとナマズンをその場へと召喚する。

 現れた二匹はルビーとイエローの両名を拘束するドククラゲへ瞬時に襲い掛かり、その対応に追われたドククラゲは仕方なしに彼等の拘束を解き、そして次の瞬間、三匹の水ポケモン達はぶつかり合った。

 

「ミクリさん、あたしも……」

「こっちはいい! サファイア、君はルビー達を頼む!」

 

 サファイアの助力を断り、悪の組織のリーダー二人を相手に余裕の態度を見せるミクリだが、彼の実力からしてもそれが驕りでは無いという事は手にとって分かる。

 倒れたルビー、イエローの下へと走るサファイアを横目に、ミクリは更に畳み掛ける様にポケモン達に指示を出す。

 アズマオウの"みだれづき"がアオギリのドククラゲへと穿つ様に連続で突きを放ち、その体力を確実に奪っていく。

 ミクリはこの戦いの前に、ダイゴからチャンピオンの椅子を譲り受けた身だが、故にミクリがダイゴよりも実力が劣っているかと問われるとそうでも無い。

 ミクリは本来、過去リーグ優勝経験もある実力者にして、ダイゴとの実力の差も僅差、彼等の実力の優劣は非常に曖昧で、そしてその高さは、どちらも群を抜いて非常に高いのである。

 

「くっ、凄まじい強さだ、流石はホウエンチャンピオンと言った所か……」

「あぁ流石ホウエンの頂点、チャンピオンなだけはある」

 

 実力の差は歴然だった。マツブサとアオギリが徒党を組んでも、ミクリの実力にはまだ少し届いていない。

 だがしかし、彼等の目に焦りの色は無く、その表情には余裕の色さえ見える。

 そしてアオギリとマツブサはそう言い合い、下卑た笑みを浮かべると、

 

「ククク、だがこうなる事を予想しなかった我々では無いぞ、我等にはお前を退けるだけの切り札がある!」

 

 そう言ったマツブサの言葉に、ミクリは怪訝な表情をして答える。当然、彼には彼等が何を言っているのか、その意図が理解出来ていなかった、この時までは。

 

「分からないか! 超古代ポケモンの激突の邪魔をしたもう一人の登場人物を!」

 

 マツブサの言葉を繋ぐアオギリの言葉、そして彼のドククラゲが勢い良く掲げた触手の先、その先にいる女性の姿を見てミクリは絶句する。

 

「ナギ!」

 

 彼女の名を叫び、駆け寄ろうとするミクリだが、その進路はドククラゲの触手によって阻まれた。

 先の時、マツブサとアオギリがルビーとイエローを妙に簡単に解放した理由、それが彼女、ヒワマキジムのリーダー"ナギ"の存在だった。人質は一人いれば十分、そう考えての行動だったのである。

 そして彼等の目論見通り、彼女の姿を出されて迂闊な攻撃が出来るミクリでは無い。ジムリーダー仲間以上の想いをナギに抱くミクリが、ナギ一人を犠牲にして彼等を倒す等という選択を、そう簡単に取るはずが無いのだ。

 出来る事と言えば、彼等に対し精一杯の睨みを利かせる事のみだ。そんな無意味な行動しか今のミクリには取れなかった。

 

「物分りが良いじゃねぇか、ならまずはポケモンをボールに納めて、足元に置いて貰おうか」

 

 悔しそうに歯噛みしながら、マツブサとアオギリの指示に黙って従う。今のミクリにはそれしか出来ない、反撃すらも許されない。

 そして彼が言われた通りに足元にポケモンを納めた二つのボールを置いてから、

 

「おりこうさんだ」

 

 悪の組織の二人のリーダー、彼等の逆襲は始まる。

 

 

 

 

 

 

「ルビー! イエロー先輩!」

 

 ミクリが交戦してる最中、ぐったりと横たわるルビーとイエローの二人の名を必死に呼ぶはサファイア。

 本来の予定とは違うものの、最終的にこの決戦の舞台に踊り出る事となった彼女だったが、状況は彼女の予想を遥かに超えて悲惨なものだった。

 終わったはずの戦いは二つの巨悪によってロスタイムにもつれ込み、戦える実力者達も既に半数が脱落し、倒れたこの状況。

 

「……うぅ、サファイア……さん?」

「イエロー先輩! 気づいたんやね!」

 

 その華奢な身体を急に強い力で締め上げられ、いつの間にか気を失っていたイエローだったが、サファイアの言葉が気つけとなったのか、ゆっくりとした動作で身体を起こす。

 目を覚ましてまず、イエローはサファイアの存在に気づき、直後先程までの出来事を思いだして慌てて左右に首を振る。

 そして彼女の眼に飛び込んでくるのは、倒れたシズクとセンリ、そして足元に置いたボールの開閉スイッチを破壊され、手立てが尽きたミクリがドククラゲに蹂躙される姿。

 

「……ミ、ミクリさん……」

 

 ドククラゲによって、押し付ける様に岩肌を滑るミクリの姿に、彼女の傍にいたサファイアは奥歯をガチガチと鳴らして怯えた表情を見せる。

 鮮血が飛び、頭が流血したミクリが無様に倒れ込み、その様子にアオギリとマツブサは満足気な表情で、高台から地上を見下ろす。

 最早彼等の目にイエロー等の姿は映っていないのだろう、取るに足らない存在だと、その程度の認識でしか認められていないのである。

 そして直後、イエローに続き目を覚ますルビーだったが、彼もまたその惨状に悲痛な表情を作る。

 残っていた唯一の実力者にして、最高い実力を持っていたミクリの脱落、その現実がまだ十を過ぎたばかりの彼等に襲い掛かる。

 立ちはだかるは万全の状態の二つの巨悪、対するルビーはイエローと共に既に身体の節々に痛みが走り、サファイアも恐怖に怯えきってしまっている。

 

「父さん、師匠、ナギさん、ダイゴさんも、それにカガリさんやアクア団の人も……皆、皆倒れてしまった、戦えるトレーナーなんて、もう一人も……」

「その通り、最早我等の邪魔を出来る者等一人も……」

 

 言いかけたその時、アオギリの頬に非常に弱い"みずでっぽう"がかけられる。

 かけられた水を拭い、水が発射された方へとアオギリは目を走らせ、そこにいた一匹のヒンバスを視界に捉える。

 

「ミ……!」

 

 そこにいたのは、少し前に、ルビーの下から去ってしまっていたヒンバスのMIMI(ミミ)だった。

 カイナのコンテスト会場で、ルビーから八つ当たり気味の叱責を受けたMIMIはそれ以降、ルビーの下から逸れ行方を晦ませていたが、ここに来て、ルビーのピンチに彼女は決戦の舞台へと上って来たのだ。

 だが所詮、一匹のヒンバスが出来る事等たかが知れている。

 "じたばた"と暴れた所で、アオギリ達には鬱陶しい存在としか認知されず、終いにはその行動に怒りを覚えた彼等に、

 

「雑魚がぁ!」

「この晴れがましい舞台に薄汚い姿を晒しおって!」

 

 虐げられ、毒を吐かれ、叩き落され、踏みつけられ、最後には叩き捨てられる。

 ヒンバスとは常に、その見た目の小汚さから良い目で見られる事は少なく、今のアオギリ達の様な仕打ちも、これ程とはいかなくも受けた事のあるヒンバスも少なくは無いだろう。

 大体は見向きもされず、嫌な顔だけされてまた自然へと逃がされる。

 その真の価値を知らない者達はそうやって、見た目の綺麗さだけに拘ってヒンバスを蔑ろに扱う。

 かつてのルビーもそうだ。

 出会った当初からあまり良い印象を持たず、終いにはこのMIMIの心を酷く傷つける形をとってしまった。

 

「このまま朽ち果てろ」

 

 弾き飛ばされ、ルビーの前に転がったヒンバスは何時にも増してボロボロだった。

 か弱い身体には、レヴィのものとはまた違う、痛々しい生傷が見えている。

 そんな彼女をそっと手に抱いたルビーを頭上から見下ろしながら、アオギリは冷酷な物言いで言う。

 

「弱く鈍く、不快なまでの不恰好さ。そんな醜い存在は、生きている価値すら無い!」

 

 突きつけられた言葉の剣は、その切っ先をルビーの胸元へと深々と刺して来る。

 以前の彼も同様に、不恰好なMIMIの姿をずっと、心の底で馬鹿にしていた。見た目だけは重視して、ミクリと出会ってからはそれも変わったものの、それでも、彼はMIMIを心から信頼等していなかった。

 

「醜いか、このMIMIが……そうだろうな、以前の僕もそうだった。酷い言葉で突き放した」

 

 だが今となって、ようやくルビーは気づいたのだった。

 外見の小汚さに隠れた真の美しさ、醜い姿をしていても、弱くとも大切な人の為恐れず強者に立ち向かう強さ、外見だけでは判別出来ない、MIMIの心の美しさ。

 そんなMIMIの想い、決して信頼の心を失わなかったMIMIの純粋な想いが、ルビーの心に染み込み、彼の心境に明確な変化を齎していく。

 

「優しい人はその場にいるだけで人を慰めたり、励ませたり出来る、その事を僕は知った。だからお前達も知ってくれ」

 

 か細い呼吸を続けるMIMIを胸に抱き、涙を浮かべた瞳でアオギリとマツブサを見上げて、ルビーは叫ぶ。

 

「本当の美しさは心の美しさなんだ! 誰かを愛し想い遣る心なんだ! だからどうか、強大な力に飲み込まれる前に、そんな気持ちを思い出してくれ!」

 

 ルビーの嘆きが、心の叫びが、辺り一面に木霊する。

 抱きかかえた腕の中、MIMIの体温を感じながら、アオギリとマツブサに懇願する様に願い叫んだルビー――しかし彼の言葉は既にアオギリ達には届かない。彼等の欲に塗れた瞳に映るのは、己の願望ただそれだけ。

 だがその叫びを聞いて、心打たれる者もいた。恐怖に打ち勝つ者もいた。イエローとサファイアの二人は、いつの間にか動けなかった身体に力が入る事に気づく。

 そしてまたその叫びを聞いて、かろうじて意識を繋ぎとめていたミクリがルビーへと声をかける。

 

「……よくぞ言った、私の……自慢の弟子……さぁ、これをYOUのMIMIにつけてやれ、MIMIがつける、はずだった……"ハイパーランク"の美しさリボン……」

 

 途切れ途切れの言葉、流血に塗れた顔は美しさとは正反対のもの、そのはずなのだが、その時のミクリは何時にも増して力強く美しく、そうルビーの眼には映った。

 そうしてミクリから手渡されたリボンは、ルビーが前に取り損ねた、彼自身のリボン。MIMIがつけるはずだったリボン。

 そのリボンを受け取りMIMIへと贈って、一呼吸置いて。MIMIへと謝罪の言葉は一言次げて。

 

「例えその身が朽ち果てゆけども……」

 

 今まで一度も読んだ事の無かったMIMIの前口上をルビーは読み上げる。

 傷つき倒れたMIMIを労わる様に、謝る様に、感謝の言葉を述べる様に、言霊に乗せてルビーはMIMIへと語りかけた。

 

「変わらぬ心の美しさ、身に付けたるは……」

 

 瞬間、MIMIの身体に変化が起こる。

 進化の光に包まれて、急激な体積変化が起こり、除々にその輪郭は形を模していきそして、ルビーのMIMIは変貌を遂げる。

 薄汚かった仮の姿を捨てて、美しき曲線、見る者全てを癒し虜にする様な神秘なる水ポケモン"ミロカロス"へと進化を果たしたのである。

 

 そしてその変化は当然、ルビーを驚愕させるものだった。

 何故ならミロカロスとは、ルビーがここ最近、ずっと追い求めていたポケモンだった。だからこそ、追い求めていたポケモンが常にルビーの傍にいた、ルビーを最も慕っていたMIMIだと知ったこの瞬間、ルビーは言葉を失ったのである。

 優しげにルビーへと目をやってから、そしてミロカロスへと進化したMIMIはアオギリとマツブサへと視線を向ける。

 ルビーへ向けた視線とは全く逆の、勇ましい程の眼光を。逞しい雄叫びを上げて。

 そしてルビーもその想いを汲み取る、沈みかけてた闘志が、気力が沸き上がり、自然とその目はイエロー、そしてサファイアへと流れる。

 

「二匹の超古代ポケモンは去った、今度こそ一緒に戦おうサファイア」

 

 先までの弱々しい眼差しは最早見る影も無く、サファイアの知る戦うルビーの姿が、そこにはあった。

 そしてその姿は、サファイアにも勇気を与え励ましとなる姿であり、彼女もいつもの彼女らしく、威勢の良い返事でルビーに答える。

 その返事を聞いて、次にルビーはイエローへと向き直り、

 

「そしてまたもう一度、力を貸してくださいイエローさん!」

 

 告げられたルビーの言葉に、イエローは考える間も無く答える。

 

「勿論です! あの人達を、これ以上野放しには出来ません!」

 

 アオギリとマツブサ、彼等に視線を向けながら答えたイエローの様子に、ルビーとサファイアは思わず二、三度瞬きをして、その光景に疑いを持った。

 幻島で少しの期間、共にいた彼等だったが、この時程闘志と怒りを態度に表すイエローを見るのは、彼等はこの時が初めてだったのである。

 

 イエローという少女は基本、争いを好まない。

 バトルも苦手で、ポケモン達とのんびりと、平和に暮らしていければいい、そう常々考えている少女だ。

 だからそれ故に、今の光景には感情の高ぶりを押え切れなかったのだ。ポケモンのMIMIが淘汰される様、傷つけられる様、それを見たイエローの心中が穏やかであるはずが無かったのだ。

 そして彼女の気持ちが高ぶった時、その変化は彼女の手持ちポケモン達に訪れる。

 

「あなた方の企みは、今ここで止めます!」

 

 そう宣言して召還されたポケモン達は、ルビーとサファイアが幻島で見たポケモンとは思えない程に――強かった。

 切って落とされた戦いの火蓋、総力戦とでも言う様に繰り出されるマツブサとアオギリのポケモン達。

 軍を為して襲い掛かってくるヘルガーとトドゼルガの群れ、更に続くドククラゲやバグーダ、そんなポケモン達を前に、イエローのゴロすけが使う"マグニチュード"は全体的に彼等のポケモンにダメージを与え、またドドすけの"ふきとばし"は彼等のポケモン達の連携を分断させる。

 その他のポケモン達も、幻島で見たものより、先のグラードンとカイオーガとの戦いでルビーが見たものよりも遥かに強い攻撃を仕掛けている。

 "癒す者"、ポケモンの心の声を聞き、ポケモンを回復する能力を持つ彼女の想いはそのまま、ポケモン達へとフィードバックされ、その想いの強さの分、彼女のポケモン達もまた力を増すのだ。

 

「凄いったい……幻島で特訓した時は本気じゃ無かったと……?」

「いえ、あの時はあれが全力でした……それよりサファイアさん、あの人達の様子が少し変です」

「イエローさん、変というと?」

「ワタルみたいに全力って感じがしない……まるで戦う気が無い様な……」

 

 一匹のトドゼルガとバグーダに、サファイアのバシャーモが"スカイアッパー"を決め、浮き上がった二匹へ即座にルビーのラグラージが"だくりゅう"を打ち込む。

 幻島の特訓を存分に発揮しながらバトルを優勢に進める少年少女達だったが、そんな中、不意にイエローがそう呟き、サファイアとルビーも乱闘の中彼女の言葉に耳を傾ける。

 過去大きな戦いを経験しているイエローからしてみれば、今のアオギリとマツブサの戦いぶりには疑問を覚える程の不自然さがあったのだ――追い込まれた者、最後の決戦に掛ける者の"必死さ"というものが、今の彼等からは圧倒的に感じられなかったのである。

 

 それもそのはず、現に今、彼等はサファイアが乗ってきたエアカーに乗り込み、離陸の準備を推し進め始めたのだ。

 

「正直ここまで粘られるとは思わなかった、その踏ん張りに免じてこの場は引いてやる」

「それに藍色の宝珠と紅色の宝珠は我等の手に戻った、お前らの始末等いつでもつけれる事だしな」

 

 マツブサ、アオギリと口々にそう言って、エアカーは浮上する。

 地上では未だ彼等のポケモン達との決着がついておらず、また彼等はそんなポケモン達を回収する素振りすら見せない。

 

「……ポケモン達を囮にしてまで……!」

 

 その行動が更にイエローの、イエローの手持ちポケモン達の戦闘力を上昇させる。

 普段こそ優しく、いつもは笑っている彼女だったが、怒る時は怒るし、戦わなければいけない時は、クリアやレッド顔負けの闘志を燃やす事もある。

 

「……ルビーさんとサファイアさんはあの人達を止めてください、ここはボク達が食い止めます」

「うん、任せるったいイエロー先輩!」

「お言葉に甘えます、イエローさん……!」

 

 事態は一刻を争う、愚図愚図していればマツブサとアオギリに逃げられ、またホウエン地方で同じ悲劇が繰り返される。

 その悲劇を未然に防ぐ為に、ルビーとサファイアはサファイアのトロピウスとプラスル、マイナンと共にエアカーへと向かう。何かしらの策があるのだろう、そしてイエローは、

 

「君達は下がってて! もう準備は終わってるから!」

 

 残っていたラグラージとバシャーモにそう言って彼等を自身の後ろへと下がらせる。

 一瞬、判断を鈍らせたルビーとサファイアのポケモン達だったが、一先ずはイエローの言う事に従うらしく、大人しく彼女の背後へと周る。

 当然、未だ残っているトドゼルガとヘルガー、ドククラゲはイエローへと襲い掛かった。

 トドゼルガが三匹、ヘルガーとドククラゲが一匹ずつ、総勢五匹と言った所か。だがイエローは次の手で、彼等五匹を無力化する算段を既に立てて、ピーすけに頼み仕込みはもう終わっていたのだ。

 

 イエローへと急接近した彼等悪の組織のポケモン達の身体に、無数の細い糸が纏わりつく。

 それはピーすけが予めイエローの周囲に張り巡らせていた糸、無論ルビーとサファイアのポケモン達の周囲の糸は切られているが。

 イエローへと近づいた直後その身に纏わり付いた糸の存在に気づき、疑問符を浮かべる悪の組織のポケモン達だったが、その時既に、イエローの作戦はもう終わっていた。

 ピーすけの細く、頑丈な糸で素早い動きを封じ、その上からまたもやピーすけの、

 

「"ねむりごな"だ!」

 

 その一言で勝負はついた。

 どこまでも優しい少女の勝負の終わらせ方は矢張り、ポケモン達が極力傷つかない終わらせ方となったのである。

 だがそれが彼女の長所であり、特徴でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ルビーとサファイアの方も勝負様である。

 アオギリ、マツブサのポケモン達を全て無力化した後、急いで彼等の下へと向かったイエローが見たものは、安らかに眠る彼等の寝顔。

 その傍には紅と藍の小さな破片がいくつも落ちており、それが"宝珠(ナニカ)"を想像するのは容易い事であり、同時にどちらの勝利で終わったのかを想像するのもまた容易い。

 何の心配も無く眠るルビーとサファイアの寝顔から、全ての事に決着がついたとイエローは考え、一先ずは安心して胸を撫で下ろす。

 だが、安心してばかりはいられない。

 

「……クリア……!」

 

 勢いよく振り返る彼女が見つめる先は、今にも崩れ落ちそうな目覚めの祠、クリアがホカゲに攫われていった場所。

 ホウエンの危機は完全に去った――が、その場所では今尚彼女が想い続ける少年が未だ戦っている。

 当然、イエローが取る選択は一つ、クリアを助ける、その為なら、その少年の為なら少女は何だって出来る自信すらある。

 

「チュチュ」

 

 だが眠ったルビーとサファイアをそのまま放置する訳にもいかない、そう考え、イエローは自身の手持ちであるピカチュウのチュチュを呼んでから、

 

「皆、ボクはクリアを助けに行って来る……だからボク達が帰ってくるまで、ルビーさんやサファイアさん、それに他の人達の事、お願いしてもいいかな?」

 

 そして、ラッちゃん、ドドすけ、ゴロすけ、オムすけ、ピーすけの快い返事を聞いて、彼女は目覚めの祠へ向けて走り出す。

 その後ろ、少しずつ迫り来る影に気づかずに。

 ――そして、絶命したはずのダイゴの指が、ピクリと動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めの祠の中、炎の幻影を操るホカゲは自身が宿敵と定めた少年、クリアと対峙していた。

 勝負は地の利を最大限生かせるホカゲが驚く程に有利に事を進めていた。

 パワータイプのエースでは祠全体に負荷を掛けすぎてしまう為場に出せず、レヴィは消耗している為無理をさせる事が出来ない。

 従って、残された手持ちポケモンであるPで勝負に臨んでいたクリアだったが、二体のマグマッグを相手に、目覚めの祠の様な熱が逃げにくい場所で戦うのは少々分が割りすぎた。

 ホカゲが見せる炎の幻覚、その術中に見事に嵌ったクリアとPは項垂れ、夢を見る。

 遠い記憶、近い記憶、いずれにしろ彼等が見るのは最も辛い記憶。例えばPが見る悪夢は、ロケット団にいた頃の夢だ。

 来る日も来る日も、電力供給の為の仕事と、調整の日々、クリアに出会う前までの記憶がPの精神を苛む。

 

 一方のクリアも、俯いたまま一言も言葉を発さなくなり、その姿をホカゲは見下ろす形で見ていた。

 

「……ふっ、久々に熱くなっちまったな」

 

 呟いたホカゲはどこか満足気な表情を浮かべていた。

 彼がクリアに目をつけた理由、最初は単に彼のプライドを痛く傷つけられたからだった。

 自身の失敗は、成功で取り戻す。その為にクリアという不穏分子は排除する。それがマグマ団三頭火であるホカゲの目的だった。

 ――だがそれも、マグマ団自体が機能しなくなった今では果たす必要が無い仕事だ、執拗にクリアを狙う目的とは成り得ない。

 

 だがそれでも、ホカゲは人知れずルネシティへとやって来てしまった。決戦の地にいれば、クリアと決着を着けられると考えて。

 目覚めの祠に立ち寄った際、変わり果てたマツブサ(リーダー)の姿も見たが、彼等の邪魔だてせず、むしろ邪魔者を排除するかもしれないと教えると、彼等がホカゲに攻撃する事は無かった。

 元々マグマ団なんて入って好き勝手やってたのだ、今と昔、変わるとすれマグマ団幹部という肩書きだけ、ならばそんなもの、今更必要無い。

 今はただ、この不完全燃焼となった闘争心を癒してやる、その為に彼はクリアという少年と戦うのだ。

 目覚めの祠という、最終戦に相応しい場所で――。

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。ホカゲの炎の幻影によってクリアが見せられていた過去の映像。

 しかしそれは彼の記憶には全く無く、心当たりも無いものだった。

 ノイズがかった音声と、砂嵐のテレビを見ている感覚。それが自身の記憶だと教えられても、彼は首を傾げて疑問を唱えるだろう。

 

(……訳が分からない)

 

 率直な意見を心中述べてから、一先ずその光景へと集中する。

 暗い空間の中、浮かび上がる映像はどこも虫食い状態の様な、途切れ途切れで、穴が空いた様な状態となり、古いフィルム映画を見ている方がまだマシだと言えなくも無い映像。

 誰かが何かに手を伸ばす光景が浮かぶ。誰かの高笑いが聞こえる。だが肝心の部分には、ポッカリと黒い穴が空いて見る事が出来ない。

 誰かが手を伸ばした何かは、人の形をしていなかった。ポケモンだろうか、だがその種類までは特定出来ない。

 

『……来るから』

 

 手を伸ばした誰かが言った。

 

『もう一度、一緒に……』

 

 そしてそこで、映像は途切れる。

 

 

 

 映像が途切れた後は、幻覚から抜け出すのに言う程の労力は必要としなかった。

 幻覚の力が弱まった一瞬を狙って、唯ひたすらに意識を集中させる、自身の現実(いま)を明確に想像し、足に、腕に力を入れる。

 こういう時、心の支えになるのは矢張り彼女の存在だ。そして既にクリアはその想いを自覚している。

 いつからか――恐らくワタル戦で心折れそうになった時に支えてくれた事や、ヤナギとの別れの後に慰めてくれた事から――否、以上の出来事は芽生えに過ぎず、共に過ごす時間の中で、照れて、泣いて、怒って、笑った顔の彼女を見る度に、クリアはイエローという少女の事を"好き"になってしまっていた事に。

 

「何をしたいのか知らないけど、"訳の分からない幻覚"じゃあ俺を惑わせる事すら出来ないぜ……!」

 

 だからクリアは立ち上がる。どんな脅威に晒されようと絶対に諦めたりはしない。

 例え自身の片思いだとしても、彼女の傍にいれる為なら、クリアは何だって出来る。

 

 

 

 立ち上がったクリアを見て、ホカゲだけが気づいた事実。

 記憶の欠如、二度と思い出せない過去、周囲の人間のみならず当の本人すらも知らない真実。

 尤も、その事実に驚愕するホカゲだが、その事を親切にクリアに教えてやる義理は無い。今はバトルの最中、それもお互いに相手を"敵"と認識しての勝負だ、無駄な配慮を敵にしている場合では無い。

 

「……ふ、面白ぇじゃねぇか、言っとくが、まだ俺の技は尽きた訳じゃねぇからな」

 

 過去のトラウマを見せる幻覚は効かなかった、ならば別の精神攻撃を与えてやればいい。それがホカゲの出した結論だ。

 Pの目を覚ますクリアを眺めながら、尚もホカゲは勝利を確信する。

 先のクリアの言動、真実には流石に驚きを隠せなかったホカゲだが、所詮はそれだけの事、バトルとは関係の無い話での出来事だ。

 こうしてる間にもホカゲのマグマッグはこの狭い目覚めの祠の内部に炎の明りを灯し、温度を上げ、攻撃を与えやすい状況を作り出している。

 対するクリアは切り札級のポケモンを扱えない、そもそも目覚めの祠に連れ込んだ時点でホカゲの勝利は確定しているもの、だからホカゲは余裕の笑みを浮かべて、

 

「マグマッグ! 次は……」

「そ、その勝負待ったー!」

 

 次の指示を飛ばそうとした矢先だった、目覚めの祠内部、ホカゲとクリアしかいないはずの空間に、突如として少女の声が響き渡ったのだ。

 その現象に、怪訝な顔をするホカゲだったが、声の正体はすぐに分かった。

 声の後すぐに、祠の出入り口へと繋がる通路から聞こえて来る走る足音、そして現れる一人の女性と一人の少女、黒髪と金髪のポニーテール。

 

「カガリ?」

「イエロー!?」

 

 ホカゲとクリアが同時に驚愕の色を浮かべて叫んだ。

 彼等の言葉通り、現れたのはホカゲの元同僚にして元マグマ団幹部のカガリ、そして先程自身の想いを再確認して、その少女の為に頑張れると少年の支えとなっていた少女、イエロー。

 現れた二人の姿に、ホカゲは面倒そうに舌打ちを、クリアは先の今で急に恥ずかしくなったのか、紅く染まった顔を隠す様にホカゲの炎の傍に自ら近寄り、照らされる炎の光を一杯に受ける。

 

「……何しに来やがったんだ」

「ふふっ、決闘邪魔されて怒ってるなら謝るよ、アタシとしても助けて貰った身だし、別にアンタの勝負邪魔立てする気は無いけどさ……」

「だけど、なんだよ」

「"こういう勝負"ってのはフェアにやるもんでしょ、イエロー」

「はい!……クリア! クリア……クリア?」

 

 腕を組んで意味深な笑みを浮かべるカガリと、面倒そうに彼女から視線を逸らすホカゲ。

 その傍らで、二つのモンスターボールを持ったイエローはカガリから頭を振ったジェスチャーを受けると、そんな彼女に応えて、彼女は彼女の想い人の名を呼ぶ。

 まるで焚き火でもしてるかの様に、中腰で炎を見つめるクリアへと声を掛け、駆け足でそんな彼へとイエローは駆け寄って、

 

「どうしたの? というかクリア熱くないの?」

「……熱いからこうしてるのさ、そういうイエローはどうしたんだよ」

 

 クリアの言葉の真意を理解出来ず、可愛らしい動作で首を横に振って、そしてその動作でクリアのハートを気づかぬ内に完全に射止めてから、

 

「あ、うん、この子達! クリアに返さなきゃと思って!」

「……あー、うん、ありがとうイエロー、預かってて貰って」

「ううん、別にいいよ!」

 

 ホウエン大災害の、全ての発端となった巨悪を退けたからか、もう心配事が何も無い為か何時もの様な笑顔で、屈託の無い笑顔でイエローはクリアに二つのボールを差し出す。

 差し出された二つのボールをおずおずと受け取り、そしてクリアはその二匹のポケモンを外へと出す。

 

「デリバード、V」

 

 デリバードとV、二体の氷ポケモン、チョウジジムのジムリーダーとしてのクリアを象徴する様な二匹。

 外に出したデリバードは、相変わらずつれない態度で微笑を浮かべてクリアからそっぽを向き、逆にVは久しぶりのクリアとの再会からか、身体一杯使って甘えてくる。

 クリアもクリアでその二匹の反応は嬉しくもあり懐かしくもあるが、だが少し待って、思い出してみる。

 ――今は確か、シリアスな場面のはずだった。ホカゲと命のやり取りをしていたはずだった。なのにどうしてこうなったのだろうか。

 

「クリア、クリア!」

「え、あ、どしたイエロー?」

「頑張ってね!」

「……うん、うん?」

 

 本当に、クリアにはイエローの言っている意味の訳が分からなかった。

 

 

 

「……は?」

「だからさぁ、あの子には……アンタとクリアは、この目覚めの祠で"超古代ポケモンを眠らせる最後の儀式"をやってるって事にしてるんだよ」

 

 一方カガリは間の抜けた表情を見せるホカゲを内心含み笑いで馬鹿にしつつ、おかしそうに話していた。

 とりあえずそれまでの状況を、マツブサとアオギリは失踪し、ホウエンには再び平和が訪れて未だ戦っている馬鹿はクリアとホカゲの二人だという事。

 そしてホカゲによって救われたカガリは動けるまでに回復した後、散策していた所でイエローを見つけ、彼女の話を聞いてホカゲとクリアを追ってこの目覚めの祠に入ったという事。

 ――そして、クリアの身を案じるイエローに余計な心配をかけない為か、余計な嘘までついたという事。

 

「……い、いやいやなんで意味分かんねぇ……」

「儀式の内容はチョー簡単、二人でバトルをしてグラードンとカイオーガの代わりを演じて、超古代ポケモンの二匹がつけれなかった決着を、最終的に人間側でつける……という設定」

「何でそんな嘘を……つーかそんな嘘、本当に信じたのかよ」

「あぁ、あの子らホウエンの事には何も詳しく無いし、何よりあのイエローは驚く程純粋だからね、騙しややすいったら無いよ」

 

 最低だコイツ、とホカゲもまた内心カガリの評価を落として顔を青くする。

 先程のやり取りから、てっきりそこそこ程度には仲が良いのかと思っていたカガリとイエローの関係、そんなホカゲの予想を覆すが如く、カガリはイエローの事を騙しやすいと言い放ったのだ。

 まぁ尤も、今のカガリから悪意や、それと似た負の感情は感じられないのだが。

 

「まっ、そーゆー事さ、つー訳でさっさと決着つけて来なよホカゲ」

「チッ、しょうがねぇなぁ……て、何もかもぶち壊しやがって! そう簡単に今までの雰囲気取り戻せる訳が……」

「全く、男がグチグチ言ってじゃないわよ! それに向こうは準備出来た様だしさ」

「は、はぁ!?」

 

 最早完全に流れは女性陣の方に流れているらしい。ホカゲの視線の先ではどこか気の抜けた顔をしたクリアが、後ろに笑顔の少女監督を残して立っていた。

 完全にその表情には、もうどうでもいいから早く終わらせたい、という思いが詰まっており、同じ様な状況のホカゲにも今のクリアの気持ちは手に取る様に分かった。

 だがホカゲとしても、割りと本気で憎しみにも近い感情を持って追って来た相手だ、今の様な神の悪ふざけの産物としか言えない状況下での決着は彼自身、求めるものでは無い。

 ――だが、

 

「ほら、早く行きなっての!」

 

 傍らに自身のキュウコンを立たせたカガリが見ている手前、迂闊に逃げる訳にもいかない、昔から自身の意見は押し通すものとするカガリの意見だ、この時点でホカゲに選択権は無い。

 

 

 

 そうして仕方なく、偽の儀式ごっこを演じる事となった二人。

 先程まで漂っていたシリアスな空気等塵も残らない程破壊され、脱力感だけが支配する空間の中、そんな中、クリアは一度咳払いをしてから、

 

「えーと、ホカゲさ……あー、やっぱいいやホカゲ」

「おいコラテメェ、何で言い直しやがった」

「なんかアンタには"さん付け"じゃなくていい気がするからだよ……じゃ、いくぜ」

「はぁ……もうどうでもいいか、結局"決着"ってのは、俺も望んでいた事だしな!」

 

 そうして彼等は再びぶつかり合う。

 二体のマグマッグを連れたホカゲと、デリバードとVを新たに出したクリア、炎と氷、ホウエンの地で因縁めいた出会いと戦闘となったこの戦い、果たして勝利の女神が微笑むのはどちらなのか。

 ――そんな、最早普通の試合と化した彼等の命の取り合いを、カガリとイエローはいつのまにか一緒に眺めていた。

 

「……でも良かったです」

「ん、なにが良かったんだい」

 

 ポツリとイエローが呟く。

 彼女等の視線の先では、デリバードとVが氷の塊を出して祠内の温度を下げつつ、マグマッグへ直接ダメージを与えようと活躍し、対するマグマッグも全ての氷を溶かす勢いで炎を吐く。

 そして、いつの間にか、そんなポケモン達に指示を出すトレーナー達もどこか楽しそうに笑いを浮かべていた。

 

「またクリアが危ない目に合ってるかもって思ってたから……カガリさんに教えて貰わなきゃボク勘違いしたままでした」

「へー、それは残念、でもその物言いなら、とうとう自分の気持ちは固まったんだな」

 

 彼女達がやって来る前まで、本当に命のやり取りを行っていた彼等だったが、イエローがそれを知る事は無い。

 嘘を吐いたカガリが自身から教えるはずも無く、面倒臭がるホカゲがイエローと話す事も当然無く、彼女に心配させまいとするクリアもまた話さないだろう。

 だからカガリは平気にそんな冗談めいた様な言葉を言ったのだが、

 

「はい」

 

 イエローから帰ってきた答えは、彼女の予想を反するものだった。

 

「ボクはクリアの事が好きです、カガリさんになら、正直な気持ちを言えます」

 

 グサリと胸に罪悪感という刃が突きたてられるのをカガリは感じた。主に"カガリさんになら"の部分で。

 少しだけ申し訳無さそうに曖昧に笑うカガリと、ニコニコとした笑顔を絶やさないイエロー、そんな二人の女性の前では未だにホカゲとクリアは戦っている。

 クリアが――イエローが幻島で共に特訓をしたポケモンであるデリバードとVと共に戦っている。

 そんな彼に向かって、イエローは口元に手を当てて息を吸い込んでから、

 

「クリアー! クリアが練習していたあの技、幻島での特訓で完成したよー!」

 

 笑顔は崩さず、照れて火照った顔は炎の所為にして、内心心臓がバクバクと音を立ててるのを感じ取りながら、クリアに向けてイエローは精一杯に叫んで――そして、次の瞬間、目覚めの祠内部の温度が一気に下がる。

 同時に彼等の動作も止まる。ホカゲのマグマッグが二匹共倒れる、残り火は全て氷へと変わり、クリアとイエロー、二人で完成させた技によって彼等の勝敗は決したのだった。

 "ぜったいれいど"という、一撃必殺の氷の大技によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから約十二時間後、クリアとイエローはカントー・ジョウト行きの船の中にいた。

 それというのも急遽、クリアがジョウトのポケモン協会から呼び戻されたからである。

 ホウエン大災害時当事者だったクリアから、当時の話を聞きたいらしく、また当初の予定よりも滞在期間が延びていた所為もあって、急ぎで戻らなければいけないらしい。

 本当なら、ルビーやサファイア、それにミツルや"ダイゴ"といったホウエンで出会った人達とちゃんとした別れを済ませたかった所だが、協会からの命令となれば仕方なく、彼等は今船の甲板で遠くなっていくホウエンの地を眺めているのである。

 

 思えば本当に色んな事があった。

 最初こそ観光目的で訪れたホウエンの地、送り火山での戦いからは二人にとって相当に大変な日々だった。

 マグマ団とアクア団との戦いに巻き込まれ、超古代ポケモンが復活して――。

 そして、その中の一人、元アクア団の男は遠くなるホウエンの地を物憂げな表情で眺めていた。

 心残りがあるのか、それとも思いいれの強い地から離れるのが内心嫌なのか、どちらとも分からない彼の心境を察して、クリアはイエローを連れて部屋へと戻ろうとするが、

 

「大丈夫ですよ、少し感慨深いだけです」

 

 そう言ったスキンヘッドの男は元アクア団の幹部だった男。

 騒動後、ジョウトへと戻る前、クリアがホウエンの理事に駄目元で掛け合ってみたのが正解だった。

 高い実力を持つ者を束縛しておくには丁度良いと、協会側は判断したらしく、審議の結果今回の処置が彼に置かれた。

 ――尤も、クリアにとってみればそんな些細な事情はどうでも良い事、元よりクリアは、"ジムトレーナー"の存在を前々から求めていた、そして今回、その適任と思った男を引っ張りこめたのだ。これ以上無い収穫である。

 

「これから、よろしくお願いします……"シズクさん"」

「忠誠は……誓いませんよ、"ジムリーダー"」

 

 一匹のタマザラシを傍らに連れた男、シズクはそう言ってクリアに返答する。

 日が落ちかけた夕暮れ時のホウエンの海、真っ赤に染まった大海原を進む船の上で、クリアとシズクはそう言い合って、直後不意にイエローと目が合ったクリアは、クリアと目が合ったイエローは、

 

「結局さ、色々苦しい事もあったけど……楽しかったな、ホウエン地方」

「うん、ボクもそう思うよ……クリア」

「……だな、イエロー」

 

 互いが互いに、紅く染まった頬を夕焼けの所為にして微笑みあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夕暮れ時のホウエン地方某所。

 真っ赤な団員服を脱ぎ捨てたホカゲとカガリの前で、一匹のブースターが投げかける様な視線をホカゲへと向けていた。

 恐らく今回の騒動で仲間と逸れてしまったのか、それとも親元から離れてしまったのだろう。その視線の中には彼の寂しさと哀愁が漂っていた。

 少しだけ躊躇した後、ホカゲはそのブースターを拾う。その動作に特に意味は無い。意味は無いのだが、拾われたブースターは、ホカゲの事が気に入ったのか、身体を擦り付けてコミュニケーションを取ってくる。

 慣れない動作に戸惑いを覚えつつ、ホカゲはカガリへと目を向けるが、

 

「……ま、好きにしたらいいよ、拾うも捨てるも」

 

 そんな事を言って、興味無さげにカガリはいくつもの木の実の袋を見比べている。

 菜園でも始めるつもりなのかと、再度助力のサインを視線に込めて送ってみるが、カガリは反応を示さない様だ。こうなれば致し方なく自力で解決するしか無い。

 それからホカゲは少し考えて、その後少しだけ躊躇して、最終的に、

 

「チッ、仕方が無ぇなぁ、連れて歩いてりゃあ、こいつの"おや"が向こうからやってくるだろ」

「ふーん、その"おや"が現れなかったらどうするつもりだい?」

「……その時はその時だ」

 

 そう言ったホカゲの様子から、カガリは確信した様に思う。何かが変わったと、自身も、元アクアのシズクという男もだ。

 それがあのクリアやイエローと関わったから、という確証は無いし、証明も出来ないものの、それでも何かしらの変化が彼女達にあったのは事実だ。

 その結果が――目の前にいる不良のなり損ないの様だったホカゲが、ポケモンを私欲の為に自身のものにしなかった事、とするなればその変化は悪くない。

 そんな考えが、カガリの中に生まれたのである。

 そうして、少しだけ上機嫌になったカガリは"きのみ"弄りを止めて意地悪そうな笑みを浮かべると、

 

「それじゃあ、そろそろ行こうとするかね」

「行く? どこに?」

「決まってるだろう」

 

 そしておもむろにホカゲの襟を掴んで、強引に自分の下へと引き寄せる。

 引き寄せられた本人は何事かと暴れ出そうとするが、ブースターを抱えている為碌に暴れる事も出来ず、仕方なしカガリの言いなりになってしまう。

 

「アンタはあの"決着"で満足してるのかい」

「あぁ? そんな訳無い……」

「だろうと思ったよ、それじゃあもう一度鍛えなおすしかないね、あのクリアに勝つためにはアンタの今までの戦い方だけじゃ足りない」

 

 言って、そしてホカゲの腕の中でキョトンとして状況を把握出来てないブースターを指差してカガリは言う。

 

「もしその子の持ち主がアンタになったその時は、私の炎をその子に叩き込んでやるよ。アンタの炎とは訳が違う、全てを焦がす劫火の炎をね」

 

 そしてホカゲを離して、カガリは歩き出す。

 彼女自身、ポケモンコンテストに再出場するという密かな目標があるが、寄り道するのも悪くないと考えてしまう。

 どちらにしてもマグマ団が無くなった時点で、ホカゲにもカガリにも帰る場所が無いのだ。

 ならばまずは初心に戻って、ホカゲを使ってポケモン育成でも初めてみようと考えて、そしてカガリは渋々といった感じのホカゲを強引に連れて未来へ向けてと進む。

 

 




……シリアスをずっとやってて疲れてたんだと思います。
まぁ一応再戦フラグは立ってますし、ガチバトルはその時になるかなーと。

イエローヒロインに書いてたつもりが主人公がイエローに攻略されてた。


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五十六話『vsブースター 番外編③』

極力オリキャラは出さないつもりだったけれど、話しの都合上二人程出します。オリキャラ苦手な方はすみません、もうこれ以上減ったり増えたりは無いので、そこは安心です。

まさか捨てキャラにこんな役割が回ってくるなんて……確信は言えないけども、作った時は本当に適当にキャラ設定してました。

9/8 サブタイの書き方がおかしかったから訂正。


 

 

 ホウエン地方ルネシティ郊外。

 ホウエン大災害、超古代ポケモンの二匹であるグラードンとカイオーガの衝突、その収束から一日程の時間が経過した夕暮れ時、波打ち際に打ち上げられた二つの石を手に取る人物がいた。

 元トキワジムリーダーにしてロケット団首領、かつてレッドと戦い、イエローと共闘した過去を持つ男。

 そして彼が手に取った石こそ、二匹の超古代ポケモンの戦意が完全に消失している事を形付ける証拠、かつて宝珠の形を成してる頃は紅色の宝珠と藍色の宝珠と呼ばれた石だった。

 

「行こう、サキ、チャクラ、オウカ」

 

 二つの石を手に入れたサカキはそう言って彼の背後に付き従う様に立つ三人の部下の名を呼んだ。

 ロケット団三獣士と呼ばれる三人、彼等もサカキの言葉、行動に意を唱えるはずも無く同意の意を見せる。

 血色が悪く"ンフフ"と特徴的な笑い方をする三獣士の唯一紅一点のサキ、小柄で軽く騒々しい性格のチャクラ、大柄でのんびり屋なオウカ――現在のサカキの親衛隊を務める彼等三人をロケット団員達は総称として"三獣士"と呼んでいた。

 

 ホウエン地方で起こった大災害、その裏で密かな活動を行っていたマグマ、アクアに続く"三つ目"の組織――それがこのサカキ率いるロケット団、そして誰にも知られる事無く"とあるポケモン"の入手に成功した彼等は、機会を待って、こうして二つの石の入手にも成功したのである。

 紅色の宝珠と藍色の宝珠を元とした二つの原石、ルビーとサファイアの入手に、手に入れた"ポケモン"の能力を百パーセント発揮する為に。

 

「……サキ」

「はい? サカキ様」

 

 そして、二つの石を持ったサカキ率いる彼等ロケット団は自前の飛行艇へと乗り込んでいく――が、その途中、最後に乗り込んだサキをサカキは呼び止めて、三獣士残りの二人であるチャクラとオウカに気づかれない様声を潜めて、

 

「お前にはこの作戦の前に一つ、やって貰いたい事がある」

「やって貰いたい事……とは?」

「あぁ……」

 

 チラリとサカキは横目でチャクラとオウカの方を見る。見られた二人はサカキとサキのそんなやり取りに全く気づく様子無く、雑談しながら飛行艇内を突き進んでいた。

 その様子を見て、再度サキへと視線を向けて、

 

「一人、脱獄の手引きをして欲しい奴がいる。俺がいない間にヘマをやらかした……"無色(カラーレス)"の奴をな」

「……そう言えば、トキワのジムで捕縛されて今は囚役中の身でしたね、彼は」

「そうだ、奴の存在を知ってる者は少ない、必然的に頼める者も少ないという訳だ」

 

 そう言ったサカキの言葉に、サキは軽く頭を下げ、腰を四十五度曲げてから、

 

「サカキ様、このサキ確かにその任仰せつかりました、"カラレス"の回収には後程、期を見て向かう事にします」

 

 仰々しく承認の意を唱えて、そしてサキもその場に立ち尽くすサカキに一礼してから、飛行艇の奥へと向かう。

 後に残されるのはサカキ唯一人、彼自身今回の作戦の決行は"個人的な事情"による部分が大きいが、だが矢張り、その大元の理由となりえるのはロケット団の繁栄の為、強いては彼の野望の為という行動理由も大きい。

 そして今しがたサカキがサキに命令した任務、ある男の脱走の手引きという任務も、これからのサカキの野望には必要となる事柄なのだろう。

 黒髪で黒眼の、トキワのジムで育成途中だった"リザード"を失い前科者となった"下っ端でも幹部でも無い微妙な立ち位置"のロケット団員、"カラレス"の回収、それが終わってようやく全ての準備は終了となる。

 彼の個人的な事情である"息子の捜索"、大本となるサカキ自身の野望、その為の準備――そしてそれを可能とするポケモン"デオキシス"。

 

 ナナシマを舞台とした新たなる戦いの足音は、密かに、着実に、六人の図鑑所有者達へと迫っていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 元マグマ団三頭火であるホカゲは困惑していた。

 それは一月前にリーダーが消息を絶ち、マグマ団が自然消滅した為――では無く、今彼の目の前に広がる光景にである。

 彼は一月前、昔馴染みで腐れ縁の女性、カガリと共に一匹のブースターを拾っていた。

 その後彼等は、マグマとアクアの両組織の残党を捕まえるべく現れる、ホウエンポケモン協会の刺客と時には交戦、時には逃亡を図りながら、ホウエン中を回っていた。

 だが結果は全て空ぶり、ブースターの持ち主は今日の日まで現れる事無く、持ち主探しは打ち切り、結果ブースターはホカゲの手持ちポケモンとなった。

 ――手持ちとなった。それまでは良かったのだが、

 

「よーしよし、気持ちいいかい? 気持ちいいだろう、アンタのモフモフな毛並みはアタシが完璧に仕上げてみせるから覚悟するんだよぉ」

 

 今彼の目の前には件のブースターがいた。そして彼の連れである女性、カガリもいた――どこかの麦わら帽子の少女がゴーグルの少年に向ける表情の様に、ほんのりと火照った頬を釣り目を細めデレた笑顔を見せるカガリが。

 その光景に、ある意味ホカゲにとっては未知の光景に、ホカゲは一瞬自身の視神経がおかしくなったのかと錯覚する。次いでエスパーポケモンの幻覚でも見ているのかとも考えるが、しかし周囲に彼等以外の生き物の気配は無く、今彼が見ているカガリが本物のカガリという事は紛れも無い事実らしい。

 ホカゲにとってカガリとは、劫火の様な炎を操る豪快かつ、気性の激しい女性――だったはずだ。

 どこか物事に対し適当に真面目にならないホカゲと、どんな事にも全力に女でありながら男らしくぶつかるカガリ、"幻の炎"と"力の炎"、それが彼等二人の特徴だったはずだ。

 だがクリアと出会って、ホカゲは変わった。

 カガリの様に一人の人物に対し執念を燃やし、再戦(リベンジ)を使う程に熱くなった。ホカゲ自身、そんな変化を心の何処かで楽しんでいた。

 久しぶりに出会った"勝ちたい"と思える相手、その相手に勝利すべく、今日この日から、ブースターがホカゲの正式な手持ちとなったこの瞬間からその為の特訓が始まる――そう思っていたのだが、

 

「よしブースター、出場する部門はどれにしようかねぇ……"かっこよさ"、"うつくしさ"、"かしこさ"、"たくましさ"、"かわいさ"、アンタならどの部門でも優勝出来るよ」

「おい待てカガリ、話がおかしい」

 

 とうとう我慢が出来なくなったらしくホカゲはカガリの肩に手を置いた。

 彼が焦るのも当然だ、今から彼が行おうとしていたのは"バトル"の特訓、だがカガリが口にした言葉は明らかに"コンテスト"用語だ。ホカゲの求めているものとは正反対にある強さだ。

 だがカガリは手が置かれた肩を回してホカゲの手を振りほどくと、

 

「うるさいなー、ちょっと黙っててくれよホカゲ、今からこの子の衣装考えるんだから」

「え、い、いやちょっと待てカガリ! お前一月前に俺に言った言葉覚えてねぇのか!?」

「……一月前?」

ブースター(そいつ)にお前の"力の炎"叩き込んで、クリアの奴にリベンジするって話だっただろうが!」

「あー、言われればそんな話もあったねぇ」

 

 思わず絶句する。

 その時かわした、というか強引にかわされた誓いは確かカガリから提案されたものだったはずだ、その提案に渋々ながら目的と一致しているホカゲは賛同した。

 そのはずだったにも関わらず、言うに事欠いてカガリは今完全に思い出した様な物言いをしたのである。

 その事に、忘れられていた事に、何だか無性に怒りが沸いてくるホカゲ――だったが、

 

「……プ、あはははははっ! なーんて冗談だよ、何本気にしちゃってんのさ!」

「……は?」

 

 またしても唖然、思わず目を丸くしたホカゲの顔を見て、今度はカガリは腹を抱え目尻に涙を溜めて笑い出す。

 

「ふふっ、大丈夫、安心しな。別にアタシは約束を反故にしようって訳じゃないさ、ただちょっと気になっただけだよ……この子がコンテストに出たら、一体どうなっちまうんだろうってね」

「コンテストってこのブースターがか? まぁ無くはねぇと思うが、つーかだったらお前がこのブースター引きとりゃいいじゃねぇか、別に俺は今のメンバーでも十分……」

 

 言いかけたホカゲの口にカガリはそっと自身の指を置いた。

 突然のカガリの行動、自身の口元に置かれたカガリの右の一指し指の感触に思わず口を噤んでしまうホカゲ、そんな彼に、まるで子供に言い聞かせる様な態度でカガリは、

 

「それ以上は言っちゃあいけないよホカゲ。そのままのアンタじゃ絶対にあのクリアって子には勝てない」

 

 言われて、黙り込むホカゲ。そしてその様子に満足した様子で、カガリはまたしてもブースターに絡み始める。

 ブースター自身、むしろカガリに構ってもらえるのが嬉しい様でしきりに尻尾を振って対応しており、傍から見ればカガリのポケモンの様にすら見えた。

 

(なんだ? 一体俺の何が悪いってんだ?……つーかカガリもカガリで変わり過ぎだろ、何だよそのキャラ)

 

 口には出さない、心の中でだけツッコンでおく。きっとホカゲがそれを口に出した途端、彼はカガリの返り討ちにあってまともな目には合わないはずだ。昔からそうだった。

 だがそれでもツッコまずには入られなかった。それ程までに今のカガリはホカゲ視点で見るとおかしく見えたのだ。

 

「……なぁカガリ」

「あ? 何だよホカゲ?」

「ちょっとそのブースター俺に返せよ」

「…………やだ」

 

 ツンと拗ねた様にそっぽを向いてブースターを抱く姿は、彼女の年齢を若干低く見せるものがあった。

 だがそんなカガリの見え方の違い等心底どうでもいいホカゲは、一先ず今の問答で確認を終える。

 何故カガリが変わってしまっているのか、何故ブースターを放さないのか――その二つの要点は一つに結びつき、最も簡単な答えを丁寧にホカゲに提示して、ホカゲは悪態を付きつつもその答えを受け取る。

 

(こいつ単に俺のブースターに骨抜きにされてるだけじゃねぇか!!)

 

 普段の彼女が女番町顔負けの力強さを見せるからこそだろう。そのカガリの変化に本気で気味の悪さを感じたホカゲであった。

 

 

 

 それから数日経った。

 ホカゲが懸念していたカガリと共に行う"ブースター強化特訓"は予定通り開始され、ホカゲの懸念は杞憂に終わった事が確かめられた。

 カガリもあれで優秀なトレーナーだ、そしてそれは"バトル"と"コンテスト"だからと言って差別する事無く、平等に、どちらの勝負でも勝ち抜ける様鍛えるのが彼女のやり方だったらしい。

 

「違う! もっと気合いを入れなブースター! 炎の出力はキュウコンを真似るんだよ!」

 

 カガリ等から離れた場所で、二匹のマグマッグと共に、自身達もまた更に強力な精神系の攻撃を行える様鍛錬を積むホカゲだったが、そんな彼の耳に鳴り響くカガリの怒声が突き刺さる。

 普段こそ馬鹿みたいに可愛がり、骨の抜かれた様な表情を見せていたカガリだったが、今の様子なら何の心配も無い様にホカゲは思えた、思って、微笑を浮かべて自身の鍛錬に集中する。

 

「マグマッグ、俺が"アイツ"との再戦にお前達を使うかはまだ分からねぇが、それでもお前達は俺にとって特別な二体だ。カガリがブースターの訓練を行うのなら、俺はあのブースターに負けないお前達を育て上げるが……異論がある奴はいないな」

 

 否定を許さないホカゲの言葉、だが彼がそんな脅しの様な言葉をかけずとも、この二匹のマグマッグにはホカゲに逆らう気等毛頭無い。

 精神系の攻撃に特化して育てたホカゲにとって特別なマグマッグ、それと同様に、二体のマグマッグにとってもホカゲというトレーナーは無二の存在、トレーナーとポケモンとの間に知らぬ間に出来る強い絆の形、その存在がマグマッグのホカゲへの信頼を強固なものにするのである。

 

「よし、じゃあまずは弱点の克服といくぞ。お前らの炎はどうしても熱の高さに頼ってしまう部分が大きい、室外での戦闘には不向きだ、だから当然相応の対策がいる、まずはそれを考える事からだな」

 

 的確に自身の弱点を整理し、克服する為のプランを立てるホカゲ。

 彼自身気づいていないが、毎日どこか気だるそうな様子の彼がここまでやる気を見せた原因は、矢張り再戦相手への闘志のお陰なのだろう。

 

 今彼等が特訓を行っている場所はフエンタウン近くにある洞窟、通称"ほのおのぬけみち"。炎タイプの修行には相応しい場所だ。

 一度は休火山と成り果て、ホウエン大災害後はその火口で眠ったグラードンの影響から、再び活動を開始した火山である"えんとつ山"の影響を多大に受けているこの洞窟、侵入した者の体力を著しく奪う程の高温の洞窟で、終いには洞窟内部のあちこちで泡が噴出している様な場所なのである。

 その洞窟は、炎タイプのポケモン達にとっては自身の炎の威力を極端に高める絶好の場所となるが、逆に人間にとっては地獄とも言える様な場所である。

 

「はぁ、はぁ……まだ、まだ! 休憩せずにガンガンいくよブースター!」

「そう……だな、まずは進化だ、マグマッグ……!」

 

 体中の水分が洞窟に奪われる感覚を覚えながら、ホカゲとカガリはポケモンの修行を続ける。

 マグマ団の団服を脱ぎ去り、一般のトレーナーに戻った彼等が、マグマ団にいた頃の数倍もの気迫で修行を続けている。

 そんなトレーナー達の姿はポケモン達の眼に焼きつき、より一層の集中力を発揮し、そして成果は何倍にも上昇する。

 だから例えどんなに喉が渇いても、体力に限界を感じても、ギリギリまで粘り続ける。体力切れを起こす瀬戸際、その瞬間をよく見極めて、

 

「……ふぅ、そろそろ、休憩しようかねぇ」

「休憩だ……マグマッグ」

 

 各々の鍛錬を一度切り上げ、二人は同時に、崩れる様に座り込んだ。

 

「はぁ……はぁ、情けないねぇ、こんな暑さ程度で根を上げるなんて……」

「……ったく、面倒ったら、無いぜ……」

 

 背中合わせに相手の鼓動を感じながら、口々にそう言って、持参した水筒で喉の渇きを癒す。

 流れ込む常温水に"水"の有り難味を感じながら数分、やがてホカゲは切り出す様にカガリに告げる。

 

「なぁカガリ、別にお前は俺に付き合ってこんな事やらなくていいんだぜ、それこそブースターはお前が引き取ってよ」

「……はぁ、全く、アンタは何を勘違いしてんだか……」

「あぁ?」

「どうしてアタシの言う事理解出来ないのかねぇ……ホカゲ、アンタ自分の足元見てみな」

 

 唐突にカガリに言われ、おもむろに自身の足元へと視線を向けたホカゲはその視線の先、いつの間にか自身の足元に寄り添っているブースターの存在に気づく。

 

「……なんだこいつ、この暑苦しいって時に」

「ふふっ、可愛い奴じゃないか、よっぽどアンタに懐いてるんだねぇホカゲ」

「ふん、懐いてるだと、別に俺はポケモンに好かれたくてこんな事やってる訳じゃねぇよ」

「アンタはそうかもしれない……だけど、ポケモン達はどうなんだろうねぇ」

「……何が言いたいんだ」

「要するに、だ。アンタも少しはポケモンの気持ちになって考えてみなって事だ、そうすれば見えなかったものも見えてくる……少なくともアタシは見えたよ、あのイエローに会ってからね」

「……その結果があの間抜け面かよ」

「あぁ? 何か言ったかいホカゲ?」

「別に何も……って、痛っ! この、問答無用で仕掛けてきやがって!」

 

 聞き返しておきながら、ホカゲの呟きはしかとカガリの耳に届いていたらしく、腹いせにと言わんばかりにホカゲの耳を引っ張るカガリ。

 その後ろでは若干涙目となったホカゲがカガリに抗議の声を出していたが、彼の声はカガリの耳へと入るとそのまま、反対の耳へと突き抜けていき、カガリの頭には入っていなかった。

 今彼女の脳裏に浮かんでいたのは一つの記憶、ポケモンを友達と言った麦わら帽子の少女の様子。

 

『ボクにとって、ポケモン達は皆友達なんです』

 

 そう言ったイエローにバトルのセンスなんてものは存在し得なかった。

 しかしどうだろうか、彼女はかつてスオウ島という舞台で四天王相手に立ち振る舞い、また数々の悪の組織との戦いも経験している。

 果ては一月前の大災害、カイオーガ相手に彼女は確かに十分に活躍をしていたし、マツブサとアオギリのポケモン達も見事無力化に成功していた。

 そして恐らくそれらの現象を可能としたのは、バトルの技術云々の問題では無い。

 彼女の想いに応えようとするポケモン達の底力、秘めた実力、それを引き出すイエローのバトルスタイル。ポケモンとの絆の強さによって初めて生まれる強さ。カガリの知らなかった強さの証明。

 

 そんな強さを見せられたら、カガリもその力を欲しくなってしまうのは道理であり、またイエローという少女が心からポケモン達と触れ合ってる様を見た後だと、自身の手持ちポケモンへの見方も変わってくる。

 例えば彼女のキュウコンは、今のホカゲのブースターの様にカガリに今以上に暑い思いをさせない様自ら距離を置いている。

 しかしだからと言ってホカゲのブースターが悪いと言えば、そうでも無い。このブースターだってホカゲの為に死力を尽くして戦うだろう、一人の時、自身を抱えたホカゲの為に。

 

 

 

「……さてと、休憩は終わりだ。また特訓の続きといこうじゃないか」

「のわあっ!?」

 

 言って、カガリは立ち上がる。急に背中の支えを失ったホカゲが体勢を崩し倒れる。

 その様子に、彼のブースターは驚いた様にビクリと一度身体を震わして、次の時にはホカゲの様子を心配げに眺めていた。

 当然、ホカゲはそんなブースターの変化に気づかない。まだまだ彼等は出会って間もなく、ホカゲに変化が訪れるのはまだ先だろう。

 だからこそ、正反対のそんな彼等の姿が面白おかしくカガリの目には映り、クスリと微笑を浮かべて、

 

「全く何やってんだか、ほら立ちな」

 

 差し伸べる。自身の手を、眼前に仰向けに倒れたホカゲへと、断られるのを承知の上で。

 

「あ? 別に手助けなんていらねぇ……」

「ほら」

 

 数秒の沈黙、そして有無を言わせぬカガリの態度に圧倒されてか、最早ホカゲの思考回路がカガリに逆らえない様に出来ているのか。

 一度深くため息をついて、渋々とホカゲは自身の手を差し出し、カガリがそれを引っ張る。

 昔からそうだった、いつも流されるままだったホカゲを引っ張っていたのはカガリだった、もしかしたらそれが習慣となっているのかもしれない。

 

「……うん、それじゃあ行くよブースター」

 

 何に納得したのか、繋いだ手を離したカガリはすぐにホカゲに背を向けて早足で彼から離れる。

 鍛錬の邪魔にならない様、修行に入る際は二人共離れた場所で各々の技を磨く。

 そしてホカゲは、カガリについて行こうとするブースターを見下げてポツリと、

 

「……期待してるぜ、ブースター」

 

 瞬間、ピクリとブースターの耳が動く。

 次いで急にやる気が満ちた様に駆け足となったブースターの姿を興味深そうに眺めて、ホカゲもすぐに自身の事に専念する。

 ホカゲ自身、どうしてこの時そんな言葉を掛けたのか分かっていなかっただろう。

 そもそもブースターにホカゲの言葉は通じているのか、というか本当に聞こえていたのか、今となっては知る由も無い。

 

 ――だが少なくとも、半年の月日が流れた後のホカゲならきっとこう言うはずだ。

 

『トレーナーがポケモン達(こいつら)を大切にするのは普通の事だろう』

 

 ――と。カガリと半年の修行を行い、ポケモン協会のトレーナー達と戦闘を繰り広げた後の、彼等だけの彼等の冒険を繰り広げた後のホカゲならば、迷う事無くそう答えるはずなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

 ホウエン地方のマグマ団とアクア団の暗躍、結果出現したグラードンとカイオーガの激突、その激闘から約半年の月日が経過していた。

 壊滅した両組織のリーダーは消息を絶ち、下っ端、幹部の大半は捕まるか、もしくは実力の高い者はポケモン協会に多様な形で尽力する事を条件とされ、今に至る。

 

 そして事件の舞台となったホウエンを遠く離れたジョウト地方、チョウジタウン、その町の協会公認ジムにも一人、元アクア団の幹部だった男がいた。

 

「タマザラシ、"アイスボール"」

 

 "かいがらのすず"を持ったタマザラシの"アイスボール"が挑戦者であるエリートトレーナーのロコンへと直撃する。

 三、四と回数を重ね、五回にも渡るタマザラシの全身を使った冷気による転がる様な体当たりは確実にロコンの体力を削ぎ、更にそれまでに負ったダメージさえ、"かいがらのすず"で回復されて、

 

「"みずのはどう"で終わらせなさい!」

 

 炎タイプのロコンが苦手とする水攻撃の技を、連続攻撃で隙を生んだロコンへと放ち、体力的にもほとんど完勝状態でシズクの勝利は決定した。

 

 

 

 チョウジジムのジムトレーナーであるシズクは、元々はアクア団幹部SSSのメンバーだった男だ。

 リーダーアオギリの片腕として、ホウエンを舞台に海を広げる為の活動を行っていた彼だったが、ホウエン大災害時、チョウジジムリーダークリアとの出会いを経て彼はアクア団を脱退、その後はチョウジのジムトレーナーとして、ポケモン協会に貢献する事を条件に自由の身となっていた。

 そして今しがた行われたジム戦、シズクはその際、ジムリーダーへの挑戦資格が有るか否かの、その資格を見極める役目を負っており、今のバトルもその為のものだった。

 チョウジジムの現在のバトル方式は、まずは一対一のジムトレーナー戦に勝利した後、続けて二体二のジムリーダー戦に勝利して、もしくはジムリーダーにその実力を認められて初めて、公認ジムバッジであるアイスバッジを入手出来るシステムになっている。

 前々まではジムリーダーに勝つ事を必須条件としていたのだが、それでは難易度が極端に高く、"健全なトレーナーの育成を目指す"ポケモン協会の協議に反する為、ここ最近ようやく、"ジムリーダーであるクリアに認められて"の項目も、バッジ入手条件に追加された。

 ――まぁ尤も、ジムトレーナーに就任しているシズクの実力は非常に高く、彼自身、アクア団時代に一度はジムリーダーと戦い、勝利を収めているトレーナーだ。

 確実にジムリーダークラスあるシズクの実力は、ジムリーダーであるクリアとそう大差あるものでも無く、またシズク戦で敗北してしまうとジムリーダーに実力を見て貰えないというチョウジジムのルールの特性から、バッジ入手の難易度は、シズクが来る前より実は密かに上がっていたりする。

 

「ご苦労様シズクさん、これで二十一連勝でしたっけ」

「すみませんジムリーダー……それと、確か二十二連勝です」

 

 チョウジジムに同じ挑戦者が挑戦出来るのは一日一回まで、クリアが決めたそのルールに従い、トボトボと肩を落としてジムを去るエリートトレーナーの青年を見送って、クリアはシズクへとタオルを差し出し、タマザラシには氷水の差し入れを出す。

 シズクがチョウジジムに来て約半年、その間訪れた挑戦者は二十二人――つまりシズクはこれまでに戦った全ての挑戦者に勝利している事になる。元々実力の高いシズクの力も大きいだろうが、その功績の一端に彼のタマザラシの力が関与している事も否定は出来なかった。

 生まれたばかりという事はまだまだ伸び代があるという事だ、最初期こそは危ない戦いが続いていたものの、ここ最近は今の様にほとんど完勝状態での勝利をもぎ取るのも珍しくは無かった。

 

「まっ、この様子ならちょっとの間ジムを任せてても問題無いですね」

 

 氷水を浴びて気持ち良さそうに涼むタマザラシの傍ら、タオルで顔を拭ったシズクにクリアは切り出す様に告げた。

 そう言って手に取るのは、挑戦者配布様に量産された多量のアイスバッジ、クリアの持つ唯一つの純正のものとは違う贋作であるそれをクリアはシズクへと差出し、

 

「大体二、三日で戻ってくるだろうけど、その間、シズクさんはジムリーダー代行をお願いします」

「……別に構いませんが、どこに?」

 

 配布用ジムバッジをクリアから受け取りつつ、不審そうに言ったシズク。

 そんな彼に対し、クリアは一枚の手紙を見せてからチョウジジムの出入り口の扉、来客用エレベーターが設置されてる方の扉を開きながら言うのだった。

 

「カントーナナシマ、その第1の島に……有耶無耶だった決着をつけに行くんですよ」

 

 "挑戦状"と書かれた手紙と、"ホカゲ"と差出人の欄に書かれた名前の手紙を見せてから、そしてクリアはアサギシティへと向かう。

 半年前の戦い、シズクとは空の柱で決着をつけたがホカゲとのバトルはイエローとカガリの乱入によっておかしな形となっていた。

 だからこそ、ホカゲとの本当の決着をつける為クリアはナナシマへと向かう――その先に待ち受ける未来の形を知らぬまま。

 目的地はカントーナナシマ、第1の島――ともし火山。

 

 




カガリさんも可愛い(確信)。

イエローとクリアの話しを書こうとしたらカガリさんとホカゲの話しになってた不思議。
本当はホムラやアスナとの戦闘とかも入れようと思ったのですが、サクッと終わらせたかったので止めました、そこまでいくとポケットモンスターHOKAGEになりそうでしたし……。

次回からはナナシマ編に入ります。


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ナナシマ編
五十七話『vsホカゲ 1の島の挑戦者』


ナナシマ編スタート。
作中時間が短いからか、結構早く大雑把な構想は練れました。後は要所を話の展開に合わせて調整していくだけ……。


 

 

 カントーナナシマ、その言われは七つの列島からなる島々、という意味では無く七日の間に生まれ出来たという言い伝えから来るものらしい。

 そしてその中の一つ、1の島、火照りの道を辿った先に聳えるともし火山の地に、彼等はいた。

 ホウエン地方で暗躍していた二つの組織、その一つであるマグマ団の元幹部三頭火の男性と女性、ホカゲとカガリの二人だ。

 超古代ポケモンであるグラードンとカイオーガが衝突し、リーダーの失踪、組織の消滅を受けた二人はある目的の為この半年間、ポケモン修行に専念していたのである。

 

「よう、来たなジムリーダー」

 

 複数のオニスズメが羽を休めていたともし火山の山頂にて、傍らにブースターを連れたホカゲが一人の少年へと告げる。

 彼ホカゲの前にいた、首からゴーグルを下げ、一匹のグレイシアを連れた、ホウエン地方の騒動の際にも一役買った人物。

 チョウジジムリーダーのクリア。ホカゲが強者(ライバル)と見定め、彼に僅かばかりの変化を促した少年であった。

 

「ま、ご丁寧に"トライパス"まで手紙に同封されちゃ来ない方が失礼かなーってね、カガリさんもお久しぶりです」

 

 クリアが受け取ったホカゲからの挑戦状、その手紙の中に同封されていた"トライパス"と言われた紙の定期券、それはクチバ港とナナシマを結ぶ大型船"シーギャロップ号"の乗船券である。

 大型船、という様に中々に割高の買い物だっただろうが、ともし火山を決着の地に定めてクリアを呼び出す手前からか、ホカゲ達は自腹を切ってクリアにそのパスを提供して、そうしてクリアはナナシマへの上陸を果たしたのである。

 ――彼より一足先にナナシマを訪れた三人のカントー図鑑所有者の事情を知らずに。

 そしてクリアからの挨拶を、フーセンガムを口に含んで微笑を浮かべ、手を上げて応えてから、カガリは黙って対峙する彼等から離れ、まるでそれが合図となったかの様に、一人の男と一人の少年、二人の人物の纏う空気がガラリと変わる。

 冷たい凍気を放つはゴーグルを首から下げた少年のグレイシア、熱く焼気を燃やすのはマグマ団服とは違う、赤を基調としたフード付きの上着を身に纏った男のブースター。

 

「……そのブースターを見る限り、勝負は一対一がお望みの様だなホカゲ」

「あぁ……にしても相変わらずムカつくガキだなテメェは」

 

 至極当然の様にホカゲに対してはタメ口を決め込むクリアの態度に、少しだけ怒りのボルテージを上げつつホカゲはブースターへと目配せし、彼に応える様にブースターはホカゲの前へと出る。

 

「V、出番だ」

 

 一方のクリアもグレイシアのVへと声を掛けて、ホカゲ同様自身の眼前へとVを出す。

 そして睨み合うホカゲとクリア、ブースターとグレイシアのV。勝敗の判定はカガリがつけるらしく、離れた場所から彼等の行方を見守っている。

 唯の消化試合、最早マグマ団では無いホカゲには本来クリアと戦う理由等とうに無くなっているはずだった、だが彼はこうしてクリアという少年の前に立っている。そしてそれは、ただ決着をつけたいというだけの理由からでも既に無かった。

 マグマ団が消滅し、行く当ても無いホカゲとカガリだが、だからと言って彼等は別に悲観する事など無かった、彼等程の実力があればポケモン協会に取り入る事も出来るだろう、そして協会側も実力者の手綱は極力握っておきたいはずだ。

 

 ――だからその前に、彼は古い自分を脱ぎ捨てる為にクリアと戦うのだ。過去との清算を全て果たし、これからの未来へと向かう為に。

 

 そして、クリアへ向けて吹いていた風向きが一瞬にして変わる。正反対であるホカゲへと風は流れ、その風を待っていたかの様に複数のオニスズメ達は飛び立ち――同時にホカゲとクリアの両名は動いた。

 

「"ほのおのうず"!」

「"ふぶき"!」

 

 小手調べにといった感じで、互いに大技の指示を出し合う二人の男達、それに応えるポケモン達。

 渦上に逆巻く大火が突風の様な猛吹雪をいとも容易く飲み込みVへと迫る。

 炎と氷、その戦いで矢張り絶対的に優勢となるのは炎の方だった、約半年もの間鍛えられた、カガリによって叩き込まれた"力の炎"がVを飲み込むべく迫り来る。

 ――が、当然クリアとVとて簡単には終わらない、終わらせる気等無い。

 

「"でんこうせっか"で逃れろV!」

「ならこっちも"でんこうせっか"だブースター!」

 

 まずは炎から逃れる事、そして欲を出せば次の攻撃にも繋げる事、以上の事柄からクリアは回避と攻撃を同時に行う事を判断、そのどちらも行える技をVへと指示する。

 が、その考えを見越しての事だろう、考える素振り等一切見せずにホカゲは同じ"でんこうせっか"をブースターに指示する。

 そしてぶつかり合う両雄、両ポケモンの勢いに乗った体当たりの衝突で互いに飛ばされるが、無様に地面に身体を擦りつけたVとは違い、ブースターは宙で体勢を立て直し華麗に着地を決めた。

 どうやら純粋なパワーではブースターが上だったらしく、結果受けるダメージもVの方が遥かに上だったのである。

 

「くっ! ならV、まずは距離を詰めるんだ!」

 

 頭を振って立ち上がるVの様子に戦闘続行を判断したクリアの言葉にVは従い、一気にブースターに詰め寄る。

 先の一撃を食らい、普通ならば接近戦はVに不利だと判断しそうなものだが、それでもクリアはVに接近戦を指示した。

 

「何をするつもりかは知らねぇが、来るってんなら容赦はしねぇぞ、ブースター!」

 

 待ち受けるホカゲとブースター、勇猛にその一人と一匹に突っ込んでいくV、クリア。

 

「"かえんほうしゃ"を至近距離からぶち込んでやるぜぇ!」

 

 射程距離内に入った、そう思った瞬間、ホカゲはすぐ様言葉を口に出し、ブースターも口から勢いの良い炎を吹き出す。

 Vの透き通る様な身体目掛けて迫る炎、だが直撃する一瞬前、その合間を見極めてクリアは、

 

「"あなをほる"んだV!」

 

 微笑を浮かべたクリアの眼の先で、瞬時に地中へと潜り"かえんほうしゃ"をかわすVの姿が映る。

 ブースターとグレイシア、炎と氷のタイプ相性は氷の方が圧倒的に不利、そんな事が分からないクリアでは無い。

 では何故クリアは相手が炎タイプと分かっておきながら氷タイプのVを選んだのか、それはブースターとグレイシアという組み合わせでの戦闘を楽しんでみたかったから、前回同様氷タイプのポケモンを使用したかったから、以上の二つの点も多少は含まれている。

 だが彼がVを選んだ最大の理由、それは"意外性"である。

 まさか本当に大事な決着の場面で炎タイプを相手に氷タイプを選ぶとは些か考えにくいものがあるだろう、そしてその理由が上記二つの点で片付けられたとしても、今の様な"こおり"タイプでは無い技を披露する事が出来れば、それだけで相手はたかが一瞬にせよ、隙を作るはずだ。

 ――だがそれは一般トレーナーレベルの相手の話となるのだが。

 

「ふ、テメェならそれ位やるって思ってたぜ、何の策も無しに苦手タイプを使わないだろうってな」

 

 地を裂いて現れたVを見下げながら、ブースターは口に溜めた炎を一気に放出すべく身構える。

 全てはホカゲの予想通り、クリアのVならば、自身のブースターの弱点となる技を使い対応してくると踏んでいたのである。

 そしてVがブースターを狙って地中から現れる瞬間、その瞬間を狙って溜めた炎を放つ為の準備も既に終えていた。

 

「あぁ、俺もアンタがこの程度で終わる奴じゃないって分かってるさ」

 

 V目掛けて噴出された炎の塊を眺めながら、クリアは微笑を崩さず呟く。

 氷タイプのV等一撃でノックアウト出来る程の力技、燃え盛る大火、それを見て尚クリアは微笑を崩さない。そして思い出す。

 以前の戦いを、ウバメの森での彼の師との対決、まだイーブイだったVは今の様に地中から現れたウリムーに対し"めざめるパワー"を放って、それでクリアは油断したのだ――今のホカゲの様に。

 

「だからこそ、俺はアンタの強さを信じて賭けに勝ってんだぜ……やれ、V」

 

 瞬間、水の振動が大火を打ち消しブースターへと届いた。

 

「"みずのはどう"!」

「なっ! く、一旦引けブースター!」

 

 驚愕の声を出すホカゲの前で、ブースターの身体を水の振動が奮わせた。

 炎タイプのブースターが不得意とする水、突然の予想外の攻撃にブースターもホカゲも現状を把握出来ず、一先ずホカゲはブースターを下がらせる。

 正体不明の攻撃、何よりも今大切なのはその第二撃を防ぐ事、そんなホカゲの読みは確かに当たっていた。今ホカゲが無理にブースターに反撃をさせていれば、クリアのVが更なる"みずのはどう"をブースターに打ち込んだだろう。

 地中の中から、自身の形を模した氷像を打ち砕きながら。

 

「……そうか、さっき出てきたのはダミーか」

「良い策だろ、まぁ俺も一度やられてるんだけどさ」

 

 まるで昔を懐かしむ様に髪をくしゃりと掴んで、はにかむ様に笑ってクリアは言う。

 そんな彼の心境とは裏腹に、ホカゲはチラリとブースターの様子を確認し、再度クリアとVへと視線を向けた。

 現状、負ったダメージ量は恐らくブースターの方がクリアのVより大きいだろう。

 "でんこうせっか"によってVに多少の傷を負わせる事は出来ているが、気にする程では無いにしろその時はホカゲのブースターも共にダメージを負っている。

 それに加え、今の"みずのはどう"、水攻撃の技だ。効果は抜群の技を受けた時点で、ブースターの体力はかなり削られている。

 

(今の奴の様に、俺も奴の裏をかく必要があるな)

 

 思い出す、自分の立場を。

 今ホカゲが対峙している相手は一度破れた相手だ、それに付け加えるとクリアはジムリーダー職につき、ホウエン大災害の時にも活躍している人物。

 今回のホカゲは挑戦者だ。普通に当たっていっても、地力でクリアを超える事は出来ない。

 ならば、クリアの予想を遥かに超えるアイデアを以ってして叩く。幸いタイプ相性ではホカゲの方が有利なのだ。

 ――クリアに出来て、ホカゲに出来ない事道理は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、カントーナナシマ4の島"いてだきの洞窟"、三人のカントー図鑑所有者の内の二人であるレッドとグリーン、そしてポケモン転送・預かりシステムの開発者であるマサキはそこにいた。

 それというのも、何かしらの所用があるとオーキド博士に呼ばれた彼等は、その日久方ぶりにマサラタウンの実家に帰って来ていた。

 そしてオーキド博士の研究所に立ち入った彼等を待ち受けていたのは――襲撃である。

 謎の襲撃者による攻撃を受けた彼等は、事態を把握する為、一先ずオーキド博士の指示に従うという判断を下し、その場に残されたオーキド博士の伝言に沿って、図鑑を手放し、クチバ港からシーギャロップ号に乗ってこのナナシマへやって来ていたのである。

 だが乗船中、1の島に到着する頃、再度彼等は災難に巻き込まれる。もう一人のカントー図鑑所有者であるブルーが何者かに襲われていたのだ。

 一人の所を襲われ、両親を目の前で失ったブルーは肉体的、精神的なショックからその場で意識を失い、その場で彼等はオーキド邸、シーギャロップ号で彼等を襲った謎の敵、謎のポケモンと戦う事を決意した。

 だが事態は何も悪い方向へばかりへは進まなかった、彼等にとっては救いとなる出会いが、"ご縁が集まる結び島"と言われる1の島であったのだ。

 

『あんた達なら継げるかもしれない、わしの……究極技を!』

 

 "キワメ"という"三つの究極技"の伝承を守っている老婆との出会いである。

 そう言ったキワメに強引に連れて行かれた先、"きわの岬"の修行場に案内されたレッドとグリーンの二人は、そのまま究極技の修行を行う事となった。

 三種の廊下を渡る過酷な修行、トレーナーとポケモン共にかなりの体力を必要とされたその修行だったが、だがレッドとグリーンは驚く程早く究極技を身に付けた、"ハードプラント"、"ブラストバーン"、草と炎の究極技を。

 

『ありがとうございました! 究極技、確かに受け取りました!!』

 

 頭を下げて礼を言った後、レッドとグリーンはマサキからの連絡を受けて4の島へと足を踏み入れ、そしてブルーの|メタモンの"へんしん"能力で敵の姿形を確認し、マサキの受けた情報によって彼等は敵の正体を知る事となった。

 胸にRのマークをつけた、黒のスーツ姿らしき格好、忘れたくても忘れられないその姿――ロケット団サカキの情報を得て、レッド達はようやく自身等を襲った敵の正体を知る事となったのである。

 ロケット団、それも仮面の男ヤナギが集めた残党達では無い紛れも無い精鋭部隊――それが彼等の、戦う相手だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1の島ともし火山におけるホカゲとクリアのバトルは熾烈を極めていた。

 

「ブースター"かみつく"!」

「ジャンプして避けろV、そしてそのまま"スピードスター"!」

「"ひのこ"で蹴散らせ!」

 

 炎が上がり、氷晶が煌き、一見可愛らしい外見の二匹がぶつかり合う。

 戦いはクリアが優勢に進め、ホカゲとブースターは必死に食らいつくのが精一杯だった。

 矢張り序盤の駆け引きが大きかったらしい。Vの"みずのはどう"をモロに受けたブースターは驚く程体力を削られ、決定打となり得る一撃を受けていないVに動きで負けている。

 

(ここは一か八か、俺も賭けてみるしかねぇな……)

 

 このままジリ貧に、長期戦になればなる程不利になると、ホカゲは確信していた。

 実際、クリアのVは先程から小技の連続で確実にブースターの体力を少しずつ奪う作戦できている、大技振るって隙を作らず、先の奇策の後はそれに続く策らしい策も無い。

 堅実なバトルスタイル、悪く言い換えれば、攻撃後すぐに回避の体勢をとるヒット&アウェイ戦法か。

 

「ブースター、奴の攻撃なんて気にするんじゃねぇ、一直線に突っ込みやがれぇ!」

 

 だからここで、ホカゲは勝負に出る事にする。

 矢張り彼のブースターならば接近戦あるのみ、そう判断したのだろうか、だがどちらにしても危険な賭けだ。

 形振り構ってられなくなってきたホカゲとブースターと違い、クリアとVはまだ体力的にも余裕を残して、余裕を残しつつ堅実な戦い方(バトルスタイル)を取り続ける、それはホカゲとブースターが捨て身の戦法をとっても尚だ。

 

「ふっ、ならたどり着く前に倒すまでさ……"スピードスター"!」

 

 小出しに"スピードスター"を撃ち続け、一定の距離をとる。

 

「チッ、ならもっと速くだ! 攻撃を避けようなんて考えるんじゃねぇ!」

 

 故に、否クリアのその行動は予想済み、だからこそホカゲは回避行動すらも惜しんだ。

 迫り来るは星型のエネルギー弾の群れ、一発一発ならまだしも、複数弾を一気に食らうとそれだけで瀕死状態になってしまいそうな弾幕。

 だがホカゲも何も特攻しようなんて言うつもりは無い、一か八かの賭けというものは、本当に最後の最後まで取っておくべきものだ。

 走りVへと迫るブースター、そんな彼に避けようの無い数の"スピードスター"が迫って、

 

「"まもる"でガードしろ、そしてそのまま進め!」

 

 ホカゲの指示で、ブースターは守りを固めて更に突き進む。

 "まもる"の技は相手の技から一度だけ、自身の身を守る為の技だ。ホカゲの作戦、それは"まもる"を使って攻撃を防ぎつつ、Vが逃れるよりも速くVに近づく、ただそれだけの事。

 ――だがその技にもリスクはある。

 

「なるほど、だけどホカゲ、"まもる"は複数回続けて発動すると、失敗率は段々と上がっていくんだぜ」

 

 知ってるよそんな事は、とホカゲは内心呟いて、クリアの言葉を無視して"まもる"の指示を続ける。

 一回、二回、三回、除々に減っていく成功率を前に、しかしホカゲとブースターは恐れる事無く、減速する事無くVへと迫り、

 

「とうとう追いついたぞ……!」

「ちぇ……参ったなこりゃあ」

 

 そしてとうとう、ホカゲはクリアに追いついた。

 ブースターの口から炎が燻り、その眼前ではVがその口元を眺めている。

 何か技の溜めをしている様子も無く、小技程度のものなら、ブースターの力の炎が全てを焼き尽くしてしまうだけだろう。

 直後、何の躊躇いも無い"かえんほうしゃ"による攻撃がVを襲った。

 ゼロ距離からの"かえんほうしゃ"、並の氷タイプのポケモンでは、否並以上の氷タイプのポケモンでも、この"かえんほうしゃ"をゼロ距離から浴びれば一溜まりも無いだろう。

 

 そう、浴びていれば。Vがブースター同様、"まもる"でその身を守っていなければ、そこで勝負は決していたのかもしれない。

 

「楽しかったぜホカゲ、だけどこれで終わり……あの時と同じこの技で決めてやる」

 

 今度はVのターンだ。それもブースターの位置は彼が攻撃時と同じVの真正面、逃れられ様の無い距離。

 どんな技でも確実に当たる、そんな距離だからこそ、クリアは目覚めの祠での決闘、その際に勝負を決めた氷タイプの大技で、またしてもホカゲに引導を渡そうというのだ。

 

「"ぜったいれいど"!」

 

 氷タイプの一撃必殺となる大技"ぜったいれいど"によって。

 Vの放った冷気、"ぜったいれいど"が、ブースターの身体を包み、見る見る内に全身を白で埋め尽くしていく。

 とは言え"ぜったいれいど"は当てればレベルの低い相手ならば一撃で瀕死状態へと持っていく技だが、しかし強過ぎる力にはリスクが伴い、一撃必殺クラスの技ともなると、その命中率は他の技よりも極端に低くなる。

 当てる為にはそれなりの苦労が必要となる大技――尤も今のクリアには命中率の心配等無く、だからこそクリアはこの攻撃を行い、そして――失敗したのである。

 

「……やれ、ブースター」

 

 瞬間、氷が砕ける音が辺りに響いた。

 

「"だいもんじ"……!」

 

 

 

 ホカゲとクリアの再戦、結果はホカゲの勝利という形で終わった。

 最後のVの"ぜったいれいど"、命中率こそ低いが到底技を外せる様な距離では無く、現にブースターに直撃はしたのだが、しかし決定的に足りないものがあったのだ。

 一撃必殺の技が持つ、命中率以外の弱点、即ち自身以下のレベルのポケモンにしか通用しないという効力。

 結論を言うと、ホカゲのブースターの方がクリアのVよりもほんの僅かばかりレベルが上だった、ただそれだけの話なのである。

 そもそも半年間、みっちり修行を積んでいたホカゲとブースターの一人と一匹、それに比べてクリアとVはというと、この半年間ほとんど修行らしい修行はしていなかった。

 シズクがジムトレーナーとしてチョウジジムに入った事で、クリアはジムリーダーとして、挑戦者の挑戦を受ける事も極端に無くなり、Vのレベルも半年前とほとんど変化が無かった。

 故に彼等はホカゲとブースターに負けたのだ。努力を惜しまなかった彼等の炎に。

 

「ふぅ、すっかり遅くなったな」

 

 だが当の本人であるクリアは、少しだけ悔しそうな顔をしながら、すっかり日が落ち、現れた星空を眺めそう呟いた。

 少しだけ――敗北の事をさほど気にしていないのはクリア自身、今の強さに満足している部分もある為である。

 彼自身、最初期に強くなりたいと願った理由は自身の為、ポケモンが闊歩するこの世界で生きていく上で、ポケモンが強いという事は必ずプラスに働くと、そう感じたからだ。

 その結果、確かに彼は数々の騒動に巻き込まれ、その度に強さを求め強くなっていった、悪に対抗する為、そして何より大切に想う人を守る為、手持ちのポケモン達と鍛えていたクリアだったが、ここ最近はその強さへの願望も薄れていたのである。

 元々"守る為"に求めた強さだったのだ、その為に、もう十分に強くなった今となっては、クリアが現状に満足するのもまた致し方無いのかもしれない。

 

「それで、カガリさん達はこれからどうするんです? 今のホカゲの戦いぶりから見て、多分この半年間ずっとポケモン修行してたみたいですけど」

 

 ホカゲの地力の上昇幅からホカゲとカガリの半年間を推測する辺り、クリアの実力も高まってはいないにしろ、下がってはいないという事が伺えた。

 バトルが終われば、最早彼等にはいがみ合う理由等どこにも無い、否最初からさほど存在していなかったが。

 マグマ団という組織が解体してしまった以上、ホカゲもカガリもクリアにとっては一般のトレーナーと然程変わらない存在、むしろそのクリアを凌ぐほどの実力の高さは評価出来、思わずジムトレーナーに誘いたくなる程の腕前だ。

 いや、恐らく彼等が炎ポケモンの使い手で無かったらクリアはまたしてもジムトレーナーとして彼等を誘っていただろう。誘っていたはずだ。

 

「そうだねぇ、実はアタシ等も、あまり深くは考えて無かったんだけどねぇ」

 

 クリアに聞かれ、カガリは考え込む様に腕を組み、ホカゲも見た目変わって無い様に見せて、そっぽを向いて考え込んでいる様子が伺える。

 実際、彼等の場合はあまり深く考える事でも無いだろうと、クリアは考える。

 事実ホカゲはジムリーダーであるクリアと均衡し、そのクリアを上回る実力を見せ、そのホカゲのブースターを育て上げたのはカガリだと言う。これだけの実力があれば、ポケモン協会に所属する事等そう難しい事では無いはずだ。

 だがその案を考え付かない程、ホカゲとカガリも馬鹿では無い。その事はクリアも重々承知の為、あえて何も言わず彼等の思案の邪魔をしない様、彼等から少し離れる。

 

「それにしてもカントーナナシマか、自然が多くて綺麗な所だなぁ、イエローが喜びそうな……試しに誘ってみれば良かったかなぁ……!」

 

 言ってから、慌ててカガリとホカゲの方を振り向く。

 未だ今後の予定について考え、話し合ってる様子の二人の男女の姿を視界に映し、そしてクリアは一先ず安堵した。

 

「……はぁ、なぁに呟いちゃってんだろうね俺は……」

 

 彼が抱き続ける想い、イエローへの明確な好意を確認したのは彼がホウエン地方にいた時だった。

 ルギアと共に決戦の舞台へと躍り出たその時、イエローの無事を確認して、心の底から安心したその時、不意にクリアは気づいたのである。

 もう何度もそうやって心配と安心を繰り返して見てきた少女への想いを、誰よりも近くにいた彼女の存在、そこから来る暖かな幸せを。

 絶対に彼女に気づかれる訳にはいかないその感情の正体を認知して、そしてクリアは自身が抱えた想いを受け入れた。

 イエローという少女の事が好きだという自身の気持ちに嘘をつく事無く、その気持ちをひた隠しにして、彼は彼女の笑顔を守る事を心の中で密かに誓っていた。

 

「……でも本当に、自然が豊かな……」

 

 言いかけた、その時、突如として島の放送塔から金きり音が流れる。

 時間にして約二秒程だろう、まるでテスト放送とでも言いたげに流れた金きり音、その音を黙って聞くクリア、少し離れた所ではカガリとホカゲも突然の放送に耳を傾けていた。

 そして一旦音は切れる。静寂が辺りを支配し、再度放送のスイッチは入って、

 

『こちらロケット団三獣士じゃ~ん! この放送はナナシマ全島にお送りしてますから~~~!』

 

 突如として流れ出た放送、一瞬自身の耳を疑う様な放送を聞いて、クリアは完全に全ての動作を止めた。

 放送塔から流れてきた"ロケット団"というワードが、クリアの頭に反復する。

 かつて彼の師であるヤナギが、仮面の男として操っていた組織の残党達、その残党達が所属していたロケット団、その組織が今こうして大々的に活動しているという事は、ある一つの事実をクリアに突きつけていた。

 即ちロケット団の復活、ヤナギの失踪の際、残党員達はかなりの数が逮捕されたはずだったが、こうして放送を乗っ取って、彼等の話が本当だと仮定してナナシマ全島に放送を流しているのだとすると、まだまだ組織としては衰えていない事が理解出来る。

 

「おいクリア、ロケット団って確か数年前に壊滅したっていう……」

 

 そう言ってクリアの肩に手を置いてくるホカゲ、そしてクリアが彼の質問に答えようと振り向こうとしたその時、またしてもロケット団からの放送は流れる。

 

『これからナナシマ全島に僕達ロケット団が一斉攻撃しますから、ナナシマの皆さんはどこかに隠れているマサラ出身のレッド、グリーン、ブルーの三人を差し出すじゃ~ん!』

 

 今度こそピタリとクリアの動きが完全に止まった。何もかもが予定外、想定外の事に彼自身情報処理が追いついていないらしい。

 クリアは今日この場にホカゲとの決着をつけるべくやって来た、そして予定通りに一つの決着はつけた。

 後は一日二日ナナシマ観光でもして帰る、そのはずだったのだ、彼の予定にロケット団の襲撃等含まれていなかった。

 しかもだ、彼の先輩に当たるレッド、グリーン、ブルーの三名がクリアと同時期にナナシマ入りしている事等、考えられるはずも無かったのである。

 

『繰り返すじゃん、これからナナシマ全島を僕達ロケット団が……手始めに5の島は僕、チャクラが! 6の島はオウカ! 7の島はサキが壊滅させに行きますから覚悟するじゃ~ん!』

 

 再度流された放送、その放送で全てがクリアの幻覚等では無く現実である事を認識させ、またより詳しい情報は混乱していたクリアの頭を整理する余裕を与える。

 狙われているのはどうやらカントー図鑑所有者の三人、襲われる島は5、6、7の三つの島、そしてロケット団は現在、クリアがこの場にいる事を知らない。

 つまり、彼等にとって予定外の奇襲をかけるなら――今という事になる。

 

「ゴメン、カガリさん、ホカゲ、俺行かなきゃ」

「ふぅ、まぁアンタならそう言うと思ってたけど、本当に行くのかい? さっきの放送が本当なら相手はロケット団、正直アタシ等みたいなマグマやアクアみたいな組織とは規模が違うよ」

「知ってます、その残党となら戦った事ありますから……だけど、相手がどれだけ強大だろうと、さっきの放送を聞いたなら俺も黙っている訳には尚更いかなくなった」

「……どういう事だクリア」

 

 カガリ、ホカゲと交互にクリアに質問を投げかけて来て、クリアもなるべく手短に、感情を高めない様注意を払いながら答える。

 

「さっきの放送で名前を呼ばれたマサラの三人は俺の先輩達なんです」

 

 そう言って、クリアはおもむろに一つの機械を取り出した。

 ポケモン界の権威であるオーキド博士が作った、ポケモンの生態を自動で記録する超ハイテク機械。

 人呼んで"ポケモン図鑑"と呼ばれる機械。

 

「俺だってこうでも図鑑所有者の一人なんだ、先輩達が何かしらの危機に陥ってるってんなら、助けに行くのが道理ですよ……それに、どっちにしてもロケット団の悪事は放っておけませんしね」

 

 彼のその変わり様を、一体どれ程の人間が知っているのだろう。

 図鑑を貰った当初は、それをどこか当たり前の事の様に感じ、恩義あるオーキド博士への暴言も少なくなかった。

 それがいつしか、数々の激闘や、人やポケモンとのいくつもの別れを経験して、そしてクリアは変わった。

 オーキド博士から図鑑を託された"図鑑所有者"の一人、その誇りと自覚が、彼自身も気づかぬ内に彼の中に芽生え育っていたのだ。

 そして、何も変化があるのはクリアだけでは無い。彼に関わったカガリとホカゲにもまた、明確な変化は既に訪れている。

 

「だとすれば、アンタは5の島だね、アタシは6、ホカゲは7だ」

「……カガリさん、どうして……」

「"どうして"だと、決まってるじゃねぇか」

 

 つい先程、ロケット団の危険性をクリアに示唆したはずのカガリが、有ろう事かクリアの助力買って出ていたのだ。

 誰に頼まれるでも無く、自らの意思で、自身等が危険と判断したロケット団との戦闘を。

 そしてそんなクリアの疑問に、ホカゲは至極簡単な答えを持って答えた。

 

「"人を助けるのに理由なんていらない"……だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアは一足先にリザードンのエースに乗って飛び立った。

 色違いである黒いリザードンのエースならば、上手に闇に紛れる事が出来、クリアだけは最初から単独行動をとった方が得策だと判断した為である。

 そしてその後、ホカゲとカガリの両名は共に6の島、7の島へと向けてオオスバメの"そらをとぶ"で移動していた。

 二人一緒に行動しているのは、途中で敵と遭遇した場合にツーマンセルで対処する為、カガリとホカゲのコンビならどんな相手でも、それこそ組織のボスクラスで無ければ早々相手に出来ないはずだった。

 そう、"だった"のだ。

 

「"はどうだん"」

「カ、カガリィィィィィィ!」

 

 星々の明りだけが照らす夜空の下、ホカゲとカガリは先程とは打って変わったボロボロの状態で上空にいた。

 ホカゲとカガリだけで無く、彼等のオオスバメもまたかなりのダメージを負っており、回避能力も段々と落ちてきておりそして――とうとうカガリのオオスバメが敵の容赦の無い一撃をまともに食らってしまったのだ。

 ホカゲの叫びも虚しく海上へと落ちていくカガリ、その様子を歯噛みしながら見て、再度ホカゲは敵の方へと視線を向けた。

 全身を黒のコートに身を包んだ男性だった、そのコートの下からは"ロケット団"の証であるRのマークが見え隠れしている。

 

「大体さぁお前達が悪いんだぜ、俺様は仕事を終えて帰る途中だったってのに、お前達がちょっかい出してくるからよぉ」

 

 彼の言った通り、彼は任されていた仕事を無事に完遂し、自身の担当する任地へと戻る途中だった。

 長い間組織に預けていた彼の主メンバーとなるポケモン達を回収、そして彼がこのナナシマにおいて任された任務の遂行――ナナシマに現存する七つの石室、その封印を、アスカナの鍵の破るのが彼のナナシマでの仕事だったのだ。

 

「ブースターはさっきのバトルの疲労から使えない……なら、マグカルゴ、"かえんほうしゃ"だ!」

 

 呟き、ホカゲは男の頭上へとボールを放り、その中から進化した一体、マグカルゴを召還してすぐ様攻撃の指示を出す。

 ボールから現れたマグカルゴは直後すぐに体内温度を急上昇させ、一気に炎の噴出を開始した。

 非常に高温の炎がロケット団の男と、彼の二匹のポケモン達へと降り注ぐ――が、まるで蝋燭の炎が掻き消える様に、マグカルゴの"かえんほうしゃ"は跡形も無くかき消される。

 空気の渦を巻いて男ともう一匹のポケモンを空中に押し止めるダーテング、その手に持つ葉のうちわによって。

 

「なっ……」

「ふん、ダーテングのうちわは風速三十メートルの強風を起こすらしいぜ、まぁ実際の数値は知らねぇがな」

 

 何でも無い事の様に言って、男の傍らから一匹のポケモンが跳んだ。

 凄まじい瞬発力で、ロケットの様に打ち上がったそのポケモンは、落ちてくるマグカルゴをホカゲの方へ勢い良く蹴り飛ばす。

 タイプに格闘が混じったポケモンによる打撃攻撃だ、レベル差も相当あるらしく今のホカゲのマグカルゴではとてもじゃないが太刀打ち出来る気さえしない。

 仕方なしに、飛ばされてきたマグカルゴをボールに納め、そして次の手にすぐに移行しようとしたホカゲ――だったが、唐突に出来た影にホカゲの動きが止まる。

 いつの間に移動したのか、気づけば男はそこにいた。

 ホカゲには見慣れない一匹のポケモンと、一匹のダーテングを連れたロケット団、カガリとホカゲのタッグが全く通用しなかった相手。

 

「ルカリオ」

 

 男がそのポケモンの名を呼ぶ。同時にホカゲの止まっていた時間も動き出す。

 頭上で佇む危険で強過ぎる男、その男をここで倒しておくために、出来る行動は全て実行する、そうホカゲが決断して、実行しようとするのだが、しかしそれを許すロケット団の男では無い。

 彼は過去の経験から、どんな些細な反撃でも、やらせる前から潰す事に決めていた。

 なるべく時間もかけない、経てば経つほど非常事態に陥る可能性が生まれてくる。

 

「"あくの……はどう"!」

 

 次の瞬間、黒の衝撃波がホカゲの身体を貫く。

 為す統べなく海上へと落下していくホカゲ、そしてその姿が完全に着水するのを見届けて、男は自身の帰る場所へと戻っていく。

 サカキに"カラレス"と呼ばれ、サキによって脱獄させられた男は、ホカゲとカガリという二人の強力な正義のトレーナーを葬り去り、シンオウ地方へ向けて飛び去っていくのだった。

 

 




カラレスの出番終了。次に出るのは大分先になりそうです。
……ホカゲとカガリさんがかませっぽくなってしまった……。


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五十八話『vsハガネール 宇宙からの襲撃者』

 

 

 ホカゲとカガリの二人が"カラレス"と名乗るロケット団に撃墜されていた頃、別進路から5の島へ向けて飛んでいたクリアとエースの方にも異変があった。

 闇夜の中に黒のシルエットを浮かべ、尻尾の炎が赤々と燃え盛り、その上に跨ったクリアは目の前の光景、その先にいる生物を見定めて極度の緊張状態を保っていた。

 

「ははっ、ロケット団の襲撃と言い、先輩達のナナシマ来島と言い、まさか全ての発端はお前だって言うのかよ」

 

 赤と青だけのシンプルな配色に、そのポケモンの生命エネルギーそのものと言うべき水晶体。DNAポケモンと分類された、幻の一体。

 

「デオキシス……!」

 

 乾いた笑みを浮かべクリアが呟いた後、デオキシスは行動を開始する。

 立ちはだかる者は全て敵だと言わんばかりに、情けも容赦の一切も無く、唐突にエースの腹部へと強烈な猛打を複数発打ち込んできた。

 瞬間、呼吸が止まり、完全に動作を止めるエース、そこへ続けてデオキシスは、

 

「ッ、戻れ!」

 

 デオキシスの攻撃よりも一瞬早く、クリアはエースをボールへと戻し、戻り際のエースの背を蹴って高く跳び上がる。

 その直後、デオキシスの水晶体から放出され、圧縮された高エネルギー弾がクリアの真下を通過した。

 "サイコブースト"、クリアの知る限りデオキシスが持つ最高位の攻撃技、まともに食らえばエースといえど、かなりの深手を負ってしまう事は必死だ。

 その事から、重力に引っ張られ、少しずつ落下の速度を上げ始めたクリアは少しだけ考えて、

 

「デリバード、頼む」

 

 大柄なエースよりも小柄なデリバードで極力攻撃を回避しつつ、氷タイプの技での無力化を試みる事にする。

 見た所目の前のデオキシスのトレーナーらしき人物は辺りには見られず、また、突如として襲ってくる辺りも、野生ポケモン特有の傾向だとも言える。

 デオキシスと言えば、真っ先に想像されるのは矢張り隕石、宇宙、地球外から飛来した全く未知の新種ポケモン。

 何故そんなポケモンがナナシマの上空を飛行しているのか、何故ロケット団がナナシマを襲撃し、カントー図鑑所有者達を狙うのか。

 その理由までは分からなくても、しかしこのタイミングでのデオキシスの登場、その存在がそれら全ての要素を結びつけるには十分な理由だった。

 

「単純に考えればロケット団の目的は強い力を持つデオキシス、だからその為に図鑑所有者達を必要としている? だけど何の為に……」

 

 デリバード背に乗って、デオキシスと対峙するクリアは単身そう呟き思考を巡らせようとするが、だが相手もクリアに考える時間を許すほど優しくも無い。

 またしても"アタックフォルム"の形状を維持したまま、デオキシスはクリアとデリバード目掛けて向かい迫り、クリアも頭の働きを目の前の相手へとシフトする。

 そして、デオキシスとクリア、一人のポケモンと一人の少年の空中戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳を劈く様な爆発音がナナシマの中の一つである5の島にて鳴り響いた。

 各所から火の手が上がり、家屋等の建物や"おもいでのとう"といった建造物までもが、目に付くもの全てを破壊しながら鉄蛇は侵攻を続ける。

 ハガネールを手足の様に用いて5の島で破壊の限りを尽くすのはロケット団三獣士が一人"チャクラ"、まるでゲーム感覚で人々の財産を荒らしまわる様は、蹂躙される側の人々にとっては憎らしくも、それ以上に何をしでかすか分からない恐怖を植えつける。

 そしてチャクラは、ただハガネールで島を練り歩く事に飽きたのか、自身のフォレトスを5の島のポケモンセンターへと突撃させて、

 

「"だいばくはつ"! ドッカーン!」

 

 ド派手な大爆発の衝撃と熱風で、一瞬にしてポケモンセンターを粉々に吹き飛ばそうと画策した。

 球体状のボディが発光し、次の瞬間、チャクラのフォレトスがポケモンセンターを粉々に吹き飛ばし黒煙を大々的に上げる――事は無かった。

 ただフォレトスは、不発弾の様にプスプスと小規模な黒煙を吐き出しているだけである。

 その様子を外から眺め、不審に思ったチャクラが内部を覗き込む、そこにいたのは、

 

「また"だいばくはつ"か? もう同じ手は食わないぜ!」

 

 赤い帽子がトレンドマークの、赤い瞳と黒髪の少年、ポケモンリーグ優勝経験を持つカントー図鑑所有者の一人、"戦う者"マサラタウンのレッド。

 "きわの岬"でキワメから草の究極技"ハードプラント"を受け継ぎ、4の島で三獣士と交戦、その際故郷へと帰還していた"カンナ"の助力でどうにかその場での危機を脱した後、クリアやホカゲ、カガリも聞いたナナシマ全島に響いたロケット団からの放送を聞いて、そして彼等は自ら戦いの場へとはせ参じた。

 ロケット団との戦いは避けられないレッドは5の島、グリーンは6の島、そして故郷をこれ以上荒らされる訳にはいかないカンナは7の島へと、彼等はそれぞれの戦場へと向かったのだ。

 5の島に降り立った直後、レッドはすぐにチャクラとハガネールの姿を確認し、ポケモンセンターに突撃したフォレトスの対処をまずは優先して行ったのである。

 

「どうやってフォレトスの"だいばくはつ"を防いだのかは知らないですけど、僕の邪魔をするお前の態度が気に食わないですからァァァ!」

 

 チャクラの理不尽な怒りがレッドへと向けられ、チャクラのハガネールがレッドへと突進する。

 大口を開けて、ポケモンセンターへの損害等気にも留めずにチャクラのハガネールはレッドへと迫り、そして一気に口を閉じる。

 レッドを丸ごと飲み込み、口を閉じる。

 呆気なさ過ぎるレッドの最期に、チャクラは大笑いをしてハガネールの上で転げまわる――も、すぐにチャクラのハガネールに異変が起きた。

 ブルブルと身体を震わせて、閉じた口を再度開く。その口内にいたレッドとその相棒、ニョロボンの力によって閉じられていたハガネールの口は強引にこじ開けられたのだ。

 ニョロボンは水タイプのポケモンで"しめりけ"という爆発系の技を封殺する特性を持っている、つまりは先のフォレトスの"だいばくはつ"を防いだのもこのニョロボンだったのだ。

 そして同時に、ニョロボンは格闘タイプも同時に合わせ持った格闘戦士、

 

「食らえ! "きあいパンチ"!」

 

 ニョロボンの"きあいパンチ"がハガネールに直撃し、超重量級のハガネールの巨体を数メートル程吹き飛ばして、ポケモンセンターの外へと弾き出す。

 ハガネールは鋼タイプを持ったポケモンであり、今しがたニョロボンが放った"きあいパンチ"は格闘タイプの技だ。当然、その高い防御力を持っていたとしても、それなりのダメージは通用する。

 それもリーグ優勝者であるレッドが幼い頃から一緒に居るニョロボンだ、その強さは他のニョロボンと比べても頭一つ飛びぬけて高く、結果、ハガネールは飛ばされ、チャクラの沸点の低い怒りは忽ち頂点へと上り、

 

「ゆ、許さないじゃ~ん! 口が駄目なら、尻尾で串刺しにするだけですからァー! "アイアンテール"!」

 

 矢を射る様な速さで、ハガネールの鋭く尖った鋼の尻尾がニョロボンへと迫る。

 ――が、突きつけられたその尻尾を、ニョロボンは"こころのめ"でハガネールの動きを見切り、そしてしっかりとその尻尾を掴んで、

 

「受け止めたぁ!?」

 

 そしてそのまま、背負い投げの要領でチャクラをハガネールごと一瞬持ち上げ一気に地面へと叩きつけた。

 轟音を奏でて倒れ込むハガネール、その上に乗っていたチャクラは衝撃で飛ばされ、そして気がつくと彼の眼前には黄色の尻尾が突きつけられていた。

 レッドのピカチュウであるピカが、いつでもチャクラに電流を放出出来る様、身構えていたのである。

 

「島を、無関係な人々をこんなに酷い目に……! これ以上被害を広げる訳にはいかない、答えろ! 何故俺達を狙う、お前達の計画に邪魔だからか!?」

 

 チャクラの胸倉を掴んでレッドは激昂する、無関係なナナシマの人々を傷つけた彼等ロケット団へ、巻き込んでしまった自身への怒りも感じながら。

 だが問い詰められたチャクラはレッドの意見に反対する様に言う。

 

「……ぎ、逆じゃん、お前達が邪魔だなんてとんでもない……むしろ必要なんですから」

「……何?」

「ぼ、僕達に命じられた作戦は"お前達を使って"デオキシスをおびき寄せる事、だから何としてもお前達を確保する必要があったじゃあん!」

 

 呆気に取られた。予想外のチャクラの返答に、レッドは自身の考えと逆だったチャクラの返答に動揺を隠せないでいた。

 ロケット団を壊滅に追い込んだのは、実質三人のカントー図鑑所有者、レッド、グリーン、ブルーの三人だった、だから当然、ロケット団は彼等三人を排除する為に自身達を狙っていると、そうレッド達は自然と考えていたのだ。

 だが、実際は違った。

 チャクラは彼等が必要だと言った、それもデオキシスという未知のポケモンの名称を使って、そしてその未知のポケモンに、一つだけ心当たりがあるレッドは尋ねる。

 

「デオキシス、ってまさか、だけどどうして……!」

「そ、そ~じゃん、シーギャロップ号に現れたあのポケモンじゃん」

 

 レッドの問いに、チャクラはあっさりと肯定する。そもそも拘束されて、一切の反撃が出来ない状態だから当然と言えば当然か。

 そしてレッドの二つ目の問いにも答える様にチャクラは、

 

「"デオキシスとマサラの図鑑所有者は引かれ合っている。レッド、グリーン、ブルー集まる所に奴は現れる"って、確かにサカキ様はそう言ってましたからぁ!」

 

 確かにチャクラはそう言った。そしてそれが、彼等ロケット団の目的。

 クリアの推測通り、彼等ロケット団はデオキシスの捕獲を目的にしていたのだ、そしてその目的を達成する為、ロケット団三獣士はカントー図鑑所有者達を狙い、ナナシマを襲撃した。

 全てはデオキシス捕獲の為、不思議と引かれ合うカントー図鑑所有者とデオキシスの性質を利用して。

 驚くべき情報にまたしても衝撃を受けるレッドだったが、チャクラから更なる情報を引き出そうとした矢先、彼の耳に助けを求める声が届き、彼の瞳に助けを求める人々の姿が映った。

 

「大丈夫ですか!? この島を襲った奴なら捕えましたから、もう心配はいりませんよ!」

 

 そして自身のフシギバナにチャクラの拘束を任せて、ナナシマ島民のフォローへと回ったレッドを待っていたのは、

 

「"心配はいらない"、ですって……! 冗談じゃないわ! 一体誰の所為でこんな目に合ってると思っているのよ!」

 

 彼が助けに入った女性から、レッドは差し伸べた手を叩かれ、更に彼を取り囲む様に殺気だった島民達が集まってくる。

 

「放送を見たのよ! このナナシマが今襲われてるのはアンタ達が原因だって言うじゃない! だったら今襲った奴を捕まえた所で、アンタ達がいる限りまた襲われるかもしれないって事でしょ!」

 

 それは唯の言いがかりであり、八つ当たりであり、そして同時に的を射た言葉でもあった。

 彼等島民からしてみれば、よそ者であるレッド達の来島によって平和だった日常を崩され、様々な物を無くして傷ついた。

 それがロケット団という悪人の集団の所為だと言われ、捕まえたと言われた所で、壊されたものはもう戻ってこない、負った傷が即座に癒える訳では無いのである。

 しかも先の放送を見聞きした限り、レッド達がいる限り襲撃は続くと簡単に予想出来る、夜安心して眠る事すら許されない。

 そんな非日常を持ち込んだレッド達へ、たとえ彼等が悪い訳では無いと分かっていても当たってしまう――。

 

「おー、流石やなーレッド! さっそくこのチビを撃退したんやな……って、どないしたんやレッド?」

 

 遅れて到着したマサキが暗く落ち込んだレッドの様子の変化に気づき、声をかけたその時だった。

 

()っ!」

 

 投げ込まれた投石を肩に受け、レッドは顔を歪ませた。

 だが投石を行った女性、彼女は瞳に涙を浮かべて敵意の視線をレッドへ向けていた。

 他の島民達も皆が皆、怒りの形相を浮かべてレッドを見ていた。まるで敵を見るかの様な目で。

 ――否、敵なのだ。彼等島民達にとって、破壊を行ったロケット団も、その元凶となったレッド達も、全てひっくるめて総じて島の敵。

 淘汰すべき敵としてしか、彼等の目にはレッドの姿は映っていなかったのである。

 

 罵詈雑言が飛び交い、口々に罵りの言葉を彼等はレッドへと投げかける。

 そんな島民達にマサキが、レッドはオーキド博士から図鑑を託された図鑑所有者である、と説明しても、今のレッドの手元に図鑑は無い。ナナシマを訪れる前、オーキド研究所でどこかへと転送してしまっている。

 そして当然、証明が出来ないマサキの言葉を島民達は"嘘"だと判断し、嘘吐きだと怒りの声を更に荒らげる。

 島民達のそんな言葉に、売り言葉に買い言葉で怒りを露にするマサキだったが、当の本人であるレッドはどこか冷めた様子で、諦めた様子で俯いていた。

 結局、島に災厄を持ち込んだのは自身達だと、そう納得する様に――。

 

 そしてその時、風の動きが変わる。

 同時に、レッドの心臓が一際大きく脈打った、離れていても感じる威圧感が辺りを支配しそして、

 

「ガアァっ!」

 

 うめき声を上げた一人の少年が地面へと激突する。

 その場にいた全員が突然の来訪者の方へと顔を向けて、墜落した少年は傷だらけの身体を引き摺ってどうにか起き上がり、空へと視線を向ける。

 ゴーグルを首から下げた黒髪黒眼の少年、彼の傍らでは瀕死状態のデリバードが横たわっており、そしてその少年の顔を見たレッドとマサキは同時に呟く。

 

「クリア……?」

「……誰?」

 

 立て続けに起きる予想外の出来事に、レッドとマサキは驚きの声を上げて、一人チャクラだけは予期せぬ登場人物に首を傾げる。

 彼等と同じくレッド達の存在に気づいたクリアだったが、だが残念ながら彼にはレッドとマサキの存在に驚愕の声を上げる事も、ましてや彼等との再会を喜ぶ時間も無かった。

 上空から勢いよく落ちてくる存在――デオキシスの攻撃がまだ止んでいなかったからだ。

 

「レヴィ"バリアー"だ!」

 

 まずはデオキシスの攻撃を防ぐ事を最優先にして、ボールからドククラゲのレヴィを召還し、その自慢の防御力でデオキシスの特攻を待ち受けるクリア。

 だがしかし、衝撃を撒き散らしながら飛来したデオキシスの強烈な突きは、レヴィの"バリアー"を突き破ってレヴィの身体にダメージを与え、そしてそのまま、腕の先から"はかいこうせん"を放出してクリアごとレヴィを吹き飛ばす。

 

「クリア!」

 

 あまりの光景に一瞬呆けるレッドだったがすぐに我に返って、吹き飛ばされたクリアの方へと駆け寄る。

 その戦闘の壮絶さから、既に島民達は散り散りに逃げ去り、周囲には縛られたチャクラ、マサキ、レッド、そしてクリアしかいない。

 瀕死状態となったレヴィを見て、そしてクリアへと目を向けてからレッドは、

 

「お前、どうしてここに……というかどうしてあの"デオキシス"と……」

 

 そう呟いてクリアへと手を差し出す。差し伸べられた手を受けて、立ち上がったクリアは少しだけ間を置いて、

 

「俺は俺の用事で来てたんですよ、このナナシマに……そしてロケット団の放送が流れて来て、この5の島に向かっていたら……」

「海上でデオキシスと接触して交戦となった、って事か」

 

 首を縦に振って頷くクリアの様子にレッドは確信した。矢張りデオキシスはカントー図鑑所有者と引かれ合っている、だからクリアと戦いながらもこの5の島を訪れているのだと。

 クリアを襲ったデオキシスは、恐らくレッドを狙って5の島へと向かっていた、その途中でクリアと出会い、彼等は戦闘へと突入したのだ。

 そしてそのままデオキシスは変わらず5の島を目指しながらクリアと戦闘、最終的に終始優勢に立ちながらクリアを蹴散らし、5の島へと到着したのである。

 

「クリア、奴をこのまま放ってはおけない」

「分かってますよレッドさん、頼むP」

 

 言わずともクリアは戦意を無くしていなかった。少しだけ心配になったレッドはそれが杞憂となった事に僅かながらも安堵する。

 目の前の強敵の相対しながら、既に手持ちを二体も瀕死に追い込まれながらも戦意を失わないクリア、並のトレーナーなら根を上げる所だろうが、そこは彼の経験が生きた。

 これまで数々の激闘を経験し、本当に様々な方法で死に掛けたクリアからすれば、まだこの程度のピンチはピンチだと呼べないものだったのだ。

 そして体勢を立て直したクリアと、レッドは互いのピカチュウを前に出して、デオキシスに狙いを定めて、

 

「"10まんボルト"!」

 

 二つの"10まんボルト"がデオキシスへと到達する――も、尖った様な姿をしたデオキシスはその瞬間、体型を一変させる。

 丸みを帯びた防御型の姿、周囲の状況や相手の戦術によって姿形すらも変えるその能力。

 そして二匹のピカチュウの電撃攻撃を防いだその姿を見てチャクラが、

 

「出た! フォルム……」

「"フォルムチェンジ"か」

「チェン……は?」

 

 自信満々にチャクラが呟こうとした時、ポツリとクリアが呟く。直後、驚愕の色を浮かべてレッドとマサキ、ロケット団のチャクラまでもがクリアを見つめるが、当のクリアはその視線に気づかない。

 

「防御特化の"ディフェンスフォルム"、さっきの"アタックフォルム"も厄介だったが、やっぱ二種同時に使えるのか……」

 

 戦闘に集中してる為、彼等の視線に気づかず、クリアは"至極不自然な台詞"をペラペラと口にした。

 

「"分身体"を出してないだけまだマシか、だけどさっきは"サイコブースト"も撃たれたしアレには要注意だな……いやそもそも、"スピードフォルム"と"ノーマルフォルム"には何故ならないんだ? 矢張り何かしらの条件があって初めて"フォルムチェンジ"が出来るのか」

 

 そもそもデオキシスとは、ホウエン地方の隕石である"グラン・メテオ"に付着していたウイルスが突然変異を起こして生まれたポケモンだ。

 そのポケモンをロケット団がグラードン、カイオーガによる大災害の混乱時に入手し、作り上げたロケット団にとってもまだまだ未知のポケモン。

 全くの未知数だからこそ彼等ロケット団は、グリーンを釣る餌としての理由をついでとして、生態を調べる機械を作り上げる為に研究所を襲いオーキド博士を攫っていたのだ。

 故に今レッド達三人の図鑑はロケット団が所有しており、そしてその図鑑を元とした新たな機械、黒いポケモン図鑑の様なものをデオキシスの調査に当てる為に開発した。

 

 そこまでしてようやく調べ上げられるだけの情報、いやそれ以上の情報をクリアは軽々と口に出したのである。少なくとも"分身体"という情報をロケット団は所有していない。

 

「レッドさん、奴の弱点は胸の水晶体……"多分、そのはず"です」

 

 どこか歯切れの悪いクリアの言葉、だが彼とてデオキシスと対峙するのは今日が初めてであり、その言葉に自信が持てないのも仕方が無い。

 散々ゲームと現実の違いを見せ付けられたクリアは、矢張りどうしても疑いの念を持ってしまう。自信の持っている情報が本当に当てはまっているのかを。

 ――自身に向けられている疑念の目に気づかずに。

 

「っ……プテ、ギャラ、ゴン! クリア、奴には総戦力で挑んだ方が良い、要はそういう事だな!?」

「えぇ大体そんな感じです! 俺も……ッ」

 

 迷いを振り切る様に残りの手持ち全てを出したレッドがクリアに言って、クリアも答えてから、Vとエースのボールへ手を掛けようとした。

 その時、デオキシスと戦う為に一時的に拘束を緩めた一瞬、その一瞬でチャクラはフシギバナのツルの拘束から抜け出し、クリアに急接近して、

 

「お前、何者じゃん?」

 

 威圧する様なチャクラの態度に、クリアは一瞬身じろぐ、小さいながらも悪の組織の幹部クラス、キレた様な何をするのか分からないチャクラの動作に――クリアはその日一番の隙を作ってしまったのだ。

 瞬間、ジロリとデオキシスの眼がクリアへと向けられる。

 

「クリア!」

 

 この場において、今最も危険だったのはレッドでもチャクラでも無い、クリアだったのだ。

 クリアとデオキシスは海上から戦闘を続けて5の島へとやって来ていた、つまりはまだ彼等の戦闘は続いていたのである。

 レッドの叫びが耳に届くと同時にデオキシスもまたクリアへと届いて、そして尖ったデオキシスの触手が尖り槍状へと変形する。

 その瞬間、クリアの脳裏に浮かぶのは過去の記憶。初めて強大な実力者と戦った時の、カンナとの戦いの記憶、そして――思い出す、鋭く貫かれる感覚。

 

「…………がはっ」

 

 鋭く細い槍がクリアの身を突いた。

 クリアの左胸部へと刺さった触手を眺め、すぐにデオキシスは腕を振りぬく、直後に地面を転がるクリアの姿、マサキは真っ先にそんなクリアへと駆け寄り、一方ロケット団のチャクラは、

 

「クリア、おいクリア! しっかりせい! あぁもう、どうしてわいがいるといつも貫かれるんやお前さんはぁ!」

「はぁ、なーんでデオキシスの事知ってたのか問い詰めたい所だったけど、死んでしまったら意味ないじゃ~ん」

 

 途端に興味を無くした様にクリアから視線を逸らし、デオキシスへと顔を向けて、彼等ロケット団が開発した黒いポケモン図鑑の様な機械を取り出す。

 そして、マサキからそんな事を問われた所でクリアに分かるはずも無い。というか望んで貫かれている訳でも無い。

 吐血して、ぐったりと意識を混濁させていくクリアの様子を見て、デオキシスは目標をレッドへと変更する。

 レッドへと顔を向けて、本来の標的である彼へと敵意を向けて佇む。

 そして、一方のレッドもまた、

 

「くっ! フッシー、ニョロ、ピカ! 皆で奴を倒すんだ!」

 

 例え疑惑の念を向けていたとしても、それでもレッドにとってクリアとは図鑑所有者としての後輩の一人であり、そして、彼が妹の様に思っているイエローの大切な人である。

 その彼を目の前で無残に倒されて、そしてレッドはデオキシスとの戦いへ望むのだ。

 彼のベストメンバー、リーグ優勝の経歴もある六匹の精鋭達と共に、そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 6の島での戦いを終えたグリーンと、目を覚まし、暴徒達からどうにか逃げ遂せたブルーの二人が5の島のレッドの下へと駆けつけた頃には、既に彼等の戦いは終わっていた。

 彼等が見た光景、それはボロボロのレッドと彼の手持ちポケモン達、そして左胸部から血を滲ませ意識を失ったクリアと、彼の様子を見るマサキの姿。

 何故クリアがその場にいるのか分からない彼等だったが、しかし一つのはっきりとした事実だけは哀愁漂うその場において、彼等にレッド達の現状を語りかけてきていた。

 

「負けたんだ、俺達……クリアも、深手を負って……」

 

 搾り出す様なレッドの言葉を聞いて、グリーンとブルーは同時にクリアへと視線を移動する。

 ピクリとも動かない横たわるクリアを、真っ青な顔で見つめるマサキの姿、そして心臓のある左胸から血を滲ませているクリア。

 ただそれだけの要素で、彼等は最悪のシナリオを想像した。

 レッドは喪失感から表情を作る事が出来ず、マサキも同様に顔を俯き、グリーンは僅かに口を開けて佇んで、ブルーは目尻に涙を溜めていた。

 例えクリアと言えど、もう何度も死にかけ一度死んだクリアと言えど、心臓を貫かれれば一溜まりも無い。そんな事は、子供でも分かる事であり、故に彼等は突きつけられた現実に、打ちひしがれていた。

 

 ――のだが、

 

「っ……かはっ!」

 

 彼等の期待を裏切る様に、クリアは急に意識を取り戻したのである。

 呆然とする一同が見守る中、苦しそうに息を吐いて、吸って、何度かの呼吸の後、彼は何事も無かったかの様に起き上がる。

 

「……し、死ぬかと思った……いや一度死んで、む?」

 

 呟きかけてからクリアは気づいた、自身を見つめる四つの視線、彼等の視線は四者が四者、訳が分からないとその瞳に訴えかけてきている。

 

「あ、グリーンさんブルーさん、お久しぶりです」

「……おいクリア」

「はい?」

「お前、今、確かに心臓貫かれてたよな? そやろ、そのはずやで!」

 

 場違い感も甚だしく、久方ぶりに会ったグリーンとブルーにニコリと笑って挨拶するクリアに、マサキは慌てた様に問い詰めた。

 当然だ、つい先程まで完全にお通夜モードだったのだ。完全にクリアが死んだと彼等は認識していた。

 デオキシスの圧倒的な力の前に為す術無く破れ、焦燥感で一杯だったレッドでさえ、驚きの視線をクリアに向けている。

 そんな中、クリアは思い出した様に上着の胸ポケットに手を入れて、

 

「そうだねマサキ、貫かれていたらヤバかったな……これが無ければ」

「……ポケモン図鑑」

 

 クリアが胸ポケットから取り出したそれを見て、マサキはその名称を呟く。

 綺麗に中心を貫かれ、打ち壊れたポケモン図鑑、それが無ければクリアは確実に心臓を貫かれていたのだろう。

 ポケモン図鑑がデオキシスの触手の槍の勢いを殺したからこそ、槍は心臓に届く直前で留まり、そこから伝わる激しい痛みと衝撃で一度クリアは意識を手放してしまっていたのである。

 

「本当、今回もギリギリ繋ぎとめられ……ってあれ、皆さんどしたの?」

「いいや、もう、本当何でも無いわ……」

 

 状況が分からずそう言ったクリアに頭を抱えてマサキは返す。

 そう言えばそうだったと、マサキは改めて思い出していたのだ、初めてクリアと出会った時も、マサキはクリアのその予想外の行動に散々振り回されていた気がする。

 そしてマサキがクリアの予想外で奇天烈な行いを思い返し終わる時、最後に再び彼は思い出した。

 つい先程のクリアの言動を、まるで最初からデオキシスの事を知っていたかの様な言動を。

 

(だけどちょっと待て、もしここでさっきの事そのまま伝えたらブルーもグリーンも混乱するとちゃうやろうか、いやわいもレッドもさっきまでそれ所じゃなかっただけで、正直大分混乱して……)

 

 言葉を発する前に考えて正解だった。

 先の出来事を正直に話してしまったら、恐らくクリアはブルーとグリーンから疑いの眼を向けられるだろう。どうしてそんな事を知っているのかと。

 まぁだからと言って敵だと即判断付けされる事も無いだろうが、それでも一度疑惑の目を向けられると、そこから戦闘での信頼を取り戻すのは難しい。

 敵の力が強大がある故に、必然的にジムリーダー級のクリアの力は必要となってくる――となれば、ここは先のクリアの語りをマサキとレッドだけの秘密にして、まずは敵との対決に備え、今から少し経った後皆が落ち着いたその時、改めて切り出せば少なくとも今言うよりは波風も立たずに済むのでは無いかと、瞬時にマサキは思案した。

 クリアの不審過ぎる言動、だが行動から見ればクリアはロケット団の仲間などでは無く、立派な彼らの味方だ。

 しかしそれを見ていないブルーとグリーンがクリアの事を即信じるかと問われれば、答えはノーだろう。何しろグリーンもブルーも家族を戦いに巻き込まれている、それだけ気が立っててもおかしくない。

 だからこそマサキは彼等の連携を崩さない最善の策を提案し、実行しようとした――のだが、

 

「それにしても、"本物のデオキシス"がまさかあれ程強いなんて予想外だったなぁ」

 

 マサキの企みはクリアの何気無い一言であえなく気泡に化す。

 相変わらずの、まるで以前からデオキシスの事を知っていたかの様なクリアの言動に、当然グリーンとブルーが見て取れる程の反応を示しているのがマサキにも分かった。

 マサキの失敗、それは恐らく先の戦闘時、クリアに彼の言動の矛盾を指摘して無かった、ただそれだけの事だったのだろう。

 

 




原作知識をフル活用したら疑われる罠。


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五十九話『vsカメックス 究極技』

 

 

 5の島の端、七人の人間と七匹のポケモン達は、各々神妙な顔つきで煌々と燃える一つの焚き火を囲んでいた。

 三人のカントー図鑑所有者、究極技の伝承者であるキワメ、ポケモン預かりシステムのマサキ、シーギャロップ船の船員のふなのり、そしてクリアの計七人。

 それとキワメの手持ちポケモンであるメガニウム、バクフーン、オーダイルの三匹に、グリーンのリザードン、ブルーのカメックス、クリアのPとエース、計七匹。

 それだけの数の人とポケモンがその場に居合わせながら、しかし、とてもじゃないがその場に雰囲気はどんよりと雨雲の様に重く、冷たい空気に包まれていた。

 理由は当然、先程のロケット団三獣士達による襲撃による為である。

 ナナシマ全島を攻撃目標だと宣言したロケット団三獣士に対抗する為、レッドとグリーンはその場に居合わせたカンナと、そしてクリアもホカゲ、カガリ等と共に別ルートから三獣士討伐に乗り出した。

 

 だが結果は――彼等の惨敗だった。

 

 レッドは手持ちのポケモン達の全てをほぼ戦闘不能の状態まで追い込まれ、カンナ、ホカゲ、カガリの三名とのその後の連絡は途絶え、クリアも運が悪ければ即死しており、それでなくても本来の目的であるホカゲとの戦い、そしてデオキシスとの偶然の戦闘でV、デリバード、レヴィは倒れ、今はクリアが倒れた為デオキシスとの戦闘を取りやめたPと戦闘時ほぼボールに入っていたエースのみしか満足に動けない。

 唯一戦いに勝利したグリーンも、自身の祖父であるオーキド博士が囚われの身であるというこの状況に、悠長に勝利を喜んでいられる状態でも無い。

 そして更に不運は続く様に、彼等が今滞在している5の島における唯一のポケモンセンターは、三獣士の一人であるチャクラの襲撃により多大な被害を受けており、今現在は利用停止の状態となっていた。

 それはつまり、瀕死となったポケモン達の回復を行う事も、預かりシステムを使ったポケモンの入れ替えも出来ない状況にあるのだ。

 元から五匹しかメンバーのいないクリアと違い控えのポケモンを複数匹待機させてあるレッドやグリーンには痛手となる事態、特に手持ちがほぼ壊滅状態となっているレッドにとってはその不幸を呪いたくなる様な状況、せめて傷ついたポケモン達の傷を癒してやる事さえ出来ない、そんな何とももどかしい状況にあった。

 

 そんな中、静まり返り一言も誰も言葉を発さない状況の中、皆の視線は一人の少年へと注がれる。クリアである。

 視線を向けられた少年はどこかバツの悪そうな顔で、焦りと自嘲を交えた微笑を浮かべる。

 それもそのはず、彼は先程、恐らくこの世界を訪れてから初めてにして大きな失敗をしたのだ。

 

「そろそろ説明して貰うぞクリア」

 

 焚き火と星の明りだけが光源となる島の夜闇の中でグリーンはクリアを真っ直ぐと見て言う。

 

「どうしてお前はデオキシスの能力を知っている……いやそもそも、お前は一体何者だ!?」

 

 祖父を人質に取られた怒りが表に出て現れたのか、後半からは強い口調で責める様に言ったグリーン、そんな彼の質問に、クリアはただ黙って目線を逸らした。

 その行動が気に入らなかったのだろう、グリーンは更に鋭くクリアを睨む。

 一人物静かに虚空を見つめるレッド以外、その場にいた全員がクリアを見つめていた。ブルーをはじめとして、マサキ、それに彼とは初対面となるキワメやふなのりまで、十の瞳に囲まれて、クリアは唯思案する、この場を切り抜ける最高案を。

 

 クリアという少年は、元々この世界にいた人間では無い。この世界で生まれた訳でも育った訳でも無い、否そもそも元の彼はもう少し身体的に成長した姿をしていた。

 それが"どういう訳か"、気づけばトキワのジムで倒れており、成行きとその場の思いつきのみで生にしがみ付き、そして少しずつ周囲の世界に彼という存在を溶け込ませてきた。

 カントーにおけるスオウ島の戦いで信用を得て、ジョウトにおける仮面の男事件で彼だけの人間関係を形成し、ホウエンにおける超古代ポケモンの激突という激戦で彼という存在は、この世界において唯一無二の存在となった。

 尤もそれらの出来事は全て偶発的に彼の周囲で起き、彼自身もその状況を利用するつもりが最初からあった訳では無かったが、結果的にそうしてクリアという存在は、皮肉にも"世界を脅かす巨悪"の存在によって、"世界に溶け込んでいった"のである。

 

 だがここに来て、クリアは失念していたのだ、自身が別世界――ポケモンが存在しない世界の人間だと言う事を。

 と言ってもどういう訳か、ゲームやアニメ等といった娯楽コンテンツとしてのみでならば、彼の世界にもポケモンが確かに存在し、またレッドやグリーン達といった人物、この世界で起きた事件等も、多少の誤差はあるもののゲーム内でキャラ、イベントとして実装されていたものばかりで――だけど矢張り、今の世界と彼の世界のポケモンに関する事情は全くと言っていい程違う。

 彼の世界の子供の大半は、ポケモンの存在を知り、また伝説や幻といったポケモン達の情報も容易に知り得る事が出来た。

 ミュウが全てのポケモンの先祖という説はゲーム内の情報に載っていた、それと同じ様に先程レッド等が初めて遭遇したデオキシスの情報等、ある程度ポケモンというコンテンツに触れている者であれば、当然の様に知識として持っている情報だった。

 

 故にクリアも当然知っていた。デオキシスにフォルムチェンジという能力がある事なんて当たり前、影の様な分身体を出すという情報もアニメ映画で披露されていた。

 そして長い期間、約三年以上もの年月の中で少しずつクリアの中の"今の世界"と"彼の世界"の境界線は曖昧なものとなっていって、遂に今日、クリアは口を滑らせてしまったのである。

 この世界ではデオキシスはつい最近誕生した新種であり、生み出したロケット団達もその能力を時間をかけて研究していた。

 ――にも関わらず、何の接点も無いはずのクリアはその情報を持っていた、知っていた、"その情報を本に対処してしまった"。

 

 そしてその事を切欠に、今まで彼等の内に沈んでいた疑念が再び舞い上がったのだ。

 

 そもそも、クリアという少年は一体何者なのか?

 どうしてクリアはデオキシスの能力の詳細を知っていたのか。

 どうしてクリアはポケモンも持たずトキワのジムに倒れていたのか。

 どうしてクリアは自身の事をほとんど明かさずまた、いくら調べた所でクリアの過去の経歴は一切出てこないのか。

 

 共に戦っていたからこそ、その戦いの中で信頼は生まれ、多少の事では揺るがなくなった。

 だからこそ、戦いの中で出来たほんの小さな綻びが、彼等の信頼をいとも容易く破壊したのである。

 

「……それで」

 

 ポツリとクリアは呟く。

 先程まで一切の言葉を話さず皆についてきた少年は、微笑を浮かべて口を開く。

 

「話した所で、どうなるんですか、"グリーン先輩"?」

 

 顔を上げたクリアという少年の顔は、どこか開き直った様にニッコリと笑みを浮かべていた。

 笑み、と言っても、だがそこには温かみ等無く、あるのは氷の様に冷たく閉ざされた彼の本心、本性、心。

 最早、軌道の修正など不可能。どこかで必ずボロが出て、疑いは更に深いものとなる。

 ならばと――クリアは開き直ることにした。隠し事がある事など、当に皆に知れ渡っていた事、違うのはそれが"信頼"から"疑い"に変わった、ただそれだけ。

 

「あなた達に話して、"俺の世界"の事を話して、それで俺が"この世界"にいる理由が分かるって言うのなら、俺は喜んで話しますよ……本当に、何もかも包み隠さずね」

 

 瞬間、クリアの脳裏に浮かぶのは麦わら帽子の少女、彼が密かに想いを抱くイエローという存在。

 現状どの様な経緯でこの世界に存在しているのか分からない少年は、故にその想いを成就させる事は無いと考えていた。

 当然だ、どうやって今の世界に来たのかが分からない少年は、だからこそどのタイミングで元の世界に帰る事になるのかも分からない。

 いつ蒸発してもいい様な"準備"こそ既に済ましているものの、周囲の人物達と深い関係になればなる程、彼にとっても、そしてその周囲の人やポケモンにとって味わう痛みは倍増する。

 だからクリアは友人は作っても、親友と呼べる関係を持ったとしても、それ以上になるつもりは無い――例えそれが、偽りの答えだとしても。

 

「……本当に、ホントの、本当に……」

 

 不意にグリーン等は気づく。

 本人自身は気づかず、ただ彼は震えていた。

 いつ訪れるかも分からない"決別の時"を恐れて、予告すらあるのかも分からない最終回を心底恐れて。

 一方で彼の元いた世界に生きている"彼の親権を持った人達"や"友人"等の事も思い返して、そしてまた複雑な心境となる。

 "帰りたくない"という思いと、"帰らなければならない"という使命感が相互にぶつかり、必死に目を逸らしてきた現実にクリアという存在を引き戻す。

 オーキド研究所にいた頃のクリアは、すぐにでも元の世界に帰りたかった。

 ジョウトに渡る頃には、今いるこの世界を純粋に楽しみたいと思った。

 そして仮面の男事件が収束した時、ヤナギと決別してからのクリアには、最早"帰りたい"等という気持ちはほとんど存在していなかった。

 

 二つの相反する思い、一つしか選択出来ない現実、しかし選択権等クリアには与えられていない。

 そんな不条理な現実に、クリアは為す術も無く押しつぶされながらも今まで戦ってきたのだ。

 ヤナギの後を次いでジムリーダーになったのも、師の後を継ぐという思いの他に、彼がこの世界にいたという証を残したいという気持ちがあったのかもしれない。

 そしてイエローという少女への想いを自覚した時、彼は人知れず後悔した、自身や彼女の想いとは関係なく"選択権"は自身達には無いという現実から、こんな事なら友達のままに意識していたかったと。

 それでも彼が彼女の傍にいた理由、そして他の仲間達やシズクとういジムトレーナーを迎えた理由、それは色々あって――この世界で生きた証や、安心してジムを任せられる後継者を早い内から見つけておきたかったという理由の他に、

 

「……俺はあなた達の事が好きになってしまったから、だから絶対に話さない、俺自身ですら"忘れてる過去"を取り戻すその時までは……!」

 

 結局、それが一番の理由だった。

 初めは右も左も分からない世界で生きていく為に必要だと判断して、クリアはオーキド研究所へと転がり込んだ。

 しかしそれからの彼が常に人と関わって生きてきた理由、それは単なる彼の我儘。彼等と仲間として一緒にいたいと、切に願ってしまったからであった。

 

 故にクリアは自身の意思を強固なものとしてグリーンに告げた。

 先程、バトルの後でホカゲから話された事実――"欠けた記憶"、そこに全ての答えがあると信じて、全ての解答を得るその時まで。

 例え拷問されたとしても絶対にクリアは口を割らない、"クリア"という人物の存命の選択権を手に取るまでは、彼は"クリア"のままでいる。

 元の世界に置いて来た"本来の名"を語る事無く、図鑑所有者クリアとう存在として、彼は今からもこれからも、彼等の仲間で有り続ける。

 

「"忘れてる過去"だと? クリア、お前の記憶は……」

「えぇ、俺の友……知人の話じゃあ俺は"一時期の記憶"を無くしてるらしいです、俺もそいつに言われて初めて知ったんですけどね」

「……だとすれば、お前がデオキシスの情報を持っている事と、その消えた過去とは関係が無い、って事でいいんだな?」

「えぇそうですよ、たださっきも言った通り、俺は……」

「もういい」

「因縁に決着つけるまでは絶対に……へ?」

「もう良いって言ったんだ、二度も言わせるな」

 

 思わず半口開けて丸くした視線をグリーンへと送るクリアだが、それ以上グリーンからの言葉は無かった。

 だが今グリーンは確かにこう言ったはずだ、"もう良い"と、これ以上の詮索はしないと。

 

「え、へ、え!? ちょ、待ってグリーン先輩! 今俺凄く疑われていたんですよね! なんで追求やめる!?」

「……秘密とやらを話す気になったのか?」

「い、いやそれは……」

「なら聞くな」

 

 ピシャリと間髪入れずに言われ、クリアは唯々疑問符だけを浮かべてその場に立ち尽くした。

 今のクリアの状況は最悪、敵であるロケット団でしか知らないはずのデオキシスの特徴をいくつか持っており、また過去の一切が不明な完全なブラックボックスである事実。 

 どう見ても怪しい状況にも関わらず、しかしこの場において最もクリアを疑いかかりそうなグリーンが彼への疑惑を解いたのだ、それは嬉しい反面、クリアにとってはどこか不気味なものでもある。

 訳も分からず呆けていると、急に真後ろからほんのりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 

「ふふ、グリーンの態度に疑問を持ってる……って顔してるわよ、クリア」

「……ブルー、先輩?」

 

 気づくと、カントー図鑑所有者の一人であり、その中でも唯一の女性である少女、ブルーがクリアの後ろに接近していた。

 だが普段見慣れた黒いワンピースでは無く、水色のノースリーブの服や赤いスカート、白の帽子といったブルーの大胆なイメージチェンジに、クリアは一瞬、彼女が誰か分からなかったという。

 そんな彼女が彼に近づき一体何をしたのかというと、クリアの後ろから腕を回して丁度首の前辺りでクロスさせて、既にクリアの耳元まで顔を近づけている。

 ただ背中に女性特有の柔らかい感触、というものは無く、実際ブルーもそこまでの密着はしていないらしい――尤も今のクリアにはそこまで気を回している余裕も無く、ただされるがままにポカンと彼女の方へと横目を流しているだけだった。

 そしてクリアは少しだけ押し黙った後、まるで罪を告白する様な面持ちで、

 

「……はい、自分で言うのも何ですが、俺って今凄く怪しい身の上じゃないですか、最悪ロケット団のスパイって線もありますし……」

「あら、だとすれば随分とお間抜けなスパイもいたものね、自分からボロを出しちゃうなんて」

「……もしかしたら別の組織の人間で、あなた達とロケット団両方罠にハメようとしているのかも」

「うふふ、受けて立ってやろうじゃない」

「……じゃ、じゃあ実は俺自身がどうしようも無い悪党です、なんて言ったら?」

「そんな"冗談"通じる訳が無いじゃない」

 

 あくまでもあっけらかんと笑うブルー、どうして彼女がこれ程までに余裕でいられるのか、どうしてグリーンがクリアへの追求を中途半端にやめたのか、矢張りクリアには分からなかった。

 

「だって、疑う理由なんて無いんだもの」

 

 そんなクリアの疑念を一掃する様にブルーは言った。

 極々当たり前だと言う風に、解答なんて、最初から決まっていたとでも言いたげに。

 次の瞬間、クリアの頭に何かが乗る、暖かな何か、ブルーの腕から伸びたそれは、まるで父親に叱られた子供をあやす母親の様な仕草でクリアの頭を撫でて、

 

 

「アンタが今までどれだけ頑張ってきたのかも、どれだけ真剣に戦ってきたのかも、アタシ達は全部知ってるんだからね」

 

 

 そう言ったブルーの言葉は本心から出た言葉だった。

 彼女が今まで見てきたクリアという存在、それは何度も傷つきながらも、仲間や大切なものの為に頑張って、頑張って、ひたすらにもがき続けてきた姿だったのである。

 間違ってもそこには邪悪な意思等見えるはずも無く、その事をブルーは、グリーンは重々分かっていたのだ。

 故に彼女達は最後の最後で、クリアを信じる事にした。

 クリアが抱える問題、それは彼自身が解決するのを待つ事にした、その答えが――先のグリーンの態度であり、今のブルーの言葉だったのである。

 

「ブルー先輩……俺……」

「はいはい、泣かないの」

「な、泣いてなんかいない!」

「ふふ、アンタと話してると、まるでシルバーと話してる気分になるわ」

 

 噛み付く様に反論したクリアの動作に合わせて、スルリとブルーはクリアから離れる。

 

「元気、出たみたいね」

 

 そう言って優しく微笑を浮かべたブルーに、クリアは少し遅れて吹っ切れた様に此方も微笑を浮かべて頷いた。

 クリアにとって、彼の素性を探られるという事は心の内側をスプーンでガリガリと削られる様な、そんな感覚と言っても過言では無い。

 自身と世界との違いをむざむざと見せ付けられ、また自身の内に確かに存在する"全てを打ち明けたい"という願望に勝った後、仲間の信頼を裏切るという行為を働かなければならない。

 その行動が、何よりもクリアを苦しめていた。不確定要素が多い中、"話す"と"話さない"の両方のリスクを常に天秤に掛けて生きる毎日、そこから来る疲労感。

 その重みが今、ほんの少しだが彼等によって解消された、それがクリアの心を大分楽にしていたのだ。

 

「……はい、ありがとうございますブルー先輩……グリーン先輩」

 

 そう彼等に礼を言った後、彼の震えは、いつの間にか止まっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、クリアとブルーは右手首にリングをはめて向かい合っていた。

 クリアへの疑念が解消されてすぐ、クリアが知り得る、覚えている限りのデオキシスの情報を提示し、そしてブルーがオーキド博士が残したメッセージを彼等その場にいた全員へと伝える。

 ブルーのボイスチェッカーにのみ残されていた、ロケット団三獣士オウカによるオーキド研究所襲撃の際の音声、そしてオーキド博士が彼等カントー図鑑所有者のポケモン図鑑を集めた真の理由。

 図鑑はバージョンアップの為に集められたという情報、クリアによるデオキシスの情報、そして戦いで得たオーキド博士の生存の情報、様々な情報が一気に開示され、そしてその一つ一つが現状打破、モチベーションの向上等様々な効果を齎す。

 一人になりたいと言ったレッドはそのまま一人どこかへ、グリーン、マサキ、ふなのりは作戦会議、そしてクリアとブルーの二人は――、

 

「さて、じゃあ始めるとするかのう……究極技の修行を!」

 

 レッドによる推薦を受けたブルー、そしてグリーンによる推薦を受けたクリアの究極技の修行を、キワメは了承したのである。

 ブルーのカメックスであるカメちゃんは水の究極技"ハイドロカノン"、クリアのリザードンであるエースは炎の究極技"ブラストバーン"を。

 

『戦力は多いに越した事は無いんだ、しっかり修得してこい』

 

 短くそう言い放ったグリーンの言葉を、クリアは自身の壊れたポケモン図鑑を眺めながら思い出す。

 既に炎の究極技である"ブラストバーン"を修得しているグリーン、彼の推薦が無ければ此度のクリアの究極技修行も敵わなかっただろう。

 図鑑所有者の絆、その輪の中に自身が組み込まれている事に、クリアは誇りにも似た何かを確かに感じ取る。

 

「クリア、それって……」

「……はい、さっきマサキさんに見て貰いましたが、多分もう……」

 

 図鑑とは、データ以上に所有者の想いが詰まった奇跡の箱であり、ポケモン達との軌跡が鮮明に残った記録物だ。

 故に彼等は図鑑所有者と呼ばれ、他のトレーナー以上に特別視される。オーキド博士に認められた、数少ないトレーナーとして。

 それが壊れたという事は、彼はもう図鑑所有者では無いという事、マサキによると、断定は出来ないが人に例えると"打ち所が悪い状態"らしく修復すら不可能な状態らしい。

 最早クリアの図鑑は機能しておらず、新しい図鑑をオーキド博士が作ってくれるとも限らない、一時的に図鑑を所有していたイエローが今は不所持状態なのが何よりの証拠だ。

 にも関わらず、グリーンはクリアに期待した。期待したからこそ、可能性を感じたからこそ、クリアを推薦したのだ。

 

「でも、別にいいんです」

 

 だからこそだ、クリアは絶対に修得しなくてはならない、一度は使ったその技を、今度は完全に自身の物とする為に。

 

「俺も、それにイエローだって、図鑑が無くてもブルー先輩やグリーン先輩達の仲間だって、ちゃんと認めてもらえているから」

 

 そうして図鑑を無くした少年は、図鑑所有者クリアから唯のトレーナークリアとなった。

 尤もジムリーダーという肩書きこそは残る為、"唯の"は流石に残らないが、しかし図鑑所有者では無い事に変わりは無い。

 だが今更後悔はしない。

 どちらにしろ、クリアは図鑑が無ければ死んでいたのだ、まだ少し痛む胸の傷がその証拠。

 ともなれば、やる事は簡単、ブルーと共に、一刻も早く究極技を我が物として、そして決着をつける。

 ロケット団とデオキシス、このナナシマで起きた彼等との戦いに――終止符を打つ為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜は終わって陽が昇る。

 

「う……こ、こは?」

「ようカガリ、どうやら俺達、生き残ったみたいだぜ」

 

 太陽が顔を出し始めた頃、5の島の避難所で二人の男女は目を覚まして。

 

 

 

 そして同じく5の島の端で、二人の少年少女と一人の老婆は各々様々な表情で時間制限(タイムリミット)を迎えていた。

 水の究極技"ハイドロカノン"を完成させた少女は荒い呼吸を整えつつ、自身に満ちた表情で自身とそのカメックスが空けた大穴を見て、そして老婆は驚愕の表情で、

 

「信じられん! 技を身に付ける速さ、その威力! 全てがみらくるじゃ!」

 

 そしてその隣では、黒いリザードンを連れた少年もまた究極技の修行を行っていた。

 苦しそうに大きく酸素を吸って吐いてを繰り返し、エースと同時にしきりに身体を動かして、エースと心を、動きを一つに合わせる様心がける。

 究極技の取得でポケモンと心をかよわせる事等基本条件、一人と一体がバラバラな精神状態で究極技等取得出来るはずも無い。

 だからこそクリアはエースと心も体も一つにして、技を打ち出す――が、

 

「それに比べて、あんた等は才能皆無じゃな」

 

 真っ赤に燃える打ち出された唯の"かえんほうしゃ"を見て、冷たい現実をクリアとエースに突きつける様にキワメは言った。

 

 



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六十話『vsアンノーン マグマの様に赤く』

 

 

 クリア、レッド等図鑑所有者とロケット団三獣士が激突したカントーナナシマ"5の島"、そんな島にも、変わらず朝はやってくる。

 夜明けとほぼ同時間、ブルーと彼女のカメックスは水の究極技"ハイドロカノン"の修得に成功した。

 本来、2の島にあるキワメの修練場での特訓を必要とする究極技の修得、それをブルーは、本来ならば考えられない程の時間で修得したのだ。

 それはきっと、彼女の決意の表れ、両親を人質に取られたブルーの必死さがポケモンへと伝わった結果なのであろう。

 

 だがそんな彼女とは逆に、クリアは炎の究極技"ブラストバーン"を未だ修得出来ずにいた。

 通常ならばそれが普通の事――むしろブルーやレッド、グリーンの修得速度が異常な早さというだけなのだが、しかし今の状況下でそんな泣き言を言っている場合じゃない。

 夜が明けた、それはつまり彼等とロケット団との戦いが再開する合図だと言って良い。

 デオキシスという圧倒的戦力を前に、対抗する戦力は多いに越した事は無い、故にクリアは技を修得する必要があったのだ。

 それは個人としての目標というレベルでは無く、全体の中での義務、これから行う作戦成功率を少しでも上げる為に、彼がクリアしなければいけなかった課題。

 

「何を暗い顔して落ち込んでいる」

「……別に、落ち込んでなんか無いです。"せーしんしゅぎょー"とか言う奴です」

 

 唐突に掛けられたグリーンの言葉に、クリアはどんよりとした低い声で返した。

 未だ右手首にはまる究極技が宿るリング。そのリングを見つめて、クリアは炎の究極技"ブラストバーン"のイメージを鮮明に頭に思い浮かべる。

 

「確かに俺達はワタルとの戦いの時に"ブラストバーン"をやってのけたはずなんだ。後はその時の感覚、それを思い出すだけ、ただそれだけのはずなんです」

 

 独り言の様な口調、声量、声色で呟いたクリアの言葉に、グリーンは祖父の話を思い出す。

 過去、スオウ島での決戦後、姿を眩ましたクリアに呆れながら彼の祖父オーキド・ユキナリは話していた、クリアが使った"青い炎"は究極技の可能性が高いと。

 直に彼や彼の祖父がその目で見た訳では無く、実際にはイエローからの情報を元に推測した結果なので確実な判断は下せなかったが、それでもワタルの圧倒的戦力を前に、一時とは言えそれら全てを上回った強さは本物だ、故に可能性は微量ながらも存在し、だからこそグリーンはその可能性に少しばかりの期待を持っていた。

 

「だが現実にお前は修得出来なかった」

 

 期待を持って自ら推薦したからこそ、あえてグリーンは厳しい言葉を選びクリアに告げる。

 

「究極技を覚え切れなかったというのなら、今のお前に俺達と肩を並べて前線に立つ資格は無いという事になる。それだけは理解して貰うぞ」

 

 船の操縦室の上、キワメの傍で腰を下ろし僅かに震えたクリアを眺め、少しだけ目を細めてからグリーンはクリアに背を向ける。"言うべき事は言った"まるでそう背中で語る様に。

 一定間隔で上下に僅かに動く船上で、クリアは尚もリングを見つめ技のイメージを浮かび続ける。

 制限時間(タイムリミット)は訪れた――だがまだ終わりでは無い。

 傍らに座り込んだ黒い火竜、エースもまた静かに目を閉じて微動だにしない。

 究極技の伝授を行っているキワメの了承も得ている、不便と言えばそんな彼女の傍からそう離れる事が出来ない、という点だがそれについてはそう問題は無いだろう。

 何故なら今クリアが共にいるのは初代ポケモン図鑑所有者達。ポケモンリーグ上位入賞者達にして、全図鑑所有者の中でも恐らく最も実力の高い者達なのだ、そんな彼等が敗北に喫する姿等、今のクリアには考えられない。

 ともすれば、今クリアがやる事、これから行う事は唯一つ。

 

(残る希望は"実戦"の中での成長のみか……いや、今までだってずっと、俺は追い詰められてからの巻き返しを繰り返してきたんだから、多分今回も大丈夫だろう、何も心配なんて無い)

 

 クリアはリングのはめられた右手を力強く握り締めた。

 いつだってそうだった。常に追い詰められ、死の淵まで追い込まれてからこそ、クリアという少年はその真価を発揮して来た。

 スオウ島でのワタルとの決戦時の能力の覚醒、仮面の男ヤナギとの対決時には百を超える敗北の末ようやく勝利をもぎ取り、ホウエン大災害時には絶体絶命の危機の中だったからこそルギアとの再会を果たした。

 ならば今回だって、究極技を修得する機会があるとすればそれは戦いの中だけ、ギリギリの戦況の中で研ぎ澄まされる自身の感覚を信じる他、今の彼にはもう残された道は無い。

 

(大体"究極技(ブラストバーン)"が修得出来なくたって何の支障も無いんだ。三人の先輩達は俺なんかと違って技の修得に成功しているんだし、そもそも俺自身、これ以上強くなる必要なんてどこにも無い)

 

 そう考えたクリアの気持ちは本心から来るもの。元々防衛の手段としてバトルの特訓を初め、今ではジムリーダーとしても十分だと言い得る実力を身につけている。

 緊迫した現在の状況下では究極技の修行を怠る訳にはいかないし、クリア自身そんな気も無いのだが、しかし事が終わった後、もしもクリアが究極技の修得を出来ずにいたなら恐らくクリアは修得を諦めるのだろう。

 それは矢張り必要性を感じないという唯一点に限り問題。自衛の手段は十分にあり、一人ジョウトにいた時と違い"強さへの執着"がいつのまにか薄れてしまっている今のクリアには、究極技の存在はさほど輝いて見えていないのだ。

 尤もそれは、本人も漠然としか感じておらず、当然周囲の人間も気づかない問題な訳なのだが。

 

 

 

「……下が騒がしいな、グリーン先輩とブルー先輩、そんなにミュウツーの事が気になるのかな」

 

 ただひたすらに技のイメージに集中していたクリアだったが、ふと下方を見ると、そこには何やら話してる風な先輩三人の姿。

 どうやら彼等は今日合流した遺伝子ポケモン"ミュウツー"の存在について意見をかわしているらしく、レッドのみにしか意思を伝えていないミュウツーが、その考えをレッドを中継役にする事でグリーンやブルーにも自身の考えを伝えていたのだ。

 遺伝子ポケモンのミュウツー、かつてロケット団によって生み出され、彼等ロケット団の利益の為に利用されようとした経緯から、基本このポケモンは人を信用していない。

 故に孤独な旅の中で人に意思を伝える術(テレパシー)を身に付けたとしても、その能力で対象とする人物は限られてくる。

 その人物こそがミュウツーを初めてボールに納めたレッド、そしてスオウ島の決戦で共に戦ったイエローの二人――"共に戦った"という条件だけならクリアも例外では無いのだが、その戦いの最中終始ミュウツーと意思を共有していたのは"癒す者"であるイエロー唯一人だけであって、結論クリアは十分な信頼をミュウツーから得られてはいなかったのである。

 尤も少しばかりは、他の者達より一歩先を進んだ位置にクリアはいるのだが。

 

(それにしても……突然現れたミュウツーにも驚いたけど、俺にとっては"あっち"の方が結構衝撃だったんだよなぁ)

 

 自分にはさほど関係無いと判断しているのか、大した興味も持たずクリアは更に下、自身の真下へと目を向けた。

 そこにあるのは当然床、彼が床だと認識しているそれは、同時に運転室の天井という事になり、そしてその運転室には船乗りの男ともう一人、ミュウツーによって救い出されたらしい女性が未だ気を失い眠っていた。

 

(四天王カンナ、俺が初めて戦った実力者)

 

 一瞬、腹部に鈍い痛みが走ったのは恐らく気のせいだろう。その部位にかつて空けられた穴は綺麗、とまではいかないまでももう完全に治っている。

 クリアが記憶している中で初めて死の恐怖を感じた相手、そんな相手が今自身の下で眠り、そして三獣士のナナシマ襲撃の際には味方として戦ってくれたらしい。

 かつてルール無用の戦闘をやりあった相手が味方という出来事は、クリアにとってはそう珍しい事でも無いのだが、それでもどこか感慨深いものをクリアは感じ取っていた。

 

(思えば俺のこの世界での立ち位置を決めたのは"四天王事件"だったからなぁ、あれが無ければ俺がジョウトに渡る事も無かっただろうし、何故だろう、複雑な気分だ)

 

 感謝の言葉等当然無いが、だが別段憎んでいると言われれば答えはノーだ。

 "四天王事件"でクリアは何度も死にかけ一度死んで、それ程の壮絶な体験をしておきながら、その事件の首謀者の一角を恨んでいないというのもおかしな話だが、事実なのだから仕方が無い。

 現にクリアはあの事件があったからこそ、イエローと出会い、マサキを初めとした様々な人達と交流し、結果的にジョウトに渡ってヤナギに弟子入りし、そしてねぎまやヤドンさん、レヴィというポケモン達と仲間となる事が出来たのだ。

 

(まっ、過ぎた事を悔んでもしょーがないし、なる様になるだろうね)

 

 右手首に下がるリングを見つめてそう呟いて、そうしてすぐに彼は自身の修行へと意識を戻しかける――が、しかしすぐにクリアは意識を前方へと向けた。

 理由は簡単、彼等の目的地がようやく見えてきたからである。

 気づくとその場にいた意識のある全員が"ある建物"へと目を向けており、更にはレッド、グリーン、ブルーの三名からは謎の光が"ある建物"へと伸びていた。

 光が伸びた機械"バトルサーチャー"、戦意のある者を示す機械、そしてその機械が何かに対して光で指し示しているという事は、つまり彼等三人に戦意を向けている者がいるという証拠。

 

「7の島の最突端、かつてナナシマの島民達が腕を磨く為"たいむあたっく"を競ったと言われる施設"トレーナータワー"じゃ」

 

 そしてその光が向けられたナナシマ最後の島である7の島、その島に立つ塔を見上げてキワメが言う。

 彼等の目指した目的地はナナシマラストとなる7の島、そしてバトルサーチャーを使い、敵の位置も捕捉も完了した。

 今レッド等カントー図鑑所有者達三人同時に戦意を持つ者となると、それは矢張りロケット団しか有り得ない。

 ナナシマ住民達もレッド達に対して敵対心を持っている様だが、それは"敵意"であり"戦意"では無い、関わりたく無いと考えるナナシマ住人達にバトルサーチャーが反応する事はまず無く、故にロケット団が件のトレーナータワーにいるという確信にも繋がるのである。

 

「……何か、来る」

 

 敵を眼前とした状況、そんな中、不意にクリアは呟いた。

 同時にその場にいた全員が異変に気づく。彼等の目的地であり三人のカントー図鑑所有者達に戦意を向ける者がいるトレーナータワー、その場所から黒い影が飛び出し此方へと向かって来たのだ。

 影の正体は大量のアンノーン。ロケット団によって解かれたアスカナの鍵、七つの石室、それによってアンノーン達は現在、ロケット団の管理下に置かれているのである。

 そして彼等アンノーンの目的、仕事はロケット団の障害の排除、つまりはレッド達の進路を阻む事となる。

 その証拠に、朝方もシーギャロップ号の推進機に張り付いて彼等の船出の妨害をしており、その際は三人の図鑑所有者と三位一体の究極技によって退ける事が出来たが、今クリア、レッド等の前に立ち阻むアンノーンの群はその時の比では無い。

 

「アンノーン! それもこの数、ロケット団側についているアンノーンがこれだけ現れた事から考えると……」

「矢張りあの"とれーなーたわー"がロケット団に本拠地と見て間違い無さそうじゃな」

 

 クリアの言葉を繋ぐ様にキワメが言った、直後の事だった。

 彼等の下方から、球体状の何かが勢いをつけて飛び上がっていく。

 

「なっ……ミュウツーと、レッド先輩達!?」

 

 その球体を見てクリアは叫ぶも、その叫びは彼等には届いていない。

 球体に形どった透明のバリアの中、その中にミュウツーとレッド、グリーン、ブルーの三人はいた。

 レヴィの張る"バリアー"とほぼ同じ形であるミュウツーが作る強固なバリアボール、それは丸く三百六十度全方位に"バリアー"を展開したもので、それで眼前のアンノーンの群れを強引に突破しようという事らしい。

 

「凄い……あの数のアンノーンをまるでアリの子の様に蹴散らしながら進むなんて……」

 

 率直な感嘆がクリアの口から飛び出る。

 そんなクリアの言葉通り、現にクリアの目の前で彼等はトレーナータワーまでもう一歩、という所まで寄っていた。

 遺伝子ポケモンであるミュウツー、その能力は数多いポケモンの中でも最上位の高さを誇っており、恐らくレッド達が持つ"戦力"という名のカードの中でロケット団のデオキシスに対抗し得る唯一の存在。

 ――だがトレーナータワーまでもう一歩、そこまで来て、ミュウツーのバリアボールが弾かれ、進路を絶たれる。

 

「弾かれた!? あれは、アンノーンの群れが重なり合っているのか!」

 

 クリアの視線の先で、それまで進撃を続けていたバリアボールが弾かれ一旦停止する。

 圧倒的な力を持つミュウツー、そのバリアボールを防いだのはアンノーン――その群れ、夥しい程に大量のアンノーンの渦だった。

 いくらミュウツーが強力な力を持つポケモンとは言っても、所詮は単身に過ぎず、数の上ではアンノーンが圧倒的に有利。

 だからアンノーン達は、トレーナータワーが見えなくなる程の数で、その周囲を回転し巨大な渦となってミュウツー等の侵攻を防いだのである。

 確かに個々の力では劣るものの、しかし力の弱いもの同士でも合されば巨大な力となるのだ。

 

「……だけど」

 

 だがしかし、それでも届かない地点はある。

 

「あれは、多分"サイコウェーブ"だけど……前見た時とは比べ物にならない威力だぞ……」

 

 勿論、比べ物にならない程"強まっている"という意味である。

 数の暴力によって行く手を遮るアンノーン、その突破法としてミュウツーが行使した策は至ってシンプルなものだった。

 全てのアンノーンの力を更に上回る力をもってしてその盾を打ち崩す。

 念動の巨大な渦である"サイコウェーブ"を巨大な竜巻の様に作り出し、それによって邪魔する全てのアンノーンを巻き上げ崩すという力技。

 一握りの強者のみに許された横暴な力の行使。

 

「あ、レッド先輩達屋上につい……」

「で、お前はいつまで実況してるつもりじゃ!」

「あだっ! キ、キワメさん!?」

 

 最早点の様になってしまったレッド一行、かろうじて屋上に降り立つ所までは視認出来たものの、それ以上の情報はシーギャロップ号の上からは遠すぎて確認出来ない。

 それを目を細めて必死に確かめようとした所で、キワメがそんなクリアの頭を小突く。

 

「何をぼけーっと見ておるんじゃ、わしらも行くぞ! 少しでもレッド達の助けになるやもしれん!」

「……えぇ、分かってますよキワメさん」

 

 答えて、クリアはエースに目配せして、エースもそれに応えた。二枚の黒翼を広げて、いつでも飛び立てる用意をする。

 

「多分これが、最後の好機(チャンス)になるはずなんだ。"ブラストバーン"、修得してみせますさ」

 

 そう言ったクリアとその傍らのエースを視界に映し、キワメはニヤリと笑った。

 そうしている今でも、アンノーン達は陣形を建て直し、新たな侵入者の進路を阻む努力を進めている。時間に余裕等無く、ミュウツーが蹴散らし、大幅に戦力ダウンしているアンノーンの群れを突破するには今が最大の好機、そして同時に、クリアは究極技を修得する最大のチャンスが今この瞬間だった。

 クリアはチョウジジムのジムリーダーである。無論、この騒動が収まれば彼はジムに戻りジムリーダー業を再開しなければならない。

 故にクリアには究極技の修行を長々と行う時間は残されなく、またキワメもそんな長期間に渡ってまでクリアの面倒等は見ないだろう。

 だからクリアは、この瞬間にかけるのだ。

 

(グリーン先輩は"前線"に出る資格は無いと言った。つまりそれは、キワメさんと共に後方で究極技を完成させろという事なんだ)

 

 その予想に確信なんて無く、全てを彼の都合の良い風に解釈したに過ぎない。

 だがそれでも、無駄にネガティブに考えるよりも遥かにマシだとクリアは考え、そう思い込む事にしたのだ。

 生憎と今の状況は技を覚醒させるには絶好の機会である。

 数こそ減ったものの、ミュウツーの力無しでは突破が困難だった無数のアンノーンの壁、挑戦するには十分な課題だ。

 そしてクリアはエースの漆黒の背に跨った。

 

「おーい! ちょっと待ってくれよ~!」

 

 そうしてキワメの出したカイリューと共に飛び立とうとした丁度その時、彼等に声をかける者。この騒動の間、ずっと共に行動をしている船乗りの男だ。

 そしてその男が抱えた女性、意識が未だ戻っていないその女性の姿を見て、クリアは少しだけ複雑な表情をとる。

 

「俺一人をこんな敵地のど真ん中に置いてくなんて無しだぞ! 正直、俺一人で襲われたら一溜まりも無い!」

「威張って言う事では無いが……まぁ仕方無いのう、お前さんはわしのカイリューに乗れ、カンナはクリアのエースじゃ!」

「え、こっちにカンナを!?」

「なんじゃクリア、何か不都合でもあるのか?」

「いや、まぁ、無いですけど……」

 

 どこか歯切れの悪いクリアの返答に疑問を抱きつつも、キワメはそれっきり質問はしなかった。

 キワメの指示通り、船乗りの男がカンナをクリアのエースまで運び、クリアがカンナを自身の後ろに寝かせる。

 

(……うぅ、カンナが起きた時、気まずくなりそうで嫌だなぁ……)

 

 心中でだけ呟いて、そしてエースとカイリュー、二体のポケモンが同時に空高く舞い上がる。

 目的地はトレーナータワー、目的はレッド達のサポート、最終目標はロケット団の野望の阻止。

 皆が一丸となってその目的に向かっている中、無論クリア一人がそんな我儘を言っていられる状況では無い。

 だがクリアは一度カンナに殺されかけているという経歴を持つ。クリア自身、別にいつまでも過去を引き摺るタイプでは無いのだが、それでも今彼の後ろにいるカンナは別だ。

 クリアはこのナナシマを訪れてから、否殺されかけたその時から、一度もカンナと言葉をかわしてはいない。

 彼が和解した大抵の敵とは、戦いの後言葉をかわして十分な信用を得ているのだが、しかしこのカンナに関してはそんな暇も機会も無かった。

 だからクリアは未だカンナに心を許せずにいたのである。いくらレッド達と共闘していようが、認めてない相手に背中を預けて平然といられる程、クリアという少年の度量はそう大きくないのだ。

 

「ッ……エース、"かえんほうしゃ"!」

 

 そんな一抹の不安を振り払うが如く、クリアはエースに技の指示を出す。

 複数のアンノーンをまとめて払う業火が噴出され、トレーナータワーまでの"道"をこじ開ける。

 ――が、現実はそう甘くない。開いたと思った"道"はすぐさま別のアンノーンによって塞がれ、またしても番兵が立ち並ぶ。

 その現実に、クリアはどこか苛立たしそうに、

 

「チィ! どけてもどけてもキリが無い!」

「全くだよ、本当にレッド達はタワーの中に入って行ったのかな」

「うむ! それはしかとこの目で見たぞ!」

 

 シーギャロップ号から離れても尚、トレーナータワーとはまだ距離があり、当然その詳細等肉眼で見えるはずも無いのだが、"まじっくはんど"の様な機械が――、といった感じで説明し、視力は"6.0"あるらしいキワメの言葉に、クリアと船乗りの男は苦笑いで応える。

 そうしている間にも、また一匹のアンノーンがキワメのカイリューへと近づき船乗りの男を襲おうとした所で、クリアのエースが尾で叩いてそれを退けた。

 クリアとキワメは究極技のリングの性質上そう遠くには離れられない。最大六メートルという距離を保ちながらも尚タワーに進もうとするが、矢張りアンノーンの壁は厚い。

 

「クソッ、何が"導く者"だよ、エース! まだ何も兆しは無いか!?」

 

 問いかけてみるも、矢張りエースにそれらしい気配は無く、エースもまた憎々しげに白い歯を垣間見せる。

 究極技"ブラストバーン"、その修得は困難を極めるという事を最初から覚悟していたクリアだったが、だがここまで苦難してしまうと流石に焦りというものが出始める。

 修行を開始してもう随分と時間が経った。だが今尚、修得に兆しは現れない。

 そもそも、クリアには"導く者"という独自に能力、特技があり、技の修得、可能性の開花という点に至ってクリアは恐らく誰よりも才能がある者なのかもしれない。

 現に彼はワタルとの対決時、"ブラストバーン"を偶然ながら発現してみせている。まだ未熟だった彼等はそれを"技"という形で残す事は出来なかったが、それでも一度は成功しているのは事実だ。

 だからなのだろう。一度の成功という過去が、重圧となってクリアに押しかかり、余計な焦りを生んでいるのである。

 

「ッ! クリア!」

 

 次の瞬間、キワメの叫びがクリアに届き、咄嗟に彼女の方向へ顔を向ける。

 だが目の前にあったのはキワメと船乗りとカイリュー、では無く、どこか怒った様子の"A"型のアンノーンの姿、その姿が視界一杯に広がっていた。

 焦りから油断したのだろう。今クリアが置かれている状況はジムリーダー戦等の公式なバトルでは無く、悪の組織の手先となったポケモンとのルール無用の野良バトルである。

 当然、アンノーンにとってはポケモンを狙うもトレーナーを狙うも自由であり、トレーナー自身が狙われるという事も念頭に置いていなければならなかったのだが、だが一瞬の油断と焦りが、クリアに最悪の隙を生んだのだ。

 

(マズッ……)

 

 そう思った時こそもう遅い。アンノーンは既に"めざめるパワー"の体勢に入っている。

 そして次の瞬間――氷の針がアンノーンを吹き飛ばした。

 

「"つらら……ばり"」

 

 一瞬理解が遅れてすぐに、呟きながらクリアは後方へとゆっくりと顔を向ける。

 そこにいる女性、先程まで意識を失っていた女性の方へ、今は咄嗟に出したのだろう手持ちのシェルダーを抱える女性へと。

 

「お久しぶりね」

 

 お互いに一度は生死をかけた戦いを行った相手だというのに、その女性、カンナは何事も無いかの様に彼に話すのだった。

 

「元気そうで何よりじゃない、クリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃5の島ではマサキとニシキが合流していた。

 ナナシマのポケモン転送システムの管理を担当しているニシキは、マサキと共にポケモン転送システムを作り上げた一人でもある。

 昨夜の事、クリア達と合流する前、ブルーが暴徒から追われてる際に彼女の逃亡を助けたニシキは、そのまま自身も暴徒から逃れ、今ようやくマサキと再会する事が出来たのである。

 

「それでマサキさん、これから一体どうするつもりですか?」

「どうするもこうするも、レッド達の手助けをするしかないやろ、それが結果的に"ロケット団"の目的を阻む事にもなるさかい」

「そう……ですね、でも一体どうやって……」

「それを考える前に、まずはホウエンにいるマユミはんとアズサはんに連絡せな」

 

 半壊し機能が麻痺した5の島のポケモンセンター、その内部に取り付けられた公衆電話に向かったマサキは早口にニシキに言った。

 ホウエン地方のマユミとアズサは二人共にマサキ、ニシキと共にポケモン転送システムを作り上げた同士である。

 デオキシスの能力について、"一つ思い当たる節"があるマサキは、デオキシスの謎を解き、少しでもレッド等に協力出来る様、その為にホウエン地方にいる彼女達へと電話を入れようとした。

 その時だった。

 

「よぉ、アンタ等」

 

 不意にかけられた声に、マサキとニシキは緊張状態を一気に最高潮へともっていく。

 敵はロケット団、どこで襲撃をかけられるか分かったものじゃない。

 迂闊に"ロケット団(その名)"を口にした事を後悔しながら、電話口から手を離してマサキは声の方へと視線を向けた。

 

「アンタ等今確かに"ロケット団"って言ったよな、そんでその後どこかへ電話をかけようとした所を見ると、どうやらただ怯えてるだけの島民って訳じゃねぇと見たが、どうだ?」

 

 そこにいたのは一組の男女だった。

 言っちゃ悪いが、お世辞にも綺麗とは言えない格好、まるで一戦終えばかりの昨夜のレッドの様な格好をした男女。

 金髪の男性と、黒髪の女性。

 

「せやな、大体(おう)とるけど、それがどないしたんや」

 

 敵か味方か、判別が付かずに慎重に言葉を選びマサキは訊ねた。

 すると彼等、男性の方がニヤリと笑って、

 

「なぁに、もしアンタ等が"ロケット団(やつら)"に一杯食わせようってんなら、俺達も一枚噛まさせて貰おうと思っただけよ」

 

 元マグマ団幹部三頭火の男、ホカゲは言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 無数のアンノーンと対峙しながら、その渦中でキワメ、船乗り、クリアの三名は遂に目覚めたカンナの言葉を黙って聞いていた。

 

「私は確かに三獣士のリーダー格"サキ"に敗れた。だけどその時、私のルージュラが放った凍気をサキの左足にまとわせたの。そしてそれは発信機の様にサキの居場所を教えてくれる、それによると……三獣士、少なくともサキはトレーナータワーの中にはいない。今は洋上を6の島へ向かっているわ、それも物凄いスピード、恐らくポケモンでは無い飛行マシンの様なものでね」

 

 カンナが見せたコンパクトレンズの形を模した探知機、そして恐らくそこに示されてる位置に、現在三獣士の一人サキがいるのだろう。

 そして今のカンナの話が本当だと仮定して――否恐らく本当なのだろう。彼女が今クリア等に虚偽の情報を教える意味も動機も無い。

 何故ならこのナナシマ、4の島はカンナの出身地であるという情報は、クリアも掠れた記憶の中に持っているものであり、その情報が確定されてしまった今では、それは揺らぐことの無い事実だからだ。

 

「じゃ、じゃあ今トレーナータワーの中にいる敵ってのは……?」

「考えられる事は唯一つ、タワーの中でレッド達を待ち受ける敵は……」

 

 思い出したかの様に言った船乗りの言葉に、キワメが返答する。

 レッド達がミュウツーと共に飛び立つ前、彼等の手元にあったバトルサーチャーからは確かに線がトレーナータワーに向かって伸びていた。

 その事から、トレーナータワーにはレッド達に戦意を持つ誰かが確実にいるという事になり、それが三獣士で無いとすると、その相手は極端に限られる。

 三獣士では無い者で、レッド等に戦意を持ち、かつロケット団が支配する現トレーナータワーに進入出来る人物。

 

「……ロケット団の首領、サカキ」

 

 呟いたのはクリアだった。その呟きにキワメも首を縦に振って同意の意を唱えた。

 

「なるほど、確かにその可能性は十分に考えられるわね」

 

 クリアとキワメの意見にカンナも概ね同意の様である。

 ロケット団首領サカキ、クリアにとっては有名なロケット団の首領にしてある意味別次元の人物だった、という印象位しか無い人物。

 尤も、クリアはかつてスオウ島での決戦時に一度助けられた事があるが、だが同時に彼は忘れていない、ロケット団が現在の彼の手持ちであるPとVに行った所業を。

 その事からクリアはサカキに対する印象を、強い恨み等までは持たないものの、助けられたからと言って感謝等しない。所詮相手は悪の組織のボスで、基本自身の敵という印象のみで止めているのである。

 

「だけど、そうだとすると尚の事助力を急いだ方がいいんじゃ……!」

「うむ。確かにその通りじゃな!」

 

 タワーの中に潜む敵がサカキと仮定すると、尚の事レッド達の危険度は増す。

 当然だ、悪の組織のボスクラスとなると、その実力は例えチャンピオンを相手取ったとしても、それは勝るとも劣らないものである可能性が高い。

 少なくとも、かつてロケット団の残党を率いていたヤナギを超える実力者をクリアはそれから一度も見ていない。そしてサカキもあのワタルを一人で一度は追い詰めた程の男だ。

 これならばむしろ三獣士が潜んでいてくれた方が少しはマシだったと思える程の事なのである。

 

「カイリュー"りゅうのいぶき"!」

「エース"かえんほうしゃ"!」

 

 先程よりも更に強引にアンノーン達を蹴散らして前へと進むクリア達。

 だがここに来て、ようやく光明が見えてきた。

 

「クリアよ! あの壁の付近、あそこの守りが手薄じゃ!」

 

 キワメが言って指差した先、トレーナータワーの壁、確かにその場所はアンノーンの数が他と比べ少なく、防御の手がまわっていなかった。

 恐らくアンノーン達も疲弊してきているのだろう。ミュウツーの強行突破と合わせて、クリアとキワメのエースとカイリューとの連戦だ。疲れない方がおかしい。

 そして当然、クリアも(そこ)を目指して突き進む。壁等適当に壊してしまえばいいだけ、入り口が無いのなら作ればいいだけの事だ。

 

「"オーロラビーム"」

 

 瞬間、カンナのシェルダーが左方からクリア目掛けて迫ってきていたアンノーンを打ち落とす。

 どうやらクリアにとって死角となっていた位置からアンノーンが迫っていたらしい、先程の失敗で気を引き締めなおしたはずのクリアは驚いた様にカンナを見て、

 

「あら、意外だったかしら。一応、私もこのナナシマを守る為に戦っているのだけれど」

「……いや、別にそんな事は無……いや、意外だったな」

 

 一度言いかけた言葉を訂正して、言い直してクリアは続ける。

 

「俺は昔、一度アンタを殺そうとしたはずだけれど、よくそんな奴を守る気になれるな」

「別に、今更そんな昔の事を掘り下げるつもりなんか無いわよ。それとも貴方は、まだ私を殺すつもりでいるの?」

「なっ、そんな事はもう二度と……!」

「しないでしょうね。私の目の前で"あの子"に止められていたのだし……それなら私も貴方を守る事に躊躇なんて無い。安心して、貴方の死角は私がカバーするわ」

 

 言って、カンナは再度"オーロラビーム"をアンノーンに向けて放ち、またしてもクリアの背後より忍び寄っていたアンノーンを撃墜した。

 

「フフッ、それにしても、まさか本当に"氷使い"になるなんてね」

「……知ってたのかよ」

「噂で聞いたの、ジョウトのジムを任された"瞬間氷槍"という異名の少年の事」

 

 何がそんなにおかしいのか、クスクスと笑うカンナの様子にクリアはばつが悪そうに頬をかく。予期せぬ事だったとは言え、まさか本当にカンナの言葉の通り、"氷タイプ"のジムリーダーを務める事になろうとは本人も当然思っていなかった。

 それを早々な時期に当てられていた事が、どこか不気味で何故か悔しい気分となって、

 

「まぁ、それでも俺は"氷一色"って訳じゃないしね。どんな"色"のポケモンだって先導してみせるさ、悪いがアンタの言葉通りにはいかないぜ……カンナさん」

「クスッ……そ、残念ね」

 

 いつの間にか、わだかまりは消えていた。

 最早クリアは背にカンナを乗せた状況という事に違和感や恐怖等微塵も感じていない。

 むしろ一時のパートナーとして、四天王の実力は遥かに頼もしいものである。クリアの反応出来ない攻撃があったとしても、それを的確に落としてくれるのだ。

 

「クリアよ、面倒じゃ! 互いの最大技を放って残りのアンノーンまとめて壁を吹き飛ばすぞ!」

「了解です。キワメさん」

 

 答えてクリアとキワメは並び立った。

 邪魔なアンノーンはカンナが処理してくれる、問題は何も無い。

 立ち阻むアンノーン達も簡単には通してくれそうに無いが、それでもこの一撃にかけてみるしかない。

 "ブラストバーン"、お膳立ては全て済んだ。

 "かえんほうしゃ"の連打で技の予行練習は出来ているし、戦いの中の経験も十分に溜っているだろう。

 後は――撃つだけである。

 

「エース! 今度こそ、撃ち放て!」

 

 直後だった。キワメのカイリューが口から"はかいこうせん"を放ち、そのエネルギー波がアンノーン達に直撃する。

 絶大な威力を誇るカイリューの"はかいこうせん"、だがアンノーン達も"めざめるパワー"を複数発撃ち抵抗する。

 数の力でどうにか押し返そうとするアンノーン、意地でも押し通そうとするカイリュー。

 

 そして第二波、繰り出されたエースの炎がアンノーン達へと押し迫る。

 "かえんほうしゃ"として打ち出された炎は、次に大の字となって、急速な温度上昇が起こり、直後更なる変化をもたらす。

 尻尾の炎が荒々しく紅に燃え上がり、オレンジ色が混ざっていた炎の色が紅蓮に染まって、血の様にマグマの様に赤い、どこまでも赤い剛火へと変化し、そして――キワメの提案通り、エースとカイリュー、二匹の最大技が番兵のアンノーンごとタワーの壁を破壊する轟音が周囲に響いた。

 

 




ポケモンXYが楽しみ過ぎる今日この頃。


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六十一話『vsジュペッタ 雨音の中で』

すいません、ですが下手な言い訳はしません。

ポケモンX超楽しいですハイ。


 

 

 高所特有の強風を吸い込むトレーナータワーに空いた大穴、エースの"だいもんじ"から進化した新たな炎攻撃を受けて空けられた風穴を見て、キワメは静かな口ぶりで言う。

 

「……失敗じゃな」

 

 オレンジ色の混ざった炎が更なる赤みを帯びた結果現出したエースの新技、それは究極技"ブラストバーン"では無く、炎タイプの技の中でも一二を争う威力を持つ"オーバーヒート"だった。

 特殊系の技の威力が下がる事と引き換えに、強力な威力の炎を放つ事の出来る大技、それは一朝一夕で到底得る事の出来ないであり、この短期間でゼロから修得した事は、本来ならば誇っても良い事なのだろうが、しかしそんな事実とは裏腹にクリアは僅かに唇を噛む。

 当然だ、クリアの目指す本来の技は究極技の"ブラストバーン"であり"オーバーヒート"等では無い。その事実が――未だ目標の通過点にしか過ぎない場所で足踏みしているという事実がクリアの心に焦りを生んで、余裕を奪う。

 

「クリア、それにキワメおばあちゃん!」

 

 だがそうは言っても、今はロケット団との戦闘中という非常時だ。いつまで経っても修得出来ない究極技に焦りを感じていたとしても、クリアはその内心を欠片も見せない様努めて振舞い、声上げたブルーへと視線を向けて、

 

「ブルーさん! 良かった、全員無事みたいですね」

「ブルーの両親とオーキド博士の救出にも成功したようじゃな。だがせっかく助かっても、こんな所にいては何が起こるか分からん、わしのカイリューで安全な所へお連れしよう」

 

 再会も束の間、今はまだロケット団との戦闘中、そしてそこは敵地の真っ只中だ、安心なんてしてられない。

 故にキワメの提案で、ロケット団に人質にとられていたブルーの両親はキワメのカイリューで急遽避難する事となった。オーキド博士はまだやる事があるらしいとの事でタワーの中に残るという。

 涙を浮かべて両親に"必ず帰る"と約束を言うブルー。それと同時に、

 

「その様子じゃあまだ修得出来ていないようだな」

「……はい、すみません、期待に応えられずに」

 

 クリアの右手首にかかったままのリングを見て言うグリーンに、クリアは困った様に笑って返す。

 そして続く様に、

 

「……だけどまだ俺、諦めてませんよ。生憎と舞台は整ってる様ですし、ここを最後の修行地にしてみせます」

 

 少しずつ動作を大きくしていく複数体の"影"を眺めてクリアは言い、グリーンもそれに微笑で返した。

 デオキシスディバイド、デオキシスの作り出す"影"、劣化コピーの様な分身体。

 一体一体に苦戦する程の強さは無いものの、それが対処出来ない程の多さで襲い掛かってくれば話は別である。現に今、数分前にディバイド達を残して飛び立ったサカキとデオキシスを是が非でも追いたいレッドやグリーン等はこのディバイド達に苦しめられていた。

 頼みの綱のミュウツーも、ロケット団の作り出した"対ミュウツー"の切り札となる拘束具である"M2バイン"によって大きく力を制限されており、アリの子の様に群がるディバイド達の対処に駆られ、レッド等は中々サカキとデオキシスを追えないでいるのだ。

 

「よく言ったクリアよ、ならば共に戦おうぞ! カンナよ、わしのカイリューは扱えるな」

 

 勿論と返したカンナの言葉で、タワーに残るトレーナー達が決定した。

 レッド、グリーン、ブルー、そしてオーキド博士とキワメ、クリアの六人。

 ディバイドの活動が再開し、また他のディバイドがなだれ込んで来るのと、カンナがカイリューで飛び立つのは同時だった。

 そうして――彼等は再び闘争の渦へと飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カントー公認ジムの一つであり、現ジムリーダーにグリーンを迎えているポケモンジムのトキワジム。

 かつてロケット団首領サカキがジムリーダーを務め、クリアという少年の始まりとなった場所から一人の少女が歩み出てくる。

 

「うーん、グリーンさんまだ帰ってきて無かったなぁ……オーキド博士の所で大事な用があったりして、それで戻ってくるのが遅くなってるのかな……はぁ、残念だったねチュチュ、レッドさんも一緒だろうからピカにも会えると思ったのにね」

 

 それは一輪の花飾りを片耳につけた一匹のピカチュウを連れた黄色のポニーテールの少女、独り言を呟き歩く彼女だったが、まさかそのグリーンがナナシマでロケット団との戦いに巻き込まれているとは考えてもいないだろう。

 まして、彼女が密かに好意を抱く相手、クリアという少年もまたその騒動に巻き込まれているなんて、夢にも思わないはずだ。

 

「……え、ボ、ボクの事はいいの! クリアは今日もジムで忙しいだろうし。そりゃあ、会えないのは少し……ううん、凄く寂しいけど」

 

 周囲に人の気配は無く、話し相手が手持ちのポケモンという事もあり、多少なりともいつも以上に彼女の本音が言葉となって出る。

 トキワの森のイエローと呼ばれる彼女には特殊な能力がある。ポケモンの気持ちを理解し、ポケモンの傷を癒す力だ。

 多少のデメリットはあるものの、かなりといって良い程に使い勝手の良いその能力を使い、彼女のピカチュウであるチュチュの心を読んだイエローは頬を赤く染めた。

 波乱に満ち溢れたホウエン地方での二人旅、その旅で自身の恋心を自覚したまでは良かったものの、結局今日に至るまで彼女と彼の関係は頭打ちとなったまま、時間だけが過ぎていた。

 尤も、イエローという少女とクリアという少年は密かながら両者共に両想いなのだが、元より恋愛方面には鈍感な二人は、両者共々互いの気持ちに気づかず今日に至る。

 

「もうすぐクリアの誕生日だし、その事もレッドさんやグリーンさんに相談しようと思っていたのだけど、また今度出直そう」

 

 一人そう呟き、イエローはチュチュと足並みを揃える。ちなみに件のクリア少年はただ今ロケット団のナナシマアジトにて絶賛究極技修業中だ。

 五月五日、ホウエン旅行中に彼女が聞いたクリアの誕生日。

 とある理由から自身の情報を極力隠しているクリアが告げたその日に向けて、大好きな男の子の誕生日を思い出に残る様な大切な一日にする為に、イエローは今日トキワジムを訪れていたのである。

 それというのもクリアの誕生日を祝うのはこれが初めて、その最初の一回目ともなるとイエローで無くても、良い悪い関係なく当事者を除いた皆もそれなりに気合が入るというものだ。

 

(ふふ、クリア喜んでくれるといいなぁ……まぁブルーさんやゴールドさんは何かサプライズを仕掛けてきそうだけど)

 

 とりあえずブルーやゴールド辺りはクリアにとっては良からぬ方向で彼の誕生日を祝いそうな気がするが、それもまた良い思い出となるのかもしれない。

 ――と、そんな事を考えながらトキワジムを後にしようとした、その時だった。

 

(……あれは)

 

 彼女は不意に動かしていた足を止めた。

 理由は簡単、彼女の視界に一人の少年の姿が映りこんだからである。

 一度立ち止まり、互いに同時に同じ道の線上に立った二人の少年と少女は相手の顔を確認した所で、

 

(……シルバーさん?)

(……あれは、確かトキワの森のイエロー?)

 

 そしてジョウト図鑑所有者の一人シルバーと、トキワの森のイエローは予期せぬ再会を果たす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって7の島、トレーナータワー内部。

 クリア等の奇襲によって止まっていたディバイド達の動きが再び活発化し、依然として激しい戦闘が行われるその場所で、クリアは究極技が封じられている腕輪の件もあり、キワメと共に行動していた。

 

「エース!」

 

 クリアの掛け声とほぼ同時、エースの"だいもんじ"が一体のディバイドを焼き尽くす。

 今、彼等二人はレッドやグリーン等と共闘するでもなく上層階に昇る様にタワー内を駆け巡っていた。

 それというのも、クリアが共に行動する事を強いられているキワメが、此度のロケット団との戦いとは"関係無く"何か目的を持って行動しているらしく、それに渋々とクリアも付き合っているのである。

 ――とは言ってもタワー内のディバイドの数は変わらない。よってクリアとキワメが無数のディバイド達を捌いていれば、それは結果的にレッド等の助力にもなり得る。

 

「ふん、まだまだ"ブラストバーン"には遠いのうクリアよ」

 

 キワメの声が聞こえた。その瞬間、クリアの眼の端に凄まじい程の剛炎が巻き起こる。

 それはキワメのバクフーンが放った"ブラストバーン"が十余りのディバイドを纏めて吹き飛ばした場面。

 

「でも、確実に経験地は溜ってるはずなんです、"例えどんなに遅くても"必ず修得しますよ……というかキワメさん、俺達一体どこに向かって進んでるんです、か?……っと!」

 

 言いかけた所で頭上から降って沸いた二体のディバイド、その奇襲を右肩をガクンと落として体を強引に右に捻ってかわし、直後素早くモンスターボールからPを解き放って、

 

「"でんじは"からの"たたきつける"!」

 

 まずは一体のディバイドの動きを完全に封じ、直後にPの渾身の"たたきつける"でディバイドを殴り飛ばす。

 飛ばされたディバイドはもう一体を巻き込み転がり、最終的に四体のディバイドの塊を作り上げてから、

 

「今だ!」

 

 畳み掛ける様にエースの"オーバーヒート"とPの"10まんボルト"が炸裂、直後無数のディバイド達が宙を舞った。

 

「よし、今じゃクリア!」

 

 それを視認してすぐ、上階へと続く階段を駆け上がるキワメ、そんな彼女の背中に張り付く様に後を追うクリアは、

 

「キワメさん! さっきから気になってんですが、一体全体俺達はどこに向かってるんですか!?」

 

 叫ぶ様に言い放ちながら、指差しでPに攻撃の指示、直後襲い掛かってきたディバイドの二体をPの"でんげきは"が押し返す。

 

「一緒に戦うとか言っておきながらレッドさんやグリーンさんと共闘する様子も無いし、どこかへと向かったブルーさんや博士の援護をする様子も無し……一体何の目的、で!?」

「うむ、見つけたぞクリアよ。ここがわしの目的の場所じゃ」

 

 クリアが言い終える前、急に止まったキワメの背中にぶつかる。

 場所はとある部屋の前だった。階数で言えばかなり上階まで上った所、その場所でクリアは涙目になりキワメとぶつかった時に盛大に噛んでヒリヒリと熱を持った舌の心配をしつつ、そう言って室内へと入るキワメの後に続いた。

 

「……ここは?」

「ロケット団の資料庫、奴らが集めた極秘資料の数々が保管されてる場所……であってるじゃろう」

「ひどく曖昧ですね、最初から見当をつけてここに来たんですか」

「いいやそんな訳無いに決まってるじゃろう、わしら全員ここに来るのは初めてなんじゃぞ」

 

 そう言って、辺りにあるものを物色し、価値のありそうなものは片っ端から懐へと回収していくキワメ。

 そんな老人の姿に、

 

(あぁなるほど、火事場泥棒にでもきたのね)

 

 と勝手に、そして見事に的中している解釈をして、すぐにクリアは背後へと鋭い視線を向けて、

 

「エース!」

 

 そしてクリアの声とほぼ同時に、今日何度目かになるエースの炎がディバイド達を焼き尽くしていく。

 元から持っている圧倒的な火力でディバイドを一掃していくエースと、多彩な電撃で援護に回るP、順調に見えるディバイドとの攻防戦だが、やはりそれでもクリアの焦りの色は消える事は無い。

 流し目で見るクリアの瞳には、究極技を中心とした防衛戦を展開するキワメのバクフーンとオーダイルの姿が映り、彼は歯痒そうに思わず歯軋りをした。

 

「……ヒントをやろうかクリアよ」

 

 そんなクリアの様子に気づいたのか、はたまた"最初から"気づいていたのか、振り返らずにキワメが言った。

 その言葉にクリアは返事を返さず、同時に拒否の言葉も返さないまま静かに耳を傾ける。

 

「簡単な事じゃ」

 

 キワメはそう切り出して、彼へと告げる。ヒントという名の答え、クリアがこれ程までに"異常な程技を修得出来ない理由"を、

 

「技の修得の早さには、それこそ各個人の能力の差はあるがそれ以前に、その前に誰にでも求められる必須条件とも言えるものがある」

 

 まるで簡単な事だと言わんばかりに、

 

「クリアよ、お前さんは本当に、本気で究極技を修得しようとしておるのか?」

 

 そうキワメが言った直後だった。彼らの世界が轟音と共に巨大な振動に揺れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 永遠の緑と比喩されるトキワの森の中で、二組の男女が敵対心むき出しで向かい合っていた。

 図鑑所有者とロケット団、正義と悪、決して相容れないはずの両者。

 

「お迎えにあがりましたよ」

 

 ゴーストタイプのポケモンのジュペッタを連れた血色の悪い女性、ロケット団三獣士が一人、サキの冷たい言葉が森に響いた。

 

 トキワジムの前で偶然にもシルバーと再会したイエローは、そのままシルバーが何故トキワへと足を運んだのか、その目的を彼自身の口から聞いた。

 曰く、今は闘争に巻き込まれてはいるが、それでも無事に家族との再会を果たしたブルーの様に、シルバーもまた自身の家族、自身のルーツを探している最中だと言う。

 そして幼いながらも自身の記憶の断片に残っていたという景色、トキワの森の外観を頼りにトキワシティを訪れたシルバーを、イエローは笑顔で受け入れ、かつ自身の能力が彼の手助けになるかもしれないと進言した。

 ――イエローの能力、トキワの森の能力。その能力によって幼い頃からずっとシルバーが連れていたニューラの記憶を辿ろうというのだ。

 だがその結果、普段クリアという少年の前では出されない彼女のスケッチブックに描かれたのはトキワジム内にある銅像の姿だった。

 図鑑所有者グリーンの前任のトキワジムリーダーにして現ロケット団頭首、サカキの銅像。

 それが何を意味するのか、自身は一体誰なのか、その事について思案する時間は、今のシルバーには無かったのだった。

 直後に不安がる様にざわめき出したトキワの森、その変化に不安を覚え様子を見に行くイエローと共に来るシルバー。

 

 そのすぐ後ロケット団のヘリにから降下した三獣士のサキとオウカの二人、そして現状は今に至るのである。

 

「サカキ本人、じゃないのか」

「えぇ、サカキ様直属の親衛隊、サキとオウカです、以後お見知りおきを」

 

 眼前へと降り立ったサキとオウカの二人のロケット団、シルバーの問いに丁寧に返すサキだったが、返されたシルバーの行動は至ってシンプルだった。

 

「お前達に用は無い、今すぐサカキを出せ!」

 

 今にも命令するかの様に、色違いの赤いギャラドスを従えてシルバーは言い放つ。

 泣いてる子供も声を失うかの様な雰囲気、形相、だがその程度の脅しでは悪のカリスマであるサカキその部下である二人には通用しない。

 

「フフ、あの方に似て鼻っ柱が強い様で……ですがいけませんね、これから上に立つお方がそうすぐに熱くなっては」

「何を訳の分からない事を!」

 

 無論、彼等にそんな問答等無意味だった。

 自身のルーツを探り、そこに何らかの形でサカキが関係していると知ったシルバーは何としてもサカキにその事を問い詰めなくてはならない。

 だが一方のサキとオウカ側も、サカキにシルバーを会わせる、という目的は被ってはいるものの、今のシルバーをそのまま会わせてはサカキ本人に万が一にも危険が及ぶ可能性がある。

 互いに一歩も引けぬ状況、水と油の様に反発し合う両者は、唯一の無関係者であるイエローをも巻き込んで、まるでそれが宿命だと言わんばかりに戦闘へと発展するのである。

 

「いいでしょう、ではやってみますか"タッグバトル"」

「望む所だ!」

「えぇ、ボクもですか!?」

 

 イエローの驚きの声は、流れに流されるまま虚空へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "そうして、一つの物語は結末へと向かう"。

 

 

 

「み、見つけたで! ここが……!」

「ロケット団の倉庫……まさか俺達がいる5の島(この島)の中にあるとは、とんだラッキーじゃねぇか」

 

 5の島内部では木々の中に隠されたロケット団倉庫へと辿り着いたマサキとニシキ、そしてホカゲとカガリ等は警備の下っ端達相手にモンスターボールを構えた。

 

「サカキ、デオキシス……!」

「さぁ、降りて来い"チャンピオン"!」

 

 トキワシティ上空のロケット団飛行艇の上では、どうにか一人、サカキに追いついたレッドとミュウツーのコンビはサカキ、デオキシスのコンビと相対していた。

 

「後は、レッドに賭けよう……!」

「うん、レッドなら……きっと、やってくれる!」

 

 ミュウツーによって文字通り横に"両断"されたタワーの下層、そこに残ったグリーンとブルーはそう言い合って、カントー図鑑所有者に新ポケモン図鑑三つを託したオーキドは、空となった三つの旧図鑑を懐に入れたまま彼等同様空を見上げた。

 

「サカキ様は、貴方の父君ですよ……シルバー様」

 

 そして、トキワの森にて告げられた残酷にして衝撃の事実、シルバーの実父がサカキというその事実に動揺を隠せないでいたシルバー。

 その一瞬の隙を突かれたシルバーは瞬く間に三獣士の二人に攫われ、それを追うイエローもまた、三獣士、シルバー同様飛行艇内へと入っていった。

 

 

 

 そうして"様々な思いが交差した長い様で短かった戦いは、やがて一つの結末へとたどり着いた"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていた。

 窓を打ちつける雨脚は尚も強まるばかりで、流れる雫はゆっくりと下へ下へと垂れてゆき、やがて為すすべも無く地へと落ちる。 

 石像があった。

 良く出来た、出来すぎた、まるで"今にも動き出しそうな"位に精巧に作られた五組の石像は、冷たく重い空気を更に重くしながらその場にただ立っていた。

 少年がいた。

 五組の石像の前で、ただ無言で膝を抱えたまま佇む少年、その傍らには壊れた図鑑と二匹のポケモンが入った二つのモンスターボールが置かれている。

 

『本気で究極技を修得しようとしておるのか?』

 

 "後悔先に立たず"とは良く言ったものだ。

 先の戦いで、少年は良く戦った、しかし"良く"止まりだった。

 

(どこかで余裕があったんだ)

 

 今まで彼が関わった戦いの中で、彼は常に瀬戸際の中で戦っていた。

 四天王という絶望的に実力の差が離れた相手との戦い、一度も勝利する事が出来なかった自身の師との戦い、遠い地方で頼りになる仲間も先輩もいない場所での戦い。

 全ての戦いの中で、彼は常に生死の境を彷徨う様な戦闘を経験し、その度に自身の能力を開花させ、数々の奇跡を起こした。

 "奇跡を起こした"、それは必然であり、偶然では無い。その"奇跡"とは彼自身が、死に物狂いになって初めて手に出来る産物だ。

 だがしかし、今回の戦いの状況が、皮肉にも"何よりも頼りになる者がいる"という今までに無い"余裕のある状況"が、彼から"生や勝利という事柄への貪欲さ"を奪っていたのである。

 ――否そもそも、ここ最近の彼は戦いに触れる機会すら稀だった。

 

 新しくジムトレーナーを迎えた事によりジム戦を行う回数がめっきりと減った。

 無意識に行っていたトレーニングを放棄し、いつの間にか楽な道ばかりを選ぶ様になっていた。

 結果ホカゲとの試合に負けても、敗北の悔しさを後悔する事はおろか、"その時点での強さ"にどこか満足してしまっていた。

 

 だからこそ、クリアは究極技を修得出来なかった。

 故に彼は、一人だけ生き残ったのである。

 いつまで経っても究極技を修得出来ず、キワメと行動を共にしていたクリアは、幸か不幸か"その場"に居合わせる事が出来ずに。

 

(俺がもっと、もっと"早く"に……)

 

 次にクリアがイエローと会ったのは、倒壊したタワーからキワメと共に何とか脱出しトキワへと辿り着いた時。トキワへと向かったクリアが見た彼女は石の如く冷たくなっていた姿。

 そして彼の開いた瞳孔の先にあったのは、動かなくなった五人の図鑑所有者達と、冷酷な微笑を浮かべる女性、サキの立ち姿だった。

 

(もっと早くに"ブラストバーン"を修得していれば……!)

 

 ――その瞬間、自身の中の枷が外れたのをクリアは確かに感じていた。

 いつかのワタル戦の時の様に、満身創痍となった上での感情の高ぶり。

 だがその時とは違って、此度のクリアの色は"怒り"に染まって、その決意の色を受けたエースの炎もまた、ワタル戦の際に"ブラストバーンを"撃った時同様に"青く"燃え広がったのだ。

 全ての事が終わった直後、何もかもが遅いタイミングで、結局仇を討つ事すら出来ずに。

 事件の一連の流れの中で、クリアという少年はただただ無力で、役立たずな少年だったのである。

 

 

 

 事が終わって一週間程経った今でも、残った焦燥感は消えなかった。

 全てが後手に回ってしまったナナシマから始まった戦いは、五人の図鑑所有者の石化という形で幕を下ろした。

 唯一残ったクリアという少年もまた、心に大きな傷を負った、という診療結果が残っており、しかし当の本人はと言えばその日を境に姿を消した。

 残されていたのは一枚の手紙と二つのモンスターボール、PとVという彼の手持ちポケモンが入ったモンスターボールと謝罪の言葉と二匹のポケモンを頼むとだけ書かれた手紙。

 ただそれだけを残して、その日チョウジのジムリーダーは姿を消した。

 

 




そして本編がまるで打ち切り漫画の様な展開に……!

と言ってもここから先、特に原作と変更点がある訳でも(予定的には)無く、書く事に悩んで気づけば一月以上。
そして悩んだ末に、ではまた違った書き方を試してみようと思ったらこうなりました。今でもまだ後一話使うか悩んでるんですが、恐らく次はまた番外編を挟んでバトルフロンティア編に入ると思ってます。

まぁでも気が向けば、どこかでナナシマ編ラストのクリアがサキと対峙した場面も書くかもです。


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六十二話『vsスターミー 番外編④』

恐怖というものには鮮度があるらしいので、前半ニマニマ後半ニヤニヤしながら書きました。


 

 

 その日、トキワの森の川辺に二人の少女が腰を下ろしていた。

 一人はイエロー、ここトキワ出身のトキワの森をこよなく愛する黄色いポニーテールと普段はそれを隠した大きな麦わら帽子が特徴的な少女。

 もう一人はブルー、綺麗なブラウン色の長い髪の"可愛らしい"というよりは、"美しい"と表現される程には大人びてきた少女である。

 果てさて、そんなタイプは違えどどちらも十二分に魅力的な少女二人がこんな森の中で顔をつき合わせている事には理由がある。

 

「それで、クリアの誕生日に何をプレゼントしたらいいのか分からないと……そういう事なのね、イエロー?」

「はい……」

 

 目に見える程に肩を落とした少女イエローは、手に持ったスケッチブックにトキワの森の絵を描きながらブルーの言葉に答えた。

 クリア、それはチョウジジムのジムリーダーにして図鑑所有者の一人である少年である。

 このイエローという少女、色々諸々な事情やら経緯やらで、この少年に"LOVE"的な意味で好意を持っているのだが、その意中の彼の誕生日がもう目前まで迫ってきており、その誕生日プレゼントに悩んでいたのだ。

 悩みに悩んで、ならばと連絡の取りやすく相談もしやすいブルーに事の相談に乗ってもらった、というのが今回の経緯である。

 ――尤も当の少年クリアもまた、密かにイエローに好意を向けており互いに相思相愛的な関係なのだが、互いに鈍感な上恋愛方面となると奥手となってしまう為、今日の今日まで二人は友達以上恋人未満の関係を貫き通してきていた。

 ――まぁしかし、当の本人達以外は"その事"について当然気づいているのだが、そんな事はクリアとイエローの二人は知る由も無いのだが。

 

「ならそうね、思い切ってプレゼントは"ワ・タ・シ"とかそんなベタなものでいいんじゃないかしら」

「ぶっ!……な、何言ってるんですかブルーさん!?」

 

 盛大に噴出して、慌てて自身の飛沫が飛んだスケッチブックをハンカチで拭きつつ、イエローは声を荒らげる。

 

「あぁそうね、うっかりしてたわ。イエロー、あなたの場合"ボ・ク"だったわね」

「いや……あの、そういう問題じゃなくてですね!?」

「なによー何か問題でもあるの?」

「はい凄く!」

 

 今日一番威勢の良い声を聞いて、ブルーは思わずため息を漏らす。

 まぁ確かに八割がた冗談交じりの提案だったのだが、それでも彼女なりに少しは気を使った提案だったのも事実。

 

(全く、こんな様子じゃいつまで経っても進展なんか有り得ないわねぇ)

 

 恐らく二つの事情から顔を赤くして抗議しているイエローを眺め、ぼんやりとブルーはそう思う。

 いくら彼女の眼前の少女と、今どこで何をしているのか分からない少年が好き合ってると言っても、それが永遠と長続きするとは限らない。

 ――いやこの二人の場合結構長続きはしそうだが、それを差し引いてもいつまでもこんな状況ではいけない、という事は割かし他人事のブルーでもそう思う。

 思い立ったが吉日、とまでは言わないが、それでも行動というものは早いに越した事は無い。

 

「や、やっぱり何かポケモン関連がいいんですかね!? 進化の石とか!?」

 

 等と本気で言ってる純情少女の事はさて置き、そんな少女の主張等まるで最初から無かった事かの様にスルーして、

 

「よし、じゃあこの際告白しちゃいなさいよ!」

「ひゃい!? な、なんれ!?」

 

 悪戯心一杯に悪女の様な笑みでそう告げたブルーの言葉に、呂律の回らない返事でどうにか返すイエロー。

 その様子を見て、内心ブルーはため息を吐いて、

 

(はぁ、やっぱりまだまだ早いのかしらね。この子には……)

 

 半ば諦める様に心中そう呟いた時だった。彼女の視線は不意にイエローの手元へと、より正確には彼女のスケッチブックへと注がれる。

 それはイエローという少女が常日頃から愛用しているスケッチブック。絵を描く事が好きな彼女が(別段上手いという訳では無いが)常備しているもの。

 そしてクリアという少年がいる時は、必ずと言って良い程仕舞われているものである。

 

「……ねぇイエロー」

「うぅ、なんですかブルーさん、出来ればこれ以上は苛めて欲しくは……」

「あぁそれは悪かったわよ、ほら、良い子良い子」

「わぷ……こ、子供扱いしないで欲しいです……」

 

 トキワの森の中で二人きりだからか、今は露になっている可愛らしいポニーテールを優しく撫でるブルー。

 イエローも嫌々言うが、内心そこまで嫌では無いらしい。抵抗する力が極端に弱い。

 その隙に、ブルーは空いたもう片方の手でイエローに気づかれない様にスケッチブックを奪い取り、地面に広げて中身を見る。

 

(……って、別に特に見られて困るものは……)

 

 ペラペラと一枚ずつ紙を捲っていくブルーだったが不意にその手はとあるページで静止する。

 イエローやクリア、果てはブルーやレッド等の手持ちポケモンのスケッチが見られるスケッチブックの中で、一際大きく描かれた一枚の絵にブルーの手は止まり、そしてすぐに彼女はニンマリと意地の悪い笑顔を広げる。

 

「あれ……ってあーブルーさん! 勝手に人のスケッチブック……ってきゃあぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 彼女にしては普段上げない女の子らしい甲高い悲鳴を上げ、すぐさまイエローはブルーからスケッチブックを奪い返す。

 が、時は既に遅し。ブルーは彼女のスケッチブックの中身を見てしまっている。

 

「……見ました?」

「バッチリ!」

 

 目尻の涙を薄っすらと溜めて火照った顔を隠さず聞いたイエローが聞いた答えは、それはそれは最悪なもの。満面の笑みのブルーが手で作る小さな丸印。

 

「……うぅ、ブルーさん……この事は絶対に誰にも……」

「言わないわよ、大丈夫安心しなさい、私だってその位は弁えてるわよ」

「ブルーさん……!」

 

 一先ずの安心は確保出来た。パァっと表情に輝きを取り戻すイエローだったが、すぐにブルーは意地悪な笑みを作って、

 

「だけど、うふふ……イエローってば意外と乙女だったのね」

「うわあぁぁぁ! ストップ! ブルーさんそれ以上は言わないで!」

「普段はボクなんて言ってるけど……でも私はそんなイエローも可愛らしいと思うわよ?」

「う、うぅ……それ以上は言わないでください……凄く、恥ずかしいですよ……」

 

 今にも爆発してしまいそうな程蒸気を発する顔を手で覆って、完全に俯いてしまったイエローの頭を、まるで宥める様に撫で始めるブルー。ちなみに主犯。

 

「……大丈夫。アンタ等二人は、凄く似合ってると思うわよ」

 

 最後に優しくそう告げたブルーの言葉は、恥ずかしさのあまり現実逃避気味のイエローの耳には入っていなかったという。

 

 トキワの森の川辺で、一組の少女達が静かな寝息を立てていた。

 誰も人が来ない静かな場所、そんな彼女達の寝息に当てられてか、周囲にいたポッポやキャタピー等といった小型ポケモン達もうつらうつらと瞼を閉じ始める。

 まるで天国の様なその森の中、少女達の傍らで置かれたスケッチブック。

 風に吹かれて開かれたそのページには、幸せそうに肩を並べて昼寝をする一組の少年少女の絵が描かれていたという。

 

 

 

 一方その頃、チョウジジムのとある室内では。

 

「所でレッドさん、せっかくイエローが盛大に誕生日を祝ってくれるっぽいですし、俺も何かお返しした方がいいですよね。何がいいですかね!?」

「告白」

「キッス!」

 

 クリア、レッド、何故かその場にいるゴールドの三人の野郎共による乱闘があったとか無かったとか。

 

 

 そしてそれが"その物語"の数日前の出来事である。

 "バッドエンド"に行き着く"再会"の物語の――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その物語は"親子の再会"の物語だった。

 複数組の親子が、形はどうあれ各々の家族と再会したという物語。

 そこだけ聞くと一見全米が泣き出す様な文字の並びなのだが、現実にはその逆、その"再会"に巻き込まれた者々ほぼ全てが傷つくという話だった。

 "終わり良ければ全て良し"――なんて言葉もあるが、ならばこの場合はどう処理すべきなのだろうか。

 

 過程含めて、終幕すらも"バッドエンド"で締められた物語の主人公は、果たして一体どんな顔をしてその物語の続きを演じれば良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナナシマでの戦いの際、究極技の修業も平行しながらデオキシスの分身体(ディバイド)と戦っていたクリアはその時、タワー上層にいた。

 数にキリが無いディバイドを一掃し、彼等を捕えるタワーメインコンピュータを破壊すべくミュウツーが行った攻撃、それはただ純粋にタワーを真っ二つにするという離れ技だった。

 結果、見事その場を脱する事に成功したレッド、グリーン、ブルー、オーキドの四名、そしてその直後、唯一飛び立てる"(リザードン)"を一時的にグリーンから貸し与えられていたレッドは、そのままミュウツーと共にサカキとの最終決戦へと飛び立った。

 その際、その攻撃に巻き込まれたクリアとキワメは崩れ落ちるタワー上層階と共に危機一髪的な状況だったのだが、流石にその程度のピンチは慣れものである。どうにか彼等も危機を脱し、その後すぐに残ったグリーン等と合流する事に成功するのだった。

 

 一方、シルバーと再会し、ロケット団とのタッグバトルに発展したイエローは、結果的に連れ去られたシルバーを追ってロケット団の飛行艇内へと潜入していた。

 身一つ、否正しくは手持ちのポケモン達と共に、イエローがシルバーを捜索していた頃、飛行艇の空中闘技場ではレッドとミュウツー、サカキとデオキシスによる頂上決戦が繰り広げられていた。

 互いに持てる力の全てを振り絞った、それぞれの立ち居地とは全く関係の無い、それでいて互いの因縁の全てを払拭すべく行われた戦闘。

 勝負は互角、一時はそう見えたがしかしレッド達は窮地へと追いやられる。

 原因は唯一つ、デオキシスが持つ"フォルムチェンジ"能力。相手の戦闘スタイルに合わせて有利な型に変化出来るその能力の前に、崩れ落ちそうになった双方だった。

 ――が、後一手の所、そこでデオキシスに異変が起き、その隙を即座につくミュウツー――そしてそのまま、勝利はレッド側のものとなった。

 それは5の島のロケット団倉庫にて、デオキシスのフォルムチェンジのバランスを崩したマサキとニシキ、そしてその助力をしたホカゲとカガリの活躍のもと起こった奇跡。

 

 そうして誰もが"ハッピーエンド"を確信したその時だった。飛行艇が急激にバランスを崩したのは。

 それは鼬の最後っ屁と言わんばかりのロケット団三獣士の一人であるチャクラの行動、常日頃からロケット団ボスの座を狙っていたチャクラによる半ば八つ当たりの様な行動である。

 そしてその混乱の中、三獣士は全てバラバラになり、飛行艇もあわやクチバシティへと墜落する危険を孕んだ。

 

 ――尤も結果的に、飛行艇は無事"奇跡的"に最小限の被害で地上へと落下し、誰も傷つくことの無い結末で終わる。

 そこで終わるはずだった――。

 

 ブルーの両親との再会で始まった物語は、互いの立場は正反対であれど、しかし実の親子であるサカキとシルバーの再会によって幕を下ろされた――かに見えた。

 最後に、三獣士最後の一人にしてリーダー格であるサキが現れなければ、この物語はハッピーエンドで終わっていたはずだった。

 

 

 

 

「……なんだよ、それ」

 

 いくら元気が良すぎると言っても矢張り高齢、故に離れたくても離れる事の出来ないキワメを背負ってどうにか先にレッド等の下へと向かったグリーンとブルーの両名に追いつくべく走ったクリアが見たものは、五体の石像とサキの姿であった。

 クチバシティに飛行艇が激突しようとしている、ナナシマからシーギャロップ号によってすぐさまカントーへと帰還していた一行の内、即座にその報を聞いて飛び出したのは矢張りグリーンとブルーだった。

 二人に出遅れる形でまずはエースに乗って飛び立とうとしたクリアだったが、エースも生き物である。連戦の疲労はかなりのもので、急遽クリアは飛行を断念しキワメを背負って走る事にしたのだ。

 

 そしてクリアは見た。不可思議な光、エネルギー波の衝突。

 眩いばかりの光の後、彼の眼球が捉えた光景はぶつかり合ったミュウツーと一匹の"黒いポケモン"、そして此方の存在に気づき冷徹な微笑を浮かべるサキの姿。

 

「おやおや、どうやら一人"取りこぼし"がいた様ですね」

 

 背筋に芯まで凍りつく様な冷たい声がクリアの耳に届くが、しかしその時の彼にその声の主の分析をする程の余力は残っていなかった。

 ただ脳内で行われていた情報処理は目の前の石像、傷つき悔しそうな表情を見せるミュウツー、そして何故かそのミュウツーと敵対するシンオウ幻のポケモン"ダークライ"。

 状況から察するに、導き出される答えは一つだった。

 

「まさか、その石像は……!」

「えぇ、五人の図鑑所有者……その"成れの果て"」

 

 答えを聞く前から答えは出ていた。ただ否定して欲しかったのだ。

 違うと、そうじゃないと。

 だが現実は非常、起こった出来事は変える事が出来ない。

 

「ダークライ」

 

 サキの声が聞こえた。しかし体は動かなかった。

 そして次の瞬間、クリアの体が大きく揺れて、地面へと倒れ込む。

 

「……あ」

 

 だがそれは、クリアがサキのダークライの攻撃を食らった、からでは無い。

 それはクリアの背にいたキワメが、強引にクリアの体を逸らした事が原因だった。

 その結果、ダークライの攻撃をモロに食らったのはキワメの方、命令からのインターバルを考えてそれ程強い攻撃では無い事は簡単に予想は出来た、がそれでも老体の意識を軽く奪う程度の威力はあった。

 

「外した、が……厄介そうなご老人にはご退場願えましたか……フフ、では私もあまり長居は出来ませんし、次で最後にしましょうか」

 

 そして、今度こそ外さない様、しっかりと照準をクリアへと定めるダークライ。

 その光景をまるで他人事の様に見つめて、クリアは不意に自身の脇で気を失ったキワメへと視線を移し、そして次に石となった五人の図鑑所有者へと目を向ける。

 

「なんで、アンタ等三人が石になってんだよ」

 

 一言目は先輩三人に向けて、

 

「なんで、シルバーがここに、なんで……」

 

 二言目は、ジョウト図鑑所有者の意外と似たもの同士のシルバーに向けて、

 

「なん、で……こんな場面でいんだよイエロー……」

 

 三言目は、純粋な好意を向ける少女に向けて、血の滲む唇を更に噛み締めて呟いた。

 返事は無かった、当然だ。

 サキへと飛び掛ろうとしたミュウツーの動きが一瞬停止する、サキのジュペッタが"シャドーボール"を放ったからだ。

 次にサキの微笑が少しだけ深く釣りあがった、瞬間、ダークライの"あくのはどう"がクリアへと打ち放たれる。

 そして外に出していたエースが、ピクリと反応して、

 

「……ざけんな」

 

 クリアの腕のリングがそんなエースに呼応するかの様に"青い輝き"を放ち、ピキンッと甲高い音を立てて真っ二つに割れて、

 

「ふっざけんじゃねぇよこの腐れ(アマ)がぁぁぁぁぁ!」

 

 明確な敵意が毒々しい言葉に乗せられてサキへと言い放たれる。

 同時にエースの炎が青く広がり、巨大な青炎が"あくのはどう"をかき消し、かろうじてその炎を避けるダークライ。

 此度の戦いで、圧倒的にクリアに足りなかったもの、それは最後の最後で全てが台無しになって初めてそれは彼の手に入った。

 真剣さ、必死さ、想いの強さ――そして何よりワタル戦の時と同様の"全てを投げ打ってでも敵を倒したい"と願う破壊願望。

 かつての条件の全てが揃いさえすれば、エースが"ブラストバーン"を修得出来ないという道理は無い。

 ただ"かつての時"と違ったのは、それを"守る"為に使うのか"壊す"為に使うのか、ただそれだけの事だった。

 

(……ふむ、これがクリアの能力)

 

 その光景に、自身を焼き尽くさんとする青炎を間近に見定めてサキは心中呟く。

 

(キクコ様の仰っていた通り、油断ならない能力の様ですね……まぁ何にしても、それでも"イエロー"程の脅威は感じないが)

 

 クリアとイエロー、実際に相対したその上で二人の価値を見定めた上でのサキの評価。

 彼女の師であるキクコ(尤もその事を知る人間は限りなく少ないが)経由でサキはクリアの事を多少なりとも知っていた。知っているからこそ、今この場でクリアの価値を見定め、そしてサキはクリアの価値をイエロー以下だと判定したのである。

 だがそれは少しだけ間違った評価。

 それはクリアにとっては幸か不幸か、彼を始末出来たと思い込んだチャクラがサキに情報を漏らさなかった事が原因となったのだが。

 

「ンフフ、それにしても……」

 

 その時だった、サキの足元から急速に凍り付いていく。

 それは四天王のカンナの氷攻撃、彼女によるナナシマ襲撃への僅かばかりの復讐。

 

「随分と"不気味で強い悪意"を放つ……シルバーの"心地の良いカリスマ性の強い悪意"とはまた違う"悪意"を」

 

 そう言って、何かを言い返される前にサキは自身のスターミーに乗りその場から飛び上がった。

 続く様にダークライ、ジュペッタが続き、ミュウツーもそれを追う。

 

 そうして後に残されたのは尚も"制御の出来ない青炎"を噴出するエースと、己の中に確かにあった――今この時まで息を潜めていた悪意の塊を露にするクリアの姿。

 その姿を彼を知る者が見れば、まず第一の否定の言葉を述べるはずだ。

 まずそもそも、クリアという人物を知っている者は意外と少ない、それはクリア本人も含めてだ。

 今のクリアの姿は、性格が変わるとかそういうレベルの話では無く、本当に本物の才能、悪の才能というレベルのもの。サカキの"悪のカリスマ"を少なからず受け継いでいるシルバーのそれと非常に似通ったものだった。

 しかしその事についてクリアに問いただしてもきっと十分な解答は得られないだろう。何故なら彼自身、何故自身の中にそれ程の"間違った才能"が眠っていたのかを理解出来ていないから。

 そしてその事を彼が知る日は、一度たりとも無いのである。

 

「待て……って、言って……」

 

 空へと逃げたサキへと飛ばした手は、言葉と共に地へと落ちる。

 限界だった。体力的にも精神的にも、短時間に酷使し過ぎたのである。

 そして、そうして、何の活躍も出来ない役立たずの主人公は、"クリアという人物が生まれて初めて"の絶望を痛感する。

 クリア同様崩れるエースの炎は元のオレンジに戻り、朦朧とするクリアの聴覚はかろうじて叫び声を上げるオーキド博士の声だけを拾った。

 そしてそのまま、クリアの意識は一旦離され、次に起きるのは一週間後となった。

 

 こうして"再会"の物語は、やはり一つの"再会"と共に幕を下ろされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "バッドエンド"から一週間程が経過したその日、一つの希望が生まれた。

 幻のポケモン"ジラーチ"、その存在が近い内に目覚めるという情報、キワメがナナシマのロケット団タワーから持ち出した資料の一つから判明した情報だ。

 勿論、その時を目指して関係各者全員が動いた。

 オーキドはジラーチが目覚めるという土地を持っている者へ連絡を入れ、知識あるものは全ての情報を資料から読み解くべく解析を進める。

 残された図鑑所有者、ゴールドとクリスタル、彼等もまたその時に備えて何か動きを見せていた。

 

 一方で、クリアはただ一人石像の前にいた。クリアが目を覚ましたタマムシの病院、急遽そこに移送され、密かに隔離された五体の"生きた石像"。

 ――その日はひそひそと静かな雨が降っていた。

 

「……はぁ、ホンット、今回の俺って格好悪かったよなぁ」

 

 誰に言うでもなく呟かれた言葉に返す者等誰もいなかった。

 尚もクリアは続ける。

 

「不用意に事件に首突っ込んで、誰の期待にも答えられず、挙句の果てには勝手に暴走して自爆ときたものだ」

 

 尤もその時の事、サキと対峙した時の事をクリアはうろ覚えでしか覚えていない。それだけ彼の心が激しくかき乱されていたとも言えるが。

 

「本当に、情けなくて……泣けてくるよなぁ、情けなくてさ」

 

 ほの些細な独りよがりな強がりで涙を見せたクリアは、それでも石像となった者達にその顔を見せたくなかったのか顔を下向ける。

 相手の意識があるのかさえ絶望的だというのに、それでもやはり、見せたくない顔というものがあったのだろう。

 時間にして数分程度、数度程涙が落ちる音が室内に木霊して、

 

「だけど……このままじゃいられないよな」

 

 顔を上げた彼の顔には微笑があった。どこか危険性を帯びた、黒い光を宿した眼と、血の気の悪い明るい表情。

 

「今回の事で俺は思ったんだ。何をするにしても、まずは強くならないと……"何をしても赦される程の強さ"、それだけの強さをまずは手に入れないと、強くならないと何も守れないし救えない……だよなシルバー、先輩方」

 

 暗い微笑みが石像へと向けられて、

 

「今なら、師匠の気持ちが少しだけ分かる気がするんだ」

 

 そう言って立ち上がったクリアは、真っ直ぐに石となったイエローの方へと向かう。

 レッドに抱えられた、何処と無く少しだけ嫉妬しそうになってしまう様な彼女の傍へと歩み寄る。

 雨は、いつの間にか止んでいた。

 

「"世界の全部を敵にしてでも取り戻したいもの"……皮肉だよな、師匠もお前……君とシルバーや先輩達も全部無くして初めて気づくんだからさ」

 

 言って、クリアはおもむろに自身のゴーグルをイエローの首へとかける。

 ゴーグルをかける際に軽く触れた彼女の冷たさに、クリアは僅かに唇を噛んで、

 

「だけど、俺も師匠の時と同じらしい。"幻の存在"っていう唯一の希望が残ってるんだ、後はただ力が足りないだけ」

 

 仮面の男ヤナギは幻のポケモン"セレビィ"を目指した。そして今度はクリアも同様に"ジラーチ"を目指す事になるのだろう。

 かつてのヤナギと同様に、大切な時間を取り戻すべく。

 

「だから俺は誰にも言わずに消えるつもりだったんだけど……だけどやっぱり、君には言っておこうと思ったんだよ、何故なら……」

 

 その瞬間、雨雲に覆い隠されていた月が顔を出し、月明かりが彼等を照らした。

 そしてクリアは、約一週間ぶりとなる暖かな笑顔を石となった最愛の人へと向けて、

 

「俺は君の事が……イエローの事が大好きだから」

 

 言い放つ。誰もいない、誰も見ていない、誰も聞いていない部屋の中で。ずっと隠してきた、自身ですら中々気づけなかった心情を吐露したのだ。

 

「ずっと、いつの間にか、気づけば好きになってたんだ。だから俺は、君を取り戻す為なら"どんな事"だって厭わない」

 

 そう言い終えるとクリアは満足した様に一度だけ呼吸を整え、

 

「……全く情けないよな、こんな状況にでもならない限り告白すら出来ないなんて……」

 

 自嘲気味に言って、今度こそ身を翻して、それから二度と振り返る事無く彼は部屋を出たのだった。

 

 

 

 そしてそれ以降、クリアという少年は消息を絶つ事となる。

 残されたものは手紙と、二匹のポケモン達、PとVというクリアの手持ち、かけがえの無いはずの仲間。

 以降二匹の身の振りはそれぞれ別々の者の手に一時渡るのだが、それをクリアが知るのはまたもう少し先の話。

 

「……絶対に、取り戻すんだ」

 

 そしてそう呟いた――"氷の仮面"を手に取った少年はそれから約二ヵ月後、再び姿を現す事となる。

 

 




一先ずこれでナナシマ編終了です。例の如く章終了後プロフィールは活動報告で。

とりあえず書きたかったシーンの一つ消化、誰も見ていないからって油断したら悲惨な事になります。


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バトルフロンティア編
六十三話『vsジュカイン バトルフロンティア』


 

 

 カントーナナシマ2の島"きわの岬"。

 草、炎、水の三種の究極技である"ハードプラント"、"ブラストバーン"、"ハイドロカノン"の伝承者が住まう岬であり、三種の究極技の伝承を正式的に行う場所でもある場所。そして同時にかつてカントー図鑑所有者の二人、レッドとグリーンが共に修業に励んだ場所でもある。

 そんな場所に、二人の少年少女はいた。

 

「はぁ、はぁ……ど、どんなもんだいコンチキショー!」

「フフッ、お疲れ様"ゴールド"」

「ん、おう、あんがとよ」

 

 汗だくの少年が叫びながら倒れこみ、そんな少年を見下げた少女が一人微笑む。

 究極技の修業の一環で使われる約三キロはあろうかという恐ろしく長い廊下、そのゴール地点で、滝の様な汗を流し倒れる少年の名を言ってタオルを差し出す少女の名は"クリスタル"。捕獲の専門家と呼ばれる程に捕獲の技術に長けた、ジョウトのポケモン図鑑所有者の一人だ。

 最近ではポケモンの権威オーキド博士の助手を務め、普段ならばヨシノシティの第二研究所で白衣を纏っているはずの少女なのだが、今は修業の為白衣を脱ぎ動きやすいスパッツという、より活動的な服装でいる。

 そして、差し出されたタオルを引っつかみ、短く礼を言って、乱暴に自身の汗をふき取る少年"ゴールド"もまた、クリスタルと同じくジョウト図鑑所有者の一人でもある。

 

 さて、では何故そんな二人が、主な用途が究極技の修業位しか無いこの岬にいるのか。

 その答えは唯一つ、究極技修業の為の場所にいるのだから、"究極技の修業の為"であるに決まっている。

 究極技、その必要性を感じて、今彼ら二人はこうして究極技の修得に至ったのだ。

 

 

 そもそも――。

 かれこれ約二ヶ月前に起きた一つの事件、それが事の発端となった。

 "ナナシマ襲撃"、真のボス"サカキ"率いる復活を遂げた本物のロケット団がカントーナナシマ、及び初代図鑑所有者を襲撃した事件、それがそもそもの始まりだった。

 ゴールドとクリスタルは、かつて仮面の男ヤナギ率いるロケット団の残党と戦った経験があるが、ナナシマでのロケット団の戦力はその時の比では無かった。

 急ごしらえのボス率いる残党か、真のボス率いる精鋭達か、いざ比較してみるとどちらの戦力が強力かは言うまでも無い。

 そして更に、ロケット団にはある一つの切り札があった。

 宇宙から来たポケモン"デオキシス"。フォルムチェンジを得意とした、どんな局面にも対処出来る戦闘スタイルを持つ未知のポケモン相手に、ナナシマの図鑑所有者達は苦戦を強いられる事となったのである。

 復活の狼煙を上げた恐るべきロケット団の力。だが図鑑所有者も決して負けてはいなかった。

 遺伝子ポケモンのミュウツーと共闘戦線を張った彼らは、ボスであるサカキの親衛隊"三獣士"を退け、遂に初代図鑑所有者レッドとミュウツーは、デオキシスを従えたサカキと激突した。

 一進一退の攻防、実力差は僅差、そして勝敗を分けたのは、サカキ側の唯一つの誤算。

 ナナシマ5の島に位置するロケット団倉庫、その場所をマサキとニシキ、そして僅かながらの反撃としたホカゲとカガリに襲われ、デオキシスのフォルムチェンジ能力を支えていたある装置を破壊され、それが結果的に決定打となった。

 そうしてレッドとサカキの再戦は、再度レッドの勝利という事で幕を下ろしたのだった。

 

 図鑑所有者とロケット団との対決はレッドの勝利で終わった。だがしかし、事件は依然終わってはいなかったのである。

 元々今回のナナシマ襲撃は、元を辿れば一人の男の純粋な願いから始まった。

 息子の捜索という、唯一つの、唯一人のサカキという"親"の願い。

 そして結末の一つとして彼の息子、ジョウト図鑑所有者のシルバーは自身の実の父親であるサカキと本当に久方ぶりの対面を果たしたのであった。

 ナナシマの襲撃、遺伝子ポケモン対DNAポケモン、飛行艇の暴走、いくつものプロセスを経てそして。

 

 

 そして――"全てが終わったその後に、全てを台無しにするその者は再び舞台の上へと姿を現す"。

 

 

 ロケット団サカキ親衛隊三獣士の一人"サキ"。また裏では四天王キクコに師事を受けている人物。

 自由を得て、仲間を探しに飛び立ったデオキシスを再び狙おうとしたサキと、その行動を阻もうとしたレッド、グリーン、ブルー、シルバー、イエローの五人の図鑑所有者は最後の最後で再度激突する事となる。

 結果的にサキはデオキシスを取り逃がし、四天王カンナの凍技を受け足を負傷した。

 だがその代償として、五人の図鑑所有者は石像となってしまったのである。

 

 原因不明、その一言で片付けられた診断。

 事態を聞いたゴールドとクリスタルの両名が、ジョウトから急ぎ飛んで来て最初に聞いた言葉がそれだった。

 手の施しようが無いとは正にこの事、過去の事例が一つとして無い突然の石化現象に対応しうる人材は、唯の一人としていなかったのである。

 石化した四人の先輩、ジョウト図鑑所有者としての唯一人の仲間。

 その現実に、当然二人はショックを隠しきれなかった、悔しさが胸を打ち、次に出てきた感情で、二人の少年と少女はすぐに行動を起こしたのだ。

 目の前の現実に打ちのめされる前に、まずはやれる事をやろうと、今自身達に出来うる事へ打ち込む事に決め、そして究極技の修業へと参ったのである。

 図鑑所有者は巨大な陰謀と戦う宿命を持つ、彼ら二人が今回の緊急の事態にも即座に対応出来た理由は、恐らくそんな理由からなのだろう。

 

 

 

「ほほ、ようやく"くりあー"出来たようじゃの、ゴールド」

 

 究極技を修得した二人の下に一人の老婆がそう言って現れる。

 彼らの、そしてその他全ての者の究極技の師でもある老婆"キワメ"である。

 

「……ま、まぁこんな修業、オレ様にかかればお茶の子さいさい完クリ余裕ってもんよ!」

「二月たっぷり修業に使った男の物言いとは思えないわね……」

 

 あえて余裕を見せる様に振舞うゴールドの姿に、クリスタルは肩を落としながらポツリと呟いた。

 ちなみにクリスタルの究極技修業はかれこれ一週間程前に既に終了している。

 

「ま、そう言うアンタも"クリア"の奴に比べればまだマシってものだね」

 

 キワメが"その名"を口にした瞬間、空気が変わる。ゴールドは余裕を浮かべた笑みを消し、クリスタルは口を噤む。

 

クリア(あやつ)はそもそも心構えからなっていなかった。"技量だけなら十分に条件を満たしていた"のに、その力を本気で引き出そうとはしていなかったんだよ」

 

 その先、その先の結末までは、あえてキワメは口にしない。

 

「まぁ人の調子にも波ってものはあるからね。クリアにとって不幸だったのは、あやつはその波のタイミングが悪かったって事だ」

「……そんな事、知った事じゃねぇんッスよ」

 

 当時を振り返る様に呟いたキワメの言葉に、ゴールドは間髪入れずに言った。

 

「別に俺もクリスも過ぎた事をどうこう言うつもりはねーし、その時のあいつ自身どんな心境だったかってのも理解は出来ねぇ……けどな」

 

 そう言ったゴールドの背後、座り込んだ彼の後ろから一匹のポケモンが姿を現す。

 黄色を基調とした比較的小型のポケモン、赤い電気袋が特徴的な電気鼠。

 "P"というニックネームのピカチュウ。そして同時に、クリアの数少ない手持ちポケモンの一匹でもあるポケモン。

 

「それでどうして、テメェのポケモン置き去りにする必要があるのかっつー話なんスよ……!」

 

 家族の様にポケモンと接して、自身も数多くのポケモン達と暮らすゴールドだからこその"怒り"がそこにはあった。

 ナナシマ襲撃の事件から約一週間後、異変に気づいたオーキド博士が石化した五人の図鑑所有者の前で見つけたものは、残された二対のモンスターボールと、中のポケモン達とジムの事を頼むとだけ書かれたクリアからの一枚の置手紙。

 ただそれだけを残して、その夜、チョウジジムリーダーは忽然と姿を消した。

 

「どうしてなのかは分かりませんが……」

 

 ポツリと、クリスタルが呟く。

 

「私もゴールドも、何故か今の状況が分からないクリアさんが、"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"……ヤナギさんと重なってしまうんです……」

 

 仮面の男ヤナギ、かつての事件の際、自身の一匹のポケモンの為にその他のポケモン全てを道具の様に利用した男。

 その男の弟子なのだろうか、それともその時の彼と現状が似ている所為なのか分からないが、だが彼ら二人は、その男とクリアを重なって思ってしまうのである。

 "無くしたモノを取り戻したい"という、恐らくその時のヤナギと同じ事を思っているのだろうクリアを。

 そして、もしもその時のヤナギとクリアが同じ状況だと仮定したとして、

 

「だからもしも、もしもあいつが、こいつらポケモンの事を"道具"だなんて思っていたのなら……」

「……どうすると言うのかしら」

 

 不意にかけられた声にゴールドは一時言葉を中断させる。

 その場にいた三人が声のした方へ一斉に振り向く、急に集まった視線に一度静止し、そしてその女性は何事も無かったかの様に彼らの前に立つ。

 

「カンナさん!」

「えぇ、久しぶりねクリスタル、ゴールド、それにキワメさんも」

 

 クリスタルの呼びかけに、四天王カンナは微笑と共に応える。

 ナナシマ襲撃の際図鑑所有者達と共闘し、かつてはクリアやイエロー等と敵対した事もある女性。

 四天王とも呼ばれた屈指の実力者であるカンナは4の島を故郷とし、現在はその故郷を中心に活動をしていた。

 では何故彼女が再びきわの岬に現れたのか、その理由は――、

 

「……おう、誰かと思えば氷の姉ちゃんじゃねぇか……つー事は……」

「うむ……と、お前さんが再びここに現れたという事は……」

「えぇ、そうよ」

 

 刹那、カンナが短く言葉を吐いた直後だった。

 カンナの背後十数メートルの距離が、"一瞬"で凍りつく。

 凍える冷気が途端にその場にた全員を襲い、少しだけ身震いしたクリスタルが見つめた先で、

 

「えぇ、頼まれていた仕事が終わりましたので」

 

 透ける様な薄い空色の美しい体表、気品溢れ、それでいて見つめるもの全てを凍りつくさせる様な眼光。

 ポケモン"グレイシア"、ニックネームは"V"。

 クリアの手持ちの一匹でもあり、同時にクリア失踪時に置き去りにされたポケモンの内の一体である彼女、その姿を見るのはゴールドとクリスタルの両名も約二ヶ月ぶりとなる。

 

「この子自身も強くなりたがっていましたから、成果は期待以上です」

「そうか、済まなかったね。四天王カンナともあろうお前さんの手を借りて」

「いえ、貴女の頼みとなれば断る訳にはいきませんから」

 

 二ヶ月前の事件を通じて知り合ったカンナとキワメ、彼女等は同じナナシマ在住としての面もあってか気が合い、今ではこうしてそこそこに良好な関係を築いている。

 そしてクリア失踪時、行き場の無かったグレイシアのVの一時的な預かり手として、カンナに白羽の矢を立てたのも何を隠そうキワメだった。

 最初こそクリスタルが預かろうとも言っていたのだが、カンナは氷タイプのエキスパート、かつて敵対した相手とは言え、今回の事件でその蟠り(わだかま)りも無くなり、結局こうしてVは修業も兼ねられてカンナの元に預けられ、そして見事に彼女の凍技を吸収して帰ってきたのである。

 

「……それで、クリアがこの子達の事をもしも"道具"だと思っていたのなら、どうするつもりなの?」

「ん、あぁ、それは……」

 

 急に話を戻され、虚を突かれるゴールド。そんな彼の背中から、一匹の黄色い影が現れる。

 ポケモン"ピカチュウ"、"P"と名づけられたクリアの手持ちの一体。

 そしてこのPも同様に、今はクリアの手から離れ、ピカやチュチュ、ピチュ等の他の電気鼠達と共にとある修業を行っていたのである。

 ゴールドの背中から顔を出したPは、カンナに連れられたVを見つけると、久方ぶりの再会に喜びを感じたのだろうか、一緒になってじゃれ合い始めた。

 ゴールドやクリスタル等と共に"電気の究極技"の修業を行ったPと、カンナの下で基礎能力の向上を計ったV。

 そんな二匹の再会の様子を少しの間だけゴールドは眺めて、そして彼は何時のもの様な得意げな笑みを浮かべ、はっきりとした口調で言うのだった。

 

「先輩達の石化を解く以前の問題として、捻くれ曲がったあの野郎の根性を叩きのめしてやろーと思ってよ……へへっ、鍛えたこいつらと一緒にな」

 

 六月最後の日の夜。ジョウト図鑑所有者の二人と二匹のクリアのポケモン達はこうして戦いの準備を終える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホウエン地方ミシロタウン。どんな色にも染まらない町。

 コレと言って目だった特色がある訳でも無く、またそれが短所となりえる事も無い、自然豊かな場所。

 そんな地方の片田舎に構えられた一戸のポケモン研究所、ホウエン地方のポケモン研究家であるオダマキ博士の研究所に、彼ら二人の少年少女はいた。

 

「……それにしても"至急研究所に集合"って、君の父さん……オダマキ博士は僕達に一体何の用なんだろうね」

「うーん、あたしも父ちゃんからは特に何も聞いとらんけんねぇ……あ、でも最近どこか忙しそうにしよったよ?」

「うん、十中八九それが原因だろうね……まぁ何にしても直接用件を聞かない事には憶測のしようも無いのだけども」

 

 白い帽子を深く被った知的な少年と、青いバンダナを頭に巻いた活発的な少女。

 ルビーとサファイア、ここ最近ホウエン地方で起こったホウエン大災害時にも活躍したホウエン図鑑所有者の二人であり、この日二人は、唐突にオダマキ博士から呼び出され、今はオダマキ博士の研究所で待機中なのである。

 オダマキ博士の研究所、といってもそれは事実上、そのオダマキ博士の実の娘であるサファイアの実家も同様の様なものだが。その所為あってかサファイアは実にのびのびと父親であるオダマキ博士を待ち、相対的にルビーは平静を装いながらも内心、ほんの少しだけなのだが緊張した様子で椅子に座っていた。

 そうして待つ事大体数分位経った頃だろうか、

 

「いやぁゴメンゴメン、待たせたね二人共」

 

 言いながら白衣を身に纏った中年男性、サファイアの実の父でもあるオダマキ博士がドアのノブを回した。

 

「父ちゃん!」

「どうも、オダマキ博士」

 

 サファイアとルビーも彼の存在に気づき、彼ら二人と向かい合う様にオダマキ博士も腰を下ろした。

 

「さてと、何から話したものかな……」

 

 ゆっくりとした動作でルビーとサファイアの両名と向かい合う様に椅子へと座り、オダマキ博士はおもむろにそう切り出した。

 それから約四秒、考え込む様に口の前に手を置いて考え込み、

 

「……そうだ、ルビー君」

「?……はい、何でしょうオダマキ博士?」

「そう言えば明々後日、君の友人のミツル君……彼の姉の結婚式が開かれるそうだね」

「は、はぁ。確かにそうですが……その件と今回の呼び出し、何か関係でもあるのですか?」

 

 唐突に切り出されたオダマキ博士の言葉。その言葉はルビーの斜め上のものだったらしく、まさか彼もいきなり自身の友人の、それもその姉の話を持ち出されるとは予想していなかったのだろう。

 少したじろいだ感じでそう返すルビーに対し、オダマキ博士はルビーに合わせた目線を一度サファイアへと移し、そしてすぐにルビーへと戻してから、

 

「あぁ、いやまぁ結婚式と今回の件は直接的な関係は無いんだよ。関係あるのはその結婚式の会場、その式が開式される船……その行き先さ」

「船の……行き先? えーと、それって確か、カイナシティを出発して……」

「……"バトルフロンティア"の事、サファイア? 確か正式オープンは一週間後位だったかな」

「そう! それったい! バトルフロンティア、ポケモンバトルの最前線! ねぇルビー、オープンしたら一緒に行ってみよ?」

「……その事についてなんだが」

 

 "バトルフロンティア"、その施設の名が話題に上がった瞬間、特にサファイアを中心として自然と話の流れはそちらへと傾いた。

 ホウエン地方でもうじきオープンする新施設、世間の注目も高い所為かジム制覇まで遂げたサファイアは勿論として、普段ポケモンバトルに積極的にならないルビーまでもが僅かながらも興味を示している節がある。

 それを見越しての事なのだろう、バトルフロンティアの話題が盛り上がる眼前の若人達へと視線を定めたオダマキ博士は、真剣な眼差しのまま告げる。

 

「ルビー君、サファイア。君達二人にはそのバトルフロンティアで"ある人物"の"仕事"の手助けをして欲しいんだ」

「"ある人物"……? それは一体誰なんですかオダマキ博士?」

「"仕事"……? 一体どんな仕事ば手伝えばいいと?」

 

 漠然と言い放たれたオダマキ博士の言葉に、疑問の返事を漏らすルビーとサファイア、そんな二人に対しオダマキ博士は、カントーのポケモン研究者"オーキド博士"の言葉を思い出しながら、しかし"最も肝心な部分"だけを隠したまま言い放つのだった。

 

「"ある人物"とは"ホウエン第三の図鑑所有者"エメラルド。そして手伝って欲しい"仕事"とは千年に一度現れるという幻のポケモン"ジラーチ"の捕獲! 君達にはこのジラーチを捕獲する為に彼、エメラルドの助力を頼みたい」

 

 そこで一度一呼吸を置き、そしてオーキド博士から渡された一枚の写真を机の上へと置く。

 

「それは先日オーキド博士の研究所を襲った謎の人物の写真だ。見て分かる通り、複数のポケモンを相手にしても平然としている辺りかなりの手練れだ。恐らく、かなり危険な仕事を任せる事になるかもしれない」

 

 オダマキ博士の説明を聞きながら、ルビーは机の上の写真を手に取りサファイアと共に写真を覗き込む。

 男なのか女なのか分からない程全身を冷たい甲冑で包み、大剣を持った人物が番兵代わりのポケモン達をなぎ倒し、何かを手に取っている写真だ。

 

「だが今回ばかりは、"是が非でもジラーチを捕獲しなければならない理由"がある、そして勿論この写真の様な悪人にも渡す訳にはいかないんだ……協力してくれるか、二人共……?」

「……大体の事情は分かりました」

 

 言って、不意にルビーは写真を机の上へと戻した。

 そして不敵な微笑を浮かべてから、

 

「それじゃあまずは、その第三の図鑑所有者の助けをする為にも、幻のジラーチというポケモンの事について、もっと詳しく聞いても構いませんか? オダマキ博士」

「うん! それに結婚式ば途中で抜ける事になるやろうし、先生やミツル君達にもこの事ば伝えとかんとね! 」

 

 オダマキ博士自身、彼らの返しはほぼ予想通りだった。

 かつてホウエン大災害の時に活躍したルビーとサファイア、そんな二人の少年と少女が、オダマキ博士の言葉なんかに臆するはずが無いだろうと、彼自身も分かっていた事なのだ。

 それでも、オダマキ博士はオーキド博士の言葉を嫌でも思い出す。

 "図鑑所有者は戦いの運命と共にする者が多い"――その言葉を聞いた時から、オダマキ博士は自身の娘と友人の息子を戦いの渦中へと送り込む覚悟は出来ていた。

 覚悟が出来ていながら、しかしあえて脅す様な事を口走ってしまったのは、恐らく彼がサファイアという少女の父親だからなのだろう。

 

「ありがとうサファイア、ルビー君。じゃあまずは幻のポケモンジラーチ、"どんな願いをも叶える"というこのポケモンの説明から始めようか」

 

 七月二日正午。ホウエン図鑑所有者の二人の少年と少女は、こうしてホウエン大災害以来の戦いの運命へと、再び身を投じていく事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホウエン地方キナギタウンとサイユウシティの間、その洋上。

 主な行路は定期の船便のみというそんな場所に、"ポケモンバトルの最前線"とも呼ばれる施設はあった。

 オーナーエニシダの夢の結晶とも言えるその施設の名は"バトルフロンティア"。

 タワー、パレス、アリーナ、ファクトリー、チューブ、ドーム、ピラミッド――以上の七つのバトル施設と、それぞれの施設の主である七人のフロンティアブレーン達が待ち構える、バトル好きによるバトル好きの為の聖地。

 その注目度は建設段階の時点から少しずつ世間へと広まっていき、そして、マスコミ各位に初めて公開される一般公開一週間前というその日。

 "七月一日前日"のバトルフロンティア敷地内の盛況ぶりは既にオープンしているのではないか、と思わせる程の賑わいぶりだった。

 オープン前の開催セレモニーであるデモンストレーションバトル、記者会見、詰め掛ける記者達やバトルフロンティアに挑戦する為事前エントリーに訪れたトレーナー達。

 高まる期待、衆目多い大舞台で、そして一人の少年は強引に舞台へと躍り出たのである。

 

『オレはエメラルド。バトル大好きエメラルドでーす!』

 

 そんな陽気な掛け声と共に記者会見の場に突如として現れたのは、三日月型の金髪という独特な髪型をした少年"エメラルド"。

 バトルフロンティアを制覇する為に来たと豪語した彼の登場でせっかくの記者会見は滅茶苦茶に、当然オーナーのエニシダは両腕組みで怒りを露にし、更に何人かのブレーン達からはエメラルドのバトルフロンティア参加権を剥奪しようという声も上がったのだが、だが結局エメラルドは参加権の剥奪を免れた。

 理由は単純、エメラルドの登場が記者会見中の出来事であり、かつ彼の登場もかなり派手なモノであった為、マスコミ側が"パフォーマンスの一環"だと勘違いした事が原因だった。

 そうしてテレビ等で大々的に取り上げられてしまえば、バトルフロンティア側も引くに引けない。ここまで大々的に取り上げられてしまえば、それはもう"嘘でした"では済まなくなる。

 更にはそのマスコミの勘違いをも宣伝として利用しようと考えたオーナーエニシダの言葉もあり、結果的にエメラルドは参加権の剥奪を免れ、それと同時にエメラルドは"オープン一週間前"という空白期間を利用した催し物のゲストとしても迎え入れられる事となったのである。

 

 

 そしてその日、エメラルドのバトルフロンティア制覇の戦いが始まって三日目の事。

 一日目にバトルファクトリー、二日目にバトルチューブと順調に勝ち抜いたエメラルドが次に挑んだ施設、それはフロンティアブレーン"ジンダイ"の施設"バトルピラミッド"だった。

 レンタルポケモンのみを使い"知識"を試されるバトルファクトリーや"運"を試されるバトルチューブ同様、もしくはそれ以上かとも思われる程に過酷な戦い。

 連戦なんて当たり前、更には毎回毎に変化する地形マップに翻弄されながらも、エメラルドは遂にジンダイの下まで辿りつき、レジロック、レジスチル、レジアイスの三体のホウエン伝説のポケモンを操るジンダイを見事に打ち破る。

 

 ――が、問題はその後だった。

 

 バトルファクトリーのレンタルポケモンの強奪、及びフロンティアブレーン"ダツラ"への強襲。

 当然、疑われたのはその場において尤もイレギュラーとなる者、そしてレンタルポケモンの中に"紛れ込まされていた"ジュカインを手持ちに加えていたエメラルドだった。

 ――まぁ尤も、エメラルドへの誤解は完全にとは言えないがすぐに解ける事となったのだが。

 

 

 

「よし、じゃあ行こうか"ラティアス"、"ラティオス"!」

 

 夜が明けてすぐ、エメラルドは行動を開始した。

 彼の手助けをしてくれるむげんポケモンのラティアスとラティオス、二匹の伝説のポケモンのサポートを受けて、今彼は特製ブーツで波に乗って移動している。

 彼エメラルドが目指す先、それは勿論幻のポケモンジラーチ。彼が受けた図鑑所有者としての仕事。その仕事を完遂する為、エメラルドはジラーチを追って"アトリエの洞窟(あな)"という場所へ目指して進む。

 

 七月四日早朝。そしてその日その場所で、エメラルドは"二人の男"と出会う事となる。甲冑に身を包み剣を振るう男と、氷の仮面を被った槍を振るう少年という、"二人の敵"と――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世間の注目集まる七日間、果たして勝つのは七人のフロンティアブレーンか、挑戦者(チャレンジャー)エメラルドか。

 そしてそんな熱気と歓声の裏、幕を開ける幻のポケモンを巡る戦い。

 どんな願いをも叶える幻のポケモン、それを狙う一つの巨悪、準備を終えていく図鑑所有者達。

 

 

 ――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョウト地方シロガネ山の最奥地、出現する野生ポケモンの高さから非常に危険度の高い場所として知られている場所。

 かつてその山に入り出る事が出来た者は極端に少なく、その中には図鑑所有者であるレッドやゴールド等も含まれる。

 確かに修業の場としては絶好の場所となる山、だがしかし、"約二ヶ月"もの間その様な過酷な環境に身を置くとなれば、それは恐らく正気の沙汰では無い。

 ――尤も言い換えれば、正気じゃなければ、有り得る話なのだろうが。

 

「……七月か」

 

 地面や壁にいくつも描かれた"正"の字、充電が切れたポケギアの代わりに描き出して幾日もの時が過ぎた。

 彼の記憶の中で、最も後悔したと思われる日。それか約ら二ヶ月もの月日があっという間に経過していた。

 

「行こうか。エース、レヴィ、デリバード……」

 

 呟いて、彼に付き従う三匹のポケモン達を見定める。少しの間眺めて、そこに"足りないもの"を少しの間だけ思い浮かべて、クリアはすぐに頭を切り替えて――そして"仮面の男(クリア)"は約二ヶ月の期間を経て行動を開始する。

 目指すはホウエン地方バトルフロンティア、対象は幻のポケモン"ジラーチ"、目的は自身の過去の失敗を帳消しにし、彼にとってかけがえの無い大切な者達の石化を解く事。

 その誓いを胸にした時、感触が、クリアの顔を覆うのだった。

 

 



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六十四話『vsアメタマ ジラーチ争奪戦』

 

 

 七月四日早朝。少年エメラルドがバトルフロンティア制覇への挑戦を開始し、そして幻のポケモン"ジラーチ"が目覚めてから四日目の事だった。

 その日、エメラルドはこのバトルフロンティアを訪れてから知り合った一人の記者と、今彼が挑戦中であるバトルフロンティア、そのフロンティアの主達である六人のフロンティアブレーンと朝早くから行動を開始していた。

 皆それぞれのポケモン達の力を借りて水上を移動し、とある目的の為とある場所へと向かう。

 

「それにしても、やっぱりにわかには信じられないよなぁ。どんな願いでも叶えるポケモンだなんて……」

「その事は唯一人、あのエメラルドを除いてこの場にいる誰もが薄々と感じている事だ」

 

 先頭を行くエメラルドの背中を眺めながらポツリと呟いた記者の独り言に、バトルパレスのフロンティアブレーンであるウコンが返す。

 千年に一度七日間だけ目覚める幻のポケモン"ジラーチ"。"千年に一度"、"どんな願いでも"、その能力の規模の大きさから現実味が非常に薄い存在なのは確かだが、しかしその場にいる全員がその存在を真っ向から全否定出来ていないのもまた意実だ。

 バトルフロンティア制覇という目標とは別に、ジラーチ保護の仕事を任されたという謎の少年エメラルド、彼の持つポケモン図鑑に記録されたジラーチのデータと、全てのブレーンを束ねる長"リラ"が噂程度に聞いたというジラーチの情報。

 以上の二つの理由から、彼らブレーン達は監視ついでに今現在エメラルドの後を追っているのである。

 とは言っても、やはりいるか分からないジラーチの存在よりも、つ先日何者かに襲われ倒れたフロンティアブレーンのダツラ、その襲撃の容疑をかけられたエメラルドを監視する。っという事が今の彼らブレーン達の行動の主な理由なのだが。

 

「確かこの辺……お! きっとここだぞ、ラティアスラティオス、ストーップ!」

 

 そうこうしてる内に、ラティアスとラティオスの二体に移動の助けを手伝ってもらっていたエメラルドが停止命令を出し、全員がその場に停止する。

 

「ここは……」

「うむ、"アトリエの洞窟(あな)"じゃ」

 

 正規の舗装された道路から離れた自然地帯、当然危険の為に観客の交通規制を行っているであろう場所に、その洞窟はあった。

 ゴツゴツとして荒波に削り取られた洞窟入り口付近には僅かに海水が溜り、恐らく僅かながらにも洞窟内は浸水するのだろうと予想出来る。

 そしてそこは既に人の手から離れた場所であり、当然野生ポケモンの出現地域でもある。

 故に多少なりとも危険が潜んでいるものなのだろうが、それでもエメラルドは構う事無く地に足を降ろし、洞窟へと向かって行き、そんな彼に続く様にブレーン達も続々と洞窟内へと進入していく。

 

「あぁもう躊躇無いなぁ皆……ん?」

 

 一番遅れて記者が洞窟へと入ろうとしたその瞬間、一瞬何かの影が上空を横切り一時彼を日光から遮断する。

 何事かと一度空を見上げて、

 

「……なーんだ鳥ポケモンか」

 

 それが鳥ポケモンが旋回する様子だと悟ると、彼は特にその事を気にする事も無く洞窟へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トン、トン、トン。と、軽く一定のリズムで何かを叩く音がアトリエの洞窟に僅かに木霊する。

 次の瞬間、"彼"のいた場所からそう遠く無い所でいくつかの轟音が鳴り響いてきた。

 それはエメラルドとブレーン達が野生のドーブルに襲撃を受け、それに応戦している音、戦闘音。

 座り込み、何かを見つめていた少年はその音が耳に入るとほぼ同時に立ち上がり、そして再び音を鳴らして、歩みを始めた。

 トーン、トーン。と先程とはまた違ったリズムの音。

 轟音が響き、微かに"彼"が氷でコーティングされた杖で地面を叩く音が鳴って、ガシャンという甲冑の男の足音が洞窟内で響き、少年が立ち止まった瞬間、眩いばかりの輝きが洞窟内を照らして、

 

「ようやく会えたな、ジラーチ……さぁ是が非でも叶えて貰うぞ、この私の願いを……!」

 

 そして少年は――仮面の男(マスク・オブ・アイス)、"クリア"は眼前の光源へとスーパーボールを放る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アトリエの洞窟は侵入者には容赦なく襲い掛かってくる野生ドーブルの群れの住処だ。

 当然、何の断りも無く入っていったエメラルド達も例外では無くドーブル達の攻撃対象。自身のポケモンを持たないエメラルドは上手くドーブル達の攻撃をかわしながら着実に奥へと一人進んで行き、彼の後を追うブレーン達も自身のポケモンでドーブル達の攻撃をいなして進む。

 そしてそんなバトルのプロフェッショナル達の行動を共にする一般人代表、エメラルド専属の記者君もこの危険地帯の中身一つ、もといカメラ一つ、途中エメラルドを慕って付いてきたウソッキーやサマヨールにも助けて貰いながら、彼もどうにかブレーン達に続いて、

 

「な、何が、一体どうなっているんだ……?」

 

 眼前の状況に、固唾を呑んで思わず言葉を漏らした。

 記者が見た光景、それはジラーチ目掛けて放られたスーパーボールが一刀され、二つに分かれた光景だった。

 その場にいる誰もが、ブレーン達やジラーチ保護の仕事を持つというエメラルド本人でさえもその場の状況が把握出来ないらしく、驚きの表情で"両者"を見つめている。

 両者――それはまるで御伽噺の騎士の様な全身を甲冑で固めて一体のアメタマを肩に乗せた男と、氷の仮面を被った男の二人。両者の背丈から甲冑の方は恐らく成長を終えた成人男性、仮面の方はまだ少年であると推測が出来る。

 

「……ジラーチは渡さん」

「……それは私の台詞だ……!」

 

 剣を振り終えた形で甲冑の男が言って、仮面の男も敵意をむき出しにしたまま答える。

 

(何がどうなっているんだ一体!? エメラルド君がバトルフロンティアに来て、ダツラさんが襲われて、幻のポケモンが現れて……それで、それで……!)

 

 最近身近で起きた事件の情報量で、一瞬頭がパンクしそうになる記者だったが、彼は瞬時に我に返って数度辺りを見渡し、

 

「エ、エメラルド君これは……」

「うん、なんか甲冑の男と仮面の男の二人がジラーチを取り合ってるんだ。クリスタルさん、俺は一体どうすればいい?」

 

 騒ぎの元凶、そもそもの発端となったエメラルドへと声をかけようとする、がそんな記者の声掛け等まるで聞こえていない風にエメラルドは自身のポケギアへと呼びかける。

 恐らく誰かと通信しているのだろう、そしてそれは恐らくエメラルドに今回のジラーチ保護の仕事を任せた人物。

 この時の記者は知る由も無いが、今のエメラルドの通信相手はジョウト図鑑所有者のクリスタル。今回の彼のバックアップを担当している少女であり、バトルフロンティアで戦い抜く際何でも好きなポケモンを彼に貸し与えたりもしている人物だった。

 

 

 

『仮面の、男……』

 

 いつもの覇気が感じられないポケギアからの返答にエメラルドは僅かに眉をひそめる。

 今の彼の通信相手クリスタルはどんな時でも冷静に判断を下し、捕獲のプロとして経験した修羅場の数からいつも自信に満ちた指令をエメラルドに下してきた。

 それはエメラルドが、ジョウトのポケモン塾で初めてクリスタルを見た時に感じた"彼女の凄さ"、それがあるからこそエメラルドは彼女の言葉を心の底から信頼して今でも行動している。

 

「……どうしたのクリスタルさん?」

 

 だからこそ、そんな彼女の変化にいち早く気づいたエメラルドは確かめる様に彼女に問う。ポケギアから微かに聞こえた震えた声、その真相を聞く為に。

 音がしないポケギア、少しの静寂、ほんの僅かな時間だったがポケギアからの即答は絶たれ、

 

『……今はジラーチ捕獲に集中する事。少なくとも絶対にその競争相手とは戦おうとは思っちゃダメ!』

 

 次に帰ってきた返答はいつも通りの声色の指令だった。

 どんな願いでも叶えてしまうというジラーチ、その存在を悪人の手に落とす訳にはいかない為の極めて的確な指令。

 だがだからこそ、普段の調子にすぐさま戻ったからこそ先程の沈黙がエメラルドの頭に引っかかった。

 

「クリスタルさん、仮面の男って確かジョウトの事件の……」

『その話はまた後でよエメラルド君! 今君が最も優先して行うべきはジラーチの保護、その事を絶対に忘れないで!』

「……うん、分かったよ」

 

 ジョウトの事件、つまりはエメラルドがクリスタルという少女と初めて出会った年に起きた事件の事。

 仮面の男(マスク・オブ・アイス)を名乗る謎の人物がロケット団残党を率いてその年のポケモンリーグを滅茶苦茶にした事件の事だ。

 顛末としては主犯となった仮面の男であるチョウジジムのジムリーダー"ヤナギ"は失踪、全ての決着もウバメの森で収拾が付き、それで事実上一件落着となった事件である。

 それ以降、仮面の男が出没したという記録は全く出ていないが、ここに来て仮面の男は再びこの世界で息を吹き返したのである。

 どんな願いも叶える幻のポケモンを狙って、一人の少年の悪意の無い純粋な願いによって。

 

 

 

「……小癪な」

 

 ガキンッ! と甲高い音が洞窟内に木霊する。

 

「邪魔をするな、あの願いを叶える(ジラーチ)はこの"ガイル"のものだ。誰にも渡さん!」

「……私の邪魔をしてるのはお前の方だ鎧野郎」

 

 剣が振るわれ、それを槍が受け流し、瞬時に防御から攻撃へ、槍が鎧へと届くが思いの他固いらしく仮面の男は悔しそうに仮面の中で歯噛みした。

 鋼と氷、材質こそ違えどどちらもその者を象徴する武器。

 鋼の剣が氷でコーティングされた槍、その切っ先をいとも容易くそぎ落とすが、しかし槍はすぐにその形を取り戻す。

 "永久氷壁"、仮面の男ヤナギの真骨頂、その代名詞とも言える技術だ。

 

「その"氷の槍"、崩れてもすぐに再生するのか」

「……答える義理は、無い!」

 

 返答代わりに氷の槍が虚空を切り、甲冑の男"ガイル"が一歩引いて仮面の男へと剣を向ける。

 

「厄介な得物だ、邪魔者も多い、それにこうしている間にもジラーチに逃げられる可能性もある……ならば」

 

 敵対心をぶつけ合い対峙する仮面の男、更にその奥にいるエメラルドとブレーン達を眺めそう呟き、そして最後に逃げる様に背中を向けたジラーチを見て、ガイルは言って自身の甲冑を開く。

 丁度上半身の部分、鎧を開けるとそこには一面ぎっしりといくつものモンスターボールが収納されており、

 

「こちらも相当数を用意せざるを得まい」

 

 そう呟いて、ガイルは蓄えられたモンスターボール全てを地面へと乱雑に落とした。

 瞬間、開かれたモンスターボールから現れるのは無数のポケモン達、その全てがガイルの指揮下にあるという事は最早疑う余地も無い位に一目で分かる程の確定事項であり、またその戦力も仮面の男やエメラルド、ブレーン達を前にしても十分に時間を稼ぐ事が出来る事も明白だ。

 フロンティアブレーンのダツラを強襲して奪った、バトルフロンティアのレンタルポケモン達。その全てがガイルがジラーチを捕獲するまでの時間稼ぎ、その為の犠牲であり、ガイルの手駒の一部に過ぎないのである。

 

「くっ……!」

 

 ガイルの放ったポケモン達が一斉に襲いかかる。それは仮面の男も、エメラルドも、ブレーン達も関係無くガイル意外の全ての者にだ。

 当然仮面の男は氷の槍で応戦し、野良バトルを嫌うエメラルドは攻撃を掻い潜り、散らばったモンスターボールで何かに気づいたらしいブレーン達もポケモンを出して応戦する。

 乱戦、その一言が正に相応しい戦場。仮面の男――"クリア"もまたブレーン達同様自身のポケモンを使うべく、エースとレヴィのボールへと一度触れて、

 

「っ、ガイルが!」

 

 エメラルドについて来る形でその場にいた記者の言葉、今まさにジラーチへと手を伸ばしたがガイルの姿を視認した瞬間に彼は勢い良く飛び出して、

 

「そいつにぃ……触れるなぁぁぁ!」

「……ぬぅ、邪魔をするな!」

 

 再度氷の槍が鋼の剣と交差する。

 幾度か金属と氷が交わる音が響いて、ガイルの剣が氷の切っ先を削り取る。

 それでも尚諦めず、仮面の男は踊る様に二度地面に槍を打ち付けた後に、ガイルの足元を払う様に横薙ぎに槍を振るう。

 が、その攻撃はガイルの予想の範疇だったらしくガイルの肩に乗ったアメタマの"あわ"攻撃によって槍は弾かれ、そしてその瞬間、仮面の男の背後に二つの影が姿を現した。

 

「……っ!」

 

 気づいた時には既に遅い。仮面の男の後ろを取ったガイルのサイホーンとケッキングは、ガイルの目論見通り背後から彼の背中を狙って、

 

「……無駄だ」

 

 ――そして攻撃モーションに入りかけたその瞬間、凄まじい程の寒風が二体のポケモンを襲う。

 突然の事に為す術無く"ふぶき"に蹂躙され"こおり"状態へと状態異常を起こす二体のポケモン、その末路を見る事無く仮面の男は再度ガイルへと槍を向ける。

 

「ぬ! 貴様、背中に目でもあるのかっ!?」

 

 流石のガイルも今の仮面の男の行動は予想の範囲外だったらしい。今の攻撃で、意識外からの攻撃で仮面の男は落ちるとガイルはそう確信していた。

 だからこそ、今の攻撃で仮面の男を仕留められなかったガイルには僅かながら動揺の色が浮かぶ。

 だからなのだろう、先程までと違って氷の槍の攻撃を捌くガイルの動きが極端に悪くなった事が、彼には手に取る様に分かった。

 

「……今」

 

 ポツリと仮面の男は呟いて、呟くと同時に氷の槍を縦に振るう。

 身体をずらし、振り下ろされた槍の一撃をかろうじて避けるガイル、その事に彼は束の間の笑みを浮かべて、

 

「"ふぶき"!」

 

 直後に背後から放たれた"ふぶき"の一撃に、ガイルは今度こそ身も心も凍る感覚を覚えた。

 そもそも、仮面の男の槍捌きを防ぐ事自体は極簡単な事である。

 所詮は約二ヶ月で身に付けた即興の技術、もしかすると槍術の経験の長い年下の子供でも彼を軽くいなす事が出来るかもしれない。

 では何故体格的にも絶対有利なガイルがそれを出来ないのか、その原因はガイルの意識の外にあった。

 先程のガイル同様の背後からの一撃、それを仮面の男が避ける事が出来たのも、そして今ガイルの背後を取る事が出来たのも全ては"一体のポケモン"の存在からのもの。

 

「ぐ……デリバード、だと……いつの間に!」

「……最初から、私の後ろの連中がこの洞窟に入った直後からだ」

 

 "ふぶき"の追加効果、冷気によって氷付けにされ固められ身動きが出来ないガイルの喉元に氷の槍を突きつけながら仮面の男は言った。

 ポケモン"デリバード"、かつてはヤナギのポケモンだった"永久氷壁"の使い手。

 だがかつての仮面の男事件の際、このデリバードは唯の一匹で伝説のポケモン"ホウオウ"の捕獲に成功しているという事例も持っている、それも命令を下すヤナギは遠く離れたリーグ会場にいながら、周囲の誰にもその事を悟らせる事も無く。

 それを可能にしたのが今彼が持つ氷の槍――そのコーティング元となった杖、過去ヤナギが使用した特注のポケギアが内臓された杖だったのである。

 内臓されたポケギアでデリバードに取り付けられた小型カメラから映像を拾いデリバードからの視覚情報を入手して、また仮面の男からの指示は杖が内臓された氷の槍を地面に打ちつけ、その杖で地面を叩いた時の音でモールス信号を作りデリバードへ送る事で、相手に悟られずデリバードへの指示を可能にする。

 勿論、それはパートナーであるポケモン側、そして彼、"クリア"自身も一朝一夕で身に付く技術である訳では無い。

 そんな規格外の連携をとれる彼の手持ちポケモンはデリバード位であり、そして"クリア"もこの二ヶ月の期間に血が滲む思いをして手に入れた師の技術なのだ。

 

 そして仮面の男は再度地面を氷の槍で鳴らし、指示を出されたデリバードは未だ近くを浮遊しているジラーチへと視線を走らせる。どうやら逃げない様見張っていろと指示を出されたらしい。

 

「ふっ、そうか。その槍で地面を叩く音がカラクリの正体、不自然に見えた大振りの槍術はその為のものか」

 

 どうやらガイルも仮面の男のカラクリに気づいたらしく忌々しげに彼の氷の槍を見て言う。ちなみに大降りなのは"クリア"が単に槍の扱いに慣れてない為なのだが、残念ながら今の彼にはその事について突っ込む余裕等無い。

 "クリア"には、どんな事をしてでも取り戻したいものがある。その為にジラーチを欲し、その為ならどんな事でも厭わない。物語の開始時点から、今の"クリア"に余裕なんて言葉は存在しない。

 過去、四天王カンナと相対した時彼女に称賛された氷の瞳で仮面の男はガイルを見つめて、

 

「……あぁ、消えろ」

 

 滲み出る殺意を押し殺す事も無く、まるで感情の篭っていない目を仮面の下に隠しながら仮面の男は氷の槍を持つ手に力を込めた。

 その時だった。

 

「そこまでだ、お前達」

 

 凛とした声が二人の男に耳へと届く。

 それと同時に二人を囲む様に細い稲妻の輪が幾重にもなって仮面の男とガイルを包み、まるで電気の檻の様に二人の身動きを封じる。

 "でんきショック"、電気タイプの技の中でも最弱の部類に位置する小技、だがそんな技にも応用方は存在する。

 今仮面の男とガイルを拘束してみせた様に、他の電気技と比べて比較的操り易いという利点を生かして、こうして形を変えて"ダメージを与える技"では無く"相手を拘束する技"に変えてしまえばいいのだ。

 とは言っても、そんな芸当が出来る人物とトレーナー等そうはいない。

 

この地(バトルフロンティア)でのこれ以上の勝手はこのリラが許さない、感電したくなければそのまま動かない事だ」

 

 このバトルフロンティアを束ねるタワータイクーンの"リラ"とジョウトの伝説ポケモン"ライコウ"以外にはそうはいないのだろう。

 犬歯をむき出しにして、いつにも増して心情を表に出しているライコウに僅かな疑問を感じつつ、リラはエメラルドと共にライコウの背に跨り、自身等の電撃で拘束したガイルと仮面の男を見定める。

 その両者が自身等にとって脅威となるのか否かを。

 ガイル――はもう確定的だろう。今しがた彼が放ったバトルフロンティアのボール、他のブレーン達が戦闘に対応しているレンタルポケモン達はダツラを襲った犯人がガイルだという証拠に十分になり得る。

 ではクリア――仮面の男はどうだろうか。彼の情報をリラは何一つ持たない、悪なのか善なのか、何故ジラーチを欲するのか、その理由そしてその正体全てを。

 ――故に、

 

「……お前達二人、まずはその兜と仮面を取って貰おうか」

 

 まずはその素顔を見るべくリラは二人の男にそう命令する。

 百パーセントの断定こそ出来ないまでも、相手の人柄を見る際"相手の顔を見る"という行動は大体ポピュラーな方法だ。直に見た相手の顔の表情で少なくとも感情の変化位は確認出来る。

 また、彼らの下の素顔に見知りがあれば尚良い。変な勘ぐりを入れずに迅速に相手への対応を決める事が出来るからだ。

 "過去にその名を轟かせた大悪人"や"公的な立場の実力者"等、直に会った事等なくても有る程度のデータはリラの頭の中に入っている。

 だからリラは彼らにそう命令して、

 

「……断る」

 

 その命令を、仮面の男(クリア)は真っ向から拒否する。

 ピクリとリラの瞼が僅かに動き、仮面の男の氷槍が横に流れ、ガイルの剣が掬う様に下から上へと振り上げられた。

 瞬間、彼ら二人の頭上に黒雲が立ち込める。

 伝説のポケモンであるライコウの技、本来ならば屋内等の雨雲が無い場所では簡単に使用出来ない様な電気タイプ最強クラスの大技。

 

「"かみなり"!」

 

 その技をリラが命令しライコウが放つのと、仮面の男とガイルが電気の檻を切り裂くのは同時だった。

 ライコウの起こした黒雲から落ちた雷撃は二人の男がいた位置へと真っ直ぐに落ちて、地面に落ちた瞬間一気にスパークする。

 それと同時に、

 

「エメラルド! 今の内にジラーチを!」

「うん、分かってる!」

 

 リラが言うと同時にモーションに入って、エメラルドは勢い良くタイマーボールをジラーチ目掛けて蹴り上げる。

 発見から経過した時間が長ければ長い程捕獲しやすくなるボール、クリスタルからの指示で選択されたボールは見事にジラーチの捕獲のポイントとなるお腹の部分の細い線の様な模様へと命中する。

 

「……ッチ」

 

 そしてその様子を忌々しげに見て、舌打ちと共に爆煙の中から現れた仮面の男は、

 

「"こおりのつぶて"!」

 

 最早氷槍で地面を叩くことすら惜しかったのだろう。早口で彼がそう言うとすぐに、空中に停滞していたデリバードは行動した。

 何よりも早さに特化した氷技、小さな氷の礫を作ったデリバードは何の躊躇いも無くそれをジラーチへと、より正確にはそのジラーチを今にも納め様とするタイマーボールへと放つ。

 勝負は一瞬だった。

 

「……な」

 

 一瞬"ボールの開閉が静止し"、そしてボールがジラーチを捕えるよりも早く、"こおりのつぶて"がタイマーボールを貫通し、それを見てエメラルドは言葉を失った。

 大破したタイマーボールはジラーチを捕獲するコンマ秒手前でその機能を停止、結果ジラーチはボールから逃げる様に僅かに上昇する。

 

「……お前が何者だろうと関係無い。何故ブレーン達がジラーチを狙っているのかも関係無い。ただ一つ言える事、それはジラーチ(あれ)は私の物だ! 私の願いは誰にも邪魔をさせない!」

 

 最初にエメラルドを見て、次にリラを見て、最後にジラーチを見て仮面の男は言う。凍える様な声色によって周囲の気温が下がったかの様な錯覚に陥りそうになり、記者は思わず身震いする。

 そしてすぐに彼は視線を僅かに右へとずらし煙の中に佇む人影へと視線をぶつけながら、

 

「……勿論ガイル、お前にも絶対に渡さん」

「くっ……」

 

 不意打ちでも狙っていたのだろう。警戒の色が濃い事も分かってガイルは悔しげに口ごもり、今にも振り上げそうな剣へと込める力を僅かに緩める。

 

「……さぁ、お前は私のものだ。ジラ……」

 

 その場にいた者全員を一時的とはいえ言葉だけで威圧して身動きを封じて、そして仮面の男はゆっくりとジラーチへと手を伸ばす。

 が、彼の言葉は途中で途切れる。理由は簡単だ、彼の手がジラーチに触れる手前、そこでジラーチが唐突に姿を消したからだった。

 瞬間移動、どんな願いでも叶える力を持つエスパータイプのポケモンという点を踏まえれば考えられない力では無い。

 

「……ッチ、余計な手間を………………」

「……え?」

 

 目前まで迫りながらも逃がしてしまう悔しさ、その事からか仮面の男は憎々しげに呟き、エメラルドが僅かに反応を示す。

 通常の声量から少しずつ下がる声の呟き、最後の方は最も彼の近くにいたエメラルドすらもほとんど聞き取る事が難しい呟き。

 まるで捨て台詞の様にそう吐いた後、仮面の男はすぐに氷槍で一度だけ地面を叩いた。

 ジラーチが消えた以上、最早この場に留まる必要は無い。ましてや自身に対して敵対心を燃やし、今にも彼への攻撃を再開しようとまでしているリラがいるから尚更だ。

 リラが一度ライコウへと目配せして、ガイルと仮面の男を一網打尽にする策を頭の中で立てた直後に寒風が彼女等に直撃する。

 先のクリアの合図で放たれたデリバードの"こごえるかぜ"、伝説のライコウでさえも一瞬目を閉じてしまう様な寒風だ。当然リラやエメラルド、記者達は一度強く瞳を閉じて。

 そして、次に彼らが瞳を開けた時には、

 

「……消えた、か」

 

 周囲を一度回してリラは呟く。

 一瞬にして仮面の男と、そしてその混乱に乗じてガイルさえもいつの間にか姿を消していたのだった。

 

 




 多分クリアは形から入るタイプ。


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六十五話『vsサマヨール トーナメント』

 

 

 アトリエの洞窟で起こったジラーチを巡る戦いから一夜が明けた七月五日の朝。

 挑戦者エメラルドとフロンティアブレーン達との戦いが幕開けて早五日、既に四つの施設がエメラルドによって攻略され、その日はフロンティアブレーン"ヒース"のバトルドームが開場する日。

 そんな中、それなりに忙しい身の上の彼らはまだ朝も早い段階から、七人のブレーン達とオーナーエニシダはバトルファクトリーの一室に一堂に会していた。

 

「……という訳で、今日は"一般参加者や一般客"が多く訪れるバトルドームでの戦いだから、コゴミとアザミは一般客の誘導をお願いね」

「うぇ~、どうしてフロンティアブレーンのアタシ達が誘導係(こんなコト)を……」

「まぁそう言うな、ヒースのバトルドームは"トーナメント"、そうなれば当然エメラルド以外の一般参加者の出場が必要になる、そしてその為には我等ブレーンが彼ら参加者や一般来場者を守らなければいけないのは至極当然の事だろう」

「うぅー、まぁ分かってはいるんだけどさぁ……」

 

 エニシダから言い渡された本日の日程にあからさまな不満の声を漏らすコゴミ、そんな彼女を宥める様に言うジンダイに、コゴミもまた渋々ながら首を縦に振る。

 "バトルドーム"、全五(セット)で行われるトーナメント方式のバトル施設。"トーナメント"というバトル方式の都合上、今回ばかりはエメラルドを除いた一般参加者と一般の観客も、このバトルフロンティアへと招き入れる事が急遽決定した。

 流石にマスコミ各社、取材の記者達に永遠とコンピュータ同士のバトルを見せる訳にもいかない、というエニシダオーナーの発言の元の決定。元々は多くの観客の歓声の下行われるバトル施設の為、当然フロンティアブレーン達も嫌な顔等はしなかった。

 だがしかし、今現在この一般来場者への施設開放は同時に多大なリスクを抱える事にも繋がる。

 

「あのガイルとかいう鎧男と、仮面を被った謎の人物……蘇った"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"か、あいつ等が大人しくさえしてくれればぁ……!」

 

 昨日彼ら六人のフロンティアブレーン、及びエメラルドを襲撃した二名の敵の名をコゴミは顔をしかめて恨めしそうに呟く。

 鎧の男"ガイル"と謎の仮面の人物、蘇った仮面の男(マスク・オブ・アイス)

 数年前、ジョウト地方並びにカントー地方全土を震撼させた巨悪、しかしその正体は当時のジョウト地方チョウジジムジムリーダー"ヤナギ"と正体自体は既に判明しており、また当のヤナギは事件後消息を絶っている。

 ならばそのヤナギが再び姿を現し、どんな願いをも叶える存在である"ジラーチ"を狙って再び動いたのでは無いか、という仮説が彼らブレーン達の間で立てられはしたが、その可能性は"ヤナギ自身、数年前の事件で目的は達成している"という事で限りなく低いという結論が下され、すぐに別の仮説が立てられた。

 

「……やはり気になるな、当時の仮面の男(マスク・オブ・アイス)の弟子、現チョウジジムリーダーの"クリア"……」

 

 立てられた仮説、そして最も可能性の高い人物"クリア"。

 リラの言葉に、他の六人のフロンティアブレーン達も首を縦に振って自身の意見の賛同を示し、またエニシダも、

 

「うん、恐らく……というか十中八九ジムリーダーの"クリア"で間違いないだろうね」

 

 あっさりとその可能性を肯定する。

 

「ダツラを襲った犯人……は例のガイルで決まりだ。当の本人もそう言ってる事だしね」

「えぇ、俺を襲いレンタルポケモンを奪ったのは間違いなく鎧の方(ガイル)です、これは紛れも無い事実……もっとも、分かる事と言えばこれ位ですが……」

「いいや、それだけ分かれば十分だ……それに、何よりお前の怪我が大した事無かった事が何よりの幸運さ、大事なオープン前だからね」

「……えぇ、すいませんエニシダオーナー」

「気にするなダツラ、それにガイルの目的はその内分かる事だろうしね、それより今は仮面の男……クリアの方だ」

 

 軽く頭を下げて詫びを入れるダツラにひらひらと片手を振ってエニシダは応える。

 今のダツラは七人のフロンティアブレーンの一人、彼なくしてはバトルフロンティアは成り立たず、オープンすらも危ぶまれる。

 故に彼らはそう簡単にリタイアする事は許されない、七人の内一人でも欠ければバトルフロンティア関係者全てに迷惑がかかり、それ以上に――ここまで精一杯頑張って、そしてようやくオープン前まで漕ぎ着けた自分が許せなくなるのだ。

 それが分かっているからこそ、ダツラはオーナーエニシダに頭を下げた。そしてエニシダもダツラがその事を分かっているからこそ、簡単に彼を許す事が出来た。

 七人のブレーンと一人のオーナー、その他多くの関係者達。

 それだけの人員が関わっているからこそ、これまでの全員の努力を無駄にしない為にも、彼らは全力を以って不穏分子の排除に取り掛かるのである。

 

「それでエニシダオーナー、何故ガイルよりも"クリア"の方が当面の問題だと?」

 

 仮面の男をクリアだと仮定して、リラはエニシダに話の続きを要求する。

 リラから催促され、エニシダは少しだけ思い浮かべる様に天井を見上げた後、

 

「……私が以前会った彼ならきっと間違いでも"誰かに殺意"を向けるという事は無かっただろうね」

「以前? つまりここ最近の間に、クリアが変わる要因があったのだと?」

「あぁ、そしてそれは恐らく彼の目的そのものだよ。いや、もしかすると逆なのかもしれないな……」

「逆?」

「あぁ、"変わった"のでは無く"戻った"のかもしれない」

 

 エニシダの言葉の意味を上手く理解出来なかったのだろう、リラ含め七人のブレーン全員が疑問の色を浮かべていた。

 だがそれも無理は無い。人を見抜く力を持つエニシダ自身、直に会ってようやく、かろうじて彼の"素質"に気づく事が出来たのだから。

 

(まるで"水平に保たれた天秤の様な存在"、それがクリアだった。尤もあの時は"隣にいた人物"の影響力が強かった所為もあって上手く計れなかった、もしかすると彼は"悪の素質"の方が……いや)

 

 そこまで考えて、エニシダは考えるをやめる。

 

(憶測での予想は止めとくか、そもそも仮面の男がクリアだという確かな証拠は無い事だし)

 

 結局は憶測、その憶測に頼りきっていては万が一その憶測が外れていた場合の対処に影響が出てしまう。

 故に今は、分かっている事実と可能性の高い予想から現状を打破する策を講じるしか手は無いのだ。

 

「では七人のフロンティアブレーン達よ。ひとまずは普段通りバトルフロンティアを通常運営し、もしもガイルが襲撃してきた場合は一般来場者の安全を最優先にしつつ一丸となってこれを撃退……もしこれが仮面の男の場合も同様に、ただ」

 

 ただ、ガイルの例とは違う唯一つの対処方をエニシダは最後に彼らに通達するのだった。

 

「もしも仮面の男の正体が"クリア"だった場合は言ってやるんだ……『お前の大事な者達を助けたくば協力しろ』ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリアさん?」

 

 唐突に掛けられた声に、クリアは内心焦りを感じつつ声の掛けられた方へと顔を向ける。

 

「あ、やっぱりクリアさんだ。お久しぶりです……って覚えてます、よね?」

 

 恐る恐るといった感じで訊ねてくる少年に、クリアは僅かに思考を巡らせ、そして戸惑い気味に返答を返した。

 

「あぁ、勿論だよ……ミツル」

 

 

 

 ミツルがクリアを見かけたのは偶然だった。

 バトルフロンティアに一時停泊した豪華客船"タイドリップ号"、その日その船上で行われるミツルの姉の結婚式の前準備が行われる中、気晴らしに船内の散歩をしていた時の事だったのである。

 仲の良い友達であるルビーや、その彼のガールフレンドのサファイアは大事な使命があるらしく、今は各々が師としているジムリーダー達と話し込んでおり、ミツルが割って入れる空気では無かった。

 そこで彼は肩に乗せたロゼリアと共に船のデッキへと向かい、ふと思い立ってフライゴンを外に出して船の屋根へと登ってみた。

 ――そこに彼がいたのだ。

 クリア。過去ミツルがホウエンの地を旅していた時に出会い、また空の柱でも共に修業をした仲間でもある先輩トレーナー、聞く所によればその後ホウエン大災害の解決にも一役買っているのだという。

 

「はぁ……」

「ん、どしたよミツル?」

 

 それから一度も会う事が無かった彼と偶然再会したミツルは、再会したクリアに確かな違和感を感じつつも話しかけ、そして自身の知っている彼であった事に今は安堵の息を漏らしている。

 

「いえ、クリアさんの様子がいつもと違ったので何かあったのかなと……だけど僕の気のせいだったみたいですね」

「……まっ、こんな大きなマントつけてりゃあ違和感バリバリだろうよ」

「あはは、でも何故か違和感が無いのは何ででしょうね」

 

 手を入れてないのか無造作に肩まで伸びた髪、彼の全身を覆うかの様な白いマント、確かに見た目だけでも彼を知っている者から見れば相当の違和感である。

 時折自虐気味に浮かべる微笑が気になるものの、それでも過去にあったクリアと今のクリアの同一性を確信してからミツルは不意に呟いた。

 

「そう言えば今日はイエローさんは一緒じゃないんですか?」

 

 ピクリと僅かにクリアの肩が震える、ミツルはその変化に気づかない。

 少しだけ間を置いて、いつもと変わらない口調でクリアは、

 

「……うん、今は、一緒じゃない」

「そうですか、それは残念です」

「……あぁ、凄く残念だな」

「……クリアさん?」

 

 気づくと、いつの間にかクリアは立ち上がっていた。

 ただ呆然とバトルフロンティアを眺めて、そして不意にクリアはミツルへと視線を向けて口を歪めて笑う。

 

「まぁ気にする事は無いさ、また今度会えば良いだけだからさ!」

「うん、はい! それもそうですよね!」

 

 クリアの笑みにミツルも笑顔で返し、クリアは再びバトルフロンティアへと視線を戻す。

 クリアは変わっていない、ミツルは確かにそう思った。

 過去、空の柱で共に修業したクリアと今のクリアに差異は無いと、本気でそう思った。

 ――その考えは概ね正しい。正しいが故に、ミツルは気づかなかったのだ。

 空の柱にいた時のクリアは、イエローという少女と離れ離れになった状態だった。

 そして今のクリアもある意味、イエローという少女と離れ離れとなった状態である。

 過去の時と似た境遇だからこそ、クリアの雰囲気は空の柱にいた時と似通ったものをかもし出していた。だからこそミツルは"変化が無い"と判断した。

 

「じゃあまたな、ミツル」

 

 そう言って落ちていくクリアにミツルは慌てて視線を合わせる。

 

(あれ?)

 

 空の柱で会ったクリアと今ミツルが会ったクリア、二つのクリアの雰囲気が似ているという事は、それは今のクリアが"空の柱にいた時の様な異常事態"に陥っているという事を意味する。

 過去のホウエン大災害、それと同等もしくはそれ以上の脅威、内面だけで無く外面までも変わるクリアの変化。ミツルに悟られない様必死に隠し通した、クリア自身の焦り。

 

(やっぱりクリアさん、様子が違った?)

 

 眼下で黒い竜が見えなくなる頃ようやく、その事にミツルは気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルアリーナは凄まじい熱気に包まれていた。

 それもそのはず、今行われているのは正真正銘本物のポケモンバトル。二人の生身の人間の、トレーナー同士の一対一の勝負。

 昨日まで行われていたエメラルドのバトルフロンティア制覇への挑戦は、フロンティアブレーンとの対戦以外は全てコンピュータとの対戦、そこに熱なんて帯びるはずが無いのは当然である。

 だが今は違う。

 挑戦者エメラルドやフロンティアブレーンの"ヒース"も混ざった数多くの一般参加者が参加するトーナメント、参加者と共に訪れた観客の熱も嫌でも高まる。

 

「さてと、俺の一回戦の相手は……っと、ポケモンブリーダーのトオル、使用ポケモンはドククラゲと……」

「よう、お前がエメラルド……だよな、この奇抜な格好は」

「ん?」

 

 当然エメラルドも他の参加者同様、同じ様にトーナメントを勝ち抜く為に会場内にいた。いつも以上の人気に少しだけ煩わしさを感じながら、今は選手席に戻っている途中だ。

 エメラルドの出番は一周目の第五試合目、つまりはその周の最後という事になる。

 だからこうして特に際立って目立つ事無く大人しく対戦相手の情報を眺めながら出番を待っていたのだが、そんな彼に声をかける者がいた。

 エメラルド自身、一足早くバトルフロンティアへの挑戦を許されたお茶の間の有名人、彼の名前を知っている事自体には何の問題も無いのだが、

 

「ふーん、本当に"仕事"と両立してバトルフロンティア制覇目指してんだな」

「……アンタ、何者だ?」

 

 初めは掛けられた声に対して無視を決め込もうとしていたエメラルドだったが、しかしジラーチ捕獲の"仕事"の話を出されれば話は別である。

 ジラーチの事情を知っている者は少ない。少なくとも唯の一般参加者は知り得るはずの無い情報だ。

 故にエメラルドは警戒心を極限まで上げて声を掛けて来た人物、赤を基調とした服装、金髪のフードを被った男を睨み上げるが、

 

「ク、クハハ! おいおいそりゃあいくら何でも警戒し過ぎってもんだぜ。っていや、むしろそれ位じゃなきゃいけねぇのか」

 

 途端に笑い出した男にエメラルドは一瞬呆気にとられた。

 味方なのか敵なのか、その判断がつかず呆けてしまうエメラルドだったがすぐに男は笑いを止めて彼へと向き直る。

 

「ククッ、悪い悪い。"俺が誰か"、だったな……俺はホカゲ、元マグマ団幹部だ。よろしくな"同僚"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルフロンティア某所。唯一人を除いて誰もいないその場所に彼はいた。

 

「なんなんだあの仮面は、あれほどの氷使いがいるとは聞いてないぞ」

 

 ガイル――ガイル・ハイダウト。全身を鎧で纏い、ジラーチを狙う謎の人物。

 昨日起こったアトリエの洞窟での戦いでは仮面の男クリアと、エメラルド及び六人のフロンティアブレーン達と三つ巴の争いを繰り広げた男でもある。

 今彼は"ある人物"から渡されたポケギアを手に、通話機能を用いて遠く離れた人物と会話をしていた。

 

『そうかい、そいつは恐らく以前ジョウトとカントーの地でロケット団の残党共と暴れた仮面の男(マスク・オブ・アイス)だね』

「ふん、馬鹿にするなよ。それ位の情報なら私だって知っている、私が聞いているのは何故その男が我々と同じタイミングでジラーチを狙っているかだ! もしやお前達、私に隠れて妙な動きをしているのでは無いだろうな?」

『"妙な動き"、ね。まぁ否定は出来ないが、だが私等はアンタ以外の誰かにオーキド邸のジラーチファイルの事は話して無いよ』

「フッ、どうだか。"私の願いを叶えた後のジラーチが欲しい"等と物好きな変人共め」

『何度も言ってるだろう、否定はしないと。だが気にはなるねぇ、蘇った仮面の男……ふむ、やはり手を打っておいて正解だったか……』

「……? 何を言っている?」

『いいやこっちの話さ、それに恐らく……フェフェフェ、もうじきアンタもこの意味は理解するだろうよ……じゃあそろそろ切るよ』

「おい話はまだ……チッ、切ったか、あの狸婆め」

 

 通話終了の文字と一定の電子音だけが鳴り響くポケギアを暫く眺め、ガイルは無造作にそれを操作した後懐へとなおす。

 その瞬間、バトルフロンティア全体が一気に活気付いていくのがガイルには分かった。

 七人のフロンティアブレーンと挑戦者エメラルド、それにオーナーエニシダ及び各関係者と謎の仮面の男とガイル、それだけしかいなかったはずのバトルフロンティアだが今はそれ以上の人の気配、もしくは闘気か。

 満ち溢れていくその感覚に僅かに身を震わせて、ガイルは不意に獰猛な笑みを浮かべる。

 

(ふん、どうやら一般の来場者や参加者も呼び寄せた様だな……ククッ、何を考えているかは知らんが、馬鹿な事を……)

 

「……(この非常事態に、一体何を考えていやがるんだあの連中は)」

 

 一瞬、それが当然の事だとガイルは錯覚しそうになった。

 自分の考えと全く同じ考えで発せられた言葉、それに違和感を感じるまで一秒、そこからガイルが適当なレンタルポケモンのボールを選び、サイホーンを外に出すまで二秒。

 そしてその三秒の間に、彼ら二人が自身のポケモン達を場に揃える事は造作も無い事だった。

 解き放たれたサイホーンに対し、彼ら二人の男女の内女性の方、彼女は自身のニャースに向けてただ一声、

 

「"ひっかく"」

 

 サイホーンの右足の部分、そこを指差しただ一声の命令、ただ一度のニャースの弱めの技でサイホーンは体勢を崩した。

 

「なっ……」

「驚く程の事じゃない、私はただそのポケモンの考えを読み取っただけだ、サイホーンの"今最も苦手としている部分"をな」

「そして俺も、トレーナーであるお前の思考を読み取ったに過ぎない、電話が切れた後のお前は"恐らくこう思っているのだろう"とな」

 

 大体二十代半ばか、もしくは後半位の年の男女だった。

 赤髪の女と黒髪の男、身や顔を隠す様に大きめのローブを身に着けた二人の男女であり、そしてその声を――聞き覚えのある声を聞いた瞬間、兜の下のガイルの顔色が変わる。

 

「……お前達は」

「"アオギリ"……いや今はガイルか、我々二人は"キクコ"様の命でここに来た」

「お前は"ジラーチの願い"、そして我々は"ジラーチそのもの"、利害は一致している、嫌でも協力して貰うぞ」

 

 ガイルの目の前でフードを脱いだ二人の男女、シャムとカーツは有無を言わせぬ様にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだったんだアイツ?」

 

 バトルアリーナ選手席、他の選手達を押しのける様に座ったエメラルドは先程声を掛けて来た男"ホカゲ"の顔を思い浮かべながらポツリと呟く。

 バトルアリーナの廊下でいきなり話しかけてきて、"同僚"等という意味深な事を言ったかと思うと、何かを訊ねる前に急いでどこかへと駆け出してしまった男である。

 何やら『待ち合わせ』がどうとか聞こえた気がしたが、エメラルドはスルーを決め込む事に決めた。

 

(後でクリスタルさんに聞いてみよう)

 

 そう自己解決してじっくりと自身の出番を待つ。

 今彼が挑戦しているバトルフロンティア制覇という目標、ジラーチ保護の仕事と平行してまで行っている彼自身の趣味。

 ポケモン界の権威であるオーキド博士や、憧れの対象となるクリスタルからの仕事を疎かにしない程度に、ギリギリのラインを保った上でのこのフロンティア挑戦は言うならば唯のエメラルドの我儘だ。

 唯ジラーチを捕獲するだけならばわざわざフロンティアへ挑戦する必要は無い。一言オーナーエニシダに断りを入れればいいだけだ。

 オマケにジラーチ保護に費やせる時間をバトルフロンティアの各施設への挑戦に費やしているとなれば、むしろこの行為自体は彼の仕事の邪魔をしているとも言える。

 それでもオーキド博士やクリスタルが何も言わないのは、エメラルド自身の事を考えての事だった。

 自分のポケモンを一切持たないエメラルドが、良い方向に成長する為の夢への挑戦。ポケモンとの関わりに何かしらの変化があって欲しいとの期待、そして結果的に彼女等の想いが身を結んでか、エメラルド自身のポケモンに対する見方は変わってきていた。

 

(そろそろ出番か、ポケモンは……いつものこいつらだけど……)

 

 手に持った三個のモンスターボール。エメラルドはそこに入ったジュカイン、サマヨール、ウソッキーの三匹のポケモンを見つめて、また三匹もエメラルドを見返す。

 

(なんでだろうな、どんな相手でも勝てそうな気がしてくる。根拠なんて無いはずなのに)

 

 今までのエメラルドならそんな曖昧な理由でポケモンの選択等しなかっただろう。

 だが彼は前回のコゴミ戦で味わった。

 負けたと思った一戦、そのはずだったのに、"自身の応援"という訳の分からない切欠で勝ち取った一勝、これまでのバトルスタイルを見つめなおす切欠となった戦い。

 ポケモンの選択、持たせる道具、選択する技。この三つの要素で正しい選択をすれば勝てると思っていたポケモンバトル、そこに追加されたのは戦うポケモン自身の感情。

 未だ姿が見えないそのブラックボックスの正体を確かめる為にも、今日もエメラルドはこの三匹を選択するのだ。

 自身を最も慕ってくれている、手の中の三匹を――。

 

『第五試合、出場者は前へ』

 

 アナウンスに呼ばれ、エメラルドは席を立つと勢いよく飛び出した。

 彼の後を追うのはジュカイン、サマヨール、ウソッキー、エメラルドを慕う三匹のポケモン達。

 闘技場の上にエメラルドが立つ頃には対戦相手は既に準備が出来た様子だった。

 距離が離れ、帽子を深めに被っている所為もあってか表情が今一伺えない。

 

『試合開始!』

 

 アナウンスの言葉と共に、エメラルドの対戦相手が動く。

 何の変哲も無いモンスターボールを一つ掴むと無造作にそれを放り、中から一匹のドククラゲを外に出した。

 やけに生傷が目立つ強面のドククラゲ、一目で相当に強いポケモンだと理解出来る。

 

「ドククラゲか、ならいっけーサマヨール! 先手必勝"シャドーパンチ"だ!」

 

 まず動いたのはエメラルドだった。サマヨールの"シャドーパンチ"がドククラゲに直撃する。

 白煙を撒いて、サマヨールの"シャドーパンチ"がドククラゲの急所に入った事がエメラルドの眼からも一目瞭然、だったのだが、

 

「"ハイドロポンプ"」

 

 瞬間、白煙を吹き飛ばしたドククラゲの"ハイドロポンプ"がエメラルドのサマヨールを襲った。

 確実に急所に入った"シャドーパンチ"、かなりの体力を削ったはずの攻撃、それでもドククラゲが倒れなかった理由。

 それはこのドククラゲ積み上げてきた経験そのもの。何者の攻撃にも耐え切る不屈の闘志、"シロガネ山"で鍛えた折れない心、それだけだった。

 

「"れいとうビーム"」

 

 畳み掛ける様にドククラゲに指示を出すトレーナーの言葉に、エメラルドもすぐにサマヨールに指示を飛ばす。

 冷気の線がサマヨールへと届き、周囲の温度を著しく低下させる。

 

「交代だサマヨール、ジュカイン!」

 

 サマヨールに直撃した"れいとうビーム"、そこから生み出される効果"こおり"状態。

 サマヨールの全身を氷が埋め尽くすその前に、エメラルドは即座に頭を切り替え、ジュカインを前線へと出した。

 

「"まきつく"」

 

 だがエメラルドがポケモンを交代したからと言っても、ドククラゲの攻撃が止む訳では無い。

 今度はジュカインを"まきつく"べく、幾本もの触手がジュカインへと絡み巻き付いていく。

 "交代の不可"、恐らくそれが狙いだろうとエメラルドは考えた。

 ドククラゲが持っている"れいとうビーム"で確実にジュカインを仕留める為、そして"まきつく"単体でのダメージも狙った上での攻撃だと予想も出来る。

 

「……だけど"まきつく"のダメージはそんなでも無いよ」

 

 ニヤリと笑ってエメラルドは言い、その言葉にドククラゲのトレーナーはようやくハッとした様に気づく。

 焦げ目のついたドククラゲの体、状態異常"やけど"。先のサマヨールが打ち出した"おにび"、"れいとうビーム"の合間を縫って放たれたその攻撃はエメラルドの対戦相手も知らぬうちにドククラゲにヒットしていたのだ。

 

「オマケに"やけど"の追加ダメージもあるし、それに今度はこっちの攻撃だ……"リーフブレード"!」

 

 エメラルドの命令の直後、ジュカインの刃がドククラゲの触手を掻っ切る。

 音を立てて落ちたジュカインに巻きついていた数本のドククラゲの触手、それが地面に落ちるのとジュカインの刃がドククラゲに届くのは同時だった。

 ヒュン、と風を切る音が鼓膜をゆさぶりそして――、

 

『……ドククラゲ戦闘不能!』

 

 瞬間、歓声がバトルアリーナの会場を揺さぶった。

 崩れ落ちたドククラゲをボールに戻す対戦相手を眺めながら、この一勝にエメラルドはひとまず胸を撫で下ろすが、しかし油断も出来ない。

 数の上では確かにエメラルドは対戦相手のトレーナーより有利、だがエメラルドのジュカインとサマヨール、特にサマヨールはかなりのダメージを食らっている。

 実質一対一、まさか一戦目からこれ程ハードな戦いになるとは思っていなかったのだろう、エメラルドは額に流れた汗を拭い、次の相手の出方を伺うが――、

 

「……棄権します」

 

 決着は、対戦相手のそんな一言で、あっさり過ぎる程簡単についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターボールの納まったドククラゲの"レヴィ"はいつもと変わらない様子でそこにいた。

 先程のエメラルドとの一戦、まだまだ体力に余力は残っていたものの、クリアからの指示でレヴィはわざと倒れたフリをしていたのである。

 

「それで、偽名を使ってまでトーナメントに出てエメラルドと戦って、感想なんか無いわけ?」

 

 問いかけられた質問に対し、少しだけしかめっ面をしてクリアは質問の主へと向き直った。

 バトルフロンティアオーナー"エニシダ"、真っ黒なサングラスに体格の良い体型、アロハシャツと中々に目立つ格好をしているバトルフロンティアの実質的なトップ。

 今は幾重にも太いロープで身体を拘束されている為、それで無くても一目を引く姿をしている。

 

「……別に、唯の暇潰しですよあんなの。そんな事より、そろそろ決めましたかエニシダさん? "このバトルフロンティアにいる全ての人間を退去"させる決定は」

「アハハ、そんな事出来る訳ないでしょー」

「出来るはずですよ、仮にもオーナーなんですから」

「サラッと酷いこと言うね君、というか普通に素顔晒しちゃってるけど、いいの? その仮面?」

「つけてもいいですけど、そうなると今より少々手荒くなるかもしれません。それでもいいのなら仮面の男(マスク・オブ・アイス)になりますが」

「"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"の後を継いだつもりかは知らないけど、似合わないから止めた方がいいと思うよそれ……ってストップストップ! 荒事禁止平和に解決しようぜ!」

 

 右手に持った氷の仮面、それを顔へと運び、ついでに氷の槍を左手に持ち直しているのを見てエニシダは慌ててクリアの挙動を止める。

 

「……なら、早く鶴の一声を」

「うーん、そうだなー、ボイスレコーダーじゃなければ調子戻るんだけど」

「それだと貴方真っ先に助けを呼んじゃうじゃないですか」

「うん、当たり前だろ」

 

 先程からこんな会話の繰り返しである。

 今から少し前、来場者等々の対応に追われるエニシダを秘密裏に拉致したまでは良かったのだが、そこからが問題だった。

 クリア的には、エニシダに無理矢理にでも来場者を帰して貰い、また他のバトルフロンティア関係者、フロンティアブレーン達、エメラルドまで全ての者をバトルフロンティアから追い出してくれさえすればそれで良かったのだ。

 だが断固として、エニシダは首を縦に振らなかった。

 

「悪いがクリア、こればかりは私も譲れない。私の夢は譲れないな」

 

 サングラスの下から力強い眼力でクリアを見上げエニシダは言う。

 バトルフロンティア、エニシダの夢の結晶。幻のポケモン、鎧の男ガイル等といった騒動に巻き込まれて尚決して延期にはしないバトル施設。

 今エニシダの頭の中にあるのはバトルフロンティアの成功ただそれだけだった。だからこそ、何度言われてもエニシダはクリアの言葉に承諾しない、そこだけはエニシダは譲れない。

 だがそれはクリアも同じである。

 クリアにもまた譲れない願いがある。その為に彼はバトルフロンティアのオーナーの拉致という暴挙に出た。

 

「いい加減にしろ、こっちは急いでるんだよ」

「フッ、強がってるのが見え見えだな」

 

 喉元に当たる冷たい感覚、クリアに氷の槍を突きつけられながらもエニシダは笑う。

 

「"石化した仲間を救いたい"からなら、そうならそうと他の者に協力を仰げばいいだろうに」

「……オーキド博士から聞いたのか? まぁ何にしても仲間が石化したのは俺の責任だ。だから今度は本気で助けようとしているだけだ。どんな手段を使ってもな」

「だけどそれって効率悪くない? どんな手段でもとるって言うのなら、それこそ僕のバトルフロンティアに貢献してくれればいくらでも協力してあげたのに」

「それだと……」

「"無関係な人達を巻き込む"、とかそんな事だろどうせ」

 

 考えを的中させられクリアの目が大きく見開かれた。

 

「大仰な事や偉そうな事を言っても、大した事じゃない。お前はただ怖がってるだけなんだよ、また自分の所為で誰かがいなくなる事を……ま、悪人は別みたいだけど」

「……ち」

「違わなくないだろ、だから私に言ってきたんだ。バトルフロンティアを延期する様に、いくつもある方法の中から最も人が傷つかない"私"という方法を選びとって」

 

 槍を持つ手が微かに震えた。

 立場は圧倒的にクリアが有利、少し手を押し出せばエニシダの言葉等、クリアは聞かなくてもよくなる。

 だが、動かない。

 

「それが答えだ。いくらお前が自身の中の"素質"に身を任せ悪ぶろうと、それで今までの仲間を頼ってきたお前が無くなる訳じゃない。まして過去の失敗のトラウマが消える訳でもな」

「……あ、ぐ……!」

「言い当てられて言葉も出ないか。本当はこんな遣り方じゃ駄目だとお前自身分かっているはずだぜクリア。だからこそお前はエメラルドと戦ったんだ、ジラーチ保護の仕事を請け負った彼の実力を確かめる為にね」

 

 突きつけられたエニシダの言葉の所為か、クリアの腕はいつのまにか宙ぶらりの状態になっていた。

 カラリと音を立てて氷の槍が床へと落ちる。

 

「なぁクリア、いい加減自分を騙すのは止めようぜ」

「なっ……!」

 

 まるでクリアの全てを見透かしているかの様なエニシダの言葉。

 それでも、そんなエニシダに反論する様にクリアが口を動かしかけた、その時だった。

 バトルフロンティア全体を揺るがす様な振動が起きたのは。次第に人々の叫び声が大きくなっていたのは――。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてバトルアリーナ屋上でガイルは邪悪な笑みを浮かべて呟く。

 

「ジラーチ、つーかまーえたー」

 

 



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六十六話『vsヘルガー バトルタワー』

 

 

 甲冑の男――ガイル・ハイダウトがジラーチを捕えた。

 その一報から始まった騒乱はたちまちバトルフロンティア全土を覆いつくす。

 至る所で戦火が広がり、バトルフロンティア関係者やトーナメント参加トレーナー、来場観客まで含めその場にいた全員が脅威の対象となった。

 ガイルが奪ったレンタルポケモン、その全てが今、ガイルの手によってこのバトルフロンティアで見境無く猛威を振るっているのである。

 

「う、うわぁぁぁっ! な、なんなのコレ!? これもパフォーマンスの一環だとでも言うの!?」

「わっ……く、こなくそ! 向こうへ行け!」

「な、何がどうなってんだ、このバトルフロンティアで一体何が起こってると言うんだ!?」

 

 突如として起こったレンタルポケモン達の襲撃は、当然何も知らない来場者達の想定外のものであり、またそれは同時にその場に大きな混乱を招く事も意味する。

 一人は暴れるポケモンから必死に逃げ惑い、一人は小さいながらも抵抗し、一人はただ慌てふためく。

 幾人もの人の声が連鎖し大きくなって、あわや大惨事かと思われたその時だった。

 

「"だいもんじ"!」

「"メガホーン"!」

「"ふぶき"!」

 

 逃げる女性に襲いかかろうとしていたウツボットにボーマンダの"だいもんじ"が、決死の抵抗を見せていた男性を狙っていたサナギラスにヘラクロスの"メガホーン"が、現状理解が出来ず立ち尽くしていた人々を守る様に放たれたレジアイスの"ふぶき"が多くのレンタルポケモン達を無力化していく。

 

「今の内です! こちらの係員の指示に従って速やかに逃げてください!」

 

 フロンティアブレーン。バトルフロンティアの頂点に君臨する彼ら七人がこの異常事態を放っておくはずが無い。

 ヒース、コゴミ、ジンダイの三名がレンタルポケモン達を一時無力化した事を確信して、今が好機とアザミが数人のバトルフロンティアの係員達に指示を出し、来場者の避難を誘導する。

 

『ジラーチ、つーかまーえたー』

 

 バトルアリーナの屋上でむざむざとジラーチを捕える瞬間を見せ付けられ、ガイルからそんな勝利宣言を行われたリラとウコンを抜いた五人のフロンティアブレーン達だったが、彼らはすぐに自身達のやるべき仕事へと専念する事にした。

 何よりもまず、バトルフロンティアに来場してくれた人々を守る。それが彼らフロンティアブレーンが最優先で行わなければならない事。

 ――だがそれと同時にジラーチを連れたガイルをどうにかしなければならない事も事実だ。

 故に、残りのブレーンであるウコンとリラの二人に状況を伝えるべくダツラは一人別れ、残りの四人で来場者の避難誘導をサポートしているのだ。

 

「全力で守りきるぞ! 我々のバトルフロンティアを、あんな悪党の思い通りにさせてたまるかっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、うん。了解だ、それじゃあダツラはそのまま彼らと行動してくれ」

 

 バトルパレスの一室で、机の上に置かれたポケギアと向かい合いながらエニシダはいつもの調子でそう言った。

 電話の相手はフロンティアブレーンのダツラでありその彼から今現在の状況、ガイルがジラーチを捕獲したとの情報を伝えられている所だった。

 そうして状況報告を受け、ポケギアの通話が切れた所で、背中に当たる冷たい感覚を確かに感じつつエニシダは言う。

 

「……だ、そうだよ。というか私もそろそろ皆の応援に行きたい所だから、背中に槍を向けるのを止めて、私の拘束を解いて貰えると助かるんだけど?」

 

 返事は返ってこなかった。ただ小さく舌打ちと歯軋りをする音だけがエニシダの耳に届いた。

 幻のポケモン"ジラーチ"。クリアがエニシダを拉致してまでも捕獲したかったポケモン、どんな願いでも叶える力を持ち、彼がどんな思いをしてでも叶えたかった願いを叶える唯一つの可能性。

 それが今、競争相手の手に落ちたという報は、誰よりもクリアの心の深く突き刺さっていたのだ。

 

「……エニシダさん。ガイルはまだジラーチの願いを叶える力は使っていないんですよね?」

「あぁ、ダツラからの報告だとその様だね。奴は今この場で最も天に近い場所で願いを叶えるつもりらしいから……後早くこの縄解いて」

 

 それだけ聞くとクリアは駆け出す。

 

「クリア! 縄!」

 

 エニシダの声等今のクリアの耳には入らない、悲痛な叫びだけが廊下に木霊する。

 

(まだ間に合う。まだ間に合う、まだ間に合う……!)

 

 後ろを振り返らず、最早仮面すらもつけずに白いマントを翻して、

 

「ッ……デリバード!」

 

 そうしてバトルパレスから外に出てすぐに、周囲のざわめきを感じてクリアは即座にデリバードを外に出した。

 瞬間、クリアの左腕に一筋の閃光が直撃する。

 

「ぐっ……"ずつき"だ!」

 

 放たれたのは"でんきショック"、威力は小さめな技だがその分命中率が高い小技でもある。ズキズキと痺れる感覚を左腕に感じながらも、クリアはすぐにデリバードに指示を出し、攻撃を放ったエレキッドを迎撃した。

 レンタルポケモンの襲撃、ガイルによって暴走させられたそのポケモン達の牙は当然クリアにも向けられる。

 

「チッ、来いデリバード! 一気に駆け抜けるぞ!」

 

 先制を取ったエレキッドを皮切りに、十数体のレンタルポケモン達が血走った目で顔を出してくる。

 その一体一体を相手にする事は今のクリアならば可能、だがそれだとどうしても時間が掛かりすぎる。

 こうしている今にも、ジラーチの願いを叶える力はガイルによって利用され、以降その力が再度使えるという保障はどこにも無い。

 ――少なくとも、今のクリアはジラーチの力は"三度使える"という事を知らない。

 

「クソッ……デリバード"ふぶき"、"ふぶき"……"ふぶき"だぁぁぁ!!」

 

 故に彼らは駆け抜ける。

 幾重にも折り重なったレンタルポケモン達の波を抜けて。

 凄まじい程の寒波を撒き散らせながら、ただ、ある一つの目的に向かって。

 

 

 

 ――そして、後に残されたエニシダは、

 

「……エニシダさん?」

「お、おぉ君は……!」

 

 クリアが去ったすぐ後、彼が走り去った方とは反対側の廊下から現れた人物の顔を見て、途端に喜びの声を上げる。

 

 

 

 

 凄まじい程の寒風の連打、相手の体力を奪わずとも無力化出来る状態異常"こおり"を引き起こす攻撃。

 デリバードの背に乗って、クリアはバトルタワーまで一直線に進んだ。

 何も相手ポケモンの全てを凍らせる必要は無い、大切なのは行動を防ぎ、自身への攻撃を中断させる事にある。

 故にクリアはデリバードへと指示を飛ばす。遠くの敵には足、近くの敵には攻撃の基点となる手や口、これらを凍らせ、必要最低限の力で目的地を目指して――結果的にクリアの策は成功する事となった。

 バトルタワーにたどり着くまで、数十余りのレンタルポケモン達と遭遇したクリアとデリバードだったが、彼らはこの一組だけで全ての敵をあしらいバトルタワーへと辿り着いたのである。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 しかし、いくら最小の労力で済んだとは言ってもクリアもデリバードも生物だ。バトルタワーへたどり着くまで全くの無傷という訳にはいかなかった。

 技を放ちつつ最高速で飛ばしたデリバードは既に体力の限界で、またクリアも流石に全てのポケモンの攻撃を防げた訳では無い。

 飛来してくるいくつかの技は、直撃せずとも彼の体力を少しずつ奪っていた。

 服は既にボロボロでマントは半分に破け、仮面で保護していなかった顔にはかすり傷で血が滲み出ている。

 だがそれでも、クリアは前だけを見つめる。

 疲弊したデリバードは一旦ボールへと戻し、バトルタワーのその前、そこにいた二人の人物へと視線を合わせ口を開く。

 

「……何の用だ? ゴールド、クリスタル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるフロアの扉前でルビーとサファイアの二人は鉢合わせした。

 エメラルド、ダツラと共にガイルがいるバトルタワーの最上階、七十階層を目指していた彼ら二人だったが、二人が到着した頃には他二人の姿は見当たらなかった。

 昇る途中で追い越したのか、はたまた追い越されたのか、真偽はとにかく全ては七十階のフロアへ入ると判る事である。

 そうして恐る恐るとフロアへと入った二人を待っていたのは、数々の資料群だった。

 バトルフロンティアを築き上げたオーナーエニシダのコメントや、各地方の地図やバトルフロンティアとホウエン本土を結ぶタイドリップ号の模型まで、様々な資料が展示してあるフロアであり、そしてその場所に、それはあった。

 

「……あ、ルビー!」

 

 何かを見つけたらしいサファイアの声に、ルビーもそちらへと視線を向ける。

 バトルタワーの最上階に飾られた数々の資料、その中でも一際目を引くそれに、サファイアは目を輝かせルビーもまた少しだけ目を見開いた。

 

「歴代図鑑所有者のコーナー、つまり僕らの先輩達か」

「あたし等もいつかこうやってここに載る様になるんやろうか? なんかテレくさかねルビー……あ、ほらルビー! イエロー先輩も載っとるよ!」

「本当だね。というかクリア先輩は載って無いのかな、ルネの時はゆっくり話も出来なかったし、どういう人か気になるんだけど」

「うーん……あれー?」

 

 そこにあったのは"歴代図鑑所有者コーナー"と銘打たれた空間、過去の図鑑所有者達の記録を載せた台、そして五人の図鑑所有者達の石像。

 嬉々として台上の資料のページを捲るサファイアの様子に、ルビーは微笑気味に一息ついた。

 彼ら二人は一度、ホウエン地方ルネシティで二人の図鑑所有者に会っている。

 チョウジジムのジムリーダーだと言う真っ黒な髪と瞳の少年"クリア"と、未発達で小柄な体型で黄色の髪と瞳の少女"イエロー"。中でもイエローとはマボロシ島で共に修業した事もあり、彼ら二人にとっても大切な人達と言える。

 

「あれー、なんでやろ、クリアさんの事どこにも載っとらんよー?」

「それは君の探し方が少々雑だからじゃないのかい、何にしてもこんな所で道草食ってないで、そろそろ別の場所も探ろ……」

 

 言いかけた瞬間、ルビーはサファイアの前へと飛び出ながら勢い良く振り向く。

 

「フフフ、良い反応だ。気づかなければそのまま無防備な背中を狙い撃ちしていた所だぞ」

 

 彼らが先程昇って来た階段の前、フロアのドアに立っていたのは二人の男女の姿だった。

 全身黒のスーツで埋め尽くされた格好は周囲にどんよりとした重苦しい空気を生み、そんな中で眼前の二人の男女は冷たい微笑を浮かべたまま立っている。

 そしてルビーは言葉を発した男性へと視線を向け、サファイアもまた女性の方へと注意を払い、その様子を見てからルビーは二人組の男女に言う。

 

「……何者だ、お前達」

「フッ、そうだな、"今は"ガイル・ハイダウトの仲間のカーツとシャム……って所かな」

「なっ、ガイルに仲間がおったと!?」

「驚く事じゃないだろ、現にお前達の目の前に立っているのだから……ね!」

「ッ、チャモ!」

 

 言い終えると同時にペルシアンをボールから出して攻撃して来たシャムに対抗するべく、サファイアもバシャーモ(チャモ)を繰り出して応戦する。

 飛び出したペルシアンとバシャーモの二匹の"きりさく"が二、三度甲高い音と共に交差し、互いにトレーナーの元へと着地する。

 

「"かえんほうしゃ"!」

「くっ、"マッドショット"!」

 

 ペルシアンが下がった直後、続く様に放たれたのはカーツのヘルガーの"かえんほうしゃ"だった。

 対するルビーも自身のラグラージ(ZUZU)の"マッドショット"でどうにか技を相殺する。

 そして四者のポケモン達が一度ずつぶつかった所で、不意にシャムはニヤリと笑って言った。

 

「フフ、今はどうにか凌いだが、だが次はこうはいかないぞ。お前達が後ろの五体の石像を守る様な戦い方をしてる限りな」

 

 シャムの言葉にルビーもサファイアも悔しそうに歯噛みする。

 彼女の言った通り、ルビーとサファイアは今の一撃は自身達の身を守る為、というより背中の石像を守る為に技の迎撃を行った。

 もしも本気で相手を倒すつもりだったならば、今の攻撃はまず第一に避けて、その後攻撃を繰り出したポケモンへと攻撃を行う方がベストだった。

 だがそうした場合、彼らの後ろの石像に攻撃は直撃する。それが嫌だったから、それを防ぐ為にあえてルビーとサファイアの二人はシャムとカーツの攻撃を相殺したのである。

 ――しかしそんな守りの戦いは、そう何度も成功しない。

 

「奴等はあの場所からは動けない! やってしまえヘルガー!」

「お前もだペルシアン!」

 

 図鑑所有者達の石像を守る様に戦うルビーとサファイアの二人の方が、シャムとカーツよりも圧倒的に不利。

 攻撃は最大の防御とも言うが、今の状況が正にそれだ。

 ルビーとサファイアをその場に釘付けにするかの様な猛攻は、確実に二人の体力を減らし、またシャムとカーツへの攻撃を許さない。

 

「ぐっ……サ、サファイア! これじゃあ僕達の方が持たないよ! 仕方が無いけどここは一旦離れよう!」

「う、うん……仕方が、なかね……!」

 

 バシャーモとラグラージの二体のポケモンで攻撃を受けながらそう言い合う二人の会話を聞いて、シャムとカーツの二人は笑みを深める。

 ルビーとサファイアの二人は知らないが、シャムとカーツの目的は別に二人の少年少女を葬る事では無い。

 むしろ更に大きな目的があったのだ。図鑑所有者としてまだ経験の浅いルビーとサファイアよりも、率先して狙わなければならない相手。

 

(さぁ、動け! その時が石像達(そいつら)の最期だ……!)

 

 ――ルビーとサファイアが石像だと思い込み必死になって守っていた石像となった"五人の図鑑所有者達"、それこそがシャムとカーツの狙いだったのだ。

 元はと言えば五人の図鑑所有者が石化した一番の原因はロケット団三獣士の"サキ"だ。そしてそのサキは裏で四天王のキクコと繋がりがあり、そのキクコを師事するシャムとカーツの二人が図鑑所有者達の石像化の事を知っていても何ら不思議は無い。

 ガイル・ハイダウトという隠れ蓑を使ったキクコの陰謀、彼女が"彼女の目的"を果たす為、恐らく最大の妨げとなる初代図鑑所有者達、その抹殺――それがシャムとカーツがキクコから命じられた仕事だったのだ。

 

「サファイア、次のタイミングで飛び出すよ!」

「う、うん!」

 

 ルビーとサファイアの二人が動けば全てが終わる。

 

「……三、二」

 

 例えガイルとの争いに彼らが勝利しても、五人の仲間達を失えばそれはたちまち図鑑所有者達の敗北を意味する。

 

「……一!」

(勝った!)

 

 だがしかし、ルビーとサファイアは知らない。まさか自身が守ってきた石像達が生きているだなんて夢にも思っていない。

 ルビーとサファイアがそれぞれ別方向へと視線を逸らし、シャムとカーツの両名が"勝利"を確信した――。

 

 

 ――時だった。

 

 

「まだ動くな小僧共!」

 

 唐突に掛けられた荒々しい叫び声にルビーとサファイアの動きがピタリと止まり、それに釣られて二人のポケモン達もその場からの移動を取りやめる。

 一体何が起こったのか、その場にいた誰もがそう思った時、その答えは現象となって四者の目の前で起こった。

 具体的に言えばシャムのペルシアンが右真横へと、カーツのヘルガーが左真横へと、つまりはそれぞれがぶつかり合う様に突き飛ばされたのである。

 

「なっ……」

「何が……!?」

 

 気づいたら自身のポケモン達が戦闘不能に陥っていた、そんな訳の分からない状況に立たされたシャムとカーツは口々にそう呟いた。

 一方のルビーとサファイアの二人もそうだ。

 苦渋の思いで先輩たちの石像を見捨てる事を決意した直後、謎の援軍によって事なきを得たからである。

 そしてそんなルビーとサファイア、カーツとシャムの視線の先には二体のポケモン達がいた。

 一匹は燃える様な赤いポケモン、もう一匹は丸々とした青いポケモン。

 ブースターとタマザラシ。

 

「よしよし良く耐えたぜお前等、なんせこの石像は何があっても壊しちゃいけねぇんだからな」

「ま、まさかマグマの……!」

「さて、今の攻撃から見てあの者達の目的は恐らくこの石像の様ですね……まぁ、私の"リーダー"が悲しむ様な事は絶対にさせませんがね」

「……ア、アンタは!」

 

 サファイアに横に並び立つのはタマザラシを従えたスキンヘッドの男、ルビーの横に並び立つのはブースターを従えた赤いフードの男。

 そしてそのどちらの顔も彼ら二人の図鑑所有者達には見覚えがあり、また同時にかつて敵対した者達だった。

 

「……何者だ、お前達……!」

 

 唯一相手の素性を知らないシャムとカーツの二人は先程よりも数倍警戒の色を出して言う。

 そして驚きの表情を見せるルビーとサファイアの二人の目の前で、その男達は獰猛な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「元マグマ団幹部の"ホカゲ"」

「元アクア団幹部の"シズク"」

「今は訳あってこいつら図鑑所有者達の助っ人で、オーキドの爺さんから石像の護衛を依頼された者で……」

「……要するに、この方達の味方であなた方の敵です」

 

 そうして、かつて敵同士だった者達は一つの目的へと向けて共闘の道をとる。

 

 




 一話辺りの文字数、今回位が丁度いい気がする。
 というか今までが多すぎた気がする今日この頃(小説情報を眺めながら)。


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六十七話『vsグレイシア 氷の仮面』

 

 

 遂にガイルとの最終決戦が始まった。

 幻のポケモン"ジラーチ"を捕獲したガイル・ハイダウトは"どんな願いでも叶える事が出来る"というジラーチの力を利用する為、バトルフロンティアの敷地内で最も天に近い場所である"バトルタワー"の最上階へと向かった。

 しかしそんなガイルの野望を良しとしない者達もすぐに行動を起こす。

 ジラーチ保護の任務を負ったエメラルドを筆頭としたルビー、サファイアのホウエン図鑑所有者達、現地バトルフロンティアを守るフロンティアブレーン達である。

 そして彼らは自然と二つの役割へと別れて行動を開始した。

 一つはガイルの解き放った暴走したレンタルポケモン達の鎮圧、及び来場者の避難の誘導。そしてもう一つは、事の元凶であるガイルを倒しジラーチを解放する事だ。

 結果、バトルタワーへ突入したのはエメラルド、ルビー、サファイア、ダツラの四名、リラを除く残りのブレーン達は来場者の身の安全を最優先に行動する事となったのである。

 

 戦力差は良く考えて五分五分だった。

 いくらエメラルド側に多数の実力者がいるとは言っても、ガイルには奪った大量のレンタルポケモン達がいる。ガイルはそのポケモン達を手足の様に扱う事が出来るのだ。

 更にガイルにはまだ手がある。

 彼は何らかの方法でブレーンの長であるリラを手中に収め、更に二人の助っ人を味方につけていたのである。

 その助っ人こそ、かつては仮面の男(マスク・オブ・アイス)ヤナギが幼少期から育て部下とした特別な才覚を持つ六人の内の二人であり、今は四天王キクコの部下であるシャムとカーツの二人だったのだ。

 彼ら二人はキクコから、石化し手も足も出ない状態であるレッド達初代図鑑所有者達の抹殺等を命じられ、密かにバトルフロンティアに潜入し、そしてガイルの仲間として偶然その場に居合わせたルビーとサファイアを襲った。

 戦闘はシャムとカーツが終始有利に事を運び、狙い通り、事情を知らないルビー等は自身等の身の安全の為石像を見捨てる決断を取る。

 だがそれこそが彼らの狙い、無抵抗の図鑑所有者達が悪の手に落ちる。その間際で、彼らは現れたのである。

 元マグマ団幹部と元アクア団幹部、ホカゲとシズク、ジムリーダー相手に互角に渡り合うほどの実力者。

 敵であればこの上なく厄介だが、味方になればこれ以上無い程に心強い男達は、そうして最高な程に絶妙なタイミングで盤上へと躍り出た。

 

 

 

 時を同じくしてバトルタワー正門前。そこには三人の人物達がいた。

 一人はゴールドと呼ばれる、帽子とゴーグル、それとビリヤードでボールを弾く時に使うキューを肩に担いだ姿が特徴的な少年。

 一人はクリスタルと呼ばれる、全力で重力に抗うツインテールと耳元の星型イヤリングが特徴的な少女。

 そしてもう一人は、半分程に焼け切れたマントで全身を覆った傷だらけの少年――クリアと呼ばれる、約二ヶ月程の期間行方知らずだったジョウト地方のジムリーダーの少年。

 

「何の用だ、ゴールド、クリスタル……今俺は忙しいんだ。つまらない用なら後にして貰おうか」

 

 クリアの言葉を聞いた瞬間、背中を伝う冷たい感覚にクリスタルは思わず身震いした。

 彼女が知ってるクリアという少年は、先輩達には頭が上がらず、彼女達後輩に対しては少しでも先輩らしく立ち振る舞おうとして余計な空回りをし、そして本人は隠してるつもりだろうが、イエローという少女を何よりも大切に想っていた少年だった。

 騒動に巻き込まれる運命の様なものを背負った図鑑所有者達の中でも、飛び切りトラブルに愛されているであろう少年。

 幸か不幸か、二ヶ月前の騒動で大切な者達を失った少年は、一目で分かる程の心の闇を持って彼女の前に立っていたのである。

 氷よりも冷たく、鋭く、そして脆い、そんな印象を与える程の変化。

 そんなクリアの姿は、かつて彼女等と敵対した存在、クリアの師であるヤナギのもう一つの顔、仮面の男(マスク・オブ・アイス)を彷彿させる。

 

「けっ、見ねぇ間に随分とイイ性格になっちまったじゃねーかよぉ"クリア"」

「……ゴールド?」

 

 睨む様に此方を見てくるクリアの姿に、少しだけクリスタルが臆したその時だった、不意にゴールドが呟いた。

 いつも通りの不敵な笑みを浮かべて立つその姿に、何故か理由の無い安心感がクリスタルの中に生まれる。

 

「単刀直入に言うぜ。図鑑の無い今のテメェは図鑑所有者じゃない"唯の人"だ、無関係な一般人はさっさと他の来場者に紛れて尻尾巻いて避難してな、邪魔なだけだ」

「……何だと」

「反論か、いいぜ聞いてやるよ、ただしそれは時間がある時の話だ。生憎とこっちは今余裕が無ぇ、だからつまんねぇ話なら後にして貰うぜ」

「……ッチ、少し見ない間に随分とイイ性格になったじゃないか"ゴールド"」

 

 ピクリとクリアの眉が動く。ゴールドの遠まわしの挑発に少しだけ荒立った声でクリアは言う。

 言って――クリアは自身のモンスターボールを二つ同時に開いた。

 中から現れるのはリザードン(エース)ドククラゲ(レヴィ)、クリアの手持ちの中でも特に強力な力を持つ絶対的なエースの二匹。

 

「……俺が優しい内に退けよ。嫌だと言うのなら力ずくにも通るぞ」

 

 そして氷の仮面が彼の表情を覆い隠す、一瞬にしてクリアの纏う空気が更に冷たさを増す。

 恐らく相当に修練を積んだのだろう、クリスタルの感じるクリアの威圧感は仮面云々を抜きにしても以前の比では無く、また一見でエースとレヴィの二匹の成長具合も見て取れる。

 クリアは本気で戦うつもりだ。ゴールドとクリスタルはクリアのその一言で十分にそれを理解した。

 だからこそ、クリスタルは戦う覚悟を決める。ゴールドも彼女の隣で微笑を浮かべる。

 クリアが仲間の彼女達と本気で相対する事が判る程、それだけクリアの感情が表に出る程に、彼が叶えたい願いの強さがひしひしと感じる事が出来た。

 だからこそ、そんなクリアを止める為に、彼女達二人"と二匹"はこの場所でクリアを待っていたのだ。

 

「あぁ上等だぜクリア! 通れるもんなら通ってみろってんだ!」

「クリアさん……必ず勝って、貴方の目を覚ましてみせます!」

 

 そして二匹は登場する。

 瞬間、クリアの顔に初めて劇的な変化が起こった。まるで予想外だったと自白するかの様にクリアの目は見開かれていた。

 彼らの願いは唯一つだけ、クリアも含めた"全員"が笑って明日を迎える事。

 ただそれだけの為なら、例え相手が旧知の中でも、一度として勝てなかった存在が相手でも不思議と勇気は沸いて来るものなのだ。

 

 

「さぁ出番だぜ、P!」

「お願い、V!」

 

 そしてかつてのクリアの仲間達は激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルタワー最上階、展示室のフロアで突如として現れた意外な助っ人の姿に、ルビーとサファイアの二人は困惑と驚愕の入り混じった表情を浮かべていた。

 

「ア、アンタはマグマ団の! い、一体どうしてこんな所に、まさかこの間の騒動に報復に……!?」

「フッ、バーカ違ぇよ。そりゃあ昔は色々あったが、まぁそれからまた色々あってな、今は訳あってオーキドの爺さんの使いでここに来てんだ、この五体の石像を何が何でも守ってくれってな」

「え……と、という事は、じゃああたし達の……」

「えぇその通りです。要するに、今回はあなた方の味方で、奴らの敵という事ですよ」

 

 ホカゲとシズク、共に元悪の組織の幹部。過去ホウエン地方でグラードンとカイオーガを目覚めさせ、ホウエン大災害を引き起こす原因となった経歴を持つ二人だったが、今回のこのバトルフロンティアで起こった騒動では、かつて敵対したルビーとサファイア、二人の少年少女の味方となった。

 それもこれも、全てはホカゲが言った通りである。オーキド博士からの依頼、石化し身を守る術を持たない五人の図鑑所有者達を守る為の処置。

 彼ら五人の図鑑所有者が石化する原因となったサキの逃亡、そこから連想される事の一つにサキによる無抵抗の彼らへの"報復"があった、だからこそオーキド博士はこの二人に今回の件を依頼したのだ。

 ナナシマ事件の際当事者だったホカゲと、クリア失踪の大まかな理由を説明されたシズク、石化の事情を知っている数少ない人物にして指折りの実力者であるこの二人へと。

 

「……本当に、味方……なのか?」

 

 しかしそうは言っても、ルビーはホカゲへの疑惑を払う事が出来ない。

 だがそれも仕方の無い事なのかもしれない。いくら今しがた助けられたからと言って、それが演技である可能性も拭えない。

 過去のホウエン大災害の決戦時、彼らの助力に転じたシズクやカガリと違って、ルビーの知るホカゲとは"マグマ団"のホカゲなのだ。一度明確な敵として戦い合った相手をそう簡単に"信じろ"と言う方が難しい。

 そしてそれは当然ホカゲもルビーの疑惑には気づいており、既に信頼を得ているシズク程簡単に彼らの信頼を得るのは難しいと考える――だがそれでも、

 

「あぁ本当だ、それだけは信じてもいい」

 

 それでもホカゲは言う。それでも、かつてホウエン地方を滅茶苦茶にした事件を"起こした側"の人間達は無防備な自身の背中を彼らに見せて言葉を紡ぐ。

 

「俺は一度このホウエン地方をぶっ壊す一歩手前までの事をしでかした、だがよ……」

「私も以降の行動でその罪の全てが許された訳では無いと思っています、しかし……」

 

 瞬間、ホカゲとシズクは同時に自身の手持ち達へと合図を送った。

 二人が眼前の敵二人、シャムとカーツへと同時に指を刺すと、予め決められた行動だった様にホカゲのブースターが炎を、シズクのタマザラシが氷の吐息(ブレス)を吐く。

 "ほのおのうず"と"こごえるかぜ"、炎と氷の波状攻撃がシャムとカーツを襲い、二人は大きく後退してその攻撃をかろうじて避ける。

 

『今はどんな事をしてでもこの場所を守りたい』

 

 二人の声が重なった。マグマとアクア、過去に組織の幹部を務めた男達の心からの言葉が室内に響いて、

 

「だからよ、ルビー……カイナの時は、正直悪かった、詫びとして今度は全力でお前等の援護に回ってやる」

「私も一度貴女とは交戦しましたね……すみませんサファイア、謝るのが遅れてしまって」

 

 二人の言葉が本当という物的な確証はどこにも無い。

 ましてホカゲに至ってはルビーもサファイアも改心の様を直接見たわけでは無い。

 ――しかし、

 

「……初めてです、こんな上から目線の謝り方をされたのは。というかルネで一緒に戦ったアクア団の彼とは違って、あなたはあの時はまだマグマ団の一員だったんですよ、普通に考えてあなたが敵である可能性は極めて高い……」

 

 それでも、

 

「だけど信じましょう」

 

 人の本気の言葉というものは大小差はあるだろうが人の心を動かす。

 そこに裏があるかどうかはひとまず置いて実際にホカゲはルビーを救った、彼らが一度は捨てた石像達はそうして守られた。

 そして今のホカゲの言葉である。

 ホカゲ自身はあまりにもあっさりとルビーの信頼を得る事が出来た事が不思議でならない様だが、ルビーはホウエン大災害の際、様々な修羅場を潜り様々な経験をした。

 その経験が生きたのだろう、彼自身気づかぬ内にルビーの本能が無意識の内にホカゲという人物を認めたのかもしれない。

 

「何故だか分かりませんが、どうしても僕には、あなたの言葉が嘘であるとは思えない、それに……」

 

 それに、と一旦言葉を区切ったルビーの背中に軽い圧力がかかる。

 

「私は初めっからシズクさんの事は信じとるよ! また助けてくれるとよね!」

「……えぇ、勿論です」

「サファイアがこう言っているのだしね……それに万が一には、僕がどうにかすればいいだけの事だ」

 

 ルビーの肩に手をやって、ひょっこりと顔を出したサファイアの言葉にシズクは少しだけ申し訳無さそうに応え、ルビーは苦笑気味に言った。

 そんなルビーの言葉に、ホカゲは一度ポカンと口を開いて呆けるが、すぐに立て直して、そして何だか可笑しそうに顔を俯けて笑うと、唐突にルビーの肩へと腕を回して彼の耳元に顔を近づけて、

 

「なるほど、例え俺が敵であったとしても、お前が俺に注意を払ってもしもの時は自分の力で対処すればいいと……全く、敵わねぇなぁ"愛の力"って奴には」

「……すいません、あなた今僕の敵に認定されましたけど攻撃していいですか、いいですよね?」

「おっと怒るな怒るな、大丈夫だ、隣の彼女には聞こえちゃいねぇ」

 

 小声で呟かれた言葉に割りと本気でホカゲに敵意を燃やすルビーに、少しだけ焦りながらホカゲは言う。多分何かフォローを入れ無かったら本気でルビーはホカゲを攻撃していた、そんな気がする程の気迫だ。

 

「許せ、別に冗談言うつもりじゃなかったんだがよ、ただ前にも一度こんな事があってな」

「前に一度?」

「あぁ、"そいつ"も彼女が現れた途端急に強くなりやがったんだ、欠けていた手持ちが戻って来た分の強さだとかそんなんじゃねぇ、今のお前みたいなどんな事があっても乗り切る事が出来る、って言うのか、まぁ大体そんな感じの強さだ」

 

 まるで訳が分からない、そんな顔をして聞いているルビーにホカゲはそれ以上の説明をしなかった。自身の負け戦の話をそう長々とする程、残念ながらホカゲはそこまで人間が出来ていない。

 

「さぁて、そろそろ長話も終わりにするか……よぉ、悪かったな待ってもらって」

「……あぁ、我等も少し状況を整理する必要があったからな」

 

 警戒はしていたが、それはさほど必要では無かったらしい。

 彼ら四人の男女が会話している間、どうやらシャムとカーツの二人も考えを纏めなおす必要があった様だ。

 シャムとカーツの二人が今回戦いの敵と設定していたのは各図鑑所有者とフロンティアブレーン、つまりはホカゲとシズクの参戦は全くの想定外、故にいくつか確認しなければならない事があったのだろう。

 だがそれもお終い、その場にいた全員が戦況の把握は済み、次の一手に出る時がやってきたのだ。

 

「じゃあそろそろ、再開(おっぱ)っじめようか!」

 

 そしてホカゲの怒号でその場にいた全員が、動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……強い)

 

 クリアは心の中で思わず呟く。

 今彼は旧知の仲であり、友でもある人物達、ジョウト図鑑所有者のゴールドとクリスタルと戦っている。

 しかもそのゴールドとクリスタルがパートナーとしているポケモン達は彼ら自身のポケモンでは無い。

 (ピカチュウ)(グレイシア)、共にクリアの大切で数少ない手持ちポケモン達である二体、そして彼が二ヶ月前に壊れたポケモン図鑑と共に置き去りにしてきた二体でもある。

 

「エースは"ほのおのうず"、レヴィは"まきつく"でまずは二匹を捕えろ!」

「させるかっ! "こうそくいどう"で逃げ切れ!」

「"あなをほる"で地中に逃れるのよV!」

 

 エースの炎を間一髪でPが避け、Vはレヴィの触手が届かない地中へと逃れる。

 息もつかせぬ高速戦、そして次の瞬間、

 

「"でんげきは"!」

「"スピードスター"!」

 

 エースの背後をとったPの電撃とレヴィの真下から顔を覗かせたVの星型の光線が炸裂する。

 

(……確かにPは早いが、エースとの模擬戦ではエースの迫力に負けていつも満足に戦えずにいた。Vだってそうだ、少なくとも昔のVだったならレヴィを仰け反らせる程の"スピードスター"なんて撃てやしない)

 

 更にPの"たたきつける"がエースの頭上へと落ちてエースはヨロめき、Vの"ふぶき"がレヴィの触手の半分程を凍り固めて使用不能にする。

 指示を飛ばしながらその様子を眺めるクリアは考える。

 

(少なくともエースもレヴィも、そして俺も本気だ。本気で戦って、その結果押されている……置き去りにしてきた二匹に)

 

 クリアは二ヶ月前にPとVを置いて行方を眩ませた。

 しかしそれはクリアがPとVの二匹に愛想を尽かせたから、という訳では勿論無い。

 正解はその逆、クリアの行動は全てPとVの為を思っての事だった。

 

(極限まで追い込むシロガネ山の修業に耐え切れないと思った、それに何より……"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"を名乗る俺と一緒にいる事がPとVには辛くなると思った、俺の手持ちの中で誰よりも優しいあの二匹にとっては)

 

 エースは元はロケット団の手持ち、レヴィも野生の頃は強さを求めて辻斬り紛いの事をしていて、デリバードに至っては初代仮面の男の手持ちだった。

 クリアが手元に残した三匹とPとVとの違い、それは一重にポケモン達の過去にある。

 クリアが手持ちに残した加害者側の三匹と違って、PとVはむしろ被害者側、過去ロケット団の実験の対象となったポケモン達だ。

 故にだ。バトルフロンティアオーナーのエニシダを拉致し、そんな無抵抗な人間に刃を向けるまでに落ちたクリアの傍にいるには、優しい二匹は耐えられないだろうと、クリアはそう考えたのだ。

 

(だから手放した)

 

 一度人間に裏切られた二匹を形はどうあれもう一度裏切る。そんな行為をしてPとVがクリアの事を好きなままでいる保障等どこにも無い。

 

(それでも構わないと思った)

 

 例えクリアが嫌われたとしても、PとVの事はオーキド博士に頼んであった、悪い様にはされず、またクリアといる事で頻繁に遭遇する修羅場に立ち会う事も無くなる。

 

(なのに、お前達はまた俺の前に現れた)

 

 それでも二匹はクリアの前に現れたのだ。それも見違える程の強さを身につけて、クリアが心配していたかつての姿等微塵も感じさせない程に大きくなって。

 

(それも俺といた頃とは比べ物にならない程に強くなって……)

 

 エースとレヴィはクリアの手持ちの中で昔ながらの"エース"だった、ヤナギの残したデリバードも既に十分鍛えられていて、エースやレヴィとそう変わらない強さを持っていた。

 クリアの主力となる三匹、そんな三匹に比べて、かつてのPとVは少しだけ見劣りしていた。

 決して実力が低い訳では無い、体力的にも精神的にも唯エース達が強過ぎるだけ、そしてその力関係は永遠に変わらないもの。

 ――かつてのクリアはそう思いこんでいた。

 

「……ぐっ!」

 

 そして遂にPとVはクリアへと到達する。

 エースに浴びせた"でんじは"による"まひ"効果、レヴィには"こおり"の状態異常で一時その行動を不能にして、体当たりする様にクリアへと飛び込んだPとVはそのままクリアを押し倒した。

 

(……完敗、か)

 

 大の字になって倒れるクリアの頭上では、ゴールドとクリスタルがクリアの顔を見下げている。

 まるで不貞腐れた様なゴールドの顔と、クリスタルの心配げな表情が対象的で何故だか不思議な可笑しさがこみ上げてくるのをクリアは感じた。

 

「結局はその程度だったってこったな、クリア」

「……その様だな、悔しいが、負けてしまっちゃ何も言えない」

 

 何もかも諦めた様に脱力したクリアは言う。

 

「俺は、誰にも負けない様に鍛えたつもりだったけど、だけどこんな中途半端な所で折れてしまう様な強さじゃまだまだ駄目だな、こんなんじゃあまた失敗しかねない……それならいっそ、お前達に全部任せた方がまだ確率は上がるってもんだ」

 

 ナナシマ事件の際に五人の図鑑所有者達が石化してしまったのはクリアが弱かったから。

 大抵の人は否定するだろうがクリアはそうは考えない、少なくとも彼がもっと早く究極技を手に入れて戦力になっていれば違う結末が待っていたのかもしれないからだ。

 だからクリアは強くなった。

 どんな方法にも手を出そうと考え、実行した。

 だがそれでも、負けてしまっては意味が無い、弱さの為に後悔する事となったクリアはそうならない為に強くなったのだから。

 

「……もう俺は何も言わない、言う権利も無いが、これだけは言わせてくれ……」

 

 それも正面切っての正々堂々としたバトルで負けてしまったからには、最早クリアには手を引くという選択肢しか残っていなかった。

 

「……頼む、レッド先輩を、グリーン先輩、ブルー先輩、シルバー……それにイエローを救ってくれ」

 

 情けなく、惨めに、かっこ悪く、震える声でクリアは言った。

 自嘲気味に頬を引きつらせた彼の目尻から一筋の涙が落ちたのは、果たして後悔の為のものか、それとも自分を凌駕する程の強さを持った仲間の出現が嬉しいからなのか。

 大の字になってすっかり暗くなった大空を見上げる少年の言葉に、ゴールドとクリスタルは一度目を合わせると、クリアの頭の横へと手を伸ばす。

 どうやら何かを置いたらしく、クリアがそちらへ視線を向けると見慣れた球体と一つの機械が置かれていた。

 

「クリアさん、あなたの図鑑は壊れてもう使い物にならなくなっていたけれど、ブルーさんとグリーンさんの旧ポケモン図鑑がまだ残っていたの」

 

 クリアが心の中で浮かべた疑問を見透かした様にクリスタルは口を開いた。

 

「オーキド博士はクリアさんの図鑑からまだ無事だった起動の為のメモリーチップを取り出して、そしてブルーさんの旧ポケモンを作り変えた……そしてこれがそう」

 

 クリアの横に置かれていたのは二つのモンスターボールと見慣れた一つの図鑑だった。

 恐らくモンスターボールはPとVのものなのだろう、それ位はクリアでも分かる。

 しかし彼の横に置かれた見慣れたポケモン図鑑、見慣れたとは言っても、クリアの図鑑は壊れてしまってもうこの世のどこにも無く、また彼の視線の先にある図鑑はクリアが持っていた図鑑とは少し形が違う。

 その図鑑の形状は、今クリアを見下ろす二人の少年少女、ゴールドとクリスタルが持っているソレと全く同じ形状をしていたのである。

 

「イエローさんが四人目のカントー図鑑所有者だとするのなら、クリアさんは四人目の……」

「そこでストップだぜクリス」

 

 四人目のジョウト図鑑所有者、一度は手元から離れたポケモン図鑑を目の前に置かれたクリアは、ゆっくりとゴールドへと視線を合わせ彼の顔を見上げる。

 

「そこから先は言わなくても分かってるだろうよ……そんでその意味もな」

「……えぇ、分かったわ」

「……じゃあそろそろ行こうぜ、大事な後輩達の助太刀にな」

 

 

 

 それだけ言って、彼らはそのまま走り去って行った。今はガイルとの決戦の最中、これ以上の無駄話は不要と判断しての事だろう。

 後に残されたのはクリアとポケモン達のみ。

 仰向けに倒れたクリアと、その傍に立つPとV、いつの間にかエースとレヴィも傍まで寄って来ている。

 四匹とも何も言わない、ボールの中のデリバードも同じだ。

 待っているのだ、クリアの判断を、今ではすっかりとクリアの指示に従う様になったエースとレヴィ、そして一度は離れたPとVも今までと同様に、まるで二ヶ月間離れ離れになっていたトレーナーとポケモンとは思えない程の信頼の強さで。

 

 どれ程の時間が経っただろうか。

 一分かもしれないし一時間かもしれない、仰向けに倒れたままのクリアが時間の感覚を思わず忘れそうになったその時だった。

 

「……クリアさん」

 

 耳に届いた声に気づいてクリアは声のした方向へと視線を向けた。

 

「意外だね、君がこの場にいるなんて、一体どうしたんだ」

「……エニシダさんに全部聞きました、今このバトルフロンティアで起こってる事、クリアさんの事も」

「……そっか」

 

 驚く程あっさりとクリアは返答する。まるで自分は既に退場した役者ですと言わんばかりの対応に、クリアへと声をかけた少年は思わず疑問符を浮かべる。

 

「……行かないんですか? バトルタワー」

「……行こうとはしてたんだけどな、だけど弱い俺じゃあ足手まといにしかならないよ」

「そ、そんな事……!」

「あるんだよそれが、俺はそれで一度失敗したから!」

 

 反論の声をクリアは更なる反論で押し戻す。脳裏に浮かぶ"あの日"の光景に思わず強く唇を噛み締める。

 その時だった、海面から膨大な程の水が跳ね上がる。

 それもまるで生き物の様に動き、感じさせるエネルギー量は伝説のポケモンすら超えるのではないかと思わせる程であり、更に形取ったその姿はまさしく"カイオーガ"そのものだった。

 バトルフロンティア全体を巻き込むほどの大きさのそれは、流石に自然に出来たもの、とは言い難い。

 

「……まさかアレは」

「多分ジラーチの短冊が使われたんだと思います」

「……ま、まさかゴールド達は失敗して……」

「いえ、恐らく大丈夫だと思います。エニシダさんの話ではジラーチが叶える願いの数はジラーチの短冊と同じ数、"三つ"のはずですから」

 

 少年の答えにクリアは思わず上体を起こした状態で、ひとまず安堵の息をつく。

 一瞬、最悪の予想が彼の頭を駆け巡ったが取り越し苦労だったらしい。

 

「だけど、まだ安心は出来ない」

 

 だが少年はそんなクリアの安心をすぐに払拭した。

 極めて冷静に、今の現状をクリアへと伝える。

 

「行きましょうクリアさん、もしも敵に残りの短冊まで使われてしまっては……」

「……だけど」

「今動かないでいつ動くんですか!」

 

 普段、そんな大声を上げるタイプでは無い会話相手を見上げてクリアは瞼を大きくした。

 大声を上げた少年の方も、既に治りかけだが、しかしまだやはり完治していない持病の所為か少しだけ苦しそうに言う。

 

「こ、後悔するなら動いた後、ですよ……クリアさん」

 

 まずはそれだけ言って、三度大きく深呼吸をして、

 

「こんな僕でもそうして前に進めたんです。クリアさんならきっとどんな事だって出来ますよ……それに、周りを見てみてください」

「……周、り?」

 

 言われてクリアは周囲へと視線を向ける。

 混乱に陥ったバトルフロンティア、聞こえて来るのは戦闘音と、見えているのはフロンティアブレーンが戦う姿、上を見上げれば巨大な海の怪物が漂い、恐らく役者が全て揃ったバトルタワー七十階では壮絶な戦いが繰り広げられているはずだ。

 そしてクリアは気づく。

 遠くに目を向けず、彼の傍に意識を向けた瞬間、今まで自身を取り囲んでいたポケモン達の姿に。

 その全て、レヴィもエースもPもVも、ボールの中のデリバードだってそうだ。誰一人として戦意を喪失してはいなかった。

 全てのポケモン達は待っていたのだ、クリアの復活を。再び自身等に指示を飛ばしてくる司令塔の存在を。

 

「まだ終わってませんよクリアさん」

 

 ようやく"自身のポケモン達に気づく事が出来た"クリアへと少年は言った。

 

「戦いは終わってませんし、クリアさんのポケモン達はとっくに準備万端です、何があったのかは深くは問いませんがあなたが動けばポケモン達はすぐにでもついてきてくれます……後はあなた、だけ……なんです!」

「お、おい!」

 

 言い終える前に、少年は少しだけ苦しそうに胸を押えた。クリアは思わずそんな少年の肩へと手をかけて心配そうに少年の顔を見る。

 

「だ、大丈夫ですよ。昔程は苦しくありませんし、も、もう呼吸器も必要無い位なんですから」

「だ、だけどあんまり無理しちゃ……」

「……そう、ですね……クリアさんがいてくれたら、僕も無茶しなくて済みそうです」

 

 少年から放たれた言葉に、クリアは少しの間だけ動きを止めて放心した様に黙り込む。

 顔を下へと向けて、一度息を吐いてリラックスし、そして立ち上がった少年を見上げ観念したかの様に薄く笑うと、

 

「……ズルイな、そう言われると俺は嫌でも立ち上がらなくちゃいけなくなる」

 

 クリアがこんな所で燻っていた原因は自身の弱さにある。

 ナナシマ事件の際、究極技を修得出来ていない状態で事件に首を突っ込み続け、戦いに参加した挙句、彼は自分以外の大切なものの多くを失った。

 そのトラウマがクリアの行動を無意識の内に支配していたのだ。

 弱い自分が関わると最悪な事態となる、そんな考えがどうしてもクリアの頭の隅に引っかかり続けていた。

 

「さぁ、行きましょう"クリア"さん」

 

 だがそれも今までの事である。

 一度立ち上がってしまえばもう振り返る事は出来ない、再び戦場へ舞い戻る事を決意したのなら、最早迷う事すら許されず、唯一つの目的へと再び目を向けるしか出来ないのだ。

 そんな彼を動かしたのは、クリアにとっても予想外の人物だった。

 それは旧知の中の図鑑所有者では無く、またクリアのポケモン達も切欠の一つにしか過ぎない。

 

「……皆を、イエローさんを助けるんです!」

「あぁ、あぁ……ミツル!」

 

 差し伸べられた少年の手を掴んだ瞬間、久しく忘れていた"暖かさ"を感じて、クリアは思わず目を丸くして、そして何ともいえない心地よさに無自覚に微笑を浮かべてクリアは立ち上がる。

 背筋を伸ばして、仮面の男としてでは無く、一人の"クリア"として。

 立ち上がると同時にだった、クリアの顔元から氷の仮面が地面へと滑り落ち、クリアは思わずその方向へと手を伸ばして、

 

『単刀直入に言うぜ……』

 

 その瞬間、ゴールドの声が脳裏に蘇り、クリアは少しだけ視線と腕を動かして一度落としたものを取り戻す。

 その後すぐに、クリアは先のバトルの疲れを少しでも癒す為に外に出ていた四匹全員をボールへと戻しデリバードを召喚、ミツルもフライゴンを出して出発の準備を終えていた。

 ――後はもう、飛び立つだけである。

 

『イエローさんが四人目のカントー図鑑所有者だとするのなら……』

 

 クリスタルの声が頭の中で再生されて、そしてクリアは拾ったソレを、

 

『クリアさんは四人目のジョウト図鑑所有者なんです! だから……!』

 

 ゴールドとクリスタル、二人のジョウト図鑑所有者仲間から受け取った参戦の許可証を、"四機目のジョウトポケモン図鑑"を今度こそ絶対に手放さない様にとしっかりと握り締めるのだった。

 

 



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六十八話『vsマタドガス ホカゲとシズク』

多分クリイエ書けない反動のルビサファ。


 

 

 時は少しだけ遡る。

 

「チャモ! "ブレイズキック"!」

「"きりさく"で迎え撃て、ペルシアン!」

「今です、"アイスボール"!」

 

 バトルフロンティアは今、"ジラーチを我が物に"と企むガイル・ハイダウトが起こした喧騒に包まれていた。

 各関係者や数人のフロンティアブレーン達によって一般来場者の避難と暴走したレンタルポケモン達の鎮圧が進められている中、施設の一つ、バトルタワーの最上階でも一つの戦いが行われていた。

 ホウエン図鑑所有者のルビーとサファイアと元マグマ、アクア団幹部のホカゲとシズクの四人対ガイルの仲間、シャムとカーツの二人の戦いだ。

 ガイルの起こした騒動に助力する、と(かこ)けて石化し、無力化した五名の図鑑所有者を狙ったシャムとカーツだったが、その目的は以上の四名によって未然に阻まれる事となった。

 シャムのペルシアンの"(きりさく)"とサファイアのバシャーモ(チャモ)蹴り(ブレイズキック)が、火花を散らしてぶつかり合い、そこにすかさずシズクのタマザラシの身体を丸めた渾身の"体当たり(アイスボール)"が炸裂する。

 真横からの"アイスボール"の直撃を受けたペルシアンは飛ばされて、そのままの勢いで壁に激突した。

 

「くっ、マタドガス!」

 

 ペルシアンはもう動けない、そう判断してシャムはすぐに行動する。

 動けないペルシアンをボールへ戻し、代わりにマタドガスを外へと出す。

 そして彼女はニヤリと意味深な微笑を浮かべ、

 

「"えんまく"だ!」

 

 瞬間、マタドガスを中心にして視界を遮る程の黒煙が排出される。

 

「"えんまく"、目晦ましのつもりか?」

「しかしこれ程の煙幕では、奴等も私達同様に何も見えないのでは……」

 

 室内へと充満していく黒煙を吸わない様に口に手を当て、目を細めたルビーの鼓膜にホカゲとシズクの声が響く。

 確かにホカゲとシズクの言う通りである。流石にまだ室内一杯に、とまでの"えんまく"の量では無いがそれで無くても十分過ぎる程にガスは充満している。

 そうなると、"えんまく"を仕掛けられたルビー等は勿論、この様子だと当の本人達であるシャムとカーツもまた十分な視界を得る事が出来ていないだろう。

 お互いに相手の位置が判らない状況、その事に謎の危機感を感じたルビーは、ひとまず手探りに黒煙を掻き分けて、

 

「ひゃ!?」

「うん、やっぱりサファイアはすぐ傍にいたか、あの二人の位置も確認出来てるし、後は敵の位置だけだけど……」

「ちょ、ちょっと待つったいルビー! あ、あんた今ど、どこば触っ……!」

 

 柔らかい感触がルビーの人差し指を刺激した、やはりサファイアはその場から動かずルビーのすぐ傍にいたらしい、それに加えて、先のホカゲとシズクの声で、ルビーは二人が石像のすぐ近くにいるという事も把握する事が出来た。

 視界を奪われ、暗闇の中の奇襲を真っ先に疑ったルビーの思惑は外れてくれたらしい、彼の仲間は今の所依然として無事な様だ。

 その事にとりあえず安堵して、そしてルビーは次に――、

 

「ちょっとルビー、ちゃんと聞いとる!?」

「もう、少しうるさいよサファイア、一体どうしたと言うんだい?」

「ど、どうしたもこうしたも……その、あ……うぅ」

 

 どうやらサファイアは正常に会話出来なくなってしまった様だ。

 何事かはルビーには分からないが、口を噤んでしまうという事はそれほど重要な案件という訳でも無いのだろう。

 黒煙の中、顔を赤くしたサファイアはとりあえず放置して、彼は気を取り直して自身が取るべき行動に移る。

 

「……まぁどちらにしろ、僕らには関係無いよねZUZU」

 

 ルビーの言葉にラグラージ(ZUZU)は首を縦に振って応え、静かに目を閉じる。

 ラグラージは元々ルビーがオダマキ博士から貰ったポケモン"ミズゴロウ"が最終進化した姿、そしてそのミズゴロウは頭のヒレで水や空気の動きから目を使わずとも周囲の情報を得る事が出来、その能力はラグラージになった今でも変わらず、むしろミズゴロウの時よりも数段パワーアップしている。

 つまりルビーはラグラージのその能力を使って、目を使わずとも相手の位置を捕捉しようとしているのだ。

 相手の思惑が判らないからと言って動かなければ敵の思うツボだ、故にルビーはそんな状況でも変わらず反撃への打開策を考え、実行する。

 それが、ホウエン最強とも噂されるジムリーダー"センリ"の息子、ルビーの強さなのだ。

 

「ん、いたかいZUZU?」

 

 ルビーの問いかけに再度ラグラージは首を縦に振って、ラグラージが顔を向けた方向へルビーもまた視線を向ける。

 ラグラージが視線を向けた方向、その方向には特別な何かがある場所、という訳では無かった。

 今彼らがいる部屋はバトルタワーの資料室、それなりに珍しい代物や大事な記録物等が飾って有る部屋なのだが、ZUZUによればシャムとカーツの両名はそれらを盾等の用途に利用しようとすらしていないらしい。

 開けた空間、それがシャムとカーツの現在地、一瞬の疑問がルビーの頭に浮かんで、

 

「…………しゃ!」

「マズッ……」

 

 カーツの呟き、その最後がかろうじて耳に届いた、そう思ったと同時にルビーは唐突にサファイアを押し倒す。

 "えんまく"による黒煙、つまりはガス、それが室内を満たし、シャムとカーツがいる開けた空間とは即ちその部屋唯一の出入り口の事。

 そして最後のキーワードとしてカーツの呟いた"かえんほうしゃ"の指示、それだけで十分だった。

 突然のルビーの行動に、"好意を寄せている男性に頬を突かれた位で赤くなる程度に乙女なサファイア"が紅潮させた頬を更に赤に染めた次の瞬間、天地を揺るがす程の轟音が鳴り響いたのだった。

 

 

 

 ――そして時間は今に至る。

 

「……大丈夫かい? サファイア」

「うぅ……び、吃驚したったい……」

 

 ルビー等のいるフロア全てを揺るがす程の爆発の後、ルビーとサファイアは煤だらけの頬で起き上がる。

 予期した者とそうでない者とでは矢張り感じる衝撃に大小の差があったらしい。

 地面に倒れ込んだサファイアはルビーの腕の中で僅かにうめき声を上げるが、どうやらかすり傷程度で済んでる様子だ。

 未だ先の轟音が耳に残るがそれを無理矢理に無視してルビーは身体を起こして、それに釣られる様にサファイアも上体を起こした。

 

「今の爆発って……」

「うん、さっきの二人が起こしたものだ、"えんまく"のガスに"かえんほうしゃ"の炎を引火させてね」

「え、でも、今の爆発やけに小さかった気が……」

「……そうだね」

 

 ルビーの言う通り、シャムの"えんまく"の狙いは視覚の阻害では無く、先の爆発による攻撃だった。

 マタドガスのガスは猛毒であり、そして発火性も非常に強い。それを彼らは利用したのだ。

 "えんまく"はルビー等の視界を奪う為のもの、と思い込ませ、同時に"爆発による攻撃"という彼ら二人の本来の目的を隠すブラフとする。

 後は避難用に出入り口までたどり着ければ準備は完了だ、ただ"えんまく"目掛けて"かえんほうしゃ"を放出すればいい。

 その爆発によって油断したルビー等を倒す算段、恐らくそれがシャムとカーツの狙い――だったのだろうが、

 

「危機一髪だった、ZUZUとチャモが"まもる"を覚えていて助かったよ」

 

 だが爆発による攻撃は、ルビーのラグラージとサファイアのバシャーモの"まもる"によってどうにか防ぐ事に成功していたのである。

 ルビーがサファイアを庇い地に伏せると同時に、相手の動きをまるで見えているかの様に察知していたラグラージはバシャーモに催促して、最悪の事態はそうして防がれたのだ。

 

(あいつ等は、やっぱりもういないか)

 

 視界は完全に良好、という訳にはいかないがそれでも先程よりは随分とマシになっていた。

 だがその頃にはもう、シャムとカーツの二人の姿は少なくともルビーの目が届く範囲には確認出来ない。やはり先の爆発の直前で、事前に確保していた部屋の出入り口から飛び出していったらしい。

 

「ッ! そうだ、石像は!?」

 

 爆発後の黒煙が残る室内で、立ち上がりルビーは思い出したかの様に振り向く。

 室内に置かれた五体の図鑑所有者達の石像、ルビー等からしてみれば唯の建造物としか見れない石像だが、彼は既に何らかの秘密が、それも重大とも言える秘密がこの石像に隠されていると予感していた。

 理由は明白、ホカゲとシズクである。元マグマとアクアの幹部である二人がオーキド博士に頼まれてまで守ろうとした石像、更に思い返してみれば、彼らを襲ったシャムとカーツもどちらかと言うとルビーとサファイアよりも石像へと執拗に攻撃を行っていた。

 そんな大事な石像がもしも先の爆発で粉々になってしまっていたら、否――、

 

(もしもさっきの爆発も、石像を壊す為に起こしたものだとしたら……!?)

 

 あくまでもルビーやサファイア達は事のついでであり、彼らが最も優先していた目的は石像の破壊、その考えを否定する材料がルビーには見つからなかった。

 更に言えば、先の爆発をホカゲとシズクの両名が防げたという確証も無い。

 ラグラージの頭のヒレのセンサーでどうにか敵の動きを察知出来たルビーと違い、ホカゲとシズクは恐らく敵の動きを全く掴めていなかったはずだ。

 そうなれば、五体の石像達だけで無く、ホカゲとシズクの二人の安否も心配になる。いくら元は敵と言えども、今は同じ敵と戦った仲間だ、流石に全く気にも留めないという訳にはいかない。

 そして、今度こそ最悪の事態を想定してルビーが振り向いた先には、

 

「チッ、やっぱ奴等どこにもいやしねぇな、つか、まさか本当にこんな室内で爆発起こすとはな」

 

 呑気に胡坐をかき頬杖をついて座るホカゲの姿があった。

 よくよく見てみれば、ホカゲとシズク、彼ら二人共無事であり、また五体の石像達にも傷一つ付いていない。

 

「おぉガキ共、お前等も無事だったか」

「……というか、僕にはむしろあなた方に傷一つ無い事の方が不思議でならないんですけど」

 

 煙も大分晴れ、ルビーとサファイアの両名を見つけ言ったホカゲに、ルビーは平坦な声で言い返す。

 

「その事なら、このポケモン達のお陰ですよ」

「ブースターとタマザラシ?」

 

 ルビーの問いに答えたのはホカゲでは無くシズクだった。そしてシズクが視線を向けた先にいたポケモン達、石像の前に立つポケモン達の名をサファイアが呼ぶ。

 ホカゲのブースターとシズクのタマザラシ、この二匹で一体どうやって先の爆発を防いだのか、二人の図鑑所有者が疑問符を浮かべているとホカゲは笑って口を開く。

 

「あぁそれは簡単な事さ、俺のブースターが"リフレクター"を張って、シズク(こいつ)のタマザラシが"れいとうビーム"で壁を強化(コーティング)したんだよ」

「という事は予め"リフレクター"を張っていたから爆発も免れたと?」

「そういう事だ……何だ、まだ腑に落ちねぇか」

 

 相手の攻撃よりも先に出していた"リフレクター"を更にタマザラシの氷技で強化して事なきを得た。そんなホカゲの説明に未だ納得のいっていない様子のルビーには、

 

「えぇ、何も見えない"えんまく"の中でどうして何らかの攻撃技が来るのか、それもさっきの口ぶりから察するに爆発が起こると正確に予見出来たみたいだけど……」

「いや、"えんまく"と来たら普通爆発じゃねぇの?」

「……え?」

「え?」

 

 しばしの無言である。

 そしてお互いに、"彼は何を言っているんだ"、状態に陥っているルビーとホカゲの様子を見かねてシズクが、

 

「まぁ仕方無いですね、私達の様な元悪人は危機的状況に陥った事のある、またそんな状況を引き起こす知識も経験も、ルビーさんやサファイアさんと比べ些か豊富ですから」

「……なるほど、凄く納得しました」

「ほらな、やっぱ俺のが常識派だったろ?」

「いや、今の説明じゃホカゲ(そっち)非常識派(アウェー)やった気がするよ?」

 

 シズクの説明に妙な納得をするルビー、そして自慢げに言ったホカゲにサファイアの鋭いツッコミが突き刺さる。

 どうやら価値観や常識は時として、"人それぞれ"なんてレベルでは言えない程の大差がある様だ。

 だがそれはともかくとして、

 

「だけど先輩方の像に傷一つ付いてない事は事実やけん、きちんとお礼は言っとこ、ルビー」

「いえ礼には及びませんよ、我々は任せられた任を果たしたまでですから」

「……その事だけど」

 

 サファイアの言った通り、ホカゲとシズクがシャムとカーツの魔の手から石像を守り通した事は事実である。

 その事についてしっかり二人にお礼をしようとルビーを急かすサファイアだったが、それはシズクによって止められる。

 そんなシズクの言葉に、ルビーは探るような視線でシズクとホカゲの二人へと、

 

「どうしてあなた方二人はこの非常時にこんな石像を守っているんだ、いくら僕らの先輩達の石像と言っても所詮は何の変哲も無い飾り物、壊れてもまた作ってしまえばいいものなのに……何故オーキド博士はあなた方二人にこんな仕事を?」

 

 先程からルビーがずっと感じていた疑問をホカゲとシズクの二人へとぶつける。

 彼の隣のサファイアもルビーの考えには賛同出来る様で彼女もまた不思議そうな顔でホカゲとシズクへと視線を向けている事が分かる。

 そんなルビーの問いに、ホカゲとシズクは一度視線を交わし頷き合うと、

 

「まぁお前らもいずれは知る事だ、今更隠しても仕方無いだろう」

「隠す? と言う事はこの石像に何か秘密が……」

「パッと見、どこもおかしいとこは無いとやけどねぇ?」

 

 ホカゲの言葉に"やっぱり"と言う風な顔でルビーが頷いて、件の石像を改めてマジマジと見て呟くサファイア。

 しかしどこを見ても探しても、矢張り特別おかしな点等見つからない。

 

「確かに"今"は何の変哲も無い石像……ですが」

「……今は?」

 

 シズクの言葉の一部分をサファイアが反復して、そして未だ疑問符の消えない二人の少年少女に、

 

「えぇ、彼らは"元々生きた生身の人間"……そう、彼らは石で出来た無機物等では無く正真正銘本物の人間、あなた方の先輩となる図鑑所有者の五人です」

 

 シズクが絶望的な解答を口かにした、瞬間、それと同時に隣の部屋から轟音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲冑の男"ガイル"は恍惚な笑みを浮かべてそれを見た。

 バトルフロンティアの敷地全てを裕に飲み込む程の巨大さを持つ水の塊、ガイルの意思の思うが侭に動く海の怪物。

 

「クカカ……素晴しい! これが、ジラーチの力……!」

 

 呟かれたその言葉に、エメラルドは悔しそうに歯噛みをした。

 バトルタワー最上階、ルビーとサファイア等が激闘を繰り広げる隣の部屋ではもう一つの戦いが行われていた。

 エメラルド対リラ、ジョウトの伝説のポケモン"ライコウ"を操るフロンティアブレーンとの対決である。

 ガイルの手足となるエスパーポケモンの力で操られたリラと対決する事となったエメラルドは、そこで洗脳されながらも圧倒的な実力を見せるリラに必死に食い下がり、後から来たダツラの応援も拒絶して此方もまた激しい戦いを繰り広げていた。

 だが所詮それは仕組まれた戦い、操られ無理矢理戦われた代償として多大な疲労がリラを襲い、戦い半ばで力尽き倒れてしまう。

 そしてそこで現れたガイルは言ったのだ。

 

『取引しようじゃないか。知識のブレーンのお前(ダツラ)が読み解いたジラーチの最後の秘密と、お前(ブレーン)達の(リラ)と』

 

 迷いは、一瞬だった。

 例え間違った選択だとしても、友の命に代える事は出来ない。苦渋の選択で(リラ)を選択したダツラは悔しげな表情を見せながらガイルへと情報を渡し、リラを解放する事には成功した。

 だがその結果、ガイルの願いは成就されてしまったのである。

 

「全てを飲み込む海の魔物……それが私の願いだった。ジラーチは見事願いを遂げてくれた様だな」

 

 ジラーチの願いを叶える条件の一つ"ジラーチ第三の目と視線を合わせる事"、その為に一時上げられた兜を再度下げてガイル――否、アオギリは言った。

 元アクア団総帥"アオギリ"、それがガイルの正体である。

 ホウエン地方を混乱に陥れたグラードン、カイオーガの超古代ポケモンの復活、その最大の原因の一つとも言える彼は、ルネシティの決戦後行方を晦ませていたが今こうして再び彼ら図鑑所有者の前に現れる事となったのだ。

 以前の時よりも更に強大に、遥かに凶大な悪へと変貌してから。

 

「なっ! あ、あれは一体!?」

 

 少年の声が聞こえた。そして彼らは到着した。

 部屋と部屋を分断していた防災シャッターはいつの間にか解除されており、アオギリと対峙するエメラルド等と彼らは合流する。

 先のエメラルドとリラの対決時の轟音を聞きつけたルビーとサファイア、ホカゲとシズクだったが、しかし四人が合流した所でもう遅い、アオギリの願いは既に叶えられた後である。

 

「ガイル! それにエメラルドにダツラさんとリラさんも!」

「どうやら、最悪の状況って奴みたいだな」

「……その様ですね」

 

 サファイアの声の後、ホカゲの言葉にシズクが同調して、スケールの違いすぎる海の魔物の存在に戦慄する。

 

「……すまない、エメラルド、皆、俺は仲間を救うためとは言え……!」

「ッ、アンタ等の状況ってのは今一分からねぇが、今は言ってる場合じゃねぇよ! ブースター!」

「えぇ、それにあの化物は確かに脅威ですが、それを操るガイルさえ潰してしまえばまだ勝機はあります、タマザラシ!」

 

 気落ちしかけたダツラだったが、彼の言葉等気にも留めずにホカゲとシズクは叫ぶ。

 呼ばれたポケモン達はトレーナーの指示に従い、ブースターは"かえんほうしゃ"、タマザラシは"こごえるかぜ"をガイルへと飛ばして先制攻撃を仕掛ける――が、

 

「無駄な事だ!」

 

 ガイルが手に持った剣を一振りする。たったそれだけの動作で、ジムリーダーのポケモン並みの実力を持った二体の技は同時に弾き飛ばされる。

 驚愕するホカゲとシズクの両名にガイルはその時初めて気づいたらしい。兜の中で人知れず目を見開き、次にニヤリと意地の悪い微笑を浮かべて、

 

「……よもやこんな所で会う事になるとはな」

 

 呟き徐に兜を上げる。

 

「テメェは……!」

「……ま、まさか……いや、貴方は死んだはずじゃ……!」

 

 その瞬間、矢張りと言うべきかホカゲとシズク、またルビーやサファイアまでもが驚愕の色を顔全体で表した。

 それもそうだろう、アオギリは彼らと少なからずの因縁を持つ人物、更にこの中でもシズクのとってアオギリという人物はある種特別な人間だった。

 かつてシズクはアオギリに仕えて、そして捨てられた身。

 恐らくその場にいる全ての者よりも、シズクという人間の中では遥かな驚愕とそして困惑の感情が渦巻いているはずだ。

 下げた甲冑を再び上げて素顔を隠しながらアオギリは言う。

 

「そうだな、私も自身の死を覚悟していた。あの時まではな……」

「"あの時まで"……?」

「あぁ、尤もこれ以上の問答は無用だろう。どの道お前達は全員、海の藻屑となるのだからな」

 

 アオギリの言葉の一部が気になったのかルビーが呟くが、アオギリは邪悪な笑みを浮かべて返した。

 瞬間、今まで静観を決めていた海魔(擬似カイオーガ)に変化が起こる、バトルタワーへと方向を変えて、そのままタワーへと突進して来たのだ。

 "全員"、ガイルのこの言葉の中には当然シズクも含まれているのだろう、元より一度は全ての部下を見捨てた男、そう考えるのが普通だ。

 だが以前仕えていたからこそだろう、シズクはその言葉に少なからずのショックを受けた様で、他の全員が衝撃に備える中、シズクは一人立ち尽くして、

 

「バッカヤローがぁ!」

 

 怒号が聞こえた、シズクがそう思った瞬間、荒れ狂う程の大波が彼らを襲った。

 膨大な水量がガイルを除く彼ら全てを飲み込み、ほとんどの者が流されない様必死にその場に踏みとどまった。

 だがそんな中、大波は一人の人物を強制的にその位置を隣の部屋へと移動させる。

 しっかりと足腰に力を入れていなかった所為だろう、シズクの身体は予想以上に波に浮いて、そのまま外へと流され出されるかと思われた。

 だがそれは横から伸びた腕に掴まれどうにか事なきを得る、どうやらその人物は流されたシズクを追ってあえて自身も波に身を任せ、寸での所でシズクを救い障害物にしがみ付いて波をやり過ごした様だ。

 

「ボーっとすんな! 死にてぇのかテメェは!?」

「……す、すまない」

 

 そしてシズクを助けた男、ホカゲは彼の胸倉を掴んで叫び、そしてシズクは弱々しく返答する。

 

「シャキっとしろよ、今のテメェとガイルは何の繋がりも無いはずだぜ」

「……あぁ、自分でも、分かってる……少し、動揺しただけです」

「ならいいがよ……」

 

 叱咤された所為か、もしくは本当に唯動揺していただけなのだろう。

 シズクは数秒程時間を置いて、すぐにいつもの顔つきに戻る、アオギリの支配下から離脱した当時に、その時彼は葛藤する事を終えている。

 

「しっかりしろ、テメェが気にかけるべきリーダーはあいつの様な奴じゃないだろうが」

「分かってます、もう大丈夫です……ですがまぁしかし、あの人がガイル並みの神経をしていれば、私達もこんな所まで出張る必要は無かったのかもしれませんがね」

「……言えてるぜ、ったくあのバカヤローは何しですか分かったもんじゃねぇ、こんな事はもう二度とゴメンだ」

 

 そう言って皮肉気に笑ったホカゲとシズクの脳裏には、恐らく初めて"彼"と対峙した時の事が浮かんでいるはずだ。

 自身よりも二人の命を優先した様々な意味で強い少年、しかしそれでいて同じ程の脆さも持っていた事も彼らは極最近それを知った。

 

「って訳で、是が非でもテメェ等には元に戻って貰うぞ……」

 

 不意に背後を振り返り、無意味と知りつつもそこにいた五人の少年少女へと呼びかけ、

 

「特に、だ! そこの"のんきに眠りこけてるお前"! テメェは絶対だ……どうにもアイツには、お前の存在が必要不可欠らしいからな」

 

 その中でも特に一人の少女を名指しして呟いて、そしてホカゲはニヒルに笑うのだった。

 

「テメェ等全員救ってこのバトルフロンティアも守りきって、最後にクリアの野郎は一発ぶん殴る!……ハッ、やってやろうじゃねぇか"守る為の戦い"って奴をよ!」

 

 




寒くて執筆が進まなかった結果クリスマスに爆発ネタになった。全くの偶然だった。
後今回クリアとイエローが全く出てなかったけど、ホカゲが思った以上に主人公しててそれはそれでいいかなとも思った。


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六十九話『vsキルリア 七人の旅人』

 

 

「ふっ、何が"守る為の戦い"だ! 一度は墜ちた貴様等に、一体どれ程の物が守れると言うのか!」

 

 今は動かない石となった五人の図鑑所有者、彼らを守る様に前に立つホカゲとシズクの二人に向けて、アオギリは刃を向けて言い放つ。

 七月五日夕刻から続いているガイルとの決戦は既に日を跨ぎ、空には満点の星々が瞬いている。

 

「……おい」

「えぇ、分かっています」

 

 侮蔑の篭ったガイルの言葉だったが、売り言葉に買い言葉で易々と挑発に乗る程ホカゲもシズクも馬鹿では無い。

 

「我々の仕事は、あくまで"彼ら五人を守り通す事"。その守りを手薄にする事等しません」

 

 シズクの確認の言葉にホカゲは微笑で返した。

 確かにホカゲはアオギリに向かって威勢良く吼えたが、だからと言って積極的に攻勢に出るとは一言も言って無い。

 むしろ彼は確かに"守る為の戦い"と言った、"倒す為"では無く"守る為"、だからこそ彼らは何人たりとも石像達に手出しはさせない。

 それこそが、此度の戦いにおける彼らの"役割"なのである。

 

「ってぇ訳だガキ共! おいしい所は全部テメェらにくれてやっから、とっととこの時代遅れ野郎をぶっとばしやがれ!」

「……全く、相変わらずの上から目線ですね……だけど、言われなくてもやってやりますよ」

 

 しかし、だからと言ってアオギリをそのまま放っておく訳にもいかない。

 故に、彼らは眼前の少年少女達に託す。

 打倒アオギリ、この戦いを終わらせる役目はやはり、"図鑑所有者"と呼ばれる者達なのである。

 

「"だくりゅう"!」

「"ブレイズキック"!ったい!」 

「"リーフブレード"だ!」

 

 そして攻撃は一斉に。

 "ホウエン図鑑所有者トリオ"の三人、そのパートナーポケモン達、三体の合体技が放たれた。

 土ッ気の混じる蒼がウネリ、鋭い翠の刃と紅い閃光が並走し、ほぼ均等な技のエネルギーが混ざり高めあってアオギリへと向かう。

 ――が、

 

「無駄だ」

 

 一言、そのすぐ後で、アオギリは瞬時にその手に持った剣を一振りし、全ての攻撃をかき消し、更にその余波によってルビー等三人に衝撃波を浴びせる。

 "瞬の剣"、"ひかりのかべ"と"リフレクター"の能力を兼ね備えたこの剣は、アオギリを護る絶対強固な壁となっているのだ。

 

「くっ、やっぱ手強かね!」

 

 体勢を立て直しつつ呟いたサファイアの言葉に、ルビーとエメラルドもまた悔しさを噛み締めながらも心中で同意した。

 事実、彼らが対峙するガイルことアオギリは非常に強い。それこそ、過去ルビーとサファイアがルネの街でアオギリとマツブサの両名と対決した時よりも遥かに、である。

 三対一という数の上での優位を軽々と逆転してみせるアオギリの強さは本物であり、一筋縄ではいかない事は既に周知の事実、それ程までに今のアオギリはかつての時より強大となっているのだ。

 その事に若干の動揺を覚えつつも、ルビーはひとまず落ち着きを取り戻して冷静に周囲を見回してから――、

 

「ラティオス! リラさんとダツラさんを下へ!」

 

 ルビーがラティオスに叫び、ラティオスもまた、すぐにルビーの指示通りの行動に出た。

 フロンティアブレーンの二人であるリラとダツラ、アオギリの起こした行動によってその身体は既に限界寸前まで酷使され、更に先の大波の所為だろう、今はかろうじて意識を繋ぎとめてる様な状態に見える。

 よってルビーとラティオスはそんな二人をすぐに戦線から離脱させる事を選んだのだ。

 ルビーのその決定についてはサファイアやエメラルドも特に異論は無いらしく、離脱していく二人の人間と一匹のポケモンへと少しの間だけ視線を移し、すぐに再度アオギリへと瞳を向けた。

 

(これで一先ずリラさん達は安全だ。後はこの場にいる全員で打開策、を……?)

 

 一度の安堵の後、すぐに状況の確認を行ったルビーはすぐに違和感に気づいた。

 その場にいた人間、ルビーをはじめ、サファイアやエメラルド、ホカゲやシズク、そしてアオギリ。総勢六人の人間とそのパートナーポケモン達。

 一見すると役者は全て揃っている風に見えるが、忘れてはならない、今この場にいなければならない存在が見当たらないのである。

 幻のポケモン"ジラーチ"、事の発端、騒動の原因となったポケモンは、果たして今このフロアのどこに隠れているのだろうか――?

 

 

 

「良い眺めだ」

 

 アオギリの呟きでルビーはすぐに現実へと引き戻された。甲冑に身を包み、剣を手にするその男は窓の外の景色を眺めて邪悪な笑みを湛えた。

 

「クカカ、強大な力を我が物として見下ろす景色、この光景に比べれば、どれ程の絶景すら霞んで見える……」

 

 眼下に広がる悲鳴と騒乱。レンタルポケモンの暴走を鎮めようと奮闘するブレーン達と、必死に逃げ惑う人々を見下ろしたアオギリはかつてを思い出す様に言う。

 過去、ルネの上空から見たホウエンの全土。

 それすらも圧倒、圧巻する程の光景が、今アオギリの眼下では繰り広げられている。少なくともアオギリはそう思って、だからこそ笑みを隠し切れない。

 取るに足らない存在が必死の抵抗を見せる姿、そしてそんな彼らの抵抗を何の苦も無く押しつぶせるだけの"力"。その"力"があるからこそ、今アオギリの視線の先にはどんな景色よりも美しい光景が広がっている。

 例え彼に反逆するどんな者でも容易く潰せる程の"力"が――。

 

「最早何も望むまい、"欲しい力"は手に入った……後は、黙っていても手に入る!」

 

 そして次の瞬間、圧倒的な"力"の波が全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは紛れも無い、些細な偶然によってもたらされた邂逅だった。

 バトルタワー某所で、一人の少年と一匹のポケモンは無言で向かい合っていた。

 その周囲には数体の戦闘不能に陥ったレンタルポケモン達が倒れ、その近くではもう一人"緑髪の少年"が彼ら、一人と一匹のコンタクトを見届ける様に立ち尽くす。

 今現在、バトルタワー内部はアオギリの放ったレンタルポケモン達が闊歩する様な状況になっており、この状況も恐らくそこから来るものなのだろう。

 バトルタワー内部にいるアオギリ以外への攻撃、やはり今の暴走したレンタルポケモン達は、完全にアオギリの支配下に置かれているのだ。

 

「まさか、今更になって、こうも簡単に会えるなんてね……」

 

 ポツリとクリアが呟いた。その傍らでは一戦を終えた彼の四匹のポケモン達が一声も発さず少年、そしてその眼前のポケモンへと視線を向ける。

 

「……ジラーチ。どんな願いをも叶える事が出来ると言われるポケモン……」

 

 欲望に塗れ透き通った瞳がジラーチへと向けられる。

 捕獲したからといって、その瞬間からポケモン達が忠実な僕となる訳では無い。

 最早ジラーチへの興味を完全に無くしたガイルからの制止が無かった為、ジラーチは人知れず決戦の場を離れ、気の向くままに下層へと下っていた。

 そうして、どれ程下った頃だっただろうか。ジラーチの目の前に暴走したレンタルポケモン達が現れたのである。

 いくらジラーチが今現在ガイルの手持ちとなっているからと言って、暴走したレンタルポケモン達にそれが理解出来るはずも無く、ジラーチはその場で即座に襲われる事となった。

 だが丁度その瞬間、バトルタワーを昇ってきたクリアとミツルの二人と遭遇したのだ。

 彼らはすぐ様その場にいたレンタルポケモン達を無力化し、そして場面は今に至る。

 

 手を伸ばせば届く距離、誰よりも遅れていたクリアは、今誰よりもジラーチに近い場所にいるのだ。

 

「外の"アレ"は多分お前の仕業だろうけど、今ならまだ間に合うかな?」

 

 カイオーガに酷似した巨大な海の塊が一瞬窓に映り、クリアと視線を交わしたミツルは一度だけ頷いた。

 

「……頼むジラーチ。俺の願いはたった一つだけなんだ」

 

 そしてクリアは、まるで神に祈るかの様に地に膝をついて、

 

「イエローを……石になった俺の、俺達の仲間を元に戻してくれ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイオーガの形を模した巨大な海の魔物、それがアオギリがジラーチに望んだ力の形。

 当然、一部ではあるがそれは紛れも無く"大自然の力"によるものであり、バトルタワーのみならずバトルフロンティア全体すらも飲み込む程の巨大な波なのならば、それに攻撃されてタダで済む事の方が奇跡だ。

 先程までの"小手調べ"とは違う正真正銘の"本気"の体当たり、アオギリ以外の全てを洗い流すと言わんばかりの容赦の無い攻撃。

 波が引いた後に残ったのは、ぐったりと力なく倒れた五人の人間とそのパートナーポケモン達に姿だった。

 

「うぅ……」

「……ぐっ」

「……無事、か? サファイア……エメラルド……!」

 

 直後、どうにか身体を起こしたのはサファイア、エメラルド、ルビーのホウエン図鑑所有者の三人。そしてそのパートナーポケモン三匹。

 受けたダメージは大きいものの、幸い動けない程では無いらしい。とりあえずの喜びを覚えかけたその時、ルビーの瞳にそれは映った。

 自分達を守る二人の盾、その盾が倒れる姿。

 絶句するルビーに続く様に、サファイアとエメラルドもようやく事態に気づく。

 

「シズクさん……ホカゲ……なんで……」

 

 かろうじて意識を繋ぎとめる二人の大人達にルビーは呟いた。

 

「……言っただろうが、奴を止めるのはテメェらの役目だって……くっ、こ、こんな所で倒れられちゃ、迷惑だからよぉ……」

「……一度、ホウエンを救ったあなた方なら、きっとまた、同じ事が出来るはずですよ……」

 

 言い終えると、彼らはパタリと意識を手放す。彼らのパートナーポケモン達も同様だ。

 先程の大波の際、彼ら二人とそのポケモン達はわが身を省みずに即座に前に出て、そして彼ら三人と五人の石像を守る為の盾となった。

 そうする事で、彼らは三人のホウエン図鑑所有者に自らの運命すらも託したのだ。

 ルビー、サファイア、エメラルド、三人の少年少女の"次の瞬間"の為に。

 

「ヌゥ、しぶといものだな、かつてのルネシティ決戦の時と同じだ」

 

 しかしアオギリとて甘くも無い。

 

「だがこれで私の勝利は決まった様なものとなった。邪魔なゴミが二人消え、貴様等とてもはや抵抗する力も残っていまい」

 

 不敵な笑みを湛えるアオギリの言葉に、ルビー等三人は悔しげな表情を浮かべる。

 実際その通りだった。

 ルビー、サファイア、エメラルドの三人にホカゲとシズクの二人を足したとしても、それでもその力はアオギリの足元に届くかどうか。

 絶望的な程の力の差。全てはその一言に尽きる。

 アオギリが不意に右手を上げる。瞬間、複数の足音が彼ら三人の耳に届いた。

 音源を確認したサファイアの瞳に映ったのは、ハッサム、ドードリオ、ライボルト、キルリアの四匹。恐らくは今現在アオギリの手中にあるレンタルポケモン達であろう。

 

「では……さらばだジャリ共。せめてもの情けに一思いにやってやる」

 

 アオギリはそれだけ言って、振り上げられた右手が降ろされる。同時に、彼の呼びかけに応じた四匹のレンタルポケモン達が一斉にルビー等三人のホウエン図鑑所有者に飛び掛った。

 

「……くっ、MI()……」

「遅い!」

 

 飛び掛ってくるレンタルポケモン達に反撃するべくボールへと手を伸ばしたルビーだったが、だが矢張りそれはアオギリによって阻まれた。

 彼の肩に乗るアメタマの力によるものだろう、ルビーの指はボールへ触れる寸前で静止し、またサファイアとエメラルドの両名もルビー同様動きを封じられている様子だ。

 

「終わりだ」

 

 アオギリの勝利宣言が聞こえた。

 ハッサムの"メタルクロー"が、ドードリオの"ドリルくちばし"が、ライボルトの"でんげきは"が、キルリアの"サイコキネシス"が繰り出される。

 迫り来るポケモン達の攻撃に備え、必死に回避行動をとろうとするも、思った以上に身体の自由が利かない。

 万事休す。

 歯軋りの音がルビーの口元から漏れ、サファイアがギュッと目を閉じて、エメラルドは真っ直ぐと前を、迫ってくるレンタルポケモン達を見据えた。

 ――その瞬間、

 

「"ばくれつパンチ"!」

「"かえんぐるま"!」

 

 異なる二つの声が場に響き、二つの影、二匹のポケモン、ウソッキーとウインディが突如としてルビーとサファイアの眼前へと躍り出た。

 現れた二匹はすかさず何の躊躇いも無い一撃を、それぞれハッサムとドードリオの二匹に叩き込んだ。

 突然の事に大きく口を空けて唖然とするルビーとサファイア、またアオギリも予想外の事態に怪訝な顔を兜の下で浮かべた。

 技を出している最中、それも横からの奇襲である、当然それを防ぐ事は難しく、成す術も無くハッサムとドードリオの二匹は吹き飛ばされる。

 

「一体、これは……?」

「あ、あたしにもさっぱりったい……」

 

 訳が分からず疑問符を浮かべる二人の少年と少女。だがすぐにサファイアは思い出した様に、

 

「……エ、エメラルド! あたしらは何故か助かったけど、エメラルドだけ、今の攻撃ば食らっ……って?」

 

 突然現れた二匹のポケモンは同じく二匹のポケモンしか倒さなかった。

 ならば、エメラルド一人だけはモロに敵ポケモンの強力な一撃を食らってしまったのでは無いか。そんな予想がサファイアの脳裏を駆けて、ルビーもまた同じ予想をしたのだろう。

 彼女等二人は恐る恐るにエメラルドへと視線を移して、

 

「……あれ? 俺、どうなったんだ……?」

 

 彼ら二人と同じ様に、欠片も状況を理解出来ていないエメラルドを視界に捉えた。尤も、攻撃を受けた際の悲鳴が響かなかった時点で、思えば彼の無事は十分予想できたようなものなのだが。

 それからすぐに彼らは気づいた。

 

「あ、これ……」

「嘘……"でんげきは"が、止まっとる……」

 

 自身の置かれている状況をようやく理解したエメラルドが呟き、サファイアが驚きの声を発した。

 恐らくはエスパータイプの技の力によるものだろう。エメラルドに直撃するその寸前で、ライボルトの"でんげきは"がピタリと静止していたのだ。

 

「……ちょっと待って、今この場でこんな真似が出来るエスパーポケモンって……」

 

 何かに気づいた様にルビーは振り返る。

 

「……キルリア。お前が俺を助けてくれたのか……?」

 

 釣られ、エメラルドとサファイアもそのポケモンを見てようやく彼らは場を理解した。

 キルリア。敵だと思いこんでいたポケモンの助力によって、エメラルドはどうにか窮地を脱していたのである。

 "サイコキネシス"で"でんげきは"を完全に掌握しているキルリアは、一度エメラルドの方を向いて、ニコリと微笑んでから、勢いのついた全力の攻撃をライボルトへと浴びせた。

 自身の"でんげきは"に、更にキルリアの"サイコキネシス"のパワーが上乗せされた攻撃である。津波の様な電撃の波に弾き飛ばされ、ライボルトもまたハッサム、ドードリオと同じく行動不能へと陥った。

 

「……助かった……のか?」

 

 半信半疑の言葉をルビーが漏らした。助かった本人達すらも状況を把握出来ていないのである。

 ルビー、サファイアは突如現れたウソッキーとウインディに、エメラルドに至っては敵の手に落ちているはずのキルリアによって救われた。

 だがしかし、分からないのも無理は無い、彼らは、"彼ら"の到着を知らない。

 今この場で戦えるトレーナーは自分達三人だけ、そう考えていたホウエン図鑑所有者達の考えは、嬉しい形で裏切られていたのだ。

 

 

 

「よぉ、危機一髪だったじゃねぇかお前ぇら」

 

 声が聞こえた。彼ら三人、そしてアオギリでさえも声の方向へと同時に視線を向ける。

 

「ゴメンなさい。本当はもっと早く到着するつもりだったのだけど、ちょっと他の用事を済ませてて遅れてしまったの」

 

 足音が二つ聞こえ、二人の人物が姿を現す。

 一人は少年だった。ビリヤードのキューを肩に担いだ、鍔のついた帽子を被った少年。そしてルビーとサファイアがつい先程資料室で知った顔でもある。

 一人は少女だった。重力に逆らうツインテールとスパッツの少女。この少女もまたルビーとサファイアが先程知った人物の一人であり、またエメラルドにとってはある種特別な存在、そもそもの発端として、エメラルドをこのバトルフロンティアに送り込んだ人物。

 

「何者だ、貴様等」

「"何者"だぁ? 重っ苦しい鎧で正体隠してるテメェが言うんじゃねぇよ。ま、だからと言って名乗らねぇ程俺様は小っせぇ男じゃねぇ、よぉガイル、出来るもんならその耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!」

 

 ウソッキーが少年、ウインディが少女の下へと駆け寄って、そしてガイルの問いかけに応じた少年はニッと笑って宣言する。

 

「俺はワカバタウンのゴールド! そんでこっちがクリスタル! 俺達二人、そこの三人同様にテメェのチンケな野望を挫く"図鑑所有者"だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は期を待つ。

 二人の図鑑所有者が巨悪の前に躍り出て、もう一人も既に、影からアオギリの隙を狙う為別行動をとっている。

 少年の傍には一匹のポケモンがいた。

 少年の願いを叶えようともしなかったポケモン、少し前の少年だったなら、駄々っ子の様にそのポケモンに当り散らしていたかもしれない。

 だが今の少年はそんな事はしない。最早そんな次元に少年はいない。

 まるで暗闇の中、飛び立つ為の力を蓄えるが如く少年とそのパートナーとなるポケモン達は息を潜めて、準備を進める。

 少しずつ、少しずつ周囲の温度が下がるを感じた。

 氷の槍(ランス)を持つ手に力が宿るのを感じた。ついこの間までの、自身の為ただ闇雲に振るうためでは無い、"仲間"の為の力が。

 少年は顔を上げる。準備は整った。

 "力を貸してくれ"と再会した少年と少女は言ってくれた。彼を支えた友人も全力を尽くしてくれると言った。ジラーチの願いを叶える役割を、きっと(エメラルド)は果たしてくれると自信を持って言った彼らを信じてみようと思えた自分がいた。

 それだけで十分。たとえ失敗しても、その失敗を取り戻してくれる仲間がいたのだ。

 ジラーチを抱いた腕を解く。不思議そうな顔を浮かべて、ジラーチは浮遊していく。

 それを見送って――そして、

 

 ――そして彼らの羽化は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールドとクリスタル。現れたのは二人のジョウト図鑑所有者。

 まるで破滅へと向かい行く流れを断ち切る様に現れた彼らに、アオギリは兜の下で小さく舌打ちを零した。

 

「……なるほどそのガキ共の仲間、図鑑所有者と言ったか……だが、私の野望を阻む者は誰であろうと容赦はしない……貴様等二人、無事に帰れると思うな」

 

 怨嗟の声と共に向けられた剣、しかしゴールドは立ち向かう様にアオギリを睨み返し、そして笑って、

 

「"貴様等二人"、ねぇ……」

 

 どこか含みのある言い方、その違和感に気づくとすぐに変化は起こった。

 向けられた敵意。それに気づいた瞬間、アオギリは背後へ向けて大きく剣を振るう。

 一切の攻撃を通さない剣撃の壁がアオギリへと放たれた"マジカルリーフ"を弾き、その周囲に無数の葉を舞わせる。

 そしてアオギリは憎々しげな声で、

 

「……なるほど、鼠は二匹では無かったという訳か……」

 

 どこからとも無く、コツコツと足音が聞こえた。

 一瞬の間を置いて、アオギリは一匹のポケモンへと視線を走らせる。

 先の三人のホウエン図鑑所有者達に対するレンタルポケモン達の襲撃、それを防いだのはゴールドの傍に立つウソッキーと、クリスタルの傍に立つウインディ。そしてもう一匹、仲間であるはずのライボルトを打ち倒したポケモン、キルリア。

 十二の眼から出る視線をその身に受けて、それでもまるで歴戦の勇士の様にキルリアは堂々とした態度を見せた。

 そして割れた窓からバトルタワー内部へと入った少年が、キルリアのトレーナーである少年がその横に並び立つ。

 影から光へと出たその顔、見覚えの有るその顔にルビーは他の誰よりも極端な反応を見せて、対照的に当事者である少年、ミツルは太陽の様な笑顔を見せてルビーを見た。

 

「……ルビー君。今度は僕も、君の隣で戦えるよ」

「ミツル君、どうして君が……!?」

 

 かけられた言葉、その声を一瞬ルビーは信じられなかった。

 それは本来ならばこの場にあるはずの無かった、彼がよく知る、彼の友人の声。

 今頃は船上にいるはずの少年。

 しかしその少年はずっとバトルフロンティアに留まっていた、留まって、クリアという少年を探し、そして共に行動していたのである。

 

「友達がピンチなんだ、僕なんかの力でも役に立つのなら、僕はなんだってするよ」

 

 そう言ったミツルは、かつてルビーが初めて会った時の彼とは似ても似つかない者となっていた。

 ホウエン大災害、そして今回のバトルフロンティアで起こった事件、この二つの事件が、彼に急速な成長を促したのだ。

 

「久しぶりだね」

 

 不意にかけられた言葉に、傷つき片膝をついたジュカインはピクリと反応を示した。

 過去、約半年前のホウエン大災害の時、一時的とはいえコンビを組んだ少年とポケモン。

 ミツルは少しの間だけジュカインを見つめて、そしてどこか安心した様な笑顔を見せると、

 

「……良かった。良いパートナーとめぐり合えたみたいだね、ジュカイン」

 

 恐らく一目姿を見ただけで彼はジュカインの今の状態が判ったのだろう。笑顔を見せたミツルに応える様に、ジュカインもまた咥えた枝を大きく一度揺らした。

 そんなやり取りを見届けた後、どこか訝しげな様子でエメラルドは、

 

「ちょっとアンタ、このジュカインの事知ってるの?」

「うん、少しだけ。だけど今は、君の方がこのジュカインの事を判ってると思うよ、それにその図鑑も、ちゃんと本当の持ち主の懐に収まって良かった」

「……お前、もしかして……」

「そこまでよ、二人共」

 

 クリスタルの横槍で、そこで会話は中断された。ガチャリ、という重苦しい重低音がフロアに響く、それまで沈黙を守っていたアオギリが痺れを切らしたのだ。

 

「……それで最後か?」

 

 首を約三十度程傾けてアオギリは言う。

 

「予想外の助っ人とやらはそれで最後か。ならばもう始めるぞ。待つのにも、そろそろ飽いてきた所だ」

 

 ゴクリと誰かが喉を鳴らした。

 それまで息を潜めていたプレッシャーが、再びアオギリへと放たれ始める。

 大量のレンタルポケモンを手駒にし、自身もまた強大な力を持って、更にジラーチの力によって出現させた"海の魔物"という怪物すら操る巨悪。その重圧が、まるで射抜く様に彼らの四肢の感覚を麻痺させてくる。

 

「……ほ、本当にもう別の助っ人は来ていないんですか?」

 

 微かな声でルビーがゴールドへと言った。

 ホウエン図鑑所有者三人の他にまだ仲間がいた。それは嬉しい。

 だがしかし、よくよく今の状況を振り返ってみれば、実はつい先程より少しだけ良くなった程度なのである。

 此方は六人、あちらは一人、プラスレンタルポケモンと海の魔物というエキストラ。まだまだ此方の方に分が悪い。

 先程まで正面切って戦っていた三人のホウエン図鑑所有者達は、今現場に到着したばかりのゴールドやクリスタル、ミツル達よりもその事を重々に理解しているのだ。

 

「……そうだな、今はもう、これだけしかいない」

 

 絶望的な一言がゴールドの口から発せられた。

 

「だけど希望はあるぜ、なんせ実の所、俺達以外の他の図鑑所有者の五人は……」

「もうここにいる、そしてそれは後ろの石像の事、その事ならもう知ってますけど」

「もうここに来て…………ってなんでテメェらがその事もう知って……ハッ! さては先に来てたおっさん二人が……!」

 

 得意げに話していたのが仇になってしまったのだろう。既に周知の事実である事を鼻を高くして話してしまっていたお陰で、余計な羞恥心がゴールドの中で生まれる。

 これが日常の風景の一部ならば、ここで誰かがそんなゴールドの痴態を笑う所なのだが、生憎今は戦いの真っ只中だ。そんな余裕は誰にも無い。

 だがしかし、今のゴールドの言葉の節に聞き逃せない一言があったのを、エメラルドは聞き逃さなかった。

 

「……希望は、ある?」

 

 繰り返されたその言葉に、真剣な表情を取り戻したゴールド、それにクリスタルとミツルも頷いた。

 

「あぁ、"あの五人を元に戻す"っつぅ最初の目的を今果たすんだ。そうすれば、図鑑所有者が全員揃えば、どんな相手だろうと敵じゃねぇ!」

 

 "石となった図鑑所有者の五人の復活"、それこそが彼らの悲願。今日までの戦いの意味。だが、

 

「ま、待ってください! だけど、ジラーチはもうッ……!」

「ジラーチなら、ここにいるよルビー君」

 

 ジラーチは既にどこかへと消えてしまった。受け入れがたいその事実をルビーが口にしようとした所で、ミツルの言葉が重なった。

 ルビー、サファイア、エメラルドの三人が驚きながらミツルを振り返り、そこに抱かれたジラーチの存在をしかと目撃する。

 それと同時に、ゴールドとクリスタルもまたジラーチを見て、そしてゴールドはミツルに確認をとる様に、

 

「……ってぇ事は、"アイツ"の準備は終わったみてぇだな」

「……そうみたいですね」

 

 "アイツ"とは誰の事かと、ルビーが疑問を口に出そうとした瞬間だった。

 

「フッ、今更ジラーチ(そんなもの)を持ち出した所で無意味だ! 図鑑所有者とやらよ!」

 

 アオギリの叫びがフロア中に木霊して、次の瞬間、巨大な悪意の塊が動いた。

 剣を振りかざし、複数体の従えた己のポケモン達と共に、彼ら六人を葬り野望を成就する為にとうとう攻撃を開始してきたのだ。

 

「くっ! 仕方無い、ならここは僕達六人でどうにかするしか……!」

 

 迫り来るアオギリ、身構えるルビー、サファイア、エメラルド。それに続く彼らのパートナーであるラグラージ、バシャーモ、ジュカイン。

 戦況が不利なのは百も承知。しかし黙ってやられてやる程彼らは潔くは無い。

 緊張を高めたルビー達、だがそんな彼らとは対照的に、ニヒルに笑って見せたゴールドは言うのである。

 

「……いや、それは違うぜオシャレ小僧!」

「何が違っ……オシャレ小僧?」

「"六人"じゃねぇ! "七人"だ!」

 

 瞬間、アオギリの姿が忽然と消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アオギリが落ちたのは一つ下のフロアだった。

 見上げた先には二メートル程の大穴が開いており、どうやらそこから底が抜けて落ちたのであろう。

 いつの間にこんな穴が、そう思った所で、よくよく思い出せば上でドンパチやってる間、下の音等拾えるはずが無い。という結論にたどり着いて、そこでアオギリは考えるのをやめた。

 ――やめて、自身の敵へと視線を定める。

 

「……そうか。まだ、お前がいたか……"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"!」

 

 凍て付く様な凍気を纏ったマントと仮面の少年。アトリエの洞穴で一度はぶつかった相手でもある人物。

 一方の仮面の少年は、向けられた敵意に怯む事無く、不意に仮面に手をかける。

 外された仮面、彼はその仮面を無造作に放り、手に持った氷の槍で一突きした。

 瞬間、まるで少年と決別するかの様に、氷の仮面は粉々に割れて、いくつもの光の結晶が"ただの少年"の周りを無数に舞う。

 そしてただの少年は懐からおもむろに一つの赤い機械を取り出して、

 

「……そう言えば、自己紹介がまだだったな。ガイル、いやアオギリ……俺は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつ少しずつ、薄く薄く、そして厚く張っていく氷の床を眺めながら、ゴールドは口を開く。

 

「作戦でな。お前達三人にはこれから"修業"に入ってもらう、そんで俺とクリスがあの海の化物をかく乱して、ミツルには修業に身が入る様テメェらの護衛について貰うってー訳だ」

「そしてその間、あのガイルの足止め相手は……彼にやって貰います」

 

 クリスタルが告げた。"彼"、恐らくそれは彼らの視線の先で微かに映る仮面を付けた少年の事であると、事情を知らない三人はすぐに気がついた。

 "仮面の男"。強力な凍技を操り、かつてカントーとジョウトの二つの地方を震撼させた男にして、つい先日エメラルドとも一戦交えた人物。

 

「だ、だけどクリスタルさん……」

「大丈夫よ、エメラルド君」

 

 その事について、エメラルドが言及しようとした時だった。彼が言葉を言い終える前にクリスタルがその言葉を切って、

 

「今の彼なら、きっともう大丈夫。だって彼は、仮面の男である前に……」

「なんたってアイツは、ジョウトが誇る八つのジムの一つの、チョウジのジムのリーダーで……」

「そして半年前に一度、このホウエン地方を救ったトレーナーの一人……!」

 

 彼女に続く様にゴールド、ミツルがリレーの様に言葉を紡いで――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、"図鑑所有者"クリア。役目は……お前を倒す事だ」

 

 四機目のジョウトポケモン図鑑を手にして、一人の図鑑所有者は復活を宣言するのだった。

 

 




最近キーボードを買い直したのですが、思った以上にサクサク打ててビックリです。
後更新が無かった理由はただのスランプです。


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七十話『vsジラーチ 星に願いを』

 

 

「せ、先輩達の石化を解いてくれ! ジラーチ!」

 

 バトルタワーの天辺で、とある少年が願い星にそう願った。

 

 

 

 まるで宝石の如き星々の輝きを受けて、それは怪しくも揺らぎ映えた。

 ジラーチの能力によって生み出された"海の魔物"、カイオーガの形を成す巨大な海水の塊は、バトルフロンティア全域を我が物顔で蹂躙する。

 大地を削る様に猛り、唸りを上げて浸食する海の魔物に、暴走するレンタルポケモン達の脅威、逃げ惑う一般来場者達。

 正式の開幕を目前にして、オーナーエニシダの夢の結晶、バトルフロンティアという施設は非常に危機的な状況に陥っていた。

 

 

 

 

「……いつまでも、このバトルフロンティアで好き勝手はさせない!」

 

 しかし彼らとて、次第に沈みゆく自身等の夢の結晶を前にして、ただ手をこまねいている訳ではない。

 

「ライコウ、"かみなり"でここら一体の全てを鎮めるんだ!」

 

 一筋の雷が天地を駆けて、数体のレンタルポケモン達の行動を不能にした。

 ポケモンバトルの聖地"バトルフロンティア"、その頂点に君臨する六人、その六人こそがフロンティアブレーン。

 そして彼女こそが、その六人の中でもリーダー格を務める"才能"を司るタワータイクーン、ジョウトの伝説"ライコウ"とフロンティアブレーン"リラ"のコンビを前にして、立っていられる者などそうはいない。

 

 

 

 バトルフロンティア全域で、数々の知られざるドラマが生まれていた。

 後から合流したリラ、ダツラを含めた六人のフロンティアブレーン達、いや全てのバトルフロンティア関係者は、暴走するレンタルポケモンの鎮圧、来場者の避難誘導、そして海の魔物の影響下で生まれた水害に全力で対処する。

 彼らの想いが重なるその時、バトルフロンティア領域内で最も高い場所に位置するその場所でも彼らの戦いは繰り広げられていた。

 

「来やがれ怪物! テメェなんざこのゴールド様に指一本……ってマジでこっち来やがったぞチキショー!?」

「ちょっとゴールド、こんな時にふざけないで!」

 

 強大な海の魔物そのものと対峙するは二人のジョウト図鑑所有者、マンタインの飛行能力で空をかけるゴールドとネイティオに背中を預けるクリスタル。

 

(ラグラージ)(バシャーモ)へ、(バシャーモ)(ジュカイン)へ、(ジュカイン)(ラグラージ)へ攻撃する。一匹一匹が自分の苦手とするタイプの攻撃を受ける事で、修業の効率を上げるんだ」

「ちょっとエメラルド、何ボーッとしよっと? もう時間は無いんやけしっかりせんと!」

「あ、う……ん……」

 

 ルビー、サファイア、エメラルドの三人のホウエン図鑑所有者達は、バトルタワーのすぐ外に作られた、バリヤードのバリアー製フロアで究極技の習得修業を進める。

 彼ら三人の腕にかけられた三つの(リング)、その中に封じられた水、炎、草の究極技の修業。究極技の伝承を守る"キワメ"という老婆から、有事の際という事で特別に持ち出しの許可を貰った代物である。

 全力で修業をこなすルビーとサファイアだが、気づけばエメラルドが一人だけ、いまいち修業に身が入らない様子であった。

 

「どうかしたの、エメラルド?」

 

 エメラルドの様子の変化に気づいた人物、同じくバリアーフロア内で待機するミツルが、少し青い顔をしながらエメラルドに問いかけた。

 いくら身体の調子が上がったとは言っても、ミツルが元々病弱だったのは変わらない。そして彼の脆弱な身体は、まだ完全な健康体にもなりきれていなかった。

 尤も、だからこそ少しでも体力の回復が出来る"ホウエン図鑑所有者達の護衛"という役割に彼はつけられたのだが。

 

「……実は」

 

 ミツルに問いかけられ、そしてエメラルドは口を開く。つい先程の出来事、未だジラーチに願いを聞き入れられて貰えていないという事実を、自身の今までの経緯と共に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが始まって、一体どれだけの時間が経過したのだろうか。

 バトルタワー最上階、その一つ下のフロアでは、今のバトルフロンティア内で最も過激な戦いが繰り広げられていた。

 うめき声が聞こえた。アオギリは兜の下で頬を吊り上げる。

 

「ッ……"こおりのつぶて"!」

 

 クリアの脇下から現れたデリバードが放つ"こおりのつぶて"、しかし攻撃は標的に命中する事無く虚しく空を切った。

 赤に染められた剣を一払いして、素早くクリアから離れたアオギリはもう一度よく、クリアという人物を観察する。

 クリアは少年だった。まだ大人になり切れず幼さの残る顔立ち。氷の仮面を纏っていた時に想像した素顔とは、似て非なる感情的な苦痛に歪む表情。

 

 左肩の刺し傷を力強く抑えて、その傷の浅さにひとまずの安堵を覚えるクリアだが、しかしだからといって、今すぐに彼の圧倒的な程の劣勢がどうにかなる訳でも無い。

 彼の傍らで並び立つグレイシアのV、ドククラゲのレヴィ、デリバードの三匹もクリア同様にかなり消耗している様子だ。

 

「……この程度」

 

 アオギリの言葉がクリアの耳に届く。

 

「アトリエの洞穴の戦いなど単なる小競り合いに過ぎん。本気の私とお前の力量の差はこれ程までに圧倒的だ。なのに何故、お前は無意味に抗う?」

 

 事実、アオギリとクリアの状態は対象的だった。

 アオギリの強固な"鎧"は半端な小技を通さず、威力の高い大技を放とうものなら、彼の持つ最も厄介な武器である"剣"によってそれを返される。

 更に以上二つの武器に加えて、当然アオギリ自身の実力も相当に高く、彼の二体のトドゼルガと一体のアメタマ相手に、予想以上の苦戦をクリアは強いられていた。

 赤く染まった身体を強引に動かして、アオギリの問いかけ等意にも介さず、クリアは再び槍を振るう。

 対するアオギリも再度剣を地から天へと向けて振るった。

 一度の金きり音、次いで砕ける氷、槍の先端が宙を舞う。

 そして攻撃のモーションを終えて、無防備となったクリアへの追撃を続けるべく、上げられた剣が再び振り下ろされるもVの"れいとうビーム"が剣の進路を阻んだ。

 更に二体のトドゼルガの怒涛の様な"のしかかり"攻撃がクリアを襲い、デリバードとレヴィの二体で辛くもその巨体をブロックする。

 ――しかしそこでクリアの手数が尽きた。

 

「これで詰み(チェック)だ。"みずのはどう"!」

 

 アオギリと彼の肩のアメタマが微笑を浮かべて、そして身動きが出来ないクリア達に"みずのはどう"が直撃する。

 

「……元より碌な理性など持ち合わせておらんか」

 

 "みずのはどう"で吹き飛ぶ直前、その瞬間確かに見えた"クリアの微笑"を思い浮かべてアオギリは呟いた。

 一方のクリアは、技の直撃を受けながらも矢張り今まで通りどうにか足に力を入れる。いくら技の直撃を受けたと言っても、先程の攻撃はV、レヴィ、デリバードの他三匹も同様に受けていた、そうする事で一人にかかる攻撃の負担を出来る限り軽減していたのだ。

 勿論、それは偶然によるもの――では無い。

 

「……"何故無意味に抗うのか"……か。ふっ」

「むっ?」

 

 不意に聞こえた言葉に一瞬耳を疑う。どうやら今のは正真正銘クリアの口から発せられた言葉らしい。

 戦いが始まる直前、自身の名乗り以降は極端に口数が減っていたクリアが、突如笑みを零しながらアオギリのくだらない問いに答えたのだ。アオギリが訝しげな態度をとるのも仕方が無い。

 

「何を笑う? お前は今の自分の状況が分かっていないのか?」

「……あぁ、血だらけだな。確かに劣勢だ。身体のあちこちが痛む、今の一撃で俺の三体の体力も削れ切れてしまった様だしな」

 

 ふらつきながらもクリアは立ち上がる。

 立ち上がり、前を向くクリアの表情、そこにあるのは追い詰められた者の絶望でも、ましてや絶望のあまり気が触れてしまった者の笑みでも無い。

 アオギリにはクリアのその表情に覚えがあった。

 それもそのはず、その表情は今現在アオギリの顔を飾っているのと同じ表情――"勝利を確信している表情"なのである。

 

「そこまで理解しているか。ならば尚更解せん、たった一人……いや図鑑所有者の仲間だったかがいたな、だとしてもたった七人で私を倒すのは不可能だ……海そのものの力を持つ私に勝つのはな!」

 

 瞬間、天井に張り巡らされた氷が一瞬にして砕け散った。

 どうやらまたしても巨大なカイオーガの形をした"海の魔物"が彼らの上を通ったらしく、しかも今回はただ素通りしただけで無くクリア達のフロアに向けて体当たりの様な攻撃を行ったらしい。

 氷の天井は再生不可能な程に砕け去って海水に混ざり、穴の空いた天井からは止め処なく海水が注ぎ込まれ始める。

 

「クカカ、これでもう私の行動を縛るものはなにも無い! さぁ恐怖しよ絶望しろ! これが果て無き海の力! そして私の力だ!」

 

 今までクリアとアオギリをフロア内に閉じ込めていた氷の天井。生半可な攻撃ではすぐにでも再生してしまう"永久氷壁"と"瞬間氷槍"の合わせ技。しかしそれも巨大な"海の魔物"の前では意味を持たなかったのだ。

 まるで天を仰ぐ様にしたアオギリの不快な笑い声がフロア中に木霊した。

 海水はなおも止まらない。既にクリアの膝下程までに浸水していた。

 そして、圧倒的な力を見せつけ、己の優位性を再確認してふんぞり返るアオギリを前にして、しかしクリアは相も変わらない態度で、降りかかる海水に長く伸びきった髪と、微笑を浮かべた顔を濡らしながらも口を開いた。

 

「……だけど勝つのは俺達だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エメラルドという少年は常に一人だった。

 早くに両親を無くし、幼いながらも様々な親戚の家を点々とした彼だったが、どこへ行っても少年は一人だった。

 低身長というコンプレックスがあった。それ故に周囲の者に馬鹿にされ、それ故にエメラルドはポケモンを拒絶した。

 それから暫くしてエメラルドは"クツ屋"と出会った。

 それはエメラルド以外の人達からは"カラクリ大王"と呼ばれる人物だったのだが、その人物との出会いがエメラルドの転機となった。

 ジョウト地方のとあるポケモン塾。

 エメラルド曰く"クツ屋"の紹介で入塾した彼がそこで出会った人物もまた、彼の運命を大きく変えた少女。ジョウト図鑑所有者の一人である"クリスタル"だった。

 "憧れ"て、他人の為に本気で頑張る彼女の姿に"尊敬"して。

 そんな少女から何でもいい、どんな事でも学ぼうと思いエメラルドが起こした行動はシンプルなものだった。

 クリスタル同様、オーキド博士からポケモン図鑑を貰って彼女の手伝いをする事。

 ――決心して、しかし物事というものは、そう容易くエメラルドの思い通りにはいかなかった。

 

 当時まだ八歳という年齢の問題、自身からポケモンに触れようとしないエメラルド自身の考え、いくつかの課題がエメラルドの前に立ち塞がって、しかし彼はそれを一つずつクリアしていった。

 ポケモン図鑑を持てる年齢になるまで、自身の持つ"ポケモンの出身地を見抜く"特技を伸ばしたり、バトルの技術を磨いたりとただひたすらに様々な修業して、努力に努力を重ねてそして彼はようやく、本当につい最近ポケモン図鑑を手に入れたのである。

 そしてエメラルドはバトルフロンティアに来たのだった。

 クリスタルという尊敬の念を抱く少女から、言い渡された指令を全うする為、そして何より自身の目標である"バトルフロンティア制覇"の為にも。

 

 

 

「……だけどやっぱり、俺にはこの辺りが限界だったみたいだ。ジラーチが第三の目を合わせてくれないんだから……」

 

 ルビーとサファイアという二人のホウエン図鑑所有者、自身の仲間と言えるだろう少年少女を前にして、顔を伏せながらエメラルドは言った。

 自身のつまらない話を終えて、それでも彼らはそんなエメラルドを認めてくれるだろう。少なくとも今エメラルドの前にいる二人はそういう人間だ。

 しかしそれでもエメラルドの心は晴れない。自身の使命を全う出来ない、それだけじゃない。

 今この場において、石化した五人の図鑑所有者(せんぱい)を救える可能性を持つ人物は、エメラルドを除いてこの場には誰もいないのだ。

 エメラルドの次にジラーチと接点を持っていた"クリア"という少年は無力だった。エメラルドもまたジラーチの第三の目を開く事は叶わなかった。

 

 しかし、彼らは未だエメラルドに期待している。今現在、クリアが捨て身になってアオギリの注意を引き付けているのがその証拠だ。

 だが果たして、一度は失敗した自分が本当にジラーチの目を開く事が出来るのか、そんな思いが、一度の失敗がエメラルドの心に靄をかけていた。

 

「……ちょっと待って、腕の(リング)が! この光もしかして!」

 

 ルビーの驚いた様な声でエメラルドは現実へと戻る。

 気づけばルビーの腕にかかったリングが、否ルビーだけでは無い、サファイアとエメラルド自身のリングすらも発光していたのだ。

 更にその光に当てられるかの様に、彼らのポケモン達からもまた湧き上がる様な力を確かに感じて。

 そして驚く程呆気なく、彼らの腕のリングが地面へと落ちて、

 

「やっ……」

 

 それと同時に、彼らは闇に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはクリアとアオギリの戦いに終わりが見えてきた頃だった。

 

「……ッ! マズッ、そっちは!」

「バリぴょん!」

 

 突然の"異変"に焦りを見せたゴールドに続き、すぐさまクリスタルが自身の手持ちであるバリヤードに命令を下す。

 クリスタルの叫びが響いてすぐに彼女のバリヤードは行動に移った。透明のエネルギー体で作った"バリヤー"を前後左右全てに張り巡らせ、五体の石像を守る。

 その直後だった、突如として巨大な"海の魔物"がバトルタワーに激突したのである。

 

「ふぅ、ホウエン図鑑所有者(あいつら)の方は……無事、みたいだな」

 

 突然にバトルタワーへの体当たりを行った"海の魔物"。その行動の真意は、十中八九アオギリにあるのだろうという事はすぐに分かった。

 先程まではただ無作為に暴れるだけだった"海の魔物"が突如として何か意図のあるらしき行動をとった、理由はそれだけで十分だった。大方アオギリと、そしてクリア自身をも閉じ込めている氷の天井を破る為の行動なのだろう。

 巨大な体積の怪物の体当たり、当然その余波もまた強大であり、押し迫る水圧という攻撃が五体の石像を襲ったが、それはクリスタルのバリヤードがどうにか防いだ。

 そして次に懸念されるのは、バトルタワーの側面に作られたバリヤー空間の中で究極技修業をしているホウエン図鑑所有者達だが、其方もまた無事な様でゴールドは一先ずの安堵を覚えて、

 

「ったく冷や冷やさせてくれるぜ。流石のあの大波でも、あれだけデケェ空間の制圧は出来なかったみてぇだな」

「いいえ、まだよ!」

 

 ゴールドとは対象的に未だ焦りを見せるクリスタルは真っ直ぐと目標へ向けて急降下する。

 一瞬、どうかしたのかとクリスタルの視線の先を追ってから、ゴールドもすぐに気を引き締めて彼女の後を追い、

 

「ネイぴょん"サイコキネシス"!」

「マンたろう"バブルこうせん"!」

 

 五体の石像へ向けて押し迫る大波、"海の魔物"の一部分に向けて攻撃を仕掛けた。

 バトルタワー側面にあるバリヤードによって作られた空間、そこに移動しているのはホウエン図鑑所有者とミツルの四人であり、五体の石像達は未だバトルタワー最上階のフロアに置き去りにされたままだ。

 故に、"海の魔物"の攻撃の余波を一番に浴びてしまっているのであり、"海の魔物"の攻撃の余波、加えて長時間の間空中にバリヤー空間を維持しているバリヤードもかなり消耗している様子に見える。

 このままではバリヤードの張ったバリヤーが解けて、五体の石像を大波が襲う。そう確信して、彼らはバリヤードに助力すべく急遽駆けつけたのだ。

 ――しかし、

 

「くっ! 駄目!」

「正面切っては、ちっとばっかキツィなぁ……」

 

 流石の彼らでも"海そのもの"を相手にするのは分が悪い。

 小技と素早い動き等で翻弄するならまだしも、ジラーチの願いで生まれた怪物とただの二匹のポケモンの力ではそもそも話にもならない。

 全力の攻撃を放ち続けるネイティオとマンタイン、そしてバリヤードが限界を迎えかけた寸前――その瞬間、

 

「RURU!」

「キルリア!」

 

 ゴールドとクリスタルの前に二体のキルリアが唐突に現れる。

 

「ゴールドさんクリスタルさん! すぐに二人をこちらへテレポートしますからポケモンをボールへ戻してください!」

「石像は僕のキルリアに任せてください!」

「っ……ホント、頼りになる後輩達だぜ」

 

 ルビーとミツルの声がフロアに響いて、ゴールドとクリスタルは瞬時にボールへと自身らのポケモンを戻した。

 瞬間、押し寄せてくる大波群。それらが彼らへ届く前に、まるで煙に様に彼らの姿が消える。

 テレポート。ゴールドとクリスタルの二人をルビーのRURU(キルリア)が、そして肝心の五体の石像はミツルのキルリアが同じタイミングで、波の影響が最も少ないバトルタワーの端へと瞬時に移動(テレポート)したのである。

 

「だ、大丈夫ですかクリスタルさん、ゴールドさん!?」

「えぇ、大丈夫よ。それにエメラルド君達も究極技、間に合ったみたいね」

 

 ようやく一安心といったところか。大波の脅威もひとまず去って、彼ら六人は再びバトルタワー最上階フロアに集まった。

 ホウエン図鑑所有者の二人は究極技を完成させて、ミツルも体調は万全な様子、ゴールドとクリスタルの二人もまだダウンはしていない。

 念の為、クリスタルのボールの中でバリヤードも力を発し続けている為バリヤー空間の維持の心配も無く、どうにか事は上手く運んでいる、誰もがそんな気がしていた。

 

 

 

「……コソコソと何をやっているのかと思えば、究極技の修業だと?」

 

 ゾクリと、背筋に悪寒が走る。

 

「笑わせてくれる……究極技、撃てるものなら撃ってみろ! さて、この海のどこにそんなものを当てるというのだッ!」

 

 六人全員が同時に振り向いて、彼を見る。

 そこにいた甲冑の男、アオギリを。その場にいた誰もが、兜の下のアオギリの憎々しい微笑を容易に想像する事が出来た。

 

「……それとも怖気づいたか。お前達"六人"全員でかかっても、私を倒す事など不可能だと感じて」

「……おいおいちょっと待てよ。六人? テメェの頭はスッカラカンか? もう一人いるだろうがよ、さっきまでテメェの相手をしていた……」

「仮面の男……おっと、確か"クリア"と名乗ったか、そうかやはり奴はお前達の仲間で間違いないのか……なら残念だったな、奴なら潰したぞ」

 

 今度こそ、本当の絶望が彼らを襲う。

 

「生死の確認などはしてはいないが……尤も、私にはどうでもいい事だ」

「ふ、ふざけないで! そんな適当な事……」

「適当だと? ならば確かめてみればいいが……しかしまぁ、私を追って本人が出てこない事で納得すべきだがな」

 

 クリスタルの叫びに対し、何でも無い事かの様に返すアオギリに対して、エメラルドは得体の知れない恐怖を覚えた。

 アオギリは自身に必要の無いものは何でも切り捨てていた。

 大量にいたレンタルポケモン達を駒同然に扱い、使えなくなったらそれまで、更には人一人の命に対してのこの興味の無さだ。

 アオギリにとって他者とは使い捨ての道具なのだ。そしてそれは人にも、ポケモンにも言える事。

 

「……僕が行きます!」

 

 そう言い残してミツルが消える。自身のキルリアのテレポートで下のフロアに向かったのだろう。

 

「ふん、例え生きてたとしても、とても動ける状態では無いというのに……無駄な事を」

「無駄……だと?」

「あぁそうだ、動けない駒など何の役にも立たんでは無いか、人にしてもポケモンにしてもそうだ。役立たずの道具など捨ててしまえばいい! ククッ、無様に私に負けたあの"クリア"の様なな……!」

 

 ゴールドの言葉に応える様に言い放たれたアオギリの言葉は、ゴールドだけで無くその場にいた五人全員の鼓膜を叩く。

 

「お前達の後ろの石像だってそうだ、動かないただの石の塊を後生大事にとっておいても仕方ない。邪魔なだけだ。現にお前達はその石像の所為でここまでの危機に陥っているのだからな」

「……テメェ」

「……そんな事は無い」

 

 不意に漏れた言葉に、その場にいた誰もが口をつぐんだ。

 言葉の主であるエメラルドは顔を一度伏せて、そして決心した様にアオギリへと向き直る。

 

「役立たずな人も、ポケモンもいやしない……」

「ふん、おかしな事を言う。所々で聞いていたぞ、お前は"ポケモンバトル"が好きなのであって"ポケモン"が好きな訳じゃない。ならば使えない役立たず(ポケモン)など捨ててしまって、新しい道具(ポケモン)を使った方がバトルもしやすいでは無いか」

「違う……俺が本当に好きなのは……本当に欲しかったのは……」

 

 額の宝石(エメラルド)キラリと光る。芯のある翠色の光がエメラルドの瞳に宿る。

 

「一緒に心を通わせる事が出来る仲間や友達、同じ思いを持って絆を結べる相手が……ずっと、ずっと欲しかった」

 

 そして人知れず、柱の隙間からジラーチが顔を覗かせた。

 

 

「俺は"ポケモンバトル"が好きなんじゃない! ポケモンが好きなんだ! ポケモンが好きな人が大好きなんだ! だから例え誰であったって、俺の好きな人達の事を馬鹿にする事は許さない!」

 

 

「……馬鹿め。ならばお前も……消えろ」

 

 エメラルドの渾身の叫び。それを聞いてアオギリは、つまらなさそうにエメラルドへ剣を向ける。同時に彼の肩のアメタマが"みずのはどう"を放った。

 すかさず防御姿勢をとろうとするエメラルド、だが瞬間に、その前に一つの影が落ちた。

 更に同時に、いくつもの機械音が木霊した。それは一つ、二つとその音の発信源を増やしていき、音の発信はエメラルドの手元、そして彼の前に降り立った人物の懐からも響き始める。

 そして人影の背に"みずのはどう"が直撃して、

 

「……アンタは」

「謝るのが遅れた、この前は悪かったな。図鑑所有者エメラルド」

「……お前、何故動ける?」

 

 エメラルドの唖然とする声が、人影の喜びに満ちた声が、アオギリの驚愕の声が重なる。

 "みずのはどう"の直撃を受けたはずの人影、少年はそんな一撃ものともしてない様な振る舞いを見せながら、相も変わらない不敵な笑みを浮かべてアオギリへと振り返る。

 機械音は、相変わらず増え続けていた。

 

「悪いな、昔から、死にかけるのには慣れっこなんだよ」

 

 その身体は傷だらけだった。

 至る所で血が滲んでおり、恐らく今この場において最も重症だと言えるだろう。

 常日頃の彼を知るゴールドとクリスタルでさえ、アオギリとの対決以前とのその変貌ぶりに驚きを隠せずにおり、ルビーとサファイアもまた同様に、なり始めた自身の図鑑を手に持ったまま目を見開いている。

 しかし、彼の異常性はそこでは無かった。

 少年、クリアはそんな傷だらけの状態で、恐らくは現在進行形で激痛に見舞われているであろうそんな状態で笑っていたのである。

 正気の沙汰では無い。きっと街でこんな状態でそんな笑みを浮かべていたら即病院行きだ。

 

「だ、大丈夫ですかクリアさん!?」

 

 少し遅れて、フライゴンに乗ったミツルがクリア同様上から現れる。

 

「ん、あぁ、大丈夫だいじょ……」

「ってうわぁ!? 全然大丈夫じゃないじゃないですかぁ!?」

 

 言葉の途中で、まるでギャグ漫画の様に頭から血を噴出して倒れるクリアを慌てて支えるミツル。果たしてどこまで本気なのか、完全にギャグ漫画の構図である。

 

「うんゴメンゴメン。ちょっと張り切り過ぎちまったよ、あまりにも、嬉しかったからさ」

 

 それは素直な感想だった。そしてこの時見せた笑顔もまた、ここ最近で最も柔らかなクリアの笑顔。

 そして十一の機械音が重なった時。物陰に隠れていたジラーチが姿を現して、ピシリ、という何かが壊れる音が響き――、

 

「……やっと、おかえりだ。みんな、そして……」

「……クリア……?」

「……おはよう。イエロー」

 

 ――そして奇跡は起こった。

 

 




今回で、終わる気がしたのですが、気のせいだったみたいです。
そしてイエロー、誕生日おめでとう!


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七十一話『vsガイル 明けない夜の終わり』

 

 

 眩いばかりの光がバトルタワー最上階フロアを埋め尽くした。

 それは幻のポケモン"ジラーチ"が願いを叶える時に放つ光、一人の少年の、否、その他大勢の人々の願いが遂げられた証拠である。

 ポケモン図鑑の共鳴音、十一の音が鳴り響いた。同時に五つの石像に亀裂が走る。

 カントーナナシマで起こった事件、その一つの結末として残ったものは石と化した五人の少年少女達の姿。

 打つ手は無いと思われた。唯一の希望であるジラーチをアオギリが手にした時ももう駄目かと思われた。

 

 しかし奇跡は起こった。彼らはそれを自身達の手で起こしたのだ。

 

「石化が、解けた……願いが、叶った……!」

「やったなエメラルド! 自分って存在についてお前が"悩み"、"考え抜いた"答えを、心にズドンと来る叫びをあげた瞬間、ジラーチの真実の目は見ていたんだぜ。お前のをしっかりとよ!」

 

 まるで他人事の様に彼は呟いた。

 図鑑所有者エメラルド。三人目のホウエン図鑑所有者にして此度の奇跡の功労者は、目の前の奇跡を半信半疑で受け入れた。

 喜びの声が上がる。

 先輩達、そしてかけがえの無い仲間の復活をゴールドとクリスタルは歓喜の声を漏らした。

 初めて会う先輩達との対面に、ルビーとサファイアは笑みを浮かべた。

 ――そして。

 

 

 

「……クリア?」

「……うん。おはよう、イエロー」

 

 そして彼らもお互いの再会に目を見開く。

 少女の首にかかるゴーグル、別れの際少年が少女に預けたゴーグルが妙に懐かしく思えた。

 クリアとイエロー。久方ぶりに地に足をつけた四人目のカントー図鑑所有者と、傷だらけのジョウト図鑑所有者は、お互いに少しの間見つめ合って、

 

「あれ……ク、クリア……? どうしたの、その、えっと……」

 

 妙にしどろもどろなイエローの様子にクリアは疑問符を浮かべる。

 見る見るうちに顔を蒼白へと変えていく黄色のポニーテールの少女、そんな彼女の様子に疑問を感じたクリアだが、彼の疑問は次のイエローの言葉で全て解決される事となる。

 

「ひ、ひどい怪我だよ!」

 

 そこでクリアは理解する。自身の状態を改めて省みる。

 左肩の刺し傷を筆頭に、真新しい傷と血液が全身を装飾する様な今の自身の格好、どう転がっても笑えない、そんな状態。久方ぶりに再会した少女が困惑するのも無理は無い。

 数秒だけ、クリアは全ての脳細胞をフル活用して、今の自身の状態を説明する最適な言い訳について脳内検索にかけた。

 結果。検索件数ゼロ。困った事にどうしようも無い。

 そこでとりあえず、

 

「ハハッ……」

 

 クリアは困った様に曖昧な微笑を浮かべてみて、

 

「わ、笑い事じゃない!」

 

 怒られた。当たり前である、自業自得、普段温厚なイエローらしからぬ鋭い一喝であった。

 なるほど確かに笑えない。クリアの時間が停止する。

 再会した少女の一喝に怯んだから、では無かった。

 眼前の少女の様子の変化から、除々にクリアの顔にも焦りが生まれ始める、彼を支える少年"ミツル"も、あぁやってしまいましたね、とでも言いたげな表情でクリアを責めてくる。

 

「……ぐすっ、なんで、君はいつもいつも、こんなにも傷だらけになって……」

 

 すすり泣く少女の声が耳に届いた瞬間、いよいよもってクリアの表情に焦りの色が見えた。

 しばらく会わない内に完全に忘れていた。その事をクリアは身を持って思い出す。

 目の前の少女はマイペースであって、いつも他人に気を使う。色んな面で、強い時もあれば弱い時もある。

 そして彼女は、芯こそ強いものの、基本は泣き虫な少女でもあった。

 例えば、過去自身のポケモンが進化したというだけで泣き出してしまう程なのだ。クリアという自身の思い人が、見た目今にも倒れそうな程の怪我だった時等は、彼女のそんな反応も当然と言える。

 むしろ今までよく耐えて来たものだ。

 それ程までにクリアという少年は命の危機というものと直面して、そしてその度に彼女に死ぬほど心配させている。

 

「だ、大丈夫! 大丈夫だから! 俺は全然平気だから! だから泣くなよイエロー、な?」 

 

 ミツルの支えを振りほどき、大袈裟に左腕を振って、自身がいかに"大丈夫"かを少女に分からせようとして、

 

「ぐっ……!」

「クリア!?」

 

 そしてすぐさま、クリアは激痛に思わず膝をついた。

 当然である。応急処置はしてあるとは言え剣で刺されているのだ。痛んで当たり前だ。

 うめき声を上げて顔を伏せたクリア、そんな彼を心配する様に涙目のイエローが駆け寄ってくる。

 

「ね、ねぇ本当に大丈夫なの!? しっかりして、クリア!」

 

 そんな少女の心配を少しでも軽減しようとでも思ったのだろうか。

 未だに激痛が走る身体に鞭打って、不意に少女の頬へと手を持っていき、伝う涙を一度拭ってから、そしてクリアは少女の首にかかった自身のゴーグルを外した。

 

「……大丈夫。大丈夫だから、だからあんまし泣かないでくれよ、な?」

 

 その一言は彼の精一杯の強がりだった。

 伏せていた顔を上げて無理矢理に笑顔を作る。傷だらけの笑顔だった。額に浮かぶ汗が隠し切れない彼の痛みを嫌でも感じさせてくる。

 だがそんな状態であっても、クリアは弱々しくも作った笑みを崩さない。

 そしてそれが――少女には逆に痛々しく思えたのだ。

 

「イ、イエロー?」

 

 甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 突然の事にクリアは思わず両手を宙で泳がせる、かかる体重は驚く程軽く、小さな少女の両手が傷だらけの身体をしっかりと抱きしめる。

 すぐ真横、視界の隅で僅かに揺れた黄色のポニーテールを、クリアという少年は唯々呆然と眺めた。

 

「……クリアの……ばか」

 

 もしかすると、初めて聞くかもしれない少女からの侮蔑の言葉。だが不思議な事に、何故かその言葉が心地よいと思えた。

 

「ボクがどれだけ言っても……どうせ、君は、無茶するんだから……」

「……はは、まるで俺が好んで無茶してるみたいな言い方だな」

「だけど……だけどお願い、怪我だけはしないで」

 

 茶化す様に呟いたクリアの耳元で、涙で震える声が聞こえた。まるで守る様に少年の背へ両腕を回す少女は、目尻に涙を浮かべて言う。

 

「……傷ついたあなたの姿を見るのは、ボクは何よりも嫌なんだから……」

「……うん。ごめん、イエロー。どれだけ守れるかは分からないけど、約束。善処するよ」

「……ばか……」

 

 少年を抱く少女の力が僅かに強まる。

 視界に大きく広がる震える小柄な少女の頭を不思議そうに眺めて、そしてクリアは照れた様に顔を赤くして、しかし満更でも無い様子で、少年が少女の腕を拒む事は無かった。

 

 

 

「……えーと、そろそろいいかな二人共?」

 

 声が届いたその瞬間に、二人の少年少女の再会は唐突な幕切れとなった。

 途端に耳の先まで真っ赤に染めたイエローが、押しのける様にクリアを突き飛ばしたのだ。

 グエッ、という小さな悲鳴が聞こえた気がしたが、今はそれ所では無い。

 気づくと彼ら二人のすぐ傍ら、最も近い位置でミツルと呼ばれる少年が、何とも居心地が悪そうな表情で彼らを見ていたのである。

 十中八九、 "一部始終"。

 そしてそこで、イエローはようやく気づく、というか思い出す。

 ――そう言えば、この場には彼女等の他に、十数人もの人間がいたのでは無かったのかと。

 

「……いててっ。な、何が……」

「はぁい。久しぶりねクリア」

 

 一方、鈍く痛む左肩を押えながらも、それでも懸命に上体を起こすクリアの眼前には一人の少女が現れた。

 茶の長髪と整った顔立ちの少女だった。少しの間その少女の様子を観察して、キョトンとした様子でクリアは言う。

 

「……あれ、なんでブルー先輩がここに?」

「……なんでってアンタ……」

「だから言ったんスよブルー先輩。今のクリアにはイエロー先輩しか見えてないって」

 

 面白いものを見つけた、そう言いた気な様な顔をする二人の少年少女の姿があった。

 まずは目の前のブルー、まるで焼き魚を前にする猫の様な瞳を見せている。次にその後ろのゴールド、何がおかしいのか口元に手を置いて、神経を逆撫でする様な含み笑みをしている。

 

「え、あれ? イ、イエロー。これってどういう……」

 

 何故この二人はこんな仕草をしているのか、というか何故ブルーやゴールドがこの場にいるのか。謎が謎しか呼ばない、少なくとも今のクリアにとってはそんな状況。

 その事をイエローに訊ねようと振り返って、そして、真っ赤に蒸気しながら両手を顔に当てているイエローの姿を視界に捉えた瞬間、クリアは全てを悟った。

 そう言えば石化していたのはイエローだけじゃ無かったなぁ、とか。思えば最初に他の四人にも自分は"おかえり"と漏らしていたなぁ、とか。というかそれ以前からゴールドらがこの場にはいたなぁ、とか。大体そんな感じの事である。

 まるで他人事の様に今までの出来事を思い出して、微妙な表情でイエローを宥めるレッドとグリーンを眺めてから、クリアは頬を引きつらせた。

 

 さて、彼は先程まで、火の様に赤く染まったイエローと、一体どんなやり取りをしていたのか。

 

「……あ、あわ……!?」

 

 言葉にならないとはまさにこの事か。気づいた時には時既に遅かった。

 まずは眼前のブルーを見た、意地の悪い笑みを浮かべていた。気分が悪くなりながらも次にその後ろのゴールドを見た、苛立ちを覚える笑みを浮かべていた。

 続け様に光の速さで周囲の様子を観察する。

 シルバーは相変わらずに無関心で、クリスタルは僅かに赤面しつつ此方を凝視し、ミツルは相も変わらない人当たりの良い苦笑い、ルビーは何やら察した様な微笑を浮かべ、サファイアに至っては何故か憧れにも似た眼差しを向けてきている。

 ――そして、アトリエの洞穴で決死の戦闘まで行った仲でもあるエメラルドからは、

 

「……何やってんだよお前。こんな時に……」

 

 まさかの呆れの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……か、かかか観念しろアオギリ! 全ての図鑑所有者が揃った今、テメェの勝ち目なんて一ミリたりとも無い!」

 

 彼のトレードマークとも言えるゴーグルをかけ、流れる様な動きでアオギリを指差し、僅かに火照った顔のままクリアは堂々と宣言した。

 恐らく空気の悪さに居た堪れなくなったのだろう、強引に皆の優先順位をアオギリへと向ける様仕向ける。しかしチクチクと背中に刺さる視線は止まない。

 だが尤も、それも僅か数秒の間だけ、

 

「……まっ、先ずはこっちが先ですね。このままホウエン地方を海に沈めさせる訳にはいきませんから」

「……えーと、ずっと気になってたんだけど、ところでこれってどんな状況なんだ?」

「色んな事を省略して説明すると、とりあえず、ぶっ倒すべき敵が今目の前にいるって事っス。レッド先輩!」

 

 クリアに続き、ルビー、レッド、ゴールドと彼らの視線は遂に一箇所へと注がれた。

 アオギリ、またの名をガイル。"海の魔物"を支配する巨悪。彼ら図鑑所有者達が再会と邂逅に喜ぶその前に、退けるべき敵。

 一方の、先のクリアとイエローの一騒動の間、沈黙を守っていたアオギリは、

 

「驚くべきことだな」

 

 不意に驚愕の声を漏らした。注目を浴びるまで動きを見せなかった事から、余程の驚きがあったのだろう。その声色にも彼の心象が僅かながらも聞き取れる。

 

「だろ。流石に驚いただろウスラトンカチ! 何しろテメェの恐れる図鑑所有者がこんだけ……」

「そんな事では無い!」

 

 挑発する様な言い草のゴールドに、アオギリは怒鳴る様に返して、

 

「図鑑所有者如きがどれだけ集まろうと私の野望を阻めるものでは無い! このバトルタワーの一階から七十階までに大挙ひしめく全てのポケモンが私の支配化なのだぞ!」

 

 彼がそう叫んだ瞬間、扉という扉が一斉に勢い良く開いた。

 プリン、ダーテング、レアコイル、否それだけでは無い。数々の種類のポケモンが、数十にも上る軍勢が津波の様に現れて、

 

「行けもの共! 逆らうものを一掃しろ!」

 

 アオギリに操られたレンタルポケモン。クリアとミツルが無力化したものも確かにいたが、しかし所詮、それは氷山の一角だったらしい。

 バトルフロンティアというバトルの為の施設。その施設に現存する全勢力とも言える軍勢である、当然その戦力は確かに計り知れない。

 アオギリの余裕が消えないのも頷ける。

 ――だが、だからと言って図鑑所有者達の敗北は必死と、果たして本当に言えるのだろうか。

 

「頼んだ、プテ!」

「ポリゴン2!」

「ニドちゃん!」

「ゴ、ゴロすけ!」

「さぁ祭りだ、エーたろう!」

「パラぴょん、お願い!」

「オーダイル!」

「RURU! "ねんりき"!」

「いくったい! ふぁどど!」

「"シャドーパンチ"だ、サマヨール!」

 

 下手な小細工などは無かった。彼ら図鑑所有者達が取った選択肢は一つ、押し寄せる大群に対し真正面からぶつかる事、ただそれだけだった。

 数の優劣では圧倒的に図鑑所有者達が不利、だがその瞳の闘志の炎は消えてはしない。

 そもそも、彼らはどんな時でも諦めずにどんな敵にも立ち向かってきた。そしてその度に壁を乗り越えてきたからこそ、図鑑所有者という大仰な名で呼ばれる存在へとなる事が出来てきたのだ。

 

「フライゴン! "りゅうのいぶき"!」

 

 そして彼もまた、この場において唯一人"図鑑所有者"の称号を持たない少年、ミツルも全力を賭して共に戦う。

 フライゴンの"りゅうのいぶき"が壁となり、槍となって、操られたレンタルポケモン達を退けていく。

 ミツルはポケモン図鑑を一時的にしか預からなかった身、だがそれがどうしたというのだろうか。彼ら図鑑所有者の戦いについて来られる、むしろそれ以上の働きすら望める。

 そんな、ここまで共に戦ってきた彼へ異論を唱える者は、当然誰一人としていなかった。

 

 傍目戦力は拮抗していた。

 持久力の点をつけば流石に図鑑所有者側に難が見られるが、短期決戦を挑むというのなら話は別だ。

 一人一人の実力が相当数に高い。彼らのうちの一人を倒すとしても、それはかなりの至難と言える。

 

「……だが、お前はどうだ、クリア?」

 

 一人、戦闘の中心で立ち尽くしていたクリアへとアオギリは告げて、その瞬間、およそ三体ものレンタルポケモン達が彼へと向かう。

 満身創痍の状態で、クリアは迫り来るポケモン達を凝視する。

 真っ直ぐに立っている事すらままならない、先程のアオギリとのものを始めとした数度の戦闘、そもそもそれ以前に、彼はほとんど睡眠も取らずにこの瞬間を迎えている。

 今のクリアは精神的にも肉体的にも既に限界が近い、更に追い討ちをかけるならば、彼の手持ち達も先のアオギリとの戦闘でほとんど瀕死に近い状態へと陥っていた。

 ――尤も、"ある二体"を除けば、なのだが。

 

「お前は既に歩くのも苦のはずだ! ここで潰れてしまえ!」

 

 アオギリの怨嗟の声が傷だらけのクリアの耳に届き、暴走状態であるレンタルポケモンのオドシシ、ジュゴン、マグマラシの三体が一斉にクリアに飛び掛った。

 刹那。

 クリアの両脇から雷と炎が立ち上り、三体のレンタルポケモン達を即時に弾き飛ばす。

 動揺するアオギリが目に見えて分かって、そして少年は不敵な微笑を浮かべる。

 

「……随分と、フラストレーション溜ってたんだな」

 

 クリアの呟きに応える様に小さな黄と大きな黒が現れる。

 鉄を舐める様な不快感が口内で充満するのを感じながら、それでもクリアは不敵な笑みを深めた。

 ようやくここまで来れたのだ。今までの労力、その全てはこの瞬間、図鑑所有者全員が集まった、今の為に存在する。

 先のアオギリとの戦闘時、"あえて全力を出さなかった"のもまた今の為だった。

 周囲を気にかけず全力でアオギリと争って、まだ石化したままだった五人を巻き添えにしない自信がクリアには無かったのだ。

 だからこそ、彼はゴールドらの作戦に乗り、レヴィ、V、デリバードの三体の手持ちだけで"アオギリを足止めする事"のみに徹していたのである。

 

 だがそれももう終わりだ。最早気にかける事は何も無い。

 ようやくクリアは、残っていた"二体の相棒達"と共に戦う事が出来るのだ。

 

「だけどもう、制限(リミッター)は無しだ、P、エース……!」

 

 小さいながらも闘争心をむき出しにしたピカチュウと、ただ静かに鋭い眼光をアオギリへと向けた色違いのリザードンへとクリアは呼びかけて、

 

「全てを蹴散らせ!」

 

 次の瞬間、Pの"10まんボルト"とエースの"かえんほうしゃ"が同時に放たれた。

 

 

 

「ぬ! ぬぅぅう!」

 

 Pとエースの全力攻撃。アオギリはそれを"瞬の剣"で受け止めて、押し迫る攻撃をどうにか後方へと逸らす事に成功する。

 

「……小癪な真似を」

「相変わらず狡い武器だなソレ」

 

 アオギリとクリアの言葉が交差した。

 

「……ふ。だが私にはまだ、"これ"がある!」

 

 言って、大胆不敵に頬を歪ませたアオギリが剣を天へと掲げた瞬間だった。

 "海の魔物"。カイオーガの形を模したそれが最早何度目かの体当たりをしかけてくる。

 当然、圧倒的な物量、力の差には抗いがたく、クリア含めアオギリ除いた全ての者が魔物にのまれ、彼ら図鑑所有者の体力を着実に奪う。

 

「な、なんだ、あれはッ!?」

「ガイル……アオギリがジラーチの力で手に入れた"力"です。グリーン先輩!」

 

 "海の魔物"がバトルタワーを通過した後、大量の水を被りながらも彼らはすぐに身を起こした。

 グリーンの疑問の言葉にクリスタルがすぐに反応して、襲い掛かるカイリキーとマダツボミの二体を、ポリゴン2とパラセクトで押さえ込む。

 そのすぐ近くでは、不意に小さな音を立てて(リング)が落ちる。

 

「うっそ、こげん早うに……!」

「封じ込めれられてた奥義を取り出した!?」

 

 サファイアとルビーの驚愕の声が重なる。恐らくその場にいた誰よりも早く、シルバーが究極技の修得に成功したからである。

 "動けない間にも意識はあった"。そう呟いてはいたが、しかしそれを差し引いても彼の修得速度は目を見張るものがある。

 またそのすぐ傍ではひくついた表情を見せるゴールドの姿もあった。彼は準備期間の二ヶ月を丸々使っての修得だった為、シルバーには劣るものの、それでもかなりの短時間で究極技を修得したルビーとサファイアに対して立つ瀬が無いのだろう。

 

「で、結局さっきの"海の魔物(アレ)"はどうやって倒すんだ。何か勝算はあるのかゴールド?」

「そもそも、まずは海の潜った奴を引きずり出す必要があるな」

「というか、こんな状況じゃ身動きもとれないわよ!?」

 

 気づくとほぼ全ての者が同じ場所に集まっていた。

 石化から目覚めたばかりの彼らカントー図鑑所有者の三人も、今この場においてはゴールドを頼って行動している。

 

「ゴールドさん! そういう事なら俺に考えがある!」

 

 このまま消耗戦をしていては時間と体力の無駄だ。そう誰もが感じ始めた時、不意にエメラルドがゴールドに何やら耳打ちする。

 現状打開の可能性。エメラルドの提案を聞き入れてゴールドが僅かに首を縦に振った。

 その瞬間、

 

「ちぃっ!」

「ク、クリア!」

「クリアさん!」

 

 彼ら集団の中に新たな一人が加わる。クリアと彼の手持ちの二体、Pとエースである。

 飛び込む様に輪の中に入った彼らの身を案じて、恐らく先の一件から少しの戸惑いを見せつつもイエローが彼の傍に駆け寄る。

 上体を起こしながら、それでいて痛みを物ともしてない様子でアオギリの方を睨むクリアの姿を見て、すぐにそちらを振り向いたミツルの表情もまたクリア同様険しくなる。

 

「知らなかったな。まさか短冊の数だけ願いを叶える事が出来るとは……」

 

 ジラーチの願いを叶える力は短冊の数だけだ。

 言って、アオギリが掴んでいたのは、何を隠そうやはりジラーチだった。

 今現在、ジラーチが叶えた願い事は二つ。そしてジラーチの空白の短冊は後一つ残っている。それはつまり、後一度だけ、どんな願いをも叶える力がジラーチには残っているという事なのである。

 そしてジラーチは元々アオギリのボールで捕獲されたポケモン。野生同様の扱いを続けるアオギリだが、事実上そんな彼でもジラーチのトレーナー。故にジラーチに逃れる術は無い。

 

「野郎! 必ずとっとけと言われた最後の短冊まで!」

 

 再度ジラーチを再度捕縛し、最後の短冊に手をかけ様とするアオギリの姿にゴールドが叫ぶ。

 今回戦いの場となったバトルフロンティア。そもそもこの施設は、当然アオギリとの決戦、ジラーチ覚醒の為に用意されたものでは無く。この場所で今、戦闘が行われているのは全くの偶然である。

 "報酬はジラーチの短冊一枚"。それがエニシダの要求だったのだ。

 オーナーエニシダの夢の結晶にして巨額の資金を注ぎ込まれた施設、それが"バトルフロンティア"。そんな場所を戦いの場として提供したのである、オーナーエニシダの要求も当然と言えば当然とも言える。

 

「サマヨール!」

「カクレオン!」

 

 次の瞬間、レンタルポケモン達の合間を縫って出た二人と二匹がアオギリへと近づいた。

 ミツルとエメラルド。アオギリへと迫る彼ら二人を攻撃しようとレンタルポケモンのサンドパンが二体動くが、二体はすぐにクリアのエースが尻尾で弾き飛ばして、その瞬間にはミツルとエメラルドのポケモン達も技を放つ。

 ――が、自身へと降りかかる火の粉を払うが如く、アオギリが剣でカクレオンの"たたきつける"とサマヨールの"シャドーパンチ"をいとも容易く同時に弾いた。

 

「な、お前……」

「ゴールドさん! アオギリは僕とエメラルドが押えておきます! だから今の内に!」

「わかった! 任せたぜミツル、エメラルド!」

 

 ミツルに応えてゴールドが駆け出した。恐らく先程のエメラルドとの耳打ち、何かしらの策を行使するつもりなのだろう。

 その間の時間稼ぎ、その為に、アオギリという巨悪を前に二人の少年が立つ。

 自己紹介は、先の究極技修業中に済ませてあった。

 ミツルとエメラルド。元々エメラルドが貰うはずだったポケモン図鑑とキモリを一時預かっていたミツル。そして図鑑とジュカインの現所有者でありトレーナーのエメラルド。

 その二人の間には特別険悪なムードは無く、だが打ち解けた様子も未だ存在してはいなかった、が、

 

「さぁ、ジラーチを取り戻そう。エメラルド」

「……足手まといには、ならないでくれよな」

 

 いつの間にか、この土壇場で互いの命運を賭けれる程に彼ら二人は信頼し合っていた。

 

「愚かな奴等だ。何度も何度も、無駄というのが分からないのか!」

 

 ミツルとエメラルドの二人を打ち倒すべく、アオギリは自身のトドゼルガとアメタマ――いや、今、進化したアメモースを繰り出す。

 次の瞬間、トドゼルガとサマヨール、アメモースとカクレオンが激突する。

 自慢の巨体を生かしたトドゼルガの威圧的な"のしかかり"攻撃を前に、エメラルドのサマヨールは怯む事無く突如自身の前に"黒い点の様な穴"を作り出した。

 "ブラックホール"。サマヨールが作り出す真空の空間、全てを吸い込む無の黒点である。

 かわす事無く迎撃される事も無く、まさか吸引されるとは思っていなかったのだろう、急な引力の発生にトドゼルガは体勢を崩した。

 が、しかしその勢いは更に増してサマヨールの危機は続く――かに見えた、その時だった。

 そしてトドゼルガの動きが直角に曲がる。

 無論トドゼルガを吸い込み続けるサマヨールが原因、その原因たるサマヨールが突然移動したから、ミツルのカクレオンが自身の手前へサマヨールを引き寄せたからである。

 カクレオンは自慢の伸縮自在の舌をサマヨールに巻き付けて、自身の方へと引っ張って、そしてそのまま、カクレオンは自身とアメモースの間にサマヨールを移動させ、それに続く様にトドゼルガもそちらへ吸い寄せられていく。

 結果、後は彼らの思惑通り、勢いよく吸い寄せられてきたトドゼルガとアメモースの衝突が起きたのだった。

 

 

「よし、今だ!」

 

 トドゼルガとアメモースを無力化した。その瞬間には既にミツルは行動を起こしていた。

 先の先を読んでの行動、そのバトルセンスはやはり、ホウエン最強の男と噂されるルビーの父親"センリ"の修業の影響か。既にアオギリに向けて突進する自身のノクタスへ向けてミツルは叫ぶ。

 だが敵も負けてはいない。

 迫り来るノクタスへ向けて、アオギリは再び刃を振りかざす。もう何度も彼を危機から救ってきた絶対の盾。伝説の一撃さえ退ける代物。

 そして刃が振るわれて――、

 

「……な、に……?」

 

 翠の一閃が映えた。

 呆然とアオギリが呟いた。何が起きたのか分からない、久しぶりに見せる彼の素顔は素直にそう語っている。

 翠の刃と緑の拳が垂直に振るわれたまま固まっており、少し離れた位置で弾かれた"瞬の剣"が地面に突き刺さっているのが見える。

 "リーフブレード"と"ニードルアーム"。振るわれたのは"翠の刃"で、剣を弾いた"リーフブレード"が下から掬う様に、そして"ニードルアーム"が本来飛ばす針を腕に残したまま振り下ろす形で行われ、結果、ジュカインとノクタスがアオギリの鎧を真っ二つに切り裂いたのである。

 

「……にしても、よく分かったね。俺のジュカインが来てるって」

「そりゃあまぁ、聞きなれた足音が聞こえたから」

 

 言い合って、二人の少年は自然と軽く拳を合わせた。そんな彼ら二人の下に、アオギリから解放されたジラーチが寄って来る。

 過去ジュカインを守ってくれていたミツル、心配の種だったキモリの良きパートナーとなっていたエメラルド。二人の間に絆が生まれた切欠はやはりポケモンの存在だったのだ。

 

 

 

「エメラルド! ミツル! 準備出来たぜ!」

 

 ゴールドの声が聞こえた。どうやら全ての準備が整った様である。

 周囲に集まっていたレンタルポケモン達は全て無力化したらしく、図鑑所有者達とそのパートナーポケモン達がズラリと並んでいる。

 更に下を見ると、水面で小さく動く三つと一つの大きな影があった。ピカ、チュチュ、ピチュの三匹の電気鼠に、クリアとエース、そしてエースに乗ったPだ。

 "相手は意思を持つ海"。言い換えれば生物の様で生物でないもの。故にその"意思を持つ"という点に着目して、生き物に対してするが如く海自体へと電撃の挑発行為を行っていたのである。

 そして、ゴールドの狙いはズバリ的を射ていた。

 堪忍袋の尾が切れたのか、波が高まり、次の瞬間再度"海の魔物"が水面下から出現する。

 

「よし、上手く引きずり出した!」

「撃てるぞ!」

 

 誰かの歓喜の声が聞こえ、そしてミツルとエメラルドが仲間の下へと駆け出そうとした時だった。

 

「させん……絶対させん!」

 

 掠れる様で、それでいて耳に纏わりつく様な悪魔染みた声がエメラルドの耳に届いた。

 ジラーチを取り返され、手持ちを倒され、鎧と剣を失っても尚、アオギリは抗う意思を失っていないらしい。

 そんな彼に付き従い――付き従わされて、再び集まる残っているレンタルポケモンの群れ。

 図鑑所有者達を取り囲む様に現れたレンタルポケモン達、自身の手足となる下僕たちの登場に、再びアオギリは勝利の色を瞳に宿す。

 ――だが、

 

「そんな事をしてももう無駄だぞ」

 

 そんなアオギリの勝利の確信を、エメラルドは真っ向から否定した。

 

「なに!? この軍勢を見て、何故そんな事が言える!?」

「何故って、囲ったからさ。皆で、俺の陣で、このバトルフロンティア全体を!」

 

 そう言ってエメラルドが取り出したのは銃だった。

 だが銃と言ってもただ傷つける為のものでは無い、"Eシューター"と呼ばれるそれは、ポケモンが懐かしいと思うもの"故郷の土"を発射して、ポケモンの心を穏やかにするというもの。

 どんなに暴れているポケモンでも一瞬にして心落ち着かせ、正気に戻す道具でもあり、ポケモンの出身地を見抜くエメラルドだけにしか扱えない彼だけの武器である。

 尤も、今回はバトルフロンティア全体という広範囲の為、土を銃で打ち出す様な事はせず、ラティアス、ラティオス、エニシダ、そしてエメラルドがこのバトルフロンティアで知り合ったカメラマンの青年が"陣"の作成に協力しているのだが。

 ――そしてその弾の効果はまた絶大である。

 "さいはてのことう"、全てのポケモンの大本とも言われる幻のポケモン"ミュウ"がいた島の土ならば、どんなポケモンにでも有効だろうとゴールドは踏んでいたのだ。

 

「まさか、あれだけ暴れていたレンタルポケモンを……!?」

 

 エメラルドが告げた瞬間、周囲を取り囲んでいたレンタルポケモン達全てが、一気に戦意を喪失したのである。

 それを見たアオギリが絶句した。絶望した。動きを失った。その瞬間、誰の合図も無くともその瞬間、彼らの息がぴったりと重なった。

 それにエメラルドが加わって、九人。

 九人の図鑑所有者達。カントー、ジョウト、ホウエン、それぞれ三つの地方の図鑑所有者、そのパートナーポケモン達は"草"、"炎"、"水"の三人一組になり三種の究極技の砲撃体勢をとって、

 

「今、撃つ。一斉に!!」

 

 エメラルドの掛け声と共に、そして彼らは自身等のパートナーポケモン達と共に究極技を放つ――。

 

 

 

三連弾(トリプル)"水の究極技(ハイドロカノン)"!」

三連弾(トリプル)"炎の究極技(ブラストバーン)"!」

三連弾(トリプル)"草の究極技(ハードプラント)"!」

 

 

 

 三色の究極技の砲撃が真っ直ぐと"海の魔物"へと向かい、そして衝突する。

 "海の魔物"を退ける為の方法、それは圧倒的力を持つ"海の魔物"それ以上の力を持って打ち崩す事。そしてそれを行うのが、今なのである。

 九体のポケモン達による三種の三連弾。それはこの世のどんな技よりも高い威力を持っていて、確かに大方の予想通り"海の魔物"に効いてはいる。

 

「……確かに効いてはいる。が、与えるダメージが小さい」

「そんな、全ての力をぶつけとるとに!」

 

 だが足りない――。

 必要なのは火力、後少し、後ほんの少しの純粋な(パワー)

 

「いや、まだ全てじゃねぇ!」

 

 サファイアの悔しげな言葉を受けて、ニヤリと笑ってゴールドは言う。

 

「イエロー先輩! 出番だぜ!」

「え、えぇ!?」

「ええ、ピカとチュチュ、そしてピチュも新たな技を身につけて来ました!」

 

 その言葉に偽りは無い。だが足りない部分もある事をクリスタルは当然分かっていた。

 彼女のすぐ傍では息を整え、気合を入れるイエローの姿がある。これならば足りない分の力を補う事は十分だろう。

 だが、その前に"彼"は一体どこに行ってしまったのだろうか。

 つい先程まで、三匹の電気鼠と共に"海の魔物"の挑発を買って出ていた少年、クリア。"海の魔物"を引きずり出して以降、彼の姿が見えないのである。

 

『それだけあれば十分だろ。大丈夫、まだ力が足りないって時には俺もちゃんとやるから』

 

 そう言ってクリアはこの集合には参加していなかった。実際クリアのエースの"ブラストバーン"が加わってしまうと、均衡を保っている三種三連の究極技の比率が悪くなり、最悪技が自壊してしまうかもしれない。

 それを懸念して、クリスタルらもクリアのこの提案に賛成し、クリアを挑発役として送り出した。

 だが、エースは別としてPだけならば別のはずだ。ピカとチュチュ、ピチュ、そしてPで"四連弾"を行っても技の維持には何の問題も無いはずなのである。

 姿が見えない四人目のジョウト図鑑所有者。その存在がクリスタルの気がかりとなると同時に、遂にイエローの叫びが周囲に響く事となった。

 

電気の究極技(ボルテッカー)!」

 

 海上から鋭い電撃の矢が"海の魔物"へと迫った。十分過ぎる力、見た目だけでもその凄さが分かる程の電撃。

 これで全てが終わる、誰もがそう思った矢先だった――唐突に放り出された"剣"に電撃が炸裂する。

 

「え、なんで!?」

 

 技の命令を出したイエロー自身が一番驚いた風であるが無理も無いだろう。まさか誰かに気に留められる前に素早く動き"瞬の剣"を放り投げ、技を受け止める等と誰が考えるのか。

 そしてそれを考えられるのは、今この場において一人しかいない。

 

「……勝つ、のは、私だぁぁぁ!!」

 

 アオギリが吼えた。ピリピリとした緊張が叫びと共に木霊した。

 

「くっ、ここに来てまだッ……!」

「頑張れイエロー! ピカ、チュチュ、ピチュ!」

「くっ、う、うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 呻く様にルビーが言って、レッドの声援が続く。そしてイエローが雄叫びを上げた。

 まさかこれ程早くアオギリが立ち直るとは、誰もが予想外だったのだろう。

 そして更に言えば、手持ちが尽きたアオギリの事を、もう無害だと誰もが思っていたのかもしれないし、例えアオギリが剣を拾っても近づく様ならミツルが対処できたはずだ。なまじ守る事に長けた者達だったからこそ、彼らは自身らへの敵意が無いアオギリの行動に遅れをとってしまった。

 轟音と共にピカ、チュチュ、ピチュの三匹の"電気の究極技"は"瞬の剣"を捉え続ける。全てを弾く"瞬の剣"、そんな剣に食らい付いているだけ、究極技の凄まじさは子供でも理解出来る、当たれば確実に"海の魔物"を葬れるだろう。

 

「……だが、当たらなければ意味がない!」

 

 下卑た笑みを浮かべて呟かれた言葉に、イエローが顔を歪め、尚も力強く気持ちを鼓舞し、更に電撃の威力を強める。

 

 

 

「あぁそうだ。だから確実に当てる為に、この時を待ったんだ!」

 

 その瞬間だった。声が聞こえた。

 その場にいた人間全てがその方向へと視線を向ける、遥か上部、巨大な"海の魔物"よりも更なる高み、その場所に彼はいたのだ。

 

「ク、クリア……?」

 

 驚きの表情を浮かべたイエローを見下げて、エースの背に跨るクリアは一度微笑を浮かべた。

 

「多分、お前なら、追い詰められてもまだ反撃してくるって思ってた」

 

 空気と共に吐かれたその言葉は恐らくアオギリの耳には届いていない。そして今の言葉が、クリアがここまで技を待った理由でもある。

 クリアがこの上空に留まっていた理由は、今の様な"想定外"を"想定"しての事だったのだ。

 剣と槍をぶつけあった者同士だからこそ分かる相手の思考。

 ここまでしつこくジラーチを狙って、そして捉える事に成功したガイルことアオギリ、そんな彼がポケモン達の力を失ったからと言って諦めるなどとは、クリアは微塵も考えていなかったのである。

 

「だから今、終わらせる!」

 

 そして不意に指を天へと掲げて、トン、とエースの背から身一つで飛び降りて、クリアは腰のボールへと手を伸ばした。

 

「道を作れ! レヴィ、V、デリバード!」

 

 現れたのは三匹のポケモン達。ドククラゲのレヴィとグレイシアのV、デリバード。その誰もが既に瀕死寸前で苦痛に顔を歪ませているが、しかし闘志は消えていない。

 そしてレヴィが放出した大量の"ハイドロポンプ"の水を、Vとデリバードの二匹の"ぜったいれいど"が一瞬にして凍結させていく。

 氷の道。空から伸びた脆くも儚げな透き通った道の上を、全速力でPが駆け出す、Pが通った後の道は粉々に砕け極小の結晶となって消えていく。

 同時にエースの尻尾の炎がより高温のものへと変温していった、氷が崩れるよりも速く駆けるPの身体が電撃を纏っていく、そしてエースの炎が"青"に変わった。

 その瞬間――、

 

「"BB(ブラストバーン)ボルテッカー"!」

 

 その瞬間、甲高い音が同時に鳴り響いた。

 "瞬の剣"、それが遂に"電気の究極技"の攻撃を受け止めきれなくなり破壊され、砕け散った音。

 赤、青、緑の三色の究極技が"海の魔物"の腹目掛けてバトルタワーから発射されていた。"瞬の剣"という障害を打ち砕いた黄色の電撃が海面から昇り、そして最後に、天から落ちる"青炎を纏う稲妻"が"海の魔物"に直撃する。

 ――そして。

 そして上、下、横の三方向から放たれた三つの力が交錯して、凄まじい衝撃波と共に、全てが弾け飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ。疲れた。もう動けない」

「相変わらず、無茶しますね。クリアさんは」

「まぁ、無茶までは許されたからな」

 

 弾けとんだ"海の魔物"の身体、要するに大量の水分が雨の様に降るバトルタワーの最上階にミツルとフライゴン、そして上空で拾われたクリアは着地する。

 自身のポケモン達をボールへと戻して、地に足をつけて、眺めるクリアの眼に最初に映ったのはやはり仲間達の姿だった。

 髪が濡れてワックスがとれたエメラルドの姿に和気藹々としている一同が見えて、集団の中の誰かが此方を指差して笑ってるのが見えた。

 そんな、誰一人として欠いてないそんな光景に、クリアは一瞬安堵しかけて、

 

「……そこにいるな、アオギリ」

「気づいていたか」

 

 不意に足元へと視線を走らせ呟かれた言葉に、ミツルがすぐさま反応するも、

 

「動くな! 動くなよ」

 

 ミツルとフライゴンが悔しげな表情を浮かべる。他の十人の図鑑所有者達も此方の異変に気づいた様だが、迂闊に動けない様子でいた。

 当然である。クリアの喉下には今まさにもその息の根を止めんとするアメモースの姿があったのだから。

 水の溜った小さな窪みの水中から再び姿を見せたアオギリの顔には絶望の色が広がっていた。卑しくも危うい絶望の色、半笑いで僅かに漏れる乾いた声、それでいて笑っていない目。完全に自暴自棄になっている様子だった。

 

「クカカ、おしまい。もうおしまいだ。さっきの衝撃で鎧もどこかへ吹き飛んでしまった」

「……みたいだな」

「私はもうすぐ消える……だから」

 

 瞬間、アオギリから笑みが消える。

 

「だから散々邪魔した貴様だけは道連れにしてやる!」

 

 アオギリの咆哮が響いて、顔を青くする一面の姿が視界の隅に捉えられた。そんな彼の後ろではきっとミツルも同じ表情を浮かべているだろう。

 距離が短すぎる。今更クリアが手持ちのポケモンを出しても間に合わないだろう。

 そっとクリアが目を細めて、ピクリとアメモースの羽が震え、小さな少女の悲鳴が聞こえた。

 

「お断りだ」

 

 クリアは反射的に呟いていた。細めた瞳を大きく開いて眼下のアメモースの姿を見た。

 それと同時に、不意にアメモースの身体が飛ぶ。

 弾かれる様にクリアから離れるアメモースの姿を見て、呆然としたアオギリの姿が分かった、他の者も同様に驚愕の表情を浮かべている。

 だがクリアだけは、そんな中何が起こったのかを理解していた。

 自身の胸の辺りから僅かに顔を覗かせたポケモン、先の出来事はこのポケモンが放った"シャドーボール"が見事にアメモースを捉えての事だったのだ。

 

「やらせはしません」

 

 見覚えのある"ヌケニン"、そのトレーナーがこちらへ向けて歩を進めていた。彼の隣ではホカゲと呼ばれる男も一緒にいる。

 

「……ありがとう。助かったよ、シズクさん」

「……いいえ、当然の事ですよ。リーダー」

 

 シズクと呼ばれたその男は元々はアオギリの部下だった男であり、今現在はチョウジジムのジムトレーナーを務めている男。

 今までどこで何をしていたのか、いつの間にかその場から姿を消していた二人の男の登場で、今度こそ決着はついた様だった。

 "海の魔物"も、ポケモンも、鎧も、剣も、全てを失い身一つのアオギリでも流石にもう抵抗する力など残ってないだろう。

 だがアオギリは、シズクの登場に今までに無い憎悪の色を一瞬浮かべた様だったが、彼はすぐに険しい表情を浮かべて、

 

「何をやっているシズク! 貴様は私の部下だろう! 私の為にここにいる奴らを全員打ちのめして、今すぐ鎧を探して来い!」

 

 それはとても理不尽な要求だった。元はと言えばアオギリが最初にシズクを裏切ったのが始まり、そして今の今までアオギリは全力でシズクを攻撃していた。

 なのにも関わらずこんな事を言い出したのは、きっとアオギリにも手が残っていなかったからだろう。

 

「ふん、何を勝手な事を言ってんだか」

 

 呆れた様にホカゲが呟き、彼は横目でチラリとシズクを見た。

 僅かに震える彼の心中はシズクにしか判らない。一粒の汗がシズクの頬を伝い、振り絞る声で、臨む様な視線をアオギリへと向けて、そしてシズクは口を開く。

 

「承諾、出来ません……」

「何を言ってる!? 総帥(リーダー)である私の命令が聞けないというのか! アクア団幹部SSS(スリーエス)のシズク!!」

「私は、私はチョウジジムトレーナーのシズクです。決して、あなたの部下なんかでは無い……!」

「な……」

 

 明確な否定の言葉にアオギリは絶句した。

 絶句して、自身の周囲を改めて見回す。いくつもの視線、敵意の視線が彼を貫いていた。

 一人だった。今まで数知れなく裏切りを繰り返してきた男は、最後の時、たった一人という孤独感を身を持って味わう。

 

「ククク」

 

 自身の身体から上がり始めた煙に気づき不意に漏れた笑みに、果たしてどんな真意があったのか。

 

「なぁマツブサ、私は……」

 

 そう言葉を残して消えたアオギリに、その答えを聞ける者など誰もいなく、ようやく顔を出した太陽は残酷な程に眩かった。

 

 



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七十二話『vsルカリオ 番外編⑤』

 

 気がつくと暗闇だった。

 バトルタワーでのガイル・ハイダウトことアオギリとの最終決戦。巨大で強大な"海の魔物"や、数多くのレンタルポケモンを操る巨悪を相手に戦った事は覚えている。

 アオギリとの一騎打ち、ジラーチの願いの光、究極技の一斉射撃、そして元凶の最期。

 そこまで思い出して、あぁそうか、と彼は納得する。

 それからの意識がバッサリと消えている、恐らくその直後に意識を失っていたのだろう。

 きっと今までの彼の無理が祟った結果なのだろう、自業自得という奴だ。

 身体はまだ酷く重かった。そして一体どれ程の時間が経ったのだろうか。と。

 

 

 

 ぼんやりとそんな事を考えながら、クリアは目を覚ました。

 

 

 

 半開きの瞳が光を捉える。陽は既に昇っていた。

 とりあえず上体だけ起こしてみた。

 一人用のベッドに寝かされていたらしい。身体のあちこちには包帯が巻かれており、着ていた服もいつの間にか変わっている。

 少しずつ自身の脳が覚醒していくのを自覚しながら、不意にクリアは床に足をつけて立ち上がり、

 

「……そっか。あの後すぐに気絶しちまったのか」

 

 その事を改めて実感し、同時にクリアはある事を思い出す。

 今回の騒動の元凶たる存在、ガイル・ハイダウトと名乗った男、アオギリ。

 肩の刺し傷が僅かに疼くのを感じた。彼の記憶が正しければ、アオギリは確かに彼の目の前で消滅していた。

 消滅、つまりは死。

 憎い敵であった。あったはずなのだが、そんな人物でもいなくなってしまえば何故か感傷的にならざるを得なかった。

 小さな影が脳裏でチラつく。原因は分かる。クリアは一度大きな別れを経験している、恐らくそれが刺す様な痛みを与えてくる原因なのだろうとクリアは考える。

 

(……終わった事で、何をセンチになってんだかね俺は)

 

 自嘲気味に笑ってクリアはすぐに気を取り直す。

 慣れない事とは言え、いつまでも気落ちしていては自分自身のみならず、場の空気まで悪くなってしまう。

 それからクリアは思考をリセットする様に二、三度頭を横に振ってから、

 

「……そだ。俺のポケモン達は……」

 

 思い出す様にがらりとした室内を一人見渡しながら呟いて、

 

「……クリア?」

 

 そしてクリアはかけられた声にピクリと肩を震わせる。

 いつの間にいたのだろうか、気づくと部屋のドアが開け放たれており、その向こうでは小柄な少女がひどく驚いた表情を浮かべている。

 イエロー・デ・トキワグローブ。長めの金髪のポニーテール、それを隠す様に被った麦わら帽子が特徴的な少女。

 ポツリとクリアの名を呼んだ少女は、一瞬呆けた様に静止してから、それから不意に彼目掛けて小走りで駆け寄ってきて、

 

「わっ、と」

 

 少年の驚きの声と、少女が少年へと飛び込んだ際の柔らかな音が重なった。

 少しだけよろめきながらも、それでもクリアはイエローをしっかりと受け止める。

 

「クリア、クリアぁ! 良かった、良かったよぉ、もう目を覚まさないんじゃないかと……」

「……はは。全く、大袈裟だなイエローは……」

 

 少女のそんな言葉に、少年は苦笑いを浮かべながら応える。

 バトルタワーで再会した時も、この小柄な少女はこうやって泣いて、そして今も、彼女は彼なんかの為に涙を流してくれている。

 その様子がを見てクリアは思う。

 自身の為に涙まで流してくれる少女の存在が、何故だか少し喜ばしくて、しかしやはり自身の不甲斐なさが悔しくて、だけどそんな彼女の事が少年にはどうしようも無く愛おしく思えて、

 

(……やっぱり俺、この娘の事……)

 

 いつかの記憶が蘇る。

 暗く苦しかった時期の記憶、動かない少女の前で放った告白。

 今はもう、同じ言葉を言う勇気など無くても、しかし行動で示す事は出来るはずだった。

 心拍数が上昇する。鼓動が少女に聞こえていないか少しだけ不安になる。

 ――そして少年は両腕を少女の背中へ回しかけて、

 

「ちょっとどうしたのよイエロー!? もしかしてクリアが起きて……」

 

 クリアの動きが止まる。

 その瞬間、ブルーと呼ばれる少女の声が聞こえると同時に、小柄な少女に突き飛ばされた少年は勢いよくベッドの上へと倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンねー、私も邪魔するつもりは無かったんだけどねぇー」

「にゃ、にゃに!?……な、何か誤解してますよブルーさん!?」

「あらそう? だけど言葉が安定してないわよ? うふふ、私には、あなたの動揺が手に取る様に分かるわよイエロー!」

「ど、動揺にゃんかしてにゃいです!!」

 

 バトルドームの出入り口付近で二人の少女が言い争う様に歩いていた。

 ブルーとイエロー。二人のカントー図鑑所有者である少女達は、一方は面白おかしそうに笑いながら、対して一方は真っ赤になりながらも必死な抗議をぶつける。

 そんな少女達の様子を眺め一歩引いた所を歩くのは二人の少年。

 シルバーとクリア。二人のジョウト図鑑所有者である少年達は、一方はいつもと変わらない無表情で、対して一方はどこか挙動不審にあちらこちらに目を向けている。

 

「……何を見ている?」

「へ? いや、別に……」

 

 横を歩くシルバーに問われクリアは片言で返した。

 何を見ている、と聞かれても彼は別に何も見ていない、というより"見ない様にしている"、と言った方が正しかった。

 無論、その対象はイエローという少女である。

 つい先程、何やら妙な雰囲気になってしまい、あまつさえその現場を、恐らく彼の知る中で最も見られたくないブルーという少女に見られたのである。正直イエローでは無いが、クリア自身も顔から火が出る程の恥ずかしさを感じていた。

 

「……どうかしましたかブルー先輩」

「んー。うふふ、別になんでもないわよー?」

 

 明らかに、何か意図的な視線をこちらへ向けているブルーと視線が合う。

 警戒する様に一歩身を引いたクリアだが、身を引くクリアに合わせる様にブルーも一歩更に彼に近づく。

 ニヤニヤと、微笑ましげにクリアとイエローを見比べるブルーの様子に、少しだけ苛立った様子でクリアが問いかけても、ブルーは涼しい顔で平然と返してくる。

 クリアはブルーという少女が苦手だった。

 嫌い、という訳では無いのだが、ブルーという少女が"自身の好き勝手に弄ってくる姉の様な存在"だからだろうか、何故かクリアは彼女に苦手意識を感じてしまっているのである。

 

「ところでクリアー?」

「……どしたんスか?」

「結婚式、はいつ挙げるのかしら?」

「ぶふぅっ!?」

 

 肩を突かれ、不用意に耳を貸したクリアも悪いと言えば悪いのか、小声で囁かれたブルーの言葉にクリアは思わず噴出してしまう。

 

「な、ななななな!?」

「あらかわいい反応」

「き、きぇ、けっ!? な、んなもん誰と……!」

「勿論それは……」

 

 再度もう一度、耳元で囁かれた人名にクリアの脳はスクラップと化す。

 クリアの頭から僅かに蒸気が立ち上る。横目で一瞬だけ、ブルーが告げた少女の方をチラリと見て、そしてすぐにブルーの方へと視線を戻してから、

 

「ど、どどどーして俺がイエローと!?」

「え、だってアンタこの間言ってたじゃない?」

「言ってた? 一体何を!?」

 

 キョトンとした様子で聞き返してきたブルーにまくし立てる様にクリアは言った。

 それから数秒、彼女は何やら考え込んでから、やがて何やら納得した様に両手をついてから、

 

「シルバー、ちょっとこっち来て」

「? なんだい姉さん?」

 

 シルバーを手招いて何やら耳打ちするブルー。その様子を訝しげな様子でクリアは眺め、一人状況の変化についていけてないイエローは不思議そうに二人を見る。

 それからすぐに、ブルーは微笑を浮かべたままシルバーから離れ、一方のシルバーはというと、何やらため息交じりにクリアの方へ歩み寄ってきたかと思うと、

 

「俺は誰にも言わずに消えるつもりだったんだけど」

「……え?」

 

 突然何やら口走り始めるシルバー。

 一体ブルーに何を吹き込まれたのかと、困惑気味にクリアが勘ぐる様な視線を彼女に送ると、ブルーはブルーで意味深な笑みを浮かべるばかりである。

 イエローはイエローで状況を把握できてないままだ。訳が分からずシルバーの言葉を聞くクリアだったが、不意に脳裏に不気味な引っかかりがある事に気づいた。

 

「だけど君には言っておこうと思ったんだ」

 

 不可解な、それでいて背筋が凍る様なデジャブを感じた。

 はて、今シルバーが言っている言葉に、何故かクリアは聞き覚えがあった。

 嫌な予感が冷や汗となって現れる。

 そう、それは確かクリアが今よりも冷静じゃなかった頃の話、確か月明かりが綺麗な夜の出来事である。

 確かクリアは罪悪感に苛まれながらも、それでも平静を装いつつ、動かなかった少女ら五人の前である告白をしていたはずだ。

 

「何故なら」

 

 瞬間だった、当時の出来事がクリアの脳裏に蘇る。途端に危険信号が彼の頭の中で木霊する。

 

「俺は君の事が……」

「わ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 小柄な少女の名前の"イ"、の部分をシルバーが発音した瞬間、彼の言葉はクリアの絶叫によってかき消される。

 何事かと周囲の人間達が彼らへと目を向けるが、しかし今のクリアにとってそんな事は些細な問題である。

 かつてない程の焦りと羞恥を孕んだ顔で、クリアは掴みかかる様にブルーへと迫って、

 

「な……んな! なぬぁ!?」

「おほほ、ゴメンねクリア……」

 

 疑問やら、抗議やら、その他全ての何もかもが彼の頭の中でミックスされ、とうとう処理能力のキャパシティがオーバーした様である。

 何を声に発していいか分からず、言葉にもなれない何かをひたすら発しようとするクリアに、青い少女は小悪魔の様な微笑を浮かべて、

 

「あの夜のあなたの言葉、私"全部"聞いちゃった」

 

 ブルーの言葉を耳に入れた瞬間、クリアは一瞬静止して、しかし今度はシルバーの方を振り向くが、

 

「悪いが俺もだ。あの時、あの五人の中で俺と姉さんだけは意識があった」

 

 開いた口から新鮮な空気が入る。出る事は無い。クリアの意識もどこか遠い所に飛びそうである。

 "あの夜"、とはつまりクリアが一時姿を消す前の夜の事だ。

 あの時のクリアは冷静な判断が出来ていなかったと言っても過言では無い、それに加え相手は動かない石像、まさかそんな状態で意識があるなどとは思える人の方が少ないはずだ。

 そしてクリアは残念ながら多数派に属してしまっていた。

 まるで溜めてたものを吐き出す様に、クリアは言っていた。言ってしまっていた。今現在彼のすぐ後ろで疑問符を浮かべる黄色の少女へと自身の想いを告白していた。

 

「俺は君の事が、イエローの事が大好きだから……だなんて、きゃ!」

 

 自分で言って自分で照れてる少女がいた。恥ずかしがるのは勝手だが、それを言った本人に耳打ちするのは止めて頂きたい。とクリアは切に思った。

 最悪、別段興味無さ気なシルバーにバレた事は良いとしよう――いや良くは無い、良くは無いのだが、それでもこの事実を知る者が余計な事を喋らなさそうなシルバーだけならば、クリアにとってはそこまでの痛手にはならない。

 ならないのだが――、

 

「あぁそうそう。この話、"勿論"イエロー以外の"全員"が知ってるから」

「お、俺の寝てる間になんてことしてくれてんだよ貴女様はぁぁぁ!!」

 

 だがそこにブルーという少女が加わってくると話は変わる。

 クリアの悲痛な叫びが聞こえたが、もはや通行人は気にも止めて無い様子である。恐らくもうただの挙動不審な少年としか認識されなくなったのだろう。

 ブルーの告げた"全員"、とは恐らく"図鑑所有者"の事を指すのだろう。共にアオギリと戦ったミツルも怪しいところである。

 当の本人のイエローに伝わっていないという点が唯一の救いか。だがそれでも、クリアという少年の大きすぎる羞恥心が消える事は無いのだが。

 

「というか何で意識あんだよブルー先輩もシルバーも! なんであんな状態で外の言葉が聞こえてんだよぉ!?」

「なんでって言われても、聞こえてたんだから仕方ないじゃない。ねぇ、実は純情派(ピュア)なクリアくん?」

 

 口とは災いの元である。今彼はその事を身を持って自覚した。

 ただもう呆然とするしか無いクリアの頬を、心底楽しそうに茶化しながら突くブルー、それを見守るどこか嫉妬の気が感じられるシルバーとイエローの二人。

 今すぐにでも逃げ出したい気持ちで一杯になるのをクリアは感じた。だがそれはしない、というか出来なかった。

 今クリアのポケモン達、つまる所の逃走補助要員に当たるデリバードやエースを含めた全ての手持ち達は、バトルフロンティアに預けられている。

 厳しい戦闘の連続だったのだ。クリア同様、いやそれ以上の疲労が見受けられた為、彼のポケモン達はバトルフロンティア側で回復させて貰っていたのである。

 しかし、それはつまり、今クリアの手元に彼の手持ち達はいないという事にもなる。

 イコール、逃げたくても逃げられない。選択肢なんて今のクリアには存在しない。

 

「あ、あのうブルー、さん? さっきから一体何の話を……」

「ん、聞きたい? 聞きたいのかしらイエロー? いいわ、しょうがないわね! あのね! クリアがね!」

「すいませんもう本当勘弁してくださいブルー様!」

 

 子供の様な燦々とした目でイエローに語りかけるブルーの姿、だが残念ながらそんな彼女の姿も今のクリアの瞳には、さしずめ悪魔のそれにしか映っていない。

 嬉々として他人の嬉し恥ずかし話を語ろうとしているのである。クリアで無くてもこの慌てぶりは仕方はないだろう。

 

「何よクリア。せっかく私がアンタの代わりにイエローに……」

「その親切、余計なお世話にしかなってません! というか本当に止めてくださいよ……」

 

 半泣きで食いかかるクリアだが、しかしブルーはそんな彼の様子をむしろ楽しげな表情で眺め笑う。

 完全にあしらわれていた。まるで苛められっ子の様な彼の姿を見て、この少年がつい先日まで"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"を名乗っていたなどと、果たして誰が思うだろうか。

 あまりにも情け無いクリアの姿に思わずため息を漏らすシルバー。だがそんなシルバーのすぐ横で、

 

「もしかして……もしかしてクリアって……」

 

 小さな疑惑と嫉妬心を抱えた黄色で小柄な少女がいた事に、クリアは遂に気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホウエン図鑑所有者であるエメラルド。彼はこのバトルフロンティアには、二つの目的を達成する為に訪れていた。

 一つはジラーチ捕獲の任務、色々あったが、"石化した五人の図鑑所有者を元に戻す"という彼ら図鑑所有者達本来の願いを成就出来た今となっては、結果的に彼はこの任務を達成できたと言えるだろう。

 だがしかしエメラルドは、未だ目的の内の一つを達成できてはいない。

 "バトルフロンティア制覇"、七日という期限で彼が挑んできた趣味百パーセントの挑戦、だが残した貯金は一日のみ、そしてエメラルドはこの六日間で五つあるバトル施設の内、現在四つの施設を制覇していた。

 つまり後一つ、"バトルドーム"での優勝さえ勝ち取れれば、エメラルドはこのバトルフロンティアを七日で単身制覇した事に繋がるのである。

 だがそこである問題が浮上した。"バトルドーム"はトーナメント方式の施設、複数人のトレーナーの存在が必要となり、またフロンティアブレーンのヒースも怪我で負傷した状態でもあったのだ。

 一瞬、その時エメラルドの脳裏で最悪の事態が過ぎったのだが、

 

『じゃあいっそ、全員(みんな)でトーナメントでもすっか』

 

 不意に放たれたレッドの一言、それで全てが決定したのである。

 十人の図鑑所有者全員によるバトルトーナメント。尤も、本来ならばクリアも十一人目の図鑑所有者なのだが、今回ばかりは怪我の都合で不参加だ。

 高名な研究者に選ばれた十人のトレーナー達によるトーナメント、加えてエニシダがジラーチに願った『出来れば初日から十万人くらいのお客様が来ます様に』という願いの効果も上乗せされて、七月七日のバトルフロンティアの来場者数は過去例を見ない程の数を記録していたのである。

 

 そしてここは、バトルドームの試合会場。多くの観客が押し寄せ、むせる様な熱気に包まれた場所。

 そんな場所、その選手席で、一人の少年は二人の少年少女に挟まれ、ひどく疲れた顔を見せていた。

 

「ねーねークリア先輩! イエロー先輩に告白したってホント!? どんな告白ばしたと!?」

「……」

「黙ってたってこっちは全部知ってんだぜクリアよぉ、えーと、確か"気づけば好きになってたー"とか、だっけか?」

「……はぁ、石になりたい」

 

 サファイアとゴールドの二人に挟まれたクリアは、ポツリと割りと真面目な願いを吐露するが、当然そんな願いが叶うはずは無い。

 ドーム内で平行して繰り広げられている二つのバトル。エメラルドとイエロー、グリーンとルビーのバトルを無気力そうに眺めながら、クリアは懸命に横の二人の言葉をシャットアウトする。

 選手では無いが特別に選手席に座る事が許可されて、その話に乗ったのがそもそもの間違いか。気づけばクリアは別の図鑑所有者達からの絶好のターゲットとなっていたのである。

 主に弄られ役という役割損。同じく選手席に座る出場者では無いミツルとどう違いがあるのか、それはクリア自身が十分に理解している。

 

「でもクリア先輩って実は結構可愛いお人やったとねぇ、イエロー先輩の話じゃ頼れる人って感じやったし、エメラルドの話じゃ怖そうな人ってイメージで」

「無い無いそれは無いぜ野生児ギャル。こいつはまぁ場合によっちゃあ頼りになるが、怖くなんて全然ねーよ! つーか可愛くもねぇ!」

「うーん、私的には結構可愛いわよクリアは。何だかシルバー見てるみたいで」

「それは少し心外だよ姉さん」

「皆も皆だけど、あなたも結構ひどい事言うわね、シルバー……」

「……クリアさんの仲間内での扱いって」

「ま、こんな感じだよな。クリアって」

 

 何もかもを諦めさせてくる最後のレッドの呟きに、クリアは青い顔を更に青くして気を紛らわせる様に会場の観客席を見渡してみる。

 元からバトルフロンティアにいたホカゲとシズクを始め、育て屋の老夫婦やコガネラジオのクルミやディレクター、果てはキワミやカンナまで、様々な知人の顔が観客席で点々としていた。よく見ればイエローの叔父のヒデノリが必死にビデオカメラを回してる様子も見える。

 その中の何人か、ウツギ博士やマサキが此方を見て何かを言ってる様子も伺えた。

 恐らくは今まで行方不明だったクリアが、怪我だらけの状態で選手席にいるのが気になったのだろう。とりあえず安心させる為に苦笑いで手を振っておく事にする。

 

「どこに手を振ってんだよクリ……って、お、クルミちゃんじゃねーか! おーいクルミちゃーん!」

「何だって? おいクリア、浮気は感心しねぇぞ?」

「そうったいクリア先輩! イエロー先輩が可哀想かよ!」

 

 レッドとサファイアは果たしてどこまで本気なのか、もはや突っ込む気も消え失せてクリアは思わず両手で顔を覆った。

 

「あ、パパ、ママ……ふふ、パパとママが見てくれてるなら、恥ずかしいとこなんて見せられないわね……!」

「あれが姉さんの両親……」

「う、なんか寒気が……」

 

 一方先から嫌という程クリアに絡んでいたブルーはブルーで、自身の両親の姿を発見すると、クリアへの興味をすぐに無くして何やら謎の戦闘意欲を燃やし始める。

 そのすぐ横ではシルバーがブルーの両親を呆然と眺めて、クリスタルがぶるりと肩を震わせる。

 何という混沌とした空間だろうか。今に至っても尚サファイアとレッドからの執拗な程の質問攻めがクリアを襲っている。

 

(……限界だ。逃げるか)

 

 とうとう心中そう決心したその時だった。偶然にも試合終了のタイミングが彼の決心と重なったのだ。

 ゴールドとサファイア、ブルーとクリスタルが同時に立つ。試合を終えて少し疲れた様子のエメラルドとイエロー、グリーンとルビーの四人が選手席へと戻ってくる。

 その一瞬、クリアもまたその瞬間に席から立ち上がった。

 数秒の混乱に乗じて、戻って来た四人の健闘を讃える他の者達に混じって、そしてクリアはその場から姿を消す。

 ひとまず落ち着きたかったのだ。混乱した頭を冷ましたかったのだ。いつの間にか消えた少年の姿に彼らが気づくまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

「あれは……ッ!」

 

 そして観客席でただ一人、立ち去る少年の姿を見かけた帽子の男は、途端に表情を変えて身を翻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……レ、レッドさん! す、少し相談があるんですけど……!」

 

 クリアが消えた選手席で、不意にイエローがそう告げた。

 見るとその顔には焦りと羞恥の色が混ざり合って存在し、大きな瞳は僅かに潤んで見える。

 そんな少女の様子に、並々ならぬ事情を察したレッドは一度だけ喉を鳴らして、

 

「ど、どうしたんだイエロー? まさかクリアの事か?」

「っ……は、はい……」

 

 ビンゴである。思えば再会してからイエローという少女はすぐにクリアに抱きついたりして、今までに無い位に露骨に自身の感情を表に出している。

 相談、そしてその内容はクリアの事――導き出される答えは――。

 何故かレッドは苦笑を浮かべていた。彼にとっては妹の様な存在のイエロー、そんな彼女がいつの間にか人並みに"恋"というものをする様になったのである。喜ばしい様で、なんだか寂しさに似た感情も生まれる。

 それもこれも、ブルーが仕掛けた二人きりのホウエン旅行に行ってから、恐らく旅行(これ)が最大の要因なのだろう。ブルーのお節介もたまには役に立つと言える。

 

「あ、あの、ボ、ボク……」

 

 ドギマギとした様子のイエローを内心応援しつつ、レッドは少女の次の言葉を待って――、

 

「ボク……クリアってブルーさんの事が好きな気がするんですけど、レッドさんはどう思いますか!?」

 

 そして彼は盛大に椅子から転げ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドーム会場内でそんなやり取りがあったとは露知らず、クリアはため息混じりにドーム周辺を適当に歩いていた。

 精神が持たないと飛び出して来たはいいものの、それならそれでやる事が無い。

 適当に散策してみるも、だがやはり暇は潰れない。今現在バトルドームで図鑑所有者対抗トーナメントが開催されているお陰で、人通りも少なく、彼の周囲に至っては人っ子一人いやしなかった。

 

(もういっその事手持ちポケモン達(あいつら)引き取って帰るか……いや、それより先に寄る所があるな……)

 

 何とも無責任かつ薄情な思考をしてから、クリアは不意に進路を変えた。

 その時だった。

 突然、彼の足元がトマトの様に弾ける。

 

「なっ!?」

 

 驚きの声と共に受身をとりつつ地面を転がって、すぐにクリアは顔を上げる。

 

「とうとう見つけた。もう逃がしはしないぞ"カラレス"!」

「……カラレス……?」

 

 青い帽子の青年だった。その傍らでは先程の爆発の原因と思われるポケモンが佇んでいる。

 ポケモン、ルカリオ。クリアの知識が正しければ、そのポケモンはカントー、ジョウト、ホウエンの三つの地方では滅多にお目にかかれない、シンオウ地方のポケモンのはずだ。

 

「ふ、惚けるつもりか? だが私には通用しない、お前の"波導"が全てを物語っているからな」

「は、"波導"、だと……くっ!」

 

 突然の事に対処が間に合わず、また相手も事を穏便に済ませてはくれないらしい。

 謎の青年のルカリオが繰り出してくる拳、蹴り、それら全てが"まるでクリアがどう動くのか"を予め察知しているが如く、的確に放たれてくるのである。

 それをクリアはどうにか急所への直撃を避けながら、懸命に身体を捻り無様に地面を転がって避ける。

 

「ま、待て! アンタ何か勘違いしてるぞ! というかそもそもアンタ誰だよ、なんだよ"カラレス"って!」

「誰だと? 忘れたのかこの私を、"こうてつ島のゲン"を!」

 

 話がかみ合わないのをクリアは感じた。彼は"ゲン"と名乗った目の前の青年の事は記憶に引っかかる程度、つまりはレッドやアカネの様にゲーム内での登場人物、という認識でしか知らず、当然当の本人と直接会ったのは今日が初めてである。

 にも関わらず、目の前のゲンはまるで親の仇の如く攻撃を放ってくるのだ。クリアとしてもまずは誤解を解くべく、一度ゲンの猛攻を止めたい所である、のだが、

 

「どうしたカラレス、何故ポケモンを出して応戦しない!?」

 

 ゲンのそんな言葉にクリアは思わず歯噛みする。出来たくても出来ないのだ。今クリアの手持ちは全てバトルフロンティア側へ預けてしまっている。

 

「……ッ、何度も何度も、何だよその"カラレス"ってのは!?」

「何を言っている、お前が自分で名乗ったんじゃないか、あの夜こうてつ島で……お前がリオルの卵を盗み出したあの時に!」

「……そうかい、だったら悪いな、人違いだ出直し……なっ!?」

 

 クリアが言葉を放った直後だった、今までの疲労が重なった結果なのだろう、力が入らなくなった右足がガクンと落ちる。

 その時、一瞬の隙がクリアに生まれ、無論ゲンもその好機を逃さない。

 コンマ秒の動きでクリアの懐にゲンのルカリオが入り込んですぐに、

 

「"はどうだん"」

 

 先程クリアの足元を弾いたものと同じ技、その技が今度は彼目掛けて、クリアへと襲い掛かった。

 ボール状のエネルギー弾の直撃に、全身が軋む感覚がクリアを襲った。パチパチと眼前で火花が散る、そして彼はそのまま真後ろへと吹き飛んで、

 

「へ?」

 

 硬い地面に落ちる衝撃も、転がる感覚も一向に訪れず、クリアは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 そしてそんな彼の前に現れる人物、よくよく見ればクリアを支える物体、ポケモンにも彼は見覚えがあった。

 

「……そちらの庭で勝手をして申し訳ないが、しかし邪魔はしないでもらおうか。ブレーンの長よ」

「ふ、生身の怪我人に対する攻撃とは余り感心出来ないな、こうてつ島のゲン殿」

 

 この場面での彼女らの登場から察するに、偶然通りかかったのだろうか。

 フロンティアブレーン、その頂点"リラ"とパートナー"ライコウ"は静かな闘志を燃やしてゲンを見た。

 

「リラ、さん……それにライコウも」

「大丈夫かいチョウジのジムリーダー? ライコウの様子がおかしかったから出てきてみれば、君が襲われてる場面に出くわして少し吃驚したよ」

 

 リラの言葉を聞いてクリアはようやく納得し、そして彼を支えるライコウを見た。

 "仮面の男"として行動してる時にも一度は対峙した伝説のポケモン、その時はもうクリアの事など忘れているものとばかり思っていたが、どうやら彼らは今だクリアの事を覚えていたらしい。

 語りかけてくるライコウの"心の声"、多少の説教が混じったクリアだけに聞こえる声に少しだけ耳を傾けて、

 

「……あぁ、悪かったよライコウ。もう二度とあんな事はしないさ」

「どうやら、ライコウと意思の疎通が出来るというのは本当らしいね」

「はい、ま、俺もこいつらと"同類"ですからね」

 

 クリアはリラに一度頷いて、再度自身の足で立ち上がる。

 クリアとライコウ、遠くジョウトの地のスイクン、エンテイと共に伝説のホウオウの炎によって蘇ったもの同士、故に彼らは意思の疎通が出来る。

 そこに割り込む事が出来るとすれば、イエローや四天王のワタルの様な"トキワの森の力"を持つ者だけだろう。

 

「……ちょっと待ってくれ、チョウジのジムリーダー? と、言えば確か……」

「クリア」

 

 見る見る内に焦りの色が表情に現れ始めたゲンの様子に、彼はホッと胸を一撫でしてから告げる。

 

「俺はクリア。これでも一応、ジョウトでジムリーダーやってる者だよ」

 

 

 

 

「すまなかった!」

「い、いいえいいんですよ別に! 誤解は解けた事だし、それに怪我には慣れてますから!」

 

 リラを仲介に挟んでようやくまともに対話して、それでどうにかクリアはゲンの誤解を解く事が出来た。

 頭を深々と下げたゲンの姿に、謝られてるはずのクリアの方が妙におどおどとしている。

 

「いや本当にすまない。まさか手負いの者、それも丸腰の者を攻撃するなど……」

「いやもう本当に謝らないでくださいゲンさん、そんな事よりさっきの話、"カラレス"の話ですよ!」

 

 見た目年上のゲンに頭を下げられる事に抵抗が感じられるのだろう、慌てふためきながらも無理矢理に話題を変える様クリアは努める。

 リラの仲裁で事なきを得たゲンの襲撃。その後彼らはゲンの口から事の発端となる事件を聞いた。

 それが"こうてつ島"での卵の強奪事件。今から数ヶ月前のある日、ゲンの下から一個の卵が盗まれたらしいのだ。

 そしてそれを盗んだのが"カラレス"と名乗った人物、彼はゲンの下からリオルの卵を盗み出すと、追撃を逃れてそのまま夜闇に姿を消してしまったらしい。

 それだけでも割かし重要な案件なのだが、クリアが気になったのは次の事項だった。

 そもそも何故、ゲンがクリアを"カラレス"とほぼ断定して襲ってきたのか。

 

「……本当に、俺と"カラレス"の"波導"が同じだったんですか?」

「……正確には違ったのだが、しかし一目見ただけでは分からない程、非常によく似た"波導"だった」

 

 そう、それがゲンがクリアを襲ったそもそもの原因だった。

 "波導"、それは人やポケモン、もの等森羅万象全てが持つ固有の気の様なものであり、また波導を扱う者の事を"波導使い"とも呼ぶ。

 ゲンが言うには、クリアと"カラレス"という者の"波導"が偶然にも非常に似通っていたらしいのである。

 それは手を翳して、じっくりと調べてみないと分からない程に、ゲン曰く、そこまで似通った"波導"を持つ者は世界に二人といないらしい。

 

「それで、その"カラレス"という者について他に分かってる事は?」

「……すまない。まだ私も何も掴んでいない、奴程の"邪悪な波導"の持ち主が、まさか卵を孵してそれで終わりとは考えにくい」

 

 リラの問いにゲンが答え、話はそこで行き詰った。"カラレス"という謎の悪人、その存在がクリアの心の中で僅かなざわめきを起こす。

 理由は分からなかった。しかし他人の気がしない、そんな薄気味の悪い嫌な感じ。

 無論、そんな根拠も無い自身の感想を言った所でどうにかなる訳でも無く、ただ場が混乱するだけなので、そんな思いをクリアは自身の中にだけで留めておく。

 

「……わかった。もしも"カラレス"の事について何か分かったら、此方から連絡を入れよう」

「あぁ、悪いが、よろしく頼む」

 

 そうこうしてる内に、リラとゲンの方はどうやら話が片付いたらしい。

 一先ずはお開き、ただし情報は入り次第共有、それで手が打たれた様だった。

 

「では私はこれで。だがその前にチョウジのリーダー、最後にもう一度礼を言わせて貰う。償いという訳では無いが、もしも今後何か助けが欲しい時は言って欲しい。私で良ければ力になろう」

 

 最後に、去り際にまた一言謝罪の言葉を告げて、そうしてゲンは去っていった。去った方向は船着場では無かったので、恐らくまたバトルフロンティア見学に足を運んでいるのだろう。

 少しの間だけ共に見送って、そして不意にクリアはリラの方へと向く。

 同時にリラもクリアへと向き直った所だった、どうやらあちらもクリアに何か話があるらしいが、だがクリアはまず自身から行動する事にした。

 

「すいませんでした」

 

 先のゲンの真似、という訳では無いが、それでもクリアは頭を下げた。

 当然、彼が"仮面の男"として活動していた時期の事についてである。曲がりなりにもクリアは目的の為、"仮面の男"として彼らに刃を向け、あまつさえエニシダを拉致しているのだ。

 謝って済む話では無いのだが、それでもまずは頭を下げる事が大事だろうと、それは彼なりに考えての行動だった。

 

「そうか。君の用事もその事だったのか……」

 

 どうやらリラもクリアと同じ理由で彼に向き直ったらしい。尤も理由は同じでも、彼らの内で最も違う点は、加害者であるか、被害者であるかという点か。

 

「その事について、エニシダオーナーから言伝を預かってきた。君を……」

 

 淡々とした事務的な口調が聞こえ、クリアは頭を下げたままリラの言葉を受け入れる。

 拒否権なんて元から存在していない。与えられた罰を彼は必ず遂行するだろう。

 そして数分が経ってから、次にクリアが頭を上げた時、そこには既にリラとライコウの姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルドームのすぐ近く、割かし人気の少ない場所を選んで、彼らはそこにいた。

 レッド、ブルー、イエローの三人の少年少女達、集まった理由は無論、先程のイエローの発言だ。

 ドームの方からは更に沸き立つ歓声が聞こえて来る、トーナメントの二回戦が白熱しているのだろう。

 

「……え、だったら本当に……?」

「えぇ本当よ、だから私はクリアの事を弟みたいに思っても、好きになるだなんて絶対にありえないわ」

「そういう事だよイエロー、ブルーはクリアの事なんて何とも思ってないし、クリアだってブルーの事をそんな風には見ていないさ」

「あら、どうしてそういい切れるのレッド?」

「そりゃあだって、クリア(あいつ)ブルーを見る度にビクッってなってるからな」

 

 常日頃のクリアという少年の様子を思い出してレッドは笑う。ブルーもそんなレッドの言葉に、呆れながらも苦笑する。

 

「だからイエロー、お前が気にかける事なんて何も無いんだから」

「あなたはいつでもクリアの傍にいていいのよ。好きなんでしょ、クリアの事」

「……はい」

 

 返された素直な返事に、思わず二人は目を丸くした。二人共、いつもの様にイエローが慌てふためく姿を想像していたのだろう。

 そしてそんな二人の少年少女の予想とは裏腹にイエローは、

 

「はい、好きです。ボクはクリアの事が……あ、だけどその! ま、まだ告白とか、そんな勇気は無いですけど!」

 

 はっきりとした口調で告げた自身の気持ち。だがそれもまだ本人の前で言う勇気は無いらしく、いつも通りにわたわたとし出すイエローの様子に、レッドとブルーの二人から自然と笑みが零れる。

 柔らかな風が吹いていた。

 嵐の後の祭り、それから彼らはすぐにバトルドームへと駆けて行く。恐らくレッドとブルーの出番が回って来たのだろう。

 後に残るのは初夏の風と、木々と草と、そして――。

 

 

 

 そして人通りの少ないそんな場所で、少年は隠れる様に木にもたれ掛かったまま立ち尽くしていた。

 ドームに戻る途中、偶然見つけた三人の少年少女、そして盗み聞ぎする形で聞いてしまった少女の本心。

 

「はぁ、"別れの言葉"でも考えようと思ってたこんな時に……畜生」

 

 赤く染まった顔を下げて、クリアは一人木陰で佇んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつかの時代、どこかの場所。一つ分かる事と言えば、それはバトルフロンティアで起こったガイル事件の後という事である。

 

「……ご苦労だったね。二人共、下がっていいよ」

 

 シャムとカーツの了承の言葉を聞いて、キクコは一人微笑を浮かべる。

 上手くいけば"ジラーチの力"をタダ同然で手に入れようと画策していたが、どうやらそれ程都合よく事は運ばないらしい。

 アオギリと"瞬の剣"は消滅し、彼女の下に残ったのは"永の鎧"だけとなった。

 

「だがまぁ、良しとするかね。派手に動けば動くほど、存在感ってもんは出ちまうもんさね」

 

 彼女は今出来る限り身を隠して行動している。一度派手に目立ってしまった為、その行動はより慎重にならざるを得ない。

 故に彼女は優先事項を明確に決めて、そしてシャムとカーツの二人をバトルフロンティアに送り込んだのである。

 後先考えずに全てを賭けて全力で"ジラーチ"に手を伸ばすか、今は身を潜めて最低限の事だけに集中するか。それはただ、彼女が選んだ選択肢が後者だったというだけの話である。

 彼女、キクコがシャムとカーツの二人に密かに命じていた事、それが"剣と鎧の回収"であった。

 確かに"ジラーチ"は惜しい存在だったが、それでも強い効力を持った貴重な道具の回収に半ば成功、剣の方は叶わなかったが、だが鎧が戻って来ただけでも朗報と言えよう。

 それも壊れていてすぐには使えないが、だが直せない事も無い。時間はまだまだたっぷりとあるのだ。

 

「フェフェフェ……さて結局、あ奴はこ奴が死んだと思いながら消えていったのかね?」

 

 そして、培養液の様なものに浸かった赤髪の人物を眺めてキクコは静かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 五月五日。七月に起こったガイル事件から、年が変わる程のかなりの時間が経過した。

 その日のバトルフロンティアは本日も大盛況、七月七日程じゃないにしろ、しかしペースを乱さず、一定以上の集客が確約されている点は流石という所だろう。

 そんな場所に、彼らは続々と集まっていた。

 七月七日にあったトーナメントの主役達、"図鑑所有者"と呼ばれる少年少女達だ。勿論、彼ら以外にも幾人もの人物達が、和気藹々とした雰囲気で船から降りて来る彼らの目的はただ一つ。

 ――ある少年の誕生を祝う事。

 

 その少年は騒動の後も、迷惑をかけた事に対する贖罪としてバトルフロンティアに残っていた。別れの際に、少年が妙にしおらしくなっていたのを覚えている。

 ジムは未だしばらくジムトレーナーの男に任せて、無償でバトルフロンティアに貢献するという事が、エニシダオーナーから出されたお咎めなしの条件だった。

 期限は五月五日、つまり今日まで。

 

 黄色のポニーテールが揺れる。彼らの中心を少女は歩く。意外にも少年はすぐに見つかった。

 

「……という事。つまりトレーナーは実際に戦闘を行うポケモン以上に、視野を広くし頭働かせて指示を出さないといけないんだ。だからそこ、寝ずに頭を働かせろ!」

 

 話には聞いていたが、必死な少年の言葉に思わず苦笑が漏れるのを黄色の小柄な少女は感じた。

 少年がどういう形でバトルフロンティアに貢献しているのか。それはやはりというか当然かポケモン関連の事だった。

 

「ふわぁ……せんせー、ボク座学より実際のバトルの授業がいいですー」

「あ、クリア先生俺も!」

「そうだそうだー! バトルさせろークリアー!」

 

 青空の下、今まさに崩壊していく教室の姿がそこにはあった。

 まだまだ遊びたい盛りの子供達、その手綱を上手に操る事など、当然たかが少年に出来る事では無く教壇に立つ少年は途方に暮れている。

 少年のバトルフロンティアでの仕事、それは子供達を相手どった無償のバトル教室だった。

 現役ジムリーダーを講師に迎えたポケモンバトルの授業は、見事に大ヒットを記録し、バトルフロンティアに幅広い客層を呼び込むと共に、客足の数も確実に増やしていた。

 

「はぁ、ったくしょうがない。どうせ今日が最後の授業だしな。今まで抑えてた分、思い切り発散してやる……!」

 

 すると不意に、少年は不気味な笑いと共に肩を震わせて、

 

「おーしジャリ共! どうせなら、束になってかかってこ……」

 

 言い終える前、少年は確かに見た。見覚えのある麦わら帽子の姿を。

 そしてその一瞬、気を逸らした瞬間、あっという間にクリアは子供達が繰り出した数多くのポケモン達の下敷きとなった。どうやら散々子供達に彼が教えた"相手が油断した瞬間を、全力で狩れ"という馬鹿げた教えが忠実に守られたらしい。

 土ぼこりが舞って、倒れたままに少年は自身を見下ろす人物を見上げる。

 よく見れば"図鑑所有者"と呼ばれる少年の仲間がそろい踏みしていた。勿論それ以外の知人の顔も見てとれて、更には何事かと周囲の人間達までもが集まってきて、そして麦わらの少女と視線が合った。

 

 

 

 ――だったらはい!

 ――何、その指?

 ――指きりげんまん! 約束だからねクリア! 今度は皆でお祝いするんだ!

 

 

 

「……約束」

「勿論、覚えてるさ」

 

 少しだけ不安げな少女の問いに、少年は即答した。

 いつかの約束が蘇る。少年、クリアの顔にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。

 久方ぶりの再会、募る想いは増すばかり、話したい事も沢山ある。

 ――だがまず一番に、誰よりも先にクリアにその言葉を言う為に口を開いて、そしてイエローもまた、クリア以上の満面の笑みをその顔に咲かせるのだった。

 

「お誕生日、おめでとう! クリア!」

 

 




今までで一番恋愛色が強くなりました。後伏線回収したりまた新たに作ってみたり。

これでバトルフロンティア編は完全に終了、いつもの章終了後プロフィールは書き上げ次第に今後の予定と共に活動報告の方であげます。


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シント編
七十三話『vsギャラドス 動き出した闇』


 

 

「……へへ、かなり苦労したが、だがようやく捕獲したぜ」

 

 ジョウト地方三十二番道路。キキョウシティとヒワダタウンを結ぶその道の片隅で、一人の男が流れる汗を人知れず拭っていた。

 紺のジーンズと赤のパーカーの青年、長く伸びた金髪が顔の右半分を覆い隠しているのが特徴と言えば特徴か。

 元マグマ団幹部"三頭火"のホカゲ。悪の組織の幹部という経歴を持ちながら、改心後は過去幾度も図鑑所有者達への助力をしてきた男だ。

 

 ――さて、では何故そんな男がジョウト地方の道端で、一人"勝ち誇っている"のかというと、それは言葉のまま、彼が"勝利"したからである。

 よく見れば彼の周囲には、いくつかの焦げ後や残火などの戦闘痕が残されており、さらに彼自身も軽度ではあるが無傷という訳でもなかった。

 "その一体"を捕獲する為に、一体どれ程の時間を要したのだろうか。

 だが前述の通り、彼はこの戦いに勝利している。

 彼の手のモンスターボールの中に納まった一匹のポケモン、深い茶毛の四速歩行である大型ポケモンがそれを証明していた。

 

「伝説の"エンテイ"。こいつと共に、俺はまだまだ強くなれる……!」

 

 かつてホウオウによって蘇生された伝説の"エンテイ"。ジョウトに伝わる三体の伝説のポケモン、その一体にホカゲが興味を示したのは三年前の事だった。

 ホウエン地方のバトルフロンティアで彼が見た伝説、リラの操るライコウの凄まじい程の(パワー)にホカゲは圧倒され、それから程なくして、彼はこのジョウト地方でエンテイを求め始め、そしてようやく今日に至って、念願のエンテイを捕獲したのだった。

 ホカゲという男は常に強さを求めている、それ故の行動、例えを出すとするならば、今彼と一勝一敗の戦績となっている"どこぞの図鑑所有者"と戦う為の戦力としては、申し分ないだろう。

 

「よし、こうなりゃ今から奴のジムに殴りこんで……」

 

 エンテイのボールを一旦しまいながら、興奮を抑えきれない様子でホカゲが言いかけたその時だった、突如としてホカゲの身体が宙を舞う。

 後方からの衝撃、恐らくは"はかいこうせん"か、真偽は定かでは無いが攻撃を受けた事に間違いはないだろう。

 霞みいく意識の中、ボヤけ始めた視界の端で、ホカゲは対立する二人の人物の姿を見る。

 一人は長髪を逆立て、カイリューを引き連れた傷だらけの男、恐らくは先の一撃の犯人である。そしてもう一人は――、

 

(……あ、あれは……!)

 

 もう一人の人物、それはホカゲも見知った人物の顔だった。

 黄色の髪をポニーテールで纏めた少女、イエロー・デ・トキワグローブと名乗る少女の姿を最後に、ホカゲは遂に意識を失うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数週間後。

 広大な湖の前、荒れ狂う複数のギャラドスをその目で見据えて、一人の少年が腕を振るう。

 ゴーグルを首からかけた少年だった。うなじまで長く伸びた髪を一つに纏めた黒髪黒眼の少年、その傍らでは目を奪われる程に美しい、透き通る様な青のポケモンもいる。

 

「終わりだ。V、"めざめるパワー"!」

 

 クリアの命令直後だった。

 種族名グレイシア、"V"と呼ばれたポケモンが放つ"冷気を帯びた力の塊"、"めざめるパワー"によって、複数体のギャラドス達が次々と湖に沈む。

 ジョウト地方に点在する八つのポケモンジム。

 その内の一つ、チョウジシティのチョウジジムでジムリーダーを務める少年"クリア"は、その日、とある調査で"いかりの湖"へと赴いていた。

 

「ふぅ、ひとまずはこれで一安心だろ。ご苦労さん、V」

 

 "頭を冷やされ"、冷静になり湖の奥へと帰っていくギャラドス達を尻目に、クリアは労わる様にVの頭を撫で、Vもそんな彼に応えるが如く嬉しそうに小さく一度だけ声を上げる。

 

 

 

 バトルフロンティアで起こった幻のポケモン"ジラーチ"を巡る騒動、ガイル消滅から約三年程の月日が経った。

 過去幾度となく、絶え間なく様々な事件に関わってきたクリアだったが、そんな彼でも些か不気味と感じる程に、特に大きな事件が起こった訳では無い穏やかな三年という歳月。

 

 そんな中、クリアという少年にとって強いて特別と言える様な出来事と言えば、やはりガイル事件直後からエニシダがオーナーを務めるバトルフロンティアにおいて期間限定ながらも働いていたという事実だろう。

 "仮面の男"として行動していた際、迷惑をかけた分の代償――その罪滅ぼしとしての行動だったが、だがその期間、約十ヶ月という期間は些か長期過ぎたのだろう。

 

 ジョウトに戻って来たクリアを待っていたのは、ポケモン協会からの呼び出しと、有り難いお説教だった。

 そもそもナナシマ事件直後から、というよりホウエン旅行時も合わせればかなり長期に渡って、クリアはジムを留守にしていた事になるのである。

 幸い、今回はジムリーダー権の剥奪だけは免れたが、しかし次も同じという訳では無いらしい。

 今後は長期に渡るジムの放置を禁止、また今度の件でクリアはポケモン協会からあるお達しが出た。

 理事曰く――、

 

『クリア君、そんなに事件が好きなら君……どうせだ、このジョウト全ての事件に首を突っ込ませてあげようじゃないか』

 

 あまりの怒りから漏れた理事の笑み、その迫力に、クリアは思わず二つ返事で返してしまったという。

 詰まる所――"これから先ポケモン協会の声が一声かかれば、ジョウトの地で起こる様々な事件に対し、クリアは全身全霊を賭けてこれらに臨まなければならない"――という所なのである。

 無論クリアに拒否権など無く、それからというものクリアはポケモンポケモン協会に言われるがままに、小さいものではあったがいくつかの案件を解決に導いてきた。

 要は体のいい使い走り、便利屋の様なもの。そして此度の"いかりの湖"調査も、件のポケモン協会からの依頼だったのだ。

 

「結局、"ロケット団"の奴等は撤収した後だったな」

 

 去り際、クリアは不意に振り返り、そして悔しげな声でポツリと呟く。

 "最近ジョウトの各地で頻繁に目撃されるロケット団を調査せよ"、それが今回彼に宛てられた依頼の内容、そもそもの発端は、"ロケット団"と呼ばれる集団が秘密裏に復活を企んでいるという見解からだった。

 "ロケット団"、全身黒の団服に身を包んだ、"大地のサカキ"を首領(ボス)としたポケモン犯罪集団。

 それはこれまで幾度となく、様々な図鑑所有者達とぶつかりあった組織であり、その組織が再び行動を開始した恐れがあり、かつそれがジョウトの地で、というのならば放っておく訳にもいかない。

 故にクリアがポケモン協会から調査に駆り出されたのである。

 

 だが先程のクリアの態度から見て取れる通り、今回の調査で彼は思う程の成果は上げられなかった。

 目撃情報を頼りにいざ駆けつけて見れば後の祭り、やる事と言えば野放しとなり暴れるギャラドス達を静める事位、完全な取り越し苦労である。

 その事から、クリアは肩を大きく上下させて一度息を吐いてから、

 

「はぁ、"どこの世界"も悪人って奴は後を絶たねぇなぁ」

 

 揺れる木々をぼんやりと眺めて言葉を漏らした。

 

 

 

 さて、話は変わるが、クリアと呼ばれる少年にはいくつかの呼び名がある。

 "ジムリーダー"、"瞬間氷槍"、"ジョウト図鑑所有者"、"仮面の男"、"ポニーテール萌え"、"ロリコン"――いくつかは本人が否定しているが、しかしそれらの呼び名は概ね正しい。

 正しく、クリアという人物を現し、また周囲の人々もクリアという人物を呼び名通りに彼を認識して、それが"クリア"という少年の本質だと納得している。

 

 ――だがクリアには、本人以外誰も知らない秘密があり、さらに本人すらも知らない秘密があった。

 

 "別世界の住人"、そして"記憶消失"。

 クリアという少年は元々この世界の住人では無い、その原因も不明のまま、気がつけば此方の世界に倒れていた。

 そして同時に、彼には欠落している記憶がある、だがそれが何なのかは未だ本人すらも分からない。

 クリアがこの"ポケモンが実在する世界"の住人となって長く時が経つが、それらの事実が明るみになる事は未だに無く、またその予兆すら全くと言っていい程見せてなかったのである。

 

(だけど、今となっては、こっちがホントみたいになっちまってるけどな)

 

 ジムリーダーの証である"正規品のアイスバッジ"を握り締めて、クリアは心中そう呟いた。

 此方の世界に来た当初こそ、彼は密かに帰る方法を探そうとした、ポケモンの実力を高めていたのも元はと言えばその為だ。

 だがそんな考えも、時が経つにつれゆっくりと変化していった。

 

 それ程まで、考えが変わる程にクリアという少年にとって、こちらの世界で大切だと思えるものが出来すぎたのだ。

 図鑑所有者やジムリーダー、それら以外にも様々な仲間が出来た。さらに言えばクリアには消えた(ヤナギ)が残したジムがある。

 

 そして極めつけは、一人の少女と手持ちのポケモン達。

 脳裏に浮かぶは"クリアの手持ちのポケモン達"と"彼女の手持ちのポケモン達"に囲まれた、小柄で黄色のポニーテールを揺らした少女の笑顔。

 今のクリアには、これらを残して一人元の世界に帰る事など到底出来ないのである。

 

(まっ、元々向こうには残した親族もいない訳だし、育ての親(あの人たち)友人達(あいつら)には悪いけど、多分俺は……)

 

 ――機会(そのとき)が来ても帰らない。

 はっきりとした口調で放たれたクリアの言葉、その言葉を聞く者は彼以外には誰もいなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、帰ったのですかジムリーダー」

 

 チョウジジムに帰ったクリアを出迎えたのは、割烹着姿のシズクだった。

 元アクア団幹部"SSS"、そんな過去の姿とは似ても似つかない現在、だが妙に似合っているから何とも言えない。

 

「はい、見たとこ挑戦者は無いみたいですね、シズクさん」

「えぇ、手が空いていたのでジムの掃除でもと思いましてね」

 

 そう言って意気揚々と家事に取り掛かるシズクだが、この男、こう見えてもチョウジジムただ一人のジムトレーナーでもある。

 挑戦者のやる気や技量を図り、真にジムリーダーと相対する実力があるのかを裁定する役割を一人でこなすやり手のポケモン使いだ。

 テキパキとプロ顔負けの動きで楽しそうに家事をこなす普段の彼とは、まさしく別人の様である。

 

「相変わらず、凄いなシズクさん。俺なんて五分で飽きてしまうのに」

 

 手持ち無沙汰となったのか、自身のボールを磨きながら一人呟くクリアだったが、だが彼は夢にも思ってないはずだ。

 シズクがこれ程までに家事の腕を上げた、そもそもの原因がクリア自身にあるという事に。

 ナナシマ事件から姿を消した後から、バトルフロンティアでの滞在期間を経てジムに戻ってくるという長い期間の中、シズクは一人でチョウジジムを守っていた。

 挑戦者の挑戦を受けながら、広いジムを効率よく一人で掃除する術を覚え、その勤勉さ故に料理のレパートリーも増やして、その間ジムリーダー不在のジムを狙った不届き者の強敵達と知られざる激戦を繰り広げつつ、そして遂にシズクは到達したのである。

 

 "主夫"という領域、家事のエキスパート、『本当に彼は戦闘専門(ジムトレーナー)なのか』と知らない者を圧倒させる程の技量。

 

 勿論望んで手にした結果でない事は明白である。

 

 

 

「アチチ……はぁ、でもホンマこの辺りは寒いとこやなぁ、中は暖房効いてるのが唯一の救いやでー」

「で、お前はどうしてこんなとこで温んでんだよ……"アカネ"」

 

 そしてクリアは、さも当然、と言った様子で呑気にお茶でも啜る"アカネ"と呼ばれた少女に対して冷たい視線を送りつつ呟いた。

 

「うん? それは勿論、クリア! アンタとの勝負に決着を……」

決着(それ)ならもう三年前って昔に当についてるっての。天丼なんてつまんねーよコガネのリーダー」

「なんや久しぶりに懐かしい台詞(ボケ)かましてやってんに、乗らへんなんてチョウジのリーダーはホンマオモロないわー」

 

 ばっさりと彼女の言葉を切り捨てるクリアの様子に、大袈裟なリアクションでため息を吐くアカネ、だが両者の間に険悪な空気などは微塵も感じなかった。

 むしろその逆、どちらかと言えば仲の良い恋人同士にも見えるかもしれない。

 だが実際には、この二人に限ってその様な関係になる事は、絶対と言っていい程有りえなかった。

 理由は簡単である。

 彼女らの告げた"三年前"、つまりはクリアがジョウトの地に帰ってきた頃と丁度同じ時期に、クリアはアカネの前ではっきりと告げているのだ。

 

 自身が、"イエロー"という少女に好意を持っているという事を。

 

 そしてその時に、二人の少年少女は後腐れが無い様にと二人のバトルに決着をつけた。

 まるでこれまでの清算をする様な二人の少年少女の試合――そしてそれ以降は、二人は互いにジムリーダーとして相手を認め合って、今に至るのである。

 

 

 

「それで、本当の所はなんなんだよ。まぁ大方、協会の理事様辺りが絡んでそうだけど」

「あ、アハハ、やっぱバレてもうた?」

「当たり前だっての、じゃなきゃお前がわざわざコガネからこんなとこまで来る"理由が無い"だろう」

「せやね、ウチもそう思うわ」

 

 一瞬、ピリッとした緊張感が空気を震わすが、両者はあえてそれを黙認した。

 二人は今ジムリーダーとしてその場にいる、そしてそれは未来永劫変わる事は無く、両者ともその事を納得した上で現在に至っている。

 故に、互いに余計な詮索はせずに、あくまでも仕事上の関係として相手に接するのである。

 

「用件というのは他でも無い、クリア、アンタが理事から受けてる指令の事や」

「ロケット団の調査の事、だけど残念ながら進展はねーよ。後でそう報告上げるつもりだし」

「アホ、そっちはそやったかもしれへんけど、せやかてあっちは(ちご)うてるんや」

「……あっち?」

 

 怪訝な顔をしたクリアに、アカネは一度頷いて続ける。

 

「その時はウチも現場におって、多分だからウチがアンタに言伝を言う役になったん思う。数週間前、ポケスロン会場で"ワタル"って人のカイリューが暴れたんや」

「……ちょっと待て、"ワタル"だと? それはもしかして、"カントー四天王のワタル"の事か?」

「う、うん、シバさんがそう言うとったから、多分そやと思う」

 

 急に声のトーンが下がったクリアに不信感を抱いたのだろう、少しだけ戸惑った様子のアカネだったが、今の彼には彼女のそんな様子の変化など見えていなかった。

 忘れもしない、カントー四天王のワタルと言えば、それは過去クリアがイエローと共にスオウ島で彼が対決した相手だった。

 行方不明のレッドを探すという役目を負って出た"初めての旅"、まだ駆け出しだった頃の思い出と共に、ゴーストポケモンの脅威とに虹色の炎が記憶の隅から蘇る。

 

「シバさんが言ってた……という事は、その場にいたのはワタルのカイリューだけで、ワタルはいなかったって事だな」

「うん、突然現れたカイリューが暴れだして、そのカイリューのトレーナーのワタルは行方不明や言う話で、そんでゴールドがそのカイリューを鎮めて……」

「……ワ、ワタルの次はゴールドかよ、全く次から次へと……」

 

 アカネの口から次々と飛び出してくる知人の名前に、思わずクリアは頭を押えた。

 彼女の話によれば、その日アカネはゴールドをポケスロン会場に案内する様頼まれ、彼女もそれを承諾してゴールドに付き添ってポケスロン会場に向かったらしい。

 だがそこで、突如として暴れまわるワタルのカイリューの襲撃を受けるが、しかしそれはゴールドがどうにか解決したという事だった。

 

「シバ……今はジョウト四天王の一人か、ならそのカイリュー、確かに信憑性は高いな、それで今はそのカイリューはゴールドが預かってるんだな」

「うん、ゴールドもワタルに用がある言うてたから」

「用? ゴールドが、ワタルに?」

「せや、なんでも"あのオーキド博士の使い"として、"アルセウス"ってポケモンの事について教えて貰う事になってたらしいで……って、クリア? おーい、どしたんやー?」

 

 ヒクついた笑みが零れる、予想外過ぎるポケモンの存在に一瞬、クリアの頭の処理機能が追いつかなかったらしい。

 だが無理も無かった。

 "アルセウス"、それはシンオウ神話の中に出てくる創造の神、そして恐らくクリアが知る中で最も規格外のポケモンでもある。

 まさかジョウトの地で、伝説の中の伝説であるそんなポケモンの名が出てくるとは、流石のクリアでも予想外だったのだろう。

 

「い、いや悪い。ちょっと予想外過ぎる名前に放心した、続けて?」

「う、うん、それでゴールドはそのままエンジュの方に向かって、ウチはそのままコガネに戻って……で、ついさっき、今の説明含めたアンタへの言伝を頼まれたって訳や」

「あぁ、うん、大体納得した」

「それにしてもアンタまでもがそないに驚くなんて、余程のごっついポケモンなんやろうなぁ」

 

 危機感の欠片も無いアカネの言葉に、クリアは乾いた笑いを浮かべて、

 

「あはは、その程度のレベルならどれだけ平和か……それで、これが本題だけどポケモン協会からの言伝って奴、なんて伝言を任されてきたんだ?」

「うん、そんで理事は、今回の"クリアに依頼してる件"と"アルセウス"の件に関連性がある思うてるみたいでな、だからクリアに……」

「あぁ、もう分かったぞ、きっとそのアルセウスの件を調べろって事だな」

「……"相方"と一緒にな」

 

 アカネの言葉の後、一瞬の間、そしてクリアは彼女へと聞き返す。

 

「……へ、"相方"?」

「せやで、なんや理事が特別に手配したみたいなんや、"国際警察"の人が一人、近々アンタんとこに……」

 

 瞬間、来客を告げるインターフォンが室内に響き渡る。

 

「あ、いいですよシズクさん、俺が出ます」

 

 席から立って、家事を中断しようとするシズクに一声かけるクリア、そんな彼の様子を少しだけ眺めて、不意にアカネも立ち上がって、

 

「来たみたいやな、タイミング的にもバッチリや、ほなウチは帰ろか」

 

 言って、アカネは裏口へと足を運ぶ。

 用件は伝え終わったのだ。彼女がこの場に残る理由はもう無い、当然の反応である。

 無論、クリアにも彼女を引き止める理由は無い。

 

「……悪かったな、アカネ」

 

 だからこそ、一言クリアはそう告げて、

 

「……ふふ、お互い様やで、クリア」

 

 少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべて、アカネも彼にそう返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コガネのジムリーダー、アカネが去って間もなく、クリアはチョウジジムの前で彼と会った。

 僅かに香水の匂いが漂う、黒のハットを深めに被った青年だった。適度に整えられた髪も瞳も深い黒で、濃いベージュのコートを着用し、その傍らには彼の相棒なのだろう"ニューラ"が佇んでいる。

 

「あなたが"協会依頼の件"の?」

「えぇ"はじめまして"、そちらはジムリーダーの"クリア"さんで間違いないですね?」

 

 ひとまず、互いに自己紹介を済ませる事にしたらしい。

 "国際警察"、それはその名の通り、一つの場所に縛られず世界を又に駆ける警察組織の通称である。

 どうやら今回の事はポケモン協会が今回の事件、クリア単独での短期解決は望めないと判断しての行動だった様だ。

 "ロケット団"、"行方を絶ったワタル"、そして"アルセウス"、確かに不確定要素が多すぎる事件、図鑑所有者ゴールドが動いていると言っても、楽観視できる問題では無い。

 

 故に、協会はクリアに助っ人をつける決定をつけて、そして彼を寄越したのである。

 

「私は"ホルス"、国際警察のホルスです。よろしくお願いします、クリアさん」

 

 国際警察の"ホルス"。差し出された手を握り返した、この時のクリアはまだ知らなかった。

 この人物の存在が、この"必然的な対面"が自身にとってどれ程重大なものだったのかを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェフェフェ、アポロ達は"アルセウス計画"を始めてみたいだねぇ」

「その様です、ですが既に"カラレス"が動きました。奴には奴で"目的"があるみたいですが、そちらは問題ないでしょう……それで今後、どうなさるつもりです、キクコ様?」

 

 ジョウト地方のとある場所で、彼女達の密談は行われていた。

 キクコと呼ばれる老婆と、彼女を師とするサキと呼ばれるロケット団員である。

 

「"アルセウスを復活させ、三体の伝説を蘇らせる"、なんとも中途半端な作戦だ、ただ復活だけさせても、"崩壊"を招くだけなのにねぇ」

「……とすると、やはり創造された瞬間に、三体を捕獲してしまうのが無難かと……勿論、アルセウスも一緒に」

「確かに、それが一番理想的だが、だけど何事にも"不測の事態"は存在するもんだよ。それにね、最終的には"あの一体"さえ手に入ればこっちのもんなんだ。その為にも、何事も万全を期して望まないといけない。でないと……」

「"図鑑所有者"、勝利の女神は必ず彼らに微笑みますか」

 

 言葉の後、サキは確かにキクコが頷くのを目視した。

 サキとキクコ、彼女等は共に過去"図鑑所有者"と呼ばれる者達に自身の野望を阻まれた者同士だ。

 故に彼女等は知っているのである。"図鑑所有者"と呼ばれる者達が例えどんなに"子供"でも、決して侮ってはならないと。

 

「その通りだよ。"女神(やつ)"は決して、アタシら悪党には味方しない。必ず"図鑑所有者(あのこら)"が勝つ道筋を用意している」

 

 確信を持った言葉だった。それだけの理由、光景をキクコは今までに何度も見てきたのだ。

 "スオウ島"、"仮面の男"、"ホウエン大災害"、"ナナシマ"、"バトルフロンティア"、いずれも後一歩の所まで"図鑑所有者"を追い詰めて、だが全て、経過はどうあれ最後は彼らの勝利で終わっているのだ。

 

「なら私たちに出来る事は、なんだか分かるかいサキ」

「ンフフフ、私なら、"どんな道筋でも必ず勝てる"という状況を作り出します」

「あぁその通りだよ、その為に、今まで身を潜めて準備してきたんだ。今現在ジョウトにおける敵の数なら、アタシらの勝ちは揺るがない……アタシが言う"不測の事態"が起きない限りはね」

「なら期待しましょう。我々の勝利で終わる事に……」

 

 そう残して、振り返ったサキの背後を見つめながらキクコは心中呟くのだった。

 

(サキ、アタシらが本当に勝つ時ってのは、その"不測の事態"すらも凌駕した時だけなんだよ)

 

 これから起こるだろう"図鑑所有者"と"ロケット団"の戦い。その戦いの勝敗を見越した上でキクコは、その更に先を見据えた上で深く笑うのだった。

 

 




ホカゲさんが出落ちっぽくなってしまった。


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七十四話『vsニューラ 物語の裏側』

 

 

 四人目のジョウト図鑑所有者"クリア"が"ホルス"と名乗る国際警察の青年と邂逅を果たしていた頃、彼以外のジョウト図鑑所有者である三人にもそれぞれ異なる動きがあった。

 ゴールド、シルバー、クリスタル。三人のジョウト図鑑所有者達はそれぞれ別々の経緯で、此度の事件に関与する事となったのだ。

 

 

 

「ワタルさんは……やはりいないか」

 

 ジョウト図鑑所有者の一人"シルバー"はその日、久方ぶりに"うずまき島"のワタルの隠れ家を訪れる。

 ここ最近、またしても活発な活動を開始したと推測されるロケット団ついての情報を得る為に、単独での調査を開始していた。

 尤も、"仮面の男事件"以来の訪問となり、もぬけの殻となった隠れ家からは人の気配など微塵も感じられなかったのだが。

 

「もしもあの組織が、再び集まって何かを始めようというのなら、俺が阻止する。ロケット団だけは、この俺の手で……!」

 

 ロケット団、それはシルバーという少年にとっては呪いにも似た言葉であり、組織である。

 "大地のサカキ"、そう呼ばれるかつてのトキワジムリーダーにして、ロケット団首領も務めるその男は、何を隠そう彼の実の父なのだ。

 ナナシマ事件の際知る事となった"驚愕の事実"、その時からシルバーは、壊滅したロケット団残党の動きには逐一目を光らせていたのである。

 ――そして、件のロケット団の動向を探るべく、立ち寄ったワタルの隠れ家で彼は一人の人物と出会った。

 

「何奴」

「お前は……フスベシティのジムリーダー"イブキ"か」

 

 ジョウト地方フスベシティのジムリーダー"イブキ"。ドラゴンポケモンを主とする彼女もまた、同じドラゴン使いのワタルとは深い縁があったのである。

 邂逅直後は、張り詰めた緊張が空間を満たし、一時は戦闘にまで及ぶかと思われた。

 だがその時、イブキの口から告げられた"ワタルの失踪"という情報、その事に動揺しながらもシルバーは、まずは自身が敵では無いという事をイブキへと伝えようと試みた。

 だがそこでトラブルが発生する。

 突然、彼ら二人が謎の襲撃を受けたのである。

 ドガースの大群による襲撃――であったが、しかしその程度の戦力での襲撃は、歴戦の図鑑所有者であるシルバー相手には些か戦力不足過ぎるというもの。

 難なくドガースの群れを瞬殺したシルバーだったが、そこで彼は群れの中の一匹のドガースから、"赤い板"の様な用途不明の道具を手に入れる事となる。

 

「"サファリゾーン"、"プレート"、"アルセウス"……?」

「あぁ、ほとんど断片的にしか聞き取れなかったが、それが兄者との通信の全てだ」

 

 そして失踪直前にイブキの下に残されたというワタルからの通信、その内容である"サファリゾーン"、"プレート"、"アルセウス"という三つのキーワードを入手して、シルバーはタンバシティ西に出来た"サファリゾーン"へと急行する。

 

 

 

 一方、"だんがいのどうくつ"のロケット団アジトにも変化が訪れる。

 

「制圧エリア目標達成じゃん。俺が本気を出せばこの位楽勝ですから!」

 

 ロケット団首領"サカキ"親衛隊、そんな名ももう虚しい三獣士最後の一人"チャクラ"。

 ジョウトを始めとした、これまで各地で起こっていたロケット団による活動の主犯たる人物であり、ナナシマ事件以降、行方を晦ませていた彼だったが、ここに来て再び表舞台にその姿を見せる事となった。

 目的は勿論、"ロケット団復活の狼煙を上げる事"、その為にチャクラは必要な人材、物資などを一人でかき集め、ここまで来たのである。

 

「今更! 今さら誰が戻ったってもう俺よりデカイ面させませんから! 例えそれが、かつての首領"サカキ様"でも!」

「……それは違うんじゃないか。チャクラよ」

「だ、誰じゃん」

「かつて三獣士と呼ばれたサカキ様の親衛隊、その一人であったお前なら分かるだろう? やはりロケット団はサカキ様のもの、サカキ様あってのロケット団だという事を」

 

 突如として登場したアーボックの尻尾で締め上げられ、短い悲鳴と共に墜ちるチャクラ。そんな彼とは打って変わる様に、先程までチャクラがいた場所に四人の人影が現れ、そしてその内の一人が宣言する。

 

「サカキ様の意思を継ぐ者のみが司令塔となる事が許されるわが組織、よってここからは私たち四人、アポロ、アテナ、ランス、ラムダ……我ら四将軍が指揮をとる!」

 

 

 

 少しずつ異変の影が見え隠れし始めたジョウト地方、そんな中、とある理由から彼女もまたサファリゾーンを訪れていた。

 ジョウト図鑑所有者の一人"クリスタル"。その日は、彼女がボランティア活動を行っているポケモン塾の行事が、このサファリゾーンで行われる日だったのだ。

 それは、沢山の子供達や普段以上のハイテンションぶりを見せる彼女の母親らと共に、サファリゾーンへと足を踏み入れて間もなくだった。

 

「シルバー? シルバーなの!?」

 

 そこで彼女は、長年の間スイクンを追っている"ミナキ"と呼ばれる男と、そして同じ図鑑所有者のシルバーと予期していなかった再会を果たす。

 聞けばシルバーは、そこでロケット団の"ラムダ"という変装を得意とした男と相対したというのだ。

 プレートとアルセウス、消えたワタル、そしてロケット団、ナニカが動き始めている事を予感するには、十分過ぎる程の出来事。クリスタルが決心を固めるまで、そう時間はかからなかった。

 

「そういう事なら仕方ないぴょん。クリス、あなたも図鑑所有者の一人として……ううん、それ以前にあなたのお友達の為に力を貸してあげな!」

「ふむ、ならばこのスイクンハンター"ミナキ"も一肌脱ごう! 子共達の安心安全なサファリゲームは私たちに任せてくれ!」

 

 本来ならば塾の子供達の引率はクリスタルの役目、その任を進んで請け負ってくれた母とミナキに感謝の念を感じながら、クリスタルはシルバーと合流する事に決めた。

 

「そうだ、"プレート探し"をするというのならエンジュに"千里眼を持つ修験者"と呼ばれる私の親友がいる。彼を紹介しよう! ただその代わりと言ってはなんだが、スイクンの声を聞く事が出来るという君達の仲間の"瞬間氷槍"を今度私に紹介して……あ、こら待ちたまえ! 私のマントは鼻を拭くものではないぞ!」

 

 目的地はエンジュシティ、そこにいるというミナキの親友の"千里眼を持つという者"にプレート探しの件を依頼しようという事で、とりあえずの今後の行動指針はとれたのだった。

 

 

 

 オーキド博士からの依頼、そしてポケスロンでのカイリュー襲撃事件の果てに幻のポケモン"アルセウス"に興味を示した彼は、個人的な理由(舞妓はん見たさ)からここ暫くの間エンジュシティに滞在していた。

 ジョウト図鑑所有者の一人"ゴールド"。ただし彼もまた、ポケスロンでのカイリュー襲来から今まで、何もしてこなかった訳では無い。この数週間の間で、彼のポケモン達は来るべき戦いの為に特訓を重ね、特に顕著な例として、ゴールドの"エイパム"は"エテボース"へと進化していたのだ。

 そしてゴールドは、エンジュシティのジムリーダー"マツバ"と偶然的な邂逅を果たす。

 ミナキから"ポケモン図鑑を持つ少年に君を紹介した"、という報告を受けていたマツバは、ゴールドが垣間見せた"ポケモン図鑑"から、彼をミナキが紹介して訪れた人物だと勘違いしたのだ。

 

「君だったのか。話は聞いている、引き受けよう、ジムまで来てくれ」

 

 

 

 時を同じくして、エンジュシティを目指すシルバー、クリスタル一行に突然の襲撃者が現れる。

 

「初めまして、四将軍の一人"アテナ"と申しますの」

 

 アテナと名乗る女ロケット団の襲撃、それに対応したのはクリスタルだった。

 自身の手持ちポケモン達を出して応戦し、その間にシルバー一人でもエンジュシティへと向かわせようとする作戦。

 だがその作戦に意を唱えるとすれば、それは紛れもないシルバー自身。当然と言えば当然か、それは自身の事情に仲間を巻き込んだ挙句、危険な状況でクリスタル一人を置いて行こうという事なのだから。

 

 ――しかし結果的に、シルバーはクリスタルの意に従う事となる。知ってしまったからだ、プレートの持つ力の意味を。

 シルバーはサファリゾーンでのラムダとの一戦で、彼から更に二つのプレートを入手しており、その中の一つ、"だいちのプレート"を自身のドサイドンに持たせて技を放つ事で、プレートの力の意味を理解したのだ。

 "ポケモンの技の威力を急激に上昇させる道具"、そう理解したシルバーは一旦その場をクリスタルに預ける選択をとった。ロケット団の手にプレートが渡る前に、先に自身の手でプレートを回収する為である。

 そうして、アテナとクリスタルの戦いは次第に激しさを増していき、それはシルバーが去って少し経った、その後だった。

 不意に、クリスタルの頭上に巨大な影が現れて――。

 

 

 

 そしてエンジュシティ、エンジュジムで彼らは――ゴールドとシルバーの二人は再会するのだった。

 

「よぉ、変な(とこ)で会ったな、何事だ? ダチ公」

 

 

 

 

 

 

 

 

 数刻後、そして彼らもエンジュシティを訪れる。

 ジョウト図鑑所有者とロケット団、彼らの争いが活発化していく中、彼ら二人もまたエンジュシティに向けて進路をとっていたのだ。

 色違いの黒いリザードンから飛び降りる少年と、一匹のダーテングの肩からゆっくりとした動作で地に足をつける青年、図鑑所有者兼ジムリーダーのクリアと国際警察のホルスである。

 

「それにしても、随分と迫力のあるダーテングですね」

「ジムリーダーにそう言って貰えるとは恐縮です。一応、こいつとは手持ちの中で一番付き合いが長いですから」

 

 "エース"と呼ばれる色違いのリザードンをボールへと戻しながらクリアは言った。実際、贔屓目無しの言葉通りに、彼の眼前のダーテングは並々ならぬ雰囲気をかもし出している。

 そんなクリアの素直な賞賛の言葉に、ホルスは苦笑いを浮かべながらダーテングをボールへと戻し、交代にニューラを外に出すと、

 

「それに、それを言うならあなたのリザードン。氷タイプの専門だと聞いていましたが、中々どうして良く育てられてる」

「アハハ、ありがとうございます。まぁ専門だからと言って氷タイプしか育てないという訳でも無いですし。それにエースは文字通り、ウチの"エース"ですからね、実力は手持ちの中でも一、二を争う程ですよ」

 

 エンジュジムまでの道すがらの雑談。

 長い間共に戦ってきた自慢の手持ちポケモン、そんなエースを褒めたたえたその言葉が自身の事の様に嬉しかったのか、クリアはいつの間にか頬をほこらばせて答えていた。

 そして、そんなクリアを興味深そうに眺めて、ホルスは微笑を湛え目を細めてから、

 

「へぇ、興味深いですね。現役のジムリーダーがそこまで言うポケモン、一体どういう経緯で出会ったのか」

「……あー、あまり面白い話じゃないですよ」

「と、言いますと?」

 

 どうやら引き下がる気は無いらしい。クリアは少し迷った後、頭をかいてからその先を口にする。

 

「エースは元々あるロケット団のポケモンだったんですが、そのロケット団の男が捕まって行き場を失ってた所を、俺が引き取ったと」

「……なるほど。そうだったのですか。優しいんですね、クリアさんは」

「そんなんじゃないです。ただ当時、俺はエースにある種の仲間意識みたいなものを感じてた気がするんですよ」

「仲間意識、ですか?」

「えぇ、俺もあの時のエースも、自分の居場所がどこにも無い様な状態でしたから」

 

 記憶の山を掘り進んで、溢れてくるのは当時の光景である。

 当時のクリアはまだ"此方の世界"を訪れたばかりで右も左も分からない状態だった。当然通貨の一枚も無ければ、手持ちポケモンなどいるはずも無い。

 また当時を思い出しては自分自身に疑いを持ってしまう程に、クリアという少年の性格は今と比べるとまるで別人であり、彼自身もまた未熟であったのだ。

 そんな時出会った三匹のポケモン、思えば彼らが全ての切欠だったのかもしれない。

 (ピカチュウ)(イーブイ)エース(リザード)。彼らとの出会いがあったからこそ、クリアという少年は様々な経験を積んで今に至った。

 だからこそ、クリアはもう今の自身の状況に悲観的になる事は無かった。むしろ後悔など欠片も無く、自身の運命に感謝してる程である。

 

 尤も、それはまた彼ら三匹のポケモン達も同じだという事を、果たしてクリアは理解出来ているのだろうか。

 

「……そう言えば、あの時の残党員(あいつ)は今もまだ牢の中なのかねぇ」

「何か言いました?」

「あ、いえ独り言です」

 

 不意に漏れた言葉、その呟きに反応したホルスが此方に視線を向けて、クリアは慌てて手を振った。

 一瞬過ぎった不気味な予感、その事を目の前のホルスに話しても何にもならない。

 

 

 

「……と、そろそろジムに着く頃だと……え?」

 

 雑談も程ほどに切り上げて、目指した目的地が見えてきた所でクリアの足が止まった。同時にホルスの歩みも停止する。

 エンジュジム。千里眼を持つと言われるマツバがジムリーダーを務めるジョウト地方の公認ポケモンジム。彼らの目的地は確かにそこに現存していた。

 ――ただし、ジムの上半分が綺麗に消し飛んだ、そんな状態で。

 

「ひどい有様だ、恐らく被害にあってまだ間も無いですね」

 

 まだ煙が立ち昇る様子から察しての判断だろう。ホルスの言葉がクリアの鼓膜を揺るがして、同時にクリアは目を覚ますかの様に我に返った。

 白煙と瓦礫の山が乱雑したエンジュジム、その周囲の木々も同様の被害を受けた様子でジム同様に上半分が綺麗に消し飛んでいる。

 文字通り、滅茶苦茶である。

 更に気づけば、その周囲にはチラホラと傷ついた者達の姿も目視出来た。誰もクリアの知った顔ばかり、他のジョウトジムリーダー達である。

 

「シジマさん!」

「……む、クリア……か」

 

 その中の一人、力なく座り込むシジマへとクリアは声をかけた。

 タンバジムのジムリーダーであり、カントー図鑑所有者グリーンの師でもある彼であるが、その折り紙付きの実力者がこれ程までの負傷を負っている。

 その事実に、クリアは僅かながらの戦慄を覚える。

 

「こ、この状況、一体何があったんです!?」

「……巨大な、謎の巨大なポケモンが現れたんだ……」

 

 シジマへと尋ねたクリアへ返答したのは、彼らの横から飛んできた声、同じくジムリーダー、キキョウシティのハヤトの言葉だった。

 シジマ同様、その身体は既に限界近く、立っているのが精一杯に見える。

 

「謎の、巨大なポケモン……?」

「あぁ、圧倒的な力のポケモンだ。あっという間だったよ、ジムの上部と俺達全員が吹き飛ばされたのは」

 

 いつに無く弱々しい彼の言葉から、事態の深刻度が過剰な程にクリアへと伝わる。

 キキョウジムリーダー"ハヤト"、クリアはその父"ハヤテ"と過去手合わせした事があったが、今のハヤトはかつての彼の父と勝るとも劣らない実力を持っていたはずだ。

 同時に彼は現役の警察官でもある。そんな彼が、目の前で起こった重大事件を前にここまで意気消沈している姿を、クリアは初めて目の当たりにした。

 

「……と、所でクリア、そちらの彼は?」

「ん、あぁ、紹介が遅れた。彼はホルス、国際警察から派遣された人間だよ。俺が協会から受けてた"依頼の件"で来てくれたんだ」

「ホルスです。以後お見知りおきを」

 

 ハヤトから尋ねられ、クリアは慌てて簡単にホルスの紹介をした。ホルス自身もクリアに遅れる形で、手を前に軽く頭を下げて丁寧な挨拶を行う。

 

「そ、それは失礼しました。俺、私はキキョウ警察のハヤトです」

「えぇ、よく存じ上げてますよ、キキョウのジムリーダー」

 

 そう告げられたホルスの口ぶりから察するに、どうやら彼はクリア以外のジョウトジムリーダー達の事についても調査済みらしい。

 現にホルスはクリアが何かを言う前に、ハヤトがジムリーダーであるという事を言い当て、思い返せばマツバの下へ向かおうと提案したのも彼だった。恐らくシジマもまたジョウトのジムリーダーであるという事実も、既に把握済みなのだろう。

 キキョウ警察と国際警察、彼らのやり取りから目を背けてから、クリアは今一度半壊したエンジュジムへと視線を向けて、

 

「……それにしても、ジムを一瞬にして半壊させる程のポケモンか。まさか……」

「"アルセウスがこの場に出現した"、タイミング的にもその可能性が最も高いですね」

 

 まさか返答があるとは思っていなかったらしい。ビクリと肩を震わせたクリアの視線の先には、既に会話を終わらせたらしいホルスが佇んでいた。

 

「や、やっぱりホルスさんもそう思いますか」

「えぇ、これだけの破壊は並のポケモンでもそうはいかない。加えて、ジョウトのジムリーダーでも見た事が無いとされるポケモン、それも伝説級のもので今一番可能性があるのが……」

「"アルセウス"だけ、という事ですか」

「そういう事です」

 

 やはりというか、どうやらホルスはクリアと全く同じ予想を立てていたらしい。

 ジムを一瞬で半壊にして、ジムリーダー級の実力者の戦意も根こそぎ奪い取る程の力を持つポケモン、となればそれはやはり伝説級かそれに匹敵する程の力を持ったポケモンとなる。

 加えて、ジョウト地方のジムリーダー達でさえ見た事が無く、そして一番の理由として今一番話題に上がるそんなポケモンと言えば紛れも無く、最も可能性の高い予想は"アルセウス"しか考えられないのである。

 

「……"アルセウス"、それがあのポケモンの正体なのか?」

「断定は出来ないですがね……マツバさん」

 

 突如としてかけられた掠れた声に反応して、クリアは彼へと顔を向ける。

 恐らく今回の事件の最大の被害者とも言えるだろうエンジュのジムリーダー"マツバ"、その表情には疲労の色が一杯に広がり、顔には滝の様な汗が流れていた。

 

「ふ、そうか。"アルセウス"、それが今回の一連の騒動、そして君が協会から依頼を受ける原因となったポケモンか」

「……すいません。全てが後手に回ってしまいました」

 

 マツバの言葉は皮肉でも何でも無かったが、それでもクリアは謝罪の言葉を述べる。自身のジムが半壊したマツバにかける言葉は、それ以外に見つからなかったのだ。

 

「いや別に責めてる訳じゃない、ただ俺自身が納得しただけだ。君が追っていた、そしてゴールドとシルバーという二人の図鑑所有者までもが絡んだポケモンの正体についてね」

「……ゴールドとシルバー? マツバさん、ゴールドはまだ分かりますが、シルバーもこの件に絡んでいるんですか?」

「あぁ彼ら二人共、つい数刻程前までこの場にいた。俺の千里眼を頼ってな、ゴールドは探し人、シルバーは探し物の依頼だった。そして丁度その時、"アルセウス"が現れたんだ」

 

 そう言った後、マツバは近くにあった一本の木を指差して、

 

「そこの彼、ホルスと言ったか。あなたのニューラならあの木に記されたメッセージが読めるはずだ」

 

 マツバが指差した先の一本の木、そこには確かにポケモンによってつけられた爪あとが存在していた。

 ニューラやマニューラが樹木に残す爪あと、それは彼らニューラやマニューラ達が仲間に自身らの意図を伝える為のサインだ。その習性を利用する事でメッセージの送り主はジョウト全土に、自身らへの協力を他のニューラやマニューラへと伝えていたのだ。

 そして、そのメッセージの送り主こそ、ジョウト図鑑所有者のシルバーと彼のマニューラなのである。

 マツバに言われるままに、ホルスは自身のニューラに一声かけ、ニューラもすぐにそのサインを読み取って数秒後、ニューラは意味の把握を伝えるかの様に一度だけホルスに向けて頷いた。

 

「シルバーは今プレートと呼ばれるものを探している、俺の所に来た時には既に三枚所持していた、恐らくアルセウスに関わる重要な道具だ。そして肝心のアルセウスだが、ゴールドが追って行ったよ……」

 

 そこまで伝えて、マツバは一息つく様に再び腰を下ろした。どうやら相当身体を酷使してるらしく、これ以上は動く事も出来ないだろう。

 だがそれも当然と言えば当然だろう。今しがたマツバはシルバーの頼みで、千里眼を使いプレートを探したと言っていた。彼のその言葉が本当なら、未発見のプレートの数だけ、およそ十数か所もの場所を千里眼で視たという事になるのだ。

 その事に、多少なりとも罪悪感を感じながらクリアは、

 

「ありがとうございます、マツバさん。千里眼の使用は唯でさえ急激に疲労するという話なのに、それを十三箇所も……」

「気に……するな、そう思うなら、クリア、お前は一刻も早くゴールドと、合流して、アルセウスを止めてくれ……!」

「……はい。勿論ですよ」

 

 息も絶え絶えのマツバにそう告げて、クリアは固く拳を握り締めた。

 思っていた以上に深刻な事態、エンジュジムの半壊、ジョウトの地に下りたアルセウス、そして忘れてはいけないのが、今回の件には恐らくロケット団も絡んでいるという事だ。

 そもそもとして、クリアが受けた依頼の内容は"ロケット団の調査"だった。それが今となっては、幻のポケモン"アルセウス"を追う形となっている。

 ――その事からクリアは確信した。

 それは長年様々な事件に立ち会ってきた事によって培われた勘、その勘が言っているのである。このアルセウスの件には"確実"にロケット団が絡んでいると。

 

 

 

「だ、だがクリアよ、お前はどこへ向かえばいいのか見当はあるのか?」

 

 投げかけられた質問に、クリアは正直に否定の意として首を振って返す。

 黙っていても事態は好転しない。しかしだからと言って闇雲に突っ走ってもゴールド、アルセウスと出会う事はまず無いだろう。何せ広大なジョウトの地、その一つ一つを虱潰しに探していても時間が掛かり過ぎる。

 最も簡単な方法はマツバの千里眼――なのだが、それはマツバが健康な状態だった場合の話だ。今の疲労困憊なマツバに千里眼の使用を強要するのは酷というものだろう。

 さてどうしたものかと、クリアが本気で頭を悩ませかけた。

 ――その時である。

 

「"アルフの遺跡"」

 

 ホルス。国際警察の青年の声がクリアへとかけられる。

 

「私独自の情報網(ネットワーク)からの情報です。どうやら現在、"アルフの遺跡"で何か異変が起こっているらしく、恐らく無関係では無いでしょう」

 

 そう告げたホルスは静かに自身のポケギアを懐に仕舞って、

 

「エンジュのジムリーダー、アルセウスが向かった方向はどちらですか?」

「……そ、それは向こうの方角……アルフの遺跡の方向だ……!」

「決まりですね」

 

 裏づけが取れたと言わんばかりに、ホルスが微笑を少しだけ深める。

 一体どこからの情報なのか、クリアとしては些か気になる点ではあったが、しかし今は一分のタイムロスが惜しい所である。細かな点には目を瞑る事に彼は決めて、

 

「分かりました。急いで向かいましょうホルスさん、アルフの遺跡へ」

 

 そう判断して、クリアはマツバ達に視線を送り、クリアの返答が満足のいくものだったからだろう、ホルスの表情には笑みが浮かべられている。

 その後すぐに、クリアはエースを呼び出し、ホルスもダーテングを外に出して、そして大空へと舞い上がる。

 目指す先は"アルフの遺跡"、確かに"らしい"と言える場所だろう――。

 

 ――現に、彼らの予想は見事に的中していた。今しがた、丁度クリアとホルスの二人が飛び上がった直後頃に、アルフの遺跡の方でも大きな異変が起こっていたのだ。

 シント遺跡。七人の人物達を巻き込んで作られるのは、異空間への出入り口。

 事態は常に動いてのだ、クリアの知らない所で、最終局面へと向けて。

 そうして彼ら二人は、三人のジョウト図鑑所有者、そしてロケット団四将軍に大幅に遅れる形でアルセウスへと迫るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむ、まさか着任前にこれ程の大事件に遭遇してしまうとは……」

 

 クリアとホルスが去った後のエンジュシティ、その町に一人の男が訪れていた。

 安物のコートを着用した中年男性、傍らに連れ歩くグレッグルと共に異様な雰囲気をかもし出しており、半壊したエンジュジムを目の当たりにして、驚きのあまりか思わず硬直してしまっている。

 だがそれもほんの数秒の事だった。

 凄まじい程の眼前の光景に、男はしばし熟考してから、そして開き直る様に半壊したジムへと歩を進め出して、そして観念したかの様に呟くのである。

 

「それもこれも、この"国際警察ハンサム"の性というものなのだろうな」

 

 




シント編は基本、原作の流れの裏であれこれしたりする構成となっています。
もしかしたら今までで一番短い章になりそうです。


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七十五話『vsコクーン 黒き輝き』

 

 

 アルフの遺跡。ジョウト地方に現存する古代の遺跡であり、シンボルポケモン"アンノーン"が多く生息するその地に彼はいた。

 ジョウト図鑑所有者ゴールド。

 図鑑片手に手持ちのポケモン達をフル投入して、そして彼は眼前に佇む巨大な影を見上げて唸る。

 

「全くよぉ……何でこんな事になっちまったんだ? アルセウスよぉ!」

 

 アルセウス。

 宇宙創造の神話を持つ幻のポケモンであり、此度の騒動の原因ともなったポケモンである存在。ゴールドは今まさに、そんなポケモンと真っ向から相対している状態にあった。

 エンジュシティに突如として現れ、エンジュジムの上部半分を無残にも吹き飛ばした後、アルセウスが行き着いた先はこのアルフの遺跡だった。

 目的の一切が不明なアルセウスの行動、その行動にどんな真意があるのか――などという事は今のゴールドには当然分からなかった。

 だが一つだけ、彼にも理解出来る事がある。

 ゴールドとアルセウスを包み込む様に張られた混沌とした球状の"領域"。その"領域内"で何かを訴えかけてくるアルセウスの様子からゴールドは察したのだろう。

 

 今、眼前のポケモンと理解し合う為に必要な事――それは正真正銘真っ向からのぶつかり合いであると。

 

 アルセウスというポケモンが"求めるもの"が何かまではゴールドにも当然分からない。だが、アルセウスとの戦闘がその取っ掛かりになるだろうという事を、彼は本能的に理解したのだ。

 例えばジョウト図鑑所有者の仲間である"クリスタル"という少女。

 "捕獲"という方法でポケモンの事を理解しようとする彼女の様に、ゴールドもまた彼なりの方法(やりかた)でアルセウスの感情を引き出そうというのだ。

 

「"ブラストバーン"!」

 

 ゴールドの自慢の相棒、バクフーンの"ブラストバーン"がアルセウスへと直撃する。

 ――が、しかしバクフーンの"炎の究極技(ブラストバーン)"などまるで効いていないかの様にアルセウスは微動だにせず、さらに直後反撃だと言わんばかりに、アルセウスは複数のエネルギー波をゴールドとそのポケモン達へと照射する。

 旅立った頃と比べると、見違える程に成長、強くなったゴールド――だがそれでも、彼とアルセウスと呼ばれる神話の中のポケモンとは、天と地程の力量(レベル)の差があるらしい。

 相対し実際に戦ってみて改めてその事を再認識させられる。ゴールドのポケモン達の全力攻撃はアルセウスにはほとんど効果が無く、逆にアルセウスが放つ攻撃はどんなものでも致命的な威力を秘めている。

 勝ち目など、火を見るよりも明らかだった。

 どう転んでも、ゴールドがアルセウスに勝てる見込みはゼロに等しいと思える。

 

 ――にも関わらず、ゴールドの眼から光が失われない事には理由があった。

 

「持ちこたえてくれ皆、あの野郎が……シルバーの野郎がここに来るまでは!」

 

 ジョウト図鑑所有者の少年"シルバー"。彼という一つの可能性を信じて、そしてゴールドは必死にアルセウスへと食らいつく。

 

 

 

 "プレート"と呼ばれるアルセウスと深い関連性を持つ道具、十六枚の"プレート"全てを集めきったシルバーは、途中合流したクリスタルと共にアルフの遺跡のゴールドの下へと急いでいた。

 ロケット団四将軍の一人"アテナ"との戦闘後、偶然にも現れたアルセウスを深追いして撃破されていたクリスタルと合流出来たのは偶然だった。

 アルセウスの事は一旦ゴールドに任せて、自身は"プレート"集めに回ったシルバーは、ジョウト各地に散らばった"プレート"を順調に回収し、いざアルフの遺跡へ向かわんとしていた所で、傷だらけの彼女を発見したのである。

 その後辿り着いたアルフの遺跡、そこで彼ら二人が見たものは、激しい戦闘があったのだろう既にかなり消耗した様子でアルセウスと相対するゴールドの姿だった。

 それも何やら不可思議な"領域"の中にゴールドは閉じ込められており、見れば"領域"も少しずつ地中へと現在進行形で潜っている最中である。

 ――この期を逃せば、ゴールドの下へと辿り着く事は不可能かもしれない。

 そんな予感から、シルバーとクリスタルの二人は、躊躇無く"領域"へと飛び込む――。

 

 そうして、彼らはアルセウスの作り出した"領域"という名の入り口(ゲート)からその場所へと足を踏み入れる。

 シント遺跡、ジョウトでもシンオウでも無い二つの地方を繋ぐ異次元。全て四将軍の思惑通りに事は進む――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、"領域"が完全に沈みきったアルフの遺跡でも動きがあった。

 

「ゴ、ゴールドがアルセウスと一緒に消えてしまった……!」

 

 一体のコクーンを連れた少年だった。彼はこのアルフの遺跡を長年研究してきたその道の第一人者であり、今回の騒動中もアルフの遺跡でのゴールドとアルセウスの戦闘を全て見ていた少年。

 ヒワダジムのジムリーダー"ツクシ"。

 ジョウトのジムリーダーの一人であり、アルセウスによるエンジュジム襲撃の直後から、成行きでゴールドと共に行動していた少年である。

 

「それにあの"ワタル"という人も、事態を収拾する為と言ってどこかへ行ってしまうし、僕はどうしたら……」

 

 無力感と焦燥感に駆られながら、とある人物の名と共にツクシは呟いた。

 ドラゴン使いの"ワタル"。かつての四天王事件の首謀者であり、善か悪かと問われれば迷わず"悪人"だと言える人物。

 しかしそれも過去の話、スオウ島での決戦後暫く、ワタルは世間から姿を眩ませて、今となってはむしろ図鑑所有者やオーキド博士といった人物達に、此度の危機を知らせてくる様な人間へと変わっていたのである。

 

 ――では何故、元々ポケスロン会場でゴールドと落ち合うはずだったワタルがこのアルフの遺跡にいたのか。それはやはり、ロケット団の暗躍によるものだった。

 ロケット団四将軍の一人"ラムダ"による卑劣な奇襲によって大きなダメージを受けたワタルは、暫くの間このアルフの遺跡で身を隠し、療養に尽くしていた。

 そこにアルセウスと共にゴールドが現れて、その事で彼は今現在の事件の概要を知る事になり、その後、自身のカイリューと共にどこかを目指して飛び出していったのであったのだ。

 

 全てはこの事件の収拾を図る為――恐らく、ワタルのその言葉に嘘は無いだろうとツクシは考える。

 その言葉を放った時のワタルの顔は真剣そのものであり、ましてやこの様な事態に冗談を言うタイプにも見えない。

 ならば彼が告げた通り、ツクシが特別何かをせずとも、良くも悪くも事態は動くはずだ。

 更に言えばアルセウスと共に沈んで行ったゴールドも、そう簡単に終わるとは到底思えない。彼も図鑑所有者と呼ばれるある種特別なトレーナー、例え相手が強大な組織一つでも、どうにかしてしまう意外性を秘めている。

 

「……だけど、僕だけこのまま何もせずにいていいのか……?」

 

 自問は言葉としてツクシを揺さぶる。

 いくらジムリーダーと言えども、ツクシは先のアルセウスによるエンジュジム襲撃の際、闘争心のほとんどを折られる程にアルセウスに恐怖してしまっている。

 むしろその光景を見てもまだ、アルセウスと相対しているゴールドの強靭過ぎる精神力がある意味異常とも言えるかもしれない。

 だがそれでもだ。

 傷つきながらも尚アルセウスに立ち向かうゴールド程とまでは言わないが、それでもツクシは思う――"自身にも何か出来る事はあるのでは無いだろうか?"と。

 

「いや"ある"はずだ、僕にも出来る事が……!」

 

 そして、その考えに行き着いた後の行動は早かった。

 ツクシの思いに呼応する様に、彼の連れたコクーンが繭を破る。

 

「無駄足になっても構わない、僕は僕に出来る事をするんだ!」

 

 進化したスピアーと共にツクシが目指す先はヒワダタウン近辺。万一の際二体のポケモン達の力を借りる為に彼は空へと駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シント遺跡には二組のトレーナー達が入り込んでいた。

 一組はゴールド、シルバー、クリスタルの三名、ジョウト図鑑所有者と呼ばれる者達。

 そしてもう一組は四将軍と名乗る四人のロケット団幹部達であった。

 彼ら四将軍の目的はアルセウスを使ってシント遺跡にてあるポケモン達を創造する事、その為に彼らはジョウト図鑑所有者の彼らを利用していたのだ。

 アルセウスと心を通わせシント遺跡への道という名の"領域"を作る為にゴールドやクリスタルを、そして十六枚の"プレート"集めをシルバーに負担させる事で、彼らは最小限の労力でシント遺跡への侵入に成功したのである。

 

 僅かに積雪するシント遺跡、その内部にある"みつぶたい"、その中心にアルセウスは四将軍によって祀られていた。

 アルセウスと関係性の深い道具"プレート"。アルセウスのタイプを自由に変える能力を持つそれを、アルセウスを人質としてシルバーから奪い取った"アポロ"は遂に計画を最終段階へと移行した。

 彼らの計画の最終目標、即ち――伝説の創造である。

 創造ポケモンと呼ばれるアルセウスの能力を使用し生み出されるのは"ディアルガ"、"パルキア"、"ギラティナ"の三体。

 "時間"と"空間"と"反物質"を司る伝説達を統べる事で、ロケット団の復活を全地方に知らしめ更には首領(ボス)であるサカキの帰還を願う。

 それこそが彼らの真の目的だったのである。

 

 だが、そんな目的をそう易々と許す程、彼らとて甘くは無かった。

 ジョウト図鑑所有者と呼ばれる者達、ゴールド、シルバー、クリスタルの三名はコンビネーションを駆使して、創造途中の伝説達へと三位一体の究極技を当てる事に成功する。

 シルバーが敵を引き付け、その隙にゴールドとクリスタルが究極技の指示を出して四将軍の企みを阻止、かつ全ての"プレート"もアルセウスへと還る様誘導する。

 一見すると完璧とも思える作戦だった。

 だがそこに一つだけ、ただ一つだけ、誤算があったとすれば――伝説の創造は、"アルセウスの意思"によって行われていたという事だろう。

 

「ッ、伝説の三体がまた!」

「当然だ! 一度始まった創造がそう簡単に止まってなるものか!」

 

 驚愕の声を上げたゴールドに対し、アポロは自信に満ちた声色で言う。

 事実、アポロの言う通り、それが"誰の意思"にも関わらずアルセウスの伝説創造はそう簡単には止まらないのだろう。

 ――しかし、その事でアポロが得意気になるのはお門違いという所だ。

 

「なんっ!? ぐあぁ!?」

 

 瞬間、悲鳴と共にアポロの身体が宙を舞った。

 他の四将軍、更に三人の図鑑所有者達も含めて何が起きたのか一瞬理解出来なかった。

 それもそのはず、アポロは自身の手によって生み出した伝説"ギラティナ"によって、突如として吹き飛ばされたからである。

 

「な、何がどうなっていますのランス!? アルセウスも含めてあの四体はあたくし達の制御下に置かれてるはずでは!?」

「えぇそのはず、そう思っていたのですが……」

 

 アテナとランスの二人が困惑するのも無理は無い。

 彼らはつい先程まで、アルセウスを完全に手中に収めたと考えていた。だからこそ、アルセウスが伝説の創造を実行したと考えていたのだ。

 だが実際にはアルセウスは自身の目的の為に伝説の三体を創造した。その事を、創造ポケモン"アルセウス"が自身らの制御下などに置かれていない事を、彼らは今ようやく理解したのである。

 

「……ですが実際には違ったみたいですね。状況から見て、恐らくアルセウスは、あの三体を"アルセウス自身の意思"で創造したらしい」

「な、何故アルセウスがそんな事をするのですの!?」

「な、なぁそれって多分、アレの為なんじゃねぇのか……?」

 

 アテナの問いに答えたのはランスでは無くラムダの方だった。見れば彼はどこか怯えた様子で一点を指差している。

 何事かと、つられる形で其方の方向を向いたアテナとランス、そうして彼らが見たのは――伝説の戦闘だった。

 

「そんな……生み出されたディアルガとパルキアが……」

「……ギラティナと戦っている、だと……!?」

 

 掠れる様なクリスタルの言葉をゴールドが紡ぐ。

 少し離れた場所にいたジョウト図鑑所有者の三人も、その戦いの様子を驚愕の表情で眺めていた。

 ディアルガとパルキア、"時間"と"空間"を司る伝説の二体が、"反物質"を司るギラティナと激しい戦いを繰り広げ、その様子をアルセウスは天から静かに見下ろしている。

 異様な光景だった。三体の伝説が何故争っているのか、そして何故アルセウスがそれを静観しているのか、それら全ての疑問がこの場にいた人間全ての中に生まれる。

 ――直後だった。

 爆撃の様な衝撃波が、図鑑所有者と四将軍などという枠組み関係無く彼ら全員へと襲いかかる。目を開けてられるのもやっとの戦闘の余波の中、ゴールドは愛用のゴーグルをかけて戦いの行方に再度目を向ける。

 そして彼は視線の先で、一つの異変に気づいた。

 

「お、おいなんだありゃあ!?」

 

 ゴールドの叫びで、他の者達も周囲の異変にようやく気づく。

 恐らく彼らが伝説達の戦闘に夢中になっている最中で生まれ始めていたのだろう、繰り広げられる三体の伝説達の戦闘、そこを中心としていくつかの場所に"歪み"が生まれ始めていたのだ。

 グニャリと歪んだ空間、それは小さいながらも確実に広がりを見せ始めており、数も除々に増え始めていた。

 伝説達の戦闘が始まった途端、シント遺跡に現れた歪み。その歪みは一体何なのか――答えは意外にも早く出た。

 

「……マズイですよ、アレ」

 

 不意に、タブレット状の情報機器を眺めながらランスが口を開く。

 

「あの歪みを原因として、このシント遺跡という特殊領域のバランスが少しずつ崩壊し始めている。このままではいずれ……」

「ちょ、ちょっとランス!? このままではいずれ……ど、どうなると言うのですの!?」

 

 言いかけたランスに、酷く焦った様子のアテナが詰め寄った。

 だが彼女が焦るのも無理は無い、眼前で巻き起こる伝説の戦い、それに呼応する様に現れ始めた空間の歪み、更には先程から小さな地震までもが立て続けに起こり始めている。

 そして極めつけにランスは、四将軍の中でも情報処理等を担当するどちらかと言えばデスクワーク派の男である。

 シント遺跡の調査や分析を実際に行っていた男が顔を青くする様な事態、それ即ち何かしらの危機が今自身等に迫っていると、アテナは直感で感づいたのだ。

 

「このまま三体の戦いが続けば……」

「こ、このまま続けば……?」

 

 そうして、アテナに急かされる形でランスは、恐る恐るに口を開くのだった。

 

「シント遺跡の特殊領域が完全に崩壊し、恐らく僕達全員……いやそれだけじゃない、ジョウトとシンオウの二つの地方が……終わる……!」

 

 絶望が、広がる。

 ギラティナの攻撃で意識を失ったアポロを除いた全員がその言葉を耳にした。

 一瞬、今の言葉がランスの言葉の(ハッタリ)だという線も考えられたが、しかし現に顔を青くしたランスや、同じ表情をとるアテナやラムダの様子から察したのだろう。

 次第に三人の図鑑所有者達の顔色も悪く、しかし険しいものへと変わっていく。

 轟音が響く。

 シント遺跡全体が悲鳴の様な音を立てて、時折足元が大きく揺れる。歪みも少しずつ増殖し、広がっていく。

 

 混沌としたシント遺跡内部、そんな中まず最初に口を開いたのは、やはりという彼だった。

 

「けっ、なんだ簡単な事なんじゃねぇか」

「……ゴールド?」

 

 不意に不敵な笑みを浮かべたゴールド。絶望が加速する世界の中で、唯一笑みを浮かべた彼の名を訝しげな様子でシルバーは呼ぶ。

 アポロを除く全員の視線が彼へと集まる。

 規格外な少年少女達が多く集まる図鑑所有者と呼ばれるトレーナー群、その中でも群を抜いての"意外性"を持つ少年は、争う三体の伝説達を眺めながら、

 

「お前、ランスって言ったか? 要はよぉ、あの戦ってる三体を引き離してやりゃあ、崩壊なんて起こらねぇんだろ?」

「あ、あぁ……だがまさか、お前あの戦闘に参戦するつもりなんじゃ……!?」

「あぁ!? なーに言ってんだこのすっとこどっこい! そんなん"当然"だろうがよぉ!」

 

 当たり前だと、そう宣言したゴールドの言葉に、四将軍の三人は絶句するが、それも仕方無い。何せ眼前で繰り広げられる戦いは伝説達による文字通りレベルの違う戦い、その辺で行われる野良バトルとは一味も二味も違う危険なものなのである。

 故に、四将軍の三人はその選択を最初から放棄していた。むしろラムダに至っては内心でどうやって逃走するかを考えていた程だ。

 

「ふっ、やはりそれしか手は無いか」

「な、シルバーお前!?」

「えぇそうね、それに……ジョウトの皆まで巻き込まれると聞いてしまったら、どの道引くに引けないわ!」

「小娘、貴女まで……!?」

 

 そしてゴールドに続く様に彼らも意思を固める。

 シルバーとクリスタル、彼らもまたゴールドと同じ図鑑所有者であり、幾多の修羅場を潜ってきたトレーナー、恐らく例えこの場にゴールドがいなくても、同じ選択を取っていただろう。

 信じられない、そう言いたげな様子で彼ら三人の図鑑所有者達を見つめる四将軍の三人、だったが――不意にゴールドはそんな彼らの方を向いて、

 

「で、何呆けてんだよテメェら?」

「……へ?」

「"へ"? じゃねぇよ! 元はと言えばテメェらロケット団がやらかしちまった事だろうが! だからテメェら三人共、嫌でも協力して貰うぜ!」

 

 そう言って、とりあえずといった様子で一番身近にいたランスをひっ捕らえるゴールド。そんな彼に続く様に、

 

「全くロケット団と共闘なんて……でも確かに私達だけじゃ戦力的にも不安だし、"ロケット団のプライド"見せて貰うわね、アテナさん?」

「うっ……」

「逃げる事は許さんぞ、ラムダ」

「ぎゃ!?」

 

 かつて相対した際、"ロケット団のプライド"がどうと言っていたアテナに、クリスタルは皮肉めいた言葉をぶつけて精神的な退路を塞ぎ、シルバーはシルバーで今にも逃げ出しそうなラムダの首根っこをしっかりとマニューラに握らせていた。

 意識が無いアポロはこの際放っておいて問題無いだろう。どちらにしてもこれで六人、アルセウスはこれを傍観するものと一先ず考えて、一つの伝説に対して二人でぶつかればいい計算となり、たった三人で一対一の戦闘を行うよりは遥かに勝率は上がるはずだ。

 まぁ尤も、この男にはそんな計算などあるはずが無く。言葉の通りに彼ら四将軍にケジメを取らせたいだけだろうが。

 だがそれでも彼の一言によって、二つの地方の危機を前に彼らはこうして一時的に手を結ぶ事となった。

 図鑑所有者とロケット団四将軍、善と悪、本来ならば混じりあわない二つのグループ。かつてその二つが手を結んだのは、恐らく四天王事件におけるスオウ島での決戦が最初にして最後だっただろう。

 眼前で繰り広げられる伝説達の戦い、その様子に皆が多少なりとも畏れを抱く中、そんな中で彼は――図鑑所有者ゴールドは、堂々とした態度で開戦宣言を行うのだった。

 

「さぁ、祭りの始まりだぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアとホルスの両名がアルフの遺跡に降り立つ頃、その場にはただの一つも人影などは存在していなかった。

 人の手が加わっていない、無人の古びた遺跡が立ち並ぶ空間。

 しかし、そんな何の脅威も感じさせない様な辺ぴな場所で、彼らは恐らく今日一番と言いえる程の緊張の色を顔中に広げて佇む。

 

「なんだ、あれは……?」

 

 エースの背から飛び降りながら、困惑の表情を浮かべてクリアが呟く。

 理由は簡単だった。そこに在ったのは、空中に歪み現れ出したいくつもの"亀裂"。アルフの遺跡を中心として、その周囲数キロ程まで、大小様々な謎の"亀裂"が生まれ始めていたのである。

 

「分かりません。ですがこの場所で、何かしらの異常が起こっているという事は確かでしょうね」

 

 ホルスの言葉に、クリアも言葉に出さずとも内心で頷く。

 事実、彼ら二人は知る由も無かったが、それは確かにとある事柄を切欠とした"異常"だった。

 ジョウトでもシンオウでも無い場所、"シント遺跡"。その場所で巻き起こった"伝説達の戦い"における余波こそが、今彼らの眼前で展開される"亀裂"の正体であり、今はまだ小さな綻びに過ぎない"亀裂"だが、だがこの"亀裂"が広がれば広がる程――つまりはシント遺跡における"伝説達の戦い"が激化すればする程、その影響は"亀裂"にも影響を与える事となる。

 その結果起こる事――それは二つの地方の崩壊。

 "亀裂"が広まれば広まる程、ジョウトとシンオウの地の時空が不安定となり、シント遺跡のある"領域"に引き摺られる様に二つの地方が崩壊する事になるのである。

 ――とは言っても、

 

「なぁホルスさん、これってやっぱり……」

「えぇ、十中八九、今回の事件に関係してるものでしょう。アルフの遺跡に人影が見当たらないのも、きっとその所為でしょう」

 

 その様な情報を彼らが知っているという事は当然無く、緊張感こそあるものの、別段急ぐ様子も見せずに、クリアは身近にあった最も大きな"亀裂"を訝しげに見やる。

 まるで適当な絵の具をパレットに零しグチャグチャに混ぜ合わせた様な、混沌とした配色の未知の領域。

 気軽に触れて良いものかすら怪しいその領域を前にして、彼はあるものを思い出す。

 

「それにしてもこの"亀裂"、似ている。"時空の狭間"に……」

「"時間の狭間"、というと時渡りポケモンの……あぁそう言えば、過去の"仮面の男事件"に、時渡りポケモンは深く関係しているのでしたね」

「えぇそうです、その際俺は一度"時空の狭間"に入った事があります……ですが」

 

 "時空の狭間"。時渡りポケモンのセレビィを代表とした特別な存在だけが自由に行き来出来る空間であり、過去、ただ一人の彼にとって大切な者を無くした場所。

 少しだけ懐かしい出来事、人物を思い出して、クリアは場違いな微笑を浮かべる。

 彼は過去、"亀裂"に近い現象である"時空の狭間"へ入るという経験をしていた。が、しかしそれはあくまで"虹色の羽"と"銀色の羽"という道具の効力によるものであり、その二枚の羽も今は彼の手元には無い。

 尤も――、

 

「だけど、これは"違う"。直感で分かる。確かに似ているけど、この"亀裂"は……"時空の狭間"じゃない」

 

 尤も、眼前の現象である"亀裂"と"時空の狭間"に似て非なるもの。

 それが直に"時空の狭間"に触れた者としてのクリアの意見であり、事実彼の推測は正しく、故に"虹色の羽"と"銀色の羽"の二枚が在ったとしても、状況を打開出来た訳では無かっただろう。

 彼が過去触れた"時空の狭間"とは"時間移動の為"のものであり、そして今回の"亀裂"はアルセウスが作った"空間移動の為"の為の"領域"の余波、故に"時間の狭間"と"亀裂"は確固とした別現象なのである。

 

「だけど、だとしたらこれは一体……」

「……これは私の推測ですが……」

 

 その時だった。

 ホルスが何かを言いかけたその時、クリアは不意に何かが頬をすり抜けていく感覚に襲われた。

 感じた限りでは風は然程吹いてはいない。

 不思議に思い、彼が自身の頬に手をやって見ると、そこにあったのは少量の砂だった。

 黒く怪しく輝く"黒色の砂"。無論、このアルフの遺跡にその様な目立つ砂は存在しない。

 

(これって……)

 

 嫌な予感がした。右手に付着したアルフの遺跡にはあるはずの無い"黒色の砂"、その砂を見た途端、言いし得ぬ不安がクリアの背中を這った。

 

「"時空の狭間"が別の"時間"に繋がるものならば、もしかするとこの"亀裂"は……別の"空間"に繋がるものでは無いでしょうか?」

「……別の空間、というと?」

「例えばこの世界のどこか、もしくは、あくまでも可能性の話なのですが……」

 

 言いかけた所で一度ホルスは言葉を詰まらせる。

 恐らく彼も半信半疑での言葉なのだろう。"可能性の話"と最初に告げて、僅かな躊躇いの姿を見せるのも、その可能性が極端に低い故の発言のはずだ。

 だがクリアは、ホルスの躊躇いの理由を理解すると同時に、恐らく次に飛び出るであろうその言葉を否定出来ないだろうとも考えながら、彼の言葉を待つ。

 そして、ホルスが一呼吸整えて口を開いた。

 その瞬間、得体の知れない何かが、"亀裂の中"からゆっくりとした動作で現れる。

 重い足音が遺跡に木霊して、クリアとホルスは一斉に振り向いた。

 そこにいたのは、纏う砂に加え体表までもが黒色に輝くポケモンだった。相当な力量(レベル)と見て取れる風格、その種族のポケモンとしては一回りも大きく風変わりな身体、そして、戦いに飢えていると言わんばかりの眼光。

 今にも暴れ出しそうな黒色のポケモンを前に、彼らとその傍らに立つ二匹のポケモン達は自然と戦闘態勢をとって、

 

「あるいはこことは違う……"別世界"!」

 

 輝く黒砂。

 通常色、色違いも含め本来ならば在り得ない配色のポケモン。

 その存在から、ホルスは確信を持って自身の言葉を放ち、そして黒色(いろちがい)岩竜(バンギラス)は凶悪な雄叫びを上げる。

 

 




 黒いバンギラスの元ネタ、知ってる人は知ってるポケモン漫画です。一応オマージュしたのは色だけですが。


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七十六話『vsバンギラス 悪と正義』

 

 

 日が落ちて。

 深く濃い闇と静寂が支配する夜、月明かりの下、けたたましい雄叫びがアルフの遺跡に木霊する。

 クリアとホルス、両者の前に現れた異色の"バンギラス"は異様な存在感を放ちながら、彼らへと鋭い眼光を投げかけていた。

 通常、バンギラスの体色は薄い緑を基調としたものであり、その色違いとなれば黄緑色に近い色合いのものとなる。

 

 ――しかしである。

 しかし、今彼らの眼前に佇むバンギラスには、そんな当たり前の法則は当てはまらなかった。

 

 全てを塗りつぶす闇の様な"黒"。唯一腹の一部分のみ赤の色が広がっているが、その他全ての体色は深淵の如き黒であり、特性"すなあらし"で生み出された砂粒の一つ一つまでもが、怪しく光る黒砂と化している。

 恐らく、この世界のどこを探しても見つからないであろうバンギラス。

 不自然に空いた"亀裂内"から現れた点から言っても、"その確証"は極めて高いと言えるだろう。

 この黒いバンギラスは"異世界"から現れたポケモンである――と。

 

 

 

 ジョウトの地を舞台としたアルセウスを巡る戦い。

 戦いの終着点となるシント遺跡でジョウト図鑑所有者の三人と、三人のロケット団四将軍が一時結託していた時、アルフの遺跡ではクリアとホルスの二人が未知との遭遇を果たしていた。

 "亀裂"という未知の事象から現れた異色のポケモンとの邂逅。

 未だかつて誰も為し得た事が無いであろう出来事を前に、ホルスは無言で自身のダーテングへと目配せして、クリアもまた何も言わずに真っ直ぐと黒いバンギラスへと視線を送る。

 

(もし……ホルスが言った言葉がもし本当だとしたら、こいつは俺と……)

 

 "同類なのかもしれない"、そんな予感がクリアの頭を駆け巡る。

 別世界、こことは違う別の世界、空間。その存在をクリアは身を持って証明している。そもそもクリア自身が別世界の出身であるのだ。恐らくこの世界の誰よりも、彼は異世界の存在を否定出来ない存在なのだ。

 そしてそんな彼だからこそ、悟る事が出来る。目の前にいる異色のポケモンは別世界の存在である――と。

 こことは違う。そしてクリアという少年が生まれ育った世界とも違う、第三の――否、無限に存在するであろう数々の異世界の内の一つ、そんな世界から、この黒いバンギラスはやって来たのだろうと。

 

 理屈では無く直感で、クリアは瞬時に感じ取ったのである。

 

 

 

「ッ! エース!」

 

 瞬間だった。

 叫ぶと同時にクリアは勢いよくジャンプして、完璧なタイミング黒い火竜(エース)が彼を乗せて飛び上がる。

 直後、突風が吹き荒れ、そして鋭利な石柱が地面から突き上がった。

 "ストーンエッジ"。突如として地面から飛び出た石柱は、エースに飛び乗ったクリアとダーテングの肩に乗ったホルスを間一髪で捉えきれず虚しく空を切る。

 

「ホルスさん!」

「問題無い、です……が」

 

 口元に右手を置いた状態でホルスが応える。クリア同様に彼もまた無傷で済んだ様子だ。

 だがしかし、安心なんて到底出来やしない。

 ピリピリとした緊張感が二人の肌へと伝わった。空気が振るえ、草木がざわめく。

 

「どうやら、事の次第はそう穏便にはいかない様ですね」

 

 押し潰されるかの様な威圧感を感じながら、振り出す様にホルスが呟く。

 岩と悪の複合タイプとはよく言ったものだ。これ程までに、それら二つのタイプを合わせ持つに相応しいポケモンもそういないだろう。

 黒いバンギラス、そのポケモンの印象を一言で言うならば――"破壊神"。

 例えばエースが"黒い火竜"ならば、このバンギラスは"黒い岩竜"。闇に溶け込み怪しい輝きを放ちつつ、本能のままに"ストーンエッジ"を放つその姿はまさしく"悪"そのもの。

 "導く者"、クリアは野生のポケモンとも比較的友好な関係を築く自信があった。

 しかしそれでも、目の前の黒いバンギラスに対して、彼はすぐに眼前のポケモンと理解し(わかり)合えるとは微塵も思えなかったのだ。

 

「"はっぱカッター"」

 

 そしてそう考えるのはホルスもまた同じ。

 先の仕返しとばかりに、複数枚の木の葉を黒いバンギラスへと撃ち込むダーテングと、その肩に乗ったホルスは既に目の前のポケモンを"敵"として認識している。

 倒すべき敵、果たして簡単にそう判断していいのか、クリアは一瞬だけ迷って、

 

「"ドラゴンクロー"だ、エース!」

 

 だがどちらにしても、この黒いバンギラスは初対面の人間に対して、何の躊躇も無く"ストーンエッジ"の様な強力な攻撃を放ってくるポケモンだ。

 "倒す"にしろ"捕獲する"にしろ、このまま放置という選択肢は存在しないだろう。

 "はっぱカッター"によって黒いバンギラスは防御姿勢を強いられたまま、そこにすかさずエースは"竜爪(ドラゴンクロー)"を叩き込む。

 その時、一瞬だけエースと黒いバンギラスの視線が交差して、

 

「くっ!」

 

 悔しげなクリアの声。"はっぱカッター"と共に吹き飛ばされたエースが空中で体勢を整える。

 先の一瞬、エースの"ドラゴンクロー"が黒いバンギラスへと届くその刹那、周囲全てをなぎ払う様に放たれた"あくのはどう"によってエースの攻撃は不発に終わった。

 完全に捉えたと思った一撃、そしてそれを防がれた事実――どうやら見た目の雰囲気以上に彼らの敵は強大らしい。

 一度だけ、クリアはホルスに目配せしてホルスも彼に応える。

 

「……いいでしょう。面白そうだ」

 

 クリアの意見にホルスも異議は無い様子だ。

 クリアが手に持った一個の"スーパーボール"、それで全ては伝わったのだ。

 倒すか、捕まえるか。二つに一つ、よって――、

 

「黒いバンギラス、気になる事は多々あるがまぁ、ここはセオリー通りにいかせて貰うぜ」

 

 よってクリアは、捕獲という方法を用いて黒き破壊神(バンギラス)の攻略を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空が歪み、耳を塞ぎたくなる様な轟音が辺り一面に響き渡る。

 シント遺跡。ジョウトでも無くシンオウでも無い全く別の空間で、その戦いは巻き起こった。

 ディアルガ、パルキア、ギラティナ、三体の伝説のポケモン達による神話級の争い。その争いは時空を歪ませ、シントの地のみならず、その入り口となるジョウトアルフの遺跡周辺にまで影響を及ぼしていた。

 "異変"が起これば、それは直に"過程"を経て"結果"へと繋がる。

 "崩壊"という"結果"が起こるまで、時間はそう残されていなかった。

 

 

 

「いくぜ相棒! "ダブルアタック"!」

 

 故に彼らは、開始早々に全力を以って各伝説達へと対抗する。

 ゴールドとランス、シルバーとラムダ、クリスタルとアテナ。本来交わるはずの無い白と黒が、未曾有の危機を前に一時的とは言え手を結んだのである。

 二本の尻尾を振りかざし勢いをつけて放たれたゴールドのエテボースによる"ダブルアタック"。その攻撃は正確にディアルガの後頭部へと二撃を与え、更にそこから間を置かずして、

 

「そこです。"エアカッター"」

 

 ランスのズバッドによる"エアカッター"が乱舞した。嵐の様な風の刃が空を裂きつつディアルガへと降り注ぐ。

 余程戦いに集中していたのだろう。

 突然の横槍に攻撃を受けたディアルガは勿論、向かい合うパルキアとギラティナまでもが一瞬攻撃の手を弱め周囲へと注意を払おうとする。

 ――しかし、

 

「チッ、しょうがねぇ乗りかかった船だ! "えんまく"!」

 

 パルキアとギラティナが彼らに気づいた、その刹那。

 ラムダのドガースが噴出した"えんまく"、視界を奪う程の黒煙が唐突に周囲に立ち込めパルキアが一瞬動きを止めた。

 

「ふん、"アクアテール"」

 

 そしてその一瞬を、シルバーは決して逃がさない。

 彼のオーダイルが放った"アクアテール"がギラティナからパルキアを遠ざける様に弾き飛ばす。

 そしてそれに続く様に、

 

「"ソーラービーム"!」

「"ナイトヘッド"!」

 

 恐らくこうなる事を見越していただろう。

 あらかじめ光を溜めていたクリスタルのパラセクトによる"ソーラービーム"と、アテナのヤミカラスの"ナイトヘッド"がギラティナを捉える。

 だが流石に先の件で警戒されていたのだろう、攻撃こそ決まれど、ギラティナの場合はパルキア程上手く引き離す事は出来なかった。

 "ソーラービーム"と"ナイトヘッド"の攻撃を受け一瞬怯みはしたものの、ギラティナはすぐにゆっくりとした動作でクリスタルとアテナの二人を見やる。

 

「ぐっ、な、何なのこの圧力は……!?」

「け、気圧されては駄目よ、き、気持ちで負けてちゃ伝説の相手なんて到底できないわ……!」

 

 スイクンやルギア、ホウオウ。伝説との戦闘という過去の経験から来る言葉なのだろう。

 想像以上の威圧感から言葉を呑んだアテナへと、クリスタルは険しい顔つきで言う。

 そしてまた他方でも、

 

「……うっへぇ。な、なぁシルバーよぅ? 悪い事は言わねぇから今からでも脱出を……」

「断る。いいからお前は(パルキア)の注意を引く事に専念しろ、俺がその隙を叩く。それと、もしお前が逃げ出す様な素振りを見せたら……分かっているな?」

「……だよなー」

 

 襲撃者へと向き直るパルキアを前にして、今にも逃げ出したい、と顔一杯に語りかけてくるラムダに対しシルバーは平坦な口調で返した。

 

「理解に苦しみますね」

 

 そして、ゴールドとランスの二人もまた、伝説のディアルガと相対する。

 先程彼らが行った攻撃が嘘の様に、彼らの前に立つディアルガは平然とした様子で彼らを見下ろしていた。

 

「我々の勝率など満一パーセントにも満たない。なのに……」

 

 僅かに身震いをして、タブレット状の情報機器を手に持ったままランスは真横へと視線を走らせる。

 恐怖が身体の隋にまで伝わる。当然だろう、相手は生まれたばかりとは言え神話クラスの伝説だ。良い勝負は出来たとしても、勝つ事など不可能の近い。

 

「なのにどうして、君はそんな"眼"をしていられるんです……!?」

 

 恐怖が混じった驚愕の声、そんなランスの問いに彼は、ゴールドはいつもの様にニヒルに口を歪ませ不敵な笑みを浮かべて口を開くのである。

 恐怖に染まらない真っ直ぐな瞳を大きく開けて、ただ未来だけを見据えて。

 

「さぁな。大体俺達(こっち)は知ったこっちゃねぇーんスよ勝率(そんなもん)なんか。大事な事は"出来る""出来ない"じゃない、"やるか"、"やらないか"だろうがよ!」

 

 ゴールドの答えにランスは数秒の間だけ絶句する。

 しかしそれもほんの数秒の間の事だった。それから彼はどこか諦めた風にため息を吐いて、

 

「……はぁ、いいでしょう。どちらにしろ、我々は世界の全てを支配するロケット団です。故に我々が支配するべき場所が消滅する事など、断じてあってはならないのですから」

 

 ランスの言葉は恐らくラムダ、アテナの意も含まれての言葉だったのだろう。彼らもまた、それぞれの相手を前にして闘志を露にし始める。

 支配する為に守る、何と自分勝手な理由なのか。だがしかし、それがロケット団という組織なのでもあるのだ。それはかつてのスオウ島で、そんな信条から戦った男こそが、ロケット団の首領なのだから。

 

「へっ、そうこなくっちゃな!」

 

 理由はどうあれ目的が一致した。

 明日になればまた敵となる関係だが、それでも大切な場所を守る為、彼らは手を組むのである。世界の危機に立ち向かう為に。

 そんな思いを秘めてゴールドもまた、シルバー、クリスタルに代わって彼らロケット団に応えるかの様に返答して。

 

 

 

 そして次の瞬間、彼らは現実を目の当たりにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つの"黒"がぶつかり合う。

 黒いリザードンと黒いバンギラス。二体の黒竜が激しくぶつかり合う。

 その合間を縫う様にチョコマカとダーテングが風や木の葉を操り黒いバンギラスを翻弄して、黒いリザードン"エース"が決定打を与えるべく空を舞う。

 アルフの遺跡で続く戦いは、熾烈を極めていた。

 "亀裂"の中、どこか別の世界から現れ出た黒いバンギラスの力、レベルはそれ程までに高かったのである。

 中、遠距離から攻撃しようものなら、特性"すなあらし"によって舞い起こった"黒砂"が黒いバンギラスを守る様に攻撃を防御して、近距離戦に持ち込もうものなら気を抜いた瞬間に重い一撃が繰り出される。

 正にパーフェクト、完璧(マックスレベル)に近いポケモンの姿がそこにはあった。

 

 

 

 そしてその戦いを、彼らは少し離れた場所から眺めていた。

 三人の男だった。その誰もが何かしらの業を背負った悪人、かつてカントーとジョウトの地に混乱を招いた三人である。

 

「加勢には、いかなくていいんですか?」

 

 その中の一人、ワタルと呼ばれる青年が口を開いた。

 かつて、カントー四天王を率いてポケモン達の理想郷を夢見て図鑑所有者達と対立した経緯を持っており、また同時に、此度の騒動をいち早く察知し早々に行動を開始していた青年だ。

 ロケット団四将軍のラムダからの奇襲を受け、このアルフの遺跡でとある男と共に身を隠していた彼だったが、先程までは必要に駆られてウバメの森へと赴いていた。

 そこで、彼は二人の人物と鉢合わせる事となったのである。

 

「……必要無いだろう」

 

 三人の中で最も小柄な人物が口を開く。

 そのすぐ傍では全身黒尽くめの男が彼らの戦闘を見下ろしていた。

 ロケット団首領サカキ。ジョウト図鑑所有者シルバーの実の父親であり、現在は行方不明扱いとなっている人物。何か思い当たる節でもあるかの様に、彼は黒いバンギラスと二人の少年と青年の戦いを見下げる。

 だがそれも僅かな間の事。

 

「我々には何よりも先に優先してやるべき事があるはずだ。"亀裂"も大分広がっている。その内に、あの黒いバンギラス以外にも規格外のモノが現れるかもしれん」

 

 小柄な人物はそう言った。ワタルとサカキも彼の言葉に同意するかの様に戦いに背を向ける。

 そうなのだ。黒いバンギラス程度の問題で、今彼らはこの場にいる訳は無い。

 少しずつ広範囲に広がり影響を与え始めている"亀裂"、その異常を正し、全ては文字通り"世界を救う"為に彼らは今動いているのである。

 異常の元凶たるシント遺跡。その場所へと踏み込む為に、彼ら三人はこのアルフの遺跡を訪れたのだ。

 

「それに、あれはあれで曲がりなりにも"私の弟子"だ。心配はいらん」

 

 そして彼らはシント遺跡へと進入する。

 ワタル、サカキ、そしてヤナギ。ジョウトとシンオウの消滅の未来を防ぐ為、今夜ウバメの祠からセレビィによって帰された一人の老人はそう言葉を残して"弟子(クリア)"に背を向けた。

 彼らが為すべき事を達成する為に、目の前の小事はクリアに任せて、消滅の危機を防ぐ為にその場を後にするのである。

 

(ふん、心配はいらん、か……まぁ奴の動きなど、所詮は大事の前の小事。今の俺には関係の無い事だ)

 

 そしてそれは勿論彼も同意だ。故にサカキは眼前の光景に何も口出しはしない。

 大きな"二つの悪意"を前にするクリアを尻目に、サカキは大きく歩み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らを襲ったのは、ただ圧倒的な力の差だった。

 ディアルガ、パルキア、ギラティナの三体によるもの――では無い。

 

「……くっ、ア、アルセウス……!」

 

 アルセウス。幻の創造ポケモンの名を、ボロボロの身体でゴールドは呟く。

 シント遺跡内部、三つ巴の状態となった三体の伝説達が囲む中、唯一人ゴールドのみを除いて、全ての者が倒れ伏していた。

 ランス、ラムダ、アテナ、クリスタル、シルバー。その全員が、先の不意打ちの如き一撃によって沈められたのである。

 "さばきのつぶて"、アルセウスが繰り出す最大級の攻撃。その攻撃によって、気絶とまではいかないまでもゴールド以外の全ての者が、決して少なくは無い痛手を負っていた。

 

「なんで、いきなり……」

「……簡単な事だ」

 

 虚空に呟かれた問いかけ、しかし意外にもその問いに返答する者がその場にいた。

 まさか返事が返ってくるとは思ってもいなかったのだろう、驚愕の表情でゴールドは声のした方を振り返り、そして更に驚愕の色を深める。

 シント遺跡、外界とは隔離された空間、そして今その場にいる人間というものは極限られた者達であり、その全てはゴールドの周囲で倒れている。

 ――否だ。

 全てでは無い、一人だけいたのだ。一人だけ、先までの彼らと伝説達の戦いに参加していなかった人物が。

 

「"私のアルセウス"が邪魔者共を一掃した。まぁ一つ取りこぼしがあったみたいだがね」

 

 そしてそれは、そんな彼だからこそ為し得た行いだった。

 六人の正と悪の人間達が世界を救う為に団結するという"人の進化"。その(さま)に心を開きかけつつあったアルセウスを気づかれない内に迅速に捕獲するという非情な行い、それを為しえる事の出来る唯一人の人物。

 

「だがこれで、この私こそが"神"! ディアルガもパルキアもギラティナもこのアルセウスも、そしてロケット団すらもこの私のものだ! この"アポロ"のな!」

 

 ロケット団四将軍の長、現ロケット団の実質的トップ"アポロ"。最後の最後で、(アポロ)という非情な現実がゴールドへと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 埒が明かない。そんな考えがクリアの中で生まれ始めた。

 今彼が対峙する黒いバンギラス。戦い始めて暫く経つが、一向に動きが鈍くなる気配すら無い。規格外の体力が見え隠れし始めていたのだ。

 更に規格外なのはそれだけに留まらず――、

 

「"かえんほうしゃ"!」

「"タネマシンガン"!」

 

 エースから放たれた火炎と、ダーテングから放たれた種子の弾丸が黒いバンギラスへと迫るも、二体の攻撃は黒砂の嵐によって防がれる。

 黒いバンギラスの周囲に巻き起こる黒砂の"すなあらし"。それによって遠距離からの攻撃は実質的に無意味なものとなっていたのである。

 牽制や目隠しなどの用途に用いれても、いざダメージを与えるとなると全くと言っていい程期待出来ない。

 それ程までに、黒いバンギラスの操る黒砂は強力だったのだ。

 

「くっ、"アイアンテール"!」

 

 次の瞬間、激しい衝撃が地を駆けた。

 それはエースと黒いバンギラス、それぞれが放った"アイアンテール"がぶつかり合った衝撃、だが双方の威力は少しの差で黒いバンギラスの方が上らしく、エースは僅かに顔を歪めて一旦距離をとる。

 黒砂の"すなあらし"による絶対的な防御と高い物理戦闘力。

 眼前の黒いバンギラスの強大さ、レベルの高さにクリアは思わず冷や汗を流す。

 間違いなく、今まで出会った中で最強クラス、場合によっては伝説のポケモンすらも凌駕するのではないか、そんな予想すら、今のクリアには容易に立てられた。

 

「マズイですね、消耗戦になっては分が悪いですよ」

 

 ホルスの声にクリアも頷いて返す。

 思えば彼も、ここまで良く戦っている方である。現役のジムリーダーと肩を並べて戦える程の強さ、国際警察の名は伊達では無いらしい。

 

「えぇ分かってますよ。だけど、まずは……」

 

 そう言って、クリアは不意に一個のスーパーボールを黒いバンギラスへと放る。理由は無論、捕獲の為だ。

 ――だが、

 

「まずは奴に大きな隙を作らないと、ボールなんて到底当たらない……!」

 

 放られたスーパーボールが虚しく"すなあらし"の壁に弾かれるのを見て、クリアは歯痒そうに言葉を搾り出す。

 事実、彼は先程からずっとバンギラスにボールを当てるタイミングを見計らっているが、驚く程にそんな隙など、眼前のバンギラスは微塵も見せないのだ。

 第一に遠方からの数撃てば当たる戦法でボールを投げた所で、その全ては"すなあらし"によって弾かれるだろう。

 しかし、だからと言って黒いバンギラスに近づいたとしても、待っているのは激しい近接戦闘。

 エースに跨り、コンマ秒が命取りとなる指示を出しつつ捕獲に集中するには、残念ながらクリアは些か経験不足な面があった。

 

(……と言っても、俺って実は捕獲に関しては多分イエロー以下だからなぁ)

 

 そうなのである。忘れがちだがクリアという少年の手持ちはほぼ全て、捕獲以外の手段で彼の仲間となったポケモン達だ。

 唯一彼が捕獲したと言えるドククラゲのレヴィも、どちらかというと友情捕獲(ゲット)という側面が強い。

 故に、彼は恐らくどの図鑑所有者やジムリーダーよりも、捕獲が苦手だったのだ。

 さてどうしたものかと、思わず爪でも噛みたくなる気分になったクリアだったが、その時不意にホルスが口を開いた。

 

「……そうですね。確かに奴に大きな隙を作らないと埒が明かない……なら、私に考えがあります」

「え、本当ですか、ホルスさん?」

 

 どうやらホルスなりの作戦が一つあるらしく、ひとまずクリアも彼の言葉に耳を向ける。

 

「えぇ、ただしかなり危険な賭けですがね。クリアさん、良ければ次の瞬間、私と一緒に奴に突撃してください」

「突撃、ですか……?」

「はい、文字通り、防御を捨てて二人で奴に近づきます。勿論さっきまでの小競り合い程度のものでは無く、特攻覚悟の突撃で」

 

 特攻覚悟の突撃、それも防御を捨てて攻撃に全てを転じての自爆技。確かにその方法ならば、桁外れの強さを持つ黒いバンギラス相手と言えど隙を作るくらいは出来るかもしれない。

 だがそれは同時に、二人同時の特攻という事は即ち、どちらか片方を囮に使っての方法ともとれる作戦だった。

 一対一ならば確実に迎撃されて終わる――だからこその二対、黒いバンギラスが片方を迎撃している間に、もう片方が黒いバンギラスを沈め様というもの。

 なるほど確かに特攻である。

 防御を捨てての一撃となれば相手も本気で迎撃しなくてはならない、生半可な防御では打ち崩されてしまうからだ。故に黒いバンギラスも本気でどちらかを迎撃するだろうし、当然、結果そのどちらかは唯では済まないだろう。

 

「……今の私にこれ以上の有用策は無いです。勿論判断は、あなたの意思を尊重しますが」

 

 此方の意思を確かめるホルスの言葉、だが彼がそんな問いかけをした時には、クリアの中で答えは既に決まっていた。

 

「答えは……YESです。正直俺も、黒いバンギラス(あいつ)相手するには一度くらい死線を潜らないとと思っていましたから」

「……そうですか。では次のタイミングでいきましょう」

「了解です」

 

 そしてスリーカウントが始まる。

 例えるなら、今彼らが行おうとしている事は、身一つで燃え盛る炎に飛び込む様な所業、無事では済まない事を前提とした行い。最悪の事態すら想定出来る状況だ。

 しかしながら、そんな中でもクリアの心は自然と落ち着いていた。

 原因は一つ、例えの場合と違って、今彼は一人では無いからだ。

 短い付き合いながら、彼と共に戦うホルスは彼と拮抗した、否もしかするとそれ以上の実力を垣間見せており一定以上の信頼も出来る程の人物だ。そんなホルスと組んでの策ならば、まず失敗は無いだろうとクリアは自然と思えてしまうのである。

 そして、クリアが落ち着いていられる最たる原因はエース。此方の黒竜の存在。

 相手は強大だ。だが此方のパートナーだって負けてはいない。純粋に、ただ純粋にクリアはそう思って、自然と右手を胸の中央へとやった。

 

 

『お誕生日、おめでとう! クリア!』

 

 

 そう言って満面の笑みを見せた少女の顔が自然と脳裏に浮かんだ。

 大きな戦いの後、久方ぶりに再会した彼女から渡されたプレゼント。彼女らしからぬと言っては失礼か、無くさない様首から下げて服の内に入れている、小さな黒い石がはめられたペンダントを軽く握る。

 

 ――ワン、というホルスの声が耳に届く。

 その時不意に、自然と笑みが零れた。二つの笑み、エースとクリア、強敵との戦いを楽しむエースと、そんなエースに呼応する様に笑みを見せたクリア。

 今まさに、大きな戦いの決着の間際、そうして彼ら、一人と一体の心は重なり合って、

 

「今ですッ!」

 

 そして終幕の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて、アポロが行った行動は極めてシンプルだった。

 ギラティナに吹き飛ばされた直後からの記憶の差異、現状の把握、そして大きな隙を見せるアルセウスの捕獲。

 捕獲自体は割りと簡単に事が運んだ、これでもアポロはロケット団四将軍を束ねる者、現ロケット団のトップなのだ。その実力は折り紙付きなのである。

 そして彼はすぐさまアルセウスに命じたのである。

 ディアルガ、パルキア、ギラティナと向かい合っている六人の始末を。自身の仲間の存在など、彼にとってはどうでも良かった。アルセウスが手に入った今、彼は仲間という存在に何の意義も見出せなかったからである。

 

「テメェ……いつの間に……!」

 

 声が聞こえた。ゴールドという少年の声、先のアルセウスの一撃で唯一倒れなかった者。

 彼の言葉が耳に入った瞬間、アポロは顔を歪ませ大きく口を開いた。

 

「フ、フハハハハハ! いつの間に? そうだな、いいだろう答えてやる。私はお前達六人が伝説の三体と相対した頃にはもう起きていたよ!」

「な……テメェ、じゃあ俺達の話しを……」

「あぁ聞いてたな、世界の危機なのだろう……で、だからどうしたというのだ?」

「……何を……」

「世界が壊れても、また一から創ってしまえばいいではないか。このアルセウスの力で!」

「何を言ってやがるんだテメェはぁぁぁ!!」

 

 ゴールドの咆哮と共に、彼のバクフーンが"ブラストバーン"を放つ。

 炎の究極技、とてつもない威力を秘めた一撃、にも関わらず、対したアポロは涼しい笑みを浮かべたまま、パチン、と一度だけ指を鳴らす。

 瞬間、"ブラストバーン"が忽然と消え失せた。

 

「何!?」

「フフ、これ位で驚いて貰っちゃ困る!」

 

 そしてアポロが言い終えた直後、再び"ブラストバーン"が姿を現す――ただし、ゴールド達へと放たれる形で。

 シント遺跡内部に悲鳴が木霊する。

 直後、プスプスとした音と、所々黒く変色した地面で、ゴールドはかろうじて立ち上がった。

 直撃だけは避けたらしい、が、それでダメージが皆無になった訳では無い。

 予想外の一撃、故にそれを避けるのも至難の技、既にゴールドの息は切れ切れとなり、立っているのもやっとの様子だ。

 

「何が起きたのか分からないという顔だな。フフ、説明してやろう、今のはパルキアの力だ」

「……パルキア、だと……?」

「あぁそうだ」

 

 得意げな顔でアポロは続ける。

 

「アルセウスを手中に収めるという事は、イコールそれは他の伝説の三体を手に入れたも同じ事、創造神には何人も抗えないからな」

 

 詰まる所、先程ゴールドを襲った攻撃はアルセウスによるものでは無く、空間を操るパルキアによるものだったという事なのである。

 パルキアの力で"ブラストバーン"のエネルギーを空間を曲げてゴールドへと向かう様にした。ただそれだけの事。

 そしてそれを可能にしたのが、アルセウスの力。ディアルガ、パルキア、ギラティナの三体を創造し、文字通り頂点の位置に君臨するアルセウスだからこそ、為せる技なのである。

 

「……待てよ」

 

 それだけの事実を前にして、それ程の絶望を前にして、その時ゴールドは思いついた様に呟く。

 

「じゃあつまり、アルセウスがいれば伝説の三体の争いを簡単に止める事が……」

「出来るな」

 

 即答だった。そしてその答えはゴールドが予想した通りのものでもあった。

 世界の危機、つまりは時空バランスの崩壊というものは伝説の三体が争う事によって起こりうる事態だ。

 故に、伝説の三体を操る術さえ持っていれば崩壊の危機は回避出来るという事であり、そしてゴールドのその予想は、確かに当たっていたのである。

 

「だが」

 

 ――しかし、

 

「別に止める必要も無いだろう」

 

 惜しむは伝説のコントロールを持っているのが、アポロという事だろう。

 アポロが興味なさげにそう言い捨てた瞬間、再びシント遺跡内部で地響きの様な轟音が鳴り響き始める。

 伝説の三体が、再び戦い始めた為の音だ。

 だが先の言動から、アポロのそんな言動をゴールドは予測出来ていた。故に彼は必要以上の動揺はしなかった。

 壊れたら創り直せばいい。自然とそんな言動が出来る相手だ、言っても無駄なのだろう。

 その代わり、彼はただ見上げる、アルセウスを、アポロを。

 キューを持つ手に、自然と力が篭るのを感じた。

 

「いいぜ、分かった。テメェの腐った考えは十分過ぎる程理解したぜ、だから今度は俺の考えを聞かせてやる!」

 

 いくつかの視線を感じた。アポロでは無い。恐らくシルバーやクリスタル、そしてもしかするとランス達他の四将軍達も今彼を見ているのかもしれない。

 ワカバタウンのゴールド。逆境の中でこそ輝く金色の意思を持つ少年を。

 

「いいか! 今からこの俺様がテメェのその腐った性根叩きなおして、そんでもってちゃちゃっとアルセウスも解放して、ついでに世界を救ってやらぁ!」

 

 言って彼は全速力で走り出す。全ての手持ちを外に出して、ポケモン達も彼に続く。

 

「フッ、出来るかな?」

「"出来る"、"出来ない"じゃない! 絶対に"やる"んだよ!」

 

 ゴールドの怒涛の走りを見ても、アポロの不敵な笑みが崩れる事は無い。

 次いで光が生まれた。アルセウスでは無い、ディアルガ、パルキア、ギラティナの三体だ。争いあいながら、ゴールドをはさみ込む形でそれぞれの技の準備が完了した合図だ。

 三方からの攻撃、後ろも、上にも下にも左右にも逃げ道なんて有りはしない。

 だがゴールドの足は止まらない、当然だ、元より今彼は前しか見ていない。ただ前だけを見て、アポロへと戦意の全てをぶつけている。

 

 

 

「ククッ、だがこれで、終わりだ! ゴールド! これでこれからは私の時代だ!」

 

 そして三つの光が一際大きくなる。アポロの声が木霊する。

 瞬間、三体の伝説達による"はかいこうせん"が放たれる。瞬時にゴールドのポケモン達が身構えて、シルバーとクリスタル、二人の絶叫が耳に届いたとゴールドが認識した瞬間――伝説の三体は大きく体勢を崩した。

 三体による三本の"はかいこうせん"が三本とも、僅かに軌道をずらして間一髪の所で虚空を切って地や壁を削いだ。

 

「なんだと!?」

 

 久方ぶりにアポロの顔に焦りの色が浮かんだ。

 無理も無い、今の攻撃は確実なはずの攻撃だったのだ。確実にゴールドという少年を盤上から叩き落したはずの攻撃だったのだ。

 それが何故外れたか。

 答えはすぐに明かされた。

 

「少し見ない間に、随分と偉くなったものだな。アポロ」

 

 伝説のポケモン"ギラティナ"のすぐ近くに彼はいた。リングマをつれた全身黒尽くめの男だった。

 

「な、何者だお前は!?」

「俺の顔を忘れたか?」

 

 攻撃の邪魔をされた事への怒りを露にしながら言ったアポロに、彼は一言そう言って、そして不意に帽子を取る。

 瞬間、アポロの動きが静止する。否アポロだけでは無い、同様に他の四将軍達、そしてシルバーまでもが動きを止めて驚きの顔を見せて、

 

「と、父さん……?」

 

 

 

 そして――そして彼らは登場した。

 ギラティナ、パルキア、ディアルガ、彼らはそれぞれ各伝説達に一撃を入れる形で戦いの舞台へと躍り出る。

 ロケット団首領にしてシルバーの実の父であるサカキを筆頭に、

 

「よもやアルセウスを手中に収めているとはな」

 

 パルキアの傍にはカイリューを連れたワタルが、

 

「ふ、相変わらずの勇ましさだな。ゴールドよ」

 

 そしてディアルガと相対するのはウリムーと共に"帰ってきた"ヤナギ。

 それはかつて"巨悪"と呼ばれた者達であり、そしてかれらの介入によって、戦況は著しく変化する事となる。

 戦いの図式は自然と出来上がっていた。

 ギラティナと相対するはサカキとリングマ。

 パルキアと相対するはワタルとカイリュー。

 ディアルガと相対するはヤナギとウリムー。

 そして、アポロとアルセウスと相対するのは、ワカバタウンのゴールドとその手持ち達。

 

 

 

 シント遺跡での戦い、アルフの遺跡での戦い。

 ――二つの遺跡で起こった戦いの決着は、すぐそこまで迫っていた。

 

 




まさかアポロがシント編ラスボスになるなんて、書いてて吃驚。


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七十七話『vsトゲピー 暗い真実』

 繋がりの洞窟を抜けた彼らは現場へと急行していた。

 

「おいお前、ツクシと言ったか? 今このジョウトで起きてる事件の終着点がアルフの遺跡ってのは本当なのか?」

「はい! 恐らく間違いないですホカゲさん。彼らはどこかへと消えてしまって、ワタルさんもどこかへと飛んで行ってしまいましたが……」

「チッ、まぁだがなんでもいい。今回の事であのワタルに貸しも作れた事だしな。さっさと事件解決して、クリアの奴にリベンジ戦を挑みに行くか!」

 

 ヒワダタウンのジムリーダー"ツクシ"と、ホカゲと名乗る元マグマ団の青年である。

 アルフの遺跡での異変を見届けた後、ツクシはすぐにヒワダタウンへと飛んだ。万が一に備えて、頼りになる彼らを迎えにいったのである。

 

「もしもの時は、頼むよ。ねぎま、ヤドンさん」

「……それにしても、まさかこいつらがクリアの元手持ちだったとはなぁ……」

 

 そう語るホカゲは、買い出しついでにヒワダタウンに彼が寄った時の事を思い出す。

 口に咥えた"いかりまんじゅう"を何の躊躇いも無く要求してきたこの二体が、実は彼がライバル視する少年が育てていたポケモンで、果てはヒワダの平和を守る守護ポケモンなどと言われても、全くピンと来ない。

 

 ――ヒワダタウンの子供たちの人気者である彼らだ。どちらかと言えば、"ヒワダのゆるキャラ"などと言い換えた方が彼ららしいのではないだろうか。

 

 道すがらそんな事を考えていたホカゲだが、彼の身体の数か所には未だに手当ての後が残っていた。

 それは彼がジョウト伝説のポケモン"エンテイ"を捕獲した直後の事、ワタルのカイリューによる"はかいこうせん"の流れ弾に当たってしまった事がそもそもの原因だった。

 その後の話で、今回の事件の事やワタルの正体などについて話されたホカゲは、今日この日までワタルや自身の怪我の手当てに専念していた。

 少なくとも以前の、マグマ団幹部時代のホカゲならワタルの事など放っておいて、事件にも無頓着だっただろう。

 目の前で悪が動くと言われて、形はどうあれそれを正そうと判断した。

 その心境の変化を、果たしてホカゲは自覚しているのだろうか――。

 

「そろそろつきますよ、ホカゲさん」

「あぁ分かったぜ、ツクシ」

 

 エンテイの背に乗ったホカゲは、そして間もなくアルフの遺跡に到着する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルフの遺跡とシント遺跡、二つの遺跡で繰り広げられる戦いにも終わりの兆しが見えてきた。

 アルフの遺跡ではクリアとホルスの両名が最後の賭けに臨み、シント遺跡でも事態の収拾を図るべく三人の男たちがゴールドを救う形で戦いに参入する。

 中でも一際目を引いたのは全身を黒で固めた男、リングマを連れたその男の顔を、ゴールド、クリスタルを除いた彼らは知っていた。

 

「と、父さん……?」

 

 シルバーの掠れた声が遺跡内部に木霊する。

 黒いハットを手にとり素顔を晒したその男は、かつてカントーを中心に暗躍した組織"ロケット団"の首領(ボス)にしてジョウト図鑑所有者"シルバー"の実の父親、行方知れずとなっていた"サカキ"その人だったのである。

 だが驚愕は終わらない。

 サカキだけでは無い、ゴールドをアポロの凶手から救った三人の内の一人、その一人には本来ならばこの場にいないはずの老人だった。

 チョウジジム前ジムリーダー"ヤナギ"。彼はかつて"仮面の男《マスク・オブ・アイス》"と恐れられ、そして時空のはざま"に消えて死んだと思われていたはずの人間なのである。

 そしてもう一人、かつての"四天王事件"の首謀者であり、また此度の騒動には前もって警鐘を鳴らしていた青年"ワタル"。

 

 彼らは、その誰もがかつては"悪人"と呼ばれた者たち。そして三人が三人、様々な形で少なからず因縁を持つ者同士だ。

 そんな彼ら三人が一時的とは言え肩を並べた事は、間違いなく奇跡と言えるだろう。

 ジョウトとシンオウ、二つの地方の危機。

 そして幻のアルセウスと伝説のディアルガ、パルキア、ギラティナを従えたアポロを前に絶体絶命と陥った彼ら三人の図鑑所有者とロケット団四将軍を救うため、"最恐の敵"は"最強の味方"となって戦線へと躍り出る。

 

 

 

「"父さん"……と言う事はこの人がシルバーの……」

「……父だ」

 

 確認する様に呟かれたクリスタルの言葉に、感情の籠っていない声色でシルバーが返した。

 彼の肯定の言葉に、クリスタルは静かに息を呑み、また僅かながらに複雑な表情を表す。

 シルバーの父"サカキ"は何を隠そう悪の組織"ロケット団"の首領、倒すべき敵、捕まえるべき悪である。

 だがそれと同時に、彼は同じ図鑑所有者の仲間であるシルバーの実の父親、それに加えて、今しがた彼はアポロの凶手からゴールドを救った恩人とも言える。

 ――その事実から、クリスタルは複雑そうな表情でチラリとサカキを横目で見る。

 

「いや、ちょっと待て。確かにそれも驚きだが……だが……」

 

 そんな中、今しがた三方向からの攻撃を受けたゴールドはある一点を見つめて呟いていた。

 まるで死人でも見つけたかの様な表情で、今までにない驚愕の色を顔一面に広げて、

 

 

「ワタルさん、それに……ヤナギ!? ど、どうしてここに!?」

 

 彼が驚くのも当然である。ヤナギはかつての戦いの後、世間一般からは行方不明扱い、そして事情を知る"一部の者たち"の間では既に亡くなったものだとばかりに捉えられていたのだ。

 

「話は後だ」

 

 だが大きく疑問の声を上げたゴールドに対し、ヤナギはあくまで冷静に返す。

 そしてすぐに、彼ら三人はまるで予め打ち合わせていたかの様に三者三様別々の方向へと目を向けて、

 

「まずは、この崩壊に導かれた運命を打ち崩す事が先決だ」

 

 瞬間、三つの場所でそれぞれ轟音が上がった。

 それはヤナギのウリムーがディアルガへと"ふぶき"を、ワタルのカイリューがパルキアへと"はかいこうせん"を、サカキのリングマがギラティナへと"シャドークロー"を放った衝撃。

 戦いに火蓋は、そうして切って落とされた。

 

 

 

「……ふっ、忘れはしませんよサカキ様。ですが、貴方の時代はもう終わりだ」

 

 世界を守る為の戦い。柄にも無く、それでいて彼らにしか出来ない戦いを始めた三人の悪人たちとそのパートナー、そしてそれを迎え撃つ三体の伝説たちを見つめてアポロは言う。

 

「これからは幻と伝説を従えたこの"アポロ"が、新生ロケット団を統制する! それ故に、幾度となく失敗を繰り返してきた"前首領"の貴方には消えて貰おう!」

 

 勝ち誇った笑みで、妖しい光がチラつく瞳をギラギラと輝かせて、アポロはかつての上司に向かって確かに叫んだ。

 唖然とする他の四将軍たちの視線の先で、彼は組織の人間として最も敬わなければいけない人物を見下す。不適な笑みを浮かべたそんな彼の心境は、きっと彼自身にしか分からない。

 

「ふん、言いたい事はそれだけか? アポロ」

 

 だがしかし、返ってきた言葉はそれだけだった。

 その言葉には罵倒された怒りも、その先の憐れみも感じられない。ただ淡々と、己のやるべき事の為、先だけを見据えた瞳でサカキはアポロを見上げて、

 

「俺はお前が何を叫ぼうが、何をやろうが気にはしない……だが!」

 

 その一瞬、その瞬間、ゾクリとした不快感がアポロの全身を駆け巡る。

 

「"ロケット団"はこの俺のものだ。誰にも奪わせはしない!」

 

 確かに、そして堂々と宣言して、サカキは再び意識をギラティナとの戦闘に集中させる。そして視線を外され、数秒して、ようやくアポロは気がついた。

 先の一瞬、その時彼は確かに畏怖した。そして感じた。

 "恐怖"――。かつて図鑑所有者と呼ばれる子供たちに幾度かの敗北を喫した一人の男に対して――確かな恐怖を。

 

「ランス、ラムダ、アテナ」

「は、はい!?」

 

 不意に、残りの四将軍たちへとサカキが声をかける。

 声掛けられた三人は縮こまり、緊張と少しの恐怖に顔を蒼白にさせている。

 だがそれも無理はない。今彼らの首領であるサカキがやっている事は、言ってみれば彼ら三人の尻拭い。よく調べもせずに安易に幻や伝説に手を出してしまった自身らの過ちの清算。

 さらに彼ら四将軍のリーダーと言えるアポロが先ほどサカキを罵倒したばかりである。

 一体どんな処罰を言い渡されるのか、否、そもそもこれからも自身たちをロケット団に置いてくれるのか。三者共、最悪の未来を予測してサカキの言葉を待つ、が――、

 

ギラティナ(こいつ)を外へ誘導するぞ、戦いの場としてこの遺跡は狭すぎる。お前たちも力を貸せ」

 

 言い渡された言葉の意味を、彼らは最初理解出来なかった。

 まず最初に行った事は"分析"。確かにサカキの言葉通り、遺跡内部は非常に狭く、さらに今戦っているのはサカキだけで無く、ヤナギやワタルもである。

 出来るだけ離れて戦ってはいるが、三体の伝説たちの攻撃の余波などが少しずつぶつかり合い、時空への影響が未だ出続けている。

 このままではジョウトとシンオウの滅亡はまだ避けられない運命だ。故に、万が一の衝突の心配がいらない広い場所、つまりは外へと伝説たちを誘導する。なるほど理解出来る。今こうしている間にも、ワタルやヤナギの二人が図鑑所有者たちにサカキ同様の声掛けをしている。

 ――さて、ではここが本題だ。

 今サカキは確かに彼らに"力を貸せ"と言った。それは詰まる所――、

 

首領(ボス)命令だ。早くしろ!」

「は、はい……! サカキ様!」

 

 まだ彼らを、ロケット団として認めている。そして同時に、少なくとも彼らの力を多少は信用している。そう捉える事が出来るのでは無いか。

 その事に気付いた時、ランスとアテナは二人同時にサカキへと返答した。

 まだ戦える。尊敬する首領(サカキ)の為――その喜びが、彼らロケット団員に再び力を与えるのだ。

 

「ラムダ、お前もだ。お前たちの処分は終わってから考えるが、なんならお前だけ、罰を重くしてやってもいいんだぞ」

「は!? は、はい! 分かってます分かっておりますよチクショー! どうせ俺はこんな役回りだサカキ様万歳ィィィ!」

 

 最後の方は恐らくヤケクソなのだろう。未だに顔を真っ青にして半泣きになっていたが、果たして真偽はどちらか。そしてランス、アテナに続く形でラムダもサカキの加勢に入るべく、自身のポケモンを出してギラティナと相対する。

 

 

 

 

 その様子を、アルセウスを傍らに置いた状態でアポロは歯ぎしりをして見つめる。

 

「くっ! 貴様ら、揃いも揃ってこのアポロを裏切りおって……!」

「ケッ、先にあいつら見限ったテメェがよく言うぜ」

 

 そこでアポロは気付く。

 一人だけ、三体の伝説たちの戦いに参加していない人間がいる事に。

 帽子とゴーグル、肩に担いだビリヤード用のキューが特徴的な、行く所来る所全てに"(そうどう)"を運ぶ図鑑所有者でも一二を争う問題児にして、"現状を覆す"という意味では最も"期待"が出来る少年。

 ジョウト図鑑所有者、ワカバタウンの"ゴールド"。

 

「オラ来いよアポロ、そんでアルセウス!」

 

 既に傷だらけだった。彼のポケモンたちも満身創痍だった。だがしかし、その誰もが"おや"同様に不適な笑みを浮かべていた。

 

「決着、つけようじゃねぇか……!」

 

 ニヤリと笑って、挑発する様に手招きをする彼のどこに勝算があるのか。それは相対するアポロにさえ、予想がつかない。

 今までの短時間の間に勝算が浮かんだのか。しかしそう簡単にこの状況を覆す程の勝算が浮かぶものなのか。ゴールドの真意が読めないアポロは、彼の真意を読み取るべく状況の把握に一時努める事にする。

 

「ゴ、ゴールド!?」

 

 その時だった。慌てた様子のクリスタルがゴールドへと駆け寄った。

 ディアルガと対峙するヤナギ。その助力をするクリスタルは、少しの間、戦いを手持ちポケモンの自主判断に任せてきたのである。

 

「あん? んだよクリス、俺の事ぁいいからお前は早くワタルさんたちの手伝いに戻れよ?」

「も、戻れってゴールド! まさかあなた一人で、あのアポロとアルセウスと戦おうって言うの!?」

「ったりめーよ! 俺は一度"やる"と決めた事は曲げねぇんだ」

「ダ、ダメよそんなの! そんな、一か八かの賭けみたいな事……いえ、むしろ賭けなんて成立しない。無謀過ぎるわ!」

「はぁ、あのよぉ、クリス……」

 

 少女は折れない。少年がどう言おうと、死地に向かうに等しい少年の行動を少女は必至に食い止める。

 一歩も引かない様子のクリスタルに、ゴールドはため息交じりに口を開く。

 

「つーかどっちにしろ、誰かがここであいつら止めなきゃいけねぇ……誰かがやらなきゃいけねぇんだ!」

「っ……そ、それなら私も……!」

「それはダメだ」

 

 決意を固めた少年の、それも筋の通った言い分に思わず少女は反論の言葉を失う。

 だがそれでも少女の中にはまだ、諦めるとう文字は無かった。

 神話級の幻の一体と、巨大組織の上級幹部の一人。

 そんな組み合わせを相手に、必要を感じ一人で戦おうとする仲間(ゴールド)の身を案じて、せめて自身も共に戦おうとする少女(クリスタル)だったが――だがそんな少女を止める者がいた。

 シルバーである。

 パルキアを外へと誘導するワタルの助力をする彼だったが、ゴールドとクリスタルのやり取りを見て一旦戦いから抜け出てきたらしい。

 

「今お前が抜けたら、ディアルガを誘導するヤナギの負担が増加する。それでジョウトとシンオウが崩壊すれば元も子も無い」

「シ、シルバー、だけどゴールドが……!」

「大丈夫だ」

 

 不安げな表情を見せるクリスタルとは裏腹に、シルバーの表情には微塵も焦りの色が見えず、むしろ別の心情すらも見て取れた。

 

「そいつは……俺の"友"は、やると言ったらやる、そして、負ける勝負はしない男だ!」

 

 何にせよ、シルバーはゴールドという少年にそれだけの"信頼"を寄せていた。

 "信じている"からこそゴールドに全てを託す事が出来るのである。

 そしてそれはまた、ゴールドも同じ――。

 

「……あぁ! 任せとけ、ダチ公!」

 

 "金色の心"と、"銀色の魂"。ゴールドとシルバー。全くもって正反対の二人の少年は、そして一度、互いの拳を突き合わせた。

 拳から、友の力が流れてくる様な感触。

 敵対から始まった友情だった。幾度となく衝突した、だからこそ、彼らは相手の事を自分の事の様に理解出来るのだ。

 そして、彼らのそんなやり取りを、クリスタルは右手を胸に置いて眺めていた。

 恐らく今の彼らのやり取りに少なからず何かを感じ取ったのだろう。そう感じ取ったシルバーは、そしてすぐに自身の役割へと戻っていく。

 

(……怖い。だけど……)

 

 彼女の恐怖は消えていなかった。ゴールドにもしもの事があったら――そんな不安がクリスタルの胸中に渦巻く。

 だが今は戦いの真っ最中だ。シルバーの言う通り、今クリスタルがディアルガとの戦いから抜ければジョウトとシンオウの二つの地方が再び崩壊の危険に晒されるかもしれない。

 

(私も……ゴールドを信じなきゃ……!)

 

 そう思って、身を震わし、目を固く瞑って、胸に置いた手に力を込めた。不安を掻き消す為に、少女は必至に自身へと言い聞かせた。ゴールドの勝利を、自身の役目を。

 ――その時である。

 

「……大丈夫だ。心配すんな」

 

 頭に、温もりを感じた。

 

「すぐにアポロの野郎をブッ飛ばしてよう、そんでアルセウスの心を開いてみせっからよぉ!」

 

 そして少女は思い出す。

 馬鹿で、無鉄砲で、お調子者の眼前の少年は、ここ一番の時に信じられない程の力を発揮するものだと。

 シルバー含めた五人の図鑑所有者が石化した時、同じくジョウト図鑑所有者のクリアまでもが失踪して、人知れず不安を覚えた少女の心を支えたのはこの少年の笑顔だった。

 そしてバトルフロンティアでの決戦では、少年の負けん気が他の者にも影響して、そして皆の心を一つにして、奇跡を起こしたのである。

 馬鹿で、無鉄砲で、お調子者だが――しかし誰よりも、頼りになる存在。

 その事を思い出した後の少女の心には、既に不安や、恐怖などは微塵も残っていなかった。

 

「……うん。信じてるわ、ゴールド……!」

 

 少女は幾度となく少年の笑顔に救われている。だから少女もまた、少年へと笑顔で返した。

 一粒の涙が輝く、"水晶"の様にどこまでも澄んだ笑顔で。

 そしてクリスタルはゴールドに背を向ける。

 もう言うべき事は何もない。

 次に彼と会う時は、全てが終わって双方共に無事な姿だと決まっているから――。

 

「……おーっと言い忘れてた事があったぜ」

 

 そうして走り去ろうとした彼女の背中に、思い出した様に少年は口を開いて、

 

「クリス、おめぇのその恰好よぉ……」

「ネイぴょん"おいかぜ"!」

 

 少年が言い終える前に少女は自身のネイティオを出して少年の口を封じた。

 言葉を妨害された少年が抗議の声を出すが、今の少女はそれどころでは無い。

 いつもとは違う、母親に半ば無理やりに着せられた服を隠す様に自身を抱いて赤面する少女は、ゴールドとは目線を合わせないで、

 

「な、なにを言いたいかは知らないけど……役目をちゃんと終えたら、聞いてあげる」

 

 それだけ言って、今度こそ彼女は自身の役目へと戻っていく。

 少女の言葉に、少年は一瞬だけ呆けるが、だが次の瞬間には持前の明るさを取り戻して、

 

「おーし! 山ほど聞かせてやっから生きて待ってろよぉー!」

 

 少女が向かった方向に叫んで、そして少年は自身の相手へと再度視線を向ける。

 どうやら相手もまた、改めてこちらを自身の相手として認識した様子である。

 

「ふむ、一体どんな策があるかと思ったが、だが思えばどんな策があろうと、私のアルセウスの前には無力。考えるだけ無駄な事だ」

「無駄かどうかは、戦ってから決めろってんだこのトントンチキが!」

 

 強大過ぎる相手を前にしても、ゴールドには負ける気などはしていなかった。

 むしろ、先ほどよりもさらに心に余裕が出来ていた。

 理由は勿論、二人の仲間たちの存在、ゴールドの帰還を信じた彼らの思いが、今のゴールドに敵に向かう力を与えてくれているのだ。

 追い風はゴールドに吹いていた。

 

「……では手始めにお前を倒して、そして他の者共もまとめて葬ってやろう」

 

 そしてアポロの宣言と共に、因縁めいた両者の決戦は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今ですッ!」

 

 スリーカウントの終了直後、彼らは共に駆け出した。

 クリアとホルス、リザードン(エース)とダーテング、アルフの遺跡で起こった戦いに終止符を打つべく彼らは目標目掛けて突き進む。

 迎え撃つそれは、邪悪に満ちた笑みを浮かべて二人を視界に捉えていた。

 黒いバンギラス。"亀裂"の中から現れた未知のポケモン。激しい凶暴性と強さを秘めたこのポケモンの暴走を止める為、彼ら二人は決死の策に臨むのである。

 

「"アイアンテール"!」

「"きあいだま"!」

 

 エースの尾が鋼の力を帯びて、ダーテングの内輪に闘の力が集まる。

 挟み込む様に黒いバンギラスへと近づいた両者が行った行動、それはただ単純な同時攻撃、だが単純だからこそ、攻撃というものはそれ相応の威力を発揮する。

 例え一方が迎撃されても、もう一方の攻撃で確実に黒いバンギラスを倒すという算段、その狙いは確かに合理的だ。数の上での有利を利用しない手は無い。

 ただ例外的だったのはやはり、此方の有利性を遥かに上回る相手の特異性だったという事か。

 二手から来る攻撃、流れる様に水平に振るわれる鋼の尾と、外さない様に至近距離から放たれる闘の玉、それらの攻撃に対し黒いバンギラスが行った事はこれまた単純(シンプル)な事。

 

「くっ……!」

 

 クリアが小さな悲鳴を上げて、エースの身体が黒いバンギラスから遠のく。

 予想は真実に変わった。至近距離から放たれた"はかいこうせん"を直に受けて、背に乗せていた主を地面へ落として、自身も土の上を転がったエースは遺跡の一部にぶつかると、そのまま力なく倒れた。

 

「……だけどこれで……!」

 

 勝負の行方を見届ける為、懸命に上半身を起こしたクリアが見たもの。

 それは――、

 

「……チッ!」

 

 毒々しげに舌打ちをしながらこちらへ飛んできたホルスの姿だった。

 

「なっ……まさか、ホルスさん……失敗を……?」

 

 決死の策、その失敗という最悪の事態、その事実を突き付けられたクリアは、途切れ途切れにホルスへと問いかけるが、ホルスは彼の問いかけに答えない。

 ただ黙って、こちらを振り向く黒いバンギラスへと鋭い視線を向ける。

 地鳴りの様な足音、万策尽きたと表情で語るクリアの絶望の色を見て、黒いバンギラスは雄叫びを上げてクリアたちを睨む。

 その顔つきから分かる。例え戦えなくなったからといって、このポケモンは彼らを逃しはしないだろう。

 一体どんな世界で生まれ育てばそこまでの凶暴性と強さを身に着けることが出来るのか。そんな事を考えたところで、クリアには到底分かりえない事である。

 ゆっくりとした足取りでこちらへと迫りくる黒いバンギラスを見つめながら、クリアはおもむろに手持ちのボールへ手を伸ばすが、

 

(……いや、うちのエースでさえ届かなかったんだ。采配を誤れば誤るほど、まるで詰将棋の様にこちらの分を悪くする事に繋がる……!)

 

 あくまでも冷静に、彼は状況を整理して、次の行動の計画を念入りに立てる。

 

(レヴィとデリバードの二対で同時に……いや今の戦いの後だとどうしても勝ち筋が見えない! だからと言ってPとVはタイプ相性の点でも不利。それに……)

 

 だが、見えない。視線の先に佇む化け物の様な強さを持つポケモンを倒す術が、見当たらない。

 

(手持ちのポケモンが全て倒れたら、アウトだ……!)

 

 そして彼が最も危険視している事、それは当然といえば当然か、こちらの戦うポケモンが一体残らず倒れた時の事だ。

 これはゲームとは違う。そんな当たり前の現実が、クリアの肩に重くのしかかってくる。

 今行っている戦い(バトル)、それは彼がまだ小さい頃、ゲームでやっていたものとは訳が違う。野生ポケモンに敗北したその時、敗北の先に待つ未来が"目の前が真っ暗になった"程度で済む保障などどこにもないのである。

 それでもクリアという少年は、今までに幾度となく危険な賭けを平気で行ってきた。果たしてそれを"平気"と感じなくなったのはいつからか。

 ――恐らくそれは、かつてのガイル事件、バトルフロンティアでの決戦後の"ある切っ掛け"が原因なのだろう。

 黄色のポニーテールを風に揺らす、小さな少女の涙をもう二度と見ない為に、少年に死は許されないのだ。

 

(……よし、こうなったらレヴィの防御力に賭けて、その間に策を……)

 

 それは単なる時間稼ぎ、だが生き残る為なら例え小さな可能性にも賭ける。

 そう決心して、クリアがレヴィのボールに手を伸ばした――時だった。

 クリアは不意に驚愕の表情で目を見開く。

 ――ホルスが、笑ったのが見えたのである。

 

「……今だ」

 

 ポツリと呟かれたホルスの言葉、直後だった。

 黒いバンギラスの足元から、"なにか"が勢いよく飛び出して黒いバンギラスを襲ったのである。

 それはホルスが黒いバンギラスから離れる直前、逃げる様に見せかけて、知られず放っておいた一個のボール。

 ホルスはそのボールの中のポケモンに、最もベストなタイミングで現れる様に予め伝えていたのである。

 

「あれは!?」

「ルカリオ!」

 

 クリアが驚きの声を上げるのと、ホルスが飛び出したポケモン"ルカリオ"の名を呼ぶのは同時だった。

 

「"はどうだん"!」

 

 黒いバンギラスへと一打与えて怯ませた後、ホルスが言った直後にその背後をとったルカリオは、一瞬手のひらの先に力を溜めて――そして一気に放出した。

 決まった。黒いバンギラスが倒れる前に、クリアは勝敗の結果を悟る。

 背後からの"はどうだん"。いくら相手が"あの"黒いバンギラスと言えど、悪と岩のタイプを持つバンギラスに闘のタイプは極めて効果的だ。

 それに加えてその攻撃をクリアは完全に予期していなかった。そんな攻撃を、相手方である黒いバンギラスが予期できたとは到底考えられず、現にその奇襲は完璧な奇襲だった。黒いバンギラスは反撃はおろか身構える事さえ出来ていないだろう。

 そして最後に、とどめとばかりにホルスは倒れた黒いバンギラスへと近づき――、

 

「これで……」

 

 その手に持ったダークボールを黒いバンギラスへと放った。

 光を放ち、ダークボールへと入っていく黒いバンギラス、そしてボールは二、三度揺れて、不意にその動きを止める。

 あまりにも呆気ない幕切れ。先ほどまでの苦労が嘘の様な虚無感。

 唖然とするクリアの視線の先で、そしてホルスは勝ち誇った様に言うのだった。

 

「捕獲、完了だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦力差は圧倒的だった。

 

「ふっ、どうしたゴールド? 些か手ごたえが無さ過ぎるぞ?」

 

 アポロの声が聞こえる。自身の手持ちポケモンたちの必至の唸り声も同時に聞こえる。

 傷だらけの身体を引きずって、ゴールドは視線の先にアポロ、そしてアルセウスを捉える。

 相手方は全くの無傷だった。

 対してこちらは主力の五体が全て瀕死寸前、唯一まだ元気を残しているといえば、ポケスロンで共に競技に出るために連れてきたトゲピーの"トゲたろう"くらいか。

 その"トゲたろう"にも、今の戦いの最中彼は補欠を言い渡していた。

 トゲピーの進化条件、それはどれ程"おや"に懐いているか、つまりはポケモンとトレーナーがどれ程の絆を築いているかが鍵となっている。

 未だ進化し得ないトゲピーでは、アルセウスの心を開けない。

 そう判断して、ゴールドは早々に"トゲたろう"をボールに戻していたのである。

 

(……俺たちなら十分望みがあると思ってたんだけどよぉ)

 

 アルセウスから複数の閃光が生まれる。

 "さばきのつぶて"、一つ一つが究極技にも匹敵するかかの様な攻撃を受けながら、ゴールドはぼんやりと考える。

 

(いくら捕獲したばっかって言っても、反抗なんざいくらでも出来るはずなんだよなぁ、アルセウスがそれをしないってぇ事は、アルセウスの奴はもう人間を諦めてるって事なんだよなぁ……)

 

 捕獲したポケモンはトレーナーのポケモンとなる、それは確かに常識的な事だが、しかし同時に、捕獲されたからと言ってポケモンたちが素直に言う事を聞くとは限らない。

 例えば捕獲されたポケモンが、自身を捕獲したトレーナーに力量が足りないと判断すれば、彼らは自分勝手な行動を始め、最悪トレーナーの元から逃げ出してしまう事だって有り得る。

 そしてそれは、まだトレーナーと十分な信頼関係を築けていない頃、捕獲したばかりの頃に顕著に現れるのである。

 ――しかしである。

 しかし今のアルセウスに、その様子は見られない。

 一見すると素直にアポロの意思に従って、攻撃を繰り出している様に見える。

 だが見方を変えればどう見えるか。

 アルセウスを捕獲した途端に豹変し、サカキを罵倒したアポロ、そんなアポロの意思に同調する様に攻撃を繰り出すアルセウス。

 もしかすると彼らは本当は逆なんじゃないか。そんな考えが、ゴールドの中には浮かんでいたのだ。

 ――本当は、アポロがアルセウスを従えてるのでは無く、アルセウスがアポロを従えてるのではないかと。

 

(……そう考えてアルセウスの心を開こうとしてみたはいいが……まさかここまで拒絶されるとはなぁ)

 

 気付くと彼は地に伏していた。彼の五体の手持ちポケモンたちも同様である。

 アルセウスを説得し、この戦いを終わらせる。自分ならそれが出来ると、ゴールドは自惚れではなくそう思って彼らに戦いを挑んだのだが、その結果がこの様である。

 幼い頃からポケモンに囲まれて過ごし、ポケモンを"家族"と言う彼ならば、確かにそう思うのも無理はない。

 惜しむべきはアルセウスの人への感情、人を見限るほどに膨れ上がった負の感情の大きさが、彼の敗因だったのだろう。

 

「……だけど、諦めねぇからな」

 

 勝負は既に決していた。

 それでもゴールドは、決して後ろを振り返らない。背中を見せない。諦めない。

 相手だけを見据えて、自身の感情をアルセウスへとぶつける。

 

「例え俺一人になっても、アルセウス、お前の心を開いてみせっからよぉ!」

「ふん、一人になっても、か」

 

 ゴールドの渾身の叫び、それに答えたのはアルセウスの攻撃では無く人の声、アルセウスを傍らに伴ったアポロの声だった。

 

「おかしいだろう、お前は確か後一体ポケモンを連れていたはずだ」

 

 その表情に変化はない。今まで通りの憎々しい程に余裕を見せるアポロそのものだ。

 しかし何故か、ゴールドはその言葉にアポロを感じなかった。

 

「出せ! 最後の一体を! 私はその一体まで全てを葬って、先へと進む!」

 

 違和感の正体は分からない。

 だがどうしても、アポロのその言葉が、ゴールドにはアルセウスからの言葉(メッセージ)だと思えてしまったのだ。

 恐らくアルセウスとアポロの関係性に疑問を持つ以前だったら何も感じなかったはずだ。

 だがゴールドは既に疑問を持ってしまっている。

 アルセウスがただアポロに操られているだけでは無いと、確信にも似た予感を感じ取ってしまっているのだ。

 ならば――出すしか無いだろう。

 だがゴールドは思う。進化していない、ゴールドに懐いていない"トゲたろう"では他の五体の手持ちポケモン以上に、アルセウスの心を開かせるのは難しいのではないかと。

 

「……"トゲたろう"」

 

 それでもゴールドは"トゲたろう"を外へと出した。

 圧倒的な力を持つアルセウスを前に、懐いていないトゲピーを相対させる。それは一体どれ程絶望的な行いか、ゴールド自身ですら無謀だと思っている。

 だがアルセウスが彼の"トゲたろう"に何かを期待している――そうゴールドが思えている以上、無茶でも何でもやってみるしか無いのだ。

 

「……ふん、滑稽だな。てんでバラバラじゃないか!」

 

 あざ笑うかの様なアポロの、否――アルセウスの言葉。

 

「ゴールド、貴様は貴様の仲間から、どうやら何も学ばなかったらしいな!」

 

 そしてアルセウスが攻撃の準備を始めた。

 恐らくこれが最後の"さばきのつぶて"となるだろう。これ以上の攻撃を受けきる自身など、今のゴールドには無い。

 足が竦みそうになる程のプレッシャーの中、ゴールドはアルセウスの言葉を一度だけ頭の中で反復して、"トゲたろう"を見る。

 そしてそれはボールの中で彼らのやり取りを見ていた"トゲたろう"も同じくである。

 二つの視線がぶつかり合う。

 

『俺の"友"は、やると言ったらやる、そして、負ける勝負はしない男だ』

『信じてるわ、ゴールド……!』

 

 二つの声が重なった。二つの像も重なった。

 ゴールドが生きて戻ってくると、全てを終わらせて必ず"戻ってくる"と信じてくれた二人の仲間。彼らの影と自分自身の影をゴールドは照らし合わせる。

 果たして自分は、今目の前にいる小さなポケモンを、一体どれ程の信頼を寄せていたのか。

 そんな疑問が、不意に生まれた。

 二人の友は"信頼"してくれた。だからゴールドは今目の前の戦いに、全力で挑む事が出来、そして今となっても後悔だけはしていない。

 だが自分はどうだ。自分は"トゲたろう"の事を果たして"信頼"していたと言えるのか。

 そう考えた瞬間、ゴールドはハッとして、アルセウスへと視線を移す。

 

「……ふっ」

 

 その瞬間、アポロの口から笑みが零れる。

 それが一体誰の笑みなのか、今さらそれを考えようとは、ゴールドは微塵も思わなかった。

 

「……すまなかったな」

 

 そしてゴールドは、眼前の小さなポケモンへと口を開く。

 今までの記憶のフラッシュバックを心に浮かべて、どんな場面でも、"決戦"と言うべき場面で彼はいつも"トゲたろう"をチームから外していた。

 その事に――無意識の内に"トゲたろう"を信頼していなかった事を悔やみながら、ゴールドは改めて感じた自分の感情を吐露する。

 頼りにされない寂しさ、虚しさ。頼りにされた時の嬉しさ、心強さ。その両方を知っているゴールドだからこそ、自身の過ちにすぐさま気付いたのだ。

 心を開いていなかったのは"トゲたろう"の方では無く、トレーナーのゴールドの方。トレーナーが心を開いていないのであれば、ポケモンが心を開かないのも当然だろうと。

 

「今さらだがよぉ、トゲたろう」

 

 その時思い出された風景は、かつての仮面の男事件の時の事。

 一組のトレーナーとポケモン。

 完全に戦闘不能に陥ったかに見えた自身の(イーブイ)を諦めずに信じぬいて、結果、当時未知の進化を体現させた一人のトレーナー。

 ――"四人目"のジョウト図鑑所有者とそのパートナー。

 

「お前の力を信じるぜ。行って、アルセウスをぶっ倒してやれ。ぜってーだぞ」

 

 クリアとV。彼らは決して諦めていなかった。

 強大な敵を前にしても、互いの事を信頼し合ってたからこそ、彼らはその後の奇跡をなし得たのである。

 だから今度は、彼らの番だ。

 今さらではあるがようやく、ゴールドは"トゲたろう"に心を開いた。

 "トゲたろう"では無謀だと決めつけて一人で立ち向かおうとはせず、"トゲたろう"の力を"信じる"と彼は確かに言った。

 だから今度は、"トゲたろう"の番なのだ。

 走り出す。ゴールドの期待を一身に受けて、小さなポケモンは強大な敵に向かって走り出す。

 

「これで決める! "さばきのつぶて"!」

「ぶちかませぇ! "すてみタックル"だ!」

 

 次の瞬間、いくつもの閃光が瞬き、そしてアルセウスの"さばきのつぶて"が投下される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルセウスに襲撃されたエンジュシティ。半壊したジムの前で二人の男が顔を突き合わせていた。

 一人はハヤトと名乗るキキョウシティのジムリーダー、飛行タイプを主に扱う鳥ポケモンのエキスパートだ。

 対するは中年程の男性だった。安物のコートに袖を通したジョウトでは見慣れないグレッグルというポケモンを連れた男性、通称"ハンサム"と呼ばれる国際警察の人間である。

 

「まっ、待ってください! 今、なんと!?」

 

 慌てた様子のハヤトとは打って変わって、ハンサムは落ち着いた様子で彼にもう一度告げる。

 驚愕の、そして重要な真実を――。

 

「言った通りだよハヤト君。私が知る限りでは"ホルス"と呼ばれる国際警察は"存在しない"。そしてチョウジのジムリーダーと我々国際警察が落ち合う予定になっていたのは確かだが、しかしそれは私一人の事だ。私は基本単独で任務に臨むのでね」

「じゃ、じゃあ僕が出会った国際警察の人間は……」

「ふむ。その事なのだが……」

 

 身分証明の為に出した国際警察手帳を懐に仕舞って、ハンサムは顎を擦りながら言うのだった。

 

「君が会った人物とは、本当に国際警察の人間なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルフの遺跡に辿り着いたホカゲが見たものは、有り得ない光景だった。

 あまりの奇妙さに、彼は一度は思考を放り出して、そして再度その光景を確認し、それが現実だと思い知らされる。

 そこにいたのは二人の人間だった。

 一人はクリアと呼ばれるホカゲもよく知る人物、その傍らでは傷ついた彼のリザードンが羽を休めている。

 だがもう一人は、ホカゲが一夜たりとも忘れた事が無い人物。

 

「あ、いましたね。クリアさん……って、あれ? もう一人は……」

 

 ツクシの言葉が、まるで遠い世界の事の様な気がした。

 だが彼は必至に現実に戻り、そしてエンテイの身体を軽く叩いて合図を出す。彼らの元に一秒でも早く辿り着く為だ。

 不意に、奴がこちらを見た。

 少しの間だけ、何かを考える様に目を細めてから、直後に頬を歪めた。

 凶悪な笑みが視界に入る。恐らく奴もこちらを思い出したのだろう。ホカゲの焦りが最高潮まで高まる。

 そして次の瞬間――、

 

「そこから離れろクリアぁぁぁ!」

 

 ホカゲが叫ぶのと同時に、奴は黒いバンギラスを召還する。

 

 

 

 

 

 

 

 再び、黒の岩竜がクリアの眼前に現れた。

 一体ホルスはどうしたと言うのか、クリアの背後を見つめたまま、微笑を浮かべて何故か再度黒いバンギラスを外に出したのだ。

 先の戦いで自身の主だと認めたのだろう。先ほどとは打って変わって大人しくなった黒いバンギラスをクリアが見上げた瞬間、声が聞こえた。

 

「そこから離れろクリアぁぁぁ!」

 

 懐かしい声だった。

 ホカゲと呼ばれる元マグマ団の、今では時折クリアに問答無用でポケモンバトルを挑んで来る様な戦闘依存症の男である。

 切羽詰まった彼の言葉に、クリアが疑問を感じて振り向こうとしたその時である。

 強烈な痛みが彼を襲った。

 一瞬、何が起きたのか分からず、クリアはただ茫然と青い空を見上げる。

 そんな彼を、合流したツクシが支えて、ホカゲがクリアと共に"攻撃"を食らったエースの容態を見ている。

 一体何が起こったのか。

 クリアがそう疑問に感じていると、答えは存外早く知る事が出来た。

 

「やれやれだぜ。俺としては、もうちょい楽しい楽しい相棒ごっこを続けてても良かったんだが、だが正体がバレたとあっちゃ諦めるっきゃねぇよな」

 

 豹変した仲間の姿がそこにはあった。

 先ほどまでの礼節を弁えた紳士的な立ち振る舞いはどこにも無く、まるで柄の悪い不良の様に、黒いバンギラスに寄りかかり独り言を呟いている。

 いくつもの疑問がクリアの中で生まれたが、彼はやっとの思いでその中の一つを絞り出す。

 まず最初に思った疑問、当然の問い。

 

「……ホ、ホルスさん……な、なんで……」

「……カッ! テメェいつまで勘違いしてやがるつもりだ。"ホルス"なんて国際警察はこの世のどこにも存在しねぇんだよ! 俺の名は……」

 

 至近距離からの"ストーンエッジ"の直撃で、途切れ途切れでしか紡げない言葉を何とか振り絞ったクリアだったが、そんな彼にホルスは乾いた笑いと否定で返した。

 

「……おいクリア、お前何を勘違いしてんのか知らねぇがこいつは……」

 

 そして次の瞬間、かつてホルスと名乗った男とホカゲの声が重なった。

 

「カラレス・ジ・フォルスダージ。トキワジム以来だなぁ、クリア……そんで"エース(リザード)"!」

「カラレスは……ナナシマ事件の時に、俺とカガリを襲ったロケット団だ!」

 

 




この話でシント編は終わる予定だったのですが、予定で終わってしまいました。
……流石に次話で終わると思います。


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七十八話『vsトゲキッス 運命の始まり』

 

 裁きの光が下ろされる。その瞬間、一人の図鑑所有者と一人のロケット団員の戦いに終止符が打たれた。

 対立する両者。ジョウト図鑑所有者の一人と、ロケット団四将軍の一人。何も言わず"ある一点"を指し示すゴールドと、無表情で佇むアポロ。

 砂煙が立ち上り、彼らの視線が交差する。

 ゴールドの状態は、既に満身創痍と言っていい程、これで決着をつける事が出来なければ最早彼に打つ手は無いだろう。

 果たして最後に立っているのはゴールドの"トゲたろう"か、はたまたアルセウスか――。

 

「……ッ!」

 

 そうして、晴れていく煙の中にゴールドが見たものは、巨大なポケモンの姿。

 アルセウス。小さなポケモンが渾身の一撃を放った先に待っていたのは、"力の差"という現実。世界の厳しさである。

 そもそもの事、元々無理な話だったのだ。

 どう転んだところで、一介のポケモンでしかない"トゲたろう"が幻に勝とうなど単なる夢物語でしかない。

 それが現実、ちょっとの事では覆らない差。それが百パーセント負ける戦い。

 そしてそれは、ゴールドという少年ならば"絶対に行わない"戦いだった。

 だからこそゴールドは、"トゲたろう"が歩みを始めたその瞬間にとある方向を指さしていたのだ。

 

「……よくやったぜ、"相棒(トゲたろう)"」

 

 煙が完全に晴れた先にあったもの、それを見て、ゴールドは自身の相棒へと賞賛の言葉を贈った。

 何のアクションも起こさずにゴールドを見下ろすアルセウス。

 その後ろで、地面に一つの軌跡を作った"トゲたろう"は傷だらけの、そして成長した姿で確かに彼へと振り返る。

 トゲピーの進化であるトゲチック、その先の形、トゲキッスへと進化"トゲたろう"はそのままゴールドの下へと降下して、

 

「さて、これでおめぇが認めてくれなきゃ、また振り出しに戻っちまうが……どうするよ? アルセウス」

 

 静かにこちらを見つめるその眼差しを真っ直ぐに見つめ返して、彼ら一人と一体のコンビはアルセウスへと問いかける。

 

「俺は"俺たち"の全部をおめぇに見せた。そんで"おめぇを縛る鎖"もぶっ壊してやったんだ。流石にこれ以上、俺たちに出来ることなんて何もないと思うぜ?」

 

 そう言って見つめた先、そこにいたアポロ、そして彼の手に収まった"機能を停止したボール"をゴールドはもう一度確認する。

 先の衝突。アルセウスが"さばきのつぶて"を放った瞬間、彼は"トゲたろう"に狙いの変更を伝えた。

 負ける戦いを、勝つ為の戦いへと昇華させる為の一令。

 ――だがそれだけでは、まだ勝負は五分のものだったはずだ。

 何よりも、この場において最後の最後で勝敗の決めてとなったもの、それはゴールドすらも気づかなかった一つの置き土産の存在。

 彼らに吹いた"おいかぜ"の最後の一陣は、確かに彼らの追い風となって吹いていたのである。

 

 

 

 元はと言えば、彼らは別にアルセウスに戦いで勝利する為に戦っていた訳ではない。アルセウスに勝利することなど、単なる方法に過ぎないのだ。

 シルバーやクリスタルも含めた彼ら元々の目的は、時空の歪みを正してジョウトとシンオウの衝突を防ぐこと。

 それとは別に、ゴールドがアルセウスと何度も相対し続けた理由はもう一つあった。

 ただ彼はその理由を知りたかった。幻や伝説なんて関係ない、悲しい目をした一体のポケモン、そのポケモンの力になりたかっただけなのである。

 

 アルセウスが人間に絶望した事を知った。

 だからゴールドは、どんな人間でも間違いを正す事は出来るという事を行動で証明した。

 だがそれでも足りなかった。

 しかし足りないピースは、ずっと彼と共にあったのだ。

 

 

 

 "トゲたろう"の進化、それこそがアルセウスの求めていた答えだった。

 トゲピーがトゲチックへと進化する為の条件、それはポケモンとトレーナーとの間にある"絆"をどれ程深めることが出来るかが鍵となる。

 だからアルセウスは、知らず知らずのうちにアルセウスの支配下に置かれたアポロを巧みに利用して、ゴールドを焚き付けたのだ。

 

 ――もしこれで、このまま"彼ら"が変わらなければ人間など所詮はそこまでのもの。

 

 そう考えての行動だった。

 少しずつ、少しずつアポロの意識に己の意思を反映させていき、そして最後にはアポロを完全に支配下においたアルセウスの行動。

 その先に待っていた結果、それはもしかすると――無意識の内にアルセウス自身が望んでいた結果なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、こちらはアルフの遺跡前。

 気がつくと、彼は茫然と空を眺めていた。

 身体のあちこちから悲鳴が上がり、呼吸をする度まるで鞭で打たれるかの様な苦痛が生まれる。

 直後、二人の人物たちの声が聞こえた。

 ホカゲとツクシ、一体いつから近くにいたのか。必至な形相で彼、クリアの下まで走り寄ってきた彼らは、眼前に佇む男からクリアを守る様にすぐさま身構える。

 一体何が起きたのか、クリアがそれを理解するまでに数秒かかった。

 まるで世界から色が失われた様な感覚。虚無感。そして空白の景色が目の前に広がって、

 

「ククッ、どれ程この時を待った事か!」

 

 不意に青年の声がクリアの鼓膜を揺さぶり、反射的にクリアは声のした方へと顔を向ける。

 

「俺様が豚箱にぶち込まれる事になったそもそもの切欠、"クリア"、テメェを絶望に底に陥れる時をな!」

 

 そこにいたのは一人の青年だった。

 ホルスと名乗った国際警察の青年。そして今しがた、共に黒いバンギラスの捕獲に挑んだ戦友でもある人物。

 まだ会って間も無い人間だった――が、それでいてどこか妙な親近感を感じる青年。これまで出会ってきた者たちと同様に、きっとこの事件が収束した後も、少年はこれからも彼と良好な関係を築くのだろうと考えていた。

 

 だがそんなクリアの予想を、青年はあざ笑うかの様に裏切る。

 そもそもホルスという名自体が偽名だったらしい。偽りの名を捨て、"カラレス"と名乗った青年の言葉を聞いて、そしてクリアは追憶する。少年は"その日"の事を鮮明に思い出す。

 

 

『あぁ? なんだガキかよ、ってか何でお前はこんな所にいやがったんだ?』

 

 

 それはクリアという人物が初めて"こちらの世界"で目を覚ました時の話。彼が初めて出会い、そして戦った相手。

 "名も知らないロケット団残党員"。それが、カラレス。

 それが、クリアの眼前で歪んだ笑みを浮かべる男性。クリアと共に捕獲した黒いバンギラスを従えて、憎悪に満ちた瞳を彼へと向ける"正真正銘の敵"。

 

「……エ、エース……?」

 

 ふと気づくと、彼の傍らにいたポケモン。リザードンの"エース"もまたカラレスへと視線を向けていた。先の黒いバンギラスとの戦いでの疲労を残しながら、そんな状態でも主を守るために。

 だがすぐにクリアは異変に気付く。おかしい。様子が変だ。そこにいつもの覇気が感じられない。

 ワタルのカイリュー、伝説のルギア、黒いバンギラス、どんな相手を前にしても、臆さず戦ってきた今までの面影は無く、その時クリアは、初めてエースが戦いに躊躇する姿を見た。

 

「……ふん、"リザード"か。驚いたか、俺に?」

 

 カラレスの言葉に、エースがビクリと両翼を震わせる。

 エースは元々目の前の男、カラレスの手持ちだったポケモンである。その(エース)が、一体今どの様な心境にあるのかなど、到底クリアには理解できないだろう。

 

「昔のお前なら、俺の正体に気付くなんて訳もなかったはずだぜ。いくら俺が風貌変えて匂いを香水で誤魔化しても、テメェは必ず"敵"に気付いた。そういう風に俺が仕込んだのだからな」

 

 その言葉で、クリアの内にあった疑問が一つ解消される。

 カラレスとクリアの邂逅から、もうかれこれ六年以上もの月日が流れており、その間クリアのカラレスに関する記憶が多少薄れていても不思議ではない。

 だからクリアはカラレスに気付けなかった。

 

 だがポケモンたちは――中でもエースは、少なからずカラレスに勘付いていてもおかしくなかった。

 

 否、もしかするとエースも違和感には気付いていたのかもしれないが、だがそれも今となってはどうでもいい事である。

 カラレスは風貌を変えて香水で匂いまでも誤魔化した。

 そうする事でクリアとエースの目をまんまと掻い潜る事に成功した。それが事の真実、結果なのだから。

 

「随分と、弱くなったじゃねぇか"リザード"、いや今は"エース"だったか。はっ、"エース"がこの様じゃ他のテメェのポケモンもきっと大した事ねぇな!」

 

 完全に彼らを見下したかの様なカラレスの物言い。

 その瞬間、どうしようも無い程の悔しさがクリアの中で生まれる。

 

 

「弱いな、お前ら……!」

 

 

 その一言が切欠だった。

 その怒りは、自身を弱いと言われた事に対して、では無い。

 こんな自分でもついてきてくれるポケモンたち、何ものにも変えることのできない仲間、そんな彼らポケモンたちの強さの全てまでも否定されたのである。

 クリア自身、別に自分の強さにプライドを持っている訳ではない。頼りにならない自尊心など、これまでの経験の中で捨ててきた。

 

 一体どれだけ迷い、傷ついてきたか。

 

 四天王事件の時、仮面の男事件、ホウエン大災害、ナナシマ事件、ガイル事件。いくつもの出来事の中で、クリアはポケモンたちと力を合わせ、時に迷って、しかしそれでも今に至るのである。

 最後の最後にはきちんとクリアの傍にいてくれる。そんな彼らの事が本当に大好きだから、だからクリアは今の一言を見過ごすわけにはいかない。

 

「……弱く……なんてねぇよ」

 

 ツクシの支えを振り切って、クリアはエースに手をついて自身の足で立ち上がる。

 精一杯の虚勢でも構わなかった。今目の前にいる人物に"弱さ"を見せる、それだけは何があっても嫌だったのだ。

 視界が僅かに霞み、声を振り絞るだけでも相当の体力を使う。

 それでもクリアは口を開いた。自身のポケモンに対する想いを、そのままの言葉でカラレスへとぶつける為に。

 その刹那だった、彼の思考に僅かにノイズがかかる。

 しかしクリアは衝動のまま、構わずカラレスへと視線を向けて、

 

「確かに俺は弱ぇよ。馬鹿みたいな事も沢山してきたよ。だけどな……!」

 

 ――だがな――。

 

「俺の仲間(ポケモン)を馬鹿にすることは、絶対にさせない!」

 

 ――俺の家族(ポケモン)を馬鹿にする事だけは、絶対に許さねぇ!――。

 

 

 

(……今、のは……?)

 

 言い終えたクリアに、デジャブの様な違和感が襲い掛かる。

 原因は、簡単に想像できた。

 かつてのホウエン大災害の際、ホカゲとの対決時の事、クリアはそこで失われた記憶の断片を垣間見ている。

 後にホカゲに聞いた話では、それはクリアすらも覚えていない、空白の歴史となってしまった彼の記憶の一部という可能性が大きいらしい。

 恐らくはそれだろうと、故にクリアは考える。

 意識を保つことさえやっとのこの状況、感情の高ぶり、その他様々な要因によって、クリアの中に残っていた記憶の残り火が再燃したのだろうと。

 

 そしてそれを最後に、クリアは意識を失った。

 

 

 

「クリア……」

 

 意識を失ったクリアを抱えて、ツクシは彼の名を呟く。

 その行為自体には何の意味もない。その言葉に込められた労りの意こそが重要なのである。

 クリアが倒れると同時に、彼の手持ちであるエースもまた倒れていた。エースもまた"おや"のクリア同様に、全ての力を出し切ったという事だろう。何も言わずに、ツクシはクリアをエースの傍へと運ぶ。

 

「ふん、倒れたか。ったく、弱ぇ奴が無駄に頑張るからそういう事になるんだよ。弱者は弱者らしく、隅っこで縮こまってればいいものをよ」

 

 歪んだ表情で僅かに寝息を立てるクリアとエース、彼らを見下げて、カラレスは誰ともなしに言う。

 黒いバンギラスを従えて、その両脇にはダーテングとルカリオを連れた"強者"が放ったその言葉には、一体どんな意味が込められているのか。

 

 だがしかし、そこにどんな意味が込められていようが、関係ないと思った人物がいた。

 

「……けっ、全く、相変わらずの様だなカラレス……!」

 

 過去の雪辱、そして今のライバルへの罵倒。先のクリア程では無いが、それでも怒る理由としては十分すぎる程の素材だ。

 かつて手も足も出せなかった相手を前にして、炎の影は妖しく揺れる、ホカゲという男は、ただ目の前の敵へと照準を定める。

 だがカラレスは、そこで初めてホカゲの姿を認識したかの様に言い放つのである。

 

「……誰だお前?」

「元マグマ団三頭火の一人にして、こいつの(ライバル)ホカゲ、二度と忘れられねぇよう、しっかりとこの名を刻み込んでやるよ……! エンテイ!」

 

 そしてホカゲの後方から、一つの伝説が飛び出る。

 ジョウトの伝説の一体"エンテイ"、かの仮面の男が操る特殊な氷すら溶かす強力な炎を操る大型ポケモン。

 対してカラレスは、

 

「迎え撃て、"ギラス"」

 

 "ギラス"。黒いバンギラスで伝説を迎え撃つ。

 炎と砂が交錯する。炎を纏ったエンテイの"ほのおのキバ"と、"あばれる"状態となったギラスが激しく衝突し合う。

 

「なっ、伝説のポケモンと互角……だと!?」

「チッ、腐っても伝説か。互角程度とはな」

 

 その事に対する二人の反応は対照的だった。

 苦労して捕まえたはずの伝説のエンテイと互角の勝負を繰り広げる黒いバンギラス"ギラス"の存在に絶句するホカゲと、冷めた表情で勝負を眺めるカラレス。

 だが忘れてはならないのが、このギラス、つい今しがた一つの戦いを終えて捕獲されたばかりであるという事だ。

 詰まる所、ギラスは大きなハンデを持った状態で、伝説のポケモンと渡り合っているのである。

 それに加えて、それ程までに強大な力を持つポケモンを、捕獲したての状態で従えるカラレスの力量もまた桁外れなものだと言える。

 

「まぁいい、こっちにはまだ手はあるからな……ルカリオ、ダーテング!」

 

 決着は当分つかないだろう。そう判断して、カラレスはギラスとエンテイの戦いから目を背け、再度クリアへと視線を向ける。

 

「しまっ……!」

 

 一瞬だけ、ホカゲの反応が遅れた。

 その瞬間、二体のポケモンたちがクリアとエース、ツクシ目掛けて襲い掛かる。

 ルカリオとダーテング、今現在カラレスの手持ちである黒いバンギラスのギラスに見劣りはするが、それでもその力はそのギラスと戦い合う事ができて、また捕獲の為の一打も与えられる程のものだ。

 当然、今の意識を手放したクリアや、アルセウス襲撃で傷を負ったツクシでは太刀打ちできない相手である。

 だからこそ彼らは、誰の指示もなく自身の意思で動く。

 

「……うん。この場はお願い、ねぎま、ヤドンさん!」

 

 カモネギ(ねぎま)ヤドキング(ヤドンさん)。それはかつてクリアと旅を共にした仲間たち。

 今となっては彼の手から離れてはいるが、それでも、手持ちで無くてもクリアと心を通わせているポケモンたちである。

 持前の速さを活かしねぎまが"つばめがえし"の構えでダーテングへ、ヤドンさんもまた渾身の"しねんのずつき"でルカリオへと突撃する。

 そうして次の瞬間には、空中と地上で、二つの激突が生まれた。

 ねぎまの"つばめがえし"を受け止めた後、すぐに"きあいだま"でダーテングが反撃に出て、今度はねぎまがそれを避けながらもヒット&アウェイの要領で小技を中心にダーテングを攻めたてる。

 一方地上、ルカリオとヤドンさんはひたすらに技と技のぶつかり合い、"シャドーボール"と"はどうだん"が、"サイコキネシス"と"あくのはどう"が、出し惜しみなくいくつもの技の応酬が繰り広げられる。

 

 

 

「……チッ、どこもかしこも接戦かよ。しょうがねぇ、ここはこいつで一気に……」

「そこまでだカラレス」

 

 ギラス対エンテイ、ダーテング対ねぎま、ルカリオ対ヤドンさん、三つの戦いはどちらもほぼ拮抗、僅かにカラレス側のポケモンたちが優位に立っているものの、それでもこのままでは決着が着くには相当時間がかかるだろう。

 その事に対し、僅かな苛立ちとじれったさを覚え始めていたカラレスが四つ目のボールへと手を伸ばしかけた時だった。

 一人の影が、突然と彼らの前に現れる。

 一瞬、仲間の増援を期待したツクシだったが、そこにいたのは名前も知らない一人の女性だった。

 胸元に"G"のマークを飾った、冷たい印象を与えてくる女性。本能的なものか、その姿を見た途端、ツクシは確信する。

 

 ――この人間は、決して"良い人間"などでは無いと。

 

「"サキ"か。何の用か知らねぇが、ちっとばかし待ってな。今すぐこいつらを片付けて……」

「悪いがカラレス、そんな時間はもう残っていない。今すぐ戻れと、"私たちのボス"からの命令だよ」

「……聞けねぇな、何にしてもクリア(あいつ)だけは是が非でも処理していくぜ、牢獄の中で俺はそれだけを糧に生きてきたんだからな」

「ンフフ……だからこそ言っているのですよ。シントの方が粗方片付いた、もう間もなくして"彼ら"がこちらへと戻ってくるだろう。そうなれば、お前は"もう一人"への復讐もままならないのだよ?」

 

 どう手を出せば良いか分からず、ホカゲとツクシは彼らのやり取りを無言で見守る。

 未だ闘志の火が消えないカラレスと、対照的な冷徹さを持つサキ。彼ら二人はそう何度かやり取りをして、そして数秒、カラレスは歯を食いしばると――、

 

「チッ、ダーテング"ふきとばし"だ」

 

 ギラスとルカリオを瞬時にボールへと戻し、それと同時にダーテングが動いた。

 カラレスとサキを除いてその場にいた全員を、ダーテングは無造作に吹き飛ばす。

 凄まじい程の突風が彼らを襲って、数メートル、着地に寸前にヤドンさんの念力が無ければ怪我の一つもしていただろう。

 そして次にホカゲが気が付いた時にはもう既に、カラレスとサキ、彼ら二人の姿は煙の様に消えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして遺跡内部から出てきたのはアルセウスだった。

 ロケット団四将軍のランス、ラムダ、アテナと共にサカキ、ワタル、ヤナギの手伝いとして三体の伝説たちを諌め、三体の距離を離すという作業をしていたシルバーとクリスタルはその事実に最初、最悪の予想をしてしまう。

 彼らの掛け替えのない仲間の一人"ゴールド"、一人シント遺跡内部に残った彼は果たしてどうなったのか。アポロはどうしたのか。何故アルセウスだけ単独で出てきたのか。

 その疑問が悪い疑念へと変わるが、彼らが何か行動を起こす前に、次の瞬間には既に事態は再び進行を始める。

 アルセウスを中心に、光の球体が生まれたのだ。

 それは彼らが"こちらの空間"、すなわちシント遺跡へと入った時のものと同様のもの。

 それを理解した瞬間、彼らは光の球体に包まれて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、今度は一体何なんだ!?」

 

 何はともあれ脅威は去った。残る不安はあるものの、こちらの形勢が不利だったのは事実である。

 その事に、ひとまず安堵したホカゲだったが、彼の眼前から降って湧いた様に突然現れた三つの巨体に、彼は再び臨戦態勢をとる。

 ――が、

 

「そう身構えなくてもいい。全てが終わっただけの事だ」

 

 そんな彼に声をかける者がいた。

 ワタルである。一時とはいえ、ホカゲと共に行動していた彼の言葉に、事態の把握を全くできないまま、それでも一応の納得はしてホカゲはボールを仕舞う。

 

「……ッ、ゴールド! 無事だったんだね!」

「ん? おうツクシか、まっ、このゴールド様にかかればこれ位の事件、楽勝楽勝!」

 

 一方ツクシも遺跡の中に消えていた友人の姿を見つけて、心底安心した様に声をかける。

 対するその友人の方はというと、これまたいつも通り、先の激闘を感じさせない"いつも通り"の態度で振る舞っている。

 

「もういつも無茶ばかりなんだから……」

「あぁ、全く……おい、そこに倒れてるのは……」

 

 そんな彼ら二人の少年の様子を、クリスタルは目じりに僅かな涙を溜めて眺めて、シルバーもそちらへ視線を移そうとしたが、その手前で彼の視線は停止する。

 そこにいた人物、倒れていた一人の人物を見つけて、シルバーの顔に再び緊張が走る。

 

「え……え、クリアさん!?」

「お、クリアだと? ……って、なんでこいつ、こんなにズタボロになってんだよ?」

 

 シルバーに続き、クリスタル、ゴールドもクリアの存在に気付き、その異様さに顔を強張らせた。

 一人だけ、この場において一人だけ意識を手放した少年の姿。

 その事に、自身たちの知らない内に起こった何かを彼らは悟ったのだろう。説明を求める様に、彼らは同時にツクシとホカゲへと視線を走らせた。

 

「詳しい事は後で話すが、だがこの事件、まだ全てが終わっちゃいない。恐らくはそれだけの事だろうよ」

 

 最後の方はワタルへと目を向けて、ホカゲは呟く。

 "終わってはいない"。ホカゲのその言葉が、まるで重圧の様に彼らの肩に圧し掛かる。

 だがそれも当然だ。今しがたまで確かに、彼らは事件の終わりを確信していたのだから。

 そんな彼らの不安など知らないと言う風に、ギラティナが"異世界"へと潜っていき、ディアルガ、パルキアの二体もまたその場から飛び立ち始める。

 

「これからの事は、これから考えればいい」

 

 再び重苦しくなる空気の中、そう発言したのは一人の老人だった。その人物を視界に入れた瞬間、ツクシが驚愕の表情を見せる。

 かつてのチョウジジムリーダー"ヤナギ"。そう言って彼は、ぐっすりと眠る現チョウジジムリーダーの前まで来ると、

 

「……本当に立派になった。私はお前を誇らしく思うぞ、クリアよ」

 

 聞こえていない。それは分かっている。だからこそかもしれない。

 素直な言葉を吐露してから、彼は一度だけ少年の髪を優しく撫でる。

 ほんの僅かな短い時間、永遠とも言うべき時間を彷徨った老人はその束の間をしかと心に刻み込んで、

 

「……もうこれで思い残す事は無い」

 

 覚悟を決めた言葉、ヤナギはそう言って、今度はサカキへと向き直り、

 

「サカキ、すまなかっ……」

「よせ。俺も元より、覚悟の上で非道の限りを尽くしてきた」

 

 因果応報。サカキはそう言って、ヤナギの謝罪の言葉を受け取らなかった。

 強さを求めて、悪に手を染めた代償。その報いはいつか必ず受けると、彼もそう心の内では思っていたのだ。

 だから自身だけ、ヤナギに謝罪を求めるわけにはいかない。

 彼は絶対的な強さを求め始めた時点で、あらゆる凶を受け止める覚悟を既に決めていたのである。

 

(……そう。"因果応報"だ。この言葉はいずれ、お前自身も味わう事になるぞ、"カラレス")

 

 苦し気な様子を見せるサカキと、それを心配げな表情で見つめるシルバーやロケット団員たち。

 そんな彼らの心配とは裏腹に、サカキは至って冷静だった。

 病魔に蝕まれた身体でこの場所まで来て、実の息子、果ては世界の為に戦った男は、今際の際に一人の青年を思い浮かべる。

 ただひたすらに強さを求めた、まるでかつての自分と重なる様な青年。

 強くなりたいと願ったかつての少年は、今はもうサカキの手を離れ彼のあずかり知らぬ所で何かをやっているらしい。そんな話は風の噂で聞いていた。

 だがそれも、今となっては最早サカキには関係の無い事である。

 そうして、複数の人々に見守られる中、サカキは静かに目を瞑ろうとした。

 ――その時だった。

 

「サカキ様ぁ!」

「くすり! セレビィの薬です!」

「やっと任務に成功できたー!」

 

 朗報が、幻と共にやってくる。

 彼らは、ケン、リョウ、ハリーと呼ばれるロケット団の中隊長である。

 ロケット団史上最も大きな障害、果ては解散の危機にまで発展する問題は、こうして三人のロケット団員たちの手によって解決へと導かれるのだった。

 

 

 

 セレビィの薬。

 元々サカキは、その薬を求めてウバメの森へ入り、ヤナギやワタルと遭遇していた。

 ジョウトやシンオウ、そして実の息子であるシルバーの危機に、彼はその場を三人の中隊長に任せて後にしていたが、恐らく彼もかの三人が無事に任務を終えて戻ってくるとは予想外の事だったようだ。

 彼らは常に失敗ばかりだった。中隊長とは名ばかりに、下っ端に毛が生えた程度の存在。

 

 どうやらその認識を正す時が来たようだと、サカキは心中考えていたりいなかったり――。

 

「行くぞ、ロケット団を再興する」

 

 そう言った首領の姿は、かつてのものと同様のものだった。

 威厳に満ちた、悪のカリスマ。その姿に、彼らロケット団員たちも心底心打たれただろう。

 そうして別れ際、シルバーを自身の組織に誘ったサカキだったが、

 

「ロケット団は、俺の手で潰す。そしてサカキ、お前を改心させる……!」

 

 シルバーのその答えに、彼はどこか満足げな様子で立ち去った。

 その場にいた全てのロケット団と、気を失ったアポロを連れて、彼らは再び悪事を働くのだろう。

 だが怯える必要はない。

 なぜなら、影ある所には、必ず光が生まれるものだからだ。

 彼らロケット団が現れるところ、必ずその悪を正す者が現れるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、アルセウスを巡る此度の事件は一旦の閉幕となった。

 

「そーだ忘れる所だったぜ。おいクリス、その恰好……」

「そ、そんなこと、今思い出さなくていいから!」

 

 いくつかの不安要素は残るものの。

 それでも、彼らは今までと変わらない日常を過ごしていく。

 

「私はクリアを連れてチョウジへ戻るが、ワタルよ、お前はどうする?」

「私は事件の裏で動いていた"影"が気になるのでそちらの調査を……まずはホカゲに話を聞く所からだな」

 

 少しずつ、変化していく日常を、それでも彼らは変わらず謳歌するのである。

 

 

 

「……ここは?」

 

 そして目が覚めた少年が見たものは、見知った天井。自室の天井である。

 おぼろげな記憶、身体に残る激戦の後、暖かな室内。

 まずは状況を理解する必要がある。

 そう判断した少年は、ゆっくりとした動作でベッドの上から上半身を起こして、

 そして――、

 

 

「フッ、遅い目覚めだな。クリアよ」

「……え? 今の声って……」

 

 少年は一つの再会を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

「……上出来だよ」

 

 どこかの場所で、一人の老婆が声を発した。

 かつてカントー四天王と呼ばれスオウ島での決戦にも参加したトレーナー"キクコ"。彼女は眼前にて綺麗なお辞儀をした弟子の"サキ"に向けて賞賛の言葉を贈る。

 

「とんでもございません。私はただ、任された仕事を行っただけのこと。言われた通り"伝説たち"のデータは採取しました。これでディアルガ、パルキア、ギラティナの三体の居場所は手に取る様に分かります」

「あぁ、これで一番の難題はクリアした。本当によくやったよ」

「ンフフ……これも全て"彼"のお陰です。"彼"が最後まで演技を通しぬいてくれたお陰で、今の結果があるのですから」

「フェフェフェ、そうだったね。確か名を"ラムダ"と言ったかね。あの小僧は」

「えぇ、遺跡からの脱出の際も、彼からの通信があったからこそ、ヤナギやワタル、サカキらの到着前にカラレスを回収できました」

 

 サキがそう言った直後、どこからともなく舌打ちした音が聞こえてくる。

 その舌打ちを、サキは華麗に聞き流してから、

 

「それで、お前の"足"は後どれ程かかる?」

「そうですね……シロガネ山に籠って大体、"一年ほど"、でしょうか。」

「そうかいそうかい、いいよ。万全の状態にして来るんだよサキ。その間に、アタシたちは"三組織"のパイプ生成に専念するとしよう」

「"ロケット"、"ギンガ"、そして"プラネット"……あの男はもう?」

「あぁ、マツブサならもう出ていったよ。暫くは"鎧"の調整とリハビリ、それに構成員を集める事に月日を使うそうだ」

「了承しました。では私は。それと……」

「あぁ、分かってるよ。カラレスの手綱なら、ちゃんと持っているさ」

「……ンフフ。では」

 

 それで彼女らの会話は終了した。

 どこかの場所、どこかの時間に、"運命"は刻一刻とその時を待つ。

 そして、その時は――もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサギシティ。

 その町において、一隻の客船を見上げる二つの影があった。

 一つはシロナと名乗る女性のもの。ごく最近、クロツグと呼ばれるジョウトのフロンティアブレーン、それでいて彼女と故郷を同じにするものと出会い、そして空へと消えていく二つの影を彼女は見た。

 その影響あって、彼女は今から久方ぶりに故郷"シンオウ地方"へ戻る事を決めた。

 今はそのため、出航の時を待っている状態なのである。

 そしてもう一つは、全身を黒で固めた少年のもの。

 年は大体十六、十七程の少年だった、一般的な帽子を被り、サングラスの向こうから客船を見上げている。

 

「ったく、別にサングラスや帽子なんか無くても平気だってのに」

「ダメよ、熱中症になったら大変なんだから」

 

 不満を言って、口を尖らせる少年に軽く注意して、そしてシロナは先導する形で船へと足を運んでいく。

 

「ほら、行くわよトール君」

「あぁ分かったよ、シロナ……姉さん」

 

 そうして、シンオウ地方チャンピオンを姉と呼んだ少年は、軽やかな足取りで船へと乗り込んでいく。

 その先に待つ自身の未来、それを知らない少年は、今はただ平和な今を存分に享受する。

 約一年後、その時に自身を待つ"死"の運命を、少年はまだ知らない。

 

 




 エアスラッシュ! エアスラッシュ! エアスラッシュ!


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七十九話『vsリザードン 番外編⑥』

 大変遅くなりました。申し訳ありません。
 とりあえず、イエロー誕生日おめでとう!


 

「……ここは」

 

 瞼を開けると見知った風景がぼんやりと瞼の内に映りこんでくる。

 どうやら、自分は自室に寝かされていたらしい。

 未だ混乱の渦中にある脳細胞をフル稼働させ、目覚めた少年"クリア"は自身の状況を出来うる限り早めに整理する。

 "アカネ"の報告から始まった先の事件、幻のポケモン"アルセウス"を巡る死闘の幕開け、その裏で起こったクリアと"ホルス"改め"カラレス"との二度目の邂逅――。

 その刹那の時まで思い出して、そしてクリアがその先の出来事まで推察しようとした、その時だった。

 

「フッ、遅い目覚めだな。クリアよ」

 

 不意に、とても懐かしい声が彼の鼓膜を揺さぶる。

 

「……え? 今の声って……」

 

 一瞬、ただの幻聴だと思った。

 意識がはっきりとしていない自身の脳が出したほんの僅かばかりの異常だと。

 だが彼のそんな考えを、彼の瞳は真っ向から否定する。

 

 "ヤナギ"。視線の先にいた人物、彼の事をクリアという少年は知っている。

 

 その人物は、かつてジョウトとカント―の二つの地方を震撼させた、元チョウジジムジムリーダーだった。

 そして同時に、とある一人の少女と同等程に"現在のクリア"という人物に影響を与えたであろう存在だった。

 何の前触れも無く。

 そんな彼が、約五年の時を超えて再びクリアの眼前に現れたのである。

 

「どうした、まるで幽霊でも見たかの様な顔だな」

 

 驚愕のあまりか完全に固まってしまったクリアまるで茶化す様にヤナギは言った。

 だがそんなクリアの対応も、そしてそう言われてしまうのも仕方がない。

 

 ヤナギという人物は、かつての騒乱の果てに幻のポケモン"セレビィ"と共に"時間の狭間"の中へと消えた。

 そして虹色の羽と銀色の羽、二つのキーアイテムを所持していなければ生存すら困難な場所に取り残された彼の先を想像する事は、そう難しい事では無い。

 故に、クリアが完全に固まってしまう程驚くのも無理もない事なのである。

 

「……だがしかし、お前が驚くのも無理もないだろう」

 

 そんなクリアの心境を察してか、ヤナギは微笑を浮かべたままそう切り出して、

 

「無論説明はしよう。私は居間の方にいる、まずは着替えて顔でも洗ってさっぱりしろ。話はそれからだ」

 

 有無など待たず、ヤナギはそう言って部屋を退室し、そして残されたクリアは訳も分からず言われるがまま、身支度を始める。

 そうして手早く身支度を済ませ、居間の扉を開いたクリアは開口一番に、

 

「……どうしてこうなってるんだ?」

 

 

 

 ――と、言うのもである。

 そこにいた人物面々、シズクやヤナギは当然として、彼ら以外の人の面子がその部屋の中には存在していて、そんな室内の様子にクリアは激しく違和感を覚えたのだ。

 

「来たか、クリア」

 

 見慣れた車いすに腰を下ろし、お茶を啜りながらそう言うヤナギ。

 

「目覚めて何よりですジムリーダー。来客があったので上がってもらってます」

 

 相変わらずとエプロン姿が妙に様になる元悪の組織幹部"シズク"は最早見慣れたジムの風景。

 

「あ、クリア! よかった、目が覚めたんだね!」

 

 そう言って黄色のポニーテールをふわりと揺らす"イエロー"という少女については、度々ジムにも訪れているクリアにとっても最も親しい者の一人である。居てもおかしくはない。

 

「ふむ、これは中々に、美味な茶だ」

 

 ――問題はこいつである。

 シズクが淹れたお茶に口をつける青年。その奇抜な外見を見間違う等とてもじゃないが不可能であり、故にクリアは彼の存在から激しい困惑を覚えている。

 ドラゴン使いの"ワタル"。

 それが青年の名であり、またそれは同時に、かつてのスオウ島決戦時にクリアがイエローと共に挑んだ相手の名でもあった。

 何食わぬ顔でジムに居座るワタルと、そのワタルと顔を突き合わせても特に何の反応も無いイエロー。

 果たしてクリアが寝ていた間に何があったのか。

 そんな疑問にかられた直後であった。

 

「……さて」

 

 クリアの耳にヤナギの声が届く。

 

「ではこれまでの出来事を大まかに振り返るとしようか、私やワタルが何故この場にいるか、その理由と共にな」

 

 

 

 ヤナギが語り、クリアを含め他の者も彼の言葉に耳を貸す。

 シント遺跡の戦いは、どうやらクリアが思っていた以上に重要かつ重大な戦いであったらしい。

 冗談でも、何かの例え話でも無く正真正銘の"世界を賭けた戦い"。シンオウとジョウトの地の存亡を賭けた戦いが、シント遺跡の中で繰り広げられていたのだ。

 ジョウト図鑑所有者とロケット団四将軍のプレート争奪戦から始まり、復活した"ディアルガ"、"パルキア"、"ギラティナ"の衝突、その影響による崩壊を防ぐ為に実現した"奇跡"とも言うべき"図鑑所有者と悪の組織の者との共闘"。

 ヤナギ、ワタル、そして"サカキ"による加勢に、崩壊を防ぐ鍵となるアルセウスへの訴えかけに成功した"ゴールド"。

 

 アルフの遺跡でクリアが"黒いバンギラス"と、更に"ホルス"改め"カラレス"と戦闘していた間、彼の知らないところではその様な事が起こっていたらしい。

 そうしてクリアが気絶した直後、窮地にあった彼を救ったのは、元マグマ団三頭火にして伝説のエンテイをパートナーに加えた"ホカゲ"に、ヒワダのジムリーダーである"ツクシ"と、かつてのクリアの手持ちであったカモネギの"ねぎま"とヤドキングの"ヤドンさん"であったという。

 彼らの活躍でどうにか最悪の事態を回避し、カラレスを退けた後、シント遺跡へと向かっていた者達が合流。

 その後はセレビィの薬で全快となったサカキは団を引き連れ撤退し、ゴールド達ジョウト図鑑所有者の面々を始め、残りの者もひとまずは自身の生活の中へと戻っていったという事だった。

 

 以上が、クリアが目を覚ます"三日前"の出来事である。

 

「……え、俺三日も眠ってたのか……?」

「うん、ボクがクリアの怪我を知ったのが"戦いから丸一日経ってから"で、それから急いでジムまで来て、また二日経ったから大体それ位」

 

 自然な形でクリアの横にちょこんと座ったイエローがクリアの呟き、もとい独り言に律儀に答えた。

 

「それだけ受けた傷が大きかったという事だ。お前が戦ったという黒いバンギラスと、カラレスという男から受けたダメージがな」

 

 "エース"に至ってはまだジムで療養中です。そう付け加えられたシズクの言葉に、クリアは苦虫を噛み潰した様な表情を一瞬見せて、

 

「……なるほど大体の事は分かったよ。師匠がこの世界にいる理由と、それにワタルがこのジムにいるのも、多分先の事件関連の事だね」

 

 気を取り直して、そう切り出すが、

 

「その言い方では少し語弊があるな」

 

 ワタルの事情は、どうやらクリアの予想とは少し違うところにあるらしい。

 

「"先の事件"、つまりそれがシント事件の事を指しているのならば、それは当然"正"だ」

 

 どこか勿体ぶった様なワタルの言葉、気づけばクリア以外の者達も先までよりも更に真剣にワタルの言葉耳を傾けている。

 それもそのはず、実のところ、これからワタルが話す内容については、その場にいる者全員初めて聞く事柄だったのである。

 

「だがそれが同時にシント事件の事のみを指しているのならば、それは"否"。私のこれまでの行動は、ある一人の人物とその者に関連する全ての事件を追っていただけに過ぎないのだ」

「……ある、人物?」

 

 不意に誰かが呟いた。

 そしてそれを合図に、会話の主導権は自然とヤナギからワタルへと移る。

 これまでのあらましを全て説明しきったヤナギから、これからの事について語るワタルへと。

 

「現在唯一行方知れずとなっているカント―四天王"キクコ"。ここ近年起こった比較的規模の大きいいくつかの事件に、彼女が関わっていると俺は睨んでいる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 "キクコ"。そのキーワードを聞いた各々の反応は様々だった。

 特に何の反応も見せない者、聞き覚えのある名から視線を合わせる者達、そしてどこか懐かしむ様に目を細める者。

 そんな中、一度クリアと視線を合わせてから、再びワタルへと向き直ったイエローは、かつて敵対した集団の長に対し口を開く。

 

「もしかして、ワタルはずっと昔の仲間を探してたの?」

 

 それは、この場において決して必要な質問ではなかった。

 何故キクコを追っていたのか、そしてどうしてキクコが怪しいと思ったのか。普通ならばこんな質問が飛び出してくるはずなのである。

 だがイエローは、その様なこの場においては当然出てくる"キクコに関する質問"よりも先にまず、"ワタル自身に関する質問"を投げかけたのだ。

 

 当然、当の本人でもあるワタルは一瞬だけ、呆気にとられた様な顔をして、

 

「……フッ、変わらないな、イエロー・デ・トキワグローブ」

 

 その時のワタルは一瞬だけ、以前の彼の面影を僅かに感じさせながら彼女に答える。

 

「君の言う通りだ。最初私は事件等とは関係なく、キクコの足取りを追っていた。あれは仮面の男(マスク・オブ・アイス)事件から少し経ったある日の事だった、ふとかつての仲間たちの事が気にかかったのだ」

 

 そう続けるワタルの顔には、かつての暴力性は見られなかった。

 

「ジョウト四天王となり、新たな仲間を得ていたシバ。地元に帰郷し、独自の交流を広めていたカンナ。私が特別気にするまでもなく、かつての私の仲間たちは強く立派に、自分の道を歩んでいた……ただ一人を除いてはな」

「それが……キクコ、なの?」

「あぁ、彼女に関してだけは追えば追う程謎と、そして疑惑が強まっていった。明らかに自身の痕跡を消している節があったのだ。そして、私がキクコに疑いの目を向ける事件が"バトルフロンティア"で起こった」

「"バトルフロンティア"、それはガイル……アオギリ総帥(リーダー)が起こした事件の事ですか?」

「そうだ。"ガイル事件"と呼ばれるこの事件、当時首謀者の協力者として二名の男女が確認されている。そしてそれは……ヤナギ老人、その二名の男女は恐らくかつて貴方が育てていた仮面の子供達(マスクド・チルドレン)の二人です」

「……ブルーとシルバーは当然除外されるとして、イツキとカリンは今となってはジョウト四天王の一角という事は私も知っている……とすれば」

 

 一度区切って、そして重たい表情のまま、ヤナギはその名を口にする。

 

「シャム、カーツ……そうか、あの二人は未だ闇の中にいるのか」

 

 "仮面の子供達"。それはかつてのヤナギが犯した最も重い罪の一つだ。

 例え、今となってはそのほとんどが自分の生き方を掴み取っていたとしても、自身の計画の為、未来ある子供の人生を強引に使わせてしまった罪とその意識は、恐らく彼の中から一生消える事はないのだろう。

 ましてやそれが、例え自ら志願してヤナギの教育を受けた二人であっても彼にとっては他の者達と同様であり、その二人が未だに闇の世界で生きているとなれば尚更なのだ。

 

「仮面の男事件の直後の"短期間の間のみ"、キクコが彼らと共に行動していたという裏付けは既にとっている」

 

 短期間の間のみ、という事実は恐らく、その後に関してはキクコが隠ぺい工作を行った証拠だろう。

 ワタルは脱線しかかった話を本筋に戻し言葉を続けて、

 

「"キクコが拾った二人の男女と酷似した人物"が事件当時バトルフロンティアで確認されており、この事から私はキクコとその一味に関する調査を本格的に始めた。そして先日、直に奴らと戦ったホカゲの証言から私は自分の推測を確信へと変えたのだ」

 

 そしてワタルは、その日最も険しい表情で言うのだった。

 

「これはかつてキクコと共に行動していた俺の推測であり、確信だ。遠くない将来、奴らとの戦いが起こるぞ。それも、これまで起こった数々の事件を遥かに凌ぐ規模のものがな……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからすぐ、ワタルは忠告だけ告げるとジムを去った。

 

「今日話した事はあくまで私の推測の域を出ない、よって一部の例外を除きあなた方にしか話してはいない。この情報をどう扱うかは、あなた方の判断に任せよう」

 

 その日告げられた事実とワタルの推測。それは恐らく決して無碍にしてはいけないものだ。

 キクコ、ゴーストポケモンを操るカント―四天王の一角、その人物が各地の事件の闇に潜み、何かしらの準備を行っている。

 もしそれが本当だとすれば、それはかなりの大事なのだろう。

 なにせキクコは四天王事件の際から、何かと裏で手を引き、また計画の為の準備も抜かりなく行うからだ。

 そしてその事を、かつて共にいたワタルは良く知っている。

 故に、彼は旅立つのである。

 

「これから当分は情報収集と調査の日々だ、また何か分かったら追って連絡しよう」

 

 何分現在分かっている事は限りなく少ない。

 キクコが各地の事件に関与していた理由や、彼女の目的、戦力の大きさ。そして本人の所在地等々、上げ始めたらキリが無く、そしてこれらの調査を行えるのは限りなく少数だ。

 何故ならこれらの事柄の調査を、それも裏工作を得意とする者を相手に調べるのだ。

 キクコの事をよく知っている人物であり、万が一にでも戦闘まで発展した場合生き残れる程の強者。これが此度の調査で確実に求められるスキルであり、そしてワタルはそのどちらの要素も備えている。

 尤も、旅立つのは何も彼一人だけではない。

 

「……アンタも行くんだな。ホカゲ」

「あぁ、クリア、お前との戦闘(バトル)は次の機会までとっておくぜ」

 

 ホカゲはワタルの助手役として彼に同行する事にしたらしい。いくらワタルと言えども、相手がキクコとなると危険な事にはやはり変わりない。故の同行であり、

 

「それ俺自身も奴らに借りがある。行かない理由はねぇんだよ」

 

 彼には彼なりの理由があるらしい。

 

「ねぇ、ワタル」

「……どうした? イエロー・デ・トキワグローブ」

 

 そして旅立ちの間際、カイリューに跨ったワタルにイエローが声を掛けていた。

 それはかつての宿敵同士の対話。

 今となってはワタルも敵ではなくなり、過去の彼からは考えられない程に丸くなっていたが、それでも独特の緊張感が漂う。

 果たしてここにきて、このタイミングで彼女は何を口にするのか。

 その問いから、何故かクリアまでもが不思議と緊張の面持でいたが、

 

「偶には……」

 

 だがイエローは、かつての宿敵の満面の笑みを浮かべて言うのであった。

 

「偶には、トキワにも帰ってきてよ。ボクも"森"も歓迎するからさ!」

「……あぁ、そうだな。偶には、里帰りもいいかもしれないな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 チョウジジムから飛び立って、ワタルは次なる目的地目指して飛行を続ける。

 隣には道すがら出会い、そして同行者となったホカゲが彼のリザードンの背に乗りそこにいる。

 去り際に放たれた少女の言葉、その言葉で少しだけ、ワタルは過去の罪から来る自責の念から救われた気がした。

 だが、まだである。

 彼はまだ、全てを清算してはいない。

 彼の四天王事件は、未だ終わりを迎えていないのだ。

 

(キクコよ、お前の目的は大体推察出来る。そして理解も出来る。だからこそ、かつての仲間だった俺が……私が絶対に貴女を止める……!)

 

 夜明けの時。

 その身一杯に朝日の光を受けながら、尚もワタルは進み続ける。

 新らたな仲間と共に、かつての仲間を止める為の戦いへと。

 目指す目的地は――"シンオウ地方"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 チョウジジムの一室で、一体の黒いリザードンが毛布をかけられ横たわり眠っていた。

 必要な治療は既に施され、後はただ安静に努めれば直に全快となるらしい。

 

「だから、別にいいよイエロー。今は戦いも無いんだしゆっくりと治す。エースもそれを望んでいるはずだ」

「……うん。ボクもそう思うよ」

 

 翳しそうになった右手を引っ込めながらイエローは答えた。

 "癒す者"、イエローは傷ついたポケモンを癒し、そしてその心を読み取る能力を持っているのだ。

 

 ワタルとホカゲは去って行ったが、その頃にはもう日も暮れていた為、イエローはもう一晩だけチョウジジムに泊まる事になった。

 その事をクリアが彼女の叔父に伝えた時、かなりの大声で色々と釘を刺された事を彼女は知らないし、これからも知る必要はない。

 チョウジジムの一室で、少年と少女は傷ついた一体のリザードンを前に少しの間無言でいた。

 そうして、最初に口を開いたのはイエローだった。

 

「ボク、嬉しかったんだ」

「……ワタルの事か?」

「うん、昔は戦って、傷つけあったけど、だけど今はこうして分かり合えたんだから!」

「あぁ、そうだな、ワタルとイエローは同じトキワの能力を持った仲間同士だしな」

「うん!」

 

 アルフの遺跡での激戦がまるで嘘の様な心地の良い時間。微笑を浮かべたクリアに笑いかける少女の笑顔の所為か、これまでの疲れも何処かへと消えていく。

 

「分かり合える、か……」

「え?」

「……いや、何でもない。そろそろ寝ようか」

「え、あ、うん。そうだね。もう大分遅くなっちゃったし」

「そうそう、それに明日は君を早くトキワに返さないと、俺が叔父さんに怒られるしな」

「むぅ、仕方ないけど、叔父さんは昔から……というより、昔以上に最近は過保護な気がするなぁ」

「……まぁ、それは仕方がない事じゃないかな。うん」

 

 そしてイエロー用に貸し出された部屋の前で彼らは足を止める。

 無論、部屋は別々である。当然である。

 

「じゃあクリア、また明日ね」

「あぁ、おやすみイエロー」

「うん、おやすみ!」

 

 室内へと消えていく少女の背中、少女の姿を最後まで見送ってから、そしてクリアは再び歩き出す。

 

「……悪いがイエロー、君はきっとキクコ達とだって最後には分かり合えると思っているんだろうが、俺はそうは思わない」

 

 誰に言うでもない独り言が、クリアの鼓膜のみを揺すり、その脳裏には別れ際にワタルから告げられたある事実が浮かび上がる。

 

『それと、これは私の完全な勘だが、先の事件でアルフの遺跡に現れた"カラレス"と名乗る青年と"サキ"についてもキクコの一味であると考えている』

 

『ホカゲが言った、「私たちのボス」と確かにサキがそう言うのを聞いたと。俺はそれがキクコだと考える』

 

『だから奴らと万が一遭遇しても戦ってはいけない。キクコとその一味は不気味な存在だ。何が起こるか分からない』

 

 それがワタルの忠告。無論、クリアも極力はその言葉を意識する様に心がける気でいる。

 しかし――、

 

(俺は多分、あの二人と出会えば戦ってしまう。何故かは分からないが、多分理屈じゃない。俺とあの二人の間には深い因縁がある。俺はとてもそんな気がするんだ……それに)

 

 その時脳裏に浮かんだのは二つの記憶、かつての苦渋の思い出。

 ナナシマ時と、今回の事件の記憶。

 少女の石化と、彼のエースが負った負傷。

 そして次の言葉は、思いがけずに自然と口から出ていた。

 

「返さねばならない借りは、俺にもある……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから未明、シンオウ地方のとある場所にて。

 

「フェフェフェ、やはり、隠れて動くのもそろそろ限界かね」

「カント―四天王ワタル。確かに彼なら独自の情報網も持っているでしょうし、キクコ様の事もよく理解している。ある意味国際警察より厄介な相手だ」

「はっ、ちょこまか探られんのは性に合わねぇな。なんなら俺がこれから潰してくるか?」

「フッ、正面からぶつかれば、奴を潰せたとしても私たち側にも相応の被害があるだろうな」

「それに奇襲しようにも、奴は一度それで痛い目を見ている。あのレベルの奴に二度目はまず成功しないだろうな」

「なに構いやしないさ、そろそろが潮時だった。それだけさね」

 

 そう言った老婆(キクコ)は重い腰を上げる。そして彼女に続いて、サキが、カラレスが、シャムが、カーツが各々立ち上がる。

 全員が立ち上がる頃を見計らい、そうして一体のゲンガーを従えたキクコは言う。

 

「準備は終わった。動くよ、お前たち」

 

 シンプルでいて、かつ力強い言葉だった。

 

「さぁ、終わりを始めに行こうじゃないか……! フェーフェフェフェ……!」

 

 



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シンオウ編
八十話『vsライコウ 終わりの始まり』


 

 夏が終わり、新たな季節が到来する。

 その狭間の時期。

 そんな時期に、ジョウト地方チョウジタウンの公式ポケモンジムの屋内で、見た目十八歳程の少年は気怠そうに椅子に腰かけ、退屈そうに一個のモンスターボールを弄んでいた。

 "クリア"。

 当ジムの"元"ジムリーダーにして、この世に四機のみ存在する"ジョウトポケモン図鑑"の内一つを持つ人物である。

 

「随分と退屈そうですね、クリアさん」

 

 かけられた言葉に、クリアは首だけ動かして声の主に視線を合わせる。

 最早聞きなれたその声、若干厳つい顔のその青年は、チョウジジムに唯一存在するジムトレーナー"シズク"だ。

 真っ白なエプロン姿である所を見るに、どうやらこれから昼食の準備でも始めるらしい。いやはや、これだけみるととても彼が"元悪の組織の幹部"だという事を忘れてしまいそうになる程の衝撃だ。

 

「どうしたんですかシズクさん? 後ついでに今日の昼食はなんですか?」

「今日はオムライスです。ケチャップたっぷりのね……いやそんな事より、今朝はクリアさんの起床が遅く渡しそびれていたのですが、手紙が届いていましたよ」

「手紙ですか? 俺宛に?」

「当然です」

「はて一体誰からだ。レッドさんとかなら連絡手段はポケギアなり色々とあるはずだが……まぁいいや。とりあえずありがとうございますシズクさん」

「いえ、では私は昼食の準備に入りますので」

 

 何分クリアは"過去の経緯上"手紙を貰う事自体が珍しく、また"此方の世界を訪れて"以降知り合った者達とはポケギアを使用した方が色々と手っ取り早く都合が良い。

 故にクリアは物珍しく一枚の封筒を見つめる。見たところポケモン協会から宛てられたものでもない、となるといよいよもって差出人に心当たりはない。

 用は済んだとばかりにそそくさと台所という名の彼の戦場へと戻っていくシズクの後ろ姿を眺めながら、そしてクリアは無造作に封筒をテーブルの上に投げ捨てる。

 

 

 

 二つの遺跡を中心とした戦い。"シント事件"から約一年が経とうとしていた。

 "四天王事件"と呼ばれる戦いの主犯"ワタル"からの警鐘から始まった此度の事件は、ジョウト各地におけるジョウト図鑑所有者とロケット団四将軍の幾度かの衝突を経て、アルフの遺跡における黒いバンギラスと"カラレス"と名乗る青年とクリアの戦い、シント遺跡におけるゴールドとアルセウスとの対話、そしてジョウト地方とシンオウ地方の滅亡の阻止という三つの戦いへと展開されていった。

 

 黒いバンギラスと衝突し、その末にカラレスの攻撃にクリアは敗れた。

 アルセウスと対話、衝突し、ゴールドは見事に信頼という勝ち道に辿り着いた。

 ディアルガ、パルキア、ギラティナの衝突により一時は二つの地方は滅亡の危機に瀕したが、敵と仲間の垣根を越えたジョウト図鑑所有者とロケット団四将軍の活躍、そして現れたかつての"黒幕達"の手によって滅亡は済んでの所で食い止められた。

 それが、此度の事件の顛末。

 そして、新たなる始まりの息吹。

 

 全てが順調にいった、とは言えない此度の事件の末、しかしして当事者達にはいくつかの変化がもたらされる。

 ロケット団首領"サカキ"の持病の完治、そしてロケット団再興の宣言、それに加えて"仮面の男"、"ジムリーダー"等と呼ばれていた男の帰還。

 いや、その老人の帰還こそが、きっとクリアと呼ばれる少年にとっては最も大きな変化なのだろう。

 

 

 

「何をしている。クリアよ」

 

 かけられた声に、クリアは振り向いた。

 そこにいたのは一人の老人。車椅子に腰を下ろし、その膝の上に一体のウリムーを乗せた"現チョウジジムジムリーダー"の姿。

 

「何って……空のボールで暇つぶしですよ。師匠」

 

 "ヤナギ"。

 "師匠"と呼ばれた一人の老人は、自身の"弟子"のそんな呑気な言葉に思わず微笑を洩らした。

 

 シント事件から少し経った後、クリアはまずある行動を実行に移した。

 それは即ち、"ジムリーダー権"の譲渡。

 つまりは帰ってきたヤナギに、先代のジムリーダーに再びその資格を譲り渡そうとしたのだ。

 理由はいくつかあった。

 まず初めに、クリアがジムリーダーになった経緯はヤナギの失踪という結果から始まり、故に主のいない場所を守る為に、彼は特に深くは考えず半ば使命感からジムリーダーとなった。

 次に、それ故にヤナギが戻った事により、クリア自身がジムリーダーに拘る必要が無くなったという事。

 そして最後に、自他共に認める程、クリアという人物はジムリーダーという職業には向いていなかったという事にあった。

 

 それというのもである。

 彼がジムリーダーになってから何度無断でジムを留守にしたのか、そしてその度に担当地方のポケモン教会理事を何度悩ませたのか。

 考えるのも恐ろしい程である。

 故に、クリアの提案は意外とあっさりと受理された。

 もしかすると、"トキワシティジムリーダー試験の際の事例"や、"チョウジジムの存在自体が元悪の人間の更生所となりつつあるという事実"も考慮に含まれていたのかもしれない。

 だがそれでも、協会理事はクリアの提案を飲んだ。

 そして当事者であるヤナギ自身も、クリアの口から告げられた際には渋ったものの最終的に、ポケモン教会の方針には素直に従い現状へと至ったのである。

 

 そして以上の経緯から、"ジムトレーナー"という立場より上の"ジムリーダー"という立場となった、否、"戻った"ヤナギは少しだけ目を細めて、

 

「ほう、流石は"一度は"私を破った我が弟子だ。これから迫りくるであろう脅威を前にしても、余裕なものだな」

「うぐっ……」

 

 それが彼に発破をかける為に皮肉だという事は、クリアにもすぐ分かった。

 尤も、分かった所で何の言い返しもできないのだが。

 

「……と言われても師匠、特訓なら毎日の様にやってるし、俺に今できる事は"十分"にやってるつもりだよ?」

「ふむ、ならば次は"十二分"を目指して頑張ってみろ」

「ひっ!?」

 

 何の慈悲もない返しである。

 クリアも彼の"正式"な弟子故既に分かっているつもりだが、意外とヤナギはスパルタ志向だった。

 限界とはまだ越えられるラインだと言いながら、身内に対しては平気な顔で"愛のれいとうビーム"を撃ってくる様な師なのである。

 それでいて第三者に対しては、温厚で芯の強いお爺ちゃんな一面のみしか見せないから尚質が悪い。特訓時の恐怖を知っているからこそ、そのギャップに恐怖こそ覚え安心などしない。

 ――いや、仮初の師弟関係の時からその片鱗は少しだけあった様な気もするが。

 

「嫌ならすぐにでも行動に移せばいいのだ。お前にはまだもう一つ、最も強い可能性の塊がその手の中にあるだろう」

「? 可能性の、塊……?」

「恍けても無駄だ。その手の中の空のモンスターボール。クリアよ、お前は空いた空席をいつになったら埋めるつもりだ」

「それは……」

 

 思わず、言いよどむ。

 ヤナギの鋭い眼光が、クリアの思考を縛り、逃げ道への退路を塞ぐ。

 言われるまで気づかなかった、訳では当然なかった。その証拠に、ヤナギに言われるまでクリアはひたすら空のボールを転がしていた。

 

「六体目、か」

 

 虚空に呟き、無造作にクリアはボールを元の位置へと戻した。

 

「分からないな。何もかつてのお前の手持ちである"カモネギ"や"ヤドキング"を無理矢理に連れ戻せと言っている訳ではないのだぞ?」

 

 ヤナギの疑問も尤もである。

 クリアに限らず、ポケモントレーナーという者達は手持ちのポケモンを一体から複数体ほぼ必ず傍に置いており、その数は、どんなに多くても六体までがベストという事は既に周知の事実でもある。

 そしてその数の多少によって起きるメリット、デメリットについてもクリアとヤナギは既に経験の中で理解していた。

 手持ちのポケモンが少なければ、戦闘時やそれ以外での行動時の選択肢が狭まり、しかしだからこそ、多い時より迅速に正しい選択肢を選ぶ事が出来る。

 逆に手持ちのポケモンが多ければ選択肢は広がり、出来る事や対処手段も複数に増える。しかしだからこそ、少ない時より選択にかける時間が増加し場合によってはタイムオーバーとなる可能性だってある。

 一長一短、それ故に求められるのはやはり、"トレーナーの技量"。

 詰まる所、最終的に戦闘の際重要となってくるのは、ポケモンの能力以上にトレーナーの実力となってくる。

 そしてクリアは、これまでの経験から、最早一流と言っても差支えない程の実力をつけていた。

 

 だからこそ、ヤナギは問うのである。何故"六体目"を持たないのかと。

 クリア程の実力者ならば、"五体"で戦うより"六体"のポケモンで戦う方が圧倒的に生存率が上がると。

 そして、それはクリアにも当然分かっている事である。

 

「師匠の言いたい事も分かります。ワタルの警告からもうすぐ一年……ワタルの推察が正しいとすると、そろそろ何か動きがあるかもしれませんからね」

「あぁ、当然それもあるが、それを引いてもお前自身、確かな力量不足を感じているのではないのか?」

「力量、不足……」

「そうだ。聞いているぞ、最近のお前はここ一番の大勝負の際、かなりの確率で黒星がついているらしいな」

 

 刺す様な言葉がクリアの心に抉り込む。

 だがしかし、彼の言葉は当然の真実であり、またクリア自身も感じ取っていた事だった。

 "仮面の男(マスク・オブ・アイス)"としてヤナギと対峙し、幾度もの敗北後ようやく勝利を得たその時からまた幾度かと繰り広げられたクリアの戦いの歴史。

 だがその実、全てにおいてクリアが勝利を手にしている訳ではない。

 むしろここ一番の勝負所で、果たしてクリアが彼自身のみの力で勝利した戦いが一体どれ程あっただろうか。

 ホウエン大災害時でのホカゲとの決戦時は、イエローの登場が無ければやられていたのはクリアだった。

 ナナシマ事件の際は、クリアは戦いに満足に参加する事も叶わず、バトルフロンティアでは彼の仲間がいたからこそ"ガイル"こと"アオギリ"に勝利する事が出来た。

 

 そして、シント事件ではカラレスに為す術も無く撃破された。

 それもこれも、"勝利の為のもう一手"。決定打となる"六体目"の存在が全てを左右していたのだ。

 

「そうですね。でも……」

 

 "でも"、クリアはあえてそう言葉にして、

 

「だからと言って、俺は焦らないよ。師匠」

 

 そう告げて向けた微笑は、どこにでもいる普通の少年の笑顔だった。

 十八歳。大人と子供の中間。

 その満ちた自信の裏には、一体どんな根拠があるのだろうか。

 まるで羽化を待つ蛹の様に、飛び立つ時を夢見るひな鳥の様な僅かな期待を秘めた瞳で、クリアは続ける。

 

「多分、もうすぐですよ」

「ほう、何がもうすぐなんだ?」

「何の根拠もない、ただの俺の勘だけど……だけど多分"最後のピース"とは、多分もうすぐ会える。そんな気がするんです」

 

 その言葉は嘘偽りない、正真正銘本物の所謂彼の"勘"だった。

 信憑性などあったものではない。鼻で笑われ一蹴されても仕方のない言葉。

 だがそれでも、それは同時に形はどうあれ一度はヤナギを打ち負かした少年の言葉である。

 故に、ヤナギはクリアの答えに一応の納得をする事にしたのだった。

 

「……そうか。そこまで言うなら、もう何も言わんよ。お前が"最後の席"を空けておく理由があるというのなら私も強く言わない。だが……」

 

 師は弟子の意思を汲み取り、そして尚、それでも彼は師としての言葉を続けた。

 

「それでも脅威が迫っている可能性が高いのもまた紛れもない事実。用心はするのだぞ」

「……うん、ありがとうございます。師匠」

 

 果たしてその言葉は、出来の悪い弟子に贈る師としての言葉か、自身のジムのジムトレーナーに贈る一人のジムリーダーとしての言葉か、それとも――家族を心配する一人の男の言葉なのか。

 それはヤナギ本人にしか分からない。

 

「……所でクリア、その手紙は誰からのものだ?」

 

 言いたい事は言い終えたらしいヤナギが、今度は机上に無造作に置かれた手紙へと興味を示す。

 一方のクリアも、先の対話ですっかりその存在を忘れていたらしく、空のボールと取り換える形で手紙を手に取ると、何の躊躇も無く封を破りその内容に目を通した。

 

「ん、あぁ、これはさっきシズクさんから渡されたんです。えーと何々、ふむふむ」

「……誰からだったんだ?」

「シンオウ地方のジムリーダーからです。見たとここれ"挑戦状"みたいですね。俺、ちょっと行ってきますね」

 

 そう言って、クリアはテキパキと旅支度を開始する。必要最低限の荷物とポケモン達が入ったボールを嬉々として用意していく。

 その様子は、心なしかまるで水を得た魚の様にも見えた。

 

「忙しないな」

「そんなの、当たり前でしょ。師匠」

 

 玄関へと向かいながら、クスリとした微笑を浮かべてクリアは、

 

「シンオウ地方のジムリーダーと正面切って手合せできる絶好の機会だ。強くなれる、レベルアップのチャンスを見す見す見逃す道理もないですよ……それに」

 

 それに、とクリアは続けて、凛とした眼差しで次の言葉を述べてから、そして旅立っていったのである。

 

「シンオウ地方。良い機会だ、久方ぶりの捕獲に挑戦(チャレンジ)してみるのも悪くないと……そう思いますからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ一か月後。

 ホウエン地方バトルフロンティア。バトルタワー最上階。天気は晴天。

 

「……"こうそくいどう"!」

 

 "ポケモンバトルを楽しむ"、その為に出来たと言っても過言ではない施設で今日もまた、一つの戦い(バトル)が繰り広げられていた。

 バトル形式は一対一。シングル戦。どちらか一方のポケモンが戦闘不能に陥れば敗北となる戦い。

 深緑のポケモンが、迫りくる雷を間一髪の所でかわしつつ、"こうそくいどう"で更に速度を上昇させ標的へと迫りながらその腕の草の刃を怪しく光らせる。

 ポケモン"ジュカイン"。

 見事いくつもの"かみなり"をかわしきったジュカインは、そのままの勢いで標的のポケモン"ライコウ"へと迫り、そのままの勢いで"リーフブレード"を繰り出そうとするが、

 

「甘いよ。"エメラルド"……!」

 

 その言葉で、エメラルドと呼ばれた少年はハッと気づいた。

 もう既に、ライコウは次の攻撃へと動作を移行していたのである。

 立て続けに大技である"かみなり"を放った直後、にも拘わらず、既に追撃の準備を完了している辺り、流石は"伝説のポケモン"と呼ばれるだけはある。

 一つ一つの技のパワーと、スピードが伊達ではないのだ。

 

「"ギガインパクト"!」

 

 次の瞬間、全ての力を一点集中させた突撃がジュカインを襲った。

 "ギガインパクト"。反動こそあるものの、その威力は"はかいこうせん"にも匹敵する程の超攻撃特化の大技だ。

 当然、何の溜めも無しに、それも超至近距離から放たれた近接技を、ジュカインが避ける術は少ない。

 故に、放たれたライコウの"ギガインパクト"は見事にジュカインを捉え、勝負を決した。

 

 ――かに見えた。

 

「……いいや、甘いのはアンタの方だったね。"リラ"」

 

 言ったのは、エメラルドと呼ばれた少年の方だった。

 刹那、その眼光の先で、ジュカインの姿に不自然なブレが生じて。

 そしてリラは大きく目を見開いて、

 

「なっ、まさか、分身……!?」

「そうそのまさかさ! 今だジュカイン」

 

 エメラルドの言葉の直後、ジュカインの身体が霧散した。

 "かげぶんしん"。先の"ギガインパクト"を受けたジュカインは、"かげぶんしん"によって作られた偽物だったのである。

 そして、その事実にリラとライコウが気づいた時にはもう遅い。

 

「"リーフブレード!」

 

 いつの間にそこにいたのか。

 ライコウの背後に回っていたジュカインが繰り出す碧の刃が煌めき、そして、今度こそ勝敗は決するのだった。

 

 

 

「良いバトルだったよ。ありがとう、エメラルド」

「どういたしまして。それとこちらこそだ、俺も楽しかったし」

 

 差し出された手を少しだけ見て、それからやれやれといった感じで、エメラルドはリラの手を握った。

 

「いやー良かったよー二人とも! 痺れる位良いバトルだった! お陰で良い宣伝プロモが出来そうだよぉ!」

 

 そこに現れたのは小太りでサングラスの男。

 "エニシダ"と呼ばれるバトルフロンティアのオーナーでもある男である。

 バトルフロンティアでも数少ない休日、周囲には観客の姿が見えない、バトルの熱で誤魔化されていた静寂が徐々に辺りを支配していく中、そんな場所でエメラルドとリラが戦っていた理由が、エニシダの言葉の中にあった。

 それというのも、今回彼らが戦った理由は"バトルフロンティア宣伝用のプロモビデオ"を作る為であったからなのだ。

 

「でもさー? 何で今更宣伝用のプロモなんて作ろうと思った訳? 別にそんな事しなくても、お客さんならいつも沢山……」

「甘い!」

 

 ビシッ! という効果音が今にも聞こえてきそうな程鋭くエニシダがエメラルドを指差し、一方のエメラルドは一瞬だけ肩を震わせる。

 そしてエニシダはやけに興奮気味な口調で、

 

「甘いぞエメラルド! そんなお菓子の様に甘い様じゃあ、いずれこのバトルフロンティアだってチョコの様に溶けてしまうのだぞー!」

「な、何この人、なんで今日はこんなに荒ぶってる訳……?」

「えーと、それはね、エメラルド。君は最近、シンオウ地方に新しくバトルフロンティアが出来た事は知っているかい?」

「シンオウ地方にフロンティア? いいや知らない。で、その新しいバトルフロンティアが何か関係してるの?」

「何か関係してるの? じゃ、なぁぁぁぁい!!」

 

 突然の大声の所為だろう、今度こそ、エメラルドは大きく肩を震わせて驚愕の表情でエニシダを見た。

 

「個性が必要なんだ……! 他とは違う、うちだけのオリジナリティー溢れたエンターテイメントが必要なのだぁ!」

「な、なんなんだよ一体……」

 

 まくし立てる様に声を荒らげるエニシダと、驚愕通り越して呆れ顔をするエメラルド。

 そんな二人の様子を見かねたのだろう。リラは、コホン、と一度咳をして場を取り持つと、

 

「それは詰まる所。シンオウ地方に新しく出来たバトルフロンティアが大盛況でね。その結果、うちの常連達も何割かはシンオウ地方へ足を伸ばして、その分集客率が下がっているって事なんだよ」

「なるほど、それでこのおっさんはこんな感じになってるんだな?」

「……うん、そんな訳でこんな感じになってるんだよ」

 

 いつの間にか屈み込み、ブツブツと何か呟き続けるエニシダを眺めながら、エメラルドとリラは一度だけため息をついて、

 

「だけどシンオウ地方に新しく出来てると言っても、それもれっきとしたバトルフロンティアなんだろ? 同じバトルフロンティア同士なのに、どうしてこのおっさんはこんなにも悔しそうなんだ?」

「うん、それはだねエメラルド。私たちホウエン地方のバトルフロンティアに多大な出資をしたオーナーは確かにエニシダオーナーだけど、シンオウ地方のバトルフロンティアはまたエニシダオーナーとは別の人間が出資者、つまりホウエン地方とシンオウ地方のバトルフロンティアはそれぞれオーナーが違うんだよ」

「ふーん、だからこの人は、シンオウ地方のバトルフロンティアをライバル視してるんだな」

「そういう事だね」

 

 出来るだけ短く、簡潔に、ホウエン地方とシンオウ地方のバトルフロンティア事情をリラが語り終えた。

 その時だった。

 突如、何かが壊れる音がバトルタワーに木霊する。

 咄嗟の事だったが、それでもすぐに意識を警戒態勢へと切り替えたエメラルドとリラは、すぐに音のした方向へと顔を向けそして、

 

「……あれは」

 

 彼らはすぐに理解した。

 バトルタワー内に響いた"窓の割れた音"、その"原因"と"原因の正体"を。

 

「ラティ……アス?」

 

 言葉にすると同時にエメラルドは駆け出す。

 そこにいたのは一体のポケモン、"夢幻のポケモン"、"ラティアス"だった。

 そしてそれはかつて、まだ"一人"だったエメラルドの数少なかった理解者であり、今となっても大切な友であり続けている存在。

 そんな存在が、今、彼の眼前に傷だらけの状態で倒れていたのである。

 動揺するのも、無理はない。

 

「ラティアス! おいラティアス! どうしたんだよこんな怪我……一体何が……」

「話は後だよ、エメラルド!」

 

 半ば半狂乱となりかけていたエメラルドだったが、リラの言葉で我に返る。

 気づけばリラは、いつの間にやら自身のライコウを召喚し、エニシダもエニシダでどこかへ電話しながらラティアスの治療準備を推し進めている。

 

「まずはラティアスの手当てが先だ。エメラルド、君も力を貸してくれ!」

「あ、あぁ分かった! 皆頼む!」

 

 それからすぐに、ラティアスはバトルフロンティアの医務室へと運ばれていった。

 先程までの和やかな雰囲気とは一変、周囲にはピリピリとした緊張が張り詰め、どこか暗いムードが周囲を満たしていく。

 それから。

 ラティアスの意識が回復したのは、バトルフロンティアに再び彼女が姿を現してから三日目の朝だった。

 

 

 

 暗雲立ち込めるとはまさにこの事か。

 晴天だった空も三日経てばその姿を変える。

 バトルフロンティアの上空は、今や幾重にも重なった灰色が光を限りなく遮断していた。

 

「……アス……ラティアス……!」

 

 声がする。自身を呼ぶ声だ。

 徐々に覚醒していく意識の中、ラティアスは意識の綱を懸命に手繰り寄せる。

 フラッシュバックする過去、燃え盛る炎はどこまでも高く伸びて、彼女は命からがら逃げ延びて、そうしてようやく彼女は辿り着いたのである。

 バトルフロンティア。

 かつての激戦があった地に、懐かしい少年の声の下へ。

 

『……ラル……ド』

「ラティアス! 良かった、目を覚ましたんだな!」

 

 頭の中に直接響いてくる声に、エメラルドは一旦の安堵を覚える。ラティアスはテレパシーを用いて人とのコミュニケーションを可能としているのだ。

 

『ここは……』

「安心しろ、ここはバトルフロンティア。ここにいる奴らは皆お前の味方だ」

 

 エメラルドのその一言で、ラティアスは心の底から安心出来たのだろう。

 疲れ切ったその表情に少しばかりではあるが、彼女本来の柔らかで温かみがある笑顔が戻る。

 そんなラティアスの様子に、エメラルドも一度眉間に寄せた皺を解いてから、

 

「それで、何があったんだよラティアス。こんなに傷だらけで……それに、"ラティオス"は一緒じゃないのか?」

『……"ラティオス"……そう、だわ……!』

 

 ラティオス。

 ラティアスの唯一の兄の名、その単語を耳に入れた途端、ラティアスは大きく揺らぐ。

 

『お願いラルド! 力を、貸して。兄さんを……助けて!』

 

 まだ完治していない身体を起こし懇願する様な視線を投げかけた彼女は、エメラルドに対し確かにそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――エメラルドの前に傷だらけのラティアスが飛来してから、約数日後。

 

 クチバシティ。

 カントー地方最大の港町であるその町を一人に少年が訪れていた。

 ジョウト図鑑所有者"シルバー"。

 約一年前再興された悪の組織"ロケット団"の首領を実の父に持つ少年である。

 アルセウス事件、そう呼ばれる事件を切欠として父"サカキ"と再会した彼は、その場で父の勧誘を断り、そして必ず己の父へと追い着き改心させると宣言していた。

 故にこの日、彼がこの場所を訪れたのも他ではない、"ロケット団絡み"の事情があっての事だった。

 欲するものは、組織の情報。

 何でもいい。一年前に再編、再興された"新生ロケット団"に関する情報を得る為、ある人物に会いにやってきたのである。

 

 

 

「二つ目……」

 

 カチリ、という音が室内に響く。

 それは、クチバジム特有の仕掛け、ジムリーダーへの行く手を阻むドアロックが解除された音である。

 一見すると難しい仕掛けだったが、この程度の仕掛けでは、彼程の実力者を阻むには少々無理があるというものだが、何にせよ。これで彼は無事に目的の人物への道を開く事が出来た。

 クチバシティのクチバジム、その主であるジムリーダー。

 その人物こそが、シルバーが会おうとしている相手。

 

「マチスだな」

 

 眼前に佇む、ワイルドな風貌でガッシリとした体格の金髪の男へとシルバーは言葉を告げる。

 

「久しぶりだな……いや、この際挨拶は抜きにしよう。時間の無駄だ」

 

 それだけ告げたシルバーの様子から、すぐにマチスも気づいたはずだ。彼が、普通の挑戦者では無い事に。

 いや、そればかりでは無い。

 思い出したはずだ。理解したはずだ。

 彼がかつて、仮面の男事件の際にうずまき島で出会った相手、"図鑑所有者"、それが今目の前にいる少年だという事を。

 そして、それは同時に。

 彼のかつての首領(ボス)の実の息子が、父親譲りの眼力と、父親並の"実力"を身に着けて、また再び自身の前に現れたという事を――。

 

「単刀直入に聞く。"クチバジムのジムリーダー"であるマチスにでは無く、"元ロケット団三幹部"としてのお前にだ」

 

 ロケット団三幹部、その単語が耳に入った途端、マチスの緊張度が最高まで達する。

 随分と懐かしく錆びついた古臭い肩書き、そんな気すらしてくるのは、きっとマチスがロケット団という組織から離れてもう随分と長い事経ったからだろう。

 そこで不意に、マチスは何故目の前の少年が自身の昔の肩書を知っているのかと疑問に感じたが、疑問は数秒後には自然と解決した。

 眼前の少年は、シルバーは"図鑑所有者"と呼ばれる者達の一人だ。

 故に、彼の先輩とも言える人物、かつてマチスが幾度となく対峙したカントー図鑑所有者達に自身の事を話されていると考えても、何もおかしい点は無い。

 そうして、シルバーは満を持したかの様にマチスへと問いかける。

 

「最近のロケット団の動向について、不可解な点がいくつかある。俺は、恐らく奴らが活動拠点を別に移していると考えた訳だが……何でも良い、お前が知っている全てを教えて貰おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラティオスを、助ける……?」

 

 明らかに"半信半疑"といった様子の言葉が、エメラルドの口から零れた。

 

『えぇ! 私だけじゃ"あいつら"には勝てなかったわ……でも、私と一緒に戦ってくれるトレーナーがいてくれれば……! だから、私が最も信頼する人間(ラルド)に力を貸して欲しいの! だからお願い!!』

「わ、分かった分かった! ラティオスの事なら俺も放っとけないから勿論協力するよ! だからまず、何があったのかを落ち着いて話してくれ!」

 

 その特性故耳を塞ぐ事も叶わず、テレパシーにより脳内へと直接語りかけてくるラティアスの声に目を回しながらも、エメラルドは早口でラティアスを制して、

 

「で、改めて、何があったんだよラティアス」

 

 真っ直ぐとラティアスを見つめてエメラルドは彼女に問いかける。

 そこには、最早かつての孤独だった少年の姿はない。

 そこにいたのは。

 このバトルフロンティアで起こった事件、戦い、その過程と果てに手に入れたいくつもの繋がり、その全てによって成長した一人の少年だった。

 だからだろうか。先ほどまでと比べラティアスの心が落ち着きを取り戻しているのは。

 ――ラティアスが、安心出来ているのは。

 

『……人が来たの。南の孤島に』

 

 そして彼女は語りだす。辛い記憶を掘り返し、身体の震えを懸命に抑えて、ラルドと、それと同時にその場にいた他の二人の人間、リラとエニシダ、計三人の人間へと言葉をテレパシーに乗せて。

 

『男女二人組の人間だったわ。南の孤島に入ってきたかと思うと、私たちは突然攻撃されて、勿論私たちも抵抗したわ……でも強くて、そしてあの二人に捕獲されそうになった私を庇ってラティオスは……』

「捕獲、されたのか……」

『……えぇ。それで私は、捕獲の間際にラティオスが隙を作ってくれたお陰で、何とか逃げ切る事が出来たの……』

 

 瞳を潤ませて、顔を下げるラティアス。その傷心した様子に、思わずそれ以上の事を聞くのは躊躇われるが、しかし状況が状況だ。そうも言ってられない。

 故に、エメラルドはラティアスを勇気づける様に彼女の肩に手を置いてから、そうして更に質問を続ける。

 

「それでラティアス、今から肝心な事を聞くぞ。一体その二人はどこの誰で、そして今はどこにいるんだ?」

『……どこの誰かまでは分からないわ……でも、一度だけ、ラティオスからの"ゆめうつし"が来たの。映像は一瞬だったけれど、確かに聞いたわ……"シンオウ地方に戻る"って言葉を。ラティオスを通して!』

 

 真剣な眼差しでそう語り終えると、どうやらもう語るべき事はないらしく、ラティアスはすっと瞳を閉じてやがて微かな寝息を立て始めた。

 よほど体力を消耗していたらしく、まだ後数日は安静にする必要があるとエメラルドはバトルフロンティアのポケモン医療スタッフから聞いている。

 

「……それで、どうするんだいエメラルド」

「どうするって、何を?」

「勿論今の話さ。君はまさか、ラティアスの為に"ただ野生のポケモンを捕獲しただけの善良なトレーナー"を咎めるつもりじゃないだろうね?」

 

 リラの言葉も尤もだった。

 ラティオスを失い一人残されるラティアスの気持ちも分かる、確かに可哀想な話ではある。

 しかし、彼らは野生のポケモン。

 そして、野生のポケモンを捕獲する権利を持つ者の事を世間では"ポケモントレーナー"と呼び、またその行為を罰する法などこの世界には存在しない。

 

「うん。勿論そのつもりだよ?」

 

 だがエメラルドは、リラの言葉を真っ向から"肯定"した。

 無論、自身の言葉の意味が分からないエメラルドではない。

 彼もまた"ポケモントレーナー"の一人、それでいて彼にとって"恩人"とも言える人物は"捕獲の専門家(スペシャリスト)"と呼ばれる程の"ポケモントレーナー"である。

 自身がこれから行う行為が、"ポケモントレーナー"としての在り方に背くという事は、彼も重々承知の事だろう。

 ――しかし、

 

「いくら捕獲の為とはいえ、その結果ポケモンをこんなに痛めつける様な奴は、それこそポケモントレーナー失格だ。誰から何を言われようとも、俺は"ポケモンとポケモンを好きな人の事が好き"だっていう想いは絶対に曲げないよ」

 

 それでも曲げられない信念があるからこそ、エメラルドは迷う事はない。

 ただひたすらに、彼は彼の信じた道を歩み続ける事が出来るのだ。

 

「……そうか。それなら、私も相応の行動を取らねばならないな」

 

 淡々としたリラの言葉を耳に入れた途端、エメラルドはすぐに臨戦態勢をとった。

 無論、先の発言でリラからの妨害があると考えたからである。

 しかし、エメラルドの予想とは裏腹に、リラはエニシダへと視線を移して、

 

「エニシダオーナー。明日から暫く休暇を頂きたい」

「……リラ、お前……」

「ラティアスはこのバトルフロンティアを救ってくれた恩あるポケモンの一匹だからね。それに私も少なからず君の意見には賛同しているし、何よりラティオスを捕えたというトレーナーの"善悪"についても私の目できちんと見定めたいと思っている。だから私も君と共に行こう」

 

 昔のエメラルドなら、余計なお世話だと彼女を突っぱねていたのかもしれない。

 だが、何度も記述する通り、彼もまた成長している。

 

「あぁ、ありがとう。リラ」

 

 微笑を浮かべて、エメラルドは短く礼の言葉を告げた。

 "伝説のポケモン"を手札に持つリラが協力してくれる事は、エメラルドにとって益はあれど当然損はなく、またリラは信頼に足る人物である。

 一部を除き他人に対して一定の不信感を持っていたかつての時とは違う。

 今のエメラルドに、彼女の助力を拒む理由など微塵もないのだ。

 

「じゃあ、ラティアスが目を覚まし次第、向おう! シンオウ地方へ!」

 

 目的地は遥かシンオウの地。 

 その目的は、ラティオスを捕獲したトレーナーに会う事。及び必要とあらばラティオスの救出。

 現在確認されている情報は、件のトレーナー一行はシンオウ地方へ向かったという事のみ。

 

 一瞬、エメラルドは今回の事をクリスタルという少女に伝えるか悩んだ末――止めた。

 思い返せば、恐らく今彼女はオーキド博士の学会の準備とか何とかで忙しいはずだ。

 また、今のエメラルドの隣には伝説のライコウを連れたリラが一緒にいる訳であり、情報の伝達に関しては事情を把握しているエニシダに頼んでおけばいいだろう。

 

 そうして、全ての悩み事を払拭してから。

 かくして、少年は一人のフロンティアブレーンと共にシンオウ地方へと旅立つ事を決める。

 

 

 

「……はぁ、仕方ない、か。こうなったリラは頑固だからね」

 

 エメラルドとリラ。彼ら二人のやり取りを見終えてから。

 やれやれ、と言いたげに大げさに両手を振り、そしてエニシダはため息交じりに呟いてから、

 

「だけど長期休暇とはちょっと頂けないな。せっかくシンオウ地方に行くなら、ついでに向こうのバトルフロンティア視察にでも行って貰おうかな!」

 

 気軽な態度であっけらかんとそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クチバシティのクチバジムでは、マチスの豪快な笑い声がジム内に木霊していた。

 

「ガハハハハ! ガキが、随分と大口叩いてくれるじゃねぇか!」

 

 挑発染みたシルバーの物言いのせいだろうか、一方のマチスもまた相応の態度で応えた。

 

「近頃再び活動を始めたとかいう噂の"新生ロケット団"の行方を追うってのか、お前が、一人で? いくら首領(ボス)の実子だからって、そいつは少し無茶過ぎる行動じゃねぇのか?」

 

 果たしてマチスはどこでシルバーがサカキの実子だと知ったのか。

 その謎に関する推理は無用だと、シルバーは即座に判断する。

 そもそもシルバー自身も、図鑑所有者の先輩である"グリーン"からマチスの正体を聞いてクチバシティまでやってきたのだ。マチスも同様に独自の情報網を持っていても何らおかしくはない。

 

「多少の無茶は覚悟の上だ」

 

 だからこそ、シルバーは最低限の返答で答えた。

 

「それでも俺は父をこの手で改心させると誓ったんだ」

 

 その目に迷いの色は一切なく、それと同時に、何があっても折れないという強い意志が見え隠れしている。

 マチスは、彼とよく似た目を知っていた。

 彼の元上司にしてシルバーの実父"サカキ"、彼の決定は絶対にして、確実に成功しなければならない命令。その命に背く事は、何があっても許されない。

 現にマチスが今こうしてジムリーダーをやり続けているのも、何を隠そうサカキの命令だからこそである。

 それ程の力。カリスマ。

 それを知っているからこそ、マチスは言葉による対話を諦めて、

 

「お前、いい感じに根性据わってるじゃねぇか。ならこうしねぇか?」

「……なんだ?」

「俺は確かに元ロケット団だ。だがだからと言ってタダで首領(ボス)の情報流すほどロケット団として腐っちゃいねぇ……だからよ、もしもお前が俺に勝てれば、俺はお前に知ってる事を何でも話してやるぜ」

 

 そう提案したのかもしれない。

 

 

 

 

「……で、結果は惨敗だったと」

「チッ、うっせーよ」

 

 それから数時間後、クチバジムでは二人の人物が話していた。

 マチスとシルバー、ではない。

 そこにいたのは黒の長髪と整った顔立ち、気の強そうな瞳の一人の女性ジムリーダーだった。

 "ナツメ"。

 彼女もまた、マチス同様かつてはロケット団"三幹部"としてロケット団という組織の全盛期を支えていたメンバーの一人である。

 

「フッ、お前ほどの奴なら対面した段階で分かったでしょうに。お前じゃ(シルバー)に勝てないと」

「フン! 今のバトルは勝てる勝てないの問題じゃねぇんだよ! これは俺のプライドの問題だ!」

「……クスッ、まぁそういう事にしておいてやるわ」

「どうもこうもそういう事なんだよ! ったく、盗み見とは本当に悪趣味な女だぜ!」

 

 ――全てはマチスの言葉の通りである。

 先のバトル、マチス対シルバー。その様子の一部始終をナツメは密かに見物していたのだ。

 そうして、用事を済ませたシルバーがジムから去ってようやく、彼女はマチスの前に姿を現したのである。

 

「でも本当に良かったのか? (シルバー)に本当の事をペラペラと喋ってしまって?」

「あぁ? 今更何言ってやがる、大体勝負に負けた上で更に嘘を重ねるなんざ、そんなみみっちい真似が出来るか!」

 

 変わったな、と。

 ナツメは内心そう思った。

 恐らくマチスは自身の変化を、彼自身認知していないだろう。

 以前の彼なら、例え首領(サカキ)の息子であるシルバー相手だろうと、悪どい事を平気で行ったはずだ。

 何故なら、彼が仕えていたのは今も昔もサカキただ一人だけである。シルバーではない。

 

 だからこそ、シルバーとの誓いをしっかりと果たしたマチスは、彼の意思とは関係なく一つの変化を迎えているのだ。

 そしてそれが、良いモノか悪いモノか。

 それは、未来に到達した時初めて分かる事である。

 

「今日は面白いものが見れた。では私はそろそろ失礼するぞ」

「あ? 一体何しに来たんだお前は」

「何も。強いて言うなら、気分転換がてらに首領(ボス)の息子を見に来ただけだ」

 

 言って、ナツメはマチスに背中を向けてから、

 

「何しろ……今日は大事なオーディションの日だからな」

「……あ? なんだって?」

 

 ポツリと呟かれた言葉はマチスには届かなかったらしい。勿論、届けるつもりなど元よりナツメにはないのだが。

 

「……マチス」

「全く、なんだよ。まだ何かあんのかよ」

「お前も、今の内に自身のやりたい事はやっておけ……せめて後悔のないようにな」

 

 そしてナツメはジムを去った。

 マチスが背後で何かを言いかけていたみたいだが、そんな事は彼女にはお構いなしである。

 ケーシィの"テレポート"で瞬時にヤマブキまで移動してから、彼女は今朝自身が感じ取った"予知"を再確認する。

 

(本当に、甘くなったな。マチス(あいつ)も、そして私も……)

 

 それは、予知と呼ぶにはあまりにも曖昧なもの。

 

 "闇"。

 

 限りなく広がる闇が、世界を飲み込んでいく。ただそれだけの映像(ヴィジョン)

 それがいつ、どの様な原因で起こるのか等の特定はできない。

 否、そもそも、それが映像のまま起こり得る事なのか、はたまた未来を抽象的に暗示するものなのかすら分からなかった。

 それ程までに、彼らの未来は不安定なものとなっていたのである。

 半端な未来を知る彼女が迂闊に動けば、更なる悲劇(じたい)を引き起こす可能性がある程に――。

 "故に彼女は、クチバジムを訪れた"。

 

(私に出来ることは少ない。だが、託す事は出来る……)

 

 一つだけ分かる事。

 それはたった一つの当然の真理、これまでの出来事を振り返ってみれば誰にでも分かる簡単な事。

 それはどんな形であれ、世界の命運を握るのはやはり"図鑑を持つ者"という事だ。

 これまでもそうだった。

 だからこそ、ナツメはこの時も確信していたのだ。未来に巣食う闇を打ち払えるのは"図鑑所有者"と呼ばれる者達のみであると。

 

(私の"力"をどう使うかはお前次第だぞ……首領(ボス)の息子、シルバーよ……!)

 

 故に彼女は密かに忍ばせた。

 シルバーの懐に、自身の"予知の力が宿ったスプーン"を。

 過去幾度となく、様々な者達を導いてきた道具(サイキックアイテム)を。

 

(昔私が配ったスプーンは恐らくその効力はとうに切れているだろうからな。これはこれから闇に挑む図鑑所有者たちへの、私からの細やかなプレゼントとう訳か……)

 

 シルバーはまだ気づかない。

 かつての首領(サカキ)の部下である二人が、彼に対し、かつてない程の助力をしている事に。

 一つはマチスの情報。

 マチスはシルバーに真実の情報を告げた。"ロケット団は今、シンオウ地方へ拠点を移しつつある"という情報を。

 一つはナツメの力。

 ナツメはシルバーに導を与えた。迷った時、持ち主が最も歩みべき道を示す超能力アイテム。"運命のスプーン"を。

 

(本当に、甘くなった……フフッ)

 

 だが悪い気はしない。

 そんな不思議な感覚に酔いしれながら、彼女は今日もヤマブキの町を行く――。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、エメラルドとシルバーの両名がシンオウ行きを決めたのと同じ頃、この場所でも新しい動きがあった。

 チョウジタウンのチョウジジム。その場所を訪れるのは、麦わら帽子を被った小柄で金髪の人物。

 

「こんにちわ、シズクさん!」

「はい、いらっしゃい、イエローさん」

 

 悪人顔でスキンヘッドな男性と笑顔で挨拶を交わすのは"イエロー・デ・トキワグローブ"。

 四人目のカント―図鑑所有者にして、かつての四天王事件を解決に導いた立役者の一人でもある"少女"だ。

 はてさて、そんな少女が一体どうしてチョウジジム等に用があるのか。

 彼女はあまり争いを好まない性格をしている。ポケモンバトルだって、あまり得意では無い。

 では何故か。

 決まっている。

 

「ふふっ、クリアさんならまだ戻ってませんよ」

「え? わっ! わわっ! い、いえ、そんなつもりじゃ……ない、訳じゃない……ですけど……」

 

 ジムの中を密かに覗き込んでいたイエローは、シズクの言葉に慌てて対応しつつも、しかし否定の言葉は出さない。

 元より、彼女がクリアに寄せる特別な感情については、最早周知の事実である。

 しかしして、その事をイエローは一部の者しか知らないと思っている訳だが、それでもやはりクリアという少年との仲が特別良い事を無理に否定するまでもない。

 彼女が初めて旅に出た時、クリアという少年は彼女の最も身近にいた。

 クリアという少年が初めて旅に出た時、彼女はクリアの最も身近にいた。

 故に、イエローがクリアの事を特別気にかけてる事を周囲に隠す事は今更なのである。

 尤も、それが"恋心"ともなれば話は別なのだが。

 

「そろそろ一か月経ちますね。クリアが旅立ってから……」

「もうそれ位になりますか。早いものですね」

 

 一か月前、クリアという少年は一枚の挑戦状を受け、シンオウ地方へと旅立った。

 宛先はクリア、差出人はシンオウ地方のジムリーダーであるという。

 当初は、一週間もすれば帰ってくると当人は言っていたのだが、それから何の連絡も無しに一か月である。

 イエローで無くても、彼の知人ならばそろそろ本気で心配になってくる頃だろう。

 それも"今この時期"である。"ワタルの忠告"を知っている者ならば尚更だ。

 

「大丈夫ですよ、クリアさんなら。その事は、貴女が一番良く分かってるのではないですか?」

「……えぇ、それはまぁ。クリアはこっちが本気で心配してる時に、何故か他地方のラジオに出てる様な人ですけど……」

 

 乾いた笑いと共に出たイエローの言葉だったが、彼女が話す当時の時にシズクはまだ知り合ってはいない。故に彼は、頭の上にクエスチョンマークのみを浮かべてイエローの言葉を聞き流した。

 

「……だけど」

 

 だけど、そう続けたイエローの顔に、不意に寂しげな、それでいて何か気に召さない事でもあるのか少し怒った様な声色で少女は続ける。

 

「それでもボクは心配なんだ……クリア、昔ボクと"約束"してくれたけど、でも全然信用できないし……」

「は、はは、手厳しいですね……」

「そんなの当たり前だよ! だってクリアってば、シント事件(この間の事件)の時だって大怪我だったし!」

「……擁護の言葉が見つかりませんね」

 

 あまりの興奮の為か丁寧口調が抜け掛けてる事に、果たしてこの眼前の少女は気づいているのだろうか。

 等という事を作り笑いを浮かべつつ少女の応対をするシズクだったが、そんな彼の視線の先で、再び少女は表情をコロリと変える。

 

「それに、今の状況が凄く"似てる"気がして、多分ボクの不安の大半はその事だと思うんです……」

 

 今度は不安げな表情を見せる少女に、シズクは不思議そうに尋ねる。

 

「"似てる"……とは?」

「それは……」

 

 少女が答えようとする。その間、ドサリ、という何かが落ちた音が二人の後方から鳴った。

 少女と男は音のした方へ同時に視線を送り、音の正体はふらつきながらもむくりと立ち上がる。

 その姿を視認して、シズクは思わずその名を呼んだ。

 

「デリ……バード?」

 

 その姿を視認して、少女の脳裏にはかつての記憶が鮮明に蘇った。

 "四天王事件"。そう呼ばれる戦いの始まりの時。

 切欠は、"一枚の挑戦状"と"レッドのピカ"だった。

 

 "レッドの下に届いた一枚の挑戦状"を切欠に彼はそれから行方知れずとなり、そして事件は"帰還したボロボロのピカ"の存在により発覚したのだ。

 ――まさに、今この状況の様な展開で。

 

「それは……四天王事件の時と、今の状況が凄く似ていると、そう思って……"いた"んです!」

 

 それだけ告げて、そして少女は誰よりも早くデリバードの下へと駆けていくのだった。

 

 




今後の更新予定について活動報告の方に上げております。今後の更新が気になる方はそちらをチェックして貰いたいです。


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八十一話『vsグラエナ トキワグローブの少女』

 

 シンオウ地方某所。

 パシャリと、踏みつけられた水たまりから跳ねた飛沫が、激しく振りつける雨水と同化し、再び土へと染み込んでいく。

 その時、少年は"敵"に追われていた。

 

「……チッ、しつこい奴らだ……!」

 

 迫りくる黒球(シャドーボール)を間一髪で左に避けてチラリと後方を確認、少年は現状を把握する。

 現状少年を追って来るのは三人、その一人一人が四天王級かそれ以上の力を持った猛者たちであり、また話し合いによる解決も出来ない者たちであった。

 シャム、カーツ、そしてカラレス。

 それは、たった一人で相対するには、あまりにも絶望的な状況。

 

「ペルシアン、"はかいこうせん"!」

「ヘルガー、"かえんほうしゃ"!」

「終わりだ、やれ! グラエナ、"あくのはどう"!」

 

 少年は、迫りくる三つの放線状の攻撃を前にして、二つのボールを取り出したかと思うと、

 

「"あまごい"! 次いで"バブルこうせん"! 最後にありったけの"氷人形"を生成!」

 

 最早、"誰が"、"何を"の確認すら省略する。それ程までに状況は切羽詰っていた。

 繰り出されたのはドククラゲ、グレイシア、そしてデリバードの三体。彼らはボールから出現するとすぐに行動を開始していた。

 次の瞬間、少年と彼のポケモン周囲の豪雨が、一際激しさを増した。

 そして前方へと万遍なく放たれた"バブルこうせん"は技の相殺こそしないでも、"あまごい"によって増大した威力で確かに敵ポケモンの技の威力を弱体化させ、特別防御に特化した能力を持つドククラゲが残った技を全て受けきり耐える。

 最後にデリバードが無数の氷人形による"ダミー"を、彼らの周囲に出現させ準備は完了した。

 

(よし、この数センチ先も見えない程の豪雨と、目くらましのダミーがあれば何とか逃げ切れる……!)

 

 策は上手くはまった。

 既に少年の視界には敵三人の姿は見えないが、逆を言えばそれは相手も同じ事。更にかく乱の為、氷人形も複数フィールドに召喚してある。

 ドククラゲとグレイシアの二体をボールに戻し、デリバードをお伴にして走りだすのと同時に、背後で氷が砕ける音が聞こえた、恐らく敵が氷人形(ダミー)への攻撃を開始した合図だろう。

 しかし少年は振り返らない。

 "逃げるが勝ち"とは、まさにこの事。

 この時、彼は勝利を確信した。

 だからこそ一瞬、ほんの一瞬だけ、気が緩んだ。緩んでしまったのだ。

 

 そうでなければ、きっと――突如として彼の背後に現れた(ヤミラミ)に気づく事が出来たのだろう。

 

「――ンフフ。"呪い"……発動!」

 

 氷の様な声が聞こえた。

 その刹那。

 彼らの記憶に"痛み"が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 イエロー・デ・トキワグローブという少女には不思議な能力がある。

 トキワの森から授かりし力、ポケモンの意思を読み取り、またその傷を癒すというものだ。

 その特徴から"癒す者"と呼ばれ、ポケモン図鑑所有者の一角に数えられる少女だったが、この時の少女の顔に、いつもの明るい笑顔はなかった。

 不安に満ちた、曇り空の下。

 少女の視線の先で静かに眠るデリバードの存在が、少女を不安に駆り立てるのだ。

 

「そう心配そうな顔するな。君の力で傷は癒えている。後は失った体力を戻すだけだ」

「はい……」

 

 かけられた気遣いの言葉に、イエローは力なく返答する。

 事実、デリバードの容体には危険なく、今は快復に向かっている。

 元から十分に鍛えられていたポケモンであり、イエローによって癒された後は、ただ眠って体力気力共に万全の状態になるのを待つだった。

 故に、少女の不安の要因は別にあった。

 傷を負ったデリバードのトレーナー、クリアと呼ばれる少年、その安否。

 手持ちのポケモンがこの状態なのだ。ならば、そのトレーナーは、現在どの様な状況下に置かれているのだろうか?

 

「状況から見て、十中八九なにかあったと、捉えるべきなのだろうな」

「はい……ヤナギさん、クリアが旅立つ前に受け取ったという"挑戦状"の差出人って誰なのか分かりますか?」

「いやクリアからは、シンオウ地方のジムリーダー、という事しか聞いていないな」

「そう、ですか。でも辿るなら、その挑戦状の差出人ですよね」

 

 クリアという少年が消息を絶って約一か月。そんな状況だからこそ、否が応でも少女の脳裏には"かつての事件"が蘇る。

 "四天王事件"と呼ばれる事件である。

 それは少女が図鑑を持つ者として旅立ち、またクリアという少年と出会う切欠ともなった、イエローという少女にとってはある種特別な"事件"であるのだが、思い起こせばその始まりとして、二つの出来事が前兆としてあった。

 一つはレッドという少年に届いた一枚の果たし状、そして二つ目はその後傷だらけの状態で帰還したレッドのピカ。

 現在と過去、二つの事件で類似する展開――関連付けるなという方が無理な話であった。

 

「それにしても今回の事件は、まるでかつての"四天王事件"の始まりをなぞらえているかの様だな」

 

 まるでイエローの考えを見透かしてるかの様に、絶妙なタイミングでヤナギが呟いた。

 

「……とすると、考えられる黒幕はやはり"キクコ"か」

 

 キクコ。イエローがその名を聞くのは、約一年ぶりの事だった。

 まだ記憶に新しい"シント事件"と呼ばれる騒動後、彼女はかつての四天王事件の首謀者だった男"ワタル"からその名と共に彼女らは忠告を受けている。

 これまで起こったいくつかの事件の裏に、キクコの存在が見え隠れしている、注意しろ。と。

 

「もしかすると、これはかつての四天王事件の続きなのかもしれんな……」

「……続きって……?」

 

 ヤナギと呼ばれた老人は、クリアの師であると同時に、ジョウト地方チョウジタウン、チョウジジムのジムリーダーである人物。

 そして、同時に過去に仮面の男(マスク・オブ・アイス)を名乗り、カント―とジョウトの二つの地方を震撼させた人物でもある。

 元はキクコと同じ、悪人という立場の人間。

 そんな彼だからだろう、ヤナギは表情を一切崩さず、少しだけ瞳を伏せて口を開く。

 

「四天王事件は君やクリアを含めた複数の者たちの活躍で解決した。ワタルらの野望を食い止めてな。だから、これはその続きなのかもしれんと不意に思ってな」

「キクコはまだ、諦めてないって事ですか? ポケモンの理想郷を……ワタルは、もう改心してるのに……」

「確かに件の事件の首謀者はワタルだったが、しかしだからと言って、キクコの信念がワタルに劣っているとは限らんだろう」

 

 確かに、ヤナギの言う通りならばキクコという人物が今なお裏の世界で生きている事にも説明がつく。

 彼女の"四天王事件"は、まだ終わっていない。

 それこそ、当時は実力やカリスマ性などの問題からワタルが計画の主導を握っていたとしても、その計画を裏で密かに進め最も尽力していたのは他でもないキクコだった。それは後にジョウト地方で四天王となったシバの証言からも裏付ける事ができる。

 ポケモンにとっての理想郷、その完成をカント―四天王の中で最も願っていたのがキクコだったとしても、なんら不思議はなかったのだ。

 

「一度罪を犯したからこそ分かる事もある。私も、ヒョウガを両親に再会させるという目的を果たしていなければ、今こうして君と会話している事もなかったかもしれない……そしてそれは、君も同じだろう?」

 

 そこでヤナギは右に顔を向ける。その先にいた"シズク"という青年に意見を求める為に。

 

「……えぇ」

 

 シズクもまた、神妙な面持ちで答える。

 

「私は、クリアさんとの戦いで一つの"答え"を得ました。だからこそ、私は私がやるべき事を見つけ、また居場所を見つける事ができた。だから(クリア)がいなければ、今も亡き総帥(リーダー)の意思を継いでいた可能性も十分にあり得ます」

 

 それはかつて悪に染まった者だからこそ分かる境遇であった。

 彼らは自身らの行為が世界から見れば"悪"だと理解していた、しかし同時に、その行為が"正しい"とも思っていたのだ。

 正義とは、一人一人違うもの。結局はそれだけ。

 そこに違いがあるとすれば、その正義が他人を不幸にするものか否か、それ位のものなのだろう。

 

「……さて、これ以上仮定の話をしても仕方あるまい」

 

 脱線しかけていた会話をヤナギは強引にレールに戻し、そして彼は横たわるデリバードへ目を向けたかと思うと、

 

「ここから先は、"当事者"に語って貰うしかないだろうな」

 

 そう、ヤナギが発した直後、その視線の先でむくりと起き上がる一つの影があった。

 無論、やはりそれはデリバード。

 病み上がり故か未だ気怠そうに青い顔をしているが、それでもデリバードは無理に体を起こしイエローに(こうべ)を差し出してきのである。

 

「え、でもデリバードはまだ……」

「大丈夫だ」

 

 体調が万全ではない――そう言いかけたところで、イエローの言葉はばっさりとヤナギに切られて、

 

「これは元々私のデリバードだ。そうそう柔な鍛え方をしてはいない……!」

 

 そんな何処か誇らしげなヤナギの言葉を聞いて、意を決して、そしてイエローはゆっくりとデリバードへ手をかざす――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは深い森の中だった。

 そこにいたのは十二か、十三くらいの年の、黒いシャツと黒いズボンで身を固めた全身黒づくめの少年だった。

 生い茂る草々が太陽の光を極端に遮断し、ジメジメとした湿度の高い場所にはキノココが、また一本の木の枝の上ではナマケロが寝ていた。

 彼はその場所を知っている。

 "トウカの森"。

 まだ旅立ったばかりの彼はその森で迷い、もうかれこれ四時間は同じ場所をぐるぐると回っているのだった。

 いい加減気が滅入り、体力の底も見え始めている。苛々とした感情が内から沸き上がり初め、不意に少年は足元にあった石ころを蹴り上げる。

 

 ――それがいけなかった。

 

 ガサリという音を立てて近場の茂みに落ちた石ころには気にも留めず、少年がその場を後にしようとした、その時である。

 グルル、という獰猛な鳴き声が聞こえたのは。

 

『ッ!』

 

 咄嗟に後ろを向いた少年の視線の先にいたのは一体のグラエナだった。

 その頭部は少しばかり腫れており、またその激しい怒りを露とした様子から、その原因はすぐに察しがついた。

 どうやら先ほど少年が蹴り上げた石ころが運悪くグラエナの頭部に直撃してしまったらしい。

 身に覚えのない突然の奇襲に、眼前のグラエナはこれでもかと言う程に犬歯を見せて威嚇していたかと思うと、直後に高らかにグラエナは一度の遠吠えをする。

 するとどうだろうか。

 周囲に感じた獣の気配と、その事実確認後、少年は自身の顔が見る見る青ざめていくのを感じた。

 

 約十体程だろうか。

 それだけの数に囲まれた少年は、まさに絶体絶命のピンチ、という奴に陥っていた。

 まず、話など通じる相手ではなく。

 また彼の手持ちも、

 

『タ、タネボー!』

 

 レベルの低い一体のタネボーのみ。

 藁にも縋る思いで自身のタネボーをモンスターボールから出してみるも、勿論タネボーの方もまだろくに経験値を積んでない駆け出しトレーナー最初のポケモン。

 当然、身を震わすしかないようである。

 ジリジリと、グラエナ達は少年とタネボーに近づく。

 少年はタネボーを抱えたまま、そうして、絶叫と共に駆け出して――。

 

 

 

 それから三十分後、急な天候の変化により、トウカの森に雫のシャワーが降り注ぐ。

 冷たい雨が倒れた少年とタネボーを濡らし、赤い液体が雨と共に地面へと吸収され、それと同時に一人と一体の体温を急激に奪っていく。

 グラエナの集団に襲われた彼らは、それから十数分間、グラエナたちの気が済むまで痛めつけられたのだった。

 結局、朦朧とする意識の中で少年はタネボーをボールの中に戻すことが出来なかった。

 怖かったのだ。自分一人だけになるのが。

 

 ――あぁ、俺、死ぬのかな……。

 

 痛みの所為か、心細さの所為か。そんな疑問が不意に少年の脳裏を掠める。

 雨は、いつまでも降り続いていた。

 

 

 

 それからどれ程経っただろうか。

 一分か、一時間か。時間の経過が分からない程に頭が真っ白となっていた少年は、やがて自身の手元からタネボーがいなくなるのを感じた。

 

『……はい、これでこの子はもう大丈夫! 次は君の番だね!』

 

 誰かの声が聞こえた瞬間、そこで少年は意識を手放す。

 

 

 

 次に少年が目を覚ました時、彼は身体中に巻かれた包帯と鼻孔をくすぐる薬の匂いをすぐ様感じ取った。

 

『あ、起きたみたいだね』

 

 彼に声を掛けたのは彼よりも年上の一人の女性だった。

 長い金髪を後ろで一つに束ねた女性である。彼女はやけに優し気な瞳で少年を見つめたかと思うと、次ににっこりと笑みを浮かべて、

 

『うん。その様子なら君も大丈夫そうだ。良かったね』

 

 どうやら、自分は彼女に救われたらしいと。彼がそれを認知するまで数秒の時間がかかった。

 

『あ、ありがとう、ございます……あなたが、助けてくれたんですよね……?』

『フフッ、いいよ気にしないでこの位。それより、まずは自分のポケモンの心配をしてあげて』

『ッ! そうだ! タネボー!?』

 

 跳ねる様に少年は飛び起きて、すぐに自身の唯一のポケモンを探すも、目的のポケモンは意外と近くにいた。

 起きた直後で感覚が鈍っていたのだろう。よく見ると、タネボーは彼の膝元で安らかな寝息を立てていたのだった。

 

『今は疲れて眠っているみたいだから起こさないであげてね。そしてあなたも、タネボーが起きたらすぐに病院に行くんだよ? 森の出口までの簡単な地図を描いておいたから』

 

 ホッと一安心する少年の姿に安堵したのか、そして女性は立ち上がり、おもむろにスケッチブックを取り出したかと思うとそこから一枚破り取って少年に手渡してきた。

 本当に、至極簡単な道筋が描かれたページを受け取り、本当にこんな地図が役に立つのかと、そんな僅かながらの不安感を覚えながらも、

 

『あ、あの、ありがとうございます。この事もそうですけど、俺たちを助けてくれて……』

 

 しかしながら、地図が役に立つかはともかくとして――救われた恩は大きい。

 少年は、生来受けた借りは必ず返すと決めている。そんな性分である。

 故に、地図を受け取った彼はすぐに、

 

『あの! 恩返しをさせてください! 何でもしますから!』

 

 と、提案するも、

 

『うん。いいよ気にしないで。それじゃあ悪いけど、私はもう行くね。実はあまり時間ないんだ』

 

 即答でかわされてしまった。

 そこに少年の感謝の意を少しでも汲み取ろうとする意志はゼロである。何とマイペースな女性か。

 尤も、少年の信条など眼前の女性にとっては何の関係もなく、本当にただのお人好しで彼女は少年を助けたのである。最初から、自身よりもずっと年下の男の子に見返りなど求めていない。

 故に、少年がそれから何かを口にする前に、女性は一足先に森を抜ける為に歩み出す。

 元々彼女に時間はあまり時間を持て余してはいなかった。

 これからすぐに、カイナシティへと向かい船に乗ってカント―地方へと帰郷せねばならなかった。その為の理由があったのである。

 

『ッ……じゃあせめて、名前だけでも!』

『私は"――"』

 

 その時、既に少年と金髪の女性とではかなりの距離が開いていた。

 加えて、その瞬間吹き抜けた一陣の風の悪戯により、少年はその女性のファーストネームを見事に聞き逃してしまう。

 それでも、彼は確かに聞いた。その後続いた、ラストネームを。

 

『"――トキワグローブ"よ。じゃあまたね、黒い少年君!』

 

 それが、"トキワグローブ"と名乗る女性と出会った最初で最後の時だった。

 それから少年は数年間、その女性を探して回ったが、結局彼女と再会する事は最後まで叶わず、そんな彼女と同じ名の地があると知ったのは、それからまた五年後の事だった。

 "トキワシティ"。

 その地を訪れた少年は、そこで一つの転機と出会う。

 少年の道を決定付けた大きな転機に。

 

 

 

『フン、久方ぶりにジムへ戻ってきたはいいが、やはり何の収穫もないな』

 

 それが、少年が聞いたある男の第一声だった。

 トキワシティにあるポケモンジム、"トキワジム"。そこで見た試合に、少年は釘づけとなった。

 それはトキワのジムリーダーと挑戦者のジム戦。偶然それは見る機会を得た少年は、身が震える思いだった。

 そこにあったのは、圧倒的な程の力。

 かつて自身の力量不足で惨めな思いをした少年は、五年間の旅でかなりの実力をつけたと思っていた。

 否、思い上がっていた。

 上には、上がいたのだ。

 少年がトキワのジムのジムリーダーを訪ねたのは、それからすぐの事だった。

 

 彼は後に知る事となる。彼が憧れた強さを持つ者が"サカキ"と呼ばれる悪の組織の首領(ボス)だと。

 だが、それを知っても尚、少年はサカキの配下に下る事を止めなかった。

 何故か? 決まっている。

 かつての時、タネボーをボールに戻せなかったのは彼自身が弱かったからだ。

 そして彼のタネボーが呆気なく倒されたのも、それも彼のタネボーが弱かったからだ。

 

 弱いままでは、何も為しえない。

 自分の命や、信条を守る事さえ叶わない。

 彼は彼の信じた道を進むために、強さを求めた。そしていつしか、彼はどんな状況においても我を通せる程の"強者"を目指す様になった。

 例えそれが、"正しい道"ではないとしても、そんな彼を正す者は、彼の傍には誰一人として居はしなかったのである

 

 故に、少年はそれまでの全てを捨てた。

 

 故郷も、名前も、今までの人生の全てを。

 借りを返すべき相手はもうどこにもいない。だからこそ彼はこれまで培った全てをかなぐり捨てて、サカキの下で更なる強さを身に着けたのである。

 そうして後に残ったものは。

 漠然と求めた強さの果てに彼が手に入れたものは、圧倒的な程の強さと、強さと共に肥大化していったプライドだけとなっていた。

 

 そして(かこ)を失った男は、"カラーレス"――"カラレス"と名乗る事となる。

 

 

 

「……チッ、なんで今更昔の夢を……」

 

 起床早々、カラレスは苛々しげに舌打ちをして身体を起こした。

 先ほどまで自身が見ていた夢、それはこれまでの自分自身の人生の追体験であり、またそこで出会った彼らとの縁をカラレスは既に絶っている。

 ロケット団首領であるサカキとの繋がりもまた、同様に。だ。

 果たして何故彼は今更になって過去の体験を夢で見たのか? そこに何かの意味、もしくは原因があったのだろうか?

 そう考えた所で、カラレスはすぐに原因に思い当たった。

 そう言えば、彼は昨夜、形式上は"仲間"と言える女性"サキ"からとある情報を聞いていたのである。

 

 図鑑所有者"イエロー"のフルネームを。"イエロー・デ・トキワグローブ"という名を。

 ポケモン図鑑を持つ集団である図鑑所有者と呼ばれる者達、その中に、"イエロー"という少女がいる事はカラレスも事前に知りはしていたが、しかしそのフルネームまではつい先日まで彼も知らなかった事だった。

 いや、もっと言えば興味がなかった。と言うべきか。

 

「起きたのか。カラレス」

 

 聞き覚えのある声に、カラレスは不機嫌そうな顔のままそちらへと顔を向ける。

 そこにいたのは、二人の男女だった。

 "シャム"と"カーツ"と呼ばれる者達。元々は仮面の男と名乗る者の配下だったが、今では完全に事実上彼らのボスことキクコの忠実な僕である二人だ。

 

「チッ、朝から何の用だ。まさかまた"ラティオス"が暴れたとか言うんじゃねぇだろうな」

「いやその事ではない。そしてその心配ももう無い、ラティオス"ならもう完全に我々の"コントロール下にある」

「あぁ? じゃあ一体何の用だ」

「我々が大手を振って動く時がきた。という事だ」

 

 彼の粗暴な態度にも最早慣れているのか。シャムは淡々とした受け答えで要件だけを彼に告げる。

 

「図鑑所有者に手を出した以上、奴らの仲間が必ずこのシンオウ地方へやってくる。貴様は手筈通り、"最も厄介な三人"を排除に向かえ」

「……ハッ、わざわざ(クリア)に構わなくても、どうせテメェらがラティアス取り逃がした時点で全面戦争は免れねぇんだ」

 

 嘲笑うかの様に言って、そしてカラレスは静かに身支度を始めた。

 悪態こそつくものの、だからと言って彼が自身の役目を放棄する理由はどこにもないからである。

 今現在、キクコから下された指令とカラレスの目的は生憎と一致しているのだ。

 

「だが安心しろ。"カント―図鑑所有者の排除"、お望み通りやってやる。当然、やり方は俺流でいかして貰うがな」

「フン、好きにしろ」

「ククッ、これでようやく、あの時の借りを返せるってもんだ」

 

 カラレスという男は、それがどんな形で作られたものであれ、借りは必ず返す男だ。

 クリアという少年が原因で一度警察に捕まった事については、その後しっかりとシント事件と呼ばれる事件の中で彼に借りを返した。

 かつて彼を襲ったグラエナの群れにも、当然彼はその数年後再びグラエナの群れに挑み、そして彼らのリーダー格であるグラエナを捕獲するという形で事を終わらせた。

 そして今度は、彼が警察に捕まる事となった、いや彼を警察に差し出したとある人物へと"借りを返す"為に向かう。

 

「トキワジムでの借り、忘れたとは言わせねぇぞ……マサラタウンの"レッド"……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてイエローは、僅かに震える手をデリバードの頭上からゆっくりとした動作で引く。

 

「その様子から察するに、分かった様だな」

「……はい」

 

 役目を終えて、再び横になり瞼を閉じるデリバードを眺めながら、イエローは肯定の意を示して、

 

「ヤナギさんの推理は当たっていました……」

 

 能力使用後、襲い来る睡魔の魔の手を頭を払う事で押しのけながら、少女はデリバードを通して得た情報を口に出す。

 

「クリアを襲ったのは、やはりキクコとその一味です。彼らがそう呼び合うのをデリバードがちゃんと見ている。それに、ボクがウバメの森で戦った二人もその場にいました」

「……とすると、シャムとカーツの二人か?」

「はい。間違いないと思います、加えてクリアが言っていたカラレスという男の人に、元ロケット団のサキ……そして、グリーンさんから聞いていたキクコの姿もありました」

「という事は、やはりクリアさんは出先で彼らと対峙したという事ですか……でも一体何が……」

「ボクが覗いたのは戦闘中のデリバードの記憶だけです。前後で何があったのかまでは分かりません……だけど、確かにクリアは彼らと対峙して、そしてすぐに勝ち目がないと悟り、デリバードに"このジム"を目指す様に言ってます」

「まさか……シンオウ地方から遥々、ですか?」

「えぇ、ボクも無茶だと思います。でもどうやらクリアは、"キクコがシンオウ地方で暗躍している"という事実を何としてでもボク達に伝えたかったみたいです。そしてデリバードは追手のシャムとカーツの追撃を振り切り、どうにかここまでたどり着いた」

 

 以上がボクが感じ取った全てです、とイエローは話を締めくくった。

 後に残ったのは、今まで以上に重たい空気と沈黙。結局、クリアに関する追加の手がかりは得られず、"未だかつてない脅威"だけが手に取る様にはっきりとした形で見えただけだった。

 事態は、予想よりも遥かに大きい。

 それがその場にいる誰もが感じた、共通意識だった。

 そんな中、やはりと言うべきか、初めに声を発したのはイエローだった。

 

「ヤナギさん、ボクは今すぐにでもシンオウ地方に出発します。そして、ボクがクリアを助ける! デリバードの記憶の中のクリアは、凄くボロボロだった。じっとしてられません!」

 

 その目には決意の炎を揺らして。過去、四天王事件の時と同様の瞳で。

 かつては、憧れだった者を助ける為。

 今度は、明確な好意を寄せる者を救う為に。

 

「……これは、また暫くはジムを休業するしかありませんね」

 

 そして、そんな彼女の思いに同調しないシズクではない。

 彼にとってもクリアは大切な、恩人の一人なのである。彼の為ならば、彼はこの星の裏側にだって喜んで行くだろう。

 だが、そんな彼ら二人とは反対に、ヤナギはあくまでも冷静に少しだけ瞼を閉じて思惑したかと思うと、

 

「駄目だ」

 

 一言。

 その一言で、彼らの決意をヤナギは真っ向から否定した。

 

「なっ、ジムリーダーはクリアさんの事が心配ではないのですか!?」

「ヤナギさん!」

 

 即座に抗議の声が上がるがそれも致し方ない。イエローとシズクにとって、ヤナギの否定の言葉はそれだけ予想外なものであったのだ。

 そして、そんな彼女と彼に視線を向けた一人の老人は、

 

「心配に、決まっているだろう……」

 

 まずヤナギは自身の心中を正直に吐露した。彼もまた、イエローやシズク同様にクリアの身を案じている。

 それを最初に伝えた事で、彼ら三人の思いは一つであるという事を眼前の二人に示したのである。

 そうする事で、ヤナギは彼ら二人に自身の言葉を冷静に聞けるだけの余裕を与えたのだ。

 

「"シズク"よ。君には今回、チョウジジムを任せたい。我々が消えて、ジムがもぬけの殻となる事は極力避けたいのだ」

「……それは、つまりヤナギさんがイエローさんと一緒に……?」

「いや、私は少し野暮用があるのでそれは無理だ」

「じゃあ、ボクが一人で……!」

「それは絶対に駄目だ。敵の強大さを考えて、君一人だけで行かせる訳にはいかない」

「っ……なら、ボクは一体どうすれば……!?」

 

 ヤナギの言葉の正しさは、誰であろうイエロー自身が一番理解しているはずだ。

 だからこそ、恐らく今のイエローは無力感と焦燥感に苛まれているだろう。

 しかしだからと言って、何の策もなくイエローをシンオウ地方へ向かわせる訳にはいかなかった。

 もし、その結果イエローの身になにかあった場合、それこそヤナギはクリアに会わせる顔がない。

 

 だが、だからといってクリアを探しに行かない訳には――当然いかないのだ。

 

「なに、私は別に君のシンオウ渡航までを否定したつもりはない」

 

 ヤナギの言葉に、イエローはピクリと肩を震わせて反応する。

 

「私たち以外の"頼れるもの"が君に同行すればいい。ただ、それだけの話だ」

「ヤナギさん達以外……? でも、それは一体……」

 

 ――誰? 少女がそう発そうとした時だった。

 一陣の北風が、彼らの前に現れる。

 

 

 

「"彼"ならば非常に頼りになる。"彼"が力を貸してくれるというのならば、私は君を信じて送り出す事ができる」

 

 ――さぁ、後は君の役目だ。イエロー。そんなヤナギの言葉がイエローの耳に届く。

 

 

 

 "彼"は北風と共に現れた。

 その身体は水の様に透き通った、雄々しくも美しい"青"の姿。

 そしてイエローは、その"ポケモン"とかつて出会った事があった。

 その時は、少女に忠告を伝える為だけにそのポケモンは駆けてきた。だが今回は、どうやら"別の用件"で"彼"は再び彼女の前に姿を現したらしい。

 

「もしかして、ボクに力を貸してくれるの? "スイクン"」

 

 そんな少女の問いかけに、最後に残ったジョウトの伝説は静かに首を縦に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこへ行こうというのかしら?」

 

 凛とした少女の声に、少年は思わずビクリと身体を震わせて、ドアノブへの伸びた手を思わず引っ込める。

 恐る恐る振り返ると、やり、そこには仁王立ちで立っている少女が一人。

 黒いゴシック調の服で身を包んだ、どこか冷たい雰囲気を漂わせる十代前半と思しき少女である。

 

「……たはぁ、また失敗か」

「……いい加減諦めなさい。そんな身体で出て行っても"死ぬ"だけよ」

「と、言われてもね、俺は元来大人しくしてるのが苦手な質でね。ついつい考えるより先に行動してしまうのさ」

「そう……それなら私が何度でも貴方を止めるわ」

 

 揺らぐ事のない意志の強い目、そんな瞳で見つめられそう言い放てられると、流石の彼も素直に従うしかない。

 ため息一つを残して、彼は"まるで黒い(いばら)の様な紋様が浮いてる身体"を引きずり、大人しくベッドへと戻る。

 

「死にたいのなら勝手に死ねばいい……」

 

 不意に、そんな冷たい言葉が彼の耳に届いた。

 

「だけど、あたしの目の届く範囲で死ぬなんて……絶対に許さないから」

 

 それは安易に死ぬなと言っている様なものではないか? なんて言葉は、少女から立ち込める怒気を孕んだ雰囲気故に口が裂けても言える訳なく、彼も仕方なしと言った具合にベッドに横たわり仰向けになって、

 

「……だが実際、そろそろ限界だぜ」

 

 瞳を閉じて、ポツリとそう呟く。

 

「療養も確かに大事だが、だからといってヤツラは待っちゃくれない。それに……」

「……離れ離れになったポケモンたちが心配なのね」

「あぁ、デリバードは見送る事が出来たが、Pとは途中で逸れてしまったからな。無事だといいんだが……」

 

 彼が言いたい事は少女も百も承知だ。

 少女が初めて彼と出会ったその日に、事の重大さは痛い程に理解している。

 

「だから俺も、いつまでもじっとしてる訳にはいかないだろ」

「それは、そうだけど……」

 

 だが少女は、同時に敵の強大さも理解出来ているつもりだった。

 そして、眼前の彼の今の非力さも。

 

「だけど、あなたはまだあの人達と出会ってはいけない」

「分かってるさ。俺の事は"死んだ"と思わせておいた方が色々と都合が良いからな」

「それだけじゃないわ。あなたにかけられた"呪い"はまだ完全に解呪出来てない。はっきり言って、今のあなたじゃ足手まといになるだけよ」

 

 呪い――その言葉が放たれた瞬間、彼は苦笑気味に自身の両手へと目をやった。

 先の戦いでつけられた黒い棘状の模様、それはまるで鎖の様に彼の全身へと続き、事実それは彼の自由を大きく制限している。

 初めは身体を動かすのもままならなかった。

 いや、それどころか、命の危険さえもあった。

 それを、少しずつ、少しずつ呪いを"解呪"して、今では通常の日常生活を送る程度の行動はとれる様になっている。

 しかし――、

 

「分かってる、呪い(こいつ)は俺を縛る鎖だ。呪いが完全に消えない限り、俺はまともにモンスターボールも持てやしない」

 

 戦闘捕獲等々、ポケモンを扱う際に必ずと言っていい程手にするモンスターボール。彼にかけられた呪いは、そのモンスターボールを手に取ると、途端に耐え難い程の激痛が走るというものだったのである。

 故に、彼はこの一か月、まともにモンスターボールにすら触れてはいない。

 ポケモンを出す際も、眼前の少女やもう一人に代行して貰ってる程なのだ。

 

「分かってるのなら大人しくしておく事ね。表だって動けない以上、常時からぞろぞろとポケモンたちを外に出して動く事も出来ないでしょう」

「やってみなくちゃ分からないと思うが……いや、確かにそうだな。うん」

 

 ギロリと向けられた眼光に、彼は即座に言葉を訂正する。

 だが今の発言からも分かる様に、やはりこの男はまだまだ諦めきれないでいる様である。少女の悩みは尽きない。

 

「ま、そう心配しなさんな。命の恩人の忠告を蔑ろにする程礼儀知らずじゃねぇよ俺は」

「……ふん、どうだか」

「はは。相変わらず手厳しいな。"マイ"は」

 

 頬をポリポリとかきながら、そう言って苦笑を浮かべる男に対して、そしてマイと呼ばれた少女は呆れた様にこめかみに右手を当てて言うのだった。

 

「あなたにはこれ位言わないといけないって分かったからでしょ。ねぇ、"クリア"」

 

 発せられた名前、クリア。

 行方知らずとなっていた少年は、シンオウ地方のとある場所にて、来たるべき時に備え今はゆっくりと身体を癒す。

 

 



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