バカと私と召喚獣 (勇忌煉)
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プロローグ

 今回だけ短めです。


 

「アキ君。『ジャンル』を漢字の熟語に直すと何になる?」

「……それ、前にも聞いた気がするんだけど」

「どうせ忘れてるでしょ?」

「失敬な! さすがの僕でも一度言われたことぐらい覚えてるよ!」

「じゃあ答えて」

「えーっと確か……『分野』に『種類』にそれから…………『類推』だよね?」

「『類推』以外は正解。最後の一つは『部門』ね。ちなみに『類推』はアナロジーの意味だよ」

「あれ? そうだっけ?」

「じゃあ、第2ポエニ戦争で活躍したカルタゴの将軍は?」

「ハンニバル」

「正解。それじゃあ前7世紀に初めてオリエントを統一した国は?」

「アリシア!」

「……自信満々に答えてるけど正解は『アッシリア』ね。このままじゃFクラス確定だけど大丈夫なの? 振り分け試験まであと一週間もないんだよ?」

「大丈夫だよ。これでも参考書の一冊や二冊は読んでるから」

「へぇ――最後に読んだのはいつ?」

「三日前」

「…………ご愁傷さま」

 

 

 

 

 

 

 

 文月学園に入学してから二度目の春を迎えた。

 道の両脇で今にも桜吹雪が舞いそうなほど咲き乱れる桜がとても綺麗だ。できるならこういう桜の下でお花見をしてみたいと思う。

 そんなことを考えながら……私は脇目も振らずにひたすら全力疾走していた。

 

「なんですぐに起きてくれなかったのさ!」

 

 そんな私と並走しながら叫ぶ一人の男子に目をやる。

 薄めの茶髪に170程度の身長、そして悪くはないが間抜けそうな顔立ち。

 初めて会ったときからあんまり変わらない幼馴染み……吉井明久に、私は一言だけ述べる。

 

「アキ君が悪い」

「擦りつけたっ! 自分で寝坊しといて僕にその罪を擦りつけたよこの子!」

 

 これでよし。アキ君が何かいろいろ言ってるけど今は走り続けよう。

 それに学校も見えてきた。もしかしたら遅刻したことがバレないかも――

 

「遅いぞ吉井、水瀬」

 

 ――と思ったら校門前で待ち構えるように立っている筋骨隆々の男性に引き留められた。

 誰かと思ったら皆に『チンパンジーみたいな容姿』と噂の鉄人――西村先生じゃありませんか。

 フルネームは西村宗一。趣味はトライアスロン。……私的にはこの人の外見、チンパンジーというよりキングコングかなぁ。あ、でも顔はチンパンジーかもしれない。

 

「鉄人――西村先生、おはようございます」

「おはようございます、鉄人先生」

 

 アキ君よりも丁寧に挨拶する。相手は教師だからね。ちゃんと礼儀正しくしないと。

 

「吉井。今、鉄人って言わなかったか? それと水瀬。礼儀正しいのはいいが、当たり前のように鉄人と呼ぶのはやめろ」

「き、気のせいですよ」

「失礼しました、村人先生」

「村人でもない、西村先生と呼べ」

 

 西村の『村』と鉄人の『人』と合わせてみたのだがどうやらダメみたいだ。

 うーん……率直にチンパンジー先生とか? いやいや、先生を動物扱いするのは失礼極まりない。なら鉄村先生はどうだろうか?

 

「というかお前たち、普通に『おはようございます』じゃないだろう」

「あ、すいません――いつもより肌が黒いですね」

「日焼けでもしたんですか?」

「…………ほら、受け取れ」

 

 先生は珍しくスルーすると、足下に置いてあった箱から封筒を取り出し、アキ君、私の順に差し出してきた。

 ……なんだろうこれ。まさか退学届けとかそういう類いのやつ?

 

「何ですこれは?」

「振り分け試験の結果が書かれている。一言で言えばクラス発表だ」

 

 ああ、それなら心配はいらないかな。

 封筒は頑丈にのりづけされているせいかあまり開かなかったので、少し強引に封を切る。

 

 

水瀬(みなせ)(かえで)……Fクラス』

 

 

 やはりと言うべきか、私はFクラスだった。

 

「お前は振り分け試験を欠席していたからな。悪いが再試験もないぞ」

「構いませんよ」

 

 仮に再試験があったとしてもまた休んじゃいそうだから。

 さて、お次はアキ君だ。先生が懐かしむような目になりながら去年のアキ君について振り返る中、そのアキ君は封筒がうまく開かなかったのか上の部分を破っていた。

 

「吉井。お前は――」

 

 先生が何か言う前に、アキ君は折り畳まれた紙を開いてクラスを確認する。そこには……

 

 

『吉井明久……Fクラス』

 

 

「――疑いようのない正真正銘のバカだ」

 

 私と同じ、Fクラスと書かれていた。これはちょっと嬉しいな。アキ君と一緒にいると退屈しないし、何より楽しい。

 こうして私の学校生活が幕を開けた。……今年も賑やかになりそうね。

 

 

 

 



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試験召喚戦争編
第一問


 

「ねえ楓。ここって高級ホテルのロビーかな?」

「奇遇ねアキ君。私も全く同じことを考えてたわ」

 

 三階に来てまず目に入ったのはとても大きな教室だった。というか、教室というより本当に高級ホテルのロビーである。

 階段を上がってすぐ左にある教室……そうか、これがAクラスね。この設備はちょっとやり過ぎではなかろうか。

 窓から中を覗いてみると、眼鏡を掛けた知的女性が挨拶していた。確かあの人は高橋洋子先生だ。一年の時に何度か会っている。生徒からは『高橋女史』って呼ばれてたはずだ。

 

「ノートパソコン、個人エアコン、冷蔵庫、リクライニングシート、その他の設備に不備のある人はいますか?」

 

 とりあえずその人をダメにしてしまいかねない設備がアウトかと。特に個人エアコン。私なんかいつ壊れてもおかしくないオンボロエアコンで夏や冬を過ごしているというのに……妬ましい。

 高橋先生は「他に必要なものがあれば遠慮なく言ってください」と言い終えると、一人の女子生徒を指名した。

 それに反応して席を立ったのは日本人形のような外見の女子だった。

 

「……霧島翔子です」

 

 霧島翔子。比較的仲の良かった去年のクラスメイト。だからこそ知っているのだが、彼女には想い人がいる。

 よく見ると翔子の視線は全員というより、女子生徒にばかり向けられている。全く、そんなんだから君が実は同性愛者ではないかという噂が流れちゃうんだよ。

 ……そろそろ自分のクラスへ行こう。結構時間を食った気がするから。

 

 

 ★

 

 

「酷い格差社会を見た」

 

 Fクラスの教室前まで来たのはいいが、いかんせんAクラスとの差が酷すぎる。中に入らずともわかってしまうほどだ。二年F組と書かれたプレートに至っては素材が腐っていたらしく、真っ二つに割れて地面に落ちていた。

 アキ君はそんな現状に気づいていないのか、もしくは現実逃避でもしているのかちょっとポジティブになっている。クラスメイトについて考えていたのかもしれない。

 正直、クラスメイト自体はどうでもいい。どんなクラスメイトだろうとアキ君がいれば退屈することはないからね。

 そんなことを考えながら、私はさっさと自分の席を確認するべくドアを開けた。

 

「すみません、ちょっと遅れました」

「早く座れこのウジ虫野郎ッ!」

 

 今ほど人を殺したいと思ったことはない。

 

「……って、雄二?」

「ん? 水瀬じゃないか。明久はどうした?」

 

 第一声で私に罵倒を浴びせやがった赤の短髪は坂本雄二。アキ君の悪友だ。小学校時代は『神童』、中学校時代は『悪鬼羅刹』の名で有名だった赤ゴリラ(アキ君命名)である。

 しかし彼の反応を見る限り、今の罵倒はアキ君に浴びせるつもりだったらしい。

 ……だからといって女子を罵倒したことに変わりはないんだけど。

 

「僕はここだよ。雄二こそ何してんのさ」

「先生の代わりに教壇に上がってみた」

「なんで? というか先生は?」

「俺がこのクラスの最高成績者だからな。あと先生は遅れてくるらしい」

 

 なるほど。つまり代表である雄二を通せばこのクラスを掌握で――動かせるわけね。これは良いことを聞いたわ。

 ふと教室の中を見てみると、椅子がないのかクラスメイトは皆床に座っていた。しかも机の代わりに卓袱台が置いてある。

 いくらここが旧校舎だからってこの設備の悪さはあまりにも酷い。とてもじゃないが勉強ができるような環境ではない。

 

「私の席は?」

「決まってないから好きなところに座るといい」

 

 これまた良いことを聞いたわ。

 私は迷うことなく窓側の一番後ろの席(?)に座る。隣とその隣が空いてるけどおそらく雄二とアキ君の席だろう。ちなみに私のところには先客がいたけど強引に頼んだら譲ってくれた。優しいクラスメイトだよ。

 教壇の方に視線を向けると、たった今入ってきたであろう老いぼれ――もといおじさんがいた。

 どうやら担任の先生らしく、アキ君と雄二が席に着くと同時に口を開いた。

 

「おはようございます。二年F組担任の……福原慎です」

 

 先生は挨拶しながら黒板に名前を書こうとしたが、チョークがなかったようで書くのを断念している。それくらい用意しとこうよ……。

 

「卓袱台と座布団は支給されていますか? 何か不備があれば申し出てください」

 

 設備そのものが不備です、なんてさすがに言えない。

 それでも一つだけ不備があったので、一応申し出ることにした。

 

「先生、私の座布団が使い物になりません」

「我慢してください」

 

 不備があるのに対応してくれない件について。

 

「必要なものがあればできるだけ自分で調達してください」

 

 とりあえず座布団を買いに行こう。皆の分はあるのに私の分だけないなんて不公平だ。

 室内は蜘蛛の巣やひび割れが多く、さらには落書きまである。衛生的な意味でも酷い。

 

「では自己紹介でも始めましょうか。廊下側の人からお願いします」

 

 自己紹介ね……名前を言うだけの簡単なお仕事だし、面白そうな人がいるかどうかだけ確認しとこうかな。順番的に私は最後の方だし。

 

「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる」

 

 妙に聞き覚えのある爺言葉だと思ったら秀吉だった。

 見た目こそ美少女だが、性別は男という稀有な存在である。いわゆる男の娘というやつだ。二卵性双生児の双子の姉がいるらしい。

 

「…………土屋康太」

 

 お次は口数の少ない土屋康太ことムッツリーニだった。……あれ、ムッツリーニこと土屋康太だっけ? まっ、どっちでもいいか。

 ただ、女子がいないせいかやけに大人しい。私の存在には気づいているはずだけど……。

 にしても、このクラスには私以外に女子はいないのかな? 一人でもいいからいてほしいわね。

 

「――趣味は吉井明久を殴ることです☆」

 

 女子の声がしたと思いきや、ピンポイントで危険な趣味を言い放ったのは…………え? 誰?

 胸以外はモデル体型で、ポニーテールを揺らすその人は怯むアキ君に笑顔で手を振っている。一体どういう関係なんだろう。

 

「アキ君。誰あの人?」

「彼女は――」

「島田美波。明久の天敵だ」

 

 アキ君の台詞を遮って雄二が答えてくれた。天敵か。どうりでアキ君は怯んだわけだ。

 去年、彼女と一度も会わなかったのはおそらくすれ違いが何度も生じていたからに違いない。でなきゃ私が知らないなんてあり得ないもん。

 ボーッとしているうちにも自己紹介は進んでいき、いよいよアキ君の番が来た。

 

「吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んでくださいね♪」

 

『ダァァァァーーリィーーン!!』

 

 なんてことをしてくれたんだウチの幼馴染みは。不愉快なうえに吐きそうだ。

 

「――すみません、忘れてください」

 

 それはアキ君も同じだったようで、口を押さえながら席に着いた。

 ノリが良いにも程があるでしょFクラス。最近の小学生でもここまでは乗らないよ普通。

 その後も流れ作業のごとく自己紹介は続き、やっと私に回ってきた。

 

「水瀬楓。さっき『ダーリン』とほざいたバカの教育係です」

「楓、もしかしてさっきの根に持ってる?」

 

 さっきのは地味に腹が立ったので教育係と嘘をついておく。私とアキ君が幼馴染みって知ったら皆がどんな反応をするか楽しみだし。

 

「あの、遅れて、すいません……」

 

 声がした方を見ると、ドアからピンク髪の女子生徒が息を切らしながら現れた。

 小柄な身体なのに胸はたわわに成熟しており、兎の髪飾りをつけている。確か名前は……

 

「あの、姫路瑞希といいます」

 

 やっぱり瑞希だった。彼女も私の幼馴染み……というより、小学校時代の同級生かな。中学校に入学してからは疎遠になってたし。

 なぜ彼女がFクラスにいるのかクラスメイトの一人が聞いたところ、どうも振り分け試験の最中に高熱を出してしまったらしく、そのせいで途中退席して無得点扱いにされたとのことだ。

 

『そういえば俺も熱(の問題)が出たせいでFクラスになって』

『ああ、確か化学だよな? あれは難しかったな』

『俺は妹が事故に遭ったと聞いて実力を』

『黙れ一人っ子』

『試験の前の日、彼女が寝かせてくれなくて』

『今年一番の大嘘をありがとう』

 

 さすがにあの連中と同列に扱われるのはごめんだね。

 瑞希は逃げるようにアキ君と雄二の隣の空いている卓袱台に着いた。比較的近いけど向こうが気づくまで待つとしよう。

 

「試験召喚戦争、ね……」

 

 暇なので試験召喚戦争について考える。

 通称『試召戦争』。化学とオカルトと偶然で完成した試験召喚獣によって行われる戦争だ。下位クラスが上位クラスに勝てば教室設備を入れ替えることができ、逆に下位クラスが上位クラスに負けたら前者の設備が一段階下がってしまう。

 召喚獣に関しては……うん、外見は一言で言えばカワイイ。でも――

 

「か、楓ちゃん!?」

 

 いきなり名前を呼ばれたので振り向くと、なんでここにいるの、という顔で瑞希がこっちを見ていた。そこまで驚く必要あるの?

 ていうか、さっきまでいたアキ君と雄二がいない。だから私の存在に気づけたのか。

 

「久しぶりだね。いつ以来かな?」

「小学校以来です。元気にしてました?」

「元気だよ私は。中学校も一緒だったはずだけど?」

「そ、それはその……」

 

 中学校も一緒、という言葉を聞いた途端に気まずそうな表情になる瑞希。別にこれといった事情はないから問題ない……わよね?

 

「ところでその前髪……長すぎませんか? 目が見えませんよ?」

「ん? これ? 私のアイデンティティだよ」

 

 話を逸らすように前髪のことを聞いてきたので適当にはぐらかす。

 これは私の生命線だ。これがなくなれば私はお嫁に行けなくなる(ほど恥ずかしい目に遭う)。

 

「今度私が切ってあげます!」

「やめて! お願いだからやめて!」

 

 なんてことを言い出すんだこの子は。

 

「で、でも――」

「ダメなものはダメ!」

 

 瑞希は「……わ、わかりました」と苦笑いで納得してくれた。彼女にはごり押しが一番である。

 ……危なかった。もう少しで公開処刑されてしまうところだったわ。

 この前髪は小さい頃からずっと維持してきたんだ。絶対に守ってみせる。

 そのあともアキ君と雄二が戻ってくるまで話し込んだが、大体がアキ君に関する話題だった。本当にアキ君のこと好きなんだねぇ。

 

 

 

 



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第二問

「坂本君。キミが最後の一人ですよ」

 

 アキ君と雄二が戻ってくると自己紹介が再開された。というか、ついさっきまで先生も教卓の替えを用意しに行ってたらしい。何があったの。

 雄二は教壇に上がると、自信に満ちた表情で口を開いた。

 

「代表の坂本雄二だ。坂本でも代表でも、好きなように呼んでくれ」

 

 赤ゴリラと呼んでも良いのかな?

 

「さて……お前らに一つ聞きたい」

 

 相応の貫禄を身に纏っていそうな雄二は、教室内の各所に視線を移す。

 

 かび臭い教室。

 

 古く汚れた座布団。

 

 薄汚れた卓袱台。

 

 彼が眺めていたのはこの教室の酷さがよくわかる要素ばかりだった。

 クラス全員がそれを眺め終えると、雄二は静かに告げる。

 

「Aクラスは冷暖房完備で、座席はリクライニングシートだが――不満はないか?」

 

『大ありじゃぁーっ!!』

 

 直後、Fクラス生徒の魂のこもった叫びが室内に響き渡った。

 学費だの改善だの不満の声が次々と上がっていくが、私としては冷暖房を除けばさほど不満はなかったりする。

 クラスメイトの反応が良かったのか、雄二は不敵な笑みを浮かべて、

 

「そこで皆に提案だが――Aクラスに『試召戦争』を仕掛けようと思う」

 

 戦争の引き金を引いた。

 

『勝てるわけがない』

『これ以上設備を落とされるなんてごめんだ』

『姫路さんがいれば何もいらない』

 

 すぐさま教室内の至るところから乗り気じゃない人から悲鳴が上がる。最後の一つは悲鳴というよりただのラブコールだけど。

 確かに、最頂点のAクラスと最底辺のFクラスとでは戦力差がありすぎる。乗り気になれないのは仕方がない。

 それにしても、相変わらず雄二は面白いことを考えるわね。のほほんと平和に過ごすよりも刺激がありそうだ。

 

「そんなことはない。俺が必ず勝たせてみせる」

 

 よほどの自信があるのか、絶望的な戦力差を知っているにも関わらず雄二は宣言した。

 

『できるわけがないだろ』

『なら根拠を見せてくれ』

『水瀬さん愛してます』

 

 勝手に愛されても困る。

 

「それを今から見せてやる。……おい康太。畳に顔をつけて姫路と水瀬のスカートを覗いてないでこっちに来い」

「…………!!(ブンブン)」

「え? は、はわっ!?」

 

 十八番の不敵な笑みを浮かべ、必死に顔と手を左右に振り否定する男子生徒を指名する雄二。

 瑞希はスカートの裾を押さえているが、私はもうこうなっては手遅れだということがわかっているので特に何もしない。……後でちょっぴりお話はするけどね。

 覗き犯の彼は顔にはっきりとついた畳の跡を隠しながら雄二の横に立つ。あんなに堂々とスカートの中を覗き込むなんてアキ君にもできない。こういうのを別格と言えばいいのだろうか。

 

「こいつがあの有名な寡黙なる性識者(ム ッ ツ リ ー ニ)だ」

「…………!!(ブンブン)」

 

 彼の本名である土屋康太という名はあんまり有名じゃないが、今挙げられたムッツリーニという名はそうでもない。

 男子生徒からは畏怖と尊敬の意を、女子生徒からは軽蔑の意を込めて挙げられる。

 名の由来は大方ムッツリスケベとムッソリーニでも掛けたのだろう。

 

『ムッツリーニだと……!?』

『ヤツがそうだと言うのか?』

『見ろ。あんなにはっきりとしている覗きの証拠をまだ隠そうとしているぞ』

『ムッツリの名に恥じない姿だ……!』

 

 とりあえずムッツリーニという名は恥じるべきだと思う。

 本人は未だにシラを切ろうとしているが、顔についた畳の跡がそれを許してくれない。それでも自分の意思を貫くのはある意味凄いわね。

 瑞希はムッツリーニという名前の由来がわからないのか、可愛らしく首を傾げている。知らない方が幸せだろう。

 

「姫路と水瀬のことは説明する必要もないだろう。皆もその実力は知ってるはずだ」

「わ、私と楓ちゃんですか?」

「ああ、二人ともウチの主戦力だ」

 

 瑞希が主戦力なのはわかるけど、なんで私が主戦力になるのかな?

 まあ確かに勉強はできる方だ。でも瑞希のように万能じゃない。私にだって苦手な科目の一つや二つはあるのだから。

 

『そうだ。俺達には姫路さんと水瀬さんがいるんだ』

『二人ならAクラスにも引けをとらない』

『姫路さんがいるし何もいらない』

『水瀬さん付き合ってください』

 

 そろそろ私と瑞希に気持ち悪いほど熱烈なラブコールを送る間抜けを特定する必要があるわね。

 

「木下秀吉もいる」

 

 秀吉は演劇部のホープであること、成績の良い木下優子の双子の弟であることでは有名だったりする。学力は高いとは言えないが、おそらくアキ君よりはマシだろう。

 そういえばAクラスには誰がいるのか?

 まず翔子は確実だ。実際に見たし。後は……久保利光と木下優子かな。知っている人では。この三人はなかなかの難敵だよ。

 

「当然、俺も全力を尽くそう」

 

 今度は雄二自ら名乗り出た。学力こそ落ちてはいるだろうが、かつて神童と呼ばれたその頭脳は勉学以外でも活かされるだろう。それに加え、他の人にはないカリスマ性も持っている。それだけでも充分役に立つはずだ。

 気づけばクラスの士気は鯉のぼりのごとく確実に上がっていた。このままいけば皆がフィーバーでもしちゃうかもしれない。

 

「それに吉井明久だっている」

 

 

 ……シン――

 

 

 上げて落とすとはまさにこの事ね。

 

「どうしてそこで僕の名前を言うのさ! そんな必要なかったよね!?」

『誰だ吉井明久って』

『そんなヤツ見たことも聞いたこともないぞ』

『あ、もしかして水瀬さんが教育してるって言ってたバカのことじゃないか?』

「ホラ! 折角盛り上がりつつあった士気が下がってるし! それと楓は僕の教育係じゃなくて幼馴――って、なんで僕を睨むの? 士気が下がったのは僕のせいじゃないよね?」

 

 なんかよくわからないけど、アキ君と私が幼馴染みという事実はしばらく伏せておいた方が良さそうだ。アキ君のためにも。

 

「知らないようなら教えてやる。こいつの肩書きは《観察処分者》だ!」

 

 観察処分者。いわゆるバカの代名詞である。

 わかりやすく言えば教師の雑用係であり、力仕事などの類いを物に触ることのできる特別な召喚獣でこなすというものだ。

 本来、試験召喚獣は他の召喚獣にしか触ることができない。実体がないと言ってもいい。でもアキ君のそれは物に触れちゃう特別製。しかも召喚獣は最低でもゴリラ並みのパワーはあるとされる。つまりそれが物理的に再現されるんだよ。

 

『ちょっと待て。《観察処分者》ってことは召喚獣がやられると本人も苦しいってことじゃないか』

『つまりおいそれと召喚できないヤツが一人いるってことになるぞ』

 

 当然だが、《観察処分者》にはメリットとデメリットが存在する。

 前者は雑用をこなすために召喚獣を使う分、その操作技術が他よりも優れているという点だ。

 後者は召喚獣の受ける負担が召喚者にも返ってくるという点、簡単に言うと感覚の共有である。

 

「気にするな。いてもいなくても変わらない雑魚だ」

「そこは僕をフォローするところだよね?」

「とにかく、俺達の力の証明としてまずはDクラスに仕掛けようと思う」

 

 あ、スルーされた。

 

「この境遇は大いに不満だろう?」

『当然だ!!』

「ならば全員ペンを執って出陣の準備だ!」

『おおーーっ!!』

「最頂点のAクラスに、俺達Fクラスの真の実力を見せてやろうぜ!」

『うおおおーーっ!!』

「お、おー……!」

 

 下がっていたクラスの士気は一気に有頂天となった。瑞希も瑞希なりに有頂天だったりして。

 どうしてEクラスではなくDクラスなのかは少し気になるが、後で雄二に聞けばいい。

 

「まずは明久にDクラスへ宣戦布告をしてもらう。開戦予定時刻は今日の午後だ。大役を果たせ、明久!」

「…………下位クラスの宣戦布告の使者って大抵酷い目に遭うよね?」

「ふふっ、ご愁傷さま」

「縁起悪いこと言わないでよ楓……」

 

 ほらほら、もっと私に刺激という名のスパイスをくださいなアキ君。

 結局、雄二に諭された(騙された)アキ君は宣戦布告のためDクラスへと向かっていった。

 

「ねえ雄二」

「なんだ水瀬」

「さっき言ってた危害を加えられない件、どこまでが本当のことなの?」

「最初から最後まで嘘だ」

 

 嘘つき。

 

 

 ★

 

 

「騙されたぁっ!」

 

 数分後、アキ君がボロボロになって教室に転がり込んできた。どうやら見事なまでにリンチされてしまったようだ。

 私が行ってもこうなるのかな? そこんとこは大丈夫だと思いたいけど……。

 

「やはりそうきたか……」

「やはりってなんだよ! やっぱり僕がこうなることのは予想通りだったのか!」

「だから言ったじゃん、ご愁傷さまって」

「だから縁起悪いからやめてよそれ!」

 

 アキ君に非難の視線を向けられたがスルーしておこう。

 

「ていうか、そうなるのは水瀬の言葉で予想できたはずだが?」

「『ご愁傷さま』は楓の口癖だからそんな簡単に予想できないんだよ! 少しは悪びれろよ!」

「どうでもいい。今からミーティングを行うぞ。ついてこい」

 

 雄二はアキ君を軽くあしはらうと、扉を開けて外に出て行った。少しくらい労いの言葉でも掛けてやればいいのに。

 どうやらミーティングは教室ではなく別のどこかで行われるようだ。

 

「あ、あのさ……」

「ん?」

 

 声を掛けられて振り向くと、アキ君の天敵らしい島田美波さんがいた。

 彼女は少し息を吸い込み、しっかりとこちらを見ながら意を決したように口を開く。

 

「ウチは島田美波。あんたが……その……吉井の幼馴染み?」

「あ、どうも。アキ君の幼馴染みの水瀬楓です」

 

 一人称が『ウチ』ということは関西人だろうか? いや、にしては普通の口調だし……まあいいか。とりあえず雄二を追いかけよう。

 瑞希と島田さんにボロクズ状態のアキ君を任せ、秀吉とムッツリーニと共に教室を後にした。

 

 

 

 



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第三問

 

「ムッツリーニ。畳の跡ならもう消えてるよ?」

「…………!!(ブンブン)」

「今さら否定されても君がHなのは知ってるから」

「…………!!(ブンブン)」

「どうあがいてもバレてるのに否定し続けるなんてある意味凄いよ」

「…………!!(ブンブン)」

 

 雄二を先頭に校内を歩いているのだが、さっきからこんな感じでアキ君とムッツリーニのやり取りが続いている。

 もしも周りに人がいたら痛い視線を向けられていたに違いない。幸いにも今はいないけど。

 島田さんは瑞希と話し込んでいるのか、二人の会話に気づいていない。ちなみに私はタイミングを見計らってムッツリーニと話し合うつもりだ。

 

「何色だった?」

「赤と水色――!?」

「チッ!」

 

 ムッツリーニがパンツの色を言うと同時にハイキックを繰り出すも紙一重で避けられた。

 オツムは残念なくせになんて反射神経だ……!

 アキ君は絶対にやると思った、という感じでこっちを見ていた。傍観者になりきってるところ悪いけど、君にも原因はあるからね?

 

「ほら吉井。もたもたしてないで早く来なさい」

「はいはい」

「返事は一回!」

「へーい」

「……一度、Das Brechen――日本語だと……」

 

 Das Brechen? 意味はわからないけどこれってドイツ語かな?

 

「…………調教」

 

 知ってて当たり前だと言わんばかりに答えたのはムッツリーニだった。

 もしかすると彼、性に関することならロシア語でもわかるんじゃないか?

 

「そう、調教の必要があるわね」

「それ私の役目なんだけど。前にアキ君から頼まれたし」

「…………あんた、水瀬さんになんてこと頼んでるのよ」

「待って島田さん! 今のは楓のデマだからね!? 僕はそんなことを頼んだ覚えはこれっぽっちもないからね!?」

 

 アキ君のことは私が一番よくわかっているつもりだ。伊達に幼馴染みをやってるわけじゃない。

 

「じゃあ中間とってZüchtigung――」

「…………わからない」

「それは折檻だよ」

 

 中間どころか悪化してるわね。いくらアキ君の天敵だからってここまでやる必要はあるの?

 まあ、やり過ぎなければ刺激になるかもしれないから見定めていこう。

 ちなみにムッツリーニが言うには『調教』のドイツ語訳を知っているのは一般教養らしい。彼の物事に対する基準がよくわかったわ。

 そんな会話をしているうちに、先頭の雄二は屋上に通じる扉を開けて青空の下に出ていた。

 

「いい天気ね」

 

 思わずそう呟いてしまうほどの眩しい光が差し込み、目を逸らすように周りを見渡す。

 ……相変わらず人はいないのね。だからこそこの屋上は使えるのだけど。

 

「明久、宣戦布告はしてきたな?」

「うん。ちゃんと今日の午後に開戦予定って言ってきたよ」

 

 雄二がフェンスの前にある段差に腰を下ろし、私達は彼を囲うように腰を下ろした。

 どうせなら今ここで昼寝がしたいと思ったのは内緒である。

 

「てことは今から昼飯?」

「そうなるな。明久、今日も水瀬の手作り弁当か?」

「まあね」

 

 そう来ると思ったので手際よく二つの弁当箱を取り出し、一つをアキ君に渡す。

 全く、毎日余分に作るこっちの身にもなってもらいたいものね。

 今日のメニューは炊き込みご飯とハンバーグだ。弁当に合うかは微妙だが味は大丈夫。

 

「えっ!? 吉井君っていつも楓ちゃんにお弁当を作ってもらってるんですか!?」

「どうりで最近、吉井がまともな物を食べてるわけだわ……!」

 

 瑞希と島田さんは仲良く驚きの声を上げ、私とアキ君を交互に見た。ちょっとウザい。

 作ると言っても好きで作ってるわけじゃないんだよ。できればそろそろ変わってもらいたいわ。

 

「なんか酷い言われようだけど……楓に作ってもらえない時でも一応食べてるよ?」

「……あれは食べていると言えるのか?」

「少なくとも、食べてるとは言えないわ」

 

 すかさず私と雄二が横槍を入れる。

 

「何が言いたいの?」

「いや、お前の主食って――以前は水と塩だったろ?」

「失敬な! きちんと砂糖も食べてるさ!」

 

 雄二が哀れむような声でそう言うと、私を含む全員が優しい目で彼を見つめた。

 アキ君、私の知る限り水と塩と砂糖だけで生活できる人は君だけだよ。

 

「飯代まで遊びに使い込むお前が悪い」

「仕送りが少ないんだよ!」

「なら節約すればいいじゃない。アキ君ってほんとバカ」

「うぐっ……!」

 

 あんなに良いマンションに住んどいて何が仕送りが少ないよ。オンボロアパートで一人暮らしをしている私からすれば贅沢でしかないわ。

 趣味もお金が掛からないものにしている。例えば…………なんだろう?

 

「あ、あの……もし良かったら、私もお弁当作ってきましょうか?」

「ゑ?」

 

 瑞希の天使顔負けの優しい言葉に変な声を出すアキ君。……これはいい機会ね。

 

「ちょうどいいわね。次からは瑞希の弁当を主食にしなさい」

「えっ!?」

「へ? い、いいんですか?」

「良いも何も、私もそろそろ誰かと代わってもらおうと思ってたから」

 

 これで余分に弁当を作らなくて済む。食べられる量が増えて嬉しいよ。

 それにしてもこのハンバーグ、ちょっと味が薄いかな? いつもより味がないわね。

 

「……ふーん。瑞希って優しいのね。吉井()()に作るなんて」

「あ、いえ、皆さんにも……良かったら……」

「いいのか?」

「はい。嫌じゃなかったら」

 

 先ほどから羨ましそうな視線を私と瑞希に向けていた島田さんが、ジト目で妙に棘のある発言をする。……なるほど。これはまた面白そうだ。見逃す手はないわね。

 それに気圧され、瑞希はアキ君だけでなく雄二達にも弁当を作ると発言してしまった。

 私も含めると七人分か……どうしてだろう、少し嫌な予感がする。念のために自分で作っておいた方が良さそうだ。

 

「そういえばアキ君。島田さんも弁当作ってくれるらしいわよ」

「え? う、ウチはそんなこと言ってな――」

「島田さんも? 本当に?」

「それは楽しみじゃのう」

「…………(コクコク)」

「うっ……わ、わかったわよ。ウチも作ればいいんでしょ作れば」

 

 恨めしそうに島田さんが睨んでくるが、その程度でたじろぐ私ではない。

 

「それじゃ、皆さんの分も作ってきますね」

「……お手並み拝見ね」

 

 こうして瑞希と島田さんによる料理対決が幕を開けた。瑞希はそのつもりかわからないけど。

 瑞希もだけど、渋々とはいえ断らなかった辺り島田さんも充分に優しい。

 

「今だから言うけど姫路さん。僕、初めて会う前から君のこと好き――」

「今振られると弁当の話がなくなるぞ」

「島田さんもいるのにそれはないわよアキ君」

「――にしたいと思ってました」

 

 なんて豪快なカミングアウトだろう。私にはとても真似できない。

 これじゃどっちにしても島田さんが不憫だ。やはり胸の大きさが物を言ったのだろうか。優しさだけなら島田さんも負けてないからね。多分。

 

「お前はたまに俺の想像を越えた人間になるときがあるな」

「アキ君は皆の想像を越えたおバカよ」

「だってお弁当が……」

 

 お弁当のせいにしない。

 

「さて、かなり話が逸れていたが試召戦争に戻そう」

「そうだ雄二。なんでDクラスなの? 普通はEクラスかAクラスよね?」

「それはワシも同じことを考えておった」

 

 どうやら秀吉も同じ疑問を持っていたようだ。

 Aクラスを打倒するなら最悪Dクラスは無視してもいい。段階を踏むならEクラスからのはず。

 まあ、雄二のことだから考えの一つや二つはあるのだろう。

 

「何か考えがあるんですか?」

「ああ。色々と理由はあるが、Eクラスを攻めない理由は簡単だ。戦うまでもない相手だからな」

「でも、僕らよりはクラスが上だよ?」

 

 確かに、一般的に見ればEクラスはFクラスよりかは上だろう。

 けど、それは強いて言うならクラス全体の平均点くらいだ。個々の実力となれば話は変わる。

 

「明久。お前の周りにいる面子を見てみろ」

「えーっと……美少女が二人と馬鹿が二人とムッツリが一人と幼馴染みが一人いるね」

「誰が美少女だと!?」

「雄二が美少女に反応するの!?」

「…………(ポッ)」

「ムッツリーニまで!? どうしよう、僕だけじゃ対応しきれない!」

「誰がムッツリよバカ久!」

「もうやめて楓! 僕のライフはゼロよ!」

 

 ムッツリーニと同類だなんて心外にもほどがある。そこはせめてバカか美少女でしょうが。

 

「まぁまぁ、三人とも落ち着くのじゃ」

「そ、そうだな」

「秀吉に免じて許してあげるわ」

「その前に美少女やムッツリで取り乱すことにツッコみたいんだけど」

 

 アキ君をスルーしてコホン、と咳払いをして説明を再開する雄二。

 イチイチ反応してたらキリがないもんね。特にアキ君の場合。

 

「姫路と水瀬に問題のない今、Eクラスには正面からやり合っても勝てる。Aクラスが目標である以上、Eクラスは踏み台またはそれ以下でしかない」

「それだとDクラス以降は正面からぶつかると厳しいの?」

「確実ではないな」

 

 Eクラスならまだしも、Dクラス以降だとはっきりとした戦力差が表れてしまう。

 勉強のできる瑞希や私が万全な状態で特攻したとしても、勝てる確率はそれなりに低い。それこそ教師並みの点数を取る必要がある。

 雄二が言うには初陣かつ打倒Aクラスの作戦に必要なプロセスらしい。

 今は瑞希と雄二の会話をアキ君が阻止しているところだ。……後で聞き出そう。

 

「さっきの話、Dクラスに勝てなかったら意味がないよ?」

「負けるわけがないさ。お前らが俺に協力してくれればな」

 

 試召戦争もれっきとした戦争。雄二一人で勝てるほど甘くはない。

 

「いいかお前ら。ウチのクラスは――最強だ」

 

 これほどその気になってしまう言葉はそうそうないわね。

 根拠はない。でも不思議といけそうな感じがする。面白いわ、本当に。

 

「面白そうじゃない!」

「うむ。Aクラスの連中をてっぺんから引きずり落としてやるかの」

「…………(グッ)」

「が、頑張ります!」

 

 次々と皆が賛同していく。無論、私もその一人だった。

 不可能を可能にする。下剋上。例えるならこういうことだろう。

 

「――こういうのを待ってたのよ」

 

 皆が勝利のための作戦に耳を傾ける中、私は一人微笑んだ。

 

 

 

 




 バカテスト 数学

 問 以下の問に答えなさい。
『(1)4sinX+3cos3X=2の方程式を満たし、かつ第一象限に存在するXの値を一つ答えなさい。
 (2)sin(A+B)と等しい式を示すのは次のうちどれか、①~④の中から選びなさい。

 ①sinA+cosB
 ②sinA-cosB
 ③sinAcosB
 ④sinAcosB+cosAsinB』



 姫路瑞希の答え
『(1)X=π/6
 (2)④    』

 教師のコメント
 正解です。角度を『°』ではなく『π』で書いてありますし、完璧ですね。


 土屋康太の答え
『(1)X=およそ3』

 教師のコメント
 およそをつけて誤魔化したい気持ちは分かりますが、これでは解答に近いとしても点数はあげられません。


 吉井明久の答え
『(2)およそ③』

 教師のコメント
 先生は今まで沢山の生徒を見てきましたが、選択問題でおよそをつける生徒は君が初めてです。


 水瀬楓の答え
『(1)X=およそ④』

 教師のコメント
 何でも掛け合わせれば良いと思ったら大間違いです。




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第四問

 

『来るんだこの負け犬め!』

『て、鉄人!? 嫌だ! 補習室だけは行きたくない!』

『黙れ! 戦死者は全員この戦争が終わるまで補習室で特別講義だ! 終わるまで何時間かかるかわからんが、たっぷりと指導してやる!』

『見逃してくれ! あんな拷問耐えられる気がしないんだ!』

『これは立派な教育だ。趣味は勉強、尊敬する人は二宮金次郎、という理想的な生徒に仕立て上げてやるから覚悟しろ』

『だ、誰か、誰か助け――イヤァァァ――(バタン、ガチャ)』

 

「ねえ雄二。これアキ君達は大丈夫なの?」

「さあな」

 

 Dクラスとの試召戦争が始まった。私はついさっき回復試験を終えたところだ。

 今前線にいるのは秀吉が率いる先攻部隊、そことFクラスとの中間地点にアキ君が率いる中堅部隊のはずだけど……不安だわ。

 アキ君の部隊には島田さんがいるが、雄二達の話によれば彼女は漢字が読めない点を除けばBクラス並みの学力らしい。加えて問題文に漢字があまり出ない数学は私よりも良いとか。

 

「初めて島田さんを恨んだわ」

「お前の場合、数学だけは――」

 

『島田、前線部隊が後退し始めたぞっ!』

『総員撤退よ!』

 

 ふと、そんな声が聞こえてくる。いやいや、ここで逃げたらこっちに突っ込まれるかもしれないのに何保身に走っちゃってるのよ。

 

『よし、逃げよう! 僕らには荷が重すぎたんだ!』

『ええ、ウチらは精一杯努力したわ』

 

「……横田。これをあのバカ二人に渡してこい」

「了解です!」

 

 雄二はメモに何かを書くと、それを待機していた横田に渡した。どうやら伝令らしい。

 中身がなんなのか気になったが、すぐに彼の声が聞こえてきた。

 

『代表より伝令があります――逃げたらコロス、だそうです』

『全員突撃ぃーっ!』

 

 あまりにもシンプルかつ物騒な伝令だった。まあ、効果的だったみたいだけど。

 

「ところで――私は前線に出なくていいの?」

「ああ。お前や姫路がこのクラスにいることは極力隠しておきたいからな」

 

 ちぇっ、私も暴れたかったのになぁ……アキ君や秀吉ばっかりズルいよ。

 ところでさっきから島田さんと誰だかわからない女子の声が聞こえてくるのだが気のせいかな?

 

『死になさい、吉井明久!』

『島田さんが錯乱した! 誰か本陣に連行してくれ!』

『落ち着け島田! 吉井隊長は味方だぞ!』

『コイツは味方じゃなくて最大の敵よ!』

 

「……あのさ雄二」

「落ち着け。お前は知らないだろうがあの二人はいつもあんな感じだ」

 

 親しい人が錯乱した味方に殺されそうなのに落ち着けるわけがない。

 少しすると、未だに錯乱してるっぽい島田さんを須川が連行してきた。

 拳を握り締め、恨めしそうにアキ君がいるであろう方向に視線を向ける島田さんに話しかける。

 

「島田さん。さっきのあれは何かな?」

「み、水瀬さん……」

 

 どうしてだろう。やけに怖がられてるけどまだ何にもしてないよね?

 その事に疑問を抱いて首を傾げていると、言うことがまとまったのか島田さんが口を開いた。

 

「よ、吉井がウチを見捨てたから、その――」

 

《船越先生にお知らせします》

 

 ん? この声は……須川? それに船越先生と言えば四十五歳♀独身だった気がする。

 

《吉井明久君が体育館裏で待っています。なんでも生徒と教師の垣根を越えた、男と女の大事な話があるそうです》

 

 待て。今洒落にならんことを言ったぞ。奴め、何のつもりかは知らんがよりにもよってアキ君を船越先生に売り飛ばしやがった。

 婚期を逃し、結婚願望が強すぎるあまり単位を盾に生徒達に交際を迫るような人だ。須川の奴はそんな人にアキ君を売り飛ばした。理由はどうであれ……肉体言語を発動せねばならないわね。

 

 

 ガシャァァン!

 

 

『な、何事だ!?』

『し、島田さんっ! そんな物をどうするつもりなのさ!』

 

 何かが割れたような破砕音が聞こえ、割った張本人であろうアキ君がその場にいない島田さんの名前を出す。

 こういうときのアキ君は大抵追い詰められているはずだ。つまり……演技か。

 

 

 ブシャァァッ!

 

 

『うわっ、なんだこりゃ!?』

『ぺっぺっ! これ消火器の粉じゃねえか!』

『ま、前が見え……!』

『島田さん! 君はなんてことを!』

『Fクラスの島田め! なんて卑怯な!』

『許せねぇ! 彼女にしたくない女子ランキングに載せてやる!』

『在学中には彼氏のできない状況にしてやる!』

『でも、男らしくてステキ……お姉さま……』

 

「……島田さん。アキ君に仕返ししたいなら船越先生を使うといいよ」

「え?」

 

 これならアキ君でも対処できる。精神的な疲労は免れないけど。

 さてと、

 

「雄二」

「今度はなんだ?」

「――須川はいつ戻ってくる?」

 

 初陣だ。

 

 

 ★

 

 

「明久、よくやった」

「……もしかして校内放送、聞こえてた?」

「ああ、バッチリな」

 

 初陣を勝利で終えた私が戻ると、ピンチを切り抜けたらしいアキ君が怒りのこもった瞳で晴れやかな笑顔の雄二と会話していた。

 内容はさっきの校内放送だ。そりゃあんなの流されたら誰でもキレる。意味がわかる人は。

 

「雄二、須川君がどこにいるか知らない?」

 

 アキ君の目が復讐鬼のそれになっている。これはちょっと危ないわね。

 右手にどこからパクってきたのかわからない包丁を持ち、左手に砂が詰まった靴下を持つその姿は完全に犯罪者だ。

 

「ああ、須川ならさっき水瀬が――」

「私が粛正しといたよ」

「………………え?」

 

 残念だったね。私もあの放送は不愉快だったから先に執行させてもらったよ。

 それを聞いたアキ君は残念で嬉しそうな複雑な顔になった。どっちなのかはっきりしてほしい。

 

「僕なら殺れると思ったのに……!」

「殺るなっての」

 

 仮にアキ君が須川を殺ったとしても私が止めていたに違いない。撲殺ならまだしも凶器で殺しはいけない。

 複雑な顔から少しずつ、目的を失ったような顔になっていくアキ君。

 そんなアキ君をどう思ったのか、ふと雄二が口を開いた。

 

「ちなみに――あの放送を指示したのは俺だ」

「シャァァァアッ!」

 

 雄二の一言でアキ君の中にあったわずかな憎しみが爆発してしまった。

 ていうか元凶は雄二だったのか。……ははっ、なるほどねぇ。

 

「あ、船越先生」

 

 雄二のあからさまな嘘でアキ君が掃除道具入れに隠れてしまった。どうも憎しみという感情は判断力を鈍らせてしまうようだ。

 

「よし、バカは放っておいて、そろそろ決着をつけるか。水瀬、一度前線で暴れてから俺の護衛に回ってくれ」

「……了解」

 

 今が頃合いと見たのか、ついに代表の雄二が動いた。アキ君が出てこないけど……別にいいか。

 そして私は特攻隊長のような役目と雄二の護衛に任命された。うふふ、楽しみだわ。

 とりあえず暴れるべく、援護に来たDクラスの本隊のうちの三人と対峙する。雄二によればこの人数で充分らしい。

 

「Fクラス水瀬楓、そこのDクラス三人に化学勝負を申し込む。――試獣召喚(サ  モ  ン)

 

 私の喚び声に応えて足元に幾何学的な魔法陣が現れ、その中心から召喚獣が姿を見せた。

 黒のロングコートで背中には刃の部分を数珠状に分割した鞭状に変形できる剣――ガリアンソードを納めている。それが私の召喚獣の装備だ。

 とはいっても得物がないと戦えないわけではない。普通に肉弾戦でもやり合える。

 

 

『Fクラス 水瀬楓 VS Dクラス 男子×3

  化学  250点 VS 90点&95点&89点 』

 

 

 一瞬で勝負はついた。

 

「嘘だろ!?」

「これが水瀬楓か……!」

「そもそもどうして彼女がFクラスに!?」

「でも思ったほどじゃない気が……」

 

 当然、手は抜いてある。この程度で主戦力にされるわけがない。

 もう少し暴れたいところだが、雄二の護衛があるのでそっちを優先する。他はクラスメイトにでも任せよう。

 

「雄二。言われた通り暴れてきたよ」

「ご苦労さん。あれくらいでもプレッシャーは掛けられたはずだ」

 

 プレッシャーどころか大いに警戒されてしまったけどね。

 このあと執念で雄二を追いかけてきたアキ君が偶然Dクラス代表の平賀源二に遭遇するもその近衛部隊に阻まれたが、Aクラスに所属していると勘違いされた瑞希が彼を討ち取ったのだった。

 ……今度はもっと暴れたいな。今回のように手抜きではなく、本気で。

 

 

 

 




 バカテスト 物理

 問 以下の文章の( )に正しい言葉を入れなさい。
『光は波であって、( )である』



 姫路瑞希の答え
『粒子』

 教師のコメント
 よくできました。


 土屋康太の答え
『寄せては返すの』

 教師のコメント
 君の解答はいつも先生の度肝を抜きます。


 吉井明久の答え
『勇者の武器』

 教師のコメント
 先生もRPGは好きです。


 水瀬楓の答え
『杖先から放たれる緑色の閃光』

 教師のコメント
 あまりにも恐ろしい答えに一瞬言葉を失いました。




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第五問

 

『うぉぉーーっ!!』

 

 とある報せを聞いたFクラスの雄叫びとDクラスの悲鳴が混ざる中、私はそれを聞きながらボーッとしている。

 喜びよりも終わったか、という気持ちの方が強いからだ。

 

 

 Dクラス代表 平賀源二 討死

 

 

 その報せはFクラスの勝利を意味していた。

 

「凄えよ坂本! 本当にDクラスに勝てるなんて!」

「これで畳や卓袱台ともおさらばだ!」

「アレはDクラスの物になるからな」

「坂本雄二サマサマだな!」

「やっぱりアイツは凄い奴だった!」

「坂本代表万歳!」

「姫路さん愛してます!」

「水瀬さん最高!」

 

 代表の雄二が褒め称えられ、少し暴れただけの私と敵の大将を討ち取った瑞希にはラブコールが送られた。なんでラブコール?

 Dクラスの連中はうなだれており、雄二はFクラスの皆に囲まれている。……逆ハーレムか?

 当の雄二は珍しく照れており、正直言って気味が悪い。雄二らしくもないし。

 

「坂本! 握手してくれ!」

「俺も俺も!」

 

 たった一回勝った程度で英雄扱いである。ま、無理もないか。最底辺のFクラスが上位クラスに勝ったのだから。

 今日の晩飯どうしようかと考えていると、アキ君が雄二の元へ駆け寄っていくのが見えた。

 ――それはもう、とても眩しい笑顔で。

 

「雄二! 僕とも握手を!」

 

 アキ君は颯爽と駆け寄って握手しようと手を突き出し、

 

 

 ガシィッ

 

 

 雄二に手首を押さえられた。

 

「……雄二? なんで握手なのに手首を押さえるのかな?」

「押さえるに……決まっているだろうが! フンッ!」

「ぐあっ!?」

 

 さらに手首を捻り上げられたアキ君は悲鳴を上げ、隠し持っていたらしい包丁を落とした。

 ……復讐、まだ諦めてなかったんだね。それは私も同じだけど。

 

「雄二、皆で何かをやり遂げるって素晴らしいね」

「…………」

「僕さ、仲間との達成感がこんなにもいいものだなんて、今まで知らな関節が折れるように痛いぃぃっ!」

 

 聞くだけ聞いて手首を捻り上げている手の力を強める雄二。

 さらに雄二は何をトチ狂ったかペンチを要求したが、アキ君が慌てて謝罪したので舌打ちしながら彼を解放した。

 そもそもペンチを何に使うつもりだったんだろう? 爪を切り取るとか?

 

「……生爪……」

 

 まさかの生爪だった。

 ……さーて、私もやりたいことをやっちゃいますか。なんせ彼は知らない。自分だけ綺麗なままでいられると思ったら大間違いだと。

 

「雄二。握手して」

「ああ、別に構わないぞ」

 

 

 ガシィッ

 

 

「……お、おい水瀬、ちょっと力が強すぎないか?」

「ん? 何のことかな?」

 

 雄二の言ってることは間違っていない。だって本当に強めてるのだから。

 

 

 メキメキメキ!

 

 

「待て水瀬! それ以上は不味い! それ以上は俺の手が潰れぐあぁぁぁぁっ!」

「男なら我慢する! 女の子からの熱い握手だよ? もっと喜ぶべきだ!」

「熱いというより強すぎゃぁぁぁぁっ!」

 

 そろそろ本当に手が潰れちゃいそうだったので名残惜しく雄二を解放する。ちぇっ、あと少しで握り潰せたのに。

 

「お、俺に何か恨みでもあるのか……!?」

「校内放送」

「俺が悪かった」

「あれ? そこは楓じゃなくて僕に謝るべきだよね?」

 

 大丈夫だよアキ君。痛い目に遭うのは君だけじゃないから。一応敵は取ったよ。

 後ろではDクラス代表の平賀が、瑞希がAクラスではなくFクラスであることに驚いていた。

 瑞希も騙し討ちしたことを申し訳なさそうに謝罪している。もしも私があの立場だったら謝らないだろう。戦争に綺麗事はいらないのだから。

 

「ルールだからね。クラスは明け渡そう。けど、今日はこんな時間だから作業は明日で良いか?」

「いや、その必要はない」

 

 そんなルールに則った平賀の言葉を雄二はバッサリと断った。

 当然と言えば当然かな。なぜなら目的はあくまでもAクラス打倒。Dクラスの設備に現を抜かすことではない。

 そんなことを知らない一部のクラスメイトは抗議していた。……なんでアキ君まで?

 

「それならなんで標的をAクラスにしないのさ。おかしいじゃん」

 

 大方、回りくどいことをせずに一気に攻め込めばいいとでも思っているのだろう。

 そんなんだから君は『馬鹿なお兄ちゃん』って呼ばれたんでしょうが。

 

「とにかくだな。Dクラスの設備には手を出すつもりはない」

「それは俺達にはありがたいが……いいのか?」

「もちろん、条件はある」

 

 やはりただで解放はしないか。ま、仮にそうしたとしても拍子抜けだけど。

 雄二の言う条件はこうだ。Dクラスの窓の外にあるエアコンの室外機を、雄二の指示で停止させること。確かあれはBクラスの室外機だ。停止すればBクラスの教室は蒸し暑地獄と化すだろう。

 平賀がその提案をありがたく承諾し、社交辞令を交わして解散となった。

 

「行くよ楓」

「はーい」

 

 

 ★

 

 

「それにしてもさ、Dクラスとの勝負って本当に必要だったの? エアコンなら他の方法でも壊せると思うんだけど」

「なんだ、そのことか」

 

 帰り道。私とアキ君は雄二と家が同じ方向にあるからこうして一緒に帰ることがある。

 ……晩飯は味噌汁と野菜炒めでいいかな? いや、もしアキ君の分も作るとなればパエリアも追加すべきか。彼、自分で簡単に作れるほどパエリアが好きなんだよね。

 

「Aクラスに勝てるかな?」

「当然だ。俺に任せておけ」

「……ありがとう。僕のわがままの為に」

「別に、お前のわがままの為じゃないさ。試召戦争は俺がこの学校に来た目的そのものだからな」

 

 かつて雄二は神童と呼ばれるほどの頭脳を有していた。とはいっても考えれば必ず答えが導き出されるとかそこまで抜きん出ていたわけじゃない。同年代の中で多少優れていた程度だろう。

 しかし、それだけなら知識と学力は私の方が上だと自負できる。けど、頭の回転の早さや咄嗟のひらめき、そして策略的な面においてはどうしても舌を巻く。

 もしかしたら神童の本質はそこにあるのかもしれない。あくまでも私の推測だが。

 

「目的達成のためにも、お前らにはきっちりと協力してもらうからな。とりあえずは明日の補給テストだ」

「ぐぅ……」

 

 これは私も寝る前に本を読み込んだ方が良さそうね。暗記は書いて覚えるよりも得意だ。

 

「ゲームする暇があるなら少しでも勉強しておけよ」

「はいはい。教科書くらいは……ん? あ! 卓袱台の上に教科書置いたままだった!」

「アホか。さっさと取りに行ってこい」

「はぁ……二人とも先に帰っていいよ」

「それじゃご遠慮なく」

「当たり前だ。待ってるわけがないだろう」

「わかってたけど、二人とも薄情だよね」

 

 アキ君は捨て台詞のようなものを吐くと学校へと引き返していった。

 さてと、雄二と二人きりになったわけだが……あの子にバレたら大変なことになりそうだね。

 

「教科書なんかなくても、私が教えればどうとでもなるのにね」

「アイツの残念な頭にはその考えがなかったんじゃないか?」

「あっても意味がない、の間違いかな?」

 

 雄二とは気が合う方だと思っている。主にアキ君関連で。

 だからこそ、あの子が絡んだときの雄二の反応が楽しみで仕方がない。

 

「……今、ちょっと寒気がしたんだが」

「ちゃんとシャツは着てきたの?」

 

 最近はそんなに寒くないはずだけど。

 

「もしかしたら風邪かもしれないわよ?」

「いや、それとはまた違う感じの寒気だったぞ……」

「雄二は勉強よりも貞操を守った方がいいかもしれないね」

「……否定できないな」

 

 あれ? そこは冗談だと笑い飛ばすところだよね? 何もそこまで真に受けなくても良いと思うんだけど。

 それにしても、試召戦争を仕掛けた理由にアキ君のわがままが絡んでいたとはね。内容は大体わかるから深くは考えないけど。

 このあと他愛のない会話をして、買い物をするために雄二と別れた。さて……晩飯どうしよう。

 

 

 ★

 

 

「おはよー」

「遅刻だよアキ君」

「まだギリギリだよ!」

 

 翌朝。卓袱台に突っ伏しているとアキ君が時間ギリギリで登校してきた。

 てか卓袱台で寝るのも悪くないわね。ぶっちゃけ床に座る分、机で寝るよりも寝やすい。

 Dクラスの設備についてはさっき雄二が説明していたので大丈夫だと思う。

 

「お前はいいのか?」

「何が?」

「昨日の後始末だ」

 

 昨日? 私が粛清した須川のことかな? それとも私が軽く制裁した雄二とか?

 

「いくら僕でも、生爪を剥がされるとわかっていながら行動を起こすなんてあり得ないよ」

「いや、その件は水瀬が解決しただろ」

「……そういえばそうだったね。じゃあ一体何が言いたい――」

「吉井っ!」

「ごぶぁっ!」

 

 いきなり現れた島田さんがアキ君を殴り飛ばした。いやなんで?

 ……ああ、昨日の件か。それなら私が言ったやつで解決するはずなんだけど。

 島田さんは随分といきり立っているので気づいていないが、角度的にパンツを見れそうだ。もちろんアキ君が。

 

「ウチを見捨てただけじゃなく、消火器のいたずらと窓を割った件の犯人に仕立て上げたわね……!」

 

 改めて聞くと酷いわね。知っているとはいえ、いくら私でもこれは見過ごせない。

 

「彼女にしたくない女子ランキングがまた上がっちゃったじゃない!」

 

 前言撤回。やっぱりどうでもいい。

 

「ところで吉井。一時間目の数学のテストだけど」

「数学のテスト? それがどうかした――」

「監督の先生、船越先生だって」

 

 島田さんが心底楽しそうにそう告げると、アキ君はヤバイと言わんばかりに扉を開け、廊下を全力疾走していった。

 そしてこっちを見ながらサムズアップをしてきた。……考えたわね、島田さん。

 

 

 

 



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第六問

 

「疲れたのう」

「そだね」

 

 アキ君と船越先生のような一悶着があったわけでもないのに疲れた。

 テストは四教科ほど終了している。でも教科の数を考えるとゾッとする。まだ半分も終わっていないのだから。

 とりあえず昼飯の時間だ。今日は瑞希と島田さんが手作り弁当を持参しているはず。秀吉のポニーテールでも堪能しながら頂くとしよう。

 

「島田さん。手作り弁当は?」

「……ちゃんと作ってきたわ」

 

 今気づいたが、島田さんの目にはクマができている。もしや一睡もしていないと言うのか。

 後は瑞希だ。真面目な彼女なら大丈夫だとは思うが……不安ね。

 

「み、皆さん……」

 

 その瑞希は昨日のことなどもう忘れた感じで食堂へ向かおうとしていた男子メンバーを引き留めていた。ていうか忘れちゃダメでしょ。

 身体の後ろに隠していたバッグを出し、ちゃんと作ってきたとアピールする瑞希。

 私も念のために作ってきた弁当を持っていくとしよう。万が一のことがあったら困る。

 

「島田さんも作ってきたらしいわよ」

「島田さんも!?」

「……なんでそんなに驚くのよ」

 

 眠気のせいかとても話せる気力があるとは思えない島田さんを軽くフォローしておく。後は彼女次第だ。

 アキ君達は二人の手作り弁当を頂くために場所を屋上へと変更した。

 雄二と島田さんは飲み物を買うために教室を出ていった。……ちょっと眠くなってきたわね。島田さんの眠気でも移されたかな?

 

「僕らも行こうか」

「はい」

「へーい……」

「……秀吉。楓を起こして」

「心得た。起きるのじゃ水瀬」

 

 身体が動かない。金縛りにでも遭ったのだろうか。このまま寝ようかな……と思ったが、ポニーテールの秀吉が起こしてくれた。

 さすがに秀吉に悪いので立ち上がり、アキ君と瑞希に続く。

 そして屋上に出ると、昨日と同じ青空が広がっていた。雨なんて降りそうにもない。

 

「シートもあるんですよ」

 

 その場に瑞希が取り出したビニールシートを敷いた。準備がいいわね。

 私はシートの上に何の躊躇いもなく寝転がり、日差しを浴びることで眠気を取ろうとする。

 ……すぐさまアキ君に注意されたのでやめざるを得なかったが。

 

「あんまり自信はないんですけど……」

『おおっ!』

 

 瑞希が重箱の蓋を開けると、アキ君達が一斉に歓声を上げた。

 確かに見た目は美味しそうだ。しかし気のせいだろうか。化学物質の臭いがするんだけど。

 

「雄二には悪いけど先に――」

「…………(ヒョイ)」

「あっ、こらムッツリーニ!」

 

 それに全く気がついていないアキ君が食べようとしたエビフライをムッツリーニが横取りし、それを口に運んで――

 

 

 バタン    ガタガタガタガタ

 

 

 顔面からぶっ倒れ、小刻みに震え出した。

 ……いやいやちょっと待って。なんでエビフライを食べただけなのにこうなるのさ。

 思わず無言でアキ君と秀吉と顔を合わせる。これはヤバイ……!

 

「つ、土屋君!?」

「…………(ムクリ)」

 

 何事もなかったかのようにムッツリーニは起き上がると、瑞希に向かって親指を立てた。

 あのねムッツリーニ……美味しかったのならどうして足が震えているのかな?

 私は適当な言い訳をして持参した弁当を食べようと思ったが、

 

「はむっ」

 

 訳のわからない好奇心に負けてアスパラ巻きを食べてしまった。

 アキ君と秀吉はそんな私を見て驚愕している。

 そりゃそうだよね。自滅しに行ったんだからそりゃ驚くよね。

 

「むぐ……あれ? 意外といけゴぶぅっ!?」

 

 いけるわけがなかった。

 

「な……何これぇ……」

 

 まるで弱めの青酸カリが混ざったものを食べた感覚だ。……いや、もしかしたら青酸カリそのものかもしれない。

 ムッツリーニほどではないが遅れて豪快にぶっ倒れてしまう。認めたくないが……少しずつ、でも確実に意識が遠退いていくのを感じる。

 

「水瀬! しっかりするのじゃ!」

 

 アキ君ではなく秀吉が駆け寄ってきた。ああ、視界がボヤけてる。私はもうダメだ。

 でも、逝ってしまう前にせめて彼らにメッセージを送らねば……!

 

「ひ、秀吉……」

「な、なんじゃ?」

 

 最後の気力を振り絞り、必死に口を開く。

 

「ど、毒を食らわば……皿まで……」

 

 言いたいことをなんとか言えた私は、秀吉の腕に抱かれながら力尽きた。

 

 

 ★

 

 

「死ぬかと思った……」

「大丈夫かのう……?」

 

 死の昼食が終わり、なんとか復活した私は同じく一度は散ったらしい秀吉に介抱されている。

 まだ軽い痙攣が止まらない。というか一瞬三途の川が見えたときはもうダメかと思った。まさかこんなに些細な形で死にかけるなんて……。

 犠牲者は私と秀吉とムッツリーニの他にも雄二がいた。ケンカで身体を鍛えている雄二ですら玉砕してしまったのか。

 

「か、楓ちゃん。大丈夫ですか……?」

 

 さすがの瑞希も私の異常事態に気づいたのか、申し訳なさそうに話しかけてきた。

 これは素直に食えるものじゃないと言うべきか? いや、それだと実験台にされてさらに食わされる危険がある。よし……

 

「ごめんね瑞希。君の料理、美味しすぎて私の口には合わなかったよ」

「そ、そうですか……それはそれで残念です」

 

 私としてはこれ以上にないほどホッとしているけどね。

 

「さて、水瀬も目を覚ましたところで話の続きだ」

 

 一体何の話をしていたというんだ。生と死の狭間をさまよっていた私にはさっぱりわからない。

 そんな私の心情を察してくれたのか、未だに介抱してくれる秀吉が口を開いた。

 

「試召戦争の話じゃ」

「うん、なんとなくわかった」

 

 次はどうしてBクラスなのかを話していたのだろう。にしてもBクラスか……昨日、帰る前に確認したがあそこの代表は根本恭二だ。一言で言うならクソ外道である。

 

「正直に言おう。どんな作戦でも、うちの戦力じゃAクラスには勝てない」

 

 らしくない降伏宣言。

 まっ、無理もないね。Aクラスは五十人いる生徒のうち、十人が別格だ。代表の翔子に加え、男子生徒に限れば学年トップの久保利光。この二人は特にヤバイだろう。木下優子は教科次第だ。

 簡単に言うなら、この二人にはFクラスお得意の数の暴力さえ通用しない。

 それに何より、本当なら私と瑞希もこのヤバイ連中の一角に加えられていたのだ。そうなればヤバイなんてレベルじゃなくなる。

 

「Aクラスをやる」

「雄二、さっきと言ってることが違うじゃないか」

 

 それでも雄二は打倒Aクラスを掲げた。彼はクラス単位じゃ勝ち目はないと見ているらしい。

 

「一騎討ちに持ち込む」

「どうやって?」

「Bクラスを使う」

 

 なるほど。つまりAクラスと対談でもしている際にBクラスをけしかけると脅すわけか。

 だが、それができるのはBクラスに勝ったらの話だ。負けたらそこで終わる。

 雄二は下位クラスが負けた場合どうなるかをアキ君に問いかけていた。……後ろで瑞希がアキ君に教えてるな。

 

「せ、設備のランクが落とされるんだよ」

「……つまりBクラスならCクラスの設備に落とされるわけだ。では、反対に上位クラスが負けた場合は?」

「悔しい」

「ムッツリーニ、ペンチ」

「秀吉、ハサミ」

「僕を爪切り要らずの身体にする動きが!?」

「勝ったクラスと設備が入れ替えられちゃうんですよ」

 

 私は違う。雄二がペンチでアキ君を爪切り要らずの身体にした後にハサミで雄二も同じ身体にしてやるつもりだ。

 要するに二人仲良く爪切り要らずの身体になりなさいってわけよ。

 未だに化学物質のダメージが残る私をよそに淡々と話は進められていき、今はアキ君がBクラスに宣戦布告するかどうかの話になっている。

 

「やれやれ。それならジャンケンで決めようぜ」

「ジャンケンか……乗った!」

「よし、負けた方が行く。それでいいな?」

 

 それを聞いて頷くアキ君に、雄二は心理戦ありにしようと言い出した。

 

「いいよ。僕はグーを出す!」

「なら、俺は――お前がグーを出さなかったらブチ殺す」

 

 心理戦というよりただの脅迫である。まあ、これも心理戦と言えば心理戦かな?

 

「ジャンケン」

「わぁぁっ!」

 

 パー(雄二) グー(アキ君)

 

 アキ君は脅しに屈してしまった。そこはブチ殺されてでも勝つべきだよ。君はどっちにしてもボコられる運命にあるんだから。

 それでも行きたがらないアキ君。雄二は彼を巧みな話術で諭し始めた。

 

「Dクラスの時みたいにボコられることはない。確かBクラスには美少年好きが多いらしいしな」

「それなら確かに問題ないねっ!」

 

 もしかしなくてもアキ君、自分が美少年だと思ってない?

 

「でもお前、不細工だしな……」

「失礼な! 365度どこから見ても美少年じゃないか!」

「5度多いぞ」

「実質5度じゃな」

「とりあえず美少年という言葉の意味を調べてきなさい。話はそれからだよ」

「三人なんて嫌いだっ!」

 

 そう言うとアキ君は目に涙を浮かべながら走り去っていった。

 果たして大丈夫だろうか。どうあがいてもボコられるんだろうけど。

 

「うぅ……私、明日は教室から動くのやめる。絶対に動かない……!」

「ワシらと違って水瀬は重症じゃのう……」

 

 このあと私は空腹を満たすべく島田さんと自分の手作り弁当をたらふく食べ、体力回復のために屋上で寝ることにした。時間はなかったけど。

 あ、それと自身もダメージを受けているのに私を終始介抱してくれた秀吉には近いうちに何かお礼をしようと思う。

 

 

 

 



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第七問

 

「総合科目テストご苦労だった」

 

 あの後、午後のテストも無事に終了。さらに放課後、制服がボロボロになりながらもアキ君は帰還した。あと瑞希が何かを無くしたかのように挙動不審になっていた。

 一体何を無くしたのかな? 私としては帰還したアキ君よりもそっちが気になったよ。

 そして今日……午前をテストに費やし、ついにBクラスとの試召戦争が始まろうとしている。

 

「もうすぐBクラスとの試召戦争が始まるが、殺る気は充分か?」

『おおーーっ!!』

 

 このモチベーションはFクラスだからこそ保てるものかもしれないわね。

 今回は敵を教室に押し込むつもりらしく、開戦直後の渡り廊下での戦いは絶対に負けられないと気合いが入っている。というのも……

 

「が、頑張りますっ!」

『うおおーーっ!!』

 

 前線部隊の指揮を取るのが瑞希だからだ。これ、どっちかと言うと盛り上げ要素だよね。

 ちなみに私はムッツリーニと共に本陣で待機する予定だよ。昨日受けた化学物質のダメージがまだ残ってるからね。ムッツリーニは違うけど。

 そしてこちらの主武器は数学。島田さんが大活躍できるのだ。

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

「野郎共、開戦だ! きっちり死んでこい!」

『よっしゃぁぁぁーっ!』

 

 昼休みの終了を意味するベルが鳴り響くと、代表の雄二と私とムッツリーニを除くほとんどのクラスメイトが狂人のごとく飛び出していった。

 さて、少し暇だな。でも暇潰ししようにもいつ敵がやって来るかわからない。

 

「雄二。寝ていいかな?」

「悪いが我慢してくれ。何が起こるかわからないからな」

「…………見え、見え、見え――ぶっ!?」

 

 とりあえず人のスカートの中を覗こうとしているムッツリーニでも踏んづけて遊ぶとしましょうか。ちょっとイライラするし。

 

「……水瀬。くれぐれもムッツリーニを殺さないように頼む。何か支障があると困るからな」

「やだなぁ雄二。いくら私でも命までは奪わないよ」

 

 そう、命までは。

 

『み、皆さん、頑張ってください!』

『やったるぜぇーっ!』

『姫路さんマジ最高です!』

『結婚してください!』

 

 そんな声が次から次へと聞こえてくる。何というか、信者が増えつつあるね。

 踏んづけていたムッツリーニを隅っこへ蹴り飛ばすと、ほぼ同時に一人の男子生徒が現れた。

 

「失礼する! Fクラス代表はいるか?」

「俺がそうだが……用件は?」

 

 私は雄二をチラ見し、その男子が付けている腕章に目をやる。なるほど、Bクラスの使者か。

 話によれば、Bクラスのキノ――根本恭二は協定を結びたいらしい。彼の性格を考えるとバリバリ裏があるわね。

 雄二はこの提案を少し考えてから了承した。

 

「ムッツリーニ、水瀬。ついてきてくれ」

 

 口ではそう言っている雄二だが、その目は全く違うことを告げていた。

 

『お前は万が一のためにここで待機しててくれ。今日はここから動くつもりはないんだろ?』

『わかった』

 

 一瞬のアイコンタクト。ムッツリーニですら気づかないような素早さでやり取りした私は、雄二に続いて行くように見せかけて教室へと戻った。

 これで一人になってしまったが……まあ大丈夫だろう。しっかし眠い。

 数分後、読み通りとでも言うべきかFクラスでは見ない顔の男子生徒が四人やってきた。

 話の内容を聞く限りはBクラスだろう。でもそれがペンや消しゴムを壊すって……。

 

「なっ!? どうしてお前がいるんだ!?」

 

 最初に現れた男子は私を見て驚きの声を上げ、後ろに控えている三人も声は出していないが顔を驚愕の色に染めている。

 何かしら仕掛けてくるとは思っていたが、まさかこんな幼稚な事だとは予想外だった。

 もちろん、生きて帰――逃がすわけがない。ここで会ったが最期ってやつだ。

 

「ほら、やろうよ――試獣召喚(サ  モ  ン)

 

 連中が動く前に自分の召喚獣を喚び出す。これでどっちにしろ逃げられない。逃げたら戦死者同様、補習室行きになるのだから。

 それに気づいた連中は苦虫を噛み潰したような顔で自分の召喚獣を喚び出してくれた。

 

 

『Fクラス 水瀬楓 VS Bクラス 男子×4

 総合 3500点 VS 1753点

              &

            1832点

              &

            1905点 

              & 

            1586点    』

 

 

 へぇ、さすがはBクラスと言うべきかな?

 

「くそっ! やっぱり点数じゃ勝てないか!」

「でも相手は一人だ」

「ああ、いくら点数が高くても一人じゃ限界がある!」

 

 君達の言うことは最もだ。でもね、それは私以外の誰かだったらの話だよ。

 

「今日は暴れる気になれないから、サクッと終わらせてもらうわ」

 

 召喚獣は背中に納めてあるガリアンソードを抜刀し、鞭状に変形させる。

 

「じゃ、蛇腹剣!?」

「反則だろそれ!?」

 

 それを見た相手の召喚獣は警戒して構えるが、私を相手にそれは間違いだ。

 構えた一瞬を突いて遠距離にも対応できるようになったガリアンソードを何度も振り回し、四人の召喚獣をいっぺんに一蹴して戦死させた。

 見事に戦死した四人は私の召喚獣の装備を見て文句やら何やらを言いまくってくる。

 こういうのを負け惜しみと言うのかな? 正直見ていて見苦しい。

 

「戦死者は補習――っ!」

 

 直後、どこからともなく現れた鉄人によって四人は連行されていった。

 全く、本当に反則なら教師が何かしらの対処をするっての。少し考えたらわかるだろうに。

 

「あれ、楓?」

「アキ君?」

 

 今度は誰かと思ったらアキ君だった。後ろに秀吉と雄二もいる。

 ムッツリーニがいないけど……まあ、裏で暗躍でもしてるのかな。

 

「水瀬。俺がいない間に何か変わったことは?」

「さっきBクラスの連中が補給妨害のために入ってきたから引導を渡しといたよ」

「ふむ、何かしてくるとは思っておったが……」

 

 雄二は「お前を待機させといて正解だった」と言うと、アキ君と秀吉に協定のことを話した。何だかんだでまた瑞希が勝利の鍵なんだね。

 うーん……試召戦争に関する一切の行為を禁止する、というのは引っ掛かるなぁ。

 相手は腐ってもBクラス。さらに腐ったキノコが代表でもDクラスよりは格上。そう簡単に上手くいくとは思えないんだけど……

 

「まあ、念のためにペンや消しゴムの手配はしといたら?」

「おう。今回はお前がいたから阻止できたが、また同じことがあってもおかしくないしな」

 

 さてと、疲れたことだし卓袱台に突っ伏していよう。眠たくて仕方がない。

 

 

 ★

 

 

 あれからさらに数分後、誰かにボコられて気絶したらしいアキ君が運ばれてきた。もう目を覚ましているけど。

 雄二によれば戦況的には一応計画通りとのこと。今は彼がさっき結んできた協定によって休戦中となっている。続きは明日か。

 ただ、被害は少なくなかったようで戦力は結構削がれていた。

 

「…………(トントン)」

「お、何か変わったことはあったのか?」

 

 いつの間にかムッツリーニが雄二のそばに戻っていた。どうやら情報係のようだ。

 彼の報告によると、Cクラスが試召戦争の動きを見せているとのことだった。

 漁夫の利でも狙うのかな、と思ったけどタイミングが良すぎる。なぜならここでCクラスに協定を申し出ればBクラスとの協定が破られてしまう。あの協定の内容にはこうもあった。

 

 試召戦争に関する一切の行為を禁止する、と。

 

「待った雄二」

「ん? どうかしたか?」

 

 すぐにCクラスと協定を結びに行こうとした雄二を引き留める。

 BクラスとCクラスが通じているかまでは確信できない。でも、Bクラスと協定を結んだ矢先に動きを見せたCクラスは明らかに怪しい。

 とりあえず私の推測を雄二に伝える。推測でも頭に入れさせといて損はないはずだ。

 

「なるほどな……わかった。そういうことなら上手くやっておこう。それと秀吉も念の為ここに残ってくれ」

 

 教室には私と秀吉が残ることになった。私は教室から出ない宣言をしているので当然だが、秀吉に関しては万が一の作戦に支障が出るとか。

 アキ君達が出ていったところで、私は秀吉に話しかけた。

 

「秀吉」

「ん?」

「昨日はありがとね」

 

 まずは感謝の言葉だ。効果があったかはわからないが、瑞希の料理によるダメージで生まれたての子鹿みたいになっていた私を介抱してくれた。自身がダメージを負っているにも関わらず。

 秀吉は私の言葉を聞くと軽く微笑んだ。……心なしか頬が少し赤く染まってるようにも見える。

 

「人として当然のことをしたまでじゃ」

 

 まあ、そうなんだろうけど……それにしてはかなり積極的だった気がしないでもない。

 

「今度お弁当でも作ってあげるわ」

「むぅ……そこまでしてもらう必要は……」

「女子からの好意は受け取った方がいいよ?」

「……ではお言葉に甘えようかのう」

 

 商談成立ってとこかな。秀吉の好みがわからないのが問題だが……そこは運に任せましょう。

 

「戻ったぞー」

 

 そう言って教室に入ってきたのはついさっき出ていった雄二達だった。

 皆の様子を見る限り疲労はしていない。ということは――

 

「――罠だったんだね?」

「ああ。お前の推測通りだった」

 

 Cクラスに行ったのはいいが、雄二が口を開きかけたところで教室の奥に根本がいるのをムッツリーニが見つけたことで難を逃れたらしい。

 この日はそのまま解散となった。時間的にも無難だしね。……お茶でも買おう。

 

 

 

 



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第八問

 

「昨日言った作戦を実行する」

 

 翌朝。登校した私達に雄二は開口一番でそう告げてきた。

 まあ、作戦の内容にもよるが私が加わっても問題はないだろう。ようやく全快したし。

 しかし、現在時刻は午前八時半。開戦まであと三十分もある。……ああ、Cクラスか。けど難は逃れている。ということは腹いせね。

 

「秀吉にコイツを着てもらう」

 

 雄二が鞄から取り出したのは女子の制服。つまり秀吉に女装させ、木下優子として活動させるわけか。秀吉の男の尊厳が失われつつあるわね。

 さらにそれを軽く了承する秀吉も秀吉である。少しは抵抗を示すべきだと思う。

 

「秀吉。用意してくれ」

「う、うむ……」

 

 良かった。そんな秀吉でも少しは抵抗があったようだ。

 しかし、何を思ったか彼はこの場で着替え始めた。あーあ、アキ君達が目を離せないと言わんばかりに秀吉を凝視し始めたじゃないか。ムッツリーニに至ってはカメラのシャッターを連写している。……後で買い取ろう。

 秀吉は無事に着替え終えたが、雄二以外の男子は全員複雑な表情になっている。私も男子だったら案外同じ顔になってそうで怖い。

 

「んじゃ、Cクラスに行くか」

「うむ」

 

 雄二が秀吉を連れて教室を出ていき、私とアキ君も慌てて後に続く。

 さてさて、秀吉の演技力というものを見せてもらいましょうか。

 Cクラスの教室の前に着き、立ち止まる私達。ここからは秀吉のターンね。

 

「頼むぞ、秀吉」

「気が進まんのう……」

 

 実の姉に変装して敵を欺く。そりゃ気が乗らないのは当然だろう。

 でもね秀吉。男にはやらなきゃならない時があるんだよ。

 

「そこを何とか頼む。あいつらを挑発して、Aクラスに敵意を抱くよう仕向けてくれ」

「むぅ……しかし――」

「明日お弁当でも作ってあげるから」

「任せるのじゃ」

 

 私の手作り弁当作ります宣言に一変して乗り気になる秀吉。

 ぶっちゃけ半分は適当に言ってみただけなのだが、ここまで効果があるとは思わなかった。

 

「どうせならそれ、僕にも作ってよ!」

 

 黙れアキ君。

 

「秀吉が教室に入るから静かにしろ」

 

 そう言って口に指を当てる雄二。心配ないと思うけどなぁ……念のためか。

 秀吉は目付きを変えると、ガラガラガラと扉を開けてCクラスの教室に入った。

 

 

『静かにしなさいこの汚ならしい豚ども!』

 

 

 そしてこの罵声である。いくら演劇魂が絡んでるからってここまでやる必要性は一体。

 

「さすがだな」

「完璧な挑発だね……」

 

 私達が感心しているうちにも、秀吉はCクラスを遠慮なく罵倒していく。

 もうここまで来ると個人的な事情が含まれてそうな気がする。

 

『私達にはFクラスがお似合いですって!?』

「ごめん二人とも。私あのクラスに用ができたわ」

「待つんだ楓。今ここで君が出たら作戦が台無しになってしまう」

「落ち着け水瀬」

 

 秀吉の罵倒の中には『貴女達には豚小屋がお似合い』というものもあったのだが、Cクラス代表の小山友香はそれをどう受け取ったのかFクラスに例えたのだ。

 あの寝心地の良い卓袱台があるFクラスが豚小屋と同列? 何を考えてるんだあのアマ。確かに環境は褒められたものじゃないが。

 それからも散々Cクラスを罵倒し、靴音を立てながら秀吉は教室から出てきた。

 

「これで良かったかのう?」

 

 確かに良かったけど、なぜ君はそんなにスッキリとした顔になっているのかな? 実の姉に恨みでもあるのだろうか。

 

『Aクラス戦の準備を始めるわよ! Fクラスなんて目じゃないわ!』

 

 無駄にヒステリックな叫びが聞こえてくる。煽りに耐性がないにしてもこれは酷い。

 気づけば開戦まであと十分だったので、私達はすぐに教室へと戻った。

 

 

 ★

 

 

「…………私はまたここで待機なの?」

「悪いな」

 

 今回も私は本陣であるFクラスの教室で待機だ。どうも雄二は私を護衛に置きたがっている。こっちの主武器が理系だったらいいのに……!

 というかこの扱い、首輪に繋がれた番犬を彷彿とさせるのは気のせいだろうか。

 雄二を恨めしく睨んでいると、アキ君が珍しくブチギレながら戻ってきた。

 

「どうした明久。脱走ならチョキでシバくぞ」

 

 いつものように軽い冗談でお出迎えの雄二に対し、ブチギレのアキ君は真剣な表情のままだ。

 アキ君は雄二に話があるらしく、すぐに察したのか雄二も真面目な顔になった。

 

「根本君の制服が欲しいんだ」

「……何があった?」

 

 自分の制服があるのにどうしてキノコの制服が欲しいのだろうか。もしかしてアキ君、そういう趣味に目覚めたとか言わないよね?

 

「勝利の暁にはそれくらい何とかしてやろう」

 

 雄二もそれをあっさりと受け入れた。まるでアキ君にはもうその手の趣味があると言った返答である。いやないけどさ。

 次にアキ君は瑞希を戦闘から外してほしいと言ってきた。理由は言えないようだ。

 ……これは二日前に見た瑞希の挙動不審が関係してるかな?

 

「頼む、雄二!」

 

 どうしても瑞希を外したいアキ君は雄二に頭を下げていた。

 この真っ直ぐさは詳しい事情のわからない私でもわかる、アキ君の良いところだ。

 雄二はこれを了承したが、条件として瑞希が担う予定だった役割をアキ君がやることになった。そこで私を投入すれば良いんじゃ、とも思ったがアキ君の事情を考えると出しゃばれない。

 

「やってやる。絶対に成功させるよ!」

「良い返事だ、明久」

「それで、僕は何をすればいいのかな?」

「タイミングを見計らって根本に奇襲を仕掛けろ。方法は何でもいい」

「皆のフォローは?」

「ない――いや、かなり暇になっていた水瀬を貸そう。だがBクラス教室の出入り口は今の状態のままだ」

「……難しいね」

 

 いやちょっと待ってよ君達。さらっと人を物扱いするのやめてくれない?

 

「楓。身勝手な話だけど、僕のわがままに協力してほしい」

 

 アキ君が真剣な表情のまま私の方に振り向き、雄二の時と同じく頭を下げる。

 こんなにマジなお願いを断ろうなど無下にもほどがある。答えなど決まっているのだ。

 

「……しくじったら引導を渡すからね?」

「上等!」

「それじゃ、上手くやれよお前ら」

 

 頭を上げてこれまた良い返事をするアキ君をよそに、雄二が教室から出ようとしていた。Dクラスに例の指示を送るようだ。

 雄二は珍しくアキ君への信頼を言い残すと、今度こそ教室を後にした。

 アキ君の秀でている部分か……私に言わせればさっきのバカ正直な真っ直ぐさかな。しかし、アキ君の考えは違っていたようだ。

 

「……痛そうだなぁ」

 

 そう言えば私の秀でている部分はなんだろうか。学力? 身体能力? 考えてみるとわからないものね。まあ、個人的にはこの異様に長い前髪を選ばせてもらおう。

 あの貞子ほど長くはないが、目元が完全に隠れるほどには長かったりする。そのせいで男子からの人気は微妙なものになっており、一部では素顔がどうなっているかで議論中らしい。

 

「――よっしゃ! あの外道に目に物見せてやる!」

 

 そんなことを考えているうちに、アキ君は何かを決心していた。

 

「楓。Dクラスの教室付近にいる敵を殲滅して」

「お任せあれ」

 

 アキ君の指示を受け、Dクラス付近をうろついていた敵を召喚獣で次々と戦死させていく。

 充分に点数を補給できていない私にできることはこれだけだ。後はアキ君次第。

 すると三分も経たないうちにアキ君が島田さんと男子二人を連れて戻ってきた。

 

「掃除は終わったよ。後はよろしく」

 

 

 ★

 

 

「お前らもいい加減に諦めろよ。昨日からずっと教室の出入り口に人を集めやがって。暑苦しいっての」

「軟弱なBクラス代表様もそろそろギブアップか?」

 

 あのあと、すぐに雄二と合流した私は正面にいるBクラス代表の根本恭二――正確には、彼のズボンのポケットを凝視していた。

 一瞬見えたのだが、ピンクの手紙のようなものを隠していたのだ。男子である根本があんなものを持つ理由がない。となれば、あれは多分瑞希が探していたもので間違いないだろう。大方、彼女が落としたところを奴が拾った。そしてあれを使って瑞希を無力化したんだ。だからアキ君は戦力としては使えなくなった彼女を外した。

 これでアキ君が珍しくブチギレていた理由がわかった。確かに作戦としては充分なものだが、人を怒らせるにも充分なものだったわけだ。

 

「はぁ? ギブアップするのはそっちだろ?」

「無用な心配だな」

 

 さっきから凄い音が隣のDクラスから聞こえてくるが、おそらくアキ君によるものね。

 音は小さくならずに少しずつ大きくなっており、気のせいか揺れも感じる。

 

「……さっきから壁がうるさいな」

 

 ここまで来るとさすがの根本も怪しみ始める。もう遅いけどね。

 雄二はキリのいいところで私と部隊を一旦下がらせ、

 

「あとは任せたぞ、明久!」

 

 と呟く。

 

 

「だぁぁーーっしゃぁぁーっ!!」

 

 

 それと同時に、アキ君が召喚獣で豪快な音を立てて壁を破壊。その姿を現した。

 これには根本どころか私も驚きざるを得ない。召喚獣を使ったとはいえ、本当に壁を破壊するバカがいるなんて。

 

「くたばれ根本恭二ぃーっ!」

 

 壁の向こうからアキ君達が根本を討つべく駆け寄るも、まだ残っていた近衛部隊に阻まれてしまった。しかし、作戦自体は成功と言える。

 完全に虚をついた形で、並外れた行動力を持つ保健体育の教師が、一人の生徒と共にロープを使って開け放たれた窓から入ってきたのだ。

 もちろんその生徒は――

 

「…………Fクラス、土屋康太」

 

 我らがムッツリーニだった。

 ムッツリーニは丸裸になった根本に保健体育で勝負を申し込む。退路は絶たれたのだ。

 

 

『Fクラス 土屋康太 VS Bクラス 根本恭二

 保健体育 441点 VS 203点     』

 

 

 彼の召喚獣は装備の小太刀で、根本の召喚獣を一撃で葬り去る。

 そして、二日間にも渡ったBクラスとの試召戦争は終結したのだった。

 

 

 

 




 バカテスト 保健体育

 問 以下の問いに答えなさい。
『女性は( )を迎えることで第二次性徴期になり、特有の体つきになり始める』



 姫路瑞希の答え
『初潮』

 教師のコメント
 正解です。


 吉井明久の答え
『明日』

 教師のコメント
 随分と急な話ですね。


 水瀬楓の答え
『死』

 教師のコメント
 遅すぎます。


 土屋康太の答え
『初潮と呼ばれる、生まれて初めての生理。医学用語では生理のことを月経、初潮のことを初経という。初潮年齢は体重と密接な関係があり、体重が43㎏に達する頃に初潮を見るものが多いため、その訪れる年齢には個人差がある。日本では平均十二歳。また、体重の他にも初潮年齢は人種、気候、社会的環境、栄養状態などに影響される』

 教師のコメント
 詳しすぎです。




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第九問

 

「随分と大胆な行動に出たのう」

「ま、それがアキ君の取り柄だから」

 

 終戦後。まず私は秀吉と共に壁をぶち壊したアキ君に称賛の言葉を送っていた。

 当のアキ君は召喚獣との感覚の共有によるダメージでちょっと悶絶している。フィードバックって言うんだっけ、これ。

 秀吉はアキ君らしい作戦と言ったが、実際その通りすぎて何にも言えない。

 ……この場合、遠回しにバカとも言えるけど。

 

「さて、戦後対談といこうか。負け組代表?」

 

 負けたショックのあまりか、さっきまでの強気な態度が嘘のように大人しく床に座り込んでいる根本。あれだけ威張っといて負けたんだから当然の結果だね。

 もちろん対談の内容は、Dクラスの時と同じく条件を呑めば設備の入れ替えを免除するというもの。とってもわかりやすい。

 

「……条件はなんだ?」

「それはお前だよ」

「俺?」

 

 ここで私は思い出す。ブチギレたアキ君が最初に要求した物を。

 根本の制服……なるほど。雄二は彼の制服を何らかの形で脱がすつもりだ。なんせズボンのポケットに瑞希の手紙――多分ラブレターが入っているのだから。

 好き勝手やってきただの目障りだのと雄二に散々言われる根本。だが、そんな彼をフォローする者はいない。人望の無さがモロに表れてるね。

 

「Aクラスに準備が出来ていると宣言してこい。ただし、宣戦布告はするな。その意思と準備があるとだけ伝えるんだ」

「……それだけか?」

「ああ。Bクラス代表であるお前がコレを着て、言った通りに行動したらの話だがな」

 

 雄二が取り出したのはさっき秀吉が変装のために着ていた女子の制服だった。

 根本恭二は今回、敗北と共に女装という未知の体験をすることになったわけだ。

 

「ふ、ふざけたことを言うな! この俺がそんなことするわけ――」

『Bクラス全員で実行する!』

『任せろ! 全力で着せてみせる!』

『そんなことで教室を守れるならやるに越したことはないな!』

 

 これほど手のひら返しという言葉を体現したものを、私は見たことがない。

 

「寄るな変たぐふぅっ!」

「黙らせました」

「お、おう。ありがとう」

 

 一瞬で代表を見限ったうちの一人が、根本の腹部に拳を打ち込んだ。これにはさすがの雄二も少し引いているように見える。

 ぐったりとした根本にアキ君が近づき、彼の制服を脱がせていく。

 いくら目的の物がそこにあるとはいえ、もう少しマシな方法はなかったのだろうか。

 

「うぅ……」

「ていっ!」

「がふっ!」

 

 根本は呻き声を出すことすら許されなかった。

 

「これ、どうやって着せたらいいのかな?」

 

 女子の制服を持って困り果てるアキ君。ま、いつも着てる男子の制服とは違ってやり方がわからないんだな。仕方のないことだ。

 するとBクラス女子の一人が代わりにやってくれることになった。良かったねアキ君。

 

「どうせなら可愛くしてあげてよ」

「それは無理。最初から土台が腐ってるから」

 

 それには同意するが、堂々と言う辺り何かしらの恨みでも持ってそうだね。

 アキ君はさりげなく根本の制服をかっさらうと、ズボンのポケットから手紙を取り出して用済みになった制服をゴミ箱へダストシュートした。

 さて、暇になったので秀吉にでも話しかけるとしましょうか。

 

「秀吉。私達はどうする?」

「ひとまず教室に戻るかのう」

「そだね。早く寝たいし」

 

 やることがなさすぎる。あるとしたら卓袱台で睡眠を取るくらいか。

 

 

 ★

 

 

「さすがは瞬間接着剤。あっという間に修理完了!」

「貸し一つだから。それを忘れないで」

 

 翌日。私が持参した瞬間接着剤でアキ君は壊れていた卓袱台の脚を修理していた。

 DクラスとBクラスに苦労して勝ったというのに支給品のレベルアップすらないと嘆き始めたアキ君を見かね、瞬間接着剤をあげたのだ。

 これくらい自分で買えと言いたいが、彼の生活面を考えると無理な話だろう。

 

「なんだお前、修理するほど卓袱台が好きだったのか?」

「そんなわけないじゃないか。それはむしろ楓の方だよ!」

 

 そう言ってアキ君が左手で卓袱台を叩くと、その上に置いてあった瞬間接着剤が秀吉の元へと吹っ飛んだ。

 なんてことを……あれ高かったのに! 絶対に弁償させてやるからね、アキ君。

 

「ん? あれ? ……左手が卓袱台にくっ付いてるぅぅぅぅ!?」

 

 ああ……卓袱台を叩いた際に瞬間接着剤も一緒に叩いてしまったのか。

 卓袱台と一心同体になってしまったアキ君は、どうやっても取れない卓袱台に一人立ち往生し始めた。見ていて面白い。

 

「明久は放っといて、今日も屋上で食うか」

 

 昼休みということもあって今回も屋上で昼飯を食べることになった。

 念のために確認するとメンバーは私、雄二、秀吉、ムッツリーニ、島田さん、そして未だに立ち往生しているアキ君の六人。要は瑞希がいないことを除けばいつものメンバーだ。

 瑞希は勉強に集中しているようでとても話しかけられる雰囲気じゃない。

 

「ほらアキ君。身体の一部と立ち往生してないで、さっさと屋上に行くわよ」

「身体の一部じゃない! 瞬間接着剤でくっ付いてるからそう見えるだけなんだ!」

 

 訳のわからないことを叫ぶアキ君の首根っこを掴み、引きずりながら雄二達の後を追って屋上へ到着する。今日もいい天気ね。

 

「遅かったな水瀬」

「ちょっと人型の卓袱台を持ってくるのに苦戦してね」

「さらっと僕を卓袱台として扱わないでよ」

 

 卓袱台もといアキ君がなんか言ってくるけど気にしない。

 アキ君の左手にくっ付いた卓袱台を遠慮なく使うことになった。これはいいわね。

 

「あ、そうだ秀吉」

 

 昨日、作戦を見事成功させた秀吉に約束通り手作り弁当を差し出す。

 最初はとても嬉しそうに受け取ろうとしていたのだが、隣に座っていた雄二にニヤニヤされ珍しく動揺しながら受け取った。

 これで貸し借りはなしだ。私も弁当を食べるとしますか。

 

「そう言えば、Aクラス代表の霧島翔子には妙な噂があるのじゃ」

 

 いきなり秀吉が口を開いたかと思えば翔子の名前を出してきた。

 

「噂?」

「うむ。成績優秀、才色兼備。かなりの美人なのに周りには男子が一人もおらんという話じゃ」

「そうなの? モテそうなのに」

「噂では、男子には興味がないらしい」

 

 やはりそれか。霧島翔子は男子には興味がなく、それ故に同性愛者ではないかという噂。

 その考えにたどり着いたのか、アキ君とムッツリーニは否定しながらもカメラの準備を始めた。ムッツリーニに至っては望遠鏡並みに長いカメラを用意している。どこに隠していたのかな?

 

「そ、それって変だよ。そんなことがこんな身近にあるわけないじゃない。ねえ、島田さん」

「……ある。そんな変な子、身近にい――」

「見つけました! お姉様!」

 

 突然縦ロールをツインテールにした女子生徒が現れて島田さんに飛び付いたんだけど。

 

「あ、あの子はDクラスの――」

「み、美春!?」

「酷いですお姉様! 美春を捨てて、汚らわしい豚共とお食事だなんてー!」

 

 なんか百合の気配がしてならない。さすがにこれは近づきたくないなぁ。

 それにしてもあの子……誰? アキ君がDクラスの子だと言いかけたからDクラスとの試召戦争の際にいたんだろうけど……

 

「ムッツリーニ。あの子誰?」

「…………二年Dクラス、清水美春」

 

 そうか、あの子は清水美春というのか。どっかで見たことがある気がしないでもない。試召戦争の時には会わなかったけど。

 島田さんは必死に彼女を引き離そうとするが、磁石でも貼ってあるのか全く離れない。

 

「ウチは普通に男子の方が好きなのにー! 吉井! お願いだから何とか言ってやって!」

「そうだよ清水さん。女同士なんて間違ってる」

 

 アキ君。左手に卓袱台をくっ付けた状態で真面目に語っても説得力に欠けるよ。

 

「確かに島田さんは、見た目も性格も、胸のサイズも男と区別が付かないくらいに四の字固めが決まってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「ウチはどう見ても女子でしょ!?」

「そうです! 美春はお姉様を女性として愛してるんですぅーっ!」

「…………見え、見え、見え……!」

 

 一瞬にして屋上がカオスな空間と化した。

 口が滑ったアキ君に島田さんと清水さんが関節技を極め、ムッツリーニが清水さんのスカートの中を堂々と覗こうとしているのだ。

 助けを求めるあまり、アキ君は島田さんに何でも言うことを聞くと言ってしまった。

 

「ほんとに!? それじゃあ今度の休み、駅前の『ラ・ペディス』でクレープ食べたいな~」

「え? そんな、僕の食費――」

「あぁ?」

「ぐあぁぁぁーっ!? い、いえ、奢らせていただきますーっ!」

 

 アキ君の食費がさらにピンチになった瞬間であった。……今日の晩飯はパエリアね。

 

「それと今度からウチのことを『美波様』って呼びなさい! ウチはアンタのことを『アキ』って呼ぶから!」

「はい! み、美波様!」

 

 さりげなくアキ君との距離を縮めようとする島田さん。それを普通にやればいいのに。

 まあ、ツンデレな彼女だからこそこういうやり方になってしまうんだね。

 まだアキ君に要求があるらしい島田さんは、頬を赤く染めながら意を決したように口を開く。

 

「う、ウチのことを、あ、愛してるって言ってみて!」

 

 遠回しに告白しろ、と言ってるようなものだった。ちょっと大胆だね。

 助かれば何でもいいと思ったのか、アキ君は何の躊躇いもなく言おうとする。

 

「させませんっ!」

「うぐおぁっ!?」

「…………見え、見え、見え……!」

 

 それを阻止するため、さらに強く関節技を極める清水さん。

 もうやめてあげて。そろそろアキ君の身体がメキメキと悲鳴を上げるどころか、関節が増えて未知の骨格になってしまいそうだから。

 ムッツリーニはスカートの中を覗く暇があるなら止めるべきだと思う。

 

「さあっ、ウチのことを愛してるって言いなさい!」

「は、はいっ! ウチのことを愛してるって言いなさい!」

 

 これは酷い。私と雄二と秀吉は呆れたような視線をアキ君に向けた。ムッツリーニは未だに島田さんのスカートの中を覗こうとしているが。

 ……後で応急処置でもしてあげよう。島田さんもだけど、アキ君も不憫だ。

 

「こんの、バカァァァァーッ!!」

「アーッ!! も、もうダメアーッ!!」

 

 怒った島田さんはフルパワーで関節技を極めたのだった。

 

 

 ★

 

 

「死ぬかと思った……」

「アキ君。集中して」

 

 私は関節技から解放されたアキ君の左手にくっ付いた卓袱台を破壊することになった。

 ちなみに清水さんは満足でもしたのか悠々と立ち去っていった。

 しかし、これはこれで危ない。下手をすれば彼の左腕が大変なことになる。

 

「た、頼むよ? 本当に頼むよ?」

 

 アキ君の怯えるような呟きを無視するように構え、腰と両脚に力を入れて――

 

「――アタァッ!」

 

 ちょっとした掛け声を出して彼が突き出していた卓袱台をハイキックで破壊した。

 粉々になる卓袱台(の破片)を見て複雑な気持ちになってしまう。寝心地良いのに……。

 

「見事なものじゃのう」

「まったくだ」

「…………流麗」

「今度教えてもらおうかな……?」

 

 四人からそれぞれコメントが送られる。悪いけど島田さん、教えるのは無理だから。

 唯一コメントがなかったアキ君は左手を押さえて涙目になっていた。……そんなに痛い?

 

「ふぅ……教室に戻ろうか」

 

 私のその一言に、皆は頷いてくれた。今日もまた無駄に疲れたなぁ……眠い。

 その日は酷い目に遭いすぎたアキ君のためにパエリアを作ってあげたのだった。

 

 

 

 




 バカテスト 生物

 問 以下の問いに答えなさい。
『人が生きていく上で必要となる五大栄養素を全て書きなさい』



 姫路瑞希の答え
『①脂質 ②炭水化物 ③タンパク質 ④ビタミン ⑤ミネラル』

 教師のコメント
 さすがは姫路さん。優秀ですね。


 吉井明久の答え
『①砂糖 ②塩 ③水道水 ④雨水 ⑤湧き水』

 教師のコメント
 それで生きていけるのは君だけです。


 土屋康太の答え
『初潮年齢が十歳未満の時は早発月経という。また、十五歳になっても初潮がない時を遅発月経、さらに十八歳になっても初潮がない時を原発性無月経といい……』

 教師のコメント
 保健体育のテストは一時間前に終わりました。


 水瀬楓の答え
『①脂質 ②炭水化物 ③タンパク質 ④ビタミン ⑤ミネラル
 この中でも炭水化物は最も多く必要とされる栄養素であり、それ以外がほとんど含まれていない砂糖の摂取量は全エネルギーの10%未満にすべきだと言われている。また、脂質に該当される肉や魚などに含まれるコレステロールの摂取目標量の上限は成人男性で1日当たり750㎎、成人女性で600㎎であり、摂取目標量の下限はない』

 教師のコメント
 一瞬土屋君が二人いるのかと錯覚してしまいました。




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第十問

 

「まずは皆に礼を言いたい。俺達Fクラスがここまで来れたのは、他でもない皆の協力のおかげだ。感謝している」

 

 いよいよAクラスと戦うところまでたどり着いた私達Fクラスは、らしくない雄二の感謝の言葉と最後の作戦の説明を聞いていた。

 あの雄二が素直にお礼を言うなんて普通ならあり得ない。アキ君もその事には驚いている。まあ、いつも扱いが雑だったもんね。

 それにしてもFクラスがよくここまで来れたと率直に思うよ、私も。

 

「ここまで来れたんだ。絶対Aクラスにも勝ちたい。勝って、勉強だけじゃないって教師どもに思い知らせてやるんだ!」

 

 久々に皆のモチベーションが叫び声として表れる。何だかんだで気持ちは一つだ。

 そして雄二は、昨日私達に説明した一騎討ちの案を発表した。

 もちろん教室中がざわめき、それを雄二が落ち着かせる。

 

「やるのは俺と翔子だ」

 

 これは決定事項だ。Aクラス代表の霧島翔子とFクラス代表の坂本雄二。つまり代表同士の一騎討ちである。

 翔子は一度覚えたことを絶対に忘れないほど記憶力がずば抜けている。完全記憶能力の類いだと疑われても違和感がないレベルだ。真っ向からやり合えば雄二なんて瞬殺だろう。

 

「馬鹿の雄二が学年首席の霧島さんに勝てるわけなぁぁっ!?」

「次は耳ぃぃぃっ!?」

 

 本音を口に出してしまったアキ君に雄二がカッターを投げつけ、それを後ろでキャッチした私が雄二の耳目掛けて投げつけた。

 何というか……今回は特に理由もなくやってしまったわ。

 

「……ま、まぁ、明久の言う通り翔子は強い。まともにやり合えば勝ち目はないといっていい」

 

 そこで認めるならカッターを投げた意味を教えてほしい。

 

「だが、それはDクラスやBクラスも同じだったはずだ。まともにやり合えば負けていた」

 

 何の策もなしにやり合えば負けるのはほぼ確定だったのだ。しかし、現に私達はこうして勝ち進んできている。

 今回も勝ち目がないのは同じである。だが、雄二はそんな現状を覆してクラスを勝利に導いてきた。否定する者は誰もいない。

 

「俺を信じて任せてくれ。かつて神童と言われた力を見せてやる!」

 

『おおぉぉぉーーーっ!!』

 

 全員、覚悟は決まったようだ。クラスの誰もが雄二を信じている。

 具体的な一騎討ちのやり方はフィールドを限定し、教科は日本史で挑むとのこと。内容も小学生レベル、方式は百点満点の上限あり。純粋な点数勝負になるわね。

 この場合、満点が前提になるから学力よりも注意力が優先される。たった一つのミスが敗北に繋がるというのもあり得るのだ。

 ……そう言えば、翔子はある問題を間違えて覚えていたわね。

 

「雄二」

「なんだ水瀬」

 

 これが正しければ、確かに雄二でも充分に勝ち目はある。

 

「彼女は日本史のある問題を絶対に間違える、とかだったり?」

「……その通りだ」

 

 雄二が冷静ながらも驚きの声を上げる。無理もないわね、自分と翔子だけが知っていることを第三者の私が知っているのだから。

 私がこの事を知ったのは本当に偶然だ。去年、暇潰しに翔子と日本史の復習をしていた時に間違えた答えが書いてあった。遠回しに確認もしたが訂正しようとはしなかったんだよね。

 

「して水瀬よ、その問題とは何なのじゃ?」

「『大化の改新』」

 

 秀吉にそう答えてから「だよね、雄二?」と確認を取る。彼も否定することなく頷いた。

 

「誰が何をしたのか説明しろ、とか? でも小学生レベルの問題で出てくるとは思えないし……」

「何年に起きた、とかかのう?」

「ビンゴだ秀吉。その年号を問う問題さえ出たら俺達の勝ちだ」

 

 翔子はその年号――大化の改新が起きた年号を正解の645年ではなく、625年と覚えてしまっている。大方、小学校時代の雄二が無事故の改新と掛けて覚えさせたんだろう。神童の数少ない穴であり、今回の突破口だ。

 ちなみにアキ君は以前、この問題を『()()()ウグイス、大化の改新』と覚えていた。だけど正解は『鳴くよウグイス、平安京』である。

 

「大化の改新が起きたのは645年だ。これは明久ですら間違えない」

「あはは……」

 

 私に指摘されるまで間違えていたとは口が裂けても言えないよね。

 

「だが翔子は確実に間違える。そうすれば俺達の勝ちが決定。晴れてこの教室とはおさらばだ」

 

 おさらばか……ちょっと寂しいなぁ。この卓袱台、結構気に入っているのに。

 しかし、ここまで来ると二人の関係性がどうなっているのか皆は知りたいはず。

 

「坂本君」

「ん?」

「霧島さんとは……仲が良いんですか?」

 

 ついに瑞希が聞いてしまった。やはり皆も気になってはいたらしく、絶対に聞き逃すまいと耳を傾けていた。一応、アキ君も含まれている。

 

「アイツとは幼馴染みだ」

「総員狙えぇぇっ!!」

「なぜ須川の号令で皆が一致団結して上履きを構えるんだ!?」

 

 引き金を引いた雄二に殺してやると言わんばかりに声を上げたのは須川だった。アキ君は苦笑いするだけで傍観を決め込んでいるようだ。

 まあ、ここでアキ君が動けば私との関係を暴露されるはずだしね。仕方ないよ。

 

「黙れ男の敵! Aクラスの前にキサマをあの世に送ってやる!」

「俺が一体何をした!?」

「遺言はそれだけか? ……待て横溝。靴下はまだ早い」

「了解です隊長」

「それを言うならお前ら、明久と水瀬も幼馴染みだぞ!?」

 

『何ぃぃぃっ!?』

 

 あ、バレた。

 

「おのれ雄二! キサマ僕を道連れにするつもりだな!?」

「当たり前だ! お前だけ大人しく逃げられると思ったら大間違いなんだよ!」

 

 二人は怒り狂うクラスメイトなど眼中にないのか、軽い言い争いから軽い取っ組み合いへと発展させていく。面白いわね。

 そんな状況なのに、瑞希は勇気を出してアキ君に話しかけた。

 

「よ、吉井君」

「何、姫路さん? 今ちょっと忙し――」

「吉井君は楓ちゃんじゃなくて、霧島さんが好みなんですか?」

 

 好みの話か。確かアキ君の好みは――

 

「そりゃあ美人だし」

 

 君は美少女なら誰でも良いというのか。それなら瑞希や島田さんもいるでしょうが。

 というか瑞希。君はなぜに私の名前を出したのかな? 幼馴染み=好みとでも思ったの?

 

「なんで姫路さんは僕に向かって構えているの!? それと美波、どうして君は教卓なんて危ないものを僕に投げようとしているの!?」

 

 昨日の屋上に匹敵するほどカオスな空間と化していく教室内。

 それに待ったを掛けたのは秀吉だった。さすがに冷静である。

 

「冷静に考えるが良い皆の衆。あの霧島翔子じゃぞ? いくら幼馴染みとはいえ男である雄二に興味があるとは思えん」

 

 その言葉を聞いて納得したのか、クラスメイトは落ち着き始めた。

 次に皆の視線はなぜか瑞希に向けられていた。彼女が一体何をしたというんだ。あと島田さんはどうした、島田さんは。

 

「とにかく、俺と翔子は幼馴染みで、小さな頃に間違えた答えを教えてしまったんだ。アイツは一度覚えたことは絶対に忘れない」

 

 まさに完全記憶能力。そうとは決まっていないが、断言しても問題はないレベルだ。

 でも今回、その記憶力の良さが突破口にされるとは思いもしないだろう。

 

「俺はそれを利用して勝つ。目指すは――」

『システムデスクだ!』

 

 そこまで欲しくはないなぁ、システムデスク。

 

 

 ★

 

 

「一騎討ち?」

「ああ。FクラスはAクラス代表に一騎討ちを申し込む。試召戦争としてな」

 

 もはや恒例となった宣戦布告。

 今回は代表である雄二を始め、私、アキ君、瑞希、秀吉、ムッツリーニとFクラスの首脳陣と言ってもいいメンバーでAクラスに来ている。

 それに対し、雄二と交渉のテーブルについているのは霧島翔子――ではなく、木下優子。秀吉の双子の姉だ。違いなどヘアピンの位置と……アレがあるかないかぐらいだろう。

 木下さんは訝しみながらも少しずつ話を進めていく。どうやらCクラスとの試召戦争は半日ほどで決着がついたらしい。

 

「Bクラスとやり合う気は?」

「それって……昨日来ていた()()……」

「そう、アレが代表のクラスだ。宣戦布告はされていないようだが」

 

 試召戦争の決まりの一つとして準備期間というものがある。簡単に言えば戦争に負けたクラスは三ヶ月間、自ら戦争を申し込めなくなるのだ。何でも試召戦争の泥沼化を防ぐための処置らしい。

 BクラスやDクラスとの戦争は対外的に『和平交渉にて終結』ということになっているため、両クラスをけしかける事だって可能である。

 

「うーん……その提案、受けるわ。代表が負けるなんてあり得ないからね」

「え? 本当に?」

 

 雄二が少し脅迫じみた事を言うと、意外にもあっさりと受けてくれた。さすがのAクラスも、女装趣味の代表がいるクラスと戦争するのは生理的に無理があるみたいね。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。木下さんが一騎討ち五回を提案してきたのだ。先に三回勝った方の勝ちというシンプルなものだが、こうなるとこっちの勝率は低下してしまう。

 

「こっちから姫路が出てくるのを警戒しているんだな?」

「うん。でも、それだけじゃない。あなたもわかってるでしょう?」

「……水瀬か?」

「ええ――代表が一番警戒しているもの」

 

 木下さんが私を睨みながらそう答える。まさかあの翔子がそこまで私をマークするなんてね……さすがに予想外だよ。

 雄二は自分が出ると言うも、木下さんがその言葉を鵜呑みにしなかったので一騎討ち五回という条件を呑むこととなった。

 今度は勝負する内容はこっちで決めるという雄二の案に木下さんが悩んでいると、どこからともなく代表の霧島翔子が現れた。

 

「……その提案を受けてもいい」

「いいの代表?」

「……でも、条件がある」

 

 翔子は瑞希をじっくりと観察し、顔を雄二に向けて口を開く。

 ――その際、翔子が私を睨んでいたのは気のせいだと心底思いたい。

 

「……負けた方は何でも一つ言うことを聞く」

 

 それを聞いて勘違いしたムッツリーニがカメラの準備を始めた。落ち着きなさい。

 負ける気満々なムッツリーニをアキ君が止めている間に、木下さんの妥協案が得られた。

 勝負内容は五つの内、三つだけ選ばせてくれるというものである。

 交渉は成立、勝負する時間も決まったところで翔子が私に声を掛けてきた。

 

「……楓」

「何かな?」

「……あなただけは、絶対に勝たせない」

 

 どういう意味だ? 確かに科目次第で私に勝つことはできる。それに私が負けたところでFクラスの敗北が決まるわけじゃない。

 私はしばらくの間、その事で頭がいっぱいになっていた。

 

 

 

 



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第十一問

 

「両名とも準備は大丈夫ですか?」

「ああ」

「……問題ありません」

 

 学年主任の高橋先生が立会人を務める中、とても広いAクラスを会場にそのAクラスとの試召戦争が始まった。

 Aクラスの一番手は木下優子のようだ。対するこっちの一番手は秀吉。

 姉弟対決か……互いに弱点を知り尽くしている以上、実力の差が出ちゃいそうな気がする。

 

「ところで秀吉。Cクラスの小山さんって知ってる?」

「はて? 誰のことかわからんぞい」

 

 あ、これはヤバイかもしれない。木下さんが言っているのは前に秀吉が彼女に変装して散々罵倒しまくった小山友香のことだ。

 秀吉は木下さんの殺気に気づかず、言われるがままに廊下へ連行されてしまった。

 

『姉上っ! 待つっ……! その関節はそっちに曲がらなっ……!』

 

 どうも廊下で秀吉が木下さんに関節技を極められているような気がしてならない。

 

「ふぅ……秀吉は用事ができたから帰るらしいわよ。で、代わりの人は?」

「い、いや――」

「私がいくよ」

 

 すかさず彼女と対峙する。ハンカチで返り血を拭う酷い姉を成敗してやるんだ。

 木下さんはにこやかな笑顔から一変。強敵と対峙したかのように真剣な顔になった。

 

「科目は――」

「数学でお願いします!」

 

 私の無気力な声を阻み、木下さんが焦るように科目を選択する。不味い。これは本気で不味い。

 雄二とアキ君もしてやられた、という顔になっている。本当にしてやられたよ。

 

「では、始めてください」

試獣召喚(サ  モ  ン)!」

「……チッ、試獣召喚(サ  モ  ン)

 

 今ほど焦ったことはない。なんせ――

 

 

『Aクラス 木下優子 VS Fクラス 水瀬楓

  数学  376点 VS 100点    』

 

 

 ――数学は私の唯一の苦手科目なのだから。

 

「代表はあなたに言ったはずよ。絶対に勝たせないって」

 

 あの言葉はそういう意味だったのか。多分Aクラスは私を最大の脅威として認識している。だからこそ、こうして最優先で排除しに来たのだ。

 西洋鎧とランスを装備した木下さんの召喚獣に対し、私の召喚獣の装備は黒のロングコートにガリアンソード。防具に差があるわね。

 一気に決着をつけたいのか、彼女の召喚獣はランスを構え突撃してきた。私はそれが掠りもしないように召喚獣をジャンプして避けさせ、着地するまでにガリアンソードを鞭状に変形させて何度か振り回す。

 

「……ッ!」

 

 振り回された剣は木下さんの召喚獣を斬りつけていくも、点数に差がありすぎてダメージがほとんど通らない。

 木下さんの――敵召喚獣は立ち止まってこちらを捕捉し、再び突撃してくる。今度は召喚獣を右へ動かし、敵召喚獣が隙だらけになったところで何度も斬って殴らせた。

 猪みたいに突撃しかさせない辺り、彼女も例に漏れず、召喚獣の操作には慣れていないようだ。

 

「この……っ!」

 

 突撃しかしてこない召喚獣など怖くはない。全部避けて全部当てるだけよ。

 お次は左に動かして少し距離を取らせ、再び鞭状に変形させたガリアンソードを振るわせる。

 それからも攻撃が当たらないように召喚獣を動かし、避けさせると同時に攻撃させるという緻密な無限ループが続いた。

 

「しぶといわね……っ!」

 

 

『Aクラス 木下優子 VS Fクラス 水瀬楓

  数学  105点 VS 100点    』

 

 

 攻撃が全く当たらないせいか、木下さんは苦々しい表情になっている。しかし、精神的疲労の大きい私にとってはどうでもよかった。点数で負けている以上、操作技術で対抗するしかないのだ。

 少し慣れたのか、敵召喚獣はフェイントを入れながら突撃してきた。私の召喚獣はそれをバックステップで回避しガリアンソードを振るうも、無理に攻撃したために体勢を崩してしまう。

 

「っ!? しま――」

「そこっ!」

 

 その隙を木下さんは見逃さず、全てを掛けているかのような一撃を彼女の召喚獣は放ってきた。

 私の召喚獣はなす術もなくこれを食らってしまい、胸元をランスを貫かれて倒れる。

 

「……ま、まず、Aクラスが一勝ですね」

 

 私と木下さんの勝負に見入っていたのか、ハッと我に返った高橋先生がノートパソコンを操作する。そして、近くにあった大きなディスプレイに勝負の結果が表示された。

 

 

『Aクラス 木下優子 VS Fクラス 水瀬楓

  数学   WIN       DEAD』

 

 

 勝手に殺さないでほしい。

 

「疲れた……」

 

 悔しいことに変わりはないが、それ以上に疲れたので力なくFクラス陣へと戻る。

 途中でAクラス陣の方へ振り向くと、プライドの高そうな木下さんがガッツポーズしているのが見え、さらに小声で『やった……!』とか言ったのを私は聞き逃さなかった。

 

「ごめん。見ての通りだよ」

「……いや、あの点数差でよく互角に渡り合えたな」

「楓。まだ百点の域を越えられないの?」

「お黙り」

 

 雄二は呆気に取られながらもしっかりとした声で返事し、アキ君は私の数学の点数を見て変わってないと軽く非難してきた。

 後で秀吉に謝らなければ……良いところまでいったのに敵、取れなかったし。

 

「楓ちゃん。お疲れ様でした」

「ん~」

「……なんでウチにもたれ掛かってんのよ」

 

 だって今、島田さんにできることと言えばこれくらいよね? 一騎討ちのメンバーは事前に決まってたんだから。

 島田さんにもたれながら次の勝負を観戦する。向こうの二番手は佐藤美穂という女子生徒のようだ。理系かな?

 こちらの二番手は皆ご存じ、アキ君こと吉井明久。雄二は一体何を考えているんだ。

 

「俺はお前を信じている」

「私も信じてるよ、アキ君」

 

 パッと頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。嘘は言ってないから大丈夫のはず。

 アキ君は佐藤さんと対峙すると、科目選択で比較的得意な世界史を選んでたった一言だが、自信満々にこう告げた。

 

「実は僕――左利きなんだ」

 

 

『Aクラス 佐藤美穂 VS Fクラス 吉井明久

  世界史 289点 VS 90点       』

 

 

 得意科目なのに瞬殺されている。なぜだ。

 

「よし。水瀬が負けたのは想定外だったが勝負はここからだ!」

「そだね。なんか申し訳ないけど頑張ってー」

「待つんだ雄二、楓! アンタら僕を全然信頼してなかったな!?」

「信頼? 何それ食えんの?」

「別に勝つ方に信じてたわけじゃないから」

 

 そう、嘘は言っていない。信じてるとは言ったが勝敗云々を言った覚えはないんだよ。

 さっきから思っていたのだが、全然寝心地が良くない。コンクリートの上で寝てる感じだわ。

 

「島田さん」

「な、何よ?」

 

 この際だから正直に言ってしまおう。

 

「――真っ平らでペッタンコにも程があるよ」

「アンタ、この戦争が終わったら覚えてなさい」

 

 やだ。

 

「三人目の方、どうぞ」

 

 ここで負けたらFクラスの敗北が決定するという絶望的な状況の中、立ち上がったのは保健体育の帝王ムッツリーニだった。

 ようやく科目選択権が活かされる。アキ君のアレはなかったことにしての話だが。

 Aクラスからは見覚えのないライトグリーンのショートヘア女子が出てきた。体型が島田さんに近い分、ボーイッシュだね。

 

「一年の終わりに転入してきた工藤愛子です」

 

 転入してあんまり日が経っていないのか。どうりで見覚えがないわけだ。

 科目はもちろん、ムッツリーニの唯一にして最強の武器である保健体育が選ばれた。しかし、工藤さんは工藤さんで自信があるらしく余裕の態度を取っている。

 

「ボクも保健体育はかなり得意なんだよ。それもキミと違って……実技でね」

 

 直後、ムッツリーニが噴水のように鼻血を出した。もうあの量は失血死してもいいレベルだ。

 工藤さんの言葉にときめいていたアキ君も、彼女の実技で教えます発言で噴水のように鼻血を出した。二人揃ってウブだね。

 

「アキにはそんな機会、永遠に必要ないわよ!」

「吉井君には金輪際必要ありません!」

「……明久が死ぬほど哀しそうなんだが」

「その機会がなくなれば君達の将来にも大きく影響するんだけど。ついでに言えば、その役目も私が担ってるから」

 

 最後に嘘を混ぜておいたが大丈夫だろう。

 

「あ、アキ……アンタ、またそういうことを水瀬さんにやらせてるの……? いくら幼馴染みだからって、して良いことと悪いことの区別ぐらいはつけなさいよ……!?」

「そんなわけないじゃないか! 少し考えたら楓の嘘だって普通気づくでしょ!?」

「楓ちゃん――その役目、私と代わってくださいっ!」

「姫路さぁん!?」

 

 ごめん、全然大丈夫じゃなかったね。

 

「…………そろそろ始めてください」

 

 さすがにこのカオス空間には耐えられなかったのか、高橋先生は頭を抱えながらそう言った。

 互いに召喚獣を喚び出すムッツリーニと工藤さん。彼女の武器は巨大な斧、ムッツリーニは小太刀の二刀流。共通点は腕輪をしていることだ。

 工藤さんの召喚獣は見るからに強そうだが、世の中には見かけ倒しという言葉もある。実際に対決しないと強さはわからない。

 

「実践派と理論派、どっちが強いか見せてあげるよ」

 

 腕輪の力で大斧に電撃をまとわせ、なかなかのスピードでムッツリーニの召喚獣に突撃する工藤さんの召喚獣。普通なら避けられないが――

 

「…………加速」

 

 ムッツリーニは違った。彼もまた腕輪を使用し、召喚獣がブレるほどの速度で工藤さんの召喚獣を一閃したのだ。

 加速か……元々スピードのあるムッツリーニの召喚獣にはお似合いの能力ね。

 

 

『Aクラス 工藤愛子 VS Fクラス 土屋康太

 保健体育 446点 VS 572点     』

 

 

 この勝負はムッツリーニに軍配が上がった。さすがは保健体育の帝王。

 工藤さんは相当ショックだったのか、その場で膝をついている。自信満々だったもんね。

 これで二対一。後は瑞希と雄二だけど……なるようになる、ってとこかな。

 

 

 

 



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最終問題

「次の方は?」

「あ、私ですっ」

 

 Aクラスとの一騎討ちも終盤を迎え、いよいよ瑞希が出陣する。

 私と違って彼女は穴のない万能型だ。大体の相手とやり合っても勝てるだろう。

 対するAクラスからは予想通りと言うべきか、現学年次席の久保利光が出てきた。

 彼は瑞希に次ぐ学年三位の実力者。しかし理由はどうであれ、今は学年次席だ。実際のところは瑞希とほぼ互角と言っていい。

 

「総合科目でお願いします」

 

 Aクラスが最後の科目選択権を使った。最初の選択権は私の時に使われているからね。

 特に空間がカオスになっているわけでもないので、それぞれの召喚獣が喚び出され――

 

 

『Aクラス 久保利光 VS Fクラス 姫路瑞希

  総合 3997点 VS 4409点    』

 

 

 一瞬で決着がついた。さっきのムッツリーニよりも早かったわね。

 そこら辺から驚愕の声が上がり、久保も悔しそうに瑞希になんでそんなに実力が上がったのかを尋ねていた。

 

「ひ、姫路さん……どうやってそこまでの実力を身につけたんだ……?」

 

 そんな久保の問いに、彼女が返した答えは『人のために一生懸命に頑張る皆がいる、このFクラスが好き。だから頑張れる』というものだった。

 アキ君達からすればこんなに嬉しいことはないだろう。一般的にはどうかと思うが。

 ともかく、これで二対二の振り出しだ。次の勝負で全てが決まる。

 

「最後の一人、どうぞ」

「……はい」

「俺だな」

 

 最後の勝負なので、言うまでもなく代表同士の対決になる。

 向こうからは最強の敵、霧島翔子。こちらからは坂本雄二。

 高橋先生が何の教科にするか雄二に問い、彼は私達に説明した通りのことを口にした。

 

「日本史の限定テスト対決。内容は小学生レベル、方式は百点満点の上限ありだ!」

 

 その宣言でAクラスがざわめくも、Fクラスは事前に知っていたこともあり落ち着いている。

 高橋先生は了承すると、問題を用意するために教室から出ていった。

 さてと……負け犬な私だけど、雄二に一声くらい掛けましょう。

 アキ君、ムッツリーニ、瑞希との会話が終わった雄二にシンプルな言葉を伝える。

 

「雄二。――いってこい」

「……ああ」

 

 彼は私の方に視線を向けると静かに、それでいて自信に満ちた返事をくれた。

 意外と早く戻ってきた高橋先生に代表二人は声を掛けられ、教室を出ていく。

 泣いても笑っても怒ってもこれが最後。決着と同時に試召戦争は終了だ。

 

「皆さんはモニターを見ていてください」

 

 壁のディスプレイに視聴覚室の様子が映し出され、雄二と翔子が席につく。

 日本史担当の飯田先生が軽く説明していき、二人に問題用紙を配る。

 

『では、始めてください』

 

 その掛け声と共に、二人は裏返しにされていた問題用紙を表にした。

 私達は静かにそれを見守る。やることが全くないからね。

 例の問題が出ていれば雄二の勝ち、出ていなければ翔子の勝ち。問題が出ていないか、ディスプレイに映し出されている問題に目を配っていく。

 

 

 (  )年 大化の改新

 

 

 あった。翔子があの問題を今も間違えて覚えているのなら雄二の勝ち。そうでなければ負け。

 後は雄二の学力次第である。彼が満点を採ればいいのだ。

 Fクラスの皆が歓喜の声を上げる中、テストが終了した。さーて結果は――

 

 

《日本史勝負 限定テスト 100点満点》

 

《Aクラス  霧島翔子     97点》

           VS

《Fクラス  坂本雄二     53点》

 

 

 Fクラスの卓袱台がシステムデスクではなく、みかん箱になった。

 

 

 ★

 

 

「「雄二ぃぃぃっ!!」」

 

 私とアキ君は怒りのあまり、叫びながら視聴覚室に殴り込みをかます。その後、すぐにFクラスの皆がなだれ込んできた。

 少し悔しそうに膝をつく雄二に、安定した無表情の翔子が歩み寄っている。

 

「……殺せ」

「良いだろう、望み通り殺してやる!」

「ぶべらっ!?」

 

 アキ君がそう宣言し、私が膝をついている雄二に踵落としを入れる。まだだ、まだ私は怒り足りないんだ……!

 

「雄二……テメエのせいで寝心地の良い卓袱台とおさらばじゃねえかゴラァ!!」

「ま、待て! それは勝ったとしても同じことだろ!? ていうか口調が変わってないか!?」

 

 卓袱台はもう、戻ってこない……もう二度と戻ってこないのよっ!

 

「吉井君、楓ちゃん、落ち着いてください!」

 

 追撃を加えようとするも、私とアキ君は後ろから瑞希に手首を掴まれた。

 放すんだ瑞希。このバカには死よりも恐ろしい制裁が必要なんだよ!

 

「53点ってなんだよ! この点数だと――」

「い、いかにも俺の全力だ……」

「「このアホがぁーっ!!」」

「少しは落ち着きなさいアンタ達! 水瀬さんはともかくアキ、アンタだったら30点も採れないでしょうが!?」

「三ヶ月前の僕だったら否定しない!」

「今は採れるんですか!?」

 

 まあ、私がある程度教え込んだからね。小学生レベルのテストで百点は楽勝だろう。

 まだまだ雄二をボコり足りないが、瑞希と島田さんがそれを許してくれない。やむを得ず、制裁は中断することにした。

 

「……雄二が小学生の問題だと油断していなかったら負けていた」

「まあな」

「……それに、形はどうであれ楓を倒せたのはかなり大きかった。こっちのモチベーション向上にも繋がったから」

 

 私からすればAクラスのモチベーションが向上しているようには見えなかったが、翔子がそう言うのなら間違いはないんだろう。

 雄二が惨めに図星になっているところで、翔子が例の『負けた方は何でも一つ言うことを聞く』という約束を切り出す。

 ムッツリーニがカメラの準備を始め、アキ君や他の皆がそれを一生懸命に手伝う中、翔子は呟くように言い放った。

 

「……雄二、私と付き合って」

 

 それは大胆かつストレートな告白だった。

 アキ君を含む他の皆は何が起きているのか状況を呑み込めず、唖然としている。

 私は去年、翔子から散々聞かされていたので一応知っていた。でもまさか、こういう形で雄二に交際を迫るとはね。彼女は雄二を一途に想っている。だから他の男には目もくれなかったのだ。

 

「拒否権は?」

「……ない。今からデートに行く」

「放せ! やっぱこの件はなかったことに――」

 

 威圧感溢れる翔子は雄二の首根っこを掴むと、女性のそれとは掛け離れた力で彼を引きずりながら、教室を出ていった。

 あまりの出来事に沈黙が訪れるも、一人の教師によってそれは打ち破られた。

 

「お遊びの時間は終わりだ」

「あ、鉄村先生」

「西村先生と呼べ」

 

 条件反射で返事をする私。その相手は生活指導を務める鉄人こと西村先生である。

 一体何しに来たのかと思ったが、鉄人の補習に関する説明と聞いてその疑問は吹っ飛んだ。

 

「まずは喜べ。お前らが戦争に負けたことで、今日よりFクラスの担任が福原先生から俺に変わることが決まった」

『何ぃっ!?』

 

 鉄人が担任になると宣言し、ほぼ同時にFクラス全員が悲鳴を上げる。

 なんせこの人は補習担当にして生活指導の鉄人。その厳しさは尋常じゃない。

 そんな鉄人が説教くさい説明を終えると、アキ君と私に視線を向けた。

 

「吉井、水瀬。お前らと坂本は念入りに監視してやる。なにせ開校以来初の《観察処分者》とA級戦犯だからな」

「そうはいきませんよ! 絶対に監視の目をかい潜って、楽しい学園生活を過ごしてみせます!」

「やれるものならやってみるんですね。どんな手段を使ってでも、今まで以上に刺激ある学園生活を送ってみせますから!」

「……お前らには悔い改めるという考えはないのか」

 

 私とアキ君のやる気のなさに呆れてため息をつく鉄人。それでも私の決意は揺るがない。

 ちなみに補習は明日から二時間ほど設けられるとのことだ。

 アキ君は島田さんにクレープという約束の件で捕まり、瑞希が話題にすら上がっていなかった映画鑑賞を引き出して二人に食らいついた。

 

「助けて楓! このままだと僕の生活費が消えて次の仕送りまで塩水一択になってしまう!」

「……アキ君。今回は諦めたら? それに今は両手に華だよ? もっと喜びなさい」

「食費が食費だから喜べないよ! こうなったら卒業式当日、伝説の木の下でトンファーを持って貴様を待つ!」

「そこは普通、私じゃなくて鉄人でしょうが」

「なぜ俺に白羽の矢を立てるんだお前は」

 

 その方が面白そうだから。

 

「楓のバカ! このまま無事に学園生活を送れると思うなよぉーっ!!」

 

 物騒な捨て台詞を残し、アキ君は島田さんと瑞希に連行されてしまった。

 やることがなくなった私も教室を後にし、どうやって鉄人(と補習)から逃れるか考えることにしたのだった。

 ……そうね、とりあえず秀吉の様子でも見に行きますか。

 

 

 

 



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閑話1.5
バカと私と謎の恋文


 

「まさかアキ君ともあろう者が、珍しく早起きするなんてね」

「君の中じゃ僕の評価はどうなってるの?」

 

 何てことのない朝。私とアキ君は青空の下を爽やかな気分で通学路を歩いている。

 しかし……早起きは三文の得。そんなことわざが頭に思い浮かんでくるほど、今日のアキ君は早起きだった。災害でも起きそうで怖いわ。

 あまりにも早く登校してしまったので口笛を吹きながら何しようかと考えていると、校門付近にキングコング――もとい、鉄人が立っていた。

 

「おはようございまーす」

「おう、おはよう! 今朝早くから部活の練習とは感心だ――すまん。間違えた」

 

 心外だ。

 

「吉井、水瀬。今度は何を企んでいる?」

「失敬な。私はボーッとしていただけで企んでいるのはアキ君の方です」

「そうやって僕に濡れ衣を着せるのやめてほしいんだけど」

 

 アキ君にジト目で注意されたが気にしない。

 どうも鉄人は早朝に問題児のアキ君と私が登校してきたことに驚き、警戒しているようだ。

 

「そもそも、女子生徒の私を警戒する時点で間違ってると思いますが」

「お前はその女子生徒の中じゃ問題児筆頭なんだが?」

「はっ、何を言い出すかと思えば……私ほどの優等生が問題児なわけないじゃないですか」

「とりあえず優等生という言葉の意味を調べてこい。話はそれからだ」

 

 なぜ優等生として通らないんだ。私はアキ君と違って成績はすこぶる良い方なのに。

 私との会話を終えると、鉄人は《観察処分者》としての仕事をアキ君に命じた。

 ……ちょうど良い。私もちょこっと参加させてもらおう。

 

「頼んだぞ」

「了解です――試獣召喚(サ  モ  ン)

 

 アキ君が召喚獣を喚び出している隙に、私も召喚フィールドの隅っこで召喚獣を喚び出す。

 当然バレてはいるのだが、鉄人や他の教師は諦めているのか注意してこない。最初は普通に注意されてたんだけどなぁ……。

 私はアキ君の召喚獣が仕事をしている間に、喚び出した召喚獣を精密に動かす。これはアキ君が《観察処分者》になってから、彼が雑用を教師に命じられている際に欠かさずやってきたことだ。

 

「……水瀬」

「何です?」

 

 後ろから野太い声が聞こえたと思ったら、鉄人が頭を抱えながら立っていた。

 

「努力するのは良いことだが……もう少し違うやり方はないのか?」

「これに関してはやり方が限られています。私は最善の策を取ったまでです」

 

 何ならいっそ私を《観察処分者》にでもすればいい。譲るつもりはないからね。

 例え注意しようにも、私は召喚獣をフィールドの隅で動かしているだけで問題自体は起こしていない。濡れ衣を着せるなんてそれこそ論外だ。

 鉄人もその事はわかっているのか、それ以上は言及してこなかった。

 そろそろアキ君が雑用を終えそうなので、私は一足先に召喚フィールドから出て教室へ行くことにする。イチイチ待つ必要はない。

 

「ん? 何かな?」

 

 自分の靴箱前に到着し、上履きを取り出そうと開けたら中に手紙が置かれていた。とりあえず痕跡が残らないように中身を確認してみる。

 えーっと何々……なんだ、私じゃなくてアキ君宛てか。入れ間違えたんだね。

 

「楓?」

 

 手紙をアキ君の靴箱に入れようとしたら本人が現れた。思ったより早かったな。

 

「はいこれ。君の靴箱から落ちてきたよ」

「……何これ?」

「さあ?」

 

 本当は私の靴箱に間違えて入っていたのだが、アキ君のためにも秘密にしておこう。

 アキ君に誰かのラブレターを渡したところで、彼の背後から雄二が接近してくるのをさりげなく確認して教室へ向かった。

 

 

 ★

 

 

『殺せぇぇぇっ!!』

 

 眠気にやられそうな私をよそに、鉄人が出席を取っている最中なのにこの始末である。

 原因は雄二が小声で『明久がラブレターをもらったようだ』と呟いたことだ。

 最初の怒号を皮切りに、腐りかけのパンとか食べかけのパンとか未開封のパンとか、とにかくパン絡みの声が上がっている。このクラスはご飯よりもパン派なのかもしれない。

 

「貴様らっ! 静かにしろ!」

 

 鉄人の一喝により一応黙り込むクラスメイト。私としてもありがたい。

 ……みかん箱も悪くないわね。でも寝心地は卓袱台の方が良かったわ。それにこのみかん箱、卓袱台よりも脆いところがある。

 そんな脆いところをどうしようかと画策していると、私に出欠確認が回ってきた。

 

「水瀬」

「お休みなさい」

「ふむ、遅刻欠席はなしか。今日も一日、真面目に勉強するように」

 

 私の返事を聞くと同時に出席簿を閉じ、教室から出ようとする鉄人。スルーですかそうですか。

 さっきからクラスメイトの殺気が凄いのだが、鉄人はそれを指摘しようとしない。教育者としてそれはどうなのか。

 その殺気を全て向けられているアキ君が、必死に助けを求めるあまり鉄人を呼び止めていた。

 

「吉井――お前は不細工だ」

 

 せめて話だけでも聞いてあげてください。

 アキ君の叫びを無視するように、鉄人は今度こそ教室を出ていった。

 それを好機と見たクラスメイトが次々と動き出していく。もちろんその中には――

 

「アキ……説明、してくれる?」

「私にもお願いします……」

 

 ――島田さんと瑞希も含まれている。アキ君が本当にラブレターをもらったのか確認しようとしているはずなのだが、二人の言動から察するに暴行を加えることが決定していた。

 まあ、己の肉体だけでやるならいいけど……さすがに凶器は使わないよね?

 

「……水瀬は気にならんのか?」

 

 そう聞いてきたのは動かなかったクラスメイト、木下秀吉。一言で言うと男の娘だ。

 

「なんで気にする必要があるの?」

「明久がラブレターをもらったのじゃぞ? 普通なら気になるものじゃと……」

「……私とアキ君が幼馴染みだから?」

「……う、うむ」

 

 あー……そういうことか。でも私は事前に知ってたからね。ラブレターはどうでもいいよ。

 チラッとアキ君の方を見ると、雄二が一旦皆を止めて指揮を執るようにこう告げていた。

 

「手紙を見ることよりも、明久をどうグロテスクに殺すかの方が問題だ」

 

 どっちにしても問題しかない。

 

「今日は一段と賑やかになりそうじゃのう」

 

 いや、どう考えても賑やかなんてレベルじゃない。小規模戦争だと言った方がしっくり来る。

 アキ君は荷物を引っ掴むと、猛ダッシュで教室から逃走した。クラスメイトのほぼ全員がその後を追いかけ、教室には私と秀吉だけが残った。

 

「…………一緒に寝る?」

「い、一緒にかの!? じゃが、それは――」

 

 いきなりブツブツと呟きながら考え込んでしまった。男ならはっきりしてよ。

 

 

 ★

 

 

「派手にやったなぁ……」

 

 少し時間が経ったのでアキ君を探すことにした私は、彼とクラスメイト達が戦ったであろう空き教室、古書保管庫、島田さんが隅っこでロッカーで作られたバリケードに閉じ込められていた別の空き教室、の順にあちこちを転々としていた。

 ここまでやらかしといてよく教師が出しゃばらないものだ。というか、これだけいろんな場所で派手にやっているのだから誰にも邪魔されず手紙を読める場所など確実に絞り込めるのだが。

 私は彼がそのうちの一ヶ所へ絶対に向かうと確信し、早足で階段を上がる。まあおそらく敵が待ち構えているはずだ。アキ君にとっての。

 

「雄二に姫路さん……!」

 

 目的の場所に近づくと、アキ君の苦しげな声が聞こえた。

 その場所――屋上へと続く階段の前に雄二と瑞希が立っている。やはりアキ君の頭にトイレへ行くという選択肢はなかったようだ。

 雄二は上着を脱ぐと、それを瑞希に預ける。一方のアキ君も彼と同じく脱いだ上着を瑞希に預けていた。どうやらやる気らしい……よし。

 

「アキ君」

「楓!」

 

 私が来るとは思っていなかったのか、まるで救世主が来たという視線を向けられた。

 逆に雄二は苦虫を噛み潰したような顔になり、瑞希は単純に驚いている。

 

「面白いことをしようとしているね、雄二」

「しまった……! まだコイツがいた……!」

 

 とりあえず……邪魔なアキ君と瑞希をどっかにやってしまおう。

 

「アキ君に瑞希。邪魔だから離れて」

 

 私は軽くシャドーをしていた雄二のように拳と蹴りを素振りで放ち、型の入った構えを取る。

 あいにく体格差で負けてはいるが、それ以外で負けるつもりはない。

 雄二はケンカの玄人であるのに対し、私は格闘技の玄人でもある。

 

「こうして雄二とケンカをするのは実に何年ぶりかなぁ?」

「なんでお前が明久に代わって出張ったのかは知らんが……やるしかないようだな」

 

 冷や汗を流しながらも覚悟を決めたらしい雄二が構えを取り、私と向き合う。

 下半身に力を入れ、いざ彼の顔面目掛けてハイキックを繰り出そうと――

 

「姫路! その手紙を細切れにするんだ!」

 

 ――一歩踏み出したところで雄二が叫んだ。彼の視線を追ってみると、例の手紙を持って戸惑っている瑞希と首を傾げるアキ君がいた。

 あれ? もしかしなくてもこれ詰んだ?

 

「わかりましたっ!」

「え? ちょっと!? 何してるの姫路さぁぁぁん!?」

 

 瑞希は何の迷いもなく持っていた手紙を原型がなくなるほどに破り、紙クズへと仕立て上げてしまった。……瑞希もやるときはやるのね。

 

「……まさか本当に破るとはな」

「そんなことより私の努力を返してよ」

「お前……本気でやるつもりだったろ?」

「当たり前じゃん」

 

 でなきゃ本格的に構えたりしないよ。

 

「その紙クズを貸して」

「う、うん。この紙クズを繋ぎ合わせて」

「――せめてもの詫びだ、明久」

 

 さすがに罪悪感が湧いたのでアキ君が集めた紙クズを繋ごうとしたら、雄二がそれを容赦なく燃やすという暴挙に出た。

 燃やされる紙クズを何とかしようとアキ君は消火活動に励むが、健闘むなしく紙クズは灰となってしまった。うわぁ……。

 アキ君の幸せが嫌いだと当たり前のように宣言した雄二をよそに、私はアキ君に話しかける。

 

「……アキ君」

「……何?」

「……ごめん」

 

 せめてもの謝罪である。こうでもしないと私を救世主として見ていた彼に申し訳ない。

 非常に丁寧な文字、そしてあの内容。それだけで手紙の主が誰なのかは大体検討がつく。

 しかし、今はもう消え去った手紙が記憶から霞むほどの問題が起きていた。それは……

 

『ア~キ~!』

『吉井ぃっ! 血祭りに挙げてやる!』

『ブチ殺! ブチ殺!』

 

 復活した暴徒達だ。これはもう参加するしかないでしょ。

 

「アキ君。お詫びに助けてあげる」

「楓……ありがとう。おかげで無事明日の太陽が拝めそうだよ」

 

 ……うん、これ私が明日の太陽を拝めなくなるかもしれないわ。

 

 

 

 




 バカテスト 日本史

 以下の( )に当てはまる歴史上の人物を答えなさい。
 楽市楽座や関所の撤廃を行い、商工業や経済の発展を促したのは( )である。



 姫路瑞希の答え
『織田信長』

 教師のコメント
 正解です。


 島田美波の答え
『ちょんまげ』

 教師のコメント
 この解答を見て、島田さんは日本にまだ慣れていないのかと先生は不安になりました。


 吉井明久の答え
『ノブ』

 教師のコメント
 ちょっと馴れ馴れしいと思います。


 水瀬楓の答え
『ノブちゃん』

 教師のコメント
 ちゃん付けしてもダメです。




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バカと私とオリエンテーリング

 

「アキ君。何かやるみたいよ」

「え?」

 

 いつものようにギリギリの時間に登校した私は、教室の掲示板に貼られていた一枚の用紙を見て遅れてきたアキ君に伝える。

 そこには豪華商品を争奪戦で勝ち取る『オリエンテーリング大会』と書かれていた。文月学園主催らしい。

 その隣には景品が書かれた用紙が貼られていた。ふむふむ、景品は……

 

「…………へぇ」

 

 学食一年分の食券に新作ゲームの引換券、さらにはフィーとアインとノイン限定ストラップセットなど、なかなか豪華な内容だった。

 暇潰しにはちょうど良いわね。それにこの大会、Fクラス限定じゃなさそうだし。

 ちなみにアキ君は今、景品の中に限定ストラップセットがあると知って猫のように興奮している。お願いだから落ち着いて。

 

「これが学園内の地図じゃ」

「……私の目には大昔の宝島の地図に見えるのだけど」

 

 そう言いきれるほど、地図は古くさいものだった。にも関わらず、地図自体はかなり正確に描かれている。ちょっと腹立たしい。

 アキ君は地図を見てゲームの宝探しに例えていた。現実を見ようね。

 しかし、秀吉が山積みにされた試験問題の用紙を持ってきたことでアキ君の表情が変わった。

 どうやら試験の答えがチェックポイントの座標になっているらしく、その位置に隠してあるチケットが商品の引換券のようだ。

 

「テストが解けなきゃ貰えないじゃないかー!」

 

 そもそもどうやって入手しようとしていたのか心底気になるわ。ただで簡単に手に入れられるわけがないのに。

 それに加え早い者勝ちで、他のチームとぶつかったときは召喚獣勝負で奪い取るのもアリだとか。Fクラスには圧倒的に不利なゲームね。

 アキ君が何か考えていたようだが、担任の鉄人が来たので聞き出せなかった。

 

「何気に、オリエンテーリングのチーム分けを発表するぞ」

 

 そう言うと、鉄人は私達の名前が書かれた巻物みたいな用紙を黒板に貼った。

 えーっと私のチームは――

 

 

『水瀬楓 吉井明久 坂本雄二 木下秀吉』

 

『姫路瑞希 島田美波 土屋康太 須川亮』

 

 

 大丈夫だろうか、このチーム。

 

「問題児は一ヶ所に集めておいた。何をしでかすかわからんからな」

 

 それならどうしてムッツリーニだけ違うチームなのだろうか。

 おそらく鉄人なりに均等に分けたのね。というか私がアキ君や雄二と同列扱いなのはさすがにムカつく。秀吉は可愛いから許す。

 制限時間は放課後のチャイムが鳴るまでで、これもまた授業の一環らしい。

 

「不安で仕方がないわ」

 

 ちなみに服装は全員、体操服らしい。動きやすいからいいけどさ。

 秀吉はどこか顔がニヤついているが、アキ君と雄二は睨み合っていた。……心配だわ。

 

 

 ★

 

 

「問題は三問で一セットか……」

 

 私のチームは始まった直後に屋上を確保。今はチームの皆で考え込んでいる。

 一問目の答えがX座標、二問目がY座標、三問目がZ座標。最後の座標は高さを意味している。つまりそれをこの学校で言うなら何階にあるか、ということになるだろう。

 アキ君は選択問題だとわかるや否や得意気になり、いきなり鉛筆転がしを始めた。

 

「……一瞬でも期待した俺がバカだった」

「そもそも期待すること自体が間違いだよ」

 

 アキ君の説明によると三本の専用鉛筆があり、数学には今転がした『ストライカー・シグマⅤ』、現国には『プロブレムブレイカー』、歴史には『シャイニングアンサー』とのこと。

 彼が言うには正解率が高いらしいが、もしそうだとしたら『ストライカー・シグマⅤ』をぜひとも譲っていただきたい。

 ……アキ君。まさか君の人生はサイコロの結果に左右されてきたわけじゃないよね?

 

「唸れ! ストライカー・シグマⅤ!」

 

 アキ君は派手に叫ぶと、再び数学用の『ストライカー・シグマⅤ』を豪快に転がした。

 気のせいだろうか。脳内イメージだと物凄い勢いで巨大な鉛筆が転がるシーンに見える。

 鉛筆を転がし終わり、間違った答えをサラサラと書いていくアキ君。

 

「X座標、652! Y座標、237! Z座標、5! ターゲット発見! あそこだぁっ!」

「……空中じゃな」

「お前取ってこい」

「言っとくけど手伝わないよ」

 

 するとアキ君はあろうことか問題が間違ってると言い出した。間違ってるのは君の答えだよ。

 

『あったぁーっ!』

 

「ん?」

 

 グラウンドから喜びの声が上がったので見てみると、工藤さんと木下さん、そして翔子が商品の引換券を堀り当てていた。

 あの位置は……なるほど。X座標とY座標は合っていたのね。

 

「アキ君……それ頂戴!」

「ダメだよ!?」

 

 なぜだ。

 

「騙されるな水瀬。コイツが正解率高いと言っただけで実際はただの鉛筆だぞ」

 

 そっか……ただの鉛筆なのか。それなら仕方ないわね。諦めましょう。

 翔子達の会話に耳を傾けていると、どうやら翔子のお目当ての商品ではなかったらしく彼女だけ無反応だった。

 

「……今、悪寒がした」

 

 雄二も苦労が絶えないのね。

 

 

 ★

 

 

「砕け! プロブレムブレイカー!」

 

 現国用の『プロブレムブレイカー』を、アキ君ではなく私が転がすことになった。

 何というか、グラウンドから巨大な鉛筆が出てくるイメージね。

 そして導き出された答えを基に、私達はFクラスの教室にやって来た。

 

「何だろう?」

 

 そう言ってアキ君がみかん箱の下から取り出したのは小さなカゴだった。

 ……なぜだろう。嗅ぎ覚えのある臭いが漂っているのだけど。

 アキ君が『プロブレムブレイカー』を軽量化すべきか考えていると、たまたまやって来た瑞希とムッツリーニに出会った。

 二人は良い雰囲気になっているが、私としてはまずそのカゴから発せられる異常な気配に気づいた方がいいと思う。瑞希の話によれば、カゴに入っているのは手作りのシフォンケーキらしい。

 

「……ってまさか!?」

 

 そこでアキ君もようやく事の重大さに気づいたが、私達は瑞希に好かれている彼を犠牲にすることで頭がいっぱいになっていた。

 私も含め、その場にいた雄二達が一人ずつアキ君に別れの言葉を述べていくが、そこで瑞希がとんでもないことを言い出した。

 

「良かったら、皆さんで召し上がってください」

「「「「え……?」」」」

 

 まさかの殺る気宣言に思わず固まってしまう私達。そして瑞希は地獄への扉を開くかのように、シーツを取ってシフォンケーキを見せて一言。

 

「さあ、どうぞ」

 

 その一言に、私達は涙を流すしかなかった。

 

「あ……五人だと一つ足りませんね……」

「「「!?」」」

 

 間髪入れずに呟く瑞希。絶望的な状況の私達にわずかな希望の光が差し込んだ。

 シフォンケーキは全部で四つ……私達は五人。生き残れるのは一人だけ……!

 

「第一回!」(雄二の声)

「最強王者決定戦!」(アキ君の声)

「ガチンコジャンケン対決――っ!」(私の声)

「「イェーッ!」」(秀吉とムッツリーニの合いの手)

 

 直後、私達は西部劇のガンマンのように右手を構えた。負けたら……命はない……!

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「…………」

 

 一分後。教室にはシフォンケーキを口に含み、力なく倒れた私とムッツリーニ、そして互いにシフォンケーキを口に押し込み合う雄二とアキ君の姿があった。生き残ったのは――

 

「…………(ガクガクガク)」

 

 教室の窓側で一人、震えながら体育座りをしている秀吉だ。

 一人だけ生き残るなんて癪だわ。ちょっとイタズラしてあげましょう。

 

「ひ、秀吉……」

「な、なんじゃ水瀬!?」

「あーん……!」

「むぐっ!?」

 

 最後の力を振り絞り、秀吉の口に食べかけのシフォンケーキをブチ込んだ。

 それがシフォンケーキだと気づいた秀吉だが、対処する前に倒れ込んでしまった。

 ……女の子に食べさせてもらえたんだから幸せに思いなさい。

 

 

 ★

 

 

「輝け! シャイニングアンサー!」

 

 歴史用の『シャイニングアンサー』を、今度は秀吉が転がしている。

 彼が転がすと魔法少女のイメージが浮かんでくるわね。可愛らしいこと。

 導き出された答えを頼りに、私達が向かったのは男子トイレだった。……私女子なんだけど。

 

「あったよ!」

 

 どうやら引換券の入ったカプセルを見つけたらしい。やっと一つ目……

 

「は、ハズレ!?」

 

 カプセルを開いた瞬間、出てきたのは『ハズレ』と書かれた一枚の紙だった。

 紙を破るアキ君をよそに、雄二が真面目に問題を解いていく。

 

「これでどうだ?」

「へぇ。珍しく真面目に解いたのね」

「一言余計だ」

 

 彼が持っていた解答を覗いてみると、アキ君のデタラメなそれとは違って正確に解かれている。

 

「不安だなぁ……大丈夫なの? 答えが違って変な場所に行くのはヤダよ?」

「「お前が言うな」」

 

 人のことを言えないアキ君は放っておき、私達は地図が示す場所へ向かう。

 数分ほど歩いてたどり着いたのは体育倉庫。するとアキ君が中にあった跳び箱へと駆け寄り、隠されていたカプセルを見つけ出した。

 カプセルの中身は……

 

「喫茶『ラ・ペディス』2000円分の商品券?」

 

 喫茶店の食券だった。なんだ、遊園地の無料券じゃないのか。

 もしも無料券なら雄二か翔子に譲るべきだが、これさえも嫌がった雄二は――

 

「――お前らで行ってこいっ!」

 

 などと言い出した。お前らとは私と秀吉のことだ。喫茶店か……。

 

「女の子同士で!?」

「ワシは男じゃ!」

 

 このあと秀吉と話し合った結果、食券は一応秀吉が持つことになった。

 

 

 ★

 

 

「これといった商品はなかったな」

 

 あれから問題も解けなかった雄二達は屋上に舞い戻っていた。

 ……これくらいならいけたわね。ちょっと真面目にやれば良かったかな?

 しかし、残っている問題は彼らにとっては難しいものばかりだ。

 

「それなら、手当たり次第に探し出す!」

 

 何かを思いついたのか、アキ君がいきなり叫んで試験問題を解いていく。

 その内容は、問題のX座標とY座標を全て塗り潰し、高さは自力で探すというまるでゲームの基本を再現したものだった。

 秀吉は戸惑っていたが、雄二はアキ君の意図に気づいて賛成した。もちろん私も賛成だ。

 

「俺は四階を回る。明久は三階、二階は秀吉、一階は水瀬が回れ!」

「「「了解!」」」

 

 バカにはバカなりのやり方がある。それで見つかるのならやるに越したことはない!

 

 

 ――二時間後――

 

 

「何にもなかったね……」

 

 あれから本当に手当たり次第に探し回ったが、引換券どころかカプセルすら見つからなかった。

 その過程で私の服装が、体操服から白のワンピースに変わっていたが気にしない。

 早く終わってほしいと思っていると、アキ君がやっとカプセルを見つけた。が、

 

「あら、秀吉じゃない」

「姉上!?」

 

 木下さんと工藤さん、そして翔子のチームとぶつかってしまった。

 確かルールによれば召喚獣勝負で奪い合うのもアリ……よし。

 

「「「試獣召喚(サ  モ  ン)!」」」

 

 

『Aクラス 霧島翔子 VS Fクラス 坂本雄二

  日本史 341点 VS  73点     』

 

『Aクラス 工藤愛子 VS Fクラス 吉井明久

  日本史 309点 VS  66点     』

 

『Aクラス 木下優子 VS Fクラス 木下秀吉

  日本史 322点 VS  54点     』

 

 

「不味いぞ明久。戦力が違――」

 

 

『Fクラス 水瀬楓

  日本史 505点』

 

 

「「「イケる!」」」

 

 今回の教科は日本史だ。数学じゃないのなら負けはしない!

 

「水瀬さん……!」

 

 木下さんが私の点数を見て苦しげな声を上げる。工藤さんも驚愕しており、翔子も珍しく顔を少し歪めていた。

 さてさて、それじゃあまずは木下さんからぶっ倒しましょう。借りを返してやる。

 

「いくわ――」

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

「――よ?」

「時間切れです」

 

 社会担当の福原先生はそう言うと、展開していた召喚フィールドを消してしまった。

 アキ君は手に入れた引換券を守れたことに喜んでいるが、私は素直に喜べない。

 

「リベンジぃ……!」

 

 試召戦争のリベンジがしたかった。あと、あと一分でも時間があればできたのに……!

 ちなみに彼が手に入れた引換券は例の限定ストラップのものだった。良かったわね。

 

 

 

 



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清涼祭編
第一問


 

 私が通っている文月学園では『清涼祭』と呼ばれる行事の準備が始まっている。

 わかりやすく言えば他校の行事に例えるなら文化祭そのものだ。

 本校ならではの『試験召喚システム』を展示するクラスもあれば、普通に焼きそばの調理道具を手配するクラスもある。

 そんな大事な時期を迎えている中、我らがFクラスは――

 

「プレイボール!」

 

 校庭で野球をしていた。『清涼祭』の準備などそっちのけで。

 審判の秀吉の合図でプレイがスタート。とはいってもイニングは結構進んでるけど。

 

「いくよアキ君! 君のへなちょこバットには掠りすらさせないから!」

「言ってくれるじゃないか……! こうなったら意地でも打ってやる!」

 

 マウンドで軽く足で均し、キャッチャーである雄二のサインを確認する。

 

『次の球は』

 

 まずは球種ね。何を投げたら……いや、何を投げてもアキ君なら打ち取れるかな?

 さっきはシンカーで三振に仕留めたが、今度は違う球種で空振りを取ってみたい。

 

『カットボールを』

 

 これまた微妙に難しい球種が来たわね。高速スライダーならまだいけるけど――

 

『バッターの頭に』

 

 え? 頭? つまりビーンボール? それ変化球でやる必要なくない?

 他の人にやるならまだしも、アキ君にビーンボールはちょっと危ないなぁ。

 どうしようか迷っていると、秀吉の後ろに翔子が現れた。雄二は……気づいていない。

 

『雄二の 股間に ストレート』

 

 よしきた。

 

 

 ゴスッ

 

 

「うおおおおおおおッ!? なぜだ水瀬えぇええええッ!!」

 

 だって翔子のサインの方が的確でやりやすかったし、何よりアキ君を殺したくない。

 股間に直球を食らって悶絶している雄二に、チャンスと言わんばかりに翔子が声をかける。

 私はその間にアキ君からボールを受け取り、縫い目に支障がないか確認していく。

 

「……大変。雄二、保健室に行かないと」

「翔子!? なんでお前がいるんだ!?」

 

 雄二、その子が見敵必殺とも言えるサインを出した張本人だよ。

 雄二が大丈夫だと声を荒々しく叫ぶと、翔子がこっちを向いてもう一度サインを出してきた。

 

『楓 もう一度 同じところに』

「お前のせいかこんちくしょう!!」

 

 

 ゴスッ

 

 

「ぐおおおおおおッ!? 水瀬テメエえぇええええええッ!!」

 

 私は悪くない。翔子の的確なサインに従っただけなのだから。

 股間を押さえて悶絶する雄二と何がなんでも彼を保健室に連れていきたい翔子の夫婦漫才を鑑賞していると、物凄い勢いで走ってくる巨人のような何かが目に入った。

 

「貴様ら、何をサボっているか!」

 

 巨人ではなく鉄人だった。

 

「皆! 散らばるんだ!」

 

 アキ君の指示を聞いたクラスメイトが蟻のように散らばり、私はアキ君と復活した雄二の三人グループで逃げている。

 それにしても相変わらず速いわね。全然振り切れないし、距離もだんだん縮まってきてるし。

 

「吉井! またお前か!」

「違いますよ! クラス代表の雄二と楓が野球を提案したんです! どうしていつも僕を目の敵にするんですか!?」

 

 それは君の日頃の行いが悪いからだと思う。というかこの幼馴染み、私のせいにしやがったよ。

 とりあえず雄二の方を見てみると、

 

『フォークを 鉄人の 股間に』

 

 などとアキ君にサインを出していた。変化球よりも直球の方が球威はあるよ?

 アキ君は違うそうじゃないと叫ぶと、今度は私の方に振り向いた。何をさせる気だ?

 

「楓! 今頼れるのは君だけだ!」

「任せてアキ君!」

 

 私はそれを快く承諾し、ほんの少し考えてから雄二と同じようにサインを出した。

 

『ツーシームを 鉄人の 股間に』

「ストレート系の変化球なら良いってわけじゃないんだよ!」

「全員教室へ戻れ! この時期になっても『清涼祭』の出し物が決まっていないのは、Fクラスだけだぞ!?」

 

 鉄人の魂の恫喝が響き、必死に逃げていた私達はみかん箱のある教室へと連れ戻された。

 ちなみに翔子は鉄人の登場と共に姿を消していた。なんか地味に怖いわね。

 

 

 ★

 

 

「さてと。春の学園祭、『清涼祭』の出し物についてだが――とりあえず議事進行と実行委員に誰かを任命する。全権を委ねるから後は任せた」

 

 良いところで野球を中断されて連れ戻された後、代表の雄二は心底どうでも良さそうな態度でそう言うと、眠いのかあくびをし出した。

 正直に言うと、私も学園祭にはそこまで興味がない。だからさっき雄二と共に野球を提案したのだ。その方が楽しそうだったし。ほら、こういう時期に堂々とサボって野球をするのってなんか刺激的だと思わない?

 せっかくなので私も寝ようとみかん箱に突っ伏そうとしたら、Fクラスの清涼剤である姫路瑞希が少し暗い表情で話しかけてきた。

 

「あの……楓ちゃんも学園祭には興味がないんですか?」

「ない。私としてはさっきの続きをやりたいわね。あそこで鉄人が止めていなければ三振が八つに増えていたというのに……!」

「それ僕が三振するの前提になってない?」

 

 当然である。

 

「そ、そうなんですか……」

 

 瑞希はさらに暗い表情になってしまった。これ私のせいじゃないよね?

 その瑞希で思い出したが、最近彼女はよく咳をしている。この教室の環境の悪さが原因だろう。

 学園祭実行委員に島田さんが選ばれたが、彼女は瑞希と組んで『試験召喚大会』という企画に参加するので困るとのこと。すると雄二は副実行委員を選出すると言い出した。

 島田さんも、その副実行委員次第で良いらしい。絶対にアキ君が選ばれるんだろうけど。

 

『吉井だろ』

『いや坂本がいいかと』

『姫路さんと結婚したい』

『水瀬さんと付き合いたい』

『あえての須川で』

 

 そろそろキレても良いかなと心底思う。

 

「ワシは明久が適任じゃと思うがの……」

 

 木下秀吉からアキ君に清き一票が投じられたが、当のアキ君は面倒だとパス宣言した。

 そりゃそうだ。面倒な役をわざわざ引き受ける理由などないのだから。

 

「じゃあ島田。今挙がった連中から二人選んでくれ」

「それじゃあ……」

 

 島田さんは唸るように考えながら、ボロボロの黒板に候補者の名前を書き連ねた。

 

『候補①……吉井』

『候補②……水瀬』

 

 待てやコラ。

 

『あの二人か。どうする?』

『水瀬さんはともかく、吉井はクズだからなぁ』

『けど水瀬さんには負担を掛けられないから吉井で良くね?』

『そうだな。吉井ならどうなっても良いしな』

 

 私が選ばれないことには感謝だけど人の幼馴染みを酷く貶すのはやめてもらいたい。

 まっ、こんなクラスメイト達の意見もあって副実行委員はアキ君に決定した。

 とりあえず寝よう。寝て起きたら本でも読んで知識を溜めましょう。さっそくみかん箱に突っ伏し、現状を把握しようと耳だけを傾ける。

 聞こえてきたのはムッツリーニのボソリとした声と横溝の下心丸出しな声、そしてお前誰だと疑われるほどガチな熱弁をかます須川の声だった。

 

「お前ら、清涼祭の出し物は決まったか?」

 

 鉄人の声が聞こえたので一旦顔を上げる。そういえばあの人はこのクラスの担任だったわね。

 

「今、候補が三つ挙がっています」

 

【候補① 写真館『秘密の覗き部屋』】

【候補② ウエディング喫茶『人生の墓場』】

【候補③ 中華喫茶『ヨーロピアン』】

 

 どうしてこうなった。

 

「……補習の時間を倍にした方が良いかもしれんな」

『ち、違うんです先生!』

『僕らじゃなくて、吉井がバカなんです!』

『吉井が勝手に書いただけなんです!』

 

 酷い言われようである。主にアキ君が。

 

「馬鹿者! みっともない言い訳はやめろ!」

 

 鉄人はクラスメイト全員の抗弁を一喝して黙らせる。やっぱりちゃんとした教師なんだね。

 

「先生はバカな吉井を選んだこと自体が頭の悪い行動だと言っているんだ!」

 

 事実とはいえこれまた酷い。私だったら問答無用でガチギレしていたところだ。

 そんな発言をかました鉄人は、稼ぎを出せばクラスの設備を向上させられると言い出した。

 ちょっと嬉しい知らせではあるが、私としては卓袱台で事足りるので活気はつかない。

 その知らせを聞いたクラスメイトの活気はどんどん溢れていき、色々な意見が飛び交い始めた。

 ……うん、寝ましょう。

 

「ねぇアキ、坂本か水瀬さんを引っ張り出せない?」

 

 あまりにもまとまりが悪いクラスメイトを見てアキ君に耳打ちをしてるっぽい島田さん。

 私は人より聴覚が良い方なので多少のコソコソ話も聞き取れる。

 まあそれは置いといて、どうして私の名前が出たのか凄く気になるわ。

 

「無理だと思うよ。雄二は興味のないことにはめちゃくちゃ冷たいし、楓も刺激的だと思ったことでないと動こうとしないから」

 

 アキ君の言う通り、私は私の基準で刺激的かどうかを決めている。学園祭だからといって動くわけではないのだ。

 業を煮やした島田さんによりクラスメイトが無理やり動かされた結果、

 

「Fクラスの出し物は中華喫茶に決定!」

 

 あっさりと出し物が決まってしまった。この連中を動かすなんて凄いわね。

 言い出しっぺの須川とムッツリーニがお茶と飲茶を引き受けることが決まり、それ以外は厨房班とホール班に分かれることになった。

 

「私は厨房班に――」

「瑞希はホールじゃぁぁぁぁぁっ!!」

「ひぃっ!?」

 

 瑞希の死の宣言を聞いた瞬間、私は条件反射でそう叫んでいた。

 

「ど、どうしてですか?」

「ほ、ほら、姫路さんは可愛いから接客した方がお店として利益が――」

「ここっ!」

 

 私に代わってアキ君が必死に理由を説明していたところに背後から島田さんが彼を殴ろうと拳を突き出したので止めさせてもらった。悪いけど、私の前で奇襲は許さないよ。

 

「か、可愛いだなんて……。そういうことならホール班()()頑張り――」

「ホール班()()で頑張りなさい」

「…………は、はい」

 

 しょんぼりしている瑞希には悪いが、あんな劇物を客に食わせるわけにはいかない。下手すれば死人が出るからね。

 

「あ、私は名目上だけど厨房班にしといて。見た目がこんなんだからホールは無理だし」

「うん。でも、それなら前髪を退かせば――」

「アキ君。地獄突きって痛いのよ?」

「何でもないです」

 

 私の生命線である前髪を退かすなんて冗談じゃない。それにあくまでも名目上。別に参加したいわけじゃないし、何より刺激が足りない。

 もっとこう、今回の件で革命が起こせる的な刺激がほしいのよ。

 

「ワシも厨房にしようかの!」

「気合いを入れているところ悪いけど秀吉はホールの方がみぎゃあぁっ! 腰骨がぁ!?」

「……ウチもホールにするわ」

「そこは両方引き受けなさいよ」

 

 君は料理できるんだから。……アキ君、腰骨が無事で良かったわね。

 さてと、学園祭の出し物とその当番も決まったところで……寝る! とりあえず寝るわよっ!

 

 

 

 




 バカテスト 『清涼祭』アンケート

 学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください。
『あなたが今欲しいものはなんですか?』



 姫路瑞希の答え
『クラスメイトとの思い出』

 教師のコメント
 なるほど。そういった出し物も良いかもしれませんね。写真館とかも候補になりそうです。


 土屋康太の答え
『Hな――成人向けの写真集』

 教師のコメント
 書き直したことに意味はあるのでしょうか。


 吉井明久の答え
『カロリー』

 教師のコメント
 この回答に君の生命の危機が感じられます。


 水瀬楓の答え
『刺激』

 教師のコメント
 ……程々にお願いします。




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第二問

「悪いね秀吉。わざわざ手伝ってもらって」

「これくらいどうってことないのじゃ。しかし、これは一体何に使う道具なのじゃ?」

 

 放課後。私は秀吉にある道具の製造を手伝ってもらっていた。

 あの後、睡眠も充分に取れ、ちょっと分厚い本を読んでいたらピンとひらめいたのだ。

 一人でも良かったのだが、せっかくなので秀吉に手伝ってもらうことにしたわけよ。

 

「何、ちょっとした発明だよ」

「ワシはその道具をどこかで見たような気がするのじゃが……」

 

 気のせいだと思う。

 

「ほら、そろそろ帰ろう」

「うむ」

 

 

「雄二よりも断然秀吉の方がいいよ!」

 

 

「ん?」

 

 たまには秀吉と一緒に帰ろうと立ち上がった瞬間、告白めいたアキ君の声が聞こえた。

 ……雄二よりも?

 

「あ、明久……? その、気持ちは嬉しいが、ワシらには何かと障害があると思うのじゃ。ほ、ホラ。歳の差とか、人間関係とか……」

「違うんだ秀吉! 今のは言葉のアヤで物凄い誤解だよ! あと僕らの間にある障害は決して歳の差じゃない!」

 

 生まれて初めて幼馴染みを殺したいと思った瞬間だった。

 

「……アキ君」

「か、楓?」

「エルボーって痛いのよ?」

「僕が一体何をしたと!?」

 

 秀吉を口説いた。

 

「アキ君に取られるぐらいなら、私が先に秀吉を寝取って……!」

「話が飛躍しておらぬか!? 落ち着くのじゃ水瀬!」

「だから誤解だってば! どうして美波も楓も僕をソッチの人にしたがるの!?」

 

 ソッチの人? 一体何の話やら。私はただ秀吉がアキ君に抱かれるのかと思っただけで君をホモにしようとした覚えはないんだけど。

 そもそも、アキ君はノーマルでしょ? それとも本当にホモなの?

 

「アキ君はノーマル……だよね?」

「当たり前だよ! 誰が好きで雄二と愛し合わなきゃならないのさ!」

「じゃあ秀吉は?」

「秀吉は……その……」

「歯を食いしばれぇぇぇぇっ!」

「落ち着きなさいってば! アキにそのつもりはない…………はずだから!」

「そこははっきりしてよ美波!」

 

 アキ君の性癖を正常にしようと拳を振り上げるも、島田さんと秀吉に押さえられたので中断せざるを得なかった。命拾いしたわね。

 何だかんだでグダグダになってしまったが、一旦落ち着いて島田さんの話を聞くことにした。

 

「実は……瑞希が転校するかもしれないの」

 

 珍しく真面目な内容だった。それを聞いたアキ君は処理落ちしてしまうも、秀吉によって目を覚ました。大方、Fクラス唯一の清涼剤である瑞希が転校したらこの教室が某世紀末救世主伝説みたいになってしまうとでも思ったのね。

 ただ、その際に『モヒカンになった僕でも好きでいてくれるかい?』と秀吉に言ったのは頂けない。後でデコピンをお見舞いしてやる。

 瑞希が転校する原因となったのは……まあ、この教室の環境の悪さよね。病弱らしい瑞希にとってはかなり劣悪だろう。

 どうりであの子、今朝は妙に積極的だったわけだ。多分、召喚大会に参加するのもその一環ね。

 

「アキは……瑞希が転校したりとか、嫌?」

「もちろんだよ! それが美波や楓や秀吉であっても嫌に決まってるじゃないか!」

 

 雄二だったらどうでもいいとか言いそうだ。

 事情が事情なだけにアキ君も本格的にやる気を出し、秀吉も協力的な姿勢になった。

 私としては刺激が足りないなぁ……転校なんて別に不思議なことじゃないし、私に大きな影響があるわけでもない。

 

「もしもし雄二? ちょっと話が――え? 何? 見つかった? 雄二!? もしもーし!」

 

 いつの間にかアキ君が雄二を焚き付けようと電話していたが、すぐに切れてしまったようだ。

 ……翔子に追われてるのね。あの子も気が早いのよ全く。

 島田さんに何があったかをアキ君が説明すると、彼女は『使えないわね』といった目でアキ君を睨みつけた。今の君にそんな態度を取る資格はないはずだけど。

 

「これはチャンスだね」

「どういうこと?」

 

 あ、今のアキ君の考えが手に取るようにわかっちゃった。

 

「楓。一緒に来てくれる?」

「……タダで行くとでも?」

「どら焼き一個で」

「乗った」

 

 利益があるって素晴らしい。

 

 

 ★

 

 

「やぁ、奇遇だね雄二」

「奇遇ね雄二」

「……どうやったら偶然、女子更衣室で鉢合わせするのか教えてくれ」

 

 今、私とアキ君は女子更衣室で雄二を発見した。というか、いくら相手が翔子だからってわざわざ裏をかく必要はあるのかな?

 私は女子だから問題はないけど、男子であるこの二人がここにいるのは普通に不味いかと――

 

「あれ? Fクラスの問題児コンビと……水瀬さん?」

 

 ほら言わんこっちゃない。Aクラスの木下優子さんと鉢合わせしちゃったじゃないか。

 彼女、どうも猫を被っている気がしてならないのよね。というか被ってるわ、絶対に。

 

「あ、奇遇だね木下優子さん」

「おう、奇遇じゃないか」

 

 こんなときでも偶然を装うアキ君と雄二。これはバカでも騙されない。

 

「先生! 変態が覗きをやってます!」

「逃げるぞ!」

「了解!」

「あっ! コラ待てバカ共!」

 

 もちろんごまかせなかった。二人は小さな窓から表に飛び出し、私もその後を追いかける。

 なんかいつもの癖で後に続いてしまったけど……大丈夫よね?

 

『吉井と坂本だと!?』

 

 先生、木下さんは名前を言っていないのにどうしてその二人だと特定できるんですか。

 チラッと後ろを見てみると、鉄人が物凄い迫力で追いかけてきていた。何あれ怖い。

 

「明久!」

「オーケー! でも楓は!?」

「水瀬は女子だから大丈夫なはずだ!」

 

 確かにそうだが、二人で新校舎二階の窓へ逃避行なんて許さないよ。私はまだどら焼き一個分の仕事をやってないんだから。

 雄二は立ち止まると手を組んで踏み台を作り、アキ君がそれに足をかけて飛び上がる。雄二が腕をバレーのレシーブと同じ要領で動かしたのだ。

 おかげでアキ君は二階の窓に到達。次にあらかじめ脱いでいた制服を窓から垂らした。

 

「あらよっと!」

 

 雄二は壁を蹴って跳ぶとそれを掴み、アキ君が一本釣りの要領で引っ張り上げた。

 ……本当に置いていかれたわ。でも、あれくらいなら私にもやれるはず。

 

「くっ! アイツら、こういう時だけ無駄に運動神経を発揮するとは……!」

 

 私はこっそり助走するための距離を取り、壁の近くで悔しがっている鉄人に向かって走り出す。

 鉄人はまだ気づいていない。いや、気づいてもそこから動かなければ……!

 

「ちょーっと失礼します!」

「むっ!?」

 

 鉄人の肩を踏み台にして飛び上がり、途中で壁を蹴って窓に到達。なんなく校舎内へ侵入することに成功した。

 雄二よりも体格の良い鉄人を踏み台にすればあの二人と同じことができると思ってやってみたが、まさか本当にできるとは。

 

「楓!?」

「お前どうやって窓に到達したんだ!?」

『お前もか水瀬! 吉井、坂本! 次は逃がさんぞ!』

「ちょうど良い踏み台があったもので」

「よく踏み台にできたね……」

 

 私もそう思う。

 

「大体、雄二が女子更衣室に隠れていたのが悪いんじゃないか」

「全くよ」

「仕方ないだろ!? 翔子が相手だと普通の場所じゃ逃げ切れないんだよ!」

 

 まあ……あの子なら……あり得るわね。もしかしたら雄二の家にも平然と侵入してそうだ。

 どうして翔子から逃げているのかとアキ君が聞いたところ、何でも家に呼ばれているとか。

 

「…………家族に紹介したいそうだ」

 

 早い、早すぎるわよ翔子。

 

「そんな雄二に朗報があるわよ」

「嫌な報せだったら殺すぞ」

「やれるものならやってみなさい」

「二人とも落ち着きなよ。ほら雄二、この携帯電話をどうぞ」

 

 アキ君が取り出した携帯電話を雄二に渡す。誰に掛けたんだ?

 雄二は怪しみながらも誰かと通話していたが、長くは続かなかった。

 

『……雄二。今どこ』

「人違いです」

 

 翔子の声が聞こえた瞬間、彼は咄嗟にそう切り返していた。かなりの判断力ね。

 日本語が片言になるほどキレる雄二だったが、何だかんだで協力してくれるらしい。

 

「そう言えば、島田と翔子は親しかったのか?」

 

 うん。それは私も気になっていたところだ。去年クラスメイトだった私ならともかく、接点のない島田さんと翔子が親しい仲とは思えない。

 

「聞いて驚け、実は霧島さん本人じゃなくて彼女の声真似をした秀吉が」

「目をつぶって歯を食いしばれ」

「君がね?」

 

 今こそどら焼き一個分の仕事を果たすときだ。

 

 

 ★

 

 

「失礼しまーす!」

 

 私は今、アキ君と雄二と一緒に学園長室に乗り込んでいる。

 瑞希が転校しそうになっている要因は三つ。一つは設備の悪さ、二つ目は劣悪な教室、三つ目は低レベルのクラスメイトだ。

 この内、二つ目だけは学園側の協力が不可欠なので、こうして学園のトップである学園長に直訴しに来たわけである。

 

「失礼なガキどもだねぇ。返事も待てんのかい?」

 

 私達を出迎えたのは長い白髪が目立つ藤堂カヲル。試験召喚システム開発の中心人物だ。これでも学園長だからびっくりしかない。

 その隣で彼女を睨んでいるのは教頭の竹原。私はこの人、あんまり好きじゃないわ。

 二人は何かを言い争っていたが、竹原が学園長室を後にしたことでそれは終わった。

 

「んで、アンタらは何の用だい?」

「学園長に話があって来ました」

 

 雄二が率直に話があると言ったにも関わらず、聞く耳を持たない学園長。大丈夫かこの人。

 すると学園長は社会の礼儀だと言って名前を名乗れと言ってきた。……正論ね。

 

「俺は二年F組の坂本雄二。それでこっちの二人が――二年生を代表するバカと女子生徒の問題児筆頭です」

 

 君は人の名前も言えないのか。

 

「ほぅ……アンタ達がFクラスの坂本と吉井に水瀬かい」

「待ってください! 僕らまだ名前を言ってませんよ!?」

 

 もうそれだけで私だとわかるようになっていたなんて……ちょっと悲しいわ。

 しかし、気が変わったらしい学園長は話を聞いてくれるようだ。良かった良かった。

 雄二はキレながらも丁寧に要求を説明していく。学園長の返事は……

 

「ふむ――却下だね」

「雄二。このババアはコンクリに詰めよう」

「ダメだよアキ君。この老いぼれは眉間を一発ブチ抜いてあげないと」

「お前ら……もうちょっと態度には気を遣え」

 

 いけない。アキ君に合わせて本音が出ちゃった。気をつけないと。

 

「バカ二人が失礼しました。とりあえず理由をお聞かせ願えますか、ババア」

「教えて下さい、ババア」

「さっさと吐いて下さい、老いぼれ」

「……それで本当に聞かせてもらえると思っているのかい?」

 

 とか言いながらも、学園長は交換条件で相談に乗ってくれることとなった。

 条件とは、召喚大会の優勝商品の一つである『如月ハイランド プレオープンプレミアムペアチケット』の回収である。

 何でも良からぬ噂を聞いたらしく、その内容を知った雄二は混乱し出した。……如月グループの力で強引に結婚か。

 その『召喚大会の賞品』と交換という条件をアキ君と雄二はこの条件を呑んだが、私はある事に引っ掛かっていた。

 

「…………」

 

 たかがペアチケットの回収にそこまで手の込んだことをやる必要はあるのか? 学園長は試験召喚システムの開発に関わっている。そんな人がペアチケットの回収に熱を入れるとは思えない。そこは普通、『白銀の腕輪』を回収するはず……

 

「――楓?」

「ん? どうかした?」

 

 いけない。考えすぎて周りが見えなくなるところだった。

 

「当然召喚大会で、優勝できるんだろうね?」

 

 どうやら二人は召喚大会で優勝して賞品を回収するつもりのようだ。ほほう、なら私も――

 

「アンタは出場しちゃダメだよ」

「え」

 

 何を言っているんだこの老いぼれは。

 

「アンタを出場させるのは教師を出場させるのと同じようなもんだからね」

「楓。とりあえず拳を引っ込めて」

 

 アキ君にそう言われ、渋々拳を引っ込める。次はないぞ。

 

「それじゃボウズども、任せたよ」

「「おうよっ!」」

 

 こうして、文月学園の最低コンビが誕生することになった。ちょっと羨ましい。

 

 

 

 




 バカテスト 地理

 以下の問いに答えなさい。
『バルト三国と呼ばれる国名を全て挙げなさい』



 姫路瑞希の答え
『リトアニア エストニア ラトビア』

 教師のコメント
 その通りです。


 土屋康太の答え
『アジア ヨーロッパ 浦安』

 教師のコメント
 土屋君にとっての国の定義が気になります。


 吉井明久の答え
『香川 徳島 愛媛 高知』

 教師のコメント
 正解不正解の前に、数が合っていないことに違和感を覚えましょう。


 水瀬楓の答え
『フロリダ半島 プエルトリコ バミューダ諸島』

 教師のコメント
 それはバミューダトライアングルです。




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第三問

「へぇ、やればできるのね」

 

 ついに迎えた清涼祭初日。遅れて登校した私は中華風の喫茶店に姿を変えた自分の教室にちょっと驚いていた。

 薄汚いみかん箱にはテーブルクロスが掛けられており、立派なテーブルになっている。あのクロスは確か演劇部の小道具ね。

 ……ちょっと一工夫しておきましょう。クロスを用意してくれた秀吉のためにも。

 

「何を書いておるのじゃ?」

「ちょっとした措置よ」

 

 今書いている物を使えばイメージダウンを回避できる可能性がある。

 言ってしまうと粗の部分を見られなければ大丈夫だが、営業妨害が目的で見せびらかそうとする奴は少なからずいるだろう。

 まあこれを見せたら大体いけるだろうし、それでもクレームを付ける奴がいるなら間違いなく営業妨害が目的の連中ということになるからわかりやすいものよ。念には念を入れないと。

 アキ君の方をチラリと見てみると、味見用であろう胡麻団子を持ってきたムッツリーニがいた。

 

「味見用……だよね?」

「…………(コクリ)」

 

 一応確認は取っておく。周りでは胡麻団子の味にやられた瑞希、島田さん、秀吉がそれを頬張りながら大絶賛している。

 秀吉以外の二人に至ってはトリップ状態に入ってしまっていた。……ちょっと食べたいわね。

 

「アキ君。半分頂戴」

「いいよ」

 

 残り一つしかなかったのでアキ君の胡麻団子を半分ほどもらう。

 そしてそれを勢いよく口の中へ放り込んだ。さてさて、味は如何なものか。

 

「「表面はゴリゴリで中はネバネバ、甘すぎず、辛すぎる味わいがとっても――んゴパっ」」

 

 何この既視感(デ ジ ャ ブ)。目に映ってきたのは私の人生の軌跡……これ走馬灯!?

 

「あ、それは姫路が作ったものじゃ――しっかりするのじゃ水瀬!」

「はっ!?」

 

 秀吉の叫び声で目を覚ます。不味い、これは一口でも食べたら走馬灯が見れちゃう取り扱い要注意の危険でしかない飲茶だ。

 おそらく、アキ君のように特殊な訓練を積んでいる人間でないと食べられない代物だろう。

 

「「…………!!(グイグイ!)」」

「ムッツリーニ! 楓! 二人ともどうしてそんなに怯えながら僕の口に胡麻団子を押し込もうとするの!? 食べられないものを押し込むのはやめてよ! 僕はまだ死にたくないんだから!」

 

 私だって自分が可愛いのよ……!

 

「ん? 美味しそうな団子じゃないか。どれどれ?」

 

 いきなり戻ってきた雄二がなんの躊躇いもなく化学兵器を口に運ぶ。

 その豪胆さはある意味尊敬するわ。見習いたくはないけど。

 

「ふむ。表面はゴリゴリで中はネバネバ、甘すぎず、辛すぎる味わいがとっても――んゴパっ」

 

 うん、わかってた。

 

「雄二。美味しかったよね?」

 

 アキ君が目で訴えながら床に倒れ伏せた雄二に問いかける。多分伝わってないね。

 雄二は「何の問題もない」と言ったが、次の一言がアウトだった。

 

「あの川を渡ればいいんだろう?」

 

 その川は私も見たことがある三途の川だ。

 

「ダメよ雄二。それを渡ったら閻魔様とご対面することになるわ」

「そうだよ雄二! 渡ったら戻れなくなっちゃうよ!」

 

 たった一口で致命傷になっていたなんて思いもしなかった。ここまで来ると暗殺用の武器としても活用できちゃうわね。

 アキ君が雄二を蘇生させようと奮闘していると、トリップしていた瑞希と島田さんがようやくこちらの異常事態に気づいた。

 お願い雄二。私達のためにも早く起きて。というかこの世に帰ってきて。

 

「六万? おいバカを言え。渡し賃は六文と相場が決まって――はっ!?」

 

 あっ、生き返った。

 

「雄二。攣った足は大丈夫なの?」

「攣った足? いや、俺は足が攣ったんじゃなくてあの団子に――」

「……もう一つ食わせるぞ」

「ちょっと足が攣ったんだ……最近は運動不足だったからな」

 

 雄二ってこういうときは本当に賢いのよね。物分かりが良い的な意味で。

 すぐさまアキ君と笑顔でやり取りをする雄二。仲が良いのね二人とも。

 

「へぇ……坂本ってよく足が攣るのね?」

 

 島田さんが私達を怪しみながらそう呟く。ここでバレるのはちと不味いわね。

 

「ほら、私がいつも蹴り飛ばしてるからそのせいかもしれないよ?」

「おい水瀬! 変な嘘言ってないで俺の足を蹴るのはやめぐぁっ!?」

 

 実際に雄二の足を何度も蹴りつけながら島田さんを説得する私。我ながら良い考えだわ。

 島田さんはその様子を見てひとまず納得してくれた。良かった良かった。

 ……とりあえず、私の言いつけを守らなかった瑞希に物申す必要があるね。

 

「瑞希。私、ホールだけで頑張りなさいって言ったよね?」

「は、はいっ」

「なんで料理作ってるのかな?」

「あ、その~……」

 

 目を泳がせながら両手の人差し指を合わせる瑞希。それを見てときめいているアキ君には悪いけど、私はガチだ。

 

「――どうしても作りたくなっちゃって♪」

「次、厨房に入ったら裸エプロン着せるから」

「…………裸エプロン……!!(ダバダバ)」

「ムッツリーニ! しっかりするんだ!」

 

 瑞希は少し考え込んでいたが、自分がどうなるかを理解したのか顔がボンッと真っ赤になった。いつものように鼻血を出して悶絶しているムッツリーニは置いとこう。

 島田さんも言葉の意味を知っていたのか顔を真っ赤にしている。ついでに秀吉も。

 

「だ、ダメですっ! 皆さんの前で裸になるなんて私にはとてもできませんっ!」

「じゃあ厨房には入らない?」

「そ、それは――」

「ムッツリーニ。エプロン縫って」

「入りません! 入りませんからっ!」

 

 わかってくれたようで何よりだ。

 

「少しの間、喫茶店はムッツリーニと秀吉と水瀬に任せる。俺は明久と召喚大会の一回戦を済ませてくるからな」

「あれ? アンタたちも出るの?」

 

 召喚大会という言葉に反応した島田さん。アキ君は適当にはぐらかそうとしたが、彼女は探るように視線を向けている。

 大方、賞品関連ね。ペアチケットで間違いないだろう。……ちょっと不味いかな。

 

「……誰と行くつもり?」

 

 やはりと言うべきか、アキ君が賞品目当てだとわかるや否や攻撃色になる島田さん。それに合わせて瑞希も戦闘モードへと移行した。

 困り果てているアキ君だが、無理もない。彼はあくまで賞品を学園長に渡すつもりでいる。誰と行くかなんて考えもしてないはずだ。

 そばにいた雄二がフォローでも入れるつもりなのか、アキ君に近づいた。

 

「明久は俺と――」

「私と行くんだよ」

 

 島田さんは私と雄二の言葉を聞いて信じられないといった顔で目を丸くしている。

 雄二と二人で行くなんて言ったらアキ君がホモとして扱われる。せめて女子の私でないと。

 

「坂本と水瀬さんと『三人で幸せになりに』行くっていうの……?」

 

 こんなの私でも予想できるか。

 

「俺たちは何度も断っているんだがな」

「アキ。アンタそれ二股って言うんじゃ……」

「お願いだから待って美波! 誤解にもほどがあるよ! それと秀吉! 悔しそうに涙目で僕を睨むのはやめて!」

 

 もしかして秀吉も雄二と行きたかったのだろうか? 翔子がいる限り無理なのに。

 せっかくのフォローも逆効果だった。こんなの間違ってるよ。

 その後アキ君は小悪党のような捨て台詞を残し、雄二と共に教室を後にした。

 

 

 ★

 

 

『マジできったねえ机だな! これでよく食べ物を扱えるもんだ!』

 

 厨房の隅っこでボーッとしていると、明らかに営業妨害目的であろう罵声が聞こえてきた。

 あの措置を見たうえで営業妨害をやるなんて大した度胸ね。ちょっと暇してたし、少しブチのめしてあげましょう。

 

「あ、楓」

 

 厨房から出ると、一回戦を終えて戻ってきたらしいアキ君と雄二がいた。

 えーっとクレーマーは……ハゲとモヒカンね。まるでチンピラである。制服を見る限り、あの外見で三年生らしいのだから驚くしかない。

 雄二の後に続き、彼とアイコンタクトを交わして迎撃の体勢に入った。

 

「まったく、責任者はゴペッ!」

「お、おい夏川あべしっ!」

「私が責任者兼クラス代表の坂本雄二です。何かご不満な点でも御座いましたでしょうか?」

 

 クレーマーのソフトモヒカンを殴り飛ばし、雄二と共に恭しく頭を下げる。

 名前を名乗る必要なんてない。無口キャラで通しでもすれば難なくごまかせるだろう。私はさしずめ代表の補佐といったところかな?

 

「不満も何も、今俺たちが殴り飛ばされたんだが……」

 

 まだ生きていたのか。さっさとくたばって楽になれば良いものを。

 

「それは私達の『パンチから始まる交渉術』に対する冒涜ですか?」

「目潰しかましますよ?」

 

 右手をチョキにして構え、照準をモヒカンの両目に合わせる。

 肘で目を潰す技よりはマシなはずだ。あっちは出血が激しいし。

 

「ふ、ふざけんなこの野郎! そっちの女に至っては明らかに脅迫だふぎゃあっ!」

「おい常村ひでぶっ!」

「さらに『キックで繋ぐ交渉術』でございます」

 

 何か言おうと立ち上がったハゲの顔にハイキックをぶつける。

 そろそろ諦めて無様に消え失せてほしいわね。さすがにこれ以上は他のお客さんにも影響するかもしれないから。

 

「最後には『プロレス技で締める交渉術』が控えてありますが?」

「わ、わかった! こちらからはこの夏川を出そう! 俺は何もしないから交渉は不要だぞ! だからその女を止めてくれ!」

「おい常村! 俺を売ろうってか!? だがその女を止めてくれってのには賛成だ! なんか雰囲気がヤバイから止めてくれ!」

 

 久々に本格的な構えを取っただけなのだが、ハゲとモヒカンには何が見えたのだろうか?

 交渉が効いたのか撤退しようとするハゲの夏川とモヒカンの常村――常夏コンビでいいか。

 しかし、そうは問屋が卸さない。交渉には最後まで付き合ってもらわないと。

 

「ほう。それなら――」

「おいっ!? 俺らもう何もしてないはずだ! なんでそんな大技をげぶるぁっ!」

「ま、待て! お前もなんで助走しながら俺に近づいてごぶるぁっ!」

「――これにて交渉終了」

 

 雄二はハゲにバックドロップを、私はモヒカンにドロップキックを決めた。

 ボロボロになった身体を互いに支え合いながら、一生懸命に退散していく常夏コンビ。次また来たら喉を潰してやる。

 

『まあ、表のチラシに机の事とか書いてあったけどそこまで気にしてないかな』

『それに消毒も所々に置いてあるからね』

『食べ物も美味しいし』

 

 悪評にならなかったのはいいが、それでもやっぱり不満のあるお客さんはいるみたいね。

 この店での注意事項が書いてあるチラシと所々に置いてある携帯消毒こそが私の用意した措置だ。特に消毒はこの店に限らず、ほとんどのレストランなどに置いてあるはずだし。

 なぜか教頭の竹原が来ているのが気になるけど、今はどうでもいいわね。

 このあと秀吉たちが立派なテーブルを二つほど持ってきてくれたが、当然それだけじゃ足りないのでアキ君と私は雄二と組んでテーブルをいくつか調達したのだった。

 

 

 

 




 バカテスト 『清涼祭』アンケート

 学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください。
『喫茶店を経営する場合、制服はどんなものが良いですか?』



 姫路瑞希の答え
『家庭用の可愛いエプロン』

 教師のコメント
 いかにも学園祭といった感じですね。コストも掛からないですし、良い考えです。


 土屋康太の答え
『スカートは膝上15センチ、胸元はエプロンドレスのように若干の強調をしながらも品を保つ。色は白を基調とした薄い青が望ましい。トレイは輝く銀で照り返しが得られるくらいのものを用意し裏にはロゴを入れる。靴は5センチ程度の――』

 教師のコメント
 裏面にまでびっしりと書き込まなくても。


 吉井明久の答え
『ブラジャー』

 教師のコメント
 ブレザーの間違いだと信じています。


 水瀬楓の答え
『裸エプロン(性別問わず)』

 教師のコメント
 性別を問わないという点が気になりますが、家庭用エプロンの間違いだと信じています。




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第四問

「ただいまー」

「お帰りアキ君」

 

 無事に二回戦を終えたアキ君が戻ってきたのはいいが、店はがらんとしている。

 元々暇だった私もさらに暇である。一応料理とかは作ってたけどね?

 それにしても……公開処刑に遭った根本が面白すぎた。こっそり観に行って正解だったかも。

 内容はこうだ。教科は英語Wだったのだが、点差がありすぎてとても勝てそうになかった二人は試召戦争のときに製作された門外不出の根本恭二個人写真集『綺麗に生まれ変わったワタシを見て!』を取り出して交渉材料として使い、ほぼ不戦勝という形で勝利したのだ。

 ちなみにその写真集を製作したのはムッツリーニと私だ。無駄に気合いが入っていたのを覚えている。なので写真集の中には私が吐き気を堪えて描いたイラストが何枚かあり、それを見た相方の小山さんは携帯のバイブみたいに震えていた。そしてバチが当たったのか、根本は付き合っていたらしい小山さんと見事に破局したのだった。

 

「君も鬼畜だよね」

「それは僕じゃなくて雄二に言ってよ……」

 

 ぶっちゃけあんまり変わらないと思う。

 

「ねえ秀吉。せっかくだから一緒に回ろうよ」

「ワシは別に構わんが――」

 

『どうもです、お兄さん』

『気にするなチビッ子』

『チビッ子じゃないですっ! 葉月ですっ!』

 

 どこからか雄二と女の子の声が聞こえてきた。女の子は声色的に小学生辺りだろう。

 少しすると教室の扉が開き、雄二と小学生ぐらいの女の子が入ってきた。雄二が邪魔でアキ君の視点からじゃ見えないようだ。

 二人を暇になっていたクラスメイトが一気に囲ってしまう。いくら暇だからってロリコンになろうとするのはやめようね。

 どうも女の子は『お兄ちゃん』という人を探しているらしく、名前はわからないとのこと。

 

『ソイツの特徴は?』

『バカなお兄ちゃんでした!』

 

 雄二は首を巡らせて特徴が当てはまる人物を探したものの、周りにいるのはその凄い特徴が当てはまる人物ばかりだ。

 ――ちょっと待って。あの子、『バカなお兄ちゃん』って言ったよね? 確かアキ君、以前小学生に『バカなお兄ちゃん』って呼ばれたって言ってたけど……もしかしてあの子がそうなの?

 他に特徴があるのかと雄二が尋ねると、女の子は思いきってこう言った。

 

『すっごくバカなお兄ちゃんでした!』

『『『吉井だな』』』

 

 アキ君。君は一体何をしでかしたの?

 

「僕に小さな女の子の知り合いなんていないよ! だから絶対に人違い――」

「あっ、バカなお兄ちゃん!」

 

 女の子はアキ君に駆け寄って抱きついた。やはり彼女が探していたのはアキ君だったか。

 さすがのアキ君もこれは弁明できない。いつの間に口説いたのやら。

 しかし当のアキ君は見覚えがないらしく、それを言った瞬間、女の子は涙目になった。

 

「バカなお兄ちゃんのバカぁ! バカなお兄ちゃんに会いたくて、『バカなお兄ちゃんを知りませんか?』って一生懸命聞きながら来たのに!」

 

 子供じゃなかったらどついているところだ。

 

「バカなお兄ちゃんがバカでごめんなぶっ!?」

「バカなお兄ちゃんはバカなんじゃよ。許してやってはくれんかぁっ!?」

 

 とりあえず二人を一発ずつぶん殴る。アキ君がバカなのは私でも否定できないし。というか、したらダメな気がしてならない。

 女の子は私を見てポカーンとしていたが、ハッとなって再び口を開く。

 

「バカなお兄ちゃん、葉月と結婚の約束もしたのに――」

「瑞希!」

「美波ちゃん!」

「「殺るわよ!」」

「ぶるぁっ!?」

「おぶふっ!?」

 

 戻ってくるや否や、突如アキ君に拳を振るい出した瑞希と島田さんから庇うように彼へ頭突きをかまし、身代わりという形で私の顔面に二人の拳が突き刺さった。普通に痛い。

 

「か、楓ちゃんっ! 大丈夫ですか!?」

 

 瑞希は我に返って私を心配してくれたが、島田さんはよほど怒り心頭なのか私には目もくれず、アキ君を組み伏せて関節技を敢行し始めた。

 そういえばあの子の目と髪の色、島田さんと同じね……もしかして姉妹かな?

 

「酷いですっ! ファーストキスもっ!?」

「そろそろ黙って」

 

 泣き喚くクソガ――葉月ちゃんとやらの口を手で無理やり塞ぐ。

 子供とは無垢ゆえに残酷なものだ。たった一つの発言で他人の寿命を縮められるのだから。

 基本的に実力行使には至らないものの、私は子供が苦手だ。

 

「お願いしますっ! 話を聞いてくださいっ!」

「……包丁を四本、刺したら聞いてあげるわ」

 

 君は死体と会話するつもりなのか。

 

「あっ、お姉ちゃん!」

 

 自分の口を塞いでいる私の手を剥がすと、葉月ちゃんとやらは島田さんを見て泣き止んだ。あれ? もしかしなくても姉妹?

 アキ君は女の子のことを思い出したようで、『ぬいぐるみの女の子』と大声で叫んでいた。

 ぬいぐるみの女の子……ああ、アキ君が観察処分者に認定されたとある事件絡みか。というか、おそらく元凶だろう。私はその事件に関わっていないので詳しくは知らないけど。

 葉月ちゃんとアキ君が再会を喜んでいると、島田さんが首を傾げ出した。

 

「葉月とアキって知り合いなの?」

 

 なんで妹と自分の想い人が知り合いなのか気になったようだ。

 三人の輪に入っていけない瑞希は可愛らしく悔しがりつつ、ボソボソと呟いている。でも呟きの内容は意味不明で全くわからない。引くわー。

 葉月ちゃんは瑞希とも面識があったらしく、『綺麗なお姉ちゃん』と呼んで礼儀正しくお辞儀をしている。彼女は瑞希と軽く会話を交わすと、今度は私の方へ視線を向けて一言。

 

「前髪のお姉ちゃん!」

「え」

 

 どうしよう。私、葉月ちゃんと会った記憶がないんだけど。話しかけられても困るんだけど。

 

「……えっと、誰かと間違ってない?」

「前髪のお姉ちゃんであってますっ!」

 

 ちょっと待って。マジで訳がわからないんだけど。私の交友関係に幼女はいない。

 仕方がない。もう一度確認してみよう。もしかしたらバカなお兄――幼馴染みに影響されて頭がおかしくなっているかもしれないし。

 

「人違いよね?」

「前髪のお姉ちゃんであってますっ!」

 

 残念ながら人違いではないらしい。とはいってもホントに会った記憶がない。

 

「ぬいぐるみをもらったとき、バカなお兄ちゃんと一緒にいましたっ!」

「…………あー」

 

 ちょっとだけ思い出した。確かにその日、何らかの使命を果たしたらしいアキ君と公園で合流している。そこを彼女に目撃されたのだろう。

 いわゆるニアミスってやつね。そりゃ私は面識がないわけだわ。

 

「じゃあ、初めましてだね」

「はいですっ!」

 

 改めて葉月ちゃんと挨拶を交わし、すぐに距離を取る。やっぱり子供は苦手だ。

 

「ところで……さっきよりも客が少なくなっているのはどういうことだ?」

 

 教室内を見回す雄二。それは私も気にしていたところだ。クレーマーがいるわけでもないのにクラスメイトが暇になるほど客がいない。

 するとここに来る途中で色々な話を聞いたらしい葉月ちゃんが、こんなことを言い出した。

 

「みんな中華喫茶は汚いから行かない方がいい、って言ってたよ?」

 

 誰だそんなふざけた嘘を流した奴は。大体見当がつくけどムカつくわね。

 噂の出所はおそらく例の常夏コンビだろう。というか、それ以外に思い浮かばない。

 せっかくドロップキック程度で済ませたというのに、まだやられ足りないのかあの二人。

 

「こうなったら探し出して、もう一度交渉するしかないな」

 

 全く、あと何回交渉すればあの二人はくたばってくれるのやら。

 常夏コンビの探索に葉月ちゃんも遊びに行くという名目で加わることになった。わざわざ一人で、いろんな人にアキ君のことを聞いて会いに来たんだ。何がなんでもついていくだろう。

 これは面白そうだと判断した私も同行しようとするも、秀吉を見て思いとどまった。

 

「うぅ……どうしよう……」

 

 ここで同行すれば刺激的なことが待っているかもしれない。でも、この機を逃せば秀吉との距離が縮められなくなるかもしれない。

 

「葉月。さっきの話はどこで聞いたの?」

「綺麗なお姉さんが一杯いるお店ですっ!」

「よし! 草の根を分けても探し出すぞ!」

「そうだな明久! 我がクラスの成功のために、色々と綿密に調査しないとな!」

 

 アキ君と雄二は葉月ちゃんの言葉を聞いた瞬間、物凄い勢いで全力ダッシュしていった。

 私を除く女性陣は彼に軽蔑の視線を向け、罵倒している。フォローはしにくいわね。

 ……さて、置いてきぼりにされた私はどうしよう。どちらを選べばいいのか。

 

「秀吉とのデートか同行か……」

 

 なんでこういうときに限って重要な選択を迫られるのよ。デートか同行、デートか同行……

 

「……ああもうっ! 私はどっちを選べばいいんだぁーっ!?」

「どうしたのじゃ水瀬!? 何をそんなに思い悩んでおるのじゃ!?」

 

 本気で頭を抱え、腹の底から叫んだ私は何も悪くない。

 

 

 ★

 

 

「ごめん秀吉。ホントごめん……」

「わ、ワシは問題ないぞい」

 

 あれから散々悩んだ結果、デートを選んだ。さすがに本人には言ってないけど。

 私の隣を歩いている秀吉は頬を少し赤くしながら目を泳がせている。可愛いね。

 さてさて、どこから回ればいいのやら。

 

「どっか行きたいところは?」

「ふむ……Cクラスはどうかのう? あそこには焼きそばの屋台があったはずじゃ」

「定番過ぎるからパス。私としてはイカ焼きの屋台があるBクラスがいいわね」

「それも定番と言えば定番なのじゃが……」

 

 気にしない。

 

「じゃあ三年Dクラスはどうかな? 天ぷら屋を経営しているんだって」

「天ぷらとは珍しいのう。行ってみようかの」

 

 秀吉の了承も得たので三年の教室がある四階へ向かい、近くにあったDクラスの教室へ入る。

 ……入った瞬間、お腹が空いてきた。早く食べよう。さっさと食べよう。

 店員に言われた席につき、テーブルに置いてあったメニューを手に取る。

 

「……ねえ秀吉。これ頼んでみる?」

「どれじゃ――やめた方が良いぞ」

 

 メニューを見てこれはダメだ、という感じの表情になる秀吉。

 私が見せたのはオススメだと言わんばかりにでっかく載っていた『ロシアン天ぷら』というやつだ。これを見て好奇心が湧いてきたわ。

 水を一口飲み、いざ『ロシアン天ぷら』を注文しようとしたときだった。

 

「む? 雄二かの?」

 

 秀吉が振動していたらしい携帯を取り出し、雄二と通話し始めたのだ。普通なら店内での通話はダメなのだろうけど、秀吉の様子を見る限り緊急事態のようだから不問にしてあげたい。

 何回か頷いて携帯を仕舞うと、彼は申し訳なさそうに口を開いた。

 

「済まぬ水瀬……雄二から緊急の呼び出しを受けてしまった」

 

 血祭りに挙げてやる。

 

 

 

 




 バカテスト 現代社会

 以下の問いに答えなさい。
『PKOとは何か、説明しなさい』



 姫路瑞希の答え
『Peace Keeping Operation (平和維持活動)の略。
 国連の勧告のもとに、加盟各国によって行われる平和維持活動のこと』

 教師のコメント
 正解です。


 土屋康太の答え
『Pants Koshi-tsuki Oppai の略。
 世界中のスリーサイズを規定する下着メーカー団体のこと』

 教師のコメント
 君は世界の平和を何だと思っているのですか。


 吉井明久の答え
『パウエル・金本・岡田 の略』

 教師のコメント
 それはセ界の平和を守る人達です。


 水瀬楓の答え
『パワフル・筋肉・Operation の略』

 教師のコメント
 最後だけ合っているのが腹立たしいです。




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第五問

「こ、この上ない屈辱だ……!」

 

 一人で出店を回るのはさすがに寂しいので秀吉にくっついてきたが、そこでなかなか面白いものを見ることができた。

 私の幼馴染みである吉井明久が間抜け面から美人顔に変身してしまったのだ。

 彼の女装自体は幼い頃から見てきた。しかし秀吉が着付けとメイクを行ったとはいえ、これほどの美少女になったのは今回が初だろう。

 とまあ良いものを見せてもらったわけだが、その程度で私の怒りが収まるはずもなく……

 

「ぐあぁああぁっ! お、俺が一体何をしたというんだああぁっ!」

「自分の胸に聞いてごらんなさい」

 

 秀吉を呼び出した張本人である坂本雄二にアイアンクローをかましている。

 く、苦渋の決断までして決行した秀吉とのデートを邪魔しやがってぇ……! もう少しで注文した料理が来てあーんができたというのに……!

 

「や、やめるのじゃ水瀬!」

「離して秀吉。私はこのゴリラを再起不能にする必要があるのよ!」

 

 と言いつつも、秀吉が後ろから羽交い締めにしてきたので仕方なく雄二を解放する。

 本当なら人間ミンチにしているところだが、さすがに秀吉の前でそんなことはできない。

 雄二の頭を掴んでいた右手をブラブラさせながら男子トイレを出たところで秀吉と渋々別れ、雄二と女装したアキ君の後に続く。

 ていうか女子である私が男性トイレに入っていることに誰も突っ込まないのは……寂しいものね。昔はちゃんとリアクションがあったのに。

 

「ねえ楓」

「何?」

「秀吉についていかなくていいの?」

「…………………………だ、大丈夫」

「結構間が空いたな」

 

 ち、違うっ! 決して秀吉と回りたかったとかそんなんじゃないのよ! 刺激を求める自分の性に勝てなかっただけなのよ!

 

「よし、俺らはここで待機だ」

 

 Aクラスの出し物である喫茶店に入り、雄二と共にカウンター席へ座る。元が高級ホテルみたいな成りのせいか、本格的な仕様になっているわね。

 メイド服を着こなしたアキ君を目で追っていると、まるでクレーマーのように汚い声で騒ぐ見覚えのあるハゲとモヒカンが視界に入った。

 というか例の常夏コンビじゃない。相変わらずFクラスのありもしない――とは言い切れない噂を後先考えずに言いふらしているらしい。

 どうやら彼の屈辱的な女装、あの二人をもう一度沈めるために行ったみたいだ。

 

「お客様」

 

 しずしずと汚い二人組の元へ歩み寄り、ウェイトレスのように声を掛けるアキ君。私は彼の裏声を聞いて笑いを堪えるのに必死だ。

 常夏はできるだけ女性っぽく振る舞うアキ君の全身を、気持ち悪く舐め回すように観察し始めた。あそこまでやるとバレないか心配である。

 すると何を言われたのかはわからないが、常夏の二人が立ち上がった。そしてアキ君がハゲの胴にしっかり抱き着くと、

 

「くたばれぇぇっ!」

「ごばぁっ!?」

 

 見事なバックドロップを繰り出した。

 脳天をモロに痛打し、完全に沈んだハゲ。口から白いものが出たり入ったりしているが、すぐに起きることはなさそうだから大丈夫でしょ。

 ここで隣に座っている雄二へ視線を向けると、『いくぞ』と簡単にアイコンタクトで伝えてきたので、彼の後に続く形で立ち上がり、アキ君の元へ向かう。

 

「キャー、この人私の胸を触りましたー!」

 

 こんなに棒読みな悲鳴は初めてよ。

 

「ちょっと待て! 先に当ててきたのはそっちだろ――ごぶるべぱぁっ!?」

「公衆の面前で痴漢とはいい度胸だな、このゲス野郎が!」

「まさか最初からそれが目的だったとはね……!」

 

 痴漢退治という大義名分を得て、私と雄二は現場に乱入した。その際に雄二と息を合わせ、拳とミドルキックのコンビネーションをかましたけど問題はないだろう。

 

「いやいや、被害者は明らかにこっちだろ!?」

「黙れ! 俺の目はこのウェイトレスの胸を揉みしだいていたお前の手をしっかりと見ていたぞ!」

 

 雄二は千里眼でも使えるのだろうか?

 

「それとそっちの前髪女! 俺らがセクハラ目的で来店したみたいに言うのやめろよ!?」

「だまらっしゃい! その見た目、言動、仕草、ゲスな声、気持ち悪い顔、服装、モヒカン……全てにおいて痴漢のそれでしょうが!」

「モヒカンと服装は関係ないだろ!?」

 

 それ以外は認めるのね。

 

「そっちの倒れている男は任せたぞ、ウェイトレス」

「あ、はい、わかりました」

 

 雄二に促され、今にも起きそうなハゲをどうしようかと考え込むアキ君。

 角度的によく見えないが、なんか自分の胸元を探っているようにも見える。

 一方で雄二は拳を鳴らしながら、一応先輩であるモヒカン変態にゆっくりと詰め寄る。その姿は正義の処刑人に見えなくもない。

 

「キャー、この人変態ですぅー!」

 

 再度アキ君の棒読みな悲鳴が聞こえてきたので振り向いてみると、意識を取り戻したハゲの頭に紫のブラジャーが付けられていた。

 ……え? ブラジャー?

 

「な、なんだこれ!? 全然外れ――」

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 何よコイツ!? なんで頭にブラジャー付けてるのよ!? もしかして頭に髪がないからそれ付けたの!? バカじゃないの!?

 

「形勢が悪い! 行くぞ夏川!」

「待て常村! 頼むから誤解だけは――ああくそっ! 覚えてろよ変態!」

 

 常村ことモヒカンは変態ことハゲを引き摺りながら立ち去っていく。その後を、雄二とアキちゃんもといアキ君が追いかけていった。

 だが、私は恐怖のあまりその場で踞っていた。鋼鉄のメンタルを持つこの私が。

 

(確かに刺激が欲しいとは思ったよ! だけどあんな変態が欲しいと言った覚えはないわよ! 神様がいるならマジでなに考えてるのよ神様!)

 

 何とか冷静になろうと女装時のアキ君はアキたんと呼ぼう、なんてことを考えていると、心配そうな顔をした瑞希が声を掛けてきた。

 

「楓ちゃん、楓ちゃん。もう大丈夫ですよ。あの人達は行っちゃいましたから、もう大丈夫ですよ」

 

 そう言いながら蹲る私の頭を、泣き喚く子供をあやすように撫でる瑞希。

 どうしよう、瑞希が天使に見えてきた。いや、もしかしたら本当に天使かもしれない。アキ君がときめくのも納得だ。

 でも……しばらく眠れそうにない。もしも眠れたら瑞希に感謝しよう。

 

 

 

「不戦勝?」

「ああ、食中毒だとよ」

 

 ようやく私が落ち着いたところで、三回戦を終えたアキ君と雄二が戻ってきた。

 二人の様子からして勝ったようだが、たった今雄二がその理由は食中毒による不戦勝だと教えてくれた。また瑞希がやらかしたのかしら?

 アキ君と秀吉も似たような会話をしている。が、秀吉は申し訳なさそうに表情を曇らせた。

 というのも、この店は客を失っている。さっきも秀吉とそれについて話し合っていたのだ。私がへこんでたせいで会話にもならなかったが。

 悪評の元は断っても、悪評自体が消えてくれるわけじゃない。あれを払拭しない限り、お客さんは来ないだろう。

 

「何か良い案は?」

「安直過ぎる発想ならあるぞ。中華にコレを組み合わせるという発想がな」

 

 そう言って雄二が取り出したのは、水色と白のチャイナドレスだった。ていうかどこから取り出したのかしら? 手品でも使った?

 まあ、そのチャイナ服を瑞希か島田さんが着用すればインパクトが生じる。注目の的になるだろう。秀吉が着るのも個人的にはアリだけどね。

 

「コレを――明久が着る」

 

 さすがにそれは――いえ、女装の似合うアキ君なら案外イケるのではないだろうか?

 

「お願い待って! メイド服でもギリギリなのに、チャイナまで着たら僕は生粋の女装男子だと認識されてしまう!」

「アキ君。手遅れって言葉、知ってる?」

「待つんだ楓。僕はメイド服を着ただけで、まだ一線は超えていない!」

 

 幼馴染みの基準がおかしい件について。

 

「冗談に決まってるだろ。こんなときに着せ替えゲームをするほど、俺はヤワじゃない」

「なんだ、冗談か……良かっ――」

「ただいま~! ってあれ? アキってばメイド服脱いじゃったんだ」

 

 アキ君がホッとため息をついたところで、ちょうどタイミングよく(?)島田さん、瑞希、葉月ちゃんの三人組が帰宅。

 そんな彼女達の呑気な発言にイラッときたのか、アキ君はにこやかな笑顔で、雄二は悪役のような笑みを浮かべて女子高生二人を包囲した。

 ……どうやら私は女子として認知されていないようだ。何がイケなかったのかな?

 

「やれ、明久!」

「りょーかい! へっへっへ、抵抗せずにこのチャイナ服を着てあだぁっ! すんません自分チョーシくれてました!」

 

 片手にチャイナ服を持ち、ゲスな笑い声を上げながら跳び掛かったアキ君を、島田さんがエルボードロップで簡単に沈めてしまった。

 というか島田さん、アキ君が悪いとはいえそこにエルボーを叩き込むのは危ないと思うの。そしてアキ君は三下感が拭えないわね。

 島田さんが瑞希の代弁も含めているのか渋い顔をしながら疑問を投げ掛けると、

 

「店の宣伝のためと、明久の趣味だ。お前はチャイナドレスが好きなんだよな?」

 

 雄二がアキ君に話を振り出した。ていうか、アキ君がチャイナ萌えっていうの初耳なんだけど。

 もしかして……自分が着せられそうになった反動で目覚めちゃったの?

 

「大好――愛してる」

「お前は本当に嘘をつけない奴だな」

 

 ホントに目覚めていたようだ。

 

「し、仕方ないわね! そういうことなら着てあげるわ!」

「お、お店のためですしね!」

 

 世間では彼女達のような人間をチョロインという。いや厳密には違うけども。

 とまあこんな調子で、この二人以外にも葉月ちゃんと秀吉がチャイナ服を着ることになった。

 ……それを聞いた際、思わずガッツポーズをしてしまったのは絶対に秘密にしておこう。

 

 

 

 



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第六問

 久々の投稿です。


「遅いわねぇアキ君」

「あのバカ、茶葉を取りに行くだけでここまで時間を掛けるか普通」

 

 秀吉(と女子二名)のチャイナドレス姿をこれでもかと言うほどに堪能し、少々強引にツーショット写真を撮る約束をした私は、茶葉を取りに行ったアキ君を雄二と共に迎えに行っていた。

 Fクラスから茶葉のある空き教室まではそう遠くない。アキ君がその場で考え込んでいるか、彼の身に何かあったと考えるのが妥当だろう。

 

「おい明久。ムッツリーニが茶葉の他に餡子も急いで持ってきてくれと」

「……何してんのアキ君」

 

 空き教室の前に来たところで雄二が扉を開けると、年の近そうな男三人組を相手にするアキ君の姿が目の前にあった。近いわねコイツ。

 

「雄二に楓。丁度よかった。この三人、雄二たちと喧嘩がしたいみたいなんだ。だからあとは宜しく」

「いやいや、何を言って――」

 

 さらなるバカへと進化してしまったのか。そう思ったところで雄二と共に教室へと引き入れられた。人の話はちゃんと聞こうよ。

 全く、こんなチンピラみたいな連中を女の私にどうしろと――

 

「「――ああ、そうか。そういうことか」」

 

 雄二と台詞が丸被りしてしまったが、そんなことはどうでもいい。

 アキ君には貸し一つとして、とりあえず――

 

「コイツらどうする?」

「面倒だし、まとめてやっちまうか」

 

 ――この三人を処してしまおう。

 

 

~~少々お待ちください~~

 

「お、覚えてろちきしょー!」

 

 最初に右目に痣のできた男。

 

「夜道に気をつけろよ!」

 

 次に歯が抜けて頬が腫れた男。

 

「その面ぜってーに忘れねぇからな!」

 

 そして最後に服も顔もボロボロの男。

 ご覧の通り、一分足らずで負け犬が出来上がった。同じくケンカの強い雄二もいたとはいえ、いくら何でも弱すぎである。

 大方、向こうの目的はこちらの妨害、もしくは誰かの差し金辺りかな。ただのチンピラにしてはちょっと賢いやり方だったしね。

 前者ならどこのクラスか特定すればすぐにでも叩き潰せるが、後者となれば危険かもしれない。

 こういうのってお偉いさんが絡んでいる可能性も、ゼロではないからね。特にチンピラを雇っている下りがそれを臭わせている。

 

「……もしそうだとすれば……早いうちに手を打つべきか――」

「おい水瀬。考えているところ悪いが、急いで戻るぞ」

「ムッツリーニが待ってるからね」

「ん? あ、そうね」

 

 アキ君と雄二の呼びかけで現実へと引き戻され、アキ君に茶葉と餡子を持たされる。

 ……何故に私までこんなことしなくちゃいけないのよ。

 

 

 

「アキ君。そろそろ四回戦の時間よ」

「あれ? もうそんな時間?」

 

 雑魚共をボコってから二時間後。厨房の隅っこでボーッとし、たまに手伝う形で料理を作っていた私は、わざわざ厨房から出て、喫茶店に夢中になっていたアキ君に声を掛ける。

 続いてそれに反応したのか、瑞希と島田さんも準備するかのように持っていたトレイを机の上に置き始める。今度はFクラス同士の対決かしら?

 

「バカなお兄ちゃん、葉月を置いてどこか行っちゃうの?」

 

 アキ君が自分の知らない遠い所へ行ってしまうとでも思ったのか、葉月ちゃんはアキ君を引き止めるように、彼のズボンの裾を握った。

 小学校の時からそうだけど、ホント色んな人にモテるわね君。大勢いたわけじゃないけど、中学の時も隠れファンなる者がいたし。

 しょんぼりする葉月ちゃんを前に困り果てていたアキ君だったが、颯爽と彼を迎えに来た雄二が説得を始めていた。

 

「バカなお兄ちゃんは今から大事な用があるんだ。だから大人しく待っていないとダメだぞ、チビッ子」

 

 ……雄二って子煩悩なのかな?

 

 今、彼は葉月ちゃんの頭を撫でているのだが、その動作が妙に手馴れているのだ。もしかすると、彼にもまた『バカなお兄ちゃん』としての素質があるのかもしれない。

 そんな雄二の説得を聞いても不満げに頬を膨らめる葉月ちゃんだったが、

 

「その代わり、大人しく待っていたら――バカなお兄ちゃんがオトナのデートに連れていってくれるからな?」

「葉月お手伝いしてくるですっ!」

 

 何気なく投下された超弩級の爆弾発言に目を輝かせ、物凄い勢いで厨房へ駆け込んでいった。

 

「あぁ……僕の財布がどんどん軽くなっていく……」

「アキ、ちょっと話があるから校舎裏まで来て?」

 

 自分の身ではなく、財布の中身を心配するアキ君の肩を、今にも粉々にしそうな勢いで掴む葉月ちゃんのお姉さんこと島田美波さん。

 妹思いなのは良いことだが、彼女の場合は近いうちにやらかしそうで洒落にならない。

 とりあえずアキ君の肩を助けようと一歩踏み出した瞬間、島田さんと一緒にいた瑞希が名案です、と言わんばかりに口を開いた。

 

「待ってください美波ちゃん。どうも吉井君たちが次の対戦相手のようですから、召喚獣でお仕置きした方が遠慮なくできると思いますよ?」

「バカなの? ねぇバカなの?」

 

 皆知ってる? この子、意味のわかる人に限ればなかなか物騒な発言をしてるけど、れっきとした優等生なんだよ? 信じられる?

 

「待って姫路さん! 僕の召喚獣はダメージのフィードバックが付いているんだよ!? 点数の高い姫路さんの召喚獣に攻撃されたら僕の身が持たな――」

「フン、望むところだ」

「それは私としても楽しみね」

「雄二! お願いだからそんな簡単に僕の生命を左右しないで! それと楓! 自分が傍観者だからって僕の不幸から刺激を得ようとするのやめてよ!」

 

 違うんだよアキ君。傍観者だからこそ、こういうことしかできないのよ。あの老いぼれから直々に出禁食らわされてるわけだし。

 

「上等よ。そうと決まれば早く会場に向かいましょ。アキがどんな声で啼くのか楽しみだし」

「いいだろう。明久にどこまで大きな悲鳴を上げさせられるのか、じっくりと見せてもらおうか」

「助けて楓! 今頼れるのは君だけなんだ!」

 

 味方が誰一人としていない中、アキ君はいつかの試召戦争の時みたく、私に助けを求めてきた。

 本来なら貸し一つで助けるところだが……

 

「ダメだよアキ君。こんな刺激的なこと、私が見逃すわけ――自分で蒔いた種は自分で刈らなきゃ。まぁ、ご愁傷さま」

「今さらっと本音が出たよね!? 僕を刺激の糧にする気満々だよね!?」

 

 あらイケない。さらっと本音の部分が出てしまったわ。

 

「時間がない。早く行くぞ、明久」

 

 しかし、こうしてるうちにも時間は過ぎていく。さすがにヤバいと判断したのか、楽しそうに笑っていた雄二の顔がマジになった。

 

「放して雄二! 僕はこのバカ馴染みの頭をかち割らなければならないんだ!」

「失礼なこと言うわねぇ」

 

 誰がバカ馴染みよ。

 

 裏切られたアキ君の叫びも空しく、彼は雄二によって強制的に連れていかれてしまった。ホントに時間がないから仕方ないね。

 

「……さて、私も行きましょうか」

 

 アキ君の悲鳴がどんなものか、幼馴染みとして聞いておきたいし、何より刺激に満ち溢れてそうだからね。ていうかきっと満ち溢れてる。

 

 

 

「……アキ君」

「……何?」

 

 Fクラス同士の対決になった四回戦はアキ君と雄二のペア――ではなく、味方もろとも敵を葬った雄二の一人勝ちとなった。

 私は観客席で彼らの会話の内容を、ムッツリーニからもらった盗聴器で聞いていたのだが、それはそれは面白いものだったよ。

 

 雄二の口車に乗せられ、召喚獣に召喚獣をぶつけるというを正攻法で倒そうとする瑞希と、本体のアキ君を直接倒そうとする島田さん。

 審判の先生も何をどう見たのか『反則はない』と真顔で言ってのける始末だったが、一番酷かったのはアキ君の召喚獣に反映された点数だ。

 

 ――9点って何よ。9点って。

 

 ちなみに島田さんはさらに下の6点だったけど、彼女は漢字に慣れていない帰国子女だから仕方がない。でもアキ君は違う。

 アキ君は日本で生まれ、日本で育った。それに加え、老いぼれ学園長に太鼓判を押されるほどの学力を誇る私が、小学校時代から今に至るまで彼に勉強のイロハを叩き込んだ。

 それなのに……それなのにあの点数ってどうなのよ!? こっちは怒りを通り越して目頭が熱くなったわ!

 

 まぁ、過ぎたことは仕方がない。でも私はこれを差し引いてもまだ怒っている。というのも――

 

「――あの悲鳴は何よ!? 『ダンプっ!』ってふざけてるの!? 交通事故にでも遭ったつもり!?」

「僕はいつでも本気だよ! 楓にはわからないだろうけど、アレはそれぐらい痛かったからね!?」

 

 彼の上げた悲鳴があまりにもつまらなかったのだ。文字通り、アキ君の本心がそのまま言葉になったかのような悲鳴だった。

 刺激になるなんてものじゃない。むしろ刺激を得ようとした私が謎の罪悪感を感じてしまうほど、その悲鳴が酷く心に響いたのだ。

 

「どうして観客の私が罪悪感を感じなきゃならないのよ……」

 

 わけがわからない。あの現状を楽しんで刺激を得たかっただけだ。なのに、アキ君の変な悲鳴のせいで興が冷めてしまった。もうちょっとマシな悲鳴上げなさいよ全く。

 

「まぁいいわ。次はちゃんと悲鳴上げてよね。できればじわじわと心と全身に響く感じのやつを頼むわ」

「絶対に嫌だ! そんなに刺激を得たいなら雄二の悲鳴にしてよ!」

「それこそお断りだわ。こんなゴリラの悲鳴なんて」

「さりげなく俺を巻き込むなバカ共」

 

 こっちだって巻き込みたくて巻き込んだわけじゃないわよ。まぁ、ぶっちゃけ雄二の悲鳴を聞きたくないというのは半分ほど嘘だ。翔子絡みの悲鳴に関しては是非とも聞きたい。

 

「まさか、僕のことが嫌いなの……!?」

 

 ついに私の冷たい扱いに耐えられなくなったらしく、アキ君は涙目で私を睨んできた。それ、女の子みたいでカワイイわ。

 でもねアキ君。島田さんと瑞希、ついでに雄二がいる中でその言い方はマズイと思うの。

 アキ君は気づいていないが、彼の背後で二人がスタンバっており、雄二も非常に楽しそうな顔で聞き耳を立てている。

 

 ……なら、今の私が言えることは一つね。

 

「……いいえ、別に嫌いじゃないわ」

「そ、そうなんだ。良――」

「大好きよ」

「――くなーい!! その言い方は良くないよ楓!」

 

 そうそう、そういう反応も見たかったのよ私は。ちょっとした冗談で慌てちゃってさ。

 私の爆弾発言に瑞希はやはりという感じで驚きの表情を見せ、島田さんも驚きと怒りが混じったような、複雑な表情になった。

 ちなみに雄二は私の真意がわかっているのか、面白そうにニヤニヤしている。

 ……アキ君が大好きというのは別に嘘じゃない。でも、それは瑞希と島田さんが思ってるような恋愛的な意味じゃなくて、幼馴染みや刺激の避雷針的な存在としては大好きって意味だ。

 

「か、楓ちゃんっ! それは本当なんですか!?」

「う、嘘だと言って! お願いだから嘘だと言ってっ!」

「あ、あれ? なんで私に問い詰めてくるの?」

 

 今度はまるで人生の崖っぷちに立たされたかのような表情になり、目に涙を滲ませながら必死に問い詰めてくる二人の恋する乙女。

 これは予想外だった。というのも、こういう時は理不尽に怒り狂ってアキ君に問い詰めるものだと思っていたからだ。

 ……いやまぁ、冷静に考えたら私が問い詰められるのは当たり前だけどね。

 

「う~ん……アキ君が大好きってのは本当に嘘じゃないわ。でも、二人が思っているようなことにはならないからそこは安心していいよ」

 

 ちょっとまだ誤解されそうな言い方だが、これで伝わってくれたら助かる。

 

「よ、良かった……! 本当に良かった……!」

「もう、もうダメかと思いました……!」

「えぇ!? 二人ともどうしたの!?」

 

 二人とも相当な絶望感に浸されていたらしく、私の言い分を聞くなり膝をつき、心底安心したかのように胸を撫で下ろした。

 そんな二人を見て、一体何事だと慌てるアキ君。話の内容を聞いておいてその反応はないでしょ。状況把握は基本中の基本だよ?

 

「なんでこうなったのかしらねぇ」

「そりゃ姫路と島田からすれば、明久の幼馴染みであるお前は最大の試練だからな。こういう反応をするのは当然だろう」

「さすがに大袈裟過ぎない?」

 

 その見方だと私が二人のラスボスになってしまうんだけど。私はどっちかというと中ボスだ。本当のラスボスはまた別にいる。

 

「そもそも、私にだって四人の敵がいるのよ? 瑞希達を試す暇なんてないわ」

「ほう? それは良いことを聞いたな」

 

 やってもうた。

 自分の弱点。その一つを、よりにもよって悪知恵の働く雄二に教えてしまった。

 

「これが自爆ってやつか……!」

「お前にしては珍しいミスだな」

 

 ま、まぁいいわ。四人の敵といっても、それが誰なのかはわかるまい。

 それにしても――

 

「ウチ、たぶん今までで一番ホッとしてるかもしれない……」

「楓ちゃんは後でお説教です! 今の冗談は度が過ぎますっ!」

「ひ、姫路さん落ち着いて……」

 

 ――こんな調子で、本当に瑞希の転校を阻止できるのだろうか?

 

 

 

 




 バカテスト

 問 以下の問いに答えなさい。

 マザーグースの歌の中で
 『スパイスと素敵なもので出来ている』と
 表現されているのは何でしょう。



 姫路瑞希の答え
『女の子』

 教師のコメント
 正解です。さすがですね、姫路さん。
 女の子の材料は、砂糖とスパイスと素敵なもので、男の子の材料はカエルとカタツムリと仔犬のしっぽと歌われています。


 吉井明久の答え
『カレーライス』

 教師のコメント
 女の子は食べ物ではありません。


 水瀬楓の答え
『木下秀吉』

 教師のコメント
 木下くんも食べ物ではありません。




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第七問

「――というわけで、何度でも言いますが物事には限度があるんです」

「へぇ~」

 

 恋する乙女二人を弄んでから数分後。教室に戻った私はその片割れである昔馴染み――姫路瑞希のお説教を渋々受けている。

 確かにさっき、彼女は私に説教すると言っていたが、まさか本当にされるとは思いもしなかった。この展開は小学校以来かな。

 

「わかりましたか? 楓ちゃん」

「わかりませんっ」

 

 瑞希が聞いているかどうかを確認し、私が元気よく拒否の返答をする。

 だって、こういうのはわかっちゃったら負けってことになるじゃん。普通に考えて、わざわざ自分から負けに行くバカはいないよ。

 

「……わかりましたか?」

「わかりませんっ!」

 

 怒りで声を震わせながらも、冷静を装ってもう一度問いかけてくる瑞希。そしてそれを間髪入れず、さらに元気よく拒否する私。

 

「――どうしてわかってくれないんですか!?」

「わかって何になるのさ!? わかったところで何も楽しくないんだよ!」

 

 瑞希は再び目元に涙を溜めると、三度目にしてついに大声を出した。ガチ泣きでないのは確かね。どっちかというとツッコミかしら。

 当時もこんな感じだったなぁ。オイタが過ぎる私をアキ君が止め、一対一で瑞希に説教される。ホント、昔と何にも変わらない。

 

「楓ちゃんは昔からそうです! あの時だって、吉井君が止めなかったら――」

 

 何か淡々と語り始めたんだけど。しかも今、私が思い返していたこととほぼ同じ内容を。

 ……逃げよう。この手の説教は一度語り出したら止まらない。瑞希の場合は特にそれが顕著だ。

 

「――だから私は怒っているんです。いい加減わか――あ、あれ? 楓ちゃんは?」

「水瀬ならたった今、コソコソと出て行ったぞ」

「か、楓ちゃん!」

 

 おのれ雄二! 私の逃走計画を台無しにしやがって……あぁもう、あと少しでバレることなく逃げることができたのに!

 

「楓ちゃん! まだ話は終わっていませんよ!?」

「私の中じゃとっくの昔に終わってるのよ!」

 

 勝ち誇るように叫びつつ、教室前で私を呼び止める瑞希からどんどん距離を取っていく。

 こうなると私の勝ちは確定だ。病弱の瑞希が、運動のできる私に追いつけるわけがない。

 

「……そういえば、次の相手は翔子と木下さんだったわね」

 

 ある程度逃げたところで足を止め、次のアキ君と雄二の対戦相手のことを思い出す。

 今度はまともにやり合うと絶対に勝てない相手だ。雄二辺りが何かしらの作戦を立てるだろう。

 

 ――高確率で、私を巻き込むような作戦を。

 

 

 

「どうして……どうしてこんなことに……!」

 

 いくら何でも酷いよ。こんなの間違ってる。私が神様だったら絶対に許さない。

 

「み、水瀬よ。何もそこまで落ち込まんでもよかろう……?」

 

 ボロボロになりながらも、私を気遣ってくれるマイエンジェル――木下秀吉。

 でもね秀吉。今回だけは、心の広い私でも許すことができないの。

 

「落ち込むに決まってるじゃないっ! だって、だって――」

 

 己を奮い立たせるように全身を震わせ、四つん這いの状態から立ち上がって両拳を握り込む。

 許すわけにはいかない。この暴挙を、この残酷な仕打ちを……!

 

 

「――私だって君を縛りたかったんだよ!?」

 

「さっきからお主は何を言っておるのじゃ!?」

 

 

 ただいま準決勝の最中。案の定、私は雄二の作戦に組み込まれてしまった。

 しかしその作戦が翔子にあっさりと見破られたせいで、秀吉が双子の姉の木下優子さんに拘束されてしまったのだ。

 それだけなら別にどうということはなかったが、今の秀吉はチャイナドレスを着ている。つまり人によっては物凄く目に悪い。

 

 ――私にとっては最高だけどね!

 

 何せあの秀吉が、見た目は美少女なのに性別は男の秀吉が、チャイナドレスを着た状態のまま縛られているんだよ!? 理性を抑えるこっちの身にもなってほしいわ!

 さっき暴挙とか仕打ちとか許されないとかいったのは、木下さんが秀吉を拘束したことである。

 ていうか木下さんズルイ。私も秀吉を卑猥な感じに縛りたいって思ったことはあるのに、まさか先に実行しちゃうなんてさ。これは控えめに言っても有罪もの――ギルディだよ。

 

 ……ま、まぁとにかく、秀吉がドジを踏んで拘束された。ここに来て、雄二の作戦が初めて失敗したのだ。アキ君大ピンチである。

 それにしても幼馴染みという立場を活かし、策略家である雄二の考えを見破った翔子はさすがという他ないが、木下さんによれば匿名の情報提供とやらもあったらしい。

 

「いよいよ本格的に仕掛けてきたね……」

 

 無論、私はチャイナドレスの秀吉――じゃなくてそっちの方が気になった。

 老いぼれ長の景品回収という頼み事、アキ君が別の教室で一人になったところを奇襲した雑魚共、そして今回のタイミング良く提供された匿名からの情報……。

 肝心の犯人はまだわからないが、その犯人の目的は大体わかった。後は全てを裏付けるほどの決定的な証拠が必要だ。

 ライン的にはギリギリアウトだけど、まだ嫌がらせの域を出ていないし、何より私の中で浮かび上がった犯人候補が意外と多い。その中から絞り出すにしても手掛かりが足りないわ。

 

「ムッツリーニ」

「…………何だ」

 

 とりあえず新たな目的ができたので、拘束されていた秀吉を解放し終えたムッツリーニを呼ぶ。プリントアウトはまだのはず。

 

「さっき撮った秀吉の写真、その中でも最高のやつをお願い。報酬はできるだけ弾むわ」

「…………いいだろう」

「ワシが良くないのじゃが!?」

 

 気にしたら負けだ。

 

「まぁまぁ、落ち着いて秀吉。お返しに私の写真でもあげるから。服脱いだやつ」

「い、いら………………いらんぞっ! せめて普通の写真にしてくれんか!?」

「…………!!(ボタボタボタ)」

 

 私のあられもない姿を想像したのか、秀吉は顔をこれでもかと言わんばかりに赤く染め、ムッツリーニはいつものように鼻血を出しながらも幸せそうな顔になった。

 正直、ちょっと安心したわ。最近アキ君と雄二があまりにも慣れた感じだったから、異性としては認識されていないと思ってたもん。

 

「んじゃ、そういうことだからよろしく。ほら、アキ君が呼んでるよ?」

「むぅ……し、仕方ないのう……」

 

 渋々――というかツンデレ気味に納得し、アキ君のジェスチャーに従う秀吉。

 彼を呼んだアキ君は真剣な顔で雄二とコソコソ話をしていたが、やることが決まったようで雄二の後ろに身を隠した。

 

「翔子、俺の話を聞いてくれ」

 

 アキ君が言ったであろう台詞を、違和感がないよう真剣な表情で復唱する雄二。

 間違いなく、これはアキ君が考えた作戦だろう。雄二が自分の意思で、自分を犠牲にするようなことをやるわけがない。

 

「お前の気持ちは嬉しいが、俺には俺の考えがあるんだ」

「……雄二の考え?」

 

 翔子が反応したのを確認すると、アキ君はこっそりと拳に力を入れて作戦を続ける。

 

「俺は自分の力でペアチケットを手に入れたい。そして、胸を張ってお前と幸せになりたい――って、ちょっと待て!」

 

 今の台詞には異議があったようで、慌てて後ろにいるアキ君の方へ振り向こうとするも、頭を後ろから強引に押さえつけられているみたいで首が全く動いていない。

 そんな雄二を見ても一切動じることなく、うっとりとした表情で彼を見つめる翔子。恋は盲目というが、翔子の場合はまさにその通りだ。

 

「だっ、誰がそんなことを言うかくぺっ!?」

 

 動けないのにその場から逃げようとする雄二だが、それを見越していたアキ君は後ろから優しく彼の頸動脈を押さえ、意識を刈り取る。

 一方、攻略相手の翔子は続きの言葉を待ちかねていた。大丈夫よ、君の期待には嫌でもちゃんと応えてくれるから。

 

「だからここは譲ってくれ。そして俺が優勝したら結婚しよう。愛してる、翔子」

 

 秀吉による本人と何ら遜色のない声真似で、最後であろう台詞が紡がれる。私も秀吉に、本人の声色で今のような熱い告白をされたいわ。

 感涙しそうになるほど静かに喜ぶ翔子に対し、雄二は素直になれないのか瀕死の状態であるにも関わらず、苦し紛れに反論しようとしていた。

 

「ま、待て……! 俺は、愛してなど」

「それ以上いけない」

「こぺっ!?」

 

 雄二の背後に回り込み、余計なこと――もとい翔子をしょんぼりさせるような発言はさせまいと、彼の首を捻って再び意識を刈り取り、力尽きた彼の身体が倒れないように後ろから支える。

 これで翔子は戦意を喪失したも同然。残るは秀吉のお姉さん、木下優子さんだけだ。

 

「ひ、卑怯な……でも、アタシ一人でもあなた達には負けないはず――試獣召喚(サ  モ  ン)!」

「それはどうかな? この勝負の科目が保健体育だったことを恨むんだね!」

 

 そう言うと、アキ君はムッツリーニと私、そして秀吉に目配せをする。

 アキ君の作戦は無事に成功した。ここからは元々雄二が考えていた作戦の出番だ。

 

「いくぞ雄二っ! 新巻鮭(サ ー モ ン)!」

「おうよ明久っ! 新巻鮭(サ ー モ ン)!(※秀吉)」

「「…………試獣召喚」」

 

 二人の喚び声に応え、出現する二体の召喚獣。それはAクラスの木下さんや学年主席の翔子でも太刀打ちできない強さを持った――

 

「えっ!? それ、土屋君と水瀬さんの……!」

 

 私とムッツリーニの召喚獣だ。これぞ秘策、『代理召喚(バレない反則は高等技術)』である。普通にバレてるとか言っちゃダメよ?

 

「「…………加速(増強)」」

「ほ、本当に卑怯――きゃぁっ!」

 

 ムッツリーニと共に初撃から腕輪の力を発動させ、一瞬で勝負を決める。私はともかく、保健体育ならムッツリーニは無敵だ。

 

『Aクラス 木下優子 & Aクラス 霧島翔子

 保健体育 321点 & UNKNOWN  』

 

          VS

 

『Fクラス 土屋康太 & Fクラス 水瀬楓

 保健体育 511点 & 600点     』

 

 よっしゃ、今回は私の勝ちだ。ついでにリベンジも完了した。

 ちなみに腕輪の能力だが、種明かしすると単なる戦闘力の倍増である。具体的に言うと攻撃力、スピード、防御力が通常の二倍になるのだ。点数が400点なら800点分の戦闘力になる、といった感じにね。

 もちろんリスクもいくつか存在するけど、それについてはまたの機会にしよう。

 

『……ただいまの勝負ですが――』

「霧島さん、僕らの勝ちで良いよね?」

 

 そして当然、審判の先生から物言いが付きそうになった。むしろ公衆の面前でこれだけやらかしといて、何もない方がおかしいのだ。

 もしも私が同じ立場だったら、迷うことなくアキ君を反則負けと見なしていたに違いない。

 

「……それは」

「翔子、愛してる(※秀吉)」

「……私たちの負け」

 

 まぁ、たった今翔子が敗北を認めてくれたので何の問題もなくなったんだけど。

 

『……わかりました。坂本・吉井ペアの勝利です!』

「それじゃ、僕らはこれで!」

 

 ペコっと一礼し、観客から非難の声が聞こえてくる前に教室へと引き返すアキ君と、雄二の身体を背負いながら彼についていく私。

 隣を歩く秀吉が着崩れたチャイナドレスを直しながら、ムッツリーニと共にアキ君へ称賛の言葉を送る。せっかくの秀吉の乱れ姿が……。

 

「ありがとう。三人の協力があってこそだよ」

 

 いよいよ次は決勝、ファイナルだ。あと一勝すればアキ君と雄二――に協力を要請した老いぼれ長の目的が達成される。

 

 ……そろそろ良いかしら。

 

「待ちなさい翔子! 雄二にクスリを盛るにしてもまずは私を解放して! この体勢、結構キツイから! 腰が潰れちゃうから!」

「き、霧島さん! 雄二には決勝もあるからクスリは許してあげて! 楓の腰も危ないから!」

 

 私の腰が、絶体絶命の危機を迎えている……!

 

 

 

 




 バカテスト 家庭科

 問 次の問題に答えなさい。

 ごまに含まれている、強力な抗酸化作用を持つ栄養成分の一種とは何でしょう。



 姫路瑞希の答え
『セサミン』

 教師のコメント
 正解です。セサミンは「ゴマリグナン」という成分の一つで、細胞の老化防止、動脈硬化の予防などに効果があるといわれています。


 土屋康太の答え
『メラミン』

 教師のコメント
 名前はそれっぽいですが、それは樹脂の原料です。


 吉井明久の答え
『カナブン』

 教師のコメント
 名前もそれっぽくないですし、それは昆虫です。


 水瀬楓の答え
『セサミンC』

 教師のコメント
 どうして最後の文字を付けたんですか。




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第八問

 区切りどころがなかなか見つからなかったので、今回はいつもより長めです。


「……困ったわねぇ」

 

 以前、作戦会議や昼食の際に使っていた屋上にて、右手で頭を抱えながらため息をつく。

 あの後、私が辛そうにしていることに気づいた翔子に解放され、どうにか死ななかった腰を擦りながら教室に戻ることができた。

 そんでついさっきまで、瑞希達と一緒に仕事を再開していたのだが――

 

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇっ!」

「テメェは俺たちと遊んでりゃいいんだよっ」

「チッ、鬱陶しい……!」

 

 ――チンピラ五人組に絡まれてしまった。

 

 別にその場でおっぱじめても良かったのだが、教室だと商売に影響が出るので、私が誘導する形で屋上へと連れてきたのだ。本当にケンカまで発展するとは思わなかったけど。

 なのでどちらかと言えばやりやすいのだが、どうにも胸騒ぎがしてならない。誰かの手のひらで踊らされているような気がする……。

 

「アタァッ!」

「ごふっ!?」

 

 殴り掛かってきた男の鳩尾に左の肘を突き刺し、怯んだところをハイキックで沈める。

 何の策もなしに真正面から殴ってくる辺り、格闘技の経験者ではなさそうだ。いたとしたらそれはそれで堪ったものじゃないけど。

 ていうか何なのよコイツら。どっから湧いてきたのよ。いくら虫けらとはいえ、無限湧きだけは本当に勘弁してほしいものだ。

 

 Prrrrr Prrrrr

 

「あぁもうっ! 誰よこんな時に!」

 

 ポケットから電子音が響き出し、それに合わせて身体に振動が伝わってきた。

 苛立ちながらも大柄な男にボディブローを入れつつ、携帯電話を取り出して通話に応じる。

 

「もしもし!?」

『出たっ! 楓、大丈夫!?』

「こっちは今、お取り込み中よ! 言いたいことがあるなら要点だけ言って!」

 

 電話の相手はアキ君こと吉井明久だった。やけに慌てているようだが、何かあったのだろうか。息遣いも少々荒いし。

 クリーンヒットさせるために少しだけ跳び上がり、さっきの二人とは別の男に後ろ回し蹴りを叩き込む。スカートが捲れても気にしない。

 これで残るは二人だ。安心しなさい。すぐに逝かせてあげるわ。場慣れしていそうなのに、あっさりと沈んだ三人の男達の元へ。

 意気込むように拳に力を入れた瞬間、アキ君の口から洒落にならない言葉が飛び出した。

 

『――姫路さんたちが連れていかれた!』

「はぁっ!?」

 

 どういうこと!? さっきまで瑞希や島田さんは教室にいたし、何よりそういう事態を避けるために私は絡んできた連中に対応していたのに……連れていかれたっておかしくない!?

 いきなりの緊急事態に動揺を隠せずにいると、アキ君と代わったらしい雄二が追い討ちともいえる言葉を告げてきた。

 

『水瀬。お前が相手にしている連中だが、そいつらはおそらく囮だ。大方、格闘技の達人であるお前を教室から誘い出し、その隙に本命が姫路たちを連れ出したってところだろう』

 

 囮……? つまり、私が教室から離れた時点で向こうの思惑通りだったってこと……?

 携帯を持つ手に力が入り、機器から軋むような音が聞こえてくる。

 

「……雄二。瑞希達の居場所はわかってるの?」

『あぁ、ちょうど着いたところだ』

「そう……じゃあその場所、私にも教えて。今すぐ向かうから」

 

 腹の底から湧き上がる怒りをできるだけ抑え、それでいてドスの利いた低い声で訊ねる。

 ふふっ、舐められたものね……この私に囮だなんて。それもある程度できる連中ならまだしも、群れないと何もできないクソ共ときた。

 雄二に瑞希達の居場所を教えてもらい、通話を切って携帯電話をポケットに仕舞う。

 さぁーて、もう一度確認するが残るは二人だったね。くたばった三人があのザマなのを見るに、コイツらも大したことないだろう。

 

「まぁ、そういうわけだから――死にさらせ」

 

 私をコケにした罪は重いぞ。

 

 

 

「えーっと、ここで合ってるよね……?」

 

 二人の雑魚をそれぞれ右フック一発と膝蹴り一発でブチのめした私は、雄二に教えられた場所へ猛ダッシュで向かい、七分ほどで到着した。

 ていうかここ、文月学園の近くにあるカラオケボックスなんだけど……まぁ、廃墟や路地裏に比べたらマシな方か。

 確か雄二が言うには、ここのパーティールームに瑞希達がいるらしい。

 ……パーティールームってどの部屋かしら?

 

「店の案内図が正しければここのはずなんだけど……」

 

 それらしい扉の前に立ち、型の入った構えを取る。せっかくだし、緊急事態だけどちょっとカッコよくいきましょう。

 

「たぁーすけにきたわよぉぉっ!」

 

 扉を派手に蹴破り、ヒーローのように颯爽と部屋の中へ入るが――

 

「――あれ?」

 

 誰もいなかった。人の気配がなく、争った形跡すら残っていない。

 無論、この状況から私はすぐに一つの結論へと辿り着いた。すぐさま携帯電話を取り出し、迷うことなくある人物に掛ける。その人物は……

 

『――水瀬か?』

 

 雄二だ。お決まりのもしもしと言わなかった辺り、まだ落ち着く余裕はないようね。

 

「どの部屋にいるの!? 思いっきり間違えたんだけど!?」

『バカかお前は! 俺たちがいるのは一番奥の部屋だ! 来るならさっさと来やがれっ!』

 

 そう荒々しく叫ぶと、雄二は勢いよく通話を切った。なるほど、一番奥ね……。

 

「いくわよ――たぁーすけにきたぞぉぉっ!」

 

 扉の前に立ち、さっきみたく派手に蹴破って部屋に乱入し、誰がいるかを確認する。

 

「か、楓ちゃん……!」

「水瀬さん……?」

「前髪のお姉ちゃんっ!」

 

 えーっと……傷ついたアキ君と無傷の雄二、バイト店員の姿をしたムッツリーニ、部屋の隅で一塊になっている瑞希、島田さん、葉月ちゃん、秀吉の人質組。そして――七人のチンピラ。

 そのうち四人ほどくたばっていたが、まだ三人残っているのでお役御免にはならなくて済みそうだ。ていうか済ませない。

 

「こ、こいつ……水瀬だ!」

「なんでここにいるんだよ!?」

「まさかあいつら、しくじったのか!?」

「アイツら……あぁ、あの囮共ね。アレなら数分で片付けたわ」

 

 嘘は言っていない。タイマーとかで時間を計っていたわけではないが、わりとマジで五分も掛かっていなかったと思う。

 私の登場に雄二とアキ君とムッツリーニ以外の面々が呆然とする中、その私は近くにいた一人のチンピラをぶん殴り、壁にもたれ掛かったところで前蹴りを叩き込んだ。

 

「ごめんアキ君。部屋を間違えたせいで時間が掛かった」

「こんなときに間違えるなバカエデ!」

「バカエデ言うなバカ久!」

 

 幼馴染みからの第一声がこれである。

 

「あんな豪快な間違いをするとは、さすが明久の幼馴染みだな」

「何よそれ!? 私がアキ君並みのバカだなんて心外にも程があるんだけど!?」

 

 そして雄二からの第一声がこれである。

 

「チッ、余裕かましてんじゃぐぼぁっ!?」

「余裕があるのに余裕かまして何が悪いのかな?」

 

 やっと口を開いた地味な男にボディブローをお見舞いし、鼻っ面に踵落としを決める。これで残るは一人か。呆気ないわね。

 それにしても……今の第一声酷くない!? 緊急事態なんだから、部屋の一つや二つ間違えても仕方ないと思うんだけど!?

 

「姫路に島田! 先に学校に戻っていろ!」

「雄二! 楓に続いてキサマも僕の邪魔をする気か!?」

 

 アキ君の言っていることが全くわからない。

 

「くはははは! 何にせよ、丁度良いストレス発散の相手ができたな! 生まれてきたことをとことん後悔させてやるぜぇぇっ!」

「これが坂本か……!」

「悪鬼羅刹の噂は本当だったのか……」

 

 どうやらこの連中、最悪のタイミングで雄二にケンカを売ったようだ。今の雄二は翔子に追い詰められているせいで、かなりのストレスが溜まっているのだから。

 ……ところで、どうして秀吉だけ縛られているのかしら? 今はそこまで喜べないが、状況が違っていれば狂喜乱舞していたに違いない。

 秀吉をアキ君とムッツリーニに任せ、私も雄二のようにストレス発散へ加わろうとした瞬間、秀吉の口から信じられない言葉が発せられた。

 

「――何故か、ワシだけ随分と尻を撫でられたのじゃが……」

「なん……だとォ……!?」

 

 声色が自分でもわかるくらい威圧のあるものとなり、拳に力が入る。

 今、秀吉は何て言った? 随分と、お尻を撫でられた? 男に? 男に尻を撫でられただァ!?

 

「ぐぶぁっ!?」

「貴様ら……マイエ――秀吉の尻を撫でといて、ここから生きて帰れると思うなよ……!?」

 

 最後の一人にハイキックをブチかまし、仰向けに倒れたところを思いっきり踏みつけ、力の入った拳を鳴らしまくる。

 

「ご愁傷さま、なんて優しいことは言ってあげない。死にさらせ……地獄に堕ちろ虫けら共ォォォ!!」

「悪鬼羅刹の次は闘犬かよ……!」

 

 ――闘犬。呼ばれることすら不名誉な、中学時代に付けられた異名。

 

 ただでさえ秀吉へのセクハラで怒っていたのに、その名を口にされたことで本格的にスイッチの入った私は、アキ君と拘束から解放された秀吉に止められるまで連中をボコし続けた。

 

 

 

「あの名前で呼ばれるの、まだ気にしてたんだね……」

「うっさい。口を閉じろバカ馴染み」

 

 喫茶店の一日目も終了したFクラスの教室。そこは今、私とアキ君と雄二の貸し切り状態となっている。とある来客のためだけに。

 ……あの名前だけはどうしても我慢できない。まるで自分が、人間ではなく犬のように扱われている気がしてならないからだ。

 

「明久、水瀬。そろそろ来る時間だ」

「来るって、誰が?」

「ババァだ」

「ババァ……あぁ、学園長か。でもなんでここに来るの?」

「俺が呼び出した。さっき廊下で会った時にな」

 

 営業妨害や密告だけならまだしも、一歩間違えれば警察沙汰不可避の誘拐騒ぎまで起きたんだ。あの老いぼれ長を呼び出すのも無理はない。

 普通ならこう考えるだろうが、雄二は少し違っていた。どうやら今回の妨害は老いぼれ長に原因があると見ているようだ。

 

「あのババァに事情を説明させないと気が済まん」

「まっ、それが妥当よね」

 

 アキ君が雄二の台詞を鵜呑みにして一人バカみたいに騒いでいると、

 

「……やれやれ。これまた随分なご挨拶だねぇ、ガキ共が」

「出たな諸悪の根源め!」

 

 教室の扉が開かれ、今話題に出ていた老いぼれ長こと学園長が現れた。

 アキ君にとっては諸悪の根源という扱いのようだが、私はそんな風に考えちゃいない。

 ただ、学園長はまだ話すべきことを話していない。そこが気に入らないのだ。

 雄二がそれを問いかけると、学園長は少し感心したかのように口を開いた。

 

「ふむ……賢しいヤツらだとは思っていたけど、まさかアタシの考えに気づくとは思わなかったよ」

「最初に取引を持ち掛けられていた時からおかしいとは思っていたんだ。あの話だったら、何も俺たちに頼む必要はない」

「それこそ、私のように高得点を叩き出せる優勝候補を使えばいいからね」

 

 正直、私が教師並みの点数を取れるからってわざわざ出禁にするのはおかしい。教師並みの点数なんて、科目を限定すればムッツリーニでも取れるのだから。思えばあの時点で怪しかったのだ。

 

「そういえばそうだよね。優勝者に事情を話して、譲ってもらうとかの手段も取れたはずだし」

「そうだ。点数の高い水瀬を出禁にして、わざわざ俺と明久を擁立するなんて効率が悪すぎる」

 

 当初の目的であった教室の補修を渋ったのも、アキ君達を召喚大会に出場させるために行った演技だろう。教育者側が教育方針の前に、生徒の健康状態を蔑ろにするなんて普通はあり得ない。

 また、交渉の際に雄二は対戦科目の指定を自分がやるという、少し狡い提案を出しており、学園長もこれを承諾している。どうもその時点で学園長を試していたようだ。

 学園長がその提案を呑んだことで、他の人ではなくアキ君達が優勝しないと学園長は困るという結論に辿り着いたらしい。

 

「他にも色々あったからな。営業妨害とか密告とか。その中でも決定的だったのは、俺たちの邪魔をしてくる連中が水瀬に囮を使ってまで姫路たちを連れ出したことだ。嫌がらせにしても度が過ぎる」

 

 確かに。アレは冗談抜きで危なかったわね。アキ君達が上手くやってくれてた感じだったから良かったものの、下手をすれば最悪の結末を迎えていた可能性も充分にあった。

 しかも、力のある私が護衛の役を務めていたのにこのザマだ。我ながら情けないものである。カラオケボックスでも部屋を間違えるというイージーミスをしてしまったし。

 

「そうかい。向こうはそこまで手段を選ばなかったか……すまなかったね」

 

 責任感が強いのか、生徒である私達に頭を下げる学園長。謝るだけならまだしも、まさか頭を下げるなんて予想だにしていなかった。

 さて、雄二によるこちらのタネ明かしは終わった。次は学園長の番だ。

 学園長は自分の無能を晒すような話だから伏せておきたかったとぼやくも、公言しないことを前提に真相を明かし始めた。

 

「アタシの目的は如月ハイランドのペアチケットなんかじゃないのさ」

「……だろうね」

「どういうことですか!?」

 

 やはりと言うべきか、学園長が回収したがっていたのは『白金の腕輪』だった。最初からわかっていたのでこれには驚かない。

 腕輪は二つあって、一つはテストの点数を二分して召喚獣を二体同時に喚び出すことのできる腕輪。ただでさえ操作の難しい召喚獣が二体に増えるため、アキ君のような操作技術に優れた生徒でないと使うことはできないだろう。

 もう一つは先生に代わって立会人となり、召喚用フィールドを作ることのできる腕輪。こっちは召喚可能範囲が使用者の点数に応じて変化し、召喚の科目がランダムで選択されるらしい。

 

 学園長はアキ君達にその腕輪を、ただ回収するのではなく勝ち取って貰いたかったとのこと。

 そりゃまぁ、この手の新しい技術は使って見せてナンボだからね。実演もなしに回収したら存在そのものを疑われることになる。

 

「どうしてその『白金の腕輪』を手に入れるのが僕らじゃないとダメなんですか?」

「何らかの欠陥があったんでしょ。というか、それ以外に考えられない。大方、得点の高い生徒が使うと暴走するってとこかな?」

 

 さっきも雄二が言っていたけど、回収するだけなら優勝を狙える成績優秀者に頼めばいい。なのに、わざわざアキ君と雄二に頼んだ。

 つまり腕輪を問題なく使えるのは、高得点者ではなく低得点者。それも優勝できる可能性がある、特別なバカに限定される。

 

「……坂本もそうだけど、アンタもよく頭が回るねぇ。その通りだよ」

 

 少し感心したかのように口を開くも、すぐに苦々しく顔をしかめる学園長。

 新技術の腕輪にあった欠陥。それは技術者にとって耐え難い恥に違いない。

 

「なるほどな。そりゃ俺たちに頼むわけだ」

「あの、まだ話が見えないんだけど……」

 

 雄二は苦笑いするが、アキ君は途中までしかついてこれなかったようね。

 どうやってアキ君が理解できるように説明しようか考えていると、助け舟を出すかの如く学園長が少し遠回しに説明してくれた。

 

「アンタらみたいな『優勝の可能性を持つ低得点者』ってのが一番都合が良かったってわけだ」

「えーっと、これは褒められているってことでいいのかな?」

「いや、お前らはバカだと言われているんだ」

「なんだとこのババァ!」

「バカにされるのが嫌なら、説明される前に理解しなよ」

 

 とはいえ事実、この面子の中じゃアキ君が一番頭が悪いものね。話についてこれないのは仕方がないのかもしれない。

 

「召喚フィールド作製用はある程度まで耐えられるんだけどねぇ……。同時召喚用は、現状のままだと平均点程度でも暴走する可能性があるから、そっちは吉井専用にと」

「雄二、楓。これは褒められていると取っていいんだよね?」

「いえ、バカにされてるわよ」

「物凄い勢いでな」

「なんだとババァ!」

「今のはさすがに気づくでしょ!?」

「いい加減自分で気づけ!」

 

 いや今のは小学生でもわかりそうなものだけど!?

 二つの腕輪は高得点で暴走、それも片方に至っては平均点程度でもアウト。だから、それ以下の得点しか取れない生徒――つまりバカにしか使えない、ということになるのだ。

 

「そうなると、やっぱりアキ君達の妨害を指示した黒幕は身内にいるんだね」

「あぁ。それも学園長の失脚を狙っている立場の人間――他校の経営者とその内通者、といったところだな」

 

 私と雄二は互いの考えを言い合い、ピースを埋めていくかのように答えを導き出していく。

 残念ながらアキ君は置いてきぼりを食らっていたが、雄二の簡単な説明でようやく話に追いついた。

 こちらの推理は正しかったようで、学園長は教頭の竹原が黒幕だと教えてくれた。教頭は校長の次に偉い立場にある。納得したわ。

 常夏コンビやチンピラ達も、教頭の差し金で間違いないだろう。

 

「コレって――かなりマズくない?」

 

 そうだ。アキ君の言う通り、今回の件はかなりマズイ。何せ、話をまとめるとこの文月学園の存続が掛かっているということになる。

 はっきり言って、瑞希の転校を阻止している場合じゃない。瑞希どころか、この学園の生徒全員が危機的状況にあるのだから。

 しかも厄介なことに、決勝の相手は例の常夏コンビ。これで優勝者に事情を話して回収するという手段も使えなくなった。

 

 アキ君と雄二に残された道は優勝だけだ。

 

「まさかこんなことになっているとはな」

「……確かに」

 

 三人には悪いが、私は心の底から喜んでいる。

 私が欲しているのは刺激。その一件で革命を起こせるほどの、大きな刺激。まさか、まさかこんな形で得られることになろうとは思いもしなかったわ……! 最っ高じゃない……!!

 嬉しさのあまり気持ちが高揚する中、三人が呆れたような視線を向けてきた。

 

「……嬉しそうだね」

「そういえば水瀬にとっちゃ、この話の内容は空腹の明久にちゃんとした食い物を与えるのと同じようなものになるのか」

「意味がわからないけど、多分それで合ってるよ。こんなに嬉しそうな楓は久しぶりに見たし」

 

 気にしない。こんな時に何一人で有頂天になっているんだこのバカは、的な意味が込められた視線を向けられても気にしない。

 

 ちなみに腕輪の暴走だが、アキ君専用のやつは総合科目で平均点にいかないと起きず、一つや二つの科目が高得点でも問題はないらしい。

 

 ……私にできることは一つしかないね。

 

「それじゃアタシは学園長室に戻るとするかね。明日は頼んだよ、二人とも」

 

 こうして、短いようで長く感じた学園祭初日は幕を閉じた。

 

 

 

 




 バカテスト 歴史

 以下の問いに答えなさい。
『冠位十二階が制定されたのは西暦()年である』



 姫路瑞希の答え
『603』

 教師のコメント
 正解です。


 坂本雄二の答え
『603』

 教師のコメント
 一体どうしたのですか? 驚いたことに正解です。


 吉井明久の答え
『603』

 教師のコメント
 君の名前を見ただけでバツを付けた先生を許してください。


 水瀬楓の答え
『603』

 教師のコメント
 正解ですが、いつもより弱々しい文字になっているのが気になります。




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第九問

「アキ、おはよ~」

「おはようございます、吉井君」

「あぁ、二人とも。おはよう」

 

 学園祭二日目の朝。さっきからアキ君がソワソワしていると、昨日怖い目に遭った瑞希と島田さんが揃って登校してきた。見た感じ、特に心配はなさそうだけど……。

 アキ君が元気そうな二人に対し、らしくないほど慎重に言葉を選んで話しかけていくも、瑞希によってその気遣いは看破された。

 心配するアキ君の気持ちもわからなくはないが、逆に気遣いが過ぎるのも良くない。こういうのはバランスが大事だよね。

 無理のない自然な笑みを浮かべ、きっとまた助けてくれるとアキ君に対する強い信頼を示す瑞希。依存しないか心配である。

 

「アキというよりは坂本と土屋と水瀬さんかもしれないけどね」

 

 昨日の出来事を全然気にしている様子もなく、からかうように微笑む島田さん。この子といい、瑞希といい、なかなか芯が強いわねぇ。

 そんな二人の護衛的な役割で一緒に登校してきた秀吉とムッツリーニが言うには、不審者を始めとした異常は特になかったらしい。ちなみに、二人とも武器として借り物のスタンガンを持っていたりする。

 

「これくらいは当然じゃ。ワシに至っては昨日役に立てんかったしのぅ……」

 

 昨日……思い出したら腹が立ってきた。私だって、秀吉のお尻を撫でたいのに……!

 奥から出てきた雄二が眠そうにあくびをし、アキ君もそれに合わせる感じであくびをする。雄二はともかく、アキ君は普段の姿勢からは想像もできないほど頑張ってたからなぁ。

 島田さんが呆れるようにアキ君と雄二の実力を心配するも、そんな暇があるなら喫茶店の準備でもしてくれと雄二に咎められた。

 

「ゴメン。ちょっと寝かせてもらえるかな? ここのところあまり寝てなくてさ……それに昨日は徹夜だったから眠くて」

 

 そりゃアキ君、勉強しているときの集中力は珍しく凄かったからね。その分、疲れも大幅に溜まっているのだろう。

 二人とも全員から休憩の許可をもらい、雄二が屋上へ行こうと教室の扉に手を掛けたところで、アキ君がこっちへ振り向いた。

 

「あぁ、それと楓も寝かせてあげて。ここ最近徹夜続きだったみたいだから」

 

 皆、アキ君がそう言ったことでようやく私の存在に気づいた。さっきからずっと力なく机に突っ伏している、私の存在に。

 彼の言う通り、私はここ数日まともに寝ていない。そのせいか、今になってその分の疲労がドッと押し寄せてきたのだ。

 

「て、徹夜って……楓ちゃん、何をしていたんですか?」

「ごめん瑞希……今、まともに会話する気力もないからそういうの後にしてくれる……?」

 

 驚いた顔で話しかけてきた瑞希には悪いが、今の私はこれだけ喋るのにも手間が掛かるのだ。下手したらアキ君よりも疲れているだろう。動ける程度の体力も残ってないし。

 

「でも、もうすぐ開店時間だから寝るにしても場所は変えてほしいんだけど……」

「動けるならこんなところで寝てないわよ……!」

 

 困ったように言ってくる島田さんを軽く睨みつけ、絞り出すように声を出す。やっぱり学校自体を休むべきだったかなァ……!?

 

「仕方がない、水瀬はワシが運ぶかのぅ」

「運ぶって、どこへ?」

「お、屋上を希望するわ……」

 

 あそこにはさっき出て行ったアキ君と雄二がいるから危険はないし、ちょっと調べておきたいこともあるから下見をしておきたいのだ。

 そして何より……この教室から屋上までは距離がある。つまり、秀吉の身体――その体温と女性のように綺麗な肌を長時間堪能できるのよ!

 昨日のヤバイレベルの話といい、今置かれた状況といい、もしかすると私は人生の絶頂期を迎えているのかもしれない。

 煩悩が有頂天になってきたところで、秀吉が私の身体を背負って教室から出た。この体勢なら、違和感なく体を密着できるわね……!

 

「良かったね秀吉、女の子の身体を堪能できるよ?」

「そ、その言い方はやめるのじゃ水瀬……」

 

 こんな時でも私を異性として意識するのを忘れていなかったようで、顔を真っ赤にする秀吉の体温が全身に伝わってくる。

 それはとても温かいものだった。安心するというか、落ち着くというか、心地が良いというか……今の私じゃ上手く表現できない。

 そんな、安心感のある温かさを感じながら、私は眠りの扉を開いた。

 

 

 

「お疲れアキ君~……」

「あはは……まだ眠そうだね、楓」

「当たり前でしょうが……」

 

 召喚大会の決勝戦だが、ピンチに陥りながらもアキ君と雄二のペアが勝利を収めた。

 司会によると、対戦相手の常夏コンビはAクラスの生徒だったらしい。あの容姿で三年生だという時点で驚きなのに、さらに一番上のAクラス生徒という事実には絶句させられた。

 あの言動で優等生の部類に入るとは……もしかしたら三年のAクラス生徒は成績と引き換えに性格が腐っているのかもしれない。

 ちなみに科目は雄二が試召戦争で散々だった日本史で、両者の点数は約200点台となんと互角だった。ある程度は上がっていると思いたかったが、拮抗はさすがに予想外だったわ。

 

「実は楓ちゃん、さっきまで土屋君と一緒に撮影していたんです。疲れが取れていないのはそのせいかもしれません……」

「撮影? この二人が?」

 

 意外だ、と言わんばかりに私とムッツリーニを交互に見るアキ君。私は本当に撮っていたが、おそらくムッツリーニは違う。

 本人はアキ君にジト目で見られ、そんなことはないといった感じで目を逸らしている。だけど実際は試合そっちのけで、ミニスカートの観客とかを撮影していた可能性の方が極めて高いだろう。

 もちろん、私も瑞希がいなければそっちに加わっていたかもしれない。

 

「坂本。アンタ試召戦争の時は散々だったのに、今回は点数が高かったわね」

「散々だったからこそ、だ。あれ以来、日本史を重点的にやってきたからな」

 

 こっちはこっちで、私達――正確には瑞希に背を向けた島田さんと雄二が会話をしている。そういえば転校の話、瑞希はまだ私達にバレていないと思ってるんだっけ。

 まぁ、アレはアレで本当に酷かったわね。あの時は本気でブチのめしてやろうかと思ったよ。範囲外の問題とかならまだしも、範囲内かつ本人の慢心であのザマだったわけだし。

 

「それであんなに高得点だったんだ」

「大変だったぞ。特に先週例の(姫路の転校)話を明久が聞いてからは、ほぼ毎晩ヤツの日本史の勉強に付き合わされたからな」

「ふぅん……アンタはともかく、よくアキがそれだけであんな点数を取れたわね」

「アイツも少しは自分で――いや、水瀬の協力もあって結構な量をやっていたみたいだからな。後は虚仮の一念ってヤツだろ? 正直、物凄い集中力だったぞ」

「水瀬さんも一緒にやってたの?」

「あぁ。俺もわからないところは教えてもらったし、明久に至ってはアイツが寝た後でも、自分は寝る間もなく朝までやっていたそうだ。問題の答え合わせとか、間違ったところをどう復習させるとかをな」

 

 雄二の言う通り、私はここ数日アキ君に付きっきりで勉強を教えていたのだ。無論、彼に付き合わされていた雄二にも多少は教えていた。

 その雄二はある程度できていたし大丈夫だったが、アキ君はそうでもなかった。この数日という短い期間で、アキ君の元から低い学力をどこまで上げられるかが一番の問題になっていたのだ。

 結果に関しては今回の試合でキッチリと表れてくれたが、そうでなかったら全てが水の泡になるから発狂していただろう。

 

「だから今朝はあんなに眠そうにしていたのね……」

「ほぼ寝ていたけどな」

 

 それについては否定しない。

 

「ふわぁ~……教室に戻ったら寝よう」

「済まぬが水瀬。お主も喫茶店を手伝ってくれんかの?」

 

 ヤバイ。眠ろうと思った矢先にチャイナドレスを着た秀吉に話しかけられてしまった。

 こんなの、卑怯にも程があるわよ。眠気が一気に吹っ飛んでしまうじゃない。

 

「…………厨房ならいいよ」

 

 というか私、厨房班だし。

 

 

 

『ただいまの時刻をもちまして、清涼祭の一般公開を終了しました。各生徒は速やかに撤収作業を行ってください』

「死ねる……マジ、死ねる……」

「なんか、水瀬さんだけどんどん疲れてない?」

 

 天からのお告げとも言える放送を聞いた途端、少しは取れたはずの疲れがさらに溜まっているのを実感してしまった。

 私はただ、自分の役割を果たしただけだ。それなのに、これはどういうことなんだ。激しく動いたわけじゃないのに……。

 

「じゃ、ウチらは着替えてくるわ」

「は?」

 

 いきなり無体なお言葉が降りかかってきた。いや待ってよ、アキ君達はともかく私との約束がまだ残ってるんだけど。

 恥ずかしいから、と言って着替えのために教室から去ろうとする島田さんと瑞希を、私は無意識のうちに引き止めていた。

 

「えっ、水瀬さん?」

「か、楓ちゃん?」

「ナイスだ楓! そのまま二人を引き止めるんだ!」

「…………!(コクコク!)」

 

 二人が困惑しているが、そんなことはこの際関係ない。アキ君とムッツリーニには悪いが、私の目的は二人を引き止めることでもない。

 

「――着替える前にさぁ、ツーショット写真を撮ってくれるって約束したじゃん。忘れたとは言わせないわよ?」

 

 私がそう告げると、島田さんと瑞希は気まずそうに眼を逸らした。その様子を見るに、どうやら忘れたふりをしていたようだね。

 

「…………そ、そういうことなら」

「良いの?」

「はい。や、約束ですから……」

「良いのっ!?」

 

 よっしゃぁ! アキ君とムッツリーニを出し抜いて大勝利だ!

 

「えぇっ!? そんなのアリなの!?」

「…………裏切者……!」

 

 ふふっ、負け犬の声が良い味を出しているわね。恨めしそうな視線も気にならないわ。

 瑞希と島田さんの背中を押して教室を後にし、女子更衣室へと向かう。チャンスは一度きり。最高の写真を撮ってやる!

 

 

~~少々お待ちください~~

 

「ただいま~……何してんの?」

「あっ、楓! ちょうど良かった! 秀吉を引き止めるのを手伝ってほしいんだ!」

「…………!(コクコク!)」

「は、放すのじゃお主ら!」

 

 島田さんとのツーショット、瑞希とのツーショットにおいて最高の写真が撮れたので戻ってきたのだが、アキ君とムッツリーニが今度は足にしがみついてまで秀吉を引き止めていた。

 チャイナドレスを着ていた島田さんと瑞希を失った今、同じくそれを着ているのは木下秀吉ただ一人。なるほど、必死になるわけだ。

 

「秀吉、昨日約束したじゃん。私とツーショット写真を撮ってくれるって。だから今は我慢しよう?」

「むぅ……仕方ないのう」

 

 私がそう言うと、秀吉はあっさりと今の状態を受け入れてくれた。ほら見てよ、アキ君とムッツリーニがガッツポーズしちゃってる。

 それを呆れたような目で見ていた雄二がアキ君と私を『学園長室へ行くぞ』と誘い、ムッツリーニと秀吉もついてくることになった。

 

 

 

「「失礼しまーす」」

「邪魔するぞ」

 

 今度はノックと挨拶をきちんと行い、学園長室の扉を開けて中に入る。これは完璧だ。誰がどう見ても模範的な生徒のそれだろう。

 

「アタシは前に返事を待つようにと言ったはずだがねぇ」

 

 前言撤回。まだまだ改善の必要がありそうね。

 

「あ、学園長。優勝の報告に来ました」

 

 アキ君の報告に対し、言われなくてもわかってると遠慮なく述べる学園長。そりゃそうだ。アキ君達に賞状を渡したのはこの人なんだから。

 そして以前よりもこちらの人数が多くなっていることを咎める学園長だったが、雄二がこの二人も迷惑を被ったと言ったことでどうにかなった。

 ちなみに景品として勝ち取った白銀の腕輪は、まだ返さなくてもいいらしい。

 

「明久よ、不具合とはなんじゃ?」

「あっ、秀吉は知らなかったんだね。この腕輪はちょっと欠陥品でね、点数の高い人が使うと暴走しちゃうんだよ」

 

 まぁ、確かにそうなんだけど……ここが学園長室だからって、そんな重要なことをあっさりと言っていいとは思えない。

 最初にここへ来たとき、学園長以外にも例の黒幕――教頭の竹原がいた。実を言うと彼は出ていく際、一瞬だけ部屋の隅に視線を送っていた。

 そんなことに何の意味があるのだろうか? 私なら盗聴器でも仕掛けて、それがちゃんと動いているかどうかを確認するけど――

 

「――まさか」

 

 いや、ちょっと待って。だとしたら色々と納得がいく。けど、いつから? 連中、いつの間に仕掛けたんだ……?

 

「だから、教室の改修と交換条件で僕と雄二がこれをゲットするっていう取引を学園長と――」

「アキ君ストップ!」

「待て明久!」

「え? どうしたの二人とも?」

 

 私と雄二がほぼ同時に、真剣な顔でアキ君に怒鳴りかける。

 さっきからブツブツと考え込んでいた雄二も、おそらく私と同じ結論に至ったのだろう。私達の推測が正しければ――

 

 

「「――その話はマズイ!」」

 

 

 

 




 バカテスト

 問 以下の問いに答えなさい。

 家計の消費支出の中で、食費が占める割合を何と呼ぶでしょう。



 姫路瑞希の答え
『エンゲル係数』

 教師のコメント
 正解です。さすがですね、姫路さん。
 一般に、エンゲル係数が高いほど、生活水準は低いとされています。


 吉井明久の答え
『今週は塩と水だけです』

 教師のコメント
 食事の内訳は聞いていません。


 水瀬楓の答え
『エンジェル係数』

 教師のコメント
 名前はそれっぽいですが、間違いです。何を書こうとしていたのかはわかりませんが、何度も消した後が妙に気になります。




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最終問題

「「――その話はマズイ!」」

 

「え?」

 

 真剣な顔で怒鳴る私と雄二だが、アキ君はその意味がわからないという顔で首を傾げる。

 が、隠密行動に長けるムッツリーニの一言で事態は動きを見せた。

 

「…………盗聴の気配」

 

 その言葉を受けた雄二が慌てて駆け出し、学園長室の扉を開け放った瞬間、複数の足音が遠ざかっていくのが伝わってきた。

 やられた……! 盗聴器に飽き足らず、扉越しに直接こっちの話を聞いていたのか……!

 すぐさまポケットからとある小道具を取り出し、部屋の隅――にある植木鉢にそれを翳す。

 

「水瀬よ。それは……」

「…………ワイドバンドレシーバー」

 

 ムッツリーニの言う通り、私が手に持っているのは以前、秀吉に作るのを手伝ってもらった広帯域受信機――ワイドバンドレシーバーだ。

 画面に映った周波数を確認すると、しっかりと反応があった。詳しい数値に関してはまだ読めないが、当たりと外れは何となくわかる。

 反応があった場所を探ってみると、普段ムッツリーニが使っているタイプと同じやつのものが出てきた。もしも違うタイプでコンセントにでも仕込まれていたら詰んでいたわ……!

 

「ていっ!」

 

 出てきた盗聴器を足下に投げ捨て、粉々になるよう思いっきり踏み潰す。もう手遅れだけど、これで今後は盗聴される心配はない。

 盗聴器が壊れたのを確認し、すぐに駆け出して部屋を出て行ったアキ君達に追いつく。

 

「ごめん、盗聴器を潰してたから遅れた」

「潰すことに意味はあるの!?」

 

 あるに決まってるでしょうが。

 

「雄二! 向こうは例の常夏コンビでしょ!」

「そうだ! 一瞬だが例の髪型が見えたから間違いない!」

 

 やはり聞き耳を立てていたのは常夏コンビのハゲとモヒカンだった。教頭側の人間とはいえ、アイツらも懲りないわね本当に。

 一人ずつ行って返り討ちに遭うとマズイということで、こちらは二手に分かれることが決まった。私はアキ君と雄二に就くことにした。

 ムッツリーニが走りながらもアキ君に、普段愛用している双眼鏡を手渡す。アキ君に渡したのは予備の方らしいけど。

 

「ありがとう、ムッツリーニ!」

「…………この学校は気に入っている」

 

 それは私も同意見だ。だからこそ、こうして彼らと共に奔走している。学園の存続のために。

 屋内組と屋外組に分かれ、校内を走り回る。あの二人が行く場所なんて限られているが、刺激を得るために冒険しても良いだろう。

 

「明久! 水瀬! まずは放送室を押さえるぞ!」

「あいよっ!」

「オーケー!」

 

 雄二はまず、最も危険性の高い放送室を選んだ。確かに、情報の暴露を行うにはうってつけの場所だ。確実に押さえないとね!

 

 

 

 ~ 放送室 ~

 

「邪魔するぞ!」

「全員、その場から動かないで!」

「な、なんだお前ら!?」

「雄二! 楓! ここには煙草を吸ってるバカしかいないし、学園祭で密かに取引されていたアダルトDVDが置いてあるだけだ!」

「とりあえず、煙草とDVDを押収して急ぐぞ!」

「もちろん! 校則違反だしね!」

「安心なさい! 没収したものは私達が責任を持って使――売り――処分してあげるから!」

「お、鬼! 悪魔! 泥棒!」

 

 

 

 ~ 廊下 ~

 

「あれ? アキに坂本に水瀬さん。そんなに急いでどうしたの?」

「ごめん美波! 今急いでるからまた後で!」

「あぁっ!? アキ君落とした! DVD落としたよ!」

「DVD? なんでそんなもの持って……『女子高生緊縛物語』?」

「マズい! 美波を中心に闘気の渦が見えるから逃げよう!」

「何アレ!? アクション漫画のキャラみたいになってるんだけど!?」

「待ちなさい! 洗いざらい説明してもらうわよ!」

「ひぃっ! 追ってきたぁ!」

 

 

 

 ~ 2‐A教室前 ~

 

「……雄二」

「翔子! 悪いが今はお前に構っていられない!」

「……大丈夫。市役所くらい一人で行ける。婚姻届を出すだけだから」

「いやいや何を言って――いつから君はバカになったの!?」

「俺はそんなものに判を押した覚えはないぞ!?」

「雄二、楓! ここにはいないから急ごう!」

「待ってアキ君! 翔子が色々とおかしいから待って!」

「こっちはこっちで大変なことになっているんだ!」

「それじゃまたね、霧島さん!」

「待ってって言っているのに!」

「少しでいい! 頼むから待ってくれ明久!」

 

 

 

 校舎の一階から四階まで探し回ったが、余計なものしか見つからず、肝心の常夏コンビは見つからなかった。

 

「さすがに冒険し過ぎたわ……」

「マズいな……」

「一体どこに――ん?」

「? どうかした――あぁ……」

 

 アキ君の視線を追ってみると、打ち上げ花火に使う火薬の玉が保管されていた。

 花火自体は何度か見ているが、打ち上げられる前のやつは今回が初見かもしれない。

 ムッツリーニのやつとは別の、こっそりと持参したマイ双眼鏡で校舎を見回していると、アキ君のズボンのポケットに入っている携帯電話のものであろう、無機質な着信音が響き出した。

 

「もしもし?」

『ムッツリーニが見つけたぞい』

「ナイス! で、連中はどこにいるの?」

『新校舎の屋上じゃ』

 

 新校舎の屋上……屋上……!

 

「こっちも見つけた! 秀吉の言う通りよ!」

「あいつら、放送設備を準備していやがる!」

 

 雄二もアキ君から双眼鏡を受け取り、屋上を視認する。そこに映っていたのは、例のハゲとモヒカンが放送機器を弄っている姿だった。

 しかし、雄二が焦るほど作業が進んでいるようには見えない。むしろ何らかの細工に引っ掛かったように手こずっている。

 

 ……上手くいったみたいね。

 

「計画通り」

「……お前は何をしたんだ?」

 

 双眼鏡から屋上を見つめたまま、呆れるように口を開く雄二。アキ君も、ジト目で私を見ている。何も悪いことはしていないのに。

 

「こんなこともあろうかと、さっき屋上の放送設備を弄っておいたのよ」

 

 といっても、そこまで大したことはしていない。精々、コンセントを使えなくしておいただけだ。それも一つではなく、複数。

 

「さっき……って、いつ?」

「瑞希と島田さんを更衣室に連れて行ったときかな。そんなことより、どうするのあれ。まさかあのまま放っておく、なんてことはしないよね?」

 

 残念ながら、あの仕掛けでも時間稼ぎが精一杯だ。さっき屋上に行った際、予備のコンセントがあるのを確認している。あの二人がそれに気づくのは時間の問題だろう。

 今から屋上に行ってもいいが、ここから行くには五分ほど必要だ。着く頃には放送が流されてゲームオーバーだろう。だとすると――

 

「――アキ君、雄二。いっちょかましてみる?」

 

 そう言いながら悪戯な笑みを浮かべ、さっきアキ君が見つけた打ち上げ花火へと視線を向ける。

 

「……いいね。他に方法はなさそうだし」

「……俺も賛成だ。――起動(アウェイクン)

 

 

 

「くそっ! なんで動かねぇんだ!?」

「常村! このコンセント、よく見たら回線が切れてるぞ!」

「ちくしょう! これじゃ予備のコンセントがないと――おぉぉぉっ!?」

「なんだよ常村――ゲェッ!? マジかよぉっ!?」

 

 

 ドォン! パラパラパラ

 

 

「外したぞ明久!」

「もうちょっと下よ!」

 

 双眼鏡で覗き込みながら、雄二と共にアキ君へ指示を出す。一発目は向こうが避けたせいで、惜しくも外れてしまったのだ。

 今、私達を中心に召喚フィールドが展開されており、喚び出されたアキ君の召喚獣が打ち上げ花火を屋上へ投げつけている。

 もちろん、こんなことに協力してくれる教師なんているわけがない。これは雄二の持つ白金の腕輪によって作り出されたフィールドだ。

 

 

 ヒュ~……     ドォン!

 

 

「命中!」

「スピーカーの破壊を確認!」

 

 これが私達――というかアキ君と雄二の最終手段。その名も打ち上げ花火アタックだ(良い子の皆はマネしないでね?)!

 続いて放送機材を破壊させるべく、私と雄二は次の指示をアキ君に出す。

 

「さっきよりも右だ!」

「次弾用意! 標的、屋上右方の放送機材!」

「わかってる!」

 

 アキ君は自分の召喚獣に花火をしっかりと構えさせ、さっき没収したライターで火を点す。

 こういう時に関しては、物理干渉のできる召喚獣ほど便利なものはない。人間の力じゃできないことも、召喚獣の力なら可能だからだ。

 

「いくよ二人とも!」

「撃て――いっ!」

 

 私の合図と共に、アキ君の召喚獣が思いっきり花火を投げつける。

 投げられた花火は思った以上に綺麗な放物線を描き、放送機材に命中した。これで向こうにできることはなくなった。私達の勝ちだ。

 ……さてと、後は残った敵を殲滅するのみ。散々やらかしてくれたんだ。今さら生かして帰す気はない。地獄を見せてやろう。

 

「アキ君。常夏コンビに一発ブチ込んで」

「そうだな。残弾も限られているし、これで最後にしておくか」

「了解!」

 

 すでに次弾の用意が完了していたようで、こちらの指示を待っていたかのように火を灯すアキ君。どうやら同じ考えだったみたいね。

 今度の標的は動いている人間だ。多少は細かく指示を出さないと当てにくいかもしれない。

 

「今度はさっきより左だ」

「いえ、少しだけ右に変更して。……照準よしっ!」

「オーケー! それじゃ、止めの一発いきまーす! せーの――」

 

「何をやっているかぁっ!」

 

「うわぁっ!?」

「あっ、花火の軌道が――!」

 

 

 ヒュ~……     ドォン!

 

 

「おいお前ら! 花火が校舎にブチ当たったぞ!?」

「校舎がゴミのようだっ!?」

「花火の威力って凄いわね!?」

 

 突如背後からドスの利いた怒鳴り声が聞こえた瞬間、それに驚いたアキ君が召喚獣の操作をミスってしまい、狙いが大きく外れた花火は校舎の一角に激突、見事に破壊した。

 これは酷い。壁や扉が壊されたことにより、瓦礫の山が築き上げられていく……。

 

「き、君達! よりによって教頭室になんてことをしてくれたんですか!」

「えっ? 教頭室?」

 

 教頭室。その単語を聞いた私は、今の状況を整理することにした。

 

 

 今回の黒幕は教頭の竹原。

     ↓

 打ち上げ花火が教頭室に命中。

     ↓

 悪は滅びたっ!

 

 

「やったぜっ!!」

 

「何を言っとるんだ馬鹿者!」

 

 

 悪の消滅を心の底から喜んだ途端、お馴染みの低い声で思いっきり怒鳴られてしまった。我らが鉄人のお出ましである。

 

「逃げるぞ明久! 水瀬!」

「おうともっ!」

「あいさー!」

「逃がすか! 今日という今日は絶対に帰らせん!」

 

 悪を滅ぼした今、ここで捕まるわけにはいかない。こうなってしまうと鉄人がラスボスだ!

 ……それにしても、今回の一件は文月学園創設以来初の大事件ではなかろうか。私としては刺激に満たされるから最高だけどさ。

 

「ち、違うんですよ先生! 僕らは学園の存続のために」

「存続だと!? たった今お前らが破壊したばかりだろうが!」

 

 それに関しては鉄人も原因の一端に入っていると思う。あそこで怒鳴りさえしなければ、花火は常夏コンビに命中していたのだから。

 私と雄二はアキ君抜きで咄嗟にアイコンタクトを交わし、そのアキ君とは分かれる形で近くにあった扉に手を掛ける。

 

「恩に着るぜ明久! 俺たちのために鉄人を引き付けてくれるとは!」

「持つべきものは幼馴染みだね!」

「ズルいぞ二人とも! 先生、向こうに坂本と水瀬が逃げました!」

「まずは貴様だ吉井ぃぃっ!」

 

 鉄人はアキ君の言い分をしっかりと聞き入れたうえで、手始めと言わんばかりにアキ君を追い始めた。私と雄二は助かったのだ。

 しかし、ある程度の距離を走ったところで、私と雄二は立ち止まった。

 ……あぁ、君もか。君も同じ考えなのか。ならば致し方がない!

 

「次はお前が囮になれ!」

「それはこっちの台詞だよ! 男ならここでか弱い女の子を逃がすのがセオリーでしょうが!」

「か弱い!? お前みたいなヤツのどこにか弱い要素があるんだ!?」

「言ったわね!? なら今ここで決着をつけようじゃないの!」

「上等だボケ!」

『次は貴様らだぁっ!』

 

 次はどっちが囮になるか。それを決めるべく雄二と本気で殴り合っていると、鉄人が右手でアキ君を掴んだままダッシュしてくるのが見えた。

 無論、私と雄二は争ってる場合じゃないと猛ダッシュで逃げるのだった。

 

 

 

「随分と殴られたよ……」

「あの野郎は手加減を知らないのか」

「なんで女子の私まで殴られたの……?」

 

 あれから間もなくして、私と雄二もアキ君の二の舞となった。私達の処分は良くて停学、悪くて退学かと思っていたが、学園長が手を回してくれたおかげで厳重注意に止まった。

 ……ただ、その相手が鉄人だったのでアキ君と雄二は顔の面積が倍になるほど殴られ、私も脳天に鉄拳をもらってしまったが。

 それに加え、私達は早めに解放されている。というのも教頭室に花火が飛び込んだおかげで、その修繕という名目でガサ入れが始まったからだ。

 あの学園長のことだから徹底的に教頭を調べ上げ、尻尾を掴むだろう。向こうは私達に思わぬ借りができたってわけだ。一応感謝するわ。

 

「遅かったではないか」

「…………先に始めておいた」

 

 今、私達は近所の公園にいる。ここでFクラスのメンバー全員と打ち上げをすることになったのだ。用意されたお菓子とジュースで。

 

「お主ら、もはや学園中で知らぬ者はおらんほどの有名人になってしまったのう」

「…………(コクコク)」

「この二人と一緒の扱いだなんて、心外にも程があるわ……」

「「それはこっちの台詞だ」」

 

 アキ君と雄二だけならまだしも、私の良くない噂まで学園中に広まってしまった。まぁ、それがちっぽけに見えるほど今回の件は刺激的だったけど。ありがとうございます。

 

「あれだけのことをやっておいて、退学どころか停学にすらならなかったのよ? 妙な噂の一つや二つ、流れても仕方ないでしょ。ウチだって気になるし」

 

 そんな島田さんの言葉を聞き流し、秀吉からジュースの入った紙コップを受け取って一口飲む。中身はグレープジュースか。

 ちなみにお店の売り上げだが、二日間の稼ぎとしては結構な額になったものの、出だしの妨害が効いたようで畳と卓袱台が精一杯だった。

 ……まぁ、たった今遅れてきた瑞希が言うには無事に転校を阻止できたようだし、結果オーライといったところだね。

 

「……何これ。少し苦いんだけど」

 

 およそジュースの味だとは思えない。わずかにアルコールの臭いもするし――もしかしてこれ、ジュースによく似たタイプのお酒?

 まさかと思ってアキ君達の方へ振り向くと、

 

「明久君っ! 服を脱いでください!」

「なにゆえっ!?」

 

 案の定、酔っ払った瑞希がアキ君と共に大人の階段へ登ろうとしていた。他の連中も飲んでいる可能性はあるが、今のところ完全に酔っているのは瑞希だけだ。アキ君はいつも通りだし。

 というか瑞希、今アキ君のことを名前で呼んでいたわね。酔ったせいで理性に掛けられた枷が外れてしまったのかもしれない。

 ……そんなことを言っていたら、私もちょっと頭がクラクラしてきたわね。せっかくだし、意識があるうちにはっちゃけましょうか。

 

「ひっでよし~!」

「な、なんじゃ水瀬!?」

 

 背後から秀吉に抱き着き、翔子よりも少し大きめの胸を背中に押し付ける。

 いつものように、というかそれ以上に頬を赤く染め、大きな抵抗もせずに慌てふためく秀吉。男のくせに可愛いわねこんちくしょう!

 

「うへへ、良い匂い~」

「もしやお主、酔っておるのか!?」

 

 それ以外に何があるというのか。

 

「は、放すのじゃ! せめて、せめて人目のつかぬ場所で……!」

 

 首を必死にキョロキョロさせながら、見事なまでに墓穴を掘る秀吉。言われてみれば、さっきからFクラス連中がこっちを見ているわね。

 だが、それに関しては仕方がない。何せ、秀吉の外見は誰がどう見ても美少女そのもの。第三者からすれば、女子の私と戯れているように見えるのだ。連中にとっては眼福ものだろう。

 

「人目のつかない場所ね……」

「ち、違うのじゃ! 今のは言葉のあやというもので――」

「じゃあここでやっちゃお~。ついでに男かどうか確認してあげる~」

「なぜワシのズボンに手を掛けるのじゃ!? というか何をする気――やめるのじゃぁぁっ!」

 

 やめない。酔いが回って意識がなくなるまで、絶対にやめない……!

 

 

 

「おぅ、頭が痛いわ……」

「あはは……楓、久しぶりに泥酔してたもんね」

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 翌朝。いつものようにアキ君と登校していると、その途中の坂で瑞希に会った。

 今朝、何があったのか私の記憶が秀吉のズボンを脱がそうとしているところで途切れていたので、その時の惨状をほぼ完全に覚えていたアキ君に自分のその後を聞いてみた。

 

 アキ君が言うにはあの後、私は秀吉のズボンを脱がしきったところでいきなり跳び上がり、酔った状態で彼に迫る怒り心頭の島田さんを飛び蹴りで迎撃したらしい。ごめん島田さん。

 私はそこまで酒に弱いわけじゃない。過去にも何度か飲んだことあるし、どこまで耐えられるかは自分自身で把握している。おそらくここ数日で溜まった疲労が原因だろう。

 

「……いいけど、婚姻届は弁護士に預けてあるから家にはない」

「随分と厳重に保管してやがるなオイ!」

 

 すぐ近くから雄二と翔子の声が聞こえてくる。アイツも諦めが悪いわね。チケットの件といい、オリエンテーリングでの件といい……。

 

「アキ君。あのチケット、どうするの?」

「もちろん、必要としている人にあげるべきだと思うよ」

「? な、なんのことですか?」

「素直じゃない男と、一途な女の子への贈り物について話してたってとこかな?」

 

 この口ぶりからして、間違いなく翔子にあげるつもりだろう。瑞希は途中から聞いていたので話そのものが見えていないようだが。

 その瑞希で思い出したが、酔った時のことを完全には忘れていなかったようで、アキ君を名前で呼ぶようになっていたのだ。

 

「――きです。明久君」

 

 職員室に呼ばれていたことを思い出した瑞希が小走りに遠ざかっていく際、小声で何かを呟いていたが、アキ君には聞こえていなかった。

 

 ……私には何となくわかるけどね。瑞希が何を言ったのか。

 

 

 

 




 バカテスト 英語

 頭の体操として一風変わったクイズをどうぞ。
 【①】と【②】に当てはまる語を答えなさい。
『マザー(母)から【①】を取ると【②】(他人)になる』



 姫路瑞希の答え
『マザー(母)から【M】を取ると【other】(他人)になる』

 教師のコメント
 その通りです。Motherから『M』を取るとother(他人)という単語になります。こういった関連付けによる覚え方も知っておくと便利でしょう。


 土屋康太の答え
『マザー(母)から【M】を取ると【S】(他人)になる』

 教師のコメント
 土屋君のお母さんが『MS』でも『SM』でも、先生がリアクションに困る回答ですね。


 吉井明久の答え
『マザー(母)から【お金】を取ると【親子の縁を切られるので】(他人)になる』

 教師のコメント
 英語関係ないじゃないですか。


 水瀬楓の答え
『マザー(母)から【血縁】を取ると【other】(他人)になる』

 教師のコメント
 ②と回答の意味が合っているのが腹立たしいです。水瀬さんの回答は絶妙に間違っているものが多いですね。




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閑話2.5
バカと私と如月ハイランド


「――水瀬。なんだその格好は」

『水瀬? 違うよお兄さん。今の私はアインちゃんだよっ』

 

 如月ハイランドにて、私はアキ君に頼まれ目の前にいる雄二と翔子を、如月グループによる強制結婚の計画に参加させるべく奮闘している。

 どうもこの計画、かなりの規模で行っているらしく、私とアキ君の他にも瑞希、島田さん、秀吉、ムッツリーニといつものメンバーが集結しており、バックには学園長の影もある。

 アキ君達の狙いはもちろん、今回の計画に沿ってこの二人をカップルにさせることだ。私個人の狙いは報酬の方だけどね。

 ……なお、当のアキ君は私のようにキツネの着ぐるみ――マスコットキャラのノインとして嫌がる雄二の前に立ちはだかったのだが、頭部を前後逆に付けるという大失態を犯してしまい、

 

『この大事な作戦の最中に、他の女の人と何をしていたんですか?』

『え? 女の人? なんのこと?』

 

 今は同じく着ぐるみに入った瑞希によって、少し離れた場所で事情聴取されている。ちなみに彼女はキツネのフィーだ。

 雄二の嘘に完全に騙され、取り出した携帯電話で誰かを呼び出す瑞希。すると、どこからともなくスタッフ姿の島田さんが現れ、アキ君にドロップキックをかましたのだった。

 

「……その様子じゃ、他のヤツらと違って隠す気はないんだな」

『隠すって何のことかなっ? ――当たり前じゃん。猫かぶりも楽じゃないんだよ?』

「さっそく素が出てるぞ」

 

 イケない。あまりの苦しさについ本音が出てしまった。気を付けないと。

 それにしても熱い。今の季節は春で、まだ夏にはなっていない。にも拘らず、着ぐるみの中は物凄く熱い。汗もヤバイ。予想以上に窮屈だ。熱中症にならないか心配である。

 そんな灼熱地獄の中、私はキツネのアインとして雄二と翔子を、巧みな会話でさりげなくお化け屋敷の方へと誘導していく。

 

『――そしたらね、その二人はスタッフさんの指示に従って本当にアイアンクローをかましちゃったんだよっ。凄いでしょ?』

「なんか、デジャヴを感じるんだが……」

 

 口元を引きつらせ、呆れる雄二。まぁ、実際に同じことがあったからね。

 一回目は雄二がお前の下着に興味はないといって翔子を怒らせ、アイアンクローをかまされた瞬間だ。しかも何をトチ狂ったのか、その瞬間を撮影して写真を加工。どう見ても幸せが訪れそうにない記念写真ができあがってしまった。

 そして、それを見たリーゼントのチンピラとギャルみたいなブス女が、自分達も撮影しろとしつこくスタッフに迫った結果、女が男にアイアンクローをかましたのが二回目だ。

 もちろんその瞬間も撮影され、一回目と同じ加工をされた記念写真ができあがった。私がすぐに処分したけど。飾ってたまるかあんな写真。

 

『はいっ。ここが本園オススメのお化け屋敷でーすっ!』

「そうか。ここが――何ぃっ!?」

「……いつの間に」

 

 雄二が嫌がっていたお化け屋敷の前に来たところで立ち止まり、二人の反応を確認する。

 翔子は静かに驚いていたが、雄二はやられたと言わんばかりに驚くという、なかなか良い反応をくれた。騙した甲斐があったわ。

 

「い、いかねぇぞ! 俺には俺の人生が――」

『お化け屋敷にはパートナーに抱き着き放題という、カップル限定かつ本日限りの特典があるよっ』

「……お化け屋敷に行く」

「ぐぁあああっ!? お、落ち着け翔子! 水瀬の言葉に惑わされるなぁっ!」

「……抱き着き放題……」

 

 逃げようとした雄二に肘関節を極め、嬉しそうに笑う翔子。君は本当に一途だねぇ。……後でちゃんとした腕の組み方を教えないと。

 

『それでは入場も決まったようなので、こちらにサインをお願いしますっ』

「……なんだコレは?」

『見ての通り、誓約書だよっ。お二人もご存じの通り、本アトラクションは廃病院を改造して造られているため、仕掛けではなく本物が出る可能性が無きにしも非ずっ。なので、今はこうして入る前にお客様のサインを書いてもらってるのっ』

「……一理ある」

「確かに、霊感の強いヤツは危ないかもな」

 

 ようやくサブミッションから解放された雄二に誓約書(自作)を渡し、翔子が実印を出すのを見越して朱肉を取り出す。

 雄二は少し楽しそうな顔で誓約書に目を通していくも、それがすぐにアトラクションに関する誓約ではなく、自分達の結婚に関する誓約だと気づくなり叫び出した。

 

「俺だけか!? この状況をおかしいと思っているのは、俺だけなのか!?」

 

 安心して雄二。陥れる側になっている私でも、この状況はおかしいと思ってるから。

 

「……はい雄二。実印」

『ペンと朱肉はこちらだよっ』

「……気が利いてる」

「利いてねぇぇーっ!」

 

 あぁっ! 私の手作り誓約書がぁーっ!

 

『……じょ、冗談だよ。だから入ろう、ねっ? ねっ?』

「アレを作ったのはお前か……!」

 

 手作り誓約書が雄二の手によって空の彼方へと消え去ってしまうも、結果的に二人をお化け屋敷へブチ込むことに成功した。

 ……さてと、私も制御室に行きますか。放っておくとアキ君が何かやらかしそうだし。

 

 

 

「アキ君。二人の様子は?」

「順調に進んでるよ。そろそろ楓の用意した仕掛けがあるところかな」

 

 制御室に着いた私は窮屈で堪らなかった着ぐるみをやや乱暴に脱ぎ捨て、アキ君の隣に座る。学園長の仕業だろうけど、ただの学生にこんなことを任せていいのだろうか。

 アキ君の見ているモニターには、さっきまで外にいた雄二と翔子が映っている。監視カメラに気づかない辺り、単なる好奇心と仕掛けへの警戒心を強めているようだ。

 

『……ちょっと怖い』

『珍しいな、お前が怖がるなんて』

 

 そろそろかな。仕掛けを作動させるべく、手元にあるボタンの一つを押した。すると、

 

【あ”、あ”、あ”、あ”、あ”……】

 

 という、独自の奇声のような音が、屋敷の廊下中に響き渡る。こっちでは小音量だが、向こうでは大音量で聞こえているはず。

 

『……雄二……』

『こりゃ本格的だな……』

 

 さすがの二人も今の音響効果にはビビったらしく、翔子は雄二の腕にしがみつき、雄二も少々冷や汗を掻いている。

 ……良いね、良いね。楽しくてしょうがない。わざわざアキ君に録音を頼み、喉を痛めるまで奇声を発した甲斐があったものよ。

 

「ごめん楓。僕ちょっと用事が――」

「やめなさい」

 

 だというのに、こっちのバカは嫉妬のあまり雄二を亡き者にしようと武器を取り出した。私の楽しみを奪わないでほしい。

 さーて、次の仕掛けね。これも音響効果だけど、最初のやつであれだけ怖がった二人なら期待通りの反応をしてくれそうだ。

 人間は姿の見えない者に強い恐怖を抱く。今回の作戦は、それを利用したものだ。

 

『……???』

『今度は耳障りなだけだな。びっくりはしたがそれだけだ』

 

 今のをそう捉えるか。確かに耳障りな音だが、私が流したのは霊が出る前に電話から聞こえる一種の警告音だ。これがダメとなると……

 

「……猫の声でも流そうか」

「やめなさい」

 

 今朝録画した野良猫の声を流そうとするも、呆れた表情のアキ君に止められた。

 ……まぁ、仕方がないか。この音響効果は二人の耳元で流さないと効果は薄くなるし、一歩間違えればただの癒しになってしまうからね。

 

「よしっ、次は僕の番だ」

 

 アキ君は自分の手元にあったボタンの一つを、壊しそうな勢いで思いっきり押す。ちょっと楽しみだった私は、獲物に食らいつくようにモニター画面へと視線を向ける。何が起こるかな――

 

【姫路の方が翔子よりも好みだな。胸も大きいし】

 

 なんてものを流しやがるこのバカ馴染み。

 

「なんで瑞希をスケープゴートにしてんのさ!? この屋敷を殺人現場にでも仕立て上げるつもり!?」

「だ、大丈夫だよ! 被害を被るのは雄二だけだし、姫路さんにはバレてないし!」

 

 違う、そういう問題じゃない。

 

『……雄二。覚悟……!』

 

 モニター画面にはアキ君のせいでブチギレた翔子が、仕掛けが作動したことでいきなり出てきた釘バットを手に取る様子が映されていた。

 このままじゃ雄二が屍となり、皆で練り上げた計画が台無しになってしまう。

 日頃の恨みからザマァ見ろと思いつつも、計画のために一方的な虐殺を阻止するべく、すぐさま手元にあった別のボタンを押す。

 

『うおっ!? 今度はなんだ――ふ、フライパン?』

『……雄二。逃がさない』

『そういうことかっ。恩に着るぞ、水瀬!』

 

 釘バットと同じ演出で現れたフライパンを手に取り、翔子の攻撃を防ぎつつ出口を目指す雄二。良かった、私の意図を理解してくれたようだ。

 残念ながら翔子の嫉妬による蹂躙は見られなくなったが、その代わりモニター画面には微笑ましい夫婦喧嘩の様子が映っていた。

 

「なんてことをしてくれるんだこのバカエデ! 日頃の恨みを返すチャンスだったのに!」

「なら翔子を巻き込むな! やるなら雄二が一人のときにやれ! そんなんだから君はバカ久なんだよ!」

「バカ久言うなバカエデ!」

「バカエデ言うなバカ久!」

 

 このあとアキ君と十分ほど揉めていたが、こちらの様子を見に来た似非外国人のスタッフによって止められたのだった。

 

 

 

《――題して、【如月ハイランドウェディング体験】プレゼントクイズ~!》

 

 この日のために用意されたという、クイズ会場のようなレストランにて、私は再びキツネのアインちゃんとなり、今度は司会としてお客様の前に立つこととなった。

 狙いはもちろん、この広間に誘い込まれた雄二と翔子だ。……すぐにでも追い出したいクソカップルがいるのは想定外だが。

 クイズは計五問。全問正解したらウェディング体験、一問でも外したらそこで終了。地味にハードだ。アキ君なら最初の一問で落ちるだろう。

 企画の内容を説明していき、雄二と翔子がステージに上がったところでプレゼントクイズを始める。確か、最初の問題は――

 

《――坂本雄二さんと翔子さんの結婚記念日はいつでしょうかっ?》

「…………」

 

 ごめん雄二。そんな『おかしい、問題がわからない』みたいな顔でこっち見ないで。私もこれがどういう意味か全くわからないから。

 こんなの、どうあがいても間違えることができない。何故ならこの問題に明確な解答は存在しない。つまりどんな解答が来てもこっちが正解と言えばその通りになるのだ。

 

 ――ピンポーン!

 

 ありのまま今起こったことを話しそうな顔の雄二をよそに、いつものクールな表情で手元のボタンを押す翔子。さぁ、どう来る……?

 

「……毎日が記念日」

《正解ですっ!》

「やめろ翔子! 恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだ!」

 

 私も雄二と同じ立場だったら同じことを言っていたに違いない。

 

《では第二問! お二人の結婚式はどちらで挙げられるのでしょうかっ?》

 

 ――ピンポーン!

 

 今度は雄二がボタンを押した。大方、間違った答えを言えば終わるとでも思っているのだろう。だが、そうは問屋が卸さない。

 

「鯖の味噌煮!」

《はいっ! これまた正解ですっ!》

「何ぃっ!?」

 

 それはこっちの台詞だよ。何よ鯖の味噌煮って。こんな、誰もがおかしいと思う珍解答に正解と言わなければならない、司会である私の身にもなってみなさいよ。

 

《お二人の挙式は当園にある如月グランドホテル・鳳凰の間で行われる予定です。なお、この鳳凰の間にはお客様の好みで別名を付けることができ、坂本雄二さんは【鯖の味噌煮】と命名した模様です!》

「待ていっ! その設定、絶対にこの場で決めただろ!」

 

 当たり前じゃん。

 

《第三問! お二人の出会いはどこでしょうかっ?》

 

 これはちゃんとした解答のある答えだ。答えは小学校。大体の幼馴染みはよほど特殊なケースでない限り、ここで出会うだろう。

 

「もらったぁっー!」

 

 ブスッ

 

「ぬおぉぉぉっ!? 目が、目がぁっ!」

 

 ――ピンポーン!

 

「……小学校」

《大正解っ! お二人の関係は小学校時代の出会いから始まったのですっ!》

 

 お見事。というか直接雄二の目を潰した辺り、さすがの翔子もこの問題は譲れなかったようだ。まぁ、二人にとっての原点だしね。

 本当ならここで仲睦まじいとでも言えば良いのだろうが、雄二が目を突かれた後なので口に出すのはやめておくことにした。

 よし、この調子で全問正解へと導いてあげましょう。翔子のためにも、報酬のためにも。

 

《それでは第四問!》

 

 ――ピンポーン!

 

 今度はこちらが問題を読み上げる前にボタンを押した雄二。なるほど、さっきの翔子みたいに妨害が入る前に【わかりません】とでも言うつもりか。私もナメられたものね。

 

「――わかり」

《正解です! 問題の内容は【当園のマスコットキャラ、フィーとノインとアインが生まれた時刻はいつ?】というものでしたが、この問題には明確な解答が存在しません。坂本雄二さんはそれを見越して正解して見せましたっ!》

 

 私の説明を聞いた途端、コイツには正攻法じゃ勝てないと言わんばかりに力尽きたような状態になり、安らかな笑顔を浮かべる雄二。

 そんな雄二を放置して次の問題はどうしようか考えていると、例のクソカップルがついに懸念通りの動きを見せた。

 

『ねぇおかしくな~い? どうしてそんなコーコーセイだけがトクベツ扱いなワケ~?』

 

 凄いわこのブス女。私の隠された殺意を極限まで高めてしまうなんて。バイト中でなければ問答無用で殴っていたところだよ。

 チンピラの方は特に何も言わなかったが、頭でも狂ったのかそのブス女と共にこちらへと歩み寄ってきた。見れば見るほどムカつくわね。

 ……あぁ、なるほど。相手にすればするほど面倒になっていくタイプか。ならここは運頼りだ。コイツらを利用させてもらおう。

 

『アタシらもウェディング体験ってヤツ、やってみたいんだけど~?』

『こ、困りますお客様! これはあくまで――』

『ふ~む……ではこうしましょう。お客様が向こうのお二人に問題を出し、それに正解したらお二人の勝ち、間違えたらお客様の勝ち、ということでどうです?』

『えっ? ちょっと!?』

 

 私の隣で待機していたキツネのノイン――アキ君が慌てふためくも、私は意に介さず持っていたマイクをチンピラに手渡す。

 チンピラはこちらの出した条件を承諾し、ズカズカと壇上に上がってマイクを構える。そして、自信に満ち溢れた表情で口を開いた。

 

 

『――ヨーロッパの首都はどこか答えろっ!』

 

 

『『…………』』

 

 ヨーロッパ。欧羅巴とも書く。

 北半球にある地球上で最も大きい、ユーラシア大陸の西部の呼称名。欧州とも言うため、カテゴリーとしては州に該当される。

 

『オラ、答えろよ。わかんねぇのか?』

 

 首都。首府とも言う。

 一国の中央政府のある都市。その国の立法,行政,司法,経済,文化などの中心をなす場合が多い。首都があるのは国であり、州にはない。

 

 

 つまり――国ではなく州であるヨーロッパに、首都なんてものは存在しない。

 

 

《……坂本雄二さんと翔子さん、おめでとうございます。この対決を制したお二人には当初の予定通り、【如月ハイランドウェディング体験】をプレゼントいたしまーす!》

 

 こんな連中に任せた私がバカだった。これならアキ君に任せた方が良かったかもしれない。

 

『ふざけんな! どう見てもオレたちの勝ちだろコルァ!』

『この司会バカじゃないの!?』

『黙れクソカップル! 何がヨーロッパの首都はどこだゴラ! お前らいっぺん前世の幼稚園からやり直してこいや!』

『み、皆さん落ち着いてくださいっ!』

『楓はこっちに来て! 一旦落ち着くんだ!』

 

 屁理屈を付けてくるクソカップルに対し、とうとう我慢の限界が来た私は周囲を気にせずブチギレるも、着ぐるみに入った瑞希が割って入り、その隙にアキ君にステージ裏へと連行された。

 

 

 

「次、さっきみたいに怒ったらお仕置きです。わかりましたか?」

「はい……」

 

 舞台裏にて。やらかしてしまった私はお怒りの瑞希に長時間説教され、熱くなっていた頭を強制的に冷やされていた。

 それにしても、お仕置きって何をされるのだろうか。仕事自体はほとんど終わったし、えげつないことはされないと思うけど……。

 

「まさか、こんなに短気だったなんて……」

「お主にとって接客は鬼門じゃったか……」

 

 その場で正座をしている私を見下ろし、呆れた顔で頭を抱える島田さんと秀吉。

 窮屈で蒸し暑い着ぐるみから今度こそ解放されたのはいいが、これはこれで辛い。二人の言うことに否定もできないし。

 今、舞台には新郎姿の雄二とウェディングドレスを着て、一段と綺麗になった翔子がいる。

 

「……綺麗だね」

 

 お洒落とか美容とか、そういうのに興味がない私でも自然と思ったことを口に出してしまうほど、今の翔子は綺麗なものだった。

 念入りに製作された純白のドレスを身に纏い、胸元に小さなブースを掲げたその姿はまさに花嫁そのもの。ヴェールの下に素顔を隠しているが、それを含んでも完成度は凄まじいものだろう。

 完全に見惚れている雄二に対し、翔子は幼い頃から抱いていた夢を、言葉にして懸命に紡いでいく。観客席から鼻を啜る音が聞こえる辺り、もらい泣きをしている人もいるようだ。

 翔子の夢が、あと一歩で叶う。本当に叶うのはもう少し先だが、高校生の年齢でも結婚が可能な国へ行くなら話は別である。

 

「……翔子。俺は……」

 

 雰囲気も最高のところで、翔子に何か言おうとした雄二だったが、

 

『あーあ、つまんなーい!』

 

 それを遮る形で、観客席から大きな声が上がった。せっかくの雰囲気もブチ壊しである。元凶はさっき私を怒らせた、例のクソカップルだ。

 

『オマエいくつだよ? お嫁さんが夢とかキモいんだよ!』

『マジでイカれてるんじゃないの?』

 

「…………ッ!!」

「落ち着くのじゃ水瀬!」

「今ここで出て行ったら全部台無しになるわよっ!」

 

 今度は怒鳴る暇もなく静かにブチギレ、血が出るほど拳を握り込んで観客席へ突撃しようとする私を、二人掛かりで止める島田さんと秀吉。

 そのすぐ近くには私と同じようにブチギレ、同じように突撃しようとしたところを瑞希に止められる、バカな幼馴染みの姿があった。

 

《花嫁さん? 花嫁さんはどちらに行かれたのですかっ!?》

 

 アナウンスの声で我に返り、壇上へと視線を向けると、さっきまで立っていた翔子が忽然と姿を消していた。……ブーケとヴェールを残して。

 こうなるとイベントは中止、計画も失敗。当然、その分の報酬も全て水の泡。経営側としても大ダメージ確定だろう。

 しかし、今となってはもうどうでもいいことだ。そんなものよりも、まずは消えてしまった翔子を見つけるのが先決である。

 

「散々キレまくった私が言うのもアレだけど……世話が焼けるわね」

 

 

 

「やっぱり、ここだったね」

「……楓?」

 

 翔子は予想よりも早く見つかった。ドレスやメイクなどの作業をしたであろう部屋に入ってみたところ、その隅っこで蹲っていたのだ。

 まぁ、言ってしまうと偶然である。ここ以外にもいくつかアテはあったけど、まさか一発目で見つかるとは思わなかったよ。

 目線的に話しにくいので腰を下ろし、彼女の隣に座り込む。目元が潤っているのを見るに、まだ泣き止んではいないらしい。

 

「……楓」

「ん~?」

「……やっぱり、私の夢って――」

「悪いけど、その質問には答えられないよ」

 

 これは嘘だ。答えようと思えば答えられる。でも、今それに答えるべきなのは私じゃない。

 

「…………」

「ごめんね。勝手に見つけといて、なのに質問の一つにも答えられなくて」

「……ううん。楓は悪くない」

 

 相変わらず、この子は口数が少ないわね。それもあってか、大きな声を出すのも苦手らしい。

 翔子は悪くないと言ったが、私としては若干の罪悪感が残っている。付き合いが長いのに、彼女にしてやれることが何もないから。

 ……けどまぁ、この調子なら大丈夫でしょう。後は――

 

「とりあえず、着替えよう?」

「……うん」

 

 ――アイツに委ねましょうか。翔子が七年間想い続けた、不器用だけど優しいバカに。

 

 

 

「おい水瀬」

「……んあ? どしたの雄二」

 

 週明けの学校にて。登校してすぐに居眠りをしていた私は、ついさっき登校してきた雄二の声で目を覚ました。朝から何なのよ一体。

 

「如月ハイランドでは随分とやってくれたな」

「しょうがないじゃん。仕事だったんだから」

 

 でなきゃあんなこと、アキ君や雄二が相手でもしたくないよ。……多分。

 とりあえず用件を聞こうと思って口を開いた途端、雄二が先にポケットから何かを取り出した。紙切れのように見えなくもないけど……。

 

「映画のペアチケットだ。明久にも渡したが、気になる相手がいれば一緒に行くといい」

「あぁ、そういうことなら……ありがたく貰っておくわ」

 

 そんな相手、今の私には一人しかいない。

 雄二が自分の席に戻ったのを確認し、その相手の元へ向かう。

 

「む? どうしたのじゃ? 水瀬」

「おはよう秀吉。実はたった今、映画のペアチケットが手に入ってさ。次の休み、一緒に行かない?」

「わ、ワシは別に……構わんぞ……」

 

 やった。少し先だけど秀吉とのデートが決まった。清涼祭のときは雄二のせいで散々だったからね。今度は楽しんで見せるわ。

 その日を楽しみにしつつ、鉄人が来る前に自分の席へと戻る。

 ……何故か隣のアキ君が真っ白になって力尽きているけど、気にしないでおこう。

 

 

 

 



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バカと私と貸切プール

「はい。雄二の注文通りに買ってきたよ」

「おう、助かる」

 

 先週、アキ君を主催に行われた『雄二&霧島さん結婚大作戦』も無事に――いや半分ほど失敗に終わり、いつも通りの退屈な週末の夜。

 私と雄二はアキ君の家に遊びに来ていた。雄二がどれくらいの頻度で来ているのかはわからないが、私は暇があれば大体来ていたりする。

 ちなみに半分というのは、あれから翔子が雄二のおかげで立ち直ったと、人づてに聞いたからだ。そのあと本人に確認を取ったけど。

 

「何があるの?」

「えーっと……」

 

 テーブルの上に置いたビニール袋をガサゴソと開け、中身を確認する。

 

 

・コーラ

・アイスコーヒー

・麦茶

・カップラーメン

・カップ焼きそば

・親子丼

 

 

 ここに来る途中、雄二に頼まれて買ってきたやつと、自分で選んで買ってきた飲食物が入っている。私の分は麦茶と親子丼だ。

 上着を脱ぐ雄二にアキ君がどれを取るのか問いかけると、雄二はさも当たり前のように、

 

「俺は――コーラとコーヒーとラーメンと焼きそばだ」

「雄二キサマ! 楓には割り箸しか食べさせない気だな!?」

 

 ちょっと待って。

 

「なんで私の分がないことを前提にしているの!? 私は麦茶と親子丼だよ!」

「お前は女子に割り箸を食べさせる趣味でもあるのか……?」

 

 その趣味は普通にドン引きである。まぁ、一部の女子は教えたら本当に実践してしまいそうだが。自分達の想い人に対して。

 

「じゃあ僕が割り箸を食べるの!?」

「焼けば美味しくなるかもしれないよ?」

 

 大体の生ものは火を通せば食えると聞く。そう考えると、木材も火を通せば噛みやすくなる可能性が少しはあるかもしれない。

 

「待て待て。割り箸はやらん。というか、それだと俺が素手でラーメンを食う羽目になるだろ」

 

 呆れながらも、雄二は一つ目の袋の下敷きになっていたもう一つの袋を取り出し、その中身をアキ君に見せる。あれ? それって確か……

 

 

・こんにゃくゼリー

・ダイエットコーラ

・ところてん

 

 

 どれもカロリーオフという、糖分と脂肪で飢えを凌いでいるアキ君にとっては地獄のメニュー。当然、アキ君は吠えた。

 

「全部カロリーオフじゃないかぁっ! なんで買ったのさ楓!」

「雄二の注文書(メール)に書いてあったから」

 

 アキ君の体調を気遣ったこのメニューには、私も感心せずにはいられなかった。だから雄二の嫌がらせと知りながらも、私は素直に注文通りのものを買ってきたのだ。

 とはいえ、アキ君の反応でわかるように、カロリー摂取という部分に対しては全然配慮していない。もちろん私ではなく、雄二が。

 その雄二は感謝の気持ちを込めて選んだと言うも、アキ君はカロリーが摂取できないという事実は変わらないと怒り、袋からダイエットコーラを取り出して構えた。

 

「なんだ? やる気か?」

「あぁ、いずれ決着をつける必要があると思っていたところさ」

「いいだろう、望むところだ」

 

 雄二もそれに応え、袋からコーラを取り出してアキ君と同じように構える。

 互いに相手を睨みつけ、牽制し合うという一触即発の状況の中、キッチンから水が一滴落ちる音が響いてきたことで、その均衡は崩れた。

 

 ――ピチョン

 

「「――っ!!」」

 

 

 シャカシャカシャカ(アキ君と雄二がペットボトルを振る音)

 

 ブシャアアァァァァ(二人が同時にコーラを射出する音)

 

 バタバタバタバタ(お互いに目を押さえてのたうち回る音)

 

 

「「目が、目がぁぁぁああっ!」」

 

 私は今、何を見せられているのだろうか。新しいスポーツとかそういう類だろうか。

 

「やるじゃねぇか、明久……!」

「雄二こそ……!」

 

 二人のしょうもないバトルに巻き込まれないよう、自分の分である麦茶と親子丼を持って距離を取り、それを武器として使われる前に食べることにした。うん、まだあったかいわね。

 麦茶を一口飲んで二人の方へ視線を向けると、アキ君はところてんを、雄二はコーヒーを武器として使おうとしていた。

 

 

――しばらくお待ちください――

 

「……終わった?」

「うん。一時休戦になったよ……」

「冷静になって考えてみると、あまりにも不毛な戦いだったしな……」

 

 全身をゼリーやところてんやコーラでベタベタにし、無駄に疲れた顔になっているアキ君と雄二。なんて気持ち悪い光景なんだ。

 シャワーを借りるとアキ君に告げ、脱衣所の方へと向かう雄二。景気良く衣服を脱ぎ捨てる音が聞こえてきたところで、アキ君が何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「あ、そうだ雄二――」

『ほわぁぁっ――っ!?』

「――今ガス止められてるから水しか出ないよ」

 

 アキ君の報告を遮るように、雄二の悲鳴が響いてくる。どうやら手遅れだったらしい。

 出てきた雄二は腰にタオルを巻き、ガタイの良い身体を寒さで震わせていた。これが秀吉なら最高だったけど、残念ながら私の目の前にいるのはお怒りの雄二だ。

 冷水シャワーの浴び方を丁寧に教えるアキ君だが、雄二がそんなことに納得するはずもなく、ある提案を切り出した。

 

「明久、水瀬。外に行くぞ」

「外? 雄二の家とか?」

「いや、どうせならシャワーだけじゃなくてプールもあるところに行こうぜ」

「……あぁ。なるほど。確かにあそこなら近いし、お金も掛からない。名案だね」

 

 アキ君は雄二の真意に気づいていなかったが、私の言い分を聞いた瞬間にピンときたようで、手早く準備を済ませる。

 

「水着はどうするの?」

「ボクサーパンツで充分だな」

「今から取ってくるわ」

 

 男子であるこの二人は下着でも問題ないが、女子である私はそうもいかない。

 私も手短に準備を済ませ、彼らと共に目的地である文月学園へと向かった。

 

 

 ……これ一応不法侵入になるんだけど、大丈夫だろうか?

 

 

 

「……で、何か言い訳はあるか?」

「「「コイツらが悪いんです」」」

 

 うん、私知ってた。大丈夫なわけがないって知ってた。世の中そんなに甘くないもんね。

 

「明らかに悪いのはお前らだろ! 雄二がまともな差し入れを頼んで、楓がそれを買ってきたらこんなことにはならなかったのに!」

「ふざけるな! お前がガス代を払っておけばこうなることはなかったんだよ!」

「それは違うでしょ! 君らがあそこで不毛な戦いを止めとけば、こんな事態には陥らなかったと思うんだけど!?」

 

 あれから二時間後。私達はプールではしゃいでいたところを、見回りをしていた鉄人に発見され、散り散りになって逃げるもあっさりと確保されてしまい、宿直室へと連行されていた。

 そして今、私達三人はそれぞれ罪を擦りつけ合い、自分だけは悪くないと主張しているのだ。そうよ、私は何も悪くないわ。どう考えてもこの二人が責任を取るべきである。

 西村先生こと鉄人は私の言い分をわりと真剣に聞いていたが、もういいと言わんばかりに頭に手を当てて溜息をついた。

 

「…………もういい。お前たちの言い分はよくわかった」

 

 どうやらわかってもらえたようだ。そうと決まれば帰るのみよ。さっさとこんなところからはおさらばしたいしね。

 

「ははは、それは良かったです」

「いい加減時間も遅いし、そろそろ帰るか」

「では西人先生。私達はこれで――あの先生。どうして私の頭を鷲掴みにしているんですか?」

「西村先生と呼べ」

 

 頭を下げ、反省文でも書かされるであろうアキ君と雄二を置いて出ていこうとしたら、鉄人の大きな手が私の頭を掴んでいた。

 しかもアキ君と雄二に至っては鉄人の太い腕に首を抱え込まれており、息ができないのか苦しそうな表情になっていた。というか私も私で、このままじゃ頭蓋骨が粉々にされてしまう……!

 

「そう急ぐこともないだろう。帰るのは恒例のヤツをやってからでも遅くはないぞ?」

 

 グイグイと凄い力で二人の首が絞めつけられ、メキメキと私の頭から悲鳴が上がる。ヤバイ。下手に動くと頭蓋骨にヒビが入ってしまう!

 

「や、やります。やりますから放してください……!」

 

 自分の命が大事な私達は仕方なく白旗を上げ、鉄人が取り出した紙とペンを受け取る。どうやら鉄人が今から言うことを英訳すればいいらしい。なんて温い罰なんだろう。

 週に二回は書かされていることもあり、スラスラと言われたことを英語に直して紙に書いていくアキ君と雄二。私はもう書き終えた。

 

「よし、できたなら見せてみろ」

「はーい」

 

 書き上げた英文を鉄人に渡す。私と雄二のやつを読んで感心するように頷いていたが、アキ君のやつを読んだ途端、何故か溜息をついた。

 どうも中学校で習うような単語を書き間違えたらしく、奴隷商人のような文章になっていた。たった一言間違えるだけでこうなるとは。

 

「さて、次に行くぞ。『私は反省しているので、来週末にプールの掃除を行います』」

「頑張って下さい」

「(ボゴッ)英訳しろ」

「鉄人に見つかったのが運の尽きだったか……」

「(ボゴッ)西村先生と呼べ」

「今度はもっと計画的に行こう。捕まりたくないし」

「(ボゴッ)いい加減に反省したらどうだ」

 

 こんな感じで、私達は朝まで鉄拳付きの補習を受けたのだった。そう……朝まで。

 

 

 

「おかげで散々な週末だったよ」

「だから、それはアキ君が悪いと何度言えば」

「いやいや、楓も悪いでしょアレは」

「どっちもどっちだ」

 

 週明けの教室。余裕を持って登校した私達は、いつものメンバーで卓袱台を囲んでいた。朝のHRが始まるまで時間があるしね。

 気遣うように柔らかな表情を浮かべる秀吉、ボソリと呟くムッツリーニ、気が滅入るアキ君、それを読んでいたかのように口を開く雄二。うん、いつも通りの光景だ。

 口を開いた雄二が言うには、プール掃除をすればその日だけプールが貸切状態になるらしい。これは秀吉を誘うしかないでしょ。

 

「秀吉。掃除もあるけどプールに来ない? 自由に泳げるよ」

「うむ。そういうことなら相伴させてもらおう、かの……」

 

 快諾はしてくれた秀吉だが、その際に私を見ていたのは気のせいじゃないだろう。嬉しいと言っちゃ嬉しいけど、ちょっと複雑だ。

 ムッツリーニは掃除を手伝わされると聞いたところですぐさま渋ったが、島田さんと瑞希も呼ぶという条件で承諾した。果たして彼の身体は持つのだろうか。血液量的な意味で。

 そしてその島田さんと瑞希も行くことになった。ただ二人とも体型にコンプレックス(島田さんは胸部、瑞希は腹部)があったようで、秀吉がアキ君に水着姿を見せに行くという嘘にまんまと引っ掛かるまでは渋っていたが。

 

「それじゃ後は翔子に声を掛ければ、終わりだな」

「へぇー、珍しいじゃん。雄二も大人になったね」

 

 翔子の水着姿も見たかったようで少なからず感心していたアキ君だったが、雄二は哀愁を漂わせながらアキ君の肩を掴んだ。

 

「――明久。もしもこの事が翔子にバレたら、俺の命はどうなると思う?」

「……ごめん」

 

 あまりにも説得力のある言葉に、さすがのアキ君も謝るしかなかった。

 

 

 

「前髪のお姉ちゃん、胸おっきいです~」

「そ、そう?」

 

 ついに迎えた週末。晴天という最高の天気の下、待ち合わせ場所の校門前から更衣室へ向かう途中で男子と別れた私達女子は、更衣室に入ってすぐに着替え始めていた。

 まぁ、気合いの入った秀吉が今回の水着はトランクスタイプだと胸を張って言ったり、同じく気合いの入っていたムッツリーニが最初から鼻血の予防を諦め、大量の輸血パックを鞄に入れていたり、島田さんが妹の葉月ちゃんを連れてきたりと、ここに来るまで色んなことがあったけどね。

 

「み、水瀬さん……む、胸の大きさが間違ってるわよ?」

 

 なんて失礼な。

 

「……私よりも大きい」

「楓ちゃんは着痩せしますから……」

 

 自分の胸に手を当て、表情を一切変えることなくジッと私の胸を見つめる翔子と、自分の腹部に手を当て、しょんぼりする瑞希。

 胸はともかく、腰や腹部に関しては格闘技をやっているうちにこうなった、としか言いようがない。腹筋も結構付いたし。

 ……そろそろ島田さんの視線がウザく――もとい痛くなってきたわね。

 

「あの、人の胸を親の仇のように睨みつけるのやめてくれない?」

「だって、だって……アンタだけは仲間だと思っていたのに……!」

 

 それはそれで勘弁願いたい。

 

 葉月ちゃんを含む全員の視線が向けられる中、私は事前に買っておいた青のビキニに着替え、その上から水着用のレディースパーカーを羽織る。本当はトランクスタイプが良かった。

 

「それじゃ、先に行ってるわね」

 

 ようやく着替えを再開した他のメンバーを待たずに、更衣室から出て行く。……さて、秀吉はどういう反応をしてくれるのやら。

 

 

――それから数分後――

 

「……雄二。他の子を見ないように」

「ぐああああっ!」

 

 モデルのように優雅に歩き、そのまま流れるような動きで雄二に歩み寄って彼の目を潰す翔子。動きが綺麗すぎて注意に困る。

 男子とプールサイドで合流したところまでは良かったが、肝心の秀吉がまだ来ない。まぁ、ここから一番遠い校舎で着替えているから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。

 男子は全員トランクスタイプの水着で、胸パッドで強引に胸を盛ろうとした島田さんはスポーツタイプのセパレート、彼女の胸パッドを使って本当に胸を盛った葉月ちゃんはスクール水着、そして今やってきた翔子は白のビキニと水着用のミニスカートを着ている。

 ちなみに島田さんの胸パッドは葉月ちゃんのせいでアキ君達にバレたため、お蔵入りすることになった。使う機会は一生訪れないだろう。

 

「島田さんって本当に細いよね」

「……どこ見て言ってんのよ」

「胸とバストとボイン」

「その口を潰すわよ。二度と開けないようにね」

 

 酷い。アキ君が島田さんの胸を二回褒めたから私は三回褒めたのに。実際、彼女のモデルみたいにスレンダーな体型は、スポーツ選手にとっては理想の体型と言える。スポーツ選手にとっては。

 といった感じで島田さんと戯れていると、ムッツリーニの後ろから薄ピンクのビキニとゆったりとしたパレオを着用した、瑞希がぎこちない動きで走ってくるのが見えた。

 

 ――生物兵器とも言える、凶悪なパーツを二つぶら下げながら。

 

「…………すまない、先に逝く……」

「む、ムッツリーニ!? 誰がムッツリーニをこんな目に――危ない僕っ!(ブスッ)」

 

 そのパーツを直視してしまったムッツリーニは大量の鼻血を出しながら崩れ落ちるも、アキ君はギリギリのところで自分の目を自分で潰し、直視を免れた。あっ、島田さんも戦慄してる。

 島田さんは相当混乱しているのか、ドイツ語でベラベラと喋り出した。少し小声のせいで詳細は不明だが、とりあえず嫉妬しているのはわかった。瑞希の胸をガン見してるし。

 

「皆さんは何をしているのでしょうか……?」

「大変なものを見たから視界を遮断してるのよ」

 

 派手に逝ってしまったムッツリーニ、自分の目を潰したアキ君、混乱してしまった島田さんに代わり、瑞希の疑問に答える。

 それでも首を傾げる瑞希だったが、身体は正直なアキ君が物凄い勢いで鼻血を出しながらも、彼女の水着姿を褒めたことでカオスな空間と化したその場を収めることができた。

 ……すぐそばで視界が回復しかけていた雄二の目を再び翔子が潰し、瑞希の胸を見て声を震わせていたが気にしたら負けだろう。

 

「残るは秀吉ね……」

 

 遅い。遅すぎる。こっちは君の水着姿を見たくて堪らない。さっきからカオスな光景ばかり見せられている今こそ、癒しが必要なんだ。

 

「すまぬ、待たせたの」

 

 そんな私の願いが通じたのか、ついに秀吉がやってきた。

 

 ――女物の、トランクスタイプを着て。

 

「「☆●◆▽□♪◎×(ううん。そんなに待ってないよ秀吉)」」

「落ち着けお前ら。ここは地球だぞ」

 

 未だに目の見えない雄二からツッコまれたが、これはしょうがないと思う。だって、今私の目に映っているのは癒しを越えた何かだもん!

 

「…………鼻血ももう出ない」

「うん」

 

 秀吉の水着姿があまりにも最高だったのか、鼻血すら出なくなったアキ君とムッツリーニ。

 

「……最っ高!(ブババババッ)」

「どうしたのじゃ水瀬!? 何故ワシを見ながら鼻血を出しておるのじゃ!?」

 

 しかし、私は今まで色々と我慢していたこともあり、身体が正直になっていた。

 いや、でもこれは普通に正しい反応だよ。秀吉は男、私は女。異性の水着姿に興奮して何が悪いか。そう、これこそ当たり前の反応なのよ。

 

「いやーごめんごめん。つい嬉しくて(ブシャァァァアア)」

「鼻血の勢いが増しておるぞ!?」

 

 イケない。このままじゃ『口では誤魔化せても、ここでは誤魔化せないようだな』ってツッコまれてしまう。アキ君の二の舞はごめんだ。

 葉月ちゃんが持っていたティッシュでどうにか血を止め、もう一度秀吉の水着姿と向き合う。

 

「ど、どうじゃ? これでワシも男らしく見えるかの……?」

 

 私達に自分の水着姿を見せ付ける様に、それでいて恥ずかしそうに問いかけてくる秀吉。

 正直に言おう、全然男らしくない。むしろ実は女の子説が強くなってしまった感がある。外見の時点でもギリギリだったのに、上がある女物の水着ときた。フォローのしようがない。

 それでも、私は彼のために嘘をつくことにする。いつか男としては見てもらえなくなるであろう、この男の娘のために。

 

「大丈夫だよ秀吉。私は――」

「お姉ちゃん、とっても可愛いですっ」

 

 オイ小娘。

 

「落ち着くんだ楓! 相手は小学生だよ!?」

「放してアキ君! その子には教えることがたくさんあるのよ!」

「???」

「葉月。ちょっとこっちに来て」

 

 私がアキ君に羽交い締めされている隙に、葉月ちゃんは島田さんによって避難されられた。

 ま、まぁ、秀吉の水着姿に免じて今回は見逃してあげるわ。私もそこまで鬼じゃないし。

 

「……雄二。目、大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。だいぶ見えてきて――」

 

 ブスッ

 

「またか!? またなのか!? お前は俺に何か恨みでもあるのか!?」

「……ここには雄二に見せられないものが多すぎる」

 

 早くプールを堪能した方が良さそうだ。雄二が病院へ運ばれる前に。

 

 

 

「あれ? 代表?」

「……愛子?」

 

 アキ君と雄二と翔子が(男二人の)命を賭けた水中鬼という葉月ちゃん考案の危険な遊びをやっていると、Aクラスの工藤愛子さんが現れた。どうやら水泳部に所属しているらしい。

 私は持参した水鉄砲で秀吉と遊んでいたが、彼女の出現と共にその手を止めた。というか、島田さん以外のメンバー全員がこっちに向かっている。見かけ通り、工藤さんは人気者だね。

 

『お姉さまっ! どうして美春に声を掛けてくれなかったんですか!?』

『美春!? どうしてアンタがここにいるのよ!?』

 

 なんかさらに一人増えている。あのスキンシップの激しい女子は……あぁ、清水美春さんだったわね。直接会うのは屋上以来か。

 工藤さんと清水さんも成り行きで参加することになり、工藤さんがスポーツバッグを掲げて更衣室の方へ向かおうとしたところで、

 

「覗くなら、バレないようにね?」

 

 と言い残していった。つまり本人公認の覗きができるようになったわけだ。

 

「明久君。余計な動きを見せたら、大変なことになりますよ?」

「生きて帰れると思わないでよ? アキ」

 

 島田さんと瑞希の放つ強烈な殺気に気圧され、動きを止めるアキ君。あれはさすがの私でも動かないと思う。命が惜しいし。

 

「ぐああぁっ……!」

 

 なお、雄二は顔を赤くした瞬間に目を潰されてしまった。後で翔子に注意しないと。

 そして、最後の希望である我らが土屋康太ことムッツリーニは――

 

「…………無念……!」

 

 出血多量でカメラを構える余裕もなく、必死に血液パックを付け替えていた。

 

「……秀吉」

「なんじゃ水瀬?」

「私の着替えを覗いてもいいって言われたら、覗きに来てくれる?」

「い、行くわけなかろう!?」

 

 泣きたい。

 

「男なのに? 男なのに女子の着替えを覗こうとしないの?」

「…………ワシは健全でありたいのじゃ」

 

 何を想像したのか頬を真っ赤に染め、私から目を逸らす秀吉。こういう反応をする辺り、彼がれっきとした男子なのは明白である。

 

 

 

「あの、皆さんっ」

 

 あれからしばらく遊びまくり、アキ君から譲り受けたらしい映画のペアチケットを賭けた島田さんと瑞希主催の水中バレーもドローに終わって、掃除をする前に昼食にしようとしたところで、瑞希が何か思い出したかのように声を掛けてきた。

 えーっと……今からご飯を食べるんだよね? そんな時に思い出したことと言えば……

 

「人数分用意できなかったから黙っていたんですけど、実は――」

 

 この瞬間、私と男子四人は目まぐるしくアイコンタクトでやり取りする。これから訪れるであろう、命の危機から回避するために。

 

「――今朝作ったワッフルが四つ」

「第一回!」(雄二の声)

「最速王者決定戦!」(アキ君の声)

「ガチンコ水泳対決――っ!!」(私の声)

「「イェーッ!」」(秀吉とムッツリーニの合いの手)

 

 ごめん。自分で便乗しておいて何だけど、ちょっと恥ずかしい。女として恥ずかしい。

 

「ルールは至ってシンプル! このプールを往復して、最初にゴールした人が勝ち! 泳法は個人種目と同じ、自由形としますっ!」

 

 タネも仕掛けもない、単なる水泳競争。だが、一つだけ普通の競争とは異なる点がある。

 それは私達の命が掛かっていることだ。瑞希特製の殺人ワッフルは四つ。私達は五人。つまり、生き残ることができるのは一位――トップだけ。二位以降は何があろうと地獄行きだ。

 

「よくわかんないけど、誰が一番速いのかは興味あるわね」

「体力なら坂本君が一番に見えますけど……」

「……動きの速さなら吉井や土屋も引けを取らない」

 

 雄二より下とか心外である。

 

「……でも、楓なら雄二と良い勝負ができる」

 

 ありがとう翔子。今度デートで使えそうなものをいくつかあげるわ。

 

「そういうことなら、ボクが判定してあげるよ」

 

 工藤さんが審判となり、私達はスタート位置につく。右隣は雄二、左隣はアキ君か。

 審判のコールが響くと同時に、飛び込みの構えを取る。秀吉はともかく、多量の出血で弱っているムッツリーニはその秀吉以上に敵じゃない。となると、問題はアキ君と雄二だ。

 一番厄介なのは体格が良くて体力もある雄二だが、アキ君もなかなか手強い。アキ君は幼馴染みというアドバンテージを活かせば勝てるけど、雄二とは純粋に体力勝負になるだろう。

 

「よーい――」

 

 文字通り、生き残ることができるのは一人だけ。純粋な水泳勝負なら、アキ君と雄二に気を付けてさえいれば勝てる。だけど、この二人のことだ。何かしら仕掛けてくるだろう。

 

「――スタートっ!」

「「くたばれぇぇっ!!」」

 

 審判である工藤さんの合図と同時に、雄二とアキ君が私目掛けて全力の跳び蹴りを放ってきた。やはり直接潰しに来たか――!

 

「甘いわぁっ!」

 

 その場で上半身を後ろへ大きく反らし、二人の跳び蹴りをかわ――

 

 

 ズルッ(私が足を滑らす音)

 

 ゴンッ(私の後頭部がコンクリートとキスする音)

 

 

「あだぁぁぁぁっ!?」

 

 痛い! 頭が痛い! 後頭部がてっぺんから割れたように痛いぃぃぃっ!

 

「最強の敵は封じた! 次はキサマだ雄二!」

「上等だ! この恥知らずが!」

 

 後頭部を打って悶絶する私をよそに、その場で取っ組み合いを始めるアキ君と雄二。

 私は二人にバレないよう、後頭部の痛みに耐えながらプールへ飛び込む。ちゃんと飛び込んだ秀吉とムッツリーニがちょうど折り返そうとしているが、未だに飛び込んでいない二人のバカに妨害されるのがオチだろう。つまり……まだ勝算はある!

 

「勝つ……生きて明日を迎えるために!」

 

 クロール――は無理だからバタフライで折り返し地点まで辿り着き、本当にムッツリーニと秀吉がバカ二人に妨害されている隙に、火事場の馬鹿力で開いていた距離を縮めていく。

 

 ――その時だった。

 

「んむ? そういえば胸元が涼しいのう」

 

 私は泳ぐのをやめてしまった。いや、こればっかりは仕方がないと思う。だってさ……

 

「…………死して尚、一生の悔い無し……!!」

「コレ秀吉の水着!? ごめんなさいっ! 僕は何も見ていません!」

 

 秀吉の水着が取れちゃってるんだよ!? しかも上の方! 私の目の前で!

 

「………もうダメ(ブシャァァァアア)」

「か、楓ちゃん!?」

 

 数秒ほど堪えていたが、上半身を曝け出した秀吉の男らしい姿を直視したこともあり、すぐさまムッツリーニの後を追ってしまった。

 

「き、木下! 早く上を隠しなさい!」

「ワシは、ワシは男なのじゃ! 胸を隠す必要はないのじゃ!」

「我儘言っちゃダメです! 二人とも死んじゃいます! それに土屋君と違って、楓ちゃんは女の子なんですよ!?」

「むうぅぅっ……!!」

 

 私が女子だと言われた途端、それまで嫌がっていた秀吉が一気に大人しくなった。

 ……私はダメなのか。他の女子に見られても平然としていたのに。

 

「……愛子。至急、救急車の手配」

「はーい!」

「いつも楽しそうで羨ましいですっ」

「お姉さま、愛してます……」

 

 その後、私とムッツリーニは何度も峠を迎え、越えながらも、皆の懸命な延命措置でどうにか一命を取り留めたのだった。

 

 

 

「……吉井、坂本、水瀬。話がある」

 

 週明けの朝。鉄人がいきなり現れるなり、珍しく朝の挨拶もなく低い声で私達を呼び出した。朝っぱらから何事だろうか。

 

「断る」

「拒否します」

「お引き取り下さい」

 

 私達が拒否の構えを取ると、鉄人はプール掃除の件で教室全体を揺るがすほどの大音量で怒鳴り出した。何でも掃除を命じたはずなのに、逆に血で汚れたことについて聞きたいようだ。

 まぁ、その原因はどうあがいても私とムッツリーニの大量出血なんだけどね。

 

「説教なんて冗談じゃねぇ!」

「危うく死人が出るところだったんですよ!?」

「私もその一人だったんですからね!?」

「黙れ! お前らの日本語はさっぱりわからん! やはり拳で語り合った方が早い!」

 

 マジかこの人。拳で語り合うって、どこの不良だよアンタは。

 もちろん私達は逃げたが、必死の抵抗も空しくあっさりと捕まってしまい、鉄拳をもらってしまった。それでも事情を説明すると、

 

「……今度の強化合宿、木下だけは風呂を別にする必要があるな」

 

 などと呟いていた。そっか、秀吉だけ男女の枠から外れて別の風呂になるのか。強化合宿の楽しみがまた一つ増えたわね。

 

 

 

 




《吉水コンビの幼馴染み相談所》

「水瀬楓と」
「よ、吉井明久の」
「「幼馴染み相談所っ!」」
「えっと……何コレ?」
「はい。これは生まれた時から幼馴染みである私とアキ君が、異性の幼馴染みがいる人の悩みをサクッと解決していくコーナーです」
「僕の話を聞いてぇっ!」
「ではさっそく、ハガキの紹介といきましょう!」
「だから僕の話を聞いてぇっ!」
「『突然ですが、お二人に相談です』」
「本当に始めたよこの子……」
「『私には許嫁の幼馴染みがいるのですが、彼が性別に関係なく周りの人間に浮気しないか心配です。どう対処すれば良いでしょうか?』」
「性別に関係なく!? まるで楓じゃないかっ!」
「おいバカ馴染み。……失礼。まぁ、気持ちはわかります。その人がいつ新しい性癖に目覚めるか、わかりませんからね」
「確かに。それは一理あるね」
「アキ君が『一理ある』なんて難しい言葉を使えるとは驚きだよ」
「当たり前のように僕をバカにするのはやめるんだ」
「ごめんごめん。あー、サクッと解決するコーナーなので結論だけ言います」
「過程は教えないんだね……」
「――その人の心身に自分の存在を深く刻み込んでください。そうすればその人はあなたに病みつきとなり、浮気なんて真似はできなくなるでしょう」
「怖いっ! 過程を聞くのがすごく怖いっ!」
「以上、『雄二のお嫁さん(十七歳)』さんからのおハガキでしたー」
「それ大丈夫!? 許嫁の名前をペンネームにしちゃってるけど大丈夫なの!?」


「……ところで楓」
「何?」
「僕はこのコーナーがあと一回で終わる気がしてならないんだけど……気のせいかな?」
「気のせいでしょ。あと正確には二回ね」
「二回?」
「そっ、二回」
「へぇ~…………あと二回もやるのか、これ」





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バカと私とダブルデート

『はい、もしもし?』

「あっ! やっと繋がった!」

 

 とある休日の吉井家にて。私はいつものように遊びに来ていたのだが、通帳を何度も見返して仕送りが来てないとうるさいアキ君が、国際電話を掛け始めたのだ。無事に繋がったみたいだけど。

 相手はアキ君の母親――おばさんだ。今はおじさん共々出張で海外に行っているため、日本にはいない。あの人、私には優しいんだけど息子のアキ君には結構厳しいんだよね。

 アキ君のテレビゲーム機で一人遊んでいる私をよそに、吉井親子の交渉は続いていく。

 

「父さんはどうしてこんな人と結婚したの……?」

 

 自分の両親の力関係を直に聞かされ、がっくりと項垂れるアキ君。

 吉井家は女性陣が権力を握っている。そのため大黒柱であろうおじさんはともかく、長男のアキ君は一番弱い立場にあるのだ。合掌。

 今はバカだの電波が悪いだの、会話の内容から察するに、吉井親子の交渉は学校の成績をも巻き込んでいるみたいね。

 

「そ、そこまで悪くないよっ!」

『それじゃあ……楓ちゃんと代わって』

「「は?」」

 

 何故私なの。というか、どうして私がこの家にいるって知っているのだろうか。

 

「わ、わかったよ。はい、楓」

「んー」

 

 アキ君から携帯電話を手渡され、渋々通話に応じる。家族の交渉に他人の私が首を突っ込んでいいとはとても思えないが……。

 

「もしもし、おばさん?」

『楓ちゃん、久しぶり。元気にしてる?』

「えぇ、まぁ」

 

 アキ君の時とは異なり、私の声を聞くなり嬉しそうな声で話すおばさん。

 向こうには時間がないということもあり、私は前置きなしで本題へと入ることにした。

 

「で……用件は?」

『明久の最近の成績を教えて。あの子、さっきから頭の悪い言い訳ばっかりして肝心なことは言おうとしないのよ』

 

 さすがはアキ君の母親である。要求があまりにも率直すぎるわ。

 というか、これはなかなか難題ね。少しでも間違った返答をすれば、アキ君の仕送りはお星さまになってしまうだろう。

 ……仕方がない。私もアキ君の幼馴染みだ。腹を括って、一肌脱いであげましょうか。

 

「実は……報告できないほどの、成績なんです……!」

『……相変わらず……バカなんだから……!』

「ハイそこ! 僕の成績がそこまで良くないからって大袈裟に嘆くんじゃないっ!」

 

 いや普通に悪いでしょ。絶望的……とまではほんの少しだけ言わないが、どうあがいてもアキ君の成績が酷いのは事実である。

 

「――だそうです」

『だと思ったわ』

「ちくしょー! まんまとハメられたぁっ!」

 

 嘘をつくなんてとんでもない。ていうかこの場合、下手に嘘をつくとすぐにバレる。

 相手は世界一のバカである吉井明久の母親だ。アキ君や私の安っぽい嘘なんて一瞬で見抜き、真相を暴いてしまうに違いない。

 絶望したかのように頭を抱え、裏切者だの薄情者だのと再びうるさくなったアキ君をスルーし、私はおばさんと世間話を続けた。そして……

 

『じゃあ、そろそろ明久と代わってくれる?』

「わかりました。はい、アキ君」

 

 私とたっぷりお話をして満足したのか、おばさんはご機嫌になっていた。その状態を保ってほしいと思いつつ、携帯電話をアキ君に渡す。

 話の内容に関しては本当に普通の世間話だったが、私はそのどさくさに紛れてアキ君の現状を報告していたりする。

 

『それじゃ明久。母さんはアンタと違って暇じゃないから、もう切る――』

「お母様の慈悲の心で仕送りをお願いします」

 

 おばさんが電話を切ると言った瞬間、アキ君は明後日の方向へ土下座をした。もう何度目だろうか。彼の綺麗な土下座を見るのは。

 すると自分の息子がこうすることをわかっていたかのように、おばさんはため息をついた。

 

『アンタって子はつくづく……まぁ、今回は楓ちゃんに免じて助けてあげるけど』

「あ、ありがとうお母様!」

 

 奇跡的に土下座込みのお願いを承諾してもらい、嬉しそうに顔を上げるアキ君。しかし、そう簡単に許すおばさんではなかった。

 

『ただし、今後もちゃんとした生活を送らないようだったら――玲をそっちにやるからね。だらしないアンタの監視役として』

「…………ハハハ、誰ソレ? ソンナ人イマシタカ?」

 

 玲――吉井玲。アキ君の実の姉で、現在はアメリカのボストンにいるはず。もしかしておばさんも同じところに住んでいるのかな?

 姉の存在そのものを認識しようとしないアキ君だったが、おばさんにバカ呼ばわりされた途端、今度は泣きそうな顔で叫び出した。

 

「お願い母さん! 僕にお慈悲を! こっちは楓一人で間に合ってるから!」

『あぁ、それに関しては大丈夫よ。玲も楓ちゃんに会いたがってたし』

「大丈夫な要素がどこにもないんですが!?」

『そんなに一人暮らしを続けたいのなら、今の生活を改めることね』

「か、母さん! お願いだから息子の声にも耳を傾けて――」

 

 ツー、ツー、ツー……

 

 アキ君の懇願も空しく、おばさんは通話を切ってしまった。

 ……頑張ったねアキ君。精神的にはズタボロのようだけど、仕送りは手に入るから安心して。

 

「あはは……大丈夫だよね? ちゃんとした生活を送らなかったら、って言ってたもんね?」

「さっ、行くわよアキ君。今日は野菜のバーゲンセールがあるんだから」

「放して楓! 僕は今それどころじゃないんだ!」

「心の準備なら後にして。早くしないと晩飯の材料がなくなるし」

「そもそも楓があそこで余計なことを言わなかったら、こんなことにはならなかったんだよ!?」

「……今すぐ帰ってきてもらおうかな――玲さんに」

「やめて! これ以上僕を絶望のどん底に陥れないでぇぇっ!」

 

 これが吉井家の――私とアキ君の日常である。

 

 

 

「いやー、まさか秀吉から誘ってくれるなんてね」

「わ、ワシは男じゃからな。女子をリードするのは当然じゃろう」

 

 アキ君といつもの日常を過ごしてから二時間後。私は妙に緊張した秀吉に誘われ、映画鑑賞という名のデートに出掛けていた。

 そう言えば、アキ君も今日は瑞希と島田さんとデートするって言ってたなぁ。本人は慌てて誤魔化していたが、今更そんなものに引っ掛かる私ではない。すぐに暴いてやったよ。

 

「っ……」

 

 ……ダメだ。秀吉が可愛い。さっきから顔を赤くしてるし、近寄ると距離を取るし、さっきなんて試しに抱き着いたら変な声を出したし。

 

「それで、何を観るの?」

「そうじゃのう……」

 

 映画館に着いたのはいいが、どれを観るのかまでは決めていなかったようだ。前に雄二からもらったペアチケットも特定の作品専用じゃないし、これは時間が掛かりそうだわ。

 いくら秀吉が男だからって彼一人に任せるのは酷なので、私も受付の近くにある当館のスケジュール表を見てみることにした。

 

「どれが良いかな……」

 

 現実と虚無が戦う怪獣映画、邪眼と理不尽の亡霊が戦う映画、むさ苦しいおっさん共が無双する映画、魔法少女が世界を救う映画……。

 

 なかなか癖のある作品ばかりだ。普通のラブストーリーもあるにはあるが、今挙げた四つの存在感が強すぎるせいで空気になっている。

 こんな時は相手の好みに合わせた方が良いかもしれないが、その相手である秀吉も口元を引きつらせながら決めあぐねていた。

 

「癖の強い作品ばかりじゃのう……」

「来る時期を間違えたね――ん?」

「げっ……」

 

 お互いに見合った作品がなかったので映画館を出ようとしたら、瑞希と島田さんという花を両手に携えたアキ君が現れた。

 

「楓ちゃんと木下君もあの恋愛映画を観に来たんですか?」

「あの恋愛映画? 今話題になってるアレ?」

 

 確か世界の中心で何とやら、だったわね。存在感が薄いせいで忘れてたよ。

 

「ていうかアキ君、ここでデートするなら先に言ってよ。そうすればこんな鉢合わせは起きなかったのに」

「それはこっちの台詞だよ。秀吉とデートなんてただでさえ羨ましいのに……!」

 

 どうしてこのバカ馴染みは私を睨みつつ、ポケットから爪切りのような何かを取り出そうとしているのだろうか。後ろで女子二人が悲しそうな表情をしていることにも気づかず。

 アキ君に暴力を振るうのは不本意だが、嫉妬でめんどくさくなりそうな瑞希と島田さんのためだ。ここは実力行使といくか――

 

「……雄二。何が見たい?」

 

 せめてもの優しさで、アキ君を楽にしてあげるべくハイキックを繰り出そうとした瞬間、聞き覚えのある物静かな声が耳に入った。というか声の主である翔子が気配もなく現れた。

 

「俺は……無力だ……!」

 

 

 ――手枷で拘束された、雄二を引き連れて。

 

 

「……どれが見たい?」

「早く自由になりたい」

 

 あまりにも切実な要望に目頭が熱くなりかけるも、秀吉の前で泣きたくはないので必死に堪える。アキ君も少し引いてるからね。

 翔子はできるだけ長い時間、雄二と一緒にいたいようで黙示録の完全版を選択した。

 

「オイ待て! それ三時間二十三分もあるぞ!」

「……二回見る」

「一日の授業より長いじゃねぇか!」

 

 いくら私でも、そのチョイスは絶対にない。それをするくらいなら現実と虚無の怪獣映画を三回見た方がマシである。

 すると翔子にはもう一つ選択肢があったらしく、今度は平和と戦争を選択した。

 

「オイそれ七時間四分もあるぞ!」

「……二回見る」

「なんで二回に拘るんだ!? それに十四時間八分も座ってられるか!」

 

 これも酷い選択肢だ。しかも一回で普通の映画二~三回分の時間もあるから、私やアキ君だと序盤で寝るのがオチだろう。

 納得のいかない雄二は手枷を付けたまま逃げ出すも、翔子はどこからともなく取り出したムッツリーニも使いそうなスタンガンで彼を気絶させ、それを引き摺りながら受付へと向かった。

 

「……学生二枚、二回分」

「はい。学生一枚また気を失った学生一枚で無駄に二回分ですね?」

 

 またってどういうことだ。まさかこのやり取り、週に何度も繰り返されているのだろうか。だとしたらよく持っているわね、雄二の身体。

 

「仲の良いカップルですね……」

「憧れるよね~」

「はっきりと気持ちを伝えられるところは尊敬に値するのう」

「……短いのにしよう、映画」

「……そうね」

 

 このあとアキ君達は今話題の恋愛映画を、私と秀吉はおっさん共の無双映画を寝落ちすることなく無事に最後まで観切ったのだった。

 

 

 

「だぁーかぁーらぁー、なんで私の行く先にアキ君がいるのかなぁ!?」

「そっちこそ、どうして僕の行き先を知っているかのように先回りしてるんだよ!?」

 

 映画館を後にした私と秀吉は、この前オリエンテーションで手に入れた商品券を使おうと、喫茶『ラ・ペディス』に訪れたのだが……

 

「このバカ久!」

「このバカエデ!」

 

 再びアキ君のグループと鉢合わせしてしまった。しかも席が空いていなかったこともあり、この通り相席となった。最悪だわ。

 最初は睨み合う程度だったが、次第に言い争い、軽い取っ組み合いへと発展し、今に至る。これでもできるだけ店内には迷惑を掛けていないつもりだが、いつまで持つことやら。

 

「幼馴染みってこんなに息が合うものなの?」

「息が合うにしても、ここまで酷くはなかったと思います……」

「良くも悪くも息が合う、ということじゃな」

 

 心外にも程がある。

 

「はぁ、はぁ、もうすぐクレープが来るわね……」

「仕方ないから、ここまでにしといてあげるよ……」

 

 気づけばお互いバテバテの状態になっていた。ただのケンカなら負けることはまずないのに、じゃれ合いレベルだと必ずこうなる。

 秀吉はチョコ、島田さんはバナナ、瑞希はストロベリーのクレープを食べ、何も頼まなかった私とアキ君は水を飲む。

 私もアキ君ほどではないが財布に余裕がないし、そこまでクレープが食べたいわけじゃないからね。後でパプェでも頼むさ。

 

「普通に商品券を使えばいいと思うのじゃが……」

「まだまだ余裕があるのにね……」

 

 聞こえない。まだ商品券に余裕があるから使えばいい、なんて声は聞こえないわよ。

 

「それにしても、まさかダブルデートに発展するなんてね……」

「ほぇ? ダブルデート?」

 

 どうやら自覚がなかったようだ。というか、ダブルデートと言う単語そのものを知らないような顔をしているのは気のせいだろうか。

 幸いにも瑞希がダブルデートの意味を知っていたようで、私に聞こえないようこっそりとアキ君に教えていた。いや聞こえてるけどね。

 

「えぇ!? やっぱりこれデートだったの!?」

「自覚がなかったようじゃのう」

「いや、もしかしたらとは思ってたけど……」

 

 アキ君のことだ。デートとは男女のペアで行うものであり、それ以外はデートじゃないと考えていたに違いない。実際、今回のアキ君は両手に花とはいえ、雰囲気がそれらしくなかったからね。

 そんなことを考えていると、何を思ったのか瑞希と島田さんはアキ君に自分のクレープを『あーん』で食わせようとし始めた。

 せっかくなので私も秀吉にやってもらおうと思い、秀吉に提案しようとしたところで、店の奥から飛んできた二、三本のフォークが、瑞希と島田さんの持っていたフォークを見事に弾いた。

 

「酷いですっ! お姉さまの甘いクレープを、その口を付けたフォークごと薄汚い豚に与えるなんて、美春許せませんっ!」

 

 誰かと思ったら清水さんだった。しかもその後ろにいる店長らしき人の反応を見る限り、どうやらここは彼女の家らしい。

 

「……出るわよ、秀吉」

「ど、どうしたのじゃ水瀬?」

 

 このままじゃ流れ弾が来る。不思議そうにしている秀吉の腕をやや強引に引っ張り、カウンターに商品券を置いて店から出た。

 

『ディア・マイ・ドウタァアアアア――ッ!!』

 

 その直後、店内からこの世のものとは思えない魂の絶叫。出るのが少し遅かったらどうなっていたかと思うとゾッとするわね。

 

 

 

「公園は落ち着くねぇ~」

「そうじゃのう」

 

 喫茶店を後にしたのは良いが、行き先を決めていなかった私達は、しばらく歩いたところにあった公園のベンチで休憩することにした。

 身体が少しくっついているせいか、秀吉の顔が赤い。良い反応をありがとうございます。ムッツリーニがいたら連写確定である。

 

「やっと二人きりになれたね」

「う、うむ……」

 

 今度は私から目を逸らす秀吉。私も私で普通に恥ずかしいのだが、彼がそれ以上の反応をしてくれるので取り乱すことはない。

 恋人同士ならこういうシチュエーションでキスの一つでもするのだろうが、私と秀吉はまだそういう関係じゃない。なので、

 

「手、握ってもいい?」

「か、構わんぞ」

 

 手を握ることにする。よく考えたら秀吉をからかうことはあっても、ちゃんと手を握ったことは一度もなかったのだ。

 アキ君の手は小学校の頃に成り行きで掴んだことがあるけど、彼と違って秀吉の手は身体が丸ごと包まれるような安心感がある。人目も気にせず、指と指を激しくこすり合わせたいほどには。

 

「……恥ずかしい?」

「当然じゃろう……」

 

 だからこそ、胸のドキドキが止まらない。前髪で目元が見えないから表情は読まれないだろうが、口元は丸見えだから気を付けないと。

 ……よしっ、休憩終わり。平気なふりしてたけど、私も限界だ。顔も熱くなってきたし、秀吉にそれがバレる前にここから退散しよう。

 秀吉の手を握ったまま立ち上がり、動きがぎこちない彼をリードするように公園から出――

 

「えっ?」

「はっ?」

「むっ?」

「あれっ?」

「へっ?」

 

 ――ようとしたところで、またしてもアキ君のグループと鉢合わせしてしまった。会遇にも程があるでしょ、これ。

 

 

 

「「……何か言うことは?」」

 

 その日の夜。いつものように吉井家にて、私とアキ君はテレビゲームをしながら今日の出来事について話し合っていた。

 

「いや先にそっちから言ってよ!」

「はぁ? どう考えてもアキ君から話すべきでしょ!」

 

 あの後、地獄と化したであろう喫茶店から抜け出した私と秀吉は、宿命の如く行く先々でアキ君のグループと出くわし続けた。

 いくら何でも酷すぎる。特定のグループとどこに行っても必ず出くわすなんて、お互いの考えが完璧に一致でもしていない限りあり得ない。

 しかし、私とアキ君はそういうのをあまり認めない傾向が強い。だからこうして可能な限り、穏便な話し合いへと持ち込むのだ。

 

「普通に考えてさ、連続で出くわすなんてあり得ないから!」

「こっちの台詞だよバカ! いつも自分が正しいみたいに言ってさ!」

「ふんっ! バカだなんて、バカの頂点に立つアキ君にだけは言われたくないね!」

「今度は頂点!? 至高といい、究極といい、極限といい、どれだけ僕をバカにすれば気が済むんだ!」

 

 マズイ。いつものように話が脱線し始めている。何かないかと周囲を見回していると、現在進行形でプレイしているテレビゲームが視界に入り、咄嗟に一つの解決方法を導き出した。

 

「こうなったらコレで白黒付けるわよ! 何か文句はある!?」

「格ゲーか……異議なし!」

 

 晩飯を作ることも忘れ、今回の件はどっちが悪いかを決めるべく、私達は朝まで格闘ゲームに没頭したのだった。

 ちなみに秀吉とのデートは一応上手くいったと思う。アキ君のグループと出くわさなければ、良い雰囲気になっていた場面もあったしね。

 

 

 

 




《吉水コンビの幼馴染み相談所》

「水瀬楓と」
「吉井明久の」
「「幼馴染み相談所っ!」」
「はい、まさかの二回目ですっ!」
「ではさっそく、ハガキの紹介といきましょう!」
「はいよ――あれ? ハガキがないんだけど」
「『突然で悪いが、相談に乗ってほしい』」
「……僕が読む日は来るのだろうか」
「『俺には小学校からの幼馴染みがいるのだが、最近彼女からの要求が急激にエスカレートし始めていて困っている。腕組みと称して関節技を極める、婚姻届に俺の実印を押す、それを市役所へ届けに行く等々。どう対処すれば良いのか教えてもらいたい』」
「……き、気のせいかな? 一部他人事とは思えないんだけど」
「前半はともかく、後半は法律的にも危ないわね。彼女が」
「差出人の心配はしないんだね……」
「普通に見れば危ないことこの上ないんだけど、文章だけだとイチャイチャしているのを危険な表現ではぐらかしているような気がしてならないんだよね」
「あぁ、確かに」
「それでは彼の希望通り、サクッと解決方法だけ言います」
「やっぱり過程は教えないんだね……」
「――彼女の要求を、可能な限り受け入れましょう。そうすれば彼女も落ち着くでしょうし、あなたにも平穏が訪れるに違いないわ」
「どうしてだろう。まともなことを言っているはずなのに、その二人の現状が全く解決しない気がするのは」
「以上、『俺は無力だ(十七歳)』さんからのおハガキでしたー」
「何があったの!? 彼の人生に、一体何があったのぉぉっ!?」

「これで二回目だね。次で最後なんでしょ?」
「そうね。このコーナーは次で最後よ」
「……このコーナーは?」
「そうよ。これ以外にも、まだやることが残っているからね」
「もしかして、そのやることにも僕は協力しないといけないの?」
「さぁ、どうだか。まぁ何にせよ、次で最後だから安心して」
「その安心しては信用できないよ……」





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強化合宿編
第一問


「…………」

「…………」

 

 新学年になって二ヶ月が経過し、日没の時刻にも変化が生じ始める時期。強化合宿を明日に控えた私は、真剣な表情のムッツリーニと、卓袱台一つを挟んだ状態で向かい合っていた。

 

「…………合言葉は?」

「性欲を持て余す」

「…………よし」

 

 警戒するように周囲へ気を配りつつ、懐から三枚の写真を取り出すムッツリーニ。その写真に写っているのは、私が好きで止まない秀吉だ。

 ふ~む……メイド服にチャイナドレス、そしてどこかの店の制服であろうウェイトレスか。どの写真もクオリティが非常に高いな。

 

「…………どれにする?」

「そうだね――全部で」

「…………例の物は?」

 

 私も周りに悟られないよう素早く鞄から一冊の本を取り出し、三枚の写真を受け取ると同時にそれをムッツリーニに差し出す。

 やったぜ。これで秀吉の女装写真が持っている分も合わせて五枚になったわ。普通の写真なら十枚もあるけど、こういうのはなかなか手に入らないからね。現物を撮影しない限りは。

 ムッツリーニは嬉しそうにその本を自分の鞄に入れるも、すぐにいつものクールな表情に戻って人差し指と中指を立てた。

 

「…………あと二冊」

「一冊じゃダメ?」

「…………写真一枚につき、エロ――体育の参考書一冊。もしくは現金と引き換え」

「そういうことなら、前者で頼むわ」

 

 念のために持ってきた分のうちの二冊を取り出し、違和感のないようムッツリーニに渡す。今度こそ取引は成立だ。後は自分の席に戻るだけ。

 鉄人が来るまでまだ時間はあるし、朝のHRが始まるまで居眠りでもしようと思った瞬間、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「……朝っぱらから何をしているんだお前らは」

 

 誰かと思ったら雄二だった。気のせいか、彼のツンツン頭が少し萎れているように見える。翔子と何らかのやり取りでもしたのかな?

 

「…………ただの談話」

「明日の合宿について話し合ってただけよ?」

「平然と嘘をつくな」

 

 さすがは雄二。私達が咄嗟に考えた完璧な嘘をいとも容易く見抜くなんて。かつて神童と言われただけのことはあるわね。

 雄二は私とムッツリーニを交互に見ると、妙に深刻な顔付きで腰を下ろした。

 

「まぁいい。お前らに相談がある」

「相談?」

 

 私はともかく、ムッツリーニにも相談があるってことは諜報絡みだろう。

 まぁ、乗り掛かった船ということで相談には乗ってあげようかな。どうせ寝ることしかやることはないし、何より暇だしね。

 

 

――事情聴取中――

 

「――というわけで、その犯人を突き止めてもらいたい」

「…………なるほど」

「実行犯ねぇ……」

 

 雄二の話によるとこうだ。

 今朝、機械オンチの翔子が持つはずのないMP3プレーヤーを隠し持っており、それを雄二が没収して再生したところ、この前の清涼祭で捏造された彼のプロポーズが録音されていた。

 しかもその録音された台詞を、翔子は自分の父親に婚約の証拠として聞かせるつもりだったという。私としては、まず証拠以前に法律の壁があることに気づくべきだと思うけどね。

 まぁ結論を言うと、その台詞を録画したのは翔子ではなく別の誰か。もう一度言うが翔子は機械オンチ。そんなことができるとは思えない。

 

「あの子は本当に気が早いわね……」

 

 MP3プレーヤーは未だに雄二が没収したままだが、中身がオリジナルではなくコピーなのが一番の問題だろう。元を消さない限り、同じことの繰り返しになるのは目に見えてる。

 つまり雄二からの依頼は、例の台詞を録音し、そのコピーを翔子に渡した人物の特定。盗聴の実行犯を突き止めることだ。

 

「……手掛かりはないの?」

「残念なことに、一つもない」

「…………心当たりは?」

「それもないな」

 

 困ったわね。犯人へと繋がるものが何一つとしてない。これじゃ八方塞がりだ。

 

「助けてムッツリーニ! 僕の名誉が危機なんだ!」

 

 三人で考え込んでいると、雄二の後ろから嫌というほど聞き慣れた声が聞こえ、その主であろう少年の行く手を雄二が身体を張って遮った。

 

「後にしろ。今は俺が先約だ」

「雄二? ムッツリーニ、何かあったの?」

 

 雄二の元気のなさに気づいたのか、間抜け面の少年――アキ君こと吉井明久は目的の相手であるムッツリーニに問いかける。口数の少ないムッツリーニは表情を変えることなく、簡潔に答えた。

 

「…………雄二の結婚が近いらしい」

 

 誰もそんなことは聞いていない。

 

「雄二と霧島さんの結婚? そんな決定事項より、僕が女装趣味の変態として認識されそうってことの方が重要だよ!」

「待て! お前が変態だなんて、それこそ決定事項だろうが!」

「ふざけるなこの妻帯者! キサマだけ人生の墓場へ還れ!」

「黙れこの変態! さっさとメイド喫茶へ出勤しやがれ!」

 

 今まで色んな口論を聞いてきた私だが、ここまで酷い口論は生まれて初めて聞いたよ。しかもこの二人、言い争っているうちに泣き出してるし。なんて脆いメンタルの持ち主なんだ。

 

「…………」

「…………」

「…………傷つくならお互い黙っていればいいのに」

 

 ごもっともである。そしてアキ君はそろそろ私の存在に気づいてほしい。

 泣いてるのを誤魔化しつつ、結婚の話程度で済んで良かったと言うアキ君。彼が言うにはペース的な問題で、二人の間にはもう子供ができているものだと思っていたとのこと。

 

「……明久。笑えない冗談はよせ」

 

 どうやら雄二にとってはこれっぽっちも笑えないらしい。私もその意見には半分ほど同意させてもらう。翔子の味方として。

 一応話を聞く気にはなったようで、雄二の隣に腰を下ろすアキ君。雄二はさっきまで私達に話したことを、彼にわかるよう簡潔に説明した。

 彼の盗聴被害には思うところがあったのか、罪悪感に押し潰されそうな顔になるアキ君。まぁ実際に加担してたしね。

 

「…………明久は?」

 

 雄二のターンが終わり、今度はアキ君のターンになった。はてさて、未だに私の存在に気づかない彼の事情は如何なるものか。

 

「実は――僕のメイド服パンチラ写真が全世界にWEB配信されそうなんだ」

「…………何があったの?」

 

 ムッツリーニの疑問は尤もである。彼の幼馴染み歴十七年の私ですら知らなかった衝撃の事実が、たった今簡潔に明かされたのだから。

 さすがに端折り過ぎたと反省したアキ君は、私達にも一からわかるように説明を始めた。

 

 

――事情聴取中――

 

「――そんなわけで、その盗撮犯を突き止めてほしいんだ」

 

 アキ君の話はこうだ。

 今朝、登校したアキ君がロッカーを開けると、中に手紙が入っていた。恋文の類だと思った彼は慎重に屋上へと向かって中身を確認したところ、ラブレターではなく脅迫状であることが判明。

 教室に戻ったところ、屋上で叫び声を上げたことが仇となって島田さんを筆頭にクラスメイト全員からカッターを向けられたらしい。いくら嫉妬でも限度があると気づいてほしい。

 ちなみに連中の嫉妬心はアキ君が自分の隠しているものが、ラブレターではなく脅迫文だと正直に言ったところで収まったらしい。前例があるとはいえ、手のひら返しが凄すぎる。

 そして登校してきた瑞希に、最初から話に加わっていた秀吉がアキ君のメイド服写真があったらどうするかと質問したのだが、何をトチ狂ったのか瑞希はスキャナーを買ってその写真を――アキ君の魅力を全世界にWEBで発信すると言い出したとのこと。それが決定打となり、今に至る。

 

「盗聴の次は盗撮と来たか……」

 

 アキ君の要望も雄二のそれとほぼ同じ、犯人を突き止めること。しかも盗聴と盗撮は同じ諜報の手段だ。もしかすると共通犯の可能性もある。

 

「俺と同じような境遇だな」

「…………脅迫の被害者同士」

「こんなことで仲間ができても嬉しくないよ……。あと、楓はいつからいたの?」

 

 最初からいたよ。

 

「――HRを始めるから席についてくれ」

 

 彼らの説明を聞き終えたところで、ガラガラと教室の扉を開けて担任の鉄人がやってきた。どうやら時間を掛けすぎたみたいね。

 

「…………とにかく、調べておく」

「すまんな。今度お前の気に入りそうな本を、報酬として持ってくる」

「僕も最近仕入れた秘蔵コレクション、その2を持ってくるよ」

「…………必ず調べておく」

 

 その秘蔵コレクションがついさっきムッツリーニの手に渡ったと知ったら、彼はどんな顔をするのだろうか。凄く楽しみである。

 

「私も、一応調べておくわ。雄二の分だけ」

「そこで僕の分も調べようとは思わないのかい?」

 

 思わない。

 

「頼む。報酬として今度どら焼きを三つ買ってくる」

「できるだけ調べ上げてやるわ」

 

 利益があることの素晴らしさに改めて感謝しつつ、鉄人に睨まれる前に自分の席につく。その鉄人は全員座ったことを確認すると、明日から始まる強化合宿の説明を始めた。

 鉄人が配った冊子が前の席から順番に回されてきたのでそれを受け取り、パラパラと捲って内容を確認していく。……集合場所は卯月高原という少し洒落た避暑地みたいね。

 そこへ行くには電車とバスの乗り継ぎでも五時間は掛かるというのに、鉄人は私達にとどめを指すかのように無慈悲な一言を告げる。

 

「我々Fクラスは他のクラスと違って――現地集合だ」

『『『案内すらないのかよっ!?』』』

 

 あまりにも酷い扱いに、クラスメイトのほぼ全員が涙した。

 

 

 

「う~ん……」

 

 その日の夜。私はアキ君のマンションとは天と地の差もある、オンボロアパートの我が家で調べ物をしていた。もちろんパソコンを使って。電気が通っているのは幸いと言えよう。

 調べるとは言っても、普通にネットを開いているわけではない。今朝、雄二から借りた例のMP3プレーヤーをパソコンに繋ぎ、再生したそれを何度も、ヘッドホンを通じて聴いているのだ。

 こういうのは録音からそのままコピーされているか、ご丁寧に編集してからコピーの二択だ。無論、私は前者であることに賭けている。編集されたものを弄るのは至難の業だからね。

 

「全く、どうしてこんなに散らかっているのさ……」

 

 そんな私の努力を知らずに、勝手に人の家を掃除しまくっているアキ君。いやありがたいんだけど、この時間に掃除機はやめてほしいわ。

 アキ君は手慣れた感じで掃除機を止めると、生・プラスチック・資源と丁寧に分別した大きなゴミ袋のうちの一つを持ち、玄関から出ていく。別にそこまでしなくてもいいのに……。

 

「…………ん?」

 

 一瞬、棒読みな台詞の中に違和感のある音が聞こえた。違和感を感じるのはおそらく編集されているせいだろうが、これは間違いなく歓声だろう。編集ミスでもしたのかな?

 プロポーズを録音した盗聴器の正確な場所は特定できた。盗聴器自体はあの騒ぎの際に回収された可能性が高いが、その周辺で不審者――犯人を目撃している人がいるかもしれない。

 となると、一番手っ取り早いのは情報収集だ。清涼祭の準備期間から当日までの間、会場周辺にいた女子に聞くとしよう。明日の合宿のせいで男子にまでは手が回らないしね。

 

「どう? 何かわかった?」

 

 ヘッドホンを外したところで、ゴミを捨てに行っていたアキ君が戻ってきた。

 長々と説明しても彼には伝わらないだろうし、アキ君お得意の要約で済ませよう。

 

「とりあえず、犯人が召喚大会の会場付近で動いていたことはわかったわ」

「そんなの僕でもわかるよ」

 

 しまった。これじゃ私がアキ君よりもバカだと思われてしまう。

 

「……言い方を変えるわ。今回の犯人が、会場のどこでどう動いていたかを把握したよ」

「そっか……ところで、僕の件は?」

「アキ君の件? 何それ美味しいの?」

 

 引き受けた覚えはない。

 

「…………」

「……冗談よ。だから無言で土下座をするのはやめて」

 

 本当に引き受けた覚えはないし、引き受けるつもりもなかったが、ここまで本気の姿勢を見せられると嫌でも断れない。

 アキ君が土下座をやめたのを確認し、彼が掃除ついでに作ったパエリアを食べる。

 

「それで、引き受けるにしても私は何をすればいいの?」

「……あっ」

 

 口元を引きつらせ、目を泳がせるアキ君。その様子からして、何も考えていなかったのは間違いないだろう。さすがはバカである。

 

「はぁ……まぁいいわ。例の写真、全部貸して」

「へっ? ……別に良いけど、こんなものどうするの?」

「何か写ってないか調べるわ」

 

 アキ君から例の女装写真を全部受け取り、虫眼鏡を使って細かく調べていく。学校中にマイ監視カメラとマイ盗聴器を仕掛けているムッツリーニと違って、私にできることは限られているからね。

 

「……それにしてもさ」

「ん?」

「良いアングルで撮れているよね、この写真」

「待て! キサマ何をする気だ!?」

 

 身の危険を感じたのか、私が持っていた写真を取り上げようとするアキ君。いや、別に何かしようとは思ってないんだけど……今は。

 そんなアキ君を華麗にかわしつつ、私は写真を調べる。とはいっても、どれもアングル的に設置型のカメラで撮影されたかのように上手く撮られているから犯人まで辿り着くのは厳しいわね。

 ……世の中、知識だけじゃどうにもならないことがあるんだなぁ。私ゃ悔しいよ。

 

「別にどうもしないから落ち着きなよ。あと、これだけじゃ無理かも」

「む、無理って?」

「最初はこの女装写真に、もしかしたら犯人へ繋がるようなものが写っているかもしれないと思ったのよ。だけど……そう上手くいくものじゃないね」

 

 雄二の件はどうすればいいか決まったが、アキ君の件は全面的にムッツリーニに任せるしかない。これはもうお手上げだ。

 脅迫状の文に関しても、パソコンで打ち込んだもので直筆じゃないから特定は不可能。こんなの、やり方がわかれば誰にでもできる。

 

「そういうことだから、君の件はムッツリーニに託すしかないね」

「そんなぁ……」

 

 よほど私を頼りにしていたのか、涙目になってしょんぼりするアキ君。同性愛者には見せたらいけない光景かもしれない。

 写真を全てアキ君に返し、虫眼鏡を小道具入れに仕舞う。彼には申し訳ないが、私は神のように万能な存在ではないのだ。

 

「さてと、この話は終わりよ。アキ君、明日の準備は終わったの?」

「全然終わってない」

 

 ドヤ顔で言うんじゃない。

 

「とりあえず、こっちの準備を手伝って。アキ君の分も後でやってあげるから」

「わかったよ」

 

 ボストンバッグに着替えを入れていき、衣類以外で必要なものをアキ君に持って来させる。

 チラッとアキ君の方へ視線を向けると、彼の動きがピタリと止まっていた。何かあったのかな?

 

「どうかした?」

「……ねぇ、楓」

「何?」

「これは本当に必要なものなのかい?」

 

 そう言ってアキ君が私に見せてきたのは、彼の女装に必要な化粧入れだった。

 

「もちろんよ。いつ、どのタイミングで君を女装させる機会が来るかわからないからね」

「来ないよ! いや来させないから!」

 

 アキ君はそう言うと化粧入れを没収してしまった。どこに隠すつもりなのだろうか。まぁ、どこだろうと絶対に見つけてやるけどね。

 そんなこんなで準備の方は着々と進んでいき、後は遊び道具を残すのみとなった。

 

「さてアキ君。ここからが大事なところだよ」

「そうだね。どれが良いかな……」

 

 トランプ、すごろく、携帯ゲーム機、危機一髪ゲーム。全部持っていきたいが、向こうでの予定を考えると一つくらいしか遊べない。だからこうして厳選しなければならないのだ。

 私的には携帯ゲーム機だが、これについては充電器も必要になるのが玉に瑕だ。それほどデメリットになっていない気はするが。

 アキ君も同じことを考えていたようで、真っ先に携帯ゲーム機を手に取った。

 

「遊び道具と言えばこれでしょ」

「あー、そうなんだけど……」

 

 正直言って不安がある。アキ君は去年、袖の中に携帯ゲーム機を隠していたのが鉄人にバレ、没収されたことがある。私もアキ君の二の舞にならないよう、できるだけ気を付けないと。

 私が悩んでいることに気づいたらしく、携帯ゲーム機を置くと同時に、近くにあったトランプを手に取る。

 

「じゃあ、トランプにする?」

「アキ君がやり方わからないでしょ」

「物凄く失礼なこと言わないでくれる!? さすがの僕でもトランプの使い方は知ってるよ!」

「……一応冗談よ」

 

 実は八割ほど本気だったとか言ったら間違いなく怒られる。

 

「全く……人生ゲームにする?」

「よく考えたらデカすぎるしダメだね」

「……だよね。なら危機一髪ゲームは?」

「アキ君が樽の中に入ってくれるなら良いよ」

「どうして僕が入らなきゃならないのさ!?」

 

 こんな調子で私とアキ君の準備会議は彼の分も含め、それなりに進んだが、その会議が終わる頃には一日が終わっていたのだった。

 そして、結局持っていくのはいつもお世話になっている携帯ゲーム機に決まった。そうと決まれば充電器のコンセント探さないと。

 

 

 

 




 バカテスト 国語

 傍線部『私』が何故このような痛みを感じたのか答えなさい。
 父が沈痛の面持ちで私に告げた。
『彼は今朝早くに出て行った。もう忘れなさい』
 その話を聞いた時、私は身を引き裂かれるような痛みを感じた。彼のことは何とも思っていなかった。彼がどうなろうとも知ったことではなかった。私と彼は何の関係もない。そう思っていたはずなのに、どうしてこんなにも気持ちが揺れるのだろう。


 姫路瑞希の答え
『私にとって彼は自分の半身のように大切な存在であったから』

 教師のコメント
 そうですね。自分の半身のように大切な存在であった為、いなくなったことで『私』はまさに身を引き裂かれたかのような痛みを感じたということです。


 吉井明久の答え
『私にとって彼は自分の下半身のように大切な存在だったから』

 教師のコメント
 どうして下半身に限定するのですか。


 土屋康太の答え
『私にとって彼は下半身の存在だったから』

 教師のコメント
 その認識はあんまりだと思います。


 水瀬楓の答え
『私にとって彼は下半身だったから』

 教師のコメント
 後で職員室へ来るように。




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第二問

 バカテスト 強化合宿の日誌

 強化合宿一日目の日誌を書きなさい。


 姫路瑞希の日誌
『電車が停まり駅に降り立つと、不意に眩暈のような感覚が訪れました。風景、香り、空気が自分の暮らしている街とは違う場所で、何か素敵なことが起きるような、そんな予感がしました』

 教師のコメント
 環境が変わることで良い刺激が得られたようですね。姫路さんに高校二年生という今この時にしか作ることのできない思い出が沢山できることを願っています。


 土屋康太の日誌
『電車が停まり駅に降り立つと、不意に眩暈のような感覚が訪れた。あの感覚はなんだったのだろうか』

 教師のコメント
 乗り物酔いです。


 坂本雄二の日誌
『駅のホームで大きく息を吸い込むと、少し甘いような、仄かに酸っぱいような、不思議な何かの香りがした。これがこの街の持つ匂いなんだな、と感慨深く思った』

 教師のコメント
 隣で土屋君が吐いていなければもっと違った香りがしたかもしれませんね。


 水瀬楓の日誌
『電車が停まり駅に降り立つと、まず不意に眩暈と吐き気のような感覚に襲われた。次に腹の底から何かが込み上げ、最後にそれが口内に溜まっていくのを嫌でも感じざるを得なかった』

 教師のコメント
 きちんと後処理をしたのか気になるところです。





「あと二時間はこのままですね」

 

 後ろの席に座っている瑞希がそう言っているのが聞こえ、腕時計で時間を確認してから携帯ゲーム機を取り出す。さすがに暇すぎる。

 

「持ってきて正解だったわ」

「向こうに着けば没収されるがのう」

 

 翌日。寝坊寸前だったアキ君を最大音量のアラームで強引に起こし、ボロ雑巾のように連行してきた私は、合宿先である卯月高原へ向かうべく、いつものメンバーと共に電車に乗っていた。

 隣には秀吉、前には疲れて眠っているムッツリーニ。ここが車内でなければ秀吉にベタベタしていたかもしれない。ていうかしたい。

 

「大丈夫よ。その辺も考えてあるから」

 

 今、私が暇潰しにやっている携帯ゲーム機は合宿先の近く――最寄り駅にあるコインロッカーにでも預けるつもりだ。先生に没収されたら本当に戻ってこない可能性もあるからね。

 後ろではアキ君の顔が笑えないレベルやら、彼の守護霊は背後霊のように血みどろで狂喜乱舞しているやら、その守護霊は茶髪やらと、多分全部冗談であろう雑談が繰り広げられている。

 

「ところで美波、何を読んでいるの?」

「これ? 心理テストの本よ。意外と面白いの」

 

 心理テストか。暇潰しにでもなると思ったのか、アキ君は島田さんにそのテストを出してもらうことにした。私もちょっと興味があるな。

 最初の問題は『次の色でイメージする異性を挙げて下さい』で、色は『①緑 ②オレンジ ③青』だったが、アキ君は迷うことなく告げる。

 

「えーっと、順番に『緑→美波 オレンジ→楓と秀吉 青→姫路さん』ってところかな」

 

 ビリィッ!

 

 手元にある本を真ん中から引き裂いたかのような、普通じゃ聞けない凄い音が聞こえてきた。ゲームしてなければ見れるんだけど、あいにく今は良いところだから見るのは諦めよう。

 

「どうして……ウチが緑で、瑞希が青なのか、説明してもらえる?」

「ど、どうしてと仰られましても……」

 

 怒気を含んだ声で、アキ君にそう問いかける島田さん。問題の答えがまだ出ていないので何とも言えないが、どうも青が重要な色らしい。

 アキ君は島田さんの『怒らないから正直に言って』という発言に従い、『前に見た下着がライトグリーンだったから』と答えたのだが、

 

「坂本、窓開けて」

「あいよ~(ガラガラ)」

 

 島田さんはその返答がお気に召さなかったようで、アキ君をゴミのように窓から捨てるつもりでいるのか、雄二に窓を開けさせた。

 

「やめなよ二人とも。ゴミはちゃんとゴミ箱へ捨てなきゃ」

 

 さすがにマズイと思った私はゲームを一旦中断し、上から隣の席を覗き込む形で割り込む。

 

「あ、ありがとう楓。二人を止めてくれて――じゃないよ! さらっと僕をゴミ扱いしないで!」

「そうだぞ水瀬。クズはきちんとクズカゴに入れるべきだ」

「誰がクズだバカ雄二!」

 

 どうしよう。バカが取り柄のアキ君がゴミからクズになっちゃった。この車内にクズカゴなんてなかったと思うんだけど……。

 私がわりと真剣に考え込んでいると、雄二が島田さんの手元から本(だったもの)をヒョイと取り上げた。本って腕力だけで真っ二つに引き裂けるものなんだね。私知らなかったよ。

 

「緑は『友達』、オレンジは『元気の源』、青は――なるほどなぁ」

 

 アキ君と島田さんを交互に見て嫌な笑みを浮かべ、島田さんに本(だったもの)を返す雄二。私も、何となくだけど今ので青の意味がわかったよ。そりゃ島田さんもお怒りになるわけだ。

 

「私も参加していい?」

「ワシもいいかの?」

 

 せっかくなので私と秀吉、そして雄二と瑞希も心理テストに参加することにした。ムッツリーニはさっきから相当お疲れのようで眠っているため、参加しようにもできない状態にある。

 

「……ところで明久」

「ん?」

「さっきの答えに『次の色でイメージする()()を挙げて下さい』とあったのじゃが、オレンジでイメージしたのは誰じゃ?」

「楓と秀吉」

「……少し、嬉しいから困る……」

 

 えっ? 嬉しいの?

 

「秀吉。君は男だよね?」

「? そうじゃが?」

 

 お願い秀吉。そんな至近距離できょとんとした顔をしないで。返答に困るし、とても可愛いからリアクションにも困るし。

 そんな私の心情をよそに、瑞希の質問をはぐらかした島田さんは読み辛くなった本を開く。いやもう本じゃないけどね。原型的な意味で。

 

「それじゃ、第二問は――『1から10の数字で、今あなたが思い浮かべた数字を順番に2つ挙げて下さい』だってさ。どう?」

「俺は5・6だな」

「ワシは2・7じゃな」

「僕は1・4かな」

「私は3・9です」

「私は8・10だね」

 

 雄二、秀吉、アキ君、瑞希、私の順に答えていく。それを聞いた島田さんはゆっくりとページを捲った。それにしても、真っ二つになった本のページをよく読んだり捲ったりできるわね。

 ちなみに今の問題、島田さんが言うには『最初に思い浮かべた数字はいつも周りに見せているあなたの顔を表します』とのこと。

 

「クールでシニカル」→雄二

「落ち着いた常識人」→秀吉

「死になさい」→アキ君

「温厚で慎重」→瑞希

「マイペースでお調子者」→私

 

 と、順番に指を差しながら告げる島田さん。

 

「なるほどな」

「常識人とは嬉しいのう」

「ねぇ、僕だけ罵倒されてなかった?」

「温厚で慎重ですか~」

「お調子者ねぇ……」

 

 口々に感想を述べている私達。悔しいことに、どちらの要素も否定できない。

 続いて島田さんは『次に思い浮かべた数字はあなたがあまり見せない本当の顔』と言い、さっきと同じように順番に指を差し、

 

「公平で優しい人」→雄二

「色香の強い人」→秀吉

「惨たらしく死になさい」→アキ君

「意志の強い人」→瑞希

「気まぐれで執念深い人」→私

 

 と、告げた。

 

「秀吉は色っぽいのか」

「瑞希は意志が強いってさ」

「雄二は優しいそうじゃな」

「ねぇ、僕の罵倒エスカレートしてなかった?」

「楓ちゃんは執念深いんですね」

 

 心理テストをネタにわいわいと盛り上がり、その調子で他の心理テストを何問かやっていく。少し特殊だけど、これも旅の醍醐味か。

 そうこうしているうちに私が腕時計を見て現在時刻を確認すると、時計の針がすでに午後の1時を回っていた。もう昼ご飯の時間じゃない。

 ちょうど眠っていたムッツリーニも目を覚ましたところで、私達は――

 

「実は今日、お弁当を作ってきたんです。良かったら……」

「悪いな姫路。俺も自分で作ってきたんだ」

「すまぬ。ワシも自分で用意してしまっての」

「…………調達済み」

 

 即座に息の合った連携を繰り出し、自分の昼飯を見せる雄二・秀吉・ムッツリーニの三人。お願い、私を置いていかないで。

 幸いにも、雄二はアキ君に矛先を向けたので私は死を免れたが、万が一に備えてキャラ弁(黒猫)を取り出す。もちろん手作りだ。

 

「ごめん。実は僕も楓に作ってもらった惣菜パンが」

「おっと、手が滑った(パシッ)」

 

 マジかコイツ。作った本人がすぐ後ろにいるというのにも関わらず、堂々と手を滑らせたんだけど。躊躇いがないのも少し怖い。

 すぐさま宙を舞った惣菜パンをキャッチし、流れるような動きで隣にいた秀吉にそれを渡す。さっきから島田さんが膝の上に置いた弁当箱をチラつかせているし、アキ君の分は大丈夫だろう。

 

「あげるわ」

「良いのか? これは明久に作ったものじゃろう?」

「権限が私にあるから何の問題もないよ」

「大アリだよバカエデ! 僕の分がなくなるじゃないか!」

「あ、アキ。良かったらウチの弁当も食べてみる?」

 

 ありがとう島田さん。良いタイミングで切り出してくれて。これで私は非難されなくなる。そもそもされる筋合いもないが。

 最初はアキ君のものだった惣菜パンはそのまま秀吉が食べることになり、私が予定通り自分の弁当を食べようとしたところで、アキ君が島田さんにお礼を言いつつとんでもない提案をしてきた。

 

「それならいっそのこと、皆でお弁当を広げて少しずつ摘まもうよ!」

「一人で摘まんでなさい」

 

 私と秀吉、それからムッツリーニは席が反対側だったこともあり即行で逃げた。まだ合宿先にも着いていないのに、こんなロシアンルーレットで死の恐怖を味わうなんて冗談じゃない。

 

「それはそうと雄二。そのサンドイッチを一つ頂戴。さっき人の手作りパンを粗末に扱った罰よ」

「ほらよ」

 

 さすがに罪悪感があったのか、雄二はやけにあっさりと手作りであろうサンドイッチをくれた。見た目は凄く美味しそうだが、味はどうか。

 

「はむっ――あれっ?」

 

 なんだこれ。今まで食ってきたサンドイッチの中でも一番美味しいぞ。

 鳥の照り焼きの味付け、水気を防ぐバター、レタスに上手く包んだトマトとチキン、マスタードとマヨネーズがうっすらと塗られていた厚切りベーコン。全てにおいて最高の一品だ。

 

「それじゃ、ウチのもどうぞ」

 

 私がサンドイッチの味と雄二の料理の腕前に素直に感心していると、島田さんがオーソドックスな弁当をアキ君に用意していた。

 とても嬉しそうな表情を浮かべ、どれから食べようか迷っているアキ君。まぁ、普段の食生活が食生活だしね。仕方ないね。

 

「あのね、アキ……。勇気を出して言うけど……そのシューマイ、実は、アキに食べてもらおうと思ってね――」

「ん?(もぐもぐ)」

「――辛子を入れてみたの」

「君はバカなのっ!?」

 

 悩みに悩んだ結果、手始めと言わんばかりにシューマイを食べたアキ君だったが、島田さんの衝撃の告白と共にのたうち回り始めた。

 うわぁ……酷い光景だ。あのアキ君が魚のように悶えてるよ。アキ君でああなら、私が食べたらどんな状態になるのやら。

 それを見た雄二は何を思ったのか、これはある意味チャンスだと言い出した。しかも彼の意図に気づいたのか、それとも単なるバカなのか、アキ君は赤い唇のまま瑞希の料理に手を伸ばす。

 

「まさか……」

 

 こ、コイツ、味覚が破壊されたから瑞希の料理を食えると本気で思っているのか!?

 

「いっただっきまーす!」

「待つんだアキ君! まだ唇が腫れて――」

 

 

 

「明久、無事じゃったか!」

「う、うん」

「本当に良かったわ……君が浄玻璃鏡の前に立ったと知ったときには、十割中九割ほど絶望したんだよ?」

「じょう……えっ、鏡?」

 

 目的地の合宿所にて、心肺停止状態に陥っていたアキ君が奇跡の復活を遂げた。これも雄二が必死に蘇生を行ったおかげだ。

 そして私達が利用しているこの旅館、文月学園が買い取って合宿所へと作り変えたらしい。つまりここでも召喚システムが使えるのだ。

 

「君にわかりやすく言うと、閻魔大王が亡者――死人を裁くときに使う鏡よ」

「それが本当なら、僕は天国行きが決まったところで目を覚ましたことになるんだね?」

「違うぞ明久。――お前は地獄に行く寸前だったんだ」

「どうして!? 向こうの判定おかしくない!?」

 

 一体何がどうおかしいのか、現世に留まっていた私には全くわからない。

 

「ところで……」

「ん?」

「どうして楓がここにいるのかな? 確か男子と女子は別々の部屋だよね?」

 

 アキ君の言う通り、部屋割りは性別で決められているため、私は同じ女子である瑞希と島田さんと一緒の部屋になっている。

 じゃあ何故女子の私が男子部屋にいるのかと言うと――

 

「――昨日の依頼に関する情報。それを報告しに来たのよ」

「ああ、俺と明久が頼んだやつか」

 

 アキ君の盗撮(女装姿激写)と雄二の盗聴(捏造プロポーズ録音)の犯人を突き止める件。アキ君の方はお手上げだったが、雄二の件は情報を入手したからね。報告するに越したことはない。

 

「…………ただいま」

 

 ちょうどムッツリーニも戻ってきたので、昨日の件について話し合うことにした。

 昨日、私と同じく調査をしていたムッツリーニからの報告によると、犯人が使ったと思われる道具の痕跡を見つけたらしく、手口や使用機器からアキ君と雄二の件は同じ犯人の仕業とのこと。

 どうやらさすがのムッツリーニも犯人が誰かまでは一晩じゃわからなかったようで、犯人の特徴が『女子生徒でお尻に火傷の痕がある』ということしかわからなかったとのこと。

 しかも残酷なことに、しおりの3ページに書いてある『~合宿所での入浴について~』を確認したところ、秀吉だけ個室風呂に分けられていた。まぁ、秀吉を女子風呂へ行かせることはできないね。

 

「「「…………」」」

 

 何故私を見るんだお前達。

 

「……楓」

「な、何?」

「今すぐお尻を見せるんだ」

 

 コイツ変態だ。

 

「いやいや、秀吉ならまだしも、異性に見せるわけにはいかないわ。私はアキ君と違って変態じゃないんだよ?」

「失敬な! 僕のどこが変態に見えるんだよ!」

「中身が変態でしょうが! しかも女装趣味の次は尻フェチと来た! どれだけ性癖を増やせば気が済むの!?」

「ワシなら見ても良いのか!?」

「二人っきりの時なら問題ないわ! ていうか、なんで真っ先に私を疑うのさ!?」

 

 君ならむしろウェルカムである。何ならこの機会に夜這いでもしちゃおうか。少なくとも、翔子なら絶対にするだろうし。

 それにいくら私が女子だからって、ムッツリーニみたいなことするわけないじゃん。するとしても秀吉にしかやらないよ。多分。

 

「いや、この件を知ってる女子と言ったら最初にお前のことが浮かび上がったんでな……」

「み、水瀬がそんなことをするとは思ってないのじゃが……」

「…………この件を知っている女子は犯人ただ一人」

 

 えっ、何? 何この刑事ドラマみたいな流れ。もしかして、このまま強引に私を犯人に仕立て上げるつもりなの? バカなの?

 

「――楓。君しかいないんだよ!」

「違う! 私は断じて犯人じゃない!」

 

 まさかの裏切りに驚きを隠せない。一瞬で味方全員が敵になるなんて、どんなRPGゲームでも絶対にあり得ないことなのに。

 

 

 ――ドバン!

 

 

「全員その場から動かないで!」

「手を頭の後ろに組んで伏せなさい!」

 

 どうにか弁解しようと思考をフル回転させていると、部屋の扉がぶっ壊れそうな勢いで開かれ、島田さんを筆頭に女子がぞろぞろと入ってきた。彼女、意外とリーダー気質なのかな?

 

「木下と水瀬さんはこっちへ! 後のバカ三人は抵抗をやめなさい!」

 

 こちらの動きを読んでいたのか、咄嗟に窓から脱出しようとした私達の機先を制する島田さん。この子、できるわね……!

 だけど彼女の発言からして、私は容疑者に含まれていないようだ。それどころか秀吉共々、被害者的な扱いを受けている。

 雄二が女子達に用件を尋ねたところ、島田さんの後ろから出てきたCクラス代表の小山さんがそれを説明してくれた。

 

「コレが女子風呂の脱衣所に設置されていたの」

 

 そう言って彼女がアキ君達に突きつけてきたのは、CCDカメラと小型集音マイクだった。どうやらそれだけでアキ君達を盗撮犯と見なし、自分達の手で制裁しに来たと見られる。

 しかし、私としてはそれ以上に大事なことがある。それは――

 

「オイ水瀬! お前がもたついてたせいで逃げられなかったじゃねぇか!」

「私を無理やり先頭にして窓から押し出そうとした挙げ句、人のお尻を凝視しておいて、よくそんなことが言えるわね!?」

「待て! この状況でそれは無理があるだろ!?」

 

 ――この赤ゴリラこと坂本雄二をどうやって処刑するだ。この状況でも私が犯人だと疑うことを、これっぽっちもやめないとは驚きである。だが、これが翔子にバレようものなら……

 

「……雄二。今の話、本当?」

「翔子待て! 落ち着ぎゃぁぁあああっ!」

 

 まさか本当に現れるとは思わなかった。タイミングの良さから察するに、後ろの方で待機していたのだろう。いや、そうに違いない。

 しかも処刑されている雄二の後ろでは、いつの間にかアキ君とムッツリーニが石畳の上に座らされ、膝の上に重石を乗せられていた。確かアレ、数百年前の使われた拷問器具だったと思う。

 向こうで一体どんなやり取りがあったのか凄く気になったところで、島田さんと共にアキ君を担当していた瑞希がこちらへ歩み寄ってきた。

 

「……楓ちゃん」

「な、何かな?」

 

 怖い。誰もが見惚れそうな笑顔なのに凄く怖い。どうしてそんなに怒ってるの?

 

「お話があるので、そこに正座して下さい」

「絶対に嫌よ」

 

 被害者である私が怒られる理由はないはずだ。もしかして八つ当たり?

 ただ怒られるだけならまだしも、何があろうと正座なんてしない。してたまるか。それにそんな権利、瑞希にはない――

 

「二度は言いません……正座して下さい」

「はい」

 

 ――と思ったが、そろそろヤバそうなのでやむを得ずその場で正座する。この姿勢、足が痛くなるからできるだけやりたくないんだよね。

 瑞希は私と向き合う形で正座すると、悪さを働いた子供を叱るような顔になって口を開いた。

 

「――勝手に男子部屋へ行ってはいけません!」

「その言葉、そのまま返すわ!」

 

 今、君達がいる場所も男子部屋なのに、そんなことを言われても全然説得力がない。

 

「私が言いたいのは、もうすぐお風呂の時間なのに勝手にいなくなったことです。どうして何も言ってくれなかったんですか? 心配したんですよ?」

「言ったら止められると思ったから」

「それはその時の事情によります。マイペースな楓ちゃんを無理に止めようとは思いませんから」

 

 つまり止められると断言して良いだろう。瑞希は真面目な良い子だなぁ。

 その後もこんな感じで私は説教され、アキ君達男子組は拷問され続けた。秀吉だけ完全に被害者扱いされて無傷だったけど。

 

 

 

 



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第三問

 バカテスト 強化合宿の日誌

 強化合宿二日目の日誌を書きなさい。


 姫路瑞希の日誌
『今日は少し苦手な物理を重点的に勉強しました。いつもと違ってAクラスの人たちと交流しながら勉強もできたし、とても有意義な時間を過ごせました』

 教師のコメント
 Aクラスと一緒に勉強することで姫路さんに得られるものがあったようで何よりです。今度の振り分け試験の結果次第ではクラスメイトになるかもしれない人たちと交流を深めておくと良いでしょう。


 土屋康太の日誌
『前略。
 夜になって寝た』

 教師のコメント
 前略はそうやって使うものではありません。


 吉井明久の日誌
『全略』

 教師のコメント
 あまりにも豪快な手抜きに一瞬言葉を失いました。


 水瀬楓の日誌
『明日から本気出す』

 教師のコメント
 その本気を少しでも勉強に向けてくれると助かります。





「……楓。じっとして」

「は~い」

 

 様々な理由で掻いた汗を流すべく、AEFクラスの女子が集った旅館の女子風呂。

 お風呂に浸かって疲れを取るため、一糸纏わぬ姿となった私は、身体に白いタオルを巻いた翔子に後ろから髪を洗ってもらっていた。

 あれからも瑞希のお説教は続いたが、『今後は部屋を出る前に一声掛ける』という条件で解放してもらった。彼女は心配性なのかもしれない。

 

「霧島さんと楓ちゃん、仲が良いんですね」

 

 そう言ったのはさっきまで私を叱りつけていた瑞希だ。タオル一枚を挟んでいるというのに、彼女の大きな胸は主張をやめてくれない。

 その隣には瑞希の胸を睨みつけ、今にも涙を流しそうな表情になっている島田さんがいる。こちらはタオル一枚を挟んでも真っ平だ。

 

「……去年クラスメイトだった」

「そゆこと」

 

 入学して間もない頃。訳あって孤立していたらしい私に、恐ろしいほどしつこく声を掛けてきたのが翔子だった。なんであんなに声を掛けてきたのか、私の中では今でも謎となっている。

 

「……終わった」

「んじゃ、次は翔子ね」

「……うん」

 

 お次は私が翔子の後ろに回り、彼女の黒髪を丁寧にシャンプーで洗っていく。どうやったらこんなに艶のある髪を維持できるのだろうか。

 泡だらけになった髪をシャワーで綺麗に流し、間髪入れずにコンディショナーを使う。面倒だけど、髪の質を保つためには必要だからね。

 翔子に「流すわよ」と一声掛けてからシャワーで洗い流し、今度は彼女の背中を予め用意していたボディシャンプーが付いた手拭いで、ゴシゴシと洗っていく。……そうだ。

 

「瑞希。私の背中、洗ってくれない? あと、島田さんが瑞希の背中を洗ってくれると嬉しい」

「それって……」

「洗いっこですね!」

 

 そう、私は洗いっこがしたいんだ。二人以上いるときに、座ったまま一列になって前の人の背中を洗う、あの洗いっこがしたいのよ。

 翔子はもちろん、瑞希も島田さんも快諾してくれたので、さっそく翔子←私←瑞希←島田さんの順で背中を洗っていく。これを、これを生きているうちに一回はやりたかったんだ……!

 

「ん~気持ちいいわぁ~」

「……少し痛い」

「あぁ、ごめん」

「こういうのって男子がするものだと思ってたけど……」

「女の子同士でもできるものなんですね」

 

『歯ぁ食い縛れぇっ!』

『ごぶぁっ!?』

 

 前の人の背中を洗いつつ、皆でわいわいと盛り上がっていると、外からアキ君の断末魔と鉄人の喝が辛うじて聞こえてきた。……まさか、犯人を確かめるためだけにここまで覗きに来たの?

 他の三人をチラ見で確認するも、洗いっこと雑談に夢中で外の騒ぎに気づいている様子はない。これは幸いと捉えるべきだろうか。

 洗いっこを存分に堪能したところで、一応外の様子を確かめようと皆に一声掛けてから脱衣所へと向かう。一体何が起こっているのやら……。

 

「ん?」

 

 脱衣所に入ったところで、誰も気にしないであろう部屋の隅が一瞬だけキラリと光った。どうやら灯りが何かに反射したようだ。

 怪しまれないよう周囲を警戒しつつ、その隅をこっそりと覗いてみると、ムッツリーニが使っていてもおかしくない小型カメラが置かれていた。小山さんが見つけたやつとは別のものだね。

 

「うわぁ……」

 

 なんでこんなものが、と考えるまでもない。間違いなく、アキ君と雄二を現在進行形で陥れている奴が仕掛けたものだろう。

 そうと決まればすぐにでも回収したいところだが、今持ち出せば再びアキ君達に盗撮の容疑が掛けられる。しかも下手すれば私まで犯人扱いされ、アキ君達との間には深い溝ができてしまう。

 

 

 ――私にできることは一つだけだ。

 

 

「おぉ、あったあった」

 

 自分の着替えが置いてあるロッカーから、万が一に備えて持ってきたコップを取り出し、洗面所でそれに水を入れていく。幸いなことに、録音マイクは仕掛けられていないから音の心配はない。

 そしてカメラの元まで持っていき、コップに溜めた水を上から容赦なくカメラにぶっ掛けた。これでカメラは壊れたはずだが、問題はその事実がいつ犯人にバレるかだ。向こうも壊れたカメラをそのままにしておくほどバカではないだろう。

 

「…………またアレの出番かな」

 

 翔子達を待たせていることもあり、次の一手を考えつつ浴場へと戻る。それと明日、どうやって秀吉の個室風呂へ行くか考えておこう。

 

 

 

「……雄二。一緒に勉強できて嬉しい」

「待て翔子、当然のように俺の膝の上に乗ろうとするな」

「翔子はこっちに座ろうね~。それはちょっと早すぎるから」

「……うん」

 

 強化合宿二日目。今日の予定はAクラスとの合同学習となっていた。どうせやるなら筆記や暗記といった普通の勉学よりも、召喚獣の操作練習の方が良いと思ったのは私だけだろうか。

 学習内容は基本的に自由だし、質問があれば他の生徒や教師に聞くこともできる。言ってしまえばただの合同自習である。合宿を行ってまでやることが単なる自習とはこれ如何に。

 

「……楓は寝てる暇があるなら、数学をやった方が良いと思う」

「そんな教科、この世には存在しないわ」

 

 現在、この学園で確認されている教科は現代国語、古典、物理、化学、生物、地学、地理、日本史、世界史、現代社会、英語、保健体育、総合科目の13教科だ。数学なんて都市伝説よ。

 

「楓。これを見るんだ」

 

 何か言われる前にもう一度寝ようとするも、アキ君が呆れたように一冊の本を差し出してきたので、それが何の本か横目で確認する。

 

 

 数学の教科書(仮)

 

 

 どうしてありもしない空想上の産物が、今ここにあるのだろうか。

 

「ダメじゃないかアキ君。英語の教科書に数学なんて書いちゃ」

「さてはキサマ、数学を都市伝説か空想上の産物だと考えているな?」

 

 幼馴染みって怖い。

 

「代表、ここにいたんだ」

 

 次はどう言い訳しようか考えていると、タイミング良く見覚えのあるボーイッシュな女子がやってきた。Aクラスの工藤愛子さんだ。

 彼女は魅惑的な台詞の混じった自己紹介を終えると、さっそく短いスカートの裾を摘まんでアキ君を誘惑し始めた。私としては助かったとしか言いようがない。ありがとう。

 

「えっと、水瀬さんだっけ?」

「何?」

 

 工藤さんに心の中で感謝していると、その工藤さんにいきなり話しかけられた。

 

「昨日、代表達と洗いっこしてたよね?」

「それが何か?」

「次はボクも混ぜてよ」

「うん……うーん?」

 

 どうして今になって、昨日の件を引き出してきたのだろうか。洗いっこなら同じクラスの木下さんや佐藤さんとやればいいのに。

 

「いやー、見てて楽しそうだったからさ」

「……あぁ、そういうことね」

 

 特に断る理由がないのでこれを承諾し、さりげなく数学の教科書(仮)をアキ君に返す。

 ちなみに工藤さんはスパッツを履いているようで、それを知ったアキ君が『畜生がっかりだ』とでも言わんばかりに騙された人の顔になった。いや実際に騙されたんだけどね。

 そんなバカ馴染み(とムッツリーニ)の純情を弄んだ工藤さんは、笑いながら小型録音機を取り出した。もう嫌な予感しかしない。

 

 

 ――ピッ 《工藤さん》《僕》《こんなにドキドキしているんだ》《やらない?》

 

 

「わああああっ! 言ってもないことを再生しないでよ!」

「どう? 結構面白いでしょ?」

 

 録音機のターゲットにされたのがアキ君で本当に良かった。私だったら一番やりたくない実力行使でしか止められないし、何より――

 

「……ええ。最っっ高に面白いわ」

「……本当に、面白いですね」

 

 ――刺激的だから。身体が疼きそうなほどには。いや~心が満たされるわ~。

 

「瑞希。アレを取りに行くの、手伝ってもらえる?」

「喜んでお手伝いします」

「やめなさい」

 

 部屋から出ようとする瑞希と島田さんを、少々強引に引き止める。このまま行かせてしまえば、この空間にアキ君の汚い悲鳴が響き渡ってしまう。それだけは衛生的な意味で避けないと。

 当然、止められた二人は不満そうな顔で私を見てきた。安心しなさい。誰もアキ君へのお仕置きを止めたわけじゃないから。

 ……決して、決してアキ君を助けようとしたわけではない。人のお尻を堂々と見ようとした奴を簡単に助けるほど、私は優しくないからね。あくまでソフトな刺激が欲しいだけだ。

 

「別に止めるわけじゃないから、今回はコレで我慢しなさい」

 

 そう言って買ったばかりの、何も書いていないA4ノートを瑞希に差し出す。

 

「ノート……ですか?」

「そっ、ノート」

「そっか! コレの角で叩けばいいのね!」

「ご名答!」

「畜生! 君なら助けてくれると少しでも思った僕の期待を返せ!」

 

 何か期待していたようだけど、残念だったねアキ君。私は刺激のためなら手段を選ばない。だから犠牲も止む無しなんだよ。

 そんな私達をよそに、雄二は真剣な顔で工藤さんから再生された台詞が録音した会話を合成したものであるかを聞き出していた。

 ……なるほど。今の手際の良さを見て、工藤さんが例の犯人かもしれないと思ったのか。

 

「工藤さん。キミが……」

 

 小声で雄二に確かめるよう頼まれ、工藤さんを正面に見捉えて口を開くも、要件を言いかけたところで固まるアキ君。さすがに真っ向から聞き出すのは危険と考えたのだろう。

 普段は使うことのない頭を必死に使い、目を泳がせるアキ君。わかりやすいわね。

 

「き、キミが――」

「ボクが?」

「キミが――僕にお尻を見せてくれると嬉しいっ!」

 

 彼はもう手遅れだ。

 

「い、今のは違うんだ工藤さん! 別に僕はお尻が好きなわけじゃなくて!」

「さすがだな明久。録音機の前でそんな発言ができるとは」

 

 雄二の言葉から察するに、どうやら今のアキ君のセクハラ発言も工藤さんはしっかりと録音したようだ。その証拠に、彼女はからかうような笑顔で持っている録音機を再生しようとしている。

 

《僕にお尻を見せてくれると嬉しいっ!》

 

 というか再生された。

 

「ひあぁぁっ!? お願い工藤さん! それは消してください!」

「あはは、吉井君はからかい甲斐があって面白いなぁ」

 

 

 ――ピッ 《お願い工藤さん!》《僕にお尻を見せて》

 

 

「もうやだぁっ! どんどん僕が変態になっていくー!」

 

 さっきの発言でとっくに手遅れなアキ君ではあるが、これはさすがの私でもどうやってフォローすれば良いのかわからない。というか、昨日の件もあるから正直言ってフォローしたくない。

 そんな変態のレッテルを貼られつつある彼の後ろには、的確に脳天を叩こうと私があげたノートで素振りをする島田さんと、アキ君を縛る気満々であろう、縄を構える瑞希がいる。

 

「二人とも、これは誤解なんだ! 僕はただ純粋に《お尻が好きな》だけなんだ――待って! 今のは途中で音を重ねられたんだ! あと皆も笑ってないで助けてよ! 特に雄二!」

 

 彼女達の存在に気づいて必死に弁解するアキ君だったが、工藤さんの追撃でその二人に後ろ手に縛られる寸前にまで追い詰められた。

 いよいよ年貢の納め時か。そう思ったその時、一人の男が立ち上がった。

 

「…………工藤愛子。おふざけが過ぎる」

 

 その男――ムッツリーニは立ち上がると、工藤さんと同じように小型録音機を構えた。まぁ確かに、諜報専門の彼なら上手く対処できるだろう。

 

「姫路さん、美波。よく聞いてほしいんだ。さっきのは誤解で、僕は《お尻が好き》って言いたかったんだ。《特に雄二》《の》《が好き》ってムッツリィーニィィーッ!」

 

 少しはマシになると思っていた私が甘かった。さっきよりも明らかに酷くなっている。

 

「…………お前はまだ甘い」

「さすがはムッツリーニ君……!」

 

 発狂したかのように喚くアキ君とよそに、ライバルの如く火花を散らす保健体育コンビ。この二人、結構お似合いかもしれない。

 そして雄二が取られると思ったようで、翔子はアキ君に『雄二は渡さない』と宣言していた。当の本人は物凄く嫌そうな顔をしているが。

 

「そんなに坂本のお尻がいいの……? ウチじゃダメなの……?」

「前からわかっていましたけど、そうはっきり言われるとショックです……」

 

 この二人に至っては完全にアキ君を同性愛者扱いだ。もちろん、彼にそんな趣味がないことはこの私が一番よく知っている。

 アキ君が『僕にそんな趣味はない』と言い切ろうとしたところで、学習室のドアが開き、縦ロールの髪をツインテールにした女子が入ってきた。というかDクラスの清水さんだ。

 

「同性愛を馬鹿にしないで下さいっ!」

 

 彼女自身が同性愛者なのもあってか、その発言には恐ろしいほどの説得力を感じる。

 島田さんに会うためだけにこっそり抜け出してきたらしい清水さんは、いきなりその島田さん目掛けて飛びついた。抱き着く気満々だ。

 

「須川バリアー」

「け、汚らわしいです! 腐った豚にも劣る抱き心地ですっ!」

 

 島田さんによって盾にされた挙げ句、清水さんに口汚く罵倒され、涙を堪えて上を向く須川。どうやら彼はマゾヒストじゃないようだ。

 そんな須川には目もくれず、泣きながらも島田さんへの愛を叫ぶ清水さん。ちょっと変わっているとはいえ、その愛は本物だろう。

 その事実をどうしても受け入れたくない島田さんは、首を横に振りつつ叫ぶように清水さんの愛を否定していたが、そこへ待ったを掛けるように、またしても第三者が割って入ってきた。

 

「君たち、少し静かにしてくれないかな?」

 

 誰かと思ったらかつて瑞希に秒殺された、学年次席の久保利光だった。さすがにまともな彼が相手だと罪悪感が湧くのか、アキ君は久保を含むこの部屋にいる皆に頭を下げる。

 

「吉井君か。とにかく気をつけてくれ。姫路さんといい島田さんといい、Fクラスには危険人物が多すぎる」

 

 久保に危険人物として名前を挙げられたのが効いたらしく、アキ君にお仕置きをしようとしていた瑞希と島田さんは困惑し出した。

 ……それにしても、前言撤回をした方がいいかもしれないわ。同性愛者に対する偏見を見逃さない久保もまた、清水さんと同類のようだし。いや、それをバカにする気はないけどさ。

 

「美春はお姉さまを愛しているんです! 性別なんか関係ありません!」

「はいはい、ウチにその趣味はないからね」

 

 収まることを知らない清水さんを、島田さんはやや強引に学習室の外へと追いやった。これで少しは静かになるだろう。それにしても……

 

「「……性別なんか関係ない、か……」」

 

 思わず近くにいた久保とハモる形で、清水さんの捨て台詞を反芻する。何故だろう……この言葉に深く感銘を受けてしまった。

 

「性別なんか関係ない、ですか……」

 

 だが瑞希、アンタはダメだ。その素晴らしい台詞を呟きながら、アキ君と雄二を交互に見るんじゃない。それと頬を赤く染めないで。

 

「ひ、姫路さん。キミが誤解しているのはわかったから、雄二と僕を交互に見るのはやめてもらえる? 知っての通り、僕は《秀吉》《が好き》なんだってちょっと!?」

「み、水瀬よ……。な、なぜ青ざめた顔で後ろからワシの首に手を回しておるのじゃ……?」

「…………!!(ブンブン)」

 

 ダメ。秀吉だけは、絶対にダメ……!

 

「ご、誤解だよ楓。僕は秀吉の《特に》《お尻が好き》なんだ――ってコラそこの二人! 大人しくその機械をこっちに渡しなさい!」

 

 おかしい。こんなのおかしいよ。アキ君から秀吉に対する否定の言葉が出てこない。どうしてさっきみたいに否定しないの?

 しかも信じ難いことに、秀吉は頬を赤くして困惑している。頬を、赤くして。

 

「あ、明久……。ワシは男じゃぞ……?」

 

 いるなら教えて下さい神様。私は一体、何を信じたら良いのでしょうか。

 

「まさかもう手遅れに!? こうなったら、《久保君》《雄二と》《交互に》《お尻を見せて》違う! どうしてここで久保君のお尻を見る必要があるのさ!」

「吉井君。そういうのは少々困る。物事には順序がある」

「わかってる! 順序以前に人として間違っていることも!」

 

 残念ながら手遅れどころか、すでに取り返しのつかない領域まで来ていると思う。まっ、今回は自業自得だと諦めなさい。

 ……ただ、今のアキ君の言い分にはちょっと物申したい。そうと決まれば、この空間がカオスになる前に言ってしまおう。

 

「いやいやアキ君。人としては間違ってないから。そういうのが好きな人もいるわけだし。君のようにさ」

「違う! 僕は断じて尻フェチなんかじゃない!」

「アキってやっぱり女より男のお尻の方が……」

「だからどうして僕をソッチの人にしようとするの!? 僕は尻フェチでもなければ、同性愛者でもないからね!?」

 

 アキ君が必死になって大きな声を出しているのにも関わらず、教室内のざわめきによってそれはあっさりと打ち消されてしまった。

 そしてこの騒ぎは収まる気配もなかったが、最終的に鉄人が怒鳴り込んできたことでようやく終結へと向かったのだった。

 

 

 

『吉井! ここは俺たちに任せて逃げろ!』

『この場の全員で血路を開くぞ!』

『男の意地ってやつを見せてやるぜ!』

 

「向こうは派手にやってるねぇ……」

 

 大浴場付近でFクラスの男子と大勢の女子と教員が激突する中、私は監視の目が疎かになるこの瞬間を狙って、個室風呂の前に来ていた。

 そう、ここは木下秀吉だけが使っている場所。つまり邪魔はいない。残念ながら当の秀吉もいないが、今回は下見だけだから問題はない。

 もちろん、ただの下見ではない。次に来たとき、ここへ楽に侵入するための仕掛けを施しに来たのだ。他の女子生徒は当然のこと、今なら先生の大半が向こうへ出張ってるしね。

 

「おっ、開いた」

 

 周囲を警戒しつつピッキングをしていると、鍵穴からカチャリという音が聞こえた。

 私は間髪入れずに扉を開け、誰かに見られる前に個室の中に入って慎重に扉を閉める。

 

「う~ん……地味なものね」

 

 続いて内装がどんなものか見てみるも、何てことのない普通の個室風呂だった。せめて秀吉の所有物が置いてあれば良かったのに……。

 これじゃ仕掛けを施す必要もないわね。時間的に秀吉が入浴するのはもう少し先だろうし、一旦部屋に戻りましょうか――

 

 ガチャッ

 

「……………………はぁ」

「出会い頭にため息とはなかなか失礼な人ですね」

 

 一時撤退しようと扉を開けた途端、目の前で仁王立ちする鉄人と鉢合わせしてしまった。かつてないほどの緊急事態だが……大丈夫。女子である私なら、きっとこの事態を回避できる!

 

「水瀬」

「はい」

「お前は問題児だ」

 

 まさかいきなり問題児呼ばわりされるとは思わなかった。いくら何でも酷すぎる。

 

「とはいえ、お前も一応女子だ。覗きはさすがにやらないものだと思っていた。だから、今回だけは少しばかりお前のことを信用していたんだ」

「あはは、何を言い出すかと思えば。覗きなんてした覚えはありませんよ? 第一、この部屋には誰もいませんし」

 

 アキ君ならともかく、私が覗きとか心外である。鉄人の目も曇ったなぁ。

 すると私の言うことを見透かしていたのか、鉄人は頭を抱えながら口を開いた。

 

「だが、それは間違いだった。水瀬――」

 

《放送連絡です。Fクラス吉井明久。至急臨時指導室に来るように》

 

「――お前も念入りに指導してやろう」

「さよならっ!」

 

 地獄の宣言をされると同時に走り出し、脇目も振らずに全力で廊下を駆ける。

 冗談じゃない。ここに来てまで、アキ君のように鬼の補習を受けるなんて死んでもごめんだ。絶対に逃げ切ってやるわ。

 ある程度でチラッと後ろを見てみると、少し出遅れたらしい鉄人が物凄い勢いで追ってきていた。相変わらず速すぎるよ。

 

「貴様が女子だからと少し大目に見ていたが、もう容赦はせんっ! 大人しく指導を受けてもらうぞ!」

「そこは今まで通り容赦して下さい!」

 

 私と鉄人による恐怖の鬼ごっこは、秀吉の入浴時間が過ぎるまで続いた。

 

 

 

 



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第四問

 バカテスト 強化合宿の日誌

 強化合宿三日目の日誌を書きなさい。


 土屋康太の日誌
『前略。(※坂本雄二に続く)』

 教師のコメント
 今度はリレー形式ですか。次から次へとよく思いつくものです。


 坂本雄二の日誌
『そして翔子が何を思ったのか、俺の目の前で浴衣の帯を緩めようとした。俺は慌ててその手を押さえつけ、思い止まるように説得した。ところが、隣では島田が明久に迫っていて妙な雰囲気になっており(※吉井明久に続く)』

 教師のコメント
 君たちに一体何があったのですか? 土屋君が略した部分がとても気になります。


 吉井明久の日誌
『後略。(※水瀬楓に続く)』

 教師のコメント
 ここでその引きはないでしょう。


 水瀬楓の日誌
『そしてアキ君のせいで酷いとばっちりを受けた(※土屋康太に戻る)』

 教師のコメント
 無限ループとは怖いものですね。





「ふぁ~……」

 

 眠い。今までにないほど眠い。隣に島田さんがいなかったらその場に座り込んで居眠りするくらいには眠い。というのも――

 

 

『……先生』

『どうした水瀬』

『私だけ――私だけ問題の内容、いや科目が違います! どうして数学なんですか!? 他の皆は英語なのに!』

『それは逃げてばかりのお前に苦手科目を克服してほしいという、先生方の意見を採用した結果だ』

『何その組織票!? そこに私の人権はないんですか!?』

 

 

 ――なんてことが、昨日あったからだ。

 

 まぁ詳しく説明すると、あれから鉄人と恐怖の鬼ごっこを繰り広げたものの、ちょうど秀吉の入浴時間が過ぎたところで御用となってしまったのだ。敗因は持久力の差と言っていい。

 もちろん男子同様、覗きを行ったということで指導を受けるはめになった。ただ、私だけその内容が数学の問題用紙を正解だけで埋めるという、かつてないほどの鬼畜仕様だったけど。

 アレは反則にも程がある。そのせいで夜明けになるまで問題用紙と睨めっこしていたよ。結果的には私の負けだけどさ。

 

「こらっ。アンタたち、また悪巧みしてるでしょ」

 

 そんな疲れ切った私をよそに、少し離れた席で作戦会議をしていたアキ君達の元へわざわざ近寄ってまでこんなことを言う島田さん。しかも遠くで鉄人が『悪巧み』という単語に反応している。凄い危機察知能力だ。

 

『お前はどうしてこっちに来たんだ?』

『暇だったからに決まってるじゃん。何かやるんでしょ?』

『…………まぁな』

『そう。覗きの実行に協力するのはさすがに無理だけど、それ以外なら話は別だよ』

『女子としてそれはどうかと思うが……正直、助かる』

 

 島田さんがアキ君に『覗かれる方の気持ちも考えて』という正論を述べている間に、私は雄二とアイコンタクトを交わす。少し躊躇ってはいたが、どうやら私が加わっても良いらしい。

 そうと決まれば急がないと。私は自分の水平線な胸を見られることを嫌がる島田さんの隙をつき、アイコンタクトでアキ君以外のメンバー(ムッツリーニと秀吉)からも許可を得た。

 

「そういえば美波。須川君が大事な話があるって言ってたよ」

「水瀬さんじゃなくて、ウチに?」

 

 どうして私に振ろうとするんだ。

 

「うん。さっきそう伝えて欲しいって言われたんだ」

 

 アキ君の何気ない嘘の発言にまんまと騙されはした島田さんだったが、困ったことにここから離れてくれそうにはない。しぶといなぁ。

 ……よし、こうなったらアキ君に合わせよう。問題起こしまくりの彼ならともかく、同じ女子の私が疑われることはないからね。島田さんには何としてもご退場願いましょう。

 

「あー、そういえばそんなこと言ってたわね。何でも大事な話だとか」

「え? 大事な話?」

「そうそう。しかも今すぐ伝えたいって言ってたから、とても大事な話だと思うよ」

 

 さすがは腐っても幼馴染み、息ピッタリだ。アイコンタクトも不要である。

 

「ま、まさか、それって……? でもでも、須川がウチになんて、そんなのあり得ないよ……」

 

 おおっ、ここで恋する乙女になるとは。見かけ以上に可愛いところがあるじゃないの。

 申し訳ないが、私達が動くためにもその気持ちは利用させてもらおう。主にアキ君が。

 

「そういうことだから、すぐにでも行かないと須川君が可哀そうだよ」

「……アキは、それでいいの……? ウチがその、須川とゴニョゴニョ……」

 

 おーっとここで島田さんが責めるような、寂しそうな目でアキ君を見始めたぞー!? しかも追撃で何かを言おうとしている!

 

「ごめん。よく聞こえないんだけど」

 

 しかし残念! 鈍チンで間抜けなアキ君には微塵も効果がない! だけどこれは声が小さかった彼女にも非があるでしょう!

 ……イケない、つい実況風に盛り上がってしまったわ。これでアキ君が加わっていたらある意味最悪の事態を招いていたに違いない。

 それでも何故か返り血の心配をして動こうとしない島田さんだったが、アキ君の隣で様子を見ていた雄二の後押しでついに動き出した。

 

「ウチだって結構モテるんだからねっ!」

 

 こんな台詞を言い残して。

 

「よし、お前ら。今がチャンスだ。見つからないように脱出するぞ」

 

 肩をいからせながら須川の元へ向かった島田さんが途中で鉄人に捕まったところで、私達はようやく動けるようになった。

 さっそく音もなく出入り口に向かい、廊下に出て最後にアキ君がそっと扉を閉めた。

 

 

『大事な話? 何のことだ?』

『騙したわねアキっ!』

 

 

 そして聞こえてくる、島田さんと須川の会話。モテるとは何だったのだろうか。

 

「……なんで楓がいるの?」

「助っ人よ」

 

 今気づいたのかコイツは。

 

 

 

「……やっぱり監督の先生がいるね」

「当たり前だ」

 

 廊下を忍び足で歩くこと数分。私達はDクラスとEクラスの合同学習室の前で、中の様子を窺っていた。この状況、それなりにスリルを感じるから悪くないわね。胸がドキドキしちゃう。

 しかし、ここの先生はよりにもよって出入り口の前に陣取っており、門番のようになっている。侵入は無理だと不安がる秀吉とムッツリーニだったが、そこは雄二がしっかりと案を考えていた。

 

「こういう時は、一人が囮になって教師を引きつければいい」

「断る」

 

 物凄い判断力だ。おそらく今までの経験から、アキ君は自分が囮にされると思ったのだろう。だけど雄二は『囮』という単語を口にした際、私を見ていた。つまり私を囮にする気だったのだ。

 

「全く……それなら、ゲームで決めないか?」

「ゲームって、何の?」

「古今東西だ」

 

 素直に私を囮にすればいいのに、何故か雄二は新たな提案を出した。それでいてアキ君はアキ君で、未だに自分が貧乏くじを引かされると思っているようで、かなり警戒している。

 もちろん、私達は彼の提案に乗ることにした。普通に面白そうだし、貧乏くじを引きたくなければゲームに勝てばいいのだから。

 

「……わかったよ。やってやろうじゃないか」

「よし。それじゃ始めるぞ」

 

 どうやら彼にもプライド的なものがあったようで、渋々乗ることにしたようだ。

 アキ君と雄二は向かい合うと、部屋の中には聞こえないように気を配りながらゲームを開始した。やるからには勝つわよ。

 

「坂本雄二から始まるっ」(雄二のコール)

「「「「イェーッ!」」」」(私とアキ君と秀吉とムッツリーニの合いの手)

「古今東西っ」

「「「「イェーッ!」」」」

「【A】から始まる英単語っ」

 

 なんて簡単なお題なんだ。これなら確実に勝てる。一番心配なのはアキ君だが――

 

 パンパン(手拍子) → 雄二の番

 

「【Apple】!」

 

 パンパン(手拍子) → アキ君の番

 

「……僕の、負けだ……!」

「一つも思いつかんのか!?」

 

 ――これは酷い。あの雄二ですら驚きを隠せずにいる。もちろん、私もその一人だ。

 自分の学力の低さを認めたくないアキ君はムッツリーニを引き込もうとするも、そのムッツリーニから驚きの発言が返ってきた。

 

「…………やってみせる」

 

 なんとこのムッツリスケベ、やる気満々である。これはもっと面白くなりそうだ。せっかくだし、私も一枚噛ませてもらおう。

 

「秀吉。ちょっとこっちに来て」

「う、うむ」

 

 少し照れ気味の秀吉をやや強引に誘い込み、ムッツリーニと視線が合うよう、雄二の後ろに座り込む。これで準備は整った。

 

「それじゃ……古今東西、【A】から始まる英単語っ」

 

 パンパン(手拍子) → 雄二の番

 

「【Almond】」

 

 パンパン(手拍子) → ムッツリーニの番

 

「…………【A――」

『【Adult】』

「――dult】」

「えっ?」

 

 ムッツリーニが自力でまともな英単語を言った(ように見える)ことに驚き、ぽかんとした顔になるアキ君。まぁムッツリーニの本来の学力はかなり低いし、そう思うのも無理はないか。

 

 パンパン(手拍子) → 雄二の番

 

「【Agent】」

 

 パンパン(手拍子) → ムッツリーニの番

 

『【Account】』

「…………【Akihisa】」

 

 予想外の単語が飛び出した。

 

「ちょっと待って二人とも」

「なんだ、明久」

「いつから僕の名前は英単語になったのかな?」

 

 それは私も知りたいところだ。アキ君を一番理解しているであろう私ですら知らないことが、また一つ増えてしまったのだから。

 

「…………【名詞】バカの意。またはそれ相応の人物の総称。【‐ful】で形容詞」

 

 違和感が無さ過ぎて凄い。まるで本当に辞書に載っているかのような説明だ。

 自分の扱いの酷さを嘆くアキ君に対し、ムッツリーニは淡々と説明を続ける。

 

「例文:He is Akihisaful.(彼はこの上なく愚かな人物だ)」

 

 もう新しい英単語として確立させても良いと思う。誰も違和感を抱かないはずだ。

 

「んじゃ、話も終わったところで続きいくぞ」

 

 パンパン(手拍子) → 雄二の番

 

「【Arrival】」

 

 パンパン(手拍子) → ムッツリーニの番

 

「…………【A――」

『【Amen】』

「――men】……ボ」

 

 コイツやらかしおった。どうして最後の文字を付ける必要があったのだろうか。

 

「ねぇ、今小さな声で『ボ』って言ったよ!? 今のは明らかに『アメンボ』だよね!?」

 

 違う。今のは『アーメン』だ。決して水面をスイスイと移動し、水面に落ちた昆虫の体液を吸い、羽で空を飛ぶカメムシの仲間ではない。

 

 パンパン(手拍子) → 雄二の番

 

「【Action】」

 

 パンパン(手拍子) → ムッツリーニの番

 

『【Amazing】』

「…………【A――☆●◆▽Γ♪*×】」

 

 さすがに今の単語は難しかったようで、発音すらできずに早口でごまかしたムッツリーニ。私だったら絶対に見逃さない。

 嘘なのか本当なのか、雄二は疲れたような顔で『決着がつかない』とここらで切り上げた。もしも私が助け舟を出していなかったら、一番最初の時点で決着がついていたに違いない。

 

「今、思いつかなかったから早口でそれっぽく言ってごまかしたよね!? そしてバカエデ! そこでムッツリーニに助け舟を出すんじゃない!」

 

 何故だ。万全を期していたのに全くごまかせていない。これが幼馴染みの力なのか……!?

 

「あはは、何を言っているのやら。私はずっと秀吉と指相撲をしていたんだけど?」

「うむ。特に怪しいところはなかったのう」

「くそぉぉっ! 秀吉でカムフラージュするなんて卑怯だぞ!」

「おい明久。そんなに大声を出すと――」

 

 ガラッ

 

「誰ですか廊下で騒いでいるのは!」

「ふ、布施先生……」

「雄二、どうする――っていない!?」

 

 あ、アイツら、私とアキ君を囮にして自分達は逃げやがった! 事前に打ち合わせもなしで逃げるのはやめてほしいんだけど!?

 

「吉井君、水瀬さん、そこを動かないように!」

「やっぱりこうなるのかっ!?」

 

 スタコラさっさと逃げようとするアキ君の首根っこを掴み、布施先生から離れつつ彼を掴んだ右手を構える。ここは秘密兵器の出番だ。

 

「必殺! アキちゃん爆――」

「待つんだ楓! それをやると僕が捕まってしまう! ていうか、どうして君がその技を知っているの!?」

「えっ? 今思いついたんだけど……」

 

 この反応……もしかして、雄二辺りが同じような技を編み出していたりする?

 

「こらっ! 待ちなさい!」

「行くわよアキ君! 必殺――」

「だからやめてってば! 楓といい雄二といい、なんで真っ先に僕を囮にしようとするのさ!?」

「…………定めよ」

「誰か僕の定めを変えてぇぇっ!」

 

 それは一生掛けても無理だろう。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「何とか撒けたわね」

「二人とも、ご苦労だったな」

 

 あれから何度もアキ君を囮にしようとしたものの、実行には至らずどうにか自分達の足だけで逃げ切ることに成功した。

 ご覧の通り、アキ君はバッテバテだが、私はまだまだ余裕がある。指名されればできるだけ引き受けるつもりだ。雄二もそのつもりだろうし。

 だが、そんなことを知るよしもないアキ君は納得がいかないと、もう一度古今東西で勝負だと言い出した。やるだけ無駄だと思うけどなぁ……。

 

「別にいいが、やるだけ時間の無駄だと思うぞ?」

 

 どうやら雄二も同じ考えのようだ。秀吉とムッツリーニは揃っていつもの涼しい表情をしているせいで、少しも考えが読めない。まぁ大方、雄二と同じことを考えているのかもしれない。

 

「それはどうかな? 今の僕をさっきまでの僕だとは思わない方が良いよ」

 

 そういえばさっき、逃げながら英単語をいくつか呟いていた気がする。ちゃんと発音できていたのは精々五つくらいだけど。

 ……もしかしてアキ君、あれだけで私達に勝てると思ってたりする? だとしたら他三人はともかく、その程度で私に勝つのは絶対に無理だよ。知識的な意味で、私の方がどう考えても上だし。

 

「それじゃ……吉井明久から始まるっ」(アキ君のコール)

「「「「イェーッ!」」」」(私と雄二と秀吉とムッツリーニの合いの手)

「古今東西っ」

「「「「イェーッ!」」」」

「【O】から始まる英単語っ」

 

 パンパン(手拍子) → アキ君の番

 

 

オーガスト(A u g u s t)!」

 

 

 オーガスト。英語だとAugustと書き、勘違いする人もいるかもしれないが、OではなくAから始まる英単語である。ちなみに意味は8月。

 

 

「待ちなさい吉井君!」

「すいません! これには色々と事情があるんです!」

 

 まさかの主催者であるアキ君の自滅で、楽しい楽しいゲームは終わりを告げた。

 

 

 

「仕方がない。こうなったからには、各自の判断で行動しろ!」

『『『おうっ! 任せておけっ!』』』

 

 その日の夜。例の盗聴と盗撮の実行犯を覗きという名目で見つけるべく、昨日以上に兵隊の数を増やして突貫してきたアキ君達だったが、たった今雄二によって事実上の撤退宣言が発せられた。

 だが、それを責めるものは誰一人としていない。というのも……

 

『学年主任 高橋洋子 VS Fクラス 吉井明久

  総合 7791点 VS 902点     』

 

 こんなものを見せられちゃあねぇ……次元が違うとはまさにこの事だろう。アキ君の長所である操作技術も、この人の前では無意味に終わってしまった。正直、私でも勝てる気がしない。

 しかも運の悪いことに、前方には学年主席の翔子と次席クラスの瑞希と昼間の件でお怒りの島田さん、後方には工藤さんと保健体育の大島先生がいる。つまり彼らは一網打尽にされたのだ。

 そして今回は私も参戦している。もちろん、アキ君達とは敵対する形で。さすがにこの状況で寝返るのは不利にも程があるからね。

 

『…………』(←土下座)

『…………』(←土下座)

『…………』(←土下座)

 

 それぞれの判断で動くことを強いられた兵隊共だったが、逃亡はできないと悟ったようで全員綺麗な土下座をしていた。

 そんなバカまみれの空間の中、余裕の態度で土下座をする気配すら見せないアキ君と雄二だったが、アキ君の方は私を見つけるなり僅かな希望に賭けたかのような顔で、口を開いた。

 

「……ねぇ、楓」

「何かな?」

「一応聞くけど……僕らに協力してくれる、なんてことは――」

試獣召喚(サ  モ  ン)

 

 誰がするかバカ。

 

『Fクラス 水瀬楓

 総合科目 7092点』

 

 喚び出された召喚獣は自信に満ち溢れているのか、背中の鞘に納めた得物を手に持つことなく、堂々と仁王立ちをしていた。

 あらら、あと8点で7100点だったのか……これは少し悔しいわね。

 

『どうしよう雄二! 高橋先生が二人になっちゃった!』

『アホかお前は! この状況で水瀬が味方になるわけねぇだろうが!』

 

 私が召喚獣を喚び出したことで一気に焦りを見せ、アイコンタクトを交わす雄二とアキ君。その内容を口に出さなかったのは褒めてあげるわ。

 その場で睨み合う二人を見かねたかのように、ゆらりと動き出す三人の恋する乙女。その姿は乙女らしさの欠片もない、一種のホラーだ。

 

「二人とも、覗きは立派な犯罪なんですよ?」

 

 正論過ぎて何も言えない。

 

「アキには昼間のお礼もしないとね?」

 

 こっちは私怨たっぷりだ。

 

「……雄二。浮気は許さないと言った」

 

 もはやいつも通りである。

 

「……仕方ないわね」

 

 ちなみにアキ君と雄二が頑固として土下座をしなかった理由――それはやったところで許してもらえず、お仕置も免れないからだ。

 当然、怒り心頭の彼女達をそのままにしておくと危ないので、私はタイミングを見計らってお仕置きを終わらせたのだった。別に止めなくても良かったと思っていたのは内緒である。

 

 

 

 



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第五問

 バカテスト 英語

 以下の英文を訳しなさい。
『Although John tried to take the airplane for Japan with his wife's handmade lunch,he noticed that he forgot the passport on the way.』


 姫路瑞希の答え
『ジョンは妻の手作りの弁当を持って日本行きの飛行機に乗ろうとしたが、途中でパスポートを忘れていることに気がついた』

 教師のコメント
 はい正解です。


 土屋康太の答え
『ジャンは            』

 教師のコメント
 ジョンです。訳せたのはそこだけですか。


 吉井明久の答え
『ジョンは手作りのパスポートで日本行きの飛行機に乗った』

 教師のコメント
 手作りパスポートという言葉の意味をもう一度よく考えてみて下さい。


 水瀬楓の答え
『ジョンはケイトの手作り弁当で日本行きの飛行機に乗った』

 教師のコメント
 色々と混ざっていますよ。





「……大丈夫? 三人とも口から魂みたいなのが抜けてるんだけど」

「な、何とかね……」

「ま、まさか高橋女史まで参戦してくるとはな……」

「…………アレは反則」

 

 三人の乙女に散々お仕置きをされ、ぐったりとくたばっているアキ君、雄二、ムッツリーニの額にそれぞれ濡れたタオルを置く。

 私が瑞希達によるお仕置きを力ずく(とセクハラ)で止めた後も、毎度の如く鉄人によるありがたい指導で心身共に削られまくったはずだしね。こんなに疲れているのは仕方がないよ。

 

「じゃがどうする? このままではお主らは脅迫犯の影に怯え、且つ覗き犯という不名誉な称号を掲げられてしまうぞい」

 

 まだ未遂とはいえ、後者に関してはどうあがいても事実な件について。

 例の脅迫犯云々は最悪こっちでどうにかすれば何の問題もないと思っている。ただし人手がいないので、解決には時間を要するが。

 ちなみに秀吉はどういうわけか、昨日に引き続いて今日も無罪放免だった。いよいよ彼の男としての尊厳が失われてきたわね。

 

「水瀬には悪いが、諦める気は毛頭ない。残るチャンスは明日だけだが、逆に言えばまだ明日が残っているんだからな」

「なんで楓には悪いのさ」

「……明久よ。水瀬は女子じゃぞ」

 

 このバカは自分の幼馴染みの性別まで忘れようとしているのか。生まれた時から、今に至るまでずっと一緒だった私の性別を。

 そのバカことアキ君は秀吉の言葉を聞いてもまだピンと来ないと言った感じなので、仕方なく私自ら説明することにした。

 

「君達の目的は覗きを装い、その騒動に紛れながら脅迫犯を特定すること。だから可能な限り協力はするし、邪魔もしない。でもその装いにだけは一切手を貸さないから」

「つまり覗きの実行以外なら俺たちの味方というわけだ」

「なるほど。だから昼間もくっついてきたんだね」

 

 くっついてはいない。

 

「楓のせいで圧倒的な戦力差に磨きが掛かっていたけど、それでも僕らにとってはいつものこと。こういった逆境を覆す力こそが僕らの真骨頂だ!」

「最初に私の名前を出す必要あった?」

 

 明らかに最初の部分だけ私怨が入っていたよね。そのせいで良い台詞が台無しだわ。アキ君にしてはカッコイイとまで思いかけたのに。

 

「ねぇ、二人も何とか――」

「…………このまま引き下がれない」

「そうじゃな。こんなことはFクラスに入って以降、慣れっこじゃ。今更慌てるまでもない」

「――言って……」

「諦めろ水瀬。今回ばかりは明久が正しい」

 

 否定できないのが心底悔しい。

 

「まっ、お前らが諦めていないようなら、まだ手はある」

「流石は雄二! もう作戦を考えてあるんだね!」

「当然だ。俺を誰だと思っている?」

 

 レッドコング(和名:赤ゴリラ)。

 

「それで、今度はどんな作戦? 楓に聞かれても大丈夫なの?」

「あぁ、問題ない。何せ――正面突破だからな」

 

 希望に満ち溢れた日々から、一気に絶望の日々へと叩き落されたかのような顔になるアキ君。一体どんな作戦を期待していたのやら。

 

 もちろん雄二はそこまでバカじゃなかった。基本スタンスは変えないがその分事前の準備を徹底するようだ。どうやら今回以上に戦力を増加する気みたいね。質より量って感じかな。

 ムッツリーニから得た情報も含めてまとめると、向こうの布陣――というか自陣は教師を中心とした防御主体の形を取っているらしく、その弱点が召喚獣を喚び出すフィールドの《干渉》だそうだ。

 この《干渉》というものについてだが、これは一定範囲内でそれぞれ別の教師が異なる科目のフィールドを展開すると、科目同士が打ち消し合い、召喚獣が消えてしまう現象のことを指す。

 ちなみに同じ科目のフィールドがそれぞれ展開された場合は混ざり合い、巨大なフィールドとなる。一つのフィールドが大体半径十メートルくらいだから……二十メートルほどか。

 

「……部屋に戻るわ」

「おう」

 

 これ以上、女子の私がこの男子部屋にいても意味がない。それに今の説明で雄二の作戦が大体読めた。最後まで聞く必要はないだろう。

 

 

 

「ただいま~」

「あっ、お帰り水瀬さん」

 

 男子部屋を出たところで鉄人に絡まれながらも、適当にはぐらかして無事部屋に戻ると、携帯電話を弄る島田さんが出迎えてくれた。

 こういう時は真っ先に声を掛けてくれる瑞希がいないと一瞬思ったが、部屋の奥の方で島田さんみたく携帯電話を弄る姿が確認できた。

 ……それにしても、こんなところで二人同時に携帯電話を弄るなんて、何か面白いニュースでもあったのだろうか? ちょっと気になる。

 

「嬉しそうにしてるけど、何か良いことでもあった?」

「あっ、楓ちゃん。実は明久君からお誘いのメールが来まして……」

 

 お誘い?

 

「ちょっと見せて」

 

 それがどうかしたのか、と言わんばかりに可愛らしくきょとんとする瑞希から携帯電話を借り、お誘いのメールとやらの内容を確認する。

 

【ちょっと話があるんだけど、僕らの部屋に来てもらってもいいかな?】

 

 本当にお誘いのメールだった。しかも送信先が瑞希と島田さんの二人になっている。瑞希の方は特に警戒はしていないようだが、島田さんの方はほんの少しだけ警戒していた。

 まぁ私の知っている限り、瑞希はあんまり人を疑うタイプじゃないからねぇ。想い人であるアキ君に対する疑惑はともかく。

 

「……瑞希。それは何?」

 

 なんか、瑞希の持っている入れ物から物凄く嫌な感じがする。

 

「手作りのお菓子です。楓ちゃんもどうですか?」

「遠慮しとくわ」

 

 酷くビンゴだった。

 

「それじゃあ、行ってきますね」

 

 地獄への片道切符を手に、部屋を出ていく瑞希。そろそろ島田さんも、時間的にアキ君達の部屋へ行くはずなんだけど……。

 そう思って、妙に静かな彼女のいる方へ振り向いた時だった。

 

「えっ」

 

 いつもの強気な島田さんからは想像もできない、可愛らしい声が聞こえたのは。

 さすがの私もこの不意討ちには驚いてしまい、思わず彼女に続いて変な声を出しそうになるも、ギリギリのところで踏み止まった。

 

「……ど、どうしたの?」

「えっ、あっ、べ、別に?」

 

 なんてわかりやすい反応なんだ。

 

「携帯、見せてくれる?」

「だ、大丈夫だから! ホントに何でもないから!」

「あっ! 黒いアイツ!」

「えぇっ!? ど、どこ――あぁっ!?」

 

 何故か戸惑っている彼女の気を簡単な嘘で逸らし、その隙に携帯電話を取り上げて画面に表示されたままのメールの内容を確認する。

 

 

【勿論好きだからに決まっているじゃないか! 雄二なんかよりもずっと!】

 

 

 なんて男らしくて力強い告白文なんだ。

 

「…………」

 

 でも島田さんにはどう返答すれば良いんだ? そのままの意味だとフォローすれば良いのか? いやいや、それじゃ今よりもややこしいことになるのが目に見えてる。ならどうすれば――

 

「――み、水瀬さん?」

「はっ!?」

 

 い、イケないイケない。危うく意識がどっかに飛んでしまうところだった。

 

「と、とりあえず携帯を返してくれない?」

「あ、あぁ、はい」

 

 島田さんほどではないが結構戸惑いつつ、取り上げていた携帯電話を返す。アキ君としてはそういうつもりで送ったわけじゃないだろうが、内容が内容なだけにとてもややこしい。

 というのも彼の場合、好きな相手に告白する時はストレートに自分の口から言うタイプだからだ。少なくとも、文通や遠回しな言い方はしないと断言できる。何せ極限のバカだしね。

 

「えーっと……」

「ね、ねぇ」

 

 改めてどう返答しようか考えていると、島田さんがほんのりと頬を赤くしながら話しかけてきた。こうして見るとこの子も普通に可愛いわね。

 

「何?」

「水瀬さんは、アキのことは何とも思ってないのよね?」

「……君もしつこいね。そういう気持ちは抱いてないって、清涼祭の時にも言ったでしょうが」

 

 前言撤回。見た目は可愛いけど、少々しつこいのが玉に瑕ね。アキ君へのスキンシップについてはできるだけ触れないことにする。

 ……同じ質問を忘れた頃にされたせいか、少しだけイライラする。私が好きなのはあくまで木下秀吉ただ一人。間違っても空前絶後のおバカであるアキ君を好きになるわけがない。

 

「そうなんだけど……ほら、アンタたちって幼馴染みだから……」

「一緒に過ごしているうちに、気持ちに変化が訪れるとでも?」

「うん……」

 

 なるほど、そう来たか。確かにあり得ないとは言い切れないけど、そうなる前にアキ君を攻略するという考えには至らなかったのだろうか?

 ……それに加え、ただでさえアキ君とは生まれた時からずっと一緒なのに、当たり前のように恋愛関係へと至るのはさすがにごめん被りたい。生涯の伴侶くらいは自分で選ばせてほしいわ。

 

「あり得ないと言いたいけど、万が一ってことも考えると否定しきれないわ。そんなに私や瑞希がアキ君とくっつくのが嫌なら、今夜確かめれば良いじゃん」

「た、確かめるって?」

「そのままの意味――こっちから出向くのよ」

 

 さっき行われた防衛戦の際、翔子と共に計画していたことを遠回しに告げる。

 

「ウチの方からアキに会いに行くの!?」

「嫌なの?」

「べ、別に嫌とかじゃないわよ。ただ、その……恥ずかしいっていうか……」

 

 そのあどけないというか、女の子らしいというか、まぁそういう仕草をアキ君に見せたら普通にときめいてもらえると思うんだけどなぁ。

 親しいくらいの相手なら普通に接しているのに、好きな相手に対してはどう頑張っても素直になれない。ツンデレの宿命と言うべきか。

 

「っと、そろそろ時間か」

 

 見回りの先生が来る前に、島田さんか瑞希のどちらかが敷いてくれたっぽい布団に入って寝たふりをする。本当に寝てしまわないよう、気を付けないとイケないのが面倒くさいわね。

 

 PiPiPiPiPi

 

 さっそく眠気を掻き消そうと携帯電話を取り出した途端、その携帯電話からメールの着信音が響いた。こんな時間に、一体誰から?

 

 

【楓。もうすぐそっちに行く】

 

 

 ……頑張ったわね、翔子。

 

 

 

「……本っ当に、可愛い寝顔ね」

 

 今、私の目の前には木下秀吉の天使のような寝顔がある。こうしてみると、本当に男子なのか怪しいわね。皆が彼を女子として扱うのも納得できてしまう。だって可愛いもの。

 試しに秀吉の柔らかそうな頬をツンツンとつついてみるも、微動だにせず一向に起きる気配がない。ていうか本当に柔らかいわね。しかも女子のそれと同じく、肌触りが非常に良い。

 

『し、翔子!? なんでお前がここにむぐっ!?』

『……雄二に呼ばれたから』

「演劇のために手入れでもしてるのね……普段は女装を嫌がるくせに」

 

 すぐ近くから聞こえてくる雄二と翔子の会話を聞き流しつつ、病みつきになりそうなほど柔らかく、触り心地の良い彼の頬をつつきまくる。こうなったら起きるまでつついてやるわ。

 

「むぅ……? なんじゃ一体――!?」

「おはよう、秀吉」

 

 二分ほど頬をつついたところでようやく秀吉が目を覚まし、同時に顔がトマトのように真っ赤に染まった。なんて可愛いんだ。

 

「な、なぜ水瀬がワシの布団にっ!?」

「しー、大きな声は出しちゃダメよ」

 

 驚きのあまり大声を出しそうになった秀吉の口を、人差し指で優しく押さえる。

 そして今更だが、私は本人の言う通り、秀吉と向き合う形で彼の布団に入っている。一言で言うなら夜這いというやつだ。翔子が現在進行形でやっているものに比べたら結構温いが。

 私的には今から本格的な夜這いを仕掛けても良いんだけど、それだと秀吉の意思を無視する形になってしまうからやりにくいんだよね。一歩間違えたら後味の悪いものが残りそうだし。

 

「……そ、それで、なぜお主がワシの布団に入っておるのじゃ?」

「君の寝顔が見たかったから」

 

 ここで『君を(性的な意味で)襲いたかったから』なんて言ったら間違いなくドン引きされる。ただでさえ引かれていそうな感じなのに。

 

「……複雑じゃ」

「ダメだった?」

 

 やっぱり遠回しな言い方がイケなかったのだろうか? ここは正直に『君に会いに来た』とでも言えば良かったのかな? でも、それはさすがの私でもかなり恥ずかしいし……。

 

「だ……ダメではないぞ。ワシとしてはむしろ嬉しいのじゃが……」

「えっ」

 

 嬉しいの?

 

「嬉しいの?」

 

 心の声がそのまま出てしまったけど私は絶対に悪くない。

 

「う、うむ……」

「そ、うなんだ……」

 

 え……何これ。嬉しいと言われただけなのに、物凄く恥ずかしいんだけど。多分、この部屋の明かりが点いていたら顔が真っ赤になっているのを見られてしまうに違いない。

 

「…………」

 

 どうしよう。今の不意討ちのせいで言葉が出てこなくなった。こういう時、いつもの私なら秀吉をからかってやり過ごすんだろうけど……ダメだ。どうからかえばいいのかわからないよ。

 

『助けに来ましたお姉さま!』

『また何か来たぁっ!』

『み、美春!? どうしてアンタがここに来るのよ!?』

『……雄二。とにかく続き』

『お前、マイペースにも程があるだろ!?』

 

 本当にアキ君に会いに来た島田さんと彼女に力ずくで起こされたアキ君、そしてたった今乱入してきた清水さんによっていよいよ収拾がつかなくなってきたところで、状況が一変した。

 

 

『何事だっ! 今吉井の声が聞こえたぞっ!』

 

 

 アキ君のせいで。

 

「ちょっと待って。なんで全員が『吉井が声を出したせいで見つかったじゃないか』みたいな目で僕を見ているの?」

 

 いやしょうがないじゃん。だって実際、この状況に口頭で釘を刺そうとしていたのは君だけなんだから。他はともかく、こっちはそれっぽく良い雰囲気になりかけていたというのに。

 

「くそっ! 明久のせいで面倒なことになった!」

「なんだか納得いかないけどそういうことにしておこう! しかも部屋には半裸の女子が四人もいる! それが鉄人にバレたら……!」

「その四人目が誰なのか気になるのじゃが……」

 

 それは私も気になる。

 

「僕と雄二と楓が囮になるから、女子はその隙に逃げて!」

「その配置おかしくない!? 私も一応女子なんだけど!?」

 

 ここ最近、コイツらが私をどういう風に見ているのか本当に気になるところだ。女性ではなく男性として扱われている気がしてならない。

 この状況でも島田さんを口説きに掛かる清水さんをある意味凄いと思ってそうなアキ君を睨みつけたところで、再び鉄人の声が聞こえる。

 

 

『吉井に坂本ぉ! お前らだとはわかっているんだ! その場を動くなよっ!』

 

 

 良かった。まだ私の存在はバレていない。

 

「ヤバイ! 鉄人がすぐそこまで来てるよ!」

「時間がない! こうなったら俺と水瀬が『必殺アキちゃん爆弾』で鉄人の注意を引き受ける! 行くぞお前ら!」

「だからなんで私が行くこと前提になってるのよ!? その『必殺アキちゃん爆弾』で事足りるでしょうが!」

「だからどうして二人とも、僕を道具のように使おうとするのさ!?」

 

 それ以外に使い道がないから――という冗談は置いといて、一応女子である私を囮役として勝手に選出したことに少々お怒りだからよ。

 

「全く……雄二、楓、行くよっ!」

「仕方ない、付き合ってやる!」

「貸し三つ! 三つだからね!」

 

 マジで時間がないこともあり、やむを得ずアキ君と雄二に付き合うことにした。最悪、この二人を犠牲にしてでも逃げ切るつもりだ。

 

 バンッ! ガスッ!

 

「ふぬぉぉっ!?」

 

 アキ君が扉を押し開けた瞬間、その扉で鉄人が頭を痛打していた。凄く痛そうだ。

 すぐさま逃げようとするアキ君と雄二だったが、ここで想定外の事態が起きた。

 脳天を痛打したせいで出遅れた鉄人が、部屋の中を覗き込もうとし始めたのだ。マズイわね。このままじゃ計画が台無しになってしまう。

 

「鉄人! 僕はこっちだよ!」

「貴様は西村先生と呼べと何度言えば――」

「どりゃぁぁあーっ!」

 

 すると同じことを考えていたであろうアキ君が、その場で脱いだ浴衣を鉄人の顔に巻きつけた。帯で縛り付けるというオマケ付きで。

 その間に雄二が合図を出し、三人の女子が頷いた後に全速力で廊下を走って行った。あぁ、私もそっちに行きたかった……。

 

「吉井。貴様は俺の指導をとことん受けたいようだな……!」

 

 しかも顔に浴衣を巻かれた鉄人は怒りを倍増させている。さすがに女子の私でも鉄拳制裁だけで済ませてもらえるとは思えない。

 雄二と私は一瞬でアイコンタクトを交わし、いつものようにアキ君だけを囮にして逃げることにした。実際、狙われてるのはアキ君だけだし。

 

「西村先生すいません! 坂本雄二と水瀬楓の二人が持ち込んだ日本酒を隠すために注意を逸らせと言われたものですから!」

「なんてこと言うんだキサマは!?」

「名前が挙がるどころか思いっきりありもしないことで濡れ衣着せられたんだけど!?」

 

 どういうことなんだ。一体どういう思考回路をしていればそんな妙にリアルな言い訳が言えるんだ。もちろん今のはアキ君の真っ赤な嘘だ。

 

「また貴様ら三人か……覚悟は出来ているんだろうなぁぁああっ!」

「「「出来てませんっ!」」」

 

 鉄人が顔に巻かれた浴衣を剥がす前に走り出し、ある程度全速力で走ったところで学習室の脇を駆け抜けた。無論、鉄人は後ろから追いかけてきている。その様子を見る暇もない。

 問題はどこに逃げ込んで鉄人を撒くかだが、雄二が言うにはその鉄人が入って来られないような場所へ逃げ込むとのこと。それって……。

 

「男で教師の鉄人が入って来られない場所、つまり――女子部屋だ!」

 

 なるほど、女子部屋か。確かに、女子生徒という若い女子が大勢いる部屋なら鉄人でも入るのは難しい。しかも私は女子だ。アキ君達以上に逃げられる確率が高まるだろう。

 

 ――ただ、問題が一つある。

 

「なるほど。確かにそれなら、男の鉄人は入って来れない。男子禁制の女子部屋に、パンツ一丁の僕が逃げ込んだら――死は免れない……!」

 

 そう、アキ君がパンツ一丁という有様なのだ。というのも、さっき鉄人の気を引きつけるために自分の浴衣を使ったのが原因だけど。

 このまま行けば、アキ君一人のせいで大惨事になってしまう。しかし、それを見越していたらしい雄二がどこからともなく服のようなものを取り出し、アキ君に投げつけた。

 

「着たか明久!?」

「うん! セーラー服の装着、完了したよ!」

 

 もはや何も言いたくない。

 

「よし、これで逃げ込めるな!」

「そうね! せめてカツラを用意してほしかったけど!」

「そんなのいらないよ! ていうか待って二人とも! この格好はある意味、全裸より致命的だ!」

 

 いや、どう考えても全裸の方が致命的である。女装なら演劇の練習とでも言い訳すれば、社会的な死は確実に回避できるからね。

 

「それじゃここからは、別行動だ!」

「あいよー!」

 

 雄二とアキ君の目を盗み、すぐそばにあった扉を開けて中に入る。ここはさっきの学習室とはまた別の部屋ね。だけどそんなことはどうでもいい。今は鉄人を撒くことだけを考えないと。

 

『待て雄二! 逃げるならどこまでも一緒だ!』

『ふざけるな! 変態と行動を共にするつもりはない!』

 

 どうしよう。外で何が起きているのか、物凄く不本意だが容易に想像できてしまう。

 

『……………………お前ら、何をやっているんだ?』

 

 あっ、鉄人の声だ。

 

『…………まぁ、女子に縁がないのはわかるが、そういったことはできれば人目につかんようにだな』

『『指導を受けるから言い訳をさせて下さい!』』

 

 アキ君と雄二が、三日連続で熱い指導を受けることが決まった瞬間だった。でもお生憎さま、私はこのまま逃げ切らせてもらうわ――

 

 ガチャッ

 

「残念だが、そうは問屋が卸さんぞ」

 

 わかってた。簡単に逃げ切れるわけがないって私わかってた。

 

「「ウェルカム」」

 

 呆れた表情で仁王立ちする鉄人の後ろから、ムカつくほど嫌な笑みを浮かべるバカ二人。鉄人がいなかったらぶん殴っているところだ。

 こうして私もアキ君と雄二のように、鉄人との熱い夜を過ごすはめになった。

 

 

 

 



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第六問

 バカテスト 強化合宿の日誌

 この強化合宿全体についてのまとめを書きなさい。


 姫路瑞希のまとめ
『他のクラスの人と勉強することで良い刺激が得られました。伸び悩んでいた科目についての学習方法や使い易い参考書についても教えて貰うことができたので、今後は更に頑張っていきたいと思います。夜はいつものように騒ぎがありましたが、これはこれで私達の学校らしいと思います。ある人から内緒で素敵な写真も貰えて大満足です!』

 教師のコメント
 姫路さんは全体的にそつなくこなしている様子だったので伸び悩んでいる科目があったということに驚きました。本来なら先生が気付くべきなので申し訳ないです。ですが、無事に解決できそうなので何よりです。それと、バカ騒ぎについては悪影響を受けないように気をつけて下さい。


 島田美波のまとめ
『三日目の夜のことが忘れられない。ウチはどうしたらいいんだろう。こんなことは水瀬さんにしか相談してないし……。瑞希の気持ちを知ってるのに、これって裏切りになっちゃうのかな……? ああもう! どうしていいのかわかんない!』

 教師のコメント
 一体何があったのでしょうか? 相談相手はいるようですが、それでも解決しないのであれば……そのときは先生に話してみて下さい。一応あなた方よりも長く生きているので少しは力になれるはずです。ただ、気持ちと書いてあるということは恋愛の話でしょうか?


 吉井明久のまとめ
『あまりに多くのトラブルがあって驚いた。初日はいきなり意識を失って宿泊所に運ばれたので記憶がない。その後は覗き犯の疑いをかけられて、自分に対する周りの見る目に悩まされた。勉強についても、女子風呂を覗く為に頑張ろうと思ったけど今のやり方に不安が残るし、色々と考えさせられる強化合宿になったと思う。』

 教師のコメント
 そうですか。


 水瀬楓のまとめ
『初日からいきなりトラブルに巻き込まれ、私が犯人であると疑われた。その後は都市伝説の教科書を見せられたり、秀吉風呂を覗こうとして鉄人に見つかったり、秀吉に夜這いを仕掛けて鉄人に追いかけられたりしたが、何だかんだで思い出に残る強化合宿になった。唯一心残りがあるとすれば、持参した携帯ゲーム機を鉄人に没収されたことです。』

 教師のコメント
 自業自得です。





「ふぁ……ね~む~い~……」

 

 眠い。昨日に続いて今日も眠い。

 というのも、昨夜も鉄人に朝まで教育について指導されたからだ。私は脳天に三つのお団子が出来上がり、雄二とセーラー服を着たアキ君が(拳で)語られている様を延々と見せつけられた。

 ちなみに現在進行形で朝食を食べているのだが、もうこの際寝てしまっても良いんじゃないかと思う。死ぬわけじゃあるまいし。

 

「楓ちゃん、大丈夫ですか……?」

 

 私と向き合う形で座り、朝食を食べている瑞希が凄く心配そうな顔で話しかけてきた。彼女の隣に座った島田さんも、昨日のことを知っているからか少し申し訳なさそうな顔をしている。

 

「あー……大丈夫じゃないかも。昨日は全然眠れなかったしね」

「何かあったんですか?」

「え、えっと……」

「あっ、瑞希。それなんだけど……」

 

 どうやら瑞希は昨夜の出来事を知らないようだ。まぁ部屋を出る前に様子を見た際、疲れていたのかぐっすりと眠っていたもんね。

 これには私も返答に困ったが、島田さんが適当にはぐらかしてくれたおかげで何とかなった。ありがとう。この恩は今日だけ忘れないわ。

 

 

『ふおぉぉお――っ!?』

 

 

 しかし気のせいだろうか。さっきから男共の雄叫びが聞こえてくるのは。

 

「どうかしたんですか?」

「あ、あぁ、何でもないわ」

 

 瑞希に話しかけられて箸を持つ右手が止まっていたことに気づき、少し慌てながらも食事を再開する。やっぱり白米は最高ね。

 もう一眠りするべく朝飯(和食)をさっさと平らげ、楽しそうに話す瑞希と島田さんに気づかれないよう、部屋から出る。早く戻って布団に入ろう。秀吉が夢の世界で待っている。

 

「…………(トントン)」

「ん? ムッツリーニ?」

 

 不意に肩を叩かれたので振り返ってみると、まるで誰かを待ち伏せしていたかのようにムッツリーニが立っていた。相変わらず気配すら感じないのはさすがと言ったところか。

 

「何の用? 私、今凄く眠いから部屋に戻るところなんだけど」

「…………(スッ)」

 

 ならばこれを見ろ。そう言わんばかりに、ムッツリーニは周囲を警戒しながら三枚の写真を差し出してきた。誇らしげに胸を張っている辺り、彼にとっては相当な自信作のようだ。

 念のため確認を取ったところ、どうやらこれは『魔法の写真』というものらしい。ははっ、自信満々な顔で何を言うかと思えば……。

 

「魔法の写真なんてあるわけないじゃん。ファンタジー世界じゃあるまいしふおぉぉおっ!」

 

 ムッツリーニが見せてくれた写真。その一枚目に写っていたのは、恥ずかしそうに上目遣いで浴衣姿でツーショットで色っぽくて少し胸元が覗いている、瑞希と秀吉だった。

 水着のように肌が露出しているわけじゃない。それなのに謎の興奮を覚えてしまった。さっきから聞こえていた男共の雄叫びも、この写真の力によるものだろう。まさに魔法の写真だ。

 

「えーっと、確か三枚あったわね……」

 

 謎の興奮が納まらぬまま、二枚目の写真に目を通す。

 するとお次は浴衣姿で(雄二に)迫る翔子と、ハーフパンツ姿の島田さんが写っていた。こちらも素晴らしいツーショットだ。

 翔子はともかく、島田さんも彼女と似たような体勢になっていることから、おそらくアキ君に迫っているところを撮影されたのだろう。

 

「さすがというか、ここまで来ると野生のプロだね」

 

 これは三枚目も期待できる。私はかなりワクワクしながら、最後の一枚に目を通す。そこに写っていたのは――セーラー服姿のアキ君だった。

 

「……これは何?」

「…………綺麗に撮れたので印刷してみた」

 

 私のワクワクを返せこの野郎。

 

「おっ?」

 

 これで魔法の写真(一枚除く)は全部見たと思っていたら、女装姿のアキ君が写る写真の後ろにもう一枚写真があった。

 もう嫌な予感しかしないのだが、ここまで来ると見たいという衝動が抑えられない。どうかちゃんとした女子の写真でありますように――

 

 

 →セーラー服姿のアキ君(パンチラ版)

 

 

「――脳天かち割るぞ貴様」

 

 なんてもの撮影してんだこの変態。パンチラはパンチラでも、これは全然嬉しくない。だって秀吉ならともかく、アキ君のトランクスだもん。アキ君のトランクスが丸見えになってるもん。

 私は今すぐこの写真を破り捨てたいという衝動を必死に抑え、ブルブルと震える手に持つ写真を、ムッツリーニに返して口を開く。

 

「とりあえず――この四枚を焼き増しして」

「…………セーラー服の明久も?」

「セーラー服のアキ君も」

 

 確かにワクワクを返してほしいとは思うが、だからといってこの写真に罪はない。ネタとして最大限に利用させてもらうわ。

 

「…………それともう一枚」

「まだあるの?」

「…………これは誰にも見せていない」

「ふ~ん……」

 

 もう期待なんてしない。そう心の底から思いつつ、渡された写真に目を通す。どうせゴスロリ姿のアキ君でも写ってるんでしょ?

 

「全く、どうせ島田さんの浴衣姿でも――ふぉおおぉぉおおっ!?」

 

 アキ君のゴスロリ姿、もしくは島田さんの浴衣姿が写っているのかと思ったら、女性のように浴衣を脱ぐ半裸の秀吉が写っていた。

 傷一つ付いていない、触り心地の良さそうな肌が露わになっており、胸元が見えないこともあって背徳感すら覚えてしまう。この世のものとは思えない一枚だ。生きてて良かった……!

 

「と、とりあえず四枚とも1グロスほど焼き増しして。できるだけ早く」

「…………明久と同じこと言ってる」

 

 これ以上にないほど心外だ。

 

「ま、まぁとにかく、焼き増しよろしくっ!」

 

 アキ君と同列に扱われたことに動揺するも、秀吉の半裸写真を物凄く名残惜しそうに見つめながら、第三者が来る前にその場から急いで立ち去る。決して逃げたわけではない。

 

「…………事実から逃げるのは良くない」

 

 だからそんな事実は認めない。絶対にだ。

 

 

 

「ダメだ! 圧倒的過ぎる……!」

「誰か……誰か援護を……!」

 

 合宿四日目の夜。明日は帰るだけの移動日となるため、男子(いつもの四人組)にとっては今日が事実上の最終日と言える。そういう事情もあってか、向こうの人数が昨日よりも多い。

 私が配置されているのは地下へと続く階段の真ん中――より少し奥。前方では翔子と瑞希がBクラス男子を蹂躙しており、階段の真ん中を最大戦力である高橋先生が一人で陣取っている。

 自惚れではあるが、どうやら私は教師に並ぶ主戦力の一人としてカウントされているようだ。でなきゃ学年主席の翔子と次席クラスの瑞希よりも後ろに配置されるわけがない。

 ……ただしその分、責任重大でもあるけどね。何せプレッシャーが凄いもの。

 

「……雄二。オイタはそこまで」

「ここは通しませんよ。明久君」

「姫路さん……っ!」

「翔子……っ!」

 

 やっと主犯の四人がお出でなすったが、彼らからすれば現在の状況は予想外だったみたいね。まぁ無理もない。本当なら加勢しているはずのAクラス男子が、一人もいないのだから。

 そのことに気づいた秀吉がそれをアキ君に告げ、雄二もこちらの布陣を見て悔しそうに呟く。無論、私も敵として認知されているだろう。

 

「……雄二。お仕置き」

「くっ! 根本バリアーっ!」

「ちょっ、坂本っ! お前、折角の協力者に対してそれはあんまりじゃないか!?」

 

 

『Aクラス 霧島翔子 VS Bクラス 根本恭二

 総合  4762点 VS 1931点    』

 

 

 さすがは翔子だ。ちょいエリートのBクラス代表の根本ですら一撃で葬ってしまった。学年主席は伊達じゃないってわけか。

 と、そんなことをボーッとしながら思っているうちに、召喚獣を従える瑞希がアキ君に、翔子が雄二に歩み寄っていく。

 そして、その様子を見ていたBクラス生徒が次々と弱音を吐いていく中、アキ君は迫り来る瑞希とその召喚獣に構わず口を開いた。

 

「諦めちゃダメだっ! 姫路さんや霧島さんがダメでも、ここにはいない木下優子さんや美波がお風呂に入っているはず! 覗く価値は充分にあるっ!」

 

 ……アレ? もしかしてアキ君、ここまで来た目的が変わってきてる?

 それに少し勘付いたのか、秀吉が少々驚いたような表情で彼に問いかけた。

 

「明久。ここまで絶望的な状況にありながら、なぜ諦めないのじゃ?」

 

 アキ君は《観察処分者》であり、それによって痛みのフィードバックが存在する。

 しかもここまで圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、彼は諦めようとしない。そこまでして写真を取り戻したいのだろうか。

 

「――違うんだ秀吉。そうじゃないんだよ」

「そうじゃ、ない?」

 

 どうやらそうではないらしい。じゃあ、何のためにここまでやってきたのかな?

 

「確かに最初は写真を取り戻して、真犯人を捕まえて、覗きの疑いを晴らすつもりだった。……でも、こうして仲間が増えて、その仲間たちを失いながらも前に進んで、僕は気がついたんだ」

「お、お主。何を言って――」

 

 いや覗きに関してはどうあがいても疑いの晴らしようがない。だって装いとはいえ、現在進行形で行っているのだから。

 私と秀吉がわりと真剣に耳を傾けている中、アキ君はいつになく格好いい顔で告げる。

 

 

「――正直に言おう。たとえ許されない行為であっても、自分の気持ちは偽れない。僕は今――純粋に欲望のために女子風呂を覗きたいっ!」

 

 

 私の中にあった疑惑と懸念が現実となった。アキ君にとっての目的を達成するための手段が、マジで目的そのものとなってしまったようだ。

 

「明久……お主はどこまでバカなのじゃ?」

 

 一体何をどう判断したのか、秀吉はそう呟いた。一瞬呆れながらもツッコんでいると思ったのだが、その美少女顔は『アキ君らしい』という意が込められた感じに微笑んでいる。

 しかし同時に、それはアキ君達と密かに協力関係にあった私が、本格的に彼らと敵対することが決まった瞬間でもあった。

 

「そ、そこまでして私じゃなくて、美波ちゃんのお風呂を覗きたいんですね……!」

 

 違う、そうじゃない。

 

「もう許しません! 覗きは犯罪なんですからねっ!」

「世間のルールなんて関係ない! 僕は、僕の気持ちに、正直に生きるんだ!」

 

 怒りに身を任せ、召喚獣に突撃指示を出す瑞希と、さらに闘志を湧かせて召喚獣を喚び出し、瑞希の召喚獣を迎え撃つアキ君。

 それにしてもさっきの言い方だと、自分のお風呂は存分に覗いても良いという解釈になってしまう。お願いだから少しは自分の身を案じて瑞希。変な男に引っ掛からないか心配だわ。

 

 

『よく言った、吉井明久君っ!』

 

 

 そして廊下に響き渡る、どこかで聞いたことのある声。これにより気勢を削がれ、召喚獣の動きを止めて声の主を探す瑞希。

 

「待たせたね、吉井君。君の正直な気持ちは、確かに僕が聞き届けたよ」

「久保君っ! 来てくれたんだねっ!」

「ずっと迷っていたが……君の言葉を聞いて決心がついたよ」

 

 瑞希よりも先に、声の主――久保利光を見つけ、歓喜するアキ君。遅れたように登場した久保。それはAクラスの加勢を意味していた。

 ……何の決心がついたのか少し気になったが、彼の性癖を知っていれば容易に想像できるため、深く突っ込むのはやめておく。

 

「Aクラス男子総勢二十四名。今より、吉井明久に力を貸そう! 全員、彼を援護するんだっ!」

『『『おおお――っ!』』』

 

 久保の号令と共に、どこからともなく現れるAクラス男子。これで文月学園第二学年男子全員が参戦したことになるわね。

 

「ありがとう久保君! 君たちの勇気に心から感謝するよ!」

「いや、感謝するのは僕の方さ。君の言った通り、自分の気持ちに嘘はつけない。世間に許されなくても、好きなものは好きなんだ……!」

 

 今、アキ君が震えたのは気のせいだろうか。

 

「久保君、お仕置きの邪魔をしないで下さい!」

試獣召喚(サ  モ  ン)――!」

 

 瑞希がお仕置きと称して突撃させた召喚獣を、すかさず喚び出した自らの召喚獣で止める久保。召喚獣の喚び出し方が凄く格好いい。

 

「僕は吉井君を守ると誓ったんだ。君の思い通りにはさせないっ!」

 

 久保の宣言と同時にAクラス男子の召喚獣が、瑞希と翔子の召喚獣を取り囲む。さすがにあの包囲網を突破するのは難しいだろう。

 もちろんいつもの四人組は、その隙をついて前進してきた。実はさっきまで不本意な気持ちがあったんだけど……向こうの目的が変わった以上、もう気遣う必要はないわね。

 

「まさかAクラスまで協力するとは思いませんでしたが、問題はありません。ここは誰も通しませんから――試獣召喚(サ  モ  ン)

 

 冷静に、それでいて素早く召喚獣を喚び出す高橋先生。昨日アキ君達に圧倒的な力の差を見せつけた、トラウマとも言える存在が姿を現す。

 だが、私はまだ喚び出さない。何故なら雄二が白金の腕輪を発動させようとしているからだ。今喚び出すのは少々効率が悪い。

 

「いいや、通させてもらうぜ――起動(アウェイクン)っ!」

 

 雄二の掛け声と共に、白金の腕輪が起動して新たな召喚フィールドが展開される。だけどフィールド自体は既に展開されている。つまり――

 

「干渉ですか……! やってくれましたね坂本君……!」

 

 ――異なる二種の召喚フィールドが同じ場所に展開され、双方の効果が打ち消される。これで点数に関係なく、全ての召喚獣が消滅した。残ったのは生身の人間だけだ。難なく突破できるだろう。

 

 ……まぁ、そう簡単には通さないけどね。

 

「――甘いわよっ!」

「うわっ!?」

 

 煩悩の権化と化した彼らに、人の言葉は届かない。実力行使で止めてやる。

 高橋先生の脇を駆け抜けてきたアキ君の顔面目掛けてハイキックを繰り出すも、当たる寸前でかわされてしまう。今のを避けるとはさすがね。

 

「楓……!」

「なんで私が立ちはだかるのか……バカな君達でもわかるよね?」

「くそっ! 予想していたとはいえ厄介だな……!」

 

 召喚獣だろうと生身だろうと、私には関係ない。コイツらを止めるくらい朝飯前だ。

 両手を広げる形で構え、階段への道を塞ぐ。これで誰も通れない。そう思ったところで、秀吉の口から耳を疑うような言葉が発せられた。

 

「――行くのじゃ明久! 水瀬はワシが食い止める!」

 

 えっ、マジで?

 

「ありがとう、秀吉!」

「…………感謝する」

 

 私が秀吉の言葉に気を取られている隙に、私の脇を駆け抜けるアキ君とムッツリーニ。クソッ、これも雄二の作戦か……! 本人の歪んだ口元を見れば嫌でもわかるわ……!

 

「吉井君と土屋君は逃がしましたが、あなたたちまで通すつもりはありません!」

「流石は高橋女史。判断が早い……!」

 

 他の男子も二人に続いて走り出したが、高橋先生が喚び直した召喚獣によって阻まれた。なるほど、先生が自分の召喚フィールドを消したのか。それによって雄二の召喚フィールドだけが残り、消えていた召喚獣が再び姿を現したってわけね。

 白金の腕輪は使う度に点数を消費する。簡単にフィールドのON・OFFはできない。しかも召喚主である雄二は、作成したフィールド内だと自分の召喚獣が喚び出せないのだ。

 

「……それで、秀吉は私をどうするって? 食い止めるとかほざいてたけど、本気なの?」

「本気じゃ。ワシも男である以上、ここで引くわけにはいかんのじゃ!」

 

 自分も本格的な覗きに参加して、男としての威厳を取り戻すって魂胆か。

 私が思っていた以上に、男として見られていないのを気にしていたのね。認識を改める気はないけど、これは悪いことをしたわ。

 

「安心して秀吉。君が男であろうと、女であろうと、そんなことは関係ない! 私は君を、木下秀吉という人間を受け入れてみせる!」

「お主はワシをどう見ておるのじゃ!?」

 

 性別の壁を越えたマイエンジェル。

 

「まぁ本音は置いといて、基本的には男として見ているわ」

「本音は置いておくものではないぞ!?」

 

 気にしたら負けである。

 

「と、とにかく、お話はこれくらいにしよっか」

「そ、そうじゃな……」

 

「「――試獣召喚(サ  モ  ン)!」」

 

 お決まりの掛け声と共に、お互いの召喚獣が姿を現す。向こうの装備は……袴に薙刀か。対する私の方は黒のロングコートとガリアンソード。間合いに気を付けていれば問題ないわね。

 ここまで来てくれた秀吉には悪いが、正直言って負ける気がしない。この際だし、勝ったら彼の両性的な身体を堪能させてもらおう。だから――

 

 

『Fクラス 水瀬楓  VS Fクラス 木下秀吉

  古典  613点 VS 120点     』

 

 

「行くぞ水瀬!」

「来なさい! 遊んであげるわ!」

 

 ――私に男を見せてね? 木下秀吉。

 

 

 

 



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最終問題

 バカテスト

 問 以下の問いに答えなさい。

 相手を従わせるため肉体的、精神的に痛めつけることを何と呼ぶでしょう。


 霧島翔子の答え
『石抱き 鞭打ち 火あぶり 海老責め 釣責め はりつけ 天井吊るし等に代表される拷問』

 教師のコメント
 正解です。さすがですね、霧島さん。
 現代は国際法上、拷問禁止条約によって、拷問は禁止されています。分かっているとは思いますが、人権を尊重し、くれぐれも類する行為のないよう学校生活を行って下さい。


 坂本雄二の答え
「悪かった翔子――っ!」

 教師のコメント
 深くは尋ねません。


 水瀬楓の答え
「ク○ーシオ!」
『ぎゃぁ――っ!?』

 教師のコメント
 吉井君の悲鳴が聞こえてきたのは気のせいでしょうか?





「行くぞ水瀬!」

「来なさい秀吉!」

 

 

 

『Fクラス 水瀬楓  VS Fクラス 木下秀吉

  古典  613点 VS 120点     』

 

 

 

 さぁ、戦闘開始だ。

 

 

 先に動いた秀吉の召喚獣を迎え撃つべく構え、突き出された薙刀を右にズレてかわし、ガリアンソードをバットのように振るう。

 ゲームで言う通常攻撃だが、100点台の秀吉から見れば、600点以上の召喚獣が繰り出すそれは、まさに神速の一閃。これがフィードバック付きのアキ君なら悶絶は確実だろう。

 その一閃を秀吉の召喚獣は紙一重で回避すると、屈んだ状態から薙刀による突きを、私の召喚獣の胸元――心臓目掛けて放ってきた。

 

「ん……!?」

 

 猪のようにしか動かない他の召喚獣とは違う、人のように動く秀吉の召喚獣。

 それに驚いてしまい、操作していた召喚獣の体勢が崩れたことで突きをかわしきれず、薙刀の刃が召喚獣の脇腹を掠ってしまった。

 

 ……気のせいかな? 秀吉って召喚獣の操作は言うほど上手くなかったはずだ。しかも点数差が五倍もあるのに、こっちの動きに反応してみせた。

 まさか――私の動きを読んでいるのか? 少し様子を見てみましょうか。

 

「むっ!」

「ほいっと!」

 

 ガリアンソードを鞭状に変形させ、その場から動かずに広範囲を薙ぎ払う。第三者がいたら確実に巻き添えを食うわね。

 まぁ単調な動きということもあり、秀吉の召喚獣はその薙ぎ払いをジャンプで回避し、薙刀を構えながら私の召喚獣へ突っ込んできた。

 タイミングが絶妙だったのか、ただの突進よりもキレが良い。とはいえ、所詮は突進。当たらなければどうということは――

 

「水瀬よ」

「ん?」

 

 召喚獣をジャンプさせて突進を回避した瞬間、いきなり秀吉に話しかけられた。

 

「な、何?」

 

 まだ始まったばかりだけど、警戒する必要はある。何せ秀吉は演劇部のホープ。話術で私を揺さぶってきても不思議じゃない。

 召喚獣を少し後退させ、助走を付けてから剣状に戻したガリアンソードを――

 

 

 

「――ワシの顔を待ち受け画像にするのは止めてくれんか?」

「えっ」

 

 

 

 なんで君がそれを知っているの?

 

「隙ありじゃっ!」

 

 私が見事に動揺したことで召喚獣の動きが完全に止まり、すかさず秀吉の召喚獣が振るった薙刀がモロに直撃してしまう。

 勢いが良かったこともあり、車に轢かれたように吹っ飛んで仰向けになる私の召喚獣。コラコラ、さっさと起きなさいな。

 

 

 

『Fクラス 水瀬楓  VS Fクラス 木下秀吉

  古典  500点 VS 120点     』

 

 

 

 良かった。思ったより減らされてしまったが、まだ腕輪が使えるだけの点数は残っている。

 

「ていうか待って! なんで君がそれを知っているの!?」

 

 あれはアキ君にすら言っていなかったはずだ。それをどうして秀吉本人が知っているんだ?

 

「…………本当にワシの顔を待ち受けにしておるのか」

「カマ掛けられたぁ――っ!」

 

 ハッタリ!? 今の全部ハッタリだったの!? いや冷静に考えてみればわからなくもないけど! じゃあ私は自ら恥を晒したことになるの!?

 

「酷いよ秀吉! そんなに私の携帯の待ち受けが知りたいのなら素直にそう言ってくれれば良いのに! 何もカマ掛けることないじゃないっ!」

「誰もそこまでは言っておらぬぞ!?」

 

 女の子に対してこの仕打ちは酷いと思うんだけど。結構恥ずかしかったし。

 一旦深呼吸して落ち着き、立ち上がらせた召喚獣を――

 

「そ、それに、嫌というわけではないのじゃが……」

「えっ」

 

 ――攻撃された。まんざらでもない、という表情の秀吉に囁かれながら。

 待って、さすがの私も思考が追いつかない。嬉しいってどういうこと? 昨日の夜這いのときも同じこと言ってたよね?

 

「よし、落ち着け私。今は戦争中なんだ。こんなところで――」

「み、水瀬っ」

「何ッ!?」

 

 またしても秀吉に話しかけられた。格闘技などのスポーツにおいて、挑発行為は厳禁だということを彼は知らないのだろうか?

 

「い、いつワシの顔写真を撮ったのじゃ?」

「教えるとでも!? 二人きりでないこの空間で、教えるとでも思ったの!?」

 

 召喚獣の体勢を整え、秀吉の召喚獣が真上から振り下ろした薙刀をかわし、ガリアンソードを使ったフェイントから後ろ蹴りを繰り出す。

 相手の召喚獣は蹴りの直撃こそ回避したものの、その際に発生した風圧に巻き込まれ、宙を舞うように吹っ飛ばされた。

 

 

 

『Fクラス 水瀬楓  VS Fクラス 木下秀吉

  古典  490点 VS 100点     』

 

 

 

 思ったよりも減ってないわね……。どうやら風圧などの衝撃だけじゃ体力を削るだけで、決定打としては確実性に欠けるようだ。

 

「お……教えてくれたって良かろう?」

「良くないから! そう簡単に女子の秘密を聞き出そうとするのはやめて!」

 

 ダメだ、全然落ち着かない。次は何を聞かれるのか、どんな表情をされるのか。さすがに秀吉相手だと堪ったもんじゃない。

 秀吉の召喚獣が起き上がった瞬間を狙ってガリアンソードを構え――

 

「全く、君は私を何だと思ってるのさ……」

「み、魅力的な女子……としか言えんのじゃが……」

 

 ――構えたところで体勢を崩してしまい、その隙に薙刀で召喚獣の右肩を抉られた。

 

「さっきから何なの君は!? あることないこと言いやがって!」

「お主こそ何なのじゃ!? 昨夜の夜這いといい、ワシの顔写真といい、まるで意図が読めんぞ!?」

 

 いや読もう!? そこは男である以上、頑張って女子の意思くらい読み取ろうよ!? この子ホントに演劇部なの!?

 

「やばっ……」

 

 女の子のように頬を赤く染め、女の子のように顔を逸らしながらも、チラチラと若干上目遣いでこちらを見てくる秀吉を見て、思わず鼻から赤い液体が出そうになるも必死に我慢する。

 やめて秀吉。ただでさえ君に秘密を暴かれ、さらに口説かれて大変なのに、今度は仕草だけで殺しに来るなんて卑怯だよ……。

 

「動きが散漫じゃぞ水瀬!」

「誰のせいだと思ってるのよ!?」

 

 脳天に迫る薙刀による突きを、半身を左にズラして回避し、すれ違いざまに空いていた右でボディブローを放つも、予測通りだと言わんばかりに膝のカウンターを鼻っ面に叩き込まれた。

 

 

 

『Fクラス 水瀬楓  VS Fクラス 木下秀吉

  古典  420点 VS 100点     』

 

 

 

 ヤバイ。冗談抜きでヤバイ。これ以上点数を減らされたら腕輪が使えなくなる。そうなると秀吉を倒すのに時間が掛かってしまう。

 

「あぁもう! 遊びは――」

「勝負はまだこれからじゃ!」

「これから!?」

 

 嘘でしょ!? 遊んでたのは私だけじゃなかったの!? 彼も遊んでたっていうの!?

 

「当然じゃ! 勝負はまだ始まったばかりなのじゃ!」

「始まらないで! 今すぐ終わって!」

 

 もうこれ以上遊ばれたくない。

 

「天誅よ天誅! 女の子をここまで辱めた罰、受けてもらうわよ!」

「お主こそ、ワシのどんな顔写真を撮ったのか教えるのじゃ!」

 

 お互いに召喚獣を突撃させ、私の召喚獣は途中で右に逸れて鞭状へ変形させたガリアンソードを、しならせながらバットのように振るう。

 秀吉の召喚獣は薙刀でそれを上手く弾き、隙ができた私の召喚獣の懐目掛けて突きを放ってきたが、すぐさま相手の頭を掴み、跳び箱の要領で飛び越すことで突きを回避する。

 

 ……やっぱり妙だ。

 

 召喚獣の操作が上手すぎる。しかも、まるで私の癖を見抜いているかのように動きが嫌らしい。いや癖なんてないけどさ。

 

 誰かに教わったのか? それとも自分で練習を積んで腕を上げた?

 

 一番可能性があるのは前者だが……うん、どう考えても前者だ。自分で練習しようにも、召喚フィールドは教師がいないと展開できない。だから後者の可能性はまずない。

 なので答えは必然的に前者となるのだが、本当にそうだとしたら教えたのは《観察処分者》で召喚獣の操作に優れたアキ君で、召喚フィールドを用意したのはそれ専用の白金の腕輪を持つ雄二で間違いないだろう。

 

「いつもは頼りになることがある仲間なのに、敵に回すとこんなに厄介なのね」

「??」

 

 私が呟いた言葉の意味がわからなかったのか、可愛らしく首を傾げる秀吉。

 どうりで女子生徒がほぼ全員、入浴時間をズラしてまで防衛戦に参加したわけだ。

 ふと地下の入浴場へと続く階段がある方へと視線を向けると、他の階から合流した大勢の男子が、雪崩のように押し寄せてくるのが見えた。

 

「……ごめんね秀吉」

「む? いきなりどうしたのじゃ……?」

 

 君の誠意は見せてもらった。だから――

 

「増強」

「しまっ――!?」

 

 展開されている召喚フィールドが消滅するのも時間の問題。そう判断した私は、名残惜しく思いながらも点数を消費し、腕輪を使用する。

 

 

 

『Fクラス 水瀬楓  VS Fクラス 木下秀吉

 古典 420×2  VS   0点      』

 

 

 

 ――これで終わりだ。木下秀吉。

 

 

 

 

 

 

「……水瀬よ」

「何?」

 

 雪崩のように押し寄せてきた大勢の男子によって、階段前に陣取っていた防衛戦が破られてしまった今、私は勝利の喜びに浸っていた。

 

 

「…………この膝枕が罰ゲームとはとても思えんのじゃが……」

「れっきとした罰ゲームよ」

 

 

 そう、恥ずかしがる秀吉の言う通り、私は現在進行形で彼に膝枕をしてあげている。

 本当はこの子の男なのに女にしか見えない、両性的な身体を堪能するつもりだったが、冷静になってみると二人きりじゃないので断念し、一度はやってみたかった膝枕を実行することにした。

 ちなみにさっきの勝負、決め手は燕返しをイメージした一閃だ。腕輪を使用した直後にガリアンソードを後ろに引いて構え、そのまますれ違うように秀吉の召喚獣の胴体を真っ二つにしたのだ。

 まぁ、あくまでもイメージだからね。本当の燕返しがどんな技なのかは全くわからない。その技を編み出したのが昔の剣客、佐々木小次郎だということは知っているけどね。

 

「さすがに勝つのは無理があったのう……」

「全くよ。そう簡単に学力の差を覆さないでほしいわ」

 

 召喚獣バトルはタイマン――一騎討ちだと、召喚者の操作技術と学力が重視される。その片割れである学力を、気合いなどの精神的な要素で、簡単に覆されたら堪ったものじゃない。

 別に学力以外を否定しているわけじゃない。むしろそれらの要素を肯定しているからこそ、私はFクラスに甘んじている。

 だけど、学力が重要な要素なのは事実だ。Aクラスとの試召戦争に負けた際、感性がまともな鉄人もそう言っていたのだから間違いはない。

 

「い……いつまでこうしているつもりなのじゃ?」

「私が満足するまで」

 

 敗者に拒否権はない。

 

「は、恥ずかしい……のじゃが……」

「安心して。私も恥ずかしいから」

 

 これは本当だ。今回もまた、両目が完全に隠れるほど長い前髪でごまかせているが、それがなかったら公開処刑待ったなしである。

 

「それに、君はこれ以上にないほど勝ち組だと思うよ?」

「む? それはどういう意味じゃ?」

「あぁ、それはね――」

 

 

 

『割にあわねぇーっっ!!』

 

 

 

「――こういうこと」

 

 突如地下浴場の方から聞こえてくる、魂の雄叫び。しかし、それは勝利に浸っているというより、あり得ない光景に納得がいかないという思いが、込められているように感じ取れた。

 

「な、何事じゃ!?」

「老婆の艶姿でも見たんでしょ」

 

 確かこの時間、女子はほとんど防衛戦に参加してるからね。そんな中で入浴できるのは一応老人である学園長くらいなものだろう。

 未だに地下から聞こえてくる男子共の泣き声を耳にしつつ、女性陣でただ一人勝利した私は秀吉に膝枕という、勝利の喜びに浸るのだった。

 

 

 

 

 

 

「本当にそんなもので見つかるの?」

「あらやだ島田さん。少しは私を信じなさいな」

 

 最終日の朝。私は片手に清涼祭でも使用した広帯域受信機――ワイドバンドレシーバーを持ち、半信半疑な島田さんを連れて、脱衣所を訪れていた。目的は言うまでもなく真犯人の特定だ。

 合宿初日、私は暇潰し用に持参した携帯ゲーム機を鉄人に没収されてしまったのだが、それが結果的に囮となり、このワイドバンドレシーバーだけはどうにか隠し通すことができたのだ。

 

「ほら、ちゃんと反応してるでしょ?」

 

 画面に映る周波数を島田さんに見せ、脱衣所に盗撮用のカメラが仕掛けられていることを確認させる。まぁ、それが一台とは限らな――

 

「「「――あっ」」」

 

 脱衣所に到着したところで、その脱衣所から前に壊したやつとは違うカメラを持った、レズビアンの清水美春さんが出てきた。

 

「……こんなところで何してるの? 美春」

「あっ、お、お姉さま? これは、その……」

 

 島田さんに話しかけられるや否や、持っていたカメラを後ろに隠す清水さん。

 

「水瀬さん。それを貸して」

「壊さないでよ」

 

 さっきとは雰囲気が一変した島田さんにワイドバンドレシーバーを貸すと、その画面に映る周波数により大きな反応があった。

 

 

 ……どう考えてもビンゴである。

 

 

「……美春」

「は、はいっ」

「そのカメラをこっちに渡しなさい」

「で、ですが……」

 

 口ではそう言っている島田さんだが、清水さんが自分から渡してくれるとは全く思っていなかったようで、やや強引にカメラを取り上げた。

 

「なんでこんなものを持っているのよアンタ!」

「お姉さまの、お姉さまの姿を残したかったんです!」

 

 とんでもないくらいあっさりと、盗撮の実行犯が暴かれた瞬間だった。

 

「ねぇ清水さん。もしかして君、お尻に火傷の痕があったりする?」

「ど、どうしてそれを!? さては貴女、盗聴や覗きをやっていますね!?」

 

 ここまで説得力がない問いかけを聞いたのは初めてだ。

 ていうか私、性別に関係なくイケる口だけど、さすがに犯罪行為はしないわよ。

 まぁ、何はともあれ彼女がアキ君の盗撮と雄二の盗聴をやった犯人で間違いないわね。

 島田さんはお怒りの状態で、清水さんが持っていたカメラを全て没収していく。その中には盗聴器らしきものも含まれていた。

 

「これで事件解決だね」

「なんか、釈然としないわ……」

 

 それは無理もない。何せアキ君達に盗撮の疑いを掛けておきながら、真犯人が同性の中にいたのだから。私だって何も知らなかったら驚くわ。

 こうして前代未聞の覗き騒動は本当の意味で終局を迎え、私達は合宿所を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「……何か言うことは?」

 

 合宿が終わり、土日の休みを経て、学校に登校し終えた月曜日の夜。いつものようにアキ君宅を訪れた私は、今回の覗き騒動の元凶、そのうちの一人である彼に土下座をさせていた。

 女王様のように足を組み、椅子に座る私を見上げながら、アキ君は口を開く。

 

 

 

「ついムラッときてやった。今は心の底から後悔している」

 

 

 

 ここまで清々しい言い分があっただろうか。

 

「へぇー、老婆の裸でムラッときたんだぁ?」

 

 あえてそういう風に聞こえたことにし、少し意地悪そうに呟く。

 しかし、そこはまだ性癖がノーマルなアキ君。酷く心外だと言わんばかりに驚き、土下座をやめてベラベラと喋り始めた。

 

「どうしてそうなるの!? 僕はただ純粋に、欲望のために女子風呂を覗こうとしただけだよ! 誰が好き好んであんなババァの裸で興奮しなきゃならないのさっ!」

 

 とりあえずその言葉の全てがアウトだと気づくべきである。君の言うババァこと学園長だって、一応の性別上は女性なんだから。

 

「……本当に覗いたんだ?」

 

 入浴場へ突撃する直前で我に返ったという、ほんの僅かな可能性も示唆していたのだが、残念ながら可能性は可能性だった。

 

「否定したいのに事実だから否定できない……! 大体、どうして風呂に入っていたのがババァ――学園長だけだったんだよ!?」

「まぁ、あの日は事実上の最終日だったからね。大方、私達がちゃんとやってるか様子を見に来たんでしょ」

「だからって風呂に入らなくてもいいじゃないか……」

 

 アキ君は学園長を何だと思っているんだ。

 

「……で、それが例の課題ってやつ?」

「ま、まぁね……」

 

 ふと机の方へ視線を向けてみると、山のように積み上げられたプリントや本のようなものがあった。確かにこれは気が滅入るわね。

 ……ところでアキ君、なんで君はそんな助けを求めるような眼差しを私に向けているのかな? 

 

「手伝うとでも思った? やらないわよ」

「酷い! 君なら、生まれた時から一緒の君なら、僕を助けてくれると思ったのに!」

 

 だから今回は私を呼んだのか。

 

「あのねアキ君。仮に手伝ったとしても、先生からは疑われるのがオチよ?」

「大丈夫。これでも言い訳は上手な方だから」

 

 間違っても誇っていいことではない。

 

「……しょうがないわね。有り金全部使って、買えるだけどら焼きを買ってくれるなら、手伝ってあげなくもないわよ?」

「それ、今の僕にはハードルが高すぎるよ!」

 

 という冗談をかましつつも、ほんの少しだけ手伝ってあげることにした。さすがに全部手伝ったらアキ君が教師に怪しまれるからね。

 課題の準備をしながら、校内の掲示板に貼ってあった紙の内容を思い出す。

 

 

 

―― 処分通知 ――

 

文月学園第二学年

全男子生徒

総勢149名

上記の者たち全員を

一週間の停学処分とする

 

 

文月学園学園長 藤堂カヲル

 

 

 

 まだ一学期なのに、この始末である。先が思いやられるったらありゃしない。

 めんどくさそうに課題に手を出すアキ君を見て、思わずため息が出てしまうのだった。

 

 

 

 




 はい、久々の投稿です。次は閑話を一話だけ書くか、このまま原作四巻へ突入するか迷っているので、次の投稿もまた時間が掛かりそうです。ではでは。


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閑話3.5
私と翔子と無駄な勝負




 ~水瀬楓の日常の巻~

 AM4:00
  起床(ときどき徹夜)

 AM4:15
  ランニング

 AM4:30
  素振り&投げ込み

 AM5:00
  鍛錬

 AM6:00
  シャワー&朝食

 AM6:50
  明久宅訪問

 AM7:00
  明久を起床させる

 AM7:20
  明久に朝食を食わせる

 AM8:00
  登校





 

 

 ――友達になりたい。

 

 

 

 彼女はそう思った。両目が前髪で隠れた、一人の少女を見て。

 自分と同じ黒の長髪をポニーテールに纏め、周りの目を気にせず本を黙読する一人の女子生徒。

 その少女が読んでいる本だが、前に見たそれは間違っても普通の高校生が読める内容じゃなかったのを覚えている。初めて見たときは自分も内容を理解するのに時間を要したほどだ。

 そして別のクラスにいる幼馴染み同様、あまり良くない噂で有名になっている。何でも中学時代は名の馳せた不良少女だったとか。

 

 

 

 ――でも、関係ない。

 

 

 

 友達になりたいという、この気持ちは本物だ。周りの声や視線を気にする必要はない。

 

 だから踏み出そう――

 

 

「……あの……」

 

 

 ――友達になるための、第一歩を。

 

 

 

 

 

 

「暇ね……」

 

 この文月学園に入学してからしばらく経ったある日。私はいつものように難しい内容の本を読みながら、そんなことを呟いていた。

 入学当初は幼馴染みのアキ君こと吉井明久のおかげ――もとい彼のせいでろくなことがなかったが、最近はそういうこともなく、こうして落ち着いた学園生活を送れている。

 私の周りでは真面目な生徒が自主勉を、今をエンジョイしたそうな面をしている生徒がグループを作って雑談を、オタク生徒がエンジョイ派同様、グループでオタク談義を繰り広げている。

 

「まぁ、今は休み時間だしね」

 

 休み時間は自由時間とほぼ同義だからね。大体の自由は許されるはずだ。

 っと、そんなことより早くこの本を読んでしまおう。早く次の本を読みたいしね。

 

「……水瀬」

 

 いきなり聞こえてくる、弱々しい声。声色から声の主は女性で間違いない。というか、入学初日からずっと聞いてきた声だ。

 

「………………」

 

 だけど今は読書が優先だ。彼女には悪いけど、敢えてシカトさせてもらうわ。

 

「……水瀬」

「………………」

 

 それでもなお、声の主は話しかけてくる。仕方がない、こうなったら根比べだ。向こうが諦めるまでシカトしてやる。

 

「……水瀬」

「………………」

「……水瀬」

「………………」

「……水瀬」

「………………」

「……前髪、ズレてる」

「んっ!?」

 

 本なんか読んでる場合じゃなかった。

 

「どこ? どの辺りがズレてるの?」

 

 すぐさま前髪を押さえ、読んでいた本を机に立てて、周囲を警戒しながら前髪を整える。どこだ、どこがズレているんだ!?

 どこがおかしくなっているのか、これっぽっちもわからない前髪を丁寧に整え直したところで、声の主が一言呟いた。

 

「……嘘」

「は?」

「……水瀬が無視するから、嘘をついた」

 

 嘘にも限度がある。

 

「はぁ……今日は何の用? 霧島さん」

 

 一旦本に栞を挟んで閉じ、声の主――霧島翔子さんを軽く睨みつける。

 日本人形のような外見だが、これでもれっきとした美少女だ。勉強や運動を始め、あらゆる方面で優れている才色兼備の人間。

 しかも中学時代にやんちゃしたせいで、この学園内でも良くないことで噂になっている私とは違い、霧島さんは男女問わず人気が高い。

 

「……水瀬とお話ししたい」

 

 まぁ……何が言いたいかと言うと、優等生の彼女が不良生徒と扱われている私に構う理由はない。それなのに、どうして彼女はめげることなく私に話しかけてくるのだろうか?

 

「わかったわよ――ごきげんよう霧島さん。はい終了」

 

 彼女の希望に応え、読書を再開する。無駄な会話に時間を費やすより、読みたかった本に時間を費やした方がマシである。

 

「……水瀬とお話ししたい」

 

 今の挨拶をなかったことにしやがった。どうやらかなりのスルースキルをお持ちのようだ。

 やむを得ずもう一度本に栞を挟んで閉じ、霧島さんを睨みつける。今ので諦めてくれたら私としても楽だったんだけどなぁ……。

 

「しつこいわね。私と話す暇があるなら勉強でもしたら?」

 

 今度はいつものように無気力な感じではなく、少し刺々しい感じで霧島さんを牽制する。これならさすがの彼女も諦めるでしょ。

 そう思ったところで、諦めの悪い霧島さんは私の予想を軽々と飛び越えてきた。

 

「……水瀬は数学を頑張った方がいい」

「あー! 聞こえない聞こえない!」

 

 数学という不吉なワードを出され、思わず両耳を塞ぐ。誰がやるかそんな鬼畜教科。

 このあと担任の先生がやってきたことで、霧島さんとの無駄な会話は終焉を迎えたのだった。全く、いつまで続くのよこれ。

 

 

 

 

 

 

「……水瀬」

 

 翌朝。アキ君を置き去りにして教室に入るや否や、いきなり霧島さんに絡まれた。しかも待ち伏せしていたかのようにテンポよく。

 いつもみたく読書中に話しかけられるよりもウザく感じたので、苛立ちで舌打ちしたい気持ちを抑えながら彼女をシカトする。

 

『霧島さん、また話しかけてるよ』

『ていうか、水瀬さんも嫌なら嫌って言えばいいのに』

『そろそろキレるんじゃないか? 水瀬の奴』

『ホントにめげないよな、霧島さん』

 

 それと同時に、クラスメイトのヒソヒソ話が聞こえてくる。

 コソコソとしているのが気に入らないが、確かに彼らの言う通りかもしれない。そろそろちゃんと拒絶してみた方が良いかもね。

 

「……無視、しないで」

 

 でも今は無視だ。周りの視線がこっちに集中している以上、迂闊な発言はできない。

 なるべく静かに席につき、昨日霧島さんのせいで読み終えられなかった本を読み始める。先生が来るまでには読み終えてやる。

 文字を一文字ずつ丁寧に黙読し、ペラペラとページを捲っていき、最後のページを開いたところで再び霧島さんの声が聞こえてきた。

 

「……水瀬」

 

 無視だ無視。昨日は洒落にならない嘘に引っ掛かったせいで先に折れてしまったが、今日はそう簡単にいかないわよ。

 

「……水瀬」

「………………」

「……水瀬」

「………………」

「……このあと、体育」

「えっ」

 

 思わず顔を上げてしまい、黒板の上にある時計を確認して本を閉じる。

 どうやら私が読書に没頭している間に朝のHRが終わっていたようで、静かになった教室には私と霧島さんだけが残っていた。

 

「……このあと、体育」

「いやもういいから」

 

 まだ私が無視していると思ったのか、何事もなかったかのように同じことを呟く霧島さん。

 

「忠告どうも、霧島さん」

 

 とりあえず体操服の入った袋を持ち、そそくさと教室を出る。行く先は小学校や中学校にはプール専用のそれしかなかった、女子専用の更衣室だ。もちろん男子専用の更衣室もある。

 時間的にもう準備体操が始まってそうだが、今から急げば少しは間に合うだろう。

 

「……もう手遅れ」

 

 それは言わない約束である。

 

 

 

 

 

 

「……本当に間に合った」

 

 言うまでもなく遅刻したことで担当の大島先生に叱られたものの、何とか授業には参加させてもらえることになった。

 ホッとする私の隣で、信じられないと言わんばかりに呟く霧島さん。まぁこの子、本当に間に合うとは思ってなかったもんなぁ。

 ちなみに今日の体育の授業だが、内容は半日も使う必要のある体力テストだ。

 

「……負けない」

「どうして対抗心を燃やしてるの君は」

 

 大島先生のありがたくもクソ長い説明が終わるや否や、いきなり霧島さんに宣戦布告された。どうやら私に勝つつもりでいるらしい。

 そして肝心のテスト内容だけど……握力、上体起こし、長座体前屈、反復横とび、50m走、20mシャトルラン、立ち幅跳び、ハンドボール投げの八種類か。めんどくさいわね。

 

「まずはハンドボール投げから始める。男子と女子に分かれてくれ」

 

 どうやら最初はボール投げのようだ。先生に言われた通りにしますか。

 出席順に並び、体育座りで待機する。ちなみに男子の方はもう一足先に始まっているようだが……特に大きな記録は出ていないようね。

 せっかくなので女子の方には目もくれず、男子の方を見続けていると、先に測り終えた霧島さんがすれ違う際に一言呟いた。

 

「……25m」

 

 数字……おそらくハンドボール投げで出した記録だろう。女子にしては凄い数字ね。女子高校生の平均は基本的に14mだ。その記録を、霧島さんは大きく上回っていることになる。

 ……正直乗り気じゃなかったけど、やってあげましょう。向こうは本気のようだし。

 

「次、水瀬さん!」

 

 もう一人の体育教師であろう女教師に呼ばれ、ゆっくりと立ち上がる。当然だけど、準備運動しかしていないから肩はそこまで温まっていない。まぁ、二球だけだし大丈夫でしょ。

 2mの円の中に入り、そこに置いてあるボールを取る。硬球どころか、ソフトボールよりも大きいなこれ……ちょっと掴み辛い。

 まぁ助走はいらないわね。狭いし。だけどアキ君なら欲張って助走を付けて円の外に出て記録なし、ってなりそうだけど。

 女子全員の視線が向けられる中、野球の時みたく大きく振りかぶって、

 

 

「吹っっ飛べぇぇぇ――!!」

 

 

 加減など考えずに、叫びながら思いっきりボールをぶん投げた。

 ちなみに柄にもなく大声を出したのは、少しでも記録を伸ばすためだ。

 人間は行動の際に大声を出すことで、瞬間的に筋力を上げることができる。いわゆるシャウト効果だ。簡単な例を挙げると、ハンマー投げや砲丸投げの選手が良いところか。

 彼らは投擲の際、つまり投げる瞬間によく大声を出している。理由は今説明したように、そうすることでシャウト効果による筋力向上を狙えるからだ。人体って凄いわ。

 

 そんな気合いの入った私が投げたボールだが、普通の女子じゃまずあり得ない距離まで到達し、二、三回バウンドして動きを止めた。

 

 

「水瀬楓――55m」

 

 

 私でもわかる、驚異の数字。当然の如く、周囲はざわつき始めた。

 

『ご、55……!?』

『霧島さんの倍以上かよ』

『ていうか、アイツ女子だよな?』

『うん、一応そのはずだぞ……』

『同じ女の子とは思えないよ……』

 

 残念ながら女です。

 

「というわけで、私の勝ちだよ」

「……次は負けない」

 

 体育座りで待機していた霧島さんの下へ行き、わざわざ口頭で報告する。

 これで彼女の闘争心が折れてくれると良かったんだけど、何の意地か霧島さんはより好戦的な目付きになった。なんだ? 一体何がこの子をここまで奮い立たせているんだ?

 

 

 まぁ何はともあれ、こうして私と霧島さんの無駄な勝負が始まった。

 

 

 

 

 ~ 上体起こし ~

 

「霧島翔子、30回」

『おぉっ!』

『凄いわ霧島さん!』

「水瀬楓、50回」

『50!?』

『こっちもすげぇ!』

『水瀬さん、何かスポーツでもしてたのかな?』

「ふぅ、ちょっとやり過ぎたかな?」

「……まだ六競技ある」

「えぇ……」

 

 

 

 ~ 長座体前屈 ~

 

「水瀬楓、60cm」

「む、無理っ! 胸が苦し過ぎる……!」

『胸が苦しいって……』

『そういえば結構あるもんな……』

「霧島翔子、55cm」

『おい、これ良い勝負じゃないか?』

『だな。もう一回あるし、次で霧島さんが逆転したりしてな』

「生まれて初めて、胸が大きいことを恨んだわ……」

「……私も」

 

 

 

 ~ 立ち幅跳び ~

 

「水瀬楓、260cm」

『ホントに女子かよアイツ……!』

『私、自信なくなってきたかも……』

「霧島翔子、210cm」

『いよいよあの二人の独壇場か?』

『どっちも男子が出した記録だって言われても違和感ないぞ……』

「……まだ、半分……!」

「諦めよう? 悪いこと言わないから諦めよう?」

「……だから、諦めない……!」

「いやそこは諦めよう!? どう考えても不毛だから!」

 

 

 

 

「ホント何なのこれ……」

 

 次の競技である反復横跳びが行われる場所へ向かう途中、私は思わず愚痴をこぼしていた。

 だってそうでしょう? ここ最近、私は何もしていないんだよ? もちろん、霧島さんに目をつけられるようなこともだ。

 なのにどうしてこのタイミングで宣戦布告してきたのか、全くわからない。

 自分で言うのもアレだけど、私は今回のテストで彼女に負ける気がしない。いや、女子どころか下手な男子にだって負けないさ。

 

「……あのさ霧島さん」

「……何?」

 

 だからこそ、霧島さんの目的がわからない。なので直接本人から聞き出そうと、ちょうど隣にいた霧島さんに話しかける。

 

 

「――何が目的なの?」

 

 

 時間もあまりないし、前置はなしだ。彼女の目的だけ聞き出してやる。

 霧島さんは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに止めた足を動かして口を開く。

 

「……私は、水瀬とお話しがしたい」

 

 はっ?

 

「はっ?」

 

 心の声がそのまま出てしまったが、私は絶対に悪くない。どうしてお話するのに体力テストで競わなきゃならないのさ?

 いくら何でもやり方が回りくどいわ。普通にそう言えば良いじゃないか。

 

「……それだけ?」

「……うん。今はそれだけ」

 

 マジかよコイツ。そんなことのためにわざわざ勝負を仕掛けてきたのか?

 

「チッ……あぁ、そう……!」

 

 さすがに苛立ちを隠せず、舌打ちしながら早歩きする。さっさと次の競技も終わらしてしまおう。堪忍袋の緒が切れる前に。

 

 

 

 

 ~ 反復横跳び ~

 

「霧島翔子、62回」

「水瀬楓、85回」

『まだやってるのか、あの二人』

『よくやるわね~』

『水瀬さんはともかく、霧島さんがムキになるなんて珍しいね』

『水瀬の奴、また何かやらかしたのか?』

 

 

 

 ~ 50m走 ~

 

「霧島翔子、7秒。水瀬楓、5.5秒」

『さすがに速すぎない!?』

『やっぱり水瀬さん、何かスポーツしてたんだよ!』

『体力テストが終わったら勧誘しよう!』

「もう勘弁して……」

「……??」

 

 

 

 ~ 握力 ~

 

「水瀬楓、60kg」

『これもかよ……』

『明らかに女子の握力じゃないだろ……』

『計器の故障か?』

「霧島翔子、40kg」

『ううん、計器は至って正常だよ』

「これで七競技目かぁ~……」

「……次で、最後……」

 

 

 

 

「今度から握力も鍛えるか……」

 

 次は最終競技の20mシャトルラン。それで全てが終わる。霧島さんからは解放されるものの、おそらく運動部からの執拗な勧誘が待っているだろう。絶対に逃げなければ。

 それにしても、握力が思ったよりも低かったのには驚いたなぁ。昔は街の野球チームで投手をやっていたもんだから、最低でも65はあると思ったのに……認識が甘かったわね。

 

「それにしても、室内と室外を行ったり来たりするのはめんどくさいわね」

 

 この体力テストは小中学校のもの同様、半分がグラウンド、もう半分が体育館で行われている。そのため、わざわざグラウンドと体育館を往復しなければならないのだ。

 シャトルランのスタートラインに着いたところで、またしても隣にいる霧島さんをチラッと見る。さっき私が少しキレたせいか、あれ以降はさすがの彼女も話しかけてこなくなった。

 

 さて、今から行われる20mシャトルランだが、名前の通り20m間隔で平行に引かれた2本の線の一方に立ち、合図音に合わせて他方の線に向かって走り出し、足でその線を越えるかタッチする。そして次の合図音で反対方向へ向けて走り出し、スタートの線を越えるかタッチする。合図音に合わせてこの走行を繰り返す。しかも合図音は開始当初こそ折り返し時間の間隔が長いものの、約1分ごとに短くなっていくのだ。

 つまりこの競技ではスタミナ――持久力が試される。なのでペースを考えて走る必要がある。なお、この競技は時間が掛かるため多くの生徒を一列に並べて一斉に計測を始める。

 ちなみに高校一年生女子の平均は44回で、私の中学三年生の時の記録は110回。今回はこれを更新するつもりで挑もうと思う。

 

「よーい、始め!」

 

 まるで格闘技の試合のような掛け声と共に合図音が鳴り、私達は一斉にスタートを切る。

 最初の方は誰もが余裕の表情で走っていたが、回数が上がっていくにつれ、運動をしていないであろう連中から次々と脱落し始めた。

 とはいえ、こればかりは仕方がない。運動部以外はただでさえ持久力がないのに、合図音も約1分ごとに間隔が短くなっていくからね。

 まぁそんな感じで脱落者は増えていき、70回を超える頃には運動部連中と私と霧島さんだけが残っていた。それ以外は全員脱落である。

 

「よくやるわねぇ……」

 

 誰よりも早く次の線に到達したところで一息つき、運動部に交ざって徐々に息を切らしつつある霧島さんを見てそう呟く。

 どうしてこう、勝ち目のない勝負で意地を張るのだろうか。別に見下すわけじゃないが、素直に諦めたら良いと思う。もしも私が同じ立場だったら多分そうする。無謀と勇気は違うって言うし。

 

「……まっ、どうでもいっか」

 

 別に彼女が力尽きようと、私の知ったことじゃない。私はやることをやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、こんなもんよね……」

 

 放課後。体力テストの全てが終わり、制服に着替えた私は帰宅の準備が整ったところで、今回の記録が書かれている用紙に目をやる。

 

 

・ハンドボール投げ 55m

・上体起こし 50回

・長座体前屈 60cm

・立ち幅跳び 260cm

・反復横跳び 85回

・握力 60kg

・20mシャトルラン 140回

 

 

 最後に行われた20mシャトルランだが、去年よりもやや大幅に記録を更新できた。でもどうせなら150回まで行きたかったなぁ……。ちなみに霧島さんの記録は89回だ。

 用紙を折り畳んでポケットに入れ、鞄を持ち教室を後にする。結構のんびりしていたこともあり、教室に残っていた生徒は私だけだ。

 

「……水瀬」

 

 前言撤回。もう一人いた。

 

「どうかした? 今回の結果に不満でもあるの?」

「……それはもういい」

 

 体力テストが始まった頃に出した私のやる気を返せコノヤロー。

 

「じゃあ何? 私はこれでも暇じゃないんだけど」

 

 家に帰る途中で買い出しを済まさなきゃならないし、帰ったら帰ったでバカな幼馴染みの分まで晩飯を作らなければならない。

 要はアキ君のせいで自分の時間がないのだ。いや、全部が全部彼のせいってわけでもないが、それでもアキ君のせいで時間がないのだ。

 

「……水瀬と一緒に帰りたい」

 

 物凄い提案が出された。

 

「悪いけど却下。今日は先客がいるし」

 

 そう、バカ馴染みという名の先客が。

 

「……じゃあ、一緒に登校したい。明日、待ってる」

 

 今回はもうめげない分の気力がないのか、霧島さんはそう言うと帰ってしまった。

 これは珍しい。いつもなら四六時中は話しかけてくる霧島さんが、今回は一回の誘いで諦めたのだ。さすがの私もビックリである。

 

「……帰るか」

 

 早くしないとアキ君が飢え死にしてしまう。

 

 

 

 

 

 

「どう? 生き返った?」

「おかげさまで……」

 

 その日の夜。私は今年から一人暮らしを始めたアキ君の住むマンションを訪れ、お腹を鳴らしまくっていた彼にカツ丼を振舞っていた。

 ちなみに私も今年から一人暮らしだ。あの地獄の実家から逃げ出せたと思うと、喜びが心の底から湧き水のように溢れ出してくる。

 

「いや~本当に助かったよ。欲しかったゲームが思ったよりも高くてさ、一瞬買うのを迷ったんだけど……」

「誘惑には勝てなかったと?」

「うん」

 

 物凄くキリッとした表情で頷くアキ君だが、私からすればバカの極みでしかない。

 彼は母親から相応の仕送りをもらっているのだが、今回のように無駄なことに使ってしまうせいで、まともな飯にありつけないことが多いのだ。

 ……酷いときは水と塩だけで過ごしていたこともあったね。コップ一杯分の水に一匙分の塩を入れ、それを掻き混ぜてから飲む。あの時の彼はひたすらそれを繰り返していた気がする。

 

「そういえばさ」

「ん?」

 

 珍しく家事もせずにダラダラしているアキ君に代わって食器を洗っていると、ふと思い出したかのようにアキ君が話しかけてきた。

 

「霧島さんとはどうなってるの?」

「……別に。何かあったの?」

「実は最近、楓のことが噂になってるからさ」

「は? 噂?」

 

 噂ってなんだ。

 

「――霧島さんと楓がデキてるんじゃないかって」

「誰だその噂を流した奴は」

 

 デキてるってなんだ、デキてるって。確かに彼女はどちらかと言うと好みの方だが、今じゃ苦手意識の方が勝ってそういう風には見れなくなっている。ていうか見たくない。

 そもそも私が自分で広げたならともかく、その噂を流した奴は一体何をどう見て女同士でデキてるって判断したんだよ。

 私が噂の根源をブチのめそうと決意したところで、アキ君が再び口を開いた。

 

「まっ、これは噂だから置いておくとして……本当に霧島さんとはどうなってるの?」

「……別に、何もないわよ。まぁ強いて言うなら、一方通行の関係ね」

 

 暇さえあれば向こうが勝手に話しかけてきて、私がそれをスルーする。こんな関係だ。あの子が何を考えているのかわからない以上、どう反応してやればいいのかわからない。

 これを頭の悪いアキ君によーくわかるように説明すると、アキ君は『嘘だろコイツ』と言わんばかりの呆れ顔になった。

 

「いや、それ……あのね楓」

「何よ?」

 

 ムカつくほど間抜けな呆れ顔のまま、アキ君は小さな子供を諭すように告げる。

 

 

 

「――霧島さんは楓と友達になりたいんじゃないかな?」

 

 

 

 ある意味聞きたくなかった、可能性として一番考えたくなかったことをハッキリと言われた。それも嘘が下手なバカ馴染みに。

 

「……本気で言ってるの?」

「本気だよ」

 

 いやいや、普通に考えてあり得ないから。

 どこの漫画だよ? どこの小説だよ? どこのアニメだよ? 優等生が不良生徒と友達になりたいって、どこの創作だよ!?

 

「だって確か…………入学初日からずっと話しかけられてるんだよね? だったらそれしかないじゃないか」

「いやいや、もしかしたら私の本を読みたいから話しかけて――」

「楓」

 

 私の言葉を遮り、まるで推理を終えた探偵のような顔になるアキ君。そして、

 

 

 

「――そろそろ女子の友達を作りなよ」

「やかましいっ!」

 

 

 

 一番痛いところを突いてきた。一番痛いところを突いてきやがったコイツ。アキ君のくせに。バカのくせに。女装男子のくせに。

 

「友達ならいるわよっ! 秀吉とか!」

「秀吉は男じゃん。……ギリギリ」

 

 何がギリギリなんだ。

 

「じゃあ雄二!」

「いや、雄二も男だし」

「だったら……ムッツリーニ!」

「ムッツリーニも男だよ!」

 

 クソッ、男友達の何がダメなんだ。そもそも友達に同性も異性もないと思うんだけど。

 私の考えていることを察したのか、アキ君は呆れたような顔でため息をついた。

 

「まったく……もう一度言うけど、いい加減に同性の友達を作りなよ。男ばかりじゃむさ苦しいでしょ?」

「そのむさ苦しさが良いんでしょうが」

 

 むさ苦しいということは、見方を変えれば相手に気を遣う必要がないということ。性別に関係なく、一緒にバカをやる。それが最高だというのに、このバカ馴染みときたら……。

 

「もう一度小学生からやり直したら?」

「それなら楓も一緒にやり直さない?」

「あはは、遠慮しとくよ。私はバカじゃないし」

「大丈夫。僕もそこまでバカじゃないから」

「え? アキ君はどう見てもバカでしょ?」

「それを言うなら、楓も人の気持ちに気づけないバカでしょ?」

 

 

「「…………!!(ガンのくれ合い)」」

 

 

 どうやらこのバカとは一度決着をつける必要があるみたいね。

 

「誰がバカだこのバカエデ!」

「お前のことだこのバカ久!」

「バカ久言うなバカエデ! もう頭に来たっ! 今日という今日は絶対に許すもんか!」

「私の台詞を取るんじゃない! ていうかバカエデ言うなバカ久!」

 

 バカなアキ君のせいで話が豪快に脱線してしまい、彼と決着をつけるべくシューティングゲームで、夜が明けるまで対決したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~……眠い……」

 

 朝の日差しを顔に浴び、眠気であくびをしながら登校する。それにしても眠い。

 というのも、ついさっきまでアキ君とシューティングゲームをしていたせいで、夜が明けていることに気づかず一睡もできなかったのだ。

 

「…………友達になりたい、ね……」

 

 昨晩、バカ馴染みに言われたことを思い出す。『霧島さんは、私と友達になりたいのではないか』という、バカ馴染みの推測を。

 友達か……別にそれ自体が嫌というわけじゃないが、アキ君や雄二ならまだしも、霧島さんとは釣り合いそうにもないんだよね。ベタな理由かもしれないが、実際にそこで悩んでいる。

 

「……いや、違う」

 

 逃げてるだけだ。自分の時間を優先することで、彼女から逃げてるだけだ。

 諦めの悪い、めげない彼女の姿勢が健気で、眩しくて仕方がなかったんだ。拒絶だっていつでもできた。でもしなかった。できなかった。

 皮肉なことに、今ならわかる。あんな血みどろとは無縁そうな子に、私の世界に踏み込ませたくない。私の隣に立ってほしくない。あの子にはできるだけ綺麗なままでいてほしかったんだ。

 ……綺麗なまま、か。あの子を思い出すわね。私が悪事を働いた際に、まるでお母さんのように説教してくる、ユキちゃんのことを。

 

「そう言えば……」

 

 昨日、一緒に登校したいと言っていたけど、どこで合流するつもりなのだろうか。

 よく考えたら私、霧島さんがどこから登校しているのかも知らないわ。それだけ彼女をシカトし続けていたのね、私は。

 少し途方に暮れ、罪悪感を感じながらも、まだ誰もいない通学路に差し掛かったところで思わず足を止めてしまう。だって――

 

 

「……おはよう、水瀬」

 

 

 ――だって、私の考えがわかっていたかのように、霧島さんがそこにいたのだから。

 

「お……おはよう」

 

 今まで無視していた分、ちゃんと向き合ってみると非常に話しにくい。

 が、そんな不器用な私を見ても、霧島さんはいつものように口を開いた。

 

「……やっと無視しなくなった」

 

 少しだけ、微笑みながら。

 

「あの、その……」

 

 情けないことに、言葉が出てこない。だって彼女の笑顔、それぐらい眩しいんだもん。

 こ、こういうとき、何を言えばいいんだっけ? いつも通りで良いのか?

 

「……いつも通りでいい」

 

 頭を抱えて唸りそうなほど考え込んでいると、霧島さんに今まさに考えていたことをそのまま言われた。顔に出ていたのかな?

 

「そ、そう……じゃあ――」

 

 いつも通りで良いのなら、私が言うことは一つだけだ。

 

 

「――翔子、って呼んでも良い?」

 

 

 私なりに考えた、彼女に伝えたいこと。

 それでもかなり遠回しなメッセージだが、これで伝わってくれると助かる。

 

「……じゃあ、私も楓って呼ぶ」

 

 無事に伝わったようで、霧島さん――翔子も、微笑みながら同じことを言ってきた。

 何か、こういうの新鮮だ。小学生以来かも。男友達のアキ君や雄二とは違う感覚だが、これはこれで良いのかもしれない。

 これから訪れるであろう、新しい楽しみがまた増えた。翔子に微笑み返し、らしくないほどワクワクしながら、学校の敷地へ――

 

『あっ! おはよう水瀬さん!』

『いきなりで悪いんだけど、水泳部に入らない!?』

『良かったらバレー部に入りませんか!?』

『テニス部に入りましょう! 一緒に!』

『し、新体操部に入ってくれませんか……?』

 

 ――入った途端、いきなり物凄い勧誘を受けた。一体何なんだコイツらは。

 

「……昨日の体力テストのせいだと思う」

「は? 昨日?」

「……うん。楓、凄い記録をいっぱい出してたから」

「………………」

 

 開いた口が塞がらないとはこの事だ。

 

「いや、あの、ちょ」

『大丈夫! 君なら即レギュラーだから!』

『そうそう! だから入ってもらえないかな!?』

「し、翔子! 先に行っててくんない!?」

 

 ダメだこれ。悪意がない分、キリがない。これは隙を見て逃げるしかないね。

 とりあえず翔子だけでも遅刻させるまいと、先に行くよう促す。

 

「……大丈夫。いつまでも待つから」

 

 が、彼女は微笑んでその場から動いてくれない。ていうか待たなくて良いから!

 

「あーもーっ! 朝から勘弁して頂戴!」

 

 やむを得ず、翔子をほったらかしにしてしつこい勧誘から逃げ出す。この手のタイプは粘り強いからね。向こうが諦めるまで逃げてやる。

 でもまぁ……本当に楽しみね。本を読む以外の面白いことがある、これからの日常が。アキ君といい、雄二といい、そして翔子といい。

 

 

 

「全く、退屈しないわね――この学校は!」

 

 

 

 ちなみに今から三日後に、アキ君がとある事情で文月学園指定《観察処分者》に認定されるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 



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修羅場と戦争回避編
第一問


 バカテスト 英語

 次の言葉を正しい英語に直しなさい。
『ハートフル ラブストーリー』


 姫路瑞希の答え
『heartfull love story』

 教師のコメント
 正解です。映画や本の謳い文句によく見かける単語ですが、たまに heart の部分を間違える人がいます。
 ちなみに日本語に訳すと『愛に満ちた恋物語』となります。是非そのような青春を皆に過ごしてもらいたいと思います。


 島田美波の答え
『hurt full rough story』

 教師のコメント
・hurt……怪我
・full……一杯の
・rongh……荒っぽい
・story……物語


 意図的に間違えたのではないかと思うほど綺麗に間違えていますね。
 そのようなハートフルラブストーリーを演じるのは貴女だけだと思います。


 霧島翔子の答え
『hurt full rough story』

 教師のコメント
 まさかもう一人いるとは。


 水瀬楓の答え
『heart fullbokko story』

 教師のコメント
・heart……愛
・fullbokko……フルボッコ
・story……物語


 これも意図的かと思うほど綺麗に――というほどでもありませんね。普通に間違いです。





「吉井、歯を食い縛れっ!」

 

 それは全くの不意討ちだった。

 目の前にはクラスメイトにグーで殴られる、凄く見慣れた間抜け面。

 彼のすぐそばではぼうっとした様子で何かを呟く、昔馴染みの姿が。

 そして、私の足下には――たった今殴られたバカが横たわっていた。

 なんだろう。何が起きているんだろう。どうしてこんな朝っぱらから、私は修羅場に遭遇しているのだろうか。どうして足下のバカから助けてほしそうな視線を向けられているのだろうか。

 今の状況を頭の中で整理していると、バカ――アキ君を殴った張本人である須川が弾かれたように彼から離れて、

 

「そ、その……冗談とかじゃ、ないから……っ! ……本気でコロス

 

 などとほざいた。これほど気持ち悪い声真似を、私は聞いたことがない。

 

 まぁ、そもそもの発端はさっきまでこの場にいた島田さんである。

 さっきまで停学明けのアキ君と共に登校していた私は、途中で合流した瑞希の可愛らしい姿を堪能していたのだが、そこへいきなり顔を赤らめた島田さんが現れた。そう、赤面した状態で。

 最初は何事かと思っていたが、彼女が瑞希の方をチラッと見たことですぐに察することができた。島田さんが未だにアキ君にメールで言われたことを真に受けている、ということを。そう、私なりに納得した直後だった。

 

 

 ――島田さんが、アキ君にキスをしたのは。

 

 

 それも頬ではなく、唇に。まさかの唇と唇によるガチ接吻である。

 さすがの私も驚かざるを得なかった。何せ、周囲には朝早くから登校している多くの生徒がいるというのに、彼女は周りが見えていなかったのか、それを気にすることなく行ったのだから。

 まぁ、そんなことを思っていたら、自分のやらかしたことに気づいたのかいきなりアキ君から弾けるように離れて、

 

『そ、その……冗談とかじゃ、ないから……っ!』

 

 と、アキ君に一言告げて脱兎の如く走り去ってしまった。もちろん赤面したまま。キスの感触とか聞きたかったなぁ……。

 そしてアキ君がその光景をモロに目撃してしまった須川にぶん殴られ、今に至るというわけだ。いやー、まさに修羅場だね。まだ緩いけど。

 

「美波ちゃん……やっぱり、明久君のことが……」

「……朝からゾクゾク――不愉快なものを見てしまったわ……」

「いや姫路さん! それはもういいから! あと楓! ニヤニヤしながら気持ちを興奮させてる暇があるなら助け――っ!」

 

 ひたすら似たようなことを呟く瑞希と、軽めとはいえ修羅場に遭遇して刺激に満たされている私に助けを求めるアキ君だったが、クラスメイトの一人に意識を刈られて動かなくなった。

 う~ん……いつもならここで彼を助けるところだが、今回はそんな気になれない。むしろ今のクラスメイトの勢いに乗りたい。

 

「……そうだ」

 

 あの手があったわね。

 

 

 

 

 

 

「え? あれ? どういうこと?」

「起きたか明久」

「……雄二、何やってんの?」

「……お前の巻き添えだ」

 

 サバトの会場となったFクラスの教室にて。暗幕が引かれ、教壇で覆面姿になったクラスメイト達が騒ぐ中、手足を縛られた状態のアキ君と雄二が目を覚ました。

 現行犯でシメられたアキ君はともかく、雄二は不幸にもそれの巻き添えを食らってしまったようだ。私も今知ったけど。

 ちなみにそうなった理由だが、一言でまとめると『寝ている間に翔子にキスをされた』というものだったりする。……あの子にとって夜這いは日常茶飯事なのだろうか。

 

 

「諸君。ここはどこだ?」

 

『『『最期の審判を下す法廷です!』』』

 

「異端者には?」

 

『『『死の鉄槌を!』』』

 

「人とは?」

 

『『『愛を捨て、哀に生きる者!』』』

 

 

「……ねぇ、雄二」

「……なんだ、明久」

「なんか違和感を感じるんだけど」

「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」

 

 私の方を見て、首を傾げながらそう呟くアキ君と雄二。どうやら目の前に私がいることに気づいていないようだ。勘の良い二人ならすぐに気づくと思ったんだけどなぁ。

 ……まっ、別にいいか。どうせ二人ともこれから審議に掛けられるのだから。

 

 

 

「宜しい。これより――二-F異端審問会を開催する!(※私の声)」

 

 

「「最悪の裏切りだぁ――っ!!」」

 

 

 

 やっと気づいたか。

 

「ではさっそく、罪状を読み上げ――」

「待て待て!」

「待って待って!」

 

 なんだ二人して。

 

「……えー、何か?」

「何かじゃねぇ! どうしてお前が仕切っているんだ!?」

「そうだよ! どうして楓が仕切っているのさ!?」

「それ聞いちゃう? 雄二はともかく、私と幼馴染みの君がそれ聞いちゃう?」

 

 雄二はともかく、それなりに私の考えを把握しているアキ君が知らないとは驚きである。

 仕方ないので審問会を一時中断し、右手を上げて殺気立っているクラスメイト達を落ち着かせる。素直な男の子は好きよ。

 

 

「――刺激たっぷりで面白そうだと思ったからよ!」

 

 

 それ以外に何があるというのか。刺激を得るためなら、多少の犠牲も仕方がないのだ。……なんか、悪役みたいね。今の私。もしくは愉快犯か。

 要はこんな修羅場を逃す機会はないと思い、須川率いる異端審問会に入会させてもらったのだ。まだ入りたての新人なのに、立場が会長よりも上になったのはさすがに予想外だったが。

 なので当然、私も彼らのように覆面を被っている。声以外は決してバレないのだ。……通気性が悪いのか、少々蒸し暑いけどね。

 

「おい明久! アイツの思考回路どうなってんだ!」

「そんなの僕が聞きたいよ! 高校に入って少しはマシになってると思っていたのに!」

「あれでマシになった方なのか!?」

「僕的には納得いかないけどね!」

 

 二人が何か話しているが、こっちはもう限界だ。主にクラスメイト達が。

 手元のアメリカなどの裁判で使われる木槌を叩き、くだらない口論をしているアキ君と雄二の意識をこっちに向かせると同時に、再び興奮し始めたクラスメイト達を落ち着かせる。

 

「……では会長。罪状を読み上げたまえ」

『はっ。水瀬裁判長!』

 

 いつから私は裁判長になったのだろうか。

 

『えー、被告、吉井明久(以下、この者を甲とする)は我が文月学園第二学年Fクラスの生徒であり、この者は我らが教理に反した疑いがある。甲の罪状は強制猥褻及び背信行為である。本日未明、甲が同Fクラスの女子生徒である島田美波(以下、この者をペッタンコとする)に対して強制的に猥褻行為を働いていたところを我らが同胞が確保。現在に至る――』

「よしもういい。読み上げご苦労」

 

 このままだと二人の関係を厳密に調査するとか言い出しそうなので、罪状の読み上げを中断する形で終わらせる。本物の裁判も、これくらいの量を読み上げるのだろうか?

 

「それでは――結論だけを述べたまえ」

『キスをしていたので羨ましいでありますッッ!!』

「うむ。実にわかりやすい報告だ」

 

 うん、実にわかりやすい嫉妬心だ。アキ君もたまに嫉妬で暴走するが、コイツらの暴走はアキ君の比じゃない。気を付けないと。

 私がそういう懸念を抱く中、こうして罪状を読み上げてもなお、自分のしたことを思い出せず首を傾げるアキ君。どうやらあまりの物理的ショックで記憶が飛んでいるらしい。

 そんなアキ君を見かね、彼に言い聞かせるように真実を告げる雄二。が、

 

「ははっ。冗談はよしてよ雄二。あの美波が僕なんかにキスをするわけないじゃないか」

 

 アキ君は欠片も信じようとせず、笑いながらそれを一蹴した。まぁ無理もないか。アキ君はわりと自分を卑下している節があるからね。

 確かに彼は容姿学力性格財力が最低だが、バカで愚直なところは素敵だから評価に値すると思っている。もちろん良い意味で。

 

「そんなに自分を卑下するな明久。確かにお前は容姿学力性格が最低だが、それらに目を瞑れば甲斐性と財力が皆無というだけじゃないか」

 

 つまりアキ君には何もないというのか。まだバカが残っているというのに。

 

「この野郎! つまり僕の取り得は肩叩きだけだと言いたいのか!?」

「その歳で肩叩きだけだと!? 反論するにしても他に何かあっただろ!?」

 

 なかったんじゃないかな。アキ君の悔しそうな表情から察するに。

 そろそろ審問会を再開したいところだが、なんか二人の口論がだんだん面白くなってきたので再開はもう少し後にしよう。

 

「…………裏切り者には死を」

 

 と思っていたら、犯行の決定的瞬間をカメラで捉えたムッツリーニが、証拠の写真をアキ君に突き付けた。物凄く恨みの籠った顔で。

 さすがにそれを突き付けられては認めるしかなかったのか、耳まで真っ赤になるアキ君。やっぱり女の子みたいで可愛いわね。

 どうしてアキ君と島田さんがキスをするに至ったのか。とりあえず経緯が気になったらしい雄二が直接アキ君に問いかけ、アキ君が当時の――合宿の最後の夜のことを思い出していく。

 

「くたばれ」

「……っ! 顔が……っ! 顔の骨が陥没したような感覚が……っ!」

 

 そしてある程度聞き出したところで、雄二はアキ君の顔面に靴裏をめり込ませた。まぁ、思い当たる節だらけだったからね。

 わかりやすくまとめると、アキ君が強化合宿の際に誤って送ったメールの内容を島田さんが真に受けてしまい、誤解だと気づかずにキスという形で行動に移してしまったのだ。

 

「んで、お前は島田に何て言ったんだ?」

「『雄二より好きだ』って」

「待て! お前の好きの比較基準は俺なのか!?」

 

 心底嫌そうな顔で、アキ君から距離を取る雄二。二人とも手足を縛られてミノムシみたいな状態になっているので、普通なら何ともないはずのやり取りがシュールな光景になっている。

 

 ……さて、もういいかな。

 

「異端者、吉井明久。汝は自らの罪を悔い改め、裁きと更生を受け入れるか?」

 

 そろそろ頃合いだと思い、我ながら神妙な声でアキ君に問いかける。

 異端者ことアキ君はこちらの出方を窺うように警戒していたが、何か気になることがあったようで、警戒したまま口を開いた。

 

「……あのさ、返事をする前に質問があるんだけど」

「許可しよう」

「裁きって何をするの?」

 

 何をしてやろうか。

 

「とりあえず……君の身体を十字に縛って――」

「僕信じてる! 楓が火あぶりなんて残酷極まりないことは絶対にしないって!」

 

 まだ誰も火であぶるなんて一言も言っていないのに、自分の末路を一瞬で悟るアキ君。こんがりと焼かれるのはお気に召さないらしい。

 アキ君の訴えで喋るのをやめた私を見かねたのか、隣にいた会長の須川が口を開いた。

 

『裁判長。ひとまずここは灯油とライターを用意して――』

「濡れ衣です! 僕ほど教義に順ずる信徒はいません!」

 

 幼馴染みの私はともかく、単なるクラスメイトの須川が相手だと分が悪いのか、魚のようにじたばたしながら叫ぶアキ君。

 

『そうか。それならば、自白を強要するまでだ』

 

 その行為は強要罪に該当しそうなのだが、大丈夫だろうか? ……いや、別に本物の裁判じゃないから特に問題はないわね。

 

「ちょ、今『自白の強要』って言ったんだけど!? この裁判は無効だ!」

「裁判の続行を認める!」

「裁判長ぉ!?」

 

 だってこれ、本物じゃないし。そもそも審問会であって裁判ですらないし。どちらかと言うと取り調べか拷問の類だろう。ていうかアキ君、君まで私を裁判長と呼ぶんだね……。

 クラスメイト達も『自白を強要させろ』とか『議事録を改竄しろ』とかノリノリである。裁判長の私が言うのもアレだが、彼らは本当に審問会の意味を知っているのだろうか。

 

「皆ノリで言ってない!? こういう時は普通、自白の強要が事実だと認めちゃダメだと思うんだけど!」

 

 それもそうだが、裁判長が許可を出していないのに勝手な発言をするアキ君もアキ君である。発言するなら私を通してもらわないと。

 ……そろそろイライラしてきたわね。話は進まないし、時間は無駄に経過していくし。

 私が不機嫌なのを察したのか、少し慌てるように会長こと須川が口を開いた。

 

『ええい、灯油とライターの用意はまだか!?』

「自白させる拷問もそれなの!? 要するにどっちも処刑だよね!?」

 

 要するに、裁きと自白の強要。両方とも内容が処刑のそれだと言いたいのだ、アキ君は。

 なお、須川が言うには自白用と断罪用の二回があるので、一回分お得になるとか。……尤も、灯油とライターを使っている時点で二度目はないわけだが。道具はちゃんと選びましょう。

 

「雄二も何か反論しなよ! このままじゃ僕らは焼死体になるよ!?」

「てめぇら……! やるならコイツだけをやれ!」

 

 これはひどい。

 

「雄二……ありが――違う! その台詞、よく考えると僕を売って自分だけ助かろうとしているだけじゃないか! 自分だけ助かればいいのかこのゲス野郎!」

 

 さすがのアキ君も台詞の違和感に気づいたようで、半分ほどキレながら雄二にツッコんでいる。私が同じ立場だったらどんな手段を使ってでも、相方を道連れにしていると思うわ。

 

『裁判長。いかがなさいますか?』

「ふむ……」

 

 ここは……まぁ、こうするしかないよね。

 

「清々しいほど外道で、男らしいじゃないか坂本雄二。――だが処刑する」

「何ぃっ!?」

 

 アキ君を生け贄にして自分だけ助かろうなんて、甘い。甘すぎる。その程度の浅知恵が通るほど、私は単純じゃないからね。

 

「だよね! 被害者が僕だけなんてあり得ないもんね!」

「ぐっ……! お、俺は巻き込まれただけなのに……!」

 

 諦めろ。アキ君を生け贄にしようとして時点で、貴様も処刑対象同然だ。バカやる時も一緒、死ぬ時も一緒。一人ぼっちにはさせないさ。

 ……にしても遅い。灯油とライターはまだなのか。そう簡単に手配できる道具でないのはわかるが、こっちもこっちで時間がないのだ。必要ならさっさと持ってきてほしいわね。

 

「どうやら火あぶりの準備が遅れているようなので、ここは『耐久バンジー』をやらせてみようと思う」

『た、耐久バンジー……ですか?』

「うむ。耐久バンジーだ」

 

 私の告げたことに不満があったのか、少し物足りないと言った感じで話しかけてくる須川。だがこの意見を曲げるつもりはないぞ。

 

「い……一応聞くけど、その耐久バンジーってどんなものなの?」

 

 大した罰じゃないと思っていたのか一瞬だけホッとしていたアキ君だが、冷静になったらしく険しい表情で処刑内容を聞いてきた。

 雄二に至っては今すぐにでも逃げ出したそうな顔をしているが、少しも動かない辺り多少の覚悟を決めているのかもしれない。

 

「そうね……。君達に余計な不安は与えたくないから、ヒントしか言えないけど――」

 

 処刑内容を察したっぽい須川と共に、暗幕で閉ざされた窓を見るように顔を背け、

 

「――高い所から死ぬまで逆さ吊り、とだけ言っておくわ」

 

 アキ君と雄二を逆さに吊り上げ、頭に血が上りきるまで置いておく……それが今回の処刑内容だ。必要な道具はロープだけだし、楽でいいわ。

 

「このバカエデ! 拷問通り越してじわじわと処刑する気だな!?」

「ヒントの意味を調べてきやがれ!」

 

 本気でヤバいものを見るような目で、私を睨みつけるアキ君と雄二。何だろう、マゾヒストじゃないのにゾクゾクするんだけど。

 アキ君の雰囲気からして、何となくだが窓に体当たりしそうだったのでクラスメイトの一人を窓際に配置したところで、雄二が私以外の連中の目を盗んで何かを取り出し、アキ君に渡した。

 

「雄二……。ありがとう……!」

 

 何だかんだ言いながらも、アキ君のピンチを救ってくれる。そんな雄二に感心して、アキ君に渡した物が何なのかを確認する。

 

 

 …………ハンカチ?

 

 

「頭に被せるといい」

 

 そう自信満々に告げる雄二を見て、目に熱いものが込み上げてくるのを感じた。

 嗚呼、コイツの頭はもう手遅れなんだ。きっと重度の疾患を抱えているに違いない。

 

「あのね雄二。嬉しいけど、こんなもの一枚じゃ僕の頭は覆いきれないんだよ」

 

 大方、落下の衝撃を和らげるための物だろうが、アキ君の言う通り、どう考えても無意味である。何故なら頭が地上にキスすることはないからだ。だって吊るすんだし。

 悪友の頭を心配するアキ君だったが、雄二は不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

「バカだな明久。それだけじゃないさ」

「え? そうなの?」

「もう一枚用意してある」

「あのね雄二。枚数の問題じゃないからね?」

 

 またしても自信満々に取り出される、もう一枚のハンカチ。

 もう、コイツの頭は現代医学じゃ治せない領域まで来てしまったようだ。

 

「……停学明け早々、何をやっているんだお前たちは……」

 

 茶番を繰り広げるアキ君と雄二を眺めていると、朝のHRにやってきた鉄人が額に手を当てて溜息をついていた。これはマズイかもしれない。

 虐めだと述べて助けを求める被告人のアキ君と、聖戦だとほざいてこれが虐めではないことを主張する会長の須川を交互に見て、思いっきり呆れ顔になりながら鉄人が告げる。

 

「何でもいいが、お前たちは点数補充のテストは受けなくてもいいのか? 強化合宿のせいで男子は全員点数が無いに等しいだろう?」

 

 鉄人が言いたいことは何となくわかった。試験を受けるための申請のことだろう。

 授業の時間にテストを受けたい場合、先生の準備もあって事前に申請しておかなければならない。でないと、普通の授業になってしまう。

 強化合宿の決戦時、最終的にほとんどの教科が介入していたようで、男女ほぼ全員が全教科の点数を消費していたと聞く。なので、本来ならその点数の補充をするべきなのだが……

 

「「今はそれどころじゃありません!」」

 

 彼らとしては、今からのアキ君と雄二の行く末の方がよっぽど重要な問題らしい。

 前回の試召戦争からまだ三ヶ月経っておらず、しかも私達は最低設備のFクラスだ。こっちから試召戦争を仕掛けることはできないし、他のクラスに攻め込まれる理由もない。

 ……と、普通なら考えるだろうが、万が一ということも充分にあり得る。だから点数の補充はしておいた方が良いと思うのだが……。

 

「やれやれ、お前らがそう言うのなら構わんが……」

 

 呆れたままの鉄人は連絡事項を告げると、そのまま教室を出て行ってしまった。この状況を見て何とも思わなかったのだろうか?

 ちなみに連絡事項の内容は、『試験召喚システムのメンテナンスが予定よりも遅れている』というものだった。そのため、これが終わるまでは試召戦争ができないとのこと。

 

「吉井! 抵抗するな! ここまで来て往生際が悪いぞ!」

「くそっ! 誰か、助け――そうだっ! 姫路さん! 優しい姫路さんならきっと僕を助けてくれるはず!」

「待て明久! 俺はどうなるんだ!?」

「霧島さんに助けてもらえばいいだろ!」

「それだけは勘弁しろ! というか元はと言えばアイツが――」

 

 雄二は素直になればいいと思う。そしたら私が偽情報で翔子を呼んであげるのに。

 瑞希に助けを求めるアキ君を見て、私は自分の席に座ってさっきから同じことを呟く瑞希へ視線を向ける。……あれは無理だろう。あの様子じゃ、周りが見えていないっぽいし。

 アキ君もそれに気づき、万策尽きたかと言わんばかりに腹を括ったところで、

 

「こ、これは一体何事じゃ!?」

 

 来てしまった。一筋の希望の光が。木下秀吉が。私の天使(性的な意味で)が。

 

「秀吉……! ずっと来ないから、てっきり今日は休みなのかと」

「今朝は少々支度に手間取ってしまったがゆえに遅くなったのじゃが……明久よ。お主らは何をしておるのじゃ?」

 

 教室は暗幕で光を遮られ、被告人であるアキ君と雄二は蓑虫状態。そして私を筆頭にクラスメイトは覆面姿。登校してきて教室がサバトの会場になっていたら、普通は驚いて当然だろう。

 さすがに秀吉が相手だと分が悪いので、隠れるように黙り込む私をよそに、須川が秀吉に簡単な説明をしたところで、

 

 

 ガラッ

 

 

 秀吉が入ってきた方とは別の扉が開かれ、この公開処刑の発端となった島田美波さんが入ってきた。耳まで真っ赤になった顔で。

 

 

「「「…………」」」

 

 

 いつもと妙に異なる雰囲気で自分の席へ向かう島田さんを見て、水を打ったように静まり返る教室内。さっきの喧騒はどこへやら。

 

「おはようございます皆さん。今日は諸事情により布施先生に代わり、私が授業を――どうしたんですか? 皆さん」

 

 布施先生の代理らしい一時間目の授業の先生が、その様子を見て目を丸くしていた。

 

 

 

 



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第二問

 バカテスト 世界史

 以下の問いに答えなさい。
『西暦1492年、アメリカ大陸を発見した人物の名前をフルネームで答えなさい』



 姫路瑞希の答え
『クリストファー・コロンブス』

 教師のコメント
 正解です。卵の逸話で有名な偉人ですね。コロンブスという名前は有名ですが、意外とファーストネームが知られていないことが多いです。


 清水美春の答え
『コロン・ブス』

 教師のコメント
 フルネームはわかりませんでしたか。コロンブスは一語でファミリーネームであって、コロン・ブスでフルネームというわけではありません。気をつけましょう。


 島田美波の答え
『ブス』

 教師のコメント
 過去の偉人になんてことを。


 水瀬楓の答え
『クリストファー・クラヴィウス』

 教師のコメント
 それは16世紀に活躍したドイツ出身の数学者・天文学者のフルネームです。





 

 

 

 ――静かすぎる。

 

 

 

 最初に抱いた感想はその一言だった。

 

 このFクラス、勉強も黙ることもできない最底辺の連中が集っているのだが、今日はどういうわけか物凄く静まり返っている。いつもなら先生の声が聞こえないくらいにはうるさいのに。

 ちなみにこの静寂な空間を生み出した元凶であるアキ君は今、もう一人の元凶と言える人物、島田さんを見つめながら頬を赤く染めている。無論、島田さんの方も教科書で顔を隠しながら赤面中である。

 

「……ねぇ雄二」

「……なんだ、裁判長」

「誰が裁判長よ、誰が」

 

 というかまだそのネタ引っ張ってたの?

 

「この空気どうにかなんない? あとさり気なく私の頭を鷲掴みにしないで」

 

 やはりさっきの審議会で自分が巻き込まれたことを恨んでいるようで、雄二はいつもの表情を崩すことなく私の頭を右手で掴んできた。

 今は授業中だが、ここで翔子が乱入してくると洒落にならないので、そうなる前に雄二の右手を引き剥がす。どうやら力の強さからして半分ほど冗談だったみたいね。

 

「放っておけば自然と鎮静化するだろ。少なくとも、俺たちは標的にされずに済む」

 

 とりあえずアキ君を見捨てること前提なのはわかった。

 

『では須川君。この場合、3molのアンモニアを得るために必要な薬品はなんですか?』

 

『塩酸を吉井の目に流し込みます』

『違います。それでは、朝倉君』

『塩酸を吉井の鼻に流し込みます』

『流し込む場所が違うという意味ではありません。それでは、有働君』

『濃硫酸を吉井の目と鼻に流し込みます』

『『それだっ!!』』

『それだ、ではありません。それと答えるときは吉井君の方ではなく先生の方を見るように』

 

 今気づいたけど、須川達の方では変な議論が繰り広げられていた。どうやらアキ君の粛清方法を考えているみたいね。それが先生に当てられたせいで口に出てしまったようだ。

 まぁ、こんないつもと違うように見えてわりといつも通りな空気の中、一時間目の終了を告げるチャイムと共に、担当の先生も大きなため息をつきながら教室から出て行った。

 

『吉井のヤツ、島田と目で通じ合っていたぞ……!』

『島田は狙い目だと思っていたのに、あのクソ野郎……!』

 

 嘘つけ。入学して以降、そんな気配は微塵もなかったわよ。それどころかお前ら、清涼祭のときに女装したアキ君――アキちゃんにときめいてたじゃないか。島田さんそっちのけで。

 

『畜生……! 姫路、木下、水瀬に続いて島田までヤツに持っていかれたら、このクラスの希望はアキちゃんしかいねぇじゃねぇか……!』

 

 異議あり。私をお持ち帰りしても良いのは秀吉だけだ。

 

 というか、やっぱりコイツらアキちゃんにゾッコンじゃないか。確かにアキちゃんは可愛いが、奴の中身は生物学的に雄だ。残念ながら異性ではなく、同性に該当する。

 そんな殺意の籠められたバカ共の視線が飛び交う中、島田さんがピコピコと馬の尻尾を動かしながら、アキ君の席へやってきた。あぁ、これが火に油を注ぐってやつね……。

 

「……雄二」

「なんだ、水瀬」

「これ、状況が悪化する未来しか見えないんだけど」

「奇遇だな。俺も同じことを考えていたところだ」

 

 こういうときは相談が一番なので、心底楽しそうな、いや若干めんどくさそうにもしている雄二に相談してみることにした。

 そうしてる間にも、どんどん火へ油を注ぐようにアキ君と島田さんは距離を縮めていき、相席になっていた。島田さんも島田さんだ。卓袱台が壊れたなら瑞希の席へ行けば良いものを……。

 

「あれを見てると頭が痛くなってくるわ」

「まぁな。だが、アイツらが動いてない分まだマシだ」

 

 と、アキ君と島田さんの周囲を見渡す雄二。その視線の先には、機会を窺う例のバカ共(クラスメイト)の姿があった。どうしてこんな丸わかりの殺気に気づかないんだアキ君。

 しかも二人だけの世界に入ろうとしているのか、相席に続いて今度はアキ君とお昼を共にしようとする島田さん。席が近いから会話の内容が普通に聞こえてくるわ。

 

「お姉さまっ! 何をしているんですか!? そんな豚野郎に密着して!?」

 

 いきなり教室内に制止の声が響いたかと思えば、まるで話は聞かせてもらったと言わんばかりに、Dクラスの清水美春さんがどこからともなく乱入してきた。タイミング良すぎでしょ。

 今にも発狂しそうな清水さんに対し、『代わりの卓袱台がなく、卓袱台自体も狭いから密着してしまうのは仕方がない』と丁寧に説明する島田さんだったが、

 

「それなら姫路さんか水瀬さんの席でいいじゃないですか! どうして豚野郎の席にする必要があったのです!」

 

 と、清水さんも負けじとなかなか鋭い指摘で返してきた。

 彼女の言い分もわからなくはない。というかごもっともである。席――卓袱台を使わせてもらうだけなら、同じ女子である私か瑞希の席へ行けばいいのだ。

 だけどそこは……ねぇ? 彼女の気持ちというか、アキ君への想いを考えたら……ねぇ?

 

 微妙にアキ君の悪口を言いつつ、努力家の瑞希を気遣ってアキ君の元から離れようとしない島田さんだが、ようやく錯乱状態から脱した瑞希が、おずおずと手を上げて口を開く。

 

「み、美波ちゃん。私は邪魔だなんて思いませんから、こっちに来て下さい。色々と……話したいこともありますし……」

 

 どうやら瑞希の方は大丈夫みたいだが、島田さんはこれっぽっちも譲らず、清水さんは狙ったかのように島田さんのお弁当を食べるためにお腹を空かしてきたと言い張り出した。

 しかも彼女の話を聞く限り、昨日島田さんを尾行していたようだ。いや、彼女が買い物をしているところを見ただけだから尾行とは言わないか?

 

「お姉さまが朝の四時に起きてわざわざお手製のタレで下味をつけた唐揚げとか、ちょっと奮発して買った挽肉で作ったハンバーグとか、産地に気を遣って選んだじゃがいもで作ったポテトサラダとか、考えるだけで美春は、美春は……!」

 

 前言撤回。尾行以上にヤバいことしてたわこの子。

 

 さすがにここまで知られているとは思っていなかったようで、とどめにご飯のところにはハートマークがあると言われて顔を真っ赤にする島田さん。これは可愛いわね。

 そんな顔を真っ赤にした可愛い島田さんは、清水さんにはっきりと爆弾を投下した。

 

「――ウチはアキと付き合っているんだから」

「畳返しっ!!」

 

 

「ステイ!」

 

 

『『『はっ!』』』

 

 こうなることを予測していたアキ君が畳でガードしようとするも、ほぼ同時に私が大量のカッターを投げようとしたバカ共を一喝して鎮めた。つまりアキ君の防御は空振りに終わったわけだ。

 誰も仕掛けてこないことに驚くアキ君をよそに、島田さんが投下した爆弾発言(嘘)を真に受け、酷く動揺する清水さん。

 

「じょ、冗談、ですよね……? つ、付き合っているなんて……」

「冗談なんかじゃないわ。ホントの話」

 

 未だに勘違いしているとはいえ、ここまで堂々と嘘を言い切れる島田さんが凄い。

 今朝のキスを見ていたらしい清水さんはそれを幻覚だと思っていたようだが、島田さんがそれを認めるや否や、ついに抑えていたであろう感情を爆発させた。

 

 

 ――アキ君に矛先を向けて。

 

 

「この豚野郎を始末します! そして美春が第二の吉井明久としてお姉さまと結ばれるのです!」

 

 それはアキ君の顔面の皮膚を丸ごと綺麗に剥ぎ、その皮を使ったマスクを作って、性転換でもしない限り絶対に不可能だ。

 というかそれ以前の問題である。そもそもアキ君と島田さんは付き合っていない。まずは島田さんがそれに気づかないと話が進まないわ。

 

「極力身体に傷をつけないように始末した後、剥いだ皮を被って吉井明久になりすまします!」

 

 大体合ってた。

 

「それ凄くグロいよ! ちょっと本気で考えてそうだし!」

「大丈夫です! 日本昔話で狸さんもそうしていました!」

「しかも原典は意外と可愛い!」

 

 私は『悪魔のい○にえ』を参考にしてたわ。まさか日本昔話がアレに匹敵するえげつなさだなんて、思いたくなかったよ。

 尋常じゃない速さで襲い来る清水さんから、必死に逃げ回るアキ君が向かう先にいるのは――土屋康太ことムッツリーニ。忍者の如き速度で動ける彼を頼ることにしたようね。

 さっそく助けを乞うアキ君だったが、

 

「…………今、消しゴムのカスで練り消しを作るのに忙しい」

 

 まぁ、そうなるよね。さっき凄い恨めしそうな顔でアキ君に迫ってたもんね、君。だから清水さんのスカートを目で追うのはやめなさい。

 しかもアキ君にその事を指摘されてもなお、首を横に振りながら清水さんのスカートを目で追うムッツリーニ。後で何色か聞いてみよう。

 

 男はこの世からいなくなればいいと喚く清水さんを、「キミにだってお父さんはいるでしょう?」と説得するアキ君だが……。

 

「アレは誰よりも最初に消えるべき男ですっ!」

 

 家族関係で何かあったのだろうか。

 

 とにかく男という豚野郎は消えるべきだと主張し、自分は島田さんと結婚して生まれてくるであろう娘に『美来』と名付けることを宣言する清水さん。

 彼女が言うには島田さんの『美波』から字を取った名前とのこと。私の推測を入れるなら『未来』の意も含んでそうだ。

 

 しかし、アキ君も負けじと返す。

 

「待つんだ清水さん! 息子が生まれたらどうするんだ!」

「男なんかが生まれたら『波平』で充分です!」

 

 某国民的アニメに登場する波平さんに謝れ。

 

「ちょっとアンタたち! その前にウチと美春じゃ子供ができないってことに気付きなさいよ!」

 

 ところがどっこい、そうでもない。理論上ではあるが、女同士という環境で子供を作る方法は三つある。

 

 まず一つ。清水さんにとっては最も不本意だろうが、性転換手術を受けて完全な男になる、もしくは女としての肉体を残したまま男になること。これらは彼女自身が言ったアキ君になりすますに最も近づける方法だ。……男嫌いの彼女にはまず無理だが。

 次に二つ。人工授精。これなら男にならなくとも、女同士という環境で子供を作ることができる。だけどこれはこれで清水さんにとっては、不本意かつ少々手間が掛かるけどね。

 そして最後に三つ目。養子を迎えること。血が繋がっていないのが難点だが、男嫌いの清水さんのことを考えるとこれが一番手っ取り早い。……名前を付けるという希望は叶わないが。

 

「さぁ、五秒あげます。神への祈りを済ませて下さい、豚野郎……!」

 

 と、私がアホなことを考えているうちにも、清水さんはアキ君を葬ろうと近づいていく。これはさすがのアキ君も万事休すか?

 

 

 ガラッ

 

 

「さぁ、授業を始めるぞ。今日は別件で外している遠藤先生に代わり、この俺がビシビシ――ん? やれやれ……また清水か……」

 

 タイミング良く開いた扉から姿を現し、清水さんを見てため息をつく鉄人。

 まぁ、気持ちはわからんでもない。何せ彼女、男子全員が停学中だった先週が一番酷かったからね。男子という邪魔者がいない教室で、島田さんと一緒に授業を受けたいってしつこかったもん。

 鉄人がやんわりと自分の教室へ戻るよう注意するも、清水さんは『この教室の男子を全て殲滅する』という目的を明かして――

 

 

「今後この教室への立ち入りを禁じる」

 

 

 ――出禁宣言と共に追い出された。

 

 それでも鉄人の存在をガン無視するように島田さんへ物騒な呼び掛けをする清水さんだったが、鉄人に釘を刺されたことでようやく引き下がった。

 

 

『お姉さま……! 卓袱台だから豚野郎の近くにいるというのなら、美春にも考えがありますからね……!』

 

 

 という不穏当な言葉を残して。

 

「……とりあえず鎮静化したってことで良いの?」

「ひとまずな」

 

 先が思いやられるわ。

 

 

 

 

 

 

「…………初めてバカ共の気持ちがわかった気がするわ」

 

 鉄人がまるで英語担当であるかのように淡々と授業を進めていく中、私は近くでアキ君と島田さんが、彼女の髪がヅラかどうかを小声で言い合っているのを見て、軽くイライラしていた。

 なんだこれ。私に実害はないはずなのに、妙にイライラするんだけど。この状況でどうでもよさそうに眠ろうとしている雄二が羨まし過ぎる。ちょっと立場を代わってほしいくらいだ。

 

 

 

『『『もう我慢ならねぇ――っっ!!』』』

 

 

 

 この妙なイライラをどうにかしたい私に代わるかの如く、ついに感情を爆発させるクラスメイト達。しかも全員、カッターを構えていた。

 

『さっきから見てりゃあお前、これ見よがしにイチャイチャしやがって!』

『殺す。マジ殺す。絶対的に殺す。どうあがいても殺す』

『出入口を閉めろ! ここで確実に殺るぞ!』

 

 全員が一斉に投擲の体勢を取る。鉄人の存在を忘れているのだろうかコイツらは。

 

『……お姉さまの髪に触るなんて……八つ裂きにしても尚、赦されません……!』

 

 おい待て。一人教師の警告を無視しているバカ女がいるぞ。

 

『全員カッターの投擲終了後、間髪入れずに卓袱台を叩きつけるのですっ! 決してお姉さまに当たらないように注意するのですっ!』

『『『了解っ!』』』

 

 

「ステイ!」

 

 

『『『はっ!』』』

 

 さすがにクラスメイトが他クラスの女子である清水さんに従うという光景に耐えられず、私はバカ共を再び一喝して鎮める。

 すると数秒前の殺気が嘘のように治まり、カッターを構えたままではあるが、それぞれ自分の席に座るクラスメイト達。

 清水さんはどういうわけか、それに気づいていないかのように島田さんへ避難を促すも、

 

 

「お前ら! 今は授業中だぞ!!」

 

 

 鉄人の一喝が入ったことで、教室が真の静寂を迎えた。

 それでもなお、全く懲りない清水さんは無謀にも鉄人に抗議しようとするも、二度目の警告をされたことで頭が冷えたのか、アキ君を睨みながら大人しく教室から出て行った。

 

「お前らも授業中に遊ぶんじゃない。そういうことは休み時間にやれ」

 

 休み時間でもダメだと思います。

 

 それからは特に何事もなく、鉄人による英語の授業はチャイムと共に終わりを告げた。

 鉄人が教室から出ていこうとするのを、逃げる準備をしながら見つめるアキ君と、そんな彼を凝視する卓袱台と仕舞っていたカッターを構えるクラスメイト達。そして――

 

 

 

「GO!(パチン!)」

 

 

『『『くたばれ吉井ぃ――ッ!!』』』

 

 

「楓の馬鹿ぁ――ッ!」

 

 

 

 ――鉄人が出て行ったのを見計らって私が掛けた号令と共に、武器を構えていたバカ共が一斉にアキ君へ跳び掛かり、アキ君が号令を掛けた私に捨て台詞を吐きながら逃げ出した。

 いやー愉快愉快。飛び交うカッターや卓袱台をかわしていくアキ君を見てそう思っていると、少し深刻な表情をした雄二とムッツリーニと秀吉がこっちにやって来た。

 

「水瀬。少し良いか?」

「どうかした?」

「明久のせいで面倒なことになりそうだ」

 

 少しとはいえ、この雄二が深刻な顔になるんだ。きっとかなりの厄介事だろう。

 私が一言問い掛けてみると、雄二に続いてムッツリーニがそれを教えてくれた。

 

「…………Dクラスで試召戦争を始めようとする動きがある」

 

 後でクラスメイト達に追加の処刑を依頼しよう。

 

「……なるほどね。清水さんがアキ君と島田さん絡みの八つ当たり目的で、Fクラスに戦争を仕掛けようとしている。これで合ってる?」

「そこまでわかるなら、説明の必要はなさそうだな」

 

 今この状況でDクラスが仕掛けてくる理由なんてそれくらいしか考えられない。

 それにしても、八つ当たりのためだけにクラス全体を動かそうとするなんて……正直見くびっていたよ。確かにこれはマズイわね。

 こっちは朝の騒ぎのせいで点数を補充できていないのがほとんどだ。しかも点数を補充できている女子生徒は私を含めてたったの三人。仮に万全であったとしても作戦がなきゃ太刀打ちできないのに、点数が残っているのは私と瑞希と島田さんだけ。つまりよほどのことがない限り絶対に勝てない。

 ……まぁ最悪、私と瑞希でお互いの苦手科目を補いつつ無双すれば、ギリギリ勝てるかもしれないんだけどね。でもこれは一種の甘えだ。勝つならクラス全員でないと意味がない。

 

「で、何か対策はあるの?」

 

 私がそう言いながら座れと手で合図すると、三人とも私の席へ座り込んで顔を突き合わせる。そして雄二が口を開いた。

 

「いや、まだ何もない。何せさっきわかったもんでな。対策はこれから考える」

「向こうがいつ仕掛けてくるのかわかれば良いのじゃが……」

「…………何にせよ、備えは必要」

 

 結局、いつも通りの呑気な感じで作戦会議は始まったが、その数分後にクラスメイト達から逃げおおせたアキ君がこっちに来たので、再びイチから状況を説明することになるのだった。

 

 

 

 



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第三問

 バカ恋愛 心理テスト

 以下の状況を想像して質問に答えて下さい。
『あなたは大好きな彼と二人きりで旅行に行くことになりました。
 ところが、飛行機に乗っていざ出発、というところで忘れ物に気が付きます。
 さて、あなたは一体何を忘れてきたのでしょう?』



 姫路瑞希の答え
『頭痛薬や胃薬などの医療品』

 教師のコメント
 これは『あなたが好きな人に何を求めているか』についてわかる心理テストです。忘れ物はあなたに欠けているものを表し、忘れても気が付かずに出発してしまったということは、一緒にいる彼がそれを補ってくれるとあなたが考えているからなのです。
 どうやら姫路さんは好きな人に安らぎを求めているようですね。


 霧島翔子の答え
『手錠』

 教師のコメント
 忘れ物の前に、持って行こうとする時点で間違っています。


 工藤愛子の答え
『下着を穿いていくこと』

 教師のコメント
 あなたは好きな人に何を求めているのですか。


 水瀬楓の答え
ペアキーホルダー
 カメラ     』

 教師のコメント
 書き直す必要はあったのでしょうか。





「このバカエデ! キサマのせいで三回も死に掛けたじゃないか!」

「人のせいにするなバカ久! 元はと言えば島田さんを誤解させたお前のせいでしょうが!」

 

 どうしよう。バカと取っ組み合いになっているせいで作戦会議が再開できない。そろそろ拳を叩き込んだ方が良いのかな? いやいやいや、それだけはダメだ。元からバカなアキ君がもっとバカになるだけだ。

 その後もアキ君との取っ組み合いは続いたが、雄二と秀吉に止められたことでようやく落ち着いた。帰ったらゲームでボコボコにしてやる。

 

「えーっと……どこまで話したっけ?」

「Dクラスの狙いはFクラスってところまでだ」

「そうだよ! だって僕らにはまだ試召戦争をする権利はないはずだよね!?」

 

 アキ君の言うことは尤もだ。

 今年の四月、私達FクラスはAクラスに試召戦争を申し込んで敗北している。そのペナルティとして三ヶ月間、戦争を申し込む権利を剥奪されてしまったのだ。

 なので『Fクラスから他のクラスへ戦争を申し込む権利』はないが、逆に言えば『他のクラスからFクラスへ戦争を申し込む権利』はある。

 だが、他のクラスからFクラスに戦争を申し込んでくることは滅多にない。何故ならこの場合、勝ったときのメリットが一つもないからだ。もちろん負けた下位クラスの設備はランクダウンするが。

 

 まぁ要するに、負けたからといって試召戦争自体に参加できないわけではないのだ。こちらから申し込む権利を剥奪されるだけで。

 そして今回、このメリットが何一つない例が発生してしまったというわけだ。アキ君と島田さんのイチャイチャが原因で。当のアキ君はそのつもりじゃなかったようだが。

 

「清水が言っていただろ? 卓袱台がナントカって。お前と島田の席を離す為に俺たちの机をまたミカン箱にするつもりのようだな」

 

 こんな下らない理由で戦争を申し込まれるクラスはFクラスを置いて他にないだろう。

 

 Dクラスの代表は平賀という男子生徒だが、強化合宿で覗きに参加したことでクラス内における発言力は皆無となっているはずだ。

 確かFクラス――ここにいる私以外の四人は覗きの主犯で、女子は全員彼らに良い感情を抱いておらず、自分達の手で罰を与えたいと言っていた。まぁそうなったら私が力ずくで止めるけどね。

 つまり嫉妬に燃える清水さんと、怒りに燃える女子一同を抑えられるものが何もないのだ。まさに首輪を外された猛獣の群れである。

 加えてさっきも言ったがFクラスは男子全員が停学明けで、しかも朝の騒動で点数を補充できていない。点数が残っているのは島田さんと瑞希の二人で、万全なのは私だけ。まず勝ち目はないだろう。

 

「姫路が水瀬の苦手科目である数学を補えば勝てるかもしれんが……それでもギリギリじゃろう」

「ってなワケで、今回の試召戦争は回避するのが賢明だな。勝ったとしてもあまりメリットがないし、折角貸しがあるクラスをわざわざ敵に回す必要もないしな」

 

 雄二の言う通り、今回の試召戦争は回避が可能だ。それもアキ君と島田さん次第で。元はと言えば本当にこの二人から始まったわけだし。

 その片割れである島田さんはというと、休み時間になるなり、瑞希と合流して教室を出て行った。二人ともかなり真剣な顔で。

 

「……修羅場ね」

「修羅場じゃな」

「修羅場だな」

「…………修羅場」

「え? あの二人、喧嘩でもしてるの?」

 

 さすがはアキ君。問題の中心にいながらまるで自覚がない。

 

「それより明久、一つ確認しておきたいことがある」

「ん? なに?」

「お前と島田は付き合っているのか?」

 

 その答えはノーだ。一応朝の騒動で判明しているが、合宿でのアレは完全に誤解である。でなきゃキスをされて呆然としたりしないだろう。

 誤解なのでアキ君も付き合っているとは思っていなかったようで、強化合宿中に起きた出来事をきちんと説明した。告白紛いのメールを送ってしまったが、それは誤解で送る相手を間違えたとのこと。ちなみに本来の送り相手は須川だったらしい。一体何の話をしていたのか凄く気になるわ。

 

 私が呑気にあくびをしている間に、原因はアキ君だけでなく雄二にもあると秀吉に指摘され、お互いに詫びるバカコンビ。まぁ尤も、元凶がアキ君であることに変わりはないが。

 

「だが、誤解というのなら話は早い」

「確かに。島田さんの誤解を変な方向に拗らせないよう上手く解いて、君達がいつも通りになれば清水さんも少しは大人しくなるしね」

 

 とはいえ、どこまで大人しくなってくれるかはわからない。今回の件であれだけ怒り狂ったんだ。しばらくは引き摺る可能性も考慮しておく必要がある。

 

「そうすればDクラスは俺たちに不満を持つだけで、開戦するほどの意気込みがある核がいなくなって、試召戦争の話は流れる。俺たちはいつもの日常を取り戻して万事解決というわけだ」

 

 この解決策はいけるだろう。そう思っていると、突然扉が開いて息を切らした瑞希が駆け込んできた。別れの際、相手に想いを伝えようと全力疾走してきたヒロインを思い出すわね。

 瑞希は息を整えずに私の席へやってくると、おっとりな彼女らしくないほどの剣幕でアキ君の名前を呼び、徐々に尻すぼみになりながらもちゃんと言いたいことをアキ君に伝えていく。

 その内容は今まさに話していたことに限りなく近い、アキ君が島田さんに告白したか、というものだった。それを聞いてアキ君が言い辛そうにしていると、助け舟を出すように雄二が口を開いた。

 

「姫路、その話なんだが、島田も一緒の方がいいだろう。どこにいるかわかるか?」

「さっきまで一緒に屋上にいましたけど……」

 

 それならちょうど良いだろう。雄二も同じことを考えていたようで、彼の案により話す場所を私の席から屋上へ移すことになった。私としても助かるわ。

 席を立って屋上に向かう途中、雄二とムッツリーニの会話から、屋上とFクラスにヤツ――おそらく清水さんのものであろう盗聴器が仕掛けられていたことがわかった。後者はもう外してあるらしい。

 ……もう遅いけど、それなら誤解だった部分だけを清水さんに聞かせたら良かったのではなかろうか。そうすれば怒りはすれど戦争する気を……いや、ダメだ。島田さんの誤解を先に解かないと意味がない。

 

「あ、瑞希――とアンタたちも? 皆揃ってどうしたのよ?」

 

 雄二が屋上の扉を押し開けると、晴れ渡る青空の下に静かに佇む島田さんの姿があった。これは良い絵になりそうだ。

 さっそくムッツリーニと私で、専用の機械を使いながら盗聴器やカメラが設置されていないか確認していく。二人でやってるから作業が楽に進むわね~。

 

「…………オーケー」

「問題なしよ」

 

 そして一分どころか三十秒ほどで作業を終えた。これで清水さんや他の誰かがこの屋上での会話を記録することはできない。

 蛇に睨まれた蛙のように怯えるアキ君だったが、十字を切ると島田さんの正面に歩み出た。

 

「美波。実は話しておきたいことがあるんだ」

「あ、うん。何?」

 

 私達が見守る中、合宿のときに送ったメールについて話していくアキ君。未だに誤解している島田さんは、メールの内容を思い出したのか顔を赤くしていた。

 こちらから見て嫌な汗を流しているようにも見えるアキ君は改めて島田さんの目を見ると、ハッキリと伝えた。

 

「実はあのメール――誤解なんだ」

「…………え?」

 

 赤い顔のまま、固まる島田さん。それでもお構いなく、送る相手を間違えたと説明するアキ君。

 

「ま、間違えたって、誰と……?」

 

 誰と間違われたのかはさすがに気になったようで、固まったままの状態でアキ君に訊ねる島田さん。まぁ、これは私でも聞くわね。

 

「須川君、かな」

「「えええっ!?」」

 

 アキ君が本来の送り相手を明かした瞬間、島田さんと瑞希は驚きの声を上げた。というか何故に瑞希まで驚いたのだろうか……。

 

「じゃあ、アキはウチじゃなくて須川に告白したつもりだったの!?」

「そ、そんな! では明久君は、やっぱり男の子を、しかも坂本君でも木下君でも久保君でもなくて、須川君が好きだなんて……!」

 

 何かあるとすぐにボーイズラブに繋げたがるわね、この二人。実は隠れ腐女子だったりするのだろうか。あり得そうで困るわ。

 アキ君は須川から『お前は本当に女子に興味があるのか?』というメールが来たから、その返事としてあのメールを須川に送ったつもりだったらしい。宛先を間違えた結果がこの状況だけどね。

 さすがの島田さんも冷静になってきたのか、あのメールの内容が告白にしてはおかしいことに気付き、携帯電話を取り出して瑞希と共に確認し始めた。かく言う私も今気づいたわ。

 ちなみに島田さんは大事なメールに鍵を付けて大事に保存するタイプのようだ。瑞希は機械にそこまで詳しくないのか、メールに付いた鍵マークが何なのかわかっていないようだけど。

 

「明久、なんて送ったのか憶えていないのか?」

「細かいところまでは憶えてないけど……」

「確か……【勿論好きだからに決まっているじゃないか! 雄二なんかよりもずっと!】だったはずよ」

「なんで君が知っているんだ」

 

 直に見たからだよ。

 

「一言一句その通りに書いてあるわ」

 

 どうやら私の記憶は正しかったみたいね。少し内容がおかしいけど、アレと同じメールが秀吉から届いたらと思うと堪らないわね。

 そして雄二と秀吉にメールの内容のおかしさを指摘され、携帯電話の画面とにらめっこする島田さん。まぁ、帰国子女で日本語にはまだ疎そうだしね。仕方ない仕方ない。

 

「で、でも、坂本より好きだなんて言われたら普通誤解するでしょ!?」

 

 いや、普通なら誤解しない。普通なら。

 

「しないよ! 僕は普通に女の子が好きなんだから!」

「いいなぁ美波ちゃん……。私も坂本君――楓ちゃんより好きだなんて言われてみたいです……」

 

 その言い直しに意味はあるのだろうか。

 

「言い直したところ悪いけど、姫路さんもおかしいからね!? それだとまるで僕が雄二を好きになっているってことが決定事項みたいじゃないか!」

 

 多分一部の生徒はそう思っているだろう。主に腐女子連中が。

 

「あ、明久……。俺はどんな返事をしたらいいんだ……?」

「普通に嫌がれ!」

 

 隣の赤ゴリラが凄くキモイ。これが演技じゃなかったらボディブローを三発入れていたところだ。

 とりあえず誤解は解けたようで、多少言葉を交わすと楽しそうに笑うアキ君と島田さん。

 

「どうしてくれんのよー!? ウチのファーストキスーっ!?」

「ごごごごめんなさいっ! 僕も悪気はなかったんですっ!」

 

 そしてようやく事の重大さに気付いた島田さんが、凄い剣幕でアキ君の胸倉を掴んだ。

 そもそも悪気以前の問題である。この二人だからこそこんな感じで済んでいるが、これが翔子や工藤さんだったら酷く拗れたものとなるだろう。私は別に問題ないけどね。アキ君だし。

 

「えっと――僕も初めてだったから、おあいこじゃダメかな……?」

「いやダメだから」

「ダメに決まってんだろ」

 

 それはさすがにダメだろう。いくら島田さんの想い人であるアキ君でも。

 私なら絶対に拒否することだが、そこは帰国子女の島田さん。私の予想を軽々と超える返答をしてのけた。

 

「それは、その……えっと……ご、ご馳走さま……?」

「ぅおいっ! いいのか島田!?」

「アレで良いんだ、ファーストキス……」

 

 どうやら問題なかったらしい。

 

「そういえば秀吉」

「む?」

「君は誰かとキスしたことある?」

「い、いきなり何を言い出すのじゃ?」

 

 あれ、前よりも反応が薄い。顔は赤くなってるのに。

 

「ないの? してあげよっか?」

「っ!?」

 

 何そのしてほしそうな顔。堪らないんだけど。

 

「……お前らもわかりやすいな」

「…………誰がどう見てもカップルのそれ」

「別に隠してないからね」

「ッ!? ち、違うのじゃ! ワシは――」

 

 雄二の台詞に違和感を感じたので、赤面しながらあたふたと言い訳する秀吉を差し置いて、アキ君と島田さんに視線を向ける。

 

「み、美波!? なんか僕の肩関節が嫌な音を立てているような気がするんだけど!?」

 

 すると視界に入ってきたのは肩を押さえていたがるアキ君だった。次に憤怒ほどではないが怒りの表情を浮かべる島田さん。

 え……? 何この状況。まるでアキ君が失言をして島田さんを怒らせたみたいじゃないか。あっ、それはそれでいつも通りか。

 私が勝手に納得していると、アキ君が何かを思い出したように私の方へ近づいてきた。これ瑞希と島田さんに誤解されないだろうか。

 

「あのさ楓」

「何かな?」

 

 言葉を一旦区切ると、アキ君は今にもキレそうなほど良い笑顔で告げる。

 

「――さっきの話なんだけど」

「あら何のこと?」

 

 まだ引き摺っていたのかコイツ。

 

「とぼけても無駄だよ。君がクラスの皆をけしかけたのが悪いんだから」

「チッ……あーもう、いつまで根に持ってるのよ」

「いやいや、なんで僕が悪いみたいな言い方なのさ」

「えっ? だってこの騒動の元凶はアキ君でしょ?」

「それは否定しないけど、さっきのは楓が悪いからね?」

 

 

「「あははははっ!」」

 

 

 さっきの島田さんみたいに、楽しそうに笑う私とアキ君。

 

「このバカ久! 男がいつまでも過去のことを引き摺ってんじゃないわよ!」

「このバカエデ! 悪いことをしたら謝るんだっておばさんに教わらなかったのか!」

 

 そしていつものように取っ組み合いに喧嘩を始める私とアキ君。

 雄二とムッツリーニは楽しそうな表情で、どうにか持ち直したらしい秀吉と、雄二から今の状況を聞いたっぽい島田さんと瑞希は羨ましそうにこちらを見ている。

 

「いいなぁ楓ちゃん……。私も明久君と腕を組みたいです……」

「うん……。ウチも好きな人とやってみたいなぁ……」

 

 一体何がどう良いのか教えてほしい。

 

「君のせいで変な勘違いされちゃったじゃないか! どうしてくれんのよ!」

「君のせいで変な勘違いされたじゃないか! どうしてくれるのさ!」

 

 台詞と動きまで一緒だなんて生意気にも程がある。いくら幼馴染みだからってこれは酷い。さすがの私も堪忍袋の緒が切れそうだよ。

 アキ君が私の頬を引っ張り、私がアキ君の髪を引っ張る。別になんて事のない、ただの喧嘩である。年に三桁くらいはやってる。

 

「言っていることが一緒じゃな」

「動きも一緒だぞ」

「…………つまり全部同じ」

 

 わざわざ私が思っていたことを言わなくてよろしい。

 なお、この取っ組み合いはまたしても雄二と秀吉によって止められた。

 

 

 

 

 

 

「水瀬さん、お昼にしない?」

「はい? なんで私?」

 

 バカと取っ組み合いをしてからしばらく時間が過ぎて昼休み。

 アキ君と島田さんの件は誤解だとDクラスに伝わったようで、試召戦争の準備は取り止めたらしい。刺激の糧となるものがなくなったのは残念だが、いつもの日常を過ごせるなら致し方ないだろう。

 そんな中、私はどういうわけか島田さんと瑞希に誘われていた。なんか二人の顔が怖く感じるのは気のせいだろうか?

 

「それは、その……」

「さっきのことを聞きたくて……」

 

 何でもかんでも引き摺り過ぎだろここの連中。

 

「いや、別にそこまでかしこまらなくても良いから。聞きたきゃ好きなだけ聞かせてあげるから」

 

 あんなことを穿り出して何が楽しいんだろう。ただ私とアキ君がいつものように取っ組み合いの喧嘩をしたってだけなのに。もしかして距離が近いのが羨ましいのかな?

 ま、まぁ、そうでもないとおかしいよね。これがアキ君と喧嘩したいから攻略法教えてとかだったらドン引き待ったなしだからね。

 

「あ、美波」

 

 二人を座らせようとしたところで、またしても火に油を注ぎたいのかアキ君が島田さんに声を掛けた。いやなんで話しかけるのよ。

 二人の会話を聞く限り、アキ君はさっき島田さんの方から誘ったぽいお昼の弁当をどうするかを聞きに来たようだが……

 

「ウチにあそこまで恥をかかせておいて、まさかお弁当をたかろうって言うのカシラ?」

「いや弁当ぐらい分けてやりなよ。最初に切り出したのは島田さんでしょうが」

「絶対にダメ!」

 

 私なりにアキ君へ助け舟を出してみたが、ダメみたいだね。ごめんアキ君。私がこんなこともあろうかと作っておいたもう一つの弁当で我慢してちょうだい。

 その弁当をアキ君に押し付け、瑞希達と一緒に教室を出ようとしたところで、何らかの偵察から戻ってきたような感じのムッツリーニが話しかけてきた。

 

「…………今朝よりも状況が悪化した」

「あいよ」

 

 先行く二人に断りの返事をして、ムッツリーニと共に教室へ戻る。誘ってくれた島田さん達には悪いが、私的にはこっちが優先だからね。

 ……それにしても、状況が悪化したってどういうことだろう?

 

 

 

 



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第四問

 バカテスト

 問 以下の問いに答えなさい。
 団体が政策に影響を与えようと、政治家に働きかける事を何と言うでしょう。



 姫路瑞希の答え
『ロビー活動』

 教師のコメント
 正解です。さすがですね、姫路さん。
 議員が外部の人間と面会できる控室『ロビー』で活動していた事から、そう呼ばれています。


 島田美波の答え
『合コン?』

 教師のコメント
 王様だーれだ?


 水瀬楓の答え
『追い出しコンパ』

 教師のコメント
 誰を追い出すんですか?





「…………今朝よりも状況が悪化している」

 

 私が雄二や秀吉もいるアキ君の席に座ったところで、ムッツリーニはもう一度そう言いながらお得意の小型録音機を取り出した。

 そして再生ボタンを押す。そのスピーカーからは雑音交じりの会話が聞こえてきた。この声は……瑞希?

 

 

『つ、土屋君っ。明久君のセーラー服姿の写真を持っているって噂は本当ですかっ?』

『……一枚一〇〇円。二次配布は禁止』

『二次配布は禁止ですか……。残念です……。でも、私個人で楽しむだけでも充分に』

 

 

 ――ブツッ

 

 

 なんだ今の会話内容は。

 

「…………再生するファイルを間違えた」

 

 どうやら間違いだったらしい。もしも今のが本物だったら内容を複製してもらっていたところだよ。ていうか後でしてもらおう。

 アキ君が今のを聞いてガタガタと喚くも、雄二がつまらんことだと言って彼を落ち着かせる。いやまぁ、面白い内容ではあったけどね?

 

「どうして僕の女装写真が秀吉の写真と同じように裏で取引されてるの!?」

「ちょっと待つのじゃ明久――」

「あれ裏取引だったの!? てっきり普通の商売かと思ってたのに! 私はそう思って普通に取引に応じていたよ!」

「待つのじゃ水瀬! お主も今の件に一枚噛んでおるのか!?」

 

 騙された。ムッツリーニが隠すことなく写真を売ってくるものだから通常販売だと思っていたのに、まさか裏での取引だったとは。

 

「…………本物はこっち」

 

 そう言ってポケットから同型の機械を取り出すムッツリーニ。一体いくつ録音機を持っているのだろうか。

 

 

『えーっと、アキ君のセーラー服姿の写真と、秀吉の半裸の写真を三枚ずつ』

『…………例の物は?』

『はい、今回も巨乳とポニーテール物だけど』

『…………一冊足りない』

『また? んーと……あったあった。万が一に備えてアキ君の部屋から』

 

 

 ――ブツッ

 

 

「…………また間違えた」

 

 さすがに今の会話は聞き覚えがあるぞ。コイツわざとやってないか?

 

「バカエデ貴様ぁーっ! どうりで僕の部屋からエロ――体育の参考書が減ってると思ったよ!」

「ワシのは、半裸じゃと……。一体いつ撮られたのじゃ……!?」

 

 撮られた覚えがない秀吉は意味もなく胸元を隠しながら赤面し、

 

「もう怒った! ここでキサマとの決着をつけてやる!」

 

 アキ君は憤怒の表情で私に掴み掛かってきた。これのどこが良いのか、島田さんと瑞希に三十分ほど問い掛けたいところである。

 

「後にしなさいよそんなこと! どうせ私が勝つんだから!」

「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃないか!」

「やらなくてもわかるわよ! 君が私に勝てる要素は一つもないんだよ!?」

 

 今日はやけにバカと取っ組み合いになるなぁ。これで三、四回くらいは同じことしてるよ。

 私とアキ君が喧嘩してる間にも、ムッツリーニは三度目の正直と言わんばかりに本物の方を流し始めた。いやいやこの状況を何とかしてからにしてよ。私が聞けないじゃん。

 ちなみに聞こえてきた会話の内容は、試召戦争の準備を進めているものだった。Dクラスはさっき大人しくなったことが確認されている。だからこれはそれ以外のクラス。それも男子が会話しているとなると……。

 

「……今のBクラス?」

「…………正解」

 

 やはりか。Bクラスの代表は一応男子である根本だ。全体的な状況から考えると、これが他のクラスだったら発言力の勝る女子が会話しているはずだからね。

 全く、本当に姑息なことしか考えないわね、あのキノコ野郎も。まさか仕返し以外の目的でこっちに仕掛けるなんて。それもこのタイミングで。

 雄二も同じことを考えていたようで、私と共に納得するように頷きながら呟いている。こういうことに関してはマジで頭が回るのねコイツ。

 

「いや、根元の狙いは恐らく仕返しだけじゃない」

「え? 違うの?」

 

 私との取っ組み合いをやめ、雄二の言うことに首を傾げるアキ君。秀吉も同じくわかっていないようで、可愛らしく首を傾げていた。まぁ、雄二の言うことは本当にまどろっこしいから無理もないけどね。

 秀吉がアキ君に代わって問い掛けると、雄二は少し険しい表情で答えた。

 

「アイツの目的は俺たちへの仕返しと――自分への非難を抑えることだ」

 

 クラス代表でありながら、元から人望のなかった根本。しかも私達Fクラスとの試召戦争では卑怯な手を使ったにも関わらず、勝つことができなかった。そして合宿での覗き騒動。アレにも参加したことで、今の奴はBクラス内での居場所をなくしているはず。クラスメイトからの信頼がどうなったかなんて言うまでもない。

 

「ここで問題だが、国情の不安が顕著になった場合、為政者はどういった対応をすると手っ取り早く大衆の不満を抑えられると思う?」

「? え、えっと……」

 

 この問題の答えは『外部に共通の敵を作ること』だ。そうすれば自分へ向けられた怒りや不満をその敵に肩代わりさせることができるし、恨みがあった場合は晴らすこともできる。

 普通に考えると難しいかもしれないが、『大衆の不満を抑える為にはどういった行動が適切か』に視点を向ければ、問題の難易度はグッと下がる。まぁ、Fクラスの彼らには難題だろうけど。

 雄二に今挙げた点を言われると、考え込むどころか思考が追い付いていなかったアキ君は、それなら簡単だと言わんばかりに答えた。

 

「香水をつける」

「恐ろしいほど奇抜な解答だな」

「…………度肝を抜かれた」

「どっから香水が出てきたの?」

 

 いやマジでどっから出てきたのよ香水。まさかとは思うけど、『大衆』を『体臭』と聞き間違えたとかじゃないよね?

 

「えっ、違うの!? だって、前にTVで『体臭を抑える為に香水をつける』ってヨーロッパの人たちが言ってたよ!?」

 

 よく覚えてたなそんなこと。ていうか本当に聞き間違えていたとは思わなかった。

 度肝を抜く解答をしたアキ君に代わり、秀吉が『恐怖で抑えつける』と答えた。なるほど、恐怖政治か。答えとしては惜しいかな。まず行うだけの力がいるし、何より手っ取り早くない。

 雄二も手段の一つしてそれを知っていたが、答えとしては不正解なので首を縦に振ることはなかった。さて、次は私が答えるか。

 

「答えは『外部に共通の敵を作ること』よ。だよね?」

「そうだ。俺たちの日常生活でもそうだが、同じ敵を持つ人間というものは若干の不和があったところで結束し易い」

 

 さっきも言ったがこれが今回の問題における正解だ。別に驚くことでもなければ、不思議なことでもない。歴史上の人物にだってその手のやり方を実行した奴は意外といるからね。

 まぁ、簡潔に言えば根本の目的は『汚名返上と発言力の向上』である。現在進行形で起きているこの状況、奴にとっては相当美味しかったみたいね。

 しかも普段ならともかく、女子以外点数の補充ができていない今のFクラスじゃ、どんなに効率の良い作戦を立てても勝ち目はない。まだDクラスに攻め込まれる方がマシである。

 ここは焼け石に水でしかないが、最後のあがきとしてバカ共に点数補充をさせるしかない。そう思ったところで、雄二は口を開いた。

 

「……いや、余計なことはしない方がいい」

「え?」

「は?」

 

 なんで却下したんだコイツ。私でもここは可能な限りの備えをさせるべきだと思っているのに。まさかここに来て良い考えがあるとか言うんじゃないだろうな?

 私の予想は当たっていたようで、雄二は考えるまでもないと言うように、次から次へと作戦の内容を明かしていく。さすがの私でもついていけるか怪しいので、脳内で簡単にまとめることにする。

 

 

 えーっと……『Bクラスに宣戦布告されるまでの時間を稼ぎ、その間にBクラスが戦争を出来ない状況――つまり私達が他のクラスと戦うという状況を作り上げる』で良いかな?

 

 

 長すぎるでしょこれ。まとめたは良いが長すぎるでしょこれ。だけどこれだけの内容を思いつく雄二には舌を巻かざるを得ないわね。私じゃ無理だわ。

 ちなみに他のクラスという枠にはDクラスが選ばれた。最初の一件を煽れば、こちらの思惑に乗ってくれる可能性はあるかもしれない。というか選ばれた理由がそれだし。

 そのため向こうから宣戦布告をさせる必要があるけど、それさえできればBクラスから宣戦布告をされることはなくなるだろう。こちらがDクラス相手に負けないように粘り続け、その間に点数補充を済ませる。そうして私達が万全な状態になれば、さすがのBクラスも攻めてこないだろう。

 

「Dクラスが相手なら勝算はないけど、負けないことはできる。そう言いたいのね?」

「そうだ。つまり引き分けの為に戦う。さっきはそれが面倒でやりたくなかったが、今は状況が状況だからな……」

「でもさっきの話だと、やっぱり戦争はするんだよね? だったら午後を点数補充に使えばいいと思うんだけど」

「アキ君、さっきのムッツリーニの情報を思い出して」

 

 雄二にその耳は飾り物だと言われながらも、嫌な顔一つせずに考え込むアキ君。

 

「ムッツリーニ! 一枚一〇〇円は安過ぎるよ! 秀吉は五〇〇円なのに!」

 

 そして物凄くどうでもいいことを思い出しやがった。いやどうでもよくはないが、今求めているものは間違ってもそれじゃない。

 彼の発言に思うところがあったのか、秀吉は圧を掛けるように二人を問い詰めていく。あの勢いで私に壁ドンしてくれないだろうか。

 

「そういえばムッツリーニ、私の写真はあるの? あるとしていくらなの?」

 

 ここまで来ると気になったので聞いちゃうことにした。女子に目がないムッツリーニのことだ。売っていない女子の写真はないはず。

 私のそれはまだ売り出していなかったのか、ムッツリーニは少し考えてから一言だけ呟く。

 

「…………三〇〇円」

 

 勝った。

 

「僕は楓よりも安いの!?」

「むぅ、三〇〇円か……」

 

 私よりも値段が安かったことを嘆くアキ君と、自分の財布の中身を確認する秀吉。どうしてこうも同じ男子で反応が違うのか。

 

「お前ら全然危機感抱いてないだろ」

 

 うん。だっていざとなれば私一人でどうにかできるし。数学さえなければ。

 

 さっき根本は『こちらの動きを気取られたら即座に宣戦布告を行う』と言っていた。これは私達に勘付かれるまで点数補充を続けるという意味だが、これは逆に言えば連中の準備が整うか私達に勘付かれるまでは宣戦布告をしてこないという意味でもある。

 念には念を入れよというが、それが仇になるとは根本も思わないだろう。

 しかも今、試験召喚システムはメンテナンス中のため、メンテナンスが終わるであろう明日までは試召戦争ができない状態にある。つまり私達には明日まで猶予があるのだ。

 

「さて、これからDクラスからの宣戦布告を受ける為に工作を始める。期限は今日一杯だ」

「また清水さんを煽るの? しかも今度は演技で」

「あぁ。今朝の一件を利用する」

 

 今度は逆にアキ君と島田さんをくっつけるのか。アキ君はともかく、島田さんはまだお怒りのはず。演技とはいえ、そう簡単にはいかないわよ、これ。

 アキ君もそれがわかっているので無理だと抗議するも、雄二は『それでもなんとかするんだ』とたった一言で彼を抑え込んだ。

 

「演技に関しては秀吉に任せる。ムッツリーニは情報収集及び操作、俺は作戦が成功した時の為に対Dクラス戦の用意を始める。水瀬は明久の補佐を頼む」

「了解じゃ」

「…………わかった」

「あいさー!」

「な、なんてことに……」

 

 全くよ。アキ君のせいで大変なことになりそうだわ。刺激的で良いけど。

 

 

 

 

 

 

「それで、ウチにどうしろって?」

「アキ君と付き合ってほしいのよ。周りが羨ましがって、アキ君を殺しそうなほどの殺気を湧かせるレベルでベタベタしてちょうだい。もちろん演技だからその辺は安心していいよ」

 

 教室に戻ってきた女子二人に事情を話したのだが、案の定島田さんはまだ怒っていた。さっさと水に流しなさいよ。めんどくさいわねぇ。

 

「絶対にイヤ」

「つべこべ言わずにやれよ」

「えっ」

 

 なんだ今のは。そう言いたげに、島田さんはアキ君に向けていた視線を私に向けた。

 うーむ、ちょっと昔の自分を出してみたんだけど失敗だったかな? やっぱり我が儘を言う子供を宥める感じにするべきだったか……。

 

「ごめん美波。楓は短気だからたまに口が悪くなるんだよ」

 

 待て。その情報初耳なんだけど。

 

「ち、ちなみに瑞希には二人の仲を妬む役を頼みたいんだけど」

「ね、妬む役ですか?」

「うむ。明久と島田の演技だけでは現実感に欠けるからの」

 

 ナイス秀吉。それでこそ私の天使だ。これで気まずさからも解放される。

 瑞希はアキ君が好きだということもあり、酷く葛藤し始めた。一方の島田さんは……。

 

「ウチはなんと言われてもイヤ。こんなバカと恋人同士だなんて……」

 

 グチグチと渋っていた。どんだけ引き摺れば気が済むのよこの子は。相手がアキ君だったんだから結果オーライでしょうに。

 こうなったら魔法の一言を使うしかないわね。ゴリ押しにはこれがちょうど良いわ。

 

「じゃあ私がアキ君を食べても大丈夫だよね?」

「冗談じゃ……え?」

 

 またしても固まり、私を凝視する島田さん。魔法の一言を言ったつもりなんだけど、何かおかしいところでもあったのかな?

 よく見ると島田さんだけでなく、アキ君や雄二も呆れるように固まっている。秀吉と瑞希も顔を真っ赤にし、ムッツリーニに至っては溢れ出る鼻血に抗っていた。

 

「……水瀬。今のもう一度言ってみろ」

「えっ? だから私がアキ君を食べても大丈夫――」

「だ、ダメですっ! そんなことしちゃダメですよ楓ちゃんっ!」

「そうじゃ水瀬! 今はそんなことをしておる場合ではないぞ!」

 

 雄二に言われた通りにもう一度言おうとしたところで、我に返ったかの如く秀吉と瑞希が怒り出した。この二人には刺激が強すぎたのかな?

 島田さんは言葉の意味がわからなかったようで、首を傾げながら考え込んでいた。アキ君と雄二はまたかと言いたそうにやれやれと呆れている。さすがのアキ君も慣れたみたいね。

 

「まぁ、あれよ島田さん。この状況をどうにかしないと、また瑞希が転校の危機に陥る……なんてことになりかねないのよ。さすがにこの意味はわかるよね?」

 

 嘘は言っていない。清涼祭のときもそうだったけど、瑞希はクラスの設備の悪さとクラスメイト達のバカっぷり、そして室内の環境の悪さで親に心配され、転校させられそうになったことがある。

 さすがの島田さんもアキ君ならともかく、同じ女子で友達である瑞希を見捨てることはないだろう。ていうかできないだろう。

 

「うっ」

 

 ほら、食いついた。

 

「あのさ、これって相手が僕じゃなければいいんじゃないかな?」

 

 チッ、アキ君の癖に痛いところを突いてきやがった。確かに彼の言う通り、島田さんの相手は男子であれば別に誰でも良いのだ。

 瑞希もそれは良い考えだと賛同する。まぁ、自分の好きな人が演技とはいえ他の女の子と一緒にいるところを見るのは心が痛むもんね。

 

「雄二とかどうかな?」

「ほほぅ。お前は俺に死ねというのか」

 

 雄二はダメだろう。間違いなく翔子がすっ飛んでくる。そうなれば彼の人生は終わりを告げてしまう。

 

「それじゃ、ムッツリーニは?」

「…………盗聴器の操作がある」

 

 ムッツリーニもダメだろう。彼はここにいるメンバーの中じゃ唯一の諜報係であるため、様々な場面で重宝する。それに彼は初心だ。島田さんと接触しただけで鼻血を大噴射するだろう。

 

「う~ん……他には……あっ、楓とか!?」

「待ちなさいバカ」

 

 なんでそこで私の名前が出てくるのよ。私は君達と違って女子なんだけど。島田さんとは同性なんだけど。

 まぁ、私的には何の問題もないが、島田さんはその限りじゃない。何を言っているんだ、といった感じの目付きでアキ君を見つめている。

 

「アンタ本当にバカね……」

「ところで明久よ。ワシの名前が飛ばされた気がするのじゃが、他意はないのじゃろう?」

 

 他意しかないと思う。というかそうだった。何か違和感があると思えばれっきとした男子である、木下秀吉の名前が出されていないではないか。

 でもまぁ、よく考えると代役は無理があるかな。今朝のことが誤解だと知っているのは一部の連中だけ。それ以外の生徒はまず信じないだろう。下手すると教師も信じ込んでいるかもしれない。

 雄二もそう思っていたようで、全く同じことをアキ君に言っている。生徒全員に誤解だと思わせるのは至難の業だからね。仕方ないね。

 このあと瑞希がアキ君と島田さんに頭を下げてまで協力を申し出たことで、アキ君はもちろん島田さんもついに折れた。

 

 

 

 



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第五問

 バカテスト

 問 以下の問いに答えなさい。
 味噌に足りない栄養素と、それを補うために味噌汁に入れると良い具材の例を挙げなさい。



 吉井明久の答え
『ネギ』

 教師のコメント
 正解です。
 他にもタマネギや春菊などのビタミンCが含まれる野菜が良いでしょう。味噌はビタミンB群が豊富で、大豆蛋白質も含まれるのでとても健康に良いです。反面、塩分が多めですので、塩分の取りすぎに注意しましょう。


 姫路瑞希の答え
『ビタミンC オレンジ 塩酸』

 教師のコメント
 それは料理ですか?


 水瀬楓の答え
『トマト』

 教師のコメント
 それは味噌汁に入れてはいけない具材です。





『あのね、ウチは、アキのことが――』

 

 しおらしく、弱々しく言葉を紡ぐ島田さん。録音機で二人の会話を聞いているので、音声以外の状況がどうなっているかはわからないが、アキ君もアキ君で顔を赤くしているに違いない。

 私と秀吉と雄二とムッツリーニが録音機に耳を傾ける中、島田さんはついに私達が聞きたかった言葉を――

 

『アキのことが――嫌いなのっ!』

 

 最悪だバカ野郎。

 

『初めて会った時からずっとアキのことが嫌い! あれから友達として傍にいるのがずっと辛かった! 本当は友達でいるなんて、我慢できなかったのに!』

 

 おかしい。好きと嫌いが逆になっている。好きが嫌いになっているせいでアキ君がボロクソ言われている。こんなに斬新で、ふざけるのも大概にしろと言いたくなる告白は初めてだ。

 現実どころか漫画や小説、アニメの世界ですら聞いたことのない告白をされたアキ君は、彼女を宥めるかのように告白の返事をした。

 

『僕もずっと、同じ気持ちだった』

 

 そしてこちらまで響いてくる、打撃音。おそらくアキ君が島田さんに顔面パンチをお見舞いされた音だろう。なんでここまで聞こえてくるのか謎だが、さすがにこれは理不尽だと思う。

 

「……ねぇ、何コレ?」

「俺に聞くな」

「…………玉砕」

「むぅ……酷い失態じゃのう」

 

 録音機から聞こえる音声のみで向こうの詳しい状況はわかっていないが、言っておくとこれは例の演技である。たった今大失敗したけど。

 

 

 

 

 

 

 

「まったくお主らは、なんという失態を……」

「島田さんはまず謝ろう? 悪いことをしたら謝るってお母さんに教わったでしょ?」

「ちょ、それさっき僕が言った台詞――」

 

 大失敗をしたアキ君と島田さんがFクラスに戻ってきた。この調子だとコイツらに恋人の演技は無理じゃなかろうか。

 島田さんはアキ君に頭を下げて一言謝ると、アキ君と共にそれとこれとは別だと言わんばかりに私と秀吉に抗議してきた。

 

「だ、だってあんな台詞言えるわけないもの! もしかしたら録音されているかもしれないのよ!?」

「そ、そうだよっ! それに美波があんなに可愛い台詞を言えるわけがあれ? 右手の感覚がなくなってきたような?」

 

 さっそくこれである。アキ君の右肘が酷いことになっていた。

 

「だよね! 島田さんにあんなに可愛い台詞を言えるわけがないもんねっ!」

「わ、わざわざ僕の言いたかったことを代弁するなバカエデ……っ!」

 

 もう一度言ったのは私なのに、アキ君に右肘がさらに悲惨なことになった。どうも島田さんの表情を見る限り、『アキ君が二人いてどっちを攻撃すればいいかわからない』という感じだろう。

 とりあえず島田さんをアキ君から引き剥がし、お尻を引っ叩いて落ち着かせる。セクハラでしかないが問題ないだろう。

 

「な、なんでそこを叩くのよ!?」

「あれ? もしかして胸の方が良かった? その水平線のような胸の方が――おっと」

 

 顔面に拳が飛んできたので、少し右に逸れてかわす。アキ君なら綺麗に当たっていたに違いないが、私はそんなに甘くないよ。

 

「ごめんごめん。お詫びに秀吉がお手本を見せてくれるから許してね」

「んむ? 別に良いが……」

 

 そう言って秀吉は島田さんの台本を手に取ると、少しの間それをじっと見つめていた。

 私としては秀吉に矛先を向けさせて煙に巻きたかっただけだが、これはこれで良いだろう。

 台本の内容を暗記し終えたらしい秀吉は、アキ君の手を取ると弱々しく握り締めると、頬を染めた状態で顔を上げた。

 

「わざわざこんなところに呼び出してごめんね、アキ……。あのね、ウチは……アキのことが好きなのっ!」

「「!?」」

 

 いきなり秀吉が島田さんの声で、島田さんの口調でアキ君に告白した。どうしてだろう、演技だとわかっているのに胸が痛む。

 言葉に言い表せないほど可愛らしくなった秀吉は、まるで周りの視線なんぞ知ったことかと言うように言葉を紡いでいく。

 

「初めて会った時からずっとアキのことが好き! あれからただの友達として傍にいるだけなのがずっと辛かった! 本当はただの友達でいるなんて、我慢できなかったのに!」

 

 羨望と嫉妬から来る衝動を必死に抑えつつ、秀吉の言葉に耳を傾ける。本当に演技なのかわからなくなってきた。これが秀吉の口調と声だったらどうなっていたことやら。

 

「アキ……。あんなことしちゃった後で今更だけど、改めて……貴方のことが好きです。ウチと、付き合って下さい」

「母さん……。今僕は、初めて貴女に心から感謝します……」

「――とまぁ、こんな具合じゃ」

 

 やっと終わった。そう思いながら皆に見えないよう胸元を押さえ、壁に額を当てる。本当に、本当に演技で良かった……。

 瑞希と島田さんが秀吉の演技をべた褒めしていたが、私はそんな気になれない。演技と現実の区別がつかない自分を情けなく思ったからだ。

 

「か、楓ちゃん……?」

「っ! な、何?」

 

 心配そうな顔で瑞希が覗き込んできたので、悟られないよう平静を装う。

 

「大丈夫ですか? 凄く苦しそうな顔をしていましたよ?」

「大丈夫、大丈夫だから……。瑞希は自分のことに集中してなよ」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、この場合は別だ。できることならそっとしておいて欲しかった。

 ……うわ、汗びっしょりじゃん。いつの間に掻いてたのかな? これじゃ勘の良い秀吉と、幼馴染みのアキ君には気づかれちゃうよ。

 ポケットからハンカチを取り出し、瑞希の後ろに隠れて汗を拭き取っていく。ちょ、瑞希の背が低いせいで隠れにくいんだけど……。

 

「大丈夫? 水瀬さん……」

「大丈夫だって。大袈裟なんだから」

 

 私を心配してくれる瑞希と島田さんを強引にごまかし、何でもないよというアピールのため、ムッツリーニに話しかける。秀吉にまでこっちに来られると困るからね。

 

「ムッツリーニ、屋上での会話は清水さんに伝わったの?」

「…………微妙」

 

 微妙だったようだ。それでも一応、接触不良を装っておいたとのこと。この辺りはさすがムッツリーニというべきか。

 今度こそ恋人同士を演じてもらうと秀吉に釘を刺され、言葉を詰まらせるアキ君と島田さん。あんな迫真の演技を見せられた後じゃ断れるわけがないのだ。断ったらシバいてたけどね。

 午後の授業は自習で、他のクラスでは生徒のほとんどが点数補充という目的でテストを受けているため、教師陣もそっちに手を回している。つまり教室を抜け出しても見つかる確率が低いのだ。

 それを利用することにした秀吉は、逢引の演技をさせるべくアキ君と島田さんに腕を組むという要求をした。もちろん関節技のそれではなく、恋人同士がイチャついているときにやるものを。

 

「き、木下君。べ、別に腕を組む必要はないんじゃ……?」

 

 思うところがあったようで、瑞希は秀吉に異議を申し立てた。いくら演技でも限度があると思ったようだ。

 しかし、演劇部のホープである秀吉がそれを許してくれるはずもなく、瑞希の言い分はスルーされてしまった。

 結局、アキ君と島田さんは演技のために腕を組むことになり、舞台も屋上に決まった。

 

「じゃあ、行こうか美波」

「……一応腕は組むけど、他のところに触ったりしたら殺すからね」

「触れるほどのものはないでしょうに」

「ちょっと待っててアキ。ウチは水瀬さんと大事な話があるから」

「落ち着くんだ美波。バカエデ相手に無駄な時間を使う必要はないよ」

 

 酷い言われようである。二人の緊張をほぐそうと少しからかっただけなのに。

 それでも少しは緊張が解けたようで、二人は腕を組みながら教室を後にした。

 

 

 

 

 ……島田さんの腕の組み方、如月ハイランドで翔子が雄二にやっていたものと同じものだった。アキ君は大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

 

「失敗もいいところだカス野郎」

 

 またしても大失敗だった。

 

「坂本君、失敗ってどういうことですか?」

 

 あの後、一体何があったのか右腕を押さえているアキ君と上機嫌の瑞希、そして大激怒の島田さんが戻ってきたのだ。

 いや、何があったのかはわかる。あのまま間違った腕組みを続けたことでアキ君の右腕が限界に達し、演技そっちのけで島田さんを置き去りにする形で、演技で出て行った瑞希の後を追う形で、保健室に向かうべく屋上から離脱したのだろう。

 まさか本当に拗れてしまうとは思わなかった。いくら私でもこれを修復するのは無理があるよ。

 

「どうもこうもあるか。このバカが最後に逃げ出したせいで、やってきたこと全てが台無しだ」

「まぁ、今の二人を見て付き合っていると思う奴はいないわね。私が目撃者だったら喧嘩して別れた直後だと言われた方がしっくり来るわ」

 

 アキ君は事の重大さに気づいていないのか、どれだけダメなことを仕出かしたのかわかっていないようだ。あの後、気持ちを落ち着かせるために教室で待機していたせいで、見ても聞いてもいなかった私ですらわかるのに。

 秀吉は『せめてもの救いは島田が明久に好意があるという様子を見せたこと』だと言うが、私としては救いどころか焼け石に水でしかないと思っている。島田さんがあの状態じゃ、生徒達に見せられたものが演技だとバレるのは時間の問題だからだ。

 

「オマケにもう一度トライしようにも、島田はあの調子で明久と姫路は一緒に仲良く戻ってくるときたもんだ」

「全く、このバカ久ときたらすぐにこれよ。ただでさえ修羅場だったものを、君自身が悪化させてどうすんのよ」

「うっ……返す言葉もございません……」

 

 私と雄二に言いたいように言われてしょんぼりするアキ君だったが、雄二に島田さんには謝っておいた方が良いと言われて、すぐに島田さんの席に向かった。

 

 ……まず許してはもらえないだろう。それどころか火に油を注ぐ結果にしかならない。そんな気がする。

 

 私の予想は当たっていたようで、島田さんに拒絶されたらしいアキ君が再びしょんぼりしながら戻ってきた。まさにやっちまったとしか言いようがない。

 

「完全に怒らせちゃったよ……」

「そのようじゃな」

「そりゃそうなるわよ」

 

 あれで仲直りできていたら私は島田さんをぶん殴りに行っていたと思う。お前の怒りは所詮その程度なのかと伝えるために。

 

「とりあえず島田さんは放っておきなさい。ああなってしまった以上、ほとぼりが冷めるまで使い物にならないわ。時間が経ってからのフォローもしなくていい」

「そんな! 美波を物みたいに――」

 

 アキ君が何か異議を唱えてきたが、それを言い切る前に雄二と秀吉に止められた。二人も私ほどではないが、近しい考えに行きついたのかもしれない。

 今の島田さんには何をしても逆効果だ。時間が経過した後でも同じ結果にしかならない可能性がある。仮に何かできるとしても、その相手がアキ君や瑞希だとなお逆効果だろう。

 ……それに、本当にこれで二人の関係がおしまいなら、彼女の想いはその程度だったということ。そんな奴に肩入れする理由はない。

 

「まぁ、その話は置いといてだ。とにかく、このままだといつまで待ってもDクラスからの宣戦布告はないだろう。こっちから状況を動かす必要がある」

 

 話題を切り替える雄二だが、その表情はいつになく硬い。それだけ私達Fクラスの状況は拙いのだろう。

 ムッツリーニによると、Bクラスは全体の七割程度の補充を完了。一部では開戦の用意を始めているらしい。休み時間も補充に回す辺り、これはかなり本気で来てるね。

 これを聞いた雄二はまず、Dクラスに仕掛ける前に時間を稼ぐ必要があると判断した。そのために『DクラスがBクラス打倒を狙って試召戦争の準備を始めている』という偽情報を、ムッツリーニとクラスメイト達に流させることにしたみたいだ。

 確かにこれなら、Dクラスに狙われていると知ったBクラスは連戦を避けたいと考え、私達への宣戦布告を躊躇うだろう。こんなに良い作戦なのに、目的が時間稼ぎというのだから驚きである。

 

「本当はCクラスが狙っているという話にしたいところだけどな」

「CクラスはAクラスに負けてるからねぇ」

 

 そう、Cクラスもまた私達Fクラスのように、試召戦争に負けて自分達から戦争を申し込む権利を失っている。なので使えない。

 ムッツリーニには他のこともやってもらいたいと、今やっていることを須川達に一任させるよう指示を出し、秀吉には清水さんを交渉のテーブルに引っ張り出す役を担当させる雄二。さすがはクラス代表と言うべきか。

 なお、交渉のテーブルには島田さんも連れて行くことが決まった。あんな怒り心頭を連れて行くことに何の意味があるのだろうか……まぁ、あるにはあるんだろうけどさ……。

 

「ところで明久」

「うん?」

「今朝は何を食べた?」

 

 いきなり何を言い出すんだコイツは。アキ君は今朝、私が作ったフレンチトーストをたらふく食べている。そんなことを知ってどうするんだ?

 どうも雄二にとっては大事な話らしく、アキ君の疑問を押し切って再度問い掛けた。

 

「いつも通り水と楓が作った――」

「水だけ? それはいけないな明久! お前は今回の作戦の要だ」

 

 飾り物の間違いだと思いたい。

 

「しっかり食べて力をつけてもらわないと! なぁ姫路?」

「いやだから、今朝は楓が――」

「え? そうですね。確かに明久君は楓ちゃんにご飯を作ってもらっているそうですけど、それでもきちんと食べているか心配です」

「そこで、だ。姫路」

「はい」

 

 アキ君の食生活を心配するこの会話、結構裏があり過ぎるぞ。いや、裏があるのは雄二だけか。瑞希からは悪気というものが欠片も感じられない。それはそれで質が悪いけどさ。

 どうして唐突にこんな会話を始めたのか。私は疑問に思っていたが、雄二が口元を歪めながら言った一言で納得がいった。

 

「何か食べ物を――」

 

 コイツは、アキ君を殺す気なんだと。

 

「だから今朝は楓が作ったフレンチトーストを食べたって言ってるじゃないか! いやぁ、誰かに作ってもらうご飯は格別の味だねっ!」

「明久君。後でその話を詳しく聞かせて下さい」

「えっ? う、うん。別に良いけど」

 

 瑞希が何かに立ち向かうような真剣な表情で、アキ君に迫る。何か気になるところでもあったのかな?

 本当のことを言っているアキ君に対し、無理をすることはないと正直な気持ちを言わせようとする雄二。多分アキ君は死にたくないと思ってるよ、きっと。

 しかし、瑞希はお昼以外何も持ってきていなかったようで、申し訳なさそうにアキ君へ視線を向ける。だけどまぁ、そこは策略に定評のある雄二だからね……。

 

「そうか。無いのか。それなら悪いんだが……明久の為に何か簡単な食い物を作ってもらえないか?」

 

 そこまでしてアキ君を殺したいのか。

 

「…………」

「おいおい明久。どうして俺や水瀬にしか聞こえないくらいの小さな声で『ギブ、ギブ』なんて連呼してくるんだ? おかしなヤツだなぁ」

 

 相当参っているアキ君だが、そんなことは関係ないと言わんばかりに彼を徹底的に追い詰めていく雄二。しかも材料もあるようで、おまけに調理室の鍵まで(勝手に)借りてきていた。用意周到過ぎる。

 

「明久君、何が食べたいですか?」

「そうだね。それじゃあ」

「ゼリーがいいだろう」

 

 

 ゼリー→(材料:不特定多数)

 

 

 おそらく材料を限定できて、予期しない毒物が混入されないような料理……目玉焼き(材料:卵のみ)を希望していたであろうアキ君にとって、これほどパンドラの箱という言葉が似合うものはないね。

 

「…………」

「なんだ明久。そんなに潤んだ瞳で俺と水瀬を見るな」

「まるで捨てられたチワワね、今のアキ君」

「捨てないで! 捨てないで二人とも!」

 

 めちゃくちゃ捨てたい。

 

「ゼリーですか。わかりました。頑張ってみます!」

 

 瑞希は張り切った様子でそう言うと、雄二に鍵を渡されながら、容器はドリンクゼリーに使われるパックを使用してほしいと頼まれ、それを了承して教室を出て行った。

 

「……楓」

「何?」

「僕が死んだら、立派なお墓を立ててくれるかい……?」

「昆虫と同列のお墓しか作ってやれないわ」

 

 昆虫のお墓と言ってもその手の埋葬ではなく小さな子供が作るような、死体が埋まっているところに名前が書かれた木の棒を突き刺すという簡単なやつである。

 ちなみに雄二が瑞希にゼリーを作らせようとしたのはアキ君を殺すためではないらしい。瑞希の料理は劇物が絶対に入っているからね。それを利用して暗殺用の武器にでもするのかな?

 

「まぁ、ああまで言った以上、姫路はお前に食べさせようとするだろうがな」

「少しは食べてあげなよ、アキ君」

 

 私達がそう言うと、アキ君は「こうしちゃいられないっ!」と急いで立ち上がり、瑞希の後を追い始めた。私と雄二もそれに続く。

 

「俺も行くとするか。姫路の料理を一度見てみたい」

「私も。ちょっと怖いもの見たさだけど見てみたいわ」

 

 

 

 瑞希の料理が、いかにカオスなものであるかを。

 

 

 

 



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第六問

 バカテスト 化学

 以下の文章の(  )に入る正しい単語を答えなさい。
『分子で構成された固体や液体の状態にある物質において、分子を集結させている力のことを(         )力という』



 姫路瑞希の答え
『(ファンデルワールス)力』

 教師のコメント
 正解です。別名、分子間力ともいいます。ファンデルワールス力は、イオン結合の間に発生するクーロン力と間違え易いので注意して下さい。


 土屋康太の答え
『(ワンダーフォーゲル)力』

 教師のコメント
 なんとなく語感で憶えていたのだということは伝わってきました。
 惜しむらくは、その答えが分子の間ではなく登山家の間で働く力だったということです。


 吉井明久の答え
『(    努    )力』


 水瀬楓の答え
『(    努    )力』


 教師のコメント
 先生この解答は嫌いじゃありません。






「あはは。遠慮すること無いよ。…………マジで」

「ははは。遠慮しておこう。…………マジで」

 

 ゼリー(であってほしい)を作りに行った瑞希の様子を見に行く最中、彼女が作った料理を食うか否かで争うアキ君と雄二。

 私も食べるのはごめん被りたいが、この二人が悲惨な目に遭っているところは割と本気で見たいと思う。そんなに見てる気がしないし。

 そんな二人の微笑ましい光景を見ながら、程なくして調理室に到着した。

 

「それじゃ、開けるよ」

「ああ」

「うん」

 

 瑞希に気配を悟られないよう、コッソリと扉を開けて中の様子を窺うアキ君。

 肝心の瑞希はまだ準備中だったようで、まだおかしな点は一つもなかった。

 ま、まぁ、準備の時点でおかしかったらもうダメだよね。料理以前の問題だよねそれは。今のところ、棚から取り出した二つのボウルに、それぞれゼラチンと砂糖を入れている。こうしてると普通に見えるわね……。

 

(驚くほど普通ね)

(そうだね。ゼリーくらいなら大丈夫なんだよ、きっと)

(普通じゃ困るんだがな……)

 

 何でやねん。料理は普通でナンボでしょうが。

 やっぱり瑞希お手製のゼリーを暗殺用の武器に仕立てあげるつもりなのだと確信していると、ふと瑞希が呟いた。

 

 

 

『まずは……ココアの粉末をコーンポタージュで溶いて――』

 

 

 

 初手からおかしいとか卑怯にも程がある。信じられる? これ初手なんだよ?

 

(ねぇ雄二! 楓! 彼女はゼリーを作ろうとしているんだよね!?)

(ココアとコーンポタージュのゼリーとか世界規模で探してもなさそうね……)

(静かにしろお前ら。姫路に見つかるぞ)

 

 私達の中にある、料理の概念がいきなり崩れ始めていく。もうこれ理論上可能とかそういう問題じゃない気がする。

 

 

 

『オレンジと長ネギ、明久君はどっちなら喜んでくれるでしょうか……?』

 

 

 

 飢え気味のアキ君ならどっちでも喜んでくれるわよ。ゼリーの材料という設定でなければね。

 

(迷いどころが私達の常識を越えてるわね……)

(迷わない! その二択は迷わないよ姫路さん!)

(最近飢え気味なアキ君のために、健康と栄養価に重点を置いた料理を作ろうとしているのよ)

(……味は度外視されてるがな)

(そんな!? これが特別仕様だとしても、僕は喜べないよ!)

 

 

 

『あとは、隠し味にタバ――』

 

 

 

(これ以上は食えなくなる。聞くな明久)

(待って! せめて最後に入れられたのが――)

 

 何を入れられたのか騒ぎそうになるほど気になるアキ君に代わり、私は何が入れられたのか考えることにする。

 

 ……うん、どっちなんだ。『タバコ』か『タバスコ』なのか、どっちなんだ瑞希。

 それともここから新たな選択肢を追加する必要があるのか? だとしたら入れられたのは『タバコシバンムシ』か? それとも『タバコモザイクウイルス』か?

 

 雄二に首根っこを掴まれてズルズルと引き摺られるアキ君を追いながら、そんなどうでもいいことを考える。でも結局何を入れたのだろうか。気になって仕方がないわ。

 

「よし、このまま新校舎の三階をうろつくぞ。暇そうにな」

「というか実際暇だしね」

 

 今回の私の役目はアキ君の補佐。なのでアキ君が動かない限り、私は暇人でしかないのだ。

 雄二の言っていることがわからなかったアキ君は、女子のような仕草で首を傾げて雄二に一言問い掛けると、雄二はアキ君にもわかりやすく説明してくれた。

 

「BクラスとDクラスに俺たちが何も知らないというアピールをする為だ。上手くいけばBクラスに対しては時間稼ぎになるし、Dクラスには開戦に踏み切る為の判断材料と思わせることができる」

 

 今私達がいる新校舎。その三階にはA~Dクラスの教室がある。わざわざ敵の陣地で暇そうにうろつくことで、DクラスとBクラスに対して私達Fクラスが戦争の準備をしていないというアピールをする。それが雄二の狙いだ。

 Bクラスは私達が自分達に気付いていないと思って点数補充の時間を延ばすかもしれないし、Dクラスはこちらが何もしていないと知って、戦い易いと判断して、あわよくば宣戦布告をしてくれるかもしれないのだ。

 どちらも私達にとってはありがたい状況であり、Dクラスがそのまま宣戦布告してくれたらなお良し、というわけである。

 さらにムッツリーニが流した『DクラスがBクラスに対して敵意を抱いている』という偽情報が伝わっていれば、BクラスはDクラス戦も想定して点数補充に様子見を兼ねる可能性がある。つまり時間も稼げて、向こうの動きも止めることができるのだ。

 

 後は現在の状況について。私達Fクラスは清水さんの挑発に失敗。そのせいでDクラスとの開戦の目途が立たずにいる。一方でBクラスは点数補充を進めており、近いうちに私達へ宣戦布告をしてくる。なのでBクラスの動きを止めるために『DクラスがBクラスを狙っている』という偽情報を流したのだが、それの効果がどこまで及んでいるのかは不明。こちらもできるだけ早くDクラスに宣戦布告をさせたいところだが、それに関してはまだ何もわからない。

 

 まぁ、こんなところか。要は時間稼ぎをしているだけで、私達は絶体絶命のピンチに陥っているってことだ。クラス別に状況を整理するとさらに長くなるが、それはアキ君のようなおバカのやることなので私はしない。

 

「ていうかさ、うろつくって言うけどこのまま何のアテもなく歩き続けるの? さすがに飽きるんだけど」

「言われてみればそうだね。雄二、このままフラフラ歩き回るだけでいいの?」

「確かにただフラつくだけってのもつまらんな。何かゲームでもするか?」

「賛成~」

「オッケー」

 

 雄二の提案で何か適当なゲームをすることになった。手ぶらでブラブラしているよりかはマシだろう。アキ君もそう考えてる感じだし。

 ゲームの内容は合宿のときと同じ、英単語クイズ。だけど形式は異なり、今回は片方が英単語を言い、もう片方がその意味を答えるというもの。五問のうち一問でも答えられなかったら負けなので、答える側になったアキ君には相当不利なゲームだ。

 

「ちなみに罰ゲームは『負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く』だ。始めるぞ」

「えっ!? じゃ、じゃあ楓が僕の――」

「面白味がなくなるからダメよ」

 

 大方、私を補佐にして勝とうとでも思ったのだろうが、それじゃゲームが面白くない。私も面白くない。アキ君には一人で苦しみ、頑張ってもらおう。そして私に最高の刺激を頂戴。

 慌てて止めようとするアキ君だが、雄二は聞く耳を持たずに問題を出した。

 

 

「“astronaut”」

 

 

 astronaut。読みはアストロノート。“宇宙飛行士”という意味で、前に合宿でやった『『A』から始まる英単語』では有効な単語である。

 

 

 雄二にしては割と簡単な単語を選んだわね。と思っていたら、考え込んでいたアキ君が何か閃いたような顔になった。

 お互いに余裕の笑みを浮かべる中、それを崩さずに雄二が問いかけ、アキ君もそれを崩さずに答える。

 

「道路によく使われているアレだよね?」

「俺の勝ちだな」

「どうして最後まで聞かずにそんなことが言えるのさ!」

 

 いや、普通に考えても雄二の勝ちである。何せ道路に使われているアレの時点で色々と間違っているからだ。というかアキ君はアスファルトと言いたいのだろう。

 

 

 アスファルト。英語ではasphaltと書き(この時点で違う)、アストロノート同様『『A』から始まる英単語』では有効な単語の一つだが、意味は“宇宙飛行士”ではなく“道路舗装の材料などによく用いられる黒色の物体”である。ちなみに主成分は炭化水素。

 

 

「ほほぅ。お前は“宇宙飛行士”を道路のどこに使うつもりなんだ?」

「…………」

 

 

【astronaut】:アスファルト

 

 おそらくこれがアキ君の答え。

 

 

【astronaut】:宇宙飛行士

 

 そしてこれが実際の答え。

 

 

【astronaut】:アスファルト 宇宙飛行士

 

 

 つまりこうである。どう見ても間違いである。というか単語の綴りの時点で違う。読みや響きが似ているからってそのまま当て嵌めたなアキ君。

 

「…………ケアレスミスか……」

「ケアレスミス!?」

「どこに注意を損なう要素があったんだ!?」

 

 予想外過ぎる。瑞希の料理の常識もそうだけど、こっちもこっちで予想外過ぎる。昔から思ってるけど、コイツの頭の中はどうなってるんだ。

 だけど負けは負け。男らしく、というか仕方ないといった感じで負けを認めるアキ君。雄二も言ってるが、これで負けを認めないのは人としてどうかと思うからね。

 

「じゃあ次は楓かな?」

「いやいや、私がやったら誰も勝てないから」

「つまり俺でも勝てないと?」

 

 いや、たとえ翔子だろうと私には勝てない。私よりも優れた教師や、それこそ私の苦手科目である数学に関する問題でないと誰も勝てないだろう。アキ君や雄二など論外だ。

 だけど雄二が『やる前から勝敗を決めるな』と言わんばかりの、ちょっとムッとした顔になっているので少し相手してあげよう。

 

「じゃあ試しに相手してあげるよ。一問でも正解したら君達の勝ちで良いわ。試しだから罰ゲームはなしね」

「良いだろう」

「えっ? 僕も!?」

 

 何かアキ君が戸惑っているがそんなことはどうでもいい。さっさと負かしてあげないと。私は二人に、考え得る単語の中でも難しいと言われるものを挙げることにした。

 

 

「“inchoate”」

 

 

 inchoate。読みはインコォゥアトゥ。凄く言いにくいが、これがちゃんとした読みである。意味は“始まったばかりの”と“未完成な”の二つがある。どれくらいの難しさかと言うと、ニューヨークタイムズというアメリカの高級誌を好んで読む、インテリ層の読者ですら知らないという英単語である。

 

 

「「…………」」

 

 単語の意味がわからないようで、揃って絶句するアキ君と雄二。自信満々だった雄二の表情が面白いことになっているわね。

 これは二人とも素直に降参かと思いきや、アキ君はまたしても何か閃いたような顔になった。あの雄二ですらめちゃくちゃ考え込んでいるのに、世界一のバカであるアキ君にわかるわけがないんだけど……。

 

「そんなに深く考えることないよ雄二。多分引っ掛け問題だから」

「へぇ? アキ君にはわかったんだ?」

「まぁね」

 

 またしても余裕の笑みを浮かべるアキ君。雄二は未だに考え込んだまま動かない。いや、アキ君を見て呆れたような表情になってるわね。アキ君を哀れんでいるのだろうか。

 とりあえずアキ君の答えを聞こうか。アキ君に一言問い掛けると、アキ君は余裕であることを強調したいのか、こちらを焦らすように答えた。

 

「人の声を真似するアレだよね?」

「えーっ? アキ君は鳥のインコを“始まったばかりの”って言うんだ?」

「…………」

 

 アキ君の発言から察するに、多分セキセイインコ辺りを予想していたのだろうけど、おそらく問題の英単語を『インコ』までしか読めなかったに違いない。そもそも最後まで読めなかったのに答えを当てた気になるなんて生意気ね。

 

「“始まったばかりの”……なぁ水瀬、その英単語に“未完成の”って意味もなかったか?」

「なーんだ、雄二は知ってたのか」

 

 大方、翔子経由で知ったのだろう。でないとインテリアメリカ人ですら知らないと言われる単語を、一学生でしかない雄二が知っているのはあり得ないからだ。いくら神童と言われていたからって何もかも知っているわけじゃないのだ。

 というか去年、私は翔子にこの単語を教えた覚えがある。適当に本を読んでいたら翔子がわからないところがあるから教えてほしいとか言ってきたのだ。それがこの英単語だったはず。

 

「お前が意味を言うまでわからなかったけどな……」

「いやわかるだけでも凄いんだけど……ちなみにどうやって知ったの?」

「…………翔子がそれっぽいことを言ってた気がする」

 

 やっぱりか。でもまぁ、これで私がやると誰も勝てないってわかったでしょ。現に雄二も納得したような顔になってるし、アキ君も――

 

「…………またケアレスミスか……」

 

 嘘だろコイツ。

 

「俺もわからなかったとはいえ、さすがに見苦しいぞ明久」

「……わかったよ。負けを認めるよ。じゃあ今度は――」

 

 いやだから、これで負けを認めないのは人としてどうかと思うから、素直に認めようよアキ君。

 まぁ、それでも負けを認めてくれたので良しとしよう。さて次は――

 

「「――霧島さん(翔子)の番だね」」

 

「……頑張る」

 

 さっきからいたことに全く気づいていなかった雄二の後ろで、小さくコクンと頷く翔子。大人っぽい見た目でその子供っぽい仕草はたまらないわね。ギャップ萌えって言うんだっけ、これ。

 

「ぶっ!? しょ、翔子! いつの間に!?」

「いつの間にも何も、問題を出し始めたあたりからずっといたじゃないか」

「そうそう、自分の番は何時かって感じでずーっと待ってたわよ?」

「……雄二が『何でも言うことを聞く』って言ったのが聞こえたから」

 

 耳良すぎでしょ君。的確にその台詞だけを聞いてすっ飛んでくるなんて。

 

「それじゃ、霧島さんが出題者で雄二が解答者だね」

「……わかった」

「ま、待て! 翔子が参加するなんて聞いてないぞ!?」

 

 私だって聞いてないわ。だけど最初からいたから参加させないわけにはいかないでしょ。

 逃げる気満々の雄二だったが、アキ君のあからさまで理の適った挑発をされるや否や、

 

「上等じゃねぇか! きっちり答えてやらぁ!」

 

 あっさりと勝負に乗った。なんてチョロさだ。アキ君だってここまでチョロく――いえ、チョロいわねアキ君も。この中じゃ私だけか、チョロくないのは。

 

「では霧島さん、一問目をどうぞ」

「……うん。えっと――」

 

 何かを思い出すように、何を言おうかと考えているように、顎に手を当てる翔子。

 

 

「――“betrothed”」

 

 

 ダッ(身を翻す雄二)

 

 ガッ(その肩を掴むアキ君)

 

「雄二、どこに行こうとしているのかな?」

「明久、てめぇ……!」

 

 

 betrothed。読みはビィトゥロォゥズドゥ。あれ? こっちの方が言いにくいか? 意味は“婚約者”と“いいなずけ”の二つがある。

 

 

 さすがの雄二もこれはわからなかったようだ。でなきゃ逃げ出すなんてしないだろう。……相手が翔子だから、というのも確実にあるだろうが。

 まぁ、一問目から決着だとつまらなかったのか、アキ君は問題の変更を申し出た。翔子もそれを承諾し、次の問題を出した。

 

「……じゃあ、“prize”」

「“prize”……【賞品】か?」

 

 雄二の解答に満足したのか、翔子は正解と小声で告げて次の問題を出す。

 

「……“as”」

「【として】」

「……“engagement ring”」

「【婚約指輪】」

「……“get”」

「【手に入れる】」

「……“betrothed”」

 

 

 ダッ(身を翻す雄二)

 

 ガッ(その肩を掴むアキ君)

 

 

「だから雄二、どこに行こうとしているのかな?」

「放せ明久! 後生だから放してくれ! 大体、今の一連の単語を聞いたなら俺の恐怖がわかるだろ!?」

 

 今の一連の単語全てを繋げると【賞品】【として】【婚約指輪】【手に入れる】になるわね。どうやら翔子は自分が勝ったら、雄二に婚約指輪を買ってもらうつもりのようだ。

 アキ君は霧島さんの冗談だと言い切り、翔子の方へ振り向いて、

 

「……あっ」

 

「「…………」」

 

 翔子が取り落とした、宝石店の案内を見て黙り込んだ。かく言う私も思わず黙りんでいる。まさか翔子がここまで本気を出してくるなんて思いもしなかったからだ。

 

「……冗談」

 

 恥ずかしそうに冊子を拾っても無駄だ。君が本気なのは充分に伝わったから。

 

「…………」

「あはは。雄二ってば。そんな僕と楓にしか聞こえないような小声で『ヤバい。マジヤバい』なんて連呼されても困っちゃうよ」

「虚ろな目でこっちを見られても困るわ」

 

 目に関してはさっきのアキ君と良い勝負である。そのアキ君は目が死にそうな雄二に解答を求めると、すぐに生気の宿った目になった。

 

「“betrothed”か……。“betray”が【裏切る】だから、“betrothed”は【謀反】とかそんな感じか?」

「霧島さん、正解は?」

「……雄二のこと」

「死刑囚か!」

 

 

 死刑囚。英語だと“death row”と書き、発音的にはデスロウと読む英単語。雄二が出された問題の単語は“betrothed”という“婚約者”を意味する英単語なので、どうあがいても正解ではない。

 

 

「……【婚約者】」

 

 はい、というわけで雄二の負けである。表情がどんどん曇っていく雄二を見て、幸せそうな表情を浮かべるアキ君。これ立場が逆だったら雄二が幸せそうになるのか。

 雄二はさっきの婚約指輪が冗談であることを確認し、それを翔子が肯定したところでホッとし、本気の方は何なのかと翔子に問い掛ける。

 

 

「……それは――人前じゃ、恥ずかしくて言えない……」

 

「なんだ!? 俺は何をさせられるんだ!?」

 

 

 どう考えても【検問削除】である。少なくとも、私の知る人前じゃできない恥ずかしいことはそれしかない。男女的な意味で。

 アキ君もその答えに――いや、それに近しい答えに辿り着いたようで、

 

「死ね雄二ぃぃーっ!」

「なぜ俺が狙われるんだ!? 俺は何も言っていないだろ!?」

 

 凶暴化して、雄二に襲い掛かった。そりゃアキ君じゃ女子である翔子には手が出せないからね。男子である雄二を手に掛けるしかないのよ。

 

「黙れ! 今朝聞いた『寝ている霧島さんに無理矢理キスをした』って話も含めて納得のいく説明をしてもらおう!」

 

 まずその内容に事実が存在しないため、どうあがいてもアキ君が納得のいく説明はできないだろう。しかも明らかに一部捏造だし。

 

「待て! 話の内容が変わっているぞ!? 本当は――」

「……キスだけじゃ終わらなかった」

 

 最悪のタイミングで翔子が呟いた。しかもそのせいでアキ君の中にあるリミッターが解除された。

 

「嫉妬と怒りが可能にした、殺戮行為の極致を思い知れ……っ!」

「うぉっ!? 明久の動きがマジで見えねぇ!」

 

 あり得ない。武術を嗜むこの私の目を以てしても、アキ君の動きが見えないなんて。まるで高速移動や瞬間移動のそれである。

 

「……キスの後、一緒に寝た」

 

 またしても翔子による、火に油を注ぐような発言。アキ君の中にある第二のリミッターが解除され、今度は体格でアキ君に勝る、雄二をも凌駕するパワーを発揮した。

 

「ごふっ! バカな……! あ、明久に力で負けるなんて……!」

 

 アキ君に限った話じゃないが、そもそも人間がリミッターを解除した際の力ってその人の限界を超えてるわけだからね。格上が格下に負けるなんて割とよくあることである。

 

「……とても気持ち良かった」

 

 さらにアキ君という名の火に油を注ぐ翔子。本人は恥ずかしさのあまり両手で顔を隠しているが、アキ君は最後のリミッターを解除してしまったようだ。その証拠に――

 

「更に分身――いや、残像か!?」

 

 質量を持った残像を、無数に生み出し始めたのだから。これが人間の成せる技とはとても思えない。

 

「『殺したいほど羨ましい』という嫉妬心は、不可能を可能にする……!」

 

 それは違うよと物凄く大きな声で言いたいが、実際に覚醒してしまったアキ君を見ると言うほど違っていないので何とも言えない。

 覚醒アキ君を見て雄二も本気で相手をする気になったようで、アキ君とほぼ同時のタイミングで仕掛けた。これは面白そうだ……!

 

「翔子。アレを見てどう思う?」

「……浮気は許さない」

「違うからね? どう見ても浮気現場じゃなくて死闘現場だからね?」

 

 アキ君と雄二の死闘。そしてそれを観戦する私と翔子。そんな状況は途中で鉄人が現れるまで、摩擦で焦げた靴のラバーの臭いがこの空間に充満するまで続いた。

 

 

 

 

 




 はい、というわけで今年最初の投稿です。自分でも驚くほど展開が進んでませんねぇ……。まぁ、今年もよろしくしてくれると嬉しいです。




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第七問

 バカテスト 国語

 次の熟語の正しい読みを答え、これを用いた例文を作りなさい。
【相殺】



 姫路瑞希の答え
『読み……そうさい
 例文……取引の利益で借金を相殺する』

 教師のコメント
 そうですね。差し引いて帳消しにする、という意味なので貸し借りなどに使われる言葉です。


 吉井明久の答え
『読み……そうさつ
 例文……パンチにパンチをぶつけて威力を相殺した』

 教師のコメント
 惜しいですが間違いです。『そうさつ』という読みも一応ありますが、その場合の意味は『互いに殺し合うこと』というものです。この場合の吉井君の例文では互いに打ち消し合うという意味なので、読みとしては『そうさい』が正解となります。


 島田美波の答え
『読み……あいさつ
 例文……のどかな朝。私は友達と相殺した』

 教師のコメント
 その朝は消してのどかではないでしょう。


 水瀬楓の答え
『読み……そうさつ
 例文……緑色の閃光と赤色の閃光が激突し、互いの効力を相殺した』

 教師のコメント
 吉井君と同じ間違え方をしていますよ。






「偽情報はどうだムッツリーニ」

「…………首尾は上々」

 

 あの後どこからともなく現れた鉄人に追われるアキ君と雄二に巻き込まれ、私は二人と共に新校舎からFクラスの教室に戻ってきた。ちなみに翔子は忽然と姿を消したわ。まるで幽霊みたいに。

 全く、私は二人の死闘を野次を入れながら観戦していただけなのに、どうして黒幕的な疑いを掛けられなきゃならないのさ。

 私達とほぼ同じタイミングで教室に戻ってきたムッツリーニは、誇るような態度は取らず、これくらい朝飯前だと言わんばかりに淡々と答えると、次の仕事を要求してきた。

 

「ああ。今姫路が戻ってくる。次の行動に移るのはそのときだ」

 

 どうやら次の段階には瑞希がいないと進めないようだ。やっぱり瑞希の作ったゼリーを暗殺用の武器にする気だなコイツ。本人が聞いたら傷付くわよ、きっと。

 始末対象はBクラスの生徒。それもBクラスからDクラスに出される使者だ。雄二が言うにはDクラスに同盟を申し込むつもりらしい。

 ムッツリーニが偽情報を流した結果がこれか。思いのほか上手くいっているようだが、次のステップには武器となる瑞希の手作りゼリーがないと進めない。しかもBクラスの奴がDクラスに話をしに行けば、ムッツリーニの流した情報が偽物だとバレてしまい、全てが水の泡と化すだろう。

 

「暗殺ならスタンガンでもいけると思うんだけど。わざわざ姫路さんの料理で毒殺なんてしなくても……」

 

 アキ君の言いたいこともわからなくはない。瑞希の料理を使わなくても、他の物を用いれば暗殺はできるんじゃないか。そう言いたいのだ。でもその場合、選択肢は限られてくる。

 

 まずスタンガンは相手に悲鳴を上げられるから暗殺の武器には向かないし、悲鳴を上げられないよう手で口を押えようものなら自分まで感電してしまう。なのでアウト。

 次にワイヤー。上手く使えば声を出されることなく暗殺することができるけど、今から入手するとなれば時間がないし、一歩間違えると本当に相手を殺してしまうのでこれもダメ。

 なら睡眠薬入りのハンカチはどうか。これなら相手を一瞬で眠らせることができるが、ワイヤー同様、入手するまでに時間がなくなるのでこれもアウト。

 

 つまりどれも時間やらそれ以外のリスクが大きすぎるのだ。なので比較的リスクの少ない、瑞希の手作りゼリーに白羽の矢が立ったわけだ。入手条件も揃ってたしね。

 私が考えていたこととほぼ同じ内容をアキ君に説明すると、雄二はさり気なく爆弾発言をしてのけた。

 

「まっ、気にするな。姫路の料理を選んだのは俺の趣味だ」

 

 これ翔子が聞いたら大噴火の如くキレるのではなかろうか。自分の料理ではダメなのかと。

 

「え? 坂本君、私の料理が好きなんですか?」

「ひ、ひめ、じ……?」

 

 そしてこの有様である。何ということでしょう。絶妙なタイミングで瑞希が戻ってきたではありませんか。雄二としては外道な発言でもしたつもりだろうが、瑞希からすれば自分の料理に好感を持ってもらえたと受け取ることができるのだ。

 

「良かった。そう言ってもらえると嬉しいです。けど、霧島さんに聞かれたら怒られちゃいますよ?」

「は、はは、は……」

 

 嬉しそうに笑う瑞希と、死期でも見えたのか切なそうに笑う雄二。同じ笑っているでもその意味が違うとここまでわかりやすくなるのね。

 雄二にとってはまさに前門の虎、後門の狼である。ここに翔子本人がいればなお良し。雄二を中心とした修羅場が完成するからね。私は外野で野次を飛ばしながら観戦するけど。

 

「ウェルカム(グッ)」

「テメェ、そのムカつくほど爽やかな笑顔はなんだ……!」

「ウェルカムッ!(グッ)」

「元気よく言えば良いわけじゃねぇんだよ!」

 

 ダメだったようだ。まぁ何にせよ、これで雄二もアキ君の道連れ候補となった。後は秀吉とムッツリーニが加われば完璧ね。

 雄二の分もあると、笑顔でパック入りのゼリーを渡してくる瑞希。地獄への片道切符を目にして少し引きながらも、アキ君と雄二は感謝の言葉を述べた。これで料理が人並みにできればハッピーエンドまっしぐらなんだけどなぁ、瑞希って。

 私も笑顔の瑞希に一言お礼を言い、パック入りのゼリーという暗殺用の武器を持って新校舎へ向かったアキ君達を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………手筈通りにいくぞ)

(あいよ)

 

 Bクラスの教室から一人の男子生徒が出てきたのを確認し、陰でパック入りのゼリーを構える忍者装束のムッツリーニと、カッターに一枚の写真を軽く突き刺し、それを投げる機会を窺う私。

 アキ君達についていったはいいが、どういうわけかムッツリーニに選抜されてしまった。雄二もアキ君も止めてくれなかったし……別に良いけど。

 そんなわけでターゲットは今Bクラスの教室から出てきた、一人の男子生徒――使者だ。アイツを仕留めれば、この作戦は成功する。

 

(…………あと五メートル)

 

 ムッツリーニがカウントダウンをするように、ターゲットとソイツの目的地であるDクラスの教室との距離を呟く。まぁ、BクラスからDクラスまでの距離は結構短いからね。

 

(…………あと四メートル)

 

 ターゲットの足は止まる様子を見せず、少しずつ距離を縮めていく。途中で止まってくれたらそれはそれで有難いんだけどなぁ。

 

(…………あと三メートル)

 

 あぁ、やっぱり手に掛けなければならないのね。悲しいわ。だけどこれもまた戦争なのよね。

 

(…………あと二メートル)

 

 いよいよだ。私がしくじれば、全てが終わる………!

 

(…………あと一メートル)

 

(いくわよ……!)

 

 一メートルという言葉を聞いた瞬間、私は構えていたカッターを、先端に突き刺した写真ごと投げつけた。

 投擲されたカッターは壁に刺さり、先端に刺しておいた写真もそのまま貫かれた。ドラマとかで見たことあるわ、こういうの。

 周りにいた人達が突如出現したカッターと写真に注目し始め、例の使者もそれに釣られて最後尾に立つ。よし、出番だムッツリーニ。

 

(…………上出来だ)

 

 私を軽く称賛すると、ムッツリーニは音も立てずに使者の背後に迫った。周りの人達は皆カッターと写真に夢中で、使者も含めてムッツリーニの存在には気づいていない。

 

『…………(ガッ)』

『――っっ!?!?』

 

 そして呑気に写真を見ようとしていた使者を、ムッツリーニは後ろから羽交い絞めにし、口を押さえる。さすがに使者もヤバイことに気づいたようだが、こうなってはもう遅い。

 ムッツリーニは取り出したパック、その先を指の隙間から押し込み、パックの中の劇物を力ずくで飲ませた。

 

『か……は……っ!! きさま……ムッツ……』

『…………(ググッ)』

 

 最後の力を振り絞って憎しみの籠った視線をムッツリーニに向ける使者に対し、ムッツリーニはそれを意に介さずパックの中身をさらに押し込んだ。

 使者の手が一瞬ビクンッと跳ね上がり、それを最後に使者は動かなくなった。任務は成功である。

 ムッツリーニは屍となった男子生徒の身体を抱えると、そのまま雄二とアキ君の元へ戻った。もちろん私も後に続く。

 

(…………任務完了)

(大成功よ)

(さすがだ、ムッツリーニ。惚れ惚れするような手際だった。水瀬もよくやってくれた)

(…………この程度、何の自慢にもならない)

(私はちょっと緊張したけどね)

 

 ムッツリーニが手際良く男の死体を、Bクラスから見えてDクラスからは見えないような場所に押し込んだところで、私を含む四人で何事もなかったかのようにFクラスへと続く渡り廊下を歩き出す。

 

 

『この写真に写ってるセーラー服の子、結構可愛くないか?』

『ああ。でもなんかFクラスのバカに似ていないか?』

『まぁ、別に可愛ければいいよ。実際可愛いし!』

 

 

 そんな中、背中からアキ君に聞かせてはイケない気がする話が聞こえてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コレで時間稼ぎは成功したのかな?」

 

 暗殺を終え、しばらく様子見に徹していた私達の元に、Bクラスが疑心暗鬼に陥っているらしいという情報が入ってきた。六時間目の途中くらいだった。

 もし本当にそうなっているのなら、こちらの思案通りになったわけだ。雄二が言うには長時間その状態にさせるのは無理だが、明日までなら大丈夫だそうだ。

 

 ただ、心配すべき点が一つ。Bクラスの使者は意識を失う寸前にムッツリーニの顔を見てしまっている。なので奴が目を覚ました時点で、一連の妨害が私達の仕業だとバレてしまうのだ。記憶を消す方法も考えておけば良かったわね。

 

 まぁ成功ではあるので、私達のタイムリミットは明日の朝のままだ。まだ首の皮は繋がっている。それだけでも充分な成果だろう。後は明日の朝にDクラスがBクラスよりも先に宣戦布告をしてくれたら完璧である。

 

「秀吉、例のDクラスとの交渉は大丈夫?」

「うむ。清水を引っ張り出すことはできた。放課後に旧校舎二階の空き教室で待ち合わせという手はずになっておる」

「偉いね~秀吉は」

「や、やめるのじゃ水瀬……」

 

 秀吉があまりにも可愛くて、偉かったのでついつい頭を撫でてしまった。だけどこうなっては止められない。私が満足するまで、秀吉には相手になってもらおう。

 雄二によると、Dクラスを開戦に踏み切らせるための、とっておきの作戦があるらしい。作戦の内容こそわからないが、清水さんを煽るなり罵倒するなり挑発するなりしてその気にさせるのだろう。

 なおアキ君は島田さん共々、一応同行はするが、基本は黙ることになった。あんな痴話喧嘩の後じゃ、アキ君が下手に口を挟めば間違いなく失敗するからね。

 というかアキ君もそうだけど、島田さんも島田さんである。あの状態で、しかもアキ君とセットで連れていくとかリスクしかない。いい加減に機嫌を直してもらいたいものだ。

 

「…………一つ、気になることが」

「どうしたムッツリーニ」

「…………根本がAクラスに何かの情報を流していた」

「Aクラスに?」

 

 何かの機械を弄るムッツリーニがそう言ったので、私は思わず気になった。

 根本はBクラスの代表で、Aクラスの代表は翔子だ。この状況で何を…………あっ。

 

「雄二」

「なんだ水瀬?」

 

 私の予想が正しければ、もう向こうに一本取られた。奴は翔子を動かすためにAクラスに出向いたんだ。

 翔子はああ見えて雄二絡みのことだと簡単に騙される。だから根本は雄二絡みの簡単な偽情報を流しに行った。こちらの動きは知らないはずだ。おそらく前回の戦争から、こちらの――雄二の動きを想定していた可能性がある。だから雄二の無力化を図ったのだろう。でなきゃ順調に事が進んでいる中、わざわざAクラスに出向いたりしない。

 雄二にその事を伝えようにも、すでに手遅れだ。なので簡潔に伝えることにした。

 

「多分、翔子が来る」

「……はっ?」

 

 

 バンッ

 

 

 私が簡潔に伝えた直後、教室の扉が大きな音と共に開け放たれた。

 

「……雄二……っ!」

 

 現れたのはたった今話題になっていた翔子だった。いつものクールで落ち着いた印象はどこへやら、今の翔子は焦っている。根本に何を吹き込まれたらあそこまで取り乱すのだろうか。

 

「うおっ!? 本当に来やがった!?」

「……雄二、どうしてまだ学校にいるの……!」

 

 まだ学校にいる? 何が言いたいんだ翔子は。放課後はまだのはず。普通は学校にいないとダメだろう。

 雄二も翔子の言っていることがわからなかったようで、「お前は何を言っているんだ」と問い掛けると、

 

「……お義母さんが倒れたって言うのに、どうして様子を見に行かないの……!?」

 

 翔子はこんなことを言った。なるほど、これが根本の流した偽情報というやつか。本来生徒の家族が体調不良などで倒れた場合、まず最初に連絡がいくのは身内であるその生徒本人だ。間違っても生徒の許嫁やお嫁さん候補には届かない。

 なので翔子は完全に根本の掌の上で踊らされている。というかそれが本当なら誰よりも先に雄二が知って、動いているはず。だけど雄二は動いていない。つまり騙された翔子と騙した根本が悪い。

 何も知らない(そもそも翔子の発言がデタラメ)雄二は翔子の発言を聞いてもピンと来なかったが、翔子はそんな雄二を見て業を煮やしたかの如く、強引に雄二の手を取って歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと待て! 俺は今から大事な作戦が――」

「今はそんなこと言ってる場合じゃない!」

 

 これまたらしくない、翔子の怒鳴り声。もうここまで来るとキャラ崩壊の域である。まぁ根本の嘘情報とはいえ、自分の婚約者の母親の身に何かあったと聞かされたんだ。取り乱すのも無理ないか。

 Fクラスにいる皆がこの様子を見て啞然とする中、抵抗も虚しく、雄二は翔子に連れ去られてしまった。

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 一瞬の出来事に、呆然とする私達。

 

 ……いや何呆然としてるのよ私。あの猪突猛進状態の翔子をどうにかしないと。

 

「…………よし」

 

 皆が呆然とする中、私は取り出した一枚の紙切れに簡単なメッセージを書き、小さく折ったそれを呆然とする秀吉のズボンのポケットに入れ、二人の後を追うように教室を出る。

 まぁ本音を言うと今のでシラケちゃったし、気分転換目的で抜け出すにはちょうど良いと思っていたところだ。

 

「えっ、ちょ!? 楓もどこ行くのさ!?」

「察しろバカ久! そんじゃ秀吉、後はよろしく!」

「う、うむ?」

「誰がバカ久だバカエデ――」

 

 待ってなさい翔子。一発かましてあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やっと見つけた」

「み、水瀬か!?」

 

 バカップルを追いかけること十分。目的の二人が、校門を出てすぐのところで膠着状態に入っていた。翔子は相変わらずのようで、雄二の言葉に耳を貸そうともしない。

 これどうすればいいのだろうか……って、普通なら思うかもしれない。だけど私は違う。相手が親友なのもあるが、この場面で有効な解決方法を一つだけ知っている。

 だがそれを実行しようにも、念のために雄二の母親の様子を確認する必要がある。ただその方法を実行しても余計拗らせるだけだ。

 

「雄二、携帯は?」

「修理中だ……っ!」

 

 この役立たずが。

 

「じゃあ、家の番号か母親の携帯番号は覚えてる?」

「そ、それくらい、なら覚え、てるが……っ!」

 

 そう、それなら何とかなるわね。

 

「はい。これで電話して」

 

 私は自分の携帯を雄二に押し付け、周りが見えていないであろう翔子を正面から食い止める。

 

「……か、楓……っ」

「ストップ翔子! 止まらないと打つよ?」

 

 嘘は言っていない。言葉が届かないのなら、行動で示すのみ。それがこの場面で有効な解決方法だ。要は翔子を力ずくで止めるだけである。

 いつも以上の力で、私に止められたまま校門へ向かおうとする翔子だが、足が全く動いていない。当然だ。玄人の私が素人相手に後れを取るわけがない。

 

「今雄二が電話で確認してるから止まろう、ね?」

「……離して……っ!」

 

 

 

 ――パシンッ

 

 

 

 乾いた平手の音が響き渡った。

 

「…………えっ……?」

「どう? 目が覚めた?」

 

 今のはガチのビンタだ。ハリセンなんて生易しいものじゃない。できることなら引っ叩きたくなかったけど、言葉で止まらない以上はこうするしかないんだよね。

 赤く腫れた頬をゆっくりと押さえ、呆然とする翔子。これで少しは頭も冷えただろう。

 

「……でも……!」

 

 それでも何かを言おうとする翔子だったが、母親と連絡が取れたらしい雄二が携帯電話を翔子に渡した。

 

「……もしもし? お義母さん?」

『あら翔子ちゃん。昨日ぶりかしら?』

 

 電話越しに聞こえる、優しげな声。おそらく雄二のお母さんだろう。というか昨日ぶりって……もしかして毎日会ってたりする?

 私と雄二なんて眼中にないかのように、会話を続けていく翔子と雄二のお母さん。このまま何もしないのもあれなので、私は一息つく雄二に話しかけた。

 

「解放された気分はどう?」

「最高だ。助かったぜ。……で、何の用だ?」

 

 さっきまでの必死な形相が嘘のように、爽やかな表情を浮かべ、すぐにこちらを探るような目付きになる雄二。そうそう、それでいい。何のために私が追いかけてきたと思っているんだ。

 

「さっき君が言ってた作戦のことなんだけど――」

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

 

「「「あっ」」」

 

 放課後を知らせる予鈴が鳴り響き、思わず声を漏らす私と雄二、そして電話を終えたらしい翔子。あーあ、どうすんのよこれ。

 

「……雄二」

「なんだ、水瀬」

「どうすんのよ、作戦」

「あるにはあるが……アイツらがDクラスとの話し合いを成功させてなければ、この作戦は意味がない」

「教えなさい」

 

 成功か失敗かはこの際どうでもいいわ。ここまで来た以上、できるだけ知っておきたい。

 雄二から今後の作戦を聞き出した直後、秀吉から『交渉は決裂した』と電話越しに聞かされた。本当にどうすんのよ、君達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗したんだってね? Dクラスとの交渉」

「う、うん……」

 

 その日の夜。晩御飯のパエリアと炊き込みご飯を食べ終え、私は一緒に食器を洗っていたアキ君を一睨みしながら、口を開いた。

 ……怪しいわね、今のアキ君。軽く目を泳がせたのを見る限り、何かを隠している。まぁ、コイツは基本顔に出るからわかりやすいのよね。

 

「……何かあった?」

「ほぇ?」

「だから、Dクラスと――清水さんと何かあったでしょ?」

 

 隠し事がDクラス関連なのは推測でしかないが、何かを隠しているのは間違いない。その程度で私を騙せると思っているのだろうか。

 

「……な、何もないよ? 少しは僕の言うことを信じてくれても良いんじゃないかな?」

 

 少しも信じられない。

 

「そう、Dクラス関連で何かあったのね」

「僕はまだ何も言っていないのに、そうやってすぐに決めつけるのはやめるんだ」

 

 決めつけるも何も、決定事項だと思う。現に『Dクラス』や『清水さん』という言葉を言ったときの君は面白――じゃなくて、嘘をついている人の顔になっていたからね。

 結局、何を隠していたのかを吐かせることはできなかったが、今回の件に大いに関係していることだというのはよくわかった。

 まぁ、今言えるのは明日が楽しみだということだけだ。もし隠し事が会話ならムッツリーニが録音しているはずだしね。

 

 

 

 

 



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最終問題

 バカ恋愛 心理テスト

 以下の状況を想像して質問に答えて下さい。
『あなたは今、独りで森の中で道に迷っています。
 明かりもなく暗い森の中を進むと、あなたは湖のほとりに小さな小屋を見つけました。これ幸いと中に入るあなた。すると、そこには椅子とベッドと肖像画が。さて、その肖像画に描かれている人物の特徴は? 頭に浮かんだものを三つ挙げて下さい』



 姫路瑞希の答え
『1.楽しげな表情
 2.優しい瞳
 3.明るい雰囲気』

 教師のコメント
 これは『あなたの好きな人の特徴』についてわかる心理テストです。暗い森はあなたの不安を表し、そんな時に見つけた小屋の中にある肖像画は『あなたの心を支えてくれる伴侶』を表します。
 どうやら姫路さんの好きな人は温和で明るくて楽しい人のようですね。


 清水美春の答え
『1.気の強そうな目
 2.男らしい胸
 3.ポニーテール』

 教師のコメント
 最後の一つがおかしい気がします。


 島田美波の答え
『1.折れた指
 2.捻じ曲げられた膝
 3.外された手首』

 教師のコメント
 全部おかしい気がします。


 水瀬楓の答え
『1.女々しい表情
 2.男らしい胸
 3.演劇のホープ』

 教師のコメント
 女性か男性かどっちなんでしょうか。






『我々Dクラスは、Fクラスに対して宣戦布告を行う!』

 

 

 

 翌日。朝のHRが終わった直後、Dクラスの男子がやってきて、私達に高らかにそう告げていった。

 ……えっ? なんでDクラスから宣戦布告されてるの? 昨日の交渉は失敗したんじゃないの? 昨日、アキ君と秀吉もそう言ってたし……。

 私が内心戸惑う中、同じ疑問を抱いたらしい雄二が疑問符を浮かべ、秀吉も怪訝そうな顔になる。

 ただムッツリーニによると、今朝から清水さんが異様に興奮していたとのこと。秀吉は昨日失敗と言っていたが、それは私達の側から見た話かもしれない。

 

「――まずは目先の試召戦争だ。ここまでやってDクラスに負けたら何の意味もない」

 

 まぁ経過はどうであれ、とりあえずDクラスに宣戦布告をさせるという目論見は成功したということになる。

 さっそく戦争の準備をしなければならないが、今のFクラスにはまともに戦える奴がほとんどいない。男子は全員使い物にならないと思った方が良いだろう。

 それに今回は勝つために戦うのではなく、引き分けるために戦う。まず戦力的に勝ち目がないし、だからといって負けては何の意味もないからね。どうにかして引き分けに持ち込むまで、ひたすら粘る。

 つまり常時防衛戦でいかなければならないが、それさえ上手くいけば、後は昨日聞いた雄二の作戦で解決できる。……無事にそこまで辿り着けるかが成功の鍵となるが。

 

「野郎ども! よく聞け!」

 

 戦力の確認をするべく、教壇に上がってクラスの皆に呼び掛ける雄二。その内容は『自分の持ち点を紙に書いて持ってくる』というものだった。

 例の覗き騒動で男子は確実に点数は減っているけど、それでも全て使い切ったわけじゃないらしい。クラスメイト達は次々と紙とペンを取り出していく。

 ちなみに秀吉は古典以外の点数が一点も減っていないことがわかった。なので秀吉も瑞希と私と島田さんに並ぶ戦力として扱われることになった。まぁ、古典の点数がないのに関しては私がボコボコにしたからね。仕方ないね。

 

 私も取り出した紙に点数を書いていき、真っ先に雄二に渡す。ぶっちゃけ危ないのは苦手な数学と、秀吉との戦いで消耗した古典くらいだ。なので特に問題ないだろう。

 

「……雄二」

「なんだ明久」

「これ、楓一人で充分じゃない?」

「いや、これがわからないほど向こうもバカじゃねぇ。間違いなく水瀬封じとして数学を主体にしてくるな」

 

 私がメモを渡した途端、これである。この会話からわかることは、雄二の言った通りDクラスが私対策として数学を主体にしてくること。なので私は実質戦力外になってしまうのだ。

 それから全員分のメモを受け取った雄二は、それをパラパラと捲りながら皆に呼び掛けていく。下位十名には点数の補充を、それぞれの教科で受けさせるらしい。配置は点数の確認を終えてから発表するとのこと。

 

 ……まぁ、雄二の言った作戦通りなら私と瑞希は外されるわね。何せ今回は単純に勝つのではなく、時間を稼ぐのが目的。戦術よりも心理戦による睨み合いが必要になる。

 それに最後はアキ君と清水さんが作戦成功の鍵を握ることになるからね。この二人をどうにかしてぶつけないと、問題の解決にまで持ち運ぶのは難しいだろう。

 そのため、アキ君は点数補充ではなく防衛戦への参加が決まっている。まぁ、作戦の要という意味では特別な人材でもあるんだけど。

 

「ねぇ雄二」

「なんだ、水瀬」

「……本当に上手くいくんでしょうね?」

「任せておけ。ベストは尽くすさ」

 

 アキ君の末路が不安である。植物状態でも良いから、生き残ってよアキ君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぃよっしゃぁああーっ!!』

 

 

 

 雄二の説明が終わるとほぼ同時に時計の針がカチッと音を立て、開戦時刻の午前九時丁度になった。

 渡り廊下や階段を確保するべく、先行部隊が開幕ダッシュで現場を目指していく。前回の反省から、向こうもこちらと同じ電撃作戦で来るはずだし、最初はスピード勝負になるだろう。

 

 ついさっき雄二が説明していたことだが、今回は防衛戦なので『どんなに有利な状況でも深追いはせず、指定された場所でひたすら防衛に徹しろ』とのこと。

 まぁ、作戦の全容を考えると当然だね。最終的には引き分けに持ち込むんだから、勝つために攻めても意味がない。だからといって負けてもダメ。かなりシビアである。

 

 作戦の要であるアキ君は教室から出ようとしたところで、無表情の島田さんに話しかけていた。あのバカ、何をしても逆効果だって昨日言ったでしょうが。何普通に話しかけてんのよ。

 

『もう話しかけないでって言ったでしょ! いいからこっちに来ないで! ウチのことはもう放っておいてよ!』

 

 ほら言わんこっちゃない。多少は収まっていた火に油を注いでどうすんのよ。アレは会話の内容以前に、話しかけること自体がアウトだ。何があっても相手の怒りが完全に収まるまで放っておくのが正解である。

 

「水瀬、姫路」

「ん?」

「はいっ」

「お前らにはここに留まってもらう」

 

 雄二の率直な物言いに首を傾げる瑞希だが、昨日作戦の全容を聞き出した私は特に驚かない。ここで私か瑞希、あるいは二人で前線へ出向いたらほぼ確実に無双状態に入るからね。私は数学で封じられるが、これといった苦手科目のない瑞希は仲間のフォロー次第で普通に突き進めるだろう。

 

「楓ちゃん」

「ん?」

「私達は戦わなくて良いんでしょうか?」

 

 一人じゃ要領を得なかったようで、私に雄二が言った言葉の意味を聞いてくる瑞希。深く考える必要はないと思うんだけど……。

 

「良いのよ。私達が出てったら一方的になっちゃうから」

「? それで良いと思いますけど……?」

 

 この瑞希を見ていると、やっぱり勉強ができる=頭が良い、というのは少し違うわね。

 雄二やBクラス代表の根本は策略面で優れた頭脳を持っているし、勉強なら翔子やAクラスの上位生徒が該当する。アキ君だってここぞという時の頭の回転は速いからね。私もどちらかというと学力寄りだ。つまり何が言いたいかと言うと、頭が良いにも種類があるということである。

 

「あぁもう! 言葉通りよ! 私達はここから動かなければいいの!」

「か、楓ちゃん!? どうして私の髪をツインテールにしようとしているんですか!?」

 

 暇だから。

 

「そういえば昔、私を説教しながら勝手にポニーテールを三つ編みに変えたよね?」

「そ、それがどうかしたんですか? 三つ編みの楓ちゃんも可愛かったと思いますけど……」

「今度は私が変えてあげるよ!」

「だからって乱暴に弄らなくても~!」

 

 昔を思い出したら少し腹が立ったのよ。これくらい昔馴染みの好で許しなさいな。

 瑞希の髪をツインテールにし、次はどんな髪型に変えようか考えていると、雄二が呆れたような顔で話しかけてきた。

 

「お前らな……遊ぶのも程々にしておけよ」

「違うんです! 楓ちゃんが勝手に――」

「びよ~ん」

「楓ちゃん!!」

 

 怒鳴られた。ツインテールを引っ張っただけなのに怒鳴られた。

 

「えっ? なんで怒鳴るの?」

「人の髪を引っ張るのはダメです! 女の子は髪が命なんですよ!?」

 

 そんなこと言われても困るんだけど。私は前髪以外の髪には拘りないし。

 とりあえずそっぽ向いて瑞希の訴えをガン無視していたが、瑞希に聞きたいことがあったので無視をやめることにした。

 

「ねぇ瑞希」

「だから楓ちゃんは――は、はい?」

「本当にアキ君のこと好きなの?」

「…………ふぇ!?」

 

 少し間を置いて私の質問を理解し、顔を真っ赤にする瑞希。なんてわかりやすい子なんだ。私も秀吉の話をされたらこんな風になるのだろうか。いや、それはないはず。少なくとも本人に言われない限りは大丈夫だろう。……実際、恥ずかしかったし。

 それはそうと、瑞希だ。せっかくの機会だし弄り倒してあげましょう。ついでにその大きな胸も揉んでみたいわ。何より昔は我が子を可愛がる母親のように接されたし……お返しはしないと。

 

「好きなんだよね?」

「え、えっと、そ、その……」

「ホラホラ、どうなのさ」

 

 後ろから瑞希の髪をツインテールからちょんまげヘアに変え、押しに押しまくる。こういう子は基本、押しに凄く弱いからね。自分の意志を爆発させない限りは押し切れる。

 

「…………好き、です」

 

「そっかそっか。好きなんだむぐっ」

「か、楓ちゃんっ!」

 

 アキ君のいない今、大きな声で瑞希の気持ちを言おうとしたらその瑞希に口を押さえられた。まぁ、これはわざと言おうとしてたから仕方ないね。

 とはいえ、瑞希は病弱で非力だ。力で私に勝てるわけがない。すぐに私の手を塞ぐ瑞希の手を引き剥がし、髪の毛弄りを再開する。意外と面白いのよね、これ。

 

「……えーっと、姫路さん?」

 

「「あっ」」

 

 なんてことだ。まさかこのタイミングでアキ君が戻ってくるなんて。しかも今の瑞希はちょんまげヘア。私から見ると全然可愛くない。まださっきのツインテールの方が……いや、どっこいどっこいか。

 

「そ、その髪型は一体……」

「ち、違うんです明久君っ。これは、楓ちゃんが勝手に……」

「瑞希がこの髪型似合ってるか、アキ君に見てほしいってさ」

「楓ちゃん!!」

 

 また怒鳴られた。

 

「こっちに来て下さい!」

「アキ君バリアー」

「えっ? 何!? どゆこと!?」

 

 こっちに迫ってきた瑞希を、アキ君を使って物理的にガード。するとどうだ。瑞希がアキ君の胸に飛び込むという、恋愛の王道っぽい構図が出来上がったではありませんか。

 

「え、あ、こ、こここれは、その……!!」

「あ、あはは……。だだだ大丈夫だよ、姫路さん」

 

 さっきよりも顔を、湯気が出そうなほど真っ赤にし、自分から弾かれるようにアキ君から離れる瑞希。良かったねアキ君。ここに島田さんがいなくて。

 加えて女子に密着されたのが凄く効いたようで、アキ君もアキ君で頬を赤く染めている。それもカツラを被っていたら女性にしか見えないほど、可愛らしく。

 

「――って、そうじゃない! なんてことするのさバカエデ!」

「誰がバカエデよバカ久!」

「君以外に誰がいるのさ!?」

 

 昨日に引き続き、今日もアキ君と取っ組み合いの喧嘩をするはめになった。まぁ少しは時間があるし、この戯れに付き合ってあげますか。

 今度はお互いに頬を引っ張り合い、空いている手でアイアンクローをかまし合う。思ったよりも握力あるわね、このバカ。

 

「いいなぁ……」

 

 だからこれの何が良いのさ瑞希。それと小さな声で呟いても無駄だよ。

 

「おい明久。首尾はどうなんだ?」

「い、一応言われた、通りにしてきたけど……!」

 

 雄二がアキ君に状況の確認を取ってきたので、アキ君をアイアンクローから解放し、私も自分に掛けられたアイアンクローを力ずくで引き剥がす。そのアキ君は雄二に今回の作戦(の過程)を説明してもらうと、隣にある空き教室へ移動していった。

 過程の内容は簡潔に言うと『アキ君は向こうの主要人物である清水さんと一騎討ちを行う』というものだ。そんで私と瑞希が前線に出ないのは『Dクラスの代表の防衛に戦力を割かせるため』である。

 

「さて、これで俺たちは清水が来るまで待機だな」

「そうだね。それにしても……ぶふっ」

「そうですね。……ふふっ」

「なんだ、お前ら? 人の顔を見て笑うとは失礼なヤツらだな」

 

 いや、なんだって言われてもねぇ?

 

「坂本君はやっぱり、明久君のことを理解しているんだなって思って」

「そうそう。まぁ私ほどじゃないけどね」

「んぁ!? な、何をいきなり気色悪いことを……!」

 

 今の雄二の顔の方がよっぽど気色悪いんだけど。

 

「照れることないって雄二」

「そうですよ坂本君。照れなくてもいいじゃないですか」

「いや、本気で気持ち悪いんだが……」

 

 何もそこまで嫌そうな顔をしなくても良いじゃんか。まるで『ナメクジを食え』って言われたかのような顔をしているわよ、君。

 自分がアキ君のことを理解していることを認めたがらない雄二は、話題を変えるように昨日、アキ君が清水さんに何を吹き込んだのかは想像がつく、と言い出した。

 

「あー……まぁ、実際何か吹き込んだみたいだしね」

「そうなんですか?」

「うん。内容までは聞き出せなかったけど……ほら、アキ君ってわかりやすいから」

「そうだな。アイツはバカな分、考えていることがわかり易いしな」

 

 この場合、良い意味で言えばアキ君は素直ということである。悪く言えば騙されやすいほど単純、であるが。

 

「明久君は素直なんですよ、きっと」

「それは同意しかねるな。その辺どうなんだ水瀬」

「どうなんだろうねぇ……両方って言えばいいかもね」

 

 そうとしか言いようがない。良くも悪くも素直。アキ君の魅力の一つだ。

 

「なるほどな。……けど、いいのか姫路?」

「はい? 何がですか?」

 

 この話、アキ君のことが好きな瑞希にとっては良い話とは言えない。まぁ、島田さんにとっても良い話とは言えないだろう。

 

「確かに、今の話は嬉しいものじゃありませんけど――」

「「けど?」」

 

「――けど、私はそういう明久君に、惹かれているんですから……」

 

「ん? すまん。聞こえなかったんだが」

「言いたいことがあるなら大きな声で言ってよ」

「あ、いいえ。何でもありません」

「そうか。まぁ、とりあえず――」

 

 ハッキリとは聞かれたくないから小声で言ったのだろうが、鈍感でない私と雄二はハッキリとそれを聞き取った。なので――

 

 

「「――ご馳走さんっと」」

 

 

「二人ともきちんと聞こえてたんじゃないですかっ!」

 

 こんな感じで、私と瑞希は何もしないという暇で仕方のない状況を切り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 四人ともまだ帰ってなかったの?」

 

 放課後。私と雄二と秀吉、そして『面白いものが手に入った』と小型レコーダーを持ってきたムッツリーニの四人だけが教室に残っていると、交渉材料として犠牲になったアキ君が帰ってきた。

 私達がそれぞれ妙に楽しそうな笑み、満面の笑み、前髪に隠れて見えない邪悪な笑みを浮かべる中、アキ君が雄二の方を見て口を開く。

 

「……雄二はどうしてボロボロなの?」

「…………聞くな」

 

 そう、今の雄二はボロボロだ。顔も、服も。雄二がどうしてボロボロなのか。それはアキ君が犠牲になったことと関係がある。

 

 あの後、アキ君はFクラスの隣の空き教室で清水さんと召喚獣バトルによる一騎討ちを開始。お互いに言いたいことを――本音をぶつけ合いながら好勝負を繰り広げていたところ、雄二率いるFクラス連中が乱入。

 そのまま『これは勝負じゃなくて戦争なんだ』とかほざき、連中に指示を出して清水さんの召喚獣――ではなく、アキ君の召喚獣を一斉攻撃。

 全身のあらゆる部分に激痛を感じて悶えるアキ君をよそに、雄二は清水さんとの交渉を開始。清水さんはアキ君が『放課後まで補習室に軟禁される』という条件でこれに乗り、全身激痛状態のアキ君に追い討ちで止めを刺した。

 

 元凶の一人であるアキ君を犠牲に、今回の件を流してもらう。それが昨日、雄二から聞き出した作戦だ。だが、これは立派な作戦だからギリギリ許したようなもの。なので私は引き揚げてきた雄二を、許さなかった分だけフルボッコにし、今に至るというわけだ。

 

 ムッツリーニから私のときと同じ言い分を聞かされ、少し楽しそうな顔で座り込むアキ君。自分のことだと全く気づいていない。

 

「ねぇ、中身は?」

「とある男女の会話らしいぞ」

「男女の会話……?」

 

 あんまり気が進まないのか、どこか躊躇いがちになるアキ君。まぁ、私達はバカな真似はしても悪趣味な真似はしないからね。

 だが、秀吉が自分達が気になっていた一件の顛末がわかる会話だと言った瞬間、アキ君が違和感を感じ始めた。こちらの思惑に勘付いたのだろう。

 

「…………スタート」

 

 だが時すでに遅し。ムッツリーニがレコーダーのスイッチを入れると、レコーダーから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

『この話し合いに何の目的があったのかは知りませんが、美春はもう貴方を恋敵として認めるようなことはありません。お姉さまの魅力に気付かず、同性として扱うだけの豚野郎に嫉妬するなんて、時間の無駄ですから。……お姉さまの魅力がわかるのは美春だけです』

 

 

 この声は清水さんね。というかもう色々とツッコミたい。同性として扱うだけってなんだ。アレは島田さんの普段の行動にも原因があると思うんだけど。

 

 

『ちょっと待って、清水さん』

『……なんです? 美春に何か言いたいことでもあるんですか?』

 

 

 アキ君に呼び止められ、鬱陶しそうに清水さんの声が続く。これが例の失敗した交渉の内容ってやつかな? にしちゃ二人の声しか聞こえないけど……あっ、だから男女の会話なのか。

 

「こ、これってまさか!」

「ご名答。これは、お前と清水が昨日の放課後に何を話していたか、その一部を録音した物だ」

 

 ナイスよムッツリーニ。確かにこれは私も聞きたかったし、何より知りたかったことだ。雄二と共に明らかな邪悪な笑みを浮かべる中、アキ君と清水さんの声が聞こえてくる。

 

 

『うん。一つだけ。清水さんの誤解を解いておきたいんだ』

『誤解? 何がです?』

 

 

「ちょちょちょちょっと! なんて物を再生してくれてるのさ!? 冗談じゃ――」

「秀吉、水瀬」

「あいさ~」

「了解じゃ」

「むぐっ!? んむ――っ!!」

 

 秀吉が後ろからアキ君を羽交い絞めにし、私が前からアキ君の口を手で塞ぐ。これでアキ君による邪魔は入って来ないから安心して聞けるわね。