新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 (ジマリス)
しおりを挟む

零次元編
1 ロストガール


街が崩壊した。

それが異常だということはわかっていた。

巨大な力を持った何かが全てを破壊しようとしている。

女神は?

国を守っていたはずの女神は何をしていたの?

 

父に手を引っ張られ走りながら、私は辺りを見回す。

かつてみんなが笑いあっていた街の景色は影もない。

大半の人々はがれきに埋もれ、焼かれ、あるいは裂かれた。

 

他の国が崩壊したのが、つい先日のことだったはずだ。

なのに、その魔の手はすでにこの国にも及んでいる。

 

生き残った人はあとどれくらいいるのだろう。

もしかしたら私たちだけということは……。

私は頭を振ってこの恐ろしい想像を振り払った。

 

きっと誰かが残っているはず。

私たちのように生き延びた人たちがいたはず。

 

「いいか、イヴ。よく聞け」

 

父が立ち止まって、私を見る。

彼は普段から研究しかしないような科学者であり、ちっとも鍛えてはいない。

そのせいで私よりも息を切らしていた。

 

「この先に父さんが作ったとある物の試作物がある。お前になら使い方がわかるはずだ。ここに保管されてる」

 

そう言うと、父はある建物の名前が書いてある紙を渡してきた。

ここなら知っている。父の仕事場だ。

 

「行け!」

 

「お父さん……」

 

何故私一人で……?と言おうとしたとき、爆音が聞こえた。

正体を見たことはなかったが、そのおぞましいほどの力はただの人間である私にも感じられた。

 

同じくただの人間である父が時間稼ぎをしようとするためにとどまる。

ああ、無理だ。そんなの……。

 

「行け!!」

 

必死の形相に、私は逆らえなかった。

泣きたくなるような感情を抑え、走り出す。

 

私は一度も振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

がれきを影にしながら、穴が開いた青白い亀裂が入った空間に足をとられないよう、私たちは進む。

少し離れたところでは『彼女』が敵を遠ざけているはずだが、それでも一人では対処しきれない数が押し寄せていた。

 

「イヴ、手を貸してくれ」

 

魚に人の顔をくっつけたような奇妙な生物、海男(うみお)がやけに渋い声で私を呼んだ。

崩壊した道路の先の大きながれきが行く手を阻んでいた。

私はオレンジ色の右腕でがれきに触れる。

肩から伸び、小さな傷がたくさんついているそれは、私が開発した義腕だ。

材料が足りないため、設計よりも簡素になったそれについている小さなボタンを押す。

小さなモーター音が鳴り、手の甲の電源マークがかすかに光る。

それを確認し、私は右腕を引く。

 

「はっ!」

 

掛け声と同時に拳を突き出す。

どかん、と爆発すような音がなって、がれきが粉々になった。

 

「助かったよ。やっぱり君がいないと、だね」

 

「ばかなこと言ってないで、早く行きなさい。すぐに敵が来るわ」

 

ずいぶん遠くまで走ってきて疲労がたまっているものの、次の拠点まではまだかなりの距離がある。

止まってるわけにはいかない。

海男と並んで、私は再び走り出した。

 

「うずめが無事ならいいんだけど」

 

「彼女なら大丈夫さ。きっと戻ってくる」

 

私のつぶやきに、海男が優しい声で答える。

いつもなら、仲間であり最大の戦力である天王星(てんのうぼし)うずめの安否事態はそれほど気にすることじゃない。

しかし今日はいつもとは違った。

神出鬼没のバカでかい敵、ダークメガミに加えて、なにやら禍々しい力を持った紫の大剣を振るう男までいたのだ。

遠目ではあったものの、あの男からはうずめのような優しい正の力ではなく、その反対のおぞましい負の力が感じられた。

その大剣男は迫りくるモンスターを次々と倒していたが、味方だとは到底思えなかった。

 

「もう少しで完成だったのに……」

 

うずめのことと同じくらい、前の隠れ家に残してきた開発途中のパワードスーツを気にしていた。

あれさえ完成できていれば、私であってもモンスターをなぎ倒せるくらいには活躍できたはずだった。

突然襲撃を受けて、うずめ一人に任せる形になったのは心底悔しい。

 

「また一から作り直しかい?」

 

「ええ。素材もまた集めないと」

 

『また』というからには、妨害されたのは今回だけじゃなかった。

以前にもこういうことはあったのだ。

そのたびに設計は改良されていくのだけれど、完成したことはない。

せめて助手でもいればいいのだが。

 

「それより、あとどれくらいかしら」

 

「まだかなりかかるね。なにかに出くわさなきゃいいが……」

 

さっきのがれきを破壊したことで義手のバッテリーは切れた。

次の拠点に移るまで、充電は不可。

ここに来るまでに他の武器も使ってしまったため、身を守るものはもう残っていない。

時間と材料があれば……。

ぎりっと歯ぎしりし、これ以上モンスターに出会わないことを願う。

 

しかし不幸にも、その願いは届かなかった。

どすん、と何かが落ちたような大きな音が響く。

音がしたほうを振り向くと、そこには鹿のような、しかし鹿よりも巨大な一本角の生物がこちらを睨んでいた。

まずい、モンスターだ。

 

「海男!みんなをつれてって!」

 

「しかし、イヴ…」

 

「はやく!」

 

問答をしている暇はない。

私にできるのは、いまにも迫ってこんとする目の前のモンスターの足止めをすることだ。

とはいっても私に残されたものはない。

ここが終わりか。

うずめと彼女が作る世界を見届けたかったが、それもここまでだ。

 

私の心中を察したのか、海男は悲しい顔をして大急ぎで去っていく。

同時に、モンスターは私に向かって黒い巨体で突進してきた。

義手を盾にしようとしたが、あえなく吹き飛ばされてしまう。

建物だったがれきにぶつかり、そのままずるずると倒れてしまう。

なんとか立ち上がり、左拳を叩きこむが、ダメージが通った様子はない。

 

モンスターの体当たりに私の身体は再び吹き飛んだ。

 

「あうっ」

 

苦悶の声が思わず漏れる。

勝てない。

いまの私には力が足りない。

そして足りないがゆえに、何も守れずに死んでいくのだ。

 

なにもかもを諦めて、目を閉じる。

 

「ちぇすとー!」

 

無力を呪い、諦めかけたその時だった。

甲高い声が聞こえ、そして何かが引き裂かれるような音がした。

 

「ふふーん。ね、ネプギア。言ったでしょ?最初に会う敵はチュートリアル的なものだから弱いって」

 

「う、うん。そうだねお姉ちゃん」

 

耳に入ってくる能天気な声に、恐る恐る目を開けると、モンスターの姿は消えていた。

代わりに立っていたのは、この荒廃した世界には似つかわしくない、二人の少女だ。

薄紫のショートカットと長い髪の少女。

手に持った刀を見て、この二人がモンスターを倒したのだと分かった。

 

「ね、キミだいじょーぶ?」

 

身長の小さい、ショートカットのほうが私へ話しかけてくる。

直前まで死ぬ気でいた私は茫然としたまま、少女たちを見るだけだった。

 

「あ、あの…大丈夫ですか?」

 

今度は長い髪のほうが話しかけてくる。

その言葉に、ようやく私は現実へ引き戻された。

 

「あ、あなたたち誰?生存者?」

 

「いや、わたしたちゲーム機に吸い込まれて、ここに来たばっかだからなんにもわからないんだよねー」

 

私の言葉に、答えにならない答えが返ってきた。

ゲーム機?吸い込まれて?

 

訳の分からない話に首をかしげると、左手にはめているデジタル時計を改造した小型の通信機から、ざざざーっと雑音に混じって声が聞こえてきた。

 

『おい、そっちは大丈夫か?』

 

「あ、うずめ。なんとか」

 

別の場所で戦っていたうずめから連絡が入った。

その声を聴いていると、やっと生きていると実感がわいてきた。

 

『こっちもだいたい済んだ。とっととずらかろうぜ』

 

「わかったわ。あっちで会いましょう」

 

それを最後に通信を終了させる。

頭の中は相変わらず疑問だらけだったが、私はなんとか心を落ち着かせた。

 

「えーと…」

 

「ついてきて。とりあえず安全な場所へ案内するわ」

 

敵の増援が来る前にここから離れる必要がある。

少なくともこの二人は敵ではないし、聞きたいこともたくさんある。

私は二人を引き連れて、走り出した。

身体は痛むものの、突如として現れた希望に私の身体は軽くなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 イヴと天王星うずめ

拠点へと案内している間、私たちはそれぞれ自己紹介をした。

 

短い髪のほうはネプテューヌ。

長い髪のほうはネプギア。

こちらのほうがしっかりしてるように見えて、ネプテューヌの妹なんだそうだ。

 

「私の名前はイヴォンヌ・ユリアンティラ。『イヴ』でいいわ」

 

オレンジの義腕はいま充電が切れて動かない。

私は床に置かれていた身の丈ほどもあるバッテリーから充電コードを伸ばして、義腕に繋ぎ、代わりに左手を差し出した。

 

「イヴさん……あの、その右腕は…」

 

握手に応じたネプギアは、興味ありげに私の義腕を見た。

 

「ああこれ?モンスターに噛み千切られたことがあってね。脳からの電気信号で動かせる義手を作ったの」

 

今日みたいにモンスターから逃げているとき、体力を使い果たしてもうだめだというとき、のちに仲間となる天王星うずめが助けてくれた。

しかしその時には間一髪で遅く、私の腕は無残にも噛み千切られなくなってしまったのだ。

 

なんとか死なずに済んだ私は機械系モンスターの残骸からパーツを集めて、これを作ることに成功したのだ。

 

「つ、作ったんですか、自分で!?」

 

「え、ええ」

 

不意に顔を近づけてくるネプギアに、私は顔を逸らした。

なんだかこの娘、物理的にも精神的にも距離が近い気がするのだけれど。

引き気味の私の応答を気にせず、ネプギアは目を輝かせて義腕をなで始めた。

 

「へええぇぇぇ…………外部から充電する方式で……あ、結構堅い。ちょっとしたものなら収納もできるんだ……。わあ、関節はちゃんと人間の可動域に合わせて……ふんふん……細かい。あ、あの!これ解体してもいいですか?」

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

頭にチョップした。

これがバラバラになったところで、別に痛いというわけではないが、今ではもう身体の一部なのだ。

そうそう解体はしない。

 

「ネプギアも機械オタクで……機械を見たらこうやって解体したがるんだ」

 

ネプテューヌが呆れながら補足する。

私が言うのもなんだけど、こんなに機械に興味を持つ女の子なんて珍しいんじゃないかしら。

それとも、彼女らのいる場所ではそれが普通なの?

 

「着いたわ。ここが私たちの拠点」

 

先ほどとはかなり離れたとある廃ビルの一室。

ここが私たちの仮の拠点であり、食べ物、ベッド、粗末ではあるが通信設備もある。

 

「それじゃ、改めてよろしくね。ネプテューヌにネプギア」

 

「よろしくっ」

 

「よろしくお願いします」

 

私たちは椅子に腰かけ、現状を把握しようとした。

とりあえず、彼女たちのことについて。

 

「白いゲーム機の電源をつけたら、いきなり現れた渦に巻き込まれて……気づいたらここに……」

 

「……?」

 

促して、ネプテューヌの話を聞いた私は首をかしげた。

 

「何かしら。私の頭が悪いのかしら。全然話がわからなかったのだけれど」

 

どうも彼女たちの話によれば、拾ったゲーム機の電源をつけたら、もともといた場所からいつの間にかこの場所に移動していたらしい、と。

 

再び私は頭を抱えた。

上の一文、整理してもよくわからないわね……。

 

「ええと、わたし達も何が何だか……」

 

「……別の場所に移動させられたか、もしくは別の次元から飛ばされてきたか…」

 

少ない情報から、私は仮説を立てた。

ここが彼女たちにとって見覚えのない場所だというのなら、そのゲーム機は瞬間移動装置か、時間移動装置か。

それとも次元移動装置。

 

「別の……次元?」

 

「ええ、可能性はあるんじゃないかしら」

 

首をかしげたものの、別段驚いた様子もない。

突飛なことを言ったつもりだったけれど、それとも彼女たちはそのことがどれほど異常なことかわかっていないのかしら。

当事者だっていうのに?

 

「ええと、それじゃまずこの世界について説明するわね」

 

ネプテューヌたちからはこれ以上は話を引き出せないだろうし、次は私が話す番だ。

 

外を見て分かる通り、この世界は荒廃しきっている。

その張本人は『ダークメガミ』(うずめはデカブツと呼んでいるけれど)という巨大な人型モンスター。

そのデカブツは『存在そのものを消滅させる力』を持ち、そのせいでまるで削り取られたかのように空間がなくなっている場所がある。

 

そして、この国にはいたのかどうかわからないが、生き残ってる人間はいない。

いるのは私、天王星うずめ、一番多いのは言葉の通じる善良なモンスター。

 

さっきまではそのモンスターたちがこの町から避難するまでの時間稼ぎ中だった。

そのうずめがもうすぐでここに到着するはずなのだけれど……。

 

『イヴ、おいイヴ!』

 

心配した矢先、勝気な女性の声が左手の通信機から聞こえてきた。

ノイズ混じりだが、語気からただならぬ状況であると察せられた。

 

「うずめ?いまどこ?」

 

『モンスターが増えちまって、その対処だ。お前も先に避難しといてくれ!』

 

それだけまくしたてると、通信はぷつんと途切れる。

急いで何回も通信ボタンを押すが反応がない。

こっちのバッテリーは切れてない。

ということは、応える暇がないにせよ、壊されたにしても、あちらがよほどの状況になったということだ。

 

「そんな……」

 

嫌な予感が胸をざわめかせる。

ちらつくのは、父の顔。

最後に見たのは相当前だが、細かいしわまで思い出される。

父の優しさも厳しさも、今となっては胸の痛みとともに思い出される。

 

拳をぎゅっと握り、頭に浮かんだ映像を振り払おうとする。

無いはずの右腕が執拗にずきずきと痛む。

噛み千切られたときの痛みをまだ脳は忘れていない。

 

私はまだ失くした痛みを忘れられずにいる。

 

「イヴ」

 

幼さが残る、しかし凛とした声が耳に届いた。

ネプテューヌだ。

私を見つめる目は澄んでいて、偽りのないものだ。

助けになると訴える、正義に燃えた目。

 

「わたし達なら戦力になれるよ」

 

「そのうずめさんって人、絶対に助けます。だから……」

 

それはネプギアも同じだった。

うずめなら何といっただろうか。

きっと、『この戦いは俺たちの戦いだ。お前らを巻き込むわけにはいかない』と言うだろう。

だけどいま、私は無力だ。

助ける手は一つでも多いほうがいい。

 

「ありがとう。ついてきて」

 

充電を始めたばかりだが、コードを抜いて、私はネプテューヌたちを連れて走り出した。

 

 

 

 

 

「うらぁ!!」

 

赤のツインテール少女の拳が炸裂し、巨大な単眼をもった人型ロボットは残骸と化した。

軽快に動きまわっているせいで、オレンジのネクタイが揺れ、白いスーツの内からちらと覗くサスペンダーでスカートが固定されてることがわかる。

モンスターはまだまだたくさんまわりにいるが、手に持った黒いメガホンで叫ぶと、衝撃波がうなりを上げて次々とモンスターを襲う。

 

天王星うずめが戦っているのだ。

それを確認すると、ネプテューヌとネプギアが飛び出す。

ネプテューヌは太刀で、ネプギアはビームソードでモンスターを斬りつける。

 

私はその後ろから様子を観察した。

あの二人の実力は本物だ。モンスターの数はみるみる減っていき、もう少しで殲滅だ。

 

球型、人型、動物型と違いはあれど、ここに集まっているのは機械モンスターだけらしい。

ガシャガシャと音を立てて崩れていくさまに、私は久しぶりに明るいものを感じた。

あの二人がいれば、戦況は大きく変わる。

 

来訪者に希望を感じたとき、がぁんという音が何度も響いた。

モンスターはすべて動かなくなっていたが、明らかな戦いの音に私は我に返る。

 

「ふんっ!」

 

うずめがネプテューヌに攻撃を仕掛けたのだ。

 

「ちょっ!?いきなり何するのさ!?」

 

「へぇ、なかなかやるじゃねえか!俺の名前は天王星うずめ!テメェの名は!」

 

「ね、ネプテューヌ!ネプテューヌだよ!!」

 

うずめの攻撃を器用にさばきながらネプテューヌは答える。

ああ、ダメだわ。敵とみなしてる。

 

「へぇ…。見た目によらず、やるじゃねぇか。あいつとの前哨戦にはちょうどいいかもなぁ!」

 

「うずめ!」

 

話がこじれる前に、私はようやく物陰から身を乗り出した。

私の姿を見て、うずめがようやく手を止める。

 

「イヴ!?なんでここに?」

 

「心配で来たのよ。安心して。その人たちは敵じゃないわ」

 

目を開いて驚くうずめを落ち着かせて、私は必要なことを言う。

 

「敵じゃない?」

 

「ええ。私もこの二人に助けられたの。武器を下げて」

 

戦闘で熱が上がっていたうずめも納得してくれたようで、素直にメガホンを下げてくれた。

 

「そうだったのか……。いきなり攻撃したりしてすまなかった。悪かったな」

 

「よ、よかったぁ……わかってくれて」

 

うずめが頭を下げて、ネプギアがほっと胸をなでおろした。

ネプテューヌは気にしない様子で手を振り、寛容さを知らしめた。

 

私はうずめをチェックしながら、ネプテューヌたちのことを簡単に説明した。

命に別状はないものの、ところどころに傷がある。

もし加勢がなければ本当に危なかったかも。

私は改めて二人に感謝した。

 

「いきなりモンスターが増えたみたいだけど……」

 

「ああ、あいつが来るぜ」

 

うずめが空を見上げたのを見て、やっぱりと私は頭を抱える。

 

「あいつ…?」

 

ネプテューヌとネプギアが首をかしげたと同時、それに答えるように地鳴りが起こった。

 

「あいつよ」

 

私は空を指さした。

その遥か先、空高くから紫の巨大な光球が向かってきた。

それは地面に激突する寸前、周りの建物をいくつも倒すほどの衝撃波を伴って、姿を変えた。

何十メートルとある人型の身体。バイザーを被ったような頭に、光る翼。

そのスタイルから女性のように見られるが、その実態は恐ろしいものだ。

 

ダークメガミとよばれるそれは、巨大な腕を振るだけでがれきを吹き飛ばし、被害を大きくさせる。

 

「な、ななななななななにあのでっかいの!?いきなりラスボスのお出ましなの!?まさかわたしたち、ゲーム終盤にふっとばされちゃったとかないよね!?」

 

遠くで暴れるダークメガミを指さしてわめきたてるネプテューヌ。

対照的にうずめは冷静だった。

 

「俺にもあいつの正体がなんなのかはわからねえ。だがま、あいつがこの街を、そしてこの世界をこんな風にした張本人だってことだけは確かだ」

 

「じゃあ、あれがダークメガミ……」

 

先ほどの私の話と一致させたらしく、ネプギアが納得する。

そう、あれが私たちの最大の敵。

世界を滅茶苦茶にして、空や地面に青白い亀裂を入れた化け物。

 

「もしかして、あれと戦うつもりなんですか!?」

 

メガホンを握る手に力を入れたことに反応して、ネプギアが驚く。

 

「あぁ、そうだ。俺はずっとあいつと戦ってきたんだ。今ここでケリつけてやるぜ」

 

「心配してくれてるところわりぃが、この街を滅茶苦茶にしたアイツだけは、女神として絶対に許せねぇんだ」

 

「ねぷっ!?ちょっと待って!?今、女神って言った!?」

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

ネプテューヌを押しのけて、私はうずめにチョップした。

なんのパワーもない左手でのチョップだったが、うずめはその場にへたりと座り込んでしまった。

強がっていたが限界だったのだ。

 

「ほら、足がくがくじゃない。みんなはほとんど逃げたわ。あなたが戻らなきゃ、海男も悲しむわよ」

 

みんな、そして海男の名前を出したことで、うずめはしぶしぶ頷いた。

 

「勝つためにも今は回復に専念しましょ、ね?」

 

「……わかったよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3 ブラストバレット

走り続けて、ようやく私たちは拠点に戻ることができた。

幸いダークメガミの進行速度は遅く、こちらに来るまでにはまだまだ時間がかかる。

先ほどの機械モンスターの残骸を乱雑に置く。

私は義腕をバッテリーに繋ぎながら、作業机の前に立ち、机の上に置かれた武器の調整を始めた。

少し時間をもらうわ、と私が言うと三人は軽く自己紹介をした。

 

天王星(てんのうぼし)うずめは、決意の固そうな凛とした雰囲気を纏った少女だ。

言葉遣いはいささか乱暴。というのも、彼女が『かっこいい』というものを目指しているからだ。

本当の中身は真反対なものだが。

 

「それにしても、あんなに巨大な敵初めて見ました」

 

「まさかとは思うけど、人間がいないのってあのデカブツにやられたからとか……」

 

「…さあな。そこんとこは、俺もよく知らないんだ」

 

ネプギアとネプテューヌの疑問に、うずめが答える。

うずめはそれなりに傷ついているが、すでに手当は済ましている。

 

「分かってるのは、生き残ってるのは私たちと言葉の通じるモンスターだけってくらいね」

 

武器のパーツを組み立てながら、私は答えた。

 

「うわあ、それでよく今まで戦ってこれたね……。そうかぁ、だからシェアを感じられなかったんだね」

 

「正直、俺もよく今までもってると思うよ。住めそうな場所を見つけてもデカブツが現れるたびに逃げる日々……」

 

「武器の製作途中で現れては暴れるから、未だに完成したものと言えばうずめのメガホンとこれくらい」

 

私は右腕を見せた。オレンジの義腕。

材料や時間が足りなくて、これを作るのにもかなりの手間がかかったが、戦うにしても逃げるにしても欠かせないものだ。

 

「どうにかしてあの大きいのを倒すことはできないんですか?」

 

「そうそう。早い話、あのデッカイのを倒しちゃえば解決だよね?」

 

ネプテューヌたちの質問に、うずめははあ、とため息をついた。

 

「おいおい、簡単に言うなよ。悔しいが、こちとら何度も挑んで負けてるんだからよ」

 

「そんな……」

 

「まだ準備中だけど策はあるわ。きっと勝てる」

 

ダークメガミの力は強力無比。私たちはまだ勝てたことがない。

作戦は立てているものの、邪魔が多すぎて実践できたことはない。

 

そのとき、うずめが左腕に着けている改造小型ラジオから通信が入った。

 

「俺だ。そっちの避難状況はどうだ?」

 

『うずめか、無事なようで安心したよ。こっちの避難状況は七割と言ったところだ』

 

渋い声。相手は海男だ。

彼の目的は仲間を避難させること。

だが妨害が多いようで、思ったより進捗状況は悪い。

 

『それにうずめ。……イヴが……』

 

「あら、勝手に殺さないでくれるかしら」

 

海男が沈んだ声を出したところで、私が答えた。

ごちゃごちゃしてたせいで連絡が取れなかったため、死んだと思ったのだろう。

決して忘れてたわけじゃないから。

 

『イヴ!?』

 

「なんとか生きてるわ。こっちはこっちでなんとかするから、あなたはみんなをお願い」

 

『あぁ。そちらもくれぐれも無理はしないように』

 

ほっとしたようで、海男の声は明るくなった。

それだけ確認できると、海男は仕事に戻るために通信を切った。

 

「ねぇ、今のイケメンボイスの人誰?うずめたちの仲間?」

 

「あぁ、そうだ。ちょっと、口はうるさいがな」

 

うずめが積極派、海男が慎重派だからこそときどき口論に発展する。

だいたいうずめが自身を危険にさらそうとするので、私たちが反対するといった形になるのだけれど。

 

「さて、そっちはどうだ。イヴ?」

 

「もうちょっとで出来るはずなんだけど……」

 

いま調整している銃の中の機構がうまくいかず、私は待ったをかけた。

焦る私のそばにネプギアが近づいて、じろじろと解体された銃を見る。

 

「あ、ちょっと貸してください」

 

私はネプギアに場所を譲った。

すると、ネプギアはあっという間に理解できたらしく、どこからか工具を取り出したかと思うとみるみるうちに私の理想通りに銃を組み立てる

 

「ここを……こうして、こう!」

 

出来上がった黒いハンドガンを机に置くと、満足げに私に笑顔を見せる。

その手際に私は驚きながら、ネプギアの肩を叩いた。

 

「へぇ、組み立てもできるのね。頼りになるわ、ネプギア」

 

「えへへ、機械のことで褒められたの久しぶりかも……」

 

礼を言い、うずめに向き直った。

これでようやく私も戦える。

ま、ちょっと怖いから大体は任せることになるでしょうけど。

 

「準備完了よ。私も行けるわ、うずめ」

 

「おっけー。それじゃ行くか」

 

私は義腕のコードを抜き、銃に弾倉を装填して腿のホルスターに収めた。

 

 

 

 

 

「ねえ、うずめ。あのデッカイのと戦うのに、なんか作戦はあるの?」

 

私たちは先ほどの場所まで戻り、準備を始めた。

銃の実地試験をかねて出たものの、うずめに『戦闘は遠くから行うこと』を条件に出された。

彼女が私を心配する気持ちはわかるし、なにより接近戦でこの銃を使うつもりはない。私は抵抗なく了解した。

 

メガホンを小脇に抱え、黒の穴あきグローブをはめながらうずめは質問を発したネプテューヌのほうを見た。

 

「いつも通りなら、デカブツよりもモンスターの群れが街に来るはずだ。先にそいつらを潰す」

 

「おっけー。とにかくここに来るモンスターたちをやっつければいいんだね!」

 

ネプテューヌのお気楽な声に、思わずくすりと笑ってしまう。

少しだけ震えていた身体がいつの間にか収まっていた。恐怖感が抑えられていく。

私が歯の立たなかったモンスターを一撃で倒したであろうネプテューヌたちがいるのだ。

私がやるべきは、とりあえず少しでも戦力になること。

 

「あぁ、そうだ。頼んだぜ、ねぷっち」

 

「ねぷっち!?」

 

「ネプなんとかだと、言いづらいだろ?だから、お前はねぷっちだ」

 

「でました。初対面の人が私の名前を言えないパターン……けど、わたし的には新鮮で可愛いあだ名だから大歓迎だよ!」

 

「可愛い……のかしら?」

 

ただ『っち』をつけただけなのに新鮮で可愛いというのは、そんなに変なあだ名をつけられた過去でもあるのか。

私は『ネプテューヌ』という名前にそれほど言いづらいという印象はない。

それはまあ、そうなんだろうけど。

 

「ちなみに、お前はぎあっちな」

 

「ぎあっち!?」

 

「二人とも、ネプから始まったら被っちまうだろ?だから、お前はぎあっちだ」

 

「……ぎあっち。ぎあっち、かぁ…。えへへっ、あだ名で呼ばれるの初めてかも」

 

ネプギアもネプギアで喜んだそぶりを見せる。

私は『イヴ』自体があだ名みたいなものだし、あだ名というものに対してそう深く考えたことがなかった。

初めてというのはそんなに喜ぶに値するものなのかしら?

 

「そうなの?」

 

「はい、私の名前はそれほど言いづらいわけじゃありませんし、それに前作のときは出番がほとんどなかったり……」

 

「前作?」

 

ネプギアが発した謎の単語に、私は首をかしげた。

だが『前作』なるものに追及しようとしたところ、うなりが聞こえた。

 

ドラゴン、鹿、ロボット。

ダークメガミのいる方向から大量にモンスターが押し寄せてくる。

 

「どうやら第一波のお出ましのようだぜ。三人とも、気合入れていくぞ!」

 

うずめは懐から、透明に光る八面体の結晶を取り出してぐっと握る。

 

「さあて、やってやるぜ!」

 

「シェ、シェアクリスタル!?」

 

驚くネプギアをよそに、うずめは手のひらサイズのそれを自分の胸に押しつける。

結晶は氷のように溶けて、うずめの中へと吸収されていく。

 

「変身!」

 

叫ぶと、胸を中心に現れた光がうずめの身体を包んでいく。

その光は暖かく、尊大だが親しみのある力とともにうずめを『変身』させる。

 

「変身かんりょー!」

 

光が収まって現れたのは、うずめとは思えない人物だった。

 

可愛らしく高い声を発したのは、『プロセッサ』と呼ばれる、白を基調としオレンジのアクセントが入った装備を纏った、これまたオレンジの髪をもった少女だった。

防御性に関しては有無を言わさないはずだが、変身前と同じくすらりとした脚があらわになっている点についてはノーコメント。

まあ、こうなったらそこらのモンスターなんて寄せ付けないほどには強いし、一応左腕には小さなシールドもついているから、問題はないはず。

 

丸みを帯びた鮮やかな翼で浮遊する彼女の手に握られているメガホンも形を変え、黒から白へと変わっている。

 

「だ、誰ー!?」

 

この姿を知らなかった二人が叫ぶ。

 

「もう、誰って失礼だなあ。うずめだよ、う・ず・め。一緒に頑張ろうね、二人とも!」

 

あくまでそれが当たり前というふうに言って、うずめ、いやオレンジハートは先に飛び去っていく。

 

ぽかんとして数秒、なんとか状況を飲み込めたらしく、ネプテューヌとネプギアもオレンジハートのあとに続いていく。

 

「うにゃーー!!」

 

オレンジハートが先頭に立っていた二足歩行の巨大な亀モンスターにドロップキックを食らわせると、その反動で空へと舞い上がる。

メガホンを使って叫ぶと衝撃波が放たれ、亀モンスターもろとも周りのモンスターが吹き飛ばされていく。

モンスターたちは地面に激突したかと思うと、次々と消滅していく。

機械型モンスターだけは消えずに残骸となってばらばらになっていった。

 

ネプテューヌも負けじと太刀を振り、アクロバティックに次々とモンスターをなぎ倒していく。

正面の敵を一閃。そして倒れるのを待たずにすぐ右の敵を一閃。

その身のこなしから、相当な戦闘経験があることがうかがえた。

 

ネプギアはまるで踊るように軽やかに動いていく。

迫りくるあらゆる攻撃をぱっとかわして、敵を的確にビームソードで斬り裂いていく。

それだけでなく、紫の姉妹は互いに視界を共有しているかのようにその場で回り、お互いの背中のモンスターを斬り伏せるというコンビネーションを繰り出してみせた。

 

その戦いぶりに見惚れていた私は、はっと我に返り慌てて銃を取り出し、右手で握る。

見ているだけは終わりにすると決めたのは私だ。

幸い、モンスターはこちらに気付いてない。

私はうずめに群がる犬モンスターの一体に向けて引き金を引いた。

 

ドン!

予想以上の反動に、私は目を見開いた。

義腕に神経は繋いでいないが、肩までしっかりと衝撃が伝わった。

 

それよりも驚いたことは、衝撃音とともにまばゆい爆発が起こり、犬モンスターが消え去ったことだ。

着弾すれば爆発する『ブラストバレット』の威力は確かめられたが、まさかモンスターが一撃で仕留められるなんて……。

いままで逃げるだけだった私にとってそれは、信じられない光景だった。

爆発はごくごく小規模なものだったが、まるでミサイルが落ちたような錯覚に陥る。

 

ふるふると頭を振って、私は一発、もう一発と撃つ。

機械の右手は衝撃を殺してくれた。

モンスターに当たるたび、爆発が起こり、その場にいた全員がびくっと身体を震わせる。

 

モンスターが倒せたことか、それとも予想以上の武器が出来たことか、私は高揚感に囚われた。

身体が熱くなり、半ば衝動のままに私は銃を撃ち続けた。

 

それはモンスターが消え去ると同時、弾が切れるまで続いた。

 

オレンジハートの姿と私の銃にいまだ口を開け続けたままのネプテューヌたちの視線を感じ、ようやく頭から血が引いていった。

 

「ふう、なんとかなったわね。実地試験としては上々と言ったところかしら」

 

注目されることに私は少し恥ずかしくなり、平静を装って状況分析の体でしゃべった。

銃を腿のホルスターに直し、頭が冷えるのを待つ。

 

「びびびびっくりしたー。どういう仕組みで爆発してんの?」

 

「企業秘密」

 

目を丸くするネプテューヌに冷静に返したことで、私の頭はやっと回りだした。

これ、暴発したらものすごい危ないんじゃ……。

今度は逆に血の気が引いていく。

せめて鎧を着こむとか、全身を覆うものを先に作ったほうがよかったかしら。

やっぱりパワードスーツが完成直前だったのが悔やまれる。

 

「そ、それよりうずめ……でいいんだよね?」

 

「うん、うずめだよー」

 

「あの勝気なうずめが女神化したらほわほわした感じに……シノとは逆だね」

 

「……あれ?ねぷっち、どうして女神のことを知ってるの?」

 

「そうそう。いろいろあって言いそびれてたけど、わたし達もうずめと同じ女神なんだよ!」

 

「ホントなの!?ウソじゃないよね?」

 

「ホントホント!泣く子も黙るプラネテューヌの女神、パープルハートとはわたしのことだよ!」

 

「プラネテューヌ……」

 

私は呟いた。

プラネテューヌという国は技術水準が高いらしく、ネプテューヌはそこを治めているそうだ。

妹であるネプギアは女神候補生と呼ばれ、ネプテューヌと同じく信仰の対象であるらしい。

であるらしいというか、まあ知っているのだけれどね。

 

「へぇー、奇遇だねー。まさか、こんなところでうずめ以外の女神に出会うなんて超ビックリだよー」

 

再び光がオレンジハートを包み、うずめの姿に変える。

現れたキリっとした顔はやはりオレンジハートと同一人物だとは思えない。

 

「……ちっ、時間切れか」

 

「時間切れ?そういえば、シェアクリスタルで女神化していたような……」

 

この場所について、ネプテューヌたちにはまだ話してないことは多い。

ネプテューヌが疑問を発したそのとき、私は視界の隅でちらっと動くものを捉えた。

遠くで腕を動かしたダークメガミだ。

 

炎を纏った光球が飛んでくる。

 

「危ないっ!」

 

私はうずめを抱きかかえ、身体を滑らせる。

がれきはさらに崩れ、砂埃を上げる。

突然の攻撃だったが、紫の姉妹もちゃんと避けたみたいだ。

それにしても、ちょっとした動きだけであの威力の攻撃。

私の中に、再び絶望が押し寄せる。

 

「ちっ!不意打ちたぁ、卑怯じゃねぇか。やられたからには倍返しだ!今度はこっちから打って出るぞ」

 

「ダメよ」

 

ばっと立ち上がったうずめの正面に立って止める。

まだあれの相手をするには準備が足りない。

ここで戦わせてしまったら、いままでの全てが無駄になってしまう。

 

「だけど、あのデカブツとタイマンはれるチャンスなんだぞ!刺し違えてでもあいつを……!」

 

「ダメに決まってるでしょ!」

 

これ以上、失うことをしたくなかった。

目の前から誰かがいなくなるなんて、もう経験したくないことだった。

 

脳内に父の顔が浮かんだ。

もうかなり経つのに、鮮明に思い出されるほどに。

 

「ネプテューヌ!」

 

「あいあいさー!そんなわけだからとっとと逃げるよ!ネプギア、そっち持って!」

 

「うん!」

 

うずめがやろうとしてることと、私がやろうとしてることを察してくれたようだ。

ネプテューヌは上半身、ネプギアは下半身を掴んで、うずめをその場から運び出した。

 

「って、おい!?お前ら、離しやがれ!勝手に俺を担ぐな!おろせー!」

 

私達三人はその言葉を無視して走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、余計なことしやがって…。これじゃあ、かっこわりいじゃねえか」

 

幸いにして、拠点に戻るまでの間に敵が追ってくることはなかった。

私達に加えて、じたばたともがいてたうずめも息を切らしている。

 

「カッコ悪くてもいいでしょ。死ぬのはやめてって言ったじゃない」

 

「う……悪かったよ。次からは気をつける」

 

「気をつける、じゃなくて、絶対よ」

 

私はうずめを睨んだ。

うずめはばつが悪そうに視線を落として、たじろいだ。

 

「わ、わかった。わかったよ!……ごめんな」

 

「分かってくれればよし。あなたたちもありがとう」

 

ネプテューヌたちに向き直ると、彼女たちはなんてことないというふうに手を振った。

 

「お役に立ててよかったよ。命あってのモノマネだしね!」

 

「モノマネ……?」

 

「たぶん、物種のことだと思います…」

 

私はくすりと笑った。

最近は笑いが足りなくなっていたところだ。

彼女たちは私が持っていないものをたくさん持っているらしい。

少しだけ羨ましく思える。

彼女たちのいるところは、きっとそんな明るい場所なのだろう。

 

そんなところで、私の通信機が鳴った。

発信元は海男だ。

私は急いで通話ボタンを押す。

 

「海男」

 

『イヴか。隣町への避難が完了したところだ。ダークメガミもひとしきり暴れたあとに消えたよ』

 

すぐ来てくれ。と付け加えて、海男は通信を切った。

あっちにはまだ仕事があるだろう。

ここは敵にばれたようだし、私たちも近いうちに別の場所へ移動する必要がある。

ともあれ、一応の危機は去ったみたいね。

 

「よかったわ。何とか助かったわね」

 

「ああ。さて、お前らも疲れただろ?ここには少しだが食料もあるし、毛布もある。好きにくつろいでくれ」

 

うずめは拠点であるこのビルの簡単な説明をするために二人を連れて行った。

私は一人、自分の作業部屋に向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4 あなたと一緒に戦うわ

「あの、イヴさん」

 

「あら、ネプギア。どうしたの?」

 

ネプギアが私の部屋に入ってきた。

工具や材料が置かれた机が所狭しと並んでいるここは、私にとっての『工場』。

うずめの案内はもう終わったのかしら?と思い、時計を見ると、あれからすでに七時間も経過していた。

いまはすっかり深夜。

今日は戦いと研究と製造があったっていうのに、不思議と疲労感はなかった。

 

「この街……なんて名前なんでしょう」

 

「さあ……私はこの世界についてほとんど知らないから……。うずめに聞いても同じよ。彼女、記憶喪失だから」

 

「記憶喪失?」

 

「ええ、彼女が覚えてるのは、この国の女神ってことくらいかしらね」

 

「そうですか。なんだか、その、イヴさんは他にも知ってるようなそぶりでしたから……」

 

モンスターの残骸を分解する私の手が止まった。

 

うかつだった。

話したくないってことではないが、あまり詮索されたくない話題でもある。

なにより思い出すのが苦痛だ。

 

「あ、あの……」

 

「ごめんなさい。ちょっと思い出したくないから……」

 

うずめの話をすれば、当然私のほうにも話は飛んでくる。

だが『話さない』という選択肢はなにかと勘繰られることも多くなる可能性は高い。

そこで私はわかりやすく頭を押さえるふりをした。

 

「な、ならいいです。そんなに無理しなくても……」

 

「ごめんなさいね」

 

私の予想通り、ネプギアはこの話題から大人しく引き下がってくれた。

手持無沙汰になったネプギアはきょろきょろとせわしなく見回して、ある物を見つけた。

広げられ、重ねられた大きな紙だ。

 

「これ、設計図ですか?」

 

「ええ、私は無力な人間だから、防御のためにパワードスーツを設計したの。前の拠点で完成しそうだったのだけれど、ダークメガミが現れておじゃん。また最初から作り直さなきゃ」

 

完成させるために、時間と材料を使いすぎたのが良くなかった。

おかげであの時は義腕のバッテリーも充電が十分じゃなかったし、爆裂銃『ブラストバレット』も調整できなかった。

 

「そんなものまで作れるんですか?」

 

「父が天才的な科学者でね。長い間その教育を受けたの。ラス……私のいた国の大学は小さいころに飛び級で卒業したから」

 

私は再び手を動かした。

いままでよりも大量に、良質の材料がそろっている。

ネプテューヌたちがいるのも考えれば、パワードスーツを作るのも夢ではなくなった。

メタルアームと銃だけじゃ、心もとないものね。

 

「あの、うずめさんってシェアクリスタルで変身してましたけど、どこで手に入れたものなんですか?」

 

「ああ、あれ?落ちてるのよ。そこらへんに」

 

「お、落ちてる!?」

 

飛び上がったネプギアは設計図を落とした。

 

「シェアエネルギーを凝縮したエネルギー結晶体がシェアクリスタルなのに、それが落ちてるんですか?」

 

「落ちてるわね、普通に」

 

私は汚れた手で落ちた設計図を拾う。

エネルギーが凝縮されたシェアクリスタルは、うずめの変身、いわゆる『女神化』に必要なアイテムだ。

貴重なアイテムだが、ところどころに落ちている。

守っている対価というわけでもないが、善良なモンスターに拾ってもらうのを手伝ってもらっている。

 

「あ、ありえません!シェアクリスタルの製造には莫大なシェアとそれを結晶化させる特殊な製法が必要なんです。以前、犯罪神と呼ばれる敵と戦った時に作ったことがありますが、小さいのを作れただけで……」

 

「犯罪神?」

 

私は『犯罪神』という単語に反応した。

今まで頭をもたげていたものがすべて吹き飛び、ネプギアに詰め寄る。

 

「犯罪神って言った?」

 

今ここでそんな名前を聞くとは思えなかった。

掴みかからんとする勢いの私に、ネプギアは首をかしげた。

 

「……?はい。何年か前に私たちが倒しましたけど……」

 

「倒したの……そう、倒したのね」

 

私は我に返って深く息を吐き、ちらっとネプギアを横目で見た。

 

「国は破壊された?」

 

「いいえ、話はちょっと複雑ですが、復活してすぐに倒しにいきましたから……」

 

ということは、私の知っている犯罪神とは違うのだ。

私は意気消沈して、視線を落とす。

それにしても犯罪神を倒すなんて、ネプギアは相当な実力者のようだ。

見た目は普通の少女だと言うのに、女神という存在は常識を逸している。

 

「たたたたた大変だよネプギア、イヴ!プリンがどこにも見当たらない!」

 

ネプテューヌが埃を巻き上げて走ってきた。

その後ろにはうずめもいる。

 

「プリンなんて無いわよ。材料すら見たことないわね……」

 

あるものは出来うる限り使うようにはしているが、生ものなんてしばらく見ていない。

私がそう言うと、ネプテューヌは明らかに落ち込んでみせた。

 

「そんな……うぅ…プリン……」

 

「お姉ちゃんはプリンが大好物なんです」

 

「それは……悪いことを言ってしまったわね」

 

しょげているところ悪いが、無いものはない。

そこで私はこれからのことを考えようとした。

もう夜遅いが、全員が揃っているならちょうどいい。

私はここで、紫姉妹のことを気にかけた。

 

「それで、これからどうしましょうか」

 

「ここが別の国?それか別の次元かってことはわかったけど……」

 

「いーすんさんに連絡が取れればなんとかなるかもしれないけど」

 

その『いーすん』とやらは様々なことを知っているみたいで、連絡が取れれば、ここがどこか、帰り方までおそらくわかるらしい。

だがネプテューヌは首を横に振った。

 

「けどさ、このまま帰っちゃっていいのかな」

 

ネプギアが疑問を発するような顔でネプテューヌを見る。

 

「うずめたちだよ、あんなでっかいのを相手にするなんて……帰る前にうずめたちを手伝ったほうがいいんじゃないかな?」

 

「そんな気遣いは無用だぜ、ねぷっち」

 

うずめは口を開いた。

その顔は希望を持った顔でも、絶望を感じた顔でもなく、凛とした天王星うずめのものだ。

 

「帰れる場所があるなら、さっさと帰ったほうがいいぜ。もともと俺とあいつの喧嘩だ。ほんとはイヴだって戦わせたくないんだよ」

 

「うずめ……」

 

強がっているが、私たちを巻き込みたくないのだ。

それはわかってる。

記憶喪失、崩壊した街、犠牲になった仲間。

うずめもまた、失うことをおそれている。

 

だからこそ、私は彼女とともに戦う。

これ以上、失うことの無いように。

 

「言ったでしょ、私に帰る場所はないって。私はあなたと一緒に戦うわ」

 

「わたしも手伝うよ!二人より三人、三人より四人だよ!」

 

私の言葉に、ネプテューヌも賛同する。

それでも納得していないようなうずめの様子に、ネプギアが手を挙げた。

 

「提案ですが、私たちが帰るまでの間、うずめさんたちを手伝わせてください」

 

「はあ?帰るまでって……だから、それは危ないからさっさと帰れっていってんだろ」

 

「それなんです。私たちはこの国についてはほとんど知りませんし、さっきの大きいのだっていつどこに現れるのかもわからない。私とお姉ちゃんだけじゃ対処できないかもしれません」

 

ここがどこか、そして帰る方法がわからない以上、ネプギアの提案は理に適っている。

隙のない案を出したネプギアはにこっと笑った。

 

「知り合ったのも何かの縁ですし、協力し合いませんか?」

 

「なるほどな。俺はお前らの帰る方法を探すのを手伝い、その間お前らは俺たちと一緒に戦う」

 

うずめはやれやれと首を振った。

どうやら納得はしてくれたらしい。

と言うより根負けしたと言ったほうが正しいかな。

 

「良い案だと思うけど。私だってネプギアの手も借りたいし」

 

「わたしは?」

 

「もちろんあなたもよ、ネプテューヌ」

 

ネプテューヌはやったー!と大げさにばんざいをして喜んだ。

それを見て、うずめもようやく笑った。

 

「…しゃーない。どうせ言っても聞かないだろうし、ここはぎあっちの提案通り、協力し合おうぜ」

 

そしてうずめはネプギアをびしっと指さす。

 

「だけど、帰る方法がわかったらそっこーで帰すからな」

 

「ふふ、はい」

 

「ああ言ってるけど、かなり喜んでるわ。他の女神なんて出会ったことなかったから」

 

私は小声でネプギアにそう告げる。

私が協力すると申し出たときも同じような顔をしたものだ。

まさかまた、うずめがこんな顔を見せてくれるとは思わなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5 因縁

ああ、もう朝になってたのね。

ずいぶん長いこと起きていたが、眠気はない。

作業部屋にうずめが現れるまで、私はそのことに気が付かなかった。

 

「おはよう、イヴ」

 

「ええ、おはよう。どうしたの、こんな朝早くに」

 

昨日は遅くまでネプギアに銃のメンテナンスを付き合ってもらったが、いまはまだそれから休息には十分な時間は経っていない。

私も少し横になりはしたが、先の戦闘の興奮で眠れずに銃を手になじませていた。

右手で撃つことには問題はないが、左手だとやはり反動に耐えられずに尻餅をついてしまう。

弾丸は爆発するものではないのを使っていたが、それでも使いこなせないのはまずい。

これからもどこかで独りで戦う可能性はあるのだ。

 

「ああ、海男から連絡があってな。ひよこ虫たちがシェアクリスタルを見つけたから、確認してくるってさ」

 

「あなたも行くの?」

 

「いや、見間違いの可能性もあるからって様子見だ」

 

首を横に振ったうずめは、壁の弾痕を見てため息をついた。

 

「お前のこと心配してたぞ」

 

「心配ないわよ。これもあることだし」

 

「それが心配なんだよ」

 

私が銃を見せると、うずめはさらにため息をついた。

戦わせたくない、とうずめは言っていた。

犠牲を出さないためにも、独りで戦うことを決心した彼女の助けになりたかったが、うずめにとって私は共に戦う仲間ではなくあくまでも『守る対象』なのだ。

 

「言いっこなしって何度も言ったでしょ。まったくもう……あなたが一人で戦うほうが心配だったのよ?逃げるときなんて気が気じゃなかったわ……前回なんてやたらと危険そうなやつがいたじゃない」

 

「あの大剣を持った男か?「敵じゃない」ってひたすら言ってたが、ねぷっちたちのことを考えると話聞いた方がよかったのか?」

 

海男と逃げる途中、遠目でしか見えなかったが、うずめの近くにモンスターをなぎ倒していく男の姿があった。

身の丈ほどもある大剣を片手で振るうその男からは、なんだか嫌な気配がした。

うずめの話では、その男はうずめに手を出さなかったようだが、敵だと思い攻撃したうずめから逃げるようにして去っていったそうだ。

話も聞かずに襲ったのは早計だっただろうか?

 

「うーん、どうかしら。なんだかやーな感じだったのは否定できないけど……」

 

「なんの話ですか?」

 

ぬっと現れたのはネプギアだった。

その後ろには寝起きにもかかわらず快活な様子のネプテューヌもいる。

 

「あら、おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはよー。んで、なに話してたの?」

 

「仲間を隣町に逃がすときに、変な男がいたんだよ」

 

うずめの言葉に、姉妹は首をかしげた。

 

「変な男……ですか?」

 

『変な男』に対して心当たりがあるようにも、ないようにも見えた。

 

「まあ、敵であれ何であれまた現れるでしょ」

 

敵なら必ず現れる。

そうでなくても、ここ最近の異常を鑑みれば、姿を現してくる可能性は高いと見える。

その男がどの立場であろうとも、こちらには女神三人という戦力がある。

 

そんなことを考えていると、うずめの左腕につけている通信機から音が鳴った。

 

「お、海男からだ」

 

すぐさま通信のボタンを押す。

 

「どうだ、シェアクリスタルは本物だったか?」

 

『ああ、本物だった。まさか、こんなところにもシェアクリスタルがあるなんてね。君に手土産もできたことだし、今日中にそっちに戻……な、なんだお前は!?うわああああああ!?』

 

海男の悲鳴とともに、ざざざっとノイズが鳴った。

うずめは何度も通信機のボタンを押すが、反応はない。

私は自分の通信機を操作するが、同じく海男には通じない。

 

「海男!おい、海男!」

 

「こっちもダメね、通じないわ。海男の場所はどこかしら、うずめ?」

 

「駅だ、すぐ行こう。ねぷっち、ぎあっち、ついてきてくれるか?」

 

「もちろんだよ!早く行ってあげよう!」

 

私は銃を一瞥し、ホルスターに収めた。

最悪の状況が頭の中をぐるぐると巡っていたが、私はそれを振り払おうと頭を振った。

 

 

 

 

隣町との中間、ここにはすでにさびれた地下駅があるだけだった。

もともとは賑わっていた大きな駅らしく、さらに下に続く階段や様々な店のあとがある。

 

「ここのどこかに海男がいるはずだ」

 

「どこかって…、詳しい場所はわからないんですか?」

 

ネプギアがそう言う気持ちもわかる。

見ただけでかなり広大だとわかるこの駅を探すには、この場にいる面子では少なすぎる。

 

「位置情報がわかるものは製作途中だから、連絡を取り合うくらいしか場所がわからないのよ」

 

「おーい、海男ー!いたら返事してー!」

 

ネプテューヌの叫びも奥へ吸い込まれていき、反響はしない。

 

「……あの感じだと、返事もできない状況かもしれないわね」

 

「話の途中で通信が切れたからな……。誰か海男の居場所が分かるやつがいればいいんだが」

 

「さすがに、そんな人、都合よくいるわけ……」

 

「いいや、わからないぜ。案外、海男と一緒にいたやつがかろうじて逃げ延びてるんだよー」

 

うずめは目を閉じ、手を合わせ始めた。

語尾が伸び、だらしなく頬を緩ませている。

ああ、始まったわ……。

 

「それで、俺らを呼びに行こうとしたところ、ここで偶然俺らと鉢合わせるわけだ」

 

声がだんだん高くなっていき、昔のギャルのような喋り方になってくる。

 

「それでお互い超偶然っていうか、向こうもうずめも信じられないって感じでさ。それで、あっという間に海男のいる場所に案内してくれて、海男をいじめる悪いモンスターをぶっ倒しちゃう、ってわけ」

 

ついにはオレンジハートと遜色ないような口調になる。

何度見ても私は慣れないわ。

 

「それで、海男も助けて、シェアクリスタルも見つけてめっちゃラッキーみたいな♪」

 

「ぽかーーん」

 

ネプテューヌとネプギアは口を開けたまま、文字通り目を丸くしている。

無理もない。

あれだけキリッとしていたうずめが、変身もなしに突然可愛い声を出して、油断しきった顔を見せているのだから。

 

目線に気づいたうずめは我に返り、威厳を保つために腕組をして胸を張った。

 

「ご、ごほん。とまあ、もしかしたら、偶然案内してくれる奴が現れるかもしれないぜ?」

 

「いや、いまうずめがうずめっぽくなくて……ねえ、イヴ?」

 

「あれよ。『女子三日会わざれば刮目して見よ』とかそういうことわざがなきにしもあらずみたいな風潮がある可能性があるじゃない」

 

「いやいやいや!そんなこと言われても誤魔化されないからね!」

 

「自分のことも『俺』じゃなくて『うずめ』って言ってましたよ!」

 

立て続けに指摘する姉妹を前に、さすがのうずめも冷や汗を隠せない。

助けを求めるようにこちらを見たが、その目は泳いでいる。

 

「そ、空耳だって。それとも、ここには幻術でも操るモンスターがいるのかなー、なんて。な、イヴ?」

 

「いやもう無理よ。むりむり。誤魔化せないわ」

 

「い、イヴまで……」

 

私は勢いよく首を横に振った。

いや、目の前で起きたことをなかったことにするのはどう考えても無理だ。

うずめが誤爆してしまったことにはなにかしらの説明は必要であろうが、どう言おうか……。

 

私が迷っていると、丸っこい魚のような何かが寄ってきた。

 

「うずめさん、うずめさん!」

 

「よっし、ナイスタイミングだ、ひよこ虫!」

 

ひよこ虫と呼ばれたモンスターであるが、これが私たちの仲間だ。

襲ってくるモンスターとは違って、表情が豊かで流暢にしゃべるのが特徴だ。

おかげで意思疎通に困ることなく協力しあうことができている。

 

「タイミング?」

 

「何でもないのよ。それで、そんな大慌てでどうしたの。海男のことかしら?」

 

「そうなのです。海男さんがモンスターに襲われて大変なのです。案内するので、早く向かうのです」

 

喋り方自体は緊張感の無いようなものに聞こえるが、ひよこ虫はぴょんぴょんと跳ねながら先を急がせた。

海男は参謀のように切れる頭の良さを持ちながら、面倒見の良さも一級品だ。親のように大事に扱ってくれることもあり、慕う者も多い。

このひよこ虫だってそうだろう。海男のことを考えれば気が気でないのは私も同じだった。

 

「ねえ、うずめとイヴはさ、このひよこ虫とは知り合いなの?」

 

「知り合いっていうか、こいつらも俺の仲間なんだ」

 

「ひよこ虫はこの世界で一番多いモンスターなの。群れでの情報網があって、いろいろと協力してくれてるのよ」

 

「その代わりに、ボクたちを凶暴なモンスターから守ってもらっているのです」

 

「持ちつ持たれつ、素敵な関係だね。けど、私ひよこ虫を見てたらおなかが減ってきたかな」

 

「え、なんで?」

 

異様な感想に思わず声が上ずった。

なんどもひよこ虫を見ているが、『食』という言葉が浮かんできたことはない。

生の状態で見てるからかしら。焼けばちょっとは欲も湧いてくるかもしれないわね。

 

「私は食べたことないんだけど、ひよこ虫って油でカラっと揚げて食べるとエビフライに似てるって言われてるんだよねー」

 

「ぼ、僕は食べてもおいしくないのです。うずめさん、助けてほしいのです」

 

「エビフライかあ……そういえば食ったことないなあ」

 

「こーら、ダメに決まってるでしょ。まったく……ノリに乗るところは良いところでもあるけど、時と場合を……」

 

怯えるひよこ虫を抱えて、私は軽く怒った。

空気を軽くしようとするのはわかるが、そういった冗談はいまはよくない。

指摘しようとすると、ネプギアが歓喜の顔をして私の肩を叩いた。

 

「何かしら?」

 

「前作も前々作も冷静にツッコミしてくれる人が少なくて……」

 

「仲間とかは?」

 

「いましたけど、それどころじゃない人とか長い間敵だった人、あとはお姉ちゃん並みに……その、話を逸らす人だったり」

 

「大変なのね。ところで前作って……」

 

「おーい、こっちこっちー」

 

私を遮って、正面から幼い声が聞こえた。

 

「あれ、なんか二人知らない人がいるよ」

 

「本当だ。誰なんだろ」

 

そこには三十匹近いひよこ虫が身を隠すように集まっていた。

モンスターがいるのはまだまだ奥だが、万が一見つかってしまえば、抵抗力のないひよこ虫はすぐにやられてしまう。

だが私たちに海男の様子を教えるために、怯えつつも待っていたのだ

 

「待たせたわね。海男は無事?」

 

「海男さんなら、モンスターを引き付けて向こうに行ったよ」

 

「早く行って助けてあげて。じゃないと食べられちゃうよ」

 

ひよこ虫が奥を示した。

どうやらひよこ虫たちを守るためにモンスターを奥まで誘い込んだらしい。

海男のことだから、そう簡単にやられはしないはずだ。

 

「お前らも危ないのにわざわざここに残ってくれてたのか。サンキューな」

 

「気をつけてください。とっても強そうなのがいるんです」

 

私はその言葉を聞いて、うずめのほうを見た。

ひよこ虫たちもモンスターをたくさん見ている。だが、『強そう』というならあいつしかいない。

 

「うずめ」

 

「ああ、あいつだな。だが心配はいらねえ。こっちには助っ人が二人もいるんだ」

 

「あいつってのがどんなやつでも、私たちがいればちょちょいのちょいだよ!」

 

「ええ、心配はしてないわ。今度こそ決着をつける」

 

あるはずのない痛みを感じて、私はぐっと義腕に力を入れた。

 

 

 

 

ひよこ虫たちを避難させ、私たちは奥へと急いだ。

途中、亀や鹿の形をしたモンスターがところどころにいたが、それは雑魚。

苦戦することもなく蹴散らすことができた。

だがかつては何百人もいたであろう駅のホームに、それは待ち構えていた。

 

「ここね。やっぱりあいつがいるわ」

 

「モンスターがたくさんいるけど……」

 

「周りは任せるわ。私とうずめはあれをやる」

 

雑魚がひしめく中、異様なモンスターが一匹。

私はその、二本の曲がった角と鋭い爪を持つ四足歩行の黒獣を指さした。

 

うずめはダークメガミとの戦いを幾度となく邪魔された。

そして私はあいつ、ギガスレイモンに腕を噛み千切られた。

あの姿を見るたび、ないはずの腕が痛む。倒せと叫んでいるのだ。

いまならそれができる。

 

「イヴ」

 

「いまさら怖気づくのはなしよ、うずめ。ここで因縁に決着をつけるわ」

 

「ああ、もちろんだ。変身!」

 

うずめはクリスタルを取り出し、その力をもって変身した。

私も並んで銃を取り出す。

 

「さあ、この右腕の代償は重いわよ」

 

ネプテューヌとネプギアが先陣を切った。

持ち前の実力で立ちはだかるモンスターをなぎ倒していく。

みるみるうちに数が減っていく。

私たちとギガスレイモンの間に道が空くと、獣はこちらに向かって駆けだした。

同時に私たちも距離を埋める。

飛びかかってくるギガスレイモンを避け、地面で一回転。

オレンジハートも同じく避け、後ろから拳を叩きこんだ。ギガスレイモンはよろめきはするものの、怒りの咆哮を上げる。

 

先手を取られたことで、私の奮い立たせた心が現実を見始めた。

目の前の獣が、その大きさ以上に映し出され、私は歩を止めてしまった。

 

冷静に思えば、こんな化け物を相手にするのは無謀にもほどがある。

そのことから目をそらすためにも奮起する必要があったのだが、一度気づいてしまったからには振り払うことは困難だった。

 

獣のぎらりとした目がこちらを向く。

鋭い爪が目の前まで迫ったところで、ようやく私は右腕を前に出した。

甲高い音とともに右腕に三本の線が引かれ、衝撃で身体が宙に浮く。

次の瞬間には、私の身体は地面に落とされ、肺から空気が吐き出される。

 

「大丈夫、イヴ!?」

 

咳き込みながら痛みに耐えていると、オレンジハートが私の前に立った。

差し出された手を掴んでなんとか立ち上がる。

 

「ええ」

 

私が無事なのに安心し、オレンジハートはメガホンで音波を飛ばす。

地面にひびが入り、ギガスレイモンも苦悶の声を上げる。

 

私は歯ぎしりした。

強がってみせたものの、痛みは恐怖として広がっていく。

粗い呼吸を繰り返し、なんとか動悸を抑えるが、私は動けずにいた。

 

啖呵を切ったにも関わらず、恐怖に身がすくんだ私が情けない。

右腕の幻肢痛が訴える過去と恐怖が私の動きを止める。

噛み千切られたことを思い出すと、痛みがひどくなる。

自分のものがなくなっていく感覚が襲ってくる。

 

ぎゅうっと左手を握りしめ、喪失感を振り払う。

引き金を引いた。

一発、二発。

銃弾はメガスレイモンの腹に当たるなり爆発し、よろけさせる。

体勢を崩した敵に、オレンジハートがすかさず拳を叩き込んだ。

ズン、と大きな音を立てて倒れたギガスレイモンは、巨体に似合わないスピードですぐさま立ち上がり、オレンジハートを睨んだ。

爪の一閃を防ぐが、次の体当たりはかわせずに受けてしまう。

 

「きゃあっ」

 

オレンジハートは吹き飛び、地面に倒れる。

私はネプテューヌたちを見た。モンスターに阻まれ、こちらの助けはできそうもない。

ギガスレイモンはすばやくオレンジハートに近づく。

オレンジハートは立ち上がり、突進をよけた。ギガスレイモンは勢いあまって壁に激突した。

 

「イヴ、見てて、わたしがやっつけちゃうから!」

 

オレンジハートは笑って、またギガスレイモンに攻撃を仕掛けた。

 

怖いなら戦わなくていい。

私を励ますためにそう言ったのだ。

 

戦わなくていい?

うずめに任せればいい?

このまま私は、うずめが傷つくのを見ない振りして、自分ができることを放り投げて、戦わずにすごせばいい?

 

「違う」

 

違う。

違うわ。

 

私はなぜ戦うための武器を作ったの?

自分を守るため?

 

違うわ。

これ以上、失いたくないものを失わないため。

 

私は銃を構えた。左手を添える。

ギガスレイモンの顔を殴るオレンジハートを避けて、前足に銃弾を浴びせる。

尖った爪はいくつか割れ、獣は咆哮を上げた。

 

獣のぎらりとした目がこちらを向き、割れた爪を振る。

私は右腕のスイッチを押して、義腕の能力を発動させる。ぐっと右腕を引いてから、押し出す。

パァン、と破裂音が鳴り、ギガスレイモンの前足をはねのけた。前足の爪はさらに割れ、もう武器としては扱えない。

すかさず銃を乱射し、絶え間ない爆発でギガスレイモンはうめきながら後退していく。

 

爆発は私のすぐ近くで起きるが、盾になるはずの右腕は銃の反動を抑えつけるために使用している。

目を細めることしかできないが、それでもじゅうぶんだ。

 

カチッ、カチッ。

十何度目かにして、ついに弾切れだ。

 

それを見て、ギガスレイモンはここぞと反撃の意思を見せる。

 

「えいえいえーい!!」

 

しかし、オレンジハートがメガホンに向かって叫ぶと、重力が増したかのようにその場に抑えつけられる。

 

オレンジハートの拳、音波。そして私の銃弾と爆発による攻撃が生々しく傷を広げている。

ギガスレイモンは血を垂れ流しながらも、倒れそうになるのをぐっとこらえ、なおもこちらを見据える。

 

オレンジハートは跳躍し、私に並んだ。

 

「同時攻撃よ。うずめ、合わせて」

 

「おっけー!」

 

私は二度連続で右腕のスイッチを押した。

キュイイイインという音が響き、熱が漏れ出る。

オレンジハートもメガホンをぽいと捨て、拳を鳴らした。

 

「ガアアッ」

 

喉から振り絞ったような声を吐きながら、ギガスレイモンがこちらへ向かってくる。

先ほどまでの威勢のいい足取りではなく、ときおりふらふらとしながらの突進。

 

だけど容赦はしない。

ここであなたを倒して、私は強くなる。

 

私とオレンジハート、両者とも同時に飛び出す。

獣が牙を向けるが、かまわずに拳をめり込ませる。

衝撃が腕から肩に伝わる。

感じたのは手ごたえ。

クリーンヒットした手ごたえだ。

 

二人の渾身の殴打を受け、ギガスレイモンの巨体は吹き飛び、壁に激突する。

警戒して何秒たったか。

戦闘態勢のまま構えていたが、起き上がることはなかった。

 

「やった……のよね?」

 

「うん、やったんだよ!やったやった!」

 

おそるおそる訊いた私の手を握って、ぴょんぴょんと跳ねるオレンジハート。

しばらく跳ねた後、緊張の糸が途切れたのか、私もオレンジハートもその場にへたりこんだ。

 

「ほにゃぁ~。ようやくわんわんに勝てたぁ~」

 

「あ、はは。なんだか実感がないわ……。でも勝ったのよね」

 

じわじわと達成感が沸いてくる。同時に、うずめと一緒に戦えた喜びも。

 

バッテリーを全て使ったことによって、右腕は動かなくなってしまった。

銃弾の威力もまだじゅうぶんではないみたいだし、いろいろと改良の余地はあるけれど……。

 

「ふう……」

 

続いて押し寄せてきた疲れに、私は一息ついた。

 

心配事が減ったことに、いまは酔いましょう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6 海男救出

私たちがギガスレイモンを倒したのと同時。

ネプテューヌが球型の機械モンスターを真っ二つにすると、ようやく一息つくことができた。

 

「これで最後かな」

 

「そうだね。モンスターもいなくなったし……」

 

ネプテューヌたちが武器を収め、休息に入る間、私は辺りを見回した。

残骸や死骸のせいで、海男が見つからない。

まさか斬ったということはあるまいし。

 

「海男。大丈夫か?」

 

「すまない、心配と苦労をかけた」

 

変身を解いたうずめが奥に声をかけると、聞きなれた低く渋い声が返ってきた。

 

「このくらいのこと気にするなって。それに、お前に紹介したい人もいるしな」

 

海男がゆっくりとその姿を現す。

青い身に黄色いトサカ。

見る限りでは傷はないみたいだ。

 

「えええええええ!?」

 

「人面魚!?しかも真顔!?」

 

「まずは助けてくれたことに礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

姉妹の驚愕を意に介さず、海男は礼を言った。

ああ、そうか。この二人は海男に会うのは初めてだったわね。

確かに真顔の人面魚なんて、先にひよこ虫に会ってなければよけいに驚いたことだろう。

 

「……しかし、この世界でうずめ以外の人は初めてだな。てっきり全滅したと思っていたよ」

 

「え、イヴさんは?」

 

冷静な顔で言った海男は、ネプギアにそう返されるとばつの悪そうに私を見た。

 

「……話していなかったのか……。すまない、イヴ」

 

「いいのよ、いつまでも隠せるとは思ってなかったから」

 

はあ、とため息をついて私は左手で頭をかいた。

 

「さ、戻りましょ。こんなところでだらだらしてたら、またモンスターに目をつけられるわ」

 

 

 

 

 

「じゃあ、海男の救出を祝って、かんぱーい!」

 

私秘蔵のジュースのはいったコップを掲げて、ネプテューヌが音頭を取った。

続けて私たちもコップを合わせる。

ちなみに私は、ギガスレイモンにつけられた傷とバッテリー切れが原因で右腕が動かなくなったため、今は取り外している。

 

「かんぱい……と言いたいところだが、なぜ焼き魚パーティなんだ?」

 

「何でって、そりゃあ手ごろな食材がこれしかなかったからだろ?いやぁ、釣り溜めといてよかったぜ」

 

「ひよこ虫でも使える釣り具作っておいてよかったわね。おかげで供給は足りてるわよ」

 

私は得意げになったものの、海男は頭を抱えた。

 

「イヴ……君は変なところで腕を見せるね」

 

「あれくらいは別に大したことないものよ。ひよこ虫たちも喜んでたし、まあ満足だったわ」

 

「だからって……ああ、そうだ。ひよこ虫たちから、今回のお礼だと、こんなものをもらったのだがどうだい?」

 

ごそごそとどこからか袋を取り出してきた。

一瞬で出てきたから、どこから出てきたのかはわからないが、訊かない方が吉かしら。

 

「げっ!?シイタケじゃねえか!?」

 

「あら、久しぶりに見たわね」

 

シェアクリスタル捜索のついでか、そこにはやや大きめのシイタケがいくつも入っていた。

私たちの食は魚や野菜がほとんどだが、菌類は久しぶりにお目にかかった。

本当ならよく見るはずなのだけれどね。

 

「串に通して、炙って食べるとおいしく、そしてそれを豪快に食べる姿はカッコイイと思うよ」

 

「だめだ、だめだ!シイタケばっかりは、なんて言われようが絶対だめだ!」

 

「まったく、相変わらず君のシイタケ嫌いには困ったものだ」

 

「わかってて出したでしょ、海男」

 

くすっと笑って、私はジュースを飲みほした。

 

それから、私たちはいっとき戦うことを忘れておしゃべりを楽しんだ。

ひとしきりわいわいと談笑したあと、海男が本題にかかった。

 

「さて、おなかも膨れてきたところで、そろそろ二人に話を訊きたいんだが……」

 

「そうね、お互いに説明しておきましょう。ざっくりと」

 

海男にネプテューヌたちについて、ネプテューヌたちにはこの世界のことをもう一度説明した。

海男は取り立てて驚いた様子も見せずに、目を閉じてしばらく長考した。

 

「なるほど……イヴ、これはつまり」

 

「ええ、私もそう思ってる」

 

海男は目をこちらに向けた。

言いたいことはわかる。私も同じ結論に至っていた。

 

「えー?なにさなにさ、もったいぶっちゃってー」

 

「ああ、ごめんなさい。別に隠すつもりはないの」

 

「いろいろな仮説が立てられるが、別の次元から来た、というのが一番あり得る話かな」

 

ネプテューヌはため息をついた。

突飛な発言に呆れた、というわけではなさそう。

 

「あー、また別の次元に来ちゃったのかもしれないのか―……」

 

「また、ということは、ねぷっちはこれまでにも別の次元に行ったことがあるようだね」

 

「うん。いやぁ、その時は元の次元に帰るためにある人に協力してもらったんだ」

 

彼女らは別の次元というものに縁があるらしく、ネプテューヌたちが別の次元に行ったこともあれば、別の次元から誰かが来たこともあるそうだ。

その中には次元間を移動できる知り合いもいるらしい。

その男のことを喋る時に、ネプギアがやたらと身を乗り出してきたのが気になったが。

 

「イヴさんも別の次元って言ってましたけど、そんなことそうそうあり得るものなんでしょうか?」

 

「あり得る……というか、私がそうだからね」

 

私は特にもったいつけずに言った。

 

「イ、イヴさんも別の次元から来たんですか!?」

 

「ええ。というより、来ざるを得なかったのよ。ちょっとした事件があってね」

 

「事件?」

 

「ま、それはおいおいね」

 

腕を組もうとして、右腕がないことに気付いた。

仕方なく頬杖をつき、うーんとうなる。

 

「それにしても、別の次元となると困ったわね。次元移動装置は……今は無いし……」

 

「まあまあ、きっとなにかしら見つかるよ!いままでもそうだったもん」

 

「そう……かしら。そうね。きっと何か見つかるはずよ」

 

「うう、こんなときにユウさんがいてくれたらなあ……」

 

ネプテューヌに言われると、なんとかなるような気がするのは不思議なものね。

次元を超えるにはいくつか方法はあるみたいだし、それほど悲観することでもないのかしらね。

 

「…ところで、先ほどからうずめが静かなようだが……」

 

「…すぅ…すぅ…」

 

目をやると、うずめは座ったまま目を閉じて寝息を立てていた。

すっと頭をなでると、寝ながら微笑み返してくる。

 

「こうやって見れば、普通の女の子なのよね」

 

この世界に生まれて、戦うしかなくて、そしてみんなを守ろうとした。

だけどもその中身は私たちと同じ女の子なのだ。

元々がどちらかと言えばネプテューヌに近いことを考えると、やはりこの状況が異常だということを思い知らされる。

 

「イヴも二人も、疲れているのに付き合わせてしまってすまないね」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「そう言えば聞きたかったんだけど、うずめってたまに性格とか口調が変わるよね?あれってなんで?」

 

ネプテューヌが質問すると、海男が私をちらと見た。

言っていいかどうかを問うてきているのだ。

私は肩をすくめて、彼に判断をゆだねた。

 

「あの子は無理をしているんだ。もとは女神化後のような明るい性格の女の子だったんだよ」

 

私の反応を見た後、海男は数秒考えて口を開いた。

 

「性格は軽くても、根はまじめな子だったからね。それではこの滅びに向かう世界で暮らす、俺たちの心のよりどころになれないと思ったのだろう。このサバイバル生活や戦闘の中で、性格も、口調も徐々に変わっていったんだ」

 

「たまに素が出てしまうけれどね。ま、あの子なりの努力よ。それに支えられている子たちがいるのも事実だし」

 

カッコイイ=頼りがいがあるという図式がうずめの頭の中にはある。

だからこそ彼女は強気でいようとしている。みんなを不安にさせないために。

 

実際、私たちはそれに助けられて過ごしている。

うずめは、私たちになくてはならない精神的支柱でもあるのだ。

 

「そういうイヴも、ここに来た当初よりかはかなり性格が変わったみたいだけれど」

 

「ちょ、ちょっと海男」

 

「そうなの?」

 

「最初イヴは泣き虫な子だったんだよ。まあいきなりこんな環境に身を置かれたら、泣いて当然なんだろうが」

 

「へぇ~、イヴさんが……」

 

「けっこう強気そうなのにね」

 

急いで手を振って話を遮った。

昔は取り乱していたこともあって、一晩中泣いていたこともあった。

うずめに助けられてからは、彼女たちの助けになろうと私も強くあろうとして、いつの間にかこうなっていた。

 

「も、もう!この話はいいでしょ。おしまいおしまい!」

 

「ふふ、そうだね。今日はもう遅い。これからのことは、明日起きてから話そう。君たちも疲れているだろうから、今日は休むといい」

 

その後もなにかと私のことを聞き出そうとしてきたが、聞こえないふりで顔を背けると、流石にあきらめてくれた。

今日の戦闘も手伝って、眠気に襲われたネプテューヌたちはしばらくするとその場に寝転んでしまった。

 

「まったく、海男ったら昔の話を持ち出してくるなんて。もう私は変わったのよ?」

 

「そうだね、君は変わった」

 

私は毛布を他の部屋から持ち出し、三人にかけた。

 

「だがそれが良いことかどうかはまた別の話だ」

 

海男はそれまでの優しい口調から一転、たしなめるような声色に変わった。

 

「どうして?強くなるのはためになるでしょう?」

 

「この戦いの日々の中で強くなることは喜ばしいことだ。だがしかし、戦うことができるというのは『戦える』という選択肢が増えるということだ。いつかその増えた選択肢が、君を苦しめてしまわないか心配だよ」

 

心配してくれているのはわかる。

だがそれでも、私には『戦う』という選択肢は必要なのだ。

じゃないと、自分の無力さに押しつぶされそうになる。

 

「だからって、うずめだけに任せておくわけにはいかないじゃない」

 

「そうだね、だから困っているんだ」

 

「海男……」

 

親のように私たちを見守る海男だからこそ、本当は私たちを戦場へ向かわせたくない気持ちは人一倍。

 

だけど私は……。

 

私は無い腕を一瞥した。

 

 

 

 

「ネプギアぁー…プリン食べたいー……」

 

「うーん。困ったなあ、プリンなんてどこにもないよ。作ろうにも材料もあるはずないし……」

 

翌日の朝、私が作業場から戻ると、ネプテューヌが駄々をこねていた。

 

「おはよう。……って、またプリンプリン言ってるの?」

 

「あ、イヴさん。おはようございます」

 

私は挨拶しながら義腕の調子を確かめた。

手を握って、開く。

傷が残っているが、動かすには問題はない。

 

「なんだか騒がしいみたいだな」

 

「相変わらず、ねぷっちは賑やかだね」

 

ネプテューヌの騒がしさにつられ、うずめと海男も起きてきたみたいだ。

別の部屋のソファに寝かせたが、片腕で持ち上げるのがどうしても無理だったから引きずったのは、どうやらばれてないみたい。

 

「ぷーりーんー。プリンがないとわたし死んじゃうよー。ぷーりーんー」

 

「……というわけなんです」

 

この前よりも身体が震えているし、ちょっと心配。

この子たちの世界じゃ、プリンって変なもの入ってるのかしら。

ダメ、絶対。

 

「しかしプリン……ねえ。前も言ったけど材料すら見たことないわ」

 

「やだやだ!ぷーりーんー!」

 

「よほど好きなのね……ちょっと引くわ」

 

「引かないでよぉ!」

 

「けど、ねぷっちの影響か俺もプリンを食べたくなってきたな」

 

「でしょ、でしょ?うずめもプリン食べたいよね!」

 

同意を得られたことで、ネプテューヌは目を輝かせた。

続いて想いを馳せるようにうっとりと目を瞑る。

 

「カラメルソースがかかった、つめたく冷えたカスタードプリンのほろ苦い甘さ……。一日食べないだけで、海王星なわたしはセンチメンタリズムを感じちゃうよぉ」

 

「カスタードプリンかぁ…。けど、抹茶プリンやチョコレートプリンもめっちゃいいよねぇ!」

 

あっさりと乙女モードに入ったうずめが、ネプテューヌと同じくうっとりと頬を緩ませた。

 

「案外、そこの百貨店が入ってたビルの食品売り場に材料とか残ってないかなー。プリンの素があれば、さらに超ラッキーみたいな?残ってたら、うずめ、久しぶりにすいーつ作ってみんなに御馳走しようと思うんだけどなー。メッチャいろんなプリンを作りまくって、みんなでプリパするのはどう?あ、プリパっていうのは、プリンパーティの略ね。チョー楽しそうでしょ?」

 

私含め、ネプテューヌたちもにこにこしてるだけで、特に言及しようとしない。

そのことに気付いたうずめがはっと我に返る。

笑顔の私たちを見て、ぷいと赤らめた顔を反らすも、笑顔は崩れていない。

 

「……と、とまぁ、プリンパーティーも悪くねえよな!」

 

「あなたが楽しそうでなによりよ、こっちは」

 

「うっ……ごほん!……けど、問題は材料だよなあ」

 

私たちの反応に肩を落とすネプテューヌだったが、私と海男は目を合わせて微笑んだ。

これなら、まあ、もしかするともしかするかも。

 

「探してみようぜ、ねぷっち!もしかしたら材料が残ってるかもしれねえ」

 

「そうだよね!少しでも可能性があるなら探すべきだよね!」

 

考えるよりまず行動の二人が颯爽と去っていく姿を、私たちはぽかんと眺める。

朝からまあお元気なことで。

 

「行ったね」

 

「行っちゃいましたね」

 

「行っちゃったわね……頼みたいことあったのに」

 

「頼みたいこと?」

 

戦力が欲しいところではあるが、ネプギアだけでも、いえ、ネプギアさえいればなんとかなる。

 

「そ。ねぇ、ネプギア。着いてきてほしいところがあるのだけれど」

 

「……?」

 

「あなたにとって面白いものを見せれると思うわ」

 

「はあ……。面白いもの、ですか」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7 プリンパーティ

私は頭の端のこびりついた光景を覗いた。

 

とはいえ、思い出したい記憶の中で残っているのは父との生活か、機械をいじっている記憶しかない。

 

母はいなかった。

物心ついた時から父にしか育てられた覚えはなく、母のことは写真でしか見たことがない。

楽しそうに父と並ぶ母の姿は、とても楽しそうで、幸せそうだった。

 

「イヴはお母さん似だな」

 

お父さんは笑ってそう言うものの、母の話はしようとしない。

別れたのか死んだのかどうかもわからない。

 

私だってさして興味があるわけでもない。

私にとって親はお父さんだけだったし、じゅうぶんなほどの愛を受けた。

仕事で忙しいはずでも、必ず私のことを気にかけてくれた。

楽しい会話もしてくれた。

最先端の技術も教えてくれた。

 

私にとってお父さんは誇りだった。

 

だから、あの圧倒的な力を持つ『何か』から逃げ、この世界に迷い込んだとき、私は正気を失ったことを疑った。

 

実際に父の死を見たわけではないが、あの状況ではきっと生きてはいない。その思い込みが私を絶望に叩き落した。だからきっと、私はこんな幻覚を見ているんだわ。でなければ、ここが死後の世界か。

死後の世界ならどれだけよかったか。

父にも会えるし、あの凶獣に右腕を噛み千切られることもなかった。

 

そんな絶望しかない世界で、私はうずめに助けられた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

大丈夫なわけないじゃない。

痛みと絶望に打ちひしがれ、何日も泣き続けた私を、うずめはずっと寄り添って励ましてくれた。

 

さんざん泣いて、さんざん落ち込んで、だんだんと周りのやさしさに気付いた。

 

それで力になりたいって。

戦おうって。

そう思ったんだっけ。

 

逃げるだけはもう嫌だって。

そう思ったんだっけ。

 

 

 

 

「イヴ?」

 

突然耳に入ったうずめの声で、現実に引き戻された。

作業場に入ってから手を動かしていると、ときどき頭の端の光景が広がることがある。

機械をいじっている者としてはやっていけないことだったが、幸い今まで事故を起こしたことはない。

 

「どうしたの、うずめ。材料探しに行ってたんじゃ……」

 

「何時間前の話だよ。材料が偶然見つかってさ。俺とぎあっちで作ったんだ。今冷やしてるとこ。もうすぐでできるぜ」

 

もうすぐできるということは、あれからかなりの時間が経っているということだ。

気づけば、汗で作業服の下に着ているシャツがべっとりと張り付いている。

袖で額の汗を拭う。しばらくぶりに呼吸したような錯覚に陥る。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、その……ありがとうね」

 

うずめは首をかしげた。

 

「どうしたんだよ、いきなり」

 

「言いたくなっただけよ」

 

今の礼はいままでのいろいろに対して。

別にいままで言っていなかったわけでもなく、これから言えなくなるとかそういうのじゃない。

ただなんとなく言いたかった。

 

「それにしても、お前とぎあっちがなんかやけに汚れてたけど、外にでも出たのか?」

 

「ええ、ちょっとね。これはその成果の一つ」

 

机に置いたオレンジ色の義腕を示した。

しかしこれは右用じゃない。

中が空洞になっているそれに左腕を通すと、計算通りフィットするように自動で締めつけられる。

左腕用のメタルアームだ。これで両手で銃を撃つことができる。防御力も増し。

 

「……かっけぇ。なんだこれ、なんだこれ!すげえ!」

 

「言うと思った」

 

はしゃぐうずめに、にっと笑って返す。

 

うずめが私の腕ごと持ち上げてメタルアームを観察していると、どたばたとネプテューヌが入ってきた。

 

「うずめ!イヴ!できたできたよ!ほら早く!!」

 

 

 

 

 

たくさんの容器に入ったプリンを見て、私は少々感動した。

カスタードだけでなく、抹茶プリン、チョコプリン。うずめが妄想したとおりの光景がそこにあった。

 

「まあ、まさかパーティできるほどに集まるとは……」

 

「わあ……夢にまで見たプリンだよ!早く早く!!」

 

「はい」

 

急かすネプテューヌにスプーンを渡す。

奪うように取ると、さっそく近くの容器を持って、プリンをすくった。

 

「う~ん、美味しい!」

 

満足そうにほおばるネプテューヌを見て、私たちも思い思いに食べだす。

気持ち良い冷たさに、なめらかな舌触り。なにより上品な甘さが身体にしみる。

 

「デザートなんて久しぶりだけど、控えめに言って最高ね」

 

「でしょでしょ?特にネプギアのプリンは私の大好物なんだ!」

 

「俺も作ったんだぜ。ほら、こっちのやつ」

 

「うずめさんの、濃くて美味しいですね」

 

食べながら話を楽しんでいると、次々とプリンはなくなった。

しかしまあ、かなりの数を食べたことは事実だ。

いやいや、今まで全然デザートを食べていなかったことを考えると、プラスマイナス0と言っていい。

カロリーだなんだっていうのは無視して構わないだろう。

 

「いやあ、食べた食べた。やっぱり、一日に一つはプリン食べなきゃ始まらないよね」

 

「はは、ねぷっちは本当にプリンが好きなんだな。それはそうと……」

 

うずめたちはちらっとこちらを見た。

 

「それで指紋認識も考えたんですけど、いちいち手で触れるよりかは声のほうがいいかなって」

 

「声紋認識?いいわねそれ」

 

「そうです。ヒーローみたいに『変身!』って言って変形するのはロマンがありますよね」

 

「それに関しては同意は半分ね」

 

私とネプギアは何枚もの設計用紙を挟んで、ペンとプリンをそれぞれ片手ずつに持ちながらアイデアを出していた。

流石はネプギア。

戦闘に必要な機能に関しては、私よりもぽんぽんと飛び出してくる。

 

「ネプギアたち何してるんだろ……」

 

「さあ……俺たちがプリンの材料探してる間に何かしてたみたいだけど……」

 

「さて、落ち着いたところで、少し今後の作戦会議をしたいのだが、どうだろうか?」

 

仲間の連絡を受けていた海男がようやく戻ってきた。

空の容器を抱えてきたのを見ると、ちゃんとプリンを食べてくれたみたいだ。

 

私たちは話を中断して、海男に向き直った。

 

「では早速だが、先ほどシェアクリスタルがありそうな場所を見つけたとの連絡を受けたんだ」

 

「今までの戦いでだいぶ消費したからな。ストックが増えるぶんには願ったりだ」

 

「しかもだ。その場所にはたくさんのシェアクリスタルが眠っていると推測できるらしい」

 

「フィールドを作れるくらい?」

 

「それはイヴにしかわからないだろう。あれに関しての計算はイヴにしかできないんだから」

 

海男はふっと笑ってよこした。

なんにせよ、かなりの数があるとみていいだろう。

 

「フィールドってなんのこと?」

 

「簡単に言えば、あのデカイのを倒すためのものよ」

 

ネプテューヌに、私はざっくりとした答えをした。

 

「ねぷっ!?あのデカイのを倒せるの?」

 

「何度もアイツと戦ってくうちにわかったんだ。あいつは、シェアの力に弱いってな」

 

「しかし、やつはその巨大さゆえに、一転にシェアの力をぶつけても効果はあまりない」

 

「ようは、たんに女神化して攻撃しても無意味ってこと。だから大量のシェアエネルギーでやつの力を奪うの。シェアクリスタルの結界でね」

 

うずめと海男、そして私の説明に、紫姉妹はなんとなく納得したみたいだ。

長い間計算に計算を重ねた作戦だったが、今まではシェアクリスタルの数が少なすぎた。

だが戦力が増えた今なら、結晶の温存だってできる。

『シェアフィールド』作戦も、もはや机上の空論じゃない。

 

「おおっ!なんかすごい作戦!それなら、でっかくてもいちころだね!」

 

「そういうこった。だから、さっそくシェアクリスタルを回収しに行こうぜ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8 シェアリングフィールド

「ねえ、海男」

 

「なんだい?」

 

「うずめ、笑うようになったわね」

 

「君もだよ」

 

不意うちに気を取られ海男を見ると、彼自身も柔らかい微笑みを見せる。

 

「君も良い笑顔を見せてくれるようになった。ねぷっちとぎあっちが来るまでは、君たち二人は眉間にしわを寄せていたからね」

 

「そう……かしら?」

 

海男はこう言った。

ネプテューヌとネプギアが来るまでは。

来なければ、わたし達の額には溝が刻まれていたに違いない。

 

私が無力だから。

 

「おーい、イヴ」

 

海男との話を中断し、先を歩いていたうずめたちと足並みをそろえた。

 

ジングウサクラ公園という、その名の通り綺麗な桜が咲き乱れる大きな公園だ。

目移りしそうなほど魅力的なこの場所は、仲間たちが見つけてくれた場所。

といっても観光に来たわけでもない。

 

「この国にも、まだこんなにきれいなところが残ってたんですね」

 

「シェアクリスタルがある場所だけ、だけどね」

 

ここ以外にも、限られてはいるが綺麗な場所はある。

とはいえ、それは日に日に無くなっていっている。

女神の守護の力が弱まっているからこそ、土地が無くなっているのだと、私たちは推測した。

弱くなった原因は、女神の力のもとである信仰心、ひいては人間がいないことだろう。

各地で取ることのできるクリスタルは、かつて存在した人間の信仰心が残ったものだと結論付けていた。

 

そんな状態のこの世界の唯一の女神、うずめがいなくなれば、つまりこの国が滅びてしまえば、世界は終わりを迎える。

 

「そんなこの世界にあえて名前を付けるのであれば、『零次元』だろうか」

 

一通りの説明と推測を海男は一度深呼吸をする。

 

「この場所が自然豊かな理由、それは、この森がシェアクリスタルの影響を受けていて、まだ死んでいないからさ」

 

「ざっくり言うと、綺麗な場所ってことは、シェアクリスタルがあるってこと」

 

「じゃあ、ここのシェアクリスタルを持っていったら、この森枯れちゃうの?」

 

ネプテューヌの疑問に私も海男も頷いた。

一度澄んだ湖を見つけたことがあり、そこのクリスタルをすべて持って行ったことがある。

そしてそこは数日で枯れてしまい、いまは見る影もない。

 

「けど、こういう場所は貴重だからね、全部はもっていかないようにしている」

 

「よかったぁ。それなら、今度お花見に来れるね」

 

「お、お姉ちゃん……。海男さんが重い話してたのに、そんなこと考えてたんだ」

 

「わかってないなー、ネプギアは。こういう切羽詰まった状況だからこそ、お花見みたいな日常的な娯楽が大事なんだよ」

 

にっと笑うネプテューヌを見て、うずめは笑顔で頷いた。もちろん私も海男もだ。

今のこの状況に絶望するより、目標や夢を持って進んでいく方が今の私たちらしい。

 

「…そうだな。デカブツを片付けたら、祝勝会もかねて花見に来るのも悪くないな」

 

「そのときはカラオケマシンでも作るわ」

 

「カラオケ?」

 

「ええ、うずめ歌上手いのよ。More Soul~♪ってね」

 

「うわあああああ!!ちょちょちょ、ちょっとイヴ!!」

 

失墜の底にあった私を元気づけるために、うずめや海男、そして他のみんながカラオケ大会をしてくれたことがある。もちろんそのときは機械はなく、周りの手拍子に合わせてという形であったが。

そのときのうずめの歌は今も覚えている。

まさに今の状況にぴったりの元気が出る歌、うずめの力強い声。

CD出したら売れるんじゃないかしらね。

 

「へ~、これはますます楽しみだね!」

 

赤面するうずめを引きずりながら、私たちが先へと進むと、見知った顔がずらりと並んでいた。

大小、そして色鮮やかなたくさんのスライムたちである。

 

「やあやあ、うずめ、イヴ。ひさしぶりぬら~」

 

「おおっ、ぬらりんじゃないか。久しぶりだな」

 

「久しぶりね、ほらほら」

 

「ぬ、ぬらん、いつも通りのテクニシャンヌ……」

 

頭を撫でると、うっとりとした、というよりだらしない顔でぬらりんと呼ばれた水色のスライムが答える。

スライムたちはこれが好きらしい。特にぬらりんは相当お好みらしく、ことあるごとに頑張っては要求してくる。

いや、まあ別にこれくらいいつでもしてあげられるんだけども。

 

「あなたたちが見つけてくれたのかしら?」

 

「そうぬら~、あ、そこもうちょい……」

 

「もうシェアクリスタルは見つけたのか?」

 

「あ、あっちぬら」

 

シェアクリスタルという単語に即座に反応して、キリッとした顔に戻ってぬらりんたちは先を案内した。

 

歩いて少し、きっと人がいたころは花見で盛り上がったであろう、桜の木に囲まれた広い地にたどり着いた。

その真ん中、今まで見たことのある最大のクリスタルに劣らないほどの結晶がそこにはあった。

 

 

「おーっ!間違いねえ、シェアクリスタルだ!」

 

「しかも、この大きさ……どう見る、イヴ?」

 

私は両手では収まらないそのクリスタルに近づいて、しげしげと観察した。強く放つ輝きは思った以上のものだ。

 

「じゅうぶんすぎるわね。ダークメガミといえどもまるまる取り込めるはず」

 

「やったぜ!やっとあのデカブツを倒せるんだな!」

 

 

そうやって喜んだのもつかの間、突然地鳴りが響いた。

私たちは姿勢を崩して、地面に手をついた。

 

この地鳴りは……嫌な予感がするわね。

 

「な、なななななななにごと!?」

 

ネプテューヌの驚愕に呼応するように地鳴りは激しくなり、地面から生えてくるかのように目の前にダークメガミが現れた。

目の当たりにすると、やはり巨大だ。見下ろしてはいるが、すぐに動きそうな気配はない。

 

「出たわね」

 

「狙いはうずめか、それともこのシェアクリスタルか」

 

「どっちでも構わねえよ。むしろこの展開、願ったりだぜ!」

 

そうだ。あれさえあれば、私たちでもなんとかできるはず。

だがしかしうずめがシェアクリスタルに触れようとすると――パリンという音が響いた。

 

「っ!」

 

切り札であるシェアクリスタルが粉々に砕け散ったのだ。

地面にバラバラに散らばったそれらの輝きはまだ少々残っているが、今にも消え入りそうだ。

 

「ハーッハッハッハ!いい気味だな、小娘」

 

耳障りな笑い声をあげたのは魔女のような格好をした、妙齢の女性だった。

 

「誰だ、テメェ……!」

 

「そういえば、こうして貴様と会うのは初めてか。……ならば、教えてやろう」

 

魔女は、うずめや私の怒りの表情とは対照の余裕の笑みを浮かべた。

マントをばさっと翻し、仁王立ちになる。

 

「私の名は、マジェコンヌ。ダークメガミとともに貴様とこの世界に終焉をもたらす者だ」

 

私は歯軋りした。

ダークメガミとともに、ということは、こいつが黒幕ということだろう。

会いたかった相手ではあるが、この状況ではむしろ挟み撃ちされた形をとられたといってもいい。

 

「マジェコンヌ!?」

 

「ほう、お前たちは私を知っているのか」

 

魔女の名前にいち早く反応したのはネプテューヌだ。続いてネプギア。

 

「知り合い?」

 

「知り合いって言うか……うーん。腐れ縁みたいな?」

 

「で、でも、私たちの世界のマジェコンヌは滅びたはずだし、もう一つの世界では……どうなってるんだろう、悪さはしてないと思うけど……」

 

どうやらどこの世界でも『マジェコンヌ』というのは迷惑な存在であるらしい。

もちろん、この世界では破滅級に迷惑だ。

 

「さあ、ダークメガミよ、小娘どもを皆殺しにしてやりな!」

 

マジェコンヌが話し合いもなしに、ダークメガミに命令する。

すると、先ほどまで沈黙していたダークメガミがゆっくりと動き出した。

ダークメガミの手のひらに光の玉が現れたかと思うと、そこから大量の火の玉が公園に降り注ぐ。

 

轟音とともに火の玉は地面をえぐり、桜が燃え散っていく。

いくつかの木は倒れ、さらに火が移っていく。

私たちはなんとか避けきったものの、今の攻撃だけで力の差を見せつけられる。

やっぱりフィールドがなければ勝ち目はない。

 

「ちょ、ちょっとたんま!こんなマップ兵器、ルール違反だよ!スポーツマンシップはないのー!?」

 

「ふん」

 

「危ない!」

 

慌てながらも身軽に避けるネプテューヌを無視して、マジェコンヌ自身も光弾を放つ。

ぬらりんたちに向けられたそれを、私は爆裂弾で相殺した。

 

「た、助かったぬら~」

 

少々埃をかぶったものの、ぬらりんたちは無事だ。

私はほっと胸をなでおろし、次の瞬間にはマジェコンヌへ銃口を向けていた。

 

一発放つが、銃弾も爆発もマジェコンヌは生身で簡単に防いでしまった。

 

「くそっ、フィールドを展開するだけの力があれば!俺にもっと力があれば……」

 

ダークメガミからの攻撃を防ぎ、歯を食いしばるだけのうずめが地団太を踏む。

 

「できるわ」

 

マジェコンヌに銃弾を叩き込みながら私は言う。

 

「いまさらここで諦めるわけにはいかないでしょ。この場所を、みんなを守る。あなたにはそれができる力がある」

 

弾倉を交換して、うずめを見る。

燃え盛る闘志は消えてはいない。この世界に絶望なんかしていない。

そんなあなただから……私は……。

 

「あなたを信じてるわ、うずめ」

 

「そうだ、諦めるわけにはいかないぬら」

 

「うずめなら、うずめならきっと何とかしてくれるぬら」

 

私だけでなく、スライヌたちもうずめを信じている。

絶望からくる希望的観測ではなく、うずめなら打破してくれるという信頼だ。

みんながみんな、天王星うずめという存在を信じている。

 

私たちの想いがピークに達したそのとき、うずめの身体が光りだした。

 

「力が……溢れてくる……」

 

うずめの身体を淡く包む光は、シェアクリスタルから感じる暖かい力と同じように感じる。

私やスライヌたちの想いが、シェアの力となってうずめたちに注がれているのだ。

 

「いったいなんで……」

 

私とうずめが同時に言葉を発する。

このタイミングで、モンスターからシェアを貰い受けることができるなんて……。

 

「細かい理屈や設定なんてこの際、どうだっていいよ!まだ、私たちが戦えることに変わりないんだからさ!」

 

ネプテューヌが叫んだ。

彼女たちもうずめと同じく、シェアの光に包まれていた。

そうね。いまは何故を追求するよりも、あるものを使って敵を倒すことが必要なのだ。

 

「行くよ、ネプギア!」

 

「うん、変身!」

 

紫姉妹が手を掲げると、ネプテューヌとネプギアを包んでいる光がよりいっそう輝いた。

シェアの力が女神の姿を変えていく。

 

「女神パープルハート!ここに見参!」

 

幼い面影は残っておらず、凛とした顔つきを相手に向け、すらりとした肢体に紫のプロセッサを纏った女性が現れる。

ネプテューヌだ。いやこれがプラネテューヌの女神、パープルハート。

あまりの変わりように、正直度肝を抜かれたが……

 

「同じく、パープルシスター、ネプギア!女神候補生だからって、甘く見ないでください!」

 

それほど変化のないネプギアことパープルシスターを見ることで冷静さを取り戻せた。

とはいえ、白のプロセッサを纏ったパープルシスターの力は計り知れない。

たたずまいから、あり余る自信と尋常ではない経験を感じる。

 

「……ああ、そうだな。やるっきゃない!シェアがあるならやることは一つだ。変身ッ!」

 

ネプテューヌたちの気合に背中をおされ、うずめもオレンジハートへと変身し、左腕を挙げた。

 

「からの…シェアリングフィールド展開!」

 

左腕に装備された盾からオレンジの光が発せられ、変身の時とは比べ物にならないほどに光が広がっていく。

 

私たちからのシェアはかなりの大きさだったようだ。

それこそ空間を作り出すほどに。

 

光が収まったとき、そこは公園ではなかった。

大きな足場がいくつも浮遊している宇宙のような空間に、私たちは降り立った。

 

シェアの力で作り出したこの新しい空間、シェアリングフィールドはうずめたち女神の力を増幅させる。

だがそれだけじゃない。

 

「ぐっ、なんだこの空間は……何故だ、なぜ力が入らん…」

 

近くの足場にいたマジェコンヌが膝をつく。見ればダークメガミも先ほどの勢いはなくなっている。

二人とも不思議そうに自身の身体を見ているが、彼女らには何が起きているかはわかるまい。

シェアリングフィールドは敵の力を封じる効果もある。

シェアクリスタルを使ったフィールドではないから、いま計算しようがないが、この感じであれば勝つことには変わりない。

 

「イヴ、下がっててね。うずめたちがあのデカブツをやっつけちゃうんだから……」

 

オレンジハートが言うが、私は別のことを考えていた。ダークメガミにかまわずマジェコンヌを睨む。

 

「うずめ!」

 

「う、うん!」

 

オレンジハートは返事をしない私を不思議に思ったが、パープルハートに呼ばれてすぐさま飛び立つ。

直後轟音が響いたが、私は目をそらさずにマジェコンヌと対峙した。

 

「ふん、お前は女神どもと戦わないのか?」

 

「私が行っても足手まといになるだけだわ。それよりもあなたに聞きたいことがあるの」

 

吐き捨てるように言った。

苦々しい記憶が頭をもたげるせいで、ズキズキと痛む。

 

「あなたのその力に、あの攻撃。過去に見たことがあるの」

 

無差別ともいえる攻撃に、破壊という言葉をそのまま現実にしたようなあの跡。

 

「あなた、犯罪神?」

 

先ほどの公園の様子は、犯罪神に攻撃を受けた時の、私のいた世界とそっくりだ。

破壊しつくされ、何もかもが崩壊と風化を待つだけとなり下がってしまった世界に。

 

違う次元に同じ顔や性質を持った者がいることはわかっている。

だがそれはあくまで違う人物だ。

目の前にいるマジェコンヌが私の知っている犯罪神と()()()()であれば、私の心にいまも残る最大の傷だ。

掻き毟らなければ、痒みがひどくなる。

 

「ふん、この空間に閉じ込めたことで優位に立ったつもりか?」

 

つまり、『言うことはない』ということだ。

なら喋らなくていい。

どちらにせよ、こいつを逃がすわけにはいかない。

 

私は右腕のスイッチを押し、マジェコンヌの顔面に拳をいれた。

油断しきっていたマジェコンヌは吹き飛び、足場の端へ着地する。

 

「くうっ」

 

マジェコンヌは恨めしそうにこちらを見て、マントを脱いだ。

 

「人間なんぞに負けはせんぞ」

 

「試してみなさい」

 

マジェコンヌは距離を詰めてくる。

私は左腕にメタルアームを装着、フィットすると同時に突き出した。

マジェコンヌのパンチは左腕に遮られ、私は反撃の銃弾を撃ち込む。

続いて銃身で顎を叩き、くるっと体を回転させて肘鉄を繰り出す。

連続攻撃は予想以上にマジェコンヌへダメージを与えたらしく、よろめいて三歩後ずさった。

 

「貴様……」

 

「この空間は気に入ってもらえたかしら」

 

マジェコンヌに銃を撃つ。

爆発で飛ばされたマジェコンヌめがけて、私は右フックからの左ストレートを与えた。

さらに顔を掴んで放り投げると、マジェコンヌの身体は二回転して無様に地面に激突した。

 

すぐに立ち上がった魔女の手にはいつの間にか長槍が握られている。

憎しみの目を見ると、もう油断は一寸も見られない。

 

ここからが勝負だ、と思ったそのとき、地震でも起きたのかと錯覚するほど空間が揺れた。

 

「はあ……はあ……やった、の?」

 

「ええ。私たち、あいつに勝ったのよ」

 

ずずん、とダークメガミが浮遊する足場に手をついたかと思うと、その巨体は砂のように崩れ去った。

飛んでいる疲弊してはいるが、その顔は満足そうにほころんでいる。

 

「やった、やったー!わたしたちデカブツに勝ったんだー!」

 

喜ぶオレンジハートは紫姉妹とハイタッチをした。

対照に今度はマジェコンヌが悔しい表情を見せる。

 

「くっ、まさかダークメガミが負けるとは……」

 

マジェコンヌは槍を捨て、マントを拾い上げ、体を覆うようにマントで身体を包み込んだ。

 

「待ちなさい!」

 

銃はマントを捉え、見事に爆発したが遅かった。

マントだけが灰になり、マジェコンヌは手品のように消えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9 これまでとこれから

 

変身が解け、シェアリングフィールドもその効力が消えたあと、糸が切れたようにうずめたちはその場に伏した。

終始優勢だったようだが、かなり体力を消費したようだ。

しばらく公園で休息をとったあと、拠点へと戻ってきたのはすっかり暗くなってからだ。

みんなはダークメガミを倒せたこともあって和気あいあいとしていたが、あのマジェコンヌという敵を逃してしまったことを悔やんで、私は唇をかんだ。

 

「ごめんなさい、逃がしてしまって」

 

「いやいや、ダークメガミに勝てたんだからよかったよ。ほんと、一時はどうなるかと思ったけどね」

 

「そうだね。でも、どうして急にシェアが得られるようになったんだろう?」

 

私には答えがわかっていた。

ネプテューヌたちにはまだ説明していないことだ。

ちょうどうずめは屋上でシャワーを浴びているところだ。万が一にも聞かれることはないだろう。

 

「それはね……」

 

「イヴは疲れているだろうし、オレから説明しよう」

 

うずめがこの場にいないことを確認すると、海男はうずめの能力について話しだした。

うずめは自分の妄想を現実に変える力を持っている。

あまりに大規模なものは無理だが、都合よく世界を変える力を持つ。

以前あった、プリンの材料が見つかったこともそれが原因だ。

もしかしたら、ネプテューヌたちがこっちに来たことも関係しているかもしれない。

 

ただしこの力には条件がある。

本気で妄想しなければ、その力は発動されない。

その制約上、この能力のことは彼女に伝えないようにしている。知っているのは私と海男だけ。

 

その力があの公園でも発揮されたのだ。

モンスターからもシェアの力を貰えるような世界に変わった。

それは、ネプテューヌたちのおかげでもある。

これまでの話から、クリスタルからでしか力を得ることができないといううずめの固定観念を打ち破ったのだ。

 

 

 

 

 

「ふう……やったんだ、やったんだよな。よっしゃあああああああ!!!」

 

「うるさいわよ、うずめ」

 

裸のまま叫ぶうずめを横目に、私は屋上の柵に身を預けた。

 

屋上のタンクに穴を空け、簡易シャワーとして使っている。一応お湯が出るようにもしているが、電力を必要とするため使用は控えめ。

濡れたタオルを身体に張り付かせて、うずめは私に笑顔を見せた。

 

「お、イヴ。はは、ようやくあのデカブツを倒せたんだ。これくらい言わせてくれよ」

 

「好きに叫びなさい。ここらはもう敵はいないし……私は休ませてもらうわ」

 

柵を背もたれに、ずるずると床にへたり込む。

公園での戦闘はいま思えばかなり命知らずな行為だった。

シェアリングフィールド内だったとはいえ、敵の戦力もわからずに一対一を挑むだなんて。

相手が犯罪神と似た力を持っているのを知っておきながら、感情に任せて大それたことをした。

一歩間違えたら……ということは帰ってくる途中に気付いたが、不思議と後悔はなかった。

 

「お前もシャワーか?」

 

「いえ、ちょっとね」

 

「なんだ、悩み事か?」

 

図星をつかれて、視線をそらす。

 

「ふふん、お前悩み事あるときいっつもここにくるからな」

 

「ダークメガミがいなくなったのは良かったけれど、あのマジェコンヌとかいう奴が気になるの」

 

うずめの勝利の酔いを覚まさせるわけにはいくまいと黙っていたが、私は白状した。

あの女の言ったことから考えて、ダークメガミを操っていたことは確かだろう。

破壊するだけのダークメガミと違って、知能があるぶん厄介なのは間違いない。

 

「また立ちはだかってくるだろうしな。だけど、今度は逃がさずに勝てるはずだ。お前一人でも圧倒してたじゃないか」

 

「あれは相手が油断してたからよ。奥の手持ってそうだし」

 

「まあでも、なんとかなるってわかったからな。とりあえず安心はしたかな」

 

シェアリングフィールドが使えることが判明したいま、勝機があることは証明された。

現在得られるシェアだけでも、自他ともに予想外の効力を発揮したあのフィールドさえあれば、マジェコンヌとてうかつに手は出せないだろう。

 

「あの魔女も倒したらどうするんだ?」

 

うずめは身体を拭いて、服を着替える。

濡れた髪をタオルでがしがしと豪快に乾かしながら、私の隣に座った。

 

「私は……」

 

私はぎゅっと右腕を握った。

 

「もっと強くならないといけないわ。もっと上の敵が現れるかもしれない。なら、それも倒せるようなものを造るしかないわ」

 

「そんなに気張らなくてもいいんじゃないか?お前はじゅうぶんに戦力になってるし、俺だっているだろ?」

 

「最悪に備えて、よ。あなたに頼ってばかりじゃいられないもの。ネプテューヌたちだっていつまでいるかわからないし……」

 

「そうだな……。ねぷっちとぎあっちも帰る日がやってくるんだよな」

 

あの二人はこの世界の住人じゃない。

あの二人にはいるべき場所がある。

私たちは私たちでこの世界を守り抜いていかなければいけないのだ。

 

「ええ、だから私たちだけでこの世界を立て直せるようにならなきゃね」

 

「そうだな。さあて!ねぷっちたちの世界に負けないくらいかっこいい国を考えなきゃな!俺考えたんだけどさ、モンスターにしろ人にしろ、国民が増えたらそのぶん情報が増えるだろ?そうなるとその情報が増えるから……」

 

うずめは目を輝かせて、これからの展望を私に話した。

いままで話したことのなかった、平和になったあとの話を。

 

 

 

 

 

数日後、とある情報をもとに、私とネプギアは拠点から少し離れた建物に侵入していた。

かなり大きな施設だったようで、受付がある一階だけでも相当な広さだった。

かつては多くの人がせわしなく働いていただろうが、今では割れたガラスやごみが散乱し、モンスターがうろうろしている。

 

私は向かってくる人型の機械モンスターに爆発弾を次々と撃ち込んでいき、機能を停止させていく。

そのかたわらで、ネプギアが素早く動き回り敵を蹴散らしていく。

 

左腕に着けたガントレットの甲にあるスイッチを押すと、腕部が青白く発光する。

向かってくる機械軍団に拳を向けると、ブウゥーンという耳障りな音とともに衝撃波が発生した。

衝撃波は一斉に機械をばらばらにして、地面にもひびを入れた。

 

「どうですか、イヴさん?」

 

「片付いたわ。やっぱり強いわね、ネプギアは。もともと強かったけど、シェアが得られてますますってところかしら」

 

「えへへ、イヴさんも戦いに慣れてきたみたいですね。新しい武器も上々みたいですし」

 

左腕のスイッチを切りながら、私はぶんぶんと腕を振った。

衝撃波は強力だが、あまりの反動で腕が痺れてしまうのが難点だ。

開発にはネプギアも協力してくれたが、しきりに右腕まで分解しようとするのはどうにかならないかしら。

 

「それにしても、ネプテューヌだけでなくうずめもだらだらしだすとはねぇ」

 

「この次元に慣れたんですかね。お姉ちゃんはもともとああいう感じだったから……」

 

「まあ、ようやくダークメガミを倒せたからっていうのもあるんでしょうから、強く言えないのよね」

 

言いながら、私たちは階段で地下へと降りていく。

ダークメガミを倒してから、ネプテューヌとうずめは暇を貪り食う生活を続けている。

あれだけの戦いが終わった後だというのと、つよく叱ることのできる保護者がいないのが原因だった。

特に最近は激闘の日々だったから、少し休んでても文句はないし。

甘い……わけではないわよね?

 

 

薄暗い階段を降りていき、狭い通路を抜けると、ようやく広い場所に出た。

なにかの実験場か、研究室か。

部屋の中心の大きな円形の土台を囲むように、いくつかのコンソールが並び、そこから繋がれている大小さまざまなケーブルや管が足元を隙なく這っている。

 

「あらあら、ずいぶん大物が隠れてたものね」

 

「すごい……イ、イヴさん!はやくここ調べちゃいましょうよ!」

 

「え、ええ。お好きにどうぞ」

 

目を輝かせて、ものすごい勢いでそこかしこを手当たり次第に調べていくネプギアに、私は少し気圧される。

この子のこういうところはいまだに慣れないわ。普段とのギャップがあるから余計に。

 

私も仕事をしましょう。

ネプギアの持っているNギアを模して作った新しい端末を操作して、海男に連絡をかける。

 

『イヴ、いまどこだい?』

 

「ちょっと離れたとこ。ほら、前に言ってた施設よ。ネプギアも一緒」

 

『ああ、あそこか。収穫はあったかい?』

 

「かなりね。よければあなたも来てほしいのだけれど。うずめとネプテューヌも一緒に」

 

『了解した。まあ、ぐうたらしてる二人を連れてくるのには骨が折れそうだから、時間はかかるが』

 

私はちらっとネプギアを見た。

装置をいじるのに夢中で、私が通話していることにも気づいていない。

こうなったら、この部屋の規模を考えると数時間はこのままね。

 

「……こっちも時間があったほうがいいみたいだから構わないけれど」

 

『……?』

 

「こっちの話。とりあえず待ってるわ」

 

通話を切って、私もこの部屋の調査に加わる。

ぶつぶつと独り言を発しながら分解と組み立てを繰り返すネプギアをよそに、私はコンソールを端末に繋いで操作する。

 

予想通りこの施設と装置に関する情報が詰まっていた。

かなり大規模な研究をしていたみたいで、その全貌をとらえるには何時間もかかった。

 

「へえ、転送装置みたいなものかしら。パーツは足りないってことはないし、劣化もそれほど……動かないのはただの電力不足ってところかしらね。ネプギア、そっちはどう?」

 

「…………」

 

無視である。

いや、集中しているだけなんでしょうけどね。

まあこれだけ大きなものは初めてだし、興奮するのもわからないでもない。

 

見てみれば、部屋の隅には使われていないパーツが集められて箱にしまわれていた。

その割にはわりと珍しいパーツが揃っている。

 

「このパーツは……使えそうね。貰っておこうかしら」

 

「貰っていいんですか!?」

 

「ちょ、ちょっと驚かさないでよ……。これは余りものみたいだしね。持っていても大丈夫でしょ」

 

いきなりぐいっと近寄ってきたネプギアに驚きながら、私は部品を懐にしまった。

ネプギアと一緒にいると寿命が縮んでいく気がするわ……。

 

動悸を抑えていると、ようやく海男たちが到着し、こちらに手を振る。

 

「やあ、待たせたね」

 

「うわーでっかい!」

 

「へえ、こんなところにもこんな場所があったのか。にしても、なんだこの装置?」

 

三人は口々に言葉を発するが、装置に驚いているのは間違いない。

再び作業に没頭し始めたネプギアに代わって、私が説明する。

 

「転送装置よ。あくまでも街と街の行き来程度くらいのものだけれど……」

 

それを聞くと、ネプテューヌはがっくりと肩を下ろした。

 

「あーそっかー。次元を越えるのは無理かぁ」

 

これからの生活に利用できないというわけでもないが、これを改造したところで次元をどうのこうのできるとも思えないし……。

私たちが腕を組んで思案していると、突然ピピピと高い音が部屋に響いた。

 

「わひゃあ!」

 

作業に夢中だったネプギアが飛び上がる。

音はそっちから鳴っていた。

 

「何の音?」

 

「これ、私のNギアの着信音です。けど、電波がないのにどうして……」

 

「通信?誰から?」

 

ネプギアは通信端末Nギアを取り出して、相手を確かめる。

 

「あっ!いーすんさんです!お姉ちゃん、いーすんさんから通信が来てる!」

 

ネプギアは通話ボタンを押す。『いーすん』という名前は何度か二人の口から聞いたことがある。

話を聞く限りでは保護者のようなものらしいが、この二人の保護者って胃に穴空いてそうね。

 

『あ、ネプギアさんですか!良かった、やっと連絡がつきました。ネプテューヌさんはご一緒ですか?』

 

幼いながらも大人っぽいという不思議な声が聞こえた。

Nギアには相手の顔も映し出されており、そこにはネプテューヌよりも幼い見た目の金髪少女があった。

 

「やっほー、いーすん!久しぶり!」

 

『お二人が無事なようで何よりです。突然いなくなるものですから、心配したんですよ』

 

落ち着いた声から察するに、心配はしていたものの慣れているみたいだ。

 

「あなたたちの次元の知り合いかしら?」

 

『……おや、あなたは……?』

 

「えと、うずめさんとイヴさん、こちらは海男さんと言って、この世界で私たちがお世話になっている人たちです」

 

「初めまして。こっちの次元の……って違う次元だってことを説明しなくちゃ……」

 

ネプギアが私たち零次元の住人を紹介したあとに、私は一礼しながら追加説明しようとしたが、いーすんとやらはストップをかけた。

 

『いえ、大丈夫です。こちらとそちらが違う次元だということは存じています』

 

「よかった、手間が省けるわ。私はイヴよ」

 

『初めまして。イストワールと申します』

 

イストワール……ああ、それで『いーすん』なのね。

 

彼女はこちらの状況には察しがついているようだ。

やっぱりそういうことには慣れているのかしら。

ネプテューヌたちも次元を越えたことがあるみたいだし、そうそう珍しいことでもないのかしら?

 

「ところで、通信ができたのはあなたの能力か何かかしら?」

 

『そんなところです』

 

「応用で次元間を繋げたりなんかは……」

 

『次元を繋げるには、莫大なエネルギーが必要なんです。それに、それ相応の装置も必要ですし……』

 

「これは使えないのか?」

 

なぜかずっと首をかしげていたうずめが私たちのそばにある転送装置を指さした。

 

「スペックはこれくらいなんですけど」

 

『充分です。あとはエネルギーさえあれば……』

 

Nギアに保存されたデータを一瞬見て、イストワールが頷く。

どうやら、転送装置であればどんなものでも構わないらしい。

 

「エネルギーに関しては後で考えましょうか。とりあえずはこれを修理すればなんとかなりそうね」

 

「なんか、あっさり帰れそうな感じだな」

 

「そうだね。早く帰りたいと思ってたけど、いざこうしてみると名残惜しいよ」

 

うずめとネプテューヌが笑いながらも悲しさを見せる。

 

「だな。数日だったけど、楽しかったぜ」

 

「ええ、かなり助けられたわ。あなたたちがいなければどうなってたか……って、まだ修理には時間がかかるからもう一日くらいは一緒にいられそうだけれどね」

 

と言っても、修理につきっきりになれば喋る暇はなくなるのだけれど。

 

『では、ネプギアさん。修理が終わったら連絡をお願いします。おそらく、今と同じような環境であればNギアで通信ができるはずです』

 

「わかりました。それでは、修理が終わったら連絡しますね」

 

ネプギアが通話を切ると、私は工具を取り出してネプギアに渡す。

 

「さて、続きやりましょうか。ネプギア手伝って」

 

「はい。私たちで調べるので、みなさんは自由にしていてください」

 

「またまたー。本当は手伝ってもらいたいのに遠慮しちゃってー」

 

「いや、本当にいいから」

 

「ガーン」

 

ネプテューヌにチョップをすると、わかりやすくへこんだ。

 

 

 

 

 

私とネプギアは無言で作業を続けていた。

このペースでいけば、それほど時間がかからないうちに動くようになるだろう。

 

うずめとネプテューヌと海男はこの建物の周りパトロールをしている。

やることがないとへこんでいたが、『あなたにしか頼めないの』と言ったら満面の笑みで引き受けたところを見ると、わりとちょろい子なのかしら。

 

「イヴさん……」

 

ネプギアが手を止めて私に話しかけた。

埃と油で顔も服も汚れている。

 

ふう、と一息ついて端末を見ると、すでに時間は夜だ。

ここに着いたのが午前中だったから、すでに半日はここにいることになる。

 

「どうしたの?」

 

「私たちが帰ったら、どうするんですか?」

 

「当面の問題はマジェコンヌね。勝てなくないってことはわかったから、それほど大きい問題ってわけではないでしょうけど」

 

「……イヴさんはもとの世界に戻ったりは……」

 

「もうないわよ」

 

即答した。

 

「え?」

 

「私の次元は犯罪神と呼ばれる存在によって破壊されたの。四つの国があって、あなたたちとよく似た女神たちがいたのだけれど、負けたらしくてね」

 

ネプテューヌにネプギア。

私のいた次元にもプラネテューヌは存在し、この二人の名前も聞いたことがある。

 

「私は一人だけ次元転送装置で飛ばされたから、実際に犯罪神を見たことがあるわけじゃないけど、各国が総じてそう報告してたから間違いないはず……」

 

犯罪神が現れてから、その猛攻はとどまることを知らなかった。

リーンボックス、ルウィー、プラネテューヌ、そしてラステイション。

 

犯罪神の姿を見たことはなかったが、何もかもが次々と破壊されていくさまは全ての人間に恐怖を与えた。

 

犯罪神から私を守るため、科学者であった父はラステイションの国力をあげて製作していた次元転送装置を私に使わせた。

急なことで細かいところまで調節できず、私はこの次元まで飛ばされてしまった。

次元転送装置は一回の次元移動で限界を迎え、二度と動かなくなった。

残されたのは、残骸と父から叩きこまれた科学者としてのノウハウだけ。

 

父の最期は見ていないけれど、生きているのだろうか。

いいえ、そんな淡い希望を持つほど私は子どもじゃない。

むしろ死んだ場面を直接見ていないぶん、冷静を保てるのはありがたい。

 

「だから私には戻る世界なんてないのよ。私のいた世界はきっと、もうなにも残ってないはずだから」

 

「ご、ごめんなさい。辛いことを聞いてしまって」

 

たぶん、少しだけ苦しい顔でもしていたのだろう。

それを察して、ネプギアが頭を下げる。

 

「いいのよ、今はここが私の新しい場所だし。だからこそ私は強くなって、ここを守らなきゃいけないの」

 

私も手を止めて、ネプギアに向き直る。

 

「あなたたちが来てくれて、本当に助かったわ。本音を言えば、もっと一緒にいたかったのだけれどね。だけど、あなたたちにはあなたたちの世界があるから……」

 

本当はこんな本心を言うのは恥ずかしいのだけれど、自分の思いを伝えないことはきっとあとで後悔する。

彼女たちがいなくなれば、こうやって顔を合わせることはできなくなるかもしれないのだから。

 

「イヴさん……」

 

「ほら、手が止まってるわよ。これができるのは私たちしかいないんだから、止まってる場合じゃないわ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10 復讐と転送

零次元。

イヴたちがいる施設から遠く離れた地で、大規模な爆発が起きた。

爆発は衝撃波をともなって、あらゆる建物を次々と倒していく。

続いて押し寄せた熱が、がれきとなった建物を粉々に砕いていく。

 

爆発が起きた場所は煙に覆われているが、その黒煙の中から一人の男が飛び出した。

黒いコートはぼろぼろで擦り切れているが、本人には傷はほとんどない。厳密にいえば、今の攻撃での傷はない。

男の身体には火傷の跡が全身に刻み込まれているが、それは何年も前についた傷だ。

 

男が手に持った身の丈ほどの大剣を振るうと、地面をえぐりながら螺旋状の衝撃波が爆心地へ向かう。

石と砂、風と煙を巻き込みながら空気の牙がまっすぐ敵へと噛みつこうとする。

しかし、不意にその波は止んだ。

 

男は舌打ちをする。

ただのモンスターや人であれば、何十という単位で消滅させることのできる威力だったはずだが、それを止めた()()はいったい何者なんだ。

 

「この野郎……やってくれるじゃねえか」

 

男は大剣をぐるんぐるんと回しながら、視線の先の敵を見据える。

黒いスーツを着たその少女は、腰に手を当てて男を睨んでいた。

 

「やれやれ、血の気の多い男だな、君は。おかげでほんの少し、本気にならざるを得なかったよ」

 

少女がにやりと笑うと、それに苛立ったのか男は大剣を構える。

左額から生えた黒い角がきらめく。

 

「待て待て、オレはただ話がしたいだけだよ。君の力を見込んで頼みたいことがあるんだ」

 

少女がやんわりと休戦を申し込んできた。

 

「仕掛けてきたのはお前のほうだろう」

 

「生半可な強さは逆に邪魔になってしまうからね。君のように飛びぬけた強さなら役には立つだろう」

 

「あ?」

 

男は警戒を解かないまま、思案した。

ようは力を試したのだ。

いままでの戦いから考えれば、『かなり強い』程度じゃお呼びじゃないということはわかる。

それほどまでの力を求めて、この少女は何をするつもりなのだろうか。

 

「オレの復讐を手伝ってくれないか?」

 

「断る」

 

男は即答した。

大剣で肩を叩きながら、馬鹿にしたように少女へ言葉を発する。

 

「『復讐』にはいい思い出がないもんでな。誰が相手かは知らんが、お前のそれに力を貸す気はない」

 

「君ならわかってくれると思ったのに……」

 

男は眉をひそめた。

 

「お前……」

 

「君のことは知っているよ。だからこそ声をかけた」

 

男は目を刃のように尖らせて、大剣を再び構えた。

この力を知っていて狙ったのなら、ろくな奴じゃない。

 

「なおさら協力する気はないな。むしろ止めたくなってきた」

 

「仕方がないか……」

 

少女も拳を握り、ファイティングポーズをとった。

それに応じて、男は一瞬のうちに距離を詰めた。

 

 

 

 

 

ネプギアは工具を持ったまま汗をぬぐった。

 

「やったあ!修理完了です!」

 

ようやく転送装置の修理が完了し、一息つく。

 

昨晩はいろいろ話しすぎた。

私がいた次元のことや犯罪神のことは伏せておくつもりだったのに、口が滑った。

いつの間にか、私はネプギアのことを思ったよりも信頼していたらしい。

まあ、ぺらぺらと言いふらすような子でもあるまい。

 

「よかったな。これでやっと元の世界に帰れるぞ」

 

うずめがにっと笑った。

 

「けど、こっちの世界に来ている間に仕事が溜まってると思うと、素直に喜べないんだよねえ」

 

ネプテューヌはもとの次元のことを思い、ため息をついた。

連絡を何度かとってイストワールから聞いたが、ネプテューヌは『やればできるけどやらない子』の典型的なパターンらしい。

かなり有能なはずなのだが、普段その能力を発揮しようとしないせいでイストワールは胃薬を手放せないそうだ。

贅沢な悩みってやつね。

 

…………イストワールに薬って効くのかしら。

 

「はあ……お小言を言ういーすんの姿が目に浮かぶよ」

 

『それは、こういった姿ですか?』

 

「そうそう。そんな感じで……って、いーすん!?なんでいーすんと連絡がつながってるの!?」

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん。ちょうど修理が終わったからいーすんさんに連絡をしたところだったんです」

 

ネプギアのNギアからはすでにイストワールの顔が映っていた。

呆れたような、怒っているような表情でこちらもため息をついていた。

 

『ようやくお二人が戻ってこれると思って期待して通信を受けたら、まさかネプテューヌさんの私に対する愚痴を聞くことになるなんて……ご希望でしたら、こちらはネプギアさんと私に任せて、このままずーっと、そちらの世界にいてもいいんですよ』

 

「やだなあ、いーすん。あれが私の本音なわけないじゃーん。ほら、いまプラネテューヌではやりのネプリカンジョークってやつだよ」

 

『なんですか、ネプリカンジョークって……まあ、いいでしょう。お説教をするにも、まずは帰ってきてもらいませんと』

 

私はぱん、と手を叩いて注目させた。

 

「本題に入りましょうか。この装置はもう修理が済んでるけど、エネルギーが一番の問題ね。イストワールにエネルギー量を教えてもらったんだけれど、流石次元を越えるだけあって相当なものね。そこで……」

 

「これを使ってくれ?」

 

私の言葉を継いでうずめが取り出したのは、私たちが今持っているシェアクリスタル全部だ。

計算結果があっていれば、これくらいあればなんとか足りるはず。

 

「そ、そんな貴重なもの使えませんよ!」

 

「そうだよ、それがなきゃ、うずめは女神化できないんだよ!」

 

「大丈夫だって。ねぷっちたちのおかげでデカブツは倒せたし、あとはポッと出の紫ババアだけだろ?」

 

「一応、シェアクリスタルのありそうな場所はいくつかピックアップしてあるから、必要となれば集めるわよ」

 

ネプテューヌとネプギアが断ろうとするが、戦う手段は他にないわけではない。

シェアも得られるようになったし、味方を増やしつつ事情を話していけば、もっと強くなれる。

 

「オレも賛成だ」

 

最後に海男もうなずいてくれて、ようやくネプテューヌたちは首を縦に振ってくれた。

 

「ありがとう、三人とも!」

 

『では、ネプギアさん。私の指定する座標をNギアに入力してください。あとの次元転送の制御は私が行います』

 

私は金属の箱容器にシェアクリスタルを次々と放り込んでいった。

これは、すでにイストワールに相談して製作した、シェアクリスタルのエネルギーを取り出すものだ。

箱から転送装置へと伸びるケーブルがエネルギーを伝える。

 

コンソールを使用し、起動を指示する。

装置がうなりをあげて光りだす。

 

ネプギアもNギアに次元座標を打った。

あとは円形の台に乗るだけ……といったところでネプギアが足を止めた。

 

「……あの、いーすんさん。帰るのもうちょっとだけ待ってもらえませんか?」

 

私は腰に手を当てて、ネプギアに向き直った。

この期に及んで、足踏みをしている暇はない。

 

エネルギー、施設が揃ってるこの場を失えば、次に次元を転移できる保証はないのだ。

 

「何言ってるの、ネプギア。あなたは今すぐにでも戻るべきよ」

 

「そう、なんですけど……」

 

 

ネプギアがうつむいたそのとき、空間が揺れた。

埃が舞い、私たちはバランスを崩して地面に手をついた。

 

おかしい。この施設の周りのモンスターは倒したはずだし、今日もパトロールしていたネプテューヌとうずめからも「いない」と報告を受けている。

 

揺れが収まり、私は立ち上がって銃を構える。

上へ続く階段から人影が見えたのだ。

 

「ハーッハッハッハッハ!見つけたぞ、小娘!今度は逃がさんぞ」

 

うるさい高笑い。

にやけた笑いと杖の先をこちらに向けているのは、マジェコンヌだ。

階段をゆっくり降りながら殺気を放ってくる。

 

まずい。場所がばれた。

これでいますぐネプテューヌたちを転送するしか選択肢がなくなった。

 

「この間逃げたのはあなたでしょ。逃がさないのはこっちよ。うずめ!」

 

「ああ、いくぜ!」

 

私は階段を撃って、マジェコンヌの足場を無くす。

だがマジェコンヌはすでにそこからひらりと飛び降り、着地した。

 

私とうずめは同時に駆け出す。

すでに起動させていた右腕でパンチするが、マジェコンヌはわずかに身体をそらしてよける。

続けてうずめがキックを繰り出すが、これも杖に阻まれて届かない。

 

コンビネーションで攻撃を繰り返すが、マジェコンヌは簡単にいなしてしまう。

 

「ねぷっち、ぎあっち!お前たちは早く行け!」

 

「で、でも……」

 

「あなたたちが行けば私たちはこの建物に用が無くなる。そうなったらすぐに逃げるわ。だから……」

 

ここにおいて、するべきことは『転送』だ。

馬鹿正直に、決着がつくまで戦う必要はない。

それをわかってか、ネプテューヌとネプギアは急いで台の上に乗った。

装置がそれを確認し、転送を開始しようとする。

 

よそ見をした隙を狙って、マジェコンヌが私の足を掴んだ。

そのまま壁に叩きつけられ、一瞬気を失った。

 

「あうっ」

 

「イヴさん!」

 

歯を食いしばり、かろうじて意識を保つ。

ネプギアの悲鳴が聞こえたが、ぐっと立ち上がって無事をアピールしようとした。

だが予想以上の痛みに、私は膝をついてしまった。

 

「いいから!これくらい私たちでなんとかする!」

 

「ふん、いまあのフィールドを展開する力はないと見えるが、それで勝つつもりか?」

 

うずめが再び攻撃をしかけた。

マジェコンヌのにやけた笑いを消すために、拳を決めようとしたが、軽く受け止められてしまう。

そのままマジェコンヌはうずめを引き寄せ、杖から黒いビームを発した。

カウンターをもろに受けてしまったうずめは吹き飛ぶ。

 

「くそ……」

 

うずめは立ち上がったが、かなりのダメージみたいだ。

よろよろと頼りなく揺れている。

 

マジェコンヌは黒く光る杖の先を私に向けた。

 

「ひざまずけ」

 

「ひざまずけ?」

 

私は手を伸ばした。

すると、作業台の上に置いてあった筒状の物体が浮き上がる。

 

マジェコンヌが眉をひそめてそちらを見る。

 

金属の筒はそのまままっすぐこちらに向かい、スピードをあげながら飛んでくる。

驚異的な速度のそれをマジェコンヌがよけると、私の左腕にすっぽりとはまり、自動的に展開して手を覆った。

 

「嫌に決まってるでしょ!」

 

「おら!」

 

ジェット噴射で勢いを増した私の左ストレートと、いつの間にか距離を詰めていたうずめの右ストレートが見事にマジェコンヌの顔をとらえた。

 

「ぐうっ」

 

マジェコンヌは壁に激突し、こちらをにらんだ。

 

ちらっとネプテューヌたちのほうを見ると、転送装置はうなりを増していった。

光がネプテューヌとネプギアを覆い、超次元へと転送させようとする。

あと数秒で二人は転送され、元の世界に戻ることになり、私たちはここから逃げて何とか事なきをえることができる。

 

それを意に介さず、マジェコンヌは杖の先をこちらに向けた。

杖から黒い球が生まれ、エネルギー密度が増していく。

 

まずい。

あれを受ければこの建物がどうなるか。

マジェコンヌはここもろとも私たちを沈めるつもりだ。

 

「死ね」

 

「ダメ!!」

 

マジェコンヌの杖から、熱と光をもつ球が放たれた瞬間、ネプギアが光の中から姿を現し、私たちのもとへと駆け寄ってくる。

 

「ネプギアーーーー!!!」

 

ネプテューヌの叫び声が響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11 次元の旅人 再来

今回登場するのは前々作のキャラクターです。
それに伴い、いままでの作品のざっくりとしたあらすじとキャラ設定を投稿しています。
よければそちらもどうぞ。


「待て!」

 

空間に、楕円状に開けられた穴を通り、身の丈ほどの大剣を振るうが空を斬るだけで手ごたえはなかった。

 

「くそっ、どこ行きやがった」

 

いつの間にか、荒廃した世界とはかけ離れた場所に来ていた。

どうやらあの黒スーツの少女も次元移動の能力をもっているらしい。

 

街はどこも壊れていないし、モンスターがはびこっているわけでもない。

見渡すと、ここは街の中心部のようだ。

公園に、おしゃれな店、そして行き交うたくさんの人。

全てが目の届くところにある。

 

特に俺の目を引いたのは、遠くに見える塔だ。

美しい白と薄い紫の、100メートルはゆうに超えるそれはプラネタワーだ。

ということは、ここはプラネテューヌか。

問題は、()()のプラネテューヌかってことだが……

 

「わたし、超次元にとうちゃーっく!」

 

突然、背後から高い声が響いた。

先ほどの戦いから醒めずに、警戒状態だった俺は反射的に剣の先をそちらに向けた。

 

「ってうわあ!ちょ、ちょちょちょストップ!ストーップ!!帰ってきてそうそう真っ二つなんてごめんだよ!」

 

その少女には見覚えがある。

特徴的なパーカーワンピを着たその少女の名前は……

 

「ネプテューヌか?」

 

「あれ、ユウ?」

 

ネプテューヌは手を挙げたまま、目を丸くしてこちらを見た。

俺の名前を知っているということは、この次元は今まで巡ってきた中のどこかというわけだ。

 

「ってことは、ここは超次元か」

 

「わー、久しぶりだね!前のときもネプギアたちと喋ってて、あまり喋れなかったから……ってあーーー!!」

 

今のネプテューヌの言葉で、ここがどこかわかった。

超次元だ。

 

俺、滝空ユウが次元の旅をする前、この次元は犯罪組織と犯罪神の存在によって混沌と化していた。

そこで偶然ネプギアと出会い、捕らわれた女神の救出と犯罪組織の打倒を目指して共に旅をした。

 

細かいところはともかく、結果として、俺は犯罪神の力を手に入れ、その膨大な力を利用して次元に穴を開けることが可能になった。

 

まあ複雑な事情が絡んでいるからここでは割愛させてもらうが。

 

『前のとき』というのは、何年か前に俺が帰ってきたときのことを言っているのだろう。

たしか、神次元という別次元との間に起きた事件のクライマックスのときだ。

解決した後は少し女神候補生と話をしただけですぐ去ったから、姉である女神からすれば余計に久しぶりに見えるだろう。

 

「なんだ」

 

「こんな話してる場合じゃないよ!ネプギアが!うずめが!イヴが!」

 

「うずめ?イヴ?」

 

今度は聞き覚えのない名前だ。

それが本名にしても愛称にしても、俺の知る人間ではないことは間違いない。

 

そのことはいったん置いておいて、俺は尋常じゃなく焦っているネプテューヌに注目を戻した。

 

「あのさ、ユウ。確か次元移動できるんだったよね?」

 

「ん、ああ、移動先の次元座標さえわかれば、特定の次元に行くことはできるが……」

 

「次元座標……は私知らないなぁ。あ、でも確かいーすんがネプギアに指示してたから、いーすんなら知ってるはず!」

 

ハッとしたネプテューヌはいきなり俺の手を掴むやいなや、引っ張って走り始めた。

 

「あ、おい!どうなってるんだ!」

 

「あとで説明するから、はやくはやく!」

 

俺のほうにも気がかりなこともあるが、当面はこちらのほうが急務のようだ。

聞きたいことは山ほどあるが、この調子じゃ聞けそうにもない。

事情を知るためにも、俺は仕方なくついていった。

 

 

 

 

 

「いーすん、いーすん!」

 

教会の扉を開けるやいなやイストワールを呼んだ。しかし緊急事態だというのに返事は返ってこない。

 

「……ってあれ?おかしいなぁ。いつもなら、開口一番に形式上のお帰りなさいとお説教のコンボが飛んでくるはずなんだけど……」

 

「まだ説教喰らってるのか、お前は……」

 

犯罪神との戦い、いや神次元の事件が起きてから何年も経っているはずだが、ネプテューヌは相変わらずのようだ。

胃痛で吐血したのも見たことがあるが、ギリギリのところで踏ん張っていた。

 

だから、教会中を探し回ったあげく、ゲーム部屋で倒れているイストワールを見つけた時にはただ事ではないと焦った。

 

「イストワール!」

 

「いーすん大丈夫!?」

 

いつも浮いているはずの本ごと地面に倒れ、息も荒々しい。

腕で抱えることができるほどの小さい身体は明らかな異常があった。

 

「身体が尋常じゃなく熱いぞ。なんかされたか?」

 

「……あ、ネ、プテューヌ……さん。おかえり、なさい。ユウさんも……お久し、ぶりです……」

 

「挨拶はいい。どうしたんだ、イストワール」

 

こんな状態のイストワールにできるだけ話させたくはなかったが、状況がまったくの不明だ。

それに、イストワールが倒れこむなんて、本人からなにか訊かないと対処法もわからない。

 

「お恥ずかし、ながら……少々、スペック以上のことを……頑張ってしまい……」

 

そこまで話すと、イストワールの身体からがくりと力が抜けた。

 

「おい、イストワール。イストワール!」

 

「ちょ!?まさか、いーすんがショートして故障!?あわわわわっ、どうしよう!?」

 

なにがどうなっているのかはわからないが、どうやら予想以上にやばいらしい。

スペック以上のことを……か。

 

とりあえずそっと近くのベッドにイストワールを寝かせ、布団をかぶせる。

うなされているが、生きてはいる。

だがそれも、『いまは』だ。

 

様々な経験があるが、こんなことは初めてだ。

俺が歯ぎしりをしていると、教会の扉が開いた。

 

「ちょっとネプ子、なに帰ってくるなり騒いでるのよ……って、ユウ!?」

 

現れたのは、緑の双葉リボンを着けた茶髪の少女アイエフだ。

仕事から戻ってきたのか、今の事情は知らないみたいで、俺を見るなり固まってしまった。

 

「よう」

 

「よう、じゃないわよ!あんた何年ぶりだと思ってるのよ!イストワール様から話は聞いてたけど、ちょっとくらい顔見せてくれたって……」

 

アイエフは俺に詰め寄った。

ずんずんと近づいてくるアイエフだったが、俺は勢いに負けじと待ったをかけた。

非難を受けるのはまんざらでもないが、それはいまじゃない。

 

「悪かった悪かった。それはそうと、力を貸してほしい」

 

「それはそうとって……私がどれだけ心配したか……ってイストワール様!?」

 

俺がベッドを示すと、アイエフも異常を察した。

不必要に声をあげることはせずに、俺たちを待つ。

 

「ネプテューヌ、説明よろしく」

 

「ええぇ、この状況を丸投げするの?」

 

「いや、俺だってこっちに来たばっかだぞ。しかもなりゆきで」

 

「あ、そっか。ええと……」

 

ネプテューヌは事の発端から話し始めた。

見たことのないゲーム機を拾い、電源をつけた瞬間に空間に穴ができて、次元を越えてしまったそうだ。

こことは違う、荒廃した別の次元にいた女神である天王星うずめ、そしてイヴ。

『零次元』と呼ばれるそこで起きた出会いと戦いを一通り聞いたあと、俺はため息をついた。

 

「ずいぶんと大事件に巻き込まれたみたいだな。どうりでネプギアがいないわけだ」

 

ネプギアはいまだ零次元に残されたままだ。

マジェコンヌだけでなく、モンスターにダークメガミ。

シェアも充分に得られない別次元じゃ、苦戦は必至だろう。

 

「うん、だからはやく零次元に戻りたいんだけど……」

 

「といっても、イストワールがこの状況だと次元座標はわからずじまいだし、なによりイストワールを放ってはおけんしなぁ」

 

ピンチなのはあっちもこっちも同じってわけだ。

イストワールから零次元の座標を聞きだせば、すぐにでも次元を越えて助けに行けるが、当のイストワールは伏している。

 

「とりあえずイストワールを治せば全部解決だ。が、問題はその治し方なんだが……」

 

「コンパを呼んだけど……。はたしてイストワール様に私たちと同じ治療が効くかどうかね」

 

部屋の扉がこんこんと鳴った。

続いて扉を開いて入ってきたのは、噂をしていたコンパだ。

ゆるゆるとした独特の雰囲気は変わらずに、俺が覚えているよりも少し大人っぽくなっている。

 

「おまたせです、あいちゃん。そして、ねぷねぷ、ユウさん、お帰りなさいです」

 

「こんぱ久しぶり!って、あれ?もしかしてあんまり私のこと心配してない?」

 

「俺に対してもわりとあっさりめだな」

 

「ねぷねぷが黙ってどこかに行くのは今に始まったことじゃないですから、どうせ今回もひょっこり帰ってくると思ってたです。ユウさんも一人でいろいろ行くことが多かったですから、特に心配はしてなかったです」

 

笑顔でそう言うコンパをしり目に、俺とネプテューヌは顔を合わせた。

 

「あー……うん、なんだろう……」

 

「なんだろうな。この釈然としない扱われ方は」

 

理解はしてもらえているんだろうが……なんだろうか、このもやもやとした感覚は。

 

「急に呼び出して悪かったわね」

 

「あいちゃんの頼みならこのくらいお安い御用です」

 

「さっそくだけど、イストワール様を診てくれるかしら。状態はさっきメールで伝えた時と変わってないわ」

 

「任せるです。……と言いたいところですが、たぶん、普通の治療方法じゃ無理だと思うです」

 

「だろうな。いままで別のイストワールを見たことがあるが、割と特殊な存在みたいだし。人工生命体なんだろ?」

 

昔の女神が創った生命体と言うのは聞いたことがあるが、ネプテューヌやネプギアでさえ詳しいことは知らないらしく、当然こうなってしまった場合の治療法も不明なのが現状だ。

冷やせば解決ってわけにもいかないだろうし。

 

「なら、いーすんさんの取扱説明書とかないですか?」

 

「取扱説明書って……さすがに、そんなものはないんじゃないかしら……」

 

「あるよ!」

 

ネプテューヌがバッと取り出したのは、辞書ほどの厚さの本だった。

やたら古くさく、表紙には何も書いてないものだったが、中はびっしりと文字で埋め尽くされている。

 

「あるのかよ!」

 

「うん、前にいーすんが取扱説明書がどうこうって言ってて、ネプギアがしまってたんだ」

 

ネプテューヌは説明書を床に置いてぱらぱらとめくっていく。

のぞき込むが、どの項目もやたらと説明やらが多く、今の症状に対する治し方を見つけるには骨が折れそうだ。

 

「『故障かな?と思ったら』のコーナーが多すぎて探すのに時間がかかりそうです」

 

「ほんとに家電みたいだな」

 

巻末近くにある『故障かな?と思ったら』だけでも軽く数十ページはあり、しかもそれぞれ対処法が細かく異なっていた。

しかも治療法の中には明らかに危険なものもあり、とりあえずで試してみるわけにもいかない。

 

「ならさ、この簡単診断シートやってみようよ」

 

ネプテューヌが目をつけたのは、当てはまる症状にYESかNOで答えて進めていくシートだった。

こちらは数ページだけの簡易的なものだったが、ひとつひとつ探すよりかは早く見つかるかもしれない。

 

「じゃ、いくよ。『意識がない』」

 

「YESです」

 

「次は、『身体が冷たくなっている』」

 

「むしろ熱くなってるからNOだな」

 

「次、『自動で再起動を何度も繰り返している』」

 

「これもNOね」

 

「次は、『スペック以上のことを行った』……な、なんだろう、このピンポイントな質問……」

 

「気を失うときに言ってたな。『スペック以上のことを頑張った』って」

 

「さすが、いーすんさんです。ダイイングメッセージとして手がかりを残してくれているです」

 

「死んでねーよ。で、結果は?」

 

ネプテューヌは結果が示してある次のページをめくった。

 

「ええと、『ショートしてます。サンシローの入魂パッチを当てましょう。気合で復活します』だって」

 

「気合で復活しますって……ずいぶんいい加減な修理方法ね」

 

「ガッツ不足ってことか……その入魂パッチとやらでどうにかなるもんなのか?」

 

スペック以上……まあ、無茶をしたってことだから気合で復活ってのはわからんでもないが、その治し方もわりと無茶なような気がする。

ブラック企業かな?

 

「けど、これしか頼れるものがないなら、これを見つけるしか手がないです」

 

「そうね。そういうわけだから、ネプ子。帰ってきてそうそう悪いけど、探しに行ってきてちょうだい」

 

「おっけー!……って、あれ?その言い方だと、もしかして、あいちゃんは来てくれない感じ?」

 

ネプテューヌは首をかしげた。

なんだかんだついてきてくれることが大半だったから、これに対しては俺も疑問を持った。

 

「ついていってあげたいのは山々なんだけど、さすがに、教会を空けることはできないわ。ただでさえ、女神の転換期で物騒な空気してるし、何かあってからじゃ問題だわ」

 

「なら、私が協会に残るからあいちゃんが行ってくるってのはどう?もの探しなら、あいちゃんのほうが得意だよね」

 

「そうなんだけど、教会や国内で大きなトラブルがあったときはどうするのよ。今まではイストワール様が何とかしてくれてたものの、あんたにその代役できるの?」

 

「うっ、それは……」

 

詰まるネプテューヌを、俺はジト目で見た。

普通はそういうの、女神がやるはずなんだけどな……相変わらずみたいで安心したような、がっかりしたような……。

イストワールがこうなるのも無理はないと思えてきたぞ。

 

「とはいえ、イストワールになにかあったら、そばに人が要るからな、それはコンパに任せないと……だから」

 

「ユウぅ……」

 

ネプテューヌはうるうるとした目で俺を見上げた。

一人では心細いというのもあるのだろうが……一刻も早くネプギア達を救いたいという気持ちもあるのだろう。

 

俺のほうも、追っていた黒スーツの少女は見失ったことだし、奴が超次元でなにかやらかす可能性だってある。

しばらくはこっちで目を光らせておく必要があるだろう。

それに、ネプギアが危ないなら俺だって黙ってるわけにはいかない。

 

「わかった。手伝うよ」

 

 

 

 

 

「……とは言うものの、どこから探せばいいのやら」

 

意気込んで教会を出たものの、俺たちは早速手詰まりを感じていた。

 

「『サンシローの入魂パッチ』だなんて聞いたことがないな。そもそもイストワールがあんな状態になるのだって初めて見た」

 

「いーすんが無事だったなら、すぐにでもネプギアを助けに行くことができるんだけどなぁ……でも、探しものって苦手なんだよね」

 

「なんにせよ、見たことのないものを探すのに二人だけでってのは無茶だな」

 

「だったら、少しくらい私たちを頼ってくれてもいいんじゃないの?」

 

俺たちの会話に、これまた知った声が割り込んできた。

凛としたその声のほうを向くと、黒いドレスに身を包んだ少女が二人。

ラステイションの女神ノワールとその妹ユニだ。

 

腕を組んで佇む姿は昔のまま、隠そうともしない変わりない自信も昔のままだ。

 

「おかえり、ネプテューヌ。それにユウもね」

 

「ノワール!ユニも一緒か」

 

「帰ってきたなら帰ってきたって言いなさいよね、まったく」

 

他と同じような呆れた反応をして、ユニは手を差し伸べてきた。

俺は再会の握手に応じ、思わず頬を緩ませた。

 

「まあまあ、いま帰ってきてトラブルに巻き込まれたとこなんだ」

 

「二人ともどうしてここに!?」

 

「イストワールが倒れたから力を貸してくれって、アイエフから連絡があったのよ」

 

ネプテューヌの疑問に答えたのはノワールだ。

普段はシェア争いをしているが、困ったときにすぐさま現れてくれるのはこの次元の強みである。

 

「おーっ、さすがあいちゃん。気が利くー」

 

「にしても早くないか?連絡は今さっきしたとこだろ。まるで待ち伏せでもしてたみたいな……」

 

登場があまりにも早すぎる。ラステイションとここは、俺でさえ相当かかるほどの距離だったはずだが……。

 

「……べ、別に今はそんな細かいことはどうだっていいでしょ。重要なのはイストワールのことで……」

 

「わかった!きっとノワールのことだから、私に会いたくてマッハで飛んできたんでしょ!」

 

「だ、誰があなたに会いたくて飛んでくるものですか!わ、私はただ同じ女神として、あなたに協力してあげようと思って……」

 

「またまたー。ノワールは素直じゃないんだからー」

 

ノワールはぷいと顔をそらしたが、ネプテューヌはここぞとばかりに追撃する。

 

「さすがネプテューヌさん。お姉ちゃんの図星をついてる……」

 

「てことは、飛んできたんだな」

 

俺とユニはこっそりと顔を合わせて声をひそめた。

 

「とーっても速くね。ついていくのも一苦労だったわ。それにしても、ネプギアは戻ってきてないのね」

 

「零次元ってとこにいるらしいな。助けに行きたいのはやまやまだが、座標がわからんことにはどうしようもない」

 

俺は眉を顰めて足元を見た。

いまのところ、ネプギアは向こうに取り残されたまま、帰る方法を失っている。

それに十分な力が得られないとなれば、平気でいられているかもわからない。

危なっかしいところもあるから、どうしても心配になってしまう。

それはユニも同じようで、彼女も気難しい顔をしていた。

 

「心配か?」

 

「……そうね、いきなりいなくなるんだもの。あんたもいつの間にかいなくなるし」

 

ユニが俺を睨んだ。

 

「帰って来たいとは思ったがな、どこもかしこも事件だらけだ」

 

「放っておけない?」

 

「おけんな」

 

「そうだと思ったわ。だけどもちょっとくらい顔を見せてくれても……」

 

「それよりもイストワールだ。ネプテューヌ!」

 

ユニから逃げるようにして、俺はノワールをいじるネプテューヌを呼んだ。

神次元の事件のとき、イストワールに用があって超次元(こっち)に戻ってきていたが、そのときにもユニは数時間にわたって俺を放してくれなかった。

愚痴を受けるのは構わんが、いまは一刻を争う事態だ。

 

「そうだったそうだった。サンシローの入魂パッチってのを見つけなきゃいけないんだけど、ノワールは何処にあるか知らない?」

 

「……サンシローの入魂パッチ、ねえ。アイテム自体は聞いたことないけど、サンシローってのはプラネテューヌの偉人よね?」

 

「プラネテューヌのどこかにある可能性が高いってことか……だけど……」

 

「プラネテューヌだけでも広大だからねー。やっぱり何か手掛かりがないと……」

 

「じゃあ、手分けして探しましょ」

 

二時間後に合流することを決め、俺とネプテューヌ、ユニとノワールに分かれた。

久しぶりに会ってすぐ離れることに寂しさを覚えたが、抑えてやるべきことを考える。

この事件が落ち着けば、時間はいくらでも作れる。

いまは感情よりも優先するべきことがあるはずだ。

 

「口ではなんだかんだ言ってても手伝ってくれるなんて、まさにザ・ツンデレって感じだね」

 

「変わってないようで安心したよ。どこに次元でもノワールはノワールだな」

 

俺は苦笑した。

いくつかの次元を渡って、何人かのノワールと出会った。

強気で強くてツンデレだからこそのノワール。

 

「他の次元でもおんなじなんだ?」

 

「ほとんどな。ノワールは主人公だったりしたこともあるが、おおよそのところは変わらん。他のみんなもな」

 

「へぇ~」

 

一息おいて、俺は歩き出した。

 

「お前がそんななのも変わらずだよ」

 

「他の私もこんななんだ……って『そんな』ってどういう意味!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12 逃げ場なし

ぼんやりと視界が戻ってくる。

世界が90度回っていた。いや、私が倒れているのだ。

 

バチバチとそこら中で火花が散る。

施設のコンソール、転送装置、私のガントレット。

 

ぼんやりした頭が急速に現実に追いついてくる。

ああそうだ。ネプギアが私たちをかばったのだ。

 

私はあたりを見渡した。

そこかしこが炎上しているほかは吹き飛ばされる前と変わらない。

ネプギアが守ってくれたおかげで、うずめも海男も傷ついていない。

そのネプギアも少々のダメージと火傷を負っているが、治る傷だ。

 

感情に任せた攻撃をしたマジェコンヌは、自身の攻撃の余波を受けてよろめいていた。

 

「大丈夫か、イヴ!?」

 

「ええ、なんとか」

 

うずめに引っ張られ、よろめきながら起き上がる。

私の身体も無事だ。

痛みは残っているものの、どこも折れてはいない。

 

しかしそれよりもまずいものが壊れていた。

 

「転送装置が……」

 

うずめも気づいた。転送装置が跡形もなく消え去っていた。

部品はもう作りなおすことができなくなるほどに粉々に砕け散っている。

ネプテューヌは転送できたらしいのが幸いだ。

 

「うずめさん、イヴさん、大丈夫ですか?」

 

「馬鹿野郎!お前、自分が何をしたのかわかってんのか!!」

 

こちらに駆け寄ってくるネプギアに、うずめは怒号を発した。

その顔は怒りか炎に照らされてか、赤くなっている。

 

「だってあのままじゃ……」

 

「だってもヘチマもねえ!せっかく帰れるチャンスだったんだぞ!!」

 

私はうずめに肩を貸してもらい、服を整えながら咳き込む。

胸の骨が痛む。

 

「うずめ、こうなった以上は仕方がない。今は逃げることを考えるんだ」

 

「ええ、幸いなことに、あいつはあんなことになってるしね。今は逃げましょう」

 

熱風が強く吹きつける。ここはもう崩壊してしまう。

歯ぎしりするうずめを引き連れ、私たちは急いでその場を離れた。

 

先ほどまでの戦いの衝撃は身体に残ったままだった。

一歩歩けば全身に激痛が走る。ないはずの右腕さえずきずきと疼いた。

私にはこの痛みに覚えがあった。

無力という絶望が痛みとなって私を虐めてくる。

意識がショックでもうろうとするが、寸前のところで踏みとどまる。

 

正直、なんとかなると思っていた。

公園での戦いで、マジェコンヌを退けられたことに私は自信を持っていた。

だが実際はどうだろうか。ネプギアがいなければ死んでいたかもしれない。

 

押し寄せる情けなさを振り払うために、私は立ち止まった。

あの施設からは遠く離れ、周りに遮蔽物はない草原だが、敵が追ってくる様子はない。

 

「ここまでくれば大丈夫でしょう。あっちも相当ダメージがあったみたいだし」

 

私はその場に座り込んだ。

思ったよりも体力と精神が削られている。

幸いなのは、まだそのどちらも途切れていないことだ。

 

「おい、ぎあっち。なんであんなことをしたんだ」

 

うずめがネプギアに詰め寄る。

その顔には怒りと心配、そして無力感がうかがえた。

 

「だって、うずめさんたちが危なかったから……気づいたら、身体が勝手に動いていたんです」

 

「俺のことなんかどうでもいいんだよ!せっかく帰れるチャンスだったんだぞ!それを俺なんかのために無駄にしてどうするんだよ!」

 

「落ち着いて、うずめ。あのままじゃ、命が危なかったことくらいわかってるでしょ。ネプテューヌだけでも転送できた事実と助けられたことは無駄じゃないわ」

 

私は座ったまま、うずめをなだめた。

彼女もまた、私と同じなのだ。

自分の力のなさを痛感し、そして帰るはずだったネプギアをこの世界に残させてしまった。

責任感が強いうずめにしてみれば、より落ち込みたいところだろう。

だからこそ、これが無駄だと思わせてはいけないのだ。

 

「だからってよぉ……」

 

「うずめ、これは過ぎたことだ。今は次に何をするか考えるんだ」

 

「そんなの、今すぐ戻って一匹残らずぶっ飛ばすに決まってる!」

 

海男の言葉に、うずめは後ろを振り向いた。

その目が見据えるのは、先ほどまでいた施設だ。

 

「ダメに決まってるでしょ。危険だし、転送装置はもう直せないくらいに壊されてたわ。今はここを離れて、傷を癒さなきゃ」

 

「アイツから逃げろっていうのか?」

 

「違う。態勢を立て直すんだ。こちらから打って出るために作戦を立てるんだ」

 

私と海男の説得に、うずめはやっと戦いっ気を下げてくれた。

にやりと笑って拳を合わせる。

 

「ようやくこっちから打って出れるのか。受け身ばかりで飽きてきたところだったぜ」

 

「では、本拠点に戻ろう。あそこなら、仲間はたくさんいるし、何か方法が見つかるかもしれない」

 

「あの、本拠点ってなんですか?前にいたあそこが拠点じゃ……」

 

ああ、とうなずいて、私は首を横に振った。

そういえば、ネプギアは零次元に来てからずっとあの拠点にいたから、知らないのね。

 

「あそこは仮の拠点。ダークメガミと戦うために一時的にあつらえた場所よ。本拠点は別の場所にあるの」

 

「ぎあっちへの説教はそこに着いてからたっぷりさせてもらうからな」

 

「お、お手柔らかに……」

 

 

 

 

 

かつんかつんと足音が反響する。

ぽたぽたと水滴の落ちる音がする。

ぬめる足元に注意しながら、海男を先頭に私たちは進んでいた。

 

ここは先ほどまでいた場所より東にある洞窟。

かつては通行に使われていたのか、ぼろぼろになったてすりや寿命を迎えた照明機器など、人の手が加えられている。

辺りを見渡せるように広く切り開かれており、声が響いては返ってくる。

 

「この洞窟が本拠点なんですか?」

 

「違うわ。この先を抜けたところ」

 

「地上を通るより、地下を抜けていった方が見つかるリスクは低いからね」

 

「はあ……」

 

以前海男が偶然見つけたこの洞窟は、こける心配はあるものの、敵と遭遇してしまうより何倍もましだ。

怪我しているこの状況では、たとえどんなモンスター相手でも油断するわけにはいかない。

 

「それよりも、ネプテューヌと連絡はとれないのかしら?」

 

「さっきのでNギアは壊れてしまってますし、お姉ちゃんの通信機器には次元チューナーがついてないから……あと通信環境も揃ってませんし」

 

「じげんちゅーなー?」

 

聞きなれない単語に、うずめが首をかしげる。

私でも聞いたことのないものだ。それほど超次元というのは発達しているのかしら。

 

「異次元間でも連絡が取れるように開発したものなんですけど、女神候補生のにしか組み込んでなくて……」

 

「へえ、便利ね」

 

本当に大した女の子だ。

強く、芯があり、頭もよく回る。

そんな彼女だからこそ、いて安心、帰せなくて残念という気持ちが膨らむ。

 

犯罪神を倒した経緯は聞いた。

壮絶で悲惨なその戦いこそが、きっとネプギアを強くしたのだろう。

 

感謝の言葉を口にしようとしたその時だった。

 

「ハーッハッハッハ!!」

 

後ろから耳障りな笑い声が聞こえた。

 

「楽しい時間は終わりだ、小娘ども」

 

マジェコンヌだ。

あちらも傷は癒えていないものの、体力的な面では戦いにそれほど支障はないだろう。

 

「テメエは、ポッと出の紫ババア!」

 

「あら、誰かと思えば自分の攻撃でダメージ受けてたうわキツおばさんじゃない」

 

「貴様ら……言ってくれるな……」

 

マジェコンヌがぎりりと歯噛んだ。

強者は余裕が溢れるものである、というのを聞いたことがあるが、マジェコンヌは割と煽り耐性がない。

 

「ここは地図にも載っていないような洞窟のはず。なぜお前がここに……」

 

「簡単なことさ。貴様らを尾けさせてもらったのだ」

 

「げっ、キモっ!?ストーカーとかマジキモいんですけど!?」

 

ふふんと得意げに笑ってみせるマジェコンヌだったが、うずめが取り乱すほどに気持ち悪い。

わざわざ逃げ場のないここまで尾行してきたのだ。

その様子を浮かべてみれば無理もないほど嫌な気分になる。

 

「落ち着いてうずめ、キモいのは最初からだったじゃない……」

 

「貴様らなぁ!」

 

変わりないリアクションをするマジェコンヌに、うずめがぐっと拳を構える。

 

「まあ、ここで倒せばいいだけのことだろ」

 

「覚悟してください、マジェコンヌ!ここであなたを倒させてもらいます!」

 

ネプギアもビームソードを構えて、先をマジェコンヌに向ける。

 

「な、なに!?貴様、いま何と言った!!」

 

「……へ?『マジェコンヌ!ここであなたを倒させてもらいます!』ですけど」

 

マジェコンヌがくわっと目を見開いて、身体を乗り出した。

やだ、情緒不安定……

 

「最初だけ!最初のほうだけもう一回!」

 

「最初って……名前ですか?マジェコンヌ……」

 

「最後に、さん付けでもう一回だけ!」

 

「マジェコンヌさん」

 

「くうぅぅー……」

 

いやいやながらネプギアがマジェコンヌの言う通りに呼び、当のマジェコンヌは身体を震わせている。

怒りではなく、どうやら歓喜のご様子で。

 

「初登場以来、ポッと出だの紫ババアだのおばさんだの言われ続けたが……ようやく……」

 

「そんなのいいから早くしなさいよ」

 

いちいちこいつの感情に付き合っている暇はない。

私は銃を引き抜いて撃った。

衝撃弾は大した傷を負わせられなかったが、逆上させるにはじゅうぶんだった。

 

「いたっ、貴様少しは余韻に浸らせろ!誰かが私を名前で呼ぶことなんて少ないんだぞ!!」

 

「知らないわよ。うずめ、行くわよ」

 

私はつとめて冷静に振る舞った。

怪我ありシェアクリスタルなし。

勝てる見込みは薄いが、それを一度感じてしまえば恐怖に呑み込まれてしまう。

いまはただ、この場を切り抜ける方法だけを考えるべきだ。

 

「ああ、ぎあっちも本気で行くぞ!」

 

ネプギアはうなずき、二人とも女神の姿へ変身する。

味方から得られるシェアの力では、フィールドを創るのには足りないが、女神化するぶんには大丈夫だ。

問題はそのシェアで倒せるかということと、先ほどの戦いの影響。

そして……

 

「ふん、ならばこちらも真の力を見せてやろう!」

 

こちらの女神化の応じて、マジェコンヌも拳を掲げた。

すると、黒い光の柱がマジェコンヌを包んだ。

それはだんだんと大きくなり、禍々しく殺気を放ってくる。

 

そこに立っていた、いや佇んでいたのはお世辞にも人と呼べる存在ではなかった。

見上げるほどの巨躯に、四本の図太い脚、四本の腕。

前脚の間に生えている獣のような顔には何本もの牙。それ以上に上半身のさらに上、首のないそこに取り付けられたような巨大な単眼が威圧感を与えてくる。

 

これが真の姿ってことだ。

以前マジェコンヌと戦った時に感じた違和感はこれだ。

公園でのときも、先ほどの施設のときも全力を感じなかった。

 

「そ、その姿は!?何であなたがその姿に……」

 

いち早く反応したのはネプギアだった。

ネプギアが話した犯罪神の特徴と一致している。

 

この次元か別の次元か、なんにせよこのマジェコンヌはどこかの犯罪神であることには違いないだろう。

 

「うげっ、きもっ!?わたし、あいつと戦いたくないかもー。触るのやだなー」

 

「とか言ってる場合じゃないわよ。これはちょっとまずいかもね」

 

私は頭を回転させた。

真の姿になったからには、油断もなしに攻撃してくるだろう。

その気になればきっと、全てを破壊することだってできるはずだ。

 

私のいた世界のように。

 

「ちょっと、で済めばいいがな。くらえ!!」

 

意気揚々と、マジェコンヌは脚の間にある顔から火球を吐き出した。

今までのとは比べ物にならないほどのでかさがいつの間にか目の前に迫ってきていた。

 

とっさに行動を開始していたオレンジハートが私を抱え、すんでのところで攻撃をかわすことに成功した。

焼けるような熱さを感じ、右肩を見るとパーカーが煙を上げて煤けていた。

義腕の損傷はないのが救いだ。私は肩を軽く払って、立ち上がった。

 

「ぎりぎりだったねー……」

 

「八方ふさがりかしら……」

 

満足そうに身体を震わせるマジェコンヌを退けなければならない。

だがそれにはなにか手が必要だ。

あの巨大な攻撃を流して、巨躯を下がらせるようななにかが。

 

「あれ?」

 

「どうしたの、ぎあっち?」

 

「いま、お姉ちゃんの声が聞こえたような気がして……」

 

「ネプテューヌの声……?」

 

私は辺りを見回した。

彼女は超次元に転送されたはず……まあ、あの子の性格上イストワールの力をつかってすぐに戻ってくることも考えられるけれど。

だけどというべきか、やはりというべきか、ネプテューヌの姿は見えない。

 

「そんな時間稼ぎのはったりにこの私が引っかかるものか!死ねえ!」

 

マジェコンヌが腕を振り上げたその瞬間だった。

 

「どいてー。どいてどいてー。ぶつかるううううううう」

 

今度は私にもはっきりと声が聞こえた。

その次の瞬間、私たちとマジェコンヌの間に何かが落ちた。

何かが高速で地面にぶつかったせいで、土煙が立ち上がった。

視界が奪われる。

 

「な、なんだ!?何が落ちてきたのだ!?まさか、本当に小娘どもの援軍だというのか!?」

 

突然の来訪者に、マジェコンヌはたじろいだ。

だが援軍かどうかはまだわからない。

私は銃を構えて、土煙を見た。

煙が収まっていくにつれて、緊張感が増していく。

 

「いやぁ、落ちた落ちた。もう少しでスカイフィッシュが捕まえられそうだったんだけどなあ。けど、高いところから落ちても大丈夫なように身体って意外と頑丈にできてるんだね」

 

しかし、煙の中から聞こえてくる声は私たちの警戒を解いた。

ネプテューヌの声だったからだ。

だけど、少しばかり大人っぽい声だったような?

 

「あ、下にいた人だ。ねえ、怪我とかない?大丈夫だった?」

 

ようやく煙が収まった。

ネプテューヌがいれば、戦力としてはじゅうぶん。

 

 

だが現れたのは、ネプテューヌであるがネプテューヌじゃない。

彼女をそのまま大きくしたような女性がそこにいた。

いや訂正しよう。黒いパーカーワンピから覗く胸は相応に成長している。

それに腰まで届くような長い髪。

顔と言動だけ見れば変わりないように見えるが、身体は妖艶と言えるほどになっている。

 

「だ、誰ええぇぇー!?」

 

思わず、私たち三人は叫んだ。

 

「……私?私の名前はネプテューヌ!何を隠そう、次元を股にかける通りすがりの昆虫ハンターだよ!!」

 

 

 

 

 

「どうしたの、ユウ?」

 

俺が小型の端末を操作していると、コンビニで買い物を済ませたネプテューヌが問いかけてきた。

 

「いや、とある奴と連絡が取れなくてな。まああいつはあいつでなんとかやってるだろ」

 

先ほどまでいた次元で出会い、はぐれた女だが、もとからふらふらしているような奴だ。

実力も、あの次元から抜け出す方法だって持っている。

心配はないだろう。

 

「ふーん」

 

「で、お前は何読んでんだ?」

 

「これに情報とか乗ってないかなーって」

 

ネプテューヌがコンビニ袋から取り出して読んでいたのは、『ねぷねぷミステリー調査班』と書かれたオカルト雑誌だ。

未確認生物や都市伝説、果ては街で流れているちょっとした噂まで。古今東西の情報を集めている。

信憑性は……まあお察し。

 

「わかったお前馬鹿だろ」

 

「失礼な!ほらここのページとか聞いたことないものが載ってるでしょ!」

 

ネプテューヌは得意げに雑誌のあるページを広げて、音読し始めた。

 

「『その者 金色の鎧を纏いて ゲイムギョウ界に降り立つべし 失われし信仰と民の絆を結び ついには民を 黄金の頂へと導かん』」

 

「すっごい……どっかで見たことあるあれなんだが……」

 

「でも、これも探してるアイテムと関係なさそうだね」

 

そう言うと、ネプテューヌは雑誌をぽいとごみ箱に捨てた。

ごみ箱の口のところにひっかかり、先ほどのページが見える。

 

黄金の頂……それに金色の鎧ね。

そんなものがあれば、さぞかし金ぴかに輝いて豪勢な国になってるだろうよ。

 

 

約束の二時間が経過していた。

たいした情報は得られず、手がかりもない。

サンシローの入魂パッチなんて物は俺も聞いたことがない。

正直に言ってお手上げだ。

 

腕を組んで思案していると、ラステイションの姉妹の姿が見えた。

手を振ると、あちらもこっちに気付いて駆け寄ってくる。

 

「待たせたわね。そっちは何か見つかった?」

 

「それが本とか買って調べてみたけど、全然だめでさー」

 

「ノワール、こいつ真面目に探す気0だぞ」

 

情報を集める気はあるのだろうが、少しばかし聞き込みや調査をしたくらいでコンビニによろうとするネプテューヌ。

危機感があるのやらないのやら。

この感じがネプテューヌの悪いところでもあるが、良いところでもあると言われれば否定ができない。

 

「はあ……だと思った。とりあえず探しっぱなしで喉も乾いたし、冷たいものでも飲みながら話さない?」

 

 

 

 

 

「ここなら静かだし、落ち着いて話せそうね」

 

「おおーっ、まさかプラネテューヌにこんなオシャレな場所があったなんて驚きだよー」

 

「ツッコまんぞ……」

 

ノワールの提案通り、俺たちはホテルのロビーでゆったりとしたソファーに座り、各々飲み物を口にする。

自国のことに無関心すぎやしないか。

娯楽ならともかく、他のことはイストワールやネプギアに任せっきりなのだろう。

 

「せっかくいるんだからツッコミ手伝いなさいよ。ネプテューヌ一人に三人がかりでも足りないくらいだわ」

 

俺は首を横に振った。

 

「……まあ、いいわ。ベールとブランも独自に調査してくれたみたいだし、通信端末のグループ会話機能を使って打ち合わせしましょ」

 

ユニが早速連絡を繋げる。

画面には金髪の長髪女性が現れた。

リーンボックスの女神ベールだ。

余裕のあるたたずまいは、女神の中でも一番の大人の女性だと思わせる。

 

『お待ちしていましたわ』

 

『そっちは何かめぼしい情報はあった?』

 

画面を分割して現れたのはルウィーの女神ブラン。

ベールとは反対に、コンプレックスのある発展途上の身体だが、それがルウィーの国民にはドストライクのようで、他の国にはない魅力だそうだ。

 

「それが全然ダメ。そっちは?」

 

『古い文献を調べてみたけど、あなたたちが言うアイテムについての記述はなかったわ』

 

ブランは女神の中でも知識量は飛びぬけているはずだが、それでも知らないとなると厳しくなってくる。

 

『確信のある情報ではありませんが、初代プラネテューヌの女神が聖地としていた場所なら可能性はあるかもしれませんわ』

 

「初代プラネテューヌ女神の聖地ねえ……場所は?」

 

『そこまでは……』

 

「聖地だろ?知ってるよ」

 

口をはさんだ俺を、その場にいた全員が驚いた表情で見た。

先に口を開いたのはネプテューヌだ。

 

「えっ、ほんと?私でも知らないのに?」

 

「知っとけよ。俺はもともと普通の旅人だったからな、珍しいところもだいたい回ったし、聖地もその一つだ」

 

実際に俺が旅したのは違う次元だが、ここはそこと相違ない。ならば場所も同じはずだ。

 

『あれ?』

 

『ちょっと待ってくださいまし、今の声……ユウですの?』

 

「そうだけど」

 

ノワールもユニも、俺が戻ってきていたって言ってないのか。

あっちの画面にはノワールとユニしか映っていなかったようで、俺に気付いていなかったらしい。

 

『そうだけど、じゃねえだろ!』

 

いきなりブランの怒号が飛んできた。

ロビーにいる何人かがこちらを向く。

 

『お前のせいでうちの妹たちが寂しい寂しいってなあ!!』

 

「ごめんごめん、これが終わったらすぐ会いに行くから、な。ほらユニ切って」

 

「え、ああ、えっと……」

 

『ちょっと待て!テメェ先にこっちに……』

 

ブランが続ける前に、ユニが通信を切った。

 

「相変わらず怖ぇ……」

 

彼女の妹であるラム、ロムの双子含めて女神候補生は俺を慕ってくれてはいるが、こうも寂しいと言われるとうれしい反面罪悪感が……。

それにしてもブランがあれだけ怒るのは久しぶりに見た。

会いに行くと言ってしまったが、斧で真っ二つにされないように気を付けよう。

 

「まあ、大丈夫よ。ベールさんもブランさんも自分の国で忙しいはずだから……」

 

「いまは女神の転換期でね、信仰が落ちる時期なの。いろんなデマだったり工作だったりも起きて、私たちも手一杯」

 

俺はユニとノワールの言葉に頷いた。

イストワールが倒れてしまったのも、その転換期とやらが一因だろう。

アイエフでさえ駆り出されるような期間だ。各国でも教会員が慌ただしく動いているに違いない。

教会の人が出払っていたのはそういうわけか。

 

「そういうわけで、私たちが手伝えるのもここまでだわ。事前に手は打っておいたんだけど、ラステイションもいまごたごたしてるから……」

 

「えー、じゃあ何で来てくれたの?大変なんでしょ?」

 

「そ、それは……そうよ。ユニよ、ユニ!」

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

ノワールがおどおどしながらユニを指さすと、さされた本人は飛びのいた。

 

「ユニがどうしても、ユウに会いたいし、ネプギアが戻れるように手伝いたいって言うから妹の友情に感銘を受けて、姉として手伝いに来たってわけよ!」

 

「ちょっとお姉ちゃん、なに言ってるのよ!そのことは内緒って言ったでしょ!」

 

「ほぉぉん?」

 

俺は顎に手を当ててにやついた。

 

「てか、むしろお姉ちゃんのほうがネプテューヌさんに会いたいとか私がいないとあの子はダメだからとか言ってたくせに!」

 

「のわーー!?な、なに変なこと勝手に言ってるのよ!」

 

「ほう、ノワールが……そうですかそうですか。にやにや」

 

ユニの反撃に、今度はノワールが飛びのく。

ネプテューヌも俺と同じようににやつく。ご丁寧に口で擬音を発しながら。

 

「いやあ、愛されてますなあ、ネプテューヌさんや」

 

「いやいや、ユウのほうこそ」

 

「そこっ!ニヤニヤしない!もう、帰るわよユニ!ネプテューヌも、手伝ってあげたんだからあとは自分でちゃんとしなさいよね!」

 

「それじゃ、ユウ。ネプギアのことお願いね」

 

「おう」

 

顔を真っ赤にして去っていく二人を見送りながら、俺は寂しさを覚えた。

ああ、いきなり置いてかれる寂しさってこういう感じかぁ……。

 

「あーあ、行っちゃった。もうちょっといてくれてもよかったのに」

 

「忙しいんだろうさ。俺もこのあとの言い訳考えとかないとブランに殺されそうだなあ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13 入魂パッチ

パープルシスターもオレンジハートもぽかんと口を開けるだけだった。

空から少女が降ってきたかと思ったら、大人になったネプテューヌでした、だなんて話。

私でも理解がいまいち追いつかない。

 

「ええと、あの、ネプテューヌ……なのよね?」

 

「うん、あらゆる次元を巡る超絶美少女主人公ネプテューヌとは私のことだよ!よろしくね、えーと……」

 

「イヴ……」

 

「よろしく、イヴ!」

 

ああ、やっぱりネプテューヌだ。

しかも違う次元の。

やっぱりどう転んでもネプテューヌの性格って変わらないのね。なんだか安心したわ。

って、ほんわか頷いてる場合じゃないのよね。

 

頭が追いつかないまま握手をしたが、今はまだ戦闘中なのだけれど……。

 

「……ふむ。状況は大体わかった!」

 

それはたぶんわかってない人のセリフなんだろうなぁ。

渡った次元の戦士に変身できるような人の。

 

「可愛い子の味方の私としては、状況的にもこっちの助太刀をするよ!」

 

うーん、これはわかっているのかいないのか微妙なラインね。

モンスターと人間を見れば、人間に味方するのは自然に思えるけど……。

 

「え、えと……」

 

やっとのことでパープルシスターが口を開いた。

この中で一番驚いているのはネプギアだろう。

姉が故郷に転送されたかと思ったら、成長した姉が降ってきたのだから。言ってて頭が痛くなってきたわ。

 

「ねえ、そこの桃色の髪のかわいい子、名前はなんてーの?」

 

「ネプギアです」

 

パープルシスターもおそらくよくわからないまま答えたのだろう。

とりあえず笑顔で返した。

 

「わーっ、名前にネプってつくなんて奇遇だね!海王星の私としてはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられないよー」

 

「おい」

 

まくしたてる大きいネプテューヌをよそに、私とオレンジハート、海男は顔を合わせた。

 

「ねえねえ、海男。これってどういうことなの!?」

 

「こればっかりはオレにもわからない。けど、協力してくれるならありがたい限りだ」

 

「そう、ね。今はこの状況を切り抜けられるならなんでもいいわ。あのネプテューヌに関しては後で話を聞きましょう」

 

だが戦闘の緊張感が残っているのにもかかわらず、ネプテューヌはご機嫌な様子でこっちに向かってきた。

 

「なになに?君たちはイヴとネプギアのお友達?あなたの腕にくっついてるのカッコイイね!見せて見せて!」

 

「カッコイイ!?ふふーん、これのカッコ良さがわかるなんて、大きくてもねぷっちはわかってるじゃーん」

 

オレンジハートが得意げになって盾を見せる。

べたべたと触るが、不快に思わせないのは私たちの知っているネプテューヌと全く同じだった。

これってある種の才能よね。

 

「おい!」

 

「てか、その魚なに!?あはははははははは!真顔でおっかしーのー!」

 

海男も言われ慣れたのか、気にしていないようだ。

 

「あなた本当に馴染むの早いわね」

 

「卓越されたコミュ能力はいまや就活で必須のスキルだからね!目指せ一流企業!!」

 

最近はコミュニケーション能力を重視する会社が多いそうで、毎年『会社が欲しい能力ランキング』では上のほうに来るらしいです。

みなさんも推してみてはいかがでしょうか。

あ、でもネプテューヌみたいなやつはまたその能力とは別よ。

 

「おいと言っている!!」

 

「うわわわわっ!?急に変なのがキレた!?」

 

無視してきたが、ついに耐えきれなくなってマジェコンヌが叫んだ。

ネプテューヌは本気で気づいていなかったみたいで、ビクッと身体を震わせた。

 

「くだらんお喋りはそこまでだ!よくも私を無視してくれたな!!」

 

「あ、もしかして、私たちとお話ししたかったの?けど、女の子をいじめるような悪い人は、私的にはお断りかな。見た目もなんか気持ち悪いし」

 

「貴様ぁ……好き勝手言いおって……!このマジェコンヌ様を馬鹿にしたことを死を持って償わせてやる!」

 

「マザコング……?あっははははは。変な名前ー」

 

「マザコングではない、マジェコンヌだ!マ・ジェ・コ・ン・ヌ!」

 

「マ・ザ・コ・ン・ヌ!おおーっ、一文字言い忘れるとマザコンだ!」

 

「きっさまああああああああ!!!」

 

マジェコンヌが地団太を踏んだ。

その巨体が揺れるごとに洞窟も揺れる。

地震が起こったかと錯覚するほどの揺れに、私たちはバランスを崩す。

 

「さ、さすがねぷっち!おばちゃんをあおらせたら右に出る者はいないね!」

 

「それ以上にあの人の煽り耐性のなさが問題なような……」

 

「というより、私たちはいつまでこのコントを見ていればいいのかしら」

 

すっかり興奮も冷めてきて、頭も落ち着いてきた。

冷静になったせいで痛みを自覚するが、アドレナリンに任せて特攻するよりはましだ。

 

「いやいやだって、これだけいいリアクションされるとねー」

 

「やるなら早くやるわよ。いつまでも待ってられるほどこっちは暇じゃないんだから」

 

「はいはーい。あ、ちょっと待って」

 

ネプテューヌはごそごそと懐からビンを取りだした。

空へ掲げると、紫色をした中身がよく見える。

 

「戦闘前の回復はRPGのお約束だからね。今回は特別に私が作ったスペシャルなネプビタンVⅡをプレゼントしちゃうよ!」

 

「これはRPGじゃありませんけどね……」

 

ネプテューヌに渡されたビンの中身を観察した。

毒々しい色をしてるし、粘り気もある。すんすんと嗅いでみれば、なにやら畳のようなにおいがする。

しかも……

 

「ぼこぼこ言ってるんだけど、これ大丈夫なの?」

 

「良薬口に苦しっていうし、ちょっと苦いのはご愛嬌だよ」

 

「苦いとかそういうあれじゃ……まあいいわ」

 

出会ったばかりの人を信じるのはいささか問題があるが、この、というよりネプテューヌならなぜかその心配がよぎらない。

数秒顔をしかめて、私は覚悟を決めた。

鼻をつまんでぐいっと一気に飲みほす。

 

漢方か、粉薬以上の苦さが口に広がって薬を口に含んだまま咳き込んだ。

しかも粘りがのどに詰まりそう……。

戻しそうなのをなんとか抑えて、上を向いて無理やり飲み込んだ。

 

「苦い……」

 

「けどすごい……傷が癒えてく……」

 

パープルシスターもオレンジハートも私と同じ感想だ。

身に受けた傷がみるみるうちに塞がっていき、ここまで走ってきた疲れもとれた。

 

「これならなんとかいけそうかしら」

 

ぐっと拳を握る。

傷つけられた機械の腕が直るわけではないが、なんにしても身体が資本だ。

動くことができれば、あとはどうにでもなる。

 

「それじゃあ、今度こそ張り切ってボス戦闘いってみよー」

 

ネプテューヌはその身体ほどの大きさの大剣を二つ、片手ずつで持った。

あんな大きな剣で二刀流?

てっきり、超次元のネプテューヌのように太刀一刀流かと思ったが、これほど『規格外』という言葉が似合うのも珍しい。

 

先に動いたのはマジェコンヌ。

大きな腕を振り回して、興奮のもとであるネプテューヌを狙った。

だが、ネプテューヌは軽々と飛んで避けてみせると、そのまま斬りつけた。

一、二、三、四。リズミカルに大剣を振り回すが、一撃一撃は見た目よりも重い。

マジェコンヌの身体に深い傷がつけられていく。

トドメと言わんばかりの五撃目を与え、すぐさま後ろに飛びのくネプテューヌを見て、私は安心した。

女神化はしないのか、それともできないのか。姿を変えないネプテューヌだったが、その能力は通常の人間とは桁外れに強い。

これなら……

 

 

 

 

 

 

初代プラネテューヌの女神の聖域といっても、それを知るものは数少ない。

実のところ、それほど入り組んだところにあるわけではないが、周りに凶暴なモンスターが多すぎる。

そのせいで辿りつける者がいないのだ。

 

だが……

 

「ふん!」

 

俺は大剣を一振りする。

行く手を邪魔していた人型トカゲモンスターが粒子となって消えた。

ネプギアたちとともに犯罪神を倒し、いまや様々な次元を渡っている俺にとっては、それほど脅威でもない。

 

「おー、さすがユウ!」

 

うしろでパチパチと手を叩きながらネプテューヌが言った。

 

「さすが!じゃなくてお前も手伝えよ。これくらいなら手こずらんだろうに」

 

「いやぁ、ほら転換期でシェアが減ってるから、わたしいま省エネ中なんだよ」

 

「いつでも省エネだろう。あのときのお前は頼りになってたのに……」

 

大剣を背中の鞘に納めながら、昔のことを思い出した。

犯罪神と戦った時、俺はネプテューヌが『女神』であり、『ネプギアの姉』だということを目の当たりにした。

自信とみんなを引っ張る力。そしてなにより前を見て諦めない姿は眩しいくらいに輝いて見えた。

それが、普段はあまり仕事をしないという姿を幾度か見せつけられると、本当に同一人物か怪しくなる。

まあ、普通の人間のように二面性があると考えれば、不思議ではないが。

 

零次元のことを聞きながら(というよりネプテューヌが一方的にしゃべってきた)、俺たちは先へ歩を進めた。

ガラスのような足場を進んでいく。

 

ときおり空中に走る細い光を目で追いながら、俺はネプテューヌの言葉を頭でかみ砕いていた。

人間であるイヴとやらはともかく、天王星うずめという女神が気になった。

 

次元が違えばもちろん、存在する女神やそれまでの歴史は微妙に、または大きく異なったりする。

ネプテューヌ、ノワール、ブラン、ベールの四女神が存在する次元が大半であったが、たまにプルルート=アイリスハート、ピーシェ=イエローハートなる女神がいる次元もあった。

ここにきての新しい女神、オレンジハートの存在はどういった意味を持つのだろうか。

イレギュラー。

そういえば、以前超次元との関係があった神次元においても篠宮アイ=ローズハートという女神がいた。

あいつも神次元以外では会ったことがない。

ネプテューヌが女神じゃなく人間だっていう場合もあるのだから、そういうのはレアな存在と見て、それほど気にすることではないのだろうか。

 

「で、ネプギアがあっちに残っちゃったってわけ」

 

「そういうやつだからな、ネプギアは」

 

ネプギアのことだ。

そのうずめか、あるいはイヴと話していま戻るべきではないと思ったのだろう。

こういうときのあいつは頑固だから、帰る方法があったとしても、はいそうですかとほいほい戻ってはこないだろう。

連絡を取るにせよ、助けに行くにせよ、やはりイストワールを元に戻さないといけないわけだ。

 

話し込んでいると行き止まりまで来てしまった。

先には大きな足場があるだけで、さらにその先は虚空だ。

 

「ここが一番奥っぽいけど、それらしいものはなにもないっぽいかも。ねえ、ほんとにここなの?」

 

「そのはずだが、俺のいた次元でも何もなかったからなぁ。無駄骨だったか?」

 

「いやいや、ここまで来て無駄骨はないはずだよ。展開的にはボスモンスターが現れて、倒して入手ってパターンだったりして……」

 

あっはっはと笑うネプテューヌに応えるように、突風が吹いた。

目を細めて上を見上げると、大きな翼をはためかせながら何かが落下してきた。

 

巨大な足に踏みつぶされる前に後ろへ下がると、ようやくその全貌が見えた。

くすんだ茶色の二足歩行ドラゴン。

こういうときに出てくるボスモンスター、エンシェントドラゴンだ。

 

「ねぷっ!?まさか、私の予想が当たっちゃった!?」

 

「ということは、こいつを倒せばアイテムゲットってことか」

 

俺は鞘から大剣を抜き、構える。

ドラゴンが咆哮をあげると同時、剣を突き出して腹をえぐる。

たったそれだけだ。

 

「さあ、本気で行かせてもらうわ……って」

 

ネプテューヌは女神化して太刀を構えるが、すでにドラゴンは消え去っていた。

俺はといえば、もう剣を納めている。

 

「ちょっとユウ!私の見せ場無くなっちゃったじゃない。いつも戦闘シーンはもうちょっと長めでしょ!」

 

「見せ場ってなぁ、いまさらエンシェントドラゴンくらいで尺稼げねぇよ。それに省エネ中だったんだろ?」

 

俺自身には犯罪神の力、それにこの剣『ゲハバーン』には女神八人ぶんの力が宿っている。

そこらの危険種程度じゃ止められるはずもない。

 

「もー、せっかく変身したのにー。あれ?」

 

ネプテューヌは文句を垂れながら変身を解き、モンスターのいたところを指さした。

俺がそっちを見ると、一抱えほどある古臭い鉄の箱があった。

先ほどまでなかったものだが、ドラゴンを倒したことで現れたのだ。

カギはかかっていない。ネプテューヌはさっそく箱を開けた。

 

「おおー!カセットタイプのゲームソフトだ。ってうわ!?懐かしいのばっかりだよ!」

 

「そうなのか?」

 

中を覗き込んだが、ゲームをしないせいで古いものなのかどうかわからない。

ネプテューヌの目の輝きようからいって、相当珍しいものであることはわかるが。

 

「ほら、これとかこれとか。まさかこんな考古学的レトロなゲームソフトが埋まってるだなんて……もしかして、これが初代女神の遺品なのかな?」

 

否定はできんな。

プルルートといいこいつといい、プラネテューヌの女神は抜けているところがなきにしもあらずなところが……。

 

俺は底にあるひときわ古そうなカセットを手に取った。

他のゲームソフトのようにキャラが描かれているわけでもなく、ただ『入魂』と手書きで書かれていた。

 

「これ……か?」

 

「他はゲームソフトだし、これみたいだね。よかった、見つかって」

 

俺はうなずいた。

思ったよりもあっさりだったが、見つかるに越したことはない。

問題は本当にこれでイストワールが治るかどうかだが……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14 VSしつこいやつ

パープルシスターがビームソードで斬る。

オレンジハートが叫んでメガホンから音波を飛ばす。

ネプテューヌが剣と銃のコンビネーションで翻弄する。

私が爆発弾と衝撃弾を織り交ぜて、隙をついてメタルアームで叩く。

 

圧倒的な力を持っていても、四対一という物量差には敵わないようだ。

マジェコンヌはぐるぐると巨体を回すだけで、これといった反撃ができていない。そのくせ傷は増えていく。

 

あちらから見れば、こっちの四人は全員遠中近距離の攻撃を行うことができるのだ。

事前に防御しようとしても、必ず備えていないところから攻撃をくらってしまう。

 

ようやくマジェコンヌはそのことに気付き、私をキッと睨んで、脚の間にある口から黒い魔弾を飛ばしてきた。

すでに足に装備していたメタルブーツに力を入れると、かかと部分から小さくジェットが噴射された。

それは身体を押し出し、一瞬のうちに十メートル移動する。

 

「わっとと……」

 

少しバランスを崩したが、容易に攻撃を避けられた。

こういうのは本来実戦で試すのは危険だが、実践は実験に勝るというのがここ最近で学んだことだ。

たとえ相手が犯罪神だったとしても。

 

新たなギミックを前にして驚くマジェコンヌの不意を突いて、私は飛び上がる。

 

「うずめ!」

 

「わかってるよ!」

 

オレンジハートと私で、マジェコンヌの両肩を思い切り殴る。

巨体に構わず振りぬくと、マジェコンヌはぐらりと揺れた。

 

「ネプギア!」

 

「え、は、はい!」

 

お次はネプテューヌとパープルシスターが同時に前足が上がった状態のマジェコンヌの身体目がけ体当たりした。

よろめいたマジェコンヌはついに倒れ、ずずんという大きな音を立てて仰向けになった。

 

すかさず、私たち四人は空へジャンプし、各々の武器を構える。

私は右腕のスイッチを押し、落下の勢いを借りて全力で叩きつける。

オレンジハートも同様に拳を、パープルシスターは銃剣を、ネプテューヌはパーカーワンピから伸びるすらりとした脚を。

踏みつけるような同時攻撃が成功すると、マジェコンヌの身体を通して衝撃が地面に伝わり、ひびが入る。

 

「う、ぐぐ……」

 

うめいてはいるものの、立ち上がる気配はない。

姿は犯罪神のままだが、どうやら体力はゼロ。

 

「だいしょうりー!」

 

戦闘後とは思えないあっけらかんとした笑顔でネプテューヌがVサインをする。

私は銃を構えたまま、警戒を解かない。

義腕の充電も足パーツも急ごしらえだったため、もうすぐでパワーがなくなりそうだ。

気を抜いていて、反撃を喰らって死んでしまいましたなんて冗談にもならない。

 

「馬鹿な!この私がこんな小娘ごときに負けるなど……」

 

「それが実際に負けちゃってるんだなー、これが!」

 

煽るネプテューヌもいることだし、怒りで急に起き上がってくる可能性もある。

ま、冷静さを失わせるために私もさんざん煽ったけど。

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

ぐうの音も出ずに転んだままなのを見ると、どうやら本当に力尽きているみたいだ。

私はいつでも攻撃を避けれるように身構えながら、銃をしまった。

 

「あれ?もしかして二人って女神様だったの?」

 

伏している敵をよそに、ネプテューヌがいまさらなことを聞いてきた。

うずめもネプギアも変身を解いて一息つく。

 

「まあな。名乗り遅れたが、俺の名はうずめ。この国の女神だ。さっきは助かったよ」

 

「おーっ!うずめって普段はカッコいいんだね!」

 

やたらと嬉しそうに笑うネプテューヌに、うずめもまんざらでなさそう。というかにやにやしている。

 

「ネプギアは女神化を解くと、名前じゃなくて見た目も私とそっくりさんになるんだね。私に妹がいたらきっとネプギアみたいな子なんだろうなぁ。いいなあ、妹ほしいなあ」

 

「え、えと……」

 

ということは、このネプテューヌには妹がいないということね。

あぁ、超次元(あっち)のネプテューヌと一緒のパーティになったらどっちをどう呼べばいいのかしら……。

 

「ところで、このグロテスクなのどうするの?マザコングって言ったっけ?」

 

「どうしましょう?倒した後のこと考えてなかったかも……」

 

「ここで戦うなんて思ったもなかったものね。ま、とりあえず市中引き回しのち拷問のあと解剖かしらね。技術向上とこれからの対策も兼ねて」

 

「げっ、イヴ、お前むごいな……」

 

私たちの会話を聞いて、マジェコンヌが明らかに焦り始めた。

 

「わ、私にはこれ以上貴様らと戦う意志はないんだぞ!それでも女神か!?女神なら女神らしく捕虜の扱いは法律に則ってだな!」

 

動かない身体をよじらせて、被害者アピールをしてみせるが、

 

「私は女神じゃないし」

 

「この国の女神は俺だ。だから俺が法律なんだよ!」

 

私とうずめは腕を組んでNOを押し付ける。

 

「暴力はいけない!」

 

「飛行機は戦闘機、科学は爆弾、インターネットはエロサイト。物事が前進するには、ある程度の悪が必要なのよ」

 

最後は違うくないか?という海男の小さなツッコミを無視して、工具を取り出そうとすると、

 

「待って待って!暴力はダメだってば―!」

 

ネプテューヌが止めに入った。

 

「あら、意外ね。ノリノリでやってくると思ったのに」

 

「私をなんだと思ってるのさ!このグロいのは、私が標本にするって決めてるんだから、ダメなの!」

 

ネプテューヌが力んで言った。

そのとき私たちの頭に浮かんだ言葉は、

は?

である。疑問符一色。

 

「だって見てよ、この紫色の羽根。いかにも毒を持っている珍しい蝶って感じだし、絶対レアな生物だって!だから生きたまま標本にして、私のコレクションにするんだー」

 

「う~~~~~~ん、うん、うん、ちょっと待ってちょっと待ってどこからツッコめばいいのかしら」

 

「……ある意味、一番たちが悪いな」

 

呆れたように海男がため息をつく。

確かに登場の際に、昆虫ハンターだとか言っていた気がするが、これを見て虫って思うかしら?

わりと無茶があるような……

 

「そんなわけで、きゅーしゅー!えーい!」

 

ネプテューヌがごくごく普通の紫色のB5サイズのノートを開くと、青白い渦巻きが立ち上がった。

だがそれに襲われたのはマジェコンヌだけだ。

渦巻きに囲まれたマジェコンヌはそのまま小さくなっていき、本へと吸い込まれていく。

ついには本より小さくなったところで、テープで張り付けた。

 

「どういうあれよ」

 

目の前の光景に思わず語彙力がなくなってしまう。

 

「へえ……すごいな、この本。あんなにデカかったやつがこんなに小さくなって張り付けられてやがるぜ」

 

「おい、これはなんだ!この私を誰だと思っている!今すぐ解放しろ!」

 

私たちはそのノートをまじまじと観察した。

小さくなったせいか、高い声でわめくマジェコンヌもこうなってしまえば恐くはない。

 

「けど、こんなに厚さがあるんじゃ、本が閉じないんじゃないかな?」

 

「それならだいじょーぶ。えいっ」

 

いまのマジェコンヌはステーキ肉ほどの厚さがあるにも関わらず、ネプテューヌは本を閉じた。

すると、みるみる厚さが無くなっていき、最終的には開ける前のような、見た目には何の変哲もないノートになってしまった。

いまはシールみたいになってるのかしら。

 

「わっ、潰しちゃった」

 

「大丈夫大丈夫。よくわからないんだけど、こうして閉じちゃえばさっきのまま保存できる便利な本なんだ」

 

「不思議だが、これならば持ち運びも便利だし、あとでゆっくり彼女から話を聞きだすこともできるだろう」

 

これでマジェコンヌ関連に関しては心配がなくなったと言ってもいい。

海男もようやく安心してほほ笑む。

 

「俺としては、ぼこり足りねえけどな」

 

「ま、それはあとのお楽しみでいいんじゃない?」

 

「そうだな。でっかいねぷっちも一緒に来るか?」

 

「いいの?」

 

うずめの提案に、ネプテューヌが首を傾げた。

 

「助けてくれたんですし、当然です。何かお礼もしたいですし」

 

「わーい、やったー!いやー、一緒にいた男の人とはぐれちゃって寂しかったんだよねー。それに食料も尽きそうだったし」

 

ネプテューヌはばんざいしたあと、お腹に手を当てるアクションをした。

お腹すいててあの戦力とは、いやはや恐れ入る。

 

「なら、礼に腹いっぱい食わせてやるよ」

 

「本当!?ありがとう!!」

 

男の人?

ということは、この次元にもう一人誰かいるってことかしら。

味方か敵か。

ネプテューヌを見る限り、敵ではないと思う。

 

そう思いたい。

 

 

 

 

 

 

目当てであるアイテム、サンシローの入魂パッチを見つけ、急いで帰ってきた俺たちは教会の一室、ネプテューヌたちの集う部屋の扉を開けた。

 

「ただいま、あいちゃん、こんぱ。いーすんの様子はどう?」

 

「おかえりです、ねぷねぷ、ユウさん。いーすんさんは相変わらず、気を失っているです」

 

俺はベッドに寝かされているイストワールを見た。

うなっている様子もなく、すぅすぅと寝息を立てていた。

起き上がる気配はないが、出ていく前より容態は安定しているようだ。

『気合で復活する』ということから、このまま寝かせておいても回復はするだろうが、こちらは一刻を争う。

ネプギアのことが心配だ。

零次元に現れたというマジェコンヌが、もし犯罪神と同等の力を持っていたとしたら、シェアが充分に得られない向こうでは危険すぎる

しかもネプテューヌがこちらに来る直前、他の二人は傷を負っていたそうだし。

 

「ネプ子のほうはどうなの?例のアイテムは見つかったの?」

 

「じゃじゃーん!ちゃんと見つけてきたもんねー!」

 

ネプテューヌはアイエフたちに向かってカセットを掲げた。

 

「わぁ!すごいです、ねぷねぷ!やればできる子です!」

 

「とはいえ、ずいぶん他の女神に助けられたけどな」

 

「なら、あとでちゃんと他の女神様たちにお礼は言うのよ?」

 

俺は頷いた。

転換期という大変な時期で手が回らないはずなのに、手伝ってくれたことはありがたい。

ノワール、ユニ、ベール、ブラン……

 

「あぁ、しまった。ブランのこと思い出しちまった」

 

「ブラン様、あなたが去ったあとかなりご機嫌悪いみたいだったわよ」

 

「身に染みてるよ」

 

怒号がまだ耳に残っている。

イストワール、ネプギアときて、次は俺が助けてもらおうか。

 

「けど、こんなカセットタイプのアイテム、どうやっていーすんに差し込むの?」

 

ネプテューヌの疑問はもっともだ。

こんなカセットを差し込むような場所は無いように思える。

アイエフも首を横に振った。

取扱説明書を一通り見ても、そんな記述はない。

アイテムがあっても、これじゃ意味がない。

 

「そうだ!だったら、このカセットをいーすん口にセットするのはどうかな?」

 

「はぁ!?」

 

アイエフと俺が口をそろえた。

どうかな?と言われても、なに言ってんだこいつとしか思わない。

 

「無茶すぎじゃないか。いくらなんでも口に差すなんて……」

 

「大丈夫大丈夫!いーすんならこのくらい平気平気。よいしょっと」

 

俺が止めようとする前に、ネプテューヌがイストワールの口にカセットを押し込んだ。

あられもない姿になったイストワールを尊重して、これ以上見ないように目をそらした。

 

「この顔、絶対誰にも見せられないわね……」

 

アイエフが眉間にしわを寄せて、イストワールをしげしげと見る。

やがてアイエフの眉が動いた。

 

「自動プログラム起動。アップデートパッチを確認。インストールを開始します」

 

聞こえたのは、機械的ではあるが確かにイストワールの声だ。

どうやらアイテムもインストール方法もあっていたようだ。

差し込み口くらい用意してくれたっていいのに……

 

「案外、昔の女神さんもねぷねぷみたいな性格だったのかもしれませんね」

 

俺はコンパに同意した。

ネプテューヌといい、プルルートといい、プラネテューヌの女神というのはどこかネジが外れているのかもしれない。

もしかしたら、小言を言うイストワールの醜態を見るためにこんな方法を残したのかもと邪推してしまうほどに。

 

「ところで、インストールってどのくらいかかるのかな?」

 

「さあな、気合で復活っていうくらいだから、いまにも起きてガミガミ言ってくるかもしれんぞ」

 

「うっ……それは嫌だけど、いーすんが元気になるならそれでいいや」

 

ネプテューヌは安心したように笑ってイストワールを見た。

果たして、どれくらい時間がかかるのか。

俺はもう一度、携帯端末を取り出して連絡を取ろうとした。

しかし、やはり返事は返ってこない。

 

あいつのことだ。お得意の主人公力とやらできっと無事でいるはずだが……

ちらりと隣のネプテューヌを見る。

似ているが、やはり成長するといろいろと違って見える。

 

あのネプテューヌはいまごろ何をしているだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15 失う痛みと怒り

 

「ここが俺たちの本拠点だ」

 

洞窟を抜けて辿りついたのは森と山に囲まれた川のほとり。

近くにシェアクリスタルが残っていることも確認されていて、回復にも迎撃にも向いている自然豊かな場所だ

そのぶん食材も豊富で、仮拠点よりも豪華なご飯が食べられることは間違いないだろう。

 

「おーい!」

 

うずめが号令をかけると、どこからともなく緑色のスライムが出てきた。

30は軽く超えている数が私たちの足元によってきた。

 

「あれ?うずめさんお帰り?」

 

「お帰りっす、うずめさん、イヴさん。海男さんも」

 

口々に挨拶をかけてくるモンスターたちに、私たちは一人ずつに返していく。

頭を撫でてやるとスライムがだらしない顔をした。公園にいたぬらりんたちとは微妙に違う種類のモンスターだが、こういうところは変わらない。

 

「わわっ!?なんだかたくさんモンスターが出てきましたよ!?」

 

「そりゃそうでしょ。ここは私たちの拠点、この子たちの拠点でもあるの。ひよこ虫たちみたいに、私たちに協力してくれる味方の本部ってとこかしらね」

 

ここにいるのは、敵対するモンスターあるいはダークメガミに住処を追われた罪のないモンスターだけだ。

うずめが助けるたびに、この拠点へ連れてきたのだ。その数は百を優に超えている。

私が助けられる前からそれはしていたようで、初めてここに来た時にはすでに五十を超えていた。

ここにいないものは偵察か、あるいはクリスタルを採取しに行っているのだろう。

何も言わなくてもせっせと手助けしてくれるのには頭が上がらない。

それはきっと、うずめの人望がさせるのだ。

 

「ねぇねぇ、これドラム缶風呂だよね?私、本物見たの初めてかも!これに入ってみたーい!」

 

スライムにも私たちの会話も気に留めずに、積み上げられた薪の上に立っているドラム缶に目をつけた。

確かにそれはお風呂として使用しているけれど、まずそれを見つけるかしら……

自由ね……

 

「大きくても、ねぷっちは相変わらずのようだね」

 

あはは、と笑う海男に私も呆れ顔で返し、早速話を切り出した。

 

「お風呂は後にして、あなたのことを教えてくれないかしら?」

 

「うん、いいよー。その代わり、この世界のこととか、あなたたちのこと教えてくれないかな?一緒にいた男の人もこの次元については何も知らなかったみたいでさー」

 

私たちは木で作った手製の椅子に座った。

同じく木製のテーブルにはお茶の入ったカップが並んでいる。

スライムたちが用意してくれたのだ。

おかげでひとごこちつきながら、私たちは説明できた。

話をしている間、ネプテューヌは驚くことはせずに、ふんふんと興味深げに耳を傾けていた。

 

「おーっ、私以外にも私がいたんだー。話には聞いてたけど、会ってみたいなー」

 

全てを話し終わったところで、ネプテューヌはようやく感想を述べた。

やはり驚いた様子はない。

 

「えと、じゃあ、あなたは私のお姉ちゃんとは別のお姉ちゃんってことでいいんですよね?」

 

「うん、そうだよ。話を聞いた感じ、ネプギアのいた世界と私のいた世界は違うみたいだしね」

 

「じゃあ、その世界じゃお姉ちゃんじゃない女神が国を束ねてるんだね」

 

「そうそう。えと、プルなんとかって言う女神様なんだ」

 

自分の国の女神の名前くらい覚えてないのかしら、と思ったがどうやら自分のいた世界より、次元の旅をしている時間のほうが長いらしい。

どうりで別の世界に対して大した抵抗がないわけだ。

いまこうやっているように、異なる世界の在り方をその目で何度も見てきたのだろう。

 

「あら?次元を旅してるって……」

 

「うん、それがどうしたの?」

 

私の思ったことを、ネプギアも同じく思ったようだ。

ネプギアは身を乗り出してネプテューヌを見つめた。

 

「それって、もしかして好きな次元に自由に行き来できたりします?」

 

「できるよ」

 

あっさりとした回答に、思わず腰を抜かしそうになった。

こんなに簡単に言ってくれるとは……

 

「よかったじゃないか、ぎあっち!まさかこんなにはやく元の世界に帰れる方法が見つかるなんてラッキーだったな!」

 

ネプギアはぶんぶんと頷いた。

 

「お願いがあるんですけど、私をもとの世界に連れて行ってくれませんか?せっかく見つけた方法がマジェコンヌのせいで台無しに……」

 

「いいよー!」

 

言い終わる前に、ネプテューヌがVサインをして了承した。

 

「と言っても次元を移動できるのは私じゃなくてクロちゃんのほうなんだけどね」

 

「クロちゃん?」

 

「この世界に来るなり、巨人みたいなのを見かけたと思ったら、面白そうとか言って飛んで行っちゃったんだ」

 

「さっき言ってた、男の人?」

 

「んーん、こんくらい小っちゃくて、悪い顔してる妖精みたいなの」

 

空中にシルエットをなぞる。手乗りサイズより少し大きいくらい。

妖精みたいなの、というくらいにはイストワールみたいな存在だろうか。悪い顔というのが気になるが。

 

「なら、次の目的は決まりだね」

 

「ええ、大きな脅威は取り除けたし、モンスターの協力を得られればなんとかなるでしょうし」

 

ダークメガミもマジェコンヌも排除できたいま、脅威はそこらへんにいる敵モンスターだ。それだってうずめやネプギア、私でさえ倒せる。

各地に散らばる味方と連絡を取れれば、いかに小さいサイズの存在でも見つからないということはあるまい。

 

 

「よーし、それじゃ話も終わったことだし、ごはんたべよ、ごはん!」

 

当面の目標ができたところで安心したのがきっかけで、私もお腹がすいてきた。

考えてみれば、ネプテューヌの次元転送、マジェコンヌとの戦闘&封印、大きなネプテューヌの登場と盛りだくさんだった。

新しく開発した脚パーツの実地試験も結果は上々。

やっとこちら側が優勢になったといっても過言ではない。

 

これで少しは平和に近づいたかしら。

私とうずめが思い描いた理想の世界に。

 

そんなことを考えながら、私たちはスライムとネプギアが作った料理に舌鼓を打って話をつづけた。

ネプギアがネプテューヌのことをお姉ちゃんと呼びたがり、それをネプテューヌが了承する。

どうやらこのネプテューヌにとっては、その響きがお気に入りらしく、何度も何度もネプギアに呼ばせた。

ネプテューヌ(小)がいなくなって寂しかったのだろう、ネプギアもそれに何度も何度も応えた。

その数が二十を超えたあと、私が口を開いた。

 

「そう言えば、男の人ってどんな人なの?」

 

ネプテューヌの話にたびたび出てくるが、詳細な情報を得られていない。

推測できるのはどうやらこの次元の人間ではないということくらい。

 

「ん。滝空ユウっていうんだけど、背中にこういう大きな剣をしょった人でね、これがまたバランスブレイカーってくらい強いんだ」

 

「ユウさん!?」

 

ネプギアがスプーンを皿に落として固まった。

それを見て確信した。ネプギアから聞いた男で、そして私たちも目撃した男だ。

大剣を片手で軽々と操る、嫌な感じの力をもつ男。

滝空ユウ。

そいつもまた、次元の旅人なのだ。

ネプギアたちとともに犯罪神を倒し、超次元を救った男がこの次元にいる。

 

「ユウさんと一緒にいたんですか!?」

 

「知ってるの?一緒にいたっていっても、モンスター見るなり特攻していっちゃってからは連絡もつかないんだけどねー」

 

ほら、とネプテューヌは端末を取り出した。滝空ユウに渡されたものらしく、連絡先も滝空ユウ一人。

何度も発信した履歴があるが、そのすべてが不在着信だった。

 

「どこかで危険な目に遭ってるとか」

 

「ユウさんに限ってそれはないと思いますけど……」

 

私の推測を、ネプギアは即答で否定した。

 

「ずいぶん買ってるのね」

 

「え、そ、そうですね。その、ユウさんですから……」

 

ははぁん。なるほど、そういうことね。

何かを隠すように、スプーンを拾い上げ、料理を口に次々と運ぶネプギアを見て、私はにやけた。

機械と姉ばかりと思っていたけれど、一番可愛らしい部分もちゃんと持っているじゃない。

 

「ねえ、この串に刺さってる紫色の萎びたのってなに?」

 

「ナスだ。なんだ、でっかいねぷっちはナスを食べたことがないのか?」

 

「そんなに珍しい食材でもないのに」

 

ネプテューヌは食卓に並んだナスを見て、不思議そうにつんつんとつつく。

他にもいろいろ指しては聞いてきたから、およそ普通の料理というものを食べたことがないのかもしれない。

どうやって生きてきたのかしら。

 

「ふ~ん、いっただっきまーす」

 

ネプテューヌが嬉々として口に運んだその瞬間、顔を青くして震えだした。

うぐっ、とうなったところで、私はその口を抑えた。

じたばたと暴れたあと、ようやく飲み込んで立ち上がったと思ったら、涙目になってこちらをにらんだ。

いや、食べてるときに戻すところなんて見たくないでしょ?

 

「な、なにこの食べ物!?まずいってレベルじゃないよー!?むしろ生命の危機を感じる味と食感!?」

 

「やっぱりダメだったのね。小さいネプテューヌもダメだったから、まさかとは思ったけど」

 

「それなのに食べさせたの!?人でなし!!」

 

「いやほら、大人になったら食べられるものって増えるじゃない。だからものは試しで」

 

「せめてちょっとは忠告してよ!」

 

味覚に関しても小さいネプテューヌと同じ、ということね。

性格的なことから見ても、同じように扱っても大丈夫そう。

 

 

食べ終わると、スライムたちは戦闘続きで気疲れしていた私たちを気遣って、皿洗いまで申し出てくれた。

私たちはそれに甘えて、休む前に

忘れないうちにやることをやってしまわないと。

 

「というわけで……」

 

「第一回マザコング拷問大会!いっえーい!」

 

ネプテューヌが机の上にノートを広げた。

予想した通り、マジェコンヌがシールのように張り付けられている。

動こうとしているようだが、テープで張られているだけで身をよじることもできないみたいだ。

 

ネプテューヌが普通のノートとしても使っているこの『ねぷのーと』の一番の特徴は吸収である。

対象の生物をノートに封じ込めることができるのだ。ネプテューヌは昆虫採集に利用しているようで、他のページには虹色の羽根を持った蝶など、彼女のセンスに触れるものが張り付けられている。

明らかに昆虫ではないものも含まれているのは気になるが……

さらにノートのもう一つの能力として、吸収した生物の特殊能力の一部まで使用できるそうだ。

ネプテューヌが次元を越えて旅ができるのも、クロちゃんとやらの能力を使っているかららしい。

 

「拷問ではなく尋問だよ、ねぷっち」

 

「そうとも言う!」

 

「言葉の意味、全然違うような……」

 

私はノートを覗き込んだ。

シールのように、とはいえ、触ればちゃんと感触がある。

 

「解剖大会じゃないの?」

 

「そういうグロいのはちょっと……うずめ、やだなーって」

 

私の発言に、うずめは思わず乙女モードに。

半分冗談よ、と私は続けた。

犯罪神であれ何であれ、この生物の詳細を知りたいことは確かだったが。

 

「さあ、この際洗いざらい全部答えてもらうぜ。テメェの正体と目的は何だ?」

 

「せっかくだ。教えてやろう。我が名はマジェコンヌ!この世界に終焉を、そして、女神に死をもたらす者だ!」

 

「いまいち要領を得ないわね。私が訊きたいのはそういうしょうもないキャッチコピーじゃないの」

 

私はイライラしながら早口で言った。

この世界を破壊しようとしているのは知っている。

そうじゃない。

私が知りたいことは、マジェコンヌの目的なんかじゃない。

 

「あなたは犯罪神なの?」

 

「ふん、それを聞いてどうする。私が犯罪神なら……」

 

「問答をする気はないわ!!」

 

私は銃を引き抜き、マジェコンヌに向ける。

おびえた様子はなく、逆にあざ笑うかのように顔を歪ませた。

それが私の怒りの火に油を注いだ。

引き金に指をかける。

 

「どこの誰か、はっきりと答えなさい」

 

「ダメダメ!ねぷのーとに乱暴しちゃ!」

 

銃口の先のノートをかばうように、ネプテューヌが手をかぶせる。

 

血が熱くなるのを感じた。

ネプテューヌの手を貫き、血に染め、マジェコンヌを脅して情報を得る。怒りがそういった未来まで見せてくる。

 

たとえまともな情報がなくとも……

 

「イヴ」

 

「イヴさん……」

 

うずめとネプギアが声だけをかけてくる。

その声でようやくだんだんと自分の状況を理解する。

感情の炎は燃え盛り、まだ私の指を引こうとする。

 

どこを爆発させていいかわからず、歯ぎしりしてうずめを睨む。

うずめはゆっくりと首を横に振った。

 

私は銃口の先を再び見た。

ネプテューヌの手。仲間の手だ。

しばらくためらったあと、私は深呼吸をした。

手を震えさせながらも、銃を下ろす。

 

「……ごめんなさい。頭を冷やしてくるわ」

 

額に手を当てて、目を瞑った。

このままだとするべきでないことをすることになってしまう。

マジェコンヌ、いや犯罪神という存在は思った以上に私を狂わせるみたいだ。

 

何も聞かず、私はその場を後にした。

うずめたちや、様子を遠巻きに見ていたスライムたちも心配そうに私を見るが、それを振り切ってテントの中に入った。

 

このテントにはすでに四つの布団が敷かれていた。

私は一番奥の布団に座り、膝を抱えた。

 

手どころか全身が震えている。

私の頭の中は、いまだ奇妙な怒りと興奮でいっぱいになっていた。

残りの一部分が、自分自身におびえていた。

 

さっきは不意に、マジェコンヌを打ちのめす情景が浮かんだ。

銃を何度も撃ち、その身体を穴だらけ、傷だらけにして、肉をえぐり、血を噴きださせ……そして私はそれを嬉々として眺めている。

 

マジェコンヌをどうにでもできるという事実が、私をこうさせたのか?

本当に私は、ネプテューヌの手を破壊してまで、マジェコンヌを殺そうとしたのか?

それじゃまるで……

 

「イヴ」

 

突然かけられた声にすくみあがった。

入り口を見なくてもわかる。うずめだ。

彼女は私の様子を察して、ゆっくりと後ろに座った。

 

「…………」

 

何も言わずに、うずめは私を抱きしめた。

 

大切な人を失った痛みを、うずめも知っている。

いままでの戦いで犠牲になった仲間たちは

残された皆もそのたびに傷を負った。

日に日に広く深くなっていく傷は確実に私たち追いつめる。だからこそこれ以上傷を広めまいと私たちは戦ってきたはずだ。

 

だけど、私が、私だけがいまだに古い傷をひきずっている。その痛みをまだ感じている。

 

先ほどのたったの数分間だけで、私は自分がどんな人間だったか思い出せなくなっていた。

冷静に対処できると思っていた。だけど実際は?

 

イヴォンヌ・ユリアンティラという人間は、人間らしく怒りに囚われた。

仲間を傷つけ、マジェコンヌをぐしゃぐしゃに壊そうとした。

やってしまえばきっと、なんの後悔もなく、ただ破壊の結果だけが残ったのだろう。

爪痕を見ないふりして、ただそれが当然だというように、それが運命だというように。

 

まるで犯罪神のように。

 

「ねえ、うずめ……」

 

私が口を開いた瞬間、地鳴りが響いた。

私もうずめもはっとして飛び上がった。

 

「いまのは……」

 

「行きましょう!」

 

この嫌な気持ちが消えるならなんでもいい。

私はすぐに立ち上がってテントから出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16 理想のために

テントから出た私たちを待っていたのは、ネプギア、ネプテューヌ、そして……

 

「ハーッハッハッハッハ!やっとだ……やっと、私は自由を手に入れたのだぁー!!」

 

マジェコンヌだ。

魔女姿のマジェコンヌが高らかに笑い、私たちと対峙している。

 

「マジェコンヌ……あなたどうやって……」

 

「うそっ!?あのオバサンがマザコングなの!?」

 

ネプテューヌは目を丸くしてマジェコンヌを指さした。

 

「そういえばでっかいねぷっちは、こちらの姿をまだ見たことがなかったんだね」

 

「どうして……お姉ちゃんの標本の中に閉じ込められていたはずなのに」

 

ネプギアの言う通りだ。マジェコンヌはあのノートに封印されたままのはずだった。

敵が内部にいて、マジェコンヌの手助けをした?いいや、それは考えられない。

ネプテューヌはノートを肌身離さず持っていたし、その様子は私たちもずっと見ていた。

 

「私が本気を出せば、あの程度の封印を破ることなど他愛もない。もっとも、空腹で力が出ない私に食べ物を与えたのは貴様らだがな」

 

私はちらりと仲間を見る。

うずめとネプテューヌ、さらには海男まで目をそらしていた。

 

聞けば、天からの声とやらがうずめたちに話しかけ、巧みに各々の嫌いな食材をマジェコンヌに与えるように仕向けたと。

うずめはしいたけ、ネプテューヌはナス、海男は川魚。

どおりで、あれだけあった大量の料理が平らげられていたわけだ。

他の目を盗んで、マジェコンヌに食べ物を与え、力を吸収されて空腹だったマジェコンヌを復活させてしまったと。

 

私とネプギアはため息をついた。

 

「けど、こうなってしまっては仕方ありません。もう一度、あなたを倒してみせます!」

 

「ええ、覚悟しなさい。今度は吸収なんて生ぬるい真似はしないわよ」

 

私たちは武器を構える。

マジェコンヌは復活したばかりだ。そしてこっちの準備は万全。

状況は確実にこっちに有利。

 

「ふん、多勢に無勢のこの状況。誰が貴様らと正面から戦うものか!」

 

マジェコンヌは身を翻し、飛び立った。

ここで逃がしてしまえば、どれだけの被害が増えるかわからない。

倒すにしろ、また拘束するにしろ、ここで逃す手はない。

 

「追うぞ!」

 

うずめの号令に異を唱える者はいなかった。

 

 

 

マジェコンヌを追って競技場までたどり着いた私たちは目を見張った。

 

外面は風化が目立つが、内部は傷がほとんどついていない。

これほどまでに綺麗な状態で残されている場所は珍しいどころか、唯一かもしれない。

新しい拠点としての可能性や、あるいは失われた歴史を模索するための手がかりになる。

もちろん、こんな状況でなければの話だが。

 

控え室、練習室を無視して、廊下を抜けてその奥。

天井が開いた、万を越える客を収容できそうなアリーナにはライトが浴びせられている。

壁には大きなモニターがかけられており、仁王立ちするマジェコンヌが映されていた。

 

「決着をつけるわよ」

 

「ああ、ここで終わらせる」

 

私とうずめが先頭に立って構える。

アリーナを選んだのは偶然か、狙ってか、自己顕示のためか。なんにしてもこんな逃げ場のないところに連れてきたからには奥の手があるはずだ。

 

「おいおい、血気盛んなやつらを相手にしてんなあ。俺にも喋らせろよ」

 

なだめるようなゆったりとした声と同時に、イストワールに似た小さい女の子がぬっと現れた。

褐色の肌に、この状況を楽しんでいるかのようなにやけた目つきはイストワールとは逆のものだったが。

紫の魔法陣の上に乗る手乗りほどの少女は、マジェコンヌの横にふよふよと浮かんでいる。

 

「ネプテューヌじゃないか。久しぶりだな、楽しんでるか?」

 

「楽しんでるも何もないよ!私、置いてかれてすごく寂しくて苦労したんだからね!」

 

「はあ?あのユウってやつはどうしたんだよ」

 

「ユウも私のこと置いてったよ!」

 

「お前……人望ないんだな」

 

私は銃口をマジェコンヌに向けながら、褐色の少女を見た。

ネプテューヌの知り合いらしいそれは、大した力を持っていないように思える。

 

「ねぷっち、こいつがお前のクロちゃんってやつか?」

 

「その通り、俺様がクロワールだ」

 

予想通り、『クロちゃん』ことクロワールだった。

話が本当なら次元を越える能力を持っているはずだ。それはそのままネプギアの帰還に利用できる。

こちらが探すまでもなく見つかるとはラッキーだが、このタイミングで出てきたことが気になった。

 

「黒いからクロワールっていうんだよ」

 

「ちげーよ!クロニクルのクロだよ!オメェは何回言えばわかんだよ」

 

むっとした表情でクロワールが訂正した。

 

クロニクル。

年代記、編年史と訳される。

話によれば、クロワールは次元を渡ってはその歴史を記録するという役割を持っているらしい。

厄介なのは『面白おかしく』という文言がつけられること。

つまり、歴史に干渉することを意にも介さずに能力を振るっているようだ。

 

「そんな奴がなんで紫ババアと一緒にいるんだよ」

 

「そりゃあ、こいつと一緒にいた方が、歴史が面白くなりそうだからに決まってるだろ。だって、世界を滅ぼす一歩手前なんだぜ?世界の滅亡なんてめったに見ることなんてできねえよ。ぜぇんぶぶっ壊れていくさまはそりゃあ病みつきになるぜ」

 

「思ったよりもいい趣味してるみたいね、あなたは」

 

犯罪神か、悪の力によって壊された世界は最低でも一つはあるのだろう。

クロワールはそれを見て、あるいは干渉して悦に入っていたのだ。

そして今の標的はこの零次元。

 

「与太話はそこまでだ、クロワール。そろそろ、そいつらを始末させてもらう。あの力を私に貸せ。貴様の持つ、異世界の女神の力をな!」

 

「あー?まあ、面白そうだから、この力貸してやるよ」

 

痺れを切らしたマジェコンヌがクロワールに指示すると、魔法陣から盛る炎が出現した。

ぎりぎりのところで安定しているような赤黒い炎がじわじわとマジェコンヌに近づき、触れたかと思うと呑み込もうとするように手を伸ばした。

 

「それってまさかタリの女神の!?」

 

「ネプギア、あれは……」

 

「以前、私やお姉ちゃんが神次元という世界で戦った最古の女神の力です」

 

「まさか、そいつをマジェコンヌに使うってのか!?」

 

「そのとおり!さあ、どうなるかは見てのお楽しみだぜ!」

 

私たちの戦慄とは逆の、うきうきとした様子でクロワールが目を輝かせる。

マジェコンヌはさしたる抵抗もなく炎を身体に取り込んでいく。

ついにそのすべてがマジェコンヌの中へ消えたとき、彼女の影がより大きく、暗くなったような気がした。

 

「ハーッハッハッハッハ!力が……力が満ち溢れてくるぞ!」

 

マジェコンヌが手を挙げると、私の背筋が凍りついた。

 

「避けて!」

 

どこから来るのかわからなかったが、確実に攻撃が来る予感があった。

その本能に従って、私は叫んだ。

空から何かが落ちてくる。

私たちは飛びのき、近づくにつれ影を大きくするそれを避けた。

それが地面にぶつかりアリーナに傷をつけたとき、形を見ておののいた。

巨大な拳、腕。

そしてそれを落としてきた本人は無表情でこちらを見つめていた。ドームの外、はるか上空から。

 

「……そんな」

 

「おいおい、マジかよ……」

 

口も目も開いたまま、私たちは信じられないという気持ちで空を見上げた。

ダークメガミだ。

倒したはずのダークメガミがそこにいた。

 

ダークメガミを復活させるほど力を増したマジェコンヌがぐぐぐっと拳を握る。

腕を引いたダークメガミも同じように再び拳を固めた。

 

「まずいわ」

 

どちらか一方を相手にするのでも大変なのに、シェアリングフィールドを作ることのできるクリスタルが無いいま、戦おうとするのは危険だ。

本拠点なら大量にクリスタルはあるが、誘い出すには距離は相当あるうえに仲間が巻き添えになってしまう。

 

腰につけていた人差し指ほどの筒を取り出して、マジェコンヌにぶん投げた。

マジェコンヌは弾こうとしたが、その瞬間光が瞬き、目を奪った。

シェアクリスタルを利用した、閃光手榴弾だ。マジェコンヌと相反するその力と光で少しは時間稼ぎができるはずだ。力を増したいま、計算よりも余裕がないのは確かであろうが。

 

「グっ、逃がすもノか!!」

 

ダークメガミが手当たり次第に競技場を壊し始める。

自立で私たちを仕留めにかからないのは、マジェコンヌが操っているゆえの弱点であるが、何もかもを壊そうとするマジェコンヌにとってそれはさして問題にならないのかもしれない。

 

「や、やべぇ!?こいつ、力のオーバーフローで完全に頭のネジが吹っ飛んでやがる!」

 

クロワールにとっても暴れまわるというのは予想外だったのだろう。マジェコンヌの様子を見ても理性が吹っ飛んでいるのは一目瞭然だった。

反するはずの女神の力を取り込んだからか、それとも単純にキャパシティオーバーか。

余裕があればぜひとも調べてみたいところだが、そんなことも言ってられない。

 

「今のうちに逃げるわよ!」

 

だがうずめは足踏んでいた。

ネプギアの帰還方法であるクロワールが目の前にいるのだ。

できればダークメガミもろともマジェコンヌを倒して、クロワールを捕獲したいというのはわかるが……

 

「うずめ!」

 

「……でも」

 

「ああ、もう!ネプテューヌ!」

 

私は右腕のスイッチを押した。

義腕は肩から外れ、おろおろするクロワールへと飛んでいく。小さな身体を強引に掴むと、その勢いのまま戻ってきた。肩にはまった衝撃で少しよろめいたが、なにが起きたかわからないまま目を回すクロワールをそのままネプテューヌへと投げる。

 

今の一連の動きにネプテューヌも首を右往左往させていたが、とっさにねぷのーとを広げて、クロワールを吸収させた。

 

「わっと、ナイス、イヴ!テープで張り付けて、と」

 

「これでいいでしょ。いまは逃げるしかないわ。焦る気持ちもわかるけど、作戦を立てれば勝てないわけじゃない。いままでもそうだったでしょ」

 

いま立ち向かっても勝てる確証があるわけじゃない。

でも大事なのは、仲間の誰も傷つかずにこの世界を平和にすること。

私たちはそれを理想として戦った。それがあと一歩、もう一歩で現実になる。

こんなところで私たちが倒れてしまうのは負けを意味するだけじゃない。仲間の希望が断たれてしまうことも意味している。

うずめは戦いの迷いを断ち切って私を見た。

その目に未練はない。

言葉を聞かなくても、言いたいことはわかっていた。

 

 

 

本拠点に戻ってきた私たちは各々頭を冷やしていた。

研究開発用にこしらえたテントの中で状況を分析しながら、海男と面を合わせた。

 

「私たちは全員ほぼ無傷、ネプテューヌのもとにはクロワールが戻った……マジェコンヌの力が増して、ダークメガミが復活したとはいえ最悪は免れたわ」

 

ネプテューヌはクロワールを尋問中、うずめとネプギアはいまマジェコンヌとダークメガミを偵察中だ。

海男と作戦を練るのが私の役目だ。

マジェコンヌがこの場所を知っている以上、時間はそれほど残されてはいない。

フィールドを作るほどのシェアクリスタルはここにあるが、パワーアップした敵を抑えつけられるかどうか。

 

「でもやっぱり、ダークメガミとマジェコンヌをどうにかするまで帰る気はないみたいよ、ネプギアは」

 

「ぎあっちらしいね」

 

ネプギアだけじゃない。人間であるネプテューヌもここから去る気はない。

何も言わずにいなくなったところで、『逃げ』ではない。

それでも彼女たちの顔にはその選択肢すら浮かんでいないようだった。

命を投げ出して戦うのではなく、勝つ以外の道を見ていないようだった。

 

「イヴ、君は大丈夫か?」

 

「わからないわ。姿を見ればまた銃を向けるかも」

 

クロワールもマジェコンヌも 私がいた世界を壊した者の正体を知っているかもしれない。あるいはその張本人か。

どちらにせよ、あの二人を目の前にして冷静でいられる自信はもうない。

底から手を伸ばしてくる怒りが、無いはずの右腕の痛みが突き動かす。

痛みは怒りを増幅し、怒りは痛みをより意識させる。そんな悪循環が私を衝動の虜にする。

私はまだあの失われた次元に生きているのだ。

冷たいはずの金属の腕が熱く感じる。私はその右手をぎゅっと握った。

 

「作戦を立てるわよ」

 

 

 

 

テーブルにいくつもの設計図を散らしながら、私は脳を二つにわけて考えていた。

これからに必要な作戦と、これからに必要なもの。

偵察から戻ってきたうずめ、ネプギア。そしてネプテューヌとともに、その持ち物であるノートに封じられたクロワールを囲んで睨みながら、私は図を書き足していく。

 

「現状?」

 

「マジェコンヌとダークメガミが融合してゆっくりとですがこっちに向かってきています」

 

私の様子をじっと眺めていたネプギアが口を開く。

マジェコンヌが奇妙な力を手に入れて、頭が狂ってしまった以上なにをするかは不明。

何が起ころうが、理由を求めるのは時間の無駄だ。

結果だけ知られればいい。

 

「ダークメガミが意志を手に入れたってことね」

 

「いまは新しい身体に不慣れみたいで、何度か転んでたぜ」

 

同じく偵察に行っていたうずめが補足。

あの巨体が転ぶことで被害が増すばかりだが、いまは時間が稼げるのだ。目を瞑ろう。

 

「完全に慣れるまでに叩いた方がよさそうね。能力は?」

 

「単純に力を増したって感じだな」

 

答えたのはクロワールだ。

かつてのマジェコンヌと同じようにテープで張り付けられているが、あまり抵抗の意志を見せていない。

まぁ、マジェコンヌの一例があるのだ。ここにいる全員が食べ物を与えて逃がすような真似はしないはず。

それに、ねぷのーとから逃れるにはマジェコンヌのような異常な力を持っていることが前提となる。

危険はないと考えて大丈夫だろう。今のところは。

 

「シェアエネルギーに対する耐性はそのままって考えていいのかしら?」

 

「ああ、ベクトルはそのままに、パワーアップしたって考えていいぜ」

 

「シェアリングフィールドはまだ使えるってことね。ならやることは決まったわ」

 

ペンをバンと机に置いて、設計図を重ねた。

甲冑よりもごつい人型のシルエットがそこにはあった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17 またね

「第一、陽動」

 

パープルシスターはどのビルよりも高く空を飛び、上空へビームを撃った。

甲高い音を発しながらピンク色に光る極太の光線は黒い空へ吸い込まれていき、やがて糸よりも細くなって消えた。

直後にずずんと地鳴りが起きた。

 

『これでいいんですか、イヴさん』

 

「ええ、あっちも気付いたはずよ」

 

左手の通信機から聞こえてきたパープルシスターの声に答え、私は腕を振った。

それに気付いたオレンジハートが私のはるか上空でメガホンを構える。

 

「えーーーい!!」

 

あたりのビルが震えるほどの大声で叫んだオレンジハートはすっきりした顔でまっすぐ降りてきた。

これで別々の場所にいたネプギアとうずめの姿は視認したはずだ。

罠だと疑うだろうが、マジェコンヌには自信があるはずだ。私たちを叩きのめせるという自信が。

 

「これで大丈夫なの?」

 

「そう複雑じゃないわよ、あいつの頭は」

 

その証拠に、一定の間隔で腹に響いてくる地鳴りはこちらに近づいてきている。

 

ダークメガミがモンスターを大勢引き連れているのはすでに知っている。

それをいちいち相手にするのは骨が折れる。というわけで、私はそれを引きはがした。

マジェコンヌは一刻も早くうずめを潰したいはずだ。自分の手で。

そのために目障りなネプギアの相手は大群に任せたはず。

 

「ふう、戻りました」

 

「お疲れさま」

 

そのネプギアもいまは私たちに合流したけど。

敵と鉢合わせるのを防ぐために全力でこちらに来たパープルシスターが変身を解いた。続いてオレンジハートも。

私たちはビルの一室に身を潜め、最終確認をする。

 

「いやー、こういう作戦ってわくわくするよね!昨日あんまり眠れなかったもん!」

 

「遠足じゃないのよ。まったく……」

 

と言いつつ、頬が緩んだ。

こういう時のネプテューヌの言葉はほどよく緊張をほぐしてくれる。

あまり自由にさせすぎると緊張感がなくなってしまうのは玉に瑕だけど。

 

「うずめ、タイミングはあなたに任せるわ」

 

「ああ、わかってる」

 

うずめは本拠点から持ってきたシェアクリスタルを手にしていた。

仲間から得られるシェアと合わせると、シェアリングフィールドをつくるにはじゅうぶんなはずだ。

 

「もうすぐで来るわ。手はず通りに行くわよ」

 

私はここに持ってきたすべての装備が準備できているのを確認して、右腕を握っては開き、頭をリラックスさせた。

最後に頼りになるのは、結局はこの腕と頭だ。

それと新しい武器。私はかたわらに置いていた一抱えほどある銀色の金属の箱を持ち上げた。

 

「あー、ちょっと待ってくれるか」

 

うずめがしばらくは目を閉じて、何かを思い出すかのようにゆっくりと息をのむ。

待っていると、ようやく深呼吸して口を開いた。

 

「最初はさ、到底無理だって思ってたんだ。あんなやつに勝つだなんて。だけどさ、イヴもねぷっちもぎあっちもみんないてくれたからここまでこれたんだよな」

 

ありがとう。そう伝えたいということはその言葉を言われるよりも感じた。

 

「うずめ、覚えてる? 平和になったあとの世界についてのこと」

 

「ああ」

 

「あのときに誓った平和な世界に一緒にいたいって思えたのは、あなたがいるからこそよ。あなたがいて、海男も仲間もいて、みんな笑ってる。そんな世界が、今は私の夢よ。あなたたちの仲間に、友だちになれてよかったわ」

 

「フラグみたいになって……むぐっ」

 

ネプギアが無言でネプテューヌの口をふさいだ。

 

誰かがいなくてもダークメガミは倒せたのかもしれない。

でも、誰かが欠けていたらその先を見据えることなんてしなかった。

仲間と歩んでいく夢。ネプテューヌやネプギアが示した夢。うずめとともにつくる夢。

そんな夢を持たせてくれて。

叶えたいと想う夢を分け合ってくれて。

 

「礼を言うのはこっちのほうってこと」

 

「イヴ……へへっ、そう言われちゃ負けるわけにはいかねえよな。もともと負ける気はねえけど」

 

「さあ行くぜ!」

 

一人の少女のはずの背中がやけに大きく見えた。

それもそのはず、先頭に立ち、仲間を守り戦ううずめの姿はまるで、いやまさに女神そのものだった。

 

 

 

眼前には、破壊をともないながら歩み続けるダークメガミ。

私たちは不意を突くように後ろをとり、見上げる。

その巨体と、にじみ出る悪の力は歩く絶望と名付けるにふさわしい。だが一度は倒した敵だ。手の届かない相手じゃない。

私は抱えていた銀の箱を地面に下ろす。

 

「おいっ、こっちだ!」

 

うずめが自身を奮い立たせるように叫ぶ。

ダークメガミはぐるんと身体を回してこっちを向いた。

 

「変身!んで、シェアリングフィールド展開!!」

 

女神化したオレンジハートが左手の盾を掲げる。

眩いオレンジの光が放たれ、周囲を包み込む。

やがてその光が辺りを覆い、一つの世界を作り出す……はずだった。

 

光は突如霧散した。

シェアリングフィールドが展開されることはなく、代わりに静けさが覆う。

 

「な、なんで……」

 

オレンジハートはあっけにとられた。

 

「クロちゃんどういうこと?途中までは成功してたよね!?」

 

「あの野郎、まさか打ち消しやがったのか」

 

「マジェコンヌと女神の力は相反するもの。それぞれ敵以上の力があれば、こうやって相手を無力化できるってことね」

 

私は確信した。

もしシェアの力が一方的にマジェコンヌやダークメガミを弱めるならここまで追いやられることはなかった。

こちらと敵はお互いがお互いを弱点とする関係なのだ。

 

「ハーッハッハッハッハ!運命ハ既ニ決マッテイル。貴様ラノ抵抗ハ無意味ナノダ!」

 

「それはどうかしら」

 

ダークメガミから響く高笑いを一蹴した。

この状況は予想外じゃない。

シェアリングフィールドの中でこれ以上ない屈辱を味わったはずだ。頭が狂っててもその屈辱が根底にあるからこそこっちに来ている。なのにわざわざ向かってくるということはマジェコンヌは自信以上の確信があるはずなのだ。

フィールドを打ち消せるという確信が。

ならこっちはそれ以上を用意すればいい。

 

「すまない。準備に少々時間がかかってしまった」

 

汗をたらしながら、海男が現れた。

それと同時に周りに小さななにかが浮き始めた。

蛍のように小さく、丸い光だ。

 

「この光……そして、この力……これって……!」

 

「シェアエネルギーだ!けど、なんで!?何でこんなにシェアがあるの!?」

 

ネプギアとオレンジハートが驚く。

いま彼女たちの身体には、いままでとは比べ物にならないほどの力があふれているはずだ。

 

「ここにいるのはオレだけじゃないよ。君を慕う全てのモンスターがここにいるのさ。イヴに言われて、できるだけの仲間を集めてきた」

 

「作戦第二、油断せずに全力で叩く。それが私のやりかたよ。それに、みんなも見たいはずよ、あなたがダークメガミを倒すところ」

 

少し離れてはいるが、できうる限りの仲間を連れてきてもらった。

しかも、それぞれがうずめを慕う気持ちとクリスタルを持っている。

それはそのまま、女神の力になる。

 

「お膳立てはここまで。さ、やるわようずめ。みんなが一緒に戦ってくれるわ」

 

「うん、シェアリングフィールド展開!!」

 

再び、オレンジハートが左手を掲げる。

濃いオレンジの光が急速に広がった。

気付けば、前に戦った時と同じ、宇宙のような空間が私たちを包んだ。

 

「どうやら、こっちの力が上回ったようね」

 

「オノレ!オノレ女神!ダガ、コノ程度デヤブレル私デハナイ!」

 

一転、苦々しく叫んだダークメガミは大木よりも太い腕を振り回した。

作戦が成功して少し緩んでいた気持ちが隙になった。防御が遅れたこちらに向かってくる。

はっとしたときには視界がそれでいっぱいになった。だが直前、それは阻まれた。

突然出現した男が大剣を盾にして、ダークメガミの攻撃を受け止めていた。

見たことがある。

モンスターの大群から逃げるときに、蹴散らしていた男だ。

 

「ぼうっとしてる場合じゃないぞ。早く変身しろ」

 

男はダークメガミの腕を押し返して、大剣をぐるんぐるんと回した。

ダークメガミが相手だというのに、その様子は明らかに余裕だった。

 

「ユ、ユウさん!?」

 

「ユウ!もう、こんな美少女を置き去りにした罪は重いんだからね!」

 

反応したのは、ネプギアとネプテューヌ。

やはり、目の前の男が噂の滝空ユウだ。

犯罪神をネプギアたちとともに倒し、次元を旅し、ネプテューヌと行動していた男。

目の当たりにすれば、なんてことない、どこにでもいるような青年だ。

だがネプギアやネプテューヌの話によれば、その力は異常なほどらしい。

 

「そっすね」

 

「軽っ!?」

 

ピースサインをして現れたのは、ネプテューヌだ。

小さいほう、女神のほう、超次元のほうの。

 

「わたし参上!やっぱりラスボス戦に主人公は必要不可欠だよね!」

 

ネプテューヌの後ろには大きな白い渦が残っていた。

どうやらこれのおかげで次元を越えられたようだ。

 

「おおーっ!もう一人のわたしだ!ちっちゃい!」

 

「うわー!おっきいわたしだ!え、なんで?」

 

小さいネプテューヌと大きいネプテューヌが逢いまみえる。

体格はまったく違うものの、はしゃぐ様子はほとんど一緒だ。

大きいネプテューヌのほうが、声が少しだけ大人っぽいかな。

 

「とりあえず、話はあいつを倒してからでいいか?」

 

ややこしい、と前置きしてユウが言った。

状況は飲み込めているようで、ダークメガミに剣の先を向ける。

私は彼をすぐ信用することはしないが、この場においては背中を任せても大丈夫だろう。

 

「そうね、いつまでも待ってくれるほどあいつは空気読めないし……それじゃ」

 

「変身!」

 

四つの声が重なる。

 

小さいネプテューヌとネプギアは女神に変身。

ユウは黒い光に身を包み、次の瞬間には角の生えた、黒い紋様と火傷跡を身に刻んでいる魔人がひときわ存在感を放って立っていた。

一瞬、ダークメガミよりも巨大に感じるほどの圧倒的な力に思わず背筋が凍ったが、とにかくいまは放っておこう。

 

私の声に反応して、置いた箱が展開を始め、その形が組み変わっていく。

金属でかたどられた装甲が足元から順々に覆い、足、上半身、左腕を包んでいき、最後にはヘルメットが装着される。

防御性に重きをおいたため理想よりはずんぐりした格好だが、プロトタイプとしては充分。

ごつごつとした見た目は美しくはないが、身を守ってくれるはずだ。

 

「わあ……」

 

「機械なら腐るほど相手にしたが、アーマーを着込んで戦うやつは初めてかもな」

 

製作に協力してくれて、このパワーアーマーを何度も目にしたはずのパープルシスターが目を輝かせ、ユウはアーマーをこんこんと叩いた。

 

「触らないで」

 

なんだか嫌な感じがしてユウの手を払う。

そうでなくても自分のものを他人に触られるのは好きじゃない。

 

私は銃を取り出して、ダークメガミに向けて撃った。

顔に命中し、敵は爆煙を払うためにぶんぶんと目の前で手を振った。

ほとんどダメージは入ってないようだが、目くらましにはなった。

 

パープルハートが一番にまっすぐダークメガミに飛んで向かい、通り過ぎざまに太刀で巨体を斬る。

続いてパープルシスターが何発もビームを放つ。

巨体がよろめいた。どうやらこのフィールドは効力を無事に発揮しているらしく、二人が攻撃した個所に傷ができた。

 

次に動いたのはオレンジハートとネプテューヌ。

苦悶の声を上げるダークメガミに、オレンジハートはパンチの連打を叩きこみ、ネプテューヌは目にもとまらぬ速さで両手の剣を繰り出す。

息の合った連続攻撃に防御はいったん諦め、ぐいっと拳を引いた。

 

「あなたは攻撃しないの?」

 

「そのアーマー、今回が初お披露目だろ? 見せ場は譲るよ」

 

ダークメガミが風を切るうなりとともに拳を突き出した。

バカでかい塊のような拳を、飛び回る女神とネプテューヌは避け、攻撃はそのままこちらに向かってくる。

 

ユウはぐるんと身体を回転させながら蹴り、ダークメガミの拳を弾く。

ダークメガミはその衝撃で身体ごと傾き、足場の一つに豪快に衝突しながら倒れた。

 

ユウは追撃するために跳躍した。

同じくダークメガミの身体に降り立ったネプテューヌと並んでその巨躯を素早く斬りつけながら、疾走していく。

 

「今のは充分な見せ場だったと思うけど……」

 

ため息をついて、私も跳んだ。

仰向けに倒れたダークメガミめがけて勢いをつけて、両足を揃えてキックしながら巨体に着地する。

ぐふう、という悲鳴がダークメガミから漏れた。私はどすんどすんと鈍い音を立てて、あちらこちらに弾丸を撃ち込みながら顔へと走っていく。

足か手かそれともすぐ隣か、どこかで起きている爆発に目もくれずにまっすぐ正面を見据える。

 

だが首元まで来た時に足元が揺れた。

顎が見えているのに、背景が目まぐるしく変わっていく。

重力が足元から背中へかかる。ダークメガミが起き上がっているのだ。

 

私はとっさに飛び退き、伸ばした手はオレンジハートが掴んだ。

 

「重いっ」

 

「わっ、と」

 

がくんと落ちそうになったが、もう片方の手をパープルシスターが掴んで、ふらふらしながらもようやく足場に着地することができた。

 

「危なかったですね」

 

「そりゃあ、こんなアーマー着てるんだもの。決して私が重いわけじゃなくてね」

 

ダークメガミは直立して、左腕を掲げた。それは刃と化し、私たちを貫くどころか跡形もなく消そうと振り下ろした。

いまさらそんな攻撃にたじろぐ女神たちではなかった。

パープルシスターが放った極大のビームがダークメガミの腕を貫いて勢いを弱め、ネプテューヌの二つの剣が巨大な手を受け止めた。

完全に失速したその腕を彗星のように飛んできたパープルハートが一閃。パープルハートの太刀に、宙を舞う煌めくシェアの光が反射して一瞬ひらめいたあと、ダークメガミの腕はちぎれて音もたてずに朽ちるように消滅していく。

 

「キサマァ!」

 

がむしゃらに伸びてきたもう一方の腕も私たちに届くことはなかった。

轟音と突風が通り過ぎ、横目で見えたのはびゅんびゅんと飛んでいくダークメガミの腕と弧を描いた大剣を持つユウだった。

 

「グ……グウウウアアアア!!」

 

両腕を失ってやけになったのか、ダークメガミは頭を振ってきた。

原始的な攻撃である「頭突き」を、見たことはないがまるで隕石のようだと感じた。真正面にいた私は逃げもせずにその頭をがしっと掴み、というより受け止める。足場が大きく揺れ、ひびが入る。

足が半分地面にめりこむほどの衝撃を耐え、左腕の装甲がひずむのが見えたが……なんと静止した。

数瞬の無言が続いたが、私は満足した。

このアーマーには、この巨体を止めるほどの力がある。

 

蹴り飛ばして

ダークメガミは倒れはしなかったが、よろめいた。

 

殲撃(せんげき)の……」

 

「デュエルエッジ!」

 

ユウとパープルハートがダークメガミの頭を、各々の武器で思い切り振りぬいた。

巨大な頭が遠ざかり、ダークメガミはよろめく。倒れまいとしてふんばるが、耐えきれなくなりがくんと膝をつく。

おかげでちょうどその顔が私の目の前に降りてきた。

ダークメガミはこちらを睨んだが、戦意は感じられなかった。

もう限界なのだ。

まだ決着はついていないが、私はじっくりとその顔を眺めた。

かつては恐れ、一時期は勝利すら諦めかけた相手が、今はすぐそこで首を垂れるのみだ。

 

「いくわよ、うずめ」

 

「やっぱり最後はうずめたちだよね!」

 

オレンジハートはぽいと投げて拳を鳴らす。

逃がすわけにはいかない。ここで終わらせる。

私たちのこれからのために。

いつか夢見た輝く世界のために。

 

私は右腕のスイッチを押し、さらに胸のスイッチも押す。

 

互いが互いの動きをなぞるように、腕を引く。

オレンジハートの腕にシェアの光が集まり、一回り大きいオレンジの拳を形作る。

私のアーマーの背からはジェットが噴き出し、ぱっと飛び上がりながらダークメガミへと向かっていく。

 

歯を食いしばって、全力で殴りぬける。

こいつに骨があるのかわからないが、砕けるような感触が伝わってきた。

身が震えるほどの轟音が耳につんざいたが、最後の最後まで力を振り絞った。

その身体が一瞬浮かぶほどの衝撃がダークメガミを襲い、抵抗もないまま倒れ伏した。

今度は立ち上がることはなかった。

何十メートルもある身体が頭からつま先までさらさらと崩れ去っていく。

ついに跡形もなくなったあと、しばらく私たちは何もない空間を見渡した。

 

勝つ自信はあった。

実力と作戦、そして土壇場で現れた仲間たち。

だが、実際に勝利を手にすると、その実感が湧くまでに時間がかかった。

ふと隣のオレンジハートを見ると、彼女も同じ思いのようで、ぽかんと口を開けている。

 

「……勝った、の?うずめたち、勝ったんだよね?」

 

私が小さく「解除」と呟くと、アーマーのそこかしこからプシューと熱気が勢いよく吹き出し、背部がぱっくりと開いた。

脱ぐようにしてアーマーから降りる。身体を滴る汗を拭った。

空になったアーマーは再び箱の形状に戻り、足元に収まる。

 

「ええ、私たちの勝利よ」

 

それを言った瞬間、オレンジハートはがしっと私の腕を掴んだ。

目に涙を浮かべて、ぶんぶんと腕を上下させる。

 

「やったー!やったやったやったー!」

 

対する私はすっかり力が抜けて、振り回されるままにされた。

緊張の糸が緩み、どっと疲れが襲ってくる。

だがこれまでの徒労とは違って、達成感が段違いだ。

 

「まさか最後の最後でお姉ちゃんとユウさんが来るなんてびっくりしました」

 

「主人公なのに活躍してないーって言ってきかなかったからな。それにしても、ずいぶん久しぶりだな」

 

「本当ですよ!私……ずっとずっと……」

 

ユウとネプギアはお互いの再会を喜び合った。

ネプギアは話にユウが出てくるたびにそわそわしていたし、その喜びもひとしおだろう。

変身を解いたのは二人だけでなく、ネプテューヌもだ。

 

「うわーっ!小さいわたし、かわいい!」

 

「へぇ、わたしって、大きくなるとこんな風になるんだ。よかった、身長だけじゃなくてちゃんと胸も成長してるみたいで安心したよ」

 

ネプテューヌとネプテューヌ(大)が相手を見ながら褒めあう。

別次元のといっても、同一人物だけあってそっくり以上だ。

 

「にしても、ねぷっちが二人並んでるってのも、不思議な光景だね~」

 

「ですね。こうしてみると、本当にそっくりです。どうやって呼び分けしよう……」

 

「さて、この空間もそろそろ消えかかってるし、ぱぱーっと元の空間に……」

 

「あーっと、待ってうずめ!ストップストップ!!実はこの空間が消えちゃうと、わたしもネプギアも元の世界に帰れなくなっちゃうんだ」

 

「帰れなく?」

 

ネプテューヌの言葉に、私は首をかしげた。

それに答えるために、ユウが私たちの後ろにある白い渦を指差した。

 

「イストワールが次元ゲートを開いてくれたんだが、これを維持するのには大量のエネルギーが必要なんだ」

 

「なるほど。シェアエネルギーで構築されたこの空間が消えてしまうと、ゲートも閉じてしまう訳か」

 

いつのまにか海男がやってきた。

ネプテューヌとユウの説明によると、次元間のゲートを維持するのにシェアだけでなく、ユウのエネルギー、果てはこの空間のエネルギーも使用しているらしい。

ユウも次元の扉を開けることができるが、今回の次元移動と戦闘で大量に力を使ったせいでそれなりの時間が必要らしい。

超次元はいま、女神の転換期なる大変な時期を迎えていて、ただでさえシェアが少ない。体力の回復を待つよりも、いまは一刻も早く戻る必要があるそうだ。

ネプギアたちがここからいなくなって、元に戻るのだ。超次元に……。

 

「というわけで、のんびりしてられないんだ」

 

「……そう。なんだか急だね」

 

「もうちょっとゆっくりお話したかったんだけどね、でもこれが最後ってわけじゃないよ。また会えるから」

 

「うん!ぜったい、また来てよね!」

 

オレンジハートがネプテューヌ、ネプギアと抱き合い、しばらく経ったあと、ようやく名残惜しそうに離す。

 

「さて帰るか。お仕事が待ってるぞー」

 

「ええぇ、一大事件が終わったんだからちょっとは休ませてよー」

 

「イストワールに言え」

 

そんな言葉を交わしながら、彼女たちは私たちに手を振った。

大きいネプテューヌもそちらについていき、渦に吸い込まれるようにその身体が消えていく。

ネプテューヌたちがこちらの次元に迷い込んだ一連の事件は終わったのだ。

だけど、私たちはまだ戦い続けなければいけない。モンスターもまだまだいるし、海男が確認している限りダークメガミに似た存在だって、あと三体残っている。

 

「イヴ」

 

「え、ああ、そうね。ネプギアたちとはお別れ、ね」

 

変身を解いたうずめが私の肩をたたく。こっちに残ったのは、私とうずめと海男。

彼女たちが来る前と同じになった。

少しずつ小さくなっていく渦を見つめる私に対して、うずめは口を開いた。

 

「あっちの世界に行きたいんだろ?あっちにはお前が求める技術も材料もある」

 

あっけにとられてぽかんとしてしまった。

 

もともと私が生まれ育った次元でも、かなり進んだ技術があった。その当時よりも、超次元は技術が進んでいるはずだ。

それに、ここでは手に入らないものも簡単に手に入る。

私の理想が形にできる場所。それが超次元なのだ。

 

それをずっと私は考えていた。

だけど、表には出していなかったはずだ。少なくとも、うずめの前では。

 

「なんで……」

 

「見りゃわかるさ。ずっと一緒にいたんだからな」

 

うつむいて、足元の箱を見る。

ネプギアと一緒に造ったこれは、何もかもが足りないなりに予想以上の結果を出してくれた。

だけどそれじゃだめなんだ。予想以上じゃ足りない。

モンスター、ダークメガミ、犯罪神。この世界、いや違う世界にも私の常識を超えてくる敵がいる。

私はそれを打ち負かすことができないといけない。

この世界を、みんなを、うずめを守りたいから。

 

「強くなりたいの。もう何かを失うのは嫌だから」

 

「行ってこい」

 

「……いいの?」

 

「イヴのやりたいようにやるのが一番さ。これまでは俺のために戦ってくれてたんだから」

 

うずめは私の両手を握る。

思わず涙が出た。

ネプテューヌたちがいなくなって、私までいなくなれば戦えるのはうずめ一人になってしまう。

それでもうずめは私を信じて、そして私の背中を押すために言葉を投げてくれたのだ。

言いたいことを言う。欲しい言葉を投げかける。私にはないその優しさと強さが羨ましい。

その二つがあるからこそ、みんなうずめについていくのだ。もちろん私も。

 

「ありがとう……」

 

「礼を言うのはこっちのほうってな」

 

ふふふ、と笑って、私は涙をぬぐった。

 

「それじゃ、うずめ、海男、またね」

 

握られた手を離しても、暖かさはまだ残っている。

その熱はそのまま私の活力になる。

強くなって帰ってきて、またこの暖かさを得るために私は戦う。

うずめのために、そして私のために。

 

「ああ、帰ってくるの待ってるぞ」

 

「しっかり食べて寝るんだよ。君は夢中になるとそこらへんがおろそかになるから」

 

「ええ、あなたたちも無茶しないようにね」

 

いつもと変わらないような に救われた。

後ろ髪を引っ張るような表情も言葉も彼女たちはちらつかせない。

私の旅立ちを邪魔しないように。

 

私は圧縮されたアーマーを抱えて、渦へと近づく。

向こう側から風を感じた。超次元から吹き込んでくる風が、私を歓迎するように肌をなでる。

渦に吸い込まれる直前、私はくるりと振り返り、うずめと海男へにこりと微笑んだ。

 

「きっと絶対、戻ってくるわ。それまで、ううん、それからもこの世界を守ってね、私たちの女神様」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

超次元編
零次元編と前作までのあらすじとキャラ設定


11話にて、(実際には10話からですが)前々作のキャラクターが登場しました。
やたらとややこしい作品ですので、自分でも思い返す意味も込めてあらすじとキャラ設定を投稿しました。

11/4 「渇望のアウトサイダー」「零次元編」を追加しました。

もちろん、作品のネタバレを含みますので。



超次元ゲイムネプテューヌ 衝動へのリベリオンより

 

 

犯罪組織マジェコンヌの脅威に晒されたゲイムギョウ界。

平和を取り戻そうとした女神たちは敗北し、ギョウカイ墓場へ捕えられてしまった。

 

物語は、記憶喪失の青年「滝空ユウ」が、姉である女神ネプテューヌを救おうとする女神候補生ネプギアと出会ったところから始まる。

彼は記憶を取り戻すために旅へ同行。

各国の女神候補生、教祖など仲間を増やしながら旅を進める一行だったが、突如として現れる「篠宮エリカ」「篠宮オルガ」というユウを知る姉妹に

「世界を滅ぼした悪魔」と言われたユウはしだいに失った過去を恐れながらも、過去を求めて躍起になる。

 

やっと4つの国を回り、いよいよ女神救出のためにギョウカイ墓場に向かおうとする一行だったが、犯罪組織幹部である「マジック・ザ・ハード」が危害をくわえないことを条件にユウを呼び出す。

マジックのもつ不思議な結晶で「破壊者」である記憶を取り戻してしまい、犯罪神の力をもった別人格「ドゥーム・ザ・ハード」と分離してしまったユウは絶望に落ちる。

 

しかし、過去に交わした会話や新しく出会った人々に励まされ、再び戦いへと身を投じていく。

激戦を制し、犯罪神幹部を倒したユウたちだったが、それをきっかけに犯罪神が復活してしまう。

 

一行は犯罪神を倒すためにギョウカイ墓場へ向かうが、その前にドゥーム・ザ・ハードが現れ、ユウと一対一で戦い、オルガはその戦いの行方を見守る。

 

いっぽう女神たちは犯罪神のもとへ向かうも、そこにいたのは犯罪神の力を吸収したエリカがいた。

 

ドゥームとの戦いを制し、奥に向かったユウ。エリカによって女神たちが傷つき、オルガが殺されたことで、エリカを敵として見たユウは、女神たちとともに死力を尽くしてエリカを倒すことに成功。

エリカはユウに看取られながら、ギョウカイ墓場でその身体を散らした。

 

平和を取り戻したゲイムギョウ界だったが、ユウは「戦い続けて」というエリカの約束を守るため、別の次元へと渡り、戦い続けることを決心。

 

ユウは決心を揺らがせないため、一人で旅立つとうとするが、ネプギアに見つかってしまう。

戦いへと向かうユウを理解してくれた彼女と少しの会話を交わし、ユウは次元の旅人としてその姿を消した。

 

 

 

 

 滝空(たきそら)ユウ

 

記憶喪失でさまよっていたが、偶然ネプギアたちを助けたことをきっかけに、女神を救出するとともに記憶を取り戻すために旅へ同行することになる。

 

その正体は、超次元に似た別の次元の人間。

プラネテューヌの外れにあるちいさな村の出身で、様々な世界の景色を見るために旅へと出た。

数年後、同じ村出身の篠宮エリカ、オルガ姉妹とともにパーティを組み旅を続ける。

しばらくして女神が捕えられたことを知り、何かできないかとプラネテューヌの教会を訪れ、アイエフとコンパとともに女神奪還作戦に参加。

ネプギアの救出に成功し、女神救出のための旅へ同行した。

各地の国の協力も得ることができ、無事女神の救出に成功した一行は犯罪神幹部も順調に倒していく。

しかしマジック・ザ・ハードを倒したとき、犯罪神が復活してしまった。

犯罪神のおぞましいほどの力を感じたユウは、女神の命を奪うことで力を増す禁断の魔剣「ゲハバーン」を使うことで犯罪神を倒すことを決意する。

ついに八人の女神を葬ったユウは、マジック・ザ・ハードに負傷させられた他の仲間を置いて単身犯罪神へ挑む。

抵抗せずに切り刻まれた犯罪神は、その力だけをユウへ宿らせた。

その影響でユウの「衝動」が別人格「ドゥーム」として形成される。

「世界の救済」には人類の全滅が必要だとユウに説いたドゥームは自らユウの身体を乗っ取り人間を殺していく。

全ての人間がいなくなったあと、手遅れになったあとで、これは間違っていると気づいたユウはドゥームを封印しようとする。

そのときの二人の力ぶつかり合いが次元のゆがみを引き起こし、超次元へと繋がる扉を開いてしまい、その衝撃で記憶を失ったことから物語が始まる。

 

 

父親が発注したオーダーメイドの刀を使用していたが、ドゥームとの戦いで折られてしまったため、現在は犯罪神の力と魔剣ゲハバーンを使う。

犯罪神の力を利用して「変身」した際には、左額から角が生え、身体には火傷の跡が浮かび上がり、翼も生える。

 

女神の技を真似ることができるが、これはマジック・ザ・ハードの特性を受け継いだためである。

 

その圧倒的な強さと比べて、「世界の救済には人類の絶滅」を否定できない気持ちと精神の脆さという危うさを持っており、割り切れない心のまま、しかし「約束」のために戦い続ける。

 

スピードを主とした戦いを得意としていたが、犯罪神の力を取り戻したあとはパワーを前面に押し出す戦い方へと変わった。

 

 

 

 

篠宮(しのみや)エリカ

ユウと同じ村出身の長髪の魔法使い。篠宮オルガの姉。

落ち着いた雰囲気をもち、目の前で人を殺すユウを見ても彼を信じる仲間想いな女性だった。

しかし、ユウが記憶を取り戻したときに感じた「世界がユウに悪を背負わせている」ということに怒りを覚え、

ユウと同じ力を持って、ユウとともに歩むために犯罪神の力を取り込もうと考える。

企みは成功し、全てを破壊する犯罪神となる第一歩としてオルガを殺し、女神も殺そうとする。

だが自分と「ユウが望んだ世界」を「約束」によって否定したユウと話が合うはずもなく、せめて「ユウが望んだ世界」を創るためにユウと戦い、敗北。

その身体は塵となって消滅した。

 

得意な魔法は雷・氷系の魔法。

接近戦が不得手で、ユウとの戦いの際にはその弱点を突かれる。

 

 

 

 

 

篠宮(しのみや)オルガ

ユウと同じ村出身の短髪の剣士。篠宮エリカの妹。

ユウに剣を教わったため、スピードを主とした戦いかたを得意とする。

兄のように慕っていたユウが人を殺したことを信じられなかったが、生き残った者の義務として、自分の心を鬼にして、ユウを殺そうと、イストワールの最期のの力を借りて次元を渡る。

失われたユウの記憶と真実を見たときに、その悲しみも感じたため、どうしたらいいかわからなくなり、心の整理がつかないままユウの先を見守るために同行する。

ドゥームとの戦いで決したユウの心を理解するために、これからもユウとともにいようとするが、犯罪神の力を吸収したエリカに殺されてしまう。

最終決戦のあと、その遺体はイストワールに見守られながらユウによって火葬された。

 

武器はククリ刀のほか、敵を捕らえる鎖。

魔法は得意ではないが、エリカから教わった、麻痺を誘発する初級雷魔法のみ使用できる。

 

 

 

 

神次元ゲイムネプテューヌ 渇望のアウトサイダーより

 

 

 

ヤマト

親代わりだった叔父と叔母に捨てられ、キセイジョウ・レイに拾われた神次元にいる青年。

空虚だった自分の心を埋めてくれた七賢人の力になろうと、仲間入りする。

マジェコンヌからは戦闘、アノネデスからは諜報訓練も受けており、七賢人では情報収集を主に担当。

とあることで、子どもたちを利用した女神化計画の存在を知り、反感を抱くもしぶしぶ作戦に参加。

ピーシェ、アイエフ、コンパ誘拐事件の際に、事故で女神メモリーを体内に取り込んでしまい、右手が緑の堅い鱗で覆われるようになる。

それから十年姿を消し、その間女神メモリーの侵食が進んでしまい、右腕までモンスター化。

「自分がいなくても、なるようになる」とふてくされていたが、アイエフやアイとの会話でやるべきことを再確認し、七賢人を止めようとする。

 

その後は女神に協力。

古代の国「タリ」の女神の力を手にした神次元のレイをなんとか正気に戻す。

滝空ユウの力を借りて超次元へと移動。超次元のレイも正気に戻し、ネプテューヌたちに別れを告げ、神次元に帰る。

 

現在はアイ=ローズハートを女神とした新生エディンの治安を犯罪組織から守りつつ、設立した孤児院にいる子どもの相手もしている。

 

多くの戦いを経て侵食が進み、現在は右半身がモンスター化しているが、本人はまったく気にすることなく、またエディンの住民もそれを受け入れている。

 

濃いメンツを相手にしてきたためか、ヤマト自身は冷静な性格をしており、格上の相手でもその場に応じた戦い方で互角以上に戦う実力を持つ。

 

使用武器は弓。

自身のエネルギーを「光の矢」として具現化し、放つことができる。これは、女神メモリーによる侵食が始まったことでさらに強化されている。

背中に背負った矢筒から様々なギミックが施された矢を使うこともある。

 

 

 

篠宮アイ

アクダイジーンが拾った孤児。

一人称が「ウチ」、語尾に「ッス」をつける少女で、ヤマトの妹的な存在。

成長してからはヤマトやマジェコンヌに鍛えられ、七賢人へ参加。

ブランに対して非情な手段をとる七賢人についていけなくなり、一度は脱退するも、ヤマトが女神メモリーに侵されえたことで再び七賢人側へと戻る。

 

七賢人のやり方に反発しながらも、自身が女神となることを条件に女神化計画を中止させ、エディンを建国。

その後十年にわたり女神たちを苦しめてきたが、ヤマトが戻ってくることを信じて密かに七賢人という組織を壊す算段をつけていた。

ヤマトの助力もあり、七賢人は解散するも、女神の力を取り戻したレイに襲われ気絶。

女神たちとヤマトに救われ、彼女たちの味方になる。

 

ヤマトとともに超次元へと向かい、超次元のレイを倒した後、エディンを復興させ、女神として運営を行っている。

 

女神たちの中でも特にブランと仲が良い。しかし、身体の一部的な問題でベールに対しては当たりが強い(本人は否定)。

 

国運営の能力に秀でていて、エディンを支えていく立場として仕事をした際には、他の四国よりもシェアを獲得したほか、

ブランがルウィーの立て直しをする際には右腕となってあっという間に再建させ、ノワールにもその実力を認められ、誘われている。

 

その半面、自身のことについてはぐうたらで、髪や肌の手入れはいつもレイやアノネデス、アブネスにしてもらっている。

 

飄々とした性格で、思ったことは恐れずに言うタイプ。

ネプテューヌやプルルートとふざけることも多いが割と鋭い面もあり、敵の思惑や心の機微を素早く察知する。

 

脚を使った技が得意で、戦っている最中はいささか乱暴になる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ローズハート

アイが女神化した姿。

鋭く尖った赤いプロセッサを纏う。燃えるような赤い髪は三つ編みにまとめられている。

変身前と比べて、不良のようなきつい言葉使いが目立つ。

容赦ない戦い方はわりと高評価のようで、「ローズハートに蹴られたい」というエディンの住民もいるらしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

零次元編

 

イヴォンヌ・ユリアンティラ

愛称は「イヴ」

零次元で天王星うずめとともに戦う唯一の人間。

もともとは別の次元の人間だったが、犯罪神が復活し、世界を破壊し始めたことで事態は一変。

科学者であったイヴの父は、開発していた次元移動装置をイヴに託し、それによってイヴは零次元に飛ばされる。

 

荒廃した世界でたった独りとなってふさぎ込んでいたイヴだったが、偶然うずめや海男たちと出会い、励まされたことでうずめたちの力になると決意する。

 

モンスターに右腕を噛み千切られたが、高性能義腕を開発したことでその代わりを果たしている。

 

自らの技術とネプギアの協力を得て開発した武器を用いる。

爆発する弾丸「ブラストバレット」や右腕の義手、左腕のガントレットに続いて製作された全身装着型のパワーアーマーなど。

開発した武器を利用した中・遠距離戦を得意とする反面、近接戦については不得手で、強力な拳を繰り出せるが、モンスター相手ならともかく経験のある相手には敵わない。

 

ダークメガミと一体になったマジェコンヌを倒した後、さらなる力を求めて超次元のラステイションで設計開発を続けている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ1 神次元の異変

ネプテューヌたちのいる超次元とは別の次元。

神次元と名付けられたそのある場所、プラネテューヌという国でトラックが走っていた。

トラックが走るというのはもちろん、珍しい光景じゃない。外に出ればほぼ確実に目にする。

特に、技術や工業が盛んなプラネテューヌやラステイションであればなおさらだ。

だがしかし、今日のそれはとても見慣れたものとは思えなかった。

車線をまたぐほど巨大なトラックは大幅に改造されているようで、ぶあつい装甲に覆われたそれは法定速度をはるかに超えて街を走っていた。

路肩に止められた車が巻き込まれて、歩道へと吹き飛んでいく。

 

「プルルート!」

 

「わかってるわぁ!」

 

バイクで走る僕と並ぶようにして飛んでいたプラネテューヌの女神、アイリスハートことプルルートが歩道と車に割って入り、蛇腹剣で車を押し返した。

いつ見ても過激な装いだ。水着並みに肌の露出面積が多いプロセッサは、見るところを困らせる。

美しい顔と妖艶な雰囲気が、イケナイ感じをより際立たせる。

 

不幸中の幸いなことに車の中には誰もいない。

持ち主が戻ってきたときには、自分の車の不幸を説明する者はきっといないだろうが。

 

これ以上被害が出る前に止めたいが、あの中にいるのは犯罪組織だ。下手に攻撃を仕掛ければ、何をしでかすかわかったもんじゃない。

だがこの先は……。

 

つきあたりへかかると、トラックは左へハンドルを切った。

路面に濃くタイヤ痕を残して、進路を変える。

 

その瞬間、僕はバイクのハンドルから手を離し、背負っていた折り畳み式の金属弓を左手で持ち、展開させる。

同じく背中の矢筒から矢を取り出し、放つ。

矢はタイヤに突き刺さり、一瞬後小規模爆発を起こした。

急ハンドルを切り、バランスが崩れたことも手伝って、トラックは片輪走行となる。

 

「捕えた!頼む、プルルート!」

 

「容赦はしないわよぉ、ファイティングヴァイパー!」

 

アイリスハートが振るう、電撃を纏った蛇腹剣がまっすぐトラックの足をすくいあげ、トラックはついに横転した。

僕はバイクを止め、降りながら弓を構える。

 

「さぁて、これで終わりかしらぁ?」

 

「いいや、こんなので終わりならわざわざ教会に忍び込んで盗みなんてしないよ」

 

バン、とトラックの荷台が開く。

中から現れたのは、銃を持った男五人。運転席から乗り出してきたのも合わせて六人だ。

装備とたたずまいから『犯罪組織』の戦闘部隊だとうかがえる。

 

僕は弓の弦を引いた。

右手へ光の粒子が集まり、矢の形をつくる。

僕のエネルギーを具現化させたそれを、狙いを定めて放つ。

 

光の矢は先頭で銃を構えようとした一人の頭に直撃し、その勢いのまま吹き飛んでトラックにぶつかる。

その男は起き上がることはなかった。

 

「まず一人目」

 

僕はぽかんとする男たちの隙を逃さずにもう一発光の矢を放つ。

だが、その矢は次の男に当たる直前に不意に消え去った。

矢が霧散していく様子を見て僕は確信した。

 

「あの男だ」

 

僕は言いながら、もう一発、二発と光の矢を放つ。

だがしかし、いややはりと言うべきか。矢はその男の前で消え去る。

ということは、あいつがあの部隊の隊長だろう。

軍用機パイロットのものに似たヘルメット、そして胸と腕、足に装備したアーマーを着けているのはそいつだけだから、わかりやすい。

 

僕の攻撃を無効化したことに勢いづいた犯罪組織の面々が銃を向け、立て続けに発砲してくる。

僕は右半身を前に出して、銃弾を受ける。無数の衝撃はあるものの、痛みはまったくない。

アイリスハートは蛇腹剣の刀身を身体に巻きつけて、銃弾を防いでいる。

 

「ちょっとぉ、どうするのよ」

 

「こうなったらちょっとまずいかな。アレのせいで僕たちの攻撃は無効化されたも同然だし、近づくのも危険……というわけで」

 

僕は耳にはめてある小型無線機に向かって話しかける。

 

「アイ、連れてきてくれ」

 

『任せろ!』

 

荒々しく自信満々の女性、アイの声が耳に響く。その後方では空を切るような轟音が鳴っていた。

もうすでに飛んできているみたいだ。

 

銃弾がやんだ。

男たちが一斉に弾倉を交換する。勢いづいたのはいいものの、女神と僕を相手に冷静さを欠いているのだ。

その隙をついて、僕は矢筒から一本の矢を取り出し、隊長へ放つ。

だが隊長は他の男をぐいっと引き寄せ、矢を受けさせた。

矢は当たるなり、鈍い音とともに衝撃波を生み出す。

盾にされた男ごと隊長は宙に浮き、地面に激突する。

 

隊長はすぐさま起き上がり、懐からディスクを取り出して地面に投げつけた。

犯罪組織お得意のモンスター召喚だ。

 

「あいつらをやれ」

 

割れたディスクの破片から黒い煙がもくもくと立ちこめる。

隊長はそれを一瞥もせずにその場を去ろうとする。

 

「まずいぞ。逃げられるわけにはいかない」

 

『とうちゃくぅ!!』

 

『うおおぅ!!』

 

歯がんでいると、無線からアイのあとに男性の叫び声が聞こえた。

その叫び声は徐々に無線からではなく、直に耳に入ってくる。

見上げると空から何かが飛んできていた。くすんだ銀色が太陽の光を反射するせいで、全貌がよくわからない。

まるで砲弾のようなそれは、まっすぐトラックへ向かっていく。

明らかに危ない速度のまま、それは犯罪組織の一人を巻き込んでトラックに激突しながら、ようやく着地した。

向かってきた何かとトラックにサンドイッチにされた犯罪組織隊員は力なく地面に伏した。

代わりに立ったのは円形の盾を持った男、ヴァトリだ。

180cm100kgの頑強な身体でもさすがに今のは堪えたか、ヴァトリは少しふらふらとした。

 

ヴァトリはそのまま盾を投げつけ、もう一人を倒す。

最後に残った一人は僕が矢で処理した。

 

その間に隊長は走り去っていき、ディスクから生まれた煙はモンスターを形成する。

どちらも放置するわけには行かない。二手に分かれる必要がある。

 

「任せていいか、ヴァトリ。あの男はアンチクリスタルを持ってる。僕たちが行くよりか、君のほうが向いてる」

 

「了解。そっちは任せるよ」

 

ヴァトリはすぐさま状況を察してこの場を離れた。

盾を背中に直し、アスリート並みの速度でぐんぐんと敵隊長が去っていった方向を追いかける。

 

「ヤマトくん」

 

いまだに慣れないアイリスハートのくん付けに振り向くと、人型の機械がそこに立っていた。

緻密に形成された銀色に輝くボディがこちらを向き、赤い眼がこちらを睨む。

 

「ヤマトにアイリスハート……」

 

ロボットの癖に、やけに流暢に話してみせる。

そいつは辺りを見渡すと、満足そうに顔をゆがめた。

笑ったのか?

 

「いいところで呼んでもらえたみたいだな、邪魔が入らない」

 

その言葉にそういう意図があるのかはわからないが、先手必勝。

ロボットが余裕をこいている間に、僕は右拳を振った。

 

「ふむ……いいパンチだ」

 

ロボットは簡単に手で受け止めた。

大ぶりの腕を頭を下げてかわして、僕は右フックを叩きこむ。

さすがに堪えたか、ロボットは後ろによろめいた。二発目でさらに後ろに下がる。

堅いが、ボディがへこんでいる。ダメージは入っているはずだ。

三発目を繰り出そうとした瞬間、その腕を掴まれた。

女神メモリーで強化されているはずの右腕だったが、振り払おうとしてもびくともしない。

そのまま引き寄せられ、首根っこを締めあげられる。

みしみしと骨が悲鳴を上げ、痛みと焦燥が走る。

だが不意に力が緩んだ。

腕と身体が離れている。その間を舞うのは、ワイヤーで連結された刃だった。

アイリスハートの援護だ。

僕は首を掴んだままの機械腕をぽいと捨て、ロボットの身体に蹴りをかます。

 

ロボットは吹っ飛び、膝をつく。

そしてまたにやりと笑った。

 

「さすが世界を救っただけはある」

 

おもむろに立ち上がると、大仰に腕を広げて、大げさな口調でしゃべりはじめた。

 

「君たちこそが進化の可能性であり、そして……」

 

そのあとの言葉は紡がれなかった。

急速に落下してきた何かが、ロボットを粉々に砕いたのだ。

ヴァトリではない。ヴァトリを落とした人物だ。

 

灼熱のような赤い髪をたなびかせるその女性は、攻撃的な尖ったプロセッサを煌めかせて、ファイティングポーズをとる。

つりあがった目がこちらを向いた。

 

「ヤマト、敵は!?」

 

「あー……っと……そこかな」

 

僕はその女神、エディンを守護するローズハートの足元を指さした。

ロボットを残骸にするだけでなく、地面にひびが入っている。

 

犯罪組織は軒並み倒れ、先ほどまで戦っていたロボットもいなくなった。

作戦通りなら、敵の隊長はいまごろヴァトリが何とかしてるはずだろう。

 

それを察して、ローズハートががっくりと肩を落とす。

 

「マジかよ。もしかしてウチの出番これだけか?」

 

そう言うと、ローズハートは光に包まれ、その変身を解く。とても女神だとは思えない緩やかな雰囲気の少女、篠宮アイが意気消沈したまま現れた。

アイリスハートも変身を解き、ぼさぼさ髪のプルルートに戻る。

 

「ありがとねぇ~、ヤマトくん、アイちゃん。やっとゆっくりできるぅ」

 

「できないよ。事後処理が残ってるんだから」

 

エディンならともかく、プラネテューヌのことはお仕事嫌いと言えでもプルルートに任せるしかない。

そのことを思い、プルルートも肩を落とした。

 

「うへぇ~」

 

「ウチも手伝うッスから、ほらほら動く動く」

 

「押さないでぇ~」

 

仲良く揃って仕事に向かう二人を見て、不安を覚えつつも僕は少し微笑んだ。

まあ、アイがいれば何とかなるだろう。プルルートだってやればできる子だし。

 

 

 

 

 

 

角を曲がると、ようやく敵を捉えることができた。

ぼくが空から落とされたときにちらりと見えた姿と相違ない。

銃にアーマーまで装備しているくせに猛スピードで逃げていく敵を必死で追う。

 

逃げることを諦めたのか、敵がくるっと振り向いて、銃を乱射し始めた。

ヤマトが犯罪組織の逃走経路を先読みして、避難命令を出したおかげで、ここの近くに人はいない。

 

背中に負った盾を掴み、足の速度を緩めずに構える。

小気味良い音を鳴らしながら銃弾を防いでくれた。

ぼくは間合いを詰めると、銃弾が止むのを待たずに敵の手を蹴った。

銃は敵の手から宙へ舞い、その隙に回し蹴りを胸に当てる。

敵はよろめいたものの、アーマーのおかげで必殺の一撃にはならなかった。

 

ぼくは続けてシールドを投げつけた。

それは回転を増しながら見事頭に命中し、敵のヘルメットをはぎ取った。

思ったよりも歳を食ったような顔が現れたが関係ない。

回転しながらバウンドして戻ってきたシールドを背中に戻し、さらに間合いを詰める。

たまらず敵は拳を繰り出したが、ぼくは腕を掴んでそれを止め、防具のなくなった顔にシールドをくらわせた。

怒りに身を任せた反撃を、よく観察して弾く。

 

男は焦っていた。こんなところでもたもたしていては、やがて女神たちが増援に来る。

それがなくとも、目の前のぼくに時間を使っている暇はないはずだ。

 

男は唸り声を上げながらナイフを取り出し、一気に勝負を決めようとした。

高く跳び、スピードによる急襲でとどめを刺そうとした。

だがぼくはくるりと身をひるがえしてそれをかわし、着地した男の顔に回し蹴りを繰り出す。

男は目をぐるんと回し、一歩、二歩下がったかと思うと、その場に倒れた。

 

「ヤマト、片付いたぞ」

 

『よかった。例のものは?』

 

無線から聞こえてきたヤマトの返事に、ぼくはすぐさま敵の懐を探った。

目当てのものはすぐに見つかった。手のひらサイズの紫色のひし形結晶。

怪しく光るそれは、アンチクリスタルと呼ばれる、女神の力を封じる力を持つ危険物だ。

 

 

 

 

 

 

「どうだ」

 

僕はガラス越しに尋問の様子を見るアイに声をかけた。

ここはローズハートことアイが運営する国、エディンの教会の一室だ。

犯罪者用に作られた取調室を使うのはここ最近では無かったことだが、今回は大事だ。

ガラス、というかマジックミラーの向こうにいるのは敵の隊長、そして取り調べ担当のヴァトリだ。

 

「まー訊いたら喋るッスね。今回の事件は依頼されたものみたいッス。装備やロボットはその依頼主から支給されてたらしいッスよ」

 

今回の事件は、プラネテューヌの教会に保管されていたアンチクリスタルという結晶が犯罪組織に奪われたことが端を発する。

一年前、プラネテューヌで偶然にも見つかったアンチクリスタルは、女神の力を断絶するという能力を持っていた。

手のひらサイズでも、触れただけで急速に女神の力を奪うそれの情報をひた隠しにしてきたのにも関わらず、今日犯罪組織が急襲してきたのだ。

女神を無効化するなんて代物、犯罪組織が持てばどうなるかは容易に想像がつく。その危険を察知して、プラネテューヌの運営役であるイストワールがこちらに助けを求めてきたのだ。

 

エディンの治安維持部隊である僕たち『九賢人』もその危険度を重く見て、出動。

アンチクリスタルはより厳重に保管されることになり、そして手助けの代わりとして犯罪組織の取り調べをさせてもらっている。

 

「依頼主は?」

 

「それが、連絡はメールと電話でしていたらしくて、素性は知らないって」

 

「よくそんな依頼受けたな」

 

「依頼主はアンチクリスタルの研究をしたかったそうで、それが済んだら犯罪組織に渡す約束だったッス。そっちは?」

 

「ロボットはどこの国でも組織でも造られていないものだ。特徴がいままでの、どこのとも一致しない。犯罪組織のとも違う」

 

僕は腕を組んだ。

アンチクリスタルを調べたいというのが、ただの好奇心であればいいが、どこにも情報を漏らしていないことを考えると、それは期待できない。

相手はこちらの情報を盗み見て、犯罪組織を動かした。ただ研究したいというだけというにはリスクが大きい。

あのロボットを造ったのもその依頼主だろう。素性や戦力を明かすのは最低限にして、こちらの考えを曇らせるつもりだ。

しかもアンチクリスタルを研究しつくすことができる自信も持っている。だからこそ、犯罪組織が欲しがる『女神を倒すことのできる』クリスタルを渡すことを報酬の条件に追加したのだ。

 

僕は部屋を出て、すぐ隣の取調室に入った。

ヴァトリが察して部屋を出る。

僕はヴァトリが座っていた椅子に掛け、男を真正面から見る。

にやにやと笑うその顔に、反省や後悔の色は見られない

 

「依頼主とは仕事以外で何か喋ったか?」

 

「えらくお前にご執心だったぜ、男のくせに女神の力を持ってるってな……あ、あと……」

 

男は身を乗り出したかと思うと、何かを思い出して宙に人差し指を立てる。

 

「空に開いた穴」

 

疑問を呈する代わりに、僕は眉を顰めた。

 

「奴はそう言ってた。その向こうから来たって。やけにざらざらした声でな、『かつて君たちが犯した過ちが、あの穴を開けた。私は君たち人間の業の反響だ』だなんて言ってたけど、俺にはさっぱりだ」

 

僕は額に手を当てた。

ただの雇われ兵のこいつにはただの暗号かなにかに聞こえるだろうが、僕にはその意味がわかる。

これは予想以上に厄介なことになってきたぞ。

 

「なるほどね」

 

「あ、おい、こんだけ喋ったんだ。減刑はしてくれるんだろうな」

 

腰を上げ、部屋から去ろうとする僕に、男は声をかけた。

その顔は期待に満ちていた。

 

「アイリスハートに聞いてくれ」

 

一転して男の顔が青ざめたことに僕は満足して、隣の部屋に移る。

そこにいたアイもヴァトリも深刻そうな顔をして、僕を見た。

鏡があれば、僕も同じ顔をしていたに違いない。

 

「ヤマト……」

 

「ああ、間違いないだろう」

 

アイがすべてを言う前に僕はうなずく。

 

「空に開いた穴って……」

 

「ああ、三年前のあの事件のことだ」

 

ヴァトリの言葉を継いで、僕は言う。

彼は当事者ではなかったが、あれは世界中の人が知っている歴史的な事件。

 

三年前、古代の国タリの女神が起こした、この神次元と超次元の間で起き、突如としてプラネテューヌの街が破壊されたあの事件は今でもはっきりと思い出せる。

空という空間に穴が開き、そこから破滅の光が落ち……。

 

僕は頭を振り払った。

いまは目の前のことに集中すべきだ。

 

僕の右半身がモンスター化していることはどの国のどの人間も知っていることだが、それの原因が女神メモリーだっていうことは一般には知らされてはいない。

敵は僕たちのことを知っている。

 

そして、僕たちは敵のことを知る必要がある。

それには『空に開いた穴』の向こう側。つまり……

 

「超次元に行く必要がある」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ2 黄金の少女たち

「ユウ……」

 

荒廃した地面には文明が感じられるようなものはなく、空は黒い雲に覆われ、遠慮の無い風が吹く。

ここは墓場だ。

死にいく者がたどり着く場所。

そしてそこは犯罪神との決着の場でもあった。

 

その墓場で、か細い声が俺の名前を呼んだ。

地面に倒れている、綺麗な青い長髪の女性が手を伸ばして、俺の頬を触れる。

女性の顔は半分ただれていたが、目はまっすぐ俺を見ていた。

 

「私は間違ってた…?」

 

「俺には…わからない」

 

女性の力が抜けていくのを感じる。

それが嫌で、俺は彼女の身体を強く抱きしめた。

 

殺したことを後悔していた。

ネプテューヌ、ネプギア、ノワール、ユニ、ブラン、ラム、ロム、ベール。

それだけじゃない。それまでに戦ってきた仲間たち。同じ世界に住む罪の無い人々。

ともに育ってきた家族とも言える友人でさえも。

 

その何もかもが俺のやったことだ。俺の弱さが招いた結果だ。

だから……だから止まるわけにはいかない。

葬った命のぶん……俺は……

 

「これからもまだ、戦い続けるの?」

 

 

 

がばっと起き上がって、いまいる場所を確認する。

プラネテューヌの教会の一室だ。

息が乱れていた。頭が少し痛い。深呼吸して、心を落ち着かせる。

 

「またか」

 

何年経ってもあのときの夢を見る。

俺の戦いの終わりと始まりのきっかけとなった、超次元での最終決戦。ギョウカイ墓場での犯罪神との戦いを。

忘れるわけにはいかない戦いだが、正直見返したい記憶でもない。

長い時間を経ても、まだ心の整理がついていないのだ。

 

誰かがドアをノックした。

俺は反射的に身体を固くして、攻撃に備える。だが、すぐに力を抜いて頭を振った。

ここは超次元だ。女神の転換期で少々騒がしいものの、敵はいない。墓場じゃないんだ。

 

すぐに立ち上がってドアを開ける。

そこには、笑顔でネプギアが立っていた。

 

「ああ、どうした?」

 

「もうすぐで始まりますよ。一緒に行きませんか?」

 

この次元に帰ってきてから、ネプギアはできるだけ俺と行動をともにすることを望んだ。

何年も顔を見せなくなったせいで、さびしさを感じてくれていたみたいだ。

ただこれに関しては、俺も望んだことだ。

自ら戦いへ身を投じたが、だからといって離れたかったわけじゃない。

 

「行くよ。ちょっと待っててくれ」

 

 

 

 

零次元での戦いから数か月が経った。

新しい女神を欲する時期、女神の転換期によってネット上では悪い噂やガセネタが蔓延、女神たちは対策を講じるものの、日に日にストレスが溜まっていった。

そんななかネプテューヌがとあることを提案した。

四国共同での祭。国ごとでの対策に限界を感じていた女神たちはこれに快く賛成し、瞬く間に準備が進められて『ゲイムギョウ界感謝祭』が開かれた。

思ったより反発はなく、ネットでのネガティブキャンペーンはみるみる減少。シェアもどんどん回復しているらしい。

 

犯罪神や古代の女神との『戦い』とはまた違う、守るべき対象から受ける一種の攻撃は、対処にも相応の配慮がいる。

その鬱憤を晴らす意味も込めてか、女神たちは笑みを浮かべながら武器を振り回している。

 

「あ、ネプギア、ユウ。こっちこっち」

 

ドームの中は熱気に包まれ、おびただしい数の観客の注目が中央の闘技場に向けられている。

ずらりと並べられたイスは超満員で、立ち見ですらいっぱいいっぱいだ。

その上に建てられた貴賓席にはすでにユニ、ロム、ラムが座っている。

 

「あいつは?」

 

ユニの隣に座りながら、俺は闘技場を見る。

予選では腕に自信のあるものが分け隔てなく参戦したが、やはり勝ち残ったのは四女神。

女神候補生の四人も準決勝で敗退したそうだ。

 

「イヴさんですか?」

 

「うちで預かってるわよ。空いてる一室を渡したわ。一応、欲しいものはなんでも与えてるけど、何してるかさっぱり。こっちに来てからずっと缶詰よ」

 

「誘ったんですけど、『来ない』の一点張りで……」

 

零次元で出会ったイヴォンヌ・ユリアンティラ、通称イヴという少女は超次元に来るなりラステイションの教会にお世話になっている。

そこを希望したのはイヴ自身で、最初ノワールとユニは渋ったものの、プラネテューヌの姉妹にお願いされて断り切れなくなった。

それからは一切姿を見なかったが、まさかユニにも状況がわからないとは……

 

「よく一緒に戦えたもんだ」

 

「悪い人じゃないんですよ? ただ、急いでますから」

 

「急ぎねぇ……」

 

俺はネプギアを見た。

犯罪組織との戦い、神次元、そして零次元と様々な経験をしたのだ。見る目はあるはず。

なにより、俺なんかよりはイヴのことをよく知っているネプギアが言うなら信じるしかない。

 

「ねぇねぇ、ユウ。なんでG-1グランプリに出なかったの?」

 

「お兄ちゃんならいいところまでいけそうなのに……」

 

「万が一にでも誰か一人にでも、俺の力に勘づかれでもしたらまずいだろ。『犯罪神を招待』ってネットが盛り上がる」

 

ラムとロムの問いは、まあまともなものだった。

しかし、このG-1グランプリ決勝戦はほぼ全世界の人間が見ているのだ。俺の中にある犯罪神の力を誰かに不審に思われ、まずくなるのは避けた方がいい。

一応抑えることもできるが、何かの拍子に力が出るかもしれない。

ただでさえ、ここ最近は厄介ごとが多くて変身を多用しているのだ。

 

「誰!?」

 

ノワール=ブラックハートの声が響く。

そこには黄金に輝く武器を携えた少女四人が女神と対峙していた。

大砲、銃、手甲足甲、剣。

武器の種類自体は珍しいものでもないが、気になったのはその力だ。

今まで戦った、あるいは共闘したなかにはあんな種類の力は感じたことがなかった。

 

「なんだあれ」

 

「挑戦者みたいですね」

 

「お姉ちゃんたちに向かっていくなんて、身の程知らずね」

 

「あんなやつら、お姉ちゃんだけでじゅうぶんよ!」

 

彼女たちの力がどういったものかはわからない。だが大きさは感じる。

いまの黄金の少女たちは……

 

「いいや、まずいぞ」

 

俺は勢いよく立ち上がって跳んだ。観客席の通路に降りたち、闘技場へ一目散に走る。

黄金の少女の一人がベール=グリーンハートとの距離を詰める。

槍で防ぐが、剣の一撃で闘技場の端まで吹き飛び、変身が解かれる。たった一撃で。

 

別の少女がブラン=ホワイトハートへ近づく。女神一の防御力を誇るホワイトハートでさえ、そのパンチとキックには防戦一方だ。

少女がぐるりと回転させ、回し蹴りを喰らわせると、ホワイトハートも力なく伏した。

 

大砲から砲弾が飛び出す。

俺は闘技場の外からジャンプし、弾がパープルハートに当たる直前に、彼女を抱きかかえて着地した。

ドームの壁に派手に穴が開き、空が見える。

 

ブラックハートへ向けられたレーザーを、二つのビームが迎えうった。

ユニとネプギアが変身して、俺の隣に着地する。

ギリギリのところで防いだいまの攻撃も、当たっていれば大ダメージは必至だっただろう。

 

突然の激しい四人の攻撃も、時間にすればわずか数秒。

シェアが減っているとはいえ、その圧倒的な差に冷や汗をかいた。

 

「誰だ、お前ら」

 

俺はパープルハートをゆっくり下ろし、目の前の少女たちを睨んだ。

魔剣はプラネテューヌの教会だ。戦うなら、今は武器なしで相手しなければならない。

 

「私たちが誰かって? ……そうだね」

 

不敵に笑ったのは、ブランを吹き飛ばした女性だ。

胸の半分以上が見えるほど露出が多い服に、薄手のタイツ。

近接戦に特化したそのたたずまいからは、絶対の自信が見える。

 

「四つの黄金の頂に君臨せし者……ゴールドサァド、とでも名乗らせてもらおうか」

 

言葉を継いだのは、剣を持ったクールな女性。

棘のある雰囲気を持ちながらも、余裕からか決して急ぐことのないゆったりとした動きをしている。

先ほどのベールへの一撃を見るに、緩急のつけ方が脅威だ。

 

「目的はなんだ」

 

「目的? なんだっけ」

 

ふざけたように首をかしげるのは、一番幼く見える少女だ。

武器の威力も驚くべきものだが、身長以上の大砲をぶっ放すくらいだ。その身体能力にも気を付けなければ。

 

「手合わせだ。ただこの力がどれほどのものか知りたかっただけさ」

 

眼帯をした、どこかの高校の制服女子が銃口をこちらに向けた。

服装と雰囲気、口調がアンバランスだが、有無を言わせないほどの冷徹な目つきをしている。

 

「そのためだけにネプテューヌたちと……?」

 

ゴールドサァドが何者であれ、その黄金の力は強大だ。

ネプギアたちがいるとはいえ、倒せるかどうか。

 

「変……」

 

危険はあるが、仕方なく変身しようとしたその瞬間だ。

ぞくりと背筋に悪寒が走った。

 

「……時は満ちた。オレはこの時を待っていた」

 

その声は聞き覚えのあるものだった。

零次元で戦った、あの黒い少女。

姿は見えないが、嫌な予感だけは強まる。

 

「さぁ、はじめようか。世界の、ゲイムギョウ界の改変をね」

 

俺たちと少女たちの間に光が現れた。

それは徐々に広がって拡散していき、俺たちを、この場のすべてを包み込んでいく。

黄金の少女たちでさえ目を伏している。

俺はその光の正体を暴こうと限界まで目を細めていたが、あまりの眩しさについに目を瞑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編1 降り立つ

「到着……っと」

 

謎の敵の情報を求めて、ぼくたちは別の時空、超次元に降り立った。

本来ならば超次元と神次元のイストワールはともに通信できるらしいが、今回はなんらかが邪魔してそれができなかったそうだ。

だが次元を越えることは可能で、しかたなくぼくたちはそれを選んだ。ヤマトはもともとここにくるつもりだったみたいだが。

エディンとプラネテューヌのシェアを大量に使ってイストワールは次元を渡るゲートを開いた。

プルルートも来たがっていたが、エディンを無防備にするわけにはいかない。彼女にはエディンの臨時守護を依頼している。

アイと仲が良いブランも快く引き受けてくれたから、神次元でのいざこざは頭の片隅に置いておいても大丈夫だ。

 

「ここに来るのも久しぶりだ」

 

「三年ぶりッスね。ここは……プラネテューヌの外みたいッスね」

 

どこかの国の外かな。見渡す限りは草原……いや、一つだけ異常なものがあった。

 

「あの金ぴかタワーは何なんッスかね」

 

「さあ……なんかの記念碑かな。あれだけ高いものをつくるなんて、豪勢でいいなぁ」

 

アイとヤマトが首をかしげて遠くに見える金の塔を見た。天まで届く黄金の塔。見上げてもてっぺんが見えない。

もちろん、ぼくたちの次元にもあんなものはない。

 

「おーい、ノワール! ブランー! ベールー!」

 

突然、女の子の声が聞こえた。

アイははっとして、その声のほうへ向かっていった。ぼくたちもついていくとある人影が見えた。

一人の少女がきょろきょろと辺りを見渡しながら、女神の名前を叫んでいる。

 

その少女の顔が見えた瞬間、ヤマトは笑顔になる。

 

「ネプテューヌ?」

 

「あれ、ヤマト……? それに……」

 

その少女がこっちに気付いた。

ネプテューヌ……ヤマトに聞いたことがある。確か、超次元のプラネテューヌの女神……だったはず。

なるほど、どことなくプルルートと雰囲気は似ている気がする。

 

走っていたアイはネプテューヌにがばっと抱き着いた。

 

「おひさッス!」

 

「わー、シノちゃんだー! 久しぶり! 何でこっちに来たの?」

 

「ん、まあちょっとごたごたがあって聞きたいことが……」

 

アイが言葉を探していると、割ってヤマトが説明した。

ここに来る経緯。アンチクリスタルを狙った犯罪組織と、その男が言った依頼主の言葉。

 

代わりに教えてもらったのは、ネプテューヌに起きた異変だ。

シェア回復のために開催されたG-1グランプリの決勝戦で行われた四女神による戦い。それに乱入してきた『ゴールドなんとか』という四人組。

圧倒的な力を見せたゴールドなんとかに敗けたその瞬間、光に包まれた。目を覚ましたらここにいたらしい。

奇妙なのは、あの黄金の塔についてネプテューヌは知らないということだ。

 

「うーん」

 

「どうにもこうにも、分からないことが多すぎる。僕たちの知りたいことも、ネプテューヌたちの知りたいことも、推測するには情報不足だ。だけど、同時期に起きたのは気になるな」

 

ぼくたちは今までの情報を整理したが、なにしろ当の本人たちが『なにがなにやらわからない』状況なのだ。

 

「ウチらの敵はアンチクリスタルを欲しがってたッスよね?」

 

「もし、僕らの敵とネプテューヌたちの敵が同一人物だとすれば、女神に対して明らかな敵意を持ってることになる」

 

アイはヤマトに目を向けた。珍しく眉間にしわを寄せている。

 

「ブランちゃん……!」

 

「行ってきてくれ。こっちは僕とヴァトリで情報を集めるよ」

 

ヤマトがぼくを指さすと、アイは頷いて変身する。

紅の女神がすきとおった翼を展開すると、ジェットのように飛び立つ。

空へ向かっていったローズハートは数秒で視界から消えていった。

違う次元とはいえ、親友であるブランが危険かもしれないと聞かされては居ても立っても居られなくなったのだ。

 

「ヴァトリだ。よろしく」

 

「よろしくー……ってうわ、握力凄い」

 

とりあえず、ぼくはネプテューヌとあいさつを交わす。

この中で初対面なのはぼくだけだ。ネプテューヌが神次元に来たとき、ぼくはまだヤマトにも出会っていなかった。まだ戦いの『た』の字も知らない若者だった。

ヤマトを知ってから、彼のように強くなりたいと鍛え続けて三年。

身長も伸びて、筋肉もついた。ヤマトやアイに鍛えられて、実力もついた。犯罪組織との戦いで経験もいくらかある。

それなりに自分に自信はあるが、次元移動なんてのはさすがに初めてだ。それでも、ヤマトのようになるために、ぼくはついてきた。

 

「というわけで、僕とヴァトリは君についていくよ。どうやら危険な状況みたいだし」

 

「よかったー。みんないなくなったから心細かったんだ」

 

ネプテューヌと同じく、ぼくたちも安堵していた。

事件が何も起きていないならともかく、この異常な状況において超次元の住民がいるのは心強い。

 

とりあえず、ぼくたちはわかりやすい謎である黄金の塔から調べることにした。

それは都合よく、プラネテューヌの中心にそびえたっていた。

近くで見ても、やはり首が痛くなるほどに高く、扉は巨人が出はいりしているのかと思うほどに大きい。

 

「来てみたはいいけど……」

 

「開かないな。なんのための塔なんだ、これ」

 

ヤマトが扉の取っ手を握るが、びくともしない。カギがかかっている様子はないが。

彼は女神メモリーの影響で右半身がモンスター化している。神次元じゃそれが受け入れられているが、超次元ではちょっとした騒ぎになってしまうことを考慮してフードをかぶっている。

ヤマトは女神級の力を持っているが、それでも動かないとなると、人間が出入りしている可能性は低い。

 

「わたしが知ってる限りじゃ、こんな塔知らないし……もしかして冷凍睡眠されて一気に時が飛んだのかも……!?」

 

「それはないと思うけど……天まで届くくらい高いうえに装飾も凝ってる。『つくられた』というよりは、『現れた』のほうが正しいかもね」

 

ぼくたちが立ち往生していると、隣に双葉リボンと長いコートが特徴の少女が現れた。

こちらに興味はないらしく、目の前の黄金の塔を見上げている。

 

「これが黄金の頂ってやつね。塔マニアとしては登ってみたいけど、今は仕事が先よね。登りがいのある塔だし休暇が取れたらまた今度来ようかしら」

 

「おおーっ、あいちゃんだ! よかったー、ちょうどこっちの次元の状況を知ってる人が欲しかったんだよねー」

 

ネプテューヌが目を輝かせた。

確かにそこにいるのはアイエフだ。神次元にいるのとそっくりで、凛とした雰囲気をもっているが、どこかしら隙がある。

神次元では、仕事柄何度か一緒に働いたことがある。こっちではもう少し成長した姿だったけど。

 

「……あのさ、アンタ、誰?」

 

そんな彼女の口から出たのは、予想外の言葉だった。

 

「やだなぁ、さすがのあいちゃんでもそれはひどいんじゃないかな? 突然会場から姿を消したのはわたしだって不本意だったんだから、それで怒るのはお門違いだと思うな」

 

「……アンタ、何を言ってるの? 私はアンタのことなんか知らないんだけど……」

 

「もう、あいちゃんったら失礼しちゃうな!けど、これ以上……」

 

続きを遮って、ヤマトがネプテューヌをぐいっと引っ張って、手で口をふさいだ。

んーんー! と訴えられるが、ヤマトはこれを無視した。

 

「ストップだ、ネプテューヌ。すまないな、連れが変なこと言って。知り合いと似てたからつい……」

 

「そうなの? まあいいわ。それじゃ、私はこれで」

 

疑問符を浮かべながらも、アイエフはその場を去っていった。

彼女が見えなくなったところで、ようやくヤマトはネプテューヌから手を離した。

ネプテューヌはぷはーっと深呼吸して、ヤマトに詰め寄る。

 

「ちょっと、なんであいちゃんを行かせるのさ!」

 

「あれはガチの反応だよ。つまり、よく似た別人か、本当に君のことを忘れてるか」

 

ホールドアップしながら冷静に返す。

そう言いながらも、ヤマトは後者に焦点を当てているはずだ。

顔が似ているならともかく、別人なら服、リボンまで同じってことはない。

 

「えぇー、そんなぁ」

 

「それと、アイエフが、というよりみんなが君のことを忘れてるなら問題点がもう一つ」

 

「問題?」

 

「シェアがほとんどないんじゃないか?」

 

「そういえば、身体が重ーいような……」

 

そういえば、で済まされるものなのだろうか。

思ったよりもずぼらというかなんというか。

 

「戦闘面に関してはぼくたちがいるからなんとかなるけど、女神がいないっていうのは国としてやばいんじゃ……」

 

「え……えーと、どうしたら……」

 

「この変な状況を知って、説明できそうな人物が欲しいな……」

 

とは言ったものの、この世界の住人じゃないぼくにはそんな人は思い浮かばない。

もし他の女神がいたとしても同じくなにがなにやら状態だろうし、ネプテューヌの知り合いがいても、アイエフのように忘却状態の可能性が高い。

 

「いーすん……いーすんだ!」

 

むむむっと悩んでいたかと思うと、ネプテューヌがピコーンという効果音と一緒に指を立てた。

聞きなれない人物の名前に、ぼくははてなを浮かべた。

 

「いーすん?」

 

「イストワールのことだよ。プラネテューヌの教祖。ヴァトリは会ったことなかったっけ?」

 

ヤマトがぼくに説明する。記憶を手繰り寄せて、イストワールとやらの姿を思い出す。

浮かんだのは、本に乗った妖精みたいな小さな女の子。

 

「ああ、あの小さいの。五か国会議で何度か目にしたことはあったけど、話したことはないな」

 

「ま、確かにイストワールならわかりそうだ。さっそく行ってみよう」

 

ようやく進展できそうだ。具体的な目標を手に入れたぼくたちは教会へと向きを変えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編2 改変された世界

ぼくたちは情報収集をしながら教会へ向かった。街の景色は神次元と同じで、道行く人の顔も見覚えがある。

しかし妙なのは、ネプテューヌのことを知っている人間がいないということだった。

彼女の話では、『ネプテューヌ』の姿や名前、性格は広く慕われているらしく、みんながみんな知っているはずだと。

だがすれ違う人に聞いても、反応が鈍い。

さすがに堪えたのか、ネプテューヌは明らかに落ち込みながらぼくたちの後ろをついてくる。

 

「ヤマト、どう思う?」

 

「ここが超次元ってことは間違いないだろうから、現状、相当やばいってことくらいしかわからないね」

 

首を横に振ったヤマト。

この国で得られる情報には限りがある。届かないぶんは、アイの報告を待つしかない。

 

「……はぁ。どうして、誰もわたしのこと覚えてないんだろう?」

 

「いまが異常なのはわかってるんだ。原因を突き止めれば、きっともとに戻るよ」

 

快活な印象を受けたが、やはり自分のことが忘れられるというのはきついはずだ。

しかも、友達であるアイエフからの記憶からも消えてるとなれば、ひとしおだろう。

 

教会についたぼくたちはすぐさま扉を開けた。

神次元のプラネテューヌ教会と大体の部分は同じだが、装飾や細かいところで違う箇所がある。

見渡しているぼくたちに寄ってきたのは、ゆったりとした雰囲気をまとった教会員だ。

 

「ここはビーシャ様の教会です。なにかご用でしょうか?」

 

「イストワールっていう人に会いに来たんだけど……」

 

「イストワール様ですね。少々お待ちください」

 

ぼくたちに疑問も持たずに、教会員は奥へと引っ込んでいった。

女神が忘れられていることを考えれば、イストワールにもなんらかの影響があるかと思ったが、異変が起きてもイストワールは存在しているようだ。

 

「ずいぶんあっさり会わせてくれるみたいだな」

 

「それにしても、ビーシャって名前……」

 

教会員の言葉に、ヤマトは眉をひそめていた。

聞きなれない名前。しかもどうやらそいつがこの教会の象徴のようだ。

 

「街でも聞いた名前だ。知ってる?」

 

「ううん。ここはわたしの教会のはずなのに」

 

「女神が忘れられてて、代わりに誰かが上に立ってるのか。しかもそれを国民が受け入れてる」

 

ぽつり、とヤマトが言う。

正直、ぼくには理解ができない。それは当事者であるネプテューヌも同じみたいで、頭を抱えてはうなっている。

 

「イストワールです。私になにかご用とか……ってネプテューヌさんではありませんか!?」

 

悩むぼくたちの前に、教会員の代わりに現れたのは、開いた本の上に乗った小さな少女だ。

イストワール。だが、ぼくの知っているのよりもいくぶんか成長したような姿だった。

彼女から漂う『できる』雰囲気に少し驚いた。こっちのイストワールは少しスペックが足りない感じのところあるからな。仕事しないプルルートも悪いんだけれど。

 

そんなことはさておきもっと驚いたのは……

 

「いーすん!?いーすんはわたしのこと忘れてないの?」

 

そう、イストワールがネプテューヌのことを覚えていることだ。

街の人々、アイエフでさえ忘れているこの状況においてこれは心強い。

ネプテューヌもほっとしたようで、自然と笑みがこぼれていた。

 

「誰がネプテューヌさんを忘れるものですか。ああ……まさか、またネプテューヌさんに会える日が来るだなんて……」

 

「わたしもだよ、いーすん。あいちゃんも街の人も、みーんなわたしのこと覚えてないから寂しかったよ」

 

「おや、そちらの方々は……」

 

イストワールがこちらを向く。

ヤマトは手をひらひらさせて応えた。

 

「久しぶりだね、イストワール。覚えてるかな、ヤマトだよ」

 

「はい、覚えています。お久しぶりですね。その節はお世話になりました」

 

三年前、キセイジョウ・レイ=古代の女神の力によって、ネプテューヌが神次元に来たことがきっかけに起きた二次元間での戦い。

それの概略は資料で読んだが、事件収拾のために次元を越えたヤマトやアイも超次元にいたのはほんの少しの間だったらしい。

ヤマトが話したことのあるのはネプテューヌ、その妹のネプギア、そして次元を越えるのに協力してくれたイストワールくらいだそうだ。

 

ぼくもイストワールと軽くあいさつを交わし、奥に通される。

ゲームやら漫画やらが散乱している、言ってしまえばだらしない部屋だった。いまこの部屋の主が誰にせよ、プルルートと似たようなもんだな。

 

「正直に言いますと、詳しいことはわかりません」

 

世界の現状についてヤマトが聞くと、返ってきたのはそんな言葉だった。

ぼくは肩を下ろした。歴史を観察するイストワールですらこの状況がわからないとすると、本当にお手上げになってしまう。

 

「ですが、この世界……ゲイムギョウ界から、女神の存在が消し去られてしまったのは確かです」

 

「でもイストワールは覚えてるんだよな?」

 

ぼくの疑問にイストワールは頷いた。

 

「特殊な存在だから……ってのが一番しっくりくるかな。なんにしても、偶然こんなことが起きたってことは考えにくいな」

 

神次元での事件、超次元での異変。

確定とは言っていないが、ヤマトは同一人物の犯行とみているようだ。

 

「はい、何者かによる攻撃といってもいいかもしれません。そのせいで、女神ではなく、ゴールドサァドが治めるゲイムギョウ界へと変わってしまったのではないかと……」

 

『ゴールドサァド』。さっきネプテューヌが言っていたゴールドなんとかの正式名称だ。

そのゴールドサァドがこの事態を引き起こしたのか? あの金の塔は勝利の証とでもいうのだろうか。

 

「んで、そのゴールドサァドってどこにいるの?」

 

「それがなんの因果かネプテューヌさんのようにいつも遊んでばかりで、今日も朝から外に出かけているんです。どうして、プラネテューヌばかり、こう仕事をしない人がトップになるんでしょうか」

 

イストワールはため息をついて、頭を抱えた。

ヤマトはまあまあ、となだめて続きを促す。

 

「ほかに気になったところは?」

 

「そうですね……いまはいろいろアイエフさんに調べてもらっていますが、一番気になるのは人型のロボットの話ですね」

 

「ロボット?」

 

「はい、今のところ事件を起こしているわけでもないのですが、以前と比べて、明らかにロボットの目撃情報が多すぎるんです。どこが造ったのかわからないロボットが」

 

ぼくとヤマトは顔を見合わせた。

人型のロボット。神次元でヤマトが相手した敵だ。

神次元でも超次元でも誰が造ったのかわからないロボット。これはますます怪しいにおいがしてきた。

 

「アイエフに話を聞くか」

 

「そうだね。ビーシャも探さなきゃいけないし、外でいろいろ調べたいこともあるし……案内はネプテューヌにお願いするよ」

 

自分のことを知っている人にようやく会えて、すっかり元気になったネプテューヌが親指を立てた。

 

「まっかせて!」

 

 

 

といっても、プラネテューヌは広い。

神次元より少し発展しているようで、ぼくの知るプラネテューヌよりごちゃごちゃしていた。

こんな中で目当ての人物を探すのは難しいかも。

 

ぼくたちは手分けして探すことにした。

ヤマトとネプテューヌは街を回りながら、ほかの女神とどうにかして通信できないか試すようだ。

 

ぼくはアイエフを探すと同時に、イストワールにもらった写真をもとにビーシャも探す。

進展があったら連絡するようにして、二手に分かれた。

 

黄金の塔の周辺を歩きながら、ぼくはもやもやとした感情に囚われていた。

ヤマトといると、学ぶことがたくさんある。だけど同時に、自分の力不足を感じてしまう。

手助けになるために鍛えて、戦ってきた。それでもヤマトを超えることはできないし、経験も浅い。

助けられることはあっても、助けになったことはあっただろうか。

 

どこまでも続く高い塔を見上げ、ぼくは腕を組んだ。すると、視界の隅に同じく塔を見上げる人影をとらえた。

ゆっくりとそちらを向くと、驚いたことに目当ての人物だった。

 

「アイエフ!」

 

「あら、あんたはさっきの……変な子と一緒にいた……」

 

思わず声をかけてしまい、警戒させてしまったみたいだ。

アイエフは疑いの目を隠そうともせずにこちらを見る。

 

「ヴァトリだ。よろしく」

 

「よろしく……で、あたしに何の用?」

 

「イストワールに、協力してあげてくれって言われてね」

 

ぶっきらぼうに言うアイエフに、ぼくは身振り手振りでできるだけ敵意がないことを見せた。

協力が必要なのに、敵と思われたら面倒なことになる。

 

「じゃああなたも諜報員かしら?」

 

「そんなもんかな。なんならイストワールに確認してもらってもいい」

 

アイエフは数秒考え、口を開いた。

 

「……まあいいわ。いまから目撃情報が入ったから、はやく行かなきゃいけないのよ」

 

「目撃情報?」

 

「怪しいやつの通報があったの。前からよくロボットと一緒にいるだの、恰好からして危ないやつだの言われてたやつなんだけど」

 

ロボット……どうやら繋がりそうだ。

ぼくは連絡を取ろうと思い端末を取り出したが……懐にしまった。

 

「ついていく」

 

情報をつかんでからでも、ヤマトたちに連絡するのは遅くないだろう。

それに、危険があろうとも切り抜けられることを証明する機会でもある。

 

「…………」

 

疑念の目を解かずにぼくを見ていたアイエフはようやく背中を見せた。

 

「それじゃ、こっちよ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編3 魔女と機械

 

 

アイエフが向かったのは、サクラナミキという場所だった。

名前の通り桜がそこかしこで咲き乱れ、遊びに来る人がたくさんいたらしいが、最近モンスターが出没してきてからは立ち入り禁止区域になっているそうだ。

 

馬に羽が生えたモンスター、馬鳥の突進を盾で防ぎ、そのまま盾でアゴを打ち付ける。

悲鳴をあげた馬鳥は粒子となって消え去る。

 

「あんたなかなか戦えるのね。見た目だけかと思ったわ」

 

「どうも」

 

言いながらぼくはアイエフのほうへ盾を投げる。

盾はびくっと首を縮めたアイエフのすぐそばを通り過ぎ、後ろのスライヌへ激突した。

スライヌは消え、盾は回転しながらぼくへ戻ってきた。

 

「あんた……」

 

いきなりのことに怒るべきか、それとも感謝すべきかわからずに、アイエフはとりあえずため息をついた。

 

「次やるときは言ってよ」

 

「善処する」

 

そんな調子でぼくたちは敵を倒しつつ進んでいった。

だがいっこうに目的の姿が見えない。

アイエフいわく魔女みたいなやつらしいが、ここにいるのは弱いモンスターだけ。

長時間探し続けているが、ここまで見つからないとなると、もういないことも考えるべきだ。

アイエフもそれを思ったのか、くるりとこっちを見て、首を横に振った。『お手上げ』のサインだ。

 

「もうどこか行ったのかしら……いったん戻り……」

 

アイエフがしゃべっている途中、その後ろから何かが飛んできた。

ぼくはアイエフに覆いかぶさるようにして盾を構える。

飛んできたなにかは盾に当たり、身体が押されそうになるもなんとか踏ん張る。

 

ぼくは盾から顔を出して、何かが飛んできた方向を見る。

桜木の陰から、赤く光る目の人間がゆっくりと姿を現す。

いや、人間じゃない。全身は銀色で、右手は大きな銃口のような形をしている。

機械人形。しかもヤマトの報告にあったロボットに酷似している。

あちらから来てくれるとはありがたい。ぼくは盾を前に構えながら、ゆっくりロボットに近づく。

ロボットは右手の銃口を向けながら、ぼくの頭から足まで観察し、興味深そうに頷いた。

 

「どうやら無事こっちに来たみたいだな。お前が来るのは予想外だったが……」

 

ロボットはやけにざらりとした声を発した。

 

「やっぱりお前はあのロボットだな」

 

『こっち』というのは『超次元』のことを指しているのだろう。

とすれば、このロボットを操っているのは明らかに神次元で犯罪組織に依頼をした人物と同一人物だということになる。

 

「二人で来るとは度胸がある」

 

「そっちは一体だ」

 

「それはどうかな?」

 

その言葉は目の前からではなく、後ろから聞こえてきた。

まったく同じロボットがそこにいた。しかも二体。ぼくたちは挟まれる形で、形勢逆転を許してしまった。

 

「罠にかかったみたいね」

 

「嘆いてる暇はないぞ」

 

ぼくは腰を低く構えた。

三体とも銃口はこちらに向けている。そんななか先に動いたのは……

 

「わかってるわ!」

 

アイエフだった。

手に持ったダガーで、前の一体を素早く切りつけていく。

ぼくは後ろの二体が動き出す前に、盾を投げた。

鈍い音がして左の一体に激突する。ロボットはよろめいたものの、傷ついている様子はない。

そいつが立て直す前に、ぼくは地面をバウンドして戻ってきた盾をつかみ、もう一体のほうへ駆け寄る。

右手から繰り出される光弾を盾で防ぎ、間合いを詰めると、その顔をパンチする。だがこれも大したダメージは通っていない。

続いてくるりと身体を回転させ、盾で殴りつける。ロボットはもう一体を巻き込んで桜の木へと激突した。

ちらりとアイエフを見ると、苦戦はしているが優勢だ。

目線を戻す。一体が飛び上がり、もう一体は走って近づいてくる。

ぼくはぐるんと身体を回転させて走ってくるロボットへ盾を投げる。

ロボットは盾が当たるなりガシャンという音がして、真っ二つに割れた。盾はそのまま跳ね返って飛んでいたロボットに衝突、ぼくにたどり着く前に地面に伏した。

ジジジ、と音を発しながらまだ戦おうとするロボットの頭を蹴り飛ばすと、ようやく動かなくなった。

ぼくはすぐさま盾を拾って、再びアイエフのほうを見る。

 

「魔界粧・轟炎!!」

 

地面から迸る火の柱がみるみるうちにロボットを溶かす。

そうか、アイエフは魔法も使えたんだ。

機械系のモンスターには、魔法が効くと相場が決まっている。げんに、あのロボットも抵抗する間もなくその身を消滅させた。

 

「大丈夫か?」

 

「平気よ、これくらい。だけど……」

 

「やっぱり危険だな、このロボットは……」

 

「やっぱり……? ねえ、あんた……」

 

「危ない!」

 

目の端にちらと見えた、高速で近づく黒い塊をとっさに盾で防ぐ。しかし吹き飛ばされ、身体は地面を転がる。

突然の衝撃に、ぼくは少し混乱した。すぐ頭を払って、冷静になろうと努める。

立ち上がって、盾を前に構えながら攻撃の来た方向を見る。だけどそこにはなにもいなかった。その代わりに……

 

「くっ……」

 

「ハーッハッハッハ!お前たちか、私を尾けているというやつらは」

 

爆発の余波でダメージを受けたアイエフを、魔女のような格好をした全体的に薄紫の女性が捕まえ、その首に鎌を突き付けていた。

ぼくはその女性を知っている。

マジェコンヌ。神次元ではぼくたちの仲間であり、ナス農園を営んでいるはずの彼女が、高笑いをあげてこちらを見下げている。

彼女が危険人物であったということは聞いている。この次元では明確に敵であろう。

 

ぼくはファイティングポーズをとる。

面白い、というふうにふんと鼻を鳴らし、鎌の先をこちらに向けた。

ぎゅっと距離を詰めて、アイエフに当たらないように思い切り盾を振り上げる。マジェコンヌは片手なのにもかかわらず、ぼくの攻撃を次々といなしていく。

歯を食いしばって盾を投げるも、簡単に弾かれてしまった。

防御手段がなくなったぼくに、マジェコンヌは鎌の先から黒い光弾を放つ。

腕を交差させて防ごうとするも、またも吹き飛ばされてしまい、背中から木にぶつかってしまった。

ずるずると地面に倒れ、げほげほとせき込むと、マジェコンヌは鎌を振り上げる。

 

「貴様らを生かしたせいで足取りがついては困るのでな、ここで始末させてもらう」

 

くそっ、実力が違いすぎる。

マジェコンヌはにやりと笑って鎌を振り下ろした。急いで盾を拾おうとしたその瞬間、ギィンと甲高い音がした。

恐る恐る前を見ると、アイエフの首はまだ繋がっていた。それだけじゃない、マジェコンヌが手に持っていた鎌はくるくると回りながら弧を描いて地面に突き刺さった。

 

「あいちゃんを放しなさい! デュエルエッジ!」

 

何かが目にもとまらぬ速さでぼくの目の前を過ぎ去っていき、マジェコンヌを太刀で一閃した。

凛とした雰囲気の、艶やかなその女性はマジェコンヌからアイエフを救い出すと、いったん距離を置いた。

 

「安心して。あいちゃんの仇は私が討つわ」

 

「勝手に殺すんじゃないよ」

 

いつの間にかぼくの後ろに立っていたヤマトだった。マジェコンヌの武器を弾いたのは彼だ。

女性はそっとアイエフを降ろすと、両手で太刀を構えた。ヤマトも弓を構えて、彼のエネルギーでできた光の矢を具現させる。

 

「ちょうどいい、零次元で味わった屈辱、ここで晴らさせてもらう!」

 

「僕もちょうど聞きたいことがあるんだ。だけど君の性格上、おいそれと話してくれるわけじゃなさそうだし」

 

「ふん、当たり前だ。私がやることは一つ。お前たちを血祭りにあげることだ!」

 

マジェコンヌがぐっと腰を低くする。それを見て女性とヤマトも武器に力をこめる。

その場の全員が動こうとしたその瞬間、両者の間に何かが落下した。重い音と土煙を上げながら、それはゆっくりと立ち上がる。

 

「危ないところだったな、マジェコンヌ」

 

耳障りなざらざらとした声、先ほどのロボットと同じ声だ。

だけど、目の前に現れたのはいままでのロボットよりもずっと頑強そうだった。

三メートル手前ほどもある身体はどこを攻撃しても傷つかなそうなほど重厚に見える。

何よりも目を見張ったのは、その動きだ。さっき戦ったときに感じた、ロボットの一部ぎこちない動きがこの機械人形には感じられない。

ゆったりとしたその一挙手一投足が、まるで人間のようにしなやかに動いている。

映画によく出てくるような、人間を模した皮を被っていないにも関わらず、そいつはそれ以上に人間に近かった。

 

「手伝え。あいつとは因縁があってな」

 

「断る」

 

マジェコンヌの言葉を遮るようにして、機械が即答すると、こちらを向いた。

 

「こっちの身体で会うのは初めてだったな。おれの名前はエコー。以後よろしく。会う機会があれば、だが」

 

エコーは表情を変えずにぽいと何かを投げた。

目の前にころころと転がってきたそれは、手りゅう弾だ。まずい、盾はいま手元にない。反射的に身体を丸めて凌ごうとする。

くぐもった爆発音と同時に振動と熱が襲ってくる。けれどもなぜか痛みはほとんどなかった。

恐る恐る目を開けてみる。

 

「大丈夫か?」

 

そんな言葉が投げかけられる。

ヤマトがぼくを覆うように、その身を盾にしていた。

かなりの威力があったのだろう。高い硬度をほこるヤマトの身体でさえ一部が欠け、緑色の血が伝っている。

 

「ヤマト……」

 

「無事みたいだな。ネプテューヌ、そっちは?」

 

「さっきの爆発は問題ないけれど、あいちゃんはちょっとケガしてるわ……はやく治さないと……」

 

ヤマトが女性のほうへ近づき、なにやら話し出す。だけどもうぼくの耳には入ってこなかった。

ただ茫然と爆発の跡を見ることしかできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編4 聞き込みしてネプギアに再会してリーンボックスに送り出すお話

エコーという謎のロボットを相手にした日から数日、ゲームの盗難事件が起きた。

被害現場はチューコという女性ネズミが店長を務める中古ゲームショップ。わりと珍しいゲームを扱っているそうで、知る人ぞ知る隠れた有名店だそうだ。

店内はかなり荒らされていて、激レアの本体やソフトはショーケースに飾られていたはずだが、そのショーケースはことごとく割られ、ゲームは根こそぎ盗られている。

『本日閉店』という店の中に入って、ぼくはチューコに聞き込みを行っていた。

 

「じゃあ、朝出勤したらこうなっていたと……」

 

「そうでちゅわ。最近物騒になってきたのはもちろん知っていまちゅ。けどまさかうちが……」

 

「ありがとう。調べてみるよ」

 

メモ帳を閉じる。

事件が起きたのは、チューコが昨日店を閉めてから今日の朝まで。あれだけ大量に盗んでいるんだから、動きがあればすぐ耳に入るだろう。

チューコの言う通り、最近はなにかと事件が多い。プラネテューヌはゲームの盗難騒ぎがほとんどだが、他の国はこっちに届く限りでも相当なものだ。

女神逮捕、モンスター凶暴化、謎の組織暗躍。

ぼくが力になれるのだろうか。超次元に来るまでの自信が一気に消え失せていた。

 

「まだ落ち込んでるのか、ヴァトリ」

 

「ヤマト……」

 

近くの住人に聞き込みをしていたヤマトが戻ってきた。

爆発の傷もすぐに癒えている。

 

「すまない、足手まといになってしまって……」

 

ぼくはヤマトの目を見れなくなって、うつむいた。

自分に自惚れていたぼくは、ヤマトに迷惑をかけただけでなく、傷つけてしまった。アイエフだって、数日絶対安静ほどまで傷を負わせてしまった。

そんなぼくに、ヤマトは怒るでもなく、ふっと笑った。

 

「『鍛えてくれ』って君が言ったときのこと、覚えてる?」

 

そんな不意の言葉に、ぼくはぼんやりとうなづいた。

数年前、エディンが運営する孤児院に拾われたぼくは、ヤマトの戦う姿を見てあこがれた。

ヤマトやアイに頼み込んで、身体を鍛えあげた。

その途中で見えたのは、国民やぼくたちを守ろうとするヤマトたちの姿。それを見て浮かんだぼくの疑問は、そんな彼らを守るのは誰かということだった。

やたらと好戦的なヤマトたちは女神の力を有するがゆえに、そうそう傷つけられることはない。だけども、犯罪組織が相手となるとそうもいかないことがある。

怪我を負いつつも戦いから帰るのを見て、ぼくが強くなる理由はいつしか、彼らを守るためになっていた。

いまはそれが、いらないお世話だったと痛感する。

 

「なぜ君がそう言ったのか、僕はあえて聞かなかったのは、あのときの君が強くなろうとする人間の目だったからだ。戦うことを知らなかった人間が、それでも戦おうとするために強くなろうとする。まるで昔の僕みたいだった」

 

昔のヤマト。彼は語ろうとはしないし、ぼくはヤマトたちが『普通』だったころを知らない。

ぼくにとってヤマトとアイは兄姉のように親しく、頼れる存在だった。弱くて、苦悩したということは一切感じられなかったし、信じられなかった。

だからこそ、ぼくがそう思っているからこそ……

 

「ヴァトリ、君は確かにミスをした。だけど、僕は君のことを足手まといだなんて思ったことはないよ」

 

そう言ってくれる優しさも、ぼくには届かなかった。

返事もできずにまごまごとしていると、向こうから見知った三人が歩いてきていた。

 

「いやあ、それにしても、あいちゃんがわたしのことを覚えていなかった時は本気でどうしようかと思ったよ」

 

「だから、それは何度も謝ってるでしょ。私だって、何でそうなったのかわからないんだから」

 

「そうですね。どうして、世界中のみんなが、ねぷねぷたち女神さんのことを忘れてしまったのでしょうか」

 

ネプテューヌにアイエフ、そしてぼくたちの怪我を診てくれたふわふわした雰囲気の少女コンパだ。

あの綺麗な女性、女神化したネプテューヌの姿を見たからか、それとも攻撃の衝撃からか、アイエフはネプテューヌのことを思い出した。

コンパも、電話でネプテューヌの声を聞いたその場で思い出したらしい。

 

「ネプテューヌたち、偶然だね」

 

「あれ、ヤマトにヴァトリ。仕事に行ったんじゃ……」

 

「ここが現場。またゲームの盗難だよ」

 

「ま、また!? ぐぬぬ、マザコング……許すまじ!」

 

ネプテューヌがヤマトに話の詳細を求める。ゲームを愛するネプテューヌにとっては、何よりも許せないことみたいで、ほぼ毎日おかんむりだ。

あのマジェコンヌも関わっているのはほぼ明白で、ロボットとともにその目撃情報が多くなっている。

 

「アイエフ、もう大丈夫なのか?」

 

「もう、何回訊くのよそれ。見ての通り、すっかり元通りよ。コンパのおかげでね」

 

アイエフの身体はぼくたちの誰よりもダメージを負っていて、病院に運んだほどだ。

気にするな、と何回も言われたが、そう素直に受け止めるわけにもいかない。

そういうわけで、ぼくはプラネテューヌの調査を買ってでた。アイエフの休んでいる間の代わりだ。

 

「助かったよ、コンパ。ヤマトのことも診てくれて」

 

「いえいえ、最初は驚いたですけど……」

 

コンパはちらりとヤマトのほうを向く。あわせてアイエフも。

治療の過程で、この二人はヤマトの姿を見た。モンスター化した右半身を。

 

「私も驚いたわ。あれが、ねぷ子が言ってたヤマトなんだなって。女神の力を持ってるなんて、ずいぶんでたらめなやつね」

 

「ヤマトとアイがこっちに来た時に会ったりはしてないのか? 二人とも数日はいたんだろう?」

 

「そのときは話はしなかったから……姿は見たけど」

 

「わたしもねぷねぷの治療や事件のあらましを聞くので精一杯でしたから……」

 

神次元と超次元の、古代の女神がきっかけで起きた事件。

大まかなことしか資料には残っておらず、詳細は知らないけれども、女神と九賢人(旧七賢人)の対立から和解、エディンの建国までそのときの事件に関係あるというのは有名なことだ。

ヤマトとアイ、そして神次元のプラネテューヌの女神プルルートが少しは顔見知りだと聞いたが、本当に『少し』程度のようだ。

 

「それにしても、状況はまずくなるばかりだな」

 

「ラステイションではノワールが捕まって、リーンボックスでは謎の組織が暗躍……」

 

アイエフが指を折りながら事件を数える。

 

「アイからの情報では、女神たちは無事なものの、あっちもあっちでモンスターの凶暴化」

 

継ぐように、ヤマトが人差し指を立てた。

ルウィーに行ったアイによると、ブランに加えて妹たちも間一髪のところで助けることができたそうだが、あちらでもやたらときな臭いことが起きているとのこと。

 

「もー! 暗くなっちゃうじゃん、いいニュースはないの!?」

 

耐えきれなくなったネプテューヌが叫ぶ。

これがあの女性……女神パープルハートと同一人物だとは思えないが、まあ、プルルートもアイも似たようなもんか。

 

「ないな。大小さまざまな事件が起きてる。ロボットの目撃情報も増えてるから、もっと大きなことの前触れのようにも感じるけど……」

 

「確たる証拠はなし……参ったわね」

 

「こんな時に、他の女神と連絡できたらなあ……」

 

いまのところ、連絡手段はほとんどないに等しい。

アイとは通信できるものの、他の国の状況はニュースかネットでしか得られないのだ。

ロボットに関してはどの国でも見られているようだから、幅広く手を出しているのだろう。

アンチクリスタル、犯罪組織、女神、そしてこの世界改変を利用しようとするあのエコー。

いまのところ何が目的かはわからないが、危険度は高いのは確かだ。

 

「あーっ」

 

揃って頭を抱えていると、こちらに向かって指を指す少女が現れた。

 

「ねぷっ!? この声はもしや!?」

 

「やっと会えたよ、お姉ちゃん!よかった、無事だったんだね!」

 

その少女はネプテューヌに抱きついた。

お姉ちゃん……ということは、妹?

そういえば、髪の色は一緒だし、雰囲気もどことなく……身長は妹さんのほうが高いけど。

 

「心配かけてごめんね。けど、ネプギアも無事そうで何よりだよ」

 

「突然会場から消えちゃうから心配したんだよ。おまけに、なぜか誰も私たち女神のことを覚えてないし、もう何がどうなってるの?」

 

「それが、わたしたちにもさっぱりなんだ」

 

「いろいろと探ってるとこだよ」

 

ネプギアと呼ばれた少女に、ヤマトが近づく。

 

「わっ、ヤマトさん……に、そちらは?」

 

ネプギアのほうもヤマトを知っていた。

神次元に来たことのある、ネプテューヌの妹ネプギア。犯罪神を相手に戦い抜いた女神の一人。

ネプテューヌはそのネプギアに今まであったことを説明している間、ぼくはアイエフたちから彼女のことを聞いた。

ヤマトの話によると、それほど活躍した覚えはなく、ほとんどスルー気味だったとか。

アイエフたちの話と合わせると、かなり印象が違って見えるが、うーん……

 

「ところで、ネプギアはノワールたちのこと何か知らない?」

 

「んー……私もたいしたことは知らないかな。ノワールさんはラステイション教会に捕まって、今はユニちゃんが救出作戦を実行しているころだし」

 

「他の人と連絡できるのか?」

 

ネプギアの言葉に、ぼくが反応した。

 

「はい、といっても女神候補生だけとですけど」

 

「ルウィーに関してはアイがいるし、ネプギアがいればラステイションの状況も知れるってことか……」

 

「そうなるとリーンボックスが心配ですね。あそこはベールさんだけだし……」

 

「ん……」

 

ぼくは顎に手を当てた。

ラステイションはさっきネプギアが言っていたユニとやらがどうにかできるそうだし、ルウィーにはアイがいる。しかし、リーンボックスには妹がおらず、連絡も取れないため状況がまったく不明だ。

そんな中ではベールを心配するのも無理はない。

 

「そうだ、ネプギア。ちょっとリーンボックスまで行って、ベールを手伝ってきてくれないかな?」

 

口を開いたのは、ネプテューヌだった。

 

「ちょっとネプ子、あんた何言いだすのよ」

 

「そうですよ。ギアちゃんと会えたばっかりなんですよ。ギアちゃんのことですから、ずーっとねぷねぷと会いたかったに違いないです」

 

ネプギアの様子から見て、ネプテューヌのことをかなり慕っているのはわかる。

こんな心細いなかでようやく会えたのだ。再会のひとときはしばらく味わいたいだろうに、ネプテューヌは言葉をつづけた。

 

「うん、それはわかるよ。私だって、ずーっとネプギアに会いたかったもん。でも、これはネプギアにしかできないことなんだよ。わたしね、プラネテューヌの人たちがわたしのこと覚えてないってわかったときはすごく辛かったんだ。でもヤマトたちが助けてくれて、あいちゃん、こんぱもわたしのこと思い出してくれて、ようやく何とかなるかもって思えるようになったんだ。だからお願い、ネプギア。ベールを助けてあげて」

 

その目には、女神化したときと同じような、凛とした強さが光っていた。

ネプテューヌでも、女神は女神。ヤマトの言う通り、その外見からは予想もできない強さだった。

そして、それは妹も同じ。ネプギアは駄々をこねることなく頷いた。

 

「……うん、わかった」

 

「いいのか?」

 

「彼女たちは、僕たちが思っている以上にお互いを想いあってるんだ。口をはさむのは野暮だよ」

 

「はい、今生の別れでもありませんし、いま一緒にいられないぶんは後でめいっぱい甘えさせてもらいますから」

 

ネプギアはにこりと笑った。

ぼくとヤマト、それぞれと連絡できるように連絡先を交換してから、ネプギアはもう一度ネプテューヌに向き直る。

 

「それじゃあ、お姉ちゃん。私いくね」

 

「もう行っちゃうですか?」

 

「いくらなんでも急すぎよ。ちょっとくらいゆっくりしていったら?」

 

コンパとアイエフが止めようとするも、ネプギアは首を横に振った。

 

「そうしたいのは山々ですが、はやくベールさんの力になってあげたいんです」

 

「ならベールのこと任せたよ、ネプギア!」

 

「うん、任せて。ちゃんとベールさんの役に立ってみせるから」

 

ぐっと親指を立てて、すばやく去っていく。

ベールのもとへ……か。神次元に負けず劣らず、こっちの女神たちも強い絆で結ばれているようだ。

信頼しあう……それが少しだけ、いやかなりうらやましかった。

 

「ねぷねぷ、本当によかったんですか?」

 

「辛くないわけないよ。だけど、今は世界の危機だからね。甘えたことは言ってられないと思うんだ」

 

ふふん、と強気で胸をそらすネプテューヌに、ヤマトがにやりと笑う。

 

「……けど、こっちでもベールは妹いないんだろ? ベールはずいぶんとネプギアのことお気に入りのようだし、妹にしちゃうかもなあ」

 

「ネプギアのほうも、寂しさを覚えてうっかり次元を越えるほどだし……」

 

ヤマトとアイエフの精神攻撃に、ネプテューヌの自信げな顔がさーっと青ざめる。

 

「い、いまならネプギアに追いつけるよね!?」

 

……印象を改めるのは、もう少し後でいいかもな。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編5 プレスト仮面

ネプギアがリーンボックスへと向かってからまた時間がたち、ぼくとアイエフはあらゆるゲーム屋で聞き込みを続けていた。

 

「別についてこなくてもいいのに」

 

「と言われてもな」

 

正確には、アイエフの聞き込みについていっているだけだ。

口では大丈夫と言いつつも、怪我が癒えているかどうか、本当のところはわからない。

まさか脱がして確かめるわけにもいかないし、無事と確信できるまではついていくことにした。

 

「あんたみたいにいらないものまで背負うやつ知ってるけど、ろくな結果にならなかったわよ」

 

懐かしむような顔をして、少し顔をゆがめる。

普通なら両立しないはずの表情に、ぼくは興味を持った。

 

「どんなやつだ?」

 

「どんなやつって……一見頼りなさそうに見えて、なんというか……」

 

そこまで言って、アイエフが口ごもる。どの言葉が正しいか、迷っているのだ。

 

「知り合いなんだろう?」

 

「そんな簡単に言える奴じゃないのよ」

 

それ以上は何も言わず、にぎわっているゲーム店のドアを開く。

ここらでは大きいゲーム店だが、まだ被害のないところだった。

こういうところにいると、自分のことがひどく場違いに思える。神次元でもゲームは衰えない流行だが、ぼくはほとんどやったことがない。

エディンが運営する孤児院にもたくさんのゲームがあるが、ぼくは身体を鍛えるので夢中。興味がないというわけではない。それよりもやるべきこと、やりたいことがあるのだ。

 

アイエフがさっそく店長を呼び出し、一枚の写真を見せる。

 

「このネズミ、見たことない?」

 

清潔感のあるエプロンは制服だろう、胸に『店長』と書かれた男性に写真を見せる。

ワレチューという、灰色のネズミの写真だ。残念ながら、相手は首を横に振った。

 

「そう……最近騒ぎになっている強盗よ。なにかあったら教会まで連絡ちょうだい」

 

「あの、それなら……」

 

おそるおそるといったふうに人差し指をこちらに向けた。いや、ぼくたちの後ろだ。

 

「ぢゅっ!?」

 

そこにはちょうど、緩衝材できれいに梱包されたゲーム機やソフトを台車で運ぶ一匹の姿があった。

神次元で散々見たぼくにとっては、写真を見るまでもない。ワレチューがそこにいた。

アイエフに気づくと、店に一歩入った状態で固まってしまった。かと思うと台車を置いてすぐさま来た道を走り出してしまった。

 

「あ、あんた!」

 

アイエフが追い始める。ぼくもすぐさま反応して、道路を走るアイエフに並ぶ。

 

「どうする?」

 

「とりあえず捕まえて、尋問ね」

 

「冗談じゃないっちゅ!」

 

アイエフの言葉を聞いて、先を走るワレチューがさらに速度を上げた。

ワレチューの身体は小さいのにも関わらず、少しずつ距離が広がっていく。

 

「あいつ……逃げ足だけは速いな」

 

「言ってる場合じゃないでしょ、早く捕まえないと」

 

盾を投げれば止められるかもしれないが、手元が狂ったり、避けられてしまえば道を歩く人に当たってしまうかもしれない。

うかつに行動を起こすことができないのがわかりつつも、背中の盾を腕に装備する。

 

「ぢゅっぢゅっぢゅー。誰がお前らみたいなノロマに捕まるかっちゅ」

 

ぼくたちが追いつけないと分かったのか、余裕を出して、こちらを向いて舌を出したその瞬間だ。

よそ見をしたために、正面の子どもにどんとぶつかってしまった。

 

「うわあああああん!」

 

「ふん、すぐ泣くから人間の子どもは嫌いっちゅよ」

 

勢いよく転んでしまった子どもが泣き出したのに、ワレチューは嫌な顔をして再び逃げ出す。

ぼくは止まって、倒れた子どもを座らせる。少し血が出るほどの傷が足にできている。

同じく立ち止まったアイエフがポーチから傷薬を取り出す。

 

「ぼくが追う!」

 

この場はアイエフに任せ、ぼくはワレチューを追うために足を動かした。

かなり距離が開いてしまったが、このまま逃げ切れるはずがない。これだけ目立つ逃走劇を繰り広げているのだ。見失ったとしても、人か防犯カメラが姿を捉えている。

とはいえ、この場で逃がすつもりはない。人の往来が少なくなれば、なにかしら足を止める手段はある。

 

「まてーーーい!」

 

突如、よく通る声が響き渡った。

思わずワレチューもぼくも止まってしまう。

声の主は、なぜかとがったサングラスをかけている金髪の少女だ。立っているのは、よりにもよってワレチューの正面。

 

「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと我を呼ぶ! 聞け、悪人共!」

 

ババッとキレのいい動きでいくつかポーズをとったあと、ぼくとワレチューを交互に指差す。

『共』って、一緒にされちゃったよ。

 

「我は正義のヒーロー、プレスト仮面! 子どもを泣かせるなんて言語道断! 成敗してくれる!」

 

プレスト仮面はファイティングポーズをとる。

だが、ワレチューはお構いなしに突進していく。

 

「変なマスクを着けてわけのわからないやつっちゅ! どかないなら、力づくでいくっちゅ!」

 

「そうはいくか! くらえ! 必殺、プレストキーック!」

 

まずいと思い、ぼくが盾を投げようとしたとき、プレスト仮面は跳躍し、空中で一回転するとまっすぐワレチューへと飛んでいく。

背中にジェットをつけているわけでもない。だが、それ以上の勢いでプレスト仮面はキックをかました。

 

「ぢゅーーっ!?」

 

断末魔をあげて、ワレチューがこちらに飛んできた。ぼくはそれを身体で受け止めると、地面に落として手錠で拘束する。

いまの攻撃で完全に伸びきっていたおかげで、抵抗なく捕らえることができた。

非戦闘員とはいえ、一撃でワレチューをのしたその実力。格好は伊達じゃないということだ。

 

「次はおまえだ!」

 

プレスト仮面がぼくを睨む。といってもサングラスをしているから、ほかの部分から推測しただけだが。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

違う。という間も与えずに、プレスト仮面が再び跳躍する。

さきほどと同じように一回転して、足を先にこちらへ向かってくる。

 

「プレストキック!」

 

空を切る音が聞こえた瞬間、盾で防ぐが、思い切り吹き飛ばされ、転げ回ってしまう。

盾は身体を守ってくれたが、その衝撃はしっかり叩き込まれた。

特に盾をつけている右腕がじんじんと痺れる。

 

「やってくれる……」

 

先に仕掛けたのはそっちだぞ。

ぼくは力を入れて立ち上がり、プレスト仮面へと向かう。

間合いを詰めて、容赦なくパンチを繰り出すと、ぼくはあのロボット、エコー以来の衝撃を受けた。プレスト仮面はいとも簡単にぼくの拳を受け止めたのだ。

エコーとの一戦以来、少し疑問を感じることもあったが、鍛え上げた身体には相応の自信があった。だが、目の前の少女は動じずにぼくの固めた手を取った。

プレスト仮面はぼくを押し出すと、お返しと言わんばかりにパンチを出してくる。防御に成功すると、今度は後ずさるだけで済んだが、さらに痺れが増した。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

構えた両者の間にアイエフが割って入った。

ワレチューの写真と諜報員の証明証を見せると、ようやくプレスト仮面はわかってくれたようで、構えを解く。

 

「こいつと私は悪くないわ。強盗のあのネズミが逃げたから、追ってたの」

 

「なーんだ、そうだったんだ。なら迷惑料含めて一万クレジットでいいよ」

 

「迷惑料?」

 

ぼくは眉をひそめた。

ワレチューを捕らえるのに協力してくれたのは感謝するが、迷惑をかけられたのはこっちも同じだ。

 

「そんなお金持ってないわよ」

 

「ま、今回はわたしの勘違いもあったし、特別にタダにしてあげる。ただし、次からはちゃんともらうからね!」

 

言うだけ言って、プレスト仮面は高笑いしながら去っていった。

嵐のような登場と退場に、ぼくは立ちすくんでいた。

ちらりと後ろを見ると、さっきの子どもは親に抱きかかえられていた。治療は済んでいるようで、泣き止んでいる。

 

「ずいぶん驚いた顔してるのね」

 

「そりゃそうだろう。まさか金を請求されるとはな」

 

「そういう子なのよ。悪く思わないでね」

 

「良いやつなんだろうけどな」

 

子どものことを思っているヒーローっていうのはわかるが、金を要求するヒーローは初めて見た。

驚くぼくに、アイエフはさらに言葉をつづける。

 

「あれがあんたたちの探してるゴールドサァド、ビーシャよ」

 

「ゴールドサァド……」

 

ぼくは唖然とした。同時に、この腕の痺れを納得することができた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編6 襲撃される街

「ということがあったんだ」

 

「やたら外が騒いでると思ったら、ワレチューにゴールドサァド両方に遭遇してたんだな。疲れ切ってるから、何かと思ったよ」

 

ぼくは疲弊していた。

戦ったのもあるが、ビーシャの特徴とツッコミどころのありすぎる言動が一番の原因だ。

伸びていたワレチューを捕まえて、戻ってきてもいまだに飲み込めてはいないが、飲み込むつもりもない。

 

「実際には、そんなに動いてはないつもりなんだけどな。ワレチューは?」

 

「アイエフに任せてるよ。こっちの事情はこっちの人間のほうが詳しいだろうし、コンパがいたほうがスムーズだろうし。僕が訊きたいことはまた後で」

 

そうか。と頷いてぼくは壁にもたれかかり、正面の扉を見つめる。

通常なら女神ネプテューヌの部屋であるそこは、いまはビーシャの部屋らしい。

しかし、そのビーシャは外で遊んでいるか、さっきのようにプレスト仮面として治安維持をしているかでたまにしかここに寄らないそうだ。

他に場所もない。ワレチューの尋問に使わせてもらうことにして、ぼくたちは終わりを待っていた。

 

「どうだった。ゴールドサァド」

 

「見た目は普通の少女ってところは女神と変わらないな。異常な力を持ってるっていうのも」

 

「強さは?」

 

ここでふと、ヤマトの目を見た。

興味津々というわけでもなさそうだが、だからといって訊かないという選択肢はないのだ。

現時点において、ゴールドサァドが敵かどうかはまだわからない。

シェアがほとんど得られないネプテューヌに代わって、いま一番戦力があるのはヤマトだ。いざというときのために相手のことを知っておく必要がある。

だが、ぼくは首を横に振った。

 

「さあ。差がありすぎてわからない」

 

事実だ。

手ごたえを全く感じなかった。ぼくの攻撃をいとも簡単に受け止めるビーシャは、それでも全力でなかったに違いない。

ぼくではその奥にあるエネルギーを引き出すことはできなかった。

次元が違いすぎる。

ヤマトやアイ、プルルートにも同じものを感じたことが多々ある。

人間でないゆえの強さ、ぼくとは比べられない強さがそこにある。

 

答えてすぐ、扉が開く。

 

「いやぁ、終わった終わった」

 

「ふう、コンパのおかげで簡単に情報を引き出せたわね」

 

「ねずみさん、快く協力してくれたですね」

 

ネプテューヌ、アイエフ、コンパがそろって出てきた。

顔色とセリフから察するに、結果は上々のようだ。

 

「結構答えてくれたわ。あいつは頼まれただけらしいわね。あのエコーってやつに」

 

「エコー……」

 

あの異様な雰囲気の機械。あれの目的は不明だが、あのロボット軍団で押し寄せられては、厄介なことになる。

なにより他のロボットと違って、エコーの実力はわからないままだ。

どんな機能が搭載されているか見当もつかない。

 

「渦巻きマークのついたゲーム機を探しているらしいわ。盗みに関しては、マジェコンヌと共同でやってるみたいだけど、そいつが何者でなんの目的で動いてるのかも知らないみたい」

 

「まあこれで、ワレチュー、マジェコンヌ、エコーが関係してるってのが分かったわけだ。ずいぶんな進展だね」

 

ヤマトは腕組みをした。世界の改変をしたのが誰にせよ、その後の世界で悪事を働いている面々がわかったのだ。それだけでなくゴールドサァドの姿も見た。わけのわからない状況からは一変、手がかりが増えた。

しかし渦巻きマークのゲームか……そんなゲーム機ごときにマジェコンヌまで奔走してるなんて……。

ぼくの世界のマジェコンヌは口は悪くとも悪事を働くような女じゃなかった。ヤマトたちの話では、昔はそうとうあくどいことをしてたみたいだが。

 

「うずまき……うずまき……うんん?」

 

『ピンポンパンポーン♪ 業務連絡、業務連絡。えー……ネプテューヌは大至急謁見の間に来るように』

 

うなっているネプテューヌにものを訊こうと口を開く前にアナウンスが鳴った。

この声はあのプレスト仮面、ビーシャだ。

 

「珍しいわね、ビーシャ直々に呼び出しだなんて」

 

「ゴールドサァドの呼び出しだなんて、嫌な予感がするなぁ」

 

「とにかく行ってみましょ。あんたたちも来るわよね」

 

ぼくとヤマトは頷いた。

せっかくのゴールドサァドからの接触だ。静観しているわけにはいかない。

 

「ネプテューヌだけ呼び出しか。ぼくも嫌な予感がする」

 

「そう? 僕はそう思わないけど、ついていけばわかるさ」

 

心なしか少し笑うヤマトがフードを深く被りなおす。

顔の右部分に影が都合よくつくられて、その本当の姿を隠す。

 

ああ、そうだ。とぼくはアイエフに向き直った。

 

「ワレチューは?」

 

「牢屋にぶち込むように手配済みよ」

 

 

 

 

謁見の間。以前までは女神の女神としての姿を見ることができる数少ない場所である。

他所ではできない話をする場所でもある。

プライベート部屋でも勝手に入ってくる教会員はいないが、ここはより聞かれたくない話をするのに向いている。

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! ネプテューヌ参上!」

 

そんなことはお構いなしに、ネプテューヌは扉を開けるなり大声で言う。

扉を閉めたのは、しんがりにいるぼくたちだ。

大仰しい装飾で彩られた柱。壁の照明は淡く光って、神秘的な雰囲気をかもしだしている。

隙のない部屋の造りは、隙のある話を許してくれそうにない。だが、ネプテューヌは別。

 

「よく来たね、ネプテューヌ。エキシビジョンマッチ以来だね」

 

部屋の中心で浮遊するイストワールの隣で、仁王立ちするのはビーシャ。

もちろん今はサングラスは外しているが、それを抜きにしてもとてもあの力を持っているような少女だと思えない。

 

「あれ?もしかして、わたしが女神だってこと覚えてるの?」

 

「もちろん。そして、今もいろいろ協力してくれてることもね」

 

ビーシャは笑った。

それがなんらかの理由、あるいは誰かの意図があってのことかどうかはともかく、ゴールドサァドは改変の影響を受けていないのだ。

 

「けど、今日はその話をするために君たちを呼んだんじゃないんだ。大至急、ハネダシティに向かってほしいの」

 

ぼくは顔をしかめた。

訊きたいこと、問い詰めたいことはたくさんある。それはネプテューヌたちも同じで、改変の原因がビーシャでなければ彼女も同じはずだった。

だがそれを置いて、頼み事とは腑に落ちなかった。

 

「ハネダシティって隣町ですよね? 何があったんですか?」

 

「それが、困ったことにモンスターの群れに襲撃を受けてるみたいなんだよ。だから、急いで行って助けてきて」

 

「モンスターの群れ?」

 

「そうです。最近、モンスターが凶暴化していることについてはヤマトさんも知っていますね」

 

イストワールが説明をする。

アイやネプギアからも報告を受けてる。ルウィーとリーンボックスが一番被害が出ているみたいだ。

それぞれがハンター、ソルジャーという職業を与えて事の収束を図っているようだが、いまいち成果は上げられていないらしい。

 

「だからわたしを呼んだんだね」

 

たしかにモンスターが凶暴化していようとも、女神であるネプテューヌならやられることはないだろう。

シェアがほとんどない今の状況でも、普通の人間よりはるかに上だ。

 

「ぼくたちは?」

 

「これは私たちの問題です。ヤマトさんやヴァトリさんに力を借りるわけには……」

 

イストワールの言葉に、ヤマトは首を横に振った。

 

「いまさらだよ。それに、僕たちと君たちの敵は同じようだとわかったところだし、助け合いしたほうがいい。それに借りっていうなら、僕は借りてるほうだ」

 

イストワールが申し訳なさそうにヤマトを見たあと、ぼくを見る。

現状、手が足りないのはプラネテューヌも同じだ。それはこの数日間で痛感した。

 

「ぼくはヤマトについていくだけだよ」

 

「なら、よろしくね!」

 

ネプテューヌが輝いた顔で手のひらをこっちに向ける。合わせてハイタッチ。

 

「その話ですが、ビーシャさんにも一緒に行っていただきます」

 

「ええっ!? わたしも!?」

 

ビーシャは目を丸くして、手をぶんぶんと振る。

 

「だ、だけどさ、ゴールドサァドがここを離れるといろいろ問題が起きない? ほら、今はこの国の統治者なんだよ!?」

 

「問題ありません」

 

「まぁ、トップが不在なだけで国が傾くんじゃ、ネプ子の時代にすでに潰れているわ」

 

きっぱりと言ってのけるイストワールに、アイエフがうんうんと頷いた。

その言葉からは苦労がにじみ出ている。

 

「大変だね、イストワール」

 

「本当に、ヤマトさんたちが来てくれて助かりました」

 

こっそりとにやけながら話すヤマトと対照的に、イストワールはため息をついた。

 

 

 

 

急いでハネダシティにたどり着いたぼくたちは目を丸くした。モンスターの数は予想以上だった。

街の人の大体は避難済みだろうが、まだ逃げまどっているのが何人もいる。

衛兵が応戦しているが、あまりにも敵の数が多すぎる。

 

「うわっ、モンスターがいっぱいだよ!」

 

「さっさと片付けよう。被害が広がる前に」

 

驚くよりも前に、ヤマトはさっそく弓を手に持って、エネルギーの矢を打ち込んでいく。

ぼくもモンスターの大群に突っ込んで、できるだけ目をこちらに向けるために派手に跳び回りながら戦う。

スライヌの体当たりなど、軽い攻撃はあえて無視して、くちばしや角、爪など鋭い攻撃のみを盾で防ぐ。

 

「ヴァトリ!」

 

その声に、ぼくはヤマトの視線の先を見た。

逃げようとしている女性にモンスターが五匹向かっていっている。

距離はかなり離れてしまっているから、ぼくだけではどうしようもない。ぼくは盾をヤマトに向かって投げた。

回転する盾を、ヤマトはぐるんと回って蹴り返すと、勢いを増した盾はモンスターに次々とヒットして蹴散らしていく。盾はそのままぼくのほうへ帰ってきた。

とりこぼした一体を、颯爽と現れたパープルハートが一閃。

女性は無事を喜んだあと、ぼくたちに礼をしてすぐさま逃げ去った。

 

奮闘で数が減ってきたおかげで、周りを見渡す余裕ができた。

いま逃げている人に近い敵はいない。とりあえずここの脅威はほとんど去った。

残っているのは、ビーシャの前にいる一匹だ。

 

「あいつなにやってんだ」

 

鳥型モンスターが近づいていく。ビーシャならあの程度朝飯前だろう。

だが、ビーシャは震えるだけで動こうとしない。

ぼくは走って、モンスターがくちばしをビーシャに突き立てる前に、盾でそれを防いだ。

回し蹴りでモンスターを吹き飛ばした。

 

「ビーシャ! 大丈夫か」

 

「っ!?」

 

ビーシャはびくっと身体を飛び上がらせて、ぼくの顔を見る。

目に涙すら浮かんでいる。おかしい。あの実力なら、パンチ一発で終わりのはずだ。

そんな力を持っているはずなのに、雑魚に恐怖を感じているのか?

 

ぼくが違和感に眉をひそめると、ビーシャはだっと走り去ってしまった。

 

「っおい!」

 

なにがなんだかわからないが、とりあえずビーシャを追おうとしたとき、別の方向から悲鳴が聞こえた。

ぼくはヤマトを見る。彼は悲鳴のしたほうを向いて頷いた。

この街をどうにかするのが先だ。

ビーシャのことも気になるが、なぜ逃げたのかはわからないが、少なくともケガを負うなんてことはないだろう。

 

角を曲がると、へたりこむ二人の衛兵の前に巨大な影があった。

5メートルはあろうかという怪鳥が風を巻き起こしながら、旋回している。

先ほどまでの雑魚とは全く違う様子に、ぼくは素早く盾を構えた。

 

「くそ、なんだこいつは!」

 

「こういうとき、女神様がいてくれたら……」

 

吐き捨てるように衛兵が言う。

 

「女神様はいない。俺たちが命を張ってやるしかないんだ!」

 

その衛兵を叱るように、別の衛兵が立ち上がった。

それを見てとって、怪鳥がまっすぐと降りてくる。

くちばしを衛兵に向けて、いまにも衛兵を貫こうと直下。もうすぐで衛兵に激突、といったところで、突然その顔が爆発した。

ヤマトの矢が直撃したのだ。

 

「女神のことを思うなら、命は軽々しく捨てるもんじゃないよ」

 

ヤマトは呆れたようにそう言った。

シェアのことを抜きにしても、女神は国の者が命を散らすことを美徳とするような存在じゃない。

衛兵は飛び上がるほど驚いて、後ろを振り返った。

 

「ネプテューヌ様!?」

 

「よかった、生きていたんですね」

 

「下がって、他のところに回ってくれ。あれは僕たちがやる」

 

ヤマトが前に出て、弓を構える。怪鳥は警戒しているようで、空高く旋回しながらこちらを伺っている。

衛兵はといえば、生で見るパープルハートの姿に感激しているようだ。口を開けたまま、阿呆のように固まっている。

 

「あ、あの……俺、ネプテューヌ様のために教会に勤めたかったんだけど、試験に落ちて、でも役に立てると思って……」

 

「わかった。オーケー。ぼくを見ろ」

 

こんな話をしている場合じゃない。

ぼくは衛兵たちの顔を無理やりこっちに向けて、ゆっくりと言葉をつづけた。

 

「いまこの街が危険なのはわかってるな?」

 

「ああ」

 

「だけどネプテューヌやぼくたちだけの手じゃ足りない。だから君たちの手がいるんだ。ネプテューヌが君たちを必要としてる」

 

「ああ、俺たちもネプテューヌ様が……」

 

「わかってる。君たちが必要だ」

 

「りょ、了解」

 

「握手ならあとでさせるように言うから、早く行ってくれ」

 

「はい!」

 

ぱっと顔を輝かせて、衛兵がその場を離れる。

これでようやく敵に集中できる。

ちらり、と隣を見ると武器を構えたままヤマトがこっちを見ていた。

 

「なんだ?」

 

「乗せるのが上手くなった」

 

「気持ちはわかるからな。さあ、やるぞ」

 

「ああ。ネプテューヌ、前衛は任せる。僕とヴァトリで援護する」

 

「わかったわ」

 

パープルハートが空へ飛んでいき、太刀を振るう。怪鳥はさっと避け、おおきな翼を当てようとした。だがヤマトの光の矢が翼を貫き、怪鳥は体勢を崩した。

追撃のために、女神は綺麗にくるりと回り、再び太刀を振った。腹を切り裂かれた痛みで、怪鳥は甲高い悲鳴を上げた。

怪鳥はぎらっと睨みをきかせて、今度はヤマトを見た。

パープルハートを無視して、こちらに向かってくる怪鳥に、ヤマトは立て続けに爆発矢、衝撃矢、光の矢を放つが、止まらない。

目の前まで迫った怪鳥を盾で抑えたが、勢いは止まらず、ずるずると押されてしまう。

ぼくはくちばしを掴んで、一本背負いの要領で思い切り力をこめる。

巨体はぐるりと弧を描いて、地面に激突した。

どすん、少し地面が揺れ、その衝撃で怪鳥は喘ぎ声を上げた。

 

「デュエルエッジ!」

 

急降下とともにきらめいたパープルハートの一閃が、怪鳥の首と身体を斬り離した。

すっかり大人しくなった身体を見て、ようやくぼくたちは一息ついた。

 

「よし、終わった」

 

「他のモンスターも引いていっているみたいね」

 

怪鳥がボスだったのか、目の端に映っていたモンスターたちがせわしなく動き出す。

避難所とは別、どうやら町の外へ向かって言っているらしい。

とりあえず、ハネダシティは無事のようだ。

 

「ビーシャのことが気になるな。あれだけの力を持っておきながら逃げ出すなんて」

 

ぼくは盾を背中に直しながら呟く。まだそう経っていないから、近くにいるはずだ。

ヤマトは戦いでずれたフードをかぶり直し、ぼくと変身を解いたネプテューヌを見た。

 

「二人にビーシャのことは任せるよ。僕はイストワールのところに戻って報告してくる」

 

「いーすんのところに? ヤマトもビーシャを探さないの?」

 

ぼくの頭に浮かんだ疑問を、先にネプテューヌにとられてしまった。

 

「僕はたぶん行かないほうがいい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編7 動き出す影

ハネダシティの住民たちに無事を伝えたあと、ぼくたちはビーシャを探すためにハネダシティ中を歩き回っていた。

 

「ヤマト、詳しいことは結局なにも言わなかったね」

 

「ああなってるときは確信がないときか、言うのを避けてるときか」

 

「避けてる?」

 

「ビーシャのことについてなにか察したんだろうけど、なぜか黙ってる」

 

「なんでだろ?」

 

「確証のないことを言って、混乱させるのを避けてるんじゃないか」

 

だが、そのことを話さなければいいだけで、分かれる必要はなかったはずだ。

どうにもビーシャから、というよりこの場から離れたがっているように思えた。

 

「ふーん?」

 

話しながら歩いていると、街の端のほうに着いた。

公園、とは呼べないが、一種の憩いの場なのだろう、ベンチがいくつか置いてあった。

その一つに、見知った顔が座っていた。

 

「あ、ビーシャ!」

 

「あ……」

 

ネプテューヌがビーシャを見つけるなり、駆け寄る。

ビーシャは逃げはしなかったが、こちらに気づくと顔を俯かせた。

 

「良かった、無事だったんだね。突然いなくなるから心配したんだよ」

 

「ごめん……」

 

ほとんど聞こえない声でビーシャが言う。

ぼくは一歩下がってその様子を観察した。

 

「謝るのは逃げたこと? それとも心配かけたこと?」

 

「それは、その……両方とも」

 

「わかってるならよろしー。けど安心して。わたしたち、心配してるけど、怒ってはないから」

 

その言葉に、ビーシャは顔を上げた。

疑いの目がそこにはあったが、ネプテューヌに顔には全くといっていいほど負の感情はなかった。

 

「ほんとほんと。ねー」

 

「ああ、ぼくたちは君が逃げた理由が気になってるだけ」

 

正直に言って、ぼくはいろいろと疑ったままだが、それを極力抑えて頷いた。

 

「いーすんが知らなかったってことは、一人で抱え込んでたんでしょ? できることなら力になってあげたいんだ」

 

「どうして、ネプテューヌはこの国を奪ったわたしに良くしてくれるの?」

 

「わたし、国を奪われたなんて思ってないよ。それどころか、わたしの代わりに国を守ってくれてるんだから、感謝はしても恨んだりしないよ」

 

それを本気で言っているのがわかり、ぼくもビーシャも驚いてネプテューヌを見た。

 

「お人よし……か」

 

ぼくは二人には聞こえないようにぽつりと呟いた。

ヤマトとアイに、幾度かネプテューヌのことを聞いたことがある。

ぐうたらであることはよく聞いたが、それ以上に素晴らしい女神であると。

その意味が今のでわかった。ネプテューヌは自分が女神であることよりも、そう認められることよりも、この国と国民を第一に思っているのだ。

たとえ誰に忘れられようとも、力を失おうとも、彼女は「女神」なのだ。

 

ビーシャも同じことを思ったのか、口を開いた。

 

「……わたしね、モンスターが怖いんだ。だから逃げた」

 

「そっかそっか。モンスターが怖いから逃げたのかぁ……え、マジ? そんな単純な理由!?」

 

「うん、マジでそんな単純な理由」

 

だからヤマトがついて来たがらなかったのか。

口に出そうだった言葉を何とか留める。

あの服は特殊な加工がしてあって、簡単にフードが取れないようになっているが、もしも弾みで撮れてしまった場合、ヤマトはその顔を晒すことになる。

何度も目にしているぼくたち神次元組はともかく、超次元の人たち、ましてやモンスターに恐れを抱いているビーシャに見られてしまったら、事件解決とはいかなくなる。

 

「小さいころにモンスターに襲われて、それが自分でもビックリするくらいトラウマになってるみたいで……」

 

ビーシャは続きを話した。

 

「だからかっこよくモンスターや悪人と戦うヒーローに憧れたんだ。自分もこの人たちみたいに強くなれば、このトラウマを克服できるかもって。でも無理だった。それに、最近は今まで以上に当時のことを夢で見るようになっちゃって……こんなんじゃヒーローどころか、ゴールドサァドも失格だよ……」

 

「怖いという感情はわかる」

 

ぼくは口を挟んだ。

ぼくだってモンスターと戦うのに慣れるまで何週間もかかった。

鋭い爪やくちばし、歯、刃、魔法すら操ってくる敵もいる。どこから来るかわからない攻撃。

油断と死が背中合わせに存在する世界で、怖がるなというほうが無茶だ。

 

「トラウマがあるなら、なおさら立ち向かうのは難しい。なら、無理に戦う必要はないさ」

 

「そうそう! やることちゃんとやってくれてるんだしさ! ビーシャは街の治安維持、わたしはモンスターの討伐。それでいいんじゃない? てかこれもう決定事項ね!」

 

ぼくとネプテューヌが畳みかけるように言う。

悩んでいる人に必要なのは、話を聞くことと、背中を押すこと。

それを自然としているから、ネプテューヌについていく者が多いのだろう。

 

「じゃあ、これからは頼らせてもらうね!」

 

にこっと笑って、ビーシャはネプテューヌと握手した。

 

 

 

「そんで、いまじゃ仲良しってわけね」

 

ハネダシティの経過を聞いて、アイエフが頷いた。

 

「イストワールが嘆いてたぞ。せっかく和解したのに二人して遊んでばっかりだって」

 

横に並ぶぼくはイストワールの呆れた顔を思い出した。

趣味も合ったらしく、何かと理由をつけては遊ぶ姿が多くみられる。

最近のぼくとヤマトは街の治安維持に加えて、イストワールの愚痴を聞く役目も担っている。

市販の胃薬じゃ効かなくなってきているみたいだ。そもそもイストワールに胃薬が効くというのも驚きだったが。

 

「まあでも、おかげで国民の評価は良くなっていってるみたいだし、悪いことでもないわよ」

 

アイエフの言う通り、国民アンケート調査の結果はおおむね良し。

ネプテューヌとビーシャの役割がしっかり分けられて、それぞれに専念できているというのが理由だった。

ビーシャに金を請求されただの、ネプテューヌが仕事中にゲーム屋に寄っていたなどネガティブな意見も見られたが、事実なので言い返しようがない。

それに、いまはそれは大した問題じゃない。

 

「問題は……」

 

「これね」

 

ぼくとアイエフはため息をついた。

牢屋の入り口が壊され、そこにいたはずのワレチューはいない。

脱走を許してしまったのだ。おそらく、ハネダシティのいざこざがあった間に。

 

「すっかりやられたな。エコーかマジェコンヌのしわざだろう」

 

ぼくは腕を組んだ。

 

「いまのところ、対応は後手後手に回らざるを得ないからな。渦巻きマークのゲーム機を見つけるのが先決ってところか」

 

「渦巻きマークのゲーム機ねぇ……」

 

同じくアイエフも腕を組んで思案する。

プラネテューヌのゲーム屋をほとんど回ったが、そんな機体を扱っているどころか、見たこともないというのが答えだった。

 

「ヤマトもぼくもゲームには詳しくないから、こここそネプテューヌの出番と言いたいところだが」

 

「ネプ子なら、いまはコンパと一緒にゲームしてるわ」

 

「あれだけ怒られたってのに……バカなのか度胸があるんだか……」

 

突然、ぼくの端末が震えた。

イストワールからの通話だ。

 

「どうした?」

 

『街に突然モンスターが現れました! いまヤマトさんが戦ってくれていますが、数が多すぎて……』

 

「すぐいく」

 

通信を切り、アイエフを連れてすぐ外へ向かう。

教会の扉を開けると、待ち構えていたようにモンスターがひしめいている。

 

ヤマトはモンスターたちに囲まれながらも、退くことはせずに戦っている。

 

ロボットが襲いかかってきた。

疑問を感じるよりも驚くよりも早く、ぼくはその顔を盾で打ち、腕をつかんで地面に伏させる。仰向けになったロボットを、アイエフがすかさずカタールで切り裂いた。

 

見渡せば、モンスターに混じってロボットもいくつかいる。

だがエコー、あの巨体は見受けられない。

 

「もう! せっかく新しいゲームで遊んでたのに!」

 

ようやく登場したネプテューヌがぼやきながら武器を構えた。

 

「ぼやいてる暇はないぞ。さっさと片付けよう」

 

ネプテューヌは即座に変身して、中心へ飛んでいった。

数多くのロボットやモンスターにも、ヤマトとパ―プルハートはびくともしなかった。

対してぼくやアイエフは彼らとは違って人間で、こんな敵味方入り混じったなかでは、その力を十分に発揮できなかった。

それでもできるだけの力を使って敵を薙ぎ払っていく。

 

正面からロボットが突撃してきた。

防御が遅れたぼくはもろに受けてしまい、背中から地面に衝突した。

受け身を取ったおかげで傷はなく、すぐに立ち上がった。向かってきたロボの拳を盾で受け、首、顎をパンチで貫き、回し蹴りを側頭部に叩き込むと、ようやく動かなくなった。

数は多いが、一体一体は大したものじゃない。

ぼくはヤマトの後ろを狙っていたロボットを殴り倒し、ヤマトと背中合わせになる。

 

「おかしいな」

 

「なにが?」

 

ヤマトが光の矢でモンスターを射抜きながら、ぼくはキックで応戦しながらそれぞれ口を動かす。

 

「敵が多い割には、僕たちしか狙ってきていない」

 

「それだけ厄介だと思われてるんじゃないの?」

 

こちらに合流したアイエフが銃を乱射する。

モンスターもロボットも逃げる人は追わず、ぼくたちのほうへ向かってくる。

確かにハネダシティと比べるとおかしかった。

 

「それならもっと強力なモンスターを呼んできたり、エコーのあの大きなボディで攻めてくればいいじゃないか。これじゃまるで……」

 

「時間稼ぎ?」

 

アイエフがそう言ったと同時、敵の動きがぴたりと止まった。

モンスターも機械もその場で静止したと思うと、次の瞬間には逃げるように去っていった。

ハネダシティのようなボスがいなくなったからというわけではなく、まるでそう決められていたかのような統率された動きだった。

 

「みたいね。でもなんのために?」

 

降り立ったパープルハートがヤマトに問いかける。

 

「僕たちをここに縛りつけておく必要があったんだ。この、外に」

 

ヤマトの言葉にはっとしたぼくたちは教会の中へと急いだ。

 

 

 

 

『コンパに傷はなかったわ。気絶させられただけ』

 

アイエフから届いたメールに目を通して、ひとまず一安心する。

 

教会に入ったぼくたちが見たのは、倒れていたコンパとイストワールだった。

イストワールの話によれば、巨体のロボットが突然教会へ入ってきて、コンパに電流を浴びせたあとその場にあったゲーム機を盗んでいったそうだ。

しかもそれが探していた渦巻きマークのゲーム機だという。

ぼくたちはコンパを病院に運んで、アイエフを残してそれぞれロボット捜索へ向かった。幸いにして、エコーは目立つ。聞き込みすればすぐ見つかるだろう。飛んでいっていなければ。

 

ゲーム機のことを知っていたネプテューヌによれば、言い出すタイミングがなかったらしく、まさかあのゲーム機が目的のものだとは思っていなかったそうだ。

 

ぼくは街を歩きながら、いままでのことを整理する。

 

エコーが仕組んだものと考えていいだろう。

機械の構造に詳しいわけではないが、先ほどモンスターに混じって現れたのは、公園で戦ったのと同じものだった。

そしてモンスターと結託して攻撃してきたことを考えると、ハネダシティの襲撃にもかかわっていると見たほうがいい。

 

ワレチューとマジェコンヌとエコー。

つまりゲーム機強盗とロボット、凶暴化モンスターはそれぞれ手を組んでいるのだ。

そうなると、世界改変に関与している疑惑も出てくるが、確証はない。

何にせよ、危険には間違いないのだ。そんな相手が目的のものを手に入れたいま、何が起きるかを知る必要がある。

 

「プレストキーック!」

 

とがったサングラスをかけたビーシャだ。

パトロール中だったらしく、倒れた男性の手から特撮ヒーローの変身ベルトを取り、近くにいた子どもに渡した。

 

「ありがとう、プレスト仮面!」

 

「うむ。せっかくお母さんに買ってもらったんだから、もう二度と盗まれちゃだめだよ!」

 

子どもとその親はしきりに礼をして、笑顔で離れていく。

ビーシャは手を振り、それを見送った。

 

「ビー……プレスト仮面」

 

周りに誰もいなくなったのを確認して、ぼくはビーシャに話しかけた。

 

「おお、ヴァトリ! さっきは大変だったみたいだね。ほんとはわたしも加勢したかったんだけど」

 

「いや、君はやることをやってたんだ。それについてとやかく言う気はないよ。ところで、こういうやつ見なかったか?」

 

ぼくはエコーが映った写真を見せた。

あの公園で出会った際にヤマトが撮ったものだ。

いつの間に撮ったのか、弓にそんな機能がついていたのかは知らないが、とにかくこれがあるのとないのでは全く違う。

 

「んー、見てないなあ。それがどうかしたの?」

 

「ゲーム機盗まれたんだ。その犯人がたぶんこの二人のどっちかって、今探してるんだけど」

 

「といっても、わたしも今日はずっとパトロールしてたし……なんだか今日は悪さをする人が多いんだよね」

 

今日の犯罪は今ので五件目だそうだ。

もちろん偶然じゃないだろう。教会の守りを手薄にするために、けちな犯罪者でビーシャを誘い出した。

悪者をけしかけるならワレチューか。あいつ結構コネあるからな。

モンスターとロボット、犯罪者。それだけの手間を投入してまで手に入れようとするとは、よっぽどな物だったんだな、そのゲーム機。

 

ちらっと、ぼくの視線の端にあるものが映った。

 

「ぢゅっ!?」

 

ぼくに気づかれたのがばれて、そいつが目を丸くする。

だが逃げる気はないようだ。

試しに手で合図すると、おそるおそるこちらに近づいてきた。

 

「お前、よく顔を出せたもんだな」

 

声の届く距離まで来たところで、ぼくは言った。

 

「あ!」

 

ビーシャがそいつ、ワレチューを指差す。

ぼくや彼女にとって、この小悪党がゲーム盗難を働いたのは記憶に新しい。

だがとりあえず、ぼくはビーシャを手でおさえた。

 

ワレチューの、なにやら気まずそうな顔をするじっと眺めていると、やっと口を開いた。

 

「あいつらがコンパちゃんに手を上げるなんて聞いてなかったっちゅ! だからオイラはお見舞いをしようと……」

 

ぼくは黙って聞いていた。

 

「でも、オイラにそんな資格があるのかどうか……」

 

冷静に考えれば、例えばこの状況を利用してワレチューから色々聞き出すとか、腹いせにこいつを閉じ込めてうっぷんを晴らすとかが可能だったかもしれない。

だが戦闘を終えた直後で、他のことにも気を取られているいまは、ワレチューの感情にも気を取られてしまった。

つまり、まあ、なんというか。あろうことか、ほんの少し同情しないでもないことになったというか。

 

「そう落ち込むことでもないさ」

 

断ち切るように、少女の声が聞こえた。

そこにいるはずなのに、なぜか姿を認識できない。輪郭だけがぼんやりと浮かんでいるような、そんな感じ。

 

「いい夢ならオレが見させてあげるからさ」

 

ぞくり、と背中に悪寒が走る。

同じものを感じたのか、ワレチューは言葉も発さずに逃げ出し、ビーシャはその場にへたり込んだ。

ぼくは反射的に盾を構えて、陽炎のような存在に問いかける。

足が震えているのが自分でもわかる。

凍えるような寒さの中にいるように、それが抑えられない。

 

「誰だ」

 

「ふふ、ただの通りすがりさ。そう構えないでくれよ」

 

相手がにやりと笑ったような気がした。

盾を正面に構えて、攻撃に備える。だが、相手はさらさらと空気の溶けていなくなった。

すると、妙な空気がすっと消えた。

腕から力が抜けて、盾が音を立てて地面に落ちる。

 

ぼくとビーシャはしばらく顔を見合わせたまま突っ立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編8 仲間として 友達として

「あれ、なんだったんだろうね」

 

「さあな、あんな雰囲気感じたことがない。あれが敵なら、ぼくたちの状況は思ったよりもまずい状況だ」

 

ぼくとビーシャは再びエコーを探すために街を歩いていた。

さっきまでの脱力が嘘のように、ぼくたちはピンピンしていた。

あの何かわからないようなやつを見た瞬間、足がすくんでほとんど動けなかった。

相対しただけでもそうなのに、いざ戦うとなったらどうなるか。

 

「やっぱりわたしも戦えるようになったほうがいいのかな」

 

ぼくが立ち止まると、ビーシャも立ち止まる。

 

「ほら、相手がロボットだったり人間だったなら大丈夫だけど、この前みたいにモンスターが混じってたら……」

 

「正直、君がいてくれたほうがありがたい。だけど……」

 

「ううん、やっぱりこのままじゃだめだよ。克服しないと……」

 

無理やり嫌なことをさせるのは性に合わないが、ビーシャは真剣な顔だった。

となれば、彼女の決意を否定せずに、急激な負担をかけない程度の案を考えるのが、仲間としての役目だ。

 

仲間……か。いつの間にか、ぼくはビーシャのことを認めていた。

彼女の弱さを知ってしまったことがその大きな一因だ。

力は女神以上かもしれない。だけど、その根元にあるのは、あくまで弱い、ただの一人の人間だ。

喜びも焦りもある。怖がった顔も喜んだときの笑顔さえ、真正面から見せてくる。

そんな等身大の人間を、疑い続けるほうが難しい。

 

そんなとき、一つの顔が浮かんだ。

 

「ワレチュー……」

 

「なに?」

 

「ワレチューを捕まえたときには案外普通にしてたよな」

 

「あのときは子どもが泣いてたから必死で……それにあれはそんなに怖くないし」

 

「それだよ。人間じゃない生物にもいろいろある。見た目とか性格とか……とにかく、普通に話せたり、接したりできるのを選んでそこから慣れていったらいいんじゃないか?」

 

「そうかな……そうかも」

 

うーん、と首を傾けるビーシャについてくるように言って、ぼくは進んだ。

ちょうどいい人……いやネズミがいる。

 

やや早足で数分、ぼくたちはある人のいるところにたどり着いた。

中古ゲームショップの店長、チューコだ。

チューコはぼくたちを見るなり、笑顔で駆け寄ってきて、一礼をした。

店の邪魔にならないように、すぐ外に呼び出す。

ワレチューが盗んだゲームを返してからはごたごたが多くて、顔を出せなかったことを詫びて、一連のことを説明する。

 

「というわけで、手伝ってほしいんだが」

 

「泥棒を捕まえてくれたお礼があるから、それは構わないでちゅわ。けど、まさかヒーローがモンスター恐怖症とは……」

 

「うう……」

 

チューコの憐みの目が、ぼくの後ろに隠れているビーシャに注がれる。

 

「他にも、見た目チュートな知り合いはたくさんいまちゅわ。その子たちも紹介してあげまちゅ」

 

「ほんと?」

 

チューコの言葉に、ビーシャがぱっと顔を輝かせた。

この反応を見る限り、やはりチューコに対しては恐怖心はそう無いみたいだ。

喋っているというのも大きいかな。

 

「ほんとでちゅの」

 

「よろしく頼むよ。こういったことは君にしか……」

 

「誰か助けてだっちゅー!」

 

だだだっと何かがぼくたちの間に割って入った。

またもやワレチューである。

 

「あ、あなたは、うちの店に入った泥棒ネズミでちゅわね!?」

 

息せき切っている様子に、ぼくは目線を合わせて落ち着かせる。

 

「どうしたんだ、まさかあの変な奴に追われてるとかいうのはやめてくれよ」

 

「そのまさかっちゅ!」

 

ワレチューは必死の形相で訴えてきた。

さっき逃げてから、いままでずっと走って逃げていたのか?

それに答えるように、またもや背筋が凍る。

振り向けば、あの影のような存在がそこにいた。

 

「おいおい、逃げることないだろ。そんなにオレのことが嫌いなのかい?」

 

姿はぼんやりしてるくせに声はやたらはっきりと聞こえる。

 

「そりゃ、そんな嫌な空気まとわりつかせといて、逃げるなってほうが無理がある」

 

「ご挨拶だね。けど、君が嫌でもそこの可愛いネズミの子はどうかな?」

 

どこを向いているのかはわからないが、チューコを見ているのだけはわかる。

そして、ちらりとビーシャを見た……ような気がした。

 

「……それに、ちょうどうってつけの子もいるしね」

 

そいつにまとわりついている影が大きくなり、こちらに伸びてきた。

 

 

 

 

僕はロボットの残骸を教会の中に運んで、細かいところまでチェックしていた。

どこの国のものでもない。といっても、この次元の機械に関して詳しいわけじゃないから、あくまで神次元と比べての話になるが、まずエコーが造り出したものとみて間違いないだろう。

エコーの目的はいまだにわからない。

女神を倒すだけなら、神次元の犯罪者に、僕たちに向けてのヒントを残したりしないはずだ。

そう考えると、僕たちをここに来させるのも一つの目的だろう。僕たちの何かを探ってるような、そんな気がする。

サクラナミキのことや先ほどの戦いを思うと、どうにも、僕たちを殺そうとはしていないみたいだ。

なにかを待っているような……

 

「ヤマト」

 

「ネプテューヌ」

 

ロボをじっくり眺めている僕に、ネプテューヌが後ろから声をかけた。

いま一番危ないのはネプテューヌたち女神だ。エコーはアンチクリスタルのことにも興味を示していたみたいだし。

反女神の力を持ってしまえば、ネプテューヌだけでなく僕の力も無効化されることになる。

サクラナミキで見たような強固で強靭なボディがさらに強化されれば、厄介なんてものじゃない。

人間の力以上の、しかし女神以外の力が必要になる。

 

「ふーん、こういうのって見てわかるものなの? ネプギアも機械オタだけど、わたしにはさっぱりわかんないや」

 

「いや、僕だって詳しいわけじゃないよ……ん、そうか、ネプギア……ネプギアか」

 

僕はぽんと手をたたいた。

ネプギアなら僕よりも機械のことに詳しい。これについても、有益な情報を見出してくれるかもしれない。

ただ問題は、ネプギアはいまリーンボックスにいるのだ。直で目にしてもらうには遠すぎる。

しかも、世界改変の影響でリーンボックスへ向かう船はない。

こうなったら運んでもらうか、泳いででもいくしか……

 

僕が立ち上がった瞬間、ずん、と地鳴りが鳴って、教会が揺れた。

先ほどモンスターが暴れていたときよりも大きな揺れだ。一回だけでなく、何度も揺れる。

 

「な、なになに!?」

 

「またモンスターか?」

 

僕たちはすぐさま教会の扉を開けて、音のしたほうへ向かった。

爆発音がして、僕たちは速度を上げる。

弓を手に取って角を曲がった瞬間、大男が飛んできた。

 

 

 

 

背中から地面に激突し、咳き込んだ。抱きかかえたチューコは無傷のようだ。

ぼくはチューコを離して、即座に立ち上がる。

身体が痛むが、軽傷だ。

 

「ヴァトリ!?」

 

後ろからヤマトの声が聞こえた。

ぼくは振り向きもせずに、盾を構えた。

 

「ああ、ヤマト、手伝ってくれ」

 

「あれなに?」

 

今度はネプテューヌ。

浅く呼吸をしてぼくは答えた。

 

「ワレチューだ」

 

「うそっ、あれが!?」

 

ずしん、ずしんと近寄ってくる元凶を警戒しながら、全身に力を入れなおす。

そこには十メートル以上の巨大な悪魔がいた。とがった角に、翼のような大きい耳、ゆらゆらと揺れる長いしっぽ。これがワレチューだと聞いても、そうそう信じられないのはわかる。

 

「くらえ!」

 

その背中が爆発した。

ロケット砲を肩に浮かせたビーシャがワレチューを攻撃したのだ。

 

「あれ、ビーシャ?」

 

「あいつ、モンスターが怖かったんじゃないのか?」

 

「きっとモンスターに襲われる子供たちを見て、トラウマを振り切ったんだよ!さすがヒーローだね」

 

おおー、と拍手するネプテューヌだったが、それは違う。

 

「新手!?」

 

説明しようとしたとき、ビーシャはぼくたちを睨んで、砲弾を放った。

ヤマトが瞬時に矢を打ち込んで砲弾は爆発したが、ぼくたちにダメージはない。

 

「ちょっ、危なっ!? もう、わたしは敵じゃないってば―!」

 

「ビーシャにはそう見えてないんだ」

 

ヤマトが矢筒に手を伸ばしてビーシャとワレチューを交互に見たあと、ぼくに視線を投げた。

 

「あの変な奴のせいでちゅわ!」

 

代わりに説明したのはチューコだった。

 

 

 

黒いナニカが伸ばした影はチューコを狙った。

モンスター恐怖症を治してあげる。そう御託を並べから。嫌な予感を感じ取ったのか、ワレチューが前にでてそれを代わりに受けたのだ。

影はやがてワレチューを取り込むように覆い、みるみる大きくなっていったかと思うと、数秒後にはあの姿になっていた。

ぼくがそれに驚いている間に、ナニカはすでにその手を違う標的に向けていた。

 

「モンスターは殺す……」

 

冷たい声に振り返ると、息が止まった。

濁った目のビーシャが、ぼくの首を掴んでいた。

 

 

 

幸い、チューコが話している間、ワレチューとビーシャはそれぞれ争っていた。

同じ影響を受けつつも、やはりビーシャのほうが優位だ。

一度もダメージを受けずに、ワレチューを圧倒している。

 

「そいつが原因か。だが原因がわかっても、戻し方がわからないんじゃ……」

 

「そんなの簡単だよ! 二人と戦って、気絶させちゃえばいいんだよ!」

 

「そんな安易な……」

 

「だけど、他に方法はない。あの二人が戦って、これ以上被害が広がっていくのを指をくわえて見ているわけにはいかない」

 

ヤマトが言う通り、戦っている二人の余波が広がっていた。

ビーシャが砲弾を放つたび、ワレチューが抵抗するたび、街が壊れていく。

 

ヤマトはチューコに逃げるよう促し、彼女はそれに従った。

 

「あんなのを同時に相手するのは危険だぞ」

 

「僕がワレチューをひきつける。ネプテューヌはビーシャを頼むぞ」

 

「ぼくは?」

 

ヤマトを引き留め、ぼくは指示を待つ。

いつもそうだった。ヤマトが指示して、ぼくはその通りに動く。

それに、どちらにぼくが立ち向かえるかはヤマトのほうがわかるはずだ。

 

「自分で決めろ、ヴァトリ」

 

だが、返ってきたのは予想外の言葉だった。

ヤマトとアイとともに戦うと決めたあの日以来、ぼくは決断を避けてきた。

ヤマトが言うことは正しいのだと、そう思ったからこそ彼に逆らわず、彼に従った。

そうやって責任から逃れてきた。なにかを決めるという重圧から逃げて、ぼくは楽をしてきた。

 

「ぼくは……」

 

だけどこのひっ迫した状況で、もうそれは許されない。

死ぬかもしれないこんな状況だからこそ、だれかに責任を押し付けるわけにはいかない。

 

街のため、この国のため、この世界のため。

なにより自分のために、いまどうするのかを決める必要がある。

 

モンスターを恐れ、それを克服しようとした彼女の強さを、ぼくは尊重したい。

 

「ぼくはビーシャを元に戻す」

 

「任せたぞ」

 

にっと笑って、ヤマトは走り出した。

立て続けにワレチューに光の矢を放ち、標的を自分に向けたうえで、街の外側へと離れていく。

 

「モンスターは殺す!」

 

その二人を追いかけようとしたビーシャに、ぼくは盾を投げた。

盾は砲身にヒットし、ビーシャの動くが止まる。

返ってきた盾を腕に装備するぼくの目の前に、ビーシャが降り立つ。

 

「モンスターの分際で、このわたしと戦おうっていうの?」

 

ネプテューヌが変身し、ぼくの隣に並ぶ。

対するビーシャは見た目は変わらないが、浮かぶ砲身と濁った目が黄金に輝く。

 

「大丈夫なの? ヴァトリ」

 

「あんな状態の仲間を放っておけるわけないじゃないか」

 

ぼくの答えは明快だった。

女神だろうがゴールドサァドだろうが、心の内はただの少女たちだ。

たとえ見た目が変わろうとも、どんなものを押しつけられようとその関係は変わらない。

 

「それより、ネプテューヌのほうこそ大丈夫か? あいつに負けたんだろ?」

 

「言ってくれるわね。もちろん私だって、ビーシャを元に戻す気しかないわ」

 

パープルハートを見ると、やたらと凛々しくて知的で、まるで別人のように見える。

だが、中身はやはりネプテューヌ。

彼女が出した答えはこれまた単純明快なものだった。

 

「友達だもの」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編9 ビーシャの強さ

この戦いにおいて、戦力差があるのはわかっている。

ぼくよりも強く、そしてネプテューヌにも勝った相手だ。そして、いまビーシャは容赦がない。

二対一とはいえ、苦戦は必至だった。

付け入る隙があるとすれば、相手の直線的な動きだ。砲弾なら上手くタイミングを見れば避けるか防げるかできる。

それに体術に関してはぼくに分があるし、経験ならネプテューヌが上。

まったく勝機がないわけではない。

ワレチューとビーシャがすでに暴れていたせいで住民たちは避難しているし、人命の被害は考えなくていいだろう。

 

ぼくは走り出し、パープルハートは飛び立つ。

ビーシャは一瞬上を見たあと、ぼくに狙いをつけた。

放たれた砲弾を、身体をひねりながら跳躍してかわす。後ろで聞こえた爆発音と吹く爆風を無視して、さらに間合いをつめる。

ぼくが拳を突き出したのと、パープルハートが太刀で斬ってかかったのは同時。だがどちらも空を切る。

ビーシャは瞬く間に後ろに下がり、肩に浮いている二つの大砲の口をこちらに向けた。

ぼくはパープルハートの前にでて、盾を構える。

ドン、という発射の音のあとに、衝撃、そして身体が宙を浮いた。

景色がめまぐるしく変わる中、重力を頼りに、とっさに身体を丸める。

勘は当たったようで、地面に激突したのはぼくの身体ではなく、盾だった。

ざーっと地面をスライドしていきながら、勢いが弱まったところで地に足をつける。

五体無事。ダメージもほとんどなしだ。

 

「ヴァトリ!」

 

ぼくを案じるパープルハートだが、ビーシャの砲口は今度は彼女に向けられている。

考える前に盾を投げて、大砲に当てる。ビーシャの身体がわずかにずれ、直後に撃たれた弾はパープルハートの数センチ横を通過していき、建物を崩壊させていく。

 

ぼくの足はすでに動いていた。盾が空を舞って手元に戻ってきたと同時に、それを再びビーシャに投げる。

速さも回転もじゅうぶんだったそれを、ビーシャは軽々と受け止め、あろうことかパープルハートに投げ返してきた。

ぼくが当たってしまえば身体が真っ二つになるほどの、驚異的な速度の盾をもろに受けて、パープルハートは吹き飛ぶ。

安否を確認している暇はない。ビーシャが放った二つの弾の間をすり抜けて、ようやく目の前に立つ。

怒りに顔を歪めたビーシャの蹴りを止め、拳をそらした。

初動さえ止めてしまえばなんてことはない。

もう一度パンチをしてきたところで腕をつかむ。そのまま相手の勢いを利用して、ぐるんとビーシャの身体を回転させ、地面に衝突させる。

 

「うあうっ」

 

受身はとらせなかった。あまりの衝撃で悲鳴を上げるビーシャがぼくの首をつかみ、右肩の砲口を向ける。

恐ろしいほどの力が振り払えない。

 

「ヴァトリ!」

 

視界の端にパープルハートと近づいてくる何かが見えた。無意識に腕を伸ばすと、すっぽりと盾が装備される。

盾を顔の前に備え、黄金の砲がきらめいたその瞬間、一筋の光が閃いた。

直後に爆発。ぼくは少しだけ足が滑った程度で済んだが、ビーシャはそうはいかなかった。

パープルハートが右肩の大砲を切り裂き、砲弾が暴発したのだ。おかげで残る砲は左だけ。

 

「やっとダメージだな」

 

「ええ、でもまだビーシャは元に戻ってないみたい」

 

ビーシャから距離をとって、一息つく。

先ほどの一連の攻防は一分かかったかどうかだが、三者ともかなり傷を負っている。

どちらに転んでも、決着のときは遠くない。

 

「モンスターのくせに……モンスターのくせにっ!」

 

地団駄を踏むビーシャを見て、ぼくは思った。

いまのビーシャは、モンスター恐怖症を克服したといえるのだろうか。

あの影に何を見せられ、どう動かされているにせよ、吹っ切れたとか覚醒したとか、そういうものとは違う気がする。

 

「ネプテューヌ、もう一個壊せるか?」

 

きょとんとした顔でパープルハートがこちらを向く。

 

「ビーシャの厄介な武器はあれだ。被害を食い止めるためにも、ぼくたちが勝つためにも、あの大砲を使えなくするのが先だ」

 

「任せて」

 

にっと笑って、ともに前へ向かう。

ビーシャは即座に砲口をこちらに向けた。あの大砲を頼りにしている。それは当然だ。だが、同時に弱点でもある。

いまの彼女にはそれしか武器がないのだから。

 

ビーシャが砲弾を放つと同じタイミングで盾を投げて、目の前で爆発させる。

爆風と煙が数瞬、両者の視界を奪う。盾はあらぬ方向へと飛んでいく。だけどぼくたちは止まらない。

爆煙を抜けて、パープルハートは太刀を振りぬく。

綺麗な直線を描いたそれは、目的のものを見事に両断した。

 

今のビーシャにはぼくたちが見えていない。ぼくたちのことがモンスターとして見えているいまがその証拠だ。そんな目を瞑った状態が、恐怖を乗り越えたってことにはならない。

君の最大の武器は恵まれた力や大砲なんかじゃない。

ワレチューが子どもを転ばしたとき、君は颯爽と現れてワレチューを退治した。苦手なモンスターを相手に、それでも子どものために戦った君の強さをぼくは覚えてる。怖いのに、そのトラウマを克服しようとした君の強さをぼくは覚えてる。

それが君の……ゴールドサァドとしての、ヒーローとしての……ビーシャの最大の武器だ。

 

驚いておののくビーシャの腕をつかんで、盾と同じ要領で空へぶん投げた。

ふわり、とその小さな身体が浮く。

 

一瞬のことでよく見えなかったが、ビーシャの目が戻っていたような気がする。

 

「ヴィクトリースラッシュ!」

 

とどめの一撃に、パープルハートのVの字斬りがビーシャを襲った。

今のは、間違いなく勝利の一撃だった。力なく落ちてくるビーシャの身体を、ぼくはできるだけ優しく受け止めたが、足の力が抜けて、そのまま倒れこんでしまった。

 

「お疲れ様ー、ヴァトリ」

 

「君もな、ネプテューヌ」

 

変身を解いたネプテューヌがぼくを見下ろす形で笑う。

 

「それにしても、案外ヴァトリも熱いところがあるんだねー」

 

熱いところ?

意味の分からないといった顔をしていると、ネプテューヌがにやりと笑ってぼくに手を差し伸べた。

 

「声に出てたよ。今のビーシャには~、って」

 

恥ずかしい。

あれが声に出ていたなんて、感情が入りすぎてしまったみたいだ。

顔をそらしてビーシャを見ながら、ネプテューヌの手を掴む。

 

「うおっととと、重いね」

 

よろけるネプテューヌの手を借りて立ち上がり、両腕でビーシャを抱きかかえる。

目を覚ましたら元に戻っているといいんだけれど。

 

「とりあえず、これで一件……」

 

病院に運ぼうと思ったその瞬間、地面が揺れた。

通りの角から巨大な悪魔の顔がぬっとあらわれたかと思うと、ヤマトがそいつから素早く離れながら光の矢を放つ。

悪魔、ワレチューは傷を負っているものの、攻撃の手を緩めずにヤマトに迫っていく。

不意にワレチューの尻尾が鞭のようにしなり、ヤマトをぺしんと叩いた。こっちまで吹っ飛んでくるぞ。

目の前で受け身を取ってさっと立ち上がったヤマトが、ちらりとぼくたちを見る。

フードが外れて、顔があらわになっていた。

右半身は緑の鱗に覆われて、普通の人間なら白目のはずの部分は濁った黄色になっている。

ビーシャが気絶していてよかったかもしれない。

 

「ビーシャは?」

 

「なんとか大丈夫だ。それより……」

 

「手ごわい……というよりしつこいぞ、ワレチューは」

 

知ってる。ぼくとネプテューヌは呆れ顔。

 

「この状況、なにげにやばいんじゃないかな。さっきの戦いでへとへとだし、わたしもう変身できないよ?」

 

と言いつつも余裕ありげな表情で首をかしげるネプテューヌ。

ぼくもネプテューヌも体力の限界。ビーシャは気絶。ヤマト一人では苦戦。

ワレチューを食い止めるには、現戦力が乏しすぎる。

 

「なら仕方ないな」

 

ヤマトはそう言って、手に持った弓を畳み、それを腹にあてた。

金属弓は見る見る間に形を変えて、腰に巻きついていく。

 

「ネプテューヌ、ビーシャを頼む」

 

ぼくは抱きかかえていたビーシャをネプテューヌに託すと、盾を再び装備して深呼吸する。

なんとか、気力だけでも身体が動いてくれればいいが。

 

「い、いいけど、ヴァトリは?」

 

「ここからできるだけ離れるんだ。逃げ遅れた人たちの避難も任せる」

 

「いやだから、ヴァトリは?」

 

「ヤマトの歯止め役」

 

ぼくはヤマトを注視した。

弓が変形し、ヤマトに巻きついたやたら刺々しいベルトの中央部分が、赤く点滅する。

 

「変身」

 

ヤマトは呟くようにそう言って、点滅しているボタンを押した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編10 ヤマト変身

ヤマトの侵食された右半身がどんどんと範囲を広げていく。そこに人間の顔はなく、緑色のエビのような外見が現れる。

堅い鱗のような表皮が全身を覆った瞬間に、ヤマトはいまにも飛び掛らんと鋭い爪を構えた。

いつものしっかりとした姿と違って、野生を感じさせるその姿はまるで……モンスターだ。

 

ヤマトは敵へとまっすぐ向かっていった。

迎えうつワレチューは尻尾の先を突きたてようと、鋭く放つ。

だが、それはヤマトを貫くことなく、胸で止まった。うっとうしそうにその尻尾を睨んだあと、ぐいっと引っ張った。

ヤマトよりも何倍もあるはずの巨体が軽々と引っ張られてしまう。

抵抗する間もなく、ワレチューはヤマトのもとへ引きずられていく。

待ち構えていたヤマトの力任せの一撃がワレチューを襲う。

 

「ヂュッ!?」

 

低いながらもワレチューの名残がある悲鳴が上がる。

地面を転がっていくワレチューの口から黒いもやもやとした煙のようなものが漏れ出たと思うと、少しばかりその巨体が縮んだ……ような気がする。

 

「うおおあああ!!」

 

野獣のような雄たけびを上げて、跳躍する。

ニードロップをかまし、ワレチューの上に乗っかかった。

戦闘服の腕部分から刃が飛び出し、爪とあわせて何度もめちゃくちゃに斬りつける。

そのたびにつけられる傷から、絶え間なく黒いもやが噴出する。

 

普段の戦い方からはまったく逆のような、本能に従ったような戦い方を見て、ぼくは戦慄する。

弓から変形したベルトは、かつてアノネデスが造ったらしい、女神の力を無理やり増幅させる機械を応用したものだ。

半分で止まっているヤマトの中にある力を引き出して、圧倒的な攻撃力と防御力を兼ね備えた姿へと変える。

デメリットは今見て分かるとおり。女神メモリーの力を引き出すということは、ヤマトのモンスター化が進むということでもある。

頭の中まで侵食され、理性が追いやられるのだ。

繰り返して、なんとかある程度制御できるようになったいまはまだマシなほうで、初めてこの状態になったときはバッテリーが切れるまで数時間暴れ続けた。

 

恐るべきはその防御力だ。

マウントを取って攻撃し続けるヤマトを、ワレチューは全身を使って抵抗するが、ほとんど傷がつかない。

やたらめったらに切り裂くと、ヤマトは軽々とワレチューを持ち上げ、地面に叩きつけ、真上に放り投げた。

 

ヤマトが腰を低くして構えると、腕から生えた刃がよりいっそう鋭く長く研ぎ澄まされる。

空気がビリビリと振動するほどの叫びを上げて、落ちてくる敵をぎらりと睨む。

腕を容赦なく振り上げると、巨体に飲み込まれるように、腕ごと刃が深々と突き刺さる。

圧縮された空気が勢いよく抜けるように、ワレチューから黒い煙が噴出して消えていく。

 

煙が晴れたところには、元に戻ったワレチューとその首をつかむ変身したままのヤマトがいる。

ヤマトは乱暴にワレチューを地面に激しく打ちつけると、追撃のために腕を振り上げた。

 

ぼくはワレチューをかっさらうように抱え上げ、ヤマトの攻撃が空振りする。

とげとげしい歯をぎらつかせてたヤマトが一瞬にして間合いを詰めてきた。

振り上げられた爪が盾を斬りつける。衝撃が伝わって、腕が痺れる。

 

「解除だ!」

 

ぼくがそう叫ぶと、ピピっと音が鳴って、ベルトが外れた。

すると、侵食されたヤマトの左半身がみるみる肌色に変わり、人間のものへと戻っていく。

さっきまでの凶暴さが嘘のように抜けていき、息を切らしながら膝をつく。

 

安全装置。

特定の人物が「解除」と言うことで、強制的に変身を解くのだ。

 

「助かったよ、ヴァトリ。被害は?」

 

「君による被害は地面が削れた程度だ」

 

「よかった」

 

よろよろと立ち上がるヤマトに肩を貸す。

変身は消耗が激しいのが難点だった。

シェアの力を借りているわけではない。自分の中にある力を、限界を超えて引き出しているのだ。

いくら人を超えた存在だからといって、さすがのヤマトも堪えたようだ。

 

「ヤマト、ヴァトリ、大丈夫? 避難完了したんだけど」

 

たたたっと走りよってきたのはネプテューヌだ。

こちらも相当疲れているようで、かなりくたびれた様子だった。

 

「ああ、なんとか。ビーシャは?」

 

気絶していたビーシャを任せていたが、その姿はどこにもない。

 

「あのあとすぐに目を覚ましたんだ。すっかり元通りになってたよ。いまは住民の避難を手伝ってくれてる」

 

ぼくは胸をなでおろした。

とりあえず、ビーシャとワレチューに関しては元に戻った。

エコーやモンスターが襲ってくる様子もないし、ひと段落といったとこだろう。

 

ヤマトの姿を誰かに見られないように、フードを被りなおさせた。ところどころ穴が開いて、ちらりと緑色の肌が見えるが、なんとかごまかせるレベルだ。

 

不意に、小脇に抱えていたワレチューがもぞもぞと動いた。

 

「……あ、あれ? オイラはいったい……」

 

きょろきょろとあたりを見回して、混乱した顔で首をかしげた。

ぼくに抱えられていると分かっても、とくに暴れる様子も無くおとなしくしていた。

 

「起きたか。覚えてることは? 黒い影とか」

 

「お、覚えてるっちゅ。あれに取り込まれた瞬間、オイラの胸の底から暴れたい衝動が湧き上がって……」

 

「その話、詳しく聞かせていただけますか?」

 

どこからともなくひょいと現れたイストワールに内心驚いたが、身体は疲れきっていて反応できなかった。

 

「騒ぎに駆けつけたのですが、もう解決したみたいですね。ありがとうございます。ヤマトさん、ヴァトリさん」

 

被害者の数は不明で、かなり建物が壊されたものの、事件が発生してからすぐに片付けられたことは幸いだった。

これから後始末に追われることになるだろうが、それは他の者に任せよう。

 

「ああ、それはいい。それより、詳しい話は後にしてくれ。こっちは全員満身創痍なんだ」

 

「そうですね。まずはゆっくりと身体を休めてからにしましょうか」

 

ぐったりとしているヤマトとワレチューを抱えたまま、ぼくたちは教会へと向かった。

これだけへとへとになったのは、久しぶりだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラネテューヌ編11 決意の盾

戦いから少し時間を置いて、ぼくとイストワールはワレチューを挟んでこれからの話をしていた。

ヤマトとネプテューヌ、ビーシャは休養。

特にビーシャは心身ともにとてもダメージを負ったため、半ば無理やり入院させた。

コンパも目を覚ましたようだが、まだアイエフがつきっきりで看病している。

いままともに戦えるのは、実質0人だ。

 

「ワレチューの姿を変えたのは、猛争化現象を見て間違いないでしょう」

 

「あれが?」

 

猛争化現象。各地でモンスターが凶暴化することに名づけられたそれは、人々を苦しめている。

なにせ、今までモンスターを狩ることを生業としてきた者たちですら歯が立たないほどに強化されているのだから。

ハネダシティやこの街を襲ったのもそうだ。

被害が拡大していくいっぽうで、ぼくたちはこれまで解決策を見出せずにいた。

 

「とすると、ワレチューは絶好のサンプルってわけだな」

 

「ま、まさかオイラをモルモットにするつもりっちゅか!? 同じネズミでも、ネズミ違いっちゅよ!?」

 

「あくまで、猛争化解消のために協力してもらうだけです。猛争化を食い止めることができれば、被害ももっと少なくなるはずですから」

 

後ずさるワレチューを逃がさないように、ぼくとイストワールは囲い込む。

 

「さて、協力してくれれば、お礼として今まであなたが起こした事件や騒動を少しくらい許してあげることもできます」

 

「……だとしても、教会に協力だなんてオイラのプライドが許さないっちゅ」

 

「そうですか……ではヴァトリさん」

 

「ほら」

 

ぼくはあらかじめイストワールに頼まれていた資料をどさっと放り投げた。

ワレチューの目の前で、何十枚という紙がばら撒かれる。

 

「これまでの騒動の賠償金はざっと……これくらいだな」

 

それはワレチューが起こした事件の被害総額をまとめたものだ。

一部モンスターとエコーのものも含まれているが、連帯で責任を持ってもらおう。

 

「ぢゅっ!?」

 

一番上の資料に書いてある、9桁を超えた賠償金にワレチューの顔が青ざめる。

 

「残念です。あなたが協力してくれれば、その成果をもって賠償はなし、これまでのことも執行猶予を与えようと思っていたのですが」

 

意地悪く笑うイストワールを見て、ぼくは苦笑する。

ネプテューヌやビーシャがあんなでもこの国がやっていけているのは、伊達じゃないってことだ。

ワレチューは首を縦に振るしかなくなった。

 

 

 

部屋のネームプレートには、「ビーシャ様」と書かれている。

病院の個室だ。

働ける働けると駄々をこねていたが、あの影の影響は計り知れないし、ぼくとネプテューヌがつけた傷だって癒えてはいない。

結局入院の手続きが終わるまで、ビーシャはおとなしくしてくれなかった。

 

こんこん、と白い扉をたたく。

返事が聞こえたので扉を開くと、ベッドに座っているビーシャがこちらを向いて笑顔で出迎えた。

 

「ビーシャ」

 

「あ、ヴァトリ……」

 

「怪我の具合は?」

 

ぼくはベッドの横にある椅子に腰掛けながら尋ねる。

 

「これくらいぜんぜんへっちゃら……あいたた」

 

「安静にするのが一番いい。街の治安はぼくがなんとかするから」

 

ぐるぐると腕を回すビーシャを抑える。

元気ではあるが、やはりまだ万全とは言えないみたいだ。

 

「ごめんね。役に立てなくて」

 

「じゅうぶんに役に立ったさ。いまは余計なことを考えずにゆっくり治せばいい。身体も、心もな」

 

ビーシャは力なく笑って、うつむいた。

感情は自分でも操ることのできないほど大きなエネルギーを持っている。

それが無理やり引き出されたとなっては、疲弊するのも当然だ。

 

「あの影に飲まれてるときね、怒りに包まれて、なにもかもがモンスターに見えて、全部倒さなきゃって思って……」

 

ビーシャはぽつりと話し始める。

影の目的は、エコーの目的と同様に不明だが、物理的に攻めてこないぶん、機械やモンスターよりも不気味だ。

 

「高揚感があったんだ。モンスターを恐れる気持ちなんてすっかり無くなって、ようやくみんなの役に立てるって。だから……」

 

「だからあれだけ暴れまくった?」

 

素直にこくりと頷いた。

改めて見ると、ゴールドサァドといえどもたった一人の少女だ。

通常とかけ離れた力を持っていても、戦いから離れてしまえば、笑って泣いて怒る普通の少女なのだ。

 

「でもそんなとき、声が聞こえたんだ。ヴァトリの声が」

 

ビーシャは話を続ける。

 

「やさしくて、熱くて、なんだか心が暖かくなったんだ。とってもとっても満たされていって、そうするとね、わたしを覆ってた影が引いていったんだ。えへへ、ありがとう、ヴァトリ」

 

「どういたしまして」

 

頬をかいて恥ずかしさをごまかす。

自分を奮い立たせるつもりで思っただけで、本当は声に出すつもりじゃなかったんだ。

だけどあれがビーシャを元に戻すきっかけになったんなら、よしとしよう。

 

「ねーねー、ヴァトリって別の次元の人間なんでしょ? えこーってやつを倒したら、帰っちゃうの?」

 

「そのつもりだけど」

 

そもそも超次元に来たのは、神次元で現れたロボットの企みを調べるためだ。

エコーの計画が何にせよ、女神にとって危険なのはほぼ確定だから、それを頓挫させればこっちでの目的は済む。

エディンの治安維持だってほかの女神にまかせっきりだし、いつまでもこっちにいるわけにはいかない。

 

ビーシャはちょっとむっとなった。

 

「ちょっと残念だなって」

 

 

「それは……」

 

どういう意味だ? と聞こうとしたとき、扉がノックされた。

扉を少し開いて顔だけ覗かせたのは、ヤマトだった。

 

「ヴァトリ、ちょっといいか?」

 

ぼくとビーシャを交互に見て、にやりと笑った。

 

「後のほうがいい?」

 

ぼくはビーシャのほうを見た。

話はまだ途中だが、ヤマトがわざわざ呼び出すというのは、重要な話がある証拠だ。

それに、ヤマトは万一にもその姿がビーシャにばれるのを恐れている。露見してしまえば、休養している彼女に追い討ちをかける形になる。

ここでビーシャを交えて話というのは、無理な話だ。だがそれを説明するのも、もちろんはばかられる。

 

「わたしは大丈夫」

 

ビーシャは親指を立てて、ぼくを見送った。

 

 

 

ヤマトは病院を出たすぐそこまでぼくを呼び出した。

彼も相当に体力を失っているはずだが、それを感じさせないほどのいつもの調子だ。

 

「知らない間に仲良くなってたみたいだな」

 

心底嬉しそうにヤマトはにやつく。

エディンの孤児院以外ほとんどないぼくの交友関係について、思うところはあったのかもしれない。

 

「まあ、ぼくはぼくで色々と、ね。それより、用件は?」

 

「リーンボックスに行こうかと思う」

 

「リーンボックス?」

 

女神ベールが統治……していた国。

いまではそちらもゴールドサァドが上に立っているらしいが、詳しいことはわからない。

ネプギアと連絡をとっていたのは全てヤマトで、ぼくはプラネテューヌのことで精一杯だったからだ。

 

「うん、攻めてくるには絶好の機会なのに、エコーはまったく姿を現さない。ほかの所で手がいっぱいなのか、何かをたくらんでいるのかは分からないけど、わざわざ待ってやる必要も無い。だから、ネプギアに意見を聞こうと思ってね」

 

ヤマトが見せてきたのは機械の残骸だった。

教会前で戦ったモンスターに混じって現れたロボットの残骸。

以前にも見た、エコーの斥候だ。しばらくこれを調べていたみたいだけど、ヤマトから見ても手がかりは得られなかったようだ。

 

「この次元で機械に詳しいのはネプギアくらいだけど、彼女はリーンボックスに行ったからね。様子見ついでに行ってこようかと」

 

「エコーについてはまだまだ謎だらけだからな。いいだろう、こっちのことはぼくに任せてくれ」

 

ぼくは胸を叩いた。

機械のことに関して、ぼくはほとんど無知と言ってもいい。

エコーを恐れて、出方を伺うだけでは状況が好転するわけでもない。

それにエコーはゲーム機を手に入れているのだ。一刻も早く計画を知る必要があるだろう。

ぼくがせめてできることは、この街の力になること。

この街を守る盾になること。

 

目を丸くすると同時に口角をあげるヤマトを見て、ぼくは首をかしげた。

 

「何だ?」

 

「すっかり頼もしくなって、僕は嬉しいよ」

 

ヤマトはぼくの肩をぱんぱんと叩いて、笑い声を上げた。

珍しい光景に、こんどはぼくが目を丸くした。

ぽかんと口を開けるぼくをよそに、ヤマトはひとしきり笑ったあと、ようやく落ち着いて一息ついた。

 

「君をこっちに連れてきたのは間違いじゃなかった」

 

満面の笑みを浮かべたあと、彼は悠々と去っていった。

しかし、リーンボックスへと向かう船はないはずだったけど、どうやって海の向こうへと行くつもりなんだろうか。

もしかして泳いで……とか。

いや、まさかそんなことはしないだろう。

しない……よな?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編1 ガンズ・ガールズ

ラステイションの中心から少し外れた、小さな研究所。

宙に浮いたホログラフ映像を眺めながら、右の義腕の調子を確かめる。

零次元から超次元にわたってきて、初めて造ったものがこれだ。

ネプテューヌたちだけでなく、ラステイションの女神であるノワールやその妹ユニも私の力になってくれたおかげで、材料の不足はない。

おかげで元のものに近い、スマートでしなやかな腕を造ることができた。

威力、防御力、起動時間。すべてが前のものよりも格段に上。

 

「うまく調整できたわね」

 

私、イヴォンヌ・ユリアンティラは、うずめたちとともに零次元でダークメガミを倒したあと、ここへやってきた。

あのままでは、うずめの力になりきれないからだ。

ネプテューヌたちの口添えもあって、私の希望通り、機械工業に関しては四国のなかで一番であるラステイションに住むことを許された。

ノワールやユニとはほとんど話すこともなかったが、彼女たちもしつこく干渉しては来なかった。

 

四国合同の祭りの運営で忙しかったせいもあるのだろう。

だが、いまは明らかにそれとは違う脅威が襲ってきている。

 

『指名手配犯、ノワール。ついに捕まる』

 

あらゆるニュースが流れているが、とくに大きく報道されているのがそれだ。

 

ことの発端は数日前。

祭りの目玉である、四女神が戦うエキシビジョンマッチで賑わっている最中だった。

私はそれを中継モニターで流し見しつつ、武器の開発をしているところだった。

乱入者が四人。そして、滝空ユウ、女神候補生が壇上に現れたかと思うと、急に視界が白く染まり、世界のあり方が変わった。

気づけば、女神というもの自体があらゆる人間の頭の中から消え、ゴールドサァドという存在がこの国の、いや四国それぞれのトップとなっていた。

私が覚えているのは、別次元の人間だからだろうか?

 

それからの私は情報収集に追われていた。

とはいえ、わかることは少ない。

行方不明だったノワールが捕まったというのは、ちょうどいいかもしれない。

当事者である彼女の話を聞ければ、少しはこの状況も進展するだろう。

ノワールやユニにはここでの借りがあるし、ネプテューヌやネプギアの様子も気になる。放っておくわけにはいかない。

 

 

どんどんどん!

研究所の扉が乱暴に叩かれる。向こう側から聞こえるのは知っている声だ。

私は机のキーボードを操作して、自動ロックを解除する。

扉がスライドして開くと同時に、ツインテールの少女が慌てて駆け込んできた。

息を切らして現れたユニを見て、とりあえず私は安心した。

 

「あなたは捕まってなかったのね」

 

「ええ、なんとか。お姉ちゃんが囮になってくれたの」

 

はあ、とため息をついて、ユニは近くのソファに座る。

頭を抱えてうつむく。

やはり彼女自身も何が何やらわからない状況みたいだ。

 

「よかったわ。あんたがアタシのこと覚えてくれていて」

 

ジュースをコップに注いで、ユニに差し出す。

彼女は一気に飲み干すと、大きく息を吐きだして再び頭を抱えた。

 

「残念ながら、ノワールは捕まったわ」

 

「ネプギアから聞いたわ。だから、あんたに力を貸してもらおうと思って」

 

「ええ、私も今から救出に向かうつもりだったの。ネプギアはどうだった?」

 

「プラネテューヌにもうすぐで着くって言ってた。とりあえずは無事みたい」

 

これまた安心。

世界が変わってからはモンスターの凶暴化も見られているから、ほとんどシェアの得られないいまの女神たちが心配だったのだ。

 

「なら、プラネテューヌはネプギアに任せましょう。私たちはこっちでやるべきことを」

 

「助かるわ」

 

「借りがあるからよ」

 

私は机に置いておいた金属のリュックを背負って、片眼鏡をかけた。

あらゆる情報がリアルタイムで流れてくるが、私は位置情報に限定して情報を得る。

ニュースでノワールの監禁場所が流されたのは幸いだった。教会からはそう離れていない、警備の緩い留置所だ。

うまく目を盗めば見つからずに行けるだろう。

 

 

 

ユニに大きめの外套を羽織らせて、私たちは留置所へと急ぐ。

道行く人は彼女に気づく様子はない。

走ると、パトロールの兵士の目につくと考えて、あえて歩いていく。

 

「状況が状況だけに仕方ないとはいえ、よく私を頼る気になったわね」

 

魔法使いのような、顔も隠せるつばの大きい帽子を被ったユニに、私は言う。

 

女神の存在がないものとなっているいま、力を貸してくれる人間はそう多くない。

そんななか私を選んだのは、信用しているからか、それとも苦渋の決断か。

 

「ネプギアが、あんたは悪いやつじゃないって言ってたから、それを信じることにしたのよ」

 

「あら、ずいぶんとネプギアのことを信頼してるのね」

 

「べ、別に? アタシより、ネプギアのほうがあんたのことをよく知ってるからってだけよ」

 

他愛のない話を交えつつ、私たちは現在の状況について情報を共有した。

 

光が全てを覆い、世界を変えたあと、ラステイションの外で目覚めたノワールとユニはなぜか兵士に追われるはめになった。

モンスターに襲われつつもなんとかユニを逃がしたノワール。

そのあとの行方がわからなくなっていたが、それはもう心配ない。

 

道中ネプギアからの通信でノワールが捕らえられたことを知ったユニは救出を決意したが、いかんせん力が足りない。

覚えられていないということは、シェアを得られないということ。

そのためしかたなく私を頼ったというところだ。

 

「あの子は不思議な魅力があるわね。ネプテューヌも」

 

一見しただけで敵ではないと感じさせる安心感。

女神とはああいうものだと、うずめと会った時もそう思ったことを覚えている。

こんな状況でもなんとかなると思うのは、彼女たちがいるからでしょうね。

 

「心配なことはいろいろあるわね。お姉ちゃんのことも、ゴールドサァドのことも」

 

ユニはため息をついた。

 

「ユウのことも」

 

滝空ユウ。

異常で異様な力を持ったあの男のことを、私はいまいち信用できていない。

見た目もそうだが、あの底知れない力が私の不安の種だ。

 

「資料を読んだわ。犯罪神を倒すために、あなたたちとともに戦った男」

 

ラステイションの教祖、神宮寺ケイはいかに情報が大切かをわかっていたようだ。

大層なセキュリティがかけられていたファイルには、これまであったあらゆることがまとめられていた。

 

犯罪組織マジェコンヌが台頭し、ゲイムギョウ界が混沌へと進んでいく中、このままではまずいと思った女神たちだが、返り討ちにあい、捕らわれてしまった。

そこで滝空ユウはネプギアたちと出会い、女神たちを救出、犯罪神と戦い、勝った。

仲間である、篠宮オルガ、篠宮エリカを犠牲にして。

 

細かいところまで書いてあるファイルは鍵が厳重で手を出せなかったが、概要はつかめている。

三年前にあった神次元の事件のことも。

 

「あいつなら大丈夫……のはずよ。そうそう簡単に負けるやつじゃないから」

 

「そうでしょうね」

 

その力は目の前で見た。ダークメガミと戦うあの姿。

ただの人間ではないことは明白だ。だからこそ、負の感情がぬぐい切れない。

 

「気になる? ユウのこと」

 

「それはそうでしょ? あんなものを見せられて、何も気にするなってほうが無理よ」

 

あんなもの、というのはユウの変身した姿だ。

黒い文様に翼、とがった角が生えたその姿に浮かんだ言葉はたった一つ、「悪魔」だ。

 

「ユウに関しては、複雑な事情があるの。でも信じてあげて」

 

ユニはそう言って、目を伏せる。

私が見ることのできなかったファイルのサイズが膨大だったことだけは知っている。

その中には、きっと、想像もつかないような大激戦の記録があるのだろう。

滝空ユウとその周りしか知らない、壮絶な過去が。

 

私は頭を切り替える。

とにかく、いまはノワールだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編2 陰謀

潜入は成功。

私たち二人は警備の目を盗みながら奥へと進んでいく。

監視システムに関しては、私が無力化できるからデータに残るようなことはない。

気になるのは、兵士の少なさだ。

規模に対して死角が多すぎて、潜入はそれほど難しくはなかった。

指名手配犯を捕らえているっていうのに、無用心すぎやしないかしら。

 

「おい、聞いたか、例の話」

 

「ああ、聞いた聞いた。ついにラステイションが他国へ攻め込む準備ができたって話だろ」

 

とはいえ、ノワールが捕らえられている奥の小さな小屋の前には、兵士が立っている。

二人……か。

暇そうに駄弁っているところを見ると、やはり警備に力を入れているようには見えない。

 

「使うのは、例の新種モンスターだろ? 大丈夫なのかね」

 

「別に大丈夫じゃなくてもいいんだろ。他国にモンスター送り付けて、暴れさせればそれまでだ」

 

話している内容も気になるが、いまはもっと重要な用がある。

私とユニは物陰から様子を見て、それぞれ銃を構える。

 

「うっ」

 

「あばばばばば」

 

私は麻痺弾、ユニは麻酔弾を撃ちこみ、兵士たちを無力化する。

どさりと倒れる前に動き出し、小屋を確認する。

造りは頑丈。鍵もかけられている。が、関係ない。

私が義腕を突き出すと、扉は小屋の中へ派手に吹き飛ぶ。

 

「お姉ちゃん!」

 

すぐにユニが中に入り、粗末なベッドに横たわっている少女にかけよる。

ノワールだ。

紫色に淡く光る手錠をかけられており、ぐったりとしているが、命に別条はなさそうだ。

私が手錠を引きちぎると、ノワールはユニに支えられて、ゆっくりと立ち上がる。

 

「よかった、大丈夫みたいね」

 

ちぎった手錠を一瞥する。紫の光は消えているが、何か気になる。

少し、調べてみる必要はあるかもね。

 

「ユニ! それにイヴまで……?」

 

「話は後よ。気づかれる前にここを出ないと」

 

まだ身に力が入ってないノワールが首を横に振った。

 

「いえ、早く教会にいかないといけないわ」

 

「教会?」

 

「詳しい話は移動しながらするわ。とにかく今は急いで教会を目指しましょう!」

 

何がなにやら分からないが、切羽詰ったノワールの様子に、私とユニは頷いた。

 

 

小屋から出てもまったく警備は強化された様子は無い。

結局、私たちは誰に見つかることもなくラステイションの中心近くまで来ることが出来た。

一息ついて、ようやく話ができるようになったところで、ノワールが口を開いた。

 

「モンスターに襲われて、ひどい傷を負ったの。だけどある人が助けてくれたから、なんとか回復したんだけど……兵士たちに見つかっちゃってね」

 

「シェアがほとんどないとはいえ、それほどまでに苦戦するほどだったの?」

 

「いままで見たことのないモンスターだったわ。そこらへんにいるモンスターとは思えないほど強かった」

 

モンスターの凶暴化については、あらゆるところから報告が上がっている。「猛争化」と呼ばれるそれは、モンスターの形すら変え、モンスター狩りを生業にするハンターでさえ太刀打ちできないほどにまで強化するのだ。

原因は不明。

だが、世界改変と同時期に現れた現象ということは分かっている。

 

「兵士が言ってたけど、ラステイションの誰かがそれを利用するみたいなの。他国を制圧する兵器としてね」

 

「だから教会へ、ね。あの口ぶりだと、それを企んでるのはラステイションの上に立っている者の誰かだから」

 

「ええ」

 

モンスターを使うのは合理的ではある。

人為的なものとは思われない。まさか放り込まれたものとは考えもつかないだろう。

特にモンスターの被害を受けているルウィーやリーンボックスなんかは。

だがそれを捕らえること自体は大変なはずだ。警備が薄かったのは、そっちに手を回しすぎたせいね。

私たちは助かったけど、それはそれで本末転倒な感じはするわね。

 

「でも、アタシたち中に入れないよね。指名手配されたままだし」

 

「正面から入っていく必要はないわ。隠し通路があるんだから」

 

腕を組んで悩むユニに、ノワールは得意げな顔で胸を張る。

 

「隠し通路!? そんなのあったの!? アタシ初耳なんだけど!」

 

ユニが驚く。

私も聞いていなかった。隠し、って言うほどなんだから軽々しく言うわけにはいかないのはわかってるけど。

 

「あら、言ってなかったかしら? 面白そうだったから、作っておいたのよ」

 

「お、面白そうって……」

 

「呆れるわね……」

 

上機嫌で先を歩くノワールを、私たちはため息混じりに追いかけた。

 

 

 

 

薄暗い、洞窟のような通路を歩くこと十分。はしごを上ること一分。

先頭のノワールは手を伸ばして、天井をずらした。差し込む光に目を細める。

ノワール、ユニに続いて私もはしごを上りきり、外へ身を乗り出す。

実際は、外ではなく屋内なのだけれど。

 

「……本当に入れた」

 

ユニはぽかんと

教会の女神執務室だ。

正しくは元女神執務室。いまはゴールドサァドの部屋だ。

 

「便利なものね。遊び心も悪くないってことかしら」

 

私はぱんぱんと服をはたく。

便利は便利だけれど、長いこと使われていなかったうえに手入れもされていないから、埃が多いのなんの。

 

ノワールはさも当然のように振舞ってるし。

 

「さ、できるだけ多くの情報を集めるわよ。書類でもなんでも、とにかく片っ端から……」

 

と、動き出そうとしたその時だった。

いきなり執務室に一人の女性が入ってきた。

私は銃を構える。

 

「誰だか知らないが、ここは立ち入り禁止だぞ」

 

きっちりした服装から分かるのは、教会員だということだ。

まずい、タイミングが悪すぎだ。来た瞬間にこれとは……。

 

「お前は……」

 

「だ、誰よ、アンタ!」

 

女性とユニが同時に声を上げる。

銃口を向けられて眉ひとつ動かさないのは評価に値するけど、その余裕さはなにか気になる。

 

「ただの教会の職員だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「あら、教会職員にあなたのデータはないわね。秘密の職員かしら、それとも、教会職員になりすました別者か」

 

右目にかけたディスプレイには次々と教会員のデータが流れてくるが、この女はそれらには含まれていない。

 

「ふふふ、両方だったりしてな」

 

不敵に笑う女の態度が気に食わない。

追い詰めているのはこちらのはずだ。

 

「まさか、この人って……」

 

ハッとして、ユニが声を上げた。

 

「知ってるの?」

 

「う、うん……多分だけど、だいぶ前に壊滅したっていう傭兵組織だと思うの」

 

「そう、私たちは壊滅した。だが、生き残った者が集まり、新たな組織を作り出したのさ。そして、チャンスを待っていたんだ」

 

女はあっさりとばらした。やはり、なにか策か、あるいは武器兵器があるか。

だけど、女は手ぶらだし、ディスプレイを見ても周りにめぼしい生命反応はない。

数人の事務員が感じ取れるが、戦闘員ではないし、ここからはいくぶん遠い。

 

「それで教会を乗っ取ったってことね」

 

ノワールが憎憎しげに女を睨む。

大切な国がテロリストに乗っ取られ、ほかの国を壊そうとしているのだ。

彼女の怒りはごもっとも。

 

「この世界改変に乗じて、戦争をけしかけようとしてるってわけね」

 

「幸い、この国のゴールドサァドが国政には無関心で、教会に一任してくれているおかげで、組織としては最大のチャンスなんだよ」

 

「ラステイションはあなたたちが戦争をするための道具じゃないのよ!」

 

「知ったことか。戦争さえ起こればそれでいいのだからな」

 

憤慨するノワールとは対照的に、女はにやりと笑う。

ユニも銃を向けて、女を睨みつける。

 

「どうしても止めるつもりはないのね。だったら力づくでも……」

 

「ふん、頭の弱いやつらだ。ここはいま、お前たちの敵の中枢だぞ?」

 

女は指をパチンと鳴らした。

すると、壁か天井にでも張り付いていたのか、人型の何かが落ちてきた。

金属、機械、ロボットだ。

右腕部分が槍のように尖った、三体の人型ロボットが間に入ってきた。

 

「衰えた状態でどこまでやれるかな?」

 

その言葉を合図に、ロボットがまっすぐ私たちに向かってくる。

突進を受けて、私は衝撃を受けながら押し倒される。

押さえつける手を振り払い、がむしゃらに殴りつけてロボットを吹き飛ばす。

すぐさま立ち上がり、槍で突こうとするロボットの攻撃をなんなくかわし、銃を撃つ。

爆裂弾はロボットに当たった瞬間、その顔を跡形も無く粉々にして再起不能にする。

 

銃をしまい、見渡すと、ノワールとユニもそれぞれロボットを片付けたところだった。

やられるわけはないとはわかっていた。

ロボットの攻撃は簡単に避けられるほどだったし、装甲もあってなしがごとき。

本当に時間稼ぎ程度の性能しかなかったみたいね。

 

件の女はとっくに逃げて、この場からいなくなっていた。

なら、ここにい続けるのは問題がある。

 

「いったん退くわよ。兵士たちが来る前に」

 

この部屋にいくらかある資料を惜しみつつも、私たちはその場を離れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編3 石

秘密通路を通り、体力の限界がくるまで走り続けた。

膝に手をついて、息を切らしながら後ろを振り向くと、追ってくるものはいない。

 

「改めて礼を言うわ、イヴ。ありがとう」

 

こちらも息を切らしながらのノワールが頭を下げた。

私はひらひらと手を振って、どうってことないということを示す。

 

「借りがあるだけよ。それに気になることもあったしね」

 

「気になること?」

 

「ええ、あのロボット……いえ、確信が持ててから言うわ」

 

体力を失いすぎたせいか、今は頭も回らない。

ただ、あのロボットについては思うところがある。

具体的に何が、というわけではないが、なんだかあの機体には奇妙な違和感を感じた。

初めて見たような気がしないのだ。

 

「なによそれ。そんなこと言われたら気になるじゃない」

 

「気にしないことね。いまはもっと気にするべきことがあるでしょう?」

 

「それはそうだけど……」

 

私は義手を握っては開く。

新しく造ったこれは、たった数発で切れたような弱いバッテリーじゃない。

零次元でもあったような実地試験になってしまったのは想定外だったが、慣れてしまった自分もいる。

実験なしで実戦だなんて、本当は不本意なんだけど。危険すぎるから。

 

「ノワールさん!?」

 

考えをまとめていると、向こう側から見知らぬ人が駆け寄ってきた。

どこかの学生か、赤い制服に身を包んだ少女だ。

その少女はノワールを見つけるなり、安堵の表情を見せた。

 

「ケーシャじゃない!? どうしてここにいるのよ!?」

 

「ノワールさんこそ! 捕まってたはずじゃなかったんですか?」

 

どうやらノワールの知り合いらしい。

なるほど。この子が、ノワールが言っていた『助けてくれた子』ね。

 

「お姉ちゃん、えっと、この人は?」

 

「そうよね、先に紹介よね。ケーシャ、この子はユニ。私の妹よ。そしてこっちがイヴ……ええと……」

 

「イヴォンヌよ。イヴでいいわ」

 

私は自己紹介した。

ネプテューヌが私を紹介した時、適当に説明したから、フルネームで覚えてなくても仕方ない。

あとでネプギアが補足してくれたけど。

 

「は、はじめまして」

 

少女はおどおどとしながら礼をした。

一見して臆病。だけど指名手配されているノワールを保護するなんて、なかなか勇気のある子みたいね。変と言い換えてもいいかしら。

 

「この人はケーシャ。傷ついた私を助けてくれた人で、私のお友達よ」

 

「お友達!?」

 

私とユニはその言葉にのけぞるほど驚いた。

 

「どうしてそこで驚くのよ!? なによ、私にお友達がいたら悪いの!?」

 

「いえ、悪くはないのだけれど、その、ネプテューヌがあなたのこと万年名誉ぼっちって言ってたから……」

 

「あ、あの子はまた……」

 

ぐぬぬと歯を食いしばるノワール。

ネプテューヌは彼女についても、適当に紹介したのかもしれない。

自分で見極めろってことね。

 

「まあともかく、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

 

「い、いえ、たいしたことはしていませんから」

 

「それでケーシャ。どうしてラステイションに?」

 

「あの、私、ノワールさんのことが心配で……、ここにくれば何かわかるかもしれないと思って」

 

見た目とは違って、かなり行動力があるみたい。

目の前の少女にかなり興味をそそられたが、いまはもっと考えることや確かめたいことがある。

 

「話を聞きたいところだけど、そっちはあなたたちに任せていいかしら。私はちょっと調べたいことがあるから、失礼したいのだけど」

 

「それなら、一度研究所に戻ったほうがいいんじゃない? こんな往来で喋っているよりかは、そっちのほうが安心だし」

 

私が使っている研究所なら、人目にはつかないし、ロックもできる。

たしかにゆっくり話をするにも、考え事をするにも最適な場所だ。

私たちはユニの提案に乗った。

 

 

 

 

「うーん、やっぱり……」

 

「どうしたの?」

 

研究室でとても小さなものを慎重に扱いながら、私は呟く。

そんな私の様子を、ユニは興味深そうに感じて近づいてきた。

 

「これ、はい」

 

それまでずっと調べていた小さな石をひょいと投げる。

ユニがそれを受け取った瞬間、膝から崩れ落ちてしまった。

 

「わっと……あれ?」

 

「その石、シェアエネルギーを遮断する力を持っているみたいなの。ノワールが捕らえられたままだったのは、これが原因ね」

 

ノワールにかけられ、私が引きちぎった手錠の内側に埋め込まれていたそれは、すでに光を失っているにもかかわらず、まだその効力を発揮している。

もちろん私には害はないが、女神であるユニには効果てきめんだ。

 

「ええっ!? そんな危険なもの、聞いたことないわよ!?」

 

「でしょうね。女神の力を無効化だなんて、いままでにあったらあなたたちは対策を立てているはずだし」

 

反女神の石をユニの手から掬い上げ、小さなケースにしまって懐にしまう。

放置して盗まれる心配をするより、手元にあったほうが安心だ。

 

「だけど、シェアが少ないうえに、こんなものまで。現状はそうとうあなたたちに不利ね」

 

「てことは、アタシたちは戦えないってこと?」

 

私は首を横に振った。

 

「あなたたちを捕らえようとするなら、女神対策になるこれは兵士にだって配られているはずだし、あのロボットにも搭載されているべきだもの。それほど多くは用意できないものなのでしょうね。この小ささでさえ貴重なもののはず」

 

採取できたのは、2センチほどのものだった。

これひとつでさえ、ノワールの力をじゅうぶんに遮ったことを考えると、脅威であることはわかる。

だが、それが手錠にしか使われていないということは、数が揃っていないことも分かる。

 

そして分かったことがもうひとつ、この石の特徴だ。

女神の力を奪う能力があるこの石が、その効果を発動するためには、よほど近くにないと駄目らしい。

ほとんど触れるような距離。でなければ、これを調べている間、ユニがぐったりしているはずだ。

 

「そういえば、ネプギアとは連絡とってるの?」

 

「ええ、ネプテューヌさんと再会して、いまはリーンボックスに向かってるわ」

 

「リーンボックス?」

 

リーンボックスはプラネテューヌからは海を挟むほど離れた位置にあるはずだ。

ネプテューヌを溺愛しているネプギアが、わざわざこんな状況のなかプラネテューヌを離れるなんて……。

 

「あそこはベールさんしかいないから」

 

「ふーん?」

 

それを言ってしまえば、ネプギアがいなくなったらネプテューヌもひとりになるんじゃないかしら。

それとも、協力者がいるのかしら?

私のような、記憶が改ざんされていない者がいても不思議ではないし。

まあ、この世界のことは当然女神たちのほうがよく知っている。彼女たちが良いと言うなら、それでいいのだろう。

 

私たちがやるべきは、ラステイションの事件を解決することだ。

 

モニターでニュースを流しながら、机の上にバーチャル設計図を映し出した。

映っているのは装甲スーツの背中部分。飛べるようにしたいのだけれど、まだまだ出力が不安定で実戦に使用できるまでは時間がかかる。

 

「ね、ねえ、銃の手入れしていい? ちょっと散らかしちゃうけど」

 

沈黙に耐え切れなくなって、ユニが口を開いた。

 

「どうぞ。勝手に汚して構わないわよ」

 

いまは片付いているほうだが、マーク2が出来上がるまではそこかしこに工具やら材料やらが散乱していた。

現在取り掛かっているのはマーク3。いまよりも攻撃力を上げる目的で設計中だ。

遠隔操作を一番に考えているが、それもまた設計の難度に拍車をかけている。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

ユニは銃のパーツを一つずつはずして、きれいに掃除していく。

彼女の武器はライフルだ。

私は設計図を更新しながら、ユニの動きを注視した。

レーザーと複数種の銃弾を使いこなせるその銃と彼女の技量には、同じ銃使いとして興味があったのだ。

 

 

「部屋貸してくれてありがと……って……」

 

「わぁ……!」

 

ノワールとケーシャがこちらの部屋にやってきた。

積もる話もあるだろうからと隣の部屋を貸していたが、思ったよりも早く話が済んだようだ。

 

「へえ、PC社の最近のやつはこうなってるのね。あれ? ここの構造はそんなに変わってない……」

 

ケーシャは床に広がった銃を見るなり、目にもとまらぬ速さでパーツを分けていく。

 

「うそっ、数秒で分解した!?」

 

「あ……えっと、ごめんなさい。少し興味があって……」

 

「いや、いまの、少しってレベルじゃなかったような……」

 

今のは私もノワールも驚いた。

そういうコンテストを見ているような、見事な早業だった。

それからユニとケーシャは専門用語をたがいに繰り出しながら、仲良くしゃべりだす。半分以上、何を言っているのかがわからない。

だが女の子が銃について盛り上がるなんて、珍しい光景だ。

 

「あなたはあれに加わらなくていいの?」

 

「私にはマニアックすぎるわ。知識はあるに越したことないんだけど、あれにはついていけないわね」

 

なんだかんだ、人が仲良くなっていく過程を見るのはなんだかいいものだ。

私とノワールは微笑みながらそれを見守っていると、気になる言葉が耳に入った。

私はモニターに映った一つのニュース番組をズームアップし、音量を上げた。

 

「この地下鉄の構内に凶暴なモンスターが現れ、現在兵士たちが掃討に向かっていますが、いまだに戻ってきません。現場からは以上です」

 

ニュースキャスターが興奮気味に言ったあと、画面は切り替わって、何も知らない専門家が意見を出しあう。

が、そんなものに興味はない。

 

「モンスターが地下鉄に?」

 

「そのモンスターが道具に使われたら……」

 

ノワールと私は顔を見合わせる。

兵士たちはモンスターを捕らえるように指示を受けているのだろう。

だが、凶暴化されたモンスターを兵士たちが相手にできるとは思わない。

それに……

 

「まずいわね。成功したら、他国への戦争が現実に近づいていくわ」

 

「止めるわよ」

 

「ええ、ユニ、早く片付けて。行くわよ」

 

私は装備を整えて、ケーシャと盛り上がっているユニに声をかける。

 

「ええっ、今出したとこなのに!」

 

文句を言いながらもわたわたと片付けるユニを無視して、私は金属鞄を背負う。

眼鏡型のウェアラブルデバイスを装着して、準備は万端。

 

「危ないからケーシャはここで待ってて」

 

「はい。無事に帰ってきてくださいね」

 

「もちろんよ、私を誰だと思ってるの?」

 

戦いに行くノワールと、それを信頼しているケーシャ。まるで昔からの知り合いみたいな会話ね。

 

「……なんだか、夫を戦地へ送り出す奥さんみたい」

 

「そんな、奥さんだなんて」

 

ユニの言葉に、ケーシャが頬を赤くして照れる。

ユニの発言も突飛だけれども、ケーシャもケーシャでなんで満更じゃなさそうなのよ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編4 地下鉄の攻防

「ここの地下鉄らしいけど、一足遅かったみたいね」

 

「さすがラステイションの兵隊。仕事が早いわね」

 

ノワールとユニが舌打ちをする。

地下鉄のすぐそばまで来たものの、入り口は兵士たちがすでに封鎖していた。

その入り口には野次馬がたかっているが、おかげで見つからずに済んでいる。

 

「だけど、逃げ遅れた人がいるみたい」

 

私は眼鏡から流れてくる情報を伝えた。

地下鉄の封鎖自体は素早く済ませたみたいだけど、中に向かわせた兵士から連絡が返ってこないようだ。

 

「兵士じゃモンスターに勝てないわ。私が遭遇したのも、兵士をいとも簡単に……」

 

「なら、よけいに逃げ遅れた人が危ないわ。でも、私たちじゃ中に入れないし……」

 

そう、ここで余計に騒ぎを起こすわけにもいかない。

どうにかして中に入る必要があるのだけれど……。

私は眼鏡のテンプルを操作して、封鎖されていない入り口か、あるいは抜け道を探す。

だけどどうにも見つからない。

公に入れるような場所は封じられているし、教会のような抜け道はない。

 

「あーもう!」

 

しびれを切らしたノワールが、私たちが止める間もなく入口へずかずかと近寄り、ついに兵士の一人の目の前まで向かう。

 

「ちょっと、そこのあなた!逃げ遅れた人がまだ中にいるって本当!?」

 

「あ、ああ、まだ残っているが、ちゃんと救出隊を出した」

 

いきなりのぶしつけな質問に、兵士は虚をつかれながらも答える。

 

「で、その救出隊から連絡はあったの?」

 

「いや、まだ連絡はない。我々もどうしたものかと迷っていて……」

 

「迷ってる暇があったら助けに行きなさいよ!市民の命が大事じゃないの!?」

 

「そうは言っても……」

 

ノワールと兵士の問答に、周りがざわざわとしはじめた。

兵士に啖呵をきっている少女を見れば、それも無理はない。

連絡が交わされていないとわかればなおさらだ。

 

「ノワール、注目が集まってきてるわ。ここは……」

 

「もういい、どきなさい! 私が助けに行くから」

 

私が止めようとしたが、ノワールは逆に前へ向かおうとする。

もちろん兵士が邪魔をする。

 

「ちょっと待て! ここは危険だ、通すわけにはいかない!」

 

「いいからどきなさい!」

 

パンチ一発。

力がほとんどないとはいえ、流石は女神。兵士はあっけなく倒れた。

そんな様子を気にすることもなく、ノワールはささっと構内への階段を下がっていく。

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!」

 

「めちゃくちゃね、女神っていうのは」

 

私たちはあっけにとられながらも、ほかの兵士が来る前に中へ急いだ。

 

 

 

構内の避難はほとんどが完了しているようで、響くのは自動アナウンスの音くらいだった。

中心部に位置するこの駅はかなり広く、迷いやすい。

だが、ときおり聞こえる悲鳴と叫び声を頼りに、私たちは進んでいった。

 

ついに奥にまでたどり着くと、そこには見たことのあるモンスターがそこかしこを破壊し続けていた。

零次元で対峙したような、棘のある、虫が巨大化したような気持ち悪いモンスターだ。

だがその右腕と顔は似つかわしくない機械で覆われ、一層不気味さを増している。

 

「う、うわあ、来るなあ!」

 

腰の抜けた一般人へ、モンスターはその左腕、長い爪を振り上げた。

私は即座に衝撃弾を放った。

モンスターは吹っ飛び、壁に激突する。

 

「危機一髪ってところね」

 

ノワールは男性に歩み寄り、立ち上がらせる。

ユニは私の横に並んで、銃を構えた。

壁にめり込んでいるが、敵はまだ倒せていない。抜け出そうとしている間に、その場に残された人たちを逃げさせようとする。

 

「あ、あんたたちは?」

 

「助けに来たわよ。ここは私たちに任せなさい!」

 

「みんな、こっちよ!ここから逃げられるから早く!」

 

ユニとノワールが来た道を示す。

一般人がそれに従うなか、ぼろぼろになった兵士がこちらを指差した。

 

「おい、ちょっと待て!お前、指名手配犯のやつじゃないのか」

 

「そうだ!その顔、思い出したぞ!」

 

「それがなに?」

 

ノワールは剣を抜く。

その姿勢には、兵士たちの言葉など気にしている様子はまったくない。

 

「何ってお前……」

 

「犯罪者の言うことなんて信じられないってことでしょ」

 

私はモンスターを警戒しながら言う。

魔物はようやく壁から抜け出し、ゆっくりとこちらを向いた。

こんな問答してる場合じゃない。

 

「そうだ。もしかして、この騒ぎもお前たちが仕組んだことじゃないのか!?」

 

「そんなわけないでしょ! だったらどうして助けになんて来るのよ!」

 

ユニが銃を構えながら、反論する。

だが、極限まで追い詰められ、正常に考えることのできない兵士たちには通用するはずもなく、むしろ逆効果だった。

 

「助けるフリをしてオレ達からなにもかも奪っていくつもりなんだろ!」

 

「あったまきた!あのね、アタシたちは……」

 

「ユニ、口を動かす前に手を動かしなさい! モンスターも待ってくれないわよ」

 

ノワールはユニを制すると、兵士たちに堂々と向き直る。

 

「そこの兵士! 私を捕まえたいなら捕まえなさい。ただし、ここのモンスターを片付けて、全員で無事地上に帰れたらね。もちろん、逃げたりしない。約束するわ」

 

再び剣を構えたノワールの姿は本当よりも少し大きく見えた。

この感覚は覚えがある。

ネプテューヌやうずめに助けられたときと同じものだ。

女神というものは得てして、人々を安心させるなにかを持っている。

それは彼女たちが望まれて生まれた存在だからか、それとも彼女たちがこれまでに積み重ねてきたものによるものか。

 

「だから、ちょっとだけ、その子の言うことを聞いてもらっていい? 絶対にあなたたちは私が助けるから」

 

兵士たちはそれを聞いて、去るわけでもなく、だが邪魔するわけでもなく下がっていった。

 

「来るわよ」

 

「ええ、わかってるわ」

 

モンスターは金切り声をあげて、銃口パーツを着けられた右腕をこちらに向けた。

銃口が一瞬光ったあと、紫のビームが放たれた。

さっと横に避けると、さっきまで私がいた地面がえぐられていく。

あれはエネルギーを撃ちだす腕砲ってところね。ヘルメットは照準を合わせるのを助ける装置かしら。

傭兵組織の仕業にしろ何にしろ、モンスターだけの問題じゃなくなったわね。

 

「変身」

 

私の言葉に反応して、金属のカバンが展開されていき、装甲スーツが身体を覆う。

全身にフィットする、スマートな白のスーツと一体になると、私とノワールは前へ飛び出す。

敵の爪をひょいと避け、ノワールが剣を振るう。

その身軽さに驚いたのも一瞬、モンスターは腕を振るってノワールを跳ね飛ばす。

ノワールは何度か地面にバウンドして、滑っていく。

剣の攻撃は浅く、モンスターは気にした様子もなく私に銃口を向けた。

私は背中のスラスターを起動させて、あっという間に敵の顔まで距離を詰める。

思い切り拳を振りおろした。殴るというより、叩くというふうに。

顔パーツにビキビキと大きなヒビが入ったが、全壊には至らない。

モンスターは憤怒の咆哮をあげ、銃口を再び向ける。

放たれたビームはまっすぐ私に……当たらなかった。

ユニの銃弾が敵の左腕に当たり、逸らしたのだ。

いまの砲撃で天井が崩れ落ちるのも無視して、モンスターがめちゃくちゃに爪を振り回し始めた。

引き裂かれるすんでのところで、私は後退してノワールに駆け寄る。

なんとか立ち上がった彼女は傷だらけで、息をするのが精いっぱいといった様子だった。

 

零次元でのネプテューヌやネプギアを見る限り、力さえあればこの程度のモンスターはそれほど脅威ではなかっただろう。

だが現状は、一撃で虫の息になるほど。

いくらあのモンスターが凶暴だとはいえ、危険だということを改めて認識させられる。

 

ユニの銃撃の嵐がモンスターを襲い、ついにヘルメットが崩れ落ちた。

伸びた歯を噛み鳴らし、濁った目がユニを睨む。

すかさず放たれたビームはまったく見当違いの場所に当たった。

照準パーツがなくなり、ダメージを受けているうえに、モンスターの腕じゃ当たらないのも当然。

 

「まだやれる?」

 

「なによ、もう限界?」

 

ノワールが冗談で返す。

私はにやっと笑い(といっても、彼女には見えないが)、義腕のスイッチを押す。

銃を敵に向けて一発、二発。

爆発がモンスターを襲い、腕のパーツも剥がれ落ちる。

残った武器は左の爪だけ。

私のほうを脅威と思ったのか、それともケガを負ったノワールを先に片付けようとしたのか、寄ってくるモンスターにさらに撃ち込む。

見え見えの大ぶりを潜り抜けて、私は右腕を突き出す。

そこかしこに衝撃が響いた。

地面は揺れて、怪物は声にならない叫びをあげながら、口をぱくつかせる。

モンスターは最後の力を振り絞って弱弱しく左腕を振り上げたが、その先はすでに斬りとられていた。

 

「お返しよ」

 

スパっという気味の良い音とともに、モンスターが真っ二つになる。

ノワールが剣をくるっと回して、収める。

 

「なんとか、倒せたわね」

 

ノワールは肩で息をしながら、膝に手をつく。

 

「確かに脅威ね。ほかのモンスターとは段違いだわ」

 

私は顔部分を外して、手で顔を仰ぐ。

こういった全身型スーツの欠点として、どうしても汗ばんでしまう。

ただ、反応速度に関しては問題ない。

 

「あなたたちはケガはない?」

 

ノワールはよろよろとしながら、遠くから見ている兵士と一般人に向けて話しかけた。

 

「あ、ああ。お前たちのおかげでな」

 

驚いてうろたえながらも、兵士は答える。

犯罪者として追っていた相手が、自分たちを助けてくれたのだ。

これで少しは状況が好転するといいのだけれど。

 

「そう……よかったわ……なら、地上に戻りましょう」

 

ユニに肩を支えられながら、ノワールが歩き出す。

信仰がない今は回復するにも時間がかかるだろう。

誰かがノワールたちを取り押さえるなら、力づくでも阻止しなければ。

 

だが、私たちが出ようとしたそのとき、どすんという大きな音を立てて、なにかが割り込んできた。

 

「きゃあっ」

 

その場の全員が尻もちをついた。

気が緩んでいたところに、いきなりなにかが落ちてきたのだ。

すぐさま立ち上がったのは、私とユニだけだった。

 

「予想どおり、現れたな、女神」

 

人の形をしたそれは、金属だった。

三メートル近くもあるその身体は、私のようなバトルスーツじゃない。

中身まですべて、全身が金属なのだ。

 

「あなたは何?」

 

私はとっさに銃を構える。

カクカクとしたシルエットではなく、丸く整えられた身。

金属であることを主張するようにきらりと輝きながら、その輪郭は美しいほどに洗練されたものだった。

ばかでかくなければ、人間と見間違うかもしれないほど。

こんなもの、私は見たことがない。

 

「おれか? おれはエコーだ」

 

あっさりと自己紹介するエコー。

爬虫類のようなぎょろりとした目は、私を睨んだ。

 

「お前たちが轟かせた、悲鳴の反響(エコー)だ」

 

予備動作もなく、手のひらをこちらに向けると、五本の指からビームが射出された。

私は吹き飛んで、壁に激突する。

こいつが何者であれ、敵には違いない。

むくりと立ち上がり、ヘルメットを装着するとともに背中のスラスターを起動させてエコーと距離を縮める。

今度はエコーが壁に押しつけられ、さらに投げ捨てられる。

エコーは転がったあと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ユニ、早くその人たちを連れて行って!」

 

「でも……」

 

私とノワールを交互に見て、ユニは悩む。

だが悩む暇はない。

せっかく助けた人たちを危険にさらすのは、本意ではない。

ノワールだってそれはわかってる。だからこそ彼女は口を出さないのだろう。

 

「早く!」

 

「わ、わかったわ」

 

ようやく頷いたユニが先導しながら、みんなを引き連れていく。

 

「逃がさんぞ」

 

相手も背中に推進システムをつけていた。

恐ろしいほどの速さで飛び込んでいくエコー。

私はエコーがユニたちに辿り着く前に、身体を掴んでぐるんと振り回す。

投げ飛ばされたエコーは、今度はどこかにぶつかることもなく姿勢を整えて、すっと着地した。

 

「まだ質問に答えてもらってないわ。あなたは誰なの?」

 

「言っただろう。おれはエコーだと」

 

人間らしく、ため息をつきながら答えた。

 

「そんな遠回しなことは聞いてないの。あなたは何?」

 

酷い冗談を聞いたように、エコーが苦々しく笑う。

見れば見るほど、人間に近い。

その様子に奇妙な違和感と嫌悪感を覚えた。

 

「それはお前が一番よく知っているだろう」

 

「なんですって?」

 

私の問いに答えず、エコーはまっすぐ向かってきた。

反射的に銃を撃つ。

胸と顔を撃たれて、勢いよく地面に引きずられるエコー。

だが、機械の身体ゆえに、痛みから生じる隙は無いものとみていい。

私は近づかれたぶん、即座に遠ざかりながら爆発弾を撃つ。

エコーは抵抗するでもなく受け、そのたびに身をよじらせる。

やがて壁にもたれかかるようにぐったりとして、小さいうめき声を発した。

 

「目的は?」

 

「すぐにわかる」

 

「いま言いなさい。でなければ……」

 

「撃つ……か? 好きにすればいい。だがお前が倒すべき相手は、本当におれかな?」

 

このいらいらさせられる問答に嫌気がさし、私は銃を何発も撃った。

銃弾がなくなるころには、エコーの目から光が消えて、動かなくなっていた。

なぜだかエコーの最後の言葉が、頭の中で反響していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編5 悪夢

血が舞う。

男性が倒れる。

黒い何かが鼻歌を歌いながらその場を通り過ぎていく。

 

血を流しながら倒れたのは、父だった。

私が駆け寄って揺さぶっても反応はない。

ああ、こんなこと。酷い。酷すぎる。

周りには誰もいない。

誰も助けてくれない。

こんなことはあってはいけなかった。

 

私は何もできなかった。何も。

犯罪神が世界を壊していくのを止められなかった。

私が強ければ、救えたかもしれないのに、何もできなかった。

 

不意に、父が目を見開いて私を見た。

 

「私は殺された……」

 

私は驚きながらも、一語一句聞き逃さないように身体を掴む。

父の顔は痛みに歪んで、目は絶望に染まっていた。

 

「私は殺された!」

 

 

はっとして目が覚める。

目をこすりながら、体を起こす。作業している間に、机に突っ伏して寝てしまったようだ。

伸びをして、深呼吸する。

嫌な悪夢を見てしまった。もっとも、良い悪夢とやらがあるのかは知らないが。

 

エコーを倒して、地下鉄から戻ったあと、助けた人たちだけでなく、兵士たちもノワールたちを認めた。

その場にいた野次馬たちも私たちを賞賛した。

兵士たちは早速ノワールとユニのことについて調べ、すぐさま彼女たちが指名手配されているのが、理由のないものだと判明した。

それから兵士たちはノワールたちを発見しても、見て見ぬふりをしてくれている。いまでは前と比べものにならないほど、動きやすくなっていた。

 

くたくたに疲れきった私だけど、どうしても気になってエコーの残骸の解析を進めていた。

少し調べてわかったことは、この世界のどこの国のものでもないということだった。

機械というのは、外に関しても中に関しても、造った人の特徴がある程度の現れる。

癖といってもいい。

これだけ精密なものなら、余計にそれが顕著に現れるものだ。

だが、エコーに使われていた技術は、四国のどの企業が造ったものとも逸脱していた。

誰かが遠隔操作しているのか、それとも意志を持った機械か。

敵であることには違いない。ノワールを狙っていたようなことを言ってたし。

 

気分転換に外に出る。

時計を見てみれば、もう昼だ。

力を増そうとしているのに、昼夜逆転して体調を崩すなんてしてしまったら、元も子もない。

ノワールたちはもう研究所にいなかったし、すでに外に出てるのだろう。情報収集かモンスター退治か。

シェアが減っている状態で、しかも凶暴なモンスターがいる。あのエコーとやらもまた襲ってくるであろうこの状況で目につかないところに行かせるのはやや心配だが、危険なら連絡するように言ってあるし、信用することにしよう。

 

「イヴ、今起きたの?」

 

そんなことを考えていると、件のノワールが話しかけてきた。

 

「あら、ノワール。どこかに行ったんじゃないの?」

 

「ちょっとパトロールしてたの。ひと段落したから戻ってきたってわけ」

 

「そう、ユニとケーシャは?」

 

「あの子たちとは別行動よ。二人とも傭兵組織の情報を集めてくれてるの」

 

私は頷いた。

聞き込みをするにもこの国は広い。

手分けして情報を集めるのは至極納得のいくことだった。

 

「なら、私も動こうかしら。ネットじゃ限界があるし」

 

「それよりも」

 

ノワールは私の肩をぽんとたたいた。

なんだか、前よりも距離が近く感じる。

パーソナルスペースというものがあるが、彼女のそれは人よりも近いのかしら?

普段の言動から考えると、そう考えるのは難しいが。

 

「一緒に街を歩かない? 私はあなたのことあまり知らないし、もっと仲良くなりたいの」

 

この提案に、正直私は度肝を抜かれた。

ネプテューヌの言っていたようなツンデレとは、まったく印象が違うのだけれど。

捕らわれたのを助けたことと地下鉄のことが距離を縮めたのかしら。

 

「え、ええ、まあいいけど……」

 

「なら決まりね」

 

にっこり笑って、ノワールは私の隣を歩いた。

 

 

 

「ち、近くないかしら?」

 

「そう? 普通だと思うけど」

 

「これが普通? いえ、普通というものを知っているわけじゃないけれど……」

 

公園のベンチで、屋台で買ったクレープを頬張りながら、ノワールはやたら上機嫌に笑う。

それまでもいろいろとウィンドウショッピングをしていたが、その間も近いこと近いこと。

周りの視線が気になって、離れるように言ってもきかない。

なによりも、その……

 

「私のも食べてみる? ほら、あーん」

 

気持ち悪っ!

 

「う……」

 

しかし、仲良くしようとしている好意を無下にするのもよくない。

仕方なく近づけられたクレープをいただく。

にこにことしているノワールに、なんだか気恥ずかしさを感じて、私は視線をそらした。

 

「ごめんなさい、ちょっと離れるわ」

 

これ以上耐えられなくなって、私は返事も待たずにその場を離れた。

 

何度か深い呼吸をして、いろいろな感情を抑えつける。

急に寄られると、気後れする。

でも私はそれぐらい強引に来られないとだめなのかもしれない。

うずめのときも、ネプテューヌのときもそうだった。

私からも、歩み寄るべきなのかもしれないわね。

あー、それにしても、あんなにぐいぐい来るなんて予想してなかったわ。

第一印象っていうのは案外あてにならないものなのかしらね。

落ち着いたところで、待たせているノワールのもとに戻るために、私は足早に歩いた。

 

「あら?」

 

だけど、そこには誰もいなかった。

代わりに見つけたのは……

 

「ユニ」

 

「イヴ!」

 

目的のノワールの妹だ。

控えめに手を振ると、彼女も振り返してきた。

 

「ねえ、お姉ちゃん見なかった? さっきまで一緒にいたんだけど、急にどっか行っちゃって……」

 

私は首を傾げた。

 

「さっきまで? ノワールならさっきまで私と一緒にいたけれど」

 

「え? そんなはずないわ。つい直前までなんだかやたらとベタベタしてきて困ってたもの」

 

「私もやたらと密着されてたわ」

 

二人してはてなを浮かべる私とユニ。

ユニが嘘をついているように見えないし、つく意味もない。

これは一体どういうことかしら?

私が目を離した隙を見て両方とお出かけしてた? いいえ、ずっと一緒だったもの。それはない。

 

「ユニと……イヴ?」

 

ぽかんとしている私たちのもとに新たに現れたのは、話の種であるノワールだ。

私とユニを交互に見て、まるで今日初めて会ったかのように挨拶する。

 

「あ、お姉ちゃん、どこ行ってたの? 急にいなくなるから心配したのよ?」

 

「え、私は……」

 

「私と一緒だったわよね?」

 

「え、えぇと?」

 

 

 

研究所に戻るまで、私たちは今日あった出来事を各々話したが、奇妙なことに三者の話はまったく食い違っていた。

ユニはノワールと一日お出かけしてたみたいだし、ノワールは街の人に頼まれてモンスター退治していたそうだ。

そのことを、先に帰ってきたケーシャも交えながら喋っていると、余計に混乱する。

 

「今日はなんだか変な日ね。異様に疲れたわ」

 

「昼まで寝てるからでしょ。もうちょっとちゃんとした生活を送りなさいよ」

 

ケーシャが作ってくれた料理でおなかを膨らませたあと、昨日までの研究や開発をほっぽりだして、私は悩んでいた。

考えても答えは出ないとわかっているが、もやもやした気持ちを持ったままだと何も手につかない。

 

「いや、それもそうなんだけれど」

 

「まったく、ユニも変なことばっかり言うし……」

 

「変なことですか?」

 

皿の片づけが終わったケーシャがノワールの隣に座る。

地下鉄の事件以来、つまり昨日から、ケーシャはこの研究所に入りびたりだ。

ノワールのことをよほど心配しているらしく、キーカードをせがんできたくらいだ。

昨日帰ってきたときも、ノワールのそばから決して離れることはなかった。

 

「今日はノワールがべったりしてたって」

 

食後のお茶を飲みながら、私は答えた。

今日の心労がたたったのか、ご飯も食べずにすぐに寝てしまったのだ。

 

「帰ってからすぐに横になるなんて、なんだか心配ね。あの子は一人でため込む癖があるから」

 

「それはあなたも一緒じゃない?」

 

「私は一人でできるから大丈夫」

 

「あら、捕らえられて、地下鉄でもけがをしたのに、一人でできるですって?」

 

軽い口調で言い合う私たちに、ケーシャはむっとした表情を見せた。

 

「なんだか、仲が良いですね」

 

「そう?」

 

「遠慮がないというほうが正しいんじゃないかしら」

 

ノワールと私が揃って言う。

まあ、仲が悪いわけではない。お互い恩があるのは承知の上。だからこそ気兼ねなく話そうとする。

私もノワールも引け目を感じて、もじもじとするのは気持ち悪いもの。

 

「……私は軽口も言えないのに」

 

「ケーシャ?」

 

ぼそっと呟いた言葉に、ノワールが反応した。

ケーシャの目つきがやたらと鋭く見えたが、一瞬あとには普通の少女ケーシャの可愛らしい顔がそこにあった。

見間違いだろう。見られた人を射抜き、戦慄させるような目だった。

 

「あ、はい、いえ、なんでもありません」

 

「そう、ならいいけど。ちょっとユニの様子見に行ってくるわ」

 

ノワールもお茶を飲み干して、隣の部屋に向かった。

昨日から今日にかけて、いやそれまでもいろいろとあった。

ユニが心身ともに疲れ果てても無理はない。

 

「……またユニのところに」

 

だが、ケーシャはそれに嫉妬しているみたいだ。

暗い顔をして、ぼうっと俯いている。

 

「こんな状況よ。妹を心配するのは当然だと思うけれど」

 

「でもそのせいでノワールさんは私を構ってくれない」

 

せっかく出来た友達に構ってもらえないことに寂しさを感じているのだろうか。

怪我をして助けたと思ったら、また大けがをして戻ってきたノワールを見れば、不安を感じるのもわかるが。

傭兵組織に、エコー、そしてこの世界自体。敵が多すぎる。

 

「もう寝ましょう、ケーシャ。余計なことは考えずにね」

 

私は自分に言い聞かせるように、ケーシャの肩をたたいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編6 ケーシャという女の子

荒廃した世界でただ一人、私は佇んでいた。

地面はえぐれ、建物は跡形もなく崩れていく。

傍らに少女が横たわっていた。

顔は青白く、目に生気はない。

私は悲鳴を上げた。

倒れているのは、うずめだ。

それだけじゃない。零次元の仲間たちもいる。同じく息がない。

亡骸は私の周りだけじゃない。続いてる。どこまでも、どこまでも。

 

「嫌……」

 

遠くまで続く屍を見て、意識が遠くなる。

腰が抜けて、息をするのも辛くなる。

目を逸らしたくても、なぜか首が動かない。目を閉じられない。

 

「いや……」

 

もっと遠く、もっと遠くまで仲間たちは倒れている。

その先には大きな武器を振り回している人型の何かが暴れている。

仲間たちを次々と殺していく。

大量の血が舞う。

 

地獄のようなこの状況、私ならなんとかできた。

私が強くなれば、どうにかできたはずなんだ。

その力があるはずなのに、私は……

 

 

 

「おはようございます。今日は早いんですね」

 

目覚ましの音で目が覚めると、ケーシャが笑顔で迎えてくる。

また悪夢だ。

時間通り起きられるか心配だったが、音と気持ち悪さで目が覚めたみたいだ。

そうはいっても、他の三人のほうが早く起きているし、ユニとノワールはすでに外に出ている。

 

「ケーシャ、おはよう」

 

「ご飯できてますよ。大丈夫ですか? うなされてましたけど」

 

あくびをしながら机につくと、ケーシャが朝食を用意してくれた。

心配ないと手を振って、目をこする。

 

「ありがとう。あなたは外行ってないのね」

 

手を合わせて小さくいただきますと言う。

これだけ家庭的なら、私周りのお世話をこれからもお願いしたいところだけども、彼女も彼女の人生がある。

 

「危ないからって、お留守番です」

 

ケーシャは寂しそうな表情を浮かべた。

昨日の夜、ケーシャは酷く暗い顔をして、ノワールがユニにつきっきりだということをぼやいた。

 

「……」

 

どうせ、用が済めば私はこの世界から去る。

ここで出会った人のことを、理解しようだなんて思っちゃいない。

だけど、隙がなくなるくらいに考えることを詰め込んでおかないと、余計なものが頭を支配してくる。

それにいろいろしてくれる同居人を無下に扱うのも気分が悪い。

だからこれは……

 

「ねえ、今日は私と一緒にどこか行かない?」

 

「イヴさんとですか?」

 

これは、私のためだ。

 

 

 

了承してくれたケーシャとともに、どこを目指すのでもなく、横に並んで歩く。

一部、私と彼女の気分転換を兼ねているが、様子を見ると彼女はずっと暗い顔をしている。

そんなに気の利いたことを言えるわけじゃないけど、沈黙はもっと耐えられない。

 

「ノワールのことを結構慕っているみたいね」

 

「は、はい」

 

ノワールの名前をだす。

これは効果てきめんだったようで、顔に少し光が入る。

興味のあることなら、話したくなるのが人の性だ。

思い切って、踏み込んでみる。

 

「好きなの?」

 

「へっ、ええええと、そそそそそそその」

 

ケーシャがわかりやすく狼狽した。

笑みがこぼれてしまう。

下衆かもしれないけれど、こういう話題はなんというか、非常にぞくぞくする。ネプギアしかり。

 

「まあまあ、落ち着いて。別に悪いことでもないでしょ?」

 

安心させるために、目の前で手を振る。

 

「そういうふうに……思われるくらいに魅力のある子だってのはわかるわ。だてに女神じゃないものね。この国にいる人なら、どういう感情であれ彼女に惹かれるのは必然みたいなものよ」

 

これは本心だ。

この数日間、特にあの地下鉄での事件で下した私の評価だ。

『絶対にあなたたちは私が助けるから』

それを言うだけの胆力、そして信じてもらえるだけの魅力が彼女にはあった。

たとえ守るべき国民から忘れ去られても、追いかけられようとも、ひどい言葉を投げられても、尽くそうとする彼女の姿勢は真似できたものじゃない。もちろんいい意味で。

 

「こういうことを知られると、その、引かれるかと思いました」

 

「少数派だものね。怯えるのも無理はないわ。誰にどんな過去があって、何を思っているのかなんて、人それぞれだもの。私はそれを否定するつもりはないわ。敵じゃない限りね」

 

ケーシャがようやく笑う。

口に手を当てて可愛らしく笑うその姿は、やはり普通の少女なのだと思わせる。

 

「イヴさんって、なんだか不思議ですね」

 

「私から見れば、あなたも相当不思議よ。指名手配犯を助けるなんて」

 

二人で一通り笑うと、ケーシャはぽつりぽつりと話しだした。

 

「ある日、ノワールさんを見たんです。その姿はとっても格好良くて、とっても綺麗で……」

 

「憧れた」

 

「はい」

 

一目ぼれというやつだ。

それだけで助けるなんて危険でもある。だけど同時に彼女は彼女の中にあるノワールを信じたということだろう。

それがノワールの成しえる技ってことね。まるで主人公じゃない。

 

「だから助けたのね。勇気のあることだわ」

 

「えへへ」

 

屈託のない笑顔が輝く。

それからはいろいろと、話を切り出すのも楽になった。ケーシャからも話題を出してくれることが多くなって、なんだか距離が短くなったと実感する。

まあちょっと危ない話題だったけれど、結果オーライ。

 

「あなた、研究所にずっといるけど、両親の許可はとったの? 独り暮らし?」

 

「両親はいないんです。物心つく前から」

 

しまった、悪いことをしてしまった。

だけど、聞いてしまった罪悪感を消すように、私も身の上を話した。

 

「私も親がいないの。どっちの親の死に目にもあえなかったわ」

 

父親は殺された。

突如として現れた犯罪神という理不尽に。

その悪夢はどこまでも追ってくる。どこまでも、どこまでも。

 

「暗い話はやめにしましょうか。ねえ、銃のことを教えてくれない? 詳しいみたいだし。私も興味あるから」

 

私は不安を無理やり頭の隅に追いやって、彼女の興味あるほうへ話をもっていった。

ケーシャは茫然としたあと、ふふふと笑った。

 

「やっぱり不思議な人ですね。イヴさんって」

 

「あなたには負ける」

 

ケーシャが案内する銃器店に着いて、説明を求めると、彼女はこと細かく話してくれた。

造る側にも関わらず、詳細を知らなくて興味深く聞いてた私の様子に機嫌をよくしたらしく、さらに饒舌になっていく。

 

「パーツごとだけじゃなくて、細部までまったく違うのね。会社ごとに長所も短所もばらばら。まあ、どの分野でも言えることだけど」

 

「私の周りの人は銃器に興味ありませんから、こういうの新鮮です」

 

「ユニは? この前やたら熱心に二人で喋ってたじゃない」

 

「ユニさんは……」

 

名前を出すだけで、ケーシャの顔が曇る。

両親がいないことは、彼女の底に巣食って、彼女を普通から遠ざけてしまっている。

だから求めているのかもしれない。誰かに愛されること。普通を。

ユニの存在でさえ、ケーシャにとっては愛を妨げ、妨げられる存在なのだ。

 

「ねえ、ユニはノワールの妹なのよ。今はこんな大変な状況だし、妹を心配するのは当たり前でしょ?」

 

「はい……だけど……」

 

「ノワールも余裕がないのよ。事件が終わったら、あなたもかまうように私から進言する。だからいまは落ち着いて、無事を祈っててくれないかしら」

 

ユニはケーシャの敵じゃないとわかってもらうために、ゆっくりと落ち着いた声で言う。

けども納得した様子はなく、なにを見ているのかわからないような遠い目で外を見ている。

 

「最近変な夢を見るんです。ノワールさんとユニさんがずっと一緒にいて、私はそこにいない夢。そんな夢を見るたびに、孤独を感じてしまうんです。何もかもが終わったら、ノワールさんが私の前からいなくなってしまうような気がして……仲の良いイヴさんや妹のユニさんとは違って、私は出会ったばかりの他人」

 

ケーシャの目がみるみる濁った黒に染まっていく。

人差し指を外へ指す。そこには姉妹が笑いあいながらウィンドウショッピングしている。

知らない一般人だ。そのはずなのに、ケーシャは憎々しくその姉妹を睨みつけている。

 

「ああ、ほら、見てください。あんなに仲良くして……ノワールさん、ノワールさん。ユニさんが、ユニさえいなくなれば。ユニさえ殺してしまえば!」

 

興奮が頂点に達したケーシャは、どこからともなく手に取った銃をその一般人へ向けた。

私は反射的にケーシャの腕を掴んで、銃口を地面へそらす。その瞬間、弾丸が飛び出して地面にひびが入る。

悪寒が走った。

ケーシャは本当に撃ったのだ。本当に殺す気だ。

手をはねのけられ、恐ろしいほどの力で蹴り上げられ、下に叩きつけられる。

二度の衝撃で肺から空気が完全に吐き出され、空気を求めてあえぐ。

 

「あなたも私を置いてどこかへ行ってしまうんだ!」

 

手放しかけた意識を無理やり戻すと、ケーシャの銃口がこちらを向くのが見えた。

地面を転がって、放たれた三発の銃弾を避けて、振り返りもせずに銃器店を飛び出す。

聞こえてくる銃声に身をかがめながら、向かいの店の窓を割りながら飛び込んで中に入る。

完全に意識が覚醒したころには、痛みが襲ってきた。歯を食いしばって紛らわせて壁にもたれながら、ちらりと外の様子をうかがう。

この騒ぎに、周りの人々は恐怖の叫びをあげながら逃げまどっていた。

ケーシャはいま、無差別に撃つようなことはしていないが、それもいつまで続くか。ここで私が逃げれば、多くの人数が被害を受けることになる。

 

「ああもう、最悪」

 

残念ながら、今回はスーツを持ってきていない。

こんなこと予測していなかったのだ。

甘かった。街の中なら敵が現れないと高をくくってしまった。

だけど今は無いものねだりをしている暇はない。

ケーシャが銃器店から出てくる。

銃を構えられる前に、急いで前に出て、左手で殴るがひょいと避けられてしまった。

恐れるあまり、単調すぎる攻撃をしてしまった。

だが反撃を恐れて右手をフリーにしたのは正解だった。

至近距離の銃弾を義腕で遮る。それでもしびれが身体まで伝わってくる。

拳をぶんと振り回したが、これも軽快に避けられる。

近距離戦は不得意かもと高をくくったのが間違いだった。

ケーシャは素早くダブルパンチを繰り出し、私は防御も回避もできなかった。一発は腹、もう一発は顔。

景色がぐるぐると回っていく。私の身体は地面に激突し、そのまま滑っていく。

立てないほどの痛みを耐えながら、私は身をよじる。

呻きながら、右手を地面について立とうとしたときに、頭に冷たいものが押しつけられた。

ケーシャが傍らに立ち、銃を押しつけてきていた。

全身から血の気が引き、死の恐怖に動けずにいたが、どれだけ経っても撃たれなかった。

 

「イヴさん。黄金の頂で待ってます。あなたとユニさんを片付けて、ノワールさんを私のものにしてみせます」

 

ひどく落ち着いた様子で、ケーシャはそう言う。銃口を私の頭から離すと、にっこりと笑った。

私はなにも言えずに、生きている実感をじわじわと味わっていた。

 

「二人を必ず連れてきてくださいね」

 

ふふふ、と顔をゆがめて笑いながら、ケーシャは去っていった。

まだ心臓の鼓動がうるさく響いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編7 黄金の塔の決戦

何度も倒れそうになりながら、ノワールとユニを呼び戻して、研究所に戻った。

すぐに駆け戻ってきた二人に、痛む身体に鞭打って私はいきさつを説明した。

 

「ケーシャが街中で撃ったって本当?」

 

「ええ、あの塔、黄金の頂で待ってるって。あなたとユニを呼べってね」

 

ユニの手当てを受けて、痛み止めを飲んで落ち着く。

ケーシャの変貌ぶりは異常だ。本気だった。

 

「殺す気よ。私とユニをね」

 

「ええっ」

 

「なんであなたとユニを……」

 

私はノワールを指差した。

 

「あなたを手に入れるためよ」

 

「手に入れる?」

 

「嫌な予感はしてたのよ。あなたたち女神のことを知っているようすだったし、それに……」

 

私は頭を抱えた。

 

「ケーシャの経歴は作られたものだし」

 

驚く姉妹に、説明をつづける。

信用もしていたが、ケーシャの情報は集められるだけ集めた。

といっても教会の助けが得られないいまじゃ方法には限りがあった。手に入れられたのも具体的なものじゃない。

 

「表向きは普通の高校生。だけど、彼女の高校入学までの経歴はすべて嘘のものだったわ」

 

「嘘の?」

 

「かなり周到に用意された、ね。銃の扱いも格闘も、ちょっと経験がある程度のものじゃなかった。おかげでまだ痛むわ」

 

流れるような銃さばきに体術。ノワールにご執心でなければ、あの場で殺されていただろう。

いやそもそもあそこで暴走したりもしていない。

 

「もしかしたら、ケーシャさんってかなりの危険人物なんじゃ……」

 

「それでも、放っておけないわね。確かめに行きましょう」

 

居ても立っても居られなくなったノワールは急いで装備を整える。ユニもそれを見て、慌てて銃を取り出す。

身体に鞭打って、私は立ち上がった。今度はちゃんと変形カバンを持って。

 

 

 

星のような小さな光が無数に輝いている。

街のどこからでも見えるほど巨大な黄金の塔の中は、思っていた以上に神秘的だった。

足場はすべて透明で、気を抜けば落ちている錯覚に陥るほど美しい。

何度調べてもうんともすんとも言わなかった門が開いていたのは、ケーシャの仕業だろう。ということはつまり、それができる存在だということだ。

入ってすぐの透明な階段をのぼると、だだっ広い空間に一人、ケーシャだけが立っていた。

 

「ふふっ、やっと来てくれた」

 

ケーシャのねっとりとした声に、ぞくりと悪寒が入る。

混沌とした目はそのまま、ノワールに向けられている。

半信半疑だったノワールたちも、それを見て私の話を信じ始めたみたいだ。

 

「ケーシャ……あなたはどうしちゃったの?」

 

「どうした? どうもしてませんよ。あなたのそばにいるケーシャです」

 

私たちは黙って、代表して訊くノワールに任せた。

 

「いったいあなたは何者なの?」

 

「……そうだよね。私たちの間に秘密はよくないよね」

 

怪しく微笑みながら悠然と武器を取り出した。黄金の銃だ。しかも二つ。

 

「私はこのラステイションのゴールドサァド」

 

「あなたがこの国の……!? そういえば、あの場で戦った子に似てる気がするわ」

 

「気が付きなさいよ、間近で見たんでしょ?」

 

ケーシャから目を離さずに、私がぼやく。ノワールは雰囲気が全然違うかったのよと返してきて、再びケーシャに向き直る。

 

「戦うなんてやめて、帰りましょ?」

 

「だーめ。これはもう決定事項なの」

 

「決定事項って、あのねぇ……こんな戦い無意味だわ。私たちは敵じゃないのよ。私をものにするって言ったみたいだけど、この二人を殺しても私はあなたのものにはならないわ」

 

ぎりりと歯噛む音が聞こえる。出所はもちろんケーシャだ。

さっきまでの余裕さはかけらもない。

 

「じゃあ、どうすれば私のものになってくれるの?」

 

「どうすればって……あ、そうだ」

 

ノワールはぽんと手を打って、にっと笑う。

 

「なら、私と戦いなさい。あなたが勝ったら言う通りにしてあげる」

 

「お姉ちゃん、何言ってるの?」

 

「そうよ、戦う意味はないってあなたも言ったじゃない」

 

ユニと私が抗議する。

誰がなにをしたのかはともかく、彼女は正気じゃないのだ。それに危険すぎる。力が足りないうえに、相手のホームで戦うなんて。

 

「戦いの中で説得するわ。どうしてもだめなら、大人しくさせるまでよ」

 

剣を抜いたノワールに口を開こうとしたが、地下鉄で人を助けたときのようなまっすぐな瞳に、もう文句は言えなかった。

 

「お姉ちゃん……」

 

「ノワール。素直な気持ちで説得してあげて。ここでツンデレ発動なんてしたら、何も変わらないわよ」

 

こくりと頷いて、ノワールが光に包まれる。

銀髪に黒いプロセッサ。ネプテューヌほど大きく変化したわけではないが、凛々しい雰囲気はより一層増している。

 

「ノワールさん、その提案受けましょう。ふふふ、本気でいかないとね」

 

対するケーシャの周りの空気もピリピリし始めた。

左目には眼帯、頭には軍用の帽子。

後ろには四連装のグレネードランチャーとレドームに覆われたレーダーが浮いている。

黄金に輝く目は鋭く、冷たい。

ここはノワールを信じて観戦だ。だけど、もしものことを考えて銃に手を添える。

ノワールを一方的に圧倒した相手だ。

 

「ユニ、危なくなったら助けるわよ」

 

「うん」

 

ユニも銃口を下げて、じっと見る。

ブラックハートとケーシャが同時に動く。

ブラックハートは水色の翼を駆使して空を駆け巡り、大剣をひらめかせるが、ケーシャは華麗に避けて銃を乱射する。

女神は飛びかかる弾丸をなめらかに避けていく。

 

一見すれば互角。

単純な力ではケーシャのほうが上だ。しかしノワールだって、女神としての実力、そして強大な敵と戦った経験がある。

地下鉄の事件をはじめとして、シェアもいくぶんか回復している。

不意打ちをくらった闘技場とは違って、今回は最初から本気だ。勝機はある。

だからといって、見ているだけというのはどうにも落ち着かない。

緊張で、ホルスターに添えた手の力が強まる。

 

不意に視界が閉ざされた。真正面に巨体が現れたのだ。

ぱっと後ろにさがり、銃を構える。

 

「させるわけにはいかないな」

 

「エコー……」

 

破壊したはずの機械の身体がそのままそっくりそこにいる。いや、それよりも若干大きくなっている。

強化されているのだ。

地下鉄のあの余裕は当たり前のこと。つまりあれは実験体。女神を倒すのは主目的ではあるが、エコーは長い目で見ている。

私たちの実力を測るために騒ぎを起こした。

 

「この前のおれの言葉は考えてくれたか? それとも見ないふりをしているだけか」

 

「こんなところまでやってきて、目的はなんなの?」

 

私は無視してエコーに言葉をぶつける。

 

「目的ならゴールドサァドが果たしてくれる。いまちょうど、プラネテューヌもルウィーの女神も息絶えるころだ」

 

私とユニは息をのむ。

こいつは四国すべての女神を殺そうとしているのだ。しかも同時に。

 

「あなたなにをしたの?」

 

「おれはなにも。ゴールドサァドとモンスターが必要なことはやってくれる」

 

エコーが、ゴールドサァドやモンスターを動かしているとは考えられない。

だがそういう口ぶりをしてみせるエコーの真意は表情からはわからない。

本当か嘘かわからない、機械ゆえの完璧なポーカーフェイスが私たちを惑わす。

女神が簡単にやられるわけはない。

自分に言い聞かせて、ようやく息を整える。

銃口は震えるが、きっとこれは怒りだ。

 

「それが世界の総意さ。この世界はおまえたちを必要としていない。お前たちもまた、人間をないがしろにして生きている」

 

「そんなことないわ。アタシたちは人間を守ってる。これからもずっと守り続けるわ」

 

今にも撃たんばかりの勢いで、ユニが反論する。

 

「人間を守るといって戦いながら、その犠牲になった人間のことを考えたことがあるか?」

 

エコーの薄っぺらい演説にこれ以上付き合っていられない。

私は銃をもう一つ掲げて、エコーの話を打ち切った。

 

「女神を倒して何をする気なの?」

 

「本当にわからないのか。いいや、おまえならわかるはずだぞ。イヴォンヌ・ユリアンティラ」

 

エコーが私をフルネームで呼ぶ。それを知っているはずはない。

ここに来てからはごく限られた人間しか、私のことは知っていないはずだし、フルネームなんかはさらに限られる。

 

「は?」

 

「もうわかってるはずだ。おれがいったい何なのか」

 

指からビームが発射された。

スーツを装着する間もなく私はそれを受け、身体を吹き飛ばされる。

よろめきながら立ち上がると、服に五本の小さな焼け焦げた跡がついている。

高威力のビームが身体を貫かなかったことにほっとしつつ、銃を撃つ。

エコーはひらりとかわすと、宙を浮かびながら接近してきた。

勢いの乗った拳が当たる寸前、エコーが何かに当たり、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。

ユニが徹甲弾を撃ち込んだのだ。

 

「大丈夫?」

 

「ええ」

 

駆け寄ってきたユニに返して、エコーを睨む。

この前より戦いなれたような動きだが、まだまだ隙はある。

 

「変身!」

 

私はパワードスーツマーク2をその身にフィット。

ユニは姉同様にツーサイドアップの髪がくるくると巻かれ白く染まり、黒いプロセッサで身体を覆われる。

変身したブラックシスターの銃は、その小さな身体に似合わないほどに大きくなる。

 

「さあ、見せてみろ」

 

徹甲弾はエコーの腹を穿っているが、気にしている様子はまったくない。

むしろにやにやと笑っている。

この戦いですら、エコーにとっては実験なのだろうか。いや、それ以下かもしれない。

ケーシャがノワールを倒すまでの時間稼ぎさえできればそれでいいのだろう。

 

私は右へと走り出す。ブラックシスターは逆に。

見たところ、エコーは上から下まで人間とほぼ同じ形だ。後ろに目がついているようにも見えない。

だとすれば、弱点も人間と同じだ。

挟みうちだ。

 

ぎらりと光る目はユニに向けられた。

 

「ブラストバレット!」

 

注意を向けさせようと、わざと叫びながら銃を撃つ。

爆発して剥がれ落ちていく装甲を気にせずに、ユニへ向かう。

 

「最初から全力よ! エクスマルチブラスター!」

 

ユニの巨大ライフルから極太のビームがエコーを襲い、その身体を溶かす……はずだった。

 

「ふふん、予想以上だな」

 

だが私の爆発弾で傷ついた身は、ビームでは一切傷がつかなかった。

あれほどの強力な攻撃のはずなのに……。

ビームを無効化するアーマーでもなし、バリアを張っていたわけでもない。

 

エコーは驚くユニへ間合いを詰めていく。

何度も攻撃するが、まったく効いてない。

私も同じく乱射するエコーはそれを無視する。

ついに目の前まで迫ったエコーの拳をライフルで遮るが、ユニは反動で跳ね飛ばされる。

私はエコーへと撃ちながら近づき、思い切り右腕を振りかぶったが、腕を掴まれる。

 

「所詮は人間だな。だが安心しろ、おれがすべての戦いを終わらせてやる」

 

「女神を殺して?」

 

エコーが笑うのを見て、私は蹴りを入れる。宙に舞ったエコーは身体をくるりと回転させて衝撃を逃がす。

距離が開いた隙に、私はユニへと駆け寄った。

 

「ユニ!」

 

「大丈夫……」

 

とは言いつつ、ユニはへたりこんだまま動かない。

手を取って、立ち上がるのを助ける。

 

「ほら立って」

 

「変ね、いやに力が入らないの」

 

いまにも崩れ落ちそうなユニの身体を支えて、私ははっとする。

 

「あの石ね」

 

ノワールが捕らえられていたとき、手錠に埋め込まれていた石。

女神を弱体化させるそれを、エコーは自らに埋め込んでいるのだ。

奥で戦っているノワールやさっきまでのユニを見るに、範囲や効果はそれほど変わらない。

 

となるとエコーは傭兵組織に通じている。そして教会に現れたロボットはエコーの差し金ということになる。

 

「私が合図するまで、あいつに対しては実弾で対処して」

 

「わかったわ」

 

もう一度奥で戦っているブラックハートを見る。

どうやら優位のようだ。

エコーに視線を戻す。私の銃弾でそこかしこに穴をあけているが、まだしつこく動いている。

以前戦った時には、エコーは私の動きにはついてこれなかったはずだ。経験もなく、動きも直線的だった。

だが、今回は違う。前より明らかに「進化」している。

 

「さっさと片付けるわよ」

 

「ええ」

 

ユニはぐっと銃を構えて、毅然とした態度を見せた。

距離を離してしまえば、石の影響はすぐになくなる。

離れて銃を撃てば、問題はない。

 

今度は私から間合いを詰めていく。

後ろに回り込むのではなく、正面へ。

エコーは私の頭を掴むべく手を突き出してきた。

大ぶりの腕を掴んで、身体を地面へと叩きつけ、そのままユニのほうへとぶん投げる。

待ってましたと言わんばかりに、ユニが先ほど多大な効果のあった徹甲弾を撃つ。

左腕を弾き飛ばされたエコーが、今度はこちらへ吹き飛んできた。私は向かってきた頭に向かって、思い切りパンチを繰り出す。

貫通するには至らなかったが、大きくダメージを与えられた。

よろよろと立ち上がるエコーはぼろぼろだ。目的が「邪魔」とはいえ、これだけ簡単に壊されれば悔しかろう。

ならもっと屈辱を与えてやろう。

 

私はまだよろめくエコーへ拳を振った。身体を貫いた手を引き抜くと、エコーの胸は火花を散らして跪いた。

 

「ユニ、思いっきりやりなさい!」

 

私の合図に、ユニはライフルにエネルギーをチャージし始める。

 

「無駄だ。女神の攻撃なんぞ、おれには効かない」

 

「あなたがなんでそこまで女神を嫌うのかはわからないけれど、そのプライドは認めてあげるわ」

 

エコーは意地でも女神を倒す気だ。

その由来はともかくとして、それほどまでに女神を目の敵にするならば、それに対する対策を一に考えたはずだ。

この戦いはそれを試す実験でもある。

 

「認めるだけ、だけれどね」

 

私は手に持った小さいものを見せびらかした。

それを見た瞬間、エコーの顔が憎々しげなものに変わった。

 

「貴様……」

 

「やっと表情が変わったわね」

 

私が微笑みながら弄んでいるそれは、紫の石だ。エコーの胸から引き抜いた、女神無効化の石。

怪しく光る石は、手錠に埋め込まれていたものと同じくらい小さなものだった。

 

エコーはハッとユニのほうを見る。

 

「エクスマルチブラスター!」

 

その瞬間、ユニはもはや抵抗する力もないエコーに、ビームというより光の柱を直撃させた。

一歩引いて間近で見ると、光の粒がきらきらと閃いているのがわかる。バイザー越しでも煌めくそれに、つい見惚れてしまう。

 

「よりにもよって……女神の力なんぞに……女神なんぞに……」

 

エコーご自慢の身体が赤く熱をもち、溶けだしていく。

みるみる小さくなっていく身体がついに跡も残さずに消えたとき、ようやくヘルメットを展開させて息をつく。

 

「スッキリしたわ」

 

無性にいらつく相手を、一番嫌がる方法で倒せてせいせいした。

 

「アンタ……結構いい性格してるのね」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

あちらも決着がついたようだ。

倒れているケーシャに、剣を収めたブラックハート。

心配は杞憂だった。とはいえ、ブラックハートもかなり消耗したようで、変身を解くとすぐに膝に手をついた。

 

「お姉ちゃん!」

 

ユニはノワールに、私はケーシャに駆け寄る。

気絶しているが、怪我も大したことはない。この程度で済んでいるのは、ノワールの技量か、ケーシャがそれほどまでに強いのか。

 

「勝ったわね」

 

「ええ、私が負けるわけないじゃない」

 

ふふんと自慢げに笑ってみせるが、限界なのは誰が見ても明らかだ。

 

「ご苦労様。話はこの子が目覚めてからね」

 

まだケーシャが元に戻ったかどうかはわからない。目覚めれば暴れる可能性だってある。

傭兵組織も絶賛暗躍中。

 

ラステイションの戦いが終わったわけじゃないのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編8 何として戦うのか

ケーシャがゆっくりと目を覚ました。

その目にはそれまでの濁りはなく、いたって正常な「普通」の女の子の目だった。

 

「あれ……ここは?」

 

「気がついたのね」

 

研究所のベッドに横たわっているケーシャは力を使い果たしてしまったようで、ぐっと身に力を入れても起き上がることができなかった。

 

「イヴ……さん?」

 

「ノワールとしっかりお話してきなさい」

 

ケーシャの監視ついでにスーツの修理を行っていた私は、パーツや工具一式をまとめて隣の部屋に移る。

そこにはケガをしたノワールとユニが包帯をところどころに巻いた痛々しい姿で椅子に座っていた。

私が部屋に入ったと同時、ノワールが立ち上がってケーシャのもとに向かう。

 

「お姉ちゃんと二人きりにして大丈夫なの?」

 

ユニの心配も当たり前だ。

ケーシャを拘束しているわけでもなく、彼女が元に戻ったという確証もない。

この場で再び戦おうとすれば、今度は勝てるかどうか。

 

「さあ、でも信じるしかない。そうでしょ?」

 

「……そうね」

 

「それはそうとして、彼女たちの話を聞かないとは言ってないわ」

 

私は隠していた小型モニターを床に置き、スイッチを押す。

すると、隣の部屋、つまりノワールとケーシャの姿が映し出された。

映像だけでなく、音声もばっちりとらえている。

 

「ええっ、こんなもの仕込んでたの!?」

 

「当たり前じゃない。私の研究所よ」

 

「み、見ちゃっていいのかな」

 

「興味津々って顔してるわよ」

 

そんな指の間から目をちらつかるなんて漫画みたいなことしてないで見ちゃいなさいよ。

画面の中の二人はしばらく無言だったが、ケーシャが最初に口を開いた。

 

「ノワールさんは私のこと、嫌いですか?」

 

ぽつりと消え入りそうな声でケーシャが言う。

 

「何言ってるのよ、そんなわけないじゃない」

 

「でも、ノワールさんは私のものになってくれない……私のことなんて見てくれないじゃないですか!」

 

横になりながら、涙を浮かべるケーシャ。

彼女との戦いは、もともとそこから始まったのだ。

ノワールのことを愛しているからこそ、彼女は障害物を排除しようした。

それはケーシャが人の愛を受けなかったからかもしれない。愛というものを感じなかったから、欲しがる。

ノワールへの気持ちが本気なればこその焦りが彼女を突き動かしたのだ。

 

「そんなことないわよ、ちゃんと私はケーシャのことを見て……」

 

「全然、全然見てくれないじゃないですか! いつもユニちゃんのことばっかりで!」

 

体力のないはずの身体で、ケーシャががばっと起き上がる。

一瞬ひやっとしたが、ケーシャがそれ以上動く様子はなかった。

元気になったんじゃない。感情が彼女を動かした。

 

「私のことなんて、見てくれたことないじゃないですか……友達だと思っていたのに」

 

「友達……」

 

その言葉を聞いて、ノワールは深くため息をついた。

 

「はあ、ばかばかしい。あのね、私はあなたのことを友達だと思っていたわ。とても頼りになる友達ってね。でも、あなたが言っているのは友達じゃなくて、都合のいい関係よ。あなたは自分の思い通りに動いてくれる人形が欲しいのよ」

 

女神としてではなく、友人としての厳しくも優しい目でケーシャを直視する。

ノワールはケーシャの肩に手を置いて、一語一句を丁寧に話した。

 

「私はあなたの友達になりたかった。これ以上ない親友にね。だからケーシャ、あなたと戦ったのよ。あなたと話をするために」

 

「私のために……」

 

「そうよ。ケーシャは私にとって、かけがえのない親友だもの」

 

「しん……ゆう……私が、ノワールさんの親友……」

 

すぐに理解できたはずの言葉を、噛み砕くように口にする。

求めていた言葉が、求めていた人から発せられたことで、ケーシャは信じられないといったふうに涙を流し始めた。

 

「ごめんなさい。もっと早く素直に言うべきだったわね。でも恥ずかしくて……って理由にならないわよね」

 

「謝らないでください。もともとは私の早とちり、勘違いのせいですから」

 

ひとしきり涙を流し、ようやく落ち着いたところで、ケーシャは頭を下げた。

 

「私のほうこそごめんなさい。ノワールさんだけじゃなくて、イヴさんにも酷いことを……」

 

「それはあとで直接イヴに謝りなさい」

 

ケーシャから受けた痛みはなにげにいまも感じている。特に顔は、腫れてはいないものの青あざが目立つ。

バトルスーツがなければ、あんな戦いどころか、ろくに動けずにいたことだろう。

とはいえ、彼女を恨んでいるわけではない。

抑えきれない感情と追い立ててくる悪夢が彼女を暴力へと駆り立てたのだ。

罪がないわけではないが、彼女を許さないというほどのことでもない。

私たちは感情に踊らされる化け物だ。

それが人間なのだ。

 

 

 

「あの、お話しておかないといけないことがあります」

 

話を終えたノワールたちに呼び出された私たちが椅子につき、今後の動向について話をしようとしたとき、ケーシャが口を開いた。

 

「知っての通り、あなたたちは教会を乗っ取った組織に狙われています」

 

「傭兵組織よね?」

 

「はい。私はその組織の一員でした」

 

「ケーシャさんがですか!?」

 

「だから銃の扱いも慣れたものだったのね」

 

ケーシャは頷いた。

物心のついたことから、傭兵組織で訓練を施され、兵器として任務を遂行していたケーシャ。

だが、普通に暮らしている女の子を眺めるたびに、その普通の暮らしを夢見ていった。

そして、組織が潰されたあと、足を洗って違う人生を歩むためにこの国の学校に入学した。

だけどもゴールドサァドとしての力を得てしまったことが、ケーシャを再び「普通」から遠ざけてしまった。

力を試すために闘技場に乱入したケーシャたちが勝ってしまったことで、この世界は歪んでしまったのだ。

普通の女の子としての人生を失いたくなかったケーシャが国の運営を放ったらかしにしてしまったため、いつの間にか傭兵組織が教会を蝕んでしまったのだ。

傭兵組織はやがてケーシャを見つけ、さらに彼女にノワールの暗殺を依頼。だが愛した女性を殺せるわけもなく、今に至るというわけ。

 

「私の暗殺が失敗したことで、次の手を打ってくると思いますけど……」

 

「エコーのことは知ってるの? あいつが傭兵組織と絡んでいるのは明らかなのだけど」

 

「私はあくまで依頼を受けただけなので、そこまでは……」

 

一度抜けたケーシャのことを簡単に信じてはいなかったようだ。

世界改変に合わせて抜け目なく教会を乗っ取った傭兵組織としても、慎重にことを進めたかったのだろう。

 

「次の手ね、傭兵組織全員で攻めてくるとか?」

 

「それはありません。彼らが束になっても私には敵いませんから。黄金の力もありますし」

 

ということは、ケーシャはもともとから傭兵組織をまとめたものより強かったということだ。

実力を実際に受けた身としては、不思議にも思わなかったが。

 

「じゃあ、どんな方法を使ってくるのかな」

 

「あっち側がやるべきなのは、ケーシャ、女神、私への対抗手段を用意することね」

 

私は腕を組んで、頭を回転させた。

これまでの戦いから、私のことも脅威と見ているだろう。

だとすれば傭兵組織とエコーは、ケーシャと私を倒す方法を用意する必要がある。

 

「女神二人に関しては、エコーが持っているはずのこの石を使えば無力化できて、ケーシャのことは……最低でもゴールドサァドの力を取り上げたいはずよね」

 

「ケーシャさんの力をなくすなんて、できる?」

 

「ゴールドサァドとしての力なら、黄金の頂がその源なので……」

 

「そうなると、やつらは黄金の塔に来るってことね」

 

私は頷く。

ケーシャを仲間にできたことで先手を打てるはずだが、そのことはあっちも知っているはず。

 

「相手もこちらが気づくことは織り込み済みでしょうね」

 

「あの石を使われたら、私たちじゃ太刀打ちできないわ」

 

「そうそう簡単に使ってきたりはしないはずよ。大量に使えるならそうしてるはずだし……使われても私が対処するわ」

 

これまでにあちら側が利用した石は二つともこちらの手にある。

貴重なはずのそれを、組織もエコーもこれ以上失いたくないはずだ。

かといって、確実に女神を無力化できる道具を使ってこないはずもない。

 

「それなら私とユニはそのまま戦えるわね」

 

「わ、私も行きます!」

 

ケーシャが手を上げるが、ノワールが制止する。

 

「だめよ、あなたはもう戦わなくていいの」

 

「で、でも……」

 

「普通の女の子が、銃をもって戦っちゃいけないわ。ここは私たちに任せて」

 

ケーシャはしぶしぶ頷いたが、それだけで止まるはずもなく、条件を出してきた。

 

「ならせめて、見届けさせてください。組織が滅ぶのなら、その最後を」

 

淀みなく言ってみせるケーシャの目にはしっかりと決意の光が宿っていた。

 

「言い出したら聞かないわよ、この子は」

 

彼女を深く知っているわけじゃない。しかし、彼女の成長はこの場の全員に刻み付けられた。なにより彼女自身に。

私はついふふふと笑って、ノワールの肩をぽんぽんと叩く。

 

「仕方ないわね」

 

やれやれと首を振って柔らかい微笑みを見せながら、ノワールはそう言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編9 W装着!

私たちは早速、黄金の塔の目の前まで来た。

さっきまでと変わらず扉は開いたままで、その先からは得体のしれない嫌な雰囲気が漂っていた。

 

「前のときにはなかった足跡があります」

 

一人分の足跡。それに、何か巨大なものが通った跡もある。

エコーじゃない。それよりももっとでかいものだ。

戦いに備えて兵器を仕込んできているのだろう。

 

「すでに中に入っているってわけね」

 

「イヴはこの塔のこと調べなかったの?」

 

「調べたいのはやまやまだったんだけれどね。前までは扉が開いてなかったからどうしようもなかったのよ」

 

一番気になる存在ではあったが、どうしてもびくともしないのでとりあえず放っておいたのだ。

この扉を開け閉めできるのはゴールドサァドだけなのだろう。

 

「さあ、行きましょう」

 

「その前に」

 

いざ、と歩を進めようとした私たちに、ノワールが待ったをかけた。

 

「ケーシャ。あなたはここまでよ。あとは私たちに任せて」

 

渋った顔を見せたが、戦わないという約束だ。

ケーシャは頷いてこたえた。

 

「はい……約束ですから」

 

「待っててね。必ずあなたのところに戻ってくるから」

 

「は、はい! 待ってます!」

 

『あなたのところに』がよほど嬉しかったのか。

ケーシャは満面の笑みで私たちを見送った。

 

 

 

先ほどの戦いでは見ることのなかった、塔の最奥部。

黄金の玉座がその存在感をいかんなく主張していた。

これだけ奇妙な空間の中にありながら、荘厳さは褪せることなく、目をひきつける。

 

その前に陣取っているのはあの女だ。

教会で私たちの邪魔をした、傭兵組織を束ねるクールぶった女。

むかつくことに、先手を取られた。

 

「やはり来たな、女神ども」

 

「このロボットは……」

 

エコーよりもはるかに巨大なロボットだ。

歩く戦車といえるようなその異形さに、思わずのけぞる。

こんなものは、造ろうと考えることすらしなかった。

二つずつある腕と足でバランスを取りつつ動いているが、重量は何十キロとあるだろう。

踏みつけられるだけでおしまいだ。

 

「貴様たちを完全に倒す最終兵器だ。私たちとエコーが造りあげた最高傑作でな」

 

「やっぱりエコーと仲間だったのね」

 

「あくまで手を組んだだけだ。あの石を持っているのは、エコーだけだからな」

 

「ってことは……」

 

「もちろん、こいつにも搭載されている。行け、〆タルギア!」

 

問答もなく、女は命令を下した。

すると、それまでうなりを上げていた〆タルギアがゆっくりと私たちに狙いをつける。

肩部分に取り付けられた砲台から、弾が射出された。

私は急いで変身しようとするが、背中をかすめた砲弾によってカバンが弾き飛ばされる。

それだけじゃない。衝撃で身体が十数メートルも吹き飛ばされてしまった。

かすめただけでこの威力。大きいケガを負わなかっただけでも幸運だ。

 

「変身!」

 

無事だったノワールとユニが先に変身する。

姉妹ゆえの息の合ったコンビネーションが〆タルギアを叩いていく。

だが、普通のモンスターならすでに何十体と倒せたはずの攻撃は一切効いていない。

それどころか、姉妹揃って動きが鈍くなっていく。

石の影響だ。

なら私がやるしかない。

だが心配事はそれだけじゃない。視線の隅でこっそりと動く女に銃を向けた。

 

「動かないで!」

 

「逃げる気はないさ。だが、私を見張ってていいのか? 女神じゃあいつには勝てないぞ」

 

〆タルギアが腕を振るう。

本来なら大したことのないはずの攻撃も、どれだけのダメージを受けるかわからない。

ノワールもユニも器用にくぐるが、石の影響でそれがどこまで続くか。

 

仕方なく、私は飛ばされたカバンのところまで走り、急いで手にする。

持ち上げた瞬間、またしても弾き飛ばされた。

〆タルギアに備えられた機銃がこちらを向いていた。対策されているのだ。

経験とスーツがあるとはいえ、生身の人間だ。

一発でも身体に当たれば最悪即死。

スーツが使えないとなれば、拳を叩き込めずに、銃を放つしかなくなる。

 

私は銃を構えたが、二人に当たるのだけは避けなければいけない。

しかし近接戦闘のブラックハートが間に入って、照準が定まらない。

とはいっても、目をそらしてくれなければ、防御態勢をとるだろう。

迷っていると、〆タルギアからきしむ音が聞こえた。砲塔がノワールを狙っている。

カバンを無視して、ノワールへと近づきながら弾丸を放つ。爆裂弾で砲口が逸れて、砲弾が明後日の方向へ飛んでいく。

砲塔が曲がることはなかったが、先に衝撃を与えたことで〆タルギアのバランスを崩せた。

ノワール、ユニはさがって、私と並んだ。

 

「いったん退くってのは無しよね?」

 

「ここで退いたら態勢を整えられるわ。ここで仕留めないと」

 

「でも、こうも攻撃が効かないとなると……」

 

〆タルギアをどうこうするには威力が足りない。

内蔵されているであろう石を取ってしまえばなんとかなるだろうが、こうも隙がないとどうしようもない。

〆タルギアが装備された全ての武器をこちらに向ける。

どうにかするしかない。だが、どうやって……

 

銃器、砲が照準を合わせ、攻撃が始まる。

防御か攻撃か、どちらを取るべきかわからず構えたその瞬間だ。

巨体が大きく揺れた。何トンもある機械の塊がそのまま倒れる。

 

「大丈夫ですか、ノワールさん」

 

それをした本人が軽快に降り立ちながら、私たちの前に立つ。

 

「ケーシャ!?」

 

ノワールが目を丸くする。

入り口で留めておいたはずのケーシャが、そこにいた。

たった一発の蹴りで〆タルギアを転ばせた女の子が、涼しくも険しい顔で立っていた。

 

「私も戦います。殺すためじゃなく、みなさんを守るために」

 

文句を言う者はいない。

げんに、助けられたのだ。戦わせたくはない子に。

私たちは彼女を小さく見ていたのかもしれない。傲慢にも、まるで子どものように。

立ち上がろうとする〆タルギアをしり目に、私はカバンを背負う。

 

「頼もしいわ。それじゃ、いくわよ」

 

もはや迷っている暇はない。

この場であいつを相手にできるのは、私たちだけだ。

ならば、できることをするしかない。

 

「変身!」

 

私とケーシャが合わせて変身する。

 

「装着完了。これより敵を殲滅する」

 

目が黄金に輝き、ゴールドサァドの装備を身に着けたケーシャが銃をくるくると回す。

銃を持つと口調が変わるのはそのままだが、いまではこれ以上ないほど頼りになる。

 

「そいつを逃がさないでよ、二人とも」

 

私は女神二人に傭兵組織の女を任せて、ついに立ち上がった〆タルギアを睨む。

 

「先陣は任せろ」

 

「ご自由にどうぞ」

 

ケーシャはとてつもないスピードで巨体の周りを翻弄しながら、攻撃を開始する。

とても片手で扱いきれるはずのない反動だが、ケーシャはいとも簡単に全弾を命中させていく。しかも両手に一つずつ持ったままで。

〆タルギアはケーシャの優先順位を上げたようだ。

砲塔を私に向けたまま、他の武器をケーシャへ向ける。

砲弾の威力は相当のものだが、スーツを着た私には恐れるものではない。撃つタイミングさえわかれば、ひょいと避けられる。

余裕をもってよけながら、近づいていく。

 

「ケーシャ、穴をあけて!」

 

「了解」

 

私の指示に、ケーシャは即座に空中へ跳び、二つの銃から放たれる弾を一点に集中させる。

 

「銃弾のシャワーだ!」

 

思わず引くぐらいの、まさに嵐のような弾丸が降り注ぐ。

〆タルギアのある一点、腹部分が凹んでいく。流石の防御力だが、ゴールドサァドが相手では所詮機械。

経験と武器が揃っているケーシャの前ではただのでかい的だった。

轟音とともに揺れる巨体の隙をついて、足元までたどり着いた私から目をそらすように、ケーシャが反対側へ着地する。

 

「レーザー展開」

 

ケーシャのグレネードランチャーが姿を変えていく。

一本の、すべてを貫くような槍に見えた。レーザー砲だ。

個人で扱えるような代物ではないそれを、彼女は疑問も持たずに〆タルギアに向ける。

 

「ファイア!」

 

赤い閃光が機体の右足に直撃する。

増幅されたエネルギーの塊は一瞬で足を破壊し、〆タルギアの身体が傾く。

私はスラスターを起動させ、拳を握る。

〆タルギアがぐらりと倒れ、凹んだ部分が見えた瞬間、全力で加速する。

止まる気はない。

体当たりをするかのように突っ込みながら、拳を突き出した。

目標を外さずに、確実な手ごたえを感じて、〆タルギアを貫く。

勢いあまって地面をひとしきり転がった私は、伏したまま敵のほうを見る。

大きな穴が開いた〆タルギアは火花を上げているが、倒れたまま動くことはなかった。

 

「口ほどにもなかったな」

 

「あなたのおかげよ。助かったわ」

 

差し伸べられた手を掴んで立つ。

スーツを元に戻し、ケーシャも変身を解く。

 

「えへへ、やりましたね」

 

「今日はいろいろありすぎたわ。あの女をさっさと捕縛して……」

 

ピピっという音がして、油断したと気づいた時には遅かった。

〆タルギアの腕から、小さなカプセルのようなものが射出される。

 

「お姉ちゃん!」

 

カプセルはノワールを押しのけたユニへ当たる。

そのカプセル自体はダメージを与えることはなかった。しかし、瞬時に漏れ出た紫色の煙がユニの体内へ入っていく。

 

「ユニ!?」

 

苦しそうに咳き込むユニを見て、ノワールが叫ぶ。

 

「くくく、油断したな。お前たちという脅威を甘く見ているわけがないだろう」

 

心底楽しそうに、女が笑う。

ユニの顔がみるみる青ざめていく。

私は爆裂弾を〆タルギアへ連射し、今度こそ壊す。

 

「ケーシャ、お前なら知っているだろう。我々が開発した女神を殺すウイルスだ」

 

「そんな、あれは空気に触れたら無害化するはずじゃ……」

 

女はにやりと笑った。

 

「エコーが改良したのさ」

 

ここでもエコーか……

私は怒りを抑えることをせず、女の顔を蹴り飛ばす。

女は気絶し、少し気分がスッキリしたが、事態は変わらない。

 

「ユニ……ユニ、しっかりして!」

 

「お姉ちゃん……」

 

ノワールがユニの身体を揺らすが、そのユニの身体からはどんどん力が抜けていく。

元から開発していたウイルスに、女神無効化の石を持っているエコーが手を貸したのだ。

その効力は計り知れない。

 

「しっかりして、大丈夫よ。きっと助かる」

 

「ううん、もう、だめみたい。わかるの」

 

「バカなこと言ってないで、気をしっかりもって!」

 

私はノワールのような気の利いたことを言えず、ケーシャに顔を向けた。

 

「ケーシャ、ワクチンとかはないの?」

 

「私の知る限り、ありません。もともと女神だけに効くウイルスですから、用意する必要もないということで……」

 

「そんな……」

 

「いいの。死ぬことなんて、もう覚悟してたから……」

 

「バカ! 覚悟を持つのと、実際に死ぬのは違うことよ!」

 

口から出た言葉は

そのとき頭に浮かんだのはあの悪夢だった。

仲間が死んでいく。死んでいく。

その屍は私を生かすために積まれたものだ。私はそれを見て、ただただ崩れるだけだった。

できるはずだった。力を出し尽くせばきっと、できないことはないはずだった…………本当にできるの?

私には誰かを救うことなんて……

 

「ユニさん、少しの間時間をください!」

 

わめくノワールと口を開けるだけの私とは対照的に、冷静に声を上げたのはケーシャだった。

 

「私が血清を作ります」

 

言いながら、ケーシャはなにやら道具を取り出す。

 

「人間に害がないと実験するために、数年前、私にはそのウイルスが注入されています。私の血を使えば……」

 

「できるの?」

 

「わかりません。けど、やります!」

 

即答してみせるケーシャ。淀みなく自分に注射器を刺し、血を採る。

つーと流れる血を拭くこともなく、てきぱきと道具を次々と取り出しては調合していく。

 

「私、私はなにをすればいいの?」

 

「ユニに呼び掛けて。彼女の意識を保たせるのよ!」

 

「わ、わかったわ!」

 

おろおろするノワールに、私は叫ぶ。

ユニが一番信頼する姉が困惑していては、ユニの絶望が増す。

女神は追い詰められた時こそ毅然するべきだ。

 

私はケーシャの指示に従って、道具を並べる。

こんなときに、こんなことしかできない自分が歯がゆいが、なにかしらしてないと悪夢が襲ってくる気がして、がむしゃらに手を動かす。

 

「できました!」

 

時間にして数分のはずだったが、体感ではもっと長く感じられた。

すぐさまケーシャが、意識が混濁しているのか目を閉じて動かないユニへ注射を刺す。

緑色の液体がユニの身体の中に入っていく。

十秒、二十秒、一分。やがて五分経っても、ユニは目を閉じたままだ。

 

「うそ……よね」

 

ノワールの唇は震えて、すがるように私たちを見ている。

 

「きっと気絶してるだけよね、ねえケーシャ、イヴ」

 

ケーシャは何も言えなかった。

もともとが彼女に注入されたウイルスと同じとはいえ、どれだけ改良されているのかはわからない。

だけども彼女は全力を尽くした。ケーシャだけじゃない。この場にいる誰もかれもが全力を……いや、私はまだなにもしていない。

見ているだけはごめんだ。

 

「離れて」

 

私は右手のスイッチを二回押す。

すると、手のひらがビリビリと電気を帯びて光る。

電圧を調整しながらゆっくりと手のひらを近づけ、ユニの胸へそっと置く。

バツン! と音がして、ユニの身体がえび反る。

 

「わあっ!」

 

いきなりの無理やり心臓マッサージにおののいたのは、ノワールだけではなかった。

ユニが声を上げて、息を吹き返したのだ。

何が起こったのかわからないようだ。きょろきょろとあたりを見回しながら、私たちを不思議そうな顔で見る。

 

「ユニ!」

 

ノワールが涙をぼろぼろと流し、締め付けるようにユニを抱きしめる。

当のユニはまだ状況を掴めていないようだが。

 

「あれ、お姉ちゃん? アタシ、ネプギアと銃器店にいたんじゃ……」

 

「よかった! もう本当に心配したんだから!」

 

「あ、ええと……? あれ?」

 

ユニが答えを求めるように私たちを見るが、私は一息ついて安堵した。

鳴りやまなかった胸の鼓動が静かになっていく。

どっと疲れを自覚し、腰が抜けたようにその場にへたりこむ。

 

「終わったわね」

 

「ユニさん、助かってよかった」

 

柔らかに微笑むケーシャも私の横に座る。

今回のMVPは議論する間もなく彼女に決まりだ。

 

「そう、ユニは助かった」

 

勝って緩んだ空気が、締まったものへと一気に変化する。

ぞくりと悪寒が走って、声を放った相手に向き直る。

見ているが、見えてはいない。

ゆらゆらと輪郭がはっきりしない、黒い蜃気楼のような相手に銃を向けるが、当たる気がしない。

微妙に、人間のような形が見え隠れするが、纏わりついている影のせいで、全貌が明らかにならない。

 

「だけど、おかげでお前はまた独りになる」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラステイション編10 相身互いの銃

 

聞いたことのあるような声。

だけど私はこんな奇妙な存在は知らない。

影は私たちの後ろのほうを指す。ユニとノワールはこの影のことが見えていないようで、こちらに一切反応をしない。

 

「ほら、ノワールはユニのことしか見ていない。お前のことなんてこれっぽっちも見ていないんだ。誰もお前のことを友として見ない。いつまでも独りで、誰にも愛されない人生を送るしかない。ケーシャ、それがお前なんだ」

 

勝手なことを言うが、ケーシャはその言葉を真に受けてしまった。

目が再び濁りかけ、表情のない虚ろな顔に変化していく。

 

「独り……また、私は独りに……」

 

「ケーシャ、私を見て。ゆっくり、深呼吸して」

 

「誰も私を見てくれない。独りはやだ。嫌。もう嫌なの」

 

「独りじゃないわ、ケーシャ。ノワールもユニも私もいる!」

 

私の言葉はまったくケーシャには届いていない。

彼女の目も耳も、あの障りのある何者かに釘付けになっている。

 

「そう、お前がユニを助けてしまったから、ノワールはユニをもっと大事にするだろうね。ユニはたった一人の妹なんだから」

 

そいつはくすりと笑ってつづけた。

 

「ノワールを独り占めにするなら、方法は一つしかない。それを知っているだろう?」

 

「ノワールさんはそんな人じゃない! 私を置いていったりしない! ……殺せば悩む必要もなくなる……そうだ、殺してしまえば独りじゃなくなる」

 

ケーシャは勢いよく反論した後、すぐにだらりと力を抜いたかと思うと、ゆらりと立ち上がった。

いま彼女の中には二つの心がせめぎ合っている。

ノワールを信じたいという衝動とケーシャ自身の奥底に眠る渇望。

 

「ねえ、ノワールさん。私は誰でも殺す。殺すから愛して。あなたが望むならほかの女神だって殺してみせる。ね、だからこれからもずっと一緒にいよう?」

 

「ケーシャ、あなたなにを言ってるの?」

 

ノワールがようやく、ケーシャの異常に気が付いた。

銃を構えるその後ろには、あの影はもういない。

まるで遊びだ。誰かが私たちを駒にして、ことを仕組んで、心を刺激して弄んでる。

私は歯ぎしりして、ケーシャと距離を取る。

 

「今のケーシャは彼女の意思で動いてない。操られてるといってもいいわ」

 

いきなりの急展開を疑うこともなく、ノワールは頷いた。

 

「今度こそあの子を元に戻してみせるわ。ユニ、あなたも動ける?」

 

「う、うん」

 

ノワールに支えられながら、ユニが立ち上がる。

本調子ではないが、戦うこと自体には支障はない。

 

「なら、あの子をぶっ飛ばすわよ」

 

ノワールは躊躇なく言った。

 

「ぶ、ぶっ飛ばす?」

 

「ええ、あの子が正気じゃないなら、正気になるまで尽くすのが友達ってものよ」

 

次に私に顔を向けた。

人を導く女神の目ではない。友人を助けようとする強い意志を持つ者の目だ。

どちらにせよ、引く気が毛頭ない目であることは間違いないが。

 

「イヴも手伝ってくれるわよね?」

 

もちろん、と即答して、私は銃をケーシャに向けた。

もう一仕事終わらせて、みんなで帰りましょう。

 

「友達、だものね」

 

撃ち込まれるグレネードランチャーを、スラスターを活かした高速移動で避ける。

ノワールを攻撃しないところを見ると、私たちが誰かというのは判別できているようだ。

しかしいざとなれば、傷つけること自体にはためらいはなくなるだろう。

ケーシャが放つ銃弾をカカカカカンと弾く。ゴールドサァドの攻撃も、この程度なら防げる。

だがいつまでも受けるだけではいけない。アーマーの耐久力も無限ではない。

 

遠距離キャラは近接戦闘が不得手なのがほとんどだが、あいにくケーシャは近接格闘もプロ級。

銃を持ったままでもブラックハートと同等以上に渡り合っている。

数の上ではこちらが上。実力ではあちらが上。

ケーシャに蹴り飛ばされたブラックハートと入れ替わるように、私が前に出る。

打撃の衝撃は装甲が吸収してくれるが、関節技を極められたらそうもいかない。掴んでくるような行動に一番気を付ける。

近接戦闘が不得手なのは、ケーシャでなく私だ。

直線的な動きをしてくるモンスターなら脅威ではないが、戦闘の経験を積んだ人間相手は違う。

ケーシャはすり抜けるような動きで、私のパンチをかわす。

彼女が銃を持った腕を突き出してきた。

とっさに後ろに避けたが失敗だった。弾丸が顔面に、いやヘルメットに当たる。

たとえダメージはなくとも、人間としての反射で目を瞑り、顔をそらしてしまう。

じかんにすれば、私が生んだ隙は一秒もない。

だがその刹那が戦場にとっては命取りになる。

腕を掴まれ、視界がぐるりと回った。気づいた時には地面に叩きつけられ、ケーシャがグレネードランチャーを向けていた。

 

「消えろ」

 

ぐっと身構えたが、弾は真っ二つに斬り裂かれ、はるか後ろで爆発した。

今度隙ができたのはケーシャだ。止まった一瞬を逃さずに、ブラックシスターがビームを放つ。

吹き飛んだケーシャを追い詰めるために、弾を斬ったブラックハートが弾けるように飛ぶ。追いかけて、私も飛び上がって距離を詰める。

転がりながらも即座に立ち上がったケーシャは、ブラックハートの剣戟を器用にかわす。が、余裕はないようだ。

身体からはみ出ているレドームもグレネードランチャーも斬り離される。

ケーシャが反撃に転じた。パンチ、と見せかけて銃を乱射。防御は間に合わず、ブラックハートはその身に受けながらも、退くことなく留まる。

さらに追撃しようと、ケーシャが腕を引く。パンチか、それともまたフェイントで銃弾か。

私はその腕を弾いて放たれた銃弾をそらし、ケーシャの左足に衝撃弾をかます。

膝を崩した彼女の首、顎を叩き、よろめいたところで回し蹴り。確かな手ごたえを感じて、ケーシャが倒れる。

一撃を食らいながらも、銃口を私の眉間に向けた。

決死の銃弾はしかし、ブラックハートの剣に阻まれた。

驚きで固まったケーシャの全身が痙攣する。いつの間にかケーシャの後ろに回っていたブラックシスターの麻痺弾だ。

私はケーシャの抱きとめて、引き寄せる。

 

「ごめんね」

 

思い切りの拳を腹に一発。

呻くこともなく、ケーシャががくりと体重を預けてきた。

これで、元に戻っているといいけど……

ケーシャを弄った影は現れず、〆タルギアは完全に機能停止、傭兵組織の女は気絶。

 

「終わりよね?」

 

ほとんど独り言だった。

どこを見るでもなく、誰に問うているわけでもない言葉に、駆け寄ってきた二人が頷く。

ケーシャをノワールに任せて、私はその場に大の字に倒れた。

長い、とても長い一日だった。

 

 

 

ユニから貰ったデータ。正しく言えば、ユニからネプギア、ネプギアからある男経由で手に入れたデータだ。

その近接戦闘の動画は土壇場で役に立った。

動きを解析して、自動的にトレースできるようにアップグレードしたのだ。

ケーシャの動きについていける速さをもつその男もまた戦い慣れしているのだろう。

まったく警戒していなかった相手には、不意打ちの意味でも有効だった。

 

「あ、あの……」

 

「おはよう、ケーシャ。身体は大丈夫?」

 

起きてきたケーシャを迎える。

研究所は相変わらず、私たちの拠点となっていた。

病院か教会でもよかったのだが、大きなケガもなかったので、落ち着けるであろうこの場所を選んだのだ。

 

「はい……」

 

「ならよかったわ。あ、ご飯なら台所に置いてあるやつを温めて。私はちょっと手が離せないから」

 

私はエコーと〆タルギアの残骸の自動解析の結果を眺めながら、スーツの四作目に取り掛かっているところだった。

三作目である近接用アーマーは、お蔵入りだ

動かし続けるには、私の筋力も体力も足りない。試運転したあとに筋肉痛に襲われて、痛感した。

 

「あの」

 

「私が作ったのよ。あなたよりは美味しくないかもだけど」

 

「あの」

 

「ノワールたちなら、治安維持活動中よ」

 

捕らえた女は傭兵組織の情報を一切吐かなかった。

ということは組織はいまも活動中で、

さらにエコーの存在もある。問題はまだまだ山積みだ。

一方で良い情報もある。

同じくいざこざが起きていた他の三国も、ゴールドサァドとは和解したらしい。

彼女たちもケーシャ同様に、女神を消すのが目的ではなかったようだ。

当面の敵は、エコーとあの謎の影。女神を無効化する術を持つものと心を惑わすもの。

傭兵組織なんかよりよっぽど厄介な相手がまだ残っている。

 

「イ、イヴさん!」

 

今日一番の声を絞り出した。その勢いはすぐしぼんで、またうつむく。

 

「その、私……」

 

「いいわよ、何も言わなくて」

 

私はケーシャの言葉を遮った。

 

「私たちはそんな言葉を聞きたくて戦ったんじゃないの」

 

生死をかけた戦いだった。

だけどそれ以上に、私たちにとっては彼女を取り戻すための戦いだった。

わざわざ負の言葉をケーシャの口から言わせるためじゃない。

 

「あなたが『ケーシャ』のままで、そこにいてくれればそれでいいの」

 

あなたのいる場所がある。

あなたを愛する人たちがいる。

あなたの友人がいる。

それを伝えるためのすべてがいま、ようやく終わったのだ。

 

「ありがとうございます」

 

ケーシャがぽろぽろと涙を流す。

深々とお辞儀をして、嗚咽を漏らしながらその場に座り込んだ。

 

「ありがとうございます」

 

ほとんど聞こえないくらいの声で、ケーシャがもう一度言う。

礼を言うようなほどのことじゃない。

けどこれを「普通」や「当たり前」と言えるのは、恵まれたことを自覚していない愚か者だけだ。

この子に比べれば、私もその愚か者の一人だった。

そう気づかせてくれたのは、彼女も私たちを必要としてくれたからだ。

彼女が最後まで、自分の弱さと戦ったからだ。

 

私は作業をすべて終了させて、立ち上がった。

仕方ない。料理を温めるくらいはしてあげようかしらね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編1 再会する紅白女神

ネプテューヌのもとから飛んで数時間。

ようやくルウィーの大陸に到着したウチだったが、感情のままに飛び出してきたのが悪かった。

連絡先を知ってるわけじゃねえ。どこにブランがいるのか……ま、街に着けばどうにかなるだろ。

そう思って速度を上げようとしたそのときだった。

眼下の草原に一人、モンスターに囲まれている少女がいた。

少女はハンマーを振り回しながら、そのモンスターと戦っている。

あれ……ブランじゃないか?

神次元(こっち)とは服装が違うから、間違えるところだったが、戦い方がこっちのブランと同じだ。

疲弊しきっているのか、あと一体、スライム型を残してブランは膝をついた。

 

「あぶねえ!」

 

ウチはすぐさま急降下して、間に割って入る。

いきなり現れたウチに驚いて、隙ができたモンスターに、嵐のように蹴りを浴びせて吹き飛ばす。

 

「おい、大丈夫か?」

 

振り返ると、ブランはばたりと倒れていた。

全く強くない相手だったが、それすらも倒せないほどに危ない状態だったのか。

 

「ったく、なんなんだよ」

 

ブランの身体を確認すると、特に大きな怪我はない。ただ気絶しているだけだ。

たった一人。こちらのブランには妹もいたはずだ。ネプテューヌもそうだが、全員が全員ばらばらになっていると考えていいだろう。

気になることがいくつもある。特に今は、少し遠くからこちらを見ている女性が目につく。

 

「誰だテメェ」

 

声をかけると、そいつは手を上げて近寄ってきた。

動きやすそうな露出の多い服装。引き締まった身体とたたずまいで戦闘慣れしていることがわかる。

それ以上に、奇妙な力を感じる。

 

「今のところは敵じゃないよ。その子が危ないのを見かけて、助けようとしたんだけど……」

 

ウチと女性が固まる。

しばらくお互いがお互いを警戒していたが、しかけてくる様子はない、と見えてウチは変身を解いた。

長い間女神化をしていたせいで、どっと疲れが出た。

 

「一応、信じてあげるッス」

 

変身を解いたウチに驚きながら、女性は差し出した手を掴む。

 

「篠宮アイ。見ての通り、ちょっと変わった人だって思ってくれればいいッス」

 

人間篠宮アイと女神化した姿であるローズハートはその体格だけでなく、性格だったり喋り方だったりもかなり違う。

金髪は燃えるような紅になるし、起伏のほとんどない身体も相当に育ったものになる。

口調は不良そのものになってしまうが、まあこれが躊躇なく出てくること出てくること。

 

「よろしく、アタシの名前はシーシャ。ルウィーのハンターだよ」

 

「ハンター?」

 

聞きなれない言葉。

当たり前のように言われたが、ウチは首を傾げた。

 

「話は街に戻ってからにしようか。その子も休ませないといけないしね」

 

そうだ。こんなところで立ち話をしている場合じゃない。

ウチはブランちゃんを背負い、シーシャの案内のもと、ルウィーへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「世界改変」

 

口に出してみても、現実味がない。

まあそれはもちろんのことで、神次元でもなかったことだ。

とはいえ、疑ってはいない。ヤマトの言うことだし、それなりに情報を集めて出した答えのはずだ。

ホテルの廊下に佇みながら、誰にも聞かれていないことを確認して、ウチは通話をつづける。

 

『そう、僕たちも調べてるけど、思ったより状況はまずい。誰も女神のことを覚えてないんだ』

 

通信端末から聞こえてくるヤマトの声は困惑していた。

女神の存在が忘れられているなんて、信じられることじゃない。

犯罪神を倒し、太古の女神からも世界を救った女神は、人々からすれば救世主なのだ。

 

「女神のことを……それは確かッスか?」

 

『うん、アイエフでさえ、ネプテューヌのことを覚えてない。僕たちが影響を受けていないのは、別の次元の人間だからだろう』

 

「原因は?」

 

『わからない』

 

即答。

確信に迫れるような何かを一切手に入れられていないのだ。

それはウチも同じだ。

しかしブランちゃんがあれだけ力がなくなっていたのが納得できた。信仰がなければ女神は力を失う。

忘れられている今じゃ、信仰以前の問題なのだ。

 

『女神の代わりにゴールドサァドってのが国を仕切っているらしいけど、どうにも姿が見えなくてね』

 

「ほぉん……ヴァトリの様子は?」

 

『いまは別行動。とにかく情報が少ないからね。アイも何かわかったら連絡を』

 

「了解ッス」

 

ウチは通信端末をしまい、腕を組んで考えた。

とにかく、ゴールドサァド、そしてこの状況を作り出した何者かを特定しなければならない。

それにヴァトリも心配。あの子はまだヤマトやウチに依存しているところを自覚しているから、一人で突っ走ってしまわなければいいけど。

 

「電話は終わったかい? あの子が目を覚ましたんだけど」

 

正面の扉が開かれるなり、現れたシーシャの言葉に、ウチは思考を取っ払った。

 

「いま行くッス」

 

シーシャがとってくれた一室はかなり豪華なもので、ブランちゃんが寝ていてもあと二人は入れるほど大きなベッドがある。

寝息を立てていたブランちゃんは、いまは寝ぼけながらもその目を開いていた。

 

「ん……ここは……」

 

「街のホテルだよ。気絶してたからここまで運んできたんだ」

 

「無事なようで良かったッス」

 

ブランちゃんはきょとんとして、不思議そうな顔でこちらを見た。

 

「あなたは確か……アイ?」

 

「おー、覚えててくれたんスね」

 

ぱちぱちと拍手して、顔がほころぶ。

神次元のブランちゃんとは大の仲良しだが、こっちの彼女とはほんの短い間しか会っていない。

何年も経っているのに覚えてくれていることに、思わずお姉ちゃん大歓喜ですよ。

 

「それで、あなたは……」

 

「アタシはシーシャ。ハンターだよ」

 

「は、ハンター?」

 

シーシャの自己紹介に、ブランちゃんは首を傾げた。

 

「ああ、それ、ウチも気になってたッス」

 

ハンターという職業。なんとなく推測はできるものの、それに似た職業はまた別の名前で知られていた。

 

「二人ともルウィーの出身じゃないの?」

 

「私はルウィー出身だけど」

 

「ウチは違うッス。いやまあ違うというか……」

 

どう説明したものか、と思案していると、それを無視してシーシャは話をつづけた。

 

「ルウィーの住民は、それぞれにあった職業を与えられるんだ。それがライセンス制」

 

「勝手に決められるってこと?」

 

「そう、アタシの職業の『ハンター』は、モンスターの退治や物の採集が主な仕事だね」

 

そういうとシーシャは懐からライセンス証を見せた。

小さなプラスチック製のカードには、確かに職業の欄にハンターと書かれている。

 

「キミたちもこの国に住むなら、ライセンスが必要になる。この国の貢献度によって、住める場所が変わってくるからね」

 

「住む場所まで決められてるんスか?」

 

シーシャは顔をくらませた。

 

「この国では、人は徹底的に管理されているの。自由なんてものはないんだ」

 

「そんなことが……」

 

「ふざけやがって!」

 

びくっと身体がはねた。

声を荒げたのはブランちゃんだ。さきほどまで倒れていた姿はどこへやら、悔しそうに歯噛んでいる。

 

「ルウィーはそんな国じゃねえ! 子どもも大人も楽しく暮らせる国だ! そうなるように私が……」

 

ブランちゃんの身体が、糸が切れたようにぐらりと揺れた。

倒れそうになったところを、急いで支える。

やはり、弱った身体にモンスターの襲撃は想像以上に堪えたみたいだ。

それ以上に、変わりきったルウィーの姿に眩暈がするほどの怒りを感じているに違いない。

 

「落ち着くッス、ブランちゃん。怪我はまだ癒えてないんスから」

 

「落ち着けるかよ。私の国が、ルウィーのみんなが……ロムとラムも探さないといけねえのに……!」

 

そこまで言って、がくりと力が抜けた。

限界だったのだ。

小さな身体をそっと寝させて、布団をかぶせる。

 

「ウチがなんとかするッス。だからいまは……」

 

この世界を覆う謎を一刻も早く解決しなければ。

来たのは機械を追うためだったが、後回しでも構わないだろう。

今は何よりも、友人を救うために走る必要がある。

 

「とってもこの国が好きみたいだね。正直驚いたよ」

 

「ブランちゃんは、誰よりもルウィーが好きッスから」

 

この国でしばらく動くことが決まった。

ならば……

 

「シーシャ、ライセンスってのはどこで取れるんスか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編2 落ちていけ砕いていけ

「うーん、むむむ」

 

「どうしたんだい? 神妙な顔で」

 

「いや、時間がかかりすぎたッス。もうちょっと早く済ませるつもりだったんスけどね~」

 

筆記試験に体力試験、おまけに面接。

無事ハンターの資格はもらえたものの、三時間かかったせいでもう眠たい。

 

「アタシから言わせれば、早すぎる。受付の人も驚いてたよ」

 

筆記試験も体力試験も大したことはなかった。特に体力試験は歴代トップでクリア。

面接で「ハンターがやりたいッス」といっただけで「ああ……そう……うん、もうハンターでいいよ」と言われて終了。

割と気合を入れたのに拍子抜けだった。

 

「安っぽーいッスね。国が発行してるにしては」

 

ライセンスは、外見はただのカードだ。

シーシャによれば、これに情報が詰め込まれていて、ルウィーで何をするにもこれが必要なんだとか。

 

「とにかく、ハンターの資格おめでとう」

 

「どうもッス。さてさて、ブランちゃんもここに連れてきたいところッスけど」

 

「あの調子だとまだ動けそうにないからね」

 

また再び起きたとしても、立ち上がって歩き回るのは難しい。

ウチが先にいろいろと知っておけばスムーズに事を進められる。ブランちゃんもこの状況についてほとんど無知のようだし。

 

「先に調べものをするッス。案内は頼むッスよ」

 

「わかった。どこにいく?」

 

「ギルドへ」

 

ハンターは、職業の中でも上位のほうにあるらしい。

案内されたのはご立派な建物。受付がいくつもあり、そのほとんどが武器を持った男たちで埋まっていた。

ごついおっさんたちがごった煮しているなか、ウチは一つの受付が空いているのを見つけ、素早く声をかける。

お姉さんが営業スマイルで迎えてくれた。

 

「新人さんね。ハンターの資格おめでとう。初心者向けのクエストはこっちよ」

 

「はあ、どうも」

 

ライセンスを見せるなり渡された紙に書かれていたのは、薬草採集だったり雑魚モンスターの討伐だったり、バカにされているような内容のクエストだった。

まあ、なりたてのハンターにはこれを渡すようにしているのだろう。

ウチは適当に目を通しながら、ブランちゃんの写真を見せてお姉さんに質問した

 

「クエストはともかく、少し聞きたいことがあるんス。この子に似た、小さい双子を見かけなかったッスか?」

 

ブランちゃんの妹たち、ラムちゃんとロムちゃんについての記憶は定かではないが、たしか姉妹だと納得できるくらいには似ていたはずだ。

神次元のブランちゃんはそれを知って、やたらと妹を欲しがっていたが、結局ウチや、また別の女神であるピーシェを愛でている。

 

「双子? ああ、あのフリフリの服を着た可愛い双子ね。知ってるわよ」

 

おっ、早速情報が入った。ウチはすでにライセンス試験場で二人のことを聞いて回っていた。

写真などの姿がわかるものは手に入れることができなかったが、ハンターになったということだけは知れたのだ。

ギルドに来たのは正解だった。

 

「いまその二人は何してるッスか?」

 

「いまは……このクエストを受けてるわ」

 

ひとつの紙を手渡してきた。

隣町との間にある道に強力なモンスターが現れた。このままではお互いの行き来ができないので倒してほしいとのこと。

 

「あなたじゃ無理よ。そこに書かれてるモンスター、強すぎてベテランのハンターでも逃げ出すもの」

 

先の単純クエストと比べると、はるかにランクは高い。

それを幼女二人に任せるのもおかしいんじゃないスかねえ。

 

「そりゃどうも」

 

二人の安否がより気になってきた。

受付が止めるのも聞かずに、ウチは足早に去った。

 

 

 

「本気? 目当てのモンスターは防御力が高くて、どれだけ攻撃を打ち込んでも倒せないことで有名なんだ」

 

シーシャがウチと並んで歩きながら、そう言ってくる。

 

「手ごたえがありそうでいい。ちょうど活躍取られっぱなしで二十話近く登場なしだったから、いい機会ッスよ」

 

これで初登場の時も、良いところはヤマトとヴァトリに取られたのだ。

暴れられる分は暴れておかないと、評価が下がってしまう。いやほんと前作では大活躍だったんスよ。

 

「キミって……よくわからないやつだね」

 

「よく言われるッス」

 

隣町への街道を通りながら、あたりを見渡す。

食べる気にはならないが、見た目はお菓子でできた木や丘があり、ルウィーの面影はこういうところに見える。

高低差がある土地なうえ、障害物も多い。不意打ちを受けるのも納得できる。

その中で、ウチは違和感を覚えるものを見つけた。

 

「魔法の痕跡」

 

「なんだって?」

 

「ほらここ、氷が砕けてまだ溶けてない」

 

キノコのような大きな木の根元、砕け散った氷の塊がまだ溶けきれずに光っていた。

 

「だから?」

 

「ここ最近の天気は知らないッスけど、雪なり雹なり降ったとしてもそうでないにしても、ここだけ氷があるのはおかしい。それに溶けてないってことは、これを出した本人はまだ近くにいるはずッス。二人分の足跡。小さいうえに浅い。子どものものッス」

 

途中から足跡の間隔が大きくなっている。

モンスターに遭遇して、氷をぶつけて、逃げたってところか。

向こう側へと続いている。やられてはいないみたいだ。隣町に駆け出して行ったと見て間違いないだろう。

追うにしても戻るにしても、この場にいるモンスターは邪魔になる。

クエストはクリアして、いったん帰るべきだろう。

 

「さて、モンスターの位置は……」

 

残された痕跡からモンスターを探ろうとすると、どすん、と大きな音が聞こえ、陽が遮られた。

 

「わざわざ出向いてくれたみたいだよ」

 

シーシャが上を向いて、苦笑いを浮かべながらウチの肩を叩く。

恐る恐る振り向くと、巨大な身体が目の前に佇んでいた。

 

「あーらら、亀とは予想外」

 

三メートルを超えるどでかい亀が、二足歩行で行く手を遮っていた。

亀はなにやら黒いオーラを纏いながら、その鋭い爪を振った。

飛び上がって避けながら下がったにも関わらず、攻撃の衝撃は空気を通して伝わった。

 

「これは正直ヤベーやつッスね」

 

「じゃあ諦める?」

 

「まさか、堅い敵にはごり押してこそッスよ」

 

ウチは全身に力を込め、拳を突き出す。

 

「変身!」

 

光の柱がウチを包んでいき、シェアの力で身体を成長させていく。

髪、目が紅く染まっていき、尖ったプロセッサに覆われて準備が整う。

女神ローズハート、ここに参上だ。

 

「さあ、ぶっ飛ばしてやるぜ」

 

にっと笑って、モンスターを挑発する。

亀は吠えながら突進してきた。

もちろんそんなものをまともに食らうはずもなく、無防備な腹へ一発回し蹴りを食らわせた。

巨体はまっすぐに飛んでいき、小さな丘を崩壊させながら倒れた。だが、亀はすぐさま立ち上がり怒りの咆哮を上げる。

ダメージはいまいち。

確かにタフだ。これはちょっと面倒かもしれねえな。

亀は手足と頭を甲羅の中にしまい、スピンしながら突進してきた。

 

「おっと」

 

ギャリギャリと耳障りな音から、相当な回転数だとわかるが、そんな攻撃をくらうウチじゃない。

 

「カーディナル・アスター!」

 

空へ浮かび、脚に纏ったエネルギーの砲弾を甲羅へ一撃。だが、相手の堅さの前では、地面を削り取る必殺技も弾かれて消える。

着地すると同時に、亀も収めていた部分を出す。

なんだか、嘲笑しているように見えてムカつく。

とはいえ、このままではじり貧になるのは目に見えている。しかたない。

ウチは亀が動く前に素早く距離を詰め、空を切る音を立てながら顔を脚で叩く。

やはり傷は負わせられない。しかし衝撃は敵の頭を揺らした。

頭がくらくらと据わらず、目の焦点も定まっていないのを確認して、ウチは真上へ飛び立つ。

 

「チューニング・フォール」

 

ウチの声に反応して、脚に金色のプロセッサが追加で纏われる。

ぐっと身体が重くなって、落ちてしまうのをこらえて力をためる。

 

「クリムゾン……」

 

さらに紅のオーラで覆われた脚が、これ以上ないほどのエネルギーを内にため込む。

亀にはこちらが見えていないが、本能か、再び身体を甲羅の中に収め、防御態勢に入った。

だがもう遅い。

 

「アルカネットォ!」

 

重力に任せるままでなく、地面にめりこむ覚悟で急降下。まっすぐ、真下へ。

制御できないほどの速度で激突。手ごたえ、いや足ごたえを感じて、甲羅を砕く。

落としたグラスのように粉々になったそれの中身も、一瞬見えたあと消滅していく。

勢いあまって地面を凹ませる。隕石が落ちたかのような跡を残したのを確認して、ウチは変身を解く。

 

「い、言うだけはあるね」

 

「ふふん、ウチはできる子ッスからね」

 

引き気味に笑うシーシャに、ウチは胸をそらして答える。

 

「にしても、今まで戦ったことのないモンスターだったッスね」

 

「最近じゃ、そんなのは珍しくないよ。強力なモンスターが立て続けに現れてる」

 

ため息をついて、シーシャが説明をする。

超次元のモンスターがどの程度かは知らなかったが、ネプテューヌの話だと神次元と強さはそれほど変わっていないらしかった。

これも世界改変の影響とみて間違いない。

 

「あの黒いオーラを纏ったモンスターは特に危ない。猛争モンスターと呼ばれてるんだけど、一流ハンターでも歯が立たないほどなんだ」

 

まあ、そうだろう。

隣町との邪魔になっているあの亀は、優先度では上位のほうだ。倒せるものがいるならとっくにいなくなってる。

とりあえず、モンスターを倒したのだから、今後この道を通るのは楽になる。

ブランちゃんを連れてきても、危険はないだろう。

 

「で、これからどうするんだい?」

 

「妹ちゃんたちは無事らしいし、とりあえず戻ってブランちゃんに報告ッスかねぇ」

 

まだ満足に体を動かせるはずもないが、だからといってじっとしているとも考えられない。

暴れてないといいッスけど。

妹ちゃんたちの話をしたら落ち着いてくれるだろうか。

いやぁ、多分余計動きそうッスねえ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編3 無事だけど無事じゃない

「ブランちゃーん」

 

部屋にひょいと顔を見せると、意外にもブランちゃんはふとんを身体にかけたまま、じっとしていた。

 

「おっ、安静にしてたッスね」

 

「この弱った身体で動くほど無謀じゃないわ」

 

そわそわしているのを隠しているつもりではあるが、今すぐ探していきたいというのはなんとなくわかる。

 

「ウチらが出ていく前はかなり暴れてた気がするんスけど」

 

「うっ……悪かったわ。いてもたってもいられなくて……」

 

「まあまあ、無事でよかったッスよ」

 

飛び立ったときは嫌な予感がぎっしりだったけど、当たらなくてよかった。

 

ちなみにシーシャにギルドの報告を任せているため、いまここにいるのはウチとブランちゃんだけである。

いい機会である。ウチはこの世界の異変とヤマトから得た情報をブランちゃんに伝えた。

彼女も薄々感じていたようで、特に驚きもせずに受け入れた。

 

「弱ったわね。私のシェアがほとんど感じられないのはそのせいだったの」

 

「ん、まあそうッスね。だけど本当の最悪は逃れられてるッスよ。改変の影響は完璧じゃない。ウチら別次元の人間は影響を受けてないッスし、ブランちゃんが消滅していないところを見ると、覚えている人もいるはずッス」

 

かつて神次元ではルウィーのシェアがほぼゼロになったことがある。そのときのブランちゃんは戦うどころか、動けるかどうかも怪しかった。

それを考えると、今はまだほっとできる。

もちろん危険なことには変わりないが、国が敵になったわけじゃないし、どうにでもなる。

 

「そうね、とりあえず戦えるなら、対処のしようはあるわ。ところで、シーシャはどこにいったの?」

 

「ここに戻ってくる途中で、分かれたッス。もう少しで戻ってくるんじゃないッスかね?」

 

「そう……なら今のうちに話をしておこうかしら」

 

「話?」

 

「ええ、この改変が起こる直前、私たちはゴールドサァドと名乗る四人組に負けたの」

 

「その一人がシーシャってわけッスか?」

 

即答したウチに、ブランちゃんは驚いた。

 

「知ってたの?」

 

「いいや、全然。ただ、ブランちゃんのことも知ってる様子だったッスし、なにより内側に隠してる力、あれは人間のものじゃない」

 

会ったときから妙だと思ったが、さらにきな臭くなってきた。

女神とも犯罪組織とも違う力、それは謎の黄金の塔からも感じられた力と同一のものだ。

それほどの強さがありながら、ウチらを攻撃してこないのはなぜか。

敵と認識するには、まだ早いのかもしれない。

 

「あいつなに企んで……」

 

そしてもっと悪いのは、おそらくウチのことも知ってるってこと。

シーシャがゴールドサァドで、女神のことを覚えているとしても、ウチのことは知らないはずなのに、目の前で変身してもまったく驚いた様子はなかった。

ウチらがここにくるきっかけになった機械と関係を持っていてもおかしくはない。

くわえて世界改変にも繋がっているとしたら、一番の危険人物だ。

 

固められたブランちゃんの拳を見て、ウチは彼女をなだめた。

 

「やめたほうがいいッスよ。全力でも負けたんでしょ?」

 

「ぐっ」

 

「二対一でもいいッスが、ウチの手の内も半分見せてしまったゆえにアドバンテージはあっちにあるッス」

 

プロセッサの特性を変える「チューニング」。

重量と攻撃性を増す「チューニング・フォール」を見せたが、ウチはシーシャの戦い方すら知らない。

 

「いまは探るほうが賢明ってことね。はあ、いい知らせはないの?」

 

「妹ちゃんたちの痕跡を見つけたッス」

 

その言葉に、ブランちゃんは目を見開いて、身を乗り出した。

 

「どうやら今は隣町にいるらしくて、そっちのギルドに連絡を繋いでもらってるッス。見つかるのも時間の問題ッスよ」

 

「よかった……」

 

心底ほっとして、ブランちゃんは胸をなでおろした。

ロムちゃんラムちゃんの動向がまったくわからなかった心労が、重荷となって休めなかったのだろう。

彼女はうつらうつらとして、身体を横にした。

 

「ブランちゃんが回復したら、ぱっと向かうッスよ」

 

「なら、はやく治さないとね」

 

ふとんを胸までかけると、あっという間に寝てしまった。

ウチはそれを見届けて、再び外へと出向いた。

 

 

適当にぶらぶらと歩いていると、ちょうど向こうからシーシャが現れた。

少し浮かれない顔だけど、こっちに気づくと、いつものひょうひょうとした調子に戻った。

 

「シーシャ」

 

「やあ、アイ。ブランちゃんの様子はどうだった?」

 

「しっかり養生してたッスよ。そっちは何してたッスか?」

 

シーシャは少し詰まって、

 

「ロムちゃんとラムちゃんについての情報収集をね。結果は収穫なしだったけど」

 

やれやれと首を振った。

 

「すぐ見つかるッスよ」

 

が、しかし、いまの反応は嘘のものだ。

なにか隠している。しかも、これまでに見せなかった部分じゃない、なにか新しい隠し事。

ここで、少しカマをかけてみよう。

 

「ところで、ルウィーのゴールドサァドは姿を現さないッスけど、どこにいるんスかね~」

 

「さあ、アタシも見たことがないから分からないね」

 

「案外近くにいたりして」

 

「ははは、ありえそうだね」

 

うまくかわしてる。だけど、拳に緊張が見えた。

身体の各所先端は少し震えて、怯えているというよりは迷っているというふうに見える。

 

「それはそうと、ブランちゃんが回復したらさっさと妹ちゃんたちを探さないと」

 

「ルウィーじゃ、何をするにもライセンスがいるからね。試験を受けてもらって、それからだね」

 

「ほんと、面倒くさい国になったッスねぇ」

 

「それに関しては同感」

 

くすっと笑いながら、緊張は解かれてない。

問題はその緊張が、ウチを見るたびに増していっていることだ。

やはり、ウチのことを知っていて、なにかしらを企んでいる。もしくは巻き込まれているか。

 

「どうかした?」

 

「んーや、なんにもないッスよ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編4 三撃

「アイちゃんこの前助かったよ」

 

「痴話げんかも大概にするッスよ」

 

「アイちゃーん遊んで―」

 

「ごめんごめん、今忙しいからまた今度」

 

「ブランちゃん、ほれ持っていきな。しっかり体力つけるんだよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「シーシャさん、これお願いできるかな」

 

「ん、お姉さんに任せときなさい」

 

数日が経った。

ウチたち三人はその実力をもって有名人となり、様々な仕事を任せられるようにまでなった。

そのおかげでブランちゃんのシェアも少しは増えたようで、今では倒れていたときの元気のなさは見る影もない。

 

「かーなり有名になってきたッスね」

 

「おかげで力もだんだん戻ってきたわ」

 

「格闘トリオなんて言われて、いまじゃ最高難度のクエストまでやってのけてるからね」

 

主に猛争モンスターと渡り合えるのはほぼウチたちだけということもあって、ギルドからお願いされるほどだ。

 

「私は格闘なんてしてないのだけど……」

 

「これが風評被害ってやつなんスかね。ままま、先にお仕事してたのはウチら二人ッスから、その第一印象が……おっと」

 

唐突に端末が震える。

通話だ。相手は隣町のギルドの受付さんからだった。

何かあった用に番号を教えていたのだが、問題が起きたのだろうか。

 

「はいはい、こちら篠宮アイッス」

 

『あ、もしもし! アイさん大変です!』

 

繋げるなり、叫ぶ声が聞こえた。

ウチは耳から少し離して、通話をつづける。

ああ、まだ耳がキンキンする……

 

『探してた双子が来たんですけど、それが、あの!』

 

「何ッスか?」

 

『新人が受付しちゃったみたいで、いまクエストに向かっています!』

 

「分かったッス。すぐ向かうッス!」

 

切羽詰まったようすの受付ちゃんをなだめるのも忘れて、通話を切る。

よかった。こんなに早く見つかるなんて、連絡先を教えておいて正解だった。

ウチはすぐブランちゃんを見る。

 

「ブランちゃん」

 

「場所はどこ?」

 

通話を聞いていたブランちゃんが眉間にしわを寄せてウチを見る。

受付ちゃんからすぐ送られてきたクエスト内容は、隣町とこの街の間にある場所にいるモンスターを倒してほしいというものだった。

 

「ここからそんなに遠くないッス」

 

「急ごう。もしかしたら危ない目にあってるかも」

 

「冗談でもやめてほしいッス」

 

シーシャをたしなめて、ウチたちはすぐさま走り出した。

猛争モンスターが相手なら、まだ妹ちゃんたちでも勝てない。

最悪の状況を浮かべてしまった頭を振り払いつつ、ウチは歯ぎしりした。

 

 

 

クエスト場所は山道だ。

開けているとはいえ、木が邪魔でいまいち探しづらい。

焦りが生まれて、荒い呼吸になってしまったのに気が付いて、一度冷静になる。

 

「アイ、どう?」

 

「痕跡はあり、しかも近いッス。すぐそこにいるはずッスよ」

 

足跡が二人分。小さいものだ。

前に見たものと相違ない。

ラムちゃんロムちゃんは確実にここにいるはずだ。

 

「きゃあ!」

 

そのとき少し遠くで、悲鳴が上がった。

 

「噂をすれば、だね」

 

鋭くとがった牙に、ゆらゆらと揺れるひれ、風船のようにぷっくりと膨らんだ身体。

サメとクジラを足したような、巨大で凶暴な生物が宙を漂っていた。

しかも最悪なことに、黒いオーラ付き。猛争モンスターだ。

モンスターの真下には幼女が二人、その場でうずくまっていた。

逃げるという選択肢をなくしてしまうほど圧倒的な威圧感があのモンスターから放たれているからだ。

 

「ブランちゃん!」

 

「分かってるわ!」

 

「変身!」

 

ウチたち二人は躊躇なしに変身して、勢いよく地面を蹴った。

飛行機よりも速く飛び、一気に間合いを詰める。

 

「私の妹たちに近寄るんじゃねえ!」

 

「おらぁ!」

 

ホワイトハートの斧とウチの回し蹴りが炸裂し、モンスターはぐるぐると巨体を回しながら数多の木をなぎ倒していった。

 

「大丈夫か、ロム、ラム!?」

 

モンスターの行方には目もくれず、ホワイトハートはすぐさま妹に駆け寄る。

なるほどブランとよく似た姉妹だ。

 

「お姉ちゃん!」

 

「来てくれたの……」

 

二人は安堵の涙を流す。二人とはもちろん、ラムとロムだ。

見た目はそっくりだが、雰囲気からしてやんちゃと大人しいと分かれているのがわかる。

ブランから聞いた話だと両方ともいたずら好きだそうだが……ああ、いや、そんなのは後だ。

 

「こんな危険なことしやがって……」

 

「話は後だ。こいつを片付けてから再会の抱擁でもなんでもしろ」

 

轟音とともに、モンスターが再び宙を舞う。

そこでやっと、シーシャが追いついてきた。

 

「相変わらず乱暴だね。だけど嫌いじゃないよ」

 

「そんなんいいからさっさとぶっ倒すぞ」

 

三人で戦闘態勢に入り、モンスターを見据える。

相手にするにはあまりにも大きすぎる敵だ。

遠距離攻撃ができるならともかく、近接戦闘をするメリットはほとんどない。とはいえ、この場にいるのは全員近接戦闘員だ。

ラムとロムが戦えるならまだしも、彼女たちは腰が抜けていて戦えないだろう。

 

となれば、できるだけあのモンスターを二人から遠ざける必要がある。

ウチはぐいっと上昇し、モンスターと同じ目線に立つ。

直線的に飛んで、すれ違いざまにモンスターの眉間を蹴り飛ばす。

モンスターは少しばかりのけぞったものの、それだけだった。木が揺れるほどの咆哮とともに、こちらを睨む。

しかし注意を引くことはできた。できたが……

 

「さて、こっからどうすっかな」

 

こちらに向かってくるが対応策がいまいち思い浮かばない。

チューニング・フォールがあるが、それで足りるとも思えない。プラスで一撃加えなければ、あのぶよぶよした身体の中にまでは届かないだろう。

くそめんどくせぇな。

 

「ツェアシュテールング!」

 

ホワイトハートが斧で思い切り腹部を強打する。

気が完全にこちらに向いていたモンスターが直撃をくらい、またしても巨体を揺らした。

だが、今度はその勢いを利用して、尻尾をひらめかせた。

それだけでもウチの身体より遥かにでかいのに、迫ってくる。

 

「くそっ」

 

毒づきながら、ウチはプロセッサを展開させる。

 

「チューニング・フォール!」

 

金色のプロセッサが足を覆うと同時、ついにウチをはたこうと目の前まで来た尾ひれを、蹴り返す。

脚が折れそうなほどの衝撃が襲ってきたが、なんとか押し返す。だが、代償としてウチも地面に叩き返される。

地に激突してしまったせいで、土煙が上がる。

痛む身体をなんとか立ち上がらせて、くらくらする頭をむりやり動かす。

ダメージで、チューニングが解除されていた。

 

「おい、ブラン!」

 

どこにいるのはわからずに叫んだが、ホワイトハートは隣に降りてきてくれた。

 

「なんだ?」

 

「同時に叩き込むみたいところだが、隙をつくらないといけねえんだ。いい案は?」

 

一人が囮になって引き付けておきたいが、同時攻撃がちょっとでもずれたら終わりだ。

囮役はできれば他に任せたいが、ラムロム姉妹はいまは戦力とは数えられない。

 

「アタシが行くわ」

 

そんなとき、いつの間にか近くに来たシーシャが言った。

囮としては、もちろん人間であるシーシャは力不足だ。もし本当に人間であればの話だが。

 

「おい、大丈夫なのか?」

 

「平気、任せといて」

 

一応聞いてみたが、即答だ。

シーシャは胸の前で拳を構える。

 

モンスターがまっすぐこちらに向かってくる。

 

「シーシャ……」

 

「大丈夫っつってんだから大丈夫なんだろうよ」

 

体当たりの直前で、ウチは空中に飛び立ち、ホワイトハートは横に避ける。

シーシャに真正面から突っ込んだモンスターは地面をえぐりながら、木々を巻き込んでいく。

止まることのないと思ったその巨体は数百メートル進んで、不意に止まった。

モンスターの顔の先にいるのは、無傷のシーシャだ。

遠くでよくは見えないが、金色のオーラが見え隠れする。

 

「打ち上げるよ!」

 

シーシャの怒号が聞こえる。

ウチははっと我に返って、すぐさまシーシャとモンスターの真上に向かう。

地上のホワイトハートも同じく、モンスターのもとへ向かっていく。

 

「やれ、シーシャ!」

 

ウチは叫ぶとともに真っすぐ上へ上昇していく。

 

「ふん!」

 

シーシャは拳でモンスターの顎を突き上げた。

モンスターが空へ打ち上げられ、低い唸り声と巨体が近づいてくる。

 

「貫け!」

 

チューニング・フォールを起動させて、落下していく。

ホワイトハートも、下から砲弾のように飛んでくる。

 

「カーディナル・アスター!」

 

脚から放たれたエネルギー砲弾が、ウチとともに落下していく。

 

「妹をいじめやがった罰だ! もう一発食らいやがれ!」

 

「ぶっ飛ばしていくぜ! クリムゾン・アルカネット!」

 

「ツェアシュテールング!」

 

合計三発の必殺技がモンスターを同時に襲った。

ただでさえ無駄にでかい身体が、衝撃でゴムのように伸び、二倍ほどに広がる。

やがて耐え切れなくなったのか、粒子となって霧散した。

黒いオーラからは想像できない、きれいなきらきらとした粒があたり一面を覆う。

 

「ふう……」

 

地上に降り立ち、一呼吸。汚れた身体をはたく。

 

「なんなく、ってところかな」

 

「どこがだよ、まったく……」

 

もう一度深呼吸しながら、変身を解く。

「チューニング」はやたらと力を使う。おかげで、全身からどっと体力が抜けた。

だが、感動の再会を邪魔するわけにもさせるわけにもいかない。

 

「ここは任せてくれていいッス。妹ちゃんたちとは」

 

「お好きに」

 

台詞をとられて、シーシャをじとっと睨んだが、彼女はどこ吹く風であたりを警戒する。

とはいえ、あんな騒ぎがあったあとじゃ、何も近づいてこない。

周りに人どころか、モンスターもいなくなっているのは、わかりきっていたことだ。

 

ホワイトハートは変身も解かずにぐいっと妹たちを引き寄せる。

 

「おねえちゃあああん!」

 

「お前ら……ハンターなんかになりやがって、こんな危ないことして、このバカ!」

 

涙を流す双子に、姉はきつく言い返す。

たとえ変身を解いていたとしても、同じくらいの剣幕で叱ったことだろう。

 

「ちょっと言いすぎなんじゃないのかい」

 

「それだけ心配してたんスよ。どうせあとでたっぷり甘やかすんだし、いまは感情を吐き出させても悪くはないんじゃないッスか」

 

怒りたくないのは、ブランちゃんが一番感じている。

それでも怒号を発してしまうのは、それがどうしても出てしまうからだ。

感情が出てしまうのは、そこらにいる少女と変わりない。

 

「わたしたち、お姉ちゃんに会えると思って……」

 

「だからいろんな場所に行けるハンターになって……」

 

ラムちゃんとロムちゃんの、尻すぼみに小さくなっていく声は、しかししっかりとブランちゃんに届いていた。

 

「ほんとに……ほんとに無茶しやがって……」

 

ぎゅうっと妹たちを抱く力が強くなる。

激昂はほんの一瞬で、ホワイトハートが次に見せた顔は、やはり優しい姉の顔だった。

 

「無事でよかった……二人とも」

 

ひと段落。

ウチはその場に座り込んで、あぐらをかく。

隣にシーシャも同じように座った。

 

「ほんとうに、無事でよかったね」

 

シーシャがいやらしさのない、さわやかな笑顔で言う。

ウチの中にあった、彼女への疑いが少し緩んでしまう。

それが果たしていいことなのか悪いことなのか、わからない。

 

「そうッスね。みんな無事でよかったッス」

 

ただ、今は安堵に身と心を任せるのも悪くはない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編5 革命軍の男

妹ちゃんたちを救出し、だるい身体でようやくホテルに戻ってくることができた。

ふんだんに身体に土を受けたせいで、パッと見はぼろぼろのウチを見て、すぐさま駆け寄ってきた少女がいた。

 

「ご、ごごごごご無事ですか!?」

 

メイド服を着た彼女は、フィナンシェ。

妹ちゃんたちを熱心に探してくれた健気な少女で、わざわざ隣町のギルドまで連絡を回してくれたのも彼女だった。

自分の服が汚れるのもかまわずに、フィナンシェはウチの服をはたいて綺麗にしてくれる。

 

「おかげでなんとか」

 

「心配かけちゃってごめんね、フィナンシェ」

 

ラムちゃんがぺこりと頭を下げ、追ってロムちゃんも頭を下げる。

彼女もまた、ブランの捜索をフィナンシェにお願いしていたのだ。

お互いクエストなどで外に出ることが多く、すれ違いが多かったのがフィナンシェを困らせてしまった。

そのことに文句を言うことなく、フィナンシェはほっと胸をなでおろした。

 

「いえ、ご無事でよかったです」

 

「いやはや、一時はどうなるかと思ったけど、ま、何事もなくてよかったッス」

 

にっと笑うウチに、フィナンシェもつられて笑う。

心の底から無事を祈ってくれたことが、その顔からわかる。

 

「さて、あたしはもう行こうかな」

 

行く。これは、シーシャがウチたちのもとから去るということを意味する。

もともと、ラムちゃんロムちゃんをともに探すだけの共闘関係だった。

だから彼女がここでこう言うのは自然なことだったが、こちらとしては寂しいという気持ちもある。

疑いこそすれ、それはまた、彼女を信頼していないということにはならないからだ。

 

「もう行くの? もっとゆっくりしていけばいいのに」

 

ブランちゃんも同じ気持ちだったようで、名残惜しそうに見上げる。

 

「きみたちとの共闘は妹ちゃんたちが見つかるまで。それにあたしもやることがあるしね」

 

差し伸べてきたシーシャの手を、ブランちゃんが握る。

 

「組んで仕事するのも、悪くないって思えたよ」

 

「あなたには助けられたわ。これからあなたが困ったら、遠慮なく頼ってちょうだい」

 

次にウチが手を握り、その暖かさを感じる。

余計に寂しさがこみ上げ、隠すために少しだけ力がこもる。

 

「ウチも手伝うッスよ。しばらくはブランちゃんと一緒にいるッスから」

 

「ふふっ、そうだね。その時が来たら、頼らせてもらうよ」

 

嫌味のない笑みを見せて、シーシャが踵を返す。

見送るウチたちにひらひらと手を振りながら、数秒後にはもう見えなくなってしまった。

 

「あの……アイさん。少しいいですか?」

 

しんとした雰囲気を引きずらず、フィナンシェがウチにこっそりと話しかけてきた。

 

「うん?」

 

「ええと、ここではその……」

 

秘密のお話、のようだ。

ウチはブランちゃんたちをそのまま部屋に戻し、フィナンシェを連れていったん外に出る。

外を歩き、少ししたところで単刀直入に話を聞きだす。

 

「そんで、何ッスか?」

 

「察していただいてありがとうございます。アイさん一人で、とのことですので」

 

とのこと、というからには、誰かの頼まれごとを押しつけられたのだとウチは思った。

その予想を裏付けるように、フィナンシェが続ける。

 

「実は、私のご主人様がどうしてもアイさんに会いたいとおっしゃってまして」

 

「ウチなら構わないッスよ」

 

「よかった。では、早速今からでよろしいでしょうか」

 

「もちろん」

 

 

 

街の中心部、富裕層が住む区画にまで案内されたのは、そう驚くことでもなかった。

しかし、お目当ての、外見からして豪華な洋館は、周りに比べても頭が抜けているほど目立っていた。

中に入り、通された一室は、一目見ただけで持ち主の性格がわかるほど、典型的なものだった。

たくさんの本棚に揃えられた政治経済、おまけに自己啓発の本。そのほとんどが新品同様、ほぼ綺麗なままで並んでいる。

一冊として、読み込まれた形跡のものはない。

読んで理解もしていないくせに、ステータスの一つとして持っているだけなのだ。と感じたのを一切表に出さずに、ウチはフィナンシェに連れられるまま、ソファに座った。

 

「それでは、ここでお待ちください」

 

そういって礼をした後、フィナンシェが部屋から出ていく。

呼びつけた本人は、ウチと一対一で話をしたいということだろう。

遠慮なくじろじろと見渡して十数分経ったところで、やっと件のご主人様が入ってきた。

 

「待たせてすまないね」

 

イメージしていたのと、ほとんど相違ない風貌に、思わず笑ってしまいそうになる。

嫌みったらしい口の角度に、表面はいいものの笑ってはいない目つき。

 

「ウチを呼び出して、何のつもりッスか?」

 

すっかり警戒モードに入ったウチは、敵意を隠そうともせずににらみつける。

それに対してあくまで冷静に返してくる相手の態度がさらに鼻についた。

 

「まあまあ、先走らないでくれたまえ。君をどうこうするってわけじゃないさ」

 

「ということはぁ……ブランちゃんかシーシャをどうこうするってことスかぁん?」

 

実力を求めているなら、ウチだけじゃなく三人を同時に呼ぶだろう。

その時点て、方法や過程はともかく、彼が求めている結果がどういうものか、すでにあたりはつけていた。

 

「図星ッスね。反応的には、両方を陥れるつもりッスかね」

 

「陥れるなんて、そんな乱暴なものじゃない。ただ、この国を返してもらうだけだ」

 

「返す?」

 

「この国はね、とても豊かで平和な国だったんだ。だけど、その国のあり方を真逆に変えてしまった張本人、そしてそんな平和な国に戻す力のない女神に私たち反乱軍は失望してしまったんだ」

 

「それで、二人を陥れようと」

 

「だから、そう乱暴なことは……」

 

ウチは首を横に振って、立ち上がる。

 

「悪いッスけど、いや、悪いなんて一ミリも思ってないッスけど、あんたに協力する気はないッス」

 

「なぜだ? 貧富の差が酷く、人々の安心安全が保障もされてない。こんな状況が最悪だってことは、別次元の君にだってわかるだろう?」

 

この状況は確かに最悪だ。

人の自由を踏みにじり、危険にさらしたまま改善もなし。

こいつが御大層な思想を持っていて、相応の行動をしているのであれば、賛同したのかもしれない。だが……

 

「アァン?」

 

ウチは感情を抑えずに男を見る目をさらに尖らせた。

 

「上に立つ者がどういう想いで平和を守ってきたか、この国の人たちへの想いも女神の苦労も知らねーテメーが革命だなんて企ててんのが一番最悪だっつってんだよ」

 

「なに……?」

 

「この国があることのありがたみを、それを支えてる人の想いをわからねーテメーが不満を言う権利なんてこれっぽっちもねえっつってんだよ!!」

 

乱暴にソファを蹴り飛ばし、本棚に直撃させた。

衝撃で本棚は崩れ去り、ばさばさと本が落ちていく。

呼びかける声を無視して、ウチは男を突き飛ばしてぱぱっと屋敷から出ていった。

 

クソ気分悪いが、同じくらい収穫もあった。

まずあの男。

記憶を失っていない。呼び出しの時やさっきの話から、明らかにブランちゃんのことを知っているようだったし、改変前後の世界の様子も知っていた。

狙いはおそらく……この国の支配。

国のトップとしてのブランちゃんがいないことと、シーシャが働いていないいまを狙って、ルウィーの上に成り代わる気だ。

この国のいまのライセンス制度にかかわっているのは間違いない。

その罪をシーシャに被せて、自分はそれを救った英雄として君臨するつもりだ。つまりは自作自演。シーシャがゴールドサァドだということを教えてくれたようなものだ。

さらにもっと悪いことがある。

ウチのことを知っていたことだ。

「別次元から来た君にだって」と彼は言った。

ウチが神次元の住人であり、さらに超次元に来たことを知っているのは限られている。

エコーだ。

あの男の裏にエコーがいる。

さらに、ライセンス制度に関わったのであれば、世界改変の黒幕も後ろに控えていることになる。

最悪だ。

 

 

 

もやもやした気持ちのままホテルに戻り、部屋のドアを開ける。

 

「ただいまッス」

 

「お帰り」

 

出迎えてくれたブランちゃんが人差し指を唇に添える。

ベッドの上では双子ちゃんたちが寝ていた。

 

「しーッスね」

 

「どうだったの? 何か呼び出されてたみたいだけど」

 

「ん、そうッスね。ちょうどいいッスから、話しておくッス」

 

先ほどあったことだけでなく、これまでの経験から得た情報と推測を全て話した。

話が進むごとにみるみる顔が険しくなっていくブランちゃんをなだめつつだったが、話し終わるころには怒りで肩が震えていた。

 

「つまり、その男から情報を引き出すべきってことね」

 

「そういうことッスね。嫌悪のあまり出てきてしまったッスけど」

 

フィナンシェには悪いが、あの場所には長く居たくなかった。しかしあの男を捕まえてきたほうが賢明だったか。

しかし、あまり大げさに動くのはよくない。こっちは相手の規模もわからないのだ。

フィナンシェにはかん口令が敷かれているはず。あの男意外で情報を得られそうなやつとなれば……

 

「シーシャしかいないッスね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編6 余裕かましてボコボコにされるとか恥を知ってほしい

妹ちゃんたちはホテルに残し、ウチとブランちゃんはシーシャを探し始めた。

幸い、シーシャはこの街から離れておらず、数人に聞いた程度で居場所がわかった。

ギルドへ向かう道の途中で、とぼとぼと歩くシーシャに声をかけた。

 

「シーシャ」

 

「おや、アイにブランちゃん。お別れを言ってからすぐなのに、もうアタシが恋しくなったのかい?」

 

ウチらを見た途端。嬉しそうに顔を輝かせるシーシャ。

そんな彼女に、ウチはにやりとしながら顎に手を当てる。

 

「恋しくなってたのはそっちじゃないッスか? 寂しそうにうつむいて歩いちゃって」

 

「み、見てたんだ。恥ずかしいね」

 

「その話は後よ。シーシャ、あなたに聞きたいことがあるの」

 

あはは、と頬をかくシーシャと同じく笑うウチを遮って、ブランちゃんが話の本題に入る。

 

「話?」

 

「革命軍のこと、その狙い。そして……」

 

「あんたのことッスよ、ゴールドサァド、シーシャ」

 

「ああ、やっぱり、ばれてたんだね」

 

先ほどとはうってかわり、観念したような顔のシーシャの様子が、全てが真実だと物語っていた。

思えば、これが初めて見たシーシャの素顔かもしれない。

今までは彼女はどこか何かを隠したままで、さらにウチが疑ってかかっていたせいで、本当の顔と言うものは見えていなかった。

そしてその素顔は、ゴールドサァドとかそんなの全く関係ない、一人の女性の顔だった。

きっと、望んだか望んでいないか、その思惑とは関係なく不意に得た力だったのだろう。

そんな彼女にとって、この世界の有様は望んだものじゃないはずだ。それはこれまでの彼女の様子からわかっていたことだ。

だとしたら、この世界を元に戻す手伝いにもなる。

 

お互いに心の内を話し合おうとしたその瞬間、大げさな足音が鳴った。

見慣れない装備をした兵士十数人が、あっという間にウチらを囲んだ。

兵数と同じ銃口がこちらを睨む。

その奥からパチパチと一人分の拍手が聞こえる。

 

「手伝ってくれてありがとう」

 

あの男だ。

ウチに協力を求めてきたいやみったらしい顔がそこにあった。

 

「なにを……」

 

「場所を特定してくれた。私との話し合いのとおりね」

 

一言ひとことがなめまわすような口調。さらに強調するかのように、シーシャを指差す。

それを合図に、兵士たちがシーシャを捕まえる。人を傷つけるわけにはいかない。シーシャは大人しくせざるを得ず、ウチらも手を出せずにいた。

 

「そこのゴールドサァドがこの世界の混乱の原因だと、証明することができる」

 

「二人とも……アタシを裏切ったの!?」

 

シーシャがウチとブランちゃんをキッと睨む。

この男の狙いはこれだ。真実がどうあれ、シーシャを無力化できれば、あとは力を失った女神だけ。

ルウィーを支配するのは簡単になる。

 

「誤解ッス! あんたらもシーシャを離すッスよ!」

 

「それはできないね。これから彼女を処刑するんだから」

 

「この……!」

 

シーシャを連れ去ろうとする兵士たちを、ブランちゃんが止めようと一歩踏み出す。

ウチも続こうとしたその次の瞬間、どすんと大きな何かが目の前に立ちふさがった。

 

「おっと、これ以上はオレが相手だ」

 

赤い目が怪しく光る。

人間ではない。機械だ。しかも二メートルほどもある人型のロボット。

ヤマトから聞いた、エコーというロボットはこいつのことだろう。参ったことにこいつはプラネテューヌだけでなく、ラステイションでも暴れたという情報が入っている。

 

「相棒だと信じてたのに!」

 

連れ去られるシーシャが恨み言を言う。

少し話せば解ける誤解を、こいつらが邪魔をする。

ウチは逆なでされた神経を誤魔化すことなく、ロボットに向かっていった。

 

「シーシャ!  くそっ、どけ!」

 

黙らせるためにキックを一撃。

しかし、モンスターを吹き飛ばすほどの攻撃も、重厚な装甲に阻まれてしまう。

いいや、装甲だけのせいじゃない。

 

「他の国とは違って、ここには女神しかいない。オレには勝てないぞ」

 

エコーはウチの足を掴み、乱暴に持ち上げ、地面に叩きつけた。

予想よりもはるかに大きいダメージが身体を襲う。まるでシェアがなくなったように、力が出ない。

 

「ぐっ……かはっ……」

 

「アイを離せ!」

 

ブランちゃんが変身し、斧でエコーを殴りつける。

機械人形は地面を転がり、バウンドする。だが、傷はほとんどついていない。

 

「なんだか、いつもより力が出ねえ」

 

「女神の力を奪い取る何かが搭載されてるっぽいッスね」

 

ホワイトハートも同じく、力の不足を感じているようだ。

エコーは女神の力を遮断するなにかを持っているに違いない。

ならばノワールが捕らえられたというニュースは本当のことだろうし、こいつが関連しているのは間違いない。

 

ウチもローズハートへと変身し、構える。

 

「まったく、最悪だぜ」

 

こうなれば、数は関係なく、完全にこっちが不利ということになる。

プラネテューヌにはヴァトリがいるし、ヤマトだって女神の力を使わない矢を持っているから大丈夫だろうが、ウチらはそうもいかない。

どちらも女神なうえに、武器は斧と脚。相性が悪すぎる。

 

顔をしかめながら、同時に跳ぶ。

エコーが立ち上がった瞬間に、ウチが膝を蹴りつける。体勢が崩れた機械の顔面を、ホワイトハートが斧で襲う。

またもや完全に姿勢が乱れたエコーの顎をウチが蹴り飛ばした。

反撃を食らう前に攻撃を畳みかけるのは間違ってはいない。特にこの状況においては。

しかし、触れるたびに力が抜ける感覚に襲われながら戦うのは、予想よりもしんどい。

ダメージもそう通っているように見えない。かといって、負ける気はさらさらなかった。

なによりもシーシャが捕らえられたこと、ウチが利用されたことに怒りを感じていた。そのストレス発散のために、こいつには付き合ってもらおう。

 

ウチがさらに胸、首を蹴りつけると、ホワイトハートも続けて斧を振るう。

いくら弱体化させられたとて、シェアを取り戻しつつある女神の勢いと威力は計り知れない。

くわえて一般人では扱うことすらかなわない重量の斧がエコーの右腕を切断した。

思わず反射、といったエコーの反撃がやってくる。残った左手がウチの首を真っすぐ狙う。

掴まれるその直前、ウチはぎりぎり届かない程度まで頭をそらし、冷たい手の勢いが止まったそのとき、ウチは逆にその手を掴む。

ウチが跳びあがり、エコーの首に脚をかけると、ホワイトハートがエコーの足を刈り取る。

脚に力を込め、反撃手段がなくなったエコーの首を起点に、身体を浮かせる。

だんだんと無くなっていく身体の力を振り絞って、歯を食いしばりながらプロセッサに意識を向ける。

 

「落ちろ!」

 

プロセッサが黄金色に輝き、全身の重さが増す。構わない。それも一瞬だ。

重力に任せ、足を刃としてエコーを地面に叩きつける。抵抗する間もなく、首を断ち切られたエコーは、それ以上動くことはなかった。

それを確認すると、ウチの力がどっと抜けた。ふらふらする身体を、ホワイトハートが支える。

 

「こいつ……厄介なやつだな」

 

「こんなにもめんどくせぇやつとはな……もっと聞いとくべきだった」

 

一息ついて、ウチもホワイトハートも変身を解く。

たいした動きもしていないはずなのに、予想以上に削られてしまった。

体力の限界だ。

 

「知ってるの?」

 

「他の国でも暴れてる機械ッスよ。まさかこんな機能まで備えてるとは思わなかったッスけど」

 

いまやただの機械の塊となったエコーを見下ろす。

こいつが革命軍と組んでいるというのは、一番悪い知らせだ。

倒すべき相手が、ウチらに有効な対抗手段を持っているのはまずい。非常にまずい。

 

「でも……」

 

ブランちゃんがつぶやく。

そう。それでも、ウチらは止まるわけにはいかない。

 

「諦めるわけにはいかない」

 

ウチも頷く。

 

「シーシャを絶対に助ける」

 

友達を騙して連れ去ったこと、そしてウチを利用したことを後悔させてやる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編7 単純でいい

「絶対に助ける! と言ってから数日が経過したわけッスけども」

 

「そ、そうね。なんで説明口調なの?」

 

「まあまあ」

 

起きて朝食をとったあと、ウチらは早速作戦会議をたてた。

といっても、説明したとおり、シーシャが連れ去られてから数日が経っているわけッスけども。

 

「ねえ、なんでこんなに時間かけたの? わるいひとなんかさっさとやっつければいいのに」

 

ラムちゃんの疑問に、ウチは待ってましたと言わんばかりに人差し指を立てる。

いきなりの動きに、その場にいた全員がびくっと反応する。特にロムちゃんが驚いていた。

 

「ひとーつ、相手は女神を無効化する術を持っているから、綿密な準備が必要だったのである。ふたーつ、あれ以来ウチとブランちゃんが指名手配されたせいでおおっぴらに動けなかったからである。みーっつ、あの忌々しい意識高い(笑)アホロン毛をこれでもかというほど痛めつけるためにあらゆる罰を考えていたからである!」

 

「最後……」

 

呆れたような顔で、ロムちゃんがこちらを見る。

やだ、この子のこんな顔初めて見たッス。

 

「というわけで、これだけの時間を要したわけッス」

 

「計画の目的としては、革命軍の無力化とシーシャの救出」

 

「それには全員にきっちり動いてもらう必要があるッスからね」

 

「はーい!」

 

「わかった……」

 

計画については、すでにみんなに伝えてある。

問題なのは革命軍とエコーだが、それに関しては素早く奇襲を行えば何とかならないこともない。

 

「さて、それじゃあさっそく……」

 

行動を始めようとしたその瞬間、ウチの携帯端末が震えた。

とある人物からのメールだ。

そこには、うっと唸るほどの内容が書いてあった。

 

「悪い知らせッス」

 

少し焦った顔で、ウチは言う。

最悪のタイミングで悪い知らせということに、女神三人も嫌な気配を察知して身構える。

 

「モンスターの大群が、隣の街を荒らしつくしたあと、こっちに向かってきてるらしいッス」

 

「なんですって?」

 

猛争モンスターの軍勢。

しかもよほど大勢らしく、街が壊されたのもあっという間だったらしい。

幸い隣街の住人は避難済みのようで、人的被害はそれほどなかったみたいだ。

 

「え、じゃあ計画は……」

 

ラムちゃんが驚きつつ、はてなを浮かべる。

こっちもこっちで差し迫っているが……

 

「言ってる場合じゃないッスね。とはいえ、大勢のモンスターの迎撃ができるほどこっちの戦力は……」

 

「あなたたちは街の人たちを避難させて」

 

ウチの悩みを振り切って、ブランちゃんが妹たちに言う。

 

「指名手配されてなくて、街の人に顔が利くあなたたちならできるわ」

 

確かに、指名手配されているのはウチとブランちゃんだけ。

それにハンターとして信頼を得ている二人なら、街の人たちも言うことを聞いてくれるだろう。

 

「お姉ちゃんは?」

 

ロムちゃんの疑問に、ブランちゃんは少しためらったあと、毅然とした態度で返す。

 

「私はモンスターを食い止める」

 

「ブランちゃん」

 

ウチはブランちゃんを止めようと、遮ろうとする。

この顔は、人は違えど何度も見たことがある。

 

「あなたはシーシャをお願い」

 

「ブランちゃん!」

 

無視して進めようとするブランちゃんに、思わず声を荒げてしまう。

ブランちゃんの言い方はまるで……

 

「お願い。何も言わずに言う通りにして」

 

まるで、死地に向かおうとする人のそれだ。

かつて全く同じ顔を、ヤマトはしたことがある。結果的にはなんとかなったものの、明確に勝算があったわけじゃない。

今だって同じだ。

でも、この国のこと、国民のことを考えると、それしかないのだ。

一人で食い止めるしかない。勝算のない戦いに、妹たちを巻き込まないためにも。

 

「……わかったッス」

 

ウチはそう言って、頷くしかなかった。

それを見て、ブランちゃんは早速部屋を飛び出した。

 

「お姉ちゃん、大丈夫かな」

 

「大丈夫ッス。タフな子ってのは、君らが一番知ってるはずッスよね?」

 

「うん、お姉ちゃんは世界で一番強いんだから!」

 

「こくこく」

 

「ウチも知ってるッスよ。何度も何度も、ブランちゃんには助けられたッス」

 

自分に言い聞かせるように、ウチは言う。

そう、ブランちゃんは強い。圧倒的に不利な状況でも、そんなの関係ないとばかりに勝ってきた。

きっと、きっと今回も勝ってくる。

 

「だからこんどは、ウチらがブランちゃんを助けるッスよ」

 

 

 

ラムちゃんロムちゃんに街の人の避難を任せ、ウチはとある場所に来ていた。

あの革命軍の男の屋敷。ここにシーシャは捕らわれている。

本来ならば革命軍もあの男もぶっ倒して救出するつもりだったが、モンスターの大群が押し寄せてきているせいで逃げたらしい。

やはり、この国を守るつもりなんてないのだ。そんな男の計画に組み込まれてしまったことに、さらに怒りがこみ上げてくる。

絶対ぶっ飛ばしてやるからな!

 

「こちらです、アイさん」

 

屋敷のそばで手招きしているのは、フィナンシェだ。

あんなことがあってから、気まずかっただろうに、ウチに連絡を取ってくれたのだ。シーシャを助ける手伝いをさせてほしいと。

もちろん、ウチはこれを快く引き受けた。

 

「助かるッスよ、フィナンシェ」

 

「その、すみません。ご主人様がこんなことを……」

 

「フィナンシェが悪いわけじゃないッスよ」

 

ウチは首を横に振った。

フィナンシェが悪くないっていうのは、普段の行動を見ていればわかる。

革命軍の男は何も知らない彼女をただ利用したに過ぎない。

屋敷に入り、誰もいない廊下を歩く。

 

「ありがとうございます。こんな私のことを信じてくれて」

 

しゅんとなっているフィナンシェ。こんなメイドがおったら垂涎ものやでぇ。

と、冗談はそこまでにして、一つ、質問を投げかけてみる。

 

「……ルウィーは好きッスか?」

 

「え? ……はい。こんなにも暖かい国、嫌いになるわけないじゃないですか」

 

「信じる理由として、それで十分ッスよ」

 

即答のフィナンシェの顔には嘘はない。

この子も同じく、ルウィーが大好きなのだ。だからこそ、今が間違っていると思って、ウチに連絡を取ってきたのだ。

いくらか緊張がほぐれたところで、屋敷の地下へと通じる階段へ到着した。

 

「気を付けてください。革命軍はいないですが、シーシャさんの様子がおかしいんです」

 

「どうも」

 

様子がおかしい、とはどういったものか。考えても仕方ない。ウチは階段を下りる。

一段下がるごとに、なんだか息苦しさを感じる。

エコーと対峙したときとは別に、力が削がれていく気がする。

やがて下りきったとき、すぐそこに冷たい牢屋が見えた。

中には、鎖で繋がれた一人の女性がいる。

 

「シーシャ」

 

「ああ、来たのかい」

 

寝ていたのか、意識を向けないと聞こえないほどに細い声でシーシャが言う。

 

「あの男が言ったことはデタラメッス。ウチはシーシャのこと……」

 

「もうどうでもいいよ」

 

弁明しようとしたウチの言葉を遮った。

その目には光はなく、どこを見ているのかもわからなかった。

誰に何を言われたのか知らないが、心のないことを言われたに違いない。

シーシャのことを知っているふうに、彼女の心を侵していったのだ。

 

「誰も彼もがアタシをどうとも思ってない。いや、思ってないどころか、目の敵にしてる」

 

うつろな目のまま、シーシャは続ける。

彼女の心の闇がテレパシーのように頭に浮かんでくる。

気を抜いてしまえばウチまで囚われてしまいそうな深い闇が、彼女を離さない。

 

「この国をどうにかしようと奔走したのも、無駄だったんだよ」

 

別に、誰かのためだとか、見返りが欲しいわけじゃなかった。

だけど、アタシが動けば動くほど、この国はかつての輝きからどんどんと遠ざかって、暗くなっていく。

 

シーシャの心の声が届いてくる。

それはシーシャの望んたことじゃなかった。

それでも彼女は、この状況を作り出してしまった張本人として、またこの国の統治者として、なによりも大好きなルウィーのために戦ってきた。

だけどもちっとも変わらない最悪な状況は彼女の心をすり減らしていった。

明るく振舞ったのは、そんな自分を見て見ぬふりをするため。この世界にはまだ希望が残っていると信じるため。

だが人は、世界は彼女を追い込んでいった。望まぬ役を押しつけられ、あまつさえ批判される。

そんな世界を見て悟ったのだ。希望なんてない。一度溢れだした心の闇は、彼女を蝕んだ。

 

「殺すなら好きにすればいい。いまさら抵抗なんてしないよ。あの男に殺されるか、アイちゃんに殺されるかだけの違いさ」

 

「殺しなんてしないッスよ。ウチはあんたを助けに来たんスから」

 

「助けに?」

 

おかしなことを言う。そんな自嘲がシーシャの顔に浮かぶ。

 

「いま、モンスターの大群がこっちに向かってきてるッス。それを、ブランちゃんが一人で食い止めてるッス」

 

「一人で!? そんな無茶なこと……」

 

「無茶だってわかっててもやる。それがブランちゃんだって、シーシャも知ってるはずッスよね」

 

ブランちゃんだけじゃない。女神はえてしてそういうものだ。

望まれて生まれた存在だからじゃなく、人を愛しているから。

 

「……」

 

「ウチがあんたを助けに来たのは、ウチらを助けてほしいからッス。ウチらだけじゃ、大群を相手に街を守れない」

 

「だからといって、アタシが戦う理由にはならないわ。戦う気もない」

 

うなだれたまま、シーシャは動こうとしない。

それが答えだった。望まれたわけでもなく、ただわけもわからずに国を任された者の答え。

だが、その答えに興味はなかった。状況や環境に引き出された答えなんて、これっぽっちも聞きたくない。

そこで、ウチはフィナンシェに問うたのと同じ質問をする。

 

「シーシャはルウィーが好きッスか?」

 

「は?」

 

反応としては、まあ自然なものだ。

助けに来て、助けてほしいと言った直後に話す言葉としては、ふさわしくないことかもしれないが、必要なことだ。

 

「ウチは好きっすよ。夢みたいにほんわか明るくて、雪が降ってるのに暖かい。人はみんな嬉しそうに笑って、平和な街を歩いてる。そんなこの国が大好きッス」

 

一種の理想郷だ。

望まれたからこそできた国ゆえに、

だが、そうあり続けることができるのは、ひとえにブランちゃんが頑張り、国民が支えているからである。

 

「それは、ブランちゃんもラムちゃんロムちゃん、フィナンシェも同じッスよ。誰かに認めてもらうためじゃない、みんなこの国が好きだからいま懸命に戦ってるんス」

 

複雑な事情や考えは一切ない。根底にあるのは、ただ愛だけ。国や人への愛だけ。

 

「理由なら、それだけで十分じゃないッスか?」

 

沈黙。

あっけにとられたような顔で、シーシャは固まっていた。

 

「……はは」

 

かと思うと、彼女は笑い始める。

すっきりしたような晴れやかな顔を見せた。

 

「あっはははは! みんなばかみたいに単純なんだから。でも、それぐらい単純なほうがいいのかもね」

 

シーシャの身体に、ぐっと力が入る。

そう、戦う理由なんて難しくなくていい。

生きる理由を難しく考えるのは、ウチらの仕事じゃない。

 

「よし、アタシも行くよ。ブランちゃんを、この国を好きにはさせない!」

 

 

 

街の外側。

ブランちゃんは戦っていた。

一人で戦うにはあまりにも多すぎる相手が押し寄せてきていた。

しかもそのほとんどが猛争モンスター。

 

「くそっ、数が多すぎる。このままじゃ……」

 

ホワイトハートが毒づく。

傷つきながらも、その闘志は消えない。

だが状況が悪すぎる。ついに囲まれ、絶体絶命かと思われたその瞬間。

 

「このままじゃやられるって?」

 

「弱音を吐くなんて、ブランちゃんらしくないよ」

 

モンスターを吹き飛ばしながら、ウチとシーシャは横に並ぶ。

急いで来たかいあって、どうやら間に合ったようだ。

 

「シーシャ、アイ……! なんで……」

 

シーシャを救出して、そのあと逃げるとでも思ったのだろうか。

だとしたらブランちゃんもまだまだわかってない。自分がどれだけ愛されているかということを。

 

「なんでって、そりゃ単純に、ッスよ。ねー」

 

「そうそう、単純に、だよ」

 

にひひ、とウチらはお互いに笑いあう。

 

「よくわからねえが、来て早々やれんのかよ」

 

「ふふん」

 

バカなことを聞かれたものだ。

ウチは変身し、その身を紅く染める。

同じくシーシャも黄金の柱に包まれる。右手には小さなキャノン、背中には竜を模したような機械の翼が浮遊している。

見た目はそれほど変わっていないが、人間ではありえないほどの力を感じる。

黄金に輝く眼が向かってくるモンスターへ向けられる。

 

「アタシたちはルウィーに轟く……」

 

「格闘トリオってな!」

 

ウチとシーシャはハイタッチ。呆れたようにホワイトハートが腰に手を当てる。

 

「格闘トリオって言うな」

 

ハッと笑って、ウチは一歩前に出る。

 

「まあ、へばってるなら後ろで休憩でもしてな」

 

「誰がへばってるって?」

 

肩で息をしながら、ホワイトハートが並ぶ。

斧を担いで、意気込みだけは一人前だ。

それを見て、シーシャも微笑む。

 

「強気なやつが多いこと」

 

「てめえが言うな」

 

正直、この数を相手に勝てるかどうかはわからない。

でも戦うしかない。

単純な理由を胸に、ウチらは構えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編8 これがルウィー

「ブランちゃん!」

 

シーシャが巨大な狼型モンスターをホワイトハートへ投げる。

 

「アイ!」

 

ボールのように飛んでくるそれを、斧でかっ飛ばす。

 

「ぶっとべ!」

 

ウチのほうへ地面を転がってくる。構えも型も何もなく、ウチは狼を蹴り飛ばす。

無様に悲鳴を上げながら吹き飛んでいく狼は、多数のモンスターを巻き込んで消滅していく。

それを見届けたウチら三人は、肩で息をする。

 

「今ので何体目だよ……」

 

ホワイトハートが斧を杖代わりにしてなんとか立つ。

最初から戦っていた彼女はもう限界が近かった。気力だけで戦えている状態なのだ。

休ませてやりたいが、周りには敵が大勢いる。

 

「いちいち数えてられっかよ、まだまだ来やがるぞ」

 

「さっさと諦めてくれないかしら」

 

ウチもシーシャも辟易する。

何十体、いや三桁を超えたかもしれない。こんなにしつこいやつらは初めてだ。

やられるかもしれないという諦めが、一瞬頭をよぎる。いいや、こんなところで倒れてたまるか。まだやるべきことがあるんだ。

ウチらが覚悟を決め、武器を構えたとき、どどど、と地響きが鳴った。

 

「ちょっと待て……なんだこの音」

 

ぽかんとホワイトハートが口を開ける。

モンスターが進撃してくる音じゃない。もっと血気盛んな……足音だ。

 

「やっと来たか……」

 

全てを察して、ウチは身体の力を抜く。

 

「いっけー! みんな突撃だー!」

 

地鳴りに負けず、ラムの声が響く。

ここにいないはずのラムとロム。そしてその後ろには、モンスターの大群にも負けない人の波だ。

 

「あれは……」

 

「ルウィーのハンターたちじゃないか!」

 

二人の顔が驚愕で固まる。

ルウィーのハンターたちが、いまここに押し寄せてきていた。その全員が怒号を上げながら、次々とモンスターに立ち向かっていく。

数だけでもモンスターを上回るうえに、やる気は満々だ。

 

「みんな大丈夫?」

 

戦闘はハンターに任せ、ラムとロムがこちらに寄ってくる。

 

「お姉ちゃんのケガ、すぐに手当てするね」

 

ロムが魔法で満身創痍のホワイトハートを癒す。

茫然と魔法を受けるままの彼女は、はっとして妹たちを見た。

 

「いやいやそれより、これはいったい……?」

 

「呼んでもらってきてたんだよ」

 

代わりにウチが答える。

この場で何も知らない二人が、今度は首をぐりんと動かしてウチを見る。

 

「呼んで……って、これだけの人数をかい?」

 

「そうだよ、すでに話はつけてたからな。あとはタイミングが重要だった。本当は、あのクソ男をボコボコにするための協力だったが……まあ結果オーライだろ」

 

今日起きたことは予想外の出来事だったが、下準備のおかげで好転した。いや本当、こういうところで出るんだぞ、後々の結果が。

 

「話って、私たちは指名手配受けてたはずだろ?」

 

「あのなぁ、何日も指名手配受けといて、ウチらのところは音沙汰なしってのはおかしいと思わなかったのかよ」

 

にひひと笑って、ウチは説明をつづける。

 

「すでにハンターたちにはそこらへんの事情を話してたんだよ。言っただろ。『全員にきっちり動いてもらう必要がある』ってよ」

 

「全員って……」

 

シーシャが呆れたように肩を落とす。

時間は有効に使うべきだ。こんな状況じゃそれは特に感じる。時間と人の大切さは、取り返しのつかないほど重い。

 

「アイってほんと、何者なんだ」

 

「ウチだけじゃ、無理だったけどな」

 

ギルドのメンツに遅れて、今回の立役者が走り寄ってきた。

メイド服の少女は息せき切らしながら、ウチたちを見ると笑顔を見せた。

 

「はぁはぁ、アイさん、お待たせしました」

 

「おう、遅かったな、フィナンシェ」

 

無理に来る必要もないフィナンシェだが、ウチたちの様子を心配してきたのだろう。

そこかしこを走り回ってもらったのに、なんだか悪い気も……させないのがこの子の魅力だな。

 

「こいつにも手回しを頼んだんだ。あとギルドの受付姉ちゃんたちにもな。あんなうさんくさい男より、みんなこっちを信じてくれたぜ」

 

「アイちゃん! 約束通り、助けに来たぜ!」

 

「女の子にばっか戦わせるわけにはいかないからな!」

 

続々と勇み駆け寄ってくるむさくるしい男どもが、親指を立ててこっちにアピールしてくる。

 

「いいからはよ行け」

 

しっしと手払いして、モンスターのもとに向かわせる。

こっちは疲れてんだ。ウチらはいいから、さっさとぶちのめしてこいよ。

喜んで! と男たちは敵と対峙する。

 

「これがルウィーの人たちか……」

 

シーシャが呟いた。

自分が疑っていた人たちが本当はどんなものか、自分が疑っていた国が本当はどれだけのものか、目にした衝撃は計り知れない。

そうして感じた鼓動はたしかに本当のもので、だからこそ疑いようのないもの。ルウィーはどこまでも白く、柔らかい。

モンスターと戦うギルドの面々を見てそう思うのは、おかしいように見えて、至極まっとうだった。

 

「ああそうだ。これがルウィーだ」

 

「ふふ、やっぱりいい国だね、ここは」

 

腑に落ちて、ほんの少し硬かった表情も消え失せた。

これで納得するということは、彼女もまた、ルウィーの住人ということだ。

 

「感傷に浸ってる暇はねえぞ」

 

「分かってるよ、もう一仕事だ」

 

今感じたすべてを守るために、ウチとシーシャは再び戦火へと身を投じた。

 

 

 

ルウィー全員、そしてウチとシーシャがもちろん負けるわけもなく、あれだけの軍勢ももう跡形もなく消滅した。

体力は限界を通り越して、ギルドのみんなに肩を貸してもらいながら、ルウィーに戻ってきた。

 

「よかった……」

 

「全員で戦った成果ッスね」

 

戦いが終わって、ほっと呟くブランちゃんの背中をウチが叩く。

ぞろぞろとハンターたちを引き連れて、ウチらは街の中を闊歩する。街の人々は拍手をしながら迎えてくれた。

一人を除いて。

ゆらりと現れたのは、あの革命軍の男だった。

 

「おやおや、そこにいるのは、囚人に指名手配犯じゃないか」

 

にやにやと笑いながら、こちらへ近づいてくる。

 

「おぉおぉ、よぉくのこのこと出てこれたッスね。そこは関心す……いやしないッスわ」

 

「ふん、そんな軽口を叩けるのも今のうちだ。お前たち! こいつらを捕らえろ!」

 

もちろん、ハンターたちは動かず、むしろ男を睨んでいた。

 

「な、なんだお前たち……」

 

たじろぐ男。

ウチを前に勝利を確信するには、時間と苦労が足りない。

とっくに形勢が逆転していたことは、いまやこの男だけが知らないのだ。

思わず、笑いが漏れた。それは伝播して、ブランちゃんもシーシャも笑みを浮かべる。

 

「あんたアホ丸出しッスよ」

 

「アタシも、まさかこんなに自分の状況を理解してないやつを見るとは思わなかったわ」

 

「今、ここにはルウィーを愛する者しかいないッス。あんたを除いてね」

 

ギリギリと歯ぎしりして、男がウチらを指差す。

 

「なにがルウィーを愛する、だ。こんな子ども騙しの国、私が支配して変えてやる! いけ!」

 

ついに本性を現した男の合図に合わせて、上空からずしん、と機械の塊が落ちてきた。

ゆっくりと立ち上がったそれは、人の形だった。エコー。

またしても懲りない機械人形がやってきた。

 

「アイちゃん! 下がって! ここは俺たちが……」

 

声を上げるハンターたちを手で制す。

 

「こいつはウチらがやるッス」

 

「ブランちゃんも下がって。君に守られたぶん、今度はアタシが守るから」

 

なおも戦おうとするみんなを、目で下がらせる。

こいつの危険性はウチらが一番わかっている。それをギルドのメンツに任せるのも悪くないが、ウチらが先陣をきるのが先だ。

 

「変身」

 

呟くように、二人で変身する。

体力があまり残っていないが、それでも負ける気はしなかった。

 

「今度は準備万端か? この前は余裕ぶっこいて手も足も出てなかったが」

 

「オレが、ただやられるために出てきたと思ったか!」

 

ウチの挑発に乗ったように、エコーが叫んだ。

前の戦いはよほど屈辱的だったようだ。まあ、女神を倒せると思ってボコボコにされたんだ。無理もない。

 

手のひらからビームを飛ばしてくる。

身をかがめて避け、そのまま突進する。渾身の蹴りを一発。だが金属音が鳴るだけで、よろめきもしない。前よりも頑丈だ。

おまけにこの機体も女神無効の石を装備しているようで、触れている脚から力が抜けてくる。

 

「ここでお前たちは死ぬ」

 

にやりとエコーが笑い、手刀を振り下ろす。

その太い腕をつかんで、拳でエコーを吹き飛ばす。

 

「おっと、アタシを忘れてもらっちゃ困るね」

 

シーシャが軽口を放って、がくりと片膝をついていたウチを引き上げる。

 

「どうしたんだい? さっきの戦いでへばった?」

 

「あいつは女神を弱らせる物を持ってんだよ。いいから手伝え」

 

背中のジェットを使って体当たりしてこようとするエコーをかがんでかわす。

重さに任せて落ちるのは、もう通用しないだろう。

だが、前とは違って、こちらにはシーシャがいる。

また戻ってきたエコーの突進を、今度は宙返りでかわしながら、背中を蹴る。

地面を滑るエコーへ駆け寄り、二人で攻撃を加える。

敵は完全ではないが、半分以上をよけた。

この前はそれほどウチらの攻撃についてこれなかったはずだ。

進化している。その事実がウチを焦らせた。この戦いで負けることはないだろう。だが……

足を乱暴に払うと、エコーの姿勢が崩れる。その隙に、シーシャが顎を打ち上げて、見上げる形になった顔に肘を打ちつける。

へこんで火花が散る顔へ、そのままダブルキック。

ウチのはヒットした。シーシャは足をつかまれて、ぶんと投げられる。

その投げ方に見覚えがあった。ヴァトリだ。

近接格闘において、進歩がみられるのはそういうことだ。

こいつは戦った相手の戦闘データを取って、自分のものにしている。

ここで長く戦うのもまずいってことだ。

たいして効果のない蹴りを続けるのも悪手……悪足だってことだ。

すっと腕が伸びてきた。

首を掴まれる前に身体をひねって、逆に首を掴んで地面にたたきつける。

抵抗する間もなく、その顔がシーシャに踏みにじられた。

バチバチと嫌な音を立てて、エコーががっくりと倒れる。

まあやっぱり、倒されるだけだったみたい。

 

「大したことはなかったね」

 

「まだまだ未完成ってことだろ」

 

変身を解いて、エコーの潰れてしまった顔を持ち上げて、ぶらぶらと振る。

やたらと女神を敵視してるこいつは、何の目的でつっかかってくるのか。

ウチやブランちゃんを倒すには、かかってくる回数は少ない。かと言って殺すという言葉に嘘はない。

進化していく機械。今はまだ、発展途上のようだ。

行動が短絡的なところや挑発に乗るところ、まるで子供のようだ。

そんなエコーの目的……

世界征服?

いやいや……

 

「それはないッスよね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルウィー編9 進むための脚

「こんなところに呼び出して、なんの用ッスか?」

 

翌日、すっかり身体が治ったところで、シーシャに呼び出された。

昨日、不安も不満もぶちまけたシーシャにはもう迷った顔はなかった。

思いつめることもなく日をまたげたなら、これからも大丈夫だろう。

長いこと歩いて着いたのは、昨日大量のモンスターと戦った場だった。

街から離れたここなら、何が起きても悟られることはない。

 

「人知れずウチらを埋める……ってことじゃなさそうッスね」

 

「アタシをどういう目で見てるのさ」

 

冗談はそこまでにして、シーシャは本題に入った。

 

「アタシのなかには、まだ黒い心が残ってる」

 

胸から黒いもやのようなものが染み出す。

負の感情が具現化するほど溜まっているのだ。

 

「このままじゃ、これがまた蓄積されていって、同じことが起きてしまう」

 

「あのモンスターたちは……」

 

「全部じゃないだろうけど、何割かはアタシの中から出てしまった瘴気にあてられてしまったもののはず」

 

これについて、ウチは一つの仮説を立てていた。

誰かがシーシャに仕掛けた、寄生虫のようなものではないか。

そうすると、そいつはシーシャがゴールドサァドを知っている可能性が大だ。

エコーではないだろう。だが、関係があるにはあるだろう。

 

「これ以上、誰かに迷惑をかけるのはやめたい。お願い、アタシの中の黒を倒して」

 

「わかったッス」

 

懇願するような目に、即答。

断る理由なんてどこにもなかった。

それに、全力で戦ってみたかったのも理由としてある。

 

「ありがとう。本当はブランちゃんも連れてきたかったんだけどね」

 

「一番頑張ってたッスからね」

 

ブランちゃんは療養中だ。

あれだけのモンスターを相手に、長時間粘っていた身体は予想よりも消耗していて、今はベッドの上。

それに、こんな危ない戦いにラムちゃんとロムちゃんを巻き込むわけにはいかない。

 

「これを解放すれば、あとはどうなるかわからないけど」

 

「どうなるかはわかってるッスよ。シーシャはもとに戻って、また帰るんスよ。みんなのもとに」

 

シーシャもウチもくすっと笑って、構えをとる。

 

「頼りがいがあるね。さすがは女神様」

 

「変身」

 

力を解放する。

黄金の力に、闇のオーラを纏ったゴールドサァド、シーシャが敵を睨む目つきをぶつけてくる。

 

「我が挑戦者、か。面白い、証明してみせるがいい。我より強いことを」

 

「あーらら、まあまあ喋り方も変わっちまってよ。威嚇のつもりかね」

 

ぐっと脚に力を入れて、ふっと息を吐く。

 

「さあさあ、完膚なきまでにボッコボコタイムだぜ」

 

じりじりと近づく。

人対人の戦闘において、気をつけなければいけないのが、相手がどう動くか。

一発で逆転が生まれるような実力者同士であれば、考えなしに動けば、そのまま負けに直結してしまう。

普通なら、見に入るところだが……

 

「先手必勝だ!」

 

下段二発、大した威力でもないそれを、シーシャは足で受ける。

ウチは足を地面につけず、そのまま中段蹴りを放った。

先ほどよりも強く打ったが、シーシャは腕で受け止め、衝撃を吸収した。だが、ウチは構わずに今度は渾身の力を込めて上段蹴り。

中段を防いだままの腕は、しかし動くことなく、ウチの爪先はシーシャの顔をもろにとらえた。

シーシャはぐるっと身体を回してダメージをそらしたが、勢いは完全に殺せず、後ろに下がった。

 

「おっと、顔はまずかったか?」

 

「何をした」

 

「ちょっとした手品だよ」

 

小刻みに震える左手を振って、シーシャが距離を詰める。風のように素早い蹴りをかわして、続く拳の連打も流す。

しびれを切らしたのか、直線的に腹を狙うパンチを、わずかに後ろに下がって避ける。

シーシャがにっと笑った。

違う。これはやぶれかぶれのパンチじゃない。

シーシャの手に、一瞬で砲身が装備された。青いバスターから放たれる光の弾丸がウチを襲う。

吹き飛ばされながら、受け身をとって地に足をつける。

意識を持っていかれそうな威力に視界がぐらつくが、頬を叩いてはっきりさせる。

その攻撃をさらに三発撃つシーシャに、ウチも脚からエネルギー砲弾を放って応じる。

二つの光弾は相殺し、消し合った。

間髪入れずに、同時に距離を詰める。

容赦ない殴打を、脚で受け流す。その度にシーシャの動きが鈍くなった。

隙をついて、避けられることを考えずに脚を振りぬく。

全力の攻撃を受けて、シーシャの身体が転がっていく。

よろよろと立ち上がった彼女の目は、ウチの脚に注がれた。

手品の正体に、シーシャは気づいたようだ。

ウチは脚に雷魔法を纏わせていたのだ。麻痺性能の高いそれを受け続ければ、筋肉が引きつってうまく動かせなくなる。

問題は、それを気づかせないために少量の電流を流していたこと。だから何度も叩いて、ようやく効果を発揮させていたのだ。

隠していた手だったが、それが露見したとなれば、誤魔化す必要はなくなった。小さく爆ぜるほどの電撃を全身に纏う。

シーシャは舌打ちして、まっすぐ向かってきた。

返り討ちにしようと構えた一瞬で、彼女の姿がすっと消えた。

がくりと脚の力が抜けたと思うと、地面が迫ってきていた。手をついて、ローリングする。

無防備となった背中に、激痛が走る。さらに撃ち込まれたバスターが身体をかすめる。

くるりと反転して、シーシャを確認する。

スライディングで足を払われた。追撃の砲撃を外さないために。

だがそのために、電撃を受けるはめになった。片膝をついたシーシャは、がくがくと震える足を叩いて無理やり立つ。

反撃したいところだったが、今の攻撃でウチの頭もぼんやりしている。

歯を食いしばって、シーシャに近づく。彼女もまた、こちらに歩を進めてきた。

そこからは、脚と拳の応酬。

数センチの間合いの中で、どれだけ痛みが走ろうと、お互い一歩も引かない。

いまシーシャを動かしているのは、もともと彼女の中になかった黒だ。

彼女の感情を食いものにする、何かだ。

ここで終わらせる。

痺れてなお突き付けられる拳を流さず、受け止める。

その身体に電流を流す。

悲鳴を上げて、昏倒寸前まで身体を痙攣させる。

 

「ウチをここまで追い詰めたのは、あんたが……何人目だったかな」

 

脚にフォール・プロセッサを纏わせる。ぐるりと回って、蹴りを飛ばす。

並みなら骨が粉々だが、心配ないだろう。おそらく、たぶん。

ばたり、と倒れたシーシャは動かず、しかし笑った。

 

「最高だったよ」

 

その言葉は、もう彼女を蝕むものがなくなったと直感させるほどすがすがしかった。

終わった。

全力の一対一は、終わってみれば心に残るほど熱い戦いだった。

全ての力と策を使うほどの戦闘は、久しぶりだった。

 

「マゾもそこまでにしとけよ」

 

それだけ言って、ウチはシーシャの身体を持ち上げた。

 

 

 

「これまでの戦いの経過と結果から見ても、エコーの目的はいまいちわからないッス」

 

ホワイトボードに写真をいくつか貼る。

今までにわかった情報もまとめて書きだした。

それをぽかんと眺めるブランちゃん、ラムちゃん、ロムちゃん、シーシャ。

ウチとシーシャは包帯まみれで、しかしやる気は満々だ。

本当は全快するまで寝ておきたいところだったけど、時間は限られている。

 

「ただ、ヴァトリとヤマト……これはウチの仲間ッス」

 

指示棒でぱしぱしと二人の写真を叩く。

補足したのは、出会ったことのないシーシャと、何年かぶりの三人のためだ。

 

「この二人からの情報をもとに考えると……」

 

「考えると?」

 

ラムちゃんがわくわくしながらこちらを見る。

が、残念ながら……

 

「まあ、わからんッス」

 

ウチは指示棒をたたんだ。

エコーの動きには特にこれといった一貫性がない。

変なことをしている、という意味では一貫しているが。

これだけ戦っているのに、まったくと言っていいほど進歩はなかった。

 

「何かの陽動か、あるいは世界を滅茶苦茶にしたいだけか……」

 

「女神を倒すって言ってたわね」

 

うーん、と唸って、ブランちゃんが言う。

ヴァトリの報告からも、それが上がった。

エコーの目的。女神を倒す。だが、あくまでそれは目的の一つに過ぎない。

 

「それにしちゃ、あまりにも準備がお粗末ッス。女神無効化の石でそれができるほど、ウチらの戦力は少ないわけじゃないッス」

 

狙いがそれなら、回りくどすぎる。

ラステイションでノワールを捕えたという話からも、単純に女神を消すことはしないことがわかる。

何かを待ってるような、そんな気がしてならない。

 

「鍵は、あのモンスターッスかね。超次元のに混じって、見たことのないのがいくつかいたッス」

 

「そうね、あれは私も驚いたわ。瘴気の影響じゃないの?」

 

シーシャは首を横に振る。

 

「ううん、アタシの瘴気はあくまでモンスターの凶暴化の効果しかない。姿を変えるなんてできないはずだよ」

 

手詰まりかと思われた。

だけどその瞬間、ロムちゃんがぽん、と手をたたいた。

 

「そういえば、ネプギアちゃんが……」

 

「そうよ! 別の次元に行ったって言ってた!」

 

継ぐように、ラムちゃんも声を上げた。

別の次元って……

 

「え、なに、また事件に巻き込まれたんスか」

 

「ネプテューヌも一緒にね」

 

ブランちゃんが補足。

主人公というだけあって、流石の巻き込まれ体質のようだ。

零次元と呼ばれるそこは、こことは全く違う荒れようだったらしい。

モンスターの種類も別のそこを詳しく知るのは、そこに行った二人しか知らない。

 

「話を聞くには、二人のところへ行くしかないッスか……プラネテューヌへ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーンボックス編1 魔剣なき魔人

圧撃(あつげき)のスラッシュウェーブ!」

 

機械人形の軍団を、拳からの衝撃波でなぎ倒していく。スラッシュとは名ばかりである。

目が覚めてすぐに襲ってきたこいつらの強さは、大したものじゃなかった。

それにしても、ここはどこなんだ?

森の中だということはわかるが、どの国かはわからない。

闘技場で戦ったゴールドサァド、そこで現れた黒い少女。不安要素はたっぷりあった。

 

「ユウ?」

 

おちついたところで、こちらを呼ぶ声が聞こえた。

 

「ベールか」

 

振り向けば、リーンボックスの女神であるベールがやってきた。

知ってるやつに会えたことに、安心感を覚える。

 

「よかった。聞きたいことが山ほどあるんだ」

 

「ええ、わたくしもですわ」

 

用事があるようで、さらに森の奥まで進みながら、俺たちは話を続ける。

ここはリーンボックス。だが、俺の知っているそれではない。

ゴールドサァド、その一人であるエスーシャが統治し、誰も女神を覚えてない奇妙な世界だ。

俺たちが戦ったそいつらがいるなら、別次元や平行世界に飛ばされたわけではなさそうだ。

ベールの話によると、次のとおり。

エスーシャが「外敵」と呼ぶ何か。リーンボックスを脅かすその外敵とやらから国を守るために、ソルジャーという職業がある。

情報収集を兼ねて、ベールはソルジャーになり、今はその仕事の最中らしい。

 

「外敵……さっきのロボットのことか?」

 

「詳しくは言ってませんでしたから、わからないですわ」

 

可能性としては、ありえる。

機械のモンスターは腐るほど相手にしてきたが、あんな敵は今まで見たことがない。

 

「とにかく、俺はお前についていくことにする」

「ユウが来てくれるなら、頼もしいですわ。ところで、あれはないんですの?」

 

俺をまじまじと見つめて、そんな疑問を発する。

あれ、とは俺の持ち物である魔剣のことだ。

かつてこの次元とは別、俺がもともといた次元で犯罪神と戦ったときに、女神八人の命を犠牲にして力を得た、災厄の剣。

その剣をもって、俺は犯罪神に勝つことが出来た。

だが、俺が倒したのは器でしかない。その力は、俺の中にある。

女神の命を奪った剣、そして破壊神の力。

手放せない二つの力は、皮肉にも相反していて、それでいて同じだ。

闘技場には持ち込まず、プラネテューヌ教会に置いてきたから、今は手元にない。

本当なら、飛んでいってこの手の中に戻したいところだが、ベールを独りにするのも危険だ。

女神を覚えている者が少ないとは、つまりそのぶんシェアが無くなるということになるからだ。

俺が改変前の世界を覚えているのは、何故か。

元々別次元の人間だからか。それとも、俺が犯罪神の力を持っているからか。

どちらにせよ、俺の力は彼女たちのためになる。

森を抜けて、ひらけた草原に出る。

ここでは多数のソルジャーが、外敵と戦っている……はずだった。

そこかしこに機械の残骸があるものの、人の姿は見えない。

 

「ここで間違いないのか?」

 

「ええ、そのはずですわ……けど」

 

「どこかへ移動したか?」

 

地面に転がる、機械の頭を手に取ってみる。

人間を模したそれは、奇妙なことに不気味に笑ったままだ。どこの国のものでもない。

なら、誰が造ったんだ?

こんなに大量の機械を、いったいなんの目的で……

考えている途中で、地面に影が差した。

天気が悪くなったかと思い、上をみた瞬間、目の前まで巨大な何かが迫ってきていた。

急いでかわすと、どすんとその塊が落ちた。

地面を軽く削りながら、立方体のそれは形を変えていく。

五メートルはゆうに越える頑丈そうな胴体に、巨大な爪をもつ四肢。ぎょろりと俺を見下す一つ目。

こっちのほうが俺の知ってるロボットっぽい。

 

「ユウ!」

 

「平気だ」

 

ロボットがベールの声に反応して、そちらを向く。

すると、俺を無視してロボットがベールへと牙をむく。

ベールは振られる爪をひらりとかわすが、本調子じゃないことがわかる。

ここは、俺がやるしかない。

 

「おい、でくの坊!」

 

挑発には乗らないか。

標的を変えないロボットの足を掴んで、片手で地面に叩きつける。

機械人形の残骸を粉々にして、ロボットは仰向けに倒れた。

ロボットは火花を散らしながらもすぐさま立ち上がり、俺に爪を立てようとする。

一本を受け止め、そのまま曲げてへし折る。続けて腕、足二本、もう一本の腕をもぎ取る。

転がる胴体に乗って、巨大な目を足蹴にして貫く。

激しく痙攣した後、ぱったりと動かなくなったロボットを見て、俺は思った。こいつも見たことがない。

 

「やっぱり、こいつが外敵みたいだ」

 

外側からくる敵とは、ロボットの大群か。

俺は大きな胴体から降りる。

 

「相変わらず、容赦がないですわね……」

「敵に対して容赦してどうする。徹底的に潰すだけだ」

 

引き気味の笑みを浮かべるベールに、俺は自分の考えを述べる。

次元を渡って、幾度も戦ってきた。その中には話が通じない奴もいた。むしろそっちのほうが多かったか。

世界を壊そうとする連中を倒して倒して、俺は生きている。

 

ふと違和感を感じた。周りにたくさんの気配がある。

敵か、と構えるが、わらわらと集まってきたのは、ぬいぐるみのような豚だった。

小さな白い身体、「出荷」と書かれたバンダナを頭に巻いている。

 

「らんらん♪」

 

「あ?」

 

「らんらん♪」

 

「へ?」

 

一転、間抜け面を晒してしまった俺たちに、それらが寄ってくる。

どうやら敵ではないらしいが……

足元にすり寄ってくる豚たちを、俺は眺めることしかできなかった。

疑問符だけが頭を占める俺たちに、声がかけられた。

 

「どうやら、見てしまったようだね」

 

いつの間にか、銀髪のクールな女性がそこにいた。

ぎょっとして後ずさる。

あの闘技場で剣を振り回していたエスーシャだ。

 

「いったいこれは、どういうことなんですの?」

 

「このらん豚たちは、ソルジャーの成れの果てさ」

 

「らん豚……?」

 

「君は知らないようだね、教えてあげよう」

 

エスーシャは俺に向けて説明を始めた。

この世界には、かつて魔王と呼ばれる存在がいた。

人の心を弄ぶことを至上の喜びとしたそいつは、人の心が壊れたとき、身も心も豚になってしまうという呪いを残したという伝説が残っている。

 

「その豚が、これか」

 

なにやら不思議な鳴き声をあげる……えっと、らん豚たちの数は、数えきれないほどになっていた。

伝説とは言うが、実物を見せられては信じざるを得ない。

呪いで姿を変えられて、身を隠していたのか。

人型機械は一掃できてたみたいだから、あの大きなロボットに絶望して、ということか?

もしそうなら、戦闘中にいきなり……か。ずいぶん迷惑な話だ。

この、エスーシャのことをそのまま信じることをするのは危険だが、嘘をついているようには思えない。

だが、裏もあるはずだ。

呪いのことを知りつつ、ソルジャーだけに国を守らせようとするエスーシャ。

それに、ベールの話じゃ、ソルジャーは百万近くいるらしい。いくらなんでも、それだけの数全員が戦闘ができる人間だとは思えない。

きなくさいものがあるが、表には出さずにらん豚を撫でる。

 

「場所を変えて話をしよう。教会に来てくれ」

 

そういって去っていくエスーシャ。

残された俺たちは、目を見合わせる。

 

「どう思う」

 

「わからないことだらけですわね。とりあえずは、エスーシャの言う通りにするしか……」

 

そうは言っても、この元ソルジャーたちを放っておくわけにはいかない。

大量のらん豚を前に、俺たちはため息をついた。

らん豚たちをかき集めながら、俺は先ほどのやり取りを思い出していた。

自国のソルジャーがこんな姿になったのに、まるでどうでもいいことのような口調だった。

ただ単に戦力が落ちたことを考えても、少しは肩を落とすだろう。

なんだか、嫌な感じがした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーンボックス編2 魔王?

リーンボックスに辿り着いた俺たちは、早速教会に向かった。

ここに来るのは久しぶりだ。

ゴールドサァドに乗っ取られても、その外も中も変わっていない。

扉を開けると、並べられた椅子、その奥にはエスーシャが佇んでいた。

 

「邪魔するぞ」

 

「遅かったじゃないか、待ちくたびれてしまったよ」

 

ゆったりとこっちを見て、エスーシャが言う。

その顔には非難の意どころか、ちょっとした感情すら見えなかった。

 

「何千匹、らん豚を連れ帰ってきたと思っているんですの?」

 

「言うことを聞いてくれたのは助かったけどな」

 

とはいえ、らん豚は決まった言葉しか言わないから、意思疎通ができたとは思っていないが。

大きな小屋に閉じ込めておいたから、逃げ出すこともないだろう。

 

「話をしてくれるってことだが」

 

「ああ、君たちがこれからすべきことについて、話をしようと思ってね」

 

つかつかとこっちに近づいて、俺を見据える。

「君たち」と言っているが、現在のリーンボックスについて知ることが少ない俺のためだろう。

ある程度はベールから聞いているが、彼女が知っていることも限られている。というより、エスーシャが情報を出すのを渋っているのだ。

このタイミングで話そうとしているのは、どういう意図があるのか。

 

「あそこでらん豚が大量にいたことと関係があるのか」

 

「もちろん、そうだ」

 

「大勢のソルジャーを使って、何を企んでいるんだ」

 

「魔王を捕らえる」

 

「捕らえる?」

 

「討伐ではなく、捕らえるなんて、何故ですの?」

 

ベールが口を挟んだ。

人をらん豚にする呪い。その原因である魔王を倒すのではなく、捕らえるには理由があるはずだが、エスーシャは首を横に振った。

 

「君には関係ない。魔王の捕獲、それさえやってくれればいい。悪いが時間だ。情報が入り次第連絡を入れる」

 

文句を言う間もなく、エスーシャは奥に引っ込んでいってしまった。

残された俺たちは、しばらくあてどなく街中をさまようしかなくなった。

普通なら、女神を見かければ騒ぐ人々も、今ではなんでもないようにベールの横をすり抜ける。

 

「どう思う」

 

近くの喫茶店に入り、俺たちはこれからのことを話し合った。

だが、とにかく情報も人手も戦力も足りない。

一時間ほど話しても、進展はなかった。そこで、俺はエスーシャのことについて、ベールに聞いてみる。

 

「冷え切ってしまっている……といいますか、あまりにも国のことに関して興味がなさすぎるように思えますわ」

 

「国や国民のことに関してはな。その割には魔王のことにはご執心だ」

 

あれだけ冷めきった反応をしていても、やたらと魔王を気にしている。

しかも捕獲してこいとの命令だ。

そこには確実に目的があるが、それが何かわからない以上はどうしようもない。

 

「それにあのロボット、超次元にいなかったよな?」

 

「ええ、わたくしも見たことがありませんわ。しかもあれだけ大量にいるなんて……」

 

頭を抱えた。

機械軍団が魔王の手下でなければ、俺たちの敵は多すぎる。

 

「ただでさえ、世界改変にゴールドサァドとかいう問題が残ってるんだ。俺たちには必要なものが多すぎる」

 

「必要なものを手に入れるには、とりあえずエスーシャに従うしかありませんわね」

 

「ああ、そうだな……ネプギアがいてくれたら……」

 

「あら、再会してすぐ離れたから、寂しいんですの?」

 

ベールはふふっと笑って、俺を指差す。

 

「そんなんじゃない。別次元でも候補生たちと連絡がとれるあいつなら、この状況でも他と話し合いができるだろうって……そのにやけ顔をやめろ」

 

「そういうとこにしておきますわ」

 

そういうことってなんだよ。

この状況、他の国と意思疎通ができればどれだけ心強いか。

まあ、ただ単純に会いたいという気持ちも無きにしもあらずだが、それを言うと余計にからかわれそうだからやめておく。

 

「とにかく、魔王を捕らえるのが最優先事項だな」

 

逃げるようにそう言った瞬間、ベールの携帯端末が鳴った。

ソルジャーの連絡用として、エスーシャからもらったものらしい。

 

「エスーシャからですわ。外敵が見つかったと」

 

 

 

連絡をもらってすぐ、俺たちは外の森林へと足を運んだ。

魔剣がない俺は武器の調達を適当に済ませた。店で一番手ごろな剣を選んで、背中になおす。

普通の剣を使うのは……とにかくかなり久しぶりだ。

 

「さて、外敵はどんな姿なんだ? またあのロボットか?」

 

「あ、と……聞くのを忘れてましたわ」

 

森の中を歩きながら、不思議に思う。モンスターの姿が見えない。

いつもなら、なにかしらの生物がいるはずなのだが、不気味なくらい静かだ。

これも世界改変の影響か。何か怪しいものがいれば、それが外敵ということでいいだろうか。

 

『ベール、目的地に着いたみたいだね』

 

どうしたものかと考えていると、再びエスーシャから連絡が来た。

今度は文だけでなく、通話だ。

 

「エスーシャ、ちょうどよかったですわ。今回の外敵は、どのようなものなのか聞いていませんでした」

 

『ああ、そうだね。今回の相手は一人の人間だ』

 

「人間?」

 

人間。それすらも外敵に存在なのか。知らなければ、見逃すところだった。

 

『すでに行われた戦闘では、大勢のソルジャーが圧倒されている』

 

「わかった。それで、わざわざ通話してきた理由は?」

 

『魔王の場所が分かった。今の任務と併せて、調査をしてきてくれ』

 

「俺たちだけでか?」

 

『まともに動けるのが君たちだけだからね。いつ魔王が動き出すかわからない。早めに調査を頼む』

 

指定された場所は、ここから近いとは言えない。

それにも関わらず仕事を頼んでくるのは、俺たちが一番近いのか。それとも……

通話は一方的に切られて、実際はどうなのかは聞けない。

無駄話をせずに、さっさと仕事をこなせということか。

 

「人使いが荒いですわね」

 

「あの感じだと、残ったソルジャーは少ないようだからな。もしかしたら、俺たちだけってのもあり得るかもしれん」

 

そう、すでにあれだけ大量のソルジャーがらん豚に変えられているのだ。

他の場所で任務に就いている者が同じようになっていても不思議じゃない。

 

「それにしても、外敵が人間だなんて……」

 

「ますます正体がわからんくなったな」

 

機械の軍団ならともかく、そこに人間も混ざってきたとなると、いよいよ魔王とはどんな存在か、推測しづらくなってきた。

先に待ち受ける「人間」とはどんな奴か、警戒しながら進んでいくと、先にある木の陰に何者かの気配を感じた。

外敵か? いや、そいつから感じる力の種類には、覚えがある。

抜きかけた剣を収め、それに近づいていく。

意を決して、ばっと姿を確認する。

 

「誰だ」

 

「ひゃうっ!?」

 

可愛らしい悲鳴を上げたのは、あの闘技場以来離れ離れになってしまっていた少女だ。

女神だということはわかっていたから、できるだけ落ち着いた声で話したのだが、いきなり現れたために驚かせてしまった。

 

「ネプギア?」

 

「な、な、な……」

 

座ったまま驚きで固まってしまっているのは、プラネテューヌの女神候補生、ネプギア。

 

「ネプギアちゃんがなんでここに?」

 

「よかったぁ……やっと会えた……」

 

涙目で深い安堵の息をついたネプギアを立たせる。

 

「よかったです。無事で」

 

「来てくれたんだな」

 

「はい、ベールさんは独りだろうからって、お姉ちゃんに言われて。来る途中、攻撃されて大変でした」

 

ネプテューヌも辛いだろうに、ネプギアを寄越してくれたのか。

妹がいないベールは一人では苦戦するから、この判断はナイスだと言わざるを得ない。

それにしても、ネプギアの話とエスーシャの話を合わせると……

 

「ということは……」

 

「誤解ですわね」

 

俺はベールと顔を見合わせる。

彼女もどうやら同じ結論に達したようだ。

 

「へ? どういうことですか?」

 

ソルジャーが攻撃したのは、間違いだったのだ。

女神化して空を渡ってきたネプギアを外敵と勘違いして、襲撃してしまったのだ。

女神を忘れている人間からしてみれば、空を飛ぶ人なんてのは珍しいものに映る。

特に、リーンボックスはいま敵にビクビクしているから、致し方ないといえばその通りだ。

リーンボックスの現状を、ネプギアに一通り話すと、彼女は胸をなでおろした。

 

「そういうことだったんですね」

 

「わたくしに任せなさいな。誤解はすぐに解いて差し上げますから」

 

「ありがとうございます」

 

「可愛い可愛い妹のためですもの。これくらいお安い御用ですわ」

 

ベールは遠慮なくネプギアに抱き着く。

息苦しいだろうに、これまでの寂しさからかさほど抵抗しないネプギア。

しかし、ネプギアはベールの妹じゃないんだが。

今回のことも相まって、ベールは余計に妹が欲しくなってしまうことだろう。

しばらくしてやっと離されたネプギアから、プラネテューヌの現状もある程度聞く。

やはり、おかしくなった世界の中で動けるのは、俺たちくらいのものらしい。

再会の魔王の足取りを追おうと歩みを始めたベールたちだったが、俺は止まって考える。

あまりにも情報が少なすぎるうえに、エスーシャの真意も見えないこの状況が気持ち悪すぎる。

 

「ユウ、行かないんですの?」

 

「いや、いったん戻ろう」

 

「え?」

 

「取引の材料にする」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーンボックス編3 合流

俺たちは何も言わずに教会へ戻り、無表情の中にちょっとした怒りを滲ませるエスーシャと対峙した。

 

「それで、戻ってきた理由は何だい? 私は魔王の調査を頼んでおいたはずだが」

 

無駄話はなしにして、単刀直入に問うてくる。

玉座にどっかりと座っているが、ひじ掛けに指をとんとんと叩く。

 

「ただで動くほどボランティア精神があるわけじゃない。お前には聞きたいことが山ほどあるんだ」

 

「必要あるのかい?」

 

「あるから聞いてるんだ。こっちには女神がいるんだぞ」

 

「……君の聞きたいことに、興味はないね」

 

女神という言葉に疑問はなし。やはり、ゴールドサァドは例外だ。世界改変の影響を受けていないエスーシャなら、知りえていることも多いはずだ。

 

「なら魔王を倒して終わりにする」

 

エスーシャの眉がぴくりと動いた。

 

「何を目的としているかは知らないが、魔王を捕獲する必要があるんだろう? だが、お前が真面目に話を聞かないんなら、俺たちも真面目に仕事をするつもりはない」

 

魔王の呪いを対処したいのはこちらも同じだ。だが、捕らえる必要があるのはエスーシャだけだ。

この違いが、俺たちがもつ武器。

 

「……魔王の捕獲理由に関しては言わないよ」

 

「構わん」

 

予想通りの展開に、ひとまずほっとした。

こんなに簡単にいくとは思っていなかった。魔王に対する執着は思ったよりも深いらしい。

 

「その前に、そこの子は誰だ?」

 

エスーシャは俺の後ろにいるネプギアを指差した。

 

「この子はネプギアちゃん。わたくしのいも……」

 

「ソルジャーが外敵と勘違いして攻撃した、俺たちの仲間だ」

 

「もう、せっかくわたくしが紹介してましたのに」

 

「いらんこと言って話を長引かせないでくれ」

 

ネプギアを抱えるようにして、ベールがずいっと前に出る。当のネプギアは話に加わろうとして、入れずにおろおろとしている。

とりあえず、二人を一歩下がらせて、俺だけが対応する。

 

「それで、聞きたいこととは?」

 

「この世界はどうしておかしくなった?」

 

「さあね、知らないんだ。闘技場の戦い以降、気づけば私たちが国の統治者になっていた」

 

『たち』というからには、他のゴールドサァドもそうなのか。

プラネテューヌはビーシャというやつが治めているのはネプギアから聞いたが、ラステイションとルウィーもそんな状況なのか。

 

「お前たちゴールドサァドとは何者だ」

 

「ゴールドサァドの一人が見つけた予言の書に記されていた場所に向かって、この力を手に入れた一般人さ」

 

「国に興味がないのは……」

 

「他にやることがあるからさ。それ以外のことには興味がない」

 

「やること?」

 

「……」

 

黙ったところを見ると、それが魔王捕獲に関係があるのか。

 

力を手に入れた一般人か。

急に不相応なものを手にした人間の末路がどうなるか、ろくなものを見た記憶はほとんどない。

しかも女神以上の実力だ。警戒するに越したことはないだろう。

 

「あの機械軍団、外敵とは何なんだ」

 

「どの国にも属さないロボットだ。どこからか私たちの邪魔をしては、暴れて去っていく。魔王との関係性は不明だ」

 

さらりと言ってみせる。

一つのものに固執しながら、他は一切切り捨てる姿には見覚えがある。

往々にして、そういうやつは隠すのが上手い。

 

「これでいいかい? 悪いが、魔王の捕獲は急務なんだ。君がやってくれなければ、こちらとしても困る。どうやら、ソルジャーよりもはるかに強いみたいだしね。女神がシェアを失っているいまは、君が一番の戦力じゃないのかい?」

 

犯罪神の力を持っていること、女神殺しの魔剣を所持(といっても今はプラネテューヌにあるが)していることは知らないようだ。

そのことは、俺に関わった者の記憶と、ラステイションの教祖である神宮寺ケイが握るデータのみに収められている。

 

「お前は」

 

「この立場を利用するにあたって、この国を成り立たせないといけないからね。こう見えて、忙しいんだ」

 

「わかった。さっさと行ってくる」

 

あっさりと話しながらも、何かを隠されている違和感に気持ち悪さを感じながらも、俺は二人を引き連れて教会を出た。

 

 

 

エスーシャに指定されたダンジョンは、ダンジョンとは名ばかりの元ゲームセンターだった。

今はほとんど廃墟のようになっていて、誰も何も出入りはしていないはずだ。

 

「よくあのエスーシャから話を引き出せましたわね」

 

リーンボックスから離れてすぐ、ベールが感心する。俺と再会するまでによっぽど無下に扱われたようだ。

 

「魔王捕獲に必死なのは見ててわかってたからな」

 

「貴重な話が聞けましたね。エスーシャさん、ある程度は答えてくれましたし」

 

「肝心なところは隠されたままですが、まあいいとしましょう」

 

「らん豚をどうにか戻したいのはむしろ俺たちのほうだからな。さっさと捕まえてしまおう」

 

ネプギアから、プラネテューヌや女神候補生の現状を聞きながら歩く。

ユニはなんとか、あの……イヴという女に協力できたみたいで、ラステイションで戦っている。

ラムとロムはまだブランに会えていないようだ。あの二人のことも心配だが、まあなんとかなるだろう。

 

「ここですわね」

 

辿り着いたのは、思ったよりも朽ちていない建物だ。

しかしこんな離れたところにゲームセンターを建てて、人が来るのか。来ないから潰れたのか。

鍵のかかっていない扉を開けると、乱雑な音が聞こえてきた。まだ電気は通っていて、筐体から出る光がうっすらと室内を照らす。

 

「暗いな」

 

「広そうですし、手分けして探しましょう」

 

ネプギアの言葉に、俺たちは頷いた。

 

「外敵に襲われる可能性もある。ベールとネプギアは一緒に行動してくれ」

 

奥をずんずんと進んでいく。

電気があって助かった。ゲーム機からこぼれる光だけではまだ暗いが、なければ何も見えなかっただろう。

それにしてもかなり広いゲームセンターだ。街の中心に建てれば話題になったろうに、もったいない。

 

魔王とは、どんな存在なのだろう。

俺が知る限り、人々に呪いをかけ、搾取する存在。まるで犯罪神のような敵だが、姿は見たことがない。

少しの気配も逃さないように気を張っていると、その警戒に何かが引っ掛かった。後ろに何かがいる。

かなり抑えているつもりだろうが、その大きな力は隠しきれない。

背中の剣の柄を掴んで抜く。

 

「圧撃のスラッシュウェーブ!」

 

当たっても死にはしない程度に、衝撃波を飛ばす。

しかし、いきなりの不意打ちにもそいつは反応した。人型のそいつはくるりと身をひるがえして、かわす。

外敵か?

ひゅん、と空を切る音を立てて何かが飛んでくる。暗い中気配だけを頼りにそれを弾く。

筐体の光で薄く照らされているが、その全貌は見えない。しかも、フード付きコートという服装のせいで、余計に正体がわからない。

鈍く光る金属の弓と背中についている矢筒だけが見える。

ぐっと間を詰めて剣で斬りかかるも、間一髪のところで避けられてしまう。あまりにも軽い身のこなしに驚いた。

だが、こちらも負けてはいない。反撃の拳を受け止めて、筐体へ叩きつける。散らばる部品とともに倒れる身体を掴んで立たせる。

その瞬間、そいつが刃を突き立てようとしてきた。矢の先だ。あと数センチのところで矢を止めた。

拳か、蹴りでもくわえてやろうかと思ったとき、矢が弾けた。

ぶうん、という音が鳴って、俺と敵の身体は吹き飛ばされる。

両者とも壁に叩きつけられたがすぐに立ち上がる。俺は剣を、敵は弓を構えた瞬間だった。

天井の照明が急に点灯した。まばゆい光に思わず眩んだ目を無理やり開けると、敵はこちらをしっかりと見据えていた。フードがあるぶん、慣れるのが早かったみたいだ。

 

「ユウ?」

 

聞いたことのある声。そいつがフードを脱ぐと、俺にもようやくその姿がわかった。

 

「ヤマトか?」

 

甲殻エイリアンのような見た目の半身、もう片方は人間。

ここにいるはずのない人間だ。

ヤマト。神次元でネプテューヌたちと敵対し、やがては共闘した弓使い。

その戦いの最終決戦、超次元で行われた古代の女神との戦いで俺とヤマトは出会った。

その後は神次元に戻って、エディンという国の運営兼治安維持をしていると聞いたが……

 

「びっくりしたよ。そうか、その感じ……」

 

「久しぶりだな。こっちに来てたのか」

 

「うん。神次元で事件が起きてね、それに超次元がちょっと関係しているみたいなんだ」

 

優男な話し方からは先ほどの身のこなしは想像できない。思えばその実力を見たのは初めてだ。

女神の力を持っているとは聞いているが、それ以上に戦いなれている。

 

「超次元が?」

 

「それで、ネプギアに聞きたいことがあるんだけど……ここには君一人?」

 

「いや、ネプギアも……」

 

言いかけたところで、当のネプギアがベールを引き連れてやってきた。

 

「ユウさん、大丈夫ですか? ……ってあれ、ヤマトさん?」

 

「戦いの音を聞きつけてきてみれば……」

 

「まあ、再会の挨拶みたいなもんだと思ってくれ」

 

剣を収める俺を見て、ほっとしながら呆れるベール。

息を切らしているところを見ると、電気を点けてからすぐ来てくれたようだ。

少し話し込んでいるヤマトとネプギアを置いて、ベールが首をかしげる。

 

「ヤマト……ってどんな方でしたっけ?」

 

ああ、そうか。ベールはヤマトとそれほど面識があるわけじゃないのか。

俺もそんなに知っているわけではないが。

神次元の住人であるヤマトとは、ネプテューヌとネプギアが詳しい。

 

「神次元の人間……まあ人間、だな」

 

半分モンスターの姿に、女神と同じ力。

かなりミスマッチな内外だが、見た目や力が全てじゃないことはよく知っている。

 

「これについて見てほしいんだけど」

 

一息ついたところで、ヤマトはごそごそと何かを取り出した。

千切れた人……かと思いきや、機械の頭や腕だ。

 

「ロボット……ですか?」

 

「敵の正体を知るのに必要でね。プラネテューヌから持ってきたんだ」

 

「持ってきたって、船出てないだろ」

 

「泳いで来たよ。いやあ、しんどかった」

 

しんどかった、で済まされる距離か?

プラネテューヌからリーンボックスまで、飛んでいったとしてもかなりの時間がかかるはずだ。

それだけ急務ということか。

俺はその部品をまじまじと見た。

機械に関しては、かっこいいと思うことはあっても全く詳しくない。

それは女神も同じで、だからこそ唯一メカオタクであるネプギアを訪ねてきたのだろう。

機械は動きそうにはないが、それでも異様な雰囲気は見て感じ取れる。

 

「早速調べてもらいたいところだけど……」

「後、だな」

 

俺とヤマトは近づいてくる影に気が付いていた。

まったく音がしなかったのは、そいつが浮遊しているからだ。

爪や角はまだいい。蜂のような膨らんだ腹に、威圧するに足る巨大な上半身。人に似た顔があるのが、余計に気持ち悪い。

異様な見た目から生物かすらも怪しまれるそれは、この超次元には存在しないはずのモンスターだ。

 

「魔王ですわね」

 

「いえ、このモンスター、魔王なんかじゃないです。私が零次元で会ったモンスターです!」

 

ベールの言葉をネプギアが否定する。

確かにこんなやつがいたな。なぜこんなところに零次元のモンスターが……という疑問が湧くが、

あの黒い少女だって次元を超えて超次元に逃げ込んだ。むしろ、あいつが連れてきた可能性だってある。

 

「とにかく、こいつを捕らえるぞ」

 

「捕らえる? 倒すんじゃなくて?」

 

ヤマトの疑問ももっともだが、モンスターを目の前にしてのんびりと話せるほど簡単な事情じゃない。

 

「話は後でする。お前も手伝え」

 

再び剣を抜き、構える。

倒すならまだしも、捕らえるか……余裕だと思っていたが、案外難しいかもな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーンボックス編4 整理しようと思ったのに

すぐさま飛び上がり、モンスターの腕へ手刀を叩き込む。

骨があるのかはわからないが、曲がって戻らないところを見ると、使えない状態にしたのは間違いないみたいだ。

小手調べというか、どれだけの攻撃に耐えうるかを見る一撃だったが、やはり零次元にいたモンスターと相違ない耐久力だ。

とても魔王だなんて呼べるような相手じゃない。

 

「捕らえる……んだよね。倒すんじゃなく」

 

「そうだ」

 

弓を構えるヤマトに、俺が頷く。

ヤマトが何もないところから、エネルギーを凝縮させた光の矢を具現化し、放つ。

当たった瞬間、モンスターは巨体をぐらりと揺らして倒れ、なんとか立ち上がろうとする。

そのあっけなさに、みんながみんなの顔を見合わせる。

 

「本当にそれだけの価値がこいつに?」

 

「とにかく、エスーシャが……ゴールドサァドが欲しがっていますの」

 

モンスターを捕まえるなんて、そうそうあることじゃない。この場にいる全員が手加減をしながら戦う。ベールとネプギアは変身すらしていない。

すっぱりと斬ってしまわないように、武器を鈍器のように扱って、敵の動きを削いでいく。

かわるがわる四人で攻撃していき、二巡目に行く前にモンスターが動かなくなってしまった。

大きな音を立てて伏した魔物を改めて見下ろすと、なんだか小さく見える。零次元のモンスターの造形は悪趣味だが、実力はそれほどでもない。

 

「あっさり片付いちゃいましたね」

 

「問題はこいつを持って帰ってどうなるかだな」

 

「エスーシャがどんな反応を示すかしだいですわね」

 

「話が見えてこないんだけど」

 

俺たちの会話に、いま来たばかりのヤマトは首をかしげる。

 

「ネプギア、説明してやれ。俺たちはその間エスーシャのところへ向かう」

 

「わ、私ですか?」

 

「零次元のことはお前のほうが詳しいし、ヤマトはお前に用があるみたいだしな」

 

俺とヤマトを交互に見て、ネプギアは迷ったがすぐに結論を出してくれた。

ここにはもう危険はないし、エスーシャとの交渉も長引くおそれがある。そうであれば、その間に仲間であるヤマトに事情を知らせる方がいいだろう。

ネプギアもそれを理解してくれたようで、頷いた。

 

「わかりました。また後で」

 

 

 

 

「本当に魔王を捕まえてきてくれるなんてね」

 

本来であれば女神の席である椅子にふんぞり返るエスーシャは、またしても表情を変えずにそう言った。

零次元のモンスターをこの座に置くわけにもいかず、人の目から隠すためにも地下に放り込んだ。

まあ、街の中、ずるずるとあの巨体を引っ張ってきたわけだから、もう知れ渡ってはいるだろうが。

 

「あっさりと信じましたわね」

 

「見た目だけはやたらそれっぽいからな」

 

俺とベールはこっそりと小声で喋る。

なんとか騙されてくれたみたいだ。騙すといっても、こっちは元々そのつもりはなかったし、あのモンスターは実際エスーシャが捕獲依頼を出したものだ。

 

「さて」

 

『魔王』を渡して、まだ帰ろうとしない俺たちを変に思ったのか、エスーシャが眉をひそめた。

 

「どうした?」

 

「あれだけ被害を出した魔王を捕まえて、何もなしということはありませんわよね?」

 

「何が望みだい?」

 

「話が早くて助かる。俺たちが欲しいのは……」

 

俺が続けようとしたとき、ベールがずいっと前に出た。

 

「この世のゲームを携帯機から筐体まで、本体もソフトも限定版初回盤通常版もどの店舗の特典も……」

 

「違っ、お前女神なんだからそれくらい買えや」

 

「それで、何が欲しいんだ?」

 

これが冗談(ベールにとっては本気)とわかって、エスーシャは先を促した。

俺はふくれっ面するベールを制して、さらに前に出る。

 

「リーンボックスだ」

 

「なんだ、そんなものくれてやるさ」

 

「あ?」

 

「え?」

 

さらなる交換条件を出してくるかと思ったが、求めていた応えがあっさりと返ってきた。

 

「目的は魔王だけ。それが済んだなら、国にも人にも権力にも興味ないね」

 

「もう少しごねると思ったんだが」

 

「簡単すぎて、拍子抜けですわね」

 

俺たちはまた小声。

それほどあのモンスターに価値があるのか?

その価値を見出すにも、まずエスーシャの目的がわからんから考えようがない。

 

「エスーシャ!」

 

話を畳もうとした瞬間、いきなり入ってきたのは、筋骨隆々とした身体の男性とナイスバディの女性。しかしその身体は青く、顔はスライヌ。

側近であるスライヌマンとスライヌレディだ。しかしスライム状の身体って鍛えられるのか?

うむ、考えれば考えるほど奇妙な生物だ。

息せき切って走ってきた様子から相当まずいことがあったみたいで、顔は見事に青……元からか。

 

「あの魔王の体組織を調べてみたんだが、オイラの舌が普通のモンスターだと告げているんだ」

 

舐めてわかんのかよ。ていうか舐めたのかよ。

 

「どういうことだ?」

 

「簡単に言えば、魔王じゃないってことさ」

 

「魔王じゃ……ない?」

 

その言葉を反芻した瞬間、エスーシャからは余裕ぶった表情はなくなり、止める間もなく飛び出していった。

残された俺たちは、唖然としたままお互いの顔を見合わせた。

 

 

 

リーンボックスで一番豪華なホテルの一室で、ネプギアたちと合流した。

エスーシャが用意してくれたのだが、俺とベールの二室しか用意されていない。ネプギアが来たのは急だったし、ヤマトに至っては会ってすらいない。

とりあえず、男二人女二人で部屋を分けることにして、話し合いのために男部屋に集合することを提案した。だがヤマトは部屋におらず、集まったのは女神二人だけだった。

 

「話し合いはどうだったんですか?」

 

「いや、駄目だった。魔王じゃないことがばれて、うやむやだ」

 

「そうですか……」

 

意気消沈するネプギア。それもそうだ。人数は倍になっておきながら、ほとんど振り出しに戻ったようなものだからな。

 

「そっちは?」

 

「ヤマトさんに、零次元のこととこれまでのことを話しました。今は話の整理をしています」

 

「そもそもあいつは何でこっちに来たんだ? 神次元で事件があったのは聞いたが……」

 

「エコーというロボットが神次元で暴れたらしくて、それが超次元にも関係しているみたいで……プラネテューヌでも戦ったそうです」

 

ロボット……ここでも大量の残骸があった。わざわざ次元を超えてまで何をするつもりだ?

超次元、神次元、零次元の三つが絡まって、しかもそれぞれが独立して襲ってきている。

ここまでややこしいのは初めてだ。

 

「それで、ネプギアに助言を求めたのか。機械といえばネプギアだからな」

 

「覚えててくれたんですね」

 

「そりゃそうだろう。そんなことも忘れてると思ってたのか?」

 

「何年も離れてましたから」

 

「忘れんさ。お前たちのことは」

 

いくつも次元を超えていくなかで、ここのとは違うネプギアたちがいる次元もあったし、女神がいない次元もあった。

だけどこの次元は、俺にとって故郷の次元と甲乙つけがたいほどに思い入れのある場所なのだ。

そこにいて、ともに戦った彼女たちのことを忘れるわけもない。

 

「目の前で妹に手を出されかけてるわたくしの気持ちにもなってほしいですわ」

 

ベールがジト目でこちらを睨む。なんとか会話に入る隙を狙っていたようだ。

 

「出してないし、お前の妹じゃないし、話入ってきたらいいのに」

 

そして空気を読んで去っていったらよかったのに。

 

 

 

数時間後、日も落ちたころにヤマトは戻ってきた。

ネプギアとベールが風呂に入っている間、積もる話でもしよう、と彼は言った。

 

ヤマト。神次元の人間。エディンという国の治安維持を受け持っている男。

あちらでは、女神は生まれる存在ではなく、女神メモリーと呼ばれるアイテムによって()()存在だと聞いた。

しかもそれを使ったからといって確実になれるものではないものらしい。資格のない者が使用すれば、その身体は魔物になってしまう。

不幸にもその物体の残光を浴びてしまった彼は、右半身が魔物化してしまった。

その部分は殻か甲羅のように堅く、おまけに彼自身も女神と同等の力を得た。

 

「お前以外にも神次元から来たのはいるのか?」

 

「うん、あと二人。一人はプラネテューヌに残って、もう一人はルウィーに行ってるよ」

 

二人。

過去にも超次元と神次元の間で事件が起きたことがあった。そのとき俺はたまたま居合わせたが、彼の他にはもう一人しかいなかったはずだ。

篠宮アイ、またの名をローズハート。

そいつはどういう奴なんだ? しかし見たこともない者のことを聞いても仕方ないと思い、この疑問をひっこめた。

 

「プラネテューヌはなんとか無事なんだろ。ルウィーは?」

 

「ブランとその妹たちと合流したみたいだよ。ゴールドサァドらしき人物とも行動しているらしい」

 

俺は安堵のため息をついた。ブランに、ラムとロムも無事か。残るはユニとノワールだが、あの二人ならなんとかやってのけるだろう。

 

「ゴールドサァド……あいつらはいったいなんなんだ? 力を得た一般人と言っていたが」

 

「嘘ではないと思うよ。プラネテューヌのゴールドサァド、ビーシャも同じようなことを言ってた。世界改変に関しては彼女たちはほとんど関係ないと考えていいと思う」

 

「となると、エコーってロボットか?」

 

「今のところ一番怪しいのは、エコーか『影』かな」

 

「影?」

 

「プラネテューヌに残ってるって言った相棒が、そんなのを見たって言ったんだ。人の形をしたもやもやとした影のようななにか。それが現れた直後、おかしなことが起きてね」

 

「それって、これくらいの女じゃなかったか?」

 

俺は自分の身長より頭一つちょっとさげたところに、手で線を引いた。

 

「いや、本当にもやもやしてて姿形に関してははっきりとはわからなかったらしい。声は少女みたいだったけど……当てがある?」

 

当てどころか、ほとんど答えだ。

零次元で相対した黒いオーラの少女。そいつの声は闘技場でも聞いた。

あれが元凶なら、零次元と超次元を結んでるのはその少女で、神次元と超次元を結んでいるのはエコー。

そしてまったく同じタイミングでそんなことをしでかしたのは偶然じゃない。

くそっ、厄介だな。

 

「ちょっとな。だが、今は目の前に集中しよう。直接的に被害を出してきてるのはエコーだな」

 

「そう思って、プラネテューヌで襲ってきた機械軍団の残骸を一つ持ってきたんだ。ネプギアが見てくれてる」

 

ネプギアを追ってきたのは、そういう理由か。

 

「聞いたよ。色んな次元を旅してるんだって? 戦い続けるために」

 

「ネプギアからか?」

 

「君がこの次元でしたこともいくつか聞いた。それを話すネプギアの顔は、ひどく落ち込んで見えたよ」

 

ヤマトが何かを訴えるような目で見てくる。だけど、俺は遠回しな言い方は好きじゃない。

 

「何が言いたい」

 

「落ち着ける場所を見つけたらどう?」

 

「そこが、居心地のいい場所ならな」

 

「ネプギアと一緒なら、きっと居心地良いよ」

 

「知ってるような口ぶりだな」

 

「僕にとってはエディンがそうで、レイの隣がそうだ」

 

「レイ? ……ああ。あの……」

 

超次元で暴れた、キセイジョウ・レイのことか。名前と、女神ということくらいしか知らないが……彼の家族のようなものだと聞いている。

 

「実は……」

 

ヤマトは照れくさそうにしながら、懐から小さな輪状のものを取り出した。

指輪だ。

 

「婚約してる」

 

「はあ!!??」

 

思わず立ち上がって、思いっきり声を出してしまった。

こんやく……こんやくって、あの『婚約』か? 結婚の約束しましたってことか?

 

「あの女とか!?」

 

あの暴れに暴れまくった女神と結婚するのか、こいつは。

驚きと困惑で全く頭が働かなくなった。エコーや『影』のことなんて吹っ飛んでしまった。

 

「いやね、君が知ってるのはこっちのレイだし、そもそもそれだって暴走してたときだし」

 

「っていうか、婚約、おま、女神と、お前!」

 

「落ち着いて、語彙力がだめな方向で凄いことになってるから」

 

「そんな爆弾いきなり落としたんそっちやろが!」

 

情報交換のつもりで始めた話は、その後は風呂上がりのネプギアたちを含めて、ヤマトとレイについての質問会となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーンボックス編5 方法は問題じゃない

翌日、俺は武器屋で刀の調子を見てもらっていた。

昔は刀を使っていたが、この次元で戦ってからずっと魔剣を使用していたせいで、すっかり当時の繊細さを失っていた。

スピード重視のヒットアンドアウェイと逆の、圧倒的なパワーで一撃で沈める戦いをしていたせいだ。

素人目でみても刃こぼれが酷く、店主が呆れかえるのも仕方ない。

 

「あんたに刀は合わないみたいだな」

 

そんなことを言われても、笑って返すことしかできなかった。

超次元換算で約四年の月日は思ったよりも長く、強くはなっているいるものの、色々なものが悪い意味で削ぎ落され、付随している。

ネプギアに対する気持ちもそうだ。

もちろん再会できて嬉しい気持ちでいっぱいだ。だが、ずっと置いていた罪悪感が大きい。

いつか戻ってくると約束したのに、何もかもに決着をつけられなくて、結局放置した。

こうやって一人で外にいるのも、ネプギアと顔を合わせづらいのと、問答を避けるためだ。

新しく刀を購入し、背中に差す。

魔剣はプラネテューヌにある。だが飛んで戻ってくる間に、何かがないとは言い切れない。

残念ながら、俺以外の全員が、女神と、女神の力を源にしている者だ。

ルウィーにいるアイから話を聞いたヤマト、さらにラステイションのユニの話を聞いたネプギアによると、エコーには対女神用の手段があるようだし、うかつには離れられない。

幸い、魔剣の無事は確認している。ヤマトから神次元の仲間経由で、教会で俺が借りている部屋の中にあるのはわかっている。

適当にぶらぶらと歩いていると、頭痛の種が一人歩いていた。

 

「エスーシャ」

「ん、ユウか」

 

先の魔王の件がうやむやになったことで、未だにリーンボックスの実権を握っているエスーシャだ。

雰囲気と佇まいは異様で目立っているせいで、少し遠くからでもすぐわかった。

 

「お前も外に出るんだな」

「出るさ。私だって人間だからな。悪いか?」

「会ってから、教会でしか見なかったからな。外で偶然なんて新鮮だと思っただけだ」

「それより、何か用かい」

「少し、話をしないか」

 

彼女は珍しく驚いた表情をして、俺を指さした。

 

「君と?」

「俺と」

 

エスーシャはため息をついて、額に手を当てて首を振った。『やれやれ』だ。

 

「何か企んでるんじゃないのか」

「確かにお前の目的を知りたいってのもあるが、九割は好奇心だ」

「好奇心?」

「お前がどんな人間か、興味がある」

 

今まで会ってきた中で、これだけ自分のことを話さないやつも珍しい。

お互いが敵ってわけでもないし、何を悩んでるにしろ、色々話せば活路が見えてくるというのに。

 

「大したことのない人間だよ」

「俺だってそうだ。だが、本人が思ってる以上に、人間ってのは不思議なもんだ」

「ふふ」

 

突然、エスーシャが小さく笑った。これまた珍しい。

 

「いや、あれだけ大きな剣を振り回して、私たちとも互角に戦える男が、大した人間じゃないって言い張るのがおかしく思えただけさ」

「それを言ったら、お前だってあのときの女神以上の力を持っているだろう」

 

異常な力を持つ者同士が、自分のことを普通だと言い張る。

所詮どれだけの力を持とうと、人間が人間であることに変わりはない。いや、人間である以上、限界があると言ったほうが正しいか。

論理や倫理や感情。この小さい身体で考えつくこと、耐えうることには限りがある。

 

「力というのは、善も悪もないものなのかな」

 

俺が目を細めると、エスーシャは続ける。

 

「君から感じられるのは、明らかに奇妙な、言ってしまえば好ましくない類のものなのに、当の本人はそこらの男と変わらない人間と同じだ」

「言ってるだろ。俺は、ただの人間だ」

 

犯罪神の力を持つ俺は、その種類を感じ取ることができる者からすれば敵だと認識されてもおかしくない。

現に、別の次元じゃ会った瞬間刃を向けられたことだってある。

それでも、その力を使う俺は脆い心をもつただの人間だ。

 

「君ほどの力をもつ男が、なぜ頑なに無力を主張するんだい?」

「力を持つことは、何でもできるとはイコールじゃない。むしろ一人を救うことすら難しくなる」

 

力を持つがゆえに人は傲慢になる。感情一つで壊せるものが多くなってしまう。

 

「君は……」

「誰一人として救えなかった。その時のことを毎日夢に見る」

 

超次元でネプギアたちと共に戦ってから四年近くが経っているが、満足に寝られたためしがない。

これまでの戦いの記憶が鮮明に思い出される。戦いとは呼べない、一方的な虐殺も。

 

「もし」

 

エスーシャが深く息を吸った。

 

「もし、その人たちが戻ってくる方法があるなら、何でも犠牲にできるかい?」

「それができればな」

「いまは、得るものと失うものの話をしているんだ。方法とはまた別の、ね」

 

俺と彼女の間に、緊張感が走った。これ以上はもう世間話で収まらないことは両方ともわかっている。

 

「お前がどんな方法を誰に聞いたか知らんが、お目当ての魔王は結局この世界にはいないぞ」

「方法の話はしてない」

 

エスーシャは繰り返した。

あくまでこれは『仮の話』として喋っているようだ。

 

「……戻ってくるなら、こんな力も何もかも捨てて、取り戻したいと思う」

「なら……君に、私を否定する権利はない」

 

そう言って、エスーシャは立ち去ろうと踵を返す。

これも権利がどうのこうのいう話じゃない。

肯定してほしいかのような、自分のやることが間違っていないと誰かに言ってほしい目。

その目を鏡で見たことがある。

 

「エスーシャ!」

 

その背中を呼びつける。

無視してそのまま去っていくと思われた彼女は、しかし立ち止まった。

 

「何をするつもりだ」

「私は、私の望むことをする」

 

彼女が言ったのは、それだけだった。

 

 

 

そのあと、試しに剣の素振りをしていた俺は、ベールに呼び出されて急いでホテルに戻った。

何かあったのかと帰ってきた俺に、ベールは自分の端末を差し出してきた。

画面に映し出されているのは、メールだ。差出人はエスーシャ。

題名はなし。本文は『エスーシャを止めてください』。気になるのは、文末に『イーシャ』と書かれていたことだ。

 

「イーシャ……?」

「知っていまして?」

 

俺は首を横に振った。エスーシャから、他のゴールドサァドのことや他の数少ない友人のことを聞いたことがあるが、この名前には聞き覚えがない。

文調からいっても、打ち間違いというわけでもないだろう。だがエスーシャと関係があるのは明らかだな。

 

「その次のも見てください」

 

ネプギアに促され、そのあとすぐに来たメールも見る。

『エスーシャは百万匹のらん豚を連れて黄金の頂に来ている。時間がない』。またしても文末にイーシャの文字

 

「黄金の頂?」

「おそらくあの塔だろう。いやって言うほど金ぴかじゃないか」

 

ヤマトが答えた。

ゴールドサァドが現れてから、同時に現れた謎の塔。街の中心にあるそれを、もちろん怪しんだことはあったが、入り口は固く閉ざされていて、俺でも開けられなかった。

あれがもし、ゴールドサァドにとっての教会のようなものだったら、エスーシャが開けと命じれば簡単に開くのかもしれない。

『止めて』という文。しかもかなり切羽詰まってるみたいだ。

先ほどのエスーシャとの会話を思い出す。

人を失ったことを吐露すると、彼女はこう返した。『もし、その人たちが戻ってくる方法があるなら、何でも犠牲にできるかい?』

その方法は、すでに知っていたのだ。そして、それを実現しようとしている。

どうやって? いや、方法は問題じゃない。それはエスーシャも言っていた。問題は、何を犠牲にするかだ。

その答えはすでに出ていた。

 

「なんてこった……」

 

百万の命を生贄に、誰かを蘇らせようとしているのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーンボックス編6 募る怒り

天を貫くほどの高さを誇る黄金の塔の入口は、来るもの拒まずといったふうに大開きになっていた。

俺たち四人は、その中から得体の知れない空気を感じながらも足を踏み入れる。

中は完全に外とは断絶された世界だった。

宇宙のように暗く、しかし淡く光る空間はどこまで続いているのかわからない。

透明な足場はどこかに支えられているわけでもなく、宙に浮いていた。

この場所なら、百万匹といえどもらん豚を収納できるだろう。

 

「不思議な場所ですわね」

「不思議なんて、もう見飽きてるだろう」

 

そもそも存在からして不思議そのものである女神と、半分モンスター姿の男、犯罪神の力を持った男がいるのだ。

奇妙さならこのパーティだって負けてはいない。

 

「神次元でも、こんなのは見たことないよ」

「俺もだ。この中では一番いろいろ見てきたつもりだがな……」

 

いくつか別の次元を回っている中で、たしかに超次元とは異なる部分をもつ次元もあった。

例えば、ヤマトのいる神次元はこことはルールが異なり、『女神メモリー』というアイテムを使うことで、普通の女の子が女神になることができたり(といっても『可能性がある』程度のことで、資格のない女の子や男が使ったところでモンスターになってしまうのだが)、さらには『エディン』という国もある。

だが、あくまで女神や犯罪組織、あのマジェコンヌがいることに関しては、ほぼほぼどの次元でも同じだった。

ゴールドサァド、ひいては黄金の塔なんていうのは、いままで見たことも聞いたこともない。

その違和感はつい最近も感じた。零次元のダークメガミ、そしてエコー。気味の悪い何かが、世界を侵食してきている。

足場は遥か遠くまで一本道で続いていて、見えないほどの奥から知った力を感じる。

ひとっ飛びで行ってしまおうかと考えたとき、いつの間にか正面に女性が現れた。

 

「ちょっと待った! ここから先は通さないよ!」

「ネプテューヌ?」

 

ぱっと出た俺の言葉通り、立ちふさがるのはネプテューヌ。だが、ベールたちのよく知る彼女ではない。

 

「ネプテューヌ……ですの? その割にはいろいろ成長しているような……」

「別次元のネプテューヌだ。女神じゃなくて人間だから普通に成長してる」

 

そういえば、零次元の騒動以降、まったく姿が見えなかった。超次元に来ているだろうとは思っていたが、何かしてるにしても観光程度だと思っていた。

 

「敵なのか?」

 

 訝しむヤマトへ、首を横に振る。

 

「そうじゃなかったはずだが……どういうつもりだ」

「色々訳あって、ここは通せないんだー。だからおとなしく戻って……」

「ここは俺が相手する。お前たちは先に行け」

「わかった」

「あとから来るんですよね?」

「すぐな」

「ちょっとちょっと!行っちゃだめって言ってるのに!」

 

ネプテューヌを無視して、他三人が次々に相手を通り過ぎる。右を左を駆け抜けるのを、おろおろしながらも抗議する彼女は、ため息をついて俺を見た。

 

「素直に従うと思ったのか?」

「微塵も思ってないかな」

 

にっこり笑うネプテューヌ。身振りから表情までつかみどころがないが、本気で敵対する気はないようだ。それでも、いまは邪魔してくる気らしいが。

 

「通りたくば、私を倒してから行け~、なんちゃって」

「その通りにさせてもらおう」

「お、お手柔らかに……」

 

俺が刀を抜いて睨むのを認めると、ネプテューヌも二刀を構える。

まさかこんな形でこいつと戦うことになるとは思わなかったが、双方とも本気じゃないのは見て取れる。

のんびりとしている暇はないが、あっちにはベールたちが向かっている。

じりじりと間合いを詰める。大剣を使っているぶん、リーチはあちらが有利だが、ネプテューヌは体勢を崩さない。右手は引いて、左手は下ろす、切っ先は両方ともこちらを向けるという攻防一体の構えは、相手にすると厄介だ。

こちらは一刀。攻撃を受け流されれば反撃は必至。思えば二刀流を相手にするのは初めてかもしれない。少なくとも、ネプテューヌほどの強さは初めてだ。

とはいえ、だ。犯罪神の力を解放してごり押しすれば、死体が転がることになるかもしれない。

今後なんらかの要因で力が封じられることも考えて、ここらで勘を取り戻したほうがいいだろう。

仕掛けたのは俺のほうからだ。一撃一撃を、力任せでなく素早く振る。

受けるのではなく、受け流す。斬り伏せるのではなく、斬りつける。

刀を使うにあたって、腕力で解決しようとするのは愚かだ。斬るのは相手に隙を生ませるため。渾身の一撃は最後までとっておく。

かつてネプギアたちと共に、犯罪組織と戦ったとき、いやそのもっと前から、俺の戦い方はこうだった。

十年近くに渡って染み込まれた動きを、身体は忘れていなかった。滑らかな動きで応戦してくるネプテューヌを前にして、引けはとっていない。

円を描くように、あるいは相手を叩き割るような力強い剣捌きを織り交ぜて、素早いステップでアウェイへと逃げる。

斬り結ぶ、回転、跳躍、突き。意外と、俺の戦い方はネプテューヌと似ていた。

俺には犯罪神の力由来の、通常時でも普通の人間を凌ぐスピードとパワー。大してネプテューヌは二刀流ゆえの手数の多さ。これが戦局にどれだけ変化をもたらすのかはわからないが、油断は一切しない。

相手はあのネプテューヌ。数多の次元で「ネプテューヌ」という名の人物に出会ったが、そのいずれもが主人公のように国や世界を守り通した。

いま戦っているのは人間だが、マジェコンヌと戦うよりも気を引き締めなければならない。

しかし、仕留めようともしない軽い閃撃の応酬では、らちが明かない。そこで、俺は手を変えた。受け流す防御メインから、攻撃を数センチのところで避ける回避メインへ。

どちらにしても攻撃が当たらないという点では違いないが、ネプテューヌにとってはこちらのほうが効く。

思い通り、『あともう少し攻めの手を伸ばしていれば』という考えに焦り、少々無茶な攻撃をしかけてきた。

決着がついたのは、地力と経験の差のおかげだ。

突きを避け、伸びきって力が抜けて瞬間を狙って、刀で弾き飛ばす。あっけにとられているうちに、もう一方を蹴り飛ばした。

二つの剣はからんからんと音を立てて、地面を転がる。

切っ先を向けられたネプテューヌは、腰を抜かして手をぶんぶんと振りながら挙げた。

 

「こ、降参降参! まさかこんな美少女重要人物を刃にかけるわけないよね!?」

「……もともと殺す気なんざないさ。本当は通せんぼする気なんてなかったんだろ?」

 

俺は刀を納めて、ネプテューヌの腕を掴んで起こす。

 

「沈黙は肯定とみなす」

「残念だけど、まだ何も言えないんだよね」

 

舌をぺろっと出して、ウインクしてくる。こういうところは、俺のよく知る小さいネプテューヌと同じだ。

だが、小さいのと違って、何を考えているのかわからないのは新鮮だ。小悪魔的と言えば魅力的だが、この状況ではそうも言ってられない。

少し遠くでは、武器がぶつかり合う金属音が聞こえる。ベールたちが戦っているのだ。目を凝らしても見えないから、それなりに遠いみたいだが、それ以外音のない静寂のおかげでよく聞こえる。

 

「お前は何を企んでるんだ」

 

振り返ると、誰もいなかった。

ネプテューヌは音も立てずにどこかへ行ってしまった。弾き飛ばした剣もなくなっている。

俺はため息をついた。本当に、何が目的で現れたんだか。

気を取り直して、ぱっと走り出す。激しく争っていた音が、さっきよりも減っていた。

嫌な予感が胸の中で膨らみ、自然と足が素早く動いた。予感というものは、悪いものほどよく当たる。

俺は舌打ちした。

辿りついた奥の空間では、教会にあったような玉座にエスーシャが座り、足を組んでいる。

その前で倒れているのは、僕が見送った三人。それと四肢がばらばらになって火花を上げている機械だ。

 

「ベール、ネプギア、ヤマト!」

 

駆け寄ると、幸いなことに死んではいない。最悪ななかでも幸運だ。だが仲間たちは傷だらけで、本当の最悪を凌げたって程度だ。

考えが甘かった。実際に見ていないからと、相手が機械人形だからと侮った。

仲間を失う恐ろしさは十二分に理解しているつもりだったのに、そのはずなのに、心のどこかではもう悲惨なことは起こらないと思い込んでいた。

血が出るほどに歯を食いしばる。

 

「大丈夫とは言えませんわね」

 

先取りしてベールが言う。

 

「力が吸い取られるようでしたわ」

「ヤマトの言ってた通りだな」

 

そこに転がっているロボット、エコーと相討ちになったのだろう。三対一でほぼ互角なほど、女神無効化の結晶は強力なのだ。

アンチクリスタルという、女神の力を吸収する石を見たことがある。特性はそれと同じと見ていいだろう。

となれば、かなり厄介だ。ただでさえシェアが少ないのに、そのせいでこちらの戦力は半分以下になってしまう。

 

「まったく、助っ人に来た二人が早々にやられるなんてな」

「相手が悪すぎるんだよ」

「すみません、ユウさん。私もう限界です……」

 

ヤマトとネプギアは立てないほどに消耗している。

相手は女神を負かしたゴールドサァド。状況は混乱し、全てが悪い方向へ傾いている。絶対にどうにかできるなんて保証はない。

それでもどうにかするしかない。それが、戦える人間がすべきことだ。

 

「任せろ」

「わたくしも戦いますわ」

 

力を振り絞って、ベールも立ち上がる。義務感を感じているのは、彼女が一番だろう。

リーンボックスの女神として、ベールには決して、倒れるという選択肢は残されていない。

俺たちに許されているのは、勝つことだ。戦って勝つことだけだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーンボックス編7 解決法は破壊だけ

「まだ途中なのに邪魔が入るとはね」

「すぐ止めるんだ、エスーシャ」

 

エスーシャが座る玉座の奥、あまりにも広大な空間では、ぎゅうぎゅうに押し込められたらん豚たちが檻のなかでごったがえしている。

ベールが聖剣(ソルジャーにさせるための口実で、実は何の変哲もない剣だったが)を引き抜いたとき、九十八万といくらか番目のソルジャーだと言われたらしい。

そして、イーシャが言ったのは百万匹。全てのソルジャーがいまあそこにいるのだろう。

 

「犠牲を糧に蘇らせてもらっても、イーシャは喜ばない。とでもいうつもりかい?」

「そうですわ。だから……」

「いや、違う」

「ユ、ユウ?」

 

もし俺がエスーシャのことを何も知らずにいたなら、それを言っていただろう。

だが、街中で交わした言葉をもとに考えれば、そんな説得は的外れだとわかる。

 

「そんなこと言って止まるなら、とっくにやめてる。それでもやろうとしてるのは、倫理や論理なんてエスーシャには関係ないからだ」

 

ただイーシャを蘇らせたい。その一心で動いている。

やろうとしていることが間違っていると感じながらもなお、それを実行する強い意志を持ってるやつが一番厄介だ。

説得も交渉も無意味。本人にとって、それ以上のものがないから。

 

「わかってるじゃないか。なら、止めないでくれ」

「いいや、止める。残念ながら、百万の命を見捨てられるほど度胸がある人間じゃないんだ」

 

刀を抜いて駆ける。ワンテンポ遅れて、ベールがついてくる。

 

「変身!」

 

女神だけじゃなく、エスーシャも叫ぶ。

黄金の冠に、黒い片翼。金色に輝く眼は、鋭く俺を射抜いていた。

シェアが少ない女神より力は上だが、数ではこちらが上!

振りぬいた俺の刀と、エスーシャの剣が交錯する。

押し合いは、やはりエスーシャのほうに分があった。徐々に押されていき、刃が眼前に迫ってくる。

犯罪神の力を身に宿している俺でも、人間態では十分に力を発揮できない。

破壊の力が、エスーシャに想定以上のダメージを与えることを恐れているが、この分だと、やられるのは俺のほうだ。

ちらりと後ろを見てみると、ベールはまだこちらに来られていない。

邪魔されている。

彼女の前には、人型の機械と、黒い衣装に身を包んだ魔女がいた。

二体目のエコーとマジェコンヌだ。どこかに隠れていたのだろう。

まずい。女神は万全の状態じゃないのだ。相手が悪い。

 

「余所見している場合じゃない!」

 

押し合いから一転、華麗な剣捌きで攻めてくるエスーシャをなんとかかわす。

 

「ベール、チェンジだ!」

 

俺の意図を察して、ベールが敵の横を抜けてこちらへ駆け寄ってくる。

代わりに、俺はエスーシャから退き、エコーとマジェコンヌの前に立つ。

これなら相性の差はなし。

 

「貴様一人で私たちの相手をするつもりか?」

「エスーシャ相手だと全力でやれないからな。お前たちなら壊しても誰も咎めんだろう」

 

俺の中にある力を解放する。

体の肌色が黒の紋様で塗りつぶされていき、傷が刻まれる。

こうなれば刀はむしろ邪魔だ。刃を地面に突き刺す。

 

「おれとは初めましてだな、ユウ」

「お前がエコーか。話は聞いている」

 

人型ではあるが、『人間のような』とは呼べない。むしろ人間に近づくことを避けて、機械であることをアピールするようなデザインだ。

 

「できれば、お前とは戦いたくない」

「俺も俺と戦うのはごめんだな」

「そうじゃない。お前の力を恐れているわけじゃない。お前とは仲間になれるはずだ」

 

言い終わってすぐ、俺は瞬時に間をつめて、エコーの頭をつかんで無造作に地面に叩き付けた。

 

「なれるわけないだろ、アホか」

 

何度も打ち付けて壊そうとするが、案外硬い。

この防御力で、女神の力を奪うなら、他がてこずるのも頷ける。だが、俺には関係ない。

拳を振り上げて、力をこめる。

 

「尖撃の……」

 

力が溜まる前に、顔と腹に衝撃を受けた。

エコーが腕を砲口に変形させてエネルギー弾を、マジェコンヌが鎌でそれぞれ攻撃してきたのだ。

 

「夢幻粉砕拳!」

 

それに構わず拳を叩き込む。ドリルのように回転を加えた一撃は、エコーの顔面を粉々に砕いた。

火花を散らせながら痙攣するエコーを放り投げ、腹に刺さった鎌を抜く。

血は流れているが、たいしたことのない怪我だ。

べっとりと血がついた鎌を投げ捨て、俺はマジェコンヌを睨む。

彼女はおそらく、あの攻撃で命を刈り取るつもりだったのだろう。

それが少しのダメージしか与えられないとわかって、かなりのショックを受けているようだ。

 

「お前は……何なんだ。そこまでとは聞いてないぞ!」

「誰に聞いたんだ」

 

マジェコンヌに詰め寄る。

 

「誰に聞いたんだ?」

「ふん、私が口を割るはずがないだろう」

「なら用済みだ」

 

断末魔を上げる暇さえ与えず、貫手で彼女の胸を貫く。

倒れ伏すかと思った肉体は、黒い煙となって消え去った。

厄介な二体と決着をつけた俺は、すぐに変身を解除する。

あまり長い時間、変身態でいたくないのだ。

感情が高まって、ついやりすぎてしまう。力を使うたびに侵食されているような気分だ。

深呼吸して心を落ち着かせ、エスーシャのほうを見る。彼女の剣捌きは隙がなく、次第にベールは追い詰められていく。

俺は突き刺した刀を掴み、刀を地面から抜く。

槍と刀と剣、三つの刃が空中で線を描く。全てが鋭く、目にも止まらない速さだが、全てが相手に届かない。

しかし、ベールには何度か危ない場面があった。エコーに力を吸収され、つけられた傷が厄介だ。本来の優雅な動きは精彩を欠いて、わずかに槍の先がずれる。

俺はベールよりも一歩前に出て、エスーシャの攻撃を受ける。

そもそも、槍は超近接距離での戦いに向いていない。体力が残っていて、力も削られていない俺が前に立つほうが合理的だろう。

エスーシャの剣は、確実に俺たちを殺そうとしている筋だった。一振りでも身体に触れることを許してしまえば、俺の身体は真っ二つに割れてしまうことだろう。

殺したいわけじゃない。しかし、殺せないわけじゃない。自分の望みを叶えるのを邪魔しているから、斬り伏せるだけだ。

勢いに圧倒され、刀が弾かれる。瞬間、飛んできた足のつま先がこめかみに直撃した。

脳が揺れ、視界が安定しない。殺気を感じて頭をずらすと、すぐそこを風が通り過ぎる。ぼんやりした中でも、突きが飛んできたのがわかった。

ほっとする暇もなく、胸に蹴りが叩き込まれた。俺はベールも巻き込んで吹き飛んで、地面を転がる。

すぐさまぐっと立ち上がって、ベールに手を貸す。強い。このままじゃ、犠牲になるのは百万プラス二だ。

だが、余裕がないのはエスーシャも同じだった。

 

「なんで邪魔をするんだ。なんで!」

 

柄にもなく地団駄を踏んで、エスーシャは怒りをあらわにする。

 

「イーシャは、私を救ってくれた。あともう少しで死ぬところだった私の精神を、その身に宿してまで」

「つまりイーシャは……」

 

俺たちが接してきたエスーシャ。その外見はイーシャのものなのか。

 

「元の持ち主に、身体を返すだけだ。一人の人間の中に、二人の心は入れない。私がこの中にいれば、イーシャは消えてしまう。そう言われたから、百万を犠牲にしてでも私は……」

 

彼女たちはお互いをとても大切に思っている。自分たちにどれだけ損になろうとも、相手を助けようと思えるほどに。

彼女の強さは、ゴールドサァドの力だけじゃない。いやそもそもそれは補助にすぎない。思い合うその心こそが……

そこで、俺は違和感に気付いた。

 

「誰に言われた?」

「何?」

「誰に言われたんだ?」

「誰って……あれ?」

「誰がそれを望んだんだ?」

 

エスーシャに迷いがなさすぎる。

百万に自分も生贄に捧げるのを、イーシャが許すとは思えない。何度も説得したはずだ。

だが、死を選んで他を巻き込んで、ぶれないのはなんだか少し変な気がする。

誰かが吹き込んだんだ。

 

「え……あ……」

 

エスーシャが頭を抱える。

彼女は利用されているだけだ。なら、俺たちが戦う必要はない。

そのはずだった。

 

「あーあ、もうちょっとだったのに」

 

声だけが響いた。

その声は、女神とゴールドサァドが初めて会った闘技場で聞いた声。もっと前に、零次元で聞いた。

 

「ぐっ、ああああああ!」

 

うろたえていたエスーシャが、突然頭を掻きむしる。

一瞬影が見えた。エスーシャの後ろに、いやらしく笑う少女の影が。

零次元で会い、俺と戦った黒い少女。

この世界も、彼女の異変も全てあいつの仕業だったってわけか。

狼狽していたエスーシャはすっと立ち上がった。金色の力と殺意を混ぜ合わせて、きつく俺たちを睨んで剣を構える。

いま目の前にいるのは、心を閉じ込められ、悪の意のままに動く操られた人形だ。

 

「どこまで……」

 

零次元にいた住民も、ネプテューヌもネプギアも、超次元のみんなも巻き込んだ。

人々の記憶を操作して、世界を好き勝手に作り替えた。

 

「どこまで人を弄べば気が済むんだ!」

 

俺の怒号が空気を震わせる。

あの黒い少女が、何もかもを滅茶苦茶にした。これ以上、悪の好きにさせるわけにはいかない。

 

「ユウ、もう終わりにしましょう」

「ああ。ここからは手加減なしだ。骨折れるくらいは覚悟しとけよ」

 

俺は刀を投げ捨てる。

これからの戦いに、中途半端なものは邪魔になってしまう。

 

「変身!」

 

肌に黒い紋様と雷の痕が広がる。液体のように、あるいは寄生虫のように、うぞうぞと動き回る。尖り、湾曲した角が頭から生える。

グリーンハートも変身が完了し、先ほどとは打って変わって力強くも艶やかな姿を見せる。

全員の動きが、先ほどまでとは全く違っていた。

刃だけではなく、拳や足ですら、まともに受けてしまえば貫かれてしまうんではないかと錯覚するほど、三者のスピードとパワーは上がっていく。

隙は無い。仕方ない、ここは隙を作るしかないか。

グリーンハートの突きを防ぎ、その重さに耐えつつも振り降ろされたエスーシャの剣を、俺は腕で受け止める。

剣は俺の身体に当たりはするも、その先へ進めない。斬り裂けはしない。

刃を払いのけ、回し蹴りを放つ。飛ばされたエスーシャは空中で回転し、衝撃を和らげながら着地した。

その隙を狙って、グリーンハートが槍を薙いだ。十分に防ぎきれなかったエスーシャは、今度は受け身を取れずに転がる。

彼女は倒れたまま、俺たちが一筋縄ではいかないとわかって、いらいらしながら地面を殴る。

折れそうになるほど歯を食いしばって、地面を蹴りつつ立ち上がる。

 

「邪魔をするな」

 

何を言って、何をしているかもわからないに違いない。

自分のためでも、イーシャのためでもない。操られて、黒幕の思うがままに動かされている。

言葉は届かない。意味がない。

それがひどく腹を立たせる。

俺は一度絶望の底まで落とされた。いや、自分で落ちた。

生きている意味も価値も見いだせないまま、落ちていく中で、ネプギアたちの言葉や存在そのものにどれだけ救われたことか。

俺にはそれができない。

俺には誰も救えない。

力を振るうしか、俺にはできない。何か何かにを変える方法を、他に知らない。

 

「なら倒してみろ」

 

俺は戦うしかないのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーンボックス編8 硝子の刃

昔は、ただの普通の人間だった。

小さな村に生まれ、外の世界に憧れていた。

いつも本を読んで、そこに書いてあるものだけでは満足できず、世界を見て歩こうと決めた。

それが間違いだったのだろう。

女神と出会って、助けて助けられて、ついに犯罪神と対決する直前になってそれに気付いた。女神の力を吸う魔剣を手にし、彼女たちの命を奪った後で。

この世界を統治する者がいなくなり、犯罪神は、この世はもう滅びるだけだと悟った。

そして簡単にやられて、その力を俺に移植させた。

敵は全て片付いた。平和は訪れたはずだった。だが、その平和のために尽力した女神たちは死んだ。その平和を享受すべき女神たちは死んだ。

犯罪組織をのさばらせたせいだ。それを許し、加担した人間のせいだ。

そして一番の原因はもちろん、俺が彼女たちを殺したせいだ。

世界を恨んで、人を恨んで、自分を恨んだ。なにも守れないほど無力な全てを憎んだ。

人は弱いくせに、弱いから、危機が迫るとそれまで信じていたものを簡単に捨てる。

嫌いだ。

だから壊した。だから殺した。目につくもの全てを、力の限りに壊した。

それが間違いだとは、今でも思っていない。だが、ネプギアたちが俺に託した平和を、俺自身が壊してしまったことは、ずっと後悔している。

彼女たちが最期に残した約束を、俺は破り捨ててしまった。

塵になるほど刻まれた約束を、俺はずっとかき集めている。

必死に償うために、敵を求めた。必要とあらば悪は殺す。安寧を崩すのなら、絶対にその命を逃したりしない。

それが俺がやるべきこと。

 

 

神速の剣技は、まるで腕が四本あるかのような速さと角度で襲ってくる。

剣士を相手に、食いちぎられそうだと思ったのは初めてだ。

眼前まで迫ってきた剣先を、わずかに頭を逸らして避ける。

エスーシャの腕を掴んでひねって、そのまま彼女の身体を倒す。仰向けになった相手に拳を叩きつける。

半透明の床がひび割れたが、すんでのところでかわしたエスーシャには届かなかった。

息もつかせず、今度はグリーンハートが前に立った。

嵐のように武器を振り回すエスーシャと、グリーンハートの動きは対照的だった。

実直で優雅で品がある。だからと言って人に見せるような美しい型にはめられただけの動きじゃない。

的確に攻撃を受け止め、隙を突く。

なによりも、犯罪神や古代の女神と戦った経験と、女神としての意地。そして、エスーシャに対する慈悲がある。

その慈悲が、奇妙なことに力の源になっていた。

利用されるままの彼女、その身体の中にある二つの魂、お互いを思いやる心に。

しびれを切らして、エスーシャが攻撃の強さと速さを上げる。だが、同時に動きが単調になる。

彼女が剣を振り上げた瞬間、グリーンハートが槍を突き出して止める。無防備となった相手を、全力で蹴りをかます。

 

「殺す気ですの?」

「そんな気はないが、それくらいじゃないと勝てん」

 

グリーンハートは肩をすくめた。

苦しみながらも立ち上がるエスーシャを前に、俺たちは呼吸を整える。

 

「もう十分でしょう、エスーシャ」

「声は届いてない。俺も似たような経験がある」

「じゃあ、どうすれば……」

「一度気絶させて、考えをまとめさせる。落ち着いて、まともに頭を働かせる状態になるさ」

「保証は?」

「似たような経験がある」

 

普通に戻って、その後がどうなるかはわからない。だが、俺はエスーシャを信じていた。

誰に何を言われようとも確固たる自分を持つ強さがある。つらいことを実行する行動力も胆力も。

きっかけは、残念ながら黒幕のせいだが、しかし彼女の強さを裏付けるには十分だ。

そして彼女の中にはお互いを理解する仲間がいる。

もう間違った道にはいかないだろうと、俺は確信していた。

距離を詰めようとする俺を察知して、エスーシャが剣を振り、衝撃波を飛ばしてくる。刃の形をした牙が、俺の身体を斬りつける。

血はいくら流れても構わない。他人が流す分を、代わりに俺が流そう。

次に届いたのは、グリーンハートの槍だ。俺の肩越しに、刃先が飛ぶ。虚を突かれたエスーシャの左肩に突き刺さって、苦悶の声が上がる。

捉えられなかった剣の動きが止まった。この機を逃さず、俺は剣を掴み取って、取り上げる。

刃が肌に食い込んでいるのに構わないで、剣を投げ捨てた。

これでもう、エスーシャには対抗する術はない。そのことは、操られている頭でもわかったらしく、すっと目を閉じる。

俺は思いきり拳を引いた。

『すまないエスーシャ。君の命を救うどころか、この身体さえ返せそうにない』

そう呟いている気がする。

いいや、諦めるのはまだ早いだろ。こんだけらん豚揃えるくらいの気持ちがあるんだろ。その心はまだ折れきっていないはずだ。

まだやりたいことがあるなら叫べ。お前も、イーシャも!

エスーシャの目から涙が零れる。覚悟を決めたすーっとした一筋ではなく、ぼろぼろと溢れる涙だ。

どんな言葉よりも雄弁で、心中を伝えるには十分だ。

少し眠ってもらうぞ。二人で話して、頭冷やして、冷静になってから目覚まして来い。

ぐっと力を入れて、一発だけ拳をのめりこませた。

巨大な鉄球が、壁を粉砕するような音がして、エスーシャが地面に叩きつけられる。

ぐったりと脱力したエスーシャの黄金の力は解除され、憑き物が落ちたようなすっきりした顔が現れる。

内臓と骨は痛んだろうが、命に別状はない。

俺は変身を解いて、エスーシャの傍らに膝をつく。

激戦の音が止んだのに気づいたのか、ようやくネプギアとヤマトも来た。状況を見て、ひとまずは終わったのだと理解する。

 

「女の子に腹パンだなんて、大丈夫かな」

「手段を選んで何とかなるような相手じゃなかったからな。まあ、手加減はしたから大丈夫だろ。穴も開いてないし」

「本気だったら開いてたんですね……」

 

冗談はともかくとして、ひとまずはこれで大丈夫だろうとは思うが、邪魔は取り除かないといけないな。

エスーシャの額に手を当てる。

 

「何してるんですの?」

「エスーシャがおかしくなったのは、感情を操られたからだ。いまごろはイーシャとゆっくり話し合いしてるはずだが……邪魔されたらかなわん」

 

エスーシャのなかに、俺と似たような力を感じる。女神とは真逆の力を。これだけ似ているなら、引き寄せればくっついてくるはず。

予想通り、彼女から黒いもやが、俺の手のひらに集まってくる。炎のようにゆらめくそれを、エスーシャから引き剥がす。

手に収まるほどの小さいそれが、これだけの事件を引き起こしたのだ。

恐るべきはあの黒い少女。あいつだけは絶対に俺が殺す。

俺は黒いもやを握りつぶした。

 

 

 

 

思い返してみれば、リーンボックスでこれだけの大きな事件は初めてかもしれない。

というより、プラネテューヌでの事件発生率が高すぎるのだ。

とりあえずは一件落着。百万のらん豚は元に戻った。

らん豚になっていたときの記憶はないらしく、わざわざ言うことでもないと伏せている。百万人に説明するのが面倒だというのが最大の理由だが。

そういえば、魔王の力で姿を変えられていると言われていたが、結局魔王なんてのはいなかった。

あの黒い少女が何かしたのだろう。

人を直接生贄にするより、そっちのほうがやりやすい……とエスーシャに思わせたのか。

 

「はぁ……」

 

ため息も出る。

今回の相手は規格外すぎる。

人の心に巧みに入り込んで操るのは、単純に力が強いのよりも何倍も厄介だ。

ごろりと寝転がる。

病院の屋上は静かで、誰もいない。

安静にするように言われたが、抜け出したのだ。ただじっとしてるのは性に合わない。

仰向けで風を感じていると、突然太陽の光が遮られた。

気絶していたはずのエスーシャが、覗き込むように見下ろしている。

俺は何も注意することなく、ゆっくり起き上がった。殺気どころか、戦意すら微塵も感じられない。

 

「エスーシャ。どうだ、すっきりできたか?」

「はい」

 

違和感を感じたが続ける。

 

「なら身体を休めないと」

「はい」

 

そう言っても、彼女は立ち去ろうとはしない。

じっと俺のほうを見てくる。

エスーシャは顔つきも柔らかくなって、立ち振る舞いが大人しい。

そこで俺は気づいた。

 

「もしかして、イーシャか?」

「はい」

「エスーシャが消えてしまった、とか?」

「いいえ」

「じゃ、何か俺に用か?」

「はい」

 

しかし、待てど暮らせど後に続く言葉はない。

もしかして、こいつは『はい』か『いいえ』でしか受け答えできないのか?

にわかには信じがたいが、信じられないようなものがあって、信じられないようなことが起こるのがこの世だ。

俺は携帯端末を取り出し、メール作成画面を呼び出してイーシャに渡す。

すると、ものすごい勢いで彼女は指を動かし始めた。

 

『私はイーシャ。エスーシャを救っていただいて、ありがとうございます』

 

画面を覗き込むと、瞬く間に文章が出来上がっていく。

昔からずっとこうやって意思疎通してきたのだろう。慣れである。

 

『あなたが来てくれなければ、らん豚たちかエスーシャかどちらかが消えていたでしょう』

 

ああ、本当に危ないところだった。

あのときイーシャがメールを送ってきてくれなければ、酷いことになっていただろう。

 

「エスーシャとは話せたのか?」

『はい。すっかり元に戻って、いまは反省中です』

「それはよかった。なあ、黒い少女について何か知らないか?」

『いいえ。闘技場で女神を倒してから、ぱっと光に包まれて、気づいたらこんな状況でしたから』

 

やはり、利用されていただけか。

それがわかっただけでも収穫だ。エスーシャもイーシャも、むしろ味方ということだ。

 

『傷、大丈夫ですか?』

「ああ、これくらいはいつものことだ」

 

 少し斬りつけられるくらいなら、何度もある。

 深々と斬られたり、風穴を空けられた経験だってあるくらいだ。

 

『いつでも呼んでください。私もエスーシャも、あなたの力になります』

「助かるよ」

 

 イーシャはにっこりと笑う。

 ゴールドサァドなんて大仰な二つ名を持つなんて信じられないほど、普通の人間に見える。

 そんな普通の人間だから、操られてしまったのだろう。

 彼女はすっと立ち上がって、去っていく。

 たったそれだけを伝えるために、わざわざ来てくれたのか。

 俺は座ったまま見送った。

 そういえば、いまのエスーシャの身体自体は、イーシャの身体のはずだ。

 だとしたらエスーシャが着ていたちょっとイタい感じの服は、イーシャのものなのだろうか。

 趣味的には、エスーシャのものっぽいが、案外……

 そんなことを考えていると、またしても来訪者が現れた。

 

「安静にしていませんと、治るものも治りませんわよ?」

「そういうお前だって、ここにいるじゃないか」

 

 無視して隣に座るベールである。

 しかし質素であるはずの患者衣でさえ、エロく見えてしまうのはどうにかならないものか。

 

「この次元の戦いが終わったら、またどこかへ行ってしまうんですの?」

 

ベールがぼそりと呟く。他に誰もおらず、静かなここではよく聞こえた。

 

「解決したらな」

「ネプギアちゃん、また泣きますわよ」

「そうは言ってもな」

「約束に縛られる必要なんて……」

「今まで、一つとして約束を守れなかったんだ。最後に交わした約束くらい、守らないといけないだろう」

 

世界を守ることと、戦い続けること。

俺が交わした約束は原動力だ。生きる理由と言ってもいい。

 

「それは、この次元ではいけませんか?」

 

心配そうに、ベールは言う。

 

「犯罪神騒ぎの後、神次元とのいざこざ、それに今回のこと。わざわざ探しに行かなくても、事件は転がってますのよ」

「そんな自慢げに言うことじゃないがな」

「それにほら、今回のように女神の力を封じる敵がまた現れないとも限りませんし」

 

確かに、今回ばかりは女神だけだとやばかったかもしれない。

しかしそれは他の次元でも同じだ。どこか別の女神が、同じ目に遭ってるかもしれない。そして、俺にはそこに行って、その敵を倒せる力がある。

 

「私たちはあなたを必要としていますのよ。あなたが思っている以上に」

 

俺だってお前たちを必要としている。生まれたわけじゃないこの次元だって、ちゃんと帰る場所として認識している。

だけど、それでも……

 

「た、大変ですっ」

 

勢いよく扉が開いて、ネプギアが滑り込んでくる。

全員入院してるってのに、まあどいつもこいつも元気なものだ。

 

「どうした、そんなに慌てて」

「思い出したんです。エコーの構造を見ているときに感じていた違和感!」

 

息を整える間もなく、彼女は顔を近づけてきた。

 

「イヴさんの戦闘スーツと似ているんです!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1 正体

起きていても眠っていても過去という闇が押し寄せてくる。

終わらない悪夢を見せられている気分だ。いまちゃんと起きているのかさえ確かじゃない。

口から洩れるのはため息ばかり。だけど、ここでじっとしているわけにもいかなかった。

研究所で、確信を持てるデータを手に入れた私は急ぎ足で教会へと向かっていた。

今はそこが女神たちの拠点。

エコーは倒され、ゴールドサァドも味方にできた。テロリストも大人しくなっている。

見る限りラステイションは平和に戻っている。だけど、それに甘えていればすぐに覆されることになる。

ケーシャの様子を変えた謎の存在もいるし、エコーだってあれで終わりのはずがない。

教会の中を我が物顔で歩いても顔パスで通される。執務室を開けた。

 

「ノワール、ユニ。大事な話が……」

 

私の言葉はそこで途切れた。

そこにいるはずの人の数が増えていたからだ。

 

「お久しぶりです、イヴさん」

 

奥の執務机に座るノワールとその横にいるユニ。

その前に、さらにネプギアとユウ、ベールにフードを被った男が立っていた。

みんなが一様に私を見るが、一番に話しかけてきたのはネプギアだった。

実際にはそれほど日数が経っているわけではないが、私も彼女と同じ感想だ。最近ぶりというには、ラステイションでの事件は密度が濃すぎる。

 

「ネプギア。無事みたいでよかったわ……そっちの半分甲殻類男は誰かしら」

 

この場で唯一得体が知れない男を指差す。

奇妙なことに、そいつの顔は半分だけが人間のもので、もう半分は殻のようなものに包まれている。

ちらりと見えるだけでも異様な雰囲気が伝わってくる。

 

「初めまして、僕はヤマト。君に訊きたいことがあって来た」

「そう、あなたがヤマトね。私はイヴ」

 

握手を求めてきたが無視する。

 

「大事な話があるんだろ」

 

割って入ってきたのはユウだ。

もしかしたらエコーよりも注意すべき存在。

彼は私を睨んでいた。

 

「俺たちにも聞かせろ」

 

 

 

話はかなり複雑だった。

リーンボックスでの戦いや、神次元からやってきた助っ人。ゴールドサァド、エコー、謎の黒い少女。

お互いに情報を交換し合い、私たちはさらに頭をこんがらせた。

 

「ネプギアの言う通り、エコーと私の戦闘スーツには似た部分が多い」

 

とりあえず、彼らがこっちに来た理由を先に答えるとする。

それは、私が教会に来た理由と同じでもある。

 

「エコーは私が造ったの」

 

全員がぎょっとする。

それはそうだ。いま自分たちを脅かしている存在の原因が、目の前にいる女だと知ったら私も同じ反応だろう。手を出さないだけ優しく、分別もある。

これが私の大事な話だ。

 

「元はただのAIよ。元は、というより、私が造ろうとしたのは、だけど」

「AI?」

「敵の存在を感知して、自動的に迎撃するためのシステム。造ったのは試作品で、私の思考をトレースしただけのものだけれど」

 

エコーと私のバトルスーツが似ていることは、すでに分かっていた。そこで私はエコーの残骸から、それを動かしているプログラムを解析した。

昔、零次元で作成し、完成直前で簡易研究所が襲われたため、泣く泣く放り出したものだ。

未完成のはずだったから、エコーがそのAIをもとにしてるなんて最初は考えもしなかった。

その場の全員が、なぜそんなものを、という目で見る。

零次元の惨状を知っているネプギアでさえも。

 

「私のいた零次元じゃ、毎日味方が死んでいった」

 

少しずつ語気が上がっていくのがわかる。けれど止まる気はない。

 

「だからこそもっと力がいるの。いまこうしている間にも、うずめは戦い続けている。うずめがいなくなれば消滅する世界で、彼女は戦い続けているのよ。それを救うためにはなにもかもを破壊するほどの力が必要なの」

「度を越した力を持てば、大切なものも壊してしまう」

「まるで経験したような口ぶりね」

 

ユウが反論するも、私はますます興奮をあらわにした。

私は、まだユウを仲間として見てはいない。

 

「全部調べたの。この次元で起きたことも、別の次元との間で起こったこともね。悪いわね、ノワール。ラステイションのセキュリティをもっとちゃんと見直したほうがいいわ」

 

超次元でかつて行われた犯罪神との戦い。意図的に伏せられた情報もあるけれど、大体の顛末はラステイションの機密フォルダの奥深くにあった。

零次元に負けず劣らず酷い様子だったようだ。

続いて、私はヤマトを指差した。

 

「この話は、あなたたちにとっても他人事じゃないのよ。本来は絶対的な壁があるはずの次元間が、このところ不安定になっている。次元を越えていくものが多くなったせいで。あなたたちのせいで、私たちは常に脅威に晒されている」

 

私は天井を指さした。だがそれが示しているのは天井でも空でもないことは、この場の全員がわかっていた。

 

「ただでさえ自分のいる世界だけでも精いっぱいなのに、別の次元からの敵とどうやって戦うの? 私たちに必要なのは希望の話じゃない。最悪の未来に備えることよ。そのためにはなんだって利用してみせる」

 

私の言葉に、ユウたちは十分な心当たりがあるようで、目を伏せた。

世界の内側にも外側にも敵が多すぎる。対して、世界を守ろうとする者は少ない。

普通に暮らす人間にとって、平和はつくるものではなく、つくられるものだ。それを享受してるくせに、支えるのは女神任せ。

 

「相手がどんな力を持っているかわからない。なにか起こってからじゃ遅い。なにかされる前に潰す」

「君の力を押しつけることでか?」

 

たった一人。ヤマトだけは私をまっすぐ見ていた。

 

「ええ。来訪者(アウトサイダー)には容赦はしない。これが平和よ。追い求めた理想の形」

「そして次元内外でも銃を突きつけるんだろう。その先は平和じゃない」

 

私をこんな行動に導いたのは、経験から生まれた恐怖だ。そしてそれを誰もかれもに向けようとしている。

エコーというものが生まれてしまったのは間違いだが、考え自体は間違っていないと胸を張って言える。

ヤマトも譲らない。自分に正義があると信じて、私に反論する。

非難するような目ではなかったことが、余計に癪に障った。

悪い空気になったところを、ノワールがパンと手を叩いて途切れさせた。

 

「みんな、ちょっと落ち着きましょ。ここで言い争ってても事態が好転するわけじゃないでしょ」

 

彼女はいまの問題を理解している。

おろおろとしているユニとは違う毅然とした態度が、女神としての強靭さを感じさせた。

 

「エコーがその迎撃AIだとしましょう。で、思考をトレースしてるって言ったわよね。なら、エコーの目的とか次にしそうなこととか、イヴにならわかるんじゃない?」

「知らないわよ。いかれたロボットが何を考えてるかなんて」

 

私は背を向けた。

各国で暗躍して世界を滅茶苦茶にしようだなんて、私の考えじゃない。

エコーは常に進化するAIだ。すでに私の想像の域を超えて凶行に走っている機械のことなんて、考えたくもない。

 

「イヴ、お願い。助けてほしいの。あなたが私たちを、零次元を救いたいと願うなら、手を貸して」

 

思考を放棄した私のそばに、ノワールが近寄る。

懇願するような目は、本心から答えを欲している。根元の部分では、彼女は私と同じかそれ以上に世界の行く末を案じているのかも。

私はゆっくりと、エコーがやってきたことと言ったことを思い返す。

 

「……エコーはかなり女神にご執心のようだったわ。ルウィーのこともニュースで見たけど、女神を……殺すことを第一にしてるみたい」

「だからわたくしたちの力を奪う石を容赦なく使ってきたんですのね」

 

ベールが苦々しい顔で眉を揉む。

リーンボックスでも、プラネテューヌでも敵として現れたエコーの存在は、女神にとっては天敵だ。

 

「だけどそれじゃ足りないってことはもうわかってるはず。もっと実績のあるものを使うでしょうね。そんなものがあれば、だけど」

 

私やユウ、今じゃゴールドサァドもいる中で、女神の力を奪う石だけでは太刀打ちできないことは、これまでの戦いが証明している。

ならば……と考えても結局わからない。お手上げのポーズをして、私は振り返る。

再び振り出しになったかと思ったが、女神たちは悩む顔ではなく、不安げな顔になってユウを見ている。

 

「ユウさん」

「ああ、やばいな。もしもエコーがあれの存在を知ってたら……」

「まずいじゃない。今どこにあるのよ」

「プラネテューヌだ。俺が借りてる教会の一室。世界改変で変わっていなければな」

 

女神候補生二人とユウが焦ったようにそわそわとしだす。ノワールとベールも同じだ。

私とヤマトは話についていけなかったが、その様子がすべてを物語っていた。

 

「……あるの?」

「プラネテューヌになにがあるんだ?」

 

ユウは頭に手を当てて、ため息をついて、こう言った。

 

「女神殺しの魔剣」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 教会強襲

「ビーシャはどうだった、ヴァトリ?」

 

教会の最上階。一応は女神の執務室となっているここは、ネプテューヌたちの生活空間がメインのようで、ゲームや漫画などが散らばっている。

ビーシャの見舞いついでに街の見回りも終えたぼくに、アイエフが声をかけてくる。

 

「元気だったよ。退屈だってぼやきまくってた」

 

あれだけ動きたがりなのに絶対安静を命じられているのは気の毒だが、無茶な運動をしてもらっても困る。

どうしても言うことを聞かないときは、コンパに特大注射をちらつかせてもらっているようにしている。

モンスターなんかより、はるかにトラウマになるんじゃないのか、あれは。

 

「ネプテューヌは相変わらずゲーム三昧か」

「ええ。まったく、まだ問題は解決してないっていうのにのんきなものよね」

「他の国もひとまずは落ち着いたようだし、少しくらいはいいんじゃないか」

 

ネプテューヌだって傷を負っているはずなのに、元気に画面に食いついている。彼女にとっては、そうしていたほうが治りが早いのかもしれない。

 

プラネテューヌと同様に、ラステイション、ルウィー、リーンボックスでも事件が起きていたようだが、なんとか丸く収められたみたいだ。

だが、エコーや黒い影をどうにかしないと、ビ―シャたちの安全が確保されたとは言えない。

首を揉むぼくの腰が震えた。携帯端末に着信がきたのだ。

 

「もしもし」

『ヴァトリ、いまプラネテューヌの教会にいるか?』

 

リーンボックスに行ったヤマトからだ。

 

「ああ、ネプテューヌは君が言っていたよりもかなり……」

『教会の、ネプテューヌたちの部屋から出て左の部屋を見てくれ。大きい剣があるはずだ』

 

ヤマトはぼくの言葉を遮って、早口で伝えてくる。彼にしては珍しい。

 

「大きい剣?」

『詳しい話は後でするから、とりあえずそれを奪われないようにしてくれ』

「奪われないようにって、誰から……」

 

ぼくの言葉は、突然の衝撃で途切れた。何かがぶつかってきたせいで、ぼくは倒れてしまう。

頭を戦闘態勢に切り替えて、状況を確認する。ぼくに当たったのは、驚くべきことに扉だ。ひしゃげて凹んだ扉が、ぼくの傍で転がっている。

入り口のほうを見ると、すでに人型のロボットが目の前にまで迫ってきていた。

ぼくの方に二体、アイエフのほうに一体、ネプテューヌには三体。

襲われたことをようやく理解して、こちらも応戦しようとする。しかし立ち上がろうとしたところを、ロボットに足を掴まれた。

ぼくは身体をバネのように跳ねさせて、反動でロボットの顔面を蹴り上げ、さらに足を払う。

やっと足が離されたが、もう一体が腕を変化させた砲口をこちらに向けた。

転がって、ぱっと立ち上がる。エネルギー弾が、ぼくが先ほどまでいた床を焦がし、穴を開けていた。

伸ばしてきた腕を蹴り、掌底を鼻に叩き込む。

人間相手ならこれで終わりだが、残念ながら敵は痛覚のないロボット。よろめきはするが倒れはしない。

舌打ちして、ロボットの首に腕を回す。もう片方の手で頭を掴んで思いきり捻って、胴体と切り離した。

残った首を床に転がして、代わりに壁に立てかけていた盾を持つ。

壊れた扉を通り抜け、長い廊下に出る。ちょうど、すぐ左の部屋から二体のロボットが出てきたところに出くわした。そのうちの一体が持っているものが目につく。

鞘に納められた剣だ。ロボットの背丈くらいもある。あれだけのものを使っているのは、女神くらいしか見たことがない。

あれが、ヤマトの言っていた剣だろう。

護衛の一体がこちらを向く。

砲腕を向けられた瞬間、撃たれる前に腕を掴んで逸らしながら蹴飛ばした。

この量産品どもは、質より量で攻めてくるタイプらしく、エコーよりも数段扱いやすい。

吹き飛んだ機械の身体が、もう一体に激突して倒れこむ。

すかさず盾を打ち込んで頭を粉砕した。

火花をあげるのを尻目に、そいつが掴んでいた剣を取り上げる。

大きいわりには軽く、ぼくでも片手で振るえそうだ。

それが収められている鞘は高級そうで、長年使われているだろうにも関わらず塗装がいくらか剥げている程度だった。

 

「それ、ユウの剣じゃない」

 

追いついてきたアイエフが言う。

ユウ。どこかで聞いた名前だ。おそらくヤマトが何かの拍子に話したのだと思う。

この剣はその人物の所有物か。

わざわざエコーが奪いにくるほどのものには見えないが、ヤマトも電話の向こうでは焦っているようだった。

 

「いやぁ、危なかった危なかった。もうちょっとでゲーム機が壊されるところだったよ」

 

ネプテューヌも追いついてきた。

エコーが相手ならともかく、ただの機械人形なら後れをとることもない。

ひと仕事終えたようなさっぱりとした顔をするネプテューヌに呆れて、ぼくたちはため息をつく。

静まったところで、違和感に気付いた。

闖入者を蹴散らしたが、まだ騒がしい。何かが壊れる音や悲鳴が聞こえる。

この階じゃない。下だ。

ぼくとアイエフはお互いを見合って、手に持った剣を背中に収めながら、すぐにエレベータで下る。

当の騒音は、一番下、教会の玄関部からだった。

到着したぼくらは、酷い光景に息をのんだ。機械人形の軍団がそこかしこを占拠していた。

外からの光を神秘的に変えるステンドグラスは割れ、祭壇も長椅子もめちゃくちゃに壊され、破片がそこかしこに散らばっている。

教会員も倒れ伏し、立っている人間はぼくたち三人だけだ。

惨状に、怒りが沸き上がる。

ロボットがいっせいにこちらを向く。

 

「その剣を渡してもらうぞ」

 

一体が口を開いた。

 

「ぼくがお前の言うことを聞くとでも思うか」

「いいや、だから実力行使だ」

 

エコーが飛んでくる。

いきなりの突進に、ぼくはとっさにガードしたものの吹き飛ばされてしまった。

椅子の残骸の上に倒れたところに、ロボットが群がってくる。

いったん退こうとしたところを、足を掴まれる。盾で手を潰し、頭を思いきり殴って機能停止させる。

立ち上がって、さらに向かってくる一体を盾で打ちつけて倒す。

だめだ。一体一体は弱くても数が多い。

雪崩のように迫ってくるロボットを前に、逃げる選択肢を考慮し始めたそのとき、

 

「伏せて!」

 

その言葉に従って膝を曲げると、前面にいた十数体の頭が一気に斬り飛ばされた。

それを見て、さらにその後ろの軍隊の足が止まった。

僕は伏せたまま振り向く。変身したパープルハートが太刀を構えている。

流石ともいえる女神の一撃に感嘆する。石さえなければ、パープルハートは誰にも負けるわけがないのだ。

 

「その剣は守る価値があるのか?」

 

のっそりと、軍団の後ろから二メートルを越えるロボットが現れた。他を圧倒する存在感と威圧感、エコーだ。

僕は背中の剣をそっと触った。エコーが狙い、ヤマトが守れと言ったこれは、果たしてどれほどのものなのか。

 

「知らないのか。命令され、それを遂行するだけか。おれのほうがまだ意志を持ってると言えるな」

「何を言われようとも、お前の好き勝手にさせるわけにはいかない」

「残念だ」

 

エコーが床を蹴り、こちらへ襲い掛かる。伸ばしてきた手を避け、すれ違いざまに蹴りを放った。

床を転がるが、すぐに立ち上がるエコーにはダメージが通っていないみたいだ。

 

「こいつの相手はぼくがする。二人は他を!」

 

パープルハートとアイエフは頷く。同時、大量のロボットが襲い掛かってくる。

二人なら負けはしないだろうと信じて、ぼくはエコーを睨む。

ずんずんと近づいてくるエコーと対峙すると、ぼくも人間にしては大きいほうなはずなのにチビに感じる。

 

「お前じゃおれには勝てんぞ」

「そりゃどうも」

 

大きく振り上げられた腕が真っすぐこちらを狙う。

ぼくは跳躍しながら回転して、それをかわしながら盾で顎を打ち上げる。

のけぞったエコーの懐に潜り込み、殴打を連発。エコーは一歩、二歩下がる。だがそれだけだ。今度はぼくの頭を掴んで、顔面に体重を乗せた拳を繰り出す。

盾で防いだが、衝撃がすさまじく、ぼくは吹っ飛んで椅子の残骸の上に倒れた。

空中では、飛び回るロボットをパープルハートが追いかけては真っ二つにしていく。アイエフも銃と魔法で次々と蹴散らしていく。

対して、ぼくはエコーを倒せていない。痛覚のない相手は初めてではないが、エコーは規格外だ。

それでも、諦めるわけにはいかない。立ち上がりながら、対策を考える。

まず、ぼくの体術じゃ敵わない。何度も殴れば多少の傷はつけられるだろうが、倒すことはできない。全体重を乗せて盾を押し付けても潰せない。

身体を鍛えるだけした弊害が、こんな大事な場面で出てくるとは……

そこで、ぼくは一つだけ希望があることを思い出す。背負った剣だ。

それぞれの思惑の渦中にあるこの剣なら、場を凌げるかもしれない。

悟られないように、盾を構えて拳を握るいつものスタイル。

再び近づいてきたエコーの拳が迫る。

攻撃が単調なのが、唯一の救いだった。不意を突かれなければ、避けて防ぐのは無理なことじゃない。

繰り出される攻撃を、最小の動きでかわしていくと、エコーはいらついてきたのか、少々身体のバランスを崩してまで当ててこようとしてくる。

二度、大きく振った拳をかわす。勢いはいいが、殴ってくることがわかるうえに、後の隙が大きい。

三度目、見切ったぼくは、エコーが腕を振りぬいたタイミングで剣を抜いた。そのまま、流れるように振り下ろす。

これで多少のダメージでも与えられれば……

 

「なっ……」

 

驚愕の声が、エコーとぼくから漏れる。

あれだけ頑丈な身体のエコーが真っ二つに割れたのだ。

たった一撃、しかも豆腐を切るようにほとんど抵抗を感じなかった。

金属の残骸と化した身体はがくりと倒れ、もう起き上がらない。

この切れ味と威力は、あまりにも異常だ。

 

「危ない!」

 

剣をまじまじと見ていたぼくの背後を取ろうとしていたロボットを、パープルハートが倒す。

気づけば、残っている敵も少なくなっていた。

もう勝てないと悟ったのか、ロボットたちが急いで去っていく。

 

「なんとかなったわね」

 

一息つくパープルハートとアイエフだが、ぼくはまだ手に持った剣を見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3 合流

ロボットによる不意のプラネテューヌ教会襲撃は、退けはできたものの、そこにいる人たちを傷つけられるという結果になってしまった。

急遽駆け付けたときにはすでにことは終わっていて、全員が合流して、落ち着くことができたのは次の日の夜になってからだった。

 

「場所の特定が済んだ。プラネテューヌの端の端。山奥に隠されてる船だ」

 

ヤマトが通話を終えて戻ってきた。

仲間を頼って、ロボットの残骸から情報を抜き出していたらしい。

 

「さっそく乗り込むか?」

「いえ、準備が必要だわ。対女神の石を持ってる相手よ。今対策する術を作製中。明日の午後にはできると思うわ」

 

イヴが言う。

ラステイションの助けになった彼女曰く、女神がやられっぱなしなのはどうも気に食わないらしく、エコーをボコボコにできる手段を必死で考えたそうだ。

 

「んじゃー、今日は仲良く親睦会でもどう?」

「賛成賛成ッス! 顔合わせが初めてって人もいるッスからね」

 

ネプテューヌの意見に、すぐさまアイが手を挙げる。

そこからの行動は早かった。

瞬く間に宴会場へと案内され、大量の飲み物や食べ物が運ばれる。

飛びつくように、全員が飯にありつく。

ゴールドサァドとの戦いのあと、どこか落ち着かずに、自分を二の次にして街の復興にあたっていたようなやつばっかだったから、無理もない。

わりと多く盛られていたいくつもの皿は、あっという間に片づけられた。

俺はバルコニーに出て、中で騒いでいるメンツを眺めた。

よくもまあ、これだけバラエティに富んだのが揃ったもんだ、

 

「うわあ、ヴァトリって腕カッチカチ!」

「すごい……」

「よし、ぶら下がってみて」

「きゃー!」

「わぁ……」

 

神次元からやってきた三人のうち、俺の知らないたった一人、ヴァトリ。

身長も高く、戦闘に適した筋肉が無駄のないように鍛え上げられている。

それが珍しくて、ラムとロムが腕にぶら下がって遊んでいる。

 

「そう、だから僕はこのシステムで探索と警備を任せてるんだ」

「へえ、それいいわね。私もやってみようかしら」

「ぶーぶー! お仕事の話ばっかりでつまんないよ。ね、ゲームしよ、ゲーム」

「悪いけど、僕は相当強いよ」

「おっ、言ったね。ねっぷねぷにしてやんよ!」

 

ノワールと仕事の意見交換をしていたのは、ヴァトリと同じく神次元から来たヤマト。

女神メモリーが粉砕されたときの余波エネルギーで半身がモンスター化してしまった、元人間。

エディンという国の治安を守るために日々戦っているそうだ。

 

「神次元の私には妹がいないの?」

「そうなんスよ。だからこっちのブランちゃんの話をした時にはもう寂しがって寂しがって」

「そうでしょうね。私にはもう二人がいないことなんて考えられないもの」

「たはーっ、女神にはシスコンしかいないッスねぇ」

 

ブランと仲良さげに話しているのは、篠宮アイ。

神次元の女神で、別名ローズハート。

エディンの守護女神を務めているが、その国はあくまで女神に頼らない国を目指しているそうで、活動はモンスターや力を持った犯罪者の討伐に限られているらしい。

 

「あれだけいろいろあったってのに、切り替えが早いな」

 

俺はひとりごちる。

いつのまにかプロジェクターと据え置きゲームが持ち込まれていて、大会が始まっていた。

 

「けど、悪くありませんね。ユウさんが戻ってきてからいままで、結局ドタバタしてましたから」

 

いつの間にか、ネプギアが隣に立っていた。

超次元に戻ってきてから、少しゆっくりするつもりだったけど、ゴールドサァドの騒ぎがあったし、エコー、そして黒い少女もいる。

トラブルに巻き込まれっぱなしだが、さすがに疲れがたまってきた。

 

「これが終わったらまた旅に出るんですか?」

「この事件がひと段落したら、少しゆっくりしようかと思う」

「本当ですか? じゃあ、また一緒にいられるんですね」

「ああ、お前たちとももっと話したいことがあるしな」

「ふふっ、私もです」

 

屈託のない笑顔を見せるネプギア。

それを見たのは、もう数年前だ。

かつてネプテューヌたちが囚われたとき、協力して救い出し、世界を救って、俺だけは別の次元へと戦いを求めていった。

帰ってくると言ったのに、あまりにも長い時間待たせすぎた。

 

「ネプギア、ユウ! ほら一緒にゲームしよ!」

 

外と中を隔てるガラス越しに、ネプテューヌが手を振ってくる。

 

「行ってこい」

「ゲームしないんですか?」

「得意じゃないのは知ってるだろ。 見てるだけで十分だから」

「は、はい」

 

たたたっと中へ入っていくネプギアを見送る。

こういう日常が必要なんだ。

戦いがなくとも、国を成り立たせるのでいっぱいな女神たちには、こういう瞬間こそ大事にしてほしい。

ため息をついていると、ヤマトがこちらにやってきた。

 

「お前もゲームしてたんじゃないのか」

「交代だよ。あれだけ多いと、コントローラ独り占めはできないさ」

「まあ、確かに大所帯だな」

 

女神九人、人間二人、半分モンスター一人、魔人一人。

最大四人までしかできないあのゲーム機じゃ、全員が一回ずつ参加するだけでも時間がかかる。

 

「その中でも、とりわけずいぶんいい雰囲気じゃないか、君とネプギア」

 

彼は隣にたたずんで、にやりと笑った。

 

「聞いたよ、君のこと。あれだけ慕われてて、帰ってこないなんて薄情じゃないか」

「やることが山積みなんだ」

「積んでるんだろ。わざわざ他の次元まで行って、戦い続けるなんて」

 

旧来の友のような話し方をするヤマトに、違和感は感じなかった。

むしろ俺もそう感じている。

神次元でのいざこざのときと、今回のリーンボックスでの件でしか彼とは会っていないが、警戒を解かせる不思議な魅力がヤマトにはある。

 

「いくつの次元を渡って、世界を救ってきた?」

「五つ」

「もう充分じゃないのか」

「いいや、まだだ。まだ約束を果たしてない」

「いま生きている人間を蔑ろにしてまで果たすことなのか?」

 

なんと言われようとも、俺は自分の考えを変える気はない。

俺のこと、経験してきたことは、ヤマトは知らないから。

 

「それはもう約束じゃない。呪いだよ」

「それでも守らなきゃいけないことだ」

 

 

「ああやって見ると、本当に普通の人間みたいね」

 

遊びに熱中する女神たちを見ながら、私は呟く。

 

「いきなりどうしたのよ、イヴ?」

「ユウよ」

 

同じくゲームの番から外れているユニに返す。

 

「ちょっと変なところはあるけど、ユウだって人間よ?」

「……信じきれないわ。あれだけの力に、空まで飛んで、人間だって言われても……」

「いきなりは信じられないわよね。でも、良いやつってことはあたしが証明するわ。あたしだけでなく、みんなもね」

 

ユニだけじゃなくて、ネプギアも彼には信頼を寄せているようだった。

姉を救う旅で、ともに戦ったのだと彼女たちは言う。

私にはとても、そんな気の置ける人間には見えないけど。

 

「へいへーい! 何話してるんスか?」

 

後ろからがばっと肩を掴んできた少女に、私は驚いた。

 

「わっ……えっと、アイよね? 神次元の女神の」

「そうッスそうッス。神次元の紅い閃光と言えばこのウチ、篠宮アイッスよ!」

 

胸を張り、にっと笑うアイ。

 

「女神に、半分モンスター、ムキムキの人間。かなり異色よね、あなたたち」

「ウチの国には他にオカマもネズミもナス農家もおっさんもいるッスよ」

「後ろ二つは普通の人間じゃない」

「まあまあそんな事より、なんの話ッスか?」

 

私はなにやら外でヤマトと話しているユウを指さした。

 

「あの男よ。あなたは変に思わないの? 明らかに異様じゃない」

「異様……ッスか?」

 

アイは首をかしげる。

 

「そう、見た目も力も悪って感じがするじゃない?」

「うーん、それほど気にしないッスね。力なんて使う人次第ッスから。女神だって、悪にならないとは言い切れないッスし」

 

あっけらかんと言ってみせるアイ。

そうなのかしら。

あの力の由来が何にせよ、果たしてユウにはなんの関係もないのかしら。

 

「ウチやヤマトはもともとネプテューヌたちの敵だったッスし、昔の女神に死ぬ寸前まで追いやられたし。結局、人間だの女神だのって肩書き自体には善も悪もないんスよ」

 

笑った顔のまま、アイはみんなを見る。

彼女の顔も仕草も、ただの少女のようだ。それは、ネプテューヌやネプギアも同じで、私のよく知るうずめもそうだった。

力は強くて、頼りになるけど、笑うのも驚くのも怒るのも人間と変わらない。

偏見をなくせば、ユウのことも普通に見えるのだろうか。

 

「少しは信じられるようになった?」

 

ユニがいたずらっぽくウインクした。

正直、まだ背中を任せられるほどには疑いは晴れていないけど……

 

「そうね。あなたたちがそんなに言うなら、少しくらいは……」

 

戦力としては数えてもいいかもしれない。

この先、私が彼のことを善い人と認められるまで。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4 呼び出し

事件は、翌日に起きた。

一通のメールが俺のもとへ送られてきたのだ。

 

『ユウ、一人で来い』

 

場所の座標とともに簡潔な文が添えられているだけのもの。

すぐさま全員を呼び出してこのことを伝えると、皆一様に怪訝な顔を見せた。

 

「ユウ一人だけ呼び出しって、どうにも引っかかりますわね」

「その剣狙いだとしたら……」

「だけど、ユウ相手に奪おうとするかな。リーンボックスでこてんぱんにしたんでしょ?」

 

女神たちが悩む中、俺も考える。

 

「ヤマト、どう思う?」

「剣狙いともとれるけど……戦力削りとも思えるね。女神相手には勝てると思ってるだろうから、ユウさえいなくなれば……」

 

女神の力を持つ者がほとんど無力になってしまうとしたら、現在いる中での最高戦力は俺だ。

ラステイションからここまでは長い。いなくなった隙を突かれたら、それはそれはまずいことになるだろう。

 

「何迷ってんのよ、ラステイションであいつが何かやらかしてたらぶっ潰してきなさい!」

「私たちのことは大丈夫ですから、行ってきてください」

 

勢いよく言葉を発したのは、ユニとネプギアだった。

 

「そうよ、あんなロボットが来ても、わたしたちとお姉ちゃんでやっつけてやるんだから」

「……ぶいっ」

 

続けてラムとロムも、俺にVサインを向ける。

しばらくの沈黙のあと、アイが急に笑い出した。

 

「あっはっは、頼もしい妹ちゃんたちッスねえ。お姉ちゃんズも弱音は吐けなくなったってことで、決まりッスね」

「もー! こういうのは主人公である私が言うべきなんじゃないの!?」

「果たしてこの作品で主人公と呼べるほど活躍してるのか、疑問ではありまスけどね」

 

にひひと笑いながら、アイはぷんすかと怒るネプテューヌの肩を叩く。

そうだ。何を弱気になっていたんだ。

女神は強い。何度もエコーの襲撃はあったが、退けてきた。

それに、姿をくらましているあちらから呼び出してきてるのだ。行かない手はないだろう。

 

「なら、任せたぞ」

 

 

 

ラステイションまでは、全力で飛行しても、思ったより時間がかかった。

エコーが指定したのは、なんとラステイションの教会近くにある大きなビルの地下駐車場だった。

そこは、俺が足を踏み入れると同時に光が灯っていく。だだっ広い空間に、たった一体だけ機械の身体があった。

エコーの赤い目がぎらりとこちらを認め、ゆっくりと近づいてくる。

 

「まさか、馬鹿正直に来るとはな」

「用件はなんだ」

 

俺は単刀直入に言う。

何を企んでいるにせよ、時間稼ぎすらさせたくなかった。

 

「おれの仲間になれ」

 

エコーから飛び出してきたのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい言葉。

俺はため息をついた。

 

「頭が悪いとは思ってたが、これほどとはな。俺の剣を盗もうとした奴と手を繋いで仲良しになると思うか?」

「仲良しこよしになる必要はないが、おれの考えをお前はわかるはずだろう」

「お前の考え?」

「おれの目的は女神の代わりに、この世界を統治すること。女神を消し、この世界を平和にする」

「平和? お前がしてきたことは真逆だと思うが」

「何かを成し遂げるには犠牲がつきものだ」

 

めちゃくちゃだ。

イヴの話を聞く限り、かなり高度な技術をつかった産物らしいが、開発途中で放り出されたがゆえにどこかで狂ってしまったのだろう。

 

「女神がいるからこそ平和が保たれている。こうやって戦うことで……」

「そう、戦って、だ。それによる被害も惨劇も横に置いて、女神たちは戦う」

 

エコーは大仰に腕を振って、自分の弁を主張する。

 

「犯罪神との戦いも、神次元での戦いも見た。すべては人間を越えた存在が引き起こした事件だ。おれなら、それらを潰すことができる。悪になりうるものはすべて行動する前に叩き潰す」

「女神でさえもか」

「神次元のいざこざの発端は女神だろう。そして、被害を受けるのはいつも力のない人間だ」

「少なくとも、ネプギアたちやアイはなにも……」

「何も悪いことはしていないと? 未来もずっとそうだと証明できるか?」

 

証拠はない。

しかし、ネプギアたちのことを知らないエコーに、彼女たちがいかに悪であるかを主張されるのは嫌な気持ちになる。

 

「あいつらは大丈夫だ」

「言うだけなら、なんとでも」

「戦いなら、俺だって何度もやってきた。お前が一番潰すべきなのは俺じゃないのか」

「結果だけ見れば、まあそうだろう。だがユウ、お前は他の仲間たちにはわからない苦しみを唯一理解している」

「失うことの、そして奪うことの恐怖だ。そうだろう、自らの次元の女神八人を殺し、犯罪神も倒し、その次元に住む人間すら皆殺しにし、家族ともいえる者を手にかけた魔人よ」

 

俺はギリッ、と歯ぎしりした。

 

「貴様……っ」

 

なぜ、どこまで知ってるんだ、こいつは?

俺の過去を知っているのは、超次元の女神たちと、あとはアイエフやコンパ、教祖などごく限られた人物だけだ。

剣を抜いて、先を敵に向ける。

 

「何に対して怒っている? 自分の罪を掘り返されたからか?」

 

エコーの思った通りの反応をしたからか、やつは口角を上げて、挑発したような口調になる。

 

「当時感じた人間への怒りを思い出したからじゃないのか。女神を蔑ろにし、犯罪神を復活させるきっかけとなり、お前が女神を殺さざるをえない状況にまで追い込んだ原因である、人間への怒りを」

「黙れ」

「わかっているぞ。世界を救うという使命を自分に課しても、お前はまだ人間に憎しみを抱いている」

「黙れ!」

「おれと一緒に来い。人間を下に置き、二度と愚かな行為をさせないようにする。おれがその一歩目を築く」

 

エコーは勘違いをしている。

世界の平和をどうこうなんて、俺個人はどうでもいい。

俺が戦うのは、戦い続けると約束したから、ネプギアたちがこの世界を愛しているから。

たとえ平和になろうとも、そこにみんながいなければ意味はない。

 

「そのためにネプギアたちを殺すのは俺が許さない」

「なら、強引な手を使うしかないな。少し痛い目にあってもらおう。この世界の住人にも」

「なんだと?」

「平和には犠牲がつきものだ」

 

にやり、とエコーは笑った。

その瞬間、俺の背筋にぞくりと悪寒が走った。

やはり、俺を呼んだのは罠だ。

 

「お前……っ」

 

素早く剣を振り、そのにやけたツラごと身体を真っ二つに割ってすぐさま飛ぶ。来た時よりも速く、音速を超えて。

 

 

ユウがバルコニーから高速で飛んでいった方角を眺めるネプギアの表情は、暗いものだった。

私が彼女を見るとき、どちらかというとネガティブな顔を見ることのほうが多い。

少しでも和らげようと、私は彼女の隣に立つ。

 

「イヴさん……ユウさんは大丈夫でしょうか」

「エコーにやられるようなことはないと思うけど、やつの目的がいまいちわからないぶん不気味ね」

 

平和を守るようにプログラムされたAI。私が開発し、私の思考をトレースしたものだけれど、その言動は明らかに私がしようとする範疇を越えていた。

 

「心配?」

「もちろんです。ユウさんって、一人で突っ走るところがありますから……」

 

女神たちはユウのことをよく知っていて、高い評価もしている。

私は、第一印象で見たままで彼のことを評価しているけれど、それが偏見だということは、なんとなく理解した。

 

「どんな人なの、ユウって?」

 

一番一緒にいたらしいネプギアに、そう尋ねる。

 

「常に最前線で、みんなのことを守りながら、最後には絶対勝ってくれる人です。優しい……のは優しいんですけど、ちょっと違う気がします」

 

ちょっと違う?

私が疑問を発する前に、苦い顔をしたネプギアが続ける。

 

「ユウさんはとても重い罪を犯して、その代償として戦い続ける道を選んだんです。あの人が前に立つのは、たぶん、その罪悪感からだと思います」

 

重い罪とは、いったいどんなことだろうか。

自分が傷つき続け、それでも戦い続けるに足るその罪って……

 

「動いてるぅ!?」

 

私の思考は、誰かと通話していたアイの驚声で遮られた。

近くにいたネプテューヌが目を丸くしてる。

 

「どしたの?」

「まずいッス、船が動いてるらしいスよ」

「船って……プラネテューヌの外にあるエコーの拠点?」

「ああ、しかもまずいことに、どんどんこっちに向かってきてるらしい。この街に衝突するッス」

 

このタイミング。エコーが仕掛けてきたわね。

 

「到着までは?」

「あと一時間」

「ユウは?」

「まだラステイション」

 

行く前にユウに取り付けた発信機の反応を追うと、爆速でこちらに向かってきているが、それでも二十分ほどかかる。

 

「どうするの?」

「どうするもこうするも、行くしかないでしょ」

 

待ってる余裕はない。

エコーを放っておけば、どんな被害が出るかもわからない。

本当は準備が整うまでうかつな行動は控えたかったけれど、そうも言ってられない事態だ。

いまいる全員でかかればきっと勝てるはず。エコーの企みもきっと阻止できるはずだ。

嫌な予感に焦燥感を覚えながらも、私たちはすぐさまできる限りの装備を整え始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5 決着の場

「巨大すぎる」

 

あっけにとられすぎて、出た言葉はそれだけだ。

パープルハートとグリーンハートに手を引かれ浮くこと数十分、プラネテューヌの外には、まるで要塞のような船が佇んでいた。

ざっと目測だが、全長は2kmほどだろうか、もっとあるかもしれない。

僕の知る戦艦よりも何倍も大きい。超次元でも史上最大だ。戦艦エコー級ってところか。

森の中にあるのに迷彩コーティングもされていないのは、もとより所在がばれる心配をしていなかったか、ばれても問題ないか。

 

「まるで棺桶。自分から用意してくれるなんて嬉しいね。手間が省ける」

 

ヴァトリを一人で引っ張るローズハートが笑う。こんな時にも強気なのは彼女の強みだ。

 

「いくつかの空洞……というか部屋と通路があるけど、中はみっちり詰まってる。何千トンとあるかもね」

 

ブラックハートにぶら下がるイヴが、着けた片眼鏡型デバイスでスキャンする。

彼女の言う通り、そうとう頑丈なようだ。ここにいる全員で武器を叩きつけても大した損害は与えられないだろう。

広い甲板に着地し、見回す。

船の上だけでもその異常さがわかる。エコーはこれだけ大きいものを作り上げて、何をするつもりなんだ?

 

「ようこそ、おれの世界へ」

 

どこからともなくやってきたエコーが、挨拶する。

人型の金属ボディはいやらしくシルバーに輝き、2mを越える巨体で見下してくる。

前よりも恰幅は良くなっていて、トレーニングをし続けているヴァトリよりも筋骨隆々に見える。まあ、筋肉も骨も金属だが。

 

「十二対一だ。勝てると思うか?」

「数で有利……というわけか。たしかに女神が九人もいるとなっては、普通なら降参が正しいだろう」

 

エコーは余裕の笑みを崩さず、パチンと指を鳴らした。

その瞬間、地震が起こる。僕たちはあまりの衝撃で体勢を崩し、その場に手をつく。

これは……違う。地が揺れているんじゃない。

 

「これが動いているのか」

 

周りをよく見てみれば、木が次々となぎ倒されている。この船が地を蹂躙し、どこかへ向かって進んでいる。

 

「エコー、あなたもしかして……」

「さすが創造主、わかっているようだな、俺の考えが」

「なに? これはどこに進んでるの?」

 

ブラックハートの疑問はもっともだ。僕たちはまだエコーの目的がわかっていない。知るのはイヴだけだ。

 

「……プラネテューヌ」

 

歯ぎしりして、イヴが答える。

 

「プラネテューヌを壊して、これを新しい国にするつもりよ」

「新しい国って……そんなの誰もが認めないだろう」

 

僕はまだ混乱した頭でエコーを問い詰める。

 

「認める必要なんてない。所詮人間は従うだけの生き物だ。恐怖が人間を支配し、人間は俺に支配される。それに、唯一抗うお前たちは……ここで消える」

 

エコーが言い終わるやいなや、僕の身体から急激に力が抜ける。

僕だけじゃない。パープルハートにブラックハートに……女神全員だ。変身すら解けて、へたり込む。

 

「うっ、力が出ないよ」

「そうね、まるでこれは……」

「捕まったときのような感覚か?」

 

エコーがにやりと笑う。

女神無効化の石のせいだ。罠とはわかっていた。だがまさか、ここまで無力化されるとは……

 

「これがおれの計画の大詰めだ。この艦が新しい国の中心となる。おれが管理する理想の世界だ」

「何が理想だ。支配して、自由を奪うだけだろう」

「自由など求めるから争いが起きる」

「街の人たちはどうなる。潰す気か」

「ものには犠牲がつきものだろう。安心しろ、無駄死にじゃない。お前たちの死、その恐怖が反乱の意志を削ぐ」

 

ヴァトリが食いつくが、エコーの神経回路からは倫理が欠如している。

どれだけ人間に近づけようとも、僕らとエコーには大きな隔たりがある。会話は無理だ。

 

「最初からわかってたけど、話は無駄みたいね」

「そんなにいきがっているのは、お前とヴァトリだけみたいだな」

 

その通り。僕らの大半、十人がこれでお荷物になってしまった。

 

「この艦には、おれの中に埋め込んでいるのより、もっと大きいアンチクリスタルを仕込んである。女神を連れてきたのは間違いだったな」

「さあ、最終章の始まりだ」

 

船の動作音に重なって、さらに轟音が鳴り響く。そして空が飛び交う何かで覆われていく。

それが何か理解すると同時に、悪寒と絶望が身体を走る。

 

「十二対一……だったか? 残念だったな。数でもおれの有利だ」

 

機械人形の群れが、僕らの周りを囲む。四方八方を機械が支配する中、全力を出せるのは二人のみ。

エコーよりは造りが簡素な雑魚だが、それでもこの数は骨が折れるぞ。ゆうに百を越えてる。状況は最悪だ。

ここまで、すべてエコーの思った通りなのだろう。

神次元でアンチクリスタルを奪おうとしたのも、貴重なそれを手に入れると同時に性質を理解するため。

四つの国に現れては挑んできたのは、自分とアンチクリスタルの能力を試すため。

最終的な決着の地がここだ。

ここで、あいつは僕たちを殺す気だ。

嵐のように渦巻く機械の群れが、僕たちに襲い掛かってきた。

 

 

ラステイションから超特急で飛行し、イヴが送ってきた座標へと急ぐ俺の目に、信じがたいものが映った。

巨大な金属の塊。それが地面と大気を震わせながら動いている。あれがエコーの兵器か。

悪いことに、その周りには無数のハエのようなものが飛び交っている。

高速で近づきながらよく目を凝らしてみると、馬鹿でかいメカのせいでサイズ感が狂っていたのがわかる。ロボットの大群が周りを取り囲んでいるんだ。

その中心部で、小さく光ったり、爆発が起きたりしている。

 

「まずい」

 

ネプギアたちが、あそこで足止めを喰らっているのだ。

俺がすぐそこまで迫ると、ロボットは俺にまで攻撃を仕掛けてきた。エネルギー弾を飛ばしてくる奴らに、剣を一閃。一振りで十体は倒せる。

数が鬱陶しいと思いながらも薙ぎ払いながら中心へ向かう。

 

「轟撃のテンツェリントロンペ!」

 

身体を回転させながら、剣を振り回す。発せられた衝撃波も合わさって、数十体の敵がばらばらとなって道を開ける。

なんとか戦いを続けているみんなのもとへ着地することに成功した。その瞬間、空へ向かって剣を振る。

 

「圧撃のスラッシュウェーブ!」

 

半円形の衝撃波が真上へと放たれる。それはその先にあるロボット、雲も裂いて消えていく。

それを見て、ロボットたちの動きが止まった。

 

「遅いぞ」

 

弓を構えるヤマトが息を吐きながら言う。

 

「エコーの話が長くてな。みんな、変身は?」

「無理だ。この船にでっかい石が……アンチクリスタルがあるらしい。そのせいで今の僕たちは人間以下の力しか出せない」

 

俺は舌打ちした。

エコーは女神たちを殺すと言っていた。疑ってなかったが、本気だ。

この場所がばれるのも計算のうちなのだろう。いやむしろここで全てを片づけるつもりなのだ。

 

「ユウさんならこの船を壊せないですか?」

「全力が五、六回出せれば何とかってレベルだな。質量がありすぎる」

 

ネプギアの質問に、俺は首を横に振った。

着地の衝撃からわかったが、たとえ先ほどの必殺技を何十発放ったところで四分の一ほども破壊できない。

俺と女神全員が攻撃すればなんとかなるかもしれないが、それもいまは無理。

 

「人間なんて滑稽なものだ。愛だの平和だの、定義があいまいなもの、人によって定義が異なるものを求め、押しつけようとする」

 

機械人形が作る渦の中、その中心で見下すだけのロボットが一体。他とは明らかに違う図体は、エコーだ。

奴の本体はAI。身体はあくまでその狂った思想を実現するための器でしかない。そういう意味では、このロボットたちも船もエコーだと言えるだろう。

 

「正義のため、愛のため、平和のため、神のため。大義名分の名のもとに戦いは行われ、そして多くの人が死んでいった」

「イヴ、お前が作ったロボットだろう」

「もう違うわ」

 

機械のスーツに身を包む彼女の顔はうかがえないが、苦々しく思っていることはわかっている。

まさか自分の生み出そうとしていたものが、史上最悪の支配者になろうとは、認めたくないはずだ。

 

「死んでいった人間の命の重さが、そのままお前たちの罪の重さだ。お前たちの過ちが世界を滅ぼす。そしてそのあと世界に残るのは、灰だけだ。おれはそれを阻止するために、お前たちを殺すのみ」

「そうはさせない。俺たちは世界を滅ぼしもしないし、お前に殺されるつもりもない」

 

剣の先を向けて、俺は反論する。

 

「滅ぼした張本人が言うとは、大した説得力だ。そういうお前が一番わかってるんだろう? 世界は人間によって蝕まれていくのを。身をもって、そして渡り歩いた先で」

「ああ、知ってる。だからこそ止めるんだ」

 

道を踏み外した者でも、周りの助力があれば再び正しい道を歩むことが出来る。

だがこいつのような、元から悪に染まりきっているやつはどうしても信用ならない。

ここで潰すしかない。

 

「お前は負ける」

 

エコーが真っすぐこっちへ飛んでくる。

 

「今日は違う」

 

迎えるために、俺も全力で飛び立った。

空中でぶつかる……と思いきや、エコーはぐるりと身体を回転させて避けた。

腕を銃口に変形させ、エネルギー弾を撃ってくる。俺は剣で弾いた。

それと同時に、エコーは急反転してどこかへと飛ぶ。

させるか、と追いかけようとしたが、ロボットが行く手を阻んだ。

一匹一匹は雑魚だが、こうも数が多いと戦いづらい。大技には溜めが必要だが、向かってくる敵がそれを許さない。

女神たちとヤマトは人間態のまま地力で戦う。弱っていても、機械人形をなんとか相手できるようだ。

この中で影響を受けずに戦えるのは、俺とイヴとヴァトリのみ。

飛べるのは俺だけだ。対して敵はこの雑魚も含めて全員飛べる。

できるだけ地上から引き離すように、さらに上へと飛ぶ。

 

「殲撃の……」

 

技を出そうと腕を引くが、追いついてきたロボットに邪魔される。振り払って、次々に斬る。

こんなにいやがるのに、ちまちま倒すしかないなんてな。

幸いなのは、あの船の進み具合が遅いことだ。

俺たちの攻撃に耐えられるよう質量と密度を上げたぶん、推進力を犠牲にしたのだろう。

だが、どれだけ遅くとも、手をこまねいていたらいつかはプラネテューヌに激突する。

残された時間は、そう長くない。

俺は急降下して、その勢いで途中にいるロボットを蹴散らしながら、再びみんなの近くへ着地する。

 

「イヴ、なんか手はないのか?」

 

次々に来る敵を振り払いながら、俺は叫ぶ。

 

「あいつの作戦は、アンチクリスタルがあるから成り立つものよ。それさえ破壊できれば……」

「無茶言うな。こんだけの数を相手にしながら船の中まで行くなんて無理だ。この船を止めるとかできないのか?」

「動かすのと止めるのは手動だし、推進ユニットも巨大すぎてちょっとやそっとの攻撃じゃどうにもならないわよ」

 

俺はヤマトに顔を向ける。

 

「僕もお手上げ。アイは?」

「無理無理! 生き残るので精一杯ッスよ!」

 

ヤマトとアイの二人もどうやらこの場を打開する術はないようだ。

これは本格的にやばいかもな。

 

「あら、私は『手はない』とは言ってないわよ」

 

イヴがさらりと言ってみせる。

先ほど銃を撃ちまくりながらも冷静な声色だったのは、何か策があるからなのか。

なら早く言ってほしい。

 

「十五分稼いで。その間、できるだけ敵の数を減らしてくれたら、なおよしよ」

「どうにかできるのか?」

「別に信じなくて結構よ」

 

そう言うイヴの声は自信に満ちていた。

俺が信じようが信じまいが、結果にはあまり影響はないのだろう。

まあ、仲間がこれだけ言ってるんだ。この絶体絶命の状況じゃ、頼るほかない。

 

「いや、信じる」

 

ぴたり、とイヴの動きが数秒止まった。

 

「十五分だな。ラム、ロム、乗れ!」

 

俺は自分の背中を指さす。

 

「うわ、ユウ、こんな時に……」

「ユウってロリコンなんスか?」

「アホなこと言ってるくらいなら戦え、このアホ女神ども!」

 

ネプテューヌとアイがあからさまなジト目をしてくるが、お前らそれわかっててやってんだろ。

とにかく、双子がべったりと張り付いてきたのを確認して、上空を睨む。

 

「しっかり捕まってろよ!」

 

ここまで急いで来たのと同じくらいの超速度で上昇する。

ずりおちそうになった双子は、慌てて肩にしがみついた。

 

「わー! はやーい!」

「は……はや、すぎ……」

 

のんきなラムとちょっと引き気味なロム。

追ってくるロボットをしり目に、俺はさらに上昇し続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6 切り札

ラムとロムを担ぎ、真上へぐんぐんと上昇し、船から離れていく。

 

「お、お兄ちゃん……す、すとっぷ……」

 

ロムに肩を叩かれ、二十秒ほど上がったところで、ようやくストップ。

下を見ても、船はまだ大きく見えるが、戦いの音は届いてこない。

 

「もう一回1 ねえもう一回やって!」

「アトラクションじゃねえんだけど」

 

はしゃぐラムは嬉しそうにぎゅっと腕に引っ付く。

これが終わったら何度でもやってやるから、今は集中してくれ。

 

「どうだ、力は元に戻ったか?」

「さっきよりはうんと!」

「これなら、戦える……!」

 

二人はぐっと杖を握る。

アンチクリスタルの効果の強さと範囲には、限度がある。

あの船の中にある石がどれだけ大きいかわからないが、ここまで離れればその力は弱まるだろう。しかし変身できるまでとはいかないようだ。

世界改変のなか、奔走する俺たちをしり目にせっせと集めたのだろう。船の中にある石は相当巨大だとわかる。

だが万全じゃない。

 

「なら頼むぞ!」

 

下からは夥しい数の機械がやってくる。ここまで追ってくるとはあっぱれだが、自殺行為だ。

ここにはルウィーが誇る最強の双子がいる。

 

「アイスコフィン!」

 

二人の魔法が炸裂する。

完全に意表を突かれたロボットたちは避けることもできないまま、突如として現れた氷塊に潰され、凍らされ、ばらばらになっていく。

俺が思ったよりも威力があった。

そりゃそうか。俺が帰ってこなかった数年間、こいつらだって遊んでばかりだったわけじゃない。

人を守る女神として、どんどん強くなっているんだ。

 

 

「なるほど、石の効果適用外で戦っているのね」

「イヴさん、見えるんですか?」

 

私は頷く。

上空をズームしながら、ユウたちの様子を見る。

ラムとロムがさまざまな属性の魔法で対応しつつ、潜り抜けてきた少数はユウがあっさりと蹴散らす。いい考えね。

 

「それだったら、私たちも連れてってくれたらいいのに!」

「無駄ッスよ。あの感じを見るに、変身はできないみたいッスからユウからは離れられないし、ウチらはほとんどが近接向きッスから、力にはなれないッス」

「あんな上空から攻撃を飛ばしても、船にたどり着くころには表面を削るくらいにしかならないしね」

 

ぷんすか怒るネプテューヌを、ヤマトとアイがなだめる。

 

「だいぶ引き連れてくれたみたいだし、こっちには余裕が出てきたわね」

「それよりも、本当にこれをなんとかできるの?」

「もちろん。まあ、どうにかするのは私じゃないけれど」

 

私はノワールへウインクする。といっても、アーマーを着ているこの状態じゃ、たんに顔を向けただけに見えるだろうけど。

 

「頼むから、口より手を動かしてくれ」

 

盾で襲い来るロボットを粉砕しながら、ヴァトリがぼやく。

その上空を飛ぶ敵を、ヤマトが矢で射抜いた。実弾……というか女神の力だけに頼ることのない彼とユニは、女神の力を持ったメンバーの中じゃ一番敵を倒している。

 

「もうへばったか?」

「まだまだ。そんなやわな鍛えられ方してないさ」

 

ヴァトリが盾を投げると、ヤマトの後ろから忍び寄っていたロボットへ突き刺さった。

 

「アンチクリスタルは放置でいいの?」

 

ブランが鎚を振り回しつつ、私に疑問を発する。

 

「むしろ、下手に壊して変に対策されるよりかはいまのままのほうがいいわ」

「……本当に?」

「いまは信じるしかありませんわ。包容力のある女性というのは、いかなるときも寛大に、ですわよ。ブランには難しい話かもしれませんわね」

「てっめえ! 喧嘩売ってんのか!」

 

にやにやと笑うベールに、ブランがあらん限りの勢いで武器を振るう。

その衝撃に巻き込まれ、何体ものロボットが犠牲になった。

この状況下で、よくあんな力が出せるわね……

 

「ああ、ブランさん、ベールさん……」

「あれで息合ってるのが不思議よね……」

 

ネプギアとユニが呆れ気味にその様子を見つつ、背中合わせで攻撃を防ぎつつ倒していく。

不思議と、みんなには余裕があった。

もちろん真剣に戦っているが、どうにかなると信じ切っている。

それは、全員で力の限り戦っているから、そして私の策を信じてくれているからだろう。

この結束力が、いままで幾度とあった脅威を薙ぎ払ってきた。

これこそが、超次元と神次元の強さなのだ。

 

「ずいぶん余裕だな。今にもプラネテューヌは壊されそうだっていうのに」

 

エコーがどこからか降り立ち、まっすぐ私へ向かってくる。

放たれる砲撃を避け、次々に銃弾を返す。

その応酬を繰り返しながら、私は近づいた。腕から先の部分を刃に変形させ、振りかぶる。

エコーも同時に同じ変形をし、受けた。

 

「馬鹿ね。私たちは負けないわ、絶対に」

 

刃を離し、距離を取る。

 

「根拠は?」

「女神九人、同じくらいの力を持った男一人、極限まで鍛え上げられた男一人、アーマーを着た天才一人」

 

私は指折り数えながら、相手に自分の戦力を紹介する。

十二まで数えたところで、真上を指さした。

 

「そしてあなたが恐れた魔人が一人。これだけ揃っていて、負けるほうがおかしいわよ」

「現状も見れない奴だとは思わなかったぞ、イヴ。それほど夢見がちなのは、確かにおれの計算外だ」

 

嘲笑するエコー。

だが、そこが私と奴の最大の違いだ。零次元での経験が、その差が、この戦いの勝敗を決める。

 

「希望を夢見る。私はそうやって零次元を生きてきたの。勝つのは私たちよ」

「やってみろ!」

 

エコーは私に向かって飛んでくる。同時に私も跳びあがった。

お互いの身体は空中でぶつかり、派手な音を立てて転がる。

私はぱっと立ち上がって、弾丸を放つ。しかしエコーはすっと避け、すぐさま拳繰り出してきた。

まともに受けた私は、甲板の上を転がり、十メートル吹き飛んでようやく止まった。

幾度の戦いで使ってきたこのアーマーのあちこちの装甲がはがれかける。

仰向けになった私の目に、驚くべきものが映った。

エコーは私の頭をつかみ取り、持ち上げる。

 

「ふん、驚いたか。私は進化し続けるのだ。ヴァトリやアイとの戦いのデータを分析し……」

 

見当違いの自慢に、思わず堪えていた笑いがこぼれる。

エコーはそれにいらついて力を込めたが、ヘルメットは特に頑丈に造ってある。その程度じゃ壊れない。

 

「何がおかしい」

「ごめんなさい。驚いたのは確かだけど、あなたにじゃない。アレよ」

 

私は上を見る。

はるか上空。ユウたちが戦っているのよりも上。そこには、ぽっかりと巨大な丸い穴が開いていた。

その中の真っ黒い空間の中から、これまた大きい刃先が、雷を纏いながら現れてくる。

 

「ユウの仕業かしらね。ラムとロムがロボットを相手すれば、必然的にユウには余裕が生まれる。あれほどのものを出せるのは計算外だけれどね」

「そんな、まさか」

 

唇をわなわなと震わせ、エコーは私を突き飛ばした。

ユウを止めるために、自らも真っすぐ飛ぶ。

 

「もう遅いわ」

 

私がそう呟いた瞬間、刃は真っすぐ下に、つまりこの船へと向かって落ちてきた。

槍だ。ダークメガミが持つ武器のような規格外の槍が、轟音とともに狙いへ一直線。

それから発せられる衝撃波と雷は、周りのロボットを一瞬で粉々にしていく。

勢いはとどまることを知らず、ついに船の真ん中に突き刺さった。

刺さった時の衝撃で破壊力はより一層増し、吹き飛ばされないようにするので精一杯。

空気が震え、耳をつんざく雷と暴風が伝う。

巻き起こる嵐が徐々に止み、やがてそよ風に変わっても、私たちは口を開けたまま絶句していた。

あれだけいたロボットは急激にその数を減らされ、やられた残骸は次々と落ちてくる。

あと残っているのは、もう三桁に届くかどうかくらい。先ほどまでの残っていた数や倒した数を比較すれば、大したことはない。

沈黙の中、涼しい顔をしたユウが降りてくる。

 

「どうだ?」

 

彼が問うても、沈黙。

彼を知るネプテューヌたちでさえ、目を丸くしたまま固まっている。

 

「どうだ、じゃありませんよ! もう、危なかったんですから!」

「いーすんが川の向こうで手を振ってたよ……」

「イストワールは死んでないから」

 

ネプギアが口を開いたことで、やっと私たちも麻痺が解けたようになる。

ネプテューヌがへなへなと腰を砕けさせ、ヴァトリがそれを支えた。

 

「め、めちゃくちゃね……」

 

スーツの中で、どっと汗が噴き出てきたのがわかった。

つくづく敵じゃなくてよかったと思う。

 

「なに引いてんだよ。お前が数減らせって言ったんだろ」

「限度! 限度があるわな、おい! この二十数年が走馬灯のように駆け巡ったわカス!」

 

あっけらかんと返すユウに、アイが怒りながら額をつつく。

 

「おお、珍しいアイの乱暴口調」

「ますますブランに似てきたな、あいつ」

 

神次元組が珍しいものを見る目をするなか、私はばちばちと小さく火花を散らせる巨体に目をやる。

ロボットの残骸の山に囲まれているそれは、ゆっくりと立ち上がった。

エコーは持ち前の頑丈さで、なんとか機能停止は免れたが、あとひと押しで壊れるのは見ただけでわかる。

 

「さてさて、まだやる気?」

「もちろんだ。今のでも支障はない。お前たちにこの船は止められん!」

 

船に槍が突き刺さったままだが、エコーの言う通り速度は落ちず、船は進んでいく。

あのユウの攻撃でさえ、エコーの予想範囲内なのだろうか。ともかく、船を壊すにはまだまだ足りない。

今のままじゃ、ね。

 

「いいえ、ここで終わる」

 

私はエコーのさらに後ろを見やる。

 

「ちょうど十五分。ぴったりね」

 

訝しんだ目で、エコーがその方を見る。

飛ぶ何かが、こちらに近づいてきている。

ロボット……ではない。たしかに人型の機械だが、あれは私のものだ。

小型ジェットで飛ぶそれが、肉眼でも形がはっきり見えるくらいに近づいてきたとき、拳銃を取り出して一発撃つ。

あ、という暇もなく、それはエコーの足元に着弾した。弾丸は瞬時に爆発を起こし、ぼろぼろの下半身を吹き飛ばす。

腰から上だけとなったエコーが無様に這いつくばりながら私を睨んだ。

 

「き、貴様……」

 

私は優越感に浸りながら、今着ているバトルスーツを身体から外す。

 

「今のユウのは、別に切り札でもなんでもないわ」

「いや、割と頑張ったんですがそれは」

「切り札っていうのはね、こういうもののことを言うのよ」

 

危なげなく目の前に着地した新作スーツを指さして、私はにやりと笑う。

新品のように……実際、お披露目するのは初めてだから新品なのだけれど、銀色に輝くボディは傷一つない。

何も言わずとも、ぱかりと背中部分が開く。私が乗り込むようにして中に入ると、スーツは自動で私を包み込んだ。

このスーツは、零次元で作った一作目、それをもとに作成した『mark2』とは比較にならない。

ケーシャとの戦いで足りないと感じたものを全て搭載してある。

装甲の厚さは変わらないが、シェアクリスタルとゴールドクリスタルを調べるうちに、そのエネルギーをいくらか利用させてもらうことにした。

おかげで持続力は飛躍的にアップ。エネルギーが続く限り、薄いバリアも張れるから、相手からのダメージは大幅に減る。

エコーと同じく、アイやヴァトリの戦闘データを取り込んで近距離戦闘もなんのその。

やっと理想を形にできたというところかしら。

紆余曲折を経た三作目、四作目の先の五作目がこれ。言うなれば……

 

「バトルスーツマークVってところかしら」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7 戦う心

「くっくっく」

 

新作バトルスーツを着て上機嫌な私に向かって、エコーが笑う。

 

「それがどれだけ高性能だろうと、所詮お前ひとりじゃ何もできはしない」

「一人じゃあね」

 

私は胸部分の小さな格納庫から、光り輝く結晶を四つ取り出した。

これぞ最後の切り札。この状況を一発で逆転させる最強の力。

 

「これは……」

「シェアクリスタル?」

 

女神たちが覗き込んでくる。

 

「ゴールドクリスタルと合わせた強化品よ」

 

バトルスーツにシェアクリスタルとゴールドクリスタルのエネルギーを使えるようになったのは、あくまで副産物。

元々の私の目的は、アンチクリスタルに対抗するためにこの結晶を作り出すことだった。

そのことを伝えると、ゴールドサァドは快く頭を縦に振り、譲ってくれた。

時間がなかったから、工房での自動精製に任せるままに飛び出してきたけど、上手くいったみたいね。

エコーはわかりやすく顔をしかめた。もし人間なら、青くなるおまけつきだっただろう。

 

「出来たのは四つ分。ここは、あなたたちが決めなさい」

 

それらを、ひょいと投げる。

ネプテューヌ、ノワール、ブラン、ベールがそれぞれ受け取り、しげしげと眺める。

従来の光に、金色が混じっている。いまその結晶には、この世界のすべてのシェアが詰まっているのだ。

世界改変でシェアが減ろうと関係ない。いや、もともとそんなことはこの人たちには関係ないのだ。

 

「すごい……力が溢れてくる」

 

ネプテューヌが驚く。

ただ手にしただけで力が湧いてくるそれをぎゅっと握って、前に立つ。

 

「これなら……」

 

四女神が揃って、クリスタルを前に掲げる。

 

「変身!」

 

四人ともが女神の姿へと変わっていく。それだけでなく、溢れ出る光が新たなプロセッサを生み出す。

あるいはごつく直線的に、あるいは麗しく流線的に。正当進化形といえる強靭な装備を身に着け、女神たちは降臨する。

時代の転換期を超えたその先。これこそ新時代の姿(ネクストフォーム)だ。

 

「これが私たちの新しい力……!」

「アンチクリスタルの影響も感じられませんわ」

「相反する力がぶつかれば、強いほうが優先される。零次元で実証済みよ」

 

これで『女神は戦えない』という前提が崩れ去った。

エコーの作戦は、この前提をもとに成り立っている。そこがなくなってしまえば、あとはどうとでもなる。

 

「うおっ、ウチも変身できた!」

「わ、私もです」

 

ネクストフォームへと進化を遂げた四女神のほかに、アイやネプギアも女神化することに成功する。

 

「強力な力が、限定的なシェアリングフィールドを発生させてるのね。あ、シェアリングフィールドっていうのは……」

「まあまあ、細かいことは後で聞くからさ。お先に失礼!」

 

鬱憤が溜まっているのか、アイ、いや、ローズハートはいきいきとした表情で上昇を始める。

残った数少ないロボットが応戦するが、力を取り戻した女神の前では手も足も出ない。

 

「まったく……」

 

力が復活したとたん意気揚々と駆ける変わりように、思わず苦笑する。

 

「これならいけそうだな」

 

大きな剣をぐるんぐるんと回したあと、ユウは両手でそれをもって構える。

 

「こういう巨大なものは、ヒーロー側の一斉攻撃で崩れるのがオチよね」

「じゃあ、そういうベタベタなオチで締めますか」

「さんざん迷惑かけられたんだ。ど派手にいくぜ」

「百倍返しでも足りませんわ」

 

言いつつ、四女神も四方へ散る。

追って邪魔をしようとするロボット軍団だが、それぞれの一払いでいとも簡単に砕け散る。

気づけば、もはや敵は残っていなかった。たった一機、状況にうろたえるエコーを残して。

 

「合図は? せーのでいく?」

「まどろっこしいのはナシだ! 行くぞ!」

 

ユウの号令に、私も空へ飛び立つ。彼女たちの力に比べれば些細なものだけど、無いよりはマシでしょ。

 

「やめろ!」

 

エコーのそんな言葉はもちろん無視して、ユウとローズハート、私、ネクストフォームの女神たちが力を溜め始めた。

艦体が動くのよりもはるかに大きい大気の震えがスーツ越しでもびりびり伝わってくる。

 

「逃げたいところだけど、ぼくは飛べないんだけど……」

「僕もだ」

「つかまってください!」

 

たらりと汗を流すヴァトリとヤマトの手を掴んだのは、女神候補生たちだった。鍛え上げられたゆえに重たい身体を、二人ずつで引っ張る。

私たちが技を放ったのは、そのすぐあとだ。

 

「ナナメブレード乱舞刃!」

 

ネクストブラックは呼び出した四つの刃とともに縦横無尽に切り刻み、

 

「ブラスターコントローラ!」

 

ネクストホワイトは身体の三~四倍はありそうな巨大な銃から極太のレーザーを放ち、

 

「インフィニットスピア!」

 

ネクストグリーンは魔方陣を展開させ、そこから無数の槍を出現させては突き刺し、

 

「チューニング・フォール……アーンド、クリムゾン・アルカネット!」

「ブラストイレイザー!」

 

ローズハートは金色のプロセッサを纏った足を先にして急激に落下、私は負けじとできうる限りのエネルギーを銃に充填してビームを放つ。

これだけで、すでに船は崩壊するほどのダメージを受けたことは明らかだ。

真ん中に大きい穴が空き、そのほかは串刺しにされ、あらゆるところが傷だらけにされる。

 

「次元一閃!」

殲撃(せんげき)のデュエルエッジ!」

 

トドメはネクストパープルとユウだ。

お互いたった一撃。しかしその一閃は、深く深く十字の痕をつける。

一瞬後、各々の必殺技のパワーが爆発した。攻撃をぶつけられた船は派手に轟音を立てながら、あっという間にその体を四散させていく。

遅れて吹き荒れた轟風と衝撃波だけでも威力が凄まじい。

もしバトルスーツを着ていなかったら、私の身体は消し飛んでいたことだろう。

 

「馬鹿みたいな威力……」

「粉々になったぞ……」

 

攻撃の範囲からぎりぎりで逃れられたヤマトとヴァトリは、唖然としながらそれを眺める。

山が崩れたみたいに大きな残骸が転がり、原形はとどめていない。

その中で、紫に輝く巨大な岩がいくつもあるが、なるほど、あれが内蔵されていたアンチクリスタルだろう。

私たちは甲板部分であったであろう平らなところに着地すると、あたりを見渡す。

 

「流石に、これじゃもう無理だろう」

 

これがまた動き出すんじゃないかという警戒はしていないが、はっきりさせるためにユウが言う。

被害はなぎ倒された森だけ。人への被害はなし。

船が動き出したときにはどうなるかと思ったが、エコー相手には完勝できた。

計画どおりがこんなに疲れるとはね……

 

「完……全に、見誤った……」

 

しゃがれた声を上げたのは、残骸の隙間から這い出てきたエコーだ。

顔の半分はなくなり、右腕も両足ももげていて、もはや戦うどころか機能維持すらできていない状態だというのは、素人でもわかるだろう。

 

「まだ壊れてねえのか。タフなやつ」

 

ローズハートが前に出る。私はそれを手で制した。

あれは、私が作り出してしまった怪物だ。最後のトドメをさすのは、私の義務。

 

「これでわかったでしょう。この世界の平和を脅かしていたのはあなたで、それを守ったのは女神たちよ」

「く……くく、いいや。むしろ今のではっきりわかった。お前たちのその力は危険だ」

 

火花を散らせて左腕だけでもがく。

 

「お前たちは、人を守るために人には制御できない力を扱う者の恐ろしさから目を背けている。あり得ないことと断じ、自分たちが守る対象に牙を剥く可能性を考えずに、これからも戦うつもりか?」

 

喋るのがいっぱいいっぱいのはずなのに、さらに笑ってみせるエコー。

それを見て、私はやはり、こいつとは違うと感じた。

元は私の思考をトレースしたものであっても、その後のことが、こんなにも道を分けた。

 

「これ以上は無駄ね」

 

銃口を向け、一発。着弾し、エコーの身体を跡形もなく吹き飛ばす。

ようやく、ようやくこの戦いが終わった。

 

 

みんなでプラネテューヌ教会に戻った瞬間、まず私は勢いよく頭を下げた。

 

「今回のことは謝るわ。私の作ったものが、こんな大惨事を引き起こすなんて……」

「顔上げてよ、イヴ! 怪我はしたけど、エコーの計画も止められて、みんな無事に帰ってこれたんだしさ!」

「そうよ、いつまでもくよくよしてないで、もっと笑いなさい」

 

ネプテューヌとノワールが私の頬を引っ張る。

ぐいっと無理やり口角を上げられて少し痛むが、本当に気にしてなさそうな顔を見て、その寛容さに自然と頬が緩む。

 

「そんな顔で戻ったら、ケーシャが心配するわよ」

「……そうね」

 

ケーシャだけじゃない。私を信じて見送ったうずめのところにも、笑顔で帰りたい。

天真爛漫な、というのは私のキャラじゃないけれど、沈んだ顔を見せて心配させるくらいならそっちのほうがいい。

どっしりと床に座り込んだ他のメンバーはかなりお疲れのようで、しばらくはぼうっとしていた。

 

「エコーはいなくなったし、もう神次元に帰るか?」

 

ユウの問いに、ヤマトは首を横に振った。

 

「そうしたいところだけど、もう少しいるよ。世界改変の影響はまだ続いてるし、それを解決しないことにはめでたしめでたしとはいかない」

「行く末を見届けるまで、さよならはお預けッスね」

 

ヤマトとアイがふう、とため息をつく。

エコーがいなくなったことで、世界は少しずつ元に戻ってきている。

人々の記憶も改変前のものに戻ってきているらしい。

黄金の塔は残っているが、それは特に問題はないだろう。

問題なのは、これで終わりじゃないということだ。

私やユウ、ヴァトリが見た黒い少女がまだ残っている。あれがすべての元凶だろう。

ゴールドサァドもエコーもあくまで利用されたに過ぎず、まだ脅威は去っていない。

 

「助かるわ。あなたたちがいるのといないのとでは、戦力に大きな違いが出るから」

「んん~? 戦力だけッスか? ウチはブランちゃんとまだ一緒にいられて嬉しいんスけどね~」

 

抱き着きながら頬を人差し指でさすアイに、ブランは鬱陶しいという顔を見せながらも抵抗はしない。

ユウはヴァトリに顔を向ける。

 

「お前は?」

「ぼくも残る。エコーみたいに、アンチクリスタルを使ってくる奴がいないとは限らない。きみに比べれば、ぼくの力は大したことないけど……」

「いや、大助かりだ。ヴァトリがいなければ、女神の誰かがやられてたかもしれない。お前がいたから、俺は全力で戦えた」

 

自分を過小評価するヴァトリの肩をぽんと叩いて、ユウは微笑む。

 

「胸を張れ。お前はその盾で、しっかりと世界を救ったんだ」

「……そのセリフ、ぼくに言うためにずっと考えてた?」

「クサかったか?」

「かなり。けど嬉しいよ」

 

戦いが終わった疲労の空気から、柔らかく温かい雰囲気へと変わる。

大きな事件を通して、必死に戦って、私たちはお互いに信用に値する人間だということを知れた。背中を任せられる仲間であると。

出身の次元が違うとか、持っている力が違うとか、そんなのは大したことじゃない。

 

「なにはともあれ、これにて一件落着!」

「エコーの件は、だけれどね」

「しばらくは働きたくないね~。超次元を救ったのはこれで三回目だもん。やるならもうちょっと簡単なお仕事がいいな~」

 

ネプギアの膝枕に寝そべるネプテューヌ。

一生分働いたといってもいいだろう。だけど、この先が続いていく限り、まだまだ彼女の苦悩は続く。さしあたっては……

 

「あら、それならちょうどいいものがありますよ、ネプテューヌさん」

 

イストワールが、大量の紙をネプテューヌの目の前に置いた。

 

「エコーによる被害の後処理がこんなに」

 

どっさりと置かれたそれは、世界改変からのビーシャが溜めていたものと、エコーに対処している間に生まれたものらしい。

ある程度の処理はアイエフやコンパ、ヴァトリがやっていてくれたものの、女神が確認・承認しなければならないものがたくさんある。

言っている間にもどんどんと積まれていくそれは、ネプテューヌを取り囲んで全方位から姿を隠すほどまである。

 

「こ、こんなに!?」

「最後の戦いは、離れたところとはいえプラネテューヌ領で起きたことですから、そちらもお願いしますね」

「い、いーすんの鬼! 悪魔!」

「なんと言われようとも、これを終わらせるまでお休みはありませんから」

 

あれだけ強いネプテューヌも、イストワールの前では泣くしかない。

その不思議な関係を見ながら、私も座る。

これが彼女たちのいつも通り。

これこそが平和。

零次元も、こういう未来を創ることができるだろうか。いや、なんとしてもたどり着かなければならない。

そのために必要な力もデータも取ることができた。

他のみんなは『黒の少女』を追うことになるが、私はそろそろ戻らなければならない。

まずは自分の世界。それを救ってからじゃないと……

 

「もしもし……お、アノネデスッスか。こっちのことまで手伝ってもらって悪かったッスね……へ? 外?」

 

いつの間にか誰かからの電話に出ていたアイが、おもむろに立ち上がってバルコニーに出ていく。

ヤマトも立ち上がってついていった。

先ほどまで和やかだった雰囲気が、ピリっと糸を張ったものに変わる。

いや、そんなのは単なる思い込みで、何もないと言い聞かせれば何でもなくなる。

……そのはずなのに嫌な予感はどんどん膨らんで、私もぱっと立つ。

何もないことをこの目で見てしまえば、安心できるだろう。

二人に続いて、私も外へ出る。

強く風が吹いていた。ヤマトとアイは固まった姿勢のまま、空を見上げている。

二人の視線の先を追うと、黙っていた理由がわかった。

 

空にぽっかりと、黒い穴が空いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心次元編
1 最後の幕開け


エコーとの戦いに勝ち、安心できたのもつかの間。俺たちは教会の外に出て、上空を睨んでいた。

プラネテューヌのはるか上、空にぽっかりと大きな黒い穴が出現したのだ。

 

「ユウさん、あれなんだと思います?」

「俺が次元移動するときに開く穴に似てる。たぶんあれもそういった類のもんだろう。どこか別の場所に繋がってる」

 

ネプギアの問いに、俺が答える。

大きいネプテューヌが他の次元へ移動する際も、あれに似た穴が出る。

問題は、あれがどこに通じているかだ。

 

「エコーがいなくなったこのタイミングで出てくるなんて、嫌な予感がするな」

 

ゴールドサァドを巻き込んだ超次元のいざこざは、エコーを倒したことで収まった。

世界が改変された影響で失われた人々の記憶も徐々に戻っている。

だが、その黒幕である『黒い少女』はまだ存在する。

零次元や、俺たちの何人かの前にも現れたそいつが、ついに本格的に動き出したのだと思っていい。

 

「私が見てくるよ!」

「私も行くわ。アンチクリスタルを使われるかもってことを考えたら、女神だけで行かせるのは危険だもの」

 

手を挙げたネプテューヌに、イヴも参戦する。

 

「なら俺も」

「いえ、ユウはここに残ってて。もし私たちに何かがあったら対処をお願い」

 

もし全員が向かって、超次元が攻撃されたら守れる者がいなくなる。

穴には少数で向かわせ、こちらにもアンチクリスタルや強大な敵に対抗できる戦力が必要だ。

偵察にとどめておくように口酸っぱく言い、俺は残ることをしぶしぶ了承した。

結局、偵察班には女神四人とイヴが行くこととなり、何かあったらすぐ撤退することを肝に銘じさせた。

黒い穴の向こうに消えた女神たちを見送った俺たちは、エコーとの戦いで負傷した身体を休めるために、また教会の中へと戻る。

一様に落ち着かない様子のなか、アイが俺に近づく。

 

「ユウ、ちょっといいッスか?」

「ああ」

「ウチらもあそこに行く準備をしたほうがいいかもしれないッス」

「あの穴にか?」

「敵が何であろうと、あのエコーをけしかけてきた奴ッス。ネクストフォームのことも知ってるとみていい。それなのに、明らかに誘い込んでくるようなあの穴。罠の可能性はありありッス。杞憂だといいんスけど、心構えだけはしといてくださいッス」

 

俺は頷いた。

エコー戦のせいで全力は出せないが、まだ余力はある。

それに、いるのは俺だけじゃない。まだこんなにたくさんの仲間がいるのだ。

たとえ女神が窮地に追いやられようと……

そこで、一人足りないのに気が付いた。

ユニだ。

見回すと、みんなとは離れて、ユニはバルコニーに出て空を見つめている。

姉たちが行ってすぐなのに、そわそわとしだす彼女の肩に手を置いた。

 

「心配か?」

 

普段なら、強気に返してくるところだ。

お姉ちゃんは強いから大丈夫。私は心配してない。そう言って自分を鼓舞するのがユニだ。

しかし、予想とは違って、彼女は首を縦に振った。

 

「前もこんなことがあったの」

「犯罪組織の四天王を倒すために、女神たちがギョウカイ墓場に行ったときだな」

 

俺が女神たちに会うより、さらに前の話だ。

犯罪組織が台頭し、それを阻止するために女神たちは敵地へ赴いた。

 

「そのとき、私は留守番を頼まれて……」

「女神たちは捕らわれた」

 

妹は置いていかれ、姉が向かう。それだけ見れば、苦々しい記憶と同じ状況だ。

ユニが弱気になるのも無理はない。

 

「同じことにならなきゃいいけど」

「今回は偵察だ。危険を感じたら、戻ってくるさ。それに万一戦闘になっても、いまのあいつらにはネクストフォームがある」

「わかってるけど……」

 

敵は柄体が知れず、実際に戦わずとも女神を追い詰めた。

それが待ち構えているかもしれないと考えると、どうしても心配になるのは当然のこと。

それでも待つしかない。

 

「何かあったら、俺たちで助けに行く。前もそうだっただろう?」

「そうね。あのときよりも強くなってるし、きっと大丈夫よね」

 

言い聞かせるように、ユニはゆっくりとそう言った。

 

 

「通信ができないわね。完全にシャットアウトされたみたい」

 

綺麗な水色の壁とどこまでも続くような一本道。

穴の向こうは、そんな殺風景な景色しかなった。

奥に、点のような小さな光が見えるから、かろうじてゴールがあるんだなと感じられるが……それ以外は何もない。

ただ続く道だけ。

寒いとも暑いとも感じない空間なのに、私は少しだけ身を震えさえた。

振り返ると、正面とは違って真っ暗な闇だけが広がっていた。一歩でも向こうに踏み出せば、超次元の上空へと戻れるだろう。

 

「ま、いいんじゃない。すぐに戻れるみたいだし、敵が現れても私たちならどうとでもなるわ」

 

ノワールは強気。

アンチクリスタルすら乗り越えることのできるネクストフォームがあるのだから、余裕ができるのはわかるけれど……

 

「とにかく、さっさと終わらせましょう。さっきの今で、ラムとロムを置いておくのは心配」

 

私たちがこうしている間にも、エコーのような輩が超次元に現れることを危惧しているのだろう。ブランはあたりを警戒しながら前を進む。

といっても一気に飛んでいくのもなんだか怖くて気が引ける。

私はスーツを着たまま、女神たちは変身を解いて歩く。

 

「何の気配も感じられませんわね。本当にただの通路ではなくて?」

「ネプテューヌ、イヴ、あなたたちはどう思う? 次元を超えたことがあるのはあなたたちくらいだし」

「うーん、いつもああいう穴をくぐったらすぐ別次元って感じだからなー、ね、イヴ……イヴ?」

「え、あ、何?」

 

ネプテューヌに名前を呼ばれて、はっとする。

普通に歩いていたはずなのに、いま意識が飛んでたような……

ラステイション騒動からエコーとの戦いの疲れが溜まっているのかしら……

 

「何、じゃないわよ。ここは何なのかって話」

「ああ、いえ、そうね。いろいろな次元があるみたいだし、こういう何もない次元があってもおかしくないのかもしれないわ」

 

零次元のように崩壊間近なところもあれば、超次元みたいに平和と事件がわちゃわちゃなところもある。

結論づけはできないが、超次元とは別の空間ということだけは間違いない・

先を進んでいくも、変わらない景色に警戒が緩む。

音や気配もないし、数歩歩くたびにスキャンしてみても生体反応もない。ベールの言ったとおり、ここは通路なのではないか。空間と空間を繋ぐ中間地点のような場所なのかも。

 

「イヴ」

 

いきなり後ろから声をかけられた。

銃を構えながら振り向くと……

 

「やっと戻ってきてくれたんだな、待ってたぜ」

「うずめ……?」

 

零次元の女神であり、私の親友の天王星うずめがそこにいた。

私は銃口を彼女から逸らす。

 

「あなたがなんでここに?」

「そんなことはどうだっていいだろ? ほら、こっちこっち」

「ま、待って。いったいなにがどうなって……」

 

なんだかおかしい。そう感じて、私の手を掴んで先へ行こうとするうずめを振り払う。

 

「あの黒い少女を倒して、全部が解決したんだ。早く来いよ。平和になった零次元を見せてやるからさ」

 

ぐるぐると混乱している中、うずめの言葉はなぜかはっきり聞こえ、すっと頭に入ってきた。

おかしいことがたくさんある……あるはずなのに、それが何かを考えられない。悪いことは頭の隅に追いやられて、うずめの声だけが反響する。

 

「全部終わったの? 本当に?」

 

うずめは頷いた。

 

「そうさ、だからもう戦わなくていいし、強くなる必要もない」

 

うずめが私の手をもう一度掴む。

 

「ゆっくり休もうぜ。それから、俺たちの国を作るんだ。俺たちが安心して暮らせる場所を」

「私たちが……安心できる場所……」

 

欲しい言葉が投げかけられる。

私が、私たちが望んでいたこと。平和と安全と安心。戦いのない世界、人生。

それが本当に実現したのだとしたら……

 

「ああ、ほら、一緒に行こう」

 

引っ張られるままに、私はついていく。

いつも、私はうずめの後を追いかけていた。彼女がこうやって手を繋いで……

こうやって手を……手を……

 

「待って」

 

私は立ち止まって、自分の手をしっかり見る。

 

「どうしてあなたが黒幕のことを知ってるの?」

「どうしてって、お前が教えてくれたんだろ」

「いいえ、そのはずがないわ。そもそも私が黒い少女のことを知ったのは、超次元に行ってからだもの」

 

零次元にいたころは、敵はモンスターにマジェコンヌ、そしてダークメガミ。あの黒い少女には会っていない。

 

「それにもう一つ。あなたはどうして私のことを私だとわかったの?」

「どうしてって、それこそわかるだろ」

「わからないわよ。私は全身機械のスーツ。あなたが最後に見たものとはまったくデザインが違う。それなのにあなたは、まるで私がイヴだと確信したみたいに話してる」

 

いま掴んでる手だって、正確には私のじゃない。私に纏っているスーツのだ。

 

「声だよ、声」

「先に話しかけてきたのはあなたよ。名前を呼んで、待ってたと言ってね」

 

やっと頭がはっきりしてきた。この状況は明らかにおかしい。

 

「あなたは誰なの?」

 

そう言いながらも、私はその正体に思い当たる節があった。

ゴールドサァドに聞いた話と、いまの私の状況が一致している。

味方のような口調で、唯一の理解者のようなふりをして、心に入り込んで、操ってくる。

 

「あなたが黒幕なのね」

 

うずめだったそいつは落胆したかと思えば、にやりと笑う。

 

「あーあ、案外うまくいかないものだね。まあいいか。他の四人はもうこっちのものだ」

「四人……? ネプテューヌたちに何かしたの!?」

 

いまさら気づいたが、周りにネプテューヌたちがいなくなっている。

どこかに連れ去られたか、それとも私が連れ去られているのか。何もかもが曖昧で判断がつかない。

一つ言えることは、目の前にいるのは敵だ。

 

「もう遅いよ。彼女たちはオレの手の中だ」

「このっ」

 

銃を引き抜き即座に一発。しかし弾丸は敵をすり抜けた。

 

「無駄だよ」

 

その言葉を最後に、そいつは風に吹かれた砂のようにさらさらと崩れていき、消え去った。

静寂が支配する空間の中、残されたのは私一人だけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 ざらつく予感

女神が連れ去られた。

行方を追うべきなのだろうけれど、危険があったらすぐ戻ってくるようにとユウに言われたことを思い出す。

ここは敵地。そして相手は得体のしれない存在。

私は自分の無力さを呪いながら、来た道を急いで戻った。

空中へと放り出された私は背部ジェットを起動。プラネテューヌ教会近くへと着地し、すぐさま中に入る。

 

「みんな!」

 

執務室には他のみんなが揃っていた。

私たちを心配してここを離れられなかったのだろう。それが功を奏した。

 

「イヴさん! お姉ちゃんたちは?」

 

息を荒げて一人で戻ってきた私に、ネプギアが問う。

 

「無事とは言えないわね。どうなったかすらわからないわ」

 

私はうつむく。

とにかく、スーツを脱いで深呼吸。それから頭を整理して、事の顛末をみんなに語った。

曇る顔が増えていくたび、私は罪悪感に囚われる。

まさかあんなにあっさりと相手の罠にはまってしまうとは思わなかった。

世界を作り替え、ゴールドサァドやエコーを操り、そして女神すらも……

黒幕は、私たちが思っているよりも厄介な存在だった。

 

「最悪の事態ッスね」

「まずいな。助けに行くぞ」

「誰が行く? できるだけ戦力を投入したいけど、全員行くとこっちで何かあったときに対処できなくなる」

 

頭がぐるぐるしている私とは違って、アイ、ヤマト、ユウはこれからのことを話す。

私はどうするべきか。頭を抱えていると、バタンと勢いよく扉が開いた。

 

「私たちに任せて!」

 

ゴールドサァドの面々だ。

まだ包帯を巻いた痛々しい状態だけど、病院を抜け出してきたようだ。

 

「私たちには、まだゴールドサァドとしての力が残ってるから、遠慮せずに行ってきて」

 

シーシャが胸を張って仁王立ち。その胸を、アイは叩いた。

 

「んじゃ、ここはお言葉に甘えて」

「必ずブランちゃんを連れ戻してきて。妹ちゃんたちと離れ離れになるのは、もうごめんだろうからね」

 

腕を組み交わす二人。どうやらもう方針は決まったようだ。

まだ戦いの傷が癒えていないケーシャへ、私は近寄る。

 

「大丈夫なの?」

「はい、すっかり身体は元通りですから。ノワールさんをお願いします」

 

私は頷いた。

女神だから、戦力として必要だからという理由は二の次。大事な仲間として、そして帰りを待つ人のために、私はもう一度あそこへ向かわなければならない。

弱気は吹き飛び、代わりに闘争心が満たされていく。

 

「エスーシャ、無理はするなよ」

「君には恩がある。この剣で返そう」

 

仰々しく彩られた黄金の剣を、エスーシャは掲げる。

 

「モンスターが来るかもしれないぞ、ビーシャ」

「うっ……遠距離からバズーカ撃てば平気だよ……たぶん」

 

頬をかいてぎこちない笑顔を見せるビーシャ。

そんな様子を見て、ヴァトリは険しい顔をして悩んだ後、彼女の肩にそっと手を置いた。

 

「……ぼくはここに残るよ」

 

その言葉を聞いて、アイは真剣なまなざしとにやついた笑いと半分ずつ混ぜた、器用な表情を浮かべた。

 

「ビーシャが心配?」

「まだ彼女たちは心身ともにダメージを負ったままだ。いざというときにはぼくがなんとかする」

「任せるッスよ」

「わ、私は大丈夫だよ、ヴァトリ!」

 

元気アピールのために、その場でぴょんぴょんと跳ねるビーシャ。

ヴァトリはそんな彼女を抑え、視線を合わせた。

 

「ああ、大丈夫だろうさ。それでも、君が心配なんだ」

 

体格差を埋めるために跪き、頭にそっと手を置く。

 

「これはぼくの我儘だ。どうか、君を守らせてくれ」

「う、そ、そこまで言われちゃ仕方ないなー。ヴァトリと私なら百人力だしね!」

 

すかさず、シーシャとアイはいやらしい目つきでその様子を揶揄。

 

「あの二人、いつの間にあんないい関係に?」

「いやあ、ちょっと目を離した隙にこれッスよ。タラシに育ったみたいで、姉ちゃんは悲しいッス」

「まさか一番そういうことに疎そうなビーシャがねえ。お姉さんは嬉しいよ」

 

にひひ、と笑う二人に、ヤマトはやれやれと肩をすくめた。

 

「ユウさん、私も行きます」

「あたしも。ダメって言っても無理やりついていくんだから」

「はいはーい! わたしもわたしも! ね、ロムちゃん!」

「う、うん……」

 

女神候補生四人が、がしりとユウを掴む。

 

「置いていく気はない」

 

ユウは即答した。

四人は拒否されると思ったのだろう。きょとんとした顔を浮かべて、首を傾げた。

 

「い、いいんですか?」

「お前たちがどれだけ行きたいか、俺はわかってるつもりだ。それとも、一緒に旅をしたのに、そんなこともわからん男だと思ってるのか?」

 

ユウはわしゃわしゃとネプギアたちの頭をなでる。

女神の妹たちは、まんざらでもない様子でそれを受けた。あのユニでさえ、だ。

 

「いいの、ユウ?」

「ユニの言う通り、断ってもついてくるさ。それはよくわかってる」

 

彼らには、彼らにしかわからないつながりがある。それに関して文句を言う人間はここにはいなかった。

これでメンバーは決まった。

私とユウ、ヤマト、アイ、ネプギア、ユニ、ラム、ロム。

さっきは何もできなかった。

だけど今回は、必ず敵を倒してみせる!

 

 

「なんにも感じませんね」

「なんだかそれが不気味なんスよね。気配とか嫌な感じとか、まったくないんでスから」

 

先ほどと変わらず、ただの一本道。

私の話を聞いていたみんなはきょろきょろと見回しながら警戒する。

 

「いま思うと、何もないのが異様ね。あなたはどう、ユウ。何か感じる?」

 

声をかけたが、彼は私のほうでもなく、正面でもなく、どこかあらぬ方向を見ている。

そこにあるのは壁だけで、特に気になることもないはずだ。

 

「ユウ?」

 

もう一度、さっきよりも強く呼びかける。ユウはようやく反応して、はっとこちらを向いた。

 

「あ、ああ」

「どうかしたの?」

「いや、いま何か見えたような気がして……」

 

そのやりとりは、私と女神が先行していたときにしていた会話とよく似ていた。

すでにここは敵の手中。気を抜けば一瞬で心がもっていかれてしまう。

 

「気を付けて。私もいないはずのうずめが見えて、もうちょっとで連れていかれるところだったわ」

「幻覚か……そういえば、ゴールドサァドたちもそんなことを言ってたな」

「それぞれに共通するのは、黒い少女ッスね。精神を惑わしてくるのは、意外と今までに見たことないッス」

 

アイが神次元で出会った敵を挙げる。基本はモンスターばかりで、人間や機械もいたが、その全てが実力で向かってきていた。

エコーのような策略を張り巡らすのもいなかったことはないが、心に入り込んでくるような敵は見たことがないようだ。

圧倒的な力より、むしろそっちのほうが手に負えないのかもしれない。

一人、またひとりと神隠しのように連れ去られては高い実力も多い人数も意味がなくなってしまう。

 

「ちなみに、何が見えたの?」

「なんていうか、輪郭がぼやけてはっきりした姿は見えなかった。けどあれは……」

「あれは?」

「いや、何でもない」

 

一度開きかけた口を閉じて、ユウは首を横に振った。

 

「ユウさん……もしかして」

「大丈夫。幻覚だよ、ネプギア」

「そうなんでしょうけど、でも……」

「あいつは死んだ。ここにいるはずがない。大丈夫、わかってる」

 

そうは言いつつも、ユウは苦虫を噛み潰したように顔をゆがめた。

何か見たくない人を見せられたのか。

ネプギアにはその誰かがわかっているのだろうか。見てみれば、女神候補生はみんな同じような顔をしている。

 

かつて、ネプギアたちが犯罪神と戦った時、ユウもパーティにいたことは知っている。

そのときに何かが起こったのか。親しい誰かが何かしたのか、身に何かあったのか。

だが詳しいことは聞いてもはぐらかされる。言いたくないことなんだと思って訊かないでおいていたけれど……おそらく、彼はその幻覚を見てしまったのだろう。

 

私の知らない戦いの記憶……

終わってもまだ、彼らはそれに苦しめられている。

この空間は、そんな古傷を抉る性悪な場所なのだ。

 

「早いところお姉ちゃんたちを助けないと、私たちまで……」

「そう考えると、これだけの大所帯で来たのは間違いか正解かわからんな」

 

先頭を歩くユウの足が止まる。それにならって、私たちも歩みを止めた。

一本道の先に、いつの間にか四つの人影が現れていた。

それはだんだんとこっちに近づいてきて、ゆっくりと正体を現す。

 

「お姉ちゃん!」

 

ネプギアが叫んだとおり、それはネプテューヌたちだった。

にこりと笑う四人に、妹たちが駆け寄ろうとする。

 

「待て」

 

しかし、ユウはその四人を睨んで制す。

 

「様子がおかしい」

「どこがおかしいの? もー、ユウったら変なんだから」

 

ネプテューヌがいつもどおりのあっけらかんとした口調で言う。

いつもなら、彼女に賛成していただろう。だがうずめそっくりの幻影を見せられたばかりだ。さすがに警戒する。

 

「急にイヴがいなくなるから、みんなで探してたのよ。無事みたいでなによりだわ」

 

ノワールが近づいてくるのを、銃を向けて制止させる。

彼女は不機嫌な顔になりつつも、足を止めた。

 

「精巧な幻ね」

「いや、あれは本物ッスよ、厄介なことに」

 

アイが舌打ちする。

 

「どうして本物だってわかるの?」

「発せられるエネルギーが、女神のそれと同じッス。真似ようとはできても、同じのを作り出すのは無理ッスよ」

「厄介っていうのは?」

 

本物ならば、それでいいはずなのではないか。

いったん戻るか、それとも女神たちを連れて先に進むか、どちらにしても戦力を取り戻せたことになる。

しかしユウとヤマトを含め、三人は睨みつける。

 

「あの目、見たことがあるッス。ピーシェが洗脳されたときとおんなじ、どこ見てるかわかんない目ッスね」

「ピーシェって誰?」

「それはまた後で」

 

アイに言われてもう一度注視すると、相手の目はどことなく光を失っているようにも見える。だけども確実にそうだと言える自信はなかった。

 

「洗脳なんてされてないわ。私たちはただ、同じ景色を見せたいだけ」

「この先に、素晴らしい世界が広がっていますわ。さあ、みなさん一緒に」

 

ここで、ようやく違和感に気づいた。

言っていることは変だし、何より、そう……危機感が見えなかった。

 

「一度戻ってからじゃダメなの?」

 

頭をいじくられているかどうか、ダメ押しに確認してみる。

 

「いますぐ来てほしいのに……」

「断る……と言ったら?」

「では、引きずってでも連れていくしかないみたいですわね」

 

するりと、まるで当たり前かのようにブランが斧を、ベールが槍を出した。

それに合わせて、四女神は各々の武器を手に持つ。

これで確定だ。ネプテューヌたちは敵の手に堕ちてしまった。

仲間であるはずの私たちに刃の先を向け、笑ってさえいる。

 

「まさか戦えっていうの?」

「ゴールドサァドのときにも、結局戦ってでしか元に戻せなかった。やるしかないだろうな」

「ブランちゃんとやる羽目になるとはねえ……」

「全力で行くぞ」

 

ヤマトは自分の弓を畳み、手に収まるほどのデバイスに変形させる。

それをウエストにあてがうと、ベルトのように腰に巻き付いて固定された。

あれはエコーのときにも見せなかった。それだけリスクのあるものなのだろうか。それだけ……本気ということか。

 

「躊躇してて勝てるほど、あいつらは甘くないぞ」

「……わかってるわ」

 

深呼吸して、心を落ち着かせる。

戦うからといって、殺したり決別したりするわけじゃない。

気絶させれば元通りのはずだ。たぶん、おそらく、きっと。

決心したのは、私が一番遅かった。すでに臨戦態勢に入っているみんなに並んで、もう一度だけ深呼吸した。

 

「変身!」

 

十二人の戦闘開始の合図が響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3 VS女神

正直に言って、準備不足だった。

何者かに操られているっぽい女神たちと戦うなんて、予想できなかったからだ。

 

「数の上では二倍だが……」

「相手はお姉ちゃん……」

 

パープルハートに前に立つのは、ヤマトとパープルシスター。

全身を緑の外殻に覆われたヤマトの姿は、映像では見たが直に目にするのは初めてだ。

まるで、喋る甲殻類型二足歩行モンスター。あの力の由来は女神と同じらしいけど……

 

「手加減してたらこっちがやられるわ。わかってるわね、ユニ?」

「ええ。勝ってお姉ちゃんを取り戻す!」

 

同時に銃を構える私とブラックシスター。お相手はもちろんブラックハート。

 

「いやマジで、タンコブの一つや二つは覚悟しろよ」

「私とロムちゃんとアイのぶんで三つね! こんなことするお姉ちゃんにはお仕置きしなきゃ!」

「できるかな……」

 

女神ローズハートことアイ、そしてホワイトシスターラム&ロムの前に立ちふさがるのはホワイトハートだ。

 

「一対一でいいんですの?」

「お前に妹がいれば参戦してもらいたいところだがな。残念ながら相手は俺だけだ」

 

グリーンハートはユウに刃の先を向ける。対して彼は剣を背中に収めたまま、素手で構えをとった。

空気に緊張感が混じる。

一番先に動いたのは、ユウだった。黒い模様が蠢く身体で、グリーンハートに突進する。女神の身体を掴んで、勢いを落とさずに前進。

彼らが壁に激突したのを合図に、他も一斉に動き出した。

私とブラックシスターは遠慮なく引き金を引く。

実弾とエネルギー弾が入り乱れてブラックハートへ向かう。しかし彼女は一瞬にして防御態勢に入り、剣で攻撃を防ぐ。

 

「その程度?」

 

いやらしい笑みを浮かべたブラックハートが、防御を解いて突進してくる。

縦の一閃が、私たちの間の空を切る。あまりのスピードに慄いている間に、ブラックハートは妹を剣の腹で弾き、私を蹴った。

重い音を立てて、私は地面を転がる。

 

私もブラックシスターも近距離の戦闘は苦手だ。特にこの空間では、周りでも戦闘をしているぶん避けづらい。

黒女神の目がこちらを向く。ブラックハートは跳びあがり、剣を振り下ろしながら落下してくる。

私はさらに地面を転がってそれをかわしつつ身を立たせる。

先ほどまで私が寝転がっていた場所はへこんでいて、ヒビが入り、くわえて綺麗な一本の線が刻まれている。

本当に、彼女は私を殺す気なの? 黒幕は、それほどまでに女神の精神を乗っ取っているの?

考えに気を逸らされ、接近を赦してしまった私はすぐさま銃を構える。しかし銃口はそらされ、腕もかちあげられて、無防備を晒してしまう。

ブラックハートが勢いよく突き出してきた刃先は……私に届かなかった。

黒い手が剣を止めている。

ユウだ。左手でブラックハートの剣を、右手でグリーンハートの槍を掴んでいる。

彼はちらりとこちらの無事を確認すると、両手の武器を地面に叩きつけた。そのせいでがくりと姿勢を崩した女神に攻撃をしかける。

相手も応戦するが、ユウはそれよりも素早く強い。二人がかりでも実力はユウが勝っている。

しかも、相手は武器を使っているのにも関わらず、彼は素手。女神殺しと呼ばれる背中の剣を使ってしまうと、その名の通り殺してしまうからだろう。

 

「撃て、イヴ、ユニ!」

 

ユウが二人の女神を上空へ放り投げる。

女神は空を飛べるが、しかし飛ばされたとあっては、そこに隙が生まれる。

 

「先に言いなさいよ!」

 

ブラックシスターが毒づきながら銃を乱射する。私も同じだ。

事前にわかっていれば充電して、必殺技を放てたのに……ま、こんな状況じゃ仕方ないけど。

 

銃撃の嵐を受けたブラックハートとグリーンハートは落ちて地面に激突したが、まだ立ち上がる。

 

「許してくれ、ノワール、ベール」

 

いつの間にか二人の後ろに回っていたユウが、片手ずつに頭を掴んで、お互いの頭をぶつからせた。

目がぐるぐると回って、がっくりと力の抜けた身体を、ユウが支えた。

 

「アイ、合わせろ!」

 

向こうでは、ヤマトが堅い肌でパープルハートの太刀を受け止めていた。

驚くパープルハートへ、横からパープルシスターのビームが炸裂する。

 

「お前が合わせろ、オラァ!」

 

吹き飛ばされたパープルハートの身体は、同じく蹴り飛ばされたホワイトハートと激突した。

 

「カーディナル・アスター!」

「雷撃!」

 

ローズハートの足から繰り出される紅いエネルギー砲と、ヤマトの腕から発せられる緑の雷がよろめく女神へ向かう。

ふらつきながらもそこから逃げようとする二人だが、身体が、いや足が動かない。

見れば、地面から生える氷がくるぶしまで伸び、その場へと縛りつけている。

それを行った本人ら、ホワイトシスターズは一足早くハイタッチ。

直後、攻撃が直撃。パープルハートとホワイトハートはばたりと倒れてしまった。

ようやく四女神の変身が解けたことを確認して、みんなも元の姿に戻る。

 

「大丈夫か?」

「ええ、ありがと」

 

腰を抜かしたままの私に、ユウが手を差し伸べる。それを掴んで、私は立ち上がった。

私がスーツを脱ぐと、それは自動で折りたたまれていき、金属製の鞄に変形する。背負って、ようやく一息ついた。

 

「ネプテューヌたちも気絶で済んだみたいッスね」

 

女神たちに触れて状態を確認したアイが親指を立てる。

これで洗脳が解けていたらいいのだけど……

そればかりは、目を覚ましてからでないとわからない。

 

「当初の目的は果たせたわね」

「お姉ちゃんたちを連れて、いったん戻るってことでいい?」

 

ユニが提案する。

もともと女神を取り戻すつもりで来たのだ。それができたいま、この場所に留まるのは危険すぎる。

 

「俺は先に行く」

 

しかしユウは異を唱えた。

 

「危険だぞ」

「元は偵察のために女神たちを送り込んだんだ。役目が交代しただけだ」

 

ユウはヤマトの肩越しに、気絶した女神たちを見やる。

 

「それに、これ以上この戦いを長引かせるわけにもいかない」

 

ユウの言うこともわからないでもない。

戻って、またこの空間に来て、洗脳されて……を繰り返していたら前には進めない。

一刻も早く敵を倒す必要がある。

 

「僕じゃ担いで戻れないし、ついていくよ。戻ろうって言ってもきかないみたいだしね」

「わ、私も行きます」

 

ヤマトとネプギアが手を挙げた。私も挙手。

 

「私も行くわ。こんなことをするやつの顔面を一発殴るくらいしないと気が済まないもの」

「文句は言わせないぞ。一緒に行くか、みんなで戻るかだ」

 

眉をひそめるユウに、ヤマトが先制を食らわせた。

この二択を突きつけられて、ユウはしぶしぶ頭を縦に振る。

 

「……わかった」

「なら、ウチらは戻るッス。ブランちゃんたちを休ませないと」

「あたしも行きたいところだけど、任せるわ。お姉ちゃんが目覚めたときに、もしも洗脳が解けてなかったら、止める人が必要だし」

 

外見は細いのに、アイはネプテューヌとベールを軽々担ぎ上げる。

ユニもノワールを背負い、ラムとロムは二人でブランを持ち上げ……というか引っ張っている。

 

「もし危なくなったら連絡してくれ、すぐに」

 

ユウは双子に近づいて、目線を合わせながら、ゆっくりと注意をうながした。

 

「大丈夫、ロムちゃんと私はさいきょーだもん!」

「ぶい」

「二人とも」

 

ユウは双子の肩をがっしりと掴む。

 

「絶対、連絡しろ」

 

語気が強くなる。

ちゃんと言うことを聞かなければ斬られるんじゃないかと思うほど、ユウの感情は外に漏れだしていた。

怒りだ。

女神と戦わされ、傷をつけてしまった怒りが今にも溢れそうで、鳥肌が立つ。

 

「わ、わかったわよぅ」

「お、お兄ちゃん、ちょっとこわい……」

 

びくびくと怯えるラムとロムが縮こまる。

怒りの感情を向ける対象が間違ってるわよ。そう言いたかったが、私は近づけなかった。

 

「ユウさん、落ち着いてください」

 

ピリピリした空気に構わず、ネプギアがユウの肩をぽんと叩く。

その瞬間、張り詰めていた空気がいくぶんか和らいだ。

 

「ああ、すまなかった。二人はさいきょーだもんな。頑張ってくれ、ただし無理はせずに」

 

わしゃわしゃと頭をなでられ、双子の表情は一転して笑顔になった。

 

「うん、任せて!」

「えへへ」

 

さっき怖がってたのに、もう笑ってる。ユウはほんとにみんなに信頼されてるみたいね。

 

「へいへい、ユウ! ユニも撫でられたがってる顔してるッスよ!」

「任せろよ」

「わ、もう、子ども扱いしないでってば!」

「照れんな照れんな」

 

ユウが女神候補生たちに構っている間に、アイはこっそりとヤマトに近づいた。

 

「ヤマト、もし何かあったら……」

「止めるよ。僕にそれが出来るなら、だけど」

「どういうこと?」

 

神妙そうな二人に違和感を覚えて、私は合わせて小声で訊く。

 

「ユウは危なっかしすぎるッス」

「ユウが? 確かにあの神殺しの魔剣てのは恐ろしい威力だけど……」

「違うよ、イヴ。危険なのは魔剣でも力でもない」

 

表情はそのままに、息をのむ二人と私。

 

「ユウ自身だ」

 

見れば普通の人間に見えて、戦えば女神たちを助ける心強い仲間。

その力には嫌なものしか感じないけど、少なくともユウには悪意はない。危険なんてないはずだ。

……そうよね?

 

 

もしかしたら終わりのない道かもと思っていたのが嘘のようだ。

幻覚や洗脳があったことで身構えていたが、私たちはあっさりと通路の奥、光の先へと向かうことができた。

眩い光に目を細めながら進むと、ゆっくりと景色が変わっていく。

ようやく全貌が明らかになると、奇妙なことに見慣れた光景が広がっていた。

 

「ここ……ここって……」

「零次元……?」

 

ネプギアも声を上げる。

倒壊した建物に、割れた地面、傷のある空。

ここは明らかに、私がもといた場所……零次元だ。

これもまた幻覚だろうか。疑いだしたらキリがないけど……

 

「イヴ……とぎあっち?」

 

これもまた、聞きなれた声だ。

私は振り向く。

天王星うずめがそこにいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4 黒幕

超次元の空に突然空いた穴。その向こうには心を惑わす不思議な空間があり、さらにその奥は……零次元へと通じていた。

 

「うずめ、あなた……本物よね?」

 

ここに着いていきなり声をかけてきた少女を睨む。

見た目は完全にうずめ。だけどそれは謎空間でもあったことだ。

 

「何言ってんだよ。本物も何も、俺は俺しかいないだろ?」

 

うずめは何が何やらわからないといった声を出す。その顔に、さらに驚愕が混じった。

 

「お前っ……!」

「な、なにしてるんですか、ユウさん!」

 

ユウが、女神相手に抜かなかった剣の先をうずめに向けている。

 

「こいつだ。こいつが黒幕だ。あの黒い少女だ!」

「ち、ちょっと待って。落ち着いて。うずめは味方よ、ユウ。あなただって一緒に戦ったじゃない」

 

私の弁明に、ユウの怒気が収まっていく。しかし、剣は抜いたまま、先でうずめの身体を捉えたまま。

 

「あの女神か? あの、オレンジハート?」

「そっか、ユウさんは女神化したうずめさんしか見てないから……」

 

ネプギアがはっとする。

そういえば、直に顔を合わせたのは、ダークメガミと戦ってるときだ。

そのときうずめは変身していて……だからユウは『オレンジハート』としての天王星うずめしか知らないのだ。

 

「お前たちと会う前、俺はあの黒い少女に会ってる。お前とそっくりだったぞ。それに、天王星うずめと名乗ってた」

「そんな……俺はあのとき以外、ユウに会ったことはないぞ?」

 

両者とも嘘をついてるようには見えない。ただ困惑して、状況を掴めないの全員が同じだ。

無言が続いたが、ヤマトが一歩前に出て、うずめとユウの間に割って入る。

 

「ユウ、君ならわかるだろ。女神の力を感じる。この人は本物だよ」

 

ヤマトは剣を下ろさせた。

人が持つ力の種類と大きさを感じ取れる彼らにとって、それは相手が何者かを知ることのできる手がかりだ。

まだ謎は残っているものの、とりあえず納得して、ユウは剣を収める。

 

「すまなかったな」

「いや、わかってくれたならいいんだ。俺はわからないことだらけだけど」

「ていうか、あなた、黒の少女を実際に見たことがあるのね。ぼやけた輪郭じゃなく」

「ああ、言ってなかったっけ?」

「言ってないわよ! もう……」

 

呆れた。そんな大事なこと、もっと早く言ってくれればよかったのに。

 

「まあまあ、言ってたとしても余計にこんがらがるだけさ。いまとあんまり状況は変わらないんじゃないかな。イヴも心配事が増えるだけだったろうし、な?」

「納得したわけじゃないけど……はあ、過ぎたことだしね」

「あ、あはは……」

 

ヤマトがなだめたから……というわけでもないけど、私は無理やり納得した。

 

「そうそう。結局はこうやって姿を現すんだから、どっちにしても同じだよ」

「そうよね、うずめとそっくりなのがこうやって現れ……」

 

その瞬間、どっと冷や汗が噴き出した。一瞬で飛び退き、銃を構える。

 

「あ、あなた、あなたは……」

「お、お前誰だ?」

 

唖然として言葉が出ない私の代わりに、うずめが問う。うずめそっくりの少女へと。

 

「初めまして、かな。『俺』」

「やっほー、みんな。久しぶり!」

 

いつの間にか、服と髪が黒……というか濃い紫色のうずめがいた。その後ろには大きいネプテューヌもいる。

 

「ついに出やがったな」

「黒い……うずめ?」

「それにおっきいお姉ちゃんも」

 

これが黒幕? 話を聞いても半信半疑だったけど、本当にうずめそっくりじゃない。

それに、なんでネプテューヌが彼女の横に?

 

「君が全ての元凶か」

 

ヤマトが代表して黒うずめに話をかける。

 

「その通り。と言っても、オレは少し唆しただけだけどね」

「超次元を滅茶苦茶にして、どうするつもりだ」

「あの世界を返してもらうのさ」

「返す?」

「プラネテューヌの女神は、もともとオレの称号だったんだから」

 

黒うずめはうずめを指さす。

 

「そこにいる『俺』はオレの一部、搾りカスでしかない。だから記憶も曖昧、力も足りない。教えてやろう、『俺』」

 

彼女は嘲るでもなく、ただ無表情に言葉を続ける。

 

「天王星うずめは、超次元のプラネテューヌの女神だ。いや、『だった』というほうが正しいかな」

「頭がこんがらがってきた」

 

流石のうずめもこんな奇怪な状況にはついていけていないみたいだ。

 

「つまり、あなたは本当の天王星うずめで、私たちがうずめと思ってたのはあなたの一部……しかも、うずめはネプテューヌよりも前の女神ってことね」

「さすがイヴ。ものわかりがいいね。正確には先々代の女神さ」

 

まるで長年一緒にいたような口ぶりにイラっとしながらも、私は続けた。

 

「エコーはあなたが差し向けたの?」

「キミが造ったものは完成自体はしていたからね。あとは少し手を加えただけさ」

 

あっさりと白状する。

 

「女神を殺すことを目的にして、超次元と繋がりのある神次元まで巻き込んだのは想定外だけどね」

「そこまでして、何が目的なんですか?」

「崩壊」

 

ネプギアに対して、黒うずめは一言だけ返した。

無感情にも聞こえるその言葉は、しかし様々な感情がないまぜになっているようにも感じる。

 

「世界を崩壊させるのさ。すべてを壊して、零にする。この零次元と超次元を融合させてね」

「次元を……融合?」

「そんなこと……」

「できないと思うかい? まあそう思ってくれて構わないよ。どうあっても結果は変わらないからね」

 

黒うずめはくすくすと笑った。

 

「ぶつかって交わって、超次元は零次元と同じになる。もしくは、君の出身と同じと言ってもいいかな、ユウ」

「ユウ……?」

 

私は彼を見る。

私と同じく、彼が超次元の出身でないことはすでに聞いたことがある。

だけど彼のもといた次元がどうなっているのかは知らない。

 

「人もいない。文化も歴史も跡形もなく消える。超次元は、君が作り上げた……いや崩れさせた次元と同じ場所になるのさ」

 

ちょっと待って。ユウが崩れさせた?

こいつは何を言ってるの?

まるで……ユウが何もかも壊した張本人みたいな言い方じゃない。

 

「女神が邪魔になりそうだったから始末しようと思ったけど、エコーも女神本人も意外と役立たずだったね」

「お前っ!」

 

怒りの爆発したユウが剣を抜く。しかし、黒うずめは手を挙げて距離をとった。

 

「君たちを相手にするのは賢くない。ここは退かせてもらうよ」

「待て!」

 

その声も虚しく、ネプテューヌが開いた次元の穴に消えていく。

二人が通った瞬間、それは閉じられ、追うことすら許されなかった。

急な黒幕の出現と自己紹介、ネプテューヌとの再会。

いくつもの衝撃に、私たちが沈黙するなか、一番困惑しているうずめが力なく口を開いた。

 

「なあ、一体何がどうなってるのか教えてくれ」

 

 

 

説明されたことをうずめが噛み砕いている間、私たちも同じく状況を把握しようとしていた。

 

「これで全部繋がったな」

 

ほぼほぼそうだと思っていたが、これで確定した。

エコーと黒うずめは繋がっていて、つまり超次元の改変もゴールドサァドの異変も黒うずめのせいだ。

 

「とはいえ、あいつをどうするか」

「いったん休もう。今のままじゃ、短絡的な行動に移ってしまう」

 

敵が消えて所在がわからなくなったせいで再び後手に回らざるを得ない。

それにエコーとの戦いから引き続いて、女神が洗脳され戦わされ、私もみんなも憔悴しきっている。このまま無理に動いたとして、良い案も出なければ、満足に戦えるとも思えない。

ヤマトの提案に、うずめは頷いた。

 

「ならついてきてくれ。少しいったところに拠点がある」

 

 

「うずめ、無事に帰ってきてくれてなにより……って、イヴにぎあっちじゃないか」

 

廃墟の中を改造した拠点では、喋る魚……海男が待っていてくれていた。

 

「久しぶりね、海男。ちょっと厄介ごとになって……」

「それはいつものことだろう……といろいろ話したいところだけど、どうやら疲れているみたいだね。ちょっと待っててくれ。いまちょうど魚が焼けたところなんだ」

「共食い……」

「海男は魚食べないわよ。振舞うのは好きみたいだけど」

 

嫌な顔をして、ぼそりと呟くユウへフォローをする。

 

「人面魚を前にして、魚を食えってのか?」

「大丈夫。『魚を綺麗に食べる人は嫌いじゃない』って言うくらいだから」

 

初顔合わせ同士の自己紹介を軽く済ませ、うずめと海男の手料理を味わう。

プリンパーティ以来、お菓子の材料がよく見つかるみたいで、デザートまでごちそうになった。疲れた身体に甘いものがよく染みる。

こうやってお菓子を一緒に食べる、なんて何週間かぶりなのに、何年も昔に思える。

超次元での出来事は、密度が濃すぎた。そこに、今回の黒うずめの件。

もう一生分の驚きは体験したかも。

 

『ぶつかって交わって、超次元は零次元と同じになる。もしくは、君の出身と同じと言ってもいいかな、ユウ』

 

黒うずめの言うことが、頭に引っかかっていた。

気になる。けれど訊いてしまったら、取り返しのつかないことになるような気がして……

それでも意を決して口を開いた瞬間、私の携帯端末が鳴った。

誰かから通信だ。超次元に戻った組からの連絡かしら。

開くと、一通のメールが届いていた。タイトルはなし。本文には数字がずらっと並んでいるだけ。

 

「これ……」

 

私が眉をひそめると、ネプギアたちが覗き込んでくる。

 

「なんだ、この数字の羅列……次元座標か?」

 

一番に言ったのはユウだ。

 

「次元座標?」

「そのまんま、次元の場所を示す座標だよ。見たことのない座標だな」

「誰から送られてきたんですか?」

 

ネプギアに言われて、ようやく差出人を見る。

 

「ネプテューヌよ、大きいほうの」

 

黒うずめの隣にいたり、こんなメールを送ってきたり……彼女の意図が全く分からない。

おそらくこれは彼女たちのいる場所か、何かヒントになるような場所……もしくは……

 

「罠かも」

「だけど、僕たちには他に手掛かりが一切ない」

「ここに行くしかないってことですね。ユウさん、お願いできますか?」

 

こことも、超次元とも違う次元へ、どうやって行くのかという私の疑問は、ネプギアがユウを呼んだことですぐに晴れた。

彼は大きいネプテューヌと同じく、次元の旅人なのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5 真っ向

「よっと」

 

ユウが空間を切り裂いて開けた穴の先へ踏み込む。

どこかに根付いてるわけじゃない大きな足場。それがいくつもあって、そこかしこに浮かんでいる。

空は……というか、上下左右が星のないオレンジの宇宙のようだ。

それよりも目を引いたのが……

 

「あれは……」

「シェアクリスタルですね。でも、私の知っているのより大きいです」

 

零次元でたまに見つけるものを単純に巨大化したようなシェアクリスタル。

はるか遠くにあるはずなのに、いや遠くにあるからだろうか、その大きさが並外れているものだとわかる。

 

「黒いうずめのか、それとも……」

「両方ってこともある。うずめがあの黒いのの一部なら、力の源は同じはずだ」

 

ユウとヤマトはクリスタルが放つ輝きに目を細める。

 

「だったら一番手っ取り早いのは……」

「黒いの……だと呼びづらいわね。なにか、こう、名前をつけない?」

 

私はうずめの言葉の先を察して遮った。ヤマトはちらりと私を見て、小さく頷く。

 

「じゃあ、くろめ。黒いうずめで、くろめ」

「安直ね」

「まあいいんじゃないか。洒落た名前なんて必要ないだろう」

「とにかく、くろめを止めるためには……」

 

私の口はそこで止まった、いつの間にか、知らない人が知覚に立っている。

青くすらりとした髪をなびかせる大人の女性。それと、私より少し年上くらいの、眉間にしわを寄せる紫髪の女性。

 

「あれは……誰?」

「篠宮エリカさん。それととその妹のオルガさんです。ユウさんにとって家族のような……大事な人でした」

 

苦々しく言うネプギアの表情は、見たくないものを見てしまったように白くなっている。

その言い方に、私は引っ掛かりを感じた。

 

「でした?」

「死んだんです。いえ、死んだと言うより……」

「あら、ユウ。久しぶりね」

 

青い髪のほう、エリカとやらが話しかけてきた。

見れば見るほど、儚げで美しい印象が増していく。

 

「ユウ、幻覚だ」

「分かってる」

 

ヤマトが注意し、そうは言っても、ユウの視線はその女性に釘付けになっている。

家族のような、とネプギアは言った。それほどの人が目の前に現れたのだ。無理もない。

 

「この人の心を映す空間……心次元(しんじげん)とでも呼びましょうか。ここにこうやって鮮明に私がいるってことは、あなたがそれだけちゃんと私を覚えててくれているってこと。それは素直に嬉しいわ」

 

にこり、とエリカは微笑んだ。好意を一切隠さない笑顔。それだけで、ユウとの関係がなんとなく察せられた。

 

「けどどうやら、あなたは平穏を望んでるみたいね」

 

彼女は後ろへ目を見やる。先ほどいたオルガという女性だけでなく、ネプギアやネプテューヌたち女神たち、そして私が知らない何十人もの人々。それらみんながわいわいと楽しそうに笑って話し合っている。

単なる日常の一コマ。だけどそこにユウはいない。

その光景に少し見とれていた私の意識は、次のエリカの言葉で急に戻される。

 

「私を殺したくせに」

 

胃がきゅっと締めつけられるような感覚。

見ればエリカから慈愛の面はなくなり、そこにあったのは怒りのみ。

 

「言ったわよね。戦い続けてって。私を忘れないように、私を殺したことを一生忘れないように戦い続けてって。それなのにあなたは普通の人間みたいに暮らしたいってまだ思ってるの?」

 

ユウに詰め寄る彼女の語気が荒くなる。

 

「すでにネプギアとの約束を破ったあなたが、私との約束も守らないつもり?」

「違う。俺は……」

 

弁明を絞りだそうとするユウ。代わりにヤマトが前に出てエリカを睨む。

 

「君はユウが生み出した幻覚か、それともくろめの手先か」

「くろめ? ……ああ、そう呼んでるのね。半々ってところかしら。私はユウの記憶の中の篠宮エリカであると同時に、天王星うずめの分身でもある」

「彼女は何者なんだ」

「本人が言ったでしょ。女神で、そこにいるうずめの大元」

「うずめがくろめの一部っていうのはわかった。うずめが超次元の昔の女神だってことも。なら、なんでくろめは超次元を壊そうとしてるんだ?」

「うずめは人に裏切られて、その復讐のためにこんな大掛かりなことをしてるの」

 

その言葉を聞いて、ヤマトがぴたりと止まる。

警戒が薄れた……というより、なにか深く考えるように目の前から意識が逸れている。

今度口を開いたのは、ネプギアだった。

 

「どういうことですか?」

「そのままの意味よ、ネプギア。願えば現実になるなんて能力はあまりにも強力。かつて天王星うずめが統治していた国の民はそれを恐れた」

 

願望が現実になる力は知っている。だけどそれはうずめの自覚していない力だ。彼女の知らないところでいつの間にか発動されている能力のはずだ。

それが、元々は自ら望むように発動できたのだろうか。

 

「やがて彼女に脅威を感じ、迫害しようとしたの。仕方なく彼女は自分の存在を消した。人から自分に関する記憶を消して、自らを封印して。けど人のネガティブなエネルギーはそうそう消えることはないわ。だんだん彼女に蓄積されていって……」

「女神であるうずめと、負の力をもつくろめに分かれたってことか」

 

ユウがやっと言葉を発した。

 

「そういうこと。誰かさんと似てるわね」

「だから同情しろと?」

「違うわ。あくまで事実を話しただけ。これをどう受け止めるかはあなたたち次第」

 

それだけ言うと、エリカの身体は崩れだす。

砂が風に紛れて視界から消えるように、私たちの目の前で霧散していく。

 

「エリカっ!」

 

どこへ追いかけても見つからない幻影を求めて、ユウが腕を伸ばす。その手を、ヤマトは掴んだ。

 

「ユウ、踏み込み過ぎだ」

 

その言葉と行動に、ユウの動きが止まる。何も掴めなかった手を見つめ、拳を握る。いつの間にか汗だくで息が切れていた。

 

「君が前に言ってた約束って……」

「ああ、エリカだ」

 

汗を拭いながら、ユウの顔が歪む。ネプギアと同じ、見たくないものを見た目だ。

 

「俺が殺した」

 

言い訳をするでもなく、彼はそれだけ言って前に進む。

残された私たちは、ただその言葉を受け止めることしかできなかった。

エコーやくろめが言った言葉は、何かの間違いだと信じたい。しかし、彼は自分で言った。『俺が殺した』。

何かきっと重たい過去があるのだろう。それをずっと引きずっている。

 

「戻ろう。ここに長くいると、精神的によくない」

 

混乱を抱えたまま、私たちはヤマトの言葉に従った。

 

 

「容態は?」

「怪我は大したことないッス。ただ、洗脳が解けているかは起きてくれないとわからないッスね」

 

教会に戻ってきた私たちは、直前まで手当をしていたアイに問う。

ひとまず一安心。

また戦うようなことがあれば面倒だけど。

 

「くろめは復讐のために今まで戦ってたんだ」

 

ヤマトは独り言のように言う。

『人間に復讐するため』とエリカは言った。

守ってきた人たちに裏切られ、うずめはどう思ったのだろう。悪に扱われるなら、いっそ悪になってしまおうとしたのだろうか。

 

「なら救える」

 

彼は確信して呟いた。

これが理由のない破壊であれば、打ち負かし、あるいは消滅させる必要もあった。

だが理由があり、因縁のある戦いならば、それを取り除いてやればくろめを消すことはなく、上手くいけばくろめと戦わなくても済むかもしれない。

くろめだって虐げられた一人の少女なのだ。

その命と心を助けることに、ヤマトはなんの躊躇もなかった。

 

「反対だ」

 

堅く決めたヤマトの意志に、反論が飛んでくる。

壁にもたれかかって腕を組むユウが睨んでいた。

 

「刻一刻を争うんだ。今もあいつはこの世界を滅ぼそうとしてる」

 

ユウが恐れているのは、くろめの作戦が成功することだった。

超次元と零次元が融合してしまえば、世界は零次元のように荒廃してしまうとくろめは言った。

零次元の荒れようは私が一番よく知っている。がれきに埋もれ、空は暗く、地面はひび割れている。

全てが破壊されたという点においては、私の故郷と一緒だ。

 

「復讐に囚われているんなら、きっと話し合いで解決できる隙はある」

「隙はあるとしても、説得に値する情報を集めて、話し合いの場を設ける暇はない」

「説得じゃなくてもいい。力を奪うとか……」

 

せめて『命を奪いさえしなければ』がヤマトの最低限の条件だ。

この世界が救われるに値するというなら、平等にくろめも救われるに値することを一考する余地はある。

だがユウは首を横に振るばかりだった。

 

「元を絶つほうが早い。いいか、リスクが大きすぎる。危険すぎるんだよ」

「『危険』は殺していい理由にならない」

「生かす理由にもならないぞ」

 

ユウはヤマトを指さして鋭い口調で言う。

この世界を救う。ユウの頭はそれが優先事項となっている。

彼の中では、それはつまり『くろめを殺すこと』とイコールになり、その等号はずれることはない。

 

「悪の力を持っているからって、殺すのは早計すぎる。君が一番分かってるはずじゃないのか」

「この次元を壊そうとしてるやつが悪じゃないって? 本気で言ってるのか?」

 

ユウが持つ力は、お世辞にも正義由来のものとは思えない。ただの人間である私にも、その恐ろしさは肌で感じる。

だけど彼はこの超次元を犯罪神の魔の手から救い、そしてヤマトや私の手助けもしてくれた。

先のエコーとの戦いではロボット軍団を一番多く倒した功労者でもある。

悪の力とその使用者に関係がないことは彼自身が証明している。

そんなヤマトの主張に、ユウは嘲って返した。

 

「ネプテューヌ達を見ただろ。夢を見せるかなんかで洗脳して、俺たちと戦わせた。まだあいつの下にはダークメガミがいる。あいつ自身にももっと強大な力があるに決まってる」

 

ユウは壁を叩いた。

ネプテューヌたちと戦ったことを思い出したのか、その拳に容赦はなく、壁にひびが入る。

 

「くろめは本気で何もかも壊そうとしてる」

 

ユウは歯ぎしりが聞こえそうなほど食いしばる。

虚ろだったネプテューヌたちと戦ったとき、一番苦しい顔をしていたのは妹であるネプギア達でなく、ユウだった。

あのときユウの顔が青ざめていたのを、私は見逃さなかった。

あの戦いがあったからこそ、ユウは失うことに恐怖しているのだろうか。いや、それよりも前に何があったか。

殺すと意気込んでいるものの、死に対して一番臆病なのはユウだ。

まず先頭に立ってそのまま敵を殲滅しようとするその姿勢は、最初は畏怖したものの、いつしか一種の孤独を感じさせた。

ともに戦っていても、なぜか『ユウと共闘している』という気分に浸ることはできない。彼はできるだけ自分だけで戦いたいのだ。

厳密に言えば、彼はできるだけ『自分以外を戦わせたくない』のだ。

 

「僕たちなら止められる。レイのときは君と女神、僕たちでうまく収められたじゃないか。今度だってできる。くろめを止められる」

「止めてやるさ、あいつの息の根も一緒にな」

 

取り付く島もない態度に、ヤマトはため息をついた。

 

「ユウ、僕は真面目に……」

「俺も真面目だ」

 

その目は言いくるめようとするものではなく、諦めさせようとする目だった。

救える命には限りがある。言外にそう伝えている。

 

「ヤマト、お前の考えてることもわかる。だけど今回はいろんな意味で相手が悪すぎる」

「そうだよ。だからこそ君の力が必要なんだ。君がいれば説得力も増す」

 

ヤマトはユウの肩を掴んで懇願した。

彼としては、こんなところでユウとすれ違ってしまうことはどうしても避けたいことだろう。

友人として、仲間として、離れることはしたくないはずだ。

人の命。

そのことに関して、ヤマトはユウと同じくらい敏感。

しかし敵すらも助けようとするのは、ユウのそれとは真逆の行動だ。分かり合うなんて、きっとできない。

 

「その、私はヤマトさんに賛成です」

 

緊迫した空気の中、ネプギアが声を上げる。

 

「あの人が、くろめがうずめさんと同じなら、きっと話し合いでなんとかできると思うんです」

「ウチも賛成。敵が味方になるのは今まで何回もあったことでスし、今回もきっと上手くいくッス」

 

ここにネプテューヌがいれば、同じことを言っただろうか。

ネプギアとアイは、ヤマトの側に着く。

 

「あたしは反対よ」

 

それに真っ向から意見をぶつけたのは、ユニだ。

 

「お姉ちゃんもケーシャさんも、イヴだってそいつのせいで危ない目に遭ったもの。絶対に許せないわ」

 

くろめのせいで傷ついたのは私たちだけじゃない。

ゴールドサァドも、いやエコーによる被害を考えれば、世界中の人々が被害者ともいえる。

 

「私だって! お姉ちゃんもシーシャもこんなに苦しめられて黙ってられないもん。ね、ロムちゃん」

「わ、私は……」

 

ラムに顔を向けられ、おろおろとするロム。

いつもならここで同意をするから、今回もそうだと思ったけれど……

 

「話してみるのも、いいと思う……」

 

俯いて、そう呟いた。

この二人の意見が違うのは相当なことらしく、重い沈黙が場を支配する。

 

「イヴ、お前はどうする」

 

みんながいっせいにこちらを見る。

 

「私は……」

 

どちらの言い分もわかる。だけど、私は決めることはできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6 それぞれの立場

私たちが、というよりユウとヤマトが口で争っている間、うずめは教会から外に出て街並みを眺めていた。

仲間のために零次元から離れられないと言った彼女を強引に連れてきたのは、私がうずめを一人にさせたくないのと、うずめがそばにいてほしかったから。

晴れ渡る空の下、道行く人々を目で追いかけるうずめになんと声をかけたらいいかわからなくて黙ってしまう。

 

「とんでもないことになってるんだな……」

 

彼女の元が全ての元凶だったのに、それを知ったのはうずめが一番最後。

衝撃的なことをたくさん言われ、彼女は何を感じているんだろう。

くるりと振り返った彼女は、笑顔で迎えてくれた。

 

「うずめ……」

「強くなったんだな。約束通りに」

 

私ならたぶん耐えられない。自分が偽物だと言われて、本物は悪事を働いて、世界を壊そうとしているなんて知ったら崩れて折れて壊れてしまう。

それでもなお、彼女は笑ってみせる。私の成長を称えてくれる。

 

「ええ、あなたを、この世界を救うために」

 

そのはずだった。零次元から超次元に向かったのは、うずめの力になるため。この世界から悪を追い出すため。

強くなって、彼女の隣で戦えるようになって、黒幕も倒してハッピーエンドを迎えるつもりだった。

 

「なのに……なのに……っ」

 

敵はそのうずめで、私では倒せないほど強力で、倒せたとしても親友が死んでしまう。

これじゃ、なんのために強くなったのか、なんのために戦ってきたのかわからない。

こんなのあまりにも酷すぎる。

 

「やるべきだ、イヴ。心次元のシェアクリスタルを壊してしまえば、きっと全部終わる」

「でもそんなことをすれば……!」

「くろめも消えて、俺も消える」

「そんなの……そんなの駄目よ。私たちで一緒に平和な未来をつくるって約束したじゃない」

 

零次元を平和にして、その後の未来のことも話し合った。

どういう国を作りたいだとか、そのときの私の役職はなんだとか、希望に満ちていたはずの未来の話。

それなのに、どうして現実はこうも希望を摘み取っていくの?

 

「ごめん、約束を破ることになるな」

「やめて。そんなこと言わないで!」

 

私は縋るようにうずめの肩を握る。

離してしまえば消えそうで、今にもいなくなってしまいそうで、必死に掴む。

 

「あなたを殺すなんて、絶対にやりたくないっ! 私はそんなことのために強くなったんじゃないのにっ!」

「イヴ、これしかないんだ」

「どうして……?」

 

一番つらいのはあなたのはず。消えてしまえば、私たちが夢見た『先』を見ることも叶わないのに。

なのにどうして……どうしてあなたは笑っていられるのよ……

 

「あなたが一番望んでたことじゃない。みんなで一緒にって」

「その夢はお前に託すよ」

「あなたがいないと私は……私はっ……」

「大丈夫。イヴは強い。俺のお墨付きだ」

 

うずめはたぶん、私に心配をかけまいとしたのだろう。そして選択肢を狭めた。

『自分は覚悟できてる。それに、世界を救うのにはこれしかない』

そう言って、私のするべきことを示した。

流したいはずの涙も堪えて、一人犠牲になる道を選んで。

嫌で嫌で仕方がない。だけどうずめは本気で私に道を示している。

 

「本気には本気で応えないといけないわね……」

 

私は彼女の覚悟に応える義務がある。

私の信じる全てを救えなかったとしても、うずめの信じる全てを守る義務がある。

 

「うずめ」

 

後ろから声が聞こえた。振り向けば、ユウがゆっくり近づいてくる。

 

「お前の意見を聞きたい。俺はあのくろめを破壊する。そうすればお前は……」

「あなたについていくわ、ユウ。私もくろめを倒すほうに賛成」

 

ユウは少し驚いた顔をする。

『お前を殺す』と言ってるようなものだ。賛同は得られないと思ったのだろう。だけど私たちの目を見て頷いた。

 

「いいんだな、うずめ、イヴ」

「ああ、終わらせよう」

 

念入りにもう一度した確認にも即答。これ以上悩むのはもうごめんだ。

 

「ユニとラムも賛同してくれてる。今から行くぞ」

「一つだけお願い。とどめは私にやらせて」

 

ぐっと、胸の前で拳を握る。

義腕なのに、痛んで痛んで仕方がない。

もうこの痛みともおさらばする時だ。

 

「私がやらなきゃいけないことなの」

 

 

「ヴァトリ、君は?」

 

問いを投げかけられる前からずっと眉間にしわを寄せていたヴァトリは、頭を振った。

 

「……わからない」

 

今にも消え入りそうな声を、ため息交じりに発する。

 

「救える命なら救いたいと思う。けど、世界を守るために敵を消し去ることも間違いじゃない」

 

またため息を吐く。

 

「ぼくには決められない」

 

あまりにも重い決断だ。

確かに、ユウの言ったことも正解ではある。

世界を壊そうとする敵に情けをかける必要はあるのか。

僕は首を横に振れない。そうでなければ、キセイジョウ・レイと戦って救ったことも間違いになってしまうのだから。

問題なのは、ユウを説得できないことだ。

くろめを殺さずに止められる確証や物がない限り、彼の意見は変えられないだろう。

 

「ヤマト、ちょっといいッスか?」

 

考え込んでいた僕に、アイが声をかけてくる。

 

「ちょっとこれを見てほしいッス」

 

そう言いながら手渡してきたのは、彼女の携帯端末。

 

「なんだこれ」

「エコーと船の残骸から取り出したデータッス。ラステイションで保管されてた機密データを、エコーが奪ったみたいッスね」

 

画面には、ずらりと文字が並んでいた。

ネプテューヌたちをここに運んでから、僕たちが戻るまで、アイはこれをずっと見ていたらしい。

 

「数年前、超次元であった事件ッスね。犯罪組織が勢力を伸ばしたときの」

 

それはネプテューヌやネプギア、ユウから少しだけ聞いている。

女神たちが捕まり、その妹たちである女神候補生とユウたちが立ち向かい、救出。最終的には犯罪神を倒したと。

 

「ユウは、あの剣で実際に女神八人を殺してるッス。犯罪神を倒すために、女神と戦って、あるいは頼まれて」

 

文を要約したアイの言葉を疑って、僕は画面を穴が空くほど見る。

ユウが持っているのは女神殺しの魔剣。その名の通りの実績があると彼は言っていた。

女神たちの命を奪うことで威力を増す剣の前に、候補生を含めた八人が命を散らした。そのおかげで、あれだけの攻撃力が発揮できたのだ。

 

「だけどネプテューヌたちは生きてるぞ」

「ユウが女神を殺したのは、ユウの元いた次元での出来事ッス。こことは違う、よく似たもう一つの次元」

 

ああ、それも聞いたことがある。ユウは超次元とも神次元とも違う場所から来たと。

彼があまり話したがらないから訊くのを避けたが……

 

「犯罪神を倒せはしたけれど、その力がユウに乗り移った。んでユウは人間を憎むようになった。犯罪組織に寝返るようになった人間を。そして……」

「四つの国をすべて滅ぼしてしまった……」

 

その後の顛末も細かく書かれている。犯罪組織の台頭と女神の捕縛という同じような状況になった超次元で、ユウというイレギュラーが混じったことによる悲愴の物語。

これだけの物語を経て、彼はいまも戦っている。

ネプテューヌたちと戦うことになったことに対する怒りや恐怖。そして篠宮エリカという女性への対応。

全てがようやく、僕の中で納得がいった。

機密文書を読み終わり、僕は心臓がいやにざわめいているのを感じた。

 

「エコーが欲しがるわけだ。僕たちが止めたことを、ユウはすでにやってしまってたんだ」

「次元を移動して世界を救ってるのは、その罪滅ぼしってわけッスかね」

「ユウがあれだけ必死なのは、世界が滅ぶのをその目で見たからだ。絵空事じゃないことをしっかりと理解しているからだ」

「自分がやったことだから、余計にッスね」

 

僕の言うことは綺麗事だ。現実で破滅を体感してしまったユウに、僕の言葉は届かない。

もし彼らを止めたいのなら……

 

「あ、あの……ユニちゃん見ませんでしたか? どこにもいなくて」

「ら、ラムちゃんもいない……」

 

ひょっこり出てきたネプギアとロムに少しびくりとしながら、嫌な予感が最大限にがなり立てる。

ここにはメンバーはくろめを助けようとしているメンバーしかいない。つまり……

 

「まずい」

 

くろめを殺そうとする者たちが、すでに動いている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7 争いは避けられない

ユウが開いた次元の扉をくぐるのは、これで三度目。

もう慣れたけど、私の心は晴れないままだ。

今からあの遠くに見えるシェアクリスタルを破壊しなければならない。それはくろめを倒し、平和を取り戻すという意味がある。そして同時にうずめを殺すということにも繋がっている。

覚悟が揺らぎそう。けど、自分を強くもたなきゃ。

 

「イヴ、無理するなとは言えないけど、頼ってくれよ」

「そうね。これが最後だもの。思いっきり甘えさせてもらうわ」

 

うずめの手をそっと握る。小さい、ただの少女の手。この手にどれだけ助けられてきたことか。どれだけ重荷を負わせたことか。

ふう、と息を吐いて弱い心を抑える。

ユウはともかく、ユニやラムに心配をかけるわけにはいかない。

彼女たちはとても優しい。迷っていたら、私の代わりにシェアクリスタルを壊すなんてことも言いかねない。

それだけは絶対にだめ。これは私だけがやるべき義務なのだから。

 

「ユウ、そこで止まれ」

 

後ろからの声に振り返る。ヤマトにアイ、それにネプギアとロム。

うずめを殺すことに反対したメンバーが揃っていた。

私は舌打ちする。思っていたよりも早い。

 

「よく来れたな」

「ネプギアが次元座標をメモってくれてたおかげさ」

 

緊張感が空気を伝わり走る。

 

「ユウさん、どうしても行く気ですか?」

「ああ」

「イヴもそう思ってるッスか?」

「ええ、やらなきゃいけないことなの」

 

ネプギアの問いにユウが、アイに私が答える。

またしてもひりつくようなぴりぴりする雰囲気が増す。

 

「私の親友が命を懸けて選んだ道なの。私にはとどめを刺す義務がある」

「だけどもしかしたら……」

「そんな道はないの! 『もしかしたら』を探してる時間も!」

 

私は叫ぶ。

ヤマトが言う理想を信じられたらどれだけいいだろうか。

みんなを巻き込むことも考えて、うずめと運命を共にすることを覚悟できたらもっと楽だっただろう。

でも無理。

私は未来を作ると約束した。うずめと交わした最大で、最後の約束。

それがある限り、私には自分の命を捨てることと、この世界を捨てる選択肢は選べない。

 

「あなたたちにはわからないわ。世界が崩壊していく恐怖を感じたことがないんだもの」

「確かにない。僕には君たちを止める権利なんてないのかもしれない」

「だったら……」

「だけど、それとこれとは別だ。僕は僕自身の決めたこととして、君たちを止める」

 

世界より、目の前にいる人の命を重く受け止める。そしてそれを諦めない心。あまりにも危うい正義の形だ。

甘い理想論。それが本当に可能なら、誰だってそうする。

 

「俺がいいって言ってるんだ。それでも立ちはだかるつもりか?」

「そうッス」

 

うずめが言うが、アイもまた即答。

どうあっても彼女たちは意見を曲げない。

 

「平行線だな」

 

ユウが拳を構える。

言うことを聞かせたいなら力づくで、ということだ。

結局こうなるのね。私は小さく『変身』と呟いて、アーマーを装着する。

彼女たちと戦うことを避けるために内緒で来たのに、こうなってしまってはもう止まれない。

腿のホルダーから銃を取り出そうとした、その時。

 

「どいてどいてどいてー!」

 

この場に似合わない、焦りながらもどこか気の抜けた声が響く。

もちろん私じゃないし、ユウでもヤマトでも女神たちでもなかった。

 

「ネプテューヌ?」

 

一番にユウが気づく。

そのほうを見ると、遠くからどんどんとネプテューヌが走って近づいてくる。

零次元で出会った、あの大人ネプテューヌのほうだ。

こちらが動かないのを見て、ユウの目の前で急ストップする。

 

「いやー参ったよ。ユウに次元座標を送ったのがバレて、マザコングに追い回されてたんだ」

「マジェコンヌだ! いい加減正しく呼べ!」

 

ネプテューヌの後ろから追いかけてきたマジェコンヌが黒いエネルギー弾を放つ。

とっさに防御するネプテューヌの前で、ユウがいとも簡単にそれを弾いた。

ここで第三者が割り込んでくるのは予想外だったが、今はむしろ都合がいい。

 

「説明口調でどうも。だが今は相手してる暇はない。抜けるぞ、イヴ」

「ええ。ここは任せるわ、ユニ、ラム」

「わかったわ」

「だいじょーぶ、まかせて!」

「って、なにこの一触即発な空気は……」

 

ネプテューヌに聞きたいことは山ほどあるが、今はタイミングが悪い。

彼女を置き去りにして、私とうずめとユウは真っすぐ先へ、マジェコンヌの方へ駆ける。

 

「この先に行かせるわけには……」

「遅い」

「ありきたりなセリフなら、また今度聞いてあげるわ」

「じゃあな!」

 

余裕ぶっているマジェコンヌの脇をすり抜け、シェアクリスタルへ向かう。

ここはこいつもネプギアたちの足止めに使わせてもらおう。

 

「ま、待て! 待てと言ってるだろう!」

 

マジェコンヌが叫ぶが、待てと言われて待つやつはいない。

 

「僕たちも行くぞ」

「通さん!」

 

流石にこれ以上は先へ行かせないか。マジェコンヌがヤマトの前に立ちふさがる。

 

「なら私たちが!」

 

マジェコンヌに止められた代わりに、ネプギアとロムが私たちに追いつこうとする。

だがその前にも別の人物が立つ。

 

「ユニちゃん……」

「悪いわね、ネプギア。でもどうしてもあたしはくろめを許せない!」

 

銃のスコープ越しにネプギアを睨みつけるユニが、引き金に手をかける。

 

「諦めて、ロムちゃん!」

「いや! ここでお兄ちゃんを止めなかったら、うずめさんを助けなかったら、いままでやってきたこと全部嘘になっちゃう!」

「なにそれ、わかんない、わかんないよ!」

 

世界の命運と一人の命を秤にかけ、そしてこんな状況になってしまって、女神候補生たちは動けなくなる。

もしあと一歩誰かが踏み出せば、本当に開戦してしまう。

 

「このままじゃユウたちのところにたどり着けないッス!」

 

ヤマトとともにマジェコンヌの相手をするアイの額に汗が浮かぶ。

くろめの手先とだけあって、マジェコンヌはしぶとい。二人がかりでも手こずるくらいだ。

倒せない敵ではないが、そうとう時間はかかってしまうだろう。

と思ったが……

 

「ぐっ!?」

 

突然飛来してきた黒炎に、マジェコンヌが焙られる。

 

「誰かに従う私など、たとえ偽物でも見てて気分のいいものではないな」

「マジェコンヌ……!」

 

ヤマトとアイの顔が明るくなる。

新たに現れたもう一人のマジェコンヌは、経緯はわからないが二人の味方のようだ。

……農家の格好をしているのは気になるけど。

 

「ここは任せろ。あんなのを見せられて気分が悪い。私が片づける」

「助かるよ、マジェコンヌ」

 

握手に応じるマジェコンヌというのは、なにやら珍しいもののような気がする。

とにかく、マジェコンヌには農家マジェコンヌが相手をすることで、あちら側の人数に余裕ができた。

 

「ユニちゃん、私も行かないと。行かないと、ユウさんが!」

 

交わる剣と銃身が、激しく火花を散らす。

 

「ユウが何よ。あいつもイヴは強いんだから、くろめになんか負けるはずないわ!」

「そうじゃなくって!」

 

攻撃の応酬は、二人が距離をとったことで中断。しかしお互いに譲るつもりはなかった。

 

「これ以上ユウさんを戦わせると、もう戻ってきてくれない気がするの」

 

ネプギアの、剣を持つ手に力が入る。

 

「これから先も、ユウさんが戦い続けることをよしとしてしまったら、ユウさんはどこか知らないところできっと……心も身体も壊れちゃうんだよ?」

 

次元を旅することのできるユウにとって、求めれば敵は無限に湧いてくる。

その中で戦い、傷つき、殺すことを続ける道の終着点は誰にだってわかっている。

どれだけ強大な力を持とうとも、ユウの心は人間のものだから。

 

「でも……でも、じゃあこのままくろめの思う通りにしろって言うの!?」

「違う! 違うよ!」

 

らちが明かない。

ユニはしびれを切らして銃弾を放つ。

感情のままに放った決別の弾丸は、しかしネプテューヌの二刀に阻まれた。

 

「まだ状況を飲み込めてないけど、ネプギアは先に行って。ユウを追いかけなきゃいけないんでしょ?」

「お姉ちゃん……」

 

いつの間にか目に浮かんでいた涙をぬぐい、ネプギアは先を見る。

ユニの向こう、私たちの背中を。

 

「ええと、とりあえずこっちのマザコングは味方で、あっちのは敵ってことでいいのかな?」

「マジェコンヌだ! 成長しても相変わらずイラつく奴だな」

 

大人ネプテューヌと農家マジェコンヌのそんなやりとりに、ヤマトが二人を交互に指差す。

 

「知り合いなのか?」

「いえ、どちらも初対面ですが、別次元の同一人物と会っているので……」

「ややこしいッスね。とりあえず今は味方! 足止めお願いするッス!」

 

言うや否や、飛ぶ勢いでアイたちが駆けだす。

 

もう、はるか遠くに映る混戦。

それをちらりと見ると申し訳ない気持ちになる。

零次元にいたころに全てを終わらせていれば、超次元や神次元の人たちを巻き込むこともなかった。

私がいつまでも弱かったせいだ。

いつもリーダー然としているうずめが、珍しく顔を俯かせ、影をつくる。

無理もない。自分のせいで仲間同士が戦うはめになったのだから。

 

「すまん、俺のせいで」

「あなたのせいじゃない……とは言えないけど、全部終わればみんなわかってくれるわ」

 

すでに私たちはシェアクリスタルの目の前にまで来ていた。

近くで見て改めて思い知らされるが、とてつもなく巨大だ。超次元のものより、もちろん零次元で拾う欠片よりも。

崩壊し、宙に浮かぶ地面からさらに三百メートルほど上に浮いているそれは、オレンジ色に輝いて暖かい光を放つ。

これがくろめの力の源なのだ。そして同時にうずめのものでもある。

 

「イヴ」

「ええ」

 

うずめに促され、銃を構える。

女神の根源といえども、その強度自体は大したことはない。エネルギーを集中させて撃てば壊せるだろう。

震える手を抑えようとして、諦めた。

親友の命を奪おうとしているのよ。震えて当然。躊躇して当然。

でも私はやらなきゃいけない。

怖くても、引き金を引いて終わらせなきゃいけない。

人差し指に力を込める。これが最後だと信じて。

 

「おっと、本当にやっちゃっていいのか? もっと先に倒すべき敵がいるんじゃないのか?」

 

その声に、私の身体が固まった。

こんな土壇場で、まだ邪魔をするやつがいるの?

私たちは声の主のほうへ振り返り、そして驚愕した。

 

「クロワール?」

 

零次元から影も形も見せなかった黒い妖精が、まるでそこにいるのが当たり前化のように現れた。

浮かぶ本に乗っているのは相変わらず。余裕ぶった顔も相変わらず。

 

「久しぶりね。ネプテューヌのノートから抜け出したのかしら」

「ああ、ごたごたの間になんとかな。そうしたら、ちょうどイヴとユウが揃ってたってわけだ。ラッキーだぜ」

 

ごたごた、というのは先ほどのネプテューヌとマジェコンヌの登場に関係あるのだろう。

『いやー参ったよ。ユウに次元座標を送ったのがバレて、マザコングに追い回されてたんだ』とネプテューヌは言った。

ネプテューヌは誰よりも早くくろめの存在に気づき、接触し、仲間になるふりをして一緒にいた。

それを見抜かれ、くろめの命を受けたマジェコンヌに襲われていた……とそういうことに違いない。

 

「それよりもどういうことだ。先に倒すべき敵って」

「お前が一番わかってるだろ、ユウ」

 

クロワールはにやりと笑う。

それは最近何度も見たような、いやらしい笑みだ。

エコーやくろめ、敵がよからぬことを企んでいるときの邪悪さが混じっている。

 

「待て!」

 

ようやく、反対メンバーも追いついてきた。ヤマトとアイ、それにネプギアも。

だけど関係ない。いや、むしろ好都合といわんばかりに、クロワールは口角をさらに上げた。

 

「俺が見せてやるよ。すべての事の始まりを」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8 混乱・混戦・困惑

ぶわり、と闇が広がる。果てのない暗黒の世界。

目を開けても閉じても同じ暗闇で、自分がどこに立っているのかもわからなくなる。

しかしその世界はゆっくりと形作られ、一つの景色を見せた。

 

「ここ……は……」

「俺は『壊次元』って呼んでる。ある一人の男に壊された哀れな空間さ。つっても、今見せてるのは過去の映像だけどな」

 

クロワールはユウを横目で見ながら説明する。

いや、そんな、そんなはずはない。

 

「そんな……ここって、私のいた次元……」

 

なにもかもそっくりだ。犯罪神に破壊された私の次元と。

崩壊した建物も、燃え盛る炎も、倒れている人々も、鮮明に残る私の記憶と寸分違わない。

 

「ユウ……あなたが……?」

 

嫌な予感がして、足がすくむ、胸が震える。

これじゃまるで、私のいた次元をユウが壊したみたいじゃない。

 

呆然としていると、私の目の前を誰かが横切る。

少女と、その父親と思わしき男。二人は何かから逃げるようにしてせわしなく足を動かしている。

私はこの光景を知っている。知っているというより、経験している。

 

やがて男は少女を先に行かせ、その場にとどまる。

強くもない、ただの科学者である男は……私の父は、娘を守るために、少しでも時間を稼ごうと敵に立ちふさがった。

立ち上る炎に構わず、ずんずんと向かってくる人影がある。

輪郭は揺れ、誰かはわからないが大きな剣を持っていることだけはわかる。

その姿がはっきりと見える前に、人影は一瞬で間合いを詰めてお父さんの後ろに回り込む。

直後、父が刃に貫かれる。血が流れ、苦悶の表情を浮かべ、やがて目から光が消える。

大きな剣が私の父の命を奪った。

その剣を引き抜いたのは……ユウだった。

 

 

 

「ふうっ……ふうっ……」

 

クロワールが見せていた景色が消えても、汗がどっと噴き出して視線が定まらない。

ユウを見ることで、ようやく焦点が合う。

 

「嘘よね、ユウ? これはただの嘘。そのはずよね?」

 

繰り返し問う。しかし、ユウは頷かない。

 

「違うって言いなさい」

 

脅迫のように、銃口を向けてユウを睨む。

ユウの顔は青ざめて、先ほどの『過去』があったほうを見つめていた。

 

「…………」

「本当のことなの?」

 

もう一度訊く。

ユウの身体がビクっと動いたような気がした。

知られてしまった、というような震えではない。見たくないものを見せられ、整理のつかないような目だ。

だからこそ私は強く願った。これは作り話だと。

ただクロワールが面白がるために作った偽の物語だと言ってほしかった。

ショッキングな映像だったから、放心しただけだ。それを期待した私の耳に、ユウの言葉が入ってきた。

 

「本当だ」

 

かあっと体が熱くなるのを感じた。

吐き気すら喉で感じていた。血が引き、巡り、スーツに包まれた全身が汗ばむ。

私は引き金に手を添えた。

 

「イヴさん!」

 

止めようとするネプギアにももう一つの銃を向ける。

私は歯を食いしばりながら、ネプギアを睨んだ。

 

「ネプギア、あなたは知ってたの? こいつが、ユウが犯罪神の力を持っていて、世界を壊したって」

「……はい、知ってました……」

 

申し訳なさそうに下を向くネプギアの言葉に、私は絶望した。

彼女には私のことは話していた。

犯罪神、世界の破壊、殺された父。それを知っておきながら、ネプギアは隠した。

私の身体は、感情のままに引き金を引いていた。

 

「ぐっ」

 

弾丸はユウの身体に当たるやいなや爆発し、ユウを跪かせる。

だが大したダメージじゃない。

 

「私の父を殺したことも、知ってて黙ってたのね」

「イヴ、落ち着いて。君はいま冷静じゃない」

「当たり前でしょう!!」

 

私を落ち着かせようとするヤマトに怒鳴った。

 

「目の前に私の全てを奪った男がいるのよ。それを知らずに、私はこの男と仲良く共闘してたってわけ。とんだ間抜けね」

 

私は零次元をさまよい、父の言う通りにただひたすらに『生きよう』と思った。

それがいつしか、うずめや海男たちと出会い、ネプテューヌやネプギアとも共に戦い、ユウたちとも仲間になった。

もうこれ以上失わないように。大切な人を目の前から消さないように私は強くなることを決意した。守ってもらうだけじゃなく、共に戦う。

それがやっと実現し、前に進もうとしていたそのとき、私はあの失われた世界に再び引きずり込まれた。元凶である『犯罪神』がそばにいるという真実とともに。

 

間抜けだった。

壊次元にいたときに感じていた力とユウの力が似ていたこと、魔剣、エコーやくろめが言った言葉。

ヒントは十分に与えられていた。

考えればわかることに、私は答えを出さなかった。

ユウは関係ないと、現実から目を逸らした。

 

「あなたは知ってたの? 私がいた世界を壊したことを。私の父を殺したことを!」

「……まさか同じ次元だったなんて……」

 

嘘をついているような目じゃない。その目を見ると、深い井戸の底を覗こうとしているようで、思わず目をそらした。

 

「ユウ、イヴ、いまは落ち着いて、後でゆっくり話し合おう」

「後で?」

 

はっ、と笑い飛ばす。

 

「もう散々待ったわ。この時を」

 

言葉がすらすらと出てくる。同情や理解なんて必要ない。先の一発で、すでに鐘は鳴っている。

 

「これはあなたと私の問題。だから、私があなたを殺す」

「イヴ……」

「あなたは止めないわよね、うずめ。私のことを知ってるなら、知っているふうなことは言えないはずよ」

 

うずめは出そうとした言葉を引っ込める。

状況が状況だけにこんなことをしている場合じゃないとでも言いたいのだろうが、もう私は止まらない。

それはうずめもよくわかってる。

 

私は右手の甲にあるスイッチを押した。

途端にそこから光が広がり、私たちを包んでいく。気が付けば、大きなドーム状の結界が出来上がっていた。

 

「あなたも知ってるわよね。シェアリングフィールドよ。ゴールドクリスタルとシェアクリスタルを組み合わせる過程で、そのエネルギーを私も使えるようにしたの。この空間内では、あなたの力は制限される。本当はダークメガミやくろめ用にとっておいた最終兵器だけど、こんなところで使うなんてね」

 

敵に使うつもりだった奥の手。いまやユウが私の最大の敵だ。

 

「私はあの時のように無力じゃない。それを思い知らせてあげるわ!」

 

ジェットを使って、急突進。体当たりを受けたユウは吹き飛ぶ。

 

「戦い続けることが贖罪になるとでも思ってるの?」

 

さらに逃すまいと距離を詰め、胸ぐらを掴む。

 

「そもそもあなたが戦い始めたことが間違いなのよ!」

 

拳を握り、振りぬく。食らわせたと思った一撃は、しかしユウの掌に遮られた。

 

「それでも、俺は戦わなければならない。戦い始めてしまったから」

 

そう言うユウの目には、戦う意思の炎が燃え盛っていた。

肌が黒い紋様で染まっていく。

何度も見てきたこれは、彼が犯罪神の力を解放している証拠。

いままでに気づけたはずなのに、私は気づかないふりをしていた。

でもそれももう終わり。

 

「まだ死ぬわけにはいかない。くろめを殺して、そのあとは好きにすればいい」

「あとなんてないわ。いまここで、潰して殺して、全部終わらせてあげる」

 

それを合図に、ユウはぐんと力を入れて私の身体を押し返した。

私がよろめいている隙に素早く立ち上がり、アッパーカット。すんでのところで上体を逸らしてかわす。

目の前まで迫っていた腕を掴んで、思いきり地面に叩き……つけようとしたが、力を込めて抵抗される。

そのまま膠着。お互いが力を込めて震えるも、そこから動かない。

シェアリングフィールドの中で弱体化しているのに、それでも彼はスーツを着た私と互角なんて……

その腕が引きはがされ、お互いが離れさせられた。

ヤマトとアイが割って入ったのだ。

 

「待て、ユウ。頼むから落ち着いてくれ」

「くろめを消滅させてからだ」

「イヴ、この場だけは銃を下ろすッス」

「あいつを殺してからよ」

 

私がアイを、ユウがヤマトを殴り飛ばすのは同時だった。

その二人のことなんて気にせずに、私たちは再び攻撃を繰り返す。

これは戦いなんかじゃない。潰し合いだ。

相手をねじ伏せ、息の根を止めるための暴虐。

それがわかっていながらも、私は止まらない。この男さえ殺せればなんだっていい。

 

「仕方ないか……」

「まさか仲間と戦うことになるなんて……」

 

ヤマトが弓を変形させると、それは瞬く間に彼の腰に巻き付く。すると、半分だけだったヤマトの緑の甲殻部分がもう半分へと浸食していき、やがて人間の面影はすっかりなくなってしまった。

アイもまた、女神化して戦闘態勢をとる。

 

「そんな、でも……」

 

ネプギアだけが、その場でへたりこんだ。

 

「どうして……」

 

戦いもせず、ただ茫然と、信じられないようなものを見る目で私たちの戦いを眺めるだけだった。

 

アイ……ローズハートが私の身体を掴んで、またしてもユウから引きはがす。

 

「てめえ、わかってんのか。ここでユウを殺したら、憎んでた相手となにも変わらねえんだぞ!」

「変わらなくていいわよ。そのくらいの覚悟できてるわ!」

「んなもんは覚悟って言わねえんだよ!」

 

私は爆裂弾を撃つ。ローズハートは脚のプロセッサで防御して、そのまま蹴りを放ち、肩に当てる。しかし、私は少しよろめいた程度。ローズハートが眉をひそめる。

 

「お、お前……」

「たとえ女神でも、いえ、女神だからこそ私を止められない」

 

あっけにとられたローズハートへ、キックをお返し。

彼女は吹き飛びはしなかったものの、地面を滑る。こけそうになったところを、ヤマトが受け止めた。

 

「大丈夫か、アイ」

「あいつ、アンチクリスタル持ってやがる」

 

そう、拳と足先には極小のアンチクリスタルを入れてある。

必要なければいますぐにでも取り外せるが、いまはむしろ必要だ。

これがユウへのダメージを低減させるかどうか不安だったが、どうやら杞憂だった。女神を弱体化させる効果はあるが、犯罪神を強化させる能力はないらしい。

女神と悪へのメタ。この場で一番有利なのは私のようだ。

 

「どけ!」

 

ユウが二人を弾いてこちらにやってくる。私もそれに応えて、拳を合わせる。

普通なら私が飛ばされるところだろうが、シェアリングフィールドのおかげで彼は弱体化している。

ユウは力と経験、私は技術と相性。お互いのそれまでがぶつかり合っては弾け、傷つけあう。

まだ私の頭の中には先ほどの映像がこびりついていた。

この男は私の父を殺したのだ。それだけじゃない。あの次元の全ての人間の命も。だから私には復讐の義務がある。あの次元の生き残りとして、ユウを殺す義務が。

この男を殺したからって、殺された人たちが戻ってくるわけでもない。あの次元へ帰って、父が名前を呼んでくれることもない。

だけど。

だけども、私は内にある衝動をどうしても抑えきれなかった。

 

ユウのパワーとスピードは凄まじい。

シェアリングフィールドの中であっても、目にもとまらぬ雷のように素早い体術を繰り出してくる。

 

だが、私は彼やアイ、ヴァトリのような近接戦闘のデータを蓄積、解析してある。

それをもって最適な動きを再現して、対応する。

お互いに倒れることなく、重い一撃を何度もぶつけ合った。

 

血が流れているのがわかった。ぬるぬるとした感触が身体を伝う。

気持ち悪い。けどそんなことどうでもいい。

こいつが死ぬところを見られれば、あとはどうなってもいい。

 

殴り合っていた距離が、突然引き離される。

またしてもヤマトとローズハートが邪魔してきた。左右からユウを抑えている。

 

「だめだ!」

「止まれっ、この馬鹿力がっ」

「離せ!」

 

これを好機とみて、私は二つの銃口を正面に向けた。

エネルギーマックス。容赦なし。全力の一撃。

 

「ブラスト・イレイザー!」

 

スーツからもエネルギーを充填し、100%を超えた銃からビームが放たれる。

エコーの船を壊すために放った一撃を、今度は三人に向けて撃った。

衝撃波だけで地がえぐれ、空が震える。閃光は全てを包み込んで、私の視界を奪う。私は引き金を引き続けた。

ユウを殺す。ただそれだけのために。

 

『エネルギー残量 残り6%』

 

モニターに現れた表示に気づくまでにどれだけかかっただろう。

いつの間にかビームは途切れていた。

ユウだけでなく、ヤマトやアイの変身も解け、倒れ伏している。三人ともまだ息をしているが、立ち上がる力は残っていないようだ。

私はユウの、焦げ付く身体へ馬乗りになる。

彼の身体を覆う黒い模様は消えていた。力を封じられ、いまや変身前の女神ほどの力もない目の前の男を殺すことに何の躊躇もなかった。

マグマのように熱く湧き出る感情が私の身体を動かす。

一発でもそこいらのモンスターなら消滅するほどの威力を何度も打ちつける。

ガードしようと顔の前に掲げられた弱弱しい手も容赦なく殴りつける。

指はあらぬ方向へ曲がり、ユウは獣のように絶叫した。私は歯を食いしばり、さらに二度殴打する。スーツを通して鼻と左頬が砕けた感触が伝わる。

私は馬乗りになったまま、銃を立て続けに乱射する。

弱体化しても、犯罪神だ。貫通はしない。だが銃弾からの爆発は肉をえぐり取り、血を噴出させる。

満足せずに、今度は胸へと銃弾を浴びせる。

小規模の爆発が起きるたびに、ユウの身体は痙攣するように震えた。

戦闘服は破れ、ユウの上半身が露わとなる。

 

「……っ」

 

人間の身体だとは思えなかった。

大小さまざまな無数の傷がそこに広がっていた。

傷のないところを埋めるように、斬られ、裂かれ、突かれ、撃たれ、噛まれ、穿たれ、抉られた傷。

その中には、普通なら死んでいてもおかしくはないほどの深い傷も見受けられる。

その一つ一つが戦いの歴史を物語る。ユウの破壊の歴史を。

いいや、それは本当に破壊の歴史なのだろうか。

私は手を止め、ユウの顔を見る。

私の憎悪で真っ赤に染まったユウの顔は、悪魔のものではない。

私とともに戦い、話もして、ときには助けてくれた人間だ。

『救世』。

エコーもユウもそれを渇望した。

『人間』という、争いあう未完成で不完全な存在が、世界を負の方向へと侵食していっているのだと考え、平和を求めた。

エコーは歴史を振り返ってそれを感じた。

ならユウは?

ユウはなぜその結論に至ったのだろう。

その結論に至るまでに彼もまた、苦しみ、蝕まれ、憎悪したはずなのだ。

 

引き金を引いた。

一発、二発。

十発ほど撃ったところで、爆発弾が切れる。

銃内の弾倉が自動で衝撃弾に変わったのも気づかずに、引き金を引き続ける。

大太鼓をがむしゃらに叩いたような力強い音と同時に、逃れようのない暴力がユウの全身へ広がっていく。

何発か撃ったあと、カチッカチッと、銃が弾切れを教えてくる。

銃を乱暴に放り投げ、右拳を握る。

 

「来なさいよ」

 

義腕からキュイイイイ、というエネルギーが溜まる音が鳴り、手加減のない一撃を顔面に叩きつける。

何かが砕けた音がしたが、目が滲んでいて何もかもがぼやけて見える。

 

「来なさいよ!」

 

ユウが私を殺す気がないのはわかっていた。

ネプテューヌたちと戦ったとき然り、彼は敵を『倒す』だけなら魔剣は使わない。

だけど、せめて私を殺そうとしてくれたほうが良かった。

あの時のようにユウが破壊する気で来れば、私はこんな……こんなに張り裂けそうになることもなかったのに。

 

「来い、ユウ!!」

 

人を殺せば心が死ぬ、と何かで読んだことがある。

それはきっとこのとてつもない痛みが、この裂かれるような心の痛みが、人を人たらしめる『感情』を死へ至らしめるのだ。

ユウはこの痛みを感じただろうか。

胸を裂き、内臓を焼き尽くすようなこの熱を。

殺すということはつまり、この痛みを感じるということだ。

戦うということはこの痛みを引きずって生きるということだ。

 

幾億の屍を背負い、彼は戦っている。

幾億の痛みを感じ、彼は戦っている。

戦い続けるために、血も涙も断ち切ったのだ。

世界を救うために、流す血を見ないふりして、涙も抑えて、感情を殺して。

 

そんなユウを、私は殺せる?

 

私は拳を振り上げた。

殺さなければいけない。

私はこの痛みを乗り越えなければならない。

人が人を殺すという罪を成すために私は悪魔になる。

拳が細かく震えていることに、私は気づいていなかった。

 

殺さなければいけない。

殺さなければいけない。

殺さなければいけない。

 

でも殺したくない。

 

使命と感情がせめぎあい、ぶつかり、融けあう。

犯罪神を倒せば、きっと死んでいった人たちは報われ、私は自由になる。

そう思ってきた。

 

この手で殴ればすっきりする。

そう思っていた。

 

殴るたびに何かが遠くへ、手の届かない遠くへ行ってしまいそうになる。

そんな喪失感を見ないふりして、私は怒りの衝動のままに振り上げた右手を力強く握る。

 

私はそれを渇望したはずだ。

私の旅の終わりを。

 

私はユウを見据える。

殺せば、すべてが終わる。

殺せば、きっとこの胸の痛みも消えてくれる。

だって、だって彼は犯罪神ですもの。そうでしょ?

この痛みは、この胸を焼く痛みはきっと一時的なもののはず。

ユウを殺せば消えていくに違いない。

 

「やれ」

 

囁くような細くかすんだ声でユウはそう言った。

彼自身の血に染まった顔はところどころの骨が砕け、目は腫れぼったくなっている。

薄く開かれたその目にはわずかに涙が浮かんでいるように見えた。

 

「それがやりたいことなら。やるべきことなら、やれ」

「ううっぐぅぅ、うああああああああ!!」

 

歯が折れそうになるほど食いしばり、咆哮しながら、私は思いきり拳を振り下ろした。

 

どん。

不意にやってきた衝撃に、私は身体を吹っ飛ばされた。

ごろごろと転がり、止まると同時にぱっと立ち上がる。

 

「もうやめてください……」

 

ここまで戦闘に一切関与してこなかったネプギアが、剣で私を弾いたのだ。

 

「もう……やめてください……」

 

ネプギアが繰り返す。

全員が全員、ひどく傷ついていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9 私たちはどこへ

エネルギー切れが近いところを吹き飛ばされ、私の戦闘意思がなくなったのを感じて、バトルスーツがセーフモードに入る。

私を覆っていた鎧が剥がされ、腕輪状にまで収まって収納される。

スーツのおかげで私自身にダメージはあまりないものの、精神と体力は削り切られていた。

 

「どうして……私たちが戦わなきゃいけないんですか」

 

ネプギアの問いに答える者はいなかった。

誰もが目的を果たせないまま動けない。

ヤマトやアイは誰も救えずに倒れ、ユウはくろめを殺せずに血だらけで立てず、私はユウに復讐を果たすことはできなかった。

絶望の中でへたり込む私は、急激に力が抜けていくのを感じた。

スーツのパワーが無くなっているからだけではない。今まで私を支えていたものが消えてしまったからだ。

意を決したうずめとの約束をほっぽりだして、ユウを殺そうとした。

仲間を巻き込んでまで、殺せずに、中途半端に終わってしまった。

結局、私は何も成し遂げられない女なのね。

復讐もできず、平和もつくれず、親友の最期の頼みさえ二の次にしてしまう、そんな女。

なら、もういいわよ。もう疲れた。

私が何をしても半ばで終わってしまうなら、何もしないほうがいい。

どうせ、私が動こうが動くまいが、何も変わらない。

 

「おやおや、思ったより早い到着だったね」

 

絶望に打ちひしがれ、戦闘手段も意思もないままの私の前に現れたのは、本来ここで倒すべき敵、くろめだった。

パチパチと軽い拍手をして、笑みを浮かべる。

 

「そして、思ったより本気で潰し合いしてくれたみたいだ」

「てめえ……」

「くろめ……さん」

 

現れた黒幕に対して、敵意の目を向けるのはうずめとネプギアのたった二人だけ。

 

「せっかく仲間を連れてきたのに残念だったね。向かってくるのはお前たちしかいない」

 

くろめがパチンと指を鳴らすと、地面が震えだす。いや地面だけじゃない。空気が、この次元全体が揺れていた。

火山が噴火するような轟音とともに、『それ』の一部が姿を現す。

顔だ。ダークメガミの無機質な顔が目の前にある。

そのサイズは零次元で戦ったやつの比じゃない。

ここからじゃ腰回りまでしか見えないが、それでも以前のダークメガミの全身ぶんはある。

前と違って紫色ではなくオレンジ色なのは、うずめに対する皮肉か。

 

「洗脳した女神たちの力を吸収して、馴染ませるのに時間がかかったけど、ようやく完成だ」

 

私たちが心次元に来ても姿を見せなかったのは、これのためか。

そして時間稼ぎのために心を惑わせてきた。

私たちの間で意見が衝突し、対立し、私とユウが戦うのまで計算ずくだったわけだ。

最初から最後まで、手のひらで踊らされていた。

 

「今から超次元へモンスターたちを侵攻させる。少しでも抵抗の意思があるやつは殺す。オレを蔑ろにした全員に思い知らせてやる。その後で次元を融合させ、全部を滅ぼしてやる!」

 

くろめが浮き、ダークメガミの胸の中へと飛び込む。身体は溶け込んで、世界を滅ぼす力を持った人形と一体化する。

これで、くろめを倒すためにはあの強大なダークメガミを倒すしかなくなった。

無理だ。

全員でかかっていくならともかく、今のこんな傷だらけの状態じゃどうしようもない。

 

「お前たちの相手はオレだ!」

 

ダークメガミが四本ある腕を振り上げる。

それぞれが持つ太刀、剣、斧、槍が縦横無尽に暴れまわり、女神たちは素早く避けるのが精いっぱいだった。

そうなれば、もちろん私たちを守る者はいなくなる。

まったくの無防備と化した獲物が四人。くろめが、ダークメガミがまず狙いをつけたのは私だった。

斧が唸りをあげて迫ってくる。

避けられない。避ける気もない。この戦いの結末がどうなるか、私には見れない。

目を閉じて、終わりの時を待つ。

せめて、痛みは一瞬でありますように。

 

「ぐっ」

 

しかし痛みはいつまでも訪れず、代わりに男の声が聞こえる。

ギリギリギリという金属がこすれる音と、くぐもった叫び声。

私は閉じていた目をゆっくり開けて、その光景に驚いた。

 

「ユウ?」

 

傷だらけで限界のはずのユウが、すんでのところで魔剣を盾にして、刃をとどめていた。

だけど押し返す力は残っていない。少しずつ押し戻されていく。

 

「く……そっ」

 

このままじゃ、斬られずとも圧し潰される。そう思ったその瞬間……

 

「させないわ!」

「やらせない!」

 

二つの刃が巨大な斧を弾き返す。

何が起こったのかわからないうちに、駆け巡る四つの流星がダークメガミに猛攻を加えて下がらせる。

やがてそれらは、私たちを守ってくれるように目前で着地した。

 

「逃げて、みんな!」

「大丈夫? ぼろぼろじゃない」

 

正体はネプテューヌたちだった。すでにネクストフォームへと変身している。

目覚めたのね。それに洗脳も残っていないみたい。

 

「みなさんひどい有り様ですが……」

「ああ、だがまだやれる」

 

ユウが剣を杖にしてなんとか立つ。

言葉とは裏腹に、限界なのは目に見えていた。

 

「超次元に戻って休め。ここは私たちでやる」

 

ネクストホワイトがユウの肩に手を置く。

ユウは反論しようとしたが、荒い息と消耗した体力がそれを許さない。

 

「あの大きいのは私たちがなんとかしますわ。だから、ユウもヤマトもアイもイヴもみんな撤退してください」

「あのダークメガミはいままでのやつより数段強いんだぞ」

「それでも私たちがやる。そんな状態のあなたたちを戦いには出せない。迷惑をかけたぶん、任せて」

 

絞りだした言葉は、女神の強い言葉に返された。

 

「ユウ、僕らは足手まといにしかならない」

 

ヤマトがユウの腕を自らの肩に回す。

彼は自分の立場をよくわかっていた。こんなぼろぼろの状態じゃ、ダークメガミの一撃で倒れてしまう。

女神はそれを阻止するために動くだろう。私たちは邪魔になってしまう。

ユウは悔しそうに歯を噛んで、剣を背中になおす。

私もアイに無理やり立たされ、ダークメガミの攻撃範囲から離れるために足を動かす。

 

「僕には力が足りなかった。理想を叶えるための力も、仲間を助けるための力も。口だけで、挙句このザマだ」

 

女神と同じ力を持っているとはいえ、ヤマトの力は偶然の産物。

他に例がない以上、彼は自分自身で力の扱い方を学ばなければいけない。

それはユウも同じだ。

犯罪神の能力を受けた人間なんて、珍しいなんてものじゃない。

だがその力はどうあれ、彼らが彼ら自身の正義のために戦ったことは否定できない。

少なくとも、仲間と戦うためのものじゃない。

 

「おーい、ユウ!」

 

ずっしりと暗く重い雰囲気のなか、場違いな明るい声が響く……というのは、なんだかついさっきもあったような気がする。

向こう側から現れたのは、その記憶と同じように走ってくるネプテューヌだ。いまネクストフォームになってダークメガミと戦っていないほう、女神じゃないほうのネプテューヌ。

 

「もうあっちもこっちもぐちゃぐちゃで、双子ちゃんは泣き出すし、モンスターは攻めてくるし」

「モンスター?」

「くろめがそんなことを言ってたな。超次元の人たちに思い知らせてやるとかなんとか」

「もー、あっちもこっちもどピンチじゃないッスか!」

 

女神候補生がいるとはいえ、お互いに戦っていて消耗しているはず。

敵がどれだけいるかわからないが、零次元にいるモンスターが総出となったら限りない数だ。

 

「あっちもこっちも?」

「全部後で説明する。とりあえずアレを出せ」

 

膝に手をつくユウが、『寄越せ』のジェスチャー。

ネプテューヌはそれを見て、どこからか小さなビンを取り出した。

 

「アレって……これ?」

「なにッスか、そのドロドロした液体は」

 

アイの顔が引きつるのも無理はない。

いかにもドロリという擬音が似合うそのナニカは、常に流動しているようで、しかも異様に濁っている。

 

「私が調合した回復薬だよ! 効果はばつぐんだけど、劇薬だから少しずつ飲ん……」

「っはぁ! くそ、刺激が強いな」

 

忠告を無視して、ユウがそれを一気飲み。

嘘でしょ。こんな紫色と緑色が混じったようなものを飲めるの? 液体か固体かと言われるとギリギリで固体寄りよ?

 

「だが、これで戦える」

 

見た目とは反して、効き目のある即効回復薬のようだ。

ぐったりとしていたユウがぴっしりと立つ。

 

「苦っ、辛っ、甘っ! え、これなんスか!? なに混ぜたらこんな味になるッスか?」

「中々イケるな、これ」

「相変わらずファンキーな味覚を持ってるッスね……」

 

いつの間にか、ヤマトとアイもそれを飲み干していた。怪しすぎる飲み物を躊躇いなく一気に。

今にも吐きそうな顔をして咳き込んだあと、アイは私を見た。

 

「イヴはどうするッスか?」

「私は……」

 

一度は諦めた。というより、すべてを放棄した。

そんな私がいまさら何をできるというのか。何をすべきというのか。

前にもこんな状態に陥ったことがある。

私は無力で、役立たずで、たった一人の女でしかないとふさぎ込んだ。零次元にたどり着いてすぐのことだ。

 

私が立ち直ったのは、誰のおかげだった?

うずめ。

あなたがいてくれたから、私は生きてこられた。

そんな簡単なことを、私はすっかり頭から排除してしまっていた。

 

「私も最後までやるわ。それだけは絶対にぶれちゃいけないこと……だと思うから」

 

意を決して、ネプテューヌが持つ小瓶を取……ろうとするも、その混濁ぶりに手が止まってしまった。

 

「……スーツのおかげでそこまで怪我してないから、これ飲まなくてもいいわよね?」

 

ぽん、とアイが私の肩を叩く。

その顔はとても優しそうで……にやりと口角が上がっていた。

 

「ダメッス」

「いや、ほんと、ちょっと、ほんとに私はいいから! 臭いが! もう臭いがまずいから! これ普通の人間が飲むようなやつじゃないじゃない!」

 

 

空にぽっかりと空いた黒い穴の中では、今何が起こっているんだろうか。

教会から見えるその穴は何の変動もなく、悪いことは起きていないかもしれないと思わせると同時に、嫌な予感も増幅させる。

ぼくはただ、あそこへ向かった者たちの帰りを待つだけしかできないのだろうか。

 

「ヴァトリ……」

 

ビーシャが近づいてくる。

あの穴から何かが襲って来た時のために、ゴールドサァドはそれぞれ別の場所で警戒態勢に入っているが、彼女だけはぼくのそばを離れることを拒否した。

 

「大丈夫?」

 

そう聞かれて、ぼくは頷けなった。

エコーとの戦いで負った傷は完全には癒えていないが、もちろんそんなことはどうでもいい。

 

「正しいことのために戦ってきたと思ってた。今は何をしたらいいのかわからない」

 

くろめとやらを殺すべきか否か。

ぼくは結局、その答えを出せずにここに残った。

中途半端な心は、戦場では致命的となる。

 

「だけど、このまま動かずにいたら、何も考えてないのと同じだ」

 

まだ何が正しいのかはわからない。だからといって傍観するだけの立場に甘えることはしないつもりだ。

ぼくに何が出来るかは置いておいて、何をすべきかを考える。時には考えることも置いて、ただ誰かを助けたいという意思で動く。

そんなヤマトやアイに憧れて、守ろうとして、ぼくは強くなろうとした。

努力して掴んだ力を、このまま腐らせるわけにはいかない。

 

「僕は行く。誰かの助けになるために。何をやるべきかはあっちに着いてから考える」

「私も」

 

ビーシャはぼくの腕を掴む。

細くて柔らかいけど、離す気のない強い手だ。

 

「ヴァトリが言ってくれたような、ヒーローになりたいから」

 

 

「や、やっと飲み込めたわ」

「大げさッスねえ」

「誰のせいよ、誰の! ああ、もうほんとなんなのよこれ。まだ口の中じゃりじゃりするわ……」

 

見た目ではこんな食感のするものなんて入ってなかったはずだけれど、本当に何入れたのよ。

しかし、確かに活力が湧いてくる。

ここまでほぼノンストップで戦ってきたせいで削れた体力は元に戻っていた。

 

「あとの問題は……ヤマト、あなた雷を使えたんだっけ?」

「まさか、そのスーツに充電しろって言わないだろうな。フィクションでよく見るけど、危ないぞ」

「そんなことわかってるわ。でもこれはそんなやわじゃないの。壊れるとしても、あと一戦もちこたえてくれればいい」

 

ラスト一戦。うずめたちの助けになればそれでいい。

観念したヤマトに、私の腕輪を渡す。

彼は手のひらから細かく電気を迸らせると、その威力を弱めて調節していく。

 

「ここまできたら全員で戦わないとッスね」

「あなたたちが望むとおりにはならなくなるけれど」

 

この場合、私たちは全力でくろめを倒すことになる。それは全員で生きて帰ることがかなわないことを意味する。

一人の命の重さを主張し続けてきた神次元人にとって、つらい決断だろう。

 

「時にはそういうこともあるッス。ヤマトはたぶん納得しきれてないッスけどね」

 

そういうアイも、すべてを腑に落とした顔をしていない。

これだけこんがらがってしまった状況では、全員の望む結果にはたどり着けないことはみんなわかっていた。

その中で、最善の道を選ぶしかない。

 

「ネプテューヌ、お前は戻ってモンスターを食い止めろ。超次元にたどり着かせるな」

「なんだかわからないままだけど、りょーかい! あとでちゃんと説明してくれるんだよね」

「ああ」

 

びしっと敬礼するネプテューヌが再び戻っていく。

私たちも戻る必要がある。仲間たちのもとへ、ラスボスのもとへ、決着の場へ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10 みんなで

ダークメガミの大きな剣が、ネクストブラックへ振り下ろされる。

自らの剣で受け止めるネクストブラックの顔に余裕はない。いかに次世代の姿とはいえ、目の前の敵はそれよりも強大で、しかもいくらか力を奪われている。

金属のきしむいやな音。しかし先に音を上げたのは、地面のほうだった。

異常な圧に耐えきれず、足場が崩れる。そのおかげで、ネクストブラックは相手の攻撃を逸らして距離をとることができた。

だがダークメガミのリーチはそれ以上だ。エコーの船なみの大きさの巨体に、これまた馬鹿でかい武器。パープルシスターとオレンジハートを含めた六人でさえも、お互いを気にしてる暇がないほどだ。

あちらの攻撃の届かない範囲まで逃げるとなれば、当然こちらの攻撃も届かない。魔法などで遠距離からしかけたとしても、簡単に弾き返されてしまうだろう。

 

「ネクストフォームでもこんなに苦戦するなんて……」

 

単純な力。それが圧倒的であるほど苦戦を強いられる。

数では勝っていても、その差は埋まらない。

幾度も押され、地面に叩きつけられ、体力が削られていく。

ついにネプテューヌたちの女神化が解け、まとめて地面に倒れ伏してしまった。

 

「そんな……勝てないの?」

 

ノワールが息を切らしながら、ダークメガミをまじまじと見てしまう。

圧倒的な巨体と力を、自分と比べてしまう。

足が竦んで立てない。

 

「させません!」

 

襲い掛かる刃を食い止めたのはパープルシスターだ。

ネクストフォームももたない彼女が、たった一人で攻撃を受け止める。

全ての歯が折れそうなほど食いしばって、喉が潰れそうなほど叫ぶ。それでも、徐々に、徐々に彼女の身体は押されていく。

ぴしり。パープルシスターの銃剣にわずかなヒビが入る。

だが逃げられない。力の差がパープルシスターを追い詰める。

ぴきりぴきりとヒビが広がる。

もうこれ以上無理だ。砕けてしまう。そうなれば、一人、またひとりとやられてしまい……

 

「殲撃のデュエルエッジ!」

 

頭に響くほどの金属音が鳴り響き、旋風が巻き起こる。

女神たちを切り潰さんとしていた斧は押し返され、遠ざかっていった。

パープルシスターは前のめりに倒れそうになるが、何者かが女神化の解けてしまった彼女を支える。

 

「ユウさん……」

「遅くなって悪い。まだやれるか?」

 

崩れかけたネプギアを、ユウはぐいっと引っ張る。

休ませてやりたいのはやまやまだが、全員がいないと太刀打ちできない相手で。

肩で息をするネプギアに代わって、ネプテューヌが返事をする。

 

「当然! 巨大化した敵にはみんなで戦うのが……」

「それは前にも聞いた。とにかくまだまだ元気みたいでよかった」

「ですが思ったよりも強力ですわ。ユウが一緒でも勝てるか……」

「ユウだけじゃないわ」

 

ようやく追いついた私とヤマト、アイが並び立つ。

 

「みんなで、よ」

 

あっちが質ならこっちは数。

エコーのときとは逆だけれど、こっちはあんな有象無象じゃない。

 

「イヴ、戦えるのか?」

「それはこっちのセリフ。変身まで解けちゃってるじゃない」

 

見た目がぼろぼろなのは、私たちも女神たちも同じ。

心配するのは自分のことだけにしなさい。私はそんなに弱くないわ。

 

「でも、来てくれたのは嬉しいけど、ほんとに大丈夫? イヴも止めてくれたらよかったのに」

「言っても聞かなかったから」

 

ネプテューヌの問いに、私はユウを横目で見る。

 

「最後の戦いで、力が足りないなんてギャグにもならん」

 

当のユウは肩をすくめて、にっと笑った。

 

「逆の立場なら、お前もそう言っただろ」

 

ネプテューヌの頭を軽く叩き、剣を構える。

 

「作戦は?」

「全員で戦う」

「そりゃそうなんでしょうけど……」

 

私は驚きつつも呆れた。

いろいろと考えるヤマトが、そんな場当たり的なことを言ってくるなんて。しかも即答

ダークメガミがいきなり現れて、対策のしようがないのは仕方ないけれど。

 

「ま、いいんじゃないッスか? ウチらっぽくて」

 

屈伸しながら言うアイの表情は、なぜだか余裕そのものだった。

たしかに、敵を目の前に悠長に考えるわけにもいかない。今までもぶっつけ本番でどうにかなってきたし。

私は腹をくくって、腕輪を握る。

どうか、この戦いの間だけは保ってよね。

 

「よーっし、なら、みんなで合わせていくよっ!」

 

さあ、最終決戦よ。必ず勝利と平和だけは持って帰る。みんなの無事も併せて。

 

「変身!」

 

 

数刻前から襲ってくるモンスターの大群。

有機物無機物関係なく、それらは砂煙を上げながら

その中で四人、奮闘する影があった。

ユニとラム、ロム、それに神次元のマジェコンヌ。先ほどまでいがみ合っていた者たちが、それどころではないと飛び回る。

飛び交う銃弾、魔法。手を休めることなく攻撃は繰り返されど、敵の数が減ったようには見えない。

 

「もう! 多すぎる!」

 

ブラックシスターが毒づくのも無理はない。

際限なく襲い掛かってくる大群に終わりが感じられない。終わりの見えないマラソンほど、精神を削られるものはない。

ただでさえ、こちらは連戦続きで疲労とダメージが溜まっているのだ。

たとえ女神化していようとも、この状況をひっくり返すのは絶望的だ。

 

ブラックシスターはがむしゃらに撃つ。これだけの数ならば、どこに撃っても当たる。それは同時に、どこに撃てば正解かわからないということでもある。

じりじりと追い詰められていき、退がる以上に進軍してくる。

モンスターの波が押しよせてきた。

ついにあと少しで、犬かロボットか、敵の爪が彼女を切り裂こうと……

 

「発射ー!」

 

どこからか放たれた二発の砲弾が着弾、爆発し、大量の敵を吹き飛ばす。

敵前線の一部が削がれ、唖然とした女神候補生たちは振り返った。

 

「ヴァトリ? それにゴールドサァドのみんなも……」

 

その通り、いざという時のために超次元に残っていた五人が集結していた。

黄金の四人を連れてきたヴァトリが、マジェコンヌの横に立つ。

 

「悩んでるばっかりじゃいけないと思ってね。ゴールドサァドもついでに連れてきたんだけど……どうやらベストタイミングだったみたいだ」

「もっと早く来れば褒めてやったがな」

 

マジェコンヌは彼の頭をぱしんと叩き、無遠慮に揺すった。

 

「やあマジェコンヌ。君まで来るとはね」

「ふん、レイが心配性なせいだ」

「とか言って、君もヤマトとアイを心配してたんだろ?」

 

肘でつつくヴァトリに、そっぽを向くマジェコンヌ。

とても大勢の敵を目の前にしているとは思えないのは豪胆なのか、神次元特有の余裕なのか。

 

「それで現状は……よくわからないけど、モンスターを倒せばいいんだな?」

「ええ。超次元は大丈夫なの?」

「アイエフがいる」

 

それに、とヴァトリは思う。

超次元には他にもたくさんの仲間がいる。プラネテューヌには女神に仕える兵士、ルウィーにはギルドの面々。

そこに住む人々だって、女神の力がなくとも世界を守る気持ちがある。

それを信じて託さずにいてどうする。

 

「わー! こんなに多いなんて聞いてないよー!」

 

向こう側からさらに迫りくるモンスターの群れ。その先頭には、モンスターに追い立てられるように……というか、実際追いかけられている女性がいた。

 

「あれは……ネプテューヌ?」

「別の次元の、らしい」

「話聞いても頭がこんがらがりそうだな。味方か?」

「らしいぞ。私にとっては不愉快だがな」

 

思ったよりややこしい。

ヴァトリのように、これまで別次元とは無縁だった人間にとって、超次元だけでも精一杯なのに、ここ心次元も。

まあ、そんなことは二の次。

 

「とにかく今は集中だ。モンスター相手でも大丈夫か、ビーシャ?」

「大丈夫だよ。ヴァトリと一緒なら!」

 

 

「シェアリングフィールドてんか~い!」

 

オレンジハートの声にあわせて、フィールドが作り替えられる。

といっても、心次元とシェアリングフィールドはあまり違いがない。

もとあった浮く足場が、いくつか追加されたくらいの話。

 

さて、ダークメガミは大幅に弱体化。こちらのほとんどは強化。

問題は、相手と私たちの差がどこまで縮められたか、だ。

シェアリングフィールドは、犯罪神の力を持つユウを、スーツを着た私なみに弱らせた。

ネクストフォームを圧倒するダークメガミをどこまで弱体化できたか……

 

激しい風を伴う太刀の一閃を、飛んでかわす。

でかい図体に似合わず、ダークメガミの動きは素早い。

さっきの攻撃も、あと少し対応が遅れていたら真っ二つになっていたところだった。

一撃で致命傷どころか、即死につながる。しかも一撃一撃に付随する衝撃波も馬鹿にできない威力。

何もかもが規格外。

 

「防御するので精一杯だな」

「どうにかして本体に近づかないと……」

 

近づいたとして、どうしたらいいかも考えないといけない。

ちまちまとした攻撃は意味がない。やるなら効果の大きい一発。

 

「も~、このままじゃらちが明かないよ!」

 

オレンジハートが叫ぶ。

らちが明かないどころか、ダメージを与えられていない。このままではやられてしまうだけだ。

もう、超次元の命運はここにいる者たちにかかっているというのに。

 

どうにか、どうにかしないと……

私は頭をフル回転させる。

力で勝てないなら、何か別の方法を……

 

「アレはくろめが操ってる。くろめが中に入ることで」

 

いわば、私のバトルスーツと同じようなものだ。

操縦者がいるからこそ、あのダークメガミは真価を発揮する。自律起動させて十分なら、くろめはあの中へ入っていないはずだ。

 

「彼女と同じうずめなら……」

「中に入れる?」

 

保証はできない。

だが、うずめがくろめの一部だというなら、十分に可能性はある……はず。

 

「やるしかないわ。行くわよ、うずめ」

「うん! というわけで、そこまでの道は開けといてね、みんな!」

「簡単に言ってくれる」

 

言いながら、ユウは上に飛び上がって、ダークメガミの目にわざと留まるようにした。

ひゅんひゅんと飛びながら、注意を集めて私たちから目を逸らさせる。

 

「まずは武器を壊すぞ。同時にやれば、あっちも混乱するだろう」

 

ヤマトの言葉に、それぞれが頷く。

やることが決まり、星のように駆けるみんなの動きに、数舜、ダークメガミの動きが固まる。

そのわずかな隙が、この場では命とりだ。

 

ネクストパープルとネクストブラックが、動きの止まった巨剣の上に立ち、目にもとまらぬ速さで剣を渡りながら、その刀身を切り刻んでいこうとする。

縦横無尽に駆け巡り、敵の武器に深く、多く、切れ目を入れる。

あっという間に、切られていないところを見つけるほうが大変なほど、ダークメガミの刀は傷ついた。

なまくらになったそれを、パープルシスターは逃しはしない。特大のビームを放って、破片へと変える。

 

 

「チューニング・フォール!」

 

逆の方向では、ローズハートが黄金の超重量プロセッサを足に纏い、斧をなんとか受けていた。

 

「ぐっ……くそ、ブラン! はよはよ! もうもたねえぞ!」

 

さすがの彼女といえども、ダークメガミの攻撃を一人では受け止めきれない。

軸にした足が、その重さで沈みつつ、がりがりと地面を削りながら押されていく。

ローズハートの額から冷や汗が垂れる、が、それは即座に冷え固まった。

 

「凍れ!」

 

ネクストホワイトの振るう武器が空気を凍らせ、伝い、ダークメガミの武器へと届く。

もう少しでローズハートのプロセッサを砕かんとしていた斧は、氷塊となって動きを止めた。

ダークメガミもその重さには耐えきれなかったか、ずどんと地鳴りを起こして地面に落ちた斧を持ち上げられない。

 

「ナイス! でっかいの一発いくぜ、ヤマト!」

「ああ!」

 

ヤマトが歯を食いしばり、全身を震わせる。力を溜め、両腕から雷を放ち、ローズハートへ、その黄金の足へ纏わせる。

ローズハートが醸し出していた紅いオーラに、緑の閃光が混じる。

バチバチと弾ける激しい電撃とともに、紅の女神は思いきり足を振りぬいた。

 

「合わせて、サンダーボルト・アマリリス!」

 

ローズハートが全力で氷を足で叩く。

たった一人の蹴りが生み出したとは思えない衝撃波が、花開くように八方へ広がる。

さらにその衝撃波が生きているようにうねり、尖り、氷を穿つ、穿つ、穿つ。

覆っている氷ごと、ダークメガミの斧は砕けていく。

 

それらに見向きをする暇もなく、私たちはダークメガミの懐へ潜りこむ。

あと、もう少し。あとほんの少しで胸元に到達できる。

 

「あぶないっ!」

 

焦る私を、オレンジハートは引っ張る。次の瞬間、足元から大槍が突き上げてきた。

ダークメガミは、しっかりと私たちのことを警戒していた。

そのまま突っ込んでいれば、私の身体は潰されていたか、真っ二つか、大きな穴が空いていたか、とにかく死んでいただろう。

 

「お任せを!」

 

ネクストグリーンが華麗に手を回す。すると、はるか上空で大量の魔法陣が敵の槍を囲んだ。

そこから現れた無数の槍が飛び交う。ダークメガミの槍が幾重にも突き刺され、亀裂が入る。しかし、壊れずにネクストグリーンへ向かう。

その先には、さらに私とオレンジハートもいる。

 

「危ない!」

「尖撃のシレット・スピアー!」

 

こちらを貫こうとしていた槍が、突然現れた巨大な魔槍とぶつかる。

ダークメガミの槍は割れ……はしなかったけど、軌道が逸れたおかげで敵の攻撃は私たちの横をすり抜けた。

地面に突き刺さったそれはついに限界を迎え、ばらばらと崩れていった。

 

「行け!」

 

槍を放ったユウが、こちらを見て促す。

私たちは急いで、ダークメガミの胸元へ手を伸ばす。

お願い。届いて。

 

私の祈りが届いたのか。それともうずめと同時に触れたからか。

ダークメガミの体表は大きく波打ち、私たちを取り込もうとする。

本当にこれで正解なのか、考え直す暇もなく、私とうずめはダークメガミの中へ引き込まれていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11 削られ潰され一人になっても

暗い。暗い。どこまでも暗い。

目を閉じてるのか開いているのかわからなくなるほどに、どこまでも暗い。

そこはダークメガミの中身。

その中で、立っている三人がいる。私とうずめ……そして、くろめ。

闇で佇む敵へ、私たちは近づく。

私がここへ入れたこと、バトルスーツも問題なく作動することが幸いだ。

それにしても、ここは異様で奇妙な空間だ、と私は思った。

足音や作動音は一切響かないのに、呼吸は普通に聞こえる。心臓が早打つのもよく感じられる。

 

「まさか、この中に入ってくるなんてね」

 

くろめは閉じていた目を開けて、無表情でそう言った。

 

「もうダークメガミを止めて」

「断る。勝利目前で止まるわけがないだろう?」

 

即答するくろめが拳を固める。

どうしても、私たちの言葉に耳を傾けるつもりはないみたいだ。

 

「ならやるしかないな」

「ええ」

 

話し合いで説得できるなんて思っていない。

くろめを挟み込むようにしながら距離を詰め、お互いに攻撃が当たる範囲のギリギリ外で止まる。

暑いのか寒いのか、じっとりと汗をかきながらも悪寒が走る身体の震えを抑えて、歯を軽く噛む。

 

最初に動いたのは、うずめだ。

一歩踏み出して拳を突き出す。くろめは素早くかわして、勢いづいたうずめにタックル。

よろめいたうずめに、さらに蹴りを放つと、背中から地面に倒れてしまった。

 

私は銃をホルスターから抜き取り、引き金に指をかけつつ銃口を向ける。

しかし、くろめを捉える前に、手首をひねられてぐるりと身体が回る。

がしゃりと音を立てて倒れた拍子に落とした銃を、くろめは蹴って遠くへやってしまった。

続いて迫りくるストンプを、間一髪のところで避ける。

その間に近づいていたうずめが、くろめの顔面へパンチをめり込ませる。

ごろごろと転がった彼女はさっと立ち上がり、頬をさすりながらこちらを睨んだ。

 

「なぜだ。なぜお前たちはオレの邪魔をする」

 

こちらまで聞こえるほど歯を食いしばって、くろめの語気が上がる。

 

「イヴ、ユウはお前の父親を殺して、お前のいた世界を滅ぼした奴だ!」

「そうね。知った時には、ユウを殺そうとしたわ。正直いまでも憎い。許すことなんてできない」

 

ダークメガミがいないなら、今にもユウを殺しに行っていただろう。

だけど、いる。ダークメガミが、くろめが、私たちの世界を壊そうとする者が目の前にいる。

過ぎた過去ではなく、未来を潰そうとする敵が。

 

「でも、少なくとも、今の私の敵はあなただけよ」

 

くろめは拳が白くなるほど力強く握った。

 

「なら……ここでまとめて死ね」

 

 

宙に浮かぶ地面を足場にしつつ、着地と同時にそこにいたモンスターを盾で潰す。

どれだけ倒しても、きりがない。無限に湧いてこられたら勝ち目なんてない。

弱気になった心を振り払って、迫りくるモンスターを殴り続ける。

ヤマトたちがダークメガミを倒してくれれば、こいつらもいなくなるはずだ。それまで、ぼくたちはここで耐え凌ぐだけだ。

 

「弱いな。それで私のつもりか?」

 

そんな言葉が聞こえた。

そちらを向くと、神次元マジェコンヌが地面に組み敷かれ、敵マジェコンヌの鎌先をつきつけられているところだった。

 

「ふん、偽物はそっちだろう。自分の意志で戦わないお前こそ、私のつもりか?」

「偽物かどうかは、その命で証明してみせろ!」

 

敵マジェコンヌが鎌を振り上げる。その瞬間、ぼくの投げた盾が、彼女に直撃して身体を吹き飛ばした。

 

「ぐあっ」

 

間一髪、刃が届く前に助けることができた。遅れて、ぼくはそちらにたどり着く。

敵マジェコンヌに投げた盾を拾い上げ、神次元マジェコンヌに手を伸ばす。

 

「ナス農家になったせいで衰えたな」

「ほざけ。私はまだ負けてない」

 

マジェコンヌが手を掴み、ぱっぱと服を払いながら立ち上がる。

 

「負けたなんて言ってないだろ」

「そういう口ぶりだった」

 

と軽口を言ってはいるが、ぼくもマジェコンヌも息が上がっていた。

休むことなく動き続けて生死のやりとりをするというのは、予想以上に消耗するものだ。

たいして時間が経っているようには思えないが、それを言い訳に止まる気はない。

 

どん、と地面を揺らすような音が鳴る。

先の地面に激突した敵マジェコンヌが、猛スピードでこちらに向かってきていた。

 

「貴様ァ!」

 

あちらはまだまだ元気みたいだ。

ぼくは盾を構える。その前に、腕に砲口をつけたシーシャが目の前に着地した。

その腕から放たれたエネルギー弾が、またしてもマジェコンヌをどこかへ飛ばした。

 

「君たち、冗談言ってる暇はないよ」

「冗談でも言ってなきゃやってられないさ。だって……」

 

ぼくは前を見た。

 

「ここで終わるかも」

 

轟音を響かせながら、あらゆる種類のモンスターが近づいてくる。

十や二十、いや百でもきかない。数えられないほど大量の敵が、巨大な一個のように足並みをそろえてやってくる。

絶望の影が、ぼくたちの心をゆっくり浸食しつつあった。

 

 

「これでどうだ!」

 

雷とともにはるか上空から落下したユウが、ダークメガミ最後の武器である太刀を真っ二つに斬り裂く。

感電し、身悶えるダークメガミを横目に、ユウが地面に降り立った。いや、よろけて膝をついた。

それはそうだ。エコーの時から、いやその前から、あんな大技を何度も使用してきてるんだ。いくらか回復したとしても、限りがある。

 

「鬱陶しいやつだ。やはりお前を先に消しておくべきだった!」

 

力の抜けてしまったユウへ、ダークメガミの拳が隕石のように落ちてくる。

 

「ぐっ」

 

ローズハートはユウを突き飛ばし、代わりに攻撃を受ける。

防御力にも優れた黄金のプロセッサといえども、耐えきれずに砕け散り、彼女の身体は容赦なくその場に叩きつけられる。

 

「アイさん!」

「よそ見すんな! 来るぞ!」

 

ネクストホワイトの忠告は遅かった。

変身の解けたアイに駆け寄ろうとするパープルシスターに、ダークメガミの胸から放たれるビームが襲い掛かる。

彼女を守ろうと前に立ちふさがるネクストパープル、ネクストブラックとともに、光線は彼女たちを包み込んでいく。

 

「まずい……」

 

体力が全回復したわけじゃない。

女神たちだって、ネクストフォームになってはいるが、ここに来る前にダークメガミに力を取られ、そして一度ダークメガミに打ちのめされている。

 

あと少しだと思っていた勝利は、まだ遠く、僕たちには届かない。

 

僕たちができたのは武器を壊すだけ。それすら想定範囲内なのだろう。

肝心の敵にはほとんどダメージを与えられていない。

 

変身も解け、気絶した三人が落ちてくる。

僕はすぐさま下でスタンバイして、両腕と肩で彼女らを抱える。

本当にギリギリだが、死んではいない。

ほっとしたのも束の間、落下を狙ったダークメガミのビームが来る。

代わりにそれを受けたのは、ブランとベールだ。自分の武器を壁にして、しかし徐々に押されていく。

僕はネプテューヌたちを置いて、防御に加わる。襲い来る光へ、電撃を放ちながら手を前に出す。

 

「させるか!」

 

魔剣を前に突き出すユウも並ぶ。

おかげでじりじりと後退するだけだった僕たちはその場で止まり、踏ん張れる。

 

身が堅いのには自信があったが、腕が極度まで熱せられ、焦げつく臭いが鼻につく。

酸を浴びせられたような、沸騰し、溶けゆく痛みが全身を侵す。

 

「ヤマト!」

「振り絞れ、ユウ!」

 

焼ける痛みが限界まで達した瞬間、光の嵐が止んだ。

なんとか耐えきった。だが、身体のエネルギーが切れた。意識が途切れそうになるも、歯を食いしばって現実を見据える。

どうにかして一息……と思ったが、視界がダークメガミの拳でいっぱいになった時にはもう遅かった。

 

「ぐあっ」

 

防御もできず、まとめて直撃を食らった僕ら二人は、ネプテューヌたちと同じく地面へ伏す。

ユウも、僕も変身が解けてしまい、急速に身体から力が無くなっていくのを感じる。

 

「賞賛しようじゃないか。まさかここまで手こずらされるとは思わなかった。だがそれもここまでだ」

 

ダークメガミの力は僕たちが思っていた以上だ。それに、いま意識があるのは僕だけのようだ。

確かに、ここで少し耐えようと結果は変わらないのかもしれない。

僕もみんなも潰されて、すべてが終わる。その結果は避けられないものなのかもしれない。

でも……

 

残った力と気力をかき集めて、限界を超えた身体に鞭を打つ。

肘を、膝を立たせ、大きく息を吐きながら足の底を地面につける。

無様にも立ち上がって、まっすぐにダークメガミを見る。

 

「立ち上がっても、もう勝てないことはわかってるだろう」

 

わかってる。でも、それは諦める理由にはならない。

 

ダークメガミは拳を振り上げる。

容赦のない一撃が、いままさに目の前まで迫ってきた。

僕は両腕で受け止める。

ありえないほどの質量が、僕を潰そうと圧してくる。骨がみしみしと音を立てているのがわかった。

地面が抉れ、足が沈み込む。

気を抜けば一瞬でミンチになる。僕だけじゃなくみんなが。

押し戻せなくても、耐える。

喉から絞り出されるのは、悲鳴にも食いしばる声にも聞こえる。

どちらでもいい。

ただ、戦い抜くだけだ。

この力が枯れるまで。この身体がなくなるまで。この心が折れるまで。

 

 

シェアリングフィールドの効果はこの中にまで届いているのか、それともくろめはダークメガミに力を注入しているのか。

ともかく、私とうずめの二人がかりなら、くろめとほぼ互角に戦えている。

武器を落とされ、身体どうしでぶつかるしかなくても、お互いに決して退かない。

二対一だというのに、くろめは小さな身体に似合わない攻撃力と防御力を備えていた。

うずめの元だというからそれも納得だが、あまりにも驚異的だ。

 

倒れない私たちに業を煮やしたのか、くろめは連打を受けながらも足に力を込める。

どこを攻撃しても意にも介さないように見える彼女に、私は焦りを覚えた。

 

均衡が崩れるのは一瞬だった。

パンッ。空気を弾く音を鳴らし、くろめは足を鞭のようにしならせ、一閃。

 

「イヴっ!」

 

私を庇ったうずめが嗚咽を漏らしてうずくまる。

彼女の安否を心配している暇はない。その間にも、くろめは容赦なく攻撃を浴びせてくる。

強く、しなやかに、舞うように。しかしどこか駄々っ子のような一撃一撃から、彼女の過去が、思いが流れ込んでくる。

心次元の中の、さらにダークメガミの中。そこはくろめが隠したい気持ちが凝縮された空間。

蓋をしても溢れるほどの彼女の気持ちは、ここではむしろ漏れだしている。

 

妄想を現実化する『妄想力』。それは望んで手に入れた能力じゃない。

存在を望まれたうずめが生まれながらにして持っていたものだ。いわば、人々が望んだ力だ。

それなのに、いざそれを持つ女神が現れたとなると、人々は恐怖した。現実を改変してしまうほどの能力を恐れた。

たとえそれが今まで全く悪用されていないとしても、彼女が善の心を持っていたとしても関係ない。一度疑心暗鬼に陥ってしまえば、その疑いは膨らんでいく。

最初に危険だと言い出したのは少数だろう。しかし、黒いシミはどんどんと広がり、感染していく。

そんなどうしようもない人間に対して、弁明もしただろう。うずめの味方になってくれる人間もいた。

しかし、膨張した感情は抑えきれず……うずめは自らを封印した。

国が好きだったから。人が好きだったから。

 

どれだけ苦しい決断だっただろう。

苦しい。胸が締めつけられる。

 

嫌だ。消えたくないよ。わたしはみんなといたかっただけなのに。なんで、なんでわたしだけ……

 

くろめの……かつてのオレンジハートが呟いた最後の言葉が、心に反響する。

彼女の悲哀を感じて、私の身体は鈍くなっていった。

ユウにとどめをさす直前に止まってしまった時のように、心が板挟みになって、頭が爆発しそうになる。

覚悟をもって来たんじゃないのか。くろめを倒すために、ここにたどり着いたんじゃないのか。

私は……

 

『私がやらなきゃいけないことなの』

 

私がユウに言った言葉。

くろめを倒すために、うずめをも犠牲にする覚悟を決めた時の言葉。

その決意を信じてくれているから、ユウたちは私を守ってくれた。

私の手で決着をつけさせるために。

だから、私は……

 

くろめが拳を振りかぶる。その瞬間、ディスプレイに文字が浮かんだ。

 

『アイ・ヴァトリの戦闘データ解析完了』

 

身体がとっさに動いた。くろめの拳を先回りで抑え込む。

そのことに驚いたくろめの隙をついて、腹に顎に肩に足に、私は次々と殴る蹴るを繰り返す。

素手での近接戦闘を得意とする二人の戦闘データのおかげで、スーツは敵の攻撃をかわし、余裕を崩させる。

それがわかったのか、くろめは私の外装を剥がしにかかる。

今までいろんな攻撃を受けてきた装甲は、その強度を失っている。がむしゃらにかきむしるようなくろめの爪が、次々と傷をつけていった。

首、胸、足、肩部分が削られていく間も、私はくろめを叩くことをやめない。

破片が地面に落ちていくごとに、くろめから血が流れる。

ついに私の顔が露わになったとき、彼女が弱っているのがよく見えた。

一瞬、私は彼女にうずめを重ねてしまう。

顔が一緒なのだから仕方がないが、それが仇となった。

 

くろめは私の右腕。オレンジの義腕を掴んで引っ張る。

恐るべき力で腕はへこみ、接合部の肩からみしりと嫌な音が鳴る。

 

義腕自体は痛めつけられてもいい。だが、生身と繋いでいる肩はだめだ。

頭からの指令をすぐに伝えられるように、かなり繊細に造り、接続している。

神経の糸が切れる猛烈な痛みに、思わず膝をつく。

 

ただ殴るだけじゃ、もう彼女は止まらない。

痛みに喘ぎながら、私は落ちたスーツの欠片を拾い上げる。

ぶちぶち。もう少しで外れそうになる義腕から小さく火花が散る。

完全に離れてしまう前に、私は欠片の尖ったほうをくろめに向け……刺す。

 

私の一撃が、くろめの身体を貫いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12 未完成のパズル

くろめは信じられないものを見る目で、私と刺し傷を見る。

どろりと流れた血は赤くて、液体で……つまり普通の血だった。

どれだけ悪に染まっても、たとえ元女神だったとしても、その身体には私と同じ人の血が流れている。

それを思い知らされて、私は思わず倒れたくろめのそばに駆け寄り、その小さな背中を抱え上げた。

あんな力や絶望が詰まっているとは思えないほど軽くて、暖かい。

等身大の、ただの人間のようだ。実際、そうなのかもしれない。

 

人間に追い立てられ、心が底まで沈んで、自分の存在を消した。

人のマイナスな精神を一手に受けた彼女を悪だと断定できるだろうか。

心次元に来るまで彼女のことを知らなかった私が、くろめのことを悪だと決めつけることができるのだろうか。

迷っている時点で、その答えはノーだ。

 

最初に、うずめが記憶喪失だと聞いたとき、私はそんなこと関係ないと思った。

彼女が私を助けてくれたことは事実だし。零次元の中で必死に戦い抜いていることも知ったから。

だけど、それは間違い。

うずめの良いところばかりを見て、その他を見ないふりをしていた。

もっとうずめを知ろうとして、彼女に寄り添えば、くろめのことだって、その悩みや苦しみだって知ることができたかもしれない。もっと、もっと早くに。

そうなれば、くろめも一緒に、私たちの横で笑っていたかも。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

自分の盲目さと傲慢さが、この結末をつくったかと思うと、後悔で押しつぶされそうになる。

圧迫された感情が、胸を、喉を、頭を締めつけて涙を流させる。

 

「なんで謝るんだ。オレなんかに」

「あなたのことをもっと早く知っていれば、何もかも変わったかもしれないのに……」

 

ぽたりと、くろめの胸に涙が落ちる。

ごめんなさい。

泣きたいのはあなたのほうよね。

人の勝手な欲望によって生まれ、人の勝手な感情で恐れられ、人の勝手な衝動によって敵になってしまった。

 

「これでいいんだ」

「よくない。よくないわよ……」

 

なんでそんなことを言えるのよ。全部、全部私たち人間が悪かったんじゃないか。

なのになんであなたは、復讐があと一歩で叶うはずだったこのタイミングで、そんな優しい笑顔ができるのよ。

 

私はくろめの胸に顔をうずめて、声にならない声を吐き出し続ける。

 

それは、彼女が天王星うずめだからだ。

私の知るうずめと変わらない、誇りと優しさと強さをもった女神だからだ。

 

「なあ、『俺』。オレを倒したからには、『俺』のほうが正しかったと証明してくれ」

 

息も絶え絶えに小さな声で言うくろめに、うずめは頷く。

 

「任せろ。『オレ』が残したものは、全部引き継いで未来へ持っていってやる」

 

うずめの言葉を聞いて、くろめの口角はわずかに上がった。

これまでとは違う、柔らかい顔だった。

 

「ああ、暖かい……」

 

そう呟いて、くろめはゆっくり、ゆっくり目を閉じる。

私が支えていた身体は、砂のように崩れ去って、跡形もなく闇の中へ消えていく。

最初からそこに何もなかったかのように、重さも、体温も、感触も、何も……何も手の中に残らなかった。

 

 

あれだけいたモンスターが次々と消えていく。風にさらわれる砂山のように。

 

「まさか……まさか私がこんな……」

「いや、違う。お前は『私』ではない」

 

マジェコンヌの一言に衝撃を受けた敵マジェコンヌも、その身体を塵に変えられる。

見渡せば、立っているのはぼくたちだけだった。

 

「これって……」

「やったー! 勝ったんだー!」

 

大人ネプテューヌが元気に跳びまわる。あんなに戦ってたのに、よくもまあそれほど体力が残っているもんだ。

 

「そう、なんだよね。勝ったんだよね、ヴァトリ?」

 

息を切らしながらもたれかかってくるビーシャに頷く。

気づけば、遠くからでも見えるダークメガミの姿はどこにもなかった。

やってくれた。女神が、ヤマトが、アイが、ユウが、イヴがついに打ち破ってくれた。

 

「ヤマト……アイ……」

 

端末で通話を呼びかける。しかし、誰も出てくれない。

ここが心次元だから、機械が通じてくれないのか? いや、呼び出し音はしっかり鳴っている。

嫌な予感がして、ぼくは走り出した。

ダークメガミがいたはずの、最終決戦の地へ。

 

 

いつの間にか、ダークメガミの中から外へと飛び出していた。

私を抱えるうずめの身体は、ゆっくりと落下して、ぐったりとなっているみんなのもとへ着地する。

 

「うわっとと」

 

支えてくれる者は誰もおらず、うずめは尻餅をついた。その拍子に落とされて、私も尻をしたたかに打ちつける。

あいたたた、と尻をさすりながら、私は立ち上がろうとして……倒れた。

体力もなし。スーツもなし。義腕は機能しないし、頭も回らない。

けど、今は別にそれでいい。

 

「みんな、大丈夫?」

「大丈夫とは言いづらいな。だけど、生きてる」

 

燃え尽きたように腰を落とすヤマトが蚊の鳴くような声で言う。

だけど、他のみんなは反応してくれない。

倒れたまま、目を閉じたまま、動かない。

 

「おーい、ってすごい倒れてる!」

 

遠くから、ヴァトリと大人バージョンのネプテューヌが走ってくる。

その後ろには女神候補生とゴールドサァドもついてきていた。

 

「ユウ、ユウ、大丈夫!?」

 

ネプテューヌが、ユウを揺らす。

やめろ、吐くぞ。と言いながらユウはゆっくりと身体を起こした。

 

「ほら、しっかり起きて」

「はっ! シーシャ!? なんでここにいるッスか!?」

「敵が消えたから」

 

アイが生きていたことに、シーシャは安堵のため息をつく。

みんなも息絶え絶えではあるけれど、なんとか最悪の事態は免れたようだ。

 

「ダークメガミもくろめもいない……ってことは」

 

シーシャに膝枕されているアイが、顔だけ動かしてあたりを見る。

すっかり静かになった空間で、うずめのシェアクリスタルだけが煌々と輝いていた。

 

「イヴ……どうなったんだ?」

 

ぼろぼろの身体で立ち上がりながら、ヤマトは訊いてきた。

勝利に笑う元気も気力も感情もなく、私は口を開いた。

 

「終わったわ。全部、終わった」

 

ただ、その事実を噛みしめるように繰り返す。

戦いに決着が着き、平和は戻った。

それでいい。それでよかった……んだと思う。

 

 

あれから一週間が経った。

街にもぼくらにも傷は残っているけれど、回復は進んでいる。

あれだけの事件があったのにも関わらず、人々は元の生活を取り戻そうと、徐々に立ち上がっている。

 

「またこっちには来てくれるんだよね、ヴァトリ?」

 

プラネテューヌの教会。最上階のバルコニーで風を浴びながら外を眺めていると、ビーシャがやってきた。

 

「ああ。何年になるかはわからないけど、必ず帰ってくる」

 

ぼくはこれからどうするかをすでに決めていた。

今回の事件では、結局何をしたらいいのか、どうしたいのかを決められないまま戦った。

それは、根底にぼく自身の確固たる考えがなかったからだ。

しばらくはヤマトもアイもいないところで、自分探しの旅とやらをしてみたい。

時には誰かに頼りつつ、頼られながら。

 

「ねえ、次帰ってくるのはいつかはわからないんでしょ?」

「ああ。それに別次元だと時間の流れが違う可能性もあるし……」

 

言い終わる前に、ビーシャがぼくに抱きつく。

 

「帰ってくるのは信じてるけど……これくらい許して」

「ビーシャ……」

「ちょっと待って。もうちょっとだけ……」

 

寂しいのはぼくも同じだ。

甘えてられないとは思いつつも、ぼくも彼女の背中に手を回す。

神次元以外にも、帰る場所がある。ぼくの居場所が、ぼくを待ってくれる人がいる。

ビーシャに振れていると、それが強く感じられる。

世界を救ったんだ。彼女の言う通り、もう少しだけはこうしてるのを許してほしい。

浸りかけていると……

 

ばたん、どしん。

大げさな音が鳴ったかと思うと、扉が開いてネプテューヌたちが倒れた。

その上にはラム、ロム、ユニが重なっている。

 

「あ……」

 

目が合って数秒、気まずい雰囲気が流れる。

そのまま動けずにいるネプテューヌが、てへぺろと舌を出した。

 

「えへへ、さーせん」

「さーせんじゃないよ」

 

はあ、とため息をつく。

恥ずかしいところを見られたからか、ビーシャは慌ててぼくから身を離し、顔を赤くして俯く。

 

「私もいるわよ!」

「私も……」

「ご、ごめんなさい、私も」

 

申し訳なさそうにするロムと謝るユニはわかる。自慢げに言うラムはなんだ。

ようやくそこからどいて最後に立ち上がったネプテューヌは、恨めしそうに見るぼくに対してぶんぶんと手を振った。

 

「し、しょうがないじゃん! 見えるところでいちゃいちゃしてたら気になるって!」

 

確かに部屋とバルコニーの間にあるのは透明の扉だけ。

だがこういう時は見て見ぬふりをするのが大人ってもんだろう。

まったく、保護者はどこいった?

 

 

「世界はすっかり元通りッスね。人間は女神がいるという記憶を思い出して、もちろん国のトップも女神に。信仰もそのまま」

 

ラステイションの執務室で、ノワールの机に腰掛けながら、ウチがくるくると指を回す。

世界の改変はすべてくろめが起こしたこと。それがいなくなれば均衡は戻る。

ここにいないネプテューヌ、ビーシャを除いた姉女神とゴールドサァドは胸をなでおろす。

 

「ああ、黄金の塔は消えたが、ゴールドサァドの力がそのままなのが気になるが……」

「塔自体は祭壇みたいらしいッス。力の源はゴールドクリスタルだから、それがなくならない限りは力も持ったまま」

 

ヤマトに説明するウチの言葉を聞いて、ケーシャが頷く。

 

「ゴールドクリスタルがシェアクリスタルと融合した現時点では、つまり……その……」

「女神がいなくならない限りは、黄金の力は存在したままってことだね」

「エスーシャ、もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないのかい」

 

言い淀んだケーシャを継いだエスーシャを、シーシャがたしなめる。

女神の存在、有無はウチらの中じゃすっかりデリケートな話題になってしまった。

まあ、転換期に加えてあんな事があった後じゃ……ねえ?

 

「神次元での同じ座標を調べよう。こっちでも現れる可能性があるなら、先に手を打つ」

「ゴールドサァドは……黄金の塔は、女神の転換期に出現するものなんスよ。国民が現状維持か変革かどちらかを選ぶ時代の象徴なんス。いわば、国にとっては必要なものッス」

 

少し強めの口調のヤマトに、ウチも少し強めに返す。

 

「それを現れないようにするってんなら、国が停滞したままでいいって言ってるようなもんッスよ」

「国が滅びるくらいなら、停滞したほうがマシだ」

「世界改変はくろめ、改変後のいざこざはエコーのせい。黄金の力それ自体は善でも悪でもないッス。そんなことは、ヤマトが一番わかってるはずじゃないッスか。一体どうしたんスか?」

 

心次元の戦いを経て、ヤマトはいつもより冷静さを欠いているように見えた。

長年一緒にいるけれど、こんな彼は見たことがない。

 

ヤマトは腕を組んで、大きなため息を吐いた。

 

「もし、もう一度同じことが起きたら? くろめじゃなく、完全な悪意をもった誰かが力を悪用しようとしたら? それこそ今回以上の大惨事になる。神次元が滅びるかも」

 

彼は唇を噛みしめた。

 

「少しでも火種があるなら、絶やすべきだ」

 

ユウと同じような考え。

それは、ヤマト自身が真っ向から否定した思想だ。

 

「超次元に来た理由はそれですの? 少しでも脅威となりうるものを取り払うため?」

 

そうだ、とヤマトは頷いた。

 

「いいえ、それは違うわ」

 

即座に、ブランちゃんが首を横に振った。

 

「エコーの目的も、くろめのも、超次元だけを狙ってた。あなたたちはその気になれば、神次元に逃げることができたはずなのよ。最初から最後まで、いつでもね」

「それをしなかったのは、私たちのためじゃないんですか? ダークメガミを前にして死ぬ寸前まで諦めなかったのは、超次元ではなく、わたくしたちを助けたかったからではなくて?」

 

ブランちゃんとベールに問い詰められ、ヤマトは俯いた。

 

「神次元に敵が現れて、レイやマジェコンヌ、そうじゃなくても君たちやユウ、イヴ、うずめが犠牲になったら? そうなったら僕は耐えられない。僕にとっては、それは神次元がなくなるのと同じことなんだ。僕の中の世界が消える。それが……」

 

ヤマトは肩を落とし、弱弱しく身体を震わせた。

 

「それが怖いんだ」

 

確かに、ウチらは逃げることもできた。けれど、同時にできなかった。

面識のない超次元のレイを放っておけなかったように、ヤマトは困っている誰かを突き放すことができない。

そんな彼だから、ウチもヴァトリもついていくと決めたのだ。

 

「僕の力が届かなかった。今度はもっと対抗できないような敵が来るかもしれない。そんな時、僕たちはどうすればいい?」

 

ウチは今にも泣きそうになっている彼の肩をぽんと叩く。

 

「それは、ヤマトがいつも言ってるじゃないスか」

 

いつもヤマトにするように、ウチはにっこりと笑って返す。

 

「みんなで戦う。そのためにヤマトがいて、ウチがいて、みんながいる。超次元に助けを求めてばっかじゃダメッスけど、でもヤバいときくらいは甘えてもいいはずッス。ウチらだってこっちを救ったんスし」

 

理想論を掲げる彼に対して、ウチが失望しないのは、ヤマトが強い人だと知っているからだ。

これだけ鳥人が揃っている中で、確かに彼の力は乏しいものかもしれない。

けどそれ以上に、彼の精神が、言葉が力をくれる。諦めない勇気をくれる。

 

「いつでも力になるよ」

「借りは返せてないままだしね」

 

超次元の女神に加えて、ゴールドサァドもいる。

犯罪神、昔の女神、機械軍団に打ち勝った仲間が、こんなにもたくさんいる。

そんなウチらが負けるはずがない。正義は必ず勝つんスから。

 

これまでヤマトの掲げてきた思いを返され、彼はどう思ったか。

それを知らせないまま、ヤマトは足早にこの部屋を出て行った。

 

「彼は納得してくれたと思う?」

「さあ。何年もお堅い考えのままだったから、時間はかかると思うッス。でも折り合いはつけてくれるはずッスよ。ヤマトだから」

 

家族に裏切られて、十年も彷徨って、それでも戻ってきたヤマトだ。

きっと、このくらいじゃへこたれない。

今はそう信じて待つしかない。

 

「あの……イヴさんは?」

 

ひとまず空気が緩んだところで、ケーシャが手を挙げた。

 

「自分の研究室に籠りっきりよ。私も追い出してね」

 

ノワールがやれやれと肩をすくめる。

 

「あちゃー、あの子は大丈夫ッスかねえ」

 

イヴを取り巻く環境と感情は、複雑すぎる。

それこそウチが何かを言っても悪い刺激にしかならないほどに。

 

大親友であるうずめの元々であるくろめを、仕方なく殺してしまった。

んで、親の仇であるユウを殺す直前までいって、でも殺せずに生きている。

殺人を犯したことのないウチには想像もできないような苦悩が、彼女の中で渦巻いているだろう。

 

「大丈夫よ。うずめを行かせたから」

 

ノワールとケーシャだけは、心配のない表情で笑っていた。

 

 

騒がしい教会に妹女神たちを置いて、俺はネプギアと街を回る。

やれ現実改変やらエコー強襲やら、次元融合やらの危機があったことを知らない国民たちは、いつも通りに忙しそうで楽しそうだ。

 

「ユウさんは、ずっと超次元にいるんですか?」

 

いくつか買い物を済ませたネプギアから袋を受け取る。

明日は神次元組が帰る日ということで、今日の晩飯は豪勢なものにしたいらしく、パンパンになっているそれですらまだ一部だ。

リヤカーでも借りてきたほうがよかったんじゃないか。

 

「自分が許す限りはな。エリカとの約束を破ることになるが……」

「約束、破ってばっかりですね」

「帰ってくるっていうのは守っただろ?」

「そうですけど……何年待ったと思ってるんですか」

「あーあ、一番痛いところ突かれた」

「痛いところ、いくつあるんですか」

 

くすくすとネプギアが笑う。

最初はどこか距離があって丁寧すぎるところがあった彼女だが、こうやって遠慮のない言い合いをできるようになって嬉しい。

零次元から戻って来た時でさえ、恐る恐るといったところがあったからな。

 

「やり残したこと、いっぱいあるんですよね。それを否定はできません。壊次元の私のことやエリカさんのこともありますから」

 

『世界を守って』、『戦い続けて』。

二人から言い渡された約束を、俺はまだ大事に守っていた。一度、破ってしまったからこそ意固地になっている部分もある。

 

「でも私たちの、私のことも考えてほしかったです」

「ネプギアのことはちゃんと毎日忘れなかったさ。だけど、そうだな。少しくらいは顔を見せるべきだった」

「そうですよ。寂しかったんですから」

 

どれだけ時間が経ったかを気にしなくなったのはいつ頃だろうか。

変わらない自分の容姿と戦い漬けの日々、異なる時間軸の次元を渡ったせいで、ぼんやりと薄れている。

そんなんだから、こんなに悲しい顔をさせてしまったんだよな。

 

「そういえば、あの時……俺が行くとき、何か言いたがってたよな」

 

かつて犯罪神となったエリカを倒したあと、別の次元に行く直前、ネプギアはそう言っていた。

 

「あ……えっと、それは……」

「あの時の約束通り、聞かせてくれ」

 

顔を赤らめつつ、ネプギアは嬉しそうにはにかんだ。

 

「……ちゃんと覚えててくれてたんですね」

「言っただろ。ネプギアのことは、毎日想ってたって」

「もう。そういうところずるいです」

 

誤魔化すように頬を掻いて、少しだけ顔を背けるネプギア。

しかし、すぐに俺のほうを向いて、じっと見つめる。

道の真ん中なのにも構わず、俺たちは止まって、真っすぐ向かい合って、お互いの目に惹かれ合う。

 

「あの……私は……」

 

なぜだか、人の喧騒が遠くなった。

周りから人がいなくなったのか、俺がネプギアの言葉に集中しているからか。

どっちでもいい。

今の俺は、彼女の顔だけ見えてればいい。彼女の言葉だけ聞ければいい。

 

「いつも自分を犠牲にして、いつも苦しい顔して、いつも傷ついているあなたが大嫌いです。でも、一緒にいてくれて、一緒に戦ってくれて、私が困ったときには来てくれて、私を守ってくれて、私のこと認めてくれたあなたのことが……」

 

すう、と息を吸って、吐く。

潤んだ目に、朱に染まったにこやかな表情。それが太陽の光に照らされて、より一層輝いて見えた。

 

「大好きです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13 未来へ一歩

ノワールに与えられた作業室で、私は一人で黙々と手を動かしていた。

止まるとどこまでも沈んでいきそうで、せわしなく身体をあっちこっちへ伸ばす。

 

ヤマトやアイを神次元に帰すための装置作りと、その小型化。

次元間の移動に使えるのは、なにもシェアエネルギーだけじゃない。それはユウが証明している。

強力な力さえあれば代替エネルギーでも使えるようにしているそれは、次元研究の第一人者だったお父さんの置き土産の改造品。

時々バトルスーツの新造もしながら、息をつく間もなく次へ次へ、物を形作っていく。

 

「精密機械ばっかりだから、来ないでって言ったじゃない」

 

何者かが入ってくる気配を感じて、私は振り向きもせずに言う。

 

「それは知らなかった。ノワールに、イヴはここだって聞いたから」

 

どきりと心臓が跳ねる。

来訪者はノワールかユニ、もしくはケーシャかと思っていたのに。

そこにいたのは、私が一番会いたかったけれど、目を合わせられない人物。

天王星うずめ。

 

「治ったのね」

「誰かさんがお見舞いに来てくれない間にな」

「あなたに合わせる顔をもってないのよ」

 

工具を置いて、勇気をもってうずめと向き合う。

沈黙が流れた。今までうずめと一緒にいるときは感じなかった、居心地の悪い停滞の空気。

彼女は口を開こうとしない。私が言いだすのを待っているのだ。

しばらく躊躇ったあと、私はとうとう観念した。

 

「ごめんなさい。私はあなたと約束したものを全部放り投げてしまったわ」

「最後はやってくれただろ。くろめも倒して、みんなも無事。俺はそれだけで満足だ」

 

うずめの言葉は本心だとわかる。だけど、私はどうしても自分を許せない。

彼女の隣にいるに足る人間でいたくて、ずっと頑張ってきたはずなのに、彼女のことを一度は放り、一度は諦めた。

何をするのが正しいのか、何が私に相応しいのか、私自身が一番わからない。

 

「女神には、補佐官として教祖が必要なんだ」

 

うつむく私に、うずめは唐突にそう言った。

 

「俺がこれからつくる国の教祖枠が空いてる。昔、俺の秘書だったイストワールは、今のプラネテューヌの教祖だからな」

 

うずめは私をじっと見る。それに込められた意味を察せないほど、私は馬鹿じゃなかった。

 

「私を、ってこと?」

「他に誰がいるんだよ」

「私でいいの?」

「約束したからな。お前と一緒にって」

 

喉が詰まる。

こんな私を、うずめはまだ友達として見てくれている。それどころか右腕を任せるつもりなのだ。

その選択をするためにどれほど悩んだだろうか。いや、彼女はすんなり決めたのかも。ずっと決めていたのかも。

ただ、親友だから、仲間だから、約束したから。そんな理由で、今までのことを帳消しにするくらいの人。

それが、その包み込むような寛大さを持つのが女神というものだと、私は知っている。

言葉が出ない。視界がぼやけて、まともに彼女を見ることもできない。

お礼を言う前に、溢れる涙を止めることができなかった。

 

 

プラネテューヌから少し離れた草原に風が吹く。

建物どころか、木もなく、遠くまで見渡せるこの場所に、僕は一番に来ていた。

ゆったりと休む暇もない。僕たちはもう神次元に戻って、片づけなきゃいけないことがたくさんある。

 

「ヤマト」

 

僕を呼ぶ声に振り向く。いつの間にか、ユウが後ろに立っていた。

あの魔剣どころか、武器を一切持っていない姿は、僕にとっては新鮮だ。

 

「経過は?」

「ほぼ完治。ちょっとした傷が残ってるくらいだな」

 

エコーやイヴ、ダークメガミから受けた傷は、まだ生々しくユウの身体に残っている。

だけど、それまでに受けてきたものの一部にすぎない、と彼は笑った。

 

「これからどうするんだ? また次元の旅を続ける?」

「どうかな。やりたくてもネプギアに止められる。『もう死にに行かないでください』って」

 

自棄すぎる彼の行動は、仲間なら止めたくなるだろう。たとえ誰かと交わした大事な約束があっても。

でもそれでいいと思う。

彼が自分の行動がもたらす結果をちゃんと受け止めて、周りの人のことを考えてくれたら、それが一番だ。

 

「戦いは引退?」

「モンスター退治程度はやるかな。とりあえずはのんびりだ。長いこと戦いすぎた」

「寂しくなるな。しばらくは会えなくなる」

「そうだな。やたらと次元の扉なんて開くもんじゃないし。お前ものんびりしたらどうだ」

 

僕は首を振る。

 

「まだやることがある。こっちの次元では犯罪組織が厄介な存在になってきたことだし」

「……大丈夫か?」

 

この超次元で起こったように、神次元でも犯罪神が出現するかもしれない。

もしそんな強力な存在が現れてしまったら、ユウやネクストフォームを扱える女神がいないこちらで対抗できるかどうか。

アンチクリスタルのことだってある。問題は山積みだが……

 

「自分の世界は自分で守るよ」

 

他の国ならともかく、他の次元に頼るのはやめる。

そうじゃなければ、いつまで経っても神次元は成長できない。

 

「それに、来てほしいだなんて言ったら、解決するまでこっちにいるだろう?」

「否定はできんな」

「そんなんじゃ、ネプギアも大変だな」

 

戦い続けるべきか平和を享受すべきか、ユウの心の問題だけは解決できていない。

いまはネプギアの必死の説得でなんとか踏みとどまっている状態。

いつかは、彼が自ら剣を置くようになってほしい。仲間として、友人として切に願う。

 

「なあ、くろめのことだが」

「倒すしかなかったってことくらいわかってる。全員は救えない。そんなことわかってたはずなのに」

 

そう、僕の内面も解決していない。

誰も殺さずに事を終わらせるという僕の目標は果たすことができなかった。

結局は理想論でしかない。

世界の滅亡を見たユウやイヴの決心の前には、容易く吹き飛んでしまうくらいの綺麗事だ。

 

「でも僕は続けるよ。一人でも多く、救える人を救う。僕はそれしかできないから」

 

神次元のレイから超次元のレイへ力が移った時、僕は超次元に向かわない選択もできた。

だけど、どうしても放っておけなかった。

事件の原因の一端は僕にもあったし、なにより誰かが傷つくとわかっていて見ないふりをするのは耐えられない。

 

「本当は、君のほうが正しいのかもしれないけど……」

「やめてくれ。俺がやってきた結果がどうなったのかは見ただろう。お前はお前の信じる道を進めばいい」

 

鼓舞するように、ユウは僕の背中をばちんと叩いた。

 

「なあ、本当にどうしようもないことになったら……」

「その時は呼んでくれ。すぐ飛んでいく。お前が来てくれたようにな」

 

 

今日が神次元に戻る日だというのに、ぼくたちは遅れていた。

原因はアイだ。

張り詰めていた最近の雰囲気から解放され、もとのぐうたらな生活を取り戻した彼女を起こしていたら、もう二時間も経ってしまった。

放っておけばいつまでも寝ていただろう。

 

「何か月もこっちにいた気がするッスね、ヴァトリ」

 

少し跳ねた髪を直すこともせず、アイはそのまま集合場所へと歩く。

これが女神だとは今でも疑問に思うが、こちらの女神であるネプテューヌや、一時的に国のトップになっていたビーシャを見るに、そう不思議なことでもないのかもしれない。

 

「何度も死にそうになった。こんなことを、何度もやってたのか?」

「んなわけないじゃないッスか。他の次元を巻き込んでまでの戦いなんて、二度目ッス」

「二度でも十分だと思うけど」

 

振り返れば、次元を越え、機械軍団と戦い、果てには次元融合を止めた。

ただの人間が経験するには濃すぎて、大きすぎる事件だった。

いまだに、整理のついていない部分もある。

 

「ウチらはどちらかというと、巻き込まれに行った側ッスけどね。それが正しいのかどうか……」

「やったことが正しかったのかどうかは、結局終わってからしかわからない」

 

今は余計にそう思う。

黒幕を殺そうとしたユウ。それを救おうとしたヤマト。

どちらが正しいのか。どちらに賛同するべきか。ぼくは最後まで決められなかった。

 

「ぼくは痛感したよ。大人になったつもりが、ずっと考えることを放棄してきただけだってね。ヤマトとアイの背中を追って、君たちならこうするだろうという行動しかしてこなかった。いつまでも子どものままじゃいられない」

「これからどうするんスか?」

「しばらくは神次元を離れる。ぼくなりに強くなるために」

「一人立ちッスか。いつか来るとは思ってたッスけど」

 

少し反対されるかと思っていたから、即座に頷かれるのは驚いた。

 

「違う次元ってのも悪くないッスよ。いい友達でもつくってくるッス」

 

超次元とは別に、他の次元に行った経験があるのか。アイの口ぶりはそうとしか考えられなかった。

ぼくが訊こうとしたが、やめた。

言わないってことは、何かしらの事情があるのだろう。自分の心の内にだけしまっておきたいのか、それとも……

 

「辛くなったら……いや、辛くなくてもいつでも帰ってくるッスよ。居場所はずっと残しておくッスから」

 

 

イストワールが、神次元の彼女と交信している間、私たちは私たちで別れを惜しんでいた。

 

「えー、うずめもイヴも行っちゃうの?」

「ああ、仲間たちが待ってるからな」

「もうちょっといてくれてもよかったのに」

 

膨らんだネプテューヌの頬を、指で突く。

ぷすーと気の抜けた空気が口から出たのを見て、私は思わず微笑んだ。

これが最後のお別れだなんて、私も彼女も思っていない。いつだって連絡は取れるし、その気になればまた目の前に現れることもできる。

 

「まあまた遊びに来るさ。いや、こっちから誘うかな。新しい俺の国を見せてやるよ」

「うん、楽しみにしてるね!」

 

抱き合うネプテューヌとうずめ。私は……また今度、いつか会った時にでも。今は照れ臭いわ。

 

「しばらくはさよならね」

「いつでも連絡してきなさいよ。忙しくなければ相手してあげるわ」

 

わかりやすく雑なツンデレを発揮してくれたノワールとは、しっかりと握手。

国の作り方だったり運営だったりとか、思ったよりも早く頼ることになりそうかも。

その時にはきっと、快く応じてくれるのでしょうね。彼女だけでなく、ネプテューヌもブランもベールも。

 

元の世界に戻ろうとする、あるいは違うところへ旅立とうとする私たちを、少し離れたところから眺める二人がいた。

ユウとネプギアだ。

 

「みなさん、休もうとはしないんですね」

「やることがあるからな、あいつらには」

「ユウさんはほんとにこっちに残るんですよね?」

「言っただろ。ここにいるって」

「信じてほしいなら、ちゃんとそばにいてください」

 

恐る恐るといった様子で、ネプギアは手を伸ばす。

ユウの手を取って、離さないようにぎゅっと掴んで、指を絡める。

 

「話したいことがたくさんあるんです。ユウさんがいなくなってからのこと、それとこれからのこと」

「ああ、俺も土産話ならたくさんある」

「えへへ、楽しみです」

「いちゃいちゃしてるとこ悪いけど」

 

私は後ろから声をかける。

「ひゃうっ」と悲鳴をあげて、ネプギアはさささと逃げていった。

邪魔したのは本当に悪いと思うけど、そういうのは二人きりのところで存分にやってくれたらいい。

 

「いいところを邪魔してごめんなさいね」

「イヴ……」

 

何を言われるかと身構えるユウ。

まあ、私と彼の関係を考えると仕方のないことだけれど。

 

「ネプギアと、その、そういう関係になったの?」

「ご想像にお任せします。もしそうだったら、お前は賛成か?」

 

私は肩をすくめた。

 

「あなたたちのことよ。私の意見を挟む余地なんてないわ」

「そうじゃなくて……俺がこのまま生きていくことには異論はないのか?」

 

彼の疑問はもっとも。

殺す一歩手前までいったのに、今はこうやってのんきに話してる。

その変わりように、ついていけない部分もあるのだろう。それは私も同じだ。

 

「少しでもあなたが危険だとわかったら、その時は躊躇なく殺すわ。それまでは……生かしておいてあげる」

「そんなにあっさり決めていいのか?」

 

あっさりに見えるかもしれないけど、私なりに悩んで悩んで出した結論だ。

うずめとくろめ、私とユウ、他のみんな。様々な人の複雑な関係の末にたどり着いた結末。

 

「私だって、世界を救うために一人の少女を殺した。あなたを許すことはできないけど、でも、私もあなたと同じなのかも」

 

深いため息をついて、心の中の黒い部分を一緒に吐き出す。

 

「親の仇だけれど、今は仲間としてあなたを信頼するわ。あなたが助けてくれたことはちゃんと覚えてるつもりよ」

 

私に殺されかけたあと、ユウは死にぞこないの身体でダークメガミの攻撃を防いだ。

逃げることもできたはず。だけどしなかったのは、ネプギアや私を守るため。

過去のすべてを見れば、確かに滝空ユウは悪だけれど、同時にヒーローでもある。

敵でもあり、仲間でもある。

状況や立場、心が変わっていくのなら、いますぐ焦って答えを出す必要もない。

少なくとも今は、ユウを生かす。それでいいんじゃないのかな。

 

「ところで、大きいネプテューヌは?」

「どこかで遊んでるか、別の次元に行ったか。ふらふらしてる奴だからな」

「次元を越えて放浪だなんて、あの子とあなたくらいよ」

 

いえ、私もかしら。

壊次元から零次元へ、零次元から超次元へ。

期せずして次元を渡った私は、ようやく一つの場所に留まろうとしていた。

自分が作る、自分の場所に。

 

「なあ、イヴ。本当にこれで別次元に行けるのか?」

 

ヴァトリが、私特製の腕輪を指さしながら近づいてきた。

彼は、私たちとは違って別の場所に何かを求めて行く人。

親とも呼べるヤマトやアイと離れ、どこかで存在意義を見つけようとしている。

 

「ええ。ただし、エネルギーは行って帰ってくる一往復分だけしかないから、使ったらチャージする必要があるわよ。こっちに来てくれればもう一往復分チャージしてあげる」

「技術は日々進歩してるんだな」

「お父さんの形見。私を助けてくれた装置の改良版よ。今度は、これを使ってあなたが誰かを救ってきて」

 

技術や意志、力や経験。ありとあらゆるものが、人や時間、空間を通して受け継がれていく。

 

ねえ、お父さん。

私は立派に育ったかな。お父さんの思う、立派な大人になれたかな。

いろんな人の強さをちゃんと受け継いで、それを次に伝えられるような大人に……なんて、空を見上げて、少しセンチメンタルになっちゃったりして。

 

「イヴ、準備できたって」

 

うずめに呼ばれ、ええ、と返事して彼女の横に並ぶ。

 

「次元座標をセット」

 

ヴァトリに着けたものと同じものを装着して、私とうずめは零次元の座標を打ち込む。

あとはボタンひとつで飛び立てる。

 

「それじゃあな」

「お元気で」

「絶対にまた来てね!」

 

ユウとネプギアが小さく手を振る。それに合わせて、ネプテューヌは大きく腕を振り回した。

 

「大人になったら帰ってくるよ。ここか神次元か、零次元かどこかに」

 

ヴァトリが神次元組の二人に手を振る。

 

「ああ、またいつか」

「近いうちに連絡するッス。イヴもね」

 

にっと笑って、ヤマトとアイが親指を立てた。

 

「そうね。また、ね」

 

いつまでもここにいれたら、なんて甘い考えを捨てて、ボタンを押す。さようならは言わずに、いつかどこかで再会する約束だけして。

 

この先には道が広がっている。

そこでは、私一人で解決できない問題も多く出てくるだろう。

でも不安なんて感じない。

私は一人じゃない。うずめ、海男、零次元のみんな。たくさんの仲間がいる。

そのみんなと一緒に、未来をつくっていこう。

誰も知らない、誰も見たことのない輝かしい未来を。

うずめと約束して、くろめが本当は望んでいた世界を。

 

それが、私のやりたいことだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。