路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか (ユキシア)
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第一話

迷宮都市オラリオ。

世界唯一の迷宮都市で広大な都市の中央には天を衝く白亜の摩天楼。

摩天楼施設『バベル』を中心にして――――つまり都市の名称通り迷宮(ダンジョン)を起点にして――――このオラリオは栄えていた。

その特性からオラリオには数多くの冒険者が存在し、その冒険者が向かうダンジョンにはまだ見ぬ『未知』が眠っている。

未知という名の興奮、巨万の富、輝かしい栄誉、そして権威。

その全てがこの都市には揃っている。

しかし、その迷宮都市オラリオの薄汚い路地裏には世界に、都市に、自分に絶望して壊れた者達もいる。

「このクソガキがッ!!」

路地裏で数人の中年冒険者が白髪の一人の少年を殴り、少年は壁に叩きつけられる。

「…………」

少年は痛みを感じていないのか、もしくはそんなのどうでもいいかのようにただ睨むように自分を殴った冒険者を見る。

「オラッ!」

「ガハッ!」

腹を蹴られて蹲る少年の顔を冒険者は蹴って倒す。

「おい、その辺にしとかねえと死ぬぞ、コイツ」

「……それもそうだな、まぁ、こんなガキが死んだところでどうもしねえがな」

ゲスの笑みを浮かばせながら去って行く冒険者達。

しばらく経ってから少年は蹴られた腹を押さえながらその場から消える。

今日はまだマシだったと思いながら少年は食べ物を求めてゴミを漁る。

この都市の冒険者は血の気が多い為か、先ほどの冒険者達はストレス発散の為に少年をいたぶって楽しんでいた。

だけど、少年はそんなことどうでもよかった。

今更そんなことに気にしても意味がないと理解しているからだ。

どうせ、この薄汚い路地裏で自分の人生は終わるのだからと。

飢えて死ぬか?

冒険者に嬲り殺されるか?

そうなる前に自殺でもするか?

どうせそうやって自分は死ぬのだと少年は既に理解している。

「いっそのこと……全部壊れちまえばいいんだ……」

世界も都市も種族も何もかも全てが壊れてしまえばいい。

少年は自虐的な笑みを浮かばせながらそんなことを口走った。

言っても意味がないことと理解しながらも言わずにいられなかった。

「物騒なことを言う子がいるわね」

その時だった。

少年の前に一人の女神が現れたのは。

白い長髪の女神。女性から見ても羨ましがるようなプロポーションにその瞳は少年の心を見透かしているかのような眼力。

そんな女神が少年の前に現れた。

「私の名前はアグライア。最近この世界に降りてきた女神よ」

アグライアと名乗る女神は少年に近寄って至近距離で少年の顔を覗き込む。

「………?」

いきなり顔を覗き込まれた少年は困惑するが、アグライアは一笑して離れる。

「私がこの世界に降りてきたのは【ファミリア】を作ろうと思ったからよ。そして、私は貴方と出会ったわ」

アグライアは少年に告げる。

「私の眷属になりなさい」

その一言が全ての始まりだった。

少年―――ミクロ・イヤロスと女神アグライア。

小さな路地裏で一人の少年と女神は出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神が下界で許されている『神の力(アルカナム)』によって下界の子に『恩恵(ファルナ)』を与えてその神の眷属にする。

眷属の積み重ねた『経験値(エクセリア)』を神は抽出して『神聖文字(ヒエログリフ)』に変えて背中に刻み込む。

そのことにより、人を超越した身体能力、魔法と奇跡。

神が人に開く神に至る道。

それが【神の恩恵(ステイタス)】。

そして、その『恩恵(ファルナ)』を刻まれた眷属こそが【ファミリア】の誕生。

「さぁ、今日からここが私達の本拠(ホーム)よ」

女神アグライアに連行に等しい形で連れてこられた少年、ミクロは連れてこられた本拠(ホーム)を見渡す。

人気のない道にある物置部屋に近い本拠(ホーム)

綺麗に片付けられてはいるが元がぼろいせいか、少なくとも普通の宿がどれだけいいかと思う程ぼろい本拠(ホーム)だった。

だけど、路地裏で雑魚寝していたミクロにとってはこれでも贅沢と言える程だった。

「私の神友がくれた物置部屋よ」

アグライアはそう言ってベッドに座る。

「それじゃ、早速『恩恵』を刻むからここにうつ伏せになってちょうだい」

ポンポンとベッドにうつ伏せになるように促すアグライアだが、ミクロは首を横に振った。

「俺は……あんたの眷属になるなんて言っていない」

無理矢理連れてきたんだろうが。と愚痴を溢すミクロ。

「そもそも何で俺なんかを眷属にするんだ?」

このオラリオでは魔法に秀でたエルフや力自慢のドワーフなど数多くの亜人(デミ・ヒューマン)が存在している。

ミクロは人間(ヒューマン)。それも体格が優れている訳でもない、ボロボロの体にやせ細った体躯。

そんなミクロを選ぶぐらいならまだ身なりがいい他の人間(ヒューマン)を選んだ方がマシのはずだ。

だけど、アグライアが最初に選んだのはミクロだった。

「貴方はこの世界に……いいえ、自分自身にさえ絶望し、壊れている。私たち女神にとってそれは慈悲の対象。そして何より勿体ないと私が思ったからよ」

「勿体ない………?」

慈悲の対象には理解出来たミクロだが、アグライアは何を思ってミクロのことを勿体ないと思ったのかはわからなかった。

すると、アグライアは時間を見て立ち上がる。

「そろそろいいかしら。来なさい、私が言った意味を知ってからでも遅くはないでしょう?」

笑みを浮かばせながらミクロの手を握るアグライアは本拠(ホーム)を出てメインストリートに向かう。

しばらく走り、階段を駆けるアグライアとミクロ。

「後ろに振り向きなさい」

階段を登り切ってそう言うアグライア。

ミクロは言葉通りに後ろに振り返る。

そこには夕日と都市オラリオが一望できる景色だった。

「………」

無言でその景色を眺めるミクロ。

そのミクロにアグライアは声をかけた。

「きっと貴方はあの路地裏で長く住み着いたせいか、路地裏こそが世界だと思い込んでしまっていたのね。でも、それじゃ勿体ないじゃない。だって、世界はこんなにも華やかで、美しいのだから」

アグライアは語る。

「私が下界の降りてきたのは家族を作ってこの世界を共に堪能する為。だからこそ、私は貴方に声をかけた。出会いは偶然だけど、この景色を見せて絶望する必要なんてないと知って欲しかったから」

アグライアはミクロと向き合う。

「もう一度言うわ、ミクロ・イヤロス。私の眷属になりなさい。私と一緒にこの世界を堪能しましょう」

微笑みながらミクロに手を差しだすアグライア。

ミクロは何度もアグライアの顔と差し出された手を見ながら恐る恐ると手を伸ばす。

ミクロに家族はいない。

物心ついた時からずっと路地裏で生活していた。

唯一知っていること言ったら自分の名前がミクロ・イヤロスという事実だけ。

周囲から存在していないかのように扱われ、冒険者からはストレス発散の道具として扱われてきた。

泥水をすすったり、腐りかけた食べ物を食べる生活をしていた。

自分を捨てた両親、自分を無視する者に、自分をいたぶって楽しんでいる冒険者に。

ミクロは絶望して、気が付けば自分が何なのかわからなくなった。

わかっているのは自分はミクロ・イヤロスという名前で人間(ヒューマン)という種族だということだけ。

だけど、そんなミクロは出会った。

目の前にいる女神アグライアに。

絶望しかなかったミクロを導く一筋の光をアグライアはミクロに与えた。

たった一筋の光でもミクロにとってはそれは眩しすぎる程の輝き。

ミクロは差し出されたアグライアの手を握った。

「ミクロ・イヤロス。貴方は私の初めての眷属。今日からよろしくね」

握ってきたミクロの手を微笑みながら握るアグライア。

ミクロは今日という日を決して忘れないだろう。

女神アグライアと出会ったことを。

この都市の光景を。

女神アグライアの言葉を。

そして、【アグライア・ファミリア】の誕生の瞬間を。

 

 

 



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第二話

ダンジョンを運営管理する『ギルド』に申請して【アグライア・ファミリア】は正式に結成された。そして、女神アグライアの眷属となったミクロ・イヤロスはダンジョンの一階層に潜っていた。

『ギィッ!』

『ギャッ!』

一階層にいるゴブリンに向かって駆けるミクロはナイフを持ってゴブリンを斬りつける。

斬りかかったゴブリンは倒れたがもう一体いるゴブリンの頭目がけて投げナイフを投擲。

倒したゴブリンから魔石を取り出して投げナイフを拾って次の獲物を探すべき下へと目指す。

【ファミリア】結成から数日。体格が小さいミクロは剣よりも小回りの利くナイフと投擲用に投げナイフを買ってダンジョンに潜っていた。

自分の主神であるアグライアが神友に借金してまで自分の装備を買ってくれた。

ミクロは少しでも早く借金を返そうとモンスターと出会っては倒して魔石を回収するという作業を繰り返している。

ダンジョンは下に行けば行くほど敵が強くなるが、それに伴って取得できる魔石の純度は高まり、『ドロップアイテム』も希少な品として高価格で換金できる。

ミクロは一階層で試した後さっさと下に降りた方が効率がいいと思っていたが主神であるアグライアが三階層より下に行くことを禁じている為三階層で留まる。

「・・・・・・・帰るか」

三階層に到達していたミクロは魔石を拾い終えて地上を目指す。

モンスターを倒しながら地上に出たミクロはギルドで換金を行った後、担当アドバイザーに報告後、自分の本拠(ホーム)へと帰宅した。

「お帰りなさい」

「……ただいま」

本拠(ホーム)に帰ると主神が声をかけてきた為ミクロも返事をした。

「大丈夫なの?怪我はしなかったかしら?」

「問題ない・・・・」

心配そうにミクロの体をぺたぺた触るアグライアにミクロは呆れるように息を吐いた。

「怪我には慣れてるから問題はない」

路地裏では散々痛めつけられたミクロにとって怪我なんて大したことはなかった。

それより稼げなかったことの方が問題だった。

アグライアはミクロの頭を軽く叩く。

「怪我に慣れているからといって怪我をしてもいい問題じゃないのよ。ミクロが怪我をしていないか私は心配なのだから。無理せず生きてちゃんと帰って来てちょうだい」

子供を諭すように言うアグライアにミクロは了解とだけ告げて今日の稼ぎを報告した。

一五〇〇ヴァリスの稼ぎをアグライアに手渡すミクロ。

「ありがとう、ミクロ」

アグライアはミクロの頭を撫でる。

ミクロはアグライアの気が済むまで撫でられる。

それにどういう意味があるのかはわからないミクロだが、主神であるアグライアがこれで満足しているのでミクロは大人しく撫でられている。

それから夕飯を食べながらミクロはダンジョンでどのように戦ったのかを詳細に報告。

夕飯の片づけを終えてアグライアはミクロに言う。

「それじゃ、【ステイタス】の更新をするわよ」

上着を脱いでベッドでうつ伏せになるミクロの上を跨るアグライアは指先を斬る。

眷属であるミクロの背中に刻まれている【神聖文字(ヒエログリフ)】を塗り替え付け足して能力を向上させる。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.1

力:I12→I16

耐久:I14→I20

器用:I21→I31

敏捷:I19→I28

魔力:I1→I3

 

基本アビリティである『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』。

アグライアは毎日ミクロの【ステイタス】の更新を行っている。

ほんの少しでも生きて帰って来れる可能性を上げる為に自分が出来ることと言ったらこれぐらいしかないと思ったからだ。

順調に伸びている【ステイタス】を更新していくアグライアはちゃんと成長していることに喜ぶ。

やっぱり、これはどうにかしたいわね・・・・。

アビリティの下の項目に視線を向けるアグライア。

 

呪詛(カース)

【マッドプネウマ】

・対象者の精神汚染。

・使用中一時的ステイタス低下。

・詠唱式【壊れ果てるまで狂い続けろ】

・解除式【狂い留まれ】

 

《スキル》

破壊衝動(カタストロフィ)

・一定以上の損傷(ダメージ)により発動。

損傷(ダメージ)を負う度、全アビリティ能力超高補正。

・破壊対象が消えない限り効果持続。

 

呪詛(カース)。『魔法』と同じく詠唱を引き鉄にして放たれる。炎や雷、能力補助などを始めとした通常魔法とは一線を画する。

それこそ『呪い』というべき効果を発揮する。

混乱、金縛りなど戦闘において致命的な支障(デメリット)を負わせる。

何より厄介なのは防ぐ手立てと治す術が限られているということ。

その呪詛(カース)をミクロは発現させていた。

そして、スキル【破壊衝動(カタストロフィ)】。

どちらも破壊を目的とした呪詛(カース)とスキル。

【ステイタス】に表れる程の辛い思いをミクロはしてきたのだとそう思わされるばかり。

あの路地裏でミクロはどんな生活を送ってきたのかはこの【ステイタス】を見てアグライアは悟った。

そして、決めた。

例え何があろうとこの子(ミクロ)の支えになってあげようと。

「はい。もういいわよ」

【ステイタス】の更新が終わり、写した紙をミクロに見せるがミクロは特に表情を変えることなくこんなものかと納得した。

ミクロは『恩恵(ファルナ)』を刻まれる際に呪詛(カース)とスキルのことは知らされていた。

だが、主神であるアグライアの指示で使用するつもりはなかった。

「ミクロ。今日はもう寝ましょう。明日もダンジョンに向かうのでしょう?」

「わかった」

ソファへ寝ころぶとすぐに寝息を立てるミクロ。

アグライアは同じベッドで寝ようと思っていたが、路地裏生活が長かったミクロにとってベッドは逆に寝づらかったらしい。

「明日はミアハのところへと行ってみようかしら」

自分の神友の一人である【ミアハ・ファミリア】主神のミアハに会ってミクロのことを相談でもしようかと考えていると気が付けばアグライアは深い眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけなのよ、ミアハ」

翌日。アグライアはミクロが本拠(ホーム)を出た後、【ミアハ・ファミリア】の主神ミアハにミクロのことについて相談に来ていた。

「うむ。それは深刻な問題だな」

長身でしなやかな体格で群青色の髪の男神ミアハ。

施薬院の【ファミリア】で都市で中堅の規模と力を持つ【ファミリア】の主神であり、無自覚で女性を誑し込む神でもある。

「そなたに【ファミリア】ができたのは私も嬉しいがまさか数日で子の相談に乗るとは。よほどそなたは子を気に入っているのだな」

「当然よ。なんだって私の初めての眷属よ……って、話をすり替えないでちょうだい、ミアハ」

さりげなく話をすり替えようとしたミアハに頬を膨らませるがミアハは笑みを浮かばせたまま謝罪した。

「すまぬ、そなたの怒った顔が美しくてな、つい」

天界で会って以来碌に顔を合わせなかったミアハとアグライアは互いにこうしてゆっくりと会話するのは久しぶりであった。

「まったく、変わらないわね。ミアハ」

呆れるように息を吐くアグライア。

「さて、それでは話を戻すとしよう。ミクロと申したな?そなたの子は」

「ええ、ミクロ・イヤロスよ」

先ほどまでのアグライアの話を聞いたミアハは目を瞑り、しばらく考えた後でアグライアに言う。

「アグライアよ。私の子とパーティを組むという案はどうだろうか?」

「ええ、それはこちらも助かるけど、理由を聞いてもいいかしら?」

一人ではなく数人でダンジョンに行くことで一人で背負う負担が小さくなる。

人数も多いければ余裕も持てるようになってモンスターの対処も変化する。

冒険者にとってパーティを組むというのは常識だ。

「なに、単純な話だ。ミクロはアグライアと出会うまで一人だったのであろう?なら、人を知り、世界を知ればおのずと答えは見つかると私は思う」

「……外からあの子の心を治そうというわけ?確かにいい案だろうけど上手く行くのかしら?」

「それは実際に試してから考えよう」

ミアハの案に大丈夫なのかと不安を抱くアグライアにミアハは落ち着いた様子でアグライアを落ち着かせる。

すると、ミアハとアグライアがいる部屋のドアをノック音が聞こえた。

「……失礼します、ミアハ様」

部屋に入ってきたのは眠たげな表情をした犬人(シアンスロープ)の女の子。

「おお、ナァーザ。よいところに来てくれた」

「その犬人(シアンスロープ)の子はミアハの眷属なの?」

「ああ、名をナァーザと言う。アグライア、先ほどの話だがナァーザとそなたの子でパーティを組ませようではないか」

話が全く見えてこないナァーザは首を傾げるがすぐにミアハとアグライアが説明をする。

「お願いできないかしら?」

「私からも頼む、ナァーザ。神友のアグライアの頼みを無下にはできぬ」

「……私で良ければ」

二人の神に頼まれて了承するナァーザにミアハとアグライアは良かったと安堵する。

 



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第三話

【ミアハ・ファミリア】の犬人(シアンスロープ)のナァーザと【アグライア・ファミリア】のミクロはそれぞれの主神の命により、二人でダンジョンに潜っていた。

ナァーザはLv.1でも後半の方で【ステイタス】も当然ミクロより高い為、ナァーザは内心で少し得意げに笑っていた。

派閥は違えど新人であるミクロに先輩として指導しようと考えていた。

ナァーザの使用武器は弓でミクロはナイフと投げナイフ。

遠距離でサポートしつつ指導しようとナァーザは考えていた。

『ギィャ!』

『ギャギャ!』

ダンジョン五階層で襲いかかってくるゴブリン、コボルト、ダンジョン・リザードをミクロは的確に急所を狙って倒していた。

それはもうナァーザの援護が必要ないほどに。

だけど、ミクロの戦い方が普通じゃなかった。

倒せるモンスターは素早く倒して、危ない攻撃は躱すものの、自らモンスターの口に腕を喰いつかせて動きを封じてから倒していた。

自分を傷つけながらモンスターを倒していた。

下手をすれば腕を噛み千切られてもおかしくないそんな行動をミクロはずっと行っていた。

時には投げナイフで牽制や蹴りなども放つが戦い方が危なすぎる。

でも、ナァーザが一番気になるのはそこじゃなかった。

モンスターを倒すにしろ、何らかの反応はある。

それが新人なら当然だ。

だけど、ミクロは返り血を浴びても顔色どころか眉一つ動かさずにモンスターを葬っていた。ただ作業をこなすかのようにモンスターを倒していた。

「…………」

そんなミクロがナァーザは少し薄気味悪くなった。

ミクロのことはミクロの主神であるアグライアからだいたいは聞いていたけどここまでとはナァーザは思ってなかった。

次第にミクロの手によってモンスターは倒されて、休憩を取ることにした。

「……どうしてあんな戦い方をしてるの?」

「効率がいいから」

昼食を取りながらナァーザはミクロの戦い方を尋ねるとミクロは素っ気なく答えた。

「わざわざ攻撃を躱すより、ワザと喰らって動きを封じた方が確実に倒せる」

「…………」

問題ないかのように答えるミクロにナァーザは何も言えなかった。

少なくともナァーザはそんな戦い方はしない。いや、したくもなかった。

それを平然とやってのけるミクロはやはりおかしい。

正直、ナァーザはあまり関わり合いになりたくなかったが主神であるミアハに。

『ミクロと仲良くしてやりなさい。ナァーザの方が年上なのだから』

そう言われていた。

それからナァーザは昼食を取りながらもミクロに質問した。

「ナイフの扱い方はどうやって覚えたの?」

「俺をいたぶって楽しんでいた冒険者の中にナイフで斬りつけてくる奴もいたからいつのまにか体が覚えていた。体術も同じ。あいつらは死なない程度に痛めつけるのが上手かった」

「…………」

聞くんじゃなかったとナァーザは後悔した。

だけど、聞けば聞くほどミクロは悲惨な生活をしているんだなとも思ってしまったナァーザ。

「………」

「………」

なんて声をかければいいのかわからなくなったナァーザ。

互いに無言になるミクロとナァーザ。

静かなダンジョンの中で昼食を食べているミクロの粗食音だけが響く。

どうしようと悩むナァーザ。

そのことを気にも止めずに淡々と昼食を食べ続けるミクロ。

「わ、私に何か質問ある・・・?」

精一杯思考を働かせて尋ねるナァーザ。

ミクロは視線を一度ナァーザに向けるがすぐに元に戻す。

「ない」

一言でナァーザの言葉を一蹴した。

それを聞いたナァーザの尻尾は怒りを表しているかのように逆立つ。

せっかく考えて聞いているのに素っ気なく答えるミクロにナァーザは苛立ちを感じていた。

「好きな食べ物は何?」

「喰えれば何でも」

「好きな本は?」

「本なんて読んだことない」

「お勧めのお店ってある?」

「知らん」

「ゴブリンとコボルトどっちが可愛い?」

「興味ない」

「ミアハ様ってイケメンだよね」

「さぁ?」

「ポーション飲む?」

「飲む」

全然会話が続かなく全て一言で片づけられてしまう。

会話を繋げようとする気がないのか、面倒なのかはナァーザはわからなかった。

それでもナァーザは頑張ってミクロと仲良くなろうと質問した。

「アグライア様のことどう思ってる?」

「………」

そこで初めてミクロに変化があった。

悩んでいるかのように見えるその表情。

ナァーザはその答えを待っているとしばらくしてミクロが口を開いた。

「………わからない。ただ俺には眩しい女神だと思う」

絞り出したかのように答えるミクロにナァーザはほくそ笑む。

そして理解した。

ミクロ・イヤロスは自分以外との関わり方がわからないだけなのだと。

手を伸ばしてミクロの頭を撫でるナァーザ。

「続き…しようか?」

コクリと頷くミクロ。

昼食が終えた二人は装備を整えてもう一度モンスターと戦う。

モンスターに向かっていくミクロの背後からナァーザは弓矢を構えて矢を放った。

連携が取れているわけではなかったが、ナァーザは今はこれでいいと思いながら次の矢をモンスターに放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミクロとナァーザはダンジョンから地上に戻った時はすでに夕日が沈みかけていた。

随分長く潜っていたのだとナァーザは思いながらまずは二人でギルドへと向かい換金を行った。

二人で一日潜って二一〇〇〇ヴァリス。

一人一〇五〇〇ヴァリス分けて二人は自分達の本拠(ホーム)へと向かう。

報酬に尻尾を揺らすナァーザの隣をミクロは平然と歩いているとミクロとナァーザの正面にいきなり中年の冒険者達が現れた。

「よぉ、クソガキ。最近見ねえと思ったら冒険者になってたんだな」

ミクロとナァーザの前に現れたのは以前より路地裏でミクロを痛めつけていた中年の冒険者達だった。

「それも女連れとは…羨ましいな、おい」

ニヤニヤと笑みを浮かべたままナァーザに視線を向ける冒険者にナァーザは嫌悪感を抱きながら睨む。

「何か用?」

ミクロは冒険者達にそう尋ねると冒険者達は気に入らないかのように舌打ちする。

「チッ、相変わらず気に入らねえガキだ。まぁいい、少し(ツラ)を貸せよ。安心しろ、殺しはしねえのはお前も知ってんだろ?」

その言葉にナァーザは嫌でも気付いた。

この冒険者達はミクロを痛めつけるつもりだと。

どうにかここから離れようと思ったナァーザはミクロの手を握ってさっさと逃げようと試みたがそうなる前にミクロが首を縦に振った。

「わかった。でも、こいつは関係ないから帰らせてもいいか?」

「……ミクロ!?」

ナァーザだけでも帰らせようとするミクロに冒険者達はゲズの笑みを浮かばせる。

「ああいいぜ。俺達も女を痛めつけるのは心が痛むからな」

どの口が言うか。とナァーザは内心でそう思った。

相手の冒険者達は見たところナァーザと同じLv.1だけど、ナァーザ一人で数人を相手にすることはできない。

そんなナァーザを無視するかのようにミクロを囲んでどこかへ連れて行こうとする冒険者達。

ミクロは一度振り返ってナァーザに告げた。

「すぐ終わるから」

それだけ言ってミクロは冒険者達にどこかへと連れていかれた。

「助けないと……」

ナァーザの行動は早かった。

自分の【ファミリア】に助けを求めようと駆け出すナァーザ。

「無事で…いて…」

そう願いながら走り出すナァーザ。

一方で中年の冒険者に連れて行かれたミクロは人気のない路地裏へと来ていた。

「オラッ!」

そして、待ち侘びていたかのように早速ミクロに殴りかかる冒険者。

ミクロを中心に囲むかのように円を作る冒険者達は殴る、蹴るなどで次々ミクロに暴行を加える。

それに対してミクロは悲鳴一つ上げずにただ殴られ、蹴られている。

下手に痛がれば冒険者達は余計に楽しんでしまうのを知っているからだ。

大人しく殴られ、蹴られていれば次第に飽きてくることもミクロは知っていた。

ミクロは殴られ、蹴られながらもナァーザを逃がすことができて良かったと思っている。

万が一にナァーザに何かあれば【ミアハ・ファミリア】に迷惑がかかる。

中堅の実力を持つ【ミアハ・ファミリア】。その主神と神友同士のアグライアにまで何らかの被害が出るかもしれない。

だからこそ安堵した。

ナァーザを無事で帰すことができて。

「へへっ!本当に泣き声一つ叫ばねえな、ガキ!」

「ああ、相変わらずいい感じにストレス発散出来るぜ!」

ミクロを殴り飛ばす冒険者達はミクロに暴行を加えることに楽しくなってきていた。

だけど、それはすぐに終わりを告げた。

ドクン、と心臓が跳ねるように鳴った。

殴られて動きを止めるミクロを訝しむ冒険者達。

心臓が鳴ると今度はミクロの全身に巡るようにある感情がミクロを支配した。

―――――壊したい。

その衝動がミクロを支配した。

「何止まってんだ!?クソガキ!」

動きを止めたミクロに苛立った冒険者はミクロを殴ろうと接近すると同時にミクロの拳が冒険者の腹に入り冒険者を壁へと叩きつけた。

「――――――へっ?」

その光景に呆ける冒険者達。

冒険者になってまだ数日のミクロがだいの大人を壁へと叩きつけた。

今までミクロを痛めつけてきた冒険者達はミクロの初めての反撃に驚くがミクロにはそんなことどうでもよかった。

ただ、目の前の冒険者達を壊したい。

その感情が衝動に駆られるようにミクロは動き出した。

「このクソガキ、よくも!」

剣を持って斬りかかろうとする冒険者の剣をミクロは素手で掴む。

剣を握った手から血が流れるミクロは気にも止めていなかった。

今更この程度気に留めることもないのと、それ以上に目の前の冒険者を破壊したかった。

ゴキリと鈍い音が路地裏に鳴り響く。

「ウギャアアアアアアアアアアアッッ!」

足を折られて悲鳴を上げる冒険者を無視してまだ壊れていない冒険者に視線を向ける。

「なんなんだ・・・なんなんだ、テメエは!?」

怒鳴り声を出す冒険者達は知らなかった。

ミクロが恩恵を刻まれて『呪詛(カース)』と『スキル』を持っていたことを。

その『スキル』が今、発動していることに。

―――――『破壊衝動(カタストロフィ)』。

ミクロが持つスキルで一定以上の損傷(ダメージ)により発動するこのスキルは損傷(ダメージ)を負う度、全てのアビリティ能力が超高補正される。

そして、破壊する対象が消えない限り効果は続く。

「・・・・うああああああああっ!」

逃げようと逃亡を図る冒険者にミクロは投げナイフを投擲する。

「ひぐっ!?」

逃亡を図ろうとした冒険者の足にミクロの投げナイフは刺さり、刺された冒険者はその場へ倒れてしまう。

その冒険者に近づいたミクロは腕を取って小指を握って――――折った。

「あがっ!?」

小指に続けて薬指、中指、人差し指、親指と順番に指の骨を折っていくミクロは折り終わると今度は反対側の指を折り始める。

この光景に先にやられた冒険者達は恐怖に震えて動けなかった。

表情一つ変えずに壊しておくミクロ。

そのミクロに指を折られた冒険者は泣きながら命乞いをした。

「た……頼む………もう二度と……しねえ……俺達が悪かったから………もう、やめてくれ……殺さないでくれ……」

このままだと嬲り殺されると思った冒険者にミクロは答える。

「大丈夫。殺さない程度に壊す方法はお前達が教えてくれた」

そう言って冒険者のポケットからポーションを取り出したミクロはそれを冒険者に飲ませて折れた指を元に戻す。

そして、もう一度同じように小指から折り始める。

「--------ッッ!!」

絶望しかなかった。

終わることがない拷問に近いそれに絶望以外何も感じなかった。

指を折り、今度は手を折って、腕を折る。それが終われば今度は足の骨を指から折って行き大腿骨まで折るとまたポーションを飲ませる。

ポーションを飲むことを拒もうとしても無理矢理の口の中に入れられて手足の骨が元に戻る。それを確認したらまた折る。

ボキ、パキ、ゴキと路地裏に響く鈍い音。

骨を折られている冒険者はもうどの骨を折られているのかさえわからなかった。

「さて、次はどこを壊そうか……」

手足の骨を折り終えたミクロは今度は肋骨に手を当てて折ろうと力を入れる。

「やめなさい」

折ろうとしようとした瞬間にミクロの腕を掴んできた一人のエルフがいた。

「それ以上の非道は私が許しません」

ミクロは視線をエルフのエンブレムに向ける。

剣と翼のエンブレムを見てミクロはエルフが【アストレア・ファミリア】に所属しているエルフだと理解した。

だけど、ミクロはわからなかった。

何故関係のないこのエルフはわざわざ止めに来たのか?

普通なら関わらないように無視するはずなのにわざわざ割り込んできた。

「………」

少し考えてミクロは納得したかのように頷くと近くに倒れている冒険者の仲間をエルフに渡した。

「やる」

「………?」

その行動と言葉の意味が理解できないエルフは首を傾げる。

「お前も痛めつけにきたんだろ?こいつあげるから」

「…………ッ!?」

その一言で理解したエルフはミクロの頬を叩いた。

ミクロは痛めつける獲物が欲しいと思ってエルフに冒険者を渡した。

それなのに何故頬を叩かれたのか理解できなかった。

「貴方は・・・自分が言っていることを理解しているのかッ!?」

怒鳴るエルフに首を傾げるミクロはますます理解出来なかった。

「獲物が気に入らなかったのか?」

「違う……」

「もしかしたら金が欲しいのか?」

「違う………ッ」

「装備品でも狙っていたのか?」

「違う!」

何が欲しいのかと思ってエルフに問いかけるミクロだが全て否定された。

エルフの言葉が理解できないミクロは首を傾げる。

「じゃ、何でここに来た?邪魔するならどこか行ってくれ。お前に迷惑はかけないから」

それだけを告げてもう一度壊そうと冒険者に振り向くミクロ。

「――ッ!?」

だが、後ろか襲ってきた衝撃にミクロの意識は遠くなり、気を失ってしまう。

ミクロの意識を絶たせたエルフに冒険者達は近寄る。

「た、助かったぜ、ありがとうな、エルフの嬢ちゃん」

「貴方方もすぐにここから消えなさい。事情はどうであれ今の私は少々気が立っている」

殺気を冒険者に当てるエルフに腰を引かせてすぐに去って行く冒険者達。

「ちょっとリオン!いきなり飛び出さないでよ!?」

「すみません、アリーゼ」

擦れ違うかのように路地裏へとやってきた少女、アリーゼにリオンは謝罪する。

「まったくもう!……ってこの子誰? リオンが助けたの?」

気を失っているミクロを指すアリーゼにリオンはどう説明しようかと考える。

「被害者であり……加害者でもあります……」

「何よ、それ?まぁいいわ、見たところ冒険者みたいだしギルドへ連れて行けばどこに所属しているかはわかるでしょう」

「そうですね」

リオンはミクロを背負って同じ【ファミリア】のアリーゼと共にギルドへと歩き出す。



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第四話

「なるほど、事情は理解出来ました。神アグライア」

路地裏から出てギルドへと向かっていた【アストレア・ファミリア】所属のリューとアリーゼはミクロの主神であるアグライアと【ミアハ・ファミリア】のナァーザとその仲間達と遭遇した。

それからミクロを【ミアハ・ファミリア】に連れて行き、ナァーザが手当てをしている間にリューは路地裏で起きた出来事をアグライアに報告した。

アグライアもミクロのことについてリューとアリーゼに説明するとリューは納得するように頷いていた。

「私の子を助けてくれたことには礼を言うわ。ありがとう。でも、この子には悪気はないのよ」

「わかっています。事情が事情ですから主神であるアストレア様には簡潔にしか報告致しません」

「助かるわ」

路地裏で起きた出来事を出来る限り秘密にすることを約束したアグライアは安堵する。

まさか、数日でもう事件を起こすとは意外に目が離せられないミクロに今後のことを考えると少し苦労するなと思ったアグライアだった。

「……アグライア様、終わりました……」

「ありがとう、ナァーザ。貴女ももう休みなさい」

「でも……」

「貴女が責任を感じることはないわ。貴女が教えてくれなかったらミクロはもっと酷いめにあっていたのだから」

ミクロと離れたナァーザは自分の【ファミリア】とアグライアにミクロが冒険者達に連れて行かれたことを伝える為に街中を必死に駆け出していた。

今でもミクロの手当てをしてくれたことにアグライアは感謝こそして恨んではいなかった。

「………はい」

頭を下げて自室へと行くナァーザを見送った後、アグライアは寝ているミクロの部屋へと足を運ぶ。

寝息を立てているミクロの頬を優しく撫でるアグライアは運が良かったと思った。

『スキル』が発動したミクロよりLv.の高いリューとアリーゼに発見されたことに。

あのままだとミクロは冒険者達の原型を留めることなく破壊を続けていたかもしれない。

そうなればどうなっていたかと思うと寒気が襲った。

ミクロの主神である自分がしっかりしないといけないはずなのにミクロに大変な目に遭わせてしまった。

「主神……失格ね………」

まだまだ自分には足りない物が多い。

そう自覚させられたアグライア。

「神アグライア。貴女に一つ頼みたいことがあります」

「何?私に出来ることで良ければだけど」

アグライアに頼みごとをしようと声をかけるリューにアグライアはミクロを助けてくれた恩を少しでも返そうとそれに応えた。

「この少年、ミクロ・イヤロスを私に鍛えさせて欲しい」

リューのその言葉にアグライアとアリーゼは一驚するがアリーゼはすぐにリューの肩を掴む。

「ちょっとリオン!貴女何を言ってるの!?」

他派閥であるミクロをリューは鍛えたという申し出に驚くアグライアはその真意をリューに問いかけた。

「彼を見て放っておけないとそう確信しました。だから彼を鍛えたい」

神に嘘はつけない。

リューの言葉は紛れもない本物で本気でミクロを鍛えたいという気迫をアグライアは感じた。

「貴女って本当に生真面目なんだから……」

「すみません、アリーゼ」

生真面目なリューに呆れるように息を吐くアリーゼ。だが、すぐに笑みを浮かばせた。

「まあいいわ。貴女がそこまで言うなら私は何も言わないわ」

「ありがとうございます、アリーゼ」

友人であるアリーゼに礼を言うリューにアグライアは腕を組んで思案した。

正直、リューの申し出はありがたかった。

主神であるアグライアでは出来ることは限られているし、常に共に行動できるわけではない。それに素人同然のミクロを鍛えてくれるというのならダンジョンでの生存率も高くなる。リューとアリーゼの主神が正義と秩序を司る女神アストレアだ。

信用も出来る。

ただ、面白くなかった。

自分の初めてできた子が他の子に染められると思うとアグライアは面白くなかった。

「…………わかったわ。ミクロのことをお願いね」

面白くなかったが許可はした。

自分の我儘で今回のことがまた起きたらアグライアは今以上に後悔するだろうし、少しでもミクロには普通の幸せを味わってほしかった。

ミクロの為にアグライアは渋々にリューの申し出を許可した。

「ありがとうございます、では今日はこれで」

「失礼します。アグライア様」

リューとアリーゼはその場を去って行くとアグライアは疲れたかのように椅子に座るとミアハが茶を持ってきた。

「随分と落ち込んでいるではないか、アグライア」

「それは落ち込みもするわよ。自分がこんなにも不甲斐無いと思わされるなんて」

茶を受け取るアグライアにミアハはいつもと変わらずに微笑む。

「私も初めはそうであった。これからミクロと共に知って行けばよい」

「………そのミクロも今の子に取られそうなのよね」

むぅ、と唇を尖らせるアグライアにミアハは一笑する。

「典雅と優美を司るそなたがヤキモチとは。子を得てそなたも変わったものだ」

神界では見たことにないアグライアの新しい一面を知ったミアハ。

その本人であるアグライアは自覚はなかったが、アグライアにとってミクロは自分には欠かせれない存在になっていた。

路地裏で出会ったミクロ。

女神としても個人的にもアグライアはミクロを放っておくことができなかった。

だからこそ、声をかけて眷属にした。

数日とはいえミクロと一緒に過ごしただけで依存と言える程アグライアはミクロを愛している。

子として、眷属として見捨てるつもりはないのだが、だからといって自分以外の誰かにミクロが染められると思うと面白くなかった。

「この気持ちをミアハにぶつけても構わないかしら?」

「うむ。普通に断るぞ」

感情を目の前にいる神友(ミアハ)にぶつけようと愚痴をこぼすアグライア。

もちろんそんなことをするつもりはなかったのだが、それでも。

「やっぱり………面白くない………」

「生憎酒は持ち合わせてはないが茶なら付き合おう」

「………お願いするわ」

その夜、アグライアはやけ酒ならぬやけ茶をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日。

「私の名はリュー・リオン。今日から貴方を鍛えることにしました」

「ミクロ・イヤロス。話はアグライアから聞いた」

目を覚ましたミクロは主神であるアグライアからリューがミクロを鍛えるという話がついていることを聞いていた。

「神々や目上にはしっかり敬語を使いなさい」

早速ミクロに注意するリューだが、ミクロは首を傾げた。

「敬語って何?」

「………」

まずは勉学から学ばせようと強く思ったリュー。

だけどその前に聞いておきたいことがあった。

「昨日のこと覚えていますか?」

「覚えてる」

なら話は早いとリューは率直にミクロに問いかける。

「何故あのようなことをなさっていたのですか?」

昨日の夜、ミクロは中年の冒険者達を痛めつけていた。

骨を何度も折るなどの非道な行為をリューは知っておかなければならなかった。

「壊したかった。目の前にいたあいつらを。ただそれだけ」

平然と何も問題ないかのように答えたミクロにリューは今までにない恐怖を感じた。

ダンジョンでモンスターと戦っている時や人と戦っている時とはまた違う恐怖を。

だけど、アグライアからミクロの事を聞いていたリューは怖気ずくことはなかった。

長い路地裏生活でミクロは何が正しいのか、何が悪いのかミクロは知らないのだ。

要は何も知らない無知なだけなのだとリューは気付いた。

なら、これから知って行けばいい、自分が教えて行けばいいとリューは思った。

「……わかりました。それでは参りましょうか」

「わかった、リュー」

まずは常識を教えて行こうとリューは動き出す。

だけど、リューは気付いていなかった。

自分の背後に親友であるアリーゼがついてきていることに。

「リオン。私は心配だわ。どこか抜けている貴女が何かを教えることなんてできるの?」

アリーゼはリューがきちんと物事を教えられるかが心配で仕方がなかった。



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第五話

リューがミクロを鍛え初めて約半年が経過していた。

リューはミクロに常識からマナー、作法、勉学、武器の扱い方や戦い方、ダンジョンの知識など自分が知っていることをミクロに叩き込んだ。

そして、現在ミクロはダンジョン七階層でキラーアントの大群と戦っていた。

『ギィィ!』

襲いかかってくるキラーアントの攻撃をミクロは素早く回避。

すぐさまナイフで斬りかかる。

その光景をリューとアリーゼは少し離れたところで見ていた。

「凄いわね。普通ならパーティ組んで倒すんだけどソロでここまで来れるようになるなんてね」

冒険者になって半年で七階層でキラーアントの大群と戦っていることに素直に称賛するアリーゼだが、リューは首を横に振った。

「いえ、彼は既にソロで10階層でも通用する実力は持ち合わせています。今日は11階層を目指す為の訓練です」

ミクロを鍛えたリューは既にミクロの実力が10階層で通用することを承知していた。

だけど、その事実を今知らされたアリーゼは驚きを隠せなかった。

「教えたことをすぐに会得する吸収力、それを使いこなす器用さ。彼には冒険者としての才能があります」

現在の【ランクアップ】の世界最速はアイズ・ヴァレンシュタインの一年。

もしかしたらその記録を超すかもしれないと思った。

「だけど、彼は冒険者として大切なものが抜けている」

「恐怖・・・それと生の執着ね」

アリーゼの言葉に頷くリュー。

この半年間でミクロは確かにいい方向へと変わった。

だけど根本的なところはどうすることもできなかった。

ミクロは痛みに恐怖を感じない。

死ぬことに恐れがない。

冒険者にとってそれは致命的だった。

半年前みたいに自らを犠牲にして戦う危ない戦い方はしていないもののそれでも見ているリュー達が心配するほど危なっかしい戦い方をしていた。

「まぁ、リオンが鍛えているんだからそう簡単には死にはしないでしょう」

ミクロの根本を正すことができなかったリューをアリーゼは励ます。

「ありがとうございます、アリーゼ」

励まされたリューの表情に少し明るくなったのを見たアリーゼは笑う。

「リュー、終わった」

キラーアントの大群を倒してリューとアリーゼに駆け寄るミクロ。

腕に怪我をしていることを発見したリューはポーションを取り出してミクロに渡す。

「怪我をしたらすぐに治しなさい。もっと自分を大切にしなければ神アグライアが悲しみます」

頷き、ポーションを受け取るミクロ。

ポーションを飲みけがを治すミクロにリューは安堵するように息を吐く。

「あらあら、随分とこの子に肩入れしてるわね、リオン」

親友のほんの僅かな変化に気付いたアリーゼは意地悪な笑みを浮かべる。

「な、何を言っているのですか!?アリーゼ!」

見抜かれたリューの気持ちにアリーゼはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべたまま。

「ううん、別にいいのよ。半年も付きっきりならそう思うのも無理はないわよね。ミクロは素直で可愛いもの。私は貴女を応援するわ、リオン」

親指を立てて応援する親友にリューの顔は真っ赤になった。

「?」

何を話しているのかミクロは理解できなかったが、きっと何かあるのだろうと勝手に納得していた。

頬を赤く染めながらリューはコホンと咳払いする。

「ミクロは弟、もしくは弟子だ。アリーゼが想像しているようなことではありません」

「ふ~~~ん、まぁ、そういうことにしといてあげるわ」

笑みを浮かべたままそういうことにしておいたアリーゼは不意にミクロの肩に手を置く。

「リオン。悪いけど明日一日この子を私に貸してちょうだい」

「それは構いませんが、ミクロはいいのですか?」

「問題ない」

首を縦に振って肯定するミクロ。

「貴方なら……きっと……」

ミクロの傍でアリーゼがぼそぼそと何かを言っていたが聞き取ることができなかった。

帰り道にモンスターを倒しながら三人はそれぞれの本拠(ホーム)へと帰宅した。

「おかえりなさい」

「ただいま……戻りました」

まだ慣れない敬語を使うミクロにアグライアは微笑む。

「無理して敬語を使うことないわよ。私もそちらの方が嬉しいわ」

「わかった」

敬語で話すことを止めたミクロは早速【ステイタス】の更新をしながら今日の事と明日アリーゼに一日付き合うことを話すとアグライアは不機嫌そうに頬を膨らませた。

「ふ~~ん、要はその子とデートに行くってことね」

「荷物持ちだと思う」

ミクロは何度かアリーゼと買い物に付き合ったことがあったが基本的荷物持ちだった。

明日もそうだろうとミクロは思っていた。

だけど、例えそうだとしてもアグライアは面白くなかった。

ミクロはこの半年で確かに変わった。

きちんと成長していることにアグライアは嬉しかったし、鍛えてくれているリューには感謝もしている。

だけど、それとこれは別だ。

アグライアもミクロと買い物したり、何か食べに行ったりしたい。

嫉妬だということは理解しているが納得しろというのは別問題だ。

そうこう考えている間に更新中の【ステイタス】を見る。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.1

力:D550

耐久:C612

器用:B778

敏捷:B745

魔力:D512

 

「………」

アグライアはミクロの【ステイタス】を見てミクロがこの半年でどれだけ努力しているのかはこの【ステイタス】を見て理解出来る。

ミクロがこの時点で既に【ランクアップ】出来る資格を手に入れた。

才能もあり、その才能に頼らずにミクロは努力し続けてきた結果。

後は偉業を成し遂げればミクロはLv.2になるとも確信できる。

だけど、まだ速すぎる。

これ以上加速的にミクロが成長すれば娯楽に飢えた神々がミクロを狙ってくる可能性がある。幸い、アグライアは美の神でもある。

自分が動けばそう簡単にミクロに手は出さないだろうが、不安も生じる。

女好きである【ロキ・ファミリア】の主神のロキは恐らくは問題はないだろう。

むしろ、下手に関わった方が頭のキレるロキが何かを勘ぐられる可能性がある。

問題は【フレイヤ・ファミリア】の主神であるフレイヤだ。

もし、フレイヤがミクロを気に入ったら何が何でも手に入れようとしてくるだろう。

「まったく……どれだけ神は娯楽に飢えているのよ」

「何か言った?アグライア」

「何でもないわ」

ぼやくアグライアだが、自分もその神の一人だと思うと頭が痛くなった。

取りあえずはこのまま様子を見るしかないとアグライアは思い、【ステイタス】の更新を終わらせる。

「さぁ、夕食にしましょう」

「わかった」

今はこの一時の日常を大切にしていこうとアグライアは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、次に行くわよ」

「了解」

アリーゼとの約束はミクロの予想通り荷物持ちだった。

次々買い物を済ませるとそれを全てミクロに持たせるアリーゼ。

一般の人間(ヒューマン)より体格が優れず、小柄なミクロにとってはこの買い物は困難なものだった。

そもそもミクロは何故こんなにも買う物があるかさえミクロには理解できなかった。

何十着も服なんてあっても邪魔なだけだろうとさえミクロは思った。

前にミクロはそのことをリューに言ったら。

『女には色々必要なのです。特にアリーゼは』

遠い目でそう言っていた。

それでもミクロは文句を言わずに荷物を抱えてアリーゼに付き添う。

「次はあそこよ」

摩天楼(バベル)を指すアリーゼに連れられミクロは【ヘファイストス・ファミリア】の武器・防具が売られている4階へとやってきた。

展示されているどの武器・防具は数千万ヴァリスはする【ヘファイストス・ファミリア】の武具。

アグライアから聞いていた通り高いんだなとミクロは納得した。

ミクロが現在使用しているナイフと投げナイフは【ゴブニュ・ファミリア】の武器。

主神であるアグライアが借金をしてまで買ってくれたナイフは下級冒険者が持つには十分すぎるほどの武器だった。

ここに来たということは装備を整える、もしくは変えるのだなとミクロは思った。

【アストレア・ファミリア】は都市でも名の知れた【ファミリア】。

ここぐらいの武具でないとダンジョン攻略は難しいのだなとミクロはそう考えていた。

アリーゼの選ぶ武具を今後の参考にしようと思っていると。

「さぁ、貴方の好きな武具を選んでちょうだい」

突然アリーゼがそう言ってきた。

下級冒険者で日頃の生活費がやっとでここ最近になって少しは余裕が持てるようになったからとはいえ、数千万ヴァリスもする武具なんてミクロには到底買えなかった。

「安心なさい。特別にこの私が買ってあげるから好きなのを選びなさい」

「どうして?」

率直な意見を言うミクロ。

懇意の中とはいえ他派閥でそれも下級冒険者に数千万ヴァリスもする武具を買ってやるなんて何かあるとしか思えなかった。

「いいから素直に私に甘えなさい! 一生に一度しかないチャンスをこ・の・私が与えてあげてるんだから!」

大げさなと思いながらミクロはアリーゼの言葉通りその言葉に甘えることにした。

剣や槍はもちろん、全身鎧(プレートアーマー)から革鎧(レザーアーマー)

鍛冶の【ファミリア】だけあって様々な武具が展示されていた。

何にしようかと、自分にはどんなものがいいのかと悩んでいるとある物に目が留まった。

それは革鎧(レザーアーマー)というより東洋の装束に近い。

全身が闇に紛れるのに相応しいかのように常闇の色をしていて、防御より動きやすさを重視しているように見えた。

そして、その隣には黒いフード。

その二つがミクロの目に留まった。

値札を見ると装束の方は三三〇〇万ヴァリスでフードの方は一二〇万ヴァリス。

制作者のところに椿・コルブランド。

「それがいいの?」

尋ねてくるアリーゼにミクロは頷いて肯定する。

「まぁ、貴方がいいのならいいけど」

頭に手を置きながらその二つを買うアリーゼは約束通りそれをミクロに渡した。

「さぁ、次は武器よ」

笑みを浮かばせながら今度は武器を選ぶように言われたミクロはもはや不気味さえ覚えた。

何故こんな高い物を買ってくれるのかわからなかった。

ダンジョンではそんなにも金が手に入るのか?

もしくはこれをネタに何かしてくるのではないかとさえ覚えた。

疑心暗鬼になるミクロだが、何も言わず武器を選んでいると一つの鎖分銅を見つけたミクロはそれをアリーゼに言う。

「これがいい」

「鎖分銅……さっきといい貴方は何を基準で選んでいるのよ……」

呆れるように言うアリーゼだが、鎖分銅も買った。

高い武具を買ったアリーゼとミクロは摩天楼(バベル)を出るとアリーゼはミクロを連れて人気のないところへと連れて行くとアリーゼはミクロと向かい合う形でミクロに問いかけた。

「ねぇ、ミクロはリオンのことどう思っているの?」

「どう、とは?」

唐突に意味深な問いかけをするアリーゼにミクロは首を傾げる。

「好きか嫌いかとか、尊敬しているとかお姉さんみたいとかそんなのよ」

「……」

考えるミクロ。

この半年間ミクロはリューから色々なことを教わった。

始めは何故こんなことをするのだろうか?

それがリューにとって何の得になるのだろうか?

そんなリューをミクロは理解できなかった。

今でもそれが理解できない。

でも、ミクロはリューに感謝はしている。

今までにないことを聞いて、見て、触って、知ることができた。

それを教えてくれたリューにミクロは感謝している。

「………優しいエルフ?」

考え抜いてそう結論を出したミクロにアリーゼは深いため息を吐いた。

「・・・・まぁ今はそれでいいわ。じゃ、私からのお願い、いえ、命令を聞きなさい」

拒否権なしの命令。

先程の武具はその為かと納得したミクロにアリーゼはミクロに言った。

「私に万が一のことがあったらリオンをお願いね」

「どういう意味?」

その言葉の意味が理解できなかったミクロは問いかける。

「私達は冒険者。いつ死ぬかわからない職業でしょう?それに私の所属している【ファミリア】と敵対している【ファミリア】は多いのよ」

その話はミクロは既に知っていた。

秩序安寧に尽力している【アストレア・ファミリア】に敵意を抱いている【ファミリア】は多いとリューから聞いていた。

「もし、私に何かあったらリオンは責任を全部一人で背負おうとするからその時は私の代わりにミクロ、貴方がリオンを止めなさい」

「わかった」

「もちろん嫌とは……って返事が早いわよ」

即答するミクロに呆れるアリーゼは息を吐く。

「まぁ、私は死ぬつもりなんかこれっぽちもないけど。あんたは保険よ、保険。いいわね、絶対に約束は守りなさいよ」

「わかった」

首を縦に振って肯定するミクロに満足そうに頷くアリーゼは腰に掛けている小太刀をミクロに手渡す。

「私の愛刀『梅椿』。一応あんたに託すわ」

アリーゼは自身の愛刀である梅椿をミクロに託す。

不壊属性(デュランダル)の特性を持っているから壊れることはないけど無くしたりするんじゃないわよ?」

「わかった」

梅椿を受け取るミクロにアリーゼが何故自分の愛刀を渡したのかわからなかった。

そして、何故アリーゼは悔いはないかのように満足そうにしているのか。

まるで、もうすぐ自分が死ぬことがわかっているかのよう言うアリーゼがミクロは理解できなかった。

それから数日後、【アストレア・ファミリア】の団員が一人を除いて全滅したという情報を知ったミクロ。

それからミクロの前にリューは現れることはなかった。

 



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第六話

「…………」

ミクロは本拠(ホーム)のソファに座りながらずっと考え事をしていた。

『私に万が一のことがあったらリオンをお願いね』

今は亡き、アリーゼが死ぬ前にミクロに言っていた言葉がミクロは理解できなかった。

何で自分にそんなことを頼んだのか?

何でアリーゼは自分が死ぬことがわかっていたのか?

何でミクロに装備一式を買ってくれたのか?

何で自分の愛刀である梅椿をミクロに託したのか?

アリーゼの言葉が、行動がミクロはわからなかった。

アリーゼが所属していた【アストレア・ファミリア】が全滅したという話を聞いた時にその中にエルフはいなかった。

生き残った一人はリューだとミクロは何故か確信が持てた。

あれからリューとも会えていない。

リューは今、何を思っているのか、どうしているのかさえわからない。

自分が何をすればいいのかさえ、ミクロはわからなかった。

「ただいま、今日は雨が酷い………どうしたの?」

仕事から帰ってきたアグライアはミクロの様子に気付いて声をかける。

「………わからない」

尋ねてくるアグライアにミクロは言う。

「わからないんだ、アグライア。アリーゼが何でリューのことを俺に頼んだのか、俺は何をすればいいのかわからないんだ……」

今思っている正直な気持ちをアグライアに話すミクロ。

アグライアはミクロの隣に座って微笑みながらミクロを抱きしめる。

「アグライア……?」

ミクロを抱きしめながらアグライアはミクロの頬を優しく撫でる。

「本当にわからないの?ミクロ。貴方はもう気付いているはずよ、自分が何をすればいいのかを」

「………わからない。俺は………」

何をすればいい?

どうすればいい?

それがわからない。

そのミクロにアグライアはヒントを与えた。

「アリーゼは何で貴方にリューを頼んだのか本当にわからないの?貴方にとってリューはどういう存在?」

アグライアの言葉にミクロは考える。

アリーゼが何でリューの事をミクロに頼んだのか?

アグライアに抱きしめられながらミクロは考えるが答えがわからなかった。

「答えは信頼よ。アリーゼは貴方にならリューを任せてもいいという信頼があったから貴方に頼んだのよ」

「信頼……」

たった半年一緒にいただけでそこまで信頼されるようなことをした覚えはミクロにはなかった。

何かを与えた覚えも、した覚えもミクロにはなかった。

むしろ貰ってばっかりだ。

一方的に貰っているばかりなのに何でアリーゼは親友であるリューを託すほど信頼しているのかミクロにはわからなかった。

そのミクロにアグライアは微笑む。

「ずっと一人で暗い路地裏で生きていた貴方にはまだわからないかもしれない。だけど、信頼は物なんかでは決して買えない。貴方自身がつかみ取った大切な心よ」

「心……」

ミクロは自分の胸に手を当てるとその手をアグライアが握る。

「ミクロ。私は貴方の事が大好きよ、愛してる。ミクロは私の事好き?ずっと一緒にいたいと思ってくれる?」

笑みを浮かばせながら問いかけるアグライア。

「………わからない。でも、一緒にこの世界を見てみたい」

その答えにアグライアはありがとうと礼を言う。

「じゃ、リューは?リューとは一緒にいたいと思えない?離れ離れになっても平気?」

「………」

黙り込むミクロ。

この半年間、ずっと傍にいたのはアグライアよりもリューの方が多かった。

どこにいる時もリューは傍にいた。

色んなことを教えてくれた。

時に怒られたり、呆れられたり、悲しい顔もしたことがあったが、いつも最後は微笑んでいたリュー。

そのリューがもう自分の前に現れなくなったらと思うとミクロの心に痛みが走った。

今まで殴られ、蹴られた時とは違う痛み。

自分の心臓に鋭いナイフが突き刺さったかのような痛みがミクロを襲った。

何で痛いのか?

この痛みは何なのか?

今まで感じたことのない痛み。

これが心なのかわからない。でも、一つだけわかったことがある。

このままではいけない。

それだけは確信した。

ミクロはアグライアから離れてアリーゼが買ってくれた装束とフードを身に着けてアリーゼがミクロに託した小太刀『梅椿』を腰に掛けて装備を整える。

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

ミクロは雨の中、本拠(ホーム)を飛び出していった。

そのミクロの後姿をアグライアは嬉しそうに見守ると自分も行動することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アストレア・ファミリア】の団員で唯一の生き残りであるリューは雨の中路地裏を走っていた。

全ては【ファミリア】の仇を取る為に。

自分の主神であるアスレトアには何度も頭を下げて一人で都市を去って欲しいと懇願したリューはアストレアが都市を出た後、敵対している【ファミリア】に襲撃。

闇討ち、奇襲、罠、手段を厭わず襲うリュー。

激情に身を任せて、ただ私怨をぶつけるリュー。

そこに正義はなかった。復讐に突き動かされているリューは敵対している組織に関係する者や与する者までリューは襲った。

そして、今日もリューは敵対派閥の息の根を止めようと路地裏を走っている。

「―――――ッ!?」

走っている最中に目の前に投げナイフが地面に突き刺さり、動きを止めて小太刀を抜くリューは周囲に警戒する。

敵対派閥の者に待ち伏せされたと思ったリューだが、投げナイフを見てそれは違うとわかった。

「リュー」

声と共に姿を現す常闇の装束とフードを身に纏う白髪の少年、ミクロ・イヤロスがリューの目の前の現れた。

「ミクロ……」

この半年間一緒にいたミクロが今、自分の目の前に現れた。

「どうしてここが……」

「路地裏で生きていたから足跡さえわかればどこに向かうはわかるんだ」

何年も路地裏で生きていたミクロにとって普通の人では知らないところまで詳しく知っている。

「――――ッ!!」

見られた。

見られてしまった。見られなくなかった。

私怨に駆られ激情の言いなりになっている醜い自分を見られたくなかった。

「…な、何の用ですか?」

顔を隠しながらリューは震える声でミクロに尋ねる。

「………俺はこういう時何を言えばいいのかわからない。だから率直に言わせてもらう。もう止めろ、リュー。こんなことをしてもアリーゼは報われない」

「……貴方に……貴方に何がわかる!?貴方に私の気持ちがわかるはずがない!」

「ああ、リューの言う通り俺にはわからない。リューの気持ちがほんの少しも理解できない」

怒鳴るリューの言葉を肯定したミクロは腰に掛けている梅椿を抜いてリューに見せる。

「それは……」

見覚えのあるその小太刀にリューは目を見開く。

「だけど、アリーゼはわかっていたんだ。だからこれを俺に託した。自分の代わりにリューを止めるようにとも言われた」

「アリーゼ……」

親友の名を呼ぶリュー。

アリーゼはわかっていた。

こうなることを見越していたからこそアリーゼはミクロに頼んだ。

止めることができない自分の代わりにリューを止める為に。

だけど、リューは止まらなかった。

「……どいてください、ミクロ。どかなければ実力行使します」

小太刀を構えるリュー。

アリーゼの気持ちは確かにリューに届いた。

だけど、リューはもう止まることができなかった。

仲間を親友を卑劣な罠に嵌めた【ファミリア】を壊滅させるまで激情が、私怨が止まることが許さないかのようにリューを突き動かす。

「………俺はアリーゼと約束した。リューを止めるようにと約束した」

ナイフと梅椿を構えるミクロ。

「―――――っ」

だけど、勝負は一瞬だった。

リューはミクロの背後に回って首後ろに小太刀の柄を当てて強打してミクロの意識を刈り取る。

Lv.1のミクロがLv.4のリューに敵うはずがなかった。

倒れたミクロを見て敵対派閥のところへ向かおうと一歩踏み出す。

「っ!?」

糸が足に絡まり付いた。

罠。と気付く前にリューの全身に鎖が巻き付いた。

「これは……っ!?」

こんな路地裏に罠が仕掛けられることに驚くリューの背後に起き上がる音が聞こえてリューは気付いた。

「……貴方が仕掛けたのですか?ミクロ」

「ああ、リューがここに来る前にな」

起き上がるミクロの首には何重にも鎖が巻き付いていた。

ミクロは初めからリューと戦っても負けることはわかっていた。

だからこそ、罠を仕掛けてリューがこの道を通るのを待ってあたかも今来たかのように演出して罠の存在に気付かせないようにした。

「リューなら最小限のダメージしか与えないと思って鎖分銅を首に巻いておいたのは正解だった」

この半年間でリューはいろんなことをミクロに教えてきた。

その中には罠の仕掛け方もあった。

ミクロにいろんなことを教えたことが今になって仇になった。

「これで、私を封じたつもりですか……?」

鎖とはいえ、罠として使っていた為Lv.4の冒険者であるリューなら力尽くで破壊できる。

持って後数秒の罠だが、ミクロにとって数秒あれば十分だった。

「【壊れ果てるまで狂い続けろ】」

詠唱を(うた)う。

「【マッドプネウマ】」

指先から黒い波動がリューに向かって放たれて直撃するとリューの精神に異常が起こる。

ミクロの呪詛(カース)。【マッドプネウマ】の精神汚染。

精神を汚染させ狂わせて壊していく呪詛(カース)

いくらLv.4のリューでも呪詛(カース)を跳ね返す力も打ち消す力もない。

「……くっ………ミク……ロ……」

精神が壊れながらミクロを睨むリューだが、すぐに意識が遠のいき意識を失う。

「【狂い留まれ】」

気を失ったのを確認したミクロは解除式を唱えてリューにかけた呪いを解除する。

「リュー。お前の復讐(正義)は俺が壊してやる」

気を失っているリューを罠から解いて壁にもたれさせてフードを羽織らせるとミクロはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは」

見慣れない天井を見てリューは目を覚ます。

そして、意識がはっきりすると何故自分が眠っていることを思いだしたリューは勢いよく起き上がる。

「おはよう」

「っ!?ミクロ!貴方……は………」

ミクロの声が聞こえて振り向くとリューはミクロの姿を見て声が出なくなった。

何故ならミクロの姿があまりにも痛々しい姿をしていたから。

体の殆どが手当てされたあとがあり、左目には包帯が巻かれていた。

「ミクロ……その姿は……?」

青ざめながら問いかけるリューにミクロは普段と変わらないように答えた。

「手こずった」

「っ!?馬鹿ですか、貴方は!?いいえ、馬鹿です!!」

その一言で全て理解したリュー。

ミクロは自分の代わりに敵対派閥と戦ったことに気付いたリューはミクロの胸ぐらを掴む。

「何故貴方がそんなことをする!?敵対派閥とはいえ【ファミリア】には変わりはない!下手をすれば、いや、もう要注意人物(ブラックリスト)に載っている可能性もある!そうなれば冒険者としての地位も剥奪され、最悪賞金首に懸けられることになることを私は教えた筈だ!」

「アリーゼとの約束を守るにはこれが一番良かった」

パン!と乾いた音が本拠(ホーム)に鳴り響く。

リューがミクロの頬を叩いた。

「約束を守る為なら自分がどうなろうと構わないのですか!?」

「リューに言われたくない」

「私は覚悟は出来ていた!激情の言いなりになろうと私怨をぶつけようとその後どうなろうと構わなかった!それを何故関係のない貴方がするのですか!?私の復讐の邪魔をするのですか!?」

私は最低のエルフだとリューは思った。

ミクロはアリーゼとの約束の為、リューの為に大怪我を負ってまで何とかしてくれたのにリューは激情を、私怨をミクロにぶつけている。

酷い八つ当たりだ。

自虐するリュー。

そのリューの手をミクロは握る。

「今、リューが何を思っているのか、何を考えているのかは俺にはわからないけど。もし、この場にいるのは俺じゃなくアリーゼなら責任を全部一人で背負うなと言うと思う」

どこまで自分を見透かす親友に驚かされるリュー。

ミクロの言葉通り、アリーゼならそう言って自分の頬を叩くことぐらいはすると納得する。

「リューは前に言ってくれた。自分を大切にしないとアグライアが悲しむって。だからリューも自分を大切にするべきだと思う。そうしないとアリーゼ達が悲しむ」

リューの空色の見開かれる。

自分が前にミクロに言ったことを言い返された。

「俺はアリーゼの代わりにはなれないけど、困っているのなら頼って欲しい。もう一人で背負うのはやめろ」

その言葉が引き鉄(トリガー)になったのか、リューの目から涙が溢れ出る。

「う…うううっ………アリーゼ……皆……」

ミクロの胸に顔を埋めながら涙を流すリューにミクロはどうすればいいのかわからなかった。ただ、アグライアの真似事のようにリューに頭を撫でるので精一杯だった。

それからミクロはリューが泣き止むまで待っているとアグライアがミクロとリューの傍に寄っってきた。

「ミクロ。貴方はミアハのところに行って治療して来なさい」

「わかった」

アグライアに言われて本拠(ホーム)を出て行くミクロ。

その背中をリューは寂しげに見ていた。

「さて、体の調子はどうかしら?」

「……問題はありません。そんなことより神アグライア……」

パン!と乾いた音が鳴り響いた。

それはアグライアがリューの頬を叩いたからだ。

頬を叩かれて呆けるリューにアグライアは怒っていた。

「そんなこと?あの子が、ミクロが片目を失ってまで助けた貴女をそんなことで済ませるの?」

「え?」

リューはアグライアの言葉が一瞬理解出来なかった。

だけど、すぐに理解出来た。

ミクロ左目に包帯を巻かれていたのを見たからだ。

「貴女は気を失っていたから知らないでしょうけど、ミクロは貴女を抱えながら血まみれでここに戻ってきたのよ。すぐに治療はして命に別状はなかったけどもうあの子の左目は治ることはできないわ。例え、万能薬(エクリサー)を使っても、失ったものまでは戻すことはできないのだから」

「そんな……」

残酷に告げられる真実にリューは言葉が出なかった。

ミクロは自分の事を何も言わなかった。

それどころか自分なりにリューを励ました。

そんなミクロに対してリューは暴言を吐いた。

激情を私怨をぶつけた。

自分の人生を捨ててまで守ってくれたミクロに対して本当に酷いことをしたとリューは自分を責めた。

「私は……なんてことを……」

復讐しなければ、激情に突き動かされなければこんなことにはならなかったかもしれない。だけど、もう何もかも遅かった。

ただ自分を責めることしかリューには出来なかった。

「自分を責めることは私が許さないわよ、リュー」

だけど、アグライアはそれすらも許さなかった。

「そうやって自分を責めて許されると思っているのかしら?貴女はあの子から(左目)を半分奪ったに等しいのよ。そんな貴女に許される余地なんてあると思っているの?」

「―――――――ッッ!!」

何も言えなかった。

アグライアの言葉通りだった。

ミクロから(左目)を奪ったのは他でもない自分だからだ。

「だから私が貴女に罰を与える」

「……罰?」

「ええ、だってこのままだと貴女は自分から命を絶ちそうですもの。そんなことをしたらミクロは何のために傷付いたかわからなくなるわ。だから、私が貴女に罰を与える」

それは疑似的な『神の審判』。

アグライアからリューに判決を下す神の裁判。

「ミクロの(左目)になりなさい。貴女がミクロの傍で失った分を見なさい。そして、今まで通りミクロを鍛えてあげてちょうだい。それが私から貴女に与える罰よ」

「――――――ッッ!!」

これでもかというぐらい目を見開くリュー。

アグライアからリューにへと与える罰はこれ以上にないぐらい寛大で慈悲深いく慈愛に満ちていた。

アグライアに、ミクロに感謝しかなかった。

だけど、それじゃダメだった。

リューの代わりに敵対派閥を壊滅させたミクロの冒険者としての人生を終わらせてしまったリューにとってそのような寛大な罰を受けるわけにはいかなかった。

「神アグライア……私は……」

「あ、そういえば言い忘れていたけど、ミクロは冒険者を止めることも何らかの罰が下されることはないわよ」

もっと重い罰を懇願しようとした矢先にアグライアは思いだしたかのようにリューに告げる。

「ギルドや商人に情報を規制させたから、誰もミクロを犯人だと気づくこともないでしょうね。まぁ、ウラノスの高い借りはできたけどあの子が初めて自分で考えて動いたのだから私もこれぐらいはしないとね」

アグライアはミクロが飛び出してから何もしていなかったわけではない。

オラリオの創設神であるウラノスと会っていた。

今夜何が起ころうと問題にするなとアグライアはウラノスに直談判しに行っていた。

約束を守る代わりにアグライアはウラノスに高い借りを出来てしまったがアグライアに後悔はなかった。

「だから、貴女がこれ以上気にするようなことはないわ。でも、罰はしっかりと受けて貰うわよ?」

微笑みアグライアにリューは頭を下げる。

「その罰しかとお受けします。神アグライア」

「よろしい。それで、貴女の今後の事なんだけど私の眷属にならないかしら?」

満足そうに頷くアグライアはリューの自分の眷属になるように勧誘する。

「実はね、少し前にアストレアがここに来ていたのよ」

「アストレア様が………」

リューが都市から去って欲しいと懇願した日にアストレアはアグライアに会っていた。

「もし、貴女が望むのなら改宗(コンバージョン)を認める。アストレアはそう言っていたわ」

改宗(コンバージョン)

前の【ファミリア】から退団し別派閥へと移籍する、再契約の儀式。

アストレアは万が一の救いがリューに訪れるのならと思ってアグライアに会っていた。

「………」

リューは悩んだ。

リューは【アストレア・ファミリア】の団員であることに誇りを持っている。

それだけじゃない。アリーゼや仲間達との思い出もある【ファミリア】。

それをそう簡単には捨てることはできなかった。

だけど。

「私を貴女の眷属にしてください」

申し訳ありません。と、リューは今は亡き仲間達に謝った。

【ファミリア】の誇りを捨てるわけでも仲間達との思い出を忘れるわけでもない。

ただ、自分を救ってくれたミクロの傍にいたい。助けになりたい。

「私はミクロと一緒にこれからも生きていきます、アリーゼ」

今はもういない親友に告げるリュー。

「ようこそ、【アグライア・ファミリア】へ」

アグライアは微笑みながらリューの改宗(コンバージョン)を行い、リューは【アグライア・ファミリア】の一員になった。

 

 



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第七話

リューが【アグライア・ファミリア】の一員になって約二ヶ月が経った頃。

ミクロを鍛える為に五階層にある正方形の広大な空間『ルーム』で実戦形式での模擬戦を繰り返していた。

人目の少ないルームでミクロは主力武器であるナイフ、不壊属性(デュランダル)の特性を持つ梅椿、投げナイフ、アリーゼに買ってもらった鎖分銅全てを駆使する。

それに対してリューはアルヴス・ルミナというエルフの森に生える大聖樹の枝から作り出された木刀のみ。

Lv.の差もあり、木刀のみで相手をするリュー。

模擬戦が始まってから防戦一方が続くミクロは辛うじてリューの木刀を防ぐとほぼ同時にナイフを捨てて至近距離で投げナイフをリューに投擲。

だが、至近距離にも関わらずリューはあっさりと投げナイフを回避する。

「フッ!」

「クッ!?」

木刀を防いでいた梅椿を弾き飛ばされてリューはがら空きとなったミクロへとトドメをさす。

「ッ!?」

トドメをさそうとした瞬間、リューは背後から迫ってきていた鎖分銅の存在に気付いた。

投げナイフを投擲した腕から鎖が伸びて先ほど放ち、突き刺さっている投げナイフを軸に鎖分銅でリューの背後から奇襲を仕掛けた。

だけど、それだけじゃ足りないと言わんばかりに投擲用の投げナイフを持って正面からもリューへと攻撃を仕掛ける。

背後からの鎖分銅と正面からの投げナイフに挟まれたリュー。

「――――ッ」

「終わりです」

だが、リューは鎖分銅も投げナイフも全てを弾き返してミクロの腹部に木刀を当てる。

「無理だったか……」

「いえ、Lv.に差がなければ私も危なかった。考えましたね、ミクロ」

ミクロの策に称賛の言葉を贈るリュー。

本当に強くなってきているとリューは思ってる。

戦い方を教え始めて早七ヶ月。

基礎しか教えていないにも関わらずに自分の武器の応用もきちんとこなして戦っている。

七ヶ月でそこまでこなすミクロの器用さにリューは少々驚愕している。

「リュー、もう一回」

「いけません。今日はこれで終わりです」

模擬戦を続けようとするミクロにリューははっきりと断った。

Lv.4であるリューは殆ど疲れてはいないが、Lv.1であるミクロは既に疲労が溜まっていてこれ以上続けるのは危険だとリューは判断した。

「どうしても?」

「どうしてもです」

再度尋ねるミクロにリューの答えは変わらなかった。

だけど、内心はミクロの変化に少し嬉しかった。

表情は初めて会った時から変わらず無表情で今もそれは変わらない。

だが、最近は自分から何かをしたいなど言い始めた。

今のように模擬戦を続けたいという懇願は少し前のミクロなら想像もできなかった。

与えられたら与えた分をきちんとこなすような機械のような雰囲気から少しだけ人間らしさが出てきた。

その変化にリューは本当に少しだけ嬉しかった。

「仕方がありません。模擬戦の代わりに私の魔法をお見せしましょう」

そして、そんなミクロにリューは甘かった。

リューはルームを出てしばらくすると大量のモンスターを引き連れて戻ってきたリューはミクロに下がっていなさい、と告げる。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

詠唱を唱えるリュー。

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

詠唱を唱えるリューにモンスターの大群は襲いかかってくる。

だけど、リューは慌てる素振りも見せずに淡々と詠唱を続けた。

「【―――――――来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿して敵を討て】」

目前とまで迫ってきたモンスターに襲われる前にリューは詠唱を終わらせて魔法を発動した。

「【ルミノス・ウィンド】」

緑風を纏った無数の大光玉がリューの周囲から生まれて、一斉放火された星屑の魔法はモンスターに叩き込まれた。

大群だったモンスターはリューの魔法で消えて灰になった。

魔法種族(エルフ)に相応しい高威力の魔法だとミクロは思った。

「これが私の魔法です。貴方が魔法に目覚めた時の参考にするといい」

ミクロにはまだ魔法が発現されていない。

呪詛(カース)はあるがあれはモンスターより対人の方に効果がある呪詛(カース)

モンスター相手にはやはり魔法の方がよかった。

「どうでしたか?私の魔法は」

「……威力も高く、早く、攻撃範囲も広かった」

思った素直な気持ちをリューに告げるミクロの答えに満足そうに頷く。

「さぁ、帰りますよ」

「わかった」

魔法を見て満足したミクロはリューと一緒にダンジョンを出て本拠(ホーム)へと向かう途中、ミクロは金髪の少女と肩をぶつけた。

「すみません」

「こちらこそごめんなさい」

互いに謝罪して去って行く金髪の少女をリューは目を細めて見ていた。

「……【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン」

世界最速で【ランクアップ】を果たしてLv.2になったアイズ・ヴァレンシュタイン。

その先には赤い髪をした【ロキ・ファミリア】の主神ロキがアイズにセクハラして殴られていた。

「リュー、どうかした?」

「……いえ、何でもありません」

肩がぶつかり合った本人はアイズの事が全く興味ないかのようにリューに声をかける。

もう少し世間体を気にさせた方がいいだろうかと、リューは少しだけ思った。

子供の教育に悩む母親のように、手のかかる弟に困る姉のようにリューは心配していた。

頭を悩ませているリューのことに気付かないミクロは本拠(ホーム)へと帰宅。

「ただいま」

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい」

本拠(ホーム)へと帰るとアグライアがいつものように微笑みながらミクロ達の帰りを待っていた。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.1

力:C646

耐久:B701

器用:A856

敏捷:A812

魔力:D553

 

【ステイタス】の更新を終わらせるアグライアは改めてミクロの成長に驚かされる。

約七ヶ月でAクラスアビリティが二つもある。

才能と素質に加えて自分よりLv.が上のリューと毎日のように模擬戦をしている。

この調子だと本当に一年以内に【ランクアップ】出来るかもしれないとアグライアはそう感じた。

ついこの間【ミアハ・ファミリア】のナァーザが【ランクアップ】を果たしてLv.2になったが、それでも六年という時間をかけてだ。

ミクロの成長に喜びはあるけど心配でもあるアグライア。

「はい。次はリューの番よ」

ミクロの【ステイタス】の更新を終えて、次にリューの【ステイタス】を更新させる。

「終わったら教えて」

出て行くミクロを確認してリューは上着を脱いで【ステイタス】の更新をしてもらうリュー。

「んー、やっぱり貴女はそんなに上がっていないわね」

「そうでしょうね」

更新しながら能力値(アビリティ)そこまで上がっていないことに納得するリュー。

Lv.4であるリューはミクロに合わせてずっと上層にいた。

能力値(アビリティ)が上がらないのは当然だとリューは思った。

「……リュー、ミクロの成長について貴女はどう思う?」

更新中にアグライアはリューに問いかける。

「早いですね。ミクロの成長には私も驚かされます」

ミクロを鍛えているリューもアグライアと同じ心境だった。

「安心してください、アグライア様。いざという時は私がミクロを守ります」

「……そうね、その時が来たらお願いするわ」

同じ心境なだけあってそれ以上は語らないアグライアとリュー。

すると、不意にリューはテーブルに置かれている手紙が視界に入った。

「アグライア様。あれはもしや……」

「……ええ、『神の宴』の招待状よ、ロキから」

―――『神の宴』。

下界に降り立った神達が顔合わせるために設けられた会合でどの神が主催するか、日程はいつなのかは全く決まっていない。

そして、今回の主催は二大派閥の一角である【ロキ・ファミリア】が主催で開かれる宴。

「参加されるのですか?」

「一応ね。招待状が来たのに無視するのも悪いし、それに招待状の内容を読んだら尚更ね」

疲れたように息を吐くアグライアに訝しむリュー。

 

 

 

 

 

 

 

 

神の宴当日の夜。

アグライアは宴の会場として開かれたギルドの施設へと足を運んでいた。

白いドレスを身に纏ったその姿に誰もが目を奪われるだろう。

「さぁ、行くわよ。ミクロ」

そのアグライアの隣には自身の眷属である燕尾服を来たミクロがいた。

本日、【ロキ・ファミリア】が開催する神の宴は、自慢の眷属を引き連れて行くという趣向を凝らした宴だった。

アグライアとミクロは会場に入るとすでに何人もの神々やその眷属を引き連れて談話していた。

自分の眷属を自慢する神もいれば、嫌々そうにする眷属もいた。

『アグライアだ』

『【ファミリア】作ったって本当だったんだな』

『あの白髪の子が眷属か?』

神々、主に男神達がアグライアに視線を向けていた。

『なんかぱっとしねえガキだな』

『何でアグライアはあんなガキを眷属にしたのやら』

『いや、待て。もしかしたらスゲー魔法やスキルでも持ってるんじゃねえか?』

アグライアの眷属であるミクロにも視線を向けられるがミクロは気にも止めなかった。

だけど、アグライアはミクロの頭をポンポンと叩く。

「あら、アグライア?」

「フレイヤ。来ていたのね」

アグライアの声をかけてきたのは銀髪の美の女神――――フレイヤ。

「ええ、退屈でしたもの。貴女とも会うのは何百年ぶりかしら」

「さぁ、私も覚えていないわ」

フレイヤと談話するアグライア。

フレイヤは視線をミクロへと移す。

「その子が貴女の子なの?」

「ええ、ミクロよ。ほら、ミクロ、挨拶なさい」

アグライアより前へ出て会釈する。

「初めまして」

挨拶するミクロにフレイヤはじっと見る。

「面白い子を眷属にしたわね、アグライア」

「ちょっかいは出さないでくれる?フレイヤ」

「あら、何もするつもりはないわよ?」

「今は。でしょ?」

「それはどうかしら」

フフフと笑い合うアグライアとフレイヤ。

すると、フレイヤはミクロの頬を撫でる。

「じゃあね」

それだけを言って自身の眷属を連れてアグライア達から離れていくフレイヤ達にアグライアは呆れるように息を吐く。

「まったく、全然変わっていないわね、フレイヤは」

アグライアはミクロの頭を優しく撫でる。

「大丈夫よ。あの女神だけには絶対に手を出させないから」

「わかった」

アグライアから感じた気迫にミクロは意味も分からずとりあえずは了承した。

 

『―――――集まったな!うちがロキや』

 

大広の奥から声が響き渡った。

そこから赤髪の神ロキとその後ろに控えているのはロキの眷属達。

【ロキ・ファミリア】団長、二つ名【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナ。

副団長、二つ名【九魔姫(ナイン・ヘル)】、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

二つ名【重傑(エルガルム)】、ガレス・ランドロック。

小人族(パルゥム)、ハイエルフ、ドワーフ。

ミクロでも知っている【ロキ・ファミリア】の主戦力。

その背後には二人のアマゾネスと狼人(ウェアウルフ)そして、前に肩をぶつかった金髪の少女、アイズ・ヴァレンシュタイン。

『どや?うちの自慢の子供達は!?ええやろ!?今回はうちの子供達を自慢するために呼んだんやで!』

ドヤ顔で自身の眷属を自慢するロキ。

その後ろでロキの眷属達は呆れるように息を吐いていた。

『今日は自分の子供達を自慢しようやないか!?まぁ、うちの子供達には遠く及ばへんと思うけど』

どこまでも眷属を自慢するロキの挨拶が終えて神々は早速自分の眷属の自慢話を始めた。

「私達は適当に料理でも食べましょう」

アグライアは特に参加するつもりもなく適当にあちこち散策しながら他の神々と談話し始める。

ミクロは特に何もせず会場の端の方で大人しくしていた。

「………」

華やかな会場、豪華な食事、騒がしくも笑い合う神々達。

今、目の前の光景が七か月前のミクロには想像すらしなかったであろう光景。

薄汚い路地裏で腐りかけの食べ物を口にして、冒険者達に痛めつけられてきた路地裏での生活。

こんな俺でも変われたんだな、とミクロは思ったがすぐにそれを否定した。

変われたんじゃなくて、変えてくれたんだなと。

アグライアと出会い、自分を変えてくれた。

ここにいられるのもアグライアのおかげだとミクロは確信した。

神々と談話して微笑んでいるアグライアに視線を向けるとアグライアと目が合うとアグライアはミクロに微笑みながら小さく手を振った。

ミクロは小さく頷いて返事をする。

アグライアの談話が終わるまで大人しくしておこうと思ったミクロ。

「イヒヒ。お前がアグライアの眷属か?」

突然声をかけられたミクロは振り向くと一人の男神とその後ろに控えている犬人(シアンスロープ)がいた。

「俺はザリチュだ。【ザリチュ・ファミリア】をしている神だぜ?イヒヒ」

【ザリチュ・ファミリア】。

中堅の【ファミリア】で悪い噂が多い【ファミリア】。

その主神であるザリチュにミクロは警戒する。

「イヒヒ。そう警戒すんなよ、俺はただ自分の子供を紹介しにきただけだぜ?なぁ、ティヒア」

「はい、ザリチュ様」

ザリチュの後ろで控えていた犬人(シアンスロープ)のティヒアがミクロに手を差し伸ばす。

「私はティヒア・マルヒリー。見てのとおり犬人(シアンスロープ)よ。よろしくね」

「ミクロ・イヤロス」

簡潔に挨拶して手を握るミクロ。

「んじゃな、ミクロ・イヤロス。行くぜ、ティヒア」

「はい」

挨拶だけしてミクロから去って行くザリチュとティヒア。

本当に紹介だけをして去って行ったことに少し疑問を感じたミクロだが深追いはしなかった。

しばらくしてアグライアが談話から戻り、【ロキ・ファミリア】主催の神の宴は何事もなく終わった。



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第八話

【ロキ・ファミリア】主催の神の宴が終わってから一ヶ月。ミクロ達はいつもにように過ごしている中、リューは装備を入念に整えていた。

「いいですか?くれぐれも無茶はしないように」

「わかった」

「明日までには戻りますから。それではアグライア様。私はこれで」

「ええ、いってらっしゃい」

一人、本拠(ホーム)を出て行くリューはアリーゼ達の墓がある18階層へと墓参りへ行った。

時折、リューは一人で18階層へと向かって帰ってくる。

その間はミクロは一人、もしくはナァーザとダンジョンに潜ったりしている。

だが、Lv.2となったナァーザは【ファミリア】の方が忙しく明日まではミクロは一人で稼がなければならなかった。

「アグライア。俺も行ってくる」

「気を付けるのよ」

ミクロも生活費を稼ぐためにバベルを目指してダンジョンへと向かう。

メインストリートが合流する中央広場(セントラルパーク)まで歩いていると前から見覚えのある犬人(シアンスロープ)がミクロに歩み寄ってきた。

「一ヶ月ぶりね。えっと、ミクロで合ってる?」

神の宴で挨拶した【ザリチュ・ファミリア】の茶髪の犬人(シアンスロープ)ティヒア・マリヒリー。

「合ってる」

確認を取るティヒアにミクロは返答する。

「突然で悪いんだけど、私とダンジョンに潜ってくれない?」

「自分の【ファミリア】を誘えばいいんじゃないのか?」

ミクロの問いにティヒアは面倒そうに息を吐いた。

「私の【ファミリア】って知っての通り悪い噂が多いのは自分勝手の奴らが多いのよ。主神であるザリチュ様のせいでね。今日だってパーティ組んで潜るはずだったんだけどそのメンバーが全然来ないのよ」

なるほど。とミクロは納得した。

「わかった。よろしく」

「ええ、よろしくね」

ティヒアの臨時のパーティをすることになったミクロは二人でダンジョンへと向かい、一階層へ足を運ぶ。

「ところで、ミクロは今日はどこまで行くつもりなの?」

「11階層」

12階層の次は中層の13階層になる為、中層のモンスターが現れる可能性が万が一にある為リューはミクロに一人では行くなとしつこく念押ししていた。

「そっか、私と同じか。あ、ゴブリン発見」

一階層へとやってきたミクロとティヒア。

ゴブリンを見つけたというティヒアにミクロは前を見ると遠くの方で確かにゴブリンがいた。約50(メドル)先にいるゴブリンを発見したティヒアは矢筒から矢を取り出して弓を構える。

「【狙い穿て】」

超短文詠唱を唱えるティヒアの矢に茶色の魔力が纏う。

「【セルディ・レークティ】」

魔法を発動させて矢を放つと矢は50(メドル)先にいるゴブリンの頭を正確に射抜いた。

「追尾属性の魔法……?」

「そう。視認できる範囲ならどんなに離れても当てることができるし、当たるまで決して避けることができないの」

便利だな。とミクロは思った。

接近戦ならそこまで重宝できないけど、遠距離なら今の魔法は凄く便利で相手に先制が取れる。

「仮とはいえ、今日一日パーティを組んでくれたお礼替わりよ。と言っても私の魔法はこれだけだけであんまり大したことはないから期待しないでね」

「了解」

苦笑気味に言うティヒアにミクロは頷き、二人はモンスターを倒しながら11階層へと目指す。

「……ねぇ、ミクロはさ、英雄って信じる?」

「英雄?」

7階層辺りでキラーアントを倒し終えて魔石を回収していると突然にティヒアはミクロにそう尋ねてきた。

「私はね、信じてるんだ。この世界にもきっと英雄はいる。私だけの英雄がきっといる。そう思ってこのオラリオに来たんだ」

「………」

話すティヒアのその表情がどこか儚げに感じたミクロ。

「……俺は信じていないかな?英雄がいてもいなくても俺にはどうでもいいことだから」

「………そう」

「でも、ティヒアが望むような英雄がいるといいとは思ってる」

思わぬ言葉にティヒアは一驚して尻尾を高く上げる。

「………ありがとう」

小さく礼を言うティヒア。

その後も二人はモンスターを倒しながら11階層までやってきたが11階層には既に多くの冒険者達がモンスターと戦っていた。

一か所の階層にここまで集まるのも珍しいと思いつつミクロとティヒアも参戦する。

オークやインプを倒しつつ魔石やドロップアイテムを回収するミクロだけどある違和感を感じた。

いつもよりモンスターの数が多い。とミクロは思った。

ミクロ達以外にも今日は多くの冒険者がいるにも関わらずいつもと変わらないぐらいのモンスターを倒している感覚に近い違和感を感じ取ったミクロ。

すると、ピキリという音が周囲から鳴り響いた。

聞き覚えのあるその音にミクロ以外の他の冒険者も自分の耳を疑った。

ダンジョンがモンスターを産むその音。

それが11階層全体から異常なまでに鳴り響いていた。

顔を青ざめる冒険者も入れば、これから起こることに恐怖する冒険者もいるなかでそれは突然にやって来た。

怪物の宴(モンスター・パーティ)』。

突発的なモンスターの大量発生。冒険者を絶望の淵に突き落とす悪辣な迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)

それが上層のミクロがいる11階層で起きた。

誰もが驚愕する中で一人の少女だけはじっと一人の少年を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは一人の犬人(シアンスロープ)の少女の御話。

少女は都市オラリオの外にある小さな村で産まれた。

両親と村の人達と一緒に少女は健やかに成長していく中で少女は一冊の迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)を読んだ少女は物語の英雄に憧れた。

英雄に憧れた少女は数多くの英雄譚を読んでは自分もこんな英雄に会えたなと夢を見た。

それは子供なら誰もが夢見る話。

物語とはわかっていても、空想だとしても夢を見たり、憧れたりはする。

少女もその一人。

そんなある日、少女が住む村がモンスターに襲われた。

燃え上がる家、辺りに飛び散る血、悲鳴に絶叫。

地獄のような光景を目撃した少女はモンスターに背を向けて走り出した。

背後から聞こえてくる悲鳴のなかで少女は何度も英雄に懇願した。

助けて、と。

何度も何度も懇願した。

だけど、誰も助けてはくれなかった。

英雄は自分の前には現れてはくれなかった。

運よく生き残った少女は村へ戻るとそこには焼き払われた家、夥しい程の血が地面に流れていた。

少女は涙を流した。

村の人たちが、両親が死んだことに。

そして決意した。

自分だけの英雄を見つけようと。

英雄とは待っていては、願っていては来てくれない。

なら、自分だけの英雄を見つけに行こう。

決意を胸に秘めて少女は迷宮都市オラリオへと向かった。

「……その後、少女の前に一人の神が現れて神はその少女を自分の【ファミリア】に誘ったとさ。どうよ、泣ける話だろう?アグライア。イヒヒ」

「……取りあえず何で紙芝居で説明したかを問いただしたいわね」

ミクロがダンジョンに向かってすぐに本拠(ホーム)にザリチュがやって来た。

「イヒヒ。それだけかよ。何か感想はねえのか?」

「そうね、無駄に絵が上手いのが腹立たしいわ」

笑うザリチュにアグライアは無駄に綺麗な絵を指摘する。

「絶望を知ったティヒアは自分を救ってくれる英雄を望んでいるのさ。スキルとして発現するほどにさ」

「【英雄探求(イアロス)】。それがその犬人(シアンスロープ)の子が持っているスキルなのね」

「そうさ。そのスキルを見た時俺は大笑いしたぜ?英雄の器を見つけられるスキルなんて滅多にお目にかかれねえ」

イヒヒと思い出し笑いするザリチュ。

「英雄になる器を見つけ、試練を与える。それがティヒアのスキルさ。イヒヒ、良かったじゃねえか、アグライア。お前のとこの子は英雄の器になり得る素質があるんだぜ?」

「そうね」

笑うザリチュにアグライアは冷静に返した。

予想とは違う反応にザリチュは揺さぶりをかける。

「おいおい、落ち着きすぎじゃねえか?どの時代においても英雄の試練は生半可なものじゃねえのはお前も知ってんだろ?」

「知ってるわ。それに心配もしているのよ。でもそれ以上に信用しているのよ」

揺さぶりをかけるザリチュにアグライアは余裕の笑みを浮かべたまま断言した。

「どのような試練でもあの子は、ミクロは乗り越えていくと私は信じているのよ」

その言葉を聞いたザリチュは可笑しそうに笑みを浮かべた。

「じゃ、一つ賭けをしようぜ?今日中にお前とこの子、ミクロ・イヤロスとティヒアが戻ってきたらお前の勝ち。戻ってこなければ俺の勝ちだ」

「いいわよ。それで内容は?」

あっさりと承諾するアグライアにザリチュは賭けの内容をアグライアに明かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物の宴(モンスター・パーティ)』が発生した11階層では異常なまでのモンスター相手に冒険者達の被害は決して少なくはなかった。

数多くいた冒険者は今はミクロとティヒア含めて十人もいない。

同胞を、仲間を失い、またパーティ全体が全滅した冒険者達もいるなかでミクロは生き残った。

両手にナイフと梅椿を握り締めながら荒く呼吸するミクロはナイフをしまって高等回復薬(ハイ・ポーション)を数本飲み干す。

飲み終えると残りの装備を確認してパーティを組んでいるティヒアの元へ歩く。

「大丈夫?」

「……ええ、何とかね」

バツ悪そうに返事をするティヒアはそれ以上何とも言えなかった。

自分のスキルのせいでこの場にいる多くの冒険者を殺してしまった。

ティヒアがこのスキルを使ったのは今日が初めてじゃない。

今までに何度も英雄の素質をあるものを見つけては試練を与えて殺してきた。

そのことに後悔も罪悪感もあるがそれ以上にティヒアは英雄を欲した。

例えこの手を血で染めようとも、多くの人を巻き込んででもティヒアは自分だけの英雄を見つけ出す。

幼い頃から憧れ続け、絶望を知った自分を救って守ってくれる。

そして、その英雄は現れた。

襲いかかってくる大量のモンスターからティヒアを守ったミクロ。

やっと見つけれた、自分だけの英雄にティヒアは歓喜した。

自分がしてきたことは決して許されることではないけど、今は嬉しさを、気持ちをミクロに話そうと思った。

 

『―――――――ブフォォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

そう思った時に11階層全体を震わせるほどの雄叫びが鳴り響いた。

ドスン、ドスンと地響きのように聞こえる足音に冒険者達は困惑し、恐怖しながらもその足音の正体を見つけようと足音がする方へ視線を向けると目を見開いた。

足音の正体は天然武器(ネイチャーウェポン)を持つ全身が黒いオーク。

本来のオークは茶色い肌のはずがミクロ達の前に現れたオークの肌は黒かった。

「……『強化種』」

冒険者の誰かがそう呟いた。

モンスターが魔石を摂取すると能力に変動が起こる。

経験値(エクセリア)】を蓄積し能力を高める人類とは異なった、モンスターの力の引き伸ばし。

同胞を殺して魔石を喰らって強くなる。

それが『強化種』。

その『強化種』のオークが今ミクロ達の前に現れた。

ティヒアが持つスキル【英雄探求(イアロス)】の試練はまだ終わっていなかった。



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第九話

「う、うわああああああああああッ!!」

「逃げろ―――――――――――ッ!!」

怪物の宴(モンスター・パーティ)を乗り越えた冒険者達の前に現れたのは全身が黒い強化種のオークを見て心が折れて戦意を無くすとオークに背を向けて逃げ出した。

それを見たオークは手に持っている天然武器(ネイチャーウェポン)を投げた。

投擲された天然武器(ネイチャーウェポン)は回転しながら逃走している冒険者に直撃してダンジョンの壁まで吹き飛ばされると動かなくなった。

投げた天然武器(ネイチャーウェポン)に変わって別に天然武器(ネイチャーウェポン)を持つオークは次に誰に狙おうか狙いを定めるように見渡す。

『ブフゥ!?』

「少し硬いな」

強化種のオークにミクロは接近してナイフで斬りかかったが、予想より硬いオークの体にかすり傷程度の傷しか負わせられなかった。

天然武器(ネイチャーウェポン)の棍棒を振るうオークの攻撃をミクロは回避してもう一度斬りかかる。

体格を利用して死角へと移動しつつ斬りつけるミクロ。

「おい、今の内だ!」

「ああ、あいつが囮になってくれている間に逃げるぞ!」

ミクロがオークと戦っている間に他の冒険者はミクロを囮にして逃走する。

ミクロは特にそれを気にせずにオークに攻撃を続ける。

頭から足先まで有効な場所があるかどうか手探りで探す様にナイフで斬りつけるミクロ。

『ブファッ!』

付きまとうミクロが鬱陶しいかのように縦横無尽に棍棒を振り回すオークの攻撃をミクロは距離を取って回避する。

「……有効打は一撃もなし」

冷静に観察するオークの体にはかすり傷程度しか存在しなかった。

自分の攻撃では大してダメージは与えられないことを知ったミクロはどうするか次の手を考える。

「ミクロ!逃げるわよ!?」

次の手を考えているミクロの手をティヒアは握って10階層に向かって逃走した。

「あんなのに私達が勝てるわけがない!」

ティヒアの言葉は正しかった。

何故なら強化種には常識が通用しない。

Lv.1でどうこうできる存在ではないのだ。

なによりやっと見つけることが出来た自分だけの英雄をティヒアは死なせたくなかった。

これが自分のスキルの影響だとしてもこれ以上はティヒア本人が拒絶した。

10階層へ向かう階段まで到達すると突然ティヒアは誰かに突き飛ばされた。

「な―――っ」

何するのよ!?と叫ぼうとした時、自分の近くに鈍い音が聞こえた。

そして、自分の目の前には壁に磔状態になっているミクロと足元にはオークが使っていた棍棒があった。

「嘘でしょ……」

オークからティヒアがいるところまで何十(メドル)もの距離がある。

それを的確にティヒアとミクロを狙って投げた。

それに気づいたミクロはティヒアを突き飛ばして自分だけが棍棒の餌食になった。

「あ、ああ………」

壁から崩れ落ちるミクロにティヒアは声を震わせた。

やっと見つけることが出来た自分の英雄が。

自分が余計なことをしたせいで動かなくなってしまった。

ミクロから流れる血を見て力が抜けるように座り込む。

思い出す過去の傷(トラウマ)

ズシン、ズシンと近づくオークはティヒアの目の前にある棍棒を拾って座り込んでいるティヒアに向かって棍棒を振り上げる。

死ぬのか。とティヒアは悟った。

きっとこれは天罰なのだろうと思ったティヒア。

自分が英雄を望み、数多くの人を殺したことに対する天罰。

やっと見つけれたと思ったミクロまで自分を守って死んでしまった。

相手は強化種のオーク。

戦っても、逃げてもどうせ殺される。

死を受け入れるようにティヒアは目を閉じる。

そのティヒアに対してオークは躊躇うことなく棍棒を振り下した。

ドゴン!と振り下ろされた棍棒。

だけど、そこにはティヒアはいなかった。

「え――――」

死んだと思ったはずのティヒアは気が付くと誰かに担がれていた。

「大丈夫?」

ティヒアを抱えているのは先ほどオークの棍棒を直撃して血を流していたミクロだった。

傷だらけになりながらも自分を助けてくれたミクロにティヒアは目を見開いた。

「どうして……?」

生きているのか?助けてくれるのか?その両方を意味するように尋ねるティヒアにミクロは平然と答えた。

仲間(パーティ)は助け合うのが当然だろう?」

「――――――ッッ!!」

その言葉にティヒアは心打たれた。

派閥も違う、自分はミクロを助けるどころか怪我を負わせた。

それだけじゃない。自分のスキルのせいでこのような状況を作った。ミクロと出会ったのも偶然ではなく狙って行った。

もちろんそのことはミクロは知らない。

だけど、これ以上ない嬉しさを感じた。

助けてくれたことにティヒアは心から嬉しかった。

このことを言ったら間違いなく嫌われるだろうどころか軽蔑もされるだろうけど。

それでも助けてくれたことにティヒアは心打たれた。

英雄は存在した。

そう実感できる。

ミクロはティヒアを下ろして梅椿を構える。

「悪いけどここにいて。まだこのスキルは完全にはコントロールできてないんだ」

ミクロは自分が持つスキル【破壊衝動(カタストロフィ)】が発動していた。

体に巡ってくる衝動をミクロはまだ完全には制御できていなかった。

リューとの特訓で鍛えられてある程度はコントロールできるようになったことにミクロは感謝する。

オーク目掛けて走り出すミクロ。

それを迎撃しようと棍棒を薙ぎ払うオークの攻撃をミクロは跳んで躱すとフードをオークを投げつけた。

フードを払うオーク。

だが、そこにミクロの姿はなかった。

「【壊れ果てるまで狂い続けろ】」

『っ!?』

ミクロが自分の背後にいることに気付いたオーク。

だが、気付くのが一足遅かった。

「【マッドプネウマ】」

背後から放たれた黒い波動はオークに直撃した。

『ブファァァァッッ!!』

悲鳴に近いその叫び。

呪詛(カース)がかけられたオークの精神は少しずつ汚染されていき、崩壊へと進んでいく。

精神に異常をきたしたオークはミクロ目掛けて棍棒を振り回すがミクロは回避に専念した。

「まだ遅い……」

ミクロが今まで模擬戦を繰り返してきたのは『疾風』の二つ名を持つリュー。

そのリュー相手に八ヶ月も模擬戦を繰り返してきたミクロにとってオークの動きは充分に見切れた。

だけど、ミクロも余裕があるわけではない。

先程の棍棒のダメージはしっかりと体に残っている。

呪詛(カース)で【ステイタス】は低下しているがスキルのおかげで変わらず動くことが出来ている。

問題はオークを倒す決定打がミクロにはなかった。

オークに斬りかかっても精々かすり傷程度。

このままオークの精神が崩壊するまで自分の体がもつかどうかわからなかった。

オークの攻撃を躱すミクロは自分の体が動く内に倒す算段を考えた。

そして、思いついた一撃必殺を繰り出す為に作戦を開始した。

『ブフォッ!』

棍棒を振り上げるオークにミクロは足場にあった下半身だけの冒険者の遺体を振ってオークの顔に血を撒き散らす。

目に血が入ったオークは怯み乱暴にその血を拭い落そうとする。

その隙にミクロは冒険者が使っていた大剣を両手で持ち上げると全身を器用に使ってオークを斬る。

勢いを利用してもう一度斬りかかる。

胸部に二度斬られたオークの胸部から血が流れるがそれでも傷が出来ただけで致命傷には至らなかった。

血を拭い終えたオークは再び攻撃するに大してミクロは大剣を捨てて回避に専念しつつオークを分析する。

速さは普通のオークと変わらず、力、次に耐久が普通のオークに比べると跳ね上がるように高い。知能はそのまま。

冷静に分析をするミクロに対してオークは冷静さを失っていた。

ミクロの呪詛(カース)を喰らった影響で精神が徐々に壊され、冷静さと判断能力が低下している。

このままでは壊れてしまう。

モンスターの本能がそう訴えていた。

振り回す棍棒にミクロではなく11階層に存在している『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』だけが壊れていく。

攻撃を回避するミクロはダンジョンの壁に背をぶつけるとオークはチャンスと言わんばかりに棍棒を持ち上げる。

もう後ろに逃げることが出来ないミクロにオークは渾身の力を込める。

『ブッ!?』

しかし、腕を持ち上げた瞬間急に腕が動かなくなった。

首を回して見てみると自分の背後にある迷宮の武器庫(ランドフォーム)の枯木と腕に鎖が巻き付いていた。

そして、気付いた。

ミクロは壁へと逃げたのではなく(トラップ)があるこの場所へと誘導していたんだと。そして、ミクロはナイフと梅椿を持ってオークの両目を突き刺した。

『プギィヤアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

「……やっぱり目までは硬くはないんだな」

悲鳴を上げるオークにミクロは冷静に判断すると、槍を拾ってオークの背後に回る。

ミクロの狙いはオークの胸部にある魔石。

どんなモンスターでも必ずある弱点。

魔石を砕かれたらどのモンスターも必ず灰になる。

『ブフゥゥゥッッ!!』

鎖を振り払って匂いでミクロの位置を特定したオークは真っ直ぐミクロの元へ走る。

それに対いてミクロは反転してオークに背を向けるように走る。

オークの体の硬さはどんなに攻撃してもミクロの力では弱点である魔石には届かない。

壁にまで走るミクロ。

それを追いかけるオークは匂いで動きが止まったことに気付き腕を大きく振り上げながら接近する。

『――――――ッッ』

すると、突然オークの動きが止まった。

自身の胸に何か突き刺さっている違和感を感じて触れると槍が自分の体に突き刺さっていることに気付いた。

『ブフ……』

それに気が付いた瞬間、オークは灰になって灰の中に残ったのはドロップアイテムである黒いオークの皮だけ。

オークが灰になったのを確認してミクロはポケットからポーションを取り出して飲み、応急処置をする。

「成功した」

ミクロは自分の力では魔石には届かないことに気付いた。

だからこそ、オーク自身で倒れてもらうしかなかった。

槍の柄をダンジョンの壁へ当てて槍先をオークの胸部へと定めると後はオークが自分から槍の餌食になった。

冷静さ、判断能力、視覚を奪い、呪詛(カース)を受けた焦りと目を潰された怒りでオークは自分から殺されに来ていたことに気付かせなかった。

オークのドロップアイテムを拾うと座り込んでいるティヒアの傍へ駆け寄り手を差し伸ばす。

「今日はもう疲れたから帰ろう」

「………はい」

頬を赤くしながらミクロの手を握るティヒアは驚きと放心しかなかった。

強化種であるオークを倒した。

それもたった一人で。

驚きと放心しかなかったティヒアだけど一つだけ確信できたことがある。

自分の手を握っているミクロは紛れもない英雄だと。

「やっと……見つけた。私の英雄……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミクロ!?」

強化種のオークを討伐したミクロはティヒアと一緒にダンジョンを出て地上へと出た。

そして、ティヒアと共に本拠(ホーム)へ帰還するとアグライアがミクロに抱き着いた。

「ただいま」

「お帰りなさい……」

いつものように挨拶するミクロ。

「イヒヒ。マジで生きて帰って来やがった」

「ザリチュ様……」

ティヒアの主神であるザリチュがいることに驚くティヒア。

「どうよ、ティヒア?こいつはお前にとっての英雄か?」

「はい」

ザリチュの言葉にティヒアは迷いなく答えるのを見てザリチュは呆れるように息を吐き、頭を掻く。

「んじゃ、ここでお別れだ、ティヒア」

「え?」

「そういう賭けをしたんだよ。俺が勝ったらアグライアは俺を恨まない。アグライアが勝ったらお前をアグライアのところへ改宗(コンバージョン)するってな。イヒヒ、結果は見ての通りさ」

ザリチュとアグライアで勝手に行われた賭けの内容を聞いたティヒアは困惑するがザリチュは可笑しそうに笑うだけだった。

「イヒヒ。どうしたよ?お前が求めた英雄の傍にいられるんだ。嬉しくねえのか?」

「い、いえ、そんなことは…」

「イヒヒ。まぁ、気が向いたら遊びに来な」

困惑するティヒアの頭をポンポンと軽く叩くザリチュは次にミクロの傍へとやって来た。

「よぉ、ミクロ・イヤロス。一ヶ月ぶりだな。これからはティヒアのことを頼むぜ。それとこいつは楽しませてもらった礼だ」

ザリチュは一冊の本をミクロに渡すとそれを見たアグライアは目を見開く。

魔導書(グリモア)じゃない!?どうして貴方がミクロにこんなものを……?」

読むだけで魔法が使えるようになる、魔法の強制発現書。

【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備と同等かそれ以上の値段をする貴重な魔導書(グリモア)をザリチュはミクロに渡した。

「イヒヒ。楽しませてくれた礼さ。それにこいつはこれからも面白いことを巻き起こすと俺の勘が言ってんのさ。先行投資ってやつだよ」

あくまで面白さ優先するザリチュ。

「んじゃな、ミクロ、ティヒア、アグライア。また遊ぼうぜ?」

去って行くザリチュの後姿をティヒアは初めてザリチュの神らしい一面を見た気がした。

自分主義で面白いことを優先する神。

でも、何故か憎めなかった。

その理由が今、わかった気がした。

ザリチュの去った方向に頭を下げるティヒア。

「……お世話になりました」

いなくなった主神に最後の挨拶を交わすティヒア・マルヒリーはその日を持って【アグライア・ファミリア】へと改宗(コンバージョン)して【アグライア・ファミリア】の一員となった。

そして、アグライアはミクロの【ステイタス】を確認すると【ランクアップ】が可能になっていた。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの記録を塗り替えた新たな存在。

所要期間8ヶ月でLv.2への切符を手に入れたミクロ・イヤロスが誕生した。



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第十話

ミクロが強化種のオークを討伐して、ティヒアが【ザリチュ・ファミリア】から改宗(コンバージョン)してから数日が経過していた。

「なるほど。私がいない間にそのようなことがあったのですね」

そして、18階層から帰還したリューは全ての事情を聞くと深く溜息を吐いた。

「倒せたからいいものの相手は強化種。今回は運が良かったと思いなさい」

「はい」

正座しているミクロとティヒアにリューは説教をしていた。

無茶をしないという約束を見事なまでに破ったミクロ。

だが、事情が事情なだけにこれ以上の追求はしなかった。

どちらかと言えば問題があるのはティヒアの方だった。

ティヒアが持っていたスキル【英雄探求(イヤロス)】はもうティヒアの背中には刻まれてはいない。自分が求めている英雄が見つかり、そのスキルが消滅したとアグライアは推測したがそれ以前に多くの冒険者を巻き込み、ミクロに危険な目に合わせたティヒアをリューは許すつもりはなかった。

「ティヒア・マルヒリー。私は貴女を仲間としては認めない」

「……」

きついその言葉をティヒアは甘んじて受け入れた。

それだけのことをしたことを自覚しているからだ。

だから、どのような罰でも受けようと下されるであろう罰を黙って待っていた。

「ですから行動で示しなさい。貴女が仲間に相応しいのかどうか」

「―――ッ!?」

リューに言葉に耳を疑ったティヒア。

「私も貴女と同じようにミクロに救われた身だ。だから私はこれ以上何も言いませんが何も罰せられないのはきついでしょう」

リューもティヒア同様にミクロに救われた。

何も罰せられない辛さをリューは知っているからこそ罪悪感に潰れそうになっているティヒアにチャンスを与えた。

仲間として【ファミリア】に認められる。

それがティヒアに課せられた罰だった。

「……謹んでお受けします」

罰を課せられたティヒアはそれを受け入れた。

「話は終わったかしら?」

その光景をアグライアは暖かい目で見守っていた。

「はい、お時間を取らせてしまい申し訳ありません」

「別にいいわよ。それよりも二人にも見て欲しいのよ。発現したミクロの『発展アビリティ』を」

発展アビリティ。

Lv.が上がる都度【ステイタス】に追加される可能性がある基本アビリティとは毛色が異なる特殊的(スペシャル)あるいは専門職(プロフェッション)の能力を開花・強化させる。

その発展アビリティが五つもミクロは発現していた。

『狩人』

『耐異常』

『治力』

『破砕』

『堅牢』

「「………」」

発現した発展アビリティが記されている用紙を凝視してしまうリューとティヒア。

『狩人』と『耐異常』まではまだいい。

問題はその後の三つだ。

元【アストレア・ファミリア】であるリューでも聞いたことのない発展アビリティをミクロは三つも発現させていた。

「アグライア様。間違いというのは……」

「ないわね」

驚きのあまり間違いだと思ったティヒアの言葉をアグライアは即答する。

「………」

驚くリューとティヒアに対してアグライアはミクロが発現させた発展アビリティについてある程度の推測は出来ていた。

路地裏での過酷な生活とダンジョンでのモンスターの戦闘に加え、リューとの模擬戦。

呪詛(カース)にスキル。

全てを考慮すればまだわからなくもない。

『治力』は自然治癒力を高める。

『破砕』は攻撃の威力を上げる。

『堅牢』は耐久に特化。

あくまで推測の効力だけど、前代未聞の発展アビリティに困惑するアグライア達はそれぞれの意見を述べた。

「私は『破砕』がいいと思う。どのような効力があるのかわからないけど、もし攻撃の威力を上げるものならミクロのパワー不足を補えるかもしれない」

最初に述べたのはティヒア。

強化種のオークとミクロの戦闘をまじかで見たティヒアはパワーや攻撃力が弱いミクロの短所を補える可能性を持つ『破砕』を選んだ。

「ミクロは『狩人』を選ぶべきだ。どのような効力なのかわからないより、確実で堅実の『狩人』の方が今後の為になるはずだ」

リューは確実と安全性を考えて『狩人』を選択。

一度倒したモンスターの同種に対して能力値(アビリティ)が強化される。

これから中層のモンスターと戦うのなら必要不可欠とリューは言った。

「……私はミクロの好きなのを選べばいいと思うわ。貴方が発現させたものですもの」

アグライアは発現させたミクロ本人にそれを選ばせる。

「………」

ティヒアやリューの意見を入れた上で考えるミクロは選んだ。

「俺は『堅牢』を選ぶ」

ティヒアやリューが推薦したものではなく『堅牢』を選択したミクロ。

ティヒアとリューは何か言おうと思ったが選ぶ権利はミクロにある以上何も言わなかった。

「わかったわ。それじゃもう一つの問題を解決しましょうか」

全員の視線がテーブルに置かれている魔導書(グリモア)へと向けられる。

神ザリチュが渡したその魔導書(グリモア)をまだ誰も読んではいない。

「リュー、読む?」

エルフであるリューに魔導書(グリモア)を勧めるミクロだがリューは首を横に振った。

「それは貴方が読むべきだ」

「私もミクロが読んだ方がいいと思う。ザリチュ様もそのつもりでミクロに渡したと思うから」

「そうね、ミクロが読むべきね」

ミクロが読むべきだと押すアグライア達にミクロは了承してソファに座り魔導書(グリモア)を開くとミクロの意識は本の中へと引きずり込まれた。

気が付くとミクロは全体が黒い空間へとやってきた。

『さぁ、始めようか』

そして、ミクロの前に現れたのは白いもう一人のミクロ。

『俺にとって魔法って何?』

便利な力。

魔力や精神力(マインド)を使用して行使する超常の力。

『俺にとっての魔法って?』

わからない。

俺はどのような魔法を望んでいるのか。

どんな魔法がいいのか想像できない。

『俺にとって魔法ってどんなもの?』

わからない。

リューやティヒアの魔法だけじゃなくダンジョンで他の冒険者の魔法を見たことはあるけど漠然としすぎて、どんな魔法が自分に適切なのかわからない。

『魔法に何を求める?』

………俺には生きる気力も未来も何もなかった。

気が付けば路地裏生活で俺は必死に生きた。

でも、壊された。

体も、心も、未来も、希望も何もかも他人に壊された。

だから壊された俺はされてきたように誰かを壊したかった。

その本質や望みが【ステイタス】として現れたと思う。

『それで?』

でも、こんな俺にアグライアは生きる未来を教えてくれた。

世界の広さを、美しさを教えてくれた。

俺にとってアグライアは光だ。

何もない暗い世界へと光を当てる希望の光。

『それが俺の求める魔法?』

いや、まだある。

もう一つは風だ。

リューのように速く、強くなりたい。

誰かの為に怒り、笑い、涙を流す。

誰かを守る風になりたい。

希望の光を照らしてくれたアグライアのように誰かの光になりたい。

リューのように誰かを守る風になりたい。

『欲深いな』

ああ、その通りだ。

今までの俺を否定する気はない。

光になれても、守る風になれても。

俺は壊したいという衝動は一生消えることがないと思う。

それでも、アグライアに出会って、リューに教えて貰った。

俺は生きていいのだと。

死ななくていいのだと。

だから、俺は風のように速く駆け出して未来に向かって生きて行きたい。

『ああ、それこそ(おまえ)だ』

白い俺は、最後に微笑んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミクロ・イヤロス

Lv.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

堅牢:I

 

Lv.2となったミクロに新たに刻まれた【ステイタス】。

そして、魔導書(グリモア)により手に入れた新たな魔法をミクロは発現した。

 

《魔法》

【フルフォース】

・付与魔法。

・光、風属性。

・詠唱式【駆け翔べ】

 

「これがミクロの魔法なのね……」

【ランクアップ】を終えたアグライアが目にしたのは魔導書(グリモア)により手に入れた魔法。

光と風。二つの属性を持つ付与魔法。

「光と……」

「風ね……」

アグライアとリューは互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。

ミクロが手に入れた魔法。

ミクロの望みと本質がどのようなものわかってしまったからだ。

ティヒアも少し遅れてそれを理解すると悔しそうにしていた。

「やっぱり遅れてきた分不利ね……」

「?」

耳と尻尾を悔しそうに震わせるティヒアにミクロは首を傾げていた。

「さて、それじゃ私はそろそろ『神会(デナトゥス)』に行ってくるわ」

神会(デナトゥス)』。

一部の神々が退屈しのぎに企画した一種の集会。

そして、神が子供達に二つ名を決める集会。

そこで『痛恨の名』が子に与えられる。

「必ずいい二つ名を手に入れてみせる」

気合を入れながら『神会(デナトゥス)』が開かれる摩天楼(バベル)三十階へと向かうアグライア。

そのアグライアを見送るとミクロ達は早速ダンジョンへと向かった。

【ランクアップ】した体の調子を確かめる為にダンジョン12階層へとやってきたミクロ達の前に早速モンスターが現れた。

「ミクロ。まずは貴方の好きなように動いてみるといい」

「わかった」

ナイフと梅椿を手にすると同時にミクロはモンスターに突っ込んだ。

速いと実感しながらモンスターを倒しつつ【ランクアップ】したんだなと思うミクロは次に新たに手に入れた魔法を試してみることにした。

「【駆け翔べ】」

超短文詠唱を唱えて魔法の引金を引いた。

「【フルフォース】」

魔法を発動させると白緑色の風がミクロを纏う。

その風は周囲をも照らすほど輝いていた。

そして、風を纏ったミクロの姿は消えた。

それと同時にモンスターが次々と倒れて行く。

その動きは閃光のように速く、鋭い。

魔法を発動させたミクロは瞬く間に周囲のモンスターを殲滅した。

「これがミクロの魔法……」

【ランクアップ】した身体能力に光と風の二つの属性を持った付与魔法。

これがミクロの新しい力。

驚愕するリューとティヒアを差し置いてミクロは新たに出てきたモンスターまでも狩り尽した。



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第11話

「それじゃあ、近い内に中層に行くの…?」

「魔法も覚えたし、リューとティヒアと一緒に今度、中層に行くことになった」

【ランクアップ】したミクロとティヒアは【ミアハ・ファミリア】の本拠(ホーム)へと来ていた。

「そっちが新しい【ファミリア】の…」

「ティヒア・マルヒリーよ。派閥は違うけど同じ犬人(シアンスロープ)同士仲良くしましょう」

「……ナァーザ・エリスイス。こっちこそよろしく」

挨拶し合うナァーザとティヒア。

だけど、ナァーザはティヒアとミクロの距離を見てすぐにティヒアがミクロに抱いている気持ちが理解出来た。

「応援してる…」

「……ありがとう」

気持ちを察してくれたナァーザにティヒアは小さく礼を言う。

「頑張って……」

同じ犬人(シアンスロープ)としてティヒアを陰ながら応援しようと思ったナァーザ。

ティヒアの恋敵(ライバル)である主神のアグライアは神でその上美の女神でもある。

しかも、もう一人は眉目秀麗で実力も兼ね備えているエルフのリュー。

女神とエルフだけで勝てる可能性が低いのに発現させたミクロの魔法を見て気持ちがそちら側に傾いている可能性が高い。

振り向いて貰えるように頑張ろうとティヒアは心に深く刻み込んだ。

『おい、あのガキ…』

『ああ、間違いねえ。【剣姫】の記録を塗り替えたミクロ・イヤロスだ』

ミクロ達以外のポーションを買いに来た他の冒険者達がミクロを見て騒めく始めた。

『あれが噂の【ドロフォノス】か?ただのガキにしか見えねえぞ?』

『馬鹿。滅多なことを言うんじゃねえよ。強化種を一人で倒したって噂だぞ』

隻眼の暗殺者(ドロフォノス)】。

神会(デナトゥス)』で神々がミクロに名付けたミクロの二つ名。

騒めく冒険者達だがミクロは特に気にはしなかった。

「……もうすっかり有名人だね、ミクロ」

「興味ない。ナァーザ、ポーションをくれ」

騒めく冒険者達を無視してミクロは要件を話す。

相変わらずだな、と思いながらポーションを取り出すナァーザ。

「こっちが高等回復薬(ハイ・ポーション)。それでこっちが精神力回復薬(マインドポーション)。魔法を覚えたのならこの精神力回復薬(マインドポーション)は必須だよ」

「じゃあそっちも」

「お買い上げありがとう……」

高等回復薬(ハイ・ポーション)精神力回復薬(マインドポーション)を購入するミクロとティヒア。

ナァーザはそれとは別に高等回復薬(ハイ・ポーション)精神力回復薬(マインドポーション)を一本ずつミクロにプレゼントした。

「【ランクアップ】のお祝いだよ……。私も近い内に中層に向かうからまた一緒にダンジョンに行こうね?」

「わかった。その時はよろしく」

ナァーザからの祝い品であるポーションを受け取るミクロ。

「また来る」

「ん、またね」

出て行くミクロとティヒアに小さく手を振るうナァーザ。

ポーションを買ったミクロとティヒアは街中を散策しながら中層に備えて準備を入念に行っていた。

リュー曰く、上層と中層は違う。

その為に入念の準備をしなければいけなかった。

「…やっぱり、私は行かない方がいいんじゃないかな?」

ティヒアは冒険者になって約三年。

Lv.1だが【ステイタス】の殆どがBクラスアビリティになっているティヒアも後衛兼サポーターとしてミクロとリューと一緒に中層に行くようになっていた。

だけど、ティヒアには自信がなかった。

リューのようにLv.も実力もなく、ミクロのような器用さも冷静さもない。

唯一まともに使えるのは弓矢ぐらいでそれ以外の武器は素人同然で魔法も大したものではない。

中層で役立てる事と言ったら犬人(シアンスロープ)の嗅覚を使った探知ぐらい。

リューやミクロの足手まといになるぐらいなら行かない方がいい。

「ティヒアなら問題ないと思う」

行かない方がいいと思っていたティヒアにミクロは答えた。

「魔法あるなし関係なしでティヒアの弓の腕は凄いと思うし、俺やリューは遠距離での対応は難しいから」

接近戦が得意とするミクロとリューは遠距離での攻撃は苦手である。

対応できないわけではないが、苦手なのには変わりがない。

だからこそ遠距離が得意とするティヒアが必要だとミクロはティヒアに告げた。

「………」

平然とティヒアが必要と告げるミクロにティヒアの顔を赤くするが尻尾は嬉しそうに何度も左右に揺れた。

ティヒアが必要だと当たり前のように告げられるその言葉がティヒアは嬉しかった。

「……惚れた方が負けってこの事なのね」

ミクロに恋愛感情を抱いているティヒアはその言葉の本質を今身をもって知ることが出来た。

「ねぇ、ミクロ。ちょっと付き合ってくれる?」

「わかった」

即答するミクロを連れて摩天楼(バベル)にある【ヘファイストス・ファミリア】のテナントへと足を運んだ。

前にミクロがアリーゼに連れてこられた場所よりもさらに上にある新米鍛冶師(スミス)の作品が並べられている階へとやってきた。

武具が並べられている中でティヒアはミクロを連れてあちこち動き回る。

「中層に行くなら今よりマシな装備にしておきたいの」

そう言うティヒアにミクロは納得した。

ミクロは今の装備だけでも第三級冒険者ではありえない装備をしている為ここで買おうとは思わなかったが、せっかく来たのだからティヒアと一緒にあちこち見てみようと思った。

様々な武具を見ている中でミクロはある武具に目が留まった。

「弓……」

ミクロが目に留まったのは一つの弓だった。

コンパクトなサイズでありながらどこか力強くも感じるその弓にはヘファイストスの名が記されていた。

「どうしたの?って、それ複合弓(コンボジットボウ)じゃない。よく見つけたわね」

複合弓(コンボジットボウ)?」

何となく目に留まったその弓の名を聞いたミクロはどういう物かティヒアに尋ねた。

複合弓(コンボジットボウ)は簡単に言うと威力と連射を両立させた弓。ただ扱いが難しいのと、様々な材料を合わせて作るから鍛冶師(スミス)でも作る人なんて滅多にいないのだけどね」

冒険者の多くは剣や槍などの接近戦の武器を選ぶ人が多い。

遠距離では魔法の使う者が多い為、冒険者の間では弓を扱う者は決して多くはない。

その中で扱いが難しく、手間のかかる複合弓(コンボジットボウ)を作るなんてよっぽどの物好きとしか言えなかった。

「ティヒアにいいと思う」

弓の扱いに長けているティヒアになら扱えると思ったミクロはそう提案する。

「そ、そう。まぁ、ミクロが言うなら……」

好意を抱いている人からの提案を受けようと値段を見たティヒア。

そこには50万ヴァリスと記されていた。

「た、高い……」

値段を見たティヒアは落胆する。

ティヒアの手持ちは先ほどの買ったポーションの分を抜いて残りは5万ヴァリスあるかないかでその十倍の値段をする複合弓(コンボジットボウ)に手は届かなかった。

「ごめん、ミクロ……これはちょっと……」

買えない。と言おうとしたティヒアにミクロは複合弓(コンボジットボウ)を持ってカウンターへ行く。

「これ下さい」

ドンとカウンターに代金を袋ごと纏めて置くミクロに店員もティヒアも目を丸くした。

「しょ、少々お待ちを……」

驚きながらも代金を確認する店員だが、袋に入っていた代金は50万ヴァリス以上入っていた為にミクロはその余った分だけの投げナイフも購入すると弓をティヒアに渡した。

「ミ、ミクロ……あの大金は……?」

50万ヴァリスをポンと出したミクロに驚きながら尋ねる。

「コツコツ溜めた」

冒険者を始めて以来、ミクロは生活費を除いて自分の分は必要な分以外は全く使っていなかった。

更には強化種のオークのドロップアイテムを売って、気が付いたら100万ヴァリスに近いほどの金が溜まっていた。

「これはティヒアが使った方がいいから俺はいらない」

50万ヴァリスもした弓を平然とティヒアに渡すミクロ。

「……ありがとう、ミクロ。お金は必ず返すから」

「いらない。また勝手に溜まるから」

自分用に全くと言っていいほど金を使わないミクロは金を返さなくていいとティヒアに伝える。

「駄目。それだと私の気が済まない」

だけど、その申し出をティヒアは拒否した。

意地でも返そうと思った。

それから矢も買ってテナントを出るミクロとティヒア。

ミクロに買ってくれた弓を大事そうに抱えながらミクロの隣を歩くティヒア。

「ねぇ、ミクロ。何か欲しい物はないの?これのお礼に何か奢るよ」

「特にない」

ない。と答えるとミクロの腹からぐうううと聞こえたティヒアはクスリと一笑した。

「何か食べようか」

「うん」

ティヒアの言葉に素直に従ったミクロ。

二人は北のメインストリートで売られているジャガ丸くんを買って軽食を取ることにした。

「美味しい?」

「美味しい」

ジャガ丸くんを手に食べ歩きをするミクロとティヒアは食べながら本拠(ホーム)へと向かう。

「ねぇ、ミクロ。私からのお願いを聞いてくれない?」

「何?」

ティヒアのお願いが何なのかを尋ねるミクロにティヒアはミクロに告げた。

「ミクロの役に立てるようにもっと頑張ってまずは【ランクアップ】を達成したら私からのお願いを一つだけ聞いてくれない?」

「俺で出来る事ならいいよ」

あっさりと承諾するミクロにティヒアは嬉しく何度も尻尾を左右に激しく揺らす。

嬉しさのあまりはしゃぎ出したい気持ちを抑えながら本拠(ホーム)へと帰宅したミクロとティヒア。

その日の夜、中層に向けての入念なミーティングを終えて【ステイタス】の更新を一人ずつ行っているとティヒアの番でアグライアの手が途中で止まった。

「ティヒア。貴女に新しいスキルが発現してるわよ」

「え?」

突然のことに驚くティヒアは更新を終えて写した用紙に記されているスキル欄を見る。

 

《スキル》

英雄支援(サーヴァ)

・対象者の全アビリティを補正。

恋慕(おも)う程効果上昇。

任意発動(アクティブトリガー)

 

「………」

新しいスキルを見てティヒアは恥ずかしさのあまり震えていた。

魔法やスキルは本人の本質や望みも影響する。

つまり、ティヒアがミクロの役に立ちたいという気持ちやミクロに恋心を抱いていることを晒していると同じ。

視線を主神であるアグライアに向けるともの凄い暖かく慈愛に満ちた目をティヒアに向けていた。

「―――――――ッッ!!」

恥ずかしさのあまり毛布に顔をうずめたティヒアは心の底から叫んだ。



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第12話

ミクロが【ランクアップ】達成してから約四ヶ月後。

ミクロ達は順調にダンジョン15階層まで潜っていた。

『グゥゥ!』

『ガァァッ!』

「【狙い穿て】」

放火魔(バスカヴィル)』という異名を持つ中層の犬型モンスター、ヘルハウンド。

その異名通り、口から放射される高威力の火炎攻撃は並の防具なら容易く溶かすほど。

襲いかかってくるヘルハウンドに向かってティヒアは魔法の詠唱を唱えて複合弓(コンボジットボウ)を構える。

「【セルディ・レークティ】」

魔力が纏われた矢を連射するティヒア。

追尾属性がある矢は外すことなくヘルハウンドに突き刺さりヘルハンドは灰になる。

『キャウッ!』

『キィイ!』

『キュウ!』

小型の石斧(トマホーク)天然武器(ネイチャーウェポン)を持つ兔のモンスター、アルミラージを素早く倒すミクロとリュー。

ナイフと小太刀の梅椿を使い倒すミクロの背後から奇襲を仕掛けるアルミラージ。

だが、腕に仕込んでいる鎖分銅を巧みに使い奇襲を仕掛けたアルミラージの動きを封じて奇襲を防ぎ、ナイフでアルミラージを切り裂くとほぼ同時に襲ってくるモンスターに投げナイフを投擲して牽制するミクロ。

元々Lv.が高いリューは木刀でアルミラージやヘルハンドまでも倒していく。

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

(メドル)を超す牛頭人体のモンスター、ミノタウロスが放つ強烈な咆哮(ハウル)

「【駆け翔べ】」

ミノタウロスが出現したと同時にミクロは超短文詠唱の魔法を詠唱した。

「【フルフォース】」

白緑色の風を身に纏ったミクロを中心にダンジョン内は明るく照らされる。

魔法を発動したミクロの姿は消え、閃光の如くミノタウロスを撃退する。

それだけでは足りないとばかりに、ヘルハウンドやアルミラージまでも倒す。

瞬く間にミクロ達の周囲からモンスターは灰になった。

「……」

周囲にモンスターがいないことを確認したミクロは魔法を解除する。

「相変わらずミクロの魔法は凄いですね」

「速すぎて私には動きが見えなかった……」

モンスターの魔石やドロップアイテムを拾いながら改めてミクロの魔法の凄さに驚嘆するリューとティヒアだが、ミクロは首を横に振った。

精神力(マインド)の消費が激しいから長くは使えないし、反動で体にもダメージがあるからあまり使えない」

ミクロの魔法は光と風の二つの属性を持つ。

二属性の為、身体、精神共に消費が激しい為ミクロは魔法の使用を控えていた。

「でも、15階層もだいぶ楽になったわね」

「ええ、ですが油断はダンジョンでは命とりです」

「わかってるわよ。もちろん油断はしないわ」

油断しないよう注意するリューに仲良さげに言い返すティヒア。

「じゃ、そろそろ帰ろうか」

魔石とドロップアイテムを拾い終えたミクロ達はそこで区切りを付けて今日のダンジョン探索を終わらせた。

ミクロ達は自分達の本拠(ホーム)へと帰宅するといつもの物置部屋だった本拠(ホーム)は一軒家へと変わっていた。

「あ、お帰りなさい。ちょうど終わったところよ」

物置部屋から一軒家へと変貌した本拠(ホーム)の前にアグライアがミクロ達の帰りを待っていた。

「これが私達の新しい本拠(ホーム)よ」

ミクロ達が住んでいた物置部屋を改築して新しく建てた新しい本拠(ホーム)にリューやティヒアは眺めていた。

中層に潜って得た魔石やドロップアイテムを金に換えて早四ヶ月でとうとう一軒家を建てれるようになったミクロ達。

「【ファミリア】結成から約一年。長いようで短かった」

感慨深く何度も頷くアグライアにミクロは目の前の新しい本拠(ホーム)より、アグライアと出会ってもう一年経つのかと思っていた。

アグライアの言葉通り長いようで短かったこの一年を思い出していた。

路地裏でアグライアと出会ってからの一年間。

自分はどれだけ変わったのだろうかと感傷的になっていた。

でも、今はそんなことどうでもよかった。

アグライアが、リューが、ティヒアが笑っている。

そこまで嬉しいのかミクロにはまだわからなかったがいずれは知りたいと思えるようにはなっていたという新しい自分を発見することが出来た。

今はそれでいい……。

そう心に思ったミクロ。

「さぁ、中へ入りましょう」

アグライアの言葉にミクロ達は新しい本拠(ホーム)の中へと入った。

新しいだけあってどこか新鮮感を感じるミクロ達。

一通り本拠(ホーム)の中を探索した後、いつも通りの【ステイタス】の更新を行った。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.2

力:E497

耐久:D532

器用:C615

敏捷:C601

魔力:E459

堅牢:I

 

この四か月間殆ど中層に潜っていたとはいえ、相変わらず成長が速いと思ったアグライアだがそれはもう慣れたのかいつもと変わることなくミクロの【ステイタス】の更新を終わらせる。

その後のリューも更新を行ったがリューも特に変わることなくいつも通りだった。

そして、最後にティヒアの【ステイタス】を更新しようと神の血(イコル)を垂らして(ロック)を解いてティヒアの【ステイタス】を見る。

「おめでとう、ティヒア。【ランクアップ】可能よ」

「え、ほ、本当に……」

思わず振り返って主神のアグライアの顔を見るとアグライアは頷いて応えた。

「この四か月間、中層に潜っていた甲斐があったわね」

「や、やった……」

嬉しさを表現するかのように耳をピクピク動かし、尻尾を激しく揺らすティヒア。

嬉しそうに笑うティヒアを見てアグライアも自分のことのように笑みを浮かべる。

「はい、これが貴女が選べる発展アビリティよ」

写された用紙を見るとそこには三つの発展アビリティが発現していた。

『狩人』

『耐異常』

『狙撃』

「『狙撃』?」

三つ目の発展アビリティに首を傾げるティヒア。

ミクロ程ではないがこれはまたレアな発展アビリティが発現したとティヒア本人も思った。

「恐らく弓矢が主力だったから発現したと思わけど、どうするの?」

尋ねるアグライアにティヒアは笑みを浮かべたまま答えた。

「『狙撃』を選びます」

ティヒアは嬉しかった。

ミクロと同じようにレアな発展アビリティが発現したことにティヒアは嬉しかった。

一歩近づけたと思いながらティヒアはLv.2となった。

恋敵(ライバル)に近づけた心の中でガッツポーズを取るティヒアだが、その反応が無意識に尻尾に現れてアグライアは微笑ましくティヒアを見ていた。

ティヒアがLv.2になったことにミクロやリューも喜び、称賛の言葉をティヒアに送る。

「おめでとうございます、ティヒア」

「おめでとう」

「ありがとう」

眷属はなかなか集まらない【ファミリア】だが、子が成長していく姿を見てアグライアも嬉しかった。

「さぁ、今日はもう休んでギルドの報告やそれ以外は明日にしましょう」

ダンジョンに潜っていた三人は疲労困憊なのは見ればわかったアグライアはミクロ達に休むように促すとミクロ達もそれに従った。

それぞれの新しい部屋で休みを取るミクロ達。

「………」

新しくできた、というより初めての自分の部屋にあるベッドの上で転がるミクロは寝付けなかった。

新しい本拠(ホーム)のせいか、環境が変わったせいかはわからなかったが普段はすぐに寝付くミクロだが今日に至っては妙に寝付けなかった。

しばらくベッドの上で寝転がっているとドアを叩く音が聞こえた。

「ミクロ。起きていますか?」

「起きてるよ、リュー」

「入ってもよろしいでしょうか?」

「大丈夫」

夜中にミクロの部屋にやって来たリューはドアを開けてミクロの部屋に入る。

「どうした?」

尋ねるミクロにリューは何か言いたげだがそれを言おうか悩んでいるのか何度も口を開け閉めしていたが、決意を改めて口を開いた。

「ミクロ。お願いがあります。明日は私と一緒に18階層に来てほしい」

「わかった」

即答するミクロにリューはあまりの返答の速さに一驚する。

「アリーゼ達のこと?」

そう尋ねるミクロにリューは頷いて肯定した。

アリーゼ達の墓がある18階層のことを察したミクロ。

「……隣いいですか?」

尋ねるリューにミクロは頷いて応えるのを確認するとリューはミクロの隣に腰を掛ける。

「………」

「………」

黙るリューにミクロはリューから喋る出すのを待っていた。

ミクロはまだリューの気持ちが理解できていない。

死んだ者は死んだ。

生き返る訳でもない。

会える訳でもない。

死んだ者とはもう二度と例外なく会うことはできない。

それなのに何故わざわざ墓参りに行くのか、会いに行けば行くほどアリーゼ達の事を思い出してしまうのではないのかとさえ、ミクロは思ってる。

わざわざ辛いことを思いだす必要はあるのかとミクロは疑問にすら思っていた。

それならいっそのこと忘れた方が楽ではないのかともミクロは思った。

でも、それは自分がわからないだけでリューにとっては掛け替えのないことだと理解していた。

だからリューの気持ちが定まるまでミクロは何も言わず待っていた。

「……怖いのです。アリーゼ達に会いに行くのが」

重い口を開いたリューの言葉から怖いと発せられた。

「ミクロ。貴方が私を止めてくれなければ私はどうなっていたかわかりません。ですが、これだけは言えます。私は恥知らずで横暴なエルフだということです」

「どういうことだ?」

言っている言葉の意味が理解できなかったミクロは聞き返した。

「私怨に駆られ、激情の言いなりになり、救ってくれた貴方に酷いことを言った」

最低だと理解しながらも抑えられない激情と私怨をミクロにぶつけたリュー。

そっと眼帯をしているミクロの左目にリューは触れた。

「申し訳ありません、ミクロ。私は貴方にお願いをする前に謝らなければいけませんでした」

リューはずっと謝りたかった。

でも、怖かった。

ミクロに拒絶されるのが怖かった。

だけど、アリーゼ達の墓参りに行く度にその事を思い出す。

傷付け、左目を奪ったのは紛れもない自分だと。

その度に怖くなってきた。

いつもと変わらず接してくれるミクロが変わってしまうのではないかと。

拒絶されてしまうのではないかと。

そう思ってしまう。

アグライアがリューに与えた罰がなければリューは罪悪感に負けてとっくに命を捨てていた。

それでも、いくら尽くしてもその罪悪感は軽くはならなかった。

謝らなければいけない。

そう思っても怖くて謝られず、気が付けば何ヶ月もの月日が流れていた。

「ミクロ。貴方が望むのであればこの身を好きにしてもかまいません。ですから、どうか私の事を……」

嫌わないでほしい。

そう言おうとした時、ミクロはリューは抱きしめた。

ミクロがアグライアにされた時のようにミクロも真似てリューを抱きしめてみた。

「ミ、ミクロ……?」

抱き着かれたリューは訳も分からず思考が定まらなかった。

「リューを止めに行ったあの日。あれはアリーゼとの約束だけじゃない。リューがいなくなって欲しくないから俺はリューに会いに行ったんだ」

「え……?」

始めて聞いたその言葉にリューは一驚した。

「あの日。俺には何でアリーゼが俺にリューのことを頼んだのか、リューがどうしているのかさえわからなかった。だけど、アグライアがその事を教えてくれた時、俺の胸に痛みが襲った」

その時のことをミクロはリューに話した。

「俺は誰かを好きになるという気持ちはまだわからない。けど、リューとはこれからも今まで通りに一緒にいたいと思ってる」

「ッ!?」

嬉しかった。

その言葉で先ほどまで感じていた罪悪感と恐怖が拭い去られるぐらいに嬉しかった。

「恥知らずでも横暴でもいい。それを含めて誰かの為に怒って、泣いて、笑える、リューの優しさだと俺は思ってる」

優しすぎるその言葉にリューの目から薄っすらと涙を浮かべる。

「これからも一緒にいてくれ、リュー」

「……はい」

ミクロに抱きしめられながら寄り添うようにもたれるリューはその居心地の良さにいつの間にか眠りについていた。

ミクロは眠っているリューをベッドに寝かせると自分は床に寝転がる。

夜が明けて同じ部屋から二人が出てきたのを目撃したティヒアは顔を赤く染めているリューに疑惑の目を向けるがミクロの言葉にティヒアは納得した。

そして、リューはアグライアとティヒアに二人で18階層に行きたいという懇願した。

「私もLv.2になったのに……」

「すみません、ティヒア」

せっかく【ランクアップ】を果たしたのに置いてけぼりにされたティヒアは落胆したが理由が理由なだけで合って無理強いすることはできなかった。

なにより、いくらLv.4のリューがいるとはいえ【ランクアップ】になったばかりのティヒアでは18階層まで行くとなると完全な足手まといになることをティヒアは理解していた。

「いいわよ別に。今回は大人しく待っているわ」

謝るリューに咎めることなく留守を受け入れたティヒアはミクロに視線を向ける。

「ミクロ、約束覚えてる?」

確認を取るティヒアにミクロは頷いて返答する。

「ならいいわ」

満足げに頷くティヒア。

ミクロとリューは互いに入念に道具(アイテム)、ポーション、装備等などを確認して本拠(ホーム)を出た。

「いってらっしゃい」

「行ってきます」

「行って参ります」

ミクロとリューは18階層を目指してダンジョンに向かった。

 

 

 



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第13話

「ここが18階層……」

リューと一緒に中層を乗り越えたミクロはようやく18階層へと到達した。

多くのモンスターが襲いかかって来た中層でリューの手助けを受けながら何とか18階層へ到達したミクロは初めて来た18階層に驚いていた。

今までの薄暗いダンジョンとは違い、地上のように明るく輝いていた。

「ここが18階層。また『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』とも呼ばれています」

今までとは違うダンジョンに驚くミクロにリューは説明した。

18階層はダンジョンに数層存在しているモンスターの産まれない階層、安全階層(セーフティポイント)

その階層の天井には無数の水晶が隙間なくびっしりと生え渡り、時の経過により朝、昼、夜を作り出す。

水晶と大自然に満たされた地下世界。

別名、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

「………」

始めて見た18階層の景色にミクロはアグライアに見せられた都市の光景を思い出していた。

都市を見渡したその時と同じ気持ちになった。

その気持ちをどう表せばいいのかはまだわからないがいつかは知りたいとミクロは思った。

「この階層には冒険者が経営している街があります。後で寄りましょう」

一休憩しながらリューは18階層にある『リヴィラの街』についてミクロに説明した。

水晶と岩に囲まれた宿場町、リヴィラの街は冒険者が好き勝手に経営している為、細かい規則(ルール)や領主は存在しない。

宿泊から武器や道具(アイテム)の販売、換金所までやりたい放題。

更には地上の価格より桁が高く何倍もの値段で販売している。

『安く仕入れて高く売る』。

それがリヴィラの街の買い取り所を営む、彼等の合言葉(モットー)

それを聞いたミクロは特に驚きもせず、むしろそうだろうなと納得していた。

基本的冒険者は自分勝手のならず者。

むしろミクロやリューのような冒険者の方が少ない。

「そろそろ行きましょうか」

「わかった」

一休憩が終わるとミクロとリューは森へと入って行く。

リューを先導に森の奥へと入って行くミクロ。

地理を知り尽くしているのか、慣れているのかリューは確かな足取りで前へと進む。

しばらく歩いていると、目的地である墓場へとやってきた。

「ここがアリーゼ達の墓か」

「……そうです」

かつてリューが所属していた【アストレア・ファミリア】の団員達の遺品が埋まっている墓場へとやってきたミクロとリュー。

「彼女達はこの階層が好きだった」

小鞄(ポーチ)から小瓶を取り出したリューはそれを特定の墓に順々に飲ませて行く。

「アリーゼもここに?」

「……はい」

ミクロの言葉を肯定するリュー。

ミクロはリューとアリーゼ以外で【アストレア・ファミリア】の団員とは殆ど話していない。顔を知っている程度。

でも、短い間だけで様々なことを教わったことはミクロは忘れていない。

ミクロはアリーゼ達の墓の前に行くとその場でしゃがむ。

「アリーゼ。お前の約束は果たした」

短く淡々に報告するミクロ。

もうこの世界にはいない死んだ者の墓にこんなことを言っても無駄だろうと思いながらもミクロは取りあえずはそれだけは告げたかった。

コレと言った理由はない。

ただそうした方がいいと思ったからそうしただけ。

フードの内側から小瓶を取り出してリューに見習って酒を墓にかけるミクロはリューに尋ねた。

「リュー。何でお前は墓参りなんかしているんだ?辛いことを思い出すだけだろう」

復讐するほどリューは【アストレア・ファミリア】にアリーゼ達を慕っている。

墓参りする度に辛いことを思い出すだけではないかとミクロは思っていた。

「……確かに。ミクロの言う通りここに来るのは辛い。ですが、今はそれ以上に楽しかった時の記憶も思い出すのです」

リューはミクロに微笑みかける。

「ミクロ。貴方のおかげで私は変われた。ありがとう」

「どういたしまして?」

リューの言葉がよくわからなかったミクロは取りあえずは返事はしておいた。

リューを変えた記憶はミクロにはない。

思ったことをそのまま口にしただけ。

それがどうリューを変えたのかミクロには検討がつかなかった。

「街へ行きましょうか」

「わかった」

墓参りが終えたミクロとリューはリヴィラの街へと足を運んだ。

最初にミクロ達を出迎えたのは木の柱と旗で造られたアーチ門。

上部には共通語(コイネー)で『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』と書かれ、門をくぐると木や天幕で造られた即席の住居や岩に空いた天然の横穴や空洞を利用して作られた洞窟状の商店や宿屋までもあった。

街の光景は概ねリューの説明通りだなと思いながら街中を探索するミクロと付き添うように歩くリュー。

商店を覗き込むと地上の何倍もの値段で売られている。

緊急時以外は買うのはやめておこうとミクロは思った。

リヴィラの街中を探索していると何人もの冒険者達がミクロに視線を向けていたが話しかけてこない限りは放っておこうと決めた。

「おい、お前が【ドロフォノス】か?」

二つ名で呼ばれたミクロは声がした方へと視線を向けると大柄で眼帯をしている大男がミクロに声をかけた。

「何か用?」

「いや、特にコレといった用はねえ。ただ噂の【ドロフォノス】がどんな野郎か気になってな」

眼帯の大男はミクロを見下すようにミクロを見ていた。

「お前みたいなガキが本当に強化種を倒したのか?」

問いかける眼帯の大男にミクロは頷いて応えた。

「どうも信じられねえな……」

「お前が信じる信じないかは俺には関係ない」

「お前じゃねえ。ボールスだ。それに目上にはさん付けしろや」

「ミクロ・イヤロスです。ボールスさん」

名前を明かしたボールスにミクロも名前を名乗り、さん付けをしてその場を去ろうとしたがボールスに肩を掴まれた。

「まぁ、待てよ。せっかく眼帯をしている者同士仲良くしようじゃねえか」

「そこまでにしなさい」

しつこく言い寄ってくるボールスにリューは小太刀をボールスに向けて止めに入った。

「お、おいおい、俺はただ遊ぼうと思っただけだぜ?」

「なら、態度と言葉遣いに気を付けなさい。私はミクロ程加減はできない」

リューはいつもやりすぎてしまう。

昔も今も変わらずに。

リューのハッタリが効いたボールスはミクロの肩から手を離す。

「わかった、わかった。だからソレをしまってくれ」

降参するように手を上げるボールスにリューも小太刀を納刀する。

「んじゃ、改めて俺と遊ぼうぜ?【ドロフォノス】」

「わかった」

了承するミクロにボールスはほくそ笑み。

それにつられるように周囲の冒険者達もニヤニヤと笑みを浮かべていた。

ミクロは実は知らなかった。

自分が【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの記録を塗り替えた噂だけではなく、エルフと犬人(シアンスロープ)を侍らせているマセガキだという噂を。

今も眉目秀麗であるエルフのリューと一緒に街中を歩いている。

嫉妬に燃えたボールスを始めとする他の男性冒険者は世間の厳しさを教えてやろうとミクロを誘った。

酒場へとミクロを連れて行くボールスと一つのテーブルに座るとトランプを取り出した。

「ポーカーは知ってるか?」

尋ねるボールスにミクロは頷く。

「んじゃ、ポーカーで遊ぼうぜ?もちろん賭けもしてもらうぜ?」

「わかった」

卑しい笑みを浮かべるボールスにミクロの了承の言葉を聞いてボールスは内心でほくそ笑み、まだまだガキだなと思っていた。

カードを配り終えてボールスとミクロでポーカーが行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

大笑いするボールスはテーブルに手役(ハンド)を晒す。

「どうだ!?ストレート!」

「ストレートフラッシュ」

「ぬがあああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

互いに手役(ハンド)を晒して負けたボールスは頭を抱えて絶叫する。

ポーカーを始めて早くも一時間。

現在、ミクロが連勝中

ミクロが無様に負けるところを見ようと酒場に集まっていた冒険者達も今はミクロの連勝に驚きが隠せれなかった。

驚く冒険者の中でリューだけはミクロが勝つことが当然のように頷いていた。

以前にミクロは【アストレア・ファミリア】の団員であった小人族(パルゥム)の少女に賭博(ギャンブル)の勝ち方について教わったことがあった。

更にミクロには何を言われようがされようがぴくりとも動かないポーカーフェイスに冷静な判断力と観察力でボールスの様子を見て騙欺(ブラフ)を繰り返して勝った。

騙欺(ブラフ)が出来る分、ミクロはリューよりポーカーに強い。

そして、今の勝負でもうボールスに残されているのはパンツ一枚だけだった。

ボールスの金も、魔石も、ドロップアイテムも、武具も今はミクロの物となっていた。

「ちくしょうおおおおおおおおおおおっ!このまま負けてたまるか!?最後の勝負は実力で勝負だあああああああああああああああああああああッッ!だから、服と武器を返してください!!」

「わかった」

吠えると同時に丁寧に頭を下げて服と武器を求めるボールスにミクロはあっさりと了承した。

酒場を出て広場へと出たミクロとボールス。

それにつられるように円を作って盛り上げる冒険者達はどちらが勝つかを賭けていた。

「へへ、さっきの負けを取り返してやるぜ」

大剣を構えるボールスにナイフを持つミクロ。

「じゃ、負けたら倍で貰う」

「おう、構わねえぜ!」

ボールスはミクロと同じLv.2。

Lv.だけで言えばどちらが勝つかはわからないが、ボールスはもう何年もLv.2をしている。

まだLv.2になって半年も経っていないミクロにボールスは負ける気がしなかった。

「んじゃ、始め」

リヴィラの街に住む一人の冒険者が合図を出すとミクロは投げナイフを投擲した。

「そんなもん効くかよ!」

大剣で防ぐボールスだが、投げナイフに括り付けられていた煙玉に気付かずボールスを中心に煙が宙を舞った。

「ゲホゴホ!煙玉か!?」

煙幕の中で煙玉の存在に気付いたボールスは周囲を警戒すると右側から小さな影が浮かび上がった。

「――――そこか!」

影が浮かんだ場所に大剣を振り下ろすボールスだが、そこにいたのはミクロが身に着けていたフードだけだった。

「なっ!?」

驚くボールス。

そして、その背後からミクロはボールスを襲う。

まずはフードを投げて隙を作って、ボールスの背後に回ったミクロはボールスの膝裏を蹴ってバランスを崩す。

次にバランスを崩して倒れるボールスの目を塞いで視覚を奪う。

最後にナイフを首筋に押し当てる。

「あ…が……」

呻く声を出すボールス。

煙幕が晴れると冒険者達が見たのはボールスの喉元にナイフを押し当ててるミクロの姿。

「勝負ありですね」

驚く冒険者の代わりにリューが勝敗宣言をするとミクロはボールスを離してフードを拾う。

「まだするか?」

「……いや、俺の負けだ」

素直に負けを認めるボールスに近づくミクロはボールスに手を差し伸ばす。

「身ぐるみ全部貰うからさっさと脱いで」

「へ……?」

「そういう勝負」

呆けるボールスにミクロは淡々と告げる。

ポーカーの代わりに行った勝負。

それにミクロが勝ったら倍で貰うという言質も獲得している。

つまりボールスは自分が身に着けている全てをミクロに譲渡しなければならなかった。

「た、頼む!男ボールス一生のお願いだ!金は渡すから装備だけは勘弁してくれ!!」

「賭けはそっちから申し込んだ。倍で貰うとボールスさんは了承した」

懇願するボールスにミクロは眉一つ動かさなかった。

「貰う物は貰う」

ボールスの服を掴むミクロに男の尊厳を守るために抵抗するボールス。

その後、リューが止めに入ってボールスの装備だけは見逃して、ミクロ達が宿で一泊する分の代金を支払うで手を打った。

宿で一泊したミクロとリューは18階層を出て地上へと戻って来た。

本拠(ホーム)へと帰ろうと足を動かすミクロとリューにティヒアが慌てて駆け寄って来た。

「ミクロ!リュー!ナァーザがッ!」

 

 

 



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第14話

18階層から地上へと帰還したミクロとリューはティヒアに連れられ、【ミアハ・ファミリア】の本拠(ホーム)にたどり着く。

「おお、ミクロ。そなたであったか……」

沈痛の表情を浮かべるミアハはミクロ達へと声をかけた。

「ナァーザは?」

この場にいないナァーザを指すミクロの言葉にミアハを始めとする団員全員が俯くなかでミアハが代表するかのように奥の部屋へとミクロ達を連れて行くとそこには全身を包帯で巻かれ、右腕がないナァーザがベッドへと横たわっていた。

「……モンスターに食べられてしまったのですね、神ミアハ」

リューの言葉にミアハは頷いて肯定すると今までの出来事をミクロ達に話した。

ナァーザは中層へ向かってそこでモンスターに襲われて食べられ、駆け寄った冒険者のおかげで九死に一生を得た。

だが、モンスターに骨も残らず食べられた右腕だけはもう元には戻らなかった。

「……ナァーザの右腕に関してはディアンケヒトに頼むつもりだ」

苦虫を噛み締めるようにぽつぽつと話すミアハに団員達が声を上げた。

「お、お待ちください!?ミアハ様!【ディアンケヒト・ファミリア】と私達の【ファミリア】は……ッ!」

【ディアンケヒト・ファミリア】は【ミアハ・ファミリア】と同様回復薬(ポーション)の販売の他に、治療、専門的な治療術や道具(アイテム)を提供している。

だが、その主神であるディアンケヒトは天界の時からミアハと衝突していた。

犬猿の仲とも言える相手であるディアンケヒトに治療を頼んでしまうと足元を見られることが目に見えていた。

それがわかっているからこそ【ミアハ・ファミリア】の団員達は自分達の主神であるミアハを止めようとしたがミアハは団員達の言葉に決して首を縦には振らなかった。

「大切なナァーザをこのままにしてはおれん」

ミアハは団員達の言葉を振り切って一人で【ディアンケヒト・ファミリア】へと向かった。

「………」

ミクロはミアハ達を無視してずっとナァーザを見ていた。

前にポーションを買いに来たときはいつも通りだったのに数日見ないだけでこうも変わるものだとミクロは思った。

「冒険者は常に危険が付きまとう」

唐突にリューがミクロとティヒアにそう言う。

「危険が付きまとう以上、いつ命を落としてしまうかわからない。これは私達にも言えます」

深刻な表情で告げるリュー。

ダンジョンとはいつどこで命を落とし、死んでしまうかはわからない。

いつもミクロ達に必要以上な注意や警告はミクロ達に死んで欲しくない願いと優しさからきている。

散々言われてきたリューの言葉がナァーザを見て不躾ながら理解出来たミクロとティヒアは深く頷いて応えた。

Lv.が上がっても失うのは一瞬。

そう思ったミクロとティヒアはリューの言葉を胸に刻み付けながら【ミアハ・ファミリア】の本拠(ホーム)を出て自分達の本拠(ホーム)へと帰還。

帰還したミクロ達は誰一人口を開かなかった。

既に事情を把握しているアグライアもミクロ達の気持ちを察して何も言わなかった。

「私……ダンジョンを甘くみていたわ」

誰もが口を閉ざしている中でティヒアが口を開けて語り出す。

「ミクロやリューがいて私も安心してダンジョンに潜ってた。でも、それは運が良かっただけ。ナァーザには悪いけど、改めてダンジョンの怖さを思い知らされたわ」

浮かれていた、と告白する。

実力がある二人が前で戦っていてくれたからこそ、弓を引いて矢を放つことが出来た。

満身創痍で右腕が食われたナァーザを見て、ティヒアは思い直すこところがあった。

「ティヒア。その気持ちは私も同じです」

同意するリューも何度も似たような経験があった。

新しい魔法やスキルを発現させたり、【ランクアップ】して強くなったと思い油断してダンジョンで痛い目に遭うこともあった。

だから、ミクロ達に必要以上注意や警告もする。

「………」

二人の話を聞いて黙るミクロ。

自分の胸にあるもやもやとした気持ちが渦巻くなかでどうすればいいのかと考えていた。

ナァーザを見て最初に思ったのは死んではいないという理解だった。

満身創痍だろうが、右腕がなくても大して気にしなかった。

ダンジョンにおいても怖いと思ったことすらない。

モンスターを倒して魔石を集めれば金になる。

強くなればアグライア達が喜ぶ。

それぐらいしか考えていなかった。

自分に対する喜び、楽しみ、恐怖、苦痛がわからないのは自分が壊れているからだろうと理解していた。

だけど、胸に渦巻くもやもやした気持ちが何なのかわからなかった。

「……アグライア、リュー、ティヒア」

この場にいる【ファミリア】の仲間に声をかけると全員がミクロに視線を向ける。

「俺はどうすればいいと思う?」

答えを求めた。

胸に渦巻く気持ちを確かめる為に、答えを知る為に全員にどうすればいいのかと問いかけるとアグライア達は笑みを浮かばせながら答えた。

「ミクロ。それは貴方自身で決めることだ」

「ミクロが正しいと思ったのならそれに文句は言わないわ」

「貴方が考えて決めなさい」

三人ともミクロ自身に答えを考えさせた。

どうすればいいのかと頭を抱えて悩みに悩んだ末、ミクロは自分の答えを見つけた。

「俺は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

ディアンケヒトに何度も頭を下げたミアハのおかげでナァーザの右腕には義手が取り付けられた。

銀の腕(アガートラム)』が取り付けられた義手は動きに支障もなく、自由自在に動かすことが出来る。

右腕はミアハのおかげで何とかなったが失ったものは大きかった。

義手にかかった法外な金額を課せられただけではなく、ナァーザ以外の団員は【ファミリア】を辞めて行った。

中堅はあった【ミアハ・ファミリア】はそれを契機に、一気に崩壊、落ちぶれてしまった。

更にナァーザはもうモンスターとは戦えなくなった為、ダンジョンに潜ることはできない。

「……ごめんなさい、ミアハ様。私のせいで……」

「そなたのせいではない。気を病むな」

自己罵倒するナァーザにミアハの言葉で口を噤んだ。

「………」

「………」

重苦しい静寂の中でミアハは今後の事を話した。

「ナァーザよ。そなたはアグライアのところに行く気はないか?」

「え……?」

突然の言葉に驚くナァーザだが、ミアハは続けた。

「このまま私のところにいてもそなたに負担がかかる。それならアグライアのところに改宗(コンバージョン)して新しく始めるの一つのも考えだと私は思う。何、安心しろ。借金は私が何とかする。そなたに負担はかけんさ」

ミアハはずっと考えていた。

信頼を寄せていた多くの団員達は消え、残ってしまったナァーザに負担をかけてしまうくらいなら神友であるアグライアに引き渡そうと。

「アグライアは信頼できる私の神友だ。きっとそなたを受け入れてくれる。それにミクロ達もいる。寂しくはなかろう」

主神として、神として自分の子に出来る最大限の事を考えた結論をナァーザに話すミアハ。

「そなたに辛いことを押し付けているのは重々承知している。しかし、そなたはまだ未来ある若者だ。ここでそなたにまで苦しいことおっ!?」

「私に相談もなく何を勝手に決めているのかしら?ミアハ」

「ア、アグライア……」

ミアハの頭にチョップを叩き込んだアグライアは叩かれた頭を擦っているミアハに言った。

「ミアハ。貴方は私を薄情者にしたいの?貴方は私達に手を貸してくれた。その恩を返さない程薄情になった覚えは私はないのだけど」

「そ、そのようなことは……」

「なら、恩を返させなさい。貴方達が背負っている借金を私達も手伝ってあげる」

アグライアの後ろから出てきたミクロはミアハ達に言った。

「俺達はこれからもダンジョンに潜る。その際、ポーションなどを【ミアハ・ファミリア】のみで購入する。だからこれにサインして欲しい」

契約書を渡すとミアハは目を見開いた。

「……アグライア、ミクロ。そなた達の気持ちは嬉しいがこれではそなた達に得がない」

ミアハに渡した契約書にはポーションなどを【ミアハ・ファミリア】のみで購入すると書かれているがそれではミクロ達に得がない。

団員もいなくなって借金があるミアハ達にとってはありがたい話ではあったが、ミクロ達には何も変わらず得もない。

むしろ、これから更にダンジョンに潜るようになったら【ディアンケヒト・ファミリア】のようなより良い製品の販売を行ってるところに行く方が団員達の安心安全に繋がる。

「……ミクロ。私も気持ちは嬉しいけど駄目……」

ナァーザもミアハと同じ意見だった。

自分のせいでミアハに迷惑をかけ、ミクロにまで迷惑をかけたくなかった。

「俺はナァーザを信頼している」

「――ッ!?」

唐突の言葉に顔を上げるナァーザ。

「だから信頼できるナァーザにポーションを作って欲しい。これからもダンジョンを潜る俺達を助けて欲しい」

その言葉にナァーザ達は驚く中でアグライアは数日前の事を思い出していた。

『俺は……ナァーザを助けたい。何を話せばいいのかわからない俺に話を振ってくれた。自分に何の得もないのにポーションを無料(タダ)でくれる時もあった』

会う度に色々なことを話しかけて来てくれた。

ポーションを試作品などと言って何回も無料(タダ)で貰った。

『恩を返したい………友達(ナァーザ)を助けたい』

信頼できる友達であるナァーザを助けたいというその言葉にアグライア達は笑みを浮かばせながらミクロの考えに協力して考え合った。

一方的な助けは逆に迷惑になることを考えて契約書を作り、自分達が確実にポーションを買うことにより、売り上げを上げる。

更に自分達が頑張って名を上げたらその得意先であるナァーザ達のところに客足も増える。

「ナァーザ。俺はよくリューに無茶をするなって怒られる。だから、無茶をしても助かるようにいいポーションを作って欲しい」

思いついた正直な気持ちを話すとナァーザは小さく笑った。

「……無茶するの前提は駄目。私みたいになったら駄目」

「わかった」

頷くミクロ。

「フ、フフ……」

ミクロのあまりの正直さにナァーザは思わず笑い、何故笑っているのかわからずに首を傾げるミクロ。

それを見たミアハは落ち込んでいたナァーザがまた笑えるようになったことに安堵しながら契約書にサインをした。

「アグライア。そなたは本当に良い子を持ったな」

「当り前よ。私の子なのだから」

契約書を受け取るアグライアは自信満々に答える。

「これを機会に貴方も少しは自分の子や私を頼りなさい」

「うむ。そうするとしよう」

団員一人を残していなくなってしまった【ミアハ・ファミリア】。

多額な借金をこれから返していく借金生活を送ることになる。

だけど、主神であるミアハも眷属であるナァーザも前向きに頑張れる気がした。

 

 



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第15話

冒険者依頼(クエスト)

力のない依頼人(クライアント)の代わりに問題を冒険者に解決してもらう。

依頼人(クライアント)は依頼の内容に見合った報酬を用意して、冒険者は問題を解決して報酬を貰う。

冒険者と依頼人(クライアント)とのギブアンドテイク。

ミクロ達は冒険者依頼(クエスト)の依頼書が貼り出されているギルドの掲示板の前でこれから受けようと考えている冒険者依頼(クエスト)を探している。

「なかなか割のいい冒険者依頼(クエスト)がないわね……」

一枚の羊皮紙を手に取りながらぼやくティヒア。

「内容にも気を付けないとこちらが痛い目にみます」

忠告するリューの言葉通りに冒険者依頼(クエスト)の中には胡散臭い冒険者依頼(クエスト)も存在している。

だから、内容やそれに見合う報酬以外にも依頼人(クライアント)の名前などにも注意して受けなければならない。

また、冒険者依頼(クエスト)の殆どは中層からの冒険者依頼(クエスト)

上層は大抵の【ファミリア】や冒険者達にもこなせてしまう為、それより下の中層からの冒険者依頼(クエスト)がどうしても多くなってしまう。

「『ヘルハンドの牙×一〇、求む』。報酬は他と比べると少し低い」

何枚の羊皮紙を眺めながら慎重に冒険者依頼(クエスト)を選んでいくミクロ。

「しかし、どうしてまた冒険者依頼(クエスト)を受ける気になったのですか?」

冒険者依頼(クエスト)を受けようと最初に発案したのはリューでもティヒアでもなくミクロ本人からだ。

どういう心境の変化なのかわからない二人は今も冒険者依頼(クエスト)を選んでいく中で発案者であるミクロに尋ねる。

「【ファミリア】が結成してから約一年半が経ったのに団員はたったの三人。まだ【ファミリア】の名前が知れ渡っていない」

大抵は有名な派閥である【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】を始めとした多少なり名が知れ渡っている【ファミリア】を選ぶ。

好き好んで零細や名の知らない【ファミリア】を選んだりはしない。

最速でLv.2になったミクロの名は一時都市全体に知れ渡っているにも関わらず誰一人【アグライア・ファミリア】に入団する者は現れなかった。

「【ファミリア】の名を上げて行けば入団してくる奴が出てくるかもしれない。だからまずは今までにしてこなかった冒険者依頼(クエスト)をこなして行こうと思った」

「ミクロはどうして【ファミリア】の名を上げるのですか?」

「……ナァーザの為?」

借金を背負ってしまった【ミアハ・ファミリア】。

その団員であるナァーザを助ける為にミクロは冒険者依頼(クエスト)を受けようと考えているのかと思ったティヒアの言葉にミクロは頷いた。

「それもあるけどそれだけじゃない。名を上げて、団員が増えればアグライアが喜んでくれると思う。家族を作る為にアグライアは下界に降りてきたから」

家族を作ってこの世界を共に堪能する。

アグライアと始めて出会った時に言っていた言葉。

「こんな薄汚い俺を拾ってくれたアグライアに俺は感謝していると思う。それに俺はアグライアの最初の眷属。主神の望みを叶えてあげたい」

その言葉に一驚するリューとティヒア。

ミクロ自身も最近までそんなことを考えたことがなかった。

だけど、ナァーザとの一件以来、そう思えるようになっていた。

まだ確かな決意も気持ちもわからない。

だけど、拾ってくれたアグライアに報いたいのは本当だった。

「では、いい冒険者依頼(クエスト)を選びましょう」

「私は別の掲示板に貼り出されている所を見て来るわ」

一驚して、微笑みながら先ほどよりも真剣に依頼書を見まわすリューとティヒア。

「だから何べんも言わせるんじゃねえよ!?」

掲示板に貼り出されている冒険者依頼(クエスト)を選んでいると突然の怒鳴り声が聞こえたミクロ達は声がした方に視線を向けると複数の冒険者達がギルドの職員に怒鳴り散らす様に叫んでいた。

「【リル・ファミリア】が俺達の武器を奪って行ったんだよ!あいつらがモンスターを引き連れてきたせいで俺達は武器を奪われただけじゃなく仲間が一人殺されたんだ!」

「モンスターを引き連れてきたのは【リル・ファミリア】の連中で間違いねえんだ!調べたらすぐにわかる!」

「ギルドの方からも調査してくれよ!?」

【リル・ファミリア】に糾弾を求める冒険者達。

「おやおや~、俺達の【ファミリア】の名前が聞こえましたね~」

その冒険者達の背後からやってきた人間(ヒューマン)の青年が率いる冒険者達。

「変な言いがかりは止してくだいさいよ。俺達は何にもしてはいませんぜ?」

「てめぇ……ッ!よくもぬけぬけと!」

下卑な笑みを浮かばせる一人の青年に冒険者は胸ぐらを掴むが青年は笑みを浮かばせたまま。

「おー、怖い怖い。そんなにも俺達を疑うのでしたら今からでもどうぞ我が【ファミリア】を調べてくださって結構ですよ?俺達はここを一歩も動きませんから」

笑みを浮かばせる青年に対して悔しそうに歯を食い縛る冒険者は乱暴にその手を離してギルドの職員に言った。

「聞いたろ?今からこいつらの【ファミリア】を調べてくれ」

「は、はい」

奥へと走って行くギルドの職員。

冒険者は青年を睨み付ける。

「万が一に俺達の装備が見つかった時は覚悟しとけよ」

「ええ、肝に銘じておきましょう」

余裕の笑みを浮かばせたまま了承する青年に冒険者は苛立ちながらその場を去って行った。

騒めくギルド内にミクロ達は冷静に冒険者達を見ていた。

「見つからないだろうな」

ぼそりとミクロはそう言った。

あれほどの余裕の笑みを浮かばせている青年を見てミクロは見つかることは万が一もないと思った。

隣にいるリューも訝しむように青年とその後ろに控えている冒険者達を見ていた。

五人組のパーティ。

恐らくパーティにリーダーであろう先ほどの人間(ヒューマン)の青年。

その後ろには男性の人間(ヒューマン)一人と犬人(シアンスロープ)二人、女性の小人族(パルゥム)が一人。

「ミクロはどう思います?」

隣にいるミクロに声をかける。

「見つからないだろう。それだけの余裕があるように見える」

青年の笑みを見て断言したミクロは近くにいたギルドの職員に【リル・ファミリア】のことについて尋ねた。

【リル・ファミリア】。

派閥の等級(ランク)はGで構成員が五人の探索系の【ファミリア】。

その団長を務める人間(ヒューマン)の青年、ランス・グリアスはLv.2の冒険者。

どこにでもある普通の【ファミリア】だったが最近は変な噂が流れていた。

ダンジョンで他の【ファミリア】の武具や道具(アイテム)を強奪する。

ギルドは一度は訴えに応じて【リル・ファミリア】の本拠(ホーム)の取り調べを行ったが強奪したであろう武具も道具(アイテム)も出てこなかった。

既に売られたと推測して調べたが足取り一つ見つかることはなかった。

故に証拠不十分とみなされ、ギルドは【リル・ファミリア】に罰則(ペナルティ)を与えることが出来なかった。

「……」

ギルドの職員からの情報を聞いたミクロは考えながらリュー達のところに戻る。

奪われた物が道具(アイテム)だけならまだ理解出来たが、奪われた中には大剣などの武器もあった。

隠すには難しい武器までもどうやって隠しているかが気になったがまだ自分達が被害が出る前に【リル・ファミリア】の情報が聞けただけでも僥倖だと思った。

「ミクロ。これはどう?内容も報酬もいいと思うけど」

一応警戒はしておこうと思っているとティヒアが持ってきた依頼書を見てその冒険者依頼(クエスト)を受けることにしたミクロ達はダンジョンに潜って何事もなく冒険者依頼(クエスト)をこなすことに成功した。

「特に問題はありませんでしたね」

何事もなく冒険者依頼(クエスト)が終わったミクロ達は本拠(ホーム)へと帰還しようと歩いていると微かにだけど路地裏の方から悲鳴らしき叫び声が聞こえた。

叫び声が聞こえた方に走るミクロ達はその場所へと到着するとそこには血塗れで倒れている男性冒険者達の中心に立っている一人の女性、狼人(ウェアウルフ)

倒れている男性冒険者の血を浴びたかのように赤い髪をした女性は睨み付けるようにミクロ達を睨んだ。

「あんたらもこいつらのお仲間か………?」

明らかな敵意を持って女性はミクロ達に襲いかかって来た。

「だったらさっさとくたばりな!」

襲いかかってくる狼人(ウェアウルフ)の拳や蹴り。

躱しながらミクロは気付いた。

この狼人(ウェアウルフ)は自分と同じLv.だと。

「ミクロ!」

木刀を持って戦おうとするリューを手で制してミクロは目の前の狼人(ウェアウルフ)と対峙することにした。

一対一(サシ)であたしとやり合うとはな!この馬鹿共と違っていい度胸だ!あんたがあたしに勝ったら何でも言うこと聞いてやるよ!」

更に激しい拳と蹴りが襲いかかってくるがミクロはそれを冷静に捌く。

確かに速い攻撃だと思ったミクロだが、普段から模擬戦で戦っているリューの方が速く、重い攻撃を何度も見て、喰らっている。

それに比べたら目の前にいる狼人(ウェアウルフ)の攻撃はどうということはなかった。

「チッ!少しは攻撃してきたらどうなんだ!?」

捌くばかりで攻撃をしてこないミクロに腹を立てて舌打ちをしながら拳があと少しでミクロの頬に当たると直前にミクロはそれを躱して自分の頬が当たるところに袋を投げた。

そして、狼人(ウェアウルフ)の拳がその袋に直撃する。

「~~~~~~~~~~ッッ!?!?!?」

袋から溢れ出た突然の悪臭に狼人(ウェアウルフ)は鼻を抑えるがあまりの悪臭に気を失い倒れる。

「ミ、ミクロ……」

その悪臭に後ろにいるリュー達も被害が及んだ。

特に犬人(シアンスロープ)であるティヒアはあまりの臭いに気を失った。

「こんな狭い路地裏で強臭袋(モルブル)を使うのは止めなさい」

しかめ顔で注意するリュー。

「大丈夫。すぐに臭いは消えるように改良した物だから」

モンスターとの遭遇(エンカウント)を回避するための道具(アイテム)である強臭袋(モルブル)を使用したミクロ。

鋭い五感を持っている獣人の狼人(ウェアウルフ)犬人(シアンスロープ)には効果は絶大だった。

「とりあえず彼女を連れてここを去りましょう」

「わかった」

急いでこの場から離れるミクロ達は狼人(ウェアウルフ)を背負いながら本拠(ホーム)へと帰還した。

 



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第16話

冒険者依頼(クエスト)の帰還途中で路地裏と戦った狼人(ウェアウルフ)の女性に強臭袋(モルブル)を使用して気を失わせたミクロは狼人(ウェアウルフ)を背負って本拠(ホーム)へと連れて行く。

気を失っているティヒアをリューが連れて行っている間にミクロはアグライアに事情を説明した。

「ダンジョンではともかく、地上で強臭袋(モルブル)を使うのは止めなさい」

「わかった」

狼人(ウェアウルフ)居室(リビング)のソファへと寝かせるミクロにアグライアはため息を吐きながら注意する。

強臭袋(モルブル)の悪臭を至近距離で嗅いでしまった狼人(ウェアウルフ)に少し同情しながらもそれを平然と使用するとはミクロらしいとアグライアは思った。

「……ん、あたしは確か……」

「目が覚めた?」

目を覚ます狼人(ウェアウルフ)にミクロは声をかけると急に胸ぐらを掴まれた。

「あんたなんてもん使うんだ!?」

道具(アイテム)を使っていけないとは言っていない」

「だからといってあたしの鼻を潰す気か!?」

胸ぐらを掴みながら怒鳴り散らす狼人(ウェアウルフ)に対してミクロは平然と答えた。

「ちょっといいかしら?」

とりあえずは落ち着かせようと声をかけるアグライア。

「あんた……神か」

「ええ、この【ファミリア】の主神であるアグライアよ。貴女の名前と【ファミリア】を教えてくれないかしら?」

「……名前はリュコス。リュコス・ルー。今日この都市に来たばかりだ」

「来たばかり?ということは都市外から来たの?」

肯定するかのように頷くリュコスは今までの自分の経由を話した。

強くなる為にリュコスは冒険者となった。

次々とモンスターや人と戦っているうちに周囲から同じ【ファミリア】からにも恐れられた。

最後は同じ【ファミリア】の団員から主神に退団して欲しいと懇願されてリュコスは【ファミリア】を追い出された。

主神から情けと言わんばかりに能力(ステイタス)は残してくれた。

追い出されたことに関してはリュコスは何とも思っていない。

むしろ清々した方だ。

いつも陰で愚痴を聞かされて鬱陶しく感じていた。

退団したリュコスは行く当てもなくせっかくだからダンジョンがあるオラリオへと足を運んだ。

「そんで都市内に入ってきたら変な奴らに絡まれたところを返り討ちにしている所にこいつに会ったのさ」

自虐気味笑うリュコス。

「リュコス・ルー」

そんなリュコスにミクロは声をかけるとリュコスはわかっているかのように立ち上がる。

「言われなくても出て行くよ。迷惑かけたな」

「仲間になって欲しい」

「はぁ?」

出て行けと言われると思っていたリュコスだが、それとは裏腹にミクロはリュコスに仲間になって欲しいと懇願した。

「あんた、私の話を聞いていたか?」

「聞いた。聞いた上で言ってる」

同じ【ファミリア】からも恐れられて追い出されたリュコスだが、ミクロにはそんなことどうでもよかった。

このオラリオではリュコスのような冒険者は珍しくもなかったからだ。

ミクロにとってリュコスは荒くれ者の冒険者の中でもまだマシな方だと確信があったからだ。

「後、勝負に勝ったから言うことを聞いてもらう」

そして、ミクロは路地裏でリュコスに勝利した命令権がある。

「なっ!?あ、あれは無効だ!」

「ルールは決めていない。何でも言うことを聞くとリュコスは言った」

「うぐっ」

「断ることはできない」

淡々と追い詰めていくミクロにリュコスは頭を悩ませた。

ミクロの言うことを無視するのは簡単だが自分が言ったことを守れないのはリュコスのプライドが許せなかった。

だが、このまま素直に仲間になることもリュコスは認めたくなかった。

「………ああ、入ってやるよ、条件付きでな」

「わかった。条件を呑む」

最後まで話を聞かずにあっさりと何も話していない条件を呑んだミクロにリュコスは笑みを浮かばせながら言った。

「一発あたしに殴らせろ。耐えることが出来たら仲間として認めてやるよ」

「わかった」

即答したミクロはリュコスの前まで来て足を止める。

「いつでもいい」

自分からリュコスの攻撃範囲に入って来たミクロに逆にリュコスが困惑した。

リュコスは近接戦闘が得意としている。

その範囲内に躊躇いも迷いもなく平然と入って来たミクロにリュコスは困惑した。

リュコスにとってミクロはまだ子供(ガキ)

わざわざ自分から痛い思いをするわけがないと踏んでいたリュコスにとってミクロの行動は理解が出来なかった。

「どうした?」

いつまでも殴ってこないリュコスにミクロは首を傾げる。

そこでリュコスは気付いた。

ミクロはリュコスは本気で殴ってこないと考えているのではないかと。

それならその迷いもない行動にも納得は出来た。

だからこそ、腹を立てた。

なめた真似をするミクロにリュコスは本気で殴る為、拳を強く握りしめる。

本気で殴って、ミクロ本人から仲間になるなと言わせて出て行こうと考えた。

「行くよ!」

ドゴ!と打撃音が部屋に響き渡り、ミクロは壁まで吹き飛ばされた。

手応え十分に加わり、出せる最大の力で殴ったリュコスは、後はミクロの口から出て行けという言葉が来るのを待っていた。

「これで条件成立」

だが、ミクロは何事もなかったのように立ち上がってリュコスに手を差し伸ばしてきた。

「これからもよろしく」

「あ、あんた、なんで」

「何で?殴られたら仲間になってくれるって条件。これは握手」

間違いなく自身の持てる最大の力で殴ったにも関わらず平然と立ち上がって握手を求めているのかリュコスにはわからなかった。

それどころか、ミクロから怒りすら感じなかったことに薄気味悪くなった。

「ミクロ。今日はもう遅いから自己紹介は明日にして今日はもう休みなさい」

「わかった」

アグライアの言葉に従って部屋を出て行くミクロ。

「……あれはなんなんだ?」

疑問を抱かずにはいられなかったリュコスはアグライアに問いかける。

「簡単に言えば、あの子は貴女以上に辛い思いをしてきた。痛みも苦しみも誰もが想像できない程辛い思いを」

アグライアは簡潔にミクロの過去をリュコスに話した。

それを聞いたリュコスは驚愕と困惑しかなかった。

「ミクロは今、仲間たちと一緒に成長している。もうミクロにとって貴女も掛け替えのない仲間だとミクロは思っているはずよ」

そんなリュコスにアグライアは言った。

「貴女が他の【ファミリア】に入りたいと言うのなら貴女の意志を尊重するわ。でも、ミクロは決して貴女を恐れないし、見捨てない。それだけは神である私が保証するわ」

「ハッ!あたしは見捨てられようが気にはしないけどね」

「リュコス。神に嘘は通じないのよ」

強気のリュコスに優しく微笑むアグライアにリュコスは気まずそうに頭を掻く。

「まぁ、【ファミリア】に入るかは置いといて今日は泊まって行きなさい。女性を夜中に出歩かせることなんてできないわ」

「……一晩世話になるよ」

宿泊の提案を出すアグライアの提案をしぶしぶ了承した。

時間はもう遅く今から宿泊施設を探すのは難しい。

それを知った上で提案したアグライアの意図に気付いたが野宿よりかはマシだと判断して一晩だけ、ミクロ達の本拠(ホーム)へと泊まることにした。

「部屋は余っていないから私の部屋にいらっしゃい」

アグライアと同じ部屋で泊まることにしたリュコスは床へ横になる。

アグライアは同じベッドで一緒に寝ようと言ったが神と一緒に寝るのは恐れ多かった。

「………」

転がりながらリュコスはミクロの事について考えていた。

殴られても平然としていたのはどうでもいいと思えるぐらい殴られる経験をしてきたから。

「初めてかもしれないね」

自分の手を見つめながら差し伸ばしてきてくれたミクロの手を思い出す。

リュコスは今まで強くなる為にモンスターを倒してきた。

だけど、そのせいで周囲から恐れられて、【ファミリア】から追い出された。

その自分にミクロは仲間になって欲しいと言った。

「………」

リュコスは眠りにつく前に一つの決断をした。

「……出て行くか」

隣で寝ているアグライアを起こさないように気を使いながら置手紙を残して部屋を出て行くリュコス。

「……世話になったよ」

小さくそう言ってミクロの本拠(ホーム)を出て行く。

「どこ行くんだ?」

「あんたかい」

本拠(ホーム)を出ると外にはミクロがいた。

「寝るように言われてなかったかい?」

「動く気配を感じて起きてきた」

路地裏で生活していたミクロは僅かな音や気配でも敏感に反応できるようになっていた。

だから、リュコスが本拠(ホーム)を出て行くことにいち早く気づくことが出来た。

「仲間になると約束した」

「ハッ、知ったことじゃないね。あたしがどこに所属しようがあたしの勝手だろう」

鼻で笑うリュコス。

「いいかい?約束なんてな、破る為にあるようなもんだ」

リュコスは本当はミクロがいる【ファミリア】に入ろうと考えていた。

だが、自分の性格は自分がをよく知っているからリュコスは去ることにした。

始めて仲間になって欲しいと言われ、手を差し伸ばしてくれたミクロに迷惑をかけないようにするためには去ることは一番の最善だと判断した。

「まぁ、精々頑張ることだね」

それだけ言って去ろうと足を動かすリュコスだが、ミクロはリュコスの前に立つ。

「なら、もう一度勝負」

「はぁ?」

「俺が勝ったら今度はちゃんとアグライアの【ファミリア】に入って欲しい」

「いや、だからね」

「俺が負けたらアグライアの【ファミリア】の入団を認める」

「おい」

勝っても負けても【ファミリア】に入団することは変わらない条件を出すミクロにリュコスは思わずツッコミを入れる。

「俺は本気」

真っ直ぐな目で本気と言われたリュコスは面倒そうに頭を掻きながら言った。

「どうしてあたしにそんなに拘るんだい?」

「わからない」

どうしてそこまでリュコスに拘るのかと問いかけるがミクロはわからないと答えた。

「わからずにあたしを入団させたいのかい?」

その言葉にミクロは首を縦に振った。

その反応にリュコスは困惑する。

だけど、このままではミクロは諦めることはないと思い、ミクロの勝負に応じることにした。

「わかったよ。ただし、あたしが勝ったら」

「入団を認める」

「おい、あんたが決めるな。あたしが勝ったら」

頭を掻きながら頬を少し赤くして小声で言う。

「……迷惑かけても文句は聞かないよ」

「わかった」

その言葉にミクロは頷く。

「ダンジョンで勝負しよう」

いつものリューの訓練に使用している五階層にある『ルーム』まで案内して、互いに距離を取ってルールを決める。

「どちらかが気絶、敗北宣言で勝敗を決める。魔法もスキルも何を使用してもいい」

「問題ないよ。勝つのはあたしだからね」

ナイフと梅椿を構えるミクロに対してリュコスは腰にかけている二振りのナイフを取り出す。

「【強さに焦がれよ】」

超短文詠唱の魔法を唱えるリュコス。

「【ビチャーチ】」

魔法を発動させるリュコスの全身に淡い赤色の粒子が纏わる。

「あたしが唯一使える強化魔法だよ。文句は聞かないよ」

「問題ない」

何をしてもいいルールを破っていない為、ミクロは指摘もせずにポケットからコインを取り出す。

「これが地面に落ちたら勝負」

「上等」

コインを上に弾いてミクロも戦闘態勢に入るとリュコスが不意にミクロに尋ねた。

「そう言えば、あんたの名前を聞いていなかったね」

「ミクロ。ミクロ・イヤロス」

「そうかい」

そして、コインが地面に落ちると同時に二人はぶつかり合う。



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第17話

新しく【アグライア・ファミリア】に入団することになったリュコス・ルーを連れてミクロ達は今日もダンジョン探索を行っていた。

17階層まで進んでいるミクロ達は襲いかかってくるモンスター達を倒す。

「セイッ!」

『敏捷』に秀でている狼人(ウェアウルフ)のリュコスは素早い動きでモンスターを翻弄させながらナイフと体術でモンスターを倒していると迫ってくるモンスターの匂いを嗅覚で感じ取り、それをミクロ達に知らせる。

「モンスターの大群が来るよッ!」

『ブモォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「ミノタウロスの大群!?」

二十は下らないミノタウロスの大群に驚愕するティヒア。

「リュー。魔法」

リューの横を通り過ぎながらそれだけを告げてミノタウロスの大群に突っ込む。

「【駆け翔べ】」

「【強さに焦がれよ】」

ミクロ同様にミノタウロスの大群に突っ込むリュコスも魔法を唱える。

「【フルフォース】」

「【ビチャーチ】」

互いに超短文詠唱を唱えて、ミクロは白緑色の風を身に纏い、リュコスは淡い赤色の粒子が纏わって自身を強化する。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

ミクロ達がミノタウロスの大群と戦っている時、リューは魔法の詠唱を唱えていた。

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

英雄支援(サーヴァ)!」

ミノタウロスと戦っているミクロにスキルを発動させてミクロの全アビリティを補正させてティヒアも負けじと弓を引いて矢を番える。

「【狙い穿て】」

超短文詠唱を唱えるティヒアの矢に茶色の魔力が纏う。

「【セルディ・レークティ】」

魔力を纏わせた矢は激しく動き回っているミクロ達には当てずに的確にミノタウロスだけを的中させる。

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人】」

ミクロ達を信じて、そして、守るためにリューの魔力が高まる。

「【空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ】」

その魔力の危険性を感じ取ったミノタウロスは目の前にいるミクロ達を無視してそれを止めようと動くがミクロ達がその行く手を阻める。

「【―――――星屑の光を宿して敵を討て】!」

詠唱が完了すると無数の大光玉を己の周囲に召喚した。

「ミクロ、リュコス。下がりなさい!」

リューの言葉にミクロ達はすぐにミノタウロスから離れる。

「【ルミノス・ウィンド】!!」

緑風を纏った星屑の魔法が発動する。

大光玉の一斉放火により、ミノタウロスは跡形もなく吹き飛ばされた。

そのあまりの威力にミノタウロスの魔石ごと爆砕し、肉体が全て灰と化す。

「………少々、やり過ぎました」

「これのどこが少々だい!?」

せっかくのミノタウロスの魔石ごと破壊してしまったリューに向けてリュコスは叫んだ。

「まぁ、でも、ドロップアイテムぐらいは拾っときましょう」

魔石の代わりに多少はあるミノタウロスのドロップアイテムを拾って今日のダンジョン探索を終わらせてミクロ達は自身の本拠(ホーム)へ帰還するべく地上を目指しているとリューが思い出したかのようにミクロとリュコスに問いかける。

「そういえば、この前のお二人の決闘は結局はどちらが勝ったのですか?」

「あたしだ」

「俺」

二人は同時に自分が勝ったと答えるとリュコスはミクロを睨む。

「あたしの勝ちだったろ?あんたのナイフよりあたしの蹴りが一手早く決まっていたじゃないか」

「蹴りは喰らったけどそれで倒れていない。その後、俺の攻撃でリュコスが倒れた」

「倒れはしたけど、すぐに立ち上がって今度はあんたがあたしの攻撃で倒れていたじゃないか」

「………結局どっちなのよ」

リュコスがミクロ達の本拠(ホーム)を出てミクロと決闘していることはリュー達は知っていた。

朝、大怪我を負って二人は本拠(ホーム)に帰還して、その怪我の経緯をリュー達は聞いていた。

「だいたいあんたの体は金属にでもできているのかい?蹴る度にあたしの脚が悲鳴を上げていたよ」

「昔から体は頑丈。でも、金属では出来ていない」

「………わかりましたからいい加減にやめなさい」

言い争う二人にリューは仲裁に入る。

地上に向かって歩きながら多くの冒険者達と擦れ違う中で前にギルドでもめ事を起こしていた【リル・ファミリア】の集団がいた。

だけど、互いに顔を合わせることもなく、ミクロ達は無事に本拠(ホーム)へと帰還して【ステイタス】の更新を行っていた。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.2

力:D524

耐久:C656

器用:B787

敏捷:B799

魔力:C641

堅牢:I

 

「………」

【ステイタス】の更新をしながらアグライアは改めてミクロの成長速度に口を噤む。

ミクロがLv.2になって約半年で異常なまでの成長を遂げている。

今日のダンジョンの報告でミノタウロスの大群と戦ったことは既にアグライアも知っている。それだけの大群と戦えば成長するだろうとは思っていたアグライアだったが、ミクロの異常な成長速度には何らかの秘密があるとしか思えなかった。

「……ねぇ、ミクロ。貴方は自分の両親について何か知ってる?」

「知らない」

血筋、体質にその秘密が隠されているかもしれないと思ったアグライアはミクロに両親の事を尋ねてみたが空振りに終えた。

アグライアは路地裏で出会った時からのミクロしか知らない。

「ミクロ。貴方の血を少し採らせてくれないかしら?」

「わかった」

小瓶を用意するアグライアにミクロはナイフで指を切ってその小瓶に血を採取する。

「ありがとう。貴方も少しはゆっくりしていなさい」

「わかった」

返事をして部屋を出て行くミクロにアグライアは思案顔しながらミクロの血が入った小瓶を見る。

「あの男に頼むしかないわね」

アグライアの頭の中で胡散臭い笑みを浮かべている男神。

裏が読めないあの男神に頼るのはアグライアは嫌だったが、それ以上にその男神の情報収集能力をかっている。

何らかの情報を持っているかもしれないと思ったアグライアは早速本拠(ホーム)を出てその男神を探しに行った。

「オラリオにいるかしら?ヘルメス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日のダンジョン探索が終えたミクロはリューを連れて北東のメインストリート。と次第二区画へと足を運んでいた。

武器の相棒とも呼べる武器を鍛冶師(スミス)に整備して貰う為に。

奥へと進んでいる中でミクロ達は一つの工房で足を止めて中へ入る。

工房の奥に進むとミクロ達は目的の人物である彼女を発見した。

「椿・コルブランド?」

「ん?手前に何かようか?」

人間とドワーフの『ハーフドワーフ』である椿にミクロは声をかけた。

【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブランドは声をかけられらミクロに首を傾げながら問いかけた。

「武器の整備をお願いしたい」

「あい、わかった。そっちのエルフも一緒でよいのか?」

「はい。私のも頼みます」

武器の整備の依頼を受注するミクロ達に椿も受諾してミクロ達の武器を手に取って右眼を細めて刀身を眺める。

「どちらも随分と使い込まれているのう」

ミクロ達の武器の粗っぽさと大事に使い込まれている大切さに椿は苦笑しながらそうつぶやいた。

「武器の整備には一日はかかるが、それでよいか?『ドロフォノス』と『疾風』」

「問題ない。『キュクロプス』」

単眼の巨師(キュクロプス)】という二つ名を神々から与えられている椿。

その二つ名を呼ぶミクロに椿は口を尖らせる。

「二つ名で呼ばないでくれ。怪物(モンスター)のようでその名前は好かん。手前は大いに不服だ」

「わかった、椿。俺もミクロでいい」

「うむ。では、ミクロ。明日のこの時間帯までには仕上げよう」

「わかった。明日のこの時間にまた来る」

武器を預けてミクロ達は工房を出ると椿は手に持っているミクロ達の武器を懐かしそうに眺める。

「手前が作った武器は良い者に巡り合えたようだな」

一言だけそう言ってすぐに整備に取り掛かる椿だった。

その一方でミクロ達は目的もなくただ歩いていた。

日が沈むまでの時間の間でミクロ達は何をしようかと悶々と考えていた。

「何をしましょう?」

「何をしよう」

基本的に鍛錬しか行わない二人は自身の娯楽について全くといっていいほど疎い。

鍛錬をしようも本拠(ホーム)では狭く、今からダンジョンに潜るのも気が引けた。

歩きながらどうしようかと考えているとミクロはジャガ丸くんを売っている露店を見つけて、二つ買ったミクロは一つをリューに渡す。

「ありがとうございます」

受け取ってジャガ丸くんを食べながらリューはミクロに尋ねた。

「ミクロ。どうして椿・コルブランドに武器の整備を?」

「これ」

リューの問いにミクロは自身が身に着けている装束とフードを見せる。

「これを作ったのが椿だから頼んだ。凄くいい防具だから」

軽薄そうに見えてかなりの防御力があるミクロの装束とフードにミクロは助かっている。

動きに支障も影響もない防具を作った椿なら整備を任せてもいいとリューに説明する。

「愛着があるのですね」

頷くミクロ。

「後、アリーゼが買ってくれたものだから」

「……そうですか」

今は亡き親友(アリーゼ)はどれだけ奮発してミクロの装備を揃えたのだろうという疑問が頭を過ぎる。

「大切にしたいと思う」

「ええ、大切に使ってあげてください」

微笑を浮かべながらリューはそう告げる。

不意にリューは初めてミクロと出会った日の事を思い出す。

あの時のミクロは正直薄気味悪かった。

何を考えているのかわからなかったミクロだが、今はこうして感情らしい感情を持つようになった。

それがリューは何よりも嬉しかった。



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第18話

「それじゃあ、近い内に18階層まで行くのね?」

尋ねるアグライアにミクロ達は頷く。

「今の私達の実力でしたら18階層まで無事に行けます」

今まで主に17階層まで無事に探索が進められているミクロ達はこれを機会に一度団員全員で18階層まで目指すことにした。

「そう、順調でなりよりだけど無理はしては駄目よ?特にミクロ」

「わかった」

一人だけ注意されるミクロは頷いて返答するが、アグライアは果たして本当にわかっているのか不安だった。

「ご安心を、アグライア様。私達も付いています」

「そうね。頼りにしてるわ」

リューの言葉に少しだけ安堵するとアグライアは壁の端で蹲っているティヒアとソファで頭を抱えているリュコスに視線を向ける。

「………大丈夫なのかしら?あの二人は」

「………時期に馴染むかと思います」

「【スターハウンド】と【クリムゾンウルフ】」

「言わないで!お願いだから言わないで!」

「言うんじゃないよ!!」

ぽつりと小さく言ったミクロの言葉に過剰に反応するティヒアとリュコスにアグライアは額に手を当てる。

「……結構いい二つ名だと思うのだけど」

三ヶ月に一度開かれる『神会(デナトゥス)』により、Lv.2のティヒアとリュコスの二つ名が決まった。

ティヒア・マルヒリー、二つ名【流星の猟犬(スターハウンド)】。

リュコス・ルー、二つ名【紅蓮狼(クリムゾンウルフ)】。

神々から与えられた痛い二つ名を聞いた二人は悶絶していた。

「リュー、アグライア。ティヒアとリュコスは何を嫌がっているんだ?」

しかし、ミクロには何で二人が悶絶しているのか理解出来なかった。

ミクロにとって二つ名はそういう名前を付けられた程度の認識しかなかった。

「貴方は知らなくていいのです」

「そうね。ミクロは今のままでいて頂戴」

「わかった」

二人の答えに頷くミクロはそれ以上は何も聞かなかった。

「それでは今日の会議(ミーティング)をしてからダンジョンへ向かいましょう。ティヒアもリュコスもいつまでも項垂れていないで準備してください」

「あんたらはいいよな……」

「まだ無理。恥ずかしい」

恨めしい声を出すリュコスに両手で顔を押さえるティヒアを見てリューは息を吐く。

二つ名に呼ばれ慣れているリューと何とも思っていないミクロ。

今だけはこの二人は心底羨ましかったティヒア達。

「今日は中止にする?」

二人の様子を見てミクロは今日のダンジョン探索を中止にしようかと提案をするがリューは首を横に振った。

「大丈夫でしょう。もう少ししたら慣れてくるはずです。ミクロは先に準備をしていなさい」

「わかった」

装備を身に着けるべく先に居室(リビング)を出て行くミクロ。

少し前に椿に武器の整備を頼んだ武器と道具(アイテム)回復薬(ポーション)を装備する。

それから少ししてから立ち直ったティヒア達と会議(ミーティング)を行ってダンジョンへ出発する。

「いってらっしゃい」

「行ってきます」

主神であるアグライアに挨拶してミクロ達は本拠(ホーム)を出て行く。

「そろそろ出てきたらどうなの?ヘルメス」

「おや、気付いていたのか?」

ミクロ達を見送っているアグライアは背後で隠れている男神ヘルメスに声をかけた。

「わかるわよ。それより私が頼んだ事は」

「もちろん。それを報告しに来たんだがここではなんだ。中へ入れてはくれないか?」

飄々と笑みを絶やさず中へ入れて欲しいと頼むヘルメスにアグライアは嘆息しながらもヘルメスを本拠(ホーム)へ案内した。

「それで?どうだったの?」

居室(リビング)へ連れてきたアグライアは早速と言わんばかりにヘルメスに頼んだミクロに関する情報を聞き出そうとしたがヘルメスは手で制した。

「そう慌てなくても教えるさ。だけど、その前に一つ聞かせて欲しい」

「何?」

「今から話すことを聞いても貴女はいつもと変わらずにミクロ・イヤロスに接してやれるかい?」

「当然よ。例え、ミクロにどんなことがあろうとミクロは私の大切な家族よ。それは変わることはないわ」

ヘルメスの問いにアグライアは断言した。

その言葉を聞いたヘルメスの表情から笑みは消えて真剣な表情で頷く。

「わかった。なら話そう。と言ってもあまりいいものではないが。アグライアは【シヴァ・ファミリア】のことについて知っているか?」

「シヴァ?あの破壊バカの?あいつのことは神界で知っているけど【ファミリア】を作っているとは初耳ね」

「正確には作っていたが正しいけどね。【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】によって滅ぼされた。最悪の【ファミリア】だ」

「え?」

ヘルメスの口から聞こえたその言葉にアグライアは一驚するがヘルメスは語る。

「今から十二年前にゼウス・ヘラの両方に【ファミリア】に滅ぼされた【シヴァ・ファミリア】はゼウス・ヘラ劣らずの勢力を持っていた。だが、主神であるシヴァのある計画が公になり、ゼウス・ヘラの両方の【ファミリア】によって壊滅された」

「ある計画……?」

「オラリオの破壊さ」

淡々と告げられるその事実にアグライアは目を見開くがヘルメスは構わず話を続けた。

「今となっては何故オラリオを破壊しようとしていたかは不明だけど、シヴァの子供達の多くは今もギルドで監禁されている。だけど、厄介なのは主神であるシヴァと団長であった【破壊者(ブレイカー)】の二つ名を持つ、へレス・イヤロスは今も捕まっていない」

「ちょっと待ちなさい。ということは」

ヘルメスは深刻な顔で頷いて言う。

「ミクロ君は【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供なんだ。それも団長であるへレスの」

「………」

アグライアは言葉を失った。

だけど、ヘルメスの話はまだ終わってはいなかった。

「【破壊者(ブレイカー)】、へレス・イヤロスはその名の通りモンスターだろうと人や物であっても破壊を最優先に楽しむことから付けられた二つ名だ。そんな奴に子供がいたとはオレも正直驚かされている」

椅子にもたれながら帽子をかぶり直すヘルメスだが、アグライアは一つ疑問があった。

「……もし、ミクロがシヴァの眷属の子供だとしたらどうしてミクロには『恩恵(ファルナ)』が刻まれていないの」

【ファミリア】内で子供が出来たら生まれた時にその【ファミリア】の『恩恵(ファルナ)』を刻まれる。

だが、アグライアが初めてミクロに出会った時からミクロの背中に『恩恵(ファルナ)』は刻まれていなかった。

「オレも調べはしたがそこまではわからなかった。神の気まぐれか、またはシヴァに何か考えがあったのかは」

疑問と困惑が渦巻くなかでヘルメスはポケットから一つの小瓶を取り出した。

「それは……」

「ああ、貴方が調べるように頼まれたミクロ君の血だ」

以前にミクロから採血した小瓶をテーブルの上に置くヘルメス。

「いいかい?アグライア。オレは今から突拍子もないことを言うが驚かないで聞いてくれ」

「……ええ」

「ミクロ君の血を調べてみたが、オレですら驚く事実が判明された」

「………なんなの?」

唾を飲み込み身構えるアグライアにヘルメスは口を開いてその事実を口にした。

「ミクロ君にはオレ達と同じ神血(イコル)が流れている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン16階層でミクロ達は順調にダンジョン探索を行っている。

「今日も17階層止まりだったかい?」

「はい。そこで今日は切り上げます」

モンスターを倒し終えて魔石とドロップアイテムを拾いながら今日の探索範囲の確認を取るリュコスとリュー。

「そこまで行ったのならそのまま18階層も行けるじゃないかい?」

「行けますが、それだと帰りの装備が心もとない。十分な準備を行ってから向かうべきだ」

「はいはい、と」

リューの言葉を聞き流しながら魔石を拾うリュコス。

すると、リュコスとティヒアはある臭いを感じ取った。

確認するように鼻を動かすリュコスとティヒアはそれが確信に変わるとミクロ達に告げる。

「モンスターの大群が近づいてきてるね」

「それも複数のモンスターと他の冒険者の匂いも」

その時だった。

すぐに野太いモンスターの雄叫びとミクロ達に近づいてくる冒険者の一団(パーティ)と大量のモンスターが姿を現した。

「【リル・ファミリア】」

モンスターに追いかけられている一団(パーティ)にミクロは見覚えがあった。

【リル・ファミリア】に所属している犬人(シアンスロープ)の二人がモンスターに追われている。

「ちょ、こっちに来てるじゃない!?」

「『怪物進呈(パス・パレード)』ですか」

他の冒険者にモンスターをなすり付ける。『怪物進呈(パス・パレード)』。

三十はいるモンスターの数にミクロ達は武器を構えて迎撃態勢を取り、ミクロとリュコスは互いに魔法を発動させようとした時。

「きゃっ!?」

ティヒアの悲鳴が聞こえて振り返ると【リル・ファミリア】の青年、ランス・グリアスと小人族(パルゥム)の少女がティヒアが背負っている荷物と武器を奪っていた。

「お前等押し付けろ!」

ランスの言葉にモンスターに追われている犬人(シアンスロープ)の二人はミクロ達の前で急に方向を変えてミクロ達にモンスターを押し付けた。

モンスターの狙いがミクロ達に変わり、逃げようとするランス達。

そこでようやく気付いた。

【リル・ファミリア】の他派閥の武具や道具(アイテム)の強奪の仕方。

怪物進呈(パス・パレード)』を利用した強奪方法に。

それに気づいたミクロの行動は早かった。

逃げようとする【リル・ファミリア】の犬人(シアンスロープ)の脚に投げナイフを投擲して動きを封じるとローブから『強臭袋(モルブル)』を取り出して襲いかかってくるモンスターに向けて投げた。

『――――――――――――ッッ』

悪臭を嗅いだモンスター達は言葉にできない悲鳴を上げて悪臭から逃げるようにミクロ達の前から去って行った。

強臭袋(モルブル)』はモンスターとの遭遇(エンカウント)を回避することが出来る道具(アイテム)

強烈な悪臭とモンスターにとっての毒を持つ臭い袋は人体にも有害なほど強力。

ナァーザが偶然に開発したその『強臭袋(モルブル)』はナァーザ本人が身を持ってその効力を知ったのはミクロは覚えている。

それだけ悪臭を放つ道具(アイテム)ならモンスターを追い払うのに使えると思ったミクロの咄嗟の判断が功を指したのかミクロ達は『怪物進呈(パス・パレード)』に会うことなくモンスターを退けることが出来た。

「よし」

「よし、じゃないよ!?」

モンスターがいなくなったのを見て安堵したミクロの頭をリュコスは殴った。

「あんな恐ろしいものを急に使うんじゃないよ!?前の経験がなかったらあたしはまた気を失っていたよ!」

以前に路地裏でその悪臭を至近距離を嗅いだことのあるリュコスはその時の経験を生かして咄嗟に鼻を押せて悪臭を回避した。

ティヒアも同様に鼻を押さえていた。

「問題ない」

リュー達が無事なのを見て何事もなくそう言うと犬人(シアンスロープ)に近づく。

「お前の仲間はどこに逃げた?」

荷物とティヒアの武器を奪った【リル・ファミリア】の一団(パーティ)は既にこの場所にいない。

広いダンジョンをやみくもに探すのは困難の為、ミクロは同じ【リル・ファミリア】の犬人(シアンスロープ)にナイフを向けて尋ねた。

「………」

答えない犬人(シアンスロープ)の顔を覗き込むと目を開けたまま気を失っていることに気付いたミクロは先ほどの『強臭袋(モルブル)』を嗅いでしまったことに気付いてナイフを犬人(シアンスロープ)の脚に突き刺して無理矢理意識を覚醒させた。

「ガァァッ!?な、なんなんだ!?お前は!あんな恐ろしいものを使いやがって!?」

刺された脚を押さえながらミクロに向かって叫ぶ犬人(シアンスロープ)

「お前の仲間はどこに逃げた?」

だけど、ミクロは犬人(シアンスロープ)の言葉を無視して淡々と問いかけた。

「ハッ、誰が教えるか―――」

その言葉の途中でボキという鈍い音がダンジョン内に響き渡る。

ミクロが犬人(シアンスロープ)の脚の骨を折った。

「ああああああああああああっっ!?」

「これでもうモンスターからも俺からも逃げられない」

悲鳴を上げる犬人(シアンスロープ)を無視してミクロは高等回復薬(ハイ・ポーション)を取り出す。

「喋るのならこれをやる。喋らないのなら痛めつける。どっちがいい?」

「わかった!話す!話すから!それをくれ!」

「喋るのが先」

高等回復薬(ハイ・ポーション)を取ろうとする犬人(シアンスロープ)からさっと避けて高等回復薬(ハイ・ポーション)を遠ざける。

「あいつらはランス達はまだこの階層にいる!いつも集まってから地上に向かっている!」

「お前達はどうやって盗んだ物を隠しているんだ?」

「俺達の仲間に収納魔法を持っている小人族(パルゥム)がいる!そいつの魔法でいつも隠してる!」

「なるほど」

【リル・ファミリア】に小人族(パルゥム)の少女は先ほどランスと一緒にティヒアから荷物と武器を奪っていった人物だと理解したミクロは高等回復薬(ハイ・ポーション)犬人(シアンスロープ)に口の中に無理矢理飲み込ませて飲んだのを確認してから今度は両足を折る。

悲鳴を上げる犬人(シアンスロープ)を無視してミクロは犬人(シアンスロープ)を背負う。

「道案内よろしく」

正直に案内しなかったら痛めつけると脅しながら背負うミクロはリュー達に視線を向ける。

「急ごう」

リュー達にそれだけを告げて犬人(シアンスロープ)の案内されながら走るミクロ達。

平然と脅迫行為をするミクロにティヒアとリュコスは顔を青くしていた。

「ティヒア、リュコス。ミクロは」

「わかっているわよ」

「ああ、これぐらいは覚悟していたさ」

ミクロの行動にリューは二人をどうにかしようと声をかけるが二人は首を横に振った。

「ただね、平然とあんなものを目の当たりにしたら血の気も引くよ」

ミクロの事情を知っている二人だが、それでもその光景を目の当たりにしたら嫌でも血の気が引いた。

「私達はミクロを見捨てたりはしない」

「それだけは確かさ」

「そうですか」

二人の言葉に安堵するリュー。

犬人(シアンスロープ)に案内されながらダンジョン内を走っているとミクロ達は【リル・ファミリア】を発見した。

「見つけた」

ミクロの声に反応してランスは声を荒げる。

「ハァッ!どうしてお前らがここに!?」

現れると思っていなかったミクロ達に声を荒げるランス。

ミクロは背負っている犬人(シアンスロープ)を下ろしてランス達に近づく。

「俺達の荷物とティヒアの武器を返せ」

「はぁ!?どこにそんなものが」

冷や汗を流しながらもしらを切ろうとするランスにミクロは小人族(パルゥム)の少女を指した。

「話はコイツから全部聞いた。その小人族(パルゥム)の魔法で隠していることも」

「チッ!おい、ディール!何話してくれてんだ!?俺達まで巻き込むんじゃねえよ!」

「し、仕方ねえだろ!喋らねえと俺は……ッ!」

「知るかよ!お前がどうなろうが関係ねえ!俺が儲かればそれでいいんだ!」

「下種が」

ランスとディールのやり取りにリューは目を細める。

リュコスもティヒアも臨戦態勢に入るとランス達は後退りする。

ミクロ達はLv.4のリューとミクロ達はLv.2に対してランス達はLv.2のランス以外はLv.1。

正面衝突したらどちらが勝つかは目に見えていた。

「ね、ねぇ、やっぱりこんなことはよくないよ。謝ろう」

ランスの服を掴みながら謝罪しようと懇願する小人族(パルゥム)

「こんなことやっぱりよくないよ。ちゃんと謝って罪を償って普通の」

「うるせぇんだよ!クソ小人族(パルゥム)!」

「あう!」

ランスは小人族(パルゥム)を殴る飛ばして胸ぐらを掴む。

「誰のおかげで冒険者になれたと思ってんだ!俺が主神に頼んでやったおかげで冒険ができていることを忘れてんじゃねえよ!恩知らずが!」

「で、でも」

「魔法にしか能のねえ。弱いお前は黙って俺の言うことを聞いていればいいんだよ!」

ミクロ達の視線は更に鋭くなったことにも気づかずランスは怒鳴り散らした。

「私は……もう嫌だ。これ以上、酷いことをしたくない!」

胸ぐらを掴みながらも小人族(パルゥム)は言った。

「………そうかよ」

その言葉を聞いたランスは縦穴に小人族(パルゥム)を放り投げた。

「だったら死ねよ」

冷酷に放ったランスの言葉を聞きながら小人族(パルゥム)は縦穴へと落ちて行く。

中層には数え切れないほどの縦穴が存在しており、飛び込めば一足飛びに下部の階層へと移動できる。

そして、最悪なことに小人族(パルゥム)が放り投げられた縦穴は。

「まずい!この下にはゴライアスがッ!」

誰よりも早くその事に気付いたのはリューだった。

17階層にいる存在している階層主であるゴライアスがいる縦穴へと小人族(パルゥム)は放り出されたのだった。

「ハハハハハッ!これで証拠も残りませんねぇ~!俺達に構っていたらあいつはゴライアスにぺしゃんこですよ!」

高笑いしながら吠えるランスを無視してミクロは迷うことなく縦穴へと飛び込んだ。

「っておい!たく!」

「ああもう!少しは迷ってよ!」

「行きましょう!」

ミクロに続いてリュー達も縦穴へと飛び込んだ。

その隙にランス達は逃走した。

小人族(パルゥム)が放り出された17階層。

そして、やってきたのは広大な、大広間。

階層主であるゴライアスがいる『嘆きの大壁』へとミクロ達はやってきた。

そして、バキリ、と壁に亀裂が走り、壁が崩壊していく。

ミクロ達は静かにその光景を見ていた。

壁から姿を現す七(メドル)を超える巨人。

迷宮の弧王(モンスターレックス)――――――『ゴライアス』。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

けたたしい咆哮をあげるゴライアス。

「【駆け翔べ】」

それに対してミクロは超短文詠唱を唱えた。

「【フルフォース】」

先陣を切るかのように白緑色の風を纏ったミクロはゴライアスに向かって駆け出した。

 



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第19話

本拠(ホーム)居室(リビング)でアグライアは先ほどまでいたヘルメスの話を思い出していた。

ミクロに神々と同じ神血(イコル)が流れているという衝撃の事実を聞かされた。

精霊の血が流れている人間の話なら聞いたことがあった。

だが、神の血が流れている人間の話は聞いたことはなかったが、それが事実ならミクロの成長に納得できるところがあった。

【ステイタス】には副次効果がある。

階位が上がった【ステイタス】厳密には昇華した『器』は衰えにくくなり、全盛期の期間が長くなる。

短絡的に言ってしまえば【ランクアップ】にすればするほど、神々に近づく。

その神の血が流れているミクロならその成長は普通の何倍も速いと推測できた。

前例がない神の血が流れている人間。

そして、ミクロが発現していた呪詛(カース)とスキルは路地裏での生活のせいではなく、シヴァの血が流れている証であった。

破壊を司る神、シヴァ。

其の力の一端を得てしまった人間(ミクロ)

何が目的で、どういう意図で人間であるミクロに自身の血を与えたのかは不明だったが、アグライアにそんなことは関係なかった。

何者であろうともアグライアはミクロを見捨てたりはしない。

「……シヴァ。貴方が何を企んでいるかは知らないけど、私の子に手を出すというのなら私は全力で貴方を止めてみせるわ」

子を守る為に、家族を守る為に、アグライアはそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

17階層の迷宮の弧王(モンスターレックス)『ゴライアス』に向かって白緑色の風を纏ったミクロは駆け出していた。

【リル・ファミリア】による『怪物進呈(パス・パレード)』を阻止することが出来たミクロ達だが、【リル・ファミリア】団長、ランス・グリアスは仲間の小人族(パルゥム)をゴライアスがいる階層に繋がる縦穴に放り投げて、ミクロは迷うことなくその縦穴に飛び込み、リュー達もそれに続いた。

そして、階層主であるゴライアスに向かってミクロは駆け出していた。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

ミクロに向かって拳を振り下ろすが、ミクロはその拳を躱して風の纏ったナイフでゴライアスの脚を切り裂く。

だが、大した傷を負わせることなくすぐに後退する。

「ミクロ!一人で行ってはいけません!」

「あたしも交ぜな!」

ゴライアスの公式(ギルド)推定はLv.4。

リューはともかくミクロ達はLv.2。

それも本来なら集団で挑むのが望ましい階層主相手にミクロ達はたったの五人。

絶体絶命に近い状況にミクロ達は立たされていた。

「リュー、魔法は?」

「ありったけの精神力(マインド)を使えば致命打は与えられますが……」

「決定打にはならないか」

広範囲かつ強力な魔法を放つことが出来るリューでも決定打にはならず、ミクロ達はどう立ち向かうかを思案する。

「私を囮にしてください!」

思案しているミクロ達に小人族(パルゥム)は自ら囮役を買って出た。

だが、ゴライアス相手に囮役になるということは自殺しに行くようなもの。

それを理解した上で小人族(パルゥム)は言った。

「こうなってしまったのも私のせいです!私が囮になれば貴方方なら」

「却下」

即答するミクロは小人族(パルゥム)に言った。

「俺はまだお前から謝罪を貰っていない。だから、死なせるようなことはしない」

「で、でも」

「断る」

今度は言い切る前に断った。

「大丈夫。俺達は死なない。生きて地上に戻って謝って貰うから囮にはさせない」

「そ、それでも!相手は階層主!どこにも死なない保証なんて……ッ!」

小人族(パルゥム)の言葉は正しいとミクロは理解していた。

ダンジョンではいつ、どこで、誰が死ぬのかはわからない。

それはミクロ達も例外ではない。

それも相手が階層主であればミクロ達の死ぬ確率は高い。

「いい奴だな、お前は」

だけどミクロはそんな理想論を言う自分は不思議と悪くないと思っている。

「自分の事より俺達の事を心配するなんていい奴だよ」

踵を返してミクロは再び風を纏う。

「俺は仲間を信頼している。そして、お前の事も信頼する。だから、俺の事を信じてくれ」

それだけを告げてミクロは再びゴライアスに向かって駆け出した。

「あたしも行くよ!」

赤い粒子を纏ったリュコスもミクロ同様に駆け出す。

「どうして?」

小人族(パルゥム)は意味が分からなかった。

つい先ほどまで酷いことをしたはずの相手をどうして信頼するのか。

どうして自分を囮にしようともしないのか。

「関係ないのですよ、ミクロには」

その意味をリューが諭す様に答えた。

「相手が誰だろうが、どのような人物であれ、ミクロには関係ありません。いい人ならミクロはいい人であり、信頼を寄せるというのなら信頼を寄せる。今のミクロに理屈はないのです」

木刀を片手にリューも駆け出そうと動き出す。

「ですが、ミクロの言う通り謝罪はしていただきます。そして、私も貴女に信頼を寄せましょう。残念なことにミクロは異性(ひと)を見る目がある」

苦笑しながらリューもゴライアスに立ち向かう。

「ミクロ!リュコス!魔法を使います!そのままゴライアスの意識を分散させてください!」

「わかった」

「あいよ!」

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

風を纏いゴライアス顔付近で動きわまりつつ牽制を繰り返すミクロとナイフと体術で足元から攻撃を繰り出すリュコス達を信じてリューは魔法の詠唱を始めた。

「お願い、私の武器を返して」

三人が戦っている中でティヒアは小人族(パルゥム)に懇願した。

「皆が戦っているのに私だけ何もしないなんてしたくない。私もミクロ達の役に立ちたいの」

「………」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「ぐっ!」

攻撃の衝撃を受けて体勢を崩すリュコスを踏みつぶそうとするゴライアスだがミクロは間一髪で助けることが出来た。

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

ありったけの精神力(マインド)をこれから放つ魔法に注ぎ込むリュー。

ミクロ達も懸命にゴライアスに立ち向かう。

「私も仲間を死なせたくない」

「【開くは隠し部屋の鍵】」

解除式を唱えた小人族(パルゥム)の前に現れたのはティヒアの相棒ともいえる複合弓(コンボジットボウ)

「ありがとう」

ティヒアはすぐに弓を構えて矢を番える。

「【狙い穿て】」

超短文詠唱を唱えながらティヒアはゴライアスの目に狙いを定めた。

「【セルディ・レークティ】」

魔力が纏った矢は寸分狂うことなくゴライアスの眼に突き刺さった。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人】」

悲鳴に近い叫び声を上げるゴライアス。

「【空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ】」

膨大とも言える『魔力』の規模はミクロ達が今まで感じたことのない程強力なものだとリューから感じ取れた『魔力』で理解出来た。

「さっきのお返しだよ!」

ゴライアスの腕を跳躍してゴライアスの顔面を蹴りつけるリュコス。

少し満足気味に笑みを浮かばせながらミクロに視線を向けると互いに頷いて後方に跳んだ。

「【星屑の光を宿し敵を討て】!」

魔法の詠唱が完了したリューの周囲に無数の大光玉が出現した。

「【ルミノス・ウィンド】!!」

緑風を纏った星屑の魔法が発動した。

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

一斉放火された星屑の魔法が次々にゴライアスに叩き込まれる。

体皮を破り、夥しい閃光を連鎖させた。

リューのありったけの精神力(マインド)を注いだ魔法。

それでもゴライアスを倒すことは出来なかった。

「……やはり、決定打にはなりませんか」

膝をつき、ボロボロになったゴライアス。

致命打を負わせることは出来たけど、倒すことは出来なかった。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

咆哮を上げて立ち上がるゴライアス。

同じ魔法を放てるだけの精神力(マインド)はもうリューにはなかった。

「……後は頼みました」

「わかった」

リューの横を通ってミクロはもう一度魔法を発動する。

「【駆け跳べ】」

「サーヴァ!」

魔法詠唱中にティヒアはスキルを駆使してミクロを支援。

「【フルフォース】」

再びミクロは白緑色の風を纏う。

「全開放」

だが、その出力は先ほどまでとは比べ物にならなかった。

普段、ミクロは魔法の発動を控えていた。

精神力(マインド)の消費、反動が激しい為に発動を控えて、一定以上の威力は出さないようにしていた。

だけど、それを今解禁した。

二つの属性を持つ付与魔法(エンチャント)

その効果、威力は二つの属性を持つに相応しい力を持っている。

風の力を使い天井まで飛び、着天。

白緑色の風を梅椿と足に纏わせて魔法を集中させる。

『―――――――ッッ!!』

刹那、ゴライアスは両腕を交差させて防御態勢を取った。

これから放たれるミクロの一撃を警戒して防御態勢に取ったのは本能がミクロの一撃を恐れたからだ。

「セイッ!」

『――!?』

だが、その両腕をリュコスが叩き蹴った。

「大人しくくたばりな!」

がら空きとなったゴライアスの(ボディ)に目がけてミクロは動いた。

『!!』

足と梅椿に魔法を集中させて一本の矢となり、重力も重なり合って閃光の如き速さでゴライアスの体を貫いた。

『――――――――』

体を貫かれたゴライアスは時間をかけてゆっくりと、溶けるように姿を消して灰へと姿を変えてその灰の上に魔石とドロップアイテム―――――『ゴライアスの歯牙』が残される。

しばらくの静寂の後でリューが微笑を浮かばせながら告げる。

「私達の勝ちです」

「シャッ!」

「やった!!」

疲労よりも歓喜の声を上げるリュコスとティヒア。

「嘘………」

今でもゴライアスを倒したことに驚きを隠せれない小人族(パルゥム)

最後の一撃を放ったミクロも魔法の反動を受けながらも小人族(パルゥム)に近づく。

「………」

何も言わないミクロは小人族(パルゥム)の言葉を待っていた。

「ごめんなさい………それとありがとう」

「ああ」

謝罪を受け取ったミクロは頷いて返答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上へと帰還したミクロ達の活躍は瞬く間にオラリオに知れ渡った。

たった数人でゴライアスを討伐した【ファミリア】。

小人族(パルゥム)の少女、パルフェ・シプトンは街中を歩きながらミクロ達の活躍を耳にしていた。

無事に地上へ帰還できたパルフェがいる【リル・ファミリア】はパルフェの帰還と同時に解散した。

パルフェは冒険者になることに憧れていた。

小人族(パルゥム)人間(ヒューマン)よりも劣る種族とされ、【ファミリア】に入りにくい。

偶然出会ったランスの誘いがあってパルフェは【リル・ファミリア】へと入団することが出来たが、パルフェが持つ収納魔法を知ったランスは冒険者から荷物を奪い、証拠をパルフェの魔法で隠して盗んだ物を売って金にするようになった。

始めは嫌がったパルフェだったが、ランスの言葉には逆らうことは出来ずに言われるがままに動いていた。

「これでいいよね」

地上へと帰還と同時にギルドに正式に謝罪して、今まで盗んだ【ファミリア】にも頭を下げて謝罪した。

【ファミリア】の解散は当然として、それぞれの団員、特に眷属の活動を放置した主神と実行を強制させていた団長にはきつい罰則(ペナルティ)が発生されて、主神であるリルはオラリオから追放。団長であるランスはギルドの牢獄に幽閉。

パルフェと残りの団員にも罰則(ペナルティ)は発生されたがほとんどの罪は主神が背負うことになり、罰金程度に済んだ。

罰を受けてこれでよかったと安堵するパルフェだが、今後の事を考えると頭が痛かった。

こんな小人族(パルゥム)を入れてくれる【ファミリア】なんて他にいない。

そう思っていると。

「いた」

「え?」

パルフェの目の前にミクロが現れた。

目を見開くパルフェを無視してミクロは手を握って動き出す。

「え、え、え?」

驚く間もないぐらいにどこかへと連れて行かされるパルフェ。

しばらく歩いているとミクロの動きが止まった。

「ここが俺達の本拠(ホーム)

「え?」

自分の本拠(ホーム)へと連れてきたミクロはパルフェに言った。

「俺の【ファミリア】に入って欲しい」

「え?」

突然の言葉に一瞬頭が真っ白になったパルフェだが、首を横に振った。

「私は貴方に迷惑をかけた」

「謝罪は貰ったから気にしていない」

「私は小人族(パルゥム)

「どうでもいい」

「……こんな私が入っていいの?」

「入って欲しい」

即答するミクロはパルフェに手を差し伸ばした。

「お前はいい奴だから入って欲しい。これからもよろしく」

「………はい」

差し出されたミクロの手をパルフェは両手で握った。

「……よろしくお願いします」

瞳に涙を溜めながらパルフェは【アグライア・ファミリア】へ入団した。



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第20話

ゴライアスを討伐して新たに【アグライア・ファミリア】に入団したパルフェ。

それから数日後にミクロ達の本拠(ホーム)の前に多くの亜人(デミ・ヒューマン)が集まっていた。

「ある意味絶景だね」

「そうね」

集まっている人集りを見て口角を上げるリュコスとそれに同意するティヒア。

人間(ヒューマン)、エルフ、犬人(シアンスロープ)狼人(ウェアウルフ)小人族(パルゥム)、ドワーフ、アマゾネス、半亜人(ハーフ)

多くの種族達が談笑、喧騒しながら本拠(ホーム)の前に集まっていた。

今噂されている【アグライア・ファミリア】に入団する為に。

「うわぁ……もうこんなにも集まっている」

「予想を上回る数だ。どうしますか?ミクロ」

予想をも上回る入団希望者に感嘆の声をあげるパルフェとどうするべきかとミクロに問いかけるリュー。

「全員は無理?」

「それは止めた方がいい。それぞれの【ファミリア】には独自の規律、特色があります。組織としてのしがらみも増えることがあります。この人数全員は止めた方がいい」

全員を入団という意見を止められたミクロは四十人は超えている入団希望者に視線を向ける。

【ファミリア】を結成してから入団者の募集はしていたミクロ達。

それをゴライアスを討伐した途端に溢れ出るぐらいの入団希望者が集まった。

だが、予想を上回った人数をどうするべきかとミクロは思考を働かせる。

「入団試験を行う?」

考えた案は入団者に試験を受けさせて数を減らす試験。

その案をリュー達に提案する。

「それは構いませんが、内容はどうするのですか?」

「模擬戦にしないかい?根性ある奴を入れさせようじゃないか」

「私はアグライア様が一人一人面接して決めて貰ったほうがいいと思うけど?」

「私は……特にないかな?」

それぞれの案が出て、どうするかを考えるミクロ達。

「アグライアはどうする?」

ソファで本を読みながら寛いでいるアグライアに声をかけるミクロにアグライアは本を閉じて視線をミクロ達に向ける。

「そうね、悪い子は入団させる気はないけど、ここは覚悟を問いかけてみましょうか」

微笑を浮かばせながらアグライアはミクロに言う。

「ミクロ。貴方のやり方で構わないわ。集まっている子供達の覚悟を見せて頂戴」

「わかった」

了承したミクロは本拠(ホーム)を出て集まっている入団希望者達の前に立つ。

現れたミクロに騒めき、視線をミクロに向ける。

「俺はミクロ・イヤロス。今日は集まってきてくれてありがとう」

一礼しながら名を告げる。

「これから入団試験を行う。覚悟のある奴は残れ」

入団試験、という言葉にざわめきが増す入団希望者達だが、ミクロはそのざわめきを気にも止めずにナイフを取り出して自身の手に突き刺した。

『―――――――ッ!?』

突然の自傷行為に入団希望者達だけじゃなくリュー達までも目を見開く。

突き刺した手から流れる血を見て顔を青ざめる者もいるなかでミクロはナイフを抜いて突き刺した手を見えるように入団希望者の方へ向ける。

「この程度の傷で怖がるようなら帰った方がいい」

淡々とした口調でミクロは入団希望者達に告げる。

「冒険者は常に危険が付きまとう。いつどこで命を失ってしまうかわからない。運よく生き残れてもその先一生不自由に過ごすこともある」

ミクロは語る。

ダンジョンの恐ろしさを。

冒険者とはどのような職業なのかを。

今まで自分が経験したことの一端を入団希望者の前で語る。

「もう一度言う。覚悟のある奴だけは残れ」

ミクロの言葉に多くの入団希望者達は言葉を失った。

多くは夢や希望を自身の胸に掲げて【ファミリア】に入団しようと足を運んだ。

だが、その夢と希望をミクロが壊した。

現実を叩きつけた。

静まり返った空間で一人が去り、また一人と去って行く入団希望者。

それを見守るミクロ達。

そして、残ったのは最初に集まった数の半数。

全員がじっとミクロに視線を向けるなかでミクロは血が流れていない方の手を入団希望者達に差し伸ばす。

「ようこそ。【アグライア・ファミリア】へ」

残った半数は【アグライア・ファミリア】に入団した。

それでも二十人の入団者が決まり、ミクロ達の【ファミリア】は一気に大きくなった。

その後、アグライアは入団者に『恩恵(ファルナ)』を刻み、一時解散させた後でミクロ達は居室(リビング)に集まる。

「これからのことについて話し合いましょう」

改めて新しくなった【ファミリア】。

今後の活動、方針など話し合わなければならないことは山ほどあった。

「そうね。まずは本拠(ホーム)の増築かしら?」

今いる人数でやっと過ごせている今の本拠(ホーム)にあと二十人住むことは難しい。

増築もしくは新しく建て直すか。

「それもいいけど、まずは新人の実力を見る必要があるんじゃないかい?それによって探索範囲を考えないいけないじゃないか」

「それなら新人の装備もある程度は揃えた方がいいと思うけど?」

「【ファミリア】の方針はどうするの?」

それぞれ纏わりのない案を出しながら話し合いが続く中で現在反省中で床に正座しているミクロが皆に言った。

「【ファミリア】のエンブレムと団長は誰がするんだ?」

「団長は貴方ですよ、ミクロ」

「それにエンブレムはもうできているわ」

ミクロの案を即答で返すリューとアグライア。

「私達は別の【ファミリア】から来た者ばかりだ。だから、団長は貴方に相応しい」

「そうそう、あんたがやりな」

「副団長はリューでいいでしょう」

「私も団長はミクロがいいと思う」

驚くほどあっさりと団長と副団長が決まり、アグライアは一枚の用紙を皆に見せる。

「これが私達のエンブレムよ」

一枚の用紙に描かれていたのは光を背に立つ戦士のエンブレム。

その戦士が誰なのかリュー達はすぐに気付き苦笑を浮かべていた。

「いいエンブレムですね」

「もちろんよ。ずっと考えていたんですもの」

褒め言葉に胸を張るアグライア。

「後、方針に関しては私からは特にないから自由に決めても構わないわ。貴方達も、入団してきてくれた子達も皆、私の家族。仲良くできたらそれ以上に言うことはないわ」

笑みを浮かばせながら告げるアグライアにミクロ達は頷く。

「それと後で全員、私の部屋に来なさい。パルフェ以外ゴライアスを倒してから一度も【ステイタス】を更新していないのだから」

「わかった」

全員が頷くのを確認したアグライアは一人、居室(リビング)から退室していく。

「……話すべきかしら」

額に手を当てながら息を吐くアグライアは悩んでいた。

ミクロの出生と【シヴァ・ファミリア】。

その事をミクロに話してもいいのか、このまま内密にしておくべきなのかを考えるアグライアだが、すぐに結論を出した。

「やっぱり、話すべきよね」

シヴァが下界にいる以上、ミクロとシヴァが遭遇しないという保証はどこにもない。

その時に真実を知らされるぐらいなら自分が真実を語った方がいいと判断した。

「意外と問題児ね、ミクロは」

微笑しながら自室へ向かうアグライアは続きが気になっている本の再読をしながらミクロ達を待っていた。

しばらく待っているとノック音が聞こえミクロが入って来た。

「終わった」

「そう、じゃ、ここにうつ伏せになってちょうだい」

ベットにうつ伏せになるように促すアグライアの言葉にミクロは従い上着を脱いで寝ころぶ。

【ステイタス】の更新を行いながらアグライアは覚悟を固めて口を開いた。

「ミクロ。実は貴方に大切な話があるの」

「何?」

アグライアは全てを話した。

ミクロが【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供だということも。

神血(イコル)が流れていることも。

ヘルメスと話したこと全てをアグライアは話した。

それに対してミクロは答えた。

「どうでもいい」

「え?」

恐ろしいほどあっさりした答えにアグライアは一驚した。

「俺はアグライアの眷属。それ以外何者でもない」

そのらしい答えに悩んでいた自分が馬鹿のように思えたアグライアは笑みを浮かべる。

「そうね。貴方は私の初めての家族ですもの」

抱きしめたい衝動を抑えながら更新に集中すると、【神聖文字(ヒエログリフ)】の羅列が一定の間隔で波打ち、発行していることに気付いた。

それに気づいたアグライアの指の動きが止まる。

「【ランクアップ】………」

【ランクアップ】可能だと知ったアグライアは目を見開き速すぎると思った。

Lv.が上がるにつれて【ステイタス】は伸びにくくなる。

ゴライアスという偉業を成し遂げたミクロ達であったが、ミクロはLv.2になってまだ半年と少し。

Lv.2の【ランクアップ】の時より速い昇格(ランクアップ)

そして、発展アビリティ欄に新たなアビリティが発現していた。

――――『神秘』。

『堅牢』とはまた違うレアアビリティ。

オラリオで五人もいないレアアビリティを発現していた。

神の十八番(おはこ)の『奇跡』を発動することが出来る。

「………」

普通ならお目にかかれないレアアビリティに喜びたいアグライアであったが、今回は素直に喜ぶことは出来なかった。

神血(イコル)が体に流れているミクロだからこそ発現してしまったアビリティなのか。

それとも、ミクロ自身の実力で発現したアビリティなのかを悩ませる。

「どうした?」

ミクロの声に正気に戻るアグライアは思考を切り替えてミクロに【ランクアップ】が可能なのと『神秘』の発展アビリティが発現していることを話す。

「じゃ、それで」

相も変わらず即決のミクロ。

こうしてミクロはLv.3へ【ランクアップ】を果たして『神秘』のレアアビリティを手に入れた。

その後もリュー達の更新を済ませるアグライアだったがリュー達は大量の【経験値(エクセリア)】は稼げたものの【ランクアップ】には届かなかった。

全員の更新が終えたアグライア達は全員居室(リビング)に集めてミクロがLv.3になったことと『神秘』のレアアビリティを手に入れたことを報告してコホンと咳払い。

「さて、【ファミリア】も改めて新しくなるから皆で宴を開きましょう」

その案にミクロ達は賛成して、団員を集めて『豊穣の女主人』で宴を開くことになった。

 

 



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第二十一話

「それでは【ファミリア】の新たな結成と団長、ミクロの【ランクアップ】を祝して乾杯!」

アグライアの言葉に新たに結成した【アグライア・ファミリア】の団員達はジョッキをぶつけあう。

二十を超える団員が酒場で有名な『豊穣の女主人』で宴を始めた。

酒を飲む者、料理を食べる者、騒ぎ合う者、談話する者、静かに賑やかな物を眺める者。

多くの団員達は楽しんでいた。

「さぁ、私の子供達!今日は騒ぎなさい!」

アグライアの言葉にどうするように更に勢いを増して騒ぎだす団員達に周囲の者は圧倒されながら小声で今、有名な【アグライア・ファミリア】のことを口にしていた。

たった数人での階層主、ゴライアスの討伐。

所要期間約半年でのLv.3に【ランクアップ】した団長、ミクロ・イヤロス。

畏怖、憧憬、疑惑、様々な視線を感じながらもミクロは気にも止めずにエールを飲む。

「ささ、団長。どうぞ」

「ありがとう」

人間(ヒューマン)の女性にエールを注がれて一口。

「はいはーい!団長の真似!覚悟のある奴だけは残れ」

団員の中にはミクロの真似をする者もいればそれに大笑いする者。

賑わっていると思いながら改めて団員達を眺める。

飲む、食う、笑う団員達の殆どはミクロやリュー達を中心に騒ぎながら話を振っていた。

新たな団員と飲み比べを始めるリュコス。

それを呆れるように傍観しながら団員達と談話しているティヒアとパルフェ。

杯を突き出されてそれを頑なに受け取らずに水を飲むリュー。

その光景を眺めながら微笑ましくワインを口にするアグライア。

「本当に賑やかだ……」

一年半前までの自分では想像もできなかった今の光景。

アグライアが手を差し伸ばしてくれた。

そのおかげで自分はこうして新しい仲間達と共にいられる。

今、胸にある感情は何なのかはまだわからない。

だけど、胸にある暖かい今の感情はミクロは決して忘れることはない。

騒がしく、賑やかな宴は閉店時間まで続き、その場で全員解散した。

酔い潰れたリュコスを抱えながら本拠(ホーム)に帰還したミクロ達も明日に備えてすぐに就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

中央広場(セントラルパーク)に【アグライア・ファミリア】の全員が集まっていた。

「総員、装備が整い次第、ダンジョンに向かう。俺、リュー、ティヒア、リュコスの四班に分かれてお前達の実力を見極めさせてもらう」

全員の正面に立ち告げるミクロの声に団員達の顔が険しくなる。

Lv.2以上の実力を持つミクロ達がそれぞれに分かれて指揮を取り、団員達の実力を把握する為の云わば新人教育を施す。

「金は一人十万ヴァリスまでなら俺が出すからしっかりとした装備を選ぶように」

金に無頓着なミクロは前のゴライアスを討伐するまで既に二百万ヴァリス以上の金が溜まっていることに気付いた。

どうせ自分は使わないのなら団員に使えばいい。

「今日は班で行動するが次からは自由に動いていい。単独(ソロ)でもパーティを組むのも自由だ。だけど、これだけは言っておく」

一呼吸おいてミクロは団員達に告げる。

「死ぬことを恐れろ、無謀をするな、俺のようになるな」

その言葉に誰もが息を呑み込む。

事情を知っているリュー達もその言葉の真意を理解している。

「以上だ。昼前にもう一度ここに集合次第、ダンジョンに向かう。解散」

武具を揃える為に歩き出す団員達。

その中でリューはミクロに駆け寄る。

「ミクロ。貴方は……」

「ああいった方が効果的だ。俺は約一年半でLv.3になった。死ぬようなこともあれば、無謀もよくしていた」

Lv.2になる時は強化種のオークを。

Lv.3になる時はゴライアスを。

普通なら死んでいてもおかしくないその状況下でミクロは生き残り、【ランクアップ】を果たした。

だが、その行為は自殺行為と言われてもおかしくない。その為にミクロは自分を反面教師として団員達に無茶も無謀もさせないように発言した。

「その度にリューによく怒られた」

「当り前です」

心配するこちらの身にもなって欲しい、と言うリュー。

「だから今のが一番効果的だ。ああ言えば無謀なことをしようとする奴も減るだろう」

自虐ではなくあくまで団員の事を考えての発言だと理解したリューはそれ以上は何も言わなかった。

それから他の団員達と共に装備を整えてから昼頃には班ごとに分かれてダンジョンに潜っていた。

ミクロが担当する班には大剣を抱える猪人(ボアズ)の男性、短剣を握り締める人間(ヒューマン)の少女、杖を持つ女性と弓矢を背負うエルフに男女、大槌を肩に担ぐドワーフと種族問わずの班でミクロ達は現在二階層に留まりながらゴブリンやコボルトを倒している。

猪人(ボアズ)のドアスとドワーフのカイドラが前衛でモンスターを相手にして、人間(ヒューマン)の少女、フールが中衛で取りこぼしたコボルトなどを倒し、男のエルフ、スウラが支援、女のスィーラが魔法で攻撃。

前衛、中衛、後衛とバランスとれたパーティ。

連携はまだまだだだが、パーティの利点を生かして上手く二階層のモンスターを倒している。

とはいえまだ二階層。油断は出来ないことを理解しながら周囲を警戒する。

「団長。そろそろ下の階に行かないか?」

「賛成じゃ、今の調子なら平気じゃろう」

前衛を務めているドアスとカイドラは三階層に進むように進言。

「お前達はどうする?」

「私達も大丈夫です」

スィーラの言葉に頷くスウラとフールを見てミクロは決断した。

「全員ポーションを飲んで今日は三階層で切り上げる」

「別にポーションを飲まなくても平気だぞ?」

「ダンジョンではその油断は命とりだ。敵はモンスターだけじゃない」

ダンジョンでは冒険者が冒険者を襲うということはよくある。

その警戒も含めて全員にポーションを飲むように進言する。

その言葉に納得したドアス達はポーションを飲んで三階層に向かって足を運ぶ。

三階層でも調子よくモンスターを倒すドアス達だったが、少しずつ動きが悪くなってきていた。

上層とはいえ、命を懸けた戦闘を繰り返しているのだが心身ともに疲労が襲ってくることはよくある。

ドアスとカイドラは武器を握り締めてはいるが肩で息をしていて取りこぼすモンスターも多くなってきていた。

フールも息が荒くなり、スウラの矢も当たらなくなったり、スィーラも精神力(マインド)が尽きかけて来ていた。

いくら『恩恵』があっても動き続ければ疲労も貯まる。

始めてダンジョンに潜るとしたら尚更だ。

切り上げようとした瞬間、ドアス達が一体のコボルトを取りこぼした。

フールは短剣を握り締めてコボルトに斬りかかるがコボルトは躱して爪でフールを斬りつけようと襲いかかる。

反射的に目を閉じてしまうフールだがいつまでたっても襲いかかってこない痛みに恐る恐る目を開けるとナイフを持ったミクロが目の前に立っていた。

「目を閉じるな。しっかりと見ていないと死ぬぞ」

「は、はい!」

注意してミクロの班はそこで探索を終えて地上を目指した。

ミクロが前衛に立ち団員達を守りながら地上へと戻って来たミクロ達は他の班が戻ってくるのまで待機しながら各自で今日の反省をさせる。

そこでミクロ自身は反省というより一つの疑問があった。

ミクロは初日から平然と一人で三階層まで行き、数日には五階層から先に進んだ自分はおかしいのだろうかと。

今日のドアス達を見てミクロは不意にそう思った。

しばらくしてリュー達も戻り、各自しっかり休息を取るようにと言ってその場で解散した。

ミクロ達も本拠(ホーム)に戻って今日の事を話し合った。

「どうだったかしら?」

「普通?」

「ええ、普通です」

「三階層止まりでしたよ」

「私の班も同様にね」

誰もが三階層辺りで疲労が見え始めてその場で切り上げて地上に戻って来た。

既に中層まで行ったことのあるパルフェ以外の殆どは素人同然の者が多く、それが普通なのだとリューは言う。

「さて、ではこれからの私達の事ですが、何人かをサポーターとしてついて来てもらい、19階層に向かおうと思います」

19階層まで向かう案を出すリュー。

本来ならいつもの中層止まりにしようと考えていたが、ミクロが【ランクアップ】を果たしたおかげで少しは先へと足を運んでも大丈夫だと判断した上でミクロ達に提案した。

「サポーターがいなくてもパルフェの魔法があればいいじゃないのかい?」

「私の魔法は魔力によって上限があるから沢山は無理なの」

収納魔法を持つパルフェだが、上限がある為一度に大量の荷物を収納することはできない。

だからある程度の荷物を持つサポーターが必要だった。

「私は賛成。とにかく今はお金を稼がないと」

新人の武具の整備、ギルドからの税金の徴収、本拠(ホーム)の増築などととにかく金が要る。

19階層からは道具(アイテム)の原料となる物も多く持ち帰れば高く売れる。

戦闘を最小限に避けて道具(アイテム)の原料を集めて持ち帰っても金が多く手に入る。

「俺も賛成。【ランクアップ】した今の体のズレを直したい」

激変した身体能力を確かめる為にも場数が必要なミクロもリューの案に同意。

「それでは明日何人かに声をかけて明後日には出発しましょう」

ミクロ達も次に向けて行動を開始する。

 



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第二十二話

ミクロ達は新たな到達階層である19階層を目指していた。

実力と対策を十分に考慮して前衛をミクロとリュコス、中衛をリュー、後衛をティヒアを隊列を組み、パルフェと数人の団員はサポーターとして行動していた。

中層の16階層のモンスター達がミクロ達を襲っては来るが【ランクアップ】を果たしてLv.3になったミクロと十分な実力を持っているリュコスの二人で十分事足りていた。

新しく入ったサポーターとしてついて来た新人冒険者のフールとスィーラは改めて主力戦力であるミクロ達の実力に驚かされる。

「行こう」

魔石を拾って足を進めるミクロ達は前に討伐したゴライアスの階層を超えて18階層に辿り着いた。

「ここが18階層……」

18階層に初めて来たティヒア達はその光景に目を輝かせる。

「少し休憩」

モンスターが産まれない安全階層(セーフティポイント)である18階層で小休憩を取るミクロ達はその場で腰を下ろして休息を取る。

「ミクロ」

「アリーゼ達によろしく」

【アストレア・ファミリア】の墓参りに行こうとするリューにミクロは間髪入れずに答えるとリューは頷いてその場を離れていく。

「ミクロ、リューは?」

「墓参り」

尋ねるティヒアはミクロの言葉に納得する。

ミクロもその場に座ってポーションを飲み、失った体力と精神力(マインド)を回復させる。

リューが戻ってくるまで休息を取るとミクロ達はリヴィラの街へ足を運ぶと(リヴィラ)の住人達が武装をして騒いでいた。

「おお、ミクロじゃねーか!?」

「あ、ボールス」

「相変わらず敬語を使わねえガキだな」

眼帯をつけた大男のボールスがミクロに歩み寄る。

「聞いたぜ。Lv.3になったんだってな。それに……」

視線をリュー達に向けるボールスは悪態をつくように舌打ちした。

「相も変わらず羨ましいガキだぜ、オメェはよ」

「?」

その言葉の意味に首を傾げるミクロは気付いていなかった。

リューを始めとする団員も普通以上の美貌の持ち主だということに。

その女性達に囲まれているミクロがボールスは羨ましかった。

「まぁ今はそれはいい。俺もLv.3になってこの街の大頭(トップ)になったんだがな、早速問題が起きやがった」

「問題?ポーカーに負けて借金が増えた?」

「ぐ、ま、まぁそれもだが………」

図星をつかれたボールスだが、それとは別の問題をミクロ達に話した。

19階層から出現する希少種(レアモンスター)である炎鳥(ファイヤーバード)が大量発生している。

火炎攻撃を行う鳥型のモンスターであり、18階層にまで被害が及ばないようにこれから(リヴィラ)の住人で討伐を行おうとしていた。

それにミクロ達も手伝えとボールスは言った。

「わかった」

どの道19階層に向かうミクロ達も他人ごとではない為、炎鳥(ファイヤーバード)の討伐に協力することにした。

「よーし!なら、着いてきな。火精霊の御衣(サラマンダー・ウール)はこっちで準備してやる」

意気揚々と他の住人達のところに案内するボールス達にミクロ達は黙って従い、(リヴィラ)の住人達と一緒に19階層に向かった。

 

『――――ゲェッ!?』

 

宙に浮遊しながらヘルハウンドを優に超える高出力の火炎放射を放つ炎鳥(ファイヤーバード)

だが、その火炎放射を放つよりも早くミクロはナイフで切り裂き、両断。

地面に着地をする前に近くにいた炎鳥(ファイヤーバード)の口を鎖分銅で巻き付けてそのまま着地と同時に地面に叩きつける。

動かなくなったのを確認してミクロは周囲を見渡す。

まだ複数の炎鳥(ファイヤーバード)が宙に浮遊して火炎攻撃を繰り返していたが、それぞれで対応しながら討伐をしている。

「セイッ!」

強化魔法で強化した身体能力を活かして壁を跳躍しつつ炎鳥(ファイヤーバード)を蹴り落とすリュコスやそれにトドメを刺すパルフェ達。

追尾属性の魔法を持つティヒアも的確に急所に狙いを定めて浮遊している炎鳥(ファイヤーバード)を倒していた。

圧倒的速さで次々に炎鳥(ファイヤーバード)を倒すリュー。

(リヴィラ)の住人含めてこの場で一番Lv.が高いリューがより多くの炎鳥(ファイヤーバード)を討伐していく。

今の調子で行けばそう時間もかからないで炎鳥(ファイヤーバード)の討伐は終える。

「………」

問題はないと思いながらミクロは改めて【ランクアップ】をした今の身体能力を確認。

始めは感覚がおかしいと思ったところはあったが今は既に馴染んでいる。

【ランクアップ】した今の体に慣れて来ていたミクロだが、もう少し場数が必要と思い、もう一度、炎鳥(ファイヤーバード)に向かって跳躍する。

再び討伐を開始するミクロ。

あと少しで終わろうとしていた時、モンスターの雄叫びが聞こえた。

「おいおい!マジかよ!?」

叫ぶボールス達の視線の先には更なる炎鳥(ファイヤーバード)の大群。

四十はいるであろう炎鳥(ファイヤーバード)にボールスは一時撤退を伝えようとしたが、炎鳥(ファイヤーバード)の大群にミクロは駆け出す。

「【駆け翔べ】」

唱える超短文詠唱。

「【フルフォース】」

白緑色の風を纏ったミクロは風の力を使い飛翔、周囲の木々を利用しながら炎鳥(ファイヤーバード)に攻撃を開始した。

抑えているにも関わらず前よりも威力も効果も跳ね上がっていることに気付いたミクロは炎鳥(ファイヤーバード)を使って魔法の調整も行う。

白緑色の風を纏ったナイフと梅椿を炎鳥(ファイヤーバード)を薙ぎ払うように切り裂く。

一度に複数の炎鳥(ファイヤーバード)を薙ぎ払いながら威力の調整を確認すると、今度は白緑色の風を足に集中させて、更に加速する。

威力、効果、共に上昇を確認し終わり、炎鳥(ファイヤーバード)は悲鳴を上げることなく戦闘は終了した。

魔法の発動を解除してナイフと梅椿をしまう。

激変した身体のズレ及び魔法の調整を完了したミクロ。

これで問題なく動かせると納得する。

「ミクロ。怪我は?」

「ない」

心配そうに駆け付けるリューに問題なく答えるミクロは高等回復薬(ハイ・ポーション)精神力回復薬(マインドポーション)を飲んで回復。

「ティヒア達は?」

「彼女達も問題はありません。今は魔石とドロップアイテムの回収を行っています」

視線をティヒア達に向けるとリューの言葉通りに魔石とドロップアイテムを拾っていた。

「この後はどうする?」

「一度リヴィラの街に戻りましょう。そこで態勢を整えるべきだ」

「わかった」

改めて初めて来た19階層。

19階層から24階層の区域を『大樹の迷宮』と呼ばれて、中層までとは違い、巨大な樹の中を進むような通路となっている層域特有の植物群。

炎鳥(ファイヤーバード)の討伐と自身の身体の確認に集中していた為、よく周りを見ていなかったミクロは改めて中層とは違う階層なんだなと思った。

その時だった。

その僅かに気が緩んでいる所を狙ったかのように突如現れた蜻蛉型のモンスター、狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)がミクロに狙いを定めて金属質の射撃弾を発射。

「ミクロ!?」

炎鳥(ファイヤーバード)の討伐直後に気が緩んでいた瞬間を狙われたミクロにリューは叫び、身を挺してでも助けようと動く。

だが、間に合わずに狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)の射撃弾は直撃。

ミクロは後方にと吹き飛ばされた。

再び射撃弾を発射しようとする狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)を瞬殺したリューはすぐにミクロの傍に駆け寄ろうとするがミクロは何事もなかったかのように立っていた。

「ミクロ!怪我は!?」

「大丈夫。少し飛ばされただけ」

腹を擦りながら問題ないと答えるが、そんなわけがないと思ったリューはミクロの上着をその場で捲り上げて当たったであろう患部を見るが肌が少し赤くなっているだけで特に怪我らしい怪我はなかった。

怪我がないことに安堵しつつ疑問を抱くリュー。

直撃したら運が良くても骨は確実に折れてもおかしくない。

だが、本当に軽度で済まさせる程の傷しか負っていない。

「何やってんのよ?こんなところで……」

半眼で睨んでくるティヒアにリューは初めて気づいた。

ダンジョンの中とはいえ、今は大勢の冒険者達がこの場所に居合わせてその真ん中に等しい場所でミクロの上着を捲って周囲に晒している。

人だかりのなか、異性の肌を直視していることに気付いたリューはすぐに頬が赤く染め上がる。

「リュー?」

羞恥心が乏しいミクロは気にも止めてはいないが、潔癖で他者の肌の接触を容易に許さないエルフであるリューは違う。

異性の肌を見る。

それだけでリューにとっては羞恥心に等しい。

「す、すみません……」

「?」

手を離してミクロから離れるリューだが、何故謝ったのかとミクロは首を傾げる。

離れたところでリュコスやボールス達はニヤニヤと卑下に近い笑みを浮かべて、パルフェ達は苦笑を浮かべていた。

状況がよくわからないミクロはついでに先ほどリューが倒した狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)の魔石も回収して、道具(アイテム)の原料になりそうなものも採集した。

「【閉じるは隠し部屋の扉】」

収納魔法の詠唱を唱えるパルフェ。

すると、回収した魔石やドロップアイテムの下に魔法陣が出現して姿を消した。

パルフェの魔法で荷物を魔法でしまって、ミクロ達は一度18階層に戻って休むことにした。

「いやぁ、助かったぜ!ご苦労だったな、ミクロ!」

「ボールスも」

肩をバンバンと叩きながら労いの言葉を贈るボールス。

リヴィラの街の大頭(トップ)になって初めての異常事態(イレギュラー)に無事に完遂できたことに笑声を上げるボールス。

「お前のおかげで何とかなったぜ!これからもよろしくな!」

「報酬と街の宿の支払いをボールスが持つなら」

「ぐっ!」

何気にちゃっかりしているミクロにボールスは言葉を詰まらせる。

浅ましくも面倒事があればミクロを利用しよう考えていたボールスだったが、しっかりと釘を刺されてしまった。

ちくしょうと嘆きながら炎鳥(ファイヤーバード)の討伐の報酬をミクロに渡す。

「ああ、そうだ。ミクロ。19階層の食糧庫(パントリー)には行かねえほうがいいぞ」

「何で?」

「いや、俺もまだ詳しくは知らねえが、凶暴なモンスターがいやがるとかなんとかって『下層』から来た他の冒険者がいるとかほざいていやがったんだ。まぁ、気をつけろ」

「わかった。ありがとう」

忠告するボールスに礼を言うミクロ達は全員集まってこれからどうするかを話し合う。

「どうするんだい?もう一度下に行くかい?」

「今日は帰ろう」

もう一度19階層に行くかと尋ねたリュコスだったがミクロは地上へ帰還することを提案した。

戦闘と道具(アイテム)の原料の採集と金を稼ぐ。

目的は達成できた以上深追いはしないように必要以上に警戒と仲間(パーティ)の安全を考慮して発言した。

その案に誰もが首を縦に振って小休憩の後で地上への帰還したミクロ達は一日の成果を発表後にそれぞれの自室で休んでいる間、ミクロは19階層で採集してきた物を使って魔道具(マジックアイテム)の作製に取り掛かった。

『神秘』のアビリティを発現してから考えていた物があった。

これなら役に立てると思いながら『神秘』のアビリティと採集した物を使って一晩懸けて一つの魔道具(マジックアイテム)を作り出した。

「出来た……」

それが生まれて初めて物を作ったミクロの感想だった。

壊すことに長けているミクロにとって作ることは壊すことは異なる気持ちがあった。

だけど、それを正確に述べれる言葉が思い浮かばない。

いずれはその言葉がわかる日がくればいいと思った。

 



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第二十三話

朝日が顔を出していない時間からリューはいつものように木刀を振るい、毎日欠かさず鍛錬を行っている。

自己鍛錬を怠らないリューだが、今日はいつもより調子が良くない。

その理由は考えるまでもなくわかっていた。

本来ならミクロも一緒に鍛錬を共同している。

だけど、今日はまだミクロが来ていない。

いつもならリューが来るよりも早く自己鍛錬をしているはずがおらず、もう朝日が顔を出しているのにまだ姿を見せていない。

部屋に呼びかけようと思ったが、たまにはゆっくり休ませようと呼びかけることはしなかった。

日頃からミクロはよく頑張っている。

こういう日があってもおかしくはない。

「………」

そう自分に言い聞かせるが寂しいという気持ちを拭うことは出来なかった。

いつも共に行動していた相手が少しいないだけで鍛錬に身が入らないとは情けないと息を吐く。

これ以上は無駄だと思ったリューは早めに切り上げる。

「リュー」

切り上げようとした時にミクロが歩み寄って来た。

「ミクロ。寝坊ですか?」

「寝てない」

寝坊かと思ったが、寝ていないと答える。

いったい何をしていたのかと問いかけようとした時、ミクロが持っているロングブーツに目が移った。

翼がモチーフされているロングブーツを見て訝しげ視線を向ける。

「ミクロ、これは?」

「今できた魔道具(マジックアイテム)

当然のように答えるミクロに目を見開かせる。

ミクロには『神秘』のアビリティが発現しているのは知っていた。

いつかは作るだろうと思っていたリューだったがもう完成させたことに一驚した。

「あげる」

「え?」

完成した魔道具(マジックアイテム)を思わず受け取ってしまった。

だけど、受け取る理由がない以上返そうとする。

「作品名は『アリーゼ』」

返そうとする前にその言葉にリューの動きが一瞬で硬直した。

親友(アリーゼ)の名が使われている魔道具(マジックアイテム)

「完成した時に思いついたのがアリーゼの名前だった。多分、リューに使ってほしいと考えながら作ったせいだと思う」

「私に?」

頷くミクロ。

「リューはいろんなことを教えてくれた。遅くなったけどこれはそのお礼」

「―――!?」

思わず手で口を塞いだ。

湧き上がる感情を必死に抑え込む。

「感謝している、と思う。だからお礼」

綴る言葉にリューは卑怯だと思った。

リューはミクロに返しきれない程の恩がある。

礼を尽くすことはあっても返されることはない。

なのに、そんなことを言われたら受け取ることしかできなくなる。

「いつもありがとう、リュー」

日頃の感謝を込めて完成させた魔道具(マジックアイテム)

その真意が込められた贈物を無下には出来ない。

「………こちらこそありがとう」

「?」

何故礼を言われたのかわからないミクロは首を傾げる。

そのミクロを見てリューの唇が綻ぶ。

「いえ、気にしないでください。試してもよろしいですか?」

「問題ないはず」

早速魔道具(マジックアイテム)を身に着けると不思議と違和感がなかった。

「名前を呼んだら起動する」

「―――――『アリーゼ』」

名前を呼び、起動させるとモチーフにされていた翼が輝くと足元から風が吹き始める。

「跳んで」

ミクロの言葉通りに軽く跳躍すると足元から旋風が巻き起こる。

「もう一度」

宙に浮いているのにも関わらずもう一度跳べという言葉を信じて宙で足を踏み込むと宙を蹴って再び跳躍することが出来た。

何もないところ空中で更なる跳躍。

そこでミクロが作った魔道具(マジックアイテム)の能力を知ることができた。

ミクロが完成させた魔道具(マジックアイテム)、『アリーゼ』。

魔道具(マジックアイテム)から発せられる旋風を足場に宙を蹴って空を駆ける。

装備した者に空中移動を可能にさせる。

それがミクロが初めて作り上げた魔道具(マジックアイテム)

「凄い……」

感嘆の声を上げるリューは旋風を足場に何度も宙を蹴って疾走する。

既に本拠(ホーム)よりも高く跳んでオラリオが一望出来た。

しばらくして元の場所に跳び下りる。

ふぅと息を吐きながら視線をミクロに向ける。

「素晴らしい贈物。ありがとうございます」

「よかった」

満足そうにするリューを見てお礼が出来てよかったと安堵した。

「そろそろ朝食にしましょう」

「わかった」

アグライア達が起きる時間帯になったミクロ達は一度自室に戻ってから居室(リビング)で皆と食事を取りながら魔道具(マジックアイテム)のことについて話をしていた。

「リューだけずるい……」

「まぁまぁ」

不満を漏らすティヒアを宥めるパルフェ。

リュコスは特に興味もなく食事を進めている。

「ティヒア達の分も作るから問題ない」

元からティヒア達の分も作ろうと考えていた。

だけど、ティヒアが言うずるいはリューだけに作るという意味ではなかったが、それを口に出すことは出来なかった。

恨めしそうな視線をリューに向けながら食事に手を付けるティヒアにリューは申し訳なさそうにしていた。

「いいじゃない。いい物を作ってあげなさい、ミクロ」

「わかった」

談話しながら食事を済ませてミクロは一休みしてから回復薬(ポーション)の補充をする為、ナァーザに会いに行った。

回復薬(ポーション)二ダースと高等回復薬(ハイ・ポーション)精神力回復薬(マインドポーション)は一ダースずつ」

「うん、用意できてるよ……」

間延びした声で木箱のケースを持ってきたナァーザに金を渡す。

「後、【ランクアップ】おめでとう。少しサービスしといたよ」

「ありがとう」

おまけを頂いたミクロは礼を言いながら(ホルスター)から19階層で採集した物をナァーザに渡す。

「これでいい回復薬(ポーション)を作って」

「ん、頑張ってみるね」

コクリと頷くナァーザは今噂されているミクロにレアアビリティである『神秘』が発現しているのかと尋ねるとミクロは頷いて肯定した。

「レアアビリティだよね…?」

魔道具(マジックアイテム)も今朝作った」

約一年半でLv.3、レアアビリティ獲得、【ファミリア】の団長。

結成してから付き合いがあるからこそどれだけ成長したのかよくわかるが、もう色々含めて凄いとしか思いつかなかった。

「頑張ったね……」

だけど、そう思わせる程努力していることをナァーザは知っている。

頭を撫でるナァーザにそれを大人しく受け入れるミクロ。

「よく怪我してきた日が懐かしい……」

主にリューとの模擬戦でズタボロ状態で【ミアハ・ファミリア】へやってくる度に大慌てで治療していた日を懐かしむように何度も頷く。

そのおかげか今では大抵の怪我を見ても平然としていられるようになった。

「売り上げは良くなった?」

「ミクロ達のおかげで客足が増えたよ」

【アグライア・ファミリア】が懇意している【ファミリア】という理由もあり、少しずつではあったが客足も増えて来ていた。

「ミクロ、回復薬(ポーション)の補充か?」

奥の部屋から顔を出してきたのはナァーザの主神であるミアハ。

その問いにミクロは頷いて答えた。

「そなたの噂は私にも届いておるぞ。随分と立派になったものだ」

ミクロ自身も含めて【ファミリア】が大きくなった噂は零細ファミリアであるミアハ達にも届いている。

「リューや皆のおかげ。後、ナァーザの回復薬(ポーション)

治療、製薬共に世話になっているミクロ。

「うむ。そう言ってくれると私もナァーザも助かる」

嬉しそうに頷くミアハや尻尾を左右に振るうナァーザ。

ミクロ達のおかげで売り上げが上がり、客足も増えて借金も順調に返せている。

ミクロがいなければ今以上のジリ貧生活を送っていたかもしれない。

助かっているのはこちらの方だ。

 

「ふははははははははっ、邪魔するぞおおおおおおおおおぉー!!」

 

突然の大笑とともに、店の扉が蹴破られた。

「ディアン……!」

灰色の髪と髭を蓄える初老の男神、ディアンケヒトとそれに付き添う一人の少女。

「埃臭い店だ!この場にとどまっていれば体調を損なう、さっさと用件を済ませてやろう!」

ニヤニヤと嫌らしい笑みと尊大の目付きでミアハ達を挑発するような発言を述べる。

「何の真似だ、ディアン!今月の支払いは済ませているはずだ!」

「フン、今日は貧乏人共に用はない!」

憤るミアハだが、ディアンケヒトはそんなミアハを一蹴して視線をミクロに向けた。

「儂が用があるのは貴殿だ、【ドロフォノス】!アミッド!」

「はい」

付き添っていた少女、アミッドがミクロの前に立つ。

「貴方はミアハ様の【ファミリア】で回復薬(ポーション)をお買い上げになされているのは事実でしょうか?」

その問いに首を縦に振るう。

「失礼を承知で申し上げます。貴方方の【ファミリア】の今後を考えて私達の【ファミリア】で回復薬(ポーション)などを補充するべきです」

「「っ!?」」

アミッドの言葉にミアハとナァーザは恐れていた事態が起きたことに目を見開く。

「貴方方【ファミリア】は名を上げ、更なるダンジョン探索を行うとするのならより信頼と実績がある【ディアンケヒト・ファミリア】の物を選ぶべきです。【ファミリア】の団長を務める貴方ならその意味が分かると思いますが?」

アミッドの言葉は正しい。

この場にいる誰もがそう思った。

名を上げた【アグライア・ファミリア】。

その団長を務めているミクロ。

これからも探索を続けて行くというのならアミッドの言葉通りに【ディアンケヒト・ファミリア】の方が信頼も実績も品質も【ミアハ・ファミリア】とは比べ物にならないほど優れている。

【ファミリア】の更なる発展と団員の安全を考えれば誰もが【ディアンケヒト・ファミリア】を選ぶ。

「断る」

だが、ミクロは間髪入れずにそれを断った。

「………理由をお聞きしても?」

予想外な即答に一瞬驚かされたアミッドだがすぐに冷静さを取り戻して問いかける。

「お前、胡散臭い」

「なぬっ!?」

ディアンケヒトに指を指してはっきりと告げる。

「わ、儂のどこがっ!?」

胡散臭いのかと叫ぶディアンケヒトの頭から足先まで一通り見て。

「全部」

「ぬぐっ!」

呻き声を上げるディアンケヒトを無視してミクロはアミッドに言う。

「俺はミアハもナァーザも信用も信頼もしている。お前らのところは俺は知らないから信用も信頼もできない」

なるほど、とアミッドは冷静にミクロの言葉を捉える。

一理ある。

知らない所からこれを買えと言われても誰も買わない。

信用も信頼も全く築けていない相手の商品は買わないのは当然。

「貴方の考えはわかりました。では一度試しに私達の【ファミリア】にいらしてください。まずは私達の実績をお伝えしてその上で信用足るか検討を」

「必要ない」

またも即断するミクロは自身を指す。

「俺がこうしていられるのはナァーザの治療と回復薬(ポーション)のおかげだ。お前等の【ファミリア】程ではなくても十分な実績はある。ここに世話になっている俺自身がその証明だ」

「ミクロ……」

堂々と告げられた言葉にナァーザ達は嬉しかった。

「………」

口を閉ざしながら黙り込むアミッドは突然諦めるかのように息を吐いた。

「わかりました。それではこの話はなかったことにいたしましょう。ディアンケヒト様、どうやら無理のようです」

「お……おのれぇえええええええええええええええええええええええええええ!?」

諦めるように促すアミッドの言葉を聞いて、野太い叫び声が【ミアハ・ファミリア】の本拠(ホーム)に響き渡る。

悔しがりながら【ミアハ・ファミリア】を出て行くディアンケヒト。

一礼してから去って行くアミッドが出て行くのを見てミアハはミクロに声をかける。

「本当によかったのか?」

「あの神の魂胆がわかりやすかった」

「まぁ、そうであろうな……」

有名になってきているミクロとその【ファミリア】を引き寄せて更なる自身の【ファミリア】の発展とミアハの嫌がらせを兼ねていたとミアハ自身も何となくの予想はついていた。

だからミクロはディアンケヒトの事を胡散臭いと言っていたこともよくわかる。

むしろよく言ってくれたと褒めてやりたい。

しかし、アミッドの言葉も正しいかった。

昔ならともかく今の【ミアハ・ファミリア】は落ちぶれて、団員はナァーザ一人だけの零細ファミリア。

信用も信頼も寄せてくれるのは嬉しい。

頼りにしてくれているにも嬉しい。

だが、ミクロや【ファミリア】の枷になってしまっているのではないかと先ほどのアミッドの言葉にそう思わされてしまう。

拳を握り締めて言葉を発しようといた時、その手をナァーザが握った。

「ナァーザ……」

静かに首を横に振るナァーザはいつものようにミクロに声をかける。

「ミクロ。もっといい回復薬(ポーション)作れるように私も頑張るからね……」

「頑張れ。必要な物があれば取ってくる」

「ん、よろしく」

いつもと変わらない会話。

それを見てミアハは力を抜いて微笑を浮かべる。

眷属であるナァーザが前向きに努力しているのを見て気付いた。

また一から築き上げて行けばいいと。

眷属(ナァーザ)が頑張っているのに主神である自分が後ろ向きで考えてどうするのかと自身の喝を入れる。

「ミクロ。いつでも私達を頼ってくれ」

「もう頼ってる」

「そうか」

微笑しながらミクロとナァーザの頭に手を添える。

アグライアは本当に良き子と巡り合えたのだな。と思いながらミアハはどこか満たされた気がした。

その後、ミクロは買った回復薬(ポーション)を担いで本拠(ホーム)に戻ると本拠(ホーム)の前で先ほど会ったディアンケヒトがアグライアに向かって叫ぶように言った。

「アグライア!貴様に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込むぞ!」

「帰りなさい」

戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込もうとするディアンケヒトにアグライアは冷たくあしらう。

 



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第二十四話

戦争遊戯(ウォーゲーム)』。

対戦対象(ファミリア)の間で規則を定めて行われる、派閥同士の決闘。

その『戦争遊戯(ウォーゲーム)』をディアンケヒトはアグライアに申し込んだが、冷たくあしらわれていた。

「まったく、いきなりやってきて戦争遊戯(ウォーゲーム)だなんていったいどういうつもり?」

呆れるように息を吐くアグライア。

「フン!そんなもの決まっておる!貴殿の眷属が儂を侮辱した!その償いとして戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込んでいるにすぎん!」

「ただいま」

「あ、お帰りなさい、ミクロ」

「話を聞けぇぇぇええええええええええッッ!!」

興味も持たず帰ってきた子に視線も向けるとディアンケヒトは吠えた。

そのディアンケヒトの前にアミッドが立って自身の主神の代わりに説明をする。

「アグライア様。つい先ほど、貴方の団長であるミクロ・イヤロスさんが我が主神に侮辱の言葉を述べました」

「そうなの?ミクロ」

「事実を言っただけ。こいつ胡散臭い」

またもはっきりと告げる。

「そうね。でもね、いくら事実でも正直に言っちゃダメよ。胡散臭くても、ミアハの嫌がらせが趣味でも、その上負け犬根性が染みついていてもあれでも一応は神なのだから今度は遠回しに言いなさい」

「わかった」

「アグライア!貴様の仕業かッ!地上の子に変なことを刷り込ませるな!」

注意しながら神に対する言葉遣いを教えるアグライアにディアンケヒトは大声を上げた。

だけど、アグライアはディアンケヒトの大声を無視してミクロの頭を優しく撫でる。

一通り撫でると視線をディアンケヒトに向け直す。

「たかが子の言葉一つを受け入れないで戦争遊戯(ウォーゲーム)だなんて馬鹿げているわ。それともそんなにも欲しいのかしら?ミクロが」

一笑しながら心を見透かすかのような発言にディアンケヒトは眉根を寄せるがすぐに笑みを浮かべた。

もう隠すこともないかのように。

「バレていたとは已むを得ん!その通りだ!貴様の眷属である【ドロフォノス】が『神秘』のアビリティを発現していると聞いたのでな、儂の【ファミリア】に加われば更なる発展が可能となる!」

恥じることもなく目的を語り始める。

「初めはミアハのところから引き抜いて徐々に協力関係を築き上げてからと思っておったのだが、もうそのような狡い真似はせん!さぁ、受けるがよい、アグライアよ!」

「ミクロ。回復薬(ポーション)の補充は終えたかしら?」

「問題ない。残りは倉庫に置いてくる」

「無視をするでないわ!!」

全くと言っていいほど話を聞いていなかった二人にまたも吠える。

そのディアンケヒトに疲れるように息を吐きながらアグライアは言った。

「そもそもこちらが受けるメリットがないわ。仮に受けたとしても貴方の子達では私の主戦力には勝てるわけないでしょう?貴方と所の子は確か団長はLv.3でそれ以上はいないのでしょう?」

【ディアンケヒト・ファミリア】の団長がLv.3で後は数人のLv.2を残して大半がLv.1.

例え、人数が上回っていたとしてもミクロ達の敵ではなかった。

「いい加減変な悪だくみはやめて少しでも真面目に生活してみなさい。貴方は腕は確かなのだから後は嫌がらせを止めて紳士的に振る舞えばミアハのようになれるはずよ」

「あのような貧乏人と一緒にするではない!」

犬猿の仲であるミアハと比べられることに憤る。

「それは子に不憫な思いをさせない為にでしょう?私も同じ立場ならそうしていたわ」

ミクロの頭に手を添えながら宥めるように告げるアグライアだが、ディアンケヒトの憤りは止まらなかった。

「それには儂も同意しよう!だからこそミアハの頼みを聞いてやった!だが、それでミアハがどうなろうとは別問題よ!」

眷属の為。という一点に同意してミアハの頼みを聞いたディアンケヒト。

だけど、法外な額を課せられた為にナァーザを残して残りの眷属はミアハを見限った。

そのことに関してはディアンケヒトに何の関係もない。

「貴様も【ファミリア】の主神であればミアハではなく儂の【ファミリア】を選んだらどうだ!?【ドロフォノス】が魔道具(マジックアイテム)を提供するというのであればこちらもそれ相応の物を提供しよう!」

「断るわ。ミアハは私の神友よ。見限る気も裏切る気もないわ」

即答するアグライアに歯を食いしばるディアンケヒト。

「それに私は別に名を上げるつもりで【ファミリア】を作った訳じゃないわ。子とこの世界を堪能する為に【ファミリア】を作っただけよ。後はミクロ達が頑張ってくれたおかげ」

「貴様も名を上げた【ファミリア】の主神なら自覚を持ったらどうだ!?いつまで落ちぶれたミアハの肩を持つ!?貴様まで落ちぶれたいのか!?それとも臆したのか!?戦争遊戯(ウォーゲーム)で眷属を失うのッ」

言葉の途中で喋るのを止めたディアンケヒト。

いや、喋ることを止められた。

喉元にナイフを突きつけているミクロによって。

「アグライアを困らせるな」

「………ッッ!?」

淡々と告げられた言葉に息を呑むディアンケヒト。

神は子の嘘を見破ることが出来る。

だからこそ、ミクロの言っていることが本当だとすぐに理解出来た。

「ミクロ。止めなさい」

アグライアの言葉にナイフをしまう。

「ごめんなさいね、ミクロは私や【ファミリア】の事を大切にしてくれているから。でも、今回はしつこい貴方にも責任はあるわよ、ディアン」

微笑を浮かばせながら言うアグライアにディアンケヒトは疲れを取るように息を吐く。

そんなディアンケヒトを見てアグライアは言った。

「でも、こちらにも責任もあるし、これ以上関わられるにも面倒だから受けてあげるわ。戦争遊戯(ウォーゲーム)

微笑を浮かばせたまま『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受諾した。

「でも、ミクロを改宗(コンバージョン)させる気はないわ。私達が負けたら魔道具(マジックアイテム)を無料で提供するわ。勝てば……そうね、本拠(ホーム)の増築分のお金を支払ってもらおうかしら」

眷属が増えて悩み種であった本拠(ホーム)の増築。

その分の支払いをディアンケヒトに支払うように言うアグライアにディアンケヒトは思案顔で勝負の内容を尋ねる。

「内容はどうする?」

兵力差はディアンケヒトが上回ってはいるがLv.差はミクロ達が有利。

目的であったミクロの改宗(コンバージョン)には失敗に終えたが魔道具(マジックアイテム)を提供するというのであれば問題はなかった。

だが、勝負の内容によって有利か、不利が左右される。

アグライアの口から一騎打ちなど少数での勝負方法を言ったら躊躇いなく反論する気だった。

「内容は貴方の戦える子全員とこちらはミクロ一人よ。ハンデぐらい付けてあげるわ」

だが、予想外の事をアグライアは口走った。

多対一の勝負内容を言うアグライアの表情からは焦りも不安もない。

「………」

【ディアンケヒト・ファミリア】で戦闘を行えるのは少なくとも三十人は超えている。

それにも関わらず自分から不利な条件を告げた。

「ふはははははははっ!!後悔してももう遅いぞ!いいだろう!勝負の内容はそれでこちらも問題はない!準備はこちらで全てしてやろう!」

豪快に笑いながら去って行くディアンケヒトと一礼して主神について行くアミッド。

二人を見送るとアグライアは息を吐いた。

「まったく。変わらないわね、ディアンは」

呆れながら『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に向けてこちらも色々準備しなければならないことがあると考えながらまずはするべきことを済ませることにした。

「ミクロ。貴方に罰を与えるわ」

神に向けた暴言、脅し。

主神の為とがいえ、本来ならそれだけでも重罪に課せられる。

だからアグライアは『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受諾して、不利な条件を自分から告げた。

ディアンケヒトはお調子者ではあるが、馬鹿ではない。

こちらが不利な条件はその事をなかったことにするという意味も込められており、ディアンケヒトもそれに察して条件を呑んだ。

だけど、ケジメはつけなければならない。

「わかった」

いつも変わらず平然と罰を受け入れるミクロにアグライアは告げる。

「貴方自身の望みを見つけなさい」

「望み?」

予想していなかった罰に首を傾げる。

「ええ、何を望み、何の為に戦い、それを欲するか。それを見つけなさい。期限は戦争遊戯(ウォーゲーム)終了までよ」

「………」

課せられた罰に思案する。

ミクロに与える罰は何の効果もない。

例え、拷問したとしても何食わぬ顔で平然としている。

望みらしい望みもなく、欲もない。

本来持っているべきものをミクロは持っていない。

だからこそこれを機会に罰を与えた。

与えられたものではない、ミクロ自身の望みを見つける。

「誰かと相談することも禁止にするわ。貴方自身で考えた答えを見つけてちょうだい」

戦争遊戯(ウォーゲーム)の準備をする為にその場から離れるアグライア。

ミクロは回復薬(ポーション)を倉庫に置いて街を歩きながら課せられた罰について思案していた。

「………」

街中を無言で歩きながら考える。

こうして普通の生活を送れているのはアグライアのおかげ。

アグライアがいてくれたからこそこうして自分がいる。

家族を作って世界を堪能する主神の望みに応えるのが眷属の役目。

でも、それは自分の望みではない。

全部がアグライアやリューが与え、教えてくれたこと。

「俺の……望み……」

地位、名誉、名声などに興味も感心もない。

金にも執着する理由がない。

あれこれと考えている内にミクロはバベル付近に到着してミクロはダンジョンに足を向ける。

久しぶりの単独(ソロ)のダンジョン探索。

ミクロは襲いかかってくるモンスターを撃退しながら足を進めると一つ気になったことを思いつき、襲いかかってくるゴブリンを蹴り飛ばした。

足を折って動きを封じて動かなくなるまで痛めつけてみた。

かつてされていた冒険者達の真似事をしてみたが特に何も思わなかった。

弱者を痛めつけるというものに何も感じなかったことを理解したミクロは下へと足を進める。

撃退しながら進んでいくと遂には18階層まで到達してしまった。

強くなっていることは理解出来た。

だけど、強くなることに喜びなどなかった。

18階層で小休憩していると前にボールスが言っていたことを思い出した。

19階層の食糧庫(パントリー)で凶暴なモンスターがいるという情報を思い出したミクロは早速19階層に向かった。

食糧庫(パントリー)に向かって動き出すミクロに襲いかかってくるモンスター達との戦闘を最小限に避けて目的地点である食糧庫(パントリー)に向かう。

『アアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

あと少しで到着するところでモンスターの咆哮(ハウル)が聞こえた。

そして、すぐに正体を現した。

尾を含めた全長、七(メドル)を超える体躯。

ダンジョンの中でも絶対数が少ない最上位の希少種(レアモンスター)と呼ばれる有翼のモンスター。

19階層から24階層に出現する、女体竜尾のモンスター『ヴィーヴル』。

竜の種族だけあって、非常に高い戦闘能力を有している。

それを証明しているかのように『ヴィーヴル』の足元には冒険者だったものが多く転がっている。

『ヴィーヴル』から発生する『ドロップアイテム』は鱗でも爪でも破格の額で取引され、その額にある紅石『ヴィーヴルの涙』は巨万の富が約束されているほど価値がある。

欲に目がくらんだ冒険者達は返り討ちにあったのだと理解したミクロはナイフと梅椿を構える。

「【駆け翔べ】」

高い戦闘能力を持つ『ヴィーヴル』相手に出し惜しみせず超短文詠唱を唱える。

「【フルフォース】」

白緑色の風を纏ったミクロは『ヴィーヴル』に向かって突貫した。

「全開放」

初めから全力を出すミクロ。

強敵との戦闘で興奮や高揚するのか。

勝った時の達成感や喜びがあるのか。

自分の全力を出し切っても勝てるかわからない相手に何を感じるのか。

それを知る為にミクロは『ヴィーヴル』に突貫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荒れ果てた食糧庫(パントリー)にミクロは辛うじて立っていた。

灰になっている『ヴィーヴル』とその『ドロップアイテム』である鱗を見つめながら『ヴィーヴル』との激戦を思い出す。

強かった。それだけは確かだった。

武器や道具(アイテム)だけではなく、魔法も呪詛(カース)もスキルも使い、血を流し、ボロボロになりながらもギリギリで勝利を掴むことが出来た。

持てる限りの力だけではなく、地形を利用したり、(トラップ)を張ったりなど体だけじゃなく頭も使いながら勝利を掴むことが出来た。

次は勝てないだろうと断言できる。

この一勝は運も含まれての勝利だと思った。

最後の高等回復薬(ハイ・ポーション)精神力回復薬(マインドポーション)を飲み干して補充は18階層でしようと考えながら魔石と『ヴィーヴルの鱗』を手に取る。

「………」

強敵である『ヴィーヴル』相手に勝利した。

全力を出し切った。

価値の高い『ドロップアイテム』も手に入れた。

それなのにミクロは何も感じることが出来なかった。

いや、一つだけ感じるものがあった。

スキルによる破壊の快楽。

だけど、これも与えられたものであってミクロ自身の感情ではない。

何も望んでいない、何のために戦っているかもわからない。何かを欲しいわけでもない。

与えられたものをこなしていただけだったと思った。

「君がここにいたモンスターを倒したのかい?ミクロ・イヤロス」

不意に声が聞こえた。

声の方に振り向くとそこには槍を片手に持つ小金色の髪をした小人族(パルゥム)とその後ろには道化師のエンブレムを掲げる一団がいた。

「【ロキ・ファミリア】」

二大派閥の一角がミクロの前に現れた。

【ロキ・ファミリア】の団長を務めている【勇者(ブレイバー)】のフィン・ディムナが笑みを浮かばせながらミクロに歩み寄る。

「ここで何があったのか詳しいことを僕達に教えてくれないかい?」

「わかった」

特にこだわる理由もなくミクロは首を縦に振った。



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第二十五話

自身の望みを知る為に『ヴィーヴル』を討伐したミクロの前に現れたのは道化師エンブレムを掲げる都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】。

【フレイヤ・ファミリア】と並ぶ二大派閥の一角であり、その団長を務めている【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナと対面する。

「ここではなんだ。取りあえずは18階層までついて来てはくれないか?」

その言葉に同意するように頷く。

どこからモンスターが出てくるかわからない今の場所より安全階層(セーフティポイント)である18階層で話をすることに反対する意見もなかった。

フィンの後を追うようについて行くミクロの先には多くの視線があった。

片目を瞑り観察するように見る【九魔姫(ナイン・ヘル)】。

荒れ果てた食糧庫(パントリー)を見て静かに髭を撫でる【重傑(エルガルム)】。

最大派閥の冒険者達に見られながら同行していると一人のアマゾネスが歩み寄ってきた。

「ねーねー、あそこにいたモンスターってなんだったの?」

「『ヴィーヴル』」

「嘘っ!?『ヴィーヴル』を一人で倒したの!?どうやって倒したの!?」

「頑張って倒した」

爛漫の笑みを絶やさず話しかけてくるアマゾネスにミクロはいつものように答えていると別のアマゾネスが歩み寄って来た。

「ティオナ。まだ『遠征』中よ。話は18階層に戻ってからにしなさい」

「え~、だって気になるじゃん!ティオネだってそうでしょう?」

顔立ちが似ている二人のアマゾネスにミクロは尋ねた。

「双子?」

「ええ、私は姉のティオネよ。それでこっちは妹のティオナ」

「よろしくね!」

「よろしく」

双子の冒険者ティオネとティオナに挨拶した。

そしてティオネの話を聞いてどうして【ロキ・ファミリア】が19階層にいるか理解した。

『遠征』の帰りに『ヴィーヴル』の叫び声でも聞こえて確かめる為に食糧庫(パントリー)までやってきたのだろうと推測した。

帰還中に襲いかかってくるモンスターを見ては会話を止めて跳び出していく二人。

更には狼人(ウェアウルフ)と同じ人間(ヒューマン)の金髪の少女、アイズ・ヴァレンシュタインまでも跳び出して瞬く間にモンスターを撃退していく。

ティオネやティオナも同様に狼人(ウェアウルフ)も自分と同じぐらいのLv.だと気づいた。

そして、アイズは自分より上のLv.4。

勇者(ブレイバー)】達だけではなくティオナ達も相当の実力者だと判明できた。

改めて【ロキ・ファミリア】の実力は本物だと理解した。

そして思った。

これだけの実力を目の当たりにしても妬みも嫉妬もない。

自身の無力さも感じない。

ただ噂通りの強さという認識しかできなかった。

自分自身は本当に何もない空っぽの存在なんだなと思った。

与えてくれたものに甘えて自分自身は何もしていなかった。

その考えすらもなかった。

俺の望みはなんだろうかとぼやきながら18階層に到着したミクロと【ロキ・ファミリア】一団はそこで休憩を取り、その間にフィンはミクロに声をかけて事情を聞いた。

『ヴィーヴル』がいたことと、討伐したこと。

それら全てを話した。

「そうか、よく単独(ソロ)で『ヴィーヴル』を討伐したものだ」

「運が良かった。次は無理」

称賛の言葉に対して謙虚ではない本当のことを言うミクロ。

死んでもおかしくはなかった激戦に勝ち残れたのは本当に運が良かっただけ。

次も同じように勝てる気はしなかった。

「俺からも一つ聞きたい」

「なんだい?答えてくれたんだ。こちらも出来る限りの質問には答えるつもりだよ」

「お前は何故戦う?」

ミクロはそう問いかけた。

【ロキ・ファミリア】の団長を務めているフィン。

そこまで上り詰めるにはそれ相応の何かがあるのではないかと踏んだミクロはそう問いかけた。

何を望んで都市最大派閥まで上り詰めたのか。

何の為にダンジョンに身を投じて戦っているのか。

何を欲してそこまでするのか。

主神であるアグライアには誰かと相談することは禁止されているが、問答なら問題ない。

自身の望みを、その答えを知る為にミクロは【勇者(ブレイバー)】に問いかけた。

「ミクロ・イヤロス。君は『フィアナ』という女神を知っているかい?」

その言葉に首を縦に振る。

小人族(パルゥム)の間で深く信仰されていた架空の女神『フィアナ』。

『古代』の英雄達、精強かつ誇り高い小人族(パルゥム)の騎士団、それが擬神化した存在。

だが、下界に降りてきた神々の中には『フィアナ』は存在しなかった。

それにより心の拠り所を失った小人族(パルゥム)は加速的に落ちぶれて現在に至る。

前に同じ【ファミリア】のパルフェが話していたことをそのままフィンに告げた。

「今も落ちぶれている小人族(パルゥム)には光が必要だ。女神(フィアナ)信仰に代わる、新たな一族の希望が」

「そのために戦うのか?」

「ああ、ここではまだ終われない。何が待ち受けていようと、僕は先へ進む」

その為に冒険者になったと告げるフィン。

壮大な野望を持っているフィンの言葉を聞いたミクロはその気持ちが何となくではあったが理解出来た。

何故なら自分はその光に助けられたからだ。

アグライアという光のおかげでこうしていられる。

だからこそわかるのかもしれない。

フィンの野望がどれだけ大きいものなのかを。

「ミクロ・イヤロス。君が何に悩んでいるかはわからないけど、一度原点に戻ってみたらどうだい?何かを知ることがあるかもしれない」

「原点?」

「ああ、きっと何かわかるはずだ」

「………」

思案するミクロを見てフィンは微笑を浮かべた。

感情が乏しいところはアイズに似ているせいか、少しお節介を焼いてしまったかな?と内心で苦笑を浮かべているとミクロは踵を返して歩き出す。

「ありがとう」

「ああ」

軽く頭を下げて礼を言ってミクロは【ロキ・ファミリア】から離れて地上を目指す。

自分の始まりであったあの薄暗い路地裏に自分の求める答えを見つける為に。

中層、上層、地上に戻って来たミクロは早速自分が生活していた路地裏に足を運ぶ。

今住んでいる本拠(ホーム)より長く生活していたその路地裏はどこも変わることなく薄暗く、汚い。

ゴミを漁って腐りかけた物を食べては今日を生き、寝る時は身を丸めて夜風に震えながら眠りについた。

冒険者に痛めつけられながらそんな生活を送り、今日を生きて来ていた。

明日の事なんか考える余裕なんてなかった。

何の価値も意味もない過去を思い出すだけ無駄だった。

今を生きなければいけなかった。

そうしなければ生きてはいけなかった。

今を生きることで一生懸命だった。

生きることを考えるだけで精一杯だった。

それ以外の事なんて考えたことなんてなかった。

「ああ、そうか……だから俺には望みがないんだ………」

納得した。

フィンの言葉に従って自分には望みがないことを知ることが出来た。

何故なら今を生きることしか望めなかったからだ。

路地裏での生活で生きることしか考えてこなかった自分に生きる以外の望みなんてあるわけがない。

生きていればそれだけで良かった。

強いて言えば生きることが望み。

それだけだった。

何も望んでいないのは今を生きることしか考えてこなかったから。

今を生きる為にもがいた。

今を生きることが自分の欲しているものだった。

今を生きる事。それだけしかわからなかった。

いくら与えられてもそれが自分の欲しいものかどうかさえわからなかった。

答えは見つかった。

だけど、本当にそれでいいのかと思ってしまう自分もいる。

路地裏を歩きながら取りあえずは本拠(ホーム)に帰ろうと足を進めるミクロ。

「あ、団長!」

路地裏を出て大通りを歩いていると同じ【ファミリア】のフールとスィーラと出会った。

「お話は伺いました。【ディアンケヒト・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)をなさるのですね」

スィーラの言葉に首を縦に振る。

「心配ない。お前達に迷惑はかけない」

負けても自分の負担が増えるだけで団員である二人には負担は掛からない。

不意に視線を下げると二人は紙袋を持っていることに気付いた。

「買い物?」

「え、あ、そうです!今日で四階層まで行けたのでそのお祝いに!ねぇ、スィーラ」

「ええ、その通りです」

二人組でダンジョン探索をしているフールとスィーラ。

前衛でフールが敵を足止めしてスィーラの魔法で仕留める。

バランスがいい組み合わせで探索しているのだなと思った。

「団長もダンジョンに行ってたのですか?」

「19階層まで」

「お一人で、ですか?」

頷くミクロに二人は目を見開き、フールはがくりと肩を落とす。

「アハハ……やっぱりすごいな、団長は」

「ですね」

サポーターとしてついて行ったことのある二人はそこまでたどり着くのにどれだけ頑張ればいいのかと力なく笑った。

「どうして団長はそんなに強いんですか?」

「私も聞きたいです。ぜひともご助言を」

「日々の鍛錬と模擬戦」

リューと出会ってからほぼ毎日それを繰り返していたからそれ意外の答えようがなかった。

「うぅ、やっぱりそうなのかな?」

「そのようですね。私達も見習わなければ」

息を吐くフールにミクロの言葉を真剣に捉えるスィーラ。

「二人は仲がいいな」

その言葉に二人は苦笑を浮かべながら言った。

「団長と副団長ほどではありませんって!」

「ええ、副団長とは同じエルフの同胞ですからお二人の仲の良さがよくわかります」

誇り高いエルフは己が認めた者以外の肌の接触を嫌う。

だからこそ、ミクロとリューの距離感がよくわかる。

だけどスィーラはそれ以上のことを口にするのは無粋と判断した。

「………」

ミクロは思った。

フールとスィーラは仲がいいと思った。

だけど、二人は自分とリューの方が仲がいいと言った。

「あ、そっか」

唐突に尚且つ自然にミクロは気付いた。

「あげる」

「え、きゃ!?」

放り投げる亜麻色の袋を反射的にキャッチしたフールだがその重さに思わず悲鳴を上げてしまう。

「好きに使っていい」

言いたいことを言って走り出すミクロを呆然と見送る二人は何を渡したのかと中を覗くと袋の中にはぎっしりと金貨が入っていた。

「これ、どうしよう……?」

「どうしましょう……」

数十万ヴァリスは余裕で入っている金貨を見て二人は頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アグライア」

「ああ、ミクロ。ちょうどよかったゲームの開催日が……どうしたの?」

表情はいつもと変わらないが雰囲気がいつもと違うことに気付いたアグライアは尋ねるとミクロは答えた。

「俺はアグライアと出会うまでずっと一人で今を生きていた」

薄暗い路地裏でたった一人で生きてきた。

だけど、アグライアと出会って【ファミリア】を作って変われた。

「今の俺にはリューや【ファミリア】の仲間達がいる。もう一人じゃないことに気が付いた」

今を生きることしかわからなかった。

だけど、今は生きること以外にもこうして考え、悩んだりすることが出来るようになった。

それは【ファミリア】が仲間が出来たからだ。

「俺は【ファミリア】の仲間と共に今を生きて行きたい。これからも、この先もずっと。それが俺の望み」

昔の自分では思いつきもしなかったその答えに辿り着いたミクロ。

多くの仲間と出会ったからこそたどり着くことのできた初めての望み。

その答えを聞いたアグライアは優しく微笑みミクロを抱きしめた。

「ええ、ならその望みを大切にしなさい。そしていつかは貴方自身が幸せを掴み取るのよ」

「わかった」

子の成長に感極まったアグライアの頬から一筋に涙が流れるがすぐに笑みを浮かばせる。

「三日後に行われる戦争遊戯(ウォーゲーム)必ず勝ちなさい。貴方なら必ず勝てると信じているわ」

「わかった」

三日後に行われるようになった【ディアンケヒト・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)

ミクロなら必ず勝つと信じて【ステイタス】を更新した。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.3

力:H101

耐久:G232

器用:G267

敏捷:G265

魔力:G202

堅牢:H

神秘:I

 

「………ミクロ。私と会うまでダンジョンにいたのかしら?」

「19階層まで。『ヴィーヴル』を討伐した」

証拠を見せるかのように(ホルスター)から『ヴィーヴルの鱗』を見せるとアグライアは頭が痛くなった。

19階層まで一人で行ったことに関してもだが、希少種(レアモンスター)で更には竜の種族である『ヴィーヴル』を単独(ソロ)で討伐。

それならこの基本アビリティの伸びには納得はしたが、後で色々言いたいことがあった。

【ステイタス】を更新していくと新たなスキルが発現していた。

 

創造作製(クレアシオン)

・発展アビリティ『神秘』の補正。

・作製における効果、効力の上昇。

 

このスキルを見てアグライアはシヴァの血の影響が出てきているのではないかという不安が頭を過る。

だけど、変わりつつあるミクロならシヴァに影響されることはないだろうと考えを改めて【ステイタス】の更新を終わらせて新たなスキルのことをミクロに話す。

「なるほど」

こういうスキルが発現したんだな程度の認識しかなくミクロはアグライアの部屋を出て自室で早速作業に取り掛かった。

三日後に行われる『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に勝つ為に必要な魔道具(マジックアイテム)を作る為に。

刻々と迫りくる時間。

遂に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が開催される日が訪れた。



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第二十六話

騒めく空気の中で多くの者は闘技場に足を運んでいた。

本日行われる【ディアンケヒト・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を見物する為に。

勝負の内容は【ディアンケヒト・ファミリア】の団員三十五人に対して【アグライア・ファミリア】は団長であるミクロが一人の決闘。

どちらかが倒れるまで続く戦闘形式(カテゴリー)

戦争遊戯(ウォーゲーム)』開始まで後十分を切って客席は既に満席。

立ち見する者もいれば酒場に足を運ぶ者も多くいる。

盛り上がっているなかでアグライアは静かに眷属達と一緒に始まるのを待っていた。

控室にいるミクロには付き添いでリューが付いている。

『勝つから問題ない』

本拠(ホーム)を出る時そう言って一足早く闘技場に足を運んだミクロ。

いったいどのような対策を考えたのかは主神であるアグライア本人も知らされていない。

不安に強いられている眷属達を宥めながらアグライアは開始時間まで待っていると【ディアンケヒト・ファミリア】の団員とミクロが闘技場に姿を現した。

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!』

ミクロ達が姿を現したことにより人々は色めき立ったがアグライアは【ディアンケヒト・ファミリア】の団員を見て目を見開いた。

「何よあれは……」

完全武装の【ディアンケヒト・ファミリア】の団員たちを見て苛立つように声を上げた。

まるでこれから階層主を討伐に行くかのような装備を身に着けている。

たった一人の人間に対してそれは明らかな重装備。

ディアンケヒトの用意周到に目を細める。

油断をしていればまだ勝ち目はあったと思っていたが隊列を組み始めている【ディアンケヒト・ファミリア】の団員たちを見てそれは皆無だと思い知らされた。

それに対してミクロ自身に特に変わった様子は見られなかった。

ただ静かに開始の合図が来るのを待っているかのように棒立ちしていた。

客席の神々からは異様な盛り上がりを見せていたがそんなことはどうでもよかった。

『ほな、時間も迫ってきたことやし、実況はうちが務めさせてもらうで~』

拡声器を片手に声を響かせる【ロキ・ファミリア】主神ロキ。

その隣にはハイエルフが面倒事を押し付けられたかのように息を吐いていた。

『まずはゲームの確認や。ディアンケヒトとこかアグライアとこがどっちが戦闘不能になるまでが続行や』

実況を務めているロキが今回の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の概要を説明して、両【ファミリア】に不備がないことを確認。

確認が終えたロキはその糸目をうっすらと開く。

『ほな。戦争遊戯(ウォーゲーム)―――――開始や!』

号令のもと、戦いの幕は開けた。

それと同時にミクロは駆けた。

「盾!構えろ!」

駆けるミクロを見て【ディアンケヒト・ファミリア】の団長は盾を持っている団員に指示を出すと団員達は素早く盾を構える。

弓兵(アーチャー)!【ドロフォノス】が動きを止めたら狙撃!」

弓を番える弓兵(アーチャー)を見て自身も剣を手に取る。

盾を持つ重装備を前に立たせて後方には遠距離の弓兵(アーチャー)や魔導士。

自身も含めて軽装の者は中衛を務めて自身は指揮を執る。

正直やりすぎと思ってはいたが主神であるディアンケヒトの命では仕方がないと判断。

一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)で終わると思っていた。

「は……?」

まぬけな声を出しながら自身の横を通り過ぎた何かを見ると盾を持つ全身鎧(プレートアーマー)を身に着けた団員だった。

冷や汗を流しながら視線をミクロに向けると拳を握り締めていたミクロを見てわかった。

「殴り飛ばしたのか……?」

おおよそ推測を立てたが自身でさえその言葉が信じられなかった。

ミクロは自分と同じLv.3。

ミクロが殴り飛ばした団員はLv.2。

決して不可能とまでは言えないが問題はその威力だ。

殴り飛ばされた団員は少なくとも20(メドル)は殴ろ飛ばされて尚且つ一撃で倒したことが信じられなかった。

主神の命で前衛は少なくとも『力』や『耐久』に優れている者を前衛に指示した。

にも拘らず殴り飛ばしたうえでの一撃KO。

何がどうなっているのかと思考しているとドガンという破砕音が聞こえて前衛の一人がまたも殴り飛ばされていた。

弓兵(アーチャー)!放て!」

油断と慢心を捨ててすぐさまに弓兵(アーチャー)に指示を出して矢を放たせる。

だが、ミクロはローブから取り出した鎖分銅を回して矢を弾き落とす。

「今度はこっちの番」

淡々と話すミクロは邪魔者を払うように前衛を次々殴り飛ばしていく。

その両腕には見慣れない漆黒色に輝くガントレットを身に着けて。

ミクロが新たに作り上げた魔道具(マジックアイテム)、『イスクース』。

装備した者に怪力を宿す魔道具(マジックアイテム)

元々はミクロ自身の力不足を補うために考察していた作品だったのだが、試す暇もなくぶっつけ本番で使用してみるとミクロ自身も驚くほどの威力があった。

精々盾をへこませる程度としか考えていなかったがまさかの盾ごと人一人が吹き飛ぶほどの威力がるとは予想外だった。

前に発現した新たなスキル『創造作製(クレアシオン)』の効果だとすぐに理解はしたがここまでとは思わなかったが好都合と判断して【ディアンケヒト・ファミリア】の団員達を殴り飛ばしていく。

「魔導士!詠唱を始めろ!弓兵(アーチャー)!【ドロフォノス】を近づけさせるな!」

後衛の魔導士が団長の指示にすぐに詠唱を唱え始めて弓兵(アーチャー)は次々に矢を放つ。

それを見てミクロは地面に煙玉を叩きつけて煙幕を作り、姿をくらませる。

狙いを定めることのできない弓兵(アーチャー)はたじろいでいると煙幕の中から何かが飛んできた。

何人かの弓兵(アーチャー)に当たって勢いが失われてその何かをすぐに判明することが出来た。

何故なら同じ【ディアンケヒト・ファミリア】の団員だったからだ。

ミクロは【ディアンケヒト・ファミリア】の団員をブーメランのように弓兵(アーチャー)と魔導士に向けて投擲した。

「クソ!人を何だと思っていやがる!」

苛立ちを滲み出す【ディアンケヒト・ファミリア】の団長。

だけど、煙幕の中で姿をくらませているミクロに下手に手は出せなかった。

間違って同じ団員を攻撃してしまう可能性も十分にあったからだ。

それに対してミクロは一人。その心配は全くなかった。

どうするかと考える前に自分自身が剣を片手に煙幕の中に突っ走った。

「出てこい!【ドロフォノス】!俺が相手になる!」

団員ではもう手も足でない以上、同じLv.である自分が前に出た。

だけど、一向にミクロは姿を見せなかった。

剣を振るうが空振りで終え、どこにいるかを模索する。

すると、突然の光が襲いかかっていた。

「え?」

闘技場全体を震わせるほどの爆発が起きた。

闘技場の端でミクロは倒れている【ディアンケヒト・ファミリア】の団員と団長の姿も確認して手間が省けたと思った。

ミクロは初めから煙幕の中にはいなかった。

煙幕を張ると同時に【ディアンケヒト・ファミリア】の団員を速やかに倒したうえで煙幕の外から投擲した。

中から攻撃しているように見せかけてミクロは煙幕に火を放った。

粉や塵が一定の濃度以上浮遊している状態で火をつけると粉塵爆発が起きる。

魔道具(マジックアイテム)を作製する為に様々な分野の本を読んで偶然にもそれを知ることが出来たミクロは試してみたら予想以上の成果が出た。

『おいこら!【ドロフォノス】!観客のこともちった考えや!』

実況であるロキから何か言ってはいたが無視した。

大人数相手に手段なんて選ぶ余裕なんてないからだ。

残りの【ディアンケヒト・ファミリア】の団員の数は十名もいない上に団長を爆発に巻き込んでくれたおかげで残りは自分よりLv.が低い者だけ。

「【狙撃せよ、炎の矢】!」

魔導士が詠唱を終わらせて狙いをミクロに定めた。

「【フレイムアロー】!」

撃ち出された炎の矢は真っ直ぐミクロに向かうに対してミクロは片腕を突き出した。

「え!?」

観客もろとも驚愕を上げる。

魔導士が放った炎の矢をミクロは片腕で受け止めた。

掌に多少の火傷を負わせた程度に終わった魔法に魔導士の目は恐怖に怯える。

「化け物……っ!」

畏怖を込めたその言葉を気にも止めずにミクロは残りを倒そうと動き出す。

「こんのっ!」

だが、起き上がった【ディアンケヒト・ファミリア】の団長の剣をナイフを取り出して防ぐ。

火傷の痕を負いながらも剣を振るうディアンケヒト・ファミリア】の団長。

【ファミリア】を率いる団長として負ける訳にはいかなかった。

「負けるかっ!」

負けじと剣を振って連撃を繰り出す。

だけどそれはミクロも同じだった。

自身も【ファミリア】を率いる団長なのだから。

「っ!?」

襲いかかってくる剣を直接掴んで破壊する。

そして、ミクロの拳は【ディアンケヒト・ファミリア】団長の腹に深く抉り込む。

「かはっ……」

血反吐を吐いて前のめりに倒れる。

残りの【ディアンケヒト・ファミリア】の団員達は団長が倒されたことに武器を手放して降参するように手を上げる。

それを見てロキは宣言。

『戦闘終了や!戦争遊戯(ウォーゲーム)勝者は、【アグライア・ファミリア】のミクロ・イヤロスや!!』

ロキの言葉に盛況するように声を上げる神々や亜人(デミ・ヒューマン)達。

その中でアグライア達も喜び、安堵、歓声を上げる。

「お………おのれぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!」

一人、野太い叫び声を上げるディアンケヒト。

その隣にいるアミッドはそっと主神の肩に手を置く。

自身の勝利は揺るがないと思っていたディアンケヒトの思惑は一人の少年の手によって壊された。

圧倒的不利と思われていたその戦い。

その常識をも壊して圧倒的勝利を収めた【アグライア・ファミリア】団長、ミクロ・イヤロス。

「勝った」

片腕を天に上げて自身の勝利を示した。

その強さに多くの者が興味、畏怖、憧れなど様々な感情をを抱いた。

神々から亜人(デミ・ヒューマン)まで少なからずミクロに興味を抱いた。

「………」

金髪の少女、アイズ・ヴァレンシュタインもその一人。

「すごい、すごいね、アイズ!?勝っちゃったよ!」

隣でアイズに抱き着くティオナもミクロの勝利に瞳を輝かせていた。

以前、『遠征』の帰還中に偶然にも遭遇したミクロにアイズも少なからずの興味を抱いていた。

たった一年半でLv.3に到達。

それ以外にも様々な噂が流れているミクロと話をしようと思っていたがその時は姿を消していた為断念した。

同じ【ファミリア】の仲間達と勝利を喜びあっているミクロにアイズは視線を向ける。

どうしたらそんなに強くなれるのか?

その答えを知りたい。

自身の悲願(ねがい)を叶えるために。



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第二十七話

【ディアンケヒト・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に勝利してから数日が経ち、多くの商人や入団希望者が増築中の【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)に足を運んでいた。

だが、その多くはミクロが『神秘』によって作り上げる魔道具(マジックアイテム)を欲していた。

ミクロが『戦争遊戯(ウォーゲーム)』で使用していた魔道具(マジックアイテム)、『イスクース』を見てそれやそれ以外の魔道具(マジックアイテム)の売って欲しいと懇願、取引を持ち込む商人や商会。

だが、いくら話を振って来てもミクロは首を縦には振らなかった。

『俺は仲間の為にしか作らない』

それだけを告げて丁重に帰って頂く。

例え、美味しい話があったとしてもミクロはそれにも応じることはなかった。

入団希望者の方も多くは魔道具(マジックアイテム)を使って一儲けしようと考えている者ばかりだった。

だからミクロはそういう輩には『洗礼』を与えることにした。

十分間ミクロと戦って立っていられたら入団を認めるという『洗礼』を。

戦争遊戯(ウォーゲーム)』の影響でそれを伝えたら大抵の入団希望者は去って行ったがそれでも挑戦する者にはミクロは躊躇いもなく攻撃した。

金よりも命が大事と思い知らさせる。

そう思い込ませるぐらいに痛めつける。

最初の一人がその『洗礼』を浴びてそれに恐怖した他の者は去って行った。

だが、それでも残る者はいた。

その中の殆どがアマゾネス。

戦争遊戯(ウォーゲーム)』で圧倒的強さを示したミクロに一言で表すのなら惚れた。

アマゾネスの本能がミクロの『洗礼』を潜り抜けて入団を認めさせた。

新たに団員も増えて【アグライア・ファミリア】の噂はオラリオの外にも広がり始めてきた。

更に名が上がったミクロは椿に会っていた。

「椿」

「おお、ミクロではないか!戦争遊戯(ウォーゲーム)見事であったぞ!」

「ありがとう。頼んだ物は?」

「もちろん。抜かりはない」

笑みを浮かばせながら椿は一振りのナイフを取り出した。

白銀色の輝きを放つナイフをミクロに渡した。

「ミクロの注文通り元のナイフも加えて新たに手前が鍛え上げたナイフだ」

受け取ったナイフを一通り振るうと問題ないように頷く。

ミクロは戦争遊戯(ウォーゲーム)の後で武器の整備を椿に頼むと椿がミクロに告げた。

『これはもう整備しても意味がない』

ナイフの耐久値に限界が来ていた。

アグライアから貰ったナイフ。

ずっと使い続けてきたナイフの耐久値がきてミクロは前に手に入れた『ヴィーヴルの鱗』を椿に渡して注文した。

『このナイフが壊れないように鍛えて直して欲しい』

主神であるアグライアから頂いた物をミクロは手放したくなかった。

だから新たに鍛えて二度と壊れないように椿に注文した。

『手前に任せておけ』

ミクロの心意気に応えるよう椿は快く快諾して持てる最高の素材と技術を持って最高の一振りを完成させた。

第一級特殊武装(スペリオルズ)《シルフォス》。

不懐属性(デュランダル)』を持つナイフに椿も満足そうに頷く。

新たに鍛え上げられたナイフをミクロは収める。

「ありがとう」

「礼を言われる筋合いはない。手前は注文通りに応えだだけだ」

鍛冶師としての本懐を遂げたまで。

そう告げる椿にもう一度礼を言ってからミクロは工房を出る。

人通りの多い道に出ると多くの者達がミクロに視線を向けられてくるが全て無視した。

街中を歩き、現在増築中の本拠(ホーム)を一目見てからリュー達と合流しようと考えていると増築中の本拠(ホーム)の前に一人の女性が立っていた。

長い金髪を縦巻きにして裕福な服装をしている女性はミクロに気付いて歩み寄って来た。

「貴方が今噂されている【ドロフォノス】かしら?」

頷いて肯定した。

「私はセシシャ・エドゥアルドですわ。見ての通り商人を営んでいますの」

「用件は?」

「貴方が作製する魔道具(マジックアイテム)について交渉を、ってどこに行きますの!?」

話の途中で去ろうとするミクロにセシシャは思わず大声を出した。

「俺は仲間の為にしか作らない。売る気はない」

「そこをなんとかできませんの!?」

「できない」

「交渉の余地だけでも!」

「する気はない」

バッサリと言い切るミクロにセシシャは苦虫を噛み締めるように歯を食いしばる。

オラリオに来るまである程度の噂は聞いていたセシシャはそれなにの覚悟と十分な準備も施してきた。

だが、ほんの僅かな余地すらなく断られた。

「仲間が待っているから俺は行く」

「あ、ちょっと待ちなさい!」

呼び止めようとするセシシャだがミクロを止めることは出来なかった。

ミクロが去ったセシシャは一人そこに棒立ちしながら怒りで拳を震わせていた。

「ふ、ふふ、いい度胸ですわ。この私を侮辱したこと後悔させてあげますわ……ッ!」

ふふふと不気味に笑うセシシャ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日が沈み頃、ミクロ達はダンジョンから帰還して現在住んでいる宿に目指している。

「それでまた断ったのですか?」

リューの言葉に頷くミクロ。

「ミクロの魔道具(マジックアイテム)は凄いから商人の気持ちはわからなくもないけどね」

「まぁ、断って良かったと私は思うよ」

「あたしにはよくわかないね。商人の話なんてね」

セシシャのことを話しながら疲れた体を休ませるために宿に向かう。

「お待ちしておりましたわ!【ドロフォノス】!」

「セシシャ・エドゥアルド」

宿の前に待っていたのはダンジョンに潜る前に会った商人のセシシャだった。

「この方がそうなのですか?」

リューの言葉に頷いて応える。

「貴方がこの宿に泊まっていることは既に調べておりましたの!私が一度交渉に失敗したぐらいで諦めると思っておりましたの!?お生憎!私はしつこいですわよ!」

宿の前で大声を出すセシシャにリュー達は少し引いた。

厄介な女性に巻き込まれていると思った。

「あんた、女難の相でもあるのかね?」

「?」

リュコスの言葉の意味がよくわからず首を傾げる。

「さぁさぁ!今度こそは交渉をする為にまずはこちらの」

「必要ない」

「うぅ!よ、よろしいのですか!?もしかしたら貴方方にとって有益になるものかも」

「いらない。必要なら自分達で何とかできる」

「ほ、他にも色々ございましてよ!?」

「興味ない」

「うぅ……」

「ミクロ。せめて話だけでも聞いてあげなさい。流石に可哀想です」

「わかった」

バッサリと話を断られて涙目になるセシシャに同情して話だけでも聞くようと告げるとあっさりと頷いて了承した。

「話だけは聞くから宿の中に入って」

「や、やっとその気になりましたか!いいですわ!入って上げましょう!」

涙目だったセシシャはミクロの言葉にすぐに調子を取り戻して宿の中へ入って行く。

「なぁ、あたし達より先に入ったけどあいつはあたし達の部屋がわかるのかい?」

「さぁ?」

「へ、部屋はどこですの!?」

リュコスの言う通り部屋がわからずにすぐに戻って来た。

戻って来たセシシャを連れて借りている部屋に入るミクロ達は取りあえずは交渉することにした。

「どうぞ」

「ありがとうございますわ」

リューから紅茶を受け取り一口飲み真剣な顔つきで正面に座っているミクロと主神のアグライアと向かい合う。

「初めての方もおられますので挨拶させていただきますわ。私はセシシャ・エドゥアルドですわ。交渉の場を設けて頂き感謝いたします」

「私が主神のアグライアよ。この子はミクロ」

「ミクロ・イヤロス」

簡潔に挨拶を終わらせてセシシャは早速交渉に入った。

「早速で申し訳ありませんけど私はそちらにいるミクロ・イヤロスが作製する『魔道具(マジックアイテム)』について。もう一つは今後の関係についてお話があります」

「そう、それじゃまずは貴女の意見から聞こうかしら?」

「かしこまりました。では」

セシシャは【ディアンケヒト・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を観戦して、ミクロの『魔道具(マジックアイテム)』の素晴らしさについて語った。

それと警告も。

それだけの『魔道具(マジックアイテム)』を一つの【ファミリア】で所持していては恨みや妬みなどで襲われる可能性が十分にある。

だからある程度の売買も視野に入れてその恨みや妬みを減らすべきと語った。

「一理あるわね」

顎に手を当てながらセシシャの言葉に同意するところがある。

リューが持っている『魔道具(マジックアイテム)』、『アリーゼ』。

ミクロが持っている『魔道具(マジックアイテム)』、『イスクース』。

どちらも強力な『魔道具(マジックアイテム)』なのはこの場にいる誰もが知っている。

更にはそれを作製しているミクロの発想力のことも考慮すれば一つの【ファミリア】に大量で強力な『魔道具(マジックアイテム)』を所持している【ファミリア】と妬まれて危険が増す可能性はあった。

「そこで私から提案があります。一部の『魔道具(マジックアイテム)』を私に売ってくださればその見返りとして情報でも道具(アイテム)でももちろん金品でもお譲りしますわ」

どちらにとっても悪くはない提案。

既に公になっている以上隠すこともできない。

ならこの話に応じるのも一つの手だと誰もが思った。

「断る」

だが、ミクロは断った。

「な、何故ですの!?何か不都合でもありまして!?」

「ある」

その言葉にミクロ以外目を見開く。

「一つ、『神秘』のアビリティを所持しているもは少ない。ならその使い手が作製する『魔道具(マジックアイテム)』は貴重だ」

オラリオで『神秘』のアビリティを所持している者は五人もいない。

だからこそその価値がどれだけなのかミクロは知っている。

「二つ、『魔道具(マジックアイテム)』をお前に売ってもお前がそれ相応の見返りがある証拠は?」

「も、もちろんありますわ!ただ今は」

「三つ。お前は何を焦ってる?」

「っ!?」

「ミクロ。どういうことかしら?」

ミクロの言葉にアグライアは説明を求めるとミクロはセシシャの靴を指した。

「服で見えにくいけど靴が泥だらけ。それに化粧で隠しているけど隈ができてる」

「こ、これは貴方を探す為に」

「この宿に泊まっていることを調べているのに探す必要がある?」

その言葉にリュー達は思い出した。

宿の前で確かにセシシャは調べていると言っていたことに。

「お前が来る前に俺は多くの商人を見てきた。中には商人がどういう仕事なのかと話す奴もいた」

「それがどうしたんだい?」

「商人は見た目もひどく気に掛ける。見た目が悪いと相手に不快な思いをさせたりなどして話が上手くいかないと言っていた。それに昨日も今日も雨は降っていない」

「そういうことですか」

ミクロの言葉にリューは納得するように頷く。

「え、え?どういうことなの?」

「俺達は『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が終わってから休みを取ってさっきダンジョンに潜った。昨日も今日も雨が降っていないのに靴に泥が付くなんておかしい」

「彼女は雨の日もあちこちに交渉に走り、失敗に終えている。その証拠が目の下の隈ということですね」

リューの言葉に同意するように頷く。

「多分、こいつの目的は」

「……いいですわ。そこまでで。全てお話いたします」

観念したかのようにセシシャは話した。

セシシャには借金があった。

正確には同じ商人である父が残した借金が。

一儲けしようとオラリオにやってきた父はあちこちで交渉を行い契約して成功を収めていた。

成功が続いて調子に乗ってしまった父は大企業との大手の取引に応じて失敗した。

それにより課せられてしまった借金。

それを全てセシシャに押し付けて父はオラリオを去った。

「商人は落ちる時は一気に落ちるものですわ」

残された借金を返す為に一人あちこちに父親の真似事のように交渉を行ったが全て失敗に終えた。

返済期間も近づき始めて最悪『歓楽街』に売られてしまうのではないかと想像した。

そんなある日チャンスが訪れた。

それはたった一人で【ディアンケヒト・ファミリア】を蹴散らすミクロの姿。

腕に着けている『魔道具(マジックアイテム)』を見てセシシャは最後のチャンスに賭けることにした。

あれほど強力な『魔道具(マジックアイテム)』なら一気に借金が返せる。

そう思い、何度も頭の中で交渉の練習を行いミクロに会った。

「無様でしょう?醜いでしょう?いいのです、その通りなのですから」

自虐的に言うセシシャにリュー達は何も言えなかった。

「セシシャ・エドゥアルド。俺達の【ファミリア】に入らないか?」

突然の勧誘に目を見開くがすぐに自虐的笑みを浮かべる。

「……同情はいりませんわ」

「俺には同情する感情はわからない。だからこう言う。取引をしよう」

「取引、ですの?」

「俺達の【ファミリア】は名が上がりつつある。だけど、取引や交渉する為の知識が俺達の【ファミリア】にはない」

立ち上がってミクロはセシシャに手を伸ばす。

「お前が背負っている借金の返済は俺達も協力する。だから、お前は俺達にその為の知識を教えて欲しい」

ミクロ達は探索の方に関しては特に問題はなく順調に進んでいる。

だけど、大きくになるに連れて必要な物が増えてくる。

その一つをセシシャが持っている。

「俺達はお前の力になる。だからお前も俺達の力になってくれ」

そうハッキリと告げた。

「……わかりましたわ。私、セシシャ・エドゥアルドはこの取引に応じましょう」

「交渉成立」

手を握り合う二人。

その二人に静かに笑みを浮かべるアグライア達。

セシシャ・エドゥアルドは商人兼冒険者としてミクロ達の仲間になった。

 



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第二十八話

セシシャが商人兼冒険者として【アグライア・ファミリア】に入団してから数ヶ月後。

セシシャは他の仲間ともすぐに打ち解けて順調に借金を返済している。

そして、ミクロ達はいつものようにダンジョンに潜っている。

襲いかかってくる熊獣(バグベアー)やバトルボア。

そのモンスター達はミクロはナイフと梅椿で切り刻む。

椿の手によって姿を変えた第一等級特殊武装(スペリオルズ)《シルフォス》。

そのナイフを振り上げて襲いかかってくるモンスターを斬り捨て投げナイフで他のモンスターの牽制も行う。

現在22階層でミクロ達はモンスターと死闘を繰り広げていた。

「はぁあああああああっ!!」

両手にはナイフを持って宙にいるモンスター『デットリー・ホーネット』とリュコスは戦っていた。

上級殺し(ハイ・キラービー)』とも呼ばれている巨大蜂(デットリー・ホーネット)相手にリュコスは一人で死闘している。

「―――『アリーゼ』!」

宙にいる狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)を落とす為にリューは『魔道具(マジックアイテム)』を発動させて空を駆ける。

空から狙撃してくる狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)を次々落としていく。

「ティヒア!貴女はミクロ達の援護を!」

「わかったわ!」

上から攻撃してくる厄介な狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)をリューに任せてティヒアはミクロ達の援護に回って矢を連射させる。

しかし、いつもより数が多いモンスターに苦戦を強いられる。

「【駆け翔べ】」

状況を打破するためにミクロは詠唱を唱えた。

「【フルフォース】」

白緑色の風を纏って高速移動するミクロ。

次々と薙ぎ払うようにモンスターを殲滅してミクロは腕に着けているガントレットをリュコスに投げ渡す。

「リュコス」

「チッ!」

舌打ちしつつ受け取るリュコスはすぐに装着して巨大蜂(デットリー・ホーネット)の毒針を掴んで地面に叩きつける。

「終わりだよ!」

魔道具(マジックアイテム)』である『イスクース』を装着して巨大蜂(デットリー・ホーネット)の腹部に拳を突き刺して魔石を握りしめる。

「ふぅ」

一息入れてガントレットをミクロに投げ返しながらまだまだ弱いと自己嫌悪する。

強くなりたいと願っているリュコスは次こそは『魔道具(マジックアイテム)』無しで倒してみせると心に決める。

「一通り終わりましたね」

空から戻って来たリューは周囲を見渡してから一息つく。

「魔石と『ドロップアイテム』の回収は私達がするから休んでいて」

パルフェと他の団員達は回復薬(ポーション)をミクロ達に渡した後で魔石と『ドロップアイテム』の回収を行う。

「今日は数が多かったね」

「それでも何とか今日も生き残れたわ」

周囲を警戒しつつ休憩を取る。

「今日はここで終わりましょう」

リューの言葉に全員が賛成してパルフェ達が魔石と『ドロップアイテム』の回収が終わり次第帰還することを決めた。

パルフェ達の回収も無事に終えてミクロ達は地上へ向けて足を運ぶ。

探索範囲も22階層まで進み特に問題もなく順調に進んでいるミクロ達。

「そういえば今日完成じゃなかった?」

「ああ、そういやそうだったね」

思い出したかのように話すティヒア達にミクロ達も頷く。

「俺達の本拠(ホーム)が完成する日」

【ディアンケヒト・ファミリア】に勝利した暁に本拠(ホーム)を増築した。

その完成日が今日だった。

どんな感じなのだろうと談話しながら地上に戻ったミクロ達は完成したであろう本拠(ホーム)に足を運ぶ。

「遅いですわよ!」

本拠(ホーム)の前でセシシャが大声を上げた。

既に他の団員達も集まっている。

「まぁ、いいですわ。今日はまどろっこいいことは抜きにして新しい本拠(ホーム)が完成いたしましたわよ!」

巨大な布で隠された本拠(ホーム)が姿を現してその全貌が明らかになる。

その全貌を一言で表すなら城。

全体的白色の外観がある城は貴族や王族が住んでいてもおかしくない優雅さがある。

「デカ」

誰もが驚く中でミクロは一言感想を述べて中に入ろうとする。

「いやいやいや!他に何かありませんの!?」

あまりにも淡泊な感想にせっかくもったいぶらせる為に布で隠す様に交渉してお披露目したというのにその感想はあんまりだった。

「………全員住めれる?」

頑張って思考を働かせて出した他の感想にセシシャはがくりと肩を落とす。

その光景に誰もが苦笑していた。

「さぁ、中に入りましょうか」

アグライアを先頭に新しくなった本拠(ホーム)に入ると中も凄いの一言。

豪華な内装に椅子やテーブルなども並べられている。

「ディアンに無理言って正解ね」

これだけの本拠(ホーム)の増築というより改築にアグライアは頬に手を当てて喜ぶ。

額は指定していなかった為アグライアはせっかくだからと滅茶苦茶な額をディアンケヒトに請求していた。

泣き叫んでいたがそれは気にしないでおこうと頭の片隅に置いた。

リュー達も新しくなった本拠(ホーム)に喜々している。

部屋割りなどを早速決めようと思ったアグライアの前にミクロが言った。

「皆に渡したい物があるから待っていてくれ」

そう言ってミクロは本拠(ホーム)を出ていく。

何だろうと思いつつ声を出す団員達に袋抱えたミクロが戻って来た。

「全員並んで」

ミクロの言葉に疑問に思いつつ言われた通りに並ぶとミクロは一人ずつ指輪を二つ渡した。

「ミクロ。これは?」

「『魔道具(マジックアイテム)』」

尋ねるリューにあっさりとそう告げた。

一つは骸骨をモチーフにした不気味な指輪。

もう一つは赤い宝石が嵌められている指輪。

その二つが『魔道具(マジックアイテム)』だと言うミクロに全員が驚愕した。

「護身用に作製した『魔道具(マジックアイテム)』だから大した効果はない。リュコス」

同じ指輪をつけてリュコスに呼びかける。

「何だい?」

「試させて」

骸骨をモチーフにした指輪をリュコスに見せる。

「リュコスは足が石のように動かなくなる」

その時、骸骨の眼が赤く光る。

「はぁ?何言って―――っ!?」

何を言っているのかわからず足を動かそうとするリュコスだが本当に石になったかのように動かなかった。

「な、なんだい!?」

脚を動かそうとするが本当に動かすことが出来なかった。

驚きを隠せれないリュコスに誰もが本当の事だと判明した。

ミクロはもう一つの赤い宝石がついている指輪の試す。

指輪にある宝石をミクロは指で砕く。

「息を止めて」

その言葉にリュコス以外全員は息を止める。

困惑しているリュコスは息を止める事ができずに突然倒れた。

驚くリュー達だがすぐにリュコスは寝息を立てていることに気付きとりあえずは安堵した。

「これがこの二つの『魔道具(マジックアイテム)』の効果。息はもうしていい」

リュコスをソファに寝かせてミクロは改めて全員に持たせている『魔道具(マジックアイテム)』を説明する。

骸骨の指輪は『フォボス』。

強烈な暗示を掛けることが出来る。

装備者の言葉に反応して相手に暗示を掛けることを可能とする『魔道具(マジックアイテム)』。

赤い宝玉の指輪は『レイア』。

指輪にある赤い宝玉を砕くと睡眠効果のガスを発生させる『魔道具(マジックアイテム)』。

無煙無臭の為獣人の嗅覚でも嗅ぎ分けることは困難。

「どちらも大したことはないから護身用として使って」

『どこが大したことがないのか?』

口では出さないが誰もがそう思った。

普通に凄いと誰もが思ったがミクロにとっては本当に大したことはない。

『フォボス』は指輪を相手に見せながら言葉を述べなければ効果がない上に所詮は暗示の為暗示だと分かれば何の効果もない。

『レイア』は『耐異常』のアビリティを持っている者には効果がない上に一回使用したら終わり。再びミクロが作るまでただの指輪になる。

長所もあれば短所もある指輪。

だけど護身用にはちょうど良かった。

前にセシシャの話を聞いた時に万が一のことも備えて考案した。

団長として仲間として少しでも危機を回避するために人数分作製した。

「あの、よろしいでしょうか?団長」

「何?」

挙手するスィーラはミクロに尋ねた。

「よろしいのでしょうか?幹部である副団長達はともかく私達のような団員にまで配布して。私達がこれを売る、悪用するとは」

「お前達はそんなことはしない」

スィーラの言葉を遮ってミクロは断言した。

「何故、そう言い切れるのですか?」

断言するスィーラの疑問は最もだった。

ミクロ本人は護身用と言い張るがその効果は明らかに凄い。

売ったらそれなにの金が手に入り、悪用にも使える。

それをリュー達だけではなく団員全員分に配布したら団員の誰かが悪用するかもしれない。

もし、ミクロとスィーラの立場が逆なら本当に信頼する者にしか渡さない。

だけどミクロは団員全員に渡した上で売ったり、悪用しないと言い切った。

「俺はお前達を信用している。信頼もしている。だからお前達はそんなことは絶対にしない」

そう言い切った。

理由がある訳でも根拠がある訳でもない。

ただ本当にそんなことはしないと信じている。

それだけだった。

「……失礼しました」

一礼するスィーラは思った。

器が違う。

本当に信じているからこそ言い切れる。

そう思わされた。

スィーラ以外にも多くの者が照れ臭そうに頭を掻いたり、頬を赤くしたり、中には感極まってミクロに抱き着こうとするアマゾネスもいる。

「団長。凄いね」

「ええ。本当に」

隣にいる相棒のフールもスィーラと同じ心境だった。

新しい本拠(ホーム)にて結束力が強くなる【アグライア・ファミリア】。

新しくなった本拠(ホーム)の名前を『夕焼けの城(イリオウディシス)』。

窓の外から見える夕焼けを見てアグライアがそう決めた。

初めてミクロと会って一緒に見た夕日を思い出しながら。



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第二十九話

【アグライア・ファミリア】の新本拠(ホーム)夕焼けの城(イリオウディシス)』。

一日の始まる朝。団員達は起床して食堂に集まっていた。

今も眠たそうに欠伸をする者、朝食前に訓練してきた者、朝からダンジョンに行こうと既に装備を身に着けている者。

団員達と一緒にミクロは朝食を取っていた。

朝から賑わう食堂で今日はどうするのかと、何階層まで行くのかと談話を聞きながら朝食を口に運ぶ。

というか運ばされている。

「はい、団長。あ~ん」

隣にいる同じ【ファミリア】の団員のアマゾネスから食事を口に運ばれてそれを口にする。

「団長。私のもどうぞ」

そう言ってスープを掬いふーと冷ましてからミクロに飲ませる人間(ヒューマン)の女性。

ミクロ自身も特に抵抗はなくされるがままに食べる。

「………」

「ティ、ティヒア!?落ち着いて!ね!」

ぐにゃとスプーンを握り形を変えるティヒアを見て慌てて宥めに入るパルフェ。

「……くく」

それを見て笑いを溢すリュコス。

「ふぁ~」

欠伸しながら情報紙に目を通すセシシャ。

「はぁ」

ミクロを見て呆れるように溜息を吐くリュー。

「ふふ」

子を見て楽しそうに笑みを浮かべるアグライア。

昨日のミクロの言葉に団員の多くはミクロに絶大の信頼を寄せている。

あれほどまでにハッキリと信じ切っている言葉を言われたら裏切るようなことをするなんてできない。

嫉妬の視線を向けるティヒアと数少ない男性団員。

ああなるのも仕方がないと頭で理解していてもそれとこれとは別だった。

(おのれ団長……!)

(羨ましい……!)

(変われ!変わってください!)

(さっさと離れなさいよ……!)

男性団員とティヒアの嫉妬に満ちた眼差しをミクロに向ける。

「?」

だが、嫉妬が何かわからないミクロは視線を向けられているぐらいしかわからなかった。

そんな朝の食事が終えて団員達は動き出す。

ミクロも装備を整えてダンジョンに向かう為部屋に戻る。

「あ、ミクロ。今日は私と少し付き合ってちょうだい」

「わかった」

アグライアの言葉に従って今日一日はアグライアに付き添うようになったミクロはリュー達に声をかけてからアグライアと一緒に本拠(ホーム)を出た。

歩くアグライアの隣をミクロは黙ってついて行く。

「朝は大変だったわね」

「何故食べさせようとするのかわからない」

その言葉にアグライアは苦笑を浮かべながらミクロの頭を撫でる。

その辺は相変わらずと思いながら目的の場所まで歩く。

都市北部の方へ真っ直ぐ歩いて行きアグライア達は目的の場所までやってきた。

「着いたわよ」

歩いた先にあったのは都市最強派閥の一角【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)『黄昏の館』。

「アポは取っているはずよ。開けて頂戴」

門番らしき二人に声をかけて開けさせる。

開門して中に入って行く二人。

自分達の本拠(ホーム)と比べながらこういうものかと思いつつアグライアに付き添うミクロ。

「おー、アグたん。待っとたで~」

「久しいわね。ロキ」

「何言ってんねん。昨日少し会ったばかりやろ?」

「そうだったかしら?」

応接間の椅子に座りながら気さくに話しかけてくる朱色の女神ロキ。

都市最強派閥の一角を担う【ロキ・ファミリア】の主神とその近くに立っている【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

「………」

「………」

互いに無言のまま目を合わせる二人だが、同時に手を伸ばして握手する。

「ミクロ。ミクロ・イヤロス。ミクロでいい」

「アイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン。アイズって呼んで」

互いに固く握手する二人を見て主神の二人は不思議そうに顔を見合わせる。

「どういうことやねん?」

「互いに何かを感じるものがあるのかしら?」

会ったばかりになのに仲良くなった二人に首を傾げるがロキが咳払いして話を進めた。

「んん。んじゃ、そろそろ始めようやないか」

「いったい何を企んでいるのかしら?ロキ」

何を考えているのかわからない悪神(ロキ)は満面な笑みで告げる。

「そんなもん、うちのアイズたんとアグたんのとこの【ドロフォノス】の実力勝負や」

「わかった。受ける」

「ミクロ。貴方ね……」

理由も聞かずに即決するミクロにアグライアは頭を押さえる。

相変わらずというからしいというか前のセシシャの時のような思慮深さはどこにいったのかと思いながら疲れるように溜息を吐く。

「私もミクロと戦ってみたい」

アイズもロキの言葉に賛成していた。

元からミクロに興味があったアイズはこの機会を無駄にはしたくなかった。

「ほな、決まりや!こっちやで!」

戦える場所へと案内するように先頭を歩くロキについて行くミクロ達。

アグライアは歩きながらミクロに声をかけた。

「ミクロ。どういうことなの?」

アイズはリューと同じLv.4の冒険者。

Lv.3のミクロでは相手にならない上にそれに応じる必要はどこにもない。

更には自身の実力を他派閥に見せることになるかもしれない。

アグライアにとって戦う必要なんてどこにもない。

「アイズは俺に近い何かを感じた」

「え?」

いつものように淡々と答えるミクロの言葉に耳を疑った。

「着いたで!うちの子供達の鍛錬場や」

もう一度訊こうとしたがその前に目的地まで到着してしまった。

「フィンー!ちょっと審判頼むわ!」

「ああ、任せてくれ」

【ロキ・ファミリア】団長であるフィンが笑みを浮かばせながら審判を了承するとミクロの方に足を運んだ。

「久しぶりだね。ミクロ・イヤロス。答えは見つかったかい?」

「ああ、あの時の助言のおかげで答えを見つけられた。ありがとう」

「そうか」

自身の望みを見つける為に悩んでいたミクロに助言してくれたフィンにミクロは頭を下げて礼を言った。

フィンも特に気にすることなくそこで話を終えた。

広い鍛錬場の中心に向かい合うように立つアイズとミクロ。

「よろしくお願いします」

「よろしく」

片手剣(デスぺレート)を構えるアイズにナイフと梅椿を抜刀するミクロ。

「互いに魔法の使用は禁止にする。どちらかが降参を宣言、僕達が戦闘続行不可能と判断したらそこで終了だ。こんな感じでいいかな?ロキ」

「ええで。アグたんもそれでええか?」

「……ええ」

ミクロの言葉が気になりながら勝負の内容に了承するアグライア。

「それでは始め」

フィンの言葉と同時に動いたのはミクロだった。

真っ直ぐと正面からアイズに向かって駆け出すミクロにアイズは迎撃に備える。

駆ける途中でミクロは投げナイフをアイズに向けて投擲するがアイズはそれを全て防ぐ。

だけどミクロにとってそれは想定内。

煙玉を地面に叩きつける。

鍛錬場全体に煙幕が張ったミクロは煙の中に姿を消す。

「………」

それに対してアイズは周囲を警戒してどこから攻撃してきて対応できるように構える。

前の【ディアンケヒト・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』同様に何をしてくるかわからない。

接近してくるか、投げナイフを投擲してくるか、または『魔道具(マジックアイテム)』か、もしかしたらロキを投げてくるかもしれない。

人を物のように投げたミクロならやりかねないと警戒しつつそう思っていたが一向に何かしてくる気配がなかった。

「っ!?」

突如背後からやってきた何かをアイズは剣で弾いてその正体を鎖分銅だと判明。

そして、更に背後からミクロが接近した。

背後から奇襲するミクロはナイフでアイズに斬りかかる。

だが、アイズはナイフを躱して斬り払う。

咄嗟に梅椿で防ぐミクロだが、アイズは追撃する。

ミクロに反撃する暇も与えない程の連撃を浴びさせるアイズにミクロは辛うじて防ぐことに成功するが時には防ぐことも出来ずに体に切り傷ができる。

だけど、ミクロは冷静に分析した。

同じLv.4であるリューと速さは互角かそれ以下だが剣技はリューより明らかに上。

毎日のようにリューと模擬戦を繰り返しているミクロは自分より強い奴とはどう戦えればいいのか把握している。

まずは冷静に相手を分析する。

相手の手数、癖、動き、視線など可能な限りを把握していく。

しかし過激になっていくアイズの連撃に堪らず後退する。

後退したミクロに追撃を止めてミクロを見据えたまま再び剣を構える。

油断はないと把握したミクロは(トラップ)は失敗したと判断した。

煙幕の中でアイズを中心にミクロは罠を張ってから攻撃を仕掛けた。

もし、後退したミクロに油断して追撃でもしたらその罠は容赦なくアイズを襲っていた。

「強いな、アイズ」

「ミクロも強いよ」

互いに称賛の言葉を送る二人。

ミクロはアイズをどう倒すか算段を考える。

Lv.はアイズが上で剣技の腕はミクロの何倍も上回っている。

先程の連撃でも運よく切り傷だけで済ませられたが次は確実に斬られると確信した。

アイズもミクロをどう倒せばいいのか悩んでいた。

ナイフ、投げナイフ、道具(アイテム)、鎖分銅。

多種多彩の武器や道具(アイテム)を使ってくるミクロの次の手が読めない。

更にミクロには『魔道具(マジックアイテム)』がある。

必要以上に警戒しなければこちらがやられてしまう。

例え離れていても一瞬の油断も許されない。

一秒が凄く長く感じるなかでミクロは動いた。

「?」

ただ普通に街中を歩くかのように動くミクロにアイズは疑問を抱いた。

武器は持っているが構えているわけでもなく隙だらけ。

妙な動きをしている訳でもないミクロの奇策にアイズはどう出てくるかわからなかった。

警戒するアイズにミクロは足を止めた。

アイズと一定の距離で足を止めたミクロは腕を上げて詠唱を(うた)

「【壊れ果てるまで狂い続けろ】」

「っ!?」

「【マッドプネウマ】」

放たれた黒い波動にアイズは緊急回避。

呪詛(カース)……ッ!」

詠唱文や放たれた黒い波動から魔法ではなく呪詛(カース)だとすぐに理解した。

魔道具(マジックアイテム)』以外にもこんな恐ろしい技を持っていた。

避けるアイズにミクロはもう一度狙いを定めて詠唱を唱えようとしたがアイズは一気に接近して詠唱を止める。

接近するアイズの剣をミクロはナイフで防ぐ。

アイズはまた離れられて呪詛(カース)を唱えられたら危険と思い、ここで一気に決着をつけようとする。

「動くな」

「っ!?」

決着をつける為に動こうとするアイズだが、急に体が動かなくなった。

「な……ん、で……?」

急に体が動かなくなったことにアイズは驚きを隠せない。

だが、その隙をミクロは見逃さない。

「悪い」

謝罪と共に回し蹴りを放つミクロにアイズは吹き飛ばされて倒れる。

立ち上がらないアイズを見てフィンは宣言した。

「この勝負。ミクロ・イヤロスの勝ちだね」

「な、なんやて!?うちのアイズたんが!?」

驚きを隠せれないロキは叫ぶがミクロはアイズに近づき起き上がらせる。

「アイズ。お前にはどうあがいても勝てないから卑怯な手を使わせてもらった」

「卑怯な手?魔道具(マジックアイテム)?」

「ああ、何かまでは教えられないけど」

ミクロはアイズをどう倒すか考えたが魔法やスキルでも使わない限り勝てる可能性は限りなく低かった。

純粋な接近戦ではアイズには勝てないとミクロは断言できた。

だからこそ、ミクロは『フォボス』を使った。

アイズの剣をナイフで防いだ時に強烈な暗示を掛けることが出来る『フォボス』をアイズの視界に入れて暗示を掛けた。

対人用として作製した『フォボス』。

強烈な暗示を掛けることが出来るがミクロにとっては本当にたいしたことがない。

魔道具(マジックアイテム)』とも呼ばなくてもいいと思っている。

団員に説明した時のように暗示は所詮暗示。

暗示だと分かれば何の効果もない上に仮にモンスターに使ったとしても本能に生きるモンスターに暗示は効果がない。

アイズのように一対一の時こそ最大限効果を発揮するが一対多の場合だと見破られる可能性が高くなる。

使えば使う程効果がなくなっていく『フォボス』。

だからこそモンスターとの戦闘、主に緊急時に役立つ『レイア』を作製した。

十段階で評価するなら『アリーゼ』が八で『イスクース』が七。

『フォボス』と『レイア』が二になる。

次にアイズと戦うことがあれば今より勝つ可能性は低くなる。

今後の事を考えれば使おうとは思わなかった。

だけど使わなければアイズには勝てなかったことも事実。

「ううん、魔道具(マジックアイテム)もミクロの実力だから私は気にしない」

「ありがとう」

暗示が解けたのか動けるようになったアイズは素直に自身の敗北を認める。

「私はもっと強くなりたい。だからまた戦ってくれる?」

「わかった。次は魔道具(マジックアイテム)無しで戦う」

手を握り合う二人にやれやれと肩を竦めるフィン、微笑するアグライアとロキ。

そこでミクロ達は【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)を出て自身の本拠(ホーム)に帰る。

「ねぇ、ミクロ。戦う前に貴方が言っていたことは本当なの?」

自分に近い何かを感じたと言ったミクロ。

神血(イコル)が流れているミクロにアイズはそれに近い何かを感じ取ったミクロは首を横に振った。

「わからない。だけど、どういう訳かそんな気がした」

「………」

ミクロの言葉に思考を働かせるアグライア。

ミクロの勘はよく当たる。

一緒に暮らしているからこそそれがよくわかる。

「ロキのところにも訳アリがいるということかしら」

ロキはミクロの正体を知った上で誘ったのか?

だからアイズと戦わせたのか?

その真意はわからなかった。

 

 

 



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第三十話

【アグライア・ファミリア】が結成されてから早くも二年が経過。

始めはミクロ一人から始まった【ファミリア】だが、二年という月日の時間で見違えるぐらい変化した。

団員数は三十人を超えて本拠(ホーム)も新しくなり、【ファミリア】の団長にまでなったミクロ。

仲間と出会い、助け助けられて困難を乗り越えてきた。

そのミクロ達は現在本拠(ホーム)の中庭、主に団員の鍛錬場として使っている中庭に集まり団員全員で模擬戦を行っている。

「おおおおおおおっ!くたばれ!団長!!」

吠えながら手に持っている大剣を振り上げる男性団員は嫉妬の咆哮を上げて大剣を振り下ろすがあっさりと躱されて回し蹴りを喰らい壁まで蹴り飛ばされる。

「叫ぶ必要はない」

「お、おっす」

注意され、気を失う男性団員。

「次」

集まっている団員達に視線を向ける。

今日は月に二回ある【ファミリア】の団員全員で行う模擬戦。

主にLv.2以上のミクロ達相手に他の団員はどう戦うかを考える。

強敵相手にどう冷静に対応して戦うかもしくは逃げるかを判断して生き残るための術を考えさせる。

隙がなく多才な武器と道具(アイテム)を使うミクロ。

近接戦闘、主に徒手空拳を使うリュコス。

遠距離で攻撃を繰り出すティヒア。

総合的戦闘能力が高いリュー。

それぞれと戦わせて団員の総合的能力を高める戦闘訓練。

それを行って団員達を鍛えていくミクロ達。

「よろしくお願いします!」

「ご教授お願い致します」

「よろしく」

頭を下げるフールとスィーラはそれぞれの武器を持ってミクロと対峙する。

ミクロ達は基本的には一人で相手になるがフールなど他の団員達は単独(ソロ)でも一団(パーティ)でも構わない。

「はぁ!」

短剣を振るうフールの攻撃を躱してミクロは初めは何もせず回避に専念する。

「【天に轟くは正義の天声。禍を(もたら)す者に裁きの一撃を】」

杖を構えて詠唱を唱えるスィーラ。

詠唱を止めようと動こうとするがフールが短剣を振ってそれを阻止する。

「ハアァァァ!」

振り下ろす、振り上げる、振り払う。

意地でもスィーラの邪魔をしないようにフールがスィーラを守る。

「【鳴り響く招雷の轟き。天より落ちて罪人を裁け】」

詠唱が終えたとほぼ同時にフールは大きく後退。

「【フラーバ・エクエール】!」

スィーラの杖から放たれた雷属性の魔法は宙に弧を描き、ミクロに襲いかかる。

短文詠唱より放たれたにも関わらずその規模は大きく回避困難。

スィーラのありったけ精神力(マインド)をつぎ込んだ本気の一撃。

強敵相手ということを想定した上での模擬戦に申し分ない魔法。

その一撃はミクロを中心に降り注ぎ爆撃と言って相違ない広範囲魔法に中庭全体が揺れる。

「スィーラ……」

「えっと……」

頬を引くつかせるフールにスィーラは冷や汗を流す。

ミクロがいた場所には大穴が空いており、ミクロ本人の姿はなく流石の本気の一撃に他の団員達は目を見開かせる。

やりすぎ。と誰もが思った。

「いい一撃だった」

「だ、団長!?」

突如フールの背後から現れたミクロに驚愕する二人。

「ご、ご無事で」

ミクロが無事だったことに安堵するスィーラはほっと胸を撫でる。

「危なかった」

「危ないで済むんですか!?」

叫ぶフールの言葉に他の団員達も同意するように頷く。

スィーラの魔法は回避困難ではあったが不可能ではない。

だから回避できたと当たり前のように告げるミクロ。

同意するように頷くリュー達だがフール達はその考えが理解出来なかった。

同じように回避しろと言われても出来るわけがないと自信を持って言える。

それだけスィーラはの魔法は凄かった。

だけど、それ以上にミクロの実力の底が見えないことに実感できた。

多くの偉業を達成してきたミクロ・イヤロス。

改めて自分達の団長の実力に驚かされる。

「でも、詠唱はもっと早くできるようになった方がいい。敵は詠唱を待つほど馬鹿じゃない。リューみたいに並行詠唱も出来れば問題ない」

「…努力します」

ミクロの助言を胸にしまうスィーラ。

発動の失敗や魔力の暴発を防ぐために停止して魔法を行うが、並行詠唱を身に付ければ動きながらでも魔法を発動することが出来る。

だが、並行詠唱は難物の代物。

その技術を身に着けるにはまだまだ訓練がスィーラには必要だった。

思ったこと、気付いたことを口にしながら訓練を続ける【アグライア・ファミリア】。

「さぁさぁ!休憩にしますわよ!」

手を叩いて休憩をするように催促するセシシャ。

訓練に熱が入った団員達はその言葉に落ち着きを取り戻して休憩に入る。

地面に座りながらセシシャから配布される水の入った容器を受け取る団員達。

「ほら、貴方の分ですわ」

「ありがとう」

水を貰って飲むミクロは自身の両手を見ながら考えていた。

ミクロは基本的に見たり、教われば大抵のことは会得することが出来る。

だけど、アイズの剣技を直に見て会得は困難、不可能と判断した。

凄まじいあの剣戟を身に着けることが出来ればと考えて試したがアイズの劣化版ぐらいにしかならなかった。

体格が優れていないミクロは普通の男性より細く、小さい。

短所を補うために様々な技術を身に着けている。

ナイフ、投げナイフ、道具(アイテム)、戦術、今は『魔道具(マジックアイテム)』などを駆使して今までの困難を乗り越えてきた。

だが、単純な力なら前の探索でLv.3になったリュコスよりも劣る。

『イスクース』を使えば単純な力技はどうにかなる。

だが、今ミクロに必要なのはアイズの剣技のような一点特化された能力。

戦ったミクロだからわかる。

アイズの間合いはまるで剣の結界。

結界内に入ったものを切り刻む圧倒的剣技。

純粋な勝負なら同じLv.でも勝てる見込みはなかった。

これからの事を考えたらミクロは自分なりの能力を見つける必要があった。

少なくともアイズの剣技を破れるぐらい能力が。

「リュー」

「はい?」

「戦って」

休憩中にも関わらずそう懇願するミクロに驚きながらも了承した。

リューも前にアグライアと共にミクロは【ロキ・ファミリア】に赴きアイズと戦ったことはミクロ本人から聞いて知っている。

きっと何か思い当たることでもあったのだろうと長い付き合いでそれを察したリューはミクロと対峙した。

「団長と副団長の模擬戦!?」

団員達はこれから模擬戦をしようとするミクロ達に興味深く観戦する。

リュコス達も特に何も言わずに戦いを見守る。

一人、休憩ぐらいしなさいと愚痴をこぼす者もいたがその声は誰の耳にも届かなかった。

「リュー。本気できて」

「わかりました」

小太刀を抜刀するリューにミクロも構える。

「行きます」

視線が鋭くなるリューにミクロもどこから攻撃が来ても耐えれるように周囲を警戒する。

「はい、そこまで」

「「っ!?」」

だが、二人の間にアグライアが割って入って来た。

「貴方達が本気で戦ったらせっかくの家が壊れちゃうじゃない。それに今は休憩中よ。しっかりと体を休ませなさい」

アグライアの言葉に団員達は確かにと同意する。

「………」

「そんな不満そうな顔をしても駄目よ」

視線を向けるミクロにアグライアはそう答える。

主神の言葉に二人は言われた通りに休憩を取る。

いつもと変わらない表情と態度だけど付き合いの長いアグライアとリューは拗ねているとすぐに理解した。

子供っぽい反応をするようになったミクロに嬉しさ半分呆れ半分だった。

「思い悩んでいるのね」

ミクロはアイズから何かを感じ取った。

それ以外にもアイズとの勝負の後からどこか思い悩んでいるところがあったことは知っていた。

「………」

リューも何となくではあるがミクロが悩んでいることは察していた。

先程の態度を見て悩んでいる原因は自身の戦闘スタイルだと推測もできた。

ミクロは状況に応じて様々な能力を発揮することが出来る。

物を扱う器用さ、柔軟な思考、瞬間的な判断能力。

魔法、スキル、『魔道具(マジックアイテム)』を抜きにしてもミクロは全体的に能力が優れている。

しかし、悪く言えば才能さえあれば誰でもできる。

そして、リューは押し切ろうと思えば押し切れる。

全体的能力が高いミクロにとって弱点と呼べるのは一点に特化された能力。

ミクロが張り巡らせている実力に僅かに空いている穴をこじ開けられることができればミクロを倒すことは難しくない。

最もそこまでたどり着くのは容易ではない上に何重にも策を巡らせているミクロにとっては格好の餌になる。

単純にミクロを上回る実力があり、一点に特化された能力があって初めて成功する。

だけど、ミクロ自身が何かに一点に特化できる能力があればその弱点は消える。

既にLv.3のミクロは大抵の敵は安易に倒すことが出来る。

今も強くなってきているミクロにとってそこまで慌てる必要は本来ならないのだが、それをミクロが望んでいるのならリューは力になるつもりでいた。

脚に装備しているロングブーツに視線を向けながらそう決意する。

「さぁ!再開しますわよ!」

休憩が終わり鍛錬を再開するミクロ達。

団員達との模擬戦を行いながらミクロは自身の戦闘スタイルに頭を悩ませる。



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第31話

誰もが寝静まむ深夜の時間帯にミクロは一人で武器を振り回していた。

激しく動き回りながらミクロは前に戦ったアイズを想像しながら頭の中で模擬戦を行っていた。

「………」

だけど、途中で動きを止めて軽く息を吐いた。

ミクロはいつも使っているナイフと梅椿以外の武器も使おうと思えば使える。

素手でも十分に戦える。

だけど、それだけだった。

素手ならリュコスより劣り、弓を使ってもティヒアより劣る。

そこに己の長所を活かす発展アビリティがある。

ティヒアはLv.2の時に『狙撃』を発現させて、リュコスはLv.3で『拳打』を発現させた。

リューに至っては木刀と小太刀で接近戦を行いながら強力な魔法で相手にトドメをさすことができる。

自分が絶対に負けないという能力をミクロは持っていなかった。

一点に特化された能力、特技とも言えるものはミクロにはない。

精々体が頑丈なのと『魔道具(マジックアイテム)』が作れることぐらい。

全体的に優れているミクロにとってそれ以上になれる何かがなかった。

だから今使っているナイフと梅椿を極めようと誰もいない時間帯である深夜で武器を振っていたがそこで新たに気付いたことがあった。

それはこれ以上伸びしろがないということ。

二年間ミクロは今持っている武器で戦ってきた。

初めの頃よりかは使えるようにはなったが今では中々上達していない。

限界がきたとすぐに察した。

体格が優れていないミクロはその理由は路地裏での生活のせいだろうと理解していた。

まともな食事にありつけず、痛めつけられもすれば体がおかしくなるのも頷ける。

骨を折られることも当たり前のようにあった。

しかし、そんなことは言い訳にならないし今更どうしようもない。

そのことを承知でミクロはナイフという軽く小回りの利く武器を選んだ。

だけどその限界が訪れた。

恐らく他の武器を使ってもそれは変わらないどころかそれ以下。

「限界か」

こればかりはどうしようもなかった。

今までは他で補ってきたがアイズとの模擬戦でそれも難しくなってきたと気づいた。

「何をしているのですか?」

「リュー」

背後から聞こえた声に振り返るとリューが立っていた。

「何を悩んでいるのか教えてはくれませんか?」

「……俺はこれ以上強くなれるかわからない」

「貴方は今でも強い。そこまで強くなることに拘る必要があるのですか?」

冒険者の大半はLv.1で生涯を終える。

Lv.3のミクロはその時点で十分に強い。

「俺は団長になった。なら団員の誰よりも強くなる必要がある」

一つの【ファミリア】を背負う団長とという責務。

団員の誰よりも強くならなければ示しがつかない。

「リューや皆は優しい。だから弱いままでいるのも甘えるままでいる訳にもいかない」

「ミクロ……」

その言葉にリューは言葉を詰まらせる。

優しいのは貴方の方だと言いたかった。

リュー達が今のように過ごせているのも全てはミクロのおかげ。

誰よりも速く駆け付け、守り、助け、手を差し伸ばしてきてくれた。

その事が何よりも嬉しく感謝している。

だけど今のミクロになんて声をかければわからなかった。

碌に人を励ましたことのないリュー。

親友(アリーゼ)がいる時もいつも励まされるのは自分だった。

大切な人が悩んでいる。

それなのに自分は慰める言葉も思いつかないのかと悔やむ。

『しゃんとしなさい!リオン!』

「っ!?」

突如聞こえた親友(アリーゼ)の声に周囲を見渡すがいるのは自分とミクロの二人だけ。

死んだ親友(アリーゼ)の幻聴に一驚するがリューは内心で励ましてくれた親友(アリーゼ)に感謝する。

「ミクロ」

声をかけ、手を握りしめる。

「貴方は一人じゃない。私も【ファミリア】の皆も貴方の力になる。だから一人で悩むのは止めてください」

頭の中で精一杯言葉を選んでミクロを励ます。

「互いに助け合うのが仲間(ファミリア)です」

自分の中の精一杯の言葉を告げた。

「わかった」

リューの言葉に頷く。

どうにか励ますことが出来たことに安堵してリューは小太刀を抜刀する。

「それではあの時の続きをしましょう」

模擬戦を行おうとしたが主神であるアグライアに止められて中断された模擬戦。

こうしてミクロの悩みを少しでも解消できたらと思いその望みに応える。

ミクロも武器を構えてリューと対峙する。

「遠慮はいりません。私も全力で応じます」

「わかった」

互いに駆け出して得物をぶつけ合う。

その光景をアグライアは窓から見ていた。

「やっぱり下界の子供の成長はいいものね」

衝突しまう二人を見ながら微笑するアグライアだが、時間を考えて欲しかった。

その夜、鳴り響く金属音や衝突し合う音で団員達は目を覚ましてから眠れずその日は寝不足になった。

居室(リビング)で正座して反省する団長(ミクロ)副団長(リュー)は団員達にこってりと怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

リューに励まされてから数日後、ミクロは自分なりの答えを見つけ出していた。

自分を活かす戦い方を、自分だけの武器を見つけ出した。

他の誰にでも真似できないその能力。

道具(アイテム)や本が散乱しているミクロの自室。

リュー達が見れば一言で片付けろと一蹴するほど散らかっている部屋でミクロは自分だけの『魔道具(マジックアイテム)』を作製していた。

リューの言葉を聞いて思いついたこの『魔道具(マジックアイテム)』がどこまで通用するかはまだわからない。

だけど、これが自分の特化された能力だというのは確かだった。

「出来た」

完成した三つの『魔道具(マジックアイテム)』。

これをどう活かすか殺すかはこれからのミクロに掛かっている。



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第32話

ミクロ達を含めて団員全員は居室(リビング)に集まってこれから団長であるミクロが発表することに緊張しながらも静かに耳を澄ませていた。

全員の前に立つミクロは口を開けて発表する。

「これより、遠征に行くメンバーを発表する」

【ファミリア】が結成してから初めて行う『遠征』。

今までは朝早くからダンジョンに赴きその日には帰還していた。

だが、【ファミリア】も大きくなって団員達の実力もある程度把握できるようになったことによりミクロ達は『遠征』を行うことにした。

「今までは22階層までだったが今回の遠征での目標到達階層は24階層とする。前衛は俺とリュコス」

「あいよ」

「中衛はリュー」

「はい」

「後衛はティヒアとスィーラ」

「わかったわ」

「わ、私ですか……?」

幹部であるティヒア達を除いて選ばれたスィーラは目を見開かせて自身が選ばれたことに困惑する。

「後衛の火力不足を補うにはスィーラの魔法が一番適している。高威力の魔法ならリューも使えるけど中衛のリューにそれは難しい。だからスィーラを後衛に選んだ」

中衛のリューに魔法も使用させるのは負担が大きくなる。

更に緊急時にリューの魔法を温存する必要もある為、ミクロはスィーラを選んだ。

「やったじゃん!スィーラ!」

相棒であるスィーラが選ばれたことに自分事のように喜ぶフール。

一度スィーラの魔法を見たことある団員達も選ばれたことに納得するように頷く。

「わかりました。微力ながら頑張らせていただきます」

「頼む。次にサポーターはパルフェ、フール……」

パルフェを始め数人のサポーターを発表して今回の遠征の目的は到達階層を増やすことと余裕があれば【ファミリア】の資金を手に入れる。

「出発は正午。解散」

その二つを目標に発表を終えて各自準備に取り掛からせる。

ミクロ自身も自室に一度戻り準備に取り掛かる。

武器、道具(アイテム)、『魔道具(マジックアイテム)』を装備して準備を整えている。

「ミクロ。いいかしら?」

「問題ない」

ノックして入って来たアグライア。

「【ステイタス】を更新しておきましょう。するとしないとでは違うわ」

「わかった」

【ステイタス】を更新する為に上着を捲るミクロにアグライアは手早く【ステイタス】の更新を終わらせる。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.3

力:B756

耐久:A889

器用:S974

敏捷:A872

魔力:A897

堅牢:H

神秘:I

 

ミクロがLv.3になって半年近く。

確かにミクロは前衛で一番多く【経験値(エクセリア)】を稼げる。

最近では襲いかかってくるモンスターを一人で倒しているという報告も受けているアグライアだが、やはりこの成長速度には驚きを隠せない。

「はい。終わったわ」

更新を終わらせて更新用紙をミクロに渡す度にアグライアはミクロの成長にシヴァが関わっていることを考えてしまう。

アグライアはミクロに神血(イコル)が流れているのを知ってから自分なりにシヴァとその【ファミリア】の情報を集めている。

だけどわかったのは公開されていた情報だけでそれ以上は何もわからなかった。

問題がなければそれでいいが何故か今朝から不安を感じるアグライアは万が一を備えて【ステイタス】の更新を行った。

「リュー達のところ行ってくる」

「ええ、ちゃんと全員で生きて帰ってくるのよ」

「わかった」

部屋を出ていくミクロの前にセシシャが腕を組んで立っていた。

「あの、ミクロ」

「どうした?」

何かに悩んでいたセシシャはそれをミクロに伝えようと思った。

「あの、いえ、やはり何でもありませんわ」

「わかった」

思ったが、これから『遠征』に行くミクロに負担を掛けまいとその言葉を呑み込む。

何でもないと分かったミクロはその場から離れてリュー達のところに向かう。

「やはり、伝える必要はありませんわよね」

一枚の情報紙を持ってセシシャは今日の交渉のことについてもう少し詰めておこうと行動に移る。

「【シヴァ・ファミリア】の脱獄だなんて私達には関係ありませんわ」

『ギルドの牢獄から【シヴァ・ファミリア】の団員が脱獄!何者かが手引きした可能性あり!』

セシシャが持っている情報紙の一端にそう記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、ギルドの連中がなんか騒いでいたね」

ダンジョンに潜る前にギルドの職員が慌ただしい雰囲気をしていたが特に気にも止めずダンジョンに潜っていたミクロ達。

思い出したかのようにリュコスがそう口にするとミクロ達も頷いて応えた。

「少し聞こえたなんだけど何でもどこかの【ファミリア】が脱獄したみたいよ」

ギルドの職員の声が聞こえたティヒアはそんなことを言っていたとミクロ達に教える。

「二人とも。気を緩めてはいけません」

談話するリュコス達に注意を促すリュー。

「って言われてね」

チラと視線を前に向けるリュコス達の先には一人でモンスターを殲滅しているミクロ。

「もうこの階層だとミクロ一人で十分じゃないか」

『遠征』を始めて既に19階層に到達したミクロ達。

当然この階層に来るまでモンスターは襲いかかってはきたがそれをミクロ一人で討伐した。

「終わった」

当然のように終わらせるミクロはパルフェ達に魔石とドロップアイテムの回収を任せて一休憩を取る。

「………」

自身に身に着けている『魔道具(マジックアイテム)』にどこも不調はないことを確認できたミクロは次の階層からは一度下がってリュー達に指揮を執る予定となっている。

これからのことを考えて多くの事を知らなければならない。

指揮の執り方もその一つ。

まだまだ発展途上の【アグライア・ファミリア】。

その団長を務めているミクロは学ぶべきものは多い。

パルフェ達が回収を終えてミクロ達は前進し、20階層に向かう途中でリュコスとティヒアが何かに気付いた。

「誰だい!?そこに隠れているのは!?」

「出てきなさい!」

獣人である二人は誰かが近くに隠れ、こちらの様子を窺っていることに気付いた。

その二人の反応に戦闘態勢を取るミクロ達。

全員の視線の先に二人の男女が現れた。

長槍を持つ男性の人間(ヒューマン)と二振りのメイスを腰にかけている女性の猫人(キャットピープル)が草むらから姿を現した。

「何か用?」

ミクロが二人にそう尋ねると男性の方が爽やかに答える。

「申し訳ありません。なんせ、久々に再会したものですからどれだけ成長したのか気になりましてね」

「知り合い?」

男性の言葉にミクロはリュー達にそう訊くが誰もが首を横に振った。

もちろんミクロも覚えがない。

疑問に抱くミクロ達に猫人(キャットピープル)の女性がせせら笑うようにミクロを指す。

「シャラ達が言っているのはお前ニャ。ミクロ、いや、へレス団長の息子」

その言葉瞬時に理解出来たミクロ。

だが、その瞬間を狙ったかのようにミクロ達の背後から複数の冒険者が襲いかかって来た。

『っ!?』

誰もが驚愕するなかでミクロは『魔道具(マジックアイテム)』を発動させようとしたが襲いかかっくる槍をナイフで防ぐ。

「貴方の相手はわたしですよ、ミクロ君」

槍の連撃によってリュー達から離れていくミクロは目の前にいる男の実力に気付いた。

「Lv.4」

「正解です。あ、私の名前はセツラです。よろしく」

「ミクロ!?」

離れていくミクロにリューは襲いかかってくる冒険者を撃退しながら追いかけようとするが目の前にシャラが立ちはだかる。

「お前達の相手はシャラ達ニャ。エルフ」

「どきなさい!」

木刀とメイスがぶつかり合うなかでリューはシャラが自身と同じLv.4だと気付く。「にゃはは。【シヴァ・ファミリア】所属シャラ・ディアブル。愉快に面白く壊してあげるニャ」

狂喜に満ちた笑みで二振りのメイスを振るうシャラ。

内心で離れていくミクロの心配をしながらリューはシャラと対峙する。

一方でリュー達と離れてしまったミクロはセツラと交戦していた。

「やりますね。流石は団長の息子です」

「知った事か」

褒めるセツラにどうでもよさそうに返事をしてセツラと距離を取る。

「何故俺を狙う?」

「頼まれたからですよ。貴方の父親であるへレス団長に。貴方の様子を見てこいとね。まぁ、ずっと牢獄生活でしたからいい気分転換にはなりますけどね」

「俺の父親はどこにいる?」

「流石にそこまではわかりません。もうオラリオに出て行ったかもしれませんね。一応は要注意人物(ブラックリスト)に載っていますから」

ミクロの問いに何の疑問も抱かず平然と答えたセツラは笑みを浮かばせたままミクロに声をかける。

「ミクロ君は私達のことをどこまで知っていますか?」

「シヴァと父親がまだ捕まっていない、【シヴァ・ファミリア】はゼウス・ヘラの【ファミリア】に壊滅された」

「なら、どうして滅ぼされたかご存じで?」

「オラリオの破壊が公になったから」

「公になった原因は何かわかります?」

その問いにミクロは答えられなかった。

それを承知でセツラは答えた。

「ミクロ君の母親、シャルロット・イヤロスが私達の計画を公にしたせいですよ。【不滅の魔女(エオニオ・ウィッチ)】の二つ名を持つ【シヴァ・ファミリア】副団長のせいでね」

セツラの表情から笑みは消えて表情を歪ませる。

「あの女のせいで私達はオラリオの破壊という至高の快楽を味わうことが出来なかった。全く持っていい迷惑です」

吐き捨てるように言い放つセツラは再び笑みを浮かべた。

「ミクロ君。貴方は特別な存在だ。自分が思っている以上に。それ故に知っているはずです。破壊の快楽を、混沌の空気を、血を沸騰させ、肉を躍らせる快感を!悦びを!貴方は知っているはずだ!」

壊すことに悦びを知ったセツラはその悦びをミクロに語った。

同意を求めるように、同士に語り合うように狂喜に満ちた笑顔でミクロに手を差し伸ばした。

「一緒にオラリオを出ましょう。そして、あの時出来なかったオラリオの破壊を共に行いましょう!」

「断る」

だが、ミクロはその手を払いのけた。

「お前の言う通り俺は知っている。破壊の快楽もその悦びもその全ても。だけど、アグライアが教えてくれた」

路地裏で生活していたミクロならセツラの手を握っていただろう。

だけど、今はもう違う。

「この世界は美しいと。壊すなんてもったいないと。俺はアグライアと仲間達と共にこの世界を堪能する。オラリオの破壊はその夢も壊す」

ミクロはナイフと梅椿を持って構える。

「その夢を壊そうというのならお前等は俺の敵だ」

その言葉を聞いたセツラは落胆するように息を吐いた。

「残念です。どうやら貴方は出会いを間違えたようだ」

槍を構えるセツラは淡々とミクロに言う。

(ころ)してあげましょう。そして後悔なさい。自分が愚かな神と出会ったことに」

(ころ)されるのはお前の方だ」

唐突に襲いかかって来た【シヴァ・ファミリア】の団員達。

戦闘を繰り広げているリュー達とシャラ達。

衝突し合うミクロとセツラ。

 



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第33話

「ミクロの母親、シャラ達の副団長であるシャルロットのせいでシャラ達は捕まったニャ」

メイスを振り回しながら自身の経緯を話すシャラにリューは木刀で応戦しながらシャラの言葉に聞き覚えがあった。

【シヴァ・ファミリア】。

風の噂で聞いた程度だったが団員の一人一人が常識はずれに強く、凶悪で残忍な性格を持っている者が多い【ファミリア】。

今対峙しているシャラの狂喜に満ちた笑みを見て改めてそれが事実だと思い知らされる。

そして、強いということも。

同じLv.にも関わらずシャラの俊敏さにリューは手を焼いている。

リュコス達も同様にシャラ以外の団員達と交戦しているが苦戦を強いられている。

「ミクロはシャラ達の【ファミリア】の子供ニャ。お前等の仲間じゃないニャ」

シャラの口から語られるミクロの出生の秘密。

ミクロが【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供だと知ってリュー達は少なからずのショックを受ける。

「それが何ですか?」

「ニャ?」

だけど、リュー達にとってはその程度のことだった。

「過去など関係ない。ミクロはミクロだ。その程度の事で私達がミクロの事を見限る訳がない」

助けを求めているのであればミクロは誰であろうと助けてきた。

リュー、ティヒア、リュコス、パルフェはミクロによって救われた。

後ろめたいことにも気にも止めずに手を差し伸ばして受け入れてきた。

「ミクロは私達【アグライア・ファミリア】の団長だ。【シヴァ・ファミリア】など関係ない」

リューはハッキリとシャラにそう告げた。

それを聞いたシャラの狂喜の笑みは深くなった。

「面白いニャ。その信頼ごとシャラ達が壊してあげるニャ」

加速するリューとシャラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、強い」

ミクロと対峙しているセツラは攻め倦んでいた。

左手に装着している白い布に魔力を送り、光の弓を形成するミクロは光の弓に右手を沿えると、弓の弦が引かれるように上下に伸びた光がしなり、一本の矢が生み出される。

弦を引いて光の矢を放つ。

ミクロ専用魔道具(マジックアイテム)『ヴェロス』。

左手に装着している白い布に魔力を送ることで光の弓を形成させて矢を放つことが出来る遠距離用の『魔道具(マジックアイテム)』。

「くっ」

放たれた矢を回避して接近するセツラにミクロは再び矢を放つと一度に複数の矢がセツラを襲う。

その矢を回避、槍で防ぐが後退を余儀なくなされる。

何の策もなく必要以上に近づければ自身の体が風穴だらけになることが明白だからだ。

ミクロが放つ矢は射程も長く、威力も高い。

Lv.差のおかげで今はかすり傷程度で終えているセツラだが、いつ自身の体に風穴を空けられるかわからなかった。

矢の動きは普通の矢と同じ軌道だが射程と威力が桁外れに高いことと放つ矢の形態まで変えることが出来る。

射程は短いが広範囲で放つことが出来る『散弾』。

射程と威力を高めた『貫通』。

威力射程ともに申し分ないが発射までに数秒時間がかかる『砲弾』。

その三つを使い分けてミクロはセツラと距離を取りつつ攻撃を仕掛けている。

「ハッ!」

セツラは槍を投げた。

投げ槍のように投擲する槍を回避するミクロの一瞬の隙に狙いを定めて一気に接近。

矢を放つことが出来ないほど接近することに成功したセツラは腰にかけている短剣でミクロを攻撃する。

「なっ!?」

だが、瞬時ミクロは姿を消した。

そしてセツラの背後からミクロは姿を現して殴り飛ばした。

「くぅ!」

苦痛の声をあげるセツラは咄嗟に両腕を交差して防御に成功したがあまりの威力に腕の骨に罅が入る。

ミクロの腕には腕力を上げる魔道具(マジックアイテム)『イスクース』が装着されている。

不意とはいえ、その威力にセツラは驚愕するがそれ以上に先ほどミクロが消えたことが気掛かりだったがその答えは自然にたどり着いた。

「影を移動する魔道具(マジックアイテム)ですか……」

「正解」

ミクロが脚に装着しているブーツに視線を向けるセツラにミクロは淡々と答えた。

影を瞬時に移動できる魔道具(マジックアイテム)『スキアー』。

装備した者に影移動を可能にさせる魔道具(マジックアイテム)

それを使い足元の影からセツラの影に移動して攻撃した。

ミクロはセツラと距離を取って木の影に入り再び光の弓『ヴェロス』を発動させる。

「いったいいくつの魔道具(マジックアイテム)を身に着けているのですか?」

「答える義理はない」

「確かに」

苦笑を浮かべながら槍を拾うセツラ。

「それがミクロ君の戦い方ですか?」

「ああ」

ミクロは全てに優れている。

だが、一つの事に特化することはできなかった代わりに編み出したミクロの答えは全てに対応できる万能スタイル。

相手が接近戦を得意とするなら遠距離で攻撃。

相手が中距離戦を得意とするなら近・遠距離で攻撃。

相手が遠距離戦を得意とするなら影を移動して接近戦に持ち込む。

近・中・遠距離全てに対応できるようにミクロは自分専用の魔道具(マジックアイテム)を作製して自分なりの戦い方を手に入れた。

全てに優れているミクロにしかできない全距離対応型戦闘スタイル。

それを可能として100%の能力を発揮できる魔道具(マジックアイテム)を作製した今のミクロに入り込む隙はない。

「今の一撃でお前は腕に力が入らない。降参して全てを話すというのならここで終わる」

「何を言っているのです?腕に罅ができた程度で――っ!?」

その時セツラは気付いた。

自身の腕に全く力が入らなかったことに。

そして気付かなかった。

ミクロに視線を向けた時に骸骨の指輪が視界に入っていたことに。

相手に強烈な暗示を掛けることが出来る『フォボス』。

自然な動作の中に組み込めばこの魔道具(マジックアイテム)もそれなりの役に立つ。

もう腕を上げることもできないセツラだが、ミクロは油断はしない。

速やかに的確にセツラを倒す為に矢の形態を変えて溜める。

『砲弾』として放つ矢は放つまで数秒の時間が有する。

矢が太くなることに気付いたセツラは直感で直撃はまずいと気づいた。

「動くな」

「っ!?」

だが、ミクロは逃がさない。

一瞬視線をミクロに向けた瞬間にミクロはセツラに暗示を掛ける。

暗示に掛かったセツラは指一本動かすことが出来ない。

動かなくなったセツラに『砲弾』は完成してミクロは照準をセツラに定めて放つ。

矢というより閃光に近いその矢は真っ直ぐとセツラに向かっていく。

「【我が身は先陣を切り、我が槍は破壊を統べる】!」

セツラは詠唱を唱えた。

「【ディストロル・ツィーネ】!」

次の瞬間、放たれた矢は斬られた。

「なるほど、相手に暗示を与える魔道具(マジックアイテム)ですか、発動条件はまだ不明ですが暗示とさえわかれば油断しなければ問題はありませんね」

ミクロの魔道具(マジックアイテム)『フォボス』を見切ったセツラは淡々とそう告げながら黒い槍で肩を叩く。

「まさか、こうも早く私の切り札の一つを出すことになるとは流石はへレス団長とシャルロット副団長の子供だ」

「………」

ミクロはセツラが握っている黒い槍に視線を向ける。

先ほどまで持っていたと槍とは違い、『ヴェロス』と同じ魔力で形成された槍だと気づく。

「しかし、これを発動した以上もう手加減は出来ません。腕の一本なくなる覚悟はした方がいいでしょう」

黒い槍を構えた瞬間、ミクロの目の前にセツラが現れた。

瞬時に『スキナー』を使用して影移動して回避するミクロはセツラと離れた場所から出て矢を放とうとしたがその前にセツラの槍が迫って来た。

ナイフと梅椿を取り出して槍を捌くが、一つ一つの攻撃が激しく、空間事削り取るような攻撃に防戦を強いられる。

「なるほど、ミクロ君は接近戦が苦手というわけでもないようですね」

傷を負いながらも致命傷を避けているミクロにセツラは称賛の言葉を送る。

「なら、もっと速くしましょう」

加速する槍の連続攻撃。

今、影に入ろうとしたら確実にミクロの腹に大きな風穴が開く。

「それ!」

「っ!?」

下からの切り上げにミクロは上空に打ち上げられる。

「さぁ、どうしま」

逃げ場のない上空にどう対応するかと思い顔を上げると光の弓を形成して自分の下にいるセツラに向かって再び『砲弾』を放った。

だが、セツラは容易にそれを躱した。

着地するミクロは更に後退してセツラと距離を取る。

「ふむ。上空に打ち上げられると同時に光の弓を形成してすぐに溜めていましたか。その判断は正しい」

まるで教え子の成長を喜ぶ先生のように褒めるセツラ。

「………」

ミクロは無言でセツラの魔法の分析を行っていた。

セツラの魔法は自身の身体能力を向上と魔力で作り出す黒い槍がセツラの魔法と推測した。

只でさえセツラはLv.4の上に身体能力を向上されたら先程の動きにも納得できる。

普段からリューと模擬戦をしていなければ先ほどの戦闘でミクロは倒されていた。

だけど、一番脅威なのはあの黒い槍だった。

もし、ミクロのナイフと梅椿に『不懐属性(デュランダル)』が付与されていなければ確実に武器は破壊されていた。

それだけの威力と切れ味があった。

どうするかと打開策を考えるミクロにセツラは声をかけた。

「ミクロ君。君はどうして特別か知っていますか?」

「知らん」

「でしょうね。ですから私の切り札を出したミクロ君に褒美としてその秘密を教えましょう」

丁度いい時間稼ぎと思いながらその言葉に頷いて返答した。

「ミクロ君にはシヴァ様の血、神血(イコル)が流れているのは知っていましたか?」

「ああ」

「実はというとミクロ君だけではないのですよ。神血(イコル)を与えられたのは。シヴァ様は眷属の間で出来た子供には全員に自身の血を与えていたのです。ですが、神の血は下界の子供には強すぎる。与えられたと同時に体が耐え切れなくなりすぐに死んでしまう。ここまで言えばわかるでしょう?」

言わなくてもミクロは察した。

「ミクロ君だけなのですよ。神の血に耐えられることができたのは。だからこそミクロ君は特別なのです」

「何故シヴァは自分の血を子供に与えた?」

「流石の私も神の考えまではわかりませんよ。さぁ、続きと行きましょうか」

黒い槍を構えるセツラにミクロは構える。

「何ニャ、まだ終わってないのかニャ?」

「おや、シャラさん」

姿を現したのはシャラと【シヴァ・ファミリア】の団員達に捕まっているリュー達。

「リュー、皆」

「ミクロ……すみません」

ボロボロの体に動きを拘束されているリューが謝罪の言葉をミクロに送る。

リュコスやティヒア達も同様に動きを封じられている。

「随分と数が減りましたね」

「厄介な魔道具(マジックアイテム)もあったけど一人人質に取ったら面白いくらい反撃しなくなったニャ」

リュー達を見下す様に笑うシャラは視線をミクロに向けた。

「さぁ、どうするニャ?シャラ達悪役らしく抵抗したらこいつらの命はないぞと言って欲しいかニャ?」

「らしいではなく完全な悪役ですけどね」

「にゃはは。言えてるニャ」

笑う二人にミクロは何もできなかった。

いや、何かをしようとすれば確実にリュー達が殺されてしまうからだ。

「ミクロ……彼らの狙いは貴方です。私達に構わず逃げなさい」

「うるさいニャ」

逃げるように催促するリューの頭部にシャラはメイスで殴った。

「生殺与奪はシャラ達にあるニャ。人質は大人しくしてるニャ」

「俺はどうすればいい?」

これ以上リュー達を攻撃されないようにセツラ達の視線を自身に向けさせる。

「にゃふふ。それじゃ抵抗するなニャ」

笑みを浮かばせて歩み寄るシャラはメイスをミクロに叩きつける。

「にゃはははっ!」

次々にメイスでミクロに攻撃するシャラ。

それを一心不乱に浴び続けるミクロは抵抗することなく大人しくメイスを喰らう。

その光景にセツラは呆れるように息を吐いた。

「やれやれ、【撲殺猫】の本性が現れましたか」

敵を一方的に叩き、壊すことを何よりの楽しみとする狂喜の猫人(キャットピープル)

それが【撲殺猫】シャラ・ディアブルの本性。

 

 



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第34話

リュー達を人質に取られたミクロは抵抗することなくシャラのメイスを浴び続ける。

血が流れようが、骨を砕かれようが絶妙な力加減で殺さない程度に痛めつけるシャラ。

少しでも長く壊すことを楽しむ為にシャラはミクロを嬲り続ける。

「にゃは~、それにしても頑丈だニャ」

メイスにこびり付いているミクロの血を払いながら愉快気に笑うシャラは正直にミクロの頑丈さに驚く。

ミクロの白い髪は赤く染まり、腕の骨は変な方向に曲がり、顔は原型がわからないほど腫れている。

「ミクロ……」

目を逸らしたくなるほど痛々しい姿になったミクロにリューは涙を流す。

こうなった原因は自分達にある。

もっと強ければ、警戒していればと後悔する。

「もう止めて……」

ティヒアは悲痛の声で止めるように懇願したがシャラは聞く耳持たずにメイスでミクロを殴る。

「くそ……」

リュコスは自身の弱さに嫌気をさした。

誰もが弱さに嘆き、後悔しているなかでミクロはリュー達に言った。

「大丈夫……これぐらい何ともない」

グシャという鈍い音が響く。

「まだ喋れるとは流石のシャラも驚きニャ」

「問題……ない」

再びメイスを喰らう。

既にスキル『破壊衝動(カタストロフィ)』は発動している。

だけど、リュー達を守る為にその衝動を抑えてシャラの攻撃に耐え続ける。

「全員で生きて帰るようにと、アグライアに、言われ」

ゴキと鳴り響く。

「しつこいニャ」

「俺は団長……皆を、守る」

ドゴと打ち叩かれる。

「何なのニャ?」

どれだけメイスを喰らってもミクロは決して倒れなかった。

立っているだけでやっとのはずなのにそれでも倒れない。

その異様な光景にシャラ達は首を傾げる。

普通ならとっくに命乞いをしてもいいどころか死んでいてもおかしくないほどメイスで叩きつけたのにミクロは倒れなかった。

両足でしっかりと立ち、目をシャラ達から逸らさらなかった。

「………」

そんなミクロにシャラは首を傾げながらメイスを指先で器用に回す。

そしてあることに閃いた。

「にゃ~るほど。ミクロの場合はこっちの方が壊しがいがありそうニャ」

笑みを浮かばせてリュー達に歩み寄るシャラ。

リュー達を壊してその後でミクロを完膚なきまでに壊そうと考えていた。

そのシャラにミクロは言った。

「………情けないな」

「にゃに?」

その言葉を聞いたシャラはピタリと歩むのを止めた。

「抵抗しない俺を壊すことも出来ないなんて情けない以外なんて言えばいい?」

挑発的な言葉を述べるミクロにシャラは頭がおかしくなったのかと思ったがそれは違うとすぐに断言できた。

あのへレス団長とシャルロット副団長の子供がそう簡単に壊れたりはしない。

二人の実力が嫌という程知っているシャラはミクロが何かを狙っていると推測した。

瀕死の状態で立っている、生きているだけで精一杯のミクロにいったい何ができるのか?

いや、出来たとしてもミクロよりLv.が上の自分が倒されるとは思えなかった。

「面白いニャ」

人質を取られて、自身の身も瀕死の状態で何ができるのか?

その好奇心に擽られてシャラはミクロに止めをさすことにした。

団長からは殺すなと言われていない。

なら、(ころ)しても問題はない。

そう決まったシャラはミクロの前に足を止めてメイスを大きく振り上げる。

「最後の言葉ぐらいは聞いてあげるニャ」

その言葉にミクロは甘んじて言った。

「リュー。皆を頼む……」

グシャという鈍い音が周囲に響き渡る。

「―――――っ!!」

頭から血を噴き出してゆっくりと後ろに倒れていくミクロにリュー達は言葉にならない絶叫を上げた。

ゆっくりと倒れていくミクロにシャラは満足そうに笑っていた。

「動くな」

その隙をミクロは逃さなかった。

「っ!?」

ミクロは『フォボス』を使って暗示を掛けた。

シャラでもなく、セツラでもないリューを拘束している冒険者に向かって。

ミクロはシャラのメイスを喰らいながらずっとそれを狙っていた。

止めの瞬間、誰の視線もミクロに釘付けになる。

それを利用してミクロは『フォボス』を使って油断しているリューを拘束している冒険者に暗示を掛けた。

『リュー。皆を頼む……』

リューは瞬時に理解した。

その言葉遺言ではなく、この状況を打破するための伏線だと。

拘束を逃れたリューは自身とリュコス達を拘束している冒険者達を瞬く間に倒して疾風如き速さでシャラに接近する。

「よくも……!」

怒りで顔を歪ませるリューは小太刀を抜刀してシャラに斬りかかる。

「よくも、ミクロをッ!!」

「ニャ!?」

咄嗟にメイスで防御するシャラだが怒涛とも言えるリューの攻撃に防戦を強いられる。

「ァァアアアアアアアアアッ!」

「ッ!?」

感情を爆発させてメイスごとシャラを切り裂いた。

「う、そにゃ……」

体から血を噴き出して倒れるシャラ。

「ミクロッ!?」

切り裂きたと同時にリューはミクロの元に駆け付け詠唱を唱える。

「【今は遠き森の歌。懐かしき生命の調べ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を】」

詠唱を唱え終えて回復魔法を発動させる。

「【ノア・ヒール】」

木漏れ日に似た暖光がミクロを包み込む。

駆け付けるティヒア達も持っている回復薬(ポーション)全てミクロにかける。

「無駄ですよ。いくら傷を塞いでも血を失いすぎている。回復薬(ポーション)やその回復魔法でも血までは元には戻りませんからね。最もすでに息を絶えているでしょうが」

「殺すッ!」

淡々と現実を突き付けるセツラにリュコスは殺意と憎しみを込めて攻撃する。

「ミクロ君は自分を犠牲としてこちらの一瞬の油断を利用し、仲間を信じて自身の全てを賭けた。シャラは貴方方の信頼関係を壊すことは出来なかったようですね」

リュコスの攻撃を回避しながら自身の全てを賭けたミクロに一驚する。

高い計算能力と冷静な判断能力、仲間との強い信頼。

それの一つでも欠けていたらミクロを含めてリュー達もここで絶命していた。

目を開けず息をしていないミクロ。

「ミクロ……お願いです、お願いですから目を」

「お願い。死なないで……」

「ミクロ……」

「団長……」

「ミクロ団長……」

涙を流しながらも今も回復魔法をかけるリュー。

ミクロの手を握って涙を流すティヒアとパルフェ。

涙を流しミクロから視線を外すスィーラ達。

「アアアアアアアアアアアアッッ!!」

感情をむき出しにして傷を負おうが構わずにセツラに攻撃を続けるリュコス。

ミクロの死に誰もが悲しみ、嘆き、怒り、後悔する。

その時だった。

ミクロの体に魔法円(マジックサークル)に似た魔法陣が出現したのは。

「あれは……ッ!」

その魔法陣にいち早く気づいたセツラの表情から驚きを隠せない。

「これは……」

白く光り輝く魔法陣。

驚愕と困惑のなかで突如発生した魔法陣。

だが、その魔法陣はすぐに消え去った。

まるで役目を終わらしたかのように。

「けふ」

「ミクロッ!?」

せき込み、目を開けるミクロに歓喜の声をあげて抱き着くリュー達。

「生きてる……?」

「はい、生きてます……」

「よかった……本当によかった……」

ミクロが生きていることに歓喜するリュー達。

遠くからミクロが生きていることに涙を拭うリュコス。

「ああ、なるほど……やはり、シャルロット。貴女はもう……」

哀し気に呟くセツラは先ほどの魔法陣を見てある事実に気が付いた。

「ミクロ君」

ミクロに歩み寄るセツラにリュー達はミクロを庇うように立ちセツラを睨む。

「リュー、皆。どいてくれ」

「ミクロ。ですが」

「団長命令」

こんな時に団長命令を出すミクロに一言何か言いたかったがその前にミクロがセツラの前に立つ。

「ミクロ君。私と戦いなさい。ミクロ君と私の一騎打ちです」

「わかった」

「私は全身全霊でミクロ君を(ころ)します。だから貴方も私を(ころ)す気で戦いなさい」

「わかった」

既に発動している黒い槍をミクロの前に突き出すとミクロもそれに応えるようにナイフを前に突き出す。

「では」

「勝負」

カン。と黒い槍とナイフを軽くぶつけ合って二人は再びぶつかり合う。

迫ってくるセツラにミクロは眼帯を取り外して(ホルスター)から魔道具(マジックアイテム)を取り出す。

神聖文字(ヒエログリフ)で『E』と刻まれている眼球のような魔道具(マジックアイテム)を今はない左目に装着する。

そして、襲いかかってくるセツラの黒い槍を全て迎撃する。

「それがミクロ君のとっておきですか!?」

「答える義理はない」

ミクロが自分用に作製した魔道具(マジックアイテム)『シリーズ・クローツ』。

『ヴェロス』『スキアー』より繊細で時間をかけたミクロのとっておき。

今ミクロが装着しているのは相手の視界を盗み見ることが出来る『シリーズ・クローツ』の一つ。

相手の視点から物事を見ることでどこを狙っているのか瞬時に把握できることによりミクロはセツラの攻撃を防ぎ、時には反撃する。

「【駆け翔べ】」

だけど、それだけでは足りない。

セツラに勝つには今の自分の限界を超えなければならない。

「【フルフォース】」

ミクロは切り札である魔法を発動させる。

白緑色の風を纏ったミクロはセツラと対峙する。

「ぐっ」

白緑色の風を纏ったミクロの攻撃を防ぐがその風までは防ぐことが出来ず傷ができる。

「ハッ!」

だけど、セツラは構わずにミクロの風の中に駆ける。

「シャルロット!貴女の子供はしっかりと貴方の血を、才能を受け継いでいる!ミクロ君!君も母親に感謝するべきだ!」

突然の意味深の言葉に疑問を抱くミクロだが構わずに攻撃を続ける。

「先ほどの魔法陣はシャルロットの魔法ですよ!シャルロットのみが使える代償魔法!そのおかげでミクロ君、貴方は生きているのですから!」

その時、セツラの首にかけていたブローチがミクロに風に斬り飛ばされてリューはそれを掴んで中身を見た。

そこには一人の美しい女性が描かれていた。

「まさか……」

リューは気付いた。

セツラがミクロの前に現れた本当の理由に。

だけど、今の二人の戦いに介入することは出来ない。

見守ることしかできなかった。

「行きますよ!」

セツラは大きく後退して黒い槍を消して最後の切り札を出す。

「【我が願いは叶わずとも我が想いは消えず今も熱く燃え上がり、決して消えない覚悟となって今もあり続ける】!」

魔法を唱えた。

「【我が望みは既に壊れている。だが、我が想いだけは何人たりとも壊させはしない】!」

「【駆け翔べ】」

ミクロはもう一度詠唱を唱えて再び白緑風を纏う。

「全開放」

相手の気持ちに応えるように体中からかき集めた精神力(マインド)を魔法に集中させる。

「【不滅を慕う我が覚悟を受け止めよ】!」

詠唱を終えたセツラはその魔法に全ての精神力(マインド)を捧げた。

ミクロは背後にある岩盤に着壁。

白緑色の風をナイフと梅椿、脚に纏わせる。

かつてゴライアスの体さえ貫いたその魔法にアグライアが名を与えた。

『そんなに凄い技なら名を決めないとね』

「アルグ・フルウィンド」

「【プロミネンスへヴァ―】!」

主神が名付けた必殺技を唱えてミクロは閃光のように速くセツラに突貫する。

だが、それと同時にセツラは魔法を放った。

拳から放たれる触れたものを全て焼き払う弩級の炎の砲弾。

人一人などあっさりと収まる大きさの炎の砲弾と閃光となったミクロはぶつかり合う。

ぶつかり合う閃光と砲弾。

二人の魔法の余波にリュー達は近づくことさえ許さない。

「ミクロ……」

「勝って!」

心配するリューの隣でティヒアが叫んだ。

「勝ちな!あたしらの団長だろう!」

「勝って、ミクロ!」

「団長!勝ってください!」

「団長!頑張って!」

ティヒアに続いてリュコス達も戦っているミクロに声援の言葉を送る。

仲間の声を聞いたリューもミクロの勝利を願う。

「ぬぐ……ハァァアアアアアアアアアア!!」

セツラは更に魔法の威力を上げる。

体中にある精神力(マインド)を一滴残らず魔法に注ぎ込む。

そして、ミクロの閃光は炎の砲弾に呑み込まれた。

「はぁ……はぁ……」

閃光を呑み込んだ炎の砲弾はそのまま真っ直ぐ突き進み自然消滅。

そして、辺り広がる眼前にミクロの姿はなかった。

「終わりだ」

「っ!?」

セツラの背後から現れたミクロはナイフでセツラを突き刺す。

「な、なぜ……」

背後から現れたことには驚かない。

ミクロが身に着けている『スキアー』を使えば影に移動してセツラの背後に現れることは知っている。

だが、平らな地面に影など存在しない。

それも魔法を使用しているなかでどうやって移動したのか。

「ああ、そういうことですか」

セツラは気付いた。

魔法を放った直線状には一つの穴が空いていることに。

打ち上げた時にミクロが『ヴェロス』で放った矢の砲弾の一撃。

そこには穴があり、影が存在していた。

「必殺技を囮にするとは……その発想力はやはりシャルロットに似ている」

ミクロは『ヴェロス』で放った一撃に出来た穴にある影を利用して背後から奇襲を仕掛ける為に必殺技を囮にした。

魔法がぶつかり合う場所がその穴の上に行くように計算してセツラの魔法の威力が高まったと同時に魔法を解き、影に入ってセツラを刺した。

ナイフを抜いて前のめりに倒れるセツラ。

致命傷を刺されたセツラは自身の敗北を認めて微笑んだ。

「やっと、終われるのですね……」

「………」

ミクロは途中から気付いていた。

セツラは既に壊れている、いや、壊されることを望んでいることに。

わざわざ一対一で戦うより始めからシャラ達と一緒に戦っていればまだ勝てる勝率が高かったにも関わらずセツラはミクロと対戦する時以外何もしてこなかった。

人質を取っている時も。

シャラがミクロを痛めつけている時も。

リュコスが攻撃している時も。

セツラは何もしてこなかった。

ゆっくりと上がる腕が弱弱しくも真っ直ぐミクロに向かって伸びる。

「ああ、シャルロット……私は」

そこで言葉が止まり、伸びた腕は落ちて目の光は完全に消えた。

「………」

ミクロは何も言わずセツラを抱える。

「遠征は中止。ひとまず18階層で休息を取る」

それだけを告げてミクロは18階層に向かって足を運ぶ。

リュー達も何も言わずにただ黙ってついて行く。

「………」

リューは手に持っているブローチを握りしめる。

ミクロを救ったのはミクロの母親であるシャルロット。

そのシャルロットを慕ってミクロに戦いに挑んだセツラ。

いったいミクロの背中にはどれだけのものを背負っているのか。

その考えばかりが頭を動かさせる。



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第35話

【シヴァ・ファミリア】の団員達との決着が終えて数日後。

ミクロは一人で街中を歩いていた。

セツラとの戦いに傷が癒えたミクロは全ての事情をアグライアに報告して【ステイタス】を更新したらLv.4になっていた。

しかも、今回【ランクアップ】したのはミクロだけではなくリューもLv.5に到達した。

発現した発展アビリティをミクロは精神力(マインド)が自動で回復する『精癒』を選び。

リューは魔法の威力強化、効果範囲拡大、精神力効率など魔法の補助をもたらす『魔導』。

それぞれの発展アビリティを選択してギルドに【ランクアップ】の報告を終わらせたミクロは街中を歩いている。

特に理由はない。

ただ目的もなく歩いている。

「………」

(ホルスター)から取り出してブローチを見る。

セツラが持っていたブローチにはミクロの母親であるシャルロットが描かれていた。

何故セツラがこれを持っていたのかはわからない。

そして、へレスは何が目的でミクロを襲わせるように命じたのか。

まだ色々と謎が多かった。

「よぉ」

その時、突然目の前に現れた一人の男性。

気配もなく突然現れたミクロは咄嗟にナイフを抜こうとしたがすぐにそれを止めた。

もし抜けば確実に自分が死ぬことが想像できたからだ。

突然現れた男は紛れもなく強者だと本能がそうミクロに教えた。

男はその反応に口角を上げて笑みを浮かばせる。

「ほぅ、いい判断だ。セツラを倒したのも頷ける」

「誰だ?」

「お前の父親だ。ミクロ」

あっさりと答えるへレスにミクロは警戒を強める。

【シヴァ・ファミリア】団長、へレス・イヤロス。

自身の父親と呼べる男が目の前にいるのだから。

「まぁ、落ち着け。ここで戦うのはこちらもまずいからな」

制止を促すへレスは周囲に視線を向ける。

まだ人が多く歩いているなかで戦えば少なくとも被害は出て自身の【ファミリア】にも何らかの罰則(ペナルティ)が発生してしまう。

「安心しろ。今回は話を終えたら都市を出ていくつもりだ。親子水入らずに談話でもしようぜ?」

「……わかった」

へレスの言葉にミクロは従うしかなかった。

騒ぎを起こすわけにも仲間を呼ぶ隙もへレスはきっと与えてくれないどころかその隙があれば確実にミクロの息の根を止めてくる。

本当に都市を出ていくかは不明だが、今は従う以外の道がなかった。

二人は近くの喫茶店に入り、向かい合うように席に座る。

「俺がコーヒー。お前はどうする?」

「いらない」

「そうか」

あくまで警戒を解かないミクロにへレスは普通に注文を取る。

「そういや、お前が所属している【ファミリア】、【アグライア・ファミリア】だったか?その年で団長とはその辺は俺に似てんのかね?」

「知るか」

「なかなか有名みたいだな?この都市に来てからお前の噂話をよく聞くぞ?」

「目的はなんだ?」

談話するへレスにミクロは単刀直入に目的を問いかける。

へレスは要注意人物(ブラックリスト)に載っている。

その人物が目的もなく自分の前に現れる訳がない。

問いかけるミクロにへレスは呆れるように息を吐いた。

「やれやれ、少しは会話を楽しもうとはしねえのかよ?」

「よく言う。会話を楽しむつもりなんて初めからないくせに」

「ほう、何故そう思う?」

「お前の眼は破壊にしか興味はない」

へレスの眼は前に戦ったシャラ以上に狂喜の眼をしている。

その事を見抜いたミクロにへレスは微笑する。

「なるほど。中身はシャルロットに似てんのな。あいつもそういうところは鋭かったけな」

微笑を浮かべるへレスは懐から一冊の本をテーブルに置いた。

魔導書(グリモア)だ。これをお前にやる」

「何故?」

読むだけで魔法を使えるようになる魔導書(グリモア)

それをミクロに渡して何の意味があるのかわからなかった。

「不満か?オラリオを出て魔法大国(アルテナ)で手に入れた物だが」

「これを俺に渡してお前に何の得がある?」

メリットどころかデメリットしかないその行為に疑問を抱いた。

「理由は二つだ。一つはセツラを倒した褒美とでも思え。父親が子供にご褒美を与えるのは当然だろう?」

「もう一つは?」

「シヴァ様の命令とついでに俺の欲求を満たす為だ」

へレスはミクロに指を指して告げる。

「お前はまだまだ強くなる。だから強くなってシヴァ様のところに会いに行けるように。それといずれは俺とお前で戦うことになる。なら、希望を与えてからお前を壊したほうが面白いだろう?」

「………」

へレスは静かに嗤った。

シャラより深い狂喜の笑みを浮かべたへレスはすぐに嗤うのを止める。

「せっかくだ。お前は俺に何か聞きたいことはねえのか?」

「……俺の母親シャルロットについて」

ミクロは(ホルスター)からブローチを取り出してそれをへレスに見せる。

「母親の行方と代償魔法のことについて知っていることを話せ」

「知ってどうする?」

「わからない。でも知っておかなければならないような気がする」

セツラとの戦いの前にミクロは一度死んだ。

だが、セツラは母親のおかげで生きていると言っていた。

自身の体から出現した魔法陣がシャルロットのもので代償魔法がミクロにかけられていたとしたらシャルロットは安否はどうなっているのか。

その答えがミクロは知りたかった。

「代償魔法はその名の通り自分の何かを支払うことで何かを得ることが出来る魔法だ。得るものに比例して失う。それが代償魔法。そして、お前が生きているのもシャルロットのおかげだ」

注文できたコーヒーを飲みながら答えるへレス。

「シヴァ様は自身の血を眷属の子に与えた。お前もその一人だ。だけど、耐えることが出来たのはシャルロットが代償魔法をお前にかけたおかげだ。あいつは自分の耐久全てをお前に与えた。それを引き換えに病弱になったがな」

その言葉にミクロは気付いた。

何故自分の体が異様に頑丈なのかを。

発展アビリティに『堅牢』が発現したのかを。

「あいつの安否に関しては俺も知らねえ。ゼウスとヘラの奴らからシヴァ様を逃がすのに精一杯だったからな」

へレスが述べる言葉にミクロは理解した。

もうシャルロットはこの世にいないことに。

その事が容易に想像できた。

「さて、それじゃ俺はそろそろお暇させてもらうぜ。逃走用の(ルート)がいつもあるとは限らねえからな」

立ち上がってその場を去ろうとするへレスは思い出したかのようにミクロに告げた。

「そうそう、セツラ達以外にも何人か脱走して今は逃げてはいるがいずれかはお前の前に現れるはずだ。そいつらを踏み台にして俺のところまで這い上がってこい」

それだけを告げてへレスは去って行った。

「……」

テーブルに置かれている魔導書(グリモア)を見つめながらミクロはしばらくの間そこから動けなかった。

 

 

 

 

 

しばらくしてからミクロはへレスが置いていった魔導書(グリモア)を持って本拠(ホーム)に帰還した。

帰還するとリューがミクロに歩み寄る。

「ミクロ。祝勝会ですが前と同じ……どうしました?」

いつもと様子が違うことに気付いたリューはそう尋ねるとミクロはリューに抱き着いた。

「ミ、ミクロ……!?」

突然の抱擁に驚愕するリュー。

「ごめん。少しこうさせて」

「……ミクロ?」

だけど、今まで聞いたこともない弱り切った声にリューは冷静さを取り戻して腕をミクロの背中に回して抱きしめる。

無理もないと思いながら優しくミクロを抱きしめる。

あれほどの戦闘があり、一度は死を体験した。

それ以外にもミクロは背負っているものが多すぎる。

「へレスに会って母親のことを聞いた」

ミクロは話した。

へレスに会ったことも、自分の母親であるシャルロットが自分を守ってくれたことも。

全てをリューに話した。

リューはミクロの言葉を聞いてあの魔法陣のことについて納得した。

あの魔法はミクロに万が一があった時の魔法。

代償魔法を使って自分の命を捧げてミクロにその命を与えた。

ミクロもへレスの話を聞いてそれに気づいた。

「ミクロ。貴方の母親は素晴らしいお方だ」

心からの称賛と感謝の言葉を述べる。

「うん」

「だから、母親の分も貴方は生きるべきだ」

「うん」

「どんな時でも私達が貴方と一緒にいます。一緒にもっと強くなりましょう」

「うん」

ミクロが離れるまでリューはずっと抱きしめていた。

かつてされたように今度はリューがミクロを抱きしめた。



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第36話

【ランクアップ】を果たしてミクロ達はしっかりと準備と装備を整えて『遠征』を行っていた。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

現在30階層で高さ五M(メドル)はある紅色の肉食恐竜『ブラッドサウルス』の群れと交戦していた。

「リュコスは右側。俺は左側。リューは詠唱を開始。ティヒア達は俺達の援護」

ブラッサウルスと戦いながら指示を飛ばすと全員が頷いて応える。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々愚かな我が声に応じ、今一度星の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

リューの足元から空色の魔法円(マジックサークル)が展開されて更には通常より速く詠唱を唱える。

Lv.5に【ランクアップ】した時にリューは新たなスキル『妖精疾駆(フェアリースルア)』を発現していた。

詠唱の高速化を可能とするそのスキルは誰よりも速く力を発揮したいリューの想いから発現した。

「こっちもまだまだ行くよ!」

リュコスは更に加速してブラッドサウルスに攻撃する。

その脚にはミクロが作製したメタルブーツがある。

『イスクース』類似の魔道具(マジックアイテム)『スケロス』。

所有者の脚力を上げる魔道具(マジックアイテム)で元々敏捷に秀でていたリュコスの動きは更に速く、強くなる。

元々リュコスは魔道具(マジックアイテム)に頼るつもりなんてなかった。

自分の力のみで戦うつもりでいた。

だが、セツラとの一件以来自分の不甲斐無さを感じたリュコスは仲間を守る為に魔道具(マジックアイテム)にも頼ることにした。

ミクロが仲間が死ぬことがもう二度とないように。

「全員構えて!」

「はい!」

弓を番えるティヒアの言葉にパルフェ達は杖を構える。

「放って!」

放たれたティヒアの矢には雷属性が付与されていた。

そして、パルフェ達も様々な属性の魔法を放った。

放たれた矢と魔法に直撃したブラッドサウルスは悲鳴のような雄たけびを上げる。

「流石はミクロが作った魔道具(マジックアイテム)ね」

Lv.2の自分が30階層のブラッドサウルスを怯ませることが出来たことにミクロの魔道具(マジックアイテム)の凄さに改めて驚く。

「本当ね……」

パルフェに至ってはもう苦笑すら浮かべていない。

ティヒア達はそれぞれ持っている魔道具(マジックアイテム)に視線を向ける。

「本当にこれで属性付与できるなんてね」

指に嵌めている五つの指輪を見るティヒア。

ミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)『アヌルス』。

指輪一つに一つの属性が宿る魔道具(マジックアイテム)でそれを武器に付与することが出来る。

「ミクロの発想力には本当に驚くことばかりね」

「素直にそう思います」

驚嘆するパルフェ達も自分達が持っている柄の部分に竜種の彫刻、その身体には七つの宝玉がはめ込まれている杖を見る。

パルフェ達が持っている杖の魔道具(マジックアイテム)『ヴァルシェー』。

一言で表すなら魔法が使えない者でも魔法が使える魔道具(マジックアイテム)

杖にあらかじめ魔力を蓄積、送ることで決められている魔法を放つことが出来る。

送る魔力やイメージによって威力は左右されると回数制限、使用範囲が狭いことが難点とミクロはパルフェ達に注意を促していたがそれのどこか難点なんだろうとパルフェは思ったが口には出さなかった。

「これで私も戦える……」

杖を強く握りしめるパルフェはそのことに歓喜した。

今までは収納魔法も持っていたこともあり、サポーターとしてミクロ達と行動を共にしていたが、【シヴァ・ファミリア】の奇襲の際に恩人であるミクロが死んでしまったことに酷く悔やんだ。

顔には出さないがティヒアも同様にその事に酷く後悔して一人で遅くまで自己鍛錬をするようになっていることをパルフェ達は知っている。

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】」

「リュコス。後退」

リューの詠唱が終えたと同時に後退する二人にリューは魔法を発動した。

「【ルミノス・ウィンド】」

緑風を纏った無数の大光玉はブラッドサウルスを群れに降り注ぎ全滅させた。

放たれたリューの魔法によってミクロ達の前にはモンスターの影はなかった。

「サポーターは魔石とドロップアイテムの回収。終わり次第地上へ帰還する」

目標到達である30階層までたどり着いたミクロ達はこれ以上の深追いをしないで数日ぶりの地上に帰還することにした。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「だ、団長!?」

戦いが終えたミクロ達に一体のブラッドサウルスが現れた。

先ほどまでミクロ達が戦っていたものではなく戦闘終了後にたまたま近くにいたブラッドサウルスがミクロ達に襲いかかって来た。

動こうとするリュー達をミクロは制した。

「俺が倒す」

そしてミクロは詠唱を唱えた。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

それは前に出会った父親であるへレスが置いていった魔導書(グリモア)より手に入れたミクロの新たな魔法。

「【礎となった者の力を我が手に】」

ミクロは力を望んだ。

仲間を守る力を。

いずれ戦う【シヴァ・ファミリア】を倒す為の力を。

へレスのところまで這い上がる為の力を。

「【アブソルシオン】」

魔法を発動してミクロは再び詠唱を唱えた。

「【我が身は先陣を切り、我が槍は破壊を統べる】」

それはかつて戦い、ミクロに敗北したセツラの魔法。

「【ディストロル・ツィーネ】」

ミクロの手元に現れたのは一本の黒い槍。

その槍で襲いかかってくるブラッドサウルスを両断し、瞬殺した。

もう周囲にモンスターがいないことを確認して魔法を解除する。

魔法のスロットは最高三つと決められている。

だが、ミクロが手に入れたその魔法はその常識を壊した。

新たに手に入れたミクロの魔法【アブソルシオン】。

打倒した相手から魔法を吸収することが出来る。

それによりミクロはセツラの魔法を使えるようになった。

詠唱把握と打倒、二つ分の詠唱時間と精神力(マインド)の消費という行使条件があったがそれを条件にあらゆる魔法を行使できるという反則技(レアマジック)

今以上に強くなる為の魔法をミクロは手に入れた。

「遠征終了」

こうして無事に『遠征』が終えたミクロ達は地上に帰還して本拠(ホーム)である『夕焼けの城(イリオウディシス)』に帰って来た。

「ただいま」

「お帰りなさい。全員無事に帰って来れてなりよりだわ」

ミクロ達を出迎えの言葉を送るアグライア。

「後で報告書と一緒に今回の遠征の成果を話す」

「わかったわ。貴方も少しは休みなさいよ」

「わかった」

頷くミクロは気付いていたんだなと思った。

ミクロは今回の『遠征』の為に多くの魔道具(マジックアイテム)を作製していた為、殆ど寝ていない。

『遠征』の時ではある程度は寝てはいたがしっかりと休んだというわけでもない。

その事に気付いているアグライアは特に注意することなくただ休むことだけを告げた。

『遠征』での荷物を片付けてミクロは真っ先に執務室に足を運び報告書を書く。

執務机に座って早速今回の『遠征』の報告書を書き始める。

「失礼しますわ」

ノックして執務室に入って来たセシシャ。

「遠征お疲れ様ですわ。成果はありまして?」

「ああ、明日の魔石やドロップアイテムの換金を頼む」

魔石の換金及びドロップアイテムの交渉は商人兼冒険者であるセシシャに一任している。

「わかっておりますわ。私にお任せを。あ、これは前回の交渉の結果と次回の交渉相手の資料ですわ。お目通しを」

「わかった」

セシシャから受け取った資料を見てミクロは頷く。

セシシャがこの【ファミリア】に入ってきたおかげで【ファミリア】の資金が二割増加している。

今回も交渉の結果はこちらの利益が多く得られているのもセシシャの手腕のおかげ。

そして、次回の交渉相手の資料を見てミクロはまたかと呟く。

それは魔道具(マジックアイテム)の売買。

【ディアンケヒト・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が終えて数ヶ月も経つにも関わらず今も魔道具(マジックアイテム)の交渉を行おうとする商人は腐るほどいる。

「ミクロ。やはりそろそろ魔道具(マジックアイテム)の売買にも視野を入れておくべきですわ。一部の商人に売買を認めてその利益を私達が得るのも一つの手ですわよ」

ミクロが魔道具(マジックアイテム)の売買を拒むのは悪用をされないようにするためである。

ミクロが作製する魔道具(マジックアイテム)はどれも強力な為万が一のことも考慮しなければならないがセシシャの言う通り限界が近いかもしれない。

「あ、そうだ」

その時ミクロは閃いた。

(ホルスター)から取り出した義眼の魔道具(マジックアイテム)『シリーズ・クローツ』。

「これの売買なら認めると商人たちに言ってくれ」

それをセシシャに渡す。

「冒険者をすれば目を失う奴もいるはずだ。なら、医療系の【ファミリア】にも興味を示すことも出来るし、能力付きなら商人にだってそれなりの価値は見出せる」

なによりこれならそこまで悪用される心配はない。

安全面も考慮したこの魔道具(マジックアイテム)ならミクロは売買を認めた。

「なるほど。確かに需要はありそうですわ。わかりましたわ。次の交渉でそれなりの利益を毟り取って参りますわ」

「任せた。後これはセシシャに」

ミクロはセシシャに『ヴァルシェー』を手渡す。

「魔力は既に蓄積している。これを護身用に持っていたほうがいい」

「ええ、感謝いたしますわ。それでは私はこれで」

執務室を出ていくセシシャを見てミクロはもう一度報告書を書き始める。

今回の遠征で犠牲者はでなかったが、道具(アイテム)回復薬(ポーション)の消費は激しかった事と個人的には魔道具(マジックアイテム)の改善点がいくつかあった

そう思いながら報告書を書いているとノック音が聞こえてミクロは大丈夫と返答。

「団長。遠征お疲れ様です」

「ありがとう。他の団員達に何か変わりは?」

「いえ、いつもと変わらず何人かは到達階層を増やしたそうです」

「わかった。報告ありがとう」

「失礼します」

ミクロ達が『遠征』に行っている間に他の団員達の変化を知らせに来た団員に労いの言葉を送る。

他の団員達も順調に強くなってきていると考えながら羽ペンを動かす。

「団長!」

「どうした?」

すると、勢いよく執務室の扉を開けて入って来た男性団員達は真面目な顔でミクロに詰め寄った。

「団長!あんたに一つ頼みがある!?」

「攻撃、防御、移動系の魔道具(マジックアイテム)以外の魔道具(マジックアイテム)なら貸すけど?」

自分に何かを頼むと言ったらそれしか思いつかなかった。

だが、魔道具(マジックアイテム)に過信しないようにミクロは幹部を除く『遠征』の時以外の魔道具(マジックアイテム)の貸出はミクロの許可を取ることにしている。

「団長!あんたは透明化できる魔道具(マジックアイテム)はあるか!?」

「ある」

「俺達に貸してくれ!」

まだ試作段階で実証が終えていないが装備者を透明化する魔道具(マジックアイテム)をミクロは作製していた。

「何に使うんだ?」

じっと見つめるように見るミクロに男性団員は言葉を詰まらせる。

「ダ、ダンジョンでのモンスターの遭遇(エンカウント)を下げて安全に探索ができるようにさ!」

「そ、そうだ。その為に俺達に貸してほしい!」

「………」

嘘だな。とミクロは思った。

「わかった。後で俺の部屋にこい」

だけど、仲間を疑うのもよくないとついでに実証するにはいい機会と判断してミクロは貸すことにした。

「シャッ!」

歓喜する男性団員達は実は邪な気持ちで一杯だった。

【アグライア・ファミリア】は女性の方が圧倒的に多い【ファミリア】でその上美女美少女ばかり。

なら女性団員達の入浴を覗くしかないという気持ちでミクロにそのために必要な魔道具(マジックアイテム)を借りにきていた。

透明化できれば覗き放題。

ミクロを騙したことに多少の罪悪感はあったが普段から女性に囲まれているなら少しぐらいはこちらもいい思いがしたいという欲望がそれを上回った。

その後、ミクロは報告書を書き終えてそれをアグライアに提出して成果を話してから男性団員達に透明化になるフード付きのローブを渡す。

「団長、あんたも来るか?」

ダンジョンに?と思ったがミクロはそれを断った。

アグライアから休むように言われている為ミクロは一足早く休むことにした。

誰よりも速く就寝したミクロは突然の悲鳴に起き上がって悲鳴が聞こえた浴室に駆けつけるとそこにはタオルで体を隠しているリューや女性団員達とボロボロで床に転がっている男性団員達。

「何があった?」

「あ、団長!こいつら覗きです!」

フールがタオルで体を隠しながら倒れている男性団員達を指す。

「覗き?何を?」

浴室にはほぼ毎日入っているし、コレといって何か特別な物がある訳でもない。

それなのにいったい何を覗いていたのかミクロにはわからなかった。

「私達をです!」

何を覗いたかフールが答えるがそれを聞いてミクロはますますわからなかった。

「フール達の何を覗いたんだ?」

率直な言葉を言うミクロに女性団員達はやや呆れ気味にああ、団長はこういう人だったなとぼやいた。

「ミクロ。取りあえず貴方は疲れているでしょうからもう休みなさい。この者達の処罰は私達でつけます」

リューはミクロにそう告げて男性団員達が身に着けているフードを渡す。

「これはもう彼等には渡さないように」

「わかった」

「だ、団長……助け………」

そこで途絶える声。

ミクロは大人しく部屋へ戻り寝ることにした。

その後も多少は悲鳴が聞こえたが特に気にすることなくミクロは眠りについた。

次の日の朝。居室(リビング)で逆さづりになっている男性団員達からフードの実証を聞いて視線や気配までは隠すことはできないことが判明した。



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第37話

覗きを行った男性団員達には一ヶ月の雑用という罰を受けるようになって話は終わった。

リュー達のいったい何を覗いたのか結局理解できないミクロだったがリューを始めとした女性団員達はミクロはそのままでいいと真剣な表情で言われたためミクロはそれに頷いた。

『遠征』が終わって今日一日はダンジョンに潜らずずっと本拠(ホーム)でゆっくりと過ごすことにしている。

魔石の換金及びドロップアイテムの交渉はセシシャが既に数人の団員を連れて商人や商業系の【ファミリア】に交渉に向かっている。

どれだけこちらに利益が増えるかという不安はミクロにはない。

セシシャなら何とかすると信じているから。

ミクロは自室で『遠征』に持って行った魔道具(マジックアイテム)の点検と可能な限りの改善を行う。

次の『遠征』の事も考えて今からでもそれを行わなければ間に合わない。

魔道具(マジックアイテム)に関してはミクロにしか作製できないのだから。

透明化できるローブも気配は消せるようにはなるが、視線だけはどうしても難しい。

リューのような第一級冒険者や感覚が鋭い者なら視線だけで存在を察することが出来る。

難しいと思いつつミクロは手を動かす。

半日かけてミクロは『遠征』に持って行った魔道具(マジックアイテム)の点検を終えて次に向けての改善を用紙にまとめて一休憩取ることにした。

「何をしよう」

そう呟くミクロ。

試作段階の魔道具(マジックアイテム)の改善は後でやるとしてこの後何もすることがない。

特に思いつかなかったミクロは中庭に行って鍛錬でもしようと思い足を動かす。

「ほら、そこがまだ汚れてる!」

「キリキリ働きなさい!」

「うぅ、はい……」

中庭に向かう途中で女性団員達に叱られながら掃除している覗きをした男性団員達。

「俺も手伝おうか?」

何もすることがなく手伝おうと思い団員達に声をかけた。

「いえいえ!団長がする必要はありません!」

「でも、魔道具(マジックアイテム)を貸した俺にも少しは責任が」

「ありません!全部こいつらが悪いのですから!団長はゆっくりしていてください!」

だけど、遠慮されて丁重にその場から離される。

「………」

何かをしないと落ち着かない気持ちがある。

何かをしようにも今日するべきごとは魔道具(マジックアイテム)の改善とセシシャの交渉の結果を聞くことだけ。

「あら、ミクロ」

「アグライア」

本拠(ホーム)内を適当に歩いているとアグライアに遭遇した。

アグライアはミクロの表情を見てすぐに察して微笑む。

「私と散歩でもしましょう」

「わかった」

差し伸ばされた手を握って二人は本拠(ホーム)を出た。

「それにしても本当に変わったわね、ここも」

「皆が住めれるようになった」

結成当時は物置部屋のような本拠(ホーム)が今となっては城のように立派になった。

感慨深く頷くアグライアにミクロも同様の意見を述べる。

街中を適当に歩きながらアグライアはミクロに話しかける。

「ミクロも今となっては団長ね。本当に立派になったわ」

「皆のおかげ」

そう答えるミクロにアグライアは苦笑する。

「貴方自身も頑張っているってことよ。私から見ても貴方は本当に立派よ」

立派と言われても自覚がないミクロはただ首を傾げるだけ。

その反応にアグライアは微笑みミクロの手を引っ張る。

「今日は私に付き合って貰うわ」

「わかった」

アグライアの言葉に素直に返事をするミクロは色々な場所に連れて行かされた。

衣服、食事、遊びなど娯楽とは疎遠なミクロにとっては何が楽しいのかわからなかった。

だけど、自分の隣で笑っているアグライアを見て楽しいのだろうと思えた。

「ふぅ、久しぶりに遊んだわ」

やりきったと言いたげなアグライアの顔は満足そうだった。

満足げに歩いているとジャガ丸くんを売っている露店を見つけた。

「塩味二ついただける?」

塩味のジャガ丸くんを買ってそれをミクロに渡すとアグライアは早速それを食べ始める。

アグライアは神だ。

その力は今は封じてはいるがこうして美味しそうにジャガ丸くんを食べている姿は本当に人間らしいとミクロは思った。

「食べないの?」

「食べる」

ジャガ丸くんに噛り付くミクロにアグライアは微笑みながら言う。

「美味しい?」

「塩味が濃い」

「あらあら」

中々辛口なコメントに苦笑した。

だけどミクロらしいと思いつつ自分もまた一齧り。

それからも二人は街中を歩きだすとアグライアはミクロに尋ねた。

「ミクロは今は楽しい?」

あまりの唐突の言葉にミクロは即答できなかった。

「私は今も楽しいわ。ミクロと出会えたおかげでね」

「俺もアグライアと出会えてよかった」

「ありがとう。ねぇ、ミクロ。覚えている?私が何の為に下界に降りてきた理由」

「この世界を堪能する為」

そうね、と答えるアグライアはミクロに新しくできたもう一つの夢を話した。

「でもね、今はもう一つ貴方の未来が見たい」

「俺の?」

「ええ、貴方が本当の家族を作って子供を育てて暖かく過ごせられる。そんな未来を見てみたいの」

成長するミクロを見てアグライアはこの先のミクロの人生も見てみたくなった。

家族を作って笑っているミクロの成長を。

未来のミクロの隣には誰がいるのかも密かに楽しみにしているのは内緒。

「………」

だけど、ミクロはアグライアの言葉に頷くことが出来なかった。

父親であるへレスはオラリオを破壊しようとしていた【ファミリア】の団長。

今も要注意人物(ブラックリスト)に載っている言わば犯罪者。

母親のシャルロットはミクロを救う為に命を捧げた。

それがミクロの家族とよべる存在。

「俺は今のままがいい」

仲間として【ファミリア】の家族として今のままで生活する方がいい。

そうすれば自分のような存在は現れない。

それが一番良い選択だとミクロは思った。

そんなミクロをアグライアは抱き寄せる。

「ミクロ。下界の子供は成長するの。不変である神々(わたしたち)とは違って喜びも苦しみも成長と共に乗り越えていく。一人では耐え切れないときは周りを頼りなさい」

「…………」

「皆、きっと貴方を受け入れてくれる。何者であろうともきっとね」

「……うん」

返答するミクロの頭を撫でて手を繋ぎ本拠(ホーム)に帰還する。

「あら、ミクロ、それに主神様もお帰りなさいませ」

「ただいま」

「ええ、ただいま」

本拠(ホーム)に入るとセシシャが交渉から帰ってきていた。

「ミクロ。貴方が渡してくださいました魔道具(マジックアイテム)は二〇万ヴァリスで売ることが出来ましたわ」

ミクロが前に渡した義眼の魔道具(マジックアイテム)『シリーズ・クローツ』。

目が見えるようになるだけの何の能力もない魔道具(マジックアイテム)が二〇万ヴァリスで商人との話がついた。

「取りあえずは売上を把握した上で今後も交渉に使う予定ではありますがいかがないます?」

「それで。可能なら値上げできるように頼む」

「承知致しましたわ。はい、これが今日の結果とそれとギルドから一通の封書を預かりましたわ」

「ありがとう」

ギルドからの封書。

何だろうと思いミクロはその場で封蠟を剥がして中を確認した。

 

『これは極秘強制任務(ミッション)である。【ファミリア】の主戦力は数日以内に24階層にある北の食糧庫(パントリー)に向かえ』

 

強制任務(ミッション)』。

ギルドから発令する絶対命令。オラリオに所属する【ファミリア】と冒険者はこれに必ず従わなければならない。

その『強制任務(ミッション)』がミクロ達に下された。

「………」

そして、アグライアも横からその内容を見てすぐに察した。

「借りを返せということね」

アグライアは静かにそう呟いた。



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第38話

ギルドから突如言い渡された『強制任務(ミッション)』に従いミクロ達はギルドからの封書が来た翌日には封書に記されていた24階層の北の食糧庫(パントリー)を目指していた。

「それにしてもおかしな依頼ね」

ミクロ達は23階層まで足を運んでいてモンスターとの戦闘が終えて一休憩を取っているとティヒアがギルドからの封書を再度読んでそう呟く。

「確かに。討伐でも採取でもないただ向かうだけ、それも極秘だなんて」

パルフェも同様に首を傾げる。

「あたし達が考えても仕方ないさ、行ってみたらいいだけさ」

特に深く考えず休憩を取るリュコス。

「問題はギルドが何故私達に強制任務(ミッション)を申し込んだか」

【アグライア・ファミリア】の等級(ランク)はB。

強制任務(ミッション)』はダンジョンでの異常事態(イレギュラー)処理や強力なモンスター討伐など少なくとも上位の派閥の冒険者に言い渡されるもの。

いくら名をあげたからといえど『強制任務(ミッション)』それも極秘が何故自分達に言い渡されるようになったのかその理由がわからなかった。

「ミクロはどう思いますか?」

「わからない。でも、行ってみればわかる」

尋ねたリューは返答するミクロの様子がおかしいことに気付いた。

「そろそろ行こう」

様子を尋ねようと思ったがその前にミクロが立ち上がって全員に進むように進言する。

全員が休憩を終わらせて24階層にある北の食糧庫(パントリー)を目指して足を動かす。

向かい度に襲いかかってくるモンスターだが、既に30階層まで足を運び魔道具(マジックアイテム)も常備しているミクロ達の敵ではなかった。

モンスターを倒しながら24階層に到達して目的地点である北の食糧庫(パントリー)を目指す。

「そろそろ目的地点に到着する。全員いつでも迎撃準備」

ミクロの言葉に頷いて返答して前へ進むと赤い光が見えてきた。

それが石英(クォーツ)のものだとすぐに判明して奥へ進もうとした瞬間ミクロは足を止めてリュー達に制止の合図を出す。

「誰だ?」

ミクロは自分達の前に何かがいることに気付いた。

『……気付かれてしまうか』

その声と同時に浮かび上がる漆黒の影。

黒ずくめのローブを全身に纏った謎の人物。

両手には複雑な紋様の手袋(グローブ)をはめており肌の露出が一切ない。

性別もわからないその存在にミクロは黒ずくめの男が身に着けているローブと手袋(グローブ)に注視する。

「そのローブと手袋(グローブ)魔道具(マジックアイテム)……魔術師(メイジ)?」

魔道具(マジックアイテム)を作製できるミクロはすぐに黒ずくめが身に着けている物が魔道具(マジックアイテム)だと気づいた。

「その通り。私はしがない魔術師(メイジ)さ。それと出来れば警戒を解いて欲しい。君達に危害を加えるつもりはない」

「全員取りあえず警戒を解いて」

敵意がないことにミクロは一応は警戒を解く。

万が一に何かしたとしてもミクロなら一瞬で対処できる。

「すまない。まずは名乗ろう私はフェルズ。今はウラノスの雑用役をやっている」

「ウラノス……っ!?」

ウラノス。

その言葉にリュー達は目を見開き驚愕する。

「君達に指令を出した神の使いとして私が、いや、私個人の意思も含めてここにやってきた」

「それでいったい何の用があって俺達を呼んだ?」

淡々と目的を告げろと言うミクロにフェルズは手を前に出す。

「その前に私の話を聞いて欲しい。ミクロ・イヤロス」

フェルズはフードを手袋(グローブ)で掴み取り、剥ぎ取った。

「―――――――――――」

そこでリュー達の時が止まる。

何故ならフェルズは白骨の髑髏であったからだ。

「『スパルトイ』!?」

『深層』に棲息する骸骨のモンスター『スパルトイ』と思い声をあげるリューだがフェルズは緩慢な動きで顔を横に振った。

「生憎モンスターではない。私は元人間、『賢者』と呼ばれていた者だ」

『賢者』。

彼の魔法大国(アルテナ)で永遠の命を発現する魔道具(マジックアイテム)『賢者の石』の生成者。

だが、その『賢者の石』を主神に床に叩きつけられて破壊されたフェルズは無限の知識を求めるあまり永遠の命に執着し、不死の秘法を編み出した。

しかし、その反動で肉と皮は腐り落ち、骸骨のような姿になってしまった。

故に『愚者(フェルズ)』と名乗っている。

「お前の話はわかった。だけど、何故俺達にそれを話した?」

正体を明かしたフェルズの前にミクロは変わらず問いかける。

「これからの事に対して前もって知って欲しかった。味方となってくれるかもしれない君達に」

「ギルド、ウラノスの味方?」

「そうとも言えるがその説明の前に私はどうしても君に謝らなければいけない」

「俺に?」

初対面の相手に謝罪されるような覚えはミクロにはない。

あるとすればそれは一つだけ。

「【シヴァ・ファミリア】の関係者なのか?」

「正確にはシャルロット・イヤロスの友人だ。ミクロ・イヤロス。今から話すことをどうか最後まで聞いて欲しい。その後で私を好きにしてくれても構わない」

「わかった」

真意あるその言葉にミクロはフェルズの話を聞くことにした。

フェルズはフードを被り直して話した。

「君の母親、シャルロット・イヤロスを殺したのは私だ」

あまりの率直の言葉にミクロ達は驚愕に包まれる。

「数十年前。私は偶然彼女と遭遇した」

フェルズは語った。

自分とミクロの母親、シャルロット・イヤロスとの出会いから。

フェルズはウラノスに拾われてウラノスの下で働いている時に偶然にもシャルロットと遭遇した。

『貴方が幽霊(ゴースト)?』

怖気づくもなく平然と話しかけてきたことを今でも覚えている。

正体を晒してもシャルロットは怯えるどころか逆に興味を示してフェルズの体を触りまくったこともしっかりと覚えている。

忘れもしない彼女(シャルロット)の笑顔を。

「こんな姿になった私を彼女は当たり前のように受け入れてくれた」

それからもフェルズはシャルロットと出会っては魔法や魔道具(マジックアイテム)の事について語り合った。

「彼女は君と同じ『神秘』のアビリティと『魔導』のアビリティを発現していた。そのおかげか彼女との話が良く弾んだ」

【シヴァ・ファミリア】所属シャルロット・イヤロス。

不滅の魔女(エオニオ・ウィッチ)】という二つ名を持つLv.6の冒険者。

魔術師(メイジ)であり、魔道具(マジックアイテム)作製者であるシャルロットの実力は本物だった。

常識に囚われない発想力、類稀な才能を持つ天才。

『賢者』と呼ばれたフェルズでさえ思いもよらない考えをもつシャルロットに驚かされるばかりであった。

「これがその一つだ」

フェルズが取り出したのは一つの水晶。

「これは溜めた魔力の分だけ強力な結界を展開することが出来る。彼女の作品だ」

そうミクロ達に説明してフェルズは話を続けた。

シャルロットとの関係が続く中でシャルロットは一人の男の子を身ごもった。

「その男の子は……」

「ああ、シャルロットのお腹の中にいたのはミクロ・イヤロス。君だ」

リューの言葉に肯定して答えるフェルズ。

「当時の私は素直に彼女を祝福した」

おめでとうとフェルズはシャルロットにそう告げるとシャルロットは嬉しそうにありがとうと礼を言った。

それから数ヶ月後、一人の男の子ミクロが産まれた。

だけど、【ファミリア】の主神シヴァがミクロに自身の血を与えて死にかけたところをシャルロットは代償魔法を使用してミクロを助けた。

その代わりにシャルロットは体が弱くなり、動くには車椅子が必要になるほど病弱になってしまった。

フェルズはそんな彼女を何とかしようとしたがシャルロットはそれを頑なに拒んだ。

自分より愛する我が子を守れた。

それが嬉しいとシャルロットは言った。

誇らしげに言うシャルロットにフェルズは何も言えなかった。

それからもフェルズは何度も彼女の部屋を訪れた。

赤ん坊だったミクロに近づくと大泣きされたことが少しショックだった。

だけど、微笑ましく笑うシャルロットが見れるのなら悪くないと思えた。

「俺は赤ん坊の頃にお前と会っていたのか?」

「ああ、君が私の事を覚えていないのも無理はない」

既に出会っていたミクロとフェルズ。

なるほどと思いながら話に耳を傾ける。

それからもフェルズは何度もシャルロットに会いに行った。

シャルロットと話をしつつミクロの成長を見守る。

そんな生活を送り始めて数年後、ある変化が訪れた。

『フェルズ。貴方に頼みたいことがるの』

初めての頼まれごとにフェルズは快くそれを承諾した。

だが、その内容はあまりにも酷なものであった。

「オラリオの破壊」

「君の言う通りだ」

【シヴァ・ファミリア】がオラリオを破壊するべく計画を練っていた。

その計画を知ったシャルロットはそれをギルドに報告する、いや、【シヴァ・ファミリア】を解体させてほしいとフェルズに懇願した。

団長であるへレスを始めとして団員の殆どが手の付けられない程破壊に悦びを覚えてしまった。

【ファミリア】を解体させる以外の方法はなかった。

『わかった』

フェルズはシャルロットの意志を尊重する為にもそれをウラノスに知らせてゼウス・ヘラの【ファミリア】に【シヴァ・ファミリア】の団員を捕らえるように『強制任務(ミッション)』を発生させた。

シャルロットも同じ【シヴァ・ファミリア】の一員。それも副団長。

それ何の処罰は覚悟しているだろうが、フェルズはシャルロットとミクロだけでも逃がそうと考えていた。

シャルロット自身に何の罪もない。子供であるミクロにはまだ親が必要。

二人の為にもフェルズはシャルロットの説得を試みた。

君に罪はないなど、子供であるミクロの為になど様々な言葉を投げたがシャルロットは決して首を縦に振ることはなかった。

だけど、フェルズは諦めなかった。

今日こそはと意気込みシャルロットの部屋へ向かおうとしたがそこにシャルロットとミクロの姿はなかった。

荒らされた部屋を見てシャルロットが計画を公にしたことがバレたと気づき団員に連れて行かれたと察したフェルズはすぐに団員達に捕まっているシャルロットを見つけた。

団員達を倒してフェルズは傷だらけのシャルロットに魔法をかけようとしたがシャルロットがそれを拒んだ。

もう意味がないとシャルロットの言葉にフェルズは気付いた。

ミクロがいないことにそして、シャルロットの命があと僅かなことに。

『代償魔法を使ったのか』

『ええ、私の命を全てミクロに与えた』

笑みを浮かばせながら答えるシャルロットにフェルズは憤りを感じた。

『何故そのようなことを。君の子供はどこにいる?』

『誰にも見つけられないわ。そういう魔道具(マジックアイテム)をミクロに使ったんですもの』

「何故、ミクロの母親はそのようなことを」

「それしかミクロ・イヤロスが生きる方法がなかったからだ」

シヴァに見つかればシヴァはミクロを破壊の限りを尽くす最悪な存在へと仕立て上げる。

そして、そのシヴァの血が流れているミクロをゼウス・ヘラの【ファミリア】に知られたらどうなるかわからない。

最悪の場合殺される可能性もあった。

ミクロを生かす方法は誰にも見つけられずに生きて行く。

その為にシャルロットはミクロに魔道具(マジックアイテム)を使ってミクロを隠した。

絶対に誰にも見つけられないように。

フェルズは悔しかった。

頼ってくれなかったことに、何もできない自分自身に。

そして、シャルロットは息を引き取った。

フェルズは魔法を使おうとしたが、手が途中で止まった。

シャルロットはそれを望んでいないという勝手な解釈で。

「それから私は君を探した。だけど、見つけることは叶わなかった。だけど、君が生きていることを私は知ることが出来た」

「【ディアンケヒト・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)

戦っているミクロを見てフェルズはすぐに気付いた。

ミクロが生きていることに。

だけど、立場上すぐに会いに行くことも出来ず、やっと今になって再開を果たすことが出来た。

「ミクロ・イヤロス。私は自分の勝手な解釈で君の母親であるシャルロットを見殺しにした。私の罪を君に裁いて欲しい」

「断る」

間髪入れずにミクロは言った。

「お前は俺の母親の意志を尊重しただけだ。俺はお前を許す」

即決だったミクロの答えにフェルズは虚空を仰ぐ。

「……ああ、間違いなく君はシャルロットの子だ」

ない瞳があればきっと涙を流していただろう。

『フェルズ……ありがとう』

最後のシャルロットの言葉を思い出す。

何もできなかった自分を許すかのように優しく告げるシャルロットの言葉。

だからこそ、フェルズはミクロにこれだけは伝えなければいけなかった。

「ミクロ・イヤロス。君はずっと一人で辛く、苦しい思いをしてきただろう。だけど、これだけは理解してほしい。シャルロットは今でも君の事を愛している」

『私はこの子を産めてよかった』

愛しくミクロを抱きかかえるシャルロットの表情は本当に幸せそのものだった。

心から本当にミクロの事を愛している。

フェルズのその言葉を聞いてミクロの頬に涙が流れた。

「ミクロ……」

始めて見るミクロの涙にミクロ本人も言われて初めて自分が泣いていることに気付く。

「なんで泣いているんだ?」

自分でも何故泣いているのかわからないミクロは涙を拭う。

だけど、溢れ出てくる涙が止まらなかった。

そんなミクロをリュー達は抱きしめる。

「いいのです。今は素直に泣いてください」

「私達が受け止めるから今は泣いて」

「子供らしいところでもたまにはあたしらに見せな」

「泣いていいんだよ」

涙を流すミクロにリュー達は優しく包み込む。

そんなミクロ達を見てフェルズは呟いた。

「シャルロット。君の子供は良い仲間と出会えているよ」

今は亡きシャルロットにそう呟く。

 



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第39話

ミクロの母親シャルロットの真相を聞いたミクロは自分でも理解できない涙を流した。

そんなミクロをリュー達は優しく包み込み励ます。

ミクロが落ち着きを取り戻したのを見計らってフェルズは声をかける。

「ミクロ・イヤロス。もう大丈夫か?」

「問題ない」

いつもより少し表情が明るくなったような気がするミクロを見てフェルズは何故ミクロ達をここに呼んだのかその本題に入ることにした。

「私について来てくれ」

フェルズに言われるがままについて行くミクロ達。

食糧庫(パントリー)に到着するミクロ達の前には冒険者のように武装しているモンスターの集団がいた。

モンスターを見て反射的に武器を構えるリュー達だがミクロが手で制した。

「大丈夫」

そう言ってミクロは集団の一番前にいるモンスター『リザードマン』の方に足を向ける。

「お、おい」

止めようよするリュコスをリューが止めた。

「彼を信じましょう」

ミクロが何の確証もなしに近づくとは思えない。

だからリューはミクロを信じて見守る。

『リザードマン』の前に歩み寄ったミクロは握手を求めるように手を差しだす。

「よろしく」

モンスター相手にミクロは人間と同じように挨拶すると『リザードマン』は口を大きく開けてミクロに噛みつこうとした。

『!?』

その行動にリュー達は反応するが『リザードマン』の動きはミクロに噛みつく寸前で止まった。

「俺の肉はマズイと思うぞ」

怯えもなく武器を抜くどころか自分の肉はマズイと『リザードマン』に告げる。

「――――――――ァはははははははははははははははははっ!」

その反応に『リザードマン』は人語の響きを持つ笑声を上げる。

「面白え!フェルズ!お前の言う通りだ!」

「そうだろ。彼はシャルロットの息子だからね」

流暢に喋り出す『リザードマン』にフェルズは当然のように答える。

「モンスターが……言葉を」

人語を話す『リザードマン』にリュー達は状況が理解出来ずに唖然としていた。

「オレっちは、リド。見ての通り蜥蜴人(リザードマン)だ」

「よろしく、リド。俺はミクロ」

「おう。『ミクロっち』って呼んでいいか?」

「問題ない」

握手を交わす人間(ミクロ)蜥蜴人(リド)は友人のように言葉を交わす。

「にしてもミクロっち。さっきは何で避けもしなかったんだ?」

「噛みつかないとわかっていたから」

ミクロはリド達を一目見てから通常のモンスターとは違うと断定出来た。

モンスターが冒険者の装備を身に着けているのを見て知性があると踏んだミクロは戦闘ではなく会話を求めているのではないかと推測した。

戦闘ならわざわざ待ちかまえなくても奇襲をするなり方法はある。

何より今回は極秘の『強制任務(ミッション)』。

ウラノスそしてフェルズはミクロ達にリド達を会わせる為に呼んだ可能性が高い。

そして、リド達から敵意は微塵も感じられなかった。

それらを踏まえてミクロはリドは攻撃はしないと判断した。

それからもミクロはリド達の後ろにいるモンスターと握手する。

言葉を話せる者、話せない者もいるなかでミクロは多くのモンスターと握手を交わす。

モンスターと握手を交わすミクロを見てリュー達は茫然とする。

「ね、ねぇ、普通にモンスターと会話しているミクロがおかしいの?それともミクロについて行けていない私達がおかしいの?」

「あたしに聞かないでおくれ」

状況が呑み込めれないティヒアは近くにいたリュコスに声をかけるがリュコスは頭を押さえながらそう答える。

「フェルズ。彼等は何なのですか?」

リューの言葉にフェルズは答えた。

「彼等は『異端児(ゼノス)』。見ての通り知性があるモンスターと思ってくれて構わない」

異端児(ゼノス)』。

正しき系統から弾き出された、異分子。

通常のモンスターより、高い知性を有し、心を持っている怪物(モンスター)

理性を有している『異端児(ゼノス)』は通常のモンスターにさえ襲われる。

「ウラノスはリド達の声に耳を傾け、人とモンスターの融和を図っている」

リド達『異端児(ゼノス)』は人との対話を望み、共存を望んでいる。

「人とモンスターが……」

無理難題もいいところだとリュー達は思った。

人はモンスターを殺す。

モンスターも人を殺す。

少なくともダンジョンはそういうところでモンスターを憎んでいる者は圧倒的に多い。

いや、それ以前に人はモンスターを恐れている。

人にとって『怪物』とは恐怖の対象なのだから。

「君達が考えていることは正しい。だけど、彼がそれを変えてくれるかもしれない」

ない瞳でミクロを見るフェルズ。

何の違和感もなく『怪物』であるリド達と言葉を交わしているミクロを見てフェルズはリュー達に言う。

「私は彼がミクロ・イヤロスが異端児(ゼノス)の希望になって欲しい。そう願っている」

「何故そこまでミクロの事を?」

「彼がシャルロットの子供だからだ」

リューの問いにフェルズはそう答える。

「シャルロットの子供。その可能性に信じた私は間違ってはいなかった」

恐れられることなく差し向けられた手と笑顔。

ミクロを見て昔のことを思い出すフェルズ。

「皆、リド達が宴を開きたいみたいだから団長命令でリュー達も参加」

リド達のところから戻って来たミクロを見てリュー達は呆れるように息を吐いた。

「そうですね、ミクロはミクロでしたね」

フェルズの言葉に出てきた希望。その言葉にリュー達は何となくわかってしまう。

いつだってどこだってミクロはそうだった。

相手が誰であろうとミクロには関係なかった。

その中にモンスターが加わる。ただそれだけの話に過ぎない。

リュー達は観念したかのようにもう一度息を吐いてミクロと共に『異端児(ゼノス)』に歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

「じゃあな、ミクロっち。また会おうぜ」

宴を終えたミクロ達は地上に帰還することに決めてミクロとリドは別れの握手を交わす。

「また」

異端児(ゼノス)』と仲が深まったミクロ達は地上に帰還してことの詳細を主神であるアグライアに報告しなければならない。

「ミクロ・イヤロス」

地上に帰還しようとするミクロにフェルズは呼び止める。

「これを君に渡しておこう」

フェルズがミクロに渡したのは一本の白銀色の杖。

装飾が施されている杖をミクロは受け取る。

「これはシャルロットが使っていた魔杖だ」

「俺の母親が……」

手に持っている杖に視線を向けるミクロにフェルズは杖の名前を告げる。

魔法大国(アルテナ)の魔導士が作製した物をフェルズが手を加えた魔杖『アルゴ・マゴス』。

かつてはミクロの母親シャルロットが愛用していた魔杖をフェルズはミクロに託した。

「性能だけなら『至高の五杖(マギア・ヴェンテ)』にも負け劣らない魔杖だ。君が持っていた方がシャルロットも喜ぶだろう」

「いいのか?俺は魔術師(メイジ)でも魔導士でもない」

確かにミクロは魔法も使える。

だけど、専門ではない為実際の魔導士は及ばない。

「素質は充分にある。魔宝石の交換は私が行おう。これからの異端児(ゼノス)と君自身の為にも是非使って欲しい」

それは哀しみの懇願であった。

フェルズはシャルロットもミクロも助けることは出来なかった。

だからこそ今度はシャルロットの子供であるミクロを少しでも助けになれるようにフェイズはミクロに母親の杖を持たせた。

「わかった」

その意志が通じたのかミクロは杖を背中に背負ってリュー達の元へ歩み出す。

その後姿をフェルズは見守るように見つめる。

「いいのか?」

「ああ、彼はもう一人ではない」

リドの言葉にフェルズは頷き、虚空を仰ぐ。

「シャルロット。これでいいのだろう?」

そう呟いてフェルズはその場から姿を消した。

 

 

 

 

地上へ帰還したミクロ達はすぐにアグライアに『異端児(ゼノス)』達の事を報告するが、アグライア本人もウラノスのところに足を運び『異端児(ゼノス)』達の事を把握していた。

異端児(ゼノス)ね……」

アグライアは取りあえずは協力体制を取ることにした。

ミクロ達の報告を受けた今も『異端児(ゼノス)』のことが理解しがたい。

そして、自分以外にもヘルメスとガネーシャが『異端児(ゼノス)』を知り、協力している。

まだまだこれから厄介なことが起きる。

そう予感されるが今はそれは置いておいた。

「………」

帰って来てから杖を大事そうに持っているミクロの表情は明るくなっているような気がするアグライアは尋ねる。

「その杖はどうしたの?」

「フェルズから貰った。俺の母親が使っていた杖らしい」

「そう。大事にしないとね」

ミクロには少々不釣り合いの長い魔杖。

その魔杖の持ち主であったシャルロットに関してもミクロの口から説明を聞いた。

アグライア本人も素晴らしい母親だと思った。

だけど、それと同時に一つの懸念が生まれた。

何故シャルロットは【シヴァ・ファミリア】に所属していたのだろうか?

きっとまだ自分達が知らない真実が隠されている。

「アグライア」

「どうしたの?」

ミクロは魔杖を握りながらアグライアに言った。

「生きていてよかった。そのおかげで俺は母親の事を知ることが出来た」

笑った。

気のせいと思えるぐらい一瞬だったがミクロは確かに笑みを浮かばせていた。

始めて見るミクロの笑みにアグライアはミクロを抱きしめる。

「生きなさい。これからも必ず生きて皆と一緒に帰って来なさい」

「わかった」

抱きしめられながら頷くミクロにアグライアは良かったと思う。

ミクロは愛情を持って産まれてきた。

それが知ることが出来ただけでもミクロに大きな変化が起きた。

 



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第40話

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

ダンジョン17階層に存在する階層主『ゴライアス』。

そのゴライアスをミクロは一人で戦っている。

リュー達は透明化の魔道具(マジックアイテム)『ファントーモ』を使用して姿を隠している。

襲いかかってくる巨人に対してミクロは劣勢になるどころか押している。

魔道具(マジックアイテム)である『スキアー』を使用してゴライアスの影を移動して死角から『ヴェロス』を使って攻撃を繰り出す。

更にミクロは左目には神聖文字(ヒエログリフ)で『S』と刻まれた『シリーズ・クローツ』の義眼の魔道具(マジックアイテム)を装着している。

これにより、ミクロの『敏捷』は高まり素早い動きでゴライアスを翻弄する。

素早い動きでゴライアスを翻弄。

攻撃が来ても影に瞬時に移動して回避。

死角から光の弓で攻撃。

それを繰り返すことによりゴライアスの体は徐々に傷付け損傷を与え続ける。

だけど、これでは決定打にならないのはミクロも重々承知している。

ミクロは勝負を終わらせる為に左手の中指に装着している藍色の指輪に意識を向ける。

すると、ミクロの手元にフェルズから託されたシャルロットの魔杖『アルゴ・マゴス』が出現する。

ミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)『リトス』。

パルフェの収納魔法を参考に作製した魔道具(マジックアイテム)

そこにミクロは魔杖を収納していた。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

止めをさす為にミクロは魔法の詠唱を始めた。

それもゴライアスの攻撃を回避しながら。

「【礎となった者の力を我が手に】」

リューから『並行詠唱』のコツを教わり、それを取得したミクロはリューほどではないが回避しながら詠唱するぐらいは余裕を持って出来るようになった。

「【アブソルシオン】」

魔法を発動してミクロは再び魔法を唱える。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々愚かな我が声に応じ、今一度星の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

それは同じ【ファミリア】に所属しているリューの魔法。

ミクロの魔法【アブソルシオン】は詠唱の把握と打倒により他者の魔法を吸収することが出来る。

打倒という点にミクロは気になり一つの可能性を思いついた。

殺さなくても倒せばその人の魔法が使えるのではないかという可能性に。

そして、ミクロはリューの模擬戦を行い勝利して結果リューの持つ魔法を取得することが出来た。

それがわかればミクロの行動は速かった。

ミクロは魔法が使える団員全員の魔法を取得した。

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ】」

ゴライアスの攻撃を回避しながら詠唱を続ける。

「【星屑の光を宿し敵を討て】」

詠唱が終えてミクロは魔杖をゴライアスに向けて魔法を発動させる。

「【ルミノス・ウィンド】」

緑風を纏った無数の大光玉は魔杖により威力が変化した。

以前ゴライアスと戦った時はリューの魔法でも致命打は与えることは出来なかった。

だが、放たれた無数の大光玉の一つ一つはゴライアスの体を貫通していく。

最終的に肉片となったゴライアスの体は灰へと変化した。

魔杖は魔力を高めて、魔法の威力を上げることが出来る。

まさにその通りに魔法の威力が跳ね上がった。

ゴライアスの討伐が終えたミクロは魔杖を『リトス』に収納する。

「終わった」

「ええ、では地上に一度戻りましょう」

今回はゴライアスからドロップアイテムは出なかったが魔石をパルフェの魔法で収納して地上に帰還する。

「これで次の遠征もここを素通りできますね」

「ああ」

異端児(ゼノス)』達との一件から数ヶ月。

時々リド達と会いに行きながらもミクロ達は変わらず探索を続けている。

「それにしても前はあたしら全員で何とか勝てたゴライアスを一人で倒しちまうとか強くなりすぎだろう?」

「団長だから」

笑みを浮かばせながら皮肉を込めて言うリュコスにミクロは当然のように答える。

次の『遠征』に向けて少しでも円滑に行えるように先に倒せれるモンスターを倒し終えたミクロ達は本拠(ホーム)に帰還。

「お帰りなさいませ、皆さん」

「ただいま、セシシャ」

迎えの言葉を送ってくるセシシャは返事をする。

「前の魔道具(マジックアイテム)はどうだった?」

「なかなか好評でしてよ。その分の利益はもちろん頂きましたわ」

ミクロ達はあれからもいくつかの魔道具(マジックアイテム)の売買を行っている。

一定以上水を溜め込むことが出来る魔道具(マジックアイテム)や緩やかな風を発生させる魔道具(マジックアイテム)など悪用される心配はない魔道具(マジックアイテム)を売買してその利益をしっかりと頂いている。

「わかった。また何かあれば教えてくれ」

「ええ、わかりましたわ」

そこでセシシャとの会話を終えてミクロは主神であるアグライアに【ステイタス】の更新を行って貰った。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.4

力:F343

耐久:E432

器用:D575

敏捷:E491

魔力:E487

堅牢:G

神秘:H

精癒:I

 

相変わらずの伸びと思いながらアグライアは新たに発現したスキルに視線を向ける。

 

前向生存(ヴィーヴォ)

・生きることを諦めない限り効果持続。

・身体・精神力(マインド)を少量ずつ回復。

 

新たに発現したスキルにアグライアは自然に頬を緩ませる。

ミクロが生きることに前向きになってきた証に等しいスキル。

それが嬉しかった。

他の団員、主にリュー達の【ステイタス】の伸びが良くなっている。

近い内に【ランクアップ】する団員も出てくるかもしれないと思いつつ更新を終わらせる。

「ミクロ。次は何階層まで行く予定なの?」

「37階層。取りあえずはそこまで」

それ以上はまだミクロ達にはまだ難しい為、しばらくはそこまでとしている。

数日後には『遠征』を行う為、その準備をしっかりと行わなければならない。

ミクロの場合は主に魔道具(マジックアイテム)の点検だが、『遠征』には必要不可欠の為しっかりと準備しなければならない。

「何度も言っていることだけど無理はしちゃダメよ?」

「わかった」

頷いて更新した【ステイタス】の確認を終えるとミクロは早速自室で魔道具(マジックアイテム)の点検を行う。

前回の『遠征』で発見した改善を加えてより性能を上げることが出来た魔道具(マジックアイテム)

次の『遠征』でどこまで通用するのかによってまた改善もしくは新たな魔道具(マジックアイテム)を作製しなければならない。

『ミクロ・イヤロス。調子はどうだ?』

「問題ない」

水晶から声をかけてきたのはフェルズ。

フェルズが作製した交信の魔道具(マジックアイテム)眼昌(オルクス)』によってミクロ達は定期的に連絡を取り合っている。

「リド達は?」

『彼等も問題はない』

君と会いたがっているけどね、と言うフェルズ。

「遠征が終わったら会いに行くって伝えといて」

『ああ、わかった。魔宝石の交換が必要になったら教えてくれ』

「わかった」

交信を終えて手を動かすミクロは一通りの作業を終えて確認のため魔道具(マジックアイテム)を持って中庭に向かう。

『ヴェロス』に魔力を流して光の弓を形成させる。

遠くに的を設置してミクロは空に向けて矢を放つと矢は宙で軌道を変えて的に的中する。

「問題ないな」

『ヴェロス』の新たな機能『弧曲』

複数同時には無理だが、一本だけなら軌道を変えることに成功した。

「次」

次にミクロは『ヴァルシェー』を構えて想像した魔法を放つ。

回数制限はまだ改善しなければならないが今の『ヴァルシェー』なら持っている者のイメージした力を放つことが出来るようになった。

だけど、その代わりか一つ欠点が増えた。

詳細にイメージしなければならない。

荒唐無稽なものはまず不可能で持っている者がイメージできる範囲のものでなければ発動できない。

使用範囲は増えたが扱いが難しくなった。

「まぁ、パルフェ達なら問題ないか」

一番よく使ってるパルフェ達ならその辺は問題と判断して次の魔道具(マジックアイテム)を手に取る。

一つ一つ新しく搭載した機能と不備がないか確認を終えたミクロは『リトス』に収納している魔杖を取り出す。

ゴライアスとの戦闘でもよくわかるようにこれは本当に凄い魔杖だと思った。

これを使用していた母親シャルロットはどれだけ凄い人なのかよくわかる。

「会って話がしたかったな……」

今亡き母親と話がしてみたい。

そう願うようになったが今はもう会うことさえ出来ない。

「あ、今度団員全員でゴライアスと戦わせたら何人かは【ランクアップ】するかな?」

不意にそんなことを思いついたミクロはそれは『遠征』が終えてゴライアスが復活してからにしようと決めた。

「さて、次は新しい魔道具(マジックアイテム)を試すか」

前回の『遠征』で採取した物を使い新たに作製した掌で収まるぐらいの水晶の魔道具(マジックアイテム)

それを地面に叩きつけると水晶は割れてミクロ周囲に結界が展開する。

防御系統の魔道具(マジックアイテム)『クリスターロ』。

使い捨てだが、強力な結界を展開させることが出来る魔道具(マジックアイテム)

これから激しくなるモンスターの攻撃に対して防げる手段を考えて作製した。

ミクロは光の弓を形成して結界内から矢を放つと矢は結界を抜けて外で着弾する。

「問題ない」

この魔道具(マジックアイテム)の特徴は強力な結界を展開できるだけじゃなく中から攻撃することも可能。

詠唱を唱える時間も稼げる事も可能として後は『遠征』までに量産できるようにすればこれからの『遠征』にも重宝できる。

問題点は3分間だけという時間制限を何とかすれば問題はない。

「ミクロ。ここにいたの?」

「パルフェ」

「そろそろ夕飯の時間だよ」

「わかった」

パルフェの言葉にミクロの腹の音が鳴る。

集中しすぎたせいか腹が空いていたことに気付かずパルフェの言葉を聞いてようやくそれに気づいた。

「ふふ、行こう」

「うん」

微笑するパルフェと共にミクロは食堂に向かう。



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第四十一話

『遠征』当日。

ミクロ達は準備を終わらせて『遠征』に向かう一団(パーティ)中央広場(セントラルパーク)まで移動していた。

『遠征』に向かわない団員達も見送りに来て励ましの言葉などをかけている。

『遠征』の一団(パーティ)にはミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)を持ちながらも緊張と興奮が収まらない。

「これより『遠征』を開始する」

部隊の正面でミクロが言葉を飛ばす。

「今日の遠征の目標到達階層は37階層。皆も知っているが『深層』はより強いモンスターとの戦闘を行う。つまり、命の危険性も上がるということだ」

ミクロの言葉に何人かは緊張のあまり表情を硬くして唾を飲み込む。

【アグライア・ファミリア】の構成員は殆どがLv.1。

Lv.1の自分が『深層』に足を運んで生きて帰れるのだろうかという不安が走る。

「だけど、俺は信じている。お前達は死なないと。必ず誰一人欠けることなく生きて帰ると。それでも死ぬかもしれないという時は俺が全力でお前達を守ると約束する。だからお前達も約束して欲しい。生きて帰ると」

『遠征』に向かう団員達はミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)を強く握りしめる。

緊張しつつもミクロの言葉に安心感が生まれる。

「『遠征』出発」

こうしてミクロ達は新たな階層37階層を目指して『遠征』を開始した。

『遠征』の一団(パーティ)はミクロの後ろに続くように足を動かす。

団長であるミクロが先陣を切ってダンジョンを進む。

襲いかかってくるモンスターはミクロが『ヴェロス』で速攻で倒しながら下へと向かう。

そして、上層から中層まで向かって18階層で一休憩した後でミクロ達は『下層』へ向かう。

「ここからは予定通り隊列を組む」

前衛をリューとリュコス。

中衛をミクロ。

後衛をティヒアやパルフェ達。

いつもならミクロが前衛でリューが中衛だが、今回は目標到達階層だけあって効率を重視して複数の魔法を放つことができ、尚且つ攻守共にこなせるミクロが中衛をすることになった。

『リトス』に収納している魔杖を取り出してミクロ達は下層に足を運ぶ。

19階層を下りて20階層に足を運ぶとミクロは不意にリド達の事を思い出す。

先日、フェルズからリド達『異端児(ゼノス)』は隠れ里の移動を近い内に行うと定期連絡がきた。

ここにいる『遠征』一団(パーティ)全員は『異端児(ゼノス)』達の事を知っている。

もしかしたら会えるかもしれないそう思いつつ足を動かす。

「何か来るよ」

前衛のリュコスの言葉にミクロ達は足を止めて武器を構える。

ミクロも魔杖を構えていつでも詠唱が始められるように準備する。

そして物陰から姿を現したのは見覚えのある赤帽子(レッドキャップ)のゴブリン。

「『異端児(ゼノス)』……!」

傷だらけの赤帽子(レッドキャップ)のゴブリンはリド達と同じ『異端児(ゼノス)』だとすぐにわかったミクロはゴブリンに駆け寄り回復薬(ポーション)を飲ませる。

「ミスター……ミクロ………」

「何があった?」

「冒険者の、襲撃に……21階層に、入った時突然に………」

「21階層だな。わかった。後は俺達に任せてゆっくり休め」

ミクロの言葉にゴブリンは気を失う。

「遠征は中止。これより『異端児(ゼノス)』の救助に向かう」

ミクロの言葉に全員が頷いて『異端児(ゼノス)』達がいるであろう21階層に駆ける。

リド達の無事を願いながらミクロ達は緊急時用に持ってきた『ファントーモ』を身に着けて透明化になる。

極力モンスターとの戦闘を避けて大至急22階層に突入する。

「こっちだ!」

血の匂いを頼りにリュコスが先頭に出てそれに続く。

血の匂いを頼りに足を動かしているとミクロ達の耳にモンスター『異端児(ゼノス)』達の悲鳴が聞こえた。

悲鳴を聞いて急ぐミクロ達はようやく現場に到着した。

そこには血だらけで目の前の人間(ヒューマン)の冒険者と対峙しているリドの姿とその後ろには他の『異端児(ゼノス)』達が身を寄せ合って震えていた。

「どうしたよ?化け物。来ねえのか?」

「はぁはぁ、クソ……」

曲刀(シミター)を握り締めるリドは双眼を血走らせて曲刀(シミター)を振り上げて斬りかかる。

だけど、姿を現したミクロがリドの攻撃を防ぐ。

「ミクロっち……!」

「遅れた」

突如姿を現したミクロに驚くが味方であるミクロが現れたことによりリドは緊張が解けてその場で膝をつく。

「後は俺に任せろ」

「すまねえ……」

リドの代わりに目の前の肌黒の冒険者と対峙するミクロに肌黒の男は笑みを浮かべながら訪ねる。

「ミクロ?お前、へレス団長のガキか?」

「そういうお前は【シヴァ・ファミリア】の団員だな」

シャラ、セツラ同様の【シヴァ・ファミリア】の団員と遭遇したミクロはナイフと梅椿を構える。

「ああ、オレの名はディラだ。デカくなったもんだな」

懐かし気に話すディラだが、ミクロは警戒を緩めずにディラに問いかける。

「何故リド達を攻撃した?」

「はぁ?冒険者が化け物を狩るのは当然だろう?オレにしたらお前こそ何で後ろにいる化け物を庇う?そいつらは人類の敵、死んでも誰も困らねえよ」

ディラの言っていることは正しい。

現にミクロ達も『異端児(ゼノス)』達の存在を知ってからもモンスターを討伐している。

「リド達は戦いよりも会話を求めて人と共存することを望んでいる」

それでもミクロは言葉を続ける。

友達であるリド達の為に。

「人との共存?プ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!出来るわけねえだろう!!馬鹿じゃねえか!?」

ミクロの言葉を聞いてディラは高笑いしてリド達を指す。

「化け物が人間様と一緒に暮らせるわけねえだろう!テメエ等はただ狩られりゃいいんだよ!わかったか!?化け物!」

「………ッ」

指摘され、拳を強く握るリドはわかっていたはずだった。

自分は化け物。ミクロのような人の方が変わっていてディラの方が当たり前だという当然のことに。

それでも夢を見てしまう。

ミクロのように手を取り合える夢を。

「大丈夫だ、リド」

そんなリドにミクロは声をかける。

「お前も『異端児(ゼノス)』達も俺が守る。だから諦めるな」

「ミクロっち……ッ!」

人と分かり合えない『怪物』であるリド達はミクロの言葉に喉を震わせる。

「おいおい、正気かよ?あいつのガキがそんなことを抜かすなんて、いや、あの女のガキでもあったな」

面倒臭そうに頭を掻くディラは好戦的な笑みを浮かばせて構える。

「いいぜ、相手になってやるよ。かかってきな」

武器を持たず拳を構えるディラにミクロは駆ける。

「リュー達は『異端児(ゼノス)』達を」

異端児(ゼノス)』達の安全をリュー達に任せてミクロはディラと対峙する。

「オラッ!」

拳を振るうディラの攻撃をミクロは回避してナイフで斬るがディラも避ける。

自分と同じLv.4だと気付いたミクロは構わず攻撃を繰り出す。

だけど、その全てをディラは回避する。

「どうしたどうした!?その程度か!?」

挑発するディラは拳だけでなく蹴りも放つ。

リュコスと同じ体術の使い手だと判明したミクロは距離取って『ヴェロス』に魔力を送り、光の弓を形成して矢を放つ。

「おっと!魔道具(マジックアイテム)か!」

遠距離の魔道具(マジックアイテム)だとわかったディラは近くの岩盤を蹴り砕いて石飛礫をミクロに放つ。

即席の遠距離攻撃だがそれを回避しながら違和感をミクロは感じた。

シャラは残虐で冷酷でセツラは凄まじい槍捌きが印象的だった。

だけど、ディラは好戦的ではあるが破壊を悦んでいない。

それにディラの余裕の笑みはセツラ同様に何か切り札があるとしか思えなかった。

魔法か、スキルか、それとも別の何かが。

それを見極めるためにミクロは光の弓を解いて再び接近する。

「いいぜ!来い!」

接近するミクロをディラは迎え撃つように詠唱を唱えた。

「【鋼の武具を我が身に纏え】!」

超短文詠唱から発動させるディラの魔法。

「【ブロープリア】!」

魔法を発動するとディラは黒色の鎧に身を包みその手には大槌が出現する。

「これがオレの武装魔法!テメエみたいなガキぶっ飛ばしてやるよ!」

鉄兜から顔を見せて大槌を振るうディラの一撃をミクロは正面から受け止めた。

魔法に何か仕掛けでもあるのだろうと思いあえて受けたが特に変化はない。

「なっ!?」

受け止められたことが予想外だったのか驚愕するディラは知らなかった。

ミクロの防御力の前では並大抵の攻撃力では歯が立たない。

ミクロは驚愕しているディラの一瞬の隙を見逃さず一気に攻撃を仕掛ける。

ナイフと梅椿の連続攻撃。

不懐属性(デュランダル)』の特性を生かして鎧の上からディラを切り刻む。

「ぬぐ……ぐぐぐ……」

逃げようとするがミクロは決して逃がしはしなかった。

せっかくのチャンスを無駄にはせずここで一気に終わらせる為に鎧を破壊してディラの体までも切り刻む。

「ダメだ!ミクロっち!そいつを傷つけちゃいけねえ!」

倒したと思った時突如リドがミクロに向かって叫んだ。

いったいどういうことだと思った瞬間、ミクロの全身から血が噴き出す。

「残念だったな」

そして、確かに切り刻んだはずのディラの傷が回復に進んでいる。

「何が……」

突然のことに理解が追いつかなかったミクロにディラは大槌をミクロに叩きつける。

「冥土の土産に教えてやる。オレの二つ名は【不死身拳士(アンデッドブロー)】。誰もオレを傷つけることは不可能だ!」

地面に叩きつけられたミクロの前にディラは高らかに笑った。

 



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第四十二話

リュー達は何が起きたのか理解できなかった。

異端児(ゼノス)』達を襲撃した【シヴァ・ファミリア】団員ディラ。

ミクロはディラと戦い魔法の鎧を破壊してディラ本人も切り刻んだ。

だけど、気が付けば血を噴き出し倒れているのはミクロの方だった。

「クソ!やっぱりだ!あいつは自分の傷を相手に与えちまう妙なスキルを持っていやがる!」

対峙していたリドはミクロの戦闘を見てその答えに辿り着いた。

「オレっちと戦った時もそうだった!いくらあいつを斬っても傷付いちまうのはオレっちのほうだった!」

悔し気に叫ぶリドにディラは愉快そうに笑みを浮かべる。

「よくわかったな、化け物。お前の言う通りいくらオレを攻撃しようとその傷はそいつに返っちまう。つまりオレを倒すのは不可能だってことだ!」

笑みを浮かべるディラは倒れているミクロに背を向けてリュー達の方に足を動かす。

リュー達もそれを見て武器を構えるがどうすればいいのかわからなかった。

いくら攻撃してもその傷は自分に返ってくる。

そんな相手とどう戦えばいいのかわからなかった。

「どうする?オレと戦うか?」

好戦的な笑みを浮かべてリュー達に問いかける。

歩みを止めないディラにリューはリュコス達に告げる。

「皆さんは地上へ。この者は私が相手をします」

「何を言ってるんだい!?」

「それしか方法はありません」

Lv.4であるディラと戦えるのはこの場でリューだけ。

「………」

まだミクロは生きていることに少しだけ安堵してリューは頭の中でどうするかを考える。

ディラは傷を与えてもそれが自分に返ってくる。

なら、リュコス達を逃がした後でミクロを連れて全力で逃げるのが最善。

そう決めたリューは木刀を握り締めて前へ出ようとした時ディラは足を止めた。

「にしてもよ、何でテメエ等までその化け物を庇うんだ?」

「何を……?」

「そうだろう?その化け物を庇う理由がテメエ等にはあるのかよ?」

リド達を指すディラにリュー達の視線はリド達に向けられる。

「ミクロはあったみたいだが、テメエ等は違うだろう?その化け物を助けようなんて思ってねえだろう?」

『っ!?』

鋭い指摘にリュー達は目を見開く。

ディラの言う通りリュー達はミクロをどう助けてこの場から離脱しようかを考えていた。

その中に『異端児(ゼノス)』は入っていなかった。

リュー達の表情を見てディラは笑みを深ませてリュー達に言う。

「その化け物たちを見捨てるならミクロを含めて見逃してやってもいいぜ?」

「そんなこと」

「出来ねえのか?」

出来ないとは断言できなかった。

リュー達は仲間と『異端児(ゼノス)』を天秤にかけて仲間を選択してしまったからだ。

「……オレっち達を置いてミクロっちを助けてやってくれ」

どうするかと頭を働かせている中でリドがリュー達にそう言った。

「元々はオレっち達が原因でミクロっち達を巻き込んじまったんだ。それにここでミクロっちには死んで欲しくねえ」

恐れもなく恐怖なく普通に接してくれたミクロをリドは死なせたくなかった。

例え自分がここで死ぬことになってもリドは何の後悔もない。

「ダメ……だ、リド」

自ら命を捨てようとするリドにミクロは言葉を飛ばした。

「驚いたな、まだ立てるのかよ」

血を流しながら武器を持って立ち上がるミクロにディラは驚嘆する。

「お前達を、守るって言ったはずだ……」

言葉を続けるミクロだが、体にある傷はどう見ても致命傷。

立っているだけでやっとのはずなのにミクロは歩み出す。

「おいおい、テメエは自分が何を言っているのか理解してんのか!?化け物を守るだと!?化け物を守る理由がテメエにあるのかよ!?」

「友達だ……それだけで十分」

「ミクロっち……」

はっきりとミクロはリド達の事を友達と言った。

たったそれだけの理由で守ると言うミクロにディラは高笑いする。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!おもしれえ!面白すぎるだろう!イカれてるぜ、テメエは!化け物が友達だと!化け物は化け物だ!」

腹を抱えて笑うディラ。

リドは怒りと悔しみで手から血が滲み出る程拳を強く握りしめる。

自分が化け物であるせいでミクロが笑われている。

その事が悔しくて仕方がなかった。

「なら、人でありながら神血(イコル)が流れている俺の方がよっぽど化け物だ」

「はぁ?」

高笑いするディラはミクロの言葉に笑うのを止めてああ、そうかと思い出した。

自身の主神であるシヴァが自身の血を眷属の子に与えてミクロはその中の唯一の生き残りだということを思い出す。

「なるほどな、化け物は化け物を寄せ付けるってわけか」

「ミクロっちは化け物なんかじゃねえ!!」

吠えるリド。

だが、ディラは化け物であるリドの言葉に傾ける耳はなかった。

「それで?立ち上がってどうするつもりだ?オレを傷つけることは不可能だということはさっきテメエ自身が味わったよな?」

スキルのおかげで回復しつつある傷だが、その傷はミクロがディラを攻撃した時に傷付いたもの。

不死身であるディラを倒すことはできない。

誰もがそう思っていた。

「お前は不死身じゃない」

ミクロ以外は。

「お前は二つのスキルを使って自分が不死身であるように見せつけているだけだ」

「何?」

ミクロの言葉にディラの表情が険しくなる。

「お前は受けた傷を相手に同化させるスキルと自身の傷を再生させるスキル。この二つを使って受けた傷を相手に返しているように思わせているだけだ」

「っ!?」

ミクロは見切っていた。

先程のディラの戦闘でディラのスキルの正体と弱点を。

「二つは目は単純に自分の傷を再生させる。だけど、初めは俺の攻撃を避けていた。それは回数制限か使用制限など何らかの制限がある」

「………」

「一つ目は一定範囲内における対象者に自身の受けた傷を同化させる。お前の体を斬った場所と同じところに傷ができた。そして、俺が『ヴェロス』で攻撃した時お前は回避した。それはそのスキルの範囲外だったからだ。そうでなければ矢を避ける必要がない」

光の弓を出してミクロは構える。

「なら、遠距離で攻撃すればそのスキルは使えない」

「………………」

ディラは絶句した。

たった一回。

たった一回の攻防で自分のスキルを見極めたミクロに。

「なんつー洞察力だ……」

ミクロが言っていたことはほぼ正解だった。

ディラは『身体再生』と『損傷同化』という二つのスキルがある。

『身体再生』は文字通り傷を再生するが、体力、精神力(マインド)の消費が激しい為必要以上には使えない。

『損傷同化』は自分を中心に半径5(メドル)という短い範囲のみしか使えない。

しかし、そうすぐに見極めれるものではない。

大抵の奴は一度見れば攻撃できなくなり、こちらから一方的に攻撃することが出来るし、攻撃してきてもスキルで傷を相手に同化させて自分の傷を再生すればいい。

それをたった一回の攻防で見極めたミクロが異常なのだ。

そこでディラは思い出した。

ミクロが誰の子供だということを。

『お前は俺には勝てねえよ』

『私に勝つにはまだ早かったみたいだね』

【シヴァ・ファミリア】の中で圧倒的強さを誇るへレスとシャルロットの子供だということを。

「……ざけんな」

かつて敗北した二人の子供に同様に敗北するのかと思うとディラはその時の雪辱を思い出す。

「ふざけんなぁああああああああああああああああああああああッッ!!」

ディラは吠えた。

魔法の鎧を身に纏ってミクロに突貫する。

ディラは元々【シヴァ・ファミリア】の団員ではない。

勝つことに酔いしれて戦いに身を投じているだけ。

そして、へレスとシャルロットに勝負を挑み完膚なきまでに敗北した。

それが悔しくディラは【シヴァ・ファミリア】へ改宗(コンバージョン)した。

雪辱を返して自分が勝利するために。

だからその子供であるミクロに負ける訳にはいかなかった。

「オレがもうあいつらに負けてたまるかよぉぉおおおおおおおおおおおおッッ!!」

大槌を捨てて拳を構えるディラにミクロは矢を放つ。

「ミクロっち!!」

だが、矢を放つ前に曲刀(シミター)を持ったリドがディラの動きを止めた。

「リド」

「邪魔すんじゃねえ!化け物がっ!!」

排除するかのように拳を連打するディラだが、リドは一歩も譲らずミクロの盾になる。

「リド、避けろ。お前じゃそいつには」

「……いいんだ、ミクロっち。オレっちがミクロっちの盾になる。だから、その間にこいつを倒してくれ」

リドは瞳から涙を流しながら言う。

「……嬉しいんだ、オレっちを友達だと言ってくれて。本当に嬉しいんだ。だから、オレっちも友達としてミクロっちの盾になれねえと」

友達としてミクロはリド達を助けに来たようにリドも友達としてミクロの盾になる。

普通ではありえない人とモンスターの共闘。

「………」

ミクロは更に距離を取って『リトス』から魔杖を取り出して詠唱を唱える。

一撃でこの戦いを終わらせる為に。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

「どけぇ!化け物!!」

「どくかよ!!」

武装魔法で武器を取り出して攻撃するディラの攻撃をリドは耐え抜く。

「【礎となった者の力を我が手に】」

「ミクロっちの邪魔はさせねえ!!」

「【アブソルシオン】」

詠唱を終えて再び詠唱を唱える。

「【我が願いは叶わずとも我が想いは消えず今も熱く燃え上がり、決して消えない覚悟となって今もあり続ける】」

その詠唱はかつてミクロに敗北したセツラの魔法。

「【我が望みは既に壊れている。だが、我が想いだけは何人たりとも壊させはしない】」

「ぐぐ……!」

ディラの攻撃に鱗が壊され傷が増えていくリドだが、決して引くことはしない。

例え身が滅びようとも意地にかけてミクロのところに行かせない。

「【不滅を慕う我が覚悟を受け止めよ】」

詠唱を唱え終えて魔杖をディラに向ける。

「リド!」

ミクロの言葉にリドは全力退避。

そして、残ったディラに向けてミクロは魔法を放った。

「【プロミネンスへヴァー】」

セツラが放っていた炎の砲弾は魔杖により強化されて全てを焼き尽くす灼熱の光閃となってディラに放たれる。

「舐めんなぁぁぁああああああああああああああああああああああッッ!!」

だが、ディラはそれを受け止めた。

魔法の鎧で全身を包み込み、力と耐久で受け止めて負った傷を『身体再生』で再生しながらミクロの魔法を受け止める。

「オレはもう負けねえ!!負けてたまるか!!!」

それは勝利への渇望と負けたくないという意地だ。

へレスとシャルロットで敗北を知ったディラはより勝利に飢えた。

いずれ倒す二人に勝つ為にディラに敗北は許されない。

受け止めるディラに対してミクロは更に精神力(マインド)を消費させて魔法の威力を高めるか、それとも別の方法でディラを倒すか策を考えていた。

『他の事を考えたらダメ。魔法に集中して』

「っ!?」

策を考えているミクロの手に誰かの手が添えられる。

その手の先には一人の女性がミクロの傍で微笑んでいた。

「母さん……」

死んだはずの母親がすぐ隣にいた。

いるはずがない死んだはずの母親がすぐ自分の隣にいる。

幻か幻覚はわからないシャルロットはミクロを後ろから抱きしめて魔杖を握る。

『魔法に集中して。そして魔力を高めるイメージするの。そうすれば魔法はもっと強くなる』

「俺、俺は………」

幻でも幻覚でもいい。

会って話がしたいと思っていた母親が自分のすぐ後ろにいる。

向かい合ってちゃんと話がしたい。

『ごめんね。今の私にはこうするしかできないの。こんなお母さんを許して』

許すも何もミクロは恨みも憎しみもない。

謝ってほしいわけでもない。

ただ話がしたい。それだけだ。

「許す……許すから………俺は、俺は……………」

『貴方は強いわ。だって、私達の子供ですもの』

その言葉を聞いてシャルロットは姿を消した。

一瞬だった。

本当に一瞬の間だけでシャルロットと話ができた。

それなのに涙が溢れてくる。

「あああ……」

ミクロは理解した。

この気持ちが悲しみという感情だということに。

涙を流して魔法に集中して魔力を高めるイメージをする。

「あああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「何!?」

吠えた。

高ぶる自分の感情を発散させるかのように心の底から吠えた。

そして、ミクロの感情が高ぶるように魔法の威力も高まる。

拮抗していたはずなのに突然高まったミクロの魔法にディラは吞み込まれた。

「くそがああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

その言葉を最後にディラは消滅した。

そして、ミクロも精神枯渇(マインドゼロ)になってその場で崩れ落ちる。

「ミクロ!?」

「ミクロっち!?」

ミクロに駆け付けるリュー達やリド達『異端児(ゼノス)』。

回復薬(ポーション)で傷を治してリューは地上を目指す為にミクロを背負う。

「ミクロっち、ありがとう」

気を失っているミクロにリドは静かに礼を言ってリューに背負われているミクロ達の背中を見守る。

「まったく貴方はいつも………」

相変わらず無茶をすると内心で愚痴を言いながらその表情は笑みを浮かべていた。

『友達だ……それだけで十分』

「………」

リド達『異端児(ゼノス)』達を助けることにミクロは一瞬の迷いもなかった。

それなのに自分達はまともに動くことさえしなかった。

それがミクロと自分達の違いなのだろうとリュー達は思った。



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第四十三話

リド達『異端児(ゼノス)』を襲ったディラとの戦闘で『遠征』は中断されてミクロ達は地上に帰還してから数日後。

「………」

ミクロは自室のベッドの上で寝転がっていた。

それはミクロがディラとの戦闘の後に目を覚ました時。

『ミクロ。貴方にはダンジョンに潜ることをしばらく禁止にするわ』

主神であるアグライアにそう言われたからだ。

『貴方は本当に強く、いいえ、強くなりすぎているの。普通の人では追いつけれない程の速さで強くなってしまった。そのおかげで短期間で私達はここまでこれたけど、貴方ばかりに負担を掛けさせるのは【ファミリア】として良くないの』

団長として団員達を引っ張って、仲間を死なせない為に魔道具(マジックアイテム)を作製したり今の【アグライア・ファミリア】はミクロを中心にできてしまっている。

そうなれば万が一の時にミクロがいなくなれば【ファミリア】はあっという間に崩壊してしまう。

『貴方が悪いわけじゃないの。皆の為にも今は休みなさい。魔道具(マジックアイテム)の作製もしてはダメよ』

アグライアにそう言われてミクロは鍛錬以外することがなくなった。

視線を机に向けるとそこには数冊の魔導書(グリモア)と金銀の指輪やレアアイテムなどが置かれている。

その全てはフェルズが『異端児(ゼノス)』達助けた報酬として無理矢理渡された。

友達を助けただけと言ってもそれでは気持ちが収まらないとしつこく言われてミクロはしぶしぶそれを受け取った。

売る訳にもいかずにずっと机の上に放置にしている。

【アブソルシオン】を習得しているミクロに魔導書(グリモア)はもう必要ない。

なら、ダンジョンに潜っているリュー達か団員の誰かにでも読ませようと思いつつ寝返る。

魔道具(マジックアイテム)の点検も終わらせて魔杖は今は魔宝石の交換の為フェルズに預けている。

することもないミクロは鍛錬でもしようと中庭に向かうと数人の男性団員が模擬戦を行っていた。

「あ、団長。どうしましたか?」

「暇だから鍛錬に来た」

休憩中の男性団員から声をかけられて答えると納得するように頷くとミクロは男性団員の首根っこを掴む。

「付き合って」

「え、ちょ、勘弁してくださいよ!?」

強制的にミクロの訓練に付き合わせられた男性団員に他は同情の眼差しを向ける。

団員達はミクロの訓練が普通のより酷烈(スパルタ)だと身を持って知っているからだ。

数十分後、全身がボロボロで地面にうつ伏せに横たわる男性団員ともう終わりかと首を傾げるミクロ。

「大丈夫?」

「もう……むり………」

その言葉を最後に気を失う男性団員は他の団員に担がれて部屋まで運ばれる。

「やり過ぎた?」

「あー、団長。一応言うけどやり過ぎ」

がくりと肩を落とすミクロに雰囲気が何だか変わったなと団員達は思った。

感情が顔に出るようになったというか明るくなったミクロの変化に団員達は頬を掻く。

団員達もミクロがダンジョンに行くことが禁止されていることを知っている。

きっと暇を持て合しているんだろうと思い気を遣う言葉でもかけようと思った時。

「なぁ、ちょっといいか?」

「ん、どうした?」

「いいから」

他の男性団員も集めて何かを話し合うと笑みを浮かべてミクロに話しかける。

「団長。団長は鍛錬以外にすることがないのですか?」

「ない。遊びもよくわからない」

その言葉を聞いて笑みを深ませる。

「団長。俺達が団長に遊びを教えてやります!」

胸を張って言う人間(ヒューマン)の団員、リオグの言葉に耳を傾ける。

「どんなこと?」

「ふふふ、男の遊びですぜ。団長」

ニヒルに笑みを浮かばせて語る。

「今日の夜に実行しましょう。それとここにいるメンバー以外にこの事は話すのはダメですよ!マジで!お願いしますから!特に副団長には!?」

「わかった。約束する」

必死に頼み込むリオグの言葉にミクロも頷いて約束する。

「よし!それと一つお願いがあるのですが」

「何?」

「俺達遊ぶ金がそんなにないので団長に出しては頂けないかなと」

「問題ない」

「シャッ!」

了承を得て拳を握り締めるリオグ。

ミクロも遊びを教わるのだからそれぐらいはしないとと思いリオグの頼みごとを聞いた。

「それじゃ、今日の夜に門の前に集合ですよ!」

「わかった」

了承してミクロはナイフを握り締める。

「それじゃ、夜まで暇だから模擬戦の相手して」

「え?」

数秒後には中庭から悲鳴が鳴り響いたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜とも呼べる時間帯にミクロとリオグ達は門の前に集まる。

「なぁ、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だって。団長だって年頃の男だぜ?興味があるに決まってる」

目的地に向かう途中で小声で話し合うリオグ達。

「前に副団長達に何をされたのか忘れたのか?」

前に女性団員達の入浴を覗こうとしたリオグ達はその時の恐怖で体を震わせる。

「も、問題ねえ。こっちには団長という強い味方がいるんだ」

基本的にミクロに甘い女性団員達。

ミクロがリオグ達を庇えば深く追及されることはないと踏んでの行動。

「なぁ、どこに向かっているんだ?」

「もうすぐですよ、団長」

都市南東部に向かって歩くミクロ達はある場所へと到着した。

南東のメインストリート寄りにある『歓楽街』へとたどり着いたミクロは突然の甘い匂いに鼻を摘まむ。

「変な臭い」

「香水ですよ。ここで今日俺達は遊びます」

アマゾネスを中心に多くの種族の女性が蠱惑的な笑みを浮かばせて男性を誘っている中でミクロはここで何をするのだろうと首を傾げる。

「ここで何をするんだ?」

「それは行ってみてのお楽しみですぜ?それより団長お金の方は?」

「持って来てる」

『リトス』からあらかじめ小分けにしている袋を一人ずつリオグ達に渡す。

「一人一〇〇万ヴァリスで足りる?」

ズシリと重く感じる袋の金貨の金額を言うミクロにリオグ達は絶句した。

「十分過ぎますよ……というかどんだけ金があるんですか?」

「あと三〇〇〇万ヴァリスはある」

魔道具(マジックアイテム)にかかる費用は【ファミリア】の経費で落としている為にミクロ自身は基本的には武器の整備以外に金を使うことはない。

貯まるに貯まっていき、前にフェルズが大金をミクロに渡してきたために気が付けばかなり集まっていたことにリオグ達が遊びに誘われるまで気付かなかった。

「団長。もっと遊びを覚えましょう」

「努力する」

真剣な眼差しでそう言われてミクロも努力するように頑張る。

「団長なら女性から声をかけてくるはずですから遊びに来たと言えば後は女性について行けば問題ありません」

「皆で遊ばないの?」

「それが男の遊びです。それじゃ、明日の朝に会いましょう!」

そう言ってリオグはどこかの店の中に入って行った。

「あー、団長も取りあえずは楽しめばいいと思いますよ。それじゃ、俺達も行きますね」

他の団員達もどこかに去って行き、ミクロは取りあえずは街中を歩くことにした。

ケイオス砂漠の文化圏に海洋国(ディザーラ)地方の建築様式などごちゃ混ぜの建築物や店の中からや外で露出が多い女性が男性に声をかけたりなどしている。

取りあえずはリオグの言葉通りその辺りを適当に歩くことにした。

そう言えばこの辺りは【イシュタル・ファミリア】の本拠(ホーム)があるなと思いつつ歩く。

「ボク、どうしたのかな~?」

間延びしたのんびりするような声に振り返ると白い衣装(ドレス)を着た肌白の女性がミクロに声をかけてきた。

「遊びに来た」

リオグの言葉通りにそう言うと女性は少し驚くような反応をするがすぐに笑みを浮かべる。

「それじゃ、お姉さんと遊ばないかな~?」

「わかった」

本当にリオグの言っていた通りに女性から声をかけられて腕に抱き着かれる。

「ふふ、それじゃあこっちだよ~」

近くの店の中に連れられて一室に案内される。

一つの大きなベッドと簡易シャワーがある部屋へと案内されたミクロ。

「ふふ。こういうところは初めてかな~?」

「うん」

素直に返答すると女性は楽し気に笑みを浮かべる。

「そういえばボクの名前は?私はアイカだよ~」

「ミクロ。ミクロ・イヤロス」

「あらあら、もしかして【アグライア・ファミリア】の団長さん?」

「うん」

名前を聞いてミクロが噂されている【アグライア・ファミリア】の団長だということに驚く。

「凄いね~。本当に子供のボクが団長なのね~」

微笑ましく頭を撫でるアイカにミクロは大人しく撫でられる。

「それじゃ、一応聞くけどお金はあるかな?」

「うん。これで足りる?」

『リトス』から一〇〇万ヴァリスの袋を見せるとアイカは絶句して一瞬呼吸が止まった。

「はぁー、ふぅー。うん、多すぎ」

深呼吸して代金分だけ取ると衣装(ドレス)を脱ぎ、豊満な胸を露する。

「何で脱ぐの?」

「え?」

シャワーでも浴びるのかと思ってそう問いかけるとアイカは首を傾げてもしかしてと疑問を抱いてミクロの手を取って自分の胸に誘導させて触らせる。

「どうかな~?」

「柔らかい」

率直な言葉を述べるアイカは疑問が確信の方に傾き思い切って訊いた。

「ミクロ君はどうしてここに来たの~?」

「団員から男の遊びを教わる為。歩いていれば女性の方から声をかけられるから後は女性について行けばいいって言われた」

その言葉にアイカは確信した。

ミクロはこれからすることがまだ理解も出来ていないということに。

今も触っているにも関わらず反応も示さない辺りからまだミクロには早いと思い衣装(ドレス)を着なおす。

「ミクロ君にはまだここは早かったみたいだね~」

「?」

「お話でもしようか~」

アイカの言葉に理解出来なかったミクロは首を傾げる。

その反応に微笑みながらベッドに座って話をすることにした。

他愛のない会話やダンジョンでの出来事など話したり、アイカはアイカでその話に聞いて微笑んだり、問いかけたりなどミクロにとって今までにない長い会話をアイカと行った。

「さっきから気になってんだんだけどね~。それは魔道具(マジックアイテム)かな~?」

藍色の指輪『リトス』を指すアイカにミクロは頷く。

「ある程度の物ならこれで収納できる」

「便利なんだね~」

荷物運びなどに楽だろうなと思いつつ会話を続けるとミクロはアイカに訊いた。

「アイカはここで働いているの?」

「売られた身としては一応ね~。借金が返せなくなっちゃってここに来ちゃったの~」

元々貧乏暮らしのアイカは抱えきれなくなった借金の返済に『歓楽街』に売られた。

その事をあははと笑いながら語るアイカ。

「『身請け』してくれる人がいればここから出れるけど~、ミクロ君してくれるかな~?」

『身請け』―――――歓楽街の独自の(ルール)として大金を引き換えに娼婦を引き取る制度(システム)

そうすれば出金者は娼婦を歓楽街から落籍させることが出来る。

大金を出したミクロに冗談でそう言うとミクロは頷いた。

「わかった。どこに行けばいい?」

「え、えっとね~、イシュタル様のところに行けば」

「案内して」

抱えられて驚きながらイシュタルがいる『女主の神娼殿(べーレド・バビリ)』まで案内して多くの戦闘娼婦(バーベラ)を驚かせながらもミクロは気にも止めずにイシュタルがいる所までアイカを連れて行く。

案内された部屋に入ると長椅子(ソファー)に腰掛ける女神イシュタルがいた。

「アグライアのところの子供が突然何のようだい?」

突然やってきたにも関わらず平然と言葉を述べるイシュタルにミクロはアイカを下ろしてイシュタルに言う。

「アイカを『身請け』したい。金はこれぐらいで足りる?」

ドサとテーブルに置く金額にアイカは目を見開く。

「一〇〇〇万ヴァリスはある。足りないならまだ出せる」

『身請け』は娼婦の位にもよるが相場は二、三〇〇万ヴァリス。

その三倍以上の金額をイシュタルの前に置くがイシュタルは顔色変えることなく煙官(キセル)を口から離してミクロに問いかける。

「その子のどこが気に入ったんだ?」

「全部」

即答するミクロに視線を向けて嘘は言っていないことに気付いたイシュタルは笑みを浮かべる。

「いいだろう。好きにしな」

「ありがとう」

礼を言ってアイカを連れて帰ろうと踵を返すと待ちなとイシュタルに呼び止められる。

「【ドロフォノス】いや、ミクロ・イヤロス。私の【ファミリア】に来る気はないかい?」

「ない。俺はアグライアの眷属だ」

「そうか、気が向いたらまた来な」

きっぱりと断るミクロはアイカを連れて部屋を出ていく。

「ね、ねえ、本当に良かったの~?」

自分の『身請け』の為に一〇〇〇万ヴァリスを支払ったことに今も驚きを隠せれないアイカは思わず訊いてみてしまった。

「問題ない。金には困っていない」

まだまだ十分にある金を使ったところで痛くもなかった。

「アイカとの話は楽しかった。話し相手になってくれると嬉しい。ダメ?」

「えっとそれだけ、かな?」

「他に何かある?」

首を傾げて尋ねてくるミクロにアイカは本当にそれだけの理由で『身請け』したことに言葉が出なかった。

「そろそろ朝だから皆に会いに行こう。アイカ」

手を繋いで引っ張るミクロにアイカは微笑む。

「ふふ、行こうか~」

間延びした声でミクロについて行く。

再会したリオグ達にミクロはアイカを紹介すると男性団員達はミクロと自分達の器の大きさに違いに言葉が出なかった。

 

 



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第四十四話

「では、まずは弁明を聞きましょう」

リュー達女性団員達に囲まれた状態でミクロは正座されられていた。

男性団員達とアイカを連れて本拠(ホーム)に朝帰りしたミクロ達は体中に染みついた甘い香水の匂いでリュー達に『歓楽街』に行ったことが速攻でバレた。

「リオグ達に男の遊びを教わる為に行った」

正直に話すミクロにリュー達も納得する。

ミクロが自発的にそんなところに行くわけがない。

リオグ達を見てそれはすぐに判明してリオグ達は他の女性団員達に連行されて別の部屋にいる。悲鳴が聞こえてくるが今はそんなことはどうでもよかった。

「あんたは何をしてたんだい?」

リュー達はそれが気になっていた。

一線を越えたか超えていないのか。

それが知りたかった。

「話をした」

「それだけかい?」

リュコスの言葉にミクロは頷いて肯定するとリュー達は安堵した。

どうやらミクロにはまだ早いのだと安堵してリューはミクロに告げる。

「もうあそこに行ってはいけない。いいですか?」

「何で?」

行ってはいけないと言われてミクロは首を傾げて尋ねる。

ダンジョンならまだ危ないから理解出来る。

だけどあの場所には種族問わずの多くの男女いたにも関わらずどうして自分は行ってはいけないのかミクロにはわからなかった。

「そ、それは……」

言葉を濁らすリュー。

下心なしの純粋な質問にどう答えればいいのかわからなかった。

「は~い、ちょっと待って~」

「あ、アイカ」

ミクロの後ろから抱き着いて来たアイカはリュー達に制止の言葉を述べる。

だけど、ミクロに抱き着いたことに何人かは嫉妬の炎に包まれる。

「離れなさい!」

「え~やだ~」

ミクロから引き剥がそうとするティヒアだがアイカは予想したかのように躱すとより密着する体勢になった。

「ミクロ君、止めさせて~」

「ティヒア。止めて」

「ミクロ……」

アイカの言葉通りにミクロから制止の言葉を告げられるティヒアは動けない。

「アイカ。着替えは終わったの?」

「終わったよ~」

着替えの為離れていたアイカは今は衣装(ドレス)から家政婦(メイド)の恰好になっているがかなり露出が激しい。

肩は見えているし、スカートの丈も短い。

『歓楽街』に着ているような恰好でミクロ達の前に現れたアイカにリューは表情を険しくする。

「ミクロに淫らな真似をするのは止めなさい」

「それを決めるのはエルフちゃんじゃないと思うけど~」

目線が鋭くなるリューにアイカは変わらず間延びするのんびりとした口調で答える。

「ミクロを困らせるな」

「ミクロ君がそう言ったのかな~」

二人の間に激しい火花が幻視されているかのような空気に女性団員達は後退りする。

「さっきの話なんだけど~ミクロ君の行動をどうして貴女が決めるかな~?」

「……彼は私達の団長だ。それなりの行動をしなければ他に示しがつかない」

「嘘はダメだよ~」

リューの言葉にアイカはあっさりと嘘だと見破った。

「歓楽街には多くの人が集まるから人を見る目はそれなりにあるんだよ~。それで、エルフちゃんはどうして嘘をついてまでそんなことを言うのかな~?」

歓楽街では単純に獣性を沈める為に集まる者もいれば癒しを求める人もいる。

数多くの人を見てきたアイカは嘘をついているかぐらいすぐにわかる。

「ここは女の子が多いからそういうのに嫌悪する子も多いのはわかるけど~男の子にもどうしても必要なことだってあるんだよ~。もっと寛容にならないと嫌われちゃうよ~」

周囲を見渡してリュー達にそう告げるアイカ。

【アグライア・ファミリア】は女性のほうが圧倒的の多い為どうしても女性の発言の方が強くなってしまう。

性に奔放なアマゾネスもいるが団長が人間(ヒューマン)であるミクロの為、人間(ヒューマン)の人数が一番多い。

そのせいかどうしてもそういうことに厳しくなってしまうのかもしれない。

そういうことが全くと言っていいほどわからないミクロは先ほどからアイカが何を話しているのかイマイチ理解出来なかった。

だけどそれとは反対にリュー達女性団員はアイカの言葉に当てはまることがあった。

そういうことに嫌悪感はあるからこそアイカの言葉が胸に突き刺さる。

「私よりミクロ君を困らせているのはエルフちゃんのほうじゃないかな~?」

「っ!?何を!?」

「だって~そうやって行動を制限したら困るのはミクロ君の方だよ~。エルフちゃんはそれでいいかもしれないけど~ミクロ君が窮屈になって何をすればいいのかわからなくなっちゃうじゃないかな~」

「出会ったばかりの貴女に言われたくない」

「出会ったばかりの私にそう言われるほどミクロ君を縛り付けていること気付いてる~?」

鋭い眼光に叫ぶリューに変わらずのんびりとした口調で煽るアイカ。

「真面目なのはいいことだけど~それを他者に押し付けるのは頂けないな~」

「ッ!?」

「リュー!?」

「おい!?」

アイカの言葉に頭に血が上ったリューはアイカに平手打ちをしようと腕を振り上げる。

Lv.5のリューの平手打ちを『恩恵(ファルナ)』を刻まれていないアイカに当たれば最悪の場合死んでしまう。

ただでさえ加減が苦手なリューの平手打ちがアイカに襲いかかる。

そして乾いた音が鳴り響く。

ただし叩かれたのはミクロだった。

「ミ、ミクロ………」

叩いて正気に戻ったリューをミクロは抱きしめる。

「落ち着いて、リュー。俺はリュー達に出会って困った事なんてないから」

「……申し訳ありません」

小さく謝罪するリューを抱きしめながら視線をアイカに向ける。

「アイカもリューや皆を困らせたらダメ」

「は~い、ごめんね、ミクロ君、皆」

明るく謝罪するアイカに重い空気が軽くなる。

「でも、私は今の言葉を取り消す気はないから~」

やっと収まった空気のなかでアイカは宣言した。

「私は私を買ってくれたミクロ君に生涯尽くすつもりでいるから覚悟してね~。改めてミクロ君専属家政婦(メイド)アイカです。よろしくね~」

ミクロを狙っている女性団員全員に対して宣戦布告するアイカは余裕たっぷりに笑みを浮かばせる。

「ミクロ君がやりたいことしたいこと何でもさせてあげるつもりだから~。もちろん夜の方もね~。仲良くしようね~」

笑みも崩さず告げるアイカの言葉に恋心が燃え上がる。

「ただいま~ってどうしたの?」

「あ、アグライア。お帰り」

神会(デナトゥス)』から帰って来たアグライアは帰還と同時に燃え上がる空気に気付いたがミクロと露出が多い家政婦(メイド)の恰好をしているアイカを見てまたミクロが原因だとすぐに判明した。

アイカの事情は簡潔には聞いているアグライアは歓迎してから『神会(デナトゥス)』に行っていたがまさか数時間でここまで空気が変わるとは思いもよらなかった。

「早かったんだ」

「ええ、【ランクアップ】した子は少なかったし、あっさりと終えたわ」

つい先ほどまで行われていた『神会(デナトゥス)』を遠い眼で語るアグライア。

「そうそう、ミクロにも新しく二つ名が決まったわ」

ミクロがLv.2の時に決まった二つ名は【隻眼の暗殺者(ドロフォノス)】。

だが、【ランクアップ】につれて神の気まぐれにより二つ名は変わることがある。

リューは変わることなく【疾風】で終わったが、戦争遊戯(ウォーゲーム)などで活躍したミクロの二つ名は変わった。

「【覇者】。それが貴方の新しい二つ名よ」

新しく決まったミクロの二つ名は【覇者】。

「わかった」

だけど、二つ名などどうでもいいミクロにはそういう二つ名が付けられたという印象しかなくそれで終えた。

「じゃ、俺は寝るからお休み」

昨日から一睡もしていないミクロは二つ名を聞いて眠りに付こうと自室に向かう。

「それじゃ私もミクロ君の添い寝でもするね~」

「待ちなさい」

ミクロについて行こうとするアイカをアグライアは止めた。

「貴方には『恩恵(ファルナ)』を刻んたり、説明しなければならないことや聞きたいことがあるから今から私の部屋に来なさい」

「は~い。ミクロ君、お休み~」

「お休み」

ミクロは自分の部屋で眠りにつく。

その時には綺麗にリオグ達の事は忘れていた。

 

 



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第四十五話

「はい、終わったわ」

アグライアはミクロが『身請け』した女性アイカに『恩恵(ファルナ)』を刻む。

「これからは貴女も私達の家族よ。よろしくね」

「こちらこそ~よろしくお願いしま~す」

のんびりと返事をして服を着直すアイカにアグライアはアイカの写したアイカの【ステイタス】に視線を向ける。

人間(ヒューマン)のアイカに魔法のスロットが二つあるがまだ魔法は発現していない。

素質はあるのだろうけどアイカはダンジョンに潜るつもりはないから案外このままなのかもしれないと思いつつ次にスキルを見る。

 

本質看破(スマトリェーチ)

・本質を見抜く。

 

アイカにスキルが発現していた。

本質を見抜くスキル。娼婦として働いて多くの人を見て来たアイカだからこそ発現したのかもしれない。

「アイカ。一つ聞いてもいいかしら?」

「どうぞ~」

「先ほどの貴女の行動はどういうつもりだったの?」

女性団員達に対する宣戦布告とリューを煽るような発言。

もし、ミクロが庇わなければアイカの頭と体は離れていたかもしれない。

「ふふ、アグライア様もご存じのはずですよ~」

アイカは笑みを浮かばせたまま意味深に告げる。

「だからこそ~ミクロ君にダンジョンに行くのを禁止にしたのでしょう~?」

「………」

アグライアは無言になりアイカはそれを肯定と受け取った。

「皆~ミクロ君に甘えてるから~ちょっとお説教しただけですよ~」

「そう」

アグライアはなるほどと納得した。

アイカのスキルはそこまで見抜くことが出来るということに。

いや、スキル云々よりもアイカ自身の観察力、洞察力が長けている。

それを一つに纏まったのがこの『本質看破(スマトリェーチ)』なのだと。

「それじゃ~私は行きますね~」

「ええ、もういいわ」

露出の多い家政婦(メイド)の恰好で部屋を出ていくアイカにアグライアはアイカという存在はこの【ファミリア】に良い存在になるかもしれないと思考を働かせる。

アイカの性格を含めてもしかしたらミクロ以外の団員達に良い影響を与えてくれることに願う。

アグライアの部屋を出てアイカはある人物に会いに行くために本拠(ホーム)内を歩きまわると目的の人物を発見して接近する。

「エルフちゃん、見~つけた~」

目的の人物リューに近づくアイカだがリューは冷たい眼差しでアイカを睨む。

「……何の用ですか?」

「ん~、ちょっとお話しない~?」

「結構です」

冷たくあしらってその場から離れようとするリューにアイカは告げる。

「そうやって自分の都合の悪いことから逃げるのかな~?」

「何を……?」

アイカの言葉に足を止めて向かい合うリューにアイカは変わらず言う。

「エルフちゃんって~自分の嫌いな相手は無視するタイプでしょう~?そして~自分の逆鱗に触れた者を反射的に攻撃してしまう感情的な子かな~?」

「何が言いたい?」

「ミクロ君に甘えすぎる、ううん、依存するのはよくないよ~って話だよ~」

「……私は別にそのようなことはありません」

アイカの言葉に否定の言葉を述べるリューだが、アイカはなるほどと納得気味に頷く。

「無自覚なんだね~。それじゃ~教えてあげる~。依存してるよ、自分が思っている以上に」

間延びしたのんびりとした口調が突如真剣な声音変えるアイカ。

「生真面目すぎるからかな?エルフちゃんは自分でも無意識にミクロ君に頼ってる。推測だけど、エルフちゃんが感情的、激情にかられた時ミクロ君に止められたことあるでしょう?」

「っ!?」

「その反応だとあったみたいだね」

リューの僅かな変化を見破ってアイカは言葉を続ける。

「自分では抑えられない感情をミクロ君に抑えて貰っている。そんなところかな?」

見透かされているように言葉を続けるアイカにリューは手を強く握る。

「それは一種の依存だよ。ミクロ君の傍から極力離れたこともないでしょう?また暴れる自分の感情を何とかして貰う為に無自覚にミクロ君の傍にいる。それに気づいてる?」

「黙りなさい」

瞬時にアイカに接近して小太刀をアイカの首筋に当てる。

少しでもリューの手元が狂えばアイカの首から血が噴き出す。

「それ以上戯言を続けるというのであれば」

「私を殺すのかな?無理だよ。エルフちゃんに私は殺せない。実力ではなくエルフちゃんの正義感がそれを許さない」

アイカの首筋から僅かに血が流れる。

それでもアイカは恐れずに言葉を続ける。

「私はね、娼婦として色んな人を見てきたの。でも、ミクロ君のような暗い眼を見たのは初めてだったよ」

『歓楽街』で初めてミクロと会った時にアイカはその時知った。

ミクロが眼がとてつもなく暗いことを。

「普通の子供はあんな眼をしない。それよりもミクロ君ぐらいの年頃なら色々なことに興味を示すはずなのにミクロ君にはそれがない」

ミクロが普通じゃないことをアイカは見抜いていた。

「ミクロ君と話して気付いたけどミクロ君は傷付くことに慣れ過ぎている。だからこそ、ミクロ君は優し過ぎるのかもしれないことにエルフちゃんは気付いていた?」

「………」

アイカの言葉をリューは無言で応える。

それでもリューの表情を見てアイカは告げる。

「ミクロ君の傍にいるエルフちゃんは自分の事だけでミクロ君の事何も見てなかったんだね。アグライア様がミクロ君にダンジョンに行くのを禁止にする訳だね」

別にリューに限っての話ではない。

殆どの団員がミクロに頼り過ぎている。

団長だから。

強いから。

頼りになるから。

少なからずそう思われてミクロ自身もそれに応じている。

だけど、ミクロに掛かる負担はそれだけ大きくなる一方。

それに気づいたアグライアはミクロにダンジョンに行くのを禁止にさせて無理矢理にでもミクロを休ませることにした。

「ミクロ君はまだ子供なんだよ?副団長であるエルフちゃんがその事に気付かないでどうするの」

リューの手から小太刀が落ちる。

アイカの言葉を聞いてリューはようやく知った。

ずっと傍にいたのに気づくことさえ出来なかったのに出会ったばかりのアイカはリュー以上にミクロの事を大切に想って考えている。

どうして気付くことも出来ずに甘えていた自分に心底嫌になった。

「私は……」

言い返したいけど言い返せない。

それだけアイカの言葉が的確だったからだ。

「半年。私なら半年でミクロ君の心も体も癒してあげられる。それだけ私はミクロ君の事が好きになっちゃったから」

『歓楽街』にいた時ミクロはアイカを『身請け』した。

体目当てではなく純粋に話し相手が欲しいというだけという理由で。

それだけで一〇〇〇万ヴァリスという大金を捨てたミクロがアイカにとって特別な存在になった。

「私は自分の全てをミクロ君に捧げてもいいと思ってるけどエルフちゃんは違うのかな?エルフちゃんの気持ちはどうなの?」

アイカの言葉にリューは思考が定まらない。

答えたいけど答えるのが恥ずかしい気持ち。

素直になりたいけど素直になれない自分。

それを言葉にするのに恐れを感じる。

「私が貰ってもいいのかな?」

「いけません!」

アイカの言葉に咄嗟にそう言ってしまったリューの尖った耳まで赤く染まり、アイカは微笑ましくリューの答えを待つ。

「……す、好き………」

消えてしまいそうなぐらい小さな声で告げるリューの顔はトマトのように赤く染まる。

だけど、勇気を振り絞って告げたその言葉はしっかりとアイカの耳に届いた。

「よく言えました~お姉さんリューちゃんの本音が聞こえて嬉しいよ~」

いつもの間延びしたのんびりとした口調に戻ってリューの頭を撫でる。

「でも、お姉さんも諦めないからね~」

そう言って去って行くアイカは微笑みながら小声で言った。

「手強いな……」

ミクロがアイカの代わりに叩かれてリューを抱きしめた時とアグライアに視線を向けた時に他とは違うミクロの確かな変化に気付いた。

その時のミクロの眼は確かな変化はあったがそれが何かまではアイカにはわからなかったが、少なくともアグライアとリューにミクロは特別な感情は抱いているのは確かだった。

「まぁ、その方が奪いがいがあるかな~」

自分なりのやり方で振り向かせてやればいい。ただそれだけ。

「さ~て、次はティヒアちゃんのところにでも行こうかな~」

次の恋敵(ライバル)の気持ちを知る為にアイカは足を動かす。

 

 

 

 

 

アイカと離れてリューはミクロの部屋に訪れていた。

「リュー?」

「すいません。起こしてしまって」

寝ていたミクロを起こしてしまったことに謝罪しながらリューは机に置かれている一冊魔導書(グリモア)を手に取る。

「ミクロ。これを頂いても?」

「いいよ」

「ありがとうございます。用はそれだけです。寝ていてください」

「うん」

リューの言葉に再び眠りにつくミクロの寝顔をリューは眺める。

その寝顔は年相応の子供の寝顔だった。

アイカの言葉通りだったと改めて思い知らされた。

ミクロはまだ子供で自分より年下なのに頼り、甘えていた。

「情けない……」

言われるまで気付くことさえ出来なかった自分が、ミクロに依存していた自分が本当に情けないと思った。

だからこそそんな自分を変える為にそしてティヒアやアイカ達に勝つ為にリューは魔導書(グリモア)を手に取る。

自室に戻って椅子に座る。

リューの魔法スロットは三つ。その内二つは既に埋まっている。

最後のスロットを埋めるためにリューは魔導書(グリモア)を開くとリューの意識は本の中へと引きずり込まれた

『始めましょうか』

何もない白い空間で真っ黒なもう一人のリューが問いかけてきた。

『私はどのような魔法を望んでいるのですか?』

守りたい。

仲間をミクロを守れるだけの力が欲しい。

『私にとっての魔法は何ですか?』

支えたい。

ミクロの隣でミクロと共に仲間を【ファミリア】を支えられる魔法。

『私にとって魔法はどのようなものですか?』

仲間を助けられる力です。

私はもう二度と大切な人を失いたくない。

それを実行できるだけの力が私の魔法です。

『守り、支え、助ける。それが私の望む魔法ですか?』

はい。

『なるほど、それこそ(あなた)だ』

そこでリューの意識は暗転して目を覚ます。

魔導書(グリモア)は効能を失い白紙になっていることを確認してリューはアグライアのとこに足を運び【ステイタス】を更新して貰い新たな魔法を発現させた。

 

【イス・サーフル】

・増幅魔法。

・発動対象者の魔法効果増幅。

・詠唱式【今は遠き森の加護、愚かな我が願いに耳を傾けて慈悲と加護を】

 

「増幅魔法……」

魔導書(グリモア)によって新たに発現したリューの魔法。

発動対象者の魔法効果を増幅する魔法。

自身を含めた魔法が扱える者にこの魔法を使えば守ることも支えることも助けることもできる。

まだ完全にこの魔法を把握したわけではないがそれでもこの魔法がミクロ達の役に立てればと思うと少し嬉しかった。

恋に燃えるリュー達に対してミクロは今もすやすやと眠りについてまま。



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第四十六話

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「団長!もう無理ですよ!!」

「大丈夫。頑張れ」

ダンジョン17階層でミクロとリューを除いた団員達に階層主である『ゴライアス』と戦わせている。

【アグライア・ファミリア】が結成されて三年が経ち、ミクロはアグライアに条件付きでダンジョンに潜っていい許可を貰った。

それは団員達の強化。

【アグライア・ファミリア】の団員は殆どはLv.1。

これから『深層』に足を運ぶとすれば更なる戦力強化が望ましい。

その為には偉業の達成【ランクアップ】を果たさなければならない。

それなら階層主であるゴライアスと戦わせたら何人かは【ランクアップ】を果たすかもしれないし、最悪【経験値(エクセリア)】を大幅に稼ぐことが出来る。

「団長の鬼畜!!」

「もし死んだら恨んでやる!!」

ミクロの恨み言を叫びながらも武器を持って戦う団員達を見てまだ大丈夫と判断する。

「セイ!」

「ハッ!」

強化魔法で強化したリュコスと弓矢で攻撃するティヒアを中心に団員達はそれに続くようにゴライアスと立ち向かう。

もちろんミクロ達も何もしていないというわけではない。

危ない攻撃を防いだり、団員達を援護したりなど後方から魔法で団員達を助けている。

「【フラーバ・エクエール】!!」

後衛の魔法部隊からスィーラを始めに数多くの魔法をゴライアスに放つ。

一部から『ヴァルシェー』により放たれた魔法攻撃も加わってゴライアスは怯む。

「ソラッ!!」

その怯んだ隙を見逃さずリュコスはゴライアスに膝をつかせる。

「今の内に前衛は攻撃をしな!!」

『おおっ!!』

リュコスの掛け声に前衛を務めている団員達は一斉にゴライアスに攻撃を仕掛ける。

だが、Lv.3のリュコスならともかくLv.1の団員達の攻撃にゴライアスの固い皮膚は切り裂くこともできない。

「【汝の鋼の肉体を脆き肉体へ変えよう】」

それを見て中衛を担うエルフの団員スウラが詠唱を唱えた。

「【ディリティリオ】」

スウラから放たれる紫煙がゴライアスに直撃する。

すると前衛達の攻撃がゴライアスに通用するようになった。

スウラの異常魔法(アンチ・ステイタス)【ディリティリオ】は対象者の『耐久』を著しく低下ことが出来る。

どんなに耐久に優れている者でもこの魔法を浴びたら体が脆くなってしまう。

しかし、強力な魔法の為使用すれば自身の耐久も低下してしまう為スウラは極力この魔法の使用を控えていた。

「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」」

猪人(ボアス)とドワスとドワーフのカイドラはそのチャンスを見逃さず大剣と大槌をゴライアスに叩きつける。

中衛もチャンスを見逃さず攻撃を加えるがそれでも相手は階層主。

いくら耐久が低下しているとはいえまともな攻撃を与えることが出来ない。

「リュー」

それを見たミクロはリューに魔法の詠唱を頼む。

「【今は遠き森の加護、愚かな我が願いに耳を傾けて慈悲と加護を】」

魔導書(グリモア)により手に入れたリューの新たな魔法を発動する。

「【イス・サーフル】」

増幅魔法を発動させたリューはそれをスィーラに譲渡する。

「ありがとうございます!」

礼を言ってスィーラはもう一度魔法を唱える。

「【天に轟くは正義の天声。禍を齎す者に裁きの一撃を。鳴り響くは招雷の轟き。天より落ちて罪人を裁け】!」

リューの増幅魔法により魔法効果を増幅させたスィーラから溢れる魔力を感じ取ってリュコス達はゴライアスから離れる。

「【フラーバ・エクエール】!!」

放たれた雷属性の魔法は先ほどより威力はけた違いに跳ね上がってゴライアスの体に直撃する。

だが、それでもゴライアスは倒れることはなかった。

単純な威力不足。

いくらゴライアスの耐久を低下させて魔法の威力を上げてもLv.1ではゴライアスに手も足も出ない。

「十分よ」

「ああ、十分だよ」

そこでティヒアとリュコスは動いた。

「【狙い穿て】」

超短文詠唱で唱えるティヒアの矢に魔力が纏う。

「【セルディ・レークティ】」

放たれた矢に魔道具(マジックアイテム)『アヌルス』により雷属性が付与されてゴライアスの体に突き刺さる。

突き刺さっただけでそれでもゴライアスにとってはその程度しかなかったがティヒアは不敵に笑った。

「狙い通り」

「そこだよっ!!」

リュコスはゴライアスに突き刺さった矢を蹴ってより深く突き刺した。

「あああああああああああああああッ!!」

咆哮を上げて空中で身を捻らせて回転しての二度蹴り。

そして、矢はゴライアスの内部にある魔石に届いた。

『オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ………』

魔石を砕かれたゴライアスは灰に姿を変えて残ったのはドロップアイテムである『ゴライアスの硬皮』だけ。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

ゴライアスが倒されて数秒後、大歓声が巻き起こる。

疲労も傷も今は気にも止めずに喜び合う団員達。

魔石を狙っての最後の一撃が通用してよかったと安堵しながらその場で座り込むリュコスとティヒア。

「お疲れ様」

「パルフェもね……」

「……お疲れさん」

『ヴァルシェー』を使って魔法攻撃を繰り返していたパルフェは二人に歩み寄って労いの言葉を送る。

「ミクロも無茶言うわよ、本当に」

「本当だよ」

「アハハ…」

階層主と戦わせるように強要したミクロの愚痴を言う二人にパルフェは苦笑する。

「でも、あいつは一人でゴライアスを倒したんだよね」

「ええ、それが私達とミクロの違いね」

前にミクロは一人でゴライアスを討伐した。

Lv.4だったとはいえたった一人でゴライアスを倒したミクロ。

今回のゴライアスの戦闘でそれがどれだけ困難なのか思い知らされてそれを一人で達成したミクロがどれだけ強いのか嫌という程理解できた。

「私達もまだまだね……」

「必ず追いついてみせるさ」

ミクロに追いつくためにより上を目指す二人にパルフェに口には出さなかったが気持ちは二人と全く同じだった。

ミクロがダンジョンに潜ることを禁止されてからもミクロ抜きでダンジョンに潜って気付いた。

ミクロの存在がどれだけの助けになっているのかを。

そして、前にミクロが『身請け』で連れてきたアイカのミクロに甘えているという言葉が今も胸の奥に深く突き刺さったまま。

その通りだと思い知らされた。

「アイカにも負ける訳にはいかない……」

突如現れたアイカの存在がティヒアの心を大きく動かす。

『支えるだけでいいのかな~?』

心を見透かされているかのようなアイカの言葉が脳裏を過ぎる。

それを聞いてティヒアは支えるだけの存在だけではなくミクロを助けられる存在になろうと覚悟を改める。

「お疲れ、三人とも」

ティヒア達に歩み寄って来たミクロは三人に労いの言葉を送ってパルフェにドロップアイテムを渡して魔法に収納して貰った後で全員で地上に帰還した。

そして、治療を終えた者から早速と言わんばかりにアグライアに【ステイタス】を更新して貰った。

多くは【ランクアップ】を果たすことは出来なかったが【経験値(エクセリア)】を大幅に稼ぐことは出来た。

【ランクアップ】するのも時間の問題と思いつつ全員の更新を終わらせる。

その結果、リュコス、ティヒア、パルフェ、フール、スィーラ、スウラ、ドワス、カイドラ、リオグは【ランクアップ】を果たした。

リュコスはLv.4。

ティヒアはLv.3。

パルフェ達はLv.2に【ランクアップ】した。

危険を冒してまで階層主であるゴライアスと戦った甲斐があったと歓喜する。

「新しい『魔法』や『スキル』も発現した子は何人かいるし、喜ばしい結果になれて良かったわ」

「おめでとう~」

「おめでとうございますわ」

一度の多くの【ランクアップ】を果たした上に『魔法』や『スキル』も発現。

その喜ばしい結果にアイカ達も称賛の言葉を送る。

「ミクロ君もお疲れ様~」

労いの言葉と一緒にミクロに抱き着こうとするアイカだったがリューがそれを阻む。

「アイカ。私の前でそのようなことはさせません」

「ふふ~、じゃあ、見てない所でするね~」

互いに笑みを浮かばせているが目は笑っていない二人にその場にいる全員が少し引いた。

「やっぱあいつは女難の相があるね……」

「やれやれですわ」

呆れるように息を吐くリュコスとセシシャ。

「私はミクロ君専属家政婦(メイド)としての戦いはこれからなんだよ~リューちゃん」

「そのような戦いは私が受けましょう。アイカ、貴女とは一度真剣に話し合う必要がある」

笑いながらも睨み合う二人。

「あんたは参加しなくていいのかい?」

「するだけ無駄でしょう?」

睨み合う二人にリュコスがティヒアにそう訊くがティヒアは溜息を吐きながらそう答える。

「はいはい、今日は皆疲れているでしょうからしっかりと休むように。ミクロ、貴方はギルドに【ランクアップ】の報告をお願い」

「わかった」

手を叩いて空気を変えるアグライアは【ランクアップ】の報告をミクロに任せる。

「私も行きます!」

「私も!」

「あたしも!」

階層主との戦闘後だというのにミクロと一緒に行動できるという恋心が女性団員達を突き動かす。

「私の話聞いていた?しっかりと体を休ませなさい。セシシャ、ミクロと一緒にギルドの報告をお願い」

「承りましたわ」

ダンジョンに潜っていないセシシャをミクロに同伴させてギルドに向かわせる。

「よろしいのですか?」

「いいよ~、急ぐ必要はないからね~。それにチャンスは誰にでも平等じゃないと~」

慌てず、急かさずにゆっくりと時間をかけて振り向かせればいい。

だから無理に一緒にいる必要はアイカにはない。

ミクロ達が戻ってくるまでアイカは家政婦(メイド)としての仕事に取り掛かる。

リュー達もアグライアの指示通りに早めに体を休ませることにした。

一方でギルドに【ランクアップ】の報告に足を運んだミクロ達はギルドの職員に驚かれていた。

『また【アグライア・ファミリア】の連中か………』

『【覇者】の【ファミリア】……』

『すげえ勢いで名を上げていきやがる』

ギルド内にいた冒険者達からも羨望とやっかみなどの声が聞こえてくるがミクロは全て無視する。

報告を終えてミクロ達は本拠(ホーム)に帰還する前にセシシャがミクロに尋ねた。

「これはどうしますの?」

セシシャが持っているのは今日リュコス達が討伐して出てきた『ゴライアスの硬皮』。

売買するのならセシシャにいつも任せるが今回はそのつもりはなかった。

「俺が貰う」

セシシャから『ゴライアスの硬皮』を取って『リトス』に収納する。

魔道具(マジックアイテム)の材料にする」

魔道具(マジックアイテム)の作製は禁止されていると聞いておりますが?」

「問題ない。許可は取ってる」

「準備がよろしいことで」

二人は本拠(ホーム)に帰還する為に街中を歩きながらセシシャは都市外にある商会との交渉にも視野を入れることをミクロに相談するがミクロはそれをあっさりと承認する。

「これからどうしますの?」

「アグライアが許可をくれるまで俺はダンジョンに潜れないから変わらず団員達を鍛えることにする」

大変だと他人事のように思いつつ鍛えられる団員達に同情する。

それだけミクロの鍛錬が酷烈(スパルタ)だからだ。

本人はその自覚は全くないが。

そう思いながら二人は本拠(ホーム)に到着すると門の前に一人の少女がオロオロとせわしない様子で立っていた。

二人はその少女の背中にある大鎌という武器を背負っていることから入団希望者だと思い声をかけることにした。

「私達の【ファミリア】に何か御用で?」

「ひゃ!?」

声をかけると短い悲鳴を上げて驚く少女。

「あ、あの、わ、私はセシルと申します!驚いてごめんなさい!」

頭を下げるセシルに随分と落ち着きがないと思いながら頭を上げるように促す。

「頭を上げて。それでセシルは入団希望者?」

ミクロの言葉に頭を上げるセシルはミクロの顔を見て突然眼を輝かせる。

「も、もしかして【覇者】様ですか!?」

「うん」

「会いたかったです!【覇者】様!!」

ミクロの両手を握って興奮と感動で歓喜の笑顔をむけるセシルにミクロは首を傾げる。

「【覇者】様!どうか私を弟子にしてください!!」

「いいよ」

セシシャは思った。

ミクロは絶対に女難の相があると。

そして、また濃い人が【ファミリア】に集まったと思うと自然に溜息が出た。



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第四十七話

ミクロに弟子入りを懇願したセシルをミクロは二つ返事で了承した。

「ほ、本当ですか!?」

「うん」

「やったぁあああああああああああッッ!!」

ミクロの弟子になれたことに飛び跳ねながら喜びの声を上げた。

「アグライアや皆にも紹介するから中に入って」

「はい!お師匠様!」

敬礼するセシルを連れてセシシャと一緒に本拠(ホーム)に帰還したミクロ達。

セシルは目を輝かせながら本拠(ホーム)内に視線を向ける。

「ミクロ、よろしいのですの?」

「別に断る理由がない」

耳打ちするセシシャにミクロは問題ないと答える。

随時団員募集しているミクロ達にとって希望者を追い返す理由がない。

魔道具(マジックアイテム)などの欲に目が眩んだ者なら一目見たらすぐにわかる。

だけど、セシルにはそれがない。

「あ、ミクロ君~お帰り~」

「ただいま、アイカ」

露出が多い家政婦(メイド)の恰好で遭遇したアイカ。

見慣れているミクロとセシシャと違ってセシルはアイカの恰好を見てすぐに顔を紅潮させる。

「あれ~?その子は入団希望者かな~?」

「俺の弟子」

「よ、よろひくお願いしましゅ……」

「私はアイカだよ~よろしくね~」

呂律が回っていないセシルを見てアイカは微笑みながら挨拶する。

「それじゃあ~ミクロ君~また後でね~」

「わかった」

小さく手を振ってその場から離れていくアイカに少しずつ落ち着きを取り戻したセシルはミクロに尋ねた。

「ど、どちら様なのですか?」

「ミクロの専属家政婦(メイド)ですわ。まぁ、貴女もすぐに慣れますわよ」

嘆息気味に答えるセシシャにセシルは尊敬の眼差しでミクロを見つめる。

「さ、流石はお師匠様です……あのような恰好をした女性を見ても動揺もしないとは」

「………」

これは何か言った方がいいのだろうかとセシシャは思ったが黙っておくことにした。

そんなセシルを連れてミクロは主神であるアグライアの部屋に到着した。

「アグライア」

「あら、お帰りなさい。その子は入団希望者かしら?」

「はい!セシルと申します!先ほどお師匠、【覇者】様に弟子入りしました!よろしくお願いします!!」

元気ある声にアグライアは微笑ましく笑みを浮かべる。

「それじゃ入団試験を受けて貰いましょうか」

「え?」

「一応は受けて貰わないと他の子に不公平でしょう?」

ミクロに弟子入りしたとはいえ、入団するとは別問題。

弟子入りしたからといって他の人も受けた試験を素通りさせるわけにはいかない。

「わ、わかりました!何をすればいいのでしょうか!?」

入団試験を受けて正式に【アグライア・ファミリア】に入団する為にセシルは受けることにした。

「セシル。貴女の覚悟を教えて頂戴」

「覚悟、ですか?」

「ええ、貴女は何故冒険者になりたいのかその理由を教えて頂戴」

冒険者は常に死と隣り合わせ。

覚悟がない者が行けばそれは自殺と同じ。

なら、そうなる前に一人の神として何故冒険者になりたいのか、それを貫く覚悟があるのか訊かなければいけない。

「か」

「か?」

「かっこよくなりたいからです!!」

「「………」」

予想の斜め上の言葉にアグライアとセシシャは目を見開く。

でも、確かに年齢を考えばセシルの言葉は年相応のものだとわかる。

かっよくなりたいや可愛くなりたいなど強く思う年頃ならその答えも納得はいく。

「え、あ、ちょ、ちょっと待ってください!違います!今のは少し違うんです!!」

静かになった空気を感じ取ったのはセシルは慌てふためきながら先ほどの言葉を直す。

「わ、私は、誰かに憧れる存在になりたいんです……でも私は引っ込み思案で言いたいこともちゃんと言えずその夢を一時は諦めたこともありました……」

そんなセシルの前に現れたのがミクロだった。

自分と年も変わらない男の子が【ファミリア】の団長。

戦争遊戯(ウォーゲーム)』の時も大人達を倒して圧勝。

強くてかっこよくてこんな人に自分は憧れていたんだと思うとセシルはどうしても夢を諦めることが出来なかった。

そこでセシルは決意した。

冒険者になってこの人のようになろうと。

その為に冒険者になることに反対していた両親を説得。

働いて金を溜めて武器を買って憧れの存在がいるミクロの【ファミリア】に足を運んだ。

「ダメ、でしょうか……?」

そんな理由で冒険者になってもいいのかという不安が過るがアグライアは微笑む。

「まさか、憧れる存在になりたい。私はとても素敵なことだと思うわよ」

「それじゃ!!」

「ええ、貴女の入団を認めるわ」

その言葉を聞いてセシルは瞳に薄っすらと涙を溜めて勢い良く頭を下げる。

「ありがとうございます!!」

「ふふ、どういたしまして」

頭を下げるセシルに微笑むアグライア。

「貴方に憧れているようですわよ。何か言いたいことはありまして?」

「特にない」

こっちはこっちで通常通りだと苦笑する。

「セシル。貴女を歓迎するわ」

「はい!よろしくお願いします!アグライア様!」

そこでセシルの背中に『恩恵(ファルナ)』を刻まれて【アグライア・ファミリア】の一員となった。

「ミクロ。この子の教育をお願いね」

「わかった」

「よろしくお願いします!お師匠様!」

セシルの教育を師匠であるミクロに任せるとミクロは早速行動する。

「じゃ、早速ダンジョンに行こうか」

「はい!」

歩き出すミクロについて行くセシル。

その二人が見えなくなってからセシシャはアグライアに尋ねる。

「大丈夫なのですか?」

「問題ないわ。ミクロがいればそう問題は起きることはないでしょう」

何故ならミクロの二つ名である【覇者】は畏怖を込められてできた二つ名だからだ。

圧倒的な強さ、敵を倒す為の容赦のなさ。

何事にも恐れないその姿に神々がミクロに与えた二つ名が【覇者】。

神会(デナトゥス)』でミクロにそんな二つ名をつけた時他の神々に思わず大声を上げてしまったがそれは胸にしまっておく。

ミクロは本当は誰よりも優しい素直な子だということは【ファミリア】の皆が知っていることだから。

「いえ、私が言っているのではそちらではなくミクロの教育にセシルが耐えられるかどうかの話ですわ」

「………」

その言葉にアグライアは何も言えなかった。

一方でミクロは弟子であるセシルを連れてダンジョン一階層に足を運んでいた。

「セシルの武器はその鎌だけ?」

「え、は、はい!これが一番しっくりときて」

大鎌を持つセシルを見てミクロは珍しいと思った。

冒険者としていろいろな武器を見てきたミクロにとって大鎌を使う冒険者はセシルが初めてだった。

「ところでお師匠様。今日は何をするのですか?」

「初日だからまずはセシルがどこまで戦えるか見させてもらう」

まずは分析から始める。

そう思ってミクロは前方にいる数体のゴブリンを見つけて小石を拾ってゴブリンに当てるとゴブリンはこちらに気付き向かってくる。

「頑張って」

「はい!不肖ながら頑張らせていただきます!」

向かってくるゴブリンに大鎌を大きく振り上げて襲いかかってくるゴブリンを切り裂く。

『ギャッ!』

「わ!」

だが、大振りすぎたせいかその隙にゴブリンはセシルに接近して爪で攻撃するがセシルは間一髪で躱した。

「えい!」

『ギッ!?』

数歩引いて間合いを取って大鎌を横薙ぎしてゴブリンを倒したセシルは一息。

「やりました!お師匠様!ゴブリンを倒せましたよ!!」

「おめでとう」

初のダンジョンでゴブリンを二体倒せたことに喜ぶセシルにミクロは言う。

「それじゃ、次に行こうか」

「え?」

喜んでいるのも束の間にミクロは首を傾げながら告げる。

「どこまで戦えるか見させてもらうって言ったはず。取りあえずは回復薬(ポーション)抜きで戦い続けようか」

淡々と告げるミクロにセシルは血の気が引いた。

何故ならミクロは倒れるまで戦い続けろと言っているのだから。

「お、お師匠様、倒れるまで戦ったら危ないのでは……?」

「問題ない。死ぬ前には助ける」

死ぬ前まで戦えというミクロの言葉にセシルの顔は青く染まる。

ミクロは団員達に酷烈(スパルタ)と言われているがそんなことはないと思っている。

安全が確保されているのなら動けなくなるまで戦った方が【経験値(エクセリア)】も稼げるし、戦闘経験も得られる。

それなのにまだ自分の脚で動けるのにどうして途中でやめるのかミクロにはわからない。

リューに戦い方を教わった時も基本的に気を失うまで続けた。

なら、同じように教えてもミクロは何の問題もないと踏んでいる。

「あ、大怪我を負っても動けるなら戦った方がいい。いちいち怪我を治す時間を相手は与えてくれないから慣れた方がいい」

「………はい、がんばります」

ミクロを師に選んだのは間違っていただろうか。

不意にセシルの脳裏のその言葉が過る。

ミクロの言葉通りセシルは指一本動けるなるまで戦い続けた。

 

 



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第四十八話

セシルを動けなくなるまで戦わせたミクロはセシルの傷を治して本拠(ホーム)に帰還。

「なるほどね~はい、あ~ん」

それを聞きながら食事を食べさせるアイカにミクロはそれを口にして食べる。

その隣にはテーブルに突っ伏しているセシルの姿に誰もが同情の眼差しを向けた。

「しっかし、物好きもいるもんだね」

「それだけ周囲に対するミクロの影響が大きいということね」

ミクロの憧れを抱いて弟子入りしたセシル。

ある意味物好きであり、ミクロに影響された存在ともいえる。

「しかし、動けなくなるまで戦わせるのは些か酷だ」

「リューに鍛えて貰った時は俺はよく怪我もしたり気も失ったから問題ない」

その言葉に団員全員がリューに視線を向ける。

ミクロの酷烈(スパルタ)の原因はお前のせいかと言わんばかりの視線を向けられて気恥ずかしそうに俯く。

ただ単にリューは手加減が苦手なだけであってそういう風に教えたわけではなかったが今更弁明の余地はない。

「それで~セシルちゃんのこれからの方針は決まったの~?」

「一応」

セシルの戦い方を分析してどこをどう修正しようか既に決まっている。

なら、後はそれを実行するだけ。

「……ハッ、私は何を……」

目を覚ましたセシルは起き上がって周囲を見渡すと食堂だと理解出来た。

「これは~セシルちゃんの分だよ~」

「あ、ありがとうございます……」

取っておいたセシルの分の夕食を渡すアイカだが、やはりアイカの恰好のせいもあって直視できない。

露出が多い服だけでなくスタイルもいいアイカと貧相な自分の体をつい比較してしまう。

いや、スタイルなら他の女性団員達も負け劣らず素晴らしいの一言。

そんなセシルをアイカは胸元に寄せて抱きしめる。

「え?」

突然の事に驚愕するセシルの耳に羨ましいと男性団員の声が聞こえたような気がしたが今はそれどころじゃない。

「よしよし~、まだセシルちゃんは成長期だから~心配することはないよ~」

考えていたことが読まれたかのように優しく耳元に囁かれるアイカの言葉と心地よく包み込まれるような暖かい感覚に疲れていた心身が癒されているような気がした。

頭を撫でられると余計に気持ちよくなり瞼が重くなっていく。

そしてセシルはすやすやとアイカの胸元で眠りについた。

この光景を見た団員達はアイカの包容力に驚嘆する。

そしてアイカは余裕の笑みを女性団員達に見せた。

『女ならこれぐらいの包容力はないといけないよ~』

口には出してはいないがそう言われたような気がした。

「ミクロ君~私はセシルちゃんを寝かせてくるね~」

「お願い。部屋はまだ決まってないからアイカと同じ部屋でもいい?」

「もちろんいいよ~」

アイカはセシルを背負って食堂を出る際に一度振り返って笑みを浮かべて自身の部屋へ連れて行く。

「あれが大人の女の包容力……」

誰かがそう口にすると女性団員全員がそれに静かに頷く。

娼婦だったからこそ身に付いたのかもしれない。

だけど、同じ女としてあそこまで到達するには険しい道を進まなければいけない。

出る前に振り返ったあの顔は圧倒的強者からの挑戦的な笑み。

ここまで辿り着けるかな?

強者(アイカ)からの無言の挑発に女性団員達の表情は険しくなり、何事もないように食事を進めているミクロに視線を向ける。

そして、アイカに対しての対抗心が芽生える。

負ける訳にはいかないと恋心を燃やす。

それとは反対に男性団員達はモテるミクロを見てちくしょうと呻き、涙を流していた。

そのモテる要素を少しでもいいから寄越せと妬ましい視線を向ける。

「?」

しかし、それがわからないミクロはただ首を傾げる。

「ご馳走様」

食事を終わらせてミクロは自室に向かうと魔道具(マジックアイテム)を作製する為まずは設計図から取り掛かる。

今日のセシルの戦闘を見てどうしても足りないものを補わせる為にミクロは羽ペンを動かして設計図を書いていると足りない物に気付く。

超硬金属(アダマンタイト)がいるか……」

作製するにあたってどうしても足りない超硬金属(アダマンタイト)

「フェルズ。聞こえる?」

『君から声をかけられるとはどうした?』

魔道具(マジックアイテム)の水晶を使ってフェルズと交信するミクロはフェルズに尋ねる。

超硬金属(アダマンタイト)が余っているなら少し分けて欲しい」

『ああ、それぐらいなら構わない。杖と一緒に今度君に渡そう』

「ありがとう」

『いや、また何かあれば言って欲しい』

そこで交信を終わらせてミクロは再び羽ペンを動かす。

設計図を書き終えるとどこか不備がないか確認が終えてミクロは中庭に足を運ぶ。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

詠唱を唱える。

「【礎となった者の力を我が手に】」

初めての弟子の為に師であるミクロ自身も少しでも上手に教えられるように。

「【アブソルシオン】」

ミクロ自らも使えるようにならなければいけない。

「【鋼の武具を我が身に纏え】」

それは前に倒したディラの武装魔法。

「【ブロープリア】」

魔法を発動させてミクロの手にはセシルが持っているのと同じ大鎌が握られる。

武装魔法は武器や鎧を具現化させて使えることが出来る魔法。

精神力(マインド)がある限り様々な武具を具現化できる。

だけど鎧の硬さや武器の鋭さなどは使い手の想像力に決まることは既に検討済み。

だけど今回は大鎌を使えるようになる為の訓練の為そこまで重視せずただ大鎌を具現化させただけ。

素振りを始めるミクロは一振り一振り感覚を確かめながら身に着けていく。

どうすればもっと早く振れるのか。

どうすればもっと鋭くなるのか。

そう思いながら修正したり、よかったら身に着くまで振り続ける。

その光景をリュー達は窓から見ていた。

「頑張ってるね~ミクロ君」

「ええ、彼は才能に頼らず努力を重ねている」

出会ってから三年の月日が流れてもミクロが鍛錬を怠る日はなかった。

愚直なまでに努力を積み重ねていることは鍛えたリューが一番よく知っている。

「他の皆も~頑張ってるしね~」

食事が終えてからリュコス達や他の団員達も鍛錬を行っている。

少しでも早く強くなる為に自身を磨き続ける。

「リューちゃんも~無理はダメだよ~」

ここにいるリューも密かに鍛えていることをアイカは一目で見破ったがリューは微笑を浮かべながら首を横に振った。

「団長である彼が頑張っているのに私が頑張らない訳にはいかない」

「そうだね~」

リューの言葉に満足気味に頷きながらミクロを眺める。

汗を流しながらも大鎌を振るうミクロを見てアイカは。

「ふふ~後で背中を流しに行かないとね~」

「させません。ミクロの操は私が守ります」

二人とも本気で言っている為どちらも譲る気はない。

笑みを浮かべながら睨み合う二人に遠くからそれを見てしまったアグライアは驚きながらも静かに笑みを浮かべてその場から離れる。

アイカの存在が他の団員達に良い影響を与えていることに喜びながらそろそろミクロにダンジョンに潜ってもいい許可を与えようと考える。

 

 

 

 

 

「お師匠様!おはようございます!!」

「おはよう」

朝早くから中庭に集まる二人。

「朝は何をするのですか?素振りですか?」

昨日の事もあって確認を取るセシルにミクロは首を横に振った。

「朝はセシルの弱点の克服と弱点を補う技術を教えようと思う」

昨日のセシルの戦闘を見てミクロはセシルの弱点を説明する。

「セシルは大鎌の鎌の部分ででしか攻撃していない。貸して」

「あ、はい」

ミクロに大鎌を渡してミクロは構えを取って鎌を振ったり、時折鎌の柄の部分も使って攻撃するようセシルに見せかける。

「何も攻撃が通用するのは鎌の部分だけじゃない。柄の部分も使えば攻撃の範囲も広がるし相手の意表を突くことも出来る」

「な、なるほど……」

感心の声を上げるセシルにミクロは言葉を続ける。

「次にセシルは防御が下手。だけどこれは模擬戦などで自分で考えた方がいい」

「はい、頑張ります!」

「後はサブで武器を持った方がいい。ダンジョンで得物を失うのは死ぬことと同じだから」

昨日の戦闘でセシルは鎌だけでしか攻撃していなかった。

これでは鎌がなくなればセシルは死んでしまうと思ったミクロの助言。

「後、こういう戦闘方法も使えるようになった方がいい」

予め用意しておいた全身型鎧(フルプレート)と向かい合ってミクロは鎌を振るう振りをして投げナイフを全身型鎧(フルプレート)の脚に当てる。

「今みたいに鎌で相手を威圧してその隙に投げナイフや暗器などで足を狙ったりなどして動きを封じたほうが鎌での攻撃もしやすくなる」

「凄い凄い凄いですよ!!流石はお師匠様!!私の駄目な所の改善から次に必要な技術まで教えて下さるなんて!やっぱりお師匠様に弟子入りして正解でした!!」

尊敬の眼差しを向けるセシルにミクロは大鎌をセシルに返す。

「最後のはまだいいから。まずは改善から始めよう」

「はい!」

「朝食までまだ時間があるから取りあえずは素振り千回から始めようか」

「は……い?」

「だから素振り千回」

一瞬とはいえ忘れていた。

ミクロは酷烈(スパルタ)だということを。

「少ない?」

「いえいえいえ!やります!素振り千回やりますよ!」

半分やけぐそ気味に素振りを始めるセシルにミクロもそれに付き合うようにナイフと梅椿を振るう。

昨日は数時間しか潜れなかったが分、今日は回復薬(ポーション)を使って一日中戦わせてみようと考案する。



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第四十九話

セシルがミクロに弟子入りしてから三ヶ月。

「やああああああああッッ!!」

『グゲェッ!?』

掛け声とともに大鎌でダンジョンリザードを切り裂くセシルは切り裂いた勢いを利用して近くにいるゴブリンにも攻撃する。

現在ダンジョン四階層でセシルはモンスターの大群を一人で相手している。

ミクロは魔道具(マジックアイテム)で姿を消して助けに入れるギリギリの範囲でセシルを見守る。

「はぁ…はぁ……」

連続の戦闘で呼吸を荒くするセシルは周囲にモンスターがいないことを確認して回復薬(ポーション)を飲む。

「お疲れ」

戦い終えたセシルに労いの言葉を送るミクロだが、セシルの表情は暗かった。

「お師匠様……私、強くなれていますか?」

「【ステイタス】がその証拠」

セシルは順調に強くなってきているのはセシルの背中に刻まれている【ステイタス】を見れば一目瞭然。

だけど、セシルは強くなれている実感がなかった。

毎日ミクロの酷烈(スパルタ)の訓練を続けて早三ヶ月が経っているのにまだ四階層より先には進められない。

「私……やっぱり才能がないのかな……?」

セシルは魔法もスキルも発現していない。

魔法のスロットもたったの一つだけ。

辛くて苦しい訓練をしているのになかなか上がらない【ステイタス】。

「セシルは頑張ってる」

初めに比べれば鎌を扱う技術も防御も上手くなってきている。

後は積み重ねていけば問題ないと言おうとする前にセシルが叫んだ。

「才能あるお師匠様が言っても皮肉にしかなりません!!」

そう叫んでダンジョンに駆け抜けていくセシル。

地上に向かう道のりだからモンスターに襲われず心配はそこまでないと思いつつミクロは肩を落とす。

「何か間違えた…?」

教えるのって難しいと思いつつミクロは(ホルスター)に入れているネックレスを取り出す。

「渡しそびれた」

ミクロは取りあえずは地上に戻る為足を動かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああ………」

その日の夜、セシルは自室で頭を抱えていた。

師であるミクロに対して暴言を吐いてしまったことに酷く後悔していた。

「どうしよう……」

勢いに任せて思わず言ってしまったが冷静になれば酷く失礼なことを言ってしまっ事に気付いた。

この三か月間ミクロは自分の時間を削ってまで付ききっりでセシルの鍛錬に付き合ってくれている。

団長としての仕事や自分の鍛錬もあるにも関わらず自分勝手なことを言ってしまった。

正直に言えば合わせる顔がセシルにはなかった。

「破門かも……」

憧れであるミクロに弟子入りできたのにあんなことを言ってしまえば破門されても何も言えない。

「セシル。入ってもいいでしょうか?」

「副団長?どうぞ」

「失礼します」

部屋に入って来たリューにセシルはやっぱり綺麗だと思った。

眉目秀麗の容姿に第一級冒険者の実力を持つ【ファミリア】の副団長であるリュー。

そんなリューと比べて自分は綺麗という訳でも才能があるという訳でもない。

自分がこの【ファミリア】にいるのは場違いではないのかと考えてしまう。

「ミクロと喧嘩したようですね」

「……はい」

リューの言葉に察したセシルは俯きながら肯定した。

破門か退団かどちらかを言われると思うセシルは恐怖と緊張で体を震わせる。

「ついてきなさい。貴女に見せたいものがあります」

「え?」

だけどそのどちらでもなかった。

部屋を出ていくリューにセシルは慌てながらもついて行く。

どこに向かっているのかはわからないが取りあえずはリューについていくセシル。

すると廊下の途中でリューは足を止める。

「見なさい」

窓の外に視線を向けるリューにセシルもそちらに視線を向けると中庭でミクロが一人で大鎌を振っている。

何度も振るうミクロの姿を見てリューはセシルに言う。

「ミクロは毎日最低でも一万回は素振りをしています」

「一万……ッ!?」

リューの言葉に驚愕の声を上げるセシル。

毎朝の千回の素振りとダンジョンの分を含めても一万回達するかどうかをミクロはそれ以上に大鎌を振るっている。

「貴女はミクロを誤解している。それを解きたい」

リューはセシルの為にミクロの誤解を解く為にミクロの事について話す。

「確かにミクロは才能がある。ですが、才能関係なくミクロは努力しています。普通の何倍も努力を重ねて自身を研磨し続けている」

「…どうしてお師匠様はそこまで努力をなさるのですか?辛いとは思わないのですか?」

ミクロの酷烈(スパルタ)を受け続けたセシルだが、ミクロ自身はそれ以上の過酷な訓練を行っている。

辛くて苦しいと思うはずなのに今も止める気配が全くなかった。

才能があるはずなのにとセシルはそう思った。

「辛くも苦しくもないのでしょう。ミクロはそれ以上の辛さを身を持って知っている」

リューはミクロがアグライアに出会うまでのミクロの生活について少しだけ語った。

そんなミクロをリューが鍛えたことも。

「しかし、ミクロに言わせればそれはどうでもいいのでしょう。考えるだけ無駄だと言うはずだ」

「どうして……」

それだけ辛いことがあったのにどうでもいいなんてありえない。

自分が同じ立場なら絶対に死にたくなる。

それをどうでもいいなんて言える訳がなかった。

「その考えすら彼にはないのです。それが当たり前のように生活してきた彼には」

始めてミクロと出会った時を思い出しながらリューは語った。

だからこそリューはミクロを放っておくことが出来なかった。

毎日鍛えるようにと言えばミクロは言われたとおりに毎日鍛えていた。

目的もなくただ言われたとおりにそれを実行した。

「ですが、今のミクロは前とは違う。今は貴女を少しでも強くなれるように自身も武器を振るって武器の特徴を捉えてどうすればいいのかと考えている」

その言葉にセシルは心当たりがあった。

ミクロは多彩な武器、道具(アイテム)魔道具(マジックアイテム)、魔法を使えるがその中にセシルが使う大鎌はなかったにも関わらず指摘、考案などを教えて貰った。

それは自分が努力して身に着けた技術をセシルに教えていた。

少しでもセシルが強くなれるように。

「どうしてお師匠様はそこまでしてくれるのですか?」

他人の為に自分の時間も削って過酷な訓練をしてセシルを鍛える。

今日もいつも通りならセシルは休んでいてもおかしくない時間帯なのにその時間もミクロは努力していた。

「ミクロは優しい。それと嬉しいのでしょう。こんな自分に憧れる人が現れてくれたことが」

本人は自覚はないでしょうがと言葉を続けるリュー。

ミクロから言わせれば弟子にしたから鍛えるのは当たり前と容易に答えるだろう。

だけど、一部の者は気付いている。

ミクロが嬉しそうな表情をしていることに。

「セシル。例え貴女に才能がなかろうとミクロは決して貴女を見限ったりはしない」

「……私、謝ってきます!」

その場から駆け出すセシルは急いで中庭に向かう。

階段を跳び下りて中庭に駆け出す。

「セシル……?」

「お師匠様!本当に申し訳ございません!!」

セシルは大きく頭を下げた。

「お師匠様が努力しているのに才能なんて言葉で片づけて自分勝手なことを言って本当に申し訳ございません!!」

セシルは謝罪した。

自分の為に自分以上に努力しているミクロに向かって謝罪の言葉を飛ばした。

「どうか、どうかこれからもご指導ご鞭撻をお願いします!!」

都合がいいことはセシルも十分に知っている。

だけど、間違っていないと証明したかった。

ミクロに弟子入りしたことが間違いではない。

例え才能がなかろうとこの人の元で強くなりたかった。

頭を下げるセシルだが、ミクロの足音が離れていく。

やっぱり都合が良すぎるとそう思った。

酷いことを言った上にまた教えを乞おうなんて都合が良すぎるにも限度がある。

「セシル。頭を上げて」

「え?」

そう思った時ミクロの声が聞こえてセシルは頭を上げるとミクロが目の前に立ってくれたいた。

「これあげる」

「これは……」

ミクロがセシルに渡したのは漆黒に覆われた大鎌。

「セシルの得物もそろそろ限界だろうから椿に作って貰った」

ミクロは少し前に椿のところに足を運んで大鎌を作って貰った。

快く承諾してくれて椿が作った大鎌。作品名『メラン』。

弟子であるセシルの為にミクロは椿に武器を作って貰っていた。

「あとこれも」

ミクロは更にネックレスをセシルに手渡す。

「名前は『キラーソ』。一言で言うなら見えない鎧を纏うことが出来る」

ミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)『キラーソ』。

身に着けるだけで見えない鎧を纏うことが出来る。

身に着けても鎧を身に着けた感覚は一切なく動きに支障もでない。

防御が苦手なセシルの為にミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)

「こんな立派な物を二つも……」

大鎌も見ただけで業物だとすぐにわかる。

魔道具(マジックアイテム)も説明を聞いただけでもの凄い物だとわかる。

それを貰えるなんて嬉しくもあり、本当にいいのかと不安を感じる。

自分じゃなくて他の誰かが使った方がいいのではないかと。

「それとごめん。俺も考えが足りなかった」

頭を下げるミクロにセシルは大慌て止めに入る。

「頭を上げてください!悪いのは自分勝手なことを言った私なのですから!お師匠様は何も悪くありません!!」

努力しているのにそれを無下に扱ってしまった自分が全て悪いのだとまた頭を下げるセシルを見てミクロは頭を上げる。

「じゃ、お互い悪いってことでこれからもよろしく」

「はい!よろしくお願いします!」

仲直りの握手をする二人の師弟関係は元に戻る。

「俺も反省した。やっぱり自分の道は自分で切り開かないと成長はしないことに気付いた」

「はい?」

何故か冷や汗が出たセシルは手を離そうとするがミクロが手を離してはくれなかった。

「助けるのはやっぱりよくない。その安心が油断に繋がるから今度は助けるのは止めにすることにした」

「ええと、はい?」

「死んで欲しくないけどその二つがあれば七階層での死亡率は一気に下がるはずだから問題ない」

「あの、お師匠様……?」

ミクロの言葉を聞くたびに尋常じゃない程の汗が流れる。

そして、ミクロの口から七階層などという聞き間違いであって欲しい言葉が聞こえた。

「でも、セシルなら必ず帰還するって信じてる。行こうか」

握った手を離さずにミクロはセシルをダンジョンに連れて行く。

「あの、お師匠様、もう夜ですが……」

「ダンジョンに昼も夜も関係ないから問題ない」

引っ張られながら顔を青ざめていくセシルに気にも止めずに歩き出す。

もしかしなくてもミクロの酷烈(スパルタ)に拍車をかけてしまったセシルはこれから向かう摩天楼(バベル)が死を誘う死の塔に見えた。

「あ、はは……」

力なく笑うセシル。

しばらくしてダンジョンから悲鳴が鳴り響いた。

次の日の朝。無事に生還したセシルは魂の抜けた抜け殻のように倒れていた。

だけど、そのおかげもあってセシルに二つのスキルが発現していた。

 

師弟関係(ピスティス)

・師事を仰ぐ事で経験値(エクセリア)が向上。

・師弟の絆がある限り効果持続。

 

自信斬烈(ハリファ)

・自信を持つ限り武器を強化。

・自信の向上によりアビリティ補正。

 

発現したスキルを知るのは数時間も経った頃だった。



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第五十話

ミクロとセシルの関係が元に戻ってミクロはダンジョンに行けるようになってから約二ヶ月の間は『下層』で様子を見てミクロ達は前回に行えなかった37階層『遠征』を行っていた。

『―――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「リュー!魔法まだ!?」

「ティヒアは奴の眼を。残りは結界内からスパルトイを魔法で倒せ。リュコスは俺と一緒に奴の意識がリュー達向けられないように散開」

「あいよ!」

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々愚かな我が声に応じ、今一度星の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

37階層に君臨する『迷宮の弧王(モンスターレックス)』。

Lv.6『ウダイオス』

ミクロ達は階層主であるウダイオスと死闘を繰り広げていた。

スパルトイをそのまま巨大化させたかのような骸骨のモンスターであるウダイオス。

ミクロは白緑色の風を纏い、リュコスは強化魔法を使用してウダイオスの意識をリュー達に向けられないようにウダイオスの周囲を動きつつ攻撃をする。

そんなミクロ達を鬱陶しいと言わんばかりにミクロ達の足元から伸び上がる槍のような漆黒の柱は剣山のように放出。

逆杭(パイル)を回避するが次々に放出される逆杭(パイル)にミクロとリュコスは回避に専念しなければ串刺しにされてしまう。

その間にウダイオスは腕を伸ばしてミクロの魔道具(マジックアイテム)で展開されている結界を攻撃する。

その中にいるリューの詠唱を止めようとばかり。

動きつつ『ヴァルシェー』を使って牽制を放つミクロにその隙を狙って何とかウダイオスの懐に入り込み攻撃するリュコス。

ティヒアももう限界が近い結界内から属性を付与した矢をウダイオスに放つ。

ミクロ達がウダイオスと戦闘を始めてまだたったの数分。

だけどその数分が数時間に感じる程の時間の流れが速く感じる。

ウダイオスを倒すにはリューの魔法に賭けるしかなかった。

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ】」

ミクロの魔杖を握り締めて高速で詠唱を唱え続けるリュー。

既に増幅魔法を自身にかけてもう一度魔法の詠唱を唱えている。

「【星屑の光を宿し敵を討て】!」

魔法円(マジックサークル)が一層に輝きを増してリューは魔杖をウダイオスに向けて魔法を放った。

「【ルミノス・ウィンド】!!」

無数の大光玉の一斉放火にウダイオスは呑み込まれる。

結界が壊れてウダイオスの周囲に煙が舞い上がる。

魔法円(マジックサークル)、増幅魔法、魔杖を使用したその威力は凄まじいの一言。

リューの全精神力(マインド)を使用して放ったその魔法でウダイオスを倒した。

『ウゥゥッ!!』

そう思っていたが、ウダイオスはまだ倒れてはいなかった。

魔法が直撃する瞬間に自身の前に大量の逆杭(パイル)を放出させて魔法の威力を最小限に抑えることが出来た。

だが、両腕は完全に破壊されて全身の至る所に亀裂を走らせた。

自身での攻撃手段はなくなったウダイオスだがまだスパルトイという兵がいる。

疲労困憊なミクロ達を倒すだけならそれだけで十分だった。

「【駆け翔べ】」

だが、ミクロは魔法を唱えた。

「【フルフォース】」

再び詠唱を唱えて再度白緑色の風を纏った。

「全開放」

自身にある全ての精神力(マインド)を消費させてミクロは最後の一撃でこの死闘を終わらせる。

後方へ高く舞い上がる跳躍を経て、半円型の壁の上部最奥に着壁。

「アルグ・フルウィンド」

必殺技を唱えてミクロは閃光のようにウダイオスに突貫する。

閃光となったミクロの一撃はウダイオスの肋骨ごと魔石を貫通する。

次の瞬間、ウダイオスの漆黒の骨は灰へと変わり地面に広がっていく。

「おわった……」

地面に横たわりながら終わりを告げるミクロの言葉を聞いてリュー達のその場で膝をついて荒い呼吸を整える。

たった数分の時間が数時間に感じる程の死闘を繰り広げたミクロ達。

ミクロの一撃が凌がれたら次はもうない程追い詰められたミクロ達だが、それでもウダイオスを倒すことが出来た。

「しばらくは休みたいわね……」

「賛成……」

遠距離で攻撃したティヒア達も緊張が解けて高等回復薬(ハイポーション)を飲み干す。

見事階層主であるウダイオスを討伐することが出来たミクロ達はしばしの休憩の後で地上へ帰還する。

ダンジョンから無事に生還したミクロ達は真っ直ぐ自分達の本拠(ホーム)に帰還。

「お帰り~」

「ただいま、アイカ」

『遠征』から帰還したミクロ達を出迎えたアイカはミクロ達に駆け寄る。

「遠征どうだったの~?」

「目標達成」

新たな階層に足を踏み込むだけでなく階層主であるウダイオスを討伐することが出来た。

「ふふ~、お疲れ様~ミクロ君~今日は一緒に寝ようね~」

「問題ない」

『ある!?』

二人の言葉に女性団員達からの否定の言葉が上げられた。

「ミクロ!?どういうことよ!?アイカと一緒に寝てるの!?」

「たまに」

「ふふふ~ダンジョンに行けない分こういうところで活躍しないとね~」

声を荒げるティヒアの言葉に肯定するミクロと余裕の笑みを浮かべるアイカ。

「アイカがたまに部屋に来て一緒に寝ることがある」

「心配しなくても~服は着てるよ~今はね~」

ふふふと挑発じみた笑みをティヒア達に向ける。

「勝負は時には積極的にならないとね~」

ダンジョンから帰っても女性団員達の戦いはまだ終わってはいなかった。

「お師匠様!皆さん!お帰りなさい!」

「ただいま、セシル」

セシルがミクロ達に駆け寄る。

「お師匠様!私、8階層まで単独(ソロ)で行けるようになりました!!」

「おめでとう」

到達階層が増えたことを師であるミクロに嬉しそうに報告するとミクロはセシルに告げる。

「じゃ、明日から朝の訓練は倍にした方がいいか。10階層に行くまで時間の問題だし、大型のモンスターも出てくるから」

「お師匠様!!これ以上増えたら私の体が持ちません!!」

訓練を増やそうと思案するミクロにセシルは全力で止めに入る。

師弟の二人にリュー達は苦笑を浮かべる。

「あ、アイカ。セシシャは?」

「お師匠様!?」

訓練を増やそうと思案中にミクロはセシシャに今回の『遠征』での魔石やドロップアイテムの換金についてどうするか話し合おうと思いセシシャの居場所をアイカに尋ねる。

「セシシャちゃんは~今は都市外の商会と交渉に行っているから~帰ってくるのは明日かな~?」

「わかった。じゃ、全員荷物を片付けたら休むこと。換金についてはセシシャが帰り次第行う」

『遠征』の荷物を片付けさせるミクロは魔道具(マジックアイテム)の点検を行う為、各自持っている魔道具(マジックアイテム)を『リトス』に収納する。

「セシル。訓練増やすから明日の朝はいつもより早く起きて」

「お師匠様!?」

叫ぶセシルだがミクロは気にも止めずに執務室に向かって今回の『遠征』の報告書を書いてそれを主神であるアグライアに持って行き報告する。

「報告ありがとう。全員無事に帰って来れて何よりだわ」

ミクロの報告を受けて犠牲者がいないことに安堵するアグライアはミクロの【ステイタス】を更新する。

「やっぱりね……」

どこか諦めに溜息を吐くアグライア。

「【ランクアップ】よ。ついに貴方も第一級冒険者の仲間入りね」

ミクロがLv.5に【ランクアップ】を果たした。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.5

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

堅牢:G

神秘:G

精癒:H

適応:I

 

新しく発現した発展アビリティ『適応』を選択したミクロ。

何となくという理由で選んでいいものではないがまたもレアアビリティを発現したミクロにアグライアは微笑を浮かべる。

「おめでとう、ミクロ」

「ありがとう、アグライア」

素直に祝福の言葉を送る。

ミクロは毎日努力を重ねているその結果が今回の【ランクアップ】。

仲間が増えてセシルを弟子にとってミクロの表情も柔らくなってきた。

「ふふ」

自然にミクロの頭に手を置いて撫でてしまう。

「ミクロ。これからはどうするの?」

「明日、セシシャが帰り次第戦利品の換金と武器の整備と道具(アイテム)の補充。それからは皆と話し合って決める」

「そう、貴方も早く休みなさいね」

「わかった」

アグライアの言葉通りにミクロは早めに就寝した。

次の日の正午にセシシャが帰還して魔石やドロップアイテムの換金を頼みミクロはギルドへ自身の【ランクアップ】を報告する。

報告を終わらせたミクロはセシシャ達に合流する前に椿のところに武器の整備を頼もうと椿がいる工房に足を動かす。

「ミクロ」

だが、その前に声をかけられて踵を返す。

「アイズ」

踵を返した先にはアイズが立っていた。

「Lv.5になったんだね。おめでとう」

「ありがとう」

褒められて礼を言うミクロにアイズは懇願する。

「ミクロ。お願いがある」

「何?」

「もう一度、私と戦って欲しい」

「いいよ」

アイズはミクロに再戦を申し込んだ。

 



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第51話

アイズがミクロに再戦を申し込んでから数日後。

「すまないね。アイズの頼みを聞いて貰って」

「問題ない」

微笑を浮かべながら謝るフィンにミクロは何でもないように返答する。

「アイズばっかりずるーい!あたしもミクロと戦いたーい!!」

「バカティオナ。それだとアイズがリベンジできないでしょうが」

「ケッ。アイズがあんな眼帯野郎に負けるかよ」

「何を言っている、ベート。ミクロ・イヤロスは一度はアイズに勝っている。なら実力は本物だ」

「アイズさん!頑張ってください!!」

少し離れたところで【ロキ・ファミリア】がこれから行われるアイズとの戦いを見に来ていた。

「ミクロ。応援してます」

「気をつけてよね」

「ま、頑張りな」

「無茶はしないでよ」

「お師匠様!頑張ってください!!」

その近くにはリュー達がミクロに応援の言葉を送る。

ミクロ達がいる場所はダンジョン18階層。

本気で戦いたいというアイズの頼みを聞いて被害を最小限に収めるためにフィンは戦う場所をダンジョンにした。

仮にも第一級冒険者同士の戦闘。

万が一が起きても対応できるようにフィン達もいる。

「アイズはああ見えて負けず嫌いでね。君に負けてからもより鍛錬に励んでしまって大変だったよ」

その時の苦労を思い出すかのように溜息を吐く。

「でも、次に戦う時は君がアイズと同じLv.になるまで待っていたんだ。存分に戦ってあげてくれ」

「わかった」

「フィン。こっちも準備できた」

「わかった。じゃ、二人とも準備はいいかな?」

フィンの言葉に頷く二人を見て了承を得たフィンはルールを説明する。

「当然だけど殺すのは禁止するよ。それと、万が一危険だと判断したらそこで即中止とする。戦い方は特に制限はない。何か質問はあるかな?」

フィンの説明に二人は首を横に振って答える。

「それじゃ、二人とも構えて」

鞘から片手剣(デスぺレート)を抜くアイズとナイフと梅椿を両手に持つミクロ。

互いの得物を確認してフィンは開戦を宣言した。

「始め!」

フィンの言葉と同時に二人は衝突し合う。

片手剣を振り下ろすアイズに対してミクロはナイフで片手剣を防いで梅椿で斬りかかる。

だが、アイズはそれを難なく回避してミクロに連撃を浴びさせる。

前回戦った時は見えなかったアイズの連撃。

しかし、【ランクアップ】してアイズと同じ領域、Lv.5になったことにより前回は防ぎ切れなかったアイズの連撃を全て防いだ。

「ッ!?」

それに驚いたのはアイズだった。

前にミクロに敗北してからアイズは更に剣技に磨きをかけたがミクロはそれを全て防いだ。

ミクロも強くなっている。

アイズはそう思わざるをえなかった。

ナイフと片手剣がぶつかって高い金属音が鳴り響き二人は互いに距離を取った。

「初手は互角か……」

離れた位置から二人を見ているリヴェリアがそう呟く。

「やっぱりミクロは強いね」

「アイズも強くなってる」

互いに強くなっていることを再確認する二人は得物を構えたまま動かない。

次の手を考えながらどう動くかを思案していた。

下手に動けばその時点で敗北に繋がるのはわかっていた。

だからこそ、下手に動くことが出来なかった。

睨み合うが続くなかで先に動いたのはミクロだった。

眼帯を取り外して嵌めている義眼を開眼する。

神聖文字(ヒエログリフ)で『E』と刻まれている魔道具(マジックアイテム)『シリーズ・クローツ』。

更には『ヴェロス』を発動させて光の弓を形成させて矢を放つ。

放たれる光の矢をアイズは回避して接近しようとするがミクロはアイズがどこを狙っているのか義眼を通して知ることが出来る。

狙いは『ヴェロス』の破壊だと瞬時に理解出来たミクロはアイズを近づけさせない為『散弾』をアイズに向かって一斉放射。

広範囲で放たれた光の矢を片手剣で防ぎつつ回避できたアイズだがミクロに近づくことが出来ない。

なら、と思いアイズは周辺の木々に姿を隠す。

斜辺物が多い木を利用して隙を見てミクロに接近を試みるアイズ。

それに対してミクロは数歩後ろに下がって光の弓を形成したままの状態にする。

ミクロが現在使っている『E』の義眼は今は使えない。

この義眼は対象者は使用者の視認できる範囲にいなければ何の効果も持たない。

離れている位置にいるリュー達なら可能だが、姿を隠している今のアイズには使えない。

右、左、前、背後。

周囲に意識を傾けるミクロにアイズは上空から奇襲を仕掛けた。

矢の速度は普通の弓矢と変わらないと把握しているアイズ。

なら、例え上空から攻撃を仕掛けても対処できる。

少し遅れてミクロはアイズが上空にいることを察知して矢を放つがアイズはそれを片手剣で斬り落とす。

まずは一撃といわんばかりに『ヴェロス』を斬った。

「え?」

そう思った時にはそこにミクロはいなかった。

「ここだ」

「――――――」

ぞくりっっ、と。

アイズは全身に悪寒が駆け巡る。

そのおかげか背後にいたミクロの一撃を片手剣で辛うじて防御することが出来た。

「―――――ッッ!?」

だが、ミクロの重い一撃にアイズは宙を飛んで後方にある木に叩きつけられた。

「うっっ!?」

ミクロは『スキアー』を使用してアイズが攻撃する瞬間に影に入ってアイズの攻撃を回避して背後に現れて殴り飛ばした。

ミクロの両腕には『イスクース』が装着されている。

不意を突かれた状態での一撃はアイズに確実なダメージを与えることが出来た。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

「っ!?」

だが、その程度で攻撃を緩めるつもりはミクロはなかった。

詠唱を唱え始めるミクロにアイズは駆け出す。

魔法の発動を防ぐためにミクロを攻撃するがミクロはアイズと武器を交えながらも詠唱を続けた。

「【礎となった者の力を我が手に】」

「並行詠唱!?」

攻撃、移動、防御、回避、詠唱。五つの行動を同時展開するミクロの姿に声を上げたのは【ロキ・ファミリア】の一員であるレフィーヤ・ウィリディスだった。

魔法円(マジックサークル)は展開していないものの詠唱を歌うミクロにレフィーヤは計り知れない衝撃に襲われた。

「【アブソルシオン】」

魔法を発動させてミクロは再び詠唱を唱える。

「【天に轟くは正義の天声。禍を齎す者に裁きの一撃を】」

同じ【ファミリア】の団員であるスィーラの詠唱を唱える。

「【鳴り響くは招雷の轟き。天より落ちて罪人を裁け】」

詠唱を終わらせるとミクロはアイズを撥ね退けて大きく後退すると『リトス』に収納している魔杖を取り出して魔法を発動させる。

「【フラーバ・エクエール】」

魔杖により強化された雷属性の魔法は一斉にアイズに襲いかかる。

回避困難な上に高威力の魔法に対してアイズは唇に詠唱を乗せた。

「【目覚めよ(テンペスト)】」

アイズが使用できる唯一の魔法を発動させる。

「【エアリエル】」

瞬間、アイズは風を纏って全身に付与した風の力でアイズは魔法を回避した。

「行くよ」

魔法を発動して本気を出したアイズは疾風と化し、一瞬でミクロに接近した。

魔法により加速するアイズの連撃を後退しつつ魔杖で防ぐミクロ。

だが、暴風と化したアイズの剣に切り傷が生まれる。

神速を持って全てを切り裂くアイズの攻撃に対してミクロは偶然ってあるんだなと思っていた。

何故なら自分も同じ系統の魔法を持っているのだから。

「【駆け翔べ】」

超短文詠唱から唱えるミクロは魔法を発動する。

「【フルフォース】」

「っ!?」

白緑色の風を纏うミクロを見てアイズの表情は驚愕に包まれる。

「私と同じ……ッ!?」

自分と同じ付与魔法(エンチャント)と思ったが瞬時に違うと判断できた。

「行くぞ」

何故なら白緑色の風を纏ったミクロの方が動きが速く、攻撃も重くなったからだ。

「どうしてアイズさんと同じ魔法を!?」

衝突し合う二人を見てレフィーヤが声を荒げる。

「少々違います。ミクロの魔法は光と風。二つの属性を有する付与魔法(エンチャント)。単純な魔法の出力はミクロの方が上です」

同胞(エルフ)であるレフィーヤに説明をするリュー。

「ふむ。先ほどの魔法や魔杖を見て、ミクロ・イヤロスは魔法を複数扱えるようだな」

ミクロの魔法を見て冷静にそう思いつつ噂以上の実力者だと思い知らされる。

接近戦でアイズと互角に渡り合えて尚且つ複数の魔法を扱える。

逸材と思わざるをえなかった。

「リヴェリア。結界を張ってくれ」

「何?」

二人の戦いを観戦するフィンが突然そう言い出した。

「親指が疼く。念には念を入れておきたい」

「わかった」

長年共に過ごしてきたリヴェリアはすぐに詠唱を唱え始める。

ミクロとアイズは観戦しているフィン達に気にも止めずに互いに風を纏ってぶつかり合って互いに似たようなことを考えていた。

「アイズ。そろそろ決着をつけよう」

「うん」

勝つ為には互いにそれしか手がなかった。

ミクロの攻撃に押されているアイズはこのままでは負けてしまうのは明白。

なら、次の一撃で自分の最大出力をミクロにぶつかるしか勝機がなかった。

ミクロはアイズを押していたがこのままでは魔法の反動がきてしまう。

そうなればあっという間に形勢は逆転してしまい負けてしまう。

なら、次の一撃で自分の全ての力を出すしか勝機がなかった。

互いに大きく距離を取って二人はもう一度詠唱を唱えた。

「【駆け翔べ】」

「【吹き荒れろ(テンペスト)】」

二人は再び風を纏う。

「全開放」

「最大出力」

互いに周囲に影響を及ぼすほどの大嵐を発生させて必殺技を放つ。

「アルグ・フルウィンド」

「リル・ラファーガ」

閃光と神風が衝突した。

 

 



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第52話

衝突し合うミクロとアイズの必殺技は周囲に影響を及ぼした。

リヴェリアが二人の衝突前に結界を展開させてリュー達を守った。

衝突し合う二人の余波によって木々は薙ぎ払われて砂煙が舞ってしまい視界が阻まれて二人がどうなったのかわからなかった。

「アイズとミクロはどうなったの!?」

「うっさい!私に聞かないでよ!!」

「アイズさん!?」

「ミクロ……」

「お師匠様!!」

まだ見えない二人を心配するリュー達。

時間が経つにつれて砂煙は収まり始めると一つの影が見えた。

ミクロかアイズか。

まだ影しか視認できないリュー達はそのどちかまではわからなかった。

そして、砂煙が完全に収まってその姿を視認できたフィンは静かに勝者の名を口にする。

「この勝負、ミクロ・イヤロスの勝ちとする」

立っていたのはミクロで地に伏せていたのはアイズだった。

「アイズさん!?」

「お師匠様!!」

結界が解かれると同時にリュー達は二人に向かって駆け出す。

ミクロは駆けつけてくれたリューに体を預けるように倒れる。

「もう、動けない……」

最後の一撃で精神疲弊(マインドダウン)寸前まで精神力(マインド)を消費して更に魔法の酷使による反動でミクロは立っているだけでやっとの状態だった。

「お疲れ様です。ゆっくり休んでいてください」

「うん……」

リューに背負われるミクロは大人しくリューに体を預ける。

アイズの方に視線を向けるとアイズもティオナに肩を貸してもらってようやく立っていられる状態だった。

どちらが勝っても負けてもおかしくなかった戦いだった。

「負けちゃった……」

負けたことに悔しそうに呟くアイズ。

「いや、どちらも素晴らしい戦いだったよ。だけど、次からは周囲のことも気にかけてはくれないかな?」

表情は笑っているが目は笑っていないフィンの言葉に二人は周囲を見渡すと周辺が自然災害に会ったかのように荒れ果てていた。

もし、ここがダンジョンでなく地上だと考えるだけで頭が痛くなるフィン達だった。

「ごめん……」

「ごめん、なさい……」

やり過ぎたことに素直に謝罪する二人。

二人から謝罪を受け取ったフィンはそれ以上は何も言わなかった。

「ミクロ!今度はあたしと戦って!」

「私もいいかしら?さっきの戦いを見て私も戦いたくなったわ」

「ケッ」

二人の戦いを見てミクロと戦いたくなったティオナとティオネ。

ベートは苛立つように悪態を吐くがミクロの実力を認めた。

「問題ない。また今度なら」

流石に今日はもう戦えないミクロはティオナ達に今度戦うことを約束する。

「…………」

「むぅ」

セシルとレフィーヤは目が合うとセシルは無言で不敵に笑みを浮かべるとレフィーヤは悔しそうに呻く。

憧憬する二人の戦いは二人にとってこれ以上ないくらいの戦いでもあった。

そして、二人は同時に思った。

この人とは気が合うけど相容れない、と。

憧憬を抱く気持ちは一緒でも憧憬する人が違う。

「……私の名前はセシル。お師匠様の弟子」

「レフィーヤ・ウィリディスです」

笑みを浮かばせながら握手する二人の眼はこいつには負けたくない対抗心に燃えていた。

互いに宿敵(ライバル)と認め合う二人。

「ミクロ・イヤロス。すまないが君の杖を見せてはくれないだろうか?」

「わかった」

リヴェリアの頼みにミクロは『リトス』から魔杖を取り出してそれをリヴェリアに渡す。

「ほう」

感嘆の声を上げるリヴェリアはミクロの魔杖が自分が持つ『マグナ・アルヴス』と変わらない性能を持っていることに気付く。

施されている装飾も取り付けられている魔宝石も杖自体の性能も全てを含めて素晴らしいの一言に尽きる。

魔導士であれば誰もが欲しがるであろう魔杖にセシルと睨み合っていたレフィーヤも思わず見惚れる程。

「ミクロ・イヤロス。これをどこで?」

「母親の形見」

「……そうか、すまない」

「問題ない」

ミクロの言葉を聞いたリヴェリアは謝罪して魔杖をミクロに返す。

「今日は本当に済まなかったね。何か困ったことがあれば言ってくれ。出来る限り力になろう」

アイズの頼みを聞いてくれた礼としてフィンはミクロにそう告げるがミクロは首を横に振った。

「友達の頼みを聞くのは当然」

「……そうか」

当たり前のように言うミクロの言葉にフィンは嬉しそうに微笑を浮かべた。

「……ミクロ。次は私が勝つ」

「次も俺が勝つ」

ティオナに肩を借りながらアイズは再びミクロに再戦を約束する。

この人に勝ちたいという気持ちとアイズの負けず嫌いが発揮。

これはまた苦労しそうだな、とフィンは苦笑を浮かべていた。

こうしてミクロとアイズの戦いはミクロの勝利に終わりを告げてミクロ達は地上に帰還後、フィン達と別れて互いの本拠(ホーム)に帰って来た。

「………」

ミクロは自室で寝転がりながらアイズの事について考えていた。

前回の戦いでミクロはアイズから自分と近い何かを感じた。

それが今回の戦いで、正確にはアイズの魔法を見て何となくわかった気がした。

「……精霊?」

神に最も愛された子供、神の分身。

完全なる不死ではないが何世紀にも及ぶ寿命でエルフ以上の強力な魔法と奇跡の使い手。

アイズの(エアリエル)を見て体が何かを共鳴するような気がしたミクロはそう結論を出すが自分でもおかしいことを言っている自覚はある。

何故ならアイズは間違いなく人間(ヒューマン)

『神々』や『精霊』は神聖な存在感がある上に子を産めない。

仮にアイズが精霊だとしたら見た時すぐにわかる。

なら、答えは一つだけ。

自分と同じようにアイズには精霊の血が流れている。

誰もが聞けばありえないと思われるような言葉だが、ミクロ自身がそのありえない存在の為その可能性は十分に考えられる上に精霊なら前例も存在していた。

『クロッゾ』。

椿からヴェルフという鍛冶師のことを聞いたことがあった。

ヴェルフ・クロッゾの初代はモンスターから精霊を庇い瀕死の重傷を負ったが精霊は自身の血をクロッゾの分け与えて復活した。

そして、神に【恩恵(ファルナ)】を授かったことによりスキルが発現。

強力な魔剣を打てるようになった。

ヴェルフ・クロッゾは精霊の血筋を受け継いでいると椿がそう言っていた。

神血(イコル)がその身に流れている少年(ミクロ)

精霊の血が流れている少女(アイズ)

前に感じたのは互いに流れている血が共鳴したせいだったかもしれないと結論を出した。

「ま、いっか」

結論を出したミクロはそれ以上はどうでもよさそうに寝返る。

例えアイズに精霊の血が流れていようがアイズはアイズ。

自分が気にかけるようなことは何一つない。

それよりもこれからのダンジョン探索をどうするかやセシルをどう鍛えて行こうなどの方が重要だと判断した。

ダンジョン探索に関しては話し合いは既に終えている。

しばらくは37階層辺りで踏み止まって団員のLv.がある程度上がってからその先に進むことになった。

【アグライア・ファミリア】の団員はまだLv.1の方が多い。

最低でももう何人かは【ランクアップ】を果たすまで踏み止まり深追いはしないと話が纏まっていた。

明日からはセシルを重点的に鍛え上げて行こう考えていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「ミクロ君~いいかな~?」

「問題ない」

「お邪魔しま~す」

寝間着姿のアイカが部屋に入って来てアイカはミクロの隣に寝転がる。

ミクロは特に気にも止めずそのまま寝ようとする。

「ふふ~お休み~」

「お休み」

アイカに抱き着かれながらミクロは眠りについた。

 



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第53話

「せい!やっ!」

朝日が顔を出す前からセシルは日課となった素振り二千回から一日が始まる。

少し体が冷える時間帯だが大鎌を振っていればそんなことはすぐに気にならなくなる。

汗水流しながら素振りを終わらせるセシルは肩で息をする。

「お疲れ。次は筋トレに入ろうか」

肩が上がらないセシルに追い打ちをかけるようにミクロは次の課題をセシルに言い渡す。

「はい……」

もう慣れたセシルは疲弊しきった体に鞭を入れて筋トレを始める。

ミクロもセシルにだけにさせるのは不公平と思いセシルの倍はするが日頃からの訓練の差やLv.差もあってどうしてもミクロの方が速く終えてしまう。

自分の倍はしているのにどうしてあんなにも速く終えられるのだろうと最初は疑問に思ったセシルも今はもう気にも止めずに自分の訓練に集中する。

「はぁ……はぁ………」

「お疲れ。次に進もうか」

筋トレを終わらせると腕がもう動かないがミクロは疲労困憊状態のセシルと模擬戦を行う。

そんなミクロに心の中で人でなしや鬼畜などと愚痴をこぼすが震える手を無理矢理動かして大鎌を握り締めてミクロと模擬戦を始める。

もちろんこの訓練方法には意味がある。

ダンジョンでは危険が付きまとう為、いつ何が起こるかわからない。

だから敢えて疲労困憊満身創痍の状態まで追い込んで極限状態の中でギリギリ残った気力と体力の消耗を最小限に抑えるように無駄のない動作をしなければならない。

もし、訓練中に気でも失えばダンジョンでは死ぬことと同じ。

いついかなる時でも揺るがない冷静な判断力と分析力を身に着ける為に敢えてそういう訓練を行うようにした。

厳しい訓練の裏には必ず生きて帰ってきてほしいという優しさが含まれている。

「やっ!」

大鎌を振るうセシルの攻撃を回避しつつ攻撃を与えるミクロ。

痛みにも慣れさせることによって動きを鈍くさせずに冷静にいられるように。

第三者から見れば模擬戦というよりミクロの一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)をセシルは毎日のように行っている。

そして、今日もボロボロになるまで行われると高等回復薬(ハイポーション)を数本飲ませて回復させてセシルを背負って食堂に向かう。

まだ朝の訓練が終えただけで今日もダンジョンに向かうには朝食は取らせなければ力が出ない。

「ハッ」

いつものように食堂で意識を覚醒させるセシル。

そんなセシルを団員達はもう見慣れたかのように特に何も言わずに自分達の食事を進ませる。

「今日も朝からお疲れですわね。はい、貴女の分ですわ」

「……ありがとうございます。セシシャさん」

食事を取って貰ったセシシャに礼を言いながら朝食を食べ始めるセシル。

始めはあまりの厳しい訓練に食事を口に入れることが出来なかったセシルだが今となっては食べなければこの後が大変と体も危険を感じたのか食べれるようになった。

「貴女も毎日大変ですわね」

「いえ、もう慣れました」

始めはミクロの酷烈(スパルタ)に根を上げていたセシルも今となってはそれほど苦も無くこなせるようになった。

「それに【ステイタス】の伸びも良くなりましたので」

スキルが発現してからセシルの【ステイタス】はかなり伸び始めた。

アビリティ評価も殆どがEまで上がっているセシルは絶好調と言ってもいいほどだった。

毎日の過酷な訓練がしっかりと【ステイタス】に表れている。

この調子で頑張って少しでもミクロに追いつきたい。

そして今はもう一つ、前に出会った【ロキ・ファミリア】の宿敵(ライバル)であるレフィーヤに負ける訳にはいかない。

同じ憧憬を抱く者として、ミクロの弟子として一分一秒でも早く強くなりたい。

やる気を迸らせるセシルは朝食を終わらせて正午からダンジョンに向かう為今は少しでも体を休ませる。

今ここで下手に体を動かせばダンジョンで命を落としかねない。

生きて強くなる為にも今はしっかりと休養を取ってダンジョンでしっかりと鍛錬する。

部屋で体を休ませようと廊下を進むと窓の外から中庭でミクロとリューが模擬戦を行っていることに気付き視線を向ける。

互いに第一級冒険者の模擬戦にLv.1のセシルにとって動きを捉えることが出来ない。

だけど、自分自身の向上の為に二人の模擬戦を観察する。

やっぱり強いと思いながら二人を観察するセシルはいずれ自分もと思いつつ気が付けば二人の模擬戦が終わるまでしっかりと見ていた。

その後、部屋で体を休ませてミクロと共にダンジョンに潜る。

ダンジョン8階層まで足を運んで襲いかかってくるキラーアントを大鎌で切り裂く。

更には慣性を利用して片手で大鎌を回転させて次々にモンスターを切り裂いていく。

ミクロがセシルに与えた大鎌の切れ味はモンスターの硬い殻を切り裂いて、モンスターの攻撃を喰らっても身に着けている魔道具(マジックアイテム)のおかげで軽傷で終わらせることが出来る。

立派な武器と魔道具(マジックアイテム)に頼ってばっかりで強くなれているなんておこがましいだろうがそれでも少しは自分に自信が持てるようになった。

「これで、終わり!」

『ギィィ…!』

最後のキラーアントの首を斬り落として倒し終えるセシルはすぐさま回復薬(ポーション)を飲み干す。

またすぐにモンスターが来るかもしれないという危機感を大切にするために回復出来る時はすぐに回復する。

「お師匠様!どうですか!?」

「うん、強くなってる」

遠くから見ていたミクロが頷きながらセシルが強くなれていることを素直に口にする。

「これなら10階層に進めれる」

次の目標である10階層に足を運んでも問題と判断したミクロ。

10階層からは大型のモンスターが出てくるが今のセシルなら多少危険はあるが問題はない判断して訓練の内容を少し変更しようと考える。

だけど、その前にしなければならないことがあった。

「セシル。今日はここまでにしよう」

「え?何かあるのですか?」

いつもなら9階層に行こうや今度はモンスターを攻撃せず回避に専念しろなどという無茶な訓練を言い渡すミクロがいつもより速く打ち切ることにいつも以上の特訓でもするのだろうかと不安が走る。

「セシルの防具を取りに行く」

セシルが今身に着けているは軽装はモンスターの攻撃を受けて傷だらけになっている。

いくらミクロがセシルに与えた魔道具(マジックアイテム)があっても完全防御という訳ではない。

普通の防具同様に損傷(ダメージ)を最小限に収める程度しかない。

「私の防具?でも、お金が……」

「問題ない。既に支払い済みで前に武器の整備に行った時には既に完成していた」

手回しは既に完了しているミクロはセシルを連れて椿がいる工房まで連れて行く。

「椿」

「おお、ミクロ。それと後ろにいるのがお主の弟子か」

「は、初めまして!」

勢いよく頭を下げるセシルにケラケラと笑う椿。

「随分と対照的な師弟であるな、ミクロ」

何事にも動じないかのような無表情のミクロと小さなことにも過剰に反応するセシルを見て思ったことを口にする椿だが、ミクロは今日来た要件を話す。

「セシルの防具は?」

「うむ。抜かりはない」

工房の奥から持ってきたのは純白の革鎧(レザーアーマー)と大型のマント。

「こ、これが……」

穢れを知らないような純白に覆われた革鎧(レザーアーマー)とマントを見て戦慄が全身に走った。

「ミクロ。お主の頼みとはいえこれは下級冒険者が身に着ける物ではないぞ?」

「俺も似たようなものだから問題ない」

「お主が異常なだけだ。深層の素材を作った武具を下級冒険者に持たせるのは普通ではないぞ?」

椿の言葉にセシルは目を見開く。

ミクロは『遠征』で手に入れた深層の素材を椿に渡して作らせた。

椿の言葉通り下級冒険者が持つのは普通ではない。

「あの、それではこれも……」

「うむ。それと同様に深層の素材で手前が作った」

ミクロに頂いてからずっと使ってきた大鎌も目の前にある防具同様に深層の素材を元に椿が作ったものであった。

次の瞬間、セシルは意識を手放した。

「はぅ―――」

あまりの衝撃な事実を突き付けられたセシルは意志を手放すことで思考を放棄。

意識を手放すセシルに椿は腹を抱えて大笑いしてミクロはどうして意識を失ったのかわからず首を傾げる。

意識を手放す直前にセシルは思った。

これからどんな過酷な特訓が待ち受けているのだろうと。



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第54話

「ぅぅぅぅ……どうしよう………」

自室でセシルは頭を抱えながら部屋に置かれている革鎧(レザーアーマー)とマントに視線を向ける。

ミクロがセシルの為に用意してくれた防具。

とてもありがたいと思いつつもこんな立派な物を自分が装備していいのかと不安が走る。

深層の素材を作られた防具は下級冒険者である自分が装備していいわけがない。

だけど、師であるミクロがセシルの為に用意してくれた防具を無下に扱うことはできない。

今でさえ立派な武器と魔道具(マジックアイテム)を貰った上に今度は防具まで。

凄く申し訳ないと思いつつでもこんな立派な物を頂いたことに嬉しくもあるけど本当にいいのかという不安がある。

「何か、貰ってばっかり……」

武器も防具も全てはミクロから頂いている。

弟子だからと理由で本当に頂いていいのだろうか?

自分はまだLv.1の冒険者だということは重々承知している。

なら、身の丈あった装備を身に着けるのが当たり前だ。

「でも、お師匠様が私の為に用意してくれたし……」

どうすればいいのかと悩む。

悩みに悩んだ末セシルは一睡もできなかった。

「……おはようございます」

「大丈夫?」

「……大丈夫です」

眼の下に隈ができているセシルにミクロは声をかけるがどう見ても大丈夫そうには見えなかった。

「今日は休む?」

流石のミクロも今の状態のセシルにいつもの訓練は厳しいと思い休みを取るか尋ねる。

「いえ……お師匠様が時間を割いて頂いているのに私が休むわけには……」

「休もうか」

だけど、ミクロは強制的にセシルを休ませる。

今のセシルの状態で訓練は危ないと判断したミクロはセシルを部屋まで運ぶとミクロはせっかくできた時間を自分の訓練に使うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、私は……」

「目が覚めたかな~?」

「アイカさん……」

目を覚ますとすぐ隣にアイカが椅子に座っていた。

「よく眠れたみたいだね~」

窓の外から差す陽の光を見て時間はもう正午を回っていることに気付いた。

自分が不甲斐無いばかりにせっかくの朝の訓練を無駄にしてしまい、何より師であるミクロに迷惑をかけてしまった。

申し訳ない気持ちで一杯だった。

「何か悩み事あればお姉さんに話してみないかな~?」

微笑みながら悩みを聞こうと声をかけるアイカに少し悩んでセシルは口を開く。

「実は……」

「うんうん、ミクロ君に新しい防具を頂いたけど~自分には身の丈合わない防具を本当に自分が装備していいのかわからないセシルちゃんは~どんな悩み事があるのかな~?」

「………」

悩み事を口に出す前に悩みの原因をあっさりと看破して告げられた。

アイカは本当に人の心でも読めるのではないかと疑った。

「そんなことないよ~」

考えた言葉でさえ返事をされたセシルはもう観念したかのようにアイカに相談に乗ってもらうことにした。

「私、お師匠様に貰ってばっかりですし、それに私なんかがあんな立派な物を身に着けていいのかどうかわからないのです。それに弟子という理由で貰うのも他の団員の方にも申し訳がなくて………」

他の団員達は基本的は自分達で装備を整えたりしている。

ある程度は【ファミリア】の資金も使われているがそれは本当に少しだけであって殆どは自分で得た収入で武器や防具を買っている。

だけど、セシルは違う。

前に使っていた大鎌は自分で手に入れた物だったが今使っている大鎌はミクロから頂いた物でそこに防具までも加わった。

弟子という立場と理由で甘えてもいいのか。

その悩みをアイカに打ち明けるとアイカは優しくセシルを抱きしめる。

「よしよし~、セシルちゃんはいい子だね~」

「ア、アイカさん……?」

抱きしめられて頭を撫でられるセシルにアイカは優しい声音で言う。

「大丈夫だよ。皆もそんなこと気にしてないからね」

確信に満ちた言葉を告げるアイカ。

「セシルちゃんがミクロ君の次に努力しているのは皆知っているよ。頑張っている子はご褒美を貰うのは当然でしょ?」

団員達は全員知っている。

セシルがミクロの酷烈(スパルタ)に耐えて努力を重ねていることを。

そんなセシルを見て自分ももっと頑張らなければと気合を入れる者もいる。

セシルの頑張っている姿が団員達に良い影響を与えていることをアイカは知っている。

だから努力しているセシルにはご褒美があるのは当然だとアイカは告げた。

「それにミクロ君がセシルちゃんの為に用意してくれた物なんだから身の丈が合わないなんて理由で装備しなかったらミクロ君きっと悲しむから着てあげてね。あ、でも、そんなミクロ君を慰めるのも一つの手かな?」

ミクロの好感度を上げるという意味で割と本気でそう考えたアイカの言葉にセシルは微笑を浮かべた。

「やっと笑ってくれたね~」

先程の難しい顔から笑顔が生まれたことにアイカも嬉しそうに微笑む。

「アイカさんって本当にお姉さんみたいです」

「ふふ~お姉ちゃんって呼んでもいいよ~」

「うん、アイカお姉ちゃん」

(アイカ)に甘えるように抱き着く(セシル)

落ち着きを取り戻したセシルが早速ミクロが用意してくれた防具を身に着ける。

「ど、どうかな?」

純白の革鎧(レザーアーマー)とマントに包まれてその手には漆黒の大鎌を手に持つ。

「うんうん、似合ってるよ~」

(アイカ)に褒められたセシルは嬉恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。

アイカはそんな初々しいセシルが可愛いと思った。

「そ、それじゃ、朝できなかった分をしてくるね」

「頑張って~」

嬉恥ずかしい気持ちを誤魔化す様に部屋を出ていくセシルを見送るアイカ。

セシルは朝に出来なかった分を行う為中庭に足を運んで素振りから始める。

「あ、セシル。今日は団長と一緒じゃないの?」

「フールさんにスィーラさん…」

中庭で素振りをしている最中に寄って来た二人に素振りを一時中断。

「装備変えたんだね。凄く似合ってるよ」

「ええ、とてもお似合いです」

「あ、ありがとうございます……」

褒められて嬉しく思うセシルの頬は若干朱色に染まる。

「それにしてもセシルも凄いよね。団長の酷烈(スパルタ)を毎日するなんて私達にはできなかったよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、数日で根を上げて自分で鍛錬を行うようになりましたね」

「それを半年以上もしているセシルは本当に凄いし、努力しているよ」

「あ、ありがとうございます!」

先輩でありLv.2の上級冒険者である二人に褒められたセシル。

自分の努力が皆に認められているような気がして凄く嬉しかった。

「あ、あの、お時間がよろしければ模擬戦の相手をしては頂けませんか?」

いつもは朝でミクロと模擬戦を行っているが今はミクロがいない以上他の誰かに頼まなければならないセシルは二人に懇願する。

「んー、今日は特にすることはなかったよね?」

「ええ、鍛錬も終わりましたしよろしいのでは?」

二人は今日はダンジョンに潜らずに自己鍛錬を先ほどまで行っていた。

なら、後輩の頼みを聞くのも先輩の務めということでフールがセシルの相手をすることになった。

「宜しくお願いします!」

「よろしくね」

大鎌と短剣を構える二人を見てスィーラが宣言する。

「それでは始めてください」

開始早々フールは駆け出すとセシルはフールを見て違和感を感じた。

速いけど遅いという違和感。

速いとは思うけどフールの動きが遅く感じてしまう。

「っ!?」

短剣で攻撃するフールの短剣をセシルは回避して大鎌を振るうがフールは背を屈めて回避して短剣でセシルを突く。

「わわっ!」

だけど、セシルは体をズラして避けた。

回避したセシルを見てフールはありえないと思った。

セシルはLv.1で自分はLv.2。

最初の一撃は手加減した攻撃だが今の突きは本気で突いたにも関わらずセシルは回避した。

ギリギリで危なっかしくはあったが確かに回避したセシルを見てフールは普段から団長にどんな酷烈(スパルタ)特訓を受けているのかと内心苦笑した。

「団長……」

貴方はどれほどセシルを苛めているのですか、と内心で呟く。

だけど、それと同時にその特訓に耐え抜いているセシルは本当に強いと思ったフールは下手に手加減をすればこちらが負けると判断して本気を出すことにした。

「行くよ!」

「はい!」

向かってくるフールを見てセシルは少しだけ自信が出てきた。

普段の厳しい訓練の成果が出ていることに。

だけど、善戦するもセシルはフールに敗北してしまった。

やはり、Lv.の差は大きいと改めて実感したセシルだった。

「ま、参りました……」

「ふぅ、危なかった……」

息を荒くして中庭に上向きになるセシルと呼吸を乱してはいるがまだ余力があるフール。

「スィーラ。ごめん、今からダンジョンに付き合って」

「ええ、私もそう思ってました」

セシルを見て熱が入った二人はそこでセシルと別れてダンジョンに向かうことにした。

「よし、まずは【ランクアップ】を目指そう」

フールと戦ってまずは手短な目標として【ランクアップ】を目指すことにした。

前に出会った同じ憧憬を抱くレフィーヤ既にLv.3に対して自分はまだLv.1の駆け出しもいいところ。

まずはLv.2を目指して次にレフィーヤと同じLv.3を目標にする。

ミクロの弟子として恥ずかしくない存在にならなければと意気込むセシルは気合を入れ直してもう一度一から素振りを始める。

「セシル」

「お師匠様…」

素振りをしているところにミクロが現れてセシルは頭を下げる。

「今朝は申し訳ございません!」

「問題ない。それと似合ってる」

用意してくれた防具を見てミクロはそう言うとセシルは再び頭を下げて礼を言う。

「はい!ありがとうございます!お師匠様から頂いた武具を一生大切にします!」

「ありがとう。それじゃ今日からはいつもと違う訓練をするからまずは10階層に行こう」

「はい!」

新しい訓練を行う為にセシルはミクロについて行きダンジョンに潜って10階層を目指している途中でミクロはセシルに尋ねる。

「セシルは魔法を覚える気はない?」

「魔法ですか?」

訊き返すセシルの言葉に頷くミクロ。

魔導書(グリモア)まだ数冊残っているミクロはまだ魔法を覚えていないセシルに魔法を覚えさせようと思いそう尋ねるがセシルは首を横に振った。

「いえ、これ以上お師匠様に甘える訳にはいけません!魔法は自分の力で発現させてみせます!」

武器も防具もミクロから頂いた物。

これ以上甘える訳にはいかず、せめて魔法は自分の力で発現させてみせる。

「わかった」

セシルの意思を尊重してミクロはそれ以上は言わなかった。

モンスターを倒しつつ目標である10階層に到着した二人。

セシルに至っては初めてきた10階層に周囲を見渡す。

朝霧のような霧が立ちこめている10階層。

ここからは大型のモンスターや迷宮の武器庫(ランドフォーム)というモンスターに提供する天然武器もある。

緊張で唾を飲み込むセシルは10階層に足を踏み込むとすぐに大鎌を構える。

「本当に危険だったら助けるから頑張れ」

そう言ってミクロは『リトス』に収納しているある物を周囲にばら撒く。

「え?」

それを見たセシルは素っ頓狂な声を出す。

ミクロがばら撒いた物は下級冒険者でも知っているありふれた物の一つだったからだ。

鼻に襲う異臭は狩りの効率を上げるためにモンスターを誘き寄せるトラップアイテム。

モンスターの食欲を刺激させて設置した周囲におびき寄せる血肉。

それを見たセシルの顔は一気に青ざめてミクロの方に視線を向けるがそこにミクロはいなかった。

その代わりと言わんばかりに大きな足音が複数近づいて来た。

『ブグッゥゥゥゥ……』

始めて遭遇する大型級のモンスター『オーク』。

それも四体が涎を垂らしながら近づいて来た。

初めての大型のモンスターに恐怖で手が震えるが大きく息を吸って気持ちを落ち着かせる。

ただ大きいだけで自分はこんなモンスターよりずっと強い人に鍛えられてきた。

その人の元でずっと努力を重ねてきた。

何よりこんなところで立ち止まる余裕なんてセシルにはなかった。

「やああああああああああああああああああああああッッ!!」

『ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

弱い自分を追い出す様に叫ぶセシルはオーク目掛けて突進する。

オークはそんなセシルを迎え撃つように雄叫びを上げる。

憧憬するミクロに少しでも近づくためにセシルは駆け出す。

 

 

 



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第55話

【アグライア・ファミリア】結成から四年が経過して【ファミリア】の等級(ランク)はAにまで上がった。

四年という短い月日で一気に名を上げていく【アグライア・ファミリア】。

その【ファミリア】の団員であるセシルは今日もダンジョンで大鎌を振るう。

「てやああああああああッ!」

『ブグゥゥゥ…!』

セシルの大鎌によって体を切り裂かれたオークは灰に変わる。

他にモンスターがいないか周囲を見渡して回復薬(ポーション)を飲み干して一息入れる。

「ふぅ…」

セシルが【アグライア・ファミリア】に入団して早くも一年という月日が流れて、現在セシルはダンジョン12階層にまで足を運んでいた。

ミクロに弟子入りしてから毎日が厳しいという言葉が優しく感じる酷烈(スパルタ)の鍛錬に耐え抜きついにここまでたどり着くことが出来た。

「帰ろうかな」

単独(ソロ)で12階層まで来れるようになったセシルは魔石を拾って地上へ向かい本拠(ホーム)に帰還する。

帰還してすぐに汗を流し終えると主神であるアグライアがいる部屋に足を運ぶ。

「アグライア様、ただいま戻りました。早速ですが【ステイタス】の更新をお願いします」

「お帰りなさい。ええ、横になって頂戴」

ダンジョンから帰還してセシルは【ステイタス】を更新する。

 

セシル・エルエスト

Lv.1

力:B798

耐久:A813

器用:A887

敏捷:B743

魔力:I0

 

更新された【ステイタス】を見てセシルはこの一年でようやくここまでこれたことに喜びと実感を感じる。

魔法はまだ発現してはいないがそれでもこの【ステイタス】の伸び具合からもう少しで最初の目標である【ランクアップ】を果たせるかもしれない。

「貴女は本当に努力しているものね」

そんなセシルの心情を察するように頭を撫でるアグライアにセシルは嬉恥ずかしいながらも撫でられる。

一年でここまで来れたのはミクロの酷烈(スパルタ)のおかげ。

「でも、無理はしてはダメよ?必ず生きて帰ってくること」

「はい!」

心配するアグライアの言葉にセシルは返答して部屋を出ていく。

食堂に足を運んで夕食を取るセシル。

「お師匠様達、まだかな……?」

『遠征』に行っているミクロ達はまだダンジョンの中。

その間はセシルは一人で鍛錬をしなければならない。

いつもより人数の少ない食堂を見渡してそう呟く。

「セシルちゃ~ん」

「わ、アイカお姉ちゃん」

突然後ろからアイカに抱き着かれたセシルは驚くがすぐにアイカだとわかった。

「ミクロ君達がいないと寂しいよね~、お姉ちゃんも寂しいよ~。寂しさのあまり今日はセシルちゃんのベッドに潜ることにするね~」

「もう、アイカお姉ちゃんは」

口では咎めるように言うが内心では嬉しかったセシル。

それと同時にやっぱりこの人には勝てないと思った。

ミクロ達がいなくて少なからず寂しいと思っていた自分を慰めに来てくれたアイカ。

そんなアイカのおかげで寂しい気持ちがどこかに飛んで行った気がした。

それだけじゃなくミクロの酷烈(スパルタ)で心が折れそうになった時もアイカが慰めてくれたおかげでセシルは耐えることが出来た。

そんなアイカをセシルは本当の姉のように慕っている。

アイカに抱きしめられながら明日も頑張ろうと思いセシルは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます!」

朝の訓練を終わらせて今日も12階層に潜る為にセシルはダンジョンに駆け出す。

ミクロから頂いた武具を装備してダンジョン内を駆け出すセシル。

12階層に到着して大鎌を手に持つセシルだがある違和感を感じた。

「モンスターが少ない……?」

ルーム内を歩きながらそうぼやくセシルはいつもよりモンスターの数が少ないことに気付いた。

昨日はすぐにオークと遭遇(エンカウント)して即戦闘になるぐらいだったのに今日の至っては静か過ぎる。

楽だとは思うけど嫌な予感が止まらなかった。

そして、その予感が的中した。

『―――――――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

耳を聾するほどの、凄まじい哮り声が轟きその声の正体がすぐに姿を現した。

琥珀色の鱗に覆われて、長い尻尾に鋭利な爪と無数の牙。

体長四(メドル)を越す――――――小竜。

「『インファント・ドラゴン』……」

四足で地を這うそのモンスターは数あるモンスターの種族の中で最強と謳われている竜。

硬質な鱗に包まれた強靭な肉体、血のように赤い眼がぎょろぎょろと蠢く。

11,12階層に出現する稀少種(レアモンスター)『インファント・ドラゴン』。

迷宮の弧王(モンスターレックス)』が存在しない上層においての事実上の階層主。

そのインファント・ドラゴンと遭遇(エンカウント)してしまったセシルはその圧倒的存在感に体が震える。

「動いて……」

頭ではわかっていても本能がセシルの体を拘束する。

勝てない、そう思い込んでしまう。

『――――――――――ッッッ!!』

雄叫びと共に動いたインファント・ドラゴンはその長い尻尾でセシルを殴り飛ばした。

「かはっ」

一瞬で壁へと叩きつけられたセシルの肺から空気が出ていく。

生にしがみつくように慌てて息を吸うが恐怖でまともに思考が働かず体も動かすことが出来ない。

インファント・ドラゴンはそんなセシルに止めでもさそうかと言わんばかりに近寄ってくる。

「いや……」

死にたくない。

こんなところでまだ死にたくない。

だけど、痛みと恐怖で体が動かない。

「助けて……お師匠様……」

ここにはいない憧憬するミクロに助けを乞うがここにミクロはいない。

口を開けて無数の牙を露にするインファント・ドラゴン。

死を連想するセシルは強く瞼を閉じる。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

「え?」

死ぬと思った瞬間、突然インファント・ドラゴンが悲鳴を上げた。

その原因はセシルの大鎌がインファント・ドラゴンの左眼を攻撃していた。

「わ、私が……?」

大鎌の鎌の先端には血が付着していることから無意識にセシルはインファント・ドラゴンの左目を攻撃していた。

その無意識による攻撃によってセシルが気付いた。

ミクロの酷烈(スパルタ)訓練は無意識にでも体が動くようになる為の訓練でもあった。

毎日のように行われてきた死ぬかもしれない訓練に生にしがみついて無理矢理にでも体を動かしてきた結果。

生きる為に体が無意識に動いてインファント・ドラゴンを攻撃した。

今までの努力がセシル自身を守った。

「……ありがとうございます、お師匠様」

ミクロの酷烈(スパルタ)訓練に感謝して冷静さを取り戻したセシルは大鎌を構えて叫ぶ。

「私は【覇者】、ミクロ・イヤロスの弟子セシル・エルエスト!」

自分自身にそしてこれから倒すべき竜に向けてセシルは宣言する。

「お師匠様に追いつくためにあなたを超える!」

これが、セシルの初めての冒険。

遥か高みにいるミクロに追いつくために。

譲れない想いを実現するために。

ここで、こんなところで諦める訳にはいかない。

自分を縛り付ける恐怖が消えた。

頭が冷静さを取り戻す。

大鎌を振り上げてセシルは駆け出す。

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

セシルの覚悟の叫びに呼応するようにインファント・ドラゴンは雄叫びを上げる。

襲いかかってくる長い尻尾を避けて懐に潜り込むセシルは大鎌でインファント・ドラゴンの腹部を切り裂く。

「浅い……ッ」

だが、硬質な鱗に傷をつけるだけで体に損傷(ダメージ)を与えることが出来なかった。

装備は一級品。

傷をつけられないのは自分の実力不足。

先程の一撃もこの防具と魔道具(マジックアイテム)がなければ確実に死んでいた。

師であるミクロのおかげで今も生きて戦える。

いや、勝って生きて帰ってみせる。

師であるミクロの為に、【アグライア・ファミリア】の一員として必ず生きて帰る。

「もっと自分を信じる……」

こういう時の為に訓練してきた自分の努力を信じて再度駆け出す。

噛みつこうと口を開けて襲いかかってくるインファント・ドラゴンの攻撃を体を捻らせて回避してその首を斬り落とす勢いで切り裂く。

『ガアアアアアアッ!』

「通った……!」

鱗を切り裂いてそこから血が噴き出る。

だが、それでも致命傷を負わせることはできなかった。

だけど、倒せるキッカケは出来た。

先程首に出来た傷口から大鎌で突き刺してそこから首を裂けば間違いなくインファント・ドラゴンを倒せる。

いや、むしろそれしかインファント・ドラゴンを倒せる方法がない。

時間が経つにつれて自分の方が先に体力がなくなってしまう。

なら、そうなる前に倒さなければ勝機がない。

問題はどうやって同じところを攻撃するか。

自身の鱗を傷つけられたインファント・ドラゴンはセシルに警戒を強めている。

同じところを攻撃させてくれるほどモンスターも馬鹿ではない。

真正面から睨み合うセシルとインファント・ドラゴン。

睨み合う中でセシルはインファント・ドラゴンの周囲を囲むように走り出す。

インファント・ドラゴンの尻尾の攻撃範囲ギリギリ外で囲むように走り出すセシルにインファント・ドラゴンは残った右眼でセシルを追いかける。

すると右眼で追いかけるセシルの姿が消えた。

『―――――ッッ!!』

潰された左眼の死角を狙われたと思ったのかインファント・ドラゴンは首を動かして右眼で左側を見るがそこにセシルはいなかった。

「ハァアアアアアアッ!!」

跳躍したセシルは大鎌で残った右眼を潰した。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

両目を潰されたインファント・ドラゴンは視界が閉ざされて悲鳴を上げる。

だけど、セシルは地面に着地と同時に再び跳躍する。

悲鳴を上げているその隙を無駄にしない為にセシルは大鎌を振り上げる。

狙いは先ほど傷つけた首の傷。

「やああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

ドスと大鎌の鎌の先端が傷口からインファント・ドラゴンの首に深く突き刺さる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

咆哮を上げて力を振り絞ってセシルはインファント・ドラゴンの首を切り裂いた。

そのまま地面に落下したセシルはすぐに起き上がってインファント・ドラゴンに視線を向ける。

『……ガッ、ァ』

掠れた声を残してインファント・ドラゴンは倒れて動かなくなった。

動かなくなったインファント・ドラゴンを見てセシルは安堵するように息を吐く。

「やった………」

倒した。

自分の力で竜を倒したことに喜ぶと緊張の糸が解けて意識が遠くなって倒れる。

損傷(ダメージ)と心身の疲労が一気に襲いかかって来たセシルはこんなところで気を失う訳にはいかずに何とか意識を繋げようとするが意識が遠のき閉ざされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

「起きた?」

「………お師匠様?」

次に目が覚めたセシルがいた場所はミクロの背中だった。

「目が覚めましたか」

「副団長………」

声をかけてきたリューに視線を向けてセシルはようやく意識が完全に覚醒した。

「あ、わた、私は……どうなって!?」

「落ち着きなさい。私達は遠征の帰りに12階層で倒れている貴女を見つけて一緒に地上に帰還している最中です」

慌てふためくセシルにリューは簡潔に説明する。

「インファント・ドラゴンを倒したのはセシル?」

セシルと一緒に絶命していたインファント・ドラゴンを倒したのはセシルか尋ねる。

「………はい」

「よく頑張った」

ミクロの言葉を聞いたセシルの眼から一筋の涙が流れる。

「……はい」

さりげないその言葉がセシルは嬉しかった。

しばらくの間はセシルはミクロの背中で涙を流した。



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第56話

セシルが12階層でインファント・ドラゴンを討伐して数日後。

「おめでとう。【ランクアップ】可能よ」

「やったああああああああああああっっ!!」

偉業を達成してセシルはLv.2に【ランクアップ】した。

 

セシル・エルエスト

Lv.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

狩人:I

 

単独(ソロ)でインファント・ドラゴンを討伐。

それが偉業と認められてセシルは最初の目標であったLv.2に至った。

「それと念願の魔法も発現したわ」

「え!?」

写された用紙の魔法欄に視線を向けると確かに魔法が発現していた。

 

《魔法》

【グラビディアイ】

・重力魔法。

・限定された時間及び空間の重力操作。

・詠唱式【天地廻天(ヴァリティタ)】。

・解除式【天地反転(チャジェス)】。

 

「あ、ああ……」

用紙を握り締めるセシルは喜びが隠せれなかった。

【ランクアップ】しただけでも嬉しいのにそれに続いて魔法まで発現した。

この喜びをどう表現すればいいのかわからないぐらいセシルは感動していた。

そんなセシルをアグライアは頭を撫でる。

「おめでとう」

「はいっ!!」

満面の笑みで返答するセシルにアグライアも嬉しく思う。

酷烈(スパルタ)の訓練を乗り越えて偉業を達成して【ランクアップ】した。

努力が報われたのだと思うと自分事のようについ喜んでしまう。

「お師匠様に報告して来ます!!」

「ええ」

師であるミクロに報告するべく部屋を飛び出すセシルだが、部屋の外にはミクロが立っていた。

「【ランクアップ】おめでとう」

「はい!これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!!」

「わかった」

これからもミクロの元で訓練を行う。

【ランクアップ】したのは嬉しいセシルだが、これはまだ最初の一歩を踏み出したに過ぎない。

まだまだミクロの背中は遠い。

憧憬のミクロに追いつくためにも今以上に努力しなければならない。

次の目標は同じ憧憬を抱く宿敵(ライバル)のレフィーヤと同じLv.3。

次の目標を目指してセシルはこれからも努力を重ねていく。

「少し寄り道してギルドに報告に行くか」

「はい、お供します!」

ギルドに報告前にミクロは回復薬(ポーション)を補充するためにナァーザの本拠(ホーム)に足を運ぶ。

「ナァーザ」

「いらっしゃい、ミクロ、セシル……」

「ご無沙汰してます、ナァーザさん」

「いつもので」

「りょーかい……」

カウンターの裏から持ってきた数ダースの回復薬(ポーション)をミクロは『リトス』に収納して金貨をナァーザに渡す。

「便利だね……今度、私にもくれる?」

「いいよ。今度持ってくる」

『リトス』の便利さに欲しがるナァーザにミクロは平然と了承する。

「あとこれ、試してみて」

一本の試験管をミクロに渡す。

超高等回復薬(ハイパーポーション)の試作品。試してみたら効果を教えて……」

「わかった」

試験管を(ホルスター)にしまうとナァーザはミクロに視線を向けながら言う。

「ミクロももう第一級冒険者か……凄いね」

「皆やナァーザのおかげ」

「そんなことありません!お師匠様は十分に凄いです!」

謙遜するミクロを褒め称えるセシル。

「もう四年も経つんだね……」

【アグライア・ファミリア】結成当時から付き合いのあるナァーザはミクロとの出会いを懐かしく感じる。

一緒にはダンジョンに潜れなくはなったがこうして成長していくミクロを見て行くのもすっかり慣れてしまった。

当時はナァーザの方が先に【ランクアップ】したが、今となってはミクロは第一級冒険者で上位派閥の団長を務めている。

凄く成長したなと感慨深く頷く。

「ナァーザ。また来る」

「ん、またね」

「失礼します」

ミクロ達はナァーザがいる本拠(ホーム)を後にしてギルドにセシルの【ランクアップ】を報告して本拠(ホーム)に帰ろうとギルドを出る。

「改めて【ランクアップ】おめでとう、セシル」

「い、いえ!お師匠様のご指導のおかげです!!」

帰還中にミクロは改めてセシルの【ランクアップ】を祝うがセシルは謙遜する。

「努力したのはセシルだ。謙遜する必要はない」

弟子入りしてからずっと努力を重ねてきたことを誰よりも知っているミクロは謙遜する必要はないとセシルに告げるとセシルはその言葉に顔を赤くする。

憧憬を抱く人に褒められて本当に嬉しい。

「何か欲しいものはある?【ランクアップ】のお祝いに何かあげたい」

【ランクアップ】したセシルのお祝いとして何かをあげようと思ったミクロは何が欲しいのかセシルに尋ねる。

「えっと、それでは一つだけいいですか?」

「問題ない」

「わ、私も遠征に連れて行っては下さいませんか……?」

遠慮がちにセシルはそう告げた。

「危険なのは十分承知していますし、足を引っ張らないように頑張りますから………私もお師匠様達と一緒に………」

師であるミクロの傍で強くなっていきたい。

だけど、Lv.1では足手まといと思っていたセシルは【ランクアップ】を記念に思い切ってそう言うつもりだった。

Lv.2なら少しはミクロ達の役に立てれるかもしれない。

危険なのも十分知っているけど、やはり憧れのミクロをもっと見てみたい。

ミクロのようになる為にもセシルは遠征への同行をミクロに懇願した。

「わかった。次からはセシルも一緒に行こう」

驚くほどあっさりとミクロは許可した。

「はい!!」

笑顔で返事をしたセシル。

これからもこの人について行こうと改めてそう思った。

「じゃ、次の遠征までに【ランクアップ】した体の調子を整えて中層で鍛えるから」

「はい!頑張ります!」

返答するセシルに最初の相手はミノタウロスにしようとセシルの訓練内容を考案しながら本拠(ホーム)に到着すると一人の女性が本拠(ホーム)前で立っていた。

「入団希望者でしょうか?」

女性を見てそう口にしたセシルの言う通りかもしれないと思いミクロ達はその女性に近づくとミクロはその女性と目が合った。

「ッ!?」

「キャッ!?」

咄嗟にミクロはセシルを抱えてその女性から距離を取った。

「ほう、危機回避能力はそこそこと言ったところか」

ミクロの反応に微笑を浮かべる女性。

ミクロはその女性の目を見てすぐに気付いた。

「【シヴァ・ファミリア】の団員か……」

破壊の悦びを知った目を見てすぐに【シヴァ・ファミリア】の団員だと気づいた。

セシルも顔を上げてその女性の尖っている耳を見てエルフだと思ったがそれにしては耳が短かった。

「ハーフエルフ…?」

「ああ、お前の言う通り私はエルフと人間(ヒューマン)のハーフだ」

「――ッッ」

セシルの言葉に女性はセシルに目を合わせてそう答えるが目が合ったセシルは全身が凍り付いたように動けなかった。

恐怖なんて生易しいものではない。

目が合っただけで一瞬自分が死んだと思い込んだ。

「落ち着け」

「ハァ……ハァ………」

ミクロの言葉にやっと呼吸が出来るようになったセシルは大きく息を吸う。

「何の用だ?」

警戒するミクロに女性は微笑を浮かべたまま言う。

「戦いに来たわけではない。少なくとも今のお前とでは面白くない」

つまらなそうに息を吐く女性に対してミクロはどうするかと思考を働かせていた。

目の前にいる女性は間違いなく強い。

それもセツラ達とは比べ物にならないくらいに。

Lv.6とミクロの直感がそう告げた。

「おっと、自己紹介がまだだったな。私はエスレア・ファンだ。知っての通り【シヴァ・ファミリア】に所属していた。二つ名は【冷笑の戦乙女(フロワヴァルキリー)】だ」

「ミクロ・イヤロス」

目線で名乗れと告げるエスレアにミクロは名乗るとエスレアはミクロ達の本拠(ホーム)を指す。

「ここではなんだ。中に入れてはくれないか?」

「………わかった」

多くの団員達がいる本拠(ホーム)で戦う訳にも何よりセシルを守りながらでは戦えないミクロはエスレアの提案を受け入れる。

「だけど、誰にも手を出すなと約束しろ」

「いいだろう。弱者に興味はない」

ミクロはエスレアを本拠(ホーム)内へと連れて行く。



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第57話

突如現れた【シヴァ・ファミリア】の団員、エスレア・ファンをミクロは客室にまで案内して向かい合うように腰を下ろす。

セシルを自室に戻したミクロは一人でエスレアと対面する。

現在客室にはミクロとエスレアの二人だけ。

その中で最初に口を開けたのはエスレアだった。

「悪くない本拠(ホーム)だ。私がいた本拠(ホーム)を思い出す」

懐かし気に語るエスレアの言葉は昔に住んでいた【シヴァ・ファミリア】の本拠(ホーム)の事だとすぐに理解した。

現在、【シヴァ・ファミリア】の本拠(ホーム)は存在していない。

解体されて今は別の建物が建てられている。

「何の用だ?」

ミクロは淡々と来た目的を催促する。

脱獄犯でもあるエスレアが何の理由もなくここに現れることはない。

戦闘が目的ではないのなら何が目的なのかまずはそれを知らなければ話が進まない。

仮に戦闘になった場合だと非常に危険。

微笑を浮かべながら寛いでいるように座っているが隙が微塵も見当たらないエスレアに仮に先に先手が取れたとしても自分が倒されるイメージしかなかった。

最速に最短にエスレアがここに来た目的を聞いて最悪でもこの場所から離れる必要がミクロにあった。

自分のせいで他の団員達に迷惑を掛けたくない。

「三分か」

窓の外に視線を向けてエスレアは言う。

「ここにいる者達を殺し終えるのに必要な時間は」

「させない」

瞬時ミクロはナイフを抜刀してエスレアに斬りかかるがエスレアは指二本でナイフを受け止める。

「軽い。やはり、今のお前ではその程度が限界か」

動かそうにも少しも動かせないナイフにミクロは梅椿を握り締めようとするがエスレアが先に梅椿の柄を掴んで防いだ。

「さっきの冗談だ。私は弱い奴には微塵も興味はない。私は強者と戦い(ころ)す方が楽しい」

そう言ってナイフと梅椿から手を離すエスレアにミクロもナイフを収めて座り直す。

「目的だったな。私の目的はミクロ・イヤロス、お前を鍛えることだ」

「何の為に?」

来た目的がミクロを強くすることだと言うエスレアに疑問を抱く。

「団長に頼まれたのが主な理由だが、私個人もお前に興味がある。強くなったお前と戦い、(ころ)したい。それだけだ」

「………」

嘘偽りない本当の事だと目を見てすぐに理解した。

「ミクロ。お前は弱い。今のお前では団長どころか私達『破壊の使者(ブレイクカード)』に傷一つ負わせることは出来ない」

破壊の使者(ブレイクカード)……?」

始めて聞いた言葉に聞き返す。

「【シヴァ・ファミリア】の中で最も優れた者達をそう呼ぶ。団長を始めとした十人、いや、シャルロットが死んで私を含めて九人。全員がLv.6の冒険者だ」

そう説明して胸元に刻まれている9の文字をミクロに見せる。

「私はその中で下から二番目だ。もちろん一番はお前の父親で二番がお前の母親だ」

自分の両親の実力をエスレアを通して改めて知ったミクロ。

なるほどと理解したと同時にその凄さも知った。

エスレアのような実力者をへレスは力で従わせていることに。

強者と戦い(ころ)す事が悦びのエスレアが何故へレスの言うことを聞いているのか。

それはエスレアがへレスに敗北しているからだ。

「少しは自分の両親の実力が知れたか?」

「……ああ」

エスレアの言葉に自分の両親の実力を知らされたミクロは言い返す言葉がなかった。

今までミクロはセツラやディラ達と戦い勝ってきた。

だが、エスレアを見てセツラ達は自分の実力を上げるための前座だと思わされる。

「団長はお前に期待している。きっと団長は私をお前の踏み台程度しか考えていないだろう」

「何故?」

「お前が特別だからだ。それはお前も知っているだろう?」

ミクロの身体を指すエスレア。

ミクロの身体にはシヴァの神血(イコル)が流れている。

それが特別の理由だとエスレアは語る。

「それに元々は私がお前を鍛えるつもりだった。それがシャルロットが計画を公にしたせいで【ファミリア】は解体。まぁ、ゼウス、ヘラと戦えただけ私は満足だが」

「母さんを悪く言うな」

エスレアの言葉にミクロは鋭い言葉を放つとエスレアは面白げに笑みを浮かべる。

「別に悪く言ったつもりはない。他の奴らは知らんが解体されて当然のことを私達はしようといていたからな。遅かれ早かれ解体はしていただろう」

本題が逸れたな、と言いエスレアは本来の目的について語る。

「返事を聞こうか?ミクロ。お前にとっても悪い話ではないだろう?」

「………」

エスレアの言葉にミクロは返答できない。

確かにエスレアの言葉通りこれからの【シヴァ・ファミリア】と戦うことがあればエスレアの元で鍛えるのは一つの手だ。

だが、ミクロは一つの【ファミリア】を務めている団長だ。

個人の理由で【ファミリア】を空けることはできない。

それもこれまで何度も敵対してきた【シヴァ・ファミリア】の団員ではれば尚更。

答えを出さないミクロを見てエスレアは一枚の用紙をテーブルに置く。

「私が住んでいる隠れ家の地図だ。その気になったらくるといい」

それだけを告げてエスレアは居室を出て行った。

「………」

ミクロはどうすればいいのかわからなかった。

【ファミリア】の事もあるし、Lv.2になったセシルをこれからも鍛える。

遠征もあるし、団員達のことも考えなければならない。

だけど、万が一にエスレアが言う破壊の使者(ブレイクカード)が【ファミリア】の誰かに襲われたらと考えるとエスレアの話にのった方がいいと思う自分もいる。

「どうすれば……」

テーブルに置かれている用紙を手に取ってミクロは客室を出ていく。

廊下を歩きながらもどうすればいいのか考えるミクロ。

「あ、団長!」

「フール、スィーラ」

気が付けば中庭まで歩いていたミクロに鍛錬中のフール達が歩み寄ってくる。

「団長、聞きましたよ。セシルがLv.2になったんですね」

「うん」

「凄いですね。セシルの努力が報われてなりよりです」

【ランクアップ】したセシルを褒める二人にミクロも同様に頷く。

セシルは誰よりも努力している。

その事はミクロが一番よく知っているが、フール達もそんなセシルに負け劣らず自分達の力で頑張っている。

「おっす、団長。今日は鍛錬しねえの?」

「少し考え事」

「珍しいですね、団長が鍛錬しないとは」

「おいおい、団長だって休みたい日だってあるだろう」

ミクロを囲むように集まってくるリオグ達は気さくにミクロに話しかけてくる。

だけど、自分のせいで団員の誰かが死ぬことになればと思うと自然に手に力が入ってしまう。

「邪魔してごめん。鍛錬を続けて。俺は今からアグライアのところに行ってくる」

「はい、スィーラもう一度一から始めようか」

「ええ、魔導士でも接近戦は鍛えておきたいですし」

「あ、なら俺としねえ?」

「お断りします」

「速ぇ!」

中庭から去って行くミクロの後ろから笑い声が聞こえてくる。

「………」

アグライアと出会う前の自分ではこんな気持ちはきっとなかった。

築き上げてきた【ファミリア】。

大切な家族。

それを守りたい。

家族に振りかかる脅威を全て。

「お師匠様!」

「セシル…」

駆け寄って来たセシルは息を切らしながらミクロの前に足を止める。

「大丈夫でしたか!?さっきの人は!?」

「問題ない。さっき帰った」

その言葉を聞いて安堵するように息を吐くセシル。

「よかった~、お師匠様がご無事で私も安心です」

「ありがとう」

「いえ、お師匠様を心配するのは当たり前です!」

礼を言うミクロにセシルは当然と言わんばかりにそう言い返すと鍛錬してくると中庭の方に駆け出す。

「あ、ミクロ君、み~つけた~」

「アイカ」

後ろから抱き着いて来たアイカにミクロはもう慣れたかのように抱き着かれる。

「私は待ってるからね」

「え?」

「ううん、何でもないよ~。お仕事があるからまたね~」

いつもの笑顔で去って行くアイカの後姿を呆然と見つめるミクロ。

「何をそんなところで呆けているのですの?」

「セシシャ」

呆れるように息を吐くセシシャはミクロに報告書を手渡す。

「それ、今回の報告書ですわ。しっかり目を通しておいてくださいませ。期限はありませんので」

「わかった」

「では失礼しますわ」

報告書を手渡して去って行くセシシャ。

ミクロは報告書を『リトス』に収納して廊下を歩いて行く。

「………」

歩みながらミクロは自分でも本当に変わったと思うようになった。

アグライアと出会ってからここまで多くを経験してきた。

そして、積み重ねて行き今の【ファミリア】が完成した。

だけど、いや、きっと【シヴァ・ファミリア】はそれを壊す。

力がミクロには必要だった。

もう一人は嫌だ。

独りぼっちは寂しい。

誰も失うことのない、失わない。

それを実現できるだけの力が欲しい。

ミクロは初めて自分から力を欲してアグライアのいる部屋へと到着する。

「アグライア」

「あら、どうしたの?」

「俺に強くなる為の時間をくれ」

ミクロは懇願した。

強くなる為の修行の時間を得る為にアグライアにそう懇願した。

「わかったわ。しばらくは副団長のリューに任せることにするわね」

ミクロの懇願をアグライアは了承した。

「でも、一つだけ条件があるわ。何日、何年かけてもいいから必ず帰ってくること」

「わかった。ありがとう」

ミクロは踵を返して部屋を去っって行く。

心の中で理由を問わないアグライアに感謝しながらミクロは自室で準備に取り掛かる。

どれだけ【ファミリア】から離れるかわからない以上入念の準備と団員達に手紙を残してミクロはエスレアがいる隠れ家に向かおうと部屋を出るとそこにはリューが立っていた。

「……話はアグライア様から聞きました」

「……そうか」

リューの言葉にミクロは全て察した。

ミクロが【ファミリア】から離れることを。

「……どうして、どうして貴方はいつも一人で何とかしようとするのです」

声音を震わせながら尋ねるリューにミクロは答える。

「【ファミリア】を皆を守る為には俺には力が必要だ。それに【シヴァ・ファミリア】の問題を皆に押し付ける訳にはいかない」

「私達は……頼りになりませんか?貴方の力になることはできないのですか?」

「頼りにしている。だからしばらくの間は【ファミリア】を任せる」

リューはミクロの胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。

「………」

身体を震わせながら俯くリューは何を言えばいいのかわからなかった。

何故なら理解しているからだ。

ミクロがそういう人間だということに。

仲間が守れるなら自分がいくら傷付こうとも気にも止めない人間だと理解している。

傷付くなら自分一人だけでいい。

そういう人間だとリューは知っている。

だからこそそんなミクロを引き留められるような言葉が思いつかない。

「リュー。俺はリューが好きだ」

「……え?」

「優しいお前が好きだ。誰かの為に怒れるお前が好きだ。俺はリュー・リオンが大好きだ。だから行かせて欲しい。お前を【ファミリア】を守る為に」

それはあまりにも唐突な告白だった。

それでもその真意は本物だとリューは思うと同時にミクロを引き留める事が出来なくなった。

「貴方は……酷い人間(ひと)だ」

そんなことを言われたら止めることが出来ない。

「リューはいいエルフだ」

手を離すリューにミクロは歩き出す。

「強くなって必ず戻ってくる。それまで【ファミリア】を頼む」

振り返らずに背を向けたままミクロはリューにそれだけを告げて去って行く。

「いいのかい?」

「……どうしろっていうのよ」

二人のやり取りを影で見ていたティヒア達はそれ以上は何も語らなかった。

そしてリュー同様にミクロを止めることが出来なかった。

止める為の力も資格も覚悟もティヒア達にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、一日はかかると思っていたのだがな」

エスレアがいる隠れ家に足を踏み入れたミクロはエスレアと向かい合う。

「お前等の好きにはさせない。俺は仲間を守る為にお前を利用する」

ミクロの言葉にエスレアの笑みは深まる。

「それでいい。それほど覚悟がなければ面白くない」

笑みを深めるエスレアはミクロと共にダンジョンに向かう。

「強くなれるかはお前次第だ。後は死なない程度にさっさと強くなることだ」

「…ああ」

ダンジョンに潜る前にミクロは一度振り返る。

この光景ともしばらくはお別れ。

「俺は強くなる」

決意を胸にミクロはエスレアについて行く。



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第58話

「………」

岩に背を預けているミクロはゆっくりと目を開ける。

体力を少しでも回復する為に睡眠を取っていたミクロは僅かな気配の動きを察知して目を覚ました。

昨日よりも多く睡眠が取れたと思いながら神経を研ぎ澄ませる。

その時、ミクロの頭上から氷塊が降って来た。

氷塊の影を利用して『スキアー』で回避するミクロは背後から迫りくるエスレアの攻撃を防ぐ。

「よく反応した!」

気配を消してミクロの背後から攻撃したエスレアは自分をしっかりと捉えていたミクロを褒めながら長剣を振るう。

ナイフと梅椿でエスレアの攻撃を防ぎながらミクロはエスレアの動きを予測して最小限の回避行動で体力の消費を抑える。

「これも躱せるか!?」

エスレアの周囲から氷の飛礫(つぶて)が召喚される。

エスレアのスキル『氷魔召喚(イエロサモン)』。

精神力(マインド)を消費することで氷を召喚することが出来る。

詠唱が要らない魔法のようなスキルは間違いなくレアスキル。

召喚する氷を自在に操るエスレアは氷の飛礫は真っ直ぐミクロに襲いかかるがミクロはすぐに『ヴェロス』で氷の飛礫を撃ち落とす。

「いいぞ、いい感じにお前は強くなってきている!その調子でもっと強くなれ!」

ミクロが強くなっていくことに喜びの声を上げるエスレアの攻撃の過激さが増す。

ミクロが【ファミリア】から離れて早十ヶ月。

ダンジョン深層域でミクロはエスレアとずっと戦い続けている。

死んだらそれまでということでエスレアは実戦方式でミクロを鍛えている。

食事も睡眠も戦いの中で取りながら二人は十ヶ月間戦い続けている。

エスレアにもモンスターからにも常に周囲を警戒しなければ死んでしまうという極限状態に晒されながらもミクロは生きてエスレアの訓練に耐え続けている。

強くなって【ファミリア】を仲間を守る。

その確固な決意を胸に秘めてミクロはエスレアと戦い続けていた。

「そこだっ!」

エスレアの蹴りがミクロに直撃してミクロは岩盤に叩きつけられる。

「追加だ!」

そこにエスレアは氷塊を召喚してミクロに追撃する。

「【駆け翔べ】!」

咄嗟の判断でミクロは魔法を発動させて白緑色の風を纏って氷塊を回避してエスレアに接近する。

「便利な風だな!」

接近するミクロに長剣を振り下ろすエスレアにミクロはナイフと梅椿を交差させて防御して振り払ってエスレアに斬りかかるがエスレアは体を捻らせてそれを躱す。

「いい攻撃だがまだ甘い」

躱したと同時にエスレアは回し蹴り。

ミクロは壁に叩きつけられるがそこにエスレアの追撃が来ないことを疑問を抱いた。

魔法か何か別の何かと警戒するミクロにエスレアは長剣を鞘に納める。

「ここまでだ」

十ヶ月間戦い続けたエスレアはここでミクロの修行を完了させた。

「……何故このタイミングで?」

一時も止めることなく戦い続けてきたにも関わらず唐突ともいえるこのタイミングでミクロの修行は完了した。

「お前は強くなった。少なくとも私に傷を負わせるぐらいにはな」

右頬を見せるとそこには僅かだが傷ができていた。

「合格だ。お前は地上に戻って【ステイタス】を更新させて37階層に来い。そこで私は待っている」

踵を返してこの場から去ろうとするエスレアは一度足を止めて振り返る。

「お前との戦いを楽しみにしている」

笑みを浮かべるエスレアはそれだけを告げてその場から姿を消える。

ミクロもいつまでも深層域に留まれば命に関わる為すぐに移動する。

魔道具(マジックアイテム)で姿を消してモンスターの戦闘を最小限に抑えてミクロは下層まで戻り、一度18階層で休憩を取ってから地上に帰還した。

十ヶ月振りに見て陽の光を全身に浴びるミクロは生きて帰って来れたと安堵する。

「やっと、帰って来れた……」

修行を終えて地上に帰って来たミクロは駆け足で自分の本拠(ホーム)を目指す。

どれだけ強くなれたかはわからないけど今はただ皆の元に帰りたかった。

次第に近づく【ファミリア】本拠(ホーム)にミクロはあることに気付いた。

本当に帰ってもいいのだろうかと。

ミクロはこの十ヶ月間仲間を守る為に修行をしてきた。

だが、十ヶ月間【ファミリア】を放置してきたのも事実。

いくらリューに任せてきたとはいえ、ミクロは勝手な理由で離れていた。

前のように過ごせるか、嫌われてはいないのだろうかとミクロは気付いた。

不安を感じながらもミクロは本拠(ホーム)の門の前まで帰って来た。

でも、その門を開けることを躊躇ってしまう。

不安と恐怖で立ち竦むミクロは門を開けるどころか一歩踏み出すこともできない。

前なら簡単に開けられた門がこんなにも大きく重く見えてしまう。

この場から逃げ出したいそう思ってしまう。

「……お師匠様?」

聞き覚えのある声に振り返るとそこにはセシルが立っていた。

「セシル……」

「お師匠様!!」

十ヶ月振りに再開したセシルはミクロに駆け寄って抱き着く。

「今まで……どこに行ってたんですか………心配、しました………」

「……ごめん」

ミクロの胸に頭をえぐりこみながら涙を流すセシルにミクロは謝罪して頭を撫でる。

「心配かけた……」

「……おかえりなさいませ、お師匠様………」

「ただいま」

再会を果たす師弟ミクロとセシル。

ミクロは今初めて帰って来れたと思えた。

不安も恐怖も消えたミクロはセシルと共に門を開けて本拠(ホーム)に帰って来た。

「団長!?団長ですか!?」

「何!?団長は帰って来たのか!?」

「皆!団長が帰って来たぞ!!」

ミクロが本拠(ホーム)内に入ると次々に団員達がミクロの前に現れる。

「今までどこに行っていたんですか!?」

「団長!よく帰って来た!」

「皆、団長の帰りを待っていました!!」

離れていたことに怒る者、帰って来たことに喜ぶ者、帰ってくることを信じてくれた者。

団員達はミクロが帰ってくるのを待っていたかのように騒ぎだす。

「あら、やっと帰ってきましたの?」

「ミクロ君、お帰り~」

「セシシャ、アイカ……」

十ヶ月前と変わらない態度でミクロの帰りを労う二人。

アイカは早速と言わんばかりにミクロに抱き着く。

「お帰りなさい」

「強くなったんだろうね?」

「パルフェ、リュコス……」

「アイカ!ミクロから離れなさい!」

「え~、やだ~」

「ティヒア…」

歩み寄ってくるパルフェ達にミクロからアイカを引き剥がそうとするティヒア。

暖かくも懐かしい本拠(ホーム)と仲間達に囲まれるミクロ。

すると、団員達の間を割ってミクロに歩み寄って来た一人のエルフ、リュー。

「………」

無言でミクロの傍まで歩み寄るとリューはミクロの頬を叩く。

乾いた音が本拠(ホーム)内に鳴り響き、騒いでいた団員達は一斉に静かになる。

「……これで貴方を叩いたのは三回目だ」

一回目は路地裏で初めて出会った時。

二回目はリューの代わりにアリーゼ達の仇を取った時。

そして今回で三回目。

「……四回目はないようにしてください」

「……ごめん」

もう心配をかけさせないでほしいというリューの気持ちを察してミクロは素直に謝罪した。

謝罪を聞いたリューは微笑を浮かべてミクロに言う。

「お帰りなさい」

「ただいま」

『団長が笑った!?』

始めて見たミクロの笑顔に団員達は驚愕の声を上げるがミクロはすぐにいつもの表情に戻る。

帰ってくるまでの締め付けられるような気持ちが不安と恐怖で今、胸にあるこの暖かい気持ちが嬉しいという感情だとミクロは理解した。

「お帰りなさい、ミクロ」

「ただいま、アグライア」

主神のアグライアに帰ってきたことを報告してミクロは早速【ステイタス】の更新を行って貰うとアグライアは更新したミクロの【ステイタス】を見て目を見開く。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.5

力:SS1023

耐久:SSS1378

器用:SSS1287

敏捷:SSS1256

魔力:SSS1298

堅牢:E

神秘:G

精癒:G

適応:H

 

SSSというアビリティの限界突破。

始めて見るアビリティの限界突破にミクロはこの十ヶ月間何をしてきたのか想像も出来なかったがきっと過酷なんて生易しいと呼べるほどの修行を積んできたとアグライアは推測した。

取りあえずは更新した【ステイタス】を用紙に写してそれをミクロに見せるが特に何も言わずに用紙を捨てる。

ああ、この辺は変わっていないと内心で苦笑しているとミクロはアグライアに告げる。

「アグライア。明日戦ってくる」

エスレアという乗り越えなければならない障害。

きっとエスレアを倒さない限りこの先を進むことが出来ない。

だからミクロはこの先を進む為にもエスレアと決着をつける。

その決意を汲み取りアグライアは一言だけミクロに告げる。

「生きて勝って来なさい」

「当然」



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第59話

十ヶ月の修行を終えたミクロはエスレアとの決着をつける為にリュー達と共に37階層に足を運ぶとそこにはエスレアが待ち構えていたように立っていた。

「よく来た」

「ああ」

エスレアの言葉にミクロは前に進むと一度振り返る。

「行ってくる」

その言葉にリュー達は頷いて応える。

ミクロはエスレアの近くまで足を運ぶとエスレアはミクロの強い眼差しを見て笑みを深めた。

自分が絶対に勝つという自信に満ちた目をしていることに気付いたエスレアは(ころ)しがいがあると思い内心ほくそ笑む。

「別れは済ませたか?」

「俺が勝つからその必要はない」

皮肉を込めて軽口を言うがミクロは素っ気なく返した。

ナイフと梅椿を構えて神経を研ぎ澄ませていることはエスレアも気付いている。

修行中とは比べ物にならない程の集中力をエスレアに向けている。

どのような攻撃にも対処できるように一瞬の動きも見逃さないようと。

「面白い」

そんなミクロを見てエスレアも長剣を鞘から抜く。

ミクロを鍛えて良かったと言わざるを得ないとばかりにエスレアの瞳はミクロを見据える。

「いい眼だ。(ころ)したくてたまらない」

エスレアはミクロを強敵と認めて破壊の対象として捉える。

「壊れるのはお前だ、エスレア」

「ではどちらが(ころ)されるか勝負といこうか」

互いに得物を構えて二人は同時に動き出す。

動き出すと同時に最初に驚いたのはエスレアだった。

同時に動き出したはずなのにミクロの方が先に攻撃を仕掛けてきた。

ナイフと梅椿から放たれる斬撃にエスレアは防戦を強いられる。

速く、鋭く、重いミクロの連撃はエスレアの反撃も許さないように怒涛に攻め続ける。

だが、エスレアが驚いたのはそこではない。

いや、それにも十分に驚かされているがそれ以上に自分が攻撃をする前に攻撃を封じられているミクロの瞬速の読みと駆け引きに驚きを隠せれなかった。

まるでこちらの動きが読まれているかのような動きをするミクロにエスレアは防御しながらもその理由に気が付いた。

「修行中の時から私の動きを把握していたのか!」

「ああ」

ミクロは修行中の時には既にエスレアの動きを把握していた。

だが、いくら把握できても体がついてこれなかった。

その為、防御、回避は出来てもそこから攻撃することは出来なかったが今のミクロは違う。

【ステイタス】を更新された今のミクロならエスレアと互角以上に戦える。

このまま押し切ろうとするミクロだがそう簡単に倒せる相手ではないことはミクロ自身が良く知っている。

エスレアの長剣がミクロの頬を掠める。

「今度は私の番だ」

ミクロがエスレアの動きを把握しているようにエスレアもミクロの動きを把握している。

虚を突かれたことに驚いたがそうとわかれば大したことではないエスレアは今度は自分から攻め始める。

怒号の連撃に今度はミクロが防戦を強いられる

だが、それを予測していないミクロではない。

「剣を捨てろ」

「ッ!?」

エスレアは自分から長剣を手放したことにエスレア自身も驚愕する。

ミクロは防戦中に『フォボス』をエスレアの視界に入れて暗示をかけた。

それによりエスレアは自分から長剣を手放したその隙を利用してミクロはエスレアに斬りかかる。

「まだそんな魔道具(マジックアイテム)を隠していたのか」

エスレアは自身の身体から氷を召喚させてミクロの攻撃を防御した。

「だが、隠していたのはお前だけではない」

エスレアの回し蹴りがミクロの腹部に直撃して壁に叩きつけられる。

「私のこのスキルはどこからでも氷を召喚することができる。今のように体から氷を召喚して即席の氷の鎧を作ることも可能と同時に」

エスレアに蹴られたところから血が溢れ出るミクロ。

「氷の武器も作ることもできる」

エスレアの脚に氷の棘が纏わり、棘の先端には血が付着していた。

回し蹴りをする直前に脚に氷の棘を召喚させて纏わせて殺傷能力を高めて攻撃した。

修行中では一度も見せなかったエスレアの隠し玉。

予想以上に厄介極まりないスキルにミクロは眼帯を取り外す。

神聖文字(ヒエログリフ)で『S』と刻まれた『シリーズ・クローツ』の義眼の魔道具(マジックアイテム)を発動させて敏捷を高める。

それと同時にミクロはスキルも発動した。

ドクン、と心臓が跳ね上がるように鳴り、壊したいという衝動に駆られる。

破壊衝動(カタストロフィ)』を発動させることにより、ミクロの全アビリティが超高補正される。

ミクロに変化に気付いたエスレアは挑発するように手招きする。

「来い」

直後――――ミクロは地面を粉砕し、エスレアへ砲弾のごとく爆走した。

先ほどとは違う圧倒的身体能力にエスレアは歓喜の声を上げる。

「いいぞ、いいぞ!その調子でもっと私を楽しませろ!!」

跳ね上がるように強くなったミクロの攻撃を捌きながら攻撃を繰り出すエスレアに対してミクロは防御を無視して攻撃する。

損傷(ダメージ)を負う度に全アビリティ能力超高補正されるミクロのスキルは傷を負えば負う程強くなる。

傷を負いながらも攻撃するミクロにエスレアは氷の鎧を身に纏うが鋭さが増したミクロの攻撃はその氷の鎧を砕く。

「ぐ……!!」

氷の鎧ごと攻撃を受けたエスレアは後方に吹き飛ばされるがすぐに体勢を整えてミクロの頭上に氷の氷塊を召喚するがミクロはそれを回避する。

しかし、その回避した先には既にエスレアが待ち構えていた。

長剣を振り払うエスレアにミクロは身を屈めて回避するがそれを読んでいたかのようにエスレアの蹴りが炸裂。

「これはどうだ!?」

上空に蹴り上げられたミクロの周囲に氷の飛礫(つぶて)が召喚されて一斉にミクロに襲いかかってくる。

「――――『アリーゼ』」

ミクロは『アリーゼ』を発動させて宙を蹴って一部の氷の飛礫を破壊して致命傷を裂けることに成功した。

ミクロの脚にはいつも履いている『スキアー』ではなくリューに与えた『アリーゼ』が装着されている。

影で移動できることは既にエスレアも承知している為ミクロは万が一のことも考えて『スキアー』から『アリーゼ』に履き替えていた。

その万が一の警戒が役に立ち何とかなったミクロは地面に着地する。

「なかなかどうして楽しませてくれる!本当にお前は(ころ)しがいがある!!」

Lv.6であるエスレアと互角に渡り合えているミクロ。

そんなミクロとの戦いをエスレアは心から楽しんでいる。

「………」

それに対してミクロは神経を研ぎ澄ませたままエスレアを捉える。

エスレアの実力は身を持って修行中に思い知らされたミクロだからこそ知っている。

エスレアはまだ何か隠していることに。

「だが、残念なことに楽しむ時間はすぐに終わるからこそ楽しいものだ」

それは言外に終わりにしようと告げるエスレアは詠唱を唱えた。

「【雪原の白き前触れは全てを凍結して崩壊へと誘う】」

エスレアの足元から青色の魔法円(マジックサークル)が展開される。

詠唱を止めようと駆け出すミクロはエスレアに攻撃するがエスレアは攻防を繰り広げながらも詠唱を続けた。

「【(うず)を巻き、光さえも閉ざす絶対零度の厳冬の前に何者も抗う術はない】」

並行詠唱を行うエスレアは詠唱を続けるに対してミクロは距離を取る。

「【砕け散る者にせめてもの慈悲と美景を与えよう】」

「【駆け翔べ】!」

エスレアから大幅に距離を取ったミクロは詠唱を唱えて魔法を発動する。

「【無常の吹雪が汝を冥府に導く】」

エスレアは詠唱を終わらせえ魔法を発動する。

「【フルフォース】!」

「【アースフィア・スファト】!」

白緑色の風を纏うミクロに対してエスレアが放ったのは回避不可能のブリザード。

触れた者を全て凍結させる絶対零度の凍結魔法。

「全開放!」

回避不可能のブリザードにミクロは白緑色の風を体に纏って正面から突貫する。

「愚かな」

自分の放つ最大魔法に無謀にも突貫するミクロにエスレアは落胆した。

いくら風を纏おうと超短文詠唱で発動した魔法に負ける道理はない。

風ごとその身も凍らせ崩壊する。

「あああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「なっ!?」

咆哮を上げてブリザードを突破したミクロにエスレアは驚愕する。

ありえないとそう思った時、ミクロの左手には見覚えのある魔杖が握られていた。

「そうか!お前はあの二人の血を受け継いでいるんだったな!!」

ミクロは無謀にブリザードに突貫したわけではない。

回避不可能なほども広範囲の魔法を見てミクロは避けれるのが不可能と即断してエスレアの魔法の一点に集中して突貫した。

そうすることで下手に避けるよりも損傷(ダメージ)が少なく済む。

『リトス』から魔杖を取り出して魔法の力を強化させてミクロはブリザードを突破した。

無論、無傷というわけではない。

身体の至る所に凍傷を負い、精神力(マインド)の殆ども消費して辛うじて突破することが出来たがエスレアはミクロは評価した。

普通なら魔法に向かって突貫するなんて無謀極まりないことはしない。

どう回避、防御するかを考えるが普通だ。

だが、ミクロは回避も防御も不可能と即断してブリザードに突貫して生き永らえた。

刹那の時間の中で判断、実行したミクロの行動力をエスレアは評価した。

あと一秒でも遅れていれば今頃は勝敗は決していた。

常識に囚われない発想力に行動力を見せたミクロにエスレアは懐かしく感じた。

【シヴァ・ファミリア】最強の二人、へレスとシャルロット。

壊せないものはないと呼ばれるぐらい目の前の障害を破壊してきたへレス。

如何なるものでも壊すことが出来ない不滅とまで呼ばれたシャルロット。

二人揃って【シヴァ・ファミリア】最強の矛と盾。

その二人の血を受け継いでいるミクロにエスレアは長剣を構える。

「面白い!」

同じ魔法を放てるほどの精神力(マインド)はエスレアにはないが、それはミクロも同じだった。

二人に残された方法は自分の手で敵を倒す。

再びぶつかり合う二人の得物に高い金属音が鳴り響く。

ミクロは魔杖を捨てて梅椿を抜刀してナイフと梅椿でエスレアの攻撃を捌きながら反撃するがエスレアも同様に捌きながら攻撃を繰り出す。

「ここまで戦えるとは予想していなかったぞ!」

満身創痍でありながらも互角以上に戦いを続けるミクロに対する正直な気持ちだった。

「だが!」

ミクロのナイフと梅椿が宙を舞い、無防備になったミクロ。

「これで終わりだ!」

得物を失い無防備になるミクロに止めをさす為に心臓に狙いを定めてミクロに突き刺さる。

「……お前ならそこを狙ってくると思っていた」

「な…ッ」

確かにエスレアの長剣はミクロの胸元に突き刺さった。

だが、心臓にまでは到達することはできなかった。

驚愕するエスレアの隙を見逃さずにミクロは隠し持っていた氷の棘をエスレアの胸元に突き刺した。

「かは……」

血を吐き出して膝をつくエスレアは自分の胸に刺さっている氷の棘を見て気付いた。

ミクロを蹴った時に脚に氷の棘を纏わせていた。

これはその時のものだとすぐに理解した。

「手に入れたのは偶然だけど、武器にも使えると聞いて持っていた」

ミクロは蹴られたと同時に偶然にも氷の棘が一本折れて自身の体に突き刺さっていた。

エスレアから氷の武器も作れると聞いてそれを隠し持っていた。

「……ふ、用意周到なことだ……」

顔を上げて視線をミクロの胸元に向けるとそこには鎖が巻き付いていた。

「私が心臓(そこ)を……狙わなければどうする…つもりだったんだ?」

「お前なら止めに心臓を狙ってくると思った。それだけだ」

ミクロはエスレアと戦う前から鎖分銅を胸元に巻き付けていた。

それが鎧の役割を果たしてエスレアの長剣を防ぐことが出来た。

「それにこれぐらいの賭けをしなければお前には勝てない」

万が一に狙いが喉や頭などだったらミクロは間違いなく死んでいた。

だけど、それぐらいの賭けを行わなければ勝てない程エスレアは強敵だった。

それでもミクロは賭けに勝ってエスレアに勝利した。

「………なるほど、私は賭けに負けたということか」

目を閉じて闘気を消すエスレアにミクロはエスレアに戦う気がなくなったと判断してナイフと梅椿を拾ってリュー達に告げる。

「勝った」

その言葉を聞いて喜び、安堵するリュー達はミクロに駆け寄る。

「……いい仲間に巡り合えているのだな」

「ああ」

微笑を浮かべながら言うエスレアにミクロは返答する。

「だが、詰めが甘い。隙を見せてどうする?」

「ミクロ!?」

突然、声を荒げるリューにミクロは振り返るとエスレアは氷の短剣を召喚して振り下ろそうとしていた。

「相手が死ぬまで警戒を解くな」

自身の心臓に目掛けてエスレアは短剣を突き刺した。

自害したエスレアはその場に仰向けになるように倒れる。

「何で……?」

自ら死を選んだエスレアの行動に理解出来なかったミクロにエスレアは答えた。

「………どうせ、生きたところでこの戦い以上の悦びはない。なら、ここで死んだほうがいい思い出を持って地獄に行ける」

これ以上の楽しい戦いはないと判断したエスレアはこの先つまらない人生を送るぐらいならここで死を選んだ。

深々と突き刺さっている氷の短剣は消えてそこから更に血が噴き出す。

「私に……勝った褒美として聞け……Lv.7になれ、ミクロ………そうでなければ、団長に勝つことは困難だ………あいつは正真正銘の化け物だ。……【猛者】と引き分けるほどのな」

オラリオ最強の冒険者、【猛者】オッタル。

オラリオで唯一のLv.7の冒険者。

へレスはその【猛者】と引き分ける程の実力者と知らされた。

「お前のこの先を……地獄で見届ける……」

エスレアの瞳から光が消えた。

「………」

ミクロはエスレアを瞼を閉じて目を閉じさせる。

「鍛えてくれてありがとう」

理由はどうであれ鍛えてくれたことに感謝の言葉を述べる。

エスレアを抱えてミクロはリュー達に告げる。

「帰ろう。俺達の本拠(ホーム)へ」

ミクロ達は地上に帰還する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスレアとの決戦から数日後。

ミクロはLv.6になったことに都市は騒めく中でミクロはリューと共に18階層にあるアリーゼ達の墓参りに来ていた。

「アリーゼ、俺はLv.6になった」

花を供えて簡潔にそう告げるミクロ。

「まだまだ足りない所もあるけどリュー達と一緒にこれからも頑張って行く」

「ミクロには私達がついていますから安心してください」

二人は墓参りを終わらせてすぐに地上に目指す。

【ファミリア】に帰ったらまだまだやらなければならないことがあるなかで二人は時間を作ってアリーゼ達の墓参りに足を運んでいた。

「また来る」

「また来ます」

一度振り返ってそう告げて再び前へ歩き出す。

「それにしても遂にミクロは私以上に強くなりましたね」

当時はミクロがLv.1でリューがLv.4にも関わらず今はミクロの方がLv.が上になった。

努力を重ねて激戦を乗り越えてきたミクロは十分に強くなった。

なら、その隣に立てれるようにとリューも研磨を続けなければならない。

「いや、俺はもっと強くならなければならない。リューや【ファミリア】の皆を守る為にも」

だけど、ミクロは今の段階で満足などできなかった。

エスレアの最後の言葉を聞いてミクロは立ち止まる訳にはいかなかった。

もっと強くならないといけないと願い、これからも努力を重ねていく。

「あ、あの、ミクロ……一ついいですか?」

「何?」

「貴方が、その、修行に行く前に私に言ってくれた……その、なんて言いますか………」

頬を赤く染めて落ち着かない様子のリューにミクロは何のことか思い出して言った。

「もちろん俺はリューが好きだよ。ずっと一緒にいたいと思ってる」

平然とそう告げるミクロにリューは耳まで赤く染まり俯く。

「わ、私も……」

「アグライアもティヒアもリュコスもパルフェも【ファミリア】の皆が俺は好きだ」

勇気を振り絞って私も好きと言おうとした矢先にミクロの言葉に首を傾げる。

「大切な俺の仲間であり家族だ。嫌いなわけがない」

「………………………」

数秒間頭が真っ白になったリューはようやく理解した。

ミクロは仲間として家族として好きと言ったことに理解したリューは顔を紅潮させて早足で歩き出す。

羞恥心にかられるリューを知らずについていくミクロ。

「リュー、顔が赤いけど風邪でも引いた?」

「……放っておいてください」

ああ、そうだ、ミクロはこういう人だと改めて思い知らされながらミクロにそっぽを向くリューに何でそっぽを向くかわからず首を傾げるミクロ。

「……本当に酷い人間(ひと)だ」

悪気はないとはいえ乙女心を弄んだミクロにこれぐらいの悪口は許されるだろう。

それからしばらくの間はリューはまともにミクロの顔が見れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミクロがLv.6になってから数ヶ月が経ち、アグライアは街中を歩いていた。

今日もダンジョンも潜っているミクロ達に暇を持て余しているアグライアは気まぐれに街中を散歩している。

「暇ね……」

そう呟くとアグライアはミクロと出会った時を思い出した。

あの時もこんな風に街中を歩いている時に路地裏で偶然にもミクロを見つけて眷属にした。

当時はたった五年で上位派閥になるとは思ってもみなかった。

また何か出会いがあったりしてと内心苦笑しながら思ってもないことをぼやく。

「強くなってからくるんだな!」

すると、乱暴な声がする方に視線を向けるとそこには一人の少年が尻もちをついていた。

ミクロと同じ白髪の少年で深紅(ルベライト)の瞳を持つその少年を見てアグライアは今度こそ苦笑した。

ミクロとはまた違う興味深いその瞳に興味が引かれたアグライアはその少年の元に歩み寄る。

「あ、貴女は……」

少年もアグライアのこと気付いて視線を向けるとアグライアはその少年の荷物を見てまだこの都市に来たばかりだと察する。

「私の名前はアグライア」

名前を告げて少年の前にある【ファミリア】のエンブレムを見て尋ねる。

「【ファミリア】を探しているのかしら?」

その言葉に少年は小さく頷くとアグライアは少年に手を差し伸べる。

「なら、私の【ファミリア】に来なさい」

「え……?」

アグライアの言葉に深紅(ルベライト)の瞳が大きく見開く。

アグライアは手を差し伸ばしたまま何も言わずに少年の答えを待っていると少年は恐れながらもアグライアの手を取った。

アグライアは微笑みながら名を尋ねた。

「貴方の名前は?」

「ベル、ベル・クラネルです。神様」

アグライアと出会った少年ベル・クラネルの物語が始まる。

 




オリジナル編完結!!
次話は区切りとしてオリキャラ達を人物紹介をします!
その次から原作編スタートします!
ここまで投稿できたのも読者様の励ましがあってこそです!!
原作開始までの五年間のミクロの活躍はいかがでしたでしょうか?
楽しめて頂けたら作者も大満足です。
原作主人公ベル君が出せました!(やや強引だったかもしれませんが)。
個人的意見にもなりますがベル君は【ヘスティア・ファミリア】ではなく【アグライア・ファミリア】に入団することにしました。
悩みに悩んだ挙句に結局はアグライアの派閥に入団するように決めてしまったが私に後悔はありません!
アグライアの眷属として活躍するベル君に応援してあげてください。
あ、ミクロもちゃんと活躍しますのであしからず。
ここで一区切りとして一言。
ここまで読んでくださりありがとうございます!これからも更新頑張ります!!
これからも応援をよろしくお願いします!!


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登場人物紹介

今回はこれまで出てきたキャラクターの紹介です。



『路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか』登場人物紹介。

*本作にまだ出ていない所は空白にしています。

 

名前:ミクロ・イヤロス。

この作品の主人公。物心ついた頃からずっと路地裏で生活していたミクロ。

冒険者に痛めつけられ、今日を生きる為に泥水を啜っても今を生きてきた。

だが、女神アグライアと出会って世界の素晴らしさを教わり、眷属になった。

感情表現が乏しく、物事を知らないが教わればすぐに覚える。

出生は【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供として生まれて【シヴァ・ファミリア】の主神シヴァが自身の神血(イコル)をミクロに与えたことによりミクロには神血(イコル)が流れている。

種族:人間(ヒューマン)

性別:男。

職業:冒険者。

二つ名:【覇者】。

到達階層:37階層。

武器:第一等級特殊武装(スペリオルズ)《シルフォス》、梅椿、アルゴ・マゴス、道具(アイテム)魔道具(マジックアイテム)

魔法:【フルフォース】、【アブソルシオン】

呪詛(カース):【マッドプネウマ】

スキル:【破壊衝動(カタストロフィ)】、【創造作製(クレアシオン)】、【前向生存(ヴィーヴァ)】。

主に使用している魔道具(マジックアイテム):イスクース、ヴェロス、スキアー、シリーズ・クローツ、フォボス、レウス、リトス。

備考:オリジナルファミリア【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供として生を受けて誕生したが、オラリオの破壊を企んでいることが公になり、アグライアに拾われるまで路地裏で生活をしていた。

両親の才能を受け継ぎ、前衛、中衛、後衛全てに対応できる万能スタイル。

団員達からも慕われているが訓練が酷烈(スパルタ)過ぎてセシル以外誰もが自己鍛錬を行うようになった。

それ以外にも感情というものがまだよくわかっていない為かリュー達を始めとする女性団員達の好意に気付いていない。

 

名前:アグライア。

典雅と優美を司る女神。世界を堪能する為に下界に降りて来てミクロを自分の眷属にした。

【アグライア・ファミリア】の主神でミクロに誰よりも愛情を注ぎ大切に想っている。

種族:神。

備考:【アグライア・ファミリア】主神。何よりも自分の子を大切にしている。

神会(デナトゥス)』の時も自分の子に合う名前を付ける為にやる気を出すがつい熱くなりすぎてしまうことに神々の笑いのネタにされることがしばしば。

 

名前:リュー・リオン。

原作にも出てくるキャラクター。ミクロとの出会いで原作とは違う流れになった。

【アストレア・ファミリア】から【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)

種族:エルフ。

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【疾風】。

到達階層:37階層。

武器:アルヴス・ルミナ、小太刀・双葉。

魔法:【ルミノス・ウィンド】、【ノア・ヒール】、【イス・サーフル】。

スキル:【妖精星唄】、【精神装填】、【疾風迅雷】、【妖精疾駆(フェアリースルア)】。

主に使用している魔道具(マジックアイテム):アリーゼ。

備考:(作者の本音を込めて言わせてください)ダンまちの中でリューが一番好きということでヒロインにしました!!リューが滅茶苦茶好きです!!

こほん、失礼。つい本音が出ました。

原作キャラで初めから出てきたキャラクターとしてこれからも当然(・・)出していきます。

普段凛々しい雰囲気から見せる笑顔や料理が苦手というギャップに心打たれて、普段から冷静な表情を時折は乙女顔にしていきたいという作者個人の気持ちをこの作品に表現させてみましたがやはり乙女心や恋模様というのは難しい。

しかしながらもそう想像するだけで私の心はドキドキします。

それから……(長くなるので割愛します)。

 

名前:ティヒア・マルヒリー。

この作品に出てくるオリキャラ。自分だけの英雄を求めてオラリオにやってきたところをザリチュに勧誘させて【ザリチュ・ファミリア】に所属していたがミクロと出会い、自分だけの英雄を見つけたティヒアはミクロに恋心を抱き、【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)

種族:犬人(シアンスロープ)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【流星の猟犬(スターハウンド)

到達階層:37階層。

武器:複合弓(コンボジットボウ)

魔法:【セルディ・レークティ】

スキル:【英雄支援(サーヴァ)】。

主に使用している魔道具(マジックアイテム):アヌルス。

備考:この作品のヒロイン枠。主人公を支える的なキャラを考えて登場したのがティヒアです。

 

名前:リュコス・ルー。

都市外から来た冒険者。問題児として【ファミリア】から追い出されてオラリオに辿り着くと冒険者達に絡まれて返り討ち。

その時に出会ったミクロをそいつらの仲間と思い攻撃を仕掛けるが強襲袋(モルブル)を嗅いで気を失う。それからミクロと戦いで結局は【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)した。

種族:狼人(ウェアウルフ)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【紅蓮狼(クリムゾンウルフ)

到達階層:37階層。

武器:徒手空拳、格闘技、ナイフ。

魔法:【ビチャーチ】

スキル:

主に使用している魔道具(マジックアイテム):スケロス

備考:アイズとベートのような感じが一番例えやすいですね。そんな感じのキャラを考えていると出来たのがリュコスです。

 

名前:パルフェ・シプトン。

元【リル・ファミリア】の冒険者。収納魔法を所持していることもあって他の冒険者から武具などを盗み魔法で隠すよう命じられていた。

だが、心根は強く優しい。ミクロ達と出会って罪を償った。

それからミクロの紹介で【アグライア・ファミリア】に入団した。

恩人であるミクロにパルフェは心から感謝している。

種族:小人族(パルゥム)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:

到達階層:37階層。

武器:ヴァルシェー。

魔法:収納魔法。

スキル:

主に使用している魔道具(マジックアイテム):ヴァルシェー。

備考:ぶっちゃけると後付けでできたキャラクターです。

書いている途中でこんなキャラもいいかなという軽い気持ちでできたのがパルフェです。

 

【アグライア・ファミリア】の団員達。

名前:セシル・エルエスト。

誰かに憧れる存在になりたい。だけど、引っ込み思案でその夢も諦めていたが自分と歳も変わらないミクロを見て諦めきれずミクロに弟子入りした。

弟子入りしたのはいいが、ミクロの酷烈(スパルタ)と自身に才能がないことに思い知らされて一時は師であるミクロと喧嘩をしてしまうがミクロが自分以上に努力家だと知らされて再びミクロの元で指導を受ける。

Lv.2に達成して魔法も発現した。

種族:人間(ヒューマン)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:

到達階層:Lv.2になる前は12階層。

武器:大鎌。作品名『メラン』。

魔法:【グラビディアイ】

スキル:【師弟関係(ピスティス)】、【自信斬烈(ハリファ)

主に使用している魔道具(マジックアイテム):キラーソ。

備考:努力する女の子というイメージから出来たのがセシルです。

才能はないけどそれを努力で補い強くなっていく感じですかね。

 

名前:アイカ。

元娼婦の女性。娼婦として生活してきた為か観察力と洞察力に長けている。

常に笑顔で間延びしたのんびりするような口調で話すアイカだが、人の機微に敏感に察知して怒り、時に慰めたりしている。

母性も高く、セシルはよくアイカに抱きしめられて慰められている。

恋にも積極的でミクロとスキンシップを取ったり、一緒に寝たりなどリュー達では躊躇ってしまうことも平然とする。

身請けとしてミクロに買って貰い現在はミクロ専属家政婦(メイド)として働いている。非戦闘員。

職業:家政婦(メイド)

スキル:【本質看破(スマトリェーチ)】。

備考:大人の女性というイメージで出来たのがアイカです。

始めは戦う元娼婦として考えていましたがそれだと微妙にイメージが違う感じがしてやめました。(アマゾネスじゃないし)

 

名前:セシシャ・エドゥアルド。

一儲けしようとオラリオに来たセシシャの父親は大企業との大手の取引に応じて失敗して借金を課せられてしまうがそれを娘であるセシシャに押し付けてオラリオを去った。

セシシャは何とかしようと交渉を行ってきたが全て失敗に終える。

最悪なこと展開を想像している時にミクロの魔道具(マジックアイテム)に目を付けて一気に借金を返す為にミクロの元に交渉に行った。

始めは冷たくあしらわれたが諦めずにミクロ達がいる宿まで足を運びリュー達の助言もあって交渉の場を設けることが出来たがミクロは焦っているセシシャを見破ってセシシャの事情を聞いて【ファミリア】に入って協力する代わりにセシシャの借金返済に協力するという契約の元でセシシャは【アグライア・ファミリア】に入団した。

商人兼冒険者として主に経理・交渉を担当している。

備考:お嬢様口調のキャラクターとして誕生したのがセシシャです。

 

名前:フール。

種族:人間(ヒューマン)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:

到達階層:37階層。

武器:短剣。

魔法:

スキル:

主に使用している魔道具(マジックアイテム)

備考:

 

名前:スィーラ。

種族:エルフ。

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:

到達階層:37階層。

武器:魔杖。

魔法:【フラーバ・エクエール】。

スキル:

主に使用している魔道具(マジックアイテム)

備考:

 

残りで出てきた団員達及び登場した武器と魔法。

名前:スウラ。

種族:エルフ。

武器:弓矢。

異常魔法(アンチ・ステイタス):【ディリティリオ】。

 

名前:ドワス。

種族:猪人(ボアス)

武器:大剣。

 

名前:カイドラ。

種族:ドワーフ。

武器:大槌。

 

名前:リオグ。

種族:人間(ヒューマン)

備考:女性団員達の入浴を覗こうとした主犯及びミクロ達を歓楽街に連れて行った男性。

お調子者として適当にできたオリキャラ。

 

出てきたオリジナルファミリア。

【リル・ファミリア】と【ザリチュ・ファミリア】と【シヴァ・ファミリア】。

【リル・ファミリア】の冒険者達。

犬人(シアンスロープ)人間(ヒューマン)ランスとディール。

【ザリチュ・ファミリア】は主神のザリチュ。

【シヴァ・ファミリア】。

名前:セツラ。

種族:人間(ヒューマン)

性別:男性。

武器:槍。

魔法:【ディストロル・ツィーネ】、【プロミネンスへヴァ―】。

スキル:

始めてミクロの元に現れた男性。シャルロットを慕う気持は消えずシャルロットが描かれているブローチを離さずに持っていた。

最後はミクロと死闘で命をおとす。

 

名前:シャラ。

種族:猫人(キャットピープル)

性別:女性。

二つ名【撲殺猫】。

武器:メイス。

魔法:

スキル:

セツラと共にミクロ達の前に現れた猫人(キャットピープル)。リュー達を人質にとってミクロを一度撲殺した。

最後は激情したリューに斬られて死亡。

 

名前:ディラ。

種族:人間(ヒューマン)

性別:男性。

二つ名:【不死身拳士(アンデッドブロー)】。

武器:格闘技。

魔法:【ブロープリア】

スキル:【損傷同化】、【身体再生】。

勝つことに酔いしれて戦いに身を投じていたディラだが、へレスとシャルロットに敗北して【シヴァ・ファミリア】へ改宗(コンバージョン)

最後はミクロの魔法で消滅した。

 

名前:エスレア・ファン。

種族:ハーフエルフ。

性別:女性。

二つ名:【冷笑の戦乙女(フロワヴァルキリー)

武器:長剣。

魔法:【アースフィア・スファト】。

スキル:【氷魔召喚(イエロサモン)

破壊の使者(ブレイクカード)の一員。

戦いで強敵を(ころ)すことに何よりも悦ぶ女性。

十ヶ月間ミクロを鍛え上げた張本人で最後はミクロとの死闘で自害した。

 

名前:へレス・イヤロス。

種族:人間(ヒューマン)

性別:男性。

二つ名:【破壊者(ブレイカー)】。

武器:

魔法:

スキル:

ミクロの父親で【シヴァ・ファミリア】の団長を務めていた。

【シヴァ・ファミリア】に襲撃された時シヴァと共にオラリオを去った。

 

名前:シャルロット・イヤロス。

種族:人間(ヒューマン)

性別:女性。

二つ名:【不滅の魔女(エオニオ・ウィッチ)】。

武器:アルゴ・マゴス。

魔法:代償魔法。

スキル:

ミクロの母親で【シヴァ・ファミリア】の副団長を務めていた。

ミクロを助ける為に代償魔法を使用してミクロを助けて、最後は自分の命をミクロに与えて息を引き取った。

魔術師(メイジ)であり、魔道具(マジックアイテム)の作成者でもあったシャルロットは常識に囚われない発想力と類稀な才能を持つ天才。

【シヴァ・ファミリア】の計画をフェルズに頼みギルドに知らせて計画を阻止。

ミクロをシヴァから【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】から逃がすために魔道具(マジックアイテム)でミクロを隠した。

誰よりもミクロを愛している。

 

こんなところですかね。

どこか忘れていなければ出てきたキャラクターは全部出せれたと思います。

改めて思えば結構出ていますね(笑)

次話からは原作編、ベル君が登場します!

 



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New01話

「さぁ、ここが私の家よ」

「えええええっ!!こ、こんな立派なところに住んでいるんですか!?」

アグライアはベルを自分の本拠(ホーム)に案内するとベルは大声を上げた。

その新鮮な反応にアグライアは笑みを浮かべる。

「ようこそ、【アグライア・ファミリア】へ」

ベルはアグライアに案内されながら本拠(ホーム)内を見渡しながらついて行く。

「か、神様の【ファミリア】の家って中も凄いんですね!」

「ええ、自慢の我が家よ。そして、今日から貴方の家でもあるわ」

「は、はい!」

アグライアの言葉に嬉しそうに返事をするベルを見て年頃の子供らしいと微笑みながらまずは『恩恵(ファルナ)』を刻むべく自身の部屋へとベルを案内する。

「さて、ベル。恩恵(ファルナ)を刻む前に一ついいかしら?」

「は、はい、何ですか?」

「貴方はどうして冒険者になりたいって思ったのかしら?」

アグライアはベルを入団させるつもりだがこれはどうしても本人の口から聞きたかった。

ベルを見つけた時にベルの瞳からは悲しみが見えた。

だけど、その瞳の奥から純粋なぐらいまで真っ直ぐな何かに憧れている光のようなものが見えたアグライアは遠回しにベルの覚悟を問いかけた。

「……僕は祖父と一緒に暮らしていました」

ベルは自分がオラリオに来るまでの身の上をアグライアに話した。

祖父と二人で暮らしていたが祖父がモンスターに殺されて家族を失った。

ベルがオラリオにやってきたのは運命の出会いに憧れていたから。

祖父との絆を確かめるように、絆を途切れないように、ベルは祖父と言葉に従って出会いを求めた。

「それだけかしら?」

「………僕は、今度こそ家族を守りたい。もうあんな思いはしたくない」

ベルから伝わる強い気持ちを聞いたアグライアは優しくベルを抱きしめる。

「なら、強くなりなさい。ここにいる皆は貴方の家族。家族を守る為に努力しなさい」

「………はい」

ベルの悲しみを知ったアグライアは気付いた。

ベルは家族を失い飢えていることにそしてきっと強くなることに。

それだけの強い意志をベルの瞳から感じさせてくれた。

こうしてベルは『恩恵(ファルナ)』を刻まれて【アグライア・ファミリア】の一員になった。

「これからもよろしくね、ベル」

「はい!よろしくお願いします!」

笑顔で返答するベルにアグライアは早速写したベルの【ステイタス】を見せるとベルはわかりやすいぐらい気を沈めていた。

魔法やスキルが発現しているかもという期待が見事に外れて肩を落とすベルにアグライアは苦笑を浮かべながらベルの頭を撫でる。

「初めから発現する子は少ないのだからそう落ち込む必要はないわよ」

「……はい」

「アグライア。入るよ」

「あら、ミクロ。お帰りなさい」

ダンジョンから帰還してきたミクロはアグライアの部屋に入るとベルに視線を向ける。

「誰?」

「新人のベルよ。ほら、ベル。彼がこの【ファミリア】の団長のミクロよ」

「は、初めまして!ベル・クラネルと言います!」

「ミクロ。ミクロ・イヤロス。よろしく」

ベルに手を差し伸ばすミクロにベルも緊張気味にミクロの手を握って握手する。

「今から皆にベルを紹介するからついて来て」

「え、も、もうですか!?こ、心の準備が…」

「問題ない。皆きっとベルを迎え入れてくれる」

ベルの手を握ったまま皆がいる食堂に連れて行くミクロに引っ張られながらどう挨拶しようか緊張するベル。

「皆注目」

食堂に辿り着いたミクロは食堂にいる全員に声をかけて団員達の前にベルを連れて行く。

「新しく【ファミリア】に入団したベル・クラネルだ。ベル、皆に挨拶」

「は、初めまして!ベル・クラネルと言います!皆さんの足を引っ張らないように精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!!」

精一杯挨拶して頭を下げるベルにミクロが一言加える。

「新しい家族としてベルを迎え入れよう」

「おう、よろしくな!ベル!」

「ベル君か、兔人(ヒュームバニー)じゃないんだよね?」

「可愛いね。団長とは違う保護欲が擽られる」

「よろしくな、ベル」

早速と言わんばかりにベルに群がるように集まる団員達にベルは慌ただしくなるが表情は笑っていた。

「私は副団長のリューと申します。改めてよろしくお願いします、クラネルさん」

「は、はい!よろしくお願いします!リューさん!」

リューに続くようにそれぞれ自己紹介をする団員達。

その後も団員達と楽しく食事をするベルは心から嬉しかった。

いい【ファミリア】に入れてよかったと思いながら食事を進めていると男性団員であるリオグがベルと肩を組む。

「どうよ、ベル。うちの【ファミリア】は?」

「はい、凄く楽しいです。この【ファミリア】に入れてよかったです!」

純粋な笑みでそう答えるベルにリオグやその周囲にいる団員達はうんうんと神妙に頷いた。

「そりゃよかった。だが、そんなお前に俺が団員達の事を教えてやる」

「おいおい、早速先輩(ずら)か?」

「余計なことをベルに吹き込むなよ」

「うっせ、余計なお世話だ」

からかいの言葉を一蹴してリオグはアイカを指す。

「あの人がアイカさんだ。因みにベル、お前は胸はデカい方が好きか?」

「な、なななな何を言うんですか!?」

顔を真っ赤にして叫ぶベルにけらけらと笑うリオグ。

「いやいや予想通り初々しい奴だなと思ってな。アイカさんは団長の専属家政婦(メイド)だけど、皆に優しくしてくれる【ファミリア】のお姉さんだ」

ベル達の視線に気づいたアイカは微笑みながらベル達に小さく手を振った。

「そんでもってあの人は鋭いから嘘はつかねえほうがいいぞ?ま、ベルなら心配はいらねえか」

如何にも純粋そうと内心で苦笑しながらそう思ったリオグは次にセシシャを指す。

「セシシャは俺達【ファミリア】の経理や交渉などを担当している。金銭面で何か相談したい時は頼りになるぜ」

「どこの【ファミリア】にもセシシャさんのような人はいないんですか?」

「まぁ、セシシャは元々商人だったという経緯もあったからな」

次の団員達を教えようとするリオグにベルは女性団員達に捕まっていた。

「ちょっとベルに変なこと教えないでよ!」

「おいおい俺はベルに他の奴らを教えているだけだぜ?」

「あんたが教えると純粋なベルが穢れるわ。ベル、私達と話しましょう」

「え、え……」

両腕を掴まれて女性団員達が集まるテーブルに連行されたベルは周囲が異性ばかりで緊張してしまい体が縮こまってしまう。

そんなベルの気も知らずに女性団員達はベルをぺたぺたと触る。

「何か癒される~」

「無垢な団長もいいけど純粋なベルもいいものね」

ベルを触って癒されている女性団員達に顔を赤くして言葉が出ないベル。

「皆さん、ベルが困っていますのでその辺りにしましょう」

スィーラがそんなベルを見て助け船を出すと女性団員達もスィーラの言葉を聞いて止める。

「すみません。大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です。えっと、スィーラさん?」

「ええ、合っています」

「私は?私の事は?」

「フールさんですよね?」

スィーラの隣から顔をベルに近づけるフールにベルは必死に名前を思い出して答える。

「うん、正解。ねぇ、ベルはどうしてここに入ったのか訊いてもいい?」

「はい。神様に誘われて」

【ファミリア】に入った経緯を話すとなるほどと頷くフール達。

「ベルは何か質問とかありませんか?」

「ええっと……」

どんなことを訊こうか悩んでいると他の女性団員やアイカに食事を食べさせられているミクロが視界に入ったベルはミクロの事をスィーラ達に訊いてみた。

「団長はどんな方なんですか?やっぱり団長だから皆さんより強いんですか?」

ベルの言葉にスィーラ達は難しそうに表情を固くする。

「強いは強いよ。いや、強すぎるが正しいのかな?」

「ええ、それは間違いなく」

「ただ、団長は色々凄いからね……」

「え?」

フール達の言葉に訝しむベルにフール達はミクロの事をベルに教えた。

たった五年で【ファミリア】の等級(ランク)をAまで上げ、オラリオでも極わずかしかいないLv.6まで到達。

多種多様な武器、魔法が使えて前衛、中衛、後衛全てに対応できる。

魔道具作成者(アイテムメーカー)としても有名で一部の魔道具(マジックアイテム)を売買して【ファミリア】に貢献している。

たった一人で【デュアンケヒト・ファミリア】の主力メンバーに勝利。

「だいたいはこんな感じかな?あ、団長の二つ名は【覇者】だよ」

「な、なんか凄いんですね、団長って。僕と歳もそう変わらなそうなのに」

ミクロの話を聞いて年も変わらないミクロと自分を比較する。

「団長が特別という訳ではありませんが気にする必要はないかと。ベルはまだまだこれからなのですから」

「そうそう、自分のペースでやって行けばいいんだよ?」

「はい!」

まだベルの冒険は始まったばかり。

これから頑張って行ければいいと内心でそう考えるベルはフール達に尋ねた。

「あの、皆さんにも二つ名はあるんですか?」

「このテーブルでは私とフールだけですね」

「私が【妖精護剣(フェアリーアミナ)】でスィーラが【雷魔姫(ライトニングマリカ)】だよ。他にも二つ名を持っている人がいるから後で聞いてみて」

フールとスィーラの二つ名を聞いて関心するベル。

「ベル」

「あ、はい」

ベルの背後からミクロが声をかけえきてベルは慌てて振り返る。

「家の中とベルの部屋を案内するからついて来て」

「わかりました。皆さん、色々とありがとうございました!」

「また明日ね」

礼を言ってミクロについて行くベルに手を軽く振るうフール。

ミクロはベルに本拠(ホーム)内を案内して最後にこれからベルが使う部屋を案内する。

「ここがベルの部屋。何か必要な物があったらセシシャに言って」

「はい」

これから使う自分の部屋。

使うには勿体ないと思える程綺麗な部屋にベルは嬉しさ半分と申し訳なさ半分だった。

「明日はギルドに登録を済ませたりベルの装備を整えるから昼までには起きてくれ」

「わかりました」

「お休み、ベル」

「お休みなさい」

部屋から去って行くミクロにベルはもう一度自分の部屋を見渡してベッドに寝転ぶ。

「わ、僕が使っていたベッドより柔らかい」

そんな感想を口にしながらベルは窓の外から差す月日を眺める。

「おじいちゃん。僕、冒険者になったよ」

今は亡き祖父を思い出しながらベルは疲れが溜まっていたせいかすぐに眠りについた。

 

 



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New02話

ベルが【アグライア・ファミリア】に入団して皆から歓迎された次の日の朝、ベルは昨日早く寝てしまったせいかまだ外は薄暗い時間帯に目を覚ましてしまった。

「早く起き過ぎた……」

二度寝しようと思ってベッドに寝転がるが意識はしっかりと覚醒してしまっている。

どうしようかと悩むベルは気分転換すればまた眠くなるかもと思い、部屋の外に出る。

入団したばかりでまだ慣れない廊下を歩いていると声が聞こえてその方に足を動かす。

「何だろう?こんな時間に誰か起きているのかな?」

そう思って声がする方に足を動かしていくとだんだん声がはっきりと聞こえてきて中庭の方に足を運ぶとそこにはミクロとセシルが模擬戦を行っていた。

いや、模擬戦というよりもミクロの一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)のように見えたベルは顔が引きつく。

大鎌を振るうセシルにミクロはセシルの脚を蹴って地面に倒す。

「セシル。足もと不注意」

「はい!もう一度お願いします!」

再び模擬戦を再開する二人を見てこれが冒険者の訓練なんだと思い、ベルは二人を見入ってしまうとミクロがベルの視線に気づいてセシルの大鎌を掴んで止めてベルの方に視線を向ける。

「ベル。おはよう」

「あ、お、おはようございます!団長!セシルさん!」

「うん、おはよう」

二人に近寄ってベルは申し訳なさそうに二人に謝罪する。

「す、すみません、お二人の訓練の邪魔をしてしまって」

「問題ない」

「気にしなくてもいいよ。こんな朝早くからするのは私とお師匠様ぐらいだしね」

全く気にしていない二人だが、ベルはそれでも申し訳がないと思っているとミクロがベルに問いかけた。

「ベルは武器は何を使うつもりなんだ?」

「えっと、ナイフにしようと思っています。初心者でも扱いやすいと聞いて」

「戦ったことは?」

「えっと、ありません……」

「わかった」

ベルの言葉に頷くミクロを見てセシルは察した。

「…お師匠様、つかぬ事お聞きしますがベルをどうなさるおつもりで?」

「どうもしない。戦い方をどう教えようか考えているだけ」

その言葉にセシルは遠い眼でまだ薄暗い空を眺める。

そして心の中でベルを応援する。

「ベルも一緒に訓練する?」

「え、いいんですか?僕なんかが参加しても」

「問題ない。ナイフを使うつもりなら俺が適任だろうし一人増えても問題ない」

戦い方を教える前に今のベルの長所と短所を見つけておきたいという本音を伏せてミクロはベルも朝の訓練に参加させることにした。

「じゃ、まずは俺と戦おう。これを使って」

「ええええええええっ!!い、いきなり団長と戦えないですよ!?」

ナイフを手渡して模擬戦をしようとするミクロだがいきなりミクロと模擬戦をすることにベルは驚愕の声を上げた。

「まずはベルの実力を見るには相手をした方がよくわかる。難しく考える必要はない」

ナイフを渡して少し距離を取るミクロにベルはナイフを握り締めてミクロに視線を向ける。

「遠慮はいらないから全力で来い」

「………わかりました」

ナイフを逆手に持って構えるベルを見て本当に戦ったことがないとすぐに判断できた。

隙だらけで自分の間合いも作れていない。

今のままダンジョンに連れて行ってら危ないかもしれないと思っているとベルがナイフを持って向かってくる。

だが、動きも雑で隙だらけな上に攻撃手段がナイフだけ。

技も駆け引きもない。

更に言わせれば視野が狭く、間合いもバラバラ。

変に警戒しているのか弱腰になっている。

「こんのっ!」

掛け声とともに一閃するがミクロはあっさりと躱す。

なるほどと判断して今度はベルの防御、回避力を確認するべく攻撃する。

手加減はした状態でもベルは回避も防御も上手くできずに何回も地面に寝転がる。

「うぅ…」

地面に倒れて立ち上がろうとするベルにミクロは待ちながら痛みにも慣れていないことも把握する。

「休む?」

だいたいのベルの実力を把握したミクロはベルの様子を見て一休憩するか声をかける。

「もう一度、お願いします!」

「わかった」

だが、ベルは続けることを選んだ。

それに応えるようにミクロは再び相手をする。

結局ベルが動けなくなるまで続けた。

動けなくなったベルを見てセシルはいつもこんな感じで気を失っているんだなと感慨深く頷いていた。

「大丈夫、じゃないよね」

「……もう、動けません………」

地面に上向きで転がるベルにセシルは苦笑する。

倒れているベルをミクロは担いで食堂まで運ぶ。

「そろそろ朝食だから行くぞ」

「はい」

「……はい」

ミクロに背負わられてベルは食堂まで運ばれると椅子に座らせられる。

「セシル。ベルの分の食事も持って来て」

「はい」

ベルの分の食事もセシルに運んでもらいミクロは椅子に座る。

「……セシルさんは毎朝団長と訓練しているんですか?」

「うん。基本的には毎朝行っている」

ベルの問いにミクロは当然のように答えるとミクロがベルに昨日のことについて確認を取る。

「ベル。今日は昨日言った通りまずはギルドで登録を終わらせてからベルの装備を整えに行く」

「はい」

「装備を整えたらベルはしばらくは鍛えてもらう。ベルはダンジョンに関する知識はどれぐらいある?」

「……すみません、殆どわかりません」

「わかった。なら、勉強も必要だな」

着々とベルのスケジュールを決めていくミクロはベルに告げる。

「今のベルは弱い。だからまずは鍛えてからダンジョンに向かって欲しい。ダンジョンはいつどこで命を落とすかわからない。だから最低でもモンスターから逃げるだけの力はつけて欲しい」

「……はい」

『弱い』という言葉に胸を抉られる。

「今は弱くてもいい。これからが大事。強くなれるかはベル次第だけど何かあれば俺達の誰でもいいから頼れ。家族に遠慮は無用だ」

告げられたその言葉にベルは一瞬目を見開く。

「はい。僕、頑張ります!」

「頑張れ」

ミクロにとってベルはもう大事な仲間であり家族。

だからベルに何かあれば助けるのは当然であってベルはミクロが自分の事を家族だと認められていたことが嬉しかった。

「ベル~、朝ごはん食べれる?」

「あ、すみません!セシルさん!自分で運びます!」

ミクロの分を含めた三人分の食事を運んでくるセシルを見てベルは自分の分ぐらいは持とうと動く。

それから食事を終わらせてミクロ、セシル、ベルの三人でギルドに向かった。

「あの、団長。僕なんかの装備を買うのに時間を使ってしまってよろしいのですか?」

「問題ない。大抵の仕事は終わらせている」

仕事はしっかりと終わらせてベルの装備を買うのに付き合っている。

「ベル。下手に気を遣う必要はないよ。あと、私の事は呼び捨てでいいよ。敬語もいらない」

「えっと、セシル……でいいの?」

「うん、それでお願い」

異性を呼び捨てにすることに慣れていないベルはおどおどしながら確認するとセシルは微笑を浮かべて頷く。

中央広場(セントラルパーク)を通り過ぎてギルドに到着するとミクロは一人のハーフエルフの女性職員に声をかける。

「エイナ。手続きをお願い」

「イヤロス氏。今日はどのような手続きを?」

「新人の登録」

ベルを指すミクロにギルド受付嬢であるエイナ・チュールは瞳を盛大に輝かせているベルに視線を向ける。

「は、初めまして!昨日【アグライア・ファミリア】に入団しましたベル・クラネルと言います!」

緊張気味に挨拶するベルを見てエイナは小さく笑った。

「新人の登録ですね。かしこまりました。では、こちらの書類にサインを」

「ベル。サイン」

「はい!」

書類にサインをするベルを終始微笑ましく見守るエイナにベルは書類をエイナに渡す。

「はい、確かに。えっと、ベル君でいいかな?」

「はい、大丈夫です」

「私のお節介かもしれないけどダンジョンはとても危険なところなの。だから、冒険者は冒険しちゃいけない」

真剣な表情で告げるエイナにベルは唖然とする。

「安全を第一に。生きて帰ることだけを考えてね」

「はい」

エイナの忠告にベルは心に留めておこうと思った。

少しばかりお節介を焼いたことに気付いたエイナは咳払いをする。

「うん、それじゃ、今日から私がベル君のダンジョン攻略のアドバイザーとして監督するから。イヤロス氏もよろしいでしょうか?」

「問題ない」

「僕からもお願いします!」

「うん。改めてよろしくね、ベル君。手続きはすぐに終わるから待っていてくれるかな?」

「はい!」

書類を持って奥に行くエイナを待つこと数分後に手続きが完了した。

これでベルは正式に【アグライア・ファミリア】の一員になった。

登録を終わらせたミクロ達は次にベルの装備を買う為にバベルにある【ヘファイストス・ファミリア】の武器・防具店フロアに足を運ぶ。

「うわぁ……」

数多くの武具に瞳を輝かせるベルだが、すぐに自分の懐具合に気が付いた。

「あ、あの、団長……実は僕手持ちが」

「問題ない。俺が出すから好きな物持って来て」

「え、そんな悪いですよ!」

「ベル。お師匠様の好意に素直に甘えた方がいいよ」

申し訳ないと思ったベルだがセシルの言葉に言葉を詰まらせるベルは素直に好意に甘えることにした。

「取りあえず個々で探して一時間後にここに集合」

「はい」

「わかりました」

ここで別れてベルに合う武具を探し始める三人。

ミクロは適当にナイフや短刀などベルに合うものを物色する。

だけど、時に片手剣なども見てみた。

ベルの力量を見てベルは足腰は強かった為、自分を軸にして戦う迎撃スタイルなども想定して武器を見る。

それから『敏捷』を活かした一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)か。

どちらにしろどのような戦闘スタイルにするかはベル自身に決めさせる。

色々な武具を見て回っているとミクロは一本の両刃短剣(バゼラード)に視線を向けた。

実戦的なのか装飾が全く施されていない無骨なものだが、手に取ってみると予想より軽く、持つ手にも抵抗が殆どないことからミクロはこれを選んだ。

値札のところに三〇万ヴァリスと記されていたが特に気にせずそれを持って集合場所に集まる。

「あ、お師匠様」

「団長」

集合場所には既に二人がミクロを待っていた。

そして、それぞれの選んだものを見せ合う。

「私はこれです」

セシルは持ってきたボックスの中身を二人に見せた。

「ベルは重装備よりも軽装で動き回る方が合っていると思って軽装を選んでみました。どうかな?ベル」

「はい、僕もこれがいいです!」

気に入ったのか嬉しそうに何度も頷くベルにセシルは安堵するように息を吐く。

「ベルは?」

「えっと、僕はこれです」

ベルが二人に見せたのは白いナイフ。

「ええっと、何となく気に入りまして……ダメですか?」

「ベルが選んだものに文句を言うつもりはない」

「ベルが使うんだから良いと思うよ」

気に入ったという理由で選んだベルだがミクロ達はそれに関して特に問題はなく最後にミクロは持ってきた両刃短剣(バゼラード)も含めて纏めて買った。

「団長、セシル。今日は本当にありがとうございました」

「問題ない」

「どういたしまして」

本拠(ホーム)に帰還中にベルが二人に礼を言う。

「明日からは訓練の時でもそれを着て始めるから朝は今日と同じぐらいに起きて中庭に来て」

「はい!」

装備を買って貰い明日からの訓練に気合を入れるベルは気付かなかった。

セシルが憐みの眼差しを向けていることに。

 

 

 



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New03話

まだ薄暗い時間帯にベルは今日から始まる訓練に気合を入れていた。

「始めようか」

「はい!ご教授お願いします!」

軽装を身に纏って腰には昨日買って貰ったばかりの白いナイフと両刃短剣(バゼラード)を装備しているベル。

見た目だけなら冒険者らしくなったベルだが今日から本当の冒険者になる為に訓練が始まった。

「よろしく」

「あの、僕はこれから何をすればいいんですか?」

「ベルは戦うことに関して全部足りないからまずは戦うことに慣れてもらう為にセシルと模擬戦をする。セシル」

「はい!ベル、構えて」

「え、は、はい!」

大鎌を構えるセシルにベルも急いでナイフを持つ。

大鎌を武器にするセシルにベルは大鎌に警戒して距離を取ろうと後退りする。

「いくよ」

どう大鎌が襲いかかってくるか身構えるベルにセシルは柄でベルの腹部を攻撃した。

「がっ!?」

突然の腹部の衝撃に吹き飛ばされるベルは地面に転がり、腹部を押さえる。

「けは、かふ」

せき込むベルにミクロは告げる。

「ベルは今、セシルの鎌の部分しか見ていなかっただろう?だから柄で攻撃を受けてしまう。それにベルの武器は近距離に対してセシルの武器は中距離に位置する。下がればベルの攻撃範囲が無くなり、セシルに優位な攻撃が可能としてしまう」

ベルの注意点を告げてミクロは次に改善点をベルに伝える。

「武器だけじゃなく相手の全体を見る事。恐れずに前へ踏み出すこと。後は痛みに慣れること。朝の訓練は取りあえずはそれぐらいにする」

一度に全部は覚えるのは不可能の為ミクロは朝の訓練は主に三つに止めることにした。

「視野を広く持つこと。自分の間合いを作ること。痛みに慣れること。戦いにおいてこれは基礎的なことだからまずはこれを体で覚えてもらう」

「……は、い」

腹部を押さえながら立ち上がるベルは辛うじて返事をして得物を構える。

「セシルに一撃当てることが出来ればこの課題はクリアだから頑張れ」

「はい!」

強くなる為に気合を入れ直すベルに対してセシルは気付いていた。

この課題はクリアということはベルがセシルに一撃入れることが出来たら今度はミクロがベルと模擬戦をすることに。

そして、自分のように毎日気絶させられるということに。

だけど、手を抜くほどセシルは優しくもなければ無礼ではない。

本気で強くなろうとしているベルに一切手を抜かずに戦う。

「行きます!」

「いいよ!」

駆け出すベルにセシルも大鎌を構えて迎撃する。

結局その日はベルは一撃どころかセシルをその場から動かすことさえできなかった。

 

 

 

朝の訓練が終わって朝食を取ったらベルは今度は書庫に足を運ぶ。

「では、僭越ながら私がクラネルさんを教授させて頂きます」

「よろしくお願いします、リューさん」

午前中はリューがベルにダンジョンやそれ以外に関することを教えることになった。

「知識があるないでは生存率は大きく変わります。クラネルさんにはしっかりと知識を蓄えて頂く予定ですので覚悟してください」

「はい」

リューの言葉に素直に頷くベル。

「では、まずは基本的なことから始めましょう。クラネルさんは【アビリティ】には二種類あることはご存じですか?」

「えっと、わかりません……」

基礎的なこともわからない自分の無知に落ち込むがリューは励ましの言葉を送る。

「落ち込む必要はありません。わからないのであればこれから知っていけばいい。クラネルさん、無知は恥ではありません。ミクロも初めは貴方以上に物事を知らなかったのですから」

「え、団長がですが?」

ベルにとってミクロは何でも完璧にこなせる人という美化した存在だった為今のリューの言葉は驚いた。

「事情が事情なだけあって仕方はありませんでしたが間違いなくあの頃のミクロとクラネルさんと比べればミクロの方が無知でした。ですが、ミクロはしっかりと勉強して今では教えた私以上に賢くなりましたよ」

ベルにミクロに物事を教えていた頃を思い出して微笑するリューの顔を見て顔を赤くした。

「ですので何も問題はありません。これからしっかりと私達が教えますのでそこから学んでください」

「はい!」

素直に返答するベルに好感を持つリューは先ほどの【アビリティ】のことについて説明を始める。

「まず【アビリティ】には【基本アビリティ】と【発展アビリティ】が存在しています。【基本アビリティ】は『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の五項目あります。【経験値(エクセリア)】を得ることで強化して簡単に言えば強くなれます。それに対して【発展アビリティ】はLv.が上がる際に任意発現可能な【アビリティ】です。それまでに獲得した【経験値(エクセリア)】の傾向次第で特殊的(スペシャル)専門職(プロフェッション)の能力傾向します」

「あの、具体的にはどのようになるのですか?」

「そうですね……」

どうわかりやすく説明しようかと思考を働かせているとリューは一度書庫から離れて『ヴァルシェー』を持ってきた。

「それは?」

「これはミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)です。見ていてください」

リューは『ヴァルシェー』を持つと本棚にある本が宙を浮き始めて動き出す。

その光景を見たベルは驚愕した。

「このように【発展アビリティ】で得た力によって特殊な能力を発現します。これはオラリオでも五人もいない『神秘』の【発展アビリティ】を発現した者にしか作製することが出来ない魔道具(マジックアイテム)です」

「す、凄い……」

素直な感想を告げるベルにリューは本を元に戻す。

「団長はその稀少な【発展アビリティ】を発現しているんですね」

「はい。クラネルさんもLv.が上がれば何か発現するはずですがこれはまだ先の事なのでまずはもう片方の【基本アビリティ】の事について詳しく説明します」

「はい」

リューの教えを真面目に聞いて用紙にそれを纏めていくベル。

真面目にそして素直に学んでいくベルにリューも教えがいがあった。

 

 

 

「んじゃ、あたしからは体術を教えるけど生憎とあたしは人にものを教えたことはないから文句があればすぐに止めな」

「は、はい」

昼食を終わらせるとベルはリュコスから体術を習う為に中庭に来ていた。

きつめに話すリュコスにベルは少し怯える。

「リーチが短いナイフや短剣だとどうしても距離を詰めないといけないからね。そこに体術を身に付ければ攻撃の幅も広がる。逆に言えば近づくことが出来なければ何もできやしない」

構えるリュコスにベルも真似るように構える。

「あたしとの戦いの中であたしの動きを真似てそこから自分が使いやすい体術を考えな」

「はい!」

返答と同時にリュコスの鋭い蹴りがベルに炸裂してベルは壁まで蹴り飛ばされた。

「あ、わるい……」

手加減し損ねたリュコスはベルに謝罪するがその時にはベルの意識は途絶えていた。

それからしばらくして目を覚ましたベルにリュコスはバツ悪そうに謝罪してベルは笑いながら許した。

「次は手加減してみせる」

「お、お願いします……」

もう一度一から始める二人。

「フッ!」

今度は確実に手加減した蹴りを放つリュコスの一撃をベルは直撃。

だが、今度は気絶することなかったがそれでも痛みが全身を襲う。

「うっ」

「呻く暇があったら攻撃してきな!」

蹴り主体で攻撃を繰り出すリュコスにベルは防戦一方。

「敵は待ってはくれない!痛みに耐えながらも前に出て攻撃しな!」

「う、ぐ…はい……」

体術を覚えるべくリュコスと模擬戦を行うがリュコスの激しい攻撃に終始ベルは防戦を強いられたままだった。

「ま、最初はそんなもんさ」

動けなくなったベルの首根っこを持って持ち上げて食堂まで連れて行くリュコス。

朝は戦うことに慣れさせ、午前中は勉強、午後は体術。

夜はしっかりと休ませる為に訓練は無しになっているベルだが今日一日の訓練が終えたベルは夕食を食べる気力がなかった。

「ベル、大丈夫?」

「セシル………」

テーブルに突っ伏しているベルを見てセシルが心配そうに声をかける。

「やっぱり訓練は厳しかった?」

あれでも大分手加減されているとは口に出さずにセシルはベルにそう尋ねるとベルは首を横に振る。

「ううん、それもあるけど違うんだ。今の僕に必要なことを団長達は教えてくれているのはわかってるんだ。だけど、ちゃんと身に付けられるか不安で……」

訓練がきついのは本当だが、ベルはそれ以上に教わったことをちゃんと身に着けて行けるのかが不安だった。

「大丈夫だよ。私も才能はないけどちゃんと【ランクアップ】できたんだからベルも努力すれば強くなれるよ」

「……ありがとう」

励まそうとするセシルにこれ以上迷惑をかけさせないように礼を言うベルだが不安は消えていない。

セシルもかつては自分が通った道だからベルの不安がよくわかる。

だけど、どう励ませばいいのかわからなかった。

「落ち込んでいるね~ベル君~」

「アイカお姉ちゃん」

セシルの後ろから抱き着いて来たアイカはセシルの肩に顎を置いてベルに言う。

「でもね~ベル君。落ち込むのはまだ早いよ~。だって今日一日でそんなに変わる訳じゃないんだからね~」

「アイカさん……」

「だから~少なくとも数日は頑張ってみてから落ち込ばいいよ~。その時は私が慰めてあげるからね~」

のんびりとした口調でそう告げるアイカにベルの瞳から不安は取り消された。

「……そうですよね。まだ始まったばかりですしもう少し頑張ってみます」

「うん、頑張ってね~」

微笑みながら応援するアイカにセシルは相変わらず凄いと思ってしまう。

下手な励ましよりも効果的な言葉を述べるアイカは本当に人を良く見ている。

「でも~ベル君も男の子だね~。ダンジョンで異性との出会いを求めるなんて普通は思わないよ~」

「え」

「え?」

笑顔のまま唐突にそう告げるアイカに二人は唖然する。

ベルはどうしてそのことをと内心で焦るがアイカは笑みを浮かべたままベルに言う。

「ふふ、わかりやすいね~ベル君は~」

ダンジョンに出会いを求めているベルの心をアイカは平然と見破ったことにベルは昨日リオグが言っていたことを思い出した。

アイカは鋭いから嘘はつけないと言っていたことを思い出したベルはこの人は心根も見抜けるほどそれこそ神を相手にしているかのように嘘はつけないのかと思った。

「流石に神ほどじゃないよ~」

笑顔のまま平然と考えていることを見抜いたアイカにベルは頬を引きつかせた。

セシルは二人のやり取りを見て呆れるように息を吐くしかなかった。



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New04話

ベルの訓練が始まって早一週間が経過してベルは最低限の戦う為の実力がついてきた。

まだまだ粗削りだけど、愚直なまでに真っ直ぐに教わったことを身につけている。

「ベル。今日はダンジョンに潜るから」

そんなベルにミクロは新しい訓練を行うべく朝食の時のベルにそう言った。

「え、ダンジョンにですか?」

唐突にダンジョンに向かうように言われたベルは茫然としながらも聞き返すとミクロは頷いて応える。

「唐突だね~ミクロ君」

微笑みながらミクロに朝食を食べさせるアイカは微笑みながら視線をベルに向ける。

「ベル君も祈ってるよ~可愛い子と会えるといいね~」

「ア、アイカさん!!」

からかいの言葉にベルは声を高くはねさせる。

前にアイカに異性に出会いを求めているベルの願望というより欲望を見抜いたアイカは時折ベルをからかっている。

クスクスと小さく笑いながら可愛いベルの反応を楽しんでいる。

「……ベル」

その時、たまたま一緒にいたセシルは軽く肩を竦める。

冒険者にはそれぞれ冒険する理由がある。

だが、それが異性と出会う為に冒険者になるのなんてベルくらいなものだろう。

「僕がしたいのは運命の出会いがしたいんです!英雄譚に出てくるような!」

「それで~女の子をたくさん囲ってハーレムかな~?」

「ハ、ハーレムは男の浪漫なんです!男に生まれたら目指さなきゃいけないもので、昔の英雄達だって……」

頬を赤くしながら熱く語り出すベルにアイカは微笑みながら聞いて、セシルは呆れるように息を吐く。

ミクロは特に気にせず朝食を進める。

周囲にいる団員達も純粋なのにハーレムなど目指しているベルを微笑ましく見守っている。

ベルがどういう人かこの一週間でわかり始めてきた団員達はベルがハーレムなどを目指しているその原因はベルの話の中に出てくる祖父が原因だった。

そうでなければこんなちくはぐな人物にはなってはいないだろう。

だけど、そんなベルも非常に面白いので団員達は何も言わず暖かくベルを見守ることにしていた。

そして団員達はもう一つ、既にハーレムを作っているミクロをお手本にでもしたらいいのでは?と思っていたがそれを口に出すのは無粋と思い胸に留める。

「その時、祖父も言ってたんです。男が女の子と出会ってこそ本懐を遂げる、って。だから僕は………」

未だに熱弁を振るい続けているベルは後程、朝からそれも食堂でハーレムについて熱弁したことに羞恥心が迸り顔を真っ赤にして食堂から去って行った。

 

 

 

「うぅぅぅぅ………」

項垂れながらミクロと共にダンジョンに向かって歩いているベルはまだ朝の出来事を思い出すだけで恥ずかしかった。

「朝から僕はなんてことを……」

祖父から教わった男の浪漫であるハーレムを朝からそれも他の団員達もいる前で熱く語った。

正気になって周囲を見渡した時の団員達の生暖かい眼差しが嫌に心に響いた。

「ベル、行くぞ」

「は、はい!」

ミクロに手を引かれながらダンジョンに到着したベルは初めて来たダンジョンに視線をあちこちに動かす。

「ここがダンジョン……」

ベルにとってこれが始めてのダンジョン探索。

ミクロと共に奥に進んでいくと前方で歩いていたミクロが足を止めた。

「ベル。三〇(メドル)先にゴブリンが三体。あいつらを倒せ」

「え、いきなり三体同時ですが!?無理ですよ!?」

ゴブリンを倒してこいというミクロの言葉に首を横に激しく振るうベル。

いくらダンジョン最弱のモンスターといえどいきなり三体同時は無理。

「ダンジョンでは一対一なんてほぼない。今のベルならゴブリンを複数相手しても問題はない」

ダンジョンでは複数対一が基本的で一対一など本当に稀にしかない。

それに最低限とはいえ戦う為の実力を身に着けている今のベルでも少なくとも一、二階層のモンスター相手に出遅れることはないと踏んでいる。

「今までは一対一で訓練を行ってきたが今回からはダンジョンで複数対一に慣れてもらう。常に周囲に気を配ることを忘れるな」

小石を拾ってゴブリンに向かって投擲するとゴブリンはミクロ達の存在に気付いて向かってくるとベルは慌ててナイフと両刃短剣(バゼラード)を抜いた。

やってやるとはんばヤケクソになりながらも身構えるベル。

『ギィィ!』

「っ!?」

「……ベル?」

ゴブリンの雄叫びを聞いた時突然ベルの身体が震え始める。

足が震えて歯をガチガチ鳴らすベルは石になったかのように動かない。

迫ってくるゴブリンにミクロは鎖分銅を取り出してゴブリンたちを瞬殺するとベルはその場で尻もちをつく。

「ベル、どうした?」

「ご、ごめんなさい……」

どうしたのかと尋ねるミクロにベルは謝罪するとミクロに語った。

ベルは小さい頃にゴブリンに殺されかけたことがあった。

そのせいかゴブリンの声を聞いてその時のことを思い出して恐怖で体が動けなくなった。

「なるほど」

ベルの事情を聞いたミクロは小さく頷いた。

だけど、これからの事を考えればゴブリン程度倒せるようにならないといけない。

その為にはまずはベルのその心の傷(トラウマ)を克服させなければならない。

「ベル、俺達は家族だ。だから助け合うのは当然だと俺は思っている。でも、今のベルは誰も助けることも守ることもできない」

淡々と告げられるその言葉にベルの心に深く突き刺さる。

その通りだと自分でもそう思っているからだ。

ゴブリン一体も倒せれないで強くなんかなれない。

強くなければ誰も助けることも守ることも出来ない。

「俺は団長して俺個人として後ろに守るべき仲間がいるなら俺は全力で仲間を守る」

「……団長」

はっきりとそう言えるミクロにベルは羨ましかった。

それだけの実力を持っているミクロだから言えるその言葉。

ベルが持っていないものをミクロは全て持っている。

「でも、俺一人で出来る事なんて限られている。いくら強くても一人ではできないことがある。だけど、それを埋めてくれるのが仲間(ファミリア)だ」

ミクロは尻もちをついているベルに手を差し伸ばす。

「だからベル、早く強くなって俺や仲間を守って欲しい。そして一緒に冒険しよう。それまでは俺達でお前を守るから」

「僕が団長や皆を……」

「ああ、俺もまだまだだから一緒に頑張って強くなろう」

「はい!」

ベルは差し出されたミクロの手を握って立ち上がる。

そして、訓練は再開されて今度は二体のゴブリンが向かってきた。

「行きます……」

「頑張れ」

ナイフと両刃短剣(バゼラード)を構えるベルは一気に駆け出して一体のゴブリンを蹴り飛ばした。

『ギィィィ!?』

「フッ!」

爪で攻撃してくるゴブリンよりも早くベルが両刃短剣(バゼラード)でゴブリンの首を切り裂いて蹴り飛ばしたゴブリンに向かって跳躍してナイフで頭を突き刺す。

「や、やった……」

ゴブリンを倒せれたことに喜ぶベルは視線をミクロに向けるとミクロは頷く。

「よくやった」

「はい!」

嬉しそうに喜ぶベルにミクロも嬉しかった。

「これなら下の階層に進んでも問題ないな」

「……え?」

この先に進んでも問題がないことが知れて。

「こういうのはさっさと慣れた方がいいから」

さー、と顔の表情が青くなるベルの背後に瞬時に移動したミクロは首根っこを掴んで下の階層に向かう。

「セシルもこうやって強くなってきたから大丈夫。取りあえずは死ぬ直前まで頑張ってみようか」

首根っこを掴まれて引きずられていくベルは先程とは違う恐怖で体が動けなかった。

ああ、僕、今日死ぬんだ……。

悟りを得たかのように天井を見上げるベル。

それからしばらくしてダンジョン内で泣き叫びながらも生きる為に必死に武器を振るってモンスターを倒していくベルとそれを遠くから見守るミクロ。

動けなくなるまで戦い続けさせられたベルは本拠(ホーム)に帰還すると団員達から同情の眼差しが向けられていたがそれを気にする余裕はベルにはなかった。

そんなベルにミクロは告げる。

「明日も同じように訓練するから」

その言葉を聞いたベルは意識を手放した。



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New05話

ミクロは執務室で書類の山を目に通している。

今日はベルと一緒にダンジョンに潜るほどの余裕がないほど今ある書類を終わらせなけれなならなかった。

派閥の総務を行うミクロは書類に目を通して羽ペンを動かしては署名(サイン)を書き付けていく。

団長として終わらせなければいけない雑務を淡々と終わらせていきながらミクロは呟く。

「ベルは無事かな……」

ベルが【アグライア・ファミリア】に入団して早半月が経過していた。

毎朝の訓練とダンジョンで泣き叫びながらも必死になってモンスターを倒していたベルだが、まだまだ心配ごとが多い。

今のベルの実力的なら単独(ソロ)五階層までなら問題なく進むことができる。

そんなベルが今日は初めての単独(ソロ)

本来なら安全面も考慮してセシルを連れて行こうと思っていたが先にアイカに捕まって今はアイカと共に買い出しに行っている。

「まぁ、問題はないか……」

いくらベルでもむやみやたらに下の階層に行くことはないだろうし、万が一に行ったとしてもベルの脚ならいざという時に逃げられる。

ベルの脚に追いつこうとするならそれは中層クラスのモンスターでなければ不可能で上層、それも五階層に中層のモンスターなんて現れる事なんてない。

「さて、早くこれを終わらせないと」

ミクロは書類を終わらせるべく羽ペンを動かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

「ほぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?」

問題ないと思っていたミクロの考えを裏切るかのようにベルはモンスターに追われていた。

それも『ミノタウロス』に。

「な、なんで五階層にミノタウロスがッッ!?」

中層のモンスター『ミノタウロス』が五階層に出現してベルは追われていた。

ベルは今日は初めての単独(ソロ)探索。

日頃から団長であるミクロの酷烈(スパルタ)に心を折られながらも今日まで生きてきたベルだが、その命運も今日で終わってしまうのかもしれない。

追いかけてきているミノタウロスに。

いつもならミクロと共にダンジョンに潜っているベルだが、今日は最悪なことに頼れるミクロはいない。

今も執務室で書類という敵と戦っている。

Lv.1のベルの攻撃では一切のダメージを与えることが出来ないミノタウロス相手にベルは全力疾走で逃げていた。

ミクロの酷烈(スパルタ)のおかげなのかベルはまだ生きている。

今になってベルはミクロに感謝した。

まだ生きている事に。

「げっ!?」

だが、それもここまで。

ベルは正方形の空間の隅に追い込まれてしまった。

逃げ道はないベルは唾を飲み込んでナイフと両刃短剣(バゼラード)を抜いてミノタウロスと向かい合う。

「もうこうなったら戦ってやる!!」

追い詰められるのは日頃からミクロの酷烈(スパルタ)で慣れているベルははんばヤケクソ気味に叫ぶ。

自分よりも圧倒的に強いミノタウロス相手にベルは駆け出した。

『ヴゥムゥンッ!!』

襲いかかってくるミノタウロスの拳に辛うじて回避。

「やっ!!」

ベルはミノタウロスの目を狙う。

いくら体が硬いモンスターでも目だけは違う。

入れば確実なダメージを与えることが出来るとミクロに狙っていたベルは迷うことなくミノタウロスの目を狙った。

「ッ!?」

だが、ミノタウロスは角でベルのナイフを防いだ。

ベルの狙いは悪くはなかった。

だが、一つミスをした。

目を狙うのは確かに効果的ではあったがモンスターだってそれを知っている。

ベルは焦りのあまり狙うタイミングを誤ってしまった。

目を狙うなら相手の隙を突いたり、フェイントを行使して多少なり相手が油断している間に狙える場所。

それをベルは焦りの余り単純に真っ先に目を狙ってしまった。

いくらミノタウロスでもそんなわかりやすい攻撃を防げないわけがなかった。

「うぐっ!!」

ミノタウロスの腕がベルの直撃してベルは壁に叩きつけられる。

咄嗟に両腕を交差して防御できたのはミクロの酷烈(スパルタ)のおかげ。

でも、それも自分の寿命が数秒先送りにできただけ。

歩み寄ってくるミノタウロスに死んでしまったとそう思った時。

ミノタウロスの胴体に一線が走った。

「え?」

『ヴぉ?』

ベルとミノタウロスの間抜けな声。

走り出した線は胴だけでにとどまらず、体中に切り刻まれてミノタウロスはただの肉塊になり下がる。

『グブゥ!?ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオォォォォオォ―――――!?』

断末魔が響き渡る。

大量の血のシャワーを浴びるように血飛沫を頭から浴びるベル。

「………大丈夫ですか?」

蒼い装備に身を包んだ、金髪金眼の女剣士。

名を聞かなくても見れば誰だろうとわかってしまう。

【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

アイズを見てベルは気を失ってしまった。

先程のミノタウロスの一撃で損傷(ダメージ)を受け、それ以前に逃げ回って体力を疲弊させてミノタウロスが倒れたことに緊張の糸が切れてしまったベル。

「……どうしよう」

突然気を失ったベルにアイズは困惑する。

ミノタウロスが五階層にいるのも元々は【ロキ・ファミリア】の不手際のせい。

死んではいないが被害を出してしまったアイズは取りあえずはどこの【ファミリア】に所属しているのかエンブレムを確かめる。

「この子……」

エンブレムを見てベルがどこに所属している【ファミリア】か判明できたアイズは謝らないといけないと思った。

「おい、アイズ。そんなところで何してんだ?ああ、誰だそいつ?」

後ろから姿を現したベートはベルに視線を向けると舌打ちしてベルを肩で担いだ。

「取りあえずはフィンのところに行くぞ。こいつをどうするかはその後だ」

「……はい」

担がれたベルに一度視線を向けるアイズ。

「………」

アイズの懐かしい記憶が蘇る。

「あれ……?僕は………」

「気が付きましたか?」

気を失ってすぐに意識が覚醒したベル。

日頃からよく気を失っているせいか目覚めるのも早かった。

意識が戻ったベルにアイズは顔を覗き込むように見るとベルは一瞬で顔を真っ赤にした。

 

 

 

 

 

 

一方でミクロはようやく山のようにあった雑務を終わらせていた。

「お疲れ様~ミクロ君」

「ありがとう」

雑務を終わらせたミクロに飲み物を手渡すアイカ。

一息入れるかのように休憩を取るミクロと休憩しているミクロを微笑ましく眺めているアイカ。

すると、廊下からドドドドドドドと慌ただしい足元が執務室に向かって近づいて来ていた。

「団長!!アイズ・ヴァレンシュタインさんに勝ったって本当ですか!?」

執務室の扉を勢いよく開けたのはベルだった。

「取りあえず落ち着け」

慌ただしいベルに落ち着くように言うミクロだが、落ち着こうにも興奮しているベルがそう簡単には落ち着けれるはずがない。

アイカはベルに近づいてベルの頭を持って自身の胸元に押し付ける。

「――――――――っ!!―――――っ!!」

「ほらほら~落ち着いてね~」

頭をしっかりと固定されたベルはアイカに胸元で叫び声らしきものを上げているが二人は聞く耳持たずベルが落ち着くのを待っていた。

少しして体の力が抜けたベルは解放されたがアイカの胸が柔らかったことは胸にしまっておいた。

「で、アイズがどうした?」

落ち着いたベルを見計らってミクロは尋ねるとベルは事の経緯をミクロに話した。

ダンジョンの五階層でミノタウロスと遭遇(エンカウント)してアイズに助けられた。

ギルドで働いているエイナからミクロはアイズに勝ったことがあると聞いて慌てて帰って来た。

そして現在に至る。

「勝った。アイズとは二度戦って二回とも勝ったがもう一年以上前のことだ。それにどちらもギリギリで勝ったから次に勝てる保証はない」

謙遜抜きでそう言うミクロ。

少なくとも剣の腕は間違いなくアイズの方が上。

前回の戦いでは防ぐことが出来たがまた防げるかどうかはわからない。

「ア、アイズ……。だ、団長はアイズ・ヴァレンシュタインさんと親しい関係なのですか!?も、もしかして付き合っているとかは……!?」

「突き合う?突き合ったことはある」

戦った時に何度もアイズの連撃に体を貫かれそうになったことを思い出しながら何故それをベルが知っているのかわからなかった。

「こ、恋人同士だったんですか!?」

「違う。友達」

ばっさりと言い切ったミクロにベルは安堵する。

「アイズ達が五階層にいるということは遠征から戻ってきたのか」

二週間前に【ロキ・ファミリア】は遠征に行っていたことは知っていたがベルの話を聞いて帰ってきたことがわかった。

そこでミクロはベルに尋ねた。

「それよりもベル、お前アイズに助けてくれた礼は言ったのか?」

その言葉を聞いたベルは空いた口がふさがらなかった。

「ど、ど、どどうしよう!?」

助けてくれた礼を言うどころか逃げ出してしまったことにようやく自覚したベルは慌てふためく。

それを見たミクロはベルに告げる。

「じゃ、明日にでも会いに行くからついて来い」

【ロキ・ファミリア】の打ち上げ場所でよく行っている『豊穣の女主人』に。



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New06話

アグライアは帰って来たベルの【ステイタス】を更新すると目を見開く。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:H101

耐久:H123

器用:I99

敏捷:G203

魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

懸命必死(プロス・パシア)

・死の危険を感じる程に『敏捷』を強化。

・回避能力上昇。

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

「………」

ベルの【ステイタス】を見たアグライアは疲れるように息を吐いた。

新しく発現したベルのスキル。

一つ目は日頃からのミクロの酷烈(スパルタ)とミノタウロスに追われていたことにより発現したのだろうと推測する。

生きる為に懸命に努力して必死に頑張ったことから発現したと思うとスキルが発現するほどミクロの酷烈(スパルタ)は辛かったのだろうと思ってしまう。

だけど、二つ目に比べればまだいい。

問題なのはこの【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の方だ。

早熟するということは成長を促進するスキル。

間違いないレアスキルにアグライアはそのスキルを隠すことにした。

娯楽に飢えている神にこの事が知られたら間違いなくベルは神の玩具にされてしまう。

ベル自身も隠し事ができない性格から知らせない方がいいとアグライアはそう判断した。

「はい、【ステイタス】の更新が終えたわ」

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】を隠して写した用紙をベルに見せる。

「やった、やりましたよ!神様!僕、スキルが発現できました!!」

「ええ、おめでとう」

瞳を輝かせて歓喜するベルにアグライアも同意するよう頷く。

子供のようにはしゃぐベルの姿は年相応の子供だった。

本当は二つもスキルを発現しているがベルの為にも二つ目のスキルは内密にする。

「ベル。今日はどうするのかしら?」

スキルの発言に喜んでいるベルには申し訳がないと思うがスキルのことから話を逸らさせる為にアグライアは話題を変えた。

「えっと、今日は夜までゆっくりしていいと団長から言われました」

昨日ミノタウロスに殺されかけた次の日くらいはミクロも休みを取らさせた。

だからミクロは今日はセシルを連れて中層でセシルの訓練を行っている。

そして、夜はベルと共に『豊穣の女主人』に向かう予定。

「なら、今日一日はゆっくりしてなさい。ミクロの訓練が大変なのはよく知っているでしょう?」

「……身を持って知りました」

改めてミクロの酷烈(スパルタ)に怯えるベルだが、その成果は確かにあったという実感があった。

ミノタウロスとの戦闘で負けはしたけどミノタウロスの一撃を反射的に防御することが出来たのはミクロの酷烈(スパルタ)があったからこそ。

もし、ミクロの酷烈(スパルタ)を受けていなかったら死んでいたかもしれない。

「貴方が無事で良かったわ」

アグライアは微笑みながらベルの頭を撫でるとベルは耳まで真っ赤になって俯く。

そんな初々しい反応するベルにアグライアは可愛いと内心思っていた。

「ぼ、僕!部屋で休んできます!」

慌ててアグライアの部屋から出て行ったベルは自室に戻ってベッドの上に寝転がる。

「……僕もあの人達のようになれるかな?」

団長であるミクロのように。

昨日出会えた【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインのように。

「あ」

しかし、そこでベルは気付いた。

「なんて謝ろう……」

あーだーこーだと想像しながらイメージトレーニングを繰り返しては不安そうに別の謝り方を考えたり、どうすればお近づきになれるのかも様々な試行錯誤を繰り返していくとすっかり日は暮れていた。

 

 

 

 

 

「こっち」

『豊穣の女主人』の酒場に向かうべくベルを連れてメインストリートを歩くミクロ達。

だが、目的は食事ではなく今日その酒場に集まるであろう【ロキ・ファミリア】主にアイズに会って謝罪と礼を言う為であった。

「だ、団長……やっぱりまたの機会に」

「礼を言うなら早い方がいい」

緊張と不安から逃れたく逃げようとするベルを一蹴して手を掴んだまま酒場に連れて行くミクロは目的地である『豊穣の女主人』に到着した。

ミクロは迷いなく店の中に入ると一人の女性店員が歩み寄って来た。

「いらっしゃいませ!あ、ミクロさん。お久しぶりです」

「久しぶり。シル」

薄鈍色の髪をした女性シル・フローヴァ。

何度かこの酒場に足を運んだことがあって顔見知りになったミクロ。

「そちらのお客様は?」

「新人のベル」

「は、初めまして!ベル・クラネルです!」

「うふふ、初めまして。シル・フローヴァです」

丁寧に頭を下げて挨拶するベルに微笑みながら名前を名乗るシルは二人を席へ案内した。

カウンター席に座る二人は適当に注文を取るとカウンターの内側にいるミアが「酒は?」と尋ねられてミクロは醸造酒(エール)を頼みベルは断ったがミアはベルの言葉を無視して二人分の醸造酒(エール)をカウンターに叩きつけた。

「気にせず食べろ」

「……ご、ご馳走になります」

支払いはミクロが払う形で奢ってもらうベルは奢って貰ってばかっかりで申し訳ない気持ちだった。

しかし、ミクロ本人も基本的には金を使うことがないからこういう時に金を消費させている。

料理を食べながら食事を進めるミクロは空いているテーブルを見て【ロキ・ファミリア】はまだ来ていないと判断できた。

「【ロキ・ファミリア】の皆さんはもう少ししたら来ると思いますよ」

「そうか」

ミクロの心情に気付いたのかシルはそう告げてベルの隣に座る。

「楽しんでいますか?」

「……圧倒されてます」

このような場所に慣れていないベルに気を使って話を振るうシル。

ベルもシルと楽し気に会話を始めていると、突如、どっと十数人の団体が酒場に入店してきた。

今回の目的である【ロキ・ファミリア】が酒場にやって来た。

「ベル。行くぞ」

アイズに会ってベルに助けてくれた礼と逃げたことに関しての謝罪をさせる為に動こうとするミクロだがベルはカウンターの下に隠れて動かない。

「す、すみません……やっぱり心の準備が……ッ!もう少し、もう少しだけ待ってください……ッ!」

ベルの懇願にミクロは再びカウンター席に座る。

ベルの気持ちの整理がついてからアイズに会わせても遅くはないし、いざとなれば無理矢理にでも会わせればいいと考えを纏めて醸造酒(エール)を一口飲んで食事を進めていくその時だった。

「そうだ、アイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

酒に酔ったベートが思い出したかのようにそう言い出した。

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が五階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

その言葉を聞いたベルは頭が凍り付いたように動きを止める。

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちしたら、すぐに集団で逃げ出していった?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがっいてよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

遠征の帰りの時の話だろうと容易に想像できたミクロはモンスターも逃げることがあるんだなと全く関係のないことを考えているとベート嘲笑うかのように声を上げて言った。

「それでよ、いたんだよ、駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)が!」

ベルはそれが誰を指していることなのかすぐにわかった。

何故ならそれは自分だからだ。

「抱腹もんだったぜ、兔みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!ミノを見て気絶してやがったんだぜ?」

「―――――それは」

違うとアイズは言いたかった。

アイズは一瞬とはいえ見ていた。

ミノタウロス相手に果敢にも立ち向かっていた姿を。

「ふむぅ?それで、その冒険者どうしたん?助かったん?」

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

「………」

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ………!」

「うわぁ……」

「アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ………!」

「……そんなこと、ないです」

ベートは目元に涙を溜めながら笑いを堪え、他のメンバーは失笑し、別のテーブルでその話を聞いている部外者達は、釣られて出る笑みを必死に嚙み殺す。

「………」

そんな奴らを見てミクロは静かに立ち上がろうとしたがベルがミクロの腕を掴んで必死に首を横に振った。

これ以上ベルを傷つける発言を止めようと軽くベートの息の根を止めようとするミクロ。

そのミクロに迷惑をかけたくないと必死にミクロの腕を掴むベル。

そんなベルを見て堪えようとするミクロ。

「それでそのトマト野郎のエンブレムを見てみたらあの眼帯野郎の【ファミリア】だったんだぜ?」

「っ!?」

だが、ベートの暴言はミクロにまで及んだ。

「え、ミクロの【ファミリア】の子だったの?」

「ああ、まったく眼帯野郎の気が知れてるぜ。あんなトマト野郎をどうして【ファミリア】に入れたのかがな」

嘲笑するベート。

「最速でLv.6になったかは知らねえがあんな雑魚を自分の【ファミリア】に迎え入れるなんてあいつもその程度だったってこった」

前代未聞の五年でLv.6まで到達したミクロ。

それだけの努力を重ねて偉業を成し遂げてきたミクロに対してもベートの嘲笑った。

「アイズに勝ったあいつの実力は認めてはいるがあんな雑魚を【ファミリア】に入れて恥ずかしくねえのかってんだよ。品位を疑っちまうぜ」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまった少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。それにミクロ・イヤロスの実力は私も認めている。彼の侮辱は私が許さん」

オラリオ最強の魔導士であるリヴェリアもミクロの実力を認めている。

故にその侮辱の発言は許せるものではなかった。

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって、でもよ、そんな救えねえヤツ擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すために、ただの自己満足だろう?ゴミをゴミと言って何が悪い」

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

「眼帯野郎も眼帯野郎だ。第一級の誇りもあるのか疑うぜ。眼帯野郎の弟子とかほざいているあの雌に何を教えているって話だ。雑魚と仲良し小良しして何の意味がある」

「それって……」

ベートの言葉にレフィーヤは小さく反応を示した。

同じ憧憬を抱く自身の宿敵(ライバル)であるセシルもベートは雑魚呼ばわりした。

「………」

自分の腕を握っているベルの手が震えながらも力を増す。

その握られている手を払うことなくミクロは何もしない。

訳にはいかなかった。

「ベル、団長命令だ。今すぐに外に出て行け」

握られているベルの手を払ってミクロはベルに告げる。

「溜め込んでいるものを外で出してこい」

「………っ!?」

ベルは椅子を飛ばして、立ち上がる。

殺到した視線を振り払って、ベルは外に飛び出した。

「ベルさん!?」

外に飛び出したベルを追いかけるシルに酒場にいた大半は何が起きたか把握できずにいた。

その中でミクロは黄金の指輪を左の中指に嵌めてベートに近づく。

「あぁン?食い逃げか?」

「うっわ、ミア母さんのところでやらかすなんて……怖いもん知らずやなぁ」

周囲と同じ反応するベート達の中で何人かはミクロの存在に気が付いて一気に酔いが覚めた。

「おい」

「あぁ?」

ミクロはベートの前に立ってベートを殴り飛ばした。

外まで殴り飛ばされたベートにこの酒場にいる者はミクロの存在に気が付いた。

「ミ、ミクロ……」

驚愕の声を出すアイズや他の【ロキ・ファミリア】の団員達と部外者達も驚きを隠せれなかった。

「アイズ。久しぶり」

変わらず声をかけるミクロにアイズは居心地悪そうに視線を逸らす。

嘲笑していた本人がその場にいたことにアイズはまだしもミクロの事を笑っていた者達は顔色が青くなって小さく震え出す。

「てめえ!眼帯野郎!?」

殴り飛ばされたベートは外から戻って来た。

憤りながら戻ってくるベートにミクロは淡々と言う。

「俺の事はどうでもいい。そんなことは慣れてる。だけど、ベルとセシルの事について謝れば今の一撃で許してやる」

寛大ともいえる処置をベートに施すミクロだがベートは鼻で笑った。

「ハッ、誰が雑魚に頭を下げるかよ!雑魚は雑魚でしかねえ!雑魚に謝るなんて死んでもご免だ!!」

だが、ベートはそれを拒んだ。

「………そうか」

その言葉を聞いたミクロは息を吐く。

予想通りの答えにミクロは予定通りに軽くベートの息の根を止めることにした。

だが、ミクロが動く前にベートの蹴りがミクロの横顔に直撃した。

「てめえが先に手を出したからな」

吐き捨てるように告げるベートだが、その表情はすぐに驚愕に包まれる。

「まぁ、それは否定しない」

ベートの蹴りは確かにミクロに直撃したにもかかわらずミクロは微塵も動いてはいなかった。

何事もなかったかのようにその場に立ったままだった。

その光景に誰もが目を見開いた。

特に【ロキ・ファミリア】の団員達はベートの蹴りの強さは嫌という程知っている。

だけど、その蹴りがミクロには微塵も通用していなかった。

ミクロはベートの脚を掴んで強力な電撃を放つ。

「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

電撃が全身に迸るベートは悲鳴を上げた。

ミクロの左の中指に嵌めている黄金色の指輪はミクロは新たに作製した魔道具(マジックアイテム)『レイ』。

指に嵌めることでその手から強力な電撃を放出することが出来る魔道具(マジックアイテム)

ミクロはそれを使ってベートを感電させている。

「く……っそがッ!!」

感電しながらも蹴りを放つベートだがミクロにはまるで通用しなかった。

「まだ平気か」

攻撃してくるベートにミクロは電撃の出力を上げた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

叫ぶベートにミクロは止めない。

「ミクロ・イヤロス。君の団員達の非礼は詫びよう。だからベートを許してはくれないか?」

感電するベートをこれ以上見ていられないとフィンがミクロに制止するよう懇願する。

「安心してくれ、フィン。殺しはしないし、この程度では死にはしない」

だが、ミクロは止めるつもりはなかった。

ミクロは人の限界を誰よりも把握している。

だから、この程度では死ぬことはない為ミクロはベートに電撃を放ち続ける。

「やめい、【覇者】。自分、誰の子に手を出しとるか知ってるん?」

「ロキの眷属」

「知ってるんなら今すぐにその手を離し。今なら許したる」

痛めつけられているベートにロキが脅しをミクロにかけるがミクロは淡々とロキに問いかける。

「俺の主神でもないお前が何故俺に命令する?」

ロキはそこで気付いた。

ミクロはアグライアでなければ止めることは出来ない。

「二大派閥だろうと神だろうと俺の家族を傷つける奴に俺は容赦しない」

「ミクロ。もうやめて」

「そうだよ!ベートを許してあげてよ!」

「わかった」

アイズとティオナの言葉にミクロはあっさりと止めた。

驚くほどあっさりと止めたミクロにロキは椅子ごと倒れる。

「何でアイズたんとティオナの言葉にはそんなに素直やねん!?」

「友達の頼みを聞くのは当然」

叫ぶロキにミクロは当たり前のように答える。

神の言葉よりも友達であるアイズ達の言葉の方が効果があったことにロキは深く溜息を吐く。

恐ろしいほど素直な奴とロキは内心でそう愚痴る。

そんなロキを無視してミクロは『リトス』から金貨を取り出したカウンターに置く。

「代金と迷惑料」

数百万はある金貨をミアに渡して立ち去ろうとするミクロはその前にアイズに頭を下げる。

「アイズ。ベルを助けてくれてありがとう」

礼を言ってミクロは店を出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルは走っていた。

歪められた眦から水滴が浮かんでは、背後へと流れていく。

惨めな自分が恥ずかしく、助けられる自分が許せず、弱い自分に殺意さえ覚えた。

笑い種に使われ失笑され挙句庇われるこんな自分を、初めて消し去ってしまいたいと思った。

それだけではなく自分が弱いせいでミクロやセシルにまで笑い種にしてしまった。

暖かく家族のように迎え入れてくれた【アグライア・ファミリア】。

才能もなく弱い自分を鍛えてくれるミクロや朝の訓練で模擬戦の相手をしてくれているセシル。

それなのにベルは何も言えずミクロに庇われた。

どうすればアイズと親密になれるのかと妄想していた自分が恥ずかしかった。

ベルは弱い自分が悔しい。

「………ッッ!」

深紅(ルベライト)の双眸が遥か前方を睨み付ける。

目指すはダンジョン。目指すは高み。

 

 

 

 

 

 

ミクロは迷わずにベルがいるであろうダンジョンに足を運んでいた。

ベルが酒場から立ち去ろうとした時の目はかつて自分がしていたものと似ていた。

エスレアの元で修行に行くときの強くなりたいという瞳をしていたベルにミクロはベルはダンジョンにいると容易に推測できた。

何階層にいるかまではわからないがベルの事だから5階層より下と踏んでいるミクロは下の階層に降りていく。

そして、6階層でモンスターと戦っているベルを発見した。

「……………」

ミクロは来た道に振り返って本拠(ホーム)でベルを待つことにした。

「強くなれ、ベル」

強くなって戻ってくるベルを信じて。



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New07話

本拠(ホーム)の中庭でミクロはベルを鍛えていた。

ナイフと両刃短剣(バゼラード)の両刀を駆使して猛烈な攻めを繰り出すベルに対してミクロはそれを冷静に捌く。

「ふっ!」

不意にベルは下段蹴りでミクロのバランスを崩そうとするがミクロは足を上げて下段蹴りするベルの足を踏みつけて防御した。

「防がれたらすぐに動け」

「ぐっ!?」

アドバイスしながら蹴りを放つミクロにベルは直撃して地面に何度も転がって起き上がる。

「ほら動く」

「っ!!」

追撃するミクロにベルは両腕を交差して防御するがミクロの拳はベルに当たる前に止まってベルの脚を蹴って倒す。

最後にベルの喉元にナイフを近づける。

「反応はいいけど、まだ技と駆け引きが足りない」

「………はい」

差し出された手を握って立ち上がるベルにミクロは言う。

「ベル。明日は休め」

「え……」

「今のお前ではこれ以上は無駄だ」

『豊穣の女主人』の騒動から数日、ベルは強くなる為に必死にミクロの酷烈(スパルタ)を受けている。

元々ベルは素直で飲み込みも早く才能もある。

事実この数日でベルは急成長とも言える成長速度を叩き出している。

だが、それだけでは意味がない。

「それに明日の怪物祭(モンスターフィリア)で俺はアグライアの護衛をすることになっている。ベルも祭りに行けばいい」

「………怪物祭(モンスターフィリア)?」

聞き覚えのない言葉に首を傾げるベルにミクロが説明した。

怪物祭(モンスターフィリア)は年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催の催しで闘技場を一日貸し切ってモンスターを調教する。

「ベル。冒険者にはそれぞれの冒険をする理由がある。それを考えろ」

それだけを告げてミクロは中庭から去って行く。

「僕は………」

ベルはミクロの後姿を見てそれ以上何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物祭(モンスターフィリア)当日にミクロはアグライアと共に東のメインストリートを歩いていた。

祭りというだけあって多くの一般人が賑わって今や東のメインストリートは祭り一色に染まっている。

「相変わらずのお祭り騒ぎね」

隣にいるアグライアは賑わう亜人(デミ・ヒューマン)を見てそう呟く。

街中を歩くアグライアにミクロは無言で行動を共にしている。

そんなミクロにアグライアは声をかける。

「ベルの事が気になるの?」

考えを見透かしているかのように言う主神の言葉にミクロは小さく頷く。

「ベルの成長は俺以上に速い。例のスキルがベルを急成長させている」

団長であるミクロにはベルが持つスキル【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】を知らされている。

だが、それに関してはミクロはどうこう言うつもりはない。

セシルも普通の冒険者に比べれば成長は速い方でもうすぐLv.3に【ランクアップ】するとミクロは踏んでいる。

だけど、問題はそこではない。

「ベルは影響されやすい。ここ最近のベルの動きが俺に酷似してきている」

訓練でベルの模擬戦の相手をしている時にミクロはそう思った。

戦っている相手を観察してそれを模範にする技術はベルは人一倍あったが、ベルはそこから自分の動きにすることが出来ていなかった。

「ベルは自分の長所を活かせていない。それに戦う意志がベルから感じられなかった」

ベルの長所はその脚力にあるにも関わらずにそれを活かせてはいない。

だからミクロはベルにヒントを与えた。

そこからどのような答えを導くのかはベル次第。

「……もし、ベルがその答えを導き出せられなかったら?」

「恐らくベルはもう戦うことも出来ない」

淡々と告げられる残酷な答えにアグライアも思案する。

冒険者になる以上最初の関門のようなもの。

それは誰の手助けがあって通れるものではない。

自分の力で切り開かなければいけない。

「だけど、ベルは必ず答えを出すと信じている」

「………そうね」

それでもミクロはベルを信じている。

自分自身でその答えに辿り着けれるということに。

「さて、それでは私達は私達のことをしましょうか」

二人が辿り着いたのは本日【ガネーシャ・ファミリア】が貸し切っている闘技場。

そこにいる主神ガネーシャにアグライアは用事があった。

二人は近くにいた【ガネーシャ・ファミリア】の団員に声をかけて主神であるガネーシャがいるところまで案内してもらった。

「俺がガネーシャだ!!」

「知ってるわよ」

闘技場最上部の観覧席。アリーナ全体を一望できる位置で像の仮面を自慢するように変なポーズを決めたガネーシャにアグライアは相変わらず変わらないと内心そう呟く。

「久しいな、アグライアよ!お前の子供達の噂はよく聞くぞ!!」

「ありがとう。それよりもこんな時に押しかけてしまってごめんなさいね」

「気にするな!超・有能な俺の団員達がしっかりとしてくれる!というか邪魔だからここで大人しくしていろと怒鳴られてしまった!!」

一々姿勢(ポーズ)を決めるガネーシャにアグライアはやっぱり変わらないと思いつつ本題に入る。

怪物祭(モンスターフィリア)、いえ、怪物との友愛(モンスターフィリア)が正しいかしら?これからの私達の協力関係をどうするか決めておこうと思うの」

数少ない『異端児(ゼノス)』のことをウラノスから知らされているガネーシャにアグライアは今後の事について話し合う為にガネーシャの元に訪れた。

本来ならもっと早くこの事を話そうと考えてはいたが互いに自身の派閥の事もあってこのような機会にしか話し合える余裕がなかった。

そして何より『異端児(ゼノス)』の」情報の共有は最小限にとどめるなければ万が一にこのことが下界の者に知られでもしたらどうなるか容易に想像できる。

ガネーシャ本人も自派閥で『異端児(ゼノス)』の事を知っているのはごく一部の者だけだった。

「お前はどうするつもりだ、アグライア?」

「私は自分の子供達を信じて支えるわ。それだけよ。貴方は?」

「ぶっちゃっけ、わからん」

ミクロを抱き寄せて自身の決断を告げるアグライアにガネーシャは正直に答える。

「ただ」

「ただ?」

「本当に異端児(ゼノス)達が、いや怪物(モンスター)が闘争を望まず、共存を願っているというのなら――――俺は【群衆の主(ガネーシャ)】を止めて――――【群衆と怪物の主(ネオ・ガネーシャ)】になろう!!」

笑みを見せて、グッと力強く親指を上げるガネーシャにアグライアは息を吐く。

「変わらないわね、貴方は」

「俺はガネーシャだからな!!」

自身たっぷりに叫ぶガネーシャとこれからの『異端児(ゼノス)』の事を含めての協力体制を決めた二人の神は手を握り合う。

「ガネーシャ様、ガネーシャ様っ!大変です、一大事です!?」

その時一人の団員が慌てた様子でガネーシャの元に駆け付けた。

「―――――何を隠そう、俺がガネーシャだ!」

「それはもういいから黙って自分の子供の話を聞きなさい」

「あ、はい」

アグライアの言葉にぴたりと動きを止めるガネーシャは団員から話を聞くと地下で捕えていたモンスターが何者かに放たれてという急を要する事態だった。

「脱走した、いや放たれたモンスターの数は何匹だ?」

「きゅ、九匹です。中には、腕利きの冒険者でも手に負えないモンスターも……」

鷹揚に構えるガネーシャは動じることなく、ふむ、と被っている像の仮面を揺らす。

「アグライアよ。頼めるか」

「ええ、ミクロ」

「わかった」

二つ返事でミクロはその場から闘技場の外に駆け出す。

周囲を見渡して左か右かどちらから行こうかと考えていると視界にアイズとロキが入った。

「アイズ」

「ミクロ……」

「なんや、【覇者】。うちとアイズたんのデートを邪魔するつもりかいな?」

「ロキは黙ってて」

叫ぶロキを冷たくあしらうアイズにミクロは簡潔に捕らえられていたモンスターが放たれたことを知らせる。

「ロキ」

「ん、聞いとった。もうデートどころじゃないみたいやし、ええよ、この際ガネーシャに借し作っとこうか」

主神の許可を貰いアイズは儚く輝くレイピアの柄を掴んだ。

「アイズは向こう側を頼む。俺はその反対をどうにかする」

「わかった」

頷いて了承したアイズにミクロは闘技場の壁を蹴って闘技場の天頂部分に到着すると『ヴェロス』を発動させて光の弓を構える。

街中に放浪しているモンスターを視認できるとミクロは矢を放ってモンスターの頭を貫通させる。

モンスターを射るミクロの近くには同じように闘技場の天頂部分を足場に立つアイズはミクロがまた強くなっていると再認識した。

長距離にいるモンスターを正確に頭を射抜くその技術力。

強くなっているミクロにアイズも負けじにモンスターを探して魔法を発動する。

「【目覚めよ(テンペスト)】」

風の気流を纏い直してモンスターを次々切り裂く。

そんなアイズを見て相変わらずの剣技と魔法だなと思いつつモンスターを射ぬくミクロはモンスターの動きに疑問を抱いた。

誰かを襲おうともせず何かを探しているような行動を取るモンスターにミクロは他にモンスターがいないか確認すると東のメインストリートでシルバーバックに追われているベルとアイカを見つけた。

すぐさま矢を放とうとするが斜辺物のせいで狙いが定まらず逃がしてしまった。

「あのままだとダイダロス通りに行くか……」

ベルの逃げる方向を計算してすぐにダイダロス通りに向かうミクロ。

ダイダロス通りは度重なる区画整備で秩序が狂った広域住宅街。

まだオラリオに来て半月程度のベルでは迷子になってしまい袋小路に追い詰められてしまうと判断したミクロはすぐにダイダロス通りに向かって駆け出す。

「止まれ」

一声が投じられた。

なんてことのないそのただの一言にミクロの足は止まった。

ダイダロス通りに向かう路地裏でそいつは立っていた。

錆色の短髪から生える獣の耳は獣人、獰猛と知られる猪人(ボアス)の証。

防具を装着する巌のような巨躯。二(メドル)を超える身の丈。

髪と同じ錆色の双眼が、ミクロを真っ直ぐ見据える。

「【猛者】、オッタル」

【フレイヤ・ファミリア】団長、オッタル。

オラリオ最強のLv.7の冒険者。

「何の用だ?」

単刀直入に告げる問いかけにオッタルは口を開いて答えた。

「貴様の実力を確かめさせてもらう。かつて俺と互角に渡り合えたへレスの子か否かを」

膨れ上がる威圧感にミクロはナイフと梅椿を抜刀。

オッタルも背に担いでいる大剣を抜剣。

本来なら戦うことは後回しにしてベル達を助けに行きたいミクロだが目の前にいるオッタルがそれを許してはくれない。

短期決戦でオッタルを倒してベル達を助けに行く。

「行くぞ」

【覇者】と【猛者】。

二人の第一級冒険者の戦闘が始まった。

 



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New08話

怪物祭(モンスターフィリア)』当日にベルは一人で東のメインストリートを歩いていた。

初めてのお祭りに目を輝かせながら祭りを満喫するが心から満喫することが出来なかった。

それは先日のミクロの言葉が頭から離れないことが原因だった。

「僕の、冒険……」

冒険者にはそれぞれの冒険する理由があるというミクロの言葉にベルは悩まされる。

それがどのような意味を示しているのかベルにはわからなかった。

「あれ、ベル?」

悩んでいるベルに声をかけてきたのは祭りを満喫しているセシルとアイカだった。

「ベルも祭りに来てたんだね」

「うん、団長から休みを貰ってね」

当たり障りないように答えるベルにアイカは微笑みながらベルとセシルの手を取った。

「ふふ、それじゃ~三人でお祭りを楽しもう~」

「うん。ほら、ベルも行こう」

「う、うん」

「やったね~ベル君。両手に花だよ~」

「アイカさん!?」

からかうアイカに顔を真っ赤にして叫ぶベルだが、アイカは微笑ましく笑みを浮かべたままだった。

セシルはベルの初々しい反応に若干笑みを浮かべていた。

「ほらほら~今日は私のお給料奮発してあげるから~遠慮なく言ってね~」

ミクロの家政婦(メイド)として働いているアイカはそれなりの給金を貰っている。

始めはミクロが適当に数百万ヴァリスを給料として渡そうとしたがアイカは流石にそれは受け取れずに月々の給金分を決めてその分を給料として頂戴している。

「え、でも、流石に申し訳ないですよ…」

申し訳なさそうに遠慮がちに言うベル。

女性に奢られるというのは男としてのプライドが許さなかった。

「家族に遠慮はダメだよ~、拒否権もないからね~。弟と妹は素直に姉に甘えなさい」

「はーい」

「えっと……」

慣れたように返答するセシルだが、ベルはそれでもどうしても遠慮がちになってしまう。

だけど、アイカの言った通りベルに拒否権はなかった。

アイカはベルの頭を掴んで胸元に押し当てる。

「ん――!!んん――――!!」

「ほらほら~ベル君。返事は~?」

「……アイカお姉ちゃん。それだと返事もできないよ」

アイカの胸の谷間に挟まれたベルを見てセシルは呆れるようにそう言う。

「素直にならないベル君が悪いんだよ~」

だけど、アイカはまだ止めるつもりはなかった。

「悩んでいることを私達に話すなら解放してあげるよ」

「ッ!?」

その言葉にベルは一瞬硬直するとアイカは手を離してベルを解放して目を合わせながらベルに言う。

「私達は家族だよ?辛いことや悩んでいることは共有して一緒に解決していきたいな」

優しい声音で話すアイカはそれ以上は何も言わない。

何に悩んでいるかはベル本人の口から言うまでアイカは口を閉ざした。

「………」

無言になるベルの表情を見たセシルはその顔に見覚えがあった。

かつては自分がそうだった時のようにベルも壁にぶつかっていることに気が付いた。

「ベル。もしかして……」

その時だった。

何かが爆発したような轟音が鳴り響いたのは。

「うわ!?」

「キャッ!」

突然の轟音に驚くベルとアイカにセシルは日頃のミクロの酷烈(スパルタ)のおかげで一瞬で冷静さを取り戻して周囲を見渡すと遠くで膨大な土煙が立ち込めていることに気が付いたセシルは駆け出す。

「様子を見てくるから二人はここで待ってて!ベル!アイカお姉ちゃんを守ってね!」

「う、うん!」

「気をつけてね」

状況を把握しようと駆け出すセシルにベル達はその場で立ちすくす。

「ベル君。取りあえず私達は混乱している人達を避難させよう」

突然の事に混乱して騒ぎ出す一般人達を見てアイカは【ガネーシャ・ファミリア】がいる闘技場を避難場所として誘導しようとベルに提案するアイカにベルも頷く。

「モ、モンスターだぁああああああああああああっ!?」

闘技場の方面から姿を現したのは11階層に出現する『シルバーバック』。

荒い息をするシルバーバックは血走った両眼で狙いを定めた。

それは一人の白髪の深紅(ルベライト)の瞳を持つ少年ベルに。

ベルに向かって、シルバーバックは大きく踏み込んだ。

「――――」

その一歩を踏み込まれた瞬間、ベルの心情はありありと物語っていた。

白い総躯。腰を越えて流れるくすんだ銀色の髪。桁外れな存在感を放つシルバーバックは理性の欠片もない瞳をぎょろりとベルに向けた。

『ルググゥ……!』

シルバーバックは唸り声を上げて、両手首には無理矢理引き千切られた跡のある鎖がぶらりと垂れ下がり、地面の上でとぐろを巻いていた。

『ギャ………!』

「ベル君!」

「っっ!?」

飛びかかってきたシルバーバックを横っ飛びで回避したベル達。

「逃げるよ!」

ベルの手を握ってセシルが駆け出した方に逃げてセシルにシルバーバックを倒してもらおうと考えたアイカ。

セシルはLv.2。シルバーバック相手でも十分に倒せられる相手。

「アイカさん!!」

動こうとするアイカに足を止めて動きを制止させるベル。

するとアイカの前方で鎖が地面に叩きつけられていた。

もし、ベルが止めてくれなかったら間違いなく直撃していたと思うと青ざめるアイカ。

「こっちに!」

大通りにいると捕まると判断したベルは路地裏へと続く道に飛び込んだ。

シルバーバックも雄たけびを上げながらベル達を追いかける。

「ベル君!あのモンスターに何かしたの!?」

「知りませんよ!!」

追いかけてくるシルバーバックに悲鳴じみた声で尋ねたアイカだが、ベルは本当に心当たりがなかった。

二人は路地裏を走っているとダイダロス通りに足を踏み入れる。

追いかけてくるシルバーバックにベル達に前進以外に道はなかった。

「クソ………ッ!」

吐き捨てるようにベルは自分の弱さを呪った。

もっと強ければ大切な家族を守ることができるはずなのにと心の中で自分を貶める。

これではミクロとの酷烈(スパルタ)は何の意味もない。

「ベル君!止まって!」

悔やむベルにアイカは突然足を止めた。

「何しているんですか!?急がないとモンスターが!?」

距離はあるとはいえすぐに追いつかれてしまう。

追いつかれたら殺される。

「あのモンスターはどういう訳かベル君を狙ってる。なら、ここなら他に被害はでない」

周囲には誰もいないその場所でアイカは真剣な顔でベルに告げる。

「ベル君。ベル君があのモンスターを倒すんだよ」

「……っ!」

倒せと唐突に告げられたその言葉にベルは俯く。

「………無理です。僕には」

「無理じゃないよ」

倒せれないと言おうとするベルの言葉を遮ってアイカはベルの頬の手を当てる。

「ベル君。ベル君が悩んでいるのは自分の弱さじゃないかな?弱いから守られる。強くないから助けられる。だから、ベル君はあのモンスターを倒せられないと思い込んでいる」

「……っ!」

「私は冒険者じゃないから弱さも強さもよくはわからないけど、でも、これだけは言えるよ。ミクロ君の酷烈(スパルタ)を毎日乗り越えているベル君ならあのモンスターぐらい余裕で倒せる。私は、ううん、私達はそう信じている」

「アイカさん……」

「ベル君は何の為に冒険者になったの?」

「………ッッ!!」

――――冒険者にはそれぞれ冒険する理由がある。

先日ミクロに言われたその言葉の答えがベルはようやくはっきりした。

憧れのあの人達に追いつくために。

家族を守る為に。

ベル・クラネルは冒険者になった。

「僕は………」

ベルは自分の弱さばかりに目を向けて気付かなかった。

何の為に強くなるのか、何の為に戦うのか。

その理由をベルはようやく気が付いた。

「………もう大丈夫だね」

頬から手を離すとベルは力強く頷く。

『ヴオオオオオオオオオオオッッ!!』

姿を現したシルバーバックにアイカはベルの後ろに下がり、ベルはナイフと両刃短剣(バゼラード)を取り出す。

「行きます!」

「頑張れ!」

ベルはシルバーバック目掛けて突進する。

 

 

 

 

 

 

 

路地裏でミクロとオッタルは対峙していた。

右手に持つ大剣一本だけで針を通すような正確さと技術をもって、そして巨山のような胆力を引き下げ、ミクロの攻撃を全て無効化する。

噂以上の実力を示すミクロにオッタルは感嘆と称賛を込めて―――――ねじ伏せた。

大気を抉り取った剛剣が、ミクロを吹き飛ばす。

はずだった。

吹き飛ばされる前にミクロはオッタルの攻撃を回避した。

そこに攻撃がくるのがわかっていたかのように。

ミクロはエスレアを倒してLv.6に【ランクアップ】した時に新たなスキル【感覚研澄(ディエスティ)】が発現していた。

五感及び第六感(シックスセンス)。感覚を極限まで研ぎ澄ませるそのスキルは未来予知に近い回避能力を発揮する。

「………なるほど。へレスの子だけの実力はあるようだ。だが、まだ温い」

「っ!?」

速度が増したオッタルの攻撃にミクロはスキルを最大限駆使して回避し続ける。

オッタルが強いのはミクロも重々承知していたが、まだ底が見えないオッタルにミクロは思わず距離を取った。

追撃してこないオッタルにミクロはやはりと納得した。

オッタルがここに現れたのは何らかの理由があって、その先にミクロを行かせない為に自身が壁となっている。

あのまま追撃してくればその隙を狙って通り抜けることならできる。

「………一つだけ答えろ。今回の騒動の主犯はお前の主神か?」

「………」

無言で答えるオッタルにミクロは納得した。

目の前にいる【猛者】は主神の命令でミクロをこの場に留めさせている。

剣技及び身体能力はオッタルの方が上、技と駆け引きは互角。

鉄壁の防御力を誇るオッタルの後ろに行くには困難極まる。

だけど、ミクロには時間がない。

ダイダロス通りに逃げたベル達を助けに行くためにもこんなところで足止めされる訳にはいかなかった。

道具(アイテム)などの小賢しい物はオッタルには通用しない。

今ミクロが持っている魔道具(マジックアイテム)も自分ならともかくオッタルにまともなダメージを与えられない。

魔法も地上で使えば周囲に被害が及んでしまう。

『スキアー』で影を使って移動しようにも影から出た瞬間攻撃がくると容易に想像できるし、『スキアー』は所有者を中心に半径十(メドル)しか移動できない。

たった十(メドル)はオッタルからしてみたら距離ですらない。

これ以上時間をかける訳にはいかないミクロは軽く息を吐いて左指に嵌めている『レイ』を使用することを決意した。

「悪いがここで終わらせてもらう」

左手から電撃を放出させてそれを自身の胸に当てた。

「………」

突然の行動にオッタルは一瞬だけ自暴自棄という言葉が脳裏を過ぎるがミクロがそんな愚かなことをするはずがないと判断して警戒を強める。

体中に電撃が迸るミクロは姿を消した。

「むぅ!」

消えたと思うような速度でミクロはオッタルの眼前に現れてオッタルに拳をぶつける。

だが、オッタルもミクロの動きを捉え、防御した。

それは自分がLv.7でミクロがLv.6というLv.差や異なり過ぎる経験値による純粋な場数によって防御に成功することができた。

だが、それでもミクロの動きは速すぎる。

その上攻撃が先ほどとは比べものにならないくらい重い。

そしてまたミクロの姿は消える。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

咆哮する。

オッタルは大剣を両手に持ってミクロの攻撃を全力防御する。

僅かに捉えられている影と今までの経験のよってミクロの攻撃を防御するオッタルに対してミクロは高速移動と攻撃を続ける。

ミクロは電撃により、一時的に身体能力を上げた。

高い耐久力と適応能力があるミクロだからこそ出来る荒技だが、代償が付きまとう。

使用後は体中に激痛が走るが今はそんなことを言っている余裕はミクロにはなかった。

仲間が大切な家族の危機に自分の事を心配している場合ではない。

「どけ」

「っ!?」

オッタルの大剣がミクロの拳によって砕かれた。

それでもミクロの拳は止まることなくオッタルの腹部に直撃してオッタルを後方へと吹き飛ばした。

「ぬぐっ!!」

何十(メドル)も吹き飛ばされたオッタルを無視してミクロはダイダロス通りに駆け出す。

「無事でいてくれ……」

駆け出すミクロにオッタルは瓦礫の中から姿を現してミクロの背後を見てオッタルは頬を歪ませる。

「………」

岩のような拳を握りしめて、己の不覚を呪うオッタル。

「……ミクロ・イヤロス」

かつては自分と互角に渡り合ったへレス・イヤロスの子供。

その力の片鱗を示したミクロにオッタルは認めた。

倒すべき強敵と。

瓦礫を払いオッタルはその場から姿を消した。

ミクロはモンスターの雄叫びを頼りにダイダロス通りを駆け抜ける。

体中に走る激痛を無視して足を動かすミクロはベル達を見つけた。

助けようとナイフを取り出そうとしたがその動きは途中で止まった。

何故ならベルが勇敢にもシルバーバックと戦っているからだ。

ベルの後ろにいるアイカを守るようにベルはシルバーバックと対峙していた。

攻撃を回避して懐に潜り込んではシルバーバックの体を斬りつける。

何度も斬ったのかシルバーバックの白い毛並みは赤く染まっている。

『ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!』

猛々しく吠えるシルバーバックにベルは距離を取って自身を一本の槍に見立て、ベルはシルバーバックの胸目がけ突貫した。

胸部にある魔石目掛けての突撃槍(ペネトレイション)

『ガァッッ!?』

両刃短剣(バゼラード)が胸部に突き刺さったシルバーバックは背中から地面に倒れ込むとその姿は灰へと変わった。

『――――――――ッッ!!』

歓喜の声が、迸った。

ベルとシルバーバックの戦いを見守っていたダイダロス通りの住人達が興奮を爆発させて窓から乗り出して次々と歓声を上げる。

それを見てミクロは静かにその場から離れる。

「余計なお世話だったか……」

まだまだ守ってあげないと思っていたベルの成長を目の当たりにしてミクロはようやく壁を乗り越えることができたことにこれからの訓練の内容を上げても問題はないと判断した。

ダイダロス通りを出て行き放たれたモンスターの討伐が終わったのかを確認する為闘技場に向かう。

 

 

 

 

 

 

とある人家の屋上。

ベルのいる付近一帯を一望できる高所で、フレイヤは微笑んでいた。

「おめでとう。まだ少し情けないけれど……ふふっ、ええ、恰好良かったわ」

ベルを熱く見つめながら目を細める。

「やっぱり貴女の仕業だったのね、フレイヤ」

そのフレイヤの背後からアグライアが姿を現す。

「いったいどういうつもり?ミクロには手を出さなかったのにベルに手を出そうなんて」

「あの子は貴女の下で輝けるもの。手が出せないわ」

ミクロはアグライアの眷属だからこそその魂は輝きを増す。

だが、それ以外の神の眷属でなら輝くことはない。

だからこそフレイヤはミクロに手を出すことはなかった。

「ねぇ、アグライア。取引をしないかしら?」

「ベルなら渡さないわよ」

愛しい自分の子供をアグライアは渡すつもりは毛頭ない。

そんなアグライアに一笑してフレイヤは首を横に振る。

「違うわ。今回の騒動の事を黙認してはくれないかしら?そしたら貴女に、いえ、ミクロにも必要な情報を提供するわ」

「……必要な情報?」

「【シヴァ・ファミリア】、いいえ、シヴァの本当の計画の一端。それに関するミクロの関り。口止め料には足りないかしら?」

「っ!?」

予想外の交換条件にアグライアは目を見開く。

フレイヤからシヴァに関する情報を耳にしてアグライアは頷く。

「わかったわ。今回はそれで許してあげる。だけど、ベルを渡すつもりはないわよ」

「今はそれでも構わないわ」

取引に成功したフレイヤは約束通りにシヴァの計画の一端をアグライアに伝える。

それを聞いたアグライアはフレイヤから聞いた情報に耳を疑った。

「……本当にそんなことが可能なの?」

「さぁ?私が知っているのはここまでよ。これ以上は推測でしかはないわ」

フレイヤの言葉が真実だとしてもアグライアはそれが理解できない。

それならミクロの命は何の為に生まれてきたのか。

今までの経験がその為に必要な計画の一部だとしたらミクロの人生は何の為にある。

「それじゃ、私はここで失礼させてもらうわ」

「………ええ、口止め料は頂いた以上今回の事は誰にも告げないわ」

こうして怪物祭(モンスターフィリア)の騒動は完全に鎮静化された。



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New09話

怪物祭(モンスターフィリア)の騒動が終えて数日後にミクロはセシルを連れて16階層に来ていた。

「やっ!」

襲いかかってくるミノタウロスの胴を真っ二つにするセシルは先日の騒動でアイズ達と共に新種のモンスターと戦闘を行い、Lv.3に【ランクアップ】を果たしていた。

今回はLv.が上がった身体能力を確かめ、下層でどこまで戦えるかを確認する為に現在ミクロ達は中層に留まっている。

「どうですか!?お師匠様!」

「問題ない」

確認を取るセシルに問題なく頷くミクロ。

次の遠征でセシルも連れて行くが今のセシルの実力なら自分かリューと共に中衛を任せても問題ないと判断した。

「一度19階層で戦って少しでも下層のモンスターに慣れておこう」

「はい!」

次の遠征で目指すは37階層より下の階層。

少しでも実力とモンスターの動きに慣れさせておくためにミクロ達はまずは18階層で休息を取ろうと足を動かす。

「おーい!ミクロー!」

「ティオナ。それにアイズ達」

18階層に向かおうとしたミクロ達に近づいてきたのは【ロキ・ファミリア】のアイズ達だった。

「どうしたの?ミクロも借金返済?」

「違う。【ランクアップ】したセシルの調子を確認」

「【ランクアップ】……」

ミクロの言葉に反応したレフィーヤは視線をセシルに向ける。

それに気づいたセシルは不敵に笑みを浮かばせる。

追いついたよ?

目でそう語っているかのように告げられたレフィーヤの表情が強張む。

宿敵(ライバル)がついに自分と同じLv.になったことに悔しむレフィーヤはむぅと頬を膨らませてセシルを睨むがセシルは余裕の表情を浮かべたまま。

「俺達はこれから18階層に行くけどティオナ達も?」

「うん。ここより下に行かないと返せないからね~」

借金返済でダンジョンに来ているティオナ達は中層よりも下の下層や深層の方が資金集めの効率がいい。

「ミクロ達も一緒に行こうよ!いいよね?フィン」

「構わないよ」

和らげに笑みを浮かべて同行を許したフィン。

「うん、ちょっと待ってくれ」

腕を掴むティオナにミクロは制止の言葉をかけて先ほどセシルが倒したミノタウロスの魔石を拾っては『リトス』に収納する。

「なになに!?どうやったの!?」

突然魔石が消えたことに驚くティオナにミクロは『リトス』を見せて簡潔に説明する。

「持ち運びに便利ね」

「うん」

『リトス』の便利さに素直にそう思ったティオネとアイズ。

その便利さに羨ましがるティオナ。

「いいな、いいな!あたしも欲しい!」

「無理を言うんじゃないわよ」

欲しがるティオナを戒めるティオネ。

欲しい気持ちはティオネも理解できる。

普通は溜まった魔石やドロップアイテムは地上に帰還した換金するか、もしくはリヴィラの街で証文などに変える。

だけど、ミクロが持つ『リトス』があれば地上に帰還することもなく、リヴィラの街で証文に変える必要もなくなる。

だけどそれはミクロがいる【アグライア・ファミリア】のみの特権のようなもので欲しいと言われてそう簡単にはあげられるものではないことをティオネ達は理解している。

「いいよ」

「「え?」」

平然と了承するミクロに呆気を取られる二人にミクロは(ホルスター)から『リトス』を二つ取り出してティオナ達に渡した。

「指に嵌めて指輪に意識を向けたら出し入れができる」

「……えっと、本当にいいの?」

まさか本当に貰えるとは思ってもみなかったティオナは呆気を取られながらも尋ねるとミクロは首を縦に振った。

「それぐらいは別にいい。それに友達の頼みを聞くのは当然」

平然と答えるミクロにティオナは頬は桜色に染まると満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう!大切にするからね!」

「そうね。私も大切に使わせてもらうわ」

「うん」

早速と言わんばかりに『リトス』を嵌めるティオナ達は『リトス』に意識を向けるとティオナは大双刃(ウルガ)が収納されて、ティオネは筒形のバックパックが収納された。

「うわ!凄い!これ、こんなにも簡単に取り出せるんだ!?」

何度も大双刃(ウルガ)を出し入れするティオナは本当に嬉しそうにはしゃぐ。

「本当にいいのかい?それなにの価値はあるだろうに」

「友達の力になれたらそれでいい」

そう答えるミクロにフィンは苦笑いを浮かべる。

素直で友達想いのミクロに好感を持つフィンだが、その素直過ぎる性格からか敵対する者や【ファミリア】を傷つける者には容赦がない事が裏付けられた。

「君とは敵対したくないものだ」

「俺も友達とは戦いたくない」

互いの正直な気持ちを告げる二人。

ミクロは単純にアイズやティオナ達と戦いたくないという正直な気持ちだが、フィンはミクロの実力が既に自分より上だと気づいた上で敵対したくないと告げた。

直接戦ったわけではないが前にアイズとの戦いより明らかに強くなっていることは長年の経験からフィンは察していた。

アイズ負け劣らずの近接戦闘。

複数の魔道具(マジックアイテム)

そこに魔法も加われば正直勝てる気がしなかった。

もちろんフィンも負けるつもりは微塵もないがミクロとは敵対しないようにと心に留めておくことにした。

ミクロ達は18階層に目指して歩き始めると17階層では既にゴライアスは討伐されており、そのまま18階層に足を踏み込んだ。

「ん~、ようやく休憩~」

洞窟を抜けてティオナが一段落とばかり伸びをする。

「フィン達も街に行くのか?」

「ん~そうだね。アイズ達はお金を溜めなきゃいけないし」

「……ごめん、フィン」

リヴィラの街での地上の数倍以上の値段がする。

それは宿も例外ではないがフィンの太っ腹の一言で宿の利用が決まる。

ミクロ達も一度リヴィラの街に足を運んで一休憩後に下層に向かう予定。

休憩の時間を利用してミクロはボールスに挨拶ぐらいはしようと考えてリヴィラの街に到着するがいつもより静かな街の様子に訝しむ。

「殺しがあったってホントかよ!?」

「あぁ、ヴィリーの宿だ。人が集まっている!」

街の住民達の声にアイズ達は驚きを露にする。

ダンジョンで殺人はそう珍しいことではないが街中で殺人をする者はまずいない。

宿を利用する予定のフィン達も無関心でも無関係でもいられない為に殺人が起きたヴィリーの宿に向かうと野次馬が集まって中に入るどころか見ることも難しい。

「フィン。先に見てくる」

「あ、お師匠様!?」

『スキアー』を使って人影を利用して宿の中に向かうミクロにセシルは声を荒げる。

上位派閥それも二大派閥の【ロキ・ファミリア】の精鋭の中に置いていかれたセシルの肩身は狭かった。

天然の洞窟を宿屋にしている『ヴィリーの宿』の通路を歩くミクロに初めに気付いたのは臭いだった。

「血か……」

血の臭いそれも濃密と言えるほどの血の臭いを嗅いだミクロはより強い臭いがする場所に向かって足を動かして一つの部屋に辿り着いた。

洞窟の一番奥の部屋は真っ赤に染まっていた。

そして惨憺たる姿で床に横たわるのは頭部を失った男の死体。

首から上は弾けた果実のように成り果て生前の容貌は知るよしもない。

大量の血の海に浮いているのは薄紅色の肉片と脳漿だった。

「お師匠様!」

通路から向かってきたのはセシルとフィン達。

駆け付けてきたセシルはミクロに近づくと不意に部屋の中を見てしまい、顔が青ざめる。

「あ…ああ……」

「落ち着け」

始めて見た人間の死体に体を震わせるセシルに声をかけるミクロは部屋の中に入って部屋の周囲を見渡す。

「争った形跡はないか」

「れ、冷静だね、ミクロ……」

死体を見ても表情一つ変えないミクロは冷静に分析を始める。

「あぁん?おいてめえ等、ここは立ち入り禁止だぞ!?見張り役は何やっていやがんだ!」

「あ、ボールス」

「やぁ、ボールス。悪いけど、お邪魔させてもらっているよ」

怒るボールスに二人は勝手知った様子で話しかけた。

リヴィラの街の大頭(トップ)のLv.3の冒険者であるボールスは今回の事件の調査を主導している。

「僕達もしばらくは街の宿を利用するつもりなんだ。落ち着いて探索に集中するためにも、早期解決に協力したい。どうだろう、ボールス?」

「けっ、ものは言いようだなぁ、フィン。てめえ等といい【フレイヤ・ファミリア】といい、強ぇ奴等はそれだけで何でもできると威張り散らしやがる」

「ボールスがそれを言う?」

「うっせ、ミクロ!てめえもそうだろうが!?」

自分の事を棚に上げて言うボールスは本当のことを言われてそう怒鳴り散らす。

「俺は威張り散らしたことはない」

「ポーカーで散々俺を苛め倒しているお前がそれを言うか!?」

「弱いボールスが悪い」

時折ボールスからポーカーを挑まれて返り討ちにしているミクロ。

ポーカーを行う時ミクロはほぼ必ずボールスに敗北と借金を与えている。

「ケッ、どうせてめえも毎日【ファミリア】の女どもで夜の覇者のように遊んでんだろうに」

「夜の覇者……?」

意味が分からず首を傾げるミクロにレフィーヤは相貌を真っ赤に染める。

【アグライア・ファミリア】は女性団員が多いのは主にミクロの影響が大きい。

その為かミクロは周囲からそのような噂が立てられてそれを信じる者も少なからず存在している。

「お師匠様を貶すことは私が許さない」

セシルはボールスに首に大鎌を当てるとボールスは冷や汗が流れる。

「お、落ち着けてよ……ちょっとした冗談(ジョーク)じゃねえか、【魂狩り(ソウルハンター)】」

「セシル。一応ボールスは街の大頭(トップ)だから殺すのはダメだ」

「わかりました」

「後で好きなだけ痛めつけていいから」

「わかりました」

「よくねえ!!」

喚くボールスを無視してミクロは『リトス』から神の恩恵(ステイタス)を暴くことが出来る開錠薬(ステイタス・シーフ)を取り出す。

「フィン。使っても問題ないよな?」

「そうだね。状況が状況だ。誰も文句は言わないだろう」

問題ないと告げるフィンにミクロは溶液を垂らして死体の背中に【ステイタス】が浮かび上がる。

ミクロは浮かび上がった【ステイタス】を注視して【神聖文字(ヒエログリフ)】を解読してこの場にいる全員に告げる。

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属は【ガネーシャ・ファミリア】」

ミクロの言葉を聞いた瞬間――――場は水を打ったように静まり返る。

一瞬、室内から音が消え去ってそして次にはにわかに騒然となる。

「【ガネーシャ・ファミリア】!?」

「おいっ、間違いじゃねえのかよ!」

「間違いない」

瞬く間に上がる悲鳴のような声々にミクロは肯定を取る。

死体の正体が都市有数の実力派【ファミリア】の団員であったことに顔を青くするヴィリー達にわなわなと震えるボールスは、平静を欠いた声で、何よりも看破できない事柄を叫んだ。

「冗談じゃねえぞ――――【剛拳闘士(ハシャーナ)】っつったら、Lv.4じゃねえか!?」

ボールスの口からもたらされた、第二級冒険者の死。

「ボールス……確認させてくれ。この遺体が発見されてからここの物を動かしたりは?」

「………」

無言になるボールスの表情を察してフィンは冷静に口を動かす。

「争った跡も、複数が立ち入った痕跡もナシ……少なく見つもってLv.4……あるいは……殺人鬼は第一級冒険者」

Lv.5(わたしたち)と同じかそれ以上の能力の持ち主」

ハシャーナの遺体を見ながらアイズはそう口にする。

ミクロはハシャーナの遺体に一度瞑目する。

異端児(ゼノス)達絡みとはいえ同盟を結んだ【ガネーシャ・ファミリア】。

同盟【ファミリア】のハシャーナにミクロは小声で告げる。

「仇は取る。ゆっくり休め」

 

 

 



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New10話

ダンジョン18階層で起きた殺人事件に介入したミクロ達は殺されたハシャーナが借りていたヴィリーの宿でそれぞれの表情を浮かべていた。

その中でミクロは淡々とハシャーナの荷物を漁る。

「……ほ、本当に、この人は力ずくで殺されてしまったんでしょうか?その、毒とか……」

「ハシャーナのアビリティ欄に『耐異常』があった。それもG評価ならほとんどの異常効果は無効化できる」

レフィーヤの言葉に淡々と答えるミクロ。

「情事に乗じることで油断させていたとはいえ、第二級冒険者の寝首をかける女、か……」

「……【イシュタル・ファミリア】のところの戦闘娼婦?」

フィンの言葉にティオナが考えを口にするがフィンは死体から視線を外さず口を開いた。

「そうだったとしたらわかりやすくていいんだけどね、まぁ、疑ってくれと言っているようなものかな」

「そうよ、あからさま過ぎるじゃない」

フィンの返答にティオネが声を続けた――――その直後だった。

室内にいた取り巻きの一人が、半狂乱でアイズ達に指を向けた。

「そ、それらしいこと言っているけどっ!!今ちょうど街にやって来たって顔をして、本当はお前等の誰かがやったんじゃないか!?」

その発言を皮切りに、ボールス達は一斉に振り向いた。

「違う。アイズ達とは16階層で会ったから容疑者から外れる」

だが、その言葉をミクロは否定した。

「仮にアイズ達が殺したとしても実名共に有名な【ロキ・ファミリア】が街に入れば誰か気付く」

冷静に事実を告げるミクロに取り巻きが今度はミクロに指を向ける。

「ど、どうしてお前はそんなに冷静なんだよ!?ガキの癖に!?」

「慌てる必要がないし、たかが死体に慌てる理由もない」

手がかりを見つける為に周囲を探るミクロは変わらない口調でそう告げる。

「な、ならお前の【ファミリア】の――」

言葉の途中で取り巻きの頬に切り傷ができて、その後ろには投げナイフが壁に突き刺さっていた。

「俺の家族(ファミリア)を疑うことは許さない」

次はないと警告するミクロに取り巻きは恐怖のあまり腰を抜かす。

『………』

警告するミクロにアイズ達は無言だった。

投げナイフを取り出して投擲するまでの動作が見えなかったアイズ達。

場の空気が静まり返る中でミクロはハシャーナの荷物から血まみれになっている冒険者依頼(クエスト)の依頼書を取り出してフィンに見せた。

その中で解読できたのは『30階層』『単独で』『採取』『内密に』という言葉だけで残りの文字は血で読めなかったがフィンはそれだけでも予想は出来た。

ハシャーナは依頼を受け、犯人に狙われている『何か』を30階層に取りに行っていた。

それも素性を隠して【ファミリア】に話さず。

「……ミクロ・イヤロス。君はどう思う?」

「犯人はまだこの街にいる。そして、ハシャーナには協力者がいるはずだ」

犯人はハシャーナが持っている何かを狙って接触してきた。

だが、目的の物は見つかっていないということはハシャーナが犯人と接触する前にその協力者に目的の物を渡したとミクロは推測した。

「ハシャーナが素性を隠して【ファミリア】に知らせていないとなると恐らく別の【ファミリア】の誰かに渡した。そしてそれを知らない犯人はハシャーナに接触して殺して奪おうとしたがそれがなかった以上まだ目的を達成していない」

「なら、まだ街で姿をくらませている可能性はあるか」

ミクロの推測にフィンも同意するように頷く。

「後、この場にいた女の髪の色は赤だ」

ミクロの手には一本の赤い髪の毛。

ハシャーナを殺したであろう女性の髪の毛を見つけた。

「おお、お手柄だぜ!これで犯人の特定がしやすい!」

手がかりが見つかったことに喜ぶボールスにミクロは言う。

「ボールス。街を封鎖して冒険者を一箇所に集めてくれ」

「わかった」

神妙な顔で頷くボールスはすぐに行動をするとミクロはフィン達に視線を向ける。

「協力頼む」

「もちろんだ」

「任せて!」

「うん」

「ここまで来たら、ハシャーナの弔い合戦ね。絶対に犯人を捕まえるわよ」

「は、はいっ」

【ロキ・ファミリア】と共に協力しミクロ達はハシャーナを殺した犯人を捜し始める。

 

 

 

 

 

 

ボールスによって封鎖命令が下された『リヴィラの街』の中は、いつにないざわめきと動揺が伝播していた。

「………」

順調に集まっている中でミクロは違和感があった。

順調すぎることに。

ミクロ達はアイズ達と共にそれぞれ分かれていた。

不審な者を逃がさないように分かれて行動していたがミクロは冒険者が集まる前に何かしらの行動を移すのではないかと踏んでいた。

にも関わらず冒険者達は一箇所に集まっている。

ずっと数えて五百はいる冒険者の中に犯人とハシャーナの協力者がいる可能性が高い。

だけど、このまま身体検査を行えば犯人はほぼ特定できる。

何か策があるのか、もしくはもうこの街にはいないのかとミクロは思考を働かせる。

「セシル。万が一の為に警戒」

「え、は、はい」

嫌な予感がするミクロは万が一の時の為にセシルの警戒を強いらせる。

そして、地下の青空に見下ろされながら、犯人の特定に取り掛かる。

「まずは無難に、身体検査や荷物検査といったところかな?」

「うひひっ、そういうことなら……」

フィンの助言に嫌らしく笑うボールスは、顔を上げて女性冒険者達に叫んだ。

「よぅし、女どもぉ!?体の隅々まで調べてやるから服を脱げーッ!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

ボールスの要求を聞き、全ての男性冒険者が熱烈な歓声を上げるにたいして女性冒険者達からは大顰蹙の声々が飛んだ。

「馬鹿なことを言っているな。お前達、我々で検査するぞ」

雄叫びを上げる男達を放っておき、リヴェリアが検査を受け持つため歩み出る。

声をかけられたアイズ達はリヴェリアの後に従った。

「それじゃあ、こちらに並ん、で……」

自分の前に列を作るように指示しようとしたレフィーヤの声が、不自然と途切れる。

彼女の視線の先、女性冒険者達はアイズ達を見向きもせず、ずらりとフィンとミクロの前に長蛇の列を作っていた。

『フィン、早く調べて!?』『お願い!』『体の隅々まで!!』

『ミクロ調べて!』『ファンだったの!』『好きにしていいから!』

「……」

「わかった」

「ダメです!お師匠様!」

多くの少年趣味(おんな)が、遠い目をするフィンと女性団員の服を脱がせようとするミクロに詰め寄る。

脱がせようとするミクロにセシルが全力で止めに入った。

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

【覇者】ミクロ・イヤロス。

オラリオにおける女性冒険者人気の一、二を争う第一級冒険者の二人。

ミクロは自分が女性冒険者の間で人気があることは微塵も知らないが、フィンに負け劣らずの人気があった。

「お師匠様の代わりに私が調べますから一列に!」

ぶーぶー、と女性冒険者達が野次を垂れ流す中でセシルは大鎌を構えて殺気を放つ。

「それ以上喚いたら狩るよ?」

『………』

ドスの効いたセシルの声に女性冒険者達は一斉に静まり返った。

静まり返ったのを見てセシルは大鎌を背にかけて一列に並ばせる。

「お師匠様は荷物の方をお願いします」

「わかった」

セシルが身体検査でミクロが荷物検査を行い、一人ずつ調べていくと不意にミクロの耳に笛の音が聞こえた。

「お師匠様……?」

手を止めて突然周囲を警戒するように見まわすミクロに訝しむセシル。

スキルにより五感と第六感(シックスセンス)が強化されているミクロは蠢く何かの音を捉えて武器を構えた。

「セシル。来るぞ」

「え?」

高い城壁を乗り越えて街の至る所から吠声を上げる極彩色の花のようなモンスターを見てセシルは目を見開く。

「あれは……!?」

驚愕と同時に大鎌を構えるセシルは突然姿を現したモンスターに見覚えがあった。

怪物祭(モンスターフィリア)の際にアイズ達と共に倒した食人花のモンスターだった。

「なにモンスターの侵入を許してやがる!?見張りは何やってんだ!」

ボールスの怒号が響き渡る。

食人花のモンスター達に、街中心部の広場は騒然となっていた。

『―――――――――――――――アァッッ!!』

水晶の柱を破壊し、光り輝く破片の雨をばらまきながら、一輪の食人花が広場に到達するとそれを皮切りに、一挙、他のモンスター達が雪崩れ込む。

「セシルは他の冒険者を助けろ」

「はい!」

ミクロの指示に動き出すセシルにミクロはフィン達のところに駆け出す。

自分達より能力が高い食人花に恐慌(パニック)になる冒険者達は散らばって逃走する。

「フィン」

「ああ」

リヴェリアとボールスに指示を繰り出したフィンは言いたいことがわかるかのように頷く。あまりにも作為的過ぎることに。

怪物には不可能である戦略的行動に二人の答えが一つに当てはまった。

殺人鬼は調教師(テイマー)と。

五十以上もしくはそれ以上に増えるかもしれない食人花にミクロは触手を斬り払いながら襲われている冒険者達を救出に向かう。

数が多い食人花にミクロは『ヴェロス』を発動させるとその魔力に反応した食人花はミクロに向かっていく。

だけど、ミクロにはそれは好都合だった。

『砲弾』として放たれた矢は向かってきた食人花を一斉の葬った。

だが、それも数体だけで数があまりにも多いことからミクロはすぐさま『ヴェロス』を解除する。

魔法で倒そうにも逃げ回っている冒険者も巻き込んでしまう為にミクロはティオナ達が広場に冒険者を集めるまで地道に倒していくことにした。

「ハッ!」

大鎌を振り回して食人花を切り裂いていくセシルは他に襲われている冒険者を探しては救助に向かおうとするが立ち直り始めてきている冒険者を見て少しずつではあるがこちらが優勢になってきていることに気付いて一安心する。

「セシル」

「お師匠様!」

セシルに駆け寄ったミクロは指示を飛ばす。

「お前は他の冒険者と共にモンスターの殲滅。俺はフィンのところに行って状況を把握してくる」

「はい!」

指示を飛ばしてフィンの下に駆け出すミクロだが、その足は突如現れた巨躯のモンスターによって止まった。

女体を象った上半身に十本以上の足はうねると蠢いている。

始めて見た女体のモンスターは真っ直ぐと中心部に向かってきた。

「フィン。あれは深層のモンスターなのか?」

「違うとは言い切れないね。前の遠征でも50階層で似たようなモンスターと遭遇(エンカウント)したが恐らくあれも新種だ」

「どこから現れた、と問いただしたいところだが……始末する方が先決だな」

「ああ、そうだね」

「わかった」

「何でてめえ等はそんなに冷静なんだ!?ちったあ慌てろ!」

ボールスの悲鳴が響き渡り横で、三人は巨躯を見上げた。

レフィーヤと犬人(シアンスロープ)を抱え逃げ込んできたアイズに続き、その食人花の足を侵入させ、轟音とともに女体型が広場へ到着する。

「………」

ミクロは一度周囲を見渡して冒険者が一箇所に集まっていることと食人花のモンスターが減っていることを確認して『リトス』から魔杖を取り出す。

「フィン。援護を頼む」

「倒せるのかい?」

尋ねるフィンにミクロは頷いて応えると女体型のモンスターに向かって駆け出す。

「ティオネ!ティオナ!ミクロ・イヤロスの援護を!」

「はい!」

「うん!」

「リヴェリア、それにレフィーヤも魔法の準備を頼む!」

「わかった」

「は、はい!」

駆け出すミクロの横に疾走するティオネとティオナにミクロは走りながら詠唱を口にした。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

詠唱を口にするミクロの足元からは白く輝く魔法円(マジックサークル)が展開される。ミクロがLv.6に【ランクアップ】を果たした時に発現した発展アビリティ『魔導』。

「【礎となった者の力を我が手に】」

ミクロの魔力に反応した食人花と女体型のモンスターは何十もの触手をミクロに向けて放つがそれをティオネ達が切り裂いてミクロを庇う。

「【アブソルシオン】」

詠唱を完了させてミクロは再び詠唱を始める。

「【雪原の白き前触れは全てを凍結して崩壊へ誘う】」

その魔法はかつて倒した【シヴァ・ファミリア】の団員エスレアの魔法。

「【風を巻き、光さえも閉ざす絶対零度の厳冬の前に何者も抗う術はない】」

膨れ上がる魔力に女体型のモンスターは震える。

『―――――――――――――ッッ!!』

食人花の足が大きく吠え、目標の魔力に飛びかからんとする。

「【アルクス・レイ】!」

飛びかからんとする触手をレフィーヤが魔法で支援し、ティオナ達も撃ち損ねた触手を切り裂いていく。

「ミクロの邪魔は」

「させないよ!」

「【砕け散る者にせめてもの慈悲と美景を与えよう】」

【ロキ・ファミリア】に守られながらミクロは詠唱を続ける。

「【無常の吹雪が汝を冥府に導く】」

そして、詠唱が完了してミクロは魔杖を女体型のモンスターに向けた。

「【アースフィア・スファト】」

放たれたのは回避不可能のブリザード。

触れた者を全て凍結させる絶対零度の凍結魔法に女体型のモンスターどころかその周囲にいた食人花は凍結され、動きが完璧に停止した。

「たたみかけさせてもらおうか」

フィンの言葉にミクロ達は一斉の凍り付いた女体型のモンスターに攻撃を叩き込み女体型のモンスターは完全に砕け散った。

「やった―――――!!」

女体型のモンスターを倒して歓喜の声を上げるティオナにこの場にいる全員が一息つく。

だけど、その場にはミクロの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

食人花のモンスターが全滅一方、アイズと赤髪の女は都市の西に戦場を移していた。

「っ!」

「便利な風だな」

アイズは魔法を既に使用して剣の切れ味、速度ともに上昇している。

それでも赤髪の女はアイズの風を圧倒している。

【エアリエル】を遺憾なく使用しても、相手は一歩も引かず、純粋な白兵戦でアイズの猛攻を防いでは攻めかえる。

「……っ」

アイズは冷静ではなかった。

赤髪の女から告げられた『アリア』という言葉を聞いてアイズの心は激しく揺れている。

柄を握りしめる手の力を増し、一段と剣速が上がった。

アイズの視界から全てのものを取り除き、目の前の敵に剣を振るう。

「―――――人形のような顔をしていると思ったが」

だが、激しい心の動きにより、常時よりも前のめりになったアイズの剣筋を、赤髪の女は見逃さなかった。

大振りになったアイズの剣を躱して、風を引き千切る一撃を見舞った。

すくい上げるような拳砲。

籠手(ガントレット)を失った左手が気流の鎧ごと腹部を強打し、細身の体を後方に殴り飛ばす。

「っ!?」

強制的に後退させられ態勢を崩すアイズは速攻で態勢を立て直そうとするがそれよりも早く赤髪の女が長剣を振りかぶり、眼前に踏み込んだ。

「――――」

ぞくっっ、と。

アイズは全身という全身を悪寒が駆け巡った。

振り下ろされる長剣にアイズは風鎧(エアリエル)を最大出力、そして驚異的な速度で《デスぺレート》を前に構えた。

瞬間。

「――――――――――ッッ!?」

轟音が爆発した。

左斜めに斬り下された長剣は《デスぺレート》の防御と風の気流を突き抜け、アイズの身に衝撃を貫通させる。

宙を飛ぶアイズは後方の瓦礫に叩きつけられる。

「うっっ!?」

激突した背中が瓦礫を盛大に砕く。

神経が断線したかのように一瞬言うことが聞かなくなる。

「やっと終わりだ」

剣身が爆発し粉々に砕け散った長剣を捨て、赤髪の女は疾駆する。

地面に膝をつくアイズに向かって突撃し、その右腕を背に溜める。

対応できない。

顔を歪めるアイズ目がけ、籠手(ガントレット)に包まれた掌底が打ち出された。

「なにっ?」

「アイズ無事か?」

その掌底をミクロは受け止めて防いだ。

「ミクロ……」

女体型のモンスターを倒して誰よりもその場に駆け付けたミクロは視線を赤髪の女に向ける。

友達(アイズ)を傷つけるな」

「っ!?」

ミクロの拳が赤髪の女の腹部に直撃し、吹き飛ばす。



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New11話

「チッ」

あと少しでアイズに止めをさせれるところでミクロが赤髪の女の拳を受け止めて更に腹部に一撃入れて強制的に後退させる。

赤髪の女は舌打ちをして態勢を整えて向かってくるミクロに拳を撃ち出すがミクロはそれを回避する。

「アイズさん!」

「アイズ!」

駆け付けてきたレフィーヤ達。

レフィーヤはすぐに回復薬(ポーション)を取り出してアイズの身体を支えるように手を添えていた。

アイズが回復している中、ミクロと赤髪の女の戦闘は熾烈を極めていた。

赤髪の女の戦鎚のような両腕に対してミクロはそれを紙一重で回避してはナイフと梅椿で赤髪の女を傷付けていく。

しかし、それはかすり傷程度の傷で赤髪の女にとっては大したことではない。

「お前がハシャーナを殺したのか?」

「……お喋りとは余裕があるな」

赤髪の女はミクロの問いを否定しなかったことに手加減をするのを止めた。

「なら容赦しない」

ナイフを振るうミクロの攻撃を回避して赤髪の女は思い切り腰をひねり、裏拳のごとく薙ぎ払いを放った。

「っ!?」

だが、赤髪の女は驚きの余り目を見開いた。

並みの冒険者なら一撃で粉々に出来る剛腕にミクロは直撃したにも関わらず大したことはないかのように平然と赤髪の女の攻撃を受けた。

その桁外れな耐久力。だけど驚くのも束の間、ミクロは左指に嵌めている『レイ』を使用して赤髪の女に電撃を放出させる。

「ぐっ!?」

先程ミクロが傷つけて流れた血がより電撃を通して通常より損傷(ダメージ)を与えるが、それでも赤髪の女は一瞬怯むだけで再びミクロに拳を放つ。

「二度も受けるつもりはない」

今度は回避してミクロは肘と膝の間を挟むように上下から攻撃して損傷(ダメージ)を受け流す隙間も与えずに赤髪の女の腕を破壊した。

かつてのエスレアの修行で身に着けた体術はどれも人を破壊するのに適しており、ミクロはそれを全て収得している。

「ぐ―――――ァ!?」

腕が砕かれた赤髪の女の一瞬の怯みをミクロは見逃さずナイフと梅椿で赤髪の女を切り刻んだ。

「これで終わりだ」

「っ!?」

跳躍して赤髪の女の頭部にかかと落としを喰らわせて地面に叩きつける。

「………」

アイズはその戦闘に戦慄するしかなかった。

自分が手足もでなかった相手をミクロは苦戦を強いられることなく勝利した。

前に自分と戦った時よりも明らかに強くなりすぎている。

そして自分がこんなにも弱いことに自然に手に力が入った。

「抵抗されても面倒だ。手足を斬り落とす」

赤髪の女を見下ろしながら冷酷に淡々と告げるミクロはナイフを構えてまずは逃げられないように足から斬り落とそうとナイフを振るう。

だが、ナイフは赤髪の女の足には届かなかった。

それを邪魔する者がミクロのナイフを防いだからだ。

「誰だ?」

体格からして男と思われるその者はフードで顔を隠してその手に持つ剣でミクロのナイフを受け止めた。

「レヴィス。遅いから迎えに来てみればまさかやられていたとはな」

「……黙れ」

フードの男の言葉に苛立ちを隠さことなく言い放つレヴィスは起き上がる。

「まぁ、今回は相手が相手だ。私が時間を稼ぐからお前はこの場から離れろ」

「……言われなくてもそうする」

「逃がすと思っているのか?」

フードの男の剣を斬り払ってレヴィスを捕まえようとするミクロだが再びフードの男が妨害する。

「君の相手は私だ。ミクロ・イヤロス」

その言葉にミクロはこのフードの男が誰なのか察したが今はそんなことは後だった。

視線をこの場にいるフィン達に向けるとフィン達も頷いてレヴィスを捕らえようと動き出す。

「悪いけど、彼女を逃がす邪魔をさせるわけにはいかない」

「っ!?」

交差している剣の姿が突然変わったと思った時、突然の衝撃にミクロは瓦礫まで叩きつけられた。

男は更に剣の姿を変えて一瞬でフィン達の前に現れて剣を振るった。

「これは……!?」

槍で防御するフィンはフードの男が持つ剣に心当たりがあった。

「何をしている?いくら私でもそこまで時間は稼げないぞ」

「……わかっている」

怒りで顔を歪ませながらレヴィスはミクロに視線を向けた。

「借りは返す……必ず」

それだけを告げてレヴィスは脇目を振らず速やかに逃走した。

レヴィスの逃走を確認したフードの男は軽く息を吐いた。

「さて、私も逃げたいところだがそう簡単には行かないか」

この場には負傷しているアイズを含めて第一級冒険者が三人いる。

ティオナとティオネは万が一に備えて街で待機を命令したフィンだが、今はそれを少しばかり後悔した。

「……まさかこんなところで再会するとは思いもよらなかったよ。ジエン・ミェーチ」

「久しいな、フィンそしてリヴェリアよ。こんな形で再会するとは思いもよらなかった。偶然の再会という言葉は実在していたのだな」

フードを取り払う男は顔を見せる。

長い耳を見て種族はエルフとわかる。だが、その瞳はミクロが嫌という程わかる破壊に悦びを知った者の瞳をしていた。

ジエンは瓦礫から立ち上がったミクロに視線を向ける。

「ミクロ。君ときちんと会うのは初めてだ。一応名乗らせてもらう。私は【シヴァ・ファミリア】、破壊の使者(ブレイクカード)の一人、ジエン・ミェーチだ」

「………」

名乗るジエンにミクロは無言で答える。

二人のやり取りにフィン達は思案するがその前にジエンが答えた。

「君も名乗りたまえ。へレス団長とシャルロット副団長の子として自身の親に恥ずかしい思いはさせたくないだろう?」

その言葉にフィン達の視線はミクロに集まる。

かつては壊滅された最悪の【ファミリア】。

ミクロがそのトップの子供だという真実に驚愕した。

「関係ない」

だけど、ミクロははっきりとそう告げた。

「関係なくはないだろう?君の両親の――」

「俺はアグライアの眷属(ファミリア)。邪魔をするならお前は俺の敵だ」

ナイフと梅椿を構えなおすミクロにジエンは軽く息を吐く。

「【ファミリア】を自身の親も捨てるというのか?」

【シヴァ・ファミリア】を過去の記憶として捨てるのかと尋ねるジエンにミクロは自身の胸に手を当てる。

「過去があるからこそ今の俺がいる。だから俺は今の家族と共に未来を歩む。その道を邪魔する奴は誰だろうが倒すだけだ」

相手が【シヴァ・ファミリア】でも誰であってもミクロには関係ない。

その道を邪魔する者を倒すだけ。

その答えを聞いたジエンは納得した。

「過去を受け入れ、今を未来の為に戦う。単純(シンプル)でとてもいい答えだ」

ジエンは剣の切っ先をミクロに向ける。

「なら交えよう」

「フィン、リヴェリア、アイズ達も手を出すな」

得物を構えるにつれてミクロはフィン達にそう告げる。

こいつは自分が倒さなければならないと言わんばかりの迫力にフィン達は傍観に徹する。

「いいのか?」

「仕方ないさ。これは彼等の問題だ」

二人の意志を尊重する物言いだが、フィンはジエンが弱ったなら迷うことなく捕縛することを視野に入れている。

例えミクロを切り捨てたとしても。

駆け出すミクロにジエンは迎撃するように剣を横に薙ぐがミクロはそれを容易に回避して懐に侵入するとナイフで斬りかかる。

だが、ジエンは重心を移動させて回避して剣で斬りかかる。

その時、剣の姿がまた変わっていた。

「それは……」

「ええ、君の母親シャルロット副団長が作り出した魔道具(マジックアイテム)『アビリティソード』。彼女はこれを魔武具(マジックウェポン)と呼んでいる」

魔術師(メイジ)の手から生み出される魔法の道具を『魔道具(マジックアイテム)』。

それとは逆の呪術師(ヘクサー)が『呪詛(カース)』を込められて生み出された武具を『呪道具(カースウェポン)』という『特殊武装(スペリオルズ)』が存在している。

「………」

ミクロも魔道具(マジックアイテム)を作製できる。

ジエンが持っているのがどのような効果を持つものかはある程度把握できている。

恩恵(ファルナ)』にある【基本アビリティ】『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』を元に作製されている。

だけど、それならミクロも作製できる。

それが何故武具と呼称されていることに違和感があった。

得物を交差するとき、ジエンの剣の姿が変化する。

だけど、一度は見た剣の形状にミクロはすぐさまジエンの剣を受け流す。

「一度見ただけでもう対応できるのか。流石だ」

ジエンが披露した魔武具(マジックウェポン)『アビリティソード』の内三つをミクロは確認済みだった。

始めに見た剣の形状変化は『力』。

剣、もしくは所有者の力を何倍にも跳ね上げることが出来る。

フィン達に一瞬で移動した時は『敏捷』。

所有者の速度を跳ね上げる。

ミクロと交差している時に変化していたのは『器用』。

所有者の剣の技術を上げる。

それぞれの剣の形状を見ればどのような能力が備わっているかすぐに理解できる。

まだ見せていない残り二つ『耐久』と『魔力』もそれに特化した能力と踏んでいる。

「だけど、これの恐ろしさはこれからだ」

ミクロのナイフを斬り払ってジエンは剣を振り上げる。

剣の形状は『力』と把握できているミクロは力では分が悪いと判断。

回避を行い、すぐにジエンの懐に潜り込んで攻撃を仕掛けると思考を働かせる。

「っ!?」

だが、ミクロは直感的に大きく後退した。

突然、足場が大きく揺れて地響きが発生した。

18階層全体が震えているかと思わせるような地響きに驚愕しながらミクロは視線をジエンから外さなかった。

「……それが魔武具(マジックウェポン)の力か」

剣が振り下ろされていた場所は大きく抉れ、クレーターが生み出されていた。

たった一振り。

それも特に力を込めた様子もないその一振りでクレーターを生み出した。

『力』の形状でこれほどの威力が生み出されるのなら残り四つもこれと同等かそれ以上と考えられた。

魔武具(マジックウェポン)の威力を見てこれは自分では似たものはできても、同じものは作れないと思わされたと同時に自分の母親はこんなものを作っていたのかと驚かされる。

「頃合だな……」

ジエンは剣を鞘に納める。

先程の一撃で周囲には砂煙が舞っている。

フィン達もいるなかで逃げるのが今が好機だということはミクロにも容易に想像できた。

「ミクロ。君は家族と共に未来を歩むと言っていたな」

「ああ」

「なら、君は【ファミリア】を去って静かに暮らすべきだ。君が今の【ファミリア】にいる限り私達は永遠に君達を襲い続ける」

それは助言も含まれた忠告だった。

「私はシヴァ様に忠誠を誓っているがシャルロット副団長には恩がある。その恩を代わりに君に返そう」

ジエンは告げる。

「シヴァ様は君が生きている限り追いかけ続ける。もし、君が今のまま未来に進むというのならそれは破滅の道だ。だが、オラリオを去り、どこかで静かに暮らせばまだ平穏に生きて行けるだろう。愛する者がいるのなら尚更そうしたほうがいい」

ジエンはミクロに背を向けて歩き出す。

「何故シヴァはそこまで俺を狙う?」

「特別だからだ。私達破壊の使者(ブレイクカード)よりも遥かに」

砂煙と共にジエンは姿を消した。

「……破滅の道、か」

ぽつりと口から洩れるようにそう言った。



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New12話

リヴィラの街の事件からミクロ達は地上へ帰還してすぐに負傷者の救護、地上撤収時の護衛、事件の顛末をギルドに報告などの後始末を行っていた。

自分達の主神であるアグライアにもそれを報告したミクロ達。

「………」

ギルドに提出する報告書を終わらせたミクロはジエンの言葉が頭から離れなかった。

シヴァの狙いが自分なら自分が【ファミリア】から離れたらもう【ファミリア】が狙われる理由がなくなる。

だけど、そんなことをしたらリューに凄く怒られることが容易に想像できた。

ミクロはこの【ファミリア】が自分にとって大切な場所であり守りたい家族が住む家。

帰還してきた自分達を心配してくれたことにミクロは嬉しかった。

だが、【シヴァ・ファミリア】がいる限り何度も自分をそして【ファミリア】の皆を狙ってくる。

それこそジエンの言う通り破滅の道でしかなかった。

【アグライア・ファミリア】で破壊の使者(ブレイクカード)に対抗できるのはミクロ一人だけ。

たった一人で【ファミリア】の全てを守ることはできない。

なら、自分一人を犠牲に家族(ファミリア)を守るのが最善かもしれないとミクロはそう考えてしまう。

「団長。少しよろしいか?」

「問題ない」

執務室の扉を開けて入って来たのはスウラだった。

「どうした?」

「団長。ベルの事なんだが少し気になるのを見かけたんだ」

ベルが他派閥のサポーターと一緒に行動していたことを見かけたスウラ。

別にそれだけならスウラもミクロに尋ねることはしなかったがベルの隣に歩いていたサポーターが【ソーマ・ファミリア】の団員だった。

変な噂が多い【ソーマ・ファミリア】に流石のスウラもこの事を団長であるミクロに報告することにした。

「【ソーマ・ファミリア】か……」

中堅の探索(ダンジョン)系【ファミリア】で少し商業系にも関わっている【ファミリア】。

特に注意することはない【ファミリア】だが、一つだけ言えるのは金に執着しているということだけ。

ベルを騙して金を貢がせていると考えたが上位派閥である【アグライア・ファミリア】にそんなことをする輩はそうはいない。

「スウラ。しばらくの間はベルとそのサポーターを影から監視していてくれ。状況と判断はスウラに任せる」

「了解」

了承して執務室から出ていくスウラ。

「俺も報告書を出しに行くか」

仕上げた報告書を持ってギルドに向かうミクロ。

ギルドには赤髪の女、レヴィスの特徴のみ要注意人物(ブラックリスト)に記載されている。

下級冒険者達に下手な混乱を与えないようにということもあって事件のほとぼりは冷めつつある。

殺されたハシャーナはミクロが責任を持って【ガネーシャ・ファミリア】に届けた。

遺体を地上で埋葬出来るように。

『深く感謝する』

【ガネーシャ・ファミリア】の主神であるガネーシャはミクロに感謝の言葉を述べた。

ギルドに赴きミクロは手短にいたギルドの職員に報告書を渡してギルドを出る。

「―――――ミクロ・イヤロス」

と、ギルドを出ようとしていたミクロの名を呼ぶ声が聞こえた。

「リヴェリア」

「すまない。少し時間を頂けないだろうか?」

「問題ない」

ミクロに声をかけてきたのは【ロキ・ファミリア】副団長のリヴェリアだった。

どこか心苦しいような表情を浮かべているリヴェリアにミクロは承諾してリヴェリアに連れられて近くの喫茶店へ足を運ぶ。

「君と二人で話すのは初めてだな」

そう言うリヴェリアにミクロは頷いて応える。

「さて、まずは何から話そうか?取りあえずは互いに先日の事件に関する情報交換を行おうか?」

「わかった」

リヴェリアの案に互いにリヴィラの街で起きた事件の情報を交換してことの詳細を確かめある。

「なるほど。互いに無事で何よりだ」

取りあえずは互いの【ファミリア】に被害が出なかったことに喜ぶとリヴェリアは本題に入る。

「ミクロ・イヤロス。君が【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供というのは事実なのか?」

「ジエンの言葉通りだ。俺は【シヴァ・ファミリア】の眷属、へレスとシャルロットの間に生まれた」

「……そうか」

顎の手を当てて納得するリヴェリア。

「俺からも一つ聞きたい」

「何だ?」

「リヴェリア達とジエンにどういう関係なんだ?敵対していたのか?」

ジエンは明らかにフィン達の事を知っていた。

それも二人の事をよく知っているような口ぶりで。

「……そうだな、君には知る権利がある」

リヴェリアは一息ついて真剣な顔つきで告げる。

「ジエン・ミェーチは元々【ロキ・ファミリア】の一員だ」

二十年以上前、まだ【ロキ・ファミリア】が中堅クラスの【ファミリア】だった頃にジエンは【ロキ・ファミリア】に入団した。

ジエン本人も誠実で堅気な性格から主神であるロキ本人も特に反対もせずにジエンの入団を認めた。

「だが、ジエンには一つ問題があった」

「問題?」

聞き返すミクロにリヴェリアは答える。

「ジエンは魔法が使えなかったんだ」

エルフは魔法種族(マジックユーザー)と呼ばれるほど魔法に秀でている種族。

神の恩恵を授かれば誰でも最低一つは魔法が使えるが、どういうわけかジエンは魔法スロットが一つも存在しなかった。

生まれつきなのか体質なのかは当時の【ロキ・ファミリア】では調べることは出来ず、ジエンも魔法が使えないことに少なからずのショックはあったが剣の道を選んで【ファミリア】に貢献しようと努力を重ねた。

だが、周囲がジエンの存在が気に食わなかったのかジエンを貶める言葉があった。

エルフの癖に魔法が使えない。

その言葉が特に同胞であるエルフがジエンを貶めた。

フィン達はその事をどうにか止めさせようと努めたが人の口には戸が立てられない。

噂が広まり、少しずつジエンの心は貪られていった。

それから数年後、ジエンは【ロキ・ファミリア】を去った。

これ以上迷惑をかける訳にはいかないと主神であるロキを説得してジエンは姿を消した。

「そして再び彼の姿を見た時、そこには私が知るジエンの姿はなかった」

ジエンは【シヴァ・ファミリア】に所属していていた。

アビリティソードを手に持つジエンは破壊の悦びを知り、多くの同胞(エルフ)を手にかけていた。

まるで今まで自分を見下してきた者を見返すかのように。

多くの同胞(エルフ)を手にかけたジエンの二つ名は【同胞殺し(エルフキラー)】。

『何故だ!?答えろ!?ジエン!』

『貴女には理解できないでしょう。力を持って産まれてきた貴女には』

再会した時にはもう手遅れだった。

そこにはもう昔のジエンの面影すら存在していなかった。

「………」

当時の事を思い出したリヴェリアは沈痛な表情を浮かべる。

それから数年後には【シヴァ・ファミリア】はゼウス・ヘラの両【ファミリア】によって壊滅され、ジエンはギルドに幽閉された。

だけど、またも再会したジエンにリヴェリアはかける言葉さえも思いつかなかった。

「ミクロ・イヤロス。こんなことを頼むのは都合が良く筋違いなのは理解している。だけどこのとおりだ」

リヴェリアはミクロに頭を下げた。

「私ではもう奴を止めることは出来ない。だから君が彼を止めてあげてくれ」

リヴェリアはミクロに懇願した。

アイズ達と歳も変わらず他派閥であるミクロにこんなことを頼むのは間違いだとリヴェリアも理解している。

だけど、自分ではどうすることも出来ない以上リヴェリアに残された方法はこれしか思いつかなかった。

最低な方法を選んだ自分を許すことは出来ないがそれ以上にこれ以上ジエンに罪を重ねて欲しくはなかった。

仲間を助けることができず、苦しんでいるジエンを放置して最悪な存在にしてしまった責任がリヴェリアにはある。

だから自分のとっての最善を選んだ。

例えそれがどれだけ最低なことだとしても。

「……少し考えさせて欲しい」

「……ああ、すまない」

二人はそこで別れてミクロは本拠(ホーム)に帰還して自室に入る。

ジエンの経緯を知ってしまったミクロはどうすればいいのかわからなかった。

【シヴァ・ファミリア】の問題は自分にある。

その眷属の子として生まれ、更にはその主神であるシヴァに狙われている以上ミクロは追われる立場にある。

ミクロはただ家族(ファミリア)と一緒に生きて行きたいだけなのに。

「ミクロ。入りますよ」

「問題ない」

部屋の扉を開けてリューはミクロの自室に入る。

「何かあった?」

「ミクロ、貴方は一人で抱え過ぎだ」

何かあったのかと尋ねるミクロにリューは率直にそう言った。

「貴方とはもう何年の付き合いがあるんですから表情を見れば大体の察しはつきます。また【シヴァ・ファミリア】の誰かと交戦したのでしょう?」

五年以上も共に生活してきたリューはミクロのちょっとした変化でも気が付いた。

「……ジエンと戦って俺の進む道は破滅の道って言われた」

もう隠し事ができないことにミクロはリューに全て話した。

それを聞いたリューはミクロに告げる。

「ミクロ。貴方に死ぬようなことがあれば私は自ら命を絶ちます」

「っ!?」

「そうでもしなければ貴方はまた自分一人を犠牲に全てを終わらせようとする」

自分の命を人質にしてリューはミクロを脅した。

それがミクロにとって一番辛いこととわかっていながら。

「だから進めばいい。貴方が信じた道を。私もその道を共に歩きます」

だからこそ告げる。

その道が破滅の道だとしても自分が必ず隣にいると。

「駄目だ」

だけど、ミクロはそれを拒絶した。

「【シヴァ・ファミリア】は俺の問題で対抗できるのも俺だけだ。だからその道をリューに歩かせるわけにはいかない」

自分に万が一のことがあってらこの【ファミリア】を纏められるのは副団長であるリューが一番の適任者。

【ファミリア】の今後も考えてリューを自分の個人的問題に巻き込ませたくなかった。

リューはミクロの傍まで近づいてミクロの手を強く握りしめる。

「ミクロ。私はもう二度と貴方を失いたくない」

かつてはリュー達は人質に取られてシャラに殺された時の悲しみ、絶望。

あんな思いをリューは二度としたくなかった。

「……ごめん」

でも、それでもミクロは決して首を縦には振らなかった。

「それでも俺は皆に危険な目に会わせたくない」

その結果が自分が死ぬことになっても。

リューに辛い思いをさせても。

全ては自分一人で終わらせられることが出来る。

「ミクロ。私は貴方を愛している」

それは唐突なまでの告白(プロポーズ)

「俺もリューのことが好きだ」

「ええ、知っています。ですから今は私の気持ちだけ貴方に伝えます」

ミクロはリューの事が好きなのは家族として仲間としての親愛に近い。

だけど、その答えを知っているがリューはそれでも自分の気持ちを伝える。

「愛してます」

ミクロの頬を押さえて二人の唇は重なる。

「?」

だけど、ミクロには何故唇を重ねるのかその意味がよくわからなかった。

リューが何故唇を重ねる必要があるのか。

それにどんな意図が意味があるのかわからない。

どうして胸の中がこんなにも暖かい気持ちで一杯になるのか。

アグライアに抱きしめられるような気持ではない。

それをどう言葉に表せばいいのかわからない。

思考が定まらない中でリューは唇を離してミクロを抱きしめる。

「今は何も答えなくていい。ただ……忘れないでください、貴方を大事に想っている者がいるということを」

「………わかった」

どう答えればいいのかわからないミクロは定まらない思考の中で今できることはリューの頭を撫でることぐらいしか思いつかなかった。

「………」

愛している。それが何を意味しているのかわからないミクロだが、一つだけ言える事があった。

自分は死ぬ訳にはいけない。

それだけは確かに理解出来た。

 



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New13話

「シッ!」

ダンジョン7階層でベルはナイフと両刃短剣(バセラード)でキラーアントを倒していく。

そしてモンスターを倒すベルのすぐ近くには一人の少女がバックパックを持ってモンスターの死骸を一箇所にまとめていた。

ベルがサポーターとして契約した他派閥のサポーター、リリルカ・アーデ。

「セイ!」

『ギシャアアッ!?』

断末魔を上げて絶命するキラーアントにベルは一度周囲を見渡して他にモンスターがいないことを確認して息を吐いた。

「ベル様は本当にお強いのですね」

「ううん。僕なんてまだまだだよ」

褒めるリリに苦笑しながら謙遜するベル。

目標としているミクロやアイズに比べればまだまだ足りない。

「御冗談を。普通なら3人以上でパーティを組むんですよ?それを単独(ソロ)で倒し切れるのはベル様の実力です」

リリの言葉通り、本来ならパーティを組んで攻略するのをベルは単独(ソロ)で行っている。

「ベル様はどうしてお一人なのですか?ベル様の【ファミリア】なら他にも冒険者様方とパーティを一緒にさせてもらおうとは思わないのですか?」

「……そうなんだけど僕はまだまだ他の皆と比べて弱いし足手まといにはなりたくないんだ……」

あははと笑いながら言うベル。

「やはり上位派閥それも【アグライア・ファミリア】の皆様方はお強いのですね」

「え、そうなの?僕はまだ他の皆の実力がよくわからないからとにかく強いとしか言えなくて……」

「……ベル様はもう少しご自身の【ファミリア】のことを知るべきです」

呆れ気味に言うリリにベルは言葉を詰まらせる。

「【アグライア・ファミリア】は五年前に結成された【ファミリア】とリリは聞いています」

「五年前?」

「ええ、とはいえリリも詳しくは存じませんがたった五年で【ファミリア】を上位派閥まで上り詰めたのは【アグライア・ファミリア】のみです」

「それってすごいことなの?」

「当然です。たった五年で上位派閥まで上り詰めるなんて普通では考えられません」

その異常ともいえる速さで強くなっていった【アグライア・ファミリア】。

「特に団長の【覇者】ミクロ・イヤロス様の話題は尽きません」

「ど、どんな話題なの……?」

「一つの【ファミリア】の精鋭をたった一人で倒し切ったり、魔法が直撃したにも関わらず平然としていますし、階層主を一人で倒したことも割と有名ですよ」

「そ、そんなに………」

リリの言葉を聞いて唖然とするベル。

目標の一人がそれだけの実績を積み重ねているなら自分は何年かければ追いつけれるのかと頭を悩ませる。

「ベル様。よく【アグライア・ファミリア】に入れましたね」

「……僕もそう思う」

今になってよくそんなに有名な【ファミリア】に入れたことに疑問を抱く。

「まぁ、【ファミリア】の事に関してはベル様が聞いた方がいいでしょう。それより今日はこれくらいにしましょう」

「あ、うん。そうだね」

リリの言葉に同意するベル達は地上に目指す。

その道中でリリはベルが持っている装備に視線を向ける。

リリルカ・アーデは初めからベルの装備を盗む為にベルに近づいた。

お人好しで騙されやすそうなベルはリリにとって格好の的だが、ベルに近づいて一つのミスを犯してしまった。

それはベルが【アグライア・ファミリア】の団員だということ。

上位派閥まで上り詰めた【ファミリア】。その中で団長であるミクロは多くの冒険者達に恐れられている。

万が一に盗みがばれてしまえばリリはどうなるかわからない。

万全を期すまでに今はベルに付き添う。

「さぁ、ベル様。こちらの方が近道ですよ」

「うん」

全ては【ソーマ・ファミリア】から脱退する為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

本拠(ホーム)に帰還したベルは荷物を自室に置くと夕食まで時間があると思い、先に汗を流い落とす為に浴室に向かう。

「いつ来ても広いな……」

脱衣所で服を脱いで浴室に足を運ぶと数十人は余裕で入れるほどの湯船やそれに見合う広い浴室。

所々に豪華な造りになっており、装飾も豪華の一言。

主神であるアグライア本人の拘りがあって造られたことはアグライアしか知らない。

ベルは【ファミリア】に入る前はこんなに豪華な浴室など使ったことがなかった為初めは恐れ多かったが今ではある程度慣れてきた。

「……ベル?」

「あれ~ベル君も~お風呂かな~?」

名前を呼ばれたベルはそちらに振り返るとそこには背中をアイカに洗って貰っているミクロの姿があった。

「あ、あああああ、あのッ!」

「落ち着け」

バスタオル姿のアイカを見て顔が一気に紅潮するベルに落ち着くようにミクロが声をかける。

「ア、アア、アイカさんどうして!?い、今は男性の時間のはずじゃ!?」

「私はミクロ君の家政婦(メイド)だよ~。背中を洗うのはお仕事だからね~」

恥ずかし気もなくただ微笑ましく笑みを浮かばせて告げるアイカだが、実際のところは今日が初めてだった。

いつもはリューや他の団員達に妨害されていたがどういう訳か今日はその妨害が緩かった為容易に侵入して入浴中だったミクロの背中を洗いに来た。

「ベル。湯船の浸かる前に体を洗えよ」

「ベル君も~洗ってあげようか~?」

「だ、大丈夫です!自分で洗えますから!!」

手をワキワキと動かすアイカを見てベルはミクロ達の近くに座って体を洗い始める。

しかしどうしてもアイカの方に視線を向けてしまうのは男として仕方がないこと。

「ふふ~どうしたのかな~?」

「い、いえ、なんでもありましぇん!」

思わず噛んでしまったベルにアイカはくすくすと笑う。

ベルの反応が初々しくてどうしてもからかってしまいたくなる。

緊張しながらも体を洗っていくベルは不意にミクロに視線を向けた。

いつもつけている眼帯は今はなくその下は大きな傷跡があった。

身体も鍛えられているというよりもむしろ女性のように細くしなやかな体つきだった。

だけど、その体にはいくつもの傷跡が存在していた。

「どうした?」

「あ、えっと、すみません……」

ベルの視線に気づいたミクロはどうしたのかと尋ねるとベルは視線を外して謝るが今日、リリと話していたことを思い出した。

自分の【ファミリア】のことをベルはまだよく知らない。

「………あの、団長のその傷は?」

だからこそベルは思い切って踏み込んでみた。

もっと自分の家族(ファミリア)のことを知る為に。

「訓練やダンジョンでついた傷。後は戦った時に付いた傷」

正直に答えるミクロにベルは更に尋ねる。

「団長は誰に戦い方を教えてもらったんですか?」

「基本はリューが教えてくれた。後は独学」

ベルの質問に淡々と答えるミクロ。

なるほどとミクロの新しいことが知れたベル。

「どうしたら僕も団長のように強くなれますか?」

「止めろ」

「え……?」

「俺のようになったらいけない」

ハッキリと告げるミクロにベルは思わず息を呑んだ。

それがどういう意味なのかはわからないベルだったがその言葉は酷く重く感じた。

「そういえば~ベル君は魔法は覚えたの~?」

「あ、え、えっとまだですけど……」

急に話を振られてベルはまだ魔法が発現したことがないことを告げるとアイカはミクロに言う。

「ねぇ~ミクロ君。そろそろベル君も魔法を覚えた方がいいよね~?」

「わかった。後でベルに魔導書(グリモア)に渡す」

魔導書(グリモア)……?」

「簡単に言えば読むだけで魔法が発現出来る本」

簡潔に魔導書(グリモア)のことを教えるミクロ。

『神秘』と『魔導』を発現した者だけしか作成できない著述書。

その値段は【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備と同等かそれ以上と説明するとベルの顔が真っ青になった。

「い、いいですよ!?そんな貴重な物を僕なんかの為に!」

「気にするな」

「気にしますよ!!」

「?」

どこに気にする要素があるのかわからないミクロは首を傾げる。

相変わらず金銭面は雑だと思いながらアイカはミクロの頭を洗っていく。

「五冊あるし、皆読まないからあのまま置いているよりかはいい」

フェルズから貰った魔導書(グリモア)をミクロはまだ持っている。

団員達にミクロは進めてもどういう訳か団員達は読まなかった。

すぐに魔法が覚えられるのにと思いつつ疑問を抱くミクロは知らなかった。

団員達は必要以上にミクロに甘えないようにしていることに。

「あ、アイカも読む?」

「私はいいかな~」

ダンジョンには潜らないアイカもそれを拒否した。

自分よりダンジョンに潜る他の団員達が読んで生存率が上がった方がアイカも嬉しい。

「それに~ベル君は色々あぶなかっしいから~魔法が使えた方が私も安心するな~」

色々な意味で危ないベルに危機感を覚えるアイカ。

「俺も魔導書(グリモア)を使って魔法を発現させた。だから気にすることはない」

「そうなんですか……あ、団長の魔法スロットは何個か聞いてもいいですか?」

「三つ」

「三つもあるんですか!?」

あっさりと告げられる事実にベルは驚愕する。

魔法種族(マジックユーザー)であるエルフなら三つあってもおかしくはない。

実際にリューも三つの魔法スロットがある。

だけどミクロは人間(ヒューマン)

それなのに魔法スロットが三つあることは珍しいことであった。

だけどミクロはあと一つの魔法スロットを魔導書(グリモア)で埋めるつもりはない。

打倒した相手の魔法を吸収する【アブソルシオン】がある為ミクロはあらゆる魔法を行使することが出来る。

魔法に関して今のところ困ることはないミクロは最後の魔法スロットは魔導書(グリモア)ではなく自分の力で発現させることにしている。

「終わったよ~」

「うん、ありがとう」

頭を洗い終えたアイカに礼を言って湯船に浸かるミクロ。

「アイカは入らないの?」

「ん~それじゃお言葉に甘えようかな~」

ミクロの言葉にアイカも湯船に浸かる。

「ベルも来い」

「えっと、お邪魔します……」

身体を洗い終えたベルに手招きするミクロにベルも湯船に浸かる。

三人でも広すぎる湯船にミクロ達はのんびりと浸かるなかでベルは思う。

どうしてミクロはアイカが隣にいるのに平然としていられるのかと。

これが第一級冒険者の実力などとまったく関係のないことを考えてしまう。

「ベル。ダンジョン探索は順調?」

「はい!リリ、他所の【ファミリア】の子ですけどとてもいい子でした!サポーターの腕もすっごく良くて!」

「それはよかった。でも、何かあればすぐに言えよ」

「はい。それに少しでも速く……」

「何か言った?」

「な、何でもありません!」

貴方達に近づきたいと内心で告げるベル。

そのベルを微笑ましく見ているアイカは何も言わず。

「ベル」

「はい?」

「お前はもう少し人を疑った方がいい」

「え?」

どういうことですか?と問いかける前にミクロは湯船から出ていく。

「そろそろ夕食」

そう言ってミクロは浴室から去って行った。

何故あんなことを言ったのかはベルにはわからなかった。

何故ならリリを疑えと言っていると同じだから。

「ん~弟を心配するお兄ちゃんみたいだね~」

背伸びしながら言うアイカは湯船から出る。

「お先に~ベル君」

「あ、はい」

手を振って浴室から出ていくアイカにベルは返事だけする。

まだまだ家族(ファミリア)を理解できていないベルは思った。

「僕はまだ……知らないことが多い」

だからベルはもっと家族(ファミリア)のことを知って行こうと決めた。

 

 



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New14話

「ねぇ、ミクロ君。どうして~ベル君にあんなこと言ったの~?」

浴室から出たミクロ達は食堂に向かう途中でアイカはそう尋ねた。

もう少し人を疑った方がいい。とミクロはベルにそう告げた。

「ベルは人の悪意を知らない」

だから警戒がない。

だから疑わない。

それがどれだけ辛いことをベルは知らな過ぎる。

「俺は家族(ファミリア)や友達は信用して信頼している。だけどそれ以外の奴らの事はそうしていない」

極端に分けている。

信用、信頼できる者とそうでない者をミクロは区別している。

「確かに~ベル君は純粋だもんね~」

ミクロの言葉に同意する。

アイカからしてみてもベルの心は汚れがない真っ白な心を持っていた。

このオラリオではその性格の持ち主はどれだけ愚か者かアイカもよく知っている。

「だけど、それを含めてベル君のいいところだよ」

「知ってる」

それでもミクロはベルのその白い心がベルの長所だと理解している。

それでも家族(ファミリア)を守る為には最低限の警戒は教えておかなければならない。

アイカは後ろからミクロを抱きとめる。

「ミクロ君は頑張り過ぎだよ。少しは自分に優しくしてあげてね」

「……頑張る」

「頑張ることじゃないんだけどね~」

ミクロの返答に苦笑するアイカ。

二人は食堂に辿り着くとベル以外の皆が集まっていた。

「………」

「?」

リューと目が合うミクロだがリューは頬を薄っすらと赤く染めてミクロから視線を逸らすがミクロは何故視線を逸らしたのかわからなかった。

しかし、その反応にアイカの笑みは深くなる。

「リューちゃん。抜け駆けはよくないな~」

「………………」

アイカの言葉に無言で返すリューだが、その真っ赤に染まっている耳が肯定を表している。

「どうしたの?」

「何でもないよ~」

二人の態度に疑問を抱いたティヒアが声をかけるがアイカは何でもないように答えるとリューの耳打ちする。

「負けないからね」

それだけを告げた。

例えリューがティヒアが誰かがミクロに近づけたとしてもアイカは諦める気は微塵もなかった。

それどころかむしろ余計にやる気が出た。

「す、すみません!遅くなりました!」

「問題ない」

慌てて食堂にやってきたベルだが、皆はまだ食事前で別に慌てる必要はなかった。

出来る限り皆で食事を取る。

それが【アグライア・ファミリア】の数少ない規則(ルール)

賑わいながら談話をする者もいれば静かに食事を取る者もいる。

または団長であるミクロの食事の面倒をみる者もいればベルをからかいながら食事を取る者もいる。

それぞれの好きなように食事を取り家族のように暖かく今日の一日最後の食事を進める。

楽しい食事が終えるとベルはミクロの部屋に足を運ぶ。

「団長。入ってもいいですか?」

『問題ない』

返答を聞いて入室するベル。

「失礼します」

部屋に入ってベルは目を見開いた。

道具(アイテム)魔道具(マジックアイテム)に使用すると思われる素材が棚に並んでいたり、壁一面には本がぎっしりと詰められている。

それ以外にも工房にありそうな道具や設備までも存在していた。

それ以外にも武器や魔道具(マジックアイテム)と思われるものまで部屋の壁に飾られている。

ベルの部屋は一言で言えば質素。

あまり物がない自分の部屋と比べたらミクロの部屋は逆の色々な物で溢れていた。

元は広い部屋なんだろうが溢れている物で狭く思えてしまう。

「ちょっと待ってくれ。もう少しで一区切りつくから」

「わ、わかりました」

作業机と思われるテーブルでミクロは何かを作製していた。

食事が終えたばかりだというのに休む暇もなく手を動かしているミクロにベルは団長となればやっぱり色々と忙しいんだなと考えていた。

周囲にある武器などに視線を向けるベル。

武器までも作れるかはわからないが装飾品などは魔道具(マジックアイテム)かなと思ったベルは一つの短剣に目が留まった。

切っ先から柄まで全ては紫紺色に染められている短剣。

ベル自身はナイフと両刃短剣(バセラード)を使用するせいかその短剣がベルは気になって手を伸ばした。

「ベル。待たせ―――ッ!?」

一区切りついたミクロは振り返るとベルが紫紺色の短剣に手を伸ばしている事に気付き、その手を掴んで止めさせる。

「それに触れるな」

「す、すみません!」

手を掴まれたことに正気を取り戻したベルはミクロに頭を下げて謝罪する。

「……いや、謝る必要はない。これは元々ベル用に作製した物だ」

「え?」

棚からそれを取り出したミクロは丁寧にその短剣を鞘に納める。

「もし、自分に危険が訪れた時はこれを使え。それまではこれを鞘から抜くな」

「そ、そんなに危険な代物なんですか?」

「上手く使えば強力な武器になる」

そう言ってミクロはベルに短剣を手渡す。

これがどんなものかは説明されていないベルだがせっかく団長であるミクロが自分の為に作製してくれた物を無下には扱えない。

受け取るベルにミクロは本棚に近づいて一冊の本を取り出してそれをベルに渡す。

「……これが魔導書(グリモア)

手と口を震わせながら受け取るベル。

読むだけで魔法が発現する魔導書(グリモア)

それほど貴重なものを頂いた以上読まない訳にはいかなかった。

「強くなりたいのなら読んだ方がいい」

「―――――はいっ!」

その一言でベルは決意を固めた。

強くなる為、少しでも早く追いつく為にベルはミクロの部屋を飛び出して自室で早速魔導書(グリモア)を開いて文字の海に引きずるこまれる。

【絵】が現れてそれは人の姿となり、もう一人のベルが姿を現した。

『じゃあ、始めよう』

瞼が開いた。ベル自身の声が聞こえた。

『僕にとって魔法って何?』

わからない。

けど、漠然と凄いもの。

モンスターを倒す必殺技。英雄達が使いこなす起死回生の神秘。

強くて、激しくて、無慈悲で、圧倒的で。

一度は使ってみたいと望んで止まらない、純粋な憧れ。

『僕にとって魔法って?』

力だ。

強い力。

弱い自分を奮い立たせる、偉大な武器。

人を守る立派な盾なんかじゃない、癒しの手なんて綺麗なものではない。

立ちはだかるものを打ち破って道を切り開く、英雄達の力。

『僕にとって魔法はどんなもの?』

もの?

魔法ってどんなもの?

雷だ。

魔法と聞けば雷。真っ先に思い浮かぶのは雷。

強くて、激しくて、荒々しい。

弱い僕には似つかわしくない、どこまでも強い閃光の雷。

僕は、雷になりたい。

『魔法に何を求めるの?』

より強く、あの人達のもとへ。

より速く、あの人達もとへ。

雲の隙間を瞬くあの光のように。

空を駆け抜けるあの雷霆のように。

誰よりも、誰よりも、誰よりも。

誰よりも速く。

あの人達の隣へ。

あの人達の瞳の中へ。

『それだけ?』

叶うなら。叶うなら。叶うなら。

英雄になりたい。

あの時から憧れていた、今も馬鹿みたいに憧れ続けている、英雄になりたい。

お伽噺に出てくる彼等のように、誰もが称えて認めてくれる英雄に。

情けない妄想でも、格好悪い虚栄心でも、みじめになるほど不相応な願いだったとしても。

僕は、あの人達が認めてくれるような、英雄になりたい。

『子供だなぁ』

……ごめん。

『でも、それが(きみ)だ』

本の中のベルは、最後に微笑んだ。

そしてすぐに、僕の意識は暗転した。

ベルが目を覚ました時は外はすっかり暗く深夜の時間帯になっていた。

読んでいた魔導書(グリモア)も読み終えていてその役割も終わった。

ベルはすぐにアグライアの下に訪れて【ステイタス】を更新して貰った。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:B756

耐久:E478

器用:B787

敏捷:A866

魔力:I0

 

《魔法》

【ライトニングボルト】

・速攻魔法。

 

《スキル》

懸命必死(プロス・パシア)

・死の危険を感じる程に『敏捷』を強化。

・回避能力上昇。

 

「っっ………!!」

知っていたとはいえ魔法が発現したことに歓喜するベルは映し出された用紙を握りしめる。

「【ライトニングボルト】ねぇ………」

速攻魔法とだけ記された詠唱がない魔法。

これはまた珍しい魔法とアグライアは頭を悩ませる。

「かっ、神様……魔法…………僕、魔法が使えるようになりました……!」

「ええ、おめでとう」

歓喜するベルの表情を見てアグライアは微笑む。

こちらも嬉しくなるほど喜んでいるベルにアグライアは微笑みながらベルの頭を撫でる。

「さて、それじゃ早速この魔法について考察しましょう」

子と共に発現した魔法について考察し合うアグライアはベルの魔法は【ライトニングボルト】と発音しただけで、魔法が発動するかもしれないと推測した。

明日にでもダンジョンで試したらいいと言おうと思ったアグライアだが、今すぐにでも使ってみたいというベルの顔を見て苦笑を浮かべた。

「もう今日は遅いから少しだけ試して帰って来なさい」

「はい!」

ベルの心情に気を使って深追いしないようにだけ告げるとベルはダンジョンに向かった。

「……ベル?」

一人鍛錬をしているミクロはベルが本拠(ホーム)から出ていく姿が見えた。

そんなベルを見てミクロはこっそりと後を追う。

ほっとけないと思いつつ後を追いかけるミクロ。

ダンジョン1階層の一本道でベルの前方にゴブリンを見つけてベルは右腕を真っ直ぐゴブリンに突き出した。

「【ライトニングボルト】!」

次の瞬間、閃光が視界を埋めつくした。

「ッ!?」

鋭角的かつ不規則な線上を描く稲妻が、一気にゴブリンの身体を貫く。

貫かれたゴブリンの体は風穴が空いている。

それを隠れて見ていたミクロはベルの魔法を考察した。

貫通力が高い雷属性の魔法。

ベルの魔法を見てミクロはそう思った。

範囲よりも一点集中された威力を持つ無詠唱の魔法。

速さと威力を重視している魔法だとミクロは推測するとベルはダンジョンの奥へ進んでいた。

歓喜の思いが最高潮に達してしまったベルは調子に乗って下の階層に進んでいく。

何度も魔法を連発させてベルは5階層で倒れた。

精神疲労(マインドダウン)になったベルにミクロは明日は訓練増やそうと決めた。

本拠(ホーム)に連れて帰ろうと背負う。

「ミクロ……?」

「アイズ、リヴェリア」

後ろから聞こえた声に振り返るとアイズとリヴェリアがいた。

「その子……」

「ベル。前にアイズが助けてくれた」

「………なるほど。あの馬鹿者がそしった少年か」

二人の言葉に合点がいったリヴェリア。

ミクロと共に酒場にいたもう一人の少年であるベルにアイズはことの発端を作ってしまったことを引きずっている。

「ミクロ、リヴェリア。私、この子に償いをしたい」

「わかった」

「……言いようは他にあるだろう」

頷くミクロにリヴェリアはなにもわかっていないアイズの様子に、諦めてもう何も言わないことにした。

「……アイズ、今から言うことをこの少年にしてやれ。償いなら、恐らくそれで十分だ」

「何?」

リヴェリアは簡潔に内容を伝えて、ミクロはベルをアイズに預ける。

「私はミクロと共に戻る。残っていても邪魔になるだろう」

アイズとベルを置いてミクロ達は地上を目指す。

その途中でミクロは口を開いた。

「ジエンは俺が倒す」

「………すまない」

それだけを告げるとリヴェリアは申し訳なさそうに謝る。

 




あけましておめでとうございます!
今年も路地裏を宜しくお願い致します!!


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New15話

「……できた」

新しく作成した魔道具(マジックアイテム)が完成してミクロは一息つく。

『ミクロ・イヤロス。少しいいだろうか?』

一息ついている時に眼晶(オルクル)から声が発せられ、それがフェルズからの連絡だと理解したミクロは眼晶(オルクル)を手も持つ。

「どうした?」

『君に冒険者依頼(クエスト)を託したい』

「内容は?」

フェルズからの冒険者依頼(クエスト)を確認するとフェルズはその内容を告げる。

24階層でモンスターの大量発生という異常事態(イレギュラー)が起こっている。

それを調査あるいは鎮圧してほしいとフェルズは言う。

「リド達は大丈夫なのか?」

『ああ、彼等なら問題ない。既に安全な場所に避難している』

「わかった。すぐに向かう」

『恩に着る。まずはリヴィラの街にある『黄金の穴蔵亭』という店に『協力者』がいる』

「わかった」

フェルズとの連絡を絶ちミクロは装備を整える。

「………」

ミクロは何となくではあるがわかっている。

前に18階層で遭遇したジエンと戦うことに。

だけど、ちょうどよかった。

決着をつけるにはこれ以上にないぐらいミクロにとっても都合が良かった。

『ミクロ。入ってもよろしいですか?』

「問題ない」

「失礼します」

部屋に入室してきたリューはミクロの装備を見て目を細める。

「ダンジョンに向かうつもりですか?」

「フェルズから冒険者依頼(クエスト)がきた。24階層のモンスター大量発生の調査と鎮圧」

「では、すぐに皆にも準備をするように」

「いらない。それにリュー達を連れてはいけない」

ジエンと戦うことになればミクロはリュー達を守るほどの余裕はなくなる。

だから一人で行くことにした。

ジエンを倒す為に。

「……やはり、考えは変えてくれないのですね」

「うん。これが最善……の………」

唐突にミクロは眠気に襲われて意識が途絶える。

倒れそうになるミクロをリューは抱えて受け止める。

「なら、無理にでも変えてもらいます」

リューの手にはミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)『レイア』が握りつぶされていた。

睡眠効果の無煙無臭のガスを発生させる『レイア』にミクロは眠りについた。

眠りについたミクロをベッドに寝かせてリューは眼晶(オルクス)を手に取り、フェルズに連絡する。

『君は【疾風】。ミクロ・イヤロスはどうしたんだ?』

「ミクロの代わりに私が行きます。報酬もいりません。内容を教えては頂けませんか?」

『………構わないが、ミクロ・イヤロスがそれを許したのか?』

その問いにリューは首を横に振る。

「私の……独断です。こうでもしなければミクロがまた傷ついてしまう。私はもう守られる訳にはいかない」

リューはいつもミクロに守られていた。

それがリューは嫌だった。

自分だけが安全な所にいて、ミクロだけを危険な目に会わせてきた。

だから、今度こそは守られるのではなく守る。

ミクロを。愛する人を自分の手で。

『……わかった』

真意あるその言葉にフェルズはミクロに伝えた冒険者依頼(クエスト)の内容をリューに伝える。

それを聞いたリューは一度礼を言って連絡を絶つとミクロの手を握る。

「……すいません」

眠っているミクロに謝ってリューはダンジョンに向かう。

ミクロが倒そうとしていたジエンを倒す為に。

「貴方は私が守ります」

 

 

 

 

 

ダンジョン8階層。

リリルカ・アーデは10階層でベルを罠に嵌めてベルから盗んだ両刃短剣(バセラード)を強く握りしめて地上を目指していた。

「本当に人が良過ぎですよ、ベル様」

そう言いながらリリは通路を走る。

リリルカ・アーデは盗人、詐欺師と言ってもいい。

実入りの高い職種の冒険者を狙い、特に高価な武具や貴重なアイテムを盗み取っていく。

リリは獣の耳をぺたりと撫で、そっと唇に『詠唱』を乗せた。

「【響く十二時のお告げ】」

すると、リリの頭部にある獣耳が消え失せた。

変身魔法。リリはこの魔法を駆使して多くの冒険者を騙してきた。

だが、一つだけリリはミスを犯していた。

ベルの前に剣を盗んだ冒険者に魔法の行使を見られてしまった。

そして、昨日にその冒険者とベルが密会を見つけてリリは潮時と判断した。

だからベルの装備を盗むことを実行した。

「………」

だけどリリはベルとの関係が終わってしまったことに未練があった。

リリは顔を暗くしたがすぐにはっとなって、ぶんぶん頭を振る。

何を今更、と罪悪感を蹴りつける。

冒険者なんてみんな同じだと心の中で自分に言い聞かせる。

リリルカ・アーデは【ソーマ・ファミリア】の構成員の夫婦から生まれた子供。

生を授かった時点でリリは【ソーマ・ファミリア】の末端に加わることが義務付けられていた。

リリの両親は年端もいかないリリに金を稼いでくるように再三申しつけ、親らしいことは何もせずに力量に合わないダンジョンの階層でモンスターに殺された。

冒険者としての才能がないリリはサポーターへの転換を余儀なくされた。

それからは冒険者達に搾取される毎日。

だからリリは【ソーマ・ファミリア】を脱退して自由を手に入れる。

その為には大量の金がリリには必要だった。

「リリはお一人で何でもできるベル様が羨ましいです!」

リリは戦闘に向いていない非力な身だ。

それでも自分にできるできないを正確に掴んでいったリリは着実に成功を収められるようになった。

7階層に到着したリリは次のルームの入り口に足を進めた。

「嬉しいねぇ、大当たりじゃねえか」

「えっ?」

狭い通路を抜けて、ルームに飛び込ませた次の瞬間横から伸びた足が、身長の低いリリの膝を捉えてバランスを失ったリリは豪快に地面に飛び込んだ。

混乱しながらも地面に手をついて起き上がろうとするが、長い影がリリを被覆しリリが顔を上げる前に強引に掴み上げられて、顔面を思いっ切り殴られた。

「ふぎっ!?」

「詫びを入れてもらうぜぇ?………このっ、糞パルゥムがあっ!」

またもリリは殴られる。

それだけでは収まらないかのように蹴りも入れられ、バックパックが背中から離れて、腹部へ足のつま先が突き刺さる。

「―――――――ぁ!?」

ボールのように吹き飛び、地面にバウンドする。

止まったころにリリは痛みの渦にもがき苦しんだ。

「あっ、づっ、うあぁっ……!?」

「はっはははははははっ!いいザマじゃねえか、コソ泥がぁ!」

チカチカと点滅する視界の中でリリは何とか声の主を見た。

リリのもと雇い主で剣を盗んだ人間(ヒューマン)の冒険者。

リリがベルを捨てる頃だと思い、協力者を募って網を張っていた冒険者は落とし前と都合のいいことを言いながらリリから荷物を奪っていく。

何とか逃げ出さなくては悲惨な末路を迎えると、未だに衰えない凶暴な気配を前に悟った。

冒険者は次にリリが握りしめているつい先ほどベルから盗んだ両刃短剣(バセラード)に手を伸ばすとリリは咄嗟にそれを抱きしめる。

「あぁ?」

抵抗らしい抵抗をしなかったリリがこれだけは奪われまいと必死に握りしめる。

「派手にやってんなぁ、ゲドの旦那ァ」

第三者の声が投じられた。

「……っ!?」

「おー、早かったな」

声の方向には見覚えのある男がいた。

同じ【ソーマ・ファミリア】のカヌゥと呼ばれる中年の獣人。

それがゲドの協力者だった。

「ちょうどいい、ちょっと手伝え。こいつが大事そうに持っている両刃短剣(バセラード)を奪うの手伝え」

「………ッ!?」

その言葉にリリは身を震わせながらも持っている両刃短剣(バセラード)を強く握る。

何故こんなことをしているのかわからない。

ただこれを手放したらあの少年(ベル)との関係も切れてしまうような気がしたとしか言えなかった。

「ほう、いいもん持ってるじゃねえか。おい、アーデ」

「……せん」

「あぁ?」

「お金も魔石も全てお渡しします。ですが、これだけは渡せません」

強い眼差しをカヌゥ達に向けてリリは言った。

だが、その言葉を聞いたゲドの額には青筋を立てて剣を抜く。

「もういい、てめえを殺して貰うまでだ」

カヌゥはそれを聞いてちょうどいいと思った。

どの道リリにはここで消えて貰う予定だった。

わざわざ自分の手を汚さなくていいと思いそれを見守る。

「物騒なことを話しているな」

「っ!?誰だ!?」

声のするほうに視線を向けるとそこには一人の男性のエルフが立っていた。

ゲド達はエルフが身に着けている戦闘衣(バトル・クロス)に刻まれたエンブレムを見て目を見開く。

「【アグライア・ファミリア】……!?」

「……【白弓の魔射(レフティス)】」

「ああ、そこの小人族(パルゥム)は俺の二つ名を知っているのか」

団長のミクロが有名の為あまり知られていない自分の二つ名を呼ばれたスウラ。

「な、何の用だ!?」

吠えるゲドの耳に聞こえたのは何かは当たる音だった。

スウラの両手にはいつの間にか短弓が握られていてゲドの方に向いていた。

視線を下に向けるゲドの両足には矢が突き刺さっていた。

「ああ、あああああああああああああああああああッッ!!」

獣染みた悲鳴を上げるゲドにカヌゥは相手が悪いと背に隠していた生殺し状態のキラーアントを投げつけて逃げようとしたが気が付けば生殺し状態だったキラーアントの頭部に矢が突き刺さっていて絶命していて、カヌゥもゲド同様に足に矢が突き刺さった。

「ほら、君のお仲間だ」

動けなくしたカヌゥにスウラは背後に置いていたカヌゥの仲間を見せる。

「……………」

スウラの存在にリリは圧倒されていた。

気が付けばゲドもカヌゥも倒されていた。

「安心してくれ。殺しはしないさ」

ゲド達にそれだけ言ってスウラは通路に視線を向ける。

「……?」

何をしているのかわからないリリは首を傾げているとそれは唐突に姿を現した。

「リリィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」

リリの呼ぶ声と同時に姿を現したのはベルだった。

「ベル様っ!?」

「リリ!大丈夫!?」

心配そうに詰め寄ってくるベルにリリはどうしてここに来たのかわからなかった。

「どう、して……?」

「あの後、他の冒険者がやって来たみたいでさ。どんどんモンスターが……ってリリ!怪我しているよ!?待ってて今、回復薬(ポーション)を」

「ベル。そろそろ俺にも気付いてくれないかな?」

「え、あ、スウラさん!?どうしてここに!?」

声をかけられてようやくスウラのことに気が付いたベルはスウラだけではなく自分の周りに他の冒険者呻きながら倒れている事に気が付いた。

「俺は団長から君達を監視するように頼まれていてね。ついでにその取り巻き達を倒しただけさ」

「団長から……?」

「君を心配しての指示さ。そして、団長の心配通りになってしまった」

短剣を取り出してリリに近づくスウラにベルはリリを守るようにリリの前に立つ。

「な、何をするつもりですか?」

「彼女を痛めつける。二度と俺達の前に現れないように」

「っ!?」

淡々と告げられる言葉にリリの顔は恐怖に染まる。

「ど、どうして!?」

「理由が彼女が持っている」

問いかけるベルの言葉にスウラはリリが持っている両刃短剣(バセラード)を指す。

「それは君が持っていたものだろう?何故彼女がそれを持っている?」

「そ、それは……」

「当ててあげよう。彼女が君を罠に嵌めて奪った物だろう?」

「………っ!」

言葉を濁らすベルにスウラは言い当てる。

「ベル。俺は団長から君達を監視するように頼まれたと同時に状況と判断も任されている。君を罠に嵌めた彼女を許す気はない」

「………!」

言い切ったスウラにベルの表情は強張る。

「それとも君には彼女を守らなければならない理由でもあるのかい?君を騙し、団長から頂いた両刃短剣(バセラード)を奪って殺そうとした彼女の事を」

スウラの言葉は正しいことはベルもわかっている。

「………あります」

「ベル様………」

だけどそれがリリを見捨てる理由にはならない。

「聞かせてもらおうか」

「リリだから」

「――――――――」

栗色の瞳が、一杯に見開かれた。

「君を罠に嵌めたとしても彼女だからという理由で守るのか?」

「はい」

「………………」

真っ直ぐと力強い眼差しをするベルの瞳は例え神でなくとも嘘ではないとわかる。

純粋で真っ直ぐな思いが伝わる。

スウラは苦笑を浮かべながら息を吐く。

「わかった。君に免じて彼女の処罰は保留にしよう」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、主神に誓おう」

ベルの真っ直ぐな気持ちに心打たれたスウラはリリの処罰を保留にした。

「ベル様………どうして……?」

どうしてそこまでして自分を助けてくれるのか理解できないリリを無視するかのようにベルはいつもの優しい笑みを浮かべたままリリに右手を伸ばした。

「リリ。これからも一緒に僕とダンジョンに潜ってくれないかな?」

「―――――――はい」

涙を拭いてリリはベルの手を掴んだ。

「さて、いい雰囲気を邪魔するのは無粋だがベル、君も彼等を地上に運ぶのを手伝ってくれ」

「あ、す、すいません!」

「リリもお手伝いします!」

ゲド達を縛り上げて担ぐスウラにベル達も一人ずつ背負う。

「それと、彼女に一つ提案があるんだがいいだろうか?」

「はい?」

「【アグライア・ファミリア】に来る気はないだろうか?」

「………………え?」

突然の勧誘に一瞬思考が止まったリリにスウラは続ける。

「始めは君がベルを罠に嵌めた時からダンジョンで消えて貰おうと思っていたが君がベルの武器を決して渡そうとしなかったのを見て考えを改めた。色々心配なベルの世話をして欲しい」

わかるだろう?という言葉にリリは思わず頷いて肯定した。

「君の処罰や改宗(コンバージョン)については我らの主神と団長とで決めてもらうが俺やベルが口添えをすれば多少は処罰も軽くしてくれるだろうし、改宗(コンバージョン)も認めてくれるはずだ」

「………いいのでしょうか?」

自分なんかが有名な【アグライア・ファミリア】に入ってもいいのかと思うリリにベルは言う。

「僕は、来てほしい。リリと一緒にいたいし家族になりたい」

その言葉にリリの顔は一気に紅潮した。

それを聞いたスウラはやれやれと呆れた。

取りあえずは一件落着とスウラは団長であるミクロから課せられた任務は終わった。

だが、本拠(ホーム)に帰還した時にはミクロの姿はどこにもなかった。



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New16話

ミクロはダンジョンの24階層に向かう為に現在上層を駆け出していた。

前方にいるモンスターや襲いかかってくるモンスターを容赦なく切り倒しながらその足の速度は一切緩めなかった。

「リュー……」

ミクロの目が覚めた時には既にリューの姿はなかった。

眼晶(オルクル)からフェルズに事情を聞いてミクロは急いで本拠(ホーム)を出た。

「………」

ズキズキと胸が痛む。

リューのことを考えるだけで胸が痛くなるミクロは更に加速する。

リューではジエンには勝てない。

Lv.差もそうだが、ジエンは【同胞殺し(エルフキラー)】とまで呼ばれている。

同じ同胞(エルフ)であるリューはジエンにとっては格好の獲物。

更にはジエンにはミクロの母親、シャルロットが作製した魔武具(マジックウェポン)『アビリティソード』がある。

その性能はミクロが作製してきたどの魔道具(マジックアイテム)も上回る性能を持つ。

「無事でいてくれ、リュー」

ミクロは今はただリューの無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

リューはフェルズの言葉通りに18階層にある『黄金の穴蔵亭』に訪れるとそこには【ヘルメス・ファミリア】の団員達とLv.6に【ランクアップ】した【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

ミクロと同じ『神秘』持ちの冒険者【万能者(ペルセウス)】という二つ名を持つアスフィ・アル・アンドロメダ。

冒険者依頼(クエスト)途中の団員達の指令や個人的能力の高さにリューは称賛した。

もちろん、それに応える【ヘルメス・ファミリア】の技量も。

だけど、一番に衝撃を受けたのは【剣姫】だった。

24階層に到着するとモンスターの大群を発見し、アイズは一人で全てのモンスターを倒し切った。

「あれが【剣姫】ですか」

数え切れないほどのモンスターの死骸を見渡した後、アスフィは通路の中心にいるアイズを眺める。

「………」

リューは無言でアイズに視線を向ける。

【ランクアップ】したことにより、強化された能力(ステイタス)

あれほどのモンスターを倒したにも関わらずまだ余力が見える。

以前にミクロに負けてからアイズも強くなっていることが理解できる。

疾風(リオン)。彼女と同じ第一級冒険者として聞きます。貴女も先ほどの数を倒し切ることは可能ですか?」

「可能です。ですが、【剣姫】まで容易くはない」

リューも倒せない訳ではない。

だけど、アイズのように容易く倒し切ることは出来ない。

今のアイズならミクロと互角に戦える。

そう思った。

それがLv.5(じぶん)Lv.6(ミクロたち)の差なのだと思うと自然に手に力が入る。

アイズを見てミクロの背中はどれほどまでに遠いのかと不意に考えてしまうが今はその考えを追い払う。

ミクロを守る為に自分はここに来たのだから。

その後、魔石を回収してリュー達は北の食糧庫(パントリー)に向かう。

モンスターを倒しつつ食糧庫(パントリー)に向かうとある場所を境に、岩場のようなでこぼこした構造を作り始める。

地図(マップ)通りに進んでいるとそれを目撃した。

「か、壁が……」

「……植物?」

リュー達の目の前に現れたのは、通路を塞ぐ巨大な壁だった。

不気味な光沢とぶよぶよしと膨れ上がった表面。気色悪い緑色の肉壁はリュー達の進路を見事に遮っている。

この場にいる全員、『深層』に何度も進攻(アタック)したことのあるアイズでも見たことはなかった。

地図(マップ)に間違いはない。

アスフィは団員達に他の経路を調べさせている間にリューは肉壁を眺める。

モンスターの大量発生の原因はこの肉壁だった。

この先の食糧庫(パントリー)が通れないから他の食糧庫(パントリー)に行くしかなかったモンスターと冒険者が運悪く重なり合ってしまった。

大量発生ではなく大移動。

それが今回の異常事態(イレギュラー)の答えだった。

なら、この先は何があるのかという疑問が生まれる。

その答えを知る為にリュー達は肉壁の中心にある『門』あるいは『口』のような器官を破壊して中に侵入する。

内部はまるで生物の体内に入り込んだと錯覚させられる。

『未知』とも呼べる領域に足を踏み込むリュー達の表情からは緊張が隠せない。

薄暗い道を通っていると通路の中心に、不自然に散乱した灰を発見する。

モンスターの死骸、それも魔石がなくドロップアイテムだけ残された。

周囲に警戒する中で一人、アイズは頭上を見上げた。

「――――上」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

牙の並んだ大口を晒すモンスター――――食人花の群れは間もなく天井から落下。

「これがセシルが言っていた食人花ですか」

ミクロは一度、セシルは二度交戦したことのある食人花のことをリューは二人から聞いていた。

打撃が効きにくいという前情報からリューは迷わず小太刀を抜刀する。

アイズと共に【ヘルメス・ファミリア】の団員達を手助するリューは食人花の触手を斬り払う。

魔力に反応する為魔導士を狙ってくるがアイズもそのことを了承している為、防衛に回る。

逆にリューは持ち前の高速戦闘で食人花の拡散させつつ触手を斬るなど前衛の援護に回っている。

二人の第一級冒険者に援護されながらも【ヘルメス・ファミリア】も動きを掴んで、一気に攻めに転じる。

無事に食人花を倒し終えたリュー達は一息つく。

その間にアイズとリューはアイスフィ達に食人花の情報を提供。

食人花の事について移動しながら考察していくと再び分かれ道に足を止める。

「アスフィ、今度はどっちに―――――」

その時だった。

ルルネの声を遮り、ずるずると体躯を引きずる音を響かせながら、左右の道から食人花が姿を現した。

更には後ろからも。

左右後方、三方向からの挟み撃ちに【ヘルメス・ファミリア】の他団員も顔をしかめる。

「……【剣姫】、疾風(リオン)、片方ずつ通路を受け持ってくれますか?」

「わかりました」

「ええ」

アスフィの要請を二人は了承する。

アイズとリューで一人ずつ、アスフィ達で食人花を担当して動き出す。

後方を担当するリューは飛び出して接敵するとそれを見計らっていたかのように天井より巨大な柱がリューのもとへ落下した。

すぐさま反応して回避するリューだが、次々に落ちてくる柱により完全にアスフィ達から隔離された。

引き離されたことに驚愕するリューは襲ってくる食人花を秒殺する。

「ミクロではなかったか………」

暗闇から姿を現したのはジエン。

ミクロが来ると予測していたが予想外のリューの登場に落胆交じりに息を吐く。

「貴方が【シヴァ・ファミリア】のジエン・ミェーチ……」

同じ同胞(エルフ)の男性であるジエンの目はリューが今まで見てきた【シヴァ・ファミリア】の者達と同じ破壊に悦びを知っている者の目だった。

だが、それ以上にリューは理解していた。

ジエンは自分より何倍も強いということに。

「その顔、覚えがある。ミクロと共にいた同胞(エルフ)だな?ミクロは、彼はオラリオを去ったのか?」

ここにはいないミクロにジエンは自分の助言を素直に聞いたのかと思い問いかけるがリューは首を横に振る。

「いいえ、ミクロの代わりに私が来ただけです。ミクロは今も本拠(ホーム)にいるでしょう」

ミクロの魔道具(マジックアイテム)で無理矢理眠らせた。

正直に答えたリューは今度はジエンに問いかけた。

「私からも一つ聞きたい。何故貴方方【シヴァ・ファミリア】はミクロを狙う?」

リューがミクロの代わりに来た理由は他にもあった。

執拗なまでにミクロを狙ってくる【シヴァ・ファミリア】のことについてどうしてミクロを狙うのかそれが知りたかった。

「彼が特別だからだ」

「ふざけるな」

当然のように答えたジエンにリューは視線を鋭くさせて怒気を放つ。

「ミクロは貴方方が思う程特別な存在ではない……ッ!自分一人を犠牲に全てを終わらせようとする誰よりも優しい……。ミクロはそういう人間(ひと)だッ!命を狙われるようなことはしない!」

誰よりもミクロの傍にいた。

だからこそミクロが特別な存在ではないことをリューは知っている。

「同胞よ。貴様は二つ勘違いをしている」

怒るリューに対してジエンは冷静に言葉を返した。

「もう一度言う、ミクロは特別な存在だ。何も知らない貴様では無理はない。それと我々は別にミクロの命を狙っているわけではない」

「何………?」

「同胞のよしみとして話そう。そうだな、初めはミクロの誕生から話そう」

語られる真実にリューは耳を傾ける。

「ミクロの誕生は我等【ファミリア】は盛大に歓迎した。なんせ、へレス団長とシャルロット副団長の子供だ。誰もがミクロの誕生を喜んだ」

その時のことを思い出しながら懐かし気に語る。

「だが、シヴァ様は我々以上にミクロの誕生に歓喜しておられた。あの時の顔は今でも覚えている」

驚愕と歓喜が交ざったような顔を浮かべていたとジエンは言う。

「何故そこまで?」

「シヴァ様は気付かれたのだ。ミクロの潜在能力(ポテンシャル)に。両親の才能を余すことなく受け継いだだけではなくミクロにはある特性を宿していた」

「特性……?」

「魔法やスキルではないその者だけが持つことが許されている簡単に言ってしまえば特別な才能だ」

【ロキ・ファミリア】所属の都市最強魔導士リヴェリア・リヨス・アールヴにも『詠唱連結』という魔法特性がある。それぞれの階位に定まった詠唱を繋ぎ合わせることで出力を高め、魔法の効果を変容し、威力を増幅させる。

それがリヴェリア・リヨス・アールヴのみ許された魔法特性。

「『限界破壊(リミットブレイク)』。常に己の限界を破壊し無限に強くなることが出来る。まさに【シヴァ・ファミリア】の一員に相応しい特性だ」

「………」

その特性を聞いてリューは眼を見開く。

ミクロは普通ではありえない速さで、限界を超えて強くなっている。

あり得ない速さの成長速度に何度もリューは驚かされてきたがジエンの言葉を聞いて納得してしまう自分がいる。

「わかるだろう?ミクロはいずれは【猛者】いや、誰もがたどり着けない領域にまで足を踏み込むことが可能とされている。これが特別と言わず何と言う?」

「………」

ジエンの言葉に否定できなかった。

「しかし、母の愛は偉大だった。シャルロット副団長はシヴァ様の思惑に気付きミクロを守った。自分とは違う当たり前の幸せを掴んで欲しいと彼女は言っていた」

ただし、それが利用されているとは気づかなかった。

シャルロットの隙を見てシヴァはミクロに神血(イコル)を与えてわざとシャルロットに代償魔法を使わせて行動を制限させた。

全てはある計画を行う為にシャルロットは邪魔でしかなかった。

オラリオの破壊はシヴァの計画の第一段階でしかなかった。

「シヴァ様はこの世界を統べる神になる。そして、それを可能にするのがミクロだ」

「そのようなことは不可能だ……ッ!」

「いやできる。このオラリオを壊すことが出来れば後は簡単だ。何故ならこのオラリオ以上に強い冒険者はいないのだから」

ダンジョンが存在するオラリオだが迷宮都市の外での『器』の昇華は困難である。

だからこのオラリオより強い冒険者はいないと言っても過言ではない。

「本来ならミクロにはシヴァ様の『恩恵(ファルナ)』があれば良かったのだが、シヴァ様の血が混じっているせいか『恩恵(ファルナ)』を刻むことが出来ずにいた」

その後はシャルロットが計画を公にしてゼウス・ヘラの【ファミリア】によって壊滅させられた。

それでもシヴァは諦めてはいなかった。

まだミクロがいる。

誰かがミクロの才能に気付き、『恩恵(ファルナ)』を与えればミクロは間違いなく成長するのは火を見るよりも明らか。

そして、【ディアンケヒト・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』により、シヴァはミクロの存在と所属している【ファミリア】を知り、へレスをオラリオに潜り込ませて団員達を使ってミクロを襲わせた。

全てはミクロを成長させる為に。

「全てはシヴァ様の掌の上。ミクロを誰よりも強くさせる為に私達はミクロの踏み台となる」

セツラもディラもエスレアも全てはミクロを成長させる為の礎。

誰もが誰もシヴァの指示通りに動いているわけではない。それでもミクロが敵を倒して成長すれば何も問題はなかった。

ジエンは腰にかけている魔武具(マジックウェポン)を抜いて剣先をリューに向ける。

「貴様たちはミクロの制御装置のようなもの。シャルロットに似て優しいミクロなら大人しくシヴァ様の言葉通りに従うだろう」

リュー達はミクロを思いのままに操る為の人質。

真実を聞いたリューは木刀を手に持つ。

「………私が初めてミクロと出会った時、ミクロには心がなかった」

淡々とした口調でリューは語る。

「ミクロの目には何も映ってはいなかった。しかし、この五年間でミクロは変わった」

共に成長してきたからこそわかる変化がある。

何もなかったミクロはこの五年間で多くの事を知り、得てきた。

友達ができて、仲間が増えて何もなかった彼はこの五年間を多くのものを得た。

そして、心が芽吹いた。

「ミクロは貴方方の道具ではない。そして私達も貴方方の思い通りにはならない」

戦闘態勢に入るリュー。

「ミクロは私が守る。例えこの身を犠牲にしてでも」

その言葉にジエンは『アビリティソード』を構える。

「なら私を越えてみせろ。そうしなければこの先貴様はミクロの足を引っ張るだけだ」

二人は激突する。

 

 

 



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New17話

激突するリューとジエン。

木刀を持って持ち前の高速戦闘を駆使するリュー。

高速で動きながら木刀を攻撃を繰り出すがジエンは難なくリューの攻撃を防ぐ。

しかし、リューもそれは承知済み。

相手は自分よりLv.が上でミクロが何度も苦戦を強いられた【シヴァ・ファミリア】の一員、それも破壊の使者(ブレイクカード)の一人。

格上だと分かった上でリューは戦いに挑んでいる。

ミクロを守る為にリューは戦う。

「まずはお手並み拝見と行こう」

『アビリティソード』の剣の姿が変化してジエンは攻撃してくるリューの攻撃を回避して、背後に回り込む。

「ッ!?」

『アビリティソード』の『敏捷』で速度を上げるジエンの動きは高速戦闘を得意とするリューの速さを上回った。

「ほう、躱したか」

それでも日頃から自分より格上のミクロと模擬戦を行っているリューはなんとかジエンの攻撃を回避することが出来た。

「しかし、無傷とはいかなかったようだな」

横腹から滲み出る血はリューの服を赤く染めていく。

「ミクロなら今の一撃を確実に回避しただろう」

その言葉にリューは否定できない。

普段からの模擬戦でもリューはミクロに攻撃を通すことが出来ずにいた。

技と駆け引きにより稀に攻撃が通ることがあるがそれでも大したダメージは与えられない。

ミクロと比較されて自分の弱さに悔やむリューだがそんなことは関係ない。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々愚かな我が声に応じ、今一度星の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

足元に空色の魔道円(マジックサークル)を展開させてリューは魔法を詠唱する。

それも攻撃を行いながら続ける『並行詠唱』。

「見事なものだ。並行詠唱のみならリヴェリアを越えるか」

攻撃、移動、回避、詠唱、防御を含めての五つの行動を高速で同時展開するリューの『並行詠唱』にジエンは称賛の言葉を送る。

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】」

詠唱を終わらせたリューはジエンから距離を取って魔法を発動する。

「【ルミノス・ウィンド】!」

緑風を纏った無数の大宝玉をリューはジエンに向けて放つ。

今まで何度もミクロ達を救ってきたこの魔法はリューの切札ともいえる。

しかし、その魔法の前にしてジエンは落ち着いた表情で剣の姿を変える。

「っ!?」

そして、その光景にリューは眼を見開いた。

剣の姿が変わったと同時にリューの魔法は吸い込まれるかのように剣に収まっていく。

「頂いたぞ、貴様の魔法を」

刀身が緑色に輝く剣にジエンは剣を振るうと先ほどリューがジエンに放った自分の魔法がそのまま自分自身に返って来た。

「くっ!」

襲いかかってくる緑風の大宝玉をリューは緊急回避。

「あぐっ!」

しかし、全てを回避することは出来ずリューは自分自身の魔法を受け地面に倒れ伏す。

「どうだ?自分の魔法を受ける気分は」

歩み寄ってくるジエンにリューは顔をだけ向けてジエンの剣を見るとその視線に気づいたジエンは説明する。

「今のは貴様の魔法を剣に付与させてそれを放出させた。それがこれだ」

魔武具(マジックウェポン)『アビリティソード』の『魔力』の剣の形状を見せつけるジエン。

対象の魔法を剣に吸収してそれを剣に付与させる、もしくはそれを放出を可能にするのが『魔力』の能力。

「素晴らしいだろう?シャルロット副団長が作製したこの魔武具(マジックウェポン)は。ミクロや【万能者(ペルセウス)】をも上回る剣だ」

誇らしげに語るジエンだが、その表情はどこか憂鬱そうだった。

「やはり、才能を持って産まれてきた者は格が違う」

「………随分と才能に固執しますね」

ミクロのことについてもシャルロットのことについてもジエンは特別や才能あるなどまるで恨めしそうに言う。

「……貴様にはわからないだろう。才能ある者とない者との圧倒的なまでの差別感を。私はエルフだ、それなのに魔法が一つも使用することができない。それでも、私は努力した。魔法が使えなくても剣術を磨けばいいと自分自身を律して剣を振るい続けた。だが、何も変わらなかった!」

「かは……ッ!」

ジエンはリューを蹴り飛ばす。

「周囲から落ちこぼれと呼ばれる度に心がすり減らされる気持ちがわかるか!?魔法が一つも使用できない不安と恐怖が理解できるか!?自分と周囲との劣等感を味わったことがあるか!?」

激情に任せて地面に倒れているリューを蹴り続けるジエンだが、蹴るのを止めて上を向く。

「……しかし、そんな私をシヴァ様は救ってくださった。そして、私はあの方に忠誠を誓った」

その時のことを思い出すかのように告げるジエンは手に持つ『アビリティソード』を強く握る。

「そしてシャルロット副団長は私に力を与えてくださった。この力で私は今まで見下してきた同胞たちを葬った。その時の奴等の恐怖、嘆き、絶望を見るたびに私の心は満ちていった」

同胞であるエルフを葬ることで知った破壊の快楽。

劣等感で苦しめられてきたジエンにとってそれは悦びだった。

「………それは間違ってる」

「何?」

倒れているリューは全身に力を入れて何とか立ち上がりながら言葉を続ける。

「本当にミクロの母親であるシャルロットさんは貴方に力だけを与えただけでしょうか?私はそうは思わない」

「何も知らない貴様が何を言う?」

話したことも見たこともないリューにジエンは訝しむ。

「ええ、その通りです。私はシャルロットさんのことはミクロから聞いた程度しかしりません」

訝しむジエンの言葉をリューは肯定した。

「それでも私はシャルロットさんのことを尊敬している」

真っ直ぐな瞳でリューは言い切る。

「シャルロットさんのミクロを愛する想いは誰よりも強かった。自分の子供を幸せを願い、自分の命さえもミクロに与えた」

犠牲になるのは美点ではない。

それでもシャルロットのおかげでミクロは死ぬことはなかった。

自分の命をミクロに与えて自分の子供を守った。

誰よりもミクロを想い、愛して守り続けた。

「シャルロットさんは素晴らしいお方というのは同意しましょう。しかし、私は腑に落ちない。それほど素晴らしいお方が本当に力だけを貴方に与えたのか」

自分が装備している魔道具(マジックアイテム)『アリーゼ』を撫でる。

「きっと意味があったはずです。ミクロが私にこの魔道具(マジックアイテム)を与えてくださったようにその剣にも何かしらの意味があったはずだ」

ミクロがリューに『アリーゼ』を与えた時は感謝だった。

何かしらの意味と想いを込めてシャルロットはジエンに『アビリティソード』を与えたとリューは思っている。

「それなのに貴方は自身の欲求を満たすだけでその意味を探ろうともしなかった。シャルロットさんの想いを貴方は踏み躙っている」

木刀を捨ててリューは小太刀を抜刀する。

「本当の貴方は認めて欲しいだけあったはずだ。魔法が使えない自分ではなくジエン・ミェーチという一人のエルフとして認めて欲しかっただけのはずだ」

「………れ」

「ミクロならきっと何も言わず貴方を倒すだけで終えるでしょう。彼は優しい、貴方の全てを受け止めて真正面から貴方を倒そうとここに来たはずだ」

「……黙れ」

「私はミクロ程強くもなければ全てを受け止められるほど器も広くはない。それでも、私は言います。私は愛する人をミクロを守る為に戦います」

「黙れぇぇぇぇえええええええええええええええええええええッッ!!!」

激昂するジエンは感情のままに怒鳴り散らしてリューに攻撃を仕掛ける。

ジエンの剣を小太刀で防ぐなかでジエンの攻撃は勢いを増す。

「守るだと!?それは才能ある者、強者のみが許される言葉だ!貴様如きがミクロを守れるわけがない!!」

剣の姿を『力』に変化させて薙ぎ払う。

回避した後ろにある巨大な柱がその一撃を持って破壊された。

後退いつつ防戦するリューに対してジエンは言葉を続ける。

「過去現在、未来永劫においてもミクロ以上の才ある者は誕生しない!ミクロは守られる存在ではない!!それは私よりも貴様の方が知っているはずだ!!」

ミクロは守ったことはあるが守られたことはない。

守られる前にその人以上に強くなり、強者を倒して圧倒的速さで強くなった。

リューは今までも守られたことはあっても守ったことはなかった。

的確に抉ってくるジエンの言葉がリューの心を抉る。

「それでも私はミクロを守る!!」

だけど、それが諦める理由にはならなかった。

「彼は一人の人間(ヒューマン)だ!才能があろうと特別だろうと誰かが支えなければ人は生きてはいけない!」

「なっ!?」

リューはジエンの剣を弾いた。

「私はミクロを支えたい!愛する人に苦しい想いをさせない!」

剣を弾いて際限のない怒涛の連撃を乱打する。

「もう、ミクロだけには背負わせはしない!!」

超連続攻撃にジエンの身体に傷が出来る。

誰よりも傷付き、苦しんできたミクロをリュー守りたい。

例え、ミクロより弱くても、才能がなかろうと。

この想いだけは諦めたくはなかった。

「戯言をほざくな!!そのような感情論で才能を上回ることは不可能だ!必要なのは力だ!他者を踏みつけられる程の力!その力を手に入れて私はここまで来た!!」

『アビリティソード』をその手に収めてジエンは破壊の死者(ブレイクカード)の十番の地位を勝ち取った。

「それなら私は私を超えて強くなればいいッ!!」

痛み体に鞭を入れて全身全霊で攻撃を続けるリューにジエンは後退を余儀なくなれる。

「私はミクロと仲間達と共に未来を歩む!!」

ミクロを守る為に、仲間達と共に未来を進む為。

その想いを糧にリューの【ステイタス】は限界まで引き上がる。

それに対してジエンはリューの言葉に冷静さが欠けていた。

『アビリティソード』という力を手に入れた自分を否定された。

過去の忌々しい記憶が脳裏に過ぎ、怒りで冷静さが欠けて攻めあぐねていた。

「ッ!?」

しかし、天はジエンを味方した。

天井から降って来た岩石がリューの頭に直撃し、攻撃の手が怯んだ。

「死ね!!」

怯んだその隙が致命的な隙を生み出してしまった。

猛烈な弧を描いた剣身がリューに襲いかかる。

回避も防御も間に合わない絶体絶命。

「リュー!!」

愛する人(ミクロ)の声と共に鞘に収まった一本の刀がリューの眼前にやってきた。

「信じてる!」

「はい!」

刀を受け取り、居合切りの構えを取る。

回避も防御も間に合わない僅差の時間の中でリューは攻撃に移る。

しかし、ミクロの登場とリューが持つ刀に警戒したおかげかジエンは一瞬で冷静さを取り戻して『アビリティソード』の剣の姿を変えた。

『耐久』に変えたこの形状はかつては深層の階層主でさえも破壊することができなかったほどの堅牢さを誇る。

例えミクロが渡した刀がどれほどの業物だろうとこの剣を壊すことは不可能。

ミクロとの距離はまだある。

なら、一度防御した上でリューの隙を攻撃して倒すと考えるジエンにリューは抜刀した。

「なっ!?」

鞘から抜かれた刀には刀身が存在しなかった。

しかし、ジエンの身体は切り裂かれた。

「な……に………?」

切り裂かれたジエンは地面に膝を付き視線をリューの持つ刀に向けてようやくその正体がわかった。

「これは……」

実際に使ったリューもその刀を見て驚いた。

「それの名は『薙嵐(なぎあらし)』。風を纏う刀だ」

二人の下に駆け付けてきたミクロがその刀の名を告げた。

「お前が持つ魔武具(マジックウェポン)を見て俺なりに考案して作製した魔武具(マジックウェポン)だ」

魔武具(マジックウェポン)薙嵐(なぎあらし)』。

鞘から抜くと同時に周囲の風を収束させて風の刀身を作り出す魔武具(マジックウェポン)は物体がない為に防御不可能。

ジエンは風の刃によって切り裂かれたのだ。

「馬鹿な……ッ!?魔武具(マジックウェポン)を作り出せたというのか……ッ!?母をシャルロット副団長を超えたのか………ッ!」

「いや、今の俺にはこれが限界だ」

確かにミクロは魔武具(マジックウェポン)の作製に成功したが、シャルロットが作製した『アビリティソード』には劣る性能だった。

それでも一度魔武具(マジックウェポン)を見ただけでそれを作製したミクロの手腕にジエンは諦めたかのように笑った。

「ハハ………やはり才能ある者は格が違う。殺せ」

戦いに負けてミクロの才能を目の当たりにしたジエンは全てを諦めて二人に自分を殺す様に進言する。

「断る」

しかしミクロはそれを拒否した。

「お前を地上に連れて行きギルドに引き渡す。そして罪を償って貰う」

回復薬(ポーション)を取り出してジエンの身体にかけようとするミクロの腕を掴んで妨害する。

「私を憐れむな……ッ!これ以上生き恥を晒すぐらいなら私は死を選ぶ………!」

憐れむぐらいなら自らの死を選択する。

見下されてきた自分がギルドに捕まれば主神であるシヴァに見限られ、また笑い者にされてしまう。

そのような思いをするぐらいなら死んだ方がよかった。

「………お前にオラリオを去れと言われてからその答えを考えていた」

18階層でジエンに言われてからミクロは魔武具(マジックウェポン)を作製しながらずっと考えていた。

「俺の答えは変わらない。仲間達と一緒に未来を歩む」

「ミクロ……」

リューの手を握って答えを示す。

「この道が破滅の道だとしてもその先にある幸せを掴み取ってみせる」

仲間を、家族を、明日を信じて未来を歩く。

「シヴァ様は君を諦めたりはしない。それは私以外の破壊の使者(ブレイクカード)が君の前に現れる。ミクロ、君はそれでも逃げずに戦うというのか………?」

その問いにミクロは頷いて肯定した。

明確な答えを聞いたジエンは自虐気味に笑った。

流石は才能溢れるミクロ。才能がない自分とは違いすぎることに。

ミクロはジエンの傍に落ちている『アビリティソード』を手にするとそれをジエンに見せるように持つ。

「ジエン。母さんが何故これをお前に渡したのかわかるか?」

「何……?」

突然の問いに訝しむジエンにミクロは答えた。

「お前は過去に囚われている。だから、これはそんなお前が未来に向かっていける為に母さんはこれをお前に渡した」

「ッ!?」

『これは貴方の過去を断ち切る為のもの。そして貴方の未来を切り開く為の武器。強くなって自分に優しくしてあげて、そうすれば貴方は誰かの為に戦える優しいエルフになってると思うから』

記憶の奥底から蘇るように思い出すシャルロットの言葉。

シヴァに拾われて劣等感の塊だった自分に『アビリティソード』という力を与えてくれた時のシャルロットの言葉が今になって思い出した。

力に魅入られてその時の言葉を忘れていたがミクロの言葉によって思い出すとジエンの眼から涙が流れる。

慈愛に満ちたその言葉が破壊の快楽でしか満たせれなかった心を満たした。

どうして忘れたいたのかと後悔と共に抱えていた劣等感が涙と共に流れ落ちる。

「私の……負けだ………」

敗北を認めたジエンにもう戦意はない。

ミクロは『アビリティソード』を『リトス』に収納してリューに振り向く。

ベシ!

そして、リューの頭を叩いた。

ベシベシベシベシベシベシベシベシベシベシベシベシベシ!!

「ミ、ミクロ……?」

怪我をしているリューに気遣って痛くしない程度に叩くミクロの奇行にリューは戸惑う。

始めて見るミクロの奇行にどうすればいいのかわからない。

ミクロは叩くのを止めて自分の胸を掴む。

「凄く痛かった……リューがいなくなって凄く痛かった」

ミクロが目を覚ました時には本拠(ホーム)にリューはいなかった。

リューにもしものことがと考えるだけで胸が痛くなる。

その痛みを抱えたままミクロはここまで辿り着いた。

「すいません、ミクロ」

心配かけてしまったことにリューは謝ったがミクロはそっぽを向いた。

怒っているように許さないように子供のような反応をするミクロを見てリューは申し訳ないと思いつつ苦笑した。

その時、甲高い破砕音が響かせて食糧庫(パントリー)の方向から何かが崩れる音が聞こえた。

「私に構わず行け。君達の仲間がこの先にいる」

ジエンの言葉にミクロとリューは顔を合わせて頷き合い動き出す。

ジエンは食糧庫(パントリー)に駆け出す二人の後姿を見て小さく笑う。

「強くなれ、君達の幸せを私は願う」

深手を負いながらジエンはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

崩落している食糧庫(パントリー)に到着したミクロ達はその場にいた【ヘルメス・ファミリア】とアイズ達の救助に手を貸して共に食糧庫(パントリー)を脱出した。

情報を交えながらその日の内に地上に帰還した。

ジエンが姿を消したことに気掛かりだったがミクロはもうジエンとは戦うことはないと踏んでいる。

もし、会える機会があれば次こそはギルドに連行して罪を償わせると心に決める。

24階層の食糧庫(パントリー)で起きた事件の詳細に問題が山積み。

帰還早々に執務室に座っているミクロは取りあえずは最初の問題を解決させようと視線を上げる。

執務室の中央に正座している小人族(パルゥム)の少女とその両隣にはベルとスウラが立っている。

スウラから詳細を聞いたミクロにベルは懇願した。

「団長、お願いします!リリを許してあげてください!!」

「俺からも頼むよ、団長」

ベル達からの頼みは二つ。

ベルの両刃短剣(バセラード)を盗んで罠に嵌めたことを許すか処罰を軽くすること。

リリルカ・アーデの改宗(コンバージョン)

正直、ミクロは目の前にいるリリを二度とベルと関われないようにしようと考えているが二人の説得にどうしようかと頭を悩ませる。

【ファミリア】の団長としてもそう簡単にリリを許す気にはなれない。

「リリルカ・アーデ。お前は俺の家族であるベルを罠に嵌めた。それを俺は許す気はない。だが、二人の頼みを無下に扱うつもりもない」

二人の懇願を聞き入れた上でミクロはリリの処罰を言い渡す。

改宗(コンバージョン)の交渉はセシシャに一任するように頼んでおく。後はお前自身の行動で示せ。裏切るようなことをすれば次こそは容赦しない」

「……ッ!はい、ありがとうございます!!」

改宗(コンバージョン)を認めた上でその行動で示させることにした。

「団長!本当に、ありがとうございます!!」

「気にするな」

頭を下げるベルにミクロは用紙に羽ペンを動かす。

書き終えるとそれをベルに手渡す。

「それをセシシャに渡して頼め。他に何かあれば言って来い」

「はい!!」

満面な笑みを浮かばせるベルはリリの手を取って喜ぶ。

家族(ベル)の喜ぶ顔が見れてミクロも良かったと思った。

 



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New18話

セシシャの交渉により、リリルカ・アーデは改宗(コンバージョン)

【アグライア・ファミリア】へと入団した。

同じ【ファミリア】になれたことにベルとリリはセシシャに何度も頭を下げて礼を言ったがセシシャは仕事だから礼を言われる覚えはないと当然のように言った。

リリはどうやって【ソーマ・ファミリア】の団長であるザニス・ルストラ。

酒守(ガンダルヴァ)】をどう言いくるめたのか気になったがその疑問をセシシャは微笑みながら答えた。

『知らない方が良いこともありますわ』

その答えにリリは震えながら頷いて肯定した。

後に風の噂では現在【ソーマ・ファミリア】の団長はチャンドラが引き受けているとか、ザニスは行方不明と聞いたがリリは聞かなかったことにした。

今はベルと一緒に行動を共にする。

そんなこんなで一つの問題が片付いたミクロは椿がいる工房に足を運んでいた。

「まったくもってどういう工程で作り上げたのか手前には理解できん」

「そうか」

ミクロはジエンが使用していた『アビリティソード』を椿に見せていた。

「唯一理解出来るのはどの形状も上級鍛冶師(ハイ・スミス)と同等の作品ということだけだ」

そう結論を出す椿はミクロに『アビリティソード』を返す。

ミクロの母親であるシャルロットが作製した魔武具(マジックウェポン)の構造を知る為に鍛冶師(スミス)である椿に見せたが思っていたよりも答えはでなかった。

ジエンとの戦いでリューが使用した『薙嵐』。

ミクロ自身が作製した魔武具(マジックウェポン)だが、今持っている『アビリティソード』には大きく劣る。

それだけシャルロットの技量が凄まじく、今のミクロでは足元にも及ばないことが判明された。

「ありがとう、椿」

「構わん。手前も面白いものが見れて満足だ」

礼を言うミクロに対して呆気なくそう言い返す椿。

ミクロは『アビリティソード』を『リトス』に収納する。

「椿」

「おお?主神様よ。手前に何か用か?」

工房に入って来たのは【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストス。

「やぁ、ミクロ・イヤロス。この間ぶりだね」

「なんや、二人で談話でもしとったんかいな?」

それと【ロキ・ファミリア】の主神ロキとその眷属であるフィンがやって来ていた。

「ロキ達と『遠征』の話し合いをするって言ったでしょう?」

「おお!」

主神の呆れ声に合点がいったように声を上げる椿。

ミクロはこれからの話し合いに邪魔にならないよう早々に工房を出ようと足を動かすがちょっと待って欲しいとフィンに呼び止められる。

「ちょうどよかった。ミクロ・イヤロス、この後にでも君の【ファミリア】に足を運ぼうと思っていたところだったんだよ」

「俺に何か用?」

問いかけるミクロにフィンは頷いて答える。

「ミクロ・イヤロス。是非にも次の『遠征』に君達の【ファミリア】の力を貸して欲しい」

フィンはミクロに『遠征』の同行願いを出した。

「………」

目線を細めるミクロは振り返ってフィンに耳打ちする。

「18、24階層に関わることか?」

食人花(ヴィオラス)、宝玉、レヴィスという怪人(クリーチャ)など今までとは異なる異常事態(イレギュラー)

そのことを知らないヘファイストスや椿に聞こえないように耳打ちして確認を取るミクロにフィンは小さく頷いた。

「可能性的にはあるとみていいだろう」

あくまで推測として肯定するフィンにミクロは離れる。

「『深層』に行けるのは俺を含めた主力メンバーのみ。それでも構わないのなら同行する」

「助かるよ」

どの道近い内に遠征に行く予定だったミクロ達にとってもいい経験になる。

これからの事ともしものことも考えてミクロは同行することにした。

後程主神であるアグライアや【ファミリア】のメンバーには報告することを頭の片隅に置いてミクロもフィン達の『遠征』の話し合いに参加した。

大体の話し合いが終わった頃、ロキがミクロに尋ねた。

「なぁ、【覇者】。前から聞きたかったんやけど自分は何者や?」

薄っすらと細目に開くロキの眼力は真っ直ぐミクロを視る。

「最初にうちがアグライアと自分にちょっかいかけたのは気に入らないからや。せやけど、自分の噂やアイズから聞いた話を聞いてうちは思った。自分はただものではないってな」

ロキはミクロが【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供だということはフィンやリヴェリアから聞いている。

だけどロキはそれだけではないと踏んでいる。

「協力するんならそれぐらいを話してもええやろ?」

『遠征』の同行を承認しているミクロにロキは尋ねた。

協力するならそれなりの信用をみせろと言外にそう加えて。

「答える義務はない」

だけどミクロは拒否した。

一秒も経たずに拒否するミクロにロキの眉根はピクリと動く。

その固い口をどう割らせようかと思考を働かせて再度問いかける。

「素性もはっきりとせん奴にうちは協力したくはないわ」

「嘘。お前は俺の素性をフィンかリヴェリアから聞いている」

あっさりと看破されてロキはフィンに視線を向けて気付いた。

そのことを知る余地もないミクロがそれを知っているわけがない。

だからロキにかまをかけてその反応を確かめた。

結果、ミクロの素性をロキが知っていることに気付かされた。

地上の子供にかまをかけられえて歯を食い縛るロキに素っ気なくするミクロ。

想像以上に頭が切れるミクロにロキはどうするかと考えると椿がミクロに聞いた。

「ほほう、ミクロよ。手前もお主の素性は知らぬ」

「俺は【シヴァ・ファミリア】の眷属、へレスとシャルロットの子供」

「って、何あっさりと話てんねん!!?」

先ほどまでのやり取りはいったい何だったのかと思うぐらいあっさりと暴露するミクロにロキは突っ込みを入れる。

「椿は世話になっている。義務はなくても義理はある」

そう答えるミクロに椿は大笑い。

悔しむロキに肩を竦めるフィンとヘファイストス。

しかし、素性を聞いた以上ロキはミクロの同行を完全に許すしかない。

更に聞こうと追求するがミクロはこれ以上答える義務も義理もないと告げてそれ以上は話さなかった。

「ミクロ・イヤロス。これは個人的なお願いなんだが構わないかい?」

「何?」

話を切り替えるようにフィンはミクロに尋ねる。

「君には弟子がいたはずだ。ついででも構わないからレフィーヤを鍛えて欲しい」

「ちょっ!?フィン、自分なに言ってるんや!?」

突然の言葉に驚愕するロキを無視してフィンは続ける。

「以前アイズとの戦いで君がみせた『並行詠唱』は見事だった。その技術をレフィーヤにも教えてあげて欲しい」

「リヴェリアが教えてるやろ!?何で【覇者】に頼むんや!?」

「こう言ってはレフィーヤに悪いけど、彼女は自分に劣等感(コンプレックス)を抱えている。日頃から努力しているのは僕から見てもわかるけど彼女はアイズ達と自分を比較しすぎている」

フィンの予想通りレフィーヤは自分に劣等感(コンプレックス)を抱えている。

強すぎるアイズ達と自分自身を比較しているレフィーヤにいつもと違う刺激が必要とフィンは判断した。

「『遠征』までの一週間でも構わない。彼女を鍛えてあげてくれないか?」

友達想いであるミクロを信用して懇願するフィンにミクロは頷く。

「わかった。でも、二つ条件がある」

「聞こう」

「レフィーヤが心配なら誰か同行してもいいけど、訓練の内容は全て俺が決める。もう一つはアイズに鍛えて欲しい奴がいる」

「アイズに……?」

わざわざアイズに指名するミクロにフィンは訝しむ。

「アイズは誰かを師事したことはないけどそれでも構わないのなら」

「問題ない」

忠告するフィンにミクロは即答する。

「その者の名は?」

「ベル、ベル・クラネル」

『遠征』までの一週間。

レフィーヤはミクロの下で。

ベルはアイズの下で指導を受けることになった。

 



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New19話

一週間後にある【ロキ・ファミリア】の遠征に同行することになった【アグライア・ファミリア】。その団長を務めているミクロはその事をアグライアに報告するとアグライアは微笑みながらミクロの頬を引っ張った。

「どうして貴方はそう勝手に決めちゃうのかしら?」

主神に一言も告げることなくその場で即了承したミクロにアグライアは怒っていた。

「ひんにゃのいいひゃいけんになる」

頬を引っ張られながら答えるミクロは皆のいい経験になると言いたかった。

【アグライア・ファミリア】の到達階層は37階層。

次の遠征では40階層を目指す予定だったが【ロキ・ファミリア】の遠征に同行することになり、急遽予定が変わった。

ミクロの頬から手を離すとアグライアは疲れたように息を吐いた。

【ファミリア】や皆のことを考えて行動しているとはいえ、もう少し誰かに一言ぐらい相談してから決めて欲しかった。

「それと、明日からベルはアイズに俺はレフィーヤを一週間鍛えることになった」

その言葉を聞いてアグライアはもう一度ミクロの頬を引っ張って今度はぐりぐりと頬を動かす。

一応ロキとはそれなりの良好は築き上げている。

ミクロ本人もアイズ達と仲が良い。

派閥同士が懇意しているなかとはいえ、互いの子を別の派閥に鍛えるとは前代未聞だ。

自派閥で培ってきた知識と技術を提供しているようなもの。

二大派閥である【ロキ・ファミリア】それも【剣姫】と名高いアイズがまだ新人のベルを鍛えるのはありがたいが問題はレフィーヤの方だ。

死ぬことはないだろうが余計な心の傷(トラウマ)を負うかもしれない。

ミクロの事だから【ファミリア】に関わる重要なことは話さないだろうが下手にレフィーヤに何かあったらそれに付け込みあの悪神(ロキ)が何をしてくるかわかったものじゃない。

はぁ~と深く溜息を出してアグライアは手を離す。

「決めちゃったことは仕方ないけど次からは私かリューにでも一言ぐらい言いなさい。それと、リュー達にもこのことを話しておくのよ?」

「わかった」

アグライアの言葉にミクロは頷いて肯定するとアグライアの部屋を出て今回の事をリュー達に知らせに行く。

アイズが指導してくれると聞いたベルは嬉しさと申し訳なさでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、黄昏の館の正門前にミクロ達は来ていた。

約束通り今日から一週間レフィーヤはミクロの下で、ベルはアイズの下で師事を受ける為に。

ミクロ達が到着した頃には既にフィン達は待っていた。

「一週間よろしく頼むよ、レフィーヤ」

「ご、ご指導よろしくお願いします!」

「よろしく」

頭を下げるレフィーヤにミクロも挨拶するとベルに視線を向ける。

「ご、ご教授をよろしくお願いします!」

「……うん、よろしくお願いします」

アイズに頭を下げるベル。

互いに師事を仰ぐ者に挨拶を済ませるとレフィーヤはぎろりとベルを睨んで近づく。

「いいですか?くれぐれもアイズさんに無礼がないように!アイズさんは貴方と違ってとても強くて綺麗で可憐でちょっと天然なところも可愛くてキャッ!は、離してください!?セシルさん」

鬼気迫る表情で迫っていくレフィーヤをセシルが首根っこを掴んで遠ざける。

「いいから行くよ。私の修行時間も抜いて来てるんだからその辺り忘れないでね」

「そ、そうかもしれませんが私はこの人間(ヒューマン)に礼儀を教えなくては……ッ!?」

「はいはい、憧れの人が別の人に独占される気持ちはわかるけど私達も訓練しないと。そうですよね?お師匠様」

「ああ、フィン。夕方頃には帰す」

それだけを言ってスタスタと歩き出すミクロ達にレフィーヤはセシルに引きずられながらアイズさ――――――ん!!と叫んだ。

「えっと、私達も行こうか?」

「は、はい!」

アイズ達も別の場所で訓練を行う為に動き出す。

アイズ達が見えなくなったところでレフィーヤは自分の足でミクロ達についていく。

「はぁ~」

溜息を吐くレフィーヤ。

訓練とはいえアイズと二人きっりになるベルに嫉妬と憤りを感じながらもこれは派閥同士が決めたことと考えて自分を納得させる。

チラリとレフィーヤは二人に視線を向ける。

セシルは自分と同じLv.3の冒険者であり、ミクロの弟子でもある。

武器は背に担ぐ大鎌が有名で【魂狩り(ソウルハンター)】という二つ名が神々から与えられた。

憧憬を抱く者同士ではあるが憧憬する人が違う自分の宿敵(ライバル)

もう一人はミクロ。

その名を知らない者はこのオラリオでは存在しないと言えるくらいの有名人。

何から語ればいいのかわからないくらいほどの数多くの武勇伝がある。

もちろん、その実力は本物。

【アグライア・ファミリア】団長、【覇者】ミクロ・イヤロス。

Lv.6の冒険者。

手に持つ魔杖《森のティア―ドロップ》に強く握る。

その実力者からレフィーヤは『並行詠唱』を身に付けなければならない。

以前にミクロが見せた『並行詠唱』はレフィーヤから見ても凄いとしか言えなかった。

当たり前のように『並行詠唱』を使用して18階層では魔法円(マジックサークル)を展開した上での長文詠唱からの魔法の行使。

純粋な魔導士特化の自分とは比べるまでもない。

自分が得意とする魔法だけでもレフィーヤはミクロに劣る。

「レフィーヤ」

「は、はい!」

突然声をかけられて驚くレフィーヤにミクロは尋ねる。

「レフィーヤは『並行詠唱』はどこまでできる?」

「え、えっと……軽く走りながらなら………」

「そうか。知識は?」

「一通りはリヴェリア様から教わっています」

「わかった」

ミクロの質問に正直に答えるレフィーヤにミクロは頷く。

再び前を向いて歩き出すミクロにレフィーヤはどういう意図でそんな質問をしたのかと訝しむとセシルが遠い目で空を眺めていた。

「レフィーヤ。今の内にこの綺麗な青空を見ていた方が良いよ?」

「え?セ、セシルさん……」

突然何を言っているのかわからないレフィーヤはそのままミクロ達と共にダンジョン5階層、西端の『ルーム』に足を運んだ。

『魔法』の試射(テスト)、あるいは魔導士の砲撃訓練は、ダンジョン内で行うのが通例である。

都市の中で攻撃魔法を放とうものなら街や市民に被害が及び、ギルドの御用になる。

「えっと、私は何をすればいいのでしょうか?」

師事を受けるミクロに自分の訓練内容を尋ねるとミクロは答える。

「今日からまずは三日間、セシルと戦って貰う。セシルは武器の使用とレフィーヤは魔法の使用を禁止した状態で」

「はい!」

「え?」

ミクロの師事に当たり前のように返答をして鎌を置くセシルにレフィーヤは異議を唱えた。

「ちょ、ちょっと待ってください!私は魔導士です!『並行詠唱』の訓練を行うのではなかったのですか!?」

魔導士に魔法を使うなと言われたらレフィーヤに残されたのは苦手な白兵戦のみ。

それに対してセシルは前衛職。

白兵戦は得意中の得意。

「魔導士でも接近戦を行うこともある。この三日間は『並行詠唱』を身に着ける為の前準備」

「前準備……?」

聞き返すレフィーヤにミクロは頷いて答える。

「セシル。いつも俺と模擬戦をするつもりで戦え」

「わかりました!行くよ、レフィーヤ!」

「え、ちょっと待って………ッ!」

駆け出すセシルにレフィーヤは咄嗟にリヴェリアから教わった棒術を駆使するがセシルはそれを躱してレフィーヤに接近して腹部に一撃当てる。

「かは……」

肺から空気が出ていくレフィーヤにセシルは情け容赦なしに連撃を行い、顔面を殴って怯んだその隙に足払いをして地面に倒してからの止めで顔すれすれに拳を止める。

「……えっと、大丈夫?」

予想以上に的中したセシルは思わず倒れているレフィーヤに声をかけるがレフィーヤは気を失っていた。

いつものミクロ相手ならこの程度は全く通じずに余裕で反撃されて自分が地面に転がっているが魔導士とはいえ同じLv.だとこうも違うのかと力加減を間違えた。

ミクロはレフィーヤに近づいて『リトス』から高等回復薬(ハイ・ポーション)をかけて傷を治してからレフィーヤを起こした。

「問題ない。続けて」

起きたレフィーヤに問題がないことが発覚して続きを強制させるミクロに青ざめるレフィーヤは抗議した。

「ま、待ってください!模擬戦を行うことはまだわかります!ですが、魔法もなしに前衛職であるセシルさん相手に私が勝てるわけがありません!?せめて、魔法の使用だけでも認めてください!!」

「それでは訓練にならない。セシル、容赦する必要はない。同じLv.なら死ぬことはそうそうない」

レフィーヤの申し出をきっぱりと拒否してセシルに告げるミクロ。

「構えて、レフィーヤ。お師匠様も何か考えがあってそう言っているんだから」

師であるミクロの指示に従うセシルは構えるのを見てレフィーヤも咄嗟に構える。

「あと、慰めにもならないけどお師匠様相手はもっときついよ」

「本当に慰めにもなりませんよ!?」

Lv.6との模擬戦なんてどんな酷烈(スパルタ)と叫びたいレフィーヤ。

それでもセシルは遠い目をして告げる。

「私やベルはほぼ毎日お師匠様と模擬戦してるんだよ?」

言外にレフィーヤはまだ手加減されていると告げる。

頬を引きつかせるレフィーヤは思った。

日頃からどんな酷烈(スパルタ)を受けているのかと。

そんなレフィーヤにセシルは再び突撃する。

「やっほー!ミクロ!」

「ティオナ」

二人の模擬戦を見守っているミクロにティオナが歩み寄って来た。

「なになに!?レフィーヤが組み手!?どんな訓練してるの!?」

「『並行詠唱』を身につける為の前準備」

レフィーヤの様子を見に来たティオナは予想外にも魔導士であるレフィーヤが組み手をしているとは思ってもみなかった。

「あ、でもやっぱりレフィーヤは白兵戦が苦手なんだね。セシルは動きに無駄がないのかな……?」

二人の戦っている様子を見て思ったことを口にするティオナは二人の戦いを見て体が疼き始めた。

戦いたくてしょうがないその気持ちをミクロにぶつける。

「ミクロ!あたし達もやろう!!」

ミクロから貰った『リトス』から大双刃(ウルガ)を取り出すティオナにミクロもナイフと梅椿を手に取る。

「わかった」

レフィーヤ達が模擬戦をしている横でミクロ達も模擬戦を開始する。

「いっくよー!」

突撃してくるティオナに構えるミクロ。

『遠征』までの一週間。それぞれの訓練が始まった。



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New20話

レフィーヤがミクロの下で訓練を受けている間、ベルはアイズの下で訓練を受けていた。

迷宮都市を囲う巨大壁の上で二人は戦っていた。

誰かに師事したことのないアイズは自分にとって教えやすい方法として鞘を持ってベルの相手をしていた。

戦いながらアイズはベルと戦って驚いた。

表情は変わらないが内心は予想以上にベルは戦えていた。

「やっ!」

振るう両刃短剣(バセラード)とナイフ。不意を突いての体術など。

基本を忠実に足を使い、重心をしっかりと捉えている為バランスが中々崩せない。

「……」

「あぐっ!」

鞘で隙ができたところを攻撃して一瞬怯むがそれでも耐えている方だ。

手加減が苦手なのはアイズ自身が良く知っている。

それでもベルが耐えて攻撃を続けれるのはきっとミクロによく鍛えられているのだと動きを見て気付いた。

ベルの動きはミクロに似ていたから戦ったことのあるアイズは見ただけですぐに理解することができた。

「はぁ……はぁ……」

「……休憩にしようか」

息を荒げるベルを見て休憩を始める。

座り込んで呼吸を整えているベルにアイズはどう指導すればいいのか悩まされる。

特に注意するところは防御がまだ下手と技と駆け引きが少し足りないところを除けばLv.1では上々だった。

これほどなら自分が教えることはないと思ったがアイズにとっては今回の件は良かったと思っている。

謝れなかったベルに謝ることが出来たのとベルの成長の秘密を見極めることができるかもしれない。

自分自身の為にと今度こそミクロに勝つ為に。

アイズは負けず嫌いだ。

ミクロに二度も敗戦しているアイズはそれが凄く悔しかった。

「………」

そこでアイズは不意に思った。

ミクロには弟子がいる。ということは師事したことがあるということ。

ベルの動きもミクロに似ているのなら普段はどのような訓練をしているのだろうかと気になった。

「……ミクロは普段どんな訓練をしてるの?」

ベルにそう尋ねるとベルは思い出しながら普段の訓練の内容をアイズに話す。

「えっと、基本的は模擬戦です。その前に素振りと筋トレをしています」

意外に普通の内容だったとアイズは思ったがそれは聞いた範囲だけであってその質がおかしいのだがベルはそれ以上口にしたくなかった。

思い出すだけで心が折れるから。

「アイズさんは団長と戦ったことがあるんですよね?」

「……うん、負けてるけど……次は勝ってみせる」

手をぎゅっと握るアイズのやる気がベルに伝わる。

「ミクロは前衛も後衛も出来るから戦いづらいけど、それを当たり前のように使いこなしているミクロは本当に凄い」

次に戦っても苦戦は必須。

今の自分がミクロにどこまで通じるかはわからないけど負けたくないという気持で一杯だった。

「……だ、団長のことはどう思っていますか?」

「……友達だよ?」

意図がわからないベルの質問に正直に答えるとベルは手を握る。

二人が恋人ではないことに安堵した。

二人とも基本的無表情や強いなどいった共通することが多かった為にもしかしたらという不安があったがそれは杞憂に終わった。

「……訓練の続き、しようか」

「は、はいっ!」

意識を切り替えて目の前のベルの動きに目を細める。

「行きます!」

ベルの訓練は再開した。

「ふべっ!」

「あ」

またしばらくの休息が必要になった。

 

 

 

 

 

 

ベルの訓練が終えたアイズは自分の本拠(ホーム)である『黄昏の館』に帰還して大食堂に足を運ぶ。

「あ、アイズ――――!!」

アイズの姿が視認できたティオナはアイズに向けて大きく手を振るとアイズはティオナに近づいて突然足を止めた。

「えっと、どうしたの?」

ティオナの隣にはテーブルに突っ伏しているレフィーヤの姿を見て狼狽える。

「………」

レフィーヤからは返事がない。

その隣にいるティオナが笑みを浮かばせながらレフィーヤの代わりに答えた。

「レフィーヤ、セシルと組み手してこうなったんだ」

「組み手……?」

「あたしもミクロと組み手したんだよ――!」

いいな、とアイズは思いつつどうして魔導士あるレフィーヤが組み手をしたのかわからなかった。

自分やティオナのような前衛なら組み手や模擬戦を行うのならわかるけど、魔導士であるレフィーヤは後衛であるため前衛とは役割が違う。

ティオナの恰好もよく見たら体中に切り傷や打撲跡がある。

ミクロとそれだけ激しい模擬戦を行ったことが窺える。

「………」

アイズは何故ミクロがレフィーヤに組み手をさせたのかはわからないがミクロならミクロなりの考えがあってそうしたのだろうと確信があった。

魔導士だから魔法の練習を行うとは限らない。

なら、どうすれば上手く教えられることができるのかアイズは自分なりに考える。

その光景を離れたところから見ていたフィンとリヴェリア。

「どうやらアイズには良い影響みたいだね」

「そうだな、しかし組み手か……ああ、そういうことか」

強くなること以外に悩むアイズの様子を見て安心するフィンにリヴェリアは何故ミクロがレフィーヤに組み手をさせているかその理由がわかった。

「今の二人にミクロはいい影響を与えてくれる。やれやれ、彼には頭が上がらないな」

苦笑気味に話すフィンにリヴェリアは微笑する。

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練二日目の早朝の時間、アイズは普段の自分の訓練ではなく書庫に足を運んで本を取り、読んでは戻すを繰り返していた。

他人に師事したことのないアイズはない知恵を絞ってベルを鍛えている。

吞み込みの早いベルはアイズの指示に対しても愚直で正直。

教える立場の人間として最善を尽くそうと先人の知恵、本の力に頼ろうとしている。

「ア、アイズさん……」

「レフィーヤ…」

読んでは戻すを繰り返しているとレフィーヤが声をかけてきた。

「どうしたの?」

「え、えっと、勉強、そう魔法の勉強をしようと思いまして!」

訓練が始まる時間まで魔法の知識を得ようと書庫に足を運んでレフィーヤ。

「頑張ってるんだね」

「い、いえ!教わる身として当然のことをしているまでです!」

アイズに褒められて表情が緩むレフィーヤだが、本当は知識だけでも身に着けようとこうして朝早くから書庫に訪れた。

先日のセシルとの模擬戦にレフィーヤは納得ができない。

魔導士が接近戦を身に着けるという意味では正しいと思ってはいるが、これがどう『並行詠唱』を身につける訓練になるのかわからなかった。

「アイズさんはあの人間(ヒューマン)の方は、どうなっているんですか?」

「凄く真剣で、凄く頑張って、凄く真っ直ぐだったよ」

「……そうですか」

思ったことを言葉にして口にするアイズにレフィーヤは微笑んだ表情を崩さずに答えた。

心の中では何度もベルに激しい嫉妬を抱きながら。

ムムム…と唸るレフィーヤは閃いた。

アイズ達も自分達と同じところで訓練をすればいいのではないかと。

そうすればベルがアイズに失礼なことをしたらすぐにわかるし、頑張ればアイズに褒めて貰えるかもしれないと思いついた。

「あの――」

私達と一緒に訓練しては頂けませんか?と言おうとしたが言葉を途中で止める。

本当にそれでいいのかという疑問が脳裏に過ぎる。

「どうしたの?」

俯くレフィーヤにおずおずと声をかけるアイズ。

「……いえ、何でもありません」

アイズにいらない気を遣わせないようにいつものように応えるレフィーヤはアイズから離れる。

こんな自分はダメだと自分自身を戒める。

もっと強くならないといけない。

24階層の時の己の不甲斐無さが蘇るか中、同時にあの場で『並行詠唱』を会得していたら、という『もしも』を考える。

ミクロの訓練は今も納得はできない。

しかし、その実力は自分が憧憬するアイズよりも上回る。

憧憬するアイズよりも強いことに悔しいと思うし、昨日のような訓練で本当に『並行詠唱』を身に着けられるのかという不安はあるが今はミクロの訓練を信じるしかない。

強くなる為にミクロの教えに従う。

今よりも強くなる為に。

 

 

 

 

 

 

「今日もよろしくお願いします!」

「よろしく」

昨日と同じ『ルーム』に足を運ぶミクロ達に今日はティオナとティオネも来ていた。

「あんた、昨日いなかったと思ったらここにいたのね」

「まあね、レフィーヤが気になって!」

ミクロの後ろで雑談する二人。

「今日も模擬戦を行う。セシル、今日は武器を使ってもいい」

「はい」

大鎌を構えるセシルにレフィーヤは魔杖を構える。

「いくよ、レフィーヤ!」

「はい!」

二人の模擬戦が始めるのを確認してミクロも自分の訓練を始める。

「俺達も始めよう」

「うん!」

「組み手だからといって手を抜いたらぶっ飛ばすからね?」

ミクロもティオナ達を相手に模擬戦を開始する。



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New21話

レフィーヤがミクロの下で訓練を受けて三日目。

魔導士である自分がどうして模擬戦をしなければならないのか理解も納得も出来なかった。

今もその気持ちは変わらない。

それでも強くなる為に今はミクロを信じて言われた通りにセシルと模擬戦をしている。

「ヤッ!」

「キャッ!?」

振るう大鎌を慌てて回避するレフィーヤにセシルは連撃。

前衛職だけあって魔導士とはいえ同じLv.なのに手も足もでない。

「ふくっ!」

大鎌の柄で腹部を直撃されて吹き飛ばされる。

吹き飛ばされたレフィーヤは腹部を押さえて痛みに耐えながらも立ち上がる。

「まだ、戦えます!」

既に体はボロボロで所々血も垂れている。

それでもレフィーヤは諦めなかった。

その瞳から戦意の炎が微塵も消えることはない。

「行くよ!」

その気持ちを無駄にしない為にも同じ宿敵(ライバル)としてセシルは突貫する。

ぶつかり合う二人に対してその近くでミクロもティオナとティオネの二人と模擬戦をしながら横目で二人の様子を観察していた。

「よそ見するなー!!」

「問題ない」

怒りながら大双刃(ウルガ)を振り回すティオナの攻撃を回避しながら問題ないと答えるミクロにティオネの湾短刀(ククリナイフ)が迫る。

しかし、その攻撃もミクロはナイフで防ぐ。

「いい加減当たりなさいよ!?」

「それでは訓練にならない」

怒鳴るティオネに正論を言うミクロにティオネは舌打ちする。

二人の身体は既にいくつかの損傷(ダメージ)はあるがミクロはいまだに無傷。

二人がかりでも傷を負わせることができないことに二人は軽く自信が無くなりそうだった。

自分が強いというわけではないが、それなりの自信がある二人はミクロの前ではその自信が持てない。

自分達よりもLv.が上なのは知っている。

強いことも知っているからこそミクロと訓練をしている。

それでもこれほどまで強いとは予想外だった。

戦えば戦う程その実力がわかってしまう。

だからこそ二人は。

「「絶対に倒す!!」」

強敵(ミクロ)を倒すべき更に攻撃に苛烈さが増す。

もはや殺す勢いで迫ってくる二人の攻撃をミクロは正面から受け止める。

ミクロ自身ももっと強くなる為に。

そうして三日目の訓練を終えた。

「ありがとうございました!」

「ミクロ!次はあたしが勝つからね!」

「うっさい、バカティオナ!」

地上に戻ってその場でレフィーヤ達と別れるとミクロ達も自分達の本拠(ホーム)に帰還しようと足を進めているとその足は突然止まる。

「あ……」

「おい、眼帯野郎」

目の前に現れたのはベートは鋭い視線をミクロに向ける。

「何か用?」

「今から俺と戦え」

「戦う理由がない」

即答するミクロの胸ぐらをベートは掴み上げて表情を怒りで歪ませながらミクロを睨む。

「てめえになくても俺にはあんだよ」

「い、いきなり何をするんですか!?お師匠様は疲れているんです!」

「うるせぇ、てめえはに用はねえ」

ぎろりと鋭い視線をセシルに向ける。

「だいたいこいつのどこが疲れてやがる。大して疲労もしてねえだろう」

ベートのその言葉は正しかった。

ミクロはそこまで疲れてはいない。

ミクロのスキル【前向生存(ヴィーヴァ)】により訓練が終えてからすぐに回復に向かっている。

それとエスレアとの訓練により短時間で回復する術もミクロは身に着けている。

「……わかった。セシル、先の本拠(ホーム)に帰っていてくれ」

「は、はい」

師であるミクロの言葉に従い先に本拠(ホーム)帰るセシルの後姿を見た後ミクロは先ほどまで訓練に使っていた『ルーム』に再び足を運ぶ。

対面するように向かい合う二人は互いに距離を取って構えると先にベートが動いた。

『敏捷』に秀でた狼人(ウェアウルフ)が得意とする高速戦闘からの足技を使うベートにミクロは危な気もなく回避する。

接近するベートは鎌のような上段蹴り放つがそれは空振りに終わるとそこから軸足を変えて回し蹴りを放つがミクロはそれも回避する。

「舐めてんのか!?」

回避ばかりで攻撃をしてこないミクロにモンスターを超える殺気を放つベートにミクロは淡々と答える。

「別に」

淡々と無感情に放たれたその言葉にベートは速度を上げた。

お前なんか眼中にないと言外に告げられたベートは怒りで歯を噛み締める。

ミクロの瞳にはベートは映っていない。

その瞳がベートは気に入らなかった。

ベートにとってミクロは気に食わない存在だった。

アイズに勝ったその実力は認めてはいる。

同じ派閥の自分よりも親しいことに苛立ちと嫉妬を感じていないと言えば嘘になる。

自分よりも強者であることも認めている。

それなのにどうして自分より弱い奴を構うのか理解できなかった。

強者は強者でいなければならない。

強者は弱者を見下さなければ誰がそれをする。

弱者に構えばそいつはどうやって身の程を弁える?

どうやってあがき始めればいい。

強者の振る舞いをしないミクロにベートは虫唾が走った。

「気に入らねえんだよ!!」

嵐のように繰り出される蹴りと一緒に苛立ちの言葉を出す。

「………」

ベートの攻撃を回避しながらミクロはベートの目を見ていた。

苛立ちと殺意に満ちたその目からは強い意志が見えた。

何かまではわからないが、一つだけわかることがあった。

それはベルのように強くなりたい。

いや、強くなることに飢えた獣と例えてもおかしくはない。

なら、その気持ちを受け止めて全力でベートを叩くことにした。

「ガッ!」

ベートの攻撃を躱して懐に潜り込み腹部に一撃入れるとそこから流れるように肘で太股を攻撃して機動力を阻害すると横腹、背面、尻尾を掴んで地面に叩きつける。

「クソ……がっ!!」

すぐに起き上がって攻撃するベートに対してミクロは今度は正面からそれを受け止めた。

その程度の攻撃は通用しないといわんばかりの異常な耐久力。

ミクロは拳を握ってベートを顎を攻撃する。

顎を攻撃されて打ち上げられたベートは一瞬意識が飛びそうになるが意地と根性で意識を繋ぎとめて天井に足をつけて加速してミクロ目掛けて垂直に突貫する。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

重力を加えて加速するベートは哮り声を引き連れて左脚に渾身の力を込める。

白銀の蹴撃がミクロに直撃した。

ズドンという重い打撃音が『ルーム』に響き渡る。

ベートが持てる渾身の蹴撃がミクロに炸裂した。

「な……ッ!」

だが、上には上が存在する。

「痛かった」

ミクロはベートの渾身の蹴撃を腕一本で受け止めた。

ミクロの足場は僅かにへこんでひび割れているが、そんなことはベートにはどうでもよかった。

「クソが……ッ」

圧倒的実力差の前に自虐的に笑った。

これが自分とミクロの実力差。

現実を叩きつけられたベートにミクロは容赦しない。

ベートの脚を掴んでそのまま地面に叩きつけて倒れているベートの腹部に一撃入れる。

「ガハッ!」

衝撃を逃がすことも逸らすこともできないLv.6の拳を喰らったベートの肺から空気が出ていく。

倒れたベートを見てミクロは本拠(ホーム)に帰還すべく地上を目指すと後ろから立ち上がる音が聞こえた。

「さっさと回復したほうがいい」

振り返ることなくミクロはそう告げる。

ミクロの攻撃でベートの骨は何本も折れている。

その状態でもベートは立ち上がってミクロに睨み続ける。

「俺は……てめえが気に入らねえ……ッ!」

見下すこともせず、ただ作業のように敵を倒すミクロにベートは告げる。

「俺はてめえを超える……!てめえを見下せるぐらいに俺は強くなる……ッ!!覚えとけ!ミクロ!!」

強さに飢えた狼の咆哮。

強者(ミクロ)を喰らいつく為にその爪と牙を磨き続ける。

自身の誇りと意地にかけて自分自身にその誓いを立てる。

ミクロよりも強くなると。

「待ってる。ベート」

自分のところまで這い上がってこいと言外に告げてミクロはその場を離れていく。

 



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New22話

三日間のセシルとの模擬戦を終えていよいよ本題の『並行詠唱』の訓練が始まる。

「あの、セシルさんは……」

「もうすぐ来る」

今日はティオナ達もおらず、セシルはミクロの指示によってこの場を離れている。

『ルーム』にはレフィーヤとミクロの二人きっりでレフィーヤは緊張気味だった。

「レフィーヤ」

「ひゃい!」

突然名前を呼ばれて変な声が出てしまったレフィーヤは顔を赤くするがミクロは気にせず話をする。

「『並行詠唱』をするときはまずは回避に専念しろ。俺も初めは回避を身に着けてから防御、攻撃を身に着けて今の段階まで出来るようになった」

自分の経緯を含めながらレフィーヤに『並行詠唱』についてアドバイスする。

「次に『魔力』は詠唱の後半で一気に練り上げた方が成功しやすい」

「な、なるほど……」

説明を促すミクロにレフィーヤは納得気味に頷くとそこでミクロの説明は終わった。

「これでレフィーヤはもう『並行詠唱』は出来るようになった」

「え?」

まだ『並行詠唱』の訓練も行っていないにも関わらずミクロはレフィーヤはもう『並行詠唱』が出来るようになったと告げた。

どういう意味なのかわからなかったレフィーヤの耳に軽い地響きとゲロゲロという幾重もの蛙の啼き声が聞こえた。

徐々に近づいてくる広間の出入り口からセシルがモンスターの大群を引き連れて来た。

「レフィーヤ。あのモンスターを『並行詠唱』で編み上げた『魔法』だけで倒せ」

「ええええええええええええええええええっ!?」

セシルを追いかけてきたのは蛙のモンスター『フロッグ・シューター』。

セシルはレフィーヤの正面から背後へと走り抜けてミクロのその場から離れた。

二十にも及ぶモンスターは残されたレフィーヤに狙いを定めて向かってくる。

まだ『並行詠唱』の訓練も行っていないのにも関わらず無理難問を叩きつけたレフィーヤは取りあえずはモンスターと向かい合うとある変化に気付いた。

四方八方から間断なく飛びかかってくるフロッグ・シューターの攻撃が遅く感じられた。

しっかりと攻撃が視えて容易に回避することが出来るレフィーヤは今の調子で詠唱を歌う。

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ】」

先程ミクロに教わったことを思い出しながらレフィーヤは歌い続ける。

「【押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応じ、矢を番えよ】」

回避しながらレフィーヤは詠唱を口にしていた。

まだまともに出来たことのない『並行詠唱』をレフィーヤは実現させている。

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

『魔力』を練り上げていくレフィーヤの『魔力』は跳ね上がるように膨れ上がる。

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

詠唱が完成して魔法を発動する。

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

体当たりと夥しい舌撃を躱して、後方に大きく跳んだレフィーヤの足元に山吹色の魔法円(マジックサークル)が展開されて生み出された数十発に及ぶ炎の矢がフロッグ・シューターの大群に降り注いだ。

断末魔を上げる暇もなく広域攻撃魔法が炸裂してモンスターを殲滅した。

「はぁ……はぁ……」

息を切らすレフィーヤにミクロは近づく。

「それが今のレフィーヤの実力だ。この三日間の模擬戦で精神的余裕が生まれたはずだ」

「……はい」

ミクロの言葉通り、レフィーヤには精神的余裕があった。

モンスターの攻撃が視えて容易に回避できるようになった分魔法に集中することが出来た。

「知識、技術的問題はレフィーヤにはなかったのは初めに質問してわかった。だから、この三日間は魔法を禁止して模擬戦を行わせた」

その言葉にレフィーヤは思い出した。

訓練初日にダンジョンに潜る前に確かにミクロはレフィーヤに尋ねていた。

「精神的余裕を生み出すには白兵戦がちょうどよかった。自衛手段も増えるからより完成度の高い『並行詠唱』を身に着けることもできる」

その為に模擬戦を行わせてた。

レフィーヤが何を言おうがそれが最善と判断した上で三日間の模擬戦を強要させた。

「今のレフィーヤなら今のような格下相手になら『並行詠唱』の魔法で倒すことができるはずだ」

「………」

レフィーヤは何も返す言葉がなかった。

この三日間、いや、つい先ほどまでミクロの訓練に理解も納得も出来なかったが先ほど行った『並行詠唱』は間違いなくミクロの指導が正しかったからこそできた。

今も自分が『並行詠唱』でモンスターを倒したという実感がある。

ミクロはレフィーヤにとって必要なことを教え、与え、実感させた。

それなのに自分は取りあえずはいう形でミクロの言葉通りに訓練を受けて心の底では疑っていた。

そんな自分は酷く嫌になった。

自己嫌悪するレフィーヤは表情を暗くさせて俯くとミクロはレフィーヤの頭を撫でた。

「頑張った」

視線を上げるとミクロはいつもと変わらない表情でレフィーヤの頭を撫でていた。

疑っていたことを気にも止めていないかのように三日間努力したレフィーヤに労いの言葉を送る。

「………」

頬を桜色に染めて何とも言えないレフィーヤは大人しく撫でられる。

褒められたことに嬉しく思うし、疑ったことに対しての償いとまではいわないがミクロの気が済むまで大人しく撫でられる。

レフィーヤの頭から手が離れるとミクロは(ホルスター)からネックレスを取り出してそれをレフィーヤに手渡す。

「お師匠様、それは……」

「セシルが持っているのと同じ魔道具(マジックアイテム)

「えっ!?」

その言葉に驚いたのはレフィーヤだった。

身に着けているだけで見えない鎧を纏うことが出来る魔道具(マジックアイテム)『キラーソ』。

それをレフィーヤに渡した。

「う、受け取れません!?このような貴重品を受け取る訳にはいきません!」

しかし、レフィーヤは受け取りことを恐れた。

魔道具(マジックアイテム)は『神秘』を持つ者しか作製できない貴重な物。

自派閥ならともかく他派閥である自分が受け取っていいものではない。

それもミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)なら尚更。

魔道具作製者(アイテムメーカー)としても有名なミクロの魔道具(マジックアイテム)はどれも強力な為誰もが欲しがる。

「気にするな」

「気にします!?」

返そうとするがそれを拒否するミクロ。

「レフィーヤ。受け取った方が良いよ?次の『遠征』で未到達階層に行くなら生き残る為にもお師匠様の好意に甘えるべきだよ」

「う……」

そういわれると痛かった。

少しでも強くなる為にミクロの下で訓練を受けている。

それに魔道具(マジックアイテム)があればアイズや他の皆の足を引っ張らないかもしれない。

「……わかりました。ありがたく受け取ります」

「うん」

この日、『並行詠唱』修得へ大きな前進を果たしたレフィーヤはミクロから魔道具(マジックアイテム)を受け取った。

それを早速、身に着けたレフィーヤにミクロは頷く。

「これなら多少激しい訓練をしてもそうそう死ぬことはない」

「「え?」」

不意に投げられたその言葉に唖然とする二人にミクロは詠唱を口に乗せる。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

足元から白色の魔法円(マジックサークル)が展開。

「【礎となった者の力を我が手に】」

詠唱を終わらせて魔法を発動させる。

「【アブソルシオン】」

再び詠唱を口に乗せる。

「【鋼の武具を我が身に纏え】」

武装魔法の詠唱を唱えるミクロは魔法を発動させる。

「【ブロープリア】」

魔法発動と同時に『ルーム』全体に魔法で作り出された多種多様性の武器が作り出されるとミクロは手元にある一本の剣を手に取って構える。

「今から『遠征』までは格上相手に通用できる訓練をする。ここにある武器は刃は潰してあるから斬られることはないけど骨は折れるから注意」

淡々と次の訓練の説明を促すミクロにレフィーヤ達の顔は真っ青になった。

「レフィーヤは『並行詠唱』の魔法を俺に当てて、セシルはレフィーヤを守る。俺が今からお前達に襲いかかる仮定の敵として対応すること。大丈夫、死なない程度に加減はするから」

「ア、アハハ……」

「セシルさん!!現実逃避しないで助けてください!!」

死んだ目で天井を見上げて現実逃避するセシルに叱咤をかけるレフィーヤ。

「無理……諦めて戦おう。大丈夫、死んだ方がマシだと思える程痛い思いをするだけだから………」

死んだ目で大鎌を構えるセシルに動転するレフィーヤにミクロは動き出す。

「行くぞ」

「い、いやぁぁあああああああああああああああああああああああッッ!!」

その日、レフィーヤは心からアイズに助けを求めた。

 

 

 



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New23話

「以上が【ロキ・ファミリア】と合同で『遠征』に向かうメンバー。各自『遠征』が行われる日までに準備を行うこと」

『はい!』

『遠征』二日前の夜にミクロは【ロキ・ファミリア】と共に未到達階層である59階層に向けての『遠征』のメンバーを発表した。

居室(リビング)に集合した団員達はそれぞれ『遠征』メンバーに選ばれた者達を応援したり、激を入れていた。

「頑張ってね~セシルちゃん」

「うん……頑張る」

『遠征』メンバーに選ばれたセシルに声をかけるアイカにセシルは緊張気味に返答する。

初めての『遠征』が【ロキ・ファミリア】と向かう未到達階層。

不安と緊張で胸がいっぱいだが、師であるミクロに恥じないように意気込みを上げる。

「皆さん!頑張ってください!」

『遠征』に向かうメンバーに応援の言葉を送るベルはメンバーには選ばれなかった。

ベルはまだLv.1だから仕方がないとはいえ、少しだけ期待していないといえば噓になる。

憧憬するアイズと一緒に冒険したかったと思うベルにリリは半眼を作る。

「ベル様、顔がだらしないですよ」

「え、そ…そうかな?」

「ええ、それはもうだらしない顔でした。【剣姫】様との特訓がそんなにも楽しかったのですか?いいえ、楽しかったのですよね」

「えっと、怒ってる?」

「いいえ、リリはこれっぽちも怒ってはいませんよ。ベル様が強くなって頂けるのならリリも嬉しいです。ええ、他の皆様とパーティに加えて頂いて一生懸命仕事に明け暮れるほどに」

ニコニコと笑顔で語るリリにベルは冷や汗を流す。

ベルがアイズの下で訓練している間、リリは【ファミリア】のメンバーと共にダンジョンに潜ってサポーターの仕事をしていた。

リリの機嫌をどう取ろうかとおどおどするベルにリリは拗ねるように顔を背ける。

その二人の様子を団員達はニヤニヤと笑みを浮かべながら見守っていた。

「おいおい、ベル。いちゃつくとはいい度胸だ。ちょい表に行こうか?」

「おい、泣くなよ」

嫉妬の涙を流しながらやきをいれようとするリオグに他の男性団員達が止めに入る。

「い、いちゃついてません!」

「そ、そうです!誤解なさらないでください!」

リオグの言葉を顔を真っ赤にして否定する二人だが、その言葉は他の団員達には届かなかった。

「クソ!俺だっていつかは……いつかは美女を彼女にしてみせるからな!!」

妬ましい叫びを上げるリオグにやれやれと呆れる団員達。

因みにリオグは『遠征』メンバーに選ばれずにお留守番。

「にしてもベル。実際のところどうなんだよ?【剣姫】と二人きっりで訓練してんだろう?なんか進展あったのか?俺にだけこっそり教えてくれよ」

「あ、それは私も気になる。どうなの?ベル」

「……えっと」

男女問わず詰め寄ってくる団員達にどうすればいいのか迷う。

実際のところ模擬戦でボロボロにされているとしか言えないがそれを知らない団員達が気になるのは当たり前だ。

強くて美しいで評判の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに鍛えられて何もない方がおかしい。

面白い情報(ネタ)を吐き出させようと詰め寄ってくる団員達にベルは咄嗟に思いついた話題を振った。

「だ、団長の方はどうなんですか!?」

咄嗟の判断でベルは皆の視線をミクロに移させた。

と、思って安堵するが視線は変わらずベルに向かれていた。

「ベル、わかってねえな……」

「ええ、わかってないね」

「え、ええ……?」

『団長の酷烈(スパルタ)の前に色恋沙汰なんて起きない』

団員達は口を揃えて言い切った。

【アグライア・ファミリア】では主に二つの訓練方法がある。

一つはミクロの下で行う訓練。

もう一つは各自個々のペースで行う訓練。

団員達は主に後者を選択している。

何故ならミクロの酷烈(スパルタ)は気絶することが当然のように行われる。

心身共に追い詰めて気絶させられるか、動けなくなるまで行われる。

そのミクロの訓練の前に色恋沙汰に気を回せる余裕なんて塵もない。

「……そこまできつくない」

団員達に反論の言葉を送るミクロ。

初めてセシルを鍛え始めた時から徐々に加減を知って行き、そこまできつい訓練は行ってはいない。

「セシルがその証拠」

「………え、えっと、皆さん。お師匠様はしっかり手加減してくれますよ?」

「セシルちゃん、そこは言い切って上げようよ……」

動けているセシルに視線を向けてセシル本人も師であるミクロを援護しようとするが言葉を濁らして言い切れず。

「セシル。今日のあんたがミクロから受けた訓練の内容を言ってみな」

「え、えっと……魔法の武器でたくさん斬られて骨を折って……回復薬(ポーション)で傷を治して……から……その、えっと………ごめんなさい」

リュコスに言われた通りに今日受けた訓練の内容を話すセシルだが、それ以上は言いたくなかった。

心の傷(トラウマ)が蘇る。

余談だが、レフィーヤも悪夢(ミクロ)に魘されて同室の者に心配されるほどだった。

「よしよし」

セシルを抱きしめて慰めるアイカ。

「ミクロ、大丈夫です。貴方は間違ったことをしていない」

慰めの言葉を送るリュー。

「……今度、『遠征』から帰ってきたら皆鍛える。団長命令だから拒否できない」

「団長!こんな時に権力を使うなんて卑怯だぞ!」

「そうだそうだ!俺達にだって選択の権利ぐらいあるぞ!?」

異議を唱える団員達に言葉をミクロは受け付けない。

「こんな時の団長権限。権力は使うものだとリオグから教わった」

『リオグ!!お前の仕業か!?』

「違ぇよ!!団長!あれは酒に酔った勢いで言っただけですよ!?」

騒ぎ始める家族(ファミリア)にベルは思わず笑ってしまう。

暖かく、賑やかなこの【ファミリア】に入れてよかったと改めてベルは思った。

「ベル!お前なに笑っていやがる!?お前も団長の訓練受けることになるんだぞ!?」

声を飛ばされるベルの顔は笑みを浮かべたまま青くなる。

セシルの次にミクロの訓練を受けているベルにとってもそれは恐怖で体が震えるほど嫌だった。

「団長!僕は朝の訓練だけでいいですよね!?」

『ベルが逃げた!!』

「ベルも一緒に皆と訓練するから問題ない」

しかし、受けつけてはくれなかった。

セシルはもう諦めてアイカの胸に顔をうずめながら泣いていた。

今泣かずいつ泣けばいいのかと。

心の傷(トラウマ)を涙に変えてまた頑張れる方法を身に着けた。

アイカはそんなセシルの頭を何度も優しく撫でた。

「……ゴライアスをもう一度行くとして今度はリュコス達を抜きに……」

「まずいぞ!団長が訓練の内容を考え始めた!!」

「団長止めて!訓練の相手を階層主にしないで!!」

「次マジで死ぬから!!」

阻止しようと動き出す団員達だが、Lv.6のミクロの身体能力に誰もミクロを捕まえられない。

ミクロを捕まえようとする団員達にそれから逃げるミクロ。

その光景を眺めるリュー達は疲れるように息を吐いた。

「まったく、飽きないね。あいつらも」

「そうね。まぁ、ミクロの訓練がきついのは同意するけど」

「ま、まぁ、ミクロも皆の事を考えてだから……」

呆れるリュコスとティヒアに苦笑を浮かべながらミクロを庇うパルフェ。

「あんたが原因だけどね」

「……すいません」

ミクロの酷烈(スパルタ)の原因はリューの力加減が下手なせい。

それをミクロは当たり前のように受けてそれがミクロの基準となり、ミクロなりに改良を加えた。

しかし、どれもが気絶か動けなくなるのが当然のようになっている。

「そっちに行ったぞ!!」

「あ、団長!シャンデリアに乗るなんて卑怯ですよ!?」

「とっ捕まえて訓練の軽減願いを受理させてもらいますよ!!」

いつの間にか居室(リビング)を使っての追いかけっこが始まっていた。

「わかった。朝までに俺を捕まえたら訓練はなし。だけど捕まえられなかったら訓練を倍にする」

シャンデリアに乗っかりながら皆の懇願を聞き入れて勝負を開始する。

本拠(ホーム)内はどこに動いてもいい。誰か一人でも俺を捕まえられたら終了。本拠(ホーム)に被害が出ないのなら魔法も魔道具(マジックアイテム)の使用も許可。俺はどちらも使わない」

「乗った!!皆行くぞ!!」

『おおっ!!』

規則(ルール)を説明して団員達をそれに乗って勝負が始まった。

「もう!何なんですか!?やっぱりここも冒険者(らんぼうもの)の集まりですか!?」

「リリルカ!言っとくがお前も参加させられるんだぞ!うちは冒険者もサポーターも関係ねえからな!!」

「えええええええええッッ!!?何なんですか!?リリはサポーターであって冒険者ではありませんよ!!」

「だから関係ないの!?団長ならこう言うよ?サポーターだから戦えない理由にはならないってね!リリも頑張って団長を捕縛しよう!!」

「ああもう!!わかりましたよ!!やればいいのでしょう!!やれば!!」

「そうだよ、リリ!!二人で頑張って団長を捕まえよう!!」

「はい!ベル様!!」

『そこ!いちゃつくな!!』

「「いちゃついてません!!」」

騒音と言っていいほど叫び出す団員達にミクロは話が纏まったことから皆に告げる。

「勝負開始」

それから朝まで団員全員による追いかけっこが始まった。

しかし、相手はLv.6であるミクロ。

その身体能力の前に誰もが膝をついて勝負はついた。

「勝った」

本拠(ホーム)の屋根の上で朝日を眺めながらミクロは追いかけっこに勝利した。

後に主神であるアグライアから説教を受けた。



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New24話

『遠征』前日。

鍛錬最終日にミクロはセシルとレフィーヤを鍛えるべくいつもの5階層の『ルーム』で模擬戦を行っていた。

「ハァ……ハァ………」

「……セシルさん、動けます…か……?」

「何とか……ねぇ……」

既に体はボロボロの状態になりながらも互いに得物を強く握りしめてミクロと対峙している。

息切れ一つせず、ミクロは魔法で作り出した剣を抜く。

「行くぞ」

動き出すミクロに二人の集中力は極限まで高まる。

「レフィーヤ!」

「はい!」

叫ぶセシルにレフィーヤは詠唱を始めようとするがミクロは剣をレフィーヤに投げて阻止しようとするがセシルが大鎌で剣を弾いて接近するとミクロは大剣を手に持ち鍔迫り合う。

「【解き放つ一条の光、成木の弓幹。汝、弓の名手なり】!」

早く、的確に流れるように詠唱を唱えるレフィーヤ。

魔法の発動を阻止しようと大剣でセシルの大鎌を上に弾きがら空きとなった腹部に膝蹴りを叩き込む。

「かふっ……!」

ミシミシと鈍い音が聞こえるなかでセシルは詠唱を口に乗せる。

「【天地廻天(ヴァリティタ)】!」

「っ!?」

損傷(ダメージ)覚悟で発動した魔法によりミクロはセシルの重力魔法に囚われれる。

セシルの重力魔法は限定された時間及び空間の重力を操作することが出来る。

それにより、自分を道連れにした状態でミクロと共に重力の結界に閉じ込める。

足場にクレーターが生まれるほどの加担される重力と共に自らもレフィーヤの詠唱の時間を稼ぐ囮となるセシル。

犠牲なしではミクロには勝てない。

自らも犠牲にしてまで行動したセシルの覚悟を無駄にしない為にも詠唱を歌うレフィーヤ。

だが、相手が悪かった。

「あぅ!」

ミクロは重力の結界を諸共せずにセシルを地面に叩きつける。

一瞬とはいえ、意識が途絶えたことにより『魔力』という手綱が手放されて重力の結界は消えた。

セシルを見向きもせずに大剣を捨てて突貫するミクロ。

「【狙撃せよ―――」

あと少しで詠唱が完了するという間際でミクロは攻撃範囲内にレフィーヤを捉えて回し蹴りを繰り出すがレフィーヤは回避しつつ詠唱を続けようと口を動かす。

「―――妖精の射手。穿て―――ッ!!」

『並行詠唱』を行いながらあと少しで魔法が発動するというところでミクロは『ルーム』にある武器を一斉にレフィーヤ目掛けて投げつけた。

広範囲で正面からくる武器に今度は回避不可能だと思った瞬間、突如武器は地面に叩きつけられる。

視線の先には腕をこちらに伸ばして小さく勝ち誇るような笑みを浮かばせているセシルにレフィーヤは力強く頷く。

勝つ為に。

セシルの助けを無駄にしない為に。

強くなる為にレフィーヤは歌う。

「――必中の矢】!!」

山吹色の魔法円(マジックサークル)が強く光り輝きレフィーヤは魔法を発動する。

「【アルクス・レイ】!!」

短文詠唱から放たれる光の矢はレフィーヤの強大な『魔力』に加え大量の精神力(マインド)をつぎ込んで『矢』ではなく『大光閃(ビーム)』。

放たれたレフィーヤの単発魔法は自動追尾の属性を持ち回避はかなわない。

驀進する大光閃にミクロは片腕を突き出して受け止める。

微塵も揺るがすことなくミクロはレフィーヤの魔法を片腕一本で受けきった。

「~~~~~~~~~~~~~っ!?」

推定威力Lv.5に匹敵する砲撃を片腕一本で受けきったミクロに驚きを隠せられない。

「うん、よく頑張った」

いつもと変わらない声音で褒めるミクロは魔法を解除して『ルーム』から武器を消す。

それを見てレフィーヤは地面に座り込んで肩で息をする。

ミクロは倒れているセシルに高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲ませて傷を治させる。

「大丈夫?」

「……もう少し手加減してください」

「それだと訓練にはならない」

バッサリと言い切って手際よく手当てをするミクロにレフィーヤは呼吸を整えてようやくミクロの酷烈(スパルタ)特訓が終わったと実感が持てた。

これだけの酷烈(スパルタ)を受けたレフィーヤは強くなれたと嫌でも実感できる。

そうでなければもっと辛い思いをしただろう。

訓練で何度も心身ともに挫けそうになったのかわからない。

夢の中にまで現れて鍛えようとするミクロにレフィーヤは呻き声を出しながら涙を流す。

本当によく耐えれた自分を褒めてあげたい。

でも、訓練中はミクロはしっかりと手加減をしていたことをレフィーヤは知っている。

本当にミクロが敵だったら一瞬で終えているだろう。

死なない程度までにしっかりと加減して戦っていた。

詠唱もセシルの援護ありで短文詠唱を唱えるので精一杯。

本当にこの人は強いのだと身を持って知ったレフィーヤは涙を拭いミクロの下に歩み寄る。

「あ、あのミクロさん。この一週間鍛えて頂きありがとうございました!」

鍛えてくれたミクロに感謝の言葉を述べた。

「うん、『遠征』一緒に頑張ろう」

「……はい!」

レフィーヤは何となくではあるがセシルがミクロに弟子入りした気持ちがわかった気がした。

訓練は死ぬほどきつくて何度も心身が挫けそうになるけど、その人に必要なことをしっかりと教えて何度も付き合ってくれる優しさがある。

そしてその強さはどこまでも自分の目標として前へ立っていてくれる。

その背中を追い続けたいと思わせてしまう。

少しだけセシルが羨ましくなったレフィーヤの腹からきゅるるると可愛らしい音が『ルーム』に響く。

一瞬の静寂の後、腹を押さえて耳まで真っ赤に染まり上がるレフィーヤにセシルは手で口を押えて笑いを嚙み殺す。

「もう昼は過ぎているから腹が減るのも無理はない」

優しく言ってきてくれるその優しさが今のレフィーヤには逆に辛かった。

訓練を終えて地上に向かう間、レフィーヤは羞恥心で一杯だった。

ミクロはよく食べ歩いているジャガ丸くんのある屋台に行くとそこには主神であるアグライアが売り子をしている女神と話をしていた。

「アグライア」

「あら、ミクロ。それにセシルとレフィーヤ。訓練の帰りかしら?」

「その子達が君の子供たちなのかい?アグライア」

売り子をしている女神にアグライアは頷いて肯定する。

「ええ、私の自慢の子供達よ、ヘスティア」

「いいなー、ボクも早く自分の【ファミリア】に入ってくれる子が欲しいよ」

子供のように頬を膨らせるヘスティアにはいはいと聞き流すアグライア。

神同士の会話に割り込まず黙っているミクロ達にヘスティアは視線を向ける。

「やぁ、子供達。ボクの名前はヘスティアさ!これでも神だぞ!」

「ミクロ、ミクロ・イヤロス」

「セシル・エルエストと申します。ヘスティア様」

「レ、レフィーヤ・ウィリディスです」

「うんうん、皆いい子達だね。アグライア」

「当然よ」

自分の眷属が褒められることを当然のように胸を張るアグライアにミクロは注文するとヘスティアはせっっせとジャガ丸くんを用意して手渡す。

「アグライアー、ボクのところでも入ってくれそうな子を紹介しておくれよ……」

「いないわよ。というかそういうのは自分で探すのも下界の醍醐味でしょう?他の神達もそうしてるわよ」

「……ヘスティアは【ファミリア】の主神?」

ジャガ丸くんを食べ終えて尋ねるミクロにヘスティアは目を輝かせてミクロに顔を近づける。

「なんだいなんだい!?アグライアのところからボクのところに来てくれるのかい!?」

「いかない。俺はアグライアの眷属を止めるつもりはない」

一瞬の躊躇いもなく即答するミクロの言葉に落ち込むヘスティア。

「【ヘスティア・ファミリア】、聞いたことがない」

一つの【ファミリア】の団長として大小の【ファミリア】を把握しているミクロだが【ヘスティア・ファミリア】の名に聞き覚えがなかった。

「ミクロ。ヘスティアにはまだ子が一人もいないの」

「なるほど」

落ち込むヘスティアの代わりに答えるアグライアに納得する。

「うぅ……ボクだって好きで売り子をしているわけじゃないんだぞ……おばちゃんたちやジャガ丸くんを買って来てくれる子供達にだって声をかけてるんだ」

努力はしているけど報われないヘスティアにセシルとレフィーヤは同情の眼差しを向ける。

「まぁ、頑張りなさいな。ここの売り上げには貢献してあげるわ」

「毎度あり………」

ジャガ丸くんを購入するアグライアは食べながらミクロ達に視線を向ける。

「ミクロ。明日からは『遠征』なんだから今日は早めに休みなさい」

「わかった」

「私はもう少しヘスティアと話をしてから帰るわ」

そこで別れるミクロ達はレフィーヤを『黄昏の館』まで送るとレフィーヤは深々と頭を下げた。

「ミクロさん。本当に一週間ありがとうございました。おかげで少しは強くなれたと自分でも思えるようになりました」

「よかった。また」

「またね、レフィーヤ」

「はい、ありがとうございました!」

もう一度頭を下げるレフィーヤも明日の『遠征』の為に動く。

 

 

 

 

 

 

 

レフィーヤと別れたその日の夜。

明日の『遠征』に向けての必要な資材の確認を行っていたミクロは一人執務室で作業をこなしていた。

必要な資材は既にセシシャ達が万全に準備をしてくれていた。

装備や魔道具(マジックアイテム)の点検も終わらせて後は確認作業を行うだけ。

それが終わればミクロも明日に備えて休む予定にしている。

未到達階層の59階層。

そこに何があるのかはまだわからない。

それでも行く価値はあるとミクロは踏んでいる。

淡々と作業を終わらせていき、最後の確認を終わらせて一息つくと執務室の扉をノックする音が聞こえた。

『ミクロ。入ってもよろしいでしょうか?』

「問題ない」

「失礼します」

入って来たリューは手に持つ酒瓶とグラスをミクロに見せる。

「少し飲みませんか?」

「わかった」

リューの言葉に同意してソファに座り直すミクロと向かい合う形でソファに座るリューはグラスに酒を注いでミクロに渡す。

「リューが酒を飲むなんて珍しい」

「たまには飲んでいます。普段は飲みませんが」

日頃から食事中の時も水しか飲まないリューは酒を一口飲むとミクロも酒を口にする。

「いよいよ、明日ですね……」

「うん」

【ロキ・ファミリア】と共に未到達階層に出発する日がいよいよ明日に迫って来た。

緊張していないといえば嘘になる。

「……やはり【ランクアップ】できなかったのが少々痛手ですね」

リューはジエンとの戦いで【ランクアップ】できなかった。

そのことに少々不安を抱くリューにミクロは言う。

「リューは強いから問題ない」

当たり前のように言ってくるミクロにリューは微笑を浮かべる。

ミクロはこういう人だと思いつつミクロにばかり負担を掛けさせないようにしなければと意気込む。

「【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の訓練はどうでした?」

「取りあえずは『並行詠唱』は出来るようになった」

その代わりに心の傷(トラウマ)を抱えるようになってしまったことはミクロは知らない。

ティヒア達を含む『遠征』メンバーも明日に備えてしっかりと訓練を重ねてきた。

後はその実力をモンスター相手に発揮させて生きて帰ってくることだけ。

「ミクロ、頑張りましょう。誰一人欠けずに帰って来れるように私も尽力します」

「当然」

生きて帰ってくることに力を尽くす二人は静かに酒を口にする。

そして翌日。

『遠征』の日がやってきた。



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New25話

『遠征』当日の朝。

ミクロは起床して装備を身に纏う。

今日から出発する【ロキ・ファミリア】との『遠征』に向けて十分に装備を整える。

まずは中央広場(セントラルパーク)で【ロキ・ファミリア】と合流する為にミクロは部屋を出て『遠征』に持って行く荷物の最終確認を団員達に取らせる。

「いよいよですね」

声をかけてくるリューを始めとする『遠征』メンバーは緊張、興奮している。

【アグライア・ファミリア】の主力メンバーも何度も武器の点検を行い、静かにやる気に溢れていた。

「ふーはーふーはー」

始めての『遠征』に何度も深呼吸をして緊張を誤魔化しているセシルの背中を撫でるアイカ。

「しっかりと稼いで来て下さいまし」

特に心配する素振りを見せずに稼いで来いと平然と告げるセシシャ。

「皆、必ず生きて帰って来なさい」

主神であるアグライアの見送りの言葉を聞いて『遠征』メンバーは出発する。

 

 

 

 

 

 

中央広場(セントラルパーク)に集まる【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の主力メンバーと【ヘファイストス・ファミリア】。

三つの派閥がこれから向かうのは未到達階層の59階層。

「ミクロ……」

「ナァーザ、ミアハ」

中央広場(セントラルパーク)で集まっている中でナァーザ達がミクロに歩み寄って来た。

「気をつけてね………」

「くれぐれも無茶をするではないぞ?と言いたいがそれは無理であろう。これを持って行くといい」

ミアハはミクロに高等回復薬(ハイ・ポーション)を数本手渡す。

「お主が無事に帰ってくることを信じておる」

「全員生きて帰る。怪我したらナァーザに頼みに行くから問題ない」

「怪我をしないで帰ってきてね……」

怪我をする前提で話すミクロにナァーザは先に注意にするが長い付き合いのなかそれは不可能だと理解している。

帰りに大量の包帯を用意することを頭の片隅に入れておく。

今までに無茶をしないと約束してミクロはそれを守ったことはない。

ナァーザ達はミクロから離れ始める。

ミクロ以外でも似たような光景が広がっていた。

親交がある冒険者達が声をかけ、笑顔と共に劇励を送っている中でミクロは不意に思った。

朝からベルとリリの姿が見当たらないことに。

「―――――総員、これより『遠征』を開始する!」

間もなく、部隊の正面でフィンが声を張り上げた。

「階層に進むに当たって、今回も部隊を二つに分ける!最初に出る一班は僕とリヴェリアが、二班はガレスが指揮を執る!18階層で合流した後、そこから一気に50階層へ移動!僕等の目標は他でもない、未到達階層――――――59階層だ!」

フィンの言葉にこの場にいる誰もが耳朶を震わせる。

「君達は『古代』の英雄にも劣らない勇敢な戦士であり、冒険者だ!大いなる『未知』に挑戦し、富と名声を持ち帰る!!」

大通りから、広場の隅から、建物の窓から誰もがその行く末を見守っている。

「犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉は要らない!!全員、この地上の光に誓ってもらう――――必ず生きて帰ると!!」

フィンは息を吸い込み―――――号令を放った。

「遠征隊、出発だ!!」

上空に関の声が響き渡る。

遠征が始まった。

 

 

 

 

 

進行する第一部隊―――先鋒隊にミクロ、リュー、セシルはフィン達と共に行動している。

進路上で発生しうるもしもの異常事態(イレギュラー)に対処するために主力戦力が集結し、ティヒアやリュコス達は第二部隊と共に行動している。

7階層まで進むアイズ達やミクロ達は注意しながらも談話ができる余裕があるのはここで何か起きても対処できるからだ。

「落ち着いて……私ならできる……お師匠様の訓練を受けてきた私ならできる………」

自己暗示をかけるセシルに【ロキ・ファミリア】は何とも言えない視線が向けられていたがそれを気にする余裕はセシルにはなかった。

時機に慣れるだろうと判断してミクロもリューも放置。

「誰か来る」

「……四人かな」

「あんだよ、噂をすれば何とかってやつか?」

遠くから聞こえた足音に反応したミクロにアイズ達も反応を示して差し掛かっている十字路の右手から、四名の冒険者達が取り乱した形相で接近してきた。

「なーんか、やけに慌てているね。声かけてみる?」

「止めなさい、ダンジョン内では他所のパーティに基本不干渉よ」

「ねえっ、どうしたのー!」

「……馬鹿たれ」

ティオネの制止を無視したティオナの声が冒険者に響く。

驚いた冒険者達は今更ながらアイズ達の存在に気付いたのか、慌てて目の前で足を止めた。

「な、何だお前っ?って………っ!?ア、【大切断(アマゾン)】!?」

「ティオナ・ヒリュテぇっ!?」

「ていうか【ロキ・ファミリア】!?え、遠征!?」

素性を察した冒険者達は途端に尻込みし始める。

「は、【覇者】!?」

「ひっ!どうして【覇者】までもいるの!?」

ミクロの存在にも気付いた冒険者達はティオナ以上に恐怖された。

冒険者達の言葉を聞いたティオナは仲間を見つけたかのような目でミクロを見ていた。

ベートは嘲笑と侮蔑交じりで何をやっていたのかと問うた。

「………ミノタウロスが、いたんだ」

「……あぁ?」

「だからっ、ミノタウロスだよ!この上層で大剣を持ったミノタウロスが白髪のガキを襲っていたんだよ!!」

「「「っ!?」」」

その言葉を聞いたミクロ達は目を見開いた。

「どこだ?」

瞬時に動いたミクロが冒険者の胸ぐらを掴んで問いただす。

「どこで見た。言え」

「9、9階層」

そこまで聞いたミクロは駆け出すとそれに続くようにアイズも駆け出した。

「ミクロ!」

「お師匠様!」

「アイズ!?」

「何やってんだ、お前等!」

駆け出す二人にリュー達も追いかけるように動き出した。

駆け出す二人は真偽を確かめる暇もなく、ひたすらに地面を蹴りつけて加速する。

遭遇(エンカウント)するモンスターをすれ違いざまに斬り伏せて走行は一切緩めない。

瞬く間に9階層まで踏破するとその階層は静寂していた。

その静寂の中で遥か彼方から猛牛の遠吠えが響いてきた。

その遠吠えに交えて人の悲鳴も聞こえた。

「ベル……!」

覚えのある声に反応したミクロはアイズと共に遠吠えが聞こえた方に疾走すると血まみれの小人族(パルゥム)であるリリが現れた。

「リリ」

「団長様……どうか、ベル様を……」

「わかってる。場所は?」

言われるまでもなく即答するミクロにリリはギルドで公開されている地図情報(マップ・データ)を訊く。

「正規ルートッ、E-16の、広間(ルーム)……!」

そこまで聞いてミクロはリリを抱えて走り出す。

そして、目標である地帯(エリア)直前の広間(ルーム)に突入したところで――――。

「止まれ」

一声が投じられた。

広大な長方形の空間。モンスターも同業者も存在しない場所で、彼は一人、立っていた。

「【猛者】。またお前か……」

静かにその名を告げるミクロはリリをその場で寝かせて武器を構える。

路地裏の時と同様にその道を阻もうとするオッタル。

「あの時の雪辱を返させてもらう」

大剣をその手に持つオッタルにミクロはアイズに視線を向ける。

「アイズ。【猛者】は俺が」

そこまで聞いたアイズは無言で頷いて《デスぺレート》を抜き放つ。

「【駆け翔べ】!」

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

ミクロに合わせるようにアイズも魔法を発動する。

相手は都市最強の冒険者。その横を抜けるのは至難の業。

二人は風をその身に纏ってオッタルに迫る。

迫りくる二人にオッタルは大剣を両手に持ち二人相手に攻防を繰り出す。

ミクロとアイズの魔法を付与させた怒涛の攻めに対してもオッタルの鉄壁の防御は崩せない。

「アイズ!」

「っ!?」

「―――っ!!」

オッタルに攻撃をしている最中にミクロはアイズを上空に蹴り上げた。

オッタルの頭上を越えたアイズはミクロに蹴られた痛みに耐えながら天井を蹴ってオッタルを抜けた。

敵味方の不意を突いてのミクロのやり方にオッタルは頬を歪めた。

追いかけようにもここでそのような隙を見せれば致命打になることをオッタルは察している。

目の前にいるミクロはそれほどまでに注意しなければならない相手なのだから。

アイズをベルの下に送る作戦は成功したミクロは一度オッタルから距離を取る。

「今度こそ答えろ。お前の主神はどうしてベルを狙う?」

「………」

ミクロの問いに無言で答えるオッタル。

答える気はないのか、守備義務のかはわからない。

ただ一つ言えることはオッタルの主神であるフレイヤはベルを狙っている事だけ。

沈黙が続く中でオッタルは口を開いた。

「……あの方は望んでおられる。あの者の成長を」

「余計なお世話だ。ベルは成長している」

オッタルの言葉にミクロは答える。

「ベルは冒険者。お前達が余計なことをする必要はない」

ミクロは嵌めている魔道具(マジックアイテム)、『レイ』を発動させる。

体中に電撃が迸るミクロにオッタルは警戒を強いる。

前回はオッタルを退けることができたミクロだが、同じ手はオッタルに通用しないことはミクロも重々承知している。

だからこそ、その上を行く。

「【駆け翔べ】」

更に詠唱を口に乗せるミクロは再度魔法を発動させる。

「【フルフォース】」

全開放。

この階層全体に光を与え、ミクロを中心に暴風は巻き起こる。

バチバチと暴風の中心にいるミクロの身体には電撃が迸っている中でミクロはオッタルを見据える。

「これ以上俺の家族(ファミリア)に手を出すならお前もお前の主神も容赦しない」

その瞬間、ミクロは姿を消した。

「っ!?」

ミクロが消えた瞬間にオッタルは大剣でミクロの攻撃を防いだが吹き飛ばされた。

魔法と魔道具(マジックアイテム)の重ね技を使用してオッタルの身体能力を上回る。

「主神に伝えろ。ベルに二度と手を出すな、と」

脚に力を入れてミクロは新しい必殺技を叫ぶ。

「アストラ・スィエラ」

放たれる極大の閃光。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

迫りくる閃光にオッタルは全神経をその攻撃を防ぐのに集中させる。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

猛る声を上げてミクロの必殺技を防ぐオッタル。

咆哮を上げて攻撃の手を緩めないミクロ。

二人を中心にダンジョンが崩壊を始める。

地面が、壁が、天井が崩壊する中で二人は互いを睨み合う。

刹那の攻防の中で二人は弾けた。

互いがダンジョンの壁に深く突き刺さる程に叩きつけられたが二人は互いを見据えたまますぐに武器を構える。

全身から血を流して、体中の骨が軋めくなかで二人はただ目の前の敵へ意識を向ける。



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New26話

互いに損傷(ダメージ)を負いながらもその瞳から戦意は消えてはいない。

得物をその手に強く持ち、倒すかを思案する。

戦闘を続行するなかで二人は再び衝突しようとした時、二人の中心に槍が突き刺さる。

「そこまでにしよう」

「フィン……」

「フィンか……」

黄金色の髪をした小人族(パルゥム)であるフィンを始めにティオナ達やリュー達もその場に立っていた。

二人の中心に歩み寄って槍を引き抜くとフィンはミクロを睨むように視線を向けた。

「ミクロ・イヤロス。どうして君がオッタルと戦ってアイズがこの場にいないのか理由も状況も僕には全くわからないが先ほどの風は君の魔法だということは理解出来た。その上で言わせてもらう。君は仲間を巻き込むつもりで大技を出したのかい?」

フィンは視線をセシルに、正確にはセシルに背負われているリリに向ける。

「【疾風】が駆け付けるのがあと少し遅ければ先ほどの技で彼女は巻き込まれていたはずだ。仲間を早く助けに行きたい気持ちはわからなくないけど目の前にいる仲間のことも考えなければ団長として失格だ。君はもう少し冷静な子だと思っていたんだけどね」

「……ごめん」

「謝るのは僕ではなく彼女にだ」

「わかった」

呆れるように言うフィンだが、実際にはそこまで強く言える立場ではなかった。

相手はオッタル。

それを相手に周囲に気を配れる余裕なんてない。

全力で立ち向かわなければ倒されるのはこちらの方だ。

ミクロが冷静さを欠けていたのは確かだが、全力を出さなければいけないことも確か。

それ以前にミクロはまだ子供。

冷静さを欠けてしまうのも仕方がないことだが団長としての立場でいるのなら同じ一つの【ファミリア】の団長として言わなければならない。

フィンは内心でオッタルと互角以上に戦えるミクロの実力に称賛すると今度はオッタルに視線を向ける。

「やぁ、オッタル。何故この場所で、この時にミクロと矛を交えたのか、理由を聞いてもいいかな?」

「敵を討つことに、時と場所を選ぶ道理はない」

「もっともだ。では、それは派閥の総意、ひいては君の主の神意と受け取っていいのかな?女神フレイヤは僕達とミクロ・イヤロス達と戦争をすると?」

笑みを浮かべながら尋ねてくるフィンに、オッタルは黙る。

小人族(パルゥム)の長槍の穂先が鋭い輝きを放つ中で、オッタルは口を開いた。

「……俺の独断だ」

低い声音で、そう告げる。

武器を全て放棄し歩み出すオッタルはフィン達を素通りした。

「お前達が徒党を組む以上、俺に勝ち目はない」

「そう言ってもらえて助かるよ。僕達も、君とはことを構えたくない」

真横を抜く際に、冷静に語る猪人(ボアス)にフィンも声を返す。

それ以上はもう何も言わず、去って行くのを確認して気配が感じられなくなるとミクロは倒れた。

「ミクロ……!」

「お師匠様!?」

「ちょっ!ミクロ!?」

「おい、しっかりしやがれ!」

倒れたミクロに駆け寄るとミクロはリューの腕を掴んで顔を上げる。

「俺を……ベルのところへ……」

魔道具(マジックアイテム)と魔法の酷使によって身体に多大な損傷(ダメージ)を負ったミクロをリューは背負る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

茫然自失するベルを見据えて、片角を失ったミノタウロスは天を仰いで喉を震わせた。

どうしてこうなったのか?と思考が動くベルはいつものようにリリと共にダンジョンに潜っていた。

本拠(ホーム)前で遠征に向かうミクロ達を見送っってすぐにダンジョンに行き、9階層にまで来ていた。

それなのに、中層にいるはずのミノタウロスがどういう訳か9階層に出現した。

大剣を手に持つミノタウロスを見てベルは動けなかった。

始めて遭遇(エンカウント)した時の殺されかけた恐怖が鎖となってベルの身体を縛り付ける。

手足が鎖に繋がれているように重い体を無理矢理動かして辛うじてリリだけは逃がすことは出来たベルだが、状況は最悪に等しい。

魔法もかすり傷程度の傷しかつけられず、致命打にはならない。

―――勝てない。

猛々しく空に向かって雄叫びをあげる狂牛は、絶望にしか見えなかった。

委縮した体が恐怖で震える。

勝てない、という言葉が頭の裏を何度も反響した。

その時だった。

ベルの前に金髪の剣士が現れたのは。

『ゥ、ヴォオ……!?』

ミノタウロスは何も喋らないアイズを見据えて怯えて後ずさっていく。

「アイズ……さん……」

「もう、大丈夫だよ」

アイズが、ベルを庇う様にミノタウロスと対峙する。

―――――大丈夫ですか?

最初の出会いのように。

細い横顔が小さく振り向いて、同じ言葉を告げる。

ズクン、と心臓が打ち震える。

「今、助けるから」

ミクロがオッタルと対峙してくれたおかげで早くこの場所に辿り着いたアイズは心優しい少年、ベルを助ける為に手の中の愛剣(デスぺレート)へ力をこめる。

「ッッッッ!!」

また、同じように、繰り返す様にベルは助けられる。

頭に火がついた。

それまでの感情という感情が一掃される。

馬鹿みたいに一途な気炎が、ベルを縛り付けていた鎖を引き千切る。

もう、助けられるのは御免だ。

弱い自分捨てろ。

ここで高みに手を伸ばさないで、いつ、届く。

ベルはアイズの右手を握りしめながら。

「……ないんだっ」

掴んだ手を引き、驚愕するアイズを背後へ押しやる。

ベルは自分の意志で前へ出た。

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!」

そして、腹の底から咆哮する。

その瞬間、光と風が襲いかかってくる。

覚えのある光と風にアイズはすぐにミクロの魔法だと気づく。

ベルは驚愕と同時にその光を見て風を感じて強く頷く。

行け、ベル。

空耳だと思われるその言葉がベルの背中を押してくれる。

ナイフを捨てて腰にある紫紺色の短剣と両刃短剣(バセラード)を構える。

ベルの意志に呼応するようにミノタウロスは獰猛に笑って大剣の刃をベルへと向ける。

「いたぁ!アイズゥー!?」

「ちッ、つまんねえことに振り回されてんじゃねえっての!」

続々と駆け付けてくるミクロ達。

ベルの姿を見てリューに背負われているミクロは静かに口にする。

「見せてみろ……お前の力を……」

ミクロは知っている。ベルはもう立派な冒険者だということを。

「勝負だッ……!」

ベルは駆け出していく。

アイズの唖然とした視線をその一身に引き受け、小さな冒険者は待ち受ける巨大なモンスターのもとへ飛び込んでいった。

「ま、ダンジョンで獲物を横取りするのはルール違反だわな。ふられたな、アイズ」

「……」

置いていかれてしまったアイズの背中に、ベートは暢気に言う。

「ミクロ、いいの?あの男の子、Lv.1なんでしょ?」

「問題ない」

ベルと同じ【ファミリア】の団長であるミクロは助けは不要と告げた。

ミクロを背負っているリューやセシルも同じように首を横に振る。

「これはベルの冒険。誰にも邪魔をしちゃいけない」

「ミクロが助けは不要というのなら助ける必要はありません」

同じように助ける必要はないと断言した二人にティオナは不満はあったがベートが口を開く。

「放っておいてやれって。そいつらの言う通りあのガキ、男してるんだぜ?」

「でもさ!放っておけないよ!」

「ティオナ、問題ない。たかがミノタウロスに倒されるような鍛え方はしていない」

「え?」

その言葉にティオナは振り返って少年とモンスターの戦闘を見て目を見開いて固まった。

何故なら押しているからだ。

Lv.1であるベルがミノタウロスを。

形勢こそ、身体能力(キャパシティ)を活かし攻め続けているミノタウロスが終始有利であるが、ベルはミノタウロスの攻撃を躱して傷を与えて行っている。

身体能力(キャパシティ)がミノタウロスが有利でも速さと手数はベルの方が有利。

ミノタウロスの攻撃を紙一重で躱して両刃短剣(バセラード)と短剣で同じところに傷を与えている。

素早く動くベルを捕まえようとしても捕まえてくる腕を蹴って距離を取ってまた攻める。

『ウヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』

「ああああああああああああああああああああッッ!」

雄叫びを上げる。

モンスターと人間(ヒューマン)が衝突し、力と速度の戦いは継続される。

ベルの事を良く知らないベート達は驚愕、戦慄する。

「………」

誰もが口を閉ざして凝望するなかでミクロは当然のように見ていた。

何故ならミクロはベルを鍛える時はいつもLv.3相当の実力で何度も気絶させては戦わせてきた。

今のベルにとってミノタウロスの攻撃は止まって見える。

そしてもう一つベルには武器がある。

ミノタウロスの傷具合を見て呟く。

「……そろそろか」

『ヴゥッ!?』

ミノタウロスに異変が生じた。

先程とは一変して動きが雑になってきた。

ミクロがベルに与えた紫紺色の短剣の名は『カタラ』。

ミクロの呪詛(カース)を込めて作製した『呪道具(カースウェポン)』。

傷口から呪詛(カース)を与えて少しずつ精神を汚染させて破壊に導く『特殊武装(スペリオルズ)』。

精神に異常が生じたミノタウロスの動きは雑になり、その分だけベルの攻撃が通るようになる。

しかし、ミノタウロスの鎧と思わせるような分厚い筋肉の前にはベルの攻撃は致命打になることはない。

「【ライトニングボルト】!!」

だが、そんなことはベルも百も承知。

だからこそ、その為の突破口を無理矢理抉じ開けようとしている。

いくら硬い体でも同じところに攻撃すればいずれは致命打に届く。

ベルはミノタウロスの魔石がある胸部を集中的に攻撃する。

何度も何度もミノタウロス以上の強敵(ミクロ)に殺されかけた。

何度も何度も恐怖を抱き、走馬灯も見た。

そのおかげで容易に先読みができるようになった。

こんな奴(ミノタウロス)は強くも怖くもない。

あの人達に比べるまでもない。

筒抜けの一撃必殺はことごとく空を切り、見え透いた軌道は回避して攻める。

速度という十八番を最大限に稼働させて攻め続けると。

『フゥーッ、フゥーッ……!?ンヴゥウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオッ!』

ミノタウロスは大剣を投げ捨てて片角でベルの攻撃を弾いて間合いを取ると両手を地面に振り下した。

両手が地面を踏み締め、頭は低く構えられる。臀部の位置は高く保たれ四つん這いになるその姿は、まさに猛牛。

追い込まれたミノタウロスに度々見られる突撃体勢。

己の最大の(ぶき)を用いる切り札。

なりふり構っていられないほどミノタウロスは追い詰められた。

呼吸を止めたかのように、一瞬、周囲の空気が限界まで張り詰めた。

ベルの眼差しと、ミノタウロスの眼光がかち合う。

そして、

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

突っ込んだ。

一気に縮まる間合いの中でベルはミノタウロスが捨てた大剣を拾って振り下ろす。

砕け散る大剣に対してミノタウロスの角は健在。

だが、そこでベルは終わることはない。

急激な超ブレーキから今まで傷を与え続けてきた場所へ両刃短剣(バセラード)を突き付ける。

十分に与えたその傷口からなら魔石に届く。

貫通する両刃短剣(バセラード)が貫いたのはミノタウロスの左腕。

ミノタウロスは腕一本犠牲にすることでベルの切り札を防いだ。

口端を裂くミノタウロスの双眸は敗者に送りつける嘲笑ではなく、勝利に飢えた者の剛毅の笑み。

ベルの切札を防いだミノタウロス。

だが、それは大きな勘違いだった。

両刃短剣(バセラード)を手放してベルはミノタウロスの顔を掴む。

一瞬の油断。

ベルはこのタイミングを掴み為にあえて同じところを攻撃していた。

そこを攻撃してくると思わせる為に。

そして、それを防いだミノタウロスの気が一瞬緩んで油断するこの瞬間がベルの勝機。

ミノタウロスの身体に魔法を当ててもかすり傷程度だが、それは鎧のような筋肉の上から魔法を当てた場合。

だけど顔はどうだ?

人もモンスターも共通の弱点ともいえる顔は身体と同じぐらいの防御力はあるのか?

ベルの魔法は攻撃範囲は狭いが一点に集中された貫通力と威力はある。

そこに零距離でベルの精神力(マインド)の全てを使った魔法を放てばどうなる?

死の危機を感じたミノタウロスはベルを叩き潰そうと腕を上げるがそれよりも早くベルは魔法を発動する。

「ライトニングボルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

炸裂。

ミノタウロスは首から上は消し飛んだ。

崩れ去り灰へと変わるとそこにあるのはミノタウロスの魔石のみ。

猛牛の戦士は消えて、少年だけが残される。

「勝ち、やがった……」

勝利をもぎ取ったその背中に、ベートが呆然と呟く。

「……精神枯渇(マインドゼロ)

「た、たったまま気絶しちゃってる………」

動かない少年に、ティオネとティオナも戦慄する。

ミクロは痛む体を無視してリューから降りてベルに近寄って肩に手を置く。

「お前の勝ちだ、ベル」

少年の勝利の宣告を告げた。

 



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New27話

迷宮の真上に築かれた摩天楼施設(バベル)最上階。

銀髪の女神はたった今帰還してきた従者であるオッタルからダンジョンで起きた出来事の報告を耳にして静かに微笑みを浮かべる。

「そう、あの子がそう言っていたのね」

「はい」

ワイングラスを片手にしばし沈黙するフレイヤはオッタルが負っている傷を見て決断する。

「あの子、ベルに直接ちょっかい出すのはもう止めにしましょう。私もあの子を敵にまわしたくないのもの」

「フレイヤ様のご命令とあればこのオッタル、いかなる者でも倒してみせましょう」

くすり、と笑うフレイヤ。

「オッタル、それにフレイヤ様もあまりミクロに刺激を与えないではいただけませんか?」

オッタルの背後から現れた一人の少女は二人に対して諫めるような口ぶりで話す。

「あら?早かったのね」

少女の言葉を気にも止めていないのか態度を変えることなくいつものように声をかける。

「はい、どこかの女神様とその従者がミクロにちょっかいを出したと聞いて早めに切り上げてきました」

「あの子には手を出してはいないわよ?貴女との契約ですもの」

「直接でなくとも間接的には手を出したから言っているんです。ミクロにはまだ時間が必要なんですからあの子に必要以上の刺激を与えないでください」

「それは私の知ったことではないわ」

神の特にこの女神の我儘はどうにかならないものかと悩ませる少女だったがもう慣れたかのように諦めて息を吐く。

「わかりました。ですが、契約は守ってくださいよ?」

「それはもちろんよ。貴女との契約は私にとっても有益なのだから」

互いに利益を得るという契約で結ばれているフレイヤと少女。

少女はオッタルが使っていた大剣を片手で軽々と持って凝視する。

「うそ……これも私の渾身の作品なのにヒビが入ってる。でも、それだけミクロは力をつけたって喜ぶべきなのかしら……?」

作品にヒビが入っていることに嘆けばいいのか、ミクロが強くなっている事に喜べばいいのかわからない少女は実際に使用したオッタルに問いかけた。

「オッタル。貴方の腕は確かなのはよく知っているけど、もう少しどうにかできなかったの?普通はヒビが入ることなんてないのだけど?」

「……最後の大技はそれでなければ防げなかった」

「はぁ、その辺はあの人似なのかしら……?周りの子に迷惑をかけてなければいいのだけどそれは無理よね………」

その口調はまるでミクロがどういう人物なのかよく知っているように聞こえる。

溜息を吐きながらしぶしぶと大剣を布に包んで部屋の外に持って行こうとする前に少女は今一度フレイヤに視線を向ける。

「フレイヤ様、くれぐれも契約は守ってください。それとオッタル、私はもう作ることは出来ないのだから取り扱いには注意して頂戴」

二人に忠告だけして部屋を出て行く少女を見計らってオッタルは尋ねる。

「よろしいのですか?かつては敵対していた者を秘密裏に【ファミリア】で匿ったりしても」

「それとこれとは話は別よ。それに私個人もあの子には興味があるもの。その子供であるミクロにもね。手綱は握っておいて損はないわ」

外の景色を眺めながら銀髪の女神は妖艶に微笑む。

「我が身を捨ててまで我が子を守ろうとする。とても素晴らしく美しい」

フレイヤは愛と情欲を司る女神である。

故に少女と契約を結びギルドや他派閥の者からも秘密裏に匿っている。

「それに形こそ賢者の石とは違うけどあの子は不死を獲得した者。手元に置いておかない理由はないわ。オッタルも契約通りには動いてあげてね」

「もちろんです」

摩天楼施設(バベル)から地上を見下ろすフレイヤは微笑みを浮かべたまま。

彼女がいる限りはミクロもアグライアもまだどうにでもなる。

だけど、必要以上に手を出せば手痛い思いをするのはこちら。

直接にちょっかいを出さずバレないように間接的にちょっかいを出そうと結論に至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベルに問題がなくてよかった」

『ええ、怪我ももう完治しているから安心なさい』

フェルズの魔道具(マジックアイテム)眼昌(オルクス)』を複製してミクロはアグライアと連絡を取り合っている。

現在、ダンジョン50階層。モンスターが産まれない安全階層(セーフティポイント)に到着後にミクロは地上にいるアグライアにベル達のことについて聞いていた。

『そちらは大丈夫なの?』

「問題ない」

オッタルの時に負った損傷(ダメージ)も回復したミクロは次からは戦闘に参加できる。

これまでの階層では反動による損傷(ダメージ)が酷く怪我を回復薬(ポーション)やリヴェリアの魔法で治療してもらったが自然回復でしか治せない部分もあったためにフィンはミクロに戦闘を禁止させてこれからの51階層からに向けて休息を取っていた。

その間はアイズ達やリュー達がモンスターを討伐。

『そう、それならいいけど。ああそうそう、一つ朗報よ。ベルが【ランクアップ】したわ』

「やっぱりしたか」

ミノタウロスの討伐という偉業を達成したベルなら【ランクアップ】しても不思議ではなかった。

「アグライア。ベルが中層に、いや、本拠(ホーム)以外で行動する時はリオグかスウラもしくは両方をベルと一緒に行動するように言っておいて」

『……そうね。一ヶ月半で【ランクアップ】したんですもの。他の冒険者や神々に絡まれる可能性が高いわね』

ベルが【ランクアップ】するまでの最速記録はミクロの八ヶ月。

それを大幅に上回る速さで【ランクアップ】したベルをちょっかいかける冒険者や神々が出てくるはず。

そう踏んだミクロは既にLv.2の二人をベルのお目付け役と周囲の警告を含めてベルと共に行動するようにアグライアに告げた。

『わかったわ。二人には私から伝えておくわね。ミクロも必ず生きて帰って来なさい』

「うん」

アグライアの言葉に頷くと連絡を切ってフィン達のところに合流する。

これから向かう51階層からの進軍に向けての最後の打ち合わせを行う。

「最後の打ち合わせを始めよう」

輪になったままフィンの言葉に耳を傾ける。

「事前に伝えてある通り、51階層からは選抜した一隊(パーティ)進攻(アタック)を仕掛ける。残りの者は【アグライア・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】とともにキャンプの防衛だ」

51階層からはサポーターと言えど最低限の能力を持った者でなければ連れていけない。

故に未到達階層を目指すのは【ファミリア】の精鋭のみ。

フィンが率いる【ロキ・ファミリア】は第一級冒険者達のアイズ達とサポーターを数名。

「俺、リュー、セシル。リュコス達は防衛に回って欲しい」

必要以上に戦力を増やさないように三人に絞り、残りを防衛に回したミクロ。

ミクロ達は一人に一つ『リトス』を装備している為にサポーターを連れて行く必要性はない。

Lv.4のリュコスの代わりに進攻(アタック)に選ばれたセシルは今にも心臓が外に飛び出るかもしれないと思う程緊張している。

ミクロは万が一の時の為にリュコス達を防衛に回した。

そのことを事前に伝えてあるためにリュコス達は団長であるミクロの指示に従う。

防衛の指揮は【ロキ・ファミリア】の団員アキが行う。

椿は武器の整備士としてミクロ達と同行。

そして新種対策として椿は『不壊属性(デュランダル)』の武器をミクロ達の前に置く。

それぞれが『不壊属性(デュランダル)』の武器を手に取ると一つだけ取り残された。

「何をしておる?コレはお主のだ」

「え?わ、私ですか?」

取り残された武器を椿はセシルに投げ渡した。

「ミクロに頼まれた特性の大鎌だ。存分に使え」

包まれた布を取り外すとそこから姿を現したのは白銀色に輝く大鎌。

当然これも『不壊属性(デュランダル)』。

遠征に行く前にミクロが椿に頼んでおいた。

「お師匠様、ありがとうございます!」

「うん」

フィンから新種のことを聞いておいたミクロはセシル用の『不壊属性(デュランダル)』を椿に依頼していた。

ミクロは既に『不壊属性(デュランダル)』を持ち、リューには魔武具(マジックウェポン)『薙嵐』がある。

進攻(アタック)の際に必要な武器の対策は出来ている。

問題はこれからの進攻(アタック)によって決まる。

持っている大鎌と含めて二振りの大鎌を背負うセシル。

「では、明日に備えて解散だ。見張りは四時間交代で行うように」

その指示を皮切りに、ミクロ達は周囲にばらけ始める。

「ああそうだ、ミクロ・イヤロス。君は少し話しておきたいことがある」

「わかった」

フィンに呼び止められたミクロはフィンの下にまで行く。

「体の方は問題はないのかい?」

「問題ない。明日からは参戦できる」

ミクロの事を気遣うフィンはその答えを聞くと頷いて本題に入る。

「明日に向けて僕も調子を整えておきたい。手合わせをお願いできるかい?」

「わかった」

勇者(ブレイバー)】と【覇者】は手合わせをするべく天幕から離れる。



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New28話

天幕から少し離れてフィンとミクロは身体の調子を確かめる為に軽い手合わせをしていた。

椿が作った不壊属性(デュランダル)《スピア・ローラン》を持ってミクロと手合わせをしていたフィンだったが、ミクロの実力に驚かされる。

互いに本気で戦っているわけではない。

それでも手合わせをすれば多少なり本人の実力を把握することはできる。

しかし、ミクロの実力の底がまるで見えないことにフィンは驚いていた。

突き出した槍の穂先を紙一重で躱して容易に懐に潜り込むミクロにフィンは裏をかいて薙ぎ払いを行ったがミクロは態勢を低くしてそれも回避。

襲いかかってくるナイフをフィンは危なげなく避けてはそれと同時に攻撃も行うがミクロは避けた。

技と駆け引き。

互いに相手より一手でも早く読み合って裏をかいてはその裏をかろうと思考を働かせながら手合わせしている。

要は互いに頭がキレる。

「随分と君は戦ってきたようだね」

「いっぱい訓練してきた」

苦笑気味に問いかけるフィンに正直に答えるミクロ。

しかし、いくら訓練してきたとはいえここまでのフィンと同等の技と駆け引きを行えるぐらいの戦闘経験を得られるわけがない。

少なくともミクロは実戦で対人戦闘を何度も受けていることが窺える。

それも強敵相手と何度も。

繰り出される槍とナイフの応酬はまだしばらく続いた。

 

 

 

「大丈夫……大丈夫……大丈夫……大丈夫……」

天幕の中でセシルは大鎌を抱き寄せながら呪詛のように同じ言葉を繰り返していた。

初めての遠征。

初めての深層。

初めての未到達階層の進攻(アタック)

その全てを一度に経験することになったセシルの脆い心はどんどんすり減っていく。

その自分の心を少しでも慰めようとするが効果はない。

師であるミクロから頂いた大鎌を抱きしめる力が強くなっていくだけ。

「落ち着きなさい」

「ふ、副団長……皆さん……」

天幕に入って来たリュー達は落ち着きのないセシルにやや呆れ気味に笑った。

「しっかりしな、あたしだって行きたかったのをあんたに譲ったんだ」

「落ち着きなさいとは言えないけど、少しは自分に自信を持ったほうがいいわよ」

「二年で私より早くLv.3になったのだからきっと大丈夫よ」

三者三様にセシルを励ますリュコス達。

「貴女のことは私とミクロで守ります。ですので自分にできることに集中するといい」

「わ、私……お師匠様達の足を引っ張ると思うと不安で……」

「ミクロの弟子がこんなことで狼狽えるもんじゃないよ」

「その辺はミクロを見習いなさい」

「が、頑張ります………」

その言葉に妙に納得してしまう自分が怖い。

言葉通りにミクロなら平然としていられる想像(イメージ)が容易に出来てしまった。

それでも不安と重圧(プレッシャー)に緊張が走り体を強張らせる。

見ての通り、私は緊張して震えていますと言っていい恰好にリューを始めとする幹部たちはため息を吐いてある決定事項をセシルに告げることにした。

「セシル。本来なら遠征から帰還するまで内密にする予定でしたが、今教えます」

副団長のリューが代表して告げる。

「セシル・エルエスト。貴女の幹部昇進が決定しています。これからは幹部としての振る舞いを見せるように」

「……………………………え?」

たっぷり十秒。

リューの言葉に理解ができなかったセシルは十秒間思考が停止してようやくその意味が理解出来た。

「なななななななな……何をいっているんですか!?だって、え?、わ、私はまだ入団して二年と少ししか……新人呼ばわりされてもおかしくないですよ!?」

「これは決定事項だ。この事はミクロはもちろん他の団員達も納得済みです」

動揺するセシルに淡々と事実を教えるリューにセシルはリュコス達に視線を向けるが頷いて肯定した。

「ミクロの弟子だからという理由ではない。貴女の実力、人柄を見て幹部へ昇進させた方がより【ファミリア】に貢献できる。それと皆が貴方の事を認めているのです」

「わ、私が……幹部………」

告げられた事実に今も信じられないセシル。

【アグライア・ファミリア】の幹部に昇進が決定づけられている。

幹部になれば団員達を引っ張らなければならない時もある。

小心者の自分にそんなことができるのかとより不安と重圧(プレッシャー)に拍車がかかる。

「あーいい加減にシャッキリしな!鬱陶しい!」

うだうだするセシルに我慢の限界が来たリュコスは怒鳴った。

「あんたはミクロの訓練に二年間も耐えて続けてきたんだ!それはあんたが並み以上に努力を重ねてきた証拠じゃないのかい!?今更幹部になる程度どうってことないだろう!?」

「リュコス、落ち着いて!」

「チッ」

パルフェの制止の言葉に舌打ちして止めるリュコス。

ビクビクと落ち着きのない態勢を取るセシルにリューは声をかける。

「セシル。ミクロが何故今回の未到達階層にリュコスではなく貴女を選んだその理由はわかりますか?」

「い、いえ……」

リューの問いかけに首を横に振る。

「貴女の実力なら問題ない、ミクロはそう判断した上で貴女を同行させるのです。ですので少しでいい、自分に自信を持ちなさい」

腰にある魔武具(マジックウェポン)に手を置く。

「いざというときは私もミクロも貴女を守ります。安心してついてきなさい」

「……はいッ!」

リュー達の言葉に励まされてセシルは少しだけ重荷が取れたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「お前達まで何をしている?」

いまだに手合わせを続けているフィンとミクロにリヴェリアが呆れるように言ってきた。

「フィン、ミクロ。団長がそのようでは下の者に示しがつかん」

「いや、つい熱が入ってね」

「まだ問題ない」

あははと苦笑して誤魔化すフィンに問題ないと答えるミクロにリヴェリアの口から溜息が出てきた。

実際のところフィンの熱が入ったというのは本当だった。

ベル・クラネル。

フィンがベルの事を知っていることは数少ない。

ミクロならともかく【アグライア・ファミリア】他派閥の新人であるベルのことを知ったのはアイズの下で師事を受けるようになってからだ。

始めは大して気にも止めていなかった。

ミクロが新人を鍛える為にアイズに師事させたかもしくは別の考えがあったのかと深く考えていたがどれも結論は出なかった。

だけどベルはミノタウロスを撃破するところを見てフィンもベート達同様に自分が冒険者だということを思い出した。

あの瀬戸際の戦いに目を奪われた。

煮えたぎるその熱を少しでも冷ませたくフィンはミクロに手合わせを申し込んだのだが、予想以上に手強いミクロについついやり過ぎてしまった。

リヴェリアにも見つかったことに観念して手合わせをここで終了。

「手合わせに付き合ってくれて助かったよ、ミクロ・イヤロス」

頷いて返答するミクロに微笑を浮かべるフィン。

「それともう一ついいだろうか?明日の進攻(アタック)では君に後衛を任せたい」

リヴェリア、レフィーヤの他に魔法に長け、更には魔道具(マジックアイテム)を多用するミクロにフィンは後衛を務めては貰えるかと尋ねるとミクロは首を縦に振る。

「わかった。リューとセシルは中衛で頼む。後は全体的な指揮はフィンがしてくれ」

「ああ、受け持つよ」

ミクロよりもフィンの方が指揮に長けている。

フィンの方が冷静に尚且つ的確な判断を下せられる。

「付き合わせた僕が言えることじゃないけど、君も早く休むといい」

リヴェリアと共に天幕の方に去って行くフィン達にミクロはその場で座り込んで9階層で戦ったオッタル―――が使用していた大剣のことについて思い出す。

最後の大技で衝突し合う中で気がついたら後方へ吹き飛ばされていた。

実際に試したのがあの時が初めてだったが、深層の階層主でも十分な威力はあると自負している。

それなのに大剣にはヒビが入った程度だった。

不壊属性(デュランダル)なら劣化することはあってもヒビが入ることはない。

それが不壊属性(デュランダル)でもない大剣を壊すことが出来なかった。

オッタルの技量という線もある。

それでもあの大剣が妙に気になった。

「……寝ないの?」

「アイズか」

背後から姿を現すアイズにミクロは特に気にも止めない。

アイズはミクロの隣に腰を下ろす。

「………」

「………」

互いに無言になる二人にミクロが声をかけた。

「寝ないのか?」

「……まだ」

「そうか」

「………」

「………」

またも無言になる。

しばし何も話さない状態が続く中でアイズがミクロに言った。

「ミクロは………私の事どう思う?」

「どうとは?」

「弱くなったと思う……?」

「【ランクアップ】したなら強くなっている」

「そういうことじゃなくてっ」

珍しく語気を強めたアイズにミクロは首を傾げる。

アイズはミクロの口からも聞きたかった。

先程、椿からは仲間という鞘ができたと。

自分は『剣』ではなくなったと。

悲願のためなり振り構わず戦い続けていた当時の自分から遊離しているのか。

叶えなければならない悲願への執着が薄れてつつあることに、危惧を抱いていた。

「自分が怪物(モンスター)ではないかということか?」

「え?」

唐突に告げられた怪物(モンスター)という言葉に驚く。

それがどういう意味なのかと尋ねる前にミクロが言った。

「アイズ。お前には精霊の血が流れているだろう?」

「っ!?」

目を見開いて驚愕に包まれたアイズ。

アイズのその反応を見て確信へと変わったミクロ。

「どう、して………?」

それを知っているのか?

それを知っているのは主神であるロキ、フィン、リヴェリア、ガレスのみ。

怪しいと思われるのは怪人(クリーチャー)と呼ばれているレヴィス。

それなのに他派閥であるミクロがそれを知っているのか。

「俺の身体には神血(イコル)が流れている」

ミクロはアイズに自身のことについて語った。

アイズと似た境遇であることも。

だからこそアイズに精霊の血が流れている事に気付いた。

「……そうなんだ」

平然と語る自身の素性を語るミクロにアイズは聞いた。

「どうして、それを私に話したの?」

「特に理由はない。それにこの事はリュー達も知っている」

「……怖くなかったの?」

アイズはまだ自分の素性の事をティオナ達に話していない、いや、話したくなかった。

その事を知ってどんな目で見るのかそれが怖い。

「アイズは怖いのか?」

その言葉にアイズは小さく頷いた。

「今の話を聞いてアイズは俺が怪物(モンスター)に見えるか?」

ふるふると首を横に振る。

「ならアイズに精霊の血が流れていると知って俺がアイズを見る目が変わったか?」

首を横に振る。

「そういうことだ。他とは違う血が流れていようと俺は俺でアイズはアイズだ。気にする必要なんてない」

「………」

言い切ったミクロだけどそれでもアイズには不安がある。

アイズの不安を察したのかミクロはアイズの頭を撫でる。

「俺はアイズが何者だろうと気にしない。ティオナ達もきっとそうだろう」

アイズの頭を撫でながらミクロは言う。

家族(ファミリア)を信じろ。これは俺の主神であるアグライアが教えてくれた」

だからこそミクロは何の恐怖もない。

自分が何者であろうとリュー達が当たり前のように受け入れてくれたから。

自分と同じ境遇であるアイズにもそのことを教えた。

「………うん」

今は無理かもしれない。

でも、いつかはと思えるようになった。

 



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New29話

日は昇らず、暮れもしない迷宮の奥深くで、時計の針だけが明朝の到来を告げる。

それぞれの武器を持って多くの冒険者達に見つめられながら小人族(パルゥム)の首領は口を開いた。

「――――出発する」

静かな号令とともに、フィン達【ロキ・ファミリア】とミクロ達は野営地を発つ。

根拠地(ベースキャンプ)に残る団員達と上級鍛冶師(ハイ・スミス)達の叫び声に送り出されながら、彼等は一枚岩を下りて灰の大樹林を進み始めた。

前衛にはベートとティオナ、中衛にはアイズとティオネ、リューとセシル、そしてフィン。

後衛にはリヴェリアとガレス、それとミクロ。

客人かつ整備職人扱いの椿は中衛。

ミクロは魔道具(マジックアイテム)である『ヴェロス』を展開させていつでも狙撃できるように準備する。

魔杖を使って魔法でという選択肢もあったが、それは魔法に長けているリヴェリアに任せて自分は詠唱を必要とせず速攻で遠距離で攻撃ができる『ヴェロス』を使用することにした。

「もう、何でベートと前衛なのー」

「うるせぇ、馬鹿アマゾネス」

大剣を肩でかついだティオナがぶーたれる。

「それ、弓矢の魔道具(マジックアイテム)っすか?」

「うん」

ラウルがミクロの魔道具(マジックアイテム)を見て尋ねるとミクロは素直に答える。

「ミ、ミクロさんは怖くないっすか?」

「怖がっても意味がない。ラウルはもう少し落ち着いた方が良い」

「は、はいっす!」

平然としているミクロの忠告にラウルは敬語で返した。

この場にいる第一級冒険者は全くもっていつも通りのなかでミクロは中衛を担っているセシルにも声を飛ばす。

「セシルも肩の力を抜け」

「は、はい!」

師であるミクロの言葉に条件反射の如く返事をするセシルは大きく息を吸って深呼吸。

幾分マシになったことを確認して頷く。

「さて、ここからは無駄口はなしだ。総員、戦闘準備」

やがて灰の大樹林を抜け、現れた大穴にフィンが声を発する。

50階層と51階層を繋ぐ連絡路は険しい坂と化している。

パーティ一同が静かに武器を構える中、長槍を携えるフィンは、告げた。

「―――――行け、ベート、ティオナ」

発進する。

凶暴な狼人(ウェアウルフ)と獰猛な女戦士(アマゾネス)は風となって急斜面を駆け下りる。

それに一団が続き、未到達階層への進攻(アタック)はここに開始された。

安全階層(セーフティポイント)を抜けて早々に発生したモンスター達はベートとティオナによって瞬殺。

「予定通り正規ルートを進む!新種の接近には警戒を払え!」

51階層から57階層までは深層では珍しい迷路構造。

余計な戦闘、余計な物資の消費は選択肢に存在しない。

未到達領域59階層を目指し、一行は高速でダンジョンを駆け抜けていく。

「先の通路から産まれる」

「前衛は無視しろ!アイズ、ティオネ、対応しろ!」

「はい!」

研ぎ澄まされた剣士の直感が進路状のモンスター産出を予期し、フィンが声を飛ばす。

ベート達前衛が素通りした通路左右から亀裂が生じ、アイズの言葉通り壁面を破って『ブラックライノス』の群れがどっと出現した。

間髪入れずにアイズ達やリュー達がモンスター達を解体。

「集団から振り落とされるでないぞ、お主等!」

追い縋るモンスターを斧で粉砕するガレスの大声が、パーティ最後尾より投じられる。

ダンジョンは後方を上げた。迷宮に侵入する冒険者達に階層中のモンスターがその行く手を阻もうと方々から押し寄せる。

横道から、十字路の先から、天井から、壁面から。

連続の遭遇(エンカウント)。しかし、そのモンスターは一瞬で一掃された。

ミクロが放った矢によってモンスターは身体を貫かれて的確に魔石を砕かれて灰へと姿を変える。

「―――――来た、新種!」

モンスターが一掃されて進路を進むミクロ達は警戒していた新種のモンスターが迫る。

幅広い通路を埋めつくす黄緑色の塊。

芋虫型のモンスターの体内にはあらゆるものを全て溶かす腐食液が溜め込まれている。

「隊列変更!!ティオナ、下がれ!【疾風】、君も頼む!」

即時かつ即行の指示が司令塔(フィン)の口から放たれる。

アイズとティオナが入れ替わり、更にはリューも前衛に加わる。

「【目覚めよ(テンペスト)】」

魔法を発動し、走り出しているベートと肩を合わせ、突撃する。

「アイズ、寄こせ!」

「―――――風よ」

ベートの要請を受け白銀のメタルブーツに風の力が宿る。

両足装備《フロスヴィルト》に気流を纏い、腰にある不壊属性(デュランダル)の武器を携える。

リューは魔武具(マジックウェポン)『薙嵐』を抜刀して風の刃を形成。

三人は芋虫型の大群に踊りかかった。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

我鐘の絶叫が轟き渡る。

敵口腔から放出された腐食液だが、リューの風の刃は腐食液までも切り裂いた。

「これは……!」

以前とは違う風の刃の出力。

前回よりも高出力かつ堅牢の風の刃に驚くリューだがその原因はすぐに判明。

周囲の風だけでなくアイズの魔法までも吸収して形を形成している。

目に見えない風の刃で次々芋虫型を葬っていくリューにアイズ達も同様に芋虫型鏖殺していく。

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬―――――我が名はアールヴ】!!」

「総員、退避!」

そしてリヴェリアの『並行詠唱』が瞬く間に終了する。

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

三条の吹雪が通路中を突き進んだ。

蒼と白の砲撃が迷宮ごと前方のモンスターを凍結させる。一直線に伸びる通路は最奥の突き当たりまで蒼氷の世界と化した。

「いやはや、凄まじい『魔法』だ。これが『魔剣』で繰り出せるようになれれば」

「そんなことになれば魔導士(われわれ)の立つ瀬がない」

モンスターの氷像を念のため破砕しながら通路を走った。

凍てついた正規ルートを進み、そこからあっさりと下部階層に続く階段に辿り着く。

「ここからはもう、補給できないと思ってくれ」

広く長い階段――――52階層への連絡路を前に、フィンはパーティ一同に振り返る。

「行くぞ」

短い命令とともに、パーティは52階層へ進出。

先程よりも速まった速度(ペース)で疾走する。

「ミクロ・イヤロス!頼む!」

出現、遭遇(エンカウント)するモンスターはミクロが纏めて一掃するなかで速度(ペース)は緩めない。

「おおっ『ドロップアイテム』」

走りながら迎撃の太刀で仕留めたモンスターから発生する貴重な武器素材(ドロップアイテム)に、目を輝かせる椿だったが、拾いに行こうとする彼女の行動をラウルは許さなかった。

「止まっちゃ駄目っす!?」

「むっ?」

隊列から外れようとする椿の手を引っ張る。

地面に落ちた武器素材(ドロップアイテム)を拾おうとしていた鍛冶師(スミス)は、手首を掴まれながら疑問を口にした。

「何故だ?手前はここまで深い階層に来たことがない、何かあるのか?」

「狙撃されるっす……!?」

顔面から脂汗を散らしながら、ラウルは言った。

「この下にいる砲竜『ヴァルガング・ドラゴン』が階層を無視して攻撃してくるらしい」

疑問を抱く椿にミクロがラウルに続いてフィン達から聞いた情報を椿に簡潔に話した。

砲撃地点58階層に居座るのは砲竜『ヴァルガング・ドラゴン』。

捕捉されたら最後、階層を無視して地面を爆砕しながら標的を紅炎で呑み込む。

それを回避するためにフィン達は危機感を持って下の階層を目指す。

しかし、竜の遠吠えが轟く。

「フィン」

「ああ―――――捕捉された」

「走れ!走れぇ!!」

移動をがなり立てる冒険者達。走行の速度(ペース)が更に上がる。

「ベート、転進しろ!!」

すかさずフィンの指示が飛び、先頭にいたベート、遅れてティオナとパーティ一団は正規ルートを外れ横道へ飛び込んだ。

次の瞬間。

 

「――――――――――――――――――――――――」

 

地面が爆砕した。

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?』

突き上がる轟炎、そして紅蓮の衝撃波。

火炎のうねりは天井まであっさり達し、そのまま51階層を突き破った。

視界の間近で起こった迷宮の爆砕、そして押し寄せる獰猛な爆風にサポーター達が口内で悲鳴を押し殺す。

「迂回する!!西のルートだ!!」

激しいフィンの指示にパーティは導かれる。正規ルートを外れた冒険者達は迷路状の広幅の通路を全力で走った。

次の爆撃に警戒するフィン達だが、ヴァルガング・ドラゴンの爆撃が来なかった。

それどころか竜の遠吠えが途絶えた。

その変化に最初に気付いたのはフィンだった。

前回では止むことのなかった竜の咆哮と怒涛の『砲撃』がピタリと途絶えた。

まるでヴァルガング・ドラゴンが突如いなくなったと思わせるように。

異常事態(イレギュラー)という言葉が脳裏を過った瞬間、後衛にいるミクロの腕に黒い鎖が巻き付けられて一瞬のうちに縦穴へと引きずり込まれた。

「ミクロ!?」

それに気づいたリューはすぐに救助に向かおうとしたがミクロは首を横に振った。

「そのまま行け!」

自分は大丈夫だから他の皆を守れと言外に告げるミクロは58階層に向かって落ちていく。

「お師匠様!?」

叫ぶセシルだが、返答はない。

リューはミクロの言葉を無視してでも向かおうとしたがそれをフィンが制止した。

「【疾風】、君が行っても彼の足を引っ張るだけだ。彼は強い、ならそう簡単にはやられたりはしない。僕達はこのまま正規ルートで58階層を目指す!一秒でも早くミクロ・イヤロスを助ける為に!」

「……ッ!」

フィンの言葉にギリと歯を食い縛るリュー。

フィンの言葉通り、このまま縦穴に飛び込んでもミクロの足を引っ張る可能性がある。

それならフィン達と共に58階層に向かえばまだミクロを助けられる可能性がある。

「ミクロ・イヤロスの耐久力は君が良く知っているはずだ!急ぐぞ!」

駆け出すフィン達に続くようにリューも駆け出す。

少しでも早くミクロを助ける為に。

 

 

 

黒い鎖の巻き付けられて縦穴に落ちていくミクロは高速飛行する『イル・ワイヴァーン』を足場にして58階層に緊急着地する。

リュー達より早く58階層に到着したミクロに待ち受けていたのは死体だった。

ミクロが足場替わりにしたイル・ワイヴァーンとヴァルガング・ドラゴンの死体が山のように積み上げられていた。

それもただ殺されているだけではない。

原型が留めていない程に破壊されている。

壊すことに長けている者しかこの壊し方は知らない。

「よぉ、久しぶりだな」

声の方に視線を上げるとそこにはヴァルガング・ドラゴンを椅子代わりにしているへレスの姿があった。

なるほどとミクロは納得してへレスに問いかける。

「どうしてここにいる?」

オラリオを去ったはずのへレスがダンジョン、それも58階層にいることに問いかけるとへレスはその問いに答えた。

「ダンジョンは隠れ蓑に丁度いいからな。外でヤバい時は大抵は潜る」

その答えにミクロは頷いた。

へレスの言う通り、隠れ蓑にするにはダンジョンはうってつけだ。

特に深層となれば来れる冒険者に限りがある。

へレスの答えに納得してミクロは周囲にいる6人の気配に気付いた。

「まぁ、流石にここまで俺一人で潜る程自惚れてはいねえ」

竜の死体から姿を現す六人の種族。

犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)、ドワーフ、兔人(ヒュームバニー)狼人(ウェアウルフ)、アマゾネス。

そして目の前にいるへレス。

ミクロは聞かなくてもわかる。

ここにいる全員は【シヴァ・ファミリア】の最高戦力、破壊の使者(ブレイクカード)だということに。

周囲に囲まれているミクロに逃げ場はない。

破壊の使者(ブレイクカード)は狂喜の笑みを浮かべたまま何もしてこない。

へレスはヴァルガング・ドラゴンから降りて槍をその手に持つ。

「せっかくだ。親子水入らずに遊ぼうぜ?命懸けでな」

嗤いながらへレスはミクロに迫る。



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New30話

【ロキ・ファミリア】との遠征中、58階層に引きずり落とされたミクロに待ち受けていたのは【シヴァ・ファミリア】の最高戦力、破壊の使者(ブレイクカード)達だった。

そして、【シヴァ・ファミリア】団長であるへレスがミクロに迫りかかる。

鋭い突きが襲いかかるがミクロはナイフと梅椿で受け流すがへレスはそこから体を捻らせて薙ぎ払いを行う。

ミクロは態勢を低くして攻めるがへレスは瞬時に槍を短く持ち直して防御する。

「どうして俺がここに来るとわかった?」

「街を歩いていたら普通にわかるだろう。面白そうだからここで待っていただけさ」

特に理由はない。

本当にただミクロと遊びにきただけ。

金属音が鳴り響き、ミクロは距離を取りながらも周囲にいる破壊の使者(ブレイクカード)達に警戒するが手を出すつもりがないのかただ嗤いながら見ているだけだった。

「おいおい、言っただろ?親子水入らずだって。そいつらに手は出させねえよ」

そんなミクロの心情に見透かして告げるへレスにミクロは武器を収めた。

「あ?」

怪訝するへレスにミクロは言う。

「自首して欲しい」

ミクロはへレス達に自首を進めた。

「俺はギルドともそれなりに深い繋がりがある。自首してくれたら罪を軽くするように頼んでいる」

ミクロはもう一度へレスと会ったら言うつもりでフェルズに頭を下げて頼んでいた。

万が一にへレス達が自首してきたら罪を軽くして欲しいと。

「罪を償ったら俺に本拠(ホーム)【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)して欲しい。ここにいる全員を入団できるように主神に頼む。俺はやり直したい。もう一度本当の家族として暮らしたい」

ミクロはへレスが要注意人物(ブラックリスト)に載っていることは知っている。

それでもミクロにとってはこの世界でたった一人の父親。

幼い頃の父親との思い出や記憶がなくともミクロは本当の家族としてこれから思い出や楽しい記憶を作っていきたい。

自身の望みを告げるミクロにへレスの口角が上がる。

『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!』

だが、返って来たのは哄笑だった。

へレスだけでなく破壊の使者(ブレイクカード)達もミクロを指しながら、腹を抱えながら笑っていた。

「何か勘違いしているみたいだな、ミクロ」

哄笑のなかでへレスがミクロに言う。

「確かにお前は俺とシャルロットの子だ、それは違いねえ。だけどな、俺は別にお前の事を愛しているわけじゃねえ」

槍を肩にかけてへレスは当然のように告げた。

「俺は俺のやりたいことがある。その為にお前を利用しているだけだ。俺達の間に親子の愛情なんてものは存在しねえ」

目的の為にミクロを利用しているに過ぎないへレス。

「………わかった」

それが現実ならミクロはそれを受け入れるしかない。

「なら、引きずってでもギルドに連れて帰る」

その上で無理矢理にでも罪を償わせる。

へレスが目的の為にミクロを利用しようとするのなら、ミクロも自分の望みの為にへレス達を捕まえることにした。

武器を構えなおすミクロにへレスは口笛を吹いてもう一度槍を構える。

「いいぜ、その意気だ。おい!てめえ等はうるせえ竜どもを何とかしてろ!」

団長であるへレスの指示に従い壁から産まれてくるモンスター達は破壊の使者(ブレイクカード)達が(ころ)していく。

「さぁ、再開だ」

ミクロは眼帯を取り外して神聖文字(ヒエログリフ)で『E』と刻まれた義眼の魔道具(マジックアイテム)『シリーズ・クローズ』を発動させる。

更には『レイ』を発動させて体に電撃を迸る。

相手の視界から物事を見ることができる魔道具(マジックアイテム)と身体能力を強制的に引き上げる魔道具(マジックアイテム)を同時展開させてへレスに突っ込む。

「おっと、速ぇ」

ほぼ瞬間移動に近いミクロの高速戦闘にへレスは槍で受け流す。

視界を覗き見してもへレスの目にはミクロは捉えていない。

純粋な経験と実力でミクロの動きを先読みして捕捉している。

なら、とミクロは上空を跳び『ヴェロス』を展開させて射程と威力を高めた『砲弾』をへレスに向かって放つ。

「そらよ!」

だが、へレスはそれを両断した。

地面に着地するミクロは前例があった為に特に驚くことはなかった。

ただ以前はセツラの魔法によって切断されたと違ってへレスは先ほどから使っている槍で両断した。

「……魔武具(マジックウェポン)か」

へレスが使っている槍はシャルロットが作製した魔武具(マジックウェポン)だと推測するとへレスは面白げにそれを見せびらかす。

「その通り。シャルロットは『神秘』『魔導』だけでなく『鍛冶』のアビリティを発現させていた冒険者でな、これはその中でも特注品だ」

柄から矛先まで黒で覆われた槍。

不壊属性(デュランダル)ならぬ破壊属性(ブレイク)が付与されているこの槍は如何なるも破壊する」

破壊属性(ブレイク)の槍。

その矛先に触れたものを全て破壊する無慈悲の槍。

その槍はジエンが使用していた『アビリティソード』をも上回る。

「気をつけろよ?この槍の前にはどんなに耐久が高かろうと無意味だからな」

突貫するへレスは突貫と同時に槍でミクロを串刺しにする。

だが、そこにミクロの姿はなかった。

へレスの背後から姿を現すミクロは『スキアー』を使用して影移動でへレスの背後を取ってナイフと梅椿で斬りかかる。

「おっと」

だが、へレスは危な気なくそれを防いだ。

ミクロがへレスに『スキアー』を使用したのは今のが初めて。

初見殺しの魔道具(マジックアイテム)をへレスは見切った。

「なかなかだが、まだ甘い。背後から現れた瞬間と同時に動きを察知したら容易に防げるぞ?」

ミクロが影から姿を現して攻撃をするまで一秒もかかっていない。

へレスは刹那の間にミクロの動きを察知して攻撃を予測し、防いだ。

ぐるんと回るへレスの槍。その柄でへレスはミクロの腹部に直撃させて吹き飛ばす。

「喜べ、ミクロ。今のお前は同じ年の頃の俺よりも数倍は強ぇ。ただ経験が足りないのは惜しいな」

へレスはミクロは強いとは認めたが自分と同じ領域に至るまで経験が足りないことに悔やんだ。

「魔法はどうした?遠慮はいらねえ――」

言葉の遮るようにミクロは『ヴェロス』を展開させて『散弾』を放つが、へレスはそれを難なく弾く。

接近するミクロは投げナイフを持ってへレスに投擲。

それを躱す、弾くへレスを中心に煙が舞う。

投げナイフと煙玉のコンボが炸裂してへレスの視界を封じたミクロは背後から襲いかかる。

「それがどうした?」

しかし、へレスには視界を封じられた程度脅威ではない。

背後から襲ってくるミクロを槍で薙ぎ払うがミクロは槍を掴んだ。

『イスクース』によって腕力が上がっているミクロは片手に槍を握ってナイフでへレスに斬りかかる。

槍を握っている以上、へレスが攻撃を回避するには槍を手放すかもしくは直撃するしか方法はない。

どちらにしろへレスに痛手を負わせることが出来る。

迫りくるナイフは真っすぐへレスの胸部に向かっていくがナイフは宙を斬った。

槍を柄ギリギリまで持ったまま下がって回避したへレスは槍を両手に持ってミクロを打ち上げようとしたがそうなる前にミクロは手を離した。

だが、上空に上がった槍は真っ直ぐミクロに振り下ろされる。

「ぐっ」

ナイフと梅椿を交差させて防御するミクロにへレスは感嘆の声が出た。

「ほぅ、それは二つとも不壊属性(デュランダル)か。運が良かったな、どちらかが付与されていないただの武器ならそれを破壊してお前を切り裂いていたぞ」

不壊属性(デュランダル)破壊属性(ブレイク)は相反する属性。

互いに付与された能力を無効にできる。

「運じゃない……これはアリーゼから託された小太刀でナイフはアグライアが俺にくれて椿に打ち直してもらったナイフ」

防御しながら態勢を整えるミクロはへレスに向かって告げた。

「巡りあって託されたものだ……ッ!」

槍を弾き返したミクロは速攻で瞬く間にへレスの懐に潜り込む。

槍は中距離の武器の為、どうしても接近戦は不向きになってしまう。

肌と肌が密着するほど近づけば槍は脅威ではない。

「近づけば脅威ではないと思ったか?」

その考えは甘かった。

ミクロが懐に潜り込んだ瞬間にへレスは槍の穂先手前まで持ち直して短剣と同じようにミクロを突き刺そうとする。

ミクロがナイフや梅椿で斬りかかるよりも早くへレスの槍がミクロに直撃する。

「【駆け翔べ】!」

全開放。

「っ!?」

へレスの懐に接近した状態でミクロは魔法を発動させた。

超接近による魔法の発動にへレスは吹き飛ばされる。

「ブハハハハハハハハハハハ!!団長、だせぇ!!」

竜を殺している破壊の使者(ブレイクカード)達は吹き飛ばされたへレスを腹の底から笑った。

こいつらに仲間としての意識がないということはわかったが今はそれどころじゃない。

風を纏っているミクロは真っ直ぐと吹き飛ばしたへレスを注視する。

ダンジョンの壁まで吹き飛ばされたへレスは立ち上がって口角を上げていた。

「面白れぇ、あそこで魔法を全力でぶっ放すとは思わなかったぞ」

大した損傷(ダメージ)はないへレスは第二ラウンドを開始しようとしたが獣人の犬人(シアンスロープ)が叫んだ。

「団長!フィン達がそろそろ来るけどどうする!?」

【ロキ・ファミリア】のフィン達がもうすぐこの場所にやってくることにへレスは舌打ちをする。

「チッ、まだあいつらと戦う気はねえ。ずらかるぞ……とその前に」

槍を下段に構えてへレスはミクロに告げる。

「全力で防御しておけ、ミクロ。俺の技を一つ見せてやる」

へレスの表情から笑みは消える。

「ッ!?」

それと同時に危険を察知したミクロは風の全てを防御に回す。

その瞬間、ミクロは腹部に風穴が空いて壁まで吹き飛ばされた。

「かふ……」

回避も防御も間に合わず気が付けばミクロは腹部を貫かれて壁まで吹き飛ばされていた。

自分の視界と相手の視界からも視認することも出来ず、風の防御までも破壊してミクロに致命傷を与えた。

これが【シヴァ・ファミリア】団長の実力。

これが【破壊者(ブレイカー)】の力の片鱗。

「またな、ミクロ」

去って行く【シヴァ・ファミリア】達にミクロは痛みに耐えながらも詠唱を唱える。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう。礎となった者の力を我が手に】」

必死に詠唱を唱えて魔法を発動する。

「【アブソルシオン】」

詠唱を終えて再び詠唱を唱える。

「【ピオスの蛇杖(つえ)、ピネマの母光(ひかり)。治癒の権能を持って交わり、全てを癒せ】」

少しでも効力を上げる為に『リトス』から魔杖を取り出して魔法を発動させる。

「【ディア・パナケイア】」

フェルズの全癒魔法。

24階層の報酬として貰ったこの魔法によってミクロが負った傷、蓄積した疲労までも全回復する。

フェルズから貰った魔法のおかげで命拾いしたミクロはへレス達が去った道を眺める。

「………」

強かった。

それがへレスと戦って思ったミクロの感想だった。

オッタルもへレスも恐らくは実力を半分程度しか出していない。

オッタルは『力』が目立ち、へレスは『技』が目立った。

以前に戦ったエスレアの言葉が脳裏を過る。

「Lv.7………」

二人に勝つにはミクロもその領域に辿り着くしかない。

自分はまだまだ弱いことを認識したミクロ。

「ミクロ!!」

「お師匠様!!」

58階層に到着したリュー達にミクロは手を上げて応じる。

無事に合流することができたミクロだが、まだ遠征は終わってはいない。

この先にある未到達階層59階層が今回の遠征の目的なのだから。



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New31話

深層域58階層。

視界を遮る仕切りもない、黒鉛の壁と天井が長方形を描く巨大『ルーム』はつい先刻ミクロとへレスが戦い、そしてミクロが敗北した場所でもある。

「……そうか、へレス達がここに来ていたのか」

無事にフィン達と合流することが出来たミクロはフィン達に事情を説明するとフィンは苦い顔を浮かべていた。

「お師匠様が負けるなんて………ッ!」

自身の尊敬する師であるミクロの敗北に少なからずのショックを受けるセシルは今でもミクロの敗北が信じられなかった。

いや、セシルだけでなくアイズ達もミクロが負けたことに少なからず驚愕している。

ミクロは強い。

それはこの場にいる誰もが知っている。

「……団長、ミクロが話してくれた【シヴァ・ファミリア】はどのぐらい強いのですか?」

フィン、リヴェリア、ガレスを除く【ロキ・ファミリア】は【シヴァ・ファミリア】がどれぐらい強いのか知らない。

「……歴代最強を誇るゼウス、ヘラの両【ファミリア】に負けを劣らない実力者が集まる【ファミリア】だった。ミクロ・イヤロスの話を聞く限り実力は劣ってはいないようだね」

『………ッ!』

フィンの口から語られるその言葉にアイズ達は目を見開く。

ゼウスとヘラ。

アイズ達でもその【ファミリア】の実力は知っている。

その二つの【ファミリア】と同等の実力を持つ【シヴァ・ファミリア】。

そして、その【ファミリア】団長であり、父親でもあるへレスにミクロは敗北した。

だけどそれは決してミクロが弱いという訳ではない。

むしろ、それだけの実力者と相対して生き延びただけでも称賛に値する。

誰もが視線をミクロに向ける中でミクロは一言。

「………次は勝つ」

そっぽを向きながらそう言った。

負けたことが悔しかったのか、悔し気に言うミクロに全員の表情が和らぐ。

「そうだよね!負けっぱなしはあたしも嫌だもん!」

「今度はあんたがぶっ飛ばしてやりなさいな」

ヒリュテ姉妹に活気を言葉を投げられるとそれに続くようにレフィーヤも。

「ミ、ミクロさんなら負けませんから頑張ってください!」

「………ケッ」

一度はミクロの下で師事を受けたレフィーヤもミクロを励ましてベートは特に何も言わなかった。

「………負けるのは嫌」

アイズもミクロに連敗中が嫌で今も勝つ為に努力している。

だからミクロが今、抱えている悔しさはよくわかる。

「お師匠様なら負けません!!」

弟子のセシルも次はミクロが勝つと信じる。

「話は終わったかな?今から三分間休憩を取る。回復に努めてくれ。ミクロ・イヤロス、今の君はどこまで動けるのか教えてくれるかい?」

「三分あれば8割は回復できる」

「上々だ。しっかり休んでいてくれ」

弛緩する空気を読んでフィンはこれから向かう未到達階層の進攻(アタック)に向けて休憩を挟む。

59階層に続く階層南端に空いた暗い大穴。

【ゼウス・ファミリア】が残した記録では59階層からは『氷河の領域』と呼ばれ、至るところに氷河湖の水流が流れて進みづらく、極寒の冷気は第一級冒険者の動きを凍てつかせる程の恐ろしい寒気。

しかし、59階層に直通する連絡路からは冷気の欠片も伝わってこないことにフィン達は怪訝していた。

「ミクロ、無理をしてはいませんか?」

フィン達が怪訝するなかでリューはミクロに歩み寄る。

「大丈夫、怪我は魔法で治した。精神力(マインド)も回復しつつある」

「私が言っているのは心の方です」

仮にもミクロは血の繋がった父親と戦った。

いくらミクロが強くても心はまだ自分よりも年下の男の子。

辛くない訳がない。

「………問題ない」

視線をリューから逸らしてそう答えるミクロにリューはミクロの両頬を押さえて無理矢理目を合わせる。

「私の目を見ながら同じことが言えますか?」

真っ直ぐ見据える空色の瞳がミクロを映す。

「………愛していないって言われた」

ぽつりとミクロはぼやいた。

「俺は俺のやりたいことがある、その為に俺を利用する。親子の愛情なんて存在しないって言われた……………」

ぽつり、ぽつりと心の悲鳴をぼやくミクロ。

ミクロはわかっていた。

破壊の快楽の溺れているへレスが自分のことをどう思っているのぐらい容易に想像していたし、いずれは自分の前に現れることもわかっていた。

だけど、心のどこかで期待していたかもしれない。

シャルロットほどとまでは言わずとも父親としての愛情があるかもしれないという期待。

しかし現実は残酷だった。

へレス本人からその期待を完膚なきまでに壊された。

へレスはミクロの事を自分の為に利用できる駒としてでしか見ていない。

わかっていた、理解もしていた。

それでもという淡い期待を抱いていた自分が馬鹿だっただけの話。

本音を話したミクロにリューは頬から手を離してミクロの手を握って隣に腰を下ろす。

「ミクロ、私は貴方を愛しています。私だけではない、セシルやアグライア様、【ファミリア】の皆さんが貴方のことを大切に想い、心配している」

アイズ達には聞こえないぐらい小声で話すリューは優しい笑みを浮かべていた。

「貴方は自分の傷さえも受け入れてしまう。ですので私の前ぐらいは弱音を吐いて欲しい。貴方が私や皆さんを助け、受け入れてくれたように私も貴方を助けたい」

リューが握っているミクロの手は多くの者を助け、受け入れてきた証。

差し伸ばされたその手はとても暖かく優しい。

握る手に力が入る。

「………ありがとう」

ミクロはリューに礼の言葉を告げた。

ミクロの力になれたことが嬉しいリューもその一言で救われた気持ちになる。

いつも強大な敵をたった一人で立ち向かい撃破してきたミクロ。

何もできなかったことに腹を立て、頼りにしてくれないことに悔しい気持ちがあった。

「初めて……かもしれない」

ミクロがこうして弱音を見せて自分を頼ってくれたことが。

「総員、出発する!」

休憩が終わったことにそれぞれ武器を手に持ち大穴に足を踏み入れる

「寒い、どころか………」

「……蒸し暑い、ですね」

暗闇に包まれる連絡路の中でラウル達サポーターが携帯用の魔石灯に明かりを入れる中、ティオナとレフィーヤが汗をうっすらと滲ませる。

階段を降りる冒険者の足音が響いていく。

暗闇の底へ底へ。

そこを進んだ先にある、光のもとへ。

「フィン、これは……」

「ああ、今から僕達が目にするのは……」

「神も見たことのない『未知』」

そして、光の先へ到達する。

連絡路の階段を下り終えたミクロ達は、未到達階層59階層へ進出した。

「――――――――――」

視界に広がった光景に、誰もが言葉を忘れる。

ミクロ達の瞳に映ったのは氷山や蒼水の流れなどではなく不気味な植物と草木が群生する変わり果てた59階層の景色だった。

「………密林?」

ティオネが唖然と呟く。

直上の58階層の規模を超える広大な『ルーム』には緑一色に染まっていた。

「何かいる……」

スキルによりこの場の誰よりも速く異常に気付いたミクロの耳に奇怪な音響を捉えた。

視界の奥から聞こえる謎の響きに、立ち止まるパーティーの視線はフィンに集まるとフィンは間もなく告げる。

「前進」

ベートとティオナを先頭に切り開かれた一本道を通る。

近づくにつれて大きくなる音響。直進を続けること数分。

密林が消え、視界に広がった冒険者達の目に、それは飛び込んだ。

「……なに、あれ」

大双刃(ウルガ)を携えるティオナの唇から、声がこぼれ落ちる。

灰色の大地が広がる大空間には夥しい量の芋虫型と食人花のモンスター。

その怪物の大群が囲むのは、巨大植物の下半身を持つ、女体型だった。

「『宝玉』の女体型(モンスター)か」

「寄生したのは……『タイタン・アルム』なのか?」

深層域に棲息する巨大植物のモンスター『タイタン・アルム』。

巨大植物(タイタン・アルム)の女体型に、芋虫型は口腔から舌のような器官を伸ばし、先端にある『極彩色の魔石』を差し出していた。

食人花も魔石を露出させて、女体型は触手で極彩色の供物を片っ端から貪る。

そこで気付いた。

自分達が踏みしめているこの灰色の大地は、尋常ではない数のモンスターの灰へと姿を果てた死骸そのものだということに。

「不味いっ……!」

戦慄する中、フィンは顔を歪める。

「『強化種』か……!?」

ベートもまた顔の刺青を歪ませて呻いた。

「――――――――――」

そしてアイズは鼓動の音を聞いていた。

鼓膜が張り裂けるような心臓の悲鳴を。

視線の先に存在する喚起される血のざわめき。

「………」

それはミクロも同じだった。

以前、アイズと戦って魔法を見て疑問から確信に変えた時の同じ体の中に流れる神血(イコル)のざわめき。

次の瞬間。

『――――――ァ』

対応に乗り出そうとするフィン達の視線の先で、変化が起こった。

上半身を起こす女体型、醜怪な頭部から落ちるかすかな声音。

女体型の上半身が、蠕動のごとき打ち震えた。

『―――――ァァ』

醜い上半身が蠢くように震え続け、一気に肉が盛り上がる。

驚倒する最中、恍惚の息を漏らす女体型の上半身から―――――蛹から羽化するように、美しい体の線を持った『女』の体が産まれる。

『―――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

歓喜の叫びが迸る。

膨れ上がった肉の殻を裂いて現れる『女』は仰け反り、天を仰ぐ。

緑色の髪と肌、緑色の上半身。

変貌するのは人型の上半身だけにとどまらず、異形の下半身もまた組織を変容させ、巨大な花弁や無数の触手を出現させる。

「なっ、なんだっていうのよ、アレ……!?」

未だ続くあまりの声量に、耳を手で塞ぎながらティオネが呻く。

歓喜の歌を紡ぐ正体不明の存在に、誰もが戦慄の眼差しを向けた。

「………うそ」

「嘘じゃないのはわかるだろう?」

愕然と立ち尽すアイズにミクロは冷静に告げた。

自身の体に精霊と神血(イコル)の血が流れている二人は気付いた。

天に叫んだ『彼女』は、ぐるりと首を回し、アイズそしてミクロを見つめ歓声を上げる。

『アリア――――――ペアレント!!』

嬉しげに叫ぶ異形の存在。

立ち竦みながら震える口を開く。

「『精霊』………!?」

「ペアレント?」

アリアがアイズと呼ばれていることは理解出来たミクロだが、ペアレントは自分のことなのか首を傾げた。

精霊は神に愛された子供であり神の分身である。

つまり精霊にとって神は親のような存在であるが故に精霊はそう叫んだ。

(ペアレント)と―――――。



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New32話

「『精霊』………!?あんな気持ち悪いのが!?」

アイズの言葉を聞き、視線の先の存在に向かってティオナが叫ぶ。

怪物(モンスター)の下半身に極彩色の衣を纏う『精霊』の上半身。

美醜の混在を現す『穢れた精霊』のその威容に、一同はうろたえる。

ミクロ達の視線の先で『彼女』は笑い続けながら二人の少年少女に向かって呼びかける。

『アリア!ペアレント!!』

子供のように呼び続け、たどたどしく言葉を紡ぐ。

『会イタカッタ、会イタカッタ!」

「………っ!?」

「………」

『貴方達モ、一緒二成リマショウ!?』

アイズとミクロに向けられている言葉の羅列に、ばっと彼女へ振り替えるティオナ達。

『―――――貴方達ヲ、食ベサセテ?』

「断る」

間髪入れずにミクロは即断したが精霊であったものは三日月の笑みを浮かべた。

次の瞬間、『魔石』を献上していた残る芋虫型と食人花が、勢いよく反転し『彼女』の黒き意志に従うように、冒険者達へ―――――アイズとミクロへ照準を向ける。

ほぼ同時に、階層の出入り口である連絡路が轟音を立てて緑肉で塞がれた。

「総員、戦闘準備!!」

誰よりも早く上げるフィンの号令に混乱しかけたティオナ達の体は反応し、武器を構える。

ア八ッ、という『彼女』の一笑とともに、戦端は開かれた。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

我鐘の吠声を響かせ五十を優に超える芋虫型と食人花がミクロ達のもとに驀進する。

押し寄せる黄緑と極彩色の塊に冒険者達は不壊属性(デュランダル)の武器を抜いた。

「セシル、お前は周囲の新種を倒せ。リューは一緒に来てくれ」

「は、はい!」

「わかりました!」

セシルに指示を出したミクロもナイフと梅椿を持って前衛に出る。

「フィン、儂も前衛に上がるぞ!?」

「どうせいつもとやることは変わらねえ、ブッ殺すッ!!」

ミクロ達に続いて飛び出すガレスとベートに動揺を振り払ってアイズも戦線に加わる。

レフィーヤやラウル達に指示を飛ばすフィンに続き椿も太刀を持って食人花を惨殺。

「手前も手を貸そう」

「ありがとうございます!」

セシルを助太刀する椿もセシルと共に新種を倒していく。

『フフッ』

雑兵達(モンスター)が倒されていく中、生まれ変わった女体型が動く。

巨大植物(タイタン・アルム)の下半身から複数の触手を眼前に掲げ、恐ろしい速度で撃ち出した。

迫りくる長大な触手群に対し、疾走しながら迎撃する冒険者達だが、その触手群は速度と威力を兼ね備えた攻撃。

階層主(ウダイオス)逆杭(パイル)以上の衝撃を見てミクロとリューは頷く。

「【駆け翔べ】!」

ミクロは魔法を発動させて風を纏うとそれと同時にリューは魔武具(マジックウェポン)『薙嵐』を抜刀すると刀身にミクロの魔法が纏われる。

一〇〇(メドル)以上離れた地点から迫りくる触手を魔法を発動させたミクロとミクロの魔法を纏ったリューは切り刻みながら前進する。

「やっぱり」

新種のモンスターには魔法が有効だったことからもしやと思い、ミクロは魔法を発動させたがそれは正しかった。

先ほどまで傷一つ負わせることが出来なかった触手を切り刻めた。

二人を要に前進するアイズ達。

その時だった。

女体型が微笑みを浮かべたのは。

 

『【火ヨ、来タレ―――――】』

 

次の瞬間、呪文(うた)が奏でられる。

「詠唱!?」

全員の驚愕が重なり合った。

巨大な下半身のもとに展開される広大な魔法円(マジックサークル)

禍々しい紋様と立ち昇る紅の魔力光が、女体型の全身を包み込む。

広域展開された紅の魔法円(マジックサークル)

そして吹き上がった『魔力』の出力。

「リヴェリア、結界を張れ!?」

ティオナ達が聞いたことのない余裕を失った声音で命令を下すフィンにリヴェリアも焦った表情で詠唱を開始した。

「砲撃っ、敵の詠唱を止めろ!?」

「せ、斉射ッ!?」

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

『魔剣』による同時射撃と数百発に及ぶ炎矢が女体型に殺到した。

59階層を光で包む一斉放火に対し、敵は下半身に備わる十枚の巨大な花弁を正面に並べる『彼女』は笑みとともに詠唱を続け、怒涛の砲撃と閃光と衝撃を撒き散らし激しい爆発を生むがレフィーヤ達の視線の先で、無傷の花弁と女体型が悠然と存在していた。

「……………」

ミクロは眼帯を取り外して(ホルスター)から『シリーズ・クローズ』の『S』を取り出して左目に嵌める。

『【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ紅蓮ノ壁ヨ業火ノ咆哮ヨ突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命全テヨ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛シイ英雄ノ命ノ代償ヲ―――】』

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ。森の守り手と契りを結び、大地の歌をもって我等を包め。我等を囲め】」

女体型とリヴェリアの同時詠唱のなかリューも詠唱を唱える。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々愚かな我が声に応じ、今一度星の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

触手を切り裂きながら『並行詠唱』を行うリュー。

しかし、驚愕することに女体型は『超長文詠唱』にも関わらず、その詠唱速度はリヴェリアも上回っていた。

それでもスキルにより高速詠唱を獲得しているリューの方が一手早い。

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】」

詠唱を完了させてリューは魔法を発動させる。

「【ルミノス・ウィンド】!」

緑風を纏った星屑の魔法は撃ち出してくる触手を全て迎撃。

その一瞬、前方が空いた隙をミクロは見逃さずに『レイ』を発動させて体中に電撃を迸らせる。

短時間での二度目の使用は身体により負担が強いられる。

だけど、そんなことを言っていられる余裕はない。

「リューは水晶の用意」

防御系統の魔道具(マジックアイテム)『クリスターロ』で万が一の魔法に備えるように告げてミクロは爆速する。

『【代行者ノ名二オイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王―――――】』

アイズ達が守りを集中している中でミクロは一人攻撃に向かう。

既に半分の距離は縮め、モンスター達は不壊属性(デュランダル)のナイフと梅椿で切り裂いて通る。

「マズイ………!?」

フィンは察していた。

もうすぐ女体型が詠唱を終わらせて魔法を発動してくる。

一瞬早くリヴェリアの防御魔法が速く展開されるが既に距離があるミクロはリヴェリアの魔法の範囲外。

しかし――――。

「―――――総員、リヴェリアの結界まで下がれ!!」

フィンはミクロを切り捨てた。

間に合わないと判断してか、ミクロに何か考えがあるのかは。

そのどちらも考えた上で切り捨ててアイズ達に退避を命じる。

「ミクロ………!?」

「安心してください、【剣姫】。ミクロに魔法は通用しません」

連れ戻そうと動こうとしたアイズにリューが止めに入る。

「【大いなる森光の障壁となって我等を守れ―――――我が名はアールヴ】!」

リヴェリアの手札の中で最硬の防御魔法が行使された。

「【ヴィア・シルヘイム】!!」

リヴェリアの足元に展開されていた翡翠色の魔法円(マジックサークル)が光輝を放ち、そのままドーム状の緑光領域へと変貌した。

物理・魔法攻撃を全て遮断する『結界魔法』の展開――――――それとほぼ、同時。

詠唱を終えた女体型は、『魔法』を発動させる。

 

『【ファイアーストーム】』

 

世界は紅に染まった。

「―――――――――――――――――――」

火炎の精霊を彷彿させる、極大の炎嵐。

前方から吹き寄せる津波と見紛う炎風だったが、それはある場所に吸収されていく。

『!?』

女体型は驚愕に包まれ、アイズ達も目を疑った。

極大の炎嵐はミクロが持つ一本の剣に吸収されていった。

『アビリティソード』の『魔力』は対象の魔法を剣に吸収して付与、放出させることが出来る。

女体型が放つものが魔法である以上、この剣の前では無力に等しい。

『アビリティソード』の刀身が紅色に輝くなかでミクロは付与させたまま前進する。

『【地ヨ、唸レ。来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄ノ宝閃ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢ノ契約ヨモッテ反転セヨ空ヨ焼ケ地ヨ砕ケ橋ヲ架ケ天地ト為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災―――】!」

迫りくるミクロに焦りながらも長文詠唱を唱える女体型は花弁と新種を自身に周囲に構えて防御態勢を取って詠唱の時間を稼ごうとする。

だが、『アビリティソード』に付与させている女体型の魔法で新種は燃え消える。

花弁の半分は焼け崩れて防御力が低下した。

女体型に迫りくるミクロと女体型との距離は二十(メドル)をきった。

『【代行者ノ名二オイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ地精霊(ノーム)大地ノ化身大地ノ女王―――――】!』

迫りくるミクロに縋るかのように詠唱を歌う女体型は黒き魔力光を纏う。

『【メテオ・スウォーム】!!』

魔法円(マジックサークル)の輝きが直上に打ち上がり、階層天域が闇と光に包まれる。膨大な『魔力』が収束し、次には黒光の隕石群が姿を現してその全てはミクロに降り注がれる。

女体型は勝負に出た。

この魔法がミクロの持つ『アビリティソード』で吸収されて防がれてしまえば先ほどのようにそのまま自分に返ってくる。

そうなればほぼ間違いなく倒される。

だが、そうでなければミクロは魔法を浴びて終わる。

弱ったところでミクロを食べればいい。

「………」

ミクロも降り注いでくる魔法と女体型を見て直感でそれに気づいた。

だけど、それは勝負にもならない。

ミクロが持ち『アビリティソード』は母親であるシャルロットが作製した魔武具(マジックウェポン)

その性能はミクロでは到底及ばない程高性能。

故に魔法である以上は『アビリティソード』で吸収できる。

『アビリティソード』の『魔力』によって隕石群は剣に吸収されていく。

『…………ッ!?』

自身の魔法が吸収されていく光景に悔やむ女体型。

しかし。

ピキリと『アビリティソード』に罅が入る。

「ッ!?」

まだ半分も吸収できていない状況で剣に入った罅は刀身に伝っていき破砕する。

破砕音が鳴り響く中でミクロは冷静にその答えに辿り着いた。

いくら高性能の武器でもいずれかは耐久値が超えて砕けてしまう。

普通の武器なら鍛冶師によって整備すればある程度は元には戻るが『アビリティソード』を作ったのはシャルロットだ。

いくら同じ『神秘』持ちが整備しても作製者と同等に整備することは出来ない。

ましてや自分より遥かに上の存在であるシャルロットの魔武具(マジックウェポン)なら尚更。

整備不足。

それが『アビリティソード』が砕けた原因だ。

「ミクロ!!」

眼前にまで迫りくる隕石群にミクロは直撃を逃れることは出来なかった。

ミクロが最後に視界に入ったのは勝利の笑みを浮かべる女体型の微笑みだった。

 



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New33話

ダンジョン51階層、へレスを始めとする破壊の使者(ブレイクカード)はモンスターを(ころ)しながら地上を目指す途中、犬人(シアンスロープ)の団員がへレスに尋ねた。

「ねぇ、団長。ミクロをあのままにしてよかったの?」

「あぁ?」

「59階層を少し覗いてみたときに面白い怪物がいたんだけどミクロ死ぬかもよ?」

犬人(シアンスロープ)の団員は58階層到着の時に暇つぶしに59階層を覗きに行った時に例の『穢れた精霊』を目撃していた。

ミクロや【ロキ・ファミリア】には『穢れた精霊』を倒せれないかもしれない。

そう思い、へレスに聞いてみたがへレスは鼻で笑った。

「ハッ、バカ言え。俺のガキがその程度でくたばるわけねえよ」

槍で襲いかかってくるブラックライノスを貫く。

「這い上がってくるさ、あいつはな」

僅かに痛みが走るへレスの横腹。

最後の交差する瞬間、ミクロはへレスを視認できていなかった。

にも関わらずミクロはへレスの横腹に一撃入れていた。

「ようやく俺の足元までやって来やがったか……」

神妙な表情を浮かべながら横腹に手を置くへレス。

「強くなれ、ミクロ。限界なんてぶっ壊してな」

それは親としての言葉なのか、自分の目的の為の言葉のかはへレスしかわからない。

 

 

 

 

 

 

59階層。

アイズ達はリヴェリアの結界内で焦土とかした階層を見渡して言葉を失っていた。

勝ち誇るように笑みを浮かべている『穢れた精霊』。

『アビリティソード』が破砕して女体型の魔法を一身に浴びてしまったミクロ。

「お師匠様!!」

悲痛の叫びを上げるセシルにリューは今すぐにでも駆け出したいという衝動にかけられる。

ミクロがいた場所は円環状の窪地(クレーター)が出来ていた。

膨大な『魔力』が収束された魔法を直撃したミクロは生きているのかさえわからない。

ただわかるのは勝ち誇った笑みを浮かべている女体型。

「ミクロ………」

声が漏れるアイズの悲観の嘆き。

50階層では同じ境遇である自分を慰めてくれたミクロ。

自分よりも強く、誰よりも仲間を信用して信頼を寄せている。

才能、不断の努力、揺るがない意志を持つ現代の英傑。

紛れもない『英雄』の『器』。

『ハハ』

女体型は笑う。

勝利した喜びか、強敵を倒した歓喜か、脅威が消えた安堵か。

笑う女体型にフィンは全員に指示を出す。

「【壊れ果てるまで狂い続けろ】」

その瞬間、詠唱が聞こえた。

『ッ!?』

「【マッドプネウマ】」

放たれた黒い波動は女体型に直撃した。

窪地(クレーター)から姿を現したミクロは傷をあるももの五体満足。

呪詛(カース)を女体型に与えてミクロはフィン達のところに戻って来た。

「痛かった……」

「それで済むのはてめえだけだ」

あれほどの魔法を直撃したにも関わらずその一言で済ませたミクロにベートは呆れるように言い放った。

「ミクロ――――!!心配したじゃん!!」

「なっ!?」

「ああっ!?」

「ごめん……」

怒りながら抱き着いてくるティオナに謝罪の言葉を述べるミクロとその光景に驚愕の声を上げるリューとセシル。

「総員、ミクロの無事を喜ぶのは後だ!せっかくミクロが開いてくれた活路を無駄にするな!!」

ミクロの呪詛(カース)を受けて精神汚染が進行する女体型は苦しみもがく。

花弁も半分は焼き崩れて防御力は低下しており、触手も新種の数は先ほどより激減している。

そのチャンスを逃すことを許さずフィンは全員に号令を出すと全員の戦意が燃え上がる。

「ミクロばっかりいい恰好させないよ!!」

「私達も負けていられないわね」

「負けてられっかッッ!!」

アイズも銀の剣と共に戦意を燃やす。

燃え上がる気迫に満ちる第一級冒険者達。

「ミクロ・イヤロス。まだ戦う意志はあるかい?」

燃え上がる第一級冒険者達のなかでフィンは活路を開いたミクロにまだ戦う意志を問いかけるとミクロは首を縦に振った。

「俺は皆を守る為に戦う。それに……」

ミクロの脳裏には激戦の末に勝利したベルとミノタウロスの決闘風景を思い出す。

「俺は『冒険者』だ」

まだ体は動く。

なら全身全霊を賭けて冒険をしなければ命を賭して冒険したベルにあわせる顔がない。

「なら、女神(フィアナ)の名に誓って僕は君達と共に勝利を掴もう」

「俺は主神アグライアの名に誓う。勝利の光を俺達の下に届ける」

互いに信仰する女神の名に誓いを立てて奮起する。

笑みを浮かばせるフィンは指示を出す。

「前は君に任した。後ろは任せてくれ」

「わかった」

ナイフと梅椿を持ってアイズ達と共に前衛に出るミクロとリュー。

「行くぞ!!」

フィンは号令を放った。

猛る冒険者達は咆哮を上げるモンスター達のもとへ突貫する。

「【駆け翔べ】!!」

魔法を発動させて誰よりも速く動き出すミクロはアイズ達に指示を出す。

「アイズは魔法を温存しろ。最後の一撃はアイズが決めて、残りはアイズを守る」

ミクロの体は限界寸前、いや、もう限界を超えている。

それでも無理矢理にでも体を動かして皆を勝利に届かせる為に前へ出る。

アイズの力を温存させて動き出すとベートがミクロに吠えた。

「ミクロ!」

その一言で理解したミクロは風をベートの《フロスヴィルト》に装填させる。

装填されてベートは気付いた。

アイズの風がじゃじゃ馬ならミクロの魔法は暴れ馬だ。

それを知ってベートは顔に凶笑を張り付ける。

「上等だ―――」

この程度を使い込ませなくてどうすると自分に発破をかける。

強さを飽き足らず求め続けている餓狼は歯を食い縛り、目の前にいる新種に突貫する。

「がるぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

哮り声と共に蹴撃を繰り出すベート。

その勢いは新種だけでは飽き足らずそのまま女体型にまで攻める。

『【突キ……進…メ雷鳴………ノ槍、代行者タル……我ガ名…ハ雷精霊(トニトルス)………雷ノ化身……雷ノ女王……】』

ミクロの呪詛(カース)により精神汚染が進んでいる中でも女体型は短文詠唱を唱えて魔法を発動させた。

『【サンダー・レイ】』

豪雷の大矛。

しかし、脅威と呼べるほどではなかった。

何故なら先ほどまで放った広範囲殲滅魔法に使用した『魔力』を再蓄積(リチャージ)する前にミクロの呪詛(カース)を受けてしまった。

更には今も女体型の精神は汚染させている。

今の女体型の精神状態は正常ではないどころか悪化している。

その精神状態と残った『魔力』で使った短文詠唱の魔法は第一級冒険者達には脅威にもならない。

「ティオナ、ティオネ。弾け」

「わかった!!」

「ええ!!」

『!?』

大双刃(ウルガ)斧槍(ハルバード)で轟雷の大矛を弾き落とす。

前衛の様子を見てフィンもリヴェリア達に指示を出す。

「リヴェリア、レフィーヤ、【疾風】は詠唱を始めろ!ラウル達は後ろからくる新種を『魔剣』で倒すんだ!セシル、後ろは君に任せる!」

「ああ」

「ええ」

「はいっす!」

「わかりました!!」

「はい!」

後ろから押し寄せてくる新種の群れをラウル達とセシルに一任するフィン。

セシルは両手に大鎌を手にするとその内に一つ不壊属性(デュランダル)の大鎌を椿が持つ。

「借りるぞ」

当たり前のように大鎌を使いこなす椿にセシルは唖然としながらも自分も新種と対峙する。

正直、セシルはもの凄く怖いと思っている。

死ぬかもしれない恐怖が全身を襲ってくる。

だけど―――。

「そんなことはいつものこと!!」

ミクロの酷烈(スパルタ)に数え切れないほど死にかけているセシルにとって珍しくもない。

「――――【終末の前触れよ、白き雪よ】」

玲瓏たる旋律が紡がれていく。

女体型から二〇〇(メドル)離れた位置で咲く翡翠色の魔法円(マジックサークル)が美しい華を沸騰させる。

その陣の中で二人のエルフも詠唱を歌う。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々愚かな我が声に応じ、今一度星の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ、押し寄せる略奪者の前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」

リューの手にはミクロが持つ魔杖が握られている。

前衛に出ているミクロの代わりに魔法をリューに託した。

翡翠色の魔法円(マジックサークル)内にいるエルフ達はそれぞれの魔杖を手に持ち、詠唱を歌い続ける。

更にはリヴェリア・リヨス・アールヴには妖精王印(アールヴ・レギナ)というスキルがある。

これにより魔法円(マジックサークル)に存在する同胞族(エルフ)の魔法効果を増幅させることが可能。

三人のエルフから感じる『魔力』の波動は先ほど女体型が放った広範囲殲滅魔法を上回る出力を兼ね備えていた。

驚異的な『魔力』に気付いた女体型は新種と触手を使って阻止しようとする。

「ガレスとベートは新種を、ティオナとティオネは俺と一緒に触手を破壊する」

「がははっ!人使いの荒さはフィンそっくりじゃわい!」

「言われるまでもねぇ!!」

「わかった!」

「わかったわ!」

新種を鏖殺していくガレスとベートにミクロと共に触手を破壊していくティオナとティオネ。

『――――――ッ!?』

進攻は止まらず、詠唱も止められずに女体型はただ驚愕する。

今にも狂い壊れそうな精神を保とうとする女体型にミクロ達は一切合切容赦なく突貫。

「【焼きつくせ、スルトの剣―――――我が名はアールヴ】!!」

「【―――星屑の光を宿し敵を討て】!」

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】!」

『!?』

ミクロ達に怯まされている隙に三人のエルフの詠唱は完成した。

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

「【ルミノス・ウィンド】!!」

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

大地、魔法円(マジックサークル)から射出される無数の炎柱の全方位殲滅魔法。

無数の大光玉を召喚して緑風を纏った広域攻撃魔法。

夥しい火の雨を降らせる斉射砲撃。

エルフ達が放つ魔法にセシルやミクロ達が戦っていた新種と女体型の触手は全滅。

『アアアアアアアアアアアアアアッ!!』

更には女体型の花弁の装甲(アーマー)も焼け落ちるだけでなく女体型の半身も焼く。

喉を振るわせて悲鳴を上げる女体型は地面から夥しい緑槍を打ち出す。

それが女体型を中心に半径一〇(メドル)、触手の束で築き上げられた円型の壁を作り出して己を守る防壁を築き上げた。

それに驚愕するベート達にミクロは叫んだ。

「アイズ!」

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

ミクロの号令にアイズは魔法を発動させて剣と自身に風を纏う。

「【駆け翔べ】!」

そこにミクロはもう一度詠唱を唱えて自身の魔法をアイズに付与させる。

風に風を使って魔法を強化させるミクロにアイズは目を見開きミクロを見て強く頷く。

疾走して階層の天井まで高く、高く跳躍する。

自身の魔法(エアリエル)とミクロの魔法(フルフォース)が重なり合い、相乗効果を生み出すなかでアイズは《デスぺレート》を握りしめて――――着天。

「リル――」

自身の必殺技で終わらせようと必殺技名を叫ぼうとした時、アイズは小さく笑う。

これは自分だけの力ではない。

皆が力が、ミクロの助けがあってこその力。

視界にミクロが映る。

その隻眼はアイズの勝利を確信している信頼の瞳。

どんな強敵でさえも怯むことなく進攻して絶望的状況下でも果敢にも立ち向かい、仲間に勝利を促すのが『英雄』の条件というのなら。

【覇者】ミクロ・イヤロスは誰よりも『英雄』であった。

この『一撃』は自分だけでなくミクロも含まれ。

この『技』は自分だけでなく仲間も含まれている。

アイズは、剣の切っ先を『穢れた精霊』に向けて叫ぶ。

 

「リル・フルウィンド」

 

神の閃風が放たれた。

閃風は女体型を取り囲んでいる緑槍を貫き、破壊してその勢いは緩むことなく女体型へ突き進む。

『―――――――――――――――――――――――――』

悲鳴を叫ぶ隙も無く不壊の剣は女体型の体躯を斬り分けて肉を抉り取りひた走る。

次の瞬間、巨体を完全に射抜くとともに大地に激突し――――爆砕。

胸部の『魔石』を貫かれ一瞬で灰となった女体型を轟き渡る神嵐の咆哮が吹き飛ばした。

凄まじい衝撃波となって階層全体を震わせて、大量の灰を巻き上げる爆風が荒れ狂った。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?」

冒険者達が腕で顔を覆い、風の激流を凌ぐ。

そして、ダンジョンを鳴動させる衝撃に堪える事しばらく。

身を低くしていたミクロ達が顔を上げて巨大な窪地(クレーター)の中心で地に銀の剣を突き刺していた少女がゆっくりと立ち上がる。

燐光を浴びて輝く金の長髪と、振り返る金の双眸に―――――大歓声が上がった。

「アイズゥ―――――――――!!」

走り出すティオナを始めにこの場にいる冒険者達は勝利を分かち合う。

喜ぶ者、息を吐く者、生きている事に安堵する者と反応は様々。

その中でミクロは(ホルスター)から五つの魔石に似た小さな宝玉を取り出す。

『アビリティソード』が破砕して『穢れた精霊』の魔法が直撃する瞬間、破砕された『アビリティソード』の柄から出現した五つの宝玉が女体型から吸収した魔力を使用して結界が展開された。

その結界のおかげでミクロは致命打を負うことはなく、生き延びることが出来た。

流石のミクロもあの魔法が直撃していたら危なかった。

窮地の状況から守ったのはシャルロットが作製した魔武具(マジックウェポン)

こうなることを見越してジエンに『アビリティソード』を託したのか。

それともジエンを守る為に『アビリティソード』を渡したのか。

どちらにしろミクロを守ってくれたことには変わりない。

「………ありがとう」

ミクロは感謝の言葉を述べて倒れる。

歩み寄って来たリューにミクロは懇願する。

「リュー……頼む」

「まったく、貴方という人は」

無茶をする、と言いながらもリューはミクロを背負う。

こうして59階層の戦闘は幕を閉じた。

 



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New34話

59階層での『穢れた精霊』との激戦を終えたミクロ達は撤退行動に移り、現在は18階層で休息を取らなければならない状況に陥っている。

「まさか毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大群と遭遇(エンカウント)するとは……」

18階層の南端部の森林で【ロキ・ファミリア】と共に野営地を作製して毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の猛毒を受けた者を休ませている。

帰還途中で毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大量発生という『異常事態(イレギュラー)』に襲われて【ロキ・ファミリア】は三分の一以上は行動不能になっている。

「パルフェがいて助かった」

ミクロ達【アグライア・ファミリア】も被害を受けたが幸いにもミクロが毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を中和する秘薬を団員全員分を作っていた為に今では全員無事に行動して【ロキ・ファミリア】の援護に回っている。

ミクロ本人も魔杖を持って猛毒を受けた者に全治癒魔法をかけて治しているが数が多く、消費する精神力(マインド)も多い為に休憩を挟みつつ治療を行っている。

「【卑小の我は祈る。光り輝く生命の粉塵は汝に万能の治癒を施し、あらゆる怪我と病を癒す。我は汝を想い、汝の為に我は身を呈して祈りを捧げる】」

毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の猛毒を受けた【ロキ・ファミリア】の団員にパルフェは詠唱を口にする。

「【セラピア・キュア】」

魔法の発動と同時に降りかかる光り輝く粉塵は【ロキ・ファミリア】の団員に降りかかると体の一部に変色した痣が消えて呼吸が整い始める。

魔法が終わると何事もなかったのように起き上がる。

「あ、ありがとうございます!助かりましたよ、【聖癒の小人(リトル・セェア)】!」

「いえ、では私は次へ行きますね」

礼を述べる【ロキ・ファミリア】の団員に一礼してパルフェは次の患者に向けて詠唱を口にする。

パルフェの二つ目の魔法は高位の治癒魔法。

傷だけでなく毒までも浄化させて癒しを施すその魔法がミクロがフェルズから教わって全治癒魔法と遜色ないほどの効果がある。

何故ならパルフェには【支援救済(サポートディア)】というスキルによって魔法効果が増幅している。

そのスキルによって普通なら特効薬が必要な毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)までも解毒するほどの効果がある。

一歩引いて仲間を支えたいというパルフェの優しさから発現したスキル。

パルフェの魔法はいつもミクロ達を助けてくれる。

それでも猛毒を受けた人数が多すぎる為に現在はベートが特効薬を買い占めに地上に向かっている。

「本当に君達がいてくれて助かったよ……」

ミクロの隣でフィンが苦笑を浮かべていた。

椿が作った『不壊属性(デュランダル)』の武器に『魔剣』が三十振り以上、そこに【ヘファイストス・ファミリア】にドロップアイテムを譲らなければならないなかで予想外の出費で特効薬の買い占め。

収拾した『魔石』は【アグライア・ファミリア】と山分け。

半分の『魔石』では莫大な遠征費用を全て回収できない為にフィンはミクロに遠征費用を半分持ってもらうことに頼み込んだ。

ミクロは二つの条件を出してそれを了承した。

闇派閥(イヴィルス)に関する情報の無償提供。

今後の友好の関係の維持と協力。

この二つを条件にミクロはフィンの頼みを聞き入れた。

ちなみに治療費は別途支払い。

それでも特効薬よりも格安しているのはミクロの優しさだろう。

フィンは団員達を治療してくれることも含めてミクロ達に感謝している。

「俺達のところの物資はまだ余裕があるから分けようか?」

「……本当に何から何まで助かるよ」

頭を押さえるフィンはパルフェに視線を向ける。

一人一人に治療を施していくパルフェを見てフィンは考える。

フィンには小人族(パルゥム)、同族の再興という野望がある。

落ちぶれている同族に光を女神(フィアナ)信仰に代わる、新たな一族の希望が。

その為にフィンは冒険者となって名声を手に入れる。

しかし、それだけでは駄目だった。

一瞬の栄光では一族を奮い立たせるには至らない。

希望の光は長く在り続けて小人族(パルゥム)達を照らし続けなければならない。

その為にフィンには同族の伴侶が必要だった。

自分の子供を産んでもらう為に。

「パルフェ、交代」

「うん、ちょっと休憩するね」

ミクロとパルフェは交代して今度はミクロが【ロキ・ファミリア】の団員達の治療を始める。

「パルフェ・シプトン、君にも礼を言わせて欲しい。団員達を治療してくれて心から感謝する」

「い、いえ!私にはこれぐらいしか取り柄がないですし、礼を言われるようなことは………」

感謝の言葉を述べるフィンにパルフェは恐縮する。

支援や治療が自分の取り柄だと認識しているパルフェにとってはこれぐらいでしか役に立てない。

「君のような同族に出会えて僕は嬉しく思うよ。それと休憩の途中で済まないが少し時間を頂けないかい?君に話しておきたいことがある」

「私に………?」

【ロキ・ファミリア】団長で【勇者(ブレイバー)】の二つ名を持つ同族であるフィンからの話にパルフェは断ることが出来ず一時その場から離れる。

周囲を警戒しながら歩くフィンの目はまるでどこから襲いかかってくるかもしれない野獣に警戒している目だった。

そして、周囲に誰もいないことを確認してフィンは口を開く。

「率直に言わせてもらう。僕は君に縁談を申し込みたい」

「え――」

思わぬ衝撃の言葉に大声が出そうになったがそうなる前にフィンがパルフェの口を塞いでそれを阻止した。

辺りを見渡して安堵してフィンは手を離す。

「すまない。だけど僕は本気だ」

曇りないその瞳にパルフェは思わず唾を飲み込む。

小人族(パルゥム)の英雄であるフィンからの縁談に驚くなという方が無理だ。

「……どうして私、なんですか?」

「同族の君なら僕達が今どういう存在なのかわかっているはずだ」

小人族(パルゥム)は他の種族と比べると劣っている。

落ちぶれていると言ってもいい。

「僕は一族の再興を何としてでも成し遂げたい。これから生まれてくる新しい同胞のためにも。そのために………後継者はやはり必要になる」

「だから私を……」

パルフェの言葉にフィンは頷いて肯定した。

「今回の遠征で君を見ていた。一族に必要な『勇気』を持っているか否かを」

パルフェは持っていた。

優しさという『勇気』を。

自分よりも他人を優先して治療するその優しさも『勇気』。

自分の身よりも他者を優先するパルフェの優しさがフィンの心を動かした。

「必ず不幸にはしない、それだけは約束する。君に僕の子を産んでもらいたい」

告白(プロポーズ)

同族の憧れの存在であるフィンからの告白にパルフェは嬉しかった。

パルフェは冒険者になることに憧れを抱いたのはフィンの存在を知ったからだ。

小人族(パルゥム)でも冒険者になれると思いパルフェは冒険者になった。

フィンの『勇気』という光に当てられて今のパルフェがいる。

「ごめんなさい」

だからこそ心から謝罪した。

その縁談を受けられないことに。

「理由を聞いてもいいかな?」

「私は今でも貴方のことを尊敬しています。貴方のおかげで私はこうして冒険者になることができました」

パルフェの前の派閥であった【リル・ファミリア】に所属していた頃に犯した罪はあるけどそれはもういい。

そのおかげでパルフェはミクロと出会えた。

「私はこれからも恩人であるミクロ達と一緒に冒険がしたい。私はミクロ達の為にこの身を捧げています」

パルフェはミクロの事が好きだが恩を返したいという気持ちの方が大きい。

「ミクロは私の命を助けて手を差し伸ばしてくれた」

フィンが『勇気』という光を貰い冒険者になった。

ミクロからは『未来』という光を貰ってミクロの手を掴んだ。

いい奴という理由でパルフェを【ファミリア】に誘ったミクロにパルフェは感謝しきれない程の恩がある。

「なるほど」

フィンは両目を瞑り、吐息ともに苦笑する。

脈がないことは親指、直感がそう教えていた。

また振り出しか、とぼやきながらパルフェのことを諦めた。

「わかった、この話は聞かなかったことにしておくれ。それと縁談を申し込んどいて節操がないと思うけど今度君の派閥にいる栗色の髪をしたサポーターを紹介してくれないかい?」

「それは………」

断られるのがオチだろうな、とパルフェはそう思いながら苦笑した。

「パルフェ」

「ミクロ」

持ち場から離れて二人に歩み寄ってくるミクロ。

「後はリヴェリア達がするからリヴィラの街で食料を買わせよう」

「わかった。ではこれで」

「ああ」

一礼してミクロと一緒に離れていくパルフェにフィンは息を吐いた。

「彼女たちにとってミクロ・イヤロスは大きい存在なのか」

ミクロという存在に惹かれてついて行こうとする【アグライア・ファミリア】の団員達。

やれやれと息を吐きながらフィンも自分達の天幕に戻って自身の仕事をこなす。

 

 

 

 

 

リヴィラの街で食料を買わせようとミクロはボールスに会いに来ていた。

「ボールス」

「おう、ミクロじゃねえか!?お前も金をおとしにきたのか!?」

上機嫌のボールス。

少し前に来た【ロキ・ファミリア】の足元を見て法外な値段を売りさばいたボールスはミクロ達が遠征帰りで【ロキ・ファミリア】と共に行動していることは知っている。

日頃から恨みのあるミクロにはより法外の値段で売りさばいてやろうと邪念する。

「ポーカーしよう。俺が勝ったらこの街の食糧をボールスが買って欲しい」

「ふざけんじゃねえ!誰がお前と勝負するか!?」

突然のポーカーの誘いにボールスは怒鳴りながら拒否した。

日頃の恨み、ポーカーでの敗北でミクロに借金をしているボールスはこれ以上借金を背負う気はない。

「買う気がねえなら失せろ!しっしっ」

追い返そうとするボールスにミクロは口を開く。

「ボールスが勝ったら借金を帳消し」

その言葉にボールスの耳がピクリと動く。

その反応を見てミクロは続ける。

「更にはこの街の値段の三倍で食料を買い取る」

ピクピクとボールスの耳は反応を示す。

「追加で今からゴライアスを狩ってその魔石をボールスにあげる」

「よっしゃ!受けて立つぜ!その言葉曲げんじゃねえぞ!?」

「わかった」

ミクロの誘いに乗ったボールスはその時は気付かなかった。

いくら美味い餌を用意されても食べられなかったら意味がない。

一時間後、テーブルに突っ伏して頭を抱えるようになったボールスに付き添いで来たパルフェは苦笑した。

美味い餌に近づく(ボールス)はまた借金が増えた。

ボールスの金でミクロは食料を買い込んでそれを自分達の派閥とフィン達に分け与える。

「ミクロ」

「ティヒア、リュコス」

森の中の果実を取りに行っていた二人は森から出て来てミクロと合流した。

「取りあえずはある程度は果実は取れたわ」

「ついでに襲ってきたモンスターの魔石もね」

「こっちも食料を買った」

食糧も手に入れてミクロ達は自分達の野営地に戻るとミクロは炊事担当に食事を作らせると自身は天幕に戻って(ホルスター)から五つの宝玉を手に取る。

魔道具(マジックアイテム)………」

『アビリティソード』の柄から出現した五つの宝玉はティヒアが使用している魔道具(マジックアイテム)『アヌルス』と同じ効果があると判明した。

性能は遥かにこちらのほうが優れているがこの宝玉が『アビリティソード』の要になっていたことを知ることが出来た。

母親であるシャルロットの魔武具(マジックウェポン)が破砕して幸か不幸かはわからないけどこれで自分の技術を向上させようと決める。

へレスとの戦いで自分はまだまだ弱いと知ったミクロ。

次は勝てるようにミクロはまだ上を目指さなければいけない。

宝玉を(ホルスター)にしまってミクロは天幕を仰ぐ。

「頑張ろう」

天幕を出てミクロも団員達と炊事を手伝う。

訪れる『夜』にミクロ達は【ロキ・ファミリア】と共に食事を取る。

ミクロのおかげで充実な食事を取りながら賑やかな晩餐となった。

そして、『朝』。

ミクロとリューは『朝』が訪れる前に日頃の習慣で早く眼が覚めて稽古を行っていた。

ティヒア達が見たらこういう時は休めと言ってくるだろうが習慣となっている為休むと逆に落ち着かない。

「ミクロ、リオンさん」

「アイズ」

稽古という模擬戦を行っている二人にアイズは近づく。

「私も―――」

交ざってもいい?と尋ねようとした瞬間。

『―――――――――――ォォォォォォォォ』

「!」

「ゴライアスか」

地鳴りのごとき巨人の咆哮が鳴り渡った。

次いで、どおおおんっ、という強い振動が届く。

それに察したミクロ達は洞窟前に向かって駆け出す。

「ふぁ―――――――!!死ぬかと思った!!」

「だからリリは言ったんです!!階層主は避けましょうって!!」

「まぁまぁ、全員無事だったんだから……」

「そうだぞ、リリスケ。いい経験になったはずだ」

「いや、俺達にはまだ早かったな」

ベル達【アグライア・ファミリア】の団員達と赤髪の青年が疲れ切った表情でその場で腰を下ろしていた。

ミクロはベル達も声をかけようと近づく。

「馬鹿だな、リリ。団長のしごきは階層主怖えんだぞ。今の内に恐怖に慣れておかねえと団長にしごかれる悪夢にうなされるぜ?」

リオグがふざけた口調でそう話す。

「だからと言って……あ」

「どうしたの、あ」

「ああ、どうかしたのか?」

「ああ、うん。どんまい、リオグ」

リオグの後ろにいるミクロを見て赤髪の青年、ヴェルフ以外はリオグに同情と憐憫の眼差しを向ける。

それに気づかないリオグは怪訝しながらも続けてしまった。

「何言ってんだ、スウラ?まさかもう団長の鬼畜酷烈(スパルタ)に怯えてんのか?今更怯えたって団長が手を抜くわけねえだろう?団長の訓練は階層主すら裸足で逃げ出してしまうぞきっと。団長は怖えからな」

「リ、リオグさん………」

顔を青くしながらもベルは必死にリオグを止めようとするが当の本人は後ろにいる人物に全く気付かない。

「ベルまで何もう顔を青くしてんだ。まぁ気持ちはわかるぜ、団長の酷烈(スパルタ)を受けたら青どころか顔色が白くなっちまうからな!ベルと団長の髪みたいに!!」

ベル、リリ、スウラはかたかたと体が小刻みに震え出す。

恐怖がリオグの後ろに立っている。

これからリオグに降り注がれるであろう恐怖の体現者にベル達は怯えていた。

「おいおい、お前等どうした?俺の後ろにモンスターで……も………………」

振り返るリオグはそれ以上言葉が続かなかった。

モンスターの方が遥かにマシだったと思いながらリオグは全身から汗が流れ落ちる。

「二週間ぶり」

いつもと変わらない声音で話しかけてくるミクロにリオグは全身を激しく震わせながらゆっくりと片手を上げる。

「お、お久しぶりです………団長、さま……………よいお天気で」

「18階層に天候はない」

「お、おっしゃるとおりで………」

ドクンドクンと激しく心臓の音が聞こえてくるリオグは脳をフル活動させて上手い弁明を必死に考える。

神々がリオグに与えた二つ名【情炎の自由人(プロクテリアー)】ことリオグ・リベルテは何かを悟ったように笑みを浮かべる。

「……団長、背、伸びましたね」

「二週間ではそう伸びない」

ミクロはリオグの襟首を掴んでベル達が来た道17階層に向かっていく。

「頑張れば死ぬことはない」

リオグを引きずりながらミクロはリオグと共にゴライアスを倒した。

帰って来たころにはリオグは魂が抜けた抜け殻のように大人しかった。

それを見たベル達は自分達もこうなるのではと体を震わせた。

 

 



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New35話

ベル達が18階層に訪れて現在は野営地にある天幕にいる。

ミクロはベルが【ランクアップ】したことはアグライアから聞いていた為、中層には行くのだろうと踏んでいた。

その為にリオグとスウラ、Lv.2でも上位の【ステイタス】を保持している二人にベルと共に行動するようにアグライアに進言しておいた。

天幕の中で横たわっているリオグに視線を向けてミクロは次にベル達に視線を向ける。

正座しているベル達にミクロは軽く息を吐いた。

「正座しなくていい」

その一言を告げるが一向に正座を解かない。

ベル達は他の冒険者からモンスターを押し付けられる怪物進呈(パス・パレード)にあったが、ミクロの魔道具(マジックアイテム)『レウス』のおかげで何とか危機は脱した。

予想外の事が起きてリリは地上の帰還をベル達に進めたがリオグとスウラが首を横に振った。

予想外の出来事はダンジョンでは当然であり、それに慣れて対処できるようにしなければならない。

二人は新人であるベルとリリそして【ヘファイストス・ファミリア】に所属しているヴェルフ・クロッゾを連れて18階層へ目指した。

その途中でリオグがゴライアスを見ておこうと言って全員でゴライアスがいる縦穴に落ちて何とか18階層に辿り着いた。

事情を聞いたミクロは特に言うことはない。

ベル達にダンジョンを慣れさせるために18階層に来たのは否定する気はない。

下手に安全でダンジョン探索を行えばいざという時に対処しきれなくなる。

手っ取り早く慣れさせるためならミクロも同じようなことをした。

他派閥であるヴェルフを巻き込ませたことに関しては何とも言えないがパーティとして来ている以上こちらの方針に文句を言わせるつもりはない。

問題は怪物進呈(パス・パレード)でモンスターを押し付けてきた冒険者の方だ。

極東の戦闘衣(バトル・クロス)と言えばミクロでは思い当たるのは一つだけ。

極東出身の神の眷属【タケミカヅチ・ファミリア】。

話では仲間を一人背負っていたと聞いたがミクロにはそんなことはどうでもいい。

家族(ファミリア)を危険に晒した者をミクロは許す気はない。

如何なる事情においても家族(ファミリア)に手を出す奴はミクロの敵に等しい。

地上に帰還次第、即行動しなければと考えそれを頭の片隅に置いておく。

「ベル達は地上に帰還する時は俺達と共に行動してもらう。出発は【ロキ・ファミリア】と同じ二日後だからそれまでゆっくりしていろ」

『はい!!』

異口同音に返答するベル達は立ち上がって天幕から出て行く。

「はぁ~~~~~~、あれが【覇者】か!?」

「う、うん、ボク達の団長だよ」

緊張が解けて勢いよく息を吐くヴェルフは改めてミクロのことに驚かされた。

ヴェルフもそれなりにミクロの噂を耳にしている。

実際に会って見ても自分より年下の子供としか思えない。

ただ会って見ただけならヴェルフはミクロの事をそれほど恐ろしくないと思っていただろう。噂が一人歩きしたと思っても良かった。

しかし、リオグを連れてゴライアスを平然と討伐して帰って来たミクロは無傷だった。

その姿を見てヴェルフは思った。

【覇者】にとってゴライアスは敵ではないと思わざるを得なかった。

自身の派閥である椿・コルブランドとはまた違う【ファミリア】の首領(トップ)

「凄すぎんだろう……」

ぼやくヴェルフはベル達一緒に共に行動しようと踏み出す。

「ヴェルフ・クロッゾ」

後ろから声が聞こえて振り返るとそこには先ほどまで話していたミクロがいた。

「お前と話がある。戻ってくれ」

「お、俺と……?」

予想外な指名に眼を見開くヴェルフ。

ミクロは椿と専属契約している冒険者ということは椿から聞いたことがある。

そんな奴が自分と話があるものなのかと考えるとヴェルフの表情が不意に険しくなる。

「ヴェ、ヴェルフ……?」

「ああ、悪い。先に行っていてくれ。俺はお前さんの団長と話をしてくる」

ベル達を先に行かせて一人天幕に戻るヴェルフはミクロと向かい合う。

「俺に何か用ですか?」

「敬語じゃなくていい」

一つの派閥の団長として敬語を使うヴェルフにミクロはそれを止めさせる。

「あー、じゃ俺に何か用があるのか?あんた、椿と専属契約してんだろう?」

その言葉に頷いて肯定するミクロは口を開く。

「ベル達とはパーティを組んでいるのか?」

「ああ、ベルに頼み込んで『鍛冶』のアビリティを獲得するまでって契約だ。もちろんこっちも武器や防具は無料(ただ)でする。それぐらいの筋は通す」

ヴェルフはベルと直接契約してベルの武器と防具を作ると契約した。

「なるほど、わかった」

納得するミクロを見てヴェルフは少しだけ安堵した。

団長として団員であるベルを心配してヴェルフという人物を探った。

納得したミクロを見て疑いは晴れたのだろうと思いヴェルフは外に出ようと踵を返す。

「話がそれだけなら俺は行くぞ?」

「まだある。ヴェルフ・クロッゾ、【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)をする気はないか?」

ミクロはヴェルフを勧誘するとヴェルフの足が止まる。

「ヴェルフ専用の工房と必要な道具はこちらで用意する。必要な素材も資金も出来る限り提供する」

「………本音を言ったらどうだ?」

美味い餌に惑わされるどころか怒りを少しだけ露にするヴェルフだがミクロは気にも止めずにその先の言葉を口にする。

「お前の事は椿から聞いている。『クロッゾの魔剣』を【アグライア・ファミリア】為に打って欲しい」

「俺は魔剣を打たねえ!!絶対にだ!!」

怒鳴り散らすヴェルフ。

「俺は魔剣は絶対に打たねえし、打ったとしても売らねえ!あれは人を腐らせる!!」

武器は使い手の半身、苦楽を共にする魂の片割れ。

鍛冶師の矜持と誇りにかけてそういう武器を使い手に渡さなければならない。

それを信念にヴェルフは魔剣を嫌い、魔剣を打とうとしない。

「それだけの力を何故使わない?」

「何だと!?」

「俺なら使う。仲間を家族(ファミリア)を守る為ならどんな力でも使う。お前はベル達が危機に瀕しても『クロッゾの魔剣』を使わないのか?」

「それは……!?」

言葉が詰まるヴェルフ。

今回のヴェルフ達の探索は無事に18階層まで来れることが出来た。

だけどそれが出来たのはミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)とリオグとスウラの存在が多い。

「魔剣を打てと強制はしない。必要に応じた分だけ打ってくれればいい。それ以外は普通の鍛冶師としてベルのパーティメンバーとして行動を共にしてくれればいい」

ヴェルフの横を通って天幕を出て行くミクロは最後にヴェルフに告げる。

改宗(コンバージョン)するならいつでも歓迎する。話はそれだけだ」

天幕から出て行くミクロにヴェルフは手を強く握りしめて悪態を吐く。

「くそったれ……」

悪態を吐いて乱暴に頭を掻き毟る。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

野営地を歩きながら先ほど勧誘を促したヴェルフのことについて考えていた。

ミクロはヴェルフの魔剣を打たないという考えが理解できない。

ミクロは推測でヴェルフは魔剣を強化できるスキルを保持していると考えている。

ミクロも魔道具(マジックアイテム)を強化するスキルを保持している為にそれは簡単に推測ができた。

勧誘の際に同じパーティーメンバーであるベル達を引き合いに出してみたがそれ相応の反応を示した。

少なくともヴェルフ・クロッゾ本人は仲間を大切にする人物だと判明。

一応は揺さぶりをかけてはみたが、これからもベル達とパーティメンバーとしていて貰った方が良い。

そうすれば改宗(コンバージョン)する可能性が上がって【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)してくれれば【アグライア・ファミリア】はもっと強くなれる。

ミクロにとって【ファミリア】は大切な家族。

家族を守る為ならミクロはなんだってする。

「……ミクロ」

「アイズ」

野営地を歩いているとミクロはアイズと遭遇した。

「どうした?」

「ベル達は……大丈夫?」

「問題ない」

約一名は現在天幕でうなされていることを放って無事を伝えるミクロにアイズも胸を撫でおろす。

「よかった……」

ベル達の無事に安堵するアイズはそれ以外にも聞きたいことがあった。

「ベルは……Lv.2になったの?」

「うん」

アイズの言葉を肯定する。

一ヶ月半で【ランクアップ】は自分とミクロの最短記録を大幅に塗り替える。

その力の秘密がアイズは知りたい。

しかし【ステイタス】を聞くのは禁制(タブー)だということをアイズは知っている。

知りたいでも聞いてはいけない。

葛藤するアイズにミクロは声をかける。

「模擬戦する?」

「………うん」

落ち着かせる為にアイズはミクロの案を呑んだ。

戦えば少しは落ち着くかもしれない。

そう思って野営地から少し離れて二人は得物を持ってぶつかり合う。

遠征帰りということもあり、互いに本気は出さずに普通に模擬戦を行う。

そのぶつかり合う音に連れられて団員達は集まり始めた。

「……全く、遠征帰りというものを」

模擬戦を行っている二人を見てリヴェリアは頭を押さえる。

近くにいるリュー達も呆れるように息を吐いた。

「いいなー!あたしも交ざりたい!」

模擬戦をしている二人を見てティオナが不満気味に文句を飛ばす。

「団長とアイズさん………」

ベル達も二人の模擬戦に目を奪われる。

憧憬する二人が戦っている。

次元が違う二人の動きを捉えることはできないベルだが、心なしかベルには二人が戦いながら楽しく踊っているように見えた。

「あ、ベル、リリ」

「セシル……」

「セシル様」

同じミクロの下で師事を受けている仲ということもあり、ベルとは仲が良いセシルが二人に歩み寄る。

「ベルはもう中層に来たんだ。私でも一年以上はかかったのにな……」

やや悔し気に言うセシルにベルは苦笑する。

「それにしてもお師匠様とアイズさんは仲がいいよね。今日の遠征での戦いも凄かったし」

「え……?」

「お師匠様の魔法とアイズさんの魔法って同系統でね、最後の一撃、お師匠様とアイズさんの魔法の合体技で倒したんだよ」

凄かったと感慨深く思い出すセシルにベルはそれどころではなかった。

――――――――ガンッ!と音を立て『ショック』という言葉がベルの頭上に降って直撃する。

ベルは【ランクアップ】したことによって少しは二人に追いついたと思っていた。

だけどそれ以上に二人の仲が進展したこと驚きを隠せれない。

ショックを受けて放心状態のベルに気にもせずセシルは師であるミクロの活躍を自慢げに話を続ける。

まさか――――という言葉が脳裏を過る。

今はまだ友達と思っている二人は互いの気持ちに気付き合ってその先へ―――――。

「ベル様?ベル様!どうなされました、ベル様!?」

揺するリリにベルは反応を示さない。

しばらくベルの放心状態が続いた。



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New36話

「全く、遠征帰りということを忘れていませんか?しっかりと体を休めなさい」

「……ごめん」

18階層の『夜』に天幕の中でミクロはリューに怒られていた。

遠征帰りだというのにアイズと模擬戦を行うぐらいならしっかりと体を労わるようにと怒られるミクロとは別にアイズも別の天幕でリヴェリアに怒られていた。

「貴方は本当に目が離せませんね」

呆れるように息を吐くリュー。

いつも自分の事を無視して無茶ばかりするミクロに心配するこちらの身にもなって欲しかった。

リューは膝を折ってその場に腰を下ろしてミクロの頭を自分の膝上に誘導する。

膝枕である。

「貴方がしっかり休むまでこうして見張っています。しっかり休みなさい」

「わかった」

リューに膝枕されながらミクロはすぐに寝息を立てながら眠りについた。

自分の膝上で眠っているミクロの髪を軽く触るリュー。

「入るよ……ってそいつ寝てんのかい」

「……リュコス、お静かに」

起こさないように静かにするようにリュコスに言葉を投じるリューにリュコスは頷き、リューの近くに腰を下ろす。

「あたしとティヒアは明日は下層で少し稼いでくる。少しでも強くならないとね」

経験値(エクセリア)と魔石とドロップアイテムを稼ぎに行く二人。

「こいつばっかり無茶させるわけにはいかないしね」

寝ているミクロを一瞥してぼやくリュコスの瞳は後悔が滲み出ていた。

どんな強い相手でもミクロはその後ろに守るべき対象がいるのなら例え自分の命を犠牲にしてでも守ろうとする。

ミクロはリュー達よりも頭一つ二つずば抜けている。

ミクロはその事を承知の上で自分が前へ出てリュー達を守ろうと奮闘するがリュー達がそれが嫌だった。

自分達が弱いせいでミクロを傷つけてしまうのが。

以前、自分達が人質に取られたせいでミクロは一度死んだ。

それ以来、リュー達はいつも以上に特訓を重ねているがミクロはその何倍もの速さで強くなっていく。

「こいつ自身も自分の命を軽く見ているところもあるしね」

家族(ファミリア)の為ならミクロは自分の命すら惜しくなかった。

今の家族(ファミリア)がミクロにとっての全てなのだから。

リュコスはそんなミクロに軽くデコピンをする。

しかし、デコピンしたリュコスの指が痛かった。

「リュー、あたしはさっさとあんたらがツガイになってくれた方が安心さ」

「な……何を突然……………!?」

唐突のツガイ発現にリューは耳まで真っ赤になる。

そんなリューに触れようとリュコスは手を伸ばすが弾かれる。

「ほら見な、あんたは生粋のエルフだ。それなのにこいつだけにはそこまでできるということは本当に心を開いている証拠さ。こいつだってガキの一人でもできたら少しでも生きようと考えるだろうしね」

リューは大分緩和してきてはいるが生粋のエルフ。

認めた者にしか接触は許さず、強い誇りと概念を持つ。

そのリューがミクロに関しては膝枕してもそれを振るい落とすような素振りすら見せない。

「あたしはこれでもあんたらには感謝してる。特に問題児だったあたしを受け入れてくれたこいつにはね」

都市外から来たリュコスは問題児として【ファミリア】を追い出されてミクロが【ファミリア】に勧誘というか強引に入れられた。

しかし、それでもそれが嬉しかった。

当たり前のように仲間と扱ってくれるミクロ達にリュコスは感謝している。

「まぁ、そういうことも考えてみな」

立ち上がって自身の天幕に戻るリュコスにリューは視線を下ろしてミクロを見る。

「子供…………」

自分はエルフでミクロは人間(ヒューマン)

二人の間で産まれてくる子供はハーフエルフということになる。

「……私は何を!?それはまだ早い………っ!」

まずは告白からだ。

誰もいない夜の森で、二人の永遠の愛を月に誓う。

「違う!?私は何を考えている………!?」

頭を抱えて悶々とするリューの膝上でミクロは眠りについたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~」

野営地から少し離れた場所でベルは黄昏ていた。

原因はミクロとアイズの二人の模擬戦を見てしまったからだ。

息が合う二人の模擬戦は楽しそうに踊っているようにも見えたベルはこれ以上ないほど二人はお似合いだった。

強さもLv.も一緒。

基本的無表情だというところも一緒で魔法も同系統。

共通点が多い二人に入り込める隙が自分にはあるのだろうかと悩み苦しむベルの口からまた溜息が出た。

「「はぁ~、ん?」」

自分ではない違う人の溜息に気付き顔を上げるとベルの近くでエルフの少女、レフィーヤもベル同様に溜息を吐いていた。

レフィーヤはベルを睨むがそれよりも落胆の方が強くまた溜息が出た。

レフィーヤもまたベルと同様に悩み苦しんでいる。

憧憬する人と師事を受けた人がこれ以上にないぐらいお似合いだった。

59階層との決着もミクロが自身の魔法をアイズに付与させることで魔法を強化させるという発想で勝利を掴んだ。

何もかも完璧な二人にどうすればいいのかレフィーヤにはわからなかった。

「どうしたの二人して?」

「……セシル」

「……セシルさん」

二人の様子を見てセシルが二人に歩み寄って来た。

二人は互いにアイズとミクロがお似合いで恋人同士になるのではないかという不安をセシルに相談するとセシルは首を横に振る。

「ないない。それはないって」

「ど、どうしてそう言い切れるのですか?」

「そ、そうだよ。もしかしたら………!?」

それはないと言い切ったセシルに問い詰める二人。

「アイズさんはわからないけどお師匠様的には友達と遊んだ感じだよ。そもそもお師匠様に恋愛感情があるかどうかも疑問だしね」

もしミクロに恋愛感情があればリュー達はもう少し苦労しないだろうと察している。

「それに他派閥だと付き合うこともできないでしょ?お師匠様は【ファミリア】の団長でアイズさんは幹部。その時点で付き合うのは無理だって」

「そ、それはそうですが………」

正論を言うセシルに言葉を濁らせる二人。

「わかったらそろそろ戻ろう?明日だってするこはあるんだから」

野営地に戻るように進言するセシル。

まだ毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)で苦しんでいる【ロキ・ファミリア】の看護や食料の調達などすることは多い。

「―――――――ッ!?」

野営地に戻ろうと踵を返そうとした瞬間、突然セシルの動きが止まった。

「セシル………?」

「静かに」

表情が険しくなるセシルに二人は戸惑う。

場数を踏んでいるレフィーヤはその表情に察してすぐに杖を手に持ち、ベルも慌てながらも両刃短剣(バセラード)と短剣を持つ。

「ど、どうしたんですか?」

「……何か来るよ」

大鎌を持つセシルは二人に警告すると二人は唾を飲み込んでセシルが注視している方向を見る。

セシルは臆病だ。

だからこそ警戒心が強く、危険なことにいち早く察知することが出来る。

ミクロの酷烈(スパルタ)にその臆病さは強く鋭くなり、危険なことにより機敏に察知できるようになった。

「…………」

セシルは全身から冷や汗が流れ落ちる。

明らかに自分達よりも遥か上をいく途轍もない何かが近づいてきている。

「へぇ~随分と警戒心が強いんだね」

感心の声と共に影から姿を現したのは犬人(シアンスロープ)の女性だった。

モンスターではなく同職の冒険者だと安堵したいがセシルはむしろ警戒心を強めた。

犬人(シアンスロープ)の瞳は以前にセシルが見たハーフエルフと同じ狂喜に満ちていた。

「【シヴァ・ファミリア】………」

師であるミクロを狙う最悪の【ファミリア】の一団。

「だ、誰ですか………?」

「お師匠様を狙う最悪の【ファミリア】だよ……」

簡潔にベルの問いに答えるセシルだが、状況が最悪だった。

相手は自分達よりも遥かに格上。

第一級冒険者がいないこの場でどう立ち向かえばいいのかわからない。

この中で足が速いベルに救援を呼ぶように頼んだとしても目の前にいる犬人(シアンスロープ)にとってはLv.2の脚力だなんてたかが知れている。

「最悪に関しては否定はしないけど……ふ~ん、ミクロの【ファミリア】の子が二人と【ロキ・ファミリア】の魔導士が一人か………」

観察するかのように見回す犬人(シアンスロープ)にベルは震える。

それも無理はない。

レフィーヤはそれなりの場数を踏んで人の悪意などに経験し、セシルも一度は経験はしたことがある。

モンスターの殺気とは違う人の悪意を受けるのはベルはこれが初めてだった。

「……この近くには私達、二つの上位派閥がいます」

「知ってるよ。ちょっと興味が湧いて見に来たら君達を見つけただけだからね」

脅しをかけるが全く応えない。

セシル達ぐらいどうとでもなると言外に告げられる。

逃げようとしても、助けを呼ぼうとしてもそうなる前に殺す事が犬人(シアンスロープ)は容易なこと。

「ちょうどいいや。ミクロに変わって君達がゲームに参加してよ」

「ゲーム……?」

「そう、命を懸けた軽いゲームだよ」

平然と告げる犬人(シアンスロープ)にベル達は恐怖で体が震える。

察したからだ。

断ればここで殺すという言葉の意味が。

「さぁ、こっちだよ」

踵を返して森の奥へ歩いて行く犬人(シアンスロープ)に拒否権がないセシル達はその後ろをついて行くしかない。

時間を稼げばミクロ達が気付いて探してくるかもしれない。

セシルは夜食ように取っておいた水晶飴(クリスタル・ドロップ)を手の中で砕いて気付かれないように地面にばらしていく。

即席の道標(アリアドネ)を記すセシル。

ベル達もセシルに続いて犬人(シアンスロープ)について行く。

森の奥へ進むと一つの集団と出くわした。

全身を覆い隠す様な大型のローブ、口元まで覆う頭巾と額当てにレフィーヤ見覚えがあった。

闇派閥(イヴィルス)……」

24階層食糧庫(パントリー)で交戦した一団である闇派閥(イヴィルス)の残党。

闇派閥(イヴィルス)の付近には食人花(ヴィオラス)までも。

ぎょっと目を見開くベル達。

「おい!」

目を見開くベル達の中で闇派閥(イヴィルス)の男性が犬人(シアンスロープ)に苛立ちの声を飛ばす。

「そいつらはなんだ!?どうしてここに連れて来た!?」

「ん~?暇だったからゲームを誘っただけだけど?」

その言葉に男性は憤慨する。

「ふざけるな!部外者の分際で我々の計画の邪魔――」

「うるさい」

言葉の途中で男の首は宙を舞った。

「こっちが協力してあげてるんだから文句ある奴は殺すよ?」

血飛沫が降り注ぐ中で犬人(シアンスロープ)は短剣についた血を舐める。

狂気に満ちた犬人(シアンスロープ)闇派閥(イヴィルス)は数歩後退して黙り込み、ベル達は今も今の光景に目が離せなかった。

人が人を殺すところを目撃してしまったベル達は嘔吐感を堪えるので必死だった。

「さぁ、ゲームの説明をしようか」

まるで何事もなかったかのように平然と進める犬人(シアンスロープ)

「ゲームは簡単。十分間で君達が私に一撃でも攻撃を当てることが出来たら君達の勝ち。負けたら殺すって簡単なゲーム。ああ、安心していいよ。私は攻撃しないし、回避も防御もしない」

私の代わりにと犬人(シアンスロープ)は指を鳴らすと食人花(ヴィオラス)はベル達の周囲を囲む。

「さぁ、武器を構えて命懸けて私を楽しませて。ゲームスタート」

パンと手を鳴らすと食人花(ヴィオラス)は一斉に襲いかかって来た。

「【ライトニングボルト】!!」

いち早く動いたのはベルだ。

得意の速攻魔法で食人花(ヴィオラス)を攻撃するが損傷(ダメージ)は与えたもののまだ動きは止まらない。

「ベル!こいつらの魔石は口の中顎奥!レフィーヤは詠唱を唱えて!」

「わかった!」

「はい!」

「私は本体を、ベルは触手をお願い。レフィーヤを守るよ!ベル!」

「うん!」

ミクロには及ばすとも自分なりに頭を働かせて二人に指示を飛ばすセシルは食人花(ヴィオラス)を大鎌で切り裂きながらレフィーヤ達を守る。

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者の前に弓を取れ。同胞の声に応じ、矢を番えよ】」

足元に展開される魔法円(マジックサークル)

『魔力』に反応する食人花(ヴィオラス)は一斉にレフィーヤに狙いを定める。

「【ライトニングボルト】!!」

「【天地廻天(ヴァリティタ)】!!」

雷の魔法の連射その数は十。

ベルの魔法は食人花(ヴィオラス)の触手を破壊してセシルの重力魔法で食人花(ヴィオラス)を重力の檻に閉じ込める。

だけど足りない。

それだけでは食人花(ヴィオラス)全ての動きを封じることは出来ず何体かはレフィーヤに向かっていく。

「レフィーヤ!?」

叫ぶセシル。

だが。

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

レフィーヤは食人花(ヴィオラス)の攻撃を回避しながら詠唱を歌っていた。

ミクロの酷烈(スパルタ)の下で回避をしながら同時に詠唱を歌えるほど『並行詠唱』の技術を上げていた。

それを見た犬人(シアンスロープ)は感嘆の声が出た。

短文詠唱ではなく長文詠唱を歌いながら『魔力』という手綱を離さずに回避行動を取っているレフィーヤを見て相当仕込まれている事に気付く。

しかし、驚いているのはレフィーヤだけではない。

ベルの詠唱入らずの魔法の連射、脚力も目を見張るものがある。

セシルも大鎌の一撃は的確尚且つ激しい。食人花(ヴィオラス)を一撃で切り裂いているのを見て相当鍛えられていることがわかる。

正直、三分でも凌げたらいい方だと思っていたが予想以上の動きをするベル達に犬人(シアンスロープ)は感心した。

連携はまだ荒いところがあるがそれでもしっかりと全体を見据えて動き互いを助け合っている。

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

最後の詠唱文を唱え、魔力が爆発的に強まった。

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

夥しい火の雨が連発される。

火の雨は食人花(ヴィオラス)を焼き払い闇派閥(イヴィルス)までも被害を出す。

焼き払われる大地に土煙が舞うなかでベルは動いた。

犬人(シアンスロープ)に突貫するベルはミクロから譲り受けた呪武具(カースウェポン)『カタラ』を持って接近する。

かすり傷を受けただけでもそこから精神汚染は進むこの武器なら逃げる可能性が大きく上がる。

その可能性に賭けるベルは犬人(シアンスロープ)に斬りかかる。

食人花(ヴィオラス)

「ガッ……!?」

だが、横から姿を現した食人花(ヴィオラス)の触手を受けてしまったベルは何度も地面を跳ねる。

「ベル!?」

駆け寄って抱き上げるセシルは急いでベルの傷口に高等回復薬(ハイ・ポーション)をかける。

「思っていたより楽しめたよ。でも、一手足りなかったね。相手の次の手も考えなければダンジョンでは命とりだよ」

茂みから姿を現す食人花(ヴィオラス)の数は七。

制限時間は半分を切っているなかでレフィーヤは精神力(マインド)を使い果たして動くので精一杯。

セシルはまだ余裕はあるものの二人を守れるだけの力がない。

絶体絶命の状況のなかでリン、リンと(チャイム)の音が届いてくる。

ベルは立ち上がり、その右手には純白光の粒子を収束させていた。

「魔法……?いや、魔力は感じられないからスキル……?」

始めて見るその現象に犬人(シアンスロープ)は困惑と同時に危機感を感じて食人花(ヴィオラス)を自身の前に集めて盾代わりにする。

「僕は……男として二人を守る………ッ!」

男の意地にかけて守られるだけは嫌だったベルは【ランクアップ】と同時に発現したスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】を使って蓄積(チャージ)を行う。

「ベル………」

立ち上がるベルの横顔はいつもの優しい男の子の顔ではなく覚悟を決めた男の顔だった。

二週間前のミノタウロスとの決闘を思い出させるその顔にセシルは茫然とベルに視線を向けていた。

歯を食い縛り、右手首を左手で掴む。

砲身を固定するベルは狙いを犬人(シアンスロープ)に定める。

一分間分の鐘音(サウンドベル)

そして、収束するベルの白光。

「【ライトニングボルト】!!」

「ッ!?」

先ほどまでの魔法とは桁外れの威力を示す純白の咆哮。

危機感を察知した犬人(シアンスロープ)は咄嗟に懐から水晶を取り出して地面に叩きつける。

消滅する食人花(ヴィオラス)に驚愕するセシル達。

勝ったと思ったのも束の間。

肝心の犬人(シアンスロープ)は結界に守られて無傷だった。

「『クリスターロ』……ッ!」

ミクロが作製している防御結界を展開する魔道具(マジックアイテム)

どうしてそれを敵が持っているのかわからないセシル。

「危ない危ない。シャルロットの水晶がなかったら流石に損傷(ダメージ)は免れなかったよ」

安堵する犬人(シアンスロープ)だが、ゲームはベル達の勝ち。

自分は防御しないという規則(ルール)を破ってしまったのだから本来ならここでベル達を逃がすつもりではあった。

「だけど、ちょっと危険だね」

先程の魔法、いや、スキルを見て犬人(シアンスロープ)はベルを危険因子と認めた。

いや、ベルだけではなくセシルもレフィーヤも含めて犬人(シアンスロープ)はここでベル達を排除することにした。

この三人は磨けば光り原石。

今はまだ脅威でなくても近い内に自分達の邪魔な存在になる可能性が浮上した。

ナイフを抜き放つ犬人(シアンスロープ)にセシル達は身体に鞭を打って立ち上がる。

例え勝てなくても一人でも多く助かるには戦うしかないと本能がそう訴えた。

「殺す前に名乗っておくね。私は【シヴァ・ファミリア】破壊の使者(ブレイクカード)の一人、【凶游犬(スマシェスト)】、キュオ・カーネ」

消えるキュオはベル達が反応できない速さでベルの背後に回る。

「ベル!?」

いち早く気づいたセシルは叫びベルは後ろから振り下ろされる凶器が視界に映る。

死ぬ――――。

ベルはそう悟った瞬間。

ギィィぃぃぃンと金属音が響き渡る。

「どういうつもり………?」

怪訝する表情で自身の攻撃を防いだ人物に問いかける。

「貴方は………!?」

驚愕の声を上げるレフィーヤ。

「何、ミクロに助けられた借りを返しに来ただけさ」

剣をその手に持つエルフはかつては破壊の快楽の呑まれ、【同胞殺し(エルフキラー)】とまで呼ばれた男性。

リューとの死闘から24階層で姿をくらましたエルフの名はジエン。

【シヴァ・ファミリア】所属の破壊の使者(ブレイクカード)の一人がベル達を助けにここに参上した。

「貴様の相手は私だ!」

破壊の悦びが消えた澄んだ瞳は真っ直ぐキュオに向けられる。

 



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New37話

突如現れたジエンの登場に驚きを隠せれないベル達。

キュオはジエンから距離を取って口を開く。

「まさか、魔法が使えないエルフがまだ生きていたとは思わなかったよ」

嘲笑を浮かべながら挑発めいた言葉を述べるキュオ。

「おかげで私は闇派閥(イヴィルス)と行動しないと行けなくなったんだから」

元々はジエンが闇派閥(イヴィルス)の協力者として行動していたが連絡が絶たれ死んだと思われたジエンの代わりにキュオが闇派閥(イヴィルス)と協力している。

「というかシヴァ様に忠誠を誓ったあんたがどういうつもり?」

「……確かに私はシヴァ様に助けられ忠誠を誓った身だ。これはシヴァ様の反逆行為だということは重々承知している。しかし、私はミクロと同胞に気付かされた。恩を仇で返してきたシャルロット副団長の為に私は貴様達と敵対する道を選ぶ。そして、最後は自害するさ」

自身の為に『アビリティソード』を託してくれたシャルロットの恩を仇で返してきたジエンはミクロ達との出会いでそれに気づかされた。

だからジエンは一人のエルフとしてキュオ達と敵対する道を選び、最後は償いとして自ら命を絶つ覚悟でこの場にいる。

「『アビリティソード』を持たないあんたが私に勝てると思っているの?」

「勝ち負けは私にはない。私はただ恩を報いる。それだけさ」

「ふ~ん、まぁ、いいけどね!」

ナイフと短剣を持って仕掛けるキュオにジエンは剣でキュオの攻撃を防ぐ。

攻めるキュオに受けるジエンの攻防にベル達は茫然と見つめていた。

「ベル、大丈夫……?」

「う、うん。僕は大丈夫……だけどあの人は……」

助けてくれたジエンに視線を向けるベルは目に見えない攻防が繰り広げられている。

「ジエン……同胞を葬ってきたエルフの仇敵……」

ぽつりとレフィーヤは呟く。

レフィーヤはジエンの事を話しだけなら聞いたことがあった。

多くの同胞を葬って来たエルフの仇敵。

その仇敵がどうして自分達を守る為に戦っているのかがレフィーヤは理解出来なかった。

二人の話の中でミクロが出てきた。

なら今戦っているエルフはミクロによって変えられたのかという疑問が脳裏を過ぎる。

「レフィーヤ!危ない!」

「きゃ!」

無理矢理頭を沈められるレフィーヤは咄嗟に顔を上げると剣を持つ闇派閥(イヴィルス)の残党とセシルの大鎌がぶつかり合っていた。

「ここで始末しろ!!」

レフィーヤの魔法から生き残った闇派閥(イヴィルス)の残党は武器を持ってレフィーヤ達に襲いかかってくる。

心身既にボロボロのセシル達は闇派閥(イヴィルス)の残党にとって格好の的。

すぐに始末できると息巻いていると。

「ハァアアアアアアアアアアッッ!!」

怒声と共に残党を吹き飛ばすセシル。

「生憎とこういう状況はお師匠様のおかげで慣れてるよ!!」

大鎌で吹き飛ばしていくセシルの闇派閥(イヴィルス)の残党は驚愕に包まれる。

日頃から心身共にボロボロになるまでの酷烈(スパルタ)を受けているセシルにとって特に問題はなかった。

そして、その酷烈(スパルタ)を受けてきたベルとレフィーヤも立ち上がる。

立ち上がる二人は互いを守るように背を預け合う。

互いを守るように陣を作る三人を放ってキュオとジエンの攻防は一層激しさが増す。

「【解き放て】」

超短文詠唱を唱えてナイフと短剣に怪しい光が纏う。

「【クロニティ】」

二振りの得物から放たれる斬撃にジエンは辛うじて回避する。

キュオの放出魔法は精神力(マインド)を消費する分だけ高威力の魔力を放出する。

キュオは魔力を得物に纏わせて飛ぶ斬撃を放つ。

「ハァ!」

だが、ジエンはその斬撃を回避しつつも再び接近して得物を交える。

「相変わらず剣術だけは一流ね」

「褒め言葉として受け取っておこう」

「だけどこういうのはどうかな?」

(ホルスター)から小瓶を取り出してそれをジエンにかけようとするが危険を察知したジエンは後退する。

「【解き放て】」

そこに再び斬撃は飛んでくると今度は回避しきれず多少なりの傷を負ってしまう。

「毒か………」

「そう、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒よ」

上級冒険者の『耐異常』をも貫く劇毒を持つ毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)

その毒を武器として扱うキュオの口は三日月のように歪み笑う。

「完全には避けられなかったね」

ジエンの左手が僅かに変色している。

先程放たれた劇毒を完全に回避することが出来なかった。

「相変わらず読めない戦い方をする」

「褒め言葉として受け取っておくね」

先程の意趣返しと言わんばかりに述べるキュオにジエンは劇毒に僅かばかり苦しむ。

キュオは冒険者というよりも暗殺者に近い戦い方をする。

次にどの手を使ってくるか中々読めない。

「一つ聞くけど、ジエンはこっちに戻る気はないの?」

「どういう意味だ?」

「言葉通りよ。皆はあんたのことは死んだと思ってる。知っているのは私だけだからもし戻ってくるなら今回のことは目を瞑る」

「………」

戻ってこいと催促するキュオにジエンは無言だった。

「私は別にシヴァ様の目的とかどうでもいいしね。それに私とあんたは似た境遇のなかだからどうしても殺すのは興が削がれるの。だから戻ってこない?」

「断る」

ジエンは即断した。

「例えその言葉が本意だとしても私は今更そちらに戻るつもりはない」

シャルロットの恩を仇で返して破壊の悦びに呑まれていたジエン。

そんなジエンをミクロと同胞であるリューが救ってくれた。

ジエンは自分の命だけでは秤にかけられない程の恩がある。

そして、その恩を仇で返す愚かな行いをしないと心に深く刻み込んでいる。

返答を聞いたキュオは落胆交じりで息を吐いた。

「そう、残念」

パチンと指を鳴らすと茂みから再び食人花(ヴィオラス)が姿を現す。

そしてその全ての食人花(ヴィオラス)をジエンではなく疲労困憊のベル達に向かわせる。

「クッ!」

先程の戦いで辛うじて戦えているベル達だが、また食人花(ヴィオラス)と戦えるだけの体力は残されていない。

ジエンは三人を守るべく行動する。

「下がれ!」

言葉を投じて食人花(ヴィオラス)から三人を守るジエン。

「【解き放て】」

「ぐっ!?」

その隙をキュオは見逃すわけがなかった。

食人花(ヴィオラス)を使ってベル達を襲わせて守りに入るジエンの隙を狙って斬撃を飛ばすキュオにジエンは苦しまれる。

「エルフさん!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

傷を負ってまでベル達を守ろうとするジエンは咆哮を上げて食人花(ヴィオラス)の首を斬り落としていく。

どうすることもできないベル達はどうにかしようと思考を働かせるがこの状況を打破できる方法が思い浮かばない。

ベルもセシルもレフィーヤも心身共に限界。

動けていられるのはミクロの酷烈(スパルタ)があったからこそだ。

既に気力だけでどうにかできるほど今の状況は優しくない。

Lv.6のキュオ。

襲いかかる食人花(ヴィオラス)

闇派閥(イヴィルス)の残党。

この状況を打破するにはベル達では力不足。

「…………ッ」

その時、レフィーヤは残った僅かな精神力(マインド)を使ってでもせめて二人だけでも逃げる隙を与えようと詠唱を口にしようとした時。

その背後でキュオがナイフを振り上げている事に気付かなかった。

「危ない!」

「キャッ!?」

ジエンはレフィーヤを庇ってそのナイフを一身に受けた。

「無事……か………同胞の少女よ………」

「どうして………」

どうして同胞である自分を助けてくれたのかわからないレフィーヤの問いにジエンは力なく笑った。

「これで………少しでも償いになれるのなら………安いものだ」

多くの同胞を葬ってきたジエンのその手は落とすことが叶わない程汚れている。

だけど、それでも助けることで救いを求めることが許されるのならジエンは喜んで己の身を守る盾となる。

ずるりとジエンの身からナイフが抜かれるとジエンはその場でうつ伏せに倒れる。

「【同胞殺し(エルフキラー)】の最後が同胞を庇って命をおとす……か。本当に変わったね、ジエン」

淡々の述べるその言葉には何の感情も込められていない。

本当に変わったんだなという変化の観察だった。

セシルは急いで回復薬(ポーション)でジエンの傷を治そうとするがもう回復薬(ポーション)は手持ちになかった。

元々は予備として数本持っていた回復薬(ポーション)は自分を含めてベル達にも使った為にもう手元に回復薬(ポーション)はなくなった。

ベルとレフィーヤに視線を向けるが二人は首を横に振った。

「どうして…………何ですか?」

ベルは怯えながらもキュオに言葉を投じる。

「同じ【ファミリア】の仲間じゃないんですか……?それなのにどうして……」

ベルはわからなかった。

同じ【ファミリア】の者がどうして殺す事に躊躇いなく殺させるのか。

どうして殺さなければならないのか。

今まで経験したことのないベルにとって無縁だったものをベルは体験している。

「殺すのに理由なんている?」

「ッ!?」

首を傾げて逆に問われたベルは目を見開く。

「ああ、そっか。君達はまだ人を殺したことのないのか。なら、知っておいた方が良いよ、『暗黒期』では人殺しなんて当然のように行われていたんだから。私達のような『暗黒期』の生き残りが君達を殺しにくる可能性だってあるよ。特にミクロの元にいる君達二人はね」

「団長が……」

どうしてそこにミクロの名前が出てきたのかわからない。

セシルもどういう意味なのかわからず怪訝するとキュオが答えた。

「ミクロは私達【シヴァ・ファミリア】の団長、副団長の間で産まれた子供。そしてミクロ自身その手で多くの人を殺している」

「「「っ!?」」」

その言葉に三人は驚愕した。

「う、嘘!お師匠様がそんなことをするわけがない!!」

弟子であるセシルはすぐにその言葉を否定した。

ミクロが人を殺したなんて現実を受け入れたくなかった。

「私は【ファミリア】諜報担当だから情報に嘘は言わないよ。闇派閥(イヴィルス)に加担した【ファミリア】を含めて十人以上は殺したと確かな情報を獲得しているから間違いはないよ」

告げられた現実にベル達は受け入れがたい。

『俺のようになったらいけない』

ベルは不意にミクロが言っていたその言葉が脳裏を過ぎる。

「五年以上前だとミクロはまだLv.1でその時から暗殺できるのはやっぱり才能だね。団長もそうだったし、血に勝る才能無しってね」

「嘘だ……そんな出鱈目私は信じない!!」

吠えるセシルに飄々と聞き流すキュオ。

「まぁ、信じる信じないはご自由に。どうせ、ここで君達は死ぬんだから」

近づくキュオにベルは二人の前に立って武器を持つ。

「君から死ぬ?」

カタカタと体が震えるベルはそれでも真っ直ぐとキュオと向かい合う。

男の自分がここで女の子を守れないなんてかっこ悪い真似は出来ない。

例え敵わなくても二人だけは逃がす。

その決意を胸にベルは恐怖に打ち勝ち、前進する。

「よく耐えた」

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

ベルの前に颯爽と姿を現したミクロはキュオに攻撃して強制的に後退させる。

「団長……」

ミクロの姿を見て安堵したベルはその場で座り込む。

恐怖と緊張が解けて安堵するベル達。

その近くに倒れているジエンを見てミクロは察した。

「ありがとう」

亡きジエンに感謝の言葉を述べてキュオと向かい合うミクロ。

更には。

「クラネルさん、セシル。それに【千の妖精(サウザンド・エルフ)】無事で何よりです」

「もう大丈夫……」

「リューさん!」

「アイズさん!」

空から地上から助けに来てくれたリューとアイズもベル達を助けに来た。

助っ人に来た三人の第一級冒険者。

「リューとアイズは三人を頼む」

ミクロの言葉に頷いて応じる二人にミクロはキュオと向かい合う。

「やっぱり生きていたんだね、ミクロ。どうしてここが………って訊くのは無粋かな?」

レフィーヤやベルの魔法であればけ騒ぎを起こせば誰だって気付く。

「ジエンを殺したのはお前だな」

「そうだよ。一応聞くけど見逃す気はある?」

「ない。お前はここで倒す」

逃がすつもりはないミクロは武器を手に持ち構えるとキュオも武器を手に持つ。

「仕方ない……(ころ)し合うか。どちらが先に壊れるまで楽しもう」

狂喜に満ちた瞳でミクロを見据えて二人はぶつかり合った。



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New38話

ぶつかり合うミクロとキュオの戦闘をベル達はリューとアイズに守られながら見ていた。

互いの得物が交差し合う二人にキュオは毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の劇毒をミクロに向かって撒き散らす。

僅かにでも喰らえばそれだけで致命傷に繋がる劇毒をミクロは平然と浴びた。

「なっ!?」

驚くキュオ。

後退か回避行動を取ると踏んでいたキュオにとって予想外の出来事に驚愕するがミクロはその隙を見逃すつもりはない。

ナイフで斬りかかるがキュオは後退してミクロと距離を取った。

「普通避けない?それ、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の劇毒よ」

「俺に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒は効かない」

ミクロは『適応』のアビリティによって一度受けたものはものに適応して無効化することが出来る。

ミクロは既にエスレアとの修行の際に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を受けて以来効かなくなった。

それを聞いたキュオは呆れる。

「……本当に団長と同じ規格外ね」

へレスの息子だけはあると内心呆れつつどうするかと状況を分析する。

闇派閥(イヴィルス)の残党は使い者にならない。

食人花(ヴィオラス)は使い果たした。

この場にはミクロ以外にも【剣姫】、【疾風】と言った名をはせた第一級冒険者がいる。

ベル達を人質に取ろうにもそれを警戒してアイズ達はベル達の傍から離れようともしない。

逃げようと思えば逃げられるかもしれないが、ミクロが容易く逃がすとも思えない。

なら、と。

キュオは武器を収めた。

「ミクロ。私と一緒に団長の元に行きましょう」

「断る」

誘いをかけるも即断されるがキュオはそれを承知の上で話を続ける。

「まぁ、私の姿を見てからでも遅くはないでしょう?」

ビリとキュオは自身の顔の皮を剥がした。

いや、違う。

顔を隠すために覆っていた皮膚を引き剥がした。

「どう?私の顔は?普段は魔道具(マジックアイテム)で隠しているんだけどね」

素顔を露にするキュオの顔を見てミクロ以外全員は目を見開いた。

耳は片方無く、頬は削り取られた跡があり、顔中は切り傷だらけ。

「酷い………」

口を押えながらレフィーヤはそう呟いた。

まるで拷問でも受けたかのような怪我に驚きを隠せれない。

「ミクロ。私は貴方と同じこのオラリオの路地裏で住んでいたの。そして、冒険者に捕まってストレス発散の道具として毎日痛めつけられてきた。手足を鎖で縛られ、裸にひん剝かれて、私が痛がり、叫ぶ姿を見て笑っていたわ」

当時のことを語るキュオに誰もが息を潜めてその話に耳を傾けた。

オラリオの『暗黒期』ではそのようなことは決して珍しくはなかった。

それだけの悪が萬栄していたからだ。

「どれだけの年月が経ったかわからなくなったある日に私は救われた。シヴァ様と貴方の両親に。シャルロット副団長は醜い私の顔を治してくれようとした。けど、私はそれを拒んだ。何故だかわかる?」

「……憎しみを忘れないためか」

「そう!私は私を痛めつけて楽しんだ冒険者に復讐をする為にこの醜い顔を消さない!切り刻んでやる!痛めつけてやる!壊しつくしてやる!その権利が私にはある!!」

憎悪を撒き散らすキュオ。

「………」

人の悪意、害悪、敵意、憎悪。

今までに無縁だった悪の激情の渦にベルは視界がかすむ。

「ミクロ、貴方もそうだったはずよ。冒険者に痛めつけられてきた貴方なら私の気持ちが理解できるはずよ!私と一緒にオラリオを破壊へ導きましょう」

同じ過去を持つ者同士分かり合えることがある。

「この世界に救いはない、もう壊すしか方法はない。この世界を破壊してシヴァ様を地上の神として君臨し、貴方は世界の王にする。その為の力と素質は貴方にはある」

キュオは『暗黒期』の被害者。

「神の血は不老を与え長寿を与える。今のミクロなら長寿種族(エルフ)と同じぐらいは生きていられる」

ミクロと同じ冒険者に痛めつけられて壊された者。

「さぁ、共に世界を破壊しましょう」

「断る」

それでもミクロの答えは変わらない。

「確かにお前と俺の過去は似ている。俺を拾ってくれた神がアグライアではなくシヴァなら同じ道を歩いていたと思う」

だけど、ミクロはアグライアによって救われた。

そして、出会えた。掛け替えのない仲間に。

「俺は家族(ファミリア)と共に未来を歩む。家族(ファミリア)を守る為なら俺はこの手がいくら汚れても構わない。お前達の全てを受け入れて終わらせる。俺の手で」

「団長……」

「お師匠様……」

「ミクロさん……」

ミクロの決意と覚悟に言葉を失うベル達は気付いた。

ミクロは決して自分の為にその手を汚しているのではない。

友達の為に、仲間の為に、家族の為に。

守るべきものの為にミクロは戦っている。

自分の手だけを汚して全てを終わらせようとしているミクロ。

その後姿は果てしなく遠く、広く感じた。

その覚悟を聞いたキュオはため息が出た。

「無理……か。ここで応じてくれるとは思わなかったけど仕方ないか」

キュオは再び武器を構えてミクロを見据える。

(ころ)して逃げさせてもらうから!!」

衝突し合うミクロとキュオ。

「【解き放て】」

超短文詠唱から放たれる放出魔法は斬撃を生み出すが、それは武器からだけではない。

獣人であるキュオは尻尾からでも斬撃を飛ばせる。

三方向からくる斬撃をミクロは不壊属性(デュランダル)で防ぎ、回避しつつ投げナイフを投擲する。

「こんなもの!」

弾き落とすキュオだが、ミクロは姿を消した。

「後ろ!」

59階層でへレスとの戦いで見た魔道具(マジックアイテム)による背後からの奇襲と思い、キュオは自身の背後にナイフを振るうが空振りに終わる。

「上」

「っ!?」

自身の上空から聞こえた声に顔を振り上げるとミクロが『ヴェロス』を展開して『砲弾』を放った。

「チッ!」

舌打ちしつつ回避行動を取るキュオは尽かさず上空にいるミクロに魔法を発動する。

「【解き放て】!」

斬撃を飛ばすキュオにまだ上空にいるミクロでは回避不可能。

だが、ミクロは腕に隠している鎖分銅を木に巻き付けてそれを回避する。

更には木の柔軟性を利用して加速するミクロはそのままキュオに突貫する。

「いい的だよ!」

真っ直ぐ向かってくるほど狙いやすいものはない。

再び魔法を発動させようとした瞬間、ミクロは強臭袋(モルブル)を投げた。

「ッ!?なに……コレ……」

咄嗟に鼻を塞ぐキュオ。

二次被害でベル達にも被害が及ぶがベル達とは少し離れている為に害はそこまでない。

獣人の嗅覚を封じたミクロは続けて煙玉を投げて煙幕を作る。

姿を眩ませるミクロにキュオは警戒を強いる。

煙幕の中でミクロはキュオの背後から奇襲を仕掛けた。

背後からの奇襲に気付いたキュオだが、ミクロの方が一手早い。

振り下されるナイフにキュオは詠唱を(うた)う。

「【縛り閉ざせ】」

超短文詠唱から発せられる赤光。

「【スコティニア】」

赤光をミクロは直撃する。

呪詛(カース)を受けてしまったミクロはその場で立ちすくむ。

「これで私の勝ち」

キュオのとっておきの呪詛(カース)は対象の五感を封じる。

対象は一名、効果時間は三分と制限は多い呪詛(カース)だが、対人それも一対一との戦闘には無敵に近い。

五感を封じられた相手は自分がどうなっているかさえも分からない。

見えない、聞こえない、臭わない、感じない、味わえない。

五感を完全に封じられている今のミクロはキュオの敵ではない。

「ばいばい、ミクロ」

念には念を入れての距離を取っての魔法で仕留めるキュオ。

「【解き放て】」

距離を取っての魔法の斬撃がミクロに放たれる。

勝利を確信したキュオ。

だけど、ミクロはその斬撃を避けた。

「なっ!?」

驚愕に包まれるのを束の間、五感を封じられているにも関わらず接近してくるミクロにもう一度魔法を放つ。

「【解き放て】!!」

それでもミクロは躱してキュオの胸部にナイフを突き刺す。

「かふ……」

血を吐き出すキュオに呪詛(カース)は解けていく。

「どうして……?」

「勘」

五感を封じてもミクロには第六感(シックスセンス)によってキュオの攻撃を回避して止めを刺した。

だけど、勘などというふざけたもので自身のとっておきを破られることに怒りを覚えるがそれ以上にどこか解放されていく感覚があった。

「もう休め」

その言葉を聞いたキュオは小さく笑みを浮かべる。

「そう……するよ………」

ミクロの胸の中でキュオは息を引き取った。

これでもう憎しみや苦しみに縛られることはなくなったキュオとベル達を守って死んでいったジエンを抱えてミクロはその場から姿を消していく。

「団長………」

そのミクロの背中を追いかけようとするベルの肩をリューが掴んだ。

「今は……一人にさせてあげてください」

リューはとても悲し気にそうベルに懇願した。

「…………帰ろう、皆、心配している」

何とも言えない空気の中でアイズはレフィーヤに肩を貸しながら皆がいる野営地へ誘導するように歩き出す。



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New39話

無事に野営地に戻ってこられたベル達だが、休む間もなく別の問題が起きていた。

「――――――申し訳ありませんでした」

テント内でベル達の眼前で正座して、手の平、額まで地面に付き謝罪の言葉を述べるのは【タケミカヅチ・ファミリア】団員のヤマト・命。

その後ろには【タケミカヅチ・ファミリア】団長である桜花と千草。

ベル達に『怪物進呈(パス・パレード)』を仕掛けた【ファミリア】だ。

何故彼等がこの階層でベル達に謝罪できているのかはこの場にいる一柱が原因だった。

【ヘルメス・ファミリア】主神、ヘルメスと団長を務めているアスフィ・アル・アンドロメダ。

命達は地上に帰還後、仲間の千草の治療が終わり次第すぐに【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)に足を運んで主神であるアグライアに事情を説明し謝罪の言葉を述べた。

そこにタイミングよくヘルメスが現れてアスフィを護衛に命達を連れて18階層につい先ほど到着した。

『…………』

命の謝罪の言葉にベル達は口を開かない。

仕掛けた側と仕掛けられた側とではどうしても険悪し合ってしまう。

ベル達が助かったのはミクロがリオグとスウラをベル達にパーティを組むように指示を出しておいたのが大きい。

万が一にベル達だけなら死にかけていた可能性だってある。

そう簡単に許せれるものではないことは互いに承知している。

険悪な雰囲気の中でスウラがベルに耳打ちする。

「……ベル、これはまずい状況だ」

「え、は、はい、やっぱり許せれないですよね……?」

危険な目に会わされたのだからそう許せれるものではないことはベルも理解しているがスウラは首を横に振った。

「違う。俺は別に彼等を恨んではいない。リオグだってそうだ」

怪物進呈(パス・パレード)』よりミクロの酷烈(スパルタ)の方が怖いスウラ達にとっては命達を許してもいいとさえ思っている。

問題はこの階層に命達が来たことだ。

「団長はきっと彼等を許さない。団長は身内には優しいがそれ以外は容赦はない。下手をすれば彼等は冒険者を続けられない身体にされかねない」

「え………」

スウラはミクロが地上に戻り次第すぐに【タケミカヅチ・ファミリア】の本拠(ホーム)に向かうことは察していた。

ベル達を危険な目に会わせた命達に制裁を加える為に。

スウラはそうなる前にミクロを何とか説得しようと案を考えていたが、よりによって命達はダンジョンに来てしまった。

この場所で命達を始末する可能性だって十分にある。

「あれは俺が出した指示だ。そして俺は、今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

命よりも前へ出て団長である桜花が言い切る。

仲間の為に非情の決断を下した桜花のその言葉には信念みたいなものが伝わる。

「………」

このパーティのリーダーを担っているスウラは桜花の言葉に納得している。

時と場合によってはスウラも仲間の命の為に他者を犠牲にする覚悟は出来ている。

桜花もスウラ同様にその覚悟があり、仲間の命と他者の命を天秤にかけて決断した。

スウラはパーティのリーダーとして彼等を許すつもりでいたが、問題はその後だ。

ミクロを説得できる材料がない。

いや、ないことはないがそれは少なくても桜花達の命の保証だけという限られた材料。

ここで謝罪を受け取り、許しの言葉を述べて自分達で問題は解決したとミクロに伝えたとしてもミクロはそれだけで桜花達を許すとは思えない。

二度とそのようなことがないように見せしめをするという線もある。

幸いにも今はミクロはいない。

謝罪を受け取ってそうならないようにベル達と一緒に説得すればまだなんとかなるかもしれないと踏んだスウラは桜花達に許しの言葉を投げる。

「戻った」

しかし、タイミングが悪いことにミクロが戻ってきてしまった。

「……団長」

戻って来たミクロに何とも言えないベルを無視してミクロは桜花達に視線を向ける。

「【タケミカヅチ・ファミリア】がどうしてここにいる?」

淡々と発せられるその言葉に感情なんてなかった。

目線で説明を促すミクロにスウラは正直にこれまでの経緯を説明する。

「団長、俺達は彼等を恨んでいない。許してあげて欲しい」

誠意ある桜花達の為に許しを懇願するスウラだが、ミクロは首を横に振った。

「例えお前等が許してもこいつらが同じことを二度としないとは限らない」

「あのようなことはもう二度と致しません!!」

正座を解かずに叫ぶ命。

元々ベル達にモンスターを押し付けること事態が苦渋の決断だった。

仲間の為に仕方がなく行った行為は命達にとって耐えがたいもの。

「同じ状況になったとしても同じことはしないと言い切れるのか?」

「ッ!?」

また同じように仲間が傷つき、また同じようにモンスターを押し付ける可能性もゼロではない。

「例えそうでもお前等は俺の家族(ファミリア)を危険に陥れた。許す気はない」

モンスター相手ならミクロは何も言わない。

冒険者は危険が伴う職業、モンスターを殺して生活をしている。

殺す殺される覚悟を持って行うのが冒険者だ。

だけど殺されたのがモンスターでなく冒険者なら話は違う。

罠に嵌められ、騙され、家族(ファミリア)の誰かが殺されたり、危険に陥れたとしたらミクロはそいつらを必ず見つけ出してそのことを必ず後悔させる。

「責めるなら俺を責めろ。あの選択は俺が下したものだ」

仲間を守るように前へ出る桜花に視線を向けるミクロは一歩踏み出す。

「なら、お前だけで許してやる」

桜花一人を犠牲に終わらせようと歩み寄るミクロにベル達は困惑する一方。

ミクロの事だ、先ほどの発言通り桜花一人で許しを与えるだろう。

その代わりに犠牲となる桜花がどうなるかはわからない。

まずい、とスウラは焦る。

ミクロを止める為の言葉が思いつかない。

リオグは今も悪夢にうなされている。

困惑するベル達を置いてこの場でミクロを止められるのはスウラだけ。

「やぁ、ミクロ君。久しぶりだね」

険悪の空気が漂るなかで一柱であるヘルメスが姿を現した。

「ヘルメス。どうしてお前がここにいる?」

神がダンジョンに潜るのは禁止事項。

それを告げるミクロにヘルメスは笑って誤魔化す。

「ハハ、まぁそう言うのは無しにしよう。なんたってもう来てるんだから。それよりも彼等を許してあげてはくれないかい?」

「主神でないお前の指示を受ける気はない」

「指示ではなくオレ個人からの頼みさ。団員が酷い目に合わせた彼等が許せない君の優しさは尊重しよう。だが、彼等がここまで来たのも他ならない彼等の意志だ。(オレ)達の命令でもなければ、負い目でもない」

「それが許す理由にはならない」

桜花に視線を戻してミクロはゴキリと指の骨を鳴らす。

「殺す気はないが痛めつけはする。傷の治療も後で行うつもりだ」

ミクロは今でも人を痛めつけることに長けている。

拷問して後に傷を癒して心だけ傷を残す。

「それにこの件はお前は部外者だ。ここまで来たのも何か自分にとって考えがあったからだろう?お前の都合を押し付けるな」

「……ハハハ、相変わらず君は鋭い。ああ、君の言う通りオレはオレの考えがあってここまで来た。君の言葉通り俺は部外者だ」

「なら――」

「だからこそ、アグライアから君に言伝を預かっている。彼等を許すようにとね」

「…………」

疑い深く見てくるミクロにヘルメスは真剣な表情で告げる。

(オレ)の名に誓って嘘は言わないさ。君達……君を心配しての言伝だ」

「………わかった」

ヘルメスの言葉にミクロは主神であるアグライアの言葉に従う。

桜花達が許されて安堵するベル達を置いてミクロは天幕から出て行く。

ヘルメスのおかげで事なきを得たベル達。

「………団長様、いつに増して怖くありませんでしたか?」

「………うん」

リリの言葉にベルは頷く。

いつものミクロは優しい雰囲気を醸し出していて近づきやすかった。

だが、今のミクロは冷酷で無情という印象が強かった。

ベルはどうしてそうなったのかを知っている。

自分の目で見てしまったからだ。

ミクロが犬人(シアンスロープ)であるキュオを殺した瞬間を。

ベルはミクロのことを知らない方が多い。

だけど、一つだけ確信を持って言えることがある。

ミクロは誰よりも強く優しい自分と変わらない少年だということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

天幕から出たミクロはリヴェリアのところに足を運んでいた。

「そうか………ジエンはもう」

沈痛な表情を浮かべるリヴェリア。

ミクロはジエンの最後をリヴェリアに話していた。

「ジエンはレフィーヤ達を守って死んだ」

「………ああ、彼は感謝してもしきれない」

ジエンがいなければレフィーヤは死んでいたかもしれない。

それでジエンが死んでいい理由にはならないが、それでも今のリヴェリアに出来ることはそれぐらいしかなかった。

何もできなかった自分に苛立ちを覚えるリヴェリアはその事を言いに来てくれたミクロに礼を言う。

「ありがとう、ミクロ。ジエンの最後を知ることが出来ただけでも十分だ」

「わかった」

話が終えて踵を返すミクロにリヴェリアは呼び止める。

「ミクロ、君もしっかりと休息を取るべきだ。少し……やつれている」

「問題ない」

素っ気なくそう答えて去って行くミクロの後姿にリヴェリアは悲しくも見つめるが何も言葉が思いつかなかった。

強くなることに焦がれるアイズとは違う酷く疲弊しきった瞳。

そんなミクロに自分は何ができるのかと悩まずにいられない。

リヴェリアはミクロに恩があり、感謝もしている。

万が一にミクロが自分を頼って来たとしたらそれに応える。

今のリヴェリアに出来ることはそれぐらいしかなかった。

ミクロはリヴェリアから離れて野営地より少し離れた場所で腰を下ろしていた。

クリスタルを見つめるように見上げるミクロはキュオの事を思い出していた。

手を差し伸ばしてくれた神がアグライアでなくシヴァだとしたら自分もキュオと同じようになっていたのか。

全てを破壊してそれに悦ぶ王に。

「ミクロ」

クリスタルを見上げているミクロの後ろにリューが姿を現した。

「ここにいましたか」

「セシル達は?」

「もう休みました」

ミクロの隣に座るリューはミクロに尋ねた。

「何を考えているのです?」

「………キュオのこと」

やはりと納得したリューはそのままミクロが話すのを待つ。

「出会う神が違えば俺もあいつみたいになっていたかもしれない」

否定しきれないその言葉にミクロは言葉を続ける。

「だけど、俺はアグライアと出会えてリュー達とも巡り合えた………だけど今はそれが怖いと思っている」

五年前と今ではミクロは大きく変わった。

強さだけでなく心までも出来たミクロは思う気持ちがある。

「ベルやセシルが俺が最悪の【ファミリア】の子供だと知って……人殺しだと知って見る目が変わるのが怖い………」

ベルやセシルは自分とは違う綺麗な存在だ。

その手に穢れはなく汚れもない。

純白で純粋な二人と違って自分は黒く汚れきった存在。

生まれも環境も何もかも黒く染まっている。

五年前までならこんなことを考えることさえしなかったが今は違う。

見る目が変わるのが、嫌われるのが怖いと思ってしまう。

「ミクロ」

名を呼ぶリューは優しくミクロを胸元に誘導させて抱きしめる。

「貴方の手は汚れてなんかいない。とても綺麗で美しい手だ」

ミクロの手を取って指を絡ませ合うように繋ぐ。

「私はいつまでも貴方とこうしていたい」

「リュー……」

「私は貴方を恐れはしない。貴方が何者であろうとも貴方は私の愛する人間(ヒューマン)だ」

「………うん」

体重をリューに預けて寄り添うミクロ。

「ありがとう……」



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New40話

18階層に『朝』が訪れるなかでミクロは炊事場で団員の朝食を作っていた。

鍋にリヴィラの街でボールスに買わせた食材を刻んで入れて煮つけながらお玉で混ぜる。

いつもなら自己鍛錬でもするが、今はそのような気分ではなかった。

「こんなところか………」

鍋の中を覗き込んでいい感じに出来たミクロは火を消す。

「味見するか?セシル」

「っ!?」

隠れているセシルに声をかけるとセシルはおどおどしながら姿を現す。

「隠れるのなら気配ぐらい消した方が良い」

「……はい」

浮かない表情で頷くセシルはミクロの近くで腰を下ろす。

ミクロはそんなセシルを察して口を開く。

「……自分の師が人殺しだと思わなかったか?」

「………」

確信を突くミクロの言葉にセシルは無言で答えた。

だが、表情を見れば本人の口から聞かなくてもわかる。

ミクロはその手で人を殺したことがある。

そしてセシル達の目の前で人を殺した。

「俺が怖いか?」

問いかけるミクロにセシルは首を横に振る。

「………無理する必要はない」

しかしミクロはそれが嘘だと見抜いた。

だけどミクロはそれは仕方がないと思っている。

自分の尊敬する人が人殺しで何も告げることをしなかった。

人殺し、裏切り者などと思われても仕方がない。

そのことにミクロは否定するつもりはない。

ありのままの事実を受け止めてセシル本人にこれからのことを決めさせる。

「………お前が望むなら弟子を続ける必要もない。俺の顔も見たくもないのなら改宗(コンバージョン)してもいい」

セシルの事を案じてミクロはそう言った。

今のセシルなら大抵の【ファミリア】には歓迎される。

ミクロが口添えして【ロキ・ファミリア】に入るように頼む手はある。

セシルが自分自身が望む道を選ばせるのが師として最後の務め。

「………ですか?」

ぽつりと言葉が漏れる。

「どうしてそんなことを言うのですか!?」

怒声を轟かせる。

「セシル……」

「確かに!お師匠様が人殺しだと知って驚きました!信じたくありませんでした!正直少し怖いとさえ思っています!!」

「なら――」

「それでもそれ以上にお師匠様を尊敬しています!憧れています!それなのにどうしてそんなことを言うのですか!?」

セシルは怒っていた。

それは自分を騙していたことではなく自分を遠ざけようとしていたミクロの言葉に。

ポロポロとセシルの双眸から涙が零れ落ちる。

「私は【覇者】ミクロ・イヤロスの弟子です!弟子はただ師から師事を受けることだけではありません!師と共にその重みを背負うことも弟子の務めです!」

師として弟子であるセシルに望む道を選ばせようと考えていたミクロ。

弟子として師であるミクロの重みを共に背負おうとするセシル。

「私が一番許せないのは弟子である私に自分の事を何も教えてくれなかったお師匠様のいらない優しさです!」

セシルはキュオからミクロの事を聞くまで何もわからなかった。

下手をすればそのまま知らないままだったかもしれない。

それがセシルは嫌だった。

自分は綺麗なまま育てられて師であるミクロだけが汚れていく。

信用されていないと言われているのと同じ。

「私はまだまだ弱いです!ですけど弱いから何も背負えないわけではありません!お師匠様が背負っているものを私も背負います!」

だからセシルは自分から踏み出した。

綺麗なまま道ではなくミクロが進んでいる汚れた道に。

「駄目だ」

だけどそれはミクロが許さなかった。

「お前に人は殺せない。才能ではなく本質的に不可能だって言ってもいい」

純白で純粋なセシルに人は殺せれない。

いや、そうでなくてはならない。

「お前とベルは優しい。だから人殺しの汚名を背負う必要はない」

自身の手を見ながらミクロはそう告げた。

もう戻ることができないミクロが唯一できることはセシル達に自分と同じ道を歩ませないようにすること。

リューはミクロの手を綺麗で美しいと言ってくれた。

凄く嬉しかった。

それでもこの手で人を殺したという事実だけは変えられない。

その時だった。

セシルがミクロの頬を殴ったのは。

「いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~ッッ!!」

しかし、痛かったのはセシルの拳だった。

手を押さえて蹲るセシルにミクロは少し申し訳ないと思ってしまった。

涙目で睨みつけるセシル。

「お師匠様の頑固者!意地っ張り!鬼教官!鬼畜!最硬金属人間(オリハルコンヒューマン)!!」

口汚く罵倒を浴びさせるセシルにミクロはどうすればいいのか悩む。

セシルは感情が高ぶると日頃から溜まっているものを吐き出すことは知っている。

だけどどう対処すればいいのかわからなかった。

「弟子を信用してよ!馬鹿師匠!!」

その言葉だけはミクロの心に酷く響いた。

涙を流す弟子(セシル)にミクロは戸惑う。

「………頭を撫でてくれないと許しません」

グス、と拗ねりながら許す条件を告げるセシルにミクロは戸惑いながらもセシルの頭を撫でる。

撫でるたびに機嫌を良くしてくれるセシルは勢いよく立ち上がる。

「お師匠様が頑固者だということはよくわかりました!だけど私は諦めません!!お師匠様が首を縦に振るまで私はお師匠様の傍にいますから!」

そう宣言してセシルは勢いよく去って行った。

「ハハハハハ!随分と可愛い弟子だね!」

「………ヘルメス」

先程のセシルとのやり取りを見ていたヘルメスは笑みを浮かばせながらミクロに歩み寄る。

「何の用だ?お前の分の飯はない」

「きびしー。オレのことが信用できないかい?」

「出来ない」

断言する。

「【万能者(ペルセウス)】に姿を消して自分の後ろに控えさせている上にベルにちょっかい出す為のここまで来たお前をどう信用しろと?」

視線をヘルメスの後ろに向けるミクロの先には魔道具(マジックアイテム)で姿を消しているアスフィがいることを見抜いている。

更にはヘルメスがここまで来た事までミクロは見抜いている。

「………どうしてそう思うか理由を聞いてもいいかな?」

「普段はオラリオの外にいるお前がこの時期にいるということは【ランクアップ】した誰かに目を付けたから。そして、【タケミカヅチ・ファミリア】との騒動という偶然に入り込んで本拠(ホーム)に来た。俺達の【ファミリア】で【ランクアップ】したのはベルだけだ。必然的にお前の狙いはベルに絞られる」

目線を鋭くさせるミクロに姿を消しているアスフィは阿寒が走る。

連想させられるのは紛れもない死。

指一本でも不審な行動を取れば自分は死ぬと思わされる。

「何が目的でベルに近づく?場合によってはここで始末する」

「おいおい、神に手を出すのはご法度だぜ?」

「誰もダンジョンに神はいるとは思わない。神を消すにはここ以上に相応しい場所だ」

態度を崩さないヘルメスにミクロは淡々と告げる。

神の前に嘘はつけない。

ミクロは本当にここでヘルメスを消すつもりでいる。

「……頼まれたからさ、とある人物にベル君の様子を見てきてほしい、ってね」

「とある人物?」

「ベル君の育て親さ。事情があって可愛い孫にも説明できないまま、死んだ振りして身を隠すしかなかった」

「………」

語るヘルメスに嘘はない。

神ほどではないがミクロも嘘を見抜くことには長けている。

「ここまで来たことにオレの娯楽が入っていることは否定しないさ。君の言う通り可能であればベル君にちょっかい出すつもりだった」

だった、と過去形で告げる。

それは反対にもうベルにちょっかい出す気はなくなったということになる。

「ならいい」

危害を加える気がないのならこれ以上の問答をするつもりはないミクロは視線をヘルメスから外して鍋の具材をお椀に入れてヘルメスとアスフィの二人に渡す。

「危害を加えないのなら問題ない」

「ハハ、それじゃあありがたくいただこうじゃないか。なぁ、アスフィ?」

「……全く、こちらはそれどころではなかったんですよ」

下手をしたら死んでいたかもしれない状況で能天気に笑っているヘルメスに恨めしの視線を向けるがいつものことに流されてしまう。

食事を取り始める二人にミクロにヘルメスは口を開く。

「ミクロ君。オレはこれでも君にも興味はある。【シヴァ・ファミリア】の眷属の子と同時にオレたちと同じ神血(イコル)が流れている存在だ」

「それが?」

「興味はないかい?自分の事に?」

「ない。俺は俺だ」

あっさりと言い切ったミクロに苦笑する。

「なら、話題を変えよう。へレス、君の父親については興味はあるかい?」

「ある」

今度は喰いついてきたミクロにヘルメスの笑みが深まる。

「なら取引といこうじゃないか。オレは情報を君に渡そう。代わりに君はオレに君の魔道具(マジックアイテム)を一つ、オレに譲ってくれ」

その取引内容を聞いてミクロは訝しむ。

明らかにミクロの方が得をしているからだ。

魔道具(マジックアイテム)を選ぶ選択権をミクロ本人に任せている。

指名するのならまだ理解はできたがその譲渡にどのような意味が含まれているのかその考えがミクロはわからなかった。

しかし、ここで自分の父親であるへレスの情報を逃すつもりはないミクロは(ホルスター)から『クリスターロ』を取り出してヘルメスに渡す。

「これは?」

「防御用の魔道具(マジックアイテム)。地面に叩きつけることで三分間の結界を展開する」

簡潔に効果と使用方法を告げるとヘルメスはそれをしまう。

「実はへレスは頻繁にオラリオに姿を見せていることが判明した。大体月に二~三回ほどだけどね」

語るヘルメスにミクロは首を傾げる。

へレスは要注意人物(ブラックリスト)に載っている。

それなのにどうして危険を冒してまでオラリオにいるのか理解できない。

「どこかに留まることはないみたいだ。何かを探しているかのように放浪している」

「探し物……?」

少なくとも自分ではないことは理解できる。

本拠(ホーム)を持っているミクロの所在など簡単にわかる。

考えられるとしたら一つだけ。

ミクロの母親であるシャルロットが作製した魔道具(マジックアイテム)魔武具(マジックウェポン)

もしそれがどこかに隠しているとしたらへレスが頻繁にオラリオに足を運ぶ理由にも納得ができる。

確証はないあくまで推測だが可能性としては十分にある。

「オレが知っているのはこれぐらいさ。さて、ではそろそろお暇させてもらおうか」

食べ終えるヘルメスは立ち上がるとアスフィも同様に立ち上がる。

「ミクロ君。オレはこれでも君のことにも興味がある。君が望むのならオレは協力を惜しむつもりはないさ」

「……考えておく」

肯定も否定もしない。

アグライアからヘルメスは信頼はしても信用はするなと言いつけられているミクロはそれに従う。

だが、【シヴァ・ファミリア】に関わることで自分で収まることなら神でさえ利用するつもりでいる。

それだけを聞いてヘルメスは満足気味に去って行く。

「君が歩むのは父親と同じ修羅の道か、人としての英雄の道か。見届けさせて貰うよ」

ヘルメスは小さくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、ミクロ」

「問題ない」

朝食を終えたミクロとリューは森の中にある泉に来ていた。

リューが泉の水で体を洗い、ミクロは見張りとしてついて来ていた。

今日初めて18階層に来たベル達はスウラの案内の下でリヴィラの街に足を運んでいる。

正直ミクロはポーカーで金を毟り取ったボールスに少しだけ顔を合わせるのが気まずかったからリューの誘いはむしろ良かった。

パシャパシャと手で水をすくって体に付いた汚れを落とすリューを置いてミクロは暇な時間を利用して魔道具(マジックアイテム)の整備をしていた。

「………」

後ろからカチャカチャと鳴る音がリューの耳に届く。

何をしているかは容易に想像つくがリューは少しだけ不満があった。

ミクロが邪な感情を持ちわせていないことや覗きをするような人物ではないことはわかっている。

だけど、すぐ近くで裸で水浴びしているにも関わらず興味すら示さないのにもそれはそれで嫌だった。

まるで自分に魅力がないと言われているに等しい。

そう思うと溜息が出る。

アイカ程頻繁にスキンシップを取れないとはいえリューはリューなりに頑張っていた。

今回の遠征にしても手を握ったり、膝枕したり、指を絡ませたて抱きしめたり、今だって見張りと生じて水浴びを誘ったりなど努力したがミクロはいつもと変わらない。

女性に興味すらないのかと思ってしまう。

ミクロの傍にいると女性としての自信が微妙な気持ちにされてしまう。

ミクロがリューや団員達のことを親愛していることは知っている。

そこからどうすれば恋心に繋げられるかわからずじまい。

「ミクロ、貴方は水浴びをしないのですか?」

「昨日の内に済ませた」

尋ねるもそう返答されて会話が終わる。

「あ、ベル」

「だ、団長!よかったぁぁぁぁ~~~~」

ミクロの下に肩で息をしているベルが歩み寄って来た。

「団長はどうしてここに?」

「リューの水浴びの見張り」

「リューさんの!?」

平然と答えるミクロにベルは水浴びをしているリューの裸体を想像してしまったのか顔を真っ赤にして泉に背を向ける。

ベルの声を聞いて急いで体を拭いて装備を纏うリューは二人の前に姿を現す。

「もう結構ですよ、クラネルさん」

「は、はい」

リューは年相応の反応するベルを見てやはりその辺はミクロと違うと思ってしまうが今はそれは置いておく。

「どうしてここに?」

「あの、迷って……」

「そうですか」

迷って森の奥まで足を踏み入れてしまったベルを連れて二人は墓参りに向かう。

「リュー。ベルを連れて行くからアリーゼ達によろしく」

「わかりました」

ミクロの表情を見て察したリューは一人でアリーゼ達の墓に向かい、ミクロはベルを連れて更に森の奥へと向かう。

「あの、どこに…?」

「もうすぐわかる」

森の中を慣れたように進んでいくミクロの後ろについて行くとそこには墓があった。

膨らんでいる土に武器が刺さっていたり十字架がある場所にミクロはベルを連れて来た。

「俺が殺した【シヴァ・ファミリア】の団員の墓だ」

淡々と告げるミクロは(ホルスター)から酒を取り出して墓にかけていく。

「俺の事はあらかたキュオから聞いたんだろう?」

「……はい」

ミクロが【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供であることも。

そしてミクロが人を殺したことがあるということも。

「………団長が前に言っていた団長のようになったらいけないというのは」

「ああ、人殺しの俺を目標にするのは間違っている」

ハッキリとそう告げた。

「でも、あれは僕達を守る為に仕方がなく!」

「理由はどうであれ手にかけた事実は変わらない。ベル、どうして俺がこんなことを話すかわかるか?これからも【シヴァ・ファミリア】は俺の前に現れる。お前を危険な目に会わせたくはない」

もし、ミクロ達が駆け付けるのがあと少し遅れていたらベル達は死んでいたかもしれない。

ベル達が奮戦していてくれたおかげで全員無事に戻ることが出来た。

「………団長は辛くないんですか?」

「辛い、と思う。だけど、それ以上に俺は家族(ファミリア)を失う方が辛い」

敵を殺してでも家族(ファミリア)を守るか。

敵を殺さずに家族(ファミリア)の誰かが死ぬか。

ミクロにとって考えるまでもない選択肢。

「俺はオラリオの路地裏で生活していた。腐りかけの食べ物を食べて命を繋ぎ、冒険者に痛めつけられて、夜風に震えながら眠りにつく毎日を。そんな俺をアグライアが拾って俺に未来を与えてくれた」

始めてアグライアに会った忘れもしない光景を思い出す。

「そこから友達が出来て、仲間が出来て、家族(ファミリア)が出来た。今の【ファミリア】は俺の居場所であり、守るべく大切な場所。家族(ファミリア)を守る為なら俺は自分の全てを犠牲にしてもかまわない」

強く握りしめるその手はどれほどの覚悟があるのかベルでは想像で出来ない程強い。

「相手が【シヴァ・ファミリア】だろうと誰であろうと家族(ファミリア)に危害を加えようとするなら俺は一切の容赦も躊躇いもなく倒す。それが父親であろうとも」

「そんな………」

肉親である父親は既に敵同士。

ならもう戦う道は避けられない。

「たった一人の家族なんでしょう!それなのにどうして戦う必要があるんですか!?」

「ベル……」

「そんなのどちらも辛いだけじゃないですか……ッ!」

父と子で殺し合う。

どちらが勝っても負けてもそれは辛いだけ。

「そうだな、ベルの言う通りだ。だけど、それでも決着をつけなければならない」

ベルの白い想いが優しさが伝わってくる。

それでもミクロの決意は揺るぐことはない。

「【シヴァ・ファミリア】それも破壊の使者(ブレイクカード)相手に対抗できるのは俺だけだ。【ファミリア】に撒いた原因も俺にある。だから俺自身が終わらせなければならない。【ファミリア】の団長として、【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供として」

踵を返してベルの横を通るミクロはそのまま野営地に帰ろうと足を動かす。

「僕達は同じ【ファミリア】の仲間じゃないんですか!?」

動かす足がピタリと止まってミクロは振り返る。

「僕は嫌だ!団長だけ辛い想いを抱えたまま一緒にいる事なんてできない!」

「…………」

震える拳を握りしめベルは高らかに叫んだ。

「僕が【アグライア・ファミリア】の団長になる!!そして団長の辛さも僕も背負います!」

それはミクロを超えると言外に告げている。

ベルはその場で膝を折って平伏す。

昨夜見た命と同じ土下座をする。

「団長を超える為に僕を鍛えてください!!」

ミクロを超える為にミクロの師事を仰ごうとするベルの行動にミクロは笑みを浮かばせた。

「俺は強いぞ?ベル。それでも俺を超えるのか?」

「はい!!」

顔を上げて返答するベルの深紅(ルベライト)の瞳から感じる覚悟にミクロは息を吐いて自分の指につけている魔道具(マジックアイテム)『レイ』をベルに投げ渡す。

「餞別だ。セシル同様に鍛えてやる。だけど、【シヴァ・ファミリア】に関する問題までは手を出すな」

ベルの懇願を半分聞き入れて半分拒否する。

鍛えはするがベルにまで問題を巻き込むつもりはない。

「………その気持ちだけで十分だ」

汚れた自分を必死に励ましてくれる。

それだけでミクロは満足だった。

「帰るぞ。帰ったらすぐに修行だ」

「はい!!」

指輪を受け取るベルはミクロの背中を追いかけるように駆け出す。

 



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New41話

「………」

地上への帰還に準備を進めている中でミクロは(ホルスター)にしまっていた赤い球体――――眼球のような精製金属(インゴット)を見つめる。

表面には共通語(コイネー)とも神聖文字(ヒエログリフ)とも異なる『D』という形の記号が刻まれている。

キュオの(ホルスター)にあった魔道具(マジックアイテム)と思われる球体。

試しに左眼の嵌めてはみたが特に変化はないことからミクロが持つ『シリーズ・クローツ』とは違うことだけが判明した。

ミクロは闇派閥(イヴィルス)に関わる何かと思いそれを手にしていた。

詳しいことは地上に戻ってからと心に留めて団員達に天幕の回収を指示する。

「あの、団長……」

「どうした?」

どこか居心地が悪そうに声をかけてくるベル。

その背後にはヘルメス達と申し訳なさそうに俯いている命達。

それを見てベルが何を言いたいのか察した。

彼等とも一緒に地上に帰還したいのだということに。

「【タケミカヅチ・ファミリア】。俺はお前等を許したわけじゃない」

ベル達を危険な目に合わせたことをミクロは許したわけではない。

主神であるアグライアの指示によって処罰だけは勘弁しただけ。

その事を言及するミクロ。

「ベル達に貸し一つだ。それで同行を許可する」

「は、はい!!」

償いとしてベル達に貸しを作らせて貸しを返せば許すと言外で告げるミクロに命達は返答。

無事に同行を認められたことに安堵するベル。

「ベル、アイズ達には挨拶したのか?」

「はい!」

既に別れの挨拶を済ませていたベル。

ゴライアスは既にミクロが倒している今は万全に近い【アグライア・ファミリア】が先頭に立って地上に帰還することになっている。

アイズ達はその次の為、次に会えるのは地上になってしまう。

「ミクロ。帰還の準備が終えました」

「わかった。全員!地上に帰還する!」

ミクロの号令で17階層に向けて前進する【アグライア・ファミリア】。

共について行くヴェルフや命達。

中層からのモンスターをセシルやベルを中心に幹部以外の団員達に任せてミクロ達は無事に地上に帰還した。

二週間ぶりの地上の光を全身に浴びながら巨塔(バベル)で【ロキ・ファミリア】やヘルメス達と別れを済ませてミクロ達は自分達の本拠(ホーム)夕焼けの城(イリオウディシス)』に帰って来た。

正門の前には主神であるアグライアを始め団員達がミクロ達の帰りを待っていてくれた。

「お帰りなさい」

その言葉を微笑みながら言うアグライアにミクロ達は一斉に唱和する。

「ただいま」

【アグライア・ファミリア】の長い『遠征』は終わった。

 

 

 

 

 

 

『遠征』から帰還後の夜は全員、泥のように自室のベッドで眠りについたその次の日の朝。

ミクロは二週間ぶりの自室のベッドで目を覚ました。

二週間ぶりにアイカに抱きしめられながら目を覚ましたミクロはアイカを起こさないようにどかして部屋を出て行く。

魔石やドロップアイテムの換金や道具(アイテム)の補充などはセシシャ達に既に一任している。

『遠征』メンバーに選ばれた団員達は今は束の間の休息を満喫している。

その中でミクロ一人、中庭に足を運んで一人で鍛錬を始める。

全員無事で帰って来れて、収穫も手に入れた【アグライア・ファミリア】は更に名が上がることは明白。

しかし、ミクロに名誉などどうでもいい。

家族(ファミリア)がいればそれでいいミクロだが、今回の『遠征』でミクロは自分が弱いということを思い知らされた。

へレスに敗北した。

あれは完膚なきまでの敗北だったミクロに休む暇などない。

一秒でも早く強くなってLv.7に到達しなければならない。

敗因は単純な経験の差と実力差。

少しでもそれを埋めるためにミクロは自己鍛錬を行う。

「もっと……強くならないと……」

へレスには勝てない。

ミクロは朝日が顔を出すまで自己鍛錬を行った。

それから朝食後の【ステイタス】の更新。

 

ミクロ・イヤロス

Lv.6

力:D532

耐久:C676

器用:D597

敏捷:C602

魔力:C642

堅牢:D

神秘:F

精癒:E

適応:F

魔導:H

 

久々の【ステイタス】の更新。

新しい魔法、スキルの発現がないことを確認して燃やす。

ミクロ以外の団員達も早速と言わんばかりに【ステイタス】を更新して貰い新しい魔法、スキルが発現した者は喜んでいた。

「シッ!」

「やった!」

その中でリュコスとティヒアの叫び声が轟いた。

二人は今回の『遠征』で【ランクアップ】した。

「これで……」

しかし、【ランクアップ】したのは二人だけではないリューもついにLv.6に【ランクアップ】した。

ミクロの隣に立てたと歓喜するリュー。

「よっしゃああああああああああああやってやったぜええええええええええええええええええええええッッッ!!」

ひと際歓喜の声を上げるリオグもゴライアスの戦闘で【ランクアップ】した。

今回の『遠征』で【ランクアップ】をした者や新しい魔法、スキルが発現した者は多く【アグライア・ファミリア】はますます強くなることが出来た。

第一級冒険者が三人になって第二級冒険者が増えてきた。

「………」

【ファミリア】が強くなったことに素直に嬉しく思うミクロだが自分は弱いことを思うと浮かばれない。

今以上に強くなるにはどうすればいいのだろうかと悩む。

Lv.6のミクロにとって現到達階層で得られる【経験値(エクセリア)】の効率はいいとは言えない。

更にはミクロは団長という立場もあり、導く側。

自分の【経験値(エクセリア)】稼ぎに集中することは出来ない。

それでもミクロがLv.6になってCクラスアビリティが三つあるのはオッタルや破壊の使者(ブレイクカード)といった強者が立ちはだかって来たからだ。

「………」

もっと強くならないといけないミクロにとってどうすれば今以上に強くなれるのかはわからない。

とりあえずは団長として『遠征』の報告書をまとめる為に執務室に足を運ぶ。

『遠征』から帰ってきてからもやることは多い。

魔石やドロップアイテムの換金はセシシャに一任しているとはいえ、それの確認は団長であるミクロが行わなければならない。

報告書の作成、魔道具(マジックアイテム)の点検、武器の整備などとやることが多いなかでミクロは黙々と報告書を作っていく。

その時、執務室の扉を叩く音が聞こえた。

『ミクロ君、いいかな~?』

「問題ない」

「お邪魔しま~す」

家政婦(メイド)服姿のアイカが執務室に入ってくるとミクロは羽ペンの動きを止める。

「どうした?」

「女の子のお客様が~ミクロ君に会いたがってるんだけどどうする~?」

「客室に案内して。後で向かう」

「は~い」

『遠征』から帰還した翌日に客人が来たことに訝しむミクロだが、女の子の客人が誰だのかミクロはわからない。

アイズ達ならすぐにアイカの口から名前が出てくる。

ナァーザ達ならアイカ達も知っている。

それ以外でというのなら入団希望者としか思いつかなかった。

区切りが良いところで報告書を書きとめて客室に向かう。

客室の扉を開けるとアイカはソファに腰を下ろしているミクロと歳の変わらない金髪紅眼の少女に接客していた。

「お待たせ」

見覚えのない少女に声をかけると少女は和やかな笑みを浮かばせてその場を立ってミクロに近づく。

「ミクロ」

そして抱き着いた。

「誰?」

名前を呼ばれたがミクロは抱き着いている少女の名前も知らない。

尋ねると少女は抱き着くのやめて笑みを浮かばせたまま答える。

「シャルロット・イヤロス。貴方のお母さんよ」

シャルロット・イヤロス。

目の前の少女は優しい声音でそう答えたがミクロの表情は険しくなる。

「俺の母親は死んだ。嘘でもそんなことを言うな」

「嘘じゃないわ。確かに私は一度死んだ。それは事実よ」

母親の名を語る少女に言葉に怪訝するミクロに少女は笑みを浮かばせたまま言う。

「取り合えずは私の話を聞いてからでも遅くはないでしょう?その後、私を煮るなり焼くなり好きにしてもいいわ」

「………わかった」

対面するようソファに座る二人。

一方の表情は険しくもう一方は微笑むなかでまずはシャルロットが口を開いた。

「私の名前はシャルロット・イヤロス。【不滅の魔女(エオニオ・ウィッチ)】の二つ名を持つ【シヴァ・ファミリア】の副団長。ミクロ、貴方のお母さんです」

死んだ人間が目の前にいる。

しかし、ミクロはフェルズからシャルロットは死んだと聞かされている。

それだけじゃない。目の前にいる少女は自分と歳も変わらない姿をしている。

以前にセツラが持っていたブローチでシャルロットの顔を見たことがあるが、目の前の少女とは似ているようで似ていない。

「そうね、まずは貴方が抱えている疑問から解消しましょう。まず、この身体は『神秘』で作り上げた魔道具(マジックアイテム)

自身の胸に手を置いて説明を続ける。

「モンスターは魔石を核として生きている。それをヒントに作り上げたのがこの身体。私はこの体の核に自分の魂の一部を注入して生き永らえることが出来たの」

核に魂を注入して前の体を捨てて別の体に入れ替わる。

それが一度死んだシャルロットが生き永らえることができた。

「………」

シャルロットの説明にミクロはにわかに信じ難い。

理論は理解出来たがそれを実行するとなるとまた話が変わってくる。

前もって魂の一部を注入して身体を作っておくことで命を繋ぐ。

それは不死と言ってもいい。

その言葉通りならシャルロットは肉体は捨てることになっても命を繋げて生きることが出来る。

『神秘』のアビリティを持ち、様々な魔道具(マジックアイテム)魔武具(マジックウェポン)を作り出したシャルロットなら不可能ではない可能性がある。

「でも、この身体に馴染むまで時間が掛かる欠点があったの。本来なら一度死んですぐに貴方を見つけるはずがこんなに遅くなってごめんなさい……」

頭を下げて謝るシャルロット。

だけど、ミクロは困惑していた。

死んだと思っていた人は実は生きていた。

それだけでどう受け止めていいのかわからなかった。

喜べばいいのか、悲しめばいいのか、怒ればいいのか何がなんだかわからなくなった。

「あの、一つよろしいでしょうか?」

ミクロの後ろに控えていたアイカがミクロの様子を見て尋ねた。

「私にはよくわからないところもありましたが、今まで貴女はどちらに?」

「女神フレイヤ様に匿って貰っていました。シヴァの計画を知り、ミクロがお腹の中にいる頃にフレイヤ様に協力する代わりにミクロと一緒に匿って貰う契約を行っていたのです」

ゼウス、ヘラの【ファミリア】の他に【シヴァ・ファミリア】に対抗できるのは【フレイヤ・ファミリア】か【ロキ・ファミリア】になる。

しかし、当時の実力を考慮すればへレスと互角に戦った【フレイヤ・ファミリア】の方をシャルロットは優先した。

シャルロットはミクロを逃がした後に一度死んでシヴァから逃れ、別の身体に生き返った後にミクロを見つけてフレイヤの保護の下、ミクロと共に生活するつもりでいた。

唯一、作り上げた肉体と魂が馴染むのに時間が掛かるという欠点がなければシャルロットの計画は完璧だった。

「………俺の母さんは自分の命を俺にくれた」

「ええ、代償魔法で私は貴方に命を与えたわ。でも、あれは『肉体』の命であって『魂』じゃないの」

一度死んだことを話すミクロに説明をするシャルロットはミクロの隣に座って頬に手を置いた。

「貴方の活躍はフレイヤ様の下でたくさん聞いたわ。立派になったわね………私の愛しいミクロ………」

その一言を聞いたミクロの目から――――一筋の涙が流れた。

「………母さん」

涙を流し抱き着くミクロをシャルロットは優しく抱きしめる。

今も頭は混乱している。

抱き着いている人が本当に母親なのか確証なんてない。

どうすればいいのかもわからない。

けど―――――今だけは甘えよう。

赤子のように幼子のように今まで甘えられなかった分を甘えよう。

感情のままに。

望むままに。

ただ、ただ、甘える。

「………」

アイカは静かに客室から出て行く。

子供にとって親は特別な存在。

その存在は絶対であり、何事にも負けない絆がある。

しかし、ミクロはその絆を知る前に路地裏で生活をしていた。

辛く苦しい経験をしてアグライアに拾われて冒険者となってから自分の存在を知った。

母親に守られたこと。

父親と戦ったこと。

そして、今は母親と再会できたこと。

結ばれていなかった絆が繋がった気がしたミクロにシャルロットは口を開いた。

「………ミクロ。私がここに来たのには理由があるの」

その表情から笑みが消えて沈痛な表情を浮かべるシャルロットはミクロに残酷なことを告げる。

「私と戦って欲しいの」



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New42話

「やだ」

戦って欲しいと懇願するシャルロットにミクロは即断する。

「フレイヤのところから離れてここで一緒に暮らしたい」

もう一度家族と一緒に暮らしたいミクロにとって戦うことなんてしたくない。

死んだと思っていた母親シャルロット。

自分の母親と戦う理由もないミクロはもう一度一緒に生活したい。

「……そうね、私も貴方とは戦いたくはない。でもね、私の身体はもう限界が近いの」

所詮は作り上げた身体。

使い続ければ限界が訪れるのは必須。

「元の身体……それと同等の身体能力を持っている今じゃないといけないの。今の貴方を強くするには戦えられる今じゃないと駄目」

「……強くなる為?」

「そう、今の貴方には大切な仲間がいるでしょう?でも、今の貴方のままじゃ誰も守ることは出来ない」

家族(ファミリア)を守ることは出来ない。

シャルロットはそう断言した。

破壊の使者(ブレイクカード)の五番手から先は本当の怪物。今のミクロは四番手の実力で限界。その先―――へレスを倒すにはミクロ、貴方は自分自身を乗り越えなきゃいけない」

「自分を乗り越える……?」

聞き返すミクロにシャルロットは頷く。

「貴方は私とあの人の子供。その事を忘れないで」

シャルロットはミクロの傍から離れて客室の扉に向かう。

「18階層の中央樹。その東、一本水晶のところで待っているわ。少しでも貴方と話が出来て本当によかった」

柔和に微笑んで出て行くシャルロット。

その微笑みは本当に嬉しそうに笑っていた。

だからこそミクロにはわからなかった。

どうして母親であるシャルロットと戦わなければならないのか。

恨み、憎み、敵対しているわけでもない。

本当に自分の事を大切に想っていてくれる母親に武器を向ける事なんてできない。

もう限界が近いというのなら残りの時間をと共に過ごすことは行けないことなのだろうか?

それ以上に戦いを優先する必要はあるのか?

ミクロにはどうすればいいのかわからないまま時間だけが経過していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18階層中央樹の真東にある一本水晶。

そこには武装しているシャルロットが待っていた。

手には青白い輝きを放つ槍を持ち、腰には二振りの刀を携えている。

「来たわね」

そのシャルロットの前に姿を現すのはミクロと共に来たリュー達。

「……貴女がミクロのお母様ですか?」

「ええ、私はミクロの母、シャルロット・イヤロスよ。よろしくね、【疾風】ちゃん達」

尋ねて来るリューに笑顔で答える。

大体の事情は既にミクロとアイカから聞いているリュー達。

「ミクロも来てくれてありがとう」

「………」

無言で答えるミクロに小さく苦笑するシャルロットは真剣な表情で槍を構える。

それに応じるようにミクロも得物を手に持つ。

「これは親子の問題。貴女達は手を出すことは許さないわ」

それは忠告と警告。

万が一に手を出せば、と言わずともわかる言葉に表情を強張らせるリュー達。

「ミクロ、本気で来なさい。貴方に仲間を守る覚悟があるのなら」

「………どうしても戦わないと駄目?」

今すぐにでも戦いを止めたい。

その言葉を聞いたシャルロットは力なく笑った。

「優しい子に育ってくれてお母さんは嬉しいけど、今は敵と思いなさい」

表情が険しくなる。

「元【シヴァ・ファミリア】副団長、シャルロット・イヤロス」

「………【アグライア・ファミリア】団長、ミクロ・イヤロス」

互いに名乗りを上げる二人は次のシャルロットの言葉が開戦と合図となった。

「勝負!」

突貫するシャルロットの鋭い突きが放たれる。

だが、へレスとの戦いを糧にしたミクロにとってその槍の早さは十二分に防げる。

連撃を繰り出すシャルロットに回避、防御をするミクロ。

勝負は始まったばかりだが、ミクロは一つだけ疑問に思ったことがある。

シャルロットは魔術師(メイジ)もしくは魔導士のはずがどうして槍を使うのかわからない。

魔杖の代わりや今の身体に『恩恵(ファルナ)』がないなどという答えがある。

もしくは元々は前衛だったという可能性もある。

シャルロットの槍捌きはへレスには劣るものの十分な技術があることは間違いはない。

それともミクロが思いつかない何かがあるのか?

攻めるシャルロットは唐突にミクロと距離を取って槍柄を地面に置く。

「どうして反撃してこないの?」

「………俺は母さんを敵とは思えない」

今までミクロが戦ってきた相手は明確な敵意や殺意があった。

自分が何とかしなければならないこともあった。

だけど今回は違う。

シャルロットはミクロに敵意も殺意もない。

戦わなければならない理由もない。

無理して戦闘を行う必要は皆無だった。

その言葉を聞いたシャルロットは息を吐いた。

「貴方は仲間の命を背負うことは出来る?」

「仲間の……命?」

聞き返すミクロの言葉にシャルロットは頷いた。

「貴方は今まで自分を犠牲にすることで勝ってきた。だけど、これから先はそれだけでは終わらない」

視線をリュー達に向ける。

「貴方の心を壊す為なら破壊の使者(ブレイクカード)は貴方ではなく仲間を狙ってくる可能性もある。その時、貴方は仲間を守れるの?」

不可能だ。

ミクロが強くても仲間を狙って来られたら誰であろうと守ることは出来ない。

一人や二人ならともかく複数ならもういくら手を尽くしても限度がある。

「私達を甘くみないでください」

リューがシャルロットに向けて口を開く。

「私達はいつまでもミクロの足を引っ張らない」

「あたしらだって戦えるのさ」

「もう誰も失わない、失わせない」

それぞれの決意を告げるリュー達にシャルロットは嬉しそうに微笑む。

「甘いのは貴方達よ」

だが、一瞬で微笑みが消える。

破壊の使者(ブレイクカード)は貴女達の想像以上に強い。ミクロがやっと勝てる相手に貴女達が勝てるほど彼等は優しくはない」

リュー達では勝つことは出来ない。

そう告げるシャルロットは槍をもう一度構える。

「見せてあげる。本来の力より三割減しているけど、それでも貴女達が束になっても勝てないということを」

「っ!?」

危険を察したミクロは大きく後退してシャルロットと距離を取るとシャルロットが持つ槍から白い煙が発生していた。

「『ディオン・ヴァード』」

振り払われる槍から氷の飛礫が放出された。

飛礫を回避するミクロはシャルロットが使っている槍の正体に気付いた。

「氷の魔武具(マジックウェポン)……」

正体に気付いたミクロの回避先に氷の槍が地面から襲ってくるがミクロは体を捻らせて回避して投げナイフでシャルロットに投げるが容易に躱される。

「これは私の自慢の作品の一つ、『魔導』『神秘』『鍛冶』のアビリティを獲得した者だけが作製可能とする。それが魔武具(マジックウェポン)

自慢げに語るシャルロットは槍を見せびらかす。

「『鍛冶』のアビリティを持つと魔剣が打てる。『神秘』のアビリティを持つと魔道具(マジックアイテム)が作製できる。そこに『魔導』のアビリティを加えるとどうなるのかと思いついて作り上げたのが魔法と同等の効果を生み出す武器、魔武具(マジックウェポン)。魔剣のように砕けることはないのよ」

槍の穂先に氷の玉を創り出すシャルロット。

「この槍には大気の熱を吸熱させて温度下げて氷を発生し、その氷を操ることが出来るの。こんな風に」

氷の玉が大きなって竜の姿へと形を成していく。

「アイス・ヴィーヴルかな?」

ヴィーヴルの形をした氷の竜がミクロ目掛けて襲いかかってくる。

瞬時にミクロは魔道具(マジックアイテム)『ヴェロス』を展開させて『砲弾』を放つが氷の竜はすぐに元に戻る。

しかも、ミクロの周囲から氷の刃が一斉に襲いかかって来た。

氷の竜の影を利用して『スキアー』を使って回避行動を取るミクロの心情は驚き以外なかった。

ミクロは今まで多くの人達と戦ってきた。

だが、ここまで常識はずれな相手は初めてだった。

更に言えばシャルロットは槍をの腰にはまだ二振りの武器がある。

その二つも魔武具(マジックウェポン)なら状況は絶望的。

「ほら、ぼさっとしない!」

迫りくる氷の竜と凶器。

その中でミクロは超短文詠唱を唱える。

「【駆け翔べ】」

白緑色の風は迫りくる氷の竜と凶器を破壊する。

狙いを定められないように風を纏い、瞬間移動に近い変則移動を行うミクロは一瞬でシャルロットの背後に移動する。

槍の攻撃範囲外に侵入したミクロはシャルロットを気絶させる為に攻撃を行う。

「っ!?」

しかし、シャルロットとミクロの間に氷の壁が出現して攻撃を防がれる。

「本気を出しなさい!」

振り払われる槍に吹き飛ばされるミクロに氷の追撃が直撃するがミクロにそこまでの損傷(ダメージ)はない。

異常な耐久力を持つミクロにとって深手を負わせることは難しい上に氷には以前戦ったエスレアとの戦闘で氷にも適応している。

しかし、現状は変わらない。

まずはシャルロットが持つ槍をどうにかしなければ状況は改善しない。

再び風を纏い、加速するミクロ。

今度はすぐに接近はせずにシャルロットを取り囲むように動き回る。

すぐには攻めない。フェントを重ねて突貫する。

「甘い!」

それでも動きを先読みしているかのようにシャルロットはミクロが突貫してくる前方に氷の壁を出現させる。

「見えなくても場数を踏めば勘で相手の動きを読め――」

シャルロットの足元から風を纏った鎖分銅が姿を現した。

動きを先読みしていることは先ほどの動きで把握していた。

なら、それを読んだ上でミクロは動いた。

防御する際に氷の壁を出現させるのならそれを死角として地面に風を付与させた鎖分銅を地面に突き刺して地面からシャルロットの槍を奪いに行く。

槍に巻き付く鎖分銅を引っ張って何とかシャルロットの手から槍を奪うことに成功。

奪い返されないように槍を『リトス』に収納する。

「これで槍は使えない」

「……そうね、今のは予想外だったわ」

技と駆け引きはミクロの方が上を行っていることを素直に認めて称賛するシャルロットは腰に携えている二振りの刀に手に持つ。

「………まだ戦わないと駄目?」

槍を奪って戦いが終わるとは思っていなかったがそれでもここで戦い終わって欲しいとは思っている。

「駄目よ。ミクロ、貴方は何の為に戦うの?」

家族(ファミリア)を守る為」

即答する。

「………貴方は家族(ファミリア)を守る為にここまで強くなれたのね。大切なものを守る為の力。なら、この戦いでその想いを貫く力を見つけなさい。『ヴェント・フォス』『バルク・フォス』」

片方に風を片方に雷を纏う二振りの魔武具(マジックウェポン)

「次は私から攻めるね」

「ッ!?」

一瞬で距離を詰められると同時シャルロットの怒涛の攻めが繰り出される。

辛うじて防御、回避することは出来てはいるが攻撃に転じることができない激しい攻め。

アイズの(エアリエル)のように攻守優れ、ミクロの魔道具(マジックアイテム)『レイ』のように高速移動を繰り出す。

まるで本気の自分と戦っているように思わされる。

魔法ではない魔武具(マジックウェポン)で魔法と同等かそれ以上の効果を生み出すシャルロットの魔道具作製者(アイテムメーカー)の手腕。

風と雷にも適応はある上にミクロの魔法で風は相殺できるが雷の魔武具(マジックウェポン)の方は防御しても武器を通して電撃がミクロに襲いかかる。

適応していなかったら今頃ミクロは全身が痺れて動きが確実に鈍っていただろう。

「私はね、基本的は後衛を担当していたけど別に前衛も出来るのよ?」

貴方と一緒ね。と話すシャルロットだが、それは今も身を持って知っているミクロ。

へレスほどではなくともアイズに負け劣らずの剣技も兼ね備えた魔術師(メイジ)

しかも、これで本来の実力の三割減。

これが【シヴァ・ファミリア】副団長、シャルロット・イヤロスの実力。



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New43話

ミクロとシャルロットの戦いでミクロはシャルロットから氷の魔武具(マジックウェポン)を奪うことに成功したが別の二振りの魔武具(マジックウェポン)に防戦を強いられている。

怒涛の攻めに反撃する余地すらも与えてはくれないシャルロットだが、ミクロが防戦に強いられるのはそれだけではない。

純粋にシャルロットが強いということもあるが、それ以上にミクロは今戦っているシャルロットに戦うどころか自身の得物も向けたくなかった。

自分を産んでくれた。

命を与えてくれた。

助けてくれた。

救ってくれた。

愛してくれている。

ミクロにとってシャルロットは母親であり、大切な人である。

そんな人を傷つけることなんて出来ない。

「………辛そうね」

連続攻撃を繰り出しながらシャルロットはそう口にする。

「俺は……母さんと戦いたくない………」

正直に自分の気持ちを打ち明けるミクロだが、シャルロットの攻撃は止まらないどころか更に加速する。

「う……!」

加速するシャルロットの攻撃にミクロの身体に傷が出来る。

「非情になりなさい。貴方のお父さん――へレスは戦いにおいては誰よりも非情よ。相手が誰であろうと敵であるのならそこに容赦の言葉はなかった」

「俺はあいつじゃない!!」

父と比べられて叫ぶミクロ。

だけど、その否定の言葉をシャルロットは否定で返した。

「いいえ、貴方はあの人の子供よ」

「あいつは母さんを見捨てた!母さんより主神を選んだ!」

腹の底のあるものを吐き出すように叫んだ。

ミクロはへレスが自分の父親だと理解はしている。

だから、今度会ったら罪を償って貰おうとギルドにフェルズに頼んで罪を軽くしてもらうように頼み、もう一度家族として過ごせるように自分の願いを述べた。

もし、困っていることがあるのなら力になるつもりでもいた。

58階層で遭遇とした時にその事をへレス本人に告げたがへレスは迷いもなくそれを拒否した。

「あいつは俺の手で倒す!もう……そうするかない!!」

父親を倒す為に強くならなければならない。

もうへレスにミクロの言葉は届かないと心の中で悟っているからだ。

なら自分の手で倒すことが【シヴァ・ファミリア】の子供として、家族として、息子としてできる最後の親孝行だからだ。

例え自分の事を愛してくれてなくても母親であるシャルロットのことを愛してくれているのならそれでいいがへレスは自分の妻よりも主神であるシヴァを選んだことはミクロは許せれなかった。

「………確かにあの人は私達より主神であるシヴァを選んだ。でもね、ミクロ……貴方にあの人の苦しみがわかる?」

沈痛な顔立ちで話すシャルロットは攻撃を止めてミクロに話す。

「私が【シヴァ・ファミリア】に入団したのはあの人を救う為。あの人は産まれた時からずっと苦しんできた。私はそんなあの人を放っておくことができなかったの」

自身の入団理由を語るその言葉は慈愛に満ちていた。

たった一人を救う為にシャルロットは【シヴァ・ファミリア】に入団した。

「あの人だけじゃない。破壊の使者(ブレイクカード)達は全員、辛い過去を持っている。これから先貴方はそんな相手と戦わなければならないの」

だからこそシャルロットは告げる。

非情になれ、と。

仲間を守る為に、家族(ファミリア)を守る為に相手の過去に情を傾けることなく倒す為にはそうならなければならない。

我が息子の心を守る為に。

その為にシャルロットはミクロに刃を向ける。

家族(ファミリア)を守る為に、私の屍を超えて行きなさい。それが出来なければ貴方は誰も守ることは出来ない」

再び怒涛の連続攻撃を放つシャルロットにミクロは防戦一方。

「………ッ!」

シャルロットの考えは理解出来た。

だが、それとこれとは別問題だ。

これからの戦いの為に自身の母親を殺す事なんてミクロにはできない。

他の破壊の使者(ブレイクカード)の誰かなら可能でも自身の母親に刃を突き刺すなんてことはしたくなかった。

「どうしてもできないのなら私がここで貴方を殺して――――あの子達も殺してあげる」

視線をリュー達に向けられて告げる。

「これから先、辛い想いをする前に母親である私の手で楽にしてあげる。死後も一人で寂しい思いをしない為にあの子達も貴方の後を追わせてあげる」

淡々と告げられるその言葉にミクロは目を見開く。

「させないッ!!」

「ッ!?」

シャルロットの魔武具(マジックウェポン)を弾いてミクロはこの戦いで初めて攻撃に出る。

「そんなことはさせない!絶対に!!」

自分だけならともかく大切なリュー達までも殺させるわけにはいかない。

シャルロットを倒せなければ自分だけでなくリュー達までも殺されてしまう。

それなら自分は一切の情を捨てた修羅にでもなる。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう。礎となった者の力を我が手に】!!」

風を消して詠唱を歌うミクロ。

「【アブソルシオン】!」

再びミクロは詠唱を歌い始める。

「【我が身は先陣を切り、我が槍は破壊を統べる】!」

それはかつて倒したセツラの魔法

「【ディストロル・ツィーネ】!」

ミクロの手には黒い槍が握られて閃かせる。

「ッ!?」

怒涛の連続突きに今度はシャルロットが防戦を強いられるがその表情は薄っすらとだが笑みを浮かばせていた。

ミクロは父親より母親寄りだった。

その戦い方も攻めるようも守りを重視している。

だけどミクロには父親であるへレスの才能も受け継いでいる。

攻撃的で鋭い怒涛の攻め。

防御無視の攻撃を重視した戦い方。

今まではミクロの優しさにより、攻撃よりも防御を優先していたがシャルロットがその枷を外してミクロは父親と同じ戦い方をする。

怒涛の攻撃、鋭すぎる槍捌き。

まさにへレスを連想させるかのような戦い方だった。

その戦い方を見てシャルロットは嬉しかった。

敵に情けをかけず自分が生き残れる為には情を捨てなければいけない。

「倒す!」

二振りの魔武具(マジックウェポン)が宙を舞い、黒い槍はシャルロットの心臓目掛けて向かってくる。

愛する息子であるミクロには生きて幸せになって欲しい。

どうしても辛い時はミクロを支えてくれる仲間がいる。

もうミクロは自分が守らなくても自分の力で幸せを掴み取って行ける。

それが知れただけでもシャルロットはもうこの世に未練はない。

唯一心残りなのがへレスを救うことが出来なかったことぐらいだが、今更そんなことを言っても仕方がない。

迫りくるミクロの槍にシャルロットは目を閉じて死を受け入れる。

「………………?」

だが、いつになっても痛みが襲って来ないことにシャルロットはゆっくりと目を開けると自分の胸に触れるか触れないかのところで槍は止まっていた。

「………どうして?」

自分を殺さないのかと尋ねる前に頬に痛みが走った。

魔法である黒い槍を消したミクロがシャルロットの頬を叩いたからだ。

「母さんにもう武器はない。だから俺の勝ち」

勝利宣言を告げるミクロ。

「俺はもう誰も殺さない。例えそれが辛い道だろうと俺はその道を進む。俺を尊敬してくれる二人の為にも俺はこれ以上手を汚すわけにはいかない」

純白と純粋の心を持つ二人が手の汚れた自分の事を受け入れてくれた。

真っ直ぐな瞳で。

心強い言葉で。

受け入れて今でも自分の事を尊敬してくれる。

そんな二人を裏切ることは出来ない。

手の汚れた自分はもう戻ることは出来なくても停滞することは出来る。

少しでもあの二人が尊敬できる師として団長でいられるようにミクロはもう人を殺さない。

「………それが家族(ファミリア)を死なせることになっても貴方はそう言えるの?」

「死なせることを前提にしないで欲しい。俺の家族(ファミリア)はそこまで弱くない。例え、破壊の使者(ブレイクカード)が相手でも戦えると俺は信じている」

絶対の信頼の言葉をシャルロットに告げる。

その答えにシャルロットは息を吐いた。

「………強く、なったのね」

もう自分があれこれと考える必要がないぐらいにミクロは強くなったことに心から嬉しく思っているとミクロはシャルロットに手を伸ばす。

「少しでもいいから一緒に暮らそう」

「………そうね、もうフレイヤ様との契約は解約しているし残った時間を愛する息子とその仲間達と一緒に余生を過ごすのもいいわね」

微笑みを浮かべてミクロの手を取るシャルロット。

「でも、タダで済ませて貰うのは申し訳がないから団員達を鍛えてあげるわ。私、結構酷烈(スパルタ)だけど大丈夫?」

「問題ない」

そんなものは慣れていると言わんばかりに当然と告げる。

母と子の戦いが無事に終えたことにリュー達は安堵して二人に歩み寄って軽く自己紹介などを行っているとシャルロットはミクロに言う。

「ところでミクロ、貴方の恋人はどの子?せっかくできる義娘を紹介して」

「いない。皆大切な家族」

そのらしい答えに肩を落とすリュー達を見てシャルロットは苦笑を浮かべる。

その辺りはおいおい知って行くとして今はもう一つ重要なことをミクロに伝える。

「ミクロ、実はね――――」

 

 

 

 

 

戦闘が無事に終えたミクロとシャルロットは冒険者通りの路地裏奥にある『魔女の隠れ家』に足を運んでいた。

「ひひひっ。相変わらず面妖な姿だね、シャルロット。そっちは有名な【覇者】じゃないかい」

長台(カウンター)の奥にいる鉤鼻の老婆レノアにシャルロットは尋ねる。

「例の物はある?」

「ああ、しっかり管理しているさ」

立ち上がり、奥の方へ方から一本の黄金色の長槍。

「これを取りに来るときは息子だけと聞いていたけど、ひひひ、お前も来るとはねぇ」

「ええ、少し延命できたのよ。少しの間は息子と生活を共にするわ」

「そうかい、ほれ、持っていきな」

老婆の手から渡される黄金色の長槍をシャルロットはミクロに託す。

「ミクロ。これはいずれ貴方に渡そうと思っていた貴方専用の魔武具(マジックウェポン)よ。これから進む貴方の障害をこれで破壊しなさい。これはその手助けをしてくれる」

託されたその槍を見つめるミクロにシャルロットは銘を告げる。

「『アヴニール』。貴方の幸せな未来を願うわ」

託されたその槍を持ちミクロは感謝の言葉を述べる。

「ありがとう、母さん」



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New44話

無事にシャルロットとの戦いが終えて、ミクロ達は遠征の疲れを取る為にしっかりと休息を取っていた。

取っているはずなのにミクロは中庭で一人、鍛錬をしている所をシャルロットに見つかった。

「ミクロ、しっかりと体を休ませなさい」

「もう問題ない」

スキルの効果も相まってミクロは常人よりも回復が速い。

一日しっかり休めばもう全快と呼べるほどに。

それを聞いたシャルロットは溜息を吐いた。

「まったく、他の皆が心配するわけね。ミクロ、こっちに来なさい」

その場で膝を折ってミクロに手招きするシャルロットにミクロはシャルロットの言葉に従うと膝枕される。

「こんな天気のいい昼間に鍛錬するなんて勿体ないわ。日向の下で休むのもいいものよ」

愛する息子の頭を撫でながら陽の光の下で日向ぼっこをする二人。

アグライアの許可を得てシャルロットはミクロ達の本拠(ホーム)で住めれるようになり、残された余生を少しでも息子と共に行動している。

「………落ち着かない」

慣れないことに落ち着かないミクロはぼやく。

「元気なのはいいけど休むことは大切よ。もう少しゆとりを持ちなさい」

ミクロの鼻をピンと弾く。

今までミクロはゆっくりする気概はなかった。

少しでも強くならないといけない状況に立たされて、他の団員達の面倒や弟子であるセシルの教育という酷烈(スパルタ)はたまた団長としての仕事がある。

休む暇があったら鍛錬につぎ込んできたミクロは昼間からこうして落ち着くことなんてなかった。

暖かい陽の光に覆われて温かくなる身体。

日向の下はこんなにも暖かいものだと初めて知った。

路地裏の薄暗い日陰に透き通る冷たい風とは違う暖かく居心地のいい気持ちに包まれる。

重くなっていく瞼に抵抗するように開こうとするミクロの目をシャルロットは手で覆って隠す。

「ここにいてあげるから寝ていなさい」

「………うん」

穏やかに告げられるシャルロットにミクロは眠気に負けて眠りにつく。

日向の下で寝息を立てるミクロの頭をシャルロットは微笑ましく思う。

久しぶりに見たミクロの寝顔を思う存分に満喫する。

「顔つきは私似だけど、目つきはあの人似ね………」

出来れば目つきも私似だったら嬉しかったのに…と軽い愚痴を溢す。

「まぁ、顔つきが悪いあの人に似なくて良かったわ……」

ミクロが自分似でまだ可愛らしい顔をしていること安堵する。

下手をしてへレス似だったらこんな可愛らしい寝顔は見えなかった。

「シャルロットさん、こちらにおられましたか」

「あら、リューちゃん」

中庭に足を運んできたリューはミクロが寝ている事を見て少し微笑む。

「しー。静かにね?私に何か用事?」

「いえ、大した用ではありません」

二人の近くに腰を下ろすリューは寝ているミクロを見てしまう。

昼寝するミクロの姿なんて初めてだったためか少し新鮮だった。

「リューちゃん、ありがとね」

「え?」

「アグライア様から聞いたよ、ミクロに色々なことを教えてくれたのは。苦労したでしょう?」

「いえ、ミクロは物覚えは良い方でした」

無知だったミクロにリューは色々なことを教えてきた。

しかし、それは自分だけではない。

かつて所属していた【アストレア・ファミリア】の仲間達もミクロに色々なことを教えていた。

リューを含めて全員がミクロのことを弟のように大切に扱っていた。

「それに、私がこうしていられるのもミクロのおかげです」

アリーゼ達が卑劣な罠に嵌められて命をおとし、復讐という炎に身を堕としていたリューを救ってくれたのは他でもないミクロ。

心から感謝し、今ではミクロに愛を捧げている。

本人が微塵も気付いてくれないのは少し複雑だが。

「いい子に育ってくれて何よりだわ。流石は私達の子ね」

誇らしげに胸を張るシャルロットはミクロの頭を優しく撫でる。

我が子を慈しむように慈母のような優しさを持つシャルロットの膝の上でミクロは寝息を立てている。

「いざという時、ミクロの事をお願いね」

シャルロットはリューに告げる。

「この先ミクロは辛い選択が迫られる。その時に必要なのは強い武器でも身を守る盾でもない。もちろん魔法でもスキルでもない。隣に立っていてくれる人が必要になるの」

「………」

「私は辛い想いをした破壊の使者(ブレイクカード)達に自分の幸せを自分で掴んでもらいたくて魔道具(マジックアイテム)魔武具(マジックウェポン)を託したの。だけどそれは間違いだった。本当に必要なのは心から信頼できる人」

シャルロットは自身の過ちをリューに話す。

シャルロットは辛い過去を持つ破壊の使者(ブレイクカード)達に自身の作品を託してきた。

仲にはエスレアのように自身の力のみを貫く者もいたがそれは自身の力しか信用できないと言外に告げている。

エスレアは戦場で産まれ戦場で育てられた。

戦うことでしか悦ぶことを知らず、強敵を倒せば充実感が満たされる。

戦うことでしか楽しむことを知らない。

「気付いた時にはもう手遅れ………そこで私は気付いたの。人を救うことが出来るのは人だけってことを。だから貴女にお願いしたいの。ミクロが辛い時は傍にいてあげて」

「………どうして私に?」

自分以外にもミクロの事を大切に想っている者達がいる。

それなのにどうしてシャルロットはリューを選んだのかと怪訝するリューにシャルロットは答える。

「貴女がミクロの事を愛しているから」

あっさりとそう告げた。

「そしてミクロも誰よりも貴女の事を信頼している。他の人達よりもね」

リューだけではなくミクロの心までも見抜いていたシャルロット。

その洞察力はいったいどこまで見通しているのだろうか。

言いたいこと、聞きたいことが沢山あるが今はそれはどうでもいい。

真意を持って懇願してくるシャルロットにリューも真意を持って返答する。

「もとより私はそのつもりです。ですが、シャルロットの気持ちは確かに受け取りました。この身を持ってミクロは私が守ります」

「ええ、お願いするわ」

シャルロットには時間がない。

身体が動けなくなるまで持って数週間。ミクロが何とかしてくれたとしても一ヶ月が限度といっていいだろう。

その間に自分で出来ることはしなければならない。

母親として愛する子供ミクロの為に。

「ミクロ、起きなさい」

「………うん」

起き上がるミクロは瞼を擦りながら二人に視線を向ける。

「ミクロ、私はこれからリューちゃんを鍛えたいから今日の鍛錬は止めてたまには街中を散歩してきなさい」

「わかった」

シャルロットの言葉に従って中庭から離れていくミクロを見てシャルロットはミクロから貰った『リトス』から二振りの魔武具(マジックウェポン)を取り出す。

「リューちゃん。私は貴女にミクロをお願いしたけど今のリューちゃんに破壊の使者(ブレイクカード)をぶつけても敗北するだけ。だから私が鍛えてあげる。それともミクロが欲しかったら私を倒してからにしなさいって言った方が燃えるかな?」

笑いながら挑発じみた言葉を述べるシャルロットにリューは小太刀を抜刀する。

「そうですね。では、私の勝利の暁には私の事を認めてください」

ミクロは自分の力で振り向かせてみせるリューはその時に恋仲だということを親であるシャルロットに認めて貰えるように告げるとシャルロットは笑みを深くさせる。

「ふふ、いいよ。リューちゃんが私に勝てたら認めてあげるね。でもそう簡単に勝たせてあげる程私は優しくないよ?」

「心得てます。それに手加減されて勝てたとしても何の意味もない」

どうせなら完全勝利を得て認めてもらう。

その気迫にシャルロットは嬉しく思いながらもそれとこれとは別と思考を切り替えて得物を強く握りしめる。

二人は実戦に近い模擬戦を行い始め、その過激さは増していく。

 

 



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New45話

『シャルロット、君が生きていたとは正直驚かされるが……君らしいと思う私もいる』

「久しぶりね、フェルズ」

眼昌(オルクス)を通して久しぶりに再会を果たすシャルロットとフェルズ。

「あの時はごめんなさいね、夫の目を欺くにはああするのが一番だったの」

フェルズに何も告げずに死んで実は生きていたと言うわけにもいかずにシャルロットは一度死んで今になって再開を果たしていた。

『まさかモンスターを魔石をヒントに肉体を入れ替える方法を取るとは………私も人の事は言えないが君も十分無茶苦茶だ』

「賢者が思いつかない方法を取れて私は満足よ」

肉を捨て骨の姿で永遠の命を手に入れたフェルズでさ肉体を捨て別の肉体へ入れ替える方法は思いつかなかったがその自由の発想力は間違いなくシャルロットと感じされてしまう。

『私がミクロ・イヤロスと接触し君の魔杖を渡すのも君の計算通りだったのか?』

「まさか、そこまで先のことを読める訳ないでしょう?」

微笑みながら否定の言葉を述べるシャルロットだが、フェルズは内心訝しみながらも取りあえずは頷いて応じる。

「それより貴方にお願いがあるのよ、フェルズ」

『再会早々いったい何を私に頼むつもりだ?君の性格は知っている私から言わせてもらえば今から君は無茶ぶりを私に押し付ける気がしてならないが?』

「ミクロにオラリオの外の景色を見せたいから外出許可をちょうだい。今日中に」

笑顔で無茶な懇願を言うシャルロットにフェルズは頭を押さえる。

ギルドは第一級冒険者を始めとした都市戦力の流出を何よりも恐れる。

一部の特例を除けば都市を好きに出入りできるものは皆無であり、【ファミリア】が外出許可を得ようとすれば煩雑な手続きが必要になる。

長い時は数日の時間を要する外出許可をシャルロットは今日中にと要求してきた。

『………私はギルドの権限を自由に使えるわけではない』

「建前があればいいんでしょう?そこを適当に見繕うことぐらい賢者様なら簡単でしょ?」

『君のその性格がミクロのそっくりに反映しなくてよかった……』

自由奔放の性格がミクロに反映していればきっと気苦労が多いだろう。

しかし、ミクロもあれこれを勝手に決めているところがあるのもきちんとシャルロットの遺伝子を受け継いでいる証拠。

ミクロもそれなりに自由奔放だ。

『…………わかった、何とかしてみせよう。君のその意見には私も賛成したい』

助けることが出来なかった償いではなくフェルズ自身のミクロに対する情として色々なものをミクロに見せてやりたいという気持ちはある。

ミクロの為にその無理難題をフェルズは受け持つ。

「ありがとう、フェルズ」

『構わないさ、それに私が折れるまで頼み続けるつもりだったのだろう?』

そういう頑固なところも慣れていると付け加えてフェルズはそこで通信を切るとシャルロットは不満そうに呟く。

「私ってそんなに頑固者……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

港街(メレン)

オラリオの南西に位置する港街で距離は三K(キルロ)ほどしか離れていない、巨大汽水湖――――――ロログ湖の湖岸沿いに栄える街は事実上、オラリオの海の玄関口。

オラリオにとっての海洋進出の要所である。

「ここに来るのも久しぶりね………」

フェルズの苦労により、外出許可を手に入れたシャルロットはミクロを連れて港街に足を踏み入れていた。

「………」

ミクロにとって初めてのオラリオの外の景色は言葉では表せれない。

独特な潮の香り、青い海の景色。

どれも見て感じたことのないミクロにとって初めての経験だった。

「ほら、行くわよ」

シャルロットに手を引かれながら港街を歩くミクロは出品してある鮮魚な蟹や海老など港街が海の香りで満ちていた。

道歩くところに漁師を見かけては別のところで見覚えのある商人を見つけたりなど交易や貿易もあるんだなと考える。

「取りあえずはまずは確認だけしておきましょう」

もちろんミクロ達は遊びできたわけではない。

港街にあるギルド支部で働いている支部長ルバート・ライアンには密輸疑いがある。

今回ミクロ達が港街(メレン)に訪れたのはルバートの容疑が本当かどうかを調べる為である。

一応はギルドが納得できる仕事を言い渡してきたフェルズに感謝しつつシャルロットはまずは支部長に挨拶という観察をしようと向かう途中でミクロは見覚えのある人達と出会った。

「アイズ、ティオナ」

「ミクロ………」

「ミクロ!この間ぶり!」

【ロキ・ファミリア】であるアイズ達と偶然の遭遇をした。

「何で自分がここにおるん?」

「仕事」

ロキの質問に素っ気なく答えるとロキはミクロの隣にいるシャルロットに視線を向けて一瞬口元がにやけるがすぐに真剣な表情を浮かべた。

「……自分、何者や?」

「お初にお目にかかります、ロキ様。私はシャルル・イリヤと申します。この度は団長であるミクロととある件に関する調査を行う為に参りました」

シャルル・イリヤとさらりと偽名を告げるシャルロット。

「うちが言いたいのはお嬢ちゃんの名前やないで?つーかそれ偽名やろう?」

「はい、訳あって【アグライア・ファミリア】に匿って貰っている身ですので私の事はそうお呼びください」

あっさりと偽名を見破るロキに対してあっさりと白状して身の上を隠すシャルロット。

「何?あんたも食人花の調査に来たわけ?」

「違う。機密事項で内容は言えない」

下手に情報漏れを防ぐために知っているものは最小限にしなければならないミクロはそう返答する。

アイズ達【ロキ・ファミリア】はダンジョンの出入り口が他にあるかもしれないということで大汽水湖にダンジョン『下層』に通ずる穴に綻びがあるのか調べに来た。

そこを通して食人花を地上に排出しているかもしれないという小さな疑問を消す為に。

「必要なら手伝う」

それを聞いてミクロはアイズ達の仕事も手伝おうとする。

だが、シャルロットがミクロの襟首を掴む。

「ミクロ、私達は私達でやることがあるのだから自分の仕事を終えてからにしなさい。それでは【ロキ・ファミリア】の皆さん、失礼しますね」

「また」

アイズ達に一礼して去って行くミクロ達にアイズ達は困惑気味に苦笑する。

「誰だろう?レフィーヤ、あの子のこと知ってる?」

「い、いえ、私も初めてお会いしました」

「訳ありみたいな感じだったけど……まぁいいんじゃない?向こうも向こうですることがあるみたいだし、私達も私達のことをしましょう」

「そうやで!さぁうちについてき!ニョルズから聞いた穴場があるんや!」

漁業系の【ファミリア】の主神であるニョルズから聞いた穴場の情報をもとにアイズ達はメレンの漁港から南下し、街を離れた先にある浜辺(ビーチ)に到着。

「さっきぶり」

「なんでや!!」

すると先ほど別れたミクロがそこにいた。

「ミクロ、貴方も早く………先ほどぶりです」

水着姿で影から姿を現したシャルロットは先ほど会った【ロキ・ファミリア】一同に挨拶する。

シャルロットが以前から知っていた穴場でミクロと二人きっりで泳ごうと思い仕事を放棄してこの浜辺にやってきたが予想外にロキ達までもやってきたことに溜息が出た。

さっかくの親子水入らずの時間がと嘆くシャルロット。

「………まぁ、かまわへん。さぁアイズたん達―――――――これを着るんやー!!」

時は着たとばかりにロキは荷物(バックパック)の中身をぶつまけるとアイズ達全員分の水着が入っていた。

「えっと………」

だが、水着を手に持つが着ることに躊躇いがある。

「?」

この場に一人いる異性であるミクロに視線を向けられるがミクロはよくわからず首を傾げるとロキはミクロに憤慨する。

「おおい!【覇者】!どっかいけや!!自分がおるせいでアイズたん達が躊躇って水着を着れれんやろうが!!」

「何で?」

しかし羞恥心がわからないミクロにとってはどうして躊躇うのかわからない。

「そりゃ……ええっと、恥ずかしいやろう!?」

「何が?」

「男に肌を見られるのがや!?」

「肌?」

自身の皮膚を抓むミクロはこれのどこが見られて恥ずかしいのかよくわからない。

「…………自分、女が目の前で裸やったらどないする?」

「風呂の話?」

首を傾げて尋ねるミクロにロキは深く溜息が出た。

こいつ本当に男なのかという疑問さえ覚えた。

「ロキ様、ミクロは女性をそういう風には見ませんので問題はありません。むしろ【ファミリア】でもミクロのこういうところを改善しようと案が出ているぐらい愚鈍なのです」

ミクロは異性に関心を持っていない。

そのことにどうすればいいのかと密に団員達がアレコレと考えている。

「……ああもうええわ。みんなーそうことさかい気にする必要あらへんよ」

一連の話を聞いたアイズ達は少し微妙な気持ちになりながらも水着に着替えていく。

「ほら、ミクロはこっち」

ミクロもアイズ達とは違うところで水着に着替える。

全員が水着に着替えてロキが高らかに叫ぶ。

「さぁみんな、一旦仕事は忘れて存分に遊べっ!!海水浴ならぬ、湖水浴や!余計なものも交じっとるが………戦う乙女達の束の間の休息ー!!勿論ポロリもあるでぇええええええええええええええッ!!」

『ない!!』

「ぽろり?」

「それは知らなくていいの」

悪神の下心にアイズ達は赤面しながら一斉に言い返すとミクロはぽろりとは何かとシャルロットに尋ねるとシャルロットは諭すようにそう告げた。



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New46話

「………」

泉とはまた違う湖の味は少し塩辛かった。

「泳ぎましょうか」

「うん」

シャルロットに背中を押されて泳ごうと水中に浸かって湖の中をすいすいと泳ぐ。

青く澄んでいる湖の中でも視界は利いて互いの顔が確認できる。

ある程度泳ぐと二人は同時に湖から顔を出す。

「ミクロー!一緒に遊ぼう!そっちの子も一緒にさ!」

「わかった」

「行ってきなさい、私は遠慮しておくわ」

ティオナに誘われて返答するミクロにシャルロットは子供同士の遊びに大人が交ざる訳にもいかずに距離を取って見守ることにする。

ティオナ達と湖水浴をするミクロを見て【ロキ・ファミリア】の年長者達はそんなミクロを見て複雑な気持ちになっていた。

「確かにロキの言う通りだけど……」

「あれはあれで、ね………」

猫人(キャットピープル)アナキティ・オータム通称アキとエルフのアリシア・ファレストライトはロキの言葉通りミクロはアイズ達を邪な目で見ていない。

遠征を共にした仲で多少なりは言葉は交わしたことがあるなかでどういう人物かは大体はわかっていた。

安心はできる。

だが、それはそれでまるで自分達に魅力がないと思わざるを得ない。

主神の女好きという性格もあって【ロキ・ファミリア】は美女美少女が多い。

同じ派閥の者であれば慣れているだろうと思うがミクロは別派閥の人物。

それなのに一度たりとも凝視すらしていない。

普通の男性であれば鼻の下を伸ばしてもおかしくない光景をミクロはいつもと変わらないようにしている為、これはこれで嫌だった。

女の誇り(プライド)が微妙に傷付く。

見た目と同じように無垢な子供と思えばまだ気が楽だろうと考えるが他派閥とはいえ第一級冒険者相手を子供扱いはできない。

複雑な気持ちがより深くなってしまう。

「アイズさん!良ければ私達と遊びませんか?」

「………えっと」

一人でいるアイズに気付いたレフィーヤが、楽しげな表情で誘う。

「………わ、わたしは……いい、かな………」

「?」

そわそわしているアイズに、レフィーヤが首を傾げているとロキが核心を告げる。

「なんやー、アイズたん?もしかして、まだカナヅチ直っとらんのかー?」

「ア、アイズさん………泳げないんですか!?」

挙動不審するアイズの反応にこの場にいる誰もが気付いた。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインはカナヅチだと。

「ダンジョンの水辺の階層で泳がなかったの?」

ミクロはそこで泳ぎを覚えた。

水中モンスターに喰われそうになったこともあったが今となっては水中でも平然とモンスターを倒せれるようになった。

しかし、アイズは違う。

あまり水辺に近づかず、水中に落ちそうになっても魔法で水面を蹴って離脱してきた。

「……泳ごうとすると、沈んじゃって…………」

両手を組み、その細い指をもじもじいじり出しながら白状するアイズの頬は赤くなる。

足がつくところなら問題ないアイズだが、顔を水につけると駄目らしい。

「アイズ」

そんなアイズの腕をミクロは掴む。

「命懸けならすぐに克服できる」

「え?」

瞬間、ポーンと空中に投げ飛ばされて激しい水飛沫と共に湖の中に落ちる。

あまりに唐突な為、【ロキ・ファミリア】全員は一瞬呆ける。

「ア、アイズ~~~~~~~~~~~~!!!」

「な、何しているんですかぁぁぁああああああああああああああああああッッ!?」

救助に向かうティオナ達と唐突過ぎる行動を取るミクロに怒鳴るレフィーヤ。

ロキは砂浜で石像に化している。

「戦闘と同じように命懸けならすぐに克服して上達する」

「非常識極まります!!貴方とアイズさんを一緒にしないでください!!」

「戻ってきたらもっと遠くに投げるか」

「まだ続ける気ですか!?」

どこへ行っても訓練には酷烈(スパルタ)なミクロ。

一度は師事を受けたことがあるレフィーヤは相変わらず無茶苦茶な訓練に叫ばずにいられない。

ティオナ達の手によって救助されたアイズはぐったりと項垂れていた。

「ミクロ……酷い…………」

「あれはやり過ぎよ」

「うんうん!私達でもしないよ!」

非難の声が向けられるミクロは困ったように口を尖らせる。

「アイズが手っ取り早く泳げるようにしたかっただけ………」

「それでもやり方があるでしょうが………」

いくらアイズの為とはいえ、これはないと断言する。

ならと言わんばかりに『リトス』から真珠のような魔道具(マジックアイテム)をアイズに手渡す。

「『テース』。水中戦を前提に作製した魔道具(マジックアイテム)。口の中に入れるだけで水中でも呼吸ができるようになる」

「いろんなものを作るわね、あんた」

様々な魔道具(マジックアイテム)を作製するミクロは『テース』をアイズに渡すとアイズは口に入れて試しに足が付く場所で顔をつけてみるとミクロの言葉通り水の中でも息がすることが出来た。

「効果は十時間。これなら顔が水につけても問題ない」

「うん、ありがとう……」

これなら、落ち着けて泳ぎの練習ができると安堵するアイズの腕をミクロは掴む。

「沈んでも問題ない」

そして再びポーンと空中に投げ飛ばされるが二度も同じ手が通用するほど【剣姫】は甘くない。

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

魔法(エアリエル)を使って二度目の沈没を防ぐアイズだが、それを読んでいないミクロではない。

「【駆け翔べ】」

「!?」

魔法を持って魔法を相殺する。

同系統の魔法同士である二人の魔法は時には相乗効果も生むこともあれば相殺することもできる。

水上で魔法が相殺されたアイズは再び激しい水飛沫と共に水中に沈む。

「なにしてくれてんのよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

「アイズ~~~~~~~~~~~~!!」

「アイズさぁぁああああああああああああああああああんっ!!」

今度はレフィーヤも加わってアイズの救援に向かうなかでシャルロットがミクロの肩に手を置く。

「少しこっちへ来なさい」

「わかった」

それからミクロは砂浜の上で正座させられてシャルロットの説教を受けることになった。

石像からようやく戻ったロキはミクロをシャルロットに任せて本来の目的である湖底の調査にティオネとティオナを向かわせている。

アイズの謝罪代わりにティオネ達に『テース』を渡してある。

「…………」

アイズは頬を膨らませて今もミクロを睨んでいる。

子供アイズも同様に頬を膨らませている。

ただでさえ根深いトラウマが更に強くなってしまったアイズ。

「ほら、アイズちゃんにちゃんと謝りなさい」

「ごめん、アイズ」

謝罪するミクロにぷいっと顔を逸らす。

しかし、そんなアイズも可愛いとレフィーヤ達は思っていた。

その時、アイズ達は瞬時に異変に気付いた。

ロログ湖に入って来たばかりのガレオン船に黄緑色の触手が絡み付く。

その色は間違いなく新種の食人花だと判明できたアイズ達は船の救助に向かおうと動き出す。

ミクロも『ヴェロス』を発動させようとした瞬間。

『―――――ガッッ!?』

ガレオン船から跳躍した一つの影が、食人花の頭を斬り飛ばした。

オラリオの上級冒険者でも手こずる食人花を瞬殺。

勢いよく水面に顔を出すティオネとティオナも含めて唖然とすると食人花を屠った黒い影が曲刀(シミター)の輝きと共に空中から付近の漁船に着地した。

「リャガ・ル・ジータ………ディ・ヒリュテ」

「アマゾネスの種族言語……」

共通語(コイネー)ではないアマゾネスの言語を使用したのは当然アマゾネス。

「バーチェ……」

信じられないものを見たように目を見開くティオナ、そして、追い討ちかけるようにガレオン船から声が落とされた。

「久しい顔がおる」

「―――――――――」

数多くの女戦士(アマゾネス)と幼い女神が巨大船から見下ろす。

幼い女神を見たティオネの顔色は激変させてその名を呼んだ。

「カーリー…………!」

 

 

 

 

【カーリー・ファミリア】は『テルスキュラ』という国に君臨する女神が率いる派閥。

『テルスキュラ』はオラリオから離れた南東にある半島の国でありアマゾネスしかいない国で有名である。

雄叫びと歓声が途切れる日がないほど、戦い合い、研磨を続ける血と闘争の国――女戦士(アマゾネス)の聖地とも呼ばれている。

男子禁制であり、いたとしても奴隷か種族繫栄の道具としてでなければ存在を許さない。

その国の頭領姉妹のアルガナと妹のバーチェは近年Lv.6に至ったとされ、数少ない世界戦力の一つともされている。

「なるほど」

シャルロットから【カーリー・ファミリア】と『テルスキュラ』の説明を聞いて頷く。

そのアマゾネスの一団が昨日に上陸を果たしてシャルロットは自身達の仕事の調査中にミクロに説明を促していた。

「『私も彼女達の賛歌に倣うことにする。彼の地のアマゾネスこそ、真の戦士』。ラスティロ・フォーロの大陸異聞録に記されているわ。要はアマゾネス同士殺し合わせて強くなっているってことね」

それから―――と口にするシャルロットだが途中で口を閉ざす。

何故ならティオネとティオナは『テルスキュラ』の生まれだからだ。

「関係ない」

そんなシャルロットの表情を読み取ってミクロは断言する。

「二人は二人だ」

どんな過去を持っていようがティオネはティオネでティオナはティオナ。

それ以上でもそれ以下でもない。

それを聞いたシャルロットは微笑みながらミクロの頭を撫でる。

「そうね」

穏やかな陽気に包まれるなかでいい子に育ってくれたミクロに嬉しく思うシャルロット。

メレンの大通りを歩く中で問題が発生した。

「がぁ………!?」

小さな呻き声と騒がしくなる人達を見て二人は騒ぎの中心に視線を向けると昨日見たアマゾネス―――アルガナが一人の男性漁師の首を掴んで持ち上げていた。

「止めろ」

それを見たミクロはすぐにアルガナの腕を掴んで制止の声を飛ばすとアルガナの爬虫類を彷彿させるさせる粘ついた視線がミクロを見据える。

「白髪、眼帯………お前か……」

拙い共通語(コイネー)を操るアルガナは手を離して漁師を開放するとミクロも手を離す。

「噂は、聞いてる、お前と戦ってみたかった」

狂笑を浮かべてミクロに拳撃を放った。

 

 



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New47話

アルガナの拳撃をミクロは顔を逸らして最小限の動きで回避するもミクロに向けて拳と蹴りを放つ。

人々は巻き添えを食らうまいと悲鳴を上げて裸足で逃げ出していくなかでミクロはアルガナの動きに近親感があった。

アルガナが使用している体術がティオネに似ていたが一つだけ決定的な違いがある。

アルガナの攻撃は全ては必殺だ。

確実に相手を殺す技を繰り返すアルガナの体術は殺す事に洗礼され過ぎている。

「避けるばかりか?」

攻撃をせずに回避行動ばかりとるミクロにアルガナは落胆交じりの挑発を言いそれと同時に上段蹴りを放つ。

「戦う理由がない」

しかし、ミクロは動じることなく容易にアルガナの上段蹴りを回避する。

アルガナの怒涛の攻めに対してミクロは冷静沈着な回避する。

戦闘に入った二人にシャルロットは傍観する。

その隣ではバーチェが冷然とした眼差しを向けるがミクロ同様に動じない。

「手を出さないから安心なさい」

「…………」

見透かしているかのようなその言葉にバーチェは無言で答える。

この女は強い。

それは見ただけでバーチェは悟ったがアルガナとは違い戦いを行おうとはしない。

本来の目的はティオネとティオナだが、こうなったらアルガナは止まらない。

手を出さないのならこちらから攻撃する理由もないバーチェは姉であるアルガナと噂名高い【覇者】の実力を見定める。

「ちょっとどういうことよ!?」

「なにこれー!?」

騒ぎを聞いて駆け付けたティオネとその後ろにはティオナとアイズがアルガナと戦っているミクロを見て状況がわからない。

「手を出す必要はないわよ」

シャルロットはティオネ達の様子を見てそう促すがティオネは食って掛かってきた。

「どうしてあいつとミクロが戦ってんのよ!?」

「どうしてって言われても向こうから仕掛けてきたとしか答えられないかな?」

その物言いにティオネは頭に血が上る。

「あいつは関係ないでしょ!あんたが止めないならあたしが……!」

「無理よ。今のティオネちゃんじゃあの子には勝てない」

ミクロの代わりに戦おうと前へ出ようとするティオネにシャルロットが冷静に告げる。

「【ランクアップ】して激上した能力のズレは把握しているの?把握もしていない状態で行っても負けは必然よ」

「………ッ!」

その言葉に歯を食い縛るティオネと同様にティオナもシャルロットの言葉通りまだ激上した能力(ステイタス)の感覚、肉体と魂のズレの調整を終えていない。

僅かに過ぎないものでも第一級冒険者にとってはそれは致命的だった。

「ティオネちゃんとティオナちゃんは『テルスキュラ』……【カーリー・ファミリア】の元眷属だということは知っているわ。深い溝もあるのでしょう。でも、今はそれは関係ない。向こうからミクロに仕掛けてきたのだから」

今にも暴走しそうなティオネの心情を気遣いつつ理性を押さえつけ冷静に状況を口にするシャルロットの言葉に僅かな冷静さを維持するティオネ。

「あ……」

その時にミクロの背後に怯えて蹲るヒューマンの少女の存在に気付いた。

「ひ……!」

小さく悲鳴を上げる少女。

アルガナはそんなことを気にも止めずに凶笑と共に拳を振りかぶる。

女戦士(アマゾネス)の瞳はミクロしか映されておらず、ミクロの背後にいる少女に気を止めることも頓着することもない。

攻撃が掠っただけでも少女は間違いなく致命傷を負うことになるなかでアルガナは些かな躊躇いもなく拳砲を撃ち出した。

ぐしゃりと鈍い音が周囲に響く。

「ミクロ………ッ!」

声を上げるティオナ。

ミクロは回避行動を取らずアルガナの攻撃を正面から受けた。

後ろにいる少女を守る為にミクロが取ったのは正面からアルガナの攻撃を受け止める。

アルガナの拳はミクロの額に直撃し、鈍い音が響き渡るなかでアイズ達は最悪な想像をした。

「…………ッッ!!」

『テルスキュラ』で何度も聞いたことにある素手で骨を砕く音にティオネは怒りで理性が吹き飛ぶ寸前だった。

いや、むしろ吹き飛ばさなかったのが奇跡に近い。

一歩踏み出そうとしようとした瞬間に変化が訪れた。

「あ、ぐ………」

顔を歪ませて殴った拳を握るアルガナは小さな呻き声を出した。

「………流石に痛い」

骨が砕けたのはミクロの頭ではなくアルガナの拳だった。

しかし、第一級冒険者の拳をもろに直撃したミクロも流石に痛みがあった。

「バカ……な、どんな耐久力………だ」

ミクロの常識はずれな耐久力にアルガナだけでなくその場にいる全員が驚愕に包まれる。

今まで何人もその拳で同胞を殺してきたアルガナ達の拳は凶器そのもの。

自分達の武器をミクロは真正面から受けて破壊した。

呻くアルガナを無視してミクロは自分の後ろにいる少女に声を投げる。

「行け」

軽く頭をポンポンと叩き少女に告げると少女は頷いてその場から離れていく。

「ああああああああああああああああああああッッ!!」

自身に背後を見せるミクロにアルガナは残った片方の腕でミクロに襲いかかる。

絶対の隙を見せたその好機を逃さないかのように攻めるアルガナの攻撃をミクロは後ろを向いたまま回避するがそこでアルガナは嗤った。

「もらった………!」

打撃が効かないのなら技を使えばいい。

打撃以外にも殺す術はあるアルガナは技でミクロを殺しにかかる。

「悪いけど」

「っ!?」

しかし、ミクロはそれも読んでいた。

技を仕掛けようとするアルガナにミクロは技で返した。

アルガナの腕を取って背後に回る。

「人を壊す術は俺も知っている」

ゴキリとアルガナの腕の骨が折れた。

アルガナは強い。それはミクロも戦ってすぐに気付いた。

だけどアルガナ、いや、打撃を主に戦う者にとってミクロは相性は最悪と言っていい。

異常とも捉える常識はずれな耐久力。

リューから教わり、教わったリュー以上に磨きをかけた技と駆け引き。

壊す術を自身の身体を持って知り、エスレアから教わった破壊技。

【覇者】ミクロ・イヤロスの力の根源は魔道具(マジックアイテム)でも魔武具(マジックウェポン)でもない。

耐久力、技と駆け引き、破壊技のこの三つがミクロの力の根源とも言える。

小さな孤島で磨き続けたアルガナは外の世界にいる怪物(ミクロ)の存在を知らずに襲いかかって来たのが運の尽きだった。

「まだ戦う?」

声を投げるミクロはここで戦いを止めても構わなかった。

しかし、アルガナは違った。

長い舌で頬を舐め、瞳を血走らせる。

戦意と殺意は消えるどころか膨れ上がって自身の損傷(ダメージ)を無視してでも突貫してきた。

男に屈辱を味わらせて黙っていられない。

血に飢えた女戦士(アマゾネス)に対してミクロは冷静に拳を握る。

この場に戦えない者が全員逃げてくれたおかげでミクロは攻撃を避ける理由がなくなった。

戦う理由はないが、向こうから殺しにかかってこられている以上は攻撃をしない理由はない。

正当防衛と言い訳をするつもりはない。

ただ街中の真ん中で暴れたことを反省してもらうだけだ。

「っっ!?」

振り下されるアルガナの拳を受け止めて握りしめている拳はアルガナの頬に叩き込む。

「がっっ――――――――」

骨を砕く殴打音の中に絶叫はかき消え、アルガナは後方の海に激しい水飛沫と共に沈没する。

「やり過ぎた………」

加減するほど余裕はない。

全力全霊で殴りつけたが、予想以上に飛んでしまったアルガナに少し申し訳なく思い急いで海に飛び込む。

「…………」

目を見開き驚愕を隠せれないバーチェ。

バーチェはアルガナのことを姉とは思っていない。

化け物であり、捕食者である。

自身の姉に殺されたくないがために強くなろうとするバーチェの目の前でその化け物(アルガナ)は別の化け物(ミクロ)の手によって殴り飛ばされた。

救助されるアルガナは気を失っており、ミクロはアルガナを他のアマゾネス達に渡す。

「うむ、アルガナが負けたか」

そこに遅れながらロキとカーリー達が現れたが全ては既に終わっていた。

ミクロがアルガナを倒して。

「妾の愛する子を痛めつけてどう償ううもりじゃ?【覇者】よ」

「そっちから仕掛けてきたから償うつもりはない」

償えと言うカーリーに知るかと言わんばかりに言い返す。

「挑戦なら受けて立つ。だけど、他を巻き込むな」

ミクロは別に戦うことを嫌っているわけではない。

強い者に挑戦したいという気持ちをわからない訳でもないが他を巻き込んででも戦おうとするつもりはない。

時と場所を選べ。そう告げるミクロにカーリーは息を吐く。

「あいわかった。気をつけよう」

踵を返して去って行くカーリー達にアイズ達はミクロに駆け寄る。

「ミクロ!大丈夫なの!?頭割れてない!?」

「問題ない」

心配してきてくれるティオナに問題ないと告げる。

しかし、ティオネは一人でどこかに去って行くのをミクロは捉えた。

「ティオネ」

「…………なに?」

振り返ることなく冷たく声音で尋ねて来るティオネにミクロは言った。

「泣いているのか?」

そう尋ねるティオネの頬には涙は流れておらず、目尻に涙も溜まってもいない。

それなのにミクロは泣いているのか?と尋ねた。

「泣いてなんかいないわよ………ッ!」

苛立ちが露になる。

知られたくないことを見透かしているかのように告げるミクロにティオネの心情は怒りに満ち始めていた。

勝手に見るな。

知っているかのように言うな。

これ以上入ってくるな。

「わかった」

荒れるティオネに察してミクロはそれ以上は何も言わずティオネが去って行く後姿だけ見ていた。

ティオナが姉の後ろ姿を追いかけていくに大してミクロもその場から離れていく。

「母さん」

「どうしたの?」

「【カーリー・ファミリア】がどこにいるか知ってる?」

それを聞いて全てを悟ったシャルロットは呆れるように息を吐いた。

この子は本当にとぼやくシャルロットだが、すぐに笑みを浮かべる。

「本当に少しは自分の我儘を言えないのかしらね、この子は」

だけど、そこもまたミクロの美徳でもある。

「夜まで調べてあげておくから貴方は宿で休んでいなさい」

「わかった」

子供の我儘をきくのは親の役目。

シャルロットはミクロのお願いを聞き入れて【カーリー・ファミリア】が滞在している宿を見つけたその夜、二人はその宿に足を運んだ。



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New48話

ミクロがアルガナを倒したその日の夜。

ミクロとシャルロットは【カーリー・ファミリア】が滞在している宿を襲撃していた。

「邪魔」

「ごめんね」

襲いかかってくる女戦士(アマゾネス)を殴り、蹴り飛ばしながら進む二人の進攻が止まらない。

「なんか、私達が悪いみたいで嫌ね」

「ガッ!?」

頬を掻きながらアマゾネスに回し蹴りで壁に埋めり込ませるシャルロット。

実はと言うとミクロ達は元々襲撃に来たわけではなかった。

ただ、入れてくれとミクロが懇願したが入れて貰えず仕方なく強行突破した結果、アマゾネス達の方から襲いかかってきて倒してしまうと他のアマゾネス達まで襲われるはめになったのだが、実際は強行突破したミクロが一番悪い。

「昔を思い出すな………」

へレスも極東に伝わる道場破りのようなことを他派閥に行っていた。

その辺りはやはり遺伝なのだろうと妙な納得が出来てしまう。

「それにしてもどうして【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)がいるのかしら?」

【カーリー・ファミリア】と思っていた二人は【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)までも倒してしまっている。

同じ種族ということもあって気付くのが遅れたがオラリオの外にどうして戦闘娼婦(バーベラ)達がいるのかわからなかった。

しかし、考えられることとしたら一つだけ。

「イシュタル様がいる………?」

【カーリー・ファミリア】とどういう繋がりがあるのかはわからない。

だが、ここに戦闘娼婦(バーベラ)がいるということはその主神であるイシュタルがいる可能性が高い。

いや、もしかしたら【カーリー・ファミリア】がここメレンに来た理由はイシュタルによるものなのではと思考を働かせていると通路の先から不気味な笑い声が聞こえた。

「ゲゲゲゲゲゲゲゲェ!アタイがここにいると聞いて会いに来てくれたのかい!?」

「【男殺し(アンドロクトロス)】フリュネ・ジャミール……お前がここにいるということはイシュタルはカーリーに関わっている可能性は高いか」

【イシュタル・ファミリア】団長であるフリュネの誕生にミクロはイシュタルとカーリーは何らかの関係があると確信した。

「悪いけどお前に用はない」

「つれないねぇ~~アタイと遊ぼうじゃないか………前々からその顔を無茶苦茶にしてヤリたいとおもっていたのさぁ~」

にやぁ~と笑うフリュネは同じ派閥のアマゾネスから大戦斧を受け取る。

だが、それと同時にミクロは跳んだ。

「ぶべっ!?」

武器を手に持った瞬間戦意はあると判断して受け取ると同時に強烈な蹴撃を与えて床に鎮めさせる。

「ついで」

「ぶべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべッッッ!!?」

続けて容赦なく魔道具(マジックアイテム)『レイ』で強力な電撃を浴びさせて完全に意識を消す。

電撃によって黒焦げになっているフリュネを置いてミクロは先を進む。

「………こういうところは本当にあの人似ね」

障害は容赦なく破壊して先へ進むやり方は父親であるへレスに非常に似ていた。

苦笑を浮かばながらミクロに続くシャルロット。

団長であるフリュネが倒されたことによって戦意を失ったのか襲いかかってくるアマゾネスの人数は格段に減った。

むしろここまで無双してきたこの二人に完全に戦意が折れたのだろう。

自分の体術に自信がある【カーリー・ファミリア】の女戦士(アマゾネス)達は同胞が何十人も倒されてしまい、【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)達は団長であるフリュネが倒された。

戦意を折るには十分過ぎる。

だけどその中でたった一人、ミクロ達の前に立った女戦士(アマゾネス)がいる。

「………」

アルガナの妹であるバーチェは閉ざされたその口を開く。

「【食い殺せ(ディ・アスラ)】」

超短文詠唱を歌い、必殺の魔法を発動させる。

「【ヴェルグス】」

突き出されたバーチェの右手を黒紫の光膜が覆う。

バーチェの付与魔法(エンチャント)――――その属性は猛毒。

『テルスキュラ』で行われる『儀式』で多くの同胞を葬ってきた、防御不可能の毒牙。

必毒であり必殺のバーチェの魔法を前にしてもミクロは歩む速度を緩めない。

「怖いのか?」

「っ!?」

「怖いのなら無理をするな」

バーチェの瞳の奥に宿す死の恐怖を見抜いたミクロは戦いたくないのなら戦うなと告げる。

化物(アルガナ)を倒した化物(ミクロ)

そんな相手に勝てるわけがないとわかっていてもバーチェには矜持がある。

何もせずただ怯えることは彼女自身が許せなかった。

「ぁぁぁああああああああああああああああああああああッッ!?」

恐怖を追い払うかのように叫び、突貫するバーチェ全身を奮わせて力をかき集めて、敵を殺す自身の魔法(ディ・アスラ)に全ての力を込める。

「【駆け翔べ】」

バーチェに対してミクロも魔法を発動する。

覚悟を決めた彼女(バーチェ)に対しての情けは侮辱と判断したミクロは風を拳に集める。

「―――――――――――――っっ」

二人が交差した瞬間、結果は一瞬。

バーチェの渾身の一撃を紙一重に躱したミクロは風を纏った全力の一撃をバーチェの腹部に叩き込んだ。

「がぁっっ!?」

壁に叩きつけられるバーチェはそのまま意識を失う。

魔法を解除してミクロは更に奥へ進む。

女戦士(アマゾネス)達を倒してミクロは目的であるカーリーとそれとは別にイシュタルが一室にいた。

「お前は【覇者】……どうした?私のところに来る気になったのか?」

「俺はアグライアの眷属を止める気はない」

以前にも勧誘されたことのあるミクロだが、その答えは変わらない。

「私のところにモノになれば金も女も自由にしていいんだぞ?なんなら私が相手をしてやってもいい」

「興味ない。それにお前に用もない」

微塵も揺るがないミクロに目を細めるイシュタルを無視してミクロはカーリーに視線を向ける。

「話がある」

「襲撃しに来ておいて話か?子を痛めつけたことに対して詫びの言葉を述べたらどうじゃ?……それと」

言葉を続けようとするカーリーは深く溜息をすると突如ミクロの背後から抱き着いてくる人物がいた。

「また会えた。お前、名は?」

「アルガナを使い物にならないようになってしまったではないか………」

心の底から嘆くようにぼやくカーリーにシャルロットは若干同情の眼差しを向けた。

ミクロの首に背後から腕を巻きつかせて頬ずりしながら名を聞いてくるアルガナ。

爬虫類と思わさせるその瞳は一言で表すのなら恋する乙女そのものだった。

アマゾネスは強い『男』に惹かれる。

アマゾネスは自分を打ち負かした『雄』に心を奪われる。

女種族特有の(さが)にアルガナも例外ではなかった。

「お前の子を孕ませたい……強いアマゾネス、産まれる」

長い舌で味見するようにミクロの頬を舐めるがミクロは特に気にしない。

シャルロットから見たら自分の息子が捕食者の標的にされたようで落ち着かない。

この光景をリューが見たらきっと怒り狂うことが想像できる。

「ティオネとティオナに関わるのを止めろ」

アルガナに抱き着かれながらも要件を告げる。

「何故お主がそれを言う?お主はロキの眷属ではあるまい」

「友達が泣いていた。助ける理由はそれで十分」

二人の為にミクロはここまでやって来た。

泣いていたティオネの為に。

そのティオネを助けようと笑っていたティオナの為に。

「相も変わらずだな、お前は」

イシュタルがそう口にする。

数年前もミクロはイシュタル相手にアイカを身請けした。

神相手に怯むこともなく直談判を行うミクロのその言動は変わっていない。

「……妾は闘争と殺戮を求めてこの下界に降りてきた。闘国(テルスキュラ)はまさに妾の楽園である」

自身が下界に降りてきた理由を話し始めるカーリー。

「唯一無二の娯楽であったが、それは今日までの事。何故ならお主が妾の娯楽を壊したからじゃ」

ミクロを指すカーリー。

「アルガナを使い物にならんようにして、妾の愛する子を倒してここまでやってきたお主の懇願を何故妾が聞き入れなければならん」

自身の娯楽を壊したミクロを見るカーリーの瞳は怒気が含まれていた。

アルガナを倒して、友達の為にここまでやってくるのにミクロ達は多くの女戦士(アマゾネス)を倒してきた。

そのせいでカーリーは娯楽を失った。

謝罪は受けることはあれ懇願を聞き入れる理由はない。

「………愛する子を殺し合わせることにお前は何も感じないのか?」

「むぅ?」

「あ……」

予想外な言葉に怪訝するカーリーにミクロに触れているアルガナは気付いた。

ミクロは静かに怒っている事に。

「お前が何をしようが俺にはどうでもいい。だけど、お前の娯楽で俺の友達は傷付いたことに変わりはない」

「これこれ、勘違いするでない。闘国(テルスキュラ)はああいった国だと」

「だけど二人の心情に気付くことも出来た筈だ」

テルスキュラがそういった国だということはミクロも理解している。

戦いたいのならすればいいとさえ思っている。

だけど、闘争に身を委ねる前に二人の心情にカーリーが気付いていないとは思えない。

愛すると言っておきながらもいったいどこにその愛があるのかミクロにはわからない。

「これ以上あの二人に関わるのなら俺がテルスキュラを滅ぼした後でお前を殺す」

「「っ!?」」

怒気が殺意に変化した瞬間、二柱の女神が顔が険しくなる。

目の前にいる下界の子供が二柱の前で堂々と殺神宣言をした。

因みにその殺意にアルガナはよりミクロに惚れ直した。

「落ち着きなさい」

そのミクロを宥めるようにシャルロットはミクロの肩に手を置いた。

「申し訳ございません、カーリー様。この子は少々優しく、友達想いなものでして」

ミクロの代わりと言わんばかりに女神に謝罪の言葉を述べるシャルロット。

「カーリー様、貴女もミクロを怒らせてまで無理矢理にでもあの二人に関わろうとは考えてはいないはずです。しかしこのままでは互いに平行線。そこで互いに譲歩し合うのはいかがでしょう?」

「譲歩とな……?」

「ええ、カーリー様が望むのは恐らく闘争の行く末、殺戮の果てに生まれる『最強の戦士』。それをご自身の目で見てみたい。勝手ながら私はそう推測させて頂きましたがよろしいでしょうか?」

「うむ、その通りじゃがアルガナが使い物にならん以上それを見ることは叶わん」

カーリーの望みを確認するシャルロットは頷き、ミクロに耳打ちする。

「アルガナがティオネに勝つところが見てみたい」

「カーリー、私、ティオネに勝つ」

ミクロの言葉にアルガナは即座に反応する。

恋する乙女は惚れた相手に弱いのだ。

アルガナの背中に恋に燃える炎の幻覚が見えた気がした。

「騒ぎを起こして二人を引き剥がして離れた場所で戦わせ合う。ただし、殺し合うことはしないが条件です」

シャルロットはこう告げている。

騒ぎを起こしてアルガナとティオネ、バーチェとティオナを戦わせ合う。

但し、あくまで殺す事はしないが条件で。

戦わせはするが殺し合うことはしない。

それがシャルロットが提案する互いに譲歩し合うことだった。

「もちろん私達は互いの邪魔は致しません。中立とさせて頂きます」

シャルロットは提案を出しつつ自身の仕事を上手く終わらせる為に自身の要求も入れている。

騒ぎが起きればルバートは証拠を隠滅させようと動くはず。

なら現場証拠を押さえるには騒ぎが起きてくれた方が都合が良かった。

ミクロの本気の脅迫のおかげでやりやすくなったシャルロットは続ける。

「少々の不満はあるでしょう。ですが、こちらも譲歩していることも含めてお考え下さい。私達の提案に乗るか、否かを」

「………」

シャルロットの提案にカーリーは即答できない。

自身の最高の望みは見ることは出来ないが、見たい戦いは見ることが出来る。

下界の子の思惑通りになるのは腹が立たないと言えば嘘になる。

しかし、カーリーは気付いている。

この提案に乗らなければミクロは確実に動くことに。

先ほどの発言は本気だった。

本気でテルスキュラを滅ぼして自分を殺しに来るつもりだった。

提案を拒否すれば何か企んでいると思われる可能性がある。

チラリとシャルロットに視線を向けて内心で舌打ちする。

断れないことを知ってシャルロットはそう提案をしてきたことに。

「………わかったのじゃ」

唇を尖らせながらその提案に乗った。

それを聞いたシャルロットは踵を返す。

「では、私達はこれで。ミクロ、帰るわよ」

「わかった」

帰ろうと立ち上がろうとするもアルガナがそれを許さない。

蛇のように絡み付いて執念深くミクロを手放そうとしない。

「……ミクロ、ここに残る。私と交わる」

ぎゅと強く抱きしめる。

ミクロでなければ骨が軋むか折れるぐらい強く抱き着くが体が堅牢なミクロは特に問題なく大人しく抱き着かれる。

そんなアルガナを見てシャルロットは一言申し入れようとする前にミクロがアルガナの頭を撫でる。

「また後で」

「…………うん」

ミクロの言葉に素直に頷き離れるアルガナを見てシャルロットとカーリーは呆れるように息を吐いた。

この子は本当に………とぼやくシャルロットの後ろをミクロはついていく。

そのミクロの後姿を熱を孕んだ吐息をしながら潤った瞳で見つめるアルガナを見て目が死んだ魚のようになるカーリー。

「………どうしようもないのぉ」

本当にどうしようもないようにカーリーはぼやいた。

 



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New49話

「あ、いた―!ミクロ――――――!!」

「ティオナ、アイズ」

混雑している目抜き通りを外れた路地でティオナとアイズはミクロに歩み寄るとティオナはきょろきょろと周囲を見渡す。

「もう一人の子はどこか行ったの?」

「情報収集する為に離れてる。何か用?」

「うん、ロキがミクロの持っている情報を聞いて来いって」

現在、万が一に騒ぎが起きてルバートを逃がさないように周辺の地理を把握とメレンに起きた事件に関する情報を二人は集めていた最中。

ロキはミクロと一番親しいアイズとティオナにミクロに情報を教えて貰うように頼んだ。

「うん、わかった」

友達の頼みを断ることができないミクロは現在集めている情報をアイズ達に伝える。

だけど、今夜の騒ぎに関することは言わなかった。

母親であるシャルロットに喋るなと言われていたから。

「んー、やっぱりあたし達と大して変わらないねー」

頭の後ろに手を組んでぼやくティオナ。

ミクロは『リトス』からあるものを二人に渡す。

「あと、漁師達が言っているこの魔法の粉には魔石が入っていた」

「「っ!?」」

自分達が知らない情報を耳にして目を見開く。

「それ本当!?」

「うん」

叫ぶティオナに肯定するミクロに二人は食人花がどうして漁船を襲わない謎が解けた。

食人花は魔石を率先して狙う。

だから魔石が入っている魔法の粉を率先して狙っているために漁船が襲われることがなかった。

「ありがとう!ミクロ!」

「ありがとう……」

情報を提供してくれたミクロに礼を告げる二人は本来の目的であるマードック家、ボルグの屋敷に忍び込む予定。

ミクロと話しながら歩いていると――――目の前で獣人の少女が転倒した。

「あっ………!」

「っとと、大丈夫?」

買い物帰りだったのか、抱えていた本が数枚の金貨と一緒に地に投げ出されて、転んだ少女をアイズが起こす中で、ティオナとミクロは散乱した本や金貨を集めると本を拾ったところでティオナの動きが止まる。

「ティオナ?」

怪訝しながらティオナが持っている本を覗くと表紙に牛人と闘う英雄にティオナの瞳は釘付けとなっていた。

「ぁ、あの………お姉ちゃん」

「あ、ごめんごめん」

アイズに支えられる涙目の少女に、謝りながら本と金貨を返す。

「英雄譚が好きなのか?」

「―――――うんっ」

ミクロの問いに少女は花が咲いたように笑った。

ベルみたい……と思いながら少女は感謝を告げると手を振りながら路地の奥へ走っていった。

「ティオナ?」

「………」

少女の後姿を黙って見つめ続けるティオナにアイズが声をかけるがティオナは沈黙。

少女の姿が消えた頃、ゆっくりと口を開いた。

「ねぇ、アイズ、ミクロ……」

「……なに?」

「どうした?」

「いつも笑っているあたしって、気持ち悪いかな?」

そっと自分の頬に触れるティオナに、アイズは僅かな時間を置いた後。

ふるふると、顔を横に振った。

「私は、ティオナのおかげで……今が、楽しいと思う」

言葉足らずの内容だが、ティオナには伝わった。

「ありがとう、アイズ!」

嬉しそうに頬を染めて笑うティオナはミクロに視線を向けるとミクロは口を開いた。

「『僕は笑うよ。どんなに馬鹿にされたって、どんなに笑われたって、唇を曲げてやるんだ。じゃなきゃ精霊だって、運命の女神だって、微笑んじゃくれないよ』」

その言葉にティオナは驚く。

何故ならそれは自分が好きな英雄譚の一説だからだ。

「それって……」

「さっきの本を見てベルから聞いた一説を思い出した」

先程の少女が落とした英雄譚『アルゴノゥト』。

英雄になりたいと願うただの青年の物語。

「ティオナの笑顔はきっと誰かの為に笑っている。そんなティオナの笑顔が気持ち悪いわけがない」

「………ッ!」

断言するかのように言い切るミクロの言葉にティオナは頬が赤く染まる。

「多分、ティオネに笑って欲しいからティオナは笑っているんだろう?大切な家族だから」

「―――――っ!?ごめん、アイズ!!」

「ティオナ……?」

ミクロの腕を引っ張ってどこかに走り去っていくティオナにアイズの言葉は届かず。

アイズは口を開けて数秒間放心していた。

「ティオナ?」

ティオナに引っ張られて周囲に誰もいない場所まで連れてこられたミクロは声をかけるがティオナは肩を震わせて涙を流していた。

「違うの……これは………」

涙声で声を出すティオナにミクロは何も言わずにティオナの頭に手を置いて撫でる。

「どうして………わかったの?」

誰にも姉であるティオネにだって言っていないことをどうしてミクロが知っているのかと尋ねた。

「ティオネが泣いていた時、ティオナは笑って傍にいた。だからそう思った」

ミクロがアルガナを倒した後、ティオネが一人でどこかに行こうとした時にミクロは見ていた。

ティオネの前でも嬉しそうに笑っているティオナの笑顔を。

「ティオナはティオネの為のアルゴノゥトだ。それに大切な家族の心を守りたいティオナの気持ちは俺もわかる」

俺は笑うのが苦手だけど、と付け加えて続ける。

「ティオナ、俺はアグライアに拾われる前はオラリオの路地裏で過ごしていた」

自身の過去を打ち明けるミクロ。

「凍えそうな寒い時、空にある太陽が体を温めてくれた。ティオナの笑顔を見るたびに俺はそれを思い出す」

冷たい地面、冷たい風を打ち消してくれた太陽。

ティオナの笑顔は太陽のように温かい気持ちになる。

「ティオナの笑顔が俺は好きだ」

「――――――――――っっ!!」

ミクロの言葉の一つ一つが嬉しい気持ちでいっぱいになる。

トクンと心臓が弾む。

心地いい気持ちで満たされていく。

「ティオネとティオナがテルスキュラで何があったのかは俺は知らない。そこに踏み入れるべきではないのかもしれない。それでも俺は二人の事をもっと知りたい」

ティオナの手を握ってミクロは懇願した。

「教えてティオナ」

二人のことをもっと知る為に踏み込もうとするミクロにティオナは頬を染めながら小さく頷く。

「―――うん」

ティオナは話した。

生まれからこれまでのことを全てミクロに話した。

『儀式』のことも数え切れないほど同胞を殺したことも英雄の言葉に勇気を貰った事も自身の全てをミクロに話す。

ティオナから全てを聞いたミクロは拳を作ってティオナの前に突き出す。

「負けるな」

これから起こるであろう騒ぎのことは言わない。

その騒ぎでティオネはアルガナとティオナはバーチェと戦うだろう。

中立を取る為に手を貸すことも助けることもできない。

だが、応援はできる。

友達の勝利を信じてミクロはその拳をティオナの前に突き出すとティオナは爛漫の笑みを浮かべて拳を作る。

「うん!」

ぶつけ合う拳に互いの想いを乗せる。

「それじゃアイズを待たせてるからあたしは行くね!!」

「うん、また」

天真爛漫な笑みを浮かべて元来た道を戻って行く途中でティオナは振り返る。

「絶対負けないからね――――――っ!!」

そう叫んでティオナは駆け出して行った。

「ごめん………信じてる」

これからの事に黙っている事に謝罪してそれでも二人が勝つことを信じている。

「………」

海面に映る自分の顔を見てミクロは指で唇を曲げて笑みを作る練習をしてみるが上手くできず、ティオナのように笑うことが出来なかった。

「笑うって難しい………」

アイズは笑えるのだろうかと思いながら少しの間笑う練習を繰り返した。

 

 



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New50話

「始まったか………」

建物の屋根の上でミクロはぼやいた。

【カーリー・ファミリア】達は【ロキ・ファミリア】を襲撃してその団員であるレフィーヤを人質に二人を戦いの場所へ誘き寄せていた。

ティオネは造船所にある大型船にティオナは海蝕洞に誘導されているのを目撃していた。

アルガナ達は二人を殺すことはしない。

なら、後は二人の勝利を信じるのみ。

『―――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!』

船を下ろした大量の積荷を置いておく蔵置区画を爆発させて破鐘の咆哮を轟かせて姿を現す食人花は一般人の人命を優先する。

中立の立場を取らなければならないミクロはアイズ達の助力が出来ない。

今回は傍観を貫くしかない。

「ミクロ、この騒ぎに君も加担していたのか?」

「リヴェリア……」

ミクロの背後から姿を現したリヴェリアは複雑な表情を浮かべていた。

「答えてくれ、ミクロ」

リヴェリアはロキに言われてミクロを探していた。

ロキは少なからずミクロを警戒して疑惑の念を抱いていた。

殆どは勘に近いがリヴェリアはロキの言葉を信じたくはなかった。

リヴェリアはミクロに大きな恩がある。

恩人に等しいミクロのことを疑いたくはないのが心情だが、ミクロは首を縦に振った。

「昨日、【カーリー・ファミリア】の宿に行ってカーリーにティオネ達を戦わせることとこの騒ぎで中立を取ることを条件に二人を殺さないように取引した」

片目を瞑りながらその話に耳を傾けるリヴェリアは安堵する。

加担していないと言えば嘘になるが、ミクロはむしろティオネ達の為に行動していた。

「そうか……」

その答えだけを聞いてリヴェリアは屋根の上から飛び降りる。

ミクロは既にルバートを捕獲に向かっているシャルロットを置いて戦いを傍観する。

 

 

 

 

 

 

海の上にある大型船の上でティオネとアルガナは対峙していた。

「アハハハハハ!強くなったな!ティオネ!」

「あんたがとろくなったんでしょ!?」

笑うアルガナに対してティオネは怒りを募らせる。

つい先ほど妹であるティオナとランクアップした心身の調整を行って万全の状態でアルガナと対峙している。

鏡のように酷似した体術を使うティオネの体術は目の前にいるアルガナの手で、痛みとともに叩き込まれた。

しかも先にLv.6に昇格(ランクアップ)したアルガナの方が『力』に関しては一日の長がある。

『技と駆け引き』より勝利に飢えた者が勝つ。

「ティオネ!お前は変わった、変わったぞ!」

「うるっさい!」

笑うアルガナにティオネは上段蹴りを放つ。

「だが、私も変わった!!」

「っ!?」

上段蹴りを放つティオネの攻撃をアルガナは最小限の動きで回避してティオネの左頬に拳を叩きつける。

「ぐっ!」

甲板の壁に衝突するティオネは今の動きに見覚えがあった。

「今の……」

自分のよく知る体術に僅かながら別の動きが混ぜられていた。

以前59階層の遠征前で妹と共に組手をしたミクロの動きをアルガナが取り込んでいたことに僅かばかり驚かされる。

「あの男、ミクロに出会えて私も変わったぞ!」

歓喜に近い笑みを浮かべるアルガナの瞳を見てティオネはまさかと疑問を抱いた。

「あ、あんた……まさか……」

その事に感づいたティオネは募らせていた怒りが霧散されて指を震わせながらアルガナを指す。

何故ならその顔も眼もティオネはよく知っているからだ。

フィンを見る自分と同じ恋する乙女だった。

「私はミクロの子を孕む!」

「はぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

船の上で叫ぶティオネは予想が当たってそこでようやく気付いた。

昨日の戦いでアルガナはミクロという(おとこ)に惹かれたということに。

かつては自身を倒したフィンのように。

アルガナも自身を倒したミクロに心を奪われた。

「あんた何言ってんのよ!?」

叫ばずにいられないティオネにアルガナは熱を孕んだ息で語る。

「私を打ち倒したミクロに惚れた!これは運命だ!」

アルガナが何を言っているのかティオネは嫌という程理解出来る。

フィンと戦い、こてんぱんに負けた時の自分とまったく同じだからだ。

「私はお前達が羨ましい。ミクロに心配されているお前達がな」

「……どういうことよ?」

その言葉に怪訝するティオネにアルガナは昨夜の事を語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うそ………」

「本当だ、あの男は昨夜、私達の元にやってきた」

バーチェと戦っているティオナもティオネ同様に昨夜のことを聞いて驚きが隠せれない。

「ミクロ……」

頬を染めるティオナは嬉しいくも恥ずかしい気持ちが胸に流れ込む。

自分達の為にそこまでしてくれるミクロにティオナは本当に嬉しかった。

「あやつはアルガナとバーチェを始めとした妾の愛する子達を倒して妾に取引を持ち掛けてきおった。あやつのおかげでお先が真っ暗じゃ……」

唇を尖らせてブツブツと死んだ魚の目で独り言を呟くカーリー。

昨夜が原因でミクロにやられた女戦士(アマゾネス)の殆どがアルガナと同じようになっていた。

たった一人の男―――ミクロのせいで闘国(テルスキュラ)は終わる可能性が高まってしまった。

「アルガナももう使い物にならん上に………」

カーリーは独り言を呟きながらバーチェを視線を向けると顔の下半分を隠している黒い紗幕から僅かに頬が染まっていることに気付くと大きなため息が出た。

バーチェもアルガナ同様に昨夜の戦いでミクロに惹かれてしまった。

強さももちろんのことバーチェはミクロの優しさの部分にも惹かれた。

バーチェにとってアルガナは化物で恐怖の対象でしかなかった。

その化物を倒したミクロも対峙した時は恐怖を感じたが、その戦いでミクロは自身の胸に隠していた恐怖に気付き、気遣って声をかけてきた。

それでも突貫した自分に一切の無駄もなく一撃で倒してくれたミクロのその強さと優しさにバーチェは心惹かれた。

「ティオナ、私とアルガナはあの国を出て冒険者になる」

「ええっ!?」

突然の告白に驚愕するティオナ。

化物と称していた姉と向かい合い、話し合って決めた。

惚れた男について行くことに決めた二人は『戦士』から『冒険者』になることを決意。

「これはケジメだ、ティオナ」

これから冒険者になる前に戦士として少なからず互いに想う気持ちを乗り越える。

その為にアルガナもバーチェも拳を握って構えるのだ。

「来い、ティオナ」

一切の油断なく構えを取る。

その姿は慢心も油断もない。

ただ勝利に飢えた獣。

「―――――っ!」

その姿に目を見開くティオナはすぐに笑みを浮かべて構える。

「あたしだって負けないんだからッ!!」

負けるなと言ってくれた。

負けないと約束した。

だから勝つのは自分だ言わんばかりにティオナは笑った。

「行くよ!バーチェ!!」

約束を守る為にティオナは突貫する。

 

 

 

 

 

 

「お前達を助けようとミクロはカーリーの元まで来た。殺すとまで宣言するほどにな」

ティオナと同じ昨夜の真実を聞いたティオネはぎゅっと拳を握りしめた。

「ふざけやがって………っ!」

昨日、アルガナに勝利したミクロに言われた。

―――泣いているのか?

自分の心の奥を見透かしているかのようなあの言葉に怒りさえ覚えた。

「私達の英雄のつもりかっ……!!」

いや、違う。

ミクロはそんな理由で動いたのではない。

友達を助ける為。ただそれだけの為に動いたのだ。

自分達だからではない。

ミクロは友達なら誰であろうとそうするだろう。

アイズや多分ベートだろうとミクロはきっと何とかしようとするだろう。

「私はお前に勝ってミクロに褒めて貰う」

想い人(ミクロ)に褒めて貰う為にアルガナはティオネと戦う。

恋に燃える乙女となったアルガナは以前とは違う凄みを感じるティオネはぎりっと歯を噛み締める。

アルガナは想い人(ミクロ)に褒めて貰う為により勝利に貪欲になった。

それは自分が良く知ってる。

フィンが勝ったら褒めてあげると言われればティオネは意地でも勝利を掴み取る。

今目の前にいるのは『戦士』としてのアルガナではない。

自分と同じ『恋する乙女』のアルガナだ。

それがどれほど厄介なのは自分が一番よく知っている。

「お前も私と同じ惚れた(おとこ)がいるのだろう?」

「………それが何よ?」

自分と同じ恋する乙女となっているアルガナはそんなティオネを鼻で笑った。

「大したことはないのだろう?ミクロと比べるまでもないほどにな」

自身の惚れた(おとこ)の方が強くて格好いいと言外に告げるアルガナ。

――――――その瞬間、ブチッッ、と。

ティオネは自分の中で切れる音を聞き、視界が真っ赤に燃え上がる。

「ざけんな!!団長の方があいつの数百倍強いに決まってんだろう!!」

惚れた(おとこ)を貶されたティオネは切れた。

「アルガナ――――――てめえをブチ倒す!!」

惚れた(おとこ)を貶されて怒りに燃え上がるティオネ同様にアルガナも惚れた(おとこ)の為に構える。

「いや、ミクロの方が強く格好いい」

恋する乙女達はどちらの惚れた(おとこ)が強く格好いいのか決める為に拳を握りしめて再びぶつかり合う。



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New51話

「ただいま」

「お帰り。どうだった?」

ルバートの現場証拠を押さえる為に離れていたシャルロットがミクロの元に戻ってミクロの隣に腰を下ろしてその結果を伝える。

「取りあえず成功よ。柱に括り付けてフェルズに丸投げしてきたからもう問題ないわね」

仕事はこれで完了と告げるシャルロットは戦っているアイズやティオネ達に視線を向ける。

最初に思ったのは強いというアイズ達の力量だった。

流石は二大派閥の一角を担うだけあっての強さを誇るアイズ達にシャルロットは別方向にある道化師のエンブレムを見て頷く。

「やっぱりロキ様は抜け目がないのね」

こんなこともあろうかと言わんばかりに自身の派閥の団員をメレンに呼んでいたそのキレる頭脳と直感。

フレイヤとは違う恐ろしさを持つ一柱だけはある。

「ミクロ。お使いをお願いできない?」

「わかった」

頷くミクロにシャルロットは『リトス』から『ディオン・ヴァ―ド』を取り出す。

 

 

 

 

 

 

海蝕洞

天然の闘技場で佳境に差し掛かっている筈の闘いは、その勢いを全く衰えるどころか白熱の一途を辿っていた。

「とりゃっ!!」

骨ごと粉砕しようという水面蹴(あしばらい)から宙に逃れ、振り上げた右踵をティオナの頭頂部目掛けて振り下ろすが、猫の様な俊敏さで避ける。

バーチェは魔法を使っていない。

自身の魔法が必毒で必殺であるため、ティオナを殺してしまうのはミクロとの約束を破ってしまうと最初はそう考えて使わなかった。

だが、今は使った方が危なかったと思わざるをえない。

必毒で必殺のゆえに使用すれば心のどこかに油断と慢心が僅かに生まれてしまう。

今のティオナに使用すればきっとその隙を突かれて敗北していただろう。

「いや……」

違う。

そうではない。

使わなかったのではない、使いたくなかったのだ。

今まで『儀式』では(アルガナ)に殺されたくない死の恐怖と生の渇望を混ぜ合い、それを闘争心に昇華させて、強さをひたすら貪り喰らってきた。

だけど、今は違う。

「そりゃっ!」

笑いながら拳撃を繰り出すティオナを見てバーチェは黒い紗幕の下では小さく笑みを浮かべていた。

楽しいのだ。

生まれて初めて闘いが楽しい、もっと続けたいと思えるようになっていた。

これは『儀式』で行う殺し合いではない純粋な実力勝負。

どちらが勝っているかを決めるだけで殺す殺される必要も理由もない。

死の恐怖から開放されて余裕ができたバーチェはティオナとの戦いが純粋に楽しかった。

次はどうくる?

これはどう避ける?

ここならどうだ?

殺されない、何も奪われない為に磨いていた力や技術をバーチェは戦うことを楽しむ為に使えていた。

紗幕の下で笑みを浮かべて蹴撃を放つとティオナは両腕を交差させて防ぐ。

「ティオナ!私は負けない!私達を変えたあの男―――ミクロの為に私が勝つ!」

自身と姉を変えたミクロの為にバーチェはより勝利に飢える。

死の恐怖から救ってくれたミクロの為に勝利を捧げたい。

褒めて貰いたい。

認めて貰いたい。

姉ではなく自分を選んでもらいたい。

ミクロの子を孕みたい。

その気持ちを闘争心に変えるバーチェにティオナはそれでも、笑ってみせた。

「あたしだって負けないんだから!!」

約束した。

自分が勝つことを信じてくれている。

その期待を裏切りたくない。

また、拳をぶつけ合って勝ったよって言いたい。

「あたしもミクロのこと、好きなの!!」

ティオナ自身、気が付けばその気持ちを叫んでいた。

ミクロと一緒にいると温かい気持ちになる。

トクンと心臓が跳ねる。

自分の笑顔が好きだと言ってくれた。

だからティオナは笑ってそして、勝つ。

二人の戦闘はより一層に激しくなる。

想いを糧に拳を握りしめて拳撃を放ち、脚の力を入れて蹴撃を行う。

互いに拳と蹴りの雨を降らせ、乱打の闘舞を交らせる。

一歩も譲らず、一歩も引かずにただ勝利を求める。

「ティオナ!!」

叫び声とともに放たれたバーチェの拳砲が、ティオナの腹部に直撃する。

「今も、笑えるか!?」

「――――笑えるよ!!」

全く同じ攻撃でバーチェの腹部を殴り返す。

「私も、笑えるぞ!!」

互いに笑みを浮かばせながら拳と蹴りを打ち合う。

防御の上から鳴る鈍重音が鼓膜を戦かせる。

そして―――――。

「―――――――――」

一歩も譲ろうともしない二人の乙女の拳は互いの顔を捉えた。

海蝕洞に響く殴打音。

動かなくなった二人は同時に膝をついて倒れる。

「アハハ……やっぱり、バーチェは強いや………」

「お前も、強くなったな………」

互いに肉体の限界は超えてまともに動けなくなっても二人の表情から笑みが消えることはなかった。

「次はあたしが、勝つからね」

「勝つのは私だ………」

今回は引き分けだが、次は自分が勝つと意気込む。

一人の男を想う二人の気持ちは揺れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

メレンから見て南西の沖。

大型船で行われているティオネとアルガナの闘いは熱を帯びていた。

「団長の方が強いわよ!!」

「ミクロの方が強い!!」

「団長が――」

「ミクロが――」

「「恰好いい!!」」

どちらの想い人の方が強く、格好いいのかと互いの拳と蹴りで語り合う二人の身体は限界寸前だったが、それでも二人は決して倒れることはなかった。

「いい、加減……に、しなさいよ………」

「お前も………いい加減認めたらどうだ?」

互いに肩で息をしながら一歩も譲ることをしない。

団長が。

ミクロが。

二人は戦い始めてからずっと拳と共に言い争っていた。

肉体は限界でもそれだけは譲れないかのように恋する乙女の二人の恋の炎は消えるどころかより一層激しく燃え上がる。

背中に幻炎を纏わせて二人の乙女は拳を握りしめて再び戦いに赴く。

どちらの想い人の方が強くて格好いいのかを決める為に二人は一歩距離を詰める。

燃え上がる二人の戦闘は止めることなどできない。

もし、止められる者がいるとしたら。

 

「そこまでにしよう」

「終わり」

 

二人に勝って、心を奪ったいた雄達ほかならない。

距離を詰めた二人の間に、二つの槍が突き立った。

固まる二人の間に現れたのはミクロとフィン。

二人の心を奪った張本人達。

「だんちょう……」

「ミクロ………」

沖に浮く船上に姿を現したミクロ達は海を凍らせてその上を走って来た。

フィンはリヴェリアの凍結魔法【ウィン・フィンブルヴェトル】によって。

ミクロは魔武具(マジックウェポン)『ディオン・ヴァ―ド』で海を凍らせてこの大型船までやってきた。

「止めてください、団長!?邪魔をっ、邪魔をしないでください!!」

「邪魔、ときたか………」

大声を張り上げるティオネ。

「アルガナは、そいつは私が倒します!団長の方が強くて格好いいと証明……ではなく!そいつらはずっと【ファミリア】に付き纏ってくる!!」

大声を張り出すティオネ。

自分達を誘き出す為にレフィーヤを人質に取られた。

決着をつけない限り、これからも【ファミリア】に付き纏ってくる。

「安心しろ、ティオネ。この戦いはもう終わりだ」

決着をつけないといけないと叫ぶティオネに反してアルガナはミクロの言葉に従った。

ミクロに終わりと告げられて戦いをあっさりと止めてミクロの腕にしがみついてくるアルガナはティオネに告げる。

「私とバーチェはミクロの【ファミリア】に入る。もうテルスキュラには戻らない」

「ハ、ハァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

突然の言葉に叫ぶティオネ。

そんなティオネをアルガナは無視してミクロに頭を突き出す。

「ミクロ、頑張ったから褒めて」

「頑張った」

アルガナの頭を撫でて褒めるとアルガナは頬を染めながら嬉しそうに目を細める。

それを見たティオネもフィンに頭を突き出す。

「団長!私も、私も頑張りました!!褒めてください!!」

「やれやれ………」

苦笑を浮かべながらティオネの頭に手を置くフィンにティオネは嬉しそうに微笑む。

フィンは同士を見るような目でミクロを見つめる。

 

 

 

海蝕洞と船上。二つの闘いの幕は下ろされる。

その後、氷の橋を渡ってメレンに戻って来たミクロ達はアルガナとバーチェを魔法で治療した後でフィン達が【ロキ・ファミリア】と合流する前に別れてシャルロットの元に戻るとそこにはカーリーが待っていた。

「約束じゃ」

それだけを告げてカーリーはアルガナとバーチェの背中の『恩恵(ファルナ)』を『改宗(コンバージョン)待ち』の状態にすると大きく息を吐く。

ティオネとティオナ同様に愛する娘達が自分の元を離れていく寂しさを感じる。

しかし、本人がそれを望んでいる以上それを拒むこともできない。

「ほれ、これで完了じゃ」

仕事を終わらせたかのように告げるカーリーはミクロに視線を向ける。

「妾の子達を泣かせるでないぞ」

「わかった」

「ミクロはそんな子ではありませんよ」

愛する子の為に忠告するカーリーにミクロは頷き、シャルロットは微笑む。

両腕をアルガナとバーチェに挟まれながらミクロ達はオラリオに帰還する。

「カーリー、世話になった」

「………」

顔だけ振り返り、今まで世話になった礼を告げるアルガナと無言のまま静かに頭を下げるバーチェ。

「いつでも帰ってくるがよい」

無駄だろうが言うだけは言っておくカーリーのささやかな願い。

離れていく我が子達。

カーリーは二人の姿が見えなくなるまでその後姿を見守っていた。



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New52話

朝日がまだ顔を出していない時間帯。

ミクロは自室の寝台(ベッド)で寝ていると身体に重みを感じて目を覚ます。

またアイカか……。

数日に一回はミクロの寝台(ベッド)に潜り込んでは抱き枕のように抱き着かれて一緒に眠ることがある。

ミクロ自身も特に断る理由もない為に一緒に眠りについている。

今日は港街(メレン)から帰って来た翌日の朝。

疲れているであろうミクロにセシルは気遣って朝の訓練はベルと二人で行う為にミクロは朝食の時間まで睡眠に当てようと思っていた。

「ミクロ………」

「……アルガナ」

ベッドの中から顔を出してきたのはアイカではなく昨日改宗(コンバージョン)して新たに【アグライア・ファミリア】の一員になったアルガナがミクロの寝台(ベッド)に忍び込んでいた。

それも全裸で。

深い谷間を作る豊かな双丘、きゅっと締まった柔らかな臀部、しなやかな太腿を余すことなくミクロに密着させる。

アルガナの双眸は色に濡れた女の目は獲物を見つけた女戦士(アマゾネス)の目。

蛇のように体を絡ませて獲物(ミクロ)を逃さない。

爬虫類を彷彿させる目は一瞬たりともミクロから視線を逸らさない。

アマゾネスにはある習性がある。

男を攫って貪り食う。

子孫繫栄の為に『古代』から続く獰猛なアマゾネス達の習性は現代でも少なからずの被害をもたらしている。

血に飢えた獣のように、己が気に入った男を見つけ出して連れ帰るという。

ペロリと舌で唇を舐めるアルガナはまた眠りに付こうとするミクロの顔を見る為に心臓の鼓動が響く。

ああ、ミクロの子を孕みたい……。

アルガナの思考はそれで埋めつくされている。

アマゾネスの本能に身を委ねて眠りに付こうとしているミクロの頬を舐める。

「なに………?」

頬を舐められて再び目を覚ますミクロにアルガナは構わず顔を近づける。

「交わろう……子を孕みたい」

返答など必要ない。

欲望に忠実のまま本能のままにミクロと交わろうとするアルガナ。

「?」

よく意味が分からず首を傾げるミクロ。

しかし、戦意も殺意もないむしろアグライアやリュー達団員から感じる愛情や好意をアルガナから感じられたミクロは警戒など一切なくアルガナに身を委ねる。

その時。

バンッ!と勢いよくミクロの部屋の扉が開くとそこには険しい表情で瞳には瞋恚の炎で燃え盛るリューが木刀を片手にアルガナを睨む。

虫の知らせ、嫌な予感を感じ取ったリューの勘は冴えていた。

「ミクロを放せ、アマゾネス」

「断る、エルフ」

刹那、リューは木刀を握りしめてアルガナに一閃を与えるがアルガナは隠し持っていた曲刀(シミター)で防ぐ。

「彼に淫らな真似をするな」

「私の勝手だ。ミクロと交わる邪魔をするな」

瞳を瞋恚に燃え盛るリューに好戦的な笑みを浮かべるアルガナは部屋の窓を突き破って戦闘を繰り広げた。

中庭の方からセシルとベルの悲鳴らしきものが聞こえたが二人に殺意がない以上ミクロも止めるようなことはしない。

遠慮せずに互いをぶつかり合わせるのは良いことだと思い、ミクロは再び眠りに付こうとすると柔らかな感触があった。

「バーチェ」

「私が二人を見ておく」

だから寝ていろと告げるバーチェにミクロは甘えてバーチェに抱き着かれるような体勢で眠りにつく。

アルガナ同様に夜這いならぬ朝這いを行おうと来たが既に姉に先手を取られたがリューのおかげでミクロの操は無事に守られた。

二人が外で戦っているなかで流石に交わろうとするほどの度胸はバーチェにはない。

だが、これぐらいはいいだろうと思い想い人(ミクロ)を優しく抱きしめる。

 

 

 

 

 

【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)、朝食を取る食堂の一角には。

生傷だらけのリューとアルガナが距離を取って朝食を口にしていた。

黙々と食事を取るリューに対して笑みを浮かべながら食事を進めるアルガナ。

朝の戦闘は騒ぎを聞いて駆け付けたアグライアの一声によって中断された。

第一級冒険者二人の戦闘は本拠(ホーム)にまで影響が及んでしまう為に中断せざるを得なかった。

流石の二人も主神の言葉には従い得物を下ろしたが遺恨は残ったまま。

はぁ、と溜息を吐くアグライアはアイカに食事を食べさせられているミクロに視線を向ける。

原因となる本人はどこふく風のようだった。

「リリ、これベルの分の食事」

「ありがとうございます、セシル様……」

食事を持ってリリは自室で寝ているベルに食事を持って行って看病に当たる。

朝の二人の戦闘に巻き込まれて負傷―――というわけではなくアルガナの裸体をもろに見てしまったベルは顔を真っ赤にして倒れた。

現在は自室で項垂れながら眠りについている。

昨日、ミクロが連れ帰って来た元【カーリー・ファミリア】のアルガナ・カリフとバーチェ・カリフ。

二人の姉妹を連れて帰って来たミクロとシャルロット。

Lv.6の冒険者を連れて来たことに最初は誰もが驚いたが、それ以上にミクロに惚れていることが容易に理解出来た。

女性団員達は呆れ、男性団員達はもはやミクロを神仏のように称えた。

約一名は血涙を流さんといわんばかりに歯を噛み締めて悔やんでいたが。

「やっぱりこうなったのね」

前掛(エプロン)姿のシャルロットがこれを予想したいたとばかりに息を吐く。

【ファミリア】の食事を作っていたシャルロットは改めて団員達を見直す。

基本的に人間(ヒューマン)が多い【ファミリア】だが、多くの種族が集まって険悪な雰囲気などは醸し出していない。

その辺りは主神であるアグライアやミクロの手腕によるものだろう。

しかし、リューとアルガナは種族特有の本能や習慣が深い。

リューのようなエルフは認めた者以外の肌の接触を拒む潔癖な種族。

アルガナのようなアマゾネスは性の奔放で自身を打ち倒した雄に惚れる。

互いに種族の本能や習慣を拭いきれない程染みついている。

相性は最悪と言ってもいい。

少なくとも一日二日でどうにかできるものではない。

更に厄介なのは二人とも同じ男に惚れているということだ。

「我が息子ながら恐ろしいわ」

女性を誑し込む我が子に戦慄すら覚えた。

しかしこのままでは義娘を見ることは叶わないシャルロットはミクロに近づいて尋ねる。

「ミクロ、貴方はこの【ファミリア】のなかで誰が好きなの?」

その言葉にいくつかの椅子が床に転がる。

「みんな好きだけど?」

当たり前のように、当然のように告げるミクロに団員達は嬉しくもそんなに素直に言われると逆にこっちが恥ずかしいと言わんばかりに頬を染める。

「そうね、言い方を変えるわ。結婚するとしたら誰が良いの?」

女性団員達の視線が一斉にミクロに集中する。

真剣な眼差しを向ける者や不安や緊張でやや視線を逸らす者などもいるがミクロの口から発せられる答えを待っている。

「私だ」

その中で動いたのはアルガナだ。

ミクロは自分のものと言わんばかりに抱き着くアルガナに向かってスプーンが飛んでくるがアルガナはそれを難なく弾く。

「勝手なことをほざくな、アマゾネス」

ゆっくりと席から立ち上がるリューの瞳はようやく鎮火した瞋恚の炎が再び燃え上がる。

「ミクロは――」

「私だよ~」

リューの言葉を遮り、アルガナからミクロを奪い取ったアイカはミクロに頬ずりする。

「女子力が低い二人より~私の方がいいよね~」

アイカは女子力が高い。

家事掃除全般得意として包容力もある。

戦闘面はからっきしだが、日常面では二人よりアイカが勝っている。

勝ち誇ったように微笑むアイカに怒気に近い眼差しを向けられるなか、ミクロはティヒアに袖を引っ張られる。

「ミ、ミクロ……その、えっとね………」

頬を染めて尻尾をぶるぶると震わせるティヒアとは反対にミクロの片腕にバーチェが抱き着いてきた。

「渡さない」

短く一言告げる。

しかし、それ以上言葉を述べなくてもその言葉の意味はわかる。

燃え上がる五人に他の団員達は戦いたり、その光景に目を奪われたり、呆れたりなど反応が様々。

クソがッ!羨ましすぎる!!と心からの咆哮を叫ぶ者もいる中でミクロはパンを口に頬張って告げる。

「皆と結婚すればいい」

冒険者は多くの女性を囲むという言葉をミクロはボールスから聞いたことがあった。

それはきっとこういうことなのだろうとやっとボールスの言葉が理解出来た。

堂々とベルで言う男の浪漫――ハーレムを宣言するミクロ。

「皆のこと好きだから問題ない」

『…………………』

明らかな好意を告げるミクロにリュー達は呆れながら納得する。

ミクロらしい答えを告げるとシャルロットが苦笑を浮かべながら再度尋ねる。

「一人だけなら誰が一番いいの?」

皆の中でたった一人だけを選ぶように催促する。

結婚できるのはたったの一人だけ。

そう告げられたミクロは口を閉ざして考える。

ミクロは団員全員が好きだ。

何かあれば何も聞かずに手を貸すし、逆に手を貸して欲しい時は頼む。

信用も信頼も寄せているなかでたった一人だけを選ぶなんてことはミクロにはできない。

悩むミクロを見かけたシャルロットはやりすぎたと反省してふざけ半分の質問を投げて終わらせようと口を開く。

「じゃ、キスをした子はいる?」

「あ、リュー」

『―――――――――ッッ!?』

冗談半分で投げた質問から予想外な答えが返って来た。

ミクロ以外の全員がリューに視線を向けるがそこにリューの姿はなかった。

【疾風】の二つ名に恥じない速さでこの場を緊急離脱していた。



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New53話

「リューさん!返事してくださーーーい!」

「副団長ーーー!!」

朝のミクロの発言で行方知らずとなってしまったリューを捜索するべくセシルとベルは人気のない路地を歩いていた。

「どこ行ったんだろう?リューさん」

朝の出来事から復活したベルはリューが行方知らずとだけ聞いてセシルと一緒に探しに来ている。

それ以外にも他の団員達も血眼になってオラリオ中を探索している。

アルガナとバーチェは共通語(コイネー)と常識をシャルロットから教わっている。

「それにしてもまさか副団長が既に……」

「どうしたの?セシル」

「ううん、何でもない」

朝のミクロの発言を思い出してぼやくセシルにベルは声をかけたがはぐらかして誤魔化す。

リューがミクロの事が好きだということは団員全員が知っている。

しかし、まさか既にキスをしていたとは思いも寄らなかった。

ミクロ本人は動じてもいないかったのはどうかと思ったがそれはいつも通りだ。

「はぁ、副団長達も苦労してるな……」

恋に燃えるリュー達がどれだけ苦労しているのか同じ女として多少なりわかるセシルはその対象となっているのが自身の師であるミクロだと思うと溜息が出る。

セシルはミクロの事が好きだが、それは尊敬する人としてだ。

仮に恋をしていたとしても第一級冒険者が三人もいる恋の嵐の中に入り込む度胸などない。

「あ、そう言えばベル、お師匠様から聞いたよ。団長になるんだって?」

18階層でベルがミクロに告げたその言葉。

【アグライア・ファミリア】の団長を目指すベルはそれを言われて苦笑する。

「うん、まだまだ追いつけないけどいつかは僕も団長のようになりたいんだ……」

目標の人物を追いかけて追い抜き、団長になるとミクロ本人に誓ったベルの指にはミクロから託された魔道具(マジックアイテム)『レイ』が嵌められている。

「僕はまだまだ弱いけど……でも、いつかは辿り着いてみせる」

拳を握りしめてその決意を表すベルにセシルは一瞬唖然とするがすぐに微笑む。

「じゃ、まずは幹部にならないとね」

「……そうだよね、セシルは幹部になったんだよね?」

「幹部って言ってもなんちゃって幹部だけどね」

あははと苦笑するセシルは遠征から帰還して正式に【アグライア・ファミリア】の幹部に昇任。

しかし、幹部と言っても特にすることもなくいつものように鍛錬を行っている。

「私ももっと強くなってお師匠様の隣に立てるようにならないとな……」

師であるミクロは自身の重みを少しに弟子であるセシルに持たせてはくれない。

なら、ミクロと同じぐらい強くなって無理矢理にでも背負う覚悟でセシルは遠征から帰還してからも一層に鍛錬に励む。

「僕達ももっと強くならないとね」

「そうだね。お互い頑張ろう」

目標に向けて互いに努力し合う二人は笑みを浮かばせて歩いていると曲がり角から出てきた通行人と衝突してしまう。

「あ、すいません」

衝突して通行人に謝るベル。

「痛ええええええええええっっ!!クソが!いきなり何しやがる!?」

「え?」

ベルと衝突した通行人の男は突如ベルと衝突した場所を押さえて叫び出すとその男の仲間と思われる男がベルの胸ぐらを掴んだ。

「てめえ!俺の仲間に何しやがるんだ!!あぁ!!」

「え、ええ……?」

突然の事に困惑するベルにセシルは男達の着ている服の上にある金の弓と太陽が刻まれたエンブレムの徽章を見てこの男達が【アポロン・ファミリア】の団員だと知り、ベルの胸ぐらを掴んでいる男の腕を掴む。

「少し大げさすぎません?こちらも不注意ではありましたが、ぶつかったのはお互い様ですし、そちらの方はそんなに痛がっているように見えませんが?」

【ファミリア】同士のもめ事を起こさないように和らげに告げるセシル。

セシルはなんちゃってとはいえ仮にも【ファミリア】を代表する幹部。

【ファミリア】に迷惑をかける訳にはいかないセシルは自身の派閥のエンブレムを男達に見せる。

「私達は【アグライア・ファミリア】です。そちらももめ事は起こしたくはないでしょう?」

上位派閥の一員であるエンブレムを見せることによってこれ以上のもめ事を起こさないように取り繕うとする。

だが、男はそれを見て鼻で笑った。

「ハッ!だからどうした?こっちは仲間に怪我を負わされたんだ!?派閥なんて関係ねぇよ!責任取れって言ったんだよ!?責任!」

男はこれ見よがしに饒舌になるとセシルは内心で嘆息する。

冒険者同士ではこういったイチャモンは多い。

ベルと衝突した男ももう痛がっている素振りすら見せていない。

「それともなんだ!?上位派閥は他の派閥のもんを傷付けてもいいってか!?運よく上位派閥に入れただけだっていうのにいいご身分で羨ましいぜ!」

「―――ッ」

男の言葉にベルは反応した。

その男の言葉通りにベルは主神であるアグライアに拾われたおかげで【ファミリア】に入ることが出来た。

運がよかったという点は否定しきれない。

「それは違います。私達は覚悟を持って【ファミリア】の門を通ることが出来た。何の覚悟も持たない人は【ファミリア】に入れません」

【アグライア・ファミリア】に入団する際には必ず覚悟を問われる。

覚悟がない者は決して【ファミリア】を入団することは出来ない。

セシルは無理矢理男の腕をベルから引き剥がしてベルを開放する。

「【ファミリア】に関する侮辱は聞き流します。ぶつかったことに関しても謝罪は致します。ですが、そちらにも非があるということをお忘れなきように。行こう、ベル」

「う、うん」

軽く頭を下げて謝罪してベルの腕を引っ張ってその場から離れようとする二人に男は二人に聞こえるぐらいに舌打ちして背後からベルを殴りかかって来た。

「――――――ッ!?」

「ぐふっ!?」

「あ」

「おお~」

しかし、ベルは反射的に男の攻撃を受け流しつつ接近して腹部に肘鉄を食らわせた。

あまりに綺麗な流れで肘鉄を食らわせたベルの動きにセシルは思わず拍手した。

「ご、ごめんなさい!つい、条件反射で!!」

日頃の訓練が骨身に沁みたベルは条件反射で体が動いてしまった。

慌てふためくベルにもう片方の男が殴りかかってくるが、それはセシルが対応して一撃で気を失わせた。

「せっかく穏便に済ませようとしたのにな……」

「ご、ごめん、セシル……」

「ううん、ベルは悪くないよ」

穏便に済ませようとしたにも関わらず急に襲いかかって来た男達が悪い。

このことを取りあえずは師であるミクロに報告しようと思っていると。

「これはどういうことだ?」

一声が投じられた。

声の先にこちらに視線を向けている美青年の人間(ヒューマン)

「【太陽の光寵童(ポエプス・アポロ)】……」

【アポロン・ファミリア】団長、ヒュアキントス。

セシルと同じLv.3の第二級冒険者。

「答えろ。どうして我々の仲間が倒れている?」

「それは―――」

「こいつらにイチャモンつけられたんだ!ヒュアキントス!!」

「ええ!?」

説明をしようとする前にベルに一撃入れられた男が突如そう言い出した。

「たまたま俺達が曲がり角でこいつらとぶつかってイチャモンをつけられたんだ!?謝っても上位派閥に逆らうのかって脅されて……逆らったらこいつらいきなり暴力で訴えてきて」

「ふざけないで!!それは貴方達のほうでしょう!?」

あまりの言いがかりに怒鳴るセシルに男は怯えたように後退りする。

「そ、そうですよ!確かに暴力は振るってしまったことに関しては謝ります!ですが、先に手を出してきたのはこの人達です!」

ベルも必死に説明をするがヒュアキントスは聞く耳持たずか、もしくは初めから聞く気がないかのように一歩踏み出す。

――――――嵌められた。

セシルはすぐにそれに気づいた。

「状況から見ても貴様等の言葉は信用ならん。我々の仲間を傷付けた罪は重い………相応の報いを受けてもらうぞ」

その言葉が合図かのようにぞろぞろと人が影から姿を現す。

この場にいる全員が【アポロン・ファミリア】の団員達だ。

「………ッ」

苛立つかのように歯を噛み締めるセシルは今になって今の状況が理解出来た。

最初からこの状況を作る為の三文芝居。

「………いったい何が目的?私達が【アグライア・ファミリア】の団員だって知っているの?」

団長であるヒュアキントスに言葉を投げるがヒュアキントスは冷静に言葉を述べる。

「知っているさ。無論、貴様の事もな」

細められた碧眼の奥で嗜虐的な光が瞬く。

「【覇者】の弟子だそうだな?全く持って理解できん、貴様の様な才能もない者をどうして弟子に取ったのか」

「………それがなに?」

セシルは自分に才能がないことは知っているし、認めている。

だからなんだと言わんばかりに睨む。

「【覇者】は貴様の様な貧弱な体が好みなのか?どうせ身体でも使って媚びたのだろう?そうでなければ弟子に取る理由がない」

「――――――――っ」

「取り消せ!!」

ヒュアキントスの言葉にベルがセシルを庇う様に前へ出て吠えた。

大切な家族を貶されて激しい怒りを覚える。

「セシルはそんなことをする人じゃない!!何も知らない癖に勝手なことを言うな!」

「ベル……」

自分を庇う様に前へ出て本気で怒ってくれるベルにセシルは目じりに涙が溜まる。

だが、ヒュアキントスはそんなベルにさえも一瞥すらしない。

話す価値すらないかのように鼻で笑って終わらせる。

「全く持って【覇者】の考えは理解が出来ない。こんな者達を【ファミリア】に入れたら格が下がるというもの。よほど人を見る目がないのだろう」

「――――――――――」

その瞬間、ブチッ、と、セシルの中で何かが切れる音がした。

「………して」

「なに?」

「私の事は別にいい。でも、私の尊敬する人を貶すその言葉だけは許さない!!撤回して!!」

尊敬する人を貶されたセシルは怒気を発せながら一歩踏み出す。

「じゃないと―――貴方を狩る!!」

全身から怒りが発せられながら一歩また一歩近づくセシルにヒュアキントスの態度か変わることはない。

「事実を口にして何が悪い?」

「――――――ッ!」

セシルの怒りの拳砲が放たれる。



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New54話

【ミアハ・ファミリア】の本拠(ホーム)

その奥の部屋でリューは匿って貰っていた。

今朝のミクロの発言で羞恥心のあまり飛び出して仲が良いナァーザ達に匿って貰っている。

「………」

事情は知らされていないナァーザでもリューの顔を見たら絶対にミクロ絡みだとすぐにわかった為に何も言わず、何も聞かずリューを匿っている。

「ナァーザ」

「……ミクロ」

店番をしているとミクロが本拠(ホーム)に尋ねて来た。

「リュー、いる?」

「………うん、奥にいるよ」

奥の部屋を指すナァーザにミクロはその部屋に行こうと足を運ぶがナァーザがミクロの肩を掴んで止めに入る。

「でも、今はそっとしてあげて」

「わかった」

友達であるナァーザの言葉に素直に頷くミクロはリューの部屋の近くの壁に背を預ける。

リューが部屋から出てくるまでここで待つと言わんばかりに。

「何があったか聞いてもいい……?」

尋ねて来るナァーザにミクロは今朝の出来事を全て話すとナァーザは納得するように息を吐いた。

リューがああなるのも無理はないと内心思いながらミクロらしいとも思い、納得してしまう。

「ミクロは……リューのこと好き?」

その問いにミクロは頷く。

「じゃあ、私は?」

「好きだよ」

「……ん、私もミクロのこと好きだよ」

あっさりと好意を伝えるミクロにナァーザも好意を伝える。

「じゃ、愛してる……?」

「愛?」

聞き返すミクロにナァーザは頷いて肯定する。

「リューがミクロ以外の男の人と話してて胸がもやもやしたりとか、一緒にいるとドキドキするとかそんなことはある?」

「………」

ナァーザの言葉に考えるミクロにナァーザは続ける。

「この人は誰にも取られたくないとか、独り占めしたいとかそういうことはある?」

言葉を続けるナァーザにミクロは真剣に考える。

「………リューと一緒にいると安心する」

だけどそれは親愛故か恋愛かどうかはミクロにはわからない。

それでも十分だと言わんばかりにナァーザはミクロの頭を撫でてリューがいる部屋に視線を送る。

きっと聞こえただろうと思いつつ面倒のかかる(ミクロ)を慰める。

『【ファミリア】同士の抗争だ!』

『【アグライア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の団員が戦っている!』

「「ッ!?」」

店の外から聞こえてくる慌ただしいその言葉に二人は目を見開く。

「リューを頼む」

ミクロはそれだけを告げて現場に駆け付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュアキントスは主神であるアポロンに身も心も捧げている。

主神の命であれば如何なることでも成し遂げられる。

今回も主神の命によってヒュアキントスは団員を使ってベル・クラネルを襲わせた。

入念に【アグライア・ファミリア】の団員を調査させて自分よりLv.が上の者がいない機会(タイミング)を見計らって襲わせた。

計画は予想通り上手く行った。

後は厄介な【覇者】が来る前に二人をある程度痛めつけて終わらせるつもりだった。

そのはずが―――。

「ぐッ」

痛めつけられているのは自分だった。

「ぺッ」

先程の攻撃を頬に受けて口の中を斬ってしまったセシルは口の中に溜まった血を地面に吐き出すが大したことがないように悠然としていた。

地面に膝をついているヒュアキントスをセシルは怒気が含めた瞳で一瞥して告げる。

「……その程度?」

「舐めるなっ!!」

挑発を受けて立ち上がるヒュアキントスはセシルに拳撃を放つがセシルは冷静にそれを受け流してヒュアキントスの腹部に膝蹴りを食らわせる。

「ガハッ」

強烈な一撃を腹部に受けて血反吐を吐き出すヒュアキントスの思考は何故こうなったという疑問だった。

セシル・エルエスト。

ヒュアキントスはもちろんセシルに関する情報もしっかりと集めた。

【覇者】ミクロ・イヤロスの弟子で、かの【剣姫】と同じ一年で【ランクアップ】を果たした大鎌の使い手。

インファント・ドラゴンを単独で討伐、数日前は【ロキ・ファミリア】と共に【アグライア・ファミリア】の遠征メンバーとして同行。

詳細までしっかりと自身の団員に調べさせた。

そして、ヒュアキントスはたいしたことないと判断した。

元より【アグライア・ファミリア】は【覇者】ミクロ・イヤロスで有名な派閥(ファミリア)。それ以外の者の噂は大して聞いたことがない。

【覇者】の実力はヒュアキントスも認めているが、それ以外は【覇者】の寵愛――魔道具(マジックアイテム)によって自身が強者と勘違いしている者ばかりだろうと判断。

その中で一番の【覇者】の寵愛を受けているだろうセシルは自身と同じLv.3だとしても積み重ねてきた実力と才能が違う。

容易に倒せれるはずなのにどうして自分が地面に膝をつくはめになっているのかわからなかった。

「………その程度でよくもお師匠様を貶すことが出来たね」

「ガッ!」

膝をつくヒュアキントスの顔面を蹴り上げるセシルは心は怒りに呑まれても頭は冷静だった。

セシルはずっとミクロの下で過酷な鍛錬をほぼ毎日行ってきた。

自身の得物である大鎌だけでなく、体術だって鍛え上げられている。

才能がない代わりに努力を重ねて自力を上げてきたセシル。

例え相手の方が才能が上回っていたとしても積み重ねてきた努力が違う。

「セ、セシル……」

セシルの後ろで他の【アポロン・ファミリア】を打倒し終えたベルはセシルの様子を見て驚愕に包まれる。

入団してから快く自身の模擬戦に付き合ってくれるセシルの実力はわかっていたつもりだった。

だが、改めて自分とは実力差が違うと思い知らされた。

「………ッ!」

男である自分がまた守られている。

それも自分とほぼ同年代の女の子に守られている事にベルは自分はまだまだ弱いと思わざるをえない。

もっと強くならないと……とセシルを見てベルは覚悟を決め直す。

「クソッ………」

言葉を吐き捨てながら何とか立ち上がるヒュアキントス。

だが、立ち上がったと同時にセシルは接近してヒュアキントスを地面に叩きつける。

「ガ―――」

「立ちなよ、まだ意識はあるでしょう?」

淡々と告げるセシルは再びヒュアキントスが立ち上がるのを待つ。

相手の傲慢という誇り(プライド)を打ち壊すつもりでセシルは身体ではなくヒュアキントスの心を壊しにかかる。

自分が他人より強いと勘違いして、他人を見下す馬鹿(ヒュアキントス)をここで終わらせる為に。

「それともさっきの言葉を撤回して頭を垂らして謝るなら許してあげるよ?」

「ふざけるなっ!私は【アポロン・ファミリア】団長だぞ!!」

知ってる。

だからそう言った。

こういう奴にこう言えば下らない誇り(プライド)を守る為に自身の言葉を否定することぐらい容易に想像できた。

周囲に人だかりが集まる、中には娯楽に飢えた神々が盛り上げようと言葉を投げてくるが今のセシルにそんなことはどうでもいい。

目の前のこいつ(ヒュアキントス)は自身が尊敬する人を貶した。

それだけは決して許せない。

怒りを拳に乗せてヒュアキントスに拳砲を放たんとするセシル。

「止めろ」

そこにミクロが止めに入った。

「お師匠様………」

師であるミクロの登場に一瞬怒りが収まるがセシルは止まらない。

「離してください!こいつは私達を罠に嵌めてお師匠様を貶す発言をしました!」

「それでお前が傷ついていい理由にはならない」

怒るセシルを宥めるように頭に手を置いて撫でる。

「ベルを守って、俺の為に怒ってくれてありがとう。でも、ここで終わりだ」

「………はい」

ミクロの言葉にしぶしぶ従うセシルにミクロは地面に膝をついているヒュアキントスに近づく。

ゴッ!!という音が周囲に響き渡ると拳を振り上げていたミクロとその先に壁に頭から突き刺さっているヒュアキントス。

それを見た野次馬は一斉に静まり返ったなかでミクロは他の【アポロン・ファミリア】の団員に告げる。

「これで勘弁してやる。次はお前達の【ファミリア】を滅ぼす。行くぞ、セシル、ベル」

「は、はい……」

「し、死んでませんよね………?」

壁に突き刺さっているヒュアキントスを見て顔を青ざめるセシルとベルはやり過ぎだと思ってしまうがその容赦のなさでこの場にいる他の派閥(ファミリア)までも顔を青ざめる。

「仮にもLv.3だ。あの程度で死ぬ訳がない」

それぐらいの加減はすると告げるミクロ。

むしろ、【ファミリア】を潰しに行かないだけまだ感謝して貰いたかった。

セシルが自分の為に怒ってくれて嬉しく思ってミクロの気分が良かった為に【アポロン・ファミリア】は滅ぼされなくて済んだ。

しかし次はないとしっかりと忠告までするのはミクロの優しさだと思って貰いたい。

ミクロ達が進む道を野次馬達は道を空ける。



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New55話

【アポロン・ファミリア】との騒動が終えてミクロ達は本拠(ホーム)に帰還。

セシルとベルを自室で休ませてミクロは騒動の事を主神であるアグライアに報告。

「そう、アポロンがね……」

ぼやくように溢すその言葉には少なからずの怒気が含まれている。

愛する我が子を傷付けられて黙っていられる(おや)はいない。

「滅ぼす?」

「それは今は止めなさい」

【アポロン・ファミリア】を今すぐ滅ぼす提案をするミクロをアグライアは宥める。

ギルドから騒動を起こしたことに関してギルドの者が来たが、壁の修理代と厳重注意だけで済んだ。

【ファミリア】同士の抗争はよくあることなのでギルドもいちいち余計なことはしたくないのが本音だろう。

だが、【ファミリア】一つ滅ぼすとなれば何らかの罰則(ペナルティ)が課せられる。

これまで築き上げてきた信用も落ちてしまう為にそれは最終手段として取っておく。

「アポロン……いったい何が目的なのかしら?」

【アポロン・ファミリア】の等級(ランク)はD。

百名以上の団員がいる派閥(ファミリア)だが、上位派閥である自分達の【ファミリア】と比べれば遥かに格下。

普通なら喧嘩を売るなんて真似はしないはずなのにアポロンは仕掛けてきた。

何が目的で、どういう意図を持っているのかはまだわからない。

だけど、仕掛けてきた以上ただで終わらせるつもりはアグライアにはなかった。

ちらりと自室の(テーブル)に置かれている招待状に視線を向ける。

神の宴の招待状。

それも騒動を起こした【アポロン・ファミリア】からだ。

「行くしかないわね………」

招待状を手に持って本来なら行かないつもりだったが事情が事情なだけに行かざるを得ない。

それも今回はいつもの宴とは違い、眷属を一名引き連れての神と子を織り交ぜた異例のパーティ。

口から溜息が出てくる。

アグライアにとってアポロンは会いたくない神の一柱であるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

馬車が止まる。

馬の嘶きが響く中、高級な作りの扉を開け、一人先に外へ。

着慣れない礼服――――燕尾服を身に纏うミクロは正装のドレスで身を包む、主神アグライアの手を取る。

「ありがとう」

微笑むアグライアにミクロは当然のように頷く。

「すまぬな、アグライア、ミクロ。服から何まで、色々なものを世話になって」

ミクロ達に続いて馬車の中からミアハとナァーザが姿を現す。

「こちらから誘ったのですもの。これぐらいはするわ」

馬車から衣装までミクロ個人の金で肩代わりするがミクロは気にも止めていない。

元より武器の整備ぐらいにしか使わないミクロは溜まる一方の為、こういうところで消費させている。

「誘ってくれて、ありがとう、ミクロ……似合う?」

「うん」

スカートの部分を両手でつまむナァーザにミクロは素直に返答するとナァーザの尻尾はぱたっ、ぱたっ、と左右に振っている。

宮殿内に入るミクロ達はパーティ会場である二階の大広間に向かう。

既に賑わっている大広間は豪勢の一言に尽きるがミクロは特に興味を示さず、アグライアについて行く。

そんなミクロの様子を見て苦笑するアグライアは少しでもこういうところにも興味を持って欲しいと内心で呟く。

広間に進むにつれて見覚えのある冒険者や、嫌々主神に付き合わされている団員まで多くの亜人(デミ・ヒューマン)が集まっている。

しかし、その多くがミクロの登場で雰囲気ががらりと変わった。

オラリオでは名を知らない有名な【覇者】とその主神の登場に様々な視線がミクロに向けられる。

尊敬、畏怖、警戒などいった視線がミクロに向けられるがミクロは気にも止めていない。

「イヒヒ、久しぶりだな。アグライア、ミクロ」

「ザリチュ……」

「有名になってくれて俺も嬉しいぜ?」

【ザリチュ・ファミリア】の主神ザリチュとその後ろに控えているアマゾネスの団員。

ティヒアの前の【ファミリア】の主神と数年ぶりの邂逅を果たした。

「ティヒアは元気か?いや、聞くまでもねえか」

「うん、元気」

元団員であるティヒアの様子を尋ねるが聞くまでもなかった。

今もミクロについて行っていることぐらい容易に理解できる。

「イヒヒ、じゃあ、あいつにもよろくし伝えといてくれや」

「わかった」

頷くミクロにザリチュは離れていく。

 

『――――――諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

と、高らかな声が響き渡った。

大広間の奥に、一柱の男神が姿を現している。

「あれがアポロンよ」

アグライアが耳打ちでその男神のことをミクロに教える。

端麗な容貌で太陽の光を凝縮したかのような金髪に緑葉を備える月桂樹の冠。

下界の子供のようにアポロンには【悲愛(ファルス)】という渾名がある。

喜劇にもなりかねない求愛を繰り広げる神、それがアポロン。

「………」

アポロンを見てミクロの手に自然と力が入る。

『今回は私の一存で趣向を変えてみたが、気にいってもらえただろうか?日々可愛がっている者達を着飾り、こうして我々の宴に連れ出すのもまた一興だろう!』

宴の主催者らしく盛装するアポロンの声に乗りのいい神達は喝采を送っている。

だけど、今のミクロにとってはアポロンの声は煩わしい他ならない。

話を続けるアポロン。

この神のせいでベルとセシルは傷付いた。

そう思うとやはりあの場で完全に潰しておくべきだったと思わざるを得ない。

「落ち着きなさい」

そんなミクロの頭に手を置くアグライアは慈愛に満ちた笑みをミクロに向ける。

「向こうも被害が出ているのだから少なからず向こうから接触はあるわ。私の指示があるまでアポロンに手は出さないこと」

「……わかった」

ミクロの気持ちを察して命令を下すアグライアはミクロの頭を撫でる。

『今日の夜は長い。上質な酒も、食も振る舞おう。ぜひ楽しんでいってくれ!』

アポロンの最後の言葉で歓声が上がり、大広間は騒がしくなる。

「さて、アポロンも忙しそうだし、せっかくのパーティを楽しみましょう」

アポロンは他の神々の挨拶回りで少なくとも今は接触はないことからそれまでゆっくりとパーティを楽しもうと提案する。

グラスを受け取るアグライアはミクロとナァーザに手渡すと他の男神達がアグライアの元に集まり出す。

追い払おうと動こうとするミクロにアグライアは目線で構わないと伝えて男神達の話に付き合っている。

「ミークロ!!」

「ティオナ」

ミクロの背後から抱き着いてきたのは【ロキ・ファミリア】のティオナだった。

褐色の肌に白色のドレスを身に纏ったティオナはいつものように天真爛漫の笑みを浮かべていた。

わけではなく、頬を膨らませて怒っていた。

「メレンの時どうして先に帰っちゃったの!?あたし、ミクロに会いたかったのに!!」

「ごめん」

ぷんぷんと怒るティオナにミクロは素直に謝罪する。

「いいよ!次はバーチェに勝つからね!」

「頑張れ」

バーチェから引き分けとだけ聞いていたミクロだが、ティオナの様子を見る限りどうやらメレンから帰還してからより訓練を重ねているみたいだ。

「それより、どうかな?似合う……?」

頬を染めながらくるりと回って身に纏ったドレスをミクロに見せるとミクロは頷く。

「似合う」

「えへへ、ありがとう」

嬉しそうに笑うティオナの後ろから男性用の正装をしたロキが息を荒げながら駆け寄って来た。

「ちょ、ティオナ……うちを置いていかんといてー」

「あ、忘れてた」

置いてけぼりにされたロキはようやくティオナの元までやって来てミクロを見てロキはやっと理解した。

「なるほどなー、ティオナが行きたいってごねたわけやー」

「ごねてないし!!あたしは料理を食べに来ただけ!!」

そう言って近くの料理を片っ端から口に詰め込んでいくティオナ。

ロキは本来ならアイズを連れて来るつもりでいたが、ティオナがあたしが行きたいと珍しく強く言ってきた。

それはミクロに会えるかもという一種の乙女心故にだった。

「ミクロ!これ、おいしいよ!」

ミクロの腕を引っ張って連れて行くティオナは皿の上にある肉をフォークで刺してミクロの口元に持っていく。

「あ~ん」

アイカにされているようにパクリと口にする。

「美味しい」

「でしょ!これも食べてみよう!」

すっかり食事会のようになっている二人に流石のロキも入れずその場でポツンと棒立ち。

「うちのティオナが……おのれ、【覇者】………ッ」

愛する自身の子をミクロに奪われて恨めしい視線をミクロに送るがミクロは気にせずティオナと食事を進める。

しかし、今邪魔でもしたらティオナが口を聞いてくれなくなるかもしれない。

そう思うと邪魔するわけにはいかなかった。

遠目で二人の様子を見たアグライアはあらあらと苦笑していた。

会場に出されている食事を楽しむ二人。

すると、大広間の中央で舞踏が始まるとミクロはティオナの手を取る。

「踊ろう」

「え、でも…あたし………」

ダンスホールで他の神々や冒険者が踊っているような舞踏なんてしたことがない。

「大丈夫。アグライアから教わってるから任せて」

踊れないティオナの手を引っ張ってダンスホールに踏み込むミクロはティオナの腰に手を置く。

「視線と呼吸を合わせる……後は駆け引きらしい」

互いに至近距離で視線を合わせて呼吸を合わせる。

「組手と同じように」

遠征前に何度も組手を交わした二人はその時の事を思い出しながら踊りが始める。

互いに揃ったステップを踏んでいく。

ダンスを組手と同じように駆け引きで行い、互いの動きを読んでどこを踏むか予測して音楽に合わせて踊って行く。

「あたし、踊れてる……」

踊ったことなどない。でも、踊れているのはきっとミクロのおかげ。

技と駆け引きに長けているミクロがティオナを先導(リード)して二人なりの円舞曲(ワルツ)を披露する。

その光景に微笑む者もいれば歯を噛み締める者もいる中で二人は音楽に合わせて踊って行く。

ティオナは嬉しくも恥ずかしい気持ちで一杯だった。

自分は淑女とは程遠い自覚くらいはある。

他の冒険者からも恐れられることもある。

【ファミリア】以外でティオナは初めて一人の女の子として扱われている。

手を引っ張られて先導(リード)されて淑女のように踊っている。

自分の過去のことを知っていて尚、恐れることなく受け入れて女の子として扱ってくれるのはきっとミクロだけだろう。

トクンと胸が高鳴る。

強く、優しく、聡明のミクロと目を合わせる。

(ティオネ)のこともう何も言えないと内心ぼやきながらティオナは笑った。

「ミクロ、ありがとう」

笑って心からのお礼を告げる。

メレンの時、ティオネと自分の為に動いてくれて。

こうして一緒に踊っていてくれて。

女の子として扱ってくれて。

その全てにティオナはありがとうと告げた。

「どういたしまして」

まだ慣れないぎこちない笑顔を作るミクロにティオナは笑う。

「変な顔!」

笑う。ティオナはどこまでも笑う。

好きだと言ってくれたミクロの為にティオナは笑って見せる。

ダンスが終えるまで二人は円舞曲(ワルツ)を踊り続ける。

ティオナは今日の事を一生忘れることはないだろう。



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New56話

ダンスが終えた二人はそれぞれの主神の元へ戻る。

「楽しかったよ!」

ティオナは満面な笑みでそれだけを告げてロキの元へ戻って行く。

ミクロも自身の主神の元へ戻るとアグライアは微笑んでいた。

「楽しかった?」

「うん」

その言葉に素直に頷くミクロにアグライアも嬉しく思った。

「―――――諸君、宴は楽しんでいるかな?」

そこへ主催者であるアポロンが従者を連れてミクロ達のもとへ足を運んできた。

「盛り上がっているようならば何より。こちらとしても、開いた甲斐があるというもの」

演奏が止まっているアポロンの声は大広間によく響く。

「遅くなったが……アグライア、先日は私の眷属()達が世話になった」

「ええ、世話をしてあげたわ」

皮肉を込めて言ってくるアポロンにアグライアも皮肉を込めて言い返した。

「私の子が【覇者】の弟子に痛めつけられて重傷を負わされた。代償をもらい受けたい」

「なら、私の子を傷付けた代償はどう取り繕ってくれるのかしら?」

互いに作り笑みを浮かばせながら言い合う二柱。

「こちらは重傷を負わされたのだ。この場にいない団長を務めているヒュアキントスはそれはもう目も当てられない姿で帰って来た」

「それならこちらは心に酷い傷を負わされたわ。女性の身体の特徴を貶されて今も部屋で泣いているのよ」

互いに演劇の台詞を吐くかのように嘆く。

皮肉を皮肉で傷を傷で返すアグライアにアポロンは顔は怒りで歪む。

「……ふざけるのもいい加減にして貰いたい」

「ふざけていないわ。私は真剣に怒っているもの」

その怒りを表しているかのようにアグライアの瞳が鋭くなる。

「貴方に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込むわ。アポロン」

その怒りを表すかのようにアグライアは戦争遊戯(ウォーゲーム)をアポロンに宣言。

派閥同士の決闘。

かつてはミクロが【ディアンケヒト・ファミリア】と行った戦争遊戯(ウォーゲーム)のように今度はアグライアの方から申し込んだ。

アグライアの宣言を受けて、周囲の神々がざわつき始めた。

「執念深い貴方の事だからきっとまた私の子を傷付けようとするでしょう。そうなる前にケリをつけさせて貰うわ」

アポロンは見初めた者は執念深く追い続ける。

たとえそれが地の果てだとしても追い続ける。

天界からアポロンのことを知っているアグライアはこれ以上に厄介事になる前にゲームで一気に終わらせるつもりでここに来た。

「流石はアグライアだ。天界で互いに愛し合っていた仲なだけはあって私のことを良く知っている」

「貴方が勝手に求愛しにきただけでしょうが…私の子の前で変な妄想は止めなさいよ」

だから会いたくなかったとぼやくアグライア。

この恋多き変態には天界の頃から色々苦労していたことを思い出すと頭が痛くなる。

「――――――っ」

不意にミクロは視線を感じて窓の外を見る。

しかし、そこには誰もいない。

「いいだろう、そのゲーム受けて立つ!」

『いぇええええええええええええええええええええええええええええええッ!!』

アポロンの了承に周囲の神々が歓声を上げる。

「………」

その中でミクロはアポロンに視線を向ける。

ミクロは自身の派閥はどれだけ周囲に知れ渡っているのかぐらい把握している。

だけど、目の前にいる男神アポロンからはまるで自分が勝つことが揺るがないかのような自信に満ち溢れている。

「私達が勝ったら貴方の【ファミリア】は解散、貴方はオラリオから永久追放」

「私が勝ったら君の眷属、ベル・クラネルをもらう」

互いに勝利した時の要求を聞き入れて神の宴はお開きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!」

【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)でヒュアキントスは自室の椅子を蹴飛ばしていた。

美形の顔は怒りで歪められている。

その顔を見れば誰もが先日セシルにやられたのがショックだったのかを物語っている。

だけど、改めて実感した。

自分の実力では【覇者】どころかセシルにすら敵わない。

何か手の内を考えなければと思考を働かせる。

人質を取ってゲームで実力を発揮させないようにする。

もしくがゲームに参加する前に行動を封じておく。

様々な策を考案するヒュアキントス。

「ニャハハハハハ!だから言ったニャ!火種はミャーに任せておけってニャ!」

ヒュアキントスの部屋の扉にもたれながら笑い声を飛ばしてくる女性の猫人(キャットピープル)にヒュアキントスは激情をぶつける。

「黙れ!よそ者の分際で余計な口を挟むな!」

「ニャフフフ、弱い者こそよく吠えるとはこのことニャ」

しかし、猫人(キャットピープル)は怯むことなくむしろそんなヒュアキントスを見て余計に笑いがこみ上げてくる。

「そうそう、戦争遊戯(ウォーゲーム)は決まったニャ。これで後は勝つだけだけど今のおミャー相手なら負けは必然ニャ」

「私は敗北していない!油断していただけだ!万全の準備を整えればあのような奴らに負ける道理がない!」

「ニャハハハハハ!既に負けている分際でよく吠えるニャ」

「……ッ」

只でさえ苛立っている上にそれを催促するような言葉にヒュアキントスは拳を強く握りしめるが決して目の前の猫人(キャットピープル)に殴りかかろうとはしない。

目の前の猫人(キャットピープル)は自分では手足すらでない実力者だからだ。

「勝ちたいのならミャーに従うニャ。そうすればミャーがお前に力を与えてやるニャ」

猫人(キャットピープル)は胸元からあるモノを二つ取り出した。

一つは腕輪、もう一つは飴玉サイズの紅玉。

「これさえあればおミャーの勝利は確実ニャ。どうするニャ?」

「………何が目的だ?」

怒りを必死に抑えながら冷静に言葉を述べるヒュアキントスに猫人(キャットピープル)は笑みを浮かばせたまま告げる。

「何もいらないニャ。まぁ、善意だと思った受け取るニャ」

嘘をつけと内心でヒュアキントス愚痴を溢す。

だが、主神であるアポロンの為にも勝たなければいけないヒュアキントスは自身の誇り(プライド)を捨ててそれを受け取る。

「……礼は言わないぞ」

「ニャハハ、これは嫌われたニャ」

ペシ、ととぼけるかのように自身の頭を叩く猫人(キャットピープル)はその場から姿を消す。

猫人(キャットピープル)がいなくなったヒュアキントスは受け取ったモノを強く握りしめて自身を打ち負かしたあの女――セシルを思い浮かぶ。

「この屈辱はゲームで返させて貰うぞ………ッ!」

受けた屈辱をゲームで晴らさんとばかりに憤る。

「つまらない男ニャ……」

廊下を歩く猫人(キャットピープル)は呆れるように息を吐いた。

大した力もないくせに粋がり、無駄な誇りを持っている故に諦めが悪い。

「まぁ、だからこそ利用できるから別にいいけどニャ」

だからこそそこに利用できる価値がある。

表舞台に顔を出せない自分の代わりに利用できる駒が猫人(キャットピープル)には必要だった。

「それにしてもミクロも強くなったもんニャ。もうミャーでは勝てそうにないニャ」

興味本位で窓の外から覗きに行ったらすぐに察知されて為にすぐにその場から離れた。

だが、それでも警戒をして気配を完全に消していたはずなのに気付かれた。

以前、へレスとの戦闘からこの短時間でミクロはまた強くなっている。

「まぁ、いいニャ。ミクロ以外の誰かが出たらこちらの勝利は確実ニャ」

ミクロなら突破して勝利を掴むだろう。

それだけヒュアキントスに渡した物は強力だからだ。

効果も副作用も。

しかし、猫人(キャットピープル)は気にも止めない。

勝ったらミクロの苦痛の表情が見える。

負けても自分は痛くも痒くもない。

どちらにしろ、ヒュアキントスはただでは済まない。

「団長も面倒な指示を出すものニャ」

【アポロン・ファミリア】を利用してミクロに揺さぶりをかけろ、と指示を受けた猫人(キャットピープル)は団長であるへレスの指示に従う。

 

 



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New57話

臨時の神会(デナトゥス)

オラリオ中央、摩天楼施設(バベル)三十階で行われる神会(デナトゥス)では【アグライア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】による戦争遊戯(ウォーゲーム)の内容を決めるべく娯楽に飢えた神々達が集まっていた。

「ほな、始めようか」

両者の必要書類の自署(サイン)や手続きを周囲の監修のもと済ませていく。

「互いの要求は知っとるし、そこはええやろ?」

アグライアが勝てば【アポロン・ファミリア】は解散、アポロンはオラリオから永久追放。

アポロンが勝てばベルの所有権、派閥の移籍。

互いの要求は既に決まっているなかで話は円滑(スムーズ)に進む。

やがて、戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝負形式に関して話が及んだ。

「【ファミリア】の総力戦」

真っ先にアグライアは自身が圧倒的に有利な勝負を発言する。

第一級冒険者が五人もいるアグライアにこれ以上にない決着方法。

「それではゲームがつまらないだろう?アグライアのところにはあの【覇者】がいるのだからな」

アグライアの予想通りアポロンはそれを拒否した。

「それに最近ではオラリオの外から第一級冒険者を二人も勧誘したそうじゃないか。それでは一方的過ぎて興醒めだ」

アポロンの言葉に他の神々も同調するように頷く。

「そう言うならアポロン、何かおもろい案があるんかいな?」

「先日の私とアグライアの子との騒ぎの中心だったヒュアキントスと【覇者】の弟子との一騎打ちはどうだろう?互いにLv.3。いい勝負になると思うが?」

その提案にアグライアは違和感を覚える。

先日の騒ぎではセシルはヒュアキントスを圧倒した。

にも拘らずその二人の一騎打ちを申し込んでくるアポロンの案があまりにも妥当すぎる。

「アグライアのところの有名な【覇者】の弟子ならもちろん受けるだろう?」

その言葉に敵でも味方でもない他の神々達が同調する。

話題が尽きないミクロの弟子であるセシルはどんな人物なのかという興味本位。

もしくは単純に戦いを見てみたいという好奇心もあるだろう。

「イヒヒ、いいのかよ?アポロン。聞いた話じゃお前のとこのガキはボコボコにされたって話だぜ?」

そこでザリチュがアポロンに向けて言葉を投げるがアポロンは自信を持って答えた。

「無論だ、次こそは私の可愛いヒュアキントスが勝つと信じているからな」

あまりにも自信を持って告げるアポロンにアグライアは警戒を強いる。

この自信には何か裏があると見込んでアグライアはアポロンの案を拒否する。

「そちらの案に乗る理由がこちらにはないわね。ここは公平にクジで決めましょう」

向こうの妥当な案を鵜呑みにする訳にはいかないアグライアはくじで勝負形式を決めさせるように提案する。

「どうしてだ?妥当な案だと自負しているが」

「私の子を傷つける為に罠を仕掛けた貴方の妥当な案なんて信用できないわ。私も自分の子は可愛いもの」

反論してくるアポロンにアグライアはアポロンの案に信用はないと告げる。

それ以上の反論がなかった為に勝負形式はクジで決まった。

「さっきも言ったけど、アポロンとそれに関わる神は信用できないわね」

「それはこちらも同じこと」

同様の条件を出す二柱の視線はとある神の顔に止まった。

「「ヘルメス」」

「えーと……本気(マジ)?」

神々でも中立を気取る男神に立ち上がって円卓の隅に置かれた箱に手を入れる。

アグライアが書いたのは当然総力戦。

【ファミリア】全員で一気に【アポロン・ファミリア】を殲滅させて終わらせる。

「どうかお手柔らかに………」

呟きながら箱をゴソゴソとあさるヘルメスは一枚の羊皮紙を取り出して神々へ公開した。

二対二(タッグマッチ)

「お、俺のか」

自分が書いたものが選ばれて声を出すザリチュにアグライアは恨めしい視線を送る。

しかし、公平なクジで決めた以上勝負形式はこれで決定するしかない。

「私はミクロとリューを出すわ」

だけど、アグライアは姿勢を揺らがない。

自身の最高戦力の二人を投入させる。

「あら、アグライア。それではアポロンが不利過ぎるわ」

そこに今まで沈黙を貫いていたフレイヤが微笑む。

「貴女はあの子を引き合いにだすけど、それ以外の子のことは信用していないのかしら?」

「信用もしているし、愛しているわ………そうね、せっかくだからこの場でハッキリと言わせてもらうわ」

息を吐いて立ち上がったアグライアは円卓に手を置いて告げる。

「ミクロを怒らせないでちょうだい。あの子は例え相手が私達(神々)であっても容赦はしないわ。私がミクロを引き合いに出すのはあの子が出たがっていたからよ」

他の神々に対して忠告と進言。

今のアグライアの言葉を鵜呑みにする神もいればバカバカらしいとせせら笑う神もいる。

その中でロキが口を開いた。

「しかしな、アグライア。うちもアポロンとフレイヤの意見に賛成や。あの子は強いのはうちら神々でも知っとる。オラリオでも片手で数えられるほどの実力者をアポロンのような中堅にぶつけてもつまらんわー」

あぐらをかきながら進言するロキ。

「そう言えば、あの場にはもう一人いたわね。騒ぎの中心になった子が」

ロキに続いてフレイヤが思い出したかのようにその人物の名を告げる。

「ベル、って言ったかしら?貴方の子の記録を塗り替えたあの子ならいい勝負になるんじゃないかしら?二対二(タッグマッチ)ならちょうどいいと思うのだけどどうかしら?」

愛を司る美の女神(フレイヤ)の発言に一部の男神達が味方に付いてその案が有効にされていく。

わざわざベルを出させる為に神会(デナトゥス)に出て来たであろうフレイヤにアグライアは目を細める。

今回のアポロンに加担しているのはフレイヤではないかという疑惑を抱く。

「それではこちらはヒュアキントスとダフネを出すとしよう。これでいいゲームが期待できる」

もうそれで確定しているかのような発言にアグライアは打開策を考えるが思い浮かばない。

何故ならこれまでの案が他の神々が十分に納得できる妥当の案だからだ。

「ほんならそれで決まりやなー。アグライアももうそれでええな?」

「………ええ」

反論できない以上その案を呑むしかないアグライア。

【アグライア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)二対二(タッグマッチ)に決定。

出場選手はアグライアはセシルとベル。

アポロンはヒュアキントスとダフネ。

戦争遊戯(ウォーゲーム)開始は今より一週間後の闘技場。

神会(デナトゥス)はそれでお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

神会(デナトゥス)が始まる前にセシルは本拠(ホーム)の早足で歩いていた。

「シャルロットさん!」

「あら、セシルちゃん。どうしたの?」

アルガナとバーチェに共通語(コイネー)と常識を教えているシャルロットにセシルは勢いよく頭を下げる。

「私を鍛えてください!」

鍛えて欲しい。そう強く懇願したセシルにシャルロットは口を開く。

「貴女はミクロの弟子でしょ?ミクロに師事を受けないの?」

セシルはミクロの弟子。

なら、自分のところではなくミクロのところに行くのが当たり前だ。

「……はい、私はお師匠様の弟子です。そこに変わりはありません」

頭を下げたままセシルは自身の想いを口にする。

「だからこそ、その立場に甘えている自分が許せない………」

心に今も響くヒュアキントスの暴言。

尊敬する(ミクロ)が自分なんかのせいで貶された。

才能があれば違っていたかもしれない。

もっと強かったらそうじゃなかったのかもしれない。

例え、自分の怒りを誘発させる為の言葉だったとしてもセシルはそんな自分が許せない。

【覇者】の弟子。

その立場で甘えて周囲のことも何も考えずにただ師であるミクロの後ろを追いかけていた。

その結果が先日の騒動。

だからこそ一度離れなければならない。

自分を想い、導いてくれるミクロの下を離れてより過酷な環境に身を置いて(ミクロ)の想像を超える存在にならないといけない。

「もっと……強くなりたいんです………」

今よりも強く。

一秒でも早く強くなってセシルはこう言いたい。

私は【覇者】の自慢の弟子だと。

誰からにもそう認められるような存在になりたい。

その想いが伝わったかのようにシャルロットは頷く。

「死ぬ覚悟は出来てる……?」

「お師匠様の弟子になってから覚悟の上です!」

「それじゃあ準備してきなさい。アルガナちゃん、バーチェちゃんも手伝ってね」

「わかった」

「……わかった」

勉強を教わっていたアルガナとバーチェもセシルの修行に付き合うことになる。

「私はミクロほど優しくはないからね」

「はい!ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。!」

セシルは今以上に強くなる為にシャルロット達と共にダンジョンに向かった。

それとは別でベルもミクロの下でやって来ていた。

「団長!僕に戦い方を教えてください!」

「わかった」

セシル同様に頭を下げて懇願してくるベルにミクロは二つ返事で了承した。

「元からそのつもりで頼んでいる」

今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)では嫌な予感がするミクロは万が一の為にベルとセシルを鍛えるつもりでいた。

だが、セシルは既にシャルロット達と共にダンジョンに赴きおらず、残ったベルを鍛える為にミクロも準備をしていた。

「ついて来い」

「はい!」

手回しは既に完了しているミクロはベルを連れて都市の市壁に足を運ぶとそこには金髪の剣士と天真爛漫の女戦士(アマゾネス)がそこにいた。

「あ、来たー!ミクロ!アルゴノゥト君!」

「ア、アイズさん!?それにティオナさんも!?どうして……」

「……ミクロに頼まれたから」

ベルの疑問に答えるアイズ。

ミクロは神の宴の後で【ロキ・ファミリア】に訪れていた。

ベルを鍛える為にアイズとティオナをしばらく貸して欲しいとロキに直談判をした。

始めは嫌や!と強く断ろうとしたロキだが、【アグライア・ファミリア】には前の遠征で団員達を治療した借りがあった。

更にアイズとティオナの強い要望によってロキはしぶしぶ承諾した。

「私達は直接力を貸せない………」

「でも、アルゴノゥト君を鍛えてあげることは出来る、だって!」

口下手なアイズに代わって、通訳するティオナ。

「始めようか」

「はい!」

今よりも強くなる為にセシルとベルは第一級冒険者達による命懸けの修行が始まった。

 

 



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New58話

ダンジョン23階層『下層』にセシルはいた。

「いやぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッッ!!」

そして全力疾走でダンジョン内を駆け回っていた。

呼吸が苦しくなろうが関係ない。

足が悲鳴を上げるが関係ない。

今だけはモンスターより恐ろしいあの三人から逃れることが最優先だった。

「どこへ、行く?」

片手にバトルボアを殴殺して嗜虐的な笑みを浮かばながら追いかけて来るアルガナ。

「始めの威勢はどうした?」

アルガナ同様にバグベアーを蹴殺して無表情で問いかけるバーチェ。

『下層』のモンスターでさえ時間稼ぎにもならない二人を背にセシルは駆け出す。

だけど一番恐ろしいのはこの二人ではない。

「逃げてばかりだと強くはなれないよ?」

微笑みながら優しく言葉を飛ばしてくるシャルロットはモンスターの大群を得物で細切れにしていく。

優しい言葉とは裏腹に容赦という言葉はそこになかった。

『下層』のモンスターってこんなに弱かったっけ?と現実逃避を行うセシルだがそれは大きな勘違い。

『下層』のモンスターでは相手にもならないのが第一級冒険者の実力なのだ。

そんな相手に訓練開始の初日はセシルは果敢にも挑んだ。

だけど、毎回のように生死を彷徨うはめになるのはもう嫌だった。

セシルは今日も生き残るために必死に逃げる。

「捕まえた」

「いやあああああああああああああああッッ!!助けて、お師匠様――――――ッ!」

チロリと舌を出すアルガナに捕まったセシルは今日も生死を彷徨うことになる。

特訓開始から既に三日が経過していた。

 

 

 

 

 

 

激しい剣舞が鳴り響いていた。

美しい夕焼けに見下ろされながらサーベルと両刃短剣(バセラード)が幾度にぶつかり合い、白髪と金の長髪が風になびく。

「アイズ、交代」

「うん」

ベルに休む暇を与えないかのようにアイズとミクロは交代して疲弊しているベルに襲いかかる。

「うっ!」

ミクロは得物は持たず、素手のみでベルを圧倒する。

「突然自分の得意距離に入られても怯むな。自分の得意とする間合いを常に把握して有利に進むように頭も使え」

「はい!」

何度も、何度も、何度も、挑みかかる度に吹き飛ばされて、叩きつけられるベルだが、その度にベルは成長している。

今、ミクロ達がベルに叩きつけているのは対人戦闘。

モンスターは初めから全力で襲いかかってくるが人は様子を見て隙を探ってくる。

今のベルに足りない技と駆け引きに磨きをかける。

身体と頭を使わせてまさに叩きつけるように覚えさせる訓練にベルは食らいつく。

だけど、ミクロは本来ならセシルも連れて連携(コンビネーション)の訓練も行いたかったが広大なダンジョンにいる以上探すのは困難。

その辺りは日頃から共に訓練を重ねている二人の信頼関係を信じるしかなかった。

戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝負形式は二対二(タッグマッチ)

ベルとセシルの努力次第で勝敗は決まる。

「………」

ミクロが感じる嫌な予感は消えない。

むしろ日に日に強くなっていく。

戦争遊戯(ウォーゲーム)で何が起きるのかまではわからないが今できることはアイズ達と一緒にベルを鍛えること。

「!」

思考を働かせているミクロの僅かな隙を見つけてベルは突っ込む。

「甘い」

「ぼへぁ!」

しかしその程度はミクロにとって隙でもなんでもない。

「たっだいまー!」

「少し休憩」

市壁内部に繋がる階段から食料を買ってきたティオナが帰って来た。

それとベルの疲労具合を見てミクロは少し休憩を挟むことにする。

腰を下ろして呼吸を整えるベル。

ティオナが買ってきた食料を口にするミクロにティオナが尋ねた。

「アルゴノゥト君の調子はどう?」

「大分対人戦闘に慣れてきている。だけど」

「……心が駄目」

ミクロの言葉に続くようにアイズがベルの欠点を告げる。

ベルは確実に成長している。

対人戦闘もある程度なら使えるようになっている。

だけどそれだけだった。

身体が良くても心のどこかでまだ恐れている。

殺してしまうかもしれないという恐怖がベルにはある。

人はそう簡単に人を殺すことは出来ない。

心のどこかで殺さないように安全装置(リミッター)が発動する。

感情の高ぶりで安全装置(リミッター)が外れたり。

感情を殺して人を殺したり。

訓練で人を殺す抵抗を無くす。

ミクロやティオナは既にその手で人を殺している。

安全装置(リミッター)が既に外れている二人は己の意思で殺さないように意識している。

そうじゃなくても心身ともに第一級冒険者は人だろうと殺す覚悟は出来ている。

だけどベルは違う。

根源から人を殺すことは出来ない。

生まれつき、育った環境もある。

きっとベルが自分の手を赤く染め上げた時、ベルはベルではなくなる。

殺さずに勝つ、が理想だ。

だけど、戦いにそんな甘い理想が叶う訳がない。

実力差があればいいが拮抗状態ではそれは難しい。

「そっか……」

目線を下に向けて頷くティオナもその考えは理解出来ている。

「じゃあさ、もっともっとアルゴノゥト君を強くしようよ!あたし達三人で!」

少し暗い表情をしていたティオナはいつものような天真爛漫の笑みで名案かのように胸を張って言う。

その名案に二人は頷く。

「……うん」

「そうだな」

二人は立ち上がって得物をその手に持ってベルを囲むように立ち上がる。

「えっと……」

困惑するベルにミクロは告げる。

「ベル、今から三人だ」

サーベルを構えるアイズ。

大双刃(ウルガ)を担ぐティオナ。

ゴキと指の骨を慣らすミクロ。

咄嗟に得物を手に持つベルに初めに動いたのはアイズ。

銀のサーベルが大気を切り裂いて、ベルの得物と衝突し合い火花が飛び散る。

「えいさーっ!」

「っ!」

一瞬の攻防の横からティオナの大双刃(ウルガ)が襲いかかる。

超重量の大型武器であるティオナの大双刃(ウルガ)には流石のベルも回避行動を取らなくてはならない。

万が一に防御でもしたらその防御ごと木端微塵になってしまう。

後退するベル。

しかし、その背後にはミクロは拳を握りしめていた。

「がはっ……っ!」

背後からの強打を受けてアイズとティオナのいるところに無理矢理戻らされるベルに二人は攻撃を繰り出す。

激しく斬りかかるアイズ。

死角から加わるティオナの奇襲。

隙を見せたらそこに強打を与えるミクロ。

「満身創痍でも動けるようになれ、ベル」

「はいっ!」

ミクロの言葉に気合を入れ直すベルの軽装の上から斬撃が当たり、壁に衝突してしまった。

「ごめん……」

あまりにも早く成長するベルにアイズは思わず加減を忘れて斬りかかってしまった。

「問題ない。けど、少し休ませる」

ベルの容態を見て問題ないと把握するが、ここのところ碌に睡眠を与えずに鍛えていた。

せっかくの機会なのでここでベルをゆっくりと休ませることとする。

「………」

すると、アイズがベルを見ながら何か物欲しそうな目で見ていた。

「アイズ、ベルの様子を見てあげてくれ」

「うん……」

気絶させてしまった詫びがしたいのだろうと察したミクロはアイズにそう言うとアイズはベルに膝枕をしてベルの髪を撫でる。

ベルに癒されるアイズを見てティオナもどこか嬉しそうだった。

そこでティオナは気付いた。

アイズに見習ってミクロに膝枕してあげたらいいと。

正直に恥ずかしいという気持はある。

だけど、ミクロなら断ることなく膝枕をしてあげられる筈。

「ティオナ」

「うひゃ!な、なに……?」

思考を働かせていたティオナは唐突に声をかけられたミクロに思わず変な声が出た。

「ここ」

腰を下ろして自分の膝を叩くミクロ。

言われなくてもわかる、膝枕だ。

ティオナがしようとしていたことをミクロがしようとしている。

「えっと……それじゃあ………」

完全に出ばなをくじかれたティオナは言葉に甘えてミクロの膝に頭を置いて横になる。

膝枕しているティオナの髪をなでなでと撫でるミクロにティオナの頬は染まる。

心臓の音がうるさくなり、ティオナは横になっている筈なのに全然休めれなかった。

 

 

 

 

 

「セシルちゃん、生きてる?」

「………ぃ」

地面に倒れているセシルに声をかけるがセシルは死に体のように動かない。

周囲の警戒をアルガナとバーチェに任せてシャルロットはセシルを回復させる。

セシルが強くなってきている。

身体だけでなく心までも。

この調子なら戦争遊戯(ウォーゲーム)でも十分に活躍できるだろう。

でも、セシルには決定打がない。

これは致命的だ。

強者には必ず自分の絶対負けない何かがある。

魔法でもスキルでも特性でも必ずと言っていい何かがある。

必殺技、切り札と呼んでもいい。

もし、セシルがそれを手にすればもしかしたら……。

「セシルちゃん、もう一度貴女の魔法を見せてはくれない?」

「は、はい」

シャルロットの言葉にセシルは頷いて超短文詠唱を唱える。

「【天地廻天(ヴァリティタ)】」

魔法を発動させた場所にある木が重力に押し潰される。

魔法は切り札、起死回生の一手。

重力を操作できるという点ではセシルの魔法は便利だが、限定された時間と空間ででしか発動できない欠点がある。

ハッキリと言えば大して脅威ではない。

そのまま使用すれば、だが。

「セシルちゃん、貴女のこの魔法はまだまだ可能性があるわ」

「可能性ですか……?でも、私の魔法は大したものでは」

「ええ、そのままならそうでしょう」

超短文詠唱から放たれる魔法に大した威力も効果もない。

だけどそれはそのまましようすればの話であってそれをどう発展させていくかは本人次第。

つまり本人の訓練次第で魔法は強大な力を発揮する。

そして、シャルロットは気付いた。

セシルの魔法の新たな可能性に。

「今日から魔法の特訓よ、精神枯渇(マインドゼロ)になるぐらい練習するからね」

「は、はい!あ……あともう一ついいですか?」

新たな可能性の訓練を行おうと活き込むシャルロットにセシルは尋ねる。

「どうしたの?」

「実は……遠征から帰ってきて【ステイタス】を更新したら新しいスキルが発現しまして」

セシルの新しいスキルのはずなのにセシルはどこか落ち着かない様子。

本来なら魔法やスキルが発現したら喜ぶのが当たり前だ。

だけどセシルはそうではない様子に訝しむシャルロット。

「ミクロには話したの?」

「いえ、まだアグライア様しか……」

尊敬しているミクロにも話していない新しいスキル。

「と、とにかく見てください!」

少々落ち着かない様子ながらもセシルはそのスキルを発動させるとシャルロットは目を見開いて驚愕する。

セシルのどこか落ち着かない様子に納得しながらもそのスキルの正体を知って苦笑を浮かべる。

「これはミクロも驚くわね……」

化けるかもしれない。

シャルロットはそれを見てそう実感した。

セシルには既に切り札(ジョーカー)だけでなく奥の手までも持っていた。

戦争遊戯(ウォーゲーム)では使わないかもしれないがシャルロットはそれも鍛え始める。

そして、戦争遊戯(ウォーゲーム)の日がやって来た。



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New59話

戦争遊戯(ウォーゲーム)当日。

【アグライア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)が行われる闘技場では既に満席状態。

ミクロ達も既に客席で二人のこれからの闘いを見守るべく座っていた。

オラリオには尋常ではない熱気と興奮に包まれて今か今かと待ち望んでいる。

「いよいよですね……」

復活したリューはミクロの隣でそう言う。

「うん」

それに対してミクロはただ闘技場から視線を外すことなくそう返す。

こちらの手は尽くした。

後はベル達がどう奮闘するかだ。

ミクロが感じている嫌な予感は今も強くなっている。

万が一の対応としてミクロを始めとする幹部は装備を『リトス』に収納している。

いざ、戦争遊戯(ウォーゲーム)の最中で何かが起きても対応できる。

『あー、あー!えーみなさん、おはようございますこんにちは。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)実況を務めさせて頂きます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】。以後お見知りおきを』

魔石製品の拡声器を片手に声を響かせるイブリ。

『解説は我らが主神、ガネーシャ様です!ガネーシャ様、それでは一言!』

『――――――俺が、ガネーシャだ!!』

『はいっありがとうございましたー!』

観衆は一斉に喝采を送るなかで四人が闘技場に姿を現す。

白い革鎧(レザーアーマー)を纏い大鎌を背負うセシル。

軽装(ライトアーマー)を装備して腰には両刃短剣(バセラード)と短剣を携えるベル。

腰に剣を携えるダフネ。

白を基調にした戦闘衣(バトル・クロス)に大型のマント。腰には波状剣(フランベルジュ)と短剣を装備したヒュアキントス。

それぞれの【ファミリア】の出場選手が姿を現して熱気と興奮はより一層に上がる。

「……随分余裕そうだね」

客席が熱気と興奮で包まれる中でセシルはヒュアキントスに言葉を投げる。

「あの時の屈辱をこの場で返させてもらうぞ」

以前、路地でセシルに敗北して自尊心を粉々にされた屈辱がヒュアキントスにはある。

だが、ヒュアキントスは怒りに呑まれておらず冷静だった。

自身が勝つという余裕すら見せている。

何かあると察するセシルは一層に警戒を強いる。

「ベル、気を引き締めて行くよ」

「うん!」

「構えろ、ダフネ」

「はいはい」

得物をその手に持って構える四人は戦意を醸し出す。

そして、

戦争遊戯(ウォーゲーム)――――開幕です!』

「【ライトニングボルト】!!」

開幕速攻でベルはダフネに照準を合わせて魔法を発動させる。

詠唱入らずの速攻魔法に一驚するダフネは予想外のことに反応が遅れて直撃してしまう。

「あぐっ…」

速度と威力を併せ持つベルの速攻魔法の直撃にダフネは開幕同時に致命傷を負ってしまうがまだ意識がある。

身体に力も入る。

まだ倒れる程ではない。

「ごめんね」

「っ!?」

しかし、セシルはそれを想定して接近、大鎌の柄でダフネを強打させて意識を奪う。

気を失い、倒れるダフネ。

『おおっと、【アグライア・ファミリア】開幕速攻だ!!息をする暇もないぐらいの電光石火で【アポロン・ファミリア】の一人を倒した!』

実況の声に観客は一斉に騒ぎ出す。

元来、余裕があるとするのなら【アグライア・ファミリア】の方だが、ベルとセシルは決して油断なんてしない。

作戦を練り上げて開幕速攻を仕掛けて確実に一人を倒した後に二人がかりでヒュアキントスを相手にする。

観客からすればつまらないと言う人も中に入るだろう。

だけど二人には関係ない。

確実な勝利を得る為に二人は油断も隙も与えない。

「後は貴方だけです……」

得物を持ったまま冷然とするヒュアキントスは静かに口角を上げる。

「フン、以前よりも腕を上げたか」

「そうだよ、負けたくないからね」

相手にも自分にも負けたくない二人は地獄で訓練を重ねてこの場にやって来ている。

そんな二人にヒュアキントスは波状剣(フランベルジュ)を構える。

「そうでなくてはこちらも困る。強くなってのは貴様等だけではないのだからな」

その言葉と同時に、ヒュアキントスは消えた。

「ッ!?」

「セシル!……ぐぅッ!?」

消えたと同時にヒュアキントスはセシルの目の前に現れて波状剣(フランベルジュ)を振り下すが、訓練の成果で無意識に体が反応して間一髪で防御することが出来た。

ベルも同様に突如目の前に現れて攻撃を受けたが辛うじて防御に成功。

「ほう、今のを防ぐか」

消えたと思っていたヒュアキントスは姿を現して感嘆の言葉を述べる。

「やはり、まだ慣れぬか」

再び姿を消したヒュアキントスにセシルは直感で反応して大鎌を振るが空振りに終わる。

「後ろだ」

セシルの背後に姿を現すヒュアキントスは自身の得物【アポロン・ファミリア】の首領だけが持つことを許される《太陽のフランベルジュ》を振り上げていた。

炎のような揺らめきを表す刀身がセシルに襲いかかる。

「【ライトニングボルト】!!」

「チッ、兔風情が邪魔を」

しかし、間一髪でベルの速攻魔法がそれを阻止。

ヒュアキントスは再び二人と距離を取るように離れる。

「セシル!大丈夫!?」

「うん、助けてくれてありがとう……ベル」

駆け寄ってくるベルに礼を言いながらも視線をヒュアキントスから外さない。

ヒュアキントスの動きは速いなんてものじゃない。

残像すら見えない速さで動くなんて普通じゃない。

あの地獄のような訓練をしていなければ今頃斬られていた。

以前ではあのような速さの欠片すら見せなかったヒュアキントスの魔法かスキルかまではわからない。

それにしてもあの速度は厄介だ。

「あの人って……あんなに強かったの?」

「わからないよ、でも今のあいつは強いよ」

以前遭遇した時よりも厄介に強くなったヒュアキントスに二人の表情がぐっと変わる。

二人のその表情を見てヒュアキントスの顔が歪む。

「いいぞ……その顔が見たかった」

嘲笑うかのように言い放つヒュアキントスは再び姿を消しては二人に襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

魔道具(マジックアイテム)だな……」

客席でヒュアキントスの異常な速さを見抜いたミクロはその正体を口にする。

「そんな馬鹿な……あのような魔道具(マジックアイテム)を何故あの者が」

ミクロの言葉に顎に手を置いて考えるリュー。

魔道具(マジックアイテム)は『神秘』の発展アビリティがなければ作製することはできない希少なもの。

【アポロン・ファミリア】にそのアビリティが発現した者の噂は聞かないリューはどうやって魔道具(マジックアイテム)を手に入れたのかわからなかった。

第一級冒険者であるミクロ達はヒュアキントスの動きを捉えてはいるがその速さはミクロ達からしても異常だ。

ただ単純な加速でも脚力を強化する類のものでもない。

「あの腕輪か……」

ヒュアキントスの右手首に装着されている腕輪が魔道具(マジックアイテム)だと看破するミクロはその能力について思考を張り巡らせる。

「あれは自身の時間の加速だね」

ミクロの後ろにいるシャルロットがヒュアキントスが使用している魔道具(マジックアイテム)の正体を語る。

「あれの名前は『アクノス』。装備した者の時間を加速させて自身の高速化を可能にする魔道具(マジックアイテム)。私の作品の一つよ」

さらりと白状するシャルロット。

「隠しておいたはずだけど………見つかっちゃったか」

魔道具(マジックアイテム)を悪用されないように隠しておいたはずが見つかり、ベル達を苦しめるものとして姿を変えてしまった。

見つけたのは恐らくはへレスと断定してシャルロットは『アクノス』の能力をミクロ達に語る。

「普通なら一秒かかる時間でもあれを装備したら一秒を十秒で動くことが出来る。あの子は普通に動いているつもりでもベル君達にとっては消えているように見えているのでしょう」

その説明に驚愕に包まれるリュー達。

そんなの反則ではないかと誰かがぼやくがミクロがそれを否定した。

「そんなものを代償なしで使えるわけがない」

「ミクロの言う通り、あれは確かに強力な魔道具(マジックアイテム)だけど負担が大きい上に超速で動いているから壁にでもぶつかればそのダメージが自分に返ってくる」

今も余裕そうに使用しているがその負担は確実に蓄積している。

あと何回使えばその兆候が必ず見えて来て、勝機が失っていく。

「何より、あの子は使いこなせてもいない」

『アクノス』の能力を最大限使用できていないヒュアキントスは単純な能力にしか使っていない。

手にして間もないのか。

もしくは何も説明されていないのか。

どちらにしろ、単純な能力しか使用できていないヒュアキントスでは今のあの二人には勝てない。

切り札(ジョーカー)の出番よ、セシル」

シャルロットは微笑みながらそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

「………随分と粘るものだ」

『アクノス』の能力により超速で動いていたヒュアキントスは再びベル達に姿を現して呆れるようにぼやいた。

切り傷を負いながらも致命傷は辛うじて避け続けた二人は肩で息をしながらも倒れることだけはしなかった。

「……ベル、大丈夫?」

「セシルこそ………」

互いを庇い合いながら戦い合う二人にヒュアキントスも攻めあぐねていた。

超速で動きながら攻撃を繰り広げればもっと圧倒していただろうが、まだ超速に慣れていないヒュアキントスがそれをしてミスをすればそれこそ自分自身にダメージが返ってくる。

攻撃する一瞬だけ能力を解除して攻撃を行ってきたが二人はその一瞬で反応、防御、回避している。

「チッ」

小さく舌打ちするヒュアキントスはそう何度も『アクノス』が使用できない程に負担が蓄積している。

あと一回、無理をして二回が限度。

なら、ダメージ覚悟でこの一回で勝負に決める。

「これで終わりにする」

セシルを葬った後にベルの脚を切断して勝利する。

それでこちらが勝利を掴んで終わり。

主神であるアポロンに顔向けができるとヒュアキントスは勝利に喜ぶ。

『アクノス』の能力を発動させるヒュアキントスの前にセシルは歌う。

「【天地廻天(ヴァリティタ)】!」

セシルが唯一使える重力魔法を発動させるがヒュアキントスはそれを鼻で笑った。

既にセシルの魔法の正体も知っているヒュアキントスは重力魔法で動きを封じようと考えているセシルの思考を読んでいるかのように嘲笑った。

『アクノス』の能力を発動している今の自分は無敵と自負しているヒュアキントスは恐れることはなかった。

「な……っ」

そうセシルの重力魔法が、この闘技場に複数展開するまでは。

以前、訓練中でシャルロットはセシルにこの魔法の事について話していた。

『魔法の増殖……ですか?』

『言い方を変えるとそんな感じね』

セシルの重力魔法は限定された時間及び空間の重力操作。

なら、それを増やすことはできるのではないかとシャルロットは告げる。

『その魔法は属性は重力だけど、能力自体は空間、結界に通じるものがあると思うの。なら、私はこう思ったの。重力の結界を生み出すことができるんじゃないかなって』

『重力の結界……』

『複数の重力結界を生み出してそれを周囲に留める。相手の動きを制限、重力に捉えて拘束。使い方は様々、出来るかできないかはセシルちゃん次第よ』

そこからセシルは空中に重力の結界を生み出す訓練を行い、そこから複数の展開する訓練からそれを周囲に留める訓練をずっと行ってきた。

そして、それをモノにして切り札(ジョーカー)へと昇華させた。

「でも、これ……すっごい精神力(マインド)消費が激しいのよね」

魔力の制御もそうだが、精神力(マインド)の消費も激しいセシルの切り札(ジョーカー)を名付けるとしたら。

「グラビディフォス」

客席でシャルロットがそれを口にする。

闘技場に数十もの人を包み込むぐらいの投球型の重力結界を展開させるセシルの切り札(ジョーカー)

「くっ……っ!」

超速で動くヒュアキントスだが、その数に動きが鈍らされる。

囚われないように動くが、数が多すぎて二人に接近することが出来ない。

下手に突っ込めば重力の結界に捕まる。

避け続けたら効果切れが起きる。

どちらにしろ超速で動いているヒュアキントスにセシルの重力の結界は脅威。

そして、『アクノス』の能力が切れたヒュアキントスをベルは視界に捉えて疾駆する。

「ベル!決めて!」

最後の決め手をベルに託して託されたベルもそれに応えるように加速する。

セシルが開いてくれた活路(チャンス)を無駄にしない為にベルは動きながらスキルを発動する。

「【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」

だが、ヒュアキントスは諦めていない。

最後の自身の魔法の詠唱を行う。

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」

英雄願望(アルゴノゥト)】。

両刃短剣(バセラード)に純白の光粒を収斂させていく。

『ベル、お前のスキルは強力な反面、消費が激しい』

訓練の時にアイズ達には秘密裏でスキルの訓練を行っていたベルにミクロが進言。

「【放つ火輪の一投――――】!」

起死回生の切り札を解き放とうとするヒュアキントス。

『下手に蓄力(チャージ)し過ぎるとお前の体力と精神力(マインド)はすぐになるなる。だから、常に実戦の中で相手の力量を把握できるようになれ。最小限の消費で最大限の効果を発揮できるように訓練する』

それから行われた実戦に近い訓練ではミクロ達との実力差があり過ぎて把握できたかどうかはベルにはわからなかった。

だけど、目の前のヒュアキントスはあの三人ほど実力差は離れていない。

「【来たれ、西方の風】!!」

十秒分の蓄力(チャージ)

「【アロ・ゼフュロス】!!」

太陽光のごとく輝く、大円盤。

振り抜かれた右手から放たれた日輪が、高速移動しながら驀進しベルに向かっていく。

「ベル様!?」

観客席からリリが悲痛の叫びを上げる。

このままでは直撃。

誰もがそう思った。

「うあああああああああああああああああああああッッ!!」

両断する。

白光の輝きを放つベルの両刃短剣(バセラード)がヒュアキントスが放った日輪を一刀両断した。

誰もが言葉を失うなかでもベルは魔法を両断してヒュアキントスに接近。

「ま、待てぇええええええええええええええええええええええ!?」

正面から突っ込んでくるベルにヒュアキントスは顔は恐怖と絶叫に歪む。

ベルは強く右手を握りしめて渾身の一撃をヒュアキントスに喰らわせる。

撃砕する。

放たれた右拳がヒュアキントスの頬に叩き込まれ、めり込み、闘技場の壁に叩きつける。

ガラガラと瓦礫と共に地面に崩れ落ちるヒュアキントスに闘技場全体が静まり返る。

「ぐぅ……」

ベルの拳砲を直撃して身体が思うように動かないヒュアキントスは呻く。

「降参してください、貴方では僕達には勝てません」

降参を進言するベルにヒュアキントスは睨み、次に自虐的な笑みを浮かべた。

震える手を動かしてしまっておいた紅玉を取り出す。

「?」

何をしているのかわからないベルにヒュアキントスは小さく口角を歪ませる。

「このままでは……終わらんぞ………」

自身の誇り(プライド)を粉々に破壊して、主神に捧げる勝利さえも踏み躙った二人にヒュアキントスの心に憎悪が生まれる。

殺したい――。

力が欲しい―――。

こいつらを圧倒できるほどの力を―――。

「よそ者の力を借りる私をどうかお許しください、アポロン様……」

自我が失う最後に主神に謝罪の言葉を送るとヒュアキントスは紅玉を飲み込んだ。

そしてすぐに異変はやってくる。

「う、ぐぅうう……あああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

哮けるヒュアキントスの身体はあり得ない程の異常な音が繰り出す。

まるで身体を別の何かに無理矢理作り変えているかのように変貌していく。

観客も静まり変えるなかで冒険者はそんなヒュアキントスを見て警戒を強いる。

爪は鋭角なほど伸びて、皮膚は硬質化しているかのように鈍く光り、歯は牙に生え変わっていく。

さらにはずるりとヒュアキントスの腰から尻尾が生えてきた。

「なに、これ………?」

それをまじかで見た二人は驚愕する。

その姿は例えるのなら『下層』に棲息しているリザードマンだ。

だが、リザードマンよりも大きく筋骨隆々で何より恐ろしい。

もうそこには人間(ヒューマン)としてのヒュアキントスはいない。

今、二人の目の前にいるのは紛れもない怪物(モンスター)だった。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

怪物(モンスター)と化したヒュアキントスは咆哮を放った。

 



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New60話

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

闘技場にいる誰もがその光景に目を奪われる。

人が怪物(モンスター)に変化したその光景を目撃し、観客は一斉に絶叫を上げた。

「ヒュ、ヒュアキントス……」

絶叫を上げて逃げようとする観客のなかでダフネが怪物(モンスター)と化したヒュアキントスに声をかけるがヒュアキントスはダフネを視界に捉えると腕を大きく上げて振り下ろした。

「危ない!!」

そこにベルが間一髪でダフネを救出する。

「ここから逃げてください!!」

闘技場の出入り口にダフネを無理矢理投げて逃げさせるベル。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

咆哮を上げて二人に攻撃を繰り出すヒュアキントスに二人は回避に専念する。

「どうなってるの!?あれはあの人の魔法やスキルじゃないの!?」

「ぼ、僕にわからなよ!でも、ああなる前にあの人紅い玉みたいなのを口にしていた!」

変貌する前にヒュアキントスが口にした紅玉を思い出しながらそれをセシルに伝える。

「取りあえず、狙いは私達だけみたいだけど……」

怪物(モンスター)と化したは観客席の人には目もくれずに目の前にいる二人だけを見ていた。

「私達で何とかするよ、ベル」

「うん!」

観客にいる人達が逃げ切るまで時間を稼ごうと戦うことを決意する二人は怪物(モンスター)と化したヒュアキントスと対峙する。

 

 

 

摩天楼施設(バベル)三十階の円卓でアグライアは勢いよく席を立ってアポロンに問い詰める。

「アポロン!あれはなに!?貴方の子の魔法なの!?」

「ち、違う!あれは違う!ヒュアキントスはあのような魔法もスキルもない!」

動揺しながらもアポロンは否定した。

「私が知っているのはヒュアキントスが最初に使用していた魔道具(マジックアイテム)だけだ!」

「どういうことや?詳しく話せや」

アポロンの言葉に細目で問い詰めるロキにアポロンは観念したかのように白状する。

「………一週間以上前、私がベル・クラネルに見初めた頃だ。一人の猫人(キャットピープル)が私の本拠(ホーム)にやってきてこう言ったのだ」

『【アグライア・ファミリア】を倒す力が欲しくないかニャ?』

始めはその言葉に疑念を抱いたアポロンだが、その能力をまじかで見てそれが欲しくなった。

ベル・クラネルは自分達よりも上の派閥である【アグライア・ファミリア】の一員。

彼を手に入れる為にはその力はアポロンには必要だった。

「私は彼女から力を貰い、騒ぎを起こしたが………ヒュアキントスが何故あのような姿になっているかは本当に知らん!」

「………」

アポロンの言葉にアグライアは気付いた。

今回の騒動でアポロンの後ろにいたのはフレイヤではなく【シヴァ・ファミリア】。

何が目的でアポロンを利用したのかまではわからない。

「もうこうなってしまえばゲームを中止するべきではないか?今はまだアグライアのとこの子が凌いではくれてはおるが」

「あら、どうして中止にするのかしら?」

戦争遊戯(ウォーゲーム)の中止を提案しようとするミアハにフレイヤは口を開く。

「あそこにはロキやアグライアの子供達が観客の避難と安全を確保しようと動いている。そこから被害はでないでしょう。それならゲームは続行すべきではなくて?こんなにも面白いことになっているのですもの」

「フレイヤ……!それは本気で言っているの!?」

睨むアグライアにフレイヤは微笑みを崩すことなく告げる。

「貴女が子を大切にしている気持ちは私にもわかるわ。でも、あそこには多くの第一級冒険者がいるじゃない。万が一の時は彼等に任せれば問題は起きないわ。それをここで中止にすればそれこそ興醒めじゃない」

微笑みながら告げるフレイヤの言葉に多くの神々が納得するように頷いた。

『鏡』に視線を向けるアグライアは戦っている二人の無事を祈るしかない。

「頑張って……」

 

 

 

「リュー達第一級冒険者はここで待機。スウラとリオグ、お前達は【ロキ・ファミリア】や他の【ファミリア】に観客の避難誘導の協力を求めろ。他は観客の避難と安全を確保。出来次第報告しろ」

『はい!』

観客席でもミクロはすぐに状況に対応して団員達に指示を飛ばして怪物(モンスター)となったヒュアキントスを見る。

「人がモンスターに……可能なのですか?」

真っ先に疑念を抱いたリューがそれを口にする。

「わからない。でも、現実を見る限りそう受け止めるしかない」

『リトス』から装備を取り出して得物を手に持つミクロ達。

どういう原理かはわからないが、実際にそれを見てしまったら信じるしかない。

「団長様!そんなことよりも速くベル様達を助けてあげてください!!」

リリがそう叫ぶがミクロは首を横に振った。

「まだできない。状況はどうであれまだゲームは続いている。この場でベル達に手を貸せばこちらの反則負けになる」

そう、戦争遊戯(ウォーゲーム)はまだ続いている。

ヒュアキントスは気絶したわけでも降参をしたわけでもない。

なら、まだ勝敗は決まっていない。

「そ、そんな……!」

リリの瞳が絶望に染まる。

危機的状況でも助けに行くことが出来ない。

「だけど、二人に危険が訪れれば勝敗なんて関係ない」

ここから二人までの距離はミクロ達第一級冒険者にとって距離ではない。

一瞬で接近して怪物(モンスター)となったヒュアキントスを葬ることが出来る。

だからこそ、ミクロはギリギリまで手を出さない。

遠目でアイズ達も得物を手に持ち、構えている。

アイズ達もミクロ達と同様に二人の闘いを見守っている。

「………」

怪物(モンスター)となったヒュアキントスの潜在能力(ポテンシャル)は恐らくLv.5。

今のベル達ではどう足掻いても勝てない。

更に言わせれば怪物(モンスター)に変貌したとはいえ、ヒュアキントスは人間だ。

圧倒的に実力が上になったヒュアキントスにベル達は殺さずに倒すことが出来るのか。

今は互いを助け合い、支え合って攻撃を回避することは出来ている。

だが、それもいずれは限界が来る。

万が一にベル達が勝てる勝機があるとすれば一つだけ。

ベルのスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】による最大限の畜力(チャージ)

最大蓄力(チャージ)で放つベルの速攻魔法なら怪物(モンスター)と化したヒュアキントスを倒すことは出来るだろう。

命を引き換えに、が前に付くが。

それでもベルのスキルの畜力(チャージ)は本来は魔法発動同様に動くことはできない。

訓練で数十秒なら動きながら畜力(チャージ)出来たが、最大蓄力(チャージ)だと流石に動きを止めなければいけない。

その間、セシルが一人でヒュアキントスを相手にしなければならない。

Lv.3がLv.5に挑むのは無茶ぶりもいいところ。

唯一救いがあるとすれば怪物(モンスター)となったおかげで理性がなくなり、技と駆け引きがないところだが、それでも一撃でも喰らえば致命傷だ。

セシルの魔法で動きを封じたとしても持って一分だろう。

絶体絶命のなかでもミクロは二人の勝利を信じるしかない。

「勝て……」

拳を握りしめて二人の勝利を願う。

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

咆哮を上げながら左腕を振り上げて勢いよく振り下ろす怪物(モンスター)と化したヒュアキントスの攻撃は一撃で地面が割れた。

だが、二人は攻撃を避け続けている。

何度も生死を彷徨い、鍛え上げられた胆力と危機回避能力のおかげだ。

あの特訓を受けていなかったらと思うとベルは冷や汗が出てくる。

回避しながらも相手を見て大体把握できたところがある。

怪物(モンスター)と化したヒュアキントスには習性のようなものがある。

必要以上に近づかなければ積極的に攻撃をしてこない。

離れれば追いかけて攻撃を行って来なかったことからこれが証明できた。

だけど、近づければあの鋭い爪で切り裂かれるか、拳で叩きつけられる。

動きもまるで守りを固めているかのようにそこまで動かない。

目線は絶えず二人を見てはいるが、それだけだった。

一番の問題があるとすれば。

「【ライトニングボルト】!」

速攻魔法を放ち、一条の稲妻がヒュアキントスに直撃するが無傷。

その身体は堅牢、並大抵の攻撃力では通用しない。

もし、彼を倒そうとするのなら【英雄願望(アルゴノゥト)】を使用しなければならない。

「………ッ!」

苦虫を噛み締める顔を作るベルはここで着てようやく実感した。

人と戦うという怖さ。

人を殺すかもしれないという恐怖。

覚悟がなければ乗り越える事なんてできなかった。

ミクロが抱えている重みがこれほどまで重いことにようやくベルは理解した。

「………」

「セシル……?」

唐突にセシルはベルを自身の後ろに追いやって前へ出る。

「ベルはここにいて」

大鎌を構えるセシルの顔は強張っていた。

「あの人を――――殺す」

「!?」

その顔はいつも一緒にいるセシルではない。

覚悟を固めた一人の『戦士』の顔だった。

「そ、そんな………何を言ってるかわかってるの!?」

「わかってるよ!!」

セシルは叫びを上げた。

「私は……私はベルを、仲間を守る為なら人だって殺す覚悟はもう出来てる!その人の命を背負う覚悟も出来てる!」

今はまだ積極的に攻撃を行っていないヒュアキントスだが、いつ積極的に攻撃を繰り返したらもう戦うどころじゃない。

今狙われている自分もしくはベルが死んでしまう。

自分だけならともかく仲間であるベルまで殺させるわけにはいかない。

師であるミクロと同じ道を辿ることになるだろう。

その道を辿ったらミクロはきっと悲しむだろう。

それでもセシルは構わない。

仲間を守る為に命を背負う。

師であるミクロと同じように。

「大丈夫、私には奥の手がある。だから……ベルはここにいて」

悲し気にそう告げるセシルの両手は震えていた。

これから自分の手で人を殺すのが怖い。

これからの毎日が罪悪感で押し潰される日々を想像するだけで体が震えて来る。

それでも、仲間(ベル)が死ぬよりかは何倍もマシ。

覚悟を決め直したセシルは一歩前へ出る。

「ベル……」

だけど、それを阻むようにベルが立っていた。

「セシル、僕はもう守られるだけの存在にはなりたくない」

自身の気持ちを吐露する。

「恰好つけさせてよ、セシルは女の子で僕は男なんだから」

いつものように優しく微笑んで前へ向いたベルはヒュアキントスに向かって突貫した。

「あああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

哮けた。

弱さを吐き捨てるように腹の底から吠え、前進する。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

攻撃範囲内に侵入した邪魔者を排除するかのように腕を振るい鋭い爪で切り裂こうとするがベルはそれを躱して懐に侵入する。

「セイッ!」

そして斬撃を与えたが傷一つ負わせることができない。

弱い。

力が足りない。

なら、もっと―――。

もっと、全身の力を振り絞れ。

加速する。

圧倒的強敵の前にしても一瞬の怯みもなくベルは縦横無尽に動き回る。

その動きは本当にLv.2か疑う程の速さ。

「―――――――ッ」

たった一人。

本来なら自分が行おうとしていたことをベルがしている。

遠征で知ったミクロの辛さ。

その辛さを共に背負おうとその時からずっと覚悟を固めてきた。

それが実現しようとした時にベルが前へ出た。

ベルもセシルと同じように覚悟を固めていたかもしれない。

だけど、何の恐れもなくに飛び出せるかは別問題あった。

セシルは『覚悟』はあってもベルのような『勇気』がなかった。

「どうして……?」

ぽつりと言葉が出た。

どうして自分には勇気がないのだろうか……。

自分より後で入団してきたベルはあんなにも果敢に立ち向かっているのに自分はこうして突っ立っているだけ。

自分よりもLv.が低いベルが。

一撃でも攻撃を受ければ終わるという強敵相手にベルは立ち向かっている。

大鎌を持つ手に自然と力が入る。

悔しい。

その感情がセシルの心を騒めかせる。

守らなければいけないと思っていた後輩(ベル)に守られている自分の弱さが。

前へ出ることもできない臆病な自分が。

何もできない自分が何よりも悔しい。

「セシル!!」

「っ!?」

声を投げられた。

心から尊敬する師であるミクロに視線を向けるとあるものがセシルの前に突き刺さる。

「これは………」

ミクロが愛用している魔杖だった。

「ベルを助けられるのはお前だけだ!使え!」

今も辛うじて攻撃を避け続けているベルはまさに一触即発状態。

ゲームは続いているなかで武器の提供は不正が強いられるだろう。

だが、状況が状況だ。

騒ぎを起こした【アポロン・ファミリア】に比べれば些細なことだ。

セシルはどうして前衛である自分にミクロは魔杖を寄越したのか疑問を抱いたが、聡明なミクロならもしかして気付いているのかもしれないと勝手に自己解釈する。

魔杖を手に取るもどうすればいいのかわからないセシルは不意に気付いた。

怪物(モンスター)と化したヒュアキントスの胸に紅い宝玉の様なものが埋め込まれていると。

「そう言えば……」

ベルが言っていた。

紅い玉みたいなものを口にしていたと。

なら、アレを破壊出来れば殺すことなく相手を倒すことが出来るかもしれない。

相手も殺さず、ベルと共に生還すべくセシルは歌う。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

それはミクロの魔法だった。

セシルが遠征から帰還して【ステイタス】を更新した時に新たに得たスキルは【魔法継承(マジックヴォーカス)】。

尊敬する師であるミクロを助けたい。

抱えている重みを少しでも背負いたい。

その想いを受け継ぎたい。

その願いがスキルとなって発現したのが【魔法継承(マジックヴォーカス)】。

その効果はミクロの魔法を使用することが出来る。

「【礎となった者の力を我が手に】」

しかし、ミクロの二つ目の魔法、吸収魔法はセシル本人が打倒し、詠唱を把握している者でなければならない。

「【アブソルシオン】」

セシルは悩む。

この状況下であの紅玉のみを破壊し、尚且つ自身が打倒、詠唱把握している人物を頭の中から割り出さないといけない。

そんな都合のいい存在を倒した覚えはセシルにはあった。

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹、汝、弓の名手なり】」

それは同じ憧憬を抱く者であり、宿敵(ライバル)であって友達でもあるレフィーヤの単射魔法。

「【狙撃せよ妖精の射手、穿て、必中の矢】」

狙いを紅玉に照準し、セシルは魔法を発動させる。

「【アルクス・レイ】!」

魔杖から放たれる光矢の単射魔法の特性は自動追尾。

ヒュアキントスの胸にある紅玉に向かっていくとヒュアキントスはそれを守るように両腕を交差させて防御を取った。

防がれた。

もう精神力(マインド)は底が尽きそうなセシルにとって今のがまともに放てる最後の魔法を防がれてしまう。

「―――――っ」

だけど、両腕を防御に回している今が好機(チャンス)

短剣を逆手に握り締めてベルは胸に埋め込まれている紅玉を破壊した。

「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ………」

悲鳴を上げるヒュアキントスの姿が戻って行く。

怪物(モンスター)から人へと戻り、その場で仰向けで気を失ってはいたがしっかりと息をしていることから大丈夫と判断したベルはセシルに振り返る。

「助かったよ!ありがとう、セシル!」

助けてくれたセシルに心からの礼を言った。

『戦闘終了~~~~~~~~~~~ッ!?戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者は【アグライア・ファミリア】―――――――――!』

ガネーシャが横で雄々しい姿勢(ポーズ)を決めているなかでイブリは拡声器へ叫び散らす。

勝敗が決した瞬間、二人は倒れた。

緊迫状態の戦闘から安堵して緊張の糸が切れた二人はパタリと倒れはしたがその顔は笑っていた。

【アグライア・ファミリア】の勝利で戦争遊戯(ウォーゲーム)の幕は降ろされた。

二人の元に駆け付ける団員達に二人を任せて息を吐くミクロ。

だが、ミクロが感じている嫌な予感はいまだ消えていない。

戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わったのにどうしてと疑念を抱いて思考を働かせる。

今回のゲーム。アポロンに加担していたのは【シヴァ・ファミリア】だということはわかった。

しかし、二人のおかげで全員が無事で終わりを告げた。

それなのにどうして今も胸に感じる騒めきが消えないのか。

周囲を見渡すミクロはあることに気付いた。

「まさか………」

あの人がいない。

それだけでミクロはすぐにそのことを想像してしまった。

最悪な想像を。

「リュー!ここを任せる!」

「ミクロ!?」

駆けるミクロは急いで闘技場を出てオラリオ中を駆け巡る。

「母さん……!」

 

 

 

 

 

 

オラリオの路地裏でシャルロットは足を踏み入れて一人の人間(ヒューマン)の男性と対峙した。

「久しぶりね、あなた」

「ああ、やっぱり生きてたんだな。シャルロット」

ミクロの父親であり、シャルロットの夫であるへレスに会っていた。

「私が死んだって思ってくれなかったんだ」

「お前がそう簡単に死ぬかよ」

夫婦以前から互いに長い付き合いがある二人は語らずとも互いに何が言いたいのか理解していた。

へレスの目的はミクロに揺さぶりをかけることだが、本当の目的は別にある。

「会えて本当に嬉しいぜ、俺の手でお前を殺す事ができるのだからな」

槍をシャルロットに向けて口角を上げるへレス。

へレスの本当の目的は【アポロン・ファミリア】を利用してシャルロットを誘き出すこと他ならない。

その餌としてヒュアキントスに魔道具(マジックアイテム)を持たせたのだから。

「………まだミクロを憎んでいるの?」

「ああ、憎いさ。あいつの存在そのものがな」

「ミクロ本人に何の罪はないわ。あの子は私達の子供なのよ」

「ああ、俺達のガキだ。だからこそ憎い」

シャルロットの瞳は哀しみに満ちていた。

どうしてこうなったのかと今更ながら後悔している。

「だけどお前の事は本当に心から愛している」

「………そう」

「だからこそ他の誰にもお前の最後は奪わせねえ」

「……‥そう」

シャルロットは両腕を上げて一切の抵抗をしない。

「ならあげるわ、私の最後を。私もあなたとミクロの事を心から愛しているから」

愛する家族の下で死ねるのはどれだけ幸せか。

何時の頃からかそう思い始めていたかはわからない。

「私を(ころ)して、へレス」

「ああ」

シャルロットの心臓を貫く一本の槍。

身体が壊れていくなかでもシャルロットの微笑みは崩れることはなかった。

槍を引き抜かれて倒れるシャルロットをへレスは抱えて抱きとめる。

「……懐かしいね、こうされるのも」

「ああ」

愛する夫の胸の中で命尽きるのはきっと幸福だろう。

まだまだミクロの成長を見ていたかったがもういい。

ミクロならきっと自分の死を乗り越えて強く生きてくれると信じている。

辛い時はミクロを支えてくれる家族(ファミリア)もある。

だからシャルロットは安心してこの世を離れることが出来る。

「愛してる……へレス、ミクロ」

その言葉を最後にシャルロットは微笑みを浮かべたままこの世を去った。

残ったのはシャルロットだった肉塊のみ。

へレスはシャルロットだったものを静かに壁に背を預けさせて路地裏の奥へ足を向ける。

「あばよ、シャルロット」

最後の別れの言葉を告げてへレスは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)は【アグライア・ファミリア】の勝利に終わり、アポロンはアグライアの要求通りに【ファミリア】を解散させてオラリオを去った。

ゲームは紛れもないセシルとベルの二人の勝利によって得たもの。

しかし、誰もが戦争遊戯(ウォーゲーム)を喜んでいない。

空から降り注ぐ雨に打たれながら【アグライア・ファミリア】の一員は都市南東区画にある『第一墓地』――――――『冒険者墓地』に足を運び、一つの墓標の前で多くの者は涙を堪え、流していた。

墓標にはシャルロット・イヤロスと名前が刻まれている。

戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わり、ミクロはシャルロットの元に駆け付けた時にはもう手遅れだった。

短い期間ではあったが団員達はシャルロットの死にショックを受けていた。

それだけシャルロットの存在が団員達に大きな影響を促していた。

一人一人花を手向け、シャルロットの死に悼み続ける。

「………ありがとうございました」

花を手向けながら鍛えてくれたことに感謝の言葉を述べるセシルは今も涙が止まらない。

「………解散」

全員の手向けが終えてミクロは短くそう指示する。

誰もが墓地から離れていく中でミクロだけは動くことはなかった。

「あ……」

「セシルちゃん」

呼びかけようとするセシルをアイカは肩に手を置いて首を横に振る。

今のミクロに誰一人たりともかける言葉がみつからない。

それだけ肉親の死のショックは大きい。

にも拘らずミクロは涙を流していない。

その代わりと言わんばかりに今日は朝からの雨が降っている。

まるで泣いてはいけないミクロの代わりに泣いているかのように。

誰もが離れていく中でリューとアグライアだけは残った。

「……アグライア様、ここは私が」

「……ええ、お願いするわ」

リューの言葉を信用してアグライアは離れて他の団員達のフォローに回る。

一人残ったリューはミクロに歩み寄る。

「………」

ミクロは無言だった。

何も言わずにただ黙ってシャルロットの墓を見据えている。

「ミクロ、私達も帰りませんか?」

「………」

リューの言葉でもミクロは一切反応を示さない。

そんなミクロをリューは後ろから抱き着いて抱擁する。

「リュー………離して」

「お断りします」

「一人にさせて……」

「嫌です」

振り解くこともせずただ弱弱しい声音で懇願するミクロの言葉をリューは拒んだ。

弱っているミクロを守るように。

決して一人にさせないように。

リューはミクロを抱擁し続ける。

「もうここには私と貴方以外誰もいません。我慢する必要もありませんから泣いてください」

ミクロが人前で涙を流さないのは【ファミリア】の団長だからだ。

組織の頭であるミクロが団員達の前で涙を見せつければ士気に大いに関わる。

例え団員達がそのことを気にしなくてもそういう訳にはいかないのが団長としての責務でもある。

「私が貴方の全てを受け止めます……全部吐き出してください」

その言葉をきっかけにミクロは哭いた。

降り注がれる空に向かって涙と共に哭いた。

雨音がミクロの声をかき消す。

雨水がミクロの涙を誤魔化す。

哭くミクロを知っているのは抱きしめてくれているリューただ一人。

そのリューも唇を噛み締めながら静かに涙を流す。

死を受け入れて乗り越えなければいけない。

だからこそ人は哭く。

涙を流して、腹の底に込み上げているものを吐き出して気持ちを切り替えていかなければこれからの活動に影響が及ぼす。

そして改めてもっと強くならなければいけないと心に刻む。



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New61話

シャルロットの死から数日が経過してミクロはリューを連れて豊穣の女主人に足を運んでいた。

「シル。追加」

「は~い」

「ミクロ、その辺で……」

テーブルの上には空となった食器が山積みになっているがミクロは止まることを知らずに料理を腹の中に詰め込んでいく。

ミクロの体調を気にして止めようとするリューだが、強くは言えなかった。

ミクロはやけ食いをしているにが理由がある。

シャルロットの墓の前で思い切り泣いて、今日は思い切り食べてミクロなりに気持ちを切り替えようとしている。

開店一番に訪れてはずっと食べ続けているミクロに周囲は驚くがミクロは気にも止めずにただ貪るように料理を口に入れる。

厨房で働いている猫人(キャットピープル)料理長(シェフ)達はそんなミクロの料理を作る為にせっせと働いている。

普段は食事は抑えているミクロだけど今日だけは抑えることなく満腹になっても食べ続ける。

困ったように頬を掻きながら本当に危なくなったら止めようと考える。

「――――――じゃあ何かい、アンナを売ったっていうのかい!?」

店の静穏は唐突に破られた。

店内の客やリューが振り向いた先には、二人がけの卓で向き合うヒューマンの男女。

リューの隣でガツガツと音を立てながら食事を進めるミクロ。

「売ったんじゃねえ……取られたんだ」

「同じことじゃないか!!このっ、駄目男!だから賭博なんて止めろっていつも言っていたのに……!」

亜麻色の髪を結んだ姥桜の女性が、一方的に声を張り上げていた。

無精髭を生やした対面の男は椅子に背を預け、返す声に覇気もなく項垂れていた。

シルから追加で注文した料理までも食べ始めるミクロ。

「実の娘を質にいれる親が、どこにいるのさぁ!」

やがて女性は顔を両手で覆い、おいおいと泣き出してしまう。

その啼泣の声は大きく、ただならぬ雰囲気があった。

すると、中年の男は、自分達を窺う視線に気付いたのか目を吊り上げて、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

「なに見てやがる!見世物じゃねえぞっ、てめえ等は不味い飯でも食ってろ!!」

「ちょっと、止めなよ!」

逆上する男は女性の制止も聞かず、テーブルの上に置かれていたグラスを鷲掴み、周囲に水をばら撒いた。

だけどその水は決して床を濡らすことも誰かを濡らすこともなかった。

「ここで騒ぎを起こすのは止めた方がいい」

水が入ったグラスを片手にミクロが中年の男に忠告した。

第一級冒険者の動体視力と身体能力を駆使して空のグラスを使って空中にばら撒いた水をグラスに収めたミクロは唖然とする中年の男に忠告すると再び自分の椅子に座って料理を口にする。

ミクロのおかげで動こうとしていた店員はいつも通りに働くなか、女性はミクロに視線を向けると目を見開いて声をかける。

「ね、ねぇ……もしかして君は【アグライア・ファミリア】の団長さんかい?」

「そうだけど?」

確認を取るかのように声をかけて来る女性の質問を肯定すると女性はまるで希望を見つけたかのように瞳を輝かせて頭を下げた。

「ど、どうか私達の娘を――アンナを助けてはくれないかい!?」

「まずは事情を話せ」

悲痛な懇願にミクロは皿の上にある最後の一口を食べる。

 

 

 

 

 

「実の娘を担保に、賭博を……」

中年の男――ヒューイとその妻カレンから二人は事情を聞いてリューは思わず眉をしかめた。

二人は魔石製品製造業と商店の手伝いで日々生計を立てているとのことだ。

今日までは都市の西地区に住んでいたが――――夫であるヒューイの賭博癖が、事件を招いてしまったらしい。

「仕方なかったんだ……あの時はどうしようもなかった。じゃなきゃ、俺だって好き好んで(アンナ)を賭けるものか……」

力なく口を開くヒューイ。

言葉通り、ヒューイは妻であるカレンとの間にもうけた一人娘を賭金(チップ)に賭博に臨み、負けてしまった。

これにはエルフであるリューは非難と軽蔑の眼差しを隠さなかった。

「何が仕方ないもんかっ。もとはと言えばあんたが火遊びしていたのがいけないんじゃないか!」

「そ、それは………でもっ連中、最初は遊びだって言ってて、俺が負け続けたらいきなり雰囲気を変えやがったんだ!このまま負けた額が払えないようなら………家まで押しかけてくるって言って、取り返しのつかないことになってて………」

ヒューイは最後の大勝負に負けて娘だけではなく家までも失ってしまい、落ち着ける場所として豊穣の女主人に移動してきた。

「相手は冒険者だったのか?」

「……ああ、【ファミリア】がばらばらの、チンピラの集まりだった。すげえ剣幕で脅されて……(おまえ)の自慢の娘なら、ひとまず賭金(チップ)に代えて機会(チャンス)をくれてやるって………」

その言葉を聞いてカレンはテーブルに伏せて泣き出した。

「自業自得だな、冒険者を甘くみるからそうなる」

ミクロはヒューイに向けて淡々と告げる。

「冒険者は基本的にそんなもんだ。金と女の為なら何でもするのが冒険者だ」

冒険者は荒くれ者だ。

その事を知らずに賭博を行ったヒューイが愚かだったに過ぎない。

子供に冷たく諭されて怒りで拳を作るヒューイだが反論できなかった。

その通りだからだ。

その一方でリューは片方の眉をぴくりと微動させた。

「リュー」

それに気付いたミクロは小さく首を横に振る。

ミクロも気付いている。

そのよく似た『手口』はミクロも耳にしたことがあるからだ。

「そのアンナとはどんな奴だ? 働いているのか?」

二人の娘であるアンナのことを尋ねるミクロに二人は答えた。

男神にも求婚を求められるほどの容姿と花屋の手伝いでよく街に出て品物を届けに行っていることからミクロとリューは疑問が確信に変わった。

アンナは元から狙われていたことに。

「な、なぁ、こんなこと俺が頼めることじゃねえかもしれねえけど、お前強いんだろ?どうにか娘を、アンナを取り返してはくれねえか?」

ヒューイはミクロに懇願する。

「私からも頼むよ。きっと今に歓楽街に売られちゃう………」

カレンも頭を下げてミクロに懇願するとミクロは口を開く。

「わかった。引き受ける」

頷いてミクロは二人の懇願を引き受けた。

「ほ、本当かい!?」

顔を上げて尋ねてくるカレンに頷いて肯定するミクロにカレンは嬉し涙が出てくる。

これで娘は助かる。

そう思っている時ミクロは話を進める。

「それじゃあ、報酬の確認をする」

「はぁ?」

「え?」

報酬。その言葉に二人は言葉を失い、茫然とするがミクロは構わず依頼とそれに似合う報酬の確認を口頭で行う。

「まず、今回の二人の依頼は少々厄介だ。冒険者が行ったやり方は強引ではあったが無理矢理娘を攫ったわけでもない。秘密裏に調査して、娘を奪還するというのなら最低でも報酬は数百万ヴァリスは」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!数百万!?そんな大金持ってねえよ!?」

声を荒げるヒューイ。

ヒューイ達は金も金品もない。

家だってない状態で数百万なんてとても払えられる額ではなかった。

「お前……情ってもんがないのかよ!?」

「元々の原因はお前だ。それにこれは非公式の冒険者依頼(クエスト)で万が一が起きれば問題は全て俺の【ファミリア】に及んでしまう。報酬もなしに【ファミリア】を動かすことは出来ない」

淡々と告げるその言葉に二人は顔を俯かせる。

二人が金がないことはミクロもわかっている。

だけど、ミクロは【ファミリア】の団長だ。

報酬もなしに動くことは出来ない。

更に今回の冒険者依頼(クエスト)は厄介なのは事実。

下手なことをすれば築き上げてきた【ファミリア】の信用と信頼がなくなってしまう。

だから情だけで引き受けることはできない。

せっかく見つけた希望が届かないと知った二人は悲嘆にくれる。

だけど、とミクロは言葉を続ける。

「俺とリューだけなら条件次第で動いてもいい」

報酬がないと【ファミリア】を動かすことは出来ないが、この場にいるミクロ・イヤロス個人とリュー・リオン個人となれば話は変わる。

「娘が帰ってきたらちゃんと謝って、二度と賭博はしない。それを約束するというのなら引き受ける」

その言葉に二人は大いに頷いて応じる。

「ああ、約束する!娘にもしっかりと謝る!二度と賭博もしない!約束する!!」

ヒューイの言葉を聞いてミクロは羊皮紙に羽ペンに動かして一筆書いた羊皮紙を二人に手渡す。

「住む家もないんだろう?それを持って【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)に行って団員に見せれば客人として迎え入れる」

「すまねえ!恩に着る!」

「ありがとう、本当にありがとう……!」

感謝の言葉を述べられてミクロは金貨の詰まった小袋をシルに渡して勘定を済ませる。

「ありがとうございました!また来てくださいね!」

「うん」

返答するミクロはリューを連れて早速調査を行いに行く。

「ミクロ、よろしいのですか?」

「俺が行かなくてもリューは行こうとするだろう?」

見抜かれていたと思いながらリューは苦笑を浮かべた。

「それに何かしておかないと落ち着かない」

「……そう、ですか」

人が死んだ後は何かと考えてしまうもの。

だからそんなことを考える暇がないぐらい忙しい方が気が紛れて気持ちを切り替えられるかもしれない。

ミクロとリューは引き受けた冒険者依頼(クエスト)を行うべくまずは賭博が行われた酒場を調べに動く。



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New62話

夜半。

月が巨大都市に囲まれた都市を見下ろしている。

既に日付が変わった時間に、二人は路地裏を歩いていた。

ミクロは普段と変わらない服装に対してリューはフード付きのロングコートに、ロングスカート。貧民街(スラム)の花売りを沸騰とさせる服装に身を包む。

二人は路地裏の奥深くに存在する酒場に足を踏み入れる。

ゴロツキ達の棲家という表現がぴったりの酒場に足を踏み入れた。

「あぁん……ゲッ!?」

酒場で酒を飲んでいたゴロツキ達はミクロを見て一瞬で酔いが覚めてミクロに道を譲った。

ミクロはそのことに気にも止めずに店の奥、カードを広げたテーブル席――――賭博を行っている男たちの前で立ち止まった。

「おーおー、名高い【覇者】が女連れでこんなところに来るとは物好きなもんだ」

口を開いたのは腰に剣を差した大型なヒューマンの男はミクロに恐れることなく皮肉を告げる。

「アンナ・クレーズという名前を知っているか?」

ヒューイが連れて込まれたこの酒場で頭をしているであろう男にミクロは尋ねる。

「なんだ?あの女はお前のだったのか?」

「いや、違う……だが、知っているならその情報を寄越せ」

アンナの情報を知っていることが確かと知ったミクロはその情報を求めるが男は笑った。

「おいおい、タダってわけにゃいかねえよ、なぁ?」

男の言葉に伴って酒場にいる冒険者は二人の帰路を塞いだ。

「第一級冒険者ならカードぐらいできるだろう?俺は暴力は好かねえし、名高いお前に勝てるほど慢心もしてねえ。だから賭博(ゲーム)をやろうや。俺は情報を、お前は金か……なんなら隣にいるエルフの嬢ちゃんを賭金(チップ)にすればいい」

卑下な笑みを浮かばせてリューを舐め回すように見るゴロツキ達にミクロは男と対面するように椅子に座って金貨が詰まった袋をテーブルに置く。

「わかった。賭博(ゲーム)は?」

「ポーカーでどうだい?」

「問題ない」

カードを混合(シャッフル)する男の提案を異議を唱えることなく呑んだ。

「袋の中身は?」

「百万ヴァリス。足りないのならまだ出せるが?」

「さっすが【覇者】だぜ、気前がいい」

ミクロの返答に口笛を吹く。

手慣れた手付きでカードを斬り混ぜながら、目もとに皺を寄せた。

「先に言っておくが、もし金を失っても賭博(ゲーム)を続けたいんだったら……その時はそこのエルフ嬢ちゃんでも賭金(チップ)にするんだな……なんだったら【ファミリア】の女達でもいいぜ?」

「俺が勝つから意味がない。さっさと配れ」

脅し、動揺の誘発を行う男を一蹴するミクロに男は小さく舌打ちしてカードを配り始める。

配り始める男の手を見てミクロは小言で告げる。

「イカサマはもっと丁寧にしたほうがいい」

「っ!?へっ、何のことだい?」

見抜かれて冷や汗を掻く男はカードを配り終わらせる。

手の平にカードを忍び込ませていた男にミクロはせっかく忠告したのに関わらずイカサマを実行した。

なら、こちらも遠慮はしない。

 

 

 

 

 

 

 

「ストレートフラッシュ」

「………っ!?」

卓上に開かれるミクロの手役(ハンド)に、目を見開く男は手札を握り潰した。

ミクロの連勝という一方的な展開に今や酒場は沈黙の帷が落ちていた。

男の賭金(チップ)代わりにしていた数十枚の金貨は底をつき、ミクロの横手には奪ったヴァリス金貨の山が築かれていた。

だけでなく、男の両隣にいたアマゾネスと猫人(キャットピープル)も乗り換えたかのようにミクロの両隣に座ってミクロの腕に抱き着いている。

「イ、イカサマだ!?そうに決まって……!?」

「それはお前だろう?カードを配合(シャッフル)する時と手の平に自分が有利なるカードを隠していた。お前も俺がイカサマをしたというならどういう風にしたか言ってみろ」

「………っ!」

言えない。

男はミクロがどのようにイカサマをしているのかまるでわからなかった。

もちろん男の言う通りミクロもイカサマをしている。

普段ボールスとポーカーをする時は普通にしているが、相手がイカサマをしているのならミクロも容赦なくイカサマを実行する。

ミクロはあらかじめ『リトス』に各種類のカードを収納していく。

カードを持って手役(ハンド)を見た瞬間に不利なカードを収納して同時に自分に有利なカードを出すことによってミクロは常に最強の手役(ハンド)を作ることが出来る。

ミクロだけしか使えないイカサマだ。

だけど、そんなこと気付こうと思っても気付けるわけがない。

特殊なカードでも使用されない限りミクロのイカサマは防げない。

さて、とミクロは口を開いて男に告げる。

賭金(チップ)がなくなったようだし、話すか、痛めつけられて話すかどちらがいい?」

見上げてくるミクロに、男は真っ赤になって歯を食い縛った。

うろたえていた周囲の手下に目配りをした男は、次の瞬間、怒号を放つ。

「てめえ等―――」

手下に怒号を放ち、数でミクロ達を圧倒させようと男は腰にある剣を手にかけようとしたが男は剣を握ることが出来なかった。

「はぁ――――?」

剣を握ろうとしたはずなのに握れなかった。

周囲の手下は顔を青ざめて男のある一点を凝視していた。

その視線の先を男は見るとそこに男の右肘から先がなく、ミクロの右手に握られていた。

「あ、ああ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

ない腕を押さえて悲痛の叫びを上げる男にミクロの隣にいたアマゾネスと猫人(キャットピープル)も甲高い声を上げてミクロから離れる。

「その程度では死にはしない」

淡々と告げるミクロの言葉は周囲を恐怖で支配するには十分だった。

(ホルスター)からナァーザ特性の高等回復薬(ハイ・ポーション)を取り出す。

「言え、言わないと次は左腕だ」

「わ、わかった!わかったからそれをくれ!!」

「情報が先だ」

手を伸ばす男を払いながらミクロは情報を先に喋らせる。

「こ、交易所……!!あそこに、連れていった……!」

「交易所?」

「あそこの連中に頼まれて……!金もやるからっ、ことを荒立てないように娘をかっさらってこいって……!?」

「依頼人は?」

「わからない!本当だ!嘘じゃねえ!」

男の言葉に嘘はない。

それ以上は意味がないと判断したミクロは男の腕と高等回復薬(ハイ・ポーション)を投げ渡す。

「あの家族に二度と手を出すな」

酒場にいる全員に警告をして二人は酒場を後にする。

「……ミクロ。先ほどのはやり過ぎでは?」

先程のやり取りをリューは見逃せれなかった。

元々は穏便で済ませようとしたが男達が剣を抜こうとしたからミクロは手を出した。

しかし、ミクロならあそこまでしなくても対応できるにも関わらず非道な行動を行った。

「死にはしない程度にした。それに冒険者あれぐらいしないとわからない」

「…………」

ミクロの言葉は正しい。

冒険者は荒くれ者だ。

身を持って教えなければわかるものもわからない。

問題は先ほどのミクロのやり取りが前のミクロのようだった。

何の感情もなくただ敵を壊して尋問する。

「行こう、そろそろ帰らないと」

前を歩くミクロの背はどこか哀愁が漂っていた。

母親であるシャルロットの死のショックがまだ残っているのだろう。

無理もない。

かつてはリューも親友(アリーゼ)や仲間達の死に激情にかられて復讐に走った。

酷なことだ……。

心がなかったミクロに出来た感情(こころ)

その心に初めてできた傷が母親の死という現実。

癒えるには時間が有するだろう。

早足でミクロの隣にやってきたリューはミクロと手を繋いで歩き出す。

だからこそ、リューはミクロを守る。

その傷が癒えるまでミクロが嫌と言おうが傍に居続ける。

「帰りましょう」

「うん」

朝日が顔を出していないうちに二人は本拠(ホーム)に帰還する。



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New63話

迷宮都市(オラリオ)の治外法権。

過去、『世界の中心』とまで言われるようになった迷宮都市(オラリオ)に一つだけ欠けているものがあった。それが娯楽施設。

神々の要望にも応える形で、外資及び専門知識(ノウハウ)を導入し、名だたる各国と大都市の協力を誘致した。

その結果、いくつかの娯楽施設が繁華街に築かれ、その中でも有名なのが大劇場(シアター)そして大賭博場(カジノ)

この二大娯楽施設はそれぞれのもととなる本国、本都市を上回る発展を遂げたという経緯もあって、あくまで運命を主導するのは外資を投じた他国の施設側。

迷宮都市(オラリオ)の中で唯一と言っていい治外法権と比喩されるのはその為である。

そして、交易所からアンナを買い取った場所でもある。

更に言えば大賭博場(カジノ)の中で最も力を持つと『エルドラド・リゾート』のドワーフの経営者(オーナー)、テリー・セルバンティスがゴロツキ達を利用してアンナを手に入れた張本人だった。

「あそこには【ガネーシャ・ファミリア】の守衛を施設に張り巡らせておりますのでそう簡単に侵入は出来ませんわ」

「そうか……」

酒場の一件からミクロはセシシャに交易所に運ばれたアンナ・クレーズの情報を集めさせてその報告を耳にして思考を張り巡らせる。

【ガネーシャ・ファミリア】、その中で主神ガネーシャと団長である【像神の杖(アンクーシャ)】の二つ名を持つシャクティ・ヴァルマとは異端児(ゼノス)達の事でそれなりの友好を結んでいる。

だが、それで向こうがミクロ達を見逃す理由にはならない。

バレずにアンナを奪還するには騒動を起こさずに穏便にことを済ませなければならない。

騒ぎを起こすのはあくまで最後の手段だ。

「これでよろしくて?商人のコネまで使って集めた情報ですけど……何を考えておりますの?」

「………」

じっと見据えてくるセシシャにミクロは答えない。

詳しい説明もしないでミクロはセシシャにアンナの行方の捜索を頼んだ。

何も言わず、何も聞かずに応じてくれたセシシャに説明を促す義務はあるだろう。

だけど、今回はあくまでミクロとリューの個人の冒険者依頼(クエスト)だ。

厄介ということもあり、必要以上に団員達を関わらせるわけにはいかない。

何も答えないミクロにセシシャは深く溜息を出した。

「……まぁ、いいですわ。団長様のご命令に従いましょう」

「ごめん……」

追及しないセシシャにミクロは謝罪する。

「構いませんわ、貴方はさっさといつもの調子に戻ってくださいまし」

辛そうな顔が出ていますわよ、と告げるセシシャにミクロはそんなに顔に出ているのかと首を傾げる。

意外そうな反応を見せるミクロにセシシャは一息ついて告げる。

「貴方は私達を受け入れたように私達も貴方を受け入れることぐらいさせないさいな。もっと周りに甘えてもよろしいのではなくて?」

そう告げるセシシャは懐から一通の手紙をミクロに渡す。

それは白地の封筒に豪華な金箔を施されており、中を見るとそれは大賭博場(カジノ)への招聘状だった。

「商人は時に貴族とも友好を結びものですので、譲って頂きましたわ」

そう答えるセシシャ。

堂々と正面から入場する手段をセシシャは手にしていた。

「何をするかはわかりませんが、それで入場できますわね。それでは私はこれにて」

踵を返して執務室から出て行こうとするセシシャにミクロは言う。

「セシシャ、ありがとう」

「たまには返させなさいな」

そう答えて出て行くセシシャにミクロは何かあげたのかと首を傾げる。

ミクロは当然のように他者を受け入れてきた。

そのおかげで助かった者はこの【ファミリア】に何人もいる。

セシシャはその恩を少しだけ返しただけ。

当然のように行ってきたミクロはそれに気づいていないが。

しかし、これで大賭博場(カジノ)に入場する手段は手に入った。

「甘える……か………」

先程のセシシャの言葉を口にするミクロはその言葉に甘えて団員達に甘えることにする。

「手伝って貰おう」

そう呟いてミクロは行動に移る。

 

 

 

 

厳重に封鎖されている巨大市壁の中で、南の都市門が開け放った。

市壁の外から南のメインストリートに続くのは、馬車と付き人の長大な列である。

裏通りから一台の箱馬車が大通りに合流し、列の一部に加わり、周囲と同じように外からやって来た風に装う箱馬車は、順番を待ち、やがて繁華街の一角に停止する。

扉を開けて、まず下車したのは、燕尾服に身を包んだ金髪の人間(ヒューマン)の青年に多くの貴婦人が目を向ける。

眉目秀麗な顔立ちにまだ幼さが残る愛らしさある容姿を持つ人間(ヒューマン)の青年は馬車の扉から差し出される手を取る。

「ありがとうございます」

金の長髪を金の双眸を持つドレスに身を包んだエルフの女性が礼を述べて青年の手を持つ。

招聘状の人物―――伯爵夫婦に扮しているのは変装しているミクロとリューだった。

「しかし、便利なものですね。魔道具(マジックアイテム)とは」

「まだ外見を少し変化させる程度」

白髪であるミクロの髪は金色に染まって、リューの髪も腰ぐらいまで長くなっており、空色の瞳は今だけは金色に輝いている。

元々は異端児(ゼノス)達が人間に扮して地上に顔を出せれるように作製している魔道具(マジックアイテム)だったが中々思うようにできず、外見を少し変化させるので精一杯だったがこのような形で役に立つとは思わなかった。

これならオラリオでも名高い【アグライア・ファミリア】の団長、副団長とは誰も気づかない。

「効果は半日、朝には解けるから」

「それまでにアンナ・クレーズを救出するしかないということですね」

頷くミクロ。

二人は今夜だけは伯爵夫婦として行動しなければならない。

ミクロは伯爵のアリュード・アクシミリアンでリューが伯爵夫人のシレーネ・マクシミリアン。

二人は貴族として装い、アーチ門まで辿り着く。

「書状をお見せ頂けますか?」

門の前にいる正装姿のヒューマンに招聘状を見せる。

「ようこそおいでくださいました、マクシミリアン様。素敵な夜をお過ごしください」

二人は煌びやかな光に包まれる大賭博場(カジノ)へ潜入する。

巨大アーチ門をくぐった瞬間、二人を出迎えたのは光の洪水。

不夜城のごとく煌びやかに光を放つ大賭博場区域(カジノ・エリア)

二人は目的である『エルドラド・リゾート』、アンナを奪った経営者(オーナー)がいる最大賭博場(グラン・カジノ)

開け放たれた玄関を経て、二人の視界を打つのは巨大なシャンデリア型の魔石灯、次いで色と模様に富んだ大絨毯、そして様々な形状のテーブルの上で行われる華やかな賭博(ゲーム)の数々。

テーブルの周囲では客の失意の溜息、万雷の喝采が引っ切りなしに飛び交じっていた。

「じゃ、始めようか」

「ええ。ミクロ、言葉遣いはしっかりと」

「わかりました」

慣れない敬語を使うミクロは懐から眼晶(オルクス)を取り出して合図を出す。

「全員、客に扮して待機」

その瞬間、大賭博場(カジノ)のあちこちで数人の【アグライア・ファミリア】の団員達が正装姿で客に扮して賭博場(カジノ)を行っていく。

魔道具(マジックアイテム)で姿を消して潜入させて万が一の時の為に待機させておく。

セシシャに言われてミクロは団員達に今回の冒険者依頼(クエスト)の手伝いを頼んだら全員が快く了承してくれた。

二人の個人の依頼に巻き込ませるわけにはいかないと思っていたが、少しばかり団員達に甘えてみた。

賭博(ゲーム)を楽しみつつミクロの指示を待つ団員達にミクロ達も行動に入る。

まずは目立たなければいけない。

上客になりうると思わせて、向こうから声をかけてくるのを待っていればいい。

資金は十分にある二人は暴れ回る。

ミクロが得意とするポーカーで勝ちを重ねて、大金を巻き上げていく。

時に負けて富者を装い、勝負所はしっかりと勝っていくミクロ。

自分はツイていると周囲に思わせて、団員達を使って偽の情報をばら撒かせる。

「お見事です」

またしても勝利したミクロにリューは夫人を演じながら称える。

注目が集まるようになった時、初老のヒューマンが二人に歩み寄って来た。

「お客様。経営者(オーナー)のセルバンティスが、ぜひお会いしたいと」

獲物がかかり、二人はそれに応じる。

「私の様な若輩者に、経営者(オーナー)自らそう言って頂けるとは光栄です。どちらに向かえば?」

「どうぞ、こちらに」

苦手な敬語を使うミクロに申し訳なく思うが、今回ばかりは堪えて貰う。

今は冒険者のミクロではなく伯爵アリュード・マクシミリアンを装っている。

下手な言葉遣いは避けなければならない。

初老のヒューマンに案内されて招待客(ゲスト)に挨拶して回っている大柄のドワーフ。

「おお、貴方がマクシミリアン殿ですか!」

こちらに気付いた相手は、両腕を広げて自ら歩み寄ってくる。

「私はテリー・セルバンティス、この大賭博場(カジノ)経営者(オーナー)を務めておる者です。今夜は遠路はるばるお越しくださって、ありがとうございます」

「も……こちらこそ、このような場所に招待して頂いて感謝しています。私はアリュード・マクシミリアン。こちらは妻のシレーネです」

「夫ともども楽しませて思っています」

思わず素で問題ないと返答するところだったミクロの腕を抓って敬語を使わせるリューは紹介と共に小さく頭を下げる。

偽名を名乗る二人はテリーの『仮面』の下に隠されている本性を見抜く。

「………失礼ですが、お二方はどこかで……いや、勘違いですな、申し訳ない」

テリーの反応から二人は正体がバレずに少し安堵する。

ここで正体がバレたら元の子もない。

「早くから挨拶したかったのですが、今宵もなにぶん招待客(ゲスト)の方が多いもので……あらためまして、ようこそいらっしゃいました」

右手を差し出してくるテリーの手をミクロは応じる。

「こちらこそ招待して頂きありがとうございます」

挨拶を終えてテリーはリューに愛想笑みを向ける。

「それにしてもお美しい奥様だ。羨ましいですな、マクシミリアン殿」

「自慢の妻です」

あっさりとそう答えるミクロにリューは表情にこそ顔を出していないが耳が少しだけ赤くなる。

しかし、ミクロは看破していた。

テリーが一瞬好色が滲み出ていたことに。

「マクシミリアン殿、お聞きしたところ本日は相当ツいているご様子……そこでご提案なのですが、あちらの貴賓室(ビップルーム)に来られませんか?」

「それは是非ともこちらからお願いしたいと思っておりました」

目的の場所である貴賓室(ビップルーム)の誘いに応じるミクロにテリーも愛想笑みを浮かべる。

テリーに引率されてホールの奥へ向かう二人に団員達は視線を向けていたがミクロは小さく首を横に振って待機命令を出しておく。

「どうぞ、こちらへ」

きつく閉ざされた両開きの扉が開かれて二人はテリーの懐に足を踏み入れる。

そして、騒がしいホールから一転して物静かなホールにやってきた二人の後ろの扉はしまると。

「そして、さようなら」

「「っ!?」」

二人の頭上からヒューマンと猫人(キャットピープル)が拳とナイフを持って二人に奇襲を仕掛けてきた。

しかし、ミクロは瞬時に『リトス』から得物を取り出して逆に二人を瞬殺する。

「ニャハハハハハ!やっぱり、偽物の『黒拳』と『黒猫』は役に立たないニャ」

笑い声の視線の先にはテーブルに腰を掛けている女性の猫人(キャットピープル)

その瞳は破壊の悦びを知っている事に気付いたミクロはすぐに判明した。

破壊の使者(ブレイクカード)か」

「そうニャ。テッド、おミャーもこっちに来るニャ」

「は、はい!」

猫人(キャットピープル)に呼ばれて駆け足で近寄るテッド。

「その通りニャ。ミャーはレミュー・アグウァリア。二つ名は【傀儡猫姫(イドロイルー)】。本当はミャーの金稼ぎ場に来てほしくなかったニャ………」

憂鬱そうに溜息を漏らす。

「でも、この場ならミクロ、おミャーを(ころ)せる。バイバイニャ」

瞬間、この場にいた給仕、富者、ドレス姿の美女、美少女がレミューの言葉を合図に一斉にミクロ達に襲いかかる。



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New64話

アンナを取り返そうと大賭博場(カジノ)にやってきたミクロとリューは賭博場(カジノ)経営者(オーナー)であるテリーと接触して貴賓室(ビップルーム)に足を踏み入れたがそこには破壊の使者(ブレイクカード)の一人、レミュー・アグウァリアがいた。

虚ろな目でミクロ達に襲いかかってくる給仕、富者、経営者(オーナー)の愛人と思われる女性達の攻撃を避けていた。

眼を見て操られていることは明白。

給仕や富者はともかく被害者である女性達を傷つける訳にはいかない。

なら、一気に加速してレミューに接近しようと試みる。

「おっと、動いちゃ駄目ニャ」

しかしそれを予測していないレミューではなかった。

同じく虚ろな眼をしている亜麻色の髪をした少女が自身の首筋にナイフを当てていた。

「目的のこの子が死んじゃうニャよ?」

特徴から紛れもないクレーズ夫妻の娘だと瞬時に理解したリューは歯を噛み締める。

襲いかかってくる給仕達の攻撃は容易に回避することが出来る。

だが、ここからレミューまで距離がある。

入り口付近から部屋の奥まである距離を縮ませようとすればレミューはすぐにアンナを殺そうとするだろ。

付け加えて言えば動きづらいドレス姿。

リューの得意とする高速戦闘には不向きな恰好だ。

「どうしてお前がここにいる?そいつとはどういう関係だ?」

リュー同様に攻撃を回避しながら問いかけるとレミューは身体を震わせているテリーではなくテッドの頭をペシペシと叩く。

「こいつは【シヴァ・ファミリア】の下っ端のような奴ニャ。本物のテリー・セルバンティスは着任直前に不慮の事故で死んでいるニャ。こいつはそれに付け込んでここの経営者(オーナー)に成りすましているのをミャーが利用している間柄ニャ」

オラリオに来る娯楽都市(サントリオ・ベガ)の査察官には高い賄賂を支払い、本物のテリー・セルバンティスを知り、尚且つ懐柔できない邪魔者は用心棒を使って密に葬って来た。

自分の素性をばらさない様に動いているテッドを自身の隠れ蓑にするにこれ以上にない場所だった。

「ミャーはここで適当に遊びつつ団長から依頼をこなしていただけニャ。そこをこいつは余計なことをしてくれたおかげでミャーのオアシスが台無しニャ」

「ヒィ…ッ!」

ミクロ達をここに連れてくるきっかけを作ってしまったテッドに苛立ちを滲み出す。

それに怯えるテッドにレミューは手を向ける。

「ほら、おミャーも行くニャ」

「か、勘弁してくれ!オレはもうここで……」

「ミャーの【ファミリア】に関わった者が無事でいられる保証はあったかニャ?」

その言葉を最後にレミューの手から紫色の煙がテッドを包むと給仕達どうように虚ろな眼をしてミクロに襲いかかって来た。

レミューの魔法名は【リスヴィオン】、傀儡魔法。

詠唱後に対象を自在に操ることが出来る。

人もモンスターも一度この魔法を受ければレミューの操り人形にされてしまう。

しかし、誰もが操れるというわけでもない。

強い意志を、魔法を弾き返せる抵抗力を持つ者にはこの魔法は効かない。

だが、ミクロ達を除くこの場にそんな奴はいない。

人質を取ってミクロ達以外を操って襲わせる。

もちろんそれで勝てるなんて微塵も思ってはいない。

それ以前に戦おうとすらレミューは考えてもいない。

ミクロと闘えば十中八九自分が負けることは明白。

ミクロが近づいてきたら人質であるアンナに自害を命令させて自分は即撤退すればいい。

一般人を駒として扱い、人質を取ってレミューは言葉でミクロに揺さぶりをかける。

「そういえばシャルロット副団長は死んだようだけどそれは知っているかニャ?」

嗜虐的な笑みを浮かべて語る。

「あ、ごめんニャ。知っていて当たり前だったニャ。シャルロット副団長の遺体を抱きかかえていたのはおミャーだったのを忘れていたニャ」

「止めなさい!」

心の傷を負っているミクロの傷に塩を塗り込むかのように話すレミューにリューは制止の声を飛ばすがレミューは止めるつもりはなかった。

傷を負ったミクロの心を刺激させて怒らせて思考を捨てさせる。

そうして自分に突貫してきたらアンナを自害させて全力で逃走する。

それでミクロに自身の家族を失った喪失感だけでなく自身のミスで他者の家族を失わせる罪悪感を与える。

そうして心を壊しにかかるレミュー。

「どんな気持ちだったニャ?辛かったかニャ?苦しかったかニャ?それとも泣いちゃったかニャ?もしくは自分の手で(ころ)せなかったことに悔やんでいるかニャ?」

「………」

何も答えないミクロにレミューは笑みを深ませる。

「あの男に魔道具(マジックアイテム)を渡したのはミャーニャ。団長がシャルロット副団長を殺す為におミャー達を引き止める為のただの駒。引っかかってくれてありがとうニャ」

「―――――ッ!」

それ以上言わせまいと突貫を試みようとするリューだが、レミューがアンナを操って首筋から血が垂れるのを見て足を止める。

「母親を守れなかった気持ちはどうニャ?シャルロット副団長の遺体を抱えてどんな気持ちだったニャ?ミャーから言わせれば滑稽過ぎニャ。腹を抱えて笑ったニャ!壊す事しか取り柄のないミャー達とおミャーが誰かを守るなんてことは出来ないのニャ!」

カラカラと笑うレミューに今にも怒りが爆発しそうなリュー。

「あの女は死んで当然ニャ。【ファミリア】の恥さらしニャ」

笑いながら侮蔑の言葉を投げるレミュー。

その言葉を聞いてミクロは怒りを代弁させるかのように詠唱を歌う。

「【閉ざされた世界に差し込む希望(ひかり)】」

足元に白色の魔法円(マジックサークル)が展開されてその光景にレミューだけでなくリューまでも驚きを隠せれない。

その魔法はミクロが今までに使った魔法ではない。

ミクロの新たな魔法だった。

「【心壊れし餓鬼を見捨てず、傍らに居てくれる心優しい妖精(エルフ)】」

「え、詠唱を中断するニャ!さもないと……!」

「止めた方が賢明だ」

突然の魔法の詠唱に驚きながらもそれを中断させようと人質を使うレミューにリューはそれを止めさせる。

人質(アンナ)を使えば貴女は確実に終わる」

リューはこれから放つミクロの魔法を知らない。

だけど、わかる。

その歌はどういう望みで発現させた魔法なのか。

「【餓鬼の時は動き出す】」

薄暗い路地裏がミクロにとっての世界だった。

そこに主神であるアグライアという希望の光が手を差し伸べてくれた。

心は壊れている自分を見捨てることなく、何が正しいのか何が悪いのかをずっと傍で教えくれて呆れ、怒り、微笑んでくれて、どうしようもない自分を守ってくれる妖精(リュー)

二人と出会ってミクロの中の時間が動き出した。

「【世界と真実を知り、我の運命は我が身に宿る神血(イコル)によって定められていた】」

冒険者として活動して自身にシヴァの血、神血(イコル)が流れていることを知った。

「【我はそれを受け入れ、定められている運命を破壊すべく抗う運命を選択する】」

ミクロは自身に流れる血を受け入れて、【シヴァ・ファミリア】から自身に出生を知って、家族(ファミリア)を守る為にそれを抗う道を目指すことを決意する。

「凄い魔力……ッ!」

膨大な魔力の余波がミクロから溢れている。

「【慟哭に負う傷は惰弱と後悔】」

抗う道を選んで進んだ最初の死者が自身の母親であるシャルロットだった。

シャルロットの死にミクロは自身の弱さを怒りさえ覚えた。

もっと早く気づいていればと後悔もした。

「【努々忘れるな】」

だからこそミクロは忘れない。

その傷を。

自身の弱さを。

その後悔を。

もう二度と誰も失わせない為に。

「【降り掛かる理不尽を破壊し、理不尽(りそう)を創り出す。その代償は涙と慟哭(うたごえ)を持って支払う】」

その為には力がいる。

自身の都合の悪い世界を追い払う為の力をミクロは欲した。

「【願望(わがまま)を現実に、理想を真実に創世する】」

他者の都合なんて知らない。

自分の初めての願望(わがまま)を他者に、世界に押し付けてやる。

自分の都合のいい常識を定義させてやる。

「【壊した世界の理は我の理】」

世界の常識を壊して自身の世界を創り出す。

ミクロの初めての我儘(まほう)

超長文詠唱から放たれるその魔法の名前は。

「【セオスティー・ウルギア】」

その魔法は発動した。

 



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New65話

「【セオスティー・ウルギア】」

発動させる新たな魔法。

魔法名を呼ぶと足元にある白色の魔法円(マジックサークル)が一層に輝きを増して砕け散る。

どのような魔法かわからないミクロの新たな魔法に警戒するレミュー。

魔法円(マジックサークル)が砕け散っても特に周囲や自分自身に変化は訪れない。

自身の傀儡魔法も解けていないことから少なくとも直接的な攻撃魔法ではないことは明らかだが、どのような魔法かわからない以上下手に手を出すことは出来ない。

最悪の場合、人質(アンナ)を使って逃げればいいと逃走ルートも頭に入れておく。

静まり変える空間でミクロは口を開く。

「レミュー、魔法を解除しろ」

「ニャ?」

予想外の発言にあっけらかんとするレミューはそんなわざわざ自分の首を絞めるようなことをするものかと内心でミクロを小馬鹿にする。

「【傀儡に施しを】………ニャ!?」

自然と口から解呪式を唱えてしまったレミューは自分自身どうして解呪式をとなえているのかわからなかった。

解呪式を唱えたことにより、操られていたテッド達は正気を取り戻す。

「俺以外の男は眠れ」

その言葉通りにこの場にいるミクロを除いた男達はその場で眠りについた。

驚愕に包まれる空間のなかでミクロは歩み出す。

真っ直ぐ、レミューに向かって。

「クッ……!」

咄嗟に近くにいる人質(アンナ)を捕まえようと手を伸ばす。

「そいつに触れるな」

「!?」

捕まえようとするレミューの手は何かに阻まれたかのようにアンナに触ることが出来なかった。

「リュー」

「はい」

「え?ええ?」

ミクロの言葉に応じてリューは目的の人物であるアンナを確保することに成功。

困惑するアンナだが、困惑しているのはレミューも同じ。

先程からミクロが発した言葉通りに動かされている。

そこでレミューは気付いた。

これがミクロの魔法の効果なのだと。

相手への強制命令、もしくは一定範囲内における対象の行動を操作。

ミクロの魔法の効果を推測するレミューにミクロはレミューの心情を察して答える。

「創世魔法。それが俺の新たな魔法だ」

魔法名【セオスティー・ウルギア】、創世魔法。

ミクロを中心に範囲内のあらゆる(ルール)を破壊してミクロがその上から新たな(ルール)を作り上げる。

ミクロが発した言葉が世界の(ルール)として定義される。

自分にとって都合のいい世界を創り出すのがミクロの三つ目の魔法、創世魔法。

全ての決定権を握るミクロの魔法は紛れもない希少魔法(レアマジック)

それを聞いたレミューの顔は青ざめる。

反則なんてものじゃない。

言葉一つでそれが世界の(ルール)とされてそれに背くことはできない。

全てはミクロの気分次第で自分の命すらも決められる。

カタカタと恐怖で体を震わせるレミューは震える声で呟く。

「り、理不尽ニャ……」

「ああ、理不尽だ」

相手の都合なんて一切無視の自分主義の絶対の(ルール)

理不尽を持って理不尽を覆す。

「………」

だけど、リューだけはミクロに哀し気な瞳を向けていた。

わかるからだ。

その魔法は母親(シャルロット)の死を得て発現させた魔法。

もう大切な人を失いたくない、こんな理不尽を認めたくないという子供のような我儘。

子供であれば肉親の死は恐ろしいほどショックで受け入れたくも認めたくもない。

心に傷を負い、涙を流し、慟哭する。

自分の大切な人を奪った理不尽な世界を拒み、自分の都合のいい世界を欲する。

その願望が、我儘が魔法となって発現したのがミクロの創世魔法だ。

だけど、その魔法を使う度にミクロは思い出すだろう。

母親(シャルロット)の死を、己の弱さと後悔を、降り注ぐ雨の中で哭いた時の事を。

この先、この魔法を使う度にミクロは心に負った傷を開かせることになる。

力を使うには心に負った傷を忘れてはいけない。

そうリューは感じた。

子供のような我儘な願望(まほう)

心の傷を決して忘れない覚悟。

その二つが交ざり合って創世魔法という力をミクロは手に入れた。

「ひっ……!」

歩み寄ってくるミクロに悲鳴を上げるレミュー。

「ミャ、ミャーが悪かったニャ!大人しく捕まるから許して欲しいニャ!」

手の平を返したかのように謝罪の言葉を述べるレミューにリューは呆れるように息を吐いた。

今更何を、とぼやく。

レミューの元まで歩み寄って来たミクロは拳を作ってレミューを床に叩きつける。

「ハッ―――」

肺から空気が一斉に出て行くレミューの鼻は潰れて血が流れる。

「立て」

「!」

ミクロの一言で体が強制的に動き、立ち上がる。

立ち上がったレミューの腹部に拳砲を放つミクロの攻撃にレミューは貴賓室(ビップルーム)奥の通路へ殴り飛ばされる。

「リュー」

ミクロはアンナを支えているリューに眼晶(オルクス)開錠薬(ステイタス・シーフ)を投げ渡す。

「任せる」

「わかりました」

一言で会話を終わらせてミクロは貴賓室(ビップルーム)奥の通路に向かう。

この場をリューに任せてミクロはレミューと決着をつけに行く。

 

 

 

 

 

 

「クソ、クソニャ……ッ!」

鼻から流れる血を押さえながら大賭博場(カジノ)の地下(フロア)に向かって駆け出していた。

殴り飛ばされたことによってミクロの魔法の範囲内から逃れることが出来たレミューはなんとか逃げ切ろうと痛みに耐えながら必死に逃げ出す。

見なくてもわかる怪物(ミクロ)の気配。

こちらをじわじわと追い詰めようとしているのか歩きながらこちらに向かって来ている。

「あそこまで逃げ切れば………」

本来なら見張りがいるが万が一の時を備えて排除している。

長く幅広な一本道に出たレミューは巨大な円型の金属扉の前にやってくるとテッドから奪い取った親鍵(マスターキー)を使って全ての錠前を開錠して、船の操舵輪にも似たハンドルを回して、極太の金属扉を開けて身を滑り込ませて扉を閉めると安堵する。

最大賭博場(グラン・カジノ)の地下金庫であるここには億は優にくだらない数のヴァリス金貨が保管されている。

その金貨を守るこの金属扉はダンジョンの超硬金属(アダマンタイト)で作られているために破壊は困難を極める。

地下城塞とも言えるこの場所でレミューは籠城することを決め込む。

ミクロもずっと賭博場(カジノ)に留まる頃は出来ない。

先程の魔法で精神力(マインド)も大幅に消費しているはず。

なら、この金属扉を突破することは出来ない。

金属扉に背を預けて安堵するレミュー。

すると。

「っ!?」

ドゴと音を立てて一本の槍が超硬金属(アダマンタイト)の金属扉を貫通させていた。

続けて黄金色に輝く槍が金属扉に次々風穴を空けて行き、破壊されていく。

一分もしない内に金属扉は壊されて黄金色に輝く長槍を片手にミクロは金属扉をくぐって来た。

「………」

言葉を失うレミューは黄金色に輝く長槍に目を奪われていた。

シャルロットがミクロに託したミクロ専用の魔武具(マジックウェポン)『アヴニール』にはへレスが使用している槍と同様に破壊属性(ブレイク)が付与されている。

この槍の前では超硬金属(アダマンタイト)なぞ紙同然。

「ニャ、ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

もう逃げることも出来ないレミューは腰に携えている双剣を取り出して咆哮と共にミクロに駆け出す。

仮にもレミューもLv.6の冒険者。

そう簡単に倒されるはずがない。

二振りの凶刃がミクロに向かって襲いかかるがミクロは冷静に槍を持って迎撃する。

「っ!?」

一振りで自身の双剣が破壊されたレミューは目を見開くがミクロは槍の柄でレミューの頭を叩きつけて床に倒させる。

「うぅ………」

頭から血を流して呻き声を出すレミューにミクロは矛先をレミューに向けて告げる。

「………お前にどんな過去があったのかは俺は知らない。だけど、母さんはお前達を救おうとしていた。そんな母さんを恥とか言うな」

それだけ言ってミクロは『アヴニール』を『リトス』に収納する。

もうレミューに戦意の欠片すらない。

後は【ガネーシャ・ファミリア】やギルドがどうにかするだろうと判断してミクロはその場を後にする。



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New66話

目的であるアンナの奪還に成功したミクロ達はアンナを連れて団員達と共に本拠(ホーム)へ帰ってくると正門の前に待っていたクレーズ夫妻がアンナを姿を見て駆け寄って来た。

アンナももう会えないと思っていた両親と再会できた涙を流しながら二人に駆け寄り、二人の胸に飛び込む。

「お母さん!お父さん!」

「アンナ!ああ、無事でよかったよ……!」

「すまねえ!本当にすまねえ!アンナ!俺を許してくれ!」

涙を流して再会を喜ぶ家族はミクロに頭を下げる。

「ありがとう……本当にありがとう……!」

「娘を取り返してくれて本当に助かった!」

「ありがとうございます……貴方方のおかげで私はまた両親に会うことができました」

クレーズ家族はミクロに感謝の言葉を添えるがミクロは首を横に振る。

「俺達は依頼をこなしただけだ。アンナ・クレーズを攫った冒険者達にももう二度と関わらないように言ってある」

ミクロは『リトス』から金貨が詰まった小袋を取り出してアンナに渡す。

「二百万ヴァリス入ってる。これを生活の足しにするといい」

俺は金に執着していないからそんなにいらないと告げて金貨を渡す。

「えっ……う、受け取れません!」

助けて貰っただけでなく大金まで貰うなんておこがましいことできないアンナは返そうとするがミクロは手で制する。

「家族と少しでも幸せな生活をして欲しい俺の勝手な押し付けだ。受け取ってくれ」

少しだけ哀し気に話すミクロにアンナは素直にそれを受け取る。

「家族を大切にしろよ。また何かあればここに来い。出来る限り力を貸してやる」

家族を大切にして欲しいというミクロの勝手な願いと優しさ。

そんなミクロの言葉にアンナは胸に両手を添えて意を決したようにミクロに身を乗り出す。

「あ、あの!」

声を出すアンナは熱い眼差しをミクロにそそいでいた。

ミクロの後ろに控えている団員達はそれにああ、またかと内心でぼやいた。

ミクロの目の前で瞳を潤わせているアンナは『恋する乙女』のように輝いていた。

「と、突然このようなことを言うのは迷惑だと重々承知しています!でも、それでも私はっ、身を挺して守ってくれた貴方に……恋をしました!」

身の危険を顧みず助けに来た騎士(ナイト)であるミクロに告白(プロポーズ)

(アンナ)の告白を聞いた夫妻は目を見開き驚愕して、団員達は口笛を吹く者や苦笑する者もいる。

リューは茫然とした眼差しで二人の行く末を見守る。

リューも助けに行った本人ではあるが、実際は何もしてはいない。

したこととすればミクロがレミューを追いかけていった後のアンナに説明と団員達に撤退の指示、残りはテッドの【ステイタス】を暴いたことぐらい。

事実上後処理しか行っていないリュー。

殆どはミクロ一人で助けたようなものだ。

「もしよろしければ……私を、貴方の恋人にしてください!」

胸をときめく乙女(アンナ)はミクロに自身の気持ちを伝える。

可憐で美しい街娘のアンナ。

麗しい少女の告白なら普通の男性なら有無言わずに首を縦に振るだろう。

「ごめん」

しかし、ミクロは首を縦に振ることをしなかった。

「恋人ってなに?」

その場にいる全員がずっこけそうになった。

ミクロは恋愛感情がわからない。

恋もわからなければ恋人が何なのかもわからない。

首を傾げて本気で何なのかを考えるミクロに苦笑をするリュー。

安心するが同じ女性としてどこか腑に落ちない点もあるがその答えはミクロらしかった。

「恋人はわからないけど、家族としてならいつでも歓迎する」

家族(ファミリア)として迎え入れる。

そう伝えるとアンナはそれでもその答えが嬉しかったのか首を縦に振った。

「はい!私、戦うことは出来ませんけど料理なら得意です!」

「わかった。なら料理人(シェフ)として働いてくれればいい。本拠(ホーム)には専用の料理人(シェフ)がいないから助かる」

基本的に【アグライア・ファミリア】の食事は幹部を除く団員達が交代で作っている。

ミクロの場合はアイカが毎日作ってくれているが専用の料理人(シェフ)がいるとなるとアイカの仕事の負担も減っていいだろう。

そうして話が纏まってクレーズ家族は戻ってきた自分達の家へ帰って行くとミクロは振り返って団員達に礼を告げる。

「手伝ってくれてありがとう。今度何か奢る」

本来ならミクロとリューの個人的な冒険者依頼(クエスト)で終わらせるつもりだったが、それでも快く手伝ってくれた団員達にミクロは感謝している。

礼を告げるミクロに団員達は顔を見合わせて強く頷き合うと一斉にミクロに抱き着く。

「なにお礼なんて言ってんだよ!団長!」

「そうですよ!もっともっと頼ってくださいよ!」

和気藹々とミクロをもみくちゃする団員達にミクロはあまりの唐突なことにどう反応すればいいのかわからなかった。

「俺達は団長よりLv.も低ければ影響力も権利も権力も何も持っていない」

「それでも、私達は団長よりも年上なんですよ?」

「年下が年上に甘えるのは当たり前だって」

【ファミリア】のなかでもミクロは下から数えた方が早い。

ベルやセシルを除いたらミクロが一番年下になるだろう。

Lv.6の強さと影響力と信用と信頼でミクロは年上だろうと纏め上げてきていた。

それ以前にあまり年齢に囚われていないことも大きい。

誰であろうとミクロは対等に接している。

「団長、もう辛いことを一人で抱え込むのは止めるべきだ」

「頼りないかもしれないけど私達は同じ【ファミリア】の仲間で家族です」

「半分でいい。俺達にも団長の重みを背負わせてくれ」

「皆さん……」

その言葉に驚くのはリューだった。

幹部を除く団員達の仲でミクロの素性を知っているものは少ない。

ここにいる彼等はそのことを知らない。

それでも彼等は言う。

「団長は俺達の事を本当に信じてくれているのは俺達自身が一番よく知っている」

「私達はいつも団長に助けれらています。ですから私達は話し合ったんです」

「どうやったら団長の辛さを何とかしてやれるかってな」

団員達は密かに話し合っていた。

いつも自分達の事を守って、助けてくれるミクロに団員達は心から信頼して信用している。

何かしようにもミクロは基本的に何でも自分でしてしまう。

他人の辛い想いまでも受け入れて共に背負ってくれている。

器が大きいミクロはきっと人の上に立つ人間(ヒューマン)なんだろうと思っていた。

だけど、ミクロの母親であるシャルロットの墓で呆然と立ち尽くしているミクロを見てそれは違うとわかった。

ミクロは自分達より年下の子供だとやっと理解出来た。

自身の過去を話さないミクロがどういった道を歩んできたのかわからない。

でも、他人の辛い想いを受け入れられるほど過酷な道を歩んできたことだけは理解できた団員達は密かに話し合っていた。

自分達で団長を支えようと団員達はそう決意した。

ミクロに頼られるようになろう。

ミクロを支えられるように強くなろう。

ミクロの辛い過去を受け入れよう。

そして、その重みを共に背負おう。

同じ家族(ファミリア)として――。

「………」

初めて知った。

団員達がそんなことを考えていたことを。

ミクロにとって家族(ファミリア)は自分の全てだ。

主神であるアグライアと共に初めてリュー達と共に大きくしていった大切な場所だ。

自分はその中で一番上に立つ団長だ。

なら、団員達を引っ張っていけるようにならないといけない。

守れるように強くならないといけない。

団長としてミクロ・イヤロス個人としてそう思っていた。

ミクロの頬に一筋の涙が零れる。

母親(シャルロット)の前で哭いた時とは違う、胸に温かい気持ちが流れ込んでくる。

これはきっと嬉し涙なのだろうと理解したミクロは抱き着いてくる団員達にしがみつく様に強く抱きしめる。

その光景にリューは微笑みを浮かべた。

家族(シャルロット)を失って負った傷を家族(ファミリア)が癒してくれた。



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New67話

大賭博場(カジノ)の騒動が無事に終えてミクロ達はいつもの生活を取り戻していた。

テッドとレミューはギルドの独房に投獄されて、テッドに囲まれていた美姫達にはギルドと娯楽都市(サントリオ・ベガ)から厚い補償が行われ、それぞれの故郷に送り届けられた。

ミクロは一度、独房に投獄されているレミューに会いに行った。

【シヴァ・ファミリア】と闇派閥(イヴィルス)に関する情報を問い詰めたがレミューは頑なにその事を話さなかった。

その代わりと言わんばかりに自分の過去をミクロに話した。

レミューは貴族の一人娘としてこの世に生を受けた。

両親に愛されて育てられたレミューは順風満帆な生活を送っていた。

父親が病死するまでは。

病死した父親の分の愛情を母親はレミューに向けた。

父親が失った心の穴を埋めるかのよう娘であるレミューの世話を何から何まで行った。

着替えから食事まで娘にさせずに行い、レミューは子供が玩具にする人形のように扱われてきた。

もうやめてと反発しても涙を流しながら怒鳴り散らされる。

まるで自分が悪いかのように責められる。

母親の行き過ぎた愛情が逆にレミューを苦しめた。

そんな日々をレミューは送っていたある日に突然、呆気なく破壊された。

【シヴァ・ファミリア】の手によって。

へレスとそれに従う団員達は護衛を、母親を(ころ)した。

『下らねえことしてんじゃねえよ』

自身の母親に向けて吐き捨てるように言ったへレスの言葉は今でも覚えている。

その後に、当時へレスはどこからかレミューのことを聞いてそれが気に入らないから壊しに来たとレミューに語った。

傍若無人な理由で母親を殺されたレミューだが、そんなことはどうでもよかった。

自分を人形のように扱ってきた母親に今更悲しむ理由はない。

『来たきゃ来い』

へレスはそう言った。

レミューは人形のように送っていた生活から開放してくれたへレスに恩を返したい一心で【シヴァ・ファミリア】に入団して、破壊の使者(ブレイクカード)の一員になった。

自身の過去を語ったレミューは再び口を堅く閉ざしたが、独房から去ろうとするミクロにレミューは言った。

『ミャーにとって団長は英雄ニャ……おミャーとは違う』

その言葉を最後にミクロはレミューと別れた。

執務室で羽ペンを動かしながらミクロはその事を思い出していた。

「英雄……か」

へレスは救ったのだ。

レミューの囚われた世界を壊して自由を与えた。

ミクロは父親の事は何も知らないに等しい。

シャルロットもへレスのことについて何も語らなかった。

それでも焦って知る必要はない。

へレスとはまた会える。

少なくとも決着をつけるその時に。

その時、執務室の扉にノック音が響き、ミクロは中に入る様に返答すると中に入って来たのはベルとヴェルフだ。

「団長、今よろしいですか?」

「問題ない」

羽根ペンを置いて目を合わせるとヴェルフが真っ直ぐに告げる。

「俺をこの【ファミリア】に入れて欲しい」

そう懇願するヴェルフにミクロは尋ねる。

「一応、理由を聞こうか」

ヴェルフは【ヘファイストス・ファミリア】から改宗(コンバージョン)して【アグライア・ファミリア】に入って欲しいと既に勧誘している。

入ってきてくれるなら勧誘している身としては断る理由はないが、理由を問わなければならないのが団長としての責務だ。

「ベルに見合う武器を打つ為には俺は強くならないといけねえ」

ベルは前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で【ランクアップ】を果たしてLv.3になった。

Lv.が上がったベルはそれに見合う武具を装備するのが当たり前だ。

だけど、それだけの武具を打つ力が今のヴェルフにはない。

『鍛冶』のアビリティがヴェルフには必要だった。

友として鍛冶師(スミス)としても力不足なヴェルフにはより過酷な環境が必要だった。

その為にヴェルフは【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)することを決意した。

「ヴェ、ヴェルフ、僕はそんなこと気にしてないよ!?」

「ああ、わかってる。だけどな、ベル。俺は気にするんだ。お前に見合う武具を作れないようじゃ鍛冶師(スミス)の名が廃る」

ヴェルフの決意は固い。

「俺は魔剣は嫌いだ。だけど、契約は守る」

「それでいい。工房はすぐに手配する。魔剣は必要になったら打ってくれて」

以前告げた契約の内容で応じるヴェルフにミクロもヴェルフを受け入れる。

椅子から立ち上がってヴェルフの前に立つと手を差しだす。

「ようこそ、【アグライア・ファミリア】へ」

「おう」

手を交わす二人。

こうしてヴェルフは【アグライア・ファミリア】の一員になった。

「ベル。俺はこれから出かけるからヴェルフをアグライアのところに案内してくれ。その後、本拠(ホーム)の案内を頼む」

「は、はい!……団長はどちらに?」

「少しな」

ベルにヴェルフのことを一任させてミクロは大事な用事を済ませなければならない。

「それと数日後にゴライアスとの戦闘も行うから準備するように皆に言っておいてくれ」

「………はい」

遠征後に行う団員達の訓練を忘れていなかったことにベルは肩を落として力なく返答する。

ミクロは本拠(ホーム)を後にある高級酒場へと足を運ぶ。

情報を外部に漏らさない遮音性に優れた一室に入るとそこには既に黄金色の髪をした小人族(パルゥム)が笑みを浮かばせて待っていた。

「やぁ、待っていたよ」

笑みを浮かばせて迎え入れるフィンにミクロは対面するように席に座る。

18階層でミクロがフィンに出した条件にある闇派閥(イヴィルス)の提示を聞く為にここに足を運んだ。

「まずは僕達が集めた情報を話そう。そこから互いに情報を交換でいいかな?」

「問題ない」

まずはフィンが【ロキ・ファミリア】で集めた情報をミクロに話した。

その話を聞いた後にミクロも集めた情報をフィンに告げる。

闇派閥(イヴィルス)に関する情報を共有する二人はある場所を特定した。

「ダイダロス通りか………」

地上のダンジョンとまで称されている領域に闇派閥(イヴィルス)が潜んでいる可能性が高いと互いに目星をつけた。

だが、ダイダロス通りの捜索となると骨が折れる。

「恐らく近い内に僕達はそこに行く。君はどうする?」

「団員達を鍛える予定がある。行けたとしても遅くなるが、いざという時は駆け付ける」

「わかった。その時は応援を頼む」

互いに予定を確認が終えるとミクロは(ホルスター)からあるものを取り出す。

眼球の様な精製金属(インゴット)で表面には共通語(コイネー)とも神聖文字(ヒエログリフ)とも異なる『D』という形の記号が刻まれた赤い球体を取り出してフィンに見せる。

「【シヴァ・ファミリア】の一員であったキュオが持っていたものだ。詳しいことはまだわからないけど、これは魔道具(マジックアイテム)なのは間違いない」

「……闇派閥(イヴィルス)には『神秘』持ちが存在しているということか」

顎に手を当てて真剣な表情を浮かべるフィン。

魔道具(マジックアイテム)がどれほど強力なものかは目の前にいるミクロを通してよく知っている。

例えミクロが作製した魔道具(マジックアイテム)が特別だったとしてもとても油断していいものではない。

球体をしまうミクロはフィンに告げる。

「フィン、敵の戦力は未知数だ。いくら【ロキ・ファミリア】でも足元をすくわれる可能性がある」

「ああ、気を引き締めて行かないとね」

食人花(ヴィオラス)、死兵、そして怪人(レヴィス)

闇派閥(イヴィルス)の規模がどれほどかわからないミクロの忠告をフィンは素直に受け取った。

情報交換を終えてフィンとはそのままそこで別れたミクロは本拠(ホーム)に帰還。

夕食まで少し時間があるが空腹を感じたミクロは一足早めに食堂に足を運ぶと厨房で今日の食事当番である団員達とせっせと料理を作っている【ファミリア】の専用の料理人(シェフ)になったアンナに声をかける。

「アンナ」

「あ、ミクロさん!」

声をかけられて嬉しそうに声を弾ませるアンナに料理を作っている団員達はああまたかと特に気にせずに作業を進める。

「簡単なものでいいから作って欲しい」

「はい!すぐに作ります!」

恋する乙女のアンナは好きな人に頼られて嬉しかったのかすぐに料理に取り掛かる。

本当にベルのいい見本だ、と団員の誰かが呟いた。

「ミクロく~ん」

「アイカ」

後ろから抱き着いてくるアイカ。

それを見たアンナの手は止まり、思わず凝視してしまう。

「今日は一緒に寝ようね~」

「わかった」

頷くミクロを見てショックを受けるアンナにアイカは勝ち誇った笑みと同時にアンナに挑発する。

「ふふふ~、ミクロ君の食事をお願いね~料理人(シェフ)

アンナはすぐに悟った。

この人(アイカ)は自分の恋敵(ライバル)だと。

「ま、負けません……!」

自分を助けてくれた騎士(ナイト)であるミクロはモテて当然だ。

まず第一級冒険者というだけで人気が高い。

実力、名声、権力を兼ね備えているだけでなくミクロは【ファミリア】を代表する団長。

それだけでも人気がある。

次に容姿と性格もいい。

背が高いというわけではないが、それを差し引いても十分整った容姿をしている上に身を挺いて自分を助けに来てくれることから優しい性格をしている。

競争率が高いのは当然だ。

だけど、それが諦めていい理由にはならない。

自分の恋物語(ラブロマンス)はまだ始まったばかりなのだ。

諦めない意志を瞳に表すアンナにアイカは変わらず余裕の笑みを浮かばせる。

二人の背後には恋に燃える炎が幻視されているように団員達は見えた。

「腹減った……」

二人の間にいるミクロはそうぼやいた。

 

 



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New68話

ヴェルフが【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)

他の団員達にも紹介されたが、誰一人も『クロッゾの魔剣』を打ってくれという団員はいなかった。

クロッゾとしてのヴェルフではなくヴェルフ本人として迎え入れられたことに正直ヴェルフは嬉しかった。

自分専用の工房も用意されて設備も道具も充実している。

訓練を行う際も、団員達はそれに応じて付き合ってくれるが、一人一人が精鋭過ぎてまるで相手にもされなかった。

同じLv.1でもこうも違うものかと思っていたヴェルフはその答えを知ることが出来た。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

けたましい咆哮を上げるゴライアスに立ち向かう【アグライア・ファミリア】の団員達。

「クソがああああああああああああああああっっ!!」

「やっぱり団長の訓練はおかしい!!」

「死ぬ!今度こそ死んじまう!」

否、立ち向かわされている【アグライア・ファミリア】の団員達は遠征後に行う予定だったゴライアスでの訓練を行っている。

訓練内容は簡単、ゴライアスの討伐というたったそれだけの内容。

しかしそれがどれだけ過酷で死ぬ思いをするのか想像もしたくないことをミクロは行う。

団員達が精鋭なのは団長であるミクロの訓練が酷烈(スパルタ)過ぎるからだ。

闘わなければ死んでしまうという恐怖で体を動かして勇敢にも果敢にもゴライアスと対峙する団員達にヴェルフはひでえとぼやいた。

「セイッ!」

「ヤッ!」

ゴライアスの身体に損傷(ダメージ)を与えていくのはセシルとベルの二人組。

息の合ったコンビネーションでゴライアスを翻弄、攻撃を行う。

二人を中心に団員達もそれぞれの得物を握りしめてゴライアスに向かっていく。

後衛より更に後方にはミクロ達第一級冒険者が戦いの行く末を見守りつつ他のモンスターを倒しておく。

「前衛、下がれ!魔導士は魔法の一斉砲火!ヴェルフ!魔剣を使え!」

魔法の被害を受けない様に全力で後退する前衛に魔導士は詠唱を完了させて魔法を放とうとするとヴェルフも持ってきた『クロッゾの魔剣』を手に持つ。

ヴェルフはまだ魔剣を使うことに躊躇いがある。

使い手を残して砕ける魔剣をヴェルフは嫌う。

だけど、仲間と意地を秤にかけることは止めた。

ヴェルフは仲間の為に砕ける魔剣の名を口にする。

「火月ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

かつてはヘファイストスに預けていた魔剣を振り下す。

放たれる真紅の轟炎は一直線にゴライアスを呑みこむ。

『海を焼き払った』とまで言われる伝説の魔剣が、その威力を解放した。

その威力にベル達は目を見開いて驚愕するが、まだ炎の中でゴライアスは動いている。

「一斉砲火!」

ミクロの一言で魔導士達は一斉に魔法を放つ。

降り掛かる多種多様の魔法はゴライアスを傷付けていく。

重傷を負うゴライアスにセシルは動く。

「【駆け翔べ】!」

スキルにより、ミクロの付与魔法を発動させるセシルの大鎌に白緑色の風を纏う。

風を纏い、炎と熱風を防いで突貫するセシルは大鎌を大きく振り上げる。

「ハッ!」

一閃。

セシルはゴライアスの首を斬り落とした。

命を刈り取るかのようにセシルはゴライアスに止めを刺すとゴライアスは灰へと姿を変えた。

ゴライアスが灰へと変わって団員達は一斉に歓声を上げる。

「ふぅ」

息を吐いて魔法を解除するセシルは回復薬(ポーション)を飲み干す。

「セシル、お疲れ様」

「ベルもお疲れ」

労う二人に歩みよるヴェルフとリリ。

「全く、階層主を訓練相手にするなんて団長様の気が知れません!」

「そう言うな、リリスケ。こうして生きてんだからよ」

怒るリリに内心同意しながらもそう答えるヴェルフにベルとセシルは苦笑を浮かべる。

「総員一度18階層に!一時間の休息後に地上に帰還する!」

ミクロの指示に団員達は従って一度18階層で休息を取った後のミクロ達は地上へ帰還するともう夜だった。

夜空を眺めながらミクロ達は本拠(ホーム)へ帰還して荷物を片付けて男女別れて浴室で汗と汚れを落とすと殆どの者がアグライアのところに足を運んで【ステイタス】を更新して貰う。

「ああ……また駄目だった」

 

セシル・エルエスト

Lv.3

力:C642

耐久:B702

器用:D567

敏捷:D502

魔力:C687

狩人:H

耐異常:I

 

映し出された【ステイタス】の更新用紙を見て唸り声をだすセシルにアグライアは苦笑を浮かべながら頭を撫でる。

「十分伸びているじゃない、自信を持ちなさい」

セシルは本当によく頑張っている。

努力家と言ってもいい。

まだLv.3になった一ヶ月と少しでここまで伸びているだけでも異常だ。

スキルによる効果だとしても十分な成長をセシルは遂げている。

「………ベルはもうLv.3です」

更新用紙を握りしめてセシルは呟いた。

「ベルが一生懸命努力しているのは知っています。強くなっていることもわかります。でも、二ヶ月半で私と同じLv.3って………これじゃあ私の今までの努力って何だったんですか………?」

「………」

嫉妬、それと悔しさもあるのだろう。

セシルは二年以上かけてLv.3になったに大してベルはそれを嘲笑うかのような恐ろしい速さでLv.3に到達した。

憧憬一途(リアリズ・フレーゼ)】というレアスキルをベルが発現しているのを知っているのは主神であるアグライアと団長であるミクロだけ。

ベル本人はそのスキルのことは知らない。

ただひたすらに目標に追いつこうと走っているだけ。

だけど、それはセシルも同じだ。

尊敬しているミクロの下で文字通り命懸けでミクロの酷烈(スパルタ)に耐えて強くなろうと努力している。

二人とも同じぐらい努力しているのに成長速度に大きな違いがある。

セシル達が成長というのならベル、後はミクロは成長ではなく飛躍だ。

ベルのスキルの事を話しても解決はしないだろう。

むしろ、どうして自分にはそんなスキルが発現しないのかと嘆く可能性がある。

「私だって……もっと強くなりたいのに………」

ミクロから今日のゴライアスの討伐でセシルとベルは誰よりも前へ出て活躍した。

二人のもっと強くならないとという想いが二人を突き動かしたのだろうと察するが、得る結果が違えば劣等感だって抱くだろう。

「セシルはベルの事が嫌い?」

尋ねるその言葉にセシルは首を横に振る。

「ならそれでいいんじゃないかしら?誰だって嫉妬だってする、悔しさだって覚える。それを知り、糧にして成長するのが下界の子供の特権なんだから」

神は決して変わらない。

「だから私はこう思うの。好きならそれでよし。嫌いならどうすれば好きになれるか考える。思って、考えて、成功し、失敗し、喜び、悔やみ、嫉妬して、成長して子は強くなる。(わたし)はそういう子供達がとても輝いているように見えるの」

不変の神は語る。

「今の貴女はとっても輝いてる。だから私は貴女しかできない成長を期待しているわ」

微笑みながら頬を撫でる。

頬に当てられている手に触れるセシルはアグライアの言葉を聞いて少しだけ表情が明るくなった。

「アグライア様……私はお師匠様のようになりたいです………」

「ええ、なりなさい。でも、弱音も吐きなさい。私は貴女の主神。弱音ぐらい受け止めてあげるわ」

強くなるにつれて人は限界という壁にぶつかる。

その時必要なのは弱音を受け止めてくれる誰かと、諦めない心がいる。

ミクロではないが、そんな壁は壊してしまえばいい。

上を見上げて目標に向かって駆ければいい。

それが出来るのは下界の子供達だけなのだから。

セシルを励まして次にくる団員達の【ステイタス】の更新を行っていくと能力(ステイタス)が上位な者は【ランクアップ】を果たした。

スウラ、フール、スィーラなどLv.2はLv.3に【ランクアップ】を果たして最近改宗(コンバージョン)して入って来たヴェルフもLv.2に【ランクアップ】した。

その他にも何人もの団員が【ランクアップ】を果たしていた。

まぁ、階層主相手だからおかしくはないのだけどとアグライアは苦笑を浮かべる。

それでもこれからはミクロに訓練の内容ももう少し抑えるように進言しておこうと胸に留める。

全員の【ステイタス】の更新が終えた翌日。

ミクロ達はいつものように過ごしていると一人の獣人の冒険者が【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)へやってきた。

団員に呼ばれたミクロは正門前に足を運びとその獣人の冒険者は【ロキ・ファミリア】の一員だとすぐに気付いた。

「どうした?」

「……他派閥である貴方にこのようなことは図々しいのは承知しています。しかし、主神の命により貴方方の【ファミリア】の御助力を求めるように参りました」

他派閥とはいえ一つの【ファミリア】の団長に敬意を払うように話す獣人の言葉にミクロは尋ねる。

闇派閥(イヴィルス)か?」

「はい。既に団長達が調査を行っております」

「わかった。すぐに準備をして向かう。案内を頼む」

「はい!」

【ロキ・ファミリア】の応援に応じるミクロは団員達に指示を飛ばす。

「リュー、アルガナ、バーチェに装備を整えてすぐに正門に来るように伝えてくれ。大至急だ」

「「はい!」」

団長であるミクロの言葉に従う団員達はすぐに行動に移す。

それから数分もしない内にリュー達は完全装備でミクロの下へ集まり、ミクロ達は獣人の案内の下、アイズ達のところへ向かう。



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New69話

【ロキ・ファミリア】の獣人に案内されてミクロ達が訪れたのは旧式の地下水路。

そこにある隠し階段を進むとそこにはロキやリヴェリア達がいた。

「お連れしました」

「おお、ようやった」

ミクロ達を連れて来た団員に礼を述べるロキにリヴェリアが申し訳なさそうに謝る。

「すまない、ミクロ。他派閥である君達まで巻き込ませてしまって」

「問題ない」

既に闇派閥(イヴィルス)と敵対しているミクロ達も狙われている。

敵のアジトがわかっただけでも僥倖だった。

「今知っている情報を教えてくれ」

「ああ」

リヴェリアそしてロキから現在知っている情報をミクロに伝える。

それを聞いたミクロは頷く。

「わかった。俺達もすぐに向かう」

リュー達に視線を向けるミクロにリュー達も強く頷いて返す。

他派閥とはいえ一度は共に遠征をした仲。その中でも名実共に高いLv.6の冒険者が四人の助っ人はこれ以上にないぐらい心強い。

「君には何度も助けられているな」

「気にするな。友達とその仲間を助けるのは当然だ」

助けることを当然と言い張るミクロは『リトス』からローブを取り出してリュー達に手渡すとロキが面白げにそれを見つめる。

「ほーこれなんや?」

異常魔法(アンチ・ステイタス)呪詛(カース)を防ぐローブ」

以前キュオとの戦闘でフェルズから教わり作製した魔道具(マジックアイテム)

「ここから先にいるのはモンスターだけじゃない」

これから向かうのはダンジョンではない。

敵の罠が満載の本拠地(アジト)

異常魔法(アンチ・ステイタス)呪詛(カース)の使い手とも戦うことも考慮しなければならない。

「………なぁ、【覇者】。これうちらにもいくつか譲ってくれへん?」

「作製に時間が掛かるからまだ五つしかない」

ミクロが人数を絞ったにもこれが理由だった。

自身の最強戦力の中でLv.6という実力者で留めてローブを身に着けさせる。

『リトス』には食料と予備の武器もある。

最小限の人数で最強の精鋭で留めて被害を最小限に抑える。

犠牲者を出さない為に。

「行くぞ」

ローブを身に纏い、ミクロ達は内部へと進んでいく。

内部に進むにつれて構造は迷宮。ダンジョンと変わらない広さと複雑行路になっている。

「これは……」

その構造にリューは驚愕の声を漏らす。

その広さ、複雑な構造は少なくとも数年、いや数百年の月日がいる。

年月を感じさせる迷宮の壁は超硬金属(アダマンタイト)で作られていることからミクロは敵の規格外さに気を引き締める。

通路を進むとミクロは通路の先にある悪魔の彫像を見て破壊した。

「ミクロ……?」

「彫像は破壊した方が良い。これは眼晶(オルクス)のようにこちらの様子を遠くから見ている」

やっぱり闇派閥(イヴィルス)には『神秘』持ちがいることを確信したミクロはリュー達に指示する。

「ここから三組に分かれる。俺とリューは個別で行動して【ロキ・ファミリア】と合流することを最優先。アルガナとバーチェは敵を発見次第捕縛だ。生きてさえいればいい」

「それは危険です。敵はどのような戦力かわからない以上集団で行動するべきだ」

ミクロの指示に反対の声を出すリューの言葉は正しい。

何が出てくるかわからない以上、用心して集団で行動したほうがいい。

「危険だからこそ、敵は俺達も集団で行動すると思うはずだ。それを逆手に取って各自で動いた方が良い。ロキ達が話した最硬金属(オリハルコン)の扉も踏まえれば敵の意識を分散することができる」

最硬金属(オリハルコン)の扉は敵の手によって開けられた。

なら、扉を開ける鍵のようなものがある。

鍵は誰かが使わなければ開閉しない。

先程の悪魔の彫像からミクロ達を見ているとなると見ている人物が最硬金属(オリハルコン)の扉を開閉している可能性が高いとミクロは踏んでいる。

なによりミクロにはその鍵と思われるものを持っている。

『D』と刻まれている赤い球体。

もしそれが最硬金属(オリハルコン)の扉を開閉できる鍵なら敵の虚を突くことが出来る。

「ミクロ、私とバーチェは敵を捕まえればいいのか?」

「ああ、頼む」

「任せろ」

「………」

即答する恋する乙女のアマゾネス姉妹はミクロの期待に応えようと気合を入れ直す。

ミクロはリュー達に眼晶(オルクス)とアルガナ達に球体を持たせる。

「何かあれば即時連絡。危ない時は俺が助けに行く」

『リトス』から魔武具(マジックウェポン)『アヴニール』を取り出す。

「この槍には最硬金属(オリハルコン)なんて関係ない」

『アヴニール』に付与されているのは破壊属性(ブレイク)

その槍の前には如何に最硬金属(オリハルコン)でも無意味だ。

「全員生きて地上に帰還する。散開」

ミクロの言葉に散開するミクロ達はそれぞれ【ロキ・ファミリア】の元へ向かう。

散開した後にミクロは単独で行動しながらも彫像や他にも彫細工(レリーフ)を壊しながら進んでいくと例の最硬金属(オリハルコン)の扉を発見した。

普通の冒険者、いや、例え【ロキ・ファミリア】のような実力者達でもこの扉を破壊することは出来ないだろう。

魔法を使って破壊という手もあるが、最硬金属(オリハルコン)の扉には深層37階層に出現する黒曜石の身体を持つモンスター『オブシディアン・ソルジャー』のドロップアイテムが混じっている。

そのモンスターの特性は魔法の効果の減殺。

鍛冶師(スミス)が往々にして優秀な対魔法装備の盾や鎧を作り上げる程だ。

黄金色に輝く槍を構えミクロは最硬金属(オリハルコン)の扉を穿つ。

「通じるな」

見事に最硬金属(オリハルコン)の扉に風穴を空けたミクロは次々に風穴を空けて行き人一人が通れるサイズまで破壊していく。

【ロキ・ファミリア】を捜索するが複雑な構造だけでなく広大さも誇るこの迷宮ではすぐに見つけ出すことはできない。

地道に探し出すしかなかった。

「……取りあえず真っ直ぐ進むか」

目の前に最硬金属(オリハルコン)の扉だろうとモンスターだろうと闇派閥(イヴィルス)の残党だろうと障害を壊して前に進めばいい。

ミクロは二つ目の最硬金属(オリハルコン)の扉を破壊する。

 

 

 

 

 

「フッ!」

ミクロ達と別れたリューは早速食人花(ヴィオラス)と交戦していた。

小太刀で食人花(ヴィオラス)を斬り払い瞬く間に瞬殺するリューは周囲を見渡して思う。

「いったい何が目的でこのような迷宮を……」

最硬金属(オリハルコン)超硬金属(アダマンタイト)も入手困難な希少金属(レアメタル)

集める為の資金も作る時間も相当の筈。

そこまでしてでもこの迷宮を創り出す訳がリューには理解出来なかった。

闇派閥(イヴィルス)が以前から身を隠すために築き上げたという説も考えたがこれほどの迷宮を作るのにはそれだけの年月が必要になることから違うと判断。

底も目的もわからない闇派閥(イヴィルス)に表情が険しくなる。

最硬金属(オリハルコン)の扉を避けて歩いているとリューは広間(ルーム)に似た正方形の空間へ足を運んだ。

周囲を見渡すと戦闘を行った後や血が地面にこびり付いていた。

誰の血かまではわからないがここで戦闘が行われていたのは確かだった。

「……遺体がないということはまだ生きている可能性は高い」

敵か【ロキ・ファミリア】かはわからないがここに遺体がない以上、死んでいない可能性も十分にある。

なら、ここからどうするかと思考を働かせると足音が聞こえた。

「チッ、ミクロじゃねえのか」

リューが入って来た別の通路から舌打ちと共に姿を現したのは灰色の髪をした狼人(ウェアウルフ)の男性。

その瞳を見てリューはすぐに悟った。

「……破壊の使者(ブレイクカード)

「ああ、俺はヴォール・ルプス。テメーの言う通り【シヴァ・ファミリア】の一員だ」

ヴォ―ルと名乗る狼人(ウェアウルフ)は後頭部を乱暴に掻き毟る。

「何故【シヴァ・ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)に加担している?」

「あぁ?それに答えてなんか意味があんのかよ?ここでくたばるテメエによ」

敵意と殺意を隠すことなく猛獣のように剝き出しにするヴォ―ルにリューは《アルヴス・ルミナ》を握りしめる。

瞬間、二人は姿を消す。

それと同時に広い空間で戦闘音が空気を震わせて響き渡る。

ぶつかり合う木刀と拳撃と蹴撃。

Lv.6の高速戦闘を行う二人の速力は更に加速する。

「ハッ!多少はやるじゃねえか!」

高速戦闘中にヴォ―ルはここまで速度についてこれるリューに賛辞を送ると同時に獰猛な笑みを浮かべる。

その笑みは壊しがいのある獲物を見つけた猛獣の眼だ。

「上げるぜ?」

「!?」

その言葉と同時にヴォ―ルの速力が飛躍的に加速する。

明らかにリューが出せる最高速力を上回った速度で壁を跳躍するヴォ―ルの動きが徐々に捉えられなくなる。

完全にリューより速さを上回ったヴォ―ルは死角からリューに蹴撃を食らわせる。

「死ね」

勢いをつけた強烈な蹴撃がリューに炸裂する。



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New70話

【ロキ・ファミリア】の応援として駆け付けたミクロは闇派閥(イヴィルス)本拠地(アジト)と思われる迷宮を真っ直ぐ進んでいた。

『ギイィ!?』

見たことない新種のモンスターにも槍で穿ちながらミクロは次の最硬金属(オリハルコン)の扉に辿り着くとそれを壊して更に前へ進む。

歩みを止めることなく前へ進んでいくと不意にミクロの歩みが止まる。

「……まさかお前までここに来るとはな」

鮮血のごとき紅い髪に緑の双眼を持つ女性。

以前にミクロに18階層で敗れた怪人(クリーチャー)レヴィスが黒塗りの不気味な長剣を持って待ち構えていた。

「ここはなんだ?」

「『クノッソス』……奴等はそう呼んでいる」

「何の為にこんな迷宮を?」

「知らん。知りたければ自分で探せ」

答える気はないと言外で告げるレヴィスは長剣を構えるとミクロはその長剣に付着している血に気付いた。

「その血は誰のだ?」

「……ああ、小人族(パルゥム)を斬ってやった。槍を使う、あいつだ」

長剣を見下ろしながら告げるその言葉にミクロはフィンの命が危険に迫っている事に気付いた。

レヴィスが持つ長剣は間違いなく呪道具(カースウェポン)

どのような呪詛(カース)が付与されているかわからないが一撃でも受ければ危険。

槍を構えるミクロにレヴィスが冷ややかな声で告げる。

「18階層の借りを、返しておくぞ」

瞬間、レヴィスは瞬時にミクロの眼前へ急迫した。

薙ぎ払う長剣を槍で防御するが、威力、速度が18階層の時とは比べ物にならないほどの戦闘能力が上昇していることに気付いた。

レヴィスは怪人(クリーチャー)、そして『強化種』。

魔石を喰らうことで強くなる。

強くなっている事を理解したミクロは次の攻撃が来る前に攻撃を仕掛ける。

攻撃を仕掛けるミクロの槍をレヴィスは難なく弾く。

交差する剣と槍。

純粋な力と速度でミクロの槍術に対応して切り結ぶ。

「得物を変えたのか」

「ああ」

鍔迫り合いで短く言葉を投げ合う二人は一瞬たりとも相手から眼を離さない。

「だが、無駄だ」

「っ!?」

鍔迫り合いの状態からレヴィスが力任せにミクロの槍を上空に弾かせた。

純粋な力で圧倒するレヴィスに負けてミクロの手から槍は離れた。

「死ね」

無防備となったミクロに猛烈な弧を描いた黒き剣身がミクロの身体を切り裂いた。

はずだった……。

「悪いが死ぬつもりはない」

瞬時に腰に携えている梅椿とナイフを手に持ってレヴィスの攻撃を防いだミクロは長剣を弾いてレヴィスの懐に潜り込む。

「チッ!」

距離を取ろうと一気に後ろに跳ぶレヴィスにミクロは不意に姿を消した。

視界から消えたミクロに一瞬だけ戸惑うレヴィスの背後からミクロは姿を現してレヴィスの背中を切り刻む。

「ぐっ……こ、のッ!」

自身の背後にいるミクロに剣を薙ぎ払うがそこにミクロの姿はない。

ミクロに切り刻まれた身体は自動で治癒していくなかでレヴィスより少し離れた場所、槍を拾っているミクロが影から姿を現す。

『スキアー』は影移動を可能とする魔道具(マジックアイテム)

影が多いこの迷宮では『スキアー』の性能を完全に発揮できる。

「チッ、面倒な……」

舌打してミクロの魔道具(マジックアイテム)の性能に苛立つレヴィスにミクロは梅椿とナイフを収めて槍を持ち直して今度はこちらから攻めた。

「くっ……」

相手の反撃する暇も与えない怒涛の連続突きにレヴィスは剣で弾こうとするが、そうなる前にミクロが槍の矛先を変えて確実にレヴィスの身体を刻んでいく。

「お前は確かに強くはなっているがそれは戦闘能力だけだ」

怪人(クリーチャー)であるレヴィスは魔石を喰らうことで強くなるが、それは戦闘面だけであって戦闘経験までも強化されているわけではない。

それに対してミクロは18階層でレヴィスと勝利してからも多くの戦闘をこなして強くなっている。

特に対人戦闘に関する観察力と洞察力はずば抜けて高い。

「お前はフィンより弱い」

ミクロはフィンがレヴィスに負けたとは思っていない。

戦闘能力が上昇していてもそれだけで勝てる程フィンは甘くないことは知っている。

少なくとも一対一でフィンがレヴィスに負けるはずがないと踏んでいる。

それでもフィンに傷を負わせられることが出来たのは何らかの躊躇いがあったのかだ。

「俺達を甘くみるな」

破砕音。

ミクロの槍がレヴィスの長剣を破壊した。

「【駆け翔べ】」

「!?」

そこで追い打ちをかけるようにミクロは風でレヴィスを通路の奥へ吹き飛ばした。

吹き飛ばした先には金髪の剣士アイズがいた。

「ミクロ……」

「アイズ。よかった」

ようやく【ロキ・ファミリア】の団員であるアイズに遭遇することが出来たミクロはこの部屋に入るとドクンと血が騒めいた。

設置された七つの大型容器(フラスコ)の硝子は破られているが、この騒めきはミクロは知っている。

59階層でアイズ達と共に倒した女体型の精霊と全く同じだった。

「宝玉はどこにある……?」

「……この迷宮のどこかに潜んでいる。探してみろ、できるのなら、な」

傷が治癒されて立ち上がるレヴィスにアイズも剣を取る。

「アイズ、二人がかりで確実にあいつを倒すぞ」

「うん」

手を組む二人は詠唱を口にする。

「【駆け翔べ】」

「【目覚めよ(テンペスト)】」

互いに風を纏う二人にレヴィスは腰に佩いているもう一振りの長剣を引き抜いてミクロに視線を向ける。

「言い忘れていたが、ここには破壊の使者(ブレイクカード)がいる。お前の仲間を放っておいていいのか?」

「問題ない」

心境を惑わすレヴィスの言葉をミクロは当然のように答える。

「俺の仲間は強い。もしいるとしてもらやり過ぎないかどうかが問題だ」

俺と違って手加減が下手だからと付け加えて言うミクロの言葉には絶対の信用と信頼がある。

「特にリューと戦っているのなら同情する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

破壊の使者(ブレイクカード)の一人、ヴォ―ルは驚愕に包まれていた。

確かにリューに自身の蹴撃を炸裂させたはずが、そこにリューはいなかった。

瞬きをするようなことはしない、確かにリューを捉えて蹴撃を与えたはずがそこにリューの姿はいなくなった。

「ここで貴方と戦えることが出来てよかった……」

「テメエ!何しやがった!?」

無傷で悠然と立っているリューにヴォ―ルは怒声を飛ばすがリューは悠然とした態勢で木刀を手に持つ。

「どうやら今の私なら貴方方、破壊の使者(ブレイクカード)と互角以上に渡り合えるようだ」

「調子に乗るな!!」

再び加速するヴォ―ルは壁を跳躍して更に速度を増して今度こそリューに攻撃を食らわせるはずが、その身体を通り抜けてようやく気付いた。

「残像か!?」

「その通りです」

「ガッ!?」

横からヴォ―ルの横腹を木刀で一撃与えるリューは以前行ったシャルロットとの訓練を思い出していた。

『駄目ね』

『くっ……』

完敗したリューにシャルロットはダメだしする。

『速度は大したものよ、並行詠唱だってリューちゃんほどできる冒険者はそうはいないでしょう。でも、リューちゃんは正直過ぎるの』

高速戦闘を行い、並行詠唱を用いるリューの戦闘方法は悪くはないがそれはモンスターならではの話で対人ではそこまで脅威ではない。

付け加えるのならリューの動きは正直過ぎて非常に読みやすい。

真っ直ぐ過ぎるリューの性格が自身の速度に枷を付けている。

『それに高速で動いてもそれを対処する方法はいくらでもあるのよ?足を封じられたらもう終わりだし、並行詠唱だって封じられてしまうも同然よ?』

魔法でもスキルでも動きを封じる、殺す方法はある。

『更に言えばリューちゃんより速い冒険者がいたとしたらまず速度では敵わない。それならリューちゃんはどうする?』

『………』

シャルロットの問いに無言になる。

リューは敏捷には自信はある。

だけどその敏捷を封じられて、更には自分より速い冒険者と戦うことになれば自身の長所を活かすことが出来ない。

『自分よりも強い相手と戦う時は頭を使いなさい、技と駆け引きも重要だけど……今のリューちゃんに必要なのは長所を活かす技術と騙欺(ブラフ)

『……長所を活かす技術と騙欺(ブラフ)ですか』

前者はともかく後者である騙欺(ブラフ)はエルフであるリューには苦手の類だ。

苦い顔をするリューを見てシャルロットは苦笑を浮かべた。

『エルフであるリューちゃんに騙欺(ブラフ)が苦手なのはわかるわ。だけど、対人では常に相手の予想の上回る必要があるの……そうね、ミクロがいい例よ』

ミクロは技も駆け引きも騙欺(ブラフ)も上手い。

よく動きに騙されて痛感することがある。

『私に認めて貰いたいのでしょう、なら頑張らないといけないよ?それに』

ピシリとリューを指してシャルロットは告げる。

『ミクロの事を守ってくれるのでしょう?』

『――――ッ』

その言葉を聞いたリューは満身創痍の状態で立ち上がり、空色の瞳は真っ直ぐにシャルロットを見据える。

『もう一度……お願いします』

『ええ、来なさい』

「………結局、一度たりとも貴女に勝つことはできませんでした。ですが」

「グゥルアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

突貫するヴォ―ルは自分よりも速いが今のリューにはそれだけだった。

互いに高速戦闘を行う中でリューは足を動かして動きを変化させる。

極東でいう足捌きをリューが身に着けて新たな技術を加えることによって疾風の速度から生み出した自身の残像を作り出す。

それだけなら第一級冒険者なら見破ることは出来るだろう。

そこで騙欺(ブラフ)を使用する。

しかし、リューが使える騙欺(ブラフ)は大したことではない。

ただ、視線を別の方向へ動かしているだけ。

普通なら本当に大したことではないだろう。

だけどこれは相手が第一級冒険者だから通用する。

第一級冒険者は技と駆け引きに長け、相手の視線や微々たる動き、反応で相手の先を読んで意識を向けてしまう癖のようなものが戦闘に生じてしまう。

戦い慣れた故に身体が、頭がそう動いてしまう。

ヴォ―ルはリューの視線を見てここへ動くと頭の中で予測し、その方向にも意識を僅かばかり向けている。

故に残像を完全に見破ることが出来ず、攻撃してしまう。

予測した先にもリューはいないことからヴォ―ルは訝しみ、戸惑いが生まれる。

「ガハッ………っ」

それが大きな隙となって生まれてリューの攻撃を受けてしまう。

命懸けのシャルロットとの訓練でリューが身に着けた技術と騙欺(ブラフ)はミクロにも通用した。

相手が強者だから使える、そんな技術をリューはシャルロットから教わった。

「必ずミクロを守り通します」

シャルロットに感謝の念を送り、決意を胸に秘めたリューは歌う。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

足元に空色の魔法円(マジックサークル)を展開させるリューにヴォ―ルも歌う。

「【餓狼よ、飢えろ。その剛牙で嚙み砕け】!」

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

「【リオドゥース】!!」

超短文詠唱から放たれるヴォ―ルの両手に灰色の魔力が帯びる。

ヴォ―ルの魔法、破砕魔法はその魔力に触れたものを破砕させ壊す魔法。

その魔法とヴォ―ルの速度を持ってすれば如何なる敵も(ころ)すことが出来る。

「クソッ!俺の方が速いのにどうして当たらねえ!!」

しかし、それは相手に当たればの話だ。

リューは並行詠唱を行いながらも残像を作り、騙欺(ブラフ)を行ってヴォ―ルの攻撃を回避する。

ただ速さだけでは駄目だった。

今よりも強くなるには他の可能性も加えなければならない。

愛する人を守る為に。

「【―――――――来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿して敵を討て】」

詠唱を終わらせたリューにヴォ―ルは獰猛に笑った。

「知ってるぜ!?その魔法はよ!」

無数の大光玉を召喚させて一斉砲火するリューの魔法をヴォ―ルは自身の魔法で破壊しようと精神力(マインド)を消費させて両手に帯びる魔力の威力を高める。

魔法を放った瞬間に高速で移動しつつ大光玉を破壊して接近と同時に魔法発動直後の無防備な身体を破砕するつもりでヴォ―ルは笑みを浮かべていた。

「【ルミノス・ウィンド】!!」

放たれたのは無数の緑風を纏った大光玉ではなく、その大光玉を一つに纏めた極大サイズの光玉へと姿を変えた。

これは以前行われた戦争遊戯(ウォーゲーム)でセシルの魔法をヒントに考えたリューの新たな可能性。

無数の大光玉を召喚させて一斉砲火させるのではなく、それを一つに纏めることはできるのかと魔力を操作する訓練を行い、完成させた。

星屑を集めて一つの星へと昇華させた魔法の新たな使い方。

笑みを引きつかせるヴォ―ルを無視してリューは『アリーゼ』を使用して上空に駆けて魔法を放った。

「スター・ウィンド」

上空から振り落ちる星にヴォ―ルは哮る。

「クソガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

魔力が帯びた手で受け止めて破砕させようとするが、込められた魔力の質と規模が違う。

「星に呑まれるがいい」

ヴォ―ルは星にその身を呑まれる。

地面に着地するリューは地面に空いた大穴を見てぼやいた。

「私はいつもやりすぎてしまう……」

自身の魔法で開けてしまった大穴から下へ降りるリューは既に意識が絶たれているヴォ―ルの付近に手持ちの回復薬(ポーション)を置く。

「貴方方に同情はしません。ですが、この敗北を期にどうか自首することを進めます」

破壊の使者(ブレイクカード)は辛い過去を持っているがそれに同情するつもりはリューにはない。

だが、ミクロならこうするだろうと思ってそう告げた。

万が一にまた襲いかかることがあってもその時はまた倒せばいい。

「あー!ミクロのとこのエルフ……ええっとリュー!」

「【大切断(アマゾン)】……ご無事でなり寄りですが、まずは解毒と治療を施しましょう」

「お願い!!」

リューは無事に【ロキ・ファミリア】の団員と接触することが出来た。



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New71話

風を纏う剣と槍の乱舞がレヴィスを襲う。

「チッ!!」

鋭い槍が真正面からレヴィスの胴体に風穴を空けるかのように突いてくるその槍をレヴィスは長剣で弾くが、その時にできる僅かな隙にアイズが斬りかかる。

傷を負う度に全身から蒸気――――『魔力』の粒子を発散させ、癒していくレヴィス。

出鱈目な治癒能力『自己再生』を目の当たりにする二人は一切の油断なく確実にレヴィスを刻み付けていく。

治癒能力といえど無限ではない。

なら少しずつ刻み、治癒能力の限界が迎えるまで二人は着実に仕留めにかかる。

戦闘能力が上昇しているレヴィス相手に下手に攻めればこちらがやられてしまう可能性もある。

こちらは二人、なら無理をして攻める必要もない。

無言で視線を交わしてアイズはミクロの背中に移動してミクロは突貫して穿つが、レヴィスは回避してミクロに長剣を向けるがそこにアイズが攻撃を仕掛けて防御を取らざる得ない。

防戦一方のレヴィスは少しずつではあるが確実に治癒能力が低下しつつあった。

ミクロ一人でさえ厄介なのにそこにアイズが加わることでより手強くなったが、それより懸念なのは二人の連携(コンビネーション)だった。

他派閥同士の癖にどうしてここまで完成度の高い連携(コンビネーション)が出来るのかレヴィスにはわからなかった。

視線だけで連携(コンビネーション)を成り立てるミクロとアイズは気が合う輩。

更には過去二度本気で戦い合って、共に遠征をした間柄。

互いがどう動けばいいのか大体でわかる。

レヴィスは内心で舌打ちして言葉で二人を揺さぶる。

「悠長に私と戦う余裕があるのか?この馬鹿げた迷宮はお前達を喰う怪物(モンスター)そのものだ。お前達の仲間は今頃どうなっているんだろうな?」

「――――っ」

その通りだ。

アイズの金の双眸が大きく見開く。

大切な仲間はこの人造迷宮(クノッソス)で分断されている。

悠長にしている時間はアイズ達にはなかった。

仲間の身を案じるアイズにミクロは槍を『リトス』に収納させてその代わりに魔杖を取り出す。

「アイズ、後は任せる」

「どういう……」

意味と尋ねる前にミクロは詠唱を口の乗せる。

「【閉ざされた世界に差し込む希望(ひかり)】」

足元に白色の魔法円(マジックサークル)が展開する。

聞き覚えのないその詠唱にアイズは驚愕に包まれる。

「させるかっ!」

「【心壊れし餓鬼を見捨てず、傍らに居てくれる心優しい妖精(エルフ)】」

迸る魔力から危険を察知したレヴィスは猛然とミクロへと斬りかかった。

「させない……!」

そこでアイズがレヴィスの行方を遮る。

「どけ!アリア!」

「【餓鬼の時は動き出す】」

ミクロの詠唱を止めようとするレヴィスとミクロを守ろうと剣を振るアイズ。

「【世界と真実を知り、我の運命は我が身に宿る神血(イコル)によって定められていた】」

派閥は違えど、ミクロは大切な友達。

「【我はそれを受け入れ、定められている運命を破壊すべく抗う運命を選択する】」

どういう魔法かはわからない。

だけど、友達(ミクロ)が皆を助けようとしていることはわかる。

「【慟哭に負う傷は惰弱と後悔】」

なら、そのミクロを守るのが自分だ。

「【努々忘れるな】」

共に遠征した時もミクロはアイズ達を守り、助けてくれた。

「【降り掛かる理不尽を破壊し、理不尽(りそう)を創り出す。その代償は涙と慟哭(うたごえ)を持って支払う】」

そのミクロが今も同じように助けようとしてくれている。

だからアイズも戦う。

大切な家族と友達を守る為に。

「【願望(わがまま)を現実に、理想を真実に創世する。壊した世界の理は我の理】」

詠唱が終わり、足元にある魔法円(マジックサークル)の輝きは増していく。

「【セオスティー・ウルギア】」

その魔法は発動したと同時に魔法円(マジックサークル)は砕け散る。

これにより、現時点の世界の(ルール)はミクロによって決められる。

「範囲内のこの迷宮クノッソスよ――――――――壊れろ」

発せられた(ルール)により、迷宮は形もなく崩壊した。

たった一言。

その一言で理不尽なまでに崩壊する人造迷宮(クノッソス)にミクロは力尽きて倒れる。

「ミクロッ!?」

叫ぶアイズはミクロの表情を見てすぐに察した。

深い疲労と汗を流すミクロは精神疲弊(マインドダウン)一歩手前だ。

ミクロの魔法、創世魔法は発動するだけでも膨大な精神力(マインド)を消費するだけでなく、(ルール)の内容によって精神力(マインド)の消費が決まる。

単純で簡易なものだったら消費は軽く、複雑で困難なものだったら激しい。

今回は範囲内にある人造迷宮(クノッソス)の崩壊。

単純だが、困難なその(ルール)はいくらミクロでも精神力(マインド)の消費は激しかった。

「どけ!」

「っ!?」

強引にアイズという壁を突破するレヴィスは弱っているミクロの息の根を確実に止めようと襲いかかる。

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

それを止めようとアイズは再び風を纏う。

朦朧とする意識のなかで襲いかかってくるレヴィスとそれを止めようとするアイズが視界に入るがミクロは動けない。

創世魔法を使えばレヴィスとの決着も容易だっただろう。

だけどそれ以上にミクロはティオナ達【ロキ・ファミリア】を助けたかった。

大切な友達がこんな迷宮で苦しまれているのを放っておけない。

敵を倒す事よりもミクロは友達とその仲間を助ける方を優先した。

「死ね!」

アイズの風も剣も強引に振りほどいてミクロに凶刃を突き付けるレヴィス。

だけど、ミクロに後悔はない。

「―――――『アリーゼ』!」

何故なら迷宮を壊せば必ず来てくれると信じていたからだ。

レヴィスの凶刃よりも速くリューが僅差でミクロに届いた。

「……本当に貴方は無茶をする」

「ごめん……」

呆れるように息を吐くリューは自身の胸に抱きかかえているミクロを一瞥して告げるとミクロは力なく謝る。

超硬金属(アダマンタイト)最硬金属(オリハルコン)の扉もなくなったその通路から疾風の速さで駆け付けたリューに続いて分断させられていた【ロキ・ファミリア】達が集う。

【ロキ・ファミリア】達を苦しめた理不尽な迷宮はミクロの理不尽(りそう)によって壊された。

「ミクロ!大丈夫!?」

「ティオナ……」

「全く、あんたは本当に無茶をするわね。でも、ありがとうね」

「ティオネ……」

駆け寄ってきてくれるアマゾネス姉妹にミクロは安堵するとリューが無理矢理ミクロの口に精神力回復薬(マインドポーション)をねじ込む。

「心配するこちらの身にもなってください……」

「……ごめん」

心配させてしまったことも含めてミクロはもう一度謝ると団員に抱えられているフィンを見てミクロはラウルの告げる。

「ラウル、フィンを斬った呪武具(カースウェポン)は壊した。もうフィンにかけられた呪いは解けてる」

「本当すか!?」

呪武具(カースウェポン)に込められた呪いをとくには解呪するかかけられた呪武具(カースウェポン)を破壊するしかない。

頷くミクロにラウル達は慌てて回復薬(ポーション)をフィンにかけると傷が消えていくが、失った血液までは戻らない。

血が足りないフィンと魔法の酷使で精神疲弊(マインドダウン)寸前の二人はこれ以上の戦闘の続行は不可能。

アイズ達は敵であるレヴィスを見据えた直後。

それは現れた。

視界一面を占領する鋼色の体皮。

太過ぎる強靭な四脚、雄々しくも捻じ曲がった巨大な双角、頭部から不気味な緑色に蝕まれる鋼色の体皮。

紛れもない牛の体型を象る総身の中で、唯一異物を上げるとしたら、それは額に当たる位置に存在する女の体だ。

不気味な嘲笑を貼り付けた、女体の上半身。

第一級冒険者はその怪物の姿に強い既視感を覚える中でアイズはその名を呼んだ。

「『精霊の分身(デミ・スピリット)』……!」



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New72話

未到達領域59階層で死闘を繰り広げた個体と酷似した精霊の分身(デミ・スピリット)がミクロ達の眼前に突如姿を現した。

巨牛の下半身に女体の上半身の姿を持つ怪物に眼を見開くミクロ達。

『―――――オオォ』

巨体は何の説明もないまま動く。

『――――――――――――――――――――――ッッ!!』

単純な突撃。

だが、そこに秘められた質量と破壊力は桁違いだった。

超硬金属(アダマンタイト)の壁をいとも容易く破壊する怪物に言葉を失うなかでミクロはリューの腕から逃れてふらつく体のまま『リトス』から槍を取り出す。

「俺が―――」

「はいダメ―――」

この場にいる全員が逃げる時間を稼ごうとする前にティオナに即刻却下されられるとティオネに頭を小突かれた。

「そんなふらついた体で何言ってんのよ?」

「うん、ミクロ無茶しすぎ……」

「アイズ、お主も人のことは言えぬじゃろうが……」

続けるアイズの言葉にガレスが呆れる。

「でも……」

「でももくせもねえ。てめえはもう足手纏いだ。さっさとここから消えろ」

ベートまでも進言して言葉を詰まらせるミクロ。

【ロキ・ファミリア】達も平然としてはいるが、その身体に蓄積している損傷(ダメージ)は決して無視できるものじゃない。

精神力(マインド)ならアビリティとスキルによって少しずつ回復している自分なら皆が逃げられる時間は稼がれる。

だけど、全員がそれを否定した。

「それにね、毎回毎回あんたに助けられてばかりだとうちの沽券にも関わるのよ?」

「あたし達だって負けてないんだからね!!」

「ティオネ、ティオナ……」

「お主にはもう十分に助けられたわい。後は儂等に任せい」

「ガレス……」

「てめえに借りを作るつもりはねえ」

「ベート……」

「ミクロはもう休んでて」

「アイズ……」

それぞれが得物を手に持ち、ミクロより前へ出て怪物と対峙する。

それぞれが覚悟を持った冒険者。

その意志を曲げてまで残る理由がミクロにはない以上、ここにいる理由はなくなる。

「……わかった。なら、ラウル達を地上まで誘導する」

それでも友達としてせめてもの助けになりたいミクロはラウル達と共に地上を目指す。

眼晶(オルクス)を取り出してこの場にはいないアルガナ達へ連絡する。

「アルガナ、バーチェ、敵の捕縛は?」

『終わった、一人だけだが捕えた』

「俺達はこれから地上へ帰還する。戻ってこられるか?」

『ミクロの匂いを辿る』

「わかった」

簡潔に連絡を済ませてミクロはふらつく体に鞭を入れてラウル達に号令を出す。

「ラウル達は俺の後ろからついて来い。地上へ帰還する。レフィーヤ達も一緒に来い」

「はいっす!」

「わ、わかりました!……フィルヴィスさん!」

「ああ、わかった」

ミクロとリューが先導してラウル達と共に人造迷宮(クノッソス)を脱出する。

「負けるな」

振り返らずに殿を務めているアイズ達に命運を委ね、ミクロ達は走り出す。

真っ直ぐと壊してきた最硬金属(オリハルコン)の扉を通って地上に向かうミクロ達の前にはモンスターが押し寄せてくる。

「フッ!」

だが、それをリューが即殺して道を作る。

「私が道を作ります。ミクロはそのままでいてください」

「わかった」

これ以上にミクロに負担を掛けさせない様にリューが気張る。

「ミクロ」

「アルガナ、バーチェ……」

地上に向かう途中で二人と合流できたミクロは無事でよかったと安堵するとバーチェの背に血まみれで背負われている男性に目を向ける。

「こいつは――」

その男を見てミクロは二人の頭を撫でる。

「ありがとう」

この二人のおかげで別の問題が解決することが出来たのと、今後のこの人造迷宮(クノッソス)の攻略ができるかもしれない可能性を持つ。

それとは別に頭を撫でられて、嬉しそうに目を細める二人を見てラウル達は既視感があった。

三人のその光景は想い人(フィン)に褒められている恋する乙女(ティオネ)にそっくりだった。

危機的状況にも関わらずにどこか弛緩してしまう。

経路(みち)に目印を残しながらミクロ達はリヴェリア達がいるところまで戻ってこられた。

「怪我人が複数、フィンは怪我はなくなったが血が足りてない。アイズ達は残って59階層で遭遇した精霊の分身(デミ・スピリット)と交戦、大至急救助!」

簡潔に状況を説明するミクロにリヴェリアがすぐに団員達に指揮を執る。

「敵は統率をとれていない。今が助け出す好機だ。動ける者を集めて迎えに行け。限界まで粘る!」

リヴェリアの指揮に動ける者はすぐにアイズ達の救助に向かう【ロキ・ファミリア】。

「ミクロ、お前達は今度礼をする。ありがとう」

感謝の言葉を述べてリヴェリアもアイズ達を迎えに行く。

取り残されたミクロ達はミクロの休ませる為に本拠(ホーム)へ帰還する。

「アルガナ、そいつは本拠(ホーム)の地下に幽閉しておいてくれ。回復次第聞きたいことがある」

「わかった」

ミクロ達はアイズ達の無事を信じて人造迷宮(クノッソス)から離れていく。

 

 

 

 

【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)には地下牢が存在している。

粗相を犯した団員達の反省場として存在している地下牢に鎖で繋がれて拘束されている一人の男。

男の名はディックス・ペルディクス。【暴蛮者(ヘイザー)】の二つ名を持つ【イケロス・ファミリア】団長。

二十年以上前から存在している探索(ダンジョン)系の【ファミリア】でミクロ達がどうしても捕まえたい男であった。

「こうして直接会うのは初めてだな」

「………【覇者】」

頭部から血を流して綺麗に半殺し状態のまま拘束されているディックスは自身の眼前に立っているミクロを睨み付ける。

ディックスは異端児(ゼノス)を狙う狩猟者(ハンター)でもある。

ミクロ達が捕まえようと動いてもいつもどこかで姿を消して逃げられた。

今思えばそれは人造迷宮(クノッソス)を利用して逃亡したのだろうと納得する。

「お前の【ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)と関り合うがあると俺達と【ロキ・ファミリア】で証明されてギルドは【イケロス・ファミリア】に解散命令を申告しようと動いている。お前の【ファミリア】はもう終わりだ」

人造迷宮(クノッソス)から地上へ帰還したミクロはディックスを使って闇派閥(イヴィルス)と関わり合いがあると報告していた。

【イケロス・ファミリア】の解散はもう決定事項になっている。

「お前には聞きたいことが山ほどあるが……これだけには答えてもらう。どうして異端児(ゼノス)を狙う?金か?それとも別の理由か?」

「金だ」

ディックスはミクロの問いに疑念を抱くことなく答えた。

人造迷宮(クノッソス)は元々ディックスの始祖が作り始めたものだった。

ダイダロスの系譜であるディックスの始祖の血が一滴でも引いていればその証拠として左眼に『D』という記号が刻まれた赤い瞳を持って産まれてくる。

全ては迷宮を完成させる為に。

だが、迷宮を完成させるには時間、労力、何より金がかかる。

ダイダロスの子孫が闇派閥(イヴィルス)に繋がりがあるのも全ては迷宮を完成させるためだった。

「何故お前はそれに従う?」

「血が、そうさせるんだ」

迷宮を完成させろと血が駆り立てる。

ディックスはこれを血の呪縛と言っている。

千年前から連綿と続く、奇人ダイダロスの執念・

地下迷宮に勝る『作品』を創造しようと男の果てしない妄執。

ディックスは迷宮を憎んでいる。

だけど血がそれをさせようとしない。

迷宮を作りながらディックスはどうすれば満たされるのかと考えていた時に偶然にも異端児(ゼノス)を見つけた。

そして、知ってしまった。

血に勝る欲望を。

異端児(ゼノス)達を蹂躙することによって己の欲求と嗜虐性を満たしていた。

抗うことを止めてそれ以上の欲望を解き放つ。

獣の欲望だ。

「なるほど」

ディックスの言葉を聞いたミクロはディックスの言葉に納得した。

わかるからだ。

ミクロもディックスと共通する快楽を知っている。

壊す悦びがわかる。

それも全ては自身に流れるシヴァの血がそうさせている。

「ディックス・ペルディクス。お前、【アグライア・ファミリア】に来い」

「あぁ?」

唐突の勧誘に眉根を動かすディックスだが、ミクロは言葉を続ける。

「お前はその血の呪縛のせいでそうなったんだろう?なら、俺がその呪縛から解放してやる」

「ッ!?」

「俺の魔法、創世魔法ならそれができる」

ミクロの創世魔法は範囲内の(ルール)を自分で決めることが出来る。

つまりミクロがディックスの血の呪縛を解放するように発言すればディックスは長年苦しませてきた血の呪縛から解放される。

「お前程の実力者を放置するのは勿体ない。それに人造迷宮(クノッソス)もいずれは攻略しないといけない」

今後の事を見越してミクロはここでディックスを失うのは痛手だった。

引き入れるのなら引き入れる。

「お前が今後異端児(ゼノス)達に関わらない、【ファミリア】に協力するというのなら血の呪縛から解放し、望むのならお前の団員達も迎え入れるように主神に進言しておく」

「………俺がてめえを裏切るかもしれねえぞ?」

「力で屈服させてやる。それが荒くれ者である冒険者の束ね方だ」

反乱を起こそうとするならそうなる前に力でディックスを従えさせるだけ。

「………」

ディックスはその言葉に無言になる。

何故なら目の前にいるミクロはその言葉通りに実行できるだけの実力がある。

「好きな方を選べ。このままギルドで一生を過ごすか。【ファミリア】に入って俺の下で働くか」

選択を強いられるディックスは口角を上げる。

「いいぜ、従ってやる。流石に一生牢獄生活は御免だからな」

「交渉成立」

肯定するディックスの言葉を受け取ってミクロは創世魔法を発動する。

「ディックス・ペルディクスを縛る血の呪縛よ、壊れろ」

その言葉により、ディックスはダイダロスの血から開放された。



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New73話

ミクロ達が人造迷宮(クノッソス)に向かった早朝。

ベルとセシルは何時ものように鍛錬を行っていた。

超連続攻撃のベルの猛攻。二振りの双刃がセシルに襲いかかるが、セシルはそれを全て大鎌で防ぐ。

速度と手数にものをいわせる激しい猛攻(ラッシュ)は大型の武器を持つセシルには最も苦手とする相手だ。

「っ!?」

だからこそその対処方法も知っている。

速度と手数でものをいわせるベルの猛攻(ラッシュ)は確かに凄いが、一撃一撃はどうしても軽くなってしまう。

下手に後退してもベルの猛攻(ラッシュ)は止まらない。

なら多少の損傷(ダメージ)覚悟で強引にでも攻撃を行えばいい。

猛攻(ラッシュ)の嵐をセシルは大鎌で強引に切り裂くことによりベルは後退して距離を取る。

「………ベル、調子が悪いの?」

「え、そ、そんなことないけど?」

鍛錬を中断してセシルが心配そうに尋ねるがベルは首を横に振る。

「うそ、だっていつもより動きも攻撃も遅い。身体の調子が悪いのなら無理する必要はないよ?」

いつも鍛錬を共にしているセシルはベルの些細な変化に気付く。

「それになんか甘い匂いがするよ?」

ベルに近づいてすんと鼻を動かすセシルにベルの顔色が青に変化する。

「なにこの匂い?香水?あれ、でもこれどこかで嗅いだことあるような……?」

「セ、セシル!ぼ、僕汗が酷いから先にシャワー浴びてくるね!!」

脱兎のごとく中庭から去って行くベルにセシルはあ、と言葉が漏れた。

「はぁ~」

セシルから離れることができたベルはとぼとぼと浴室に向かって歩きながら突然離れたことを申し訳ないと思うと口から溜息が出た。

「まだ、落ちてないのかな………」

自身の腕を軽く嗅ぐベルから放つ香りは香水。

それはベルが昨夜歓楽街に連れて行かれた時に体に染みついてしまったものだ。

【ランクアップ】のお祝いとしてリオグ達がベルを歓楽街へ無理矢理連れて行かされた。

帰還次第にすぐにシャワーを浴びたはずだが、どうやらまだ落ちていなかった。

「春姫さん……」

昨夜、ベルが【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)の逃走の際に匿って貰った狐人(ルナール)の春姫のことがベルはどうしても頭から離れない。

どうすればいいのか、どうしたらいいのかわからない。

「あれ~ベル君?今はセシルちゃんと~訓練中じゃなかったかな~?」

「アイカさん……」

通路を歩いていると洗濯籠を持つ家政婦(メイド)姿のアイカと遭遇するとアイカはいつものように微笑みながら告げる。

「ベル君が~抱いた女の子は気持ちよかった~?」

「だ、抱いてません!!」

突拍子もないことを言われて思わず叫んでしまったベルの顔は一瞬で真っ赤に染まる。

「まぁまぁ~落ち着いて~。アマゾネスちゃん達に命辛々に追われて娼婦として歓楽街に売られた女の子のことを心配するベル君」

「ど、どうしてそれを知っているんですか!?」

カラカラと笑うアイカにベルは戦慄を覚える。

本当にこの人は心が読めるのかと思わざるを得ない。

「まぁ、でも~【男殺し(アンドロクトノス)】のフリュネさんから逃れられてよかったよ~、あの人に捕まったら男として終わっていたよ~ベル君、あの人好みだから」

ぶるりと昨夜のことを思い出して体が震える。

アイカの言葉通り、もし捕まっていたらどうなっていたのかわからなかった。

「……あれ?アイカさんあの人の事知っているんですか?」

今のアイカの言葉はまるでその人がどういう人か知っているような口ぶりに気付いたベルは思わず尋ねるとアイカはあっけらかんと答える。

「知ってるも何も~私、元娼婦だよ~」

「え?」

元娼婦という言葉に少なからず驚きを隠せれないベルの頭を撫でるアイカはいつものように微笑んでいた。

「後で教えてあげるから~私の部屋に来てね~」

今はお仕事があるからとアイカは家政婦(メイド)の仕事に取り掛かる。

「………」

その後姿をベルは見えなくなるまで見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「身請け、ですか?」

「そうだよ~ミクロ君が私を買ってくれてここにいられるの~」

気になったベルは後にアイカの部屋に尋ねてアイカの身の上話を聞いていた。

ミクロがアイカを身請けして歓楽街から出ることが出来た。

だからアイカはミクロの専属家政婦(メイド)として働いている。

「今は娼婦じゃないから~ミクロ君以外の人に抱かれるつもりはないからね~」

大好きなミクロ以外にアイカは身体を重ねるつもりはない。

「買うなんて……」

まるでモノのように扱われていることがベルは嫌だった。

「ベル君の気持ちはわからなくもないよ。でもね、それが歓楽街の規則なの」

自分の元に訪れた男性、もしくは自分で連れて来た男性にお金を貰う代わりに一夜限りの夢を見させる。

アイカもそうやって名も知らない男性と何度も体を重ねてきた。

金を稼ぐためもあったが歓楽街に売られた以上もうアイカは心のどこかで諦めていたかもしれない。

自分の未来を自分で選択できる権利はもうない、と。

なら、せめて笑って今を楽しもうとさえ思っていた時期もアイカにはあった。

「そんな私をミクロ君は手を差し伸べてくれた。凄く、嬉しかったんだ……」

卑しい自分に、諦めている自分に手を差し伸べてくれたミクロにアイカは心から嬉しかった。

だからミクロに尽くそうと自分の意思で決めた。

「そう、だったんですか……」

ミクロによって救われたアイカ。

アイカにとってミクロは英雄なんだなと思ったベルは朝方の春姫の言葉を思い出した。

―――英雄にとって、娼婦は破滅の象徴です。

その言葉が脳裏を過る。

「ベル君は私が娼婦だって知ってどう思うかな?汚れてる?それとも卑しい女に思える?」

「そ、そんなことありません!アイカさんは美人で優しくて、いつも僕やセシルを優しく励ましてくれる……ええっと大人の女性だと思ってます!」

即座に否定してアイカのことを褒めまくるベルにアイカは微笑む。

「なら、ベル君はその娼婦の女の子をどうしたいのかな?」

「僕は……」

思い出す昨夜の春姫の微笑み。

とても悲しく、諦めているようなあの微笑みがベルはどうしても気になってしまう。

何とかしたいと思う。

出来る事なら助け出したいとさえ思っている。

でも、ベルは【アグライア・ファミリア】の一員だ。

自分の身勝手な行動のせいでミクロや他の団員達に迷惑を掛けたくなかった。

「ベル君の好きにしてもいいんじゃないかな?」

悩むベルに察してアイカは言葉を続ける。

「もちろん平和的に解決を求めるのなら身請けが一番だけど、いざという時は無理矢理攫っちゃえ!ベル君!」

親指を立てながら笑顔でとんでもないことを言うアイカ。

「その女の子をベル君は助けたいんでしょう?なら、私達はベル君を助けさせてよ。同じ家族(ファミリア)なんだから」

春姫を助けたいベルを助けようとしてくれる。

同じ家族(ファミリア)として。

「………はい」

嬉しい気持ちで返事をするベルは本当にいい【ファミリア】に入れたことに心から良かったと思えた。

「それでも……皆さんに迷惑をかけたくありませんので身請けを考えてみようと思います」

「うん、ベル君がそう選ぶのなら私は何も言わないよ~」

しかし、ベルはこの時は気付いていなかった。

身請けには大金が必要でその相場は二、三〇〇万はすることを。

アイカはベルの隣に腰を下ろしてベルを胸元に引き寄せて優しく抱きしめる。

「ア、アイカさん……ッ!」

「ベル君、その子を助けてあげてね」

耳元で囁くように告げられる言葉にベルは目を見開くとアイカは歌う。

「【奏でる音色に安らぎという安眠を】」

超短文詠唱からアイカは魔法を発動させる。

「【ララバイ】」

アイカが歌うとその歌に魔力が込められていてベルの瞼が重くなっていく。

アイカの旋律魔法は奏でる歌に魔力を宿して歌を聞いた者を眠らせる。

一時間程で目を覚まし、起きた頃には体の疲労感を消失させる。

魔法を施して疲れが溜まっているベルを眠らせて休ませる。

横に寝かせるベルの前髪をアイカは優しく撫でる。

「君ならできるよ、ベル君」

私を救ってくれたミクロ君のように優しい眼をしている君なら、と眠っているベルに告げてアイカは部屋を出て行く。



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New74話

「おじさ~ん、ここの果実まけてくださいな~」

「し、仕方ねえな、アイカさんは常連だしな………」

「ふふ~、ありがとう~」

青果店の店主はアイカを見て鼻の下を伸ばしながら果実を次々袋に入れていく。

買い出しに付き合っているセシルはアイカを若干半眼で見て溜息を吐いた。

アイカは美人で胸も大きい上に肌の露出が多い服を着ている為に男性はついそういう目で見てしまうのはわかるが、男性の心を誘惑して果実を値切るアイカもアイカだ。

「………」

つい視線を下にして自身の体を見て比較してしまうとまた溜息が出てくる。

みずぼらしい自分の体とアイカとでは比較するまでもない。

でも、自分はまだ成長期、可能性はあるのだと自身に言い聞かせる。

「あ、苺も頂けませんか~?セシルちゃんが大好きなんですよ~」

前かがみでお願いするアイカに店主の視線は完全にアイカの胸にいってしまう。

「もちろんだ!ほら、嬢ちゃんもしっかり食ってアイカさんみたいになりなよ!」

「……ありがとうございます」

気の良さそうに笑いながら大量の苺をセシルに渡すがどういえばいいのかわからない。

だけど、苺は本当に好きなのでしっかりと貰っておく。

「ふふ~よかったね~」

「……からかってる?」

「そんなことないよ~」

半眼を作るセシルにアイカは微笑みを崩さない。

むしろ面白げに笑っていた。

買い物を『リトス』に収納して道中を歩いて行く二人。

「……あの人、露骨に見てくるから私嫌い」

「男の人ならあれぐらいは普通だよ~」

頬を膨らませるセシルにアイカは手を繋ぎながら宥める。

「女の子を多少エッチな目で見てくる方が男の子的には健康なんだよ~。リオグさんがわかりやすいかな~」

「リオグさんも結構アイカお姉ちゃんの胸見てるもんね……」

先程の店主同様にわかりやすいほど鼻の下を伸ばしてアイカの胸をリオグは見ていることを二人は知っている。

微笑むアイカに呆れるセシル。

「もっと露出の少ない服着ないの?」

「う~ん、こういうのに慣れちゃったからね~、ちょっと抵抗があるんだよ~」

娼婦として生活していた頃の感覚がまだ抜け落ちないアイカは布面積が多い服にはまだ抵抗がある。

アマゾネス程ではないが、肩や足は普通に見えている服装をアイカを身に着けている。

「それに~ミクロ君が女の子に興味持ってくれたら~ふふ……」

「怖い、怖いよ、アイカお姉ちゃん……」

笑うアイカの瞳は紛れもない恋する乙女が宿す恋の炎が宿っていた。

隙あらば食らう、まるで肉食獣のような気配を感じたセシルは後退りする。

怯える(セシル)を見て誤魔化す様に咳払いするアイカはセシルに問いかける。

「セシルちゃんは~どうなのかな~?好きな男の子いないの~?」

「え、う~ん……私はお師匠様との訓練があるから考えたことないけど……」

「ベル君はどうなの~?」

「ベル?ベルは……」

そう言う風に見ていないと言おうとした瞬間、一瞬だけ強敵に立ち向かっていくベルの凛々しい顔を思い出して勢いよく首を横に振る。

「ふふ~なるほどね~」

「ち、違うからッ!別にそんなんじゃないから!!」

ニヤニヤと笑うアイカはセシルは慌てて弁明する。

しかしもう遅い。

「いや~ベル君も罪な男の子だね~。あ、赤ちゃんできたら抱かせてね~」

「話を聞いてよ!!……って赤ちゃん!?話が飛躍しすぎだよ!!私はまだベルと付き合っている訳じゃないよ!!」

「ごめんごめん」

怒鳴る(セシル)の頭を撫でながら宥めるアイカは気付いたが頬を膨らませているセシルは気付いているのだろうか?

自分の発言の中にまだという言葉を出したことに。

しかし、(ベル)はベルで優良物件だ。

顔立ちも悪くないむしろ母性が擽られるほど可愛い顔立ちをしている。

性格も優しいし、いざという時は頼りになる。

実力も誰もが疑うことないぐらいに強い。

ミクロほどではないが、しかしミクロとは違う魅力を持っている。

可愛い(セシル)(ベル)が恋人同士にはたまた夫婦になってくれたら(アイカ)も嬉しい。

「―――――っ」

「セシルちゃん?」

頬を膨らませているセシルが不意に表情を険しくするとそれに気づいたアイカが訝しむ。

「見られてる……」

「……行こうか」

セシルの言葉に察したアイカはセシルと手を繋いだまま本拠(ホーム)を目指して歩き出す。

視線が着いて来ていることから狙いは自分達だと気づいたセシルはどうするか思考を働かせる。

相手の狙いがわからない以上あえて人目の少ない場所で誘き出して叩くか。

このまま本拠(ホーム)に帰るか。

「……アイカお姉ちゃん。先に帰って誰か連れて来て」

「セシルちゃん?」

「私なら大丈夫……だと思うから」

ここで無事に本拠(ホーム)へ帰れてもまたどこかで狙ってくるかわからないと判断したセシルは先にアイカだけを帰らせて自分は相手を誘き出す為に行動する。

「相手が誰かわからないけど、時間は稼げるからその間に誰か連れて来て」

万が一に自分よりも格上がいたとしても多少は時間を稼ぐことが出来る。

その間に本拠(ホーム)にいるリュコス達、もしかしたらミクロ達も帰っていているかもしれない。

ミクロ達が助けにくるまで時間を稼げれたら形勢は逆転する。

それに仮にアイカを狙う強姦魔ならここで叩きのめせばいい。

「……すぐに呼んでくるから無茶しちゃダメだよ」

「うん」

セシルの気持ちを察して頷くアイカは手を離してすぐに本拠(ホーム)へ駆け出す。

反対にセシルは人気の少ない方へ駆け出すと視線はセシルの方から離れない。

狙いは自分だと気づいたセシルは路地裏に入って奥へ進むとセシルに刺客が襲いかかる。

頭上から奇襲を仕掛けてくる二人にセシルは体術で応戦する。

狭い路地裏では自身の得物である大鎌は使えない。

もう少し広い場所に行かなければならないと判断してセシルは角を曲がって別の道へ進む。

「悪いね」

頭上から襲いかかる足刀をセシルは両腕を交差させて防御すると相手の正体を知って驚愕する。

「【麗傑(アンティアネイラ)】アイシャ・ベルガ……。どうして【イシュタル・ファミリア】が私を襲うんですか?」

同じ上位派閥である【イシュタル・ファミリア】と自身の【ファミリア】とでは何の接点もないはずなのにこんなにも唐突に襲われる理由が思いつかない。

「主神様の命令だよ。【覇者】の動きを封じるために人質が必要なのさ」

「どういう意味ですか?お師匠様は別に貴方方を襲う理由がないと思いますが?」

「保険さ、万が一の為のね。安心しな、用が終われば無事に帰してやる」

それだけ言って再び襲いかかるアイシャにセシルは応戦する。

凄まじい射程(リーチ)を誇る長脚がセシルに襲いかかるがセシルにとってはその程度は見慣れている。

長脚を受け流して懐に潜り込んでアイシャの腹部に肘鉄を食らわせる。

「やるねぇ」

だけど、アイシャはセシルの肘鉄を掴んで防いだ。

返し技(カウンター)をギリギリで防御するアイシャの反射速度に一驚されるが、その程度なら何度も見てきたセシルは連撃を繰り出す。

拳、脚、肘、膝の余すことのない連続攻撃に防戦一方になるアイシャは笑っていた。

「ハッ!やるじゃないかい!?あたしらアマゾネスの体術も使えるとは多芸だね!!」

「命懸けで覚えました!!」

主にアルガナとバーチェに徹底的という言葉が温いぐらいに体で覚え込まされた。

一対一(サシ)でとことん戦いたいが……悪いね」

「ッ!?」

背後、頭上から襲いかかってくる複数の戦闘娼婦(バーベラ)にセシルは一人で相手にしなければならない。

「ソラッ!」

「うっ!」

多数の戦闘娼婦(バーベラ)と戦闘が始まり、僅かな隙を突かれて攻撃を受けてしまうセシルだがその程度で倒れる程ミクロの酷烈(スパルタ)は優しくない。

しかし数が数だ。

それも全員がLv.3の実力者達の前にセシルは冷静だった。

アイカが助けを呼んできてくれる。

それまで持ちこたえたら自分の勝ち。

耐久力には自信のあるセシルなら決して不可能ではない。

「アイシャ!」

屋根の上から声が聞こえたセシルは敵の増援かと思い顔を振り上げると目を見開く。

戦闘娼婦(バーベラ)の脇に抱えられているのはアイカだった。

狙いは自分ではなくアイカ。

アイシャは人質が必要と言っていたが誰もセシルとは一言も言っていないことに今更ながら気付いた。

「―――――ッ!」

壁を跳躍して屋根の上にいる戦闘娼婦(バーベラ)からアイカを奪還しようと突貫するセシル。

「アイカお姉ちゃんを返せ!!」

哮けるセシルだが、その前にアイシャが姿を現してセシルを蹴り落とす。

地面に激突しようもセシルは動くのを止めずに何度もアイカを取り返そうと突貫する。

自分の判断ミスでアイカを危険な目に合わせてしまった後悔と焦りから冷静さを失ったセシルはアイカを取り返そうとばかり突貫を繰り返す。

だけど動きが単純になったセシルの動きを捉えるのは容易なアイシャ達は数の暴力でセシルを叩きのめす。

「――――――――――ッ!!」

頭から血を流し、身体の骨が軋もうがセシルの動きは止まらない。

大切な姉を守らないといけないセシルは止まらない。

「恐ろしい耐久力だよ……」

あれほど数と暴力を振るわれようとまだ立ち上がって助け出そうと動いているセシルにアイシャは感嘆の声を飛ばす。

だけどこれ以上騒ぎを起こすのはこちらも避けたい。

「レエナ。やりな」

アイカを抱えているレエナが何事かを唱える。

「~~~~~~~~~~~っ」

紅い波動を受けてしまったセシルの傷が大きく開いてそこから大量の出血が噴出する。

「う……あ、」

足元に溜まる赤色の水溜りに新たな血がセシルから噴出して流れ落ちる。

それでもセシルはアイカを助けようと必死に手を伸ばす。

だけど、大量の血液を失ってしまったセシルは意識を失い地面に倒れてしまう。

「やっと沈みやがった……」

「すげえ女……」

数と暴力を何度も浴びさせて最後は呪詛(カース)でトドメをさしてようやく倒れたセシルに安堵する戦闘娼婦(バーベラ)達は誰もセシルを非難するようなことはしない。

心から感服するほどセシルは強いと誰もがそう思った。

「お前達、行くよ」

号令を出すアイシャはセシルの高等回復薬(ハイポーション)を数本浴びさせて近くに一通の手紙を置いて立ち去る。

 

 

 

 

 

 

 

「ベル、セシル、アイカ……」

本拠(ホーム)へ帰還したミクロはティックス達を仲間に加えた時に団員達に呼ばれて駆け付けると傷だらけのスウラ達からは【イシュタル・ファミリア】にベルを攫われたという報告を受けた。

更には血塗れとなって倒れているセシルを団員達が連れ帰って今はパルフェの魔法を受けて部屋で休んでいる。

「………」

団員から受け取ったセシルの付近にあったという手紙に目を通す。

『【覇者】、お前の団員は私が預かった。用が終わり次第すぐにそちらに返す。それまで何もするな』

手紙にはそれだけ記されていてミクロは手紙を握りしめて団員達に告げる。

「総員直ちに装備を整えろ。今から一時間後に【イシュタル・ファミリア】に総攻撃を仕掛ける」

『は、はい!』

冷え冷えとした声音で告げられる言葉に団員達は直ちに装備を整え始める。

「おいおい、改宗(コンバージョン)そうそう【イシュタル・ファミリア】と戦争かよ」

【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)したばかりの【イケロス・ファミリア】達は愉快そうに笑みを浮かべていたがミクロが首を横に振る。

「違うぞ、ディックス。これからするのは戦争じゃない―――――――蹂躙だ」

戦争するまでもないと告げるミクロは【イシュタル・ファミリア】の本拠(ホーム)がある歓楽街の方へ視線を向ける。

「俺の家族(ファミリア)に手を出したんだ、楽に死ねると思うなよ」

触れてはいけない逆鱗をイシュタルは触れてしまった。



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New75話

【イシュタル・ファミリア】の本拠(ホーム)女主の神娼殿(べーレド・バビリ)』。

都市南東部に位置する第三区画に存在する本拠(ホーム)にいるアマゾネスは戦闘娼婦(バーベラ)と呼ばれる冒険者でもある。

その戦闘娼婦(バーベラ)達は今は慌てて本拠(ホーム)内を駆け回っている。

「人質を探せ!!本拠(ホーム)内、いや、歓楽街に出る前に捕まえろ!!」

怒声を上げるように戦闘娼婦(バーベラ)達に指示を出す自分も必死に探す。

【覇者】ミクロ・イヤロスの動きを封じるために取っておいた人質であるアイカが気が付けば牢屋から逃げ出していた。

非戦闘員と思い、甘く見ていたのが運の尽きと思わせられるような出来事に戦闘娼婦(バーベラ)達は必死になってアイカを探す。

「クソ……ッ!もし、人質が【覇者】の元に戻っていたら……」

恐怖と焦りで表情が歪む戦闘娼婦(バーベラ)達。

元々人質を取ろうと計画をしたのは自分達の主神であるイシュタルだ。

今日は大事な儀式の日であり、【フレイヤ・ファミリア】を襲撃する日でもある。

その時に万が一に【覇者】が介入してこないように人質を取る計画だった。

ミクロは身内には甘い。

だから人質の身の安全を優先して手出しはしてこないと踏んでいた。

だけど、その人質がいなくなれば攻め込んでくる十分な理由になる。

実力者である【覇者】を筆頭に複数の第一級冒険者がいる【アグライア・ファミリア】。

逆鱗に触れた【覇者】の怒りの矛先は間違いなく【イシュタル・ファミリア】を滅ぼしに来る。

「探せッ!絶対に見つけろ!!」

戦闘娼婦(バーベラ)達は必死になって探しているなかアイカはイシュタルの神室にいた。

「あ、あったあった。これだ」

その神室にあるイシュタルの隠し部屋に潜り込んでアイカは血のように紅い拳大の宝珠を『リトス』に収納する。

「さてと、長いは無用だよね~」

『リトス』に収納できるだけ隠し部屋にある宝を手に入れたアイカはすぐさま姿を消して神室を出て行く。

「セシルちゃん、無事かな~?」

自分が捕まった時は気を失っていたからわからないがどうかセシルが無事であることを祈るアイカは駆け足で女主の神娼殿(べーレド・バビリ)から脱出を試みる。

「それにしても~ミクロ君の魔道具(マジックアイテム)は凄いな~」

アイカはミクロからいくつかの魔道具(マジックアイテム)を『リトス』に収納している。

アイカは非戦闘員だからこそ用心の為にミクロの魔道具(マジックアイテム)を隠し持ってこういう時の為に足手纏いにならないように心がけている。

物を収納する『リトス』で手足の枷を収納して自由の身になると今度は姿を消す『ファントーモ』で姿を消して足にミクロが愛用している影移動を可能とする『スキアー』を使用して影から部屋を出ると近くにいたアマゾネスに強力な暗示をかける『フォボス』でことの詳細を聞くと資料室に足を運んで【イシュタル・ファミリア】の計画を知った。

それは狐人(ルナール)の春姫と『殺生石』を使った儀式。

殺生石に春姫の魂を封じ込めて第三者に『妖術』を与える。

その代償として生贄となった春姫は魂の抜け殻となる。

最悪なことにそれを行われる儀式が満月である今夜。

それを知ったアイカは何となくではあるがベルが助けようとしている娼婦はきっとこの春姫だろうと思った。

確信があったわけではないが、せっかく敵の本拠地にいることからアイカは可愛い(ベル)の為に一肌脱ぐことを決意。

計画の要である殺生石を略奪する。

噂で聞いたイシュタルの隠し部屋を頼りに一度行った事のあるイシュタルの神室に足を運ぶと運がよくそこにはイシュタルの姿はなかった。

そして隠し部屋を見つけて『スキアー』で侵入して例の殺生石とちょっとした悪戯心で収納できる限りのイシュタルの秘蔵収集品(コレクション)を手に入れて逃げる。

「さてと、速く逃げないとね~」

アイカは非戦闘員だが、恩恵は授かっている身だ。

Lv.1ではあるが恩恵を授かっていない人よりも動ける。

更には自分が脱走したことが周囲に知られ、慌てふためて自分を探している。

混乱に生じてアイカは何とかイシュタルの本拠(ホーム)を出て歓楽街を駆け出す。

その時、上空に閃光が迸った。

茜色に染まった空に現れる一つの純白の閃光にアイカは困ったように頬を掻く。

「ミクロ君かな~」

これから起こるである惨劇を予想してしまったアイカは急いでミクロの下へ駆け出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓楽街を取り囲むように【アグライア・ファミリア】は陣を作成を終わらせていた。

『南側。配置完了』

『北側も終わった』

『西も終わりだ』

配置につかせた団員達から眼晶(オルクス)で連絡を受けたミクロは団員全員に告げる。

「総員、敵は【イシュタル・ファミリア】。戦闘娼婦(バーベラ)と歯向かってくる者には容赦するな」

東に位置するミクロは『ヴァルシェー』も掲げて閃光を空へ放つ。

「殲滅しろ」

その一言で【アグライア・ファミリア】は総攻撃を仕掛けた。

都市屈指である大派閥に、先刻もなしに、暴虐的なまでに、理不尽なまでに喧嘩を売ってくる体面も委細気にもせずに進行し、武器を、魔法を、魔剣を、魔道具(マジックアイテム)を、魔武具(マジックウェポン)を振るって戦闘娼婦(バーベラ)達を撃滅していく。

「そらよっ!」

蹴りや体術で次々と戦闘娼婦(バーベラ)達を戦闘不能にしていくリュコス。

「あたしらの仲間に手を出したんだ相応の報いは受けて貰うよ!」

団員を引き連れながらも突貫して戦闘娼婦(バーベラ)達を攻めるリュコス達。

「魔法を放って!」

指揮を執って魔導士達に魔法を放たせるティヒアも矢を放つ。

「ベル、アイカ。無事でいてよ……」

仲間を想い、動くティヒアに付き従う団員達もまた仲間を助けようと進攻する。

「ヒィィィイイイイイイイイイイイッ!」

「た、助けて、同族のよしみで助けてよ!」

悲鳴を上げて命乞いをする戦闘娼婦(バーベラ)達にアルガナとバーチェは容赦なく地面に沈める。

「ミクロは容赦するなと言った。なら、容赦しない」

嗜虐的な笑みを浮かべるアルガナは次の獲物をみつけるべく歓楽街の奥へ進むとバーチェも団員達を引き連れて共に行動する。

「たく、人使いの荒い団長だぜ」

愚痴を溢すディックスを始めとする元【イケロス・ファミリア】達もミクロの命令通りに戦闘娼婦(バーベラ)達を倒していく。

あちこち巻き起こる一方的な戦闘に、非戦闘員の娼婦達は金切り声を上げて逃げ惑った。

戦闘娼婦(バーベラ)達が手足も出ずに蹴散らされていくその光景は戦争ではない。

一方的な蹂躙だ。

広大なオラリオの中で、欲望と姦淫の街が紅く染まっていく。

「【覇者】を潰せ!!」

「あいつを倒せ!!」

【ファミリア】を束ねる団長であるミクロを倒さんとばかりに攻撃を仕掛けてくる戦闘娼婦(バーベラ)達をミクロの代わりにリューが沈めていく。

「リュー、ここの指揮を任せる」

「……ミクロはどうするのです?」

「一足早く宮殿に向かう」

リューにこの場の指揮を任せてミクロは一足早く宮殿に乗り込む。

宮殿にたった一人で乗り込むミクロに戦闘娼婦(バーベラ)達は自暴自棄になったように襲いかかる。

武器を抜いて迫りくる彼女達をミクロは一蹴する。

武器を使用せずに素手で圧倒するミクロは近くにいる戦闘娼婦(バーベラ)の胸ぐらを掴む。

「イシュタルはどこだ?」

淡々と訊ねるミクロに戦闘娼婦(バーベラ)は怯えながら上を指すとミクロは手を離して上を目指す。

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!攻め込んでくるとはいい度胸じゃないかい!?」

哄笑と共にミクロの眼前に姿を現すのはフリュネ・ジャミール。

「………」

無言で歩みを止まらないミクロはまるでフリュネなんか眼中にないかのように突き進む。

それが気に入らなかったフリュネは頭に血が上って大戦斧を高々と振り上げる。

「無視するんじゃないよ!!」

「遅い」

その瞬間、フリュネの右腕は大戦斧もろ共吹き飛んだ。

それだけでは終わらず、ミクロの槍はフリュネの体を一瞬で切り刻んでいく。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?」

眼で追えない程の槍捌きに驚愕に包まれるフリュネはようやく自身の右腕がないことに気が付いた。

「ぎっっ――――ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」

絶叫を上げてあらん限りに仰け反ったフリュネにミクロは拳を作ってフリュネの顔面に拳を叩きつけて殴り飛ばす。

裂傷まみれとなった褐色の肌に潰された鼻。

世界で最も美しいとフリュネが称する巨顔は傷だらけ。

「アッ、アタイのっ、アタイの美しい顔ガあァ~~~~~~~~~~~~ッ!?」

空に向かって咆哮するフリュネの眼球が真っ赤に充血する。濡れた黒髪を肌に張り付かせ猛り狂う巨女は、理性を失いながらミクロに驀進した。

「コノクソガキィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!?」

残された左腕で掴みかかろうとする突進してくるフリュネにミクロは槍を持つ。

「――――――――――――っ」

突貫してくるフリュネの巨体にいくつもの風穴を空いた。

「その程度では死ぬことはない……」

血塗れとなるフリュネを見下す様に冷酷に告げるミクロにフリュネの全身から血の気が引いた。

【覇者】とまで呼ばれたミクロの圧倒的なまでの実力にフリュネの戦意は跡形もなく喪失する。

「ヒッ、ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?ゆっ、許しておくれよォ!?そもそもアタイが何をしたっていうんだァ!?こんなことされる謂われはないよォ!?」

「俺の家族(ファミリア)を傷付けた。それ以上の理由が必要か?」

理由を述べるが泣き叫ぶフリュネには届かない。

「な、何でもするっ、何でもするから助けてくれェ!?そ、そうだっ、体、体で払うよっ、アタイと寝させてやるから見逃しなよォ!?」

ミクロに媚を売るフリュネにミクロはどうでもよさそうにするが媚びるのに必死なフリュネは気付かない。

「アタイ以外に素晴らしい女なんていないよォ!?このカラダにこの美貌、女神も裸足で逃げ出すってモンさぁ!こんなアタイを好き勝手にできるんだ、ほぅら、そそるだろうォ!?」

精神状態が不安定と判断したミクロはイシュタルの情報を聞き出せないと判断して上を向かおうと考えているとフリュネは醜怪な笑みを浮かべた。

「あんたの主神(アグライア)なんて目じゃないさァ!!」

瞬間、空気が激変した。

「………今、なんて言った?」

「あ、ああ………」

「……アグライアを貶したのか?」

背骨が氷に変わったかのように背筋が冷たくなるフリュネはミクロから放たれる濃密な殺意に呑み込まれる。

「止めた」

その言葉と同時に投げナイフがフリュネの右眼に突き刺さる。

「ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!?」

「お前はどうでもよかったけど……ちょうどいい、イシュタルの見せしめとして痛めつけてやる」

「ッ!?や、止めておくれよ!!これ以上酷いことしないでおくれ!!」

命乞いをするフリュネの頬をミクロの拳が食い込んで壁まで殴り飛ばされる。

「アグライアは俺にとっての希望(ひかり)だ。誰だろうとアグライアを貶すことは俺が許さない」

救ってくれた。

世界の美しさを教えてくれた。

未来を与えてくれた。

生きる希望をくれた。

手を差し伸ばしてくれた。

感謝してもしきれない程の恩があるアグライアを貶したフリュネをミクロは許さない。

「……痛めつけるときに最も効果的な方法はなんだかわかるか?」

恐怖に顔を歪めて失禁するフリュネに問いかける。

「答えは相手が嫌がることを徹底的にすることだ」

そう、フリュネが大事にしている顔と体を痛めつける。

「殺さない程度に壊してやる」

それから数秒も経たないうちに宮殿から悲痛な叫び声が放たれる。



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New76話

「まさか二人とも自力で脱出してくるなんてね」

「ミクロ君の魔道具(マジックアイテム)のおかげだよ~」

「僕は春姫さんに助けて貰いました」

無事に宮殿から脱出した二人は進攻していたパルフェ達と無事に合流することができた。

何というか逞しい二人にパルフェ達は苦笑を浮かべるが今は二人の無事に安堵するとパルフェはベルの隣にいる狐人(ルナール)、春姫に視線を向ける。

「ベルを助けてくれてありがとう。春姫ちゃんでいいんだよね?」

「は、はい!サンジョウノ・春姫と申します!」

ペコリと頭を下げて名乗る春姫。

「ちゃんとしたお礼をしたいけど今は状況が状況だから後でもいい?」

「い、いえ、お礼だなんて………私はクラネル様のお役に立てただけで……」

困ったように笑みを浮かべる春姫だけどその瞳は何もかも諦めているように感じた。

「あ、あの……皆さんはどうしてここに……それとこの状況は?」

燃え上がる炎や聞こえてくる悲鳴と絶叫にベルはパルフェに問いかける。

「【イシュタル・ファミリア】はミクロの逆鱗に触れた。ベル達を助ける為に私達は【イシュタル・ファミリア】を襲っているの」

「そ、そんなことをしたら……ッ!?」

「うん、ギルドから重い処分を科せられるだろうね。でも、家族(ファミリア)以上に大切なものはある?」

自分達を助ける為に有無言わずに【イシュタル・ファミリア】を攻め滅ぼしにきたミクロ達にベルは自分の弱さに痛感した。

自分のせいで皆に迷惑をかけてしまったことにベルは悔やむ。

「自分の弱さを悔やむのなら強くなればいいよ。でも、今は休んでて」

「………はい」

パルフェの言葉にベルはただ返答するしかなかった。

自分がもっと強ければこんなことにはならなかったと悔やむ。

「春姫ちゃん、春姫ちゃん」

「は、はい……」

悔やむベルの後ろでアイカが春姫に近づいて声をかけるとアイカはベルの上着を掴む。

「えい」

「っ!?」

「と、殿方のっ、背中~~~~っ!?」

上着を捲ってベルの背中を春姫に見せると春姫はふっと意識を手放してその場で倒れる。

「な、何をするんですか!?アイカさん!!」

「ごめんね~ベル君。でも、これでやっとわかったよ~、この子処女だね」

「え?」

突然上着を捲られて困惑するベルを置いてアイカは納得気味に頷いた。

「反応が初々しいからもしかしてと思ったけど~春姫ちゃんは処女だよ、ベル君」

「で、でもっ、春姫さんは何度も……その男の人を相手したって」

「続きを夢の中でしてるんじゃないかな~?ふふ、女狐だね~」

初々しい反応を見せた春姫にアイカは愉快そうに笑みを浮かべるとパルフェは呆れるように息を吐いた。

ベルは何とも言えない視線を春姫に飛ばす。

「まぁ~取りあえずは儀式も阻止できたし~皆にお任せしようか~」

儀式を阻止する為の殺生石は今はアイカの『リトス』の中に収納されている。

アイカは気を失った春姫を背負ってあることに気付く。

「ベル君、この子、結構胸が大きいよ」

「ど、どうして僕に言うんですか!?」

顔を真っ赤にして叫ぶベルにカラカラと笑うアイカ。

「待ちな」

そんなベル達の前に一人の戦闘娼婦(バーベラ)アイシャが姿を現した。

「ア、アイシャさん……」

アイシャの存在にパルフェ達は一斉に武器を構えるがアイシャから戦意が見受けられない。

「たくっ、アンタのところの団長は恐ろしいよ。あっという間にうちは壊滅状態だ。だけどね、他派閥であるアンタがそいつを連れ出そうとしても易々とまかり通るものじゃないんだよ」

【ファミリア】の血の掟、離反するには代償が伴う。

例え派閥に苦痛を感じていたとしてもだ。

「お前は何でそいつを助けようとする?惚れたのかい?それとも同情ならやめときな、虫唾が走る」

容赦のないその視線はベルの覚悟を問われている。

その眼光に気圧されそうになりながらもベルは負け時に言い返す。

「……春姫さんは娼婦の仕事にとても苦しんでいます」

「だからベル君、この子は処女だよ」

「わ、わかっていますから!今だけは静かにしてください!」

からかいの言葉を投げられて再び顔を真っ赤にして叫ぶベルは咳払いをして改めて覚悟を口にする。

「僕はこの人の英雄になります」

二人が憧れた英雄は破滅を持つ娼婦だろうと見捨てない。

恐ろしい敵が待ち受けていたとしても戦いに行く。

ベルはそんな英雄になって春姫を守ると決めた。

「だから攫ってでもこの人を連れて行きます!!」

儚く笑うことしかできない春姫の為にベルはその一歩を踏み出す。

「ベル!これを使いな!」

「ありがとうございます!」

団員から渡された武器を手にしてベルはアイシャと対峙する。

「いいね、いい眼だ」

大朴刀を右手に銀光を放つ切っ先をベルに向ける。

「ちょっと待った!!」

その時だった。

後ろで見守ってくれる団員達よりも更に後方から聞き覚えのある声が飛んでくる。

そして、一人の少女が姿を現した。

「セシルちゃん……」

「アイカお姉ちゃん……無事でよかった」

大切な(アイカ)の無事に安堵するセシルにパルフェが歩み寄る。

「セシル!貴女はまだ安静にしていないと駄目!」

血の殆どを失って部屋で安静していたセシルはまだ完全に調子が戻っているわけではない。

それでもセシルがここまで駆け付けたのは家族(ファミリア)と再戦の為。

同じ家族(ファミリア)危機(ピンチ)に暢気に寝てはいられない。

敗北のままで諦めるのは尊敬するミクロの弟子としての誇りが許さない。

家族の為にあの時の敗北を晴らす為にセシルはベルを引いて自身が前へ出る。

「私が相手だと不足ですか?」

「いいや、私もアンタと真正面から戦いたかった」

大鎌を。

大朴刀を。

得物を手に持って二人は衝突する。

 

 

 

 

 

 

「ま、まさか………」

自失呆然としバルコニーからしばし動けなかったイシュタルは焦った足取りで宮殿に戻る。

「攻めてきたというのか……?」

動揺に侵されながらイシュタルは思考を必死に働かせる。

【覇者】ミクロ・イヤロスをイシュタルは酷く警戒していた。

カーリーの時に遭遇した時、ミクロは迷いもなく殺神宣言をした。

あれは冗談でもハッタリでもない。

本気で殺すつもりでそう言ったのだ。

アグライアも自分と同じ美の女神でフレイヤほどではないが気に食わなかったのは確かだ。だけど、手を出すほどではない。

周囲の名声もその美を称える男の数も自分の方が上だからだ。

潰す気もなければどうこうする気もない。

だけどミクロは違う。

常識を逸している存在であるミクロは何をするかわからない。

その実力を買ってイシュタルはミクロを勧誘したがミクロは全くそれに応じることはなかった。

身内に甘いことからイシュタルは人質を取る計画を練ってそれに成功した。

フレイヤを引きずり下せば人質は無事に帰すつもりでいた。

少なくともフレイヤを襲撃する間は問題ないと考えていた。

にも拘らず速すぎる進攻にイシュタルは身の危機を感じる。

「見つけた」

ぞくりと背筋に阿寒が生じるイシュタルは振り返るとそこにはミクロが立っていた。

「これは返す」

「ヒィ!」

それを見て悲鳴を上げる戦闘娼婦(バーベラ)と従者達にイシュタルもそれを見て目を見開く。

「フリュネ……?」

何とかフリュネだと理解出来るその姿は恐ろしすぎて眼を逸らしくなるほど壊されている。体の重要な器官を残して辛うじて生きていられている状態だった。

「後はお前達だけだ」

「お、お前達!そいつを殺せっ!!」

団員に命令を下すイシュタルだが、誰もがその命令に従わない。

いや、従えない。

恐怖で足を震わせて腰を抜かし、中には失禁している者もいる。

ミクロの視線が動けば殺すと語られているような気がしてならない。

イシュタルの顔は怖気で歪みながらもミクロに叫ぶ。

「わ、私達神々に手を出せばどうなるのかわかっているのか!?」

神に手を出せば重罪、もしくは死刑だ。

「事故に見せかける殺人などいくらでもある」

だけどミクロはそんなことどうでもいい。

「――――――ッ」

あっさりとそう言い返すミクロにイシュタルは恐怖に縛られる。

目論見は脆く崩れ落ちる。

「ゆ、許してくれ……もう、お前に逆らわないし、仲間にも決して危害を加えない」

「もう遅い」

コツコツと近づいてくるミクロにイシュタルは後退りする。

逃げようとしてもミクロは決して自分を逃しはしない。

絶体絶命のその時にミクロは歩むのを止めると(ホルスター)から眼晶(オルクル)を取り出す。

『――――聞こえるかしら?イシュタル』

「ア、アグライア……」

眼晶(オルクル)に映る声と姿でアグライアだと判明できたイシュタルにアグライアは呆れように息を吐いた。

『私は忠告したはずよ?ミクロを怒らせるなと。その結果がこれよ』

燃え上がる歓楽街。

倒れ伏せる自身の駒達。

「た、助けてくれ……頼む、私はまだフレイヤに一矢報いもしていない………」

『知ってるわよ、貴女がフレイヤを妬んでいることぐらい。でもね、私や私の子供達にはそんなこと関係なかった。貴女が私の子に手を出さない限り私達は何もするつもりはなかったのよ』

最初に仕掛けてきたのはイシュタルだ。

わざわざミクロを警戒して人質を取るのが間違いだった。

『でも、同じ女神として選択する権利はあげるわ。ミクロに殺されて天界へ送還されるか、自らの意思で天界に送還するかを』

「そ、そんなの……ッ!」

変わらないではないか。

『私は後者を勧めるわ。それともミクロが本当に神々(わたしたち)に手を出さないと言い切れるのならそれで構わないわ』

ミクロとアグライアを何度も見返すイシュタルはその選択に応じるしかなかった。

一柱と下界の子供に見詰められながら一柱の神(イシュタル)は天界へ送還する。

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

衝突する大鎌と大朴刀。

「ハハハハ!いいね!最高だよ!アンタが(おんな)なのが惜しいぐらいだ!!」

「それは私が女性としての魅力が欠けているということですか!?」

歓呼するアイシャの言葉に怒声を飛ばすセシル。

ベル達に見守られながらアイシャとセシルは互いの得物をぶつけ合わせて一進一退の攻防を繰り返す。

振り下ろす大朴刀を大鎌で受けてその隙に横から足刀がくるがセシルはそれを受ける。

「セイヤッ!!」

攻撃を受けてもセシルは防御から大朴刀ごと押し返して強引に攻撃に転じる。

「ほんと、驚くほどの耐久力だね……!」

「これぐらいお師匠様の酷烈(スパルタ)で何度も浴びました!」

「……とことん恐ろしいね【覇者】は」

セシルの言葉に若干呆れるがセシルの耐久力は冗談抜きで凄まじい。

「【来たれ、蛮勇の覇者】!」

詠唱を開始した。

それも攻撃、移動、回避、防御を依然遜色なく実行している。

「並行詠唱……それもお師匠様や副団長なみの……ッ!」

歌いながら踊るアイシャの並行詠唱の技量に一驚しながらもセシルは詠唱を止めようと攻撃を繰り出す。

「【雄々しき戦士よ、たくましい豪傑よ、欲深き非道の英傑よ】!」

淀みなく戦闘と詠唱を両立させるアイシャ。

「【女帝の帝帯が欲しくは証明せよ】!」

大鎌の連続攻撃をアイシャには届かないどころかアイシャは守りに入らずに倒しにかかってきている。

「【我が身を満たし我が身を貫き、我が身を殺し証明せよ】!」

このままでは魔法を撃ち込まれる。

刻一刻と詠唱を進む中でセシルは焦りが生まれるがその隙をアイシャが逃すはずなく長脚による蹴撃を受けてしまう。

どうする、とセシルは思考を働かせると不意にあることを思いつく。

「【飢える我が刃はヒッポリュテー】!!」

詠唱を完成させたアイシャにセシルは大きく距離を取って大鎌を大きく振りかぶる。

「【ヘル・カイオス】!!」

叩きつけられた大朴刀から放たれた斬撃波。

水面を切る鮫の背びれのごとく、紅色に染まった斬撃の衝撃波が地面を驀進する。

「【天地廻天(ヴァリティタ)】!」

自身の重力魔法をセシルは大鎌に展開させて斬撃波を迎え撃つ。

「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

セシルは一声と共に紅色の斬撃波を切断した。

「斬撃波を斬った………っ!?」

己の魔法を斬ったセシルにアイシャは憎々しそうに笑みを浮かべる。

セシルの重力魔法は何も重くするだけじゃない。

軽くすることもできる。

なら、重力結界を大鎌に付与させてその結界内に侵入した相手の攻撃の重みを軽くすることもできるかもしれないと思ったセシルは土壇場でそれを思いついて実行した。

攻撃が軽くなったアイシャの魔法(ヘル・カイオス)が切断できたのは単純に大鎌の切れ味が優れていたから。

「ううん、違う……」

だけどそれはセシル自身が否定した。

武器だけではない、今まで自分が積み重ねてきた努力がこの結果を生み出した。

「【駆け翔ベ】!」

「ッ!?」

風を纏い、一瞬で接近するセシルにアイシャの蹴撃が炸裂するがセシルは大鎌を捨ててアイシャの足を掴み拳に風を付与させる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

咆哮を上げて力の限りの風の拳撃を繰り出した。

「ぐうぅッ!?」

腹部に炸裂した一撃にアイシャの体は折れ曲がり、吹き飛ばされる。

宙を舞うアイシャはやがて地の落ちて沈黙するとセシルも力尽きて背中から倒れ崩れる。

「セシルちゃん!?」

駆け寄るアイカはセシルを抱き起すとセシルは笑みを浮かべていた。

「勝ったよ……」

「………おめでとう」

再戦して勝利を掴んだセシルにアイカは賛辞を送る。

こうして【イシュタル・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】との抗争は幕を閉じた。

 



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New77話

【イシュタル・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の抗争から二日後。

歓楽街を支配していた大派閥(イシュタル・ファミリア)の文字通り完全消滅あらゆる者に多大な影響を及ぼした。

冒険者、【ファミリア】、商人、ギルド、神々と例を挙げれば枚挙に暇がない。

死者こそは出なかったが歓楽街の抗争の爪痕は深い。

復旧には時間がかかり、【アグライア・ファミリア】は責任を追及され、罰金はもとより膨大な罰則(ペナルティ)が科せられることになった。

ギルドに召喚されたアグライアはあっさりと承諾し、ミクロは。

「俺の家族(ファミリア)に手を出したら潰す」

比喩ではなく文字通りにそう告げるとアグライアに頭を引っ張たたかれる。

人も神も関係なくこれまで以上の畏怖と恐怖が募る。

そして、主神を失った【イシュタル・ファミリア】の団員達はそれぞれの道を歩もうとしている。

アイシャを始めとする戦闘娼婦(バーベラ)達の殆どは自分達の【ファミリア】を壊滅させた【アグライア・ファミリア】に入った。

『行くところがないなら来い。歓迎する』

どうするかと悩んでいた戦闘娼婦(バーベラ)達にミクロはそれだけを告げた。

【ファミリア】を壊滅させたことに関しての謝るつもりはないが、それはそれとして放っておく理由もミクロにはないがために戦闘娼婦(バーベラ)達に道を示す。

イシュタルに信仰していない者や、強者を好む者、戦闘を楽しむ者達にとって【アグライア・ファミリア】はこれ以上にない環境だった。

誘われたから行こうみたいな感じの者も多い。

そして件の春姫もまた【アグライア・ファミリア】に入団した。

「……イシュタルがフレイヤに勝てると思うわけね」

写した春姫の【ステイタス】をミクロに見せる。

春姫の魔法【ウチデノコヅチ】は階位昇華(レベル・ブースト)

一定時間の間、発動人物の【ランクアップ】。

制限時間内に限りLv.を一段階上昇させ諸能力を激上させる。

反則級の超越魔法(レアマジック)に対してミクロは写した羊皮紙を燃やす。

「この程度の魔法でオッタル達に勝てるわけがない」

春姫の魔法を見たミクロの感想はそれだ。

強力な魔法なのは確かだが、それだけで【フレイヤ・ファミリア】に勝てるほど優しくも甘くもない。

自惚れもいいところだ。

仮に春姫の魔法をミクロに与えてミクロがLv.7になれたとしてもオッタルに勝てるかと言われたら否だ。

その程度で勝てるのなら今のミクロでもオッタルに致命傷は与えられる。

どちらにしろ【イシュタル・ファミリア】が【フレイヤ・ファミリア】に戦争を仕掛けられたとしても敗北は必須。

遅かれ早かれイシュタルは天界に送還される。

窓から中庭を見ると既に団員達と戦闘娼婦(バーベラ)達が馴染み模擬戦を行って、春姫は家政婦(メイド)の恰好でアイカと共に働いている光景が見えた。

「噂通りにやるねぇ、ベル・クラネル」

「……そう簡単に負けるつもりはありません!」

アイシャとベルの模擬戦の隣にはセシルがアルガナとバーチェに虐められていた。

アルガナとバーチェ曰くセシルのことを気に入ったらしい。

中々壊れないセシルを強くしたいらしいが、あれでは一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)だ。

「いやぁぁあああああああああああああああああああっっ!!」

悲鳴が部屋の中にまで聞こえてくるが特に気にしない。

取りあえずは頑張れと心の中で応援する。

「強くなったわね………」

「うん」

二人で始めた【ファミリア】が今となってはここまで成長して大派閥(イシュタル・ファミリア)を壊滅できるほどに強くなった。

今の【ファミリア】の実力なら二大派閥である【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】とそんなに遜色もないだろう。

「ここまで来れたのも全部貴方のおかげよ、ミクロ」

ミクロ達が頑張ってきたおかげでここまで来ることが出来たアグライアはミクロの頭を撫でるとミクロは首を横に振る。

「アグライアがいなかったら始まってすらいない。アグライアのおかげで俺はこうして家族(ファミリア)を作ることが出来た」

路地裏で出会ったあの時にアグライアに救ってくれたおかげでこうしていられる。

家族(ファミリア)と共に暮らせれる様になれた。

「ありがとう、アグライア」

「こちらこそありがとう、ミクロ」

礼を述べあう二人。

ミクロはアグライアから離れて部屋を出て行く。

「………だから守る。相手が誰であろうと」

神室の前で小さく呟いたミクロは通路を歩いて行き、本拠(ホーム)を出る。

人造迷宮(クノッソス)でリューが破壊の使者(ブレイクカード)の一人を倒してくれたおかげで残りはへレスを入れて四人。

だけど、破壊の使者(ブレイクカード)闇派閥(イヴィルス)と関わっている以上、そう簡単に倒せられる相手ではない。

まず人造迷宮(クノッソス)が厄介だがそこはディックスがこちらにいる以上それはそう難しくはない。

ディックス自身も血の呪縛から解放されて晴々しい表情をし、ミクロの指示には従う。

人造迷宮(クノッソス)を壊そうとどうしようと未練もないらしい。

ディックスの部下であるグラン達も自分達よりも実力が上であるミクロの言葉に従う。

攻めようと思えば攻めれるが闇派閥(イヴィルス)もディックスがこちらにいることは既に把握しているだろう。

なら、それ相応の対策が練られていてもおかしくはない。

備えておかなければ痛手を負うのはこちらだ。

「アイズ達、大丈夫かな……?」

【ロキ・ファミリア】は人造迷宮(クノッソス)で死者を出してしまった。

レヴィスとの交戦の際に創世魔法を人造迷宮(クノッソス)の破壊に使わなければと後悔する自分がそこにいる。

適当に歩きながらミクロはこれからの事について考えていると近くから聞き覚えのある声が聞こえた。

大通りから外れた裏道一角、壁に釣り下がる真っ赤な蜂の看板をした酒場『焔蜂亭』。

真っ赤な蜂蜜酒が名物のこの酒場はミクロの奢りでよく団員達と飲んでいる。

特にリュコスはこの酒場によく足を運んでいるを知っているミクロは土産に買って行こうと思い、中に入ると。

「上等じゃないかかい!表へ出な、【凶狼(ヴァナルガンド)】!」

「ハッ、面白れぇ!蹴り殺してやるよ!!」

怒気を露にするリュコスと獰猛な笑みを浮かべているベートがまさに一触即発状態。

ベートのすぐ近くにはアイズがどうしようかとオロオロとしていた。

囃し立てる酒場の客の声援が爆せ、二人は同時に駆けて蹴撃を放つ。

「そこまで」

「チッ……ッ」

「ミクロ……ッ!」

しかし、二人の間に入ったミクロが二人の攻撃を止めに入った。

【覇者】と恐れられているミクロの登場に酒場の熱が冷めていく。

「邪魔だよ、ミクロ!あたしはそいつをぶっ飛ばさないと気が済まないんだよ!!」

「邪魔すんじゃねえ!これは俺とこの(アマ)の喧嘩だ!!」

仲裁に入ったミクロに怒鳴る二人にミクロは拳を作って二人を強制的に床に沈める。

拳骨を食らった二人は床に倒れるとミクロは二人を見下ろしながら言う。

「第一級冒険者同士で喧嘩したらこの酒場にまで被害が出る。喧嘩ならダンジョン、もしくは外でしろ」

勿論二人もそれは知っているだろうが口から漂う酒の匂いで酔っていることはすぐに分かったミクロは二人を落ち着かせる為に床に沈めた。

あのまま下手に暴れたらどれだけの被害が出るかわからないからだ。

「ダンジョンまで我慢できないのなら俺が相手をするけどどうする?」

打撃に強いミクロと二人では相性は最悪。

下手をすればこちらの手足が悲鳴を上げてしまう。

「………わかったよ」

「……………興醒めだ」

起き上がる二人にリュコスは観念するようにミクロの言葉に従うがベートは白けたかのように酒場を出て行こうとする。

「ベート」

「あぁ?」

出て行こうとするベートにミクロは声をかける。

「酒代払えよ?」

飲んだかどうかは知らないが、と言うミクロにベートは長台(カウンター)店主(ドワーフ)に小袋を投げ込んで今度こそ出て行く。

出て行くベートを追いかけようとするアイズの腕をミクロは掴む。

「今のベートを追いかけるのはベートの為じゃない」

「………」

ミクロの言葉に足を止めるアイズはミクロに尋ねる。

「……ミクロはどうしてベートさんが人を見下しているかわかる?」

「………派閥が違うし、付き合いも短い俺に聞かれても答えられない」

ごもっともだ。

ミクロは【ロキ・ファミリア】じゃない上に付き合いもアイズよりも短い。

それで知っているかと訊かれても答えられるわけがない。

「だけど、ベートが優しい奴なのは知ってる」

「優しい………?」

人を見下し、暴言を吐いて傷つけるベートを優しい人と言われてもアイズはしっくりこなかった。

「アイズ、ベートを信じてやれ。俺が言えるのはこれぐらいだ」

ミクロはそれだけをアイズに告げてリュコスと共に酒場を去って行く。



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New78話

「あのクソ野郎がッ!!」

『焔蜂亭』の件からリュコスの怒りは酒と共に発散させていた。

本拠(ホーム)の自室で買ってきた酒を飲み干しながら愚痴を酒に付き合わせているミクロにぶつける。

「何が雑魚だよ!ふざけやがって……あたしらがどれだけ努力しているかも知りもしないで……ッ!」

瓶ごと酒を一気飲みするリュコスにミクロはグラスに酒を注いで静かにリュコスの愚痴に耳を傾ける。

【イシュタル・ファミリア】との抗争が終わり、落ち着き出した時間を利用してリュコスは一人で酒を飲みに行っていたがそこでベートが周囲の客ほと雑魚だの、腰抜けなど暴言を吐き捨てた。

強くなる為に努力を重ねてきているリュコスにとってベートの発言は決して無視できるものではなかった。

「いつか蹴り飛ばしてやる……ッ!」

酒に酔い、愚痴り溢すリュコスはいつかはベートを蹴り飛ばすことを決意する。

Lv.5であるリュコスがLv.6であるベートを蹴り飛ばすのは難しいだろうなと思いつつミクロはグラスに酒を注いでリュコスの手前に置く。

「……そういやあんたは何で【剣姫】にあんなことを言ったんだい?」

「あんなこと?」

「あのクソ野郎が優しいわけないだろう……」

酒場から去って行くベートを追いかけようとするアイズを止めてミクロはそう言った。

その言葉の意味がリュコスもわからなかった。

いや、理解すらできない。

同じ狼人(ウェアウルフ)として遠征を共にした仲としてそれなりにベートの噂は耳にしている。

ベートは冒険者の中で屈指の嫌われ者だ。

その理由が弱者を見下し、罵詈暴言を吐き捨てる。

絶対的な弱肉強食に基づき、過度ほどの実力主義者がベートだ。

衝突も多いベートをミクロは優しいと言った。

「リュコスはベートの事どう思う?」

「いけ好かないクソ野郎」

即答だった。

「俺はそうは思わない。ベートが本当に弱者を嫌い、鬱陶しいとさえ思っているのならどうして無視しない?無関心でいればその分自分が強くなることが出来るにも拘らずベートはそれをしない」

本当にベートが雑魚を嫌っているのなら無視すればいい。

死のうがどうしようが関係ない。

その分を自分が強くなる方に当てた方が効率的だ。にも関わらずにベートは決して雑魚に絡むのを止めない。

嘲笑い、罵倒して、侮蔑する。

遠征でもベートは一度でもそれをしなかったところをミクロは見ていない。

「ベートの言う『雑魚』は『雑魚』じゃない。俺はそう思う」

「………」

「確かにベートは口が悪いし、言動は相手を傷つける。だけど、間違ったことは言っていない。そいつの悪いところを指摘できるのはそいつをしっかりと見ている証拠だ。だけど、多分それだけじゃない。ベートは許せないんだ、自分が」

「はぁ?自分が許せないってどういうことだい?」

ミクロの言葉に怪訝するリュコスにミクロは頷いて自身の推測を語る。

「ベートは罵詈暴言を放つ時に苛立ちとは別に瞳から深い悲しみが見えた」

シャルロットを亡くした時の自分自身のように。

アリーゼ達を失ったリューのように。

ベートは自分にとっての大切な人を失ったのではないかと推測した。

正しいかどうかはわからないが、それ以外に思いつかなかった。

「ベートはきっと変わって欲しいんだ。自分の言う『雑魚』が強者に変わって欲しいからベートは弱者を突き放そうとする」

あくまで推測だけど、と付け加えるミクロの言葉にリュコスはグラスに注がれている酒を飲み干す。

「……不器用すぎんだろう、それ」

「リュコスも最初はそんな感じだった」

「………忘れたね、そんなこと」

ミクロの言葉にそっぽを向いて誤魔化す。

出会った頃のリュコスもそれはもう不器用だった。

「というよりどうしたあんたはそんなにあいつのことを理解してんだい?他派閥だろう?」

「ベートは俺にとって唯一の男友達だから」

「―――ぶっ!?」

思わず酒を噴き出したリュコスにミクロはどうして噴き出したのかわからずに首を傾げる。

年齢が近く、同じLv.6で親しい男はベートしかいなかった。

他派閥だろうとミクロにとってベートは大切な友達。

だからこそ友達(ベート)のことを理解しなければいけない。

「……たくっあんたは本当に者好きだよ」

かつては自分をしつこく勧誘してきた時の事を思い出しながらグラスに酒を注ぐ。

天然か、ワザとか。

前者なら質が悪いと内心で愚痴を溢す。

しかし、いやだからこそミクロの下にいるのだろうと納得している自分がいる。

厄介な奴に目を付けられたものだ、と若干ベートに同情した。

「で、あんたはどうするんだい?」

それだけベートのことを理解しているのならこんなところで暢気に酒を飲んでいていいのかと問いかけるリュコスにミクロはどうもしないと答えた。

「無理に干渉する必要はない、少なくとも今はまだ」

「そうかい」

ミクロの言葉に納得しグラスを置くリュコス。

こいつには本当に敵わない。いや、そうでなくてはたった数年で【ファミリア】をここまで大きく、強くさせることは出来なっただろう。

「愚痴を聞いてすっきりしたよ、もうあたしは平気さ」

「わかった」

「まぁ、あんたに関する愚痴はよく聞くからお相子だね」

「?」

意味深の言葉に訝しむミクロ。

主にティヒアのミクロに関する愚痴を聞いている方のだった為にたまには言う方も悪くないと思いつつリュコスはそうぼやいた。

「お休み」

「はいよ」

部屋から出て行くミクロは自室に戻ろうと通路を歩いて行くとミクロの前にアイシャが姿を現した。

「団長、レナの奴を見なかったかい?」

「いや、見てない」

「あいつ……また『隠れ家』に行ったのか。団長、悪いが明日は暇を貰うよ」

「わかった。でも、単独行動は控えろ」

「あいよ、何人か連れて行くよ」

要件だけを告げて離れていくアイシャ。

アイシャが言っていたレナはアイシャ達と同じ【イシュタル・ファミリア】から【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)した戦闘娼婦(バーベラ)の一人。

面倒見のいいアイシャは戦闘娼婦(バーベラ)達のまとめ役を担ってる。

短期間でこの【ファミリア】に馴染めたのもアイシャが上手いこと戦闘娼婦(バーベラ)達を誘導してくれたのが大きい。

そろそろ【ファミリア】の部隊編成を作った方が良いかなと頭の片隅に入れておく。

「あ、団長様」

「春姫か」

家政婦(メイド)服姿の春姫に声をかけられて歩むのを止めるミクロに春姫は深々と頭を下げた。

「遅くなりましたが私をこの【ファミリア】に迎えてくださりありがとうございます」

「気にするな、ベルの頼みでもある」

春姫がここにいるのはベルの頼みが大きい。

ミクロはベルの頼みに応えただけの為に気にされる必要はなかった。

ベルの頼みがなければミクロは同じ極東出身である【タケミカヅチ・ファミリア】に春姫を渡そうと考えていた。

「仕事は覚えたか?」

「は、はい。アイカ様がとてもよくしてくれますので」

アイカ同様に非戦闘員の家政婦(メイド)として働いている春姫の表情はとても楽しげだった。

アイカから春姫に関することは大体は聞いている。

殺生石のこともイシュタルが行おうとした儀式のことも知っているミクロは殺生石を破壊して春姫を家政婦(メイド)として雇い匿うことにした。

万が一に春姫の存在を知らさせない為にそれが一番だった。

ミクロにとって春姫の魔法は強力程度で脅威とは思ってはいないが悪用する輩も存在していることも確かだ。

「わかった。春姫も今日はもう休め」

「はい、お休みなさいませ」

もう一度頭を下げて離れていく春姫にミクロも自室に戻る。

「明日はフィン達に会わないと……」

人造迷宮(クノッソス)闇派閥(イヴィルス)に関する情報交換をする為の会合があるミクロはその事を頭に入れて眠りについた。

 



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New79話

北西のメインストリート、冒険者通りの路地にある人気のない酒場でミクロはフィンと会っていた。

「……すまない、ミクロ・イヤロス。君の言葉を信じて行動していれば」

対面するフィンは重い表情を浮かべてミクロに謝罪の言葉を述べた。

ミクロはフィンに油断するなと忠告したにも関わらずに自身の慢心のせいで犠牲者を出してしまった。

「それはもういい。それよりも今後の事についてだ」

重い表情をするフィンの心情を察してミクロは話題を切り替えて話を進める。

「ああ、そうだね。まずは互いに情報を交換をしよう」

互いに闇派閥(イヴィルス)に関する新たな情報を交換し合う二人。

互いに得た情報を交換し合うことでより鮮明に詳細に得た情報を確かにしていく。

「……ディックス・ペルディクスの先祖があの迷宮を築いていたのか」

あれほどの迷宮の真実を知ったフィンの表情は一層に強張る。

千年前から作り上げてきた人造迷宮(クノッソス)の秘密を知ったフィンは一度瞑目して静かに息を吐いた。

「これが人造迷宮(クノッソス)にある最硬金属(オリハルコン)の扉を開ける鍵だ」

赤い球体の魔道具(マジックアイテム)、正式名称は『ダイダロス・オーブ』。

最硬金属(オリハルコン)の扉を開閉できる唯一の鍵。

その鍵とダイダロスの系譜であるディックスがいるミクロ達はいつでも人造迷宮(クノッソス)を攻め入る準備は出来ている。

だけど、問題はある。

まず鍵は複数存在している。

ミクロ達が手に持つ鍵では全ての扉を自由に開閉できない。

闇派閥(イヴィルス)もディックスが既にミクロ達側にいることは承知しているだろう。

なら、まずはディックスを始末するはずだ。

そうすることで再び自身の優位性を取り戻そうとする。

だけどディックスは勘が鋭く、頭も切れる。

Lv.5の実力を持ち、万が一の為も備えてグラン達と共に行動している。

そう簡単にはディックス達を始末することは出来ない。

ミクロは現在問題である鍵の複製を行っている。

数を揃えて人造迷宮(クノッソス)に向かう準備と闇派閥(イヴィルス)と戦う為の戦力を揃えている。

「………ミクロ・イヤロス。君には何度も助けられてきた恩がある。その上で厚かましいことも恥知らずということも承知で頼む。その鍵を僕達に譲って欲しい」

『ダイダロス・オーブ』を譲って欲しいと大胆にも懇願する。

「仲間を殺された敵を取る為にも僕達に必要なのはその鍵だ」

その声音はいつにない語気の強さがあった。

細められているフィンの碧眼は自責と後悔以上に、再戦の念に燃えている。

「断る。少なくとも今のフィンにこれは渡せない」

だけどミクロは断った。

「昨日、ベートとアイズに会った。ベートが死んだ仲間に何か言って内輪揉めでも始めたのか?」

「………ああ」

ミクロの言葉を肯定するフィンにミクロの言葉は続いた。

「それならフィン、ベートを俺の【ファミリア】にくれ」

「!?」

あまりの唐突の勧誘行為にフィンは一驚されながらもその意図を尋ねる。

「いきなりだね、理由を聞いてもいいかい?」

「俺はベートの事を友達だと思ってる。友達(ベート)のことを俺はそれなりに理解しているし、しようと思ってる。だから【ロキ・ファミリア】がベートの事を嫌っているのなら俺が貰う」

あっさり過ぎるほど納得のいく言葉に瞳を細めるフィン。

なるほど、ミクロらしいとさえ感心すら抱いた。

「今の【アグライア・ファミリア】ならフィンやオッタルのところと大して遜色もない。俺を含めて多くの第一級冒険者だっている。強さを求めるベートにとっても問題ない環境だと自負している」

「……」

【アグライア・ファミリア】が結成されて五年と少し。

ミクロの言葉通り今の【アグライア・ファミリア】は二大派閥と呼ばれている自分達や【フレイヤ・ファミリア】と大して変わりはない。

そして、たった五年でここまで【ファミリア】を大きくできたのは目の前にいるミクロの実力があってこそだ。

多くの冒険者達を束ね、最近では自分達で壊滅させた多くの戦闘娼婦(バーベラ)達も迎え入れた。

【ファミリア】の実力を考慮しても少なくとも戦いたくない【ファミリア】だとフィン自身も思っている。

もし、戦争となれば少なくとも敗北するという可能性も十分にある。

闇派閥(イヴィルス)を潰すにはこちらも多くの実力者が必要だ。Lv.6であるベート程の実力者が来てくれれば心強い」

ミクロの瞳から力強い意志が見受けられる。

本気でベートを手に入れようと考えているだろうが。

「駄目だ。ベートは僕達の大切な仲間だ。ほいそれと渡すことはできないさ」

やんわりとフィンは断った。

渡すわけにも戦う訳にもいかない。

今の関係を続けなければ今後に支障が出てしまう。

見据える目の前のミクロにフィンは悟っている。

ミクロ・イヤロスは強い、だけどそれは決して個人の実力だけではない。

ミクロの背中を見てそれに応えようと団員達は奮闘して決意と強さを促す。

(間違いない……彼は『英雄』だ)

そうでなければここまで【ファミリア】を強くすることは出来ない。

『英雄』であるミクロに導かれて誰もがそんなミクロの背中について行く。

少なくとも【勇者(ブレイバー)】と呼ばれている自分以上に。

「……ミクロ・イヤロス。君はどうして闇派閥(イヴィルス)を潰そうと動いているんだい?そこに【シヴァ・ファミリア】が関わっているだけではないだろう?」

【アグライア・ファミリア】が結成されたのは約五年前。

『暗黒期』とまで呼ばれたオラリオに終止符が打たれた頃に結成された【ファミリア】に闇派閥(イヴィルス)とどういう関わり合いがあるのかわからない。

問いかけるフィンの問いにミクロは口を開いた。

「リューの為だ」

「【疾風】……?」

「リューは元【アストレア・ファミリア】の団員だ」

「そういうことか………」

ミクロの言葉にフィンは納得した。

【アストレア・ファミリア】、かつては神アストレアの派閥でオラリオの秩序安寧に尽力を尽くして闇派閥(イヴィルス)によって葬られた【ファミリア】。

「俺の問題もある。だけど、それ以上に俺はアリーゼ達を殺し、リューを復讐に走らせた闇派閥(イヴィルス)が許せない。アリーゼ達の為に、リューに幸せになって貰う為に俺は闇派閥(イヴィルス)を潰す」

どうしようもない餓鬼だった自分に様々なことを教えてくれたアリーゼ達。

そんなアリーゼ達を殺し、優しいリューを復讐に走らせた闇派閥(イヴィルス)がミクロは許せない。

アリーゼ達の敵を討っても何かが変わると言う訳ではない。

それでもこれ以上アリーゼ達のような犠牲者やリューのような人を生み出さない為にミクロは闇派閥(イヴィルス)を潰すことを決意した。

このことはリューはもちろん主神であるアグライアも知らない。

言ったらきっと怒られる。

「フィン、俺は本気でベートを家族(ファミリア)に迎え入れようと考えている。内輪揉めを早く解決させた方が良い」

「………ああ、善処するよ」

ミクロの真意に気付いたフィンは苦笑交えて頷く。

本気でベートを勧誘するつもりだけど今はしない。

これ以上内輪揉めを続けると言うのならベートを勧誘すると言外に告げるミクロの気遣いに感謝と本気でベートを勧誘しようとするミクロの積極性に不安が生じる。

帰ったらまずはラウル達の説得から始めないと、と思考を働かせるフィンにミクロは(ホルスター)から眼晶(オルクル)を取り出す。

「リュー、どうした?」

『大変です、ミクロ!都市中のアマゾネスが襲撃を受けてます!』

「「っ!?」」

眼晶(オルクル)から発せられた声に二人は一驚してミクロはすぐにリューに指示を出す。

「第一級冒険者達は個々で襲撃者を撃退!残りは固まって迎撃しろ!怪我をした者はパルフェのところへ行け!他に異常があれば俺に報告!」

『わかりました!』

「フィン」

「ああ、僕達も急ごう!」

突然の襲撃に冷静に指示を仰ぐと同時に二人は外へ駆け出して個別で動き出す。

ミクロは屋根上に登って『ヴェロス』を展開して屋根上から黒い装束を纏った暗殺者(アサシン)達を射抜く。

闇派閥(イヴィルス)に雇われた暗殺者(アサシン)か」

屋根上から確認できた暗殺者(アサシン)にミクロはすぐに判断できた。

殺戮を司る女神のもと汚れ仕事を引き受ける犯罪組織(ファミリア)は高額の金と引き換えに命を刈り取る。

闇の者達の手には不治の呪道具(カースウェポン)が握られてはいるがミクロは自分の【ファミリア】に対してそこまで心配はしてはいない。

敵の能力(ステイタス)はオラリオの冒険者と比べれば総じて低く最も高い者でもLv.3だ。

狙いは戦闘娼婦(バーベラ)達のようだが、アイシャ達には集団で行動するように事前に告げている。

そう簡単に殺されるような実力者でもないアイシャ達に万が一に呪いを受けたとしてもミクロは対呪詛(カース)用の秘薬を作っているし、パルフェの魔法もある。

それでも駄目なら自分の創世魔法でどうにでもなる。

リュー達も行動しているし、ここから狙撃していけば暗殺者(アサシン)の行動を阻害することも出来る。

「―――――っ」

そこでミクロは不意に昨日のアイシャの言葉を思い出した。

「レナ―――」

隠れ家にいると言っていた団員のレナはもし一人で行動しているとしたら。

ミクロはアイシャが言っていた隠れ家がどこにあるのかわからない。

だが、見当はつく。

レナは元戦闘娼婦(バーベラ)、なら歓楽街方面にその隠れ家がある可能性が高い。

まだそこにレナがいるとはわからないが今はその可能性に賭けるしかない。

「【駆け翔べ】」

そこからミクロの行動は速かった。

風を纏って急いで歓楽街方面に駆け出すミクロは急いでレナを探し出す。

するとミクロは地面に倒れている暗殺者(アサシン)を見つけてそれの先に視線を向けると広場の一角にレナを見つけた。

「いた」

暗殺者(アサシン)達に囲まれているレナを見つけたミクロはレナの前に着地する。

「団長……」

「後は任せろ」

一言告げてミクロは暗殺者(アサシン)達を一蹴する。

「うわつよ……」

自分が苦労した相手を一蹴したミクロの強さにレナは呆れ驚くがミクロは気にせずにレナの傷具合を確認する。

「致命傷はないが、本拠(ホーム)まで耐えれるか?」

「団長、お願い……ベート・ローガを助けてあげて………」

「ベート?」

どうしてここでベートが出てくるのか怪訝するとベートが広場に姿を現した。

「ミクロ………」

どうしてここにと言わんばかりな表情を浮かべるベートには切り傷が多く、右肩には裂傷があった。

「ベート・ローガ!よかった、無事だったんだ!私も運よく団長に助けて貰ったんだよ!」

ベートの無事に声を弾ませるレナはベートに近づくとベートはレナを力づくでどかせてミクロの胸ぐらを掴む。

「………」

「ベート・ローガ!どうしたの!?どうして怒ってるの!?ほら、私は平気だから怒らないであげて!」

表情を歪ませて怒りで毛が逆立つベートを宥めようと声をかけるレナだがまるで効果がない。

「何故………ッ」

言葉を遮ってベートは乱暴にミクロを投げて解放するとどこかに去ろうとする。

「ベート・ローガ……」

「雑魚が俺に近づくな」

殺意を込めた言葉で一蹴するベートはレナが追いつけない速さでどこかに消えていった。

「………………」

何故、お前は助けられる。

悲嘆にくれた顔で声でベートはミクロにそう言っていた。

 

 



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New80話

暗殺者(アサシン)達の襲撃後、ミクロ達は一度本拠(ホーム)に戻って負傷したレナ達を治療していく。

幸いにも【アグライア・ファミリア】に死者は出ず、呪道具(カースウェポン)で受けた傷もパルフェとミクロの二人で解呪して傷を治したために大事に至ることはなかった。

襲撃者達の正体はあの大陸の闇、犯罪組織(セクメト・ファミリア)と断定されてミクロは執務室にレナを呼び出した。

「なるほど、ベートはこれを探してたのか」

手に持つ『ダイダロス・オーブ』をイシュタルが持っていた可能性があり、【ロキ・ファミリア】はそれを探していた。

ベートもレナからその情報を聞き歓楽街の方に足を運んでいたところで暗殺者(アサシン)の襲撃を受けた。

「ベート・ローガ………」

雨が降り続ける外を見つめながらベートの名を口にするレナ。

愛する人が自分のせいで傷付き、心配するレナにミクロは口を開く。

「ベートは強い。そう簡単に倒れるような奴じゃない」

そんなレナに励ましの言葉を投げるミクロは本気でベートを勧誘しようか悩んだ。

他派閥との結婚は難しい。

その二人の間にできた子供がどちらの【ファミリア】に所属するのかわからなくなる。

だから大抵は同じ【ファミリア】内や無所属(フリー)の異性と結婚する。

ベートは【ロキ・ファミリア】。

レナは【アグライア・ファミリア】。

もし結婚して子供を成すというのならどちらかが【ファミリア】から去らないといけない。

だが、ミクロはレナを、いやレナだけでなくとも一度家族(ファミリア)となった者を手放すつもりがない為、ベートがくるしかない。

「でも……」

それはこれからの話で今はそれどころじゃない。

フィンが【ロキ・ファミリア】総動員させて人造迷宮(クノッソス)と繋がる箇所に陣を張っている。

これにより地上に出てきた闇派閥(イヴィルス)暗殺者(アサシン)達は人造迷宮(クノッソス)に戻ることは出来ない。

ベートもそれに察しているだろう。

だからこそベートは動く。

のこのこと地上に姿を現した闇派閥(イヴィルス)暗殺者(アサシン)達を葬る為にベートは行動するとミクロは確信している。

フィンもそしてフィンから聞いた闇派閥(イヴィルス)の幹部【殺帝(アラクニア)】の二つ名を持つヴァレッタ・グレーデもそう考えているはずだ。

報復する為に牙を剥き出すベートは紛れもない強者だ。

だけど来ると分かっている敵に何の対応策も持っていないほど闇派閥(イヴィルス)は甘くはないだろう。

最悪の場合も想定しなければならないが、ミクロはそれは御免蒙る。

ここでベートを死なせるつもりもアイズ達と仲違いのままで終わらせるつもりはない。

椅子から立ち上がったミクロはレナに告げる。

「レナ、フィン達に言伝を頼む」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

止まらない雨の中、ベートは街路を歩いていた。

先程会ったロキから回復薬(ポーション)と食糧を渡されて闇派閥(イヴィルス)に報復を仕掛けようと行動しているとその足は不意に止まった。

「……何の用だ、ミクロ」

ベート同様にずぶ濡れとなっているミクロはまるでベートの向かう道のりを通さんと言わんばかりに立ち塞がっていた。

「レナの傷は完治した」

「ハッ、わざわざそんなことを言う為に俺を探したってのかよ。ご苦労なこった」

嘲笑い、吐き捨てるように言葉を放つ。

「手伝おうか?」

「あぁ?」

「お前がこれからしようとしている事を」

「手を出すんじゃねぇ。手を出したらてめえでも殺す」

苛立ちと殺意を剥き出すベートだが、ミクロの表情は変わらない。

「無理。ベートに俺は殺せない」

表情を変えずミクロはベートに告げる。

「ベートは俺より弱い。そして弱い奴に殺されるほど俺は弱くない」

「………ッ!」

ミクロの言葉に一層に怒りと殺意が膨れ上がるベートに近づいてミクロはベートに手を差しだす。

「【アグライア・ファミリア】に来い、ベート」

怒りで表情を歪ませているベートにミクロは唐突に勧誘した。

「………ハッ、寝言は寝て言え」

突拍子もないミクロの言葉に怒りが霧散したベートはミクロの横を通り過ぎる。

ミクロのその眼が、言葉が真剣だった。

本気で自分を迎え入れようとしていたからこそベートは突き放した。

強さと弱さを履き違えないミクロとそのミクロに応えようと強くなろうとしている【アグライア・ファミリア】の団員達。

出会いが違えばもしかしたらという考えもベートには会った。

「報復をしてもお前の傷は癒えることはない」

その言葉にベートは動くのを止めた。

「ベートは言ったよな?何故、お前は助けられるって。それは助けられなかった奴が言う台詞だ。ベート、お前は弱者を放っておけないから傷つけ、遠ざけようとする。死なせたくがない為に強くさせようとする」

そうでなければベートの言動に納得ができない。

罵って、嗤って、傷つけて弱者を戦いの場から遠ざけようとする。

弱者の咆哮を上げられるほどの気概を持たない者は無為に屍を積み上げる。

59階層の遠征の際に目撃した冒険者ベル・クラネル。

涙を流し、立ち上がって『弱者』から脱却し、自分より遥かに強大な相手にベルは吠え、勝利を掴み取った。

「お前を苦しめているのはお前が言う弱者だ。違うか?ベート」

「………」

その問いにベートは答えない。

だけどミクロは言葉を続けた。

「誰もが強者にはなれない。それはきっとお前も理解はしているはずだ。それでもお前が弱者を嘲笑い、侮蔑するのは大切な人を守れなかった自分自身を思い出すからじゃないか?だからお前は強くなろうとする。弱い自分を捨てる為に」

「わかった風に口を聞いてるんじゃねぇ!!」

ベートの喉から怒号が放った。

「何様のつもりだ!人の事をペラペラと言いやがって!胸糞悪ぃんだよ!!」

感情を爆発させて、怒りの形相を作りベートは叫ぶとミクロは自身の事を告げる。

「……お前の過去に何があったのかは知らない。だけど、お前の気持ちは俺もよくわかる。俺も大切な人を………母さんを助けられなかったときは自身の弱さを恨んだ」

ベル達に気を囚われていなければ、もっと母親(シャルロット)のことを理解していればとミクロは今でもそう考え後悔する。

もっと強ければ助けられたかもしれない。

もっとシャルロットのことを理解入ていれば止められていたかもしれない。

そう考え後悔するミクロの胸には確かな傷が存在している。

ミクロは『リトス』から長槍を取り出してその矛先をベートに向ける。

「………何のつもりだ?」

「これ以上の話をしても意味がない。だから戦おう、ここから先は強者のみが許された戦場だ」

容赦なく降り注ぐ雨の中で今の状況も考えずにミクロはベートに戦いを申し込んだ。

「……上等だ」

バッグを捨てて構えるベートは不謹慎ながらも笑っていた。

ミクロがベートを強者と認め、勝負を挑んできた。

震えるほどの怒りを覚えながらもそれ以上に歓喜する。

「俺はお前の全力を受け止めてその上で倒す。だから全力で来い、【凶狼(ヴァナルガンド)】」

「うるせぇ」

ミクロの言葉を一蹴して構える二人は同時に駆けた。

「がぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

雄叫びを上げて蹴撃を放つベートの攻撃を無視して損傷(ダメージ)覚悟で長槍を突き放すミクロ。

ミクロの耐久力なら例えLv.6の蹴撃でも耐えて相手に傷を負わせることが出来る。

「ッ!?」

だが、ミクロはその考えを瞬時に捨てて回避行動を取った。

しかし、その回避した先でベートの蹴撃がミクロに側頭部に直撃し、ミクロは蹴り飛ばされるがすぐに起き上がり今のベートを見て納得した。

「『獣化』か………」

限られた獣人に確認されている現象であり、その獣性と力が解放された獣人は身体能力が上昇する。

ミクロは初めの蹴撃は危険と判断して回避したが獣化したベートに速力は完全にミクロを上回り、回避行動を取ったミクロを蹴り飛ばした。

つまりミクロは一つ動いている間にベートは二回動くことが出来る。

なるほどと納得するミクロは眼帯を取り外して『E』と刻まれている魔道具(マジックアイテム)『シリーズ・クローズ』を開眼する。

そしてもう一つ『レイ』を発動させて自身に電撃を迸らせて身体能力を強制的に引き上げた。

瞬時に姿を消した二人は長槍とメタルブーツが衝突する音だけが周囲を響かせる。

「チッ!」

舌打をかますベートはミクロの長槍に酷く警戒する。

あれはやばいと本能で告げているベートはそれでも攻撃の手を緩めることはしない。

「ベート、お前は本当に強い。だけどそこまで強くなる為にお前はどこまで自分を傷つける?」

「うるせぇ!!」

返答は膝蹴りで返すベートにミクロは槍で槍で防御。

ベートの『傷』は大切な人を失う度に増えていき、流れ出る血を代償に力を得てきた。

傷だらけの狼。

それが弱者を捨てた強者(ベート)の正体。

「自分と他者の弱さを許せない。だからお前は弱者に吠え、強者に喰らいかかる。自他共に傷つけながら」

「ごちゃごちゃうるせぇって言ってんだよ!!」

戦いながら言葉を交るミクロにベートは吠えかかる。

ベートは傷つけることしかできない。吠えることしかできない。

ベートは遠ざけることしかできない。訴えることしかできない。

ベートは弱者の咆哮を待つことしかできない。

ミクロの言葉がどれも心をベートの感情を逆立つ。

怒りの火が、瞋恚の炎がその瞳に出てくるベートの蹴撃の威力が増していく。

鋭く、重くなる攻撃を巧みにいなすミクロ。

「もう目の前で誰も死んで欲しくない。それがお前の本当の気持ちじゃないか?」

「………ッ!」

逆立つミクロの言葉に怒りで歯を噛み締める。

何知った風に言っていやがる。

他派閥の癖に、何も知らない癖に知った風に言うんじゃねえ。

確実に怒りが募っていくなかでベートは冷静さを欠けていく。

ベートの本性を感情を剥き出すにしていく。

「本気を出せ、ベート。俺はお前の全力を受け止めてその上で倒すと言ったはずだ」

そこでベートは気付いた。

先程からこちらの神経を逆立てる発言は自分の怒りを募らせて本気の本気を出させようとするミクロの布石だと。

「チッ」

だからこそ舌打ちする。

だからこそ苛立つ。

そうしてまで自分を受け止めようとしているミクロのお節介に。

だから、勝ちたいと追い越えたいと思わされる。

目の前の強者(ミクロ)に勝つ為にベートは歌を紡いだ。

「【戒められし悪狼(フロス)の王―――――】」

詠唱を開始する。

「【一傷、拘束(ゲルギア)。二傷、痛叫(ギオル)。三傷、打杭(セビテ)。餓えなる涎が唯一の希望。川を築き、血潮と交ざり、涙を洗え】」

呪文を唱え続けるベートにミクロはただ待つ。

その詠唱が完了するのを。

「【癒えぬ傷よ、忘れるな。この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火】」

ベートは並行詠唱などできない。

元より使うつもりのないものに労力を割くなど無意味でしかないからだ。

「【世界(すべて)を憎み、摂理(すべて)を認め、(すべて)を枯らせ】」

ベートはこの魔法を嫌う。

詠唱文も含めて魔法は本人の資質、そして心に持っている想いを反映する。

「【傷を牙に、慟哭を猛哮に―――――喪いし血肉を力に】」

この呪文はベートの弱さを知らしめてしまう。

目を背け続ける傷に気付かせてしまう。

「【解き放たれる縛鎖、轟く天叫。怒りの系譜よ、この身に代わり月を喰らえ、数多を飲み干せ】」

それでもベートはこの魔法を使う。

目の前にいるいけ好かなくお節介な強者(ミクロ)を喰らう為に。

「【その炎牙をもって――――――平らげろ】」

琥珀色の双眼が剣呑な光を宿して開かれ、自我の鎖に戒められていた『巨狼(まほう)』を解放する。

「【ハティ】」

短い音となって響き渡る魔法名。

直後。

凄まじい熱光が焼き、そこにあったのは大量の火の粉を撒き散らす炎を両手両足、計四つの部位に発現した紅蓮の炎。

ここからだ。

ミクロは気を引き締めてベートを迎え撃つ。

「来い、ベート」



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New81話

炎の付与魔法(エンチャント)

ベートの魔法を見て真っ先にそう思った。

四肢に纏う灼熱の炎は見ただけでも強力な出力を放出して距離があるにも関わらずに熱気がミクロを襲う。

「【駆け翔べ】」

風を纏い、熱気を防ごうと魔法を発動するミクロにベートは強く地を蹴った。

跳躍し、右手の火力を爆発させてその『炎の牙』を振り上げた。

「――――――――」

振り下ろされた一撃をミクロは風で相殺する。

「ぐっ………」

だが、完全に相殺することは叶わずミクロは後方に吹き飛ばされ、ベートは追撃する。

「がぁああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

両手両足に宿る『炎の牙』がミクロに襲いかかる。

風を纏い、槍を振るうミクロだが途中で気付いた。

ベートの炎がミクロの風を吸収していることに。

魔力吸収(マジックドレイン)……ッ!?」

魔法を、『魔力』を喰らい膨れ上がる火炎はミクロの風を吸収するにつれて出力、威力が増加していく。

なら、とミクロは魔法を解呪して火傷を負いながらもベートの火炎を貫きベートの体に傷を与える。

「面倒くせぇ武器を使いやがって……ッ!」

毒つくベートにミクロも攻撃の手を緩めない。

ミクロが持つ魔武具(マジックウェポン)には破壊属性(ブレイク)が付与されている。

その属性通り例え魔法だろうと破壊する。

「「あああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」」

咆哮を上げる二人は防御を無視して攻撃を繰り出す。

ミクロの長槍がベートの体を傷つけ、損傷(ダメージ)を与える。

ベートの『炎の牙』はミクロの身を焼き、損傷(ダメージ)を与える。

互いに一歩も譲らない攻防の中でミクロは気付いた。

ベートに傷を与えるたびにベートの魔法が膨れ上がっている事に。

損傷吸収(ダメージドレイン)

傷を負う度にベートの魔法は膨れ上がる。

魔力吸収(マジックドレイン)損傷吸収(ダメージドレイン)

それがベートの魔法【ハティ】の本質。

魔法はベートに傷を強い、その代償として力を得る。

身に刻まれた損害(ダメージ)までも糧として喰らう。

ベートが傷付くことで牙は何ものよりも強靭になる。

それがお前の本質(こころ)かとミクロは頷いた。

獣化に二つの属性を有する強力な魔法を持つベートの本領にミクロは内心で感嘆する。

やっぱりお前は強いとベートを称える。

「ミクロッ!!」

膨れ上がる火炎を四肢に纏い吠えかかるベートは迫りくるミクロの長槍を避けずにその身を貫かせる。

激痛がベートを襲うがそんなことは今は関係ない。

無理矢理近づいて自分の領域に連れて来たミクロの腕をベートは掴んだ。

「くたばりやがれッッ!!」

放たれる拳と蹴撃の軌跡をミクロは一身に喰らう。

両手両足、二対四本の炎の牙は敵を食い殺す為の四つの『牙』。

手に宿す上牙(オルガ)で敵の肉を裂き、下牙(ベネト)で敵の四肢を砕く。

太陽も、月も、全て喰らってやろうと、巨狼はその顎を開いた。

「らあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

雄叫びを上げながらベートは攻撃の手を緩めない。

凄まじい牙の連打(ラッシュ)がミクロの体を削いでいく。

そして掴んでいる手を離し、狙いを澄ました最高速度の蹴撃をミクロに炸裂させる。

凄まじい勢いで後方へ吹き飛び、壁に激突してもその勢いは緩まずに貫いていく。

瓦礫が崩れる音とと共に静まり変える空間の中でベートは自身の身を貫いている長槍を引き抜いて地面に捨てて傷を焼いて応急処置を促す。

「クソが……相変わらずどんな耐久力だ………」

炎を宿る両手両足が痺れ震える。

獣化を発動し、尚且つ魔法までも付与した自身の両手両足はミクロに攻撃しずぎたせいで損傷(ダメージ)を受けている。

手の骨は砕け、脚の骨にも罅が入っている。

異常なミクロの耐久力にベートは限界が来る前に止めをさした。

殺すつもりで攻撃をしたがミクロは生きてはいるだろう。

そのつもりでしなければミクロに勝つことは不可能だ。

一切の加減をしていないベートの渾身の攻撃は確実にミクロに炸裂した。

勝利を疑わないベートは魔法を解呪してミクロが救出しようと動こうと思った時にベートの耳はピクリと動いた。

ガラガラと瓦礫が動く音とと歩く足音。

「………やっぱり強いな、ベートは」

「………てめえ」

姿を現したミクロにベートは驚愕に包まれる。

生きてはいるだろうとは思っていた。

だが、それでも戦闘続行は不可能なほど確かに攻撃した。

しかしミクロは立って歩いている。

その身に火傷と損傷(ダメージ)を負いながらもミクロはそれでも立ち上がった。

「このスキルを発動したのはエスレアの時以来だ」

ドクン、と心臓が跳ね上がるように鳴り、壊したいという衝動に駆られる。

破壊衝動(カタストロフィ)』を発動させることにより、ミクロの全アビリティが超高補正される。

直後――――ミクロは地面を粉砕し、ベートへ砲弾のごとく爆走した。

「ッ!?」

先程とは比べ物にならない程の加速に驚愕するベートは両腕を交差さしてミクロの拳を防ぐ。

「―――――――ッッ!!」

だが、ボキバキと音を立ててベートの腕の骨は砕けて、殴り飛ばされる。

損傷(ダメージ)を負う度に全アビリティ能力超高補正されるミクロのスキルは傷を負えば負う程強くなる。

先程のベートの連打(ラッシュ)がミクロのスキルをかつてないほど上げた。

ベートの獣化とは違い、底はない。

威力、耐久、速度は完全に今のベートを上回った。

更にミクロは詠唱を歌う。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう。礎となった者の力を我が手に】」

詠唱を口にして魔法を発動する。

「【アブソルシオン】」

そして、ミクロはその魔法を詠唱する。

「【戒められし悪狼(フロス)の王―――――】」

その詠唱を聞いてベートは眼を見開いて驚愕する。

「【一傷、拘束(ゲルギア)。二傷、痛叫(ギオル)。三傷、打杭(セビテ)。餓えなる涎が唯一の希望。川を築き、血潮と交ざり、涙を洗え】」

ミクロの魔法【アブソルシオン】は詠唱の把握と打倒が条件とされている。

そして、その一つは以前ベートと戦い既に打倒している。

「【癒えぬ傷よ、忘れるな。この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火】」

先程の詠唱を聞いた時にミクロは条件を満たしていた。

「【世界(すべて)を憎み、摂理(すべて)を認め、(すべて)を枯らせ】」

故に使える。

ベートのみが使えるはずだったその魔法を。

「【傷を牙に、慟哭を猛哮に―――――喪いし血肉を力に】」

本来であれば必要ないのかもしれないその魔法をミクロはあえて使う。

ベートに完全勝利する為に。

そして知って貰う為にミクロは詠唱を歌う。

「【解き放たれる縛鎖、轟く天叫。怒りの系譜よ、この身に代わり月を喰らえ、数多を飲み干せ】」

お前だけが傷を背負う必要はないことを知って貰う為にミクロはその魔法を行使する。

「【その炎牙をもって――――――平らげろ】」

詠唱を完了させてミクロはその(きず)を解放する。

「【ハティ】」

ミクロの四肢に宿る灼熱の炎。

ベートから受けた損傷(ダメージ)も含めてその火炎は降り注ぐ雨を蒸発させ、熱波を放つ。

「―――――――ざけんなっ!!」

怒りで表情を歪ませるベートは突貫する。

両腕が砕かれて尚ベートは攻撃の手を緩めることはしない。

スキルで更に強くなっている上に自身の魔法を使っていようが関係ない。

強者(ミクロ)を喰らう為にベートは牙を解き放つ。

火力を最大限に放出した渾身の蹴撃をミクロに炸裂させる。

「―――――――――なっ」

だが、ミクロはそんなベートの蹴撃を掴んで防いだ。

そして、四肢に付与されているベートの火炎がミクロに吸収されていく。

解き放たれたベートの『牙』をミクロが喰らっている。

ミクロとベートでは決定的な違いが一つある。

ベートは自身の魔法を嫌い、『魔力』をちっとも極めていない。

ミクロは『魔力』も極めてきた。

強者を喰らうベートの牙は自分よりも強い強者(ミクロ)に顎ごと引き裂かれた。

『牙』を失ったベートにミクロの炎を纏った回し蹴りをその身に受け吹き飛ばされる。

「がは………ッ!」

壁に激突して血反吐を吐き散らすベートにミクロは悠然と立ち尽くす。

ベートは全力を出し切って尚ミクロには届かなかった。

それでもベートはミクロに飛びかかった。

体を焦がす衝動に身を任せ、怒りの雄叫びを上げながら飛びかかってくるベートをミクロは迎え撃ち、叩きつける。

何度も飛びかかるベートにミクロは何度も叩きつける。

満身創痍のベートにミクロは一切の加減をしてはいない。

少しでも加減を施せばそれはベートに対しての侮辱だ。

何度目になるかわからないほど地面に叩きつけるミクロにベートはついに飛びかかられない程に動けなくなった。

それでもベートは拳を握りしめていた。

「………お前は本当に強いな、ベート」

そんなベートにミクロは心からの称賛の言葉を送る。

「だからこそ俺はお前が欲しい」

体だけでなく心までも強いベートをミクロは欲した。

「俺がお前に居場所を与える。お前の傷を俺も半分背負う。強くなりたいのならいつでもかかってくるといい。全力でお前を倒してやる」

ベートを見下ろす強者(ミクロ)の言葉はベートの耳に入る。

「もう一度言う、【アグライア・ファミリア】に来い。俺がお前の全てを受け入れる」

膝をついて手を差しだすミクロにベートはその手を見据える。

ああ、きっとその通りだろうとベートも察した。

ミクロは自分の全てを受け入れて更に強くなるだろう。

自分だけではなく【ファミリア】全体も今以上に強くなっていくだろう。

誰もが強くなればもう弱者が泣き喚く姿も、目の前で誰かが野垂れ死むこともないのかもしれない。

そう思わさせる何かをミクロは持っている。

「共に未来を創ろう。その為にもお前の力を貸してくれ」

懇願するミクロの言葉にベートは頭を上げてミクロと目を合わせる。

ミクロが本心で告げているのはわかる。

ミクロと共に行けばもう苛つくこともないだろう。

自分の傷を受け止めてくれるだろう。

だからベートは。

ミクロの手を弾いた。

「……………どうしてだ?ベート。どうして拒む?」

「………るせぇ」

ミクロの手を弾いて上向きで寝転がるベートは手で顔を覆う。

「てめえは強えだろうが……弱者(おれ)に構ってんじゃねえよ………」

お前(ミクロ)は強い。だからお前がいるところなら誰も哭くことはない。

だから自分がいなくても何も問題はない。

ベートの頬の刺青に一筋の涙が流れる。

こんな不器用な自分を受け入れようとしてくれたお節介な奴がいることが嬉しかったとは口が裂けても言えない。

傷だらけの狼の隣にミクロは腰を下ろした。

高等回復薬(ハイ・ポーション)いる?」

「………よこせ」

気が付けば雨は止んでいた。



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New82話

ミクロとベート。二人の闘いが幕を閉じた。

だが、問題である闇派閥(イヴィルス)は何も解決はしていない。

それどころか本気で戦った二人は多少は回復はしたもののまともに動ける状態ではなかった。

「……どうするってんだ、クソ」

完全に頭も心も冷えたベートは地面に寝そべりながら愚痴を溢す。

全力を出し切った今で闇派閥(イヴィルス)と戦いに行くなんて馬鹿なことはしない。

「ひゃっははははははははははっっ!!こりゃいい!【凶狼(ヴァナルガンド)】だけじゃなく【覇者】まで碌に動けないなんてよッ!」

高笑いしながら姿を現したのは闇派閥(イヴィルス)残党の幹部ヴァレッタが団員と雇い入れた暗殺者(アサシン)を引き連れて二人の前に姿を見せた。

「糞女……ッ!」

人造迷宮(クノッソス)でフィン達を罠に嵌めて【ロキ・ファミリア】の団員達をその手にかけた張本人の登場にベートは殺意を込めて睨み付けるがヴァレッタはニヤニヤと下劣な笑みを浮かべる。

「てめえ等が地上で暴れてるって聞いてなんかの作戦かと思ったがただの喧嘩かよ!男って本当に馬鹿だな!?まぁ、おかげでここでテメエ等の首級を挙げてやる!!」

ヴァレッタの興奮に連れて団員達と暗殺者(アサシン)達が喝采を上げる。

ここで第一級冒険者であるベートとミクロを殺して自分達の名を挙げようと考えるヴァレッタは冷静に二人を観察する。

地下迷宮(クノッソス)の出入り口にはフィン達【ロキ・ファミリア】が包囲して逃げることはまだできない為に頭に血が上っているベートを罠に嵌めて殺そうと考えていた。

だが、どういうわけかベートは一向に襲って来ず、団員がミクロと戦っているという情報を聞いた時は耳を疑った。

あれだけ挑発したにも関わずにどうして【覇者】と戦っているのか。

これは何らかの罠なのかと考えた。

状況が上手くつかめないヴァレッタは実際に二人の闘いを遠くから見ていて嘲笑を浮かべた。

あれはただの喧嘩だ、と。

なら弱った二人を殺す絶好の機会とありったけの団員と暗殺者(アサシン)を集結させて周囲に他の冒険者がいないか細心の注意を払いながらこの場にやって来た。

二人は確実に弱っている。

あれだけ大暴れしたら碌に動くことも出来ないだろう。

例え動けたとしても団員と暗殺者(アサシン)を利用して時間を稼ぎ、自分の魔法で罠に嵌めてやればいい。

それでも駄目ならさっさと逃げてしまえばいい。

「ひひっ」

嘲笑が深まるヴァレッタ・グレーデ。

六年前、要注意人物一覧(ブラックリスト)に名を連ねていた彼女の二つ名は【殺帝(アラクニア)】。

闇派閥(イヴィルス)のもとで血に酔い、快楽に身を委ね、最も多くの冒険者を殺害したとされる生粋の殺人鬼(シリアルキラー)である。

人の命を奪うことが己の至上とされる彼女は団員達と暗殺者(アサシン)に不治の呪いが込められている『呪道具(カースウェポン)』を握らせている。

来世を約束された死兵に生のしがらみはない。

その死兵を二人に突貫させようと指示を仰ごうとした時、ミクロがヴァレッタに告げる。

「隠れていればよかったものを……」

「はぁ?」

意味深の言葉に怪訝するヴァレッタ達の視界にそれは姿を現した。

「なぁ!?」

「……は?」

ヴァレッタ、ベート共に開いた口が閉じなかった。

建物の影から姿を見せた道化師のエンブレムを掲げた【ファミリア】の一団に目を見開く。

「やぁ、ヴァレッタ」

「フィン………!どうしててめえがここにいやがる!?」

突如姿を現した【ロキ・ファミリア】の全団員に驚愕に包まれるヴァレッタ達にフィンが前へ出て答える。

「なに、僕達は呼ばれて隠れていただけさ。彼に言われてね」

フィンが指すはアイズ達に守られているミクロ。

「ベート・ローガッ!大丈夫!?看病は必要!?レナちゃんがちゃんとお世話してあげるよ!!」

「うるせぇ!!というよりどういうことだ、説明しやがれ!!」

抱き着いてくるレナを追い払ってミクロを睨むベートにティオネは呆れるように息を吐いた。

「何言ってんのよ、このツンデレ狼。ミクロはあんたの為に私達を呼んだのよ」

「はぁ!?意味がわからねえぞ!?」

どういうことはまるで理解が追いつけれないベートにミクロは口を開いた。

「これで【ロキ・ファミリア】の全員に俺とベートの闘いを見せた」

ミクロが取り出したのは眼晶(オルクル)

ミクロはベートと会う前にレナに頼んでフィン達に眼晶(オルクル)と伝言を渡す様に頼んでおいた。

眼晶(オルクル)を通してミクロは戦闘でベートの本音を出させてそれを【ロキ・ファミリア】の全員に知らせた。

そして、【アグライア・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】の代わりに包囲を作り、それが終わり次第ベートに会いに来て欲しいと伝言を預けていた。

「て、てめえ……まさか」

「うん。【ロキ・ファミリア】全員にベートの本音が駄々漏れ」

指先を震わせながら指してくるベートに頷くミクロ。

わざわざ饒舌しながら戦ったのも全てはベートの本音を出させる為。

全てはミクロの手のひらの上で踊されていた。

「………………」

放心するベートにミクロはぽんと肩に手を置いた。

「ベートが優しい奴ってことは俺も知っているから」

その優しい言葉がトドメとなってベートは完全に撃沈する。

もう怒る気さえ失ったベート達を差し置いてフィンはヴァレッタに視線を向ける。

「さて、それじゃ僕達の仲間の敵を取らせてもらうよ」

鋭くなるフィンの視線に【ロキ・ファミリア】の多くは怒気を込めてそれぞれの得物を手に取る。

「クソがッ!!テメエ等!私を守りやがれ!!」

命を捨てた死兵とされている団員達と暗殺者(アサシン)達に命令を下すヴァレッタに従い突貫する。

突貫する死兵を前に自身は逃亡を図るヴァレッタ。

「誰一人も逃がすな!!」

フィンの指示に【ロキ・ファミリア】の全員と死兵は衝突し合う。

「ひひっ、これだけの数ならそう簡単には捕まらねえ」

自身が連れてこれる数の死兵を連れて来たヴァレッタは数で押し切れば自分だけは何とかこの場から逃げられると踏んでフィン達に背を向けて走り出す。

 

その瞬間、一本の矢がヴァレッタの脚に突き刺さる。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁあぁぁッ!!」

脚に矢が突き刺さり、バランスを崩して転倒するヴァレッタは気付かなかった。

先程のミクロの話でいったい誰がミクロとベートの戦闘を眼晶(オルクル)を通して【ロキ・ファミリア】に見せていたのかを。

ミクロは視線を上げて親指を立てる。

ミクロの視線の遥か遠方には弓矢を持つティヒアも親指を立てて応える。

「他派閥の為に無茶しすぎなのよ……」

小さく愚痴を溢すティヒアだが、その表情はまんざらでもない。

何故ならそれほどまでのお人好しであるミクロに心奪われたのだから。

それに応える自分はきっと馬鹿なのだろうと思いながら矢を連射させて【ロキ・ファミリア】を援護させる。

混戦のなかでも決して狙いは外さない超精密狙撃。

ミクロと共に冒険を重ねて、ミクロの助けになる為に鍛えてきたこの狙撃だけは決して誰にも負けない。

「本当に彼には優秀な仲間が多いな」

少しだけ嫉妬を抱くフィンは苦笑を浮かべながら倒れているヴァレッタの前に歩み寄る。

「さぁ、覚悟を決めて貰おうか」

殺気を込めるフィンは槍をヴァレッタに向ける。

「ま、待てフィン!私を殺したら『鍵』の在処はわからなくなるぞ!!」

「ああ、それなら心配いらないよ。鍵に関しては彼がいるしね」

鍵を所持し、ディックスを仲間に加えているミクロははっきりと言えば今すぐにでも地下迷宮(クノッソス)に攻め込める。

準備と戦力が整え次第に地下迷宮(クノッソス)に攻め込むミクロ達にフィン達は便乗してさせてもらう。

交渉を執り行う余地もないフィンは槍でヴァレッタの右腕を斬り落とす。

「痛いっ、痛いっ、痛い!!やめろ、やめてくれよ!フィン!」

「悪いけど君を許すわけにはいかない。君は僕達の大切な仲間を手にかけた」

「っ!?」

殴り飛ばされるヴァレッタにフィンは告げる。

「君を捕えてしっかりと尋問させてもらう」

死兵は【ロキ・ファミリア】の手に葬られ、ヴァレッタは捕縛された。

闇派閥(イヴィルス)の問題の一つは今日を持って終わりを告げた。

その日にミクロは怪我を治してすぐ一人で勝手に無茶をしたことにリューとアグライアに説教を受けたことは別の話だ。



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New83話

闇派閥(イヴィルス)の事件とベートの誤解も解けてオラリオはいつもの平和な日々を取り戻しつつある。

闇派閥(イヴィルス)の幹部であったヴァレッタはフィン達【ロキ・ファミリア】の手によって捕縛されてギルドに投獄された。

だが、そこで問題が生じた。

闇派閥(イヴィルス)の情報を聞き出そうとフィン達が足を運んでいた時はヴァレッタは何者かの手によって殺されていた。

情報源であるヴァレッタが殺されて新たな情報を入手することが出来なかった。

ミクロもその際に足を運びヴァレッタの遺体を見てみたが、酷いの一言だ。

喉を潰されて、両手両足が鋭い何かによって輪切りのように切断されて牢屋の中に吊るされていた。

情報を抹消するにしても必要以上なやり方に犯人は殺人鬼(シリアルキラー)

そして更に問題が一つ。

以前にミクロが捕らえた破壊の使者(ブレイクカード)の一人、レミューが脱獄した。

それを知り、犯人はまだミクロが知らない破壊の使者(ブレイクカード)の誰かだということは判明できた。

レミューの脱獄により、破壊の使者(ブレイクカード)は残り五人。

ミクロはもっと強くならなければと心を改める。

訓練をしたいが、今はそれは出来ない。

先日のベートとの一件以来、ミクロは主神であるアグライアの命によって謹慎処分を言い渡されている。

中庭で訓練することが出来ないミクロはせっかくできたこの時間を団員達の部隊編成に使っている。

「魔導士部隊の指揮はスィーラにして後衛の全体指揮をティヒアに任せて……中衛はリューがいいか………」

【ファミリア】が大きくなって団員も増えていき、それぞれの得意とする配役に団員達を振り分けていく。

指揮能力が一番高いのはミクロでその次はティヒアだ。

一番高い攻撃力を持っているのはリューで次にアルガナ達。

前衛壁役(ウォール)はカイドラ達が適しているが、前衛壁役(ウォール)ができる者は少ない上に深層だとまだカイドラ達ではLv.が足りない。

前衛攻役(アタッカー)と中衛をこなせれる者が多い為に防御よりも攻撃を優先させて、防御は魔道具(マジックアイテム)で補う。

それとヴェルフに次の遠征までにクロッゾの魔剣を打って貰えば何とかなるだろうと推測を立てる。

あれこれと配役を考えているとミクロの後ろから手が伸びてきた。

「ミ~クロ君。少し~休憩にしない~?」

「アイカ」

後ろから抱き着いてきたアイカに特に驚くことなく抱き着かれる。

肩に顎を置いて羊皮紙を覗き込むアイカはそれを見て苦笑を浮かべた。

謹慎を受けて少しは落ち込んでいるかと思えばまさかの部隊編成を考えていたミクロに反省という言葉はあるのだろうか。

いや、反省はしたのだろう。

反省した上で謹慎中の時間を利用して次のことを考えている。

ミクロに頬ずりしながら疲れを取ったアイカはトレイの載せている飲み物を机に置く。

ミクロ専用の家政婦(メイド)としてしっかりと尽くすアイカが淹れてくれた飲み物を飲んで一息入れる。

「美味しい」

「ふふ~ありがとう~」

『うわぁぁああああああああああああああああああああああああああああっっ!!』

褒められ微笑むアイカとミクロの耳にセシルの悲鳴が聞こえたが、どうせまたアルガナ達に鍛えられているだろうということで聞き流す。

セシルの悲鳴を聞いて後で慰めてあげようと(セシル)のことを思うアイカは再びミクロに抱き着く。

「ミクロ君の~魔道具(マジックアイテム)のおかげで前は助かったよ~ありがとう」

「どういたしまして」

【イシュタル・ファミリア】に人質として捕まった際にミクロの魔道具(マジックアイテム)のおかげで脱出することが出来たアイカはお礼を言うがミクロは大したことはしていないようにあっさりと感謝の言葉を受け取る。

飲み物を飲んで一息入れているミクロにアイカは少し悔し気に唇を尖らせていた。

先程から背中に自慢のものを当てているのに一向にそれらしい反応をしないミクロに少なからずショックを受けた。

大きくて触り心地だって自信がある自分の胸を当てながらどうしようかと考える。

押し倒して自分の手で優しく卒業させてあげようかと考えるが、それでも反応しなかったら女としての自尊心に大きな傷ができる。

そうなればいくらアイカでも立ち直れる自信がない。

押し倒すことはきっと容易だろう。

ミクロは強いが身内には優しいし、そこに敵意などがなければ抵抗などしてこないのはベッドに潜り込んで一緒に寝むり、抱き枕にしているからよくわかる。

ベルのようなわかりやすくて初々しい反応でなくても少しは反応してくれないと女としての誇り(プライド)が傷付いてしまう。

この男の子(ミクロ)には性的欲求がないのか、もしくは自分達の事を身内としか見ていないのか。本当に悩みどころだ。

「はむ」

「……くすぐったい」

耳を甘噛みしても平淡に返される。

もう少しそれらしい反応して欲しいと思うアイカは机の上に置かれている魔導書(グリモア)に手を伸ばす。

「ミクロ君、これは~?」

部屋を掃除する際でも見当たらなかった見覚えのない魔導書(グリモア)にミクロは呆気なく答える。

「さっき作ってみた。後でセシシャに渡す予定」

魔導書(グリモア)ってそう簡単に出来るものだっけ?

そんな疑問がアイカの脳裏を過る。

魔導書(グリモア)は『発展アビリティ』の『神秘』と『魔導』という希少スキルを持っている者しか執筆できない貴重書。

確かにミクロはその希少スキルを発現させてはいるが、そうさも当然のように執筆してしまうあたり魔導書(グリモア)の貴重性が欠けていく気がしてならない。

「……前の遠征で金を稼いでこなかったことにセシシャが怒ってた」

前回の【ロキ・ファミリア】との遠征で手に入れた魔石は半分に山分けという形にしたが、途中で起きた毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)のアクシデントがあり、【ロキ・ファミリア】の団員を治療するに当たって貸しを作ると同時に金を使ってしまった。

遠征に使用した費用と報酬の分を引いて多少なりのマイナスが出来てしまったことに冒険者兼商人のセシシャは不満をミクロにぶちまけていた。

経理も担当しているこちらの身になって欲しいなどと色々言ってきたためにご機嫌どりという意味も含めてミクロは魔導書(グリモア)を作製した。

「あはは……これはセシシャちゃんもビックリするね~」

苦笑しながら今からこの魔導書(グリモア)を手にするセシシャの驚く顔が目に浮かぶ。

魔導書(グリモア)を置いて改めて部屋を見ると全ては探索(ダンジョン)に必要とされるものばかりで娯楽らしい娯楽などはない。

娯楽のことがよくわからないとよく聞くがやはり多少は遊びを覚えたほうがいいとアイカは考えてしまう。

ミクロの為ならいくらでも身体を張って教えてもいいが、そういう理由でしてしまうと流石にリュー達に気が引ける。

「……本当に罪な男の子だよ~」

ミクロの頬をつつきながら小さく溜息を出す。

何人の女を手籠めにすれば気が済むのやらと内心でぼやくアイカは一枚の羊皮紙を手に取って見た。

「あ、それはベルの専用武器(オーダーメイド)の設計図。今度ヴェルフと相談して作る予定」

「ほぁ~」

ミクロに専用武器(オーダーメイド)を作って貰えるなんて出世したな、と(ベル)の成長に感動を覚える。

「今のところベルのスキルに耐えて、応用に使えるように考えてる。後は俺とヴェルフの技術力次第でまだ改良は可能」

「凄いな~」

(ベル)にそんな凄いスキルがあることに少し驚きながら図面を眺める。

小さな文字がずらりと並べられているその中央には一本に剣が描かれている。

完成予定図なのかと思っているとノックする音が部屋に響いた。

「失礼します。団長、ギルドから指令が届きました」

「わかった」

団員から受け取ったギルドの指令を一通り身を通してミクロはポツリと言う。

「ラキア王国が侵攻してくるのか」

ちょうど部隊で動ける練習をしなければと思っていた矢先にちょうどいい練習相手が向こうからやってきた。



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New84話

ラキア王国。

大陸西部に位置する君主制国家にして、軍事国家。その実態は国家系の【ファミリア】であり、主神アレスが眷属達とともに築き上げてきた【アレス・ファミリア】だ。

兵士、軍人は全て『恩恵』を授かった戦闘員であり、軍神アレスの神意によって遥か昔日から戦争に明け暮れていた。

そんな王国(ラキア)が新たな軍事行動を開始した。

迷宮都市オラリオ『世界の中心』と名高いその都市へ出兵、紅の軍旗をはためかせた。

行軍する兵士の数は、三万。

大平原で軍馬の嘶きが轟く。

無数の騎馬が驀進し、騎兵隊は進路上のあらゆるものを蹴散らし粉砕する。

それは多大な突破力を秘めた戦場の大槍に相違ない。

都市管理機関(ギルド)強制任務(ミッション)を発令、都市に所属する複数の派閥にこれを迎撃するよう出陣させた。

その中には【アグライア・ファミリア】も入っている。

 

そして、その騎兵隊の前に一人の少女が立ちはだかる様に立っていた。

 

純白な革鎧(レザーアーマー)と大型のマントを装備し、その背中には大鎌を背負う。

その少女の姿に一瞬の動揺を見せるが、すぐに歯牙にもかけないかのように嘲笑っているとその手に持つ得物に眼を見開いた。

少女は手に持つそれを大きく振り抜いた。

「『風牙』!」

緑色の輝きを放つその剣の力を開放し、振るわれた刀身より生み出されたのは凄まじい突風。

 

『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?』

 

吹き飛ばされていく騎兵隊にセシルは再び魔剣を振るって第二波を起こす。

「『クロッゾの魔剣』だ!」

「逃げろ!!」

叫び、逃亡を図る騎兵隊にセシルが使っているのはヴェルフが打った『クロッゾの魔剣』。

かつては不敗神話さえ誇っていたその魔剣の力で今は自分達を脅かす恐怖の象徴とされている。

逃げる騎兵隊にセシルは困ったように頬を掻いた。

「いいのかな……?」

あっさりと逃亡していく騎兵隊にセシルは申し訳ない気持ちになりつつも『眼晶(オルクル)』で陣を構えているミクロに通信を取る。

「お師匠様。作戦通りに騎兵隊が逃亡しました」

『わかった。セシルは一度帰還しろ』

「はい」

セシルに指示を飛ばし、陣を構えているミクロは別の『眼晶(オルクル)』で逃亡している騎兵隊が向かっている場所で待機しているリュコス達に指示を飛ばす。

「リュコス。もうすぐ騎兵隊がそっちに行く。目視出来次第、捕縛」

『了解』

ミクロの指示を了承するとミクロは他の団員達にも指示を送る。

「ティヒア達は敵の真ん中に魔法をぶつけて敵勢力を混乱させて動きを封じろ。アルガナ、バーチェ達の遊撃部隊はティヒア達が取り逃がした敵を捕縛。ベル、お前は森の方へ行って敵の勢力と情報を確認して来い。リリはベルの補佐だ」

部隊別に分かれている団員達にそれぞれの指示を送ると全員はそれに有無言わずに従う。

ミクロは部隊を大きく四つに分けた。

一つは機動力がある獣人を集めた機動部隊。

一つは遠距離での攻撃、魔法を得意とする魔導士部隊。

一つは戦闘に特化しているアマゾネスの戦闘部隊。

最後に個々で行動させて情報を集める偵察部隊。

初めての部隊編成は個々の長所を活かせるという基準で分別したが、まだ調整がいると判断したミクロの隣にはヴェルフが胡坐をかいていた。

「……俺は何もしなくていいのかよ」

「敵はお前を執拗に狙ってくる可能性がある」

ヴェルフが打つ『クロッゾの魔剣』を狙ってくる可能性がある以上はヴェルフを戦場に立たせるわけにはいかない。

「お前はその図面を見て気付いたことがあれば訂正を入れてくれ」

「わかってる………」

ベルの専用武器(オーダーメイド)の設計図と睨めっこするヴェルフ。

「『クロッゾの魔剣』使って敵の心は少なからず動揺を見せ始めている頃か…」

ミクロがセシルに『クロッゾの魔剣』を使ったのは【アレス・ファミリア】の精神に揺さぶりを与える為だ。

不敗神話を誇っていたその象徴とされる『クロッゾの魔剣』を振るう側から振られる側に立たされたことに何も思わない訳がない。

精神(こころ)に恐怖という種を与えるミクロは次の手に移行する。

「おのれぇぇぇぇっ、【アグライア・ファミリア】!『クロッゾの魔剣』を使うとはどういうことだ!?」

「その【ファミリア】に『魔剣』を打てるヴェルフ・クロッゾがいるという情報は知っているでしょう?それに【アグライア・ファミリア】はここ数年で急激に力を上げてきた【ファミリア】。その団長を務めている【覇者】ミクロ・イヤロスの指示によるものでしょう。狙いはこちら側の士気の低下かと」

咆哮を上げる【アレス・ファミリア】の主神アレスに冷静分析を行う王国(ラキア)の第一王子―――【アレス・ファミリア】の若き副団長を務めているマリウス・ウィクトリクス・ラキアは盛大に溜息を吐く。

「我等の過去の栄光の象徴をほいほい使いよって!」

「――――報告しますっ!【アグライア・ファミリア】の団員達が西に展開していた部隊を壊滅だけでなく、森に伏兵していた部隊も壊滅されました!」

「―――報告しますっ!拠点の一部が全壊。部隊も全員捕縛され、身代金を要求してきました!」

「なにっ!?いくら何でもそこまで速く壊滅するわけがなかろう!?」

展開していた部隊も伏兵も拠点も僅かな時間であっという間に壊滅状態に追い込まれたアレスはその報告が信じられなかった。

しかし、それを可能とするのがミクロの魔道具(マジックアイテム)だ。

ミクロが作製した『眼晶(オルクル)』から伝令に人員を割く必要もなく、姿を消して奇襲することも可能とする。

あらゆる魔道具(マジックアイテム)を作製してきたミクロと団員達の個々の能力を合わせ持てばその迎撃速度は通常よりも速く終わらせることが出来る。

「――――報告します!一部の兵士たちが戦意を喪失!恐らく『クロッゾの魔剣』の脅威に当てられたせいかと!」

「ぬううっ………っ!」

「アレス様!先ほど、【アグライア・ファミリア】の者に捕縛された一兵が伝言と共に解放されました!」

「伝言だと!?よし、通せ!」

開放された一兵を本営に連れてくるとその一兵は恐る恐る口を開いた。

「で、伝言通りにお伝えします……『弱すぎ。もう少し実力をつけてくるか、まともな戦法を身に着けてから進攻してこい。部隊練習にもならない』……だそうです」

「おのれぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!」

馬鹿にされたアレスは顔を真っ赤にして憤慨する。

傍にいる副官は疲れたように肩を落とした。

その間、ミクロは面倒そうに欠伸をして報告を待っていた。

「こんなに弱いのか……王国(ラキア)って」

『量より質』と呼ばれているこの神時代において、能力(ステイタス)の上限が精々Lv.3の王国(ラキア)に後れを取るわけがないのはミクロも知っていた。

ギルドから【イシュタル・ファミリア】を壊滅した罰則(ペナルティ)もあってどの【ファミリア】よりも奮戦しているが、正直なところ拍子抜け。

数はこちらより遥かに多いからそれを活かした戦術、戦法などを繰り出してくると考え、万全の準備を行って来てみればせっかく考えた部隊編成を満足に活かせれないほど王国(ラキア)は弱かった。

「いっそのこと俺が敵の本営に突っ込んで終わらせるか?」

「止めなさい。それは向こうが可哀相です」

面倒になってきたミクロはそんなことを考えているとリューに止められた。

たった一人に全滅させられれば一生モノの心の傷(トラウマ)が出来るのが容易に想像できたリューはそれを止める。

ミクロならやりかねないからだ。

「取りあえず、他の【ファミリア】に伝令でも送るか……」

ミクロは現在の状況を他派閥に知らせる為に『眼晶(オルクル)』を使用してセシルに伝令を頼んだ。

 



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New85話

迷宮都市オラリオに出兵するラキア王国。

オラリオより離れた広野でミクロは欠伸をしながら王国(ラキア)の兵士達の死体ではなく気絶している兵士達を山にしてそのてっぺんで腰を下ろしている。

たまには自分が動かないとと思ったミクロは軍隊で動いている兵士達を見つけたが、王国(ラキア)の兵士達はミクロを目の当たりにした時点で戦意を喪失。

武器を捨てて逃走するが、当然のようにミクロは追いかけて時には並行詠唱しながら魔法で吹き飛ばして、時には素手で殴り飛ばしていたら兵士たちの山ができていた。

敵軍の士気を下げるという意味でも兵士の山は役に立つので取りあえずはそのままにして休憩代わりに兵士達を椅子代わりにしている。

「弱い………」

ぼやくミクロ。

だが、王国(ラキア)が決して弱いのではなく、オラリオの冒険者達が強すぎるだけ。

特にミクロにとって冒険者になってからずっと強者と戦い続けてきた。

だからどうしてもそう感じてしまう。

「…………」

そろそろ帰ろうからと腰を上げるミクロの視界に不意にあるものが目に入った。

「…………馬」

それは王国(ラキア)の軍馬。

ミクロの足元にいる軍隊を率いていた部隊長が乗っていた軍馬が主を探しているかのように付近をうろついているのを見てミクロは思った。

「そう言えば馬に乗ったことがないな……」

【ステイタス】が育った冒険者の方が速く走れる。

当然Lv.6のミクロの方が馬よりも速く走れるが、乗ってみたいという好奇心が勝ったミクロは兵士たちの山から馬のところまで跳んで着地すると馬は驚き、後退りする前にミクロは馬に跨る。

「っと……」

だけど、跨るミクロを振り落とそうと暴れる馬にミクロは手綱を握りしめる。

「どうどう」

宥めるが、逆効果。

より暴れるようになった馬にミクロは一息ついて。

「従え」

「―――ッ!!」

圧力を込めた一言で馬を従えさせた。

所詮は動物。

圧倒的強者の前には平伏すしかなかった。

「よしよし」

大人しくなった馬の背をポンポンと優しく叩くと手綱を握りしめて馬を動かして自身の陣へ帰還する。

「ただいま」

「あ、団長。お帰りなさい」

「状況は?」

「何も変化はありません」

「わかった」

通りすがりに団員達と話しながらテントに向かうが、誰一人馬の事については触れなかった。

それが当然のように平然と受け入れている団員達は既にミクロの奇行にも慣れている。

例え、王国(ラキア)の兵士達を勧誘して連れてきたとしても団長(ミクロ)だからという理由で納得するだろう。

馬ならまだ可愛すぎるほうだ。

だけど、一人だけ。

そんなミクロの声をかける人がいる。

「ミクロ、その馬は?」

それは【アグライア・ファミリア】副団長のリュー・リオン。

「拾った。リュー、うちで飼ってもいい?」

許可を求めるように言ってくるミクロにリューは嘆息しながら首を横に振った。

「元居た場所に戻してきなさい」

「………駄目?」

「駄目です。そもそもその馬は敵軍の軍馬でしょう? 諦めて戻して着なさい」

「…………」

「駄目なものは駄目です」

ごねるミクロにリューは変わらず告げるとミクロは名残惜しそうに馬に手を置く。

「ラキス………」

既に名前までつけていたミクロにリューの口から再び溜息が出た。

そもそもリューに許可など取らなくても立場も上のミクロならわざわざ断りを入れる必要もない。

【アグライア・ファミリア】の団長はミクロは副団長がリューなのだからミクロが決めたことに口出しする権利はリューにはない。

あるとすれば主神であるアグライアだけ。

勝手に断りもなく決めないだけ成長しているのは嬉しくも思うリューは少しだけ微笑んだ。

少し前までは重大なことをさらっと勝手に決めて振り回されるようなことにはならなくなっただけ少しは心身が楽になった。

馬から降りて手綱を手放すと馬は自分の足で元居た場所に戻って行く。

その後ろをミクロは名残惜しそうに見続ける。

そんなに気に入っていたのかと思うなかでリューは敵軍と今の状況を告げる。

「ミクロ。敵軍は今は浅く攻めてすぐに後退を続けています。それと捕えた兵士達はギルドに運び、商業系の【ファミリア】から道具(アイテム)の補充として販売をこちらにも行っていますが」

「必要ない。回復薬(ポーション)道具(アイテム)の補充は明日セシシャがオラリオから持って来てくれる。敵軍は今は取りあえずは様子見ってベル達にも伝えて」

「はい」

「それと別部隊のディックス達には監視を続けるように」

ミクロはディックス達には他の団員達とは別の扱いをしている。

ディックスの能力を最大限に発揮する為にミクロは基本的には簡易な命令しか行わず、後はディックス達の好きに動かしている。

ディックスがミクロの指示に従えばそれにつれてグラン達もミクロに従う。

例え文句を言ってきたとしても力で従えてきたディックスよりも強いミクロに逆らうなんてことはグラン達はしない。

指示にさえ従えば後は好きにしろ。

それがミクロのディックス達の纏め方。

監視と随時報告はしっかりとしているあたりから指示には的確に従っているのが明白。

「わかりました。ミクロはどうします?」

「今は休んでおく。何かあったら教えて」

今は何も問題はないと判断して残りをリューに頼み、ミクロはテントに入る。

「あ、お師匠様。お帰りなさい」

「ただいま」

テント内にセシルが傷の治療を行っていた。

王国(ラキア)の兵士達に傷付けられた傷ではなくアルガナ達に訓練という名のいじめで付けられた傷だが。

前の【ステイタス】の更新の際は耐久が伸びたと遠い眼差しで師であるミクロの報告していたのが真新しい。

「お師匠様。今度並行詠唱の訓練に付き合ってください。魔法関連だとアルガナさん達は駄目らしくて」

「わかった。セシルも俺の魔法が使えるのなら身に着けたほうがいい」

セシルはスキルによってミクロの魔法が使える。

だから並行詠唱を身に着ける必要もある。

師であるミクロに追いつくためにもセシルにとっては並行詠唱は目標に辿り着く為の通り道なのだから。

「あ、お師匠様。ヴェルフさんから聞きましたよ。ベルの専用武器(オーダーメイド)をヴェルフさんと考えているって」

「うん」

「私も立派な武器や防具を貰っている身なので強くは言えませんが、特別扱いではありませんか?」

セシルが身に着けている防具も傍にある大鎌も他の団員達と比べたら特別扱いだが、魔道具作製者(アイテムメーカー)上級鍛冶師(ハイ・スミス)の合作はいくら何でも特別扱い過ぎる。

それはベルに対する嫉妬が入っていないと言えば嘘になるが、その理由を聞いておきたかったセシルはミクロに問い詰める。

「ベルのスキルは強すぎる」

ミクロはそう言って『リトス』から一本の短剣を取り出してセシルに見せる。

「うわ、ボロボロ……」

一回でも使ったら刃が折れてしまいそうなほど劣化していた。

「それはベルのスキルで十秒畜力(チャージ)して使ったものだ」

劣化している短剣を持つセシルにミクロは続けて話す。

「ベルのスキルで最大蓄力(チャージ)したものなら不壊属性(デュランダル)が付与されたものでも壊れないだけで切れ味は完全に死んでしまう。今のベルにはそのスキルにも対応できる武器が必要なんだ」

身の丈合った武器よりも、身の丈に合う武器がベルには必要。

そうしなければベルはダンジョンという戦場で得物を失うことになる。

「ベルの成長速度も考えれば今のベルに必要なものになる」

淡々と弟子のセシルに説明を促すミクロにセシルはやや不満げだけど納得する。

本当にベルは何者なのだろうと思ってしまう。

少し前までは自分の方が強かったのに、今では互角に渡り合えるまでに成長している。

謎のベルの成長速度に思いつめるセシルだが、首を横に振る。

ベルはベルで、私は私。

なら、自分なりに成長すればいいと考えを改める。

オラリオに帰ったら早速並行詠唱の訓練と意気込む。

 



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New86話

王国(ラキア)の侵攻を平然と迎撃するオラリオの冒険者達。

その最前線で活躍している【アグライア・ファミリア】は今日も王国(ラキア)を迎撃、捕縛して現在は休息を取っていた。

「お~い、ベル。悪いはそっちの物資も頼む」

「は、はい!」

セシシャから届いたばかりの物資を各班に分かれて確認作業を行っていた。

食糧から武器の補充までも一つの漏れがないか。その確認作業を行う団員達の中でベルは物資の運搬をしていた。

「ほらほら動け、ベル。Lv.3ならこの程度でへばるなよ?」

「が、頑張ります!」

先輩からこき使われているベルはそうはもう先輩達に可愛がられていた。

「ベル~、こっちもお願い」

「は~い!」

物資を所定の場所へ置いたらまた別の物を運ばなければいけないベルは休む暇もなく動いている。

「いやはや、ベルも頑張っているね」

「あいつも責任感じてんだろう」

物資を持ちながら動き回るベルを見て呟くスウラとリオグ。

「団長は気にしてもいないみたいだけど、ベル自身はそうはいかないか」

「ま、ここは思う存分に使ってやろうぜ? そうすれば責任を感じる暇もねえだろう」

「それもそうだね」

【イシュタル・ファミリア】との抗争というか蹂躙行為によって課せられた膨大な罰則(ペナルティ)をベルは自分のせいだと責任を抱いていた。

自分が捕まらなければ、と責任を抱くベルは少しでも皆の役に立てれるように自分にできる仕事を懸命にしている。

「それにしてもベルはもうLv.3か。俺達もついこの間なったばかりなのに」

「ほんと、兔みてえに跳ぶように成長するな。やっぱスキルだと思うか?」

「ベルが努力しているのは俺も知っているけど、それだけじゃ数ヶ月でLv.3にはなれない。やっぱりその線が妥当とみていいだろう」

ベルの脅威的な成長速度の要因をスキルと推測し合う二人は物資を置く。

「主神様や団長なら知っているとは思うけど、団員の能力(ステイタス)禁制(タブー)だ」

「わかってるって。まぁ、あいつがいくら強くなろうが俺達は先輩だ。俺達も後輩に負けねえようにしねとな」

「そうだね」

やる気を出すリオグにスウラは苦笑しながら肩を竦める。

先輩には先輩の意地と矜持がある。

いくらベルが自分達よりも速く強くなっていったとしても後輩であることには変わりはない。なら、思う存分可愛がるのが当然だ。

「さ、俺達ももう一仕事するぞ!」

「ああ」

物資を抱える二人は作業を続行する。

その間にもベルはせっせと物資を運んでいき、額にたまった汗を腕で拭う。

「ふぅ~」

ダンジョンでの戦闘とは違う別の疲労感を覚えるベルは昔に祖父と一緒に畑を耕していた頃を思い出す。

オラリオの外に出たせいか、妙に故郷が懐かしく思う。

「よし、ご苦労さん。今日はもう休んでいていいぞ」

「はい! お先に休ませてもらいます」

仕事を終わらせたベルは作業場から少し離れて近くにある木箱に腰を下ろす。

「よっと、明日は伝令か……」

ベルが王国(ラキア)の侵攻の際に団長であるミクロに与えられた役割は偵察か伝令。

どちらもベルの長所である脚を活かした役割だ。

「アイズさんに会えるかな……」

伝令の際にアイズに会えるかもしれないと思うと表情が緩む。

この場にリリがいたら、ベル様、顔がだらしないですよ。と頬を膨らませながらそう言ってくるに違いないだろう。

そのリリは今は給仕として他の団員達のところで働いている。

「ベル……」

不意に声をかけられて後ろに振り返るとそこには自分の憧れであるアイズがいた。

「あ、あ、アイズさん!? ど、どうしてここに……!?」

「ミクロが教えてくれたから」

返答するアイズにベルは心から団長であるミクロに感謝した。

「邪魔、だったかな?」

「じゃ、邪魔だなんてありません!! 僕も休憩していたところでしたので全然問題ありませんから!!」

「よかった……」

ベルの邪魔になっていないことに胸を撫でおろすアイズは森の方を指す。

「少し私と付き合ってくれる?」

「ぼ、僕でよければ!」

憧憬を抱く人からの誘いを断ることは出来ないベルは快くアイズに付き合って夜の森の中に歩み出す。

アイズの後ろを指をもじもじと動かしながらついていくベル。

「おめでとう……」

「え?」

戦争遊戯(ウォーゲーム)、頑張ったね」

【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝利を掴み取ったベルに称賛の言葉を送るアイズにベルは顔を真っ赤にして首を横に振る。

「そ、それは団長やアイズさん達が鍛えてくれましたから……それにあれは僕一人じゃなくセシルも頑張ってくれたおかげで……」

「それでも君も頑張って戦って勝った。だから、おめでとう」

称賛するアイズにベルは耳まで赤く染まって俯いてしまう。

内心では飛び跳ねるぐらい嬉しい心境だが。

そんなベルを見てアイズも心なしが穏やかな気持ちになれる。

ベルに愛嬌があるせいか、それともベルがかつての自分に似ているからか。

それでもベルの瞳は真っ白ぐらいに純粋だ。

ふ、とアイズはミクロのことを考える。

ミクロは自分と似た者同士だ。

精霊の血が流れている自分に対してミクロは神血(イコル)が流れている。

そのおかげかどうかはわからないが、ミクロとは妙に気が合う。

それでもミクロと自分は違う。

ミクロは強い。自分よりも遥かに。

それは実力だけではなく、その心までも強いとアイズは認めている。

戦って力を出し合い、遠征に赴き、共闘もしたなかでアイズは思った。

ミクロは紛れもない『英雄』なのだと。

どんな危機的状況化でもミクロは必ずやってきた。

そして、救ってくれた。

アイズもそんなミクロに二度救われている。

一つ目はレヴィスと初めて戦った時に、二つ目は人造迷宮(クノッソス)の時に仲間達と共に救われた。

アイズはいつかはミクロに再戦を申し込むつもりだけど、きっと自分は負ける。

心がもうミクロを認めているからだ。

この人(ミクロ)にはもう勝てないのだと。

それにもし、再戦をしたとしてもミクロはきっと本気を出してこない。

全力で応じてはくれる。それでもそれは一人の冒険者としての礼儀と敬意としてだ。

ミクロが本気を出す時、それは自分より後ろに守るべき何かがある時。

【覇者】ミクロ・イヤロスは誰よりも『英雄』になれる。

「………」

「あ、あの、アイズさん………?」

「……どうしたの?」

「そろそろ戻りませんか? 陣からも大分離れてしまいましたし……」

「あ……」

思考に耽っていたアイズは知らず知らずのうちに森の奥の方まで来てしまった事に気付かなかった。

いくらここがダンジョンではないとはいえ、注意散漫もいいところだ。

「……うん、じゃあ、私も」

元々ベルに称賛の言葉を言う為に来ただけ。

長いしてベル達の【ファミリア】に迷惑をかける訳にはいかないアイズは自分の仲間達がいる【ファミリア】の陣に帰ろうと思った。

「――――っ」

「……アイズさん?」

「静かに」

表情が険しくなるアイズは剣の柄に手を伸ばして森の方を見詰める。

アイズの研ぎ澄まされた剣士の直感が、危険を察知した。

――――強い。

頬に一滴の汗が流れる。

自然と同化しているかのように気配は消しているが、その者から放たれるであろう威圧感が、半端ではない。

「………」

視線を一瞬だけベルの方に向けるアイズは思案する。

ここにいればベルにまで危険が及んでしまう。

姿を見せない強者相手にベルを守りながら戦う余裕なんてアイズにはない。

「……ベルはここにいて」

「アイズさん!?」

なら、自分からその者に近づく。

少しでもベルを危険から遠ざけるために。

夜の森の中を駆け出すアイズは森の奥へと向かっていくと一人の男が木にもたれながら立っていた。

ぱっと見、自分よりも年上の男性のはずだけど、どういう訳かアイズには近親感がある。

初対面の筈なのにどうしてそう思うのか、アイズは尋ねた。

「………貴方は誰ですか? どうしてここに?」

警戒しながら口を開いて尋ねるアイズに男は口角を上げる。

「……なるほど。似てるな、『アリア』に」

「ッ!?」

「おっと悪い、誰、だったか」

男の口から放たれる『アリア』の言葉に過剰に反応するアイズに男はとぼけた口調で名乗りを上げる。

「俺の名はへレス。【シヴァ・ファミリア】団長、【破壊者(ブレイカー)】へレス・イヤロス。ミクロの父親だ」

へレスの言葉にアイズは鞘から剣を解き放つ。

アイズは遠征中の58階層でミクロと戦ったへレスの事についてフィンから聞いたことがある。

へレス・イヤロス。今は要注意人物(ブラックリスト)記されている犯罪者。

だが、その実力はオラリオの中で【猛者】と同じLv.7の実力者。

そしてミクロの肉親と呼べる相手。

「……答えて、どうして貴方がお母さんのことを」

「おいおい、その前に二つ目の質問を答えさせろ。一度に何べんも質問されたら答えれるもんも答えられねえぞ?」

「………」

視線を絡ませ合い、油断なく構えるアイズにへレスは悠然としたまま。

「今回、用があるのはミクロじゃねえ、お前だ、【剣姫】。いや、大精霊の娘。アイズ・ヴァレンシュタイン」

トントンと槍で肩を叩きながら軽薄に話すへレスにアイズは無言。

自分の事を、いや、母親のことを知っている存在が身内以外にもいたことに驚愕している。どうしてその事を知っているのかと質問を投げたかった。

だが、へレスは槍を持って矛先をアイズに向ける。

「お前の血が必要なんだ。俺達の理想を叶えるために」

「私の……血………?」

「ああ、だが、大人しく寄越せなんて温情に済ませる気は毛頭ねえ。奪うだけだ」

「――――――ッ!?」

呑み込まれるかのような濃密な殺気を浴びて、アイズは一瞬だけ怯んだ。

「抗ってくれよ? じゃねえとお前の為に大掛かりな計画が台無しだ」

「計画………?」

聞き返すアイズの後方から壮絶な爆発音や冒険者達の荒げる大声が聞こえてくる。

一体何が起きているのかと、考えてしまうアイズにへレスは接近して一突きするが、アイズは咄嗟に剣で防御を取った。

「よそ見をすると怪我じゃね済まねえぞ?」

「皆………ッ」

へレスとアイズが衝突する。

 



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New87話

ミクロは陣の中で休憩時間を利用して新たに開発中の魔道具(マジックアイテム)の完成に取り掛かっていた。

「お師匠様、それは何ですか?」

「前回の遠征での反省を活かした新しい魔道具(マジックアイテム)

尋ねてくるセシルに簡潔に答えるミクロは一向に手を休めることなく作業に没頭している。

セシルはそんなミクロの背中を見ながらその完成途中の魔道具(マジックアイテム)に視線を向ける。

今まで多くの魔道具(マジックアイテム)を見てきたセシルだが、今回のは大きい。

いつもは指輪やネックレスといった装飾品のような物が多かったが、今ミクロが作製しているのは装飾品で終わるものではない。

黒い輝きを放つそれは人一人が乗れるほどの大きさで左右には翼を用いた刃のようなものが生えている。

正直セシルには師であるミクロが何を作っているのか少しも理解出来ない。

「それって何に使うんです?」

「空を飛ぶ」

「え!?」

どのような効果があるのか気になって尋ねてみたら予想外な答えが返って来た。

「前回の遠征で俺は落ちたから次はそうならないようにするための魔道具(マジックアイテム)

【ロキ・ファミリア】の遠征の際にミクロは砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)の砲撃による穴から落ちて一気に58階層まで落ちた。

その話を聞いてセシルは思い出したかのように手を叩いた。

「そういえばお師匠様はよく無事でしたよね。7階層分も落ちたのに」

飛龍(ワイヴァーン)を足場にして降りた」

「………」

そんなことが出来るのはお師匠様だけという言葉が喉まで出かけたが、何とか呑み込んだ。

「でも、危険だったことには変わりない。それに『穢れた精霊(デミ・スピリット)』との交戦に高度な機動力もあれば少しは楽に攻略できた」

それ以前にその『穢れた精霊(デミ・スピリット)』の魔法を受けて平然としていたお師匠様が機動力なんてつけたらそれはもう蹂躙では?

そんな失礼なことを考えていたセシルだった。

まぁ、それでも今作製しているのは空を飛び、尚且つ機動力がある魔道具(マジックアイテム)だということはよくわかった。

本当に色々な物を作ると頷く。

「団長!!」

その時、ベルが大慌てで二人がいる天幕にやって来た。

「どうした?」

手を止めて振り返るミクロにベルは肩で息をしながら呼吸を整えて告げる。

「ア、アイズさんが……一人でこの先の森の奥に………」

「アイズが?」

「ぼ、僕、どうすればいいのか……わからなくて………」

ベルの様子から見て相当慌ててここまでやって来たのは頷けられる。

しかし、アイズがどうして森の奥へそれも一人で向かったのかわからない。

オラリオ外のモンスターは弱い。

アイズがわざわざ赴くほどの強敵がいるとはどうしても思えなかった。

「団長!! 大変です!! ラキアの兵達が攻めてきました!!」

団員の一人が切羽詰まった顔でやって来て状況をミクロに話した。

「ラキアの兵達、様子がおかしいんです! 今は他の冒険者達と共に迎撃しているのですが、怪我をしようが魔法で吹き飛ばそうが平然と突っ込んできて……!」

その話を聞いてミクロは思案する。

これまでの戦闘ではそこまでの強行はしてこなった。にも拘らず突然にそのような強行をしてきた理由は何だろうか。

「………まさか」

一つの推測がミクロの頭の中で立てられる。

しかし、だとしたら何故このタイミングで襲ってくるのかわからない。

「……破壊の使者(ブレイクカード)

二人の報告にミクロは最悪な展開を考えて天幕を出て団員達に告げる。

「―――総員、ラキアの兵士を至急捕縛! 最悪手足の骨を折ってもいい! 命さえ無事なら手段は問わない!」

『はい!!』

「リュコス! お前も前衛に出て前衛の指揮を取れ!」

「あいよ!」

「スウラ! お前は中衛の指揮を任せる!」

「了解!」

「後衛、魔導士部隊の指揮をスィーラ! ただし殺傷能力の高い魔法は出来る限り控えろ!」

「はい!」

「全体の指揮をティヒア! お前に任せる!」

「わかったわ!」

それぞれの役割と指令を下すミクロに全員が応答し、行動に移る。

「ベル、お前はセシルと一緒に他の皆を守れ。アイズのところには俺とリューが行く」

「はい!」

ベルの返答を聞いてミクロはリューと視線を合わせて互いに頷くと一気に駆け出して森の方へ向かう。

「しかし、何故破壊の使者(ブレイクカード)が【剣姫】を」

「わからないけど、可能性はある以上は俺達で行った方が良い」

破壊の使者(ブレイクカード)の狙いはわからないが、アイズがベルを置いて向かう程の強敵がいるとしたらそれは破壊の使者(ブレイクカード)しか思い当たらない。

どういう意図が隠されているのかはわからないが、二人は森の中を駆け出す。

「会いたかったぜ! エルフ!!」

突風の如く跳んできた狼人(ウェアウルフ)がリュー目掛けて突貫してきた。

「ヴォ―ル・ルプス……ッ!」

再戦(リベンジ)だ!!」

人造迷宮(クノッソス)でリューに敗北した狼人(ウェアウルフ)はリューに攻撃を繰り出す。

「リュー!」

それを見てミクロも参戦して二人がかりでヴォ―ルを倒そうとしたが、咄嗟にミクロは身を屈めて背後から襲ってくる攻撃を避けた。

「へぇ、今のを避けるんだ?」

振り返り、姿を見せるのは白髪の兔人(ヒュームバニー)の女性。

その背には蜘蛛を連想させる鋼鉄の八本の脚がある。

破壊の使者(ブレイクカード)だな……」

「そうだね。私は破壊の使者(ブレイクカード)の一人、コネホ・ダシュプース。二つ名は【鋼脚兔(ラビットスティール)】。悪いけどここから先は立ち入り禁止だよ」

「通る」

『リトス』から槍を取り出して接近するミクロにコネホは八本の鋼鉄の脚でそれを容易く受け流してそれと同時に攻撃を加える。

しかし、ミクロはそれを回避して距離を取る。

やはり、一筋縄ではいかない。

「答えろ。どうしてアイズを狙う?」

「答える義理はないねぇ」

嘲笑うようにはぐらすコネホにミクロは再び接近する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変ス! ラキアが突然攻めて来たっす! それに妙な土の怪物も!」

「なんじゃと!!」

【ロキ・ファミリア】にも突然襲いかかって来た王国(ラキア)に驚愕を覚えつつ、外を出て確認するとそこには統率もないただ我武者羅に向かってくるラキアの兵士達とその後ろには巨大な土人形がいた。

「なんじゃあれは!?」

驚きの声を上げるガレス。

陣よりも前線にいるガレスはフィン達も早くその巨土人形を目撃する。

「ラウル! このことを早くフィン達に知らせるんじゃ!」

「は、はいっす!」

ラウルに伝令を遣わせて自身は大戦斧を掲げて前線に復帰する。

ラキアの兵士達を無視して自分は厄介そうな巨大な土人形へ立ち向かう。

「なんじゃいこれは……」

驚きを隠せれないガレスはその土人形を見上げてそう呟く。

するとその土人形の肩から何かが落ちて来た。

ドシンと思い音と共に振って来たそれは大槌を持つドワーフ。

「ガシシ! 久しぶりじゃの! ガレス!!」

「お主……ゾワィか………」

「ガシシ! その通りじゃ! 相も変わらず爺臭いな!」

「ふん、そういうお主も変わらず気味の悪い笑い方をしおって……」

皮肉を言い合わそう二人にゾワィは大槌を振り下して地面にたたきつけると土人形の拳がガレスに炸裂した。

「ガシシ! どうしたんじゃ! まさかそれで終わりじゃなかろう!?」

振り下された土人形の拳が砕かれ、土が宙を飛ぶなかでガレスは平然と立っていた。

「こんなもので儂を倒せれるものか」

「ガシシ! 挨拶代わりじゃ! 思う存分に(ころ)し合うぞ!!」

「いいじゃろう。お主の息の根を儂が止めてやるわい」

大戦斧と大槌がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

「どういうことよ、これ!」

「あたしがわかるわけないじゃん!!」

突然の王国(ラキア)の襲撃に理解が追いつかないティオネは叫び散らしていた。

今まで何度も襲ってきたことは会ったが、今回の様な我武者羅な突貫は前例がない。

「とにかく団長のところに行くわよ!」

事態がややこしくなっている今の状況下で個人で動くよりも団長であるフィンの指示を仰ぎに向かうティオネ達。

その時に二人の近くに二つの影が飛んできた。

「アルガナ!?」

「バーチェ!?」

「……ティオネか、ちょうどいい手を貸せ」

「ティオナ……」

二人の近くに飛んできたのはアルガナとバーチェ。

しかし、その姿は擦り傷や痣が体のあちこちにできている。

「このような場所でまた同胞に会うとは。アタシもつくづく同胞に縁があるね」

影から姿を現したのは四人と同じアマゾネス。

褐色肌に露出が多い衣料に耳飾り、首飾り、胸飾り、腕輪に脚輪と多くの装飾品を身に纏った同胞の姿にティオネ達も構える。

「誰よ、あんた………?」

破壊の使者(ブレイクカード)の一人、【舞闘女傑(ダンシィスト)】カティル・ヘルト」

「「っ!?」」

問いかけに応えるカティルの言葉に二人は目を見開いた。

フィンから聞いた【シヴァ・ファミリア】の一人にしてその実力は破壊の使者(ブレイクカード)でトップ3に入る猛者。

どうしてそんな実力者がここにるのかわからないが、カティルは二人に手招きする。

「同胞のよしみとして四人纏めて相手をしてやろう」

「なによ、それ? いくら何でも私達を舐めすぎてない?」

カティルの言葉に苛立ちを隠さないティオネ。

だが、ティオネの言葉も最もだ。

Lv.6を四人も相手にするなんて正気ではない。

「なら、証明してみせるがいい。私の一撃でも当てることが出来たら認めてやる」

挑発とも捉えるその言葉に二人は拳を握りしめる。

「上等よ! 後でほえ面かいても知らないから!」

「あたしだって負けないんだからね!」

四人のアマゾネスとカティルの勝負が始まった。



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New88話

破壊の使者(ブレイクカード)に襲われているであろうアイズを助ける為にミクロとリューの二人は森の中を駆けていると破壊の使者(ブレイクカード)である狼人(ウェアウルフ)のヴォールと兔人(ヒュームバニー)のコネホが攻撃を仕掛けて来た。

森の中にある木々を足場に空中戦を繰り広げているリューとヴォールは衝突し合う度に木刀とメタルブーツから撃音が森の中を響かせる。

「ヴォール・ルプス、自らの足で罪を償おうとはしませんでしたか……」

前回の戦闘でリューはヴォールに勝利して、自首を勧めた。

だが、ヴォールは再びリューの前に姿を現した。

「ハッ! (おれ)を殺さねえで情けを掛けたんだ! これ以上の屈辱はねぇ!!」

人造迷宮(クノッソス)でリューに敗北したヴォールは屈辱を果たす為に再びリューの前に姿を現して戦いに挑んだ。

リューはそれに対して特に言うことはない。

敗北を知って自分に勝利した相手に勝つという気概ぐらいはリューも持ち合わせている。

言い方はどうであれ今のヴォールは前回とは違い、リューを下に見てはいない。

挑戦者(リベンジャー)としてリューの前に現れたのだ。

「しかし、私は貴方と戦っている暇はありません」

近くで戦闘音が聞こえる。

ミクロもまた強敵相手に戦っている。

助けに行く為にも速やかに目の前の敵を倒す必要がある。

「自分よりも他人の心配かよ! 下らねぇ!!」

その事に気付いたヴォールは苛立ちと共に吐き捨てるとリューが尋ねた。

「貴方は……仲間が心配ではないのですか?」

「仲間!? 俺達、破壊の使者(ブレイクカード)に仲間意識なんて持っちゃいねえ! 強ければそれだけでいい!!」

微塵もコネホの事を心配する素振りすらみせないヴォール。

個々の強さを信条としているのかはわからないが、リューは訝し気に訊く。

「彼女が、仲間がどうなろうと貴方は構わないと?」

「当然だ! 弱い奴は、仲間意識を持つ奴は死ぬ! それだけの話だ!!」

即答であった。

一瞬の迷いも躊躇いもなくに即答するヴォールにリューは目を細める。

「貴方は仲間を何だと思っている?」

その問いにヴォールは醜悪な笑みを浮かべて言った。

「価値のないただの有象無象だ。駒にも値しねえ」

ヴォールに仲間意識など微塵も抱いてはいなかった。

そこらへんに転がっている石ころと同じ程度しか思っていない。

それを聞いたリューは。

「下衆が」

仲間意識が強いリューにとってもその言葉は許容できるものではない。

憤るリューにヴォールは鼻で笑う。

「ハッ、いくらでも吠えてろ! 今度は俺がテメエを殺す!」

加速するヴォール。

リューの最大速力を上回る速さで動き回るヴォールに対してリューは木刀を収めて魔武具(マジックウェポン)である『薙嵐』を抜刀し、風の刃を生み出すとリューはそっと目を閉じた。

「そんな玩具で俺の動きが捉えられるかよッ!」

後方から勢いをつけた蹴撃が襲いかかってくるが、リューはその攻撃を最小限の動きで避けた。

「なっ!?」

いとも容易く回避されたことに目を見開くヴォールだが、速度を緩めることなく今度はフェイントを混ぜて接近するが、それも回避されてしまう。

前回はリューは技術と騙欺(ブラフ)を用いてヴォールの動きに対応した。

ヴォールも二度も同じ手が通用しない様に十分に対策を考えてリューに挑みにかかった。

それなのにどうして自分の攻撃をこうも容易く避けられるかわからなかった。

「チッ!」

舌打ちと共に電光石火のような連撃を繰り出すヴォールにリューは目を閉じたままそれを全て避ける。

「……すぐに頭に血が上るのは貴方の悪い癖だ」

「ああっ!?」

「それに場所も悪い。ここは(エルフ)領域(テリトリー)です」

リューがヴォールの動きを風で感知しているから。

魔武具(マジックウェポン)『薙嵐』は周囲の風を収束させて風の刃を生み出す。

『薙嵐』は一定量の風を収束させて刃として形状を留めているのではなく、常に風を収束し続けている。

その副次効果でリューは『薙嵐』に収束する風を探知機として使い、ヴォールの動きを感知している。

収束していく風に揺らぎがあればそこにヴォールがいると風が教えてくれる。

更に言えばここは森の中。

森と共に育ったエルフ(リュー)にとって格好の場であり、狼人(ウェアウルフ)であるヴォールにとっては戦いにくい場所である。

速力が自慢のヴォールにとって周囲にある木々は自分の動きを阻害する邪魔者でしかない。

ここが何もない草原や高原ならリューが敗北する可能性は高いだろう。

だが、勝負を仕掛けてきたのは向こう。

言い訳を聞く道理はない。

「チッ―――【餓狼よ、」

「遅い」

魔法の詠唱を行おうとする前にリューが『薙嵐』でヴォールに一閃。

一太刀入れられたヴォールから鮮血が飛び散る。

左肩から右横腹にかけて赤い一線が走るが、ギリギリで致命傷を避けることができたリューは殺さずにヴォールを倒すことが出来た。

「ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「ッ!?」

だが、それでヴォールは膝をつくどころか自身の傷を無視してリューに殴りかかった。

「ぐっ……ッ」

咄嗟に反応できたおかげで防御することはできたが、その攻撃の勢いに負けて殴り飛ばされてしまう。

「あれは……ッ」

視線を上げてヴォールに視線を向けるとヴォールの瞳孔が割れていた。

空にある月を見てリューは気付いた。

「『獣化』……」

狼人(ウェアウルフ)なら誰もが発現する『スキル』属性として知られている身体能力上昇。

月下条件のなかでヴォールはその力を開放した。

更に――。

「俺は………テメエを殺すッ!!」

爆速するヴォールの動きは先ほどとは比べるまでもないぐらいに速い。

動きを感知した上でも辛うじて回避できるほどだ。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

吠える。

攻撃をするたびに、速く、重く、鋭くなっていく攻撃にリューは防戦を強いられる。

「どこまで……ッ」

速く、強くなる。

「殺す殺す、ブチ殺すッ!!」

その瞳に瞋恚の炎を宿すヴォールの連撃は一発一発が必殺のように思える。

そして遂にヴォールの攻撃がリューに被弾した。

「ぐぅうっ!?」

たった一発。その一発を被弾しただけでリューの細い身体は宙を浮いて木々に叩きつけられる。

肺から呼吸を引きずり出されながらリューは眼前に迫ってくるヴォールの攻撃から身をねじらせて回避する。

疲れ知らずのヴォールの攻撃はリューに休む暇も与えない。

顔中から流れ落ちる大量の汗と体に走る痛みが、リューに死の気配を感じさせる。

これまで経験してきたどのものよりも苛烈で強力な絶対的な死線。

「どうした!? 俺を殺さねえとミクロのところには行けねえぞ!!」

素手で木々を粉砕していくヴォールはリューに叫ぶ。

「テメエには誰かを殺してでも守る覚悟はねえのか!?」

「―――ッ!?」

「下らねえ仲間意識を持つから死ぬんだよ!!」

ヴォールはこれ以上にないぐらい苛立っていた。

その原因は目の前にいるリューの瞳が昔の自分に酷似していたから。

ヴォール・ルプスは狼人(ウェアウルフ)の部族に拾われた孤児だった。

今でも本当の家族は知らないが、紛れもなくこの時だけはその部族がヴォールにとって家族であり、仲間だった。

その中でヴォールは族長の娘に恋をした。

一目惚れだ。ヴォールは族長の娘に心から恋をして彼女を為に強くなろうとした。

強くなって部族を率いる存在になりたい。

彼女を守れるぐらいに強くなりたい。

子供だったヴォールは誰よりも強くなることに餓え、彼女に自分の事を認めて欲しかった。

努力を重ね、一人、また一人と誰もがヴォールの事を認め始めて来た。

それに応えてヴォールもより強くなろうと己の牙を磨いた。

心から信用、信頼できる仲間が出来て、遂にヴォールは彼女にも認めて貰えるようになった。

嬉しかった。心から歓喜した。

心が舞い踊るとはこの事だとこの時初めて知った。

だが、それも長くは続かなかった。

ある日、狩りに出ていた部隊が怪我を負って帰って来た。

強いモンスターに襲われて部族で一番強いヴォールに助けを求めに帰って来た。

ヴォールは有無言わずに仲間達が襲われている場所に駆け出すが、そこには何もなかった。

鮮血も、モンスターの姿も気配も、仲間達の姿も何もない。

穏やか過ぎる程に静かだった。

場所を間違えたとさえ思って首を傾げたが、確かにこの場には仲間達の匂いがしっかりと残っている。

怪訝したヴォールは一度戻って今度は仲間達と一緒に行こうと踵を返した。

部族に戻るとヴォールは目を見開いた。

怪我を負い、ヴォールに助けを求めた仲間が彼女を殺していた。

疑念、疑惑、困惑がヴォールの脳裏を過ぎると同時に血塗れとなっている愛する人の姿と殺した仲間、彼を見て気付いた、気付いてしまった。

彼もまた彼女に惚れて、ヴォールに勝負を挑み、敗北した。

恋敵(ヴォール)に奪われるぐらいなら殺す。

その考えと気持ちをヴォールは理解し、納得してしまった。

彼と同じにヴォールも彼女の事を愛しているから。

プツンと頭の中で何かが切れる音がした。

そして気が付けばヴォールは彼を殴殺していた。

ヴォールは悟った。

仲間なんてものを信じるから愛する人を失ってしまう。

自分が彼に対して仲間意識を持っていたから彼女は死んだ。

そして、彼女も弱かったから死んでしまった。

全ては仲間なんて下らないものを持ったせいでヴォールは最愛の人を亡くしてしまった。

だからこそにヴォールはリューの瞳が気に入らない。

仲間を、愛する人も何もかも嘘偽りなく信じているリューが気に入らない。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

感情のままに吠え、その猛威を振るう。

暴猛狼(ニートスフス)】。

感情のままに己の猛威を振るうことから神々が授けたヴォールの二つ名。

暴風のように激しい連撃にリューは大きく距離を取った。

だが、今のヴォールには多少距離を取ったところでそんなものは無に等しい。

すぐさまに距離を縮めたヴォールはその豪爪を振るう。

「死ねッ!」

放たれる豪爪はリューの身体を貫いた。

「ぐ……うぅ……」

身体を貫かれて苦痛に呻くリューにヴォールは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「―――『アリーゼ』」

 

「っ!?」

その時、リューはヴォールの腕を掴んだまま空を跳んだ。

「テメエ……ッ」

宙を何度を蹴ってどこまでも空高くまで跳躍するリュー。

「………貴方の命を奪させてもらいます」

苦痛に耐えながらリューはそれだけを告げると自身の腹部に貫いているヴォールの腕を引き抜いて突き放す。

そこから自然落下するヴォールにリューは血を吐きながら宙を蹴って空を疾走する。

いくら速くても、脚に自身があってもそれは大地に足が付いていなければならない。

そして空ならミクロから貰った魔道具(マジックアイテム)『アリーゼ』を持つリューが有利。

「ああああああああああああああああっ!」

一閃。

『薙嵐』でリューはヴォールの喉を急所を切り裂いた。

確実な致命傷を与えられたヴォールは嗤った。

「ハッ………」

その言葉を最後にヴォールは受け身を取ることなく地面に激突。

同じく地面に着地したリューは傷口に高等回復薬(ハイ・ポーション)をかけて続けて数本飲んで傷口を癒すとヴォ―ルの下へ歩くと嗤いながら死んでいた。

「………重い」

【アストレア・ファミリア】に所属していた時、多くの悪を断罪してきた。

復讐に走った時も多くの命を葬って来た。

だけど、これはこれまでと比でないぐらいに重く、辛い。

たった一人の命の重さがこれほどまでに重いことをリューは初めて実感した。

そして、この重さを受け入れているミクロがどれほどまでに強い覚悟と信念を抱いているのか改めて分かった気がした。

「ミクロ、今、参ります……」

それでもリューはミクロの傍に居続ける。

それがリューの覚悟と信念だから。

 



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New89話

リューとヴォールが戦っている間、ミクロも兔人(ヒュームバニー)、コネホ・ダシュプースと戦闘を繰り広げていた。

「ほらほら、どうしたんだい?」

背中から姿を現す蜘蛛を連想させる八本の脚がミクロを襲う。

一つ一つが違う動きで繰り出す攻撃にミクロは攻撃に出れず、回避に専念する。

「急いでいるんだろう? 私を倒さないと【剣姫】が死んじゃうかもよ?」

嘲笑と共に挑発するコネホにミクロはその挑発に乗ることなく冷静にコネホに言う。

「それは魔武具(マジックウェポン)だな?」

「そうだよ、これは『デフォルスパイ』。シャルロット副団長が私にくれたとっても便利な道具だよ」

ククク、と小さく嗤う。

「凄いよねぇ、これ。八本とも不壊属性(デュランダル)が付与されておまけに一定範囲内なら伸縮自在。更にこんな仕掛けもあるんだよ?」

八本の脚の先端をミクロに向けるとそこから大糸が放出される。

「っ!?」

咄嗟に回避を取るミクロにコネホは嗤う。

「逃がさないよ」

再び照準を定められて大糸がミクロに向けて放出されるが、ミクロはその大糸を槍で切り裂くが、また別の脚から大糸に襲われる。

魔武具(マジックウェポン)『デフォルスパイ』。

不壊属性(デュランダル)』が付与された八本の脚は一定範囲内の伸縮を可能とし、更にはその先端から放出する大糸は獲物を絡ませ、動きを封じるだけではない。

「ああそうそう、気をつけた方が良いよ? この糸は粘着性のと切断性の二つの性質を持った糸を出せれるからね」

嗤いながら忠告するかのように告げるコネホは逃げ回るミクロを見て心底楽しんでいた。

それと同時にミクロは一つだけ判明したことがある。

ギルドの独房で殺されたヴァレッタはコネホに殺されたということを。

「ほらほら、しっかり避けないと」

逃げ纏うミクロを捕まえようと粘着性の大糸を放出しまくるコネホにミクロは思考を働かせる。

大糸自体は『破壊属性(ブレイク)』を持つこの槍で破壊することは出来る。

だが、あの脚自体は『破壊属性(ブレイク)』を相殺させる属性『不壊属性(デュランダル)』が付与されている為に破壊することは出来ない。

仮に大糸だけを先に破壊したとしても攻撃に移ろうとした瞬間の一瞬の制止をコネホは狙ってくるだろう。

大糸が出せなくなるまで逃げ続けたとしてもその時はこの周辺は大糸だらけになって碌に身動きが取れなくなってしまう。

なら、魔法で吹き飛ばす。

「いや……」

槍から魔杖に取り換えて魔法でコネホを倒そうと考えたが今のミクロにそれはできない。

この先にアイズと戦っている相手が誰かはミクロは容易に想像できる。

それは【シヴァ・ファミリア】の団長であり、父親であるへレス。

へレスを相手にするとなると精神力(マインド)の消費は抑えておきたい。

「魔法、使わないのかい?」

コネホもそれを承知している。

だからこそ、執拗にミクロに攻撃を行える。

「ミクロォ、君は自分がどういう存在なのか知っているかい?」

「………」

「君は『英雄』の『器』を持ち、才能に溢れ、人の上に立つ『王』の素質を持って産まれてきた希少で貴重な存在なんだよぉ。故に君は孤高者でもある」

逃げ纏うミクロを見据えながら語り続ける。

「きっと君のこの先の未来でも君と同種の存在は誕生しないだろうねぇ。何故か? それはそれほどまでにミクロ、君が特別過ぎるからだ。人間、いや、亜人(デミ・ヒューマン)の全ては自身よりも強大な才覚と力を持つ者に恐れ、焦れ、畏怖する。わかるだろう? 君はそういう存在なんだよ」

口角を上げながら語るコネホは脚を動かして左右から大糸を放出するが、ミクロは鎖分銅を駆使してそれも避ける。

「だからこそ君は選ばれたんだよ、使徒に」

「………使徒?」

初めて聞いた言葉に怪訝するミクロだが、コネホは嘲笑を浮かべるだけ。

「これより先の答えが知りたかったら私を倒すことだねぇ。もっとも出来たらだけど」

腰に携えている細剣を取り出すコネホは駆け出してミクロに急接近して一突き。

ミクロはそれも避けるが、一突きされた木々を見て驚く。

突き刺された木々はドロドロに溶けている。

「私はねぇ、『調合』の発展アビリティを持っているんだ。この剣の刀身には触れたものを何でも溶かす猛毒を塗っているんだよぉ」

そう言って連続突きを繰り出す。

「いくら頑丈な君でも一撃でもこれを喰らえばお陀仏だねぇ!」

連続突きを繰り出すコネホの猛攻に回避、防御を繰り出すミクロの横から『デフォルスパイ』の脚から放出される大糸がミクロを襲う。

正面からは猛毒の剣を持つコネホに左右上下からは魔武具(マジックウェポン)による大糸の拘束と攻撃。

一回でも受けたら危険の状況の中でミクロは耐え続ける。

「ほらほら、反撃してみなよ! これぐらいを容易に突破できないようじゃ団長は倒せれないよぉ!」

嘲笑と挑発を行うコネホにミクロは小さき息を吐いた。

「『ディオン・ヴォード』」

「は……?」

突如、大糸が氷漬けになった。

それに呆けるコネホの一瞬の隙をミクロは見逃さず、その顔に一撃入れた。

「ぶっ!?」

殴られ、吹き飛ばされたコネホは木々に衝突してミクロが持つその槍を見た。

「それは……シャルロット副団長の魔武具(マジックウェポン)

青白い輝きを放つ槍からは白い煙が発生し、その付近の木々が凍り始めている。

「これならお前の糸を容易に対処できる」

氷の魔武具(マジックウェポン)『ディオン・ヴォード』。

氷の力を持つこの槍なら大糸を凍結させて無効化することが出来る。

「甘いね……まだ……」

その槍の脅威を知っているコネホだが、まだ自身の魔武具(マジックウェポン)『デフォルスパイ』がある。

今度は拘束なんて温いことはせずに、切断性の糸でミクロに攻撃を仕掛けようと思ったが、脚の先端から大糸が放出されない。

「なっ!?」

それもそのはずだ。

脚の先端が既に氷漬けにされていたからだ。

「いつの間に………ッ!?」

驚愕に包まれるコネホの表情が歪み、焦りが生じる中でミクロは木の枝から地面に着地する。

「お前を殴り飛ばした際に封じた」

ミクロはコネホを殴ると同時に脚の先端を凍らせて無効化にした。

これでもう大糸を放出することは出来ない。

「次は俺に番だ」

ミクロは槍を『リトス』に収納して今度は別の魔武具(マジックウェポン)を取り出す。

「『ヴェント・フォス』、『バルク・フォス』」

風と雷を宿す二振りの魔武具(マジックウェポン)を持ってミクロはその力を振るう。

一瞬でコネホとの距離を縮めて怒涛の攻めを繰り出すミクロにコネホは八本の脚を全て防御に徹した。

「ぐっう………ッ」

風と雷の猛攻に今度はコネホが防戦を強いらされる。

いくら『不壊属性(デュランダル)』が付与されているこの脚でも壊れないだけで摩耗はする。

このままではじり貧だ。

「はぁ!」

強引に防御を捨てて全ての脚を攻撃に転じたコネホだが、そこにはつい今しがたまで猛攻を続けていたミクロの姿はなかった。

「ここだ」

背後から姿を現したミクロはコネホの背中にある魔武具(マジックウェポン)に攻撃する。

「うぅ………ッ!」

吹き飛ばされ、地面を跳ねるコネホは何とか態勢を整えて地面に手をついて勢いを止める。

「この魔武具(マジックウェポン)が狙いだったとわねぇ! だけど、この魔武具(マジックウェポン)を壊すことは――――っ!」

不壊属性(デュランダル)』を持つ魔武具(マジックウェポン)は決して壊れない。

それなのにコネホは目を見開いた。

『デフォルスパイ』が動かないことに。

魔道具(マジックアイテム)魔武具(マジックウェポン)は確かに強力な力を持っている。だけど、完全な物を作り出すことは出来ない」

完全無欠なものは決して作れない。

それは『神秘』を持つミクロ、シャルロット、アスフィはよく知っている。

コネホが使っている『デフォルスパイ』も例外ではない。

背中にある八本の脚が集結している場所に外から強烈な損傷を与えれば動けなるのも明白。

例えそれが『不壊属性(デュランダル)』が付与されていたとしてもだ。

「ここで終わらせる」

両刀を構えてこの戦いを終わらせようとするミクロにコネホは嗤った。

「まだ……まだ終わらないよぉ!」

動けなくなった『デフォルスパイ』を捨ててコネホは詠唱を歌う。

「【炎熱に包む灼熱の世界に炸裂する感情。淡い幻想までも崩壊に誘う】」

魔法の詠唱を口にする。

起死回生の一手を繰り出そうとするコネホにミクロは何もしない。

ただ、その詠唱に耳を傾ける。

「【幼くも知る破壊という快楽は我が身、我が心の戒めを開放する。汝の痛叫は潤いとなると知れ】」

嘲笑を浮かべながらコネホは魔法を開放する。

「【シャマ・ドロル】」

直後。

二人の周囲に炎が迸り、二人を取り囲むように炎の結界に閉じ込められてしまう。

ミクロは氷の魔武具(マジックウェポン)で凍らせようと試みたが、その炎は凍ることも、炎熱が失うどころかより烈火のように激しく燃える。

いや、違う。

この炎は何も燃やしてはいなかった。

周囲にある木々も草も燃えてなどいない。

炎の熱は感じられてもその炎は何も燃やしてはいない。

「不思議だろう? これが私の魔法【シャマ・ドロル】。喪失魔法だよ。ただし、対人用だけどねぇ」

嘲笑を浮かべてコネホは得意げに自身の魔法を語る。

「この炎は範囲内にいる私が認識した敵に対して効果を発揮する。その能力は記憶の喪失。正確に言うとねぇ、認識した敵が持つ幸せな思い出を消していくのさぁ」

コネホの喪失魔法はコネホが敵と認識した敵のみ効果が発動し、範囲内にある炎に触れるたびに自分が持っている大切な思い出が消えていく。

誰かの事を忘れるという訳ではない。

ただ、その思い出が無くなってしまうだけ。

だからコネホは自身の魔法の能力をミクロに明かした。

ミクロはこれまで苦楽を共にしてきた家族(ファミリア)との大切な思い出がある。

そんなミクロが自分からその思い出を捨てに行くことなどできない。

失う怖さ、離したくない幸せ。

その二つをミクロは知っているからだ。

故にミクロは炎に守られているコネホに近づくことなどできない。

そして、炎は少しずつミクロの居場所を無くしていく。

「さぁ、私に見せてぇ。苦しみと絶望に浸かるその顔を……」

恍惚な表情を浮かべて居場所がなくなって行くミクロを見据えるコネホは昔のことを思い出した。

コネホには姉いた。

いつも自分を虐めてくる姉が。

泣こうが、謝ろうが、姉は暴力も、横暴も止めるどころかより激しさを増すばかり。

姉に逆らえず、痛みと苦しみに耐えながら日々を過ごしていたある日に事件が起きた。

姉がコネホを縛り付けて廃家に閉じ込めた。

更には廃家に火をつけた。

燃え上がる廃家に息苦しくなる呼吸、叫び、もがき、苦しむなかで聞こえてくるのは姉の嘲笑を含めた高笑う声だ。

熱気と痛みと絶望の中でコネホの中の何かが崩壊した。

すると、頭が不意に冷静になったコネホは炎で縄を燃やして引き千切ると燃え上がる廃家を脱出して驚愕に包まれている姉を捕まえて両手両足の骨を折って燃え上がる廃家の中へ放り投げた。

そこから聞こえる今まで聞いたことのない姉の痛叫、命乞い、謝罪を聞いたコネホは嗤った。

そして、理解して納得した。

姉はどうしてあんなにも自分を虐めていたのか。

それは愉しいから。

こんなにも愉しいことに浸かる姉の気持ちがコネホは初めて知った。

人を壊すのが、壊れるのがこんなにも愉しいと教えてくれた姉にコネホは初めて感謝した。

それから燃え上がる廃家を背にしてコネホは住んでいた村を去った。

昔の事を思い出しながらこれから聞こえるミクロの叫びを待ち遠しく思うコネホにミクロは『アヴニール』を取り出して構える。

 

その瞬間、コネホは後方へ吹き飛ばされた。

 

「え………?」

気が付けば、瞼を開ければ、自分が炎の範囲内から離れ、目の前にはミクロがいた。

そして遅れながら自身の腹部に黄金色の長槍が突き刺さっている事に気付いた。

「ごふ………今のは……団長の……」

「一度は受けた技だ」

長槍を引き抜いて簡潔に答えるミクロにコネホは呆れるように笑った。

「一回で身に着けるって………あの二人の子供らしいねぇ」

「大人しくギルドの独房に入るなら傷を治してここで放置する。抵抗、逃走をするなら両手両足を切り捨てる」

「ああ、そうところは団長似だねぇ………」

冷酷で容赦のないその言葉にコネホは細剣を振るう。

だが、その細剣はミクロではなく自身に突き刺して自害した。

「姉さん………」

その言葉を最後にコネホの瞳から光が消えた。

「………どうしてお前達は死ぬことを選ぶ」

いや、それほどまでに絶望しているからこれ以上の残酷な生よりも死を選ぶ。

破壊を求めるものは己が破壊されるのを望んでいる。

これまで破壊の使者(ブレイクカード)との戦いでミクロはそう思いながらコネホの瞳を閉じる。

「ミクロ!」

「リュー。無事だったか……」

空から跳んできたリューが無事で安堵するミクロはこの先、アイズがいる方向に視線を向ける。

「待ってろ。アイズ」

 



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New90話

漆黒に覆われし長槍と銀色に輝くサーベルが高い金属音を響かせる。

「なかなかの剣技だな、【剣姫】」

「………っ」

余裕の笑みを浮かばせながら怒涛の連撃を繰り返しているへレスにアイズは防戦を強いられながらも攻撃を捌いていた。

――――強い。

わかっていたことではあるが、得物をぶつけ合って再度そのことを改めた。

空間ごと抉り取るような突きは一撃一撃が必殺技のように強く、荒々しくて激しい。

磨き抜かれた槍術はアイズが一番よく知っている槍使いであるフィンを上回っている。

それだけではない。技と駆け引きも、当然身体能力もへレスの方が上。

階位云々だけではなく、己を愚直なまでに鍛え抜いてきた力量の前にアイズは唇を噛み締める。

「……どうして私を襲うの?」

「さっきも言っただろう? 精霊の力を宿したお前の血が必要なんだよ」

「私を血をどうするの?」

「そうだな……俺に一撃でも当てたら教えてやる」

余裕の表情を崩すことなく告げるへレスにアイズは迷いを捨てた。

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

紡がれた呪文が気流を呼んだ。

アイズの唇が大きな一声を打つと同時【エアリエル】が発動し、剣に、全身に風の力が付与される。

それを見てへレスは笑った。

「はは、面白れぇ。あいつと同系統の魔法か。だが、純粋な出力はお前の方が上だな」

爆発的に高まった速度をもってしてもへレスは平然とそれに対応する。

「………っ!」

風の付与魔法(エンチャント)を発動し、剣の切れ味、速度を上げているにも関わらず、それを平然と対応してくるへレスに驚くが、それよりもアイズは目移りするところがあった。

「風が……ッ!」

へレスの槍と衝突する度に風が消されて、いや、壊されていく。

「ああ、この槍はどんなものも破壊する力がある。お前の風の例外じゃねえ」

自身の槍に『破壊属性(ブレイク)』が付与されている事を簡潔に告げるへレスにアイズは姿を消した。

風を使った変則攻撃による、死角への強制瞬間移動。

へレスの死角を取ったアイズは袈娑切りを放った。

「おっと」

「っ!?」

だが、へレスはそれにさえも対応してみせた。

「自分の死角を常に警戒してねえわけねえだろう?」

槍を振るって自身の死角からアイズを追い払い、アイズは剣を構えながらへレスと距離を置く。

「はぁ……はぁ………」

呼吸が荒くなる。

時間にしてまだ大して経ってはいないが、強敵を相手にアイズの心身にかかる負担は大きい。

自身の魔法(エアリエル)を破壊する槍も厄介だが、それ以上にへレス自身の実力が問題だ。

更に遠く離れたところにある陣から聞こえる悲鳴、怒声によって仲間達のことが気になってしまう。

「お仲間が気になるか? それとも助けが来ることに期待しているのなら止めておけ。俺の仲間達が全力で阻止しているこの戦場でお前だけを助けに来る奴なんていない」

「………っ」

心を見透かされているように告げられるへレスの言葉にアイズの表情が歪む。

へレスの言葉通り、仲間達は助けに来てくれる余裕なんてないだろう。

ここまで念入りに行われている計画なら実力者には実力者で対応しているに違いない。

なら―――。

「【目覚めよ(テンペスト)】」

アイズは再び詠唱を口にして風を呼ぶと同時に周囲の木々を足場に駆け跳ぶ。

直接的な攻撃だと風を纏っていようが、あの槍が魔法を破壊して無効化されてしまう。

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

更に気流を纏い、身体の酷使を無視して威力、速度を高める。

「……勝負に出たか」

魔法を酷使するアイズにへレスは察した。

アイズは次の一撃で決着をつける気なのだと。

「悪くはねえ……」

相手はLv.7という自分よりも上位の存在相手で更には触れたものを破壊する武器を所持している。

そんな相手にちまちまと戦っていれば敗北は必然。

なら、自分の力がある今の内に全ての力を一度に出し切って勝負に出る方が勝率が高い。

「【吹き荒れろ(テンペスト)!!】

そして吠えること三度。

己の内に眠っていた力を呼び覚ますかの如く、大いなる風を生み出す。

これまでの【エアリエル】にはない、凄まじい烈風が解き放たれる。

付与魔法(エンチャント)の域を超えて吹きつける烈風を前にへレスは口角を上げた。

「ははっ! これだ、これこそが大精霊の『風』だ!」

爆風と言っても差し支えない規模の風にへレスはアイズの風を称えるように高らかに笑う。

近づくことさえ許さない暴風の壁の前にへレスは口角を上げたまま槍を両手に持つ。

「来い」

短く、だけど深刻に告げるへレスは正面からそれを受け止めようとしている。

莫大な『魔力』を湯水のように消費しているアイズは覚悟を固め、勝負に出る。

「リル・ラファーガ!!」

最大出力の一点突破の神風。

超大型、階層主専用の神風が一直線に突き進む。

それに対してへレスは――――深く息を吸った。

「ハァッ!!」

神風を纏った颶風の矢と化したアイズの必殺技を受け止めた。

互いの得物がぶつかり合い、凄まじい力と力の衝突が発生する。

「………たいした威力だ―――――だが、甘い!」

「っ!?」

互いの得物がぶつかり合うなかで、へレスは巧みな槍捌きでアイズの勢いを上空へ振り払い、勢いを殺した。

そして、そこから振るわれる槍にアイズを守る風は壊された。

目を見開きながらこれから来るであろうへレスの槍にアイズは咄嗟に不壊剣(デスペレート)で防御を取ろうとする。

「遅い」

しかし、それよりも速くへレスの槍がアイズの肩を貫いた。

「あぐっ!?」

痛みが全身に走るアイズは悲鳴を上げる。

へレスはアイズの肩から槍を引き抜いてその血を自身の口の中に入れて飲み込んだ。

ゴクリと音が鳴るとへレスは口元についた血を袖で乱暴に拭い、アイズを見下す。

「【剣姫】。お前は剣の技量も魔法も申し分もねえ強さだ。それだけじゃねえ、お前はもっと強くなれる潜在能力(ポテンシャル)がある。いずれはミクロと互角以上に戦えられる力を持っている」

―――だが。

「お前には覚悟が、我の願望が、目的を達する為の貪欲が、その重さが足りない。問おう【剣姫】。お前は自分の願望以外の全てを捨ててでも叶えたい願いがあるか?」

「――――――――っ」

ある。

かつては悲願を叶えるために全てを捨ててでも強くなろうとした。

だけど、リヴェリアが、フィンが、ガレスが、家族(ファミリア)がアイズを独りにしないでいてくれた。

そして今は大切な友達、可愛い後輩、頼もしい戦友がいる。

笑顔を思い出させてくれた、愉快で、楽しくて、温かな家族(ファミリア)がいる。

かけがえのない絆、もう失いたくない居場所までアイズは捨てることが出来ない。

それでもアイズには叶えたい悲願(ねがい)がある。

「私は………」

不壊剣(デスぺレート)を持ち、立ち上がるアイズは真っ直ぐへレスを見据える。

「叶えたい悲願がある……守りたい家族(ファミリア)がある……………」

上がらない片腕を宙に垂らしながら片腕に持つ不壊剣(デスペレート)に力を入れる。

「越えたい人がいる……」

二度も敗北をしているミクロを超える為にアイズは。

「だから、諦めない……」

立ち上がり、剣をその手に持つ。

戦意を失うどころが猛るアイズにへレスは肩を竦める。

「強欲は自分の身を滅ぼすぞ?」

悲願も叶えたい、家族(ファミリア)も守りたい、越えたい人がいる。アイズには多くの叶えたい、叶えなければならないことがある。

それをへレスは呆れながらぼやいた。

「まぁ、既に満身創痍のお前は俺の敵じゃねえが」

片腕は上がらず、魔法(エアリエル)の酷使によって身体は既に限界寸前。

更にはへレスにはアイズの魔法が通用しない。

絶体絶命に等しいこの状況下の中でアイズの脳裏にはミクロの姿が過る。

守るべき家族(ファミリア)の為に立ち上がり、絶対的相手でも倒してきたミクロ。

今はそのミクロの姿を見習おう。

「【目覚めよ(テンペスト)】」

再びその魔法を呼ぶ。

「【エアリエル】」

酷使される身体を完全無視して風を纏うアイズにへレスは嘆息した。

「また、それか……俺にはお前の風は通用しねえのはもう理解してるだろうが」

知ってる。

だけど、ミクロならきっとこうした。

「私は、貴方に勝つ……!」

戦うことも勝つことにも諦めないアイズにへレスは嗤った。

「いいぜぇ。なら、精々壊れるなよ?」

無傷のへレスに満身創痍のアイズ。

どちらも戦意は消えることなく互いに得物を手に持って衝突する。

 

「【駆け翔べ】」

 

その時だった。

アイズの前に白緑色の風をその身に纏った一人の英雄が姿を現した。

「ミクロ………」

「アイズ、ごめん………」

自分の問題に巻き込んでしまったことに謝罪の言葉を述べるミクロは真っ直ぐへレスを見据える。

「後は俺に任せろ」

黄金色に輝く長槍を手にミクロは駆け出す。



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New91話

衝突する漆黒と黄金の長槍。

互いの得物がぶつかり合うなかでへレスはミクロが持つ槍に目が行く。

「なるほど……俺の持つ『ロギスモス』と同じ槍か」

「母さんが俺に託してくれたものだ」

破壊属性(ブレイク)』を宿す二つの槍は高い金属音と共に何度もぶつかり合っている中でリューはアイズに駆け寄る。

「【剣姫】。すぐに治療します」

高等回復薬(ハイ・ポーション)を数本取り出してアイズに浴びさせるリューは治療しつつも横目でミクロの様子を窺っている。

(ミクロ……)

心配するリューは今すぐにでもミクロと共に戦いたい。

だけど、二人の闘いに介入したら確実にミクロの足を引っ張ってしまう。

ミクロにとってへレスは最大の敵。

技も駆け引きも能力(ステイタス)もミクロを上回り、尚且つミクロの頑丈な身体を容易く貫く『破壊属性(ブレイク)』の槍を持つ。

更に肉親である父親(へレス)にミクロは何も思わない訳がない。

それでもミクロは倒すだろう。

自分の命を天秤に置かず、いつだって自分が傷付こうが、命尽き果てようが無茶をする。

それが父親が相手だとしても。

だけど―――。

(いざとなれば……私が………)

ミクロの盾になろう。

ミクロがいればまだ希望は潰えない。

取りあえず今はこの戦いを見届ける。

『薙嵐』の柄に手を置きながらリューは二人の戦いを見届ける。

 

 

 

 

「一つだけ答えろ。どうして母さんを殺した?」

「あぁ?」

戦いながらミクロはへレスに問いかけた。

どうして自分の妻を、シャルロットを殺したのかを。

「母さんは一ヶ月もない命だったんだ。それなのにどうして母さんを殺した?」

口調はミクロの気付かない程に怒気が含まれていた。

知らずに心にふつふつと出てくる怒りに気付かないまま問いかける。

「愛しているからだ。俺はシャルロットの事を心から愛し、そしてお前の事が憎い。だからあいつの最後をお前なんかに譲りたくはなかった」

驚くほどにあっさりと悪びれもなく答えたへレスにミクロは歯を噛み締めて吠えた。

 

「ふざけるなっ!!」

 

身体の裡に渦巻いていた感情が、喉を通って外界に顕現する。

怒涛の攻撃を繰り出すミクロにへレスは冷静にその攻撃を捌きながら言葉を続ける。

「ふざけてねえ。俺は真剣だ」

「だったらどうして母さんを殺した!? 俺が憎いのなら俺を殺せばいい! それなのにどうして愛している人を、母さんを殺す結果になる!?」

生まれて初めてかもしれない今ミクロの胸に宿す憤怒。

その憤怒の感情のままに叫び飛ばす。

「母さんは誰よりも俺やお前の事を大切に想い、考えていてくれる優しい人だった!!」

「ああ、あいつのそういうところも含めて俺は惚れていた」

「だったら―――」

「だが、そんなあいつをお前が変えた!!」

哮けるへレスはミクロの攻撃を捌いて鋭い一突きをミクロに放つ。

「っ……!?」

肩を掠めて血を流しながらもへレスの猛攻は止まらない。

「共に理想を掲げて、その為に強くなった! だが、お前という存在があいつの心を惑わした!! そんなお前を俺は許さねえ!」

ギィィィィンと金属音が周囲に響かせ合うなか互いに距離を取った。

「俺が……母さんを惑わした?」

へレスの言葉に困惑の表情を見せるミクロにへレスは語る。

「……そうだな、どうせここで死ぬんだ。俺達の理想、そしてお前の秘密を知らずに死ぬのも不便だな」

槍を肩に置いてへレスは口を開く。

「俺とあいつは親に売られた戦争奴隷だった」

それは数十年も前の話。

オラリオの外で起きた国同士の争い。

その兵士として親に売られたへレスは幼くも剣を持って戦場に放り出された。

捨て駒として扱われ、常に戦場の最前線に立たされていたへレスや他も子供達は殺さなければ自分が殺されてしまうという状況に立たされ、負ければ死に、勝てば薄いパンと味の薄いスープが食べられる。

へレスは心身をすり減らしながらも死に抗い、生にしがみついた。

こんなところで死んでたまるかと武器を手に持って敵を殺してきた。

同じ戦争奴隷とされた仲間が殺されようが、それを気にする余裕もなくへレスはいずれ自由を手にする為に戦いに明け暮れていた。

自分が生き残るためには他者を犠牲にしなければならない。

幼くもへレスはそう実感した。

だが、そんな戦場で一人だけ自分とは対極に等しい女がいた。

へレスと同じ時期に親に売られて戦争奴隷とされたシャルロットは感情豊かだった。

へレスを含めて大体の戦奴隷争の子供達は表情が死に、生きることに必死にだった。

その中でシャルロットは異質に見えた。

笑顔を振りまいて他人を励まして、自分の怪我よりも他人の怪我を心配し、仲間が死ねば涙を流して謝っていた。

へレスはそんなシャルロットを見て思った。

こいつはすぐにでも死ぬな、と。

甘い奴ほど、優しい奴ほど戦場では真っ先に死んでいく。

特に気にかけることもなくただ冷然とそう思っていた。

だが、それは大きな勘違いだった。

シャルロットは誰もが予想もできない発想や道具を駆使して味方を守り、自分を犠牲にしてでも仲間を助けた。

そんなシャルロットにへレスの少しずつ心が傾いていた。

気が付けば自分も仲間の為に武器を振るうって敵から仲間を守っていた。

へレスが前線に赴き、仲間達の士気を高めて、シャルロットが後方から仲間を守る。

二人はそうやって仲間を守り、戦い続けていた。

だが、戦場では必ず死者が出る。

それはへレス達も例外ではない。

戦場に出る度に一人、また一人と仲間が死んでいく。

その度に誰もが涙を見せた。

その中でへレスは決意した。

『俺は……この世界を変えてみせる。もう、俺達の様な存在を生み出さない世界を作ってみせる』

死んでいった仲間達に、今も生きる仲間達にへレスは己の決意を露にする。

『こんな世界なんて俺達がぶっ壊してやる!!』

何も知らない者が聞けばそれは子供の荒唐無稽の戯言だろう。

だけど、シャルロット達はへレスの理想に誰もが首を縦に振って強く決意した。

世界を変える。その為にへレス達は戦い続ける。

そして自分達が自由になれる功績と金銭を手にしてへレス達は夢が叶うとされている迷宮都市オラリオへ足を運び、そこで出会ったシヴァの眷属となって冒険者になった。

全ては理想の為に怒涛の勢いで強くなる【シヴァ・ファミリア】。

魔法、スキルを手にして【ランクアップ】を果たしている中でへレス達は力を身に着けた。

しかし、へレス達には一つだけ足りないものがあった。

それは世界を壊し、新たな世界に人々を導く為に必要な『王』がへレス達には必要だった。

それも只の『王』では駄目だ。

特別な力を宿した存在でなければ『王』は務まらない。

そこで目につけたのが神の血―――神血(イコル)

下界の子供である亜人(デミ・ヒューマン)神血(イコル)を交わせ、特別な存在生み出す計画。それをへレス達は『使徒計画』と呼んでいた。

多くの犠牲を払いながらもその自分達の理想を叶えるに相応しい存在が現れた。

数多の才覚を持ち、特性を宿し、更には特別な力を宿した使徒―――ミクロが誕生した。

それも自分とシャルロットの子供という想像を超える存在にへレスは歓喜した。

これで全てのピースは揃った。

手始めに数多の冒険者がいる迷宮都市オラリオを破壊し、後に世界を破壊して作り出す。

その最初であるオラリオの破壊の計画を順調に進めていると妨害者が現れた。

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が自分達の本拠(ホーム)に襲いかかって来た。

最大の敵である両派閥の強襲に迎撃するもへレスは主神であるシヴァを逃がすことで精一杯だった。

後に計画が漏洩した原因はシャルロットと知り、へレスは怒りさえ覚えた。

共に理想を抱き、歩んできた自身の片割れがどうして裏切ったのか。

その原因はすぐに判明した。

それは自身の子供であるミクロだ。

ミクロが産まれ、シャルロットは理想よりもミクロの安寧を願った。

「たった数年………わかるか? 何年も共に戦場を駆け、理想を抱いてきた俺とあいつの絆をお前はたった数年で壊した。お前という存在があいつを惑わした」

「………………」

「お前は俺達の理想にこれ以上にない存在だった。だが、今ではこう思ってる。お前は産まれてくるべきじゃなかったてな」

冷酷に残酷に自らの子供に告げる。

「自分の子になんてことを……ッ!」

その言葉に憤るリューをミクロは手で制する。

「………お前の気持ちは理解出来た。そして、その理想の為に戦うお前に素直に尊敬する」

へレスの話を聞いてミクロは素直に称賛の言葉を送った。

「だけど、一つだけお前は間違ってる」

「あぁ?」

「母さんはお前を、お前達を裏切ってはいない。むしろ、救おうとしていた。それをお前は気付かなかっただけだ」

「なに……?」

眉根が僅かに歪むへレスにミクロは告げる。

「俺は母さんのようにお前を救うことは出来ない。きっとお前を救うことが出来るのは母さんだけのはずだから。だから、俺は俺のできることをする」

ミクロは槍の矛先をへレスに向ける。

「お前達の理想を壊す。完膚なきまでに壊して、俺はこの世界を守る。この世界は、オラリオは俺がアグライアと出会い、仲間と出会い、家族(ファミリア)がある。お前が理想の為に世界を壊すのなら俺は家族(ファミリア)の為にこの世界を守る」

自身の決意を語るミクロにへレスから濃密な殺気が放たれる。

「世界を知らねえ餓鬼が守るなど容易く口にするんじゃねえ」

「餓鬼だからこそ守りたいものがある」

互いの譲れないものの為に二人は得物を目の前にいる敵に向ける。

「決着をつけよう、へレス」

「ここで死ね、ミクロ」

二人は得物を手に同時に駆け出した。

 

 



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New92話

互いに同じ属性を付与された槍を持つ二人は衝突する。

突き、薙ぎ払い、振り払う。二人の槍捌きは何度も衝突して攻防を繰り返す。

「甘いぜ」

だが、ミクロの槍捌きはへレスには及ばない。

長年の経験、積み重ねてきた熟練度、能力(ステイタス)に至るまでミクロはへレスよりも劣っている。

ミクロの槍を受け流して流れるようにへレスの矛先はミクロの心臓に向かっていく。

だけど、ミクロはそれぐらいは把握している。

自分はへレスよりも劣っていることぐらい。

だからそれ以外の方法で補う。

へレスの矛先がミクロに当たる直前にミクロは姿を消した。

そしてへレスの横に姿を現して、ミクロは詠唱を口にする。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

足元に魔法円(マジックサークル)を展開させながらへレスに向かうミクロは攻撃を行いながらも並行詠唱を行う。

「【礎となった者の力を我が手に】」

「させるかよ」

急遽矛先の動きが変わり、ミクロの肩に傷を走らせる。

詠唱を失敗させようとするへレスだが、ミクロの詠唱は止まらない。

「【アブソルシオン】」

再び詠唱を行う。

「【狙い穿て】」

同時にミクロは勢いよく後方へ跳ぶと同時にへレスの足元に煙幕を発生させ、一瞬だけへレスの視界から逃れると『リトス』から両指の間に投げナイフを挟む。

「【セルディ・レークティ】」

放つ投げナイフにはティヒアの魔法、追尾属性が付与されている。

それをへレスの左右に投げ放ち、ミクロは『ヴェロス』を展開させて『散弾』を放つ。

左右、正面からのナイフと矢の嵐がへレスを襲う。

だが、煙幕から聞こえるのは弾かれる音のみで煙幕を斬り払って姿を見せるへレスは全くの無傷だった。

「今度は俺だ」

槍を構えるへレスにミクロは瞬時に槍を構えてへレスの槍を避けた。

「ほう、どうやら偶然じゃねえみたいだな」

感心の声を上げるへレスは再び姿を消すとミクロも姿を消した。

だが、今度は避ける事が出来ずにへレスと鍔迫り合いになる。

「ぐっ………」

「まさか、一回見ただけでこの槍の真の能力に辿り着いたか」

薙ぎ払って強引にミクロを飛ばすへレスにミクロは宙で回転して地面に脚から着地する。

「『破壊属性(ブレイク)』の一番の恐ろしさは防御無視の貫通でも魔法でも破壊できることじゃない。空間の破壊を可能にする瞬時の空間移動」

それが【不滅の魔女(エオニオ・ウィッチ)】シャルロット・イヤロスが作製した最高傑作。

一定範囲内の空間を破壊することで瞬時に移動することが出来る。

防御無視の攻撃、魔法さえも破壊する能力、更には瞬時の空間移動。

『魔女』と呼ばれし、シャルロットの技量によって生み出された最強の槍。

絶対に壊れない『不壊属性(デュランダル)』と対極に位置する絶対に壊せる『破壊属性(ブレイク)』は空間さえも破壊してしまう。

しかし、それだけの素質と技量を持ち合わせなければ扱うことさえ困難とされている難物の為に誰でも扱えるという訳ではない。

以前、ミクロはこの能力を知らず、空間を破壊して接近したへレスに気付くことなく一撃を受けてしまった要因でもある。

「まさか俺以外にこの槍を使いこなせる奴がいるとは思いも寄らなかったぜ。だがな、お前がしていることは所詮猿真似なんだよ、ミクロ」

「………」

「お前の素質、技量は大したものだ。前回俺と戦ってそこまで使いこなせれるのは紛れもないお前自身の才能だ。だが、それだけだ。お前の弱点は一点に特化した能力を持つ者に弱い。何故ならお前は一つの事を極める才能がない」

だから猿真似だと告げる。

それぐらいとうの昔から身を持って知っている。

ミクロは全てにおいてある程度身につけれる才能はあっても一つの事を極めることが出来ない。万能故の欠点ともいえる。

剣で戦えばミクロはアイズに劣る。

魔法で戦えばミクロはリューにも劣る。

槍も同様にへレスに劣ってしまう。

だからミクロは数多の武器と道具(アイテム)を駆使して戦うスタイルを身に着けた。

能力(ステイタス)も含めてお前がその槍を持って俺に勝つことは不可能だ」

接近戦ではへレスが有利なのは明白。

距離を取って魔法で応戦したとしても空間を破壊して瞬時に距離を詰められる。

仮に魔法を放てたとしても攻撃魔法はへレスが持つ槍で破壊されてしまう為に精神力(マインド)を無駄に消費するだけだ。

起死回生の切り札である魔法も使えない(へレス)の前にミクロは小さく息を吐いて視線をリューに向ける。

「リュー、力を借りる」

「はい」

ミクロの言葉に応じるリュー。

ミクロは槍を『リトス』に収納してナイフと梅椿を逆手に持ち合わせる。

得物を変えたミクロの行動にへレスは嘆息した。

「今更武器を変えたところで……」

武器を変えて動きに変化を生じさせ、隙を突こうと思ったへレスだが、その考えは大きく違うことに気付いた。

ミクロに纏う雰囲気が先ほどまでと異なっていることに。

「行くぞ」

加速するミクロ。だが、その動きは先ほどまでと別人。

鋭い動きに、風のように走って、疾風を纏って攻撃する。

速度が上がれば上がるほどに鋭さと威力が高まるミクロの動きにへレスは戸惑いを覚える。

「なんだ……?」

先ほどまでとはまるで人が変わったかのように動きに変化が生まれたミクロに怪訝するへレスはミクロの瞳が空色に変化していることに気付いた。

ミクロの突然の変化の要因、それは【仲任王頒(レーグ・ヴスド)】というミクロの新しいスキルだ。

同恩恵を刻まれた者の了承を得ることでそのスキルは発動する。

能力(ステイタス)の上昇に加え、アビリティ、魔法、スキルをミクロは借りることが出来る。

母親(シャルロット)を失い、心に傷を負ったミクロを癒してくれた仲間達の力を借りたいというミクロの想いから生じたスキル。

自分一人だけでは決して無理な相手でも仲間と共に戦う為にミクロは仲間達を頼る。

ミクロの背中には多くの仲間達が常にいてくれて、共に戦ってくれる。

心強い仲間達の力を持ってミクロはへレスと戦う。

「スキルか? だが、急に動きを変えたところで慣れちまえば意味がねえ」

最初は戸惑ったへレスだが、徐々に変化したミクロの動きに慣れて、攻め始める。

槍の一振りによって攻撃を弾かれて漆黒に矛先が立て続けに急迫した。

精神装填(マインド・ロード)!」

リューのスキル【精神装填(マインド・ロード)】を発動させて精神力(マインド)を消費することで『力』を上昇させたミクロは槍を弾いてへレスの攻撃を乱した。

その隙を逃さず、一気に距離を詰めて魔法の詠唱を行う。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

零距離でミクロは並行詠唱を行いながらへレスから離れず、攻撃する。

「テメエ……ッ!」

槍の能力で空間移動して距離を離れようとするへレスだが、ミクロも同様に空間移動で再び距離を零にする。

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を】」

強力な攻撃魔法でも『破壊属性(ブレイク)』が付与されている槍は破壊してしまう。

だが、『破壊属性(ブレイク)』が付与されているのはあくまで矛のみ。

距離を取って魔法を放てば破壊されてしまうが、その距離を無くした上での魔法はどうなる?

「【汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

詠唱が続くにつれて膨れ上がっていく『魔力』。

危機感を覚えるへレスだが、自分から離れないミクロにへレスは迂闊に攻撃ができない。

何故ならここでミクロが『魔力』の制御を失ったらへレスは零距離で魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を喰らってしまう。

いくら自分よりも格下の魔法とはいえ、零距離でこの膨れ上がった『魔力』を喰らえばただでは済まない。

空間移動を行っても同じ槍を持つミクロは瞬時に距離を詰めてくる。

距離を詰めることで槍の間合いから逃れたミクロを一瞬で仕留めることは出来ないし、当然ミクロもそれを警戒しているはずだ。

「【来たれ、さすらう風。流浪の旅人】」

一歩間違えれば自爆にも関わらずミクロの歌声は決して揺るがない。

(ミクロ)の詠唱も潰せれない。

魔法の射程範囲内から逃れる術もない。

「【空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】」

ぶわっ、とへレスの身体から汗が噴き出すなかでへレスは口角を上げた。

それは冒険者としての剛毅の笑み。

(面白れぇ、受けて立ってやる……ッ!)

これから放たれる魔法がどのような魔法かをへレスは知っている。

自身の周囲に緑風を纏う大光玉を召喚して放つ攻撃魔法。

なら、攻撃を行う僅かな時間でミクロは距離を取って放つはずだ。

そうしなければ魔法を放つミクロ自身にもその魔法を浴びてしまうからだ。

魔法は放たれるだろう。だが、へレスは自身の持つ槍を持って全て迎撃する覚悟で腹をくくる。

その僅かな心の隙をミクロは見逃さない。

ナイフを捨てて、へレスの槍を掴むと矛先を自身に突き刺す。

以前にベートがミクロに使った捨て身の『破壊属性(ブレイク)』封じ。

自身を矛を収める鞘代わりとして隠し、その能力を封じる。

「なっ――」

「【ルミノス・ウィンド】!」

驚愕するへレスにミクロは魔法を発動させ、緑風の大光玉を一斉砲火。

へレスを道連れに自身諸共その魔法を受ける。

自爆覚悟で放った魔法はミクロとへレスの両方を吹き飛ばす。

「がは……ッ」

血を吐き出しながらも身体に突き刺さっている槍を引き抜いて立ち上がるミクロはその槍をへレスに与えない為に『リトス』に収納して隠す。

一番の脅威である得物を奪い、近距離で自分諸共魔法を直撃させたミクロだが、それでもミクロはまだ立ち上がり、その手に力が入る。

堅牢の自身の身体を利用しての自爆攻撃を軽傷で済ませることが出来たミクロは砂煙が舞う周囲を見渡してへレスを探る。

回避を与えない至近砲撃。喰らえば如何にへレスでも只では済まない。

槍も奪った。例え立ち上がって来れたとしても先ほどよりかはまだ勝機がある。

砂煙が舞い上がる中で影がゆらりと動いた。

「………参ったぜ。戦場に少し離れただけでこうも勘が鈍るとは」

砂煙が収まって行く中で傷と火傷を負ったへレスは額に手を当てて嘆いていた。

「………癪だが、認めてやる。お前は全力を持って倒す敵だとな」

苛立ちながらもミクロを敵認定するへレスにミクロは降伏を勧めた。

「もう止めろ。これ以上戦っても意味がない」

「意味ならある。お前は俺達の理想の障害となるなら俺はそれを壊す。理想に近づく為に」

自身の理想を諦めないへレスの考えは変わらない。

「全ては俺達の理想の為に俺はお前を―――殺す」

そしてへレスは理想に捧げる歌を捧げる。

「【理想に殉じ、捧げる同胞達よ。我が呼び声に応じ、我等の願いの為にその身を捧げろ】」

「ッ!?」

詠唱を口にするへレスにミクロは距離を取った。

「【理想の糧になれ、我は汝らの想い、懇願、悲願を共に背負う。そして、障害となるものを一切合切を全てを破壊して理想に達しよう】」

綴る詠唱にミクロはへレスから感じる異質の『魔力』に警戒する。

魔導士のようにへレスの足元には魔法円(マジックサークル)は出現してはいない。

攻撃魔法だとしてもミクロが持つ『破壊属性(ブレイク)』でどうにでもなる。

なのに、どうして自分の身体が震えているのかわからない。

「【全ては戦場で哭いた同胞達の為に、理想を叶えよう】」

そして、へレスはその魔法を発動させる。

「【バリスロール・ゼル】」

魔法名を告げると同時に空から三つの白紫色の炎のようなものがへレスの元に漂うとへレスはそれを食べた。

クチャクチャと粗食音を立てながら食べるその光景に目を奪われながらへレスはそれを飲み込んだ。

「ふぅ~、後は俺に任せな」

自身の腹を擦りながら告げるへレスは拳を作ってミクロを見据える。

「………ミクロ、正直、俺はこの魔法は好かねえ。だが、これを使わなければお前には勝てないと踏んだ。お前を確実に(ころ)す為に俺の仲間達は糧となって貰った」

「………………まさか」

へレスの言葉にミクロは察した、いや、察してしまった。

「俺の魔法【バリスロール・ゼル】は吸魂魔法。同じ『恩恵(フォルナ)』を刻まれた者の生命を喰らうことで自身を強化する魔法。糧となった者は魂のない抜け殻となり、死人同然となる」

この戦場にいる残りの破壊の使者(ブレイクカード)の生命を糧にしたへレスにミクロは叫んだ。

「仲間の命を何だと思ってる!? そこまでして叶えなければならないことなのか!?」

仲間の命を糧に強くなったへレスに憤るミクロは理解出来なかった。

理想の為に命を捧げる破壊の使者(ブレイクカード)もそれを糧とするへレスにも。

「お前達が掲げる理想がそんなにも大事なことなのか!? 仲間達の命を糧としてまで叶える必要があるのか!?」

黄金色の槍を手にミクロは魔法を発動する。

「【駆け翔べ】!」

白緑色の風を纏うミクロはその魔法の力を開放する。

「全開放!!」

風を纏い、後方にある木々を足場に着地したミクロは武器と脚に風の力を集中させる。

「アルグ・フルウィンド!!」

必殺技を発動させるミクロは閃光となってへレスに突貫する。

一直線に進むミクロの必殺技に対してへレスは片腕を突き出す。

「っ!?」

そして止められた。

ミクロが放つ最大の必殺技をへレスは片腕で受け止めた。

「理想も抱いたことのない餓鬼が俺達を語るな」

突き放たれる拳砲が、ミクロの身体を貫いた。

「―――――――――っ」

「もうお前は必要ない。理想に必要な『王』は俺がなる」

冷酷に告げられる別れの言葉と共に貫いた腕を引き抜くとミクロは地面に伏せる。

「あばよ、ミクロ」

 



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New93話

仲間の命を糧に強化したへレスは一撃を持ってミクロの命を奪った。

地に伏せてその身を鮮血に染め上げるミクロに悠然と立ち尽くすへレス。

「あばよ、ミクロ」

確実にミクロの命を奪ったへレスはミクロに最後の別れの言葉を告げた。

そこに悲しみはない。

全ては理想を叶える為にへレスは障害(ミクロ)(ころ)したに過ぎない。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

ミクロの死にリューとアイズがその瞳を瞋恚に燃え上がらせてへレスを襲う。

リューは『薙嵐』を持って、アイズは魔法の反動を無視して魔法を酷使して感情のままにへレスに攻撃する。

「遅い」

「うぐっ!」

「あぐ!」

だが、強化されたへレスにとって二人の攻撃は児戯に等しい。

容易く避けられて跳ね返されてしまう。

それでも二人は立ち上がり、へレスを睨む。

「よくも………ミクロをッ!」

「許さない……っ」

愛する人を、友達を殺された二人は果敢にもへレスに突貫する。

「ミクロにも劣るお前等が俺に敵うわけねえだろう」

二人の攻撃は容易くあしらわれる。

【剣姫】と【疾風】とオラリオでも名をはせた二人でもへレスに傷をつける事さえできない。

自身の無力さ、大切な人を失った虚脱感に苛まれながらも二人は歯を噛み締めて攻め続ける。

無謀でもいい。

それでもミクロを殺したこの男(へレス)が許せれなかった。

「うぜぇ」

二人の腹部に一撃を入れて膝をつかせるへレスは足でリューの頭を踏み締めて地面に押し当てる。

「この……」

膝をついても剣を振ろうとするアイズに拳を放って飛ばし、木々に衝突させる。

「憎いか? ミクロを殺した俺が」

踏みつけているリューを見下しながら問いかけるへレスにリューは目線でその問いに答えた。

その目線を見ればわざわざ口から聞く必要もない。

「理想を叶えるためには糧が、犠牲が必要になる。そして、世界を導く『王』は二人もいらねえ。全ては俺達の理想の為にミクロはその犠牲になって貰った」

「そんな理屈が通るとでも……ッ」

「思ってねえよ。俺は理想の為なら仲間も、愛する女も、息子(ミクロ)も殺す。俺は理想の為なら何でもする。これまでも理想の為に多くの仲間が死んだようにこれからもどれだけの犠牲を払ってでも俺は理想を叶えるために己を貫き通す」

これまで自身が歩んできた信念。

それが、これまでもこれからもへレスを歩ませる。

「信じてくれねえとは思うが、お前達には悪いとは思ってるんだぜ? だから、せめてあいつと同じところに逝かせてやる」

脚に力が入ってきてリューの頭部が圧迫されていく。

ミシ、と音が鳴る。

このままでは自分の頭はへレスによって完全に潰されてしまう。

だが、それでもいいかもしれないと思う自分がいる。

視線を愛する人(ミクロ)に向ける。

仲間を失い、今度は愛する人までも失ってしまった自分に生きる意味なんてない。

なら、来世を期待したい。

またミクロに会える可能性に賭けたいと思ってしまう。

瞳から涙が零れ落ちる。

死を覚悟した。――――――――その直前に足音が響いた。

「その足をどけやがれッッ!!」

駆け跳んできたのはベートの手には砕け散った魔剣とその魔剣の力を吸収した《フロスヴィルト》には雷を宿してへレスに蹴撃を与える。

魔剣の力を付与された攻撃をへレスは片腕で防御するとその背後と側面から二人のアマゾネスが強襲する。

「【ロキ・ファミリア】か……」

「うちの娘と友達をよくもやってくれたわね」

「――――手加減しないから」

怒りの形相で二刀の湾短刀(ククリナイフ)の連閃と倒れているミクロと傷だらけのアイズ達を見て表情を消したティオナが超大型武器を振り下す。

リューから足をどかして回避するへレス。

「―――【食い殺せ(ディ・アスラ)】!」

避けたその背後から奇襲を仕掛けるバーチェは猛毒を付与された魔法で攻撃をする。

「舐めんな」

だが、へレスはそれを読んで、回避と同時に両肘と両膝を使ってバーチェの腕をへし折った。

「アルガナ!」

痛みに耐え、自身の姉の名前を叫ぶバーチェの背後からへレスの背後を取ってしがみついたアルガナの犬歯はへレスの首筋に突き立てられる。

「チッ―――」

肉と皮を突き破られる激痛に耐えながらも瞬時にアルガナを投げ飛ばした。

受け身を取ってすぐに立ち上がるアルガナは舌で口に着いた血を舐め取る。

「あいつの血、吸えた?」

「僅かにだけだ。まだ足りない」

アルガナの呪詛(カース)は『恩恵(ファルナ)』を得た者の血を吸った分だけ能力値(アビリティ)を上昇する。

だが、僅かではたかが知れている。

直接大量の血を啜らない限りは大して変化はない。

「皆さん……」

「皆……」

起き上がるリュー達は駆け付けてくれた増援に嬉しく、そして顔を合わせることが出来なかった。

誰の視線もが、血塗れとなって地に伏せているミクロに向けられる。

悲嘆、怒り、憎悪が膨れ上がる中でその形相をへレスに向ける。

「ミクロ……」

大双刃(ウルガ)を捨ててミクロの傍まで駆け出すティオナは地に伏せているミクロの身体を抱き上がらせる。

目も開けず、冷たくなった身体に胸から流れる鮮血にティオナは今にもミクロを抱きしめて大声を上げて泣きたかった。

「許さない」

そっと優しくミクロを寝かせて瞋恚の炎を宿したティオナは怨敵でもへレスを睨む。

大好きな人を殺されたその仇を取らんとばかりに大双刃(ウルガ)を構える。

「絶対に許さない」

燃え上がっているのはティオナだけではない。

ティオナ同様にミクロに心奪われているアルガナもバーチェも同様に瞋恚に燃えていた。

ティオネもアイズとメレンの時に姉妹共に助けてくれたミクロを殺したへレスが許せれない。

「………なに勝手にくたばっていやがる」

苛立ちを吐き捨てるようにミクロを見下ろしながらベートの頬の刺青が歪む。

「てめえはその程度で死ぬ野郎だったのかよ。だったらもう起き上がってくんじゃねえ」

冷笑を浮かべて見下ろすベートは眼前の敵に意識を向ける。

四人の意思は(へレス)を殺すの一点に絞られる。

ゴキリと首の骨を鳴らしたへレスは短く一言。

「来な」

その言葉が開戦の合図となって四人は一斉にへレスに襲いかかる。

「ミクロ………」

ティオナ達の激戦の中でリューはミクロの傍まで歩むとミクロを抱きしめた。

「目を、開けてください………」

ミクロは一度死んだ。

リュー達を助ける為にシャラに嬲り殺されたが、その時はシャルロットのおかげでミクロは救われた。

だが、奇跡は二度も訪れない。

もうミクロが助かる方法なんてない。

「私には……貴方が……………」

涙が止まらない。

溢れ出てくる涙が、ミクロの頬を伝って地面に流れ落ちる。

失いたくない。

もっと一緒にいたい。

共に過ごして、訓練して、食事をして、また明日を迎えたい。

ミクロと一緒にこれからも生きて行きたい。

「逝かないで………」

己の胸からこぼれ落ちる想い。

慟哭に震えようとした、次の瞬間。

 

「【未踏の領域よ、禁忌の壁よ。今日この日、我が身は天の法典に背く―――】」

 

詠唱が鳴り響いた。

涙を飛ばしながら振り向く先、リューの背後に立つのは、黒衣の魔術師(メイジ)

「【ピオスの蛇杖、サルスの杯。治癒の権能をもってしても届かざる汝の声よ――――どうか待っていてほしい】」

「なに、あいつ!?」

突如現れたフェルズに敵か味方かわからないティオネ達。

「敵か!?」

警戒するベートにティオナが制した。

「ミクロを……助けようとしてくれてるの?」

確信があって言っているわけではない。

ただ、何となくそう思った。

大好きな人(ミクロ)ならどんな人とでも分かち合えるからティオナは何となくではあるが、思った。

この魔術師(メイジ)はきっとミクロを救おうとしてくれていることに。

「【王の審判、断罪の雷霆(ひかり)。神の摂理に逆らい焼きつくされるというのなら―――】」

純白な魔力光は一条の光輝となって天へと昇る。

夜空が輝く星々に向かって突き立つ光の柱に誰もが目撃した。

「あいつは……」

僅かだが見覚えがある黒衣の魔術師(メイジ)

愛する人であるシャルロットと稀に見かけたフェルズにへレスは目を見開く。

「【―――――自ら冥府へ赴こう】」

詠唱が加速する。

魔法円(マジックサークル)が更なる光を放ち、リューの顔とその黒衣を染め上げた。

「【開け戒門(カロン)冥界(とき)の河を超えて。聞き入れよ、冥王(おう)よ。狂おしきこの冀求(せんりつ)を】」

響く荘巌の調べ。神聖の旋律。

それは、下界の理をねじ曲げる悪業。

「【止まらぬ涙、散る慟哭(うたごえ)。代償は既に支払った】」

超長文詠唱からの禁忌の『魔法』。

決定された運命を覆し、絶対の不可逆に叛逆する秘技。

「【光の道よ。定められた過去を生贄に、愚かな願望(ねがい)を照らしてほしい】」

古の『賢者』にのみ許された、『蘇生魔法』。

「【嗚呼、私は振り返らない―――――】」

詠唱の完成、『魔力』の臨界。

フェルズの全精神力(マインド)と引き換えに、その求めの歌は捧げられた。

 

「―――――【ディア・オルフェウス】」

 

光の柱が砕け散る。

代わりに、無数の白光に包まれる。

雪のごとき光の宝玉。瞳を見開くリューの眼前に集まり、螺旋をなし、甲高い清音とともに収束する。

最後に魔法円(マジックサークル)の下から生まれた青白い光が、ミクロに吸い込まれる。

次の瞬間、硝子が砕け散るかのように音響が閃光とともに弾ける。

その時、トクン、と生命の鼓動が聞こえた。

「リュー……?」

「ミクロ………ッ!」

薄らと目を開けて言葉を投げるミクロにリューは力の限り抱きしめた。

「うそ……」

「ミクロ―――――!!」

「マジかよ……」

「ミクロ」

「……ミクロ」

生き返ったミクロに驚愕、歓喜する。

ティオナ達に涙ながら抱き着かれるミクロの近くでフェルズは精も根もつき果てたように、尻餅をつく。

「…………今度は間に合った」

初めてシャルロットが命尽きた時は使わず。

二度目は間に合うことさえ出来なかった。

だけど、今回は違った。

シャルロットの子供であるミクロを救うことが出来たフェルズは虚空を仰いだ。

「…………シャルロット、これでよかったのだろう?」

今は亡き、(シャルロット)に向けて言葉を呟く。

 



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New94話

「まさに、奇跡の復活だな………」

フェルズの蘇生魔法のおかげで復活したミクロに声を飛ばしたへレスに全員の視線が集まる。

ミクロは蘇った。

だが、状況は何も変わってはいない。

仲間の命を糧に強化したへレスは健在のまま。

ミクロは抱き着いているリュー達の手をどかして立ち上がる。

「ミクロ……」

「大丈夫」

心配して止めようとするリューのミクロは安心するように声をかける。

踏み出すその一歩は不思議と力が入った。

「フェルズ、ありがとう」

「………なに、気にする必要はない」

生き返らせてくれたフェルズに感謝の言葉を送るとフェルズは小さく手を振って応じる。

「ティオナ、ティオネ、ベート、アルガナ、バーチェ。助けに来てくれてありがとう」

「いいよ!」

「ま、何度も助けられたしね」

「ハッ」

「当然」

「………ああ」

増援に駆け付けてくれたティオナ達も礼を言ってミクロは皆の前に立ってへレスと対峙する。

「勝負だ」

身体が軽い。

体中に力が溢れる。

今なら、勝てる。

対峙するミクロにへレスは嘆息した。

「実力差は歴然。もう二度と同じ奇跡は起きねえぞ」

「もう、必要ない」

もう十分に助けられた。

救われた。

友達に、仲間に、家族(ファミリア)に。

なら、今度はこちらの番。

「俺はもう、負けない」

一人で戦っているわけではない。

背中にある『恩恵(ファルナ)』がそれを教えてくれる。

限界解除(リミット・オフ)

神の恩恵(ファルナ)』をも超克する想いの丈が、境界を突破してミクロの能力(ステイタス)を一時的に昇華させる。

「っ!?」

ドクン、とへレスの中にある仲間達の魂が響いている。

ミクロの想いが、魂が、膨れ上がっていることをへレスに教えている。

先ほどまでのミクロとは違う、とへレスに叫んでいる。

そこでへレスは気付いた。

ミクロは極めて貴重で希少な存在だ。

『英雄』だけでなく、『王』としての『器』を持つ存在。

その『器』に比例する強大な魂の力を持っているとしたら。

先程の死でそれが覚醒したとしたら。

「ふざけるな………」

苛立ちと共にへレスは哮ける。

「そんなの認められるか!!」

本来ならへレス本人が『王』にならなければならなかった。

自分が決意した理想なら、その全てを背負うのが自分の責務だからだ。

だけど、自分にはその素質がない。

『王』にはなれない。

それが、どうして自分の息子であるミクロが『王』だというのがへレスは認められなかった。

「俺は、背負わなきゃならねぇんだ!!」

戦場で死んでいった仲間達の為にも。

理想の為に犠牲となった者たちの為にも。

力を得る為に糧となった者たちの為にも。

へレスはその命を、その想いを、その重さを背負わなければならない。

そして、叶えなければならない。

この理不尽の世界に革命を起こし、二度と自分達と同じ存在を生み出さない為に。

「負ける訳にはいかねえ!!」

もし、ここで歩むのを止めたらこれまでの道のりが全て無価値となってしまう。

だからこそ、突き進むしかない。

壊し続けるしかない。

全ては理想の為に。

死んでいった仲間達の為に。

「負ける訳にはいかないのは俺も同じだ!!」

衝突する想いを乗せた拳。

「俺には、友達がいる! 仲間がいる! 家族(ファミリア)がある! 帰るべき家がある! 俺は皆と一緒に本拠(ホーム)へ帰るんだ!!」

へレスの頬を捉えて力の限りの乗せた拳を放つ。

「ざけるな!!」

ミクロの拳に耐えて今度はへレスがミクロを殴った。

「俺は全て捨てて来た! 理想の為ならあいつもシャルロットだって犠牲にした! 俺の、俺達の覚悟がお前みたいな理想も抱かねえ餓鬼にわかるか!!」

「孤独の上にある理想に何の意味がある!?」

殴られ、殴り返す。

「お前の仲間は、お前が孤独を貫いてでも理想を叶えて欲しいと言ったのか!? 違うだろう!? 大切な仲間なら、友達なら思いやるはずだ! 少なくとも母さんはずっとお前の事を大切に想ってた! どうしてそれに気付かない!?」

「がはっ……!」

深々とミクロの拳がへレスの腹部に突き刺さる。

だが、へレスはキッとミクロを睨む。

「ミクロ………」

「やめな」

二人の戦いを見守っていたティオナが一歩前へ出ようとした時にベートが真剣な表情でティオナの肩を掴んで止めた。

(おとこ)には自分の手でケジメをつけなきゃならねえ時がある」

誰にも手を出すことは許されない。

リュー達に出来ることはただ一つ、二人の行末を見守ること。

「俺の背中にはこれまで死んでいった仲間がいる! ここで俺が進むのを止めたらあいつらはただの無駄死になっちまうんだよ!!」

「ぐ………っ」

殴られるミクロは脚に力を入れて踏み止まる。

(何故だ、何故、倒れねえ………?)

荒くなってきた呼吸を整えながらへレスは困惑した。

ミクロは先ほどまでも強くなっているのは明白。だが、それでも仲間達の命を糧にした自分の方がまだ上回っているはず。

それなのに殺すどころか、倒すことさえできない。

「………息が荒くなってきたな。そろそろ、魔法の効果が切れてきたか」

「っ!?」

ミクロは見抜いていた。

へレスが少しずつではあるが、弱くなってきている事に。

一人の人間の『器』に複数の魂は居続けることはできない。

糧とした仲間達の魂がへレスの中で少しずつ消えて行っていた。

それに対してミクロは強くなってきている。

破壊衝動(スキル)の効果によってミクロの全アビリティは強化されているが、それでも受けた損傷(ダメージ)はしっかりとミクロの身体に刻まれている。

今の二人の実力は互角に等しい。

もし、勝敗が左右するものがあるとすれば。

己が信じる想い、信念。

それと、生きようとする強い意思。

それのどちらかでも劣ったら勝敗は決する。

「………無駄死にはならない」

「あぁ?」

「お前の為に死んでいった仲間達は決して無駄死なんかじゃない! お前を、仲間を生かそうとしたその想いは決して無駄にはならない!」

ミクロはへレスを指しながら叫ぶ。

「仲間達は生きて欲しいと……そう願ったんじゃないのか!? それをお前はさっきから犠牲や糧と言って仲間達の想いを陥れている!?」

「黙れッ!!」

怒声を上げて拳を振り上げるへレスにミクロも拳を振り上げる。

「お前にわかるか!? 戦場で……自分の横で死ぬ仲間達の顔が、声が、死にたくないという気持ちがお前にわかるのか!?」

「あぐ!」

へレスの拳がミクロの拳を通ってミクロの頬に直撃して吹き飛ばす。

「死んだ奴等の為にも生き残った俺は前へ進まなきゃならねえ!! 生きて、生き続けて理想を叶えてやらなければ仲間達は報わらねえ!!」

殴る、殴る、ひたすら殴り続ける。

ミクロの身体を壊さんとばかりの強力な拳が炸裂する。

「お前と俺とじゃ違うんだよ!! 背負うべく覚悟も、重さも何もかも!!」

へレスは止まらない、いや、止められない。

これまで死んでいった仲間達の為にもへレスは止まる訳には行かなかった。

「誰にも俺は止められねえ!!」

止めの一撃を刺さんばかりの拳砲を放つへレスの拳をミクロは受け止めた。

「なら……俺が止めてやる!!」

「がは………」

一撃を与えて反撃を与えないかのように今度はミクロが殴り続ける。

「止めて……終わらせてやる! この戦いも、お前の、お前達のこれまでの戦いも何もかも俺の手で破壊する!!」

「ざけるな! お前如きに壊せれるほど甘くはねえんだよ!!」

想いを叫び、拳を握って、目の前の敵を殴る。

純粋なまでの殴り合いの応酬を繰り広げる二人。

その二人を見守るリューは自身の胸元に手を置いて小さく握る。

「ミクロ……」

あそこまで感情を剥き出しにしたミクロは初めてだ。

だけどリューにはわかる。

それほどまでにミクロは許せれないんだ。

どんな理由でも仲間の為に闇に落ちた父親(へレス)が。

「終われ、ミクロ!!」

「終わるのはお前だ!!」

自身の肉体の損傷(ダメージ)を無視した肉弾戦に二人の身体は既に満身創痍。

それでも二人は倒れない。

脚に力を入れて二本の脚で大地を踏む締め。

傷だらけの手を握り、拳を作る。

その瞳には決して揺るがない己の信念を宿した想いが込められている。

「はぁ………はぁ……………」

「はー……はー………」

肺に無理矢理にでも空気を送り込んで呼吸をする二人にへレスは告げる。

「………これで終いだ」

そして、へレスは己の全てを捧げて歌を紡いだ。

「【荒ぶる業炎(プロクス)】」

超短文詠唱を唱えてへレスはもう一つの魔法を発動する。

「【シャマミネンス】」

へレスの身体から発せれる荒ぶる炎は触れてもいない周囲の木々までも燃やしてしまう。

へレスの付与魔法(エンチャント)の属性は炎。

だが、その炎は付与魔法(エンチャント)の領域を遥かに超えている。

それはアイズとの戦いでアイズに流れる精霊の血を舐めて体内に取り込んだ。

流れる精霊の力がへレスの魔法に呼応してその威力を上げている。

しかし――――。

「チ……」

その炎はへレス自身までも燃やしている。

精霊の血を体内に取り込んだまでは良かったが、この力をここで使わずに徐々に身体に慣らしてから実戦に取り組む計画だった。

だが、今はそんなことはどうでもいい。

今の前の敵を、ミクロを倒す為にへレスは炎を己の拳に集中する。

「【駆け翔べ】」

それに対してミクロも魔法を発動する。

「【フルフォース】」

白緑色の風を自身の拳に集中させる。

「全開放」

全ての精神力(マインド)を使ってミクロはこの一撃に己の全てを賭ける。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

炸裂する。

風が。

炎が。

想いが。

信念が。

己の全てを賭けた一撃が炸裂した。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「ッ!!?」

ミクロの風が徐々にへレスの炎を押し始めた。

「クソ………がぁぁああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

更に力を上げて押し返すへレス。

その時だ。

『抱いてあげて』

へレスの脳裏にシャルロットが出てきたのは。

そして、シャルロットの腕の中にはまだ赤ん坊だったミクロがいた。

(なぜ……昔のことを………)

今更になってどうしてこんな昔のことを思い出したのかわからなかったへレスはミクロと目が合った。

その隻眼に映っているのは哀しみ。

憎しみでも、怒りでもない。

ただ、哀しいという想いが伝わってくる。

(へレス)を倒すことに何故哀しみに浸かるのはわからないへレスは思い出した。

その瞳は愛する女であるシャルロットと同じだということに。

記憶の中でへレスはミクロを抱えるとミクロが笑っていた。

愛する女(シャルロット)と同じ笑顔で。

「クソ………」

へレスの双眸に涙が溢れ出る。

全てを捨てたはずだった。

愛する女(シャルロット)を殺してその愛も捨てたはずだった。

理想に全てを捧げたと思っていた。

だけど、捨てられなかった。

家族を愛するという想いだけはどうしても捨てることが出来なかった。

「ちくしょう………」

『愛してる……へレス、ミクロ』

あの女、とへレスは心の中でシャルロットを罵った。

その言葉のせいで完全に捨て切ることが出来なかった。

まるでこうなることがわかっていたかのようにシャルロットが最後にへレスにこの言葉を残してこの世を去ったことにへレスは今になって気付いた。

愛している。

その言葉は愛情と拘束だ。

その言葉のせいでもう身体に力が入らない。

それなのにどうしてこんなにも心が幸せに満ちている。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

弱くなる炎。

突き進む風。

咆哮を上げる息子(ミクロ)の拳が自身に向かってくるのを見てへレスは笑った。

「お前の………勝ちだ」

ミクロの拳はへレスを捉えて殴り飛ばして光輝く風に呑み込まれるへレス。

刹那、へレスを、父親(へレス)を優しく抱き寄せていく母親(シャルロット)の姿が見えた。

 



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New95話

ラキア王国との戦争はラキアの甚大な被害によって幕を閉じた。

【シヴァ・ファミリア】の突如の乱入に混乱極めた戦争ではあったが、そのおかげか本来よりもこの戦争が速くに終わりを告げた。

「…………」

都市南東区画に存在する『第一墓地』。

そこに足を踏み入れたミクロは二つの墓に花を手向け、腰を下ろす。

吹く風に髪を靡かせるミクロは一週間前、へレスを倒した時の事を思い出す。

 

 

 

 

「殺せ………」

勝敗は決した。

ミクロの渾身の一撃を持って地に伏せるへレスは静かにそう告げる。

「俺を………あいつらの元に送ってくれ」

仲間の為に、理想の為に戦ってきたへレスだが、それももう終わった。

ミクロに負けて、己自身が敗北を受け入れてしまった。

もう、へレスには何も残されていない。

だから愛する人が、大事な仲間がいる冥府への赴こうとする。

息子(ミクロ)の手によって。

「………っ!」

その言葉にミクロは歯を噛み締めてへレスを跨ってその顔を殴った。

「ふざけるな、ふざけるな! 俺は……俺はお前を許すつもりはない!!」

拳を作って何度も無抵抗のへレスの顔に殴り続ける。

「俺の家族(ファミリア)を傷付けたのは誰だ!? 友達を傷付けたのは誰だ!? 母さんを見捨て、殺したのは誰だ!? お前だろうが!! それを殺せだ!? 母さんたちの元に送ってくれなんて自分勝手にもほどがあるだろう!?」

心の底に溜まっている憤りが爆発したかのように感情のままにへレスを殴る。

その隻眼に涙を流しながら。

「許せない……許せるものか! お前なんか、お前なんか!!」

満身創痍の身体を無視して心と身体に更に傷を負いながらもミクロは父親を殴る。

癇癪を起した子供のように感情のままに叫び、殴る。

拳を振り上げるミクロはそこで動きが止まった。

「それでも………それでも、俺にとってたった一人の父親だ…………」

振り上げた拳を解いて、ただ父親の前で涙を流し続ける。

ミクロにとってこの世界でたった一人の肉親であり、父親であり、家族である。

へレスが行った行為は決して許せるものではない。

それでもミクロにとっては大事な家族だ。

例え許せれないことでも家族であるミクロだけは許さなければならない。

それが家族だ。

そんなミクロの頬にへレスは手を伸ばす。

「済まなかった………」

自分の為に涙を流してくれる息子(ミクロ)に謝罪する。

触れるその涙はとても暖かく、綺麗だった。

「強くなったよ………」

「ああ、流石は俺達の子だ………」

「いっぱい頑張ったよ……」

「ああ、努力家だ………」

「大切な人ができたよ………」

「なら、守り通せよ………」

「うん……」

初めて父親(へレス)と親子らしい会話をした気がする。

武器も持たず、憎しみも怒りも持たずにただ素直のままに行う会話が心を弾ませる。

へレスから離れてミクロはリュー達から高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)を貰い、ミクロは精神力(マインド)を回復させて歌う。

「【閉ざされた世界に差し込む希望(ひかり)】―――――」

足元に白色の魔法円(マジックサークル)を展開させてミクロは詠唱を歌い続ける。

隻眼から溢れる涙を拭いながら詠唱を歌うミクロはへレスの最後の望みを受け入れた。

詠唱を終わらせて自身の持つ創世魔法を発動させるミクロは告げる。

「へレス・イヤロスに永遠の眠りを。その魂は我が母、シャルロットとその仲間達の元へ」

その言葉を告げてへレスはこの世を去った。

「さようなら……父さん」

 

 

 

 

 

 

それからこの一週間の殆どは休養と戦争の後始末に追われてようやく出来た空いた時間を利用してミクロは両親の墓参りに来ていた。

「………何の用だ? 【猛者】」

二人の墓に近づく一人の大男、オッタルが酒瓶を持ってミクロに近づくと手に持つ酒瓶をミクロに投げ渡す。

「フレイヤ様のご厚意を得て来た。貴様と戦う意思はない」

かつての好敵手(ライバル)に対して墓参りにやってきたオッタルの好意に甘んじてミクロはその酒を父親の墓にかける。

「……父を超え、頂点へ辿り着いたか」

「…………」

その言葉にミクロは沈黙で返すが、それが既にオッタルにとって返答だった。

ミクロは『偉業』を達成して【ランクアップ】を果たしてLv.7になった。

オラリオで二人目のLv.7の存在にオッタルの武骨な面差しが浅くほどける。

「父に代わり、俺との決着をつけるか? ミクロ・イヤロス」

「………俺は父さんの代わりにはなれない。お前と戦う時、それはお前達が俺の家族(ファミリア)に手を出したその時だけだ」

「そうか……」

その答えはオッタルも同様だ。

祟拝するフレイヤに害を成すというのなら相手が誰であろうとそれが自分と同じ頂点にいるミクロであろうと倒してみせる。

「………俺の父親は、父さんは強かったか?」

唐突にミクロはオッタルに問いかけた。

その問いにオッタルは答える。

「ああ、奴は強かった。だが、心のどこかに僅かな綻びがあったのも事実。しかし、それを埋めていたのは貴様の母だ。貴様の両親二人なら俺は勝機すら見出すことはできないだろう」

称賛を送るのは認めているから。

オッタルは二人の強さを心から認めて称えた。

「………そうか」

頷くミクロにオッタルは踵を返して来た道を戻る。

「…………………これでいいはずだ」

自分自身にそう言い聞かせるかのように呟く。

父親を自らの手で葬ったミクロの行動は誰も咎めることはない。

父親はオラリオを破壊しようとした【ファミリア】の団長で、その首には賞金首までギルドにつけられていた。

それだけではない。

へレスは友達や家族(ファミリア)にまで危害を与えた。

世間的にも個人的にもミクロは正しいことをしたはずだ。

それなのに、どうして心がこんなにもざわつくのかミクロにはわからなかった。

いや、違う。

わかっているのにそれに目を背けているだけだ。

本当は悲しいし、寂しい。

もう二度と母親にも父親にも会えないことに寂しいんだ。

触れることも、話すことも、戦うことも、笑いかけてくれることもない。

もうミクロに家族はいない。

最後はミクロ自身の手で終わらせたから。

その時だった。

ドクン、と鼓動が跳ねる。

ミクロの背後から近づいてくる足音と共に強まる鼓動にミクロは後ろを振り返る。

そこには見たことのない男神がいた。

灰色の髪をした男神を見てミクロは察した。

「シヴァ……」

「如何にも、我はシヴァだ。久しいな、否、汝と言葉を交るという意味では初めましてと言うべきか?」

目の前に姿を現したのはシヴァ。

【シヴァ・ファミリア】の主神がミクロの前に姿を現した。

「大きくなったものだ、我が血を持つ人間(ヒューマン)ミクロ。父を打倒し、父と同じ領域に達したこと我も嬉しく思う」

称賛の言葉を述べるシヴァの喉元にミクロは槍を突きつける。

「………今、ここでお前の首を撥ねるのがどれだけ容易いかわかるか? 何が目的だ?」

瞋恚の炎をその瞳に宿しながら問いかける。

全ての元凶であるシヴァ。

この男神がいなければ、と考えることだってあるぐらいにミクロはシヴァを嫌悪している。

槍を喉元に突き付けられているにも関わらずシヴァは淡々と話す。

「最後に汝と話をする為に参った。我は天界に帰る。故に矛を収めて欲しい」

「………」

警戒しながらもミクロは槍を下ろす。

「感謝する。ミクロよ、この戦いは汝の勝利だ。汝は見事に我の眷属達を打倒し、己の信念を貫き通した。ここに【ファミリア】の主神として汝に賛美の言葉を送ろう」

「………そんなことに興味もお前の言葉もいらない」

拒絶に近いミクロの言葉に顎に手を置く。

「ミクロよ、我はへレス達のこの世界の革命に心惹かれ、へレス達を眷属として迎えた。世界を破壊し、新たな世界を創り出す。我はそれをこの眼で拝見したかった。しかし、汝はそれを阻止し、我の【ファミリア】を打倒した。我にはもうこの下界に留まる理由がない」

へレス達の理想がまたシヴァの求めるものでもあった。

だが、そのへレス達がいなくなり、シヴァも己が求めるものがなくなった。

故にシヴァは天界に帰ることとなった。

「汝は強くなった。己が持つ才能に怠らずに地道とも呼べる努力を重ねなければへレスを凌駕することは敵わない。奴は強かった。しかし、奴は『器』ではなかった」

『器』の違い。

それがミクロとへレスの大きな差であったのだろう。

「『器』を持たず者に世界は変えられない。ミクロよ、強大な『器』を持つ者よ。汝に問いたい。汝にとって世界とはなんだ?」

シヴァの問いにミクロは少し考えた上でその答えを出した。

「出会いだ。この世界にいるからこそ俺はアグライアに出会えた。リューにも出会えた。多くの仲間と、友達に出会えたのもこの世界があるからだ。出会えたから今の俺はここにいる。だから俺はこう考える。この世界に住む人々は出会い、それが一つの絆になって、また新たな出会いを得て絆を作る。それが俺にとっての世界だ」

路地裏でアグライアと出会ったおかげで今の自分がいる。

そこからミクロは多くの人達と出会い、絆を作ってきた。

「その絆は決して誰にも壊すことは出来ない。そして、その出会いがあるこの世界を俺は守る。相手が誰であろうとも守り通してみせる」

それがシヴァの質問に対するミクロの答えだ。

「………そうか」

その答えを聞いたシヴァは満足そうに頷いた。

「なら一つの神として言おう。ミクロよ、汝は伴侶を作れ。へレスがそうだったように汝は一人ではない。愛する者が、己が心から信頼を寄せている者がいるのなら汝の心は満たされるだろう」

「伴侶………」

シヴァはミクロの心情に気付いていた。

家族を失ったミクロに対して家族を作ることでその空いた心を埋めろと告げた。

謝罪、贖罪という訳ではない。

ただの一人の神としての助言だ。

「では去らばだ」

シヴァは背を向けてミクロから去って行った。

その後姿はどことなく満足そうに見えた。

「……………帰るか」

家族がいる本拠(ホーム)へ帰る。

シヴァの最後の言葉を考えながらミクロは本拠(ホーム)に帰還する。

「ミクロ。お帰りなさい」

帰って来たミクロに一番に声をかけてくれたのはいつも傍らにいてくれる心優しい妖精(エルフ)。ミクロに何が正しくて何が悪いのか、様々なことを教えてくれた。

リューとの出会いも路地裏だった。

自分を痛めつけていた冒険者達を今度は自分が痛めつけていた。

それを止めたのがリューだった。

それが初めてのリューとの出会い。

リューと出会ってもう五年以上経つが、それでもリューはいつも傍にいてくれる。

無茶をしたら怒ってくれた。

怪我をしたら心配してくれた。

困ったことがあれば助けてくれた。

辛い時、悲しい時はいつも傍にいてくれた。

だから心から感謝している。

「あ………」

違う。

それだけじゃない。

それだけでは足りない。

この気持ちを、この想いをなんて言葉を使えばいいのか。

『愛する者が、己が心から信頼を寄せている者がいるのなら汝の心は満たされるだろう』

その時にミクロの脳裏を過るシヴァの言葉にミクロは納得した。

「ああ、そうか………」

「ミクロ?」

いつもと違うミクロに歩み寄るリュー。

ミクロは思考と気持ちが一致するとリューの方を向いて近づき。

何の躊躇いもなくリューの唇を奪った。

「――――――――――――ッ!!?」

あまりにも突然で突拍子もない行動に目を見開き、絶句するリューにお構いなくミクロはリューの唇を奪った。

数十秒間、唇を重ねたあと、ミクロは唇を離して告げる。

 

「リュー、愛してる。俺の家族になって欲しい」

 

拙くも確かな笑みを浮かべながら告げたミクロの告白(プロポーズ)

唐突過ぎて放心するリューは気持ちと思考が定まらない。

ただ、キスをされて愛の言葉を述べられた。

ならば答えなければとリューは羞恥心を振り払う。

耳まで真っ赤に染まりあがるリューは返答を待つミクロに自身の想いを告げようと口を開いた。

「……………………はい」

リューは首を縦に振った。

それが堪らなく嬉しくてミクロはリューを抱きしめた。

誰かを愛するという想いがこんなにも幸せだということをミクロは知った。




Newシリーズ完!!
【シヴァ・ファミリア】との因縁が終わりましたので区切りが良いのでここでNewシリーズはここで終了!
次はThreeシリーズを書いていきますのでこれからも読んで頂けると嬉しいです!


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登場人物紹介2

路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか。
Newシリーズオリキャラ紹介。


Newシリーズで登場してきたオリジナルキャラクターの紹介。

前回はオリジナル主人公たちが主にでてましたので今回はNewシリーズに登場した主に【シヴァ・ファミリア】の人物紹介します。

というよりもNewシリーズで出てきたオリキャラは【シヴァ・ファミリア】ぐらいしかいないような……。

 

取りあえず人物紹介を始めます。

出てこなかったところには※を打ちます。

 

 

【シヴァ・ファミリア】。

主神シヴァの眷属で、その実力はかつてはオラリオで歴代最強を誇る【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】を凌ぐほどの実力者が集る【ファミリア】。

その中でもLv.6以上の実力を持つ十人の冒険者達は『破壊の使者(ブレイクカード)』と呼ばれていた。

 

 

破壊の使者(ブレイクカード)10番。

 

名前:ジエン・ミェーチ。

種族:エルフ。

性別:男。

職業:冒険者。

二つ名:【同胞殺し(エルフキラー)

武器:魔武具(マジックウェポン)『アビリティソード』。

魔法:無し

スキル:※

備考:魔法種族(マジックユーザー)でありながら魔法が使えないジエンはそのことにショックを受けながらもそれを受け入れて剣の道を選んだ。

元々は【ロキ・ファミリア】に所属していたジエンだが、周囲からの貶めの言葉に耐え切れず【ファミリア】を去った。

そこからそんなジエンにシヴァに救われて忠誠を誓い、当時副団長であるシャルロットから魔武具(マジックウェポン)『アビリティソード』を授かった。

自分を貶めてきた同胞を葬ることで劣等感で苦しめられてきたジエンは破壊の快楽に呑まれる。

だが、リューとの対戦で敗れてミクロの言葉を聞いたジエンは過去にシャルロットの言葉を思い出して己の愚かさを知ってミクロ達から姿を消し、最後は同胞であるレフィーヤを庇って命を落とした。

 

 

破壊の使者(ブレイクカード)9番。

 

名前:エスレア・ファン。

種族:ハーフエルフ。

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【冷笑の戦乙女(フロワヴァルキリー)

武器:長剣。

魔法:【アースフィア・スファト】

スキル:【氷魔召喚(イエロサモン)

備考:前回の登場人物にも出ましたからついでに書いておきます。

これはもうぶっちゃければ完全にアカメが斬る! のエスデスですね。

最初のシリーズでミクロに相応しい強敵で思いついたのがエスデスでしたので。

エスレアは戦場で産まれ、戦場の中で育てられた。

戦うことでしか、強者を殺すことでしか楽しむことを知らず、最後はミクロに敗れて自らの手で自害する。

 

 

破壊の使者(ブレイクカード)8番。

 

名前:キュア・カーネ。

種族:犬人(シアンスロープ)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【凶游犬(スマシェスト)

武器:ナイフ、毒、道具(アイテム)

魔法:【クロニティ】

呪詛(カース):【スコティニア】

スキル:※

備考:オラリオの『暗黒期』にミクロと同じように路地裏で生活をしていた孤児。

だが、冒険者に捕まってストレス発散の道具として毎日痛めつけられてきた。

そこを【シヴァ・ファミリア】が助け、自身を痛めつけていた冒険者に復讐する為に【シヴァ・ファミリア】に入団した。

【ファミリア】では諜報担当をこなしてその戦闘スタイルは暗殺者(アサシン)に近い。魔法だけでなく道具(アイテム)や毒も駆使して戦う。

切り札として対象の五感を封じる呪詛(カース)を持っているが、ミクロの脅威的な直感に破れてミクロの手によって死亡する。

 

破壊の使者(ブレイクカード)7番。

 

名前:レミュー・アグウァリア。

種族:猫人(キャットピープル)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【傀儡猫姫(イドロイルー)

武器:双剣。

魔法:【リスヴィオン】

スキル:※

備考:元々は貴族の一人娘として順風満帆な生活を送っていたが、父親の病死をきっかけに母親が異常にまでその愛情をレミューに与えた。

着替えから食事の世話まで何もかも娘であるレミューにはさせずに、子供の玩具、人形のように扱われてきた。

反発してもまるで自分が悪いかのように涙ながら怒鳴り散らしてくる母親。

そんな生活をしているある日に【シヴァ・ファミリア】の手によってその生活は終わりを告げ、レミューはへレスについて行き、【シヴァ・ファミリア】に入団した。

最後はへレスの糧になってこの世を去った。

 

破壊の使者(ブレイクカード)6番。

 

名前:ゾワィ。

種族:ドワーフ。

性別:男。

職業:冒険者。

二つ名:※

武器:大槌。

魔法:※

スキル:※

備考:ぶっちゃけて出番が僅かにしかなかったドワーフの戦士の代わりに軽くここで紹介します。

オリジナルキャラクターであるゾワィ。本名ゾワィ・ベレダは破壊の使者(ブレイクカード)一のパワーと耐久力を併せ持つパワーファイター。

ガレスとは同じドワーフとして何度も衝突する間柄でその手に持つ大槌はシャルロットが作製した魔武具(マジックウェポン)『アースマラ』は大地を操ることが出来る。

この作品Newシリーズの87話で出てきた巨大な土人形もこの魔武具(マジックウェポン)の能力です。

最後はへレスの糧となってこの世を去った。

 

 

破壊の使者(ブレイクカード)5番。

 

名前:ヴォール・ルプス。

種族:狼人(ウェアウルフ)

性別:男。

職業:冒険者。

二つ名:【暴猛狼(ニートスフス)

武器:拳、蹴撃。

魔法:【リオドゥース】

スキル:【月下狼哮(ウールヴヘジン)

備考:狼人(ウェアウルフ)の部隊に拾われた孤児でその族長の娘に一目惚れをしたヴォ―ルは誰にも認められるように努力を重ねて強くなり、族長の娘を手に入れることが出来た。

だが、彼女に恋心を抱いていた仲間が恋敵であるヴォ―ルに奪われるぐらいならと彼女を殺し、ヴォ―ルは彼を殴殺して部隊から去った。

それ以来ヴォ―ルは仲間は決して信用しないようになり、己の猛威を振るい続けた。

最後はリューとの死戦で敗れて嗤いながら死んでいった。

 

破壊の使者(ブレイクカード)4番。

 

名前:コネホ・ダシュプース。

種族:兔人(ヒュームバニー)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【鋼脚兔(ラビットスティール)

武器:細剣、魔武具(マジックウェポン)『デフォルスパイ』。

魔法:【シャマ・ドロル】

スキル:※

備考:コネホにはいつも自分を虐めてくる姉がいた。

泣こうが、謝ろうが、暴力と暴言を振るう姉に毎日痛みと苦しみに耐えながら生活していたある日に姉に縛られて廃家に閉じ込められて火をつけられた。

燃え上がる廃家に苦しくなる呼吸。耳には姉の嘲笑交じりの高笑いが聞こえた。

熱気の痛みと絶望の中でコネホの中で何かが壊れた。

すると、頭が冷静になり、縄を燃やして引き千切ると燃え上がる廃家から脱出し、驚愕に包まれている姉を捕まえて両手両足の骨を折って燃え上がる廃家の中へ放り投げた。

底から聞こえるいつも虐めていた姉の痛叫、命乞い、謝罪にコネホはどうして姉が虐めを止めないその理由を理解した。

壊すことに快楽を覚えたコネホはオラリオに訪れて【シヴァ・ファミリア】に入団した。

最後はミクロとの戦闘に敗れて投降を進めるミクロの言葉を無視して自らの手でこの世を去る。

 

破壊の使者(ブレイクカード)3番。

 

名前:カティル・ヘルト。

種族:アマゾネス。

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【舞闘女傑(ダンシィスト)

武器:※

魔法:※

スキル:※

備考:ゾワィ同様に僅かにしか出番がなかったオリキャラです。

実力は破壊の使者(ブレイクカード)で三番の猛者です。

最後はへレスの糧となり、この世を去った。

 

破壊の使者(ブレイクカード)2番。

 

名前:シャルロット・イヤロス。

種族:人間(ヒューマン)

性別:女性。

職業:冒険者。

二つ名:【不滅の魔女(エオニオ・ウィッチ)

武器:魔杖、本作品では魔武具(マジックウェポン)

魔法:代償魔法。

スキル:※

備考:ミクロの母親で【シヴァ・ファミリア】の副団長。

数多くの魔道具(マジックアイテム)魔武具(マジックウェポン)を作製した張本人で、その技量はミクロよりも上回っている。

一度は身を隠すために死に、肉体を捨てて別の身体へ魂を注入することでへレスの目を欺いた。その間は【フレイヤ・ファミリア】に匿ってもらおうとしたが、ここで問題が発生し、魂を注入した身体と魂が馴染まずに碌に身体を動かすことが出来なかった。

身体が動くようになるとシャルロットはミクロの下に訪れて全てを打ち明ける。

そして、ミクロの手で死ぬつもりが生き流れることが出来たシャルロットは少しの間、愛するミクロと一緒に生活をする。

最後は愛する人であるへレスの手によってこの世を去った。

 

破壊の使者(ブレイクカード)1番。

 

名前:へレス・イヤロス。

種族:人間(ヒューマン)

性別:男性。

職業:冒険者。

二つ名:【破壊者(ブレイカー)

武器:魔武具(マジックウェポン)『ロギスモス』。

魔法:【バリスロール・ゼル】、【シャマミネンス】

スキル:※

備考:ミクロの父親で【シヴァ・ファミリア】の団長。

オッタルと同じLv.7の冒険者でかつては戦争奴隷だった。

戦場でシャルロットと出会い、数多くの仲間達が死ぬ行く中でへレスはこの世界を変えようと、自分達と同じ存在を生み出さない為に理想を求めた。

オラリオで生き、神の眷属となって実力を高めて全ては理想の為に力をつけてきた。

そして、世界の『王』にして使徒を作り出す計画で自分の子供がその『王』の器を持って誕生した。

だが、シャルロットが理想よりも息子であるミクロを選んだことにへレスはミクロを憎み、殺したが、フェルズの蘇生魔法でミクロは復活した。

そして、互いの信念をぶつけ合い、ミクロに敗北した。

最後は息子であるミクロの手によってシャルロットと仲間達がいる冥府に赴いた。

 

 

これで破壊の使者(ブレイクカード)は全員ですね………。

やっぱりNewシリーズで出てきたオリキャラは破壊の使者(ブレイクカード)ぐらいですね………。

もし、見落としているキャラがいたら教えてください。

追加で書いていきます。



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Three01話

ミクロ・イヤロス

Lv.7

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

堅牢:C

神秘:E

精癒:E

適応:F

魔導:H

創造:I

 

「オラリオで二人目のLv.7ね……」

ミクロの【ステイタス】を更新したアグライアはミクロの更新用紙を見てぼやいていた。

「『発展アビリティ』は『創造』………沢山の魔道具(マジックアイテム)を作製したからかしら……?」

【ランクアップ】を果たしてミクロが得た『発展アビリティ』は前代未聞のアビリティ『創造』。

このアビリティはどのような効果があるのかはまだミクロ本人でさえわからない。

「ミクロは幸せになって欲しいのにね……」

悲観的に呟くアグライアのその言葉には主神として一人の家族としての懇願。

辛くて過酷な運命を背負って誕生したミクロはそれ以上に幸せになる義務がある。

だけど、Lv.7となった以上はオラリオで最強戦力の一つとして既に捉えられているはずだ。

もはやオラリオの外に出る事すらできないのかもしれない。

悲嘆にくれるアグライアは自室でどうするかと思案している時。

『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!?』

食堂の方から子供(けんぞく)達の叫び声が聞こえてきた。

「なにかしら……?」

気になったアグライアは自室を出て食堂の方へ足を運ぶ。

この時はまだ知らなかった。

ミクロとリューが恋人同士になっていることに。

 

 

 

 

 

 

「俺とリュー、恋人同士になったから」

団員が集まる夕食時にミクロは突拍子もなく平然とそのことを団員達に告げると全員は動きが凍って一瞬の静寂の後に。

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!?」

「うそぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!?」

「いやぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああッッ!!?」

驚愕、困惑、絶叫を上げる団員達に平然と食事を進めるミクロにその隣でリューは突然の告白に顔を朱色に染める。

「ちょっと、どういうことよ!?」

「説明してください!? 団長!」

リューと恋人同士になっていることを知ったミクロに恋心を抱いているティヒア達がその事の関する詳細を追求してくる。

「おめでとうございます!! 団長、リューさん!」

「おめでとうございますわ」

「おめっとさん」

特にミクロやリューに恋心を抱いていないベル達は素直に二人に祝福の言葉を送った。

「おお、マジかよ………」

「マジみたいだな。団長に恋心があったことに俺は驚いた」

「いや、副団長ならあるいはとは俺は思ってたぞ?」

「うわー、びっくりしたね。スィーラ」

「………そうですね」

二人が恋人同士になった衝撃の告白に驚く者達もいる。

それぞれの反応を示す【アグライア・ファミリア】の団員達だが、少なくとも一つだけ共通していることがある。

リューの隣にいるミクロが幸せそうだということに。

「お~、遂にミクロ君にも誰かを好きになっちゃたか………」

「お、落ち着いているね、アイカお姉ちゃん……」

ティヒア達同様にミクロに恋心を抱いているアイカはいたって落ち着いた様子で食事をしていたことにセシルは驚いている。

失恋と、口には出したくはないがそれでも姉のように慕っているアイカがショックを受けている顔なんて見たくはなかった。

そんなセシルの頭をアイカは優しく撫でる。

「セシルちゃん。世の中には略奪愛というものがあるんだよ~」

微笑みながら告げるアイカにセシルは失笑した。

前言撤回。

この人は全然諦めてはいなかった。

むしろ、リューからミクロを奪う気満々だった。

我が姉は末恐ろしいと戦慄する。

「恋は戦争。諦めたのならそこで終わりだよ~。まぁ、その方が私には好都合だけどね~」

わざとなのか、全員に聞こえるように話すアイカにティヒア達の胸に宿す恋の炎が再び発火する。

そう、まだ二人は恋人同士になっただけで結婚したわけではない。

ならまだ巻き返せる。

こんなところで諦めてたまるかと恋の炎を灯す。

煽るアイカの言葉に触発されて戦線復帰を果たしたティヒア達にリューの冷汗が垂れる。

一歩有利に進んだだけでは油断はできない。

油断をすれば横からミクロが掻っ攫われてしまう。

負けられない。その想いが強くなる。

「なぁなぁ、団長は副団長のどこが好きになったんだ?」

恋する乙女たちが無言の攻め合いを行うなかで普通の食事を進めているミクロにリオグが尋ねた。

「リューはいつも俺の傍にいてくれる。だから好きになった」

素直にリューに対する想いを話すミクロにリオグは胸を押さえてよろめく。

「………やべぇ、団長を直視できねぇ」

下心が一切なしの純粋な想いを聞いてしまったリオグはそんな純粋な心を持つミクロに下心満載の自分ではまともに見ることができない。

わーわー、とミクロの想いを聞いた女性団員達は黄色い声を上げる。

リューは羞恥心で胸がいっぱいで今すぐにでもこの場から逃げ出したかったが、ミクロがリューの手を掴んで離さなかった。

別に力を入れているわけでもない。

優しく握っているが、愛する人の手を振り払うことなどリューにはできなかった。

『ううぅぅぅ………』

そんなリューを恨めしい目線を送る恋する乙女達。

羨ましい、自分もああなりたいと羨望の眼差しも向けられていた。

「えっと、どういう状況なのかしら………?」

「あ、アグライア様。実は……」

食堂にやってきた主神であるアグライアはこの混沌を極めた食堂を見て困惑すると、近くにいたセシルが事情を説明した。

「あらあら」

セシルからミクロとリューが恋人同士になったことを聞いて嬉しくも微笑ましい気持ちになる。

先ほどまでの心配はどうやら杞憂に終わった。

「やっぱり違うのね……」

不変である神々とは違って下界の子供達は変わっていく。

ミクロも例外ではなく、幸せになっていっている。

主神として、一柱の女神として心から二人を祝福する。

「おめでとう。ミクロ、リュー」

主神として祝福の言葉を送ると、アグライアは子供(けんぞく)達に告げる。

「皆でミクロのLv.7の【ランクアップ】とミクロとリューに祝杯をあげましょう!」

乾杯(かんぱーい)!!!』

主神(アグライア)の言葉に団員達はジョッキをぶつけ合って二人を祝う。

賑わう食堂で中にはヤケ酒に走る者もいるが、それでも楽しいとさえ思えた。

「リュー。ここが俺達の(ホーム)なんだな………」

「ええ、その通りです」

【シヴァ・ファミリア】との因縁を乗り越えてミクロは改めてここが自分がいる家だと思えた。

もう抱えるべき問題は終わった。

それでもミクロにはまだまだするべきことが沢山あるが、今だけは皆と一緒に楽しみたかった。

「団長、ポーカーしようぜ!? 俺が勝ったら副団長に関することを根掘り葉掘り話してもらいやすぜ!?」

「負けられない……」

ポーカーに誘われてそれに応じるミクロは団員達と戯れる。

それを微笑ましく見守るリューの肩を誰かが掴んだ。

「さぁ、キリキリ話してもらうよ~?」

笑顔で、だけど目が全く笑っていないアイカとその後ろに控えるティヒア達に捕まったリューもまだ終わらない戦いに身を投じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ………やっと解放されましたか…………」

長きに亘る尋問もとい質問攻めからようやく解放されたリューは一人で通路を歩いていた。

慣れないことをされて精神的に疲れたリューは今日は早めに就寝しようと自室に向かう途中で中庭でミクロがいることに気付いた。

「何を………?」

何かを抱えてそれを地面に置いてミクロは道具を取り出してそれを弄り始める。

何をしているのかと思い、気になったリューは中庭へと訪れる。

「ミクロ、それは?」

「新しい魔道具(マジックアイテム)の最終調整」

黒い輝きを放つその魔道具(マジックアイテム)は普段から見るものとは比べ物にならないぐらいに大きい。

興味本位でそれを見ていると最終調整が終えたのか、ミクロは立ち上がってリューの手を取る。

「リュー、一緒に行こう」

「どこへ?」

「空」

空を指すミクロに怪訝しながらもリューはミクロの手を取ってその魔道具(マジックアイテム)の上に足を置く。

「『ノーエル』起動」

ミクロの言葉を合図に『ノーエル』の左右にある刃が翼のように展開して、後ろにある噴出口から光粒を墳かして加速的に空を飛んだ。

「ちょ……!?」

「しっかり掴まって」

突然の加速と浮遊感に驚愕するリューの手を握って身体を支えるミクロが新たに作製した魔道具(マジックアイテム)『ノーエル』は大気中の魔素を吸収してそれを放出することで加速的な速度と飛行を可能にする。

使用者の魔力も使えば更なる加速が可能だが、今は試運転の為にそれはしない。

オラリオの空を二人で独占する。

「飛行、加速共に問題なし」

試運転に何も問題はないことを確認し終えるとミクロはリューに視線を向ける。

「どう?」

「………次からは事前にどのような効果があるかを教えてください」

「ごめん」

予想以上の魔道具(マジックアイテム)に今も驚きを隠せれないリューに謝罪する。

「しかし、流石はミクロです。これは凄い魔道具(マジックアイテム)だ」

驚くほどの加速力を持つミクロの新しい魔道具(マジックアイテム)を称賛する。

これでまた、冒険で仲間が死ぬ確率は減るだろう。

「リュー」

「はい?」

呼ばれて振り向くとミクロはリューと唇を重ねる。

今度は一瞬。だけど、それだけでリューが赤面するには十分だ。

「愛してる、リュー。これからも傍にいて」

卑怯だと、思った。

いつも突然にこちらの心の準備もなしにされては動揺を隠す事さえできない。

恥ずかしげもなくに愛の言葉を述べるミクロの天然さをリューは恨めしくも憎めない。

「………私のこの想いは変わりません」

ミクロの傍にいる。

それはとても簡単そうに見えて実はそうでないのかもしれない。

それでもリューはミクロの傍にいたいと思っている。

胸にあるこの変わらない想いと一緒に。

 

 



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Three02話

【シヴァ・ファミリア】との因縁が終えてもミクロにはまだまだするべきことは多い。

これまでに築き上げてきた【ファミリア】や異端児(ゼノス)のことについてもするべきことは山のようにある。

「ベル、動きを止めるな。常に動いて相手を翻弄させろ。セシル、もっと小技も使え。大鎌での攻撃ばかりだと隙だらけだ」

「「はい!」」

今日も朝からセシルとベルを鍛えている。

しかし、今回は相手をせずに二人の模擬戦を見ながら注意点を告げるのみ。

本当なら実際に戦いながらが一番なのだが、ミクロはまだ【ランクアップ】した心身のズレを把握していない。

今の状態で二人の相手をするのは危ないということで今回は観察のみにしている。

朝の鍛錬が終わり次第、ミクロはそのズレを調整に向かう。

「ヤァッ!」

「セイッ!」

衝突する大鎌と両刃短剣(バセラード)

『力』と『耐久』ではセシルがベルを上回り、『敏捷』はベルの方が上回っている。

魔法やスキルを抜いて【ステイタス】に頼らない己自身で磨き続けてきた技と駆け引きを互いにぶつかり合うことで更なる磨きをかける。

「あ…」

衝突するその瞬間、ベルの両刃短剣(バセラード)が折れた。

「………やっぱり、ベルの武器を急ぐ必要があるか」

ぼやくミクロ。

今回は武器の性能の差。

セシルの武器は深層の素材で作られたものに対してベルが使っている両刃短剣(バセラード)はヴェルフが打った作品だ。

ヴェルフの腕が悪いというわけではない。

ただ、武器がベルについて行けていないのが原因だ。

前代未聞のスキル【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】は成長を飛躍させてしまうレアスキルにベルはついていけてもその武器までもがついて行けるかと言われれば否だ。

能力(ステイタス)に合った武器を持つのが一番だが、ベルはまだそれを持っていない。

「す、すみません、団長……」

「いや、問題ない。今日はこのぐらいにしよう」

武器を壊してしまったことに謝罪するベルにミクロは気にもとめない。

ヴェルフとの話し合いで既に設計は完成し、現在はヴェルフが超貴重素材(ドロップアイテム)を使って剣を打っている。

ヴェルフが打ち終われば今度はミクロ自身の手で加工していく。

まだ時間は有するだろう。

ベルとセシルの朝の鍛錬を終わらせるとミクロは一人でダンジョンに向かった。

「おい、あれ………」

「ああ、オラリオで二人目のLv.7」

「【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】に続く新たな最強派閥」

街中を歩くと他の同業者達や一般人達の声が聞こえるが全て聞き流す。

ミクロがLv.7になったことにより、【アグライア・ファミリア】は二大派閥と並び、新たに三大派閥の一角にまで上り詰めた。

ミクロにとってはそれはどうでもいいことだが、その事実だけは【ファミリア】の団長としてしかと受け止めている。

ダンジョンに到着したミクロは上層では流石に調整が出来ない為に駆ける。

Lv.6の時よりも速く動けることを実感しつつ、上層から中層に潜る。

襲いかかってくるモンスター達を蹴散らしつつ、ミクロは17階層の『嘆きの大壁』にまでやってくるとそこにいる階層主ゴライアスは姿を現す。

『――――――ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

総身7(メドル)を超える灰褐色の巨人は産声を上げる。

「………」

ゴライアスの誕生を傍観するミクロにゴライアスは拳を振り下す。

『―――――っ!?』

「………なるほど」

振り下された巨人の大鉄槌をミクロは片腕で受け止めた。

受け止めた巨椀を払い、ミクロは宙を跳び、回し蹴りを放つとゴライアスの首と胴が分断される。

「………………もうゴライアス程度では調整もできないか」

灰となってドロップアイテムと魔石だけを残すゴライアスを見てぼやくミクロはその二つを回収して更に下を向かう。

初めてゴライアスと戦った時はリュー達と共に戦い、やっとで勝てた相手だったが、今となってはもう相手にもならない程に強くなった。

18階層を超えて一気に19階層に下りるミクロはモンスターを倒しつつ、更に下を目指す。

そして気が付けば深層域まで足を運んできていた。

「ウダイオスはまだか………」

スパルトイを倒し終えてミクロはこの階層の階層主であるウダイオスが誕生する周期が終えていない。

ウダイオスなら今のミクロの調整にちょうどいいと思っていたのだが、いないものをねだっても仕方がない。

「………帰るか」

これ以上にここに留まる理由がない以上、さっさと地上に帰って手に入れた魔石やドロップアイテムをセシシャに渡して売りさばいて貰おうと考えながら新しい魔道具(マジックアイテム)『ノーエル』に乗る。

「っ!?」

その時だった。

どんっ……どんっ……と重音な足音が響き渡る。

足音から二足歩行のモンスターだと言うことは理解できるが、この深層域でそのようなモンスターがいるとは思えない。

ミクロはここで初めて『リトス』から槍を取り出して足音がする方に構える。

今のミクロなら大抵のモンスターは素手で打倒できるか、これは武器を使わなければならないと直感でそう判断したからだ。

そして、それは姿を現した。

漆黒の体皮。二(メドル)を上回る巨躯は岩の様な筋肉で覆われて、更にその上に纏うのは冒険者の鎧だ。

はち切れんばかりの胸鎧(ブレストアーマー)、肩当て、手甲、腰具、脚装。

その巨体が収まり切れない全身型鎧(フルプレート)部位(パーツ)を軽装のごとく身に着けている。片手に掲げるのは巨大な両刃斧(ラビュリス)であり、更に鎧の背にも異なった大斧を取り付けていた。

頭部から生える双角の色は紅。

その威容から連想される単語は、猛牛。

「………お前、異端児(ゼノス)か?」

普通のモンスターとは明らかに異なるその姿にミクロは目の前の猛牛にそう尋ねると首を縦に振った。

「自分の名は、アステリオス」

「俺はミクロ。【アグライア・ファミリア】団長、ミクロ・イヤロス」

名乗りを上げるアステリオスにミクロも名を告げる。

「ミクロ………あの者に似ている………」

「あの者?」

その言葉に怪訝するミクロはそこで気付いたのはミクロ自身が前にアステリオスを見たことがあるからだ。

異端児(ゼノス)は簡単に言ってしまえばモンスターの転生体だ。

幾重の年月の中、生まれ変わりを得て、積み重なった強い未練と強い願望が魂に積もることで魂の循環―――輪廻転生の果てにまたダンジョンのどこかで産まれる。

その際に明確な自我と知性の発生したモンスターが異端児(ゼノス)だ。

つまり、目の前のアステリオスもリド達同様に一度はダンジョンで産まれて死んで、モンスターの母体であるダンジョンから新たに産まれた存在。

そして、自分に似た人物をミクロは知っている。

「お前……ベルと戦ったミノタウロスか」

「ベル………その者が自分の好敵手………」

アステリオスはベルが倒したミノタウロスが異端児(ゼノス)として産まれた。

「ベル……あの者ともう一度戦いたい。自分をこうも駆り立てる存在が、いる」

「………」

「再戦を望みたい。血と肉が飛び殺し合いの中で、確かに意思を交わした、最強の好敵手と」

己の前世を語るアステリオスはただ、ベルとの再戦を望んだ。

初めて命を賭した攻防を、互いの全てをぶつけ合ったベルと。

また戦いたいと、己の夢を語った。

「アステリオス、お前の気持ちはわかった。だが、今はまだ待て。今のベルには自身が持つ武器がない。それが完成したらベルをお前の前に連れてくることを約束する」

「感謝する……」

願いを聞き入れるミクロにアステリオスはただ感謝した。

ミクロはベルの武器を速く作ってやろうと思う。

そして、ミクロは矛先をアステリオスに向けた。

「アステリオス。今のお前の実力を知っておきたい。それにお前なら今の俺にちょうどいい相手だ」

アステリオスを見て感じ取った潜在能力(ポテンシャル)は第一級冒険者をも凌ぐと踏んだミクロはアステリオスに【ランクアップ】した心身のズレの調整を行おうとしている。

それに応じるかのようにアステリオスは笑みを浮かべて両刃斧(ラビュリス)を持つ手に力を入れる。

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

弩級の咆哮を放つアステリオスにミクロは黄金色に輝く槍を構えて駆ける。

「勝負だ」

接近するミクロは槍でアステリオスを穿とうと言わんばかりの苛烈な突きを放つが、両刃斧(ラビュリス)がその槍の矛先を弾いて剛腕をミクロに薙ぎ払う。

瞬時に槍を『リトス』に収納、回避、ナイフと梅椿を新たに武器を持ち換えてアステリオスの懐に潜り込み、その巨躯を切り刻む。

『―――――ォォォオオッ!』

双眸を見開いて渾身の力を持って両刃斧(ラビュリス)を振り下すも、ミクロは身を捻らせて回避行動を取りつつ冷静にアステリオスの実力を分析していた。

潜在能力(ポテンシャル)はLv.7手前といったところか………)

自分と同じ領域よりも下でLv.6よりも少し上が今のアステリオスの実力だ。

能力(ステイタス)で表すのならLv.6の上位の経験値(エクセリア)を積んだ程。

(だけど、膂力は無視できるものではない……)

一撃でも受ければ損傷(ダメージ)は免れないだろう。

ナイフと梅椿でアステリオスの鎧ごと切り刻んでいくが、それでも怯まない強靭性(タフネス)も鎧の下にあるその堅牢な筋肉も並大抵の攻撃ではビクともしない。

魔法を使えばアステリオスを圧倒できるが、ミクロはそれはしない。

これは互いの実力を知るためのいわば手合わせに近い。

今の自分の実力を知って貰う為に二人は得物を交える。

『―――オオッ!!』

不意に放たれる紅の角がミクロの得物を防ぎ、はね返す。

隙を晒すミクロにアステリオスは地を陥没させるほどの踏み締めをもって両刃斧(ラビュリス)の一撃を炸裂させた。

『!?』

はずだった。

炸裂する、その瞬間にミクロは姿を消した。

「ここだ」

『スキアー』を使って影移動でアステリオスの背後を取ったミクロは拳を握って渾身の拳砲を放つ。

『ブオッ!?』

殴られ、その巨躯は揺らぐ。

『ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

「!?」

それでもアステリオスは猛攻は揺るぐことはない。

強引に身を捻らせて背後にいるミクロに両刃斧(ラビュリス)を叩き込む。

咄嗟にナイフと梅椿を交差して防御したミクロだが、アステリオスの膂力に負けて壁まで吹き飛ばされてしまう。

「なるほど……」

壁まで叩きつけられてもミクロに大した損傷(ダメージ)はない。

立ち上がるミクロにアステリオスは鎧に付けられていたもう一振りの大斧を掴み取る。

双斧装備(ダブル・アックス)となるアステリオス肩と腕の筋肉を隆起させて、右手に持つ血濡れの大斧を振り下ろす。

その瞬間―――――放電が発生した。

視界を黄金に塗り潰す放電現象。多頭竜(ヒドラ)のごとく無数にうねる雷撃の牙が一帯を埋め尽くしてミクロの逃げ場を無くす。

回避する術がないミクロはただ雷の砲撃に呑まれるしかない。

「それは悪手だ。アステリオス」

『っ!?』

ミクロはその雷の砲撃をその身に浴びながらも突っ切る。

ミクロは既に雷撃にも適応している。

故にミクロに雷撃は通用しない。

突っ切ったミクロはアステリオスとの距離を無くしてその顎下に強烈な拳砲を炸裂させる。

「終わりだ」

更に強力な電撃を放つ魔道具(マジックアイテム)『レイ』を発動させ、アステリオスはその電撃をミクロの拳と共に至近距離でそれを喰らってしまう。

『………オ、オオオ』

膝をつくアステリオスは口から血を吐き出して己の身に敗北を刻まれてしまう。

「勝負ありだ、アステリオス」

二人の勝敗はここに決した。

 



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Three03話

【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)夕焼けの城(イリオウディシス)』の正門には多くの亜人(デミ・ヒューマン)が集まっていた。

その数は五十を優に超えて今も増え続けている。

「うわぁ………こんなに……」

「流石は大派閥ですね」

「ああ、こうも見せられたら改めてこの【ファミリア】の凄さを思い知らされるぞ」

本拠(ホーム)から集まってくる亜人(デミ・ヒューマン)を見下ろすベル達は驚きの声を出していた。

今日は【アグライア・ファミリア】の入団試験の日。

一定の周期で開かれるこの入団試験に多くの入団希望者が集る。

「流石に前回より多いね………」

「ま、団長がLv.7になって三大派閥って呼ばれてるんだ。仕方ねえよ」

「どれぐらい入団できるのだろうね」

見慣れた入団希望者を観察しながらどれだけ入団できるかと考えるセシル達も見守る様に入団希望者達を眺めていた。

「セシル、入団希望者ってこんなにも集まるものなの!?」

「う~ん、【ファミリア】によるけどうちはこれぐらいは希望者は集まるよ」

セシルが入団した時からもこのように入団試験は何度もあって見てきた。

大体は五十前後だが、今回はそれを超えているのも無理はない。

【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】に続いた新たな最強派閥として頭角を現した【アグライア・ファミリア】。その団長であるミクロがオラリオで二人目のLv.7になったのだからそれは当然だ。

「まぁ、でも、半数以上は失格になるけどね」

「え……?」

集まっている入団希望者の半数が消えることをあっさりと告げるセシルに口を開けるベルにスウラが説明を促した。

「ベル、うちと【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】の違いはなんだかわかるか?」

「え、う~ん…………」

魔道具(マジックアイテム)ですよ、ベル様」

「あ…」

「あ~、そういうことか………」

スウラの質問に考え込むベルの代わりにリリがそれを答えた。

「そう、リリルカの言葉通りにうちは団長が作り出した数多くの魔道具(マジックアイテム)がある。これは【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】にないものだ。その魔道具(マジックアイテム)は使って名を挙げようとする輩や売り払って金にしようとする輩が毎回入団試験に集まるんだ。大半は魔道具(マジックアイテム)狙いとみていいだろう」

「そんな奴は団長やアグライア様が入団を認めはしねえが、しつこい奴はしつこいからな」

毎回のように集まるコソ泥紛いに若干呆れながらそうぼやく。

「世間では【覇者】の寵愛など言っている人もいるけど……むしろ逆だよ、地獄だよ」

「セ、セシル………?」

表情を青ざめて体を震わせるセシルにベル達はたじろぐ。

「あー、気にすんな。セシルは団長の実験によく付き合わされたから」

新しい魔道具(マジックアイテム)が出来たら自分か、弟子であるセシルを使ってダンジョンに潜ってモンスター相手に幾重にも実験を繰り返して性能を確かめてきた。

その度にセシルは心身を削られ、いつしか心の傷(トラウマ)を抱えてしまうようになってしまった。

当の本人はそんなことに気付きもしていないが。

「入団できるのはよくて十人だと思うが………おっと、時間か」

入団試験開始の時間となって正門が開かれると団員達の指示に従い、入団希望者達は中庭の方へ向かっていく。

入団希望者達が集まる中庭にミクロが姿を現す。

【アグライア・ファミリア】団長、ミクロ・イヤロス。

神々から授かった二つ名は【覇者】。そのLv.7。

紛れもない都市最強の一人と名高いミクロの登場にざわめく入団希望者達にミクロは口を開く。

「まず、数多くの【ファミリア】の中からこの【ファミリア】を選んでくれたことに感謝の言葉を述べる。知っているとは思うが、改めてこの場を借りて名乗らせてもらう。俺はこの【ファミリア】の団長を務めているミクロ・イヤロスだ」

自分の口から改めて名乗りを上げるミクロに入団希望者達は唾を飲み込む。

都市最強の一人が目の前にいる。それだけで緊張が走るのは当然だ。

「さて、入団試験を始める前にまずは知ってもらいたいことがある。【アグライア・ファミリア】は探索系(ダンジョン)【ファミリア】だ。ダンジョンに潜り、モンスターと戦って地上にその成果を持って帰る。己の命を賭けて」

自派閥の説明を入団希望者達に促す。

「そこで今回は試験内容は三つに分けることにした。その三つの試験に合格を与えられた者はこの【ファミリア】の入団を認める」

その言葉に意気込みを上げる者、口角を上げる者、後退りする者など多種多様の反応を示す入団希望者達にミクロは早速と最初の試験に移る。

「最初の試験はお前達の冒険者になる為の『覚悟』を試させて貰う。自分の目的、願いの為に命を賭けれるかを」

 

その瞬間、ミクロは殺気を入団希望者達に向けて放った。

 

『―――――――――――――――――――――――っ!?』

その殺気にベル達は思わず己の得物に手を伸ばしてしまう。

加減はしていてもミクロの殺気に入団希望者達の殆どは意識を失うか、腰を抜かし、中には失禁している者もいる。

甘い考えを持っている者や、下心を抱えている者はそこで心が折れる。

それでも大地に足をつけて二本足で立っている者達もいる。

ミクロの殺気に当てられて息を荒げて、脚を震わせてもそれでも立っている。

「今、立っている者は合格を言い渡す。それ以外は失格だ。ここから出て行くように」

走る様に去って行く失格者達、気絶している者は団員達が介抱に回った。

五十以上はいた入団希望者はあっという間に十人を切った。

残された入団希望者は九人。

その九人に向けてミクロは拍手を送る。

「よく耐えた。その覚悟を持って最後まで残ることを期待する」

人間(ヒューマン)とエルフが二人ずつ、アマゾネスが一人、ドワーフが一人、猫人(キャットピープル)が一人、小人族(パルゥム)が一人、そして最後に珍しくも狐人(ルナール)が一人。

「では、次の試験に移る。ドワス、カイドラ」

ミクロに呼ばれた二人は予め指示を受けていた通りに数多くの武具を持ってこさせる。

「自分の得物を持って来ているとは思うけど、使いたければこの武器を好きに使えばいい。そして、察していると思うけど次の試験は戦ってもらう」

「――――――失礼。質問をしてもよろしいでしょうか?」

「ああ」

挙手をする頭部を除いて全身鎧(フルプレート)に身に纏い、腰には剣を左手には盾を持つ騎士を連想する人間(ヒューマン)の入団希望者がミクロに尋ねる。

「戦うと仰っておりましたが、もしかして相手は貴方でしょうか? 『恩恵(ファルナ)』も授かっていない私達と名高い貴方とでは戦いにもならないと思いますが」

その通りだと言わんばかりに他の入団希望者も深く頷く。

例え『恩恵(ファルナ)』を授かっていたとしても戦いになるかどうかも怪しい。

そんな相手に勝ち目などない。

「安心してくれ。戦うのは俺じゃない」

「ではどちらの方が?」

ミクロは(ホルスター)から一つの指輪を取り出す。

蒼い輝きを放つ宝石が埋め込めれているその指輪に入団希望者達だけではなく、行く末を見ていたベル達も怪訝の表情を浮かべていた。

「出でよ、『ディーネ』」

指輪から水が放出して生きているかのように蠢いて形と成す。

その光景に驚愕し、目を見開く入団希望者達とベル達。

それは童話などに出てくる『精霊』のようだった。

水が少女の姿と形と成して、確かな微笑みを入団希望者達に向けた。

「ミクロ様。本日はどのようなご命令を?」

『しゃ、喋ったぁぁぁぁあああああああああああああああああああああっっ!!』

入団希望者、団員問わずにディーネの姿を目撃した者達全員が驚きの声を上げた。

「セシル、あれなに!?」

「お前なら何か知ってるだろう!?」

「し、知らない!? 私だって初めて見るよ!!」

ミクロの弟子であるセシルに説明を要求するベル達だが、セシルは何も知らされてはいない。

それも当然、ミクロが公の場でディーネを出したのは今日が初めて。

アステリオスとの戦闘で【ランクアップ】した心身のズレを調整したミクロは新しい発展アビリティである『創造』がどのような能力かを試した。

だが、それは主神であるアグライアでさえ言葉を失うほどの能力だった。

それは生命の創造。

生命を創り出せるその発展アビリティ『創造』により、創られた最初の作品が『ディーネ』。

魔法とは異なる新たな力を手に入れたミクロはこれを『守護獣(ガーディアン)』と呼ぶことにした。

ミクロはいまだに驚愕に包まれている入団希望者に言う。

「お前達の相手はこのディーネだ。ディーネ」

「はい」

ミクロは大剣を宙に放り投げるとディーネの手から水の斬撃が放出されて大剣を真っ二つにした。

「ご覧の通りディーネは水を自在に操ることが出来る。更に全身が水で出来ているから物理攻撃は何の意味もなさない。二つ目の試験内容は『勇気』。ディーネを前にして戦う意志のある者は前に出ろ」

鉄の塊である大剣すらを容易に真っ二つする力を持つディーネは微笑みを浮かべたまま。

だが、前へ出るだけならと一歩踏み出そうとする時。

「前へ出た奴は実際にディーネと戦ってもらう。加減はするが、それで死んでも文句を聞くつもりはない」

その言葉に足が止まる。

人間ではない得体のしれない相手。それも物理攻撃が意味を成さない相手にどう戦えばいいのかもわからない。

それも死ぬかもしれない戦いに身を投じていいのか?

ダンジョンに潜る前にこんな試験で命を散らしたくはない。

入団希望者はその一歩が出せない。

だからこそ、試されている。

これからダンジョンに潜る度に訪れる強者との戦闘に必要な『勇気』を。

ザッと一歩を踏み出したのは五人。

先程、ミクロに質問を投げた人間(ヒューマン)を始めとするエルフ、アマゾネス、猫人(キャットピープル)狐人(ルナール)の五人。

その五人は『勇気』を示した。

残りの四人が動けないのを確認してミクロは五人に尋ねる。

「お前達の名前は?」

「私はファーリス・シュヴァリエと申します」

金髪に翡翠色の双眸で剣と盾を構える人間(ヒューマン)、ファーリス。

「あたしはティコ・ドリヤースです」

薄緑色の長髪を後ろで一つに束ねている髪と同じ瞳をしたエルフのティコは弓矢を持つ。

「二ーチャはニーチャだよ!」

黒髪黒眼のアマゾネスの少女は双剣を持って意気揚々と構える。

「うちはアイルー・マオだニャ。覚えておいて、団長♪」

能天気に笑みを浮かべるアイルーはナイフを持ち、腰にはメイスがある。

「私の名はヤエ・冬楼(とうろう)と申します。ご覧の通り狐人(ルナール)です」

金の短髪に金色の尻尾を持つ冬楼は棍棒に力を入れる。

ここまで女性だけが残ったことに遠目で見ていたリオグははしゃいでいたが、ファーリスたちは当然それどころではない。

目の前にいる今も微笑みを浮かべているディーネと戦わなければ入団できない。

「では、始め」

ミクロの言葉を合図に五人は一斉にディーネに向かう。

 



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Three04話

【アグライア・ファミリア】で行われている入団試験。

その試験を乗り越えて【ファミリア】に入団しようと奮闘する入団希望者達。

だが、その試験はあまりにも難関だった。

「はぁ………はぁ…………」

剣と盾を構えながら呼吸を荒げる入団希望者であるファーリス。

その近くで同じように呼吸を乱す入団希望者達の視界に映る人の姿をした水の『守護獣(ガーディアン)』ディーネの終始変わらない微笑みは今にはおぞましく見える。

ミクロが新たな発展アビリティである『創造』により創り出した『守護獣(ガーディアン)』であるディーネは水そのもの。

斬撃、打撃、殴撃も物理攻撃が一切通用しないディーネに悪戦を強いられる。

魔法なら、と考える人もいるだろう。

だが、ファーリスを初めとするこの場にいる入団希望者はまだ『恩恵(ファルナ)』を授かっていない。

魔法もスキルもない。素の己の力でディーネを攻略しなければならない。

「ヤァァァァァッ!!」

「止せ!」

アマゾネスのニーチャが双剣を持ってディーネに接近し、渾身の袈裟斬りを放つ。

だが、それも意味を成さないようにディーネの身体を通り抜ける。

「では、こちらも」

手に少量の水を出してそれをニーチャに放つ。

「やばっ!」

先程から何度も見たその水に焦るニーチャを庇う様にファーリスが盾を構えた状態でニーチャの前に立つ。

だが、水を受けたと同時に二人とも一緒に吹き飛ばされる。

「あっ!」

「うっ!」

少量の水のはずなのにまるで衝撃波でも受けたように二人を軽々と吹き飛ばしてしまう。

ディーネの背後からナイフとメイスを両手持ちしたアイルーと棍棒を振り上げる冬楼が二人で攻撃をするも手ごたえはない。

「くっ!」

遠距離から弓矢を使い、矢を放つティコの矢はディーネの額から通り抜けてしまう。

「いい加減に腹が立つニャ!」

「……同意しますよ」

攻撃が全く通じないことに憤りを覚えるアイルーの言葉に渋い顔で同意する冬楼。

完全に物理攻撃を無効化にするディーネに戦意すら失い始める。

こんな相手にどうすればいいのかと、諦念を滲ませる。

そんな入団希望者達にディーネは容赦はなかった。

両手から水を上空に放出し、その水が鋭利の刃になる。

「アクアレイン」

「避けろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

ファーリスが全員に向けて叫んだ。

降り注ぐ水の刃が雨のように降り注がれる中で、身軽な者は回避し、盾を持つ者は盾で防御を取る。

不運か幸運か、【ファミリア】で用意してくれていた武具のなかには盾もあった。

咄嗟の判断に盾を手に取れたのは運が良かったのだろう。

だが、損傷(ダメージ)は免れなかった。

その身に幾重にも傷を負い、血が流れて地面に垂れる。

絶望的。それがファーリス達入団希望者が抱いている気持ちだ。

それだけディーネという存在が強すぎる。

降参(ギブアップ)をするなら言え。傷を治してやる」

ここでミクロが入団希望者達に降参(ギブアップ)を認めた。

しかし、それは降参(ギブアップ)をしたら失格するようなもの。

覚悟を持って【ファミリア】の門を叩いてあと一歩のところで諦める訳にはいかない。

「私は………ここで屈するわけにはいかないッ!」

立ち上がってその瞳に再び増え上がる戦意を宿すファーリス。

勇ましいとさえ思えるファーリスのその姿に他の入団希望者達も鼓舞される。

ディーネはそのファーリスに手を向けて水を放つ。

向かってくる水の攻撃にファーリスは盾を構えてその攻撃に備える。

「ヌンッ!!」

だが、ファーリスの前に大盾を持った同じ入団希望者のドワーフが防いだ。

「………すまねえ、腑抜けなオラ達を許してくれ」

ミクロから『勇気』を試されてその一歩が踏み出すことが出来なかったドワーフだが、動いたのはドワーフだけではない。

手斧を持って振り払うエルフに震えながらハンマーを持って守らんとばかりにティコの前に立つ小人族(パルゥム)。槍でディーネを突き刺す人間(ヒューマン)

動けなかったはずの四人が武器を持ってディーネに立ち向かっていた。

「貴方方は失格になったはず…………」

ディーネと戦う為に一歩を踏み出すことが出来なかったドワーフ達は失格のはず。

これでは試験そのものが滅茶苦茶だ。

「俺はそいつらが失格とは一言も言ってはいない」

ファーリスの言葉を返すようにミクロが口を開いて気付いた。

確かにミクロは一言もドワーフ達を失格とも、出て行くように促してもいない。

「強敵を前に怯まず戦いに挑むのも『勇気』。だけど、無謀に立ち向かずに踏み止まることが出来るのもまた『勇気』」

一番してはいけないのは無謀とわかっていても立ち向かうこと。

ここにいる入団希望者達はその行動を誰一人していない。

だからミクロは誰一人も失格とは告げていない。

「そして、強敵とわかっていても誰かの為に戦いに身を投じることが出来るのもまた『勇気』だ」

『勇気』とは一つではない。

ここにいる全員がそれぞれの『勇気』を示した。

「これで第二の試験である『勇気』は全員合格だ」

ここでミクロは初めて合格を口にする。

「さて、ここで全員に問いかける。もう嫌という程にディーネの強さを知ったはずだ。その上で言わせてもらう。ディーネに勝つ自信はあるか?」

 

『ある!!』

 

全員が異口同音に発した。

その瞳には強い意志の炎を宿し、その手に持つ武器も使い手達の意思と同調するように、鋭い光沢を放つ。

この場にいる誰もが諦めるという選択の意思は感じ取れなかったミクロは一度頷く。

「では、ここにこの場にいる入団希望者達の【ファミリア】の入団を認める」

この場にいる九名全員の入団を認めるミクロに入団希望者達は唖然とする。

「最後の試験内容は『不屈』の精神(こころ)。勝つことを、生きることを諦めずに立ち向かうその精神(こころ)は冒険者にとって必要なことだ」

『覚悟』 『勇気』 『不屈』。

どれもが冒険者として必要なこと。それをミクロは確かめたかった。

「改めて名乗ろう。俺の名はミクロ・イヤロス。この【アグライア・ファミリア】の団長を務めている。今日からお前達の団長でもある。よろしく頼む」

改めて名を名乗って新人達に挨拶するミクロにファーリス達は数秒の戸惑いを見せながらも合格を実感して笑みを浮かばせてミクロに頭を下げた。

『よろしくお願いいたします! 団長!』

「ああ、よろしく」

ここで【アグライア・ファミリア】の入団試験で合格した九名は【アグライア・ファミリア】に入団することができた。

「ディーネもご苦労」

「いえ、また何かご命令があればお呼びくださいませ。ミクロ様」

一礼してミクロの指に嵌めている指輪へと戻るディーネを確認してミクロは窓際からこちらを見ているセシルに声をかける。

「セシル、ファーリス達をアグライアのところへ連れて行ってくれ。ベル達は片づけを手伝うように」

「は、はい!」

「わかりました!」

ドタバタと慌てて動き始めるベル達にミクロは新人達に告げる。

「アグライアから『恩恵(ファルナ)』を刻まれたら食堂へ行くように。ギルドに報告するなどは明日だ」

新人歓迎会の準備は既にアイカ達の手で終わらせている為にそれが無駄にならずにすんだ。

今回は九人という予想よりも多いが、それだけ優秀な新人が増えたということだ。

明日からは新人達の実力を測ると言いたいが、ミクロ自身することが多い。

普段の団長としての仕事もあれば、今はベルの専用武器(オーダーメイド)にも集中したいのが本音だ。

一人一人見ていたらそれどころではない。

そこでミクロは閃いた。

「セシル達にもいい練習になるか………」

思いついたその方法にミクロはどのようにするかを思案している時、セシルは不意に寒気に襲われる。

「………なんだろう、凄く嫌な予感がする」

セシルの敏感な危機感がそれを感じったその翌日にそれは当たったのだが、この時のセシルはまだ何も知らない。

 



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Three05話

入団試験が終わって数日、ミクロは己の工房に籠っていた。

ミクロ専用の魔道具(マジックアイテム)を作製する工房は本拠(ホーム)より離れた位置にある元【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)を大幅に改築した工房だ。

自室では手狭になってきたので自分達の派閥が潰した【ファミリア】である【アポロン・ファミリア】だった本拠(ホーム)を無駄に溜まっているミクロの金で買い取った。

その工房でミクロは一振りの剣に手を加えている。

ベルの専用武器(オーダーメイド)を現在作製中だが、せっかくなのでミクロは色々手を加えた上にアステリオスの分も作っている。

椿から両刃斧(ラビュリス)を貰ってベルとはまた違う形で作製する。

作製中にミクロの肩に不意に手が置かれる。

「ミクロ、少しは休みましょう。根を詰めすぎるのは貴方の悪い癖だ」

「リュー」

顔を上げるとそこには恋人であるリューがいた。

そのリューの言葉に従ってミクロは一休憩を取ることにする。

「アイカから頼まれまして料理をお持ちしました。一緒に食べましょう」

「うん」

昼食(ランチ)を作ってくれたアイカとアンナに感謝しつつミクロはリューと一緒に食事をすることにする。

どれも手の込んでいる料理を口に運びながら食べるミクロにリューもそれを口にする。

「クラネルさんの武器の調子はどうですか?」

「順調。でもまだかかる」

色々と手を加えているだけでなくてアステリオスの分も作製しているからまだ完成までに程遠い。

「そうですか……」

それ以上はリューは何も聞かずにミクロと食事をしながら悩んでいた。

二人は恋人同士だ。

だけど、恋人らしいことなど何もしていない。

というよりも恋人なる以前と何も変わっていない。

家族(ファミリア)で食事をして、一緒に訓練をして、ダンジョンに潜ったりなど恋人らしくデートなど一回もしていない。

二人ともそういうこととは無縁というか、どうすればいいのかわからなかった。

ミクロはミクロで工房に籠ったり、団長として【ファミリア】の仕事もある。

リューも似たようなものだ。

多忙な二人が今のように一緒にいられる時間は少ない。

小さく嘆息するリューはどうすればいいのか悩んだ。

傍にいるだけでいい。それだけでリューもミクロも幸せだ。

チラリとミクロを見る。

ミクロは異性によくモテる。

だからリューは不安なのだ。

ミクロがいつ心変わりをするのかを。

隙あればミクロを狙う者は沢山いる。

リューは独占力が強いというわけではないが、それはそれで嫌だ。

自分だけを愛して欲しいという気持ちがある。

「ミクロは………私に何かして欲しいことはありますか?」

「今は特にない」

少しでもミクロが離れられない様にしようと思って行動しようとしたが、効果はなかった。

思えば、ミクロはそういう人間(ヒューマン)だ。

尽くすことはあっても尽くされるようなことはない。大抵の事は自分一人で出来てしまうから。

ミクロは手強い。戦闘面の方でも恋愛面の方でも。

取りあえず今は話題を変えよう。

「ミクロ、以前の入団試験の際に見せて頂いたあの水のモンスターは?」

「ディーネのこと?」

「はい」

守護獣(ガーディアン)ディーネのことに尋ねられたミクロはその問いに答える。

守護獣(ガーディアン)は所有者の込める魔力によってその力量を発揮する。あの時はLv.1程度で留めたけど」

所有者が魔力に長けていればいる程に、その込める魔力が増大であれば守護獣(ガーディアン)もまた強くなる。

また新しいものを作ったミクロに若干感心しながらも少し呆れた。

もう少しは自分の娯楽に時間を費やせばいいのにと。

「ミクロはこれからどうするのですか?」

それはリューは気になっていた。

ミクロはこれまでに【シヴァ・ファミリア】に命を狙われ、幾重にも死闘を繰り広げてきた。

傷付き、倒れ、なかには命を落としたこともある。

その度にミクロは奇跡を起こしてきた。

何度も立ち上がり、その手に武器を持って倒してきた。

だけど、それももう終わった。

ミクロはもう命を狙われることもない。死闘を繰り広げることもない。

後はのんびりと生活をして、幸せになるべきだとリューは思っている。

「俺は変わらない。俺は、俺を救ってくれたアグライアに尽くす」

明確に答えた。

ミクロは自分を救ってくれた主神であるアグライアの為にこれからも冒険者を続ける。

その想い、その覚悟は決して揺るぐことはない。

【シヴァ・ファミリア】の問題が解決したとしてもミクロの根源は何も変わらない。

主神の為、家族(ファミリア)の為にこの身を捧げるのみ。

「貴方はもっと……自分に優しくするべきだ」

誰かのためにではない。自分の為に行動しているとミクロ自身はそう思っているのだろうが、リューから言わせたらそれは違う。

自分よりも他者を優先するミクロに今更ながらも呆れ、溜息を吐いた。

「ミクロ。私は貴方の伴侶です」

「うん」

「ですので、貴方は私に甘える権利があります」

「そう、なの?」

「そうです。ですので私に遠慮する必要はありません」

正確には恋人だが、少し見栄を張って伴侶と告げるリューは強引にでもミクロを甘えさせて少しは我儘を言えるようにしようと考えた。

「…………」

リューの言葉に思案し、悩むミクロはどうすればいいのかわからない。

甘えるなど、ミクロはよくわかっていないからだ。

首を傾げて悩むミクロに一笑する。

「何でも構いません。私は貴方になら何をされてもいい」

「子供が欲しい」

望みを告げるミクロにリューは固まった。

聞き間違いという可能性も考えて尋ねる。

「ミクロ……今、なんと?」

「子供が欲しい。俺とリューの子供。沢山」

増えた。望みが増えた。

ミクロの言葉に顔が一気に紅潮するリューにミクロは変わらず。

予想外ともいえる望みに困惑する。

それはいつかは、とはリューも考えていた。

しかし、いくら愛を誓い合い、両想いになれたからといってもまだ早い。

そういう行為はきちんと式を挙げてから行うべきだ。

何より心の準備がまだできていない。

リューは何とか今はそれだけは勘弁して貰おうと口を開こうとした時、ミクロに押し倒された。

「ミ、ミクロ! 離れなさい!」

突然に押し倒されて声を上げるリューにミクロは怪訝そうに言う。

「リュー。俺になら何をされてもいいって言った」

「それは……そうですが………」

「なら問題ない」

問題だらけと言いたい。

雰囲気も何もあったものではない。

そもそも只でさえそういうのに疎いミクロが子供を作る方法を知っているのかさえ疑問だが、その疑問はあっさりと解けた。

「愛する人が出来たらしなさいって言われて子供の作り方は母さんが教えてくれた」

貴女のせいですか!? と今は亡きシャルロットに恨めしい念を送った。

こういう時の為に予め実の息子に仕込んでおいたシャルロットの用意周到さに驚くも、今はこの状況をどうにかしなくてはならない。

押し倒され、動きは封じられているリューの能力(ステイタス)ではミクロから逃れられない。

何より愛する人であるミクロから全力で逃れれば嫌われるかもという不安が走る。

しかし、だとしてもこういう行為はまだと思考が定まらない。

「繋がりが欲しい。俺とリューとの確かな繋がりが」

告げるミクロの言葉にリューは気付いた。

そうか、そういうことかとリューは腕を伸ばしてミクロを抱きしめる。

ミクロは天涯孤独の身だ。

いくら家族(ファミリア)がいても血の繋がった家族はもういない。

血の繋がった家族は特別だ。

母親を失い、実の父親を自らの手で葬ったミクロにとってもっとも欲するものといえば血の繋がった家族だ。

一人だけの存在にはなりたくないという寂しさだ。

だからミクロは子供という確固な繋がりが欲しかったのだ。

「私はずっと傍にいますから、安心してください」

嘘偽りもない想いをミクロに告げる。

それを聞いたミクロは小さく頷いてリューに身を預けるように抱き着くとリューもミクロの背に腕を回して抱きしめる。

「重い?」

「いえ、丁度いい重さです」

ミクロの温もりがいい感じに伝わるリューはその温もりを堪能する。

こういう風に自分にだけ甘えて来てくれることにちょっぷり優越感に浸れることが少し嬉しく思えた。

 



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Three06話

セシルとベルは改めて自派閥の団長であるミクロの凄さを思い知らされた。

師事を受ける際の小まめな助言(アドバイス)や的確な指導に心身が耐えられる限界を見切って鍛錬を行っていた。

受ける側の二人はその事に気付きもせずに、ただ与えられたことを身に着けることに精一杯だった。

いつも当たり前のように二人はミクロに従い、鍛えてきた。

だが、教わる立場から教える立場に変わっただけでこうも違うとは思いも寄らなかった。

「ベルさん。やはり私は前衛がよろしいでしょうか?」

「はいはーい! あたしも前衛がいい!」

「女子が何を言っとる? 前衛はオラ達ドワーフの役割だぁ」

「セシルさん、先輩としてあたしの魔法を見ては頂けないでしょうか? 可能でしたら助言(アドバイス)をお願いしたいのですが……」

「申し訳ない、セシルさん。私は前衛が不得意で中衛に専念しようと思うのだが、私にも助言(アドバイス)を頂きたい」

「ふぁ~、それより速くダンジョンに行きたいニャ~」

「なー、いつになったらダンジョンに行くんだ?」

「私は妖術師として後衛に回ればよろしいですか? 前衛も可能なので前衛に回ればいいでしょうか?」

「お二人の意見を聞かせてください、セシルさん、ベルさん」

新人の質問攻めに目を回す二人はもうどうすればいいのかわからず、内心でミクロに助けを求めるぐらいに困惑していた。

何故、二人は新人の面倒を見ているのかというと、それはミクロが二人に新人教育を任せた、丸投げしたからだ。

『教える側に立つにもまた訓練』

それだけ告げてミクロは二人に任せて去って行った。

必死に頭を回し、思案するベル達は新人の意見をどうすればいいのか考えながら、普段からこういうことを平然と行い、的確な指示を投げているミクロの脅威さに驚き果てる。

新人に装備と道具(アイテム)を準備させて今日は新人にとって初のダンジョン探索。

だけど、隊列を決めるのに早速問題が起きてしまった。

誰を、どのポジションにするのか。

頭から躓いてしまうベル達を見守るように遠目で見詰めるリオグ達は肩を竦める。

「団長も酷なことを……」

そうは口にしてもそれは決して嫌がらせでもなんでもない。

自分達の団長であるミクロは無茶はするけど、意味のないことはしない。

それに自分達が気付いていないだけで、無茶苦茶なことでも必ず何らかの意味がある。

だから察しているリオグ達は何も言わない。

それは、ベルとセシルの二人が自分で気づいて自分でどうにかしなければならないから。

可愛そうとは思うが、それもまた天然酷烈(スパルタ)団長が与える訓練なのだ。

「頑張れよ」

小声で応援しながらリオグもパーティメンバーと一緒にダンジョンに赴く。

「ええっと、じゃ……まずは皆の武器と魔法、それに希望するポジションを教えて」

セシルが考え抜いてどうにか出た言葉に新人達は一人ずつ己の希望を告げる。

「私の武器は御覧の通りに剣と盾です。魔法はまだ発現してはおりません。希望するポジションは前衛です」

「あたしは弓です。魔法は長文詠唱の攻撃魔法を一つ発現しています。希望するポジションは後衛を望みます」

「ニーチャは双剣! 魔法はないけど、前衛がいいでーす!」

「うちはメイスとナイフニャ。魔法はまだないニャ。希望するポジションは後衛以外ならどこでもいいニャ」

「オラは槌だ。魔法はないが、当然前衛をするだ」

「私は手斧で魔法は短文詠唱の支援魔法を一つ。ポジションは中衛を希望します」

「俺は槍。魔法は発現していない。中衛希望」

「私は棍棒。魔法、いえ、妖術を発現しています。希望は前衛か後衛です」

「俺はハンマー、魔法はまだない。前衛希望だ」

それぞれの武器、魔法、希望するポジションを告げさせて魔法を発現しているのは魔法種族(マジックユーザー)で有名なエルフと狐人(ルナール)のみ。

希望するポジションが前衛が四、中衛が二、後衛が一。

前衛でも後衛でもいいのが二という前衛寄りのパーティメンバーになってしまう。

師なら、団長なら団員の特徴と希望を瞬時に取り入れて適切なポジションに配置するだろう。

教える立場がこうも難しいのを二人は初めて知りつつ、悩みながら必死に頭を動かす。

そんな慌ただしい二人をリリとヴェルフは遠目で見ていた。

「リリスケ、行くなよ?」

「………わかっていますよ」

自重を促すヴェルフにリリは不服そうに答える。

団長であるミクロから二人にセシルとベルの助言及び手伝いを禁止されている。

勿論そのことにリリはミクロに抗議したが。

『冒険者をよく見ているリリと大派閥(ヘファイストス)にいたヴェルフなら二人に足りないもの、鍛えなければならないものがなにかわかるだろう?』

その言葉で完封された。

セシルとベルに足りないものは観察と思考。

冒険者を観察してきたリリと【ヘファイストス・ファミリア】という大派閥で多くの団員と共に生活をしてきたヴェルフだからこそ何も言い返せなかった。

相手の動き、思考などを観察して、またどのように対処するか。

また、どのようにして誘導して導けるのかをセシルとベルは知らない。

だから新人を使ってそれらを鍛えることもできて、新人教育も出来て一石二鳥。

ついでにセシルにも幹部らしい仕事を与えてやりたかったという思惑もあった。

「団長様はベル様達に新人を押し付けて何をしているのでしょうか……?」

「さあな」

愚痴をこぼす様にぼやくリリの言葉にヴェルフは肩を竦める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん………」

「痛かった~?」

「問題ない」

セシルとベルに新人を押し付けた、もとい任せたミクロはアイカに耳掃除をして貰っている。

家政婦(メイド)の仕事と言われて納得したミクロは大人しくアイカに身を委ねていた。

「ふふ~、ミクロ君はやっぱりリューちゃんのほうがよかった~?」

「リューは細かいことが苦手だから」

「そうだね~」

リューは細かい作業が苦手だ。

冒険者としては何も恥じることもない第一級冒険者だが、一般的な家事などは滅法苦手である。

以前にリューに耳掃除をして貰ったことがあったが、力の込め過ぎで耳から血が出た。

不器用なリューに代わってこういう時はアイカがミクロを独占できる。

だけど、そんなリューも少しずつだが変わろうとしていることをアイカは知っている。

時間があればリューはアイカの指導の下で料理の練習をしていることに。

最初は灰料理しかできなかったリューでも今は炭料理が出来るまで上達している。

本来なら恋敵(ライバル)、それも本命であるリューに塩を送る真似はしたくはないがアイカの本音だ。

それでもアイカがリューに料理を教えるのは好きな人には好きな人の料理を食べて欲しいから。ミクロの幸せを想ってアイカはリューに料理を教えている。

最もちゃんとした料理ができるのはまだまだ先の話になるが、せめて料理と呼べるものになるまでは指導してあげる予定だ。

他の恋敵(ライバル)達も腕を磨き、己を高めている。

隙あれば自分が、と息巻いてミクロの恋人になろうと切磋琢磨する。

「本当に罪な男の子だよ~」

自分を含めてこんなにも想われているミクロの頭を撫でる。

そして思う、自分がリューの立場でミクロの恋人になっていたらと。

それは間違いなく幸せだとアイカは言い切れるぐらいミクロの事を愛している。

ミクロが望むなら何人でも子供を産んでもいいとさえ思ってる。

「私も……負けていられないな~」

元娼婦だという自覚ぐらいはある。

それでも望んでいいのなら、願ってもいいのならミクロとそういう関係になりたい。

「終わったよ~」

「ん、ありがとう」

耳掃除を終えて起き上がるミクロにアイカは抱き着いた。

ポンポンと優しく背中を叩かれるアイカはまるでこちらの心情に気付いているような気がしてならないが、今はそれが居心地が良かった。

「んん~、よし!」

抱き着いた状態でそのままミクロを押し倒したアイカは自身の唇をミクロに重ねる。

「大好きだよ、ミクロ君」

唇を離して自身の心の想いをミクロにぶつけると再度唇を重ねた。

娼婦の時に貞操を散らされることになったが、唇だけは死守してきた。

それをミクロに捧げたアイカは今はこれで満足する。

だけど、いつかは………と想いを寄せ続ける。

それとは別に全く抵抗も見せないミクロにアイカはちょっぴり苦笑した。

恋人が出来ても親しい家族(ファミリア)相手に無抵抗で身を委ねるそういうところは変わっていない。

リューは苦労するだろうと他人事のように思いながらもう一回唇を重ねた。

そこでアイカはちょっとした悪戯心で笑いながら告げる。

「浮気したくなったらいつでも言ってね~」

「わかった」

予想通りの返答にアイカは微笑む。



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Three07話

セシルとベルに新人教育を一任していたミクロは今日はミクロが新人の面倒をみることになった。

その理由は弟子であるセシルに泣きつかれたから。

流石のミクロも大切な弟子が泣くほど困っているのにそれを放置したままにはできなかった。

「ファーリス、動きが素直過ぎる。型に忠実なのはいいが、そこから自分なりの変化を加えるように意識しろ」

「はい!」

「ニーチャ、お前は前に出過ぎてる。もう少し周囲に意識を向けろ。ダンジョンで仲間(パーティ)から孤立すれば真っ先にモンスターに襲われる」

「わ、わかった!」

「ガマッド。ドワーフの力と耐久を活かす戦闘はいいが、大槌が大振りすぎる。モンスターは複数で襲いかかってくるから複数方面からでも瞬時に対応できるようにもう少し小振りで対処しろ。必要以上に力まなくてもお前の力なら十分に倒せる」

「わ、わかっただ!」

「アイルー。猫人(キャットピープル)特有の機敏さと俊敏はいいが、それだとすぐに体力がなくなる。持久戦も考慮して戦闘を行うように」

「ニャッ!?」

「スモルはもう少し自身の体格を活かせ。小人族(パルゥム)は背は低い分に低空から攻撃、脚から攻めて相手の動きを封じてから倒せ。わざわざ相手の土俵で戦う必要はない」

「あ、ああ……」

「ヤエの得物は棍棒だな、なら薙刀も扱えるか? ヤエの動きから棍棒よりもそちらの方が戦いやすくなると思う」

「わ、わかりました……今度試してみます」

「ドリ。槍捌きに関しては言うことはないが、お前も周囲に気にかけろ。時折仲間(パーティ)にお前の槍が当たりそうになっている」

「注意します」

「シェドン、お前はもっと積極的に攻撃しろ。必要以上に周囲に意識を向けすぎている為にモンスターの反応も少しばかり遅い」

「はい!」

「ティコ、お前は観察力を鍛えろ。仲間の動きとモンスターの動きをよく見て観察してどのように動くか常に予測して矢を放て。弓の技量を上げたかったらティヒアに教わればいい」

「はい!」

ダンジョン2階層で新人の欠点や助言(アドバイス)を送るミクロの後ろでセシルとベルは空いた口が塞がずにいた。

一人一人にそれぞれ違った助言(アドバイス)を送れるほどの観察力と洞察力に感嘆するほかなかった。

「お師匠様凄い………」

「うん……」

二人揃って呆然とする。

昨日までの自分達のちぐはぐの助言(アドバイス)とは比べるまでもない的確な助言(アドバイス)

どうしてそこまでわかるのか二人にはわからなかった。

「休憩」

ある程度戦闘を行うと休憩を与えるミクロに新人達は腰を下ろして回復薬(ポーション)や携帯食を口に入れる。

「あの、団長………」

「どうした?」

「団長はどうしてそこまで的確な助言(アドバイス)を?」

武器の特性から種族としての個々の力量に至るまでまるで全てを知っているかのような助言(アドバイス)を送るミクロにファーリスは思い切って尋ねてみた。

「経験だ。お前等もいずれ出来るようになる」

((絶対無理です!!))

セシルとベルの二人の心の声が重なった。

ただの経験でそこまでわかるのならこんなにも苦労はしない。

やはり、ミクロは自分達と比べると頭の一つや二つは優に超えている。

二人にとってもミクロは追いつきたい目標でもあるが、その凄さを目の当たりにすればするほどに雲泥の差があることを思い知らされる。

「ねーねー団長! せっかく一緒なんだから団長の魔法見せてよ!!」

「うちも見たいニャ!」

ニーチャの懇願に便乗するアイルーにつられて他の新人も気になるような眼差しを向けていた。

「わかった」

新人の懇願に首を縦に振るミクロにニーチャ達は「やった!」と歓喜の声を上げる。

「でも、上層では無理だ。中層まで行くぞ」

「え、しかし……」

「問題ない。俺もいるし、セシルとベルもいれば危険なことはまずない」

まだ新人であるファーリス達を中層という危険な階層まで連れて行っていいのかと思うが、この場にいるのは都市最強の一人であるLv.7のミクロだけでなくLv.3のセシルとベルもいる。

万が一に何かあったとしても十分に対処できる。

「それにこういうのは早いうちに慣れた方が良い」

その言葉に背筋に冷汗を流すセシルとベルは同情の眼差しを新人達に向けていた。

「ついでだ。上層のモンスターにも慣れるために戦闘はファーリス達に任せろ。大丈夫、死ぬ前には助けるから安心して戦ってくれ」

まだ入団して間もない新人達はミクロのその言葉に数秒間理解することが出来なった。

「何事も慣れだ」

その一言で始まった新人によるモンスターでの実戦訓練では新人達は泣き叫びながら生き残るために己の武器を振るった。

互いに背を預け、団結する新人達の間には種族の壁などない。

そうしなければ死ぬ、という凄惨な思いを抱えながら走馬灯を何度も脳裏を過り、セシルとベルに援護して貰いながら目的の場所である中層までやってきた。

「はぁ………はぁ…………」

「生きてる………生きてるよ…………」

第二級冒険者の援護ありで上層のモンスターとの死戦を乗り越えた新人達は命あることに心から歓喜していた。

何度も何度も死ぬ思いをしてようやくたどり着いた中層でミクロは新人達に告げる。

「上層のモンスターには慣れたな。次からは早朝に訓練を交えてからダンジョンに向かうから体調を明日の朝までに戻しておけよ」

新人達の心は折れかけた。

慣らすために自分達よりも能力(ステイタス)が高いモンスターと戦わせたミクロの訓練に誰もが根を上げて逃げ出したかった。

「お師匠様………」

「団長……」

相変わらずの酷烈(スパルタ)に二人はなんとも言えない視線を送りながら新人達に回復薬(ポーション)を飲ませて回復させていく。

「ベルとセシルは新人達を守れ。それで俺の魔法なんだが、俺は複数の魔法が使えるからどんな魔法がいいか希望はあるか?」

新人に見たい魔法の希望を問いかけるが、誰もまともに答えれるほどに体力は戻っていない。むしろ、ここまで生き残っただけでも十分過ぎる程の成果だ。

「なら、攻撃魔法でいいな」

『リトス』から魔杖を取り出して魔法の詠唱に入ろうとしたその時、ちょうどいい機会(タイミング)でヘルハウンドやアルミラージが群がって来た。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為に力。破壊した者の力を創造しよう】」

足元に白色の魔法円(マジックサークル)を展開しながらミクロは詠唱を続ける。

「【礎となった者の力を我が手に】」

詠唱の途中でヘルハウンドが火炎を放つが、並行詠唱を身に着けているミクロには容易に回避できるが、ミクロはあえてその火炎を浴びる。

「【アブソルシオン】」

詠唱を終えて再び詠唱に入るミクロは服を少々焦がした程度で無傷だった。

元々耐久に優れていたミクロの肉体はもはや中層のモンスターの攻撃ではビクともしない。

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者の前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えろ】」

「これはレフィーヤの…………」

ミクロが選んだのは【ロキ・ファミリア】に所属している魔導士レフィーヤの広域攻撃魔法。

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

アルミラージの石斧(トマホーク)の投擲を放つが、ミクロの頭部に直撃同時に粉砕される。

いやいやいや、どうして石の方が壊れるのかと疑問の言葉を投げたかったセシル達はその言葉はぐっと呑み込んで留める。

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

詠唱は完了してミクロは魔杖を高らかに上げて魔法を発動する。

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】」

夥しい火の雨が連発されて、ヘルハンドもアルミラージも絶叫と共に灰すら残さずに燃やし尽くす。

「少し魔力を込め過ぎたか……」

中層ということもあって威力を押さえた状態で魔法を発動したが、それでも強すぎたミクロは少しばかり加減を間違えた。

以前なら魔石ぐらいは残せるほどに魔力の調整は出来たが、魔法に関しては再調整が必要と判断する。

「まだあるけど、とりあえずこんなところだ」

唖然とする新人達に見詰められながらミクロは自分の魔法を見せた。

新人達はその日に改めて自分達の団長の凄さを思い知らされた。

それに気付かず、ミクロは今度は誰かと一緒にダンジョンに潜って魔法の再調整を行うことを視野に入れておいた。



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Three08話

【アグライア・ファミリア】の食堂で団員達はいつものように食事を取っている最中、団員達の視線は一箇所に注がれていた。

「リュー、あ~ん」

「あの、ミクロ………?」

スプーンで掬った食べ物をリューに食べさせようとするミクロに戸惑う。

何時もならミクロは食べる側だが、どういうことか食べさせようとしている。

「前のことを反省した」

前、唐突の子作り発言のことを思い出すリューにミクロは経緯を話す。

「物事には順序が必要だと本にも書いてあったからまずは恋人同士それらしいことから始めて行こうと思った」

その最初の行動が食べさせ合うという結論に至ったミクロはそれを実行中。

「…………」

なんとも言えない。

確かに前回の子作り発言には驚きもしたし、戸惑いもした。

それを踏まえて段階を踏むように考え直したことには素直に称賛の言葉を送りたい。

だけど、こんなところでしないで欲しかったのがリューの素直な本音だ。

チラリと周囲に視線を向ける。

ニヤニヤと状況を楽しんでいる者もいれば微笑ましい顔を浮かべている者もいる。

だが、女性団員の殆どがリューに嫉妬と羨望の眼差しを向けて睨んで、親の敵を見るような激しい目付きで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

ティヒア、アルガナ、バーチェなどは食器を握りしめて壊している事にすら気付かずに目線でさっさと食えと言わんばかりに殺気を飛ばしてくる。

その席の近くにいた不運な新人であるニーチャは怯えてアイシャに慰められている。

【アグライア・ファミリア】には団長であるミクロには知らない鉄の掟がある。

主に女性団員達が対象とされている陰の鉄則。

それはミクロからの好意の邪魔はしない。

女性からミクロに声をかけて何かしようというのならそれの妨害は許される。

だけど、ミクロから誰かに何かを誘われた場合はその邪魔は許されない。

恋敵(ライバル)同士共通の願いはミクロの幸せ。

だからミクロの幸せの邪魔をしてはいけない。

だけど、それはそれでこれはこれだ。

鉄の掟(ルール)は守るけど、それを納得しろは別問題だ。

邪魔はしない代わりに一心不乱に竜をも射殺すような視線をリューに集中砲火させる。

「――――――ッッ!?」

「リュー?」

「な、なんでもありません………」

身の危険を感じ顔を青ざめるリューは周囲の視線と愛する人に食べさせてもらう行為の羞恥に耐えながら一口食べる。

「どう?」

「ええ、相も変わらずアンナが作る料理は美味だ」

気まずそうに視線を逸らしながら答えるリューは味の感想どころではない。

というよりもどんな味かわかるような余裕などない。

取りあえず、それらしい感想で納得してもらうほかない。

「では、ミクロ。次は私が」

「まだあるけど?」

「私はもう必要ありません」

別の意味でもうお腹いっぱいのリューはそれを誤魔化そうと今度は食べさせようとする。

「わかった」

スプーンを手渡すミクロに何人かはあることに気付いて目を見開く。

(か、間接キス………ッ!?)

先程リューに食べさせたスプーンで食べようとするミクロにリューの動きが固まる。

先ほどよりも視線が鋭くなった気がしてならない。

好意を寄せている人と間接キスができるというある意味ご褒美を合理的に堪能できる恩恵を得てしまったリューに今にも襲いかかりたいという衝動を堪える。

どうして食事でダンジョン以上の危機感を覚えなければならないとリューは内心でぼやく。

「?」

それに全く気付いていない天然(ミクロ)に羨ましくなる。

今だけは、今だけは少しでもいいからその天然さを分けて欲しい。

「で、では…………」

「リュー、手震えてる」

「気のせいです」

周囲の視線が怖くて震えながらスプーンでスープを掬ってそれをミクロに向けるとミクロは口を開けてそれを食べる。

「ん、美味しい」

普通に口にするミクロに女性団員達は震え出す。

怒り、妬み、嫉妬、羨望、欲望。様々な感情が全身を巡り合う。

それを一身に受けるリューと気付きもせず普通に食べるミクロ。

ただの食事でどっと疲れたリューは今すぐにでも自室に戻って休みたかった。

「じゃ、リュー。あ~ん」

「ッ!?」

『ッ!?』

戦慄を覚えた。

先程のやり取りをミクロはもう一度行おうとする。

たった一回でももう限界だというのにそれをもう一度行えばいくら第一級冒険者であるリューの強靭な精神(こころ)でも耐えられる自信がない。

「ミ、ミクロ……私はもう…………」

「リューはまだ一口しか食べていない。それだと明日の探索に困る」

明日は素材集めとして下層に訪れる予定。

それなのにリューは先ほどミクロに食べさせて貰った一口だけでそれ以外は食べていない。

それだと明日の探索に支障がでる。ミクロはそれが言いたいのだ。

だけどリューはそれどころではない。

再び、周囲に視線を向けたいが、向けたくない。

おぞましく漂る異様な気配からそれを察してしまうリューの背に冷汗が流れる。

死の気配さえ感じさせるリューにとっていつもの食堂は戦場に等しい。

精神(こころ)の戦場に放り込まれたリューの戦いはまだ始まったばかりだ。

「リュー、あ~ん」

我等の団長(てんねん)は変わらずに食べさせようと催促する。

 

 



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Three09話

【アグライア・ファミリア】は、どの【ファミリア】よりも一度に多くの魔石やドロップアイテムを地上に持って帰ることが出来る。

高い実力を有するという意味も込められているが、それとは別の強みが【アグライア・ファミリア】には存在している。

それは魔道具(マジックアイテム)

魔道具(マジックアイテム)『リトス』で魔石やドロップアイテムを多く収納し、最小限の荷物で最大限稼ぐことを可能とするだけでなく、収納魔法を有するパルフェがいれば更に資金を調達することが出来る。

リヴィラの街で買い取ってもらう必要もない。

得た資金である魔石とドロップアイテムをそのまま地上に持って帰って地上の値段で買い取ってもらう。

だからミクロ達が一度資金調達に行けば帰ってくる頃にはそれなりの金になっている。

更にミクロ達の【ファミリア】にはセシシャという冒険者兼商人と心強い仲間がいる。

セシシャの手腕のおかげで【アグライア・ファミリア】はいつも潤っている。

ギルドに徴収される税金を差し引いてもそれなりの蓄えがある。

ミクロ達は資金調達を終えて、ダンジョンから地上へと帰還すると今回で得た魔石とドロップアイテムもいつものようにセシシャに任せるつもりでいた。

 

「いったいどういうつもりですの!?」

 

ダンジョンから帰還したミクロ達は自分達の本拠(ホーム)に帰還中にセシシャの荒げる叫び声が聞こえた。

何事だと思ってそちらに視線を向けると正門前でセシシャと中年の男性がいた。

「今更よくも私の前に顔を出せたものですわね!! 貴方のせいで私がどれだけの苦労を…………ッ!!」

噴き出す怒りを押さえ込むかのように手を強く握りしめて目の前の男性を睨む。

「…………本当にあの時は済まなかった。どうかしてたんだ………」

覇気もなく、ただ謝罪の言葉を述べて項垂れる。

だが、その言葉がセシシャの癪に障った。

「どうかしてた………? そのせいで私は一歩間違えば歓楽街に売られていたのですのよ!? 実の父親が自分の責任を娘に押し付けて逃げて……今更寄りを戻そうなど、都合がいいにも限度がありますわ!!」

普段は冷静で何事にも落ち着いた姿勢を見せるセシシャは目の前の男性、父親の前では憤りを隠せれない。

しかし、それも無理はない。

ミクロがセシシャと出会った頃。セシシャは商人である父親と共にオラリオにやって来たが、父親が借金を娘であるセシシャに押し付けてオラリオから逃げた。

借金を返済するべくセシシャは行動したが、失敗に終えて最後の賭けでミクロの魔道具(マジックアイテム)に目を付けたが、ミクロの鋭い観察力と洞察力に失敗に終えた。

それでもミクロが取引を持ち掛けてくれたおかげでセシシャはここにいる。

だが、セシシャの言葉通りに一歩間違えれば歓楽街に売られていた可能性も十分にあった。

後にセシシャが抱えている負債の額を知ったが、あれは一人で返せられる金額ではなかった。

今はその借金も全て返済済みでセシシャはこの【ファミリア】の一員として働いている。

しかし、それもミクロ達の協力があってこそだ。

セシシャは今でもこう思っている。

あの時、あの日にミクロと出会わなければどうなっていたのかを。

「………帰ってくださいまし。もう貴方とは何の関係もありませんわ」

目線を外して告げるセシシャの言葉に父親は何かを言おうとしたが、静かにその場を去って行く。

「セシシャ」

「ミクロ………お見苦しいところを見せてしまいましたわね」

苦笑を浮かべるセシシャはどこか沈痛な顔立ちだ。

「ご覧の通り、先ほどの男は私の父親ですの。今更になって私ともう一度暮らしたいなどと妄言を吐いてきましたわ」

はぁ、と腰に手を当ててため息を吐く。

「余計な気遣いは無用ですわよ? あの男は私を捨てた。それだけで見限るのは十分ですし、私にはもう信頼できる家族がいますわ。それよりも稼いできたものを書類に纏めておきたいので後で見せてくださいまし」

「わかった」

セシシャの言葉に頷くミクロに満足したのか本拠(ホーム)内に入って行く。

ミクロはセシシャの後ろ姿がどこか哀愁が漂っているように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

扉をノックする音に気付いたセシシャは羽ペンを置いて顔を上げる。

「どうぞ。開いておりますわよ」

「邪魔する」

扉を開けて部屋に入って来たミクロは久しぶりにセシシャの部屋にきたが、前に来た時と何も変わらない。

本や書類の山。商人としての必要な知識と資料が丁寧に束ねられて纏められている。

道具や武器など冒険者らしい部屋のミクロと似てセシシャは商人らしい部屋と呼べばいいのだろうか。

家具も必要最低限。自分にとって必要なものだけが置かれている部屋だった。

「何かありまして? 今日稼いでこられた資料は現在作成中ですのでまだですわよ?」

「少し付き合って欲しい」

そう言ってミクロが取り出したのはワインとグラス。

何に、と尋ねるまでもないセシシャは一息ついてそれに応じる。

「ええ、構いませんわよ」

団長であるミクロの誘いを断れば、後々恋する乙女達の視線が怖い。

それを回避する為にも少しぐらいは付き合う。

グラスに注がれたワインをまずは一口飲むと、目を見開く。

「美味しいですわね」

「【デメテル・ファミリア】が作った葡萄酒(ワイン)だから」

「なるほど。納得ですわ」

もう一口飲むと、セシシャは本題に入る。

「私は余計な気遣いは無用と申し上げましたわよ?」

「俺が勝手に誘っただけ」

「そうですの……」

白々しいのか、それとも天然なのかと問われれば紛れもない後者だとセシシャは断言できる。その天然さにいったいどれほどの人達が巻き込まれたことやら……。

「………父は商人としても父親としても最低の男ですわ。商人としての責任も取らず、娘を庇うこともせずに自分だけが助かる為に逃げましたわ。そんな男と寄りを戻すことはしませんわ」

説得しようと企んでいるであろうミクロの言葉の前にセシシャは言い切った。

完全な拒絶を意味するその言葉を聞けば説得も諦めてくれると思って。

「私は貴方ほどではなくても、この居場所がとても大切なところですわ。だから私はこの【ファミリア】の為に商人を続けますの。不満などないでしょう?」

「ああ、セシシャのおかげで【ファミリア】の金銭問題はない。感謝はあっても不満などは一つもない」

素直な意見を述べるミクロにセシシャも満足そうに気分を良くする。

「ふふん、そうですわよね。まぁ、初めは失敗もありましたが、それを糧に私は己を高めて参りましたので、今の私に隙などありませんわ」

気分を良くして再び葡萄酒(ワイン)を飲む。

「セシシャ。俺はお前に父親と寄りを戻そうと説得に来たわけじゃない。セシシャの言う通り、あの男はセシシャを捨てた。それは紛れもない事実だ」

だけど。

「それでセシシャに後悔して欲しくない。家族の縁というのはそう簡単に切れるものじゃない。会いたいと思えた時にいなくなっていることだってある」

ミクロにはもう両親はいない。

会いたいと思えてももう会うことが出来ない。

その後悔をセシシャにして欲しくない。

「許さなくていい。嫌えばいい。だけど、少しだけでも話をしたらと俺は思う」

後悔というのはいつまでも自分を苛まれる。

もう少し話をしていたら、言葉を交えていれば、違う出会いかたをしていれば変われていたかもしれない。

「例えどんなに冷酷で残忍な奴でも家族だけは違う。優しくもできるし、愛情だって与えてくれる。家族というのはそれだけ特別なんだと思う」

そうでなければきっと自分はここにはいない。

両親の愛情が今のミクロを生かしている。

だからこそ、ミクロはこう思う。

「自分の子供を嫌う親なんていない。俺はそう思っている」

自分の思いを述べたミクロにセシシャは何も答えない。

だけど今はそれでいい。

誰にだって考えるや気持ちを整理する時間だっている。

急かすつもりはミクロにはない。

「どうするかはセシシャが決めてくれればいい。俺はセシシャのやり方に文句は言わない」

椅子から立ち上がるミクロは静かに部屋から出て行くとセシシャは肩を竦める。

「………まったくお節介にもほどがありますわ」

朱色に染める頬を葡萄酒(ワイン)のせいにするセシシャは一人、ヤケ酒をする。

お節介でお人好しの団長(ミクロ)の愚痴を溢しながら。



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Three10話

【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)で書類の山を抱えたリューは通路を歩いてミクロの部屋へ訪れた。

「ミクロ、入りますよ」

声をかけ、部屋へ入るリューは寝台(ベッド)の上で眠りについているミクロの姿を見て頬を緩ませる。

日頃から多忙なミクロ。

【ファミリア】の団長としての責務や仕事、新人や団員の教育、魔道具(マジックアイテム)の作製と管理、今ではベルの専用武器(オーダーメイド)も作製している。

自身の訓練の時間も含めれば一日の睡眠時間なんて知れている。

少し休もうと寝転んだら思わず寝てしまったのだろうと推測したリューは書類を机の上に置いて近くにある椅子に腰を下ろす。

「ふふ」

愛する人(ミクロ)の可愛らしい寝顔を見て思わず微笑む。

身内のみ見せるその無防備な顔。

アイカ達がよくミクロの部屋に潜り込むその理由も理解できる。

この寝顔を見たら疲れなど忘れてしまいそうだ。

普段のミクロは警戒心が強く、何事にも敏感に反応する。

だけど、本拠(ホーム)内では、仲間にはミクロは無警戒で無防備だ。

それは皆を信頼しているだけではなく、好意を寄せているから。

家族として親愛を仲間達に向けているミクロの気持ちを団員達も知っているし、団員達もミクロのことを好いている。

だから皆は少しでも強くなろうと努力している。

団長であるミクロの負担を少しでも減らそうと研磨を続け、ミクロも皆の期待に応えられるように皆を導いている。

ミクロがいたから今の【ファミリア】がある。

誰もがそう思っていることだろう。

「貴方は……本当に凄い人だ」

気持ちよさそうに小さく寝息を立てているミクロの頬を優しく撫でる。

自分には勿体ないほどにミクロは凄い。

人間(ヒューマン)の中でも充分に整った容姿を持って、冒険者としての素質も高く、魔法やスキルも相まって魔導士、魔術師(メイジ)としても名高い。

人の上に立って仲間達を導き、誰よりも前へ出て勝利をその手に掴む。

ミクロは産まれ持っての『英雄』だ。

その『英雄(ミクロ)』の愛を一身に与えてくれるリューはきっと誰よりも幸せ者だ。

当然リューもミクロの事を愛し、この身を捧げている。

ミクロが望むのであればリューはそれを受け入れる。

「もう……無茶もすることもないでしょう」

ミクロの戦いは終わりを告げた。

王国(ラキア)の『第六次オラリオ侵攻』の際に襲撃してきた【シヴァ・ファミリア】。

その団長を務めて、ミクロの実の父親であるへレスを打倒した。

ミクロの話を聞けば【シヴァ・ファミリア】の主神であるシヴァは天界へ帰還してこの下界にはもういない。

【シヴァ・ファミリア】との戦いはもう終わったのだ。

何度も傷付き、倒れ、時には命を落とすこともあった。

その度にミクロは奇跡を起こして立ち上がり、強敵を打倒してきた。

家族(ファミリア)を守る為にミクロは後退せずに真っ向から戦った。

無茶をしてでも、無謀と呼べるほどのことをしてでもミクロは守り続けた。

その都度、リューは己の弱さを嘆き、後悔した。

自分ではミクロを助けることは出来ないと思った日も少なくはない。

それでもリューは諦めなかった。

あのままではミクロは一人でどこかに行ってしまう。

それだけは嫌だった。

我儘で独善的だということぐらい理解している。

それでも構わないと思った。

ミクロを一人にさせたくはない。

傍にいたいとその気持ちをずっと今も想い続けている。

だから弱さを見せてくれた時は不謹慎ながらも嬉しかった。

誰の助けも必要とせずに一人で進む続けてきたミクロが初めて弱音を吐いて、頼ってきてくれた。

ミクロの力になれていると思えるようになった気がした。

だけど、本音を言えばもっと頼って欲しい。

無茶をしないで欲しい。

心配で心配で胸が張り裂けそうになるから。

それでもミクロはこちらのことを気にも止めずに守り続けることだろう。

自分よりも大切な家族(ファミリア)を守る為ならその身を犠牲にしてでもミクロは守ろうとする。

その隣に立つのはきっと何よりも困難で険しいことだろう。

いや、それすらもミクロは拒もうとする。

危険なことを一身に受け止めて家族(ファミリア)から危険を遠ざける為に。

「本当に……酷い人間(ヒューマン)だ」

こちらの気も知らないで、と内心で呟きながらミクロの頬をつつく。

リューはもっと強くなる必要がある。

ミクロを守る為に。

愛する人を幸せにする為にも今以上に強くならなければならない。

それはリューだけじゃない。

ベルやセシル、他の皆も現状に満足などしていない。

今よりも、一秒前の自分よりも強くなろうとしている。

厳しい訓練にも耐えて、弱音を叫びながらも研磨を続けている。

もっともミクロの天然酷烈(スパルタ)ならその程度では終わらないが、そう考えれば常日頃からミクロの酷烈(スパルタ)に耐えているセシルは尊敬に値する。

感慨深く頷くと、ミクロは寝返る。

「…………リュー」

「!?」

起きた。わけではなく単なる寝言。

だけど、夢の中でも自分に会っているのかと思うと嬉しくも恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。

そしてちょっぴり誇らしい。

リューは周囲を見渡して誰もいないことを確認すると身を乗り出して寝ているミクロの額に唇を当てる。

「愛しています、ミクロ」

想いを口にすると改めて恥ずかしくなるリューは耳まで朱色に染まった。

寝ているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。

平然と愛の言葉を述べられるミクロの天然がやはり少しばかり羨ましい。

小さく咳払いしてリューはミクロの手を優しく握る。

「私は貴方の傍にいます。今までも、これからも」

想いと覚悟を口にしてリューは満足する。

ミクロを起こさない様に静かに立ち上がって部屋から出て行く。

「ゆっくり休んでいてください」

労いの言葉を告げてリューは部屋の扉を閉める。

 



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Three11話

月が上る夜天の時。

ミクロ専用の魔工房(アトリエ)の屋敷付近で複数人の亜人(デミ・ヒューマン)が群がっていた。

「おい、準備はいいか?」

「ああ、下調べは完了だ」

「こっちも不備はねえ」

建物の陰で集まり、話を纏めていく彼等のリーダー格の男性が小さく頷く。

「よし、今から【覇者】の魔道具(マジックアイテム)を盗みに行くぞ」

そう、彼等は盗賊団。

所属する【ファミリア】はばらばらの金儲け目当てで集結した一つの盗賊団(ファミリア)

そんな彼等の今夜のお目当ては、現在、更に名声を上げている【ファミリア】、【アグライア・ファミリア】の団長を務めている【覇者】ミクロ・イヤロスが作製した魔道具(マジックアイテム)

多種多様で一つ一つが強力な力を有している魔道具(マジックアイテム)

それを盗む、一攫千金を狙う盗賊団(ファミリア)は口角を上げた。

「念のためにもう一度訊くぞ? 【覇者】は今はあそこにいないんだよな?」

「何度も言わせんな。ちゃんと自派閥の門を潜るところまで見送ったぜ。【覇者】の追跡なんてメッチャ神経使ったぞ…………」

リーダー格の男性の言葉に疲れたようにどっと息を吐きながら答えた狼人(ウェアウルフ)

狼人(ウェアウルフ)は獣人の五感も最大限に駆使して最大級の警戒の下でミクロの追跡をした。

それだけでも神経を削り取るような緻密で繊細な行動だ。

「なら、いいが……(トラップ)もなかったんだよな?」

「ああ。ここ数日でざっと見てきたが、それらしい罠は見当たらなかった。少なくとも屋外には罠はないと思っていい」

人間(ヒューマン)の男性が自信あり気にそう告げる。

彼等は何も無策無謀でミクロの魔道具(マジックアイテム)を狙っているわけではない。

盗賊としての一流の腕利きを持ち、ありとあらゆる修羅場を潜り抜けて来た盗賊団。

緻密な計画と念入りな作戦を元に彼等はミクロの魔道具(マジックアイテム)を盗めると確信して今日この場にいる。

「よし。なら、行くぞ。万が一に【ファミリア】の誰かが警邏している場合は」

男性は腰にある得物に手を置くと他の盗賊達も静かに頷く。

いくら【アグライア・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】に続く強者の【ファミリア】だとしても暗闇の中で突然複数人で強襲されたらひとたまりもないはず。

この魔工房(アトリエ)から【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)までどんなに急いでも数分は有する。

数分あれば散らばって各自で逃走してしまえば流石の【覇者】とて追跡は不可能。

確かな確信をもって盗賊団はミクロの魔工房(アトリエ)に潜入する。

元々はここは【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)を改築したもの。

だが、外見は変わっても中の構造にさほど変化はないのは元【アポロン・ファミリア】の団員から集めた情報と照らし合わせて確認済み。

敷地内へ侵入するとそのまま屋内へ侵入する。

「なんだこりゃ…………」

侵入した第一声は驚愕だった。

床石の上に這い回る、いくつもの(パイプ)。壁沿いには大型のフラスコが並べられているように壁一面に設置されている。

侵入したその瞬間からもう魔術師(メイジ)魔工房(アトリエ)のような屋敷。

これまで幾多の屋敷などを侵入してきた盗賊団もこれほど異質な屋敷は初めてだった。

「おい、行くぞ」

「お、おう…………」

リーダーの男性の指示に従って奥に進んでいく盗賊団。

「【覇者】は魔術師(メイジ)としてでも有名だ。なら、実験用の部屋はこの屋敷で一番広大な部屋のはずだ」

実験に必要な道具や素材など様々なものを使うにはそれ相応にそれを置ける広大な部屋があると踏んで足を進める。

周囲を警戒しながら(パイプ)だらけの通路を進んでいく盗賊団は奥の方へ足を速める。

そこでリーダーの男性が足を止める。

「おい、どうしたんだよ……」

「……おかしいと思わないか?」

「何が?」

リーダーの男に怪訝する狼人(ウェアウルフ)

「どうしてここまで進んで罠らしきものがない?」

リーダーの男性はその疑念を口にした。

屋敷に入ってから既に屋敷の中心ぐらいまでは進んだのにも関わらず、罠らしきものは一つも見当たらなかった。

それが不思議でなかった。

「………アレじゃねえか? 慢心ってやつだ。【覇者】は自分が恐れられていると思って誰もそんな自分の工房(アトリエ)には来るわけがねえって思ってからじゃねえ?」

「あー、確かに。普通なら誰も近寄ったりしねえもんな」

狼人(ウェアウルフ)の言葉に人間(ヒューマン)が納得するように頷いた。

その後方にいる他の盗賊達もそれに同意するように頷いてはいたが、リーダーの男性はそれが不思議でなかった。

「しかしだな……」

「なら、ここで引き戻せってか? 俺は御免だぜ? せっかくここまで来たんだ手柄一つも持たねえで帰れるか」

「俺も同意見だ」

手ぶらでは帰れない。盗賊としての意地を見せる盗賊達にリーダーの男性もしぶしぶながらもそれに同意して無理矢理自分を納得させる。

「わかった」

警戒は緩めることはなく、奥へまた奥へと進む盗賊団。

予想通り、この場には【覇者】どころか人一人いる気配すら感じられない。

盗賊の仲間が言うようにここまで来たのだから手柄は手に入れたいという欲求が強いられる。

「………よし、まずはここからだ」

リーダーの男性は一つ目の扉を見つけてそこに手をかける。

背後にいる仲間にも視線で合図を送ってその扉を静かに開ける。

 

『――――――――――――ッッ!!!!』

 

その瞬間、とてつもない異臭が襲いかかって来た。

獣人達は咄嗟に自身の鼻を摘まんでその異臭から逃れようもするも、あまりにも鼻が曲がる臭いで気を失ってしまう。

「キャゥゥゥン…………」

「おい、おい! しっかしろ!!」

犬のような鳴き声を最後に意識を手放した狼人(ウェアウルフ)

リーダーの男性は布で鼻を押さえながらその部屋に入って行く。

「………魔道具(マジックアイテム)の作製に失敗した材料の溜まり場か?」

それらしい素材が転がっているのを見てそう推測したリーダーの男性はこの場には碌な物はないと判断してその部屋から出て行く。

扉を閉めて先ほどまの当たり前の空気がとても新鮮に感じながら仲間を置いて別の部屋に向かう。

「とんでもねえな、ここ……」

「言うな。きっと、俺達がハズレを引いただけだ」

げっそりとしながら他の部屋も見て回る盗賊達。

だが、そのどれもがハズレだった。

電撃、炎、氷など魔法と思われるあらゆる属性が一斉に襲いかかってくる部屋。

剣、槍、斧などが一斉に飛んでくる部屋。

人形が起き上がって奇声と共に襲いかかってくる部屋。

もう部屋そのものが罠のように思えて来た盗賊達は部屋を開けるたびに仲間が減って行った。

それと同時に【覇者】は何を思ってあんな部屋を作ったのかとそんな疑念が生じた。

もはやここは何が起きるかわからない魔窟だ。

地上の魔窟(ダンジョン)だ。

盗賊達は次第にそう思えて来た。

「………………まだ、息がある奴はいるか?」

息を荒げるリーダーの男性の言葉に辛うじて返答する数人の盗賊の仲間達。

一人、また一人が【覇者】が生み出した魔窟の餌にされてしまった。

ここはもはや地上ではないダンジョンだ。

命を賭して戦わなければこちらがやられてしまう。

「な、なぁ……もう引き返さねえか?」

「バカ言うな。ここで引き返したらこれまで犠牲となったあいつらはどうなる」

せめて、せめて一つでも手柄を手に入れなければここまで犠牲となった仲間達が報われない。

決意と覚悟を固めたリーダーの男性は新たな扉を開ける。

そこは黒だ。

一点の隙間もない黒で覆いつくされた部屋だ。

まるでここは別次元のように思わせる闇の世界。

「………」

リーダーの男性はゴクリと生唾を飲み込んで一歩その部屋に入ると不意に扉がしまう。

「お、おい! なんだこれ!! おい! 開けろ! 開けてくれ!!」

闇の世界に閉じ込められた男は扉を何度も開けようと、壊そうともするが決して開くことも壊せることもなく、リーダーの男性はただ闇の世界の住人となった。

 

 

 

 

 

 

「盗賊か…………」

自身の魔工房(アトリエ)に足を運んだミクロは通路に倒れている亜人(デミ・ヒューマン)たちを見てそう呟いた。

気を失っている者、膝を抱えて恐怖に震えている者もいるなかでミクロは閉じ込められている部屋を開けるとそこには盗賊団のリーダーを務めていた男が魂が抜けた人形のようになっていた。

「後で【ステイタス】を暴いてセシシャに送るか…………」

きっと多額な請求をその【ファミリア】に叩きつけるだろうと予測したミクロは盗賊団を一箇所に集めて自身の作業場に向かいながら首を傾げる。

追い返す程度に弱めてあるのにあそこまで怖がるものなのか? と思った。

そもそもこの(フロア)は今回のような盗賊を追い返す程度の罠しかない。

本命は下にある。

ミクロは適当な部屋に入ると襲いかかってくる武器や魔法攻撃を回避しながら奥にある窪みに開閉ようの魔道具(マジックアイテム)を差し込む。

そこに扉は開かれて階段が姿を見せる。

この(フロア)の部屋にはどこにも下に通じる通路が存在している。

専用の魔道具(マジックアイテム)がない限りは目的の部屋には決して辿りつけはしない。

階段を下りて辿り着く大扉を開けてミクロはその中に入る。

「もう少し…………」

大型容器(フラスコ)の中にある七つの武具を見据えながらミクロは作業に取り掛かる。

 

 



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Three12話

【アグライア・ファミリア】本拠(ホーム)夕焼けの城(イリオウディシス)』。

朝早くから鍛錬を欠かさないベル達も他の団員達と一緒に昼食を取り始めようとするが。

「あれ? お師匠様がいない」

「え? あ、本当だ……」

いつもなら朝の訓練の時も一緒にいるミクロも今日は朝から見ていない。

訓練の際は何かあるのだろうと思って特に気には留めなかった二人だが、朝食の時間になっても姿を見せないミクロに怪訝する。

「ミクロなら昨日からずっと自分の工房(アトリエ)に籠ってるわよ」

その二人の疑問をたまたま近くを過ったティヒアが教えた。

「昨日も差し入れ持って行ったから間違いはないわ」

「そうですか……」

また魔道具(マジックアイテム)の作製に没頭しているミクロに苦笑いを浮かべる。

今度はいったい何を作っているのかと思いつつ、自分達も食事を取り始める。

「セシルちゃ~ん、ベルく~ん! おっはよ~」

「わっ!?」

「あ、おはよう。アイカお姉ちゃん」

背後から抱き着いてくるアイカにまだ慣れないベルは驚き、既に慣れたセシルは平然と挨拶する。

スキンシップが多いアイカに今更驚くことはなくなった。

「ミクロ君が~いないから二人で今日の分を補充~」

「あわ、あわわわわわわ…………」

抱き着いてされるがままに頬ずりされるアイカにベルは顔を真っ赤にして奇声をあげる。

「アイカ様! それ以上ベル様に頬ずりしないでください!!」

「あ、リリちゃんもおはよう~からのハグ!」

「むぅ!? んん! んんんッッ!!」

怒りながら接近してくるリリをアイカは獲物を見つけた捕食者のように瞳を光らせて抱きしめた。アイカの胸に顔が埋まるリリは叫ぶもその抵抗は空しく終わる。

標的(ターゲット)が自分からリリに変更されたことに若干安堵しながら犠牲となったリリに心の中で謝る。

「よぉ、ベル、セシル。お前等、今日も朝から訓練か?」

「ヴェルフ。うん、少しでも強くなりたいから」

「私も少しでもお師匠様のように強くなりたいからね」

「そうか。今度俺にも付き合わせてくれ」

「勿論! セシルもいいよね?」

「うん、歓迎するけど…………死なないでね?」

「お間がそれを言うと洒落になんねえぞ」

真剣な顔で忠告するセシルに顔を引きつかせるヴェルフにベルは苦笑する。

「ぷは!? どなかたリリを助けてください!!」

胸から開放されたリリの叫びは空しく、視線を逸らされた。

悪いと謝る者もいるが、誰も助けてはくれない。

「…………ベル様!?」

最後の希望であるベルに助けを求めるリリ。

「あはは…………ごめん、リリ」

「そ、そんな…………」

両手を合わせて謝るベルにリリの表情は絶望に染まる。

「ふふ~」

「ヒィッ!?」

ペロリと唇を舐めるアイカにリリは危機を感じたが、遅い。

リリはアイカが満足するまで離してはくれなかった。

「ふぅ~、満足!」

存分にリリを可愛がったアイカの表情はとても満ちていた。

それとは逆にリリはテーブルに突っ伏していた。

「……ベル様の、薄情者…………」

今日の犠牲となったリリに誰もが憐みと同情の眼差しを向けられた。

「ごめんね、リリ。アイカお姉ちゃん、お師匠様がいないとああなんだ……」

主にミクロとスキンシップを取っているアイカもいないときは別の誰かとスキンシップを取る。基本的にミクロがいないときはセシル、時にベルだが、稀に自分好みの女の子をアイカは可愛がる。

慣れた者ならまだしも、慣れていないリリには少々過激だった。

「お~い、セシルにベル」

「リュコスさん。どうかなさいました?」

狼人(ウェアウルフ)のリュコスが新人達を連れて二人の下に足を運んできた。

「あんたらは今日は新人の面倒はみなくていい。たまには自分の訓練でもしな」

今日はあたしが新人の面倒を見てやる。と告げてリュコスは新人達を連れて去って行く。

要件だけを連れて去って行くリュコスに二人は頬を掻いた。

いつもならこの後は新人の教育があるのだが、唐突にそれがリュコスが引き受けてくれた。

「どうしたんだろう? 急に」

「いつも頑張っているお前等に気を遣ってくれたんだろう」

唐突のことに怪訝している二人にヴェルフはそう答えるも、二人はこれからのことについて悩む。

折角できた時間ならいつもよりも深い階層に向かおうかと思った二人はヴェルフ達を誘ってダンジョンに赴こうとした時。

「ベル、セシル」

「お師匠様」

「団長」

「ただいま」

帰還してきたミクロは眠たそうに瞼をこする。

「武器が完成したから俺の魔工房(アトリエ)に来て。ヴェルフとリリも」

「完成したんですか!?」

ついに完成したベルの専用武器(オーダーメイド)に驚くベルにミクロは頷いて応じる。

嬉しそうにそわそわと身体を揺すらせるベルの表情は嬉しいとどんなものが完成したのかという期待が込められている。

「今日の予定は決まったな」

「そうですね……」

ヴェルフとリリも当然二人について行く。

 

 

 

 

 

 

訪れたミクロの魔工房(アトリエ)

セシルを除いてここに訪れるのは初めてのベル達はきょろきょろと周囲に視線を配りながら足を動かしていく。

部屋に入って扉を開けると、そこから階段へ下に降りていく。

辿り着いた大扉を開けて、その中へ入る。

「うわぁ…………」

感嘆の声を上げる。

誰もが口を開けてその魔工房(アトリエ)に呆然としている。

「すげぇ…………見たことない超貴重素材(ドロップアイテム)ばかりだ」

棚に並べられているモンスターのドロップアイテムの数々に大派閥(ヘファイストス)にいたときでも見たことがない。

「そこにあるのは『深層』のものばかりだ。ヴェルフが見たことないものもある」

「ちょっ! ここにあるのは全て魔道具(マジックアイテム)なんですか!?」

顔を上げて見上げながら叫ぶリリの視線の先には【ファミリア】ではまだ見ていない魔道具(マジックアイテム)が置かれていた。

「それはまだ試作段階もの。完成したのは向こうの部屋に管理している」

指す方向にある部屋に案内して貰うと、そこには数え切れないほどの魔道具(マジックアイテム)が置かれていた。

もはやこの光景は一種の宝物庫だ。

「これを全て売ればどれだけのお金に…………」

「おい、やめろよ、リリスケ」

守銭奴のリリは思わずそんなことを考えてしまうが、ヴェルフは呆れ口調で一応忠告するもその疑問をミクロが答えた。

「少なくとも人生を三度は遊んで暮らせる」

「………………」

顎に手を当てて何か真剣に考えているリリだが、当然盗むなんてことはしない。

ただ、ミクロ本人が売っていいと言うのなら売るだけの話だ。

「今日の本命はこっちだ」

ミクロは指を鳴らすと、中央に位置の床に突如、穴が空いてその穴の下から七つの大型容器(フラスコ)が姿を現す。

ミクロはその大型容器(フラスコ)の一つに近づいて、容器を開けるとそこに収められていたのは二本の剣。

白銀色と紅に覆われた二振りの片手直剣。

白と紅が重ね合っているその剣をミクロはベルに渡す。

「これがお前の専用武器(オーダーメイド)だ」

「僕の…………」

実際に手に持つ二振りの片手直剣。白銀と紅の輝きを放つその剣にベルの目は奪われる。

握っても不思議と違和感がない。むしろ、これまで使ってきたように馴染む。

誰もがベルの専用武器(オーダーメイド)に目を向けている中で、ミクロは別の容器から新たな武器を持って来た。

「セシル。これはお前のだ」

「え!? って、重い…………!」

ズシリと伝わる大双刃。渡されたセシルよりも大きいその武器はそれに合う重量を兼ね備えている。

セシルはその武器を見て【ロキ・ファミリア】に所属している【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテが使っている大双刃(ウルガ)を連想するが、この武器の見た目はそれよりも禍々しいの一言に尽きる。

刃はまるで獲物を狩ることに特化しているように刃が波の形状をしているが、これは波と呼ぶには鋭すぎるほど刺々しい。

更に大双刃(ウルガ)の巨剣を繋ぐ連結部分には柄がない。

巨剣が連結された箇所には(リング)で繋がれ、その(リング)の外側には太い棘がある。

「これ、どうやって持つんですか…………?」

ほぼ、持つところがない。こんな武器を実戦でどう扱うのかセシルは想像もできなかった。

「ベルの武器は銀色の方はラパン。紅の方はルベル。セシルのはレシウス」

その武器の名前を告げてミクロは肝心のことを二人に告げる。

「その武器は共に成長し、所有者の想い、願いによって動き出す。その力が強ければ強いほどにその武器はそれに応える。俺がこれまでに作製してきた最高傑作だ」

二人は自身の武器を見据えながら生唾を飲み込む。

「どう扱うかはお前達の自由だ。強くなれ」

「「―――はい!!」」

ミクロの言葉に二人は力強く返答した。

 



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Three13話

「フェルズ。これを受け取って欲しい」

人気のないオラリオの路地でミクロはフェルズと会っていた。

「これは……」

黒衣の魔術師(メイジ)、フェルズとそれを手に取ると驚嘆の声を上げる。

それは杖だ。

漆黒に覆われた魔杖を持つフェルズにはわかる。

かつては『賢者』とまで呼ばれたフェルズはこの魔杖の性能に気付いた。

ミクロはフェルズに渡したのはベルやセシルに渡した物と同じ、ミクロの最高傑作の一つ。

七つあるうちの一つをミクロはフェルズに渡した。

「…………ミクロ、気持ちは嬉しいが、私にはこれを受け取る資格はない」

フェルズはミクロに対して負い目がある。

ミクロの母親であるシャルロットをフェルズは救えなかった。

例え、ミクロ自身が許してもフェルズは自分自身がそれを許せないでいる。

だから、受け取る資格はないと、魔杖を返そうとするもミクロは首を横に振る。

「フェルズだから受け取って欲しい。フェルズは母さんを助けようとしてくれた、最後を見届けてくれた。そして、俺の命を救ってくれたフェルズだから持っていて欲しい」

「しかし……」

「母さんのことを想ってくれるのなら贖罪はもう止めろ。俺は信頼できる友達としてこれを『グリムアル』を託す。自分を許せまでは言わない。だけど、フェルズがいてくれたおかげで俺はここにいる。そのことも忘れないでくれ」

「ミクロ……」

「自分を許せる罰がいるのならそれでリド達を、異端児(ゼノス)の力になってくれ」

「…………わかった。私はこれからも君と彼等の為に尽力しよう」

魔杖『グリムアル』を受け取るフェルズにミクロは『リトス』を渡す。

「この中に入っている武器をリドとアステリオスに」

「必ず渡そう」

頷てフェルズは姿を消す様にその場からいなくなる。

「これで後は本人達次第……」

ベルとアステリオスに専用武器(オーダーメイド)を作製した。

ベルとセシルは今は新しい自身の得物の試し斬りに行っている。

アステリオスもきっと深層で鍛錬を重ねているだろう。

後は二人を会わせるのみ。

ミクロは近いうちに二人を会わせようと考えながら路地を出ようと足を進める。

だが、その足は不意に止まる。

「誰だ…………?」

背後から感じた視線に察知したミクロに物陰から一人の男性が姿を見せる。

外套で姿を隠しているが、体格で男性だと見抜いたミクロに男性は口を開く。

「ミクロ・イヤロス。私はかつて【シヴァ・ファミリア】に所属していたホースというものだ。今は闇派閥(イヴィルス)に加担している」

ホースと名乗る男性にミクロは耳を傾ける。

「単刀直入に言う。ミクロ、今の【ファミリア】を抜け、自身の使命に全うしろ」

「断る」

即答するミクロにホースは歯を噛み締める。

「…………ミクロ、貴様は使徒としてこの世界に君臨しなければならない。それが生まれ持って才を持つ者の宿命であり、使命なのだ。我等に加担し、父の後を継ごうとは思わないのか?」

「…………父さんは最後まで理想を掲げ、仲間の為に戦った。そして、主神であったシヴァは天界に帰った。もう終わったんだ」

「終わりではない!! まだ、まだ我々がいる! 同じ戦場を駆け巡り、共に戦った

我々がいる!! まだ、終わりではない!!」

「いや、終わったんだ。父さんの死でお前達の計画も理想も潰えた。お前ももう過去に縛られず、前を向いて生きろ。闇派閥(イヴィルス)を止めてうちに来い。今の俺ならお前達の罪をなんとかできる」

「ふざけるな!! それなら我々は何の為に戦った!? 何の為に死んだ!?」

慟哭するホース。

「ここで諦めたら死んでいった仲間の裏切りだ!! 例え、私だけになろうとも私がへレスに代わり、理想を追い求め続ける!!」

「…………」

死んでいった仲間達の為に諦念を認めない。

その気持ちはミクロも痛いほどによくわかる。

だけど、いや、だからこそミクロが終わらせなくてはならない。

「…………明日の昼過ぎ、20階層にある南の食糧庫(パントリー)で待つ。そこでお前達の理想を終わらせてやる」

踵を返して歩き出すミクロにホースは哮ける。

「こ、の…………裏切り者がッッ!!」

その言葉にミクロは反論することも振り返ることもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

昼過ぎ、20階層の南の食糧庫(パントリー)

予めいたモンスターは既に倒し、ミクロは石英(クオーツ)を背に待っているとホース達がやってきた。

二十人強はいる人数で全員が完全武装。ミクロが見た範囲で最低でも全員がLv.3以上の実力者ばかりだ。

その中でも恐らくホースは第一級冒険者の実力を有している。

「来たか…………」

黄金色に輝く長槍を手に持つミクロにホースが集団から一歩前に出る。

「…………ミクロ、最後に訊きたい。何があっても我々に協力する気はないのだな?」

「ああ」

迷いもなく肯定を取るミクロにホース達はそれぞれ黒塗りの武器を取り出す。

「『呪道具(カースウェポン)』か…………」

闇派閥(イヴィルス)に加担しているのなら持っていても不思議ではない。

込められているのは『不治の呪い』。その呪詛(カース)が込められたあらゆる武器がミクロに突きつけられる。

「かかれ!!」

ホースの号令に元【シヴァ・ファミリア】の団員は一斉に動き出した。

「死ね! 裏切り者!!」

「よくも我々の理想を!!」

怒声を上げながら呪いの武器をミクロに振るう。

だが、その攻撃の途中でミクロは槍を横薙に振るって呪いの武器を破壊する。

「遅い」

「がぁ!」

「ぐぅ!」

そして、襲ってきた団員達を瞬く間に戦闘不能にする。

その動きに一切の迷いはない。

こちらの言葉に一切の揺らぎも見せないミクロの動きに怯む【シヴァ・ファミリア】の団員達にミクロは告げる。

「お前達にとって俺は確かに裏切り者だ。好きなだけ恨めばいい、憎めばいい。全部受け止めてやる。それがお前達にできる唯一のことだ」

それが【シヴァ・ファミリア】のへレスとシャルロットの子供としてできることだ。

その言葉を聞いたホースは苦虫を噛み締めた顔で叫ぶ。

「我々の覚悟を甘くみるな!!」

ミクロの足元で倒れている団員達が自身の身体に巻き付かせている火炎石を着火させた。

命を捨てた自爆攻撃にミクロはその爆発に巻き込まれる。

ホース達の顔は醜く歪み、嘲笑を浮かべる。

決死の覚悟を決めた者が負けるはずがない。そう思っていた。

「な……なに…………?」

爆発による土煙が収まり始め、その光景に目を奪われる。

「お前達では俺には勝てない」

爆発の中心には無傷のミクロとミクロの周囲に漂る三枚の大盾。

「う、撃て! 魔法であの盾ごと破壊しろ!!」

ホースの言葉に魔導士が詠唱を終わらせて魔法を発動させる。

あらゆる属性魔法がミクロに一斉に襲いかかってくるにも関わらず、ミクロは悠然と立ち尽くしている。

「『アルギス』」

ミクロは三枚の大盾を操り、全ての魔法攻撃を防いだ。

「お前達じゃこれに傷一つつけることはできない」

そう言ってミクロは槍を構えて驀進する。

振るわれる一振りの槍捌きに数人が吹き飛ばされ、戦闘不能にされていく。

周囲を巻き込んでの火炎石の爆発もミクロの大盾がそれさえも防いでしまう。

そして、数分もしない内に残されたのはホースだけになった。

「お前で終わりだ」

冷静に告げるミクロにホースは呪いの剣を振るう。

「何故だ!? 何故それほどの力を有しておきながら我々に、父に協力しない!? この世界は狂ってる! へレスはそれを正そうとしていたのだぞ!!」

圧倒的強さの理不尽を見せつけられたホースは焦りと怒りで感情を剥き出し、叫ぶように問いかける。

「出会う神が違えば俺はお前達と一緒にいたかもしれない。だけど、俺が出会った神はアグライアだ。だから、俺はアグライアの為に、家族の為に戦う」

金属音が鳴り響く。ミクロの槍がホースの持つ呪いの剣を破壊してその矛をホースに突き刺す。

「ごふ…………」

「致命傷は避けた。だけど、これで当分は動けない」

「おのれ…………」

ミクロは明らかに手加減している。

手加減した状態で自分を含めてこの場にいる者を戦闘不能にした。

「もう終われ」

矛先を向けながら告げるミクロにホースは懐から一つの小瓶を取り出してそれを口に運ぶ。

「ふふ、ふははははははははッ! 終わらない、終わらせてなるものか!? 我々は、私は絶対に理想を―――――」

その瞬間、ホースの右手が落ちた。

「え―――?」

ミクロが何かしたわけではない。気が付けばホースの右手が地面に落ちたのだ。

それを見て狼狽するホース。

「な、何故だ!? 実験は確かに成功―――」

その言葉を最後にホースは真っ赤な液状と姿を変えて絶命した。

何が起きたのかわからないミクロはその直前でホースが口にした小瓶を拾う。

「まだ、終わっていないのか…………?」

食糧庫(パントリー)でミクロの声が静かに響いた。

 



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Three14話

白銀と紅の斬線を残してベルはモンスターを切り裂く。

「凄い…………」

ミクロから頂いたベルの専用武器(オーダーメイド)である片手直剣の二振りの得物『ラパン』と『ルベル』を見据えながら感嘆の声を出す。

新しい武器の試し斬り、調整の為にベルは仲間達と共にダンジョンに訪れた。

そして、現れるモンスター相手に新しい武器の性能を試した。

「調子はどうだ? ベル」

「うん、凄い扱いやすよ……」

大刀を肩に担いで気軽に声をかけてくるヴェルフにベルはそう答えた。

今までベルはナイフと両刃短剣(バセラード)だった為に扱いに慣れるまで時間がかかると推測していたが、その推測を大いに裏切ってくれた。

手に馴染むようにしっくりとくる感覚、何年も使ってきたかのように手足のように扱える。

武器の切れ味も一切衰えることもなく、堅いモンスターの甲殻も簡単に切り裂く切れ味を持っている。

「これ、ヴェルフが作ったんだよね?」

「おう、つっても殆どが団長が仕上げたもんだから武器の形だけ仕上げたようなもんだから一端の鍛冶師(スミス)としては少しな……」

最後まで自分の手で作ることが出来なったことに少し不満があったが、そこは自分の力量不足のせいと無理矢理自分を納得させておく。

「二人とも伏せて!!」

「はぁ――うおっ!?」

「うわっ!?」

二人の頭上に大型の武器が高速回転をしながら過ぎ去り、その先にいるモンスターを両断していき、セシルの手元に戻ってくる。

「ごめん二人とも! 大丈夫!?」

「お、おう……」

「なんとか…………」

慌てて駆け付けるセシルに返答する二人はセシルが持っている大型武器『レシウス』に視線を向ける。

その重量に見合う大双刃の得物は投擲武器。

大きさと質量を誇る大双刃の刃がモンスターを容赦なく叩き切る。

「凄いな、二人の武器は…………」

「だな、流石は団長の最高傑作だ」

「団長様はどんどん規格外になられますね…………」

セシルの後からスウラ達がベル達の元にやってくる。

今日はいつものパーティメンバーでダンジョンに潜っているベル達は中層にいる。

武器の性能を確認してから下層に赴く予定だ。

「大丈夫かい? 二人とも」

「はい。僕は大丈夫です」

「俺も問題ねえ」

立ち上がる二人にこのパーティのリーダーを務めているスウラは頷く。

「それじゃ、一度18階層で休息を取ってから今日は19階層で少し試したら地上に戻るとしよう」

これからの予定を話すスウラに異論の声はなく、全員がそれに応じる。

移動を開始するベル達。その中でリオグが二人にからかいの声を投げる。

「にしても羨ましいぜ。そんなすげえ武器を貰えてよ~」

「え、えっと…………」

「冗談だ、冗談! 本気にすんな!」

戸惑うベルにリオグは気さくな態度で手を振るう。

「ベルやセシルみたいに専用の武器はねえけど、団長に言えば魔道具(マジックアイテム)を貸してくれるからな。ほれ」

リオグがベル達に見せたのは赤色の腕輪(ブレスレット)

「障壁を生み出す魔道具(マジックアイテム)『ディルマ』。強度は俺の魔力に左右されるけど、前衛の俺には頼もしい魔道具(マジックアイテム)なんだよ」

「それじゃ、スウラさんも…………」

「ああ、俺も団長から借りてるよ」

スウラが見せるのは五指に嵌められている指輪。

「属性を付与できる魔道具(マジックアイテム)『アヌルス』。遠距離武器を使う俺には心強い魔道具(マジックアイテム)さ」

二人は自身が身に付けている魔道具(マジックアイテム)を見せるとベル達も興味深そうに見る。

「団長がいる俺達の特権。団長に言えば色々な魔道具(マジックアイテム)を貸してくれんだ」

「ちなみにリオグは一度、女性達の入浴を覗こうと透明になる魔道具(マジックアイテム)を使ってボロ雑巾にされたよ」

「おい、それを言うなよ!!」

微笑を浮かべながらそのことを語るスウラにリオグは憤り、セシルとリリがリオグを見る視線が冷たくなった。

因みにその事件がきっかけで女性達が入浴している時は見張りが立つようになった。

「色々あるんだな…………」

「そう言えばお師匠様の工房にもたくさんあったね…………」

「うん……」

「いったいどれほどお作りになられているのでしょうか…………?」

多種多様の魔道具(マジックアイテム)を作製して管理しているミクロの魔工房(アトリエ)を思い出すベル達は18階層に足を踏み入れる。

「おお、【アグライア・ファミリア】じゃねえか! ちょうどいい、お前等も手伝え!」

屈強な冒険者が18階層に訪れるベル達にそう言った。

訳を訊くと、19階層で炎鳥(ファイアーバード)が大量発生しているという異常事態(イレギュラー)が起こり、リヴィラの街の冒険者やベル達のように18階層を通りかかった上級冒険者達にも軒並み声をかけて数を集めていた。

名の通り火炎攻撃を行う鳥型のモンスターを18階層まで進出するとリヴィラの街にまで被害が出る恐れもある。

報酬と火の耐性を持つ火精霊の護衣(サラマンダー・ウール)も支給され、ベル達の新しい武器を試すのにちょうどよく、全員がそれを了承した。

その中でベルは『敏捷(あし)』の速さを買われて他の冒険者の臨時パーティに組み込まれて19階層に下りた。

セシル達と別れて、順調にこなしていくベルは気が付けば一人になり、どことも知れない迷路の一角に立ちつくし、途方に暮れていた、まさにその時だった。

人影らしきものを視界の奥に捉えたのは。

片足を引きずり、何かから逃れるように迷宮の植物が生い茂る物陰へと身を隠す。

ベルは負傷した同業者かと慌てて駆け寄ると、直前になって様子がおかしいことに気付き、警戒を払って物陰に近寄った。

そして―――。

「モンスター…………『ヴィーヴル』?」

目の前の存在に、愕然とする。

青白い肌に、少女のような華奢や四肢を持った人型のモンスター。第三の目を沸騰させる額の紅石を見て。かろうじて竜種『ヴィーヴル』であることを察した。

本来ならヴィーヴルは人型の上半身と蛇に酷似した下半身を持つはずが、眼前にいる彼女はモンスターかどうか疑う程に人間の姿に酷似している。

「……、…………!」

竜女(ヴィーヴル)は、泣いていた。

眼前で立ちつくすベルを見上げながら、両腕を抱き締めた体をがたがたと震わせている。

モンスターであることを忘れたように怯え、人間のように恐怖をあらわにしている。

動揺するベルは目の前の光景がともて信じられなかった。

モンスターは人類の敵。そして『怪物』。

本能のままに牙を剥き、襲いかかってくる絶対の殺戮者。凶悪な破壊衝動の塊に理性や感情が介在する隙間もない。

その筈なのに、モンスターに対する闘争本能が欠片も湧いてこない。

刃を突き立てることに抵抗を覚える。

「ぅ、ぁ…………!」

「!」

竜女(ヴィーヴル)の瞳がベルの武器に釘付けになっている事に気付き、咄嗟に背に隠すもベルは益々混乱する。

ベルを恐れて距離を取ろうとする竜女(ヴィーヴル)だが、背は壁。いくら後ろに下がろうとも意味はない。

立ちつくしたまま、怯える竜女(ヴィーヴル)と視線を絡ませ続け、ベルは後退して竜女(ヴィーヴル)に背を向けてその場から立ち去った。

直後、ばさりと、と。

ファイヤーバードは瞳を血走らせて、宙に浮遊しながら狙いを竜女(ヴィーヴル)に定める。高出力の火炎放射に、細い足は地を蹴ろうするが、間に合わない。

燃え盛る炎が、竜女(ヴィーヴル)に放たれようとした瞬間。

 

『――――ゲェッ!?』

 

ベルは炎鳥(ファイヤーバード)を切り裂いた。

思わず、飛び出してしまったことに項垂れる。

しかし、立ち竦む彼女を見て、足が動いてしまった。

ベルは前髪を掴み、茫然とする竜女(ヴィーヴル)に歩み寄る。

「――――大丈夫、怖くないよ」

片膝を突き、同じ目線で、眉を下げながら笑いかける。

とても間抜けなことをしている自覚はベルにもある。それでももう、ベルは彼女を放っておくことができなかった。

半ばヤケクソでベルは竜女(ヴィーヴル)の怪我を治すために回復薬(ポーション)を取り出すとそれを見てびくっと身体を揺らす。

「平気だよ、これは回復薬(ポーション)って言って―――」

「ぽー、しょん…………?」

―――――喋った。

何度目とも知れない、自分の常識が崩れる音が耳の奥から聞こえる。

「おい、ベル! 無事か!?」

「―――っ! リオグさん!?」

傷を治そうとした瞬間に通路からこちらに向かって走ってきているリオグにベルは咄嗟に竜女(ヴィーヴル)に自分の火精霊の護衣(サラマンダー・ウール)で身を隠す。

きっと、一人いなくなったベルを心配してここまでやってきたのだろうリオグはベルの無事な姿を見て安堵の息を漏らす。

「おう、無事でなりよりだ。…………そいつは誰だ?」

火精霊の護衣(サラマンダー・ウール)で身を隠している竜女(ヴィーヴル)を訝しむように声をかけるリオグにベルは背に庇うように何か言葉がないかと必死に頭を回転させる。

「えっと、その…………」

「どうした? 別にお前が女を庇って手籠めにしたってつっても驚きはしねえよ。団長でそんなもん慣れっこだ」

軽快に話するリオグは包まれている竜女(ヴィーヴル)の顔を覗き込むと目を見開いて咄嗟に身を隠している火精霊の護衣(サラマンダー・ウール)を取り払う。

――――終わった。

竜女(ヴィーヴル)の姿が露になってしまうのを見てベルは思った。

冒険者がモンスターを庇うなんて蛮行を流石の団長であるミクロも許しはしないだろう。

そんな不安を抱いていたベルにリオグは言う。

「なんだ、異端児(ゼノス)か。お前、仲間はどうした?」

「え?」

驚きもせずにごく自然に竜女(ヴィーヴル)に話しかけるリオグにあらん限り目を見開くベル。

「な、か……ま…………?」

「その様子だとまだ会っていないか、産まれたばかりか。ベル、こいつをつれて本拠地(ホーム)に戻るぞ。団長に報告しねえといけねえ」

「え、は、はい…………あの、リオグさん?」

「あー、お前の戸惑いも無理はねえわな。後で団長が説明してくれると思うから今はセシル達と合流するぞ」

「あ、はい」

戸惑いを隠しきれずにベルは竜女(ヴィーヴル)をつれてセシル達のところに戻る。

 

 



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Three15話

ベル達がダンジョンに潜っている時、ミクロはホース達の一件を後回しにして先にするべきことを終わらせることにした。

「ラキア王国の侵攻以来かな? ミクロ・イヤロス」

「うん、久しぶり。フィン」

ミクロは自派閥の本拠(ホーム)の【ロキ・ファミリア】の団長である【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナを招いていた。

「それにしてもいいのかい? 他派閥である僕を本拠(ホーム)に入れても」

「問題ない。フィンはそんな意味のないことはしないし、しても意味がない」

その言葉にフィンは苦笑する。

豪胆ともいえるが、そうではない。

ミクロはわかっているのだ。フィンがミクロ達の【ファミリア】に対する部外秘の情報を手に入れようとしないことに。

そうすれば一族の再興させるために必要な名声に傷をつけてしまう恐れがある。

自分の評価にも影響が及び、最悪【ファミリア】にまで悪影響が生まれてくる可能性だって否定しきれない。

それ以上にミクロには自信があるのだ。

部外秘の情報をフィンに手に入れさせない自信が。

「…………そうか。なら、まずは賛辞の言葉を送らせてくれ。【ランクアップ】おめでとう。遂にオッタルと並ぶLv.7に辿り着いたんだね」

「うん」

フィンからの賛辞の言葉に素直に頷く。

「経緯はアイズ達から聞いている。君にとっては素直に喜べないことかもしれないが」

「大丈夫。俺には大切な家族がいるから」

「…………なら、これ以上の言葉は不要だね」

基本的にアイズ同様に無表情だが、心なしか晴れた表情をしている。

きっと父親の死を乗り越えたのだろう、とフィンは勝手ながら推測した。

アイズもティオナも随分とミクロの事を心配していたが、この吉報を聞けば安心するだろう。

「さて、それじゃあ要件を聞こう。今回、僕を呼び出したのは闇派閥(イヴィルス)に関わる案件かい?」

その問いにミクロは首を横に振った。

「違う…………とは少し言いづらい。でも、結果的にはそうなるかもしれない」

「どういう意味かな?」

ミクロの言葉に怪訝するフィンにミクロは言った。

 

「フィン。俺は【ロキ・ファミリア】に戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込みたい」

 

「っ!?」

突発的なその言葉には流石のフィンも目を丸くした。

「…………理由を聞いても?」

「この戦争遊戯(ウォーゲーム)の目的は互いの【ファミリア】の戦力強化だ。闇派閥(イヴィルス)、レヴィス、怪人(クリーチャー)…………そして精霊の分身(デミ・スピリット)。まだ俺達に知らない何かを持っているかもしれない。今は大人しいが、またいつ襲ってくるかわからない以上は今のうちに戦力を強化したほうがいいと考えた」

【アグライア・ファミリア】では直接的な被害は出ていないが、【ロキ・ファミリア】では既に死者が出ている。

これ以上の死者を出さない為にも今のうちに戦力を強化した方がいいと考えていた。

「そして、戦争遊戯(ウォーゲーム)では敗北した【ファミリア】に要求することができる。それを利用すればどんなもの命令でも誰も疑問に思ったりはしない例えば魔道具(マジックアイテム)など」

「…………そういうことか」

ここまで聞いてフィンはミクロの考えを理解した。

「つまり、君は自分達の【ファミリア】の敗北を望み、尚且つ僕達の【ファミリア】に魔道具(マジックアイテム)を渡して戦力を強化させたい。ということだね?」

フィンの言葉にミクロは頷いて返す。

無償で魔道具(マジックアイテム)を渡せば周囲から文句などが出てくる。だが、戦争遊戯(ウォーゲーム)を使っての要求なら誰も文句は言わない。

「確かに魅力的な提案だ。君の魔道具(マジックアイテム)が僕達でも使えるとなると間違いなく戦力を強化することができる。だけど、いいのかい? これでは君に利益があるようには思えないが?」

「これでいい」

これでは【ロキ・ファミリア】だけに利益が出てミクロ達の【アグライア・ファミリア】には損しかない。それでもミクロは首を縦に振った。

「【アグライア・ファミリア】は確かに強くなった。だけど、そのせいで慢心が生まれてしまう。それを壊すには一度徹底的に敗北を知る必要がある。いくら強くてもその慢心が原因でダンジョンで命を落とすことは珍しくはない」

五年と少しという歳月で【アグライア・ファミリア】はオラリオの三大派閥とまで呼ばれるまでに強くなった。

だが、その強さによって心に隙が生じれば命を落としかねない。

そうなる前にミクロは一度団員達に敗北を知らしめる必要がある。

「身内では意味がない。そして、全力を出しても自分達では勝てないと思わせる相手はフィン達【ロキ・ファミリア】が最も最高で最大の強敵手だ」

Lv.7まで到達したミクロだが、【ファミリア】の総合力で言えば【ロキ・ファミリア】の方が上だ。

全力で戦い、それでも勝てない。

その結果が慢心を捨てて、己の力を見直して更なる強さを求めるようになれば上々だ。

「勿論。俺も全力で戦う。だから、フィン達も全力で戦って欲しい」

「……………………」

ミクロの言葉にフィンは無言になる。

確かにこの戦争遊戯(ウォーゲーム)には美味しいぐらいにメリットがあり、ミクロの考えも十分に理解できる。

この事をアイズ達に話せば絶対に参加すると言ってきかないだろうと容易に想像できてしまう。

名を上げている【アグライア・ファミリア】。それに勝てばフィンの一族の再興にもいい宣伝になる可能性も出てくる。

「………………もし、万が一に君達の【ファミリア】が僕達に勝ったら何を要求するつもりなんだい?」

だけど、油断できる相手ではないのは明白だ。

万が一、そのことも考慮しなければいけない。少なくともフィンにとってミクロ・イヤロスとはそういう人物だ。

だから、敗北した時の要求を明確にしておかなければいけない。

フィンの問いにミクロは頬を掻いた。

「……………考えてなかった」

ぽつりと呟いた言葉にフィンは思わず肩を落とす。

そこまで考えて、自分達が勝利した時の要求を考えていなかったとは…………やはり、どこかアイズに通ずる天然を秘めている。

「……………………一応、表向きには納得できる要求をしなければいけない。君が敗北した時に僕達に魔道具(マジックアイテム)を提供するというのなら、それに見合う何かを僕達に要求しなければ疑念を抱く者もきっと出てくるはずだ」

「……………………じゃ、ベートが欲しい」

「…………その理由は?」

「レナが喜ぶ」

この場にレナがいれば団長ぉぉおおおおおお! と歓喜の声を上げていただろう。

「う~ん、勘弁してくれないかな? ベートはうちの貴重な戦力だからね」

「わかった」

素直に諦めて、別の要求を考えるミクロ。

金に関しては問題はない。むしろ、【アグライア・ファミリア】はオラリオの存在するどの【ファミリア】よりも資金を持っていると言える。

素材採取にもミクロが自分から行う。今では『ノーエル』を使えば広大なダンジョンを最速で移動できる。

「…………一年間、期間限定で【ロキ・ファミリア】の人材を一人『改宗(コンバージョン)』して欲しい。出来ればアイズ、ティオナ、ベート、レフィーヤの誰か。遠征の際は【ロキ・ファミリア】に戻すことを約束する」

「それはまた…………どうしてその四人を? ベートは今聞いたからいいとして」

「アイズはベルの成長に興味を示してる、ティオナは一緒にいて楽しい、レフィーヤとセシルを一緒に鍛えてみたい」

そしてベートはレナが喜ぶから、か。

聞いているフィンからしたら子供のように無欲な欲求だと思った。

いや、無欲なのかもしれない。

共にダンジョンに潜った仲としてミクロはどのような人物なのか大体は把握している。

ミクロは基本的に無欲だ。

富、名声、金、女、野望、戦闘。人が持つ欲求をミクロは持っていない。

あるのはただ一つ【ファミリア】。

【アグライア・ファミリア】の主神であるアグライアの為に、家族(ファミリア)の為に身命を捧げて行動している。

自らの欲望を満たすために動いているのではない。

今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の申し込みにしてもそうだ。

【ファミリア】のことを考えての行動ともいえる。

フィンは思う。

ミクロがその気になればきっとオラリオで最強の派閥を作れるだろう、と。

「…………わかったよ。ミクロ・イヤロス。その申し出を受けよう。ロキからはその内容で僕から説得しておく」

「うん。アグライアにもそう言っておく」

差し伸ばされたフィンの手を握って返す。

「詳細は今度主神も交えて決めよう」

「わかった」

「そして、約束する。僕達【ロキ・ファミリア】は全力を持って君達を倒す」

「俺も全力で戦う。【ファミリア】の団長として、一人の冒険者として」

互いの握る手に僅かながら力が入る。



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Three16話

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『黄昏の館』。

その執務室にフィンは自派閥の主神ロキと幹部を集結させて【アグライア・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)の取り行いが決定したことを告げていた。

「ふむ。私達の【ファミリア】に戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込まれたのは久方ぶりだな…………」

リヴェリアが顎に手を当てながら呟いた。

事実、戦争遊戯(ウォーゲーム)をするのは数年ぶりであった。

最強派閥に名高い【ロキ・ファミリア】。その派閥に戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込もうと思うのはミクロ達ぐらいだ。

「面白いわい。儂も拳を交えてみたかったわ」

顎髭を擦りながら好戦的な言葉を発するガレス。

「上等だ…………ッ」

瞳を獰猛に光らせて凶暴な笑みを見せるベートの脳裏には自分を完膚なきまで敗北を与えたミクロがいる。

「やった! バーチェとまた戦える!」

以前は引き分けで終わったティオナは再戦の機会を得られたことに歓喜する。

「そうね、私も前は消化不良で終わっちゃったし」

ティオネも同様にアルガナとの戦いを待ち望んでいる。

「……………………」

無言だが、その表情はいつにも増してやる気に満ちている。

今度は勝ってみせる。とアイズは意気込みを上げる。

全員が全員、やる気に溢れて今にでもダンジョンに赴きそうだ。

「そんなわけや。どっちも大規模な人数やから場所も限られとるし、準備にも時間が掛かると思うさかい、その辺はわかったらうちから伝えておくわ」

机に腰を据えているロキも愉快そうに笑みを見せていた。

「くふふ、うちの眷属()にゲームを申し込むとはいい度胸や…………。【覇者】の負け顔をしっかりと拝ませてもらうで」

「……………………ロキ。前から気になってはいたのだが、どうしてミクロ・イヤロスをそこまで毛嫌いする?」

「そうだよー。ミクロは何度もあたし達を助けてくれたじゃん」

「それであんたは惚れこんじゃっているけどね? 毎晩毎晩ミクロミクロって聞かされる私の身にもなって欲しいわ」

「いいじゃん! ティオネだっていつもフィンのことばっかなんだし!」

どちらも毎晩惚れた(おとこ)の話で盛り上げている双子の恋話。

「…………………ミクロは凄く優しい」

アイズもミクロの事を悪く言って欲しくはなかった。

だが、ロキはミクロを庇う女性陣に憤慨で返した。

 

「それやぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!! それがうちは気に入らんのや!! なんやねん、あのモテっぷり! うちの子にまで毒牙にかけるとは許さへんで!! しばいたる!! いつか絶対しばいたる!!」

 

「………………んー、つまりロキはミクロ・イヤロスが異性に好かれているから毛嫌いしてると?」

「えー、それならフィンだって一緒じゃん」

「フィンはいいんや!! うちの大事な大事な眷属()なんやから! だが、【覇者】は許さへん!! 【覇者】のせいで…………うちが勧誘(スカウト)しようと声をかけた可愛い子ちゃんは皆揃って『【覇者】様がいる【アグライア・ファミリア】の入団を目指してますので』…………ふざけんなや!! 可愛い子独占するとは………ッ! うちは絶対、絶っっっっっ対【覇者】を許さへん!!」

熱く語るロキに眷属達は冷ややかな視線をロキに向ける。

ようは自分好みの子供をミクロに取られて嫉妬しているだけの話だ。

「というわけや! 皆、絶対に勝つで!! ここでちょーしに乗っ取る【覇者】の鼻をバキバキにしてやってや!!」

その怒りを自分の眷属()に託すも全員は呆れるように息を吐いて、一同の心情は一致した。

 

―――【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)しようかと。

 

面倒が掛かる今の主神(ロキ)よりも慈悲深く慈愛に溢れたミクロの主神(アグライア)がいいように思えた。

「………………まぁ、ロキの事は置いておいて。彼等は全力を持って僕達を倒しに来るだろう。だから僕達も全力でそれに応えなければならない」

ロキを隅に追いやって団長であるフィンが話を進める。

「勝てばミクロ・イヤロスが作製する魔道具(マジックアイテム)を手に入れることが出来る。少なくともここにいる全員分は作ってくれるみたいだ」

「おいフィン。俺はいらねーぞ」

戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝利した際に手に入る魔道具(マジックアイテム)をベートは拒否した。

自分の力で強さを求め続けているベートにとって好敵手(ライバル)視しているミクロから受け取ることは自分の誇りが許さなかった。

「彼もそう言っていたよ? だからベートには再戦の機会を作ると言っていた」

「えー!? ベートだけ!? フィン、あたしもそっちがいい!」

「私も…………」

ベート同様に一対一の全力で戦いたいティオナとアイズも魔道具(マジックアイテム)よりもそちらを優先してほしかった。

それを聞いたフィンは困ったように苦笑する。

「そうしてあげたいのも山々なんだけど、出来れば彼の魔道具(マジックアイテム)を手に入れることを優先して欲しい。この機会を僕は手放したくはない」

フィンから見てもミクロが持つ魔道具(マジックアイテム)は貴重だ。正直に言えば金で手に入るのなら手に入れるとも思ってる。

だけど、ミクロは一部を除いての魔道具(マジックアイテム)の販売は行われていない。戦闘用の魔道具(マジックアイテム)が手に入るとするのならこれからの遠征にもきっと役に立つ。

「しかし、フィン。勝機はあるのか?」

「ある」

リヴェリアの問いにフィンは強く肯定する。

「確かにミクロ・イヤロスを筆頭に彼等は強い。だけど、総合的な面でいえばまだ僕達の方が上回ってる」

これまで築き上げてきた経験、知識、練度、連携。どれをとっても【アグライア・ファミリア】より【ロキ・ファミリア】の方が上回っている。

しかし、油断していい相手ではない。

「だけど、油断はできない。正直に言えば彼がどんな奇策も持ち掛けてくるのかわからない。油断すればやられるのはこちらだ」

どのような魔道具(マジックアイテム)を出してくるか、策を用意してくるのかわからない。

「こちらも万全を持って対応する。各自は詳細が決まるまで備えておいてくれ」

団長のフィンの言葉に幹部であるアイズ達は真剣な顔で頷く。

「ティオネー! 組み手しよ!」

「そうね、昂ってる身体を冷ましておかないと」

「………………」

組み手をする為に執務室から出て行く双子と無言で出て行くベートは今からダンジョンに行こうとしているのがフィン達には筒抜けだ。

アイズもまた剣を振るおうと執務室から出て行く。

「…………今度は」

勝ってみせる。とアイズは【アグライア・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)に向けて動き出す。

 



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Three17話

ベルは『異端児(ゼノス)』の竜女(ヴィーヴル)を発見し、彼女をモンスターから救った。後に駆けつけてきたリオグと『異端児(ゼノス)』の存在を知っているスウラからベルとセシル達に簡易に『異端児(ゼノス)』の説明を受け、竜女(ヴィーヴル)火精霊の護衣(サラマンダー・ウール)で正体を隠し、本拠(ホーム)に帰還する。

「ふん、ひょくひゃった。ひゃる(うん、よくやった。ベル)」

「……………………あの、団長」

「ふぁに?(なに)」

「どうしてアグライア様にほっぺを引っ張られているんですか? お師匠様」

半眼を作りながら尋ねるセシル達の視線の先には額に怒りマークを付けた主神(アグライア)がミクロの後ろから両頬を引っ張っていた。

「おひひょきひゅう(お仕置き中)」

「何を仰っているのかわかりません」

「団長、今度はいったい何をやらかしたんだ?」

「まぁ、団長の事だからまた禄でもないことだとは思うけど」

「………………碌でもないのか決定事項かよ」

「それがお師匠様」

ミクロがまた何かをやらかしたを前提に話を振るうリオグ達に主神であるアグライアが嘆息と共にリオグの質問に答えた。

「【ロキ・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を、この子はまた勝手に決めちゃったのよ。まったく、反省しているのかしら……………」

その言葉にベル達は数秒思考が停止して後に……………。

『えええええええええええええええええええ【ロキ・ファミリア】と『戦争遊戯(ウォーゲーム)』ぅぅぅううううううううううううううううううううううううううっっ!!?』

城全体を震わせるほどの大声量でベル達は叫んだ。

「団長! おいこら!? いつもいつもそんな重大なことをおいそれと勝手に決めんな!!」

「団長! 貴方が自由奔放、唯我独尊だということは重々承知しているが……………言わせて貰う! 一言ぐらい話してから決めてくれ!! 振り回される身にもなって欲しい!」

「今俺が振り回されてる……………」

主神(アグライア)からミクロを奪い、怒声と共に振り回すリオグとスウラ。

衝撃の決定事項に実感を持てないベル達は呆けるも、あの【ロキ・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』をすることになるとは、と若干戸惑いもある。

「……………うそだろ?」

「そうですよね? リリの聞き間違いですよね?」

「………………二人共、残念だけど嘘でも聞き間違いでもないよ?」

それが自分達の聞き間違いであってほしいと幻想の願いを口にするヴェルフとリリにセシルは遠い眼差しを天井に向けながら告げる。

「お師匠様はやると言ったらやる人だから」

その言葉に二人は床に手をついて項垂れる。

「アイズさん達の【ファミリア】と…………」

「…………………ベル?」

無意識に手を強く握り締めていたベルに竜女(ヴィーヴル)は唇を開き、言葉を発した。

「あ、ごめん。なんでもないよ」

竜女(ヴィーヴル)の声を聞いて慌てて笑顔を作る。

「まずはそこのヴィーヴルのことについてから話した方がいいか」

いつの間にか二人から解放されたミクロは改めて竜女(ヴィーヴル)、『異端児(ゼノス)』のことについて語った。

竜女(ヴィーヴル)の他にも同じ『異端児(ゼノス)』がいるということにも。

「【ファミリア】で『異端児(ゼノス)』のことを知っているのは一部だけだ。ベル、明日にはヴィーヴルをリド達のところに連れて行くからお前達もついて来い。今夜はベルの部屋で匿ってくれ。他の団員には見つからない様に」

「は、はい! …………あの、僕の部屋にですか?」

「そうだけど?」

「いけません!! そんなことは絶対に駄目です!!」

竜女(ヴィーヴル)をベルの部屋に今夜匿うように提案するミクロにリリが猛反対。

「どうして?」

「そ、それは……………駄目なものは駄目です!!」

顔を赤くしながら頑固反対の意思を見せるリリにミクロは首を傾げる。

「別に竜女(ヴィーヴル)を軟禁、監禁しろとは言っていない。ただ一晩ベルと一緒に寝てもらうだけ」

「それが駄目なんです!!」

「?」

いったい何が駄目なんだろうと真剣に悩まされる。

「あーリリ。団長のその話を振っても無駄だ」

「団長にそういうのはね……………」

悟った表情で告げる二人にリリは盛大に溜息を吐く。

「むしろ団長は一人で寝てることはねえだろう?」

「アイカやアルガナ達とよく一緒に寝てる」

「団長……………羨ましすぎるぜ」

「まぁまぁ。団長なんだから仕方がない」

うぅ、と男泣きするリオグの肩に手を置いて慰める。

「…………………よくはわからないけど、最初に発見したのはベルだ。団長命令として一晩ヴィーヴルを自室に泊めること」

「わ、わかりました!」

「リリも不安ならベルと一緒に寝たらいい」

「わかりました!!」

「正直過ぎるぞ、リリスケ……………」

ミクロの命令に即座了解するリリにヴェルフは若干呆れる。

「【ロキ・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』まで色々と準備があって時間が掛かるからそれまで各自で備えをしておくこと。あ、そうだ」

ミクロはそこまで言って何か閃いたかのように『リトス』からある物を取り出す。

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』で最高功績を出した奴にはこれを与えること他の団員にも言っておいて」

「団長! それって……………ッ!?」

「うん。ベルとセシルが持っているのと同じやつ」

ミクロが取り出したのは小型盾(バックラー)だ。それはミクロがベルとセシルに渡したミクロの最高傑作の盾だ。

おぉっ、と驚愕の声を出して驚くリオグやその盾を凝視するスウラ達もその小型盾(バックラー)に視線を向ける。

その盾には偶然にも竜の紋様が描かれていた。

「あ、そういえばお師匠様。今日使ってみて思ったんですけど、私やベルの武器ってどんな能力があるんですか? 凄く使いやすいのは確かなんですけど」

新しい武器の性能を確かめる為にダンジョンに潜っていたセシル達だが、今日一日使ってみてもそれらしい能力は発動しなかった。

これまで散々様々な魔道具(マジックアイテム)の実験に付き合わされたセシルだが、今回はこれまでとは違い、どこか味気ないというか、地味というか、それらしい能力を見つけることが出来なかった。

「前にも言った。それは共に成長し、所有者の想い、願いによって動き出すって。どのような能力に目覚めるかは所有者であるセシル達次第。簡単に言えばこれは生きた武器」

「生きた……………」

「武器……………」

ミクロの言葉に二人は自身の得物に視線を向けると、ミクロは『リトス』から三枚の大盾である『アルギス』を取り出す。

「こんな感じ」

不意に『アルギス』は姿を変形し、三本の長槍に姿を変える。

「『形態変化』ぐらいなら少し念じればすぐに変えられる」

再び大盾に姿を戻し、『リトス』の中に収納する。

「作製者である俺の想像を超える武器だ。頑張って使いこなして欲しい」

「「はい!」」

返答する二人に満足そうに頷く。

「それじゃ解散。伝言はよろしく」

伝言を頼んでベル達は部屋から出て行き、ミクロも部屋から出て行こうとするとアグライアに肩を掴まれる。

「なに都合よく逃げようとしているのかしら? まだお説教は終わってはいないわよ?」

表情は笑っていても目は笑っていない主神(アグライア)の前にミクロは正座する。

「だいたいミクロ。貴方は―――」

自分勝手な行動を取ったミクロにアグライアはくどくどと説教を続ける。

部屋の外から説教を聞いたベル達は揃って苦笑を浮かべる。

「やっぱまだまだガキだな、我等の団長様は」

リオグの言葉に全員、深く頷いた。



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Three18話

漆黒に包まれる夜天。星空と共に地上に光を灯す月光の下。

アグライアからの説教が終えたミクロは本拠(ホーム)の屋根上からベルの自室を見ていた。

窓からでもわかる賑わい。ベルの部屋には例の『異端児(ゼノス)』である竜女(ヴィーヴル)とリリだけではなく、ヴェルフやどういうことか春姫までもベルの部屋にいる。

見たところ春姫もヴィーヴルに恐れることなく、むしろ、懐かれているところを見て問題はないと踏んだミクロは月光の下で小さく頷いた。

「ここにいましたか」

「リュー」

屋根の上に訪れたリューは腰に手を当てて小さく息を吐いた。

「先ほど、団員達から聞きました。【ロキ・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)とは……………まったく、貴方という人はどうしていつも勝手に決めてしまう」

「説教はさっきされた」

「それも先ほど聞きました。ミクロ、一言ぐらい事前に声をかけなさい。皆さんにこれ以上にないぐらいに慌てていましたよ?」

一部の好戦的な団員は喜んではいたが、大体の団員は驚き、慌てふためいていた。

しかし、それは無理もない。

戦争遊戯(ウォーゲーム)の相手があの【ロキ・ファミリア】だ。一筋縄ではいかない相手だということぐらい誰でも想像できる。

もう一度息を吐いて、リューはミクロの隣で腰を落ち着かせる。

「クラネルさん達は大丈夫なのでしょうか?」

「今のところ問題はない」

スウラから竜女(ヴィーヴル)の説明を受けたリューでも僅かな不安は残る。

万が一に暴走されたら本拠(ホーム)だけではなく、この一帯が大変なことになりかねないからだ。

異端児(ゼノス)』は何かを引鉄に肉体に変化を生じるものもいる。

その何かが起きてもすぐに対処できるようにこうして見張っているのだが……………竜女(ヴィーヴル)の無邪気な笑みからそれは不要と思い始めている。

「【ロキ・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)に、異端児(ゼノス)……………やることは多い」

「うん」

するべきことは山のようにあることにリューは少しばかり、憂鬱だ。

【ファミリア】の副団長として当然の責務とはいえ、本当に大変だ。

「それでもやらないといけない。【ファミリア】の為にも、リド達、異端児(ゼノス)達の為にも」

「…………………ええ」

ミクロはその為に頑張っている。

主神であるアグライア、築き上げてきた家族(ファミリア)、友達、異端児(ゼノス)の為にミクロは今までも、そしてこれからもその心身を捧げる。

それを支えるのが、副団長として、恋人の務めだ。

リューはミクロの頭を自分の膝上に誘導して膝枕をする。

これで少しでも愛する人が労われるのなら安いものだ。

「リュー、俺は闇派閥(イヴィルス)や他の全ての問題を解決し、皆が安全に冒険を続けられるようになったら、団長の座を下りようと考えてる」

「……………それがいい。ミクロ、貴方はもう戦わなくてもいいのですから」

団長を下りる。そのことに少なからずの驚きはあってもリューはそれを止めることはしない。

沢山傷つき、倒れ、それでも立ち上がって、勝利を収めてきた。

ミクロはもう十分に戦った。

【ファミリア】も大きくなった今、ミクロは平和に過ごすべきだとリューは思う。

「その後、団長は誰にするのですか?」

「ティヒアか、セシルにしようと思ってる」

「クラネルさんは?」

「ベルはまだ入団して半年も経ってない。実力だけで団長の座を譲るには問題が生じる」

これは中々に厳しい、と思う。

ティヒアは高い指揮統制能力を持ち、正確無比の狙撃の腕を持つ。

【ファミリア】内でもティヒアの信頼は厚く、固い。

主にミクロに惚れているという共通の意思ではあるが、それも立派な信頼関係だ。

セシルはミクロの酷烈(スパルタ)に耐え、日々精進しているその姿勢は団員の誰もが認め、信用し、信頼している。逆にセシル自身も団員達を信用して信頼している。

ミクロの弟子という意味合いも大きいし、ミクロの持つ魔法も使える。

だからミクロはこの二人の内どちらかを団長にしようと考えている。

ベルは駄目というわけではない。

実力も信頼も二人に負け劣らずに持ってはいる。でも、ベルはまだ【ファミリア】に入団して半年も経っていない。そんなベルを急に団長の座に譲ったら団員内で揉め事が生じる可能性も決して少なくはない。

「団長を辞めたら貴方はどうするのです?」

「団員達を鍛えつつ、夢の実現の為に動く」

「夢……………ですか?」

初耳だ、ミクロがそのような夢を持ち、考えていることは。

ふと、リューは昔の事を思い出す。

まだ【アストレア・ファミリア】に所属していた際に、今のように高いところでアリーゼと共に将来のことを語り合ったことを。

ミクロは空にある月光の輝きを放つ月に向かって手を伸ばす。

「俺はいつか、この空の上に都市を築く。空を舞い、空を駆け、世界中を巡る都市をこの手で創ってみせる」

「それは…………」

その子供のような壮大な夢の内容に驚くリューだが、ミクロなら本当にしてしまいそうで怖いと思う自分がいる。

「そこにはアグライアがいて、皆がいて、多くの亜人(デミ・ヒューマン)がいて、リド達、異端児(ゼノス)がいて皆が笑って共に生活ができるその都市を創るのが俺の夢」

己の夢を語るミクロにリューは微笑む。

それはなんとも浪漫に満ちた夢なのだろうか。

「アグライアはこの世界を堪能する為に下界に降りてきた。だから、この夢は俺に光を、生きる希望を与えてくれたアグライアに対する恩返しでもある。だから俺は頑張る」

「ええ、私も微力ながら手を貸しましょう」

「うん。でも、リューはリューでして欲しいことがある」

「なんでしょう? 私にできることなら―――」

「子供を作って欲しい」

何の躊躇いもなく、完全な不意打ちで放たれたミクロの言葉にリューは固まる。

「最低三人。男でも女でもいい。家族を作ってリューと一緒に育てていきたい」

「えっと、その…………」

耳まで赤く染まり、空色の瞳を左右に泳がせながらリューは覚悟を決めて言う。

「こ、心の準備はしておきます……………」

それが今のリューの精一杯な答えだった。

「わかった」

それでも満足してくれたのか、ミクロは素直に頷いた。

気持ちを切り替えてリューも夜空を眺める。

「この空に都市を……………」

それはとても気持ちがいいものだ。ミクロの夢はきっと多くの人を幸せにするだろうとリューは確信する。

世界中を巡る空の都市で愛する人と子供達。そして、大切な仲間達と共に生活する。

その日が来るのをリューは楽しみにしている。

愛しい人の髪を撫で、二人は夜風にもうしばらく当たる。

夢を語る、今の時間を大切に過ごすように。

 



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Three19話

街のホテルの休憩室(ラウンジ)を貸し切って、【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】はそれぞれの主神を交えて戦争遊戯(ウォーゲーム)の詳細を決める打ち合わせに足を運んだ。

【ロキ・ファミリア】では主神ロキと団長であるフィン。二人に対面するように椅子に座っているのはアグライアとセシシャだった。

「ミクロ・イヤロスはどうしたんだい?」

この場にいるのがミクロではないことに、フィンはセシシャに尋ねるとセシシャは優雅に一礼して挨拶する。

「お初にお目にかかりますわ、神ロキならび【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナ様。私の名前はセシシャ・エドゥアルド。商人兼冒険者を務め、【アグライア・ファミリア】では主に経理を担当しておりますの。今回、我等の団長は外せれない急用ができましたので代わりに私がこの場を預からせて頂いた所存です」

「急用……………?」

「はい。自由奔放、唯我独尊に突き進む傍若無人の団長が多忙の私に強引に押し付けるほどの急用に参りましたわ」

「そ、そうか……………」

笑顔だが、額に青筋を浮かばせて淡々と言葉に毒を吐くセシシャにフィンは少し引きながら頷いた。

ミクロは異端児(ゼノス)の方を優先して、つい数時間前に任せたとだけ告げてベル達と共にダンジョンに向かった。

詳しい事情も何も知らされずに、強引に今回の打ち合わせを押し付けたセシシャは帰ったら山のようにある仕事をしなければならないと思うと、頭が痛い。

「そんなら始めようか? うちとアグたんとこのゲームの内容を」

「そうね。唯一決まっているのは勝負形式は……………」

「せや。【ファミリア】全員での『総力戦』や」

戦争遊戯(ウォーゲーム)の詳細が決まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

一方ミクロは異端児(ゼノス)である竜女(ヴィーヴル)をリド達のところに案内する為にベル達を引き連れてダンジョンに来ていた。

ベル達と春姫も含めたパーティで先導するミクロ達は既に18階層に来ていた。

「リリ、お前にこれを渡しておく」

「え? リリにですか…………?」

18階層で休憩を取っていた際にミクロがリリに腕輪(ブレスレット)を手渡す。

「リリ、お前は自分に冒険者としての才能はないと思い、サポーターとして活動しているとベル達から聞いた」

「――――――ッ! は、はい、リリは」

「それは間違ってる。リリ、お前は自分を侮りすぎだ」

「……………それはどういう意味ですか?」

「お前が【ソーマ・ファミリア】で培った観察力と状況判断能力は非常に高い。それに小人族(パルゥム)亜人(デミ・ヒューマン)の中でも視覚能力に優れている種族だ。なら、それに合う役割(ポジション)は――――」

弓兵(アーチャー)……………ですか? しかし、リリの腕前はからっきりです。ティヒア様や他の皆様方のように弓矢を扱えません」

後衛職である弓兵(アーチャー)ならリリの能力を存分に使える役割(ポジション)だが、リリの腕前では上層では通じても中層、下層では通じなくなる。

Lv的にも、リリ自身の腕前自身も……………他の誰よりも劣る。

「誰も弓矢を使えとは言っていない」

「はい?」

予想外な返答に目を点にするリリは指された腕輪(ブレスレット)に視線を向ける。

「『アコーディ』。それがその魔道具(マジックアイテム)の名前」

「ア、アコーディ……………?」

聞き返す様にその名前を口にすると、腕輪(ブレスレット)がリリの声に反応して輝きを放つ。突然のことにリリは咄嗟に瞼を閉じ―――光が止んだ頃に目を開ける。

そこで今の自分にリリはあらん限り目を大きく見開いた。

「な、なんなんですか!? これは!?」

驚きの声を上げるリリに付近にいるベル達も思わず、そのリリの姿に驚きと困惑を隠せれないなかで、セシルだけは同情と哀れみの眼差しを向けていた。

リリはいつものフード付きのローブではなく、踊り子を連想させる露出の多い戦闘衣(バトル・クロス)に右腕には籠手を装備し、左腕には籠手としては一際大きい上に円筒がある妙な形をした籠手だった。

「リ、リリ……………」

「ベル様!? こちらを見ないでください!!」

「ご、ごめん!!」

アマゾネスのような格好となるリリにベルは思わず魅入ってしまうが、リリの叫びに慌てて眼を逸らす。

リオグは眼福とぼやいているが、セシルとスウラが強引にリリから視線を外させた。

「団長様!? なんなのですか!? この姿は!?」

魔道具(マジックアイテム)、『アコーディ』の能力装備。所有者の声に反応して起動すると同時に所有者の恰好を変化させる魔道具(マジックアイテム)

「そういうことをリリは聞いているのでありません!? どうしてこのような恰好をしなければならないのですか!?」

淡々と能力説明をするミクロだったが、リリが聞きたかったのはそちらではなかった。

「アイカがリリはこちらの方が似合うって言ったから」

「あの人はぁぁぁああああああああああああああああああああああッッ!!!?」

18階層に響く少女(リリ)の心の叫びに、地上にいるアイカは満面な笑顔で親指を立てている姿を幻視した。

「安心しろ、リリ。それは見た目に反して高い防御力を持っていて、様々な耐性付与も施している」

「どうしてそう無駄に高性能なんですか!? 団長様、正直に申し上げまして貴方様の頭はおかしいとリリは思います!!」

うんうんとリリの魂の叫びにセシル、リオグ、スウラは感心するようにリリの言葉に頷いていた。

ベル達にいたってはもはや苦笑するだけ。

しかし、そんな叫びも虚しく終えてミクロは説明を続ける。

「右手のは普通の籠手。左手にあるそれは空気を吸収し、凝縮して衝撃波を放つ。威力の加減はリリの意思で左右されて『散弾』、『貫通』、『連射』という機能があるけど、まぁ、物は試しだ」

数十(メドル)先にある木を指すミクロは試し撃ちにしろとリリに告げる。

しぶしぶと言った感じにリリは何もかも諦めた様子で構える。

すると、円筒に空気が吸収されているのがわかる。

今、とリリは発射すると、円筒から衝撃波が放出されて標的(ターゲット)である木に風穴を開ける。

その光景に呆然とするリリ達にミクロは口を開く。

「使いこなせばLv.1のリリでもパーティでなら下層までは通じると思う。後は頑張って訓練するのみ。あ、魔剣のように砕けることはないけど、それ自体が壊れたら使えないからそれには注意」

注意事項を促すミクロに啞然とするリリはぽつりと呟く。

「……………リリは、常識はなんなのか、真剣に考える必要があると思いました」

その言葉を聞いたセシルは悟った眼差しでリリの肩に優しく手を置いた。

「……………私、思うんだ。強い人に限って常識という言葉が程遠いって」

これまでに多くの冒険者を見て、強者達に鍛え上げて貰ったセシルは一種の悟りを身に付けていた。

ミクロから教わり、シャルロット、アルガナ、バーチェからも徹底的にしごかれているセシルは思い出すだけでよく死ななかったな、と自分自身に感心すると涙が出てくる。

地上に帰還したら真っ先に(アイカ)の胸の中で思いっきり泣こうとセシルは決めた。

「そろそろ行こうか。せっかくだからリリもそれを使いこなせれるように下層のモンスターと戦おう。多少危険な方が上達も速い」

リリの心の中でバキバキと何かが壊れる音が聞こえた。

それに察したのか、セシルはリリを後ろから優しく抱きしめた。

 



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Three20話

リリルカ・アーデはミクロから渡された魔道具(マジックアイテム)『アコーディ』を装備し、ベル達の後方から支援していた。

しかし、アマゾネスのような恰好になったリリは羞恥心でいっぱいになり、涙目になりながらもヤケクソ気味に風の弾丸を連射させる。

その姿は溜まった鬱憤を晴らす様にベル達は見えた。

「ここだ」

そんなリリを気にもしていないミクロは20階層の食糧庫(パントリー)にある石英(クオーツ)、生え渡る農緑水晶の柱を殴って壊すと、そこに道が出現する。

「早く来い」

石英(クオーツ)は通常より速い速度で復元が始まるために、早く来るようにと促す。

リオグとスウラも手慣れたようにミクロの後に続き、その後ろをベル達が緊張と戸惑いを覚えながらも入って行く。

樹洞の内部は狭く、モンスターが産まれる気配もない。

先導するミクロが足を止めたのは清冽な蒼い泉があった。

「『ディーネ』」

ミクロは(ホルスター)から蒼い宝石が埋め込まれた指輪を取り出してディーネを呼び出す。

少女の姿を模したディーネを呼び出して、ミクロは命令を下す。

「この泉に穴を空けて欲しい」

「かしこまりました」

一礼し、命令に忠実に従うディーネは泉の水を操作し、泉の人一人が歩いて通れるほどの通路を作る。

「行くぞ」

泉に潜ることなくその先に進むミクロ達が待ち受けていたのは鍾乳洞に似た洞窟だった。

その奥にある狭い通路を進んで行くと、そこには特大の広間(ルーム)にいたのが―――

「久しぶり、リド。皆」

「おう、久しぶりだな。ミクロっち」

武装したモンスター……………否、『異端児(ゼノス)』達がそこにいた。

流暢に人語を話す蜥蜴人(リザードマン)のリドに初見のベル達は瞠目するも、ミクロはナイフと梅椿を取り出し、リドは曲刀(シミター)を構える。

瞬間、二人は激突した。

「今日こそはオレっちが勝つ!」

「今日も俺が勝つ」

互いに得物をぶつけ合わせ、怪物と人間は戦いが始まるなかで、状況についていけていないベル達はただ啞然する。

「リオグ、どうなると思う?」

「あー、団長が圧勝するのはわかるんだが……………そうだな、今日はリドが団長に一撃入れるでどうだ?」

「じゃあ、俺は一撃も入れらずにリドが負けるで」

そんなベル達を置いて二人は賭け事のような話を交わし、異端児(ゼノス)達の方からは声援ややじが飛ぶ。

「あ、あの~私達にも説明して欲しいのですけど……………」

「ああ、すまない。それじゃ団長達を置いて彼等のところに行こうか」

闘い合っている二人を置いてスウラはベル達と共に他の異端児(ゼノス)達のところに向かうと一体の異端児(ゼノス)が歩み寄ってきた。

「お久しぶりですネ。お二方、それと後ろにいる方々は初めましテ」

友好的な物腰で話しかけてきたのは竜女(ヴィーヴル)と同じく見目麗しい容姿を持つ異端児(ゼノス)

くすんだ金髪の長髪は全ての気先に青みがかかって、半身半鳥(ハーピィ)と同じく両腕に当たる前肢は美しい金翼で、同色の羽毛に覆われている下半身は長い両足の先端に鳥の爪を有していた。

恐ろしい怪音波を発し、冒険者の動きを束縛する醜悪なモンスターとは、目の前の歌人鳥(セイレーン)は掛け離れていた。

「よっ、久しぶりだな。レイ。今日はお前達のお仲間を連れて来たぜ」

金翼の歌人鳥(セイレーン)のことをレイと呼ぶリオグは後ろにいるベルの背後に隠れている竜女(ヴィーヴル)を指す。

「う…………」

視線を向けられた竜女(ヴィーヴル)は怯えるかのようにベルで姿を隠す。

レイはベル達の前に足を運んでペコリと頭を下げた。

「『同胞』を救ってくださり、ありがとうございまス」

「あ、えっと…………どういたしまして?」

戸惑うながらもそう返すベルにレイは微笑むとそれにつられるかのようにベルの顔が赤くなると、女性陣から冷ややかな視線を浴びてしまう。

そしてレイはベルの後ろに隠れている竜女(ヴィーヴル)に羽根の手を差し出す。

何度もためらって、怖がるように腕を伸ばし、おずおずと、静かに握る。

金翼の歌人鳥(セイレーン)は、その青色の双眸を細める。

「初めましテ、新たな『同胞』。ここで貴方ヲ虐げる者ハいませン。私達ハ貴方ヲ歓迎します」

少年達と同じように自分を受け止める『同胞』に、琥珀色の瞳が見開かれる。

優しさに触れ、存在を認められ、静かに涙を流した。

差し伸べられた柔らかい翼の指に涙を拭われ、少女の相貌に小輪の笑みが咲く。

その時、喝采が上がる。

「俺の勝ち」

「クソ……………オレっちの負けだ」

いつの間にか二人の戦いは終わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「夢か、これは……………」

「頬をつねって差し上げましょうか……………?」

ヴェルフとリリが呆然自失とした様子で呟く。

「飯だ、酒だ、どんどん出せ! 新しい同胞と、ミクロっちがやって来た今日を祝って!」

音頭を取るミクロと戦った蜥蜴人(リザードマン)のリドが声を放った瞬間、異端児(ゼノス)達は一層の盛り上がり―――――広間(ルーム)をびりびりと震わせる吠声を轟かせる。

振る舞われるダンジョン産の果実や木の実に薬草(ハーブ)、酒樽。より集められた魔石灯の眩い光を中心に作られるのは人と怪物の大きな輪だ。

「ちくしょう……………今日こそはミクロっちに勝てると思ってたんだがな」

「負けるつもりはない。それとその武器の調子は?」

酒を飲みながら悔しそうにぼやくリドの武器、曲刀(シミター)は以前にミクロがフェルズに頼んで渡して貰ったミクロの最高傑作の一つだ。

「おう! メチャクチャ使いやすいぜ! ありがとな、ミクロっち!」

「うん、よかった」

言葉を交わしてジョッキをぶつけ合う人間と怪物の二人の間には溝らしきものはなく、親しい友人同士のようだ。

「へへへ~でよ~、団長の力を借りたとはいえ俺もゴライアスを~」

既に酔っ払いとなっているリオグは近くにいた半身半蛇(ラミア)に自慢話をしては鬱陶し気に扱われていた。

「こんな酔えない酒は初めてだ……………」

酌をしてくれる大型級(トロール)。酒の力を借りて場を乗り切ろうとしてもまるで効果がない。

「そう? 私はもう慣れたよ」

若干遠い眼差しで酒を仰ぐセシルは普段からミクロに振り回されているせいもあってか、その順応能力は知らず知らずのうちに高まって、もう異端児(ゼノス)と普通に談話していた。

「セシル様も、少しずつ常識外れの方に……………」

味方だと思っていた人が知らず知らずの内に変わっていたことに若干落ち込む。

その隣で正座の姿勢を崩さない春姫はがちがちに緊張して卒倒間近である。

「まぁ、少しずつ慣れていけばいいさ」

そんな二人をフォローするように気さくに声をかけるスウラにベルは尋ねた。

「あの、団長達とリド、さん達の関係は…………?」

「友達さ。これ以上にないぐらいに簡単な答えだろ?」

小さく笑みを作り、答えるスウラは言葉を続ける。

「数年前に彼等、異端児(ゼノス)達と出会ってから今の関係さ。団長は彼等を地上の人間と同じように見ている」

既に異端児(ゼノス)達に囲まれているミクロを見据える。

「俺も初めは驚いたし、正直に言えば彼等を拒絶に近い対応をしていた。だけど、団長だけは違った。初見の頃から恐れることもなく彼等と手を交わした」

ギルドからの強制任務(ミッション)によって遭遇することになったあの日の事を懐かし気に思い出す。

「あの時の俺は団長の正気を疑った。この人は何を考えているんだってね。それは向こうも同じだったようだけど」

別の方向に視線を向けるとベルもつられてそちらを見る。

そこには石竜(ガーゴイル)人蜘蛛(アラクネ)一角獣(ユニコーン)の三人の異端児(ゼノス)達が時折こちらを訝しげな視線を向けている。

「あそこにいる彼等を始めは俺達や団長のことを信じてはくれなかったさ。そんなある日に石竜(ガーゴイル)、グロスが団長にこう問いかけたことがあった」

 

『ナラ貴様ハ、我々ト人間、ドチラノ味方ダ!?』

 

しつこくも会話を試みようとするミクロに憤りを覚えたグロスは叫ぶように問いかけた。

ミクロ達以外にも異端児(ゼノス)達に情を恵んだ冒険者や接触した者は少なからずいた。その度にリド達も希望を抱いた。

だが、最終的には誰もが人間の側に立った。

異端児(ゼノス)達を見捨てて、切り捨てた。

だからこの人間(ミクロ)異端児(ゼノス)達を裏切るとグロスは思っていた。

だが―――

 

『俺は両方の味方だ』

 

ミクロははっきりとそう答えを出して言葉を続けた。

 

『俺は絶対にお前達を見捨てたりも、裏切ったりもしない』

『フン! 言葉ダケナライクラデモ言エル! ナラ貴様ハ我々ト人間! ドチラ二モ危険二陥ッタ時、ドチラヲ助ケル!?』

『両方を助けるに決まっている』

当然のようにミクロは言った。

『確かに俺一人ではどちらかを助けるので精一杯かもしれない。だけど、俺には信頼できる家族(ファミリア)やグロス、お前達がいる。お前達が困っているのなら俺達はお前達を絶対に助けるし、俺達が困った時は助けに来てくれると信じてる』

『ソンナ言葉ガ信用デキルモノカ!?』

『今はそれでいい。だけど、これだけは信じてくれ』

ミクロは一拍開けてグロス達、異端児(ゼノス)達に告げる。

『俺は友達を絶対に見捨てない』

異端児(ゼノス)達を友達と告げるミクロはその言葉通りに、何度も異端児(ゼノス)達に危険が及んだ時助けた。

その身を犠牲にしてでも盾となって異端児(ゼノス)達を守り。

その身に多くの傷を負いながらも異端児(ゼノス)達を救った。

彼等を恐れることも、忌避することもなく、ごく自然に当たり前のように接するミクロの行動に人間に非好意的なグロス達も少しずつミクロの事を認めていった。

数年後にグロスは改めて問う。

『何故、貴様ハソコマデシテ我々ヲ守ル?』

『友達を助けるのに理由なんていらない。あってもそれだけで十分だ』

――――友達だから。

そんな理由で当たり前のように自分達を守ってくれるミクロにグロスはもう何も言えなくなった。

「………………………………」

ベルはスウラからミクロ達と異端児(ゼノス)達のこれまでの経緯を聞いて静かに思った。

団長(ミクロ)の背中はどれほどまでに遠いのだろう、と。



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Three21話

ベル・クラネルは憧憬を抱く人が二人いる。

それは自分達の団長である【覇者】ミクロ・イヤロスと【ロキ・ファミリア】の幹部を務めている【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

この二人に追いつきたい。この二人のように強くなりたいと。

ベルは己の弱さを呪い、悔やみ、ただひたすらに強さを求め続け駆け出してきた。

高みを目指してベルは恐ろしい速さでLv.3まで登り詰めてきた。

だけど、あの二人はどうだ?

アイズ・ヴァレンタインは『深層』の階層主を単独で討伐したLv.6の冒険者。

ミクロ・イヤロスはこの迷宮都市オラリオで二人しかいない最強の冒険者の一人。

全速力で走ってもその背中が見える気がしない。

ベル・クラネルは異端児(ゼノス)達との関係を聞いてそう思ってしまう。

視線をミクロに向ける。

モンスターの姿をしている異端児(ゼノス)達がミクロに向けているのは紛れもない親しみだ。誰一人悪意を持っていない。

団員からも異端児(ゼノス)達からも慕われている。

誰もが認める『英雄』とはミクロ・イヤロスのことを指すのかもしれない。

「………………………………ベル?」

僅かばかりに表情に陰が見えたことに心配そうに顔を覗き込んでくる竜女(ヴィーヴル)にベルは苦笑いを浮かべて「なんでもないよ」と答えた。

「………………………………」

隣に座っているスウラは少し言い過ぎたことに反省する。

ベルは本気で強くなろうとしている。

だけど、ミクロを目標にするにはあまりにも高すぎるのは自身が一番よくわかっているはずだ。

スウラはベルと同じLv.3の冒険者だが、ここまで登り詰めるのに苦労した。

スウラはオラリオの外で狩りで生活していたが、年々と減って行く森の生物に限界を感じて、自身の狩りの腕を活かしてオラリオの冒険者になろうと決意して迷宮都市オラリオへと訪れた。

そして、【アグライア・ファミリア】に入団したと同時にスウラはミクロを見て鼻で笑った。嘲笑したと言ってもいい。

今思えば傲慢な態度を取ってしまった過去の自分に悔やまれるが、あの時はまだ己が如何に矮小の存在だったかを知らなかった。

自分よりも年下な人間(ヒューマン)。それも小柄な体格でとても【ファミリア】を率いる団長には似合わなかった。

あの時は同じ種族であるリューが【ファミリア】の団長になるべきだと、リューに直談判したことさえある。

しかし、その時のリューはスウラに対してこう述べた。

『己の無知を振りまくのは止めた方がいい』

その言葉に怪訝した。いったい何が無知なのかスウラにはわからなかった。

だけど、その意味はミクロと共に生活することで判明した。

ミクロの実力を、その強さも、生き様も何もかもが自分の想像を遥かに上回る存在だと思い知らされた。

なによりも一番堪えたのは才能の差だった。

強くなったと思いきやミクロは自分よりも何倍の速さで距離を離していく。

どれだけ走ってもその背が見えなくなるかのように置いていかれる。

己の自尊心(プライド)を呆気なく壊すかのように。

そうなって初めてリューの言葉の意味が理解できた。

自分は如何に矮小であるかを思い知らされた。

今のベルはまさにその時の過去の自分と似ている。

才能という壁に打ち付けられて、その足を止めようとしている。

それは先輩としてして放っておけない。

「団長!」

不意にスウラに呼ばれて視線を向けるとスウラは微笑を見せながら団長であるミクロに告げる。

「ベルが団長の座を賭けて勝負したいようですよ」

「え…………ッ!?」

「受けて立つ」

「ええっ!?」

なにそれ僕知らない、と言わないばかりに視線を泳がせまくるベルにスウラはベルの背中をぽんと叩く。

「ベル、今の君の気持ちの全てを団長にぶつけるんだ。今は敵わなくてもいい。今はね」

「で、でも、僕なんかが団長に……………………ッ!?」

絶対に敵わない。それぐらい誰もが理解している。

それは勝手なことを言ったスウラもわかっていることだ。

「強くなりたいんだろう? なら、目標の人物がいかに強いかをその身で受けてくるべきだ」

スウラは何度も団長であるミクロに挑んでは返り討ちに会って心をへし折られてきた。

だけど、きっと、ベルなら何かを掴み取ってくれるかもしれないという淡い期待を抱いていないと言えば嘘になる。

「普段俺達を振り回してくれる団長に一泡吹かせてきてくれ」

その期待の中にちょっとだけ私怨も要れていないこともない。

「ベル」

もう臨戦態勢であるミクロはベルを手招きしている。その隻眼には少しだけ燃えている気がしてならない。

お前なんかに団長の座を渡すと思ってんのか? そんな瞳だ。

もうミクロと戦うことは決定事項のようにベルは観念して立ち上がり、ミクロと対峙するように前に立つ。

「いっよっしゃ! やっちまえ、ベル!! ハーレムを形成している団長の顔をボコボコしちまえ!!」

「ベル様! 無理はなさらぬように!」

「頑張れよ!」

「ベル様! 頑張ってください!」

「ベル! お師匠様は体が最硬金属(オリハルコン)並みだからね! 攻撃の手を緩めたら負けるよ!」

咤激励を貰い、ベルは相棒である二振りの片手直剣の『ラパン』と『ルベル』を握りしめる。それに対してミクロは得物を持たず呆然と立っているだけ。

「来い」

その言葉と同時にベルは驀進した。

両手に握る相棒達で斬撃をミクロに叩きつける。

「遅い」

「!?」

しかし、まるでどこから攻撃がくるかわかっているような僅かな身動きでベルの攻撃を躱した。

相手にもされていないかのようにベルは悔しさで歯を噛み締めては全身に力を入れる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッッ!!」

怒声を上げながら残像を残すかのような自身が持てる限りの速度を持って何度も得物を振るうにベルに対してもミクロは冷然とした対応でその攻撃を躱していく。

今の自分ではこの人に武器さえも掴ませることが出来ないのか、と己の脆弱さに悔やみ―――ベルは加速した。

片手直剣である『ラパン』と『ルベル』は短剣ぐらいの大きさに形状が変化した。

武器が今のベルにとって最適な大きさへと変化すると、ベルの息をする暇もないぐらいの怒涛の攻めを繰り返す。

そして――――

ミクロはそこで初めて得物を手にする。

「強くなった」

それは紛れもない称賛だった。

「だけど、軽い」

「ガッ!?」

軽装の上から拳撃を受けて吹き飛ばされるベルは壁に激突する。

「ベル。お前は己の殻を打ち破り、冒険して強くなった。だが、お前が目指すべきこの場所はそう簡単に辿り着ける場所ではない」

ミクロが今の場所に辿り着くまで多くの冒険をしてきた。

だけど、それはベルも理解している。

「わかっていますよ! それぐらい! それでも、それでも……………僕は」

その高みに手伸ばしたい。そこに辿り着きたい。

この人のようになりたい。

『英雄』になりたいのだ。

「……………………ベル、舐めるな」

『っ!?』

殺気がこの場を支配した。

ベルだけじゃない。セシル達や異端児(ゼノス)達もミクロの殺気に怯み、怯えている。

「お前は確かに強くなった。恐ろしいほどの速さでLv.3になれたのはお前の努力の賜物だ。だけど、冒険者になって半年も経っていない奴が俺と同じところまで辿り着けると本気で思っているのか?」

ミクロも五年と少しという恐ろしい速さでLv.7まで辿り着いた。

だけど、それまでに数多くの困難を乗り越えきた。

そこで二回も命を落とした。

「俺も冒険者だ。今の場所に満足した覚えはない。お前が悩んでいる間にも俺は更なる強さを手に入れて、どんな敵からでも家族(ファミリア)を、友達を、異端児(ゼノス)達を護る」

ミクロは一拍空けてベルに問う。

「ベル・クラネル、お前に問う。大切なものを守る代わりに何かを切り捨てる覚悟はあるか?」

それは『英雄』の『器』を生まれ持って誕生した少年がその『器』を掴み取ろうと足掻く少年に向けての問い。

残酷な現実のなかで取捨選択に責められた際に決断しなければならない覚悟。

ミクロはアグライアにそして家族(ファミリア)に身命を捧げている。

敵と判断したものは相手が誰であろうと倒す。

「僕は…………………団長やアイズさんのように強くなりたいです」

「ああ」

「でも、その為に何かを切り捨てなければいけないのは嫌です」

「その考えはいずれより多くの人を犠牲にすることになる」

「そうしないように互いを助け合うのが仲間でしょう?」

「現実は常に残酷だ。全てを救える英雄など存在しない」

――――そう、存在しない。

全てを救える英雄が存在するのならミクロは家族を失わずに済んだのだから。

「……………………僕はそうは思わない」

だけど、ベルはそれを否定した。

「どうしてそう言い切れる?」

「おかしいじゃないですか…………? 何かを救う為に何かを切り捨てるなんて英雄じゃない。僕の知っている英雄はどこまでも強くて、聡明で、どんなに手を伸ばしても届かない場所にいる。そんな人が初めから何かを切り捨てる覚悟をするなんておかしいじゃないですか!?」

吠えるベル。

瞠目するミクロ。

「何かを成し遂げようとしてその結果で何かを切り捨てなければいけないことがあることぐらい僕でもわかります!! でも、それは全てを救おうと必死に足掻いてそうなってしまっただけでしょう!? 初めから切り捨てる覚悟を持つなんてそれは英雄じゃない!!」

そうだ。

ミクロもそうだった。

努力し、知恵を巡らせ、対策を取って、全てを救おうと頑張った。

それでも、両手の指の間から零れ落ちることもあった。

大丈夫と思った矢先に母親が死んでいた。

全ての決着が終えて父親は死を望んだ。

だけど、それは結果的にそうなっただけだ。

ミクロは両親を救おうと必死になって頑張った。

「僕は団長のように全てを救える為に頑張れる『英雄』になりたい!」

己の想いを吠えるベル。

背中が燃えるように熱い。

そして、ベルの憧憬に、想いに応えるように相棒達に炎が宿る。

誰もが、突然のその光景に目を奪われた。

『ラパン』は銀色の炎を宿し、『ルベル』は灼熱の赤い炎を宿す。

その光景を目撃したミクロはぼやいた。

「……………………そうか。遂に持ち主を認めたか」

ベル達の武器は生きている。

その想い、願いに応じて強くなるその武器もベルと共に強くなりたいと望んでいる。

「これは……………」

その炎は熱くない。むしろ心地よく感じる。

「ベル・クラネル」

己の武器の変化に目を奪われていたベルは顔を上げてミクロを見る。

ミクロは己の得物を握りしめて、ベルに告げる。

「本気で来い。その結果で万が一に俺に傷をつけられることができたらお前を幹部にしてやる」

唐突に言葉に目を見開くベルは口角を上げて頷く。

「はい! 勝負です! 団長!」

「ああ」

『英雄』になろうとする少年は今、己の憧憬に人に向かって駆け出す。

 



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Three22話

『英雄』になろうと足掻く少年(ベル)は『英雄』の『器』を持って誕生した少年(ミクロ)に向かって駆け出した。

その両手に握り締めているのは憧憬であるミクロから頂いた専用武器(オーダーメイド)。二振りの片手直剣は短剣ぐらいの大きさに形状を変えて更にはベルの憧憬――想いに応えるように白銀と紅の武器に炎が宿る。

駆け出してくる少年にミクロは『リトス』から水晶を取り出して空に投げる。すると、水晶が輝きと共にベルとミクロを中心に結界が展開される。

魔道具(マジックアイテム)『アギオ』。

対象を中心に結界を展開させて入る事も出ることも叶わない。その結界は魔法でもビクともしない堅牢さを誇り、誰にも邪魔をされる心配もなく心行くまで戦いに専念できる。

言ってしまえばこの魔道具(マジックアイテム)は決闘用の魔道具(マジックアイテム)

この結界内にいる限りは不用意にヴェルフ達や異端児(ゼノス)達を傷付けることもない。

「見せてもらうぞ、お前の、お前達の成長を」

ミクロはベルに与えた武器がベルの想いに応えて成長した『ラパン』と『ルベル』には銀色と赤い炎が宿っている。

その性能、効果を拝見させてもらおうとミクロは背中に意識を向ける。

すると、ミクロの背中から金属でできた二翼が展開された。

半身半鳥(ハーピィ)歌人鳥(セイレーン)などの羽毛が金属的になったような翼だ。

その金属の翼から『魔力』が感じられた。

「行くぞ」

「!?」

金属の翼から放たれたのは硬質的な無数の刃が一斉にベルに襲いかかる。

魔道具(マジックアイテム)『ガン・ボリヴァス』。

金属の翼を展開させてそこに『魔力』を流し込むことで魔力の刃を放つ。遠距離用の魔道具(マジックアイテム)だ。

『魔力』が高ければ高いほどにその刃の威力・数は増す。

狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)が体内で生成する金属質の射撃弾を元にミクロが考案、作製したこの魔道具(マジックアイテム)はモンスターを容赦なく殲滅することもできる。

堅い甲殻を持つモンスターでさえも貫く刃は人間であるベルが直撃したらただでは済まない。

迫りくる無数の刃。それに対してベルは両手に持つ炎を纏う相棒達を振るった。

相棒達から放たれる爆炎は無数の刃を一瞬にして燃え散らした。

その爆炎はクロッゾの魔剣ほどではなくとも下手な炎の魔剣よりも高火力を発揮し、ベルの脚はミクロに迫る。

「なるほど。凄い」

「ああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

炎が宿る相棒達での連続攻撃。際限のない怒涛の連撃が火蓋を切った。

その刃と炎に想いを込めて憧憬する人に自分の全力をぶつける。

しかしながら【覇者】は揺るがない。

炎を宿すミクロの相棒達による連続攻撃を己の得物で全て受け流していく。

数々の偉業を成し遂げてきたミクロにとってこの程度は脅威でもない。

知っている。

それぐらいベルでも嫌という程に知っている。

だからもっと強く、速くならないとこの人(ミクロ)には届きもしない。

己の思考を置き去りにするほどに加速する。

速く、どこまでも速く、何よりも速く。鮮烈な猛攻を繰り出すだけではベルは止まらない。

それよりも速くなるためにベルはもう一つの魔道具(マジックアイテム)を発動させた。ベルの身体に電撃が迸ると同時にベルの速さは更なる加速を見せる。

18階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』でミクロから貰った魔道具(マジックアイテム)『レイ』を使用して一時的に身体能力を上げた。

「―――――――――――っ」

体中に軋む音と激痛がベルの顔を歪ませる。

無理も無い。本来ならその荒技は高い耐久力と適応能力を有するミクロだからできるものでミクロ以外の人が使えばその激痛で悲鳴をあげてもおかしくはない。

それでもベルは唇を強く噛み締めて耐えながらも先ほど以上の連撃をミクロに叩きつける。

その速さは遠目から見ているヴェルフ達ではもはや目視も叶わない。

速さだけなら第一級冒険者と遜色もない加速力だ。

それでも【覇者】には届かない。

全力の最大最速の連撃を悉く受け流していくミクロにはまだ傷一つも負わせられていない。

これが【覇者】。

これが都市最強の一角。

これがLv.7。

驚愕、悲嘆、諦念、絶望。

その圧倒的な存在の前にベルの体中であらゆる負の感情が溢れ出てくる。

この人にはどう足掻いても届かないのか?

そう考えてしまう自分がいる。

「ふざけるな……………………」

ベルはそんな弱音を吐いて捨てた。

憧憬するこの人の背中が見えないぐらいに遠い。

だからどうした。

こんなにも全力を出しているのにどうして届かない。

なら、届くまで手を伸ばし続けるだけだ。

―――強くなりたい。

無力を自分を超える為に。

強くなって英雄のように。大切な何かを、大切な誰かを守り抜ける、英雄のように。

―――僕は。

英雄に、なりたい。

その純粋なまでの想いがベルを強くさせる。

「火力が上がった………………?」

炎の火力がベルの猛攻の度に上がっていく。際限なく、どこまでも燃え上がる猛火となってミクロを攻め続ける。

「!?」

そこで初めてミクロは己の盾『アルギス』でベルの攻撃を防いだ。

受け流すなどではなく完全に防いだ。

「【ライトニングボルト】!!」

防御に入ったミクロの僅かな隙をベルは逃すことなく己の魔法を炸裂させる。

轟く雷。ベルの速攻魔法による『魔法』の連射、その数は十を超える。

その一発がミクロに直撃するもミクロは無傷。

「惜しい」

「ぐぅ…………」

その結果に悔しそうに歯噛みするベルは忘れていたわけではなかった。

ミクロの最も脅威と呼べるものはその異常なまでの耐久力だ。

素手での攻撃は勿論のこと、並大抵の攻撃ではミクロに傷一つ負わせることができない。

それもただ耐久力が高いわけでもない。

ミクロが持つレアアビリティ『適応』。

一度その身で受けたものに適応して無効化することができる。

毒はもちろん、炎も雷もミクロには効かない。

ミクロの損傷(ダメージ)を与えるには並み以上の攻撃を行わなければならない。

手数と速度で戦うベルとでは相性はよくない。

ベルは地面を蹴って大きく距離を取った。

「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」

呼吸が荒い。全身の筋肉が悲鳴を上げている。向こうは受けに徹しているのに攻撃を行ったこちらが損傷(ダメージ)を受けているようだ。

「この程度か?」

『アルギス』を展開させた状態でその場から動く気配がない。

恐らくは受けに徹するのだろうと何となくではあるがベルはそう思った。

ヴェルフ達も異端児(ゼノス)達も二人の闘争をただ黙って見守る中でベルは呼吸を整えて右腕を前に突き出した。

リン、リンと(チャイム)が鳴る。

ベルの右腕に帯びるのは純白光、集束するのは光の粒子。

英雄願望(アルゴノゥト)】。

ミクロを倒すにはもうこれしかないとベルは踏んだ。

体力、精神力(マインド)の全てをつぎ込んで最高出力の一撃を放とうとする。

時間と共に蓄力(チャージ)されていくなかでミクロは動かない。

その行動は別にベルを甘くみていたり、舐めているからではない。

これから放つであろうベルの渾身の一撃を正面から打ち破る為になにもしない。

蓄力(チャージ)すること三分。時は満ちた。

視界の中央に位置するは憧憬のあの人、ミクロに己の最高最大の一撃を放つ。

放つ直前で相棒達の炎が意思を持っているかのようにベルの右腕に巻き付く。

その炎が共に戦おうと言っている気がしてベルは小さく笑みを見せた。

「行くよ」

相棒達に一声、狙いであるミクロに照準し、砲声する。

 

「ライトニングボルトォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

白い稲光とともに凄まじい轟音を撒き散らしながら、大炎雷は撃ち出される。

ベルの全てをつぎ込んだその一撃をミクロは避けない。

その手に黄金の長槍を強く握りしめる。

「本当に、強くなった」

ミクロはベルが放った渾身の一撃をその槍を持って破壊した。

「え?」

その光景に唖然とするベル。

自分の全てをつぎ込んだはずの最大の一撃がたった一突きで理不尽なまでに壊された。

霧散されていく稲光。消えていく最大の一撃。

ミクロの手に持つその黄金の槍がその稲光を嘲笑うかのように輝いて見える。

「この槍は全てを破壊する。それが魔法であってもだ」

ミクロが持つ槍に付与されているのは『破壊属性(ブレイク)』。その槍の前ではどんなに強力な魔法でも無慈悲に破壊する。

「そ、んな……………………」

限界を超えてベルの意識は遠くなり、膝をつく。

前のめりに倒れるベル。そんなベルにミクロは告げる。

「もっと強くなれ、ベル・クラネル。頂点の更にその上で俺は待つ」

気を失うベルの前にミクロはそれだけを告げた。

 

 



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Three23話

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)黄昏の館。

迷宮都市オラリオで三大派閥の一角である【ファミリア】。

その主神であるロキと団長のフィンが今帰ってきた。

「ロキ、早速だが僕は自分の部屋に戻るよ」

「了解や」

【アグライア・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』。

その日取りと内容の詳細を決める話し合いから帰ってきたフィンとロキ。

フィンは早速その内容を羊皮紙に纏めようと自室に向かう。

「フィン、戻ってきたか」

「ただいま、リヴェリア」

その途中で【ファミリア】の副団長であるリヴェリアと遭遇した。

「話は纏まったのか?」

「まあね。彼女達が苦労しているのがよくわかったよ」

「………………何の話をしてきた?」

苦笑しながら告げるフィンの言葉に怪訝するリヴェリア。

戦争遊戯(ウォーゲーム)』の内容は割と早く決まったのだが、その後でフィンとロキはセシシャに掴まって本人が満足するまでミクロに関する愚痴を聞かされた。

それはもう溜まるに溜まったものを吐き出すかのように。

その話を聞いてミクロは団員達を振り回しているのがよくわかった。

団員達に苦労するフィン達首領陣とは違い、向こうは団長に苦労する団員達だ。

戦争遊戯(ウォーゲーム)の日取りは今から一週間後、オラリオの外で行われる。細かいところは神会(デナトゥス)で変わるかもしれないけど僕達と彼等の【ファミリア】の規模を考えれば大きな変化はないだろうね」

「そうだろうな…………」

互いに大規模の【ファミリア】。

それで全団員が参加する総力戦ならオラリオの外でないと存分に戦えないだろう。

それにはリヴェリアも納得できる。

「勝負形式は?」

「互いのエンブレムを掲げた旗取り合戦。ロキはスクランブル・フラッグって言っていたよ」

互いのエンブレムが描かれた複数の団旗を広大な領域(フィールド)に設置して制限時間内にどちらが多く獲得した【ファミリア】が勝利する。

大規模の【ファミリア】である両派閥だからできる戦争遊戯(ウォーゲーム)だ。

広大な領域(フィールド)のどこに団旗を隠すか、守るか。

そこに割く団員の数は? 奪取に向かう団員は誰か?

団長の采配や戦術によって戦況が大きく変化する。

その勝負形式を聞いたリヴェリアは顎に手を当てて妥当の内容だと判断する。

単純な実力だけでは勝敗は決まらない内容。【ファミリア】の素質と団長の采配が試されていると言ってもいい。

「だけど彼は、ミクロ・イヤロスは指揮を誰かに任せて単身で僕達、もしくはアイズ達に向かってくるはずだ」

フィンは既に勝負のことについて考えて相手の行動を読んでいる。

「正気か…………?」

「いや、彼にとっては信頼だ。自分が好きに動いても誰かが指揮を取ってくれるという信頼の証だ」

ミクロ・イヤロスの性格を冷静に分析して口にするフィン。

しかしそれも間違っていない辺りが流石と思いたい。

ミクロが単身でこちらの主戦力を打倒すればそれだけ【ファミリア】全体の士気にかかわるし、逆に向こうの士気は上がる。

それを考えて行動するではなく勘で行っているあたりが恐ろしいものだ。

「彼は強い。僕達の想像を遥かに超えるほどに」

「……………………」

その言葉にリヴェリアは何も答えない。

ミクロ・イヤロスの実力をこの眼でしかと見たからだ。

五年と僅かでLv.7まで到達した。その実力、その才能、その素質はリヴェリアの眼から見てみてもまだ底が見えない。

「ところでアイズ達は?」

「ティオネとティオナは中庭で組手をしている。ベートはガレスが付き合っている。アイズは…………ダンジョンだ」

「いつも通り、か」

こちらもいつも通り熱が入っている幹部たちにやれやれと肩を竦める。

だがしかし、それも無理もない。

今回ばかりは熱が入るもフィンでもわかる。

彼等はフィン達以上にミクロの凄さを目の当たりにしてきたのだ。

アイズも、ティオナも、ティオネも、ベートもミクロの凄さを目の当たりにしてやる気を出している。

特にアイズとベートに関しては一度はミクロと戦っている。

今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)では誰よりも熱が入っていることぐらい簡単に予測できる。

勿論、恐ろしいのはミクロだけではない。

ミクロが凄ま過ぎて影で隠れがちだが、ミクロの団員達も強い。

元【アストレア・ファミリア】の【疾風】のリュー・リオン。

オラリオの外からきた【カーリー・ファミリア】のアルガナ・カリフとバーチェ・カリフ。

ベートと同じ狼人(ウェアウルフ)でLv.5のリュコス・ルー。

犬人(シアンスロープ)のティヒア・マルヒリー。

同胞の小人族(パルゥム)のパルフェ・シプトン。

新しく幹部に昇格したミクロの弟子セシル・エルエスト。

【イケロス・ファミリア】団長ディックス・ペルディックスとその団員。

そして、このオラリオで前代未聞の成長と話題を集めているベル・クラネル。

それ以外にもミクロの影で隠れがちだが強者ばかりだ。

当然フィンも負けるつもりは微塵もなく、油断する気もない。

「…………………フィン。何を考えている?」

思考に耽る【勇者(ブレイバー)】の些細な変化にハイエルフは気付いた。

リヴェリアの厳しい声音と眼差しにフィンは観念したかのように話した。

「アイズやベート達には悪いとは思うけど…………ミクロ・イヤロスは僕が倒す」

勇者(ブレイバー)】はハイエルフに宣言した。

「…………………野望の為に、か?」

「ああ、彼はこのオラリオだけではなく世界中に認められているほど強い。その強さを僕が越えることができたら一族の再興にまた一歩近づける」

フィンは一族の再興の為にオラリオに訪れて冒険者となった。

その野望に全てを捧げて生きてきた。

そして、公の場で人気上昇中の【ファミリア】の団長であるミクロを打倒することができれば更に小人族(パルゥム)の励みとなるはずだ。

「……………………難しいぞ? 彼の強さはお前も知っているだろう」

「……………………そうだね。今では僕よりもLv.は上だ。だからこそ越えたい、いや、越えなければならない」

遠征を共にした仲でその実力は把握している。

負ける可能性の方が高いだろう。だが、そうでなくては超える意味がない。

ミクロを呼び出すのは簡単だ。

彼は呼び声に必ず応える。こちらから勝負を申し込めばこちらの意図を汲み取って一対一で戦うのもミクロの性格を考えたら難しいことではない。

ミクロを野望の踏み台にしようとしているフィンは自分が『人工の英雄』だと気づいているし、認めている。

主神にかけあって【勇者(ブレイバー)】の二つ名を拝命して貰ったのがいい例だ。自分が望む名声を手に入れる為の手段にして過程。無論、名声に偽りがないようにフィンは振る舞い、信念と強さを示してきた。

名実共に【勇者(ブレイバー)】と認められるよう努力を重ねてきたつもりだ。

だが、それは全てフィンがそうなるように画策したものだ。

フィン自身が作り出してきた虚影であり、フィンは英雄ではなく、『奸雄』。

彼、ミクロ・イヤロスのような『英雄』ではない。

人類を救い、手を差し伸べ、未来に導く。それが【覇者】、それがミクロ・イヤロス。

言うなればミクロは『未来の英雄』だ。

そんな英雄に『人工の英雄』であるフィンが勝てるのか? いや違う。

勝たなければならないのだ。

「彼に勝つには僕は僕自身を超えなくてはならない」

フィンは『理想』という言葉を口にしない。『野望』という言葉を使う。

自分にとって、『理想』という言葉は鼓舞や激励に用いるためだけの道具(ツール)であり、決して本気にいてはいけないものだと自覚しているからだ。

「僕は僕の野望の為に彼を、ミクロ・イヤロスを倒してみせる」

アイズ達同様にフィンもまた戦争遊戯(ウォーゲーム)に熱を入れている一人だ。

そんな【勇者(ブレイバー)】をハイエルフはどこか悲しげに見ていた。



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Three24話

ここで一つミクロ・イヤロスについて振り返ろう。

ミクロ・イヤロス。

幼少の頃から迷宮都市オラリオの路地裏で生活していた彼はゴミ箱をあさり腐りかけの食べ物を食べ、泥水を啜って生きる毎日を過ごしていた。

薄汚く、薄暗い路地裏で今日を生きるのに必死だった彼は血の気の多い冒険者のストレス発散の道具として暴力を振るわれる。

そんな日々を過ごす中で彼は自分の人生はこの路地裏で終わるのだろうと思っていた。

そこに女神アグライアと出会うまでは。

ミクロはアグライアと出会い、彼女から世界の美しさを教えてくれた。

絶望しかなかったミクロの光となってくれた。

それがアグライアとの出会い、そして【アグライア・ファミリア】の誕生である。

それからミクロはアグライアの眷属となり、彼の冒険が始まった。

アグライアの神友である【ミアハ・ファミリア】に所属しているナァーザと出会い、路地裏でミクロを道具のように暴力を振るっていた冒険者を痛めつけているところに【アストレア・ファミリア】に所属しているリューと出会う。

リューから様々なことを教わるミクロは仲間を殺されたことで復讐に走るリューを止めて、代わりに自分がその【ファミリア】を壊滅させた。

その際左眼を失ったがミクロは気にしていない。

リューは【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)。新しい生活が始まる中でミクロは【ザリチュ・ファミリア】に所属しているティヒアと出会い、共にダンジョンで冒険する際、怪物の宴(モンスター・パーティ)が起きる。

それを乗り越えた矢先、今度は強化種のオークと遭遇(エンカウント)。ミクロは自分の持つ全てを用いて強化種のオークを打倒。

この時、ミクロは【ランクアップ】。最速記録を叩きつける。

魔導書(グリモア)を読んで魔法も獲得、『発展アビリティ』も加えて神々からミクロへ【隻眼の暗殺者(ドロフォノス)】という二つ名が与えられた。

それからもミクロはリューとティヒア。更に新たにリュコスを仲間に加えて冒険を続け、解散した【リル・ファミリア】に所属していたパルフェを仲間に加える。

Lv.3となったミクロは『神秘』の『発展アビリティ』を獲得する。

ミクロがLv.3となって【アグライア・ファミリア】の入団希望者が一気に増えた。

更には【ディアンケヒト・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝利したミクロは新しい本拠(ホーム)を建てる。

それが『夕焼けの城(イリオウディシス)』。

増えた団員、新しい本拠(ホーム)。ミクロは新たな気持ちで冒険が始まるのだが。

【シヴァ・ファミリア】

最強の派閥であったゼウス・ヘラの【ファミリア】に滅ぼされた最悪の【ファミリア】。そして、ミクロの両親が所属していた【ファミリア】。

オラリオの破壊を目論んでいた【シヴァ・ファミリア】の脅威がミクロ達に降り注ぐ。

破壊に快楽を覚えた【シヴァ・ファミリア】にミクロはリュー達を人質に取られて命を落とすが、突如現れた魔法陣によって息を吹き返す。

そして【シヴァ・ファミリア】刺客を見事打ち倒してミクロはLv.4となった。

その後、ミクロは父親であるへレスと街中で遭遇。

その時、自分の存在がどういうものなのか、自分の母親のことについて知る。

ギルドから『強制任務(ミッション)』が下され、ミクロ達は24階層でフェルズと出会い、ミクロは自分は愛されていることを知り、涙を流す。

自分のことを受け入れつつミクロは冒険を続け、歓楽街でアイカを身請けし、その後、セシルを弟子にした。

この際ミクロの二つ名は【覇者】へと変わった。

順調に到達階層を増やしつつミクロはLv.5に到達する。

【ランクアップ】し、ミクロはアイズと再戦、勝利を収める。それからも弟子であるセシルを鍛えつつ【ファミリア】の為に貢献している時、ミクロの前に再び【シヴァ・ファミリア】が姿を現した。

【シヴァ・ファミリア】の中で最も優れた者達、『破壊の使者(ブレイクカード)』の一人、エスレアはミクロを鍛える目的で姿を現した。

家族(ファミリア)を守る為にミクロはそれを了承、エスレアの下で己を鍛えて、最後には自分を鍛えてくれたエスレアに勝利し、ついにLv.6へと到達した。

Lv.6となって冒険を続けるミクロの前に主神であるアグライアが勧誘した少年、ベル・クラネルと出会う。

兔のような印象を与えるベルはダンジョンに出会いを求める為に冒険者を目指していたらしい。

ミクロは団長として面倒をみつつ、セシルと共にベルも鍛える。

そこに【シヴァ・ファミリア】である破壊の使者(ブレイクカード)の一人ジエンと出会い、ミクロは己の運命に悩まされる。

そんなミクロを守る為にリューはジエンと戦い、ミクロの手助けもあって勝利することができた。

そのジエンは同じ破壊の使者(ブレイクカード)であるキュオに殺され、キュオもまたミクロの手によって永い眠りにつく。

【ロキ・ファミリア】との遠征から地上に帰還してすぐにミクロの前に死んだはずのシャルロットと出会い、涙を流した。

失った時間を取り戻すようにミクロは母親と一緒の時間を過ごすも、悲劇は起こった。

シャルロットの死という残酷な現実。

心がなかったミクロ。アグライアに拾われてその心ができたミクロに初めて負った傷は母親の死。

その傷を家族(ファミリア)が埋めてくれた。

ラキア王国の侵攻。その時、ミクロは自分の父親であるへレスと戦う。

戦争奴隷だったへレスはシャルロットと仲間達共に理不尽なこの世界を変える。その理想の為に戦い続けてきた。

犠牲を払いながらも、死んでいった仲間達の為に戦うへレス。

家族(ファミリア)の為に戦うミクロ。

二人は互いが背負う信念と覚悟をぶつけあい、最後はミクロが勝利した。

へレスは強い。理想の為ならばと家族さえ切り捨てようとした。

だができなかった。

家族を愛する想いだけは捨てることができなかったへレスはミクロに敗北して最後は自分の息子の手によってあの世にいるシャルロットと仲間達の元へ逝く。

そして、へレスを倒したミクロはオラリオでオッタルに続くLv.7へと到達した。

ミクロは過酷な運命からも逃げず、立ち向かい己を貫き通してきた。

彼を知る者なら誰もが彼をこう言うだろう。

彼は正真正銘の『英雄』だと。

生まれつき『英雄』としての『器』を持ち、その武勇は多くの人を惹き付ける。

僅か五年と少しの歳月で二大派閥から三大派閥まで登り詰めることができたのは紛れもない彼の実力。

彼なしに【アグライア・ファミリア】は成立しないだろう。

オラリオでもミクロを知らない者はいない。

故に神々は彼に新たな二つ名を授けることにした。

それは【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)の詳細を決める為に摩天楼施設『バベル』で緊急招集した神々の一人がそう提案してこの場にいる全ての神々がそれに同意した。

それともう二人、話題を集めている冒険者、ベル・クラネルとセシル・エルエスト。

その知名度・話題は流石にミクロよりは劣るも、ミクロの記録を塗り替えた世界最速兔(レコードホルダー)であり、前の【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)で活躍したベルとミクロの弟子でかの【剣姫】と同じ一年で【ランクアップ】を果たした大鎌使い。

ベル同様に【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)で活躍し、一躍その名を上げたセシル。

神会(ディナトゥス)で神々は彼等に新たな二つ名について盛り上がり、決めた。

神から賜った三人の新たな称号。

 

セシル・エルエスト。二つ名を【戦鎌の覇姫(ヴァイナ・リッパー)】。

 

ベル・クラネル。二つ名を【白雷の兔(レイト・ラビット)】。

 

そして―――

 

ミクロ・イヤロス。二つ名を【覇王(アルレウス)】。

 

神々から賜った新たな二つ名を知るのはもう少し先の話になる。



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Three25話

迷宮都市はかつてない賑わいを見せる。

尋常じゃない熱気と興奮が溜め込まれていた。

人も、獣人も、エルフも、一般人も、商人も、冒険者も、大人も、子供も、神々さえ例外なく今か今かとその時が来るのを待ちわびていた。

遂に訪れた【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)

数々の偉業を成し遂げ、その名を世界に轟かせた【ロキ・ファミリア】。

瞬く間に名を上げ、その名を世界に知らしめた【アグライア・ファミリア】。

三大派閥の二派閥による戦争遊戯(ウォーゲーム)を誰もが楽しみにしている。

戦闘形式(カテゴリー)――――旗取り合戦(スクランブル・フラッグ)

オラリオの外、以前にラキア王国が侵攻していた土地を利用して両派閥は自派閥のエンブレムが描かれた団旗を指定された場所に固定し、制限時間内に団旗を多く破壊した【ファミリア】が勝利する。

オラリオでは酒場や大通り、中央広場(セントラルパーク)では人が溢れ、『神の力(アルカナム)』―――――千里眼の能力を有する『神の鏡』を見て、既に戦場に配置されている両陣営に注目している。

どちらが勝つ、か。商人や冒険者達は賭博を行い、自分が賭けた派閥の勝利を願う。

開始の合図が鳴るまで両派閥は最後の確認を終わらせようとしていた。

 

 

「団旗の数は両派閥二十本。これを如何に効率よく破壊するかが今回の肝だな」

「だね。だけどそれは彼等にとっても同じだ」

【ロキ・ファミリア】の仮拠点。そこでこれから始まる戦争遊戯(ウォーゲーム)に対する最後の確認を行っていた。

「彼がどんな手を打ってくるのかも未知数。むしろ、手の内が知れている僕達が現状は不利かもね」

共に遠征をした間柄だが、【アグライア・ファミリア】にはミクロ・イヤロスが作製する魔道具(マジックアイテム)がある。

どんなものが出てくるのかわからない以上は用心した方がいい。

「というわけにはいかない」

のだが、フィンはそれを否定した。

未知に用心したところでミクロ・イヤロスが手を緩めるような真似も、油断するようなことは決してない。

守りに入るのは下策。なら、攻めるしかない。

「リヴェリア。今回は君にも動いて貰うよ」

「元よりそのつもりだ。彼等は油断できない」

リヴェリアもフィンと同じ考えに至ったのだろう。だからフィンの言葉に首を縦に振った。

「ガレス。君には―――」

「わかっておる。儂はいつも通りじゃろう?」

「ああ、頼りにしてるよ」

首領陣は話し合いを終わらせて自派閥の団員達を集め、フィンは団員達の前で口を開く。

「皆、聞いてくれ。今回僕達が戦う相手は紛れもない化物揃いだ。僕達が何十年もかけて辿り着いた場所を彼等はたった五年と少しでやってきた。はっきり言おう、彼等は強い」

首領の言葉に萎縮する者、首を下に向ける者、生唾を飲み込む者など様々な反応が見え隠れするなかでフィンは言葉を続ける。

「だが、それは僕達も同じだ」

フィンは小さく笑みを見せる。

「思い出して欲しい。僕達がこれまで何と戦ってきた? 自分達より強大な敵と戦い、勝利を収めてきたはずだ。自身の全てを出し切り、命を賭け、自分よりも強い強者と立ち向かい、勝ってきた」

フィンの言葉が団員達の顔を上にあげる。

「今回も変わらない。彼等という強大な相手と戦い、勝利する。ただそれだけのことだ」

フィンは手にした槍の矛先を空に向ける。

女神(フィアナ)の名に誓って、君達に勝利を約束しよう」

毅然とした声音で断言し、その強い意思の眼差しに【ロキ・ファミリア】の団員達は心が奮える。

 

 

一方【アグライア・ファミリア】の仮拠点では。

「ん、指示した人以外は好きに動いて」

神々から新たな二つ名、【覇王(アルレウス)】を授かったミクロは一部の団員達に指示を出して、残りの団員達は各自の判断に任せた。

「あ、あの………………団長、大丈夫なんですか? こんな作戦で」

「問題ない」

指示を受けた団員が挙手しながら不安そうに尋ねるもミクロはそう答えた。

作戦らしい作戦ではない。むしろ、ミクロが策略は外れる可能性の方が大きい。

「団旗を壊しに行くのもいい、相手を倒すのもいい、守りに入るのもいい。その判断は皆に任せる」

もはや投げやりと言ってもいいその言葉に団員達は不安でいっぱいだ。

確かに団長らしいと言えばらしいし、団長ならと納得もできる。

だが、今回の相手はあの【ロキ・ファミリア】だ。

もっと緻密に作戦を練ったり、いくつかの案を考えたりするのが当然の筈なのにミクロは自由すぎる作戦を提案した。

「あ、作戦一つ追加する」

思い出したかのように言うミクロに胸を撫でおろす団員達だが。

「セシルは真正面から突っ込む。以上」

「えええええ!?」

ミクロは何も変わらなかった。

ただ、自分の弟子に作戦にもならない作戦を伝えただけだった。

どうしよう、どうすればと不安が募るなかでミクロは【ロキ・ファミリア】がいる仮拠点に視線を向ける。

それは冒険者として感じった闘争本能による直感。

(俺を呼んでいるのはフィン……………?)

戦え、武器を交えろ。フィンがミクロに向けてそう呼んでいるような気がした。

勿論フィンはそんなこと口走ってなんかいない。誰もが聞けばそんなことはないと口を揃えて言うだろう。

だけど、ミクロにはそう感じる。

一秒でも早く武器を交えて、お前に勝ちたい、とそう叫んでいるような気がしてならない。

頷くミクロは開始時間数分前、団員達に言葉を送る。

「やることはダンジョンと変わらない。戦って勝つ。それだけ」

簡単に済ませるミクロに団員達は盛大な溜息を吐く。

こういう時は気を引き締める為に何か言ったり、士気を高めたりとやることはあるはずなのにこういう時でも平常運転の団長に溜息を吐くしかなかった。

だけどそれでいい。

そうでなければ団長ではない。

こちらを振り回すぐらいに自由気ままに動いてこそ、【覇王(アルレウス)】だ。

 

 

そして、運命の時はきた。オラリオから聞こえる鐘の音。

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始した。

 

 

「行くか」

ミクロは開始直後、『ノーエル』に乗って一気に空高くまで飛びあがり、詠唱を開始した。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】―――」

足元に白色の魔法円(マジックサークル)を展開しながらミクロは詠唱を続ける。

「「!?」」

団旗の破壊に移動中の際、二人は溢れ上がる『魔力』にいち早く気が付いた。

「あの野郎…………………ッ!」

ベートは悪態を吐きながら上空を見上げる。アイズも目を細めて見ると空高くにミクロが何かに乗って魔法円(マジックサークル)を展開しているのが目視できた。

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

上空でミクロは詠唱を完成させて魔法を発動する。

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】」

それはレフィーヤの魔法。数十発に及び炎の矢が炎の雨のように空から降り注がれ、【ロキ・ファミリア】を襲う。

「アイズ!」

「!」

幾重にも爆砕音が轟き、土煙を上げる。

最初の先制攻撃は【アグライア・ファミリア】。団長が宣戦布告かのように空から魔法で強襲する。

――――だが。

土煙が舞う地上からその土煙を薙ぎ払いながら上空に姿を現したのは風を纏う金髪の剣士。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがミクロのところまでやってきた。

ミクロの魔法が地面に着弾する直前、ベートとアイズは高く跳躍。

更にそこからアイズはベートを踏み台にして跳び、魔法を発動して、風の推進力を駆使して高く飛翔してミクロのところまでやってきた。

空で対面する【剣姫】と【覇王(アルレウス)】。

アイズは己の得物である《デスペレート》を振り下ろす。

しかし、アイズ達は知らなかった。

【アグライア・ファミリア】には空を駆けることができるのはもう一人いることを。

「!」

高い金属音が空に響く。

アイズの剣を受け止めたのは小太刀を逆手に持つエルフの冒険者で【アグライア・ファミリア】の副団長を務め、神々から【疾風】の二つ名を授かった冒険者リュー・リオン。

その足に装備されているのは空を駆けることを可能とする魔道具(マジックアイテム)『アリーゼ』。

「【剣姫】。貴女の相手は私が務めさせて貰います」

「リオン、さん……………!」

【剣姫】と【疾風】が剣を交えるその間にミクロは進む。

勇者(ブレイバー)】の元へ。

 



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Three26話

上空で剣を交える【剣姫】と【疾風】。二人を置いて先に進むミクロにベートは舌打ちと共に思考する。

ミクロの迷いのない動きは間違いなく何かを狙っての行動。

後ろにいる部隊を置いてミクロを追うか。

アイズにリューを任せて団旗を破壊に行くか。

防衛か攻撃か、その二択。

「………………チッ、おい、てめぇ等! さっさと行くぞ!」

ベートは部隊を叱咤し、攻撃を選択した。

「でもアイズさんが………………………!」

「あいつがヘマすると思ってんのか? それにそれどころじゃねえ」

ベートは鋭い眼差しをある方向に向ける。

そこからこちらに向かってくるのは獣人を多く率いた部隊。そして、その部隊を率いて姿を見せるのは紅蓮の髪を持つ狼人(ウェアウルフ)

「【凶狼(ヴァナルガンド)】!」

同族の女性が自分を呼ぶ。彼女の好戦的な笑みにベートは獰猛に笑う。

以前の遠征で昇格(ランクアップ)を果たし、Lv.5へと到達した【アグライア・ファミリア】の幹部、【紅蓮狼(クリムゾンウルフ)】の二つ名を持つ冒険者リュコス・ルーはベートに向けて雄叫びを上げる。

「あの酒場での決着をつけようじゃないかい!」

「上等だ! 蹴り殺してやる!」

凶狼(ヴァナルガンド)】対【紅蓮狼(クリムゾンウルフ)】。

互いに率いる部隊と共に戦いが始まった。

 

 

 

「レフィーヤの魔法!? 相変わらず滅茶苦茶な奴ね………………」

【ロキ・ファミリア】の別の部隊、ティオネが率いる部隊もまた団長であるフィンの指示に従って団旗の破壊に向かっていたが、その道中で空から降ってくる魔法にティオネは眉根を寄せながら自分の妹は本当にとんでもない奴に惚れたものだと内心呆れる。

上空でアイズが戦っている。ミクロは味方にアイズを任せてどこかに向かっている。

その行き先にティオネは気付いた。

「あいつまさか団長のところに! 戻らないと―――」

フィンからの指示は団旗の破壊。だが、戻ろうとしたその足は不意に止まった。

「………………………………出てきなさい。いるんでしょ? アルガナ」

「ああ」

物陰から姿を現したのはかつて【カーリー・ファミリア】に所属し、頭領を務めていたアマゾネスの戦士。メレンでミクロに敗北し、ミクロに惚れて、【アグライア・ファミリア】に入団したアルガナ・カリフは獲物を見つけた蛇の目でティオネを見ている。

「あんた達は団長の指示通りに団旗を破壊しに行きなさい。こいつの狙いは私よ」

「で、ですが………………!」

「行け」

有無を言わせない命令的な言葉に団員達はティオネの勝利を願いながらも団旗の破壊に向かう。アルガナはそれを阻止することなくただティオネを見ている。

「よく私がここにいるってわかったわね」

「私はミクロの指示に従っただけだ」

アルガナの言葉になるほど、と納得する。

確かに様々な魔道具(マジックアイテム)を持つミクロなら相手を特定するぐらい余裕でするだろう。

「で? メレンの時の決着をつけようっていうの?」

「ああ、私はあれから更に強くなった。ティオネ、お前もそうだろう?」

「さぁどうかしらね?」

「戦士としてではない。冒険者として、【ファミリア】の団員としてティオネ、お前を倒す」

「あっそ。まぁ、こっちも似たようなものだけどね………………これだけは言わせて貰うわ」

「私も一つ言いたい」

互いに拳を作り、真剣な顔で告げる。

「「ミクロ/団長の方が断然に強くて格好いい!!」」

愛する人の為に恋する戦士は戦う。

 

 

 

「うわ~流石ミクロだね~」

「いや、ティオナさん………………気持ちはわかりますけど今は戦争遊戯(ウォーゲーム)なんですから対戦相手を褒めないでください」

「あははは。ごめんごめん! でも、すっごいでしょ!?」

部隊を率いるティオナは先手の攻撃として魔法を炸裂させたミクロに称賛するも、ナルヴィに注意されるが、その顔から笑みは消えない。

むしろ、恋する乙女の笑みを浮かべている。

【ロキ・ファミリア】の団員達の殆どがティオナがミクロのことが好きだというのは理解している。好きな人が活躍して喜ぶ気持ちもわからなくはないが、時と状況は考えて欲しい。

「さーてと! あたし達もこのままじゃ負けていられないし、みんな行くよ!」

いつもの明るい笑顔で部隊を引っ張るティオナに団員達はついて行ことする。

だが、前へ歩こうとした際にティオナが止まっていることに気づいた。

それに怪訝し、顔を上げて前を向くとそこには対戦派閥(アグライア・ファミリア)の団員達。ナルヴィ達は咄嗟に武器を手にする。

アマゾネスが多いなかでその前に立つ砂色の髪をして紗幕で顔下半分を隠しているアマゾネスの名をティオナが言う。

「バーチェ」

アルガナと同じ【カーリー・ファミリア】の頭領を務めていたアマゾネスの戦士。今は【アグライア・ファミリア】に所属し、冒険者をしているバーチェ・カリフ。

「―――構えろ、ティオナ」

紗幕の下から発する声にバーチェは構える。

「あの時の続きだ」

簡潔かつ明快に告げられるその言葉はメレンで引き分けた戦いの続きだということぐらいティオナでもわかる。

「うん! 今度こそあたしが勝つからね!」

「勝つのは私だ」

「みんな、勝つよ!」

「行くぞ」

ここでもまた戦いが始まった。

 

 

「あぐ!」

「ぐ!」

「き、気を付けろ! 弓兵(アーチャー)が!」

次々に矢がその身に突き刺さり、倒れていく【ロキ・ファミリア】。遠距離から対戦派閥(ロキ・ファミリア)を狙い続けるのは【アグライア・ファミリア】の幹部の一人、【流星の猟犬(スターハウンド)】の二つ名を持つ犬人(シアンスロープ)、ティヒア・マルヒリーは戦場を動き回りながら確実に相手を削っていく。

その精密精度は針の穴に糸を通すかのように高く、狙いを外さない。

「そろそろ別の場所に行かないと………………」

一箇所に留まっていれば居場所がバレてしまう。ティヒアは次の狙撃場所を探しに行動する。

「やっぱりね」

「!?」

移動中に際、突如聞こえた声にティヒアは動きを止めて相手を見る。

「【貴猫(アルシャー)】………………………どうして私がこの道を通るってわかったの?」

ティヒアの前に立っていたのは【ロキ・ファミリア】の幹部候補である第二級冒険者、アナキティ・オータル。

「別にこれとって大した理由なんてないわ。狙撃場所を予測すれば難しくはないでしょ?」

呆気なく言うその理由にはティヒアも納得できる。だが、問題はそこではない。

(いくらなんでも速すぎる………………ッ!)

そう、ティヒアが特定されるまでの時間があまりにも短すぎる。

いずれ見つかるぐらい考えていた。だから、そうなる前にできる限り相手の数を減らそうと思っていたが、予想が大きく外れた。

アナキティ・オータルは少々、有能過ぎた。

ティヒアをあっさりと特定できるほどに。

「さて……………倒させて貰うわよ」

流星の猟犬(スターハウンド)】と【貴猫(アルシャー)】の交戦が始まった。

 

 

「滅茶苦茶っすね……………」

空から降り注がれる魔法を避けながら対戦派閥の団長であるミクロの脅威的な先制攻撃に冷汗が出るラウルも部隊を率いて団旗の破壊に行動していた。

「みんな、無事っすか~?」

「はい、全員無事です」

ラウルの部隊にいるレフィーヤが全員の無事を確認してラウルに報告する。

「しかし、レフィーヤの魔法まで使えるなんてありえないっすよ」

「あはは………………」

ラウルの言葉に苦笑するレフィーヤはあの人なら平然とすると内心確信していた。

短い期間とはいえ師事を受けた身、自分達の予想を容易く裏切ることぐらいはする。

「それじゃ行くっすよ」

周囲に対戦派閥である【アグライア・ファミリア】がいないことを確認して団旗の破壊する為に行動を再会するラウル達の前に白い影が現れる。

「あれは………………………!」

それにいち早く気付いたレフィーヤはあんぐりと口を開けて、その白い影の正体を叫ぶ。

「ベル・クラネル………………………!」

両手に得物を持って驚くような速力でこちらに向かってくるベルにラウル達は武器を構える。

「皆、相手は【白雷の兔(レイト・ラビット)】! 動きを封じるっすよ!」

ベルを見てラウルは部隊指揮を執る。

相手はオラリオで話題を集めている冒険者。まずは魔法で動きを牽制、封じようと遠距離での魔法が使える者に指示を出す。

そして、魔法を発動するその瞬間――――

彼等は吹き飛んだ。

「「え?」」

ラウル、レフィーヤは突然自分達の仲間が後方に吹き飛んだことに一瞬思考が停止した。

更に攻撃着弾によって発動間際だった『魔法』の制御が乱れて『魔力』の手綱を手放してしまったことに魔力暴発(イグニス・ファトゥス)

ラウルの部隊はラウル本人とレフィーヤだけとなり、そうなった理由はベルの後方に身を潜めていたリリルカによる援護射撃。

以前、異端児(ゼノス)と会う前、ダンジョンで渡された魔道具(マジックアイテム)『アコーディ』による衝撃波。

「うぅ……………リリはもうお嫁にいけません」

涙ながらにぼやくリリルカの恰好は露出の多い戦闘衣(バトル・クロス)

勝つ為にリリは止む無く魔道具(マジックアイテム)を使用し、『鏡』でリリルカの変身を見ていた神々は大興奮。

「変身ものきたぁ―――!」

「魔法少女………………いや、魔砲少女だ!!」

「可憐な少女の変身……………【覇王(アルレウス)】わかってる!!」

それはもう大興奮。

ベルはそのまま肉薄している二人に突貫する。【ファミリア】の一員として勝つ為にベルは攻撃する。

「ふっ!」

「そうはいかないっすよ!!」

ベルの二閃。ラウルは剣でベルの攻撃を防いだ。

「レフィーヤ! 援護を!」

「はい!」

流石はオラリオで名高い【ロキ・ファミリア】の団員。止まっていた思考をすぐに活動させて戦闘態勢に入った。

【ファミリア】の為に戦い、勝利する。

それは【ロキ・ファミリア】も【アグライア・ファミリア】のどちらも変わらない。

「リリ!」

「はい!」

【ハイ・ノービス】&【千の妖精(サウザンド・エルフ)】VS【白雷の兔(レイト・ラビット)】&リリルカ・アーデ。

【ファミリア】の為のどちらも武器を手にする。

 



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Three27話

戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始して両派閥の団員達は対戦派閥の団旗を破壊しようと戦闘を繰り広げている。

激しい戦闘が響き合うなかで、一際激しい戦闘音を轟かせている。

大地を駆け、対戦派閥を魔法で吹き飛ばすのは王族(ハイエルフ)が率いる可憐な妖精達。

「撃て!」

部隊中心にいるリヴェリアが指示を打ち、【ロキ・ファミリア】に所属しているエルフ達が短杖(ワンド)を前方に突き出して魔法を発動させて対戦派閥(アグライア・ファミリア)を吹き飛ばす。

【ロキ・ファミリア】の中でも抜きんでた、Lv.3以上のエルフで構成されたパーティ。

女性のエルフのみで編成されたリヴェリアの部隊は誰もが並行詠唱を修得し、短文系の魔法を駆使する、高速戦闘を身に付けた魔導士、魔法剣士。

次々と放たれる魔法は砦から無数に射られる妖精の矢のごとく。

妖精部隊(フェアリー・フォース)』。

都市最強であるリヴェリアが遊撃隊として駆り出されれば、彼女は一風変わった『飛び道具』となる。

フィンがここぞという場面で投入する『妖精の楔』。

並行詠唱を主軸にした高速戦闘、高速乱戦。

主砲、弾幕、防壁。

それらを有するエルフ達は既に『移動砲台』などという次元ではなく、『要塞(フォートリス)』である。

「【凍てつけ、冬の縛鎖】!」

「【行進せよ、炎の靴――――】!」

「【契約において命ずる】!」

途絶えることのない魔法の嵐に空中に投げ出される【アグライア・ファミリア】の団員達は成すすべがなく、ただ彼女達の侵攻を許してしまう。

「リヴェリア様! 敵派閥の団旗を発見!」

「よし、壊せ!」

「はい!」

アリシアが弓矢を使って対戦派閥(アグライア・ファミリア)の団旗を破壊する。

刹那、妖精達は罠に嵌った。

『!?』

不意に身体の動きが見えない鎖が巻き付いたかのように動けなくなった。

そこに何もない空間から矢と魔法による攻撃がリヴェリア達を襲う。

「くっ!」

幸いにもリヴェリアが部隊全員に防護魔法を施していた為に大した損傷(ダメージ)はない。だが、この止むことのない攻撃が続けばいずれ魔法の効果も消失し、損傷(ダメージ)を受けることになる。

「全員攻撃の手を緩めるな!」

突如何もない空間から姿を現したのは【アグライア・ファミリア】の第二級冒険者、スウラがこの場にいる全員に指示を投げる。

「俺の魔法が効いている今の内に倒すぞ!」

スウラの激励にこの場で待ち構えていた【アグライア・ファミリア】の団員達は鬱陶しいように外套を脱ぎ払う。

透明状態(インビジビリティ)』。装備者を強制的に不可視にする魔道具(マジックアイテム)。それも第一級冒険者でも知覚できない高性能。

姿を不可視にしてスウラは事前に罠を仕掛けていた。

魔法名は【ルクドット】、スウラが持つ(トラップ)魔法は超長文詠唱に加え、発動条件が存在し、今回は団旗の破壊を発動条件とした。そしてその能力は拘束。発動すれば有無も言わせずに動きを拘束。

超長文詠唱と発動条件と制約が多い魔法ではあるが、この魔法の良さは対象を選べるということだ。

条件を満たした対象だけを拘束することも対象を含めて複数人の動きまでも完全拘束。

今回は団旗を破壊し、条件を満たしてしまったアリシアが仲間達の動きを封じる楔となった。

「……………………しかし、まさか団長の読み通りになるとは」

スウラがこの場で対戦派閥(ロキ・ファミリア)が来るのを待ち構えていたのは他の誰でもないミクロの指示だ。

戦争遊戯(ウォーゲーム)開始前の作戦でミクロはスウラに言った。

『スウラ、お前はここで罠を張れ。ここにはきっとリヴェリアが来るから』

地図を広げて指す場所にリヴェリアが来ると断言するミクロにスウラは疑問を口にする。

『団長、リヴェリア様は魔導士です。流石にそれは』

『リヴェリアは来る。絶対に』

『何故?』

『勘』

あっさりとそう答えてスウラは頭を抱えるも現にミクロの言う通り、リヴェリアが部隊を引き連れてこの場に来た。

まさか本当に来るとは思いも寄らなかったスウラは自分達の団長の勘に恐れを抱いた。

流石の対戦派閥(ロキ・ファミリア)もこれは予想できなかっただろう。

そう思いながらスウラも攻撃を続行する。

 

 

 

「かかれぇ! かかれぇ!」

「怯むな! 攻撃を続けろ!」

「ぬんっ!」

『ぎゃあああああああああああああああああああああああああッ!?』

大平原のど真ん中で大戦斧を大薙(フルスイング)し、対戦派閥(アグライア・ファミリア)の団員達を吹っ飛ばしたのは【ロキ・ファミリア】所属の第一級冒険者、ガレス・ランドロックは愉快そうに髭を撫でる。

「ほほぅ、流石はミクロがいる派閥(ファミリア)の冒険者じゃ。どいつもこいつも根性がある」

何度も倒され、立ち上がり、立ち向かう対戦派閥(アグライア・ファミリア)の団員達の表情は絶対に勝つという気迫が伝わってくる。

「しかし、まだまだ甘いわ!」

だが、それでも【重傑(エルガルム)】は揺るがない。

繰り出される拳はいかなる敵も砕く破砕槌となり、そのたくましい体は何ものよりも強固盾となる。

立ち塞がる者全てを撃砕し、あらゆる攻撃をもってしても屈しない。

超前衛特化型のドワーフの大戦士。

彼の『力』と『耐久』は都市(オラリオ)一、二を争う。

「ふざけろ! なんなんだよこりゃ………………………!」

他の団員同様に戦いに挑んだヴェルフが叫ぶ。

ヴェルフ以外にガレスに挑んでいる団員の数は余裕で二十人は超えて、接近、遠距離から攻撃をしているのに【重傑(エルガルム)】に傷一つ与えずにいた。

当然その中にはLv.2であるヴェルフの他にLv.3の冒険者だっている。

それなのにガレスの進攻を止めることさえできない。

(これが第一級冒険者………………………! これが【ロキ・ファミリア】!)

改めて第一級冒険者と【ロキ・ファミリア】の恐ろしさを思い知る。

わかってはいたつもりだった。

だが、実際に戦ってはっきりと自分と次元が違うということが骨身、いや、魂にまで染みわたる。

(ベルもセシルも………………こんなのを目標にしてるってのかよ!)

ベルとセシルは常日頃から団長に追いつきたいと耳にしている。その為に努力していることもよく知っている。

ヴェルフはそれがどれだけ困難な道のりを歩いているのか、ようやく理解した。

「どうした? もう終わりか?」

わかりやすくも挑発するガレス。ヴェルフはせめて自分だけでも最後まで戦い続ける覚悟で大刀を構える。

「まだです!」

ヴェルフの背後から聞こえる声に振り返るとそこにはセシルとアイシャがいた。

「今度の相手は私達です!」

「【重傑(エルガルム)】……………相手にとって不足はないねぇ」

「お前等………………………」

突如現れた増援にヴェルフは僅かにだが光明が見えた。

「ヴェルフは休んでて。アイシャさん、行きますよ!」

「ああ、始めから本気で行くよ!」

「はい! 【駆け翔べ】!」

ミクロの魔法を発動させ、白緑色の風を纏い、大鎌を持って突貫するセシルと同様に大朴刀を持って疾走する二人はガレスに迫る。

 

 

 

「………………………………」

戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始され、早くも乱戦の声が響き渡るなかでフィンは自分の得物を手にしてその場に立ち尽くしていた。

何かを待つかのように。

「………………………………来たようだね」

「うん、お待たせ」

空から降りてくるミクロにフィンはいつもと変わらない顔で小さく息を吐く。

「【覇者】いや、【覇王(アルレウス)】。僕は君に一騎打ちを申し込む」

「うん。わかった」

フィンの申し出を即了承するミクロにフィンは内心苦笑い。

予想通りだったとはいえ、本当にそうなるとは思いもしなかった。

「個人的なものだけど、俺もフィンと戦いたかった。そして勝ちたいと思う」

「僕も同じだ。僕も君と戦い、勝利したい」

二人は互いの得物を構えて戦闘態勢を取る。

「【アグライア・ファミリア】団長、ミクロ・イヤロス」

「【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナ」

互いに名乗りを上げ、二人は同時に動き出す。

勇者(ブレイバー)】と【覇王(アルレウス)】。

勝利の女神はどちらに微笑むのか。



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Three28話

敵味方問わず、一度それを目撃した者は口を大きく開ける。

自分達より遥か上空でエルフの戦士と人間(ヒューマン)の剣士が空で剣舞を繰り広げていた。

アイズが持つ剣《デスペレート》とリューが持つ木刀《アルヴス・ルミナ》が幾重にも衝突しながら二人は空を舞う。

リューはミクロから授かった魔道具(マジックアイテム)『アリーゼ』を使って空を駆け、アイズは自身の魔法で大気を踏み締める。

リューの魔道具(マジックアイテム)を見てアイズは己の魔法でそれを再現させて地面に落ちることなく、空を踏んで再びリューと衝突する。

(やっぱり強い………………ッ!)

空中戦を繰り広げながらもアイズはリューの強さに舌を巻く。

アイズの方が先にLv.6に昇格(ランクアップ)し、リューよりも一日の長がある。能力値(アビリティ)だけ見ればアイズの方が上だ。

それでもアイズは攻めあぐねている。

その理由はアイズが対人戦に不慣れで、リューは対人戦に慣れていることが大きい。

アイズはこれまでモンスターを戦うことに意識を向けていた。モンスター相手ならともかくとして対人となればまた違ってくる。

それに対してリューは【アストレア・ファミリア】の一員としてオラリオの秩序安寧に尽力してきた。更には闇派閥(イヴィルス)、【シヴァ・ファミリア】と戦闘を繰り広げてきた。

能力値(アビリティ)はアイズが上でも対人戦の『経験』はリューが上だ。

そして何より、ココは足場がない空の上。さきほど空中戦ができるようになったアイズとは違ってリューの方が一枚上手でこちらは魔法の行使で精神力(マインド)も減っている。

(このままじゃ駄目!)

アイズは地上を目指す。

このまま戦い続ければ負けるのは確実。なら、少しでも勝機を上げる為に場所を変える。

地上に降りようとするアイズにリューも地上を目指す。

リューにとってはこのまま空中戦が続いた方が有利だが、それでは意味がない。

二人は地面の上に着地して再び得物を構え直す。

「………………………………一つ、聞いてもいいですか?」

「何でしょう?」

「腰にあるその刀は使わないのですか…………………?」

アイズが言う刀とはミクロがリューに授けた魔武具(マジックウェポン)『薙嵐』。

その能力は周囲の風を収束させて風の刀身を作り出す。

『薙嵐』を使えばアイズの(エアリエル)を封じることだって可能とする。

だが、リューはその魔武具(マジックウェポン)を使う素振りを見せない。

手を抜いている。とは思えないが、どうしても聞きたかった。

「…………………すいません。別に貴女を甘く見ているわけではありません」

リューは全力を出していないと思わせてしまったことに謝罪する。

「確かにコレを使えば貴女の風を封じることはできるでしょう。ですが、それでは意味がない」

「意味………………?」

「ミクロは強くなった。そして、これからも強くなる。彼はそういう人間(ヒューマン)だ。だからこそ私はこんなところで立ち止まることは許されない。彼の隣に立つ者として私は強くならなければならない」

家族(ファミリア)に現状に満足することなく更なる強さを手に入れようとするミクロの隣に立つのは艱難と辛苦の道のりだ。

それでもリューは歩むのを止めはしない。

ミクロは何でも一人で背負い込もうとする。痛みも、苦しみも、悲しみさえも全てを背負おうとする。リューはそれが嫌だった。

自分が弱いから一緒に背負わせようとしてくれない。甘えようともしてくれない。

その背に重みを背負い、家族(ファミリア)の為に身命を尽くすだろう。

リューはそれを阻止したい。ミクロの力になりたい。頼られる存在になりたい。

痛みも、苦しみも、悲しみの全てを共に背負い、そして護りたい。

過酷な運命を乗り切ったミクロを幸せにしてあげたい、いや、してみせる。

愛する人(ミクロ)と共に未来を歩きたい。

その為には強くなる必要がある。

必要とあればLv.7にだってなってみせる程度の気概を持たないで(ミクロ)の隣に立つことはリュー自身が認めない。

「故に【剣姫】。私は貴女に勝ちたい。彼の為にも私は強くならなければならない」

「――――っ!」

それは現状ではなく、今よりも遥か未来を見越してリューはアイズを踏み台にし、強くなろうとしている。

(この人の強さは………………ううん、強くなろうとする理由はミクロのため)

ミクロの為に強くなろうと懸命に研鑽を積み重ねてきている。

それがアイズは羨ましいと思った。思ってしまった。

(この人にとってミクロは、英雄なんだ…………)

眼前にいるエルフには自分を救ってくれる英雄(ミクロ)が現れ、そして、彼女自身もまた英雄(ミクロ)の助けになろうと強くなろうとしている。

それが羨ましく、妬ましい。

アイズの前には『英雄』は現れなかった。

母親を守っていた父親のように、アイズが憧れた英雄は、アイズを助けてくれなかった。

だからアイズは剣を執った。

救いなど待たず、歩き出した。たった一つしか残っていない道を走り出した。

全ては己の悲願を叶える為に。

自然に剣を持つ手に力が入る。二人の関係に羨望し、嫉妬する自分に嫌悪感を抱きながらもアイズはその迷いを斬り伏せる。

「私も……………強くならないといけない」

互いに強くなる理由は違えど、強くなりたいという想いは一緒。

「だから、私は貴女に勝つ」

悲願を叶える為にアイズは強くならねばならない。

「………………………………」

リューはアイズの金の双眸がかつての自分以上の深い憎悪を感じ取った。

仲間を殺されて復讐に走ったリュー。アイズはその時のリュー以上に強い復讐心を抱いている。

(私も【剣姫】のように……………)

リューには救いがあった。アイズには救いがなかった。

もし、万が一にミクロが救いの手を差し伸べてくれなかったら彼女のようになっていたかもしれない。

この場にいるのが自分ではなくミクロならきっと彼女をどうにかしようとするだろう。だが、生憎とリューはミクロの真似はできない。

だからせめて剣で応えよう。

「【目覚めよ(テンペスト)】………………………」

再び風を纏うアイズにリューも気を引き締める。

二人の戦いはまだ始まったばかりだ。



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Three29話

戦場の一角で二人の狼人(ウェアウルフ)が戦っていた。

【ロキ・ファミリア】のベートと【アグライア・ファミリア】のリュコス。

互いに得物は持たず、己の身一つで戦い続けているが―――

「くっ!」

リュコスは劣勢に強いられていた。

しかしそれは無理もない。リュコスはLv.5でベートはLv.6。二人の間には決定的なまでの実力差が存在している。

Lv.が一つ違うだけでそれがどれだけ違うのか、オラリオの冒険者はそれを良く知っている。

「どうした!? 威勢だけか!?」

「誰が!」

吠えるリュコス。だが、ベートは手を緩めるような真似はしない。

嘲笑い、陥れて、その上で徹底的に叩き潰して地面に這いつくばせる。

それが自分より格下だろうと変わらない。

「オラッ!」

「ぐっ」

これまで格上(ベート)の攻撃を辛うじて致命打は避けてきたリュコスだったが、ベートの蹴撃がリュコスに直撃し、蹴り飛ばされた。

「ハッ」

ベートは蹴り飛ばしたリュコスを見て嘲笑うも、リュコスは立ち上がる。

傷だらけとなったリュコスとほぼ無傷とベート。今の二人の姿はLv.差を現すように見える。

「雑魚が。その程度でよく俺の前に出てこれたもんだな」

「まだ、勝負は終わってないよ!」

その瞳から戦意は消えていない。自分に立ち向かうリュコスにベートは吐き捨てる。

「弱ぇんだよ!!」

放たれるリュコスの蹴撃をベートは紙一重で躱して腹部に拳を叩きつける。

「か、は………………!」

強制的に空気が口から出ていく。殴り飛ばされて何度も地面を跳ねてようやく制止。地面に伏せるリュコスにベートは嗤った。

「あの野郎の仲間だからちった期待したんだがな………………まさかここまで差があるとは思いもしなかったぜ」

ベートが指す”あの野郎”とはミクロを指す。

自分を完膚なきまでに敗北を叩きつけたミクロ。その仲間であるリュコスに少しばかりの期待をしていないと言えば嘘になる。

だが、結果は違った。

「強ぇのはあいつだけかよ。てめえ等はあいつに守られているだけの雑魚だったってことかよ。ハッ、期待して損したぜ」

呆れと少しばかりの失望感と言葉と共に吐き出す。

「あいつの足を引っ張るだけの、弱いてめえ等なんていない方がいいんじゃねえのか?」

その言葉はこの場で戦っている【アグライア・ファミリア】の団員達の心を抉る。

ミクロは強い。それはベートだけじゃない。誰もが認めることだ。

そんなミクロについて行くだけの自分達は比べるまでもなく弱いということを少なからず自覚している。

そんな敵対派閥(アグライア・ファミリア)を見てベートはこんなつまらない戦いをさっさと終わらせようと思った。

「……………………………知ってるよ、そんなこと、ぐらい」

 だが、リュコスが起き上がり、口を開いた。

「ミクロは強い……………出会った当初は同じLv.だったのに今となっては呆れるぐらい実力差ができるぐらいにね………………………」

自虐気味にリュコスは語る。

出会った当初は互いにLv.2だった。だが、加速的に強くなるミクロにどんなに急いでも追いつくどころか距離が空いてしまう。

今となってはLv.5とLv.7という縮まらない差ができてしまった。

「あんたの言う通りさ、【凶狼(ヴァナルガンド)】。あたし達が弱いからミクロの足を引っ張ってしまう」

どんなに強くなろうと努力をしても、強くなりたいと願おうとも、ミクロはそんな自分達を待ってくれている。

仲間を気にかけ、走りながらも皆と極力歩幅を合わせようと手を抜いている。

自分達が強ければそんな気遣いをさせることはなかった。

強ければミクロはもっと強くなれていたはずだ。

リュコス達は自分達の弱さを誰よりも知っている。

「………………だけどね、いや、だからこそ強くなりたいんだよ、あたし達は!」

吠える。

「あいつは強くて馬鹿みたいに優しい奴さ! 弱いあたし達のことなんて放っておけばいいのに、勝手に手を差し伸ばして、一緒に進もうとしてくれるほどのお人好しだよ!! だからこれ以上、あいつに迷惑をかける訳にはいかないのさ!! もう何も縛られることなく自由に動いて、好きにやって、自分が惚れた女と一緒に幸せになるべき(おとこ)さ!」

【シヴァ・ファミリア】との因縁を断ち切り、自由となったミクロはリューと一緒に幸せになって欲しいとリュコスは願っている。

それを口に出したことはないが、そうなってほしいと願っているのは本心だ。

「その為にも【凶狼(ヴァナルガンド)】! あたしはあんたを倒さなきゃいけない! もうあいつは必要ない、と。もう十分だ、と自分は弱くない、と言えるように証明しなきゃいけないのさ!」

だから、それを証明する為にリュコスは歌を叫ぶ。

「【我、願うは虚弱を斬り裂き、食い破る剛毅の爪牙―――――】」

「リュコスさんが魔法を………………!?」

リュコスの詠唱を耳にした【アグライア・ファミリア】の団員は初めて聞く詠唱に驚きながらもリュコスを守備に回るが、【ロキ・ファミリア】は詠唱を止めないと躍起になる。

魔法は切り札。起死回生の一手。

それを阻止するのは当然のこと。わざわざ相手の詠唱が完了するのを待つ義理はない。

だが―――

ベートは待っている。

鋭い眼光を炯々と光らせてその詠唱が終わるのを待つ。

その上で敗北を叩きつける。

かつてミクロがベートにそうしたようにベートはただ終わるのを待つ。

「【認める脆弱を打ち破り、我は限界という殻を壊す。その代償として、この身、この魂を血潮に変えて支払う】」

リュコスは狼人(ウェアウルフ)でも珍しい鮮やかな紅の髪。その髪がリュコスは嫌いだった。他の狼人(ウェアウルフ)から気味悪がれ、貶され、罵倒された。

それが嫌でリュコスは強くなろうと努力した。

いや、違う。

強くなろうとしたのではない。今になって思えばそれはただの『強がり』だ。

それでいいとリュコスは強引に自分を納得させてその背に『恩恵(ファルナ)』を刻み、力を手に入れたが、最終的には追い出されて、オラリオへと足を踏み入れてミクロ達と出会った。

そして強引というより強制に近い勧誘で渋々と【ファミリア】に入ってからリュコスは無自覚ながらも少しずつ変わって行った。

そんなある日、リュコスはミクロにこう言ったことがある。

『あんた、あたしの髪ってどう思うんだい?』

『綺麗だけど?』

あっさりとそう答えた。

そのらしい答えに今まで悩まされた自分が馬鹿みたいに思えた。

そんなミクロを一度死なせてしまった。

【シヴァ・ファミリア】の襲撃の際、リュコス達は人質にされて嬲り殺された。

その時のことをリュコスは忘れない。

「【弱者を照らす光の道を。許せ、その道を紅く染めることを。しかし理解してほしい。汝の為に我は己の強さを証明する】」

ミクロは”光”だ。

暗闇の世界から手を伸ばして光ある道へと引っ張ってくれる。

その光にリュコスは救われた。

だからこそ謝る。その光を自分が大嫌いな色で染めることを。

「【天に向かって吠えるは誓約の遠吠え。強さを求める狂おしき紅き獣】」

この魔法をミクロが知っていれば使うな、とそう言うだろう。

そんなことをしなくてもリュコスは強い、とそう言うだろう。

だが、それでは駄目だ。

もう守られるだけは死んでも御免だ。

「【紅き血潮と共に我は己の虚弱を喰い破る】!」

リュコスは己の殻を破る。

「【ルゼナス】」

響き渡る魔法名。

 

刹那。

 

「!?」

ベートの眼前で攻撃態勢に入っていたリュコスがいた。

眼前に現れるまで反応すらできなかったベートは反射的に防御を取るも―――

「――――――!?」

その防御ごと蹴り飛ばされる。

「チッ!!」

空中で態勢を取り直して着地と共にベートは魔法を発動する前とはけた違いの速度と力に舌打ちする。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

モンスターに近い咆哮を上げるリュコスは爆発的な速力でベートを襲う。

リュコスが新たなに手に入れ、これまで使わなかった魔法【ルゼナス】は春姫の妖術である『階位昇華(レベル・ブースト)』に近い。

己の全ての限界を破壊して【ステイタス】を爆発的に跳ね上げる希少魔法(レアマジック)

だが、この魔法は春姫の妖術と違って大きな代償がある。

リュコスの魔法は力を得る代償として命を削っている。

この魔法をリュコスはずっと隠していた。使えばミクロが必ず使用禁止と告げるからだ。

既に全身が悲鳴を上げ、身体の至る所から血が噴き出ている。

それでもリュコスの猛威は止まらない。

その身を血で染めながらもリュコスは勝利という二文字を手に入れるまで止まるわけにはいかない。

その姿にベートは笑った。

獰猛なまでに笑みを見せるベートは『弱者の咆哮』を上げたリュコスを『敵』と認めた。

吠えたリュコスに凶悪な餓狼は完膚なきまでに叩き伏せようと凶笑を浮かべる。

 



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Three30話

二人のアマゾネスによる打撃音が鳴る。

「シッッ!」

ティオネの上段蹴りがアルガナを捉えるも、アルガナはそれを避けて拳撃を放つもティオネは腕で防御する。

互角の攻防。互いに防御を捨てた烈火の如く怒涛の乱打を相手に叩きつける。

その二人の戦いは見ている者にとっては荒れ狂う猛牛同士のごとき乱打戦(ブルファイト)

鋭い『技』と息を呑むほどの『駆け引き』が織り交ぜられながら、原始の戦いを彷彿させる。

その単純(シンプル)過ぎる戦闘に『鏡』でその光景を見ていた神々や冒険者は気持ちを昂らせてどちらにも声援を送っていた。

「行け! そこだ! 【怒蛇(ヨルムンガンド)】!」

「アマゾネスの姉ちゃん! 右、いや左だ!」

「どっちも負けんな!」

二人の戦いを見ていた酒場の冒険者は賭けを忘れるほどに盛り上がり、声援を投げる。

しかし、二人にはどうでもいいことだった。

「団長の方がいいに決まってんでしょ!!」

「いや、ミクロだ!!」

拳、蹴りと共に二人は自分が惚れた(おとこ)の方が強くとて格好いいと吠える。

誰かが聞けばどちらでもいいだろう、と答えるだろう。

だが二人にとってはそういうわけにはいかない。

如何に自分が惚れた(おとこ)が優れているか証明しないと気が済まない。

今の二人には惚れた(おとこ)のことしか考えていない。

恋する乙女にとって何よりも譲れない戦いだ。

「ティオネ。お前のところの小人族(パルゥム)はまだLv.6なのだろう? ミクロはLv.7。既に実力差がはっきりしている」

「はぁ!? 頭わいてんのか!? テメェ!! 団長ならミクロぐらいすぐに追い越すに決まってんだろ!!」

「いや、ミクロはその先に行く!!」

拳が衝突する。

惚れた(おとこ)の為にアマゾネスは戦う。

アマゾネスの血を騒がせるのはいつだって男である。

自分達の勝ち、心を奪った(おとこ)達の為に戦う。

加速する二人の攻防。鋭くなる拳と蹴り。

見る人が見れば踊りながらも戦う二人の闘舞は美しとさえ思える。

「ティオネ! 私は冒険者となった!」

「知ってるわよ!!」

「お前とこうして戦うのも楽しくて仕方がない!」

「あっそ!」

「お前を倒す! ミクロの為に!」

「それはこっちの台詞よ! 団長の為にあんたに勝つ!」

二人の戦いは更に加速する。

 

 

 

「にゃろおー!」

「甘いぞ、ティオナ」

アルガナとティオネ同様にバーチェとティオナも得物を持たずに徒手空拳の格闘戦を繰り広げていた。

互角に戦う二人を見守りながらも戦闘を続ける両派閥。

「とりゃー!」

「フッ!」

激しい殴打の音が鳴りながら互いの全力の攻撃を避け、防御し、また攻撃する。

互いに全力の戦闘を繰り広げる二人は笑っていた。

闘国(テルスキュラ)の時にはなかった高揚感。戦闘が続く度に熱くなる気持ちを拳に乗せて攻撃する。

「あの時より、強くなったな。ティオナ」

「バーチェもね!」

メレンの時は引き分けで終わってから互いに次は勝つつもりで研鑽を積んできた。

それも全ては一人の男の為に。

戦闘を中断し、互いに呼吸を整えるその時、バーチェは言う。

「ティオナ。お前は今のままでいいのか?」

「どういうこと?」

唐突の言葉にティオナは怪訝そうに眉を曲げた。

「ミクロには既に女がいる」

「!?」

突然のその言葉にテォオナは目を見開く。

「【ファミリア】のエルフの女、副団長をしているリューだ。あのエルフがミクロの女になっている」

ティオナが知らなかった事実を告げるバーチェは続ける。

「私もアルガナもミクロの事を諦めたわけではない。今でも奪うつもりでいる。そして、私こそがミクロの女に相応しいと証明してみせる。だが、ティオナ。お前はどうだ?」

「どうって………………………」

「お前もミクロに心を奪われているはずだ」

その通りだ。

ティオナはミクロに惚れている。

フィンに惚れている姉のようにティオナもまたミクロに惚れこんでいる。

しかし、ミクロとティオナは派閥が違う。

別の【ファミリア】の相手と結婚して子供ができる、とじゃあその子供はどちらの所属になるか。色々な理由もあるなかで別の派閥と深い繋がりを持つと弊害が生まれやすい。

規律の為にも神々は【ファミリア】の管理だけは厳しい。

つまり、【ロキ・ファミリア】にいるティオナが【アグライア・ファミリア】にいるミクロとの間で子供を作ると【ファミリア】に迷惑ではすまない問題が生じることになる。

フィンやティオネのように。

ミクロとアルガナやバーチェのように。

同じ派閥に所属している者同士ならともかく、ティオナは他派閥に所属しているミクロに惚れてしまったのだ。

更にはティオナとミクロでは会う機会も少ない。

おまけにミクロとリューが既に恋仲でいるという事実を打ち明けられたティオナは胸に痛みが走る。

ミクロかティオナ。どちらかが改宗(コンバージョン)すればいい、というわけにはいかない。

互いに今の【ファミリア】に大切な家族がいる。

家族を置いて自分の気持ちを優先するわけにはいかない。

ティオナの恋が報われることは限りなくゼロに近い。

それでも――――

ティオナは笑った。

「うん、そうだね。だけど、それでもいいんだ、あたしは」

ティオナは自分の胸元で手を握り、言う。

「あたしはミクロが好き。大好き。だけど、あたしは今の家族(ファミリア)から離れたくない。だってそれはミクロが一番嫌うことだもん」

ミクロは家族(ファミリア)を大切に想い、護ろうと努力している。

その気持ちはきっと誰よりも強いだろう。

それを貴方のことが好きだからという理由で家族(ファミリア)から離れて来たらミクロが自分のせいでティオナを家族から引き剥がした、と責めるだろう。

ティオネは自分の妹であるティオナをを大切に想っているし、アイズやレフィーヤにとってもティオナは大切な家族(ファミリア)だ。

例えそれがティオナの意思だとしてもその原因を生み出した自分を責めるだろう。

ティオナはそれを理解している。

だからこそ、今の家族(ファミリア)から離れることはしない。

その事が自分の大好きな人を悲しませることになるから。

「バーチェ。あたしはね、この気持ちが報われなくてもいいんだ。ミクロのお嫁さんになれなくてもいい。ただ一緒に冒険して、一緒に笑って、また明日って言えるようになればそれだけでいい」

「………………………………」

「ミクロの隣にいられなくてもいいんだ。今、ミクロが幸せならあたしはそれだけでいい。だからね、バーチェ。あたしは笑うんだ」

ティオナは満面な笑みで告げる。

大好きな人(ミクロ)が好きって言ってくれた。だからあたしは笑うよ!」

メレンでミクロはティオナの笑顔が好きと言った。

だから笑う。好きな人が好きと言ってくれた笑顔を見せ続ける。

「………………………………そうか」

その答えにバーチェは頷いた。

これ以上は何を言っても意味を成さないとわかったバーチェは再び構えると、ティオナも笑顔のまま構えて、告げる。

「バーチェ。魔法でも何でも使っていいから、ここから先は本気を出して」

警告をするように告げるティオナにバーチェは怪訝な表情を見せる。

「!?」

するとバーチェは気付いた。

ティオナの口から赤い息を吐き出すと同時にティオナの周囲の空間が歪んだ。

陽炎のように空気が揺れている。

比喩ではない赤い呼気は息が赤く変色するほど熱が宿っている。それはバーチェもよく知っている。

だが、その空間を歪ませるほどの熱を帯びたことなどこれまでに一度もなかった。

「今のあたし、すっごく強いから」

ティオナはミクロと出会って変わった。

その結果としてティオナは新たなスキルを得た。

―――【恋慕太陽(リエン・サン)】。

それがティオナが新たなに得たスキルの名称。

ベートが持つ【月下狼哮(ウールヴヘジン)】と似て太陽の下でないと発動しないスキル。その能力は全アビリティ能力超高補正。更には魔法を付与したかのように全身に高熱を帯びる。

アイズが纏う(エアリエル)のように今のティオナは全身に熱を宿す。

今のティオナの姿は太陽そのもの。そう感じ取ったバーチェは詠唱を口にする。

「【食い殺せ(ディ・アスラ)】!」

バーチェが使う付与魔法(エンチャント)。黒紫の光膜を右手に覆う。

猛毒の属性を持つ防御不可能の毒牙。

殺す気で戦う。そうでもしないと今のティオナには絶対に勝てない。

バーチェの直感がそう判断した。

そして―――

熱を宿す拳と猛毒を覆う拳は衝突する。

 



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Three31話

『セシル、お前に才能はない。良くも悪くも普通だ』

そう言われたのは何時の頃だったろうか?

師であるミクロから才能がない、とそう告げられたのは。

『だからお前は努力し続けるしか、前に突き進むしかない』

師であるミクロの言葉は正しかった。

訓練は酷烈(スパルタ)で何度も走馬灯を見たのか、もう数えていない。

だけど無駄もなく的確でどこでもいつまでも付き添って才能のない自分を鍛えてくれる。

訓練は厳しいけど、それ以上に優しい師匠だからこそセシルは敬い、尊敬し、憧憬を抱く。

いつかこの人のようになりたい、そう思っていた。

「はぁ…………はぁ…………」

だけど、もし、万が一に自分に才能があったのなら。

師匠であるミクロの才能が一割でもあったのなら。

状況は変わっていたのかもしれない。

「良い根性じゃ」

称賛の言葉を送るガレスの視線の先に映るのは満身創痍になりながらも大鎌を杖代わりに立ち上がるセシルの姿。

その近くには既に戦闘不能となっているアイシャの姿が横たわっている。

セシル&アイシャVSガレスの戦いが始まってまだ数分。

果敢にも立ち向かったセシルとアイシャだが、ガレスという圧倒的な実力差の前に成す術なく吹き飛ばされた。

魔法でも、スキルでも、策でもない。

あまりにも単純(シンプル)な『力』の前にセシルはただ啞然となる。

相手が実力者だということはわかっていた。

Lv.の差だってあることもわかっていた。

それでも心のどこかに慢心があったのかもしれない。

相手はLv.6。そして自分達が毎日のように相手をしているのはその上を行くLv.7のミクロだ。だから勝つことは出来なくとも善戦ぐらいは、と思っていた。

だけどそれが如何に甘い考えだと思い知らされる。

ガレスは戦闘開始直後から得物を捨て拳のみで戦っている。もし、得物を持っていたらいったい何回死んだかもう数え切れない。

確実に手加減されている。それなのに傷一つ与えることができない。

「『レシウス』!」

『リトス』に収納している大双刃であるレシウスを投擲。激しい勢いで回転してガレスに向かう。

大きさと質量を誇るレシウスは下層のモンスター相手でも容赦なく叩き切る必殺の大型武器。

「【駆け翔べ】!」

セシルは更にレシウスに白緑色の風を纏わせて速度、威力を底上げする。

迫りくる大双刃。それをガレスは――

「ぬんっ!」

正面から素手で受け止めた。

刃を見切り、両手で刃を挟んで受け止めたガレスは完全に制止したレシウスをその場に放り捨てる。

「やれやれ、そのやり方はティオナが真似しそうじゃのぅ」

顎髭を擦るガレスの背後からセシルは大鎌を振るう。

レシウスを囮にして背後を取ったセシルはガレスを両断する勢いで大鎌を振り下ろす。

しかし、ガレスは振り返ることなく大鎌の刃先を片手で受け止めた。

「フンッ」

「ガ、ハ!」

そのまま片腕で大鎌とセシルを持ち上げて地面に叩きつける。叩きつけられたセシルは肺から空気が強制的に外に出て身体に激痛が走る。

「もう終わりか?」

自分の足元に転がっているセシルに攻撃せずただそう問いかける。

セシルは立ち上がってガレスと距離を取ってレシウスを呼び寄せて手元に戻す。

(強い………………ッ!)

ガレスは何一つ回避することなく全ての攻撃を受け止めて打破してきた。

こちらの手数を真正面から一つ一つ確実に潰してくる。

セシルはあらゆる策を考えた。

アイシャと共に遠距離で魔法で倒そうとしても倒せず。

逆に接近戦を挑んでも拳一つで吹き飛ばされる。

Lv.4であるアイシャですらガレスのたった一度の拳を受けて気絶している。

セシルがこうして立っていられるのは運がよかったのと、これまでミクロやここ最近ではアルガナとバーチェに何度も殴打されたことで致命打を辛うじて避ける方法を身体に叩き込まれたおかげだ。

それでも現状は何も変わらない。

圧倒的実力者であるガレスに勝てる方法が思いつかない。

試せることは全て試した。それでも届かなかった。

まるでこれがお前の限界だと、言われているかのような気がしてならない。

「ほれ、ボケっとするでないわ」

「!?」

迫りくるガレスの拳。それを見てセシルは咄嗟に詠唱を口にする。

「【天地廻天(ヴァリティタ)】!」

咄嗟に自身を魔法を施して大鎌で防御を取る。そしてガレスの拳が大鎌に直撃してセシルは吹き飛ばされるも、セシルは立ち上がれる。

セシルの重力魔法である【グラビディアイ】の能力で自身の空間の重力を軽くなるように操作してガレスの拳の威力を大幅に削いだ。

だが、それでも直撃すれば無事では済まない。セシルはこれまでもこうやって辛うじてガレスの拳を防いではいるも、限界は近い。

(私じゃ、勝てない……………)

圧倒的なまでの実力差の前に半分心が折れかけている。

相手が悪い、諦めるのは賢い、逃げた方がいい。先程から自分の中にもう一人自分がいるかのようにそう囁いてくる。

(ベルなら、どうするのかな………………?)

ふ、と、セシルはそう考える。

この場にいるのが自分ではなくてベルならいったいどうしたのだろうか?

圧倒的速度で強くなっているベルにセシルは少なからずの嫉妬を抱いている。

自分が何年もかけてようやくたどり着いた場所をベルは僅か数か月という短い日数で辿り着いた。

いったい自分とベルの何が違うのだろうか?

同じようにミクロの下で訓練をして、ダンジョンに潜って同じぐらいに戦っているのに成長速度がまるで違う。

辿り着かれたと思ったら今度は追い抜かれそうでセシルはどうしてこうも違うのかと苦悩し、嫉妬し、悔やんだ。

もし、ミクロの弟子が自分ではなくてベルであればどうなったのだろうか?

自分の中で何かが変われたのだろうか? 仕方がない、そう思って諦めることができたのかもしれない。

少なくともミクロに一撃を与えることが出来たベルなら自分よりは幾分かは形勢はいい筈だ。

数年も模擬戦を繰り返してきたセシルは今までに一度もミクロに一撃を与えることができなかった。ただのマグレも含めて一撃もない。

それをベルは成し遂げた。

ちらり、と師匠から授かった相棒である『レシウス』を見る。

ベルが持つ武器は既に持ち主を認めて変化した。その武器に炎を宿した。

それに対して自分は授かった時から何も変わらない。つまり、自分の武器にすら認められていない。

「私じゃ、駄目なのかな…………?」

諦観染みた言葉が漏れる。

 

「『氷鷹(ひよう)』!」

 

その時だった。

セシルの横を翼を広げた巨鳥のように蒼き流星群がガレスに疾走する。

巻き起こる風と氷波が高らかに啼きながら凄まじい氷結音を奏でる暴雪の砲撃がガレスに直撃した。

「馬鹿野郎! さっきからどうしちまったんだ!?」

「ヴェルフ………………………」

「お前らしくもねえぞ!」

自分の横に魔剣を持ってやってきたヴェルフはセシルに叫ぶも、セシルは顔を俯かせる。

「ヴェルフ、私……………どうしたらいいのかな? どうすれば強くなれるのかな?」

ぽつり、と己の心情を口にするセシルにヴェルフは口を開いた。

「……………………お前が何を思ってそう言っているのかは俺にはわからねぇ。だけど、これだけは俺でも言える」

一呼吸開けてヴェルフは告げる。

「お前は強い。それは俺だけじゃねえ、俺達全員がそれを認めてんだ。そうじゃなけりゃ団長の地獄みてぇな特訓についてこれるわけがねえ」

「……………………それならベルだって」

「確かにな。ベルも強くなった。いや、今も強くなろうと足掻いている。でもそれはお前もだろう? 目標を目指して強くなろうと努力してるんじゃねえのか?」

ヴェルフは語る。

「だけど、ベルと自分を比べちまう気持ちはわかる。いや、団長の下で一緒に訓練しているお前の方がよっぽど応えてると思うからわかるとは言えねえな」

ヴェルフも自分と急成長しているベルとで自分の少なからずの劣等感(コンプレックス)を抱いている。だけど、そのベルと常に一緒にセシルはそれ以上に酷いのだろう。

「それでも少なくとも俺はお前の方が強いと思っている」

「え……………どうして…………………?」

「自分とベルと比べながらも一歩でも前に突き進もうと努力しているお前の姿に俺は何度も励まされた。あいつがあんなにも頑張っているのにこんなところで挫けていられるか、ってな。きっと他の団員達だってそうだ」

ヴェルフは本拠(ホーム)で何度も団長であるミクロ相手に前進するセシルの姿を目撃している。その姿、その勇姿、その信念を見て落ち込むのはまだ早いと気合を入れ直した。

そのセシルの姿に励まされたのはヴェルフだけではない。団員の多くがセシルを見てはまだまだ頑張らないと、と思わせる。

「だから、もっと自分に自信を持ってもいい、と俺は思う」

ヴェルフの言葉がセシルの心を動かした。

「………………………………うん、そうだね。私は突き進むしかないんだった」

『だからお前は努力し続けるしか、前に突き進むしかない』

かつての師の言葉通り、セシルにはそれしかない。そのことを思い出させてくれた。

立ち止まり暇も、諦めている暇もない。

ただ前に突き進むしかない。

目の前に自分の邪魔をする障害があるというのならそれを壊しても前に突き進む。

セシルは大鎌を捨てレシウスに願う。

「レシウス。あなたにとって私は持ち主として認めてくれないのかもしれない。だけど、今だけでいいの。私に力を貸して」

その時、レシウスは光輝いた。

眩しいまでの閃光を放つレシウスに二人は目を閉じる。

そして、徐々に収まってくる光にセシルは目を開けると、レシウスの形状が変化した。

大双刃だったレシウスが深い闇を連想させる常闇の大剣に姿を変えた。

自分の背丈以上に長い大剣なのに不思議と重たくない。

「やれやれ、これがクロッゾの魔剣か。ちと効いたのぉ」

全身を凍て尽くされながらも動き出したガレスはセシルの武器が変わったことに少々驚くもセシルの覚悟を決めた表情に口角を上げる。

(面白い娘を育てておるのぉ、ミクロは)

内心そう思いながらガレスは一歩を踏み締める。

戦いは続く。

 



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Three32話

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)中盤(ミドルゲーム)に入り、各場所では激戦が繰り広げられている。

その中の一つ、犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)の少女達も戦いを繰り広げていた。

距離を保ちながら矢を番えて放つティヒアとその矢を撃墜しながら接近を試みるアナキティ。しかし、その差は中々埋められない。

「あぁ、もう………………!」

一向に追いつけない相手に徐々に苛立ちを露にするアナキティは追いかけている犬人(シアンスロープ)が放つ正確無比の精度に舌を巻いていた。

互いにどちらもLv.4でありながらもまだ先にLv.4に【ランクアップ】をしているアナキティの方が能力値(アビリティ)も高く、優位性(アドバンテージ)もある。

それでも近づけない原因はこちらの動きを妨害するかのように飛んでくる矢のせいで近づくことが出来ない。

まるでこちらの動きを先読みでもしているかのように放たれるティヒアの正確な狙撃の精度に厄介さを感じた。

こうなれば矢がなくなるまでとことん追いかける。

「くっ…………!」

それとは逆にティヒアは焦りが生じる。

一向に距離を離せられない。そもそも弓兵(アーチャー)である自分が発見されること自体が愚行だ。特にティヒアは接近戦は苦手だ。自分よりもLv.が低い相手ならともかく、同じLv.4のアナキティ相手に勝てない。

自分の役割は【ファミリア】の援護狙撃。一対一の戦いには向いていない。

ミクロの魔道具(マジックアイテム)『リトス』のおかげで矢が無くなる心配はまだないが、それでも有限だ。他の【ロキ・ファミリア】の団員を倒すことも考慮すれば残しておきたいが本音だけれどもそんな余裕はない。

少しでも狙いが逸れれば一瞬で接近を許して斬られる。

ミクロの為にも敗北するわけにはいかない。例え、自分が勝てない相手だとしても足止めすることぐらいはできる。

アナキティ・オータル。彼女は有能だ。彼女をここで縫い付けておけば他に向かわれる心配はない。

拮抗状態が続く。

 

 

 

【ハイ・ノービス】ことラウル・ノールド。能力(ステイタス)はLv.4の第二級冒険者にもかかわらずぱっとしない印象を持たれる。平凡を突き詰めたような彼はいま、防戦を強いられている。

「う、ぐ………………ッ!」

白銀と紅の斬線を残すほどの連撃を放つベルの猛攻に防御をするのが精一杯。

ベル・クラネル。公式のLv.ではLv.3の筈なのにLv.4である自分が押されていることに驚愕する暇もない。

隙があればその隙をついてくるほどの油断も慢心もしないベルの鮮烈な剣撃。ラウルは反撃する暇もない。

(これが【白雷の兔(レイト・ラビット)】………………ッ!)

強い。そう感じながらもラウルは防御を解かない。

「ああ、もう………………! あの人は…………………!!」

レフィーヤは走りながら憤っていた。

戦闘開始からこちらを攻撃してくる小人族(パルゥム)が持つ魔道具(マジックアイテム)の衝撃波の嵐に詠唱を口にする暇がない。

それを作った【覇王(アルレウス)】に色々と文句を言いたい。

なにとんでもないものを作っているんですか!? と。

確かに魔道具(マジックアイテム)はミクロがいる【アグライア・ファミリア】の特権かもしれない。けれど、こうも強力な魔道具(マジックアイテム)をぽんぽんと作り出していることに理不尽を抱く。

並行詠唱しようと試みるも向こうもそれを警戒している。せめて後一人盾役となる誰かがレフィーヤには必要だった。

(このままじゃラウルさんが…………………ッ!)

レフィーヤはまだミクロやリューのように攻撃、移動、回避、詠唱、防御を含めた五つの行動を同時展開することはできない。

だけど。

(貴方にいいえ、貴方達に負けられない…………………ッ!)

この場にいるベルとこことは別の場所で戦っているセシルに強い対抗心を抱いているレフィーヤは一か八かの勝負に出る。

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹】」

足元に魔法円(マジックサークル)を展開しながら大木の心を、視野を広く持ちつつ最低限の回避と防御に専念して夥しい衝撃波の嵐を避け続ける。

(私だってあの人の特訓を受けたのですから!)

一週間という短い期間ではあったが、濃密と言っても過言ではない酷烈(スパルタ)に耐え切ったレフィーヤは魔力という手綱を手放さない。

「【汝、弓の名手なり】!」

激しくなる衝撃波の嵐。向こうも焦っているのが伝わってくる。衝撃波の塊が何度も身体に当たろうともレフィーヤは止まらない。

「【狙撃せよ、妖精の射手】!」

魔杖《森のティア―ドロップ》を構え、詠唱を完了させる。

「【穿て、必中の矢】!」

力強い歌声を響かせながら杖をラウルと戦っているベルに向ける。

「【アルクス・レイ】!」

放たれる光の砲撃。大閃光はベルに向かって驀進する。

「ベル様!!」

小人族(パルゥム)の少女、リリは敵派閥の詠唱を完了させてしまった自分を悔やみながらベルの身を案じて叫ぶ。

攻撃魔法【アルクス・レイ】は自動追尾の属性を持つ。照準した対象に着弾するまで何度も転進する矢の魔法。

ラウルは詠唱が完了する直前に事前に回避することが出来たのも遠征で何度も経験した連携によるもの。この魔法が当たれば流石のベルでさえ無事では済まない。

勿論、殺さない様に加減はしてある。

着弾寸前でベルは大閃光を避ける。しかし、自動追尾の属性を持つレフィーヤの魔法は執拗なまでにベルに迫りくる。

―――のだが。

リン、リン、と。(チャイム)の音が響く。

逃げながらベルの右手には純白光の粒子を集束させていた。

「10秒…………溜め(チャージ)

英雄願望(アルゴノゥト)】。

高速移動での並行蓄力(チャージ)

蓄力(チャージ)を完了させてベルは自分に迫りくる大閃光に手を伸ばす。

「【ライトニングボルト】!!」

力強い白き稲光を放つ。その白き稲光と大閃光は衝突して相殺する。

「うそ…………………」

自分の魔法が相殺されたことに目を見開くレフィーヤの魔法は決して弱いわけではない。手加減していたからこそベルはぎりぎり相殺することに成功しただけの話だ。

仮にレフィーヤが全力で放っていたらベルは致命傷までは行かなくても確実に手傷は負わせられる威力にはなっていたはずだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

魔法を放った直後を狙ってラウルは剣を振り上げる。

レフィーヤが作ってくれた好機を見逃すわけにはいかない、と。

反応が一瞬遅れたベル。防御は間に合わない。

振り下ろされる剣。しかし、その剣はベルには届かなかった。

リリが放つ魔道具(マジックアイテム)の衝撃波がベルの窮地を救った。

「!」

窮地が逆転。ベルはリリが放った衝撃波によって体勢が崩れたラウルの顔面に拳砲が炸裂する。

「が、ぁ………………………!」

「ラウルさん!?」

衝撃に打ち抜かれたラウルは何度も地面を跳ねてようやく止まった。

地面にうつ伏せるラウル。確実に決まった渾身の一撃。だけどベルはラウルから視線を外すことができなかった。

「……………………ま、だ、まだ、終わってないっすよ………………!」

頭から血が垂れ、殴られた頬は腫れて、無様に鼻血を流す。それでもラウルの瞳からはまだ戦意は消えていない。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

駆け出すラウル相手にベルは油断なく己の得物を構える。

互いに得物を衝突し合わせ、金属音と火花を散らしながらも戦い合う。

それでもベルの方が一枚上手だ。

これまでのミクロとの酷烈(スパルタ)や数多の強敵と戦ってきたベルは本当にLv.3の冒険者なのか疑う程に強くなっている。

「うぐっ!」

ベルの蹴撃がラウルの横腹に直撃。再び地面に転がるラウルだがすぐに立ち上がって向かってくる。

ラウルは自分の身の程を知っている。

どれだけ努力しても団長であるフィンやアイズ達のようにはなれない。いくら追いかけても追いつくことさえできない。

眼前にいるベル・クラネルを見てラウルは思った。

団長達に追いつけるとしたらきっとベルのような人でないと無理だと。

悔しくもそう思えてしまう。

だけど――

それでも―――

ここで追いかけるのを止めたら、もっと駄目なやつになる。

憧憬を追うのはセシル、レフィーヤ、ベルだけではない。

ここにも憧憬を追いかける者がいる。

(無様でも、惨めでも……………俺は、俺はここで立ち止まるわけにはいかない!)

生き汚く、諦めの悪い冒険者。

選ばれた者達の残酷な背中を惨めでも追いかけ続けることを諦めない彼に神の悪戯か、それとも諦めない彼の意思が運命を動かしたのか、ともかくそれはやってきた。

流星のように空を駆け、飛んでくるそれは自ら意思を持つようにラウルの左腕に装着される。

「それは………………ッ!」

それを見て驚愕に包まれるベルとリリ。何故ならそれはベルやセシル達が持つミクロ・イヤロスの最高傑作の一つである小型盾(バックラー)だ。

それがまるでラウルを選んだかのように装備されている。

「な、なんすっか、これ?」

突然自分の腕に装備してきた小型盾(バックラー)に戸惑うもすぐにその使い方を理解した。

生きた武器であり、作製者であるミクロの想像を超えるその小型盾(バックラー)の名を呼ぶ。

「『アミナ』!」

その名を呼ぶことで能力が解放。複数の半透明の盾がラウル周辺に出現する。

覇王(アルレウス)】が作り上げた最高傑作。その内の二つが対峙する。

新たな力を手に入れたラウルと相棒達に炎を宿させるベル。二人は互いに目を逸らすことなく再び激突する。

 



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Three33話

女性のエルフのみで編成されたリヴェリアの部隊『妖精部隊(フェアリー・フォース)』。

都市最強であるリヴェリアが遊撃として駆り出され、並行詠唱を主軸にした高速戦闘、高速乱戦。主砲、弾幕、防壁、それらを有するエルフ達は『要塞(フォートレス)』と言っても過言ではない。だが、その『妖精部隊(フェアリー・フォース)』は現在窮地に立たされている。

スウラの持つ(トラップ)魔法。それによってリヴェリア達を完全拘束からの中、遠距離からの魔法、魔剣、矢、魔道具(マジックアイテム)による止むことのない嵐のような乱撃。反撃させる暇すら与えないその怒涛とも言える攻撃にリヴェリア達は辛うじて耐えている状況だ。

(このままでは……………………ッ!)

全滅。という言葉がリヴェリアの脳裏を過る。

Lv.6である自分はまだ問題はない。だが、第二級冒険者であるアリシア達は限界が近い。打開策はないわけではないが、それは犠牲を前提としてだ。

それはリヴェリアにとって好ましくない手段だ。

「リヴェリア様! このままでは!」

アリシアが叫ぶ。リヴェリアが全員に施した防護魔法も限界が近い。もうすぐ効果が切れて損傷(ダメージ)が自分達に襲ってくる。

「………………………………」

一度瞳を閉ざしてリヴェリアは覚悟を固める。

このまま何もせずに敗北するぐらいなら一か八かの勝負に打って出る。

小さく息を吐いてリヴェリアは『大木の心』を用いて詠唱に入ろうとしたその時。

 

莫大な量の風の破城槌が地面を削りながらスウラ達に襲いかかった。

 

『え? うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』

突然の横からの攻撃にスウラ達はその風に呑み込まれてかっ飛んだ。

そしてスウラがやられたことによって魔法が解けてリヴェリア達は解放されるも、あまりにも突発的過ぎる攻撃に目を瞬かせるリヴェリア達だが、その足元に対戦派閥(アグライア・ファミリア)が所有していると思われる一つの水晶が転がり込んでリヴェリアがそれを拾うと水晶からミクロが映し出される。

『ごめん、スウラ。そっちにリヴェリア?』

「……………………ミクロ? 今の攻撃は君か?」

『うん』

水晶の向こうで頷くミクロにリヴェリアは再度地面を削り消した破壊痕を見て、その頬に冷汗を垂らす。

いったいどのような魔法を使えばこんなものができるのか? と戦慄する。

「……………………今の君の攻撃で君の団員が吹き飛んだが?』

『そんなの避けないスウラ達が悪い。それに万が一を備えて両方の派閥に魔道具(マジックアイテム)も支給したから問題ない』

「それはそうだが………………………」

今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)では両派閥に問題が残らない様にミクロが魔道具(マジックアイテム)を支給している。

瀕死時になると防御結界と治癒を施して応急処置をする。少なくとも即死でない限りは死ぬことはほぼない。

その証拠にスウラ達は生きている。但し、先ほどの攻撃が誰の者か理解しているのかミクロに対する恨み言を呟いてはいるが。

完全な友軍誤射(フレンドリーファイア)。しかし、誤射した本人は反省の色はない。

『俺なら勘で避けれる』

だからそれができるのは貴方だけ、という倒れた団員達からの心の声が重なる。

「………………………………まぁ、結果的には私達は助かった。しかし、だからといって手を緩めることはしない。覚悟はしてもらうぞ?」

『問題ない』

最後に頷くと水晶からミクロの姿が消える。

リヴェリアは再び部隊を動かす前にフィンとミクロがいるであろうその場所を一度見据える。

「フィン………………」

勝てるのか? という迷いは今は切り捨てる。ただ【ファミリア】に勝利を貢献する為にリヴェリア達は再び動き出す。

 

 

 

 

時は少し遡る。

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)が開催されてミクロは真っ先にフィンの元へ辿り着き、ミクロはフィンと一騎打ちをしている。

激突する【勇者(ブレイバー)】と【覇王(アルレウス)】。

両派閥の団長同士の一騎打ちに多くの者が注目している。

フィンが持つ主武装《フォルティア・スピア》。黄金の穂先を持った『勇気』の名を冠する第一等級武装。

ミクロが持つ全てを破壊する魔武具(マジックウェポン)《アヴニール》。破壊属性(ブレイク)が付与されている黄金色の槍。

二本の槍が何度も衝突し火花を散らす。

乱れ突き、薙ぎ払い、槍術を駆使して戦い合う二人なのだが、フィンは自分の弱さを誤魔化す様に強気な笑みを見せる。

「本当に、厄介だね………………………」

Lv.に差はあるも槍術の技量に関してはフィンに分があった。これまでダンジョンで数多くのモンスターを葬ってきた『経験』と培ってきた『技』を繰り出してミクロの身体に何度も攻撃は通って入るもミクロは怯みもしない。それどころか損傷(ダメージ)を与えているかどうかも怪しいが本音だ。

(耐久はガレス以上か…………)

ここまで自分の槍術を受けてもなんともないように見えるミクロを見て口には出さなくてもそう思えてしまう。

更に言えばミクロが持つ槍の能力も厄介だ。下手に突き合えばこちらの得物が無くなってしまう。

もう一つ付け加えるのならミクロはまだ本気すら出していない。

ミクロの真骨頂はその耐久力もだが、その数多くの武器の多様性だ。

ありとあらゆる武器を、魔法を、魔道具(マジックアイテム)都市(オラリオ)で最も切れる手札(カード)が多い。

おまけにミクロはそれを直感と判断力で完全に使いこなしている。

例えるのならミクロ一人で【妖精部隊(フェアリー・フォース)】が成り立てる。いや、ミクロこそが『要塞(フォートレス)』そのものだ。

物理・魔法攻撃すらもビクともしない耐久力。

無限にも思える数多の武具。

これを『要塞(フォートレス)』と呼ばずに何と言う?

フィンは今、その要塞をたった一人で打ち破ろうとしている。

改めて考えれば無謀もいいところだ、とフィンは内心で苦笑い。

どうやって倒そうか、そう思案しているとミクロの指輪から一つの小型盾(バックラー)が出現する。それに驚くフィンは警戒を強いるも驚いていたのはミクロも同じだったが、その表情は何かに納得したかのように頷いた。

「いいよ」

まるで許しを得たかのように小型盾(バックラー)はどこかに飛んで行った。

「ミクロ・イヤロス。今のはいったい………………?」

「主を選んだ。それだけ」

フィンの疑問に簡素に答える。その答えがはっきりしなくても少なくとも何かしらの罠でないことは確かなのは理解できた。

「フィン。準備運動も終えたからここからは本気で行く」

その言葉に空気が一変する。

右の親指が痛いぐらいに痙攣している。そしてフィンは瞬時に詠唱を口にする。

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】!」

超短文詠唱を怒ったフィンの左手に、鮮血の色に染まる魔力光が集う。

瞑目し、紅の指先――――鋭い槍の穂先を己の額に押し当てた直後、魔力光が体内に侵入した。

「【ヘル・フィネガス】!」

次の瞬間、見開かれたフィンの美しい碧眼が、鮮烈な紅色に染まった。

フィンが持つ戦意高揚の『魔法』。

戦闘意欲―――燃え滾る交戦よくを引き出し術者の諸能力を大幅に引き上げるが、力の代償としてまともな判断力を失うことになる。

本気のミクロと戦う為に能力(ステイタス)上昇を優先させたフィンは主武装である槍を手に先手必勝の速度でミクロに迫る。

そこから突き放たれる一突きは深層のモンスターすら突き穿つことだって可能とするが、それがミクロの届くことは無かった。

ミクロの周囲に漂う三枚の大盾がフィンの一撃を防いだ。

「――――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

哮けるフィンはその大盾ごと破壊するかのような怒涛の攻撃を仕掛けるもその大盾を突破することは出来ない。それどころか三枚の内一枚の盾が横からフィンに攻撃を仕掛けてきた。

「ぐっ―――! ぁぁああああああああああああああああああああああああっっ!!」

その攻撃に苦痛の表情を見せるも咆哮を上げて痛みを無視。再度攻撃に入るもミクロは盾をどかしてその手にナイフと梅椿を持ち、フィンの攻撃を全て捌いた。

そして、僅かに出来た隙に回し蹴りを炸裂させる。

「が、は………………」

体中の骨が軋む音を聞きながら蹴り飛ばされるフィンは立ち上がる。しかし、ミクロは怪訝する。

「フィン。どうして本気を出さない?」

「何を、言って…………………」

「前のフィンならこんな温い攻撃はしなかった」

その言葉は今のフィンは相手にもならない。そう言っているようにも聞こえた。

「………………………………僕が弱いと思うのならそれはむしろ逆だ。君が以前僕と手合わせした時よりも強くなっているからじゃないかな?」

以前は互いにLv.6同士だった。だけど今はミクロは【ランクアップ】を果たしてLv.7の頂きにいる。だからフィンの言っている事は間違いではない。むしろ、短期間でそれだけ強くなっているミクロの方がおかしい。

しかし、ミクロは首を横に振った。

「そうじゃない。フィンは戦い方を選んでる? 隠しているように感じる」

「……………………それは」

「ううん、違う。隠しているのは個々の感情?」

「!?」

「フィンの野望じゃない。もっと個人的な何か………………………」

疑問を抱きながらも自分が感じ取った何かを口にするミクロにフィンは戦慄を覚える。

いったいその隻眼はどこまで見抜いているのか。

ミクロの言葉通り、フィンはミクロに対してある感情を抱いている。

それは嫉妬であり、羨望でもある。

ミクロ・イヤロスは『奸雄』のフィンと違って正真正銘の『英雄』であり、その強さ、あり方、その全てに対してフィンはミクロに嫉妬と羨望を向けている。

自分は偽物であれば彼は本物。

『人工の英雄』ではなく『本物の英雄』。

それはフィンがなりたくてもなれないものだとフィン自身も自覚している。

主神にかけあって【勇者(ブレイバー)】の二つ名を拝命して貰ったのがいい例だ。自分が望む名声を手に入れる為の手段にして過程。無論、名声に偽りがないようフィンは振る舞い、信念と強さを示してきた。だが、それは全てフィンが画策したものだ。

しかし彼はどうだ?

彼が、ミクロ・イヤロスが一度でもそんな画策を取ったか? 名声を手に入れる為に何かしらの手段を取ったか? その答えは否だ。

ミクロは意図とも打算とも無縁。全ては自分がそうしたいからという行動の結果。三大派閥まで登り詰めてきた。

『英雄』とは作り出すものではなく、求められるもの。

フィンとミクロ。互いのあり方が完全に真逆の存在である。

「…………………本気を出さないのなら、俺が勝つよ?」

ミクロが『リトス』から新たに取り出したのは大振りの突撃槍(オウガランス)。その先端から螺旋状に何かしらの文字が刻まれている。

ミクロの新しい武装? フィンはそう思案するなかで突撃槍(オウガランス)に刻まれている文字が輝きだし、回転を始めるとそこに風が集束しているように―――

「!?」

フィンは回避行動を取る。

これまで多くの死戦を潜り抜けた経験と己の直感が告げている。これから放つミクロの一撃は決して受けてはいけないと。

「エアリエル・バース」

突撃槍(オウガランス)から放たれるは莫大なまでの風の塊。それが破城槌のようにフィンの横を通り過ぎる。

その勢いは失うことなくフィンがいた更に後方まで地面を削りながら向かっている。

もし、あの一撃をまともに受けてしまえば、そう思うとフィンはぞっとした。

「これの名前は『エア』。アイズの魔法名を少し借りてそう名付けた。周囲の風を圧縮凝縮して放つ魔武具(マジックウェポン)。自慢の作品の一つ」

己の作品を教えるミクロにフィンはいつものような笑みは浮かべることはできずにただ戦慄する。

フィンはミクロの事を『要塞(フォートレス)』そのものだと思っていた。

だけどそれは違った。ミクロは『要塞(フォートレス)』なんかじゃない。

己の前に立ちはだかる障害は全て破壊して突き進み、我が道を作り出す。

「【覇王(アルレウス)】………………………」

神々がミクロに授けたその二つ名はあながち的外れではない。ミクロという存在そのものを現すのに相応しい異名だ。

 



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Three34話

白亜の巨塔『バベル』三十階。戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦していた神々は口を開けたままただ呆然としていた。

一部は愉悦交じりの笑みを見せる神々もいるがその視線は一つに定められている。

それはミクロが放った『エア』による一撃。

その余りにも逸脱した威力に神々でさえも恐れを抱く中で最初に言葉を放ったのはヘファイストスだ。

「……………………アグライア。彼はなんなの?」

静かにだけどその言葉には警戒を交ぜながらヘファイストスはアグライアに問う。

「貴女の子、【覇王(アルレウス)】が『神秘』の発展アビリティを持っていて魔道具(マジックアイテム)を作製することができることは知っているわ。だけど、あれはもうその域を超えている。それどころか私の子供達が作る武器すらも凌駕している」

ミクロが放ったその一撃を魔剣で同等の威力の物を作れ、と団長である椿に言ったとしても首を横に振るだろう。それは材料や金銭の問題ではなく、鍛冶師(スミス)の腕前として。

「貴女の子の実力や技量を疑っているわけじゃないけど、あんなの個人が使用していい力じゃない。彼がその気になったらこのオラリオでさえ支配することができる。あれはそれほどまでの力だって貴女でも理解しているはずよ」

「…………………何が言いたいのかしら? ヘファイストス」

「………………………………彼は、このオラリオの『王』にでもなるつもりなの?」

紅眼の瞳を細めながら真剣に問いかけるヘファイストスの言葉にこの場にいる神々が唾を呑み込む。

あれほどの力を持つ存在、それ以前にLv.7であるミクロを止められる者がいるとすればそれこそ同じLv.7である【フレイヤ・ファミリア】団長【猛者】オッタルぐらいなものだ。そこに今の力を複数所持しているとすればこの迷宮都市を支配することだって不可能ではない。

緊迫が増す空気の中でアグライアは小さく笑みを浮かべた。

「それはありえないわ。だってミクロはそんなものに一切の興味がないもの」

あっさりとそう口にした。

「ハッキリ言ってあの子は地位も名誉も富すらも興味の欠片すら見せないもの。何が欲しいのかこっちが悩ませるくらいに無欲なのよ。今見せたあれだってきっとただなんとなく作った程度でしょうね」

そんな理由!? とアグライアの言葉に神々の心情は一致した。

「ただ、一つあるとすればこっちまで振り回すほど自由奔放なところね。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)だって事後報告で知ったし…………………私、主神なのに」

深い溜息と共に肩を落とす女神様は我が子に振り回される母親の心境だ。

もう少しだけでもいいから落ち着いて欲しい。それがアグライアがミクロに願うことだ。

だがそれは叶わぬ願いなのは考えるまでもない。

「ヘファイストス。貴女が心配することは何一つないわ。それは主神である私が保証する。仮にそうなったとしてもちゃんとあの子の手綱を握っている子がいるから問題ないわ」

「………………………………そう、それならいいわ」

ヘファイストスは息を吐いて気持ちを落ち着かせて改めて『鏡』に視線を戻す。

そこには見たこともないようなありとあらゆる魔武具(マジックウェポン)で大暴れしているミクロの姿を見て思った。

(【覇王(アルレウス)】の手綱を握っている子ってどんな子なのかしら……………?)

それに疑問を抱く。

 

 

 

 

「フィン。まだまだ行く」

次にミクロが取り出したのは杖なのだが、その形状は見慣れないものだ。

東方に伝わる法師が持つと言われる錫杖をミクロは地面に突き刺し、片手で印を結ぶ。

「喝」

すると、錫杖から四方八方に向けて雷撃が放たれる。

「ぐっ!」

無差別に放たれた雷撃の一撃がフィンに当たるも流石と言うべきか、無差別に放たれて軌道も予測も不可能な攻撃から直撃は避けた。

「次はこれ」

次にミクロは帯革(ベルト)を装備するとミクロの頭から獣耳と腰からは尻尾が生える。

「獣人化、かい?」

「正解」

突貫するミクロ。獣人の特徴も含まれているのかその動きは機敏。フィンの視力でさえも捉えきれるのが難しい程に今のミクロは素早く、ミクロの両指の鋭い爪によってその身を切り刻まれる。

「ハッ!」

槍を振るうもミクロは容易に回避。再び距離を取って今度は異形な形をした像が出てきた。背中に片翼。頭部は一本の角。目のようなものはなく口と思われるものがある不気味な像だった。

「叫べ『ウルリャフト』」

『ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

「!?」

フィンは咄嗟に両手で耳を閉じた。

しかし、それでも多少凌げたぐらいで激しい頭痛がフィンを襲う。

ミクロが作製した『ウルリャフト』は怪音波を造り出す。その怪音波を聞いた者はモンスターだろうが人だろうが叫びたくなるほどの頭痛が襲ってくる。

耳を閉ざしているフィンでさえ顔を歪ませるほど頭痛が酷い。

「避けてね?」

『プギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャッッ!!』

続けて哄笑する人の顔をした巨大な火の玉。それをフィンに向けて投擲。

そして大爆発。

「が、は………………」

その爆発に直撃して爆風に身を任せるままに飛び、地面に何度も跳ねる。

「ぐぅ………………」

槍を杖代わりに起き上がるフィンにミクロはフィンが構えるのをじっと待っている。

フィンは既に満身創痍。だけど、ここで無様に倒れるわけにはいかなかった。

一族の再興の為、一つの【ファミリア】の団長として倒れるわけにはいかない。

「まだ、戦う?」

「………………………………ああ、ここで倒れるわけにはいかないからね」

再度槍を構えるフィンの頬に汗が垂れる。

ミクロが強いのはわかっていた。だからこそそのミクロに勝利すればより多くの名声を手に入れ、一族の奮起させてフィアナに代わる希望となる為に。

しかし、いくら勝利を掴む為に足掻いても現実は非情。

ミクロの左腕が突然に大きく膨れ上がって獣毛が生える。

「大地を抉れ『ソル・エダフォス』」

ぐわん、と獣の巨椀が何かを掴むように回す。すると、地響きが起こる。

地割れが起き、平らだった地面が隆起する。

「地殻さえも変えるというのか、君は………………!?」

たった一つの挙動でこの一帯の地殻を変えたミクロにもはや驚きを通り越して感心する。

だけどこれは好都合。

隆起した地面がフィンの身を隠し、防御の役割も果たしてくれる。

『エア』のような強力な攻撃ならともかく並大抵の攻撃ならこれで防ぐことができる。

しかし、その考えは甘かった。

左腕を元に戻したミクロが次に取り出したのは漆黒の曲刀。それを薙ぎ払う。

そしたら斬撃がその曲刀から放たれる。

隆起した地面を斬り裂きながら向かってくるその斬撃を身を低くしてやり過ごす。

たった一撃で隆起した地面を斬り裂いた。

「ハハ………………もうなんでもありだね」

思わず笑ってしまった。いや、笑うしかなかった。滅茶苦茶もいいところだ。

前の遠征で戦った『精霊の分身(デミ・スピリット)』の方がまだ戦う気力が湧く。

最早ミクロ・イヤロスという人間(ヒューマン)は完全に常識を逸脱した存在だ。

「………………………………ミクロ・イヤロス。君はそれだけの魔道具(マジックアイテム)を作り上げてどうするつもりだい? 都市最強の称号でも手に入れる気でいるのか? それともダンジョンの完全攻略か?」

数多の強力無慈悲な魔道具(マジックアイテム)を見て尋ねるフィンにミクロは首を横に振る。

「俺はそんなの興味ない。ただなんとなく作ってみただけ」

主神の言葉に違わぬ理由を述べる。

「五年と少し前、俺には何もなかった。夢も希望も帰る場所さえもない薄暗い路地裏が俺にとっての世界だった。その世界で俺は今日を生きる為に必死で明日のことを考える余裕なんか欠片もなかった。けど、今は違う」

「アグライアが俺に光をくれた。生きる希望を与えてくれた。それから俺は色んなことを経験して気が付いたら沢山の家族(ファミリア)ができた。夢も持てるようになれた」

「夢……………………?」

「この空の上に都市を築く。世界中を巡る都市、天空都市。それを創るのが俺の夢」

その壮大な夢を聞いてフィンは目を見開く。

「……………………それはただの夢物語に過ぎない。実現不可能な理想だ」

「その理想を実現させる。不可能だろうと非現実的だろうと俺はその夢を、理想をこの手で創り上げる」

しかしミクロは言い切った。

フィンが決して口にしない『理想』という言葉をミクロは口にした。

それはフィンが置き去りにして、失ってきたものだ。

冷徹なまでに現実を直視し、秤にかけて沢山のものを切り捨ててきた。

大人になった。世界を知った。聞こえはいいが、世界そのものを受け入れ、敗北した。

間違ってはいない。自分は正しい。確信がある。

ただフィンにとって(ミクロ)は眩しく見えてしまう。

いや、だからこその『英雄』なのかもしれない。

「光がない世界にいたから俺はフィンがしていることは凄いことだと思ってる」

「え…………………?」

それはフィンにとってあまりにも意外な言葉だった。

小人族(パルゥム)の間で信仰されていた架空の女神『フィアナ』。そのフィアナに代わって一族の光になろうとしているフィンの事を俺は心から尊敬している。それがどれだけ救われるか、生きる希望になるかを俺は知っているから」

かつて自分を救ってくれたアグライア。アグライアに救われたからこそミクロはフィンの野望がどれだけの小人族(パルゥム)の救いになっているかわかる。

「俺のいる【アグライア・ファミリア】に所属している小人族(パルゥム)、パルフェ達もフィンの活躍のおかげで冒険者になる勇気が持てたってよく聞く。だから自分達も【勇者(ブレイバー)】に負けない冒険者になるって毎日必死に鍛錬を積んでいる」

その言葉一つ一つにフィンの心に温かい気持ちが溢れてくる。

「だから俺は断言できる。フィン・ディムナ、【勇者(ブレイバー)】は正真正銘『一族の英雄』だ。それを否定する奴は俺が許さない」

告げるその言葉にフィンは思わず笑みを溢す。

「はは………………【覇王(アルレウス)】のお墨付きとはね。それは心強い」

「当然」

フィンは自分自身『人工の英雄』、『奸雄』と認識していた。ところがどうだ?

本物の英雄だと疑わなかった人からお前は英雄だと言われてこれほどまでに胸が熱くなるほど嬉しく思える。

これまでの道のりは決して間違いではなかった。フィンはそう確信が持てた。

「むしろフィンはそれさえも超えると思うから俺も負けられない」

「まったく、無茶を言ってくれる」

英雄として認められてくれただけでもこれ以上にないことなのにそれを超えるなんていう勝手な無茶ぶりに苦笑いを浮かべる。

(けど、確かに君の言う通りかもしれない)

フィンは次代の『フィアナ』になるために邁進してきた。偉大な先人に代わる小人族(パルゥム)の『光』となる為に。

だが、『フィアナ』では駄目だった。一族は拠り処を失い、古代以前より落ちぶれていた。だからミクロ・イヤロスの言う通り『一族の英雄』を越えなければならないのかもしれない。

ならばフィンも、一皮剥けよう。殻を破ろう。

その為にはまず眼前にいる『英雄(ミクロ)』を倒すところから始めよう。

「………………………………」

フィンの表情が変わった。それを察したミクロは『アヴニール』を取り出す。

「付き合って貰うよ、ミクロ」

「負けない」

子供のように笑うフィンに対してミクロは一切の油断も慢心もしない。

「【駆け翔べ】」

詠唱を口にしてミクロは白緑色の風を纏う。

「【フルフォース】」

魔法を発動させて突貫する。

 



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Three35話

白緑色の風を纏い突貫するミクロに対してフィンも前へ進む。

「―――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

凶戦士のごとき雄叫びを叫びながらミクロと衝突するフィンの身体が風によって切り刻まれるもフィンはそんなことお構いなしに攻撃する。

――フィンは防御を捨てた。

このままではミクロに勝てるわけがない。なら防御を捨ててでも攻撃をする。

一瞬でも判断を間違えれば敗北は必須。それでもフィンは攻撃の手を緩めない。それどころか更に上げる。

その攻撃の勢いは止まることを知らずにミクロに迫る。

だが、それでもまだ足りない。

確かにフィンの攻撃は通るようになった。だけど、ミクロの恐ろしいまでの耐久力には微々たる損傷(ダメージ)にしかならない。

このままではジリ貧だということぐらいわかっている。

だが、フィンの武器ではミクロに確実な損傷(ダメージ)を与えることは出来ない。

それだけミクロの耐久力はずば抜けているのだ。

並の、いや、第一級特殊武装(スペリオルズ)でも難しい。

だけどそれを上回る武器が目の前にある。

フィンは針穴を刺すかのような超絶技巧の槍捌きでミクロの槍を弾き、自分の武器を捨てその武器を手にする。

ミクロの防御力を突破することができる唯一無二の武器『破壊属性(ブレイク)』が付与されている黄金の槍『アヴニール』を手にする。

(すまない……………)

自分の愛槍に内心で謝罪する。だけど許して欲しい。

ミクロ・イヤロスに勝つ為にはこれでないと勝てない。

「フィン、返して」

「この決闘が終わったらね」

笑顔でそう返しながら猛攻は続けるフィンにミクロはナイフと梅椿で防御するも、フィンの槍術はミクロを上回り、防御する際にできた僅かな隙をフィンは狙う。

(軽い、それに扱い易い……………)

ミクロが持つ槍の性能が想像を超えている。いったい誰がこんな凄い武器を作ったのか気にはなるも今は勝つことだけを考える。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

猛獣のように吠え狂うフィンの怒涛の槍捌きが【覇王(アルレウス)】を押す。

無数とも思わされる槍の連続攻撃に防戦を強いられるミクロは掠り傷は無視して致命傷を受けない様に専念する。

だけどその身体には確実に損傷(ダメージ)を蓄積していく。

それなのにミクロは小さくだけど確かに笑みを見せた。

(流石はフィン……………強い)

強いことぐらいはわかっていた。だけど、こうして武器を交えることで改めてフィンの強さをその身に知ることができたからこそこちらも負けたくない。

Lv.7。頂点と呼ばれるその領域に足を踏み入れたミクロだけどここで立ち止まるつもりはない。

もっと、今よりももっと強くなる為にもミクロは負ける訳には行かない。

負けたくないその想いにミクロが持つ三枚の大盾『アルギス』が応えた。

三枚の大盾が一つとなりミクロのその身に纏い、鎧と化す。

重厚にも見える全身型鎧(フルプレート)

その鎧は『破壊属性(ブレイク)』が付与されている槍を弾いた。

その際に鎧に淡い光が発光していた。

ミクロの『アルギス』は攻撃力を持たない代わりに防御力に特化している。それが鎧形態に変化したことでその能力も進化した。

その鎧が発光している間は如何なる物理・魔法攻撃を無力化する。

―――『全攻撃無力化(オールアタック・ナッシング)

例えリヴェリア・リヨス・アールヴの最大魔法でも無力化する。しかし、その強力な能力に引き換え時速時間は短い。

三分。それが鎧の持続時間。

それなのにミクロは不必要と言わんばかりに自らの意思で鎧を外す。

今のフィンを相手にして防御に専念していれば押し切られるのは明白。なら、こちらも防御を捨てて攻勢に移るしか勝機はない。

もう一本の『破壊属性(ブレイク)』の槍。父親であるへレスが持っていた漆黒に包まれる黒槍『ロギスモス』を手にする。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

勇者(ブレイバー)】と【覇王(アルレウス)】は互いに黄金と漆黒の槍を持って攻撃を繰り出す。

フィンはミクロとのLv.や能力値(アビリティ)の差を己の経験と直感、魔法とスキル全てを出し切って辛うじて互角の戦いを繰り広げている。

フィンが現在進行形で使用している魔法【ヘル・フィネガス】で全能力を超高強化し、そこにスキル『小人真諦(パルゥム・スピリット)』で魔法及びスキル効力を高増幅(ブースト)している。

これまで数多くの冒険をしてきたなかでたった一人相手にここまで出し切ったことなどなかった。

殻を破れ、限界を突き抜けろ、『冒険』に臨め。

その時、フィンのなかで何かが弾けた。

「!?」

それに気付いたミクロはすぐにその正体を見破る。

それはかつてミクロが父親であるへレスと戦った際にできた『限界解除(リミット・オフ)』。『神の恩恵(ファルナ)』を超克する想いの丈が、境界を突破してフィンの能力(ステイタス)を一時的に昇華させる。

ここまできて更に限界を超えた力を発揮するフィンにミクロは大きく後方に跳んで距離を稼ぐと槍を収納して『エア』を取り出して風を集束させる。

先程とは桁違いの風量。これから放つその一撃は例え第一級冒険者でも直撃すれば命の保証はないその一撃を前にしてフィンは突き進む。

一瞬の恐れを抱くことなくその足は迷いも躊躇いもなく果敢にもミクロに向かって駆け出す。

――――フィアナ。

『古代』の英雄達、精強かつ誇り高い小人族(パルゥム)の騎士団。『古代』の戦場の槍として数多もの偉烈を成し遂げた彼の騎士団。フィアナはそれを擬神化した存在だ。

今のフィンを見てミクロはふとそう思えた。

だからといって攻撃の手を緩めたらそれこそフィンに対しての侮辱。

全身全霊全力全開のこの一撃をフィンに向けて放つ。

 

「エアリエル・バース!!」

 

突撃槍(オウガランス)から放たれる暴質量の風の塊。先程放った一撃とは比較するまでもない強烈で強力な風の暴力の前に例え『破壊属性(ブレイク)』を持つ槍があっても一瞬でこれだけの風の塊を破壊することは困難。

もはや回避も防御も不可能ななか、フィンは黄金の槍を握り締める。

ギギッと剥き出しにした歯を食い縛りながら己の身体を弩砲に変え、渾身の投擲を行った。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

暴質量の風の塊に向けて黄金の槍を放つ。勇者の一投。

紅眼のフィンによる全力の槍投げ。撃ち出された『アヴニール』が暴質量の風の塊の一部を破壊して突破口を作る。

破壊属性(ブレイク)』が付与された槍でも全ての風を瞬時に破壊することはできなくとも一部だけなら話は変わる。何よりフィンは信じていた。

ミクロの槍ならばこの程度の風に風穴を空けることぐらいできる、と。

そしてその突破口からフィンは『エア』から放たれる風の破城槌を突破してミクロに迫るとミクロが作製してティオナとティオネに渡した物を収納する魔道具(マジックアイテム)『リトス』。その内一つ、ティオネから借りたものをフィンが使用してソレを取り出す。

それは一本の長槍。

フィンが戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始する前に椿に頼んで作って貰った雷の魔剣。

それがミクロ・イヤロスの身体に接触した瞬間、雷撃が迸った。

最上級鍛冶師(マスター・スミス)が作り上げた渾身の魔剣がミクロに炸裂。轟音と激しい閃光(スパーク)が発生して血を沸騰させ、肉を溶かすほどの雷撃が襲う。

その魔剣の名は『絶雷』。

フィンが持てる限りの金銭とドロップアイテム。そこに椿の鍛冶師の腕も加えて完成させた魔剣。その名に恥じない威力を発揮する。

――――――だが。

ミクロは雷撃を受けながらもその魔剣を素手で掴んだ。

「なッ!?」

「悪いけど、俺に雷は効かない」

フィンは見誤っていた。

ミクロは『適応』のアビリティによって一度受けたものに適応して無効化する。

既に雷に適応しているミクロに雷は意味を成さない。

更に、ドクン、とミクロの鼓動が高まる。

――――――『破壊衝動(カタストロフィ)』。

ミクロが持つスキル。一定以上の損傷(ダメージ)により発動する。

フィンがこれまで蓄積していた損傷(ダメージ)がここへきてそのスキルを引き出してしまった。

破壊衝動(カタストロフィ)』。そのスキルの効果は全てのアビリティ能力の超高補正されたその『力』で魔剣を握り潰した。

そして【覇王(アルレウス)】の蹂躙が始まった。

 



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Three36話

破壊衝動(カタストロフィ)』を発動してその力で魔剣を破壊したミクロはフィンに称賛の言葉を送る。

「流石はフィン。俺が尊敬する人だ。このスキルを発動させるなんて」

ミクロのスキルである『破壊衝動(カタストロフィ)』は一定以上の損傷(ダメージ)によって発動するもミクロはずば抜けた耐久力と適応力を持っている為に並大抵の攻撃ではこのスキルは発動しない。

つまりそれを発動したということはフィンはミクロにそこまで損傷(ダメージ)を与えたということだ。

知恵を、策略を、力を、技を、魔法やスキルの全てを駆使してミクロに損傷(ダメージ)を与えた。

正直心のどこかに弛みがあったのかもしれない。Lv.7になってからこのスキルを使う相手がいるとすればそれは同じLv.7である【猛者】ぐらいだと思っていた。

だけどそれがどうだ?

ここにもう一人、このスキルを発動させるまで自分を追い詰めた強者がいる。

一滴でも眼前に強者を甘く見ていたことに関して謝罪。それと同時にミクロは甘さを捨てる。

「この戦いの勝利は俺が貰う」

ゴキリ、とミクロは指の骨を鳴らして告げる。

(ころ)すつもりで行く。死んでも恨むな」

「!?」

ほぼ無意識による反射神経でフィンは顔を横に逸らした。そしたら一瞬遅れてミクロの拳がフィンの頬を掠る。

(速い………………ッ!?)

先程よりも目で追いきれない程の速度で放たれた拳撃。だが、そんなことを考えている余裕はない。続けて放たれる蹴りによってフィンは蹴り飛ばされる。

「ぐ、ぅ……………!」

苦痛に歪むフィンの眼前には既に攻撃態勢に入っているミクロ。咄嗟に身を捻り、回避するも―――

「!?」

一撃。

ミクロの一撃が地面を砕いた。

それも魔法によるものでも武器によるものでもない。素手で。

ぞっと背筋が凍るフィン。それと同時に思う。ミクロはこれまでの戦いは相手を殺さない様に加減して戦っていたことに。

それはミクロの優しさでもあり、甘さでもある。だけど今はその優しさも甘さも捨てた。

本気で(ころ)すつもりで攻撃している。

ミクロのずば抜けた耐久力にスキルにより底上げされた能力値(アビリティ)。それを素手による戦闘を繰り広げることで攻防一体の肉体と化す。

そんなミクロの一撃一撃がフィンの命を破壊せんと迫る。

「くっ!」

息つく暇もない怒涛すらも生温い攻撃に己の戦闘経験によって危機的に回避するフィン。

しかし―――

「捕まえた」

「っ!?」

腕を掴まれ、地面に叩きつけられる。

「ガ、ハ…………………」

背中を強打して肺から空気が抜けていくと同時に口の中が血の味で染まるもそれを気にさせてくれる暇も与えずにミクロは拳を振り下ろす。

破壊(こわ)れろ」

地面を砕いたその一撃をフィンはまともに喰らってしまう。

バキボキゴキ、と全身の骨が壊れていく音を耳にしながらフィンは歯を噛み締めて耐え――

「うおおおおおおおおおおおッッ!!」

渾身の拳撃でミクロを攻撃するが、ミクロは避けることもせずに受けた。

そしてお返しとばかりにもう一撃をフィンに叩き込む。

「がふ………………ッ」

口から盛大に血を吐き出す。

こんなにも血が出てくるものかと思えるぐらいに血を吐くフィンだが――――

「流石」

フィンは立ち上がった。

もはや殺してもおかしくはない攻撃をしたのにそれでも立ち上がったフィンを讃える。

意識があることさえ奇跡的だ。そういう攻撃をしたんだ。それなのに立ち上がり、震えるその足で大地を踏み締める。

そんな強者を讃えないでどうする。

だが――

「簡単に破壊(こわ)れるなよ、フィン」

そうでなくてはならない。

強者との戦いはまだ始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

―――誰かは思った。

覇王(アルレウス)】の強さは強力で多彩な魔道具(マジックアイテム)が作れるからと。

―――誰かは笑った。

覇王(アルレウス)】は素の状態なら大したことがないと。

――誰かが妬んだ。

覇王(アルレウス)】が【ランクアップ】できたのも強い仲間がいたからと。

しかし―――

そんな彼等は今、自分達が如何に愚かで脆弱で浅はかで妄想で自分を慰めていたと知る。

啞然としながら彼等――冒険者が見つめる『鏡』。

そこから映し出される光景に彼等は畏怖する。

絶対的強者による蹂躙。あの名を轟かせた【勇者(ブレイバー)】でさえも手も足も出ずに一方的に蹂躙されている。

覇王(アルレウス)】の手によって。

前半では数多くの魔道具(マジックアイテム)を披露していた時とは違う。純粋で単純(シンプル)な素手による戦闘のみで。

心のどこかで嘲笑い、疑っていた【覇王(アルレウス)】の強さを彼等は『鏡』を通して知ることになる。

それと同時に誰もが思った。

勇者(ブレイバー)】では【覇王(アルレウス)】には勝てないと。

覇王(アルレウス)】の強さはもはや別次元のものだ。勝てるわけがない。

戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦する誰もが興奮の中に少しだけ落胆を感じていた。

相手が悪い、と。

覇王(アルレウス)】相手によく戦った、と。

無理もない、と。

面白い戦いだった、と。

しかしこれまでだ、と誰もがフィンの勝利を諦めた。

万策尽きた【勇者(ブレイバー)】に【覇王(アルレウス)】は倒せれない。

それでもたった一人、否、一柱だけは違った。

「………………………………」

白亜の巨塔『バベル』の三十階。そこでロキは糸目をすっと開きながらフィンが勝つことを信じている。

信じる根拠などない。それでもロキは【ファミリア】の主神として一柱として、なによりまだ諦めずに立ち向かおうとするフィン自身を見てロキはフィンが勝つことを信じ続ける。

『鏡』に映し出される光景をロキはただ黙って見据える。

 

 

 

もはやフィンは意識があるのかさえ把握できない。

もう痛みすらも感じなくなった体でそれでも立ち上がって挑み続けている。

「まだ、立つか…………」

そんなフィンをミクロは迎えていた。

もはや満身創痍で片づけていい状態ではない。本来であればミクロが渡してある魔道具(マジックアイテム)によって防御結界と治癒を施すはずなのに何故か発動しない。

もしかするとフィンは初めからそれを付けていないのかもしれない。だが、それならそれでそれはフィンが選んだ選択。ミクロが情けをかける必要はない。

拳を握りしめて向かってくるフィンに一撃を与えて地面に叩きつける。それでもフィンは立ち上がってまた向かってくる。

もう決着はついている。これ以上は本当に命に関わるのにフィンは諦めずに立ち向かってくる。

こんな状態で勝算があるのか? 少なくともミクロはあらゆるパターンを計算して思考を巡らせてみたけど現段階でフィンがミクロに勝てる可能性はゼロに近い。

なによりフィンにはもう意識がない。

辛うじてあると思っていた意識も既に絶たれて虚ろな双眸でミクロを見据えながら拳を握りしめて前へ進んでいた。

意地か、根性か、勝利への渇望か、もしくはその全てかはミクロにはわからない。

ただ向かってくるというのなら容赦しない。それだけだ。

拳を振り上げてくるフィンに対してミクロもまた拳を振り上げてフィンに炸裂させる。

手加減も容赦もない渾身の一撃。それでもフィンは立ち上がって幽鬼のような足取りでまた向かってくる。

異様な迫力を醸し出すフィンにミクロは不気味すら思う。

なら―――

「四肢を断つ。悪く思うな、フィン」

『アヴニール』を取り出してその矛先をフィンに向ける。

今のフィンがまともに戦えるとは思えない。けれど、ミクロの勘が言っている。

危険だと。だからこの場で四肢を絶ち、動きを完全に封じる。

今のフィンの状態でそれは危険だから正直使いたくはなかったのだが、ミクロはフィンの危険性を警戒して実行することを選んだ。

無論、戦争遊戯(ウォーゲーム)が終われば元に戻す。それまで我慢してもらう。

ミクロはその槍を持ってフィンの四肢を切断する。

刹那。

この一帯に響き渡る大鐘が鳴り響いた。

その大鐘にミクロの動きはピタリと止まって顔を上げてオラリオがある方角を見る。

「………………………………なるほど。フィン、これがお前の狙いだったのか」

フィンの狙いに気付いたミクロ。意識がない筈なのにまるで勝ち誇ったかのような笑みと共に地面に崩れ落ちるフィンにミクロは小さく息を吐く。

「もう、そんな時間だったのか………………………」

今の大鐘は戦争遊戯(ウォーゲーム)終了の合図。つまりフィンの狙いはミクロをここで足止めすることだった。

「騙された」

ミクロはフィンが自分に勝つつもりで戦っていると思っていた。だけどフィンは個人の勝利ではなく【ファミリア】の勝利を信じて敵対派閥(アグライア・ファミリア)の最強の切札(カード)であるミクロをこの場に縫い付けた。

ミクロはその事に気付かずに完全にフィンに騙された。

騙されたことに唇を尖らせるミクロはフィンに治癒魔法を施して背負う。

「結果はどうなったんだろう?」

今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝敗は敵対派閥の団長を倒すことではなく派閥の団旗の撃破によって決まる。

決闘ではミクロはフィンに勝利したけど、【ファミリア】での勝敗はまだわからない。

だけど、ここでフィンがミクロを縫い付けておかなければ【ファミリア】が敗北する可能性はぐっと上がってしまう。

そういう意味ではフィンはミクロを出し抜いた。

死んでいたかもしれないのに最後まで戦い抜いてこの場にミクロを縫い付けさせていたフィンにミクロは負けを認めた。

「次は勝つ」

そう呟くミクロ。もし、フィンに意識があれば『二度目は御免かな』と苦笑しながら呟いていただろう。

こうして【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わりを告げた。

「他の皆はどうだったかな……………………?」

 



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Three37話

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)終盤(エンドゲーム)。そしてそれぞれの戦いの決着が近づいてきていた。

その戦いの一つであるリューとアイズとの戦いも終わりが近づいて来ていた。

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

再び超短文詠唱を口にして風をその剣、その身に宿すアイズは疾駆する。

Lv.6の能力(ステイタス)も加えて全身に付与した風の力で得た猛烈な加速。その速度は第一級冒険者でも視認することは困難を極める。

しかし―――

「っ!?」

リューは風を纏ったアイズと同じ速度で対応し、攻防を繰り広げている。

繰り出される木刀を剣で防ぐもリューは連撃はせず、すぐに離脱して疾走を重ねていく。そして打ち合う度にその威力が上がっていく。

―――――ベートさんと同じ疾走系の『スキル』?

同僚である狼人(ウェアウルフ)が有する【双狼追駆(ソルマーニ)】は、加速時に『力』と『敏捷』を上昇させる強力かつ稀有な『スキル』だ。相手も疾走の行動(アクション)に関わる類の『スキル』を持っている可能性は極めて高い。アイズはそう推測した。

そしてその推測は正解であった。

リューが有する【疾風奮迅(エアロ・マナ)】は疾走時、速度が上昇すればするほど攻撃力に補正。動きを止めない限りはリューの攻撃力は上がっていく。

冒険者同士の戦いは『技と駆け引き』は大前提ではあるが、『魔法』と『スキル』を探るのも重要な要素だ。敵の能力を見極めなければ最後の最後でどんでん返しもあり得る。

特に実力者同士の戦闘では、その手札の差が明暗を分けることが多い。

「――――ふッッ!」

「ッッ!」

アイズは熾烈な剣舞を交わす。

始めはまだ風を付与したアイズに速度では分があった。だが今は速度は互角。攻撃力は相手の方が上。

損傷(ダメージ)はまだリューの方が多いけどどれも致命傷ではない。このままでは負けてしまうけど、それ以上にアイズには警戒しなければいけないことがあった。

(この人はまだ…………魔法を使っていない)

遠征の際に目撃したリューの魔法。その威力、攻撃範囲は決して無視していいものではない。少なくとも直撃すれば損傷(ダメージ)は免れない。

風で防御したとしても完全に防ぐことは恐らくは無理。それならアイズが取れる手段は二つ。魔法を発動する前に詠唱を止めるか、範囲外まで逃げるか。その二つに一つ。

しかしそのどちらも不可能に近いことをアイズは知っている。

ミクロに『並行詠唱』を教えたのはリュー。それならミクロが見せた攻撃・防御・移動・回避・詠唱の五つの行動の同時展開をしながら詠唱を完了させる可能性が高い。

そしてリューの魔法は詠唱が始まってすぐに離脱したとしても背後から撃たれて終わる。

もし、詠唱を始められたら終わり。

そう考えるアイズの背筋は凍りつく思いでリューの木刀と剣を交差させるも現状では魔法がどうとかという問題ではない。

激戦と一途を辿るリューの動きは凄まじい疾走と思えば、一瞬速度を緩め、次には最高速(トップスピード)でアイズに斬りかかる。

絶妙な速度の緩急をもって『駆け引き』を高速戦闘の中で織り交ぜてくる。

それはほんの僅かな、けれど類を見ないほどのち密な動きにアイズはただ驚嘆する。

これが【アグライア・ファミリア】副団長、【疾風】リュー・リオンの実力。

「………………………この機会(タイミング)で言わせて貰います。【剣姫】、ミクロはこの程度では勝つことは出来ない。この速度をもってしても彼は容易に対応する」

熾烈な剣舞を交えながら告げられるその言葉に目を見開く。

自分でもこんなに手を焼いているのに自分の目標となるミクロにとってはこれほどの速度をこの程度と言わせる。

それはつまり(エアリアル)を纏うアイズでも対応されてしまうということだ。

「わかりますか? それほどまでに彼は、ミクロは強い。その強さは既に私達の手の届かない場所にいる」

「どうして、それを私に……………?」

金の双眸と空色の双眼が視線を交えながら告げる。

「そこに辿り着く為の強さがいる。そう言えばわかる筈だ」

―――決着をつけよう。言外に告げられたその言葉に意味を察したその瞬間、リューの足元に空色の魔法円(マジックサークル)が展開された。

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

「ッ!?」

決着をつけにきたリューに焦りが生じるアイズ。だけどリューは攻撃の手を一切緩めることもなくアイズと得物を交える。

(なんて強い魔力……………ッ!)

その魔力の圧力にアイズの頭に警戒音(アラーム)が激しく鳴り響く。

(このままじゃ……………!)

敗北。その二文字がアイズの脳裏をよぎるもアイズは防御を捨ててでも詠唱を止めようと攻撃に移るが―――

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を】」

詠唱が崩せれない。それどころか加速している。

「【汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

『並行詠唱』を行いながらの詠唱。その技量はアイズの知る魔導士リヴェリアを上回る。

「くっっ!」

詠唱が進むにつれて焦燥が大きくなっていく。

「【来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ】」

一歩間違えれば自爆。それでも『魔力』の手綱を手放さないのは才能でも技量でもない”慣れ”だ。

最前線で守られることもなく『必殺』を扱う死と隣り合わせの戦い。それを数え切れないほどに繰り返してきた『魔法剣士』。

それがリュー・リオンというエルフの戦士の実力だ。

「【星屑の光を宿し、敵を討て】!」

そして遂に詠唱は完了した。

「【ルミノス・ウィンド】!」

発動する『魔法』。

緑風を纏う大光玉。その数は五十を超えてリューの精神力(マインド)ほぼ全部つぎ込まれた砲撃魔法が、火蓋を切った。

「【吹き荒れよ(テンペスト)】!!」

反射的にアイズも魔法を発動させる。

精神力(マインド)をつぎ込んで魔法の酷使による肉体の損傷(ダメージ)を完全無視して全身に膨大な風を纏う。

迫りくる光弾の濁流。逃げ場のない砲撃の嵐を前にアイズはその嵐に突っ込んだ。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

逃げ場がない。それなら突き進む。

アイズは颶風の矢となって砲撃の嵐に突貫する。

無謀ともいえるその行動。いくら風をその身に纏っているとはいえど決して無傷で済む問題を超えている。良くて致命傷、悪ければ死。それでもアイズは大光玉と衝突する。

「ぐっ、うっ……………!」

激しい砲撃の嵐のその身を大きく傷つけるもそんな傷を無視してアイズはただ勝利を掴む為に突き進む。

その結果。アイズは損傷(ダメージ)を負いながらも砲撃の嵐を見事突破した。

しかし―――

「ミクロと同じ魔法を持つ貴女ならそうすると思っていました」

「!?」

リューはそれを読んでいた。

以前に【シヴァ・ファミリア】に所属していたエスレアの逃げ場のない魔法を前にミクロはその魔法に突き進み見事にその魔法を突破した。

ならアイズもそれと同じことをするだろうとリューは予めそれを予測していた。

放った大光玉。それを五つほど自分のもとに残していた。そしてその五つを自分の靴裏に炸裂させた。

風を纏う光玉が与える爆発的な『推進力』。リューは魔法を使い果たし、身動きが取れないアイズに最後の一撃を与えようとリューは疾風(かぜ)となる。

迫りくるリュー。アイズはその動きが緩慢に見える。いや、目に見える全てがゆっくりに見えてしまう。

防御をしないと、思うも自分の動きが遅いことに苛立つ。

(エアリアル)も使い果たした。

防御も間に合わない。

このままでは一秒も満たされない内にその木刀がアイズの身に当たるだろう。

直撃すれば敗北は避けられない。

(私は……………!)

負けたくない、負けられない。

強くならないと、悲願(ねがい)を叶える為にも強くならないといけない。

私に『英雄』は現れてくれない。なら私が強くなるしかない。

その為に私は『剣』を執った。執るしかなかった。

迫りくる木刀がアイズに身体に触れるその瞬間――――

 

アイズの剣はリューの身体を貫いた。

 

それでもリューの一撃はアイズに直撃。互いに致命傷を負いながら地面に倒れる。

負けたくない。その一心で最後の最後まで防御を捨て攻撃をもって迎え撃ったアイズ。

確実に勝利を獲得しようとしたリューは最後の最後でアイズが迎撃してくる可能性を低く見積もっていたその結果。最後の一撃を許してしまった。

「………………………私も、まだまだ」

己の油断を猛省する。

魔法を使い果たして、動きを封じても、渾身の一撃を用意してもそれが勝利に繋がるわけではない。

その時、この一帯に響き渡る大鐘が鳴り響いた。

戦争遊戯(ウォーゲーム)終了の合図にリューは回復薬(ポーション)で傷を治して、地面に倒れているアイズに歩み寄る。

気は失っているも命に別状はない。リューはアイズに肩を貸してこの場を離れようとする。

「………………………私、は」

意識を失いながらも何かを呟いているアイズにリューは一言。

「きっと貴女にも『英雄』は現れる筈です」

一度は復讐者としてその身を堕としたリューだけどそこから自分を救ってくれた英雄がいる。ならきっと彼女にも彼女だけの英雄が現れるはずだ。

そうあって欲しいと願いながらリューは歩を進める。



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Three38話

終盤(エンドゲーム)ということもあって苛烈さを増す戦いを繰り広げる【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の眷属達。

そのなかで更に苛烈さを増している二人の冒険者がぶつかり合っている。

「ふッッ!!」

【アグライア・ファミリア】の団員【白雷の兔(レイト・ラビット)】の二つ名を持つベルは己の相棒達に炎を宿らせて疾駆する。

兔のような強靭な脚力を持って敵対派閥(ロキ・ファミリア)であるラウルに攻める。

「まだまだっす!」

ラウルはベルやセシルが持つミクロ・イヤロスの最高傑作の一つである小型盾(バックラー)『アミナ』の能力を駆使して半透明の盾を出現させてその攻めを防ぐ。

「ぐっ!」

攻めあぐねるベルは速攻魔法を使う。

「【ライトニングボルト】!」

ベルの右手から放たれる稲妻がラウルを襲うもラウルはその盾で防ぐ。

攻めるベル。

守るラウル。

足を止めることなく攻撃を続けるベルに対してラウルはベルの動きを一瞬たりとも逃すことなくその攻撃をアミナから生み出された盾で防ぐ。

(だ、段々この盾の能力もわかってきたっす……………)

突然自身の左腕に装着された小型盾(バックラー)だったが、ベルと戦うことでその能力を少しずつ把握していった。

複数出現している半透明の盾は装着者の意思で自在に操れることができる。そして盾の一枚一枚の強度はそこまでないが重ねねばその強度は増す。

防御と仲間を守る支援に特化した能力だとラウルはそう推測した。そして目の前に相手であるベルもまた自身の左腕にある小型盾(バックラー)と同じものだと考える。

形状を自在に変え、その剣身から炎を宿す。

どう考えても魔剣ではない。そしてこんなものを作れるのは一人しかいない。

(【覇王(アルレウス)】、ミクロさんがどうして自分に………………?)

戦争遊戯(ウォーゲーム)中にも関わらず、どうしてこのようなものを送ってきたのかラウルは知る術がない。そもそもラウルは小型盾(バックラー)がラウルを選んだことさえ知らないのだ。

(けど、これなら……………ッ!)

勝機はある。ラウルはベルの攻撃を防ぐことに専念する。

(どうして団長が作ったあの盾がラウルさんに………………ッ!?)

攻めながらもベルは困惑していた。

どうしてミクロは敵対派閥(ロキ・ファミリア)に自身の最高傑作を渡したのかわからなかった。けど、それには何か事情があるとベルはそう考える。

(なら、今の僕にできることは……………)

目も前の相手を倒して【ファミリア】の勝利に貢献すること。それだけだ。

そしてベル本人もあの盾の能力についてわかってきた。

(10秒蓄力(チャージ)すればあの盾を突破することができる!)

―――【英雄願望(アルゴノゥト)】。

スキルによって蓄力(チャージ)した魔法を放てば盾を破壊して肉薄となっているラウルに接近することができる。そこで得意する連続攻撃を叩き込めば勝機はある。

(勝負です!)

ベルは【英雄願望(アルゴノゥト)】を起動。そのまま並行蓄力(チャージ)を実行する。

「!?」

リン、リン、と鳴る(チャイム)の音にラウルの顔に焦りが生じる。

レフィーヤの魔法を相殺したあの魔法が来る。理解するよりも速くラウルは出現している全ての盾を重ね合わせて防御態勢を敷く。

(勝負っす!)

一人の冒険者としてラウルはこれから行われるベルの攻撃を防ごうと勝負にでる。

相手が攻めならこちらは守りで勝負に出る。

問題はその先だ。

(10秒…………蓄力(チャージ)

スキルによって蓄力(チャージ)が完了したベルはラウルに向けて構える。

英雄願望(アルゴノゥト)】は蓄力(チャージ)した分、反動も大きい。放った直後は一瞬身体が動けなくなる。だから防がれるかどうかで勝負が決まる。

「ふー」

息を吐いて呼吸を整えてベルは魔法名を叫ぶ。

「【ライトニングボルト】ッッ!!」

力強い白き稲妻が放たれてラウルが展開している盾に直撃する。

「ぐぅぅぅっっ!!」

足を踏ん張り、歯を噛み締めて耐えるラウル。けど、その盾には亀裂が生じる。

耐え切れない。スキルによって強化されたベルの魔法の方が僅かに上回っている。

なによりラウルはアミナを手にしたばかり、その性能を完全に使いこなせていないのも原因の一つだ。

刻一刻と亀裂は広がっていくなかでラウルは諦観の念を抱いたその時、思い浮かんだのはラウルが憧憬を抱く団長(フィン)達。

「――――っ」

フィン達を思い浮かべたラウルは全身から力を絞り出す。最後の一滴まで力を振り絞ってラウルは叫ぶ。

「今っす! レフィーヤ!!」

「【穿て、必中の矢】!」

ラウルの背後で魔法円(マジックサークル)を展開して詠唱を終わらせたレフィーヤがベルに向けて杖を構えていた。

「!?」

ベルはレフィーヤに警戒していなかったわけではなかった。ただラウルの守りを突破することが出来ず、レフィーヤの詠唱を阻止することができなかった。

「【アルクス・レイ】!」

放たれる大光閃はベルに向かって撃ち出される。

それでもまだベルに焦りはなかった。当たる直前で反動が消えて一瞬早く動くことが出来る。そして先ほど同じように再び蓄力(チャージ)した魔法で相殺すればいい。

―――だが。

「『アミナ』!」

「!?」

ラウルはアミナの能力を発動させて半透明の盾を出現させてベルを逃がさないように取り囲む。魔法が迫りくる正面以外、逃げ場を失ったベルはここでようやく反動が消えて動けるようになるけど、迫りくる大光閃からは逃れられない。

(団長……………ッ! 皆………………ッ!)

ごめんなさい、と【ファミリア】に貢献できなかったことに謝罪するベルは迫りくる魔法に瞳を強く閉ざして悔しそうに歯を噛み締め、己の敗北を受け入れようとする。

「ベル様!!」

しかし、ベルの前に姿を現したリリルカ・アーデがベルの代わりにその魔法を受けた。

「リリ!!」

魔法が直撃して悲痛の叫びを上げるも。

「行ってください! ベル様!!」

リリは無事だった。

リリも無策無謀でベルの盾代わりになったわけではない。ミクロから渡された魔道具(マジックアイテム)『アコーディ』には見た目に反して高い防御力と様々な耐性付与が施されている。だから一度だけなら防ぐことができた。

ベルはリリが身を挺してまで作ってくれたこの機会(チャンス)を逃さない為に地を蹴った。

(速いっ!)

先程までとは比べものにならない速度に驚愕する。

それもそのはず。ベルは相棒達の炎を自身の後方に噴射して加速している。変則的な動きはできなくても直線的の動きなら今のベルは第一級冒険者に匹敵する。

あっという間に眼前に肉薄するベルにラウルは反射的に小型盾(バックラー)を構えるも。

「ふッッ!」

紅と銀の斬閃がラウルの視界に閃く。

白兎の猛攻(ラビット・ラッシュ)。超連続攻撃。際限のない怒涛の連撃が火蓋を切った。ラウルの驚愕を物語るように尋常ではない火花と金属音が舞い散る。

その怒涛の連撃に小型盾(バックラー)は悲鳴を上げている。

衝突する【覇王(アルレウス)】の最高傑作に選ばれた二人の冒険者。

先程の魔法で地に伏せているリリとゼロ距離でぶつかりあっている為に魔法が撃てないレフィーヤの二人はただそれを見守ることしかできなかった。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

咆哮を上げ、火花を散らし合う二人。どちらの瞳からも戦意が燃え上がり、一瞬たりとも引くことはしない。

戦いというよりも意地のぶつかり合い。

攻めるが果てるか。

受けるが果てるか。

勝利の女神はどちらに微笑むのか?

その時、再び(チャイム)の音が響く。

「!?」

再び【英雄願望(アルゴノゥト)】を発動させる。

高速戦闘下での並行蓄力(チャージ)でベルは今度は魔法にではなく拳。

二秒分の蓄力(チャージ)

ベルはその拳を小型盾(バックラー)に炸裂させる。

「うぐ!?」

一瞬とはいえ小型盾(バックラー)から伝わる強烈な拳砲にラウルの体勢(バランス)が崩れる。その隙をベルは見逃さない。

白兎の牙(ヴォーパル・ファング)―――迷宮(ダンジョン)奥深くにひそむ殺人兎の牙のように振り上げられたベルの拳が、渾身を持って振り抜かれた。

「―――――――――っ」

撃砕する。

放たれたベルの拳がラウルの頬に叩き込まれ、吹き飛ばされる。

「ラウルさん!?」

地面を大きく跳ねて舞い上がるラウルにレフィーヤは悲痛の声をあげる。

間違いなく決まった【白雷の兔(レイト・ラビット)】の一撃。その戦闘を見ていた神々でさえもベルの勝利を疑わなかった。

だが。

「ま、だ……………終わりじゃないっす………………」

ラウルは立ち上がった。

地に足をつけ、瞳に宿る戦意は衰えることもなく燃え続ける。

【ハイ・ノービス】ラウル・ノールド。

尖ったものもなく、特徴もない。長所もなければ短所もない凡夫だが、この場に【覇王(アルレウス)】ミクロ・イヤロスがいればきっとこう言うだろう。

何があっても折れない。それがラウル・ノールドの強さだ。

身の程を知りながらも、フィンやアイズ達のようになれなくても、自分がどれだけ惨めでダメな奴だと思い知らされてもラウルは折れない。

憧憬する人をどこまでも追いかけ続ける。

だからラウルは敗北はしたとしても、諦めることだけは絶対にしない。

何度も何度もドン底から這い上がってきた者しか持てない決して折れない屈しない。鋼を超える精神。それをラウルは持っている。

だからこそラウルは立ち上がる。

憧憬する人達を追いかけ続ける為に。

けど、それはベルも同じ。

立ち上がったというのなら迎え撃つ。それが立ち上がった者へと最低限の礼儀だ。

その時、この一帯に響き渡る大鐘が鳴り響いた。

戦争遊戯(ウォーゲーム)終了の合図。それを聞いた四人はそこで武器を下ろす。

勝負は引き分けに終わった。それでもこの戦いは彼等にとって忘れられないものとなるだろう。

特にラウルにとってこの戦いは自身に大きな変化があったことを知るのはもう少し後になってからだ。



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Three39話

――――オラリオの中央、摩天楼施設(バベル)三十階。

神々が集う広間で『鏡』で【アグライア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦している神々。

その円卓に座る一柱、フレイヤは『鏡』で先程の戦いを見て笑みを浮かべていた。

(また輝きが増したわ)

先程の戦闘。ベルとラウルの戦いでベルの魂の輝きがまた増したことにフレイヤは満足気味に微笑むも少しだけ嫉妬することもある。

ベルの魂が輝くのはいい。それは嬉しいことだ。

しかしそれは【覇王(アルレウス)】ミクロ・イヤロスの影響が大きいというのと、ベルの憧憬の一人である【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがいるからだ。

それが悪いとは思っていない。けれど、嫉妬するなというのはフレイヤにとっては無理なことだ。

それでもいずれはベルを手に入れる。

例えその相手がフレイヤとロキと同じ三大派閥だろうとも、【覇王(アルレウス)】がいたとしても絶対に自分のものにする。

今までに見たことがない透明な色をするベルの(かがやき)に醜くも子供のように望み、恋焦がれる少女のように欲し、純粋な女神としての欲望を満たす為にフレイヤはベル・クラネルを欲する。

『鏡』の場面が変わり、別の戦いが繰り広げているなかで『鏡』の一つに【アグライア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】、両派閥の団長同士の戦いに目が留まり、フレイヤはふと思い出した。

(そういえばあの子を初めて見たのも五年前だったわね)

フレイヤの指すあの子とはミクロ・イヤロスのことを示す。

それは【ロキ・ファミリア】が神の宴を開催した時、フレイヤは気紛れ、退屈しのぎで足を運んできた際にアグライアと共にやってきた一人の少年。

その少年を見てフレイヤが最初に思った事は――――懐かしい、だ。

その瞳は今では【猛者】と呼ばれているオラリオ最強の冒険者であるオッタルとフレイヤが名付けた武人がしていた時と同じ瞳。

オッタルと同じくこの少年も薄暗くて寒い路地裏にいたのだとフレイヤはすぐに察することができた。

そしてこうとも思った。――――――欲しい、とも。

その時はアグライアに警戒されて素直に身を引いたフレイヤだったが、欲を言えばその時にでもミクロを手に入れて自分のものにしたかった。

それだけにミクロの『魂』が綺麗だったから。

(だけど今ではそれは間違いだったわね………………)

しかしながらもフレイヤは手を出さなくてよかったと今では思う。何故ならミクロの魂はアグライアの眷属であるから輝いているからであってフレイヤの眷属として手に入れたら恐らくはあそこまで輝くことはなかったと推測できる。

そしてその結果は言うまでもなく、僅か五年と少しでLv.7に到達。零細【ファミリア】を五年と少しで三大派閥まで登り詰めることができた。

手に入れようとしなかったからこそ、ミクロ・イヤロスは輝いている。

そして今でもミクロ・イヤロスの魂は輝きを増し、多くの人々の魂までも輝かせている。

(あら? 【勇者(ブレイバー)】の魂から曇りが消えたわね)

それが例え対戦相手でも変わらない。

覇王(アルレウス)】は多くの者の壁を破壊してその先、未来に繋がる道を作り出す。

 

――――――『未来の英雄』

 

希望でも未知でもない。多くの者の未来を作り出す【覇王(アルレウス)】を英雄として置き換えるのならそれ以外にないだろう。

下界で稀に誕生する生まれ持って『英雄』の『器』を持つ者。それがミクロ・イヤロスだ。

(だけどあの子はそれだけじゃないわ)

フレイヤは知っている。ミクロ・イヤロスはそれだけではないと。

以前まで【ファミリア】で保護していた彼の母親、シャルロット・イヤロスから聞いた素性。それはミクロ自身も知らない事実であり、彼の秘密の一つ。

ミクロ・イヤロスは様々な奇跡の下で誕生した稀有な存在。

その秘密を知っている限りはフレイヤはミクロ・イヤロスよりも優位に立てる。

切り札(ジョーカー)を握っているのはフレイヤだが、今はまだその切り札(ジョーカー)を使う時ではない。

(いずれあの子は私のところにやってくる)

それは確信だ。

切り札(ジョーカー)を使うとすればその時だとフレイヤは確信している。

(けれど今はゲームを楽しまないといけないわね)

まずお目にかかれない【アグライア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)。もう二度と見ることができないかもしれない熱い戦いを楽しまなければそれは神ではない。

(さぁ、私を楽しませてちょうだい。ベルそれとミクロ)

美神は微笑みながら『鏡』に視線を戻す。

 



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Three40話

終盤(エンドゲーム)を迎えた【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)。それぞれの戦いにも決着がつこうとしている。

そしてここでも一人の雄に惚れた二人のアマゾネスが戦闘を繰り広げていた。

「とりゃー!」

「ぐっ!」

しかし、すぐにでもその戦いが終わろうとしている。今もティオナが放つ拳にバーチェは完全に防ぐことが叶わずに殴り飛ばされる。

―――【恋慕太陽(リエン・サン)

太陽の下でしか発動しないティオナのこのスキルはティオナの全アビリティ能力を超高補正して更にはその身に高熱を宿す。

ミクロとの出会いでティオナは変わった。双子の姉であるティオネとは違って自身には縁遠いものだと思っていた異性への恋心。ティオナはミクロに恋をしている。

しかしミクロとティオナはそれぞれ違う派閥。派閥が違えば色々と問題が発生してしまうも、ティオナは自身の恋心が報われなくてもいいとさえ思っている。

例え自身の恋心が報われなくても、ミクロの隣にいられなくても、ミクロが幸せならそれでいい。ただ一緒に冒険をして、一緒に笑って、また明日って言えるようになれるだけでティオナは満足なのだ。

そんなティオナの恋心が新たなスキルを発現させた。

だからこそティオナは笑う。それこそティオナが好きな英雄譚アルゴノゥトのように。大好きな人(ミクロ)が好きだと言ってくれた笑顔をティオナはし続ける。

「バーチェ!」

「ッ!?」

バーチェは気付いている。ティオナの拳に宿る想いは自分と同じたった一人の(おとこ)を慕う恋する乙女の熱い拳。そしてその笑みは太陽のように眩しく輝いている。

それこそ前に戦った時以上に。

「ティオナ!」

だがしかし、バーチェも押されているわけにはいかない。

バーチェもまたティオナやアルガナと同様にミクロに心を奪われている。いずれはミクロの子供を孕むつもりでいるバーチェは同じ(おとこ)を慕っているティオナに負けるわけにはいかなかった。

故にバーチェは防御を捨てて攻撃を優先する。

「にゃろー!」

しかしつかさずやり返す。

殴っては殴り返して、蹴っては蹴り返す。一人の(おとこ)を奪い合うかのように激しい攻防戦を繰り広げる。一見すればスキルによって強くなっているティオナが有利のように見えるもティオナはバーチェの魔法である猛毒が確実にティオナを蝕んでいる。それでもバーチェの損傷(ダメージ)も無視していいものではない。

「【食い殺せ(ディ・アスラ)】!!」

そこでバーチェは今一度超短文詠唱を口にして精神疲弊(マインドダウン)覚悟で全ての精神力(マインド)を消費させて右拳に禍々しい黒紫の光膜を覆わせて最凶の一撃を放とうとする。

「やばっ!」

それを見たティオナは最大の危機感を抱き、バーチェが勝負に出たことに気づいた。そしてこれから放とうとしている最凶の一撃がバーチェの最後の一撃だと悟った。だけどこれを躱せばティオナの勝ちは揺るがない。

バーチェの右手に焦点を置きながら他の攻撃は全て無視して回避に専念するティオナ。そして遂にバーチェの最凶の一撃が放たれる。

(ここ!!)

これまでのバーチェの戦闘のなかで放たれた最速であり最凶の一撃を紙一重で回避することに成功したティオナは一瞬勝ったと思ってしまった。

「――――あれ?」

右拳に覆われていて黒紫の光膜が消えていたのを見るまでは。

「油断したな、ティオナ」

左脚に覆われている黒紫の光膜がティオナの腹部に直撃する。

「――――――っ」

決まった。バーチェの最凶の一撃がティオナに直撃(クリーンヒット)した。

「私も『戦士』から『冒険者』となり、変わった。そして学んだ。切り札とはこのように使うものだと」

「つぅ~~~~~~~!!」

バーチェの最凶の一撃が直撃したティオナは激痛と酩酊感に似た感覚が体全体を苛んでいた。不自然な発熱、異常なまでの発汗。口から出る血がどす黒く濁っている。

「ティオナさん!?」

同じ団員であるナルヴィが悲痛の叫びをあげて万能薬(エクリサー)を手にティオナに近づこうとするも敵派閥(アグライア・ファミリア)がそれを阻止する。

バーチェが行ったのは簡潔の述べれば騙欺(ブラフ)だ。如何にも最凶の一撃を右手にあると警戒させて攻撃を放った瞬間に右手から身体を通して左脚に集中させた。Lv.6ともなればアイズやミクロのように全身を覆わせた方が攻守一体と化すが、あえて身体の一部に集中させることでこのような騙欺(ブラフ)が成立できる。

とはいえ、バーチェももう精神疲弊(マインドダウン)寸前。辛うじて意識が保てる程度には残すことが出来た。

「……待っていろ、ティオナ。すぐに治す」

勝負はついた。ここは闘国(テルスキュラ)でもなければバーチェもティオナももう『戦士』ではない。ティオナを回復させようと『リトス』から解毒と回復用の魔道具(マジックアイテム)を取り出そうとする。

「……………………ま、だ、終わってない」

だが、ティオナは立ち上がった。全身を猛毒で苛まれながらもティオナは足に力を入れて立ち上がる。バーチェの最凶の一撃を受けてもう立つこともできないほどの損傷(ダメージ)を受けているにも関わらず、ティオナは立ち上がり、拳を作る。

「止せ、ティオナ」

バーチェは制止の声を投げる。自身の最凶の一撃が直撃した以上はこれ以上動けば本当に命にかかわる。今でも瀕死なんだ。これ以上動くなとティオナの身を案じるも。

「あたしは、まだ、戦えるよ……」

痛々しくもそれでも笑顔を見せるティオナ。けれど身体はそうではない。今でも猛毒による激痛に苛まれているはずだ。それこそ並の者なら発狂して死んでもおかしくないほどの激痛が襲っている。それでもティオナは笑っている。

「……バーチェはさ、ラキアがオラリオに攻めてきた時のこと覚えてる?」

「……忘れる訳がない」

ラキア王国がオラリオに行軍してきた際に起きた事件。それは【シヴァ・ファミリア】の団長であるへレスの手によってミクロが一度死んだことだ。

その時はフェルズの蘇生魔法によってミクロは生き返ることができたけど、その時の怒りと悲しみは忘れていない。いや、忘れるわけにはいかない。

「あたしさ、思うんだ……。たぶん、ミクロはこれからも危険なことをするんじゃないかって……。だってミクロだもん。あたし達を助けてくれたように、自分から危険なことをするんじゃないかって……」

それこそまた死ぬようなことがあるかもしれない。

「あたしはもう、ミクロに死んでほしくない……。幸せになってほしいし、一緒に楽しく冒険がしたい。その為にもあたしはもっと強くならないといけない……。今度はあたしがミクロを守れるぐらいに……」

「ああ……」

「ミクロがいない未来なんて、あたしはいや……」

「私もだ」

想いは同じ。だからこそこれ以上の言葉は不要だった。

「お互い、最後の一撃だ」

「うん……」

二人は既に限界。だから次の一撃が最後だ。ティオナにバーチェ、二人は最後の力を拳に込める。全ては己が惚れた(おとこ)の為、共に未来を歩みたいが為に二人は己の限界を超えようとしている。

「いっっくよおおおおおおおおおおおおおおおぉ―――――ッ!!」

最後の力を振り絞って動き出すティオナに迎え撃とうと動き出すバーチェ。二人の拳は交叉してクロスカウンターの要領でお互いの顔に直撃して倒れる。

「……また、か」

「まただね……」

前回もそして今回も引き分けに終わった。しかし惚れた男と共に未来を歩みたいという二人の想いは一緒だ。二人はこれまで以上に更なる研鑽を積み上げて強くなっていくことだろう。そこで戦争遊戯(ウォーゲーム)終了の大鐘が鳴り響き、両派閥共に武器を下ろす。

「あ、バーチェ……あたし、そろそろ、死にそう……」

「ティオナ!?」

顔が真っ青を超えて真っ白になり、死が目の前までやってきたティオナを両派閥は慌ててありったけの万能薬(エクリサー)や解毒、回復、治癒の魔道具(マジックアイテム)を使ったおかげでティオナは辛うじて一命を取り留めた。

 



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Three41話

数年ぶりの投稿お待たせして申し訳ございません……。
戦争遊戯の続きではなく、その前の戦争遊戯の準備期間中にあったことについて書いてみました。戦争遊戯の続きを楽しみにして下さった方は申し訳ありません。



それは【アグライア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』開始される少し前、各々が『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に向けて準備している最中、一人の冒険者がポツリと呟いた一言から始まった。

「そういや団長って弱点があるのか……?」

何故、どうして、何があってそう思ったのかは呟いた本人でさえわからない。ただ我等の団長ミクロ・イヤロスに弱点があるのかどうか、その一点だけが他の団員達にも疑問を過らせる。

あまり考えないようにしていた後に【覇王(アルレウス)】の二つ名を授かる【アグライア・ファミリア】の団長の弱点。知りたくないと言えば嘘になる。

「というわけで団長の弱点になりそうなもの何か知らねえか? ベル、セシル」

「団長の……」

「お師匠様の……」

弱点? ミクロから直接指導というなの酷烈(スパルタ)を受けている二人は揃って首を傾げた。

「あんのかね、団長に」

「でも団長様も一応人間ですし……」

ヴェルフもリリもう~んと頭を悩ませる。

「そもそもあるのか? 俺達の団長に弱点なんて」

「いやでも、もしかしたらあるかもだろ?」

ベル達を除く他の団員達も似たような反応だ。弱点なんてあるのか? とつい考えてしまう。

「いや団長だって人間なんだ。弱点の一つや二つぐれえあってもいい筈だ」

リオグが手を固く握りしめて力強く言った。

「リオグ、また何かあったのか?」

ミクロの弱点が知りたい、と言わんばかりの感情というよりも嫉妬の言葉を投げるリオグに何かを察したスウラがそう尋ねる。

「……前から狙っていた酒場の女店員にフラれた」

「ああ」

そういえばここ最近よく通っていたなぁ、と思い出す。

「えっと、それって……」

「ま、腹いせに団長の弱点が知りたいってことだろ」

「相変わらずみみっちいな、リオグ」

「うるせぇ!! お前等なんかに、お前等なんかに俺の気持ちがわかってたまるか!!」

ハッ、と泣き叫ぶリオグを鼻で笑う団員達。

「団長に好意を持つ女なんて今更だろ」

「非派閥含めてな」

何を今さら、とどこか諦念を抱かせる瞳と共に告げる団員達にベル達は頬を引きつかせるが、それも無理もない。ミクロはこのオラリオでも数少ないLv.7の冒険者

そして【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】に並ぶ三大派閥の団長でもある。

冒険者として成功し、冒険者として高い地位にいる。その冒険者の女になれるということは【ファミリア】の権力を有すると同じ。故に商人もしくは娼婦はそんなミクロまたは【ファミリア】と繋がりを持とうとする人は多い。

そうじゃなくてもミクロはモテる。

強さもモテる理由の一つにもなるが、外見的要素もミクロは含まれている。眼帯をしていてもわかる整った容姿に人間(ヒューマン)の平均身長よりも低い背丈と男女のアレコレに疎い無垢な反応は女性の母性を刺激してしまう。

感情が豊かではない、表情の変化が乏しいことにどこか人形のように感じる人もいるが、それはそれで可愛いと愛でたい女性は多い。現にミクロは団長という立場でありながら女性団員に頭を撫でられたり、ほっぺをスリスリされたり、抱きしめられたりしている。

主にアイカにだが……。

そして何より性格、中身の良さもある。

日々の団長としての責務を文句一つ言わずに果たし、他の団員の訓練だけでなく個人的なことにも付き合ってくれる。困っている人がいれば当然のように助けるし、手をさし伸ばす優しさを持つ。

それ故にミクロに好意を抱く女性は団員だけでなく非派閥や一般人も多いし、ミクロとお近づきになりたい故に入団しようとする女性もいるほどだ。

(あれ? 団長に弱点なんてあるのかな……?)

ベルはそこまで考えてふとそう思った。

実力も性格も地位もおよそ女性にモテる要素全てを持っているミクロに弱点なんてあるのか?

「お師匠様の弱点……天然なところ?」

「それは弱点、なのか?」

「それはむしろリリ達を振り回す要因ではないでしょうか?」

ミクロは天然。誰が何と言おうともそれは変わらない。

「酒は?」

「俺、団長が酔ったところなんて見たことねえぞ」

「俺も」

「私も」

「むしろ酔いつぶれた俺達を介抱する側だな」

あれやこれとミクロの弱点について語るも誰も戦闘に関しては口に出さなかった。そんなこと話すまでもなく強いから話すだけ無駄だと誰もが悟っているから。

「朝が弱い、とかは?」

「それはないよ。だってお師匠様、私達よりも早く起きてるし、ねぇ、ベル」

「うん。むしろ僕達より先に鍛錬しているぐらいだし」

う~~ん、と誰もが頭を悩ませるミクロの弱点。

難攻不落のミクロ城。それを崩す為の弱点が不明瞭のままでは突破はできない。

「な~にしているのかな~?」

「あ、アイカお姉ちゃん」

いつもの笑みを浮かばせながらセシルの背後から抱き着くように現れるアイカはニコニコ微笑んだまま。もうベル達が言うまでもなく事情は察しているようだ。

「ミクロくんの弱点~? もちろんあるよ~」

『え?』

アイカの口からあっさりと出たミクロの弱点にこの場にいる誰もが目を見開いた。

あの団長に弱点? アイカのその一言に戦慄を抱かせる団員達はそれを是非とも教えて貰いたかった。

「だ~め。教えてあげな~い」

だけどアイカは微笑んだままそれを拒否。本当の妹のように可愛がっているセシルにでさえ秘密のままだった。

「おい、あんたら。いつまでちんたらお喋りしているつもりだい?」

「ほら、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』までもう時間もないんだから」

【アグライア・ファミリア】の幹部である狼人(ウェアウルフ)のリュコスと犬人(シアンスロープ)のティヒアが準備の手を止めている団員達を動かせようとするも、ベル達はアイカ同様の質問を二人にする。すると。

「あるに決まってんだろ」

「もちろんあるよ」

二人もまた当然のように答えた。

「あんた等が気にしても仕方ねえことだから意味はないよ」

「そうね。弱点ではあるけど皆には無意味だし」

だけどそれを教えてはくれなかった。

気にはなるもこれ以上準備に支障をきたすわけにはいかない団員達は渋々と諦めながら準備を再開する。それでもミクロに弱点があると判明しただけでも大きな成果かもしれない。

(団長の弱点ってなんだろう?)

ベルも気にしながらも『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の準備を再開する。

「ベル。それが終わったらこれを倉庫まで持って行ってくれ」

「あ、はーい」

荷物を持って倉庫に向かう。

「クラネルさん」

「リューさん」

その道中でベルは自派閥の副団長であるリューと出会う。リューもまた書類らしきものを抱えている。

「いつもミクロがご迷惑をおかけしてすみません」

「あ、いえ、僕ももう慣れましたし……」

自分の子供の失態を謝る親のように謝罪するリューにベルは苦笑しながら首を横に振る。

「リューさんも準備ですか?」

「ええ、ギルドからの書類をミクロに届けに行くところです。途中まで一緒に行きましょう」

「はい」

ミクロがいる部屋まで一緒に歩くベルとリュー。

「本当にミクロは私達を振り回すばかりで……」

しかし、先ほどからリューはミクロに対する愚痴ばかり溢している。愚痴を溢す相手が欲しかったのかもしれないと思いながらベルは内心苦笑しながら聞いているも……。

(リューさん、笑ってるのかな?)

愚痴ばかり言っているもその表情は楽しそうに薄く微笑んでいる。少なくとも怒っているようには見えなかった。

「あの、リューさん。団長って弱点がありますか?」

そんなリューにベルは思わず尋ねてしまった。

「ありますよ。それに沢山」

「沢山!?」

そんなにあるの!? と言わんばかりに驚愕に包まれるベルにリューは面白そうに口角を曲げる。

「クラネルさん。貴方はミクロを特別視し過ぎだ。ミクロも完璧ではない。どこにでもいる一人の人間です」

それはベルを含めた他の団員達とは違う答え。

「確かにミクロは強い。才もある。けれどそれだけだ。だから私はミクロを特別視しないし、傍にいたいとそう思えた。それは私でなくてもティヒア達も同じでしょう」

だけどその瞳はどこまでも慈愛に満ちている。それはベルを含めた他の団員達とも違う尊敬でも畏敬の念でもない。

「一度別の視点からミクロを見てみるといい。そうすればきっとミクロの弱点にも気づくはずでしょう」

(ああ、そっか……リューさんは、ううん、アイカさん達は本当に団長のことが)

好きなんだ。とベルは察した。

それは恋愛という意味だけでなく友愛や親愛の類といった家族に向けるものかもしれない。それでも好きだからこそ特別な存在として見ていないのだとベルは気付いた。

「それでは私はここで」

「はい」

ベルはそこでリューと別れて倉庫に向かう。リューも書類をミクロに渡す為に部屋へ訪れる。

「ミクロ、入りますよ」

返事はない。けれどリューは部屋に入るとミクロが椅子にもたれるように眠っていた。まだ手付かずの書類があるというのに寝ているミクロにリューは呆れる。

「本当に貴方という人は……」

自由なのですから、と愚痴を溢すリューは書類を机に置いてミクロに毛布をかける。

「まったく世話のかかる」

けれどリューの顔は優しかった。愛する人の寝顔を独占している今だけはリューにとっても幸せな時間なのかもしれない。

「……ミクロの弱点」

ふと先ほどベルが言っていたことを思い出して微笑む。

ミクロは強い。それこそそこらの冒険者が何人集まろうともミクロの敵ではなく、警戒心も強いミクロに夜襲も奇襲も通用しない。けれどこうして家族(ファミリア)にだけはこうも無警戒で無防備な寝顔を見せる。強いて言えばミクロの最大の弱点は家族(ファミリア)かもしれない。

「ふふ」

そう思ったリューは思わず笑ってしまった。

それがミクロの弱点だとベル達はいつ気付くのだろうか? 気付いたら気付いたでどんな反応をするのだろうか? しかし是非とも気付いて欲しい。ミクロが家族(ファミリア)にだけ見せるその弱点(しんあい)を。



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Three42話

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の終盤(エンドゲーム)を迎えた頃、セシルは師であるミクロから授かったミクロの最高傑作である大双刃『レシウス』がセシルの想いに応えるようにその形状を変えた。

深い闇を連想させる常闇の大剣。それはセシルの身の丈に合わない程に大きな大剣。二(メドル)は超えるその剣を前にガレスは己の武器である大戦斧を拾う。

それは危機感。あの武器は素手で防ぐのはまずいという『経験』によって培った勘がそう訴えたから。

そして警戒。何かあるかわからない未知に対する警戒。

先ほどまでは敵派閥とはいえ、第一級冒険者であるガレスに挑んでくる若者達にガレスはその根性を褒め、ある程度は手を抜いていた。それは自身の力の強さを理解しているが故に再起不能にしない為の手加減でもあったが、もうそれはできないかもしれない。

先ほどまで浮かべていた好々爺の笑みはない。今のガレスは一人の戦士としての顔となる。

「行きます」

「こい、ひよっこ」

構えるセシルにガレスは応える。

そしてセシルは駆ける。

「ぬっ!?」

自身に向かってくるその動きは先ほどまではまるで違う。一瞬だけとはいえ、第一級冒険者のガレスに速いとそう思わせるほどの速力でセシルはガレスと衝突する。

大剣と大戦斧の衝突。

互いに重量ある武器の衝突は轟音を響かせ、膨大な火花を散らし合う。

「むぅ!」

衝突の際、防御したガレスの眉根が寄った。

その一撃はガレスが想定していた以上に重い一撃だった。だがその一撃で止まるセシルではない。

「ぁぁああああああああああああああああああッッ!!」

哮ける。

腹の底から自分の全てをぶつけるかのように一撃、二撃、三撃、止まらぬセシルの猛攻が始まった。

一撃一撃の衝突音が衝撃が周囲に轟き、響き渡る。

重々しく力強い、力と力の衝突。

大剣と大戦斧の衝突音が連続する度に盛大では足りないほどの火花が舞い散り、力の衝突が大地を震わせる。

「すげぇ……」

その戦場にいるヴェルフは思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

技でも駆け引きでもない。力と力の衝突に思わず魅入られてしまいそうになってしまう。

だが。

(あんなのいつまでも持つわけがねぇ……ッ!)

ヴェルフは気付いた。

一見すれば互角のように戦えているように見えるもそうではない。ガレスはセシルの猛攻を完璧に防ぎつつもセシルの持つ武器がどのような力を有しているのか見極めようとしている。

ガレスがその気になればセシルの猛攻など力づくで簡単に打ち崩すことができる。それをしないのはセシルの持つ武器に警戒しているから。だから今は防御を優先しているだけに過ぎない。

第二級冒険者と第一級冒険者

Lv.3とLv.6とでは隔絶した実力差の前には己の全てを賭してもなお足りない。

セシルもそれは嫌というほど自覚している。

けれど前へ、更に前へセシルはその一歩を踏み出し、大剣を振り下ろす。

「もっと、もっと!!」

「また、重くなりおったか!!」

衝突する度に強く、否、重くなっていくセシルの武器にガレスは剛毅な笑みを浮かべる。

師であるミクロより授かった『レシウス』はベルの持つ二振りの片手直剣『ラパン』と『ルベル』のように炎を宿してはいない。『レシウス』の能力は重力操作。

セシル自身と武器の重量を自在に操作することができる。それによってセシルは己の重量を軽くし、早く動くことができるし、攻撃の瞬間に武器の重さを増やすことで攻撃力を底上げしている。

セシル自身と武器にしかその効果は得られないが、セシルの意志次第でどこまでも軽くすることもできるし、重くすることも出来る。

それによってセシルは武器を重くしてガレスに攻撃し続けている。それも武器の重さを加算させながら。

それでもまだ足りないかのようにセシルはもっと強く、重く、強烈な剛撃をガレスに放ち続ける。

(手が痛い……ぶつかるたびに手の骨が砕けそうになる)

圧倒的『力』の体現者。オラリオ一、二を争う『力』と『耐久』の持ち主相手との衝突はその身に直接受けなくても武器同士の衝突だけで確実な損傷(ダメージ)を受けてしまう。

セシルの一方的な攻撃? 違う、今この段階でも損傷(ダメージ)を受けているのはセシル本人。武器を握りしめるその手は衝突の度に痛みを走らせる。

超硬金属(アダマンタイト)を殴り続けているような痛みがセシルを襲う。

だけどセシルは力強く己の武器を握りしめる。

(それがなに? そんなことで立ち止まっていいわけがない!!)

痛み? そんなものは慣れた。

だから無視できる。

手の骨が砕けたのなら無理矢理にでも握りしめればいい。

「私、私はッ!!」

脳裏に過るは自身の師。

その強さに憧れた。魅入られた。私もああなりたいと思った。

感情が、衝動が、憧憬がセシルを突き動かす。

才能だけで言うのであればセシルはミクロの足元にも及ばない。『英雄』の『器』に成れるかと問われれば多くの者は首を横に振るかもしれないだろう。

だけどセシルにとってはそんなことはどうでもいい。

「負けないッ!! もっと、今よりも強く、前へ!!」

ただ強く、今よりも強くなる為にセシルの歩みは止まらない。着実にその一歩を踏みしめていく。

それは兎のような跳躍ではない。

もっと泥臭く、地味で、一歩踏み出すだけでとてつもない苦痛と苦汁をなめるものになる艱難辛苦の道のりかもしれない。

それでもセシルは突き進む。

一歩でも多くその背に、憧憬(ミクロ)に追いつく為に。

「ぬかしよる」

そんな少女の叫びガレスは笑った。

熱き憧憬(おもい)を口にするガレスの闘志に火がつく。

ガレスの半分も生きていないような種族も性別も違う格下の少女の言葉にガレスはセシルの攻撃を弾き、叫ぶ。

「ならば証明してみせろ! お主の全てを儂が受け止めてやるわい!!」

それは強者からそして一人の戦士からの挑発。

自らを『壁』として少女の猛攻を受け切ってやるというその挑発にセシルは己の武器で応えた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

セシルの猛攻。

ガレスはその攻撃を防ぎはするも避けようとはしない。宣言通り、全て受け止めようとしている。

戦場で衝突する武器の激しい旋律。

突き進む不屈の少女の戦歌。

その全てを一身に受け止めるドワーフの大戦士。

少女の戦歌に一人の男が叫んだ。

「お前等起きろ!! いつまでも寝てないでさっさと立ち上がりやがれ!!」

ヴェルフは叫ぶ。今も地に横たわる仲間(ファミリア)達に。

「お前等には聞こえねえのか!? この音が、今もなお突き進もうとするあいつの声が!! 聞こえてんなら根性みせやがれ!!」

己一人だけではセシルの助けにはならない。

ヴェルフはそれが嫌というほどわかっている。わかっているからこそ己の不甲斐無さを声に変えて腹の底から今も眠り続けている仲間にその声を届ける。

すると。

「うるせぇ……言われなくても起きてる」

「ああ、起き上がろうとしていたとこだ」

「そこまで言われて寝ていられるような腑抜けになった覚えはないねぇ」

一人また一人と、ガレスによって倒された者達は起き上がる。

突き進む一人の少女の不屈の戦歌、一人の男の不甲斐無い叫びに足に力を入れ、互いに手を取り合い、武器を杖代わりにして立ち上がっていく。

「後輩が頑張ってんだ。先輩として情けねえ姿をいつまでも晒せねぇ」

「負けられねぇ、負けられねえんだよ。俺達だって」

「まだ、まだだ……まだ戦える」

その瞳に再び戦意が宿る。

【アグライア・ファミリア】で団員達を導いているのは紛れもなくミクロだ。だが、下級冒険者、下の者を励まし、持ち上げているのは他の誰でもない【覇王(アルレウス)】の弟子。

努力し続ける姿が、戦い続けるその闘志が、折れないその不屈の心が弱き者達を立ち上がらせる。

それは誰もが認める強者(ミクロ)にはできないこと。

才能も素質もどこまでも平凡、悪く言えば強者になれない凡人。しかし凡人だからこそその突き進む姿、走り続けるその背は弱者の心を震わせる。

まだ、と身体に力を入れさせ止めていた足を再び前へ動かせる。

平たく言えば当てられたのだ。

自分より年下の少女の姿に。

「よしッ!」

ヴェルフも魔剣を構える。

再びその瞳に戦意を宿らせ、武器を強く握りしめる【アグライア・ファミリア】の団員達。この場に【重傑(エルガルム)】と互角に戦えるような第一級冒険者はいない。殆どが第三級、第二級冒険者ばかりだが、それでも彼等は再び第一級冒険者に挑む。

「魔法が使える奴は詠唱しろ! それ以外の奴は意地と根性で【重傑(エルガルム)】に突っ込め!!」

「セシルに、後輩にこれ以上情けねえ姿を見せるんじゃねえ!!」

「先輩の意地を出しやがれぇ!!」

雄叫びを上げ、果敢に挑む。

「み、みんな!?」

「大丈夫だ、セシル。俺達だって――」

「フンッ」

『ぎゃああああああああああああああああああああああ!!』

しかし、吹き飛ばされる。

グえっ!? と潰れた蛙のような声を出しながら地面に叩き付けられるも立ち上がってまたも突撃する。不屈の少女のように己の身体を前へ突き動かす。

『うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

傷だらけで痣だらけ。鼻血を垂らし、瞳に薄っすらと涙を溜め込みながら恐怖を振るい落とすかのようにみっともなく叫びながら策もなく無謀に特攻する彼等は愚者かもしれない。

一度は破れ、地に這いつくばっていた癖に、と思う者もいるかもしれない。

それでも彼等は冒険者。

惨めでも、みっともなくても、諦めの悪さだけは一級品だ。

それを知っているからこそガレスはそんな彼等を嗤わないし、軽蔑もしない。

ガレスもまた一人の冒険者としてその力をもって彼等を吹き飛ばす。

「セシル下がれ!! 『氷鷹(ひよう)』!」

ヴェルフの氷の魔剣。その他魔法もガレスに直撃する。

それでも【重傑(エルガルム)】は倒れない。その膝を地につけない。

団長(ばけもの)かよッ!!」

「安心しろ! 団長(べつじげん)ほどじゃない筈だ!」

「そうだ! 団長(りふじん)じゃない!」

「攻撃が通じていないわけじゃないんだ! なら色々おかしい団長(かいぶつ)じゃねえ!」

「……」

自身の師について色々言われているが、セシルは団員達と似たような感想なので黙って聞き流した。

ただでさえ頑丈じゃ足りない肉体に毒どころか炎も雷も通用しないミクロに比べたらまだガレスの方が常識的だったとはセシルは口が裂けても言えない。

「セシル、まだ戦えるかい?」

「もちろん!」

ガレスに倒され、意識が飛んでいたアイシャもまたセシルによって立ち上がった者の一人。大朴刀を手にセシルに声をかける。セシルもまた自分は戦えると告げる。

「上等ッ! 今度こそ【重傑(エルガルム)】をブッ倒すよ!」

「はい!」

セシルはアイシャと共に駆ける。

一度は打ち破られた連携。しかし今度は違う。ガレスが相手にしているのは二人だけでない。セシルに続く多くの仲間達と共に強者(ガレス)にくらいつく。

それぞれの欠点を補い、庇いながらガレスと戦うセシル達。

「まったく少しは年寄りを労わらんか」

それでもガレスは揺るがない。

セシル達が弱いのではない。それだけにガレスが強過ぎるのだ。

身近に第一級冒険者がいる分、忘れがちになるがこれがオラリオでも一握りしかいない第一級冒険者。

力も強さも実力も何もかもが違い過ぎる。

意地と根性で立ち上がり、向かって行くだけでは決して勝てない。

(一回、一回だけでいい! 何か方法を……ッ!)

思考を働かせる。

ガレスを倒す為の方法を、勝利する為の策を模索する。

(お師匠様なら、どうする……ッ!)

ミクロなら何かしらの策を思いつくかもしれない。けれどセシルにはそれがない。

これまで培ってきた努力と経験によって答えを導き出さなければいけない。

「あ……」

セシルは見つけた。

ガレスを倒すことができるその方法を。

可能性は限りなく低い。だけどゼロではない。それならばやらない手はない。

「アイシャさん! 下がって!」

「何言って――」

「私を信じて!」

「チッ」

セシルの言葉にアイシャは舌打ちしながら大きく後退した。

「ヴェルフ! 風!」

「――おう!」

風、その言葉にヴェルフはすぐに気付いた。氷の魔剣を捨てもう一つの魔剣を振り下ろす。

「『風武』!」

翡翠色に輝く刀から解き放たれるのは凄まじい颶風。

斬撃(カマイタチ)も発生しない純粋な強風の砲撃は『氷鷹(ひよう)』と違って殺傷能力を抑えた風の魔剣。ヴェルフはセシルを巻き込む形でガレスに向けて放った。

「何して――」

味方(セシル)を巻き込むような攻撃に非難の近い眼差しをヴェルフに向けるも――

「【駆け翔べ】!」

すぐに彼等の視線はセシルに戻される。

「【フルフォース】!」

セシルは魔法を発動する。

師であるミクロの魔法。白緑色の風をその身に纏う。

「全開放」

全ての精神力(マインド)を消費させて最大出力を発揮する。

「――――っ」

初めて全力を発揮するミクロの魔法にセシルの身体にその反動が襲う。

全身が引き裂かれるような激痛が走り、あまりの痛さに意識が飛びそうになるもセシルはそれを歯を食いしばって耐える。

「……無茶をしよう」

アイズと似たような魔法。それならば身体にかかる負荷もどれほどのものかわかる。それでも強者に勝つ為に耐えて向かってくる少女にガレスは剛毅な笑みを見せる。

「それで儂を倒せると思ったか!」

重量なら大双刃(ウルガ)にも匹敵する大戦斧。ガレスの主武装《グランドアックス》を振るうガレスに向けてセシルは笑った。

「思ってませんよ。でもこれなら――」

その光景にガレスだけでない、セシルを除いた誰もが目を見開くその表情は驚愕に染まる。

セシルはヴェルフが放った強風の砲撃を魔法にかけ合わせた。

魔剣と魔法の融合。

それはかつての遠征。59階層で『穢れた精霊』、『精霊の分身(デミ・スピリット)』との戦闘の際に見たミクロとアイズの魔法の合体技。それならば同系統なら魔剣でも同じことができるかもしれない。

無論、失敗する可能性もあった。吹き飛ぶだけの結果に終わっていたかもしれない。

それでもセシルはその可能性を掴み取った。

単体の攻撃が通用しないのならかけ合わせればいい。魔法×魔剣の合体技。

白緑色の風は暴嵐の如く荒れ狂い、近くにいる団員達はその余波だけで吹き飛ばされてそれ以外は剣を地面に突き刺して辛うじて吹き飛ばされないように耐えている。

「いける!」

セシルが今出せる最大最強の一撃。それを第一級冒険者【重傑(エルガルム)】に叩き付ける。

「温いわぁあああああああああああああああああああああッ!!」

ガレスはその暴嵐を真正面から受ける。

剛音が炸裂する。

衝突と同時に破裂する暴嵐が波濤の如く凄まじい勢いで轟く。気を抜けばどこまでも吹き飛ばされてしまいそうな突風に全身に力を入れて耐えるヴェルフ達。

「どうなったッ!?」

視界を遮るほどに舞う砂煙。どちらが勝ったのかヴェルフ達にはわからない。

時間が経つにつれて砂煙も晴れていき、視界を遮るものがなくなったヴェルフ達が目撃したのは互いの武器を交差しながら立っているセシルとガレス。両者共に健在。

あれほどの攻撃を真正面から受け切ったガレスにヴェルフはふざけろッ! と言いたかったが、セシルがまだ健在なら戦える。アイシャや他の団員達もまだ戦意は折れていない。

戦える。

誰もがそう思い、臨戦態勢に入る。

――だが。

セシルの身体がゆっくりと傾き、地面に倒れる。

「……は?」

地面に倒れ、横たわるセシル。

誰もが啞然とする中でガレスは髭を撫でる。

「見事」

それは最後の最後まで己を賭け、死力を尽くして強者(ガレス)を倒そうとした少女に向けての惜しみない称賛だった。

(最後の最後まで本気で儂を倒そうと挑んでくるとは……本当に面白い娘じゃのぅ)

その時、大鐘が鳴り響いた。

戦争遊戯(ウォーゲーム)』終了の合図。その鐘の音を聞いてガレスは頬を掻く。

「やれやれ……これはどうなったかわからんわい」

今回の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の戦闘形式(カテゴリー)旗取り合戦(スクランブル・フラッグ)。敵派閥の団旗をより多く破壊した方が勝ちだ。

しかしガレスはずっとこの場に縫い付けられていた為に一本も団旗を破壊できずに終わった。戦いに熱くなっていた為に時間を気にしていなかった。

「アイズ達はどうなったかのぅ」

結果を気にしながらひとまずは気を失っているセシルを背負ってヴェルフ達と一緒に治療する為の拠点に向かう。



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Three43話

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』。両派閥は敵派閥の軍旗を破壊しようと戦場を駆け巡る。一本でも多くの軍旗を破壊して【ファミリア】に勝利を貢献しようとするなかで一人の犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)が対峙していた。

弓兵(アーチャー)であり【アグライア・ファミリア】の幹部である第二級冒険者ティヒアと【ロキ・ファミリア】の第二級冒険者であり幹部候補であるアナキティ――通称アキが戦闘を繰り広げていた。

一人でも多く敵派閥である【ロキ・ファミリア】の構成員を減らそうと身を潜めながら【ファミリア】の勝利に貢献していたティヒアの予想を上回る速度で発見し、交戦することになったが勝負は拮抗している。

(徹底している……)

アキは彼女、ティヒアの徹底ぶりに目を細める。

流星の猟犬(スターハウンド)】の二つ名を持つティヒアの矢はその二つ名に相応しい流星のような軌道であらゆる角度から矢が飛来してくる。そのどれもが些細な誤差も許さない程に的確だがアキが注目しているのはその徹底ぶり。

己の役割を十二分に理解し、決して役割外のことはしないその徹底ぶり。

今がまさにそうだ。

発見されたというのに逃げの一手。反撃も迎撃もできる筈なのにそれを一切せずに即座に逃走を選択した。再び身を潜めて己の役割を全うしようとしているのがわかる。

それを理解しているからこそアキは逃がさない。

再び身を潜められたらまた仲間に被害が及ぶ。そうならない為に追いかけ、倒すしかない。

(引き剥がせない……ッ)

ティヒアもまたアキの有能さに舌を巻いていた。

【ロキ・ファミリア】の第二軍構成員であるアキを決して甘く見ていたつもりはない。ただ予想以上に優れていただけの話だ。

(迎撃はしない。それは時間の無駄)

ティヒアは断ずる。

ここでアキと戦闘することはできない。そんなことをしている暇があるのなら一本でも多く敵派閥(ロキ・ファミリア)の構成員を減らすか、軍旗を射ち落すことに矢を使う。

ティヒアは己の身の程を知っている。

Lv.4に【ランクアップ】できたのも自身の力だけとは思っていない。勿論一日たりとも鍛錬を欠かした日はないが、ミクロや仲間達のおかげでここまで強くなることができた。だからティヒアは驕らないし油断もしない。

常に己が最弱だと認識し、自身の役割に徹底することでこれまでそしてこれからも仲間達に貢献していく。それが【アグライア・ファミリア】の幹部、それが【流星の猟犬(スターハウンド)】、それがティヒア・マルヒリーだ。

(絶対に勝ってミクロからのご褒美を貰う!!)

そしてミクロに恋する乙女の一人でもある。

リューがミクロの恋人になったとしてもそんなの関係ない。ミクロは私のモノだ! と今もミクロの恋人の座をリューから奪い取る気満々の犬人(シアンスロープ)

【ファミリア】内のミクロの恋人になりたい女団員を纏める筆頭でもある。

しかし残念なことにティヒアはまだ知らない。

最高功績を出した者に与える筈だったミクロの最高傑作である小型盾(バックラー)はラウルの手に渡っているということを。

三本連続で矢を放つ。

その矢はまるで生きているかのように動いてあらゆる角度からアキを襲うもアキはそれを撃墜。距離を離さないようにすぐに追跡する。

(【流星の猟犬(スターハウンド)】、知ってはいたけど驚くほどの技量の持ち主ね……)

正確無比なまでの弓の技量だけではない。

相手の些細な動きも見逃さない観察力に未来予知に近い予測力もあるからこそティヒアはオラリオでもトップクラスの弓兵(アーチャー)

まだ【アグライア・ファミリア】が弱小だった頃からずっとミクロ達の後ろで弓兵(アーチャー)として活躍し、鍛え上げた観察力と予測力は【ファミリア】の軍師、指揮官としてもその力を発揮している。

その指揮能力はミクロが【ファミリア】の総指揮官を任せるほどにミクロはティヒアを信頼している。

弓兵(アーチャー)と指揮官。

その二つがティヒアの役割でありそれだけは必ず果たすという徹底ぶり。

それがこれまで仲間を【覇王(アルレウス)】を支えてきたアキとはまた違った有能の冒険者。

(予定変更。【貴猫(アルシャー)】を引き付けたまま軍旗を破壊する)

ティヒアは冷静に淡々と作戦を変更する。

引き剥がすことができないのであればこのまま引き付けたまま敵派閥の軍旗を破壊することを優先する。

(――とでも思っているのでしょうね)

アキもそれは予測できる。

そして残念なことにそれは可能だ。

ティヒアは視界に映った500(メドル)先にある敵派閥の軍旗を発見すると詠唱を口にする。

「【狙い穿て】」

超短文詠唱。矢に茶色の魔力が纏う。

「【セルディ・レークティ】」

放たれた矢は軍旗に導かれるかのように突き進み、軍旗を破壊する。

ティヒアの魔法【セルディ・レークティ】は追尾属性の魔法。

視認できる範囲であればどれだけ離れていても当たるし、避けることも出来ない必中の矢。

「くっ」

それは流石のアキでもどうすることもできない。

仮にどうにかしようとすれば必ず隙が生じる。ティヒアがその隙を見逃す筈がない。

アキ一人ならば。

「かかれっ!」

「――っ」

アキの号令。

それを待っていたかのように【ロキ・ファミリア】の数人の第二軍構成員が姿を現す。

(誘導された……)

ただティヒアを追いかけていただけでない。悟られないように仲間がいる場所までティヒアを誘導した。アキもまた己一人でティヒアを倒そうとは思っていない。仲間と連携して確実に倒す方法を選択する有能な冒険者。

間違ってはいない。最小限のリスクで敵を倒す。冒険者なら誰もがする賢い選択だ。

連携で敵派閥の幹部であるティヒアを倒そうとするアキに続く【ロキ・ファミリア】の第二軍構成員、シャロン、ニック、クルス、アークスの五人がかりで確実に敵派閥の幹部を倒そうとするアキの采配。

過剰と思われようとも相手は油断できない【アグライア・ファミリア】の幹部の一人。過剰ぐらいがちょうどいい。

ティヒアを取り囲むは【ロキ・ファミリア】の第二軍。全員が第二級冒険者。いくらティヒアでも四方から攻める攻撃から身を守る術は持ち合わせていない。仮に防げたとしても必ず隙が生じる。

その隙をアキが見逃すはずがない。

(ここで!)

倒す。と勝負に出るアキ達【ロキ・ファミリア】第二軍構成員。

『――――ッ!』

アキ達に亜寒が走る。

勝利を目前に本能的危機感が電流のようにアキ達の体を迸る。

そしてアキは見た。

僅かに口角を曲げているティヒアの顔を。

「下が―」

攻撃を中断。皆を下がらせようと徹底の指示を出すよりも早くその声はアキ達の耳に届いた。

「【迷い込め、果てなき悪夢(げんそう)】」

何もないところから突如姿を現した煙水晶(スモーキークォーツ)が用いられた眼装(ゴーグル)を装着した黒髪のヒューマンの男。

左手に槍を担ぎ、右手の人差し指を突き出して詠唱を口にしていた。

「【フォベートール・ダイダロス】」

紅の波動がその指から放たれる。

同時にティヒアは『リトス』の収納しているローブを取り出して身を包ませる。

戦場を驀進する紅光の波。

禍々しい輝きを発し闇を喰い荒らす。光速の紅波は爆発させるでも感電させるでもなく、ただ効果範囲内にいた全ての者を一人も残らず呑み込み、そのまま後方へと一過した。唯一、耳朶にかじり付く怨念めいたおどろおどろしい音響を残しながら。

次の瞬間。

『―――――――――――――――ッッ!?』

アキ達は一斉に叫喚を放ち、暴走を始めた。

剣が、槍が、拳が、蹴りが、出鱈目に繰り出され、血を飛ばす。

「聞いていた以上に厄介な呪詛(カース)ね……」

暴走するアキ達から離脱し、呪詛(カース)異常魔法(アンチ・ステイタス)を防ぐローブを脱ぎティヒアは聞きしに勝る呪詛(カース)に思わず目を細める。

「おいおい、こっちはちゃんと注文通りにしてやったんだぜ?」

「別に文句はないわよ」

元【イケロス・ファミリア】団長【暴蛮者(ヘイザー)】、ディックス・ペルディクス。

人造迷宮(クノッソス)』の一件でミクロが勧誘(スカウト)し、【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)したLv.5の冒険者。

そのディックス・ペルディクスの『呪詛(カース)』である【フォベートール・ダイダロス】。

幻惑、錯乱の『呪詛(カース)』。

超短文詠唱でなお、広範囲及び高威力を誇る必殺。

対策を持たぬ者を狂騒の渦に叩き込む、初見殺し。

代償に能力(ステイタス)が大幅に下がるが、確実に決められた今は関係ない。

透明状態(インビジビリティ)』のローブで姿を消し、気配を隠して、後はティヒアが連れて来た敵対派閥(ロキ・ファミリア)の構成員に向けてティヒアごと呪詛(カース)を放つ。

この場に誘導していたのはアキだけじゃない。ティヒアもまた(ディックス)を用意していたのだ。

「それじゃあ私は他の軍旗を落としに行くから適当に気絶させておいて」

「へいへい」

仕方がねぇ、と言わんばかりの態度でティヒアの指示に従う。

本来ディックスは誰かの指示に従うような男ではない。本能、欲望に忠実な男だ。

それを変えたのはミクロ。

ディックスの、ダイダロスの系譜にかけられた血の呪縛。それをミクロが壊し、ディックスを呪縛から解放した。

だから従うわけでもない。ミクロに恩があるにも借りがあるのも確かだがそれ以上にディックスはミクロに従わざるを得ない。

その心身に圧倒的なまでの実力を叩き込まれている以上ディックスはミクロの下で甘んじている。

逆らう意思すら持たせない圧倒的な力で無法者(ディックス)を従えさせているミクロ。ディックスはそんな【覇王(アルレウス)】に従いはしても忠義はない。

(でもまぁ、あの頃に比べらりゃ悪くはねぇ……)

忠義はない。しかし本当に僅かだがミクロに感謝の念は抱いている。



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Three44話

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』。両派閥の激しい戦闘を繰り広げる。

対戦派閥の自派閥のエンブレムが描かれた団旗を制限時間内に多く破壊するという戦闘形式(カテゴリー)――『旗取り合戦(スクランブル・フラッグ)』。

対戦派閥の団旗の破壊に向かう者。

自派閥の団旗を守護する者。

また対戦派閥の団員を倒す為に行動する者。

それぞれ己の役割に適した行動を取り、【ファミリア】に勝利を捧げようとする。

「【天に轟くは正義の天声。禍を齎す者に裁きの一撃を】」

杖を構えて詠唱を口にするは【アグライア・ファミリア】所属、Lv.3――第二級冒険者。神々から授かった二つ名は【雷魔姫(ライトニングマリカ)】のスィーラは足元に黄金色の魔法円(マジックサークル)を展開させながら得意とする雷属性の魔法を発動する為の歌を紡ぐ。

「させるかぁ!」

それを阻止しようとするのは【ロキ・ファミリア】の只人(ヒューマン)の男性。スィーラと同じく第二級冒険者は詠唱を中断させようとするも。

「させないっと!」

「くっ! 【妖精護剣(フェアリーアミナ)】!!」

同じく第二級冒険者。【アグライア・ファミリア】所属のフールが相棒であるエルフを守護する騎士のようにその道を阻む。

その由来からついた二つ名【妖精護剣(フェアリーアミナ)】。妖精(エルフ)の騎士がスィーラを守る。

「【鳴り響く招来の轟き。天より落ちて罪人を裁け】」

詠唱が完了。スィーラは対戦派閥(ロキ・ファミリア)に向けて魔法を炸裂させる。

「【フラーバ・エクエール】!」

杖から放たれた雷の魔法は弧を描き、【ロキ・ファミリア】の団員達がいる場所を基点に広範囲の雷の雨が降り注がれる。

だが――

「……流石は【ロキ・ファミリア】」

対戦派閥(ロキ・ファミリア)はスィーラの魔法を避け、防ぎ、耐え切る。

戦闘続行の意志を瞳に宿らせる彼等彼女等にはスィーラも畏敬の念を抱かずにはいられない。

「舐めるなぁ! 俺達は【ロキ・ファミリア】だ!!」

勇者(ブレイバー)】、【九魔姫(ナイン・ヘル)】、【重傑(エルガルム)】の三首領を始めとした幹部【剣姫】、【大切断(アマゾン)】、【怒蛇(ヨルムガンド)】、【凶狼(ヴァナルガンド)】。

そんな英雄候補とも呼べる彼等彼女等に比べたら世間から受ける評価は微々たるもの。

【ファミリア】としての評価に相応しいのは【勇者(ブレイバー)】を始めとした主戦力メンバーのみ。自分達がそんな評価を受けるには値しない。

それが【ロキ・ファミリア】第二軍メンバーが心のどこかで少なからず抱いている感情(おもい)

それでも彼等彼女等は言う。

――自分達は【ロキ・ファミリア】なのだと。

特別でなくても、才能なんてなくても、胸を張れるものが何一つなくても、仲間がいる。

仲間と共にどんな強敵にも立ち向かうこと。

 

それが巨人殺しの派閥(ロキ・ファミリア)なのだということ。

 

この場に主戦力メンバーがいなくても仲間と共に勝利を手にする。

しかし。

「そっちこそ私達を舐めないでよねッ!!」

それはフール達【アグライア・ファミリア】も同じだった。

五年と少し。たったそれだけの年月でオラリオの三大派閥と呼ばれるようになるまで地位も名誉も名声さえも獲得した【アグライア・ファミリア】だが、それはひとえに団長であるミクロのおかげ。

彼がいなければ、彼でなければ【アグライア・ファミリア】は成長しなかった。

覇王(アルレウス)】がいるからこそ今の【アグライア・ファミリア】が存在する。

【ファミリア】の地位も名誉も全てがミクロが手に入れたようなもの。

フール達はただその勢いに乗っただけ。

それでも彼女達はただ団長であるミクロに甘え、寄生するだけの存在ではない。

ミクロという圧倒的才能の持ち主を前に何度も自信も自尊心(プライド)も砕け、強くなったかと思えば自分達以上の速さで強くなっていく自派閥の団長を目の当たりにして挫けそうになった。

それでも彼等彼女等が今もここにいるのはミクロの無償の親愛、絶大の信頼を寄せてくれるから。だからこそそれに応えたいと団員達も挫けそうになっても足掻き続ける。

「私達は【アグライア・ファミリア】! 相手が誰であろうとも諦めない!!」

信念、誇り、仲間。

派閥は違えど抱く想いは同じ。自派閥に勝利を貢献する為に戦う。

衝突する二つの派閥。

個々の実力、仲間との連携、多少の差異はあってもほぼ互角に等しい戦闘を繰り広げる。

「流石は【ロキ・ファミリア】! 強い!」

「【アグライア・ファミリア】……ッ! これほどまで強いとはッ!」

長年培ってきた技量と経験は【ロキ・ファミリア】が上。しかしベルやセシルのように直接でなくても【覇王(アルレウス)】を団長に持つ団員達の力も負けてはいない。

誰よりも【覇王(アルレウス)】の戦いを見てきた。その力、技量、駆け引きに至るまで見て来た。Lv.7に至るまで共に冒険を繰り返し、何度もその背を見て来た。

己の足りないものを思い知らされ、今以上の強さを誰よりも見せられてきたのだ。

それを見て足を止めるのは簡単だ。だけど団員達にも意地はある。

その背を追いかけ続けるという意地が団員達を突き動かす。

そして後から入団してきた後輩達(ベルとセシル)にも負けない為にも勝利を手に入れる。

覇王(アルレウス)】に、団長に追いつく為に。

後から入団してきた、してくる後輩に負けない為に。

団員(フール)達は力を求めて走り続ける。

そこに慢心なんて抱く余裕なんてない。

現状に甘んじる暇なんてない。

限界? ならばそれを壊して前へ進む。

その意志と覚悟は既にある。

「スィーラ! もう一回詠唱を始めて!」

「シンシア! こっちも魔法だ!」

戦う。

剣を、魔剣を、魔法を、技も駆け引きも使ってただ一つ勝利を手にする為だけに戦う。

そこに一人の男が乱入する。

「俺、参上!!」

軽装をその身に纏い、剣を手にし、腕には赤色の腕輪(ブレスレット)を装備している男の名前はリオグ。神々から【情炎の自由人(プロクテリア―)】の二つ名を授かった【アグライア・ファミリア】の第二級冒険者。

「お、お前は……ッ!」

リオグの登場に驚愕の表情を作る【ロキ・ファミリア】にリオグも鼻高々するも。

「『彼氏にしたい冒険者』順位(ランキング)――圏外!!」

「『嫌われ者』順位(ランキング)――三一位!!」

「『女にフラれ続けた男性冒険者』順位(ランキング)――四位!!」

「おいこらちょっと待てやぁ!!」

名前でも二つ名でもなく、『冒険者順位(ランキング)』――不特定多数の【ファミリア】というよりも神々が面白がって作っている冒険者順位表(ヒット・チャート)の順位で指を指された。それも不名誉なものばかり。

「ちょっと『囮にしても心痛めない冒険者』順位(ランキング)――五位! 邪魔しにきたの!?」

「ええ、見ての通り私達は真剣に戦っているところです。邪魔をしないでください。『嫉妬が酷い男性冒険者』順位(ランキング)――三位」

「助けに来たのにお前等まで何言いやがる!?」

対戦派閥(ロキ・ファミリア)だけでなく自派閥(アグライア・ファミリア)にまで雑に扱われている。

「クソ! 好き放題言いやがって! こっからでも名誉を挽回してやるぜ! 【爆ぜろ(フラーモ)】!」

超短文詠唱を口にし、リオグは脚に炎を纏わせる。

付与魔法(エンチャント)か!!」

脚に炎を纏わせる付与魔法(エンチャント)。リオグは得意げな笑みと共に爆速する。

「行くぜぇ!!」

脚に纏う炎が爆発。そしてその爆発と共に跳び、駆け回るリオグの動きはあまりにも自由過ぎた。

縦横無尽に駆け回り、攻撃を繰り出すリオグの動きは誰にも止められない。リオグの動きを封じようと魔法を放つも、リオグはそれを易々と避けてしまう。

リオグの魔法――【エクリクシス】は爆炎の付与魔法(エンチャント)

脚に纏った炎を爆発させて文字通り爆発的な加速力を持って高速移動を可能とする。

「その程度ッ!」

それでも流石は【ロキ・ファミリア】の団員達。未知を瞬時に既知へと変えて瞬く間にリオグの動きを捉えて武器を振るう。

「『ディルマ』」

だがそれも届かない。

リオグの腕に装備している腕輪(ブレスレット)。障壁を生み出す魔道具(マジックアイテム)によって攻撃は阻まれ、逆にリオグの一撃をその身に受けてしまう。

「ぐっ」

「オラオラ! もっと行くぞッ!」

爆炎と共に駆け回るその姿は自由を愛する爆炎の走者。その爆炎の走者にフール達は小さく息を漏らす。

「ムカつくけど、団長がベルのお守りを任せるだけはあるわ。ムカつけけど」

「ええ、腹立たしいですが、実力だけは認めざるを得ません。腹立たしいですが」

二人の言葉に他の団員達もうんうんと同意する。

お調子者でも、女性から嫌われても、ムカついても、実力だけは団長であるミクロも他の団員達も認めている。認めているからこそミクロは色々と危なっかしいベルのお守りをスウラそしてリオグに一任している。

「だけど利用しない手はないわね。皆! 今が好機(チャンス)よ! ここで決めるわ! ついでに『にやけた顔面を殴りたい冒険者』順位(ランキング)――二位も倒しちゃおう!」

「『魔法をぶちかましたい冒険者』順位(ランキング)――十一位に魔法をぶちかますいい機会ですね」

『賛成!』

「てめえ等!! 聞こえてっからな!!」

対戦派閥(ロキ・ファミリア)だけでなく味方から背中を攻撃されるかもしれないリオグはフール達に文句を飛ばすも聞く耳持たず、リオグが作った勝利の流れに乗って猛攻を開始する。

「【空を覆う雷雲。鳴り響く天の雷鳴】」

スィーラは足元に黄金色の魔法円(マジックサークル)を展開させながら詠唱を口にする。

「【閃光の如く駆ける迅雷よ、轟雷の雄叫びよ、その権能の恩寵をここに】」

「今度はさせない!」

「スィーラ!!」

フールの守りを突破して今度こそ魔法を阻止しようと【ロキ・ファミリア】の女性団員がスィーラに迫るが。

「【雷霆の恩寵を彼の者に】」

「―ッ! 並行詠唱!?」

詠唱しながら同時に回避行動を取る。

高まっていく魔力という手綱を手放すことなく相手の攻撃を回避しながらも詠唱を途絶えさせない。

(団長、副団長には及びませんが……)

攻撃、移動、回避、詠唱、複数の行動を同時展開しながら戦うことができる強靭な精神と胆気、それに伴う白兵戦と詠唱の技量。全てが高い基準に達しているミクロとリューに比べれば拙いものかもしれないが、それでも詠唱を途絶えることなく回避行動を取れるようになったのはスィーラの努力の成果だ。

「【バルク・アルマ】!」

詠唱が完了。

魔杖から放たれる一条の雷はフールを包み込み、雷の鎧をその身に纏う。

スィーラの魔法【バルク・アルマ】。

自身ではなく他者へ魔法を付与させる希少魔法(レアマジック)

雷の恩寵を授かったフールは雷の如く駆け抜ける。

「がっ!?」

「は、はや―」

地を走る雷は天を翔ける稲妻のように肉眼では捉えること敵わず、迅雷の如く駆け、雷霆の一閃が敵を無力化させる。

雷の斬光が閃き、眩しい雷という流星が大地を巡る。

「へっ! 俺だって負けられねえな!!」

爆炎と雷霆が対戦派閥(ロキ・ファミリア)諸共この一帯を轟かせる。

その身に爆炎と雷霆の斬閃を受ける【ロキ・ファミリア】の団員達。だがそれでも倒れない。

地に伏せることだけはできないといわんばかりの気迫と執念。負けて堪るかという想いが魂を震わせ、身体を突き動かす。

この場には『英雄(とくべつ)』はいない。

いるのは『冒険者』。

勝利に貪欲で諦めの悪い冒険者達はただ目の前の勝利を手にする為に走る。

その冒険者を迎え討つのもまた冒険者。

‶特別〟を何一つ持たない冒険者達は敗北も敗走もせず、ただ勝利を手にする為に前進するのみ。



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Three45話

リュコスにとって自派閥の団長であるミクロは文字通り『器』が違う。

才能も、能力も、カリスマ性も、出会った当時は互角だった実力も今では大きな差ができてしまった。

あらゆるものを受け止められる巨大な『器』の持ち主。それがミクロだった。

そんな『器』の持ち主だからこそリュコスも他の団員同様にミクロを団長として認め、従っている。

そうでなければとっくに反発でも何でもして退団しているに違いない。

強くて馬鹿みたいに優しくてお節介で天然で自由奔放な(おとこ)。そんな(おとこ)に比べてリュコスは自虐気味にこう思った。

 

ああ、あたしはなんて器の小さい雌なんだ……。

 

もっと強い(おんな)なのだと思っていた。

足を引っ張らない強さぐらいはあると自覚していた。

守られるだけの存在ではないとそう考えていた。

だけどそれは違った。

ミクロ達、【ファミリア】の仲間達と共に冒険を繰り返し、気が付けばミクロの背を追いかける存在になっていた。

隣にいた筈だった。けれど飛躍的に強くなるミクロにリュコスはどれだけ必死に駆けても追いつけない。それどころかその背はどんどん遠くなっていく。

小さくなるその背。けれど見えなくなることはなかった。

ミクロが後ろにいる存在を気にかけその足を止めているから。

その度にリュコスは己の弱さを自覚する。

だから今よりももっと強くなりたい。

例え、この小さい『器』を破壊するものでもリュコスは強さを求めた。

それが『魔法』となって発現した。

「あああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

咆哮を上げ、地を蹴るリュコスは爆発的な速力を持ってベートに接近し、圧倒的な膂力で攻撃を繰り出す。

「チッ!」

舌打ち一つ。

直撃を避け、応戦するベートは眼前の『敵』を打倒しようと蹴撃をリュコスに叩き込む。

「がぁぁああああああああああああッ!!」

だが止まらない。

紅き猛獣と化したリュコスは己の損傷(ダメージ)を無視しながら猛攻を続ける。

リュコスの二つ目に魔法――【ルゼナス】。

それは強化魔法とはまた違ったどちらかと言えば『呪詛(カース)』に近い。

精神力(マインド)を消費して発動する魔法に対して【ルゼナス】が消費するのは精神力(マインド)だけではない。自身の寿命までも消費している。

精神力(マインド)と寿命。その二つを力に変換し、【ステイタス】を爆発的に跳ね上げる希少魔法(レアマジック)

春姫の妖術『階位昇華(レベル・ブースト)』とは違ってただ階位(うつわ)昇華(ランクアップ)する代物ではなく、己の『器』に際限なく力を注ぎ込む魔法。それが【ルゼナス】。

一度発動すればリュコス本人が解くか気絶するかまで止まらない。

際限なく精神力(マインド)と寿命を力に変えて『器』に注ぎ込む。リュコス本人の『器』が壊れるその瞬間まで力を与え続ける。

言い換えれば強さを引き換えに自壊する。これはそういう魔法だ。

己の『器』の小ささを自覚しながらも身の程を弁えずに強さに手を伸ばすリュコスだからこそ発現した魔法。

しかし、身の程を超える力には当然代償が支払われる。

リュコスの身体は既に悲鳴を上げている。

このままでは戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わる前にリュコスの身体の方が先に壊れてしまう。

「馬鹿がっ」

そんな馬鹿みたいな魔法を行使するリュコスにベートは苛立つ。

こんなことであいつが認めるわけねえだろうが、と内心愚痴を溢すように言うベートだが、リュコスの、リュコス達の気持ちはわからなくもなかった。

必死なのだ。その背に追いつこうとすることに。そして自分達は強くなったとミクロにそう言えるように。

自派閥の団長であるミクロ同様にリュコス達もまた家族(ファミリア)の為に強さに貪欲だ。

ならばベートがすることは変わらない。

真正面から叩き潰す。

二人の狼人(ウェアウルフ)が戦場で駆ける。

「がぁぁあああ!!」

「オラッ!!」

魔法によって自壊も厭わずLv.6相当に【ステイタス】を激上させたリュコスに磨き続ける己の『(つよさ)』を持って応戦するベート。

加速する二人の戦闘に両派閥の団員は割って入ることはできない。

互いに得意とする体術。

リュコスの握拳(フィスト)がベートの腹部に叩き込まれる。

ベートの正打(ストレート)がリュコスの顔に直撃する。

側撃(フック)昇拳(アッパー)肘鉄(エルボー)裏拳(バックフィスト)……。

爆薬を沸騰させる痛打(スマッシュ)音をかき鳴らし、疾駆しながらも超接近戦を繰り広げるも二人は攻撃の手を緩めない。いや、それどころかより激しさを増していく。

痛み知らずだと言わんばかりに回避も防御も捨てて攻撃に集中する二人の戦闘だが……。

「―――っ」

先に限界が来るのがどちらかなのは明白だった。

「うらぁあああッ!!」

「ガハッ」

右拳の腹撃(ボディブロー)

ベートの拳がリュコスに突き刺さり、リュコスは肺にある空気を強制的に外に吐き出されただけでは終わらない。

「がるぁぁああああああああああああああああッッ!!」

連撃(ラッシュ)が敢行される。

拳に脚、容赦のないベートの猛攻によって滅多打ちにされる。

反撃する隙間も与えられず被弾し続けるリュコスは動かなくなった自身の身体が限界を迎えたことにようやく気付いた。

魔法(ルゼナス)によって力を得たリュコス。しかし、魔法を使い続ければ精神疲弊(マインドダウン)を起こすのは必然。元よりリュコスの精神力(マインド)保有量はたかが知れている。

使い続ければ先に限界を迎えるのはリュコスかベートのどちらかなのかは明白。

(クソ……ッ)

拳と蹴りの連撃(ラッシュ)をその身で受けながらリュコスは己の『器』の小ささを呪った。

もっと精神力(マインド)があれば、身体を動かすことができれば、強ければもっと違う結果になっていたかもしれない。だがこれがリュコスの限界(げんじつ)だ。

「くたばれ」

無慈悲な蹴撃(かかとおとし)が振り下ろされる。

「か、は」

陥没した大地に埋もれる血濡れの狼人(ウェアウルフ)

意識が失ったからか、魔法は解かれて沈黙する。

動けなくなった同族(リュコス)を見下し、何も告げないまま背を向けたベートは戦場へ戻る。

勝者が敗者にかける言葉はない。また敗者に言い訳も慰めも必要ない。

そこで立ち上がるかどうか決めるのはいつだって敗者(リュコス)だ。



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Three46話

【アグライア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)も終わりに近づいているのは戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加している両派閥の団員達だけでなくこの戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦している者達も気付いている。

どちらが勝利を手にするのか、それは誰にもわからない。

勇者(ブレイバー)】を団長に首脳陣のもと一致団結した互いを補完し合う【フレイヤ・ファミリア】と並ぶ二大派閥とまで呼ばれていた【ロキ・ファミリア】。

その実力、名声は迷宮都市では知らない者はいない。しかしそれは【アグライア・ファミリア】も同じだ。

五年と少しという歳月で【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】と並ぶ三大派閥とまで呼ばれるようになった【アグライア・ファミリア】。組織を率いる【覇王(アルレウス)】ミクロ・イヤロスはLv.7にまで【ランクアップ】を果たした傑物。

その傑物が率いる組織全体の実力も【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】にも劣っていない。

どちらの派閥が勝利を手にするのか、それは誰にもわからない。

「お、おい、これってどっちが勝つんだ……?」

「し、知るかよ」

「こんなの俺達なんかがわかるわけがねぇ……」

とある酒場でそんな声が出てくる。

『鏡』の先に映る光景。両派閥の攻防はそれだけに拮抗していた。少なくとも下級冒険者にはどちらが有利不利なのか見極めることもできず、ただ困惑する一方で。

「よっしゃいけ! そこだ!」

「よし! 勝て! 【ロキ・ファミリア】!」

「負けるな! 【アグライア・ファミリア】!」

戦いに、賭けに熱中し盛り上がる者もいる。

そして【アグライア・ファミリア】本拠(ホーム)夕焼けの城(イリオウディシス)』では今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加させなかった非戦闘員、新人達は啞然としながら団長や団員達の戦闘を見ていた。

「あれが団長……」

「もう、なんでもありにゃ……」

まだ入団したばかりということで今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は参加できなかったファーリス達。戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加できなかったことに不満はないと言えば嘘になるが、今ならば彼等彼女等は思う。あの場に自分達がいても足手纏いだということが。

「団長、素手で地面を……」

「ベルさんも、はや……目で追えない」

「セシルさん、【重傑(エルガルム)】と正面から……」

「いや、副団長と【剣姫】も、え、人って空飛べたっけ?」

想像を絶する戦いにただ困惑する。

これが自分達の先輩なのだと。改めてその実力を思い知らされた。

「相も変わらずの化物っぷりですわね……」

セシシャは紅茶を飲みながら暢気に観戦に徹していた。団長であるミクロの非常識などもう慣れたものだ。

「ベル様……」

春姫もまた不参加。春姫の規格外の妖術である階位昇華(レベル・ブースト)を公にしない為の他に今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の目的は互いの【ファミリア】の戦力強化。どうしても勝たないといけない戦いでない限りは春姫を参加させるつもりない。

はらはら、と落ち着きのない様子で『鏡』に映るベル達を見守る春姫の肩にアイカは優しく手を置いた。

「大丈夫だよ~」

「アイカ様……」

「みんな強いからね~。だから落ち着いて~」

「……はい」

アイカの言葉に少しだけ落ち着きを取り戻す春姫はじっと戦いの行く末を見守りながらも内心は焦燥に近い感情が湧き上がる。

(私にも何かできることがあれば……)

彼等の傍にいることができるのか、と思う狐人(ルナール)にアイカは温かい眼差しを送る。

 

そうして戦争遊戯(ウォーゲーム)終了の合図である大鐘が鳴り響いた。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)終了。

その合図と共に戦闘を繰り広げていた両派閥の団員達は得物を下ろし戦いを終わらせる。勝敗は【ガネーシャ・ファミリア】が破壊された両派閥の団旗を確認し終えてから発表されることになっている。

それまでは一時的として用意されている簡易的な治療施設に怪我をした団員や動けない団員を抱えてその場所に向かう。

体力と傷を回復させる為に両派閥はそこで身体と心を休ませる。

「あ~~死ぬかと思った~~」

「まったく、肝を冷やしたぞ」

バーチェの毒で死にかけたティオナも今ではもう回復しており、バーチェと一緒に身体を休ませている。

「何度も言わせんな!! 団長が強くて最高に決まってんだろ!!」

「違う、ミクロだ。あれほどの雄はいない」

「まだやってるよ……」

戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わったにも限らず今もなおどちらの(おとこ)がいいのか言い争っている姉二人に妹二人は揃って溜息を口に溢した。

その身体は満身創痍の筈なのに治療師(ヒーラー)からの治療も受けずに言い争う二人に両派閥の団員達も近づけなかった。

誰も恋する狂戦士(バーサーカー)から距離を取っていた。

「ラウル、平気?」

「あはは、なんとか大丈夫っすよ。アキこそ平気っすか?」

「なんとかね。【流星猟犬(スターハウンド)】にしてやられたわ」

「自分もっす。【白雷の兎(レイト・ラビット)】は強かったす……」

ラウルとアキは今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で敗北に等しい負け方をしてしまった。ラウルはベルにアキはティヒアに。二人は敗北感を抱きながらもその瞳は諦観を抱いてはいなかった。

「【アグライア・ファミリア】……味方の時は頼もしかったけど実際に戦うとなると厄介ね」

「本当に敵じゃなくてよかったす……」

これから先の未来、次に活かす為に話し合う【ロキ・ファミリア】第二軍の二人。闇派閥(イヴィルス)との戦いもあるなかで今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は有益な経験を得られることができた。

「ところでラウル、さっきから気になっていたのだけどその小型盾(バックラー)はどうしたの?」

「あー、これっすか。実はこれ外せないっすよ……」

「え?」

その近くでレフィーヤは治療師(ヒーラー)の手伝いをしていた。

「はい! 回復薬(ポーション)です!」

「お、おう、ありがとな……」

「いえ! あ、そっちの方もどうぞ!」

「ありがとう。手伝わせてごめんね。他派閥なのに」

「いえいえ! 今はそんなこと関係ありませんから!」

レフィーヤは自派閥他派閥関係なく回復薬(ポーション)を配ったり、治療用の道具を用意したりと戦争遊戯(ウォーゲーム)の後だというのに忙しなく動いている。

そんな彼女に【アグライア・ファミリア】も団員達も思わず警戒を緩めてしまう。

「【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。良ければ今度俺とデートでも」

「あ、その馬鹿は適当にあしらっといていいから」

「酷いなおい!!」

「あはは……」

苦笑。

「負けた……」

簡易の天幕でセシルが意識を取り戻した頃には既に戦争遊戯(ウォーゲーム)が終了していた。目覚めてすぐに自身がガレスに敗北したことを思い出し、悔しそうにぼやく。

「いや【重傑(エルガルム)】と正面からやり合っていただけでも凄ぇよ」

「そうさ。あんたがいなけりゃ私も含めて散々な目にあっていた筈さ。最後の一撃なんて私から言わせたらよくやったよ。あれは相手が悪い」

魔法と魔剣。二つの力を組み合わせて相乗効果を生み出しての強力無比な暴嵐の一撃。それを正面から受け止めたガレスの方が異常だ。むしろ、そのガレスと正面から戦い、団員達の戦意を蘇らせたセシルは本当によくやったと言える。

労いの言葉はあってもセシルを責める言葉はない。ヴェルフもアイシャもそれをよく理解している。

それでもセシル本人は納得できなかった。

「でも勝ちたかった……」

「「……」」

悔し気に拳を握りしめる。

相手が悪い。確かにそうだ。

相手はあの【重傑(エルガルム)】。第一級冒険者。そしてセシルは第二級冒険者。隔絶した実力差があるにも関わらず、それに食らいつき、最後の最後まで戦い抜いたセシルは称賛に値する。

だが、それが本人にとって喜ばしい結果ではない。

いったい何人いるのだろうか?

第一級冒険者と戦い、それでも勝ちたかったと言える冒険者が……。

「もっと、強くなりたい、お師匠様のように、ベルのように……」

不屈の少女もまた憧憬のその背を追いかけ続ける。

「【卑小の我は祈る。光り輝く生命の粉塵は汝に万能の治癒を施し、あらゆる怪我と病を癒す。我は汝を想い、汝の為に我は身を呈して祈りを捧げる】」

詠唱を完了させて治癒魔法を発動するパルフェは負傷していたリュコスの傷を治す。

「……」

「目が覚めた? 調子はどう?」

「……最悪さ」

完敗。その二文字がリュコスの頭に浮かび上がる。とっておきの魔法を使っても【凶狼(ヴァナルガンド)】には届かなかった。

「クソがっ」

手を顔を覆うリュコスにパルフェは何も言わずに天幕から出て行く。一人でないと表に出せない感情というものがある。それを知っているパルフェは励ましも慰めもしなかった。

ただ立ち上がって前を向いてくれることを信じて。

「パルフェ、リュコスや他の皆はどう?」

「ティヒア。うん、軽傷者や重傷者はいるけど死者はいないよ。【ロキ・ファミリア】の方も問題ないみたい」

「そう。それはなにより。後は勝負の結果を待つだけね」

冷静に告げるティヒアだが、その尻尾は忙しなく動いている。それはもうご褒美を目の前にして待ての状態に犬のようだ。それを見てなんとなくその理由を察したパルフェは苦笑いをしながらその理由を尋ねてみた。

「えっと、ミクロからのご褒美は貰えそう?」

「ええ」

その顔は自信に満ちている。

(ああ、これは頑張ったんだな……)

いったいどれだけ頑張ってきたのか。恋する乙女の力は凄い。

今回は回復要員の為に戦闘には参加しなかったパルフェだが、どれだけ戦場を駆け巡り団旗を壊してきたのかなんとなく想像できてしまったパルフェだった。

「ベート・ローガぁー! 大丈夫!? レナちゃんが手当てしてあげるよー!」

「いるかァ!?」

「なら昂ったその身体をレナちゃんが一肌脱いで――」

「脱ぐんじゃねぇ!?」

ベートもまた恋する乙女、アマゾネスに言い寄られている。

「……ここは」

「目が覚めたか、フィン」

「リヴェリア……」

「まったく無茶をしおって」

「ガレス……」

【ロキ・ファミリア】首脳陣。フィンの目覚めを待っていたリヴェリアとガレスは半分呆れるような目でフィンの目覚めを待っていた。

「ミクロから聞いたぞ。無茶をしたようだな?」

「そうだね」

フィンは否定はしなかった。無茶を通してミクロと戦ったその自覚はある。それでもフィンの表情はどこか晴れやかだ。

「だけど意味はあった」

手を握り拳を作る。それはまるで大切な何かを掴んだようにさえ見える。

「……そうじゃな。儂も久々に楽しめたわい」

「私も彼等との戦いに得るものはあった。勿論、アリシア達にも」

【ファミリア】の戦力強化。少なくとも【ロキ・ファミリア】にとって今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)には意義はあった。肉体面だけでなく精神的にも得られるものがあったのは大きい。

「ミクロ・イヤロスには借りを作ってばかりだな」

「彼はそんな風に思っていないだろうけど、いずれ返そう」

ミクロ本人もフィン達に借りがあるとは思っていない。考えてもいないだろう。ミクロはそういう人間(ヒューマン)だ。だから借りを返すのではなく感謝の気持ちとして借りを返そうとフィンはそう考える。そしてリヴェリアとガレスは『人工の英雄』としてではなく一人の『冒険者』の顔をしているフィンの横顔に浅く笑みを溢していた。

「アイズさん!」

「……ベル」

戦闘で負傷した傷が完治したアイズは一人歩いているとレフィーヤ同様に治療師(ヒーラー)の手伝いをしていたベルが駆け寄ってきた。

「怪我はもう大丈夫ですか?」

「うん、もう平気。ベルは?」

「僕はそこまで怪我はしなかったので……」

見ればベルに傷らしい傷はなかった。装備は多少汚れてはいるもそれだけ。

「よかった」

傷がないことに安堵しつつもアイズはベルがまた強くなっていることに内心驚きつつもミクロの居場所について尋ねた。

「ミクロは見なかった?」

「団長でしたらリューさん、副団長と一緒に怪我をした人達の治療に回っています」

「そう、なんだ……」

アイズもミクロとリューが回復、治癒魔法が使えるのは知っている。犠牲者は出なかったとはいえ、負傷者は多い。回復魔法が使える人は駆り出されるのは必定とも言える。

話がしたかったけどそれなら仕方がない、とアイズは話はまた今度にしようと決めた。

「あの、アイズさん……」

「なに?」

「も、もし、もしもですよ? こ、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)でその、僕達が勝てたらその、【ロキ・ファミリア】の人が改宗(コンバージョン)するんですよね?」

「うん。確か私とティオナとベートさんと後はレフィーヤだったかな?」

一年間の限定とはいえ、【ロキ・ファミリア】が敗北した時はその四人のうち誰かが【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)することになっている。

それを聞いてベルはそうなった場合のことについてお願い、自身の希望を口にしようとした時だった。

 

『それでは結果を発表します!!』

 

ギルド本部の前庭で魔石製品の拡声器を片手にたった今【ガネーシャ・ファミリア】が今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)――旗取り合戦(スクランブル・フラッグ)の結果が発表が始まる。

両派閥の団旗の数は二十本。それをどちらの派閥がより多く破壊した方がその戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者となる。

激戦を繰り広げた両派閥。その勝敗が明らかになる。誰もが静まり返るなかただその結果に耳を傾ける。

市民も、冒険者も、神々もその結果を逃すまいとする。

『まずは【ロキ・ファミリア】! 壊した団旗の数はなんと十七本!!』

おおっ! と誰もが声を上げた。

ほぼ全ての団旗を破壊した【ロキ・ファミリア】。流石というべき功績。これには【ロキ・ファミリア】の団員達も思わずよしっと声を出した。

予想以上の功績。これには思わず喜ばずにはいられない。同時に称賛するしかない。

【ロキ・ファミリア】とて油断していい【ファミリア】ではない。これまで多くの偉業を成し遂げてきた最強派閥の一角。その実力を改めてオラリオに世界に示した。

『対する【アグライア・ファミリア】は――』

ゴクリ、と誰かが生唾を呑み込む。

自分達の予想を大きく上回る団旗の破壊数に敗北という二文字が脳裏を過る。

「……ティヒア、何本壊したの?」

「……十三本」

単独で半数以上の団旗を破壊した。恋する乙女を力に変えてよく頑張ったといえる。それでも【ロキ・ファミリア】が叩き出した数には及ばない。

もうできることはない。あるとすればこれから発表される事実を素直に受け入れるだけだ。

『【アグライア・ファミリア】が壊した団旗の数は――十八本! よってこの戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者は【アグライア・ファミリア】に決定しました!!』

僅差で【アグライア・ファミリア】が勝利を手にした。

拡声器によって拡声された言葉は波が轟くように、観衆と建物の群れを呑み込んだ。

 

『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』』』』

 

「「「「ッしゃあ!!!」」」」

 

「「「「ちくしょうぉッ!!!」」」」

 

民衆と神々、【アグライア・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】が感情のままに吠える。決定した勝敗に歓声を上げ、罵声を飛び散らし、ガッツポーズを取り、絶叫を上げる。

【ロキ・ファミリア】の敗北。それは勢力図の書き換わりを意味し、新たな最強派閥の誕生の瞬間でもある。【ロキ・ファミリア】を超えた新たな最強派閥【アグライア・ファミリア】の雷名は瞬く間に下界中を轟かせることになるだろう。

「……勝ったか」

治療を終えて聞こえてきた勝敗にミクロは小さく呟いた。

ミクロの予測では勝敗は自派閥の敗北で終わると予測していたが、団員達の心にある慢心を壊す為に一度徹底的な敗北を知るべきだと判断したから。だが、実際は違った。

ミクロは団員達を見誤っていた。誰一人油断も慢心も抱いてはいなかった。どこまでも強くなることに貪欲で強さと弱さを履き違えない。団員達はもう立派な冒険者だと再認識させられたミクロは薄っすらと口角を上げていた。

知る人しかわからないようなぎこちない笑みを見たリューは嬉しそうに頬を緩ませながらミクロの隣に立つのだった。



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