カラクリの行方 (うどんこ)
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特別編
特別編 七夕


こんばんは

今回は1周年記念(一ヶ月遅れ)と七夕を兼ねての特別編です。今回のお話の時系列は織姫誘拐前後位ですかね。

何人かまだほんのちょっとしか登場出来てないキャラがちょこっとだけ出ますがまあ、お許し下さい。後でちゃんと出てきますから。

このお話は本編に無くても大丈夫なのですが結構重要なものもあったりします。もしよかったら色々と考察してみて下さい。


 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外、広大な砂漠には虚圏(ウェコムンド)では見られない植物が一本刺さっていた。

 

「アンジェちゃん、これどっから持って来たん?」

 

 そう訊ねるのは、破面(アランカル)達を束ねる死神の一人の市丸ギン。隣には東仙要もいるようだ。

 

「ああこれ? 笹だよ。市丸さんも見覚えあるんじゃないのかな? そんなもの現世か尸魂界くらいにしかないんだから、わざわざ現世から持って来たにきまってるじゃん」

 

 悪びれる事もなく言っているが、無断で現世へ行く事は基本的に禁じられている。そういう事に甘い市丸にはまだしも、規則に厳格な東仙の側で言うべきではなかった。

 

「おいアンジェ。貴様、まさか藍染様の許可なく現世に行ってはいないだろうな? その場合は私が処罰を与えるぞ」

 

 そのような事を言われると思っていなかったアンジェは明らかに挙動不振になっている。何か言い訳を考えているのだろうか、口をモゴモゴさせていた。そのような滑稽な様子のアンジェに対して、市丸は笑いを堪えている。

 

「ぇ、あの……えっと……あ、そうだ! 折角七夕も近いことだし市丸さんも東仙さんも何か願い事を紙に書いて吊るしてよ! 何かいいことあるかもしれないしさ。他の皆も何人か吊るしてくれてるよ」

 

 どうやらアンジェは話の都合が悪くなると他の話題に変えたがるようだ。東仙も溜め息を吐き、「後でお仕置きだ」と呟きながらもアンジェの話題に付き合っている。なんだかんだでアンジェには甘いようである。

 

「へ〜、七夕かぁ〜。久々やな。どんな子らが願い事書いておるん?」

「そんなもの無駄だ。願ったところで力がなければ叶えられぬのだからな」

 

 それぞれが各々の思った事を率直に述べている。東仙の言葉ももっともではあるが、アンジェはその意見をやんわりと否定した。

 

「確かにただ願い事をしても叶えられないかもしれない。でも自分が叶えたい願いを明確にする事で、己が求めている事も確認出来るんだよ。その願望に向かってより頑張る事が出来るかもしれないと考えれば、素晴らしいと思わないかな?」

 

 そんなアンジェの言葉もあまり納得していない様子の東仙。まあ思う所があるのだろう。

 

「それなら尚更文字に起こす必要も無いだろう。自分の頭の中でやっていれば良いだけの話だ」

 

 そんな様子の東仙にアンジェはやれやれと頭を振っている。

 

「胸の奥に秘めるのと言葉や文字にして外に出すのとじゃ、だいぶ違いがあると思うのだけれどもね……まあいいや、とりあえず試してみようよ! 別に悪い事なんて何一つある訳ないんだしさ。まあ恥ずかしいってのはあるかもしれないけどね。」

 

 何も書いていない短冊が置いてあるテーブルの隣で、手招きを始めたアンジェ。その方へとなんだかんだ言っておきながら短冊を書きに行く東仙。意外とノリがいいのかもしれない。

 一方の市丸はというと、笹に吊るしてある短冊を見て回ろうとしていた。

 

「ボクはどんな事書いてあるか見てから書こうとおもっとるのやけれど、別にええかいな?」

 

 他人の願い事を見て回るのも醍醐味の一つであろう。アンジェもそういえばどんなのがあるか確認してなかったなと思い、市丸と一緒に楽しもうと考えた。

 

「いいよ〜。ついでに私もご一緒してもいいかな? あ、東仙さんも一緒にどう? 他の人の願い事で心温まったりするかもですよ〜」

「それは嫌味か? 私の目が見えていないことをお前も知ってる筈だ。私はこれを書き終わったら帰るからな」

 

 アンジェが此方にゆっくり歩いて来ている間に、近くにある二枚の短冊が目に入った。それにはそれぞれ

 

『美味しいお菓子がいっぱい食べれますように』

『楽しいおもちゃがいっぱい欲しいです』

 

と書かれている。おそらくあの双子が書いたのであろう。実に子供らしくてわかりやすいものである。

 

「市丸さん市丸さん、その二枚は誰が書いたかわかりやすいよね〜。あ、どっちがどっちを書いたかは私も分かんないや」

 

 けらけら笑いながら市丸の隣へと来た。その顔はどこか楽しげである。

 

「アンジェちゃんはもう書いたんかやろ? どこら辺につるしたん?」

「それは内緒だよ〜。この中のどこかにあるから探してみてよ。多分すぐに分かると思うよ」

 

 どうやら自分で探さなければいけないようだ。まあ時間潰しにそれなりに楽しめるだろう。そう考えながら短冊を見て回る。

 

虚夜宮(ラス・ノーチェス)の奪還』

『新たな不死の研究の実戦投入』

 

 おそらくバラガンとザエルアポロのものであろう。ザエルアポロはともかくとして、バラガンが書いているのは意外であった。確かにそれなりに交友があるのは知っていたが、この様な事は、下らないの一言で一蹴しそうなものである。いったいどの様に言い包めたのであろうか。まあ、この2人も誰が書いたのかが分かりやすい願いであった。

 

「アンジェちゃん、どうやってあの頭の固そうなバラガンにこれ書いて貰ったん? ボク、凄く気になるわ〜」

 

 そんな市丸の問いに、アンジェも何故かびっくりしていた。なんでこれを準備した奴が知らないのであろうか。逆にびっくりである。

 

「へーかには何か伝えた覚えなんてないのに……なんでだろ? 誰かに挑発でもされたのかな」

 

 そのアンジェの言葉で大体想像が出来た。おそらく、バラガンの『親友(宿敵)』の口車(挑発)に乗せられたのだろう。戯れで火に油を注ぐ様な真似はしないで欲しいものである。楽しむ為に短冊を見ていた筈なのに、何故か疲れて来た。気をとり直して他の短冊を見て回る。

 

『これから起こる事全てが楽しめる物事でありますように』

 

 多分『新入り』の一人である『楽天家』が書いたものであろう。どこか飄々としており、自分となんとなく気が合いそうな人物である。まあ、彼らしいなと思った。

 

『私を憐れむ奴を一人残らず潰す』

『渇きからの解放』

『個が欲しい』

 

 一つは誰のものか分かるが、残り二つは誰が書いているのかがよく分からない。どちらもアンジェと関わりがある『新入り』の『願望』なのであろうが、何故このような願いなのかが分からないのだ。どちらもそのような願いとは縁がなさそうなのだから。『海賊』と『性悪娘』のことはこれからもっと知っていく必要がありそうである。

 他にも色々な願いの書かれた短冊がそれなりにあった。アンジェの交友は結構広いのだろう。そして笹の一番上に特徴的な文字で書かれた短冊──アンジェの願い事を見つけた。そこには

 

『思い出を再び』

 

と書かれていた。思い出とは一体何のことであろうか。そして何故その事を願い事にしているのであろうか。

 

「これがアンジェちゃんの願いなん? なんか思っとったのと結構違うな〜。どうしてこの願い事を書いたの?」

 

 アンジェは自分に支障がない程度の情報はペラペラと喋るので、この言葉にはどんな反応を示すのだろうか。簡単に話すような事であれば、そんなに重要な事ではないのだろう。その逆であれば、アンジェの根幹に関わっている可能性がある。

 

「そりゃあ今一番の願いだからだよ。内容は内緒だけど、ある物を思い出にあるかつての姿に戻したいだけさ〜。どうだい? 市丸さんからしてみれば下らない願い事だろう?」

 

 一部分は隠しているが、それ以外はすんなりと教えてくれた。この場合はどうなのであろうか? それなりに重要なのかもしれないし、こちらをからかっているだけかもしれない。そんな風に考えていると、横から声をかけられた。

 

「一通り見て回ったから市丸さんも短冊書こうよ! 願い事ももう思い浮かんでるんじゃないかな?」

 

 そういえばそうであった。当たり障りのない無難な事を書こうかと思ったが、気が付けば己の本心を写していた。どうしてであろうか。

 

「へぇ、『大切な()()を守れますように』か。うん! とってもいい願い事だね! 後で東仙さんのと一緒に飾っておくよ」

 

 東仙はおそらく市丸達が短冊を見ている間に出ていったのであろう。テーブルの上には一枚の短冊が置かれていた。

 

『永遠に藍染様を支え続ける』

 

 実に彼らしい願いである。彼の願いはこれからもずっと変わることはないであろう。おそらく自分もである。市丸はそんなことを考えていた。

 

「私達の願いは天に届くかな〜。願わくば一人でも多くの願いが叶いますように……」

 

 天の川もない虚圏(ウェコムンド)で、多くの者達の願望が篭った一本の笹が風もないのに揺れていた。





今回は星に願いを回でした。
ちなみに今回の話、そういや1周年記念やってなかったな……七夕も近いな……よし、書くかと思い18話の執筆途中に書き始めました。18話? ……もう少しお待ち下さい。

特別編は今後も余裕があったら書いていくと思うのでお楽しみ下さい。


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本編
第一話 邂逅


初めまして。うどんこと言うものです。初めての投稿作品ですが楽しんでもらえると幸いです。


 

──昔、昔あるところに一匹の(ホロウ)がいました。その(ホロウ)は色々な物を作るのが大好きでした。武器や防具、その他便利な道具、終いには自由に動かす事の出来る「人形」まで作っていました。その(ホロウ)の住処は作品と作りかけの物でいっぱいでした。

 ある時、その(ホロウ)(ホロウ)の王さまに呼び出しを受けました。王さまは言いました。「このわしの為にお前の最高傑作を作ってみせろ」と。その言葉を受けてその(ホロウ)は意気揚々と帰って行きました。しかし、待てども待てどもその(ホロウ)は王さまの元へと完成の知らせを届けに来ませんでした。痺れを切らした王さまは、王さま直々にその(ホロウ)の元へと参りました。王さまがその(ホロウ)へ問い正すと、「まだまだ出来は不十分だから」とその(ホロウ)は返しました。今現在の成果をみせろと王さまが凄むと、仕方がないといった様子で自分の『試作品』の力を王さまに見せました。その『試作品』の力を見た王さまはその『試作品』を壊してしまい、その(ホロウ)の『研究成果』を全て台無しにしてしまいました。その事態にその(ホロウ)は泣いて王さまの元から去って行きました。それ以来王さまの元へその(ホロウ)の話が聞こえてくる事はありませんでした。昔、昔の話です──

 

 

 

 

 

 虚圏(ウェコムンド)の砂漠の中、一人の死神の姿がそこにはあった。その死神はまるで何かを探しているかのようにあちこちを行ったり来たりしている。

 

「ここら辺に昔の住処があるって聞いたんやけど……ホンマにまだおるんかいなその子」

 

 そう独り言を言っている死神──市丸ギンはとある命令によってこの場を訪れていた。

 時は少し遡る──

 

「ギン、少しばかしお使いを頼んでもいいかな?」

 

 そう言葉を発するのはこの虚夜宮(ラス・ノーチェス)の頂点に立つ藍染惣右介その人である。その表情は何処か嬉しそうにしていた。

 

「別にええですけど……ってか隊長、なんかいい事でもあったんすか?」

 

 藍染の表情の違いに気付いた市丸はなんとなくそのことを聞いて見た。すると藍染は何時ものように嘘で塗り固められたような笑みへと表情を戻した。

 

「まあ、私にとってはいい事かな? 話を戻すけど、ギン、君にある(ホロウ)をここに連れて来て欲しいのだけれども、頼めるかな?」

 

 藍染直々の頼みである。これを断れる者はこの虚夜宮(ラス・ノーチェス)にはいないだろう。

 

「別に構わないですけど……その隊長の探している子って何処にいるんですか? この広い虚圏(ウェコムンド)で探しだすのはけっこう骨が折れるんですけど」

 

 そう言う市丸の心配は無用だと言う様に藍染は言葉を返した。

 

「ああ、心配しなくてもいいよ、()()はおそらくここからそう離れていない所にいるだろうからすぐに見つかる筈さ」

 

 そう言って市丸に地図を渡した。虚夜宮(ラス・ノーチェス)とおそらく目的地であろうバツ印だけが描かれた簡素な地図である地図を渡し終えた藍染は話は終わりだと言った感じである。市丸はそのまま任務に出掛けていった。

 

──そして現在へと時間は戻る。

 市丸は地図の目的地であろう場所を何度もウロウロしていた。その場所はひらけた砂漠が広がっているだけで建物や誰か他の人物の姿もなかった。見渡す限り砂漠が広がっており、目的の(ホロウ)などいる気配すらない。

 

「ホンマなんもない所やな……隊長の言っていた(ホロウ)なんておるんかいな。実はからかわれているだけだったりして……」

 

 そう言いながら右往左往していると、

 

「なんだいキミは、人の研究所(ラボ)の近くをウロウロして何を探してるんだい」

 

 咄嗟に警戒を強めて声の主を探した。しかし、どの方向にも声の主は見当たらなかった。

 

「何を警戒してるんだい。別に私からは何もしないよ。それと声の主を探してるのなら自分の肩の上を見てみるといいよ」

 

 言われるがままに肩の上を見てみると、一匹の小鳥が肩に止まっていた。虚圏(ウェコムンド)にいるはずのない小鳥が止まっていたのである。すると小鳥は市丸に向かって言葉を紡ぎはじめた。

 

「何ビックリしてんのさ。そんなにこの小鳥が珍しいのかい? だからと言って持ち帰るのは駄目だよ。結構作るの大変なんだからね」

 

 そう言うと小鳥は市丸の肩から飛び立ち、目の前の地面へと降り立った。

 

「ホンマ、ビックリしたわぁ。いつの間にかボクの肩の上に小鳥が乗っとるからなぁ。ところでキミ本人は何処におるんかいな?」

 

 そう市丸が言葉をこぼすと、

 

「なんだい、私に用があって来たのか。しょうがないなあ、今から私の研究所(ラボ)に招待しようじゃないか。お茶くらいは出すよ」

 

 そう言うや否や、いきなり地面が揺れ始めた。しばらく待っていると、目の前の砂漠が割れ、その割れた地面から下に降りる階段が姿を現した。

 

「その階段を降りれば私の所まで来ることが出来るよ」

「えらい凝った仕掛けやなぁ。それじゃ、お邪魔しますわぁ」

 

 市丸が階段を降りて行くと、入口が閉まり、また何もない砂漠へと戻っていった。

 

ーーーーーーーー

 

 市丸は階段を降りている最中、周りの景色に驚いていた。天井も床も壁も全て機械のような物で構成されており、時折不気味な光を放っている。

 階段を降り終えるとそこには一つの扉があった。しかし、その扉には取手などはなく、市丸にはどうやって開ければいいか分からなかった。仕方なく近づいてみると、自動で扉は上へと上がり、開かれた。

 

「すごいなぁ、自動扉なんてもんもあるんかいな」

 

 そうして扉を潜った先には更に驚く光景が広がっていた。ベルトコンベアや巨大なモニター、何かを入れる為の巨大なカプセルなど工場と研究所が混ざりあった様な光景である。

 

「ホンマすごいなぁ……これ全部一人で作ったんかいな?」

「そうだよ。ここにある研究所(ラボ)は私が長い年月をかけて作った私のお城だよ」

 

 市丸が振り返ると、そこには一匹の(ホロウ)がお茶の入った茶碗を盆にのせて立っていた。

 

「ここにお客さんを連れてくるのはいつ以来かなぁ。それも死神を入れるなんてことは初めてだよ」

 

 そう言うとお茶を市丸へと勧めはじめた。市丸は受け取ったお茶をすすりながら、

 

「なんや、ボクが死神と知っておいてここまで連れて来たんかいな。どうするん、ボクがもしキミの命を狙ってここまで来たっちゅーたら」

「そんな奴はそもそもこんな所を探し出す事もしないよ。()()()()

 

 その言葉に市丸は眉をひそめた。

 

「……どっかで会ったことあったかいな? ボクの記憶が正しければ初対面の筈なんやけれど……」

「君達のことは色々知っているよ。藍染惣右介や東仙要のことなんかもね。別に関係ないけど浦原喜助や涅マユリなんかも知っているねぇ」

 

 そんな情報をポンポンと話す相手に市丸は思った事を呟いた。

 

「……キミ、一体何者なん?」

「私? ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」

 

 そう言うと市丸の前でお辞儀をしながら言った。

 

「アンジェ、アンジェ・バニングスだよ。この研究所(ラボ)の所長さ。以後お見知りおきを」



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第二話 勧誘

 虚圏(ウェコムンド)の砂漠のとある地下、そこには機械で作り出された空間が広がっていた。その空間には一人の死神と一匹の(ホロウ)が談笑していた。(ホロウ)の方はアンジェ・バニングス。たった一人でこの地下空間を作り出した張本人である。死神の方は市丸ギン。藍染の命令によってアンジェを勧誘しにここまで来ていた。

 

「聞きたい事はそういう事じゃないんだけどなぁ……。まあ自己紹介しとらんかったけんいいんやけど……。ボクも一応自己紹介しとったほうがいいかいな?」

「キミの名前はもう知ってるから別にしなくてもいいよ。それで一体全体どんな用事でこんな所まで来たのだい? 宗教の勧誘ならお断りだよ」

 

 そんな軽口を叩くアンジェに市丸は苦笑した。宗教の勧誘よりもタチの悪い話を持ち掛けに来たと言えばどんな表情をするのだろうか。そんな事を考えながら、市丸はここまで来た理由を話し始めた。

 

「ボクがここへ来た理由は、隊長からキミを虚夜宮(ラス・ノーチェス)に連れて来て欲しいって頼まれたからや……ってイヤそうな顔するの早いなぁ」

 

 市丸の来た理由を聞くや否や、あからさまに嫌な表情を浮かべていた。それはもう面倒事を頼まれた時の様な表情である。

 

「藍染惣右介の頼みで私の勧誘に来ただって⁉︎ とっても面倒臭い事に巻き込まれそうな気しかしないんだけど」

「さぁ? ボクはキミを連れて来いとしか言われてないから、一体キミにどんな事を頼むのかは知らないよ」

 

 市丸は他人事の様に笑いながらそんなことを言っていた。

 

「大方想像できるよ。やれ私の配下になれだの何だの言うに決まってるよ。破面(アランカル)にしてあげるとか言って条件は悪くないだろ的な顔をしながらね」

 

 市丸はそれを聞いて呆れた表情を浮かべた。

 

「なんや、破面(アランカル)の事まで知っとるんかいな。一体キミはどこまでボクらの情報を持っとるん?」

 

 市丸がそう聞くと、またしてもアンジェはペラペラと話し始めた。

 

破面(アランカル)化なんて結構昔から知っていたよ。それこそ君達が虚夜宮(ラス・ノーチェス)を乗っとる前からね。でもあれだ、私の興味に引っかからなかったから専門外ではあるけどね」

「それならこれを機に試してみるのもいいんちゃう? 破面(アランカル)化を知っとるんやったら今まで以上の力が手に入ることも知っとるんやろ」

「まあね、破面(アランカル)化も死神の虚化もなかなか面白いと思うよ。どちらも相反するもの同士を混ぜ合わせるって点がロマンの塊みたいでとっても良いよね。まぁ、自分で試す気はあまり起きないけどね……」

 

 このままでは拉致があかないと思った市丸は単刀直入に聞いてみた。

 

「キミが死神の虚化の事まで知っとった事は置いといて……単刀直入に聞くよ、ボクと一緒に隊長の所に一緒に来てくれへん?」

 

 それに対する答えは意外なものであった。

 

「別に良いよ、ただし条件があるけどね」

「条件? 別にええけど常識の範疇で頼むで」

「常識の範疇ね…まあ藍染惣右介なら呑んでくれると思ってるよ」

「ボクに対する条件じゃなかったんかいな?」

 

 それに対してアンジェは笑いながら答えた。

 

「キミに条件? バカ言っちゃいけないよ。キミに何か物を頼んだ所で私にはメリットが少ないからね」

「うわぁ、キミなかなかヒドいなぁ」

「それは兎も角さっさと藍染惣右介の場所まで行こうか。面倒事はさっさと片付けてしまうに限るよ」

 

 そう言うや否や、アンジェは外へと向かって歩き始めた。その様子を見て溜息を吐きながらアンジェの後に続いた。

 

ーーーーーー

 

 アンジェは虚夜宮(ラス・ノーチェス)に来るや否や、自分勝手に行動し始めた。

 

「偽物だとはいえ、お日様を作り出すなんて中々良いセンスしてるよね。私も今度真似してみようかな」

「そんなこと言ってないで早よ行こうや、あっちゃこっちゃで立ち止まられるボクの気持ちも少しは汲み取ってや」

 

 そんなことを言う市丸を他所にアンジェは色々と考えていた。今日から住むかもしれない場所である。自分の研究所をどこに移動させるかなどで頭が一杯になっていた。

 

「これじゃあ隊長の所に着くまでに日が暮れてしまうやんか」

「大丈夫、いつまで経ってもあの日は沈まないからね。日が暮れる心配は無用だよ」

 

 そんなやりとりをする始末であった。流石にこれ以上時間を掛けたくない市丸は、

 

「アンジェちゃん、たのむよ〜。ボクも早ようこの仕事終わらせて自由になりたいんや。虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中を見て回るのは隊長に会った後も出来るから。な?」

 

 そうせがまれ、流石に悪いと思ったアンジェは、

 

「そうだったね。いやあ、悪かったよ」

 

 と軽く謝るだけであった。

 

ーーーーーー

 

 とある扉の前で市丸の足が止まった。どうやら目的の場所に到着したようだ。

 

「いやぁ、ここに着くまで凄い長かったね。運動不足気味の私にはキツかったよ」

「ここに着くまでにあちこち寄り道しとったキミがよう言うわ……。ハァ、疲れた」

 

 そう言って市丸は扉を開けた。

 その瞬間、とてつもない重圧がアンジェを押し潰さんと襲い掛かって来た。その発生源は中央の柱のある高みに座っている男からのものであった。

 

「隊長、連れてきましたよ」

 

 市丸の声によってアンジェは重圧から解放された。

 

「お疲れ様、ギン。さて、君の名前を聞かせてもらっても構わないかな?」

「どうも初めまして藍染惣右介、アンジェ・バニングスと申す者です。いや…お久しぶりと言った方が良いのかな?」

 

その言葉に藍染は眉をひそめた。

 

「…確か君とは初対面だった筈だと思うのだけれども」

 

 その言葉を聞いてアンジェは気分が良くなった。何もかも見透かしたような男を出し抜けたからである。

 

「いやいや、何度も何度も出会ったことが有りますよ。そう、()()()でね」

 

 その瞬間、アンジェの姿はどこにでもいそうな死神の姿へと姿を変えた。これには市丸は兎も角、藍染すらも素直に驚いていた。

 

「へぇ、驚いたよ。それが君の能力かい?」

「こんなしょっぼいのが私の能力の筈があるわけないですよ〜。これは私が暇な時に作り出した物ですよ。名付けて『死神変身スーツ』。これさえあれば死神が一杯いる瀞霊廷の中も自由に行動し放題の代物さ!」

 

 そんな風に自分の発明した物を紹介し始めた。その様子に市丸も藍染も少し引いていた。

 

「……少し話が脱線してしまったね。さて、君はもう予測しているかもしれないが私から提案があるんだ」

 

 涼やかな声が続く。

 

「キミには私の陣営に入ってもらいたいんだ。もちろんタダでとは言わない」

 

 そこでアンジェは口を挟んだ。

 

「あなたの陣営に入る事には問題ない。ただ、一つだけ条件を飲んで欲しいんだ」

 

 そのまま言葉を続ける。

 

「私の研究所の移設をしたいのだけれども広い土地が必要なんだ。その土地を提供してもらっても良いかな?」

「良いだろう。それくらいはお安い御用さ。さて、それを飲めばキミは私の陣営に下ってくれるんだね」

「良いよ〜。どうせ断ろうと思った所で拒否権なんてなさそうだったからね」

 

 それを聞いて藍染は立ち上がった。

 

「では、話がまとまった所で行くとしようか」

「行くって、破面(アランカル)化をしに?」

「……そうだよ。これからは存分に振るってくれたまえ。その知識と力をね」




ちなみにアンジェは尸魂界に100年くらい居た設定です


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第三話 同類

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)のとある一角、第8宮(オクターバ・パラシオ)の前に一匹の破面(アランカル)がいた。身長は低く、子供と言っても過言ではない幼さであった。髪は短めのショートヘアで、美しい黒色をかもし出している。首にはヘッドホンのような仮面の名残を掛けている。服装はタンクトップにショートパンツと涼しそうな格好の上に、博士や医者が着るような白衣を身に纏っており、とてもアンバランスな格好であった。

 その破面(アランカル)──アンジェ・バニングスはとある目的を持って第8宮のへと訪れていた。

 

『自分と同じ研究者がいる』

 

 その事を藍染から聞くや否や、アンジェの行動は早かった。自分の研究所の移設の準備すらもすっぽかしてその研究者を探しに行ってしまった。そのような行動に移ったのには明確な目的を持っていた──訳ではない。どういった研究者なのだろうか?どういった研究を続けてきたのだろうか?そういった事でアンジェの心は一杯であった。まるで楽しみにしている事が待ちきれない子供のようであった。

 

「ここがそのザエルアポロ・グランツ博士の研究施設か……。一体どんなものがあるのだろうか。私ワクワクすっぞ!」

 

 そんなことを口走りながら第8宮の扉を開け放った。

 

ーーーーーー

 

 ザエルアポロ・グランツは上機嫌であった。主に先ほど来た一匹の破面(アランカル)の聡明さとその発想が自分とは違う方向にぶっ飛んでいる事が特に彼を上機嫌にさせる要因であった。時は少し前まで遡る──

 

「たーのーもー」

 

 まるで気の抜けた声が第8宮の中に響き渡った。紅茶を飲みながら一時の休憩を楽しんでいたザエルアポロは、一体どこのどいつが自分の休憩をぶち壊しにきたのだろうかと少し機嫌を悪くしながらも闖入者への対応へ向かった。

 

「ほーほー、中々面白そうな場所ですな〜。私とは研究の内容が違ってそうだけど、中々興味が湧いて来るではないか」

 

 そこには一匹の破面(アランカル)が辺りを見渡しながらつっ立っていた。

 

「誰だい君は、一体どういった理由で此処に来たんだ?」

 

 そうザエルアポロが問いかけると、まるで今その存在に気付いたかの様に反応を示し始めた。誠に不愉快な反応である。

 

「やあやあ、君がこの宮の主であるザエルアポロ君かい? 私は君と同じ研究者であるアンジェ・バニングスと申す者だよ。今日この虚夜宮(ラス・ノーチェス)に来たばかりでね、君の話を聞くや否や気になってすっ飛んで来た始末だよ。よかったら此処の案内を頼めないかい? こういった所はいつもワクワクしてしまうんだ。君もそういった口じゃないのかな? 所でさ──」

 

 しかも自分の返答も聞かずにずっと一人で話を続ける始末である。ますます不愉快である。呆れた顔でザエルアポロはアンジェの独り言を遮った。

 

「……ハァ、君は一人で話を続ける事が趣味なのか? ボクはザエルアポロ・グランツ。この第8宮の主だよ。

で、話は戻るけど、一体此処に何しに来たんだ?」

 

 その言葉に待ってましたと言わんばかりに答えた。

 

「そりゃあ君の研究施設を覗きに来たに決まってるじゃないか! 他人の研究内容が気になるのは当たり前だろ? 私は君の話を聞くや否やこれからの準備すらもすっぽかして来た始末さ!」

「なんだい、君もボクと同じ研究者だったのか。そしたら、なんだ? ボクの研究成果でも盗みにきたのか?」

「いや、そんな面倒になる事をしに来る訳無いじゃないか。何が嬉しくて君と争わなきゃなんないんだ。そんなの自分からごめんこうむるよ」

 

 しかし、言葉とは裏腹に勝手に散策しようとし始めた。これには流石のザエルアポロも呆れを通り越して怒りが湧いて来た。

 

「君、さっきから入っている事としている事が矛盾してないか? ボクと争いたくないといいながら、どうして人の研究所を見て回ろうとしているんだ?」

 

 その言葉に対して、アンジェは特に気にした様子もなく返答した。

 

「なんだい、キミの研究は他人に見られて困る物なのかい? 私はてっきり見ただけじゃ理解できない様な事をしてるんじゃないかと思っていたよ。現に私の研究は見られた程度じゃ盗まれる心配なんてないからね」

 

 そう答えると勝手に動き回る気配を消した。どうやらザエルアポロの意を汲んでくれたらしい。しかし、ザエルアポロの興味は既に目の前の不審者から、その不審者の研究内容に移っていた。

 

「所で、君はボクと同じ研究者だと言っていたが、一体どんな研究をしてきたんだ? 良ければ教えてくれないかな」

 

 単純な興味が目の前の破面(アランカル)に湧いていた。一体全体どんな事をしてきたのだろうか? 自分が彼女より劣るとは思ってなどいないが、もしかしたら自分とは違う分野で優れているかもしれない。

 そういった事を考えているザエルアポロを他所に、アンジェはザエルアポロの質問に特に嫌そうな様子も見せず、己の研究中の内容を話し始めた。

 

「私の研究内容が気になるのかい? 別にいいよ、簡単なので良ければ教えてあげるよ」

 

 そうしてアンジェによる簡素な発表会が始まった。

 

「君は行きたい所に一瞬でいけたらなぁって思う事はないかい? 私はあるね。現世、尸魂界、虚圏(ウェコムンド)、どこもかしこも自由に行き来出来たらどれだけ素敵だろうなぁって。だから私は考えたのさ。黒腔(ガルガンダ)なんか使わずとも、一瞬で分け隔てられた世界を行き来する方法をね」

 

 その言葉にザエルアポロは絶句した。彼が考えもしなかった、バカげた内容を彼女は大真面目に研究しているのである。それと同時に彼女に対する好感度も少し上がった。自分と同類の中々狂っている存在であるからだ。

 

「まあ、まだ中途半端にしか進めてないから、同じ世界内ででしか『瞬間移動』はできないけどね…まあ、それを使って自分の研究所をこの虚夜宮(ラス・ノーチェス)に移動させるつもりさ」

「…それにはデメリットなどは無いのかな?」

「デメリット? 強いて挙げるなら移動先にあらかじめ転送装置を置いとく必要がある事かな…」

 

 ザエルアポロは上機嫌になっていた。目の前の破面(アランカル)は自分と同類の中々にぶっ飛んだ頭脳の持ち主である事に。そして彼女を自分の自分の従属官(フラシオン)に迎え入れたら、どれだけ己の研究が捗るのか、ぜひ彼女を己の従属官(フラシオン)にしたいと思った。

 

「君、まだこの虚夜宮(ラス・ノーチェス)に来たばかりだと言っていたね。もし良かったらどうだ? ボクの下に付く気はないか? ボクの助手はどいつもこいつも頭の悪いヤツばかりなんだ。君みたいに優れた助手が欲しいんだ」

 

 その言葉にアンジェは困った様な顔をした。

 

「折角のお誘いは嬉しいんだけれども、私はまだ此処に来たばかりなんだ。誰かの下に付くにしても色々な所を見てからにしたいからね。今回は遠慮させてもらうよ」

「…そうか。まあ、もしもボクの下で働きたくなったらいつでも来てくれよ。ボクは君が来てくれる事には大歓迎だからね」

 

 そう言うとザエルアポロはこれで話はお終いと言った様子で、研究室の奥へと行ってしまった。

 その様子を見送ったアンジェは、中々楽しめたといった様子で第8宮を後にした。



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第四話 大帝

 

 虚圏(ウェコムンド)のとある場所、アンジェ・バニングスの研究所の周りはガラクタで一杯になっていた。そのガラクタの山を作り上げた本人、アンジェは独り言を呟いていた。

 

「あれも要らない。これも要らない……。どーして要らない物がこんなにあるんでしょーか。……ハァ、今まで掃除していなかったツケが回ってきたのか……。とりあえずガンバロ……」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)に拠点を移すにあたって、要らなくなった物を処分しようとしていたらこの始末である。別に急がなくてはいけないと言う訳ではないが、なるべく早めに移動したいアンジェは、兎に角頑張っていた。

 

「……ん?」

 

 アンジェが一つの研究資料をまとめた紙束に目をやった。()()()()を再現しようとした研究資料である。片手間で研究していたため、中途半端にしか再現出来ていない失敗作の研究資料とも言える。

 それをしばらく眺めていたアンジェは

「これをザエルアポロ君に渡したら喜ぶかな? こないだ話した内容について書かれている物だからきっと喜んでくれるよね」

とこぼした。その資料の表紙には『瞬間移動装置』と書かれていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

 己の住処の掃除を終えたアンジェは、自分の住処を何処に移動させるか悩みながら、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中を歩き回っていた。

 広い虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中、移動させられる場所はたくさんあるのだが、たくさんあるが故に何処に移動させるか決めあぐねていた。

(ザエルアポロ君の宮の近くに移動させるって手もあるけど……あの辺ごちゃごちゃしていたからなぁ)

 そんなことを考えながらウロウロしていると、一体の破面(アランカル)がこちらに近付いて来ていた。

 

「やあ、お嬢さん。こんな所に一体全体どういった用で来たのかな?」

 

 顔の殆どを仮面の名残で覆われた長髪の男である。

 この男と会話を続けるのは嫌な予感がする──そう感じたアンジェは、さっさと話を切り上げて帰ってしまおうと考えた。

 

「いやなに、ちょっとした野暮用でね、それも先程済ませてしまったんだ。それじゃあ失礼させてもらうよ」

 

 そう言ってその場を後にしようとしたが、目の前の男がそれを許してはくれなかった。

 

「おや? 用事は終わったんだね。それなら俺のお願いを一つばかし聞いてはくれないかな」

 

 面倒事の匂いが凄くするが、無視して逃げ出した方が更に面倒な事になりそうな気がしたので仕方なく耳を傾けた。

 

「ハァ、なんだい、私はこう見えても忙しい身でね。手短かにたのむよ」

「なに、簡単に終わる内容だからそんなに気を張らなくても大丈夫だよ」

「早く用件を言ってくれないかな? こんな所で時間を喰うのは御免こうむりたいのだけれども」

「これは済まない。なに、用件というのは俺の主である方が君に会いたいと言って居られるのでね、是非とも陛下に会ってもらいたいんだ」

 

 その言葉を聞いてアンジェは、嫌な予感がどんどん大きくなって来ていた。

 

「……君の主の名前を聞いてもいいかな?」

「そういえばまだ陛下の名前を言っていなかったね。陛下の名前はバラガン・ルイゼンバーン様だよ。君とは昔会った事があると言っていたね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アンジェは苦虫を噛み潰したかのような表情をした。会いに行っても行かなくても面倒な事になる。そういった気持ちで一杯になっていた。

 

「それじゃあ、陛下をあまり待たせるのもよくないのでね。早速で悪いが俺について来てくれ」

 

 そういって男は先に進み始めた。アンジェは仕方がないといった様子で男の後に続いた。

 

ーーーーーーーーーー

 

 バラガン・ルイゼンバーンは昔を思い返していた。かつて、己から会いに行って、作品を作らせていた科学者が、最近、破面(アランカル)になったらしい。

 当時は、その作品の凄まじさから、己の地位を脅かすかもしれないと思い、二度と作られる事がないように研究所を破壊していたが、今は話が別である。あの『試作品』が

更に強化されていれば、藍染を打ち倒し、再び虚圏(ウェコムンド)の神として返り咲く事が出来るかもしれない。

 そういった事を考えながら迎えに行かせた従者──フィンドール・キャリアスの到着を今か今かと待ちわびていた。

 

「ただいま戻りました」

 

 フィンドールの声が宮の中に響く。配下が静かに控えている中に二人の破面(アランカル)がバラガンの元へと近寄ってくる。一人はバラガンの配下であるフィンドール・キャリアス。途中まで近付くと一礼をして己の定位置まで戻っていった。

 もう一人は小柄な少女であった。昔の記憶でも小柄だったため、間違いないだろう。バラガンの姿を確認するや否や、顔をしかめている。実に面白い反応である。

 

「久しぶりじゃのう。ところで名前はなんだったかの」

 

 その言葉は威圧感で一杯であった。少し挙動不審になりながらも、アンジェはその質問に答えた。

 

「お久しぶりですバラガンへーか。私はアンジェ・バニングスというしがない一研究者です。そんな私に一体全体どういったご用件があって私めを呼び出したのでしょうか?」

 

 そんな様子のアンジェを見てバラガンは楽しんでいた。

 

「貴様を呼び出したのは他でもない。また貴様に儂の為に『最高傑作』を作ってもらいたくてな」

 

 その言葉にアンジェはムッとした表情で言葉を返す。

 

「確かバラガンへーかは昔、同じ様な事をおっしゃられましたよね。その時は私の研究所をメチャクチャに破壊された記憶があるんですけど、その辺は大丈夫なんでしょーか?」

 

 そう臆することなく言い放ったアンジェに対して苦笑しながらもバラガンは特に気にした様子もなく言い放った。

 

「フン、まだ昔の事を引きずっとるのか。まあいい。昔は兎も角、今はそんな事をするつもりは微塵もないわ。それで、返事はどうなんだ? この儂の為に作ってくれるのか?」

 

 アンジェはしばらく何かを考える様子であったが、何かを決心したようにバラガンの方を向いて言い放った。

 

「お断りさせてもらうよ。いつ完成するか分かったもんじゃないからね。それに万が一にもまたデータが沢山詰まった研究所を破壊されるのはたまったもんじゃないからね」

 

 その言葉にバラガンは愉快といった表情でアンジェに言い放った。

 

「ほう、儂の願いを断るとはな。そんな無礼を働いておいて無事にここから帰られると思っているのか?」

 

 そう言うとバラガンは玉座から立ち上がった。その様子を眺めていたアンジェは笑いながら言った。

 

「無事に帰るつもりだよ、バラガンへーか。貴方が自分の能力に絶対の自信を持っているように、私も自分の能力に自信があるのですよ。逃げる事に関しては私の右に出るものはいないと自負してるよ」

 

 その瞬間、アンジェの姿がかっ消えた。それと同時にアンジェが先程まで立っていた床が塵へと還っていった。

 

「フン、帰りおったか。まあ、予想していた通りになったといった所かの」

「追いかけなくてもよろしいのでしょうか? 今ならまだ追いつけるかもしれませんが」

 

 その言葉にバラガンは嗤った。あの小娘の能力をまるで理解していないからだ。

 

「貴様、本当に奴を捕まえられると思っているのか? 何処に()()()いったのか分からない奴をどうやって捕まえると言うんだ? あれは逃げに徹すると儂はおろか藍染ですら捕まえるのは不可能だ。あれはそういった奴だと言う事を忘れるな」

 

 そう言うと再び玉座へと座った。

 そういえば言い忘れていたと言った様子で再びバラガンは言葉を紡いだ。

 

「そうそう、貴様らに伝えておく事があったな。あれは腐っても最上級大虚(ヴァストローデ)だ、舐めてかかると痛い目を見るぞ。それと、あれは生粋の狩人だ。狩られぬように気をつけろ」

 

 こうしてバラガンとアンジェの邂逅は幕を閉じた。

 

── 一方のアンジェはと言うと。

 

「くそ〜。あのジジィ、いきなり私を殺そうとするとか正気かよ。これだからあのジイさんと関わるのは嫌なんだ」

 

 バラガンの宮から遠く離れた己の研究所で1人呟いていた。



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第五話 隣人

 

 アンジェは今、とある破面(アランカル)と対峙していた。見た目は子犬である破面(アランカル)はアンジェの方を向いて威嚇している。

 それに対してアンジェは、相手の隙を伺いながら手をワキワキさせていた。

 遠くで何か物音がした。その時、一瞬であったが子犬の注意がアンジェからそれた。その瞬間、アンジェの行動は早かった。

 一瞬で子犬を抱き上げ、頬ずりをし始めた。

 

「ああ、とっても可愛いな〜。こんなに可愛らしい存在がなぜこんな所にいるのだろうか。まあ、そんな事はどうでもいいや。私のペットにしちゃってもいいかな、いいよね?」

 

 かなり暴走気味であるアンジェに対し、子犬はたまらないと言った様子である。助けを求める様に大きく鳴き始めた。

 するとどうであろうか、1人の破面(アランカル)が面倒くさそうにこちらにやって来た。

 

「……ったく、クソ犬が……一体どうしたってんだ……って、あン? 誰だテメェは?」

 

 アンジェと比べてかなり大柄の男がアンジェと子犬の前にやって来たのであった。

 アンジェはその男に気付くとあからさまに残念そうな顔をしていた。なぜなら、自分が今抱えている子犬は、おそらく目の前の人物のペットであろうと思ったからである。

 そんな残念そうな顔をしているアンジェの顔を見た男は少しイラついた様子で言葉をぶつけてきた。

 

「なんだテメェは? 人の顔を見るなりいきなり顔をしかめやがって。それとテメェが抱えている犬は俺のだ、分かったらさっさと降ろしやがれ」

 

 目の前の男の言葉に従って子犬を降ろしてやると、一目散に男の元へと逃げていった。どうやらかなり嫌われてしまった様だ。

 アンジェはとても残念そうな顔をしながら目の前の男へと一応自己紹介をし始めた。

 

「いやはや、先程は済まなかったね。私はアンジェ・バニングスと申す者だよ。最近この虚夜宮(ラス・ノーチェス)にきたばかりなんだ。これからよろしく頼むよ。ところで、その子犬の名前はなんて言うんだい? 良ければ教えてくれないかな?」

 

 その様子を見て、男は若干呆れながらもアンジェの問いに答えた。

 

「……こいつの名前はクッカプーロだ。それと、俺の名前はヤミー・リヤルゴ、第10十刃(ディエス・エスパーダ)だ。これからは俺の従属官(フラシオン)にあまりちょっかい出さねえように気をつけやがれ」

 

 これで話は終いと言った様子でヤミーはその場から立ち去ろうとしたが、アンジェがそれを許してはくれなかった。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれないかな。君が十刃(エスパーダ)っていうなら自分の宮を持っているという事だよね? その宮はこの辺にあるのかい?」

 

 その質問に多少の疑問を持ちながらもヤミーは正直に答えた。

 

「あン? 俺の宮はすぐそこにあるやつだ。そんな事聞いてどうするつもりなんだ?」

 

 その質問に対してアンジェは、特に臆する様子もなく、自分の考えを語り始めた。

 

「いやなに、自分の住処をこの辺りに移そうと思っていてね。この辺りに住んでる人に許可を貰ってた方が問題が少なくて済むかな〜って思った次第なんだ」

 

 ヤミーは別にどうでもいいといった様子である。その様子を見てアンジェは、これで移住先が見つかったかなと、少し気分が良くなっていた。

 

「あ? そんなくだらねぇ事を聞くためだけに、俺を呼び止めたのかよ。別に移住したけりゃ移住してくりゃいいじゃねーか。俺はンな事気にしねーからよ」

「そうかいそうかい。じゃあ遠慮なくこの辺りに住処を移動させて貰おうかな。ありがとうヤミー君、君のお陰で残っていた問題が片付いたよ」

 

 そのお礼にヤミーは悪い気はしなかった。他人に礼を言われるなどこの虚圏(ウェコムンド)ではほとんど無いに等しいからであろう。

 気分が少し良くなったヤミーは、しかしといった様子でアンジェに話し始めた。

 

「別に移住してくるのは構わねえ。ただ、俺はなにも手伝いはしねえからな。テメェ1人でがんばって移住の準備やら何やらしろよ」

 

 それに対し、アンジェはなにも問題は無いといった様子である。

 

「別に問題無いよ。移住に関しては、土地さえあれば一瞬で片がつく問題だったからね。今から君は私の隣人となるわけだ。これからよろしく頼むよヤミー君」

 

 そう言うとアンジェはポケットから小さなカプセルの様な何かを取り出した。それをそのままヤミーの宮から少し離れた所に投げた。投げられたカプセルは地面に着くや否や大きな音を上げ、砂埃が舞い上がり辺りを包み込んだ。

 するとどうであろうか、先程まで何も無かった空間に、壁は全て機械仕掛けの不気味な建物がたたずんでいた。

 その様子を黙って見ていたヤミーは、素直に驚いていた。

 

「へぇ、おもしれえな。一体どうやってこの建物を作りあげたんだ?」

 

 そんなヤミーの疑問に、アンジェは簡単な説明をし始めた。

 

「作ったんじゃないよ、移動させたんだ。瞬間移動って分かるかい? その技術を使って遠く離れた場所から移動させてきたんだ。面白いだろう?」

 

 アンジェは残っていた問題が片付いたので満足気であった。

 ヤミーは自分の宮のすぐ近くに出来た建物をしばらく面白そうに眺めていたが、直ぐに興味を失ったらしく、己の宮へと帰ろうとしていた。

 

「中々面白いモンを見せて貰ったよ。まぁ、俺は迷惑さえかけられなければ何も問題ねぇからよ。これからよろしくな」

 

 そう言ってその場から立ち去ろうとした。しかし、またしてもアンジェがそれを止めた。

 

「ちょっと待って。一つ頼みたいことがあるのだけれども、いいかな?」

 

 そういうアンジェにヤミーは早く用件を言えと促す。

 

「出来ればクッカプーロとも仲良くなりたいと思ってるんだ。だからちょくちょく君の宮に遊びに行っても構わないかな?」

 

 その問いに対して、ヤミーはくだらない事を聞くなといった様子である。

 

「なんだぁ? そんなくだらねぇ事を聞くためにまた俺を呼び止めたのかよ。別に迷惑さえかけられなければ構わねぇよ、ンな事。寧ろクソ犬に構ってやる時間が減るから俺としては歓迎だ」

「そうかい! それはありがたいね。わざわざ呼び止めて悪かったね。まあ、これから隣人としてよろしく頼むよ」

 

──こうして、アンジェはヤミーと言う隣人との邂逅を果たした。




次回くらいに戦闘回が入ると思います。


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第六話 激突

 

 アンジェは今、己の研究に没頭していた。辺りには要らないパーツが散らばっており、その中心にはアンジェと人型の「何か」がたたずんでいた。

 

「腕、脚、胴体部分の武装はオールオッケー。後は、(ブレイン)を作りあげればとりあえず試作機19934号の完成だな」

 

 そう言うと散らかっている場所から抜け出し、自分の机へと歩いて行って、イスにドカリともたれかかった。

 

(ブレイン)はどうするかな……今までみたいに全て人工知能というのは面白味に欠けるし、どうしたものかな……」

 

 しばらく考え込む事数十分、アンジェは何か良い名案が思い浮かんだといった様子で立ち上がった。

 

「そうだ、ハイブリッド機にしよう! 人工頭脳とモノホンの頭脳を混ぜ合わせてしまえば良いんだ。そうと決まれば早速準備しなければ……」

 

 そう言うとアンジェは研究室の奥へと消えていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 ノイトラ・ジルガは不機嫌であった。己の従属官(フラシオン)であるテスラ・リンドクルスがここ最近姿を消したからである。

 1日目は珍しいことがあるものだなと思った。2日目は一体何をしているのだと怒った。3日目からは、何者かに襲われたということを悟った。それからノイトラはずっと不機嫌である。

 第5十刃(クイント・エスパーダ)である己の従属官(フラシオン)を襲う不届き者は一体何処のどいつだという思いで一杯であった。

 そうして今日も、己へ牙を剥いた愚か者を見つけ出してぶっ潰してやると思いながら広い虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中をぶらぶらしていた。

 

 第10宮(ディエス・パラシオ)の近くを通りかかった時であった。見慣れない建物がいつの間にか建っているではないか。ザエルアポロ・グランツが見たら喜びそうなデザインである。その建物を見ながらノイトラは、一つの想像が頭をよぎった。

 

──あの建物の主がテスラを襲ったのではないか、と

 

 あの建物の主は恐らく新参者であろうとノイトラは踏んでいた。そしてその新参者が何も考えずにテスラを襲ったのだろうと。

 もし違ったとしても相手は十刃(エスパーダ)ではなく、己は十刃(エスパーダ)なのだ。たとえ殺してしまっても、自分の方が地位は高いのだ。何も問題は無いはずである。

 そこまで考えて、さて乗り込もうかと思った時である。例の建物から1人の破面(アランカル)が出てきた。かなり小柄な女の破面(アランカル)である。その事にノイトラは怒りを覚えた。あんな小さなメスにテスラはやられたのかという怒りと、またメスが出しゃばって来やがってという怒りである。

 そうして怒りと一緒に殺気を飛ばしていると、先程の破面(アランカル)は此方に気付いたようである。

 はたしてどういった行動に出るのだろうとノイトラが眺めていると、何も無い砂漠の方向へ一目散に逃げ出したではないか。その様子に一瞬呆気にとられていたが、決して逃すまいと追いかけ始めた。

 しばらく進んだ頃であろうか、辺りに何もなくなった頃、いきなり追いかけられていた破面(アランカル)が足を止めた。それにならってノイトラもある程度の距離まで近づいて足を止める。

 するとその破面(アランカル)は多少疲れたといった様子でノイトラに向かって話しかけ始めた。

 

「朝から中々ヘビーな運動をさせてくれるではないか君、インドア派の私には堪えたよ。私はこういったサプライズは御免こうむるんだけどね……。で、どうしてこんな私なんかを追いかけて来たんだい?」

 

 それに対してノイトラは少しイラついた様子で返答した。

 

「そんなもん答えは一つしかねェだろ! テメェをぶち殺しにきたに決まってるじゃあねぇか‼︎」

 

 その返答に、その破面(アランカル)は冗談めかしく体を大きく震わせている。益々ノイトラをイラつかせる行動であった。

 

「おお、怖い怖い。何でそんなにも殺気を向けられてるのかわからないや。あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私はアンジェ・バニングスと申す者だよ。以後お見知りおきを〜」

 

 そんなふざけた事をぬかす始末である。益々ノイトラの苛立ちはつのっていく。

 

「テメェ舐めてんのか? 今からテメェをぶち殺そうとしている相手に自己紹介をするなんざ正気じゃねえぞ」

 

 そんなノイトラの様子を見ても、アンジェの調子は相変わらずであった。

 

「なんだい、別に自己紹介してもいいじゃあないか。そんなにかっかしてないで少しは落ち着きたまえよ。そうすれば、私をぶっ殺すという物騒な考えもなくなると思うんだ」

 

 ノイトラは無言のまま、己の斬魄刀でアンジェに斬りかかった。斬魄刀が当たる直前、アンジェの姿はいきなりかっ消えた。響転(ソニード)かとノイトラは思ったがどうやら違うようである。すると真後ろから言葉と一緒に蹴りが飛んできた。

 

「問答無用で攻撃ですか。仕方がないなぁ〜。……そうだ、キミも実験体にしてあげるよ」

 

 軽く蹴飛ばされたノイトラは、その言葉の一点だけに反応を示した。

 

「おいテメェ、キミ『も』ってなんだ! まさかとは思うが人の従属官(フラシオン)を勝手に実験体にしてんじゃねェだろうな!」

 

 そんなノイトラを見て、アンジェは面白いといった様子で語り始めた。

 

「なんだ、あれはキミの部下だったのか〜。だから私をぶち殺すって言ってたのね。いや〜、納得納得。でも彼のことはもう諦めた方がいいよ。もう既に脳みそだけになっちゃってるからね〜」

 

 その言葉にノイトラの怒りは爆発した。

 

「テメェあんまり調子乗ってんじゃねぇぞ! ヒトの従属官(フラシオン)をオモチャみてェに扱いやがって! テメェもぶち殺して脳みそぶちまけてやろうか!」

 

 再びアンジェに斬りかかるが、またしても当たる直前で姿が消えた。今度はノイトラから少し離れた場所に姿を現す。そしてそのまま更にノイトラを挑発しにかかった。

 

「いや〜。キミの従属官(フラシオン)は面白かったよ。手足を()いで動けなくしてやるとさ〜、『ノイトラ様、申し訳ございません』っていうんだよ。命乞いもしないなんて久しぶりの経験だったね。あれには少し笑いが出そうだったよ」

 

 その言葉にノイトラの怒りは頂点に達した。

 

「テメェそんなにも早くぶち殺して欲しいんなら速攻でぶち殺しやるよ! 精々後悔しないように逃げ回りやがれ!」

 

 そのままノイトラは斬魄刀を構えた

 

(いの)れ『聖哭螳螂(サンタテレサ)』」

 

 膨大な霊圧が吹き荒れると、砂塵の中から巨大な三日月のシルエットが浮かび上がる。

 頭には左右非対称の三日月のような角が生え、腕が4本に増え、その4本の腕に大鎌を持つ姿へと変貌した。

 

 その様子を眺めていたアンジェはやれやれといった様子である。

 

「はぁ、気が短いと女の子に嫌われちゃうよ。仕方ないな、私も少し本気を出そうかな」

 

 そういうと左腕を横に振った。するとどうであろうか、左腕の袖の中からどうやって仕舞っていたのか分からない、大きな対戦車ライフルのような斬魄刀が飛び出してきた。そして、両腕で構えるとそのままノイトラの方向に銃口を向け、引き金を引いた。轟音と共に一発の弾丸が発射される。

 ノイトラは最初、鋼皮(イエロ)を全開にして弾き飛ばそうと思った。だが、己の直感があれは喰らうとマズイと囁く。直感に従い、咄嗟に身をよじって躱そうとした。

 

 

 しかし、行動が少し遅れてしまったため、左腕の一本に直撃してしまった。

 

 

──するとどうであろうか、十刃(エスパーダ)最硬であるはずのノイトラの鋼皮(イエロ)をいとも容易く貫通し、左腕腕を一本ちぎり飛ばしたのである。

 これには流石のノイトラも驚きを隠せなかった。

 

「くそッ! ふざけやがって‼︎ おいテメェ、今さっきのはなんだ!」

 

 そんなノイトラをよそに、アンジェは少しつまらなさそうな顔をしていた。

 

「油断して真正面から喰らってくれればいいものを……。まぁいいや、さっきのは超圧縮した霊子の弾丸だよ。虚閃(セロ)と似て異なるものと理解してくれればいいよ」

 

 ノイトラは吹き飛んだ左腕に意識を集中させた。するとどうであろうか、吹き飛ばされた左腕が瞬時に再生していく。

 

「次は喰らわねぇぞ、ンな技は! テメェの両手両足捥いでやるから覚悟しやがれ!」

 

 そういって距離を詰めようとするも、アンジェは近い間合いを嫌い、またしても遠ざかった。どうやら接近戦は苦手のようである。

 するとアンジェはノイトラから距離を取りながら、自分の斬魄刀の銃口を天に向け始めた。

 

「鬼ごっこは苦手なのでね、悪いけど違う遊びに変えさせてもらうよ」

 

 そういうと引き金に指を掛け、そのまま引き金を引いた。

 

()(まど)え『狩狙鼠(カサドール)』」




次回、後半戦
※カサドールは日本語で狩人という意味です。


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第七話 狩猟

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)のとある一角、そこには市丸ギンと玉座に座った藍染惣右介かたたずんでいた。

 

「ようやくアンジェちゃんが動き始めたみたいですねぇ、隊長。彼女、ずっと大人しくしてると思ってたボクの予想を見事に裏切ってくれましたわ」

「そうだね、こんなに早く行動を起こすとは私からしても予想外だったよ」

 

 そうは言うものの、藍染の表情は全てを見透かしたような表情であった。

 

「……ホンマかいな? まぁ、それはええとして。アンジェちゃん、いきなりノイトラに喧嘩を売るとはねぇ……。流石に相手が悪いんちゃうん?」

 

 そんな市丸の疑問に藍染は何も問題ないといった様子である。

 

「心配する必要はないよ。彼女は『戦士』でも『兵士』でもなく、『狩人』だからね。『獲物』に追い詰められる様な失敗はしない筈さ。まあ、それはこの戦いをみれば分かるよ」

 

その言葉を皮切りに二人の意識はアンジェ達の戦いの様子が映し出されたモニターへと向けられた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

 解号を唱えると同時に大きな砂煙が辺り一面を包み込んだ。これにはノイトラも追撃を中断せざるを得なかった。舌打ちしながらも砂煙が消えるのを待った。

 砂煙が消えると、そこにはあまり様子の変わっていないアンジェの姿がそこにはあった。強いて変わった所といえば額に小さな鼠の頭蓋骨のような物が付いているくらいであり残りは先程までと変わらずタンクトップとホットパンツに白衣を纏った格好であった。

 しかし、大きな変化は外見以外に起こっていた。アンジェの姿が()()へと増えていたのである。これにはノイトラも珍しい物を見たといった様子である。

 

「なンだぁ、テメェの刀剣開放(レスレクシオン)は。ただ数が増えた程度でオレ様を倒せると思ってんのかよ! オイ!」

 

 その言葉に四人のアンジェはゲラゲラと笑いながら答え始めた。

 

「そうだよ〜。キミを仕留めるつもりだよ」

「キミはまだ私の『狩狙鼠(カサドール)』の恐ろしさを分かってないからね」

「これから私たちがじっくりと教えてあげるよ」

「それまでせいぜい悪足掻きでもしているといいよ」

 

 そう言うとアンジェ達はノイトラの四方を囲み始めた。そしてそのまま円を描くようにゆっくりと回っている。

 これにはノイトラも面倒くさそうに舌打ちした。攻撃対象が四人いる上にそれに囲まれてしまっているのである。一体を狙えば残りの三人が攻撃してくるのは目に見えている。しかし、各個撃破以外道がないのだ。

 そこまで考えると、早速自分の目の前にいるアンジェ目掛けて走り始めた。するとどうであろうか、目の前のアンジェは逃げる素振りも見せずに数十個の小さな光球をノイトラ目掛けて飛ばしてきた。大した威力もないだろうとたかをくくったノイトラは、そのまま正面突破をしようとして光球に触れた。

 

 

──その瞬間、途轍もない激痛と痺れがノイトラを襲った。光球が当たった場所は特に傷を負ったように見られない。しかし、光球が当たった場所から言葉に表せないような痛みと全身を襲う痺れが一斉におきたのである。痺れで身体を動かせずにいるノイトラに、光球を放ったアンジェ以外の三人が一斉に襲いかかった。ノイトラの4本の腕に貫手で攻撃をするも軽い傷しか負わせることしかできなかった。そしてそのままノイトラの四方へと散り始めた。

 それと同時にノイトラの身体から痺れと痛みが引いてきた。どうやら一瞬だけではあるが相手の身体の自由を奪う攻撃のようである。

 そこでノイトラはある事に気が付いた。己の自由を奪った後に開放前に放った強烈な攻撃をしてきていない事に。その瞬間、ノイトラの中に一つの考えがよぎった。相手はこの戦いを『戦い』として見ていないのではないか。そう考えると途轍もない怒りがノイトラの中で湧き上がった。己の事を『獲物』とみなしてジワジワと弱らせながら『狩り』を楽しんでいるのだ。その証拠に、ノイトラの周りを攻撃する事もなく四人のアンジェがくるくると回っている。どうやらノイトラが何か行動を起こすまで何もする気はないようである。まるで遊びの為に獲物をなぶって狩ろうとしている猟犬のようである。

 その事に怒りを抑えきれなくなったノイトラは叫んだ。

 

「このクソアマがァ! このオレを舐めやがって‼︎ テメェみてぇ戦いを舐めてる奴がこのオレを殺せるものか! テメェら四人共アタマを捻じ切ってやる!」

 

 その言葉にアンジェ達はまたしてもゲラゲラと笑い始めた。まるで何も理解出来てないと笑っているようだった。

 

「私は別に『戦い』を舐めてはいないよ」

「ただ、自分の能力に合わせた戦い方をしているだけだよ」

「さっきの麻痺弾(パラリシス)だって私の戦い方に合わせた私の技だよ」

「そしてキミはまだ麻痺弾(パラリシス)の真の意図に気が付いてもいない」

 

 急にアンジェ達はノイトラの周りを回るのを止めた。そしていきなり霊圧を指先に集め始め、そのまま四人同時にノイトラの方向へとその指先を向けた。

 

「「「「虚閃・四重奏(セロ・クァルテット)」」」」

 

 四方向からの虚閃(セロ)をノイトラは上に跳んで避けた。

 

 

──筈であった。上に跳んだ筈であるのに何故か地面に倒れ込んでいる。その原因はすぐにわかった。両足が吹き飛ばされていたのだ。四人とも虚閃(セロ)を撃つ動作以外特に変わった動きはしていない。なのにどうやって──と考えたところで4つの光がノイトラを巻き込んだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

 四方向から放たれた虚閃(セロ)はノイトラを中心としてどこにも分散する事もなく収縮し、光の玉が出来上がっている。破壊のエネルギーがあます事なくノイトラへと襲いかかっているのだろう。光の玉が消えると、その中から全身が焼けただれたノイトラの姿が現れた。どうにか足は再生出来たようではあるがそれ以外はダメージが大きく、所々炭化してしまっていた。

 その様子にアンジェはわざとらしく驚いた。

 

「へぇ〜。私たちの『虚閃・四重奏(セロ・クァルテット)』を耐えるんだ〜。いくら威力を最低限に抑えたからといってまだ立っていられるとは思わなんだ」

 

 ノイトラは目の前に立っているアンジェ達を睨みながら怒りにみを任せて叫んだ。

 

「オレが十刃(エスパーダ)最強なんだ! テメェらみてぇなカス共にオレが負ける筈がねぇ‼︎ テメェらはここで死ね!!!」

 

 ノイトラは新たに腕二本を生やし、計六本の腕と鎌でアンジェ達に襲いかかった。幸いな事に、先程の攻撃の後、一ヶ所に集まっていたので一気に攻撃する事が出来そうである。有無を言わさず先手必勝とばかりにアンジェ達に飛びかからんとした瞬間、途轍もない寒気がノイトラを襲った。

 このまま突っ込むと不味いと思ったが、もう既に手遅れだった。上半身と下半身が引きちぎられ、大量の血をぶちまけていた。超速再生でも治すのは不可能なダメージである。一体何が起こったのかと考えながらも、飛びそうな意識の中で前にいるアンジェ達を睨みつけていると後ろから足音が聞こえてきた。

 後ろを振り返ると、そこには()()()のアンジェがいた。そこでノイトラはどうして両足が吹き飛ばされたり、上半身と下半身が別れる事になったのかを理解することが出来た。五人目のアンジェは無抵抗となったノイトラへ近づくと、何が入ってるのかわからない注射器を取り出し、そのままノイトラ打ち始めた。

 

「せっかくだから、キミに私の能力の説明をちょっとばかししてあげようか。どうせ知った所で活かす事なんて出来なくなるのだけどね。簡単な言うとあの四人の私は全て(ニセモノ)だよ。だから(ニセモノ)達はキミの手足や胴体をブチ抜くような威力の技である霊砲(カノン)は使えないんだ。その代わりに相手の自由を奪う麻痺弾(パラリシス)が使えるんだ。麻痺弾(パラリシス)で自由を奪い、霊砲(カノン)で狙撃するのが私の戦闘スタイルだよ。まぁ、今回は麻痺弾(パラリシス)を有効活用させる事が出来なかったけどね。(ニセモノ)達はキミの注意を引くための猟犬としては役に立っていただろう。どうだったかい私の狙撃は、遠くから撃ち抜いてたからどこにいるかわからなかっただろう。まだまだ説明したいことは山程あるけれど、そろそろキミの意識が持たないだろうからこの辺で終いにしとくよ」

 

 ノイトラは意識が遠のく最中、アンジェに向かって言い放った。

 

「クソがッ‼︎ このオレがテメェみてぇな奴に負けるとはよォ……。さぁ殺せ! オレは戦いの中で死にてぇんだ‼︎」

 

 その言葉にアンジェはキョトンとした顔をした。何を馬鹿な事を言っているんだといった様子である。

 

「キミを殺す? 馬鹿言っちゃいけないよ。私がなんでキミをジワジワと消耗させる戦い方をしたと思ってるんだ? 出来るだけ原型を留めた状態のキミを私の実験台にする為に決まってるだろ。

 ああ、心配しなくてもいいよ。君にはこれからも重要な役割を担ってもらうつもりだから安心してくれたまえ」

 

 ノイトラの意識がどんどん遠のいていく。このままでは戦いの中で死ぬどころではなくなるのに、身体はもう既に動かす事すら出来なくなっていた。

 

「さぁて、キミの身体は無駄にはしないよ。これからもバリバリ戦える身体にしてあげるから安心して眠ってくれ」

 

 それがノイトラが聞いた最後の言葉であった。




大変長らくお待たせしました。次回の投稿も未定ですが待って頂けると幸いです。


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第八話 雑談

 大変長らくお待たせしました。色々な事情により投稿出来ずにいましたがやっと投稿する事が出来ました。


 第10宮(ディエス・パラシオ)のすぐ近くにある機械仕掛けの不気味な建物の中、二人の人物が思い思いに行動していた。

 一人はこの建物の主人であるアンジェ・バニングスである。モニターに映し出される膨大な量の情報を見ながら、忙しそうにキーボードを弾いている。

 もう一人はザエルアポロ・グランツ。己の宮で休憩していた所を、アンジェがちょっと手伝って欲しい事があると言って、無理矢理連れて来られたのだ。この様な事をされれば、不機嫌になるもの当然である。イライラした様子でアンジェの今回の『作品』を観察していた。

 

「フーッ! 最終調整もそろそろ終わりに近づいてきたや〜。そうそう、今回の私の作品を見ての感想はどうだい、ザエルアポロ君?」

「そんな事を聞く為だけにこの僕をここに連れて来たのかい? 正直に言うと、()と比べて見た目以外違いが分からないのだけれども…本当にコレが君の自信作なのかい?」

 

 そんな事を言いながらも、アンジェの作品を食い入る様に見ていた。何だかんだ言いながらも興味深々なのである。

 

「そうだよ〜。今まで色々と作ってきた物をぶち込んでみた自信作だよ〜。まだ動作確認はしてないからどの様な動きをするか分かんないけどね……。まぁ、これからまだまだ弄っていくから問題はないかなぁ……」

 

 言い終わると同時に、アンジェは先程まで座っていた椅子から立ち上がった。どうやら先程までやっていた作業は終わったようである。ザエルアポロの側まで歩いて行くと、己が持っていた電子端末を手渡した。

 

「……これは?」

「ああ、これかい? これは現世で最近作られた電子端末って言うものだよ。タブレットって言った方がいいかな? 色々と便利だから使っているんだ〜。ザエルアポロ君の所でも取り入れたらどうだい? 便利だと思うよ」

「はぁ、そう言う事を聞いたんじゃ無いんだけどな……。一体何の為に僕にこれを寄越したんだい?」

「ああ、それには現時点での細かい情報や装備などを纏めた資料が入っているんだ。それをザエルアポロ君に見て貰おうと思ってね。その後に動作確認をして、キミからの意見を聞こうっていうつもりだったのさ」

「そう言うのは早く言ってよね……」

 

 そう言いながらもアンジェが手渡した資料に目を通していく。色々と気になる内容が有るが、最後まで目を通していった。そしてそのまま気になった事をアンジェに質問した。

 

「色々と面白い物を積み込んでいるのは分かったのだけれど何か問題を生み出してる所が無いかい? 調整すればもっと無難な感じになりそうなものだけれども……」

 

 その言葉を聞くやいなや、アンジェは分かってないな〜と言わんばかりの顔をし始めた。かなりムカつく顔である。

 

「ザエルアポロ君は分かってないな〜。ロマンを追い求めると所々に異常(デメリット)が生じるのはお決まりだろ。それがまた味を生み出すからいいんじゃないか。余りに問題が酷い場合はそれを補う為の機能を追加すれば出力を抑える必要もないしね。因みに私は最初に決めた性能を上げる事はあっても、抑えるという選択肢は無いよ。そこん所よろしく」

 

 ザエルアポロにはアンジェが言っている事が理解出来なかった。問題を指摘しているのにロマンがあるからなどとズレた事を言っている。しかも、深刻な問題が生じた場合でも、調整の仕方はふざけているとしか言えない。問題が生じないレベルまで性能を下げるのでは無く、問題が深刻ではないレベルまで周りで補うといった始末である。もはや、色々とイカれているとしか思えない。

 呆れ顔でアンジェを見つめていると、アンジェは理解を得られなかった事に少し残念そうな様子を見せた。

 

「ザエルアポロ君はロマンを追求するタイプではなかったか〜。いや〜、失敬失敬。まあ、私はこう言う奴だと理解してくれたまえ。ま、性格みたいなものさ」

 

 そんな簡単な一言で済ます次第であった。

 ザエルアポロは先程までの会話は一旦置いといて、一番気になった問題について言及し始めた。

 

「まあ、さっき迄の事はいいとして、一つ重大な問題を抱えていると思うんだけど、そこはどうやって補っているんだい?」

 

 その言葉を聞いた途端、アンジェは待ってましたと言わんばかりの顔をし始めた。ザエルアポロは絶対に質問してくるだろうと確信していたのだろう。かなりウザい顔をしている。

 

「そこを聞いちゃうかい! ザエルアポロ君。やはりそこに気付くとは流石だよキミは。ボンクラ供に見せた場合は絶対に流し読みする箇所だからね!」

「まだ内容を言ってないのだけれども……。まあいいや、で、一体コイツは()()()()()()()()()()? このままだと、絶対まともに動かせないと思うのだけれども」

 

 アンジェは何を聞きたいのか理解しているにも関わらず、焦らすように見当違いな事を答えた。

 

「どうやって動くのかだって? そこに全て書いてるじゃあないか。コイツの元になった破面(アランカル)の霊力と足りない分を補う『核』が動力源だって」

 

 ザエルアポロはまだ焦らすアンジェに少しイライラしながらも問題を追求していく。

 

「ああ、確かに書いてあるね。でもこれだとただ動く事は出来たとしても、ココに書いてある兵装は何一つまともに機能させる事が出来ない筈だよ。例えるなら馬鹿みたいにデカいモンスターマシンに小さいエンジンと燃料タンクを積んでいるようなものだよ。足りないエネルギーと貧弱な動力炉を一体どんな魔法を使って補ったんだい?」

「其処まで言われちゃあもう隠し通す事は出来ないなぁ。ネタばらししないといけないなんて、ああ困った困った。私とザエルアポロ君だけの秘密だからね。ミンナニハナイショダヨ」

 

 口では困ったと言いながら、態度は正反対であるアンジェにザエルアポロは呆れながらも早く説明しろと促す。

 

「ザエルアポロ君が言った通り、私が積み込んだ武装はどれもこれも生半可な力じゃ動かす事は出来やしない代物さ。ま、そんな事これには書いて無いから殆どのヤツらは気付けないことだろうけどね。そんな代物を動かすにはココに書いてある動力源じゃあちっと物足りない。じゃあどうすればいい、足りない分を補えばいいじゃないか! 簡単なことだね」

「そこで私はコレを組み込むことにした」

 

 そう言って取り出したのは、朱殷(しゅあん)に染まった拳大の禍々しい(たま)である。

 

「何だい、それは?」

「ん? これかい? レプリカだよ」

 

 その一言にこけそうになりながらも何とか耐えるザエルアポロ。その様子をニタニタ笑うアンジェ。

 

「コイツの本物は既に搭載してしまっているから手元に無いけれども、コイツは莫大なエネルギーを生み出し、それを一気に循環させる事が出来る代物だよ。簡単な話、霊力を著しく高める為の物だね」

 

 その言葉にザエルアポロは呆れたといった様子で言葉を投げ掛けた。

 

「それじゃあ何だ? そいつを使えば貧弱な魂魄も十刃(エスパーダ)を凌ぐ霊力を手に入れる事が出来るって事かい?」

 

「理論上はね」

 

「そんな物が存在するならこの世界のパワーバランスが崩壊するじゃあないか。馬鹿馬鹿しいったらありゃしないね」

 

「普通そう思うよね」

 

「まあ、こうは言っているけど期待はしてるんだ。資料を見せてくれよ、資料。実際に見た時に知識があった方が理解が深まるだろう?」

 

 ザエルアポロはそう言ってアンジェに資料を要求したが、アンジェは何も渡して来なかった。それだけの事であったが、ザエルアポロは()()がどういった扱いの物かを察した。

 

「そういう事か……。いや、少し安心したよ。君にも秘密の研究内容があったんだね。僕は少し前まで何でもかんでも他人に発表する馬鹿だと思っていたよ」

「酷いね〜、ザエルアポロくんは。いくら私でも、今までで一番力を注いできた傑作を他人においそれと深い情報を渡すはずがないだろう。教えるのは名前と効果までだね。因みに、キミに情報を公開したヤツは全てパクられても痛くも痒くもない代物だからね。そこのところ勘違いしないように」

 

 その一言にザエルアポロは目を細めた。

 

「あれらの物が君にとってはどうでもいい代物なのかい? ちょっと正気を疑うよ……」

「そうなのかい? ま、価値観の違いってヤツかな。そうそう! 名前を紹介してなかったね! 一番大切な事を忘れてたよ‼︎」

 

 そう言って朱殷(しゅあん)の珠を己の胸に当て、おぞましい笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「『憺珠(コラソン)』これがコイツの名前だ。いい名前だろう?」




 次はやっと十刃(エスパーダ)就任の話です。書き置きは無いから次回の投稿も未定です(吐血)。今月中にもう一つあげたいな…。


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第九話 始動

今回の話はいつもの二倍近くの文量になっております。いつもくらいが良いと思っている方、申し訳御座いません。


 

「さて、お喋りはここまでにしてそろそろ本題に移ろうじゃあないか。だいぶ時間を食っちまったからね」

 

 そう言ってアンジェはザエルアポロを手招きしながら、今回の『作品』が入ったカプセルの前に移動を始めた。

 

「今からお待ちかねの動作テストの時間だよ! ようやくコイツの力を実際に確認出来るんだ。興奮してこないかい? ザエルアポロ君。虚夜宮(ラス・ノーチェス)をブッ壊すと色々と問題になるだろうから移動をしないといけないね!」

 

 その言葉を聞いて、ザエルアポロは時間を確認しながらアンジェに質問を投げかけた。少し残念そうな表情を浮かべながら。

 

「分かりきった事を聞くけど、その動作テストとやらは直ぐに終わらないんだろう?」

 

 そんな事に気付かないアンジェは、当たり前の事を聞くなと少し呆れた表情を浮かべている。ザエルアポロが伝えたい事を全く理解しようとしていない。

 

「当然だろ? 大事な項目の一つだから慎重に長い時間を掛けてするに決まってるじゃあないか。不具合の発見も兼ねてるんだ。『出来ました〜。はい即実戦投入〜。あ〜! 故障した〜』なんて愚かな事は私はしたくないよ。あ、移動には時間は掛からないから安心していいよ。移動に時間は割きたくないからね」

 

 それを聞いて、ザエルアポロは溜め息を吐いた。それと同時に、アンジェにはハッキリと物事を伝えなければいけないという事を理解した。

 

「その動作テストとやらには僕は参加出来ないね。第一、君もそんな事をしている時間はないんじゃないかな? 藍染様からの通達を忘れたのかい? 新しい十刃(エスパーダ)の紹介を今日行うって話を。十刃(エスパーダ)は強制参加だから僕はそろそろ広間に行かないと行けないんだよ」

 

 その言葉を聞いて、アンジェの顔はドンドン青ざめていく。そんな話聞いてないぞといった表情をしていた。

 

「え? そんな話あったっけ? 私、聞いた覚えがないんだけど……。ザエルアポロ君の聞き間違いではないのかい?」

 

 その様子を見て、ザエルアポロはやれやれと呆れ気味でアンジェに何か言おうとした。

 

 

──その時

 

「貴様が聞いていなかっただけだ、アンジェ・バニングス」

 

2人の後ろから男の声が聞こえて来た。

 ザエルアポロは特に表情を変えずに、アンジェは冷や汗をかきながらそれぞれ振り向いた。褐色でドレッドヘアの男──東仙 要の姿がそこにはあった。

 

「いやぁ、東仙さん。今さっき来たのかな〜。ノックくらいしてくれると私は助かるんだけどなぁ。おっと、ちょっと野暮用を済ませなくちゃ……」

 

 そう言いながらその場からそそくさと退散しようとしているアンジェ。あからさまに東仙を避けようとしている。その行動にも東仙は顔色一つ変えず、アンジェの首根っこを掴み、捕獲した。

 

「今朝、私は確かに言った筈だぞ。今日の午後、新十刃(エスパーダ)を迎える為の集会があると。その時、貴様はしっかりと返事した筈だ。『分かった分かった』とな」

 

 そう言いながら、東仙は首根っこを掴んだアンジェの顔を己の顔へ近づけ始めた。真顔である分余計におそろしい。

 

「ちょちょちょ! 顔が近いって東仙さん! 話をちゃんと聞いていなかった私が悪うござんした〜。東仙さんの顔を見て思い出したから! 許してよ、ね?」

 

 全く謝れていないアンジェであるが、東仙は溜め息を吐きながらもアンジェを解放した。アンジェには意外と甘いようである。

 

「それよりも準備は整っているのか? 余り時間はないぞ。整っていないのなら急げ。藍染様を待たせるような真似はするなよ。その時は容赦しないからな」

 

 その言葉にアンジェは焦った。そしてどうにか時間を稼げないものかと思考した挙句にとった行動は──

 

「そもそもなんで新十刃(エスパーダ)就任が今日なのさ! 当事者を交えずに勝手に決めるなんて感心しないっすよ! しかも当日の朝に伝えに来るってどういう事っすか! せめて前もって伝えに来て下さいよ!」

 

今更な不満をぶつけるというものであった。時間を稼ぐ方法は思い浮かばなかったのだろう。

 そんなアンジェの文句にも東仙は表情一つ変えずに淡々と不満への返答を始めた。

 

「今日の事は藍染様がお決めになった事だ、諦めろ。貴様が完成予定は今日だと藍染様に伝えただろう? だからだろうな。それと市丸の奴が前からこの事伝えに来ていた筈なのだがな。アイツが伝達の仕事をサボった可能性もあるが、先程までの貴様の反応を見るに、貴様が聞き流したのだろう。他に何か言いたい事はあるか?」

 

 アンジェはまだ何か言いたそうであったが、言葉が思い浮かばないらしくただ口をパクパクさせているだけであった。実に滑稽である。

 そんなアンジェと東仙の会話に置いてけぼりを喰らっていたザエルアポロは、先程の会話の中で引っかかる事を東仙に尋ねた。

 

十刃(エスパーダ)就任の事でなんでそんなに揉めてるんですか? ただアンジェが姿を見せればそれでほぼ終わりですのに」

 

 その言葉に東仙は意外そうな顔をした。ザエルアポロは今回の件について知らなかった事が予想外だったのであろう。確認も兼ねてアンジェの方を向くと、アンジェはテヘッと笑いながら舌を出している。見えてない筈なのに東仙は何故か腹立たしさを感じていた。ふてぶてしさを感じ取ったのであろう。アンジェからザエルアポロへ向き直ると同時に、淡々と疑問に答え始めた。

 

「既に知っているからオマエがここにいると思っていたのだがな……。まあいい、今回新しく就任する十刃(エスパーダ)がアンジェだと思っているようだがそうではない。まあコイツが関わってはいるのだがな」

 

 そして東仙はある物の方向を向き、そのまま指差しした。

 

「新しい第5十刃(クイント・エスパーダ)はコイツだ」

 

──そこには、大きなカプセルの中で静かに(たたず)んでいる、とある破面(アランカル)の姿があった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

『新しい十刃(エスパーダ)が誕生した』

 

 

 藍染からの簡素な知らせによって十刃(エスパーダ)達は召集され、その他の破面(アランカル)も数多く集まっており、藍染の到着を待つ破面(アランカル)達の空気はどこか浮わついていた。誰が十刃(エスパーダ)から落ちたのか? 新しい十刃(エスパーダ)とは誰だ? など多くの者が騒ぎ立てていた。中には新たな十刃(エスパーダ)(たお)して己が十刃(エスパーダ)になると息巻いている者もいる。良くも悪くも場は賑やかであった。

 そんな中、大した反応を見せない者達がいた。既に十刃(エスパーダ)である者達だ。彼等は誰が欠けたのかは気にしていたが、1人を除いて全員が揃うと少し反応を示すだけであった。

 ある者は少しの悲哀を共に。ある者は疑念を共に。ある者は少しの愉快さを共に。ある者は気怠るそうに。またある者は興味無さげに今回の事実を飲み込んでいた。

 ただ、1人だけソワソワしている者がいた。第8十刃(オクターバ・エスパーダ)、ザエルアポロ・グランツである。藍染が来るのを今か今かと待ち遠しそうにしており、十刃(エスパーダ)の中では明らかに浮いた反応を示している。そんなザエルアポロに話し掛ける者がいた。第2十刃(セグンダ・エスパーダ)、バラガン・ルイゼンバーンだ。

 

「ほう、ザエルアポロよ、今回の件について何か知っているような様子だな。大方、新たな十刃(エスパーダ)が誰なのかを知っているといったとこか? 儂も大体の予想は出来ておる。あの出不精が関係しているのだろう? あやつ自身が十刃(エスパーダ)になるとは考えられん。良くも悪くも面倒くさがりだからな。おそらく奴の『作品』が新しい十刃(エスパーダ)だろうな。どうだ? 当たっておるか?」

 

 ほぼ全てを当ててしまっているバラガンに多少驚きつつも、ネタバレしない様に気を付けながらザエルアポロは返答した。

 

「陛下の仰る通り、アンジェが関わっているのはあってますよ。ただ、分かっていても驚く事にはなると思います。僕から言えるのはそれだけですね」

 

 そんな素っ気ないザエルアポロの返答も気にせず、バラガンは愉快そうに笑っていた。

 

「そうか、後は楽しみに待っておけという事か。面白い。それじゃあこの余興を精々楽しませて貰うとするか」

 

 それと同時に賑やかであった広間の空気が変わり、一瞬で鎮まりかえった。その後、三人分の足音が響いてきた。

 

 市丸、東仙、そして藍染惣右介が、姿を現した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「やあみんな、忙しい中よく集まってくれたね」

 

 藍染の声が広間全体に響き渡る。その一声だけで全ての破面(アランカル)達は藍染へ注意を向け、藍染の言葉を待つだけになった。

 

「みんなには既に知らせが届いているだろうが、改めて私から君達に伝える事がある。なに、大した事ではないよ」

 

 藍染が言葉を紡ぐ。

 

「新たな十刃(エスパーダ)の誕生だ」

 

 その一言が発せられた瞬間、広間にざわめきが生まれた。しかし、そのざわめきは、藍染の発言によってもたらされた物ではなかった。藍染の隣に()()()()()()()()()破面(アランカル)の存在によってもたらされた物であった。

 突然現れた破面(アランカル)は必死に何かを藍染に伝えているようである。藍染の側にいる市丸と東仙は、面白そうに見ていたり、少し怒っていたりはしているが、行動を起こしていない点を見るとどうやら想定内の事なのであろう。

 しかし破面(アランカル)達にとっては、全く見憶えのない者が藍染達と同じ立ち位置にいるのだ。アレは一体何者だと驚く者や、怒りを露わにする者もいた。

 十刃(エスパーダ)達もこれには大きな反応を示していた。どうやって此処にいる全員に()()()()()()()()()()藍染の隣に現れたのかと驚きを隠せずにいる者、藍染に無礼を働いた事に(いきどお)る者、ただ笑う者などがいたりした。ザエルアポロは額に手を当て天を仰いでおり、バラガンは大きく嗤いながら、近くにいる者だけに聞こえる声で呟いた。

 

「大方、もう少し時間をくれと直談判しているのだろうな」

 

 たった一人の破面(アランカル)闖入(ちんにゅう)で、これ程の騒ぎになるとは殆どの者が思いもしなかっただろう。

 

「静かに」

 

 藍染の一言によって再び静寂がもたらされる。そして、全員の視線が藍染へと戻っていった。皆一様に藍染の発言を待っている。この騒ぎを起こした破面(アランカル)はその隙にコソッとその場を立ち去ろうとしたが、藍染がそれを許しはしなかった。

 

「君達も気になっているようだから、新たな十刃(エスパーダ)を紹介する前に彼女の紹介をしておこうか。彼女の名はアンジェ・バニングス。新たな十刃(エスパーダ)従属官(フラシオン)となる予定の子だ。彼女からの話が終わり次第、新しい十刃(エスパーダ)の紹介に移るとしよう」

 

 その発言が終わると共に、全員の視線が再びアンジェへと向けられた。視線という名の重圧に押し潰されそうになりながらも、アンジェは藍染に(すが)るような視線を送った。しかし、藍染は笑みを浮かべながらアンジェのみに聞こえる声で一言囁くだけであった。

 

「時間は自分で稼ぎたまえ」

 

 その言葉にアンジェは凍りついた。このよく知らない者達が多くいる中で、一体どうやって時間を稼げば良いのか分からないからである。コミュ障にはキツい案件だ。取り敢えず知っている人物に助けを求めるように視線を送った。

 ヤミーは視線の意味を理解してくれず、ザエルアポロは目を合わせてくれなかった。そんな中、一人だけアンジェの視線に頷きを返してくれる者がいた。バラガン・ルイゼンバーンである。視線に頷きを返した後、部下に何かを命じていた。助け舟が出されるものと思い、アンジェは安堵の息を吐いていた。

 

「おい! あの小娘を八裂きにして、出番を終わらしてしまえ! そしたらすぐに新十刃(エスパーダ)の顔が拝めるぞ!」

 

 何処からかその様な声が上がった。どうやらバラガンは助け舟を出すのではなく、発破をかけてくれたようである。そのありがたい一言で殺気立った者が十数人現れた。因みに、その十数人の中にバラガンの部下は一人もいなかった。

 アンジェはそのバラガンの優しさに涙した。そしていつか仕返ししてやると心から誓ったのであった。

 

「儂からの手向けだ。喜ぶがいい」

 

 バラガンは満足げにそんな事を言っており、ザエルアポロはそんなバラガンを何とも言えない表情で見つめていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 アンジェと殺気だった者達との戦闘が始まってから五分程経った頃、市丸はその様子を見ながら思った事を口にしていた。

 

「アンジェちゃんさっきから逃げてばっかやけどどないしたんかいな?」

 

 アンジェは戦闘が始まってから誰にも攻撃を加えていない。ひたすら攻撃を避け、逃げに徹するだけであった。

 そんな市丸の疑問に、応えてくれる者がいた。藍染である。

 

「ただ時間稼ぎをしてるってのもあるだろうけど、この状況、実は彼女が一番苦手な状況でもあるんだよ」

 

 そんな藍染の返答に市丸は意外そうな顔をしていた。

 

「彼女の持つ力はどれもこれも今の様な状況、狭い空間で大人数を相手取るのには向いていないんだ。本来なら自分の有利な場に誘導しつつ相手取る筈さ。まあ、その気になればこの程度の相手を全滅させる事は可能なのだろうけどね」

「そう言えば、そろそろアンジェちゃんの言ってた時間じゃありません? 見るのも飽きて来たんでそろそろ次に移りませんか?」

「そうだね。そろそろこの茶番も終わらせてしまうとするかな」

 

 そう言って、アンジェとその他の破面(アランカル)達の戦いを止めようと動いた

 

 

──その時、藍染の後ろから謎の物体が、アンジェに襲い掛かっている破面(アランカル)達目掛けて飛んでいった。

 

「どうやら私の出番は取られてしまった様だ」

 

 藍染の後ろから飛来した謎の物体

──魚雷と生物が入り混じった様な猫くらいの大きさの、小さい真っ黒な物体は一人の破面(アランカル)に着弾した。

 

 

──その瞬間、凄まじい破壊のエネルギーがアンジェと十数人の破面(アランカル)を巻き込み、天へと(そび)える光の柱を生み出した。

 

 

 破壊の力は横方向にはあまり広がらないらしく、アンジェ達以外の者に対する被害はなかった。ただ、上下に対しては酷かった。天井には穴が空いており、それが天蓋(てんがい)まで達している事も伺えた。また、地面にはどこまで続いているのか分からない深い穴が出来ていた。

 この一撃に巻き込まれた者達の姿は影も形もなかった。完全に消し飛んでしまったのであろう。

 どう考えてもこのような場で放っていいような攻撃ではない。この場にいるほぼ全ての者がこの威力に驚きを隠せずにいた。市丸や東仙、ウルキオラすらも大きく目を見開いていたのである。唯一違う反応を示していたのは、アンジェからの前情報でどういった物か既に知っていたザエルアポロ、以前に同じ様な事をされたバラガン、そして藍染の三人のみであった。

 

 少しの沈黙の後、藍染達の後ろ側から怒声が響き渡った。

 

「私ごと消し炭にしようとするとはどんな神経してるんだ! このスカポンタンが! そんなモンこんな所でぶっ放すんじゃないよ!」

 

 声の正体は先程消し飛ばされた筈であるアンジェのものであった。これには多くの者が驚いたが、更なる衝撃が彼らを襲う事となった。

 ズルズルと何か重い物を引き摺る鈍い音と共に、何者かが藍染の後方から姿を現した。その姿に見た者ほぼ全てが、これは一体どういう事だといった様子で目を見開いていた。

 バラガンも目を見開いた後に、「そういう事か」と呟きながら大きく笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 新たに姿を現した者の姿は、前第5十刃(クイント・エスパーダ)、ノイトラ・ジルガにそっくりであった。




次回予告

『ノイトラ、新たな名前を貰う』
『ザエルアポロとの一時』
『アンジェ、現世へ行く』

の三本立て(もしかしたら二本)の予定です。


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第十話 将棋

「前回三本立てにするといったな」
「そうだ作者、た、助けて…」
「あれは嘘だ」
「ウワァァァァァァ!!!」

今回、現世の話は突っ込むことが出来ませんでした。ごめんね! また、今回もいつもより文量が多いです。


 

 新たに姿を現した破面(アランカル)──ノイトラに似た男は、そのまま藍染の横を通り抜け、この場にいる全員が姿を確認しやすい位置で動きを止めた。まるで、己の存在を知らしめているようである。

 

 確かにノイトラと似てはいるが、所々違う点が確認できた。

 死覇装は、ヤミーやグリムジョーなどと同じ胸元をはだけさせたタイプの物を着ており、そのむき出しの胸には機械的な胸当てらしきものが装着されていた。

 仮面の名残と(ホロウ)の孔があるであろう左目は、仮面の名残はあるのだが孔は無く、代わりに怪しい紅い光を放つ機械仕掛けの目玉があり、せわしなく動いている。

 斬魄刀は三日月型の刃を二つ、8の字に合わせた大鎌状のものではなく、己の身の丈を超える、所々が錆び、刃(こぼ)れした鈍い色を放つ重鈍な大鉈状のものである。

 そして、放たれる霊圧は弱く常に一定であり、どこか無機質なイメージを沸かせるものである。ノイトラのような攻撃的な霊圧は全く感じさせなかった。

 

「さて、茶番が終わった所で新しい十刃(エスパーダ)である彼の紹介に入るとしようか。アンジェ、紹介を始めてもらってもいいかな?」

 

 藍染の言葉で怒りから我に返ったアンジェは、咳払いしながらいそいそとノイトラ似の男の隣へと移動した。

 

「えーっと……、この度の新しい第5十刃(クイント・エスパーダ)は……。名前なんだったっけ? いけねぇ……」

 

 従属官(フラシオン)(予定)が名前を忘れているが、当の本人はそんな事どうでも良さそうにキョロキョロと周りを興味深そうに見渡している。周りの者達はその変わった光景を黙って眺めていた。そうしている間に、アンジェはどこからか取り出したカンペを見始めた。

 

「彼の名は……あったあった! え……、これちょっと無理があるんじゃないの? これ書いた時の私、一体何考えてたんだろう……」

 

 何やら不安になる様な事を口走っているが、幸いにも周りにはよく聞こえていなかったようである。

 

「彼の名はギルガ・ジルガ。ノイトラ・ジルガの弟だよ。因みに彼、今は喋る事が出来ないからそこは許してあげてね」

 

 アンジェの紹介を聞いての周りの反応は色々であった。ノイトラに弟なんていたのか? 弟なんぞに負けたのか? などの反応が多かったが、ノイトラの事をある程度知っている者達は、弟などいないを事当然知っており、ノイトラ本人の身に何かあったのであろうという考えに至っていた。

 

「彼が十刃(エスパーダ)に就任する事に納得出来ない者はいるかな? もしいるようであれば遠慮なく申し出てくれ。彼に挑戦する権利を与えよう。彼を見事打ち倒した者には十刃(エスパーダ)への加入を認めようじゃないか。誰か挑戦する者はいるかな?」

 

 その言葉の後、誰一人申し出をする者はいなかった。それも当然であろう。あの様な惨状を見せられては挑戦する気も失せてしまう。もし、先程の事態が起こる前であれば、相手を霊圧で判断した者が数人、命を散らすはめになっていたであろう。

 

「どうやら誰の異議もないようだね。おめでとう、ギルガ。これで君も晴れて十刃(エスパーダ)の仲間入りだ。みんなも納得してくれている筈だ、君こそが十刃(エスパーダ)に相応しいとね」

 

 実際は納得出来ていない者もいたが、反論する者は誰ももいなかった。十刃(エスパーダ)入りが決まった当の本人は、藍染の言葉にも特に反応を示すこともなく、只々己の周囲を、興味津々といった様子で眺めているだけであった。

 

「それではここで解散としようか。長い時間付き合ってくれてありがとう。各自、戻ってくれ」

 

 藍染はそのまま奥の暗がりへと姿を消していった。それに東仙も続いていく。残る破面(アランカル)達も続々とその場から姿を消していった。

 そんな中、アンジェは一息ついていた。今日、色々とあったのだ。プレッシャーから開放された感覚は心地よいものであったであろう。その顔はやり切った、といった感じであった。取り敢えず、ギルガを己の研究室──第5宮(クイント・パラシオ)となる場所に帰るよう命令し、さてどうするかと考えていると──

 

「色々と大変そうだったね。見ていて全く飽きなかったよ」

 

ザエルアポロがそう茶化してきた。それに対し、アンジェはジト目で返す。

 

「何楽しんでんだよ。こちとら大変だったんだぞ。私が助けを求めたときも無視するし……、あの偏屈ジジイは余計な事しやがるし……」

「ほう、その偏屈ジジイとは一体誰の事だ?」

 

 突然聞こえてきた声に、アンジェは身を震わせた。恐る恐る振り返ると、そこには案の定、バラガンの姿があった。

 

「へ、へーか…… さ、先程は私めに助けを出してくださりありがとうございました。そのおかげでその場をしのぐことが出来ました。次からは、出来ればもう少し穏便な方法をとって頂けると助かります……」

 

 態度を一瞬で変え、凄い(へりくだ)るアンジェ。

 

「出来の悪い下僕の躾をするのも王の定めだ。気にするでない。」

 

 それを見て満足そうにするバラガン。

 

 そんなやりとりをしている三人に近づいてくる者がいた。

 

「楽しそうにしとるところごめんな。アンジェちゃん、今時間ある? 隊長の所に一緒にきて欲しいんやけど」

 

 市丸が三人の中に加わってくると、バラガンは顔を(しか)めながら、何も言わずその場を離れいく。ザエルアポロはアンジェに、また後で、と軽く挨拶をして自身の宮へと戻っていった。

 

「何すか市丸さん。私、今日は疲れたから早く自分の部屋に戻って休憩したいんすけど。それって今からじゃないと駄目なんすかね?」

「ボクからのお願いやったら別に明日でもええんやけど、隊長からのお願いやからね。悪いけど今から一緒に来てもらうよ。」

 

 それを聞いて、アンジェは気怠るそうにしながら、ゆっくりと市丸の方へ向かっていく。

 

「一体何の呼び出しなんだろうか……。無理難題を押し付けられるのだけは御免被りたいね」

「そんな事心配しとったん? 安心してもええよ。アンジェちゃんまだ番号貰っとらんかったやろ。それを刻むだけって話や」

「番号刻まなきゃいけないのか……。あんま目立たない所にして貰いたいね。背中とかがいいなぁ……。それはそうと、私に振り当てられる数字は一体何なんだい?」

 

 その質問を受け、市丸は嫌な笑みを浮かべながら、周りの者に聞こえないように答えた。

 それを聞いたアンジェは、藍染の前に着くまでずっと、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 召集からしばらく経った頃、第8宮(オクターバ・パラシオ)のとある一室、そこではアンジェとザエルアポロが、何かに(いそ)しんでいる姿を見せていた。

 

「チェック」

「違うよザエルアポロ君。そこは『王手』って言わなきゃ。ついでに言うと、こういった状況は王手飛車って言うんだよ」

 

 将棋で遊んでいるようである。アンジェが強引にザエルアポロを将棋に誘ったのであろう。その証拠に、ザエルアポロは書類を作成しながら対局していた。

 

「ザエルアポロ君強いね〜。初心者とは思えないよ」

「ルールがチェスに似てるからね。ある程度は対応できるよ。それにしても君、弱くないかい? 勝負を吹っ掛けて来たから、てっきり自信があるものだと思っていたよ」

「失礼しちゃうね、まだ本調子じゃないだけだよ」

「本調子ね……、まあそう言う事にしといてあげるよ」

 

 因みにアンジェは五戦五敗中である。なぜ勝負を仕掛けたのか謎であった。

 

「そういえば、藍染様って君の憺珠(コラソン)の事は知っているのかい?」

 

 そんな何気無い質問を受け、アンジェは次の一手を考えながら答える。

 

「ん〜、多分知ってると思うよ。教えた覚えは無いけどね」

 

 新たな一手を指す。

 

「そうなんだ。それにしてはあまり興味を示してないね。僕はてっきりもっと食い付いてくるものと思っていたよ」

 

 アンジェが指してからすぐさま指し返す。

 

「そりゃそうさ。崩玉と比べたら崩玉の方に興味は行くさ。だってそうだろ? ()()()()使()()()()()()()()()物に興味を示せる訳ないじゃないか」

 

 その言葉にザエルアポロは作業の手を止めた。

 

「……それはどういうことだい?」

 

 そんなザエルアポロの反応に気付く事なく、盤面と睨めっこしながら答えていく。

 

「以前、キミは憺珠(コラソン)を使えば、脆弱な魂魄も十刃(エスパーダ)を超える事が可能なのかと聞いたよね。その時、私は言った筈だよ、『()()()()()』と」

「理論上は超える事は可能さ。ただ憺珠(コラソン)の出力を上げればいいだけの事だからね。でも、実際はそう上手くいくものではない。私の作った物をいくつか見て来たキミなら分かるだろう? ()()()()()使()()()生易しい物なんて、私が好んで作る訳ないってことが」

憺珠(コラソン)はその最たる例だね。脆弱な魂魄がコレを使ったら、ある一定までは霊力は高まるさ。個人差はあるけどね。では、ある一定の値よりも上がったらどうなる? ぶっ壊れるに決まってるだろう? 器が耐えられる訳ないじゃないか。水風船に水を入れすぎて破裂してしまうようなものさ。実力者の場合も同様だよ。ここまで言えば分かるだろう?」

 

 ザエルアポロは少し思考した後、疑わしい物を見るような目を向けた。

 

「……つまり、耐えられる者がいないから使い道に困っているってことかい? じゃあ君のとこの第5十刃(クイント・エスパーダ)はどうなるんだ? 矛盾してるんじゃないのか?」

 

 アンジェは楽しそうな顔をしながら駒を動かす。

 

「そう言えばキミに、あれがどういった目的で作り上げたものか伝えてなかったね。あれは()()()だよ。憺珠(コラソン)の為のね」

 

 アンジェの一手は、今まで押していたザエルアポロの動きを完全に止めるものであった。

 

「……君は確か、自信作と言っていなかったかい?」

「確かに言ったよ。でもあれは()()()()としての出来の評価さ。実験体としての出来はあまり良くないものだったよ。だって、憺珠(コラソン)()()()()にしか耐えられなかったんだもん。」

 

 ザエルアポロは声を出せずにいた。完全に勘違いしていたのだ。ギルガに使われている力が憺珠(コラソン)の限界だと。

──しかし、実際は違っていた。あれだけの力はほんの氷山の一角に過ぎなかったのだ。

 

「アレを十刃(エスパーダ)にしちゃったから、壊れるまで憺珠(コラソン)を別の実験に使えないのがちょいと痛いかな。ま、のんびりやってくつもりだからあんまり問題はないね」

 

 ザエルアポロが駒を動かす。

 

「……一体どうやってそんな馬鹿げたものを作り上げたんだい? 少し僕にヒントをくれよ」

 

 アンジェが駒を動かす。その動きは最初の頃と全く違っていた。

 

「ヒントね……。アレは意図的に生み出したものではなく、とある実験で偶然生み出された代物であると言っておこうか。取り敢えず碌でもない実験さ。マッドと呼ばれる者達さえ呆れてしまうようなものだよ。ま、方法を教えても真似出来る者はいないだろうけどね。浦原喜助でも無理さ。奴にとっては()()()の事だからね。」

「おっと、話が脱線してしまったね。で、ここからが本題だ。実は私の作り方は()()なんだ。正規の作り方も存在するんだよ。ま、こっちもある意味大変だけどね。こっちは無駄な知識や技術なんかは要らない。教えれるのはこれくらいかな?」

 

 核心に近づけるようなものは得る事は出来なかったが、まともなやり方で得られる物ではないと分かったので良しとした。

 そこで、アンジェは話題を変えて来た。

 

「そうそう、今日十刃(エスパーダ)が集まっての話し合いがあったみたいじゃないか。一体どんな事話してたんだい?」

「それを何で僕に聞くんだ? 君の主人に聞けば良いじゃないか」

 

 アンジェはちょっと困ったといった様子である。その間にもお互いが駒をどんどん動かす。

 

「アイツね、まだ言葉を覚えさせてる途中なんだ。だから今回の話し合いであった会話は全く理解してないし、覚えていない筈だよ……。ハァ、戦闘経験以外の記憶の初期化なんてしなけりゃ良かった……。なんで録音機器の持ち込みは禁止なんだよ……」

「そういう訳ね……、だから意味の分からない言葉を時々発していたのか。

 まあ、大した事ではないよ。誰が現世に調査しに行くかって話があっただけだよ。確か、ウルキオラが行くこ「ちょっと待った!!」……なんだい?」

 

 アンジェのいきなりの反応にも驚くことなく続きを待った。

 

「現世に行くのはいつだい? まさか既に出発してるって事はないだろうね?」

「確か明日だっ「こうしちゃいられないよ! 早速藍染様の所に行って、同行させて貰えるように頼まないと!」…………」

 

 何故か聞くべきではないと直感が働いていたが、取り敢えず、現世へ向かいたい訳を訊ねてみた。

 

「そんなの決まってるだろ! 本や映画の物色以外に何があるってんだい? ああ、急がないと! それじゃあ私はこれで失礼させて貰うよ」

 

 そうして風の様にその場を去っていった。残されたザエルアポロは、呆れながらもアンジェへの思いを募らせていた。

 

「技術も欲しい。頭脳も欲しい。彼女という存在そのものも欲しい……。どうやら君は、僕にとって愛しい人に成りつつある様だ。どうにかして僕の手元に置く事が出来ないだろうか……」

 

 

 

 

 

 

 将棋の盤面は、いつの間にかザエルアポロが詰みに陥っていた。




次回からようやく原作に介入出来る……。これからアンジェの謎もどんどん出していくのでお楽しみに!

アンジェの生前の設定考えました。お陰で更にヤバい存在となりました。感想をくれた方ありがとうございます。だいぶ後になると思いますが出す予定です。


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第十一話 現世

今回、三本立てに出来なかった現世突入編です。前回よりも文量多いです。仕方ないね。最近、4000字以内に全然収まらなくなってきています。3000字前後だった初期の頃が懐かしいぜ。


暗黒が支配する世界

 

そこには何も存在しない

 

霊子が渦巻く不浄の空間

 

奈落の暗黒にはいったい何があるのだろう

 

そしてどこに繋がっているのだろう

 

それを知るものはどこにもいない

 

それを知るもの達は

 

どこか遠くへいってしまったから

 

そして今日も闇を抜けようとするもの達がいた

 

おのおのの思いを胸に秘め

 

道なき道をすすんでゆく

 

光あふれる世界を求めて──

 

 

 

 

 

─── 現世へと続く道 黒腔(ガルガンタ) ───

 

 

 

 

 暗い暗い暗黒が支配し霊子の乱気流が荒れ狂う、そんな場所。その黒一色の世界に白き影が三つ存在していた。

 一つは、無駄のない整った霊子の足場を生成し、危なげなく進んで行く。

 もう一つは、先を進んでいく者の足場を歩んでいく。

 最後の一つも同じように、一番前を行く者の足場を怠そうに渡っていく。三つの影が通り過ぎた途端、足場は己の役目が終わったといった様に次々と崩れていった。

 白い影の正体は、先頭から順にウルキオラ、ヤミー、アンジェである。ウルキオラは相変わらず感情が読み取れない顔をしており、ヤミーは退屈そうに、アンジェは何故か憂鬱そうであった。

 

「ウルキオラ君、何で今回の現世調査に自由時間が無いんだい? しかも単独行動は禁止って明らかに私に向けてのものだよね」

「そんなこと知るか。貴様は今回の任務をピクニックか何かと勘違いしているんじゃないか?」

「嫌だな〜、流石にそんな事は考えてないよ。ただ今回の仕事のご褒美として欲しかったってだけだよ」

「俺達は藍染様の部下であり、駒だ。そんな物を求めるな」

 

 ヤミーはふとした疑問を口にした。

 

「自由時間で何するつもりだったんだ? ンなもんあってもする事なんてねえだろ。暴れて良いってんなら話は別だがよぉ」

「そういえばヤミー君は暇だから付いて来たんだったね。私も似たようなものさ。本や漫画、映画を求めて付いて来たようなものだからね。ぶっちゃけ今回の調査はそのついででってつもりだったんだけどね」

「本だぁ? ンなくだらねぇモンがなんで欲しいんだ? 何の役にも立たねえゴミじゃねえか」

「人によって価値観は違うものさ。キミにとってはゴミでも、私にとっては宝の山だ。特に漫画や小説はいいものだよ、妄想の塊のような物だからね。普通じゃああり得ないようなものがいっぱい出てくる。そういったものが、私の知的好奇心を満たす研究のネタになってくれるんだ。素晴らしいだろう?」

「へー。ま、俺にはその素晴らしさは分かんねえな。ウルキオラ、オメーは分かるか?」

「安心しろ、俺にも分からん。それと、もう出口だ。無駄な会話はそこまでにしておけ」

 

 うっすらとした明るさが感じられた。ウルキオラの言葉通り、出口が近いのであろう。

 

黒腔(ガルガンタ)の旅ももうお終いか。最近全然通ってなかったから懐かしく感じたよ。もう少し無駄なお喋りを続けて長く居たかったねぇ」

「減らず口を叩いてないで早く来い」

 

 黒腔(ガルガンタ)の口が開く。そこから光がどんどん差し込んでくる。

 その明るさは、闇が覆う世界で暮らす者達にとって眩しいものであった。

 

「やはり現世というものはいつ来てもいいものだ。本物の太陽を拝めるだけでも来た甲斐があるよ」

 

 青天の空には、薄化粧の如き雲が点々とかかっており、暖かい太陽の光は地上へと降り注いでいる。

 大地には木や、土や、水や、生き物が溢れていた。虚圏(ウェコムンド)では味わう事のできない、生命(いのち)というものを感じさせてくれる。

 

「あン? こんなトコの何がいいってんだ? オレにとっちゃ、つまらないところででしかねえな」

 

 欠伸(あくび)しながらそうのたまうヤミーであったが、アンジェはそんな発言にも特に気分を害することはなかった。

 

「さっきと同じ、価値観の違いってものさ。キミにとっては大したところではないだろうが、私にとってはとても感慨深くなるところなんだよ。()()()()……」

 

 その顔はいつも浮かべる様な表情をしておらず、何処か切なげであった。

 

「お前たち、何をしている。さっさと降りるぞ」

 

 ウルキオラの一言で、アンジェはいつもの様なおちゃらけた雰囲気に戻った。

 

「ウルキオラ君は、此処に来て何か感じたものはあったかい?」

 

 その質問に、顔だけをアンジェに向けた。まるでどういう意味だと訊ねている様である。

 

「私のように素晴らしく感じたり、ヤミー君のようにつまらないと思ったり、何か感情は湧かなかったのかってことだよ」

 

 そう聞き直すと、ウルキオラは少しの間、思考していたようだが、すぐに考えるのをやめてしまった。

 

「俺には素晴らしいやつまらないなどの感情が一切湧かなかった。何も感じない。何も、分からない」

 

 無表情であったが何処か悲しげでもあった。何か思うところでもあるのだろうか。それも分からないのかもしれない。

 

「そうか、何も感じないのか。それは難儀だね。でも、キミにも分かる日が来るはずさ。いつかきっとね」

「……行くぞ」

 

 その言葉と共に、ウルキオラは地上へと直立不動のまま落ちていく。それに続いてヤミーも勢い良く落下していく。二人共減速することなく、山の中へ着陸しようとしているようだ。派手な演出が好きなのだろうか? そんな事を考えながら、アンジェも二人の後を追った。

 程なくして辺りに響き渡る着陸音。そして広がる土煙。アンジェが思った通り、ド派手な登場の仕方になっていた。当のアンジェはゆっくりと降りて来ていたので、土煙に視界を奪われる以外、特に変わったことはなかったし起こさなかった。

 

「な〜にチンタラ降りて来てんだ? 置いてかれても知らねえぞ」

「キミらは意外と目立つのが好きみたいだね。私は恥ずかしがり屋さんだから遠慮したんだよ」

「どっちにしろオレらと一緒に居たら同じだろ。大して変わらねぇじゃねえか」

「気分だよ、気分。同じと見られても、自分は違うって思えるからいいんだ」

 

 クレーターの中で気の抜けた会話をするアンジェとヤミー。だいぶゆるい雰囲気のまま、クレーターの外へ上がっていく。

 

「気を抜くのもそこまでにしておけ。これだけ騒いだんだ、そのうち標的もここに向かって来るだろう」

「あら、目立つ登場の仕方にはちゃんと意味があったのね。こりゃまた失礼」

 

 三人がクレーターから上がると、周囲にはチラホラと人間が集まっていた。先程の衝撃音は何事だと思い、集まってきた野次馬であろう。その顔には好奇心や興味といった感情を読み取れる。

 そんな彼等に対して、ヤミーは不満そうにしていた。

 

「何見てんだよてめえら。見せモンじゃねえんだよ」

「落ち着け。俺達の姿を見てるわけじゃない」

「若い子がいっぱいいるね〜。合宿か何かがあってんのかな?」

 

 一人だけ会話の流れを読んでいないが、残る二人は全く気にしていない。慣れてしまったのであろうか。

 

「見えてなくても、オレらにアホ面晒してんのがムカつくんだよ」

 

「吸うぞコラ」

 

 その言葉と同時に、ヤミーは息を大きく吸い込む動作をした。

 

 

「えヴッ!?」

「げゃ!」

「あ、が……」

 

 周囲から普段聞くことがないような奇妙な声が発せられる。それとともに、周囲に集まっていた人間が次々と地に伏していく。よく見ると、半透明の物体が体から抜け出ており、それがヤミーの口へと吸い込まれていく。

 しかし、被害はそれだけには留まらなかった。上空には既に(おびただ)しい数の魂魄が群を成していた。おそらく、町にいる多くの人間が巻き込まれたのであろう。その全てが、無慈悲にもヤミーの口へ引き摺り込まれていった。

 

「ありゃりゃ、魂吸(ゴンズイ)かぁ、今ならそこらへんのお店の商品、取り放題だね」

 

──魂吸(ゴンズイ)

 

 (ホロウ)が魂魄を喰らう術。弱き者は強き者の糧となる。まさに弱肉強食を体現したものである。

 多くの命を毟り取ったヤミーであったが、相変わらず不満そうにしていた。

 

「かぁ〜! 相変わらず味が薄くて、くっそ不味いぜ」

「私、薄味の魂魄ってお酒のつまみとしてはいけると思うんだ。ヤミー君、試して見ないかい?」

 

 何処からか取り出した日本酒の瓶をヤミーへ手渡す。それを一気に飲み干すヤミー。肝臓が強そうである。

 

「おっ、意外といけるんじゃないか? アンジェ、帰ったらコレもっと寄越せや」

「やだよ。私の秘蔵のコレクションなんだから。それ一本で満足してよ」

 

 多くの命が失われてもアンジェ達は気にも留めていない。彼女らにとって、取るに足らない存在なのだろう。

 

「……驚いたな。こんな近くに取り零しがあるとはな」

「あ?」

「おやおや?」

 

 ウルキオラの視線の先に、二人が顔を向ける。

 森の中に広がる草むら、その中に一人の少女が横たわっていた。一見そこらに転がっている亡骸(なきがら)と変わらないように見えるが、微弱な魂の鼓動が生きていることを示唆している。

 女性にしては短い髪型をしており、白い道着を身にまとっていた。周りには彼女と同じ道着を着た人間が倒れていたので気付くのに遅れたのであろう。

 

「しぶといね〜。ウルキオラ君、あの子を実験体にしてみたいな〜。出来ればお持ち帰りしたいな〜」

「駄目だ」

「ウルキオラ! こいつじゃねえのか!?」

「馬鹿が、俺らが近くにいるだけで潰れかかってるだろう。そいつは(ゴミ)だ」

 

 倒れた少女は、虚ろな瞳でアンジェ達の方を見つめている。見えているのか分からないが、そんな事は些細な問題ですらなかった。

 

「じゃあさっさと掃除するか。潰しちまってもいいよな、アンジェ!」

 

 聞かれたアンジェはどうでも良さそうに答える。

 

「別にいいよ〜。ウルキオラ君がその子を持ち帰っちゃダメって言うからね〜。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()を先にどうにかした方がいいかもね」

 

 そう言ってある方向を指差す。その先にはアンジェが言ったように二人の男女が立っていた。まるでアンジェ達をどうにかしに来たようである。そんな二人をアンジェは舐め回すように見ていた。

 

「なんだ、てめえらは。おい、ウルキオラ! コイツらのどっちかかぁ?」

「もっと探査回路(ペスキス)を鍛えろ、ヤミー。どっちも(ゴミ)だ」

「なんだ、つまらねぇ」

「あの子達の観察がしたいんだ。つべこべ言ってないでさっさと襲いかかって来てよ、ヤミー君」

 

 そんな三人をよそに、今来た二人組は倒れている少女の近くへと駆け寄っていた。

 

「井上、有沢を連れて此処から離れてくれ」

「でもそれだと茶渡君が……」

「俺は戦うことは出来るが、傷を癒すことは出来ない。それが出来るのはお前だけだ。だから頼む」

「……うん、無理しないでね」

 

 黒い異形の右腕を持つ男が、アンジェ達の前に立ちはだかる。その間に少女二人はその場を離れようとしていた。

 

「ウルキオラ君、あの老け顔の右腕って珍しいと思うんだよね。お持ち帰りしちゃっても……」

「駄目だ」

「ちぇ〜、分かったよ。あーあ、勿体無い」

「おい、ウルキオラ! アンジェ! コイツ、ブッ殺してもいいんだよなァ!?」

「構わない」

「別にいーよー」

「ってコトだ。覚悟しやがれ」

 

 そうして茶渡と呼ばれる人間にヤミーが近づいていく。その後すぐに嫌な音が聞こえてきた。

 

「やっぱり人間は脆いね」

 

 音が聞こえてすぐ、井上と呼ばれていた少女は振り返る。そこには、異形の腕を無残にも引き千切られ、地面へ倒れ込む仲間の姿があった。

 

 「ヤミー君、そのおっぱいが大きい子の能力も、私見たいな〜」

「あぁん? どうしろってんだ?」

「死なない程度にいたぶってみてよ。そしたら何かしらするだろうしさ」

「けっ! メンドくせぇな……」

 

双天帰盾(そうてんきしゅん)!」

 

 ヤミーとアンジェが無駄話をしている間に少女は行動に移っていた。ヘアピンから離れた二つの小さな物体が、倒れている茶渡の元へと飛んでいく。

 

「へぇ、あの怪我を治すつもりなんだ。結構難しいと思うんだけど自信があるのかな? お手並み拝見と洒落込もうか」

 

 ヤミーをなんとかその場に留めて、観察を始めた。

 二つの物体は楕円形の盾を形成して茶渡を覆い、光で包み込む。それからの変化は劇的であった。みるみるうちに怪我が癒えていく。まるで怪我そのものがなかっかかのように怪我がなくなっていった。

 ヤミーはただ単に珍しいといった様子で見ていた。ウルキオラは時間回帰か空間回帰の類かと判断し、大した興味を持たなかった。しかしアンジェだけ、違った反応を示していた。食い入るように、そして何一つ見逃さないようにその光景を見つめる。その瞳は、純粋無垢な子供のようにキラキラと輝いていた。

 

「おい、ウルキオラ。この女、藍染様の所に持ち帰るか?」

「必要ない。殺せ」

「あいよ」

 

 ウルキオラとヤミーのそんな会話を聞いて我に返る。

 

「ちょっと待った〜! その子の事は私に任せてくれないかい? その子、私にはとっても必要な存在になってくるだろうからね!!」

「何度も言っている筈だ。持ち帰りは禁止だと。藍染様からお前が変な物を持ち帰らないよう注意しろと言われているんだ」

「今回だけは聞けないね。藍染様には私から説明するよ。それでいいだろう?」

「……勝手にしろ。俺はどうなっても責任取らないからな」

「オッケー。じゃあそういう事だから、ヤミー君は後ろに下がっててよ」

「さっきから注文が多いぞ。ま、良いけどよ」

 

 ヤミーと入れ替わり、アンジェが前に出てくる。その足取りはとても軽そうであった。そうして、仲間を庇うように立っている少女の前へとやってきた。

 

「やあやあお嬢さん(セニョリータ)、お名前聞かせてもらっても構わないかな? あ、人に名前を訊ねるのに自分の名前を伝えてなかっかね。これは失敬。私はアンジェ・バニングスという者だよ。しがない研究者さ」

「…………」

「名前くらい教えてくれたって良いじゃあないか。少し傷ついたな。キミが教えてくれないのだったら、そこに転がってる老け顔の彼を拷問して聞き出しても良いんだよ? 私としてもそんな悪趣味な事はしたくないんだけどね。キミも嫌だろう?」

 

 名前を聞くのに相手を脅すアンジェ。かなり悪辣である。仲間を人質に取られた少女は苦々しく返答する。

 

「……井上織姫、です」

 

 名前を聞き出したアンジェは、とても嬉しそうであった。たったそれだけのことなのに、まるで宝を見つけ出したかのような喜びようである。

 

「そっかそっか! 織姫ちゃんね、覚えたよ、うん。良い名前だね〜。名は体を表すって言葉があるけど正にその通りだね! 綺麗な名前の通り見た目も良いし、心も優しそうだよね」

「……どうして、どうしてこんな事するの?」

「難しいこと聞いてくるね。どうしてか……、どうしてなんだろうね。私は分からないな。だってコレやったの全部ヤミー君だし、私とウルキオラ君は()()何もしてないからね。まあ、もし私がやってたら『なんとなく』って答えたかな」

「そんな……、なんでそんな酷いことができるの!?」

「酷い? 何が酷いのさ。人間も同じようなことしてるだろ? 弱者を食い潰したり、気に食わない人間や国を攻撃して滅ぼしたり、その瞬間の感情で命を奪ってきてるじゃないか。今も昔も同じことをしている。私達と何一つ変わらないのに酷いと言われるなんて心外だね」

「私達はそんな事しないッ!」

「そんな事知らないよ。事実をただ述べただけさ」

 

 織姫からの問いをそこで終わらせた。こんな無駄な話をしたい訳ではないのだ。

 

「そうそう、キミ、面白い力を持ってるよね。私、キミの能力に一目惚れしちゃったよ。そこで相談なんだけど、私達と一緒に楽しいトコロに行かないかな? 楽しい生活が待ってるよ〜」

 

 明らかに怪しい勧誘をし始めた。こんな誘いに乗る者など誰もいない。そんなことは知らないといった様子で続けていく。

 

「大丈夫、キミには何にも危害は加えないよ。ただちょっとだけ体を触らせて貰ったり、実験の手伝いをしてもらったりして欲しいだけなんだ」

 

 そう言いながら織姫に(にじ)り寄るアンジェ。

 

「ッ!? これ以上近寄らないで!」

 

 咄嗟に両手を前に突き出し、構えをとる。これ以上近づくと攻撃するという合図なのだろうか。そんな事お構いなしにドンドン距離を詰めていく。

 

「ごめんね……。『孤天斬盾(こてんざんしゅん)』、私は『拒絶する』ッ!!!」

 

 矢のような、丸みを帯びた盾状の弾丸がアンジェ目掛けて飛んで来た。当たればただでは済まなさそうな一撃を、何故か全く避けようとはしない。そして、アンジェの胸にそのまま直撃した。

 

──その瞬間、アンジェを切り裂く筈だった孤天斬盾(こてんざんしゅん)は、()()()()()()()を通り過ぎていった。

 

「え?」

「ダメだよ、ちゃんと狙わなくっちゃ。相手を仕留められないよ」

 

 そして織姫の目の前へ到着した。ゆっくりと、身動き取れずにいる織姫へと手を伸ばしていく。

 

「恐怖に歪んだ顔もいいね。安心しなよ、キミに酷いことは何にもしないから。キミが望むならお友達も連れてってあげるよ」

 

 そのまま織姫の肩を掴んだ。

 

 

──はずだった。

 

 

 

 

「私の知への探求を邪魔するんじゃあないよ。無粋な糞餓鬼が」

「てめえも、俺の仲間に手をだしてんじゃねえよ」

 

 織姫とアンジェの間に巨大な斬魄刀が差し込まれており、それをオレンジ頭の死神が握っていた。




チャドの霊圧が…消えた…!?

次回予告

「予定調和の一護」
「謎の下駄帽子現る」

の二本立ての予定です。


さ、作者はその気になれば2日連続投稿が可能な事を証明してやる……(ガクブル)


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第十二話 遊戯

お、オレはやれば出来る子なんだッ!
という訳で二日連続更新何とか出来ました。人間、やれば出来るもんなんですね。
今回の話、アンジェの嫌らしい面が出てくるので苦手な人は注意です。


 

 黒崎一護の日常はその日、いきなり崩れ去った。

 始まりは、今まで感じた事のない霊圧の出現であった。死神とも(ホロウ)とも異なる霊圧。未知の霊圧の存在に気付いて、僅かな時間の内に町からは人の気配が消えていった。

 謎の霊圧の元へ向かっている途中、その場所からよく知った霊圧を二つ感じ取ることが出来た。二つとも親友であり、仲間でもある存在のものである。そこから、恐れていたことが起こった。仲間の霊圧が一つ消え去り、もう一つが不安定な状態になってしまっていた。

 一護は急いだ。大切な仲間を守るため。そして間に合った。敵と思われる少女が、仲間を攻撃するのを防ぐことが出来たのだ。そして斬魄刀を振るい、目の前の少女との距離を作る。振り払われた少女──黒髪のショートヘアに大きくくりくりとした(あか)い双眸のたれ目を持ち、首にヘッドホン、ノースリーブにショートパンツ、大きめの白衣とアンバランスな格好をした女の子は、不満気な表情で一護を睨んでいた。

 

「黒崎君……」

「井上。悪い、遅れた」

 

 二人の会話を忌々しそうに聞いている少女が口を開く。

 

「そこを退きなよ、黒崎君とやら。私は今、織姫ちゃんにしか興味が無いんだ」

「断る!」

 

 斬魄刀の切っ先を少女の方向へ向ける。そして誓うかのように宣言する。

 

「井上には指一本触れさせねえ……俺がお前らを倒すからだッ!!!」

「出来るもんならやってみろよ、少年。舐めてると痛い目をみるぞ」

 

 一護の霊圧が膨れ上がっていく。そしてそのまま斬魄刀の力を解放した。

 

「 (ばん) (かい) 」

 

 黒がその場を支配した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「──『天鎖斬月(てんさざんげつ)』」

 

 身体に合わせて変化した黒い死覇装に、細身の黒い斬魄刀。所々気になる点はあったが、織姫への興味が遥かに勝っていたので、一護に対する興味はどうでもいいものになっていた。

 

「ウルキオラ君、もしかして今回の調査対象ってこの少年なのかな?」

「ああ、間違いない。『オレンジ色の髪』、『黒い卍解』、どれも藍染様の伝令通りだ。」

「おいアンジェ、オレが相手を代わってやろうか? あのカスが相手だったから少し暴れ足りねぇんだ」

「いつもなら交代してもらうトコロだけど、今回ばかりは遠慮しとくよ。私の邪魔した罰を与えてやらないとね」

 

 一護のことを完全に無視して会話をするアンジェ達。その事に少し腹を立てたようである。

 

「おい、無視してんじゃねえよ」

「なんだいキミは、構ってちゃんなのかい? ちょっとは我慢を覚えた方がいいんじゃあないかな? 私が言えたことじゃないけどね」

 

 挑発されている。そう感じた一護は一旦心を落ち着けてから再び話し掛ける。

 

「一つ訊きたい」

「可能なことなら答えてあげるよ」

「この町の人たちを殺したのも、チャドの右腕をやったのも、全てお前か?」

 

 その一言に、一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに嗤いはじめた。

 

「そんな事聞いてどうするつもりなんだい? 仕返しでもするつもりなのかな? ……そうだな、そこに転がってるチャドって子と同じように、私の右腕を切り飛ばせたら教えてあげるよ。出来たらの話だけどね」

 

 アンジェの霊圧が変化していく。最初はウルキオラ達と変わらないような大きな霊圧を放っていたのに、風船が(しぼ)んでいくように()()()()なっていった。

 

「アンジェの奴、やる気ねえんじゃねえのか? オレでも分かるくらいのゴミみてえな霊圧になってやがるぜ」

「さあな。ただ、(もてあそ)ぶ気は満々のようだがな」

 

 アンジェの朱い瞳が怪しく光る。放たれる霊圧も、探し出すのが困難であるくらい弱々しいものに変化していた。見た目も霊圧も非力な存在そのものである。しかし、目だけは捕食者のものであった。

 

「アンジェ、あまりやり過ぎるなよ。あくまでも目的は調査だ。それを忘れるな」

帰刃(レスレクシオン)は?」

「駄目に決まってるだろ」

「冗談だよ、冗談。さて、一丁やりますかな」

 

 ウルキオラとの会話を切り上げ、一護と向き合うアンジェ。

 

「さて、黒崎君とやら。クソザコゴミムシの私とお遊びしようか。何して遊ぶ? 私は何でもいいよ」

「悪いがお前と遊んでやるつもりはない。一瞬で終わらせる」

 

 一護の姿が消える。そして、姿を再び現した時には、アンジェの右腕を宙に舞わせていた。

 

「……え?」

 

──筈だった。

 

「嘘……だろ……!?」

 

 切り飛ばされていた腕は──自分の大切な仲間である井上織姫のものであった。

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャ! 引っかかってやんの」

 

 どこから発されているのか分からないアンジェの声が響く。アンジェの姿はどこにも見当たらない。

 

「安心しなよ、そいつは偽物だよ。周りを見てご覧。とても面白いものが見られるよ」

 

 一護はすぐに辺りを見渡す。するとどうであろうか、()()()()()()()()()が無数に存在していた。しかもその数はどんどん増えていっている。

 

「黒崎君、私が織姫だよ」

「違うわ、私が本物よ」

「やめて、こんな事しないで」

「助けて、黒崎君」

 

 違いが全く分からない声があちらこちらから聞こえてくる。誰が本物なのか見分けが付かなかった。

 

「何だよ……コレは……」

 

 驚愕の表情を浮かべる一護にアンジェは語り掛ける。その声はどこか楽しげである。

 

「何って、『ウォーリーをさがせ!』ならぬ『織姫ちゃんをさがせ!』だよ。キミは本物の織姫ちゃんを探し出せれば勝ち。私はその間にキミを沈めれば勝ち。ルールは簡単だろ?」

「ふざけんなよ! 本物の井上をどこにやった!」

「どこにって、この中の誰かが本物だよ。ちゃんと探してあげてね。偽物を選んだら織姫ちゃん、泣いちゃうかもしれないよ」

「それってどういうこ──」

 

 アンジェとの会話に気をとられていた一護は、後ろから近づいてくる人影に気が付かなかった。

 

「黒崎君、私が本物だよ。信じて」

 

 そういって、後ろから抱きしめてくる織姫らしき人物。一護がそのことに呆気にとられていると。

 

「そうそう、言い忘れてたけど、偽物の織姫ちゃんには気を付けてね。うっかり触られちゃうと──」

 

 

 

 

 

 

 

「どっかーーーん! 大爆発だー」

 

 凄まじい爆発が一護を巻き込んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「「「「黒崎君、大丈夫!?」」」」

 

 周りの織姫たちが一斉に安否を訊ねてくる。全員、本気で心配しているのが伺える。その様子を少し離れた位置から観察するウルキオラとヤミー。

 

「アンジェの奴、趣味が悪りィな。完全に遊んでやがるぜ」

「同感だな。しかし、お前が思っている以上にたちが悪いがな」

「あん? どういうことだ?」

「あの女どもの目を見てみろ。アレは自分を()()()()()()()()()()()目だ。絶対に自分は本物だと信じ切っている。自分は爆弾じゃないと思い込んでいる」

「だったらどうなるってんだよ」

「すぐに分かる」

 

 土煙が晴れると、そこには何とか爆発をしのいだ一護の姿があった。しかし、その姿は無事であるとはいえるものではなかった。所々から出血しており、全身が煤けている。ダメージはかなりのもののようである。

 

「……くそッ!!」

「チュートリアルはお終いだよ。それじゃあ、頑張ってね」

「ッ!? ふざけんなっ!」

 

 アンジェの言葉が終わった後、一護の周りにいる織姫たちが一斉に駆け寄り始めた。

 

「今傷を治してあげるね、黒崎君」

「私に任せて、黒崎君」

「無理しないで、黒崎君」

 

 その光景を見た一護は焦った。本物の織姫はこの中に一人しかいないのだ。残りは全て偽物。見分けが付かない今、近づけさせるのは、自分にとっても織姫にとっても危険なものである。そして放った言葉は良くないものであった。

 

「これ以上近づくな! 井上!」

 

 その言葉で織姫たちは全員足を止めた。止めたのだが、その顔は皆泣きそうな顔になっていた。そしてすぐに一護は後悔することになった。

 

「ごめんね、黒崎君」

「黒崎君からすると、私が近づいてくると怖いよね」

「もし爆発したら、黒崎君を傷つけちゃうもんね」

 

 一護が放った一言が、ここにいる全ての織姫を傷つけた。偽物も本物も全て。

 

「男の方は疑心暗鬼に陥り、罪悪感に(さいな)まれ、女の方は拒絶される苦しみを味わう。早く解決しないと関係がどんどん悪くなっていく。人間たちにはたまったものではないだろうな」

「女を全て潰してしまえば何の問題もねえのにな」

「それが出来ないから苦しんでいるんだ」

 

 一護はいま現在の状況を打開しようと頭を働かせた。そして幾つか考えが浮かび、それを実行に移した。

 

「井上、能力を使ってみてくれ。本物だけが使える筈だ」

 

 その言葉を聞いて、ハッとした織姫たちであったが能力を発現出来るものはいなかった。誰一人。

 

「黒崎君、どうしてか能力が使えないの」

「なんでなの……私が偽物?」

「きっと何かされてるのだと思う」

 

 立て続けに次の案を叫ぶ。

 

「分かった。じゃあ、お前の兄の名前を叫んでくれ! 井上本人しか知らない筈だ」

 

 織姫たちは一斉に口を開く。しかし、誰も言葉を発することなく終わった。全員の顔はどこか満足気である。どうやらちゃんと口に出すことが出来たと思っているらしい。

 他の手はないかと再び思考を始めようとしたが、左膝に激痛が走る。左膝を確認するとぽっかりと穴が空いており、そこから血が止めどなく溢れてきた。

 

「ダメダメダメダメ、ダメだよーん。ズルなんてしようとしちゃ。織姫ちゃんの力は一時的に使えないようにしてるし、織姫ちゃん本人しか知らないことは言葉に出来ないようにしてるんだ。あ、霊圧で探るのも無駄だよ。全員、いつもの織姫ちゃんと違う霊圧になってるだろ? 本物そっくりにしようとするとちょっとした違和感が生まれてしまうんだ。だったらどうする? 本物を偽物に近づけてしまえばいいんだよ。そうすれば全員が微妙に違う霊圧を放っていようが、全部元とは違うから分からなくなる。中々上手く出来てるだろう?」

「くそッ! どうすれば……」

 

 左膝を地に付け、悩む一護。仲間の存在が自分を苦しめている。そんな考えがよぎったが、すぐに頭を横に振る。そんな考えを持つなと自分に言い聞かせるが、中々消えてくれない。

 そんな一護を見て、悲しそうにする織姫たち。自分の存在が一護を苦しめているのは理解している。だからこそ悲しいのである。己の無力感をひしひしと味わっていた。

 そんな中、一人だけ違う行動をとるものがいた。織姫たちを掻き分け、一護の前に飛び出す織姫が現れたのだ。

 

「ハァ、ハァ……黒崎君、ごめんね、足手まといになっちゃって」

「お前、井上なのか……?」

「そうだよ」

 

 笑顔で答える織姫。周りからは悲鳴のような声があがる。

 

「黒崎君、逃げてッ! その子偽物よ!」

「騙されないで!」

 

 一護に近づいた織姫は自身有り気にしている。

 

「黒崎君、近づくなって言ってから周りの子たちは近づいて来ないでしょ。多分、偽物は近づけないんだと思うの。だって近づいたら、黒崎君に疑われちゃうもんね。だから私はあえて、黒崎君に近寄ったの」

「……本当に井上なんだな?」

「黒崎君、信じるのは難しいかもしれないけど、信じて欲しいな」

 

 そうして手を伸ばす。一護はその手を握るべきか一瞬悩んだが、すぐにその考えを振り払い、手を握った──

 

 

 

 

 

 

「どっかーーーん! またハズレだ」

 

 二度目の爆発が巻き起こった。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「どうする? 今からでも代わるかい、ヤミー君」

 

 いつの間にかウルキオラとヤミーの隣にいたアンジェは楽しそうな表情を浮かべていた。ヤミーは呆れた顔でアンジェを見る。

 

「いらねえよ、お前のオモチャのお下がりなんて。殆ど壊れかけてるじゃねえか」

 

 そうして一護のいる方向に視線を向けるヤミー。そこには動くことさえままならない、ボロボロの姿の一護が力を振り絞って立っていた。

 

「ウルキオラ君、今回の調査はどうだったかな? 私は役に立てたかな」

「お前は遊び過ぎだ。次からはもう少し真面目にやれ」

「ありゃ、厳しいな、ウルキオラ君は。それじゃあそろそろ終わりにするとするか」

 

 再び姿を消すアンジェ。そして本物の織姫の隣に姿を現す。もちろん一護には見られないように。

 

「織姫ちゃん、キミの霊圧は今、元通りに戻ってるはずだよ。これなら黒崎君もキミが本物だと信じてくれるはずさ。偽物達も喋れなくしといてあげるから、行って安心させておいで」

「それは本当なの?」

「本当だよ。ただし、キミの能力の行使はまだ()()させてもらってるから、そこだけは気をつけてね」

 

 織姫は不安気な表情を浮かべていたが、意を決して一護の元へと走って行った。それを不気味な笑顔で小さく手を振りながら見送る。

 

「織姫ちゃんは本当に優しいね。あんまり傷付かないようにね」

 

「黒崎君!」

 

 一護の前まで来た織姫。周りの者たちは何も言わない。とても静かなものである。

 

「井……上……」

「ごめんね、私が無力であるばっかりに……でも安心して、もう黒崎君を傷付けさせはしないよ」

 

 一歩前へ足を踏み出した──

 

「来るなッ!!」

 

 拒絶された。少しくるものがあったが気を落とさずに、一護を安心させるために言葉を紡ぐ。

 

「黒崎君、落ち着いて。もうこんな酷いことは終わったの。私の霊圧も元に戻ってるし、周りの私も何もして来ないでしょ?」

 

 依然、険しい表情のままの一護。織姫が近づいてくることをまだ拒んでいるようだ。

 

「井上……今は近づかないでくれ……お前が本物かどうか確信が持てないんだ。また騙されているのではないかと疑ってしまう自分がいる。自分でも最低なことを考えているって分かってる。でも、どうしてもその考えを拭えないんだ……だから、分かってくれ……」

 

 織姫は悩んだ。一護の望み通り、近づかない方がいいのか。それとも、この状況を終わらせる為に一護に触れ、本物だと証明した方がいいのか。そして、決断した。

 

「黒崎君、私、そっちに行くよ。もう終わらせよう、私も黒崎君も苦しいこの状況を。嫌だったら私を斬ってもいいよ」

 

 一歩、また一歩と一護に近付いていく。一護は不安そうな表情を浮かべているが近付いてくる織姫に何も言わなかった。そして──

 

「ほら、黒崎君。何も起こらないでしょ」

 

 織姫は一護を抱きしめた。それと同時に織姫の身体から、薄い霊子の膜がポロポロと剥がれ落ちていく。どうやらこれらが織姫の力などを阻害してたのであろう。その事に気を取られ、ある変化に気付くことが出来なかった。

 

「おめでとう〜、黒崎君。よく本物の織姫ちゃんを探しだすことが出来たね。今回のゲームはキミの勝ちだよ。こんなことがあろうかと、景品(プレゼント)をちゃんと用意してたんだ。なに、遠慮することはない。受け取ってくれたまえ」

 

まぬけ狩り(ボーボ・トランパ)

 

 織姫の胸が光ると同時に、そこから虚閃(セロ)が放たれた。霊圧の奔流(ほんりゅう)が一護だけを巻き込み、吹き飛ばす。何が起こったのか一護も織姫も全く理解が出来なかった。

 助けに行かせる暇を与えず、アンジェは織姫を取り押さえる。

 

「黒崎君って簡単な罠ぜ〜んぶ引っかかっちゃうんだね。観てて全然飽きなかったな。織姫ちゃんもまさか抱きつくとは思わなかったよ。そのお陰でゼロ距離で命中しちゃったね」

「……ぐッ!」

 

 遠くへ吹き飛ばされた一護は、地面に倒れ伏したま、アンジェを睨みつける。その光景はアンジェにとって、滑稽(こっけい)ででしかなかった。

 

「さて、良い子はもうお寝んねの時間だよ。私が寝かしつけてあげよう」

 

 偽織姫を自分の近くに呼び寄せると、その頭を鷲掴みにし、勢いよく一護に向かって投げつけた。

 大きな爆発が一護を巻き込む。

 

 

 

 

「邪魔くさいなぁ……」

 

 爆煙が晴れると、一護の前には血濡れの盾がいつの間にか出現しており、爆発から守ってくれていた。

 

「──()け『紅姫(べにひめ)』」

 

 血の色をした盾が崩れると同時に、そこから紅い斬撃がアンジェ目掛けて飛んで来た。それをウルキオラとヤミーの隣へ瞬時に移動することで避ける。そのお陰で取り押さえていた織姫が自由になってしまった。

 

「どぉーーもぉーー、お二人サン。遅くなっちゃってスイマセンね。助けに来ましたよー」

 

 とても気の抜けたような男の声が辺りに響く。へんてこな帽子に下駄、古臭い甚平と胡散臭さが滲み出ている格好。しかし、隙を感じさせぬ立ち振る舞いをしている。

 織姫の隣には濃褐色の肌に鋭い眼、豊満な身体を持つ美しい女性。どこかネコ科の動物を連想させる。

 そんな二人が少年少女を護るため、アンジェ達と相対していた。

 

「追加注文は頼んだ覚えはないよ。食べ残し(黒崎君)と一緒に厨房に引っ込んでろよ」

「食後のデザートはアタシ達からのサービスですから、遠慮せずに味わって下さいな。……味わえたらの話ですがね」




次回、偽織姫の謎に触れられます。その他にもアンジェの新たな要素も少し出て来ます。乞うご期待!


…実は短編を書こうと思っているので、来週の土日は最新話を上げるか短編を上げるかのどちらかになると思います。短編の方は活動報告に予告を上げるつもりなので、気になった方は目を通して下さると嬉しいです。

※『ボーボ』:ブービーの語源となった言葉。日本語に訳すと馬鹿、まぬけなどの意味になります。


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第十三話 豹変

いつもいつも文量が多くなってると言ってるので気を付けた結果。
1万字超。何 故 こ う な っ た。
今回で現世調査も終わりです。


 

 二人の援軍が来てから少しの間、誰も喋らない膠着(こうちゃく)状態が続いていた。その沈黙を破ったのは、やはりと言うか、アンジェだった。

 

「ウルキオラ君、ヤミー君、どうする? 面倒くさい人二人も来ちゃったよ。私はもう疲れたから相手にしたくないな」

「オレが代わってやるよ。さっきから見てるだけだったんで、飽き飽きしてんだ。ウルキオラァ! お前も参加するかァ?」

「俺はいい。それとアンジェ、お前は引き続き戦闘を続行しろ」

「何でッ!? 私の話聞いてた?」

 

 ウルキオラの言葉にアンジェは強い反応を見せた。休憩したいみたいな事を言ったのに、無視されれば当然かもしれない。

 

「藍染様からの御達しだ。浦原喜助(うらはらきすけ)四楓院夜一(しほういんよるいち)が現れたら、そのどちらかとお前をぶつけろとな」

「そーですか。参ったなぁ、あの二人を相手取るには、この地では些か()()()()だ」

「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと行くぞ、オレは早く戦いてぇんだよ」

「ヤミー君、下駄帽子と黒ネコがいるけどどっちと戦いたい?」

「あぁ? ンなもんどうでもいいんだよ。楽しめればな」

「そうかい。それじゃあ私はむっつりスケベの相手するから、キミはじゃじゃ馬の相手を頼むよ。私、猫は嫌いだからね」

 

 そして一歩前へ出るアンジェとヤミー。その様子をただじっと眺める浦原と夜一。どうやらこちらから何かしない限り、襲い掛かっては来ないようだ。

 

「やっこさんようやく動き出しましたね、夜一サン。あまり油断しないようお願いしますよ」

「そんな事分かっとるわ! それより喜助、あのちっこい奴は何じゃ? 霊圧も殆ど発しておらんし、何か嫌な気配がしておる」

「そーっスね……先程までの黒崎サンへの対応を考えても、一番厄介なのはあのお嬢ちゃんかもしれないっスね」

「だーれがお嬢ちゃんだ。キミらより私の方が遥かに歳上だよ。もっと敬って貰わないと困るな」

 

 真後ろから声が聞こえた。それだけでその場から離れ、咄嗟に距離を取り、声の主の姿を確認する。そこには先程までヤミーの隣にいた筈のアンジェの姿があった。目を離した時間など、微塵もなかった筈だ。それなのに全く悟られる事なく後ろを取られていた。その事に浦原も夜一も冷や汗を止めることなど出来なかった。

 

「オイ、アンジェ! オレの獲物も取ろうとしてんじゃねえよ。その女をさっさとコッチに寄越しやがれ!」

 

 大きな拳を鳴らしながら、此方へゆっくりと歩いてくるヤミー。荒々しい霊圧を発しながら夜一の前へと進んでいく。間合いに入るや否や、右腕を頭の上まで振り上げた。

 

「いちいちジャマくせえやつらだな。割って入るって事は、テメェらから殺してくれって考えていいんだよなァ!!」

 

 振り上げた腕を夜一目掛けて勢い良く叩きつける。直撃すれば挽肉になりそうな一撃を、夜一はその場から動くことなく迎え撃つ。ヤミーの丸太のような腕が当たる寸前に、手をそっと添える。その瞬間、ヤミーの巨体は宙を舞っていた。

 

「あ?」

「寝てろ」

 

 そのままヤミーの顔面に、強烈な回し蹴りを食らわせ、地面へと叩きつける。そして頭を地面に半分埋めるヤミー。

 そんな光景をアンジェは横目で見ていた。

 

「ヤミー君、出来るだけ時間稼いどいてくれよ。コッチにあのじゃじゃ馬が来たら面倒極まりないんだからね」

「お仲間さんの助けには行かなくていいんですか?」

 

 浦原のそんな問いにアンジェは笑いながら返す。

 

「助けに入る? ヤミー君を? バカ言っちゃいけないよ! そんなことしたら私が殴り飛ばされちゃうよ。痛い思いは避けたいからね。それとあまりヤミー君を舐めない方がいいと思うな」

「そうですか。では、アタシはお嬢ちゃんのお相手をしなければいけないという訳ですかね」

「お嬢ちゃんはやめてくれって言っただろう? せめてお姉さんと呼びなさいな」

「……お姉さんって呼ぶの、アタシには抵抗があるから別の呼び方でお願いしたいっスね」

「それじゃあ、アンジェと呼びなさいな。これなら気兼ねなく呼べるんじゃないかな」

 

 浦原からもアンジェからも動こうとしない。お互い、相手の出方を伺っているのであろう。その間にも夜一とヤミーの戦いは続いていく。ヤミーが押されているという一方的な展開で。

 

「ところでアンジェサン、中々趣味の悪い遊びがお好きなようで」

 

 アンジェが視線から外れないように、あちらこちらにいる偽織姫達を見渡す。今は動きを止めているが、動き出したら厄介かもしれない。

 そんなことを考えている浦原とは対照的に、何も考えていないような雰囲気で楽しそうに語りかける。

 

「中々上手く出来てるだろ? 見た目は織姫ちゃんと瓜二つさ。織姫ちゃんのことが大好きな人がいたらたまんないだろうね。キミにも一人あげようか?」

「遠慮しときます。それより、そろそろ()()()に戻してくれませんかね。あのままだと色々と困るんですよ」

「そうだったね、遊び終わったオモチャは元に戻しておかないとね……」

 

 アンジェが指を鳴らす。その瞬間、周りの偽織姫達の身体からポロポロと霊子の膜が剥がれ落ちていく。するとどうであろうか、先程まで見分けが付かなかった姿から、老若男女の人間の形へと変化した。その中には、()()()()()()()()()の姿もあった。

 

「これで満足かな? あ、動かすのを止めろってのは聞けないよ。これから第二幕に使うんだから」

「ハァ、この街で()()()()()()()の身体を、あまり無下に扱って欲しくないんスけどね」

「さっき死んで肉の塊になったものを有効活用してるんだ。彼等もきっと役に立てた事をどっかで喜んでいると思うよ」

 

 そのまま浦原に右手を向け、指を指す。まるで浦原に向かって突撃しろと合図を送っているようである。浦原もそれに備えて構えをとる。

 

「キミは『スリラー』って知っているかな? 有名なエンターテイナーの曲だよ。私はソレが結構好きなんだ。だからキミに踊ってもらおうと思ってるんだよね。エキストラは()()()()いるから、私が満足できるようなダンスを踊れるまで頑張ってくれよ。それじゃあ──」

「ミュージック、スタート」

 

 腕を頭上へと振り上げた。それと同時に四方八方から骸人形が浦原目掛けて走っていく。それらを迎え撃つ浦原。そして──

 

 

 次々と爆発が巻き起こった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「喜助ッ!!」

 

 浦原とアンジェがいる方向から突如爆発が次々と起こり、土煙で様子が見れなくなってしまった。そのことに一瞬気を取られていると、後ろから怒声と共に鉄拳が飛んできた。

 

「よそ見してんじゃ……ねえよッ!!」

 

 それを宙返りで躱し、ヤミーの横っ面に裏拳を叩き込み、吹き飛ばした。

 

「相変わらずタフじゃのう」

 

 脳を揺らされたのか、ヤミーはその場から立とうとしていたが、足がフラフラしていた。その隙に、夜一は浦原へ確認をとる。

 

「喜助、儂はそちらの援護をした方がいいかの?」

 

 夜一の声が聞こえてきた。ただし、()()()()()()()。その声を聞くや否や、嫌ったらしい笑みを浮かべると共に、喉に手を当てて発声練習を始めた。

 

「あー……アー……Ah……」

「何してるんスか?」

 

 アンジェが始めた謎の行動に注意しながら、次々と襲い掛かってくるもの達を捌いていく。

 

「ん、これかい? キミの代わりに愛しの夜一サンに返事をしといてあげようと思ってね……」

『どうっスかね、アタシの声。アナタそっくりじゃないっスかね』

 

 その声を聞いて、浦原は目を見開いた。その反応だけでアンジェは満足そうである。アンジェが何か言う前に、夜一に聞こえるよう、大きな声で叫ぶ。

 

「夜一サン! 気を付けて下さい! アタシの声を真似されています!」

『無駄っスよ、無駄無駄。アナタの声も、夜一サンの声もお互い届かないんですから。観念して()の会話を聞いといて下さい』

「……何故それを?」

『さあて、何ででしょうかね』

 

 浦原がその場から動けないよう指示を出しつつ、夜一へと返事を返す。

 

『夜一サンッ! 不味いっス!! あのお嬢ちゃんが井上サンの所へ向かってます。アタシは今、此処から動けないのでお願いします』

「分かった、すぐ向かう」

 

 その返事に、アンジェはその場から動かずに舌舐めずりをした。その光景を見ていた浦原は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「……動かなくっていいんですか?」

「心配ご無用、既に仕掛けは終わってるからね。後は夜一さんの動き次第で決まるかな」

 

 そして、織姫がいるであろう方向に顔を向ける。土煙で全く見えていないが、どんな状況になっているのか理解しているようだ。

 

「井上ッ!」

 

 夜一が織姫の近くまで来ると、そこには地面に抑え込まれた織姫と、その上でヘラヘラと笑う()()()()の姿があった。

 

「おっ、遅かったね夜一さん。もう少し早くこっちに来れば間に合ったのに。そこで指咥えて織姫ちゃん解体ショーでも見てなさいな」

 

 緩慢な動きで織姫の首元へと指を近付けていく。明らかに罠だと分かる動きではあるが、織姫の命が掛かっているので早く対処せざるを得ない。もちろん、アンジェが織姫に傷一つ付ける気がないことなど、微塵も知らない。

 そして、夜一が織姫を助け出すために出した結論は、前方からの攻めは危険と判断し、背後に回り込んでの急襲・救出・即離脱という考えに至った。

 考えを即実行に移し、自分が今出せる全力の速さでアンジェの背後へと瞬歩(しゅんぽ)で移動した──

 

 

「ビンゴ」

 

 

 アンジェが浦原にだけに聞こえる声で呟く。その瞬間、金属同時がぶつかり合うような大きな音が響いた。その音の中心──織姫とアンジェの背後には、その場から動けずにいる夜一の姿があった。

 

「ッ!? ぅっ……何じゃコレは?」

 

 苦痛に顔を歪めながら、己の右脚を見る。そこには、鈍い錆色を放つ半円状の光の板が二枚、右脚を挟み込んでいた。挟んでいる面には鋸歯状(きょうしじょう)の歯が付いておりより深く食い込んでいる。脚の骨は完全に砕けてしまっているだろう。

 織姫を抑え込んでいたアンジェから、霊子の膜が剥がれ落ちる。その姿は幼い少年のものであった。その少年は織姫を立たせ、夜一から遠ざかり始める。それと同時に、アンジェの機嫌が良さそうな声が聞こえて来た。

 

「やっぱり背後を取ると思ってたよ。私の勘はまだまだ健在だね!」

「……やはりおぬしの仕業か。コレは何じゃ? 動き辛くてかなわん」

 

 己の右脚に食い付いている錆色の牙を指差す。額からは脂汗が流れており、とてもツラそうである。

 

「そいつは『罠座標(グリイェテス)』って言ってね、私の能力の一つさ。設置してしまえば、射程距離に入った相手の脚に喰らい付く獰猛(どうもう)な牙だよ。どんな相手も捕まえる優れものさ、例え()()()()()()()()であろうとね……」

 

 夜一はさり気なく脚を動かしてみる。先程までは全く動けなかったが、今は何とか動かせるようである。これならまだ戦える、そう考えた時──

 

「そうそう、キミには『罠座標(グリイェテス)』の使用用途を教えてなかったね。コイツの効果は二つあるんだ。一つはその場に拘束すること。少しの間、全くと言っていいほど動けなかった筈だから分かるよね。まあこれはおまけみたいなものかな」

「……もう一つは?」

「勘のいい夜一さんならもうわかってるんじゃあないかな? 浦原さんじゃなくて、キミに対して使った訳を」

 

 相手を焦らすよう、ゆっくりと溜めて語る。

 

「もう一つは、相手の()()()を奪うこと。今のキミは翼を()がれた憐れな鳥だよ。己の速さに自信がある者程、コイツの恐ろしさを実感出来る。さて、与太話は終ーわり。お待ちかねの処刑人(ロス・エレヒィドス)の登場の時間だ」

 

 夜一の後ろから荒々しい足音が聞こえてくる。どうやら足音の主は相当ご立腹のようだ。

 

「余計な真似しやがって……まあいい。それじゃ、さっきまでの仕返しをタップリさせて貰おうじゃねえか。スグにくたばんじゃねえぞ、クソ(アマ)ァ」

 

 そこには口から血を流しながらも凄惨に笑うヤミーの姿があった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 最初の頃と同じように、夜一とヤミーの戦いは一方的なものになっていた。ただし、夜一が()()()()()()()()という状況で。

 

「オラオラァ! さっきまでの威勢はドコいったんだァ!! 前みてぇにピョンピョン跳んで躱してみろよ!」

 

 ヤミーの猛攻を僅かに避けたり、軽くいなしたりするので精一杯の夜一。アンジェの罠は思った以上に厄介なものであった。

 まず、右脚のダメージ。これのおかげで右脚に負担が掛かる技が出せず、反撃が難しくなっていた。次に、ヤミーが目で追える速さででしか動けないこと。まるで全身が鉛のように重く、全くと言っていいほど思ったように動けない。そして、致命的なのが、瞬歩(しゅんぽ)が使えないこと。これのおかげでヤミーから離れる事も出来ない。

 

「トラバサミ一つでここまで追い詰められるとはの……少し見誤っておったわ」

 

 そんな光景を眺めるアンジェと()()。どうやら浦原への攻撃はやめたようである。周りには動くことを辞めた、本来の姿の死体が沢山転がっていた。

 

「夜一さんを助けに行かなくて良いのかな? 結構キツそうにしてるよ」

 

 アンジェに斬魄刀を突き付けたまま動かない浦原へ向けて話しかける。浦原はどう行動するか、アンジェを牽制したまま考えているようである。

 

「アタシが夜一サンの助けに向かったらどうするんですか?」

「そりゃあ決まってんじゃん。織姫ちゃんを確保して、そのまま虚圏(ウェコムンド)へ帰宅だよ。そろそろ撤退命令が出されるだろうからね。

 あ、私を止めようとしたら全力で夜一さんを潰しに掛かるからね。謂わゆる飛車角取りみたいな状況だよ。夜一さんを取るか、織姫ちゃんを取るか、あまり時間はないけど考えてね」

 

 その言葉を聞くなり、浦原の行動は速かった。急いで夜一の元へと向かって行く。その姿を確認したアンジェは満足気に織姫の方向へと歩いていく。

 

「何もかも上手くいくとは思わない事ですね。()()()()()

 

 浦原の声はアンジェには届かなかった。

 織姫の前まで来たアンジェはとても喜んでいるようだ。もう誰の邪魔も入らない。ヤミーが二人に追い詰められるまでに織姫を捕まえてしまえばいいのだ。時間は充分にある。織姫を捕まえている少年に織姫を引き渡すように指示を出す。そして、織姫が自分の目の前にやって来た──

 

「この距離なら避けられないですよね」

「え?」

「許してね」

 

 アンジェの胸に織姫の手が置いてある事に気がついた時には既に遅く、避けることが出来なかった。もう終わったと思い、完全に油断していた事が致命的なミスであった。

 矢のように後方に吹き飛んでいくアンジェ。その胸には、黒い弾丸のようなものが突き刺さっていた。

 

孤天斬盾(こてんざんしゅん)

 

 織姫唯一の攻撃技である。アンジェには直撃したが、殆ど傷を負わせる事は出来ていない。あまり状況は良くなっていないように見えるが、アンジェの位置を動かしたことが重要であった。

 

「中々やんちゃするね! 織姫ちゃん! 私、そんな事する子じゃあないと思ってたから油断しちゃっ──「先程の仕返しじゃ」」

 

 体制を立て直した瞬間に、頭上から夜一の声が聞こえた。勢いをつけての(かかと)落としがアンジェに迫る。アンジェはそれを確認もせず、躱す為に瞬時に移動する──()()()()()()()()()()()()()()()()()へ。

 

「もう一箇所は潰してるんで、そこしか()()()()()()()が無いっスよね」

 

 浦原喜助は既に行動を終えていた。

 アンジェは、己に目掛けて飛んで来る紅の斬撃を、自らの右手で叩き割る。これくらいの芸当は出来るようである。

 

「残念、後一手足りなかったかな」

「いいえ。詰み(チェックメイト)です」

 

 浦原の攻撃に気を取られていたのもあるが、気付くのが遅れるのも仕方がなかったことかもしれない。自分を守ってくれるであろう仲間の攻撃が、()()()()()()()事など考えもしていなかったからである。

 

 真後ろにいるヤミーの虚閃(セロ)が、アンジェと浦原を飲み込んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「オイアンジェ!! いきなり射線上に入って来るんじゃねえよ」

 

 仲間の事など微塵も心配していない怒声が響き渡る。そんな破面(アランカル)とは対照的に織姫は浦原を心配していた。

 

「夜一さん……浦原さんは大丈夫なんでしょうか?」

「喜助はまあ大丈夫だろう。狙ってやっておったからの。……それより問題はあの小娘じゃ。少しは大人しくなっておるといいんじゃがの……」

 

 土煙が風で吹き飛ぶ。そこには無傷の浦原と、白衣のあちこちが焼け焦げ、破けている、不穏な気配を放つアンジェの姿があった。

 

「『座標(マルカ)』が二つだけは流石に舐め過ぎだったか……でも、詰め将棋のように追い詰められるとは……ああ、屈辱だ。苛々する、腹が立つ、()()()()()()()()()()()()()

 

 いきなりアンジェの放つ霊圧が変化した。弱々しい霊圧ではなくなり、ヤミーやウルキオラと同じような大きさの、そしてどこか()()()を感じさせるものへと変わっていく。

 それに伴い瞳の色も、宝石の様な(あか)から濁った(あか)へと変化する。

 

 アンジェの異様な変化の仕方に浦原、夜一だけではなく、ウルキオラも警戒する。

 

(どういう事だ? 藍染様からの情報には載っていなかった筈だ。何か隠しているのか?)

 

 そんな警戒する三人をよそに一人アンジェに突っ掛かる者がいた。

 

「オイそこをどけ、アンジェ。さっきからジャマくさくてたまんねぇんだよ。お前はさっさとどっか行きやがれ」

 

 自分の前にいるアンジェを払いのけ、浦原の所まで歩いて行こうとした──

 

「貴様が下がれ、()()()

 

 途轍もない寒気がヤミーを襲う。その場に留まってはいけないと本能が囁く。気が付いたらウルキオラの隣まで飛び退いていた。

 

「何だ……今のは……?」

 

 なぜこのような行動をとったのか理解が出来ていない様子である。

 アンジェの意識の矛先は、ヤミーから浦原、夜一へと向けられる。

 

「出来損ないの木偶人形(デクニンギョウ)共が、デカイ顔ばかりしやがって。貴様ら木偶人形(デクニンギョウ)が、どれだけ脆弱(ぜいじゃく)な存在かを嫌という程思い知らせてやろう」

 

 白衣の袖口から、どうやって仕舞っていたのか分からない斬魄刀が飛び出す。見る者全てを不快にしそうなどす黒い色を放つ、()()()()()()()()()()()()。俗にフランベルジュと呼ばれるものである。

 アンジェが取り出した斬魄刀に疑問を感じたのは、ウルキオラただ一人であった。

 斬魄刀の切っ先を浦原に向ける。そして──

 

 

 

 

 

()()らせ『(ペス)「──そこまでにしろ、アンジェ」

 

 ウルキオラがアンジェの斬魄刀を掴む。アンジェが何かしようとしたのを止めたようである。

 

「離せ()()()()()、私の邪魔をするな」

 

 (よど)んだ赫の双眸がウルキオラへ向けられる。ウルキオラはそんな事に臆することなく(いさ)めにかかった。

 

帰刃(レスレクシオン)は禁止だと言ったはずだ。それと今回の調査は終了だ。結果は充分に取れた、()()()()

 

 アンジェの瞳は今だにウルキオラを映している。まだ止める気はないようだ。そんな状況のアンジェを鎮めるために更に言葉を紡ぐ。

 

「これ以上の戦闘は命令違反として藍染様に報告する。貴様も流石にそれは嫌だろう。例え藍染様から逃げ回れるだけの力があろうとも、虚夜宮(ラス・ノーチェス)に残ったものは全て手放さなければいけなくなるのだからな」

 

 その言葉に少し眉を潜め、自分の斬魄刀を袖口に滑り込ませていく。渋々といった感じではあるが、闘う気は失せたようである。

 斬魄刀の姿が確認出来なくなると、双眸が赫から朱へ、嫌悪感を与える霊圧が元の弱々しい霊圧へと戻っていった。

 

「あー、私疲れたや。先に虚圏(ウェコムンド)帰ってるから、終わりの挨拶は宜しく、ウルキオラ君。織姫ちゃん、()()()

 

 そう言葉を残して、その場から姿を消した。黒腔(ガルガンタ)()()()()()()

 

「お仲間さん、何処か行っちゃいましたけど、どこにお出掛けしたんスかね?」

 

 浦原が周囲を警戒しながらウルキオラへと問いかける。まだどこかに潜んで居るのではないのかと疑っているようである。

 

「安心しろ。あいつはもう帰った」

黒腔(ガルガンタ)も通らずにですか?」

黒腔(ガルガンタ)()()()()()()

 

 何もない空間に指を添え、黒腔(ガルガンタ)を開く。どうやらウルキオラ達も撤退するようである。

 

「……逃げる気か?」

「そうだ。止めたければ掛かって来い。その脚で勝てると思うのならな」

 

 夜一の挑発も軽くあしらい、ヤミーを連れて黒腔(ガルガンタ)の中へと歩みを進める。それを無言で見送る夜一と浦原。そんな中、二人の撤退を妨げようとする者がいた。

 

「っ……オイ、待てよ!!!」

 

 織姫から治療を受け、何とか動けるくらいまで回復した、オレンジ頭の少年──黒崎一護である。

 一護の発言に足を進めるのを止めるウルキオラ。

 

「好き勝手暴れて……逃げんのかよ「黙れ」ッ!」

 

 ウルキオラは感情の篭っていない瞳を一護に向ける。それだけで次の言葉を口から出すことが出来なくなった。

 

「あれだけあいつ(アンジェ)(もてあそ)ばれたのをもう忘れたのか? それだけで底が知れるというのに、まだ羞恥を晒すつもりか」

 

 一護の心を(えぐ)る言葉を続ける。

 

「今回の任務はこれで終了だ。藍染様には貴様のことをこう報告しておこう。貴方が目をつけた死神()()()は──殺すに足りぬ、(ゴミ)でしたとな」

 

 黒腔(ガルガンタ)が閉じた。

 

 

 こうして、アンジェ達の現世調査は幕を閉じた。




色々と気になるところがあると思いますが、後々説明が入っていくので続きをお楽しみに。
ちなみに、アンジェの二本目の斬魄刀の解放は、ぶっちゃけエグいです。

次回の更新は来週は短編を絶対に上げたいのでお休みで、再来週になると思います。短編の方も興味があったら是非どうぞ。情報は活動報告にあります。

間違えて20時前に投稿しちまった……まぁいいか。


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第十四話 考察

お待たせしました。2週間ぶりの投稿です!
今回は7000字以内に収まったぜ! やった! ……あれ?
今回からまたしばらく戦闘パートはなく会話パートが続くので、お詫びとしてお風呂シーンを入れました。
やったね作者、読者が増えるよ! ……あれ?


 

 アンジェ達が襲来してから少し時間が過ぎた頃、ビニール袋片手に古い駄菓子屋の前に立つ男がいた。この店の店主──浦原喜助である。

 店の奥へ進んで行くと、二人の少年少女が姿を現す。どちらも小学生位であった。

 

「ウルル、ジン太、お土産にジュース買って来ましたよー」

 

 間の抜けた声で二人にビニール袋の中身を渡す。ウルルと呼ばれた少女は少し嬉しそうに受け取り、ジン太と呼ばれた少年へ一本手渡す。

 そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていたが、すぐに態度を改め二人に話しかける。

 

「……夜一サンの容態は?」

 

 そんな浦原の問いに対し、二人は何も言わずに神妙な顔で浦原を見つめる。夜一の身に何かあったのであろうか。不安になりそうな空気であるが、浦原はただ一言「そうですか……」と言うと、更に奥へと進んで行く。

 襖の閉じた部屋の前に来ると、何も言わずに開ける。そこには──

 

「ぷはーー! 食った食った!」

 

 大きなどんぶりを片手に、食事を終えて満足そうな夜一の姿があった。とても元気そうである。浦原の存在に気付いたのか、手に持っていたどんぶりを周囲に出来ている食器の山に重ねる。一体誰が片付けると思っているのだろうか。そんな事なんか知らんといった様子の夜一は、浦原へ視線を送る。どうやら話は長くなりそうだ。

 夜一の前まで移動して座り込む浦原。その顔は至って真面目なものであった。

 

「腕と脚の調子は良さそうですね。井上サンがいなかったらもっと快復に時間が掛かったでしょう」

「ああ……腕は兎も角として、脚の傷は酷いものじゃったからの……。あのトラバサミ、かなりえげつないものじゃったぞ。起動力を奪うだけかと思いきや、傷はズタズタにされておった。あれは脚をただ使い物にならなくするだけでなく、治療も困難にするようなものじゃ。もし治療が遅れて井上がおらんかったら切断せんといかん羽目になっておったかもしれん」

 

 そう言いながら右脚を動かす夜一、その右脚には傷一つ残っていなかった。

 

「それと、傷は治ったのじゃが、身体は相変わらず鉛のように重いまんまじゃ。最初よりかは幾分ましではあるが、それでも自由に動き回る事が出来ん。どうにかならんかの?」

 

 そう言って浦原を見る。何か情報は掴めていないかと訴えているようである。それに対し困った顔をする浦原。どうやら、なんの成果も得られていないらしい。

 

「それについては元に戻るまで我慢して頂けないっスかね。時間が過ぎれば元通りに戻るみたいっスから。と言うのも、()()()調()()()()()()んスよ。夜一サンに憑いたものも、それ以外のものも」

 

 そんな浦原の答えに、夜一は特に落胆の表情は見せなかった。恐らく察していたのだろう、あの小さい破面(アランカル)はそんな生易しい存在ではない事を。

 

「調べようとはしたんですがすぐに断念せざるを得ませんでした。なんせ、調べようとしたもの全て()()()()()()()()()()になってたんですから。中には悪質なウィルス(まが)いのものも混じってましたしね」

 

 浦原は困った顔のまま話を続ける。どうやら、今回の件でかなり痛い目を見たらしい。まるで夜一に愚痴を聞いてもらっているようであった。

 

「大きな方の霊子の情報はすぐ集まったんですが、あのお嬢さんの方を調べ始めるとまるで暗号のようになってました。時間を掛けて解読しようとしたんスけど、全くと言っていい程関連性が無く、何も出来なかったです。仕舞いにはウィルス紛いのものにも手をつけてしまって……お陰で暫くの間、頭がおかしくなって訳の解らない言葉を色々叫んでしまいましたよ……ハァ」

 

 当時を思い出したのか、苦々しい表情を浮かべる。肉体的なダメージは与えられなかったが、精神的にはかなりのダメージを負ったようだ。

 

「恐らく、有益な情報は全く残っていないでしょうね。全てダミーに塗り潰されてるといったところでしょうか。夜一サンの症状も調べてる間に状態が収まり、ダミーしか残らなくなるといった感じになると思います」

 

 沢山の痕跡を残していったにも関わらず、対抗手段などを練る為の情報を殆ど得る事が出来なかった。浦原にとっては完全に敗北したと言っても過言では無かった。

 

「まさか自分の情報を餌にして来るとは思いませんでした。アタシだったらまず何一つ残さないよう気を付けようとしますからね。あのお嬢さん、何においても一筋縄ではいかない曲者っス」

 

 その時浮かべた表情は、とても険しいものであった。

 

「喜助、お主はその娘っ子と同じ芸当は出来るのかの?」

 

 ふとした疑問を口にしてみる。すると、浦原の答えはすぐに返ってきた。

 

「いえ、今すぐには不可能です。恐らく、長い時間掛けてようやく一部が再現出来るかもといった芸当ですからね。よしんば出来るようになったとしても、彼女からしてみれば子供の遊び程度でしょう。まずこの分野じゃ勝ち目はありません」

 

 そう断言する浦原。この事に夜一はかなり驚いた。自分が知る中で一番の智者が敵わない相手など、存在するとは思わなかったからだ。そんな夜一へ浦原は苦笑する。

 

「人には誰だって得手不得手がありますから仕方がないことっスよ。……ただ、彼女が()()()()()()()じゃ勝ち目は無い可能性は高いっスね……アタシはそう感じました」

 

 どうやら浦原もかなり危険視しているようである。主に智者として。

 話が途切れ、少しの間無言の時間がやってきた。お互い色々と考えているのだろう。

 すると、大事なことを言い忘れていたといった様子で、浦原が話を始めた。

 

「そういえば、あのお嬢さんが時折使っていた変な移動、アレの異常さに夜一サンは気付きましたか?」

 

 恐らく後ろを取られた時や、追い詰められた時に使っていたものの事であろう。確かに、瞬歩(しゅんぽ)滅却師(クインシー)の飛廉脚とは明らかに違うものではあった。しかし、たかが移動である。それ程恐ろしいものとは夜一は思わなかった。

 

「感知が出来ぬ高速移動の事じゃろう? 確かに厄介ではあるが、そこまで注意するものではないと思うのだがな」

 

 そんな反応の夜一に、浦原は真剣な表情のまま丁寧に説明をする。今回唯一まともに知る事が出来た事なのであろう。

 

「アレは高速移動とか生易しいものではありませんよ。アタシからしてみれば反則ですね、アレは。対処のしようもほぼ無いタチの悪さも兼ね備えますからね」

 

 どうやら浦原にとっては洒落にならないものらしい。そんな浦原の話を黙って真面目に聞く夜一。

 

「アレは()()()()です。しかも手間も予備動作も要らない、()()()()()()()()()()()()ことが可能な、冗談も良いところの代物です」

 

 空間転位、尸魂界では禁術とされているものである。そんな大層なものを使っているとは全く思わなかった。何せそんな禁術を使ったら、普通何かしらの大きな痕跡が残ってしまう筈だからだ。

 

「『印』さえ刻んでしまえば、好きな時に一瞬でその場に飛んでいける。簡単に説明すると大したものではなさそうに聞こえますが、細かい説明が入るとその異常性が良く分かりますよ」

 

 そう言って、手に持っていた扇子を開き、口元を隠す。

 

「先ず、その隠匿性です。何の痕跡を残さずポンポン使える。アタシも始め見た時は半信半疑でした。

 次に手軽さです。空間転位は禁術と言われるだけあって、一回だけでもかなりの力を消費します。でもあのお嬢さん、見るからに力を使っていなかったんですよね。恐らくですが瞬歩(しゅんぽ)を使うのと同じ感覚でポンポン使っているんじゃないですかね。

 そして、世界の境界を軽々しく越える事が出来ることです。普通、空間転位と言えども同じ世界の中ででしか使えません。この辺はお仲間さんの話だけですので事実か分かりませんが、恐らく事実でしょう」

 

 浦原の話はまだ続く。

 

「『印』も中々の曲者でしてね、アレを探し出して消すのはまず不可能っス。なんせ、本当に『印』が刻まれているだけで、特別な力はおろか()()()()()()()()すら示していませんでしたから。発見するにはよっぽど運が良いか、彼女が転位した直後を目撃するかくらいしかないっスね」

 

 これだけ説明を受ければ、夜一もこの能力がどれだけ異常なものかが分かった。逃げるのにも奇襲するのにも此れ程役に立つものは無いだろう。

 

「もし井上サンがあの場所にいなかったら、最後のお仲間さんの虚閃(セロ)は避けられていたでしょうね。彼女、何としても井上サンを手に入れようとしてましたからその場に留まったのでしょう。まあ、井上サンがいない時点で追い詰める事が不可能だったでしょうが……」

 

 そもそも織姫がいなかったら真面目に戦っていなかったであろう。

 

「次に対峙した時、何か対策出来る事はあるかの?」

 

 夜一は聞く。もしまた戦う時があった場合、少しでも有利になれるように。しかし、浦原の答えは意外なものであった。

 

「彼女への唯一効果的な対策は、出来るだけ相手にしないことです。見かけたら無視して離れて下さい」

 

 ふざけた事を言っているようだが、浦原の顔は至って真面目である。

 

「彼女の戦闘スタイルは、相手を狩場(キルゾーン)に誘導して仕留める感じだと思います。殆ど準備されてないあの場所であれだけ苦戦したのを考えると、彼女の狩場(キルゾーン)に入るのだけは絶対に避けないといけません。彼女を相手取ると、その危険が常にあるから出来るだけ相手にしない方がいいんですよ」

 

 夜一は神妙な顔で聞く。

 

「……もし、仲間があの娘っ子に捕らえられていたらどうすればいい?」

 

 浦原は少しの間、口を閉ざしていたが、重々しい口調で答えた。

 

「正直言って、仲間を助けに行くのはオススメ出来ません。まず確実に罠として使われますから、しかも殺傷能力抜群の罠として。ミイラ取りがミイラになる可能性大です。ですから夜一サン、もしアタシが捕まっていても構わず見捨てて下さい」

 

 その浦原は真剣そのものであった。本気で言っているのであろう。夜一はそんな浦原を咎めるように見ていたが、何も言わなかった。

 

「しかしあの娘っ子を抜きにしても、破面(アランカル)がここまでとは思わなんだ。奴ら相当手強いぞ」

 

 その夜一の呟きに同意する。

 

「ええ、これから大変になって行くでしょうね。アタシ達も尸魂界も、そして黒崎サン達も」

 

 そして開いていた扇子を閉じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)のとある一角、アンジェの研究所──第5宮(クイント・パラシオ)のとある一室から、機嫌良さげな鼻歌が聞こえて来た。

 

「ふんふんふ〜んふふ〜ん!」

 

 その鼻歌が聞こえてくる部屋の入口には『浴場』と書かれた看板があった。どうやら入浴を楽しんでいるようだ。

 

「湯加減はどうだい? さっき私が入っていたから少し(ぬる)くなってるかもしれんのだ〜。その時は遠慮なく言ってくれたまえ、すぐに沸かすからね〜」

 

 乾いたタオルを手に持って立っているアンジェ。どうやら風呂を楽しんでいるのはアンジェではないようだ。……何か嫌な予感がしてきた。しかし、ハリベルなどの女破面(アランカル)の可能性も否めないのでもう少し様子を見ることにしよう。

 するといきなり浴室の扉が開かれた。そこから出てきたのは──

 

「オイアンジェ、なんでオレが風呂ってもんにはいらねえといけねえんだ!」

 

 筋骨隆々の鍛え抜かれた肉体美を余すことなく周りにさらけ出す、全裸の大柄な男──ヤミー・リヤルゴであった。

 

「ウヒャー! 隠して隠して!! ちょっとその格好はマズイよ!」

 

 そう言ってすぐさま手に持っていたタオルを手渡す。ヤミーはそのタオルを腰へと巻いていった。その間に何か逞しいものが見えた気がするが多分気のせいであろう。

 

「フゥ……何とか危機は免れたかな? 下手すれば色々と問題になってたかもしれないからね!」

「オメーは何言ってんだ? 別にオレが裸でいようと何の問題もねえだろうが」

「いや何、私の直感がそう囁いていたんだ。何でか分からないけど。それとうら若き乙女の前で、セクシャルゾーンを晒すのはよろしくないかと思うんだよね」

 

 コントのようなやり取りをするアンジェとヤミー。事の成り行きはこうであるようだ。

 ヤミーとウルキオラが帰って来て、アンジェが合流し藍染に報告しに行こうとしたが、アンジェがヤミーに身嗜みを整えろと言い、そのまま風呂にぶち込んだといった感じである。

 

「大体、身嗜みなんてどうでもいいだろうがよ。誰も気にする奴なんていねえんだから」

 

 そんな風に愚痴を言うヤミーに、アンジェは何処から取り出したか分からない4Lの牛乳瓶を投げ渡す。それを受け取ると一気に飲むヤミー。いい飲みっぷりである。

 

「何事においても見た目は大事だよ。誰も意識してないといっても、無意識のうちに少しは気にしているものさ。小綺麗なのと薄汚れているのじゃあどちらに好印象を持つかは一目瞭然だろ? 特に報告の場だ。多くの者が集まる場での身嗜みは気を付けるに越したことはないよ」

 

 綺麗になったヤミーの死覇装を棚に置くアンジェ。どうやら衣服も風呂に入っている間に整えてくれたようだ。

 そんな事知らんといった様子で乱暴に着るヤミー。もう少し感謝というものを覚えて欲しいものだ。

 

「そういやアンジェ、お前いきなり雰囲気が変わってたが、ありゃ一体どうしたんだ?」

 

 恐らく斬魄刀を抜いた時のことであろう。そう問われたアンジェは、苦々しい笑顔を見せていた。どうやらあまり触れられたくないことのようだ。

 

「アレね……ちょっとムシャクシャしてたら感情が()()()()()()()()()()()()()……ハァ、嫌なもんだ。()()()()()()()()()()()の影響を受けるのは」

 

 するとウルキオラが入って来た。どうやらそろそろ行かなければいけないようである。

 

「準備は済んだようだな。殆どの破面(アランカル)も集まった。俺達でおそらく最後だ。藍染様を待たせる訳にはいかないからさっさと行くぞ」

 

 そういってすぐにその場から出ていく。それに続くアンジェとヤミー。

 そうして藍染の待つ玉座の間までやってくると、始めにウルキオラ、次にヤミー、最後にアンジェの順に入っていった。

 藍染の前までくると、自然と膝を突くアンジェとヤミー。まるでそうしなければいけないと本能が働いているようであった。報告役であるウルキオラは、膝を突かず藍染を見上げる。

 

「──只今戻りました、藍染様」

 

 ウルキオラの声が響く。それと同時に周りから話し声が消え、静かな空間が生み出された。

 

「おかえり、ウルキオラ、ヤミー、アンジェ」

 

 藍染の一言一言が重く響き渡る。

 

「さあ、今回の成果を聞かせてくれたまえ。我等、同胞の前で──」

 

 そうして、今回の現世調査の報告会が幕を開いた。




アンジェのサービスシーンが来ると思ったか? 残念だったなぁ、トリックだよ。

ああっ! やめて! ゴミを投げつけないで下さい! ゴミを投げつけないで下さい!

入浴シーンボツ案その1:アンジェ
最初はアンジェでいこうかと思っていたが、描写すると作者の性癖がバレるのと読者の方が求めていない(偏見)かもしれないので泣く泣くボツ

入浴シーンボツ案その2:ハリベル
話の流れ的に難しいし、何より作者の性癖が(以下略)。また、やはり読者の方は求めていない(偏見)かもしれないのでボツ

入浴シーンボツ案その3:スンスン
ハリベルの従属官の一人。ぶっちゃけ作者はこの人がBLEAHで一番好きである。ああ! スンスン可愛いよ! やはり話の流れ的に無理だったのでボツ

入浴シーンボツ案その4:バラガン
この人も話の流れ的に無理があった。そして何より作者が書いてて苦痛を感じたのでやむなくボツ。老いの力とはなんて恐ろしいんだ……

そんなこんなあった結果、ヤミーの入浴シーン(ポロリもあるよ)になりました。

え? ボツ話が見たい? ……いつか機会があれば書くかもしれません。

それと先週短編をあげましたのでそちらも是非ご覧になって下さい! お願いします(土下座)! ……見てよぅ……


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第十五話 報告

先週上げる予定だったのですが先週はいかんせん用事が多くて完成が間に合いませんでした。ゴメンネ!
……決して地元の友人との飲み会が重なってたり、旅行に行ってたり、二日酔いで苦しんでいたりした訳ではないんです! 信じて下さい(目を泳がせながら)
それと今回は今までよりも短めです……アレ?


 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の玉座の間、そこには藍染と市丸と東仙、そして多くの破面(アランカル)達が集まっていた。

 多くの者が集まっているにもかかわらず、広間は至って静かであった。藍染の存在が、そういった空間を作り上げていた。

 

「さあ、見せてくれ。ウルキオラ、君が現世で見たもの、感じたものの──」

 

 少しの間が空く。

 

「全てを」

 

 答えは少しの間もなく返される。

 

「はい」

 

 その言葉を発すると同時に、ウルキオラは己の左手を自身の左目へ近づける。そしてそのまま、指を目の中に突っ込み、眼球を抉り出す。

 目玉はそのまま指の中に収まり、眼球があったであろう空間には、ぽっかりと暗い空洞が出来上がっていた。

 その様子を見ても驚く者は誰もいなかった。アンジェは両手で顔を覆い見ないようにしているように見えるが、実際、指の間を全開にしてガン見している。よくある、早く隠せと顔を隠しながら、実はじっくりと見ているムッツリスケベと同じ事をしていた。何故この場でこのような事をしているのかは謎であるが。

 ウルキオラは眼球を握った左手を、前方へ真っ直ぐ伸ばす。観衆の視線は、手の中の丸い物体に集まる。

 そして白い球体を握った手に力が込められていく。このまま力が加えられていけば、生々しい音と共に、手の中の眼球は簡単に潰れてしまうだろう。

 しかし、手に込めた力を弱めることは決してなかった。

 そして眼球はウルキオラ自身の手によって握り潰された。ガラスが割れるような音と共に。

 肉片が飛び散るのではなく、小さなガラス片の様なものが広間一面に広がった。そしてそれらが、ウルキオラの『記憶』を此処にいる全員へと伝達した。全ての者の脳裏に浮かび上がっていくものは全て、現世で実際にあったことだ。集中して体感する為に目を閉じていく。それは藍染も例外ではなく、頰をついたまま優雅に目を(つむ)っていた。そしてしばらくの間、広間を沈黙が包み込んだ。

 

「──成程」

 

 最後に、己の無力さに(こうべ)を垂れる死神の姿が映り、『記憶』の共有は終わった。

 藍染が軽く頷くと、ウルキオラは一礼する。今回の報告を咎める様子は見られない。寧ろ良くやったといった感じである。特に、アンジェの豹変をしっかりと『記憶』に残した事に関して。

 藍染はアンジェの方に顔を向けると軽い笑顔を見せた。ただ、目は笑っていなかったが。

 そしてすぐにウルキオラへ向き直った。

 

「それで、彼を『この程度では殺す価値なし』と判断した訳か」

 

 ウルキオラは淡々した口調で返す。

 

「はい。『我々の妨げになるようなら殺せ』とのことでしたので。それに──」

 

 ウルキオラは何かを言おうととしたが、馬鹿にしたような声がそれを遮る。

 

「ハッ、微温(ぬり)ィな」

 

 声がした方向を見ると、そこには水色の髮をした目付きの悪い不良の様な男──グリムジョー・ジャガージャックが従属官(フラシオン)を数人引き連れ胡座(あぐら)をかいていた。そのまま言いたい事を続けていく。

 

「こんな奴等、俺なら最初の一撃で殺してるぜ」

 

 ウルキオラは無表情のままそれを黙って聞く。

 

「大体、『殺せ』って一言が入ってんだ。殺した方がいいに決まってんだろうが! あ!?」

 

 側にいる従属官(フラシオン)もそれに同調する。

 

「……同感だな。殺す価値なしと言えども敵だ。生かす価値も無いだろう。殺さないに越した事はない」

 

 そんな第6十刃(セスタ・エスパーダ)従属官(フラシオン)の様子を、愉快なものを見る目で見ているアンジェ。

 

「大体、ヤミー! テメーはボコボコにやられてんじゃねえか! それとアンジェ! テメーは一体何がしてえんだ! ガキで遊ぶわ女を追い回すわ、戦う気がねえんならそもそも付いて行ってんじゃねえよ! 虫唾が走る!」

「おおっと?」

 

 グリムジョーの矛先がヤミーとアンジェに向く。それすらも楽しそうにしているアンジェ。何がそんなに面白いのであろうか。

 

「……グリムジョー、テメェ。今の視てなかったのかよ。オレが苦戦したのはこの黒い女だけだ。このガキじゃねえ」

 

 少しイラッとしたヤミーがグリムジョーへ言い返すが、それを鼻で笑いながらあしらう。

 

「分かんねえ奴だな。俺ならその女も下駄帽子も一撃で殺せるっつッてんだよ!」

「……なんだと?」

 

 ヤミーがその巨体を起き上がらせ、グリムジョーも好戦的に、抑えていた霊圧を解放し始めた。一触即発の空気の中、その場にそぐわないものが聞こえてくる。

 

「ぷ〜ククッ! アッヒャヒャヒャ! あーおっかしいんだぁ!」

 

 グリムジョーは腹立たしげに、笑い声がする方を見る。そこには、お腹を押さえて嗤っているアンジェの姿があった。

 

「……何笑ってんだよ」

 

 殺気が篭った目でアンジェを睨む。そんなグリムジョーに物怖じせず、笑いを堪えながらそれに答える。

 

「いや何、君の一言一言が面白くってつい笑っちゃったんだ。ごめんね。それと威勢のいい啖呵を切るのは構わないんだけど、もう少し考えて言った方がいいよ」

「あ?」

「『一撃で殺す』だって? 確実に無理な事を自信ありげに叫んでたらそりゃあ笑っちゃうさ。『僕は相手の力量も分からない無能でェーす』って言ってる様なもんだよ。あ、もしかしてギャグのつもりだった?」

 

 アンジェの小馬鹿にした態度がグリムジョーの怒りを煽る。グリムジョーに挑発されていたヤミーは何も言わずその様子をただ眺めていた。どうやら傍観を決め込む様だ。周りの視線もグリムジョーとアンジェへ集まる。

 片や十刃(エスパーダ)、片や一介の従属官(フラシオン)。グリムジョーの気分でアンジェの生死が決まると言っても過言ではないと、周りは思っている。

 

「そもそもさぁ、『調査』って名目なのになんで一撃で殺そうって気持ちになるのかね。それとウルキオラ君の判断に藍染様は納得してるんだ。そんなにイチャモン付けるんなら君が行けば良かったじゃあないか。

 それと対象の調査ってどんな物か分かってる? ”妨げになる様なら殺せ”って、つまり出来る限り殺すなって事だよ。調査するって事は観察を続けていくって事が殆どだからね。

 さっきまでのを聞いてるとさ、まるで仲間の行動を指をくわえて見てて、その仲間の行動が上に認められるとそれが気に食わないでキレる無能な間抜けみたいだったよ」

 

 アンジェはグリムジョーの逆鱗に触れる様な事を全く恐れることなくどんどん吐き出していく。グリムジョーの目は明らかに血走っていた。相当御冠のようである。周りの多くの者達は、アンジェの命運はもう終わったなと思っていた。

 そんな中、グリムジョーが怒り心頭である事にようやく気がついたアンジェ。遅すぎである。

 

「あれ? もしかして怒ってる? ……まあ、あれだ。ヤミー君の気持ちがこれで分かったんじゃないかな。これを機に他人の気持ちを考えた言動を心掛けた方がいいと私は思うな」

 

 他人の事を全く考えない奴が言う台詞ではない。正にお前が言うなといったものである。

 

「テメェ! 舐めてんじゃねえよ!」

 

 ついに我慢出来なくなったグリムジョーが、怒りに任せてアンジェに飛び掛かった。

 それと同時に、アンジェは物凄い勢いである方向へ逃げ出した──東仙の背中の後ろへと。

 

「東仙さん、助けて! 軽口叩いてたら、怒った暴漢が私に乱暴しようと襲ってきたの!」

 

 東仙の身体をグリムジョーの方向へ向けて盾のようにしている。これには東仙も怒るどころか呆れている。同じ事を藍染でしていたら、キレた暴漢が二人に増えていただろう。

 グリムジョーも流石に東仙に飛び掛かる訳にはいかないので、少し離れた所でそいつをこっちに寄越せと睨んでいる。

 アンジェをどうしようか東仙が考えていると、隣から声が聞こえてきた。

 

「グリムジョー、アンジェを虐めるのはそこまでにしてやってくれないかな? 彼女も悪気があってあんな事を言ったわけではないんだ。分かってくれるかい?」

 

 藍染直々に制止を求めてきた。これには流石のグリムジョーも怒りを抑えざるを得なかった。

 そしてまだイライラしているグリムジョーにウルキオラが言葉を発する。

 

「グリムジョー、そいつ(アンジェ)の言葉に耳を向けるな。殆どがあいつの自論だから藍染様の考えではない。それと挑発はあいつの十八番(おはこ)だ。いちいち相手にしてたら身体が持たんぞ。」

 

 そしてグリムジョーが言うように、調査対象『黒崎一護』を何故始末しなかったのかも、説明を始めた。

 

「我々にとって問題になるかもしれないのは、今のこいつではないってことはわかるか?」

「……あん?」

 

 それがどうしたといった顔をしている。それもそうだろう。ウルキオラの考えていることが、グリムジョーにとっては理解不能だからだ。

 

「藍染様が警戒されているのは今現在のこいつではなく、成長したこいつだ。確かにこいつの潜在能力は相当なものだった」

「え? そうだったの? 芽を摘むかどうかの調査だったの? そういうのは最初に言ってよね。勘違いしてたじゃあないか」

 

 間の抜けた茶々が横から入る。それを完全に無視して話を続けていく。

 

「だが、それは大きさに不釣り合いなほど不安定で、このまま放っておいてもそのまま自滅するか、こちらの手駒になるかと俺は踏んだ。だから始末せずに此処に戻ってきた」

 

 無機質な瞳がグリムジョーを映す。

 グリムジョーはそれを聞いても、納得出来ないといった様子で不満気である。

 

「……それが微温ィって言ってんだよ!」

 

 威圧の篭った言葉をウルキオラにぶつける。

 

「そいつがてめえの予想を遥かに超えた力をつけて、俺達に牙を剥いてきたらてめえはどうするってんだよ!!」

「その時は俺が始末するさ」

 

 間髪入れずに答えが返される。その答えにグリムジョーは押し黙ることしか出来なかった。ウルキオラの一言がグリムジョーの言った問題を解決してしまっているからである。

 納得は出来ていないが反論も出来ない。それが今の状況であった。

 

「これで文句はないだろう? まだ何かあるか?」

 

 これでこの話は終わりだと言葉無しで語っていた。

 

「そうだな、それで構わないよ。君の好きにするといい、ウルキオラ」

 

 藍染がウルキオラの判断を認めた。これでこれ以降異議を唱えられるものはいないだろう。

 どれだけ納得が出来なかろうとも、十刃(エスパーダ)でもこの結果を覆す事は出来ない。

 藍染に礼をするウルキオラを睨み付けるグリムジョー。彼は未だにウルキオラの判断が気にくわないようだ。

 そんなグリムジョーを見ながら、アンジェは何か良い事(碌でもない事)が思いついたといった笑みを浮かべていた。

 報告も終わり、さあ解散だといった時、藍染が最後に一言言い放った。

 

「それとアンジェはこの後、私の所まで来てくれ。現世での事で聞きたい事がある。()()()()

 

 その一言にアンジェは明らかに嫌そうな顔をしていたが、盾にしていた東仙が首根っこを掴み、藍染と市丸と共に奥の暗闇へと消えていった。




次はまだグリムジョーは現世へ襲撃しません。その少し前の閑話をお楽しみ下さい。戦闘シーン見せろよオラ!って人は、その次までお待ち下さい。アンジェ本人は登場しませんが少し噛んで来ます。


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第十六話 残滓

大変お久しぶりです!!

ええ、ホントお久しぶりです……
大体三ヶ月振り位ですね、ホントすみません…

言い訳としては、最近忙しくて話を作る時間が殆ど取れなかったのが大きいです。
正直8月中旬までは忙しいので新話上げるのもまた遅れると思いますが更新は続けていくつもりですのでどうかごゆるりお待ち下さい。
8月中旬過ぎたらある程度時間はできるので、その位からまたしばらく週一更新出来たらなと思っております。


 

 第5宮(クイント・パラシオ)のアンジェの研究室の一室、そこには紅茶を飲みながら優雅に過ごしているザエルアポロと、何かゴソゴソと作業をしているアンジェの二人がいた。またしてもザエルアポロは何の説明も受けずに連れてこられたのであろうか。しかしその顔はもう慣れたといった感じであった。

 何やら声が聞こえて来るので、その声の方向にザエルアポロが耳を傾けながらそちらを向く。すると──

 

「アンジェ殺ス。アンジェ殺ス。アンジェ殺ス。アンジェ殺ス。アンジェ殺ス」

 

 仏頂面で物騒な言葉をブツブツと呟く第5十刃(クイント・エスパーダ)──ギルガ・ジルガの姿があった。殺意こそ発していないが、いつ言葉を行動に移すか分からない。その事について大丈夫かを訊ねてみた。

 

「君の主、とても危ないこと口走っているけど大丈夫なのかい? いきなり暴れられたら僕もたまったものじゃないのだけれど」

 

 そんなザエルアポロの問いに、アンジェは作業の手を止めることなく対応する。

 

「あーあれね。別に無視してしまっても構わないよ。今の身体になる前の感情が爆発してるだけだから。安全装置(セーフティーロック)は掛かったままだから暴走することも無いさ……たぶん……」

 

 何か不安になるようなことを言っていたが、小さく呟いていたためザエルアポロには聞こえなかったようだ。

 それよりも気になることを言っていたのでそっちが気になったようである。

 

「ちょっと待ってくれ。彼の記憶は消したんじゃなかったのかい? それなのに何で前の記憶に引っ張られた言葉を発してるんだ?」

 

 アンジェは相変わらず作業をやめない。何かを操作しているのか奥から謎の氷の塊が、厳重管理と書かれた紙が貼られた透明な容器に入れられた状態で、機械に吊られて運ばれてきた。

 

「別に消したとは言ってないよ。初期化だよ初期化。記憶を完全に消すなんてはっきりいって不可能さ。どうでもいい事だったら何もしなくても忘れてしまうだろうけど、深く根付いたものはそう易々と消せるもんじゃあないよ。深く脳に焼き付いてしまっているからね。記憶の残滓(ざんし)が奥深くに残ってしまうのさ。

 私が行ったのは簡単に言ってしまえばただど忘れさせてしまっただけに過ぎないんだ。何か切っ掛けがあれば思い出してしまう。だから男尊女卑思想も消えていないのさ。彼にとっては結構大きな思想だったみたいだからね。もし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言い切ると氷の塊が入った容器を、溶液で満たされた大きなカプセルの中へとゆっくり入れていく。完全に入りきったらすぐさま蓋を閉めて密閉していた。氷を閉じ込めた透明な容器の中にも溶液が進入していき、氷に溶液が触れていく。

 一通りの作業が終わったのか、アンジェはザエルアポロの方へ向かい、自分愛用のティーカップへ紅茶を注いでいく。

 

「ふぃ〜、終わった終わった。私の保管庫から探して引っ張り出すだけでこんなに苦労するとは思わなんだ」

 

 そして一気に紅茶を飲む。結構良いティーカップを使っているが、飲み方は上品ではなかった。

 

「そういえば一体あれは何なんだ? 良かったら僕にも教えてくれよ」

 

 そう言ってアンジェが先程まで扱っていた物の方向を向く。そこにはカプセルの中に溶液が満たされているだけになっており、氷はおろか、()()()()()()()()()()()()影も形も無くなっていた。

 そんな興味深い状況をまじまじと観察しているザエルアポロとは裏腹に、二杯目の紅茶を注ぎ始めるアンジェ。人の話を無視しているかのようである。

 ザエルアポロもアンジェがどういった人物か大体分かって来ているので、急かす事なく反応を待っていた。二杯目にミルクを入れて美味しそうに飲みながら、やっとザエルアポロの質問への返答を開始したのであった。

 

「アレはとある存在からこぼれ落ちたモノだよ。搾りかすとも言えるね。ちょっとこれから運用出来るようにしていくつもりの存在さ」

 

 全くもって知りたい事の説明になっていない。一体どういった力があるかなどを知りたいのに、教えてくれるのはどうでもいいあやふやな誕生秘話であった。もしかしたら説明したくない代物なのかとも思ったが、それなら何故ここに呼んだのかが分からない。そんな事を考えていると、アンジェがニタニタと笑いながら見ているのに気が付いた。

 

「アレの事を知りたいのかい? しょうがないなぁ〜。私が一から教えてあげるよ……と言いたい所だけど、今回は少しばかし条件があるんだ。条件を飲んでくれなかったら、アレと関わる事はご遠慮願いたいって事だね」

 

 そういう事か──今回何故連れて来られたのかザエルアポロは納得がいった。自分を呼び出したのはアレについて、自分に何か協力を仰ぎたかったからなのであろうと。

 しかしこちらとてタダ働きするつもりはない。確かにアレの正体が何なのかは知りたいが、おいそれと自身の技術を見せるには値しない。そう発言をし、アンジェに対価を求めようと考えた。

 

「悪いけ「そうそう、もし協力してくれるのだったらアレをキミの研究に取り入れてもいいよ。おそらくキミが求めているものに相応しい可能性を秘めていると思うからね」……なんだって?」

 

 アンジェが対価として出したのはかなり破格のものであった。未知なるものの正体はおろか、それを研究対象として扱っていいと言っているのだ。この対価にどんな事を要求されるのであろうか。そんな事を考えながら身構えていると──

 

「ああ、そんなに身構えなくてもいいよ。ちょっとノウハウが欲しいだけさ。キミの従属官(フラシオン)()()()()()()()ちゃんのね」

 

 その言葉にザエルアポロは眉を潜めた。彼女の出生の事など教えた覚えなどない。それなのに何故アンジェは知っているのであろうか。

 そんな反応のザエルアポロに対し、アンジェは相変わらずヘラヘラとした態度で話を続ける。

 

「あの子が普通の虚と違う事なんて私にゃあ見れば分かるさ。これでも研究者だからね。あ、ロカちゃんの全てを教えて欲しい訳じゃあないよ。ほんの一部でいいんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をね」

 

 その言葉にザエルアポロは更に眉をひそめた。それもそうであろう。ザエルアポロからして見ればアレはただの「道具」で感情などある筈もないのだから。

 

「君がどこまで知っているのかはこの際置いておく事にしよう。ただ、一つだけ勘違いしている様だから言わせてもらうよ。あいつは『道具』だ。あいつに感情なんか存在しやしないさ」

 

 そう断言するザエルアポロに、アンジェは心底どうでもよさそうな顔をしている。丸でザエルアポロの思ってる事などどうでもいいといった様子である。

 

「ザエルアポロ君はそう思ってるのかも知れないけど、私はキミの考えなんかどうでも良いんだよ。私はただ同じ様な過程を経て、同じ様な結果を出してくれればそれで良いんだから」

 

 ザエルアポロは少し頭に来たが相手はあのアンジェである。イラつくだけ無駄だと分かっているのでこの際置いておく事にした。

 しかも一から人工虚を作れと言っている訳でもないので、それ程手間が掛かる事でもない。アンジェが求めているものも大体どの工程で誕生するだろうかも検討はおおよそついている。……まあ、感情を持っているなど信じてはいないのだが。

 

「分かった。君の手伝いをしてあげる事にするよ。それで? アレは一体どういう目的の為に倉庫から引っ張り出してきて、どういった力を持っているのかちゃんと説明してくれるのかな?」

 

 アンジェの要求をのんだザエルアポロは、早速自分が気になっている事を訪ね始めた。そんな真面目に対応しているザエルアポロとは反して、アンジェは、紅茶のお茶請けに持って来たクッキーを口の中に放り込みながら、だらけた様子でザエルアポロの問いに答える。

 

「どもども協力の意思表明ありがとう〜。で、アレを今更出して来た意図と能力の説明だっけ? アレを使う目的から話そうか。そりゃあ織姫ちゃんを手に入れる時か手に入れた後、鬱陶しい虫を追い払う為の戦力として宛てがう為さ。ちょいとばかし向いていないかもだけどそこは他でカバーすれから問題無いはずさ。

 で、アレが持つ最大の特徴なんだけと……アレアレ言うのもなんか分かりづらいな……そろそろ名前でもつけてやるか」

 

 話が脱線した挙句、脱線した内容でウンウン悩み出したアンジェ。そんなアンジェを若干呆れた様子で見ていたが、どうやらいい案が出たのか唸るのをやめ、こちらに向き直った。

 

「今日からアレのことは『セルラ』と呼ぶ事にしたよ。ザエルアポロ君も今からそう呼ぶようにしてね〜。そうそう、特徴が知りたいんだったね。セルラはね、どうしようもなく()()()()な存在さ」

 

 そこて一呼吸置くと、普段のニタニタした笑いとは違う、凄惨な笑みを浮かべながら続けた。

 

「だからこそ()()()()()()()()()()()()を持っているんだ」

 

 

──────────

 

 

 アンジェからセルラの特徴、これからどの様に扱っていくかの話を聞いたザエルアポロは、やはりと言うか呆れた様子であった。いつもながら色々と考えがおかしい。そう考えながらも口には出さず、単に気になった事を訊ねてみた。

 

「話を聞けば、殆ど君が作業する様だけど、本当は君一人でも全部できるんじゃないのかい?」

 

 そんな疑問を投げかけてみたが、アンジェはそれを笑って一蹴した。

 

「バカ言っちゃいけないよ! 私にも出来る事と出来ない事はあるに決まってるじゃん! 私は別に何でもかんでも出来る訳じゃないんだ。特に、無から人工的に虚を作るなんてやった事もないからね。そういった専門外の事は他の専門家に頼るよ。まあ、自分の得意分野は誰にも負ける気はせんがね」

 

 そして、ドヤ顔をしたまま背もたれに体重をかけて椅子を傾け、踏ん反り返り始めた。どうやら格好良く見せようとしている様だ。しかし──

 

「アレ? ちょっと体重かけ過ぎたか、わーーッ!! 止まって止まっ──」

 

 そのまま椅子は後ろに倒れ、アンジェも後ろに転がるといった醜態を晒す羽目になった。実に格好悪かった。

 

「イテテテテ……アレ?」

 

 アンジェが転がっていった先には誰かの足が目の前にあった。そのまま視線を足の上へと向けていくと──

 

「戯け者が、何を遊んでおる。さっさとこの儂をもてなす準備を始めんか」

 

 アンジェの天敵、バラガン・ルイゼンバーンの姿がそこにはあった。

 

「そして詳しく教えて貰おうではないか。儂も知らぬあの斬魄刀に篭った力についてな」

 

──────────

 

 

 

 その頃、何処かの小さな部屋には市丸と東仙、そして藍染が集まっていた。

 

「隊長もアンジェちゃんのあの力については何も知らなかったんすね。ボクはてっきり知ってるモンと思ってましたわ」

 

 そう言って市丸は藍染の方を見る。そこには少し考え込むようにしている藍染の姿があった。

 

「アンジェの事は色々と調べてたつもりだったんだけどね……まあ、彼女もちゃんと説明してくれたから良かったよ。隠してる事はまだまだ沢山あるだろうけどね」

 

 そんな様子の藍染に対し、東仙は不満そうにしていた。

 

「それが分かっているのに何故問いたださなかったのですか? 藍染様の御命令とあらば、拷問してでも聞き出すつもりでしたのに」

 

 アンジェが聞いていたら勘弁してくれと叫びそうな事を言う東仙。それに首を横に振って答える。

 

「そこまでしなくても良いよ、要。彼女に聞きたい事がある場合はしっかりと具体的な内容で無いと拷問してもはぐらかされるだけだからね」

 

 少し真剣な表情をした市丸も藍染に助言をする。

 

「でもあんな力を持っとるんやったら、多少問題がありそうな気がするんすけどええんですか? 釘を刺しといた方が良いような気がしないでもなかったすけど」

「大丈夫だよ、ギン。彼女自身もあの力を嫌っている様だったからよっぽどの事が無い限り使わない筈さ。

 でも早い段階で今回の事が知れて良かったよ。彼女が話して無い事も一つ知る事が出来たしね」

「ん? どういうことですか?」

 

 疑問を漏らした市丸に藍染はゆっくりと説明していく。

 

「彼女の霊圧が弱々しく不安定な事について、実は前々から疑問には思っていたんだ。でもそれは彼女が司る『死の形』が関係しているのだろうと考えてた。しかし今回の件でそれは間違いだと分かり、ある事に気付いた」

 

 その時の藍染の表情は推理を楽しんでいるかの様であった。

 

「あの力があったとしても、彼女の存在はどう考えても不自然なんだ。例えるなら、色々な所に穴が空いた絵を見ている気分だね」

「まさかっ……!?」

 

 東仙の反応を横目で楽しそうに見ながら、藍染は好奇心の光を両眼に宿らせている。そんな、藍染本人も気付いていない藍染の様子を市丸は不安そうな様子で見ていた。

 

「彼女はまだまだ何かを()()()()ているよ。それも()()()()()をね」




前回のあとがきで、次回に戦闘が入ると言っていましたが戦闘シーンは次回の次になると思います。
戦闘シーンが好きだからお気に入り登録したんだよ! ダボがぁ! と思っている方申し訳ございません! 途中から戦闘シーンはどんどん増えてくと思うのでそれまでお待ち下さい!
あ、次回新キャラが出ますのでご注意下さい。次回の更新は今月中には一つ上げたいです…


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第十七話 双子

お待たせしました!
何とか6月中にもう一度投稿出来ました!
今回新キャラが出ますが、本格的な活躍は大分先になります。まあ、それまでにどんなキャラか皆さんに覚えて頂けると幸いです。


「ほう、儂と会う前に切り離した力が破面(アランカル)になる時に変質し、あの斬魄刀になったと言うわけか」

 

 そう言いって、威厳をかもし出しながら紅茶を飲むバラガン。アンジェと違い、非常に様になっている。

 因みにバラガンのティーカップや椅子などは当然用意されていなかったのだが、何処かのガキ大将のようにアンジェから奪っていた。これにはアンジェも涙目である。

 

「ちゃんと答えたんですから〜、もう帰って下さいよ〜。へーかに此処にいられると心臓に悪いんですよ〜。またメチャクチャにされたら私、寝込んじゃう!」

 

 子供が駄々を()ねるように床でバタバタするアンジェ。全く取り繕おうともしない。バラガンの機嫌を損ねたら此処を破壊されるかもしれないのに、そこまで考えがいってないのであろうか。

 そんなアンジェに慣れているのであろう。バラガンは不機嫌になる事もなくアンジェへの追求を続ける。

 

「儂が聞きたいのはその力の内容だ。どの様にして生まれたかなどどうでもいい。藍染の小僧にも見せたのであろう? それを儂にも見せろと言っておるのだ」

 

 アンジェは駄々を捏ねる動きを止め、バラガンの方を向く。その顔はキョトンとした顔であった。

 そんな様子のアンジェを(いぶか)しんでいると、ザエルアポロが話を進めるべく横から口を出す。

 

「もしかしてアンジェ、藍染様に帰刃(レスレクシオン)を見せていないのかい?」

 

 冗談めかしく言ったのだがどうやら事実の様だ。アンジェは大きく首を縦に振っている。

 

「藍染様からは逆に、虚夜宮(ラス・ノーチェス)では許可なく帰刃(レスレクシオン)をするなと言われたよ。大雑把にしか説明してないのにね。あ、もちろん黒い斬魄刀じゃない方は違うよ」

 

 どうやらアンジェの隠している力は第4十刃(クアトロ・エスパーダ)以上と同等の扱いらしい。その事にはザエルアポロも苦笑いである。

 そんな反応のザエルアポロに、アンジェは聞いてもいない事をペラペラと語り始めた。

 

「東仙さんが見せろ見せろ〜って言ってたけど、藍染様はそんな東仙さんを一蹴してたのが面白かったね。百聞は一見にしかずとは言うけど、危険なものは一見より百聞の方が安全だもんね〜。そこんとこ、藍染様は良く理解してたみたい」

 

 そんな事はどうでもいいと言うかの様に鼻を鳴らすバラガン。話が脱線してるのが気に食わないようだ。

 

「見せる事が叶わぬのなら早う教えんか。貴様の無駄話など時間の無駄だ」

「またまた〜、会話ってものは無駄なものが多ければ多いほど娯楽性が増すもんですよ。こんな殺伐とした職場にはささやかな娯楽が少しでもあった方が──ヒッ! 分かりやした分かりやした! 今すぐ本題に入りますんでその不穏な力を此処で使おうとしないで!」

 

 無駄話をまだまだ続けようとするアンジェに殺気を飛ばす。流石のアンジェもこれ以上はふざけられないと理解したのであろう。

 

「でも藍染様からは周りに教えるなって言われちゃったんですよね〜。だから()()()()詳しくは教えられないんですよ」

 

 アンジェの言葉に含まれている意味をちゃんと読み取れた二人。面倒臭い奴との付き合いは伊達ではないようだ。

 

「でもこの場でも簡単な事は教えて良いと思うから、ざっくりと話しておこうかな」

 

 さっきまでは藍染様が何やらなど言っていたくせに、語る気満々である。

 

「藍染様はその……少しも教えるなと忠告してたのではないのかい?」

「別に少しくらいは良いんじゃない? ちょっと情報を流しとけば、噂が勝手に私の能力を作り上げてくれるからね。そこで満足しちゃってホントの力を調べようとする奴は居なくなる筈さ。あ、もちろん私の独断だよ。でも藍染様なら許してくれるでしょ」

 

 バラガンは視線をアンジェへ飛ばす。御託はいいから早く本題に入れという様に。

 

「あー、ハイハイ。分かりましたからそんなに急かないで下さいな」

 

 ヤレヤレと首を動かしながらもようやく本題に入る。

 

「私の『黒い力』は簡単にいうと、殺傷能力はそれほど高くはない。でも、誰もが私の力を知ると避けたがる。それは何故か? 簡単な話さ、私の力は『相手を殺す力』ではなく『相手を苦しめる力』だからだよ」

 

 バラガンもザエルアポロも目を細める。相手を殺す力がそれ程高くないのにどうしてそれ程危険視されているのか。それがまだ理解出来て居ないからである。

 

「まだ納得いかないって顔してるね。もっと分かりやすくしようか。簡単な話だよ。相手に『()()()()()()()()()()』を与える力さ。死ぬ事が救いだと思える様なね。しかもそれは伝播(でんぱ)する。『無差別』に、そして『無制限』に。そして死ぬ事で苦痛から解放されると思ったら大間違いだ。死んでもなお襲う苦痛を味わうのさ。私が能力を解くまではね。」

 

 自分の事を語るアンジェの顔は、とても(おぞ)ましい笑顔になっていた。それはまるで『自分』と言う存在を語るのを喜んでいる様に。

 

「正に『()()』の塊だ」

 

 心なしかアンジェから嫌悪を感じる黒が漏れている様に感じた。

 

「おっといけねぇ、ちょいと感情が引っ張られちゃった。私が今教えられるのは此処まで〜。少し喋りすぎた気がするけど、後は想像で補って下さいな。」

 

 そうしていつもの様なおちゃらけた雰囲気に戻った。

 ようやく地面から腰を上げると、バラガンとザエルアポロが囲っているテーブルに予備の椅子を持ってきて寛ぎ始めた。どうやらまだ何か話を続けるようである。

 

「そうそう! へーかにいい事教えてあげるよ! まだ藍染様に伝えてない事をね」

 

 バラガンはその言葉にすぐに食いついた。あの藍染が知らない事を先に掴んでおけば、もしかしたら優位に立てるかもしれないからだ。

 ザエルアポロも気になるが、バラガンが席を外せと言われたら此処から出ていかなければいけない。秘密が漏れないように少しでも知っている者を減らすためだ。

 

「あ、ザエルアポロ君も聞いて行きなよ。どうせ藍染様もすぐに知る事になるようなものだからさ」

 

 そんなアンジェの発言に、先程まで食いついていたバラガンはあからさまにどうでも良さそうな態度へと変わった。藍染がすぐに知れるような情報だ。どうせ大したものではないのだろう。

 

「儂は自分の宮に戻る。下らない話は貴様らだけでやっておれ」

 

 紅茶を飲み干し、この場から立ち去る為に席から立とうとする。

 

「『バラクーダ』って聞けば、聞いていく気になるじゃないですかね、へーか?」

 

 ザエルアポロは何の事かさっぱり分からなかったが、バラガンの反応が急に変わった事から、どういったものか大体理解出来た。

 

「そういうことか……確かに前もって知っていた方がいい事だな」

 

 上げていた腰を再び椅子へと降ろす。どうやらまだ此処に留まるようだ。

 

「で、彼奴(あやつ)はこの虚夜宮(ラス・ノーチェス)にいつ来るのだ? そして何故貴様のような出不精が彼奴(あやつ)の事を知っておる」

 

 そうして睨みながら送られるバラガンの威圧を、澄まし顔で受け流していく。

 

「何で知っているかってのは、単純にへーかが知らない所で知り合ってるだけて、いつ来るかってのは、彼の気まぐれで決まるってとこですね〜。と言うよりもまだ声は掛けてないんだよね。他の二人にもまだだし」

「……他の二人?」

 

 最後の一言が気になったのか、アンジェに圧力を掛けるのをやめる。そんな疑問もしっかりと返していく。

 

「ああ、他の二人はへーかも知らない人さ。そっちはあんまり気にしなくてもいいと思いますよ。まあ、他の二人も同じくらい濃いキャラだから気になっちゃうかもですけどね」

 

 何も言わずに何か考え込むバラガン。ザエルアポロもバラガンが喋っていない隙に聞きたい事を聞きにかかる。

 

「そのバラクーダって(ホロウ)と他の二人ってどんな奴なんだい? そして何故呼ぶつもりなのかな?」

 

 そんなザエルアポロにアンジェはまたもやキョトンとした顔をした。まるでもう説明した筈といった感じである。

 

「あれ? ザエルアポロ君にはもう説明してなかったっけ? まあいいや。織姫ちゃんを確実に確保して取り返されないようにする為さ。 ……やっぱこれ言ってた気がするよ〜」

 

 確かに同じような事は聞いてはいるが、全くの別件の事である。同じ系列の話とは説明されてなかったのだから分かる筈がない。

 そうは思ったものの言ってもどうせ屁理屈を言って来るだろうと思い、文句は言わなかった。

 

「確かにそんなこと口にしてた気がするね。それで? その三人の詳細と関係は教えてくれるのかな?」

 

 アンジェはザエルアポロに軽くあしらわれ、少し残念そうにしていたがすぐに気を取り直していた。

 

「他の二人は呼んでからのお楽しみと言うことにして、へーかと因縁深い『バラクーダ・ウィグルスダル』について、不肖この私めが語らせてもらおうかしら。まあ、そんなには知らないけどね〜」

 

 何で大して知らない奴を呼び寄せられるのか。しかもバラガンとしのぎを削るような相手を。そんな疑問が浮かんだが、おそらくこの問いははぐらかさられると思い訊ねなかった。ザエルアポロは最近、アンジェがひけらかす・はぐらかすの境界線が何となく分かってきている様である。 ……まあ、振り回されてる事が多いので当然の結果かも知れない。

 

「フン、貴様よりも儂の方があの『血気盛んな野蛮ジジイ』の事をよう知っとるわ。聞くまでもない」

 

 つまらなさそうに、そして昔を思い返すように呟く。

 

「思い返すと段々腹が立ってくるな。なんだ彼奴は? 儂が何か行動を起こした時に冷やかしに来たり、邪魔したり、終いには儂が虚夜宮(ラス・ノーチェス)を建てた次の日に、挨拶と言う名の殴り込みをしおって……」

 

 独り言の様に愚痴をこぼす。そんなバラガンの姿を見て、ザエルアポロはどんな人物なのかを大体予想出来た様な気がしていた。アンジェは笑い声を我慢しようとしているが、全然出来ておらずもろバラガンにもザエルアポロにも聞こえている。おそらく後でしばかれることだろう。

 そんな中、バラガンの視線がアンジェの後方にある『セルラ』が入っている容器に移る。どうやら何かきになるようである。

 

「……おい、あれは何だ?」

 

 溶液以外何も入っていない様に見える容器がそんなに気になるのであろうか? そんな事を考えながら、アンジェは悟られない様返答する。

 

「実験の片付けしてないカプセルですよ〜。片付けが面倒だったからずっと放置しっ放しで、次使うまでにはと思いながらも、結局放置しちゃってる始末なのさ」

 

 特に問題なく返すことが出来たと思ったが、それでもバラガンの視線は動かない。心なしか容器の少し上を見ている様な気がする。

 

「そんな事聞いとらんわ。儂が聞いとるのは、その容れ物の上におる()()の虚は何者なのかだ。貴様の言っておった残りの二人か?」

 

 そんなバラガンの発言を冗談だと捉え、笑いながら振り向く。

 

「ははは、御冗談を。まだ呼んでいないんですから、場所も知らない所に用もなく来るわ……け……」

 

 アンジェは信じられないといった様子で、目を見開いて動きを止める。どうやらアンジェにとっても予想外であった様だ。

 

「やっとこっちに気付いてくれた!」

「アンジェ久しぶり〜」

「なんか楽しそうな事するんでしょ?」

私達(僕達)も混ぜてよ!」

 

 そこには二体の小さな虚が大きな容器の上に腰掛けてアンジェ達三人を見つめていた。どちらも10歳くらいの子供と同じような身長で放つ霊圧も弱々しい。ただ、アンジェの様な存在もいるので、バラガンとザエルアポロは油断せずに二体の虚を観察する。

 

「何でお前達が来てるんだよ。お前らを呼び寄せる予定なんかさらさらなかったのに……レクシー、ハロルド」

 

 招かれざる客──レクシーとハロルドは二人共同じタイミングで笑い始めた。

 

「なんかこれから楽しそうな事をする気配を感じたんだ」

「だからアンジェを探しに来たの」

僕達(私達)も仲間に入れて〜!」

「そしていっぱいいっぱい楽しませてよ!」

 

 そう言うと容器から飛び降り、アンジェの方へ歩いて来る。そしてバラガンやザエルアポロの事など気にせず、テーブルの上のお茶菓子に手を伸ばす。

 

「あーーッ! クッキーだ!」

「キャンディもあるよ〜」

「美味しそうなタルトは私が貰うね!」

「そしたら僕はオペラを食べちゃおう」

 

 アンジェすらも気にせずにお菓子を食べ始めた二人。どんどんお茶菓子がなくなっていく。

 

「礼儀のなっとらん餓鬼だ」

 

 そう言うや否や、バラガンは自身の能力を二人目掛けて飛ばす。当たれば朽ちる絶対の能力。二人は一体どんな反応を示すのであろうか。そんなバラガンの行動は、予想していなかった結果で終わった──絶対の能力が、当たる手前で()()()()()()という結果で。

 バラガンは驚きを隠せずにいたが、当の本人達は全く気付いていないようである。

 

「そもそも何で私がここにいる事を知ってたんだ」

 

 アンジェが不満そうに訊ねると、二人はお菓子を食べるのをやめ、アンジェの方を向く。

 

「アンジェがこの大っきい建物に行くのは前に見てたの〜」

「見てたの〜」

「だから昨日くらいからずっと探してたんだ」

「そしたら優しいお兄さん達が教えてくれたの」

「最初は色黒のお兄さんが何か怒ってたけど」

「糸目のお兄さんと優しそうなお兄さんが止めてくれたの」

「アンジェの居場所も丁寧に教えてもらったよ」

「最後にチョコをくれて」

「「とってもとっても美味しかった!」」

 

 レクシー&ハロルドがここに辿り着いたのはどうやら藍染達の仕業らしい。その事にアンジェは頭を抱えた。

 

「まあいいや。取り敢えずへーかとザエルアポロ君に挨拶をするんだ。その後に藍染様達の所に行くよ。分かった?」

 

 二人は頭をブンブンと縦に振った後、バラガン達が見えやすい位置に移動した。

 

「「こんにちは!」」

「僕の名前はハロルド・モリアルテ」

「私の名前はレクシー・モリアルテ」

僕達(私達)は双子なのだ〜」

「なのだ〜」

「「これからはどうか宜しくね!」」

 

 息ピッタリで動く双子に何の反応も示さず、バラガン達はただじっと見ていた。

 

「それじゃ、藍染様達の所に行くよ。へーかとザエルアポロ君、私はちょいと席を外すね。非常に申し訳ないけど、今日はこれにてお開きという事で。また今度会いましょ〜」

 

 レクシーとハロルドを連れて、部屋の外へと向かって行く。そんな中、何かを思い出したかのように後ろを振り返る。

 

「そうそう、ザエルアポロ君に許可を貰っておかないといけない事があったんだった。まあ、また後で話すよ」

 

 そう言い残すと部屋からいなくなった。残されたザエルアポロとバラガンは暫く無言であったが、痺れを切らしたザエルアポロが話を振る。

 

「陛下はあの双子についてどう思いましたか? 僕はどの様に誕生したのかが気になりますね。自然発生の双子の虚なんて聞いた事もないですし」

 

 そんなザエルアポロの反応を鼻で笑う。そんな呑気にいられるような存在ではないのだ。

 

「あの小童供といい、今度来るであろうジジイといい、厄介な輩ばかりだ。恐らく残りの二人も相当だろうな。あの小娘は一体何を企んでおるのだろうな」

「 ??? こないだの人間の為に準備しているって言ってましたよ」

 

 そんなザエルアポロにバラガンは溜め息を吐く。どうやらザエルアポロの反応を残念に思っているようだ。

 

「それも確かにあるのだろうな。だが、それが本当の目的ではないのも確かだ。人間一人の為だけに、あんな連中を何人も連れて来る事自体がおかしいのだ」

 

 そんなバラガンの反応にザエルアポロは反論する。アンジェと同じ研究者からして見れば、織姫の力は喉から手が出るくらい欲しいものである。だから、全力で手に入れに行くのも何ら不思議ではないと思っていた。

 

「陛下からして見ればそうかも知れませんが、僕ら研究者からしてみれば何もおかしくないと思いますよ」

 

 そう言い切るザエルアポロを、バラガンはまだ分からぬのかと言いたそうな表情で見つめる。

 

「だからだ。彼奴が呼んだ連中を考えてみろ。一人は確実に価値など分からぬ奴なのだぞ。他の二人も大して変わらぬ筈だ。彼奴と価値観が同じなら共に行動している筈だからの。そんな理解もしてくれぬ連中がそんな下らぬ事に手を貸すと思っておるのか? 可能性はなくは無いだろうが薄いだろうな」

 

 確かにそうである。皆が皆アンジェではないのだ。価値が分からぬものに力を貸すなど、力で支配して入れば可能性はあるが、アンジェを見て入ればそれはないと分かる。そしたら他に利害が一致するものがある筈である。

 

「あの人間を見てから急に行動を始めたから関係はしているだろうが主目的ではないだろうな。人間は目的の為に使うのであろう。かなり大規模な目的の為に。まあ、何をするのかは分からぬが……大きく荒れるだろう」

 

 うんざりした表情で椅子を立ち、部屋の外へと向かって行く。そして部屋から出る前に、残っているザエルアポロへと忠告をした。

 

「彼奴のいう事はあまり鵜呑みにせぬ方がいいぞ。意味有りげな発言は嘘ではないだろうが、大事な事は隠しておる。奥に潜む意味も考えぬと掌の上で踊る羽目になるぞ」

 

 

 

────────

 

 

 

 虚圏(ウェコムンド)の果ての何処か、そこには一体の虚が佇んでいた。

 

「アンジェの奴からの呼び出しなんて珍しいな。まあいい、丁度暇してたんだ。さて、どんな出来事が待っているだろうか」

 

 そう言い残すと姿をその場から消した。

 

 同じく果ての何処かで──

 

「アンジェの呼び出し? ……ふーむ、まぁいい。バラガンの奴にも挨拶をしてやらんとな。

 野郎どもォ!! 面舵一杯! 目的地は『高慢ジジイ』の城だ!」

 

 大きな何かが進む方向を変えた──虚夜宮(ラス・ノーチェス)の方角へと。

 

 同じく虚圏(ウェコムンド)の何処か──

 

「アンジェ? 名前を聞くだけでも反吐が出るわ。他の糞野郎二人もどうせ呼んでんでしょうね。本当は無視したいけど、これは流石に行かないといけないみたい。ハァ、嫌になっちゃう」

 

 溜め息を吐きながら一体の虚が歩いて行く。しかしその顔は何処か笑っていた。

 

「でもあのクズ女の言う事なんて何にも聞いてやらないわ。絶対にあのアバズレの計画をメチャクチャにしてやる」




何か名前が出たのも出てないのも含めて五人くらい出ましたね。まあ、全員結構大事な役割があるので大丈夫でしょ……
これ以上は新キャラは恐らく出ないので安心して下さい。まあ、名のないモブは恐らく出ますが。

それとアンジェ(斬魄刀二本別々)も含め全員に死の形を一応用意しています。良かったら予想して見て下さい。十刃じゃないのに何で死の形があるんだよ! ヴァーカ!っていうのは許して下さい。お願いします。

あ、それと次は久々の戦闘描写ありです。


○レクシー&ハロルド・モリアルテ
司る死の形『???』
帰刃『???』


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第十八話 観戦

 最近どうやったら続きをすぐに上げられるのか悩んでいる作者です。2、3日に一話上げてる人は書き置きとかしてるのだろうか……
 ちなみに、書き置きはしてませんが次の話の流れはちゃんとあるんですよ。ただ、細かい部分の流れを書くのが凄まじく遅いのです。そして……(以降見苦しい言い訳)

 今回久々の戦闘描写ですが後半からです。久々だから上手く書けてる自信がないや……


 夜中の空座町、駄菓子の上空では一人の死神と一人の破面(アランカル)が対峙していた。一人は赤髪の死神、阿散井恋次。そしてもう一人は金髪の美男子、イールフォルト・グランツである。片や卍解しても尚苦戦、片や斬魄刀だけで無傷かつ余裕綽々であった。

 そんな二人の戦闘を数匹のカラスが、いろんな方向からその様子をただじっと見つめていた。

 

 所変わって虚夜宮(ラス・ノーチェス)のアンジェの部屋の一つ。そこにはポップコーン片手にビールを飲むアンジェと、その様子を呆れた顔で見ているザエルアポロの姿があった。部屋の隅の方には、旅芸人の様な格好におっとり碧眼とツンツン青髪、仮面の名残である太陽の形をした髪飾りを付けた少年──ハロルドと、童話の赤ずきんを全部白にした様な服にクリクリとした可愛らしい橙色眼とオレンジのボブカット、仮面の名残である月の形をした髪飾りをつけた少女──レクシーが、以前アンジェが使っていたタブレット端末を仲良く楽しそうに見ていた。レクシーは白兎のぬいぐるみをギュッと抱きしめ、ハロルドは黒兎のぬいぐるみを無くさないよう、ぬいぐるみの右腕をしっかりと握っている。子どもらしくて可愛らしいものである。

 一方のアンジェ達はというと、大スクリーンに映し出される映像を映画を見る様な感覚で、つまらなさそうな様子で見ていた。そのスクリーンは何分割かにされており、全ての映像がイールフォルトと恋次の戦いを映していた。

 

「なんだあの赤パイナップルは? 卍解もしてんのに負け越してるとかどんだけ役に立たないんですか。これじゃあ他の連中もあんまり期待出来ないかもじゃないか」

 

 ポップコーンをボリボリ食べながら文句を垂れ流すアンジェ。食べながら喋るものだから食べカスがザエルアポロの方に偶に飛んでいっており、迷惑極まりない。

 

「僕はこの映像を映す準備をどうやってしたのかがすごく気になるのだけれど。もしかして先を見越して、最初に現世へ行った時に準備しといたのかい?」

 

 ビールを喉に流し込み、顔を赤くしながら機嫌良さそうに語り始める。もう酔っ払ったのであろうか?

 

「先なんか見越してないよ〜。空座町の地理を見るために放ったつもりだったけど、なんかグリムジョー君達が現世に遊びにいったから偶々役に立っただけだべ〜。うぃ〜、ヒッ」

 

 かなり酔いが回っている様だ。心なし目も据わっているようにも見える。

 

「だいたいさぁ〜、何でこんな忙しいときにあいつらがここに来るんだよ。やる事でいっぱいいっぱいになってんのに子守なんてやってられないんじゃ〜。東仙さんがよく可愛がってるから負担は少し減ったけど、あいつらが一緒にいると気が気でないよ……うっぷ……」

 

 椅子にもたれ掛かりながら泣き言を言い始めた。どうやら泣き上戸のようである。いなまら口を滑らせて、隠し事を吐かせることが出来そうな気がする。ザエルアポロはとりあえず、試しに双子について訊ねてみた。

 

「色々とばたばたしてて聞けなかったけど、あそこにいる二人と君はどんな関係なんだい?」

 

 その質問に対し、アンジェは面倒くさそうな表情を浮かべながらも何も考えずに言葉を吐き出した。

 

「決まってんじゃん、私の唯一の『()()』だよ。……ん? これ言ってよかったんだっけ? ……まあいいや……」

 

 酒のせいでだいぶ口が緩くなっているようだ。今がチャンスである。今まで聞けなかった事をどんどん聞いて行こうではないか。ザエルアポロはそんな事を考えていた。話を急に変えて酔いが醒めることがないよう、今の話題から近い内容を訊ねるみる。

 

「『家族』ってどういう事だい? それと出来ればどんな力を持っている子達なのか教えてくれるとありがたいな」

 

 『家族』については何となくであるが予想はつく。恐らく『グランツ』に近いものなのであろう。しかし能力に関しては謎である。

 

「『家族』は『家族』だよ! そのまんまだよぅ。どんな力かか……何て言えばいいんだろ……頭がグワングワンしてて考えんのもしんどいや……まあ、凄いよ」

 

 酒がまわり過ぎてまともな返答も出来なくなっているようだ。早速ザエルアポロの考えてた事が水の泡になりそうである。

 

「あいちゅらのちかりゃを一言で説明しゅるにゃらねぇ……キミ達十刃(エスパーダ)で言う『司る死の形』を教えた方が早いのら。あいちゅらが司りゅ死は『秩序』だ。うへへ……なんかヒミチュをばりゃすのたぁのしくなってき……ゴボッ!? ゴボボッ……ゴバッ……ッ…………」

 

 アンジェが他の秘め事を語る前に、口に一升瓶が突っ込まれていた。そしてその一升瓶の中身をアンジェの口へ流し込んで笑っているのが、先程の話題に上がった双子、レクシー&ハロルドである。酔いで完全に目を回しているアンジェを尻目に、双子はザエルアポロの方を向いた。

 

「アンジェはもう寝んねしたから」

「楽しいお喋りはここまで」

「あんまりアンジェの情報を」

「詮索しないよう気をつけてね」

「アンジェの邪魔をするようなら」

私達(僕達)が許さないよ」

「だって、アンジェは」

「僕達の」「私達の」

「「大事な」」「『()()』」「『()』」

「「なんだから」」

 

 十刃(エスパーダ)であるザエルアポロにも臆する事もなく言い放つ双子。その顔はニコニコと笑っていたが、どこか恐ろしさを感じた。場の雰囲気を変える為、ザエルアポロは此処に来た目的へと話を変えた。

 

「此処に来たのは、アンジェが僕から許可を貰って、(ゴミ)に仕込んだ何かの説明を受けるために来たのだけれど、その本人が倒れた今、誰が僕に教えてくれるのかな?」

 

 その言葉に双子はそれがどうしたといった顔をしている。あまり理解出来ていないようだ。

 

「つまりだ、僕は(クズ)を実験に使う対価に、その結果の詳細を求めていたんだよ。それが出来なくなった今、邪魔した君達にその賠償をどうして貰おうかと言っているんだ」

 

 実際は後からたっぷりと教えて貰えるのだが、そんな事知らないであろう双子から何か聞き出す為に、とっさに出まかせを吐いた。それに対しての双子の反応は分かりやすいものである。

 お互い顔を向け合い、しかめている。そして何か言い争いを始め、ジャンケンをし出した。そして負けたレクシーが悔しそうな表情を浮かべている。

 

「何で私がやらなきゃいけないのよ! お酒突っ込んだのハロルドじゃないの!」

「ジャンケンに負けたんだから早く始めろよレクシー。僕は1人で真珠頭とデカ男の闘いを観戦するから」

「ずるい! 私も続きが楽しみだったのに!」

「録画してるんだから後で観ればいいだろ」

「ハロルド絶対ネタバレするじゃん! そー言うの一番嫌なの」

「ほら、僕に何か言ってる暇があったら、アンジェのお友達にアンジェの代わりをやってやれよ。いつまでたっても終わんないぞ〜」

「もういいもん。後で東仙さんにハロルドがこないだしたイタズラの事言いつけてやるもん」

「あっ、それこそズルいぞ! 内緒にしとくってこの間約束したじゃないか! ルール違反だ!」

 

 ぎゃーぎゃーと言い争いをする双子。やがて溜飲が下がったのか、レクシーはザエルアポロの方に向きなおる。その間にハロルドは最初にいた部屋の隅に移動して、再びタブレットを見ていた。

 

「えーと、えーと……アンジェのカンペは何処だろ……ここかな?」

 

 ザエルアポロの方を緊張した表情で向きながらも両手はアンジェの白衣を(まさぐ)っていた。そしてそのままポケットから数十枚の纏められた紙を抜き取り、そのまま表紙に書かれたメモだけ熱心に読みはじめる。

 

「仕込みが反応したらザエルアポロ君の反応や予想を聞きながら解説する……取り敢えずザエルアポロさんはその時まで待っててって事みたい」

「いや、君はアンジェじゃないんだからそんなまどろっこしい事しないでくれ。と言うより、その紙束さえ見せてくれればもういいよ」

 

 レクシーが握っている資料を奪い取る。レクシーは全部教えてもよいのだろうかと不安そうな顔をしているが、何の問題も無いはずだ。そもそも今回の実験は成果を全てザエルアポロに譲るという条件で許可しているのだ。資料も自分の為に作ったものである筈だからキレられるのはお門違いであろう。

 掻っ攫った資料に目を通す。そこにはやはりというか中々興味深い事が長々と記されていた。聞きたい事も色々とあるが、それを説明してくれる者が酔い潰れているので今日は諦めざるを得ない。酒はやはり止めておくべきだったかなと少しだけ後悔した。

 

「そう言えば、君達はコレをどうやって兄の身体に入れたのかなどは聞いていないのかい?」

 

 ダメ元で聞いてみたが、意外にも知っているようであり、先程まで不安そうだった顔が笑顔に変わった。

 

「あ! それなら分かるよ! アンジェに頼まれて私達がしたんだもん! えっとねえっとね!」

「僕がイタズラで口の中にねじ込んだんだよ〜。 レクシーのおままごとに付き合わせてる時にね」

 

 レクシーが伝える前に、ハロルドが後ろから意地悪な顔をしながらレクシーの台詞を奪った。

 

「も〜何で私の言おうと思ったこと言うの! 意地悪ばっかりするハロルドなんて嫌いになっちゃうもん!」

「はいはい。それよりもさ、ザエルアポロさんもそろそろそんな紙束じゃなくてあっちみた方が良いんじゃない?」

 

 その言葉と同時に、画面から眩い光が放たれた。

 

 

 

────────────

 

 

 

「限定解除!!!」

 

 そう言葉を発すると同時に目の前の死神の霊圧が跳ね上がった。先程までは自身が圧倒的な力でねじ伏せていた筈なのに、一瞬の間に左腕を()がれ、角は片方へし折られ、最早勝ち目がある状況ではない。撤退の合図は出たが、恐らく逃げ切れる事は無いだろう。

 

狒骨大砲(ひこつたいほう)

 

 後ろから巨大な霊圧の砲弾が迫って来る。……此処までか。自分達の王が高みに登って行く姿をもう少し見ていたかった……。

 

──そうして巨大な霊圧の奔流がイールフォルトを飲み込んだ瞬間、(くら)い闇がイールフォルトを包み込んだ。

 

 

──────────────

 

 

「何だよ……今のは……?」

 

 恋次は動揺していた。確実に仕留められる相手へ、自身の最高の技を喰らわせたのだ。倒せていない筈がない。それなのに相手を飲み込んだであろう位置には、怪しい闇が漂っている。しかも先程まで戦っていた破面(アランカル)の霊圧が僅かながら感じ取れるのだ。そして徐々に闇が晴れていく。そして闇の中から姿を現した者の姿に恋次は舌打ちした。

 

「何で今の攻撃は無傷で凌いでんだよ……」

 

 闇から現れたイールフォルトの姿は、先程までとは少し変わっていた。死覇装は死神達と同じような黒いものに変化しており、帰刃(レスレクシオン)で現れた虚の特徴も全て黒く染まり、折れた片角からは霊子で出来た光の角が生えている。幸いにも左腕は失われたままであるが油断は出来ない。

 

「ハ」

 

 イールフォルトの口から感情が漏れる。

 

「ハハハ」

 

 その感情は歓喜であった。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 恋次など眼中にないのか、自身の身体から溢れる力に喜びを噛み締めている。

 

「何を笑ってやがる。てめえが不利な状況は変わってないんだぜ。次で終わらせてやる」

 

 恋次の少し苛ついような言葉に、そういえば何かと戦っていたのを忘れていたといった様子で恋次の方を向く。完全に舐めきっている様にしか見えない。

 

「おお、すっかりワスれてしまっていたよ、キョウダイ。ジブンでもイマのジョウキョウがリカイデキていないんだ。ナゼイきているのかもフシギでしょうがないクライだからユルしてくれよ」

 

 そして恋次の方へ身体を向けられると、先程までとは比べ物にならない威圧感が恋次を襲った。

 

「まあ、こんなことをやったヤツにはほぼイキドオりしかないが、スコしだけはカンシャしてるよ。イきナガらえることがデキたのだからな」

 

 暗黒の角と光の角を恋次へと向け、そしていつでも飛び掛かれるよう身構える。恋次もいつでも迎え撃てるよう、己の卍解、狒狒王蛇尾丸で攻守どちらにも対応出来る構えをとった。

 

「このアラたなチカラ、サッソクタメさせてモラうぞ! キョウダイ!!」

 

 そして勢いよく恋次に飛び掛かってきた。その姿はまるで、前にあるもの全てを壊す、巨獣の突進のようである。恋次も狒狒王蛇尾丸を操り、その猛牛の突進を迎え撃つ。そして、光闇の双角と大蛇の大顎がぶつかり合う瞬間、轟音が響き渡った。

 

「冗談だろ…」

 

 少し前には相手の左腕を喰い千切っていた顎が、恋次の遥か後方に吹き飛ばされ、その後に続く刃節が達磨落としの様に横に弾き飛ばされていく。中には突き砕かれる節もあった。

 

「ハハハ! ヌルい! ヌルいぞ、キョウダイ!! それでオレをトめられるものか!」

 

 勢いを落とす事なく一直線に恋次に突っ込んで来る。流石に正面から止めるのは無理だと理解した恋次は、咄嗟に横に跳んだがそれは間違いではなかった。全く勢いを落とす事なく、そして進む軌道を変える事もなく少し前まで恋次がいた位置を駆け抜けていく。どうやら方向転換は苦手の様だ。止まってこちらを向き直す前に吹き飛ばされた狒狒王蛇尾丸の刀身をイールフォルトの周りに集め、次の攻撃に備える。またこちらに突っ込んできた時が反撃のチャンスだ。

 

「まるで猪みてぇだな。少し前までとは違って、真っ直ぐ進むしか能が無くなったのか? そんな単調な突進で俺を倒せるものならやってみやがれ!」

「チョウハツのつもりか? いいだろう、ノってやる。そのカラダ、このツノでツきウガってやろう」

 

 再び此方に爆進してくる雄牛、そのスピードは先程までよりも速い。しかし捉えきれない程ではなかった。

 

「手に入れたばかりの力に慢心してんじゃねえよ! その(おご)りの代償を身を持って知りやがれ!」

 

 狒牙絶咬(ひがぜっこう)

 

 先程まで散らばっていた骨の刃節が、全方向から猛牛の肉を喰らう為に襲い掛かる。直進しながら全ての刃節を叩き落とすのは無理に近い。そして進むのを止めようにも勢いが付き過ぎていて、急停止も無理である。そして、まさに闘牛が大蛇の中に飲み込まれようとした時、恋次の顔から勝ち誇った笑みが零れた。

 

「サイゴのサイゴでのユダンはヨくないぞ、キョウダイ」

 

 金牛宮の剛槍(タウロ・ランサ)

 

 光の角が凄まじい速さで射出される。正面から向かってくる刃節を()()()()()()薙ぎ払い、恋次の右肩をブチ抜き、遥か彼方へと消えた。そして骨の檻を前方に開いた空間から、更に加速する事によって無傷で抜け、その勢いのまま驚愕を表情に浮かべている恋次の左肩を穿ち、遠くへと吹き飛ばした。

 

「ハ……ハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 恋次の姿が彼方へと消えたのを確認したイールフォルトは、この世のものとは思えない程の、(おぞま)ましい歓喜の雄叫びをあげた。

 

「ナンだこれは! あのシニガミがまるでカスみたいだったぞ! これだけのチカラがあればグリムジョーがこれからススむオウのミチをサイゴまでミトドけられる! オトウト(根暗)シンイり(アンジェ)のシワザだろうが、コンカイはカンシャしといてやるよ。ハハハハハハ……ガッ!?」

 

 そう叫んだ瞬間、激しい頭痛と空腹感がイールフォルトを襲った。まるで

頭がすり潰され、考える事すらままならない苦痛が思考を支配してくる。

 

「イタいイタいイタい! アタマがヤける! ヤめろ! クルしい! トまれトまれトまれトまれトまれ………………」

 

 そして苦しむそぶりを止めたイールフォルトは、ある方向を見つめ始めた。

 

「アソコからウマそうなヤツらのケハイがする……()()()()をクえば、このクツウもキえそうだ」

 

 一護とグリムジョーが火花を散らしている方向を。

 

「アソコにはタシかグリムジョーがいたはずだ……グリムジョー? ……ダレだったかオモいダせない……」




※恋次はスタッフ(織姫)が後でしっかりと治療しました。

今回、双子の司る死の形が出ましたが、正直双子の戦闘(?)描写と能力は最後の方にしか出てこない予定です。帰刃名も先に出す予定という始末です。興味がある方は予想してみて下さい。

イールフォルトさん? 嫌な事件だったね……

次回、夜の空座町襲撃大作戦(終)! 乞うご期待!


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第十九話 猛牛

前回のあらすじ

イールフォルト「オデハグウ……ゼンブグウ……」

以上です(嘘)


「おい、死神。テメーの卍解の力はこんなもんかよ? 穴アキにしちまうぞ?」

 

 空座町住宅街の上空、そこには目付きの悪い男──グリムジョーとこの町を護る一護が相対していた。

 グリムジョーは四肢を武器に、卍解した黒崎一護と激しく衝突を繰り返している。一護が自慢の速さで周りこむも軽くあしらわれ、弾き飛ばされる。

 しかし、グリムジョーの表情はつまらなそうである。ウルキオラが注意するほどの成長を遂げる者とは思えないのだ。

 そして軽い踵落としを喰らわせ、一護を地上へと叩き落とし、粉塵に包まれた一護へ向けて叫ぶ。

 

「......ちっ、こんなモンが卍解かよ。ガッカリさせんじゃねえよ死神! 卍解になってマトモになったのはスピードだけか! あァ!?」

 

 何もかもが気にくわない。力を持たないくせに突っかかってくる。自分を満足させる程の存在でもないのに。

 すると、その粉塵の中から霊圧が高まって行くのが感じられた。煙の中に黒が混ざりどんどん侵食していく。そして霊圧が煙を散らし、姿を再び現した。そこにいる黒崎一護の『天鎖斬月』には、漆黒の霊圧が纏わりついていた。

 先ほどまでとは霊圧の密度が明らかに違う。グリムジョーは回避しようと思えば出来たが、あえて受けるために防御の姿勢をとる。

 

 月牙天衝

 

 黒い斬撃がグリムジョー目掛けて牙を剥く。グリムジョーは両腕を交差させ、防ぐ

 

「ジャマだ……ノラネコが……」

 

──筈だった。

 

「ッッ!?」

 

 真横からの声に咄嗟に反応するが、目を向けた時には漆黒の角がグリムジョーの身体を薙ぎ、左肩から右わき腹かけて大きな裂傷を作った後であった。そしてそのまま何者かの右腕に殴り飛ばされ、吹き飛ぶ。

 幸いにも傷は浅く、戦闘に支障が出るものではなかった。そして自分の邪魔をした愚か者を睨みつけ、目を見開いた。そして、新たなる闖入者に警戒していた一護も、その者がとった行動に驚きを隠せずにいた。

 

「おい……冗談だろ……!?」

 

 ニッチャ……ニッチャ……

 

 咀嚼の音が響き渡る。

 

「これだ……だが、まだタりない……」

 

 グリムジョーを急襲した漆黒の猛牛──イールフォルトは月牙天衝を()()()()()()。グリムジョーを殴り飛ばした後、自身の目の前に迫った月牙を口で受け止め、そのまま全てを吸い込んでいたのだ。当然、無事で済むわけがない。口は血まみれになっており、まるで生き血を(すす)った様であった。

 まだ足りないといった様子で一護に目を向ける。睨みつけているグリムジョーなどこの場に居ないかの様にあしらって。

 

「オレンジアタマ、おマエをクらえばタりないナニカがミみたされるキがする。さあ、そのチニクをヨこせ!」

 

 飢えた野牛は脚に力を溜め、地上に居る一護に飛び掛かろうとした。その瞬間、背後から来たいきなりの衝撃に反応する事が出来ず、地面へと叩きつけられた。

 

「イールフォルト、テメー……オレのジャマをするってコトはどういうコトか分かってんだろうなァ? あァン!?」

 

 殺意を一護から闘牛(イールフォルト)へと向ける。しかし、殺意を向けられている当の本人は、まるで煩い羽虫を見るかの様な目でグリムジョーの方を向く。

 

「ジャマをするな。おマエのコトなどナニもシらん。アトでクってやるからマタタビでもカいでマってろ」

 

 短気なグリムジョーがこの挑発で怒らない筈がなかった。先程よりも更に霊圧を高めていく。それに対し、イールフォルトは仕方ないといった様子で、攻撃対象を一護からグリムジョーへと移す。

 

「イイぜ、テメーのケンカ買ってやる! あの変態共(ザエルアポロ達)に何かされたんだろうがそんなコトカンケーねぇ! 叩きのめして正気に返してやるよ!」

 

 その言葉と同時に黒き巨獣がグリムジョー目掛けて凄まじい勢いで突き進んで行く。その姿は、進む先にある物全てを砕くのではないかと思われる程であった。グリムジョーはその爆進を前にしても回避行動をとることなく、凄惨な笑みを浮かべて迎え討つ。

 

「ンなモン角に当たらなけりゃ大したコトねぇんだよ! コレでも喰らって、ちったぁ頭でも冷やしな!」

 

 目前まで迫って来た角を身体を捻って間を縫い、跳ね飛ばさんと猛々しい勢いで進む、顔の鼻っ柱を掴んだ。

 

 掴み虚閃(アガラール・セロ)

 

 グリムジョーの得意とする技の一つである。零距離で放たれる膨大な霊圧の奔流が、イールフォルトの鼻を始めとし、全身を飲み込んだ。少しも手加減をしていない一撃だ。並の破面(アランカル)など跡形もなく吹き飛ぶ代物である。例え無事でもタダでは済まない筈だ。グリムジョーはそう考えていた。しかし──

 

「……チッッ! 悪い冗談だぜ!!」

 

 魔牛(イールフォルト)の突進の勢いは少しも落ちる事はなかった。決して軽くはない傷を負っているのに全く怯まず、グリムジョーを自身の顔面に縫い付ける。何発も鼻っ柱に零距離の虚閃(セロ)を叩き込むが、暴走は止まることを知らない。そしてその勢いを落とすことなく大きく旋回して方向転換を行い、とある場所へとその勢いを解き放つ──黒崎一護目掛けて。

 

「そんなモノでオレをトめられるものか! キサマもオレンジアタマも、ホンキをダすマエにミンチにしてクってやる」

 

 王者の爆進(カンピオン・アドバンス)

 

 流れ星の様に大地へと突き進んでゆく。グリムジョーは脱出しようと足掻くが、凄まじい勢いの所為で身体が顔面に縫い付けられており逃げ出せず、斬魄刀を抜く余裕すら与えてもらえなかった。

 

「くそっ……少しでいいから動いてくれ……!」

 

 自身に黒き凶弾が迫るが一護は動くことが出来なかった。あの黒い雄牛が現れてから、内なる虚が暴れているのだ。抑えるだけでも精一杯であり、身体を動かす余裕などなかった。

 最早(かわ)すのも難しい距離まで詰められる。無残な姿となった死神と、重傷の十刃(エスパーダ)がその場に出来上がると思われた瞬間、場違いな無邪気な子供の声が響いた。

 

「なんで僕らが後始末しなきゃいけないんだ? やったのは殆どアンジェなのに……」

「酔い潰れてたから代わりに私達をとのことだってよ。まあ酒を飲ませ過ぎた私達の自業自得だね〜」

「まあ、現世(コッチ)に初めて来れたからいいや〜」

「でも、遊ぶの禁止だからツマンナーイ」

 

 一護もグリムジョーも驚いていたが、一番動揺したのはイールフォルトであった。それもそうであろう。この場に居る者の誰もが止められなかった己の全力を、見た目も霊圧も非力な子供の右手で、軽々と止められたのだから。どれだけ押そうが引こうが掴まれた漆黒の角はびくともしない。

 少女の破面──レクシーは、右手に白兎のぬいぐるみを抱えたまま、左手でイールフォルトの顔面にへばりついたグリムジョーの襟首を掴むと、とある方向へ投げ飛ばす。投げられて正気に戻ったグリムジョーは、レクシーと闘牛(イールフォルト)を黒兎のぬいぐるみの耳を握ったまま抑えている少年──ハロルドを怒鳴りつけようとしたが、後ろから聞こえた声で自制し、苦虫を噛み潰した様な顔をした。

 

「縛道の六十三 『鎖条鎖縛(さじょうさばく)』」

 

 蛇の様な鎖が、暴れ牛を縛り付ける。そして先程まで猛威を振るっていた者は、一瞬で沈黙した。

 

「それにしてもアンジェはなんでこんな未完成の状態の薬を投与したんだろうねぇ?」

「何言ってんの? レクシー。アンジェの性格知ってるだろ? すぐにわかる事じゃん!」

「ん〜? 後はザエルアポロさんに丸投げ?」

「言い方が悪いな〜。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()薬なんだから、後の調整をどうするか高みの見物と言ってあげなよ」

 

 双子の破面(アランカル)は、真後ろにいる一護に見向きもせず、動けなくなったイールフォルトをまるで家畜を見る様な目で見ている。

 

「レクシー、ハロルド。お前達は早く仕事を終わらせろ」

 

 イールフォルトを縛り上げた本人──東仙要が命令すると、レクシーはポケットから小さな注射器を取り出す。

 

「「はぁ〜〜い」」

 

 この場にそぐわない間の抜けた返事をする。そしてその注射器の針をイールフォルトに向けた。

 

「ヤめろ! チカヨるな! バけモノドモが!!」

 

 イールフォルトは拘束を解こうと暴れる。その姿は此処から一刻も早く逃げ出したいと怯えた様でもあった。

 

「化け物なんて酷いなぁ!」

「私達は全然強くないのにねぇ!」

 

 ケラケラと笑う双子。その様子は不気味そのものであった。

 

「てめえら、一体何をする気だ……?」

 

 漸く口を開いた一護は此方を見向きもしない双子へ問いかける。その疑問への返答は胸糞が悪くなる様なものであった。

 

「何って……()()()()『実験動物』の()()()だけど?」

「被害が広がる前に処分しとかないと苦情が来るからね」

 

 当たり前の事をどうして聞くんだとキョトンとした顔をする2人。無邪気で、そして残忍さが篭った四つの瞳が今初めて一護の姿を映した。

 

「殺処分って……コイツはお前らの仲間じゃねぇのかよ!!」

 

 敵であったが、戦いの中に生きる者が受けるものではない扱いに憤りを感じた。そんな一護に不満そうな顔をする双子。

 

「なんで私達怒られてるの? やられそうなところを助けたんだから感謝するのが普通じゃないの?」

「もしかして、ツンデレってやつ? 分かりにくいから困るね〜。僕達、そういったのに興味ないからはっきり伝えてよね、『ありがとう』って」

 

 見当違いな事言い出す双子にさらに苛立ちが募る。そしてその苛立ちをそのまま言葉にしてぶつけた。

 

「てめえらは仲間を殺すのに何の躊躇いもねぇのかよ!!」

 

 一護の叫びが双子は理解出来ないのか、困った顔のまま言葉を紡ぐ。

 

「仲間なんかじゃないよ? 飼育場(虚夜宮)から逃げ出した害獣(イールフォルト)は駆除するのが当たり前じゃないのかな? 被害も出ちゃってるんだからさ」

「第一、屠殺(とさつ)の度に感傷に浸ってたら、農家の人達なんて心が病んじゃうじゃないか。僕達にそういった感情論を押し付けるのはやめて欲しいね」

 

 会話が全くと言っていい程噛み合わない。()()()が違うのだ、他者の命に関しての。

 

「てめえらは命をなんとも思わないのか!? 一緒に戦ってきたんじゃないのか!?」

 

 まだ自分達に感情をぶつける一護に嫌気がさしたのか、少し不愉快そうに話を持ちかける。

 

「あーもう、五月蝿いな! 分かったよ! そんなに気に食わないんなら賭け事で決めようじゃあないか!!」

「手っ取り早いコイントスでもいい? 時間もあんまりかけたくないからさ〜。私等が勝てば、予定通りの行動をする」

「キミが勝てば、僕達は何もしない。これでいいでしょ?」

 

 遊びで生き死にを決めようなどと、当然一護に受け入れられる筈がない。

 

「ふざけるなっ! 遊びじゃねえんだぞ!!」

 

 一護の怒りに、双子は憤りを見せた。聞き分けのない子供に向ける時の様な憤りを。

 

「何勘違いしてんだよ。こっちはキミに譲歩して勝負を持ちかけてやったんだ。普通聞く必要もない戯言にね」

「それでも偉そうにするなんて、礼儀がなってないんじゃないの〜。チャンスを与えてもらった事に感謝の意くらい示してよね」

「それと、ものの価値は人によって違うんだよ。僕達にとって『遊び』は『命』と釣り合うんだ」

「自分の価値観を他人に押し付けるのはやめてよね。『()()()()』が」

 

 一護の返事を待たずして懐から取り出したコインの両面を見せる。どうやら参加は強制のようだ。

 

「兎の絵の面が表、狼の絵が裏。一回切りだかんね。そら、いくよ」

 

 小気味良い音と共にコインが回転しながら中を舞う。そして落下するとコインはハロルドの手の甲の上へと吸い込まれ、もう片方の手で挟まれた。

 

「ほら、早く選んでよ。表と裏どっち? 私達が先に選ぶという()()()は嫌でしょ?」

 

 我慢の限界が来たのか、先程まで東仙と何か話をしていたグリムジョーが口を出して来た。そんなグリムジョーを東仙は不快そうに見るが、何も口出しせずに黙って見ている。

 

「ガキ共が……何勝手に決めてやがるッ! テメー達がオレの従属官(フラシオン)の処遇を遊びで勝手に決めてんじゃねえよ!!」

 

 先程まで静かにしていたグリムジョーであったが、これだけは我慢ならなかったようだ。だか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「野次飛ばすのも程々にしてよね〜。そもそもキミの行動が原因なんだからさ〜」

「キミの『無秩序』な行動の()()がこれなんだから、馬鹿な真似をした事を後悔しながら黙って見ててよね」

 

 グリムジョーに視線を少しだけ移した後、再び楽しそうな目を一護へ向ける。

 

「さ、オレンジツンツン頭さん、あんな奴ほっといて決めちゃってね」

「あの(うるさ)い奴と相談して決めてもいいよ。二択なんだから悩む必要もないと思うけどな〜」

 

 この双子には何を言っても通じないのだろう。そう思いながら、渋々といった様子で一護も表か裏か悩み始めた。

 

「くそっ……裏、いや表だ」

 

 一護の悩む姿に双子は楽しそうだ。その間、常にニコニコしていた。

 

「表だね! 後でゴネるのはなしだかんね〜。それじゃ開くよ〜!!」

 

 今か今かと待ち遠しいといった様子でハロルドはコインを隠した手と一護を交互に見ており、レクシーは手をブンブンと振り、興奮を露わにしていた。

 

「東仙さんもそんな顔怖くしてないで安心してよ。物事に『()()』なんてものはないけど、ツキが来てない奴が大勝負に勝てる訳がないのさ。ましてや()()()()()()()()になんてね」

 

 コインを覆った手がゆっくりと離され、そして──

 

「残念!!」

「私達の勝ちだよ!!」

 

 狼の絵が描かれた裏面がその存在を主張していた。イカサマをしてないか確認させる為に指一本でコインをひっくり返すが、反対の面は何の問題もなく兎の絵が描かれている。

 

「どうしたの? 納得いかないって顔してるけど」

「続ける? 勿論次は他のものを賭けてもらうよ。……そうだな〜、あそこでぶっ倒れてる死神(ルキア)の命を賭けるなら、もう一回勝負してもいいよ」

 

 その提案に、一護は何も口に出来ず呆けていた。仲間の命を賭ければこのふざけた遊びを続けてやると言っているのだ。そんなものに乗れる筈がなかった。

 何も言葉を発しない一護に、双子はすぐに内心を察したらしい。その表情は少し物足りなさそうであった。

 

「やっぱ降りちゃうか〜。ちょっと残念。だけど判断は悪くはないと思うよ。実質マイナス収支はないからね」

「ハロルド〜、東仙さんが能面みたいな顔してこっち見てるよ〜。そろそろ般若に変わるかもだから早く済ませちゃお?」

「そだね〜。支配人が店仕舞いしたそうだから、そろそろ畳むとするか」

 

 先程の注射器を取り出して掲げ、(うた)うように言葉を紡ぐ。

 

「弱者には痛みを」

 

「間抜けには苦しみを」

 

「幸なき者には『罪』を」

 

「愚か者には『罰』を」

 

「「そして選ばれし者には祝福を」」

 

 そして注射器をイールフォルトに突き立てた。

 

「グガァァァァァァ!!!!」

 

 喉が潰れる程の悲鳴の様な咆哮が空座町に響き渡る。断末魔は耳に残りそうな程の苦しみが篭っており、とても聞けたものではなかった。そんな中でもケラケラ笑う双子。まるで悲鳴を歓声のように聞いているような顔だ。

 グリムジョーは東仙に抑えられながらも、殺意に満ちた瞳を双子に向けており、一護も許せないといった様子で双子を見ていた。

 

「アンジェの注射怖いね〜。これ他の人に打ったらどうなんだろ?」

「全く効果ないんじゃない? こいつの為だけの薬って事もあるだろうし。第一、危険な薬を僕達みたいな『()()()』に持たせやしないよ!」

「それもそだね〜」

 

 凄まじい形相で睨む二人を少しも意を介することなく、楽しそうに談笑する双子。その傍らで悲鳴をあげる者の身体に変化が起こり始めた。

 黒かった虚の部分が更に深い黒へと変わり、肌もどんどん同じ色に染まっていく。そして、耐えきれなくなった部分からボロボロと崩れていく。

 

「ガ……ガガガ……クズれてしまう……キえてしまう……」

 

 何かを求めるように、ボロボロと形が保てなくなっていく腕を伸ばす。その先にはグリムジョーの姿があり、それに気がつくとなにかを感じたのか目を細めた。

 

「サイ…ゴ……グ…リム……ジョー……ス……マナ………イ…………」

 

 少しだけ、かつてのイールフォルトに戻った様な気がした。しかし、すぐに全身が崩れ落ち、この世からもあの世からも消えてしまった。最後に、黒い小さな水晶が形見の様に残った。

 それを拾ったレクシー達は、やり遂げた様な顔で東仙に報告する。

 

「終わったよ〜。ちょっと時間掛かっちゃったけど」

「そろそろ帰ろ、東仙さん。僕達少し眠くなっちゃった」

 

 その言葉と同時に東仙が黒腔(ガルガンタ)を開く。そしてその中へと破面(アランカル)達を促した。

 

「グリムジョー、お前の処罰は虚圏(ウェコムンド)で下される。お前がする事は、何もせずに虚圏(ウェコムンド)に帰ることだ。分かっているな?」

 

 その命令に苛立ちを見せながらも、何も言わずに中へと進んで行く。そんなグリムジョーの背に、声が掛けられた。

 

「ま、待て! どこ行くんだよ!」

「ウルセーな、帰んだよ虚圏(ウェコムンド)へな」

「ふざけんな! 勝手に攻めて来といて勝手に帰るだ!? 冗談じゃねえぞ! 下りてこいよ! まだ勝負は、ついてねえだろ!」

「......まだ勝負は、ついてねえだと? ふざけんな。邪魔が入って命拾ったのは、てめえのほうだぜ死神」

 

 一護は力量差を理解できないまで無能なのか。それが苛立ちを燻らせる。

 

「俺の名を、忘れんじゃねえぞ。そして二度と聞かねえことを祈れ」

 

 歯をむき出しにして獰猛に笑う。

 

「グリムジョー・ジャガージャック。この名を次に聞く時が、てめえの最後だ、死神」

 

 そのまま黒腔(ガルガンタ)の奥へと消えて行く。呆然としている一護へ今度は可愛らしい声が掛けられる。

 

「今度また遊びましょ」

 

 双子が中へ入ると黒腔(ガルガンタ)は閉じていく。閉じる瞬間、一護に向けてなのか分からない言葉が聞こえた。

 

 

 

 

「それじゃ、また出会う時まで」

「バイバイ」




いつからイールフォルトが強化されて生き残ると錯覚していた?

はい、イールフォルトさんが好きな方スンマセン。やはり、死の運命からは逃れられなかったよ。

因みに、レクシー&ハロルドは正直素の戦闘能力は高くないです。まあ、能力がイカれてますが……チートや最強ではないですよ?

そして次回からやっと残りの3キャラが出てきます。本当に長かった…


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第二十話 集結

そろそろ虚圏に一護を行かせたいのにそこまで至らないこの頃。な、なんでだ……描きたいシーンがあるからこのSS書き始めたのにそこまで全くとどいてないぞ……


 

「甲板長!! 死に損ないのクソったれ供を集めろ!」

「はい船長!!」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の前に広がる砂漠の海、その上に浮かぶガレオン船から大きな声が響き渡る。

 甲板の上にゾロゾロと異様な(ホロウ)達が集まると、舵輪の前にいた一際異様な虚が先ほどと同じ声で叫ぶ。

 

「久々の虚夜宮(ラス・ノーチェス)だ! 今はあの頑固ジジイ(バラガン)の城ではないらしいがそんな事など知らん! 平和ボケした阿保供に()()というものがどういったものだったか、その身に刻み込んで思い出させてやれ!」

 

 一言一言発せられる度に怒号が上がる。

 

「だからといって暴れ過ぎるなよ? 今回はあくまで俺の力を見せる為の行動だ。これから舐めた態度をとる奴が出ないようにするためのな。全て殺してしまっては意味がないからな!」

 

 その言葉には周りから笑い声が上がった。全くもって笑えない冗談である。

 

「貴様らのやる気が出るように今から良いものを見せてやろう! 甲板長!! アレを連れてこい!!」

 

 その言葉を待ってましたと言わんばかりの歓声が広がり、甲板長は船の中へと消えた。少しばかり待つと、一体の破面(アランカル)が両腕を縛られ恐怖で身体を震わせながら、多くの者の間をかき分けて『船長』と呼ばれる者の前に引っ張られていく。

 

「少し前に俺の船にちょっかいをかけてきた客人(ゴミ)だ! なんでも力ある者を探していたらしい。良かったな、目的を達成出来て」

 

 ゲラゲラと不快な笑い声が響く。それでも捕らえられた破面(アランカル)は怒りなど湧かず、恐怖に支配されている。それも全ては目の前にいる男に原因があった。

 

「どうだ俺の船、

残虐なるアンヘリカ号(デスピアダド・アンヘリカ)』の乗り心地は? 俺の自慢の宝だから最悪って事はないだろう? あァ?」

 

 発せられる一言一言が心臓を握られるような錯覚を覚えさせる。ドンッ、ドンッと足音を立てながら近づいて来た。その足音一つ一つからも何か恐ろしいものを感じさせられる。

 手を伸ばせば届く様な距離まで近づいてきた『船長』と呼ばれる男は、普通ではなかった。

 

「ガタガタと身体を震わせてどうした? そんなにも俺の姿が珍しいか? なんなら俺がママの元へ案内して安心させてやろうか、震えが止まるようにな」

 

 その男は闇に包まれており、正体が見えないのである。

 姿が全く分からない黒い霧の中から言葉が発せられている。唯一分かるのは、霧の中から怪しく緑の光を放っている二つの瞳だけである。その瞳も、見つめられているだけで身体が冷たくなっていくような錯覚を覚えた。

 

「オ、オレを一体どうするつもりだ! 藍染様の忠実な(しもべ)であるオレに手を出してみろ! 藍染様が直々にお前を滅ぼしに来るぞ!」

 

 ようやく口を開いたかと思えばこれである。その反応に『船長』は、表情は分からないが漏れ出る失笑で大体どう思っているのかが分かった。周りの者達も腹を抱えて笑っている。

 

「な、何がそんなに可笑しい!?」

 

 まだ状況を理解していない相手に優しく説明する為に、霧に覆われた腕を振り、船員達を黙らせた。笑い声は止まったものの、全員ニタニタ笑うのは止めなかった。

 

「俺達が何故ここに居るのか知っているか? どうしてお前に何もせずここまで連れてきたのか考えてはみないのか? さあ、あれを見ろ」

 

 そう言って相手の頭を掴み、後ろを向かせる。そこには虚夜宮(ラス・ノーチェス)の壁がそびえ立っていた。

 

「俺はここに攻め込みに来たんだよ。良かったな、藍染様とやらが滅ぼしに来る手間が省けて。さあ、お前に選ばせてやろうか」

 

 頭を掴みんでいた腕が、首を掴み持ち上げられる。そのせいで緑の二つの光と目が合う──合ってしまう。

 

「俺にこのまま(くび)り殺されるか、それとも俺以外の奴等に(なます)に刻まれるのがいいか、好きな方を選べ」

 

 目が合った瞬間、今まで感じた事のない寒気が襲った。涙は溢れ、失禁し、無様な醜態を晒してしまっている。

 

「選べない? それは困った。だが人生とは選択だ。自分の最後も自分で選べよ。死に方を選べるなんて普通出来ない事だぞ? ありがたく思え」

 

 どんどん首を握る力が強くなっていく。そして咄嗟に出た発言はどちらの選択肢でもなかった。

 

「嫌だ! 死にたくない!! 頼む、助けてくれ!!」

 

 この様な場では受け入れられる筈もない命乞いである。当然周りからは嘲笑が湧き上がる。だが、意外にも腕の握る力は抜かれ、再び地に足をつけることを許される。

 

「ほう、死ぬのは怖いかァ? しかし何事にも代償というものが必要だ。己の命の為にお前は何を差し出す?」

 

 そう言うと再び首を掴み持ち上げる。返答次第ではそのまま首を握り潰すつもりなのだろう。

 

「あ、あんたの言う事を聞くよ! 雑用でもでもなんでもする! だから頼む……」

 

 その瞬間、腕に込められる力が増していく。気に食わない答えだったのだろうか? そして緑の光が怪しく輝いた。

 その瞬間、何か()()()()()が身体から抜け落ちた様な気がした。失くしてはいけない何かが。それと同時に腕に込められた力がなくなり、地へ投げ捨てられる。

 

「我が船にようこそ、新入り!! この船で働きたいという心意気、実に気に入った! 船員として歓迎しようではないか!」

 

 先程までとはうってかわって、態度ががらりと変わる男。しかし、この後に待ち受けている事に、決して良い事などある筈がない。

 

「新入りには守ってもらう掟が一つだけある。この船で唯一の掟がな。船長の命令は『絶対』だ。さあ! 早速命令を一つ出してやろうか」

 

 顔は見えないが、(おぞ)ましい歪んだ笑みを浮かべているような幻覚が見えたような気がした。

 

「先輩達に此処での過ごし方をたっぷりとその身に教えて貰ってこい。なに、死にやしないさ。全員、『加減』は()()()()()()からな。さあ野郎ども!! これから一緒に暮らしていく仲間だ! 新入りをたっぷりと可愛がってやれ!!」

 

 話が終わると同時に、周りにいた者達が一斉に飛び掛かり、船の中へと引きずり込んでいく。必死に抵抗をするも、当然どうにもなるものではなくデッキの下へ身体が吸い込まれる。そして身体が完全に引きずり込まれる直前、『船長』の言葉が耳に届いた。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名前は『バラクーダ・ウィグルスダル』! 砂海の覇者と呼ばれし者だ! 忘れるなよ新入り」

 

 そして甲板の下からは打撃音、血が飛び散る音、そして悲鳴が聞こえ始めた。

 

「さて、甲板長。あの壁を破壊する用意だ。()()を使う準備を始めろ」

「アイアイサー。それにしても久々の新入りですな。一体いつ、あの時()()()()()()()()()()って思うのでしょうかね?」

「もう既に思ってるのかもしれんぞ? どれだけそう思おうとも解放などしてやらんがな。しっかり働いて貰うぞ、()()()()()()()()()()()()()

 

 

──────────

 

 アンジェたちは玉座のある間へと集まっていた。そこで、今回のグリムジョーの無断侵攻の裁量を決めるのだ。

 中央にはグリムジョーと東仙要がいた。

 その後方にアンジェがおり、気分が悪そうな顔をしていた。まだ酔いが抜けていないようだ。

 上方に据えられた玉座の側にレクシーとハロルドが(くつろ)いでおり、玉座に腰掛ける藍染が言った。

 

「──おかえり、グリムジョー」

 

 とてもただいまと返す気が起きない、威圧感たっぷりの労いの言葉である。全くもって嬉しくない。

 対してグリムジョーは何も言わず、それを見かねた東仙が口を開いた。

 

「......どうした。謝罪の言葉があるだろう、グリムジョー」

「別に」

「貴様......」

 

 眉をしかめた東仙に藍染が声を掛ける。

 

「いいんだ、要。私は何も怒ってなどいないよ」

「藍染様?」

「グリムジョーの今回の行動は、御しがたいほどの忠誠心の表れだと私は思っている。違うかい? グリムジョー」

 

 グリムジョーは一息間を置き、

 

「そうです」

 

 その瞬間、彼の襟首を東仙が乱暴に掴む。一触即発の空気の中、アンジェはこっちに飛び火しないでくれよと願い、双子はドラマを観るような感覚でワクワクしながらその光景を眺めていた。

 そして東仙が声を張り上げるように進言する。

 

「藍染様! この者の処刑の許可を!」

 

 その言葉に双子は目を爛々とかがやかせた。それをうんざりとした顔でアンジェは見る。そんな三者の様子も藍染は見逃す事なくじっくりと見ていた。

 そんなことはつゆ知らず、グリムジョーは口の端を吊り上げながら東仙を横目で見た。

 

「私情だな。てめえが俺を気に喰わねえだけじゃねえか。統括官様がそんなことでいいのかよ?」

「私は調和を乱す者を許すべきではないと考える。それだけだ」

「組織のためか?」

「藍染様のためだ」

 

 グリムジョーは鼻で笑った。

 虚に秩序など必要ないのだ。それを無理やり作り出して『調和』を乱しているのは、東仙自身だとでもいうように。

 

「はっ、大義を掲げるのが上手なこった」

「そうだ、大義だ。貴様の行いにはそれがない」

 

 東仙が己の斬魄刀の柄を握りこむ。その様子に気付いた双子は興奮を抑えきれないといった様子である。そんな二人を見て、アンジェは嫌な予感がし始め、更に具合が悪くなってきた。

 東仙の独白が続く。

 

「大義無き正義は殺戮に過ぎない。だが、大義の下の殺戮は──」

 

 東仙が刀を引き抜き、一閃した。

 グリムジョーの左腕が肩の辺りから斬り飛ばされ、宙を舞う。

 

「──正義だ」

「ァああああああああああああ!!」

 

 その瞬間、藍染の視界からもアンジェの視界からも双子の姿が消えた。その事に藍染は興味深いものを見るような目をしており、アンジェは天を仰いでいた。

 

「破道の五十四 『廃炎』」

 

 東仙から放たれた霊子の塊が、地に転がっていたグリムジョーの左腕を灰にする。

 それを見てアンジェは勿体無いと感じていた。腕一つでも色々と使い道があるのだ。それも十刃(エスパーダ)のものである。価値が低い訳がない。

 

「くそッ! くそッ!!! くそッ!! くそッ!!!」

 

 苦痛と怒りに染まったグリムジョーの叫びが響く。

 

「てめえ......! 俺の腕を……!! ──殺す!!」

 

 グリムジョーは残った右腕で斬魄刀に引き抜こうとした。しかしそれは許されなかった。

 

「『秩序』は絶対なんだよ、グリムジョー」

「『罪人』に反抗は許されていないんだよ、グリムジョー」

 

 見た目とは裏腹に、足掻いてもビクともしない力で双子に地面に押さえ付けられる。現世での出来事からの確執が此処でも続き、グリムジョーは双子への殺意を再び燃え上がらせた。

 

「止めろ、グリムジョー」

 

 上から降ってきた藍染の声に、まるで体が鉛のように重くなり、身動きすら取れなくなる。藍染は少しばかりの厳しさを含んだ表情で言った。

 

「お前がそこで要かハロルド達を攻撃すれば、──私はお前を許すわけにはいかなくなる」

 

 逆らえば待っているのは死だ。それを明確にグリムジョーに刻み付ける。ここでは感情を押し殺すしかなかった。

 グリムジョーの内心など全く考えない双子は藍染へと『お願い』をする。

 

「ねーねー藍染さま〜、グリムジョーへの『罰』は腕一本でいいの〜?」

「もし、足りないのなら私達(僕達)にちょうだい!!」

僕達(私達)が『遊んで』楽しむからさ! 現世に行くだけじゃ物足りなかったんだ!」

 

 これには東仙も眉をひそめる。遊びで断罪をしているのではないのだ。そういった事も教え込まなければなどと考え、何か言おうと思ったが藍染の言葉で妨げられた。

 

「ハロルド、レクシー。グリムジョーはもう十分罪を償ったんだ。君たちが何かする必要はないよ」

 

 その発言に双子はあからさまにがっかりとしていた。楽しみにしていたイベントが無くなったかのように。

 

「そっか〜、それじゃあ仕方ないね」

「あーあ、退屈だなぁ……」

 

 その瞬間、グリムジョーを押さえ付けていた力が()()()()。今のグリムジョーでも軽く払いのけられる程に。

 双子がグリムジョーの上から退いくとグリムジョーは立ち上がり、双子と東仙を凄まじい形相で睨む。そして──

 

「ちっ!!」

 

 舌打ちをしてその場を去っていった。

 アンジェはホッとした様子でグリムジョーと同じようにその場を去ろうとしたが、それを藍染は許さなかった。

 

「それはそうとアンジェ、今回の件に関しては君にも少しは問題があったと思うのだが」

 

 その言葉を聞き、首をギギギと音を立てているかのように捻って藍染の方へと向く。

 

「問題って……ちゃんと前もって実験の事は伝えていたじゃないですか! それにはちゃんと藍染様も納得してくれてましたし……何もやらかした覚えはないですよ?」

「いや、一つだけあるよ。その実験体が現世に連れてかれる、管理不十分という問題がね」

 

 それにはアンジェも顔をしかめた。グリムジョーにバレないようにしていたのに、それに加えて外に出ないよう管理するのははっきりいって無理だ。 確かに、グリムジョー達が現世に侵攻するだろうと踏んでおり、それを利用したというのは否めない。だが、それは不確定の事であり、勝手に動いたグリムジョー達の非がアンジェにいくのは理不尽である。

 しかし、藍染がその非がアンジェにあると言えばそれを覆すのは無理である。東仙も、藍染が下す判断によっては再び先程と同じ惨劇を繰り返すつもりなのか、柄に手をかけ始める。

 

「それで、藍染様は管理能力なしな私に一体どんな責任を取らせるつもりなのでしょーか?」

 

 やけくそ気味に開き直ったアンジェは軽口を叩くように藍染に問う。何か秘密を訊ねて来るかもしれない。それに応えるのは結構痛いが、仕方がない事だと納得させて藍染の返答を待つ。だが、藍染の要求はそんなものではなかった。

 

「なに、私は君に罰を与えるつもりなどないさ。ただ、今回の事に目を(つむ)ってあげるかわりに私のお願いを一つ聞いて欲しいんだ」

「そしてそのお願いとは?」

「簡単な事だよ。レクシー、ハロルドの力、彼女達の帰刃(レスレクシオン)を一度だけ見せて欲しいと思ってね」

 

 その瞬間、アンジェは予期していなかった事にポカンと口を開けて呆け、双子は喜びを露わにしていた。

 

「ホントホント!? 藍染さまそれホント?」

私達(僕達)が『遊ぶ』の許してくれるの?」

 

 キャッキャッと騒ぐ双子を無視し、アンジェは藍染に必死な形相で物申す。

 

「藍染様! そればっかりは駄目です! あいつらは抑えが効かないんですよ! 危険過ぎます!」

「私は別に構わないよ」

 

 その一言にアンジェは返す言葉が思い浮かばなかった。そんなアンジェを片目に、双子は藍染へと問いかける。

 

「今から? 今から?」

「いや、もう少し待ってて貰おうかな」

「ホント? 『()()』だよ?」

「ああ、約束しよう」

「『()()』は『()()』だかんね!」

 

 満足な顔を浮かべ、その場から双子は立ち去っていき、その場にいる破面(アランカル)はアンジェだけとなった。

 

「機会が来た時に連絡する。その時は私のお願いをしっかり聞いてくれる事を期待しているよ。話は以上だ。気を付けて帰りたまえ」

 

 そして来る時よりも具合が悪そうな顔でその場から姿を消した。

 

 

──────────

 

 

「また意地が悪いことなさりはるなァ……」

 

 玉座の間から移動した藍染に掛けられたのはそんな一言であった。

 

「──見ていたのか、ギン」

 

 声の方向には市丸とそして──

 

「このキャンディ美味しーよ」

「ありがとー市丸さん」

 

 ペロペロキャンディを口に突っ込んだレクシーとハロルドがいた。藍染はその事を全く気にする事なく市丸の方だけを見る。

 

「どういたしまして。それで、隊長はどうしてアンジェちゃんにイチャモンつけてまでこの子らの能力見たかったん?」

 

 市丸の疑問は最もであろう。アンジェから許可など貰わずとも、ただこの二人に命令すればそれだけで済む話であるのだから。()()()()()()の話だが。

 

「ギン、この子達はちょっと特殊みたいでね、力の解放には『許可』がないと出来ないらしい。アンジェが近くにいる時はアンジェが、いない時は他の誰かが許しを出さないと自分から帰刃(レスレクシオン)は無理との話だよ。アンジェが中々首を縦に振ってくれないから少し意地悪をしたまでさ」

 

 これは初めての話である。だが、アンジェは危険だと言っており、そんな面倒を冒してまで見る価値のあるものなのだろうか。

 

「アンジェちゃんの反応からするに、かなりヤバいもんちゃいますん? ()()()()して来たらどうするつもりなんでっか?」

「大丈夫だよ、ギン。大体どのようなものか予想は付いている。それになんだかんだ嫌がってるアンジェも、抑え方を知っているようだからね。本人は隠しているつもりなのだろうけれど」

「じゃあなんでアンジェちゃんはそんな頑なに断ろうとしはるん?」

「色々と手間が掛かるからか、少しも目を離したらいけないかのどちらかだと思うよ。まあ、彼等の性格を考えるに後者だと思うけどね」

 

 そして双子の力を見て一体どうするつもりなのか? それが市丸の中で渦巻いていた。

 

「で、いつ舞台を準備しなはるんでっか? 相手も用意しとく必要もありますし……」

「その点は大丈夫だよ。次の現世侵攻が終わったら、舞台も相手も整うからね」

「? 誰を当てはるんですか?」

「それはその時のお楽しみさ」

 

 市丸と藍染の会話をポーっとしながらハロルド達は聞いていたが、ふとキャンディを口から取り出し、ある方向を見始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「来たね」

「ああ、来たね」

「久々だね」

「ほんとに久々だね」

「集合だ」

「ならず者達の集合だ」

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、凄まじい破壊音が遠くから聞こえてきた。それに糸のような細い目を少しだけ市丸が開き、何やら楽しそうな笑みを藍染が浮かべる。

 

「なんや? また喧嘩かいな?」

 

 昔の出来事を思い返す市丸に、藍染はそうではないと説明する。

 

「違うよ、ギン。侵入者だよ」

 

 そんな藍染の言葉に眉を顰める。またからかっているのであろうか? そんな事を考えていると焦った東仙の声が藍染の後ろから聞こえてくる。

 

「藍染様! 侵入者です! 場所は三ヶ所。一つは第5宮(クイント・パラシオ)の中。もう一つは第2宮(セグンダ・パラシオ)に接近中!」

 

 

 

 

 

「そして最後は──「ここなのだろう? 侵入者さん」」

 

 藍染がそう断言し、市丸が身構えるとつまらなさそうな声を出しながら、先程の声の主が姿を現す。

 

「玉座に踏ん反り返るぼんくらかと思ってたら、どうやら性根の腐ったキザ野郎みたいね。反吐が出るわ」

 

 悪意のこもった言葉を吐き出しながら現れたのは、女の虚であった。スタイルは良く声も透き通っており、蠱惑的な気配を漂わせる。

 藍染も挑発には乗ることなく、軽く言葉を返す。

 

「要の声を真似する君に性悪とは言われたくないな」

 

 すると今度は市丸の後方から声が聞こえてくる。

 

「藍染様! 侵入者です! 場所は三ヶ所。一つは第5宮(クイント・パラシオ)の中。もう一つは第2宮(セグンダ・パラシオ)に接近中!」

 

 先程と全く同じ声で一文一句違わずに繰り返される。

 

「そして最後は──「ここなんやろう? 東仙はん」ッ!?」

 

 姿を現した東仙は、市丸の返答に少しだけ驚きつつも藍染の側にいる虚に気付き、斬魄刀を構える。三対一、しかも虚夜宮(ラス・ノーチェス)のトップ三人という不利な状況にも関わらず、どこか余裕そうであった。

 

「で、君の名前を訊ねてもいいかな。美しい侵入者さん?」

「そうね、相手に名前を訊ねるのに自分が先に名乗らないゴミクズじゃないのなら特別に教えてあげてもいいわよ」

 

 その言葉に東仙は頭に血が上り、飛びかかろうとするがそれを藍染が腕を横に伸ばして制する。

 

「これは失礼。私の名前は藍染惣右介。この虚夜宮(ラス・ノーチェス)に住まう者全てを束ねる者だ」

 

 名前を言わせた癖にどうでも良さそうな雰囲気を出している事に東仙は更に苛立ち、市丸は癖の強い虚だなと思った。藍染に名乗らせたのたからには自分も名乗るのが礼儀であろう。礼儀があるかは分からないが、約束通りに優雅に礼をしながら女は己の名を口に出した。

 

「私の名前はリンファ。リンファ・ツァナルよ。その腐った脳みそに忘れないように叩き込んでおきなさい」




3人中2人がそれなりの存在感を出しながら登場してくれましたが残りの1人は空気でした。次回しっかりと登場するかって? ……ま、まあちゃんと出でくる時は近いのでお楽しみに!

レクシー&ハロルドの刀剣解放? 一体どんな能力なんだ…


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第二十一話 開演

あと少しで……あと少しで虚圏編へいける……後少しで戦闘シーンをバリバリ書けるんだ。そこまで持ってくれ……秋アニメを見るのに夢中で暫くSS放置病……


 

「で? イヤな気分で帰ってきてみれば、お前がなんで私のティーセットで紅茶を飲んでいるんだよ。その茶葉貴重なんだぞ」

 

 第5宮(クイント・パラシオ)へ戻ってきたアンジェを待ち受けていたのは、一体の(ホロウ)であった。

 

「随分な挨拶だなぁ。オレ等を呼んだのはオマエだろ? もうちっとこう……んー……なんか労うような歓迎をしてくれてもいいんじゃね?」

 

 顎の発達した甲虫の頭蓋の様な仮面を付けた虚は、気楽そうにそう言う。溜め息をつきながらもアンジェは、その客人の向かい側へと腰を下ろした。

 

「それよりアンジェ。あの人怖いんだけど、どうにかしてくんない?」

 

 そうして指を差す方向には──

 

「許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ排除排除排除排除排除排除排除アンジェ排除」

 

 物騒な発言をしながらフラフラと徘徊する第5十刃(クイント・エスパーダ)が居た。初めて見る者でなくても近寄り難いものである。

 

「ああ、気にしなくてもいいよ。何もして来ないはずさ、たぶん。

 それよりも後二人はどうしたの? なんかイヤな予感がするんだけど……」

 

 フラグを立てるのが好きなのか、思ったことをそのまま述べている。そんなアンジェの不安を、ヘラヘラと虚が笑う。

 

「そのヤな予感は正しいだろうさ。大体あいつ等の性格考えりゃあ、どう動くなんて簡単に()()がつきそうなモンだけどなぁ」

 

 確かにあの『海賊』に関しては分からないでもないが、あの『毒舌』の動きなど自分は読めたものではない。

 

「で、バラクーダはへーかの元へ向かっていると考えるとして、リンファは何処に向かったか予想が付くのか? 私ゃ分からんのだ。早く教えんさいな」

 

 ジト目で睨むと飄々とした態度の男は、少し勿体振りながら語り始めた。

 

「あのジイさんは今までの癖で、此処に来た時のお約束をある人物に届けにいってんのはまあ、すぐに分かることかぁ。で、お前が知りたいのはあの『刺激的』な言葉ばかり吐く『醜悪女』の事だろ? あいつも分かり易そうだと思うんだけどなぁ。」

「あいつの考えなんて私達を殺したい程毛嫌いしてる事しか知らないよ」

「それだけで十分さ。あいつはオレ等を毛嫌いしてんだろ? そんなら先ず始めにオレ等の心象を最悪にする筈さ、これから『お世話』になる所に対してな」

 

 それを聞いてアンジェは青ざめ始めた。それを楽しそうに眺めながら続ける。

 

「トップへ暴言を撒き散らして、オレ等の事でもある事ない事言いふらすんじゃね? 例えばここを乗っ取りに来たとか」

「それが分かっててなんで止めなかったんだ! 私等全員が攻撃対象になるじゃないか!」

「なんでって……そうなった方が面白そうじゃん」

 

 それを聞いてこいつもやはり手に負えない、どうしようもない輩だとアンジェは改めて思った。他人からしてみればブーメランであるが、そんなことがわかる筈のないアンジェは早速阻止しに行こうと移動しようとするも、肩を掴まれて止められる。

 

「まあ待てよ。オレは別に『そうなった方が面白い』と言っただけで『そうなる』とは一言も言ってないだろ? 安心なさいな、あいつの企み通りにゃあいかねえさ。藍染の(あん)ちゃんがそんなチンケな企みに乗せられると思うか? 可能性は限りなく低いね」

 

 それもそうである。伊達に尸魂界(ソウルソサエティ)を長く騙してきた男ではない。ただ、リンファの『能力』を考えると安心は出来ないのだ。あれの力は正に、彼女の本質である『醜悪』そのものなのだから。万が一を考えると落ち着くなど無理な話である。

 

「まーだそわそわしてんのかぁ。まあ大丈夫だって。藍染の兄ちゃんだってすぐにこっちの仲間入りするさ。『今すぐにでも殺したい程憎い奴等』のな」

 

 アンジェはしばらく虚を不満そうな目で見るが、諦めがついたのか自分の分の紅茶を注ぎ、寛ぎ始めた。

 その瞬間、遠くから大きな破壊音が聞こえてくる。どうやら爺さんは壁を派手に破壊して侵入するつもりなのだろう、色々な意味を込めて。

 

「分かりましたよ。お前が何を知っているのかは知らんが、お前の『情報』と『予測』は精度が高いからね。黙って見とくよ。自分で火種を大きくしてしまったら目も当てられないや」

「それで良いのさ。頭のイカれた奴の動きに首を突っ込むと碌な目に遭わないぞ。見て見ぬふりが一番だ」

 

 そう言うと虚は腰を上げた。何処かに出掛けるのであろうか? それを見透かしてか笑いながら軽く手を振る。

 

「ああ、別に何か悪巧みしに行く訳じゃねぇよ? ただ少し状況が落ち着いたら、藍染の兄ちゃん達に顔合わせしに行くだけさ」

「余計な事するんじゃあないよ。分かった?」

「分かってるって。第一、まだなんも始まってない状況で行動しても何も楽しくねぇよ。せめて計画が順調満帆でない限り何もしないさ」

「……これからもあんまり余計な事しないでね……」

「そりゃ聞けないね! オレは『お節介』焼くのが大好きなんだ。楽しみを取られんのは遠慮被るよ。それじゃあそろそろ様子を見に行くかな」

 

 そう言葉を残し姿を消す。先程までいた場所には、煌びやかな星の様な小さな光がいくつも残されていた。

 それを見送ったアンジェは、本日何度目か分からない溜め息を吐き出す。

 

「全くもってお前が一番扱いづらいよ……だからお前にはあの双子の『秘密』を教えられんのだ、フィグザ・バルガード」

 

 

──────────

 

 

 藍染達の前で未だに余裕そうな態度を取っている女──リンファ・ツァナル。東仙はこの女の存在が許せなかった。初対面で自分が敬愛する藍染惣右介その人を(けが)す言葉ばかりを吐くからだ。もし藍染が止めていなければ相手の息の根が止まるまで斬りつけている所だ。

 

「リンファ・ツァナルか……かの有名な『慈悲なき歌姫』がここへ何をしに来たのかな? 出し物をしたいのなら許可は出せないよ」

 

 藍染の一言に少し眉を潜めるが、態度を変える事なく続ける。

 

「あら、『ファン』なら絶対に呼ばない、勝手に付けられた異名を知ってるなんて下衆なストーカーなのかしら?」

「そうだったのかい? 君の噂を知っている者は皆こう呼ぶからそうなのだと思っていたよ」

「はあ、まあ良いわ。所詮は野蛮な下郎だから仕方ない事ね。で、ここへの用件は何かだったかかしら? 決まってるじゃない、アンジェの代わりに宣戦布告をしに来たのよ」

 

 その言葉で東仙は殺気立ち、市丸は意外そうな表情を浮かべ、藍染は嘘を貼り付けたような笑みを浮かべる。双子はリンファが姿を見せた時には既にいなくなっていた。

 その三者の様子を見て、藍染の反応に不満をあらわにするも口調は変えずに続けられる。

 

「あんたの時代は今日で終わりね。こんなチンケな手下しかいないなんてたかが知れてるわ。命乞いするなら助けてあげても良いわよ?」

 

 あまりにも見下した態度に、東仙の堪忍袋の緒が切れた。藍染はやれやれといった雰囲気を出すが、止めようとはしなかった。

 

「なに貴方? 私は貴方の飼い主と会話しているのよ。躾の成ってない豚さんは早く精肉してもらったら?」

「先程から汚らしい言葉ばかり吐き出して只で済むと思っているのか? 更にお前は気高き存在の藍染様を侮辱した。その罪は貴様の血をもって償って貰う」

 

 挑発に乗った東仙に、歪んだ笑みを浮かべたリンファは更に東仙の怒りを煽る──もっとも効果的な方法で

 

『要、君が私の命令を守れない様な役立たずだったとはね。君には失望したよ、二度とその顔を見せないでくれないか?』

 

 敬愛する藍染の声でこの様な事を言われれば、当然怒りが爆発しない訳がない。殺意を刀へ込め、確実に相手の命を奪えるよう全力で振り抜いた──

 

 

 

 

 

 一度も刃を向けた事がなかった藍染へ向けて。

 

「なっ!? 貴様ッ! 私に何をしたッ!!」

 

 市丸の斬魄刀が藍染への袈裟斬りを妨げるが、東仙の刀には意思と反して力がどんどん込められ押し退けようとしていく。

 

「東仙はん、少し落ち着いた方がいいんちゃいます? 僕もこれ以上力入れられるとたまりませんわ」

 

 市丸が(たしな)めようとするも、東仙の怒りは引かない。そしてその事に対してますます怒りが湧き上がっていく。

 

「私に藍染を害させようとするなど……私に何をしたか答えろッ!!」

 

 そんな様子の東仙を愉快そうに眺め、口を醜く歪めながらその高圧的な問いに答える。

 

「私は何もしてないわぁ。ただそこで不敵な笑みを浮かべた男が『憎かった』だけでしょ? 普段の恨みが爆発して収まりがつかなくなったんじゃないのぉ? 私に『()()()()』するのはやめてよね、()()

 

 更に東仙の怒りは募ってゆく。但し、それは全て向けてはいけない人へと向けられていく。

 

「まだ話に続きがあるのだろう? 要を揶揄うのは止めてそろそろ本題に移ってくれないか」

 

 凄まじい威圧がリンファを襲う。普通の者なら恐れで身動きが取れなくなるものであるが、リンファは恐れを感じるのではなく苛立ちが湧き上がっていた。しかし今は話を進めるのが先決だ。東仙でその苛立ちを発散するのを止め、自分の考えを伝える。

 

「はあ、宣戦布告と言ったけど私は別に乗り気じゃないのよ。場合によっては手伝ってあげるわ」

「何が言いたい?」

「アンジェ達を返り討ちにして皆殺しにする手伝いをしてやるって言ってんのよ」

 

 仮面の隙間から見える瞳はドス黒い光を放っており口元は更に醜く歪んでゆく。どうやらこれが本当の目的らしい。

 

「分からないな。その提案が君にとって何のメリットがあるんだい? 特にアンジェは、君を戦力として信用してるから呼んだんじゃないのかな?」

「はぁ? 決まってんじゃない。あの屑三人を殺したい程『嫌い』だからよ。それ以外何もないわ」

「そうか、そういうことか」

 

 目を瞑って首を軽く縦に振り、何かを納得している藍染を、リンファはイライラしながら見る。そして目を開いた藍染は残念そうな顔をしながらリンファの提案への答えを返す。

 

「残念だけど遠慮させて貰うよ。君一人の勝手な行動に乗って、戦力三つを無駄に削るなんて愚かな真似はしたくないからね」

 

 藍染の返答も予想の内だったのか、リンファは慌てることなく言葉を返す。

 

「ふーん、そう。なら良いわ。あんたがいつその選択を選んだ事に後悔するか見物だわ。アンジェの謀反に怯える日々を精々惨めに過ごしなさいな」

 

 そう言って愉快そうにその場から姿を消そうとするリンファを、藍染は許しはしなかった。

 

「そうそう、見せてくれたら協力してあげないでもないよ? 君の()()()姿()をね」

 

 その一言でリンファの動きは止まった。そして何とも言い難い、暗い『憎悪』の感情が辺りを包み込む。

 

「…………貴方、何処で何を聞いたのかしら?」

「何も? ただ思った事を口にしただけだよ」

「そう、そういう事ね……気が変わったわ」

 

 『憎悪』が渦巻き、東仙や市丸、そして藍染の周りを包み込む。東仙と市丸は身構えるも藍染は未だに余裕そうである。

 

「テキトーな事を言って不信感を募らせたり、そのまま対立でもさせてやろうかとも思ってたけどもう良いわ」

「それで? どうするつもりなのかな」

「貴方の戦力になってあげるわ、不本意だけれどもね」

 

 その言葉に東仙はふざけるなと憤りを見せ、市丸は未だに相手を計り兼ねていた。

 

「どういう心変わりなん? リンファちゃん」

「別に唯の気まぐれよ。それとちゃん付けなんて馴れ馴れしいわ、気持ち悪い。

 だけど一つだけ気をつけて置きなさい。私の前で少しでも油断を見せたらすぐにその喉を掻っ切ってやるわ。覚悟することね」

「いいだろう。これからよろしく頼むよ、リンファ。それとこれからは私を呼ぶ時の言葉はしっかり考えてくれたまえ」

 

 リンファを迎え入れるなど信じられないといった表情の東仙は少し不満そうである。だが藍染の事だ。何か考えがあっての事だろうと信じ、その場では負の感情を飲み込んだ。

 

「これだけは覚えて置きなさい。『お前は絶対に許さない』それだけよ、それじゃあ」

 

 そして姿を消した。暴言を吐くだけ吐いて去っていくなどいっそ清々しいものでもある。

 

「嵐のような娘でしたね、隊長」

「要、ギン。今度からは彼女の言葉にはなるべく耳を傾けない方がいいよ。自分を見失わない為にもね」

 

 東仙はリンファがいなくなった事をいいことに藍染へ進言する。あの女がどれだけの無礼者で、出来るだけ早く抹殺した方が良いと。

 

「藍染様、あの様な者を配下へ迎え入れては虚夜宮(ラス・ノーチェス)での秩序が乱れます。出来るだけ早くあの者の処刑を」

 

 そんな東仙を宥める様に藍染は言葉を紡ぐ。なるべく東仙が不満を残さないように。

 

「要。彼女はああ言った手前、表向きは私に従ってくれる筈さ。プライドが高いからね。自分から約束は齟齬にしないよ、私が弱っていない限りはずっとね。

 それと彼女を受け入れたのには訳があるんだ」

「アンジェちゃんの事でですか? 隊長」

「そうだよギン。彼女は今、何かを目的に行動している。その目的の一環として今回の侵入者騒ぎも起きたのだろう。彼女は制御が効かない者達を連れて来て、一体何を企んでいるのだろうね」

「聞き出さなくて良いのですか? 命令とあれば私があらゆる手段を用いて聞き出して来ますが」

 

 相変わらず血の気が多い事を口走る東仙をやんわりと制し、続けていく。

 

「拷問しても口を割らないさ。そして他の者達も何故集められたか知らされてない可能性もある。何より、今彼女に逃げられるとつまらないからね」

「もしアンジェちゃんの企みが、僕らの計画の妨げになるようだったらどうなはるつもりなん?」

「その時は潰すまでだよ。それに今の所は利害が一致しているんだ。不要になるまで利用出来るだけさせて貰うさ」

 

 そんな時、藍染達の前方にいきなり見知らぬ虚が現れた。藍染はやれやれと首を振り、市丸は来客が多いなぁと他人事のように呟き、東仙はさっきの奴と同類と思い殺意を向ける。

 

「えらくブラックな話をしてると思ったら、次は警戒されちゃったよ。リンファの次に顔を出すのはやだねぇ全く。まあ落ち着いてお話ししましょうや、殺気を向けられたら安心して会話が出来やしないぜ」

 

 緩い口調で話す男への警戒を東仙は少しだけ緩める。あまり変わっていないような気はするが、男は有難そうにしていた。

 

「君がアンジェの所に先程までいた侵入者かな?」

「そうそう、さっきまでいた口が悪い奴の知り合いさ〜。名前はフィグザ・バルガード。あんたらの名前は知ってるから名乗んなくていいよー。まあ、これからお世話になるんでよろしく頼みますがな」

 

 市丸は随分と軽い男だなと思っていたが、藍染の方を見ると何やら難しい顔をしている。何か引っかかる点でもあるのだろうか?

 

「……初めて聞く名だね。他の二人とは違って、名を広めるのはあまり好まなかったのかな?」

 

 なるほど、そういう事か。噂すら聞いたこともない者が他の有名な奴らと一緒に来た事に、少し警戒しているのだろう。しかし、いつ残りの1人が誰なのかを知ったのであろうか。そんなことを考えながら、市丸は再び虚の方を見る。

 

「まあ、そうだなぁ。オレの事知ってる奴なんてアンジェ達だけだな。他の奴らは俺の事を『見た事』もないだろうからな! あ、生まれたてだからとかじゃねえよ。これでも結構長くこの世界にいるんだぜ、オレ」

 

 なるほど、誰も見た事がなければ噂など立つ筈もない。しかしアンジェはどうやって知り合ったのだろうか。謎が深まるばかりである。

 

「そうそう! 挨拶だけにしようかとも思ったけど、リンファが不快な気分にさせてしまったからな。お詫びと言っちゃあなんだが、一つアドバイスしておこうと思ってね」

 

 藍染はそれを無言で促し、それを見たフィグザは、人差し指を立てて気をつけるようにといった様子で言う。

 

「藍染の兄ちゃんがいった通り、リンファの言葉は耳を傾けないのが一番だが、耳を潰して聞こえないようにしようとは考えない方がいいよ。更なる地獄を見たくないならね」

 

 

──────────

 

 

「相変わらずシケた面してんなぁ、バラガン」

「そういう貴様こそまだそんな餓鬼(ガキ)みたいな事を続けておるのか? バラクーダ」

 

 外に巨大な船が停泊している第2宮(セグンダ・パラシオ)の玉座の間、そこではかつて虚夜宮(ラス・ノーチェス)を支配していた男と、その男に度々ちょっかいをかけていた男が視線をぶつけていた。

 バラガンは不敵な笑みを浮かべ、かつての宿敵を前にしている。自身の家来達はいつでも飛び掛かれるよう身構えているが、相手が相手である。手も足も出ないであろう。そもそも普段通りの殴り込みであれば、まずこんな挨拶などせずに殺戮をしている筈である。そこまで考えて、バラクーダが殆ど部下を連れていない事に気がついた。

 

「おい、貴様の虎の子の手下供はどうした? 何処かに潜ませて奇襲でもするつもりか?」

 

 それを聞いてバラクーダは、豪快に笑いながら否定する。

 

「ハッ、お前にカチコミに行くのに奇襲などするものか。そんな事つまらんだろうが。藍染とか言う小僧の場所以外の所を襲撃させてんだよ」

 

 その言葉に疑問を覚えた。血の気が多いといってもそれなりに頭は回る奴である。従属官(フラシオン)を相手にするならまだしも、十刃(エスパーダ)と戦うとなると少々力不足の筈だ。しかも分散させてるとなるとまず勝ち目はない。十刃(エスパーダ)の源流である(エスパーダ)の存在は昔争った時から知っている筈である。それがわからない男ではないと思うのだが一体何を企んでいるのだろうか。

 思考に(ふけ)ようとしているバラガンを止めるかのように、バラクーダは声をかける。

 

「ああ、別に深い意味はねぇよ。ただ俺が出向くとうっかり殺しちまうかもしれねぇだろ? だからくそったれ供に向かわせた」

「殺すつもりがないのに手下を向かわせる意味が分からんな」

 

 バラガンが理解できんと言うと、バラクーダはやれやれといった様子で言葉を続ける。

 

「今回、俺は助っ人としてここに呼ばれた。だからあまり自分勝手な行動は取るつもりはねぇんだ。だが、舐められるのは別だ。新入りだからといって、舐められるのは許せんのだよ。

 だからあいつ等を向かわせた。あいつ等は『(エスパーダ)』とか言う連中には勝てねぇ。だが、あいつ等と争えば、嫌でも俺の『力』を思い知れる筈だ。そして、この俺にちょっかいを出そうなんて馬鹿げた考えなど起こらないようにしてやるのさ」

「なるほどな、相変わらずといったところか?」

 

 やはり昔から変わらぬ男だ。恐らく大抵の奴は理解するだろう。この男の力の異常さを。果たしてこの男の行動に対して他の連中はどういった対応を取るのであろうか? そして藍染はどのような対応をするのであろうか? 見物である。

 そんなバラガンの思考を邪魔するようにバラクーダが声を出す。

 

「しっかしお前の手下も新顔ばかりだな。俺に刃を向けられるように身構えるなど、俺を知ってる奴が取る行動ではないな。

 そういえば、あのヤミーとかアーロニーロとかいう奴らはとっくにくたばったのか? ザエルアポロとかいう奴もいるとか言っていたな、会った事はねぇが」

「彼奴等は今も生きておる。ただ、儂の支配下ではなく藍染の支配下であるがな」

 

 バラガンはつまらなさそうに言うが、バラクーダはどうでも良さげである。そして大事な事を忘れていたといった様子でバラガンに近寄る。

 

「無駄話してて忘れていたが、俺は別に楽しく会話する為にここへきたんじゃあねぇんだ。お前にちぃっと提案がある、聞きてぇか?」

 

 今までの経験ではこいつの提案に碌なものはなかった。だが、中には興味を惹かれるものもあった。与太話としては丁度いいだろう。

 バラガンは早く用件を話せと目で訴える。そして放たれた言葉は、バラガンにとって意外なものであった。

 

「なぁに。今の虚夜宮(ラス・ノーチェス)、少し窮屈だとは思わねぇか? 少なくとも俺たち虚にとってはな。久々に来た俺でさえそうだ。お前は言わずもがなだろ?」

「……何が言いたい?」

 

 そういうことか。バラクーダが何を言いたいのはすぐに理解できた。だが、バラガンはそれを理解していながらも相手にその続きを口にさせる。自分から食い付くのは何かに負けたような気がしてならないからである。

 バラクーダはドンッ、ドンッと木の棒が地面を叩くような、鈍い足音を立てながらバラガンへと近づいてくる。

 

「ガキにこの城を盗られてんのは気にくわねぇんだよ。お前がこの城で踏ん反り返り、俺がそこに喧嘩を吹っかける。昔みてぇに出来るようしようじゃねぇか。

 お前は俺の力を借りるのは少し気に喰わねぇかもしれんが、悪い話ではねぇだろ?」

「……見返りは何を要求するつもりだ?」

 

 こいつと力を合わせれば確かにあの藍染を地へと引きずり落とす事が出来るかもしれない。とても魅力的な話ではあるが、易々と案に乗るのは危険である。こいつがタダで動くとは思えない。手遅れになる前に聞いておいた方がいいだろう。

 だが、バラクーダが求めたものはとても厄介なものであった。

 

「俺とお前の仲だろう? 『貸し』にしといてやるよ。さあ選べ! 二度と頂点に戻る事が出来ずに失意のままに朽ちるか、再び王となって俺と長い戦争を繰り返すか!!」

 

 『貸し』というもの程厄介なものはない。普通の奴であれば知らぬ存ぜぬを通せば良いが、()()()の場合は別だ。こいつに『貸し』を作る事程恐ろしい事はない。知らぬを通す事は許されないから。

 だが、それでもお釣りは帰ってくる。あのいけ好かない藍染を叩き潰す事と比べれば些細な事だ。

 

「いいだろう。貴様の手を借りてやろう。だが、儂の足を引っ張るなよ。もしそうなった場合は、その時点で貴様との協力関係は無かった事にするぞ。忘れるな」

 

 バラガンの返しを愉快そうに笑い、二つの瞳から邪悪な光が放たれる。そしてその光を放つ霧の塊がバラガンの眼前まで一瞬にして近づき、緑の光がバラガンの目を映した。

 バラガンの従属官(フラシオン)達は、即座に自分の主人に害を成そうとする愚か者を排除しようとするが、バラガンはそれを霊圧を発する事で制した。自分の為に命を捨てるのは構わないが、無駄な事で戦力を失うのはいただけない。そして、それは力の差が分かりきっている相手であればなおさらだ。

 ただ、何もかも振り回され続けるのはつまらない。仕返しとばかりに老いの力を目の前の黒い霧に飛ばしてやった。だが、結果など昔から分かりきっている。周りの床はボロボロと朽ちていくが、黒い霧は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。昔からずっとこうだ。未だに謎を解けていない。

 

「ハッ、元気な事だな。『契約』は成立だ。アンジェとの『契約』が終わり次第お前の協力をしてやろう。それと力の差が判らぬ間抜けの教育はしっかりとしておけよ。うっかり手を出してしまうかもしれんからな。では──さらばだ」

 

 霧が霧散し、その場には何も残らなかった。それと同時に巨大な船がここから離れていく。そして、残されたバラガンは独り言の様に呟いた。

 

「これから確実に荒れるだろうな、虚圏(ウェコムンド)も、現世も。それで、奴の秘密は見抜けそうか? ──ザエルアポロよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まるね」

「始まるね」

「狂った群像劇が」

「欲望溢れる終末が」

「楽しみだね」

「ワクワクだね」

僕達(私達)も踊ろうか」

私達(僕達)も唄おうか」

 

 

 

「「アンジェの『()()』を叶える為に」」




(エスパーダ)は原作では、バラガンの配下を源流として藍染が生み出した仕組みですが、この小説ではバラガンが藍染に支配される前からあったものとしています。お許し下さい。


今回、勝手に動き回る奴らが多過ぎる…こんなフリーダムな奴らなんて手に負えないぜ。正直困る!

リンファの能力ははっきりに言うと凄まじくゲスい能力です。強いのではなくゲスい。相手には回したくないですね。

そして名前が初登場のフィグザ・バルガード。性格は自由人といった感じですね。

そろそろ1話1話のタイトルが二文字じゃなくなると思います。因みにオリキャラの戦闘編は、既に全てタイトルを考えてるので楽しみにしていて下さい。


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第二十二話 休息

はい、大変お待たせ致しました。お久しぶりです。
最近忙しかったのと某スマホカードゲームを始めてしまって投稿が遅れました。すみません。

誰だよ! 亡者のひとだまのステータスあんなのにしたのは! クリフトが原作リスペクトだったのは笑った。


「で、最近色々と出来事が多くて話せる機会がなかったけど、まず最初にこれだけは言っておこうかな。()()()の完成お疲れ様」

 

 第5宮(クイント・パラシオ)の中では、最近日常になりつつあるアンジェとザエルアポロのお茶会が行われていた。ただ、今まではなかった大きい真っ白な甲胄の存在が、お茶会の雰囲気をブチ壊していた。

 

「あー、やる事多過ぎて大変だったよ。あいつらは来るなり勝手な事をするし、藍染様はあいつらを破面(アランカル)にするし、なんか始末書書かせられるし、ヤになっちゃうわ〜全く」

 

 グチグチ言いながらもアンジェは美味しそうに紅茶を(すす)る。その顔は少しやつれていた。

 

「でもまあ、忙しいのも終わったし、何気に藍染様があのジジイの騒動の鎮火に協力的だったのが助かったねぇ。なんか企んでんのかな?」

 

 しみじみとした様子でそう呟く。その時の事を思い出したザエルアポロは苦々しい顔をしていた。

 

「あの連中は一体どうなっているんだい? 陛下の所でも親玉の実態を掴めなかったし、自分の宮の映像も見たけどさっぱり理解出来なかった。おかげで陛下から小言を貰う始末だよ」

「こればっかしは教えられないよ。教えちゃったら駄目なやつだもん。知りたかったら本人に聞いてね〜」

 

 へらへら笑いながらアンジェはそんな事口にする。なんとなくだが腹が立つ顔だ。

 

「そうそう、いつか渡そうと思ってて渡せなかった物があったんだった。はい、一つしかないから大事にしてね」

 

 そう言って白衣のポケットから取り出されたのは()()()()()()であった。

 

「ああ、あの時の奴ね。大事な資料だから受け取っておくよ。あの時君が酔い潰れてしまって聞けなかったけど、(クズ)の身に起きた事の説明してもらってもいいかな?」

「え? ザエルアポロ君が私の身体をいやらしくまさぐって手に入れた資料に書いていたと思うけど?」

 

 その資料をアンジェから取ったのはレクシーである。ザエルアポロはそんな犯罪紛いな事はしていないのだが面倒くさいので、否定せずに話を続ける。

 

「いや、紙に書いている事以外の情報も欲しいし、何より本人に聞いた方がより理解が深まるかもしれないしね」

 

 ふーんとどうでも良さそうな態度をとるが、拒否するつもりもないようだ。ザエルアポロに質問を促す。

 

「ま、あの時も話したいこといっぱいあったからね。聞いてもいないことも喋っちゃうかもよ。で、何を聞きたいのかな?」

「あれに起きた現象をもう少し詳しく教えてくれないか? 資料には書いてはあったけど些か説明が足りない気がしたからね」

「うん? あれで説明は十分じゃなかったの?」

 

 そんな事をのたまうアンジェにザエルアポロは頭を抑えて呆れたため息を吐く。

 

「君はまともなレポートを書いたことないのかい? 普通他の人が見ても理解出来るよう詳しく丁寧に書くものだよ。ましてや僕へ見せる物だっただろ? 君だけが納得出来るものじゃ僕が困るんだよ」

「そりゃあすまなかったよ。次からは気をつけるからさ。ん〜詳しくねぇ……簡単に分かりやすくなら今すぐ出来るよ、かなり掘り下げてだったら場所変えた方がいいかもね」

 

 全く謝っているように見えないアンジェは、足をプラプラさせながら頬杖をついている。そしてそんな様子の二人を、純白の甲冑は全く動くことなく見つめていた。

 

「なあアンジェ。『セルラ』は本当に完成したのかい? さっきから全く動かないのだけれども、眠っているとか何かかな?」

 

 ずっと動かない視線が気になるのかザエルアポロはアンジェに尋ねるも、アンジェは何も問題ないと手を振る。

 

「ちゃんと起きてるよ。ただ今は()()()()ってだけだよ。会話もしっかり出来るからまあ今の所問題は無い筈さ〜」

 

 そう言いながら『セルラ』と呼ばれた甲冑をポンポンと軽く叩く。甲冑はそれでも全く動くことなく鎮座していた。

 

「そうかい。詳しい話は後で僕の研究室でするとして、アレの原理を簡単に説明するとどうなるんだい?」

 

 (クズ)に使ったものの原理が簡単にどう説明するのか気になったザエルアポロは軽い気持ちで訊ねると、返ってきた答えは本当に簡素に纏められたものであった。

 

「割れて水がほぼ全て(こぼ)れてしまった器なら、器の中をスポンジで一杯にして水を無理矢理溜められるようにしたまでだよ。分かりやすいでしょ? 今回は溜めた水の量が少なかったから不具合が出たのかもね」

 

 確かに例えとしては分かりやすいかもしれないが、やはりというかザエルアポロが聞きたい部分には触れられなかった。その機構を作り出すための原理をザエルアポロは知りたいのだ。その部分は場所を変えて聞くしかないようである。

 

「話は変わるけどそのセルラは此処(第5宮)に置いておくつもりなのかい? 最近きた連中と合わせて、変わり者ばかりでとても楽しくなりそうだね」

 

 ちょっとからかう感じで紅茶を口に運びながら軽い皮肉を言うも、アンジェは笑いながらそれを否定した。

 

「いや〜、あんな連中をすぐ近くにおくわけないじゃんか〜。あいつらは他の十刃(エスパーダ)の所に押し付け……ゲフンゲフン、補佐してもらいに行かせる事で藍染様と話を既に通してるんだ。一緒にいるなんて気が滅入るったらありゃしないよ」

 

 それを聞いてザエルアポロはあからさまに嫌そうな顔をする。それもそうだろう、自分の所に来るのかと考えるだけでも嫌気がさしてしまう。

 

「ちょっと待ってくれ。そんな話聞いてないよ! そんな連中僕の所には絶対寄越さないでくれ、頼むから」

「だいじょーぶだいじょーぶ。ジジイはへーかの所でお世話になるだろうし、リンファは多分女所帯の第3十刃(トレス・エスパーダ)の所を()()()()そうだし、フィグザはまぁ……うん、ザエルアポロ君以外の所に落ち着く筈だよ」

 

 全然不安を取り除けないアンジェの答えに、ザエルアポロはダメだこいつといった顔を露わにしていた。

 

「はぁ……なんというか、お茶会の筈なのに疲れが溜まって来たよ。それじゃ他の連中を気にすることなくセルラを手元におけるね」

「何言ってんだい? コイツも他の人に任せるに決まってるじゃないか。抱え込むのは第5十刃(クイント)だけで充分さ〜」

 

 アンジェの予想外の発言がザエルアポロの興味を引く。能力を考えれば分からなくはないが、セルラを一体誰に預けるのであろうか。出来れば自分の所で引き受けたいが、アンジェの反応を見るにおそらくないだろう。ダメ元だが、アンジェにそれとなく伝えてみる。

 

「ふーん、そう。君がよければばだけど、生成に関わった僕がセルラを引き取ってもいいよ。ある程度は特徴を知っているから()()()()()()も出来るよ。どうだい?」

「中々いい客寄せ文句だけれどももう決めちゃってるんだ。ゴメンねゴメンね〜。まあ、次の機会があったら今度はザエルアポロの所に送るからさ、その時まで待っててね」

 

 やはり駄目であった。まあ、情報全て共有しているし少量であるがサンプルも受け取っている。無理を通してでも引き取れるよう仕向ける必要はないのだ。

 

「その時は期待しておくよ。で? 断るってことはもう既に送り先はきまっているのだろう? その()()()を一体誰に送りつけるんだい?」

 

 自分以外の者にとっては手に余る存在だろう。誰が貧乏くじを引くのか気になったザエルアポロはとりあえず聞いてみる。

 

「アーロニーロ君って従属官(フラシオン)を連れてなかったよね。だから()()()な彼には丁度いいとプレゼントだと思ったんだよ。キミもそう思わないかい?」

 

 それを聞いたザエルアポロは苦笑した。普通に考えればアーロニーロに虚を送るなど子供に菓子を渡すのと同じようなものだ。だが、アレ(セルラ)は別である。間違っても()()()()()()()ものではない。傍迷惑な贈り物を送る所、アンジェの性格の悪さが伺える。

 

「全くいい性格してるね……アーロニーロもさぞ喜んでくれるんじゃないかな? お礼を渡しに来るかもしれないね」

「性格が素晴らしいってよく言われるからもう慣れちゃったよ。アーロニーロ君にはちゃんと注意はしとくから問題はない筈だよ……ちゃんと聞いてくれればの話だけどね」

 

 下手をすれば十刃(エスパーダ)が一人消えるかも知れないような話を、優雅に紅茶を楽しみながらしていく二人。そしてアンジェが茶菓子に手を伸ばしクッキーを取ろうとすると、いきなり現れた腕が横から掻っ攫っていった。

 気配も感じさせず現れた者にザエルアポロは先程までと変わらぬ様子でいながらも警戒し、アンジェは面倒臭い奴が来たといった顔で茶菓子を取り返そうと腕を伸ばしていた。

 

「中々面白そうな雑談するなら、オレも呼んでくれたっていいじゃないか。最近暇でしょうがないんだ」

 

 そう言葉を放つのは、白色の鹿追帽とインバネスコートを纏ったいかにも探偵といった風貌の破面(アランカル)であった。髪は短く黒色で、左目には仮面の名残である昆虫の大顎を象った美しいモノクルが掛けられており、煙の出ていないパイプを咥えた男──フィグザ・バルガードはアンジェの恨みがましい視線もザエルアポロの観察するような視線も気にすることなくクッキーを口の中に放り込んでいく。

 

「ハイハイ、参加させてやるからクッキーを返しなさい。参加したらすぐにお開きにするけどね」

「ひでぇこと言いやがるぜ。ま、いいや。それよりアンジェ、オレは今モーレツにカメラなるものが欲しいんだ。ほら、お前が現世から取ってきたカタログに載ってるやつ。一眼レフっていうの? 綺麗な写真が撮れるらしいんだ。作るか買ってくるかしてきてくれね?」

「へいへい、今度取り寄せとくよ。似たようなもの作ってもいいけど、本場の物の方が綺麗に撮れると思うよ。私にはそういった知識はないからね」

 

 ザエルアポロはそんな世間話をする2人を他所に、フィグザを注意深く分析する。いつの間にこの場に来たのかも気になるが一番気になるのは腰に下げられている美しい装飾の施されたルーペであった。あれからは破面(アランカル)の斬魄刀と同じ気配を感じる。もし斬魄刀なのだとしたら一体どの様な力がアレに込められているのだろうか。

 そんな風に考えを巡らせながら見ていると、考えを読んでなのかルーペを手にとって、ついでに咥えていたパイプももう片方の手に取り見せつけて来た。

 

「中々お洒落だろう? お前の考えてる通りこれがオレの斬魄刀さ。刀じゃねえけどな! で、こっちは破面(アランカル)化したオレの姿を見るや否や、咥えていると様になってるぞって海賊ジジイに言われて押し付けられたパイプだ。煙草の煙は苦手だし、探偵なんて柄じゃねえんだけどねぇ……え? そんな事聞いてないって? 別にいいじゃねえか無駄話くらい」

 

 コイツからもアンジェと同じ様なお喋りで面倒臭い匂いがする。話しているだけでも疲れそうだ。そんな事を考えているとまたもや心を読んだかの様に話しかけてきた。まあ、今回は顔にしっかりと出ていたが。

 

「まあまあ、そんな面倒な奴みたいな目でみなさんなや。確かに喋るのは好きだが嫌がればすぐに止めるくらいの気概はあるぜ。アンジェの友人なんだろ? これからそれなりに長い付き合いなるんだから仲良くしようや、な?」

 

 見た目には似合わない喋りっぷりである。外見は知的であるのに中身はそれに伴っていない。そんな印象である。

 

「で? 此処には一体何の用で来たんだ? 駄弁りに来ただけじゃないだろ」

 

 アンジェがそう切り出すとフィグザはおどけた態度を取りながらも二本の指を立てた。

 

「もうちっとダベっていたかったんだけどねー。まあいいや、藍染の兄ちゃんからの伝達でーす。崩玉の『覚醒』をもうちょいしたら行うそうだ。まあ集合ってこったな」

 

 さらっと重大な事を話すフィグザ。また集合かと疲れた顔をするアンジェと、十刃(エスパーダ)でも無いのに重大な情報を先に伝えられている事にやはり優遇されているのだなと考えるザエルアポロ。そしてもう一つとフィグザは言葉を続ける。

 

「そしてもうひとーーつ。その後の現世侵攻にはあの双子を連れてくつもりだから、保護者としてお前も行けだってよ。その時のついでと言っちゃ何だが、お土産にカメラ買ってきてくれよ。高いヤツをな」

 

 その発言でアンジェはあからさまに嫌そうな顔をする。そんな彼女をザエルアポロは楽しそうに見ている。アンジェには悪いが、正直双子についてもっと詳しく知りたいザエルアポロは今回の知らせは嬉しいものであった。まだまだ謎の多いあの双子を知る機会が出来るのはかなりありがたいものである。

 

「それと現世侵攻の指揮を取るのはウルキオラだとさ。ウルキオラってなんか勝手な行動にうるさそうだからバレない様にカメラ持って帰って来てくれよ。バレたら没収されそうだからな」

 

 そんなにカメラが欲しいらしい。ウルキオラの話はまあ妥当な人選だなとアンジェとザエルアポロの二人は思った。そして再び口を開くフィグザ。まだ話はあるようだ。

 

「これはどうでもいい話だろうけど、新しい第6十刃(セスタ・エスパーダ)はルピ・アンテノールとか言うヒョロい奴に決まったぜ。オレ思うんだけどソイツ、絶対相手をナメてかかって痛い目見るタイプだと思うんだ」

 

 ザエルアポロは何となく覚えているが、アンジェは誰なのか全く分かっていない。知っているていで話されるのも困りものである。

 

「藍染様からの報告は以上かい? それなら早く此処から立ち去ってくれよ。僕から君への用は今はないからさ」

 

 そう言ってこの場から追い出そうとするザエルアポロ。これ以上面倒な奴を相手にするのは御免だと言った様子である。それでもまだ立ち去らずに話し掛けてくるフィグザ。先程自分が言っていた事を忘れたらしい。

 

「まあまあ、そうかっかしなさんなや博士(ドクター)。これで最後にするからさ〜。()()()を1つ正しておかないとね……」

 

 そしてモノクルの向こうの瞳──瞳孔に虚の孔が空いた左目をギョロリとこちらに向ける。その瞬間、ザエルアポロに誰のものか分からない視線がいくつも襲って来たように感じた。

 

「オレは藍染の兄ちゃんから伝言を頼まれてもいないし、何も()()()()()もいない。まあ特別扱いはされてないってこったな」

「じゃあどうやって……」

「おっと! そこはまあ自分で調べてくれや。じゃあオレはこれにて失礼。あ、アンジェ! オレはこれからスタークって名の兄ちゃんのところで世話になるからヨロシク〜。それとカメラの件忘れないでくれよ!」

 

 そして瞬く間に姿を消した。フィグザが居た場所には、煌びやかな光の粒が星の様に輝いていた。

 

「彼、一体どんな虚だったんだい?」

 

 答えが返ってこないであろう問いを投げかける。しかし、意外にもアンジェはその問いに反応した。

 

「アイツは自由気ままな奴さ。楽しむ事しか考えてない。能力も戦いを有利に進めるためじゃなく、より面白い方向へ向かわせる為に使いやがる。相手がどんな反応をするか、相手がどんな行動をこれからするか予想を立てるのが大好きな奴さ。相手が予想外の行動を取ったら更に喜ぶ変態野郎だよ。よく分かっただろ?」

 

 求めていたものとは違ったが、かなり変わった人物だと言うことが分かった。まあ、あまり近づきたくない人物ではあるが。アンジェが誰かに訊ねるかのように独り言を呟いた。

 

「藍染様はアイツの手綱をどうやって握るのかな? あの手に負えない暴れ馬の。アイツじゃないけど考えるだけでも楽しみだね」

 

 

──────────

 

 

「何よ! あの新入りの女! 私達をゴミみたいに見やがって! 腹が立つわ!!」

 

 そう叫びながら物に当たっている女破面──ロリ・アイヴァーンはいつも一緒にいるメノリ・マリアと一緒に怒りを発散していた。まあ、メノリは不機嫌そうな顔をしてはいるものの大人しくしていたが。

 

「もうそれくらいにしたら? 確かに腹が立つ事言われたけど所詮は口だけなんだから無視すればいいのよ」

 

 窘めようとするもロリは聞く耳持たないといった様子である。

 

「今度ふざけた事抜かしたらブッ殺してやるわ!」

 

 そんなロリをやれやれといった様子で見ているメノリ。恐らく喧嘩を売りに行く時は自分も参加させられるのだろうと考えながら。そして、足を踏みならしながら進むロリを追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 そんな二人を遠くから見ていた人物が二人いた。

 

「あの子達、揶揄い甲斐がありそうね。()()はあの子達を虐めてあげようかしら」

 

 フリフリとした白黒のアイドルの様な衣装を纏い、頭には、仮面の名残を()()させて作った白い小さなシルクハットをちょこんと乗っけている。髪は燃えるような赤でポニーテールに纏めており、目はオッドアイでターコイズとアメジストの美しい光を放っている。スタイルも良く胸もバランスが悪くならない程度にたわわに実っていた。そんな男受けのとても良さそうな女破面──リンファ・ツァナルはそんな物騒な事を呟く。

 そしてもう一人、リンファの後ろにいる狐のように目の細い男──市丸ギンは困ったように話しかける。

 

「あんま他の子達にちょっかいかけんで欲しいなぁ。これでもそれなりに戦力になるんやで、()()()()

 

 そう言いながら視線をリンファの周りに向ける。そこには──

 

「殺して……殺して……」

「死ね! 早く死ねッ!」

「止めて……頼む……」

「泣け! 叫べ!」

 

 複数の破面達が、お互いがお互いを殴り合い、相手のマウントを取ってただひたすら相手を(なぶ)っている者が命乞いをし、顔から血を出しながら今にも死にそうな者が強気で相手を攻め立てるような言葉を放っている地獄絵図があった。

 そんな中リンファは傷一つ負っておらず、既に動く事がなくなった者を積み重ねて椅子にし、悠々とした様子でその場に座っていた。

 

「あら、心外ね。先にちょっかい掛けてきたのはこの子達の方よ、市丸さん。それと私は()()()()()()わぁ。()()にこの子達が喧嘩を始めたんだから私は被害者よ」

 

 クスクスと笑う姿はとても絵になっている。太もももチラチラと見えて艶めかしい雰囲気を放っていた。しかし市丸はそんなものに気にせずいつもと同じような様子で話しかける。

 

「でもなぁリンファちゃん、あんまりイタズラしないよう見張っておいてって隊長から言われとるんよ。だからあんまりそんな事されるとボクも困るんや」

「あっそ、分かりました。()()()()()の迷惑にならないよう、これからは争いが起きないように気をつけますわ」

「その『惣右介さん』ってのも出来れば止めて欲しいとも言っとったよ。あの子らもそれを切っ掛けに殺気立っとったみたいやし」

「あの人は呼びかたに気をつけろって言ってたのよ。敬意と親しみを込めて下の名で呼ぶのはいけない事なのかしら? それとも貴方もあの人と同じ扱いをして欲しいのかしら?」

「ウゥ……苦しい……殺してくれ……頼む……」

「あら? まだ正気でいられたの? 頑張るわね」

 

 市丸とリンファの会話を遮ったのは、全身血まみれで息も絶え絶えで地を這っている破面であった。血まみれであるが傷は少しもみられない。全て返り血なのだろう。

 そんな彼を見て、リンファはクスクスと笑いながら悪寒を感じる視線を向ける。

 

「早く楽になりたい? なりたいのぉ? ダァメ、殺してあげなーい。死にたかったら()()でもしてみればぁ、元十刃(エスパーダ)さん?」

 

 そう言い放ち男を蹴り飛ばす。全くダメージは負っていないのに、蹴られた瞬間、断末魔の様な絶叫を上げて苦しみ始めた。

 それを悍ましい笑みで満足そうに愉しんでいる。そんなリンファに若干引きつつも会話を続ける。

 

「相変わらずスゴイ性格しとるなぁ……リンファちゃん、気に入ってる人とか一人もおらんちゃうん?」

「心外ね、市丸さん。貴方のこと好きではないけどそれなりに気に入ってはいるのよ」

 

 リンファの意外な発言に市丸は興味を示していた。他者には普段、悪意しか振り撒かない彼女が、自分を気に入っているとは一体どういうことなのだろうか。

 

「キミみたいに可愛い娘からそう言われるとは思わんかったわ、嬉しいなぁ。ボクのどういうところがお気に召したん?」

 

 市丸の問いに対して、リンファはニヤニヤと顔を歪めながら答える。あれは何か碌でもない事を考えている顔だ。その様子を見て、市丸は失敗したかなと思った。

 

「そうねぇ、惣右介さんみたいに胡散臭く無いし、東仙さんみたいに強情でも無いところかしら。それと──」

 

 その瞬間、頭に警鐘が鳴り響く。これ以上聞いてはいけないと本能が訴えてきたのだ。だが、身体は動かない。聞きたいという欲求と、腰まで底なし沼に嵌った様な感覚がすぐに立ち去るという行動を許さなかった。

 そして言葉が紡がれる。離れているのに、まるで耳元で囁かれているようにねっとりと染み渡るように聞こえた。

 

「市丸さんが()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()と思っているところかしらぁ」

 

 市丸はすぐに距離を取り、臨戦態勢をとる。コイツは危険だ。本能が有無を言わさず始末しろと叫ぶが、どこからか湧き上がった欲求がそれを抑えつける。どうやって感づいたのか。何故それを今言ったのかなど、始末するにしても知っておきたい事が斬魄刀を抜くのを阻害してくるのだ。

 

「……どうしてそう思たん? ボク、そんな事思った事ないんやけどなあ……」

「あらぁ、嘘が下手くそね。まあ安心して、心が読めるわけではないし言いふらすつもりもないわ。ちょっと揶揄っただけよ」

 

 クスクスと口を軽く歪めて笑っている。どうやら誤魔化しは効かないようだ。

 

「何でや?」

 

 市丸の言葉にリンファは楽しそうにしながら、気分が良さそうに語り始める。

 

「何ではどちらに対してなのかしら? もしかして両方? 相手に訊ねる時はちゃんと主語も付けないと間違われるかもしれないわよ。まあ、私は()()()から両方とも教えてあげるわ」

 

 そう言うと伸びをしながら脚を組み始めた。その動作の一つ一つがとても蠱惑的である。

 

「私は心を読む事は出来ないけど、憎しみ、妬み、恨みみたいな負の感情は大好きなのぉ。だから貴方の思ってる事がすぐに分かったわ。東仙さんは私に対して同じような事思ってるみたいだから似た者同士ね」

「……もう一つは?」

「簡単な事よ。惣右介さんをブチ殺したいと思っているからよ。利害の一致って奴ね。だからその殺意を私に向けない方が得策だと思うわよ」

「……やり辛くてかなわんわぁ。リンファちゃん、キミ友達おらんやろ」

「友達なんて要らないわ。煩わしいだけだもの。ホントはアンジェ達も始末したいと思ってて欲しかったのだけれどね。まあいいわ。

 秘密を暴露したお詫びにいい事教えてあげるわ」

 

 そう言って、腰の斬魄刀に手を掛ける。しかし市丸は身構える事もなかった。どんな刀か知っているからだ。とても警戒するようなものではない事を。そして抜かれた斬魄刀は不思議なものであった。

 鮮やかな柄に綺麗な彫刻のなされた飾り鍔が付いており、刀身も美しいものなのではないかと連想させる。しかし、刃は付いていないのだ。柄と鍔だけの斬魄刀である。刀身が見えないという訳でもなく、本当に何もなく、何も切れない欠陥品そのものである。そんな斬魄刀を抜いて一体何を説明するつもりなのだろうか。

 

「一緒に来た私たち三人の斬魄刀はね、私たち達の本質をよく写してくれてるって事は知ってたかしら? 私の斬魄刀は刃のない斬魄刀よ。他2人のもみたけど概ねその通りだったわ。それでどんな相手か予測を立ててみるのも楽しいかもしれないわよ」

 

 そう言って再び斬魄刀を鞘に納める。納める必要など無さそうなものであるが。

 

「現世侵攻も崩玉の一時覚醒の集まりも興味無いからそろそろお(いとま)するわ。それじゃまたお暇な時にまたお話しましょう。それでは市丸さん、ご機嫌よう」

 

 その言葉と共にリンファの身体が泥のようになって一瞬にして崩れ落ちた。そしてその瞬間、周りにいたまだ動いていた者達がいきなり奇声を上げて、虚ろな目をしながらゾロゾロと立ち去っていく。あれほど苦しんでいた十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)も含めて。

 そしてその場にはピクリとも動かない破面達と市丸とリンファだった泥が取り残された。

 

「……はあ、リンファちゃんの相手は疲れるわぁ。でもまあ()()もあったしいい事にしますかぁ。それにしても何で()()()()()()()()()()()()のやろなぁ」

 

 

──────────

 

 

「おい爺さん。ボクは新しい十刃(エスパーダ)なんだぞ。何でキミみたいな奴と一緒に藍染様を待たなきゃならないんだ」

「テメエに十刃(エスパーダ)の番号振るのは、俺への用事のついでで良いと思ってたからじゃねえのか? ションベン臭えガキが」

 

 ルピ・アンテノールは少し不機嫌であった。グリムジョーが十刃(エスパーダ)から落ち、その地位に自分が入り込むことが出来た。それは天にも登るように気分だった。しかし、いざ十刃(エスパーダ)の印である番号を貰いにいくと先客がいたのだ。それはまだいい。しかしその先客──顎髭を長く伸ばし、ガッチリとした肉体に厳つい顔、仮面の名残らしき骸骨の飾りや羽根の付いたトライコーンを被り海賊などが着てそうな白黒のジュストコールを羽織っている爺さんが此方を見下してきたのだ。ガキはさっさと帰れなどと抜かして。

 左腰には立派な斬魄刀らしきカトラス、反対には大型のペッパーボックスが吊り下げられており、放たれる霊圧もどこか寒気を感じさせられるものがあった。しかし、右足は膝から下が、見た目は木の棒の義足が付けられており、どこかの誰かに奪われたのだろう。そんな四肢の一つを失った輩などに馬鹿にされるなど許せない。そんな気持ちでその老人と言い争っていた。

 

「テメエ、さては俺が来た時の騒動を知らねえな? あのクソったれ供を連れて来れていれば思い知らせられたのによ。ある意味運が良かったな」

「あーあ、ここが玉座の間じゃなかったらお前なんかボロ雑巾にして喰ってあげたのになぁ。運が良かったね」

「ハン、ガキらしく強がりおって。まあテメエみたいなガキは嫌いじゃねえがな」

「どういう意味だよ?」

 

 ルピが皮肉を言われたと思い、不機嫌そうにそう言葉を発した瞬間、猛禽の様に鋭い目がルピへと向けられた。その瞬間、全身が冷え、身動きを取ることが出来なくなっていた。

 

「恐怖に怯え命乞いをする時、その時の強がりを後悔させて腹の底から嗤って嬲り殺してやれるからな。そう考えるとテメエみたいな糞ガキも好ましく思えてくるんだ。不思議だろ?」

 

 少しの間明らかに腰が引けていたルピを軽く笑いながら、反論が来る前に口にパイプを咥え、火を付けた。

 

「おい、今から藍染様が来るんだぞ。煙草なんて吸わずに大人しく待ってろよ。ボクにまでとばっちりが来たらどうするんだ」

 

 先程まで自分に怖気付いていたのに、すぐに持ち直してきた相手を軽く笑いながらも感心していた。そしてその相手にパイプを見せつけるようしてに語りかける。

 

「テメエといい、ウルキオラのガキといい、煙草を吸う事にうるせぇ奴ばっかりだな。()()()()()()()()()古いパイプはフィグザの野郎に押し付けたんだ。似合いそうだったしな」

「……何を言ってんだよ?」

「ヒントもやったのにまだ気付けねえのかよ。はっきり言ってやろうか? ()()()抜かれてんのにアホ面晒している気分はどうだって聞いてんだよガキンチョが」

 

 その言葉と同時に藍染がこの場に現れた。あと少し遅れていたら自分はどうなっていたのだろうかという思いで、ルピは頭が一杯になっていた。

 

「我らが新しい十刃(エスパーダ)をそんなに虐めないでくれないかな? バラクーダ・ウィグルスダル」

 

 そう呼ばれた老人は面倒くさそうな顔をしながらも煙草を吸い続ける。それを見ても藍染は反応しない。どうやら許容されているようだ。

 

「別に虐めてなんかいねえよ。ただそこの若造を揶揄って、暇な時間を潰していただけさ、()()

「そうか、では君への指令を覚えているかな? もうすぐ決行だから準備をしておいてくれ。ウルキオラにもちゃんと協力するように。話は以上だ」

 

 藍染はそれだけ言うともう用は済んだといった様子でバラクーダに退出を促す。当の本人はこれだけの為に呼ばれた事に不満を見せることもなく姿を消した。まるで霧のように。

 

「藍染様、アイツはなんなんですか?」

「ああ、君はその時、私からの命令で虚夜宮(ラス・ノーチェス)を離れてたから知らなかったね。新しくここに来た新入りだよ」

 

 たったそれだけである。もっと何かないのだろうか。そう思って言葉を出そうとした時、藍染の発言で遮られた。

 

「彼は()()()()存在だよ。とても強い呪いで縛られているんだ、彼の部下も全てね。地獄を見たくなかったら彼にはあまり関わらない方がいいと思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 崩玉の覚醒が行われた後、すぐにウルキオラによって人員が集められ現世へと侵攻する事となった。そして黒腔(ガルガンタ)を通り、入口が閉じられる瞬間、男の声が聞こえた。

 

「さて、皆に内緒で買い物するかな」




はい、と言うわけで今回は破面化した三人組の容姿と斬魄刀のお披露目でした。
……え? 斬魄刀が刀じゃないって? ま、まあそもそも棍棒が斬魄刀の奴もいるから珍しい形ということで許してください。まあ、奇抜なもの程強そうに見えますよね!

リンファ以外の能力のヒントが殆ど出てねぇや……

あ、次回は確実に戦闘回になります……番外編を挟まない限り……


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第二十三話 再来

ちょっとブリーチ風のポエムに挑戦してみました。
優しい目で見てやってください。

感想がホスィ(ボソ


 

 

 

 

現世(うつしよ)は僕らのオモチャ箱

 

常夜(とこよ)は私達の遊園地

 

死神は僕らのお友達

 

虚は私達のお人形

 

 

 

──第23話 再来──

 

 

「現世〜現世〜た〜のし〜いげ〜んせ〜」

「ねえねえアンジェ! お菓子屋さんでチョコやケーキやプディングが一杯欲しいな!」

「アー……ウー……」

 

 小さな背丈の子供達が暗黒で支配された空間の先頭を進み、その後ろを四人の破面達が付いて行く。一人は興味無さそうに、一人は子供に向けるべきではない視線を飛ばし、一人はそれを見てニヤニヤと笑い、一人は憂鬱そうにしていた。

 

「なんでボク達はガキのお守りをしないといけないんだろうねぇ……何か聞いてないの、アンジェ?」

 

 揶揄うような口調でそう聞いてくるルピにアンジェは面倒臭そうに答える。

 

「知らないよ。連れてく必要も無いはずなのにね。あれじゃない? 私が勝手にどっか行かないための(くさび)として連れていかせたんだと思うよ」

「それにしてもどうして君たちを藍染様は指名したんだろうね? 十刃(エスパーダ)でもないし勝手な行動しそうなのにね、君もあのガキ達も」

 

 明らかにアンジェ達を軽んじているが、そんな事も気にならないくらい憂鬱そうなアンジェは真面目に答える。

 

「前回こっちに来た時には結構な衝撃を与えたからじゃないかな? 警戒してこっちにより人員を回して来やすいように。まあ()()()の達成には持ってこいと思ったんじゃない? 本音はあいつらの観察だろうけどね」

「はあ? 主目的ってなんだよ。目的は現世の戦力を削ぐことだろ?」

 

 アンジェの反応につまらなさそうにしながらもアンジェの発言で引っかかった部分を聞く。しかし、アンジェはそれを教えてはくれなかった。

 

「んん? ……ああ、別に大した事じゃないし私も予想しただけだから気にしなくてもいいよ。個人の予想を聞いて、今回の行動に支障をきたすような事になったら私の所為になるだろうから言わないでおくよ」

「ふーん、まあどうでもいいや」

 

 会話を切り上げると同時に黒腔(ガルガンタ)が裂けた。どうやらだいぶ話し込んでいたようである。

 現世の暖かい風がアンジェ達の横を抜けていく。そして下には、虚圏(ウェコムンド)からの侵略者を迎え撃つべき存在が此方を睨み付けていた。

 

「オウ? い〜い場所に出られたじゃねえか」

「ピンポイントで敵の目の前に出られるなんて凄いツイてるよね。ヤミー君の運のよさが高いお陰かな」

「あァ? あいつら死神なのか?」

「ありゃ、気付いて無かったのか。言わずにいれば面白かったのかな」

 

 軽口を叩く二人に加わるようにルピも口を開く。

 

「弱そうな奴ばっかりだから分かりにくいよね〜。アレが6番さんが言ってた『尸魂界(ソウル・ソサエティ)からの援軍』じゃないの? ね?」

 

 先程から口を開いていないグリムジョーに確認を取るように目を向ける。そしてすぐさま笑いながら言い直す。蔑みの感情を込めて。

 

「ア・ごめーん。”元”6番さんだっけ?」

 

 ルピの挑発的な発言にも眉一つ動かさず、興味がないといった様子で此方に背を向けた。

 

「あの中にはいねえよ。俺が殺してえヤローはな」

 

 そう言うや否や、行き先に目星をつけたのかその方向へと空を蹴り、この場を後にした。

 

「あっ! グリムジョーずるーい!」

私達(僕達)も自由に行動したいのに! ねえねえ現世に行くっていう『お願い』は聞いたからお菓子屋さんに行ってもいいよね?」

「あっレクシー! 僕はおもちゃ屋さんでかっこいいプラモデルが欲しいんだ! ワンダーワイズも欲しそうにしてるだろ! お菓子は諦めておもちゃ屋さんに行くんだ」

「違うわよハロルド! ワンダーワイズは美味しいスイーツをたらふく食べたいって言ってるのよ。おもちゃよりもお菓子に行きましょ」

「絶対おもちゃ!」

「絶対お菓子!」

「アウー…」

 

 グリムジョーの勝手な行動に騒ぎ立てたのは二人の子供であった。そして死神達をそっちのけで言い争いを始めている。彼らから名前を呼ばれていた大剣を背負った少年──ワンダーワイズはそんな二人の様子をただジッと見ていた。

 

「全くうるさいなぁ。ねえ、あいつら静かに出来ないの? 保護者としてきたんでしょ、キミ」

 

 不快そうなルピの言葉も軽く流しつつ独り言のように呟く。

 

「あれでいいんだよ。ああやっている時が一番()()()()()()()()。あいつらの興味を引くような奴が来ない事を祈りたいね」

 

 そんなアンジェの目は自分の子供を見るような目であった。なんだかんだで愛着があるのであろうか。

 

「にしてもよお、こっちは六人であっちは四人じゃ二人も余っちまうじゃねえか。どーすんだよ、オレは余りにはなりたくねえぞ」

「安心しなよヤミー君。あいつら二人は今の所闘うつもり無さそうだし、ワンダーワイズは動くか分からないから実質こっちは三人だ。やったね、私達の方が数では不利だよ!」

 

 そんなアンジェの言葉に呆れるルピ。本当になんであの双子を連れてきたのか謎だからである。

 

「ホントになんで此処に来たのさ。今の所足手まといになる気しかしないんだけど、大丈夫? もし邪魔になるようだったら容赦はしないからね」

「だいじょーぶだいじょーぶ、ルピ君。今は誰に対しても()()()だ。邪魔になることはまずないね……っと、(やっこ)さんはどうやら痺れを切らしたようだ」

 

 最後の言葉を発せられると同時に、アンジェの首を刎ねんとする凶刃が迫って来ていた。

 

「へえ、随分と若い隊長さんだね。誰の後釜で入って来たんだい、坊や。良かったらお姉さんに聞かせておくれよ」

 

 身体を大きく捻ることでかわしたアンジェは、袖からやはりどうやってしまっていたか分からない大きさの対戦車ライフルのような斬魄刀を滑り出させ、そのまま銃口を下手人へと向ける。

 

「てめえにガキとは言われたくないな。

 十番隊隊長 日番谷冬獅郎だ」

「へえ、自己紹介もしっかり出来るなんて偉いね。これはお姉さんもしっかり名乗っておかなきゃね〜」

 

 日番谷とほとんど背丈の変わらないアンジェに子供扱いされるのはなんとなくだが腹が立ってしまう。しかし油断する事なく相手が嫌がるであろうかなり近い間合いで身構える。

 

「私の名前はアンジェ・バニングス。しがない一研究者さ。階級は()()()

 その間合いはいい判断だね〜。このタイプの火器は近距離が苦手なんだ、花丸あげちゃおう!」

 

 明らかにこちらを馬鹿にしているが油断は出来ない。一度は撃退されたとはいえ、浦原、夜一を相手取り、有利に戦っていた相手である。何か罠を張っている可能性も大いにある。日番谷は油断する事なく相手へと突進していった。

 

「さて、この頃疲れが溜まるような事ばかりだったんだ。たまには身体を動かして発散しないとね。さあ少年(チコ)、私と一緒に踊ろうか」

 

 

 

──────────

 

 

 大きな倉庫のような建物が近くにある市街地の上空。そこでは虚のような仮面を被った黒い男と、目つきの鋭い隻腕の白い男が激闘を繰り広げていた。終始相手を押しているのは仮面を被った男──黒崎一護であり、目つきの悪い白い不良のような青年──グリムジョー・ジャガージャックはそれを凌ぎながら攻める機会を伺っている。

 

「一護のヤツ、今んところは押してんなァ、案外いけるんちゃうん?」

 

 そんな二人の激闘を観察しているのは、一護に虚化を教えた平子真子であり、一護の様子を特に注意深く見ていた。そして、その横からはパシャパシャとカメラのシャッターの切られる音が響き渡る。

 

「……で、アンタは仲間が戦っているのに随分気がラクそうやなァ。そんなんでエエん?」

 

 平子が警戒を解かずに音が聞こえる方を向く。そこには全くこちらを警戒しておらず、無防備な姿で一護達の様子をカメラに収めている男がいた。

 

「ん? アレを止めろって? ムチャ言うなよ。止めに入ったらオレは二人からボコられんだぞ。邪魔をするなーってね。それよかコイツの扱いに慣れておく方が有意義だと思うんだよね」

 

 まるで昔からの知り合いみたいなノリで話しかけてくる男である。面倒くさい匂いがしてたまらなかった。

 

「アンタは俺がその無防備な背中に刀突き立てられるとは思わんのかいな。おたくらにとって自分らは敵やないんか?」

 

 そう言ってみるものの相手は相変わらず無警戒のままであった。気配も発さずにいきなり隣に現れてからずっとこれである。目的が全く分からない。

 

「あんさんがその気だったらオレはとっくにトンズラしてるさ。立ち位置は傍観なんだろ、今んとこは。オレもおんなじだから気楽に時間潰しましょーや。てか、他のヤツらに此処にいること知られちゃオレが困るんだな、コレが」

 

 ペラペラと饒舌にどうでもいい事を喋り始めた。一体何しに来たのであろうか。

 

「今回、お忍びでこっちにカメラを手に入れに来たってわけよ。知り合いに頼んではいたんだけど、反応をみるに持って帰ってきてくれなさそうだったんだよね〜。だから内緒の現世来航ってわけよ。

 ン、疑ってるな。安心しろよ、このカメラはパクってねえよ。ちゃんと購入して来たやつさ。いやー義骸って奴は便利だな。アンジェからこっちの金と一緒にパクっ……ゲフンゲフン、借りて来てて正解だったわ〜」

「こっちに来とるのがバレたらどうなるん?」

「説教されるんじゃね? もしかしたら追放かも。路頭に迷ったらあんさん達のお宅に転がり込むんでそん時はよろしく〜」

「入れんわボケ」

 

 本当にコイツは何しに来たのであろうか。

 

「話は変わるけどアンタのそのカメラ、全く撮れとらんちゃうん?」

 

 その言葉を聞いた途端、男の顔が信じられないといったようなものに変わる。どうやら気付いていなかったようだ。

 

「……なんでなん? 使い方間違えてた?」

「ただのカメラに死神と虚が写るわけないやろボケ。心霊写真みたいになるかもしれへんけど、ほぼ確実に綺麗な青空と住宅街しか写っとらんやろな」

「何……だと……!?」

 

 まるで自分の全力の攻撃が全く効かなかった時のような驚愕の表情である。そこまで驚くことでもないと思うのだが、平子の一言を聞いてからは頭を抱えてウンウン唸っていた。

 

「折角頑張ったのにこんなのってありかよ……アンジェに改造を頼もうもんならバレるし……てか一番知らせちゃいけねぇ奴に改造頼むってなんだよ。Dr.ザエルアポロに頼んでもバラされそうだし……一体誰に頼めばいいんだ?」

 

 そしてうるうると瞳を潤ませながら平子の方を向いて来た。可愛い女の子ならともかく、立派な成人男性の容姿である破面からされてもただ気持ち悪いだけである。

 

「なあ、あんさん。あんさんの知り合いに機械に詳しくてちょろ〜っとカメラを改造してくれるような人、知り合いにいねぇか? お礼は弾むぜ?」

「おらんことないけどアンタに教える筋合いはあらへんなぁ。諦めて帰ったらどうや?」

「そりゃねーぜ()()っち! オレとお前の友情はそんなもんだったのかよ!」

 

 名前など言った覚えはない筈だが、なぜ知っているのであろうか? 以前何処かであった覚えもない。

 

「……どこで名前聞いたん? 藍染からか?」

「少し前にあの黒崎とかいう少年とか他の連中とかと会話しているのを()()()してたからな。

 はあ、諦めてアンジェに頼んで改造してもらうか……小言言われんだろうなぁ……」

 

 そうしてカメラを大事そうにしまい込み、平子の方を向いて、ため息を吐いてきた。まるで平子の聞き分けが悪いからみたいな雰囲気で。流石の平子でも、これにはちょっと頭にくるものがある。

 

「それで、いつまで傍観を決めているつもりなんだ? あの少年ピンチみたいだから助けに行ってやったら喜んでくれるんじゃね?」

 

 そして指差す先には、仮面がなくなり先程まで蹂躙していた相手に(ほふ)られている黒崎一護の姿があった。

 

 

 

──────────

 

 

 アンジェと日番谷、弓親とルピ、ヤミーと一角が刃を交え、交戦していた。

 子供三人組は戦う気がないのか、その場で他の者の戦闘を観察しており、そんな彼らを乱菊は斬りかかっていいのかあぐねていた。

 

「ねーねー、彼処にいるのってこないだ見てた真珠頭じゃない?」

「ホントだ〜。今度の相手はヤミーさんだけど大丈夫なのかな。ハロルドはどっちが勝つと思う?」

「ヤミーさんにキャラメル一個」

「私もヤミーさんにドロップ一個」

「それじゃ成立しないじゃん。ワンダーワイズはどう思う?」

「アウー……ウー」

 

 ワンダーワイズはハロルド達の問いかけにも反応せずいつの間にか捕まえていた蜻蛉を見ており、そのまま口に放り込む。

 

「あっ! 何それ!? 何処に居たの?」

「もっとおっきいやつ捕まえて遊ぼうよ! ワンダーワイズも参加ね」

 

 そんな風にワイワイ騒ぐ子供達の声を聞きながら、アンジェは必死に日番谷の攻撃をいなしていた。

 

「さっきから逃げてばかりだな。少しは反撃してこないのか?」

「私は色々と下準備していないと上手く立ち回れないんだよ。何処かの誰かさんがそれを許してくれないけどね。まあ、頑張って私と一緒に円舞曲(ワルツ)踊り続けようか」

 

 日番谷から距離とるもすぐに詰められ、凶刃が迫る。アンジェの身体のあちこちに氷の塊が付いており、所々に切り傷が付いていた、どうやら苦戦しているようだ。

 対して日番谷は全く傷を負っていないが深追いはせず、慎重に攻めていた。まだ報告で聞いている動きを相手は見せていない。話に聞いている黒い波打つ刀身の斬魄刀も抜いていないのだ。唯一聞いていたことと同じなのは、弱々しいとても破面とは思えないような霊圧だけである。

 

「あーあ、つまんなァーい。弱っちいったらありゃしないよ。勝ち目ナイってわかんないの?」

 

 ルピの小馬鹿にした声が聞こえるそちらを盗み見ると、弓親が額から血を流しており、それを余裕そうに笑っていた。

 歯ごたえがないからかつまらなそうにしていたが、アンジェが劣勢な様子を見て、いいこと思いついたとアンジェ達に提案する。

 

「アンジェ! ヤミー! そっちの子たちもボクに譲ってよ! こいつらウダウダめんどいからさ、一気に四対一でやろーよ。──ボクが解放して、まとめて相手してあげるからさ」

「そりゃないよ、これから華麗に逆転するつもりなのに」

 

 息を切らせながらのアンジェの発言をルピは鼻で笑う。

 

「アンジェもさァ、氷漬けにされそうなくせに強がらないでよね。キミが砕け散ろうと構わないんだけど、折角だからその前に相手を引き受けてあげるよ」

 

 そうしてルピは左脇に挟まれた鞘から己の斬魄刀を引き抜いた。アンジェは何か言おうかとも思ったが、口をつぐみ己の斬魄刀を袖へと滑り込ませていく。

 日番谷の判断は早かった。ルピの言葉を聞くと同時にルピに向けて全速力で駆けていた。

 斬魄刀解放。以前の襲撃の際、シャウロン・クーファンも使っていた奥の手である。しかも十刃(エスパーダ)のものだ。解放されて勝てる見込みがあるかわからない。ならばそれよりも前に叩けばいいだけの話だ。

 

「させるか!」

 

 アンジェから距離を取るのは悩み所ではあったが、それよりもこちらの方が危険と判断した。

 出し惜しみは無しだ。

 

「──卍解」

 

 大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)

 

 日番谷の背から竜のような氷の翼と尾が生まれた。それと同時に駆ける速度も跳ね上がる。

 だが、あと少しの所で間に合わない。

 

(くび)れ『蔦嬢(トレパドーラ)』」

 

 ルピから噴き出した霊子の奔流が日番谷の視界を遮った。それでも構わず、相手を倒す為に相手が居るであろう場所に向けて斬魄刀を構えて突く。その時、煙幕を貫いて木の幹のような物体が現れた。

 かろうじて、それを羽で防御する。勢いのあまり背後へ強引に後退させられるが、止められないほどではなかった。

 

「……どうした、こんなもんか? 解放状態のてめえの攻撃ってのは」

「ハハッ! よく防いだね!」

 

 煙の奥のルピは、挑発されたにも関わらず気を害することもなく明るかった。

 

「……でも正直止められるとは思ってなかったな。ちょっとショックだよ。十刃(エスパーダ)ですらないアンジェすら倒せてないから大したことないと思ってたけど、意外とやるもんだね隊長クラスってのは」

 

 煙が徐々に晴れていく。そして姿を現した。

 

「でもさ、もし今の攻撃が──八倍になったらどうかなァ?」

 

 そこにあったルピの姿は、上半身が鎧のようなものに覆われ、八本の触手が生えた円盤が背中に形成されていた。

 その異形とも呼べる姿は防御で動きが止まっていた日番谷目掛けて残り七本もの触手を叩き込む。一本でもあの威力だ。当然防ぎ切ることなど出来ずに、日番谷の体は森の中へと墜落していった。

 

「言ったろ? 四対一でいこうよ・ってさ」

 

 日番谷以外の死神を小馬鹿にする。

 

「ア・ごめーん。四対八、だっけ」

 

 その顔は格下を嘲笑うものであった。

 

 

──────────

 

 

「あーあ、折角急ピッチで準備したのにルピ君のせいで無駄になっちゃったよ。ヤミー君も相手取られて残念そうだね」

「全くだよ……てかアンジェ、いつの間にかオレの肩に乗ってんじゃねえよ」

「別にいいじゃん。可愛い乙女が肩に腰掛けてるんだよ? もっと嬉しそうにしてくれてもいいんじゃないかな」

 

 何言ってんだコイツといった目で見られたアンジェは、流石に傷付いたのか悲しそうに肩から降りた。

 そしてある事に気付いたヤミーはそれをなんとなく聞いていた。

 

「おいアンジェ、なんでお前()()もいんだ?」

 

 ヤミーは遠くにいる切り傷や氷が纏わりついたアンジェを指差しながら、肩から飛び降りた()()のアンジェに訊ねる。

 

「あれは囮だよ。あれと坊やが踊っている間に狩場を整えて、最後は踊らせてあげるつもりだったんだけどパーになっちゃった」

「ほー、よくバレなかったな。で、いつから入れ替わってたんだ?」

「坊やが切り掛かって来た時かな。いや〜全然気付かないとは思わなかったよ。ま、死角に入ってもないのに入れ替わってるなんて思いもしないだろうから無理もないね」

 

 それを聞いてヤミーは呆れた。自分もその場面を見ていたが、なんの違和感も感じなかったからである。そんなものにどうやって気付けというのであろうか。

 

「あの坊やにネタばらしした時の驚愕に染まった顔を見たかったなぁ……まあしょうがない! 二人でのんびりと時間を潰そうか」

 

 そう言うとその場に座り、ルピと死神の戦いの様子を眺める。それは一方的なものであった。

 

「なんだ、話んなんないね。キミたちホントに護廷十三隊の席官? つまーん、ないっ!」

 

 八本のしなやかな触手が不規則に動き、死神達を打ちのめす。更に背中の円盤を回転させ、八本の触手が巨大な電動ノコギリのように、相手へと猛威を振るう。とても相手に勝ち目がなさそうな一方的なものであった。

 そして三人の死神が触手によってついに捕えられる。

 

「あっ!? ダメダメ!! 触手プレイなんて駄目だよ! それは同人誌でやって下さい」

 

 いきなり訳のわからない言葉を発するアンジェであったが、ヤミーは無視し、他の者は誰も聞いていなかった。

 ルピは乱菊という女の死神を目の前に持ってきて、まさに悦に浸った顔で話しかける。

 

「おねーさんさァ、やーらしい体してるよねぇ。いーなあ、セクシぃだなあ。……おねーさんと比べるともう可哀想なヒトもここにいるけどね」

「は? キレそう」

 

 初めてアンジェがルピの挑発に腹を立てていた。

 ルピが乱菊を捕えている触手を思わせぶりに近づかせる。そして触手の先端から、万遍なく鋭い棘が生えた。

 

「穴だらけに、しちゃおっかなぁ~~~~」

 

 無数の針が乱菊の柔肌を血で染めようと迫り──赤い斬撃が触手を裂き、防がれた。

 

「まーた来たよ、あの下駄帽子。少しでしゃばり過ぎだと思うなぁ」

 

 斬撃が放たれた方に目を向けると一人の男がいた。現れたのは着流しに下駄、目深に被った帽子と、それとなく胡散臭さを醸し出す男。

 

「いやァ~~~~間に合った間に合った。危なかったっスねえ~~~~」

「----……。誰だよ、キミ」

 

 ルピは不愉快そうに男を睨む。対して男は飄々とした様子でそれを流し、頭を軽く下げてお辞儀をした。

 

「あ、こりゃどーも。ご挨拶が遅れちゃいまして。──蒲原喜助。浦原商店でしがない駄菓子屋の店主やってます。よろしければ以後、お見知りおきを」

 

 その言葉が放たれた瞬間、背後から三人の子供達が飛び掛かってきた。

 それにいち早く気づいた浦原は紅姫を振るう。紅の衝撃が子供達を弾き飛ばし、彼らの距離を開ける。彼らは近距離で反撃を受けたのに無傷であった。

 

「……へえ、随分変わった子達がいるじゃないスか。今日は三人のお守りですか? お嬢さん」

 

 アンジェの方を向かずにそう言葉を発する。どうやらこちらを相当警戒しているようだ。アンジェはそんな浦原に凄く嫌そうな顔を向ける。

 

「概ねそんなところだよ……だけどキミの所為でお守りどころではなくなりそうになっちゃったよ」

 

 そんなアンジェの発言に怪訝そうにするが、直後に相対していた三人を見て納得した。

 

「ワンダーワイズどうどう……」

「ウー……ウー」

「ほら、キャラメル上げるから」

 

 一人の子が双子の様な子供に宥められており、そしてその双子はこちらを見て歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「キミがここにきた事であいつらがキミに興味を持っちゃったんだ。ちゃんと責任取ってくれよ」

 

 そんなアンジェの言葉は浦原には届かなかった。双子が口を開き、その言葉を掻き消したからである。

 

「甘くて淡い水飴の香り」

「芳ばしくて深い醤油の味」

「さあさあ下駄のお兄さん」

「ねえねえ帽子のお兄さん」

「あなたの駄菓子をくださいな」

「ぜんぶぜ〜んぶくださいな」

 

 ニコニコと子供らしく笑いながら近づいてくる。ただ、その笑みはどこか不穏さを感じさせるものでもあった。

 浦原は構えいつでも対処出来るようにするが、子供達はそれでも構わずゆっくりと近寄ってくる。

 

「四肢を賭けて踊りましょ」

「命を賭けて狂いましょ」

「「僕達(私達)と遊ぼうよ!」」




今回から戦闘回です……ン? 戦闘回?
まあ戦闘描写は少なめでしたが一応戦闘回でした。
次回は戦闘回?になると思います。
次回の次でようやく双子の刀剣解放をお披露目出来る……(名前だけ)
今年は出来ればもう一つくらい上げたいと思っていますので楽しみにお待ちください。


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第二十四話 片鱗

お久しぶりです。何回目なのか分からないこの挨拶。ほんといつもいつもお待たせして申し訳ありません。そして待っておられた皆様ほんとありがとうございます。他の連載も完成し次第載せますのでお待ち下さい。


 

 浦原とレクシー達が対峙している中、ヤミーはその光景を退屈そうに眺めていた。

 

「あー暇だな……あのガキ共が手ェ出してなけりゃ退屈しのぎにぶっ潰してやろうと思ってたんだけどな」

「でもやめたんだ。ヤミー君にしては珍しいね。何か思うことでもあったのかな?」

 

 欠伸をするヤミーの横に腰を下ろすアンジェは、目線は浦原達に向けながらもヤミーの答えをしっかり聞こうと耳を傾けていた。

 

「クソ女だったら容赦なく手ェ出してたんだがな。あの下駄野郎は別にそれ程怨みもねえからあいつ等に譲ってやったんだよ」

「なんだ、ただの気まぐれか〜。まあそれで良かったと思うよ。ヤミー君はやっぱり運がいいのかな?」

「あん? どういう意味だよ」

「それはこれから起きる事を見てれば嫌でもわかるよ。どうして私があの双子を関わらせたくなかったのか、あの双子が一体どんな力を持っているのか、その片鱗がね」

 

 そしてヤミーから意識を完全に外したアンジェは先程此方に戻ってきたワンダーワイズを膝の上にのせ、浦原達の方へと注意を向ける。

 

「そうそう、あいつ等から()()されたくなかったらなるべく私の近くから離れない方がいいよ、ヤミー君」

 

 それを聞いたヤミーは、別に無視しても良かったのだがする事もないのでアンジェの横に腰を下ろした。

 

「さて、()()()と浦原喜助は一体どれだけ保ってくれるかな?」

 

 

 

──────────

 

 

 

 織姫は断界を移動しながら現世へと急いでいた。尸魂界で修行した力を仲間の為──黒崎の為に振るう為である。早くみんなと戦いたい、きっと役に立てると思いながら。尸魂界と繋がった空間が見えなくなった頃、唐突にその声は聞こえてきた。

 

「何だ、護衛は二人か」

 

 さっき通った時には何もなかった。だが振り返った今は黒い空間の歪みが生じていた。

 

「存外、尸魂界も無能だな」

 

 空間の歪みがどんどん開かれそこに黒い裂け目が生まれる。

 

「最も危険が高いのは、移動の時だという事を知らんらしい」

 

 そしてその空間から姿を現したのは、以前黒崎達を苦しめた破面(アランカル)の一人、ウルキオラ・シファーであった。

 

「……護衛が二人というのは拍子抜けだが……煩わしい拘流の動きが固定されているのは都合が良かった」

 

 ゆっくりと此方に足を進めてくる。感情の見えぬ目をこちらに向けながら。心なしかその身体の周りには、不気味な黒い霧のような物が見えた気がした。

 

「話をするのに時間を急ぐのは性に合わんからな」

 

 先程まで動けずにいた護衛の死神達がようやく織姫を守るために動き始めた。普通であればこの隙に全滅していてもおかしくはないのだが、ウルキオラはまだ何も手を出してこない。

 

「な…何者だ貴様っ!! 破面か!?」

 

 織姫の前に斬魄刀を構えて一人の死神が躍り出る。それと同時に彼の周りには黒い霧が集まり始めた。何か嫌な予感がする。そう感じた織姫は静止の声を掛けようとしたが既に遅かった。

 

「待っ──「やれ」!!??」

 

 そして起こった現象は信じられないものであった。黒い霧が急速に集まり、死神一人の後方と頭を包み込む。頭を包まれた死神は何が起きたのか理解出来ぬまま霧を振り切ろうを一瞬だけ(もが)くが、すぐに何かが潰れる嫌な音が響き、大人しくなる。そして霧が晴れると同時に現れた破面の足元に崩れ落ちた──頭部を失った状態で。

 霧が晴れると共に現れた破面は足元の物に目もくれず、織姫へと鋭い視線を飛ばす。まるで値踏みするかのような視線を。

 

「オイ小僧、このクソ餓鬼が今回のターゲットなんだな? 一見ただの餓鬼共と変わらねぇ様に見えんぞ」

「そいつが井上織姫だ。傷一つつけるなよ。藍染様からの命令だ。それともう一人も早く始末しろ」

「全く注文の多い事だ。もう少し歳上を敬いやがれ。坊主」

 

 二人が会話している隙に双天帰盾(そうてんきしゅん)を飛ばして蘇生を図り、もう一人の死神に逃げるように促す。自分のせいで巻き込まれたのだ。彼等だけは何としても逃がさなければという思いで一杯だった。

 

「逃げて! 逃げてください!!」

 

 そう訴えかけるものの、もう一人は足を恐怖で震わせながらも護衛対象を置いて自分だけ逃げ出していいのだろうかと戸惑っていた。

 

「し、しかし……」

「いいから逃げて! お願い!!」

 

 織姫の必死の言葉も虚しく、大きく皺がれた手が死神の頭部を掴む。

 

「ひっ……」

「オイ小娘。オマエは頭を潰した奴すらも回復させられるみてぇだな。それなら、()()()はどうだ?」

 

 老人の瞳が妖しく光る。そして頭を掴まれていた死神は無理やり目を合わせられた。目が合った瞬間、変化はすぐに起こった。

 

「おい死神、死ぬのは怖いかぁ?」

 

 顔を恐怖に引きつらせ、ガタガタと身体を震わせ始め顔もドンドン青ざめていき、最終的には動かなくなった。老人は無造作に投げ捨てるもピクリとも動かない。何をしたか分からないが既に息絶えているようだ。

 

「ッ!? あやめ!!」

 

 双天帰盾(そうてんきしゅん)の範囲を広げ、既に事切れ()()()なった彼の蘇生も試みる。

 それを見た老人は少し驚いたような声を上げる。

 

「ホウ、そういう事か……なんでこんなガキを攫いに来たのかが大体分かった。坊主! 知ってたのなら早く言いやがれ!」

 

 ウルキオラはそんな言葉を無視しながら織姫に近づいていく。正直、織姫の治癒能力、そして老人──バラクーダの最後に使用した力にはかなり興味を持たされた。なんの霊圧の変化もなく、傷つける事なく相手の息の根を止める。一体どの様な力なのか、知っておくことに越したことはないが今は任務を進める事が第一である。

 

「俺と来い、女」

 

 ウルキオラのいきなりの言葉に追いつけていないのか驚きを露わにしながらも、織姫は理由を訊ねようとする。

 

「な……「喋るな」」

 

 しかしそれは叶わなかった。ウルキオラに遮られ、そして脅される。

 

「答えは『はい』だ。それ以外を喋れば殺す」

「オイオイ、『いいえ』の選択も選べるようにしてやれよ。一択は流石にツマンネぇじゃねえか」

「口を開くな、バラクーダ。貴様は黙って周囲でも警戒していろ」

「口の聞き方に気を付けろって習わなかったのか? 小僧」

 

 ウルキオラに突っかかるものの軽く無視される。ウルキオラはバラクーダを意識の外に追いやり話を続ける。バラクーダは少し不満気であった。

 

「殺すのは『お前』じゃない」

 

 その言葉と同時にウルキオラの後ろにはいくつかの映像が映し出された。そこには──

 

「!!」

「『お前の仲間』をだ」

 

 至る所から血を流す、黒崎や乱菊などの映像が映し出された。まだ動けてはいるがこのままでは危ないかもしれない。どうにかしなければ、そういった考えが織姫の思考をドンドン奪っていく。

 

「何も問うな、何も語るな。あらゆる権利はお前に無い」

 

 感情の無い声が淡々と言葉を紡ぐ。

 

「お前がその手に握っているのは仲間の首が据えられたギロチンの紐、それだけだ」

「理解しろ女、これは交渉じゃない」

 

 無機質な瞳が織姫を映す。

 

()()だ」

 

 とても冷たく悲しい声だ。

 

「藍染様はお前のその能力をお望みだ。俺達にはお前を無傷で連れて帰る使命がある。もう一度だけ言う」

 

 これが最後だ。そう付け加えて。

 

「俺達と来い、女」

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 浦原に楽しそうに笑いながら更に近づいた双子は、お辞儀をしながら元気よく声を出す。

 

「今日は下駄のお兄さん。僕の名前はハロルド・モリアルテ」

「今日は帽子のお兄さん。私の名前はレクシー・モリアルテ」

 

 相手の動きを伺いつつもじっくりと観察する。虚の双子なんて殆ど聞いた事がないので珍しいと思いつつも、浦原は少しも油断せずに話しかける。

 

「それで坊や達はアタシに何か御用でも? 駄菓子は此処にはありませんよ」

「そんなこと分かってるよ。ただそのお菓子を賭けて遊ぼうって提案だよ」

私達(僕達)とゲームをしましょ? お兄さんはお菓子、私達は別の物を賭けるからさ」

 

 どうやら遊びのお誘いのようだ。ただ相手は子供とはいえ不気味な気配を放つ破面である。全く気が抜けない。相手から情報を引き出す為に話に少しだけ乗ってあげることにした。

 

「そうでしたか。ではアタシは飴玉三つを賭けましょう。お嬢さん達は何を賭けるんスか?」

 

 浦原の言葉にハロルドとレクシーはつまらなさそうな顔をする。何か言葉を間違えたのだろうか。

 

「そんなレートじゃつまんないよ。最初から飛ばしてかないと」

「最初はお兄さんの駄菓子屋のお菓子全部といこうよ。そっちの方が緊張感があって楽しいよ」

 

 それだと賭け金が一瞬で無くなってしまう。一発勝負で何か仕掛けて来るつもりなのだろうか。

 

「遊びは一回で満足なんですね……まあいいでしょ、付き合ってあげますよ」

 

 そんな浦原の言葉を否定する。まるで分かってないと言っているかのように。

 

「一回きりなんてつまんないことする訳無いじゃん。お兄さんも賭け金は一杯持ってるのに」

素寒貧(すかんぴん)になるまで私達(僕達)が勝負してあげるわ。すっごい楽しみ!!」

 

 この瞬間、浦原の身に猛烈な寒気が走った。何故だかわからないが何かに囚われている様な感覚も感じる。

 

「ねえねえハロルド、ゲームはどれが良いと思う? 『タップダンス』? 『ブラフダイス』? それとも『チキンレース』?」

「それは帰刃(レクレスシオン)した時の為に取っておこうよ。そっちの方が絶対楽しいよ。時間もそんなに無いだろうしさ。『ジグソーダイス』なんてどうだい?」

「それもそうね。それにしましょ。短い時間でそれなりに遊べるからね」

 

 どうやら何をするのかも決まった様だ。そう言えば相手は何を賭けるのかを聞いていなかった。とても嫌な予感がするが取り敢えず聞いてみる。

 

「……それで坊や達はお菓子の替わりに何を賭けるんでスかね」

 

 それを聞いた双子は無邪気な笑みを浮かべながらこちらを向く。その顔は歓喜と残虐性を孕んだものであった。

 

僕達(私達)もそれなりに価値がある物を出すよ。釣り合わないと不公平だもんね」

 

 そしてある方向を指差す。八本の触手を持つ仲間であるはずの存在の方向へと。

 

「あそこのタコさんの身体の一部を賭けるんだ! ねえ、お菓子と十分釣り合ってるでしょ?」

「最初はどこの部位がいい? 腕? 目玉? それとも心臓?」

 

 賭け金にされている当の本人はその事に全く気づいていない様であった。

 流石にこの賭け事はリスクが高過ぎる。恐らくこの双子は遊びと称したもので相手を能力で縛るのだろう。これ以上は相手に合わせるのは危険と判断した浦原は何かされる前にこの二人を倒してしまおうと考え、斬魄刀を抜こうとした。

 

「駄目だよ下駄のお兄さん。()()の場では暴力沙汰は『御法度』なんだ。その刀はしまった方がいいよ」

「もう帽子のお兄さんの参加は決定してるんだよ。()()()()()()()()になるまで付き合って貰うんだからね」

 

 ケラケラと笑いながらそう釘を刺してくる。まだ何も相手は怪しい動きもしていないし自分の身に何かした気配もしなかった。ただのハッタリの可能性もあるが先程の寒気の件もある為、素直に聞いていた方が良いと思い、抜きかけた斬魄刀を仕舞う。

 

「賢いね! 何時もだったら大体逆上して痛い目見る人が多いのに! これは中々手強い相手かもしれないわ」

「物分かりがいいのはいい事だね。それじゃ道具を出さないとね」

「一体いつの間にアタシに何かしたんスかね? もし良かったら聞かせてくれませんかね」

 

 それを聞いた二人は一瞬キョトンと子供らしい表情を見せた後再びケラケラと笑い始める。

 

「お兄さんには何もしてないよ。ただ僕達(私達)()()にお兄さんが自分から足を踏み入れただけ」

「だから安心していいよ。お兄さんにも誰も()()()()()()()()()()()()私達(僕達)と同じように」

 

 そして双子は自身が手に持っている白兎と黒兎の人形の背に手を突っ込み中から丸い板と七つの目玉を取り出した。レクシーは丸い板を宙に浮かせ、ハロルドは目玉の一個を浦原へと軽く放り投げる。

 浦原は一瞬避けようとも考えたが、今のタイミングで攻撃を仕掛けるとも考え難かったためそのまま受け取る。近くで見ても何の変哲もない()()の目玉であった。

 浦原が受け取ったのを確認したハロルドは自身が手にしている六つの目玉をそのまま何回かに分けて握り潰す。そしてお前もやれと促してきたため嫌々ながらも握っている手に力を込めた。肉の潰れる気持ち悪い感覚と共に何か硬いものが手の中に収まった。手を開くと、どういう原理か分からないがそこには黒い賽子(サイコロ)が手の中にあった。

 

「今からする遊びはそれを使って遊ぶんだ。ルールは今から説明するから無くさないでね」

 

 双子は丸い板の前に立ち、こちらに手招きしている。溜息を吐きながらも浦原はそれに近づいた。

 

「ルールは簡単! 僕達()が六個のサイコロを振って、出た目以外の目をお兄さんが出せたらお兄さん()の勝ち! 同じ目を出したら僕達()の勝ち!」

「そして親がダブった目を子が出したら、ダブった分だけ倍払い! その代わり、安全な目が少なければ少ないほど子が勝った時の賭け金は多く貰えるんだ! 空きが二つの場合は1.5倍、空きが一つの場合は三倍だよ! 空きが三つ以上の時は等倍だからそこは注意してね」

 

 親の方が結構有利な遊びのようだ。ただ親が1から6、全ての目を出した場合はどうなるのであろうか。普通に考えれば親の勝ちであろうが。

 

「そうそう、もし親が全部の目を出したら親の振り直しだからね。二回連続で続くと親の負け。流石にそこは子に有利にしておかないと不公平に感じるからね〜」

 

 どうやら確実に勝てる目は潰しているようである。それならこちらにも勝てる見込みがありそうだ。昔、夜一にイカサマをよくされていたので、自分も仕返すために出目を操れるまで練習したものである。自身が子の間は負けることはないだろう。

 

「……大体分かりました。では始めましょうか」

「お兄さん、賭け金のお菓子が無くなったら何を徴収されるか聞いておかなくていいの?」

「大方アタシの身体の一部でしょう。アナタ達の賭けるものを考えれば予想もつきますよ」

 

 それを聞いた双子は禍々しい笑みを浮かべて浦原を見る。何がそんなに面白いのであろうか。

 

「分かってない、分かってないなあお兄さん。そんなんじゃすぐに終わっちゃうじゃないか」

「お兄さんはそこに至る前にまだまだ()()賭けるものがあるじゃないの」

 

 その言葉に背筋が凍る。自分以外の人間の身体をこいつ等は賭けろと言っているに等しいのだ。

 

「わるいですけど、それは許容出来ませんよ。あそこにいる人達はアタシとは無関係っス。関係ない人を巻き込むのは看過できません」

 

 また八本の触手を持つ破面と戦っている死神達の方を見やる。助け出したは良いものの、再び押されてしまっている。だが、次は()()が整っているであろうから恐らく大丈夫であろう──こいつ等の邪魔が入らない限り。

 しかし、浦原の言葉を聞いても嘲笑うのをやめない。丸で見当違いも甚だしいと言った様子で。

 

「お兄さんに拒否権はないんだよ。嫌だったらただ僕達(私達)に勝てば良いだけなんだから」

「それと私達(僕達)もタコさんのオモチャを取る気はないんだ。それよりも大事なものがあるでしょ? ねえ」

「「お兄さんとこの従業員とお友達、()()()()()を先に賭けて貰うよ」」

 

 その言葉と同時にハロルドが賽子を全て上に放り投げる。とても出目を操ろうとした投げかたではなかった。しかしその投げ方とは裏腹に、出た目は1の目以外の全てで6の目が二つであった。最初から浦原を潰しにきているようである。

 

僕達(私達)はタコさんの触手を一本賭けるよ。勝てば三倍、三本も手に入るよ! やったね! たこ焼きが作り放題だ!」

「さあさあ早く振ってよ。6の目を出したらお菓子と()()()()()()()()の腕を貰うよ」

 

 鉄裁の事をなぜこの双子が知り得ているのだろうか。破面との戦闘では一度も姿を見せていない筈だ。そもそもここから遠く離れた居場所も分からぬ相手にどう危害を加えるというのか。浦原は双子の未知の能力で少し動揺していた。

 

「アナタ方の力、謎だらけですね。良かったらアタシに教えてはくれませんか?」

 

 そう発しながら賽を振る。多少動揺していようとも手はブレる事は無かった。相手が何かイカサマでもしない限り出目は1になる筈だ。

 

「それは私達(僕達)の身包み引っぺがせたら教えてあげるわ。出来たらの話だけど」

 

 コロコロと賽子が転がっていき、最後には動きを止めた。そして出た目は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1であった。

 浦原は安堵の息を吐き、ハロルドはつまらなさそうな表情を浮かべ、レクシーはそんなハロルドをクスクスと笑っている。

 

「ちぇっ、幸先よく一番いい出目が来たと思ったらこれかよ。面白くないなあ」

「自信満々にしときながら負けるなんてハロルドダッサーい。私が代わってあげようか?」

「うるさい! 一回目は何時も様子見だろ。勝とうが負けようがどうでもいいんだよ」

 

 どうやら相手は何もしてきてないようだ。なんとか勝てる見込みがありそうである。あの触手の破面には悪いが勝たせ続けさせてもらう。

 

「アタシが勝ちましたけど、早速チップをこちらに渡して貰いましょうか」

「うるせー! 初っ端から出目操作なんかしやがって! 僕達(私達)の目を騙せると思ったのかよ! 遊戯を楽しむという心はないのかよ! 次はやったらイカサマと見なして強制負けだかんな!」

 

 どうやらバレてしまっていたらしい。次は更に気付かれないように振らなくては。そんな事を考えいると、ハロルドを宥めながらレクシーが口を開く。

 

「まあまあ、どんだけ文句を言っても負けは負けなんだから。それとお兄さん、イカサマ防止の為に次はハロルドと同じように上に高く放り投げてもらうよ。分かった?」

 

 早速常勝の法を封じられてしまった。そこまで甘くはないようだ。しかし勝った分を先に賭ければ少しは余裕がある筈だ。

 

「分かりました。先程も言いましたが、次を始めるためにも早くチップを持ってきて下さい。回収は大変でしょうがアタシは手伝いませんよ。約束は守って頂きませんとね」

 

 どうやってかは知らないが、あの破面から力づくで身体の一部を奪ってくるはずである。恐らく少しは時間がかかるはずだ。少しでも時間を稼ぐ事が出来れば浦原商店の者達には被害はいく前にこのふざけた遊びを終わらせられる筈だ。

 そんな浦原の内心を読んだからかどうかは分からないが、レクシーはニタニタと笑っている。

 

「約束は約束だからね。踏み倒すなんて真似はしないわ。時間なんて掛けずにすぐに渡すね。ほぉら、よおく見ててね」

 

 そして相変わらずニタニタ笑ったままのレクシーと気を取り直したハロルドはそのまま目線をルピへと向けた。

 そして一瞬だけ、ハロルドとレクシーの持った白と黒の兎の人形の瞳がまるで生きているかのように怪しく光った。

 

 

 

──────────

 

 

 

 

「……やれやれ……」

 

 先程浦原に捕まえた死神を逃がされたルピは、それ程時間をかける事なくその自慢の触手で再び縛り上げていた。

 

「ボクの邪魔をしてくれた奴だから、ボクが殺してやろうと思ったのに……なんだよあのガキ共は」

 

 ゴミを見るような視線を今も浦原と()()()いる双子へと向ける。どうやら気に食わないようである。

 

「何しに来たのか分かってないんじゃないのかなあいつら。ま、お姉さん達を始末したらガキ達と一緒にあのゲタ男を殺しに行こうかな」

 

 そのまま乱菊達の方を向く。その様子は余裕綽々といった様子で見るからに慢心していた。

 

「ホント話んなんないよね。せっかくあのゲタ男が助けてくれてもスーグ捕まっちゃうんだもんね。さあて誰から串刺しにして欲しいか順番を選ばせてあげるよ」

 

 そして触手の一本から鋭い棘を再び生やして、乱菊に近付けた瞬間、乱菊、一角、弓親を縛っていた触手が根元から()()()()()。そしてそれと同時にズレ落ちた触手だけが跡形もなく姿を消す。いきなりの出来事にルピも乱菊達も何が起こったのかが理解出来ていなかった。

 

「な……何をしやがった!?」

 

 そんな問いに誰も答えられる筈もない。誰も知らないのであるから。新たな敵が来たのかと疑い、周りを見渡すとハロルド達の所にに細長い奇妙なものが浮いている事に気がついた。自分の身体の触手である。そしてそれを見ているルピを見てレクシーはニタニタと笑いながら浦原の横にそれらを置いていく。あのガキ共が攻撃してきた。それを知ったルピは怒りを露わにする。

 

「大目に見てればあのガキ共……ふざけた真似をしやがって……こいつらよりも先にお前達の頭を望み通りに捩じ切ってやるよ……」

 

 そして自由になった死神達を無視して、双子目掛けて勢いよく飛び出して行った。

 

「な、何? 仲間割れ?」

 

 乱菊のそんな誰も答える者もいない筈の疑問に、小さな声が返される。

 

「違うよ。商品の勝手な行動だよ。おねーさん」

 

 それと同時に、飛び出していった勢いと同じ速さでルピが先程いた場所に戻ってきた。喉を小さな少女に掴まれた状態で。

 ルピは苦しそうな表情を浮かべながらも残った五本の触手を少女へと叩き込んでいく。一本一本が強力な武器である。たとえ三本減ったとはいえ華奢(きゃしゃ)な少女の身体には耐えるのは難しいはずだ。しかし、そんな乱菊の予想を裏切って、少女は全く動じていなかった。それどころか()()()負っていない。

 

「き……貴様ら……」

「駄目だよ、駄目なんだよ。タコさん。()()の場では暴力は『御法度』なんだよ。だから止めたんだ。本当ならルール(秩序)を乱した『()』を与えなきゃいけないんだけど生憎タコさんは景品なんだ。だから今回は見逃してあげるけど勝手な事しないようここで私が見張る事にするよ」

 

 ルピを掴み上げた少女──レクシーは乱菊達の事など眼中にないといった様子でその場から動かない。そこに遠くから声がかけられる。

 

「レクシー、僕がレクシーの分まで楽しむからそのまま抑えといてね〜」

「ハロルドずるーい! 次の機会は全部私の番だからね!」

「そんなの知らないよ。さ、お兄さん続きをしよっか」

 

 双子の碌でもない会話が終わると同時にレクシーとルピの周りに無数の氷の柱が現れる。いきなり現れた柱にルピは驚愕の表情を浮かべ、レクシーはつまらなさそうにそれを作り出した本人へと視線を向ける。

 

「いきなり動いたから焦ったが、お前が連れて戻ってきてくれたお陰で助かった」

「……ねえ、邪魔しないでよ。私も()()の参加者なんだよ? 暴力は『御法度』って知ってる?」

「知らんな。お前もそいつを抑え込めるくらいだから一緒に始末させてもらう。恨むんなら俺に仕込みの時間を与えたそいつを恨むんだな」

 

 そして氷柱を作り出した本人──

日番谷冬獅郎はレクシーへと斬魄刀を向ける。

 

 千年氷牢(せんねんひょうろう)

 

 無数の氷柱が波のようにレクシー達へと迫る。そんな状況にも関わらず、レクシーはルピを逃がさぬようにその場から全く動かない。ルピはレクシーからも氷柱からも逃れようと必死にもがいていた。

 

「放しやがれこのクソガ──」

 

 そして氷の牢獄が完成すると同時にその声は途絶えた。

 

 

 

「妹さんかお姉さんが巻き込まれてしまいましたけどいいんですか?」

 

 浦原は間に合ったと安堵していた。日番谷がルピを倒すために時間を掛けて仕込みをしている事には最初から気がついていた。ルピを倒してしまえばこの双子の賭けるものが無くなり、この遊びは終わると踏んでいた。ルピがこちらに迫って来ていた時は焦ったが、それをレクシーが抑え込みルピと一緒に攻撃出来たのは不幸中の幸いである。

 ただ、レクシーの最後に残した言葉が脳裏に蘇る。暴力は『御法度』。ルピの時は攻撃を受けた瞬間に霊圧を少しも変化させる事なく見た目からは考えられない力で拘束していた。もしかしたら……そんな考え事に没頭しそうになった時、ハロルドから催促の声が掛かる。考えたくなかった言葉が。

 

「何ボーっとしてんの、お兄さん。ほらほら続きを始めようよ。タコさんはもうチップの価値もなくなっちゃったから別のもの賭けないとね。うーん、後はみんな()()()()()()()に居るからなぁ……あっ! グリムジョーがいたや! 次はグリムジョーの右目を賭けるね」

 

 どうやら止める気はさらさらないらしい。片割れの心配もしないのは虚ゆえであるからだろうか。そんな浦原をハロルドはケタケタと気分が良さそうに笑う。

 

僕達(私達)を倒したかったら遊びでないと駄目なんだよ。どんなズルもイカサマも、みーんなみんな許さない。規則(秩序)の元以外の行動は僕達(私達)()()じゃ許されない。ちゃんと『警告』したにも関わらず、ルールを犯した不届き者は一体どうなっちゃうんだろうね」

 

 そして日番谷の方へと目を移す。そこには相手を倒したと思い、気がハロルドとアンジェ達の方向へと向いてしまっている日番谷。そして、氷の牢獄からどうやって抜け出したのか不明である無傷のレクシーがその背後に存在していた。日番谷もすぐに気がついたがそれでも気付くのが遅かった。そして、レクシーの無慈悲な声が響き渡る。

 

「幸なき者には『罪』を」

 

()()()には『罰』を」




今回は双子の戦闘回でした。ん? 戦闘?
こいつらはバリバリの特殊型なので脳筋戦闘はありません。やったね! それと同時に書くのが面倒臭くなるくらい文を書かなきゃならないという弊害が……誰だよ、こんなキャラ考えた奴は!

※ジグソーダイス

 実際にあるかどうか分からないが少なくともこういった名前の遊びはない。ルールを簡単に言うと同じ目を出したら負け。発想元は桃鉄のキングボンビー。あれはサイコロを6回振って一度も同じ目を出さないようにしないといけないためほぼクリア不可である。あれもパネルめくりの要素があったため、名前に少し影響を受けている。しかし、ジグソーは日本語で「糸のこ」なので直訳すると全く意味がわからなくなる。


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第二十五話 『雁搦遊宴』

大変長らくお待たせしました25話です。今回、前々から言っていたものがようやく出せました。ここまでくるのは長かった……因みに今回初めてタイトルが二文字じゃないです。時折こうなるのでご容赦下さい。


 

 振り降ろされたレクシーの腕が日番谷に届く直前、空から光が降り注ぎレクシーを包み込む。

 

「もう時間かぁ、藍染さまからは時間が来たらお終いって『()()』しっちゃったからお仕置きは無しになっちゃった。運が良かったね」

 

 ヘラヘラとしながら、呼吸を荒くしてこちらを驚愕の表情で見てくる日番谷に語りかける。日番谷の方は何故こいつが無傷なのか理解出来ないといった様子だ。

 

「あーあ、もう時間か〜。まだ(いち)ゲームしかしてないのに……ま、今回はお兄さんの勝ちだね。そうだ、記念にそれあげるよ。大事にしてね」

 

 レクシー以外の者達も空からの光──反膜(ネガシオン)に包まれていた。当然、ハロルドも例外ではなく光の中におり、ゲームが続けられない事をつまらなさそうにしていた。

 

「いりませんよ、サイコロなんて」

「どうせそれは次の機会じゃ使えないんだ。『公平』であるために常に新品を使うからね」

 

 反膜(ネガシオン)の外にいる浦原を一瞥した後、先程まで使っていた丸い板を無理矢理ぬいぐるみの中に押し込み片付ける。

 反膜(ネガシオン)──対象が光に包まれたが最後、光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶された世界となるものだ。しかし、浦原はこの悪辣な双子がこれで大人しくなったとは思えなかった。

 

「アナタ達、本当に大人しく帰るつもりですか? アナタとあのお嬢ちゃんだったら軽くそこから抜け出してきそうですからね」

 

 それを聞いてハロルドは嬉しそうに顔を歪める。

 

「もしかしてまだゲームを続けたかった? だよねぇ、まだスリルも味わえちゃあいなかったもんね。でも『約束』は絶対だから店仕舞いしなきゃいけないんだ。ゴメンね」

 

 そしてハロルドはある方向に視点を移す。

 

「それにしてもタコさんまだ無事だったんだね。しぶとさだけは感心しちゃうなあ」

 

 そして浦原も氷の牢獄があった方向を見やると、そこには崩れ落ちる氷柱と身体の至る所に氷がへばり付いており、息も絶え絶えでありながら凄まじい形相でこちらを睨むルピの姿があった。

 

「あはは、おっかしいんだ! タコさんが解凍されて茹でダコ見たいな顔してる! その勢いでたこ焼きにもなっちゃう?」

 

 レクシーの明らかにバカにした声が聞こえてきた。仲間を挑発してなにがしたいのだろうか。そんなレクシーを見ているとハロルドから声を掛けられる。

 

「それじゃ下駄のお兄さん、また時間が有ったら一緒に遊ぼうね」

 

 レクシーもルピを揶揄うのを止め、日番谷の方を向くとニコニコと楽しそうに話しかける。

 

「運の良い小さな隊長さん、今度会ったら私と楽しく遊びましょ」

 

「それじゃ」「それじゃあ」

「「バイバイ」」

 

 そして双子はケラケラと笑い声を残し、現世から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも長引かなかったね。そのおかげで被害も殆ど出なかったし、いや〜良かった良かった」

 

 ヤミー、ワンダーワイズと一緒に反膜の中にいるアンジェは、そんな間の抜けた様子で先に帰っていった双子のいた場所をただ眺めていた。

 

「なんだあいつら? 見ててもさっぱり分かんねェガキだ。あいつらは一体なにしてやがったんだ?」

「何って……テーブルゲームじゃん。子供みたいにただ楽しく遊ぼうとしてたのくらい流石にわかるでしょ」

 

 ヤミーが疑問を投げかけるもアンジェはまともに答えを返してくれない。相変わらず面倒臭い奴である。

 

「聞きてェのはそんなことじゃねえよ……あのガキ供は一体どうやってルピの野郎から身体の一部を奪い取ったかが聞きてェんだ」

「そんなの『ルール』だったからとしか言いようがないなあ」

「……ああ、てめえから何か聞くのは馬鹿らしいってのがよおく分かった」

 

 ヤミーが半目で睨むもアンジェは納得いかないといった表情だ。

 

「こればかりはそうとしか言いようがないんだ。だからそれで納得してくれないと困るな」

 

 アンジェはパンッと手を叩くとその場から立ち上がり、空を見上げる。

 

「さて、そろそろ私達も撤収しようか。まあ私もヤミー君もワンダーワイズも殆ど暇してただけなんだけどね」

 

 そして最後に残ったこちらを見ている死神達へ手を振りながら、先に帰っていったルピや双子と同じように姿が霞んでいく。

 

「それじゃお節介な浦原さんと小さな隊長さん、また何処かで会いましょう。バイバイ」

 

 そう言葉を残して破面達の現世侵行は幕を閉じた。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 ウルキオラとバラクーダによって虚夜宮(ラス・ノーチェス)に連れてこられた織姫は、藍染が待つ玉座の間へと続く廊下を途中から合流した破面達と共に進んでいた。一人何故か不貞腐れた顔をしながらバラクーダに引きずられているが。

 

「オイオイオイ、死ぬわオレ」

 

 そんな発言をしながらも結構余裕そうである。

 

「なぁ、船長さんや、オレとアンタの長い付き合いだろ? 藍染の(あん)ちゃんに突き出すのは勘弁してくれんかね。しかもアイツら(双子)も居るんだろ? 堪ったもんじゃねえな、全く」

「知るか、自業自得だ」

「つれないねぇ……なあ、お嬢ちゃんからもこの頑固ジジイになんか言ってやってくれよ。現世にカメラ買いに行って何が悪いんですか〜ってね」

 

 織姫に顔を向けるといきなり絡んできた。織姫もどう反応していいのか分からず困った表情を浮かべる。

 

「フィグザ。あまりその女を困らせるな。貴様の独断での現世行きは俺が既に藍染様に伝えた。処罰があるかは知らないが、確実に何か言われるだろうな。諦めろ」

「相変わらずウルキオラはクソ真面目だな。もうちょい肩の力を抜いてぐうたらしようぜ。そしたらもっと表情筋が柔らかくなるんじゃない?」

 

 フィグザと呼ばれた探偵風の男はやれやれと行った様子で首を横に振っている。こんな態度で本当に大丈夫なのだろうか。

 マイペースな破面に気を取られていると、後ろから鈴の鳴るような澄んだ声で話しかけられる。

 

「やあやあ織姫ちゃん。久しぶりだね。キミと再び会えて私も嬉しいよ。何か困った事があったら私に言ってね。出来る限りキミの要望は叶えるつもりだから」

 

 声の主であるアンジェは織姫の姿を確認してからはずっと嬉しそうにしていた。フィグザのやらかした事を聞いた時はとても形容し難い表情を浮かべていたが、織姫を見てからはずっとニコニコしている。

 

「例えばそう、キミの後ろでキミのことをずっと睨んでいるルピ君をどうにかして欲しいとか、美味しいものを食べたいとかだったらすぐに要望に応えてあげるよ」

 

 話に上がったルピはこの行列の一番後ろでずっと織姫に澱んだ視線を向けていた。自分達が現世で戦った理由がこんな小娘一人を拉致するためだったと知ったからである。そんな下らない事で動かされた事が納得いかないからか、それとも双子に手を出された腹いせか、ずっと織姫に負の感情をぶつけていた。

 

「ルピ君もいい加減機嫌を直しなよ。これから藍染様の前に行くんだからさ、そんな態度じゃ叱られちゃうよ?」

 

 その発言でルピの怒りの矛先がアンジェへと向く。アンジェの白衣の襟首に掴みかかった。アンジェはそれを抵抗することなく受け入れる。

 

「第一お前はあいつらの監視役だったんだろ! なんで止めなかったんだよ!」

「現世に行く前に言ったでしょ? あいつらが『戦い』始めたら私の近くから離れない方がいいって。

 前もって忠告はしてたんだ。それを無視した行動の末に起こった事故に責任は持てないなぁ」

「ッ!? お前……」

 

 アンジェの返答に我慢の限界を超えたルピは、その鬱憤を発散するべくアンジェへと暴力をぶつけようとした。しかし、それは皺枯れた手によって止められる。

 

「テメエの怠慢で起きた事だろうがよ。逆ギレしてんじゃねえぞガキが」

 

 ルピの腕を掴んだバラクーダが、そのまま壁へ投げ飛ばし、叩きつける。そして織姫以外の者達はそれを一瞥した後、何事もなかったかのように歩みを進めていた。

 

「ああ、全く心の冷え切った世の中だぜ。もっと思いやりをもった行動を心掛けた方がいいんじゃねえのかねぇ……お嬢ちゃんもそう思うだろ? だからさ、今さっきの惨状が繰り返されないためにも藍染の兄ちゃんかこのジジイを説得してくれるとありがたいんだけどな〜」

 

 フィグザだけはルピに起きた事をダシにして織姫に絡もうとしている。仲間であるルピの心配をする者は誰もいないようである。

 後方から憎しみに満ちた獣の唸りのような声が聞こえると同時に重厚な扉が現れた。どうやらここが目的地のようだ。

 

「──っと、ココだよココ。この奥で藍染様が待ってるから。」

 

 アンジェは扉に手を掛けると心配そうな顔をしながら振り返り、織姫に念を押すかのように忠告を始めた。

 

「少し前にも言ったと思うけどもう一度言っておくね。今から会うであろう双子には絶対()()()()()()()()()()だからね。キミの能力(チカラ)はあいつらにとっては禁忌(タブー)なんだ。もしあいつらの逆鱗に触れたら流石の私も止められるかどうか分からない。だからくれぐれも頼むよ」

 

 そして扉が開かれる。薄暗い空間を進んで行くと、徐々にこの巨大な部屋の全貌が見え始め、高い壁の上の石造りの玉座に鎮座している男が下にいる者達を笑みを浮かべて見下ろしていた。

 

「──ようこそ、我等の城『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』へ」

 

 男の名は藍染惣右介。死神でありながら死神を裏切り、この虚夜宮(ラス・ノーチェス)を牛耳っている男。

 見つめられて居るだけでも体が強張って屈してしまいそうになるが何とか耐える。

 そして藍染の傍らに、こちらを見てニコニコと笑いながら座っている二人の破面の子供がいる事に気がついた。恐らくあれがアンジェの言っていた双子なのだろう。

 

「......井上織姫......と言ったね」

「......はい」

 

 今迄体験したことも無いような重圧が織姫を襲う。全身に襲いかかる威圧感は、まるで海底奥底に沈み押しつぶされるかのような感覚を与えられ、指一本動かせすことを許さなかった。

 体中の力が吸い出されるような、感じたこともないものだ。

 ただの人間でしかない少女の体はそれだけで壊れそうであった。

 

「早速で悪いが、織姫。君の能力を見せてくれるかい」

「は、い......」

 

 幸いと言っていいのか分からないが、織姫は暴力的な重圧から一瞬で解放された。

 美術品を見るかのように藍染の目はどことなく愉悦に浸っているように見える。

 アンジェも同じような視線を向けており、藍染の隣でくつろぐ双子はオモチャを見定めるかの様な目をしている。その他の破面(アランカル)たちは立っていながらさして興味なさそうに状況を眺めていた。けれど唯一、この状況が面白く無いであろう者に藍染が目を動かす。

 

「どうやら君を連れてきたことに、納得していない者も居るようだからね。......そうだね? ルピ」

 

 所々に傷のついたルピは、亡者のように低く押し殺された声で返す。

 

「......当たり前じゃないですか……ボクらの戦いが全部......こんな女、一匹連れ出すための目くらましだったなんて......そんなの納得できる訳ない……」

 

 現世に行った時の事を思い出したのか、全身を震わせながらルピは双子を睨みつける。もはや仲間であるはずの者に向けていいものではなかった。藍染がいなければ感情に従っていたであろう。

 当の双子は何事もなかったかのようにその様子を面白そうに見て笑っている。もはやルピにした事など覚えていないようだ。

 そんなルピへと返された言葉は気をさらに害するものであった。

 

「済まない。君が、そんなにやられるとは予想外でね」

「............!」

 

 歯を噛み締めてルピが屈辱に耐える。双子はそんなルピを見て、道化を見るかのように笑っていた。

 涼しげな顔のまま藍染が言葉を続ける。

 

「さて、そうだな。織姫。君の能力(チカラ)を端的に示すために……グリムジョーの左腕を治してやってくれ」

 

 普通ならば不可能である藍染の提案。アンジェやザエルアポロでさえ色々と用意をしなければ、なし得る事は無理な事である。その言葉にルピは今までの鬱憤の晴らすかの如く、溢れる言葉を押しとどめることもせずに声高に吐き出した。

 

「バカな! そりゃ無茶だよ藍染様! グリムジョー!? あいつの左腕は東仙統括官に灰にされた! 消えたものをどうやって治すってんだ!! 神じゃあるまいし!!」

「うるさいなぁ……余計な茶々入れずに黙って見てなよルピ君。見てりゃ出来るかどうか分かるんだからさ」

 

 アンジェの声に苛立し気な視線を向けて牽制する。その間に織姫が藍染の要求を満たす為に行動に移った。

 

双天帰盾(そうてんきしゅん)、私は──拒絶する」

 

 グリムジョーは(いぶか)しげな顔で左腕があった場所を見つめる。ルピの言う通り、常識的に何の用意もなく再生させることなど出来るはずがない。それでも黙ったままであるのは、藍染の命令であるからか、僅かな可能性を期待してのものか。

 万が一があった時を危惧してからかルピが叫ぶ。

 

「おい! 聞いてんのか、女! 命惜しさのパフォーマンスならやめとけよ! できなかったらお前を殺すぞ! その能力(チカラ)ってのがニセモノなら、お前みたいな奴を生かしとく理由なんか.....」

 

 その光景に、ルピの声からは次第に力が失われていく。

 骨が生まれ、肉が張り付き、失われた体組織が組みあがっていく。

 

「ない......ん......」

 

 この世から消滅する前と全く変わらない左腕が再生した。

 その通常ではあり得ない光景にグリムジョーさえも目を見開く。動作を確認するためか左腕を握ったり開いたりして違和感がないか確認する。動きにぎこちなさはない。どうやら何も問題はなさそうである。

 アンジェは相変わらずその光景を目を輝かせながら見ており、双子はつまらなさそうに欠伸をしていた。また、フィグザはこの場の空気を読まずに拍手を始めている。この状況を受け入れられないのか、ルピは困惑やぶつけられない怒りに振り回されているようだ。

 

「な、なんで......回復とか、そんなレベルの話じゃないぞ......一体何をしたんだ、女......!?」

 

 ルピの狼狽する様を笑うかのように、藍染は口の端を歪めながら口を開く。

 

「解らないのかい? ウルキオラは、これを『時間回帰』、もしくは『空間回帰』と見た。そうだね?」

「はい」

 

 その言葉ににルピが苦々しそうに顔を歪ませる。

 この現実を受け入れたくないかのように、辛うじて声を出そうとする。人間ごときがそんな高度なチカラを持っているはずがないと。

 しかし、そんなルピの考えを横からの声が打ち消す。

 

「これは『事象の拒絶』って言うやつだよ、ルピ君」

 

 織姫の能力は対象に起こったあらゆる事象を限定し・拒絶し・否定する。何事も、起こる前の状態に帰すことのできる能力。

 それは『時間回帰』や『時空回帰』よりも更に上位の力。神の定めた事象の地平を易々と踏み越えるものである。

 

「これは神すらも地の底に引きずり落とすことも可能な能力(チカラ)なんだ。ああ、やはり何度見ても素晴らしい! 織姫ちゃん、キミにはこれからは私の為に研究に協力してくれ!」

 

 藍染は開きかけていた口を閉じ、少し困ったような顔をアンジェへと向ける。どうやらアンジェに台詞を取られてしまっていたらしい。それでもその言葉を否定するようなことはせずに首を肯定するように振っている。

 ルピはもはや何も言えずただただ忌々しいものを見るかのように織姫を睨んでいた。アンジェの言葉に異を唱えたいが藍染はそれを認めている。その時点で既にそれが正しいと認められているのだ。藍染の答えを塗りつぶすことなど不可能である。

 

「ああ、こうしちゃいられないよ! 早速織姫ちゃんに色々と協力して貰わないと! 時間は有限だからね! 特に人間の場合は」

 

 アンジェは勝手に独り言を続けていく。藍染が一度静止の声を掛けるも、聞こえてないのか止めようとしない。

 

「上手くいけば私の『夢』が叶うんだ。ああ……長かった……一体どれだけ()()()()()()()か……早く私の為の『楽園(パライソ)』を()()させなければ」

「アンジェ」

 

 藍染の二度目の呼び掛けが響き渡る。それほど大きなものでもないのに誰も口を開くことを許さない力があった。当然、アンジェも慌てて口を塞ぐ。藍染としてはもう少し知っておきたい気持ちもあったが、これ以上は他の者達に知られるのは良くないと感じた為、黙らせた。そして、早いうちにアンジェが織姫を用いて成そうとしている事を知る必要があると胸に刻んだのであった。

 そんな最中、織姫は腕の調子をずっと確かめていたグリムジョーに声を掛けられる。

 

「......おい、女。もう一か所、治せ」

 

 示された右わき腹の後ろにも、何かを削ったような傷の痕がある。織姫はそこも再生させてみると『6』の数字が失われた皮膚と共に現れた。それと同時に霊圧がグリムジョーの全身を駆け巡り、軋ませるように左拳を握る。

 その事に気がついたルピは、その姿を見て不満を露わにする。

 

「何のつもりだよ、グリムジョー」

「......あァ?」

 

 相手を確実に仕留める、まさしく獣のような眼光を放ち、相手の喉元を掻っ切る為の牙を見せつけるように凄惨な笑みを浮かべる。その場にいる多くの者がルピの死を確信していた。

 しかしその考えは覆される。グリムジョーの前に双子がいきなり飛び出してきたのだ。片方はルピの腹部を貫こうとしたグリムジョーの左腕を掴んで受け止め、もう片方はグリムジョーがやろうとしたことをグリムジョーの腹部目掛けて繰り出していた。いきなりの双子の奇襲に気付けなかったグリムジョーは、防ぐことも出来ずに攻撃を受ける。しかし、多少遠くに吹き飛ばされるだけで、傷はおろか、()()すらも全くなかった。かつて、自分を力で捩じ伏せた事のある者の一撃とは思えない威力である。

 そんな違和感を感じながらも、己の邪魔をする二匹の悪鬼を睨んだ。

 

「クソガキ、邪魔してんじゃねえよ」

「良かったね、グリムジョー。藍染さまから腕を戻すことを許してもらえて」

「ホント良かったね。もし勝手に腕を戻して貰って、それを藍染さまが許してなかったら……」

「「僕達(私達)がもう一度捥いであげていたよ」」

 

 双子はヘラヘラとしながらそんなことをのたまう。当然、グリムジョーもこんな挑発を受けて冷静でいられるはずなどない。双子も標的に入れて襲いかかった。

 全力を込めた一撃がハロルドの頭目掛けて繰り出される。当たれば子供の頭など軽く吹き飛ぶような威力だ。相手は避ける動作もせず、寸分の狂いもなく直撃した。手応えも確かにあった。なのに全く効いていないこいつらはなんなのであろうか。傷一つどころか、その場から動かすことも出来ていない。悪い冗談である。

 

「駄目だよ、僕達(私達)の世界に暴力なんて許されない。それが許されるのは誰かが秩序(ルール)を破った時。僕達(私達)がそれを()()()時だよ」

「だから誰も私達(僕達)を殴れない。それと同時に私達(僕達)も規律を守る者は罰せない。そういった者に手を出せるのは勝負に負けた時だけ。覚えておいてね」

 

 その言葉を聞いた途端、グリムジョーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。今までグリムジョーやイールフォルトを力で押さえ込めていた理由がわかったからである。全て藍染(規則)の意に反する行動の元での事だった。全て双子が猛威を振るえるだけの条件が整っていたのだ。そして今も藍染の判断で決まる。もしルピを襲おうとしたことをとがめらた瞬間、この双子は襲いかかってくるのだろう──凄まじい力を振るいながら。

 だからといって今ルピを見逃すことはできない。左腕が元に戻ったからといっても、まだ現6番は生きている。コイツを消さない限り自分がNO.6(セスタ)の座に戻ることなど不可能である。

 そしてふと疑問が浮かぶ。コイツらは何故ルピを守ったのか。藍染からの命令と考えるのがこの場合妥当であるのだが、そうは思えない。何故なら、御馳走を目の前にしたかの様に目を煌々と輝かせてルピを見ていたのだから。

 そしてようやく我に返って、先程グリムジョーが成そうとしたことを思い出したルピは、怒鳴りながら近づいてきた。

 

「グリムジョー! てめえ、返り討ちにして──ッ!?」

 

 それ以上言葉が続くことはなかった。レクシーが地べたに這い蹲らせて口を塞いだからである。

 そしてレクシーが口を開く。藍染へと向けて。

 

「藍染さまぁ〜。『約束』だったよね? 私達(僕達)が一回だけ『遊んで』も良いってこと」

 

 そしてそれに続くようにハロルドが言葉を放つ。

 

「『約束』は『絶対』なんだ。それは誰であろうと変わらない。例え()()()()であろうとも」

「確か今日がその約束の日だったよね?」

「そして僕達(私達)の『遊び相手』は『現』6番。そういう約束だったよね、藍染さま?」

 

 その言葉に藍染は無言で肯定する。それを確認した双子は、再び視線をグリムジョーとルピに戻し、楽しそうに語る。

 

「だからグリムジョーを止めたんだよ。『遊び相手』を取られないように」

「でも良かったんじゃない? もしもこのタコさんがいなくなってたら『遊び相手(6番)』はキミになってたんだ」

「ガキが……あまり調子乗ってんじゃねえぞ……」

 

 強い言葉とは裏腹に、グリムジョーからは闘志が感じられなくなっていた。渋々といった様子であるが引き下がっている。それを満足気に見た後、四つの瞳が憐れな生贄へと向けられる。それと同時に双子の霊圧が得体の知れないものへと変化する。

 口の拘束が解かれたルピは双子を睨みながらも藍染へ向けて声を荒げた。

 

「藍染様! これは一体どういう事ですか!? こんな勝手な行動しかしないクソガキ共は早急に処分した方がいいんじゃないですか!」

 

 必死な声でそう叫ぶも藍染は眉一つ動かす事もなく淡々とルピへと告げる。

 

「君は十刃(エスパーダ)の一人なのだろう? 彼等()()の相手など大した事では無いと思っていたから約束を交わしたまでだ。もしかして違ったのかな?」

 

 その言葉にルピは呆然とする。藍染はもうこの双子を止める気は更々ないらしい。そして、自分この悪鬼達の供物として十刃(エスパーダ)の地位に当てられたのだと思い知った。

 ルピの目の前にきたハロルドが、抱えている黒い兎のぬいぐるみを見せつけてくる。それと一緒にレクシーも白い兎のぬいぐるみをルピの目の前に突き出してきた。何をするつもりなのであろうか。

 

「この子の名前は『マタンサ』。私の斬魄刀だよ。可愛いでしょ?」

「こいつの名前は『マタンサ』。僕の斬魄刀なんだ。カッコイイと思わない?」

 

 それが一体どうしたと思ったが、そのぬいぐるみと目が合った瞬間、凄まじい寒気がルピを襲った。

 即座に飛び跳ね、二人から距離を取る。ルピの脳、臓腑、四肢が得体も知れない感情で震えて伝える──アレは化け物だ、と。だが理性はそれを頑なに認めようとはせず、その場からの逃走を許さない。あのガキ共に自分へ牙を剥いた事を後悔させてやれと。そして、そんな思いがせめぎ合っている時、ケタケタと笑う声が止み、遊び歌のように唄を唄う。

 

「弱者には『痛み』を」

 

「間抜けには『苦しみ』を」

 

「幸なき者には『罪』を」

 

「愚か者には『罰』を」

 

「「敗北者には『死』を」」

 

 小気味よさそうに言葉を紡いでいく。そして双子を除くここにいる者全員がその度にこの空間が捻れ、歪んでいくような錯覚を覚える。双子の周りにはいつの間にか極彩色のシャボンがいくつもプカプカと浮いており、二人が手に持つ『マタンサ』という名の兎のぬいぐるみを抱きかかえると、シャボンはゆっくりと動き出した。

 

「「(はや)せ」」

「『雁搦(ペカド)」「(=)遊宴(カスティゴ)』」

 

 色鮮やかな無数のシャボン玉がハロルド達を包み込み、辺りにカラフルな紙吹雪の様な霊子の粒が舞い上がった。

そしてルピだけがあの双子の抱えていた兎のぬいぐるみ(斬魄刀)の胸に、()()()()()()()()が空いており、こちらを楽しそうにただジッと見ているように見えた気がした。

 

 

 

 

 

「それじゃあ」

 

 

 

 

「いこうか」





※ペカド・カスティゴ 日本語に訳すとペカドが『罪』、カスティゴが『罰』を意味する

※マタンサ 日本語に訳すと『屠殺』『虐殺』を意味する

今回やっと双子の帰刃を出せました。やったね! まあ、どんなものかの説明は次回ないんだけどね……それと同時に出番もしばらく減ることになります。双子よ……ベンチを温めておいてくれ……
 そして次回からはようやっと一護達を虚圏に送りこめるぞ! やったね! これから本格的な戦闘が増えてくると思うので応援よろしくお願いします。

あ、最後に一つ…
次回は残酷な描写があるので苦手な方はご注意下さい。


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第二十六話 肉餅

お待たせしました。はい今回、双子の力が見られる回です(ゲス顔)皆さんもどういった奴か知っていただけると幸いです。それと今回冒頭は残酷な描写注意なのでお気を付けてください。


……安西先生、感想が欲しいです……


 

「ハロルドっ☆」

「レクシーのっ♪」

「「お料理、ばんざい!!」」

 

 無邪気で楽しそうな声が木霊する。

 

「さーーて今回はハンバーグを作るよ」

「まずは美味しそうな()()を用意しま〜す」

「つなぎは食パンと卵だよ」

「食パンには牛乳を染み込ませて軽く絞ってね」

 

 声は可愛らしい子供のものであったが、その声の主達の姿はとてもそのような事を言えるようなものではなかった。

 

「それに玉ねぎのみじん切りと調味料を加えて、えんを描くように粘りが出るまでかき混ぜるよ!」

 

 男の子は吟遊詩人のような服装をしており、女の子は軽装の騎士のような服装である。そしてどちらも頭に欠けた太陽の髪飾りの形をした仮面の名残がついていた。

 そこまではまだいい。問題はその後である。どちらも両腕が真っ赤に血塗られており、服にも顔にも返り血がびっしり飛び散っていた。女の子は右目が抉られ、男の子は左脚に大きな穴が覗いており、そこから(おびただ)しい量の血が流れ出ているのだ。それでも二人は全く動じる事なく料理を続ける。

 

「そして、適当な大きさに分けてたねを両手でキャッチボールするよ!」

「これは空気を抜いて焼きくずれを防ぐためなの!」

 

 そして、いつの間にか用意されたコンロの上のフライパンにそれらを乗せていく。

 

「それが終われば中央に窪ませた後に十分な油で二〜三十秒強火で焼き色をつけて……」

「そして弱火で蓋をして、こびりつかないよう焼いていくよ」

 

 肉が焼ける音と匂いだけがこの広い空間に広がっていく。暫く時間がたった後、レクシーが竹串をどこからともなく取り出した。

 

「焼けたかどうかは竹串を刺してチェック!」

 

 しっかり中まで火が通っているのを確認した後、自分で作ったハンバーグをいそいそと盛り付けていく。

 

「「これで、ハンバーグができちゃった!!!」」

 

 テーブルの上に並べられた二皿のハンバーグ。レクシーの作った方は綺麗に盛り付けてられているが、ハロルドの方はそもそもハンバーグがグチャグチャに崩れており、あまり食欲がそそられるものではなかった。

 

「………………」

「………………」

 

 ハロルドはその失敗したハンバーグを悲しそうな目で見ており、レクシーはその様子を何とも言えない様子で眺めていた。

 その何とも言えない空気の中、気分を入れ替えたのか楽しそうな声で料理番組のような茶番を続けていく。

 

「完成品がレンジの中にありまーす!」

 

 またしてもいつの間にか準備されていた電子レンジから、形の整った調理済みのハンバーグを取り出した。

 

「以上、お料理ばんざいでしたっ!! それではご試食お願いしま〜〜す」

 

 二人はそれぞれハンバーグの乗った皿を持ち上げると嬉しそうに持ち運んでいく。そしてその光景を眺めている者達は、何も口にすることなくただその光景を黙って見ていた。

 アンジェなどの双子の力をよく知っている者は、慣れているからかあまり表情を変えることはなかった。アンジェだけは顔をしかめているが。

 しかし他の者達は違った。藍染ととある一人の者を除く、双子をあまり知らない者達は只々唖然としており、開いた口を閉じることさえ忘れていた。

 そんな周りの状況も気にすることなく歩みを進めるレクシーとハロルドは、とある人物の前までくると足を止め、ハンバーグの皿を突き出す。

 

「ホラ、あなたの為に作ったんだよ。美味しそうにできたでしょ? 遠慮しないで食べて食べて!」

「絶対口に合うと思うんだ。なんせとっても()()なお肉を使ったんだからさ。だから一口食べてよ、()()()()

 

 

 そこにいたのは変わり果てた姿のルピであった。髪の毛は所々毟られ、その場所には鈍く光る電極が刺されており、電流を流されているのか体をビクビクと震わせている。右目にはダーツの矢が深々と突き刺さっており、顔の左半分は劇薬か何かをかけられたかのように醜く爛れていた。舌は抜かれてしまっているため碌に喋ることも許されない。

 首から下はもっと悲惨なことになっていた。右腕は完全に炭化、左腕は原型を留めていない肉の塊と化して、右脚は氷漬けにされ、左脚は骨だけの姿に。そして肋骨と肺が所々外に晒されてしまっており、腹に至っては肉が削ぎ落とされ、体の外にはみ出した腸などの臓腑の一部が姿を消してしまっている。それでも死ぬことが出来ずに僅かに身体を震わせて残った片方の目でただ虚ろにハロルド達を見つめていた。

 

()()()()()を削ぐのは大変だったんだよ? 隠し味に(はらわた)を入れてるからきっとジューシーなはずだから、早く早く! 冷めちゃうから!」

()()()()なんだからしっかり食べてね。それが終わるまでは()()()()()()()()()()んだよ」

 

 そして無情にも口に特製ハンバーグを流しこまれていく。全く抵抗もできぬルピはただひたすら残った目に涙を溜めていた。

 そんな光景にただの人間が耐えられるものではない。口を押さえて目を逸らしている織姫は、ルピのあまりの有様に傷を直してしまおうかと考えていた。しかし、それを考えたと同時にアンジェから声が掛けられる。

 

「辛いかもしれないけど、それだけは絶対にしちゃいけないよ。君の能力なら確かにルピ君を治せるだろう」

 

 そして真剣な表情を織姫にむける。

 

「だけどね、彼らはそれは()()()()()()()。なんせ自分が()()()()()()()()()()()()()を無条件で取り返されるのだから。その場合、キミにとてつもない罰が与えられてしまうんだ」

 

 そんな束の間、レクシー達の()()()()が一段落すると同時に、ルピの片目から光が消え去った。ようやくこの地獄の苦しみから解放されたのだ。

 それに気がついていないのか双子は、既に事切れているルピに楽しそうに話しかける。

 

「ねえねえ、次は何して遊ぶ? 次はもっと長く遊べるやつにしようか!」

「『ヘッドギアトラップ』なんてどう、ハロルド? すごいスリル満点だし長く遊べるよ」

 

 とても楽しそうに次の『戦い』を選んでいた。二人でワイワイしていても全く反応を示さなくなったことで、さすがに双子もルピがもうダメになったということに気が付いたらしく、とても物足りなさそうな顔をしている。()()()()()()()()()()()()()

 

「ちぇー、もう文無しになっちゃったの? これからが楽しいのに」

「仕方がないなぁ……じゃあ、僕達(私達)から()()()()()は返してもらうね」

 

 双子はルピを挟むように立つと、それぞれが片腕を挙げる。するとどうであろうか、ルピの頭上の空間が歪み、まるで着ぐるみのような大きくて柔らかそうな腕がルピの身体を鷲掴み、そのまま虚無の空間に引きずり込んでいった。そしてルピと異形の腕の姿がこの世界から消えた瞬間、双子の身体には先程まであった傷が()()()()()()()()()なっており、ルピから浴びた返り血だけが不気味な気配を醸し出していた。

 

「……ここまでとはね」

 

 藍染がそう呟くや否や、双子の首がグルンと回り、藍染の方に向けられる。その目はとても意識があるようなものではなかった。そして二人の口から言葉が発せられる。どちらのものでもない、感情の全く籠っていない機械のような少し高い声で。

 

「……足リナイ……アト一人ヨコセ」

 

 その言葉に数人が反応を示す。バラクーダは身体の周りに黒い霧を発して臨戦態勢をとり、フィグザはすぐに動けるように身構えている。そして、アンジェはとても顔を青くして、藍染と双子を何度も見遣っていた。他の者はただ目を細めるだけで何も反応を示さなかった。藍染は笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「今仕方支払ったと思うのだがね、それは()()()()ではないのかな?」

 

 それを聞いた無機質な声は少し嘲るように呟く。

 

「貴様ノ提示ノ条件自体ニ不備ガアッタノダ。解放ニ必要ナ魂は二ツ。一ツシカ用意シテイナイ時点デ問題ダッタノダ」

 

 四つの瞳が藍染へと向けられる。その目はもはや生気の篭ったものではなかった。

 

「サア供物ヲ……モット罪ヲ、モット罰ヲ……ソノ人間ノ女ト遊バセロ」

 

 その言葉にアンジェの気配は一変する。先程まではオロオロしていたはずであったのだが、織姫を要求し始めた瞬間、今までとはまた違うよく分からない気配を放ち始めた。

 

「……いい加減にしろよ。レクシー、ハロルド。織姫ちゃんに手を出すのは絶対に許さない。わかったらさっさと()()()を『無条件』で引っ込めろ。これは『命令』だ」

 

 その言葉を聞いた途端、先程までの無機質な気配が消え、今まで見せたことがない様子で双子が慌て始める。

 

「お、落ち着いてよアンジェ! ホラ、まだ何も手を出してないよ!」

()()()も渋々引き下がらせたから安心してよ! ね?」

 

 それを聞いたアンジェはため息を吐きつつ、気配をいつもの弱々しいものに戻して織姫の腕を掴んで口を開く。

 

「藍染様、今日の所はこのくらいでいいでしょう。私は織姫ちゃんを部屋に案内するのでこれで失礼します。では」

 

 そう言葉を残して歩いて退出していった。そして、残ったもの達にも藍染からの通達が伝えられる。

 

「今回の所はこれで解散だ。各自速やかに退出するように。君たちも要の所で休んでてくれるかな? レクシー、ハロルド」

「「了解でありま〜す」」

「……ああ、フィグザだけはこの部屋に残ってくれ。それではまた」

 

 そして残りの面々が居なくなり、藍染とフィグザだけが取り残される。こんな状況にも関わらず、相変わらず寛いでいる。

 

「君はこれから何があるのか心配などないのかな、フィグザ」

 

 藍染の問いにヘラヘラと笑いながら答えを述べる。

 

「大方、さっきの双子の事を聞きたいんでしょ? アンジェやジジイ、性悪女だとゼッテー話さねえかんな。オレの場合は、今回の無断の現世侵攻の罪の代わりにで聞き出せるって魂胆だ〜。合ってる?」

 

 その言葉に無言で頷く。それを見て満足そうにした後、一言付け加えてきた。

 

「ただし一つだけ条件がある。その代わり、オレの双子について知っている事を出来るだけ話す。どげんしますかい?」

「その条件とは?」

「それは話を聞けばすぐに分かると思いまっせ。さあさあ、返事は」

 

 藍染は少し考える素ぶりを見せた後に軽く頷いた。

 

「そうこなくっちゃなぁ! 俺が今、兄ちゃんに伝えられられるのはは三つだけだな。あ、アイツら本人に聞くのも無駄だぞ。あの双子は基本アンジェに不利な事に対しては聞かないほど甘々だからな」

 

 ふてぶてしい顔をしながら三本の指を立て一つずつ折っていく。

 

「まず一つ、俺らの生まれた順番だ。意外かもしれねえが、まず最初に『セルラ』が生まれた。まあ、昔の性質(タチ)は見る影もねえが。その次にあの双子が生まれたってわけだ。あの成りで俺達より年上なんで信じらんねえよな。え? どうでもいいってよさそうな顔だな。まあ、話を戻そう。そして、リンファ、バラクーダ、このオレ、フィグザがアンジェと()()()()()()()()。オレが一番ピチピチなのよ」

 

 真顔で聞き入る藍染の瞳を覗き込みながら大胆不敵な様子で続ける。

 

「どういうことかわかったろ? アンジェがオレら三人とあの双子への対応の違いが。あの双子の力を恐れてるんだよ。一番よく知っているからな」

 

 遠い目をしながら何かを思い出しているようだ。

 

「それと後、アンジェはオレよりも後に生まれた末っ子であり、あいつら双子の母親さ。意味は説明しなくてもわかるだろ? アンジェの死の形を知る()()()()ならな」

 

 そんな素ぶりなど一度も見せた事もないのに何故知っているのであろうか。

 

「二つ、双子の力は先程見ての通り使い勝手が良い訳ではない。その気になれば()()()()()()()()()()()()()くらいからな。だが、それだからどれ程強力な力や干渉力をもってしてもほぼ全てが()()()()()。未来改変、未来予知、幻覚なんてもってのほかだ。一発で重罪だ。だが、()()は通じる。それなりの()()を払えばお目溢ししてくれるんだ、よく覚えておいた方がいいぜ」

 

 一息いれるつもりなのか煙の出ていないパイプを咥え、息を吸い込むとだるそうに吐き出した。そしてだらけた姿勢をほんの少しだけ正し、口を開く。

 

「それと解放前はあいつらは勝負者本人の身体は賭けられねえんだ。だが、賭けるもんがなくなったら、次の対価が能力解放の許可になる。今で言う帰刃(レスレクシオン)や。だからアンジェのやつはあいつらを関わらさせたくなかったのさ。だいたい関係が解ってきたんじゃないのかい」

 

 そして空吹かしのパイプを手に持ち、三本目の指を折る。その時の目はとても真剣なものであった。

 

「その三、あの双子の力を他者を縛り上げる為だけのヘンテコ能力なんて思っちゃいけねぇ。あいつらは一体()を雁字搦めにして抑え込もうとしているのかを一番理解している」

 

 そして、口元を軽く歪めた。

 

()()()()()()()

 

「多少自分勝手に見えるが約束は全て守り、自我を許可無しではあまり優先させようとはしない。まあ、さっきのは別だが。さて、あいつらはそんな強力無比な拘束能力で一体何を抑え込んでいるんだろうなぁ。アンジェ達は知ってんのに教えてくれねえんだ」

 

 いつのまにか藍染の顔の前に自身の顔をくっつけんばかしに近づけてきたフィグザを軽く払い、今回の要求を理解した。

 

「つまり君は、あの双子の()()の正体を知りたいと。そしてそれを私と一緒に調べてくれと言いたいのかな?」

 

 その言葉に満足そうにしながらも、一言余計なことを付け加える。

 

「ついでに兄ちゃんが目的の果てにする事も知りたいんだけどなぁ、それを約束してくれるのであればこの身飽きるまで兄ちゃんの手伝いをしてやるぜい」

 

 それを聞いた藍染は一度深く目を瞑り、思考したのちに頷いた。それを見たフィグザはまるで居残りから解放されたかのように喜び始める。

 

「ヤッター! じゃあ今回の事はこれでお咎めなしって事で……ウッヒョー! 今からアンジェに頼んでカメラ改造してもらおーっと! そんじゃ、失礼!」

 

 そして、星屑の様な光を残し消えていった。小さなため息がこぼされれる。

 

「アンジェが彼を一番苦手にしていることがわかったよ。彼と話をしているとあらゆる事を()()()()()()()()かの様な感じしかしない。どうも癖の多い連中で困ってしまうね、ギン」

 

 その言葉と同時にに柱の影から姿を現した市丸ギンは、少し困った顔をしながら藍染に近寄ってくる。

 

「どうした?」

 

 口調を少し険しくして尋ねると、思った通り、困った声で応えが返された。

 

「スンマヘン隊長。少し目を離した隙にリンファちゃんが姿を消してしまってしやいました。どないします?」

「姿を直前に何か言っていたか覚えているかい?」

 

 市丸は糸目をさらに細めながら記憶を絞り出している。そして思い出したのか彼女を真似る様にその言葉を吐き出した。

 

「[『友情』、『信頼』、『愛情』。そんなものなどクソ溜に唾棄されるべきものだ。そんなものの為にやってくる王子様達にはこの世の地獄を見せてやらないとね]みたいなこと言ってたなぁ……」

 

 

 

 

 それを聞いた時の藍染は、とても禍々しい愉快そうな笑みを浮かべていた。




通りすがりの姫昌「……伯邑考」
ハンバーグ事案発生! 知ってる人は知ってる事でしょう。
はて? アニメ化? 知らない子ですねぇ……

ちなみに、双子の素の戦闘能力はクッカープーロくらいと思ってください。

次回からは虚圏の歌姫ことリンファの出番が増えてきますのでよろしくお願いします。


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第二十七話 歌声

やっときました虚圏編! でも筆の遅さは変わらねえ……善処します、はい。これからどんどん戦闘描写が増えていくのでお楽しみに!


 崩壊する建物内から脱出した一護達は体制を立て直しつつ、ここに来る前の浦原喜助の助言を思い返していた

 

──アンジェという少女とモリアルテという双子は相手取ってはいけません。

 それが真っ先に出てきた言葉であった。一護はどちらとも会ったことがあるのだが、強くなった今、それほど注意するほどかと思い、ほか二人はほとんど知らない為注意して聞いていた。

 

『アンジェという少女は基本罠などの策略をもってして牙を剥いてきます。なのでこちらを相手にしてくる場合は何かしら仕掛けていると思って間違いありません。間違っても真っ向勝負は避けてください。

 そして双子ですがこっちははっきりいってよく分かりません。ですが、確実にまともに戦える相手ではないので戦わない方がいいでしょう。どちらも相対したら無視して離れる事をオススメします』

 

 それが浦原からの助言であった。あの食えない浦原がそれほど警戒する程の相手なのだから余程の相手なのだろうと3人の意見は一致していた。そして、この巨大な虚夜宮(ラス・ノーチェス)に侵入するか意見を出し合っていた。そして、少し前から()()()()()()()が耳に届いている事を疑問に持つ者は誰一人いなかった。そしてそれが3人の中に微かな不和を生み出している事に気付ける者などいるはずもなかった。

 

────────

 

 

 その廊下を横切ろうなどという不届き者はいなかった。至って変哲もない、この宮殿にならばいくらでもあるであろう代わり映えのない廊下だ。あろうことが怖いもの知らずの破面(アランカル)たちはそこを畏怖している。廊下自体にではなく、ある部屋を目指していく十数人もの集団がいるから。ただ一歩踏み出すだけで空気の重さが倍加する。

 そして集められた目的は自ずと察せる。さきほどの宮を揺さぶるような空間の割断(かつだん)、それのせいであると。

 靴音を響かせながら、次々と目的の場所へと近づいていく。

 彼らは仲良く歩くというより互いを牽制するような雰囲気を撒き散らしていた。

 やはりというか聞き覚えのある声が最初に言葉を発していた。

 

「侵入者らしいね〜。随分と早いなぁ」

「侵入者ァ!?」

 

 彼らが部屋へと入る。彼らが進む先には長く硬質なテーブルがあった。この会合の主催する者の座る一辺を除き、背もたれの高い椅子がちょうど十個。

 少女が主人を差し置いて椅子に飛び乗ると、頰をテーブルにべったりとつけ、寛ぎはじめる。

 

「22号地底路が崩壊したんだって聞いたんだけど、なんでまたそんな遠くに」

「お前の顔を見たくなかったんじゃねえの?」

「そんなひどい……」

 

 鹿追帽を被ったモノクルの青年がそう少女を茶化す。

 豪胆でありながら衰えを感じさせない老体が腰掛けた。

 

「22号ォ!? また随分遠くに侵入したもんじゃな!!」

 

 眼鏡を掛けた美青年が無関心気味に同意した。

 

「全くだね。一気に玉座の間にでも侵入してくれたら面白くなったんだけど。フィグザの予想が当たってたらそれはそれで面白いんだけどね」

「だろだろ〜、なあもっと駄弁ろうや。こんなに人がいるんだからよ」

「お願いだから少し黙ってて……ホントに」

 

 頰を挙げた少女は頼み込むかのように次はデコをテーブルに押し付ける。その間に褐色の肌を持つ美女が静かに椅子へと身体をもたれかからせた。

 

 後付けの仮面の奥から水音を響かせながら長身の破面(アランカル)もそれに続いた。

 

 坊主で仮面の名残である棘のを付けた黒人風の男も続いていく。

 

「侵入者! 殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス」

 

 従者に椅子を取られた者はその横に佇み、壊れたラジオのように延々と言葉を繰り返していた。

 

「……ウルセーなあ。こっちは寝みーんだ。物騒な言葉連呼すなよ……」

「寝てねーで漢の会話に参加しようぜ! 俺は都合が悪くなったら降りるけどな!」

「じゃあ俺は最初から降りるわ」

 

 それに気だるげそうにため息を吐く無精ひげを生やした男。絡む男を軽くあしらっている。

 

 山のような、という表現を形とするかのような大男の椅子が軋む。

 

 不良風の青年が無遠慮に不機嫌そうに椅子へと身体を落とした。

 

 無表情を変えない青年が音も無く気配すら消して座すと、すぐに目を閉じる。

 

 椅子に座るという一動作のみで個性に違いが見られる彼らは、各々の席で自分たちの主人一人が訪れるのを待つ。

 

 第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)

コヨーテ・スターク

 

 第2十刃(セグンダ・エスパーダ)

バラガン・ルイゼンバーン

 

 第3十刃(トレス・エスパーダ)

ティア・ハリベル

 

 第4十刃(クアトロ・エスパーダ)

ウルキオラ・シファー

 

 第5十刃(クイント・エスパーダ)

ギルガ・ジルガ

 

 第6十刃(セスタ・エスパーダ)

グリムジョー・ジャガージャック

 

 第7十刃(セプティマ・エスパーダ)

ゾマリ・ルルー

 

 第8十刃(オクターバ・エスパーダ)

ザエルアポロ・グランツ

 

 第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)

アーロニーロ・アルルエリ

 

 第10十刃(ディエス・エスパーダ)

ヤミー・リヤルゴ

 

 彼らは十刃(エスパーダ)

と呼ばれる、殺傷能力が飛び抜けて優れているといういかにも物騒な選考基準を満たしたモノたちだ。それはこの宮で一部の例外を除き、戦闘能力が格段に優れているということ。

 最近こそアンジェが原因で数名が揃うことはよ度々あったが、全員が一堂に会すことはあまりない。しかし、だからどうしたのか。そう言わんばかりの態度で、普段のような軽口を叩く。

 アンジェの左右にはグリムジョーとウルキオラ。正面にはスタークがいる。スタークはテーブルに両肘を付いて組んだ手に顎を乗せ、もうすぐ会議が始まるのにうつらうつらと(まぶた)が閉じてしまいそうになっており、アンジェはシンパシーを感じていた。これが1番の男。選定基準が実力のみで数字が決められるのを表しているのだ。

 しかし唐突に緩んだ空気が消え去る。

 彼らの主人が配下の死神二人と二匹の破面(アランカル)を率いて姿を現したからだ。

 

「お早う、十刃(エスパーダ)諸君。敵襲だ」

 

 いつものような達観したかのような平坦な声が危機感を伝えない。

 そして続けられた言葉も防衛の配置などの戦略的なものではなく、

 

「先ずは紅茶でも、淹れようか」

 

 なのだからもはや危急の有事と感じていないと誰だってそう思うはずだ。

 だが、たしかにそれだけの自信を保てる力が彼らにはあった。むしろそれだけでも足りないだけの力が。

 床からせり上がった椅子に腰掛けた藍染惣右介の少し背後に、二人の死神が待機し、その左右に置かれた小さな椅子に男女の子供が楽しそうに席に着いた。それと同時に紅茶が全ての席へと運ばれた。アンジェの所だけ後ろのジルガに手渡されたが。

 

「全員に、行き渡ったかな?」

 

 藍染がいけしゃあしゃあとのたまう。まだ来てないと言い出せないアンジェはふて腐れたように頭を仰け反らせた。

 

 見計らったように藍染が切り出す。

 

「……さて、飲みながら聞いてくれ。要、映像を」

「はい」

 

 指示された東仙が壁の取っ手を動かすと、長テーブルの中央の仕掛けからひとつの映像が空中に浮かび上がる。

 

「侵入者は三名」

 

 一人ひとりの顔が鮮明に拡大された。

 

石田雨竜(いしだうりゅう)

 

 優等生然とした眼鏡を掛けた少年。破面(アランカル)の死覇装と違う白いスーツのような服を着込み、肩掛けの布の色も白い。死神でもなく、ましてや一般人ではないのも見てわかる。

 

茶渡泰虎(さどやすとら)

 

 この三人の中でも特に、茶渡はふたまわりも年上に見える。長身の体躯に褐色の肌、長袖の黒いシャツは彼の筋肉によって盛り上がっていた。

 新しい腕が増えてんな。

 茶渡の右腕を少し見ただけでアンジェはそんな判断をしていた。今回は虚圏(ウェコムンド)に向こうから来ているのである。じっくりと調べ上げても問題ないだろうと悪どいことを考えていた。

 

黒崎一護(くろさきいちご)

 

 最後に拡大されたのはオレンジ色の髪を持つ死神の少年だ。姿だけ見れば以前とはまったく変わりない。

 けれど織姫のいるであろう虚夜宮(ラス・ノーチェス)の壁を見据え、砂を吹き飛ばすかのように砂漠の上を一心不乱に駆けていた。

 

「……こいつが」「敵ナノ?」

「何じゃい。敵襲じゃなどと言うからどんな奴かと思ったら、まだ餓鬼じゃアないか」

「爺さんから見たらみんな餓鬼になっちまうんじゃねえの?」

「ソソられないなあ、全然」

 各々が冷めた反応を示す、けれど危機感を抱くことはなかった十刃(エスパーダ)を藍染がいさめた。

 

「侮りは禁物だよ。彼らはかつて『旅禍(りょか)』と呼ばれ、たった四人で尸魂界(ソウル・ソサエティ)に乗り込み、護廷十三隊に戦いを挑んだ人間たちだ」

「四人? 織姫ちゃんが足りてない訳かぁ、なーるへそ」

 

 それを聞いたフィグザが画面の人間たちに嘲笑を向ける。

 

「仲間を助けに来たってワケね。良いんじゃないの、ピクニックみたいで」

「聞こえなかったのか? 藍染様は侮るなと仰ったはずだ」

「別に、そういうイミで言ったんじゃないんだけどなぁ。もしかして怒ってる? そんなにカリカリしなくてもいいじゃん、カルシウム足りてる?」

「…………」

 

 釘を刺したハリベルにフィグザが子供のように言い返す。

 そんな会議であっても勝手に発言とかをする十刃(エスパーダ)たちの喧騒を聞きながら、アンジェは初めて見る石田雨竜のだいたいの特徴も測り終える。体つきや動きからして、()()()()()中距離から遠距離の攻撃を主体とする異能者だった。しかしこの程度の実力ではこの場にいる者達には到底及ばないだろうことも大体察していた。

 

 喧騒を打ち消すように藍染が締めくくろうとする。

 

十刃(エスパーダ)諸君。見ての通り敵は三名だ。侮りは不要だが騒ぎ立てる必要もない。各人、自宮に戻り、平時と同じく行動してくれ」

 

 十刃(エスパーダ)とその他たちを見回し、

 

(おご)らず、(はや)らず、ただ座して敵を待てばいい」

 

 宣言する。

 

(おそ)れるな。たとえ何が起ころうとも私と共に歩む限り、我らの前に──敵はない」

 

 そして一言を最後に残して。

 

「因みにかの有名な歌姫(リンファ)が彼等の元へ向かっているとのことだ。彼等が無事ここまで辿りつける事を祈ろうではないか」

 

 

────────

 

 白砂の番人ヌルガンガを倒して合流したルキア達は先程一護達と邂逅したネルに驚かれており、その様子を石田に呆れられていた。

 

「ああ…また死神っス! ワルモノ〜!」

 

 そんなネルを物ともせずに一護に近づいたルキアは無言で顎に拳を叩き込み殴り飛ばし、恋次が頰を殴り抜けた。

 いつもなら普段通りの会話が始まるのだが、一護の様子が明らかにおかしいのだ、ルキアの行動に明らかに()()()()()()()。その間もハミングは小さく鳴り響く。

 

「何すんだよ……」

 

 確かにやり過ぎかもしれないがいつもの一護なら動じない事の筈だ。何かがおかしい。

 それと同時にネルが青い顔をして騒ぎ立てる。

 

「なンで『妄言(テンタシオン)』が聞こえて来るんスか……歌姫がいるなんて聞いてないっスよ!?」

「待て、それは何……」

 

 石田が答えを聞き出す前にその能力が知れ渡る。

 

「月牙天衝ッ!!」

 

 味方に向けられるべきではない一撃がルキアと恋次を襲う。咄嗟に躱したルキア達は理解できないといった表情を浮かべるとともに、明らかに怒りを募らせていた。

 

「何をする! 血迷ったか一護!」

 

 ルキアの背後には一護の放った一撃で空いた穴が出来ており、その奥には五つの別れ道が見えていた。そのことにも気がつかないルキアと恋次は一戦交えん気迫を醸し出している。

 そしてその様子を遠くから見る影が一つ。

 

「なんか増えたけどまあいいわ。私の声に酔い痴れて、歌って踊って狂いなさい。さあ、その痴態を囚われの姫様に見せるのよ」

 

 そして、仰け反りながら口を大きく開き、大きな嗤い声を響かせた。

 

「キャハハハハハハハ!!! 狂え狂えそして壊れてしまえ!」

 

 その声だけは一護達へは届かなかった。




※テンタシオン 日本語で誘惑を意味するスペイン語

リンファの能力はえげつないものがてんこ盛りです。まあ、今回はまともに戦いませんが。
因みにリンファは基本裏方に徹するのでこれ以上は多分しばらく能力出さないです。ご了承下さい。


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第二十八話 実験

お久しぶりです……(ボソ
約一年ぶりの投稿ですお元気にしていたでしょうか
相変わらず忙しいので更新は不定期ですがこれからもどうか応援宜しくお願いします。


 一護達が虚圏(ウェコムンド)に辿り着く少し前のこと、アンジェは自身の研究室に井上織姫とザエルアポロを招き込んで何かの作業を続けていた。 織姫は緊張した顔つきで椅子にただ座っており、ザエルアポロは何も聞かされていないのか訝しげな顔で何かを用意しているアンジェをただ見つめていた。

 今から一体何をさせられるのだろうか──そんな緊張した様子の織姫へアンジェはニコニコしながら嬉しそうに語りかける。

 

「やあやあ織姫ちゃん、こんな散らかった部屋に来てくれてありがとう。これからちょっとした実験に付き合って貰うけどいいかな」

 

 そう言うと織姫の前の机に小さな容器を置いた。中身はただの砂のようにしか見えない。するとザエルアポロが興味深そうにその中身を見ながらアンジェへと疑問を投げかける。

 

「アンジェ、これはなんだい? 僕にはただの砂にしか見えないけど。それと何故僕を呼んだのか教えてくれないかな。君から貰った()()()()の研究で忙しいんだ。もし下らない事だったらすぐに帰らせてもらうよ」

 

 それを聞いたアンジェはヘラヘラとしながら答える。

 

「キミを呼んだ理由は特にないよ。強いて言えば私の幸せのおすそ分けってとこかな?」

 

 そんなアンジェの返答にザエルアポロは顔をしかめる。それもそうだろう。理由もなく自分の時間を奪われたのだ、怒らないのが不思議なくらいだ。そんな様子を見てアンジェは更に楽しそうに笑顔を浮かべる。そんな二人に挟まれた織姫はどうしていいのか分からず困惑していた。

 

「まあまあザエルアポロ君、呼んだ理由は特にないってのはホントだけど観る価値が無いとは言ってないよ。私が長年夢みてきた事を()()する為の実験なんだ。それを特別に見せてあげるんだから感謝してよね」

 

 アンジェの自分勝手な話を軽く流しながら、ザエルアポロは少し喜ばしそうにしていた。アンジェが成したい事がかなり気になっているようである。

 そのためかアンジェを急かすように言葉を吐き出す。

 

「そうかい、それじゃあそのお裾分けとやらを早く見せてくれよ。それが済んだら僕はすぐに自分の研究に戻るからさ。時間が惜しいんだ、出し惜しみはしないでくれよ」

 

 そんなザエルアポロの言葉を聞いてアンジェは宥めるように口を開く。

 

「まあまあ、そんなにせかせか急がなくてもいいじゃあないか。そんなにせっかちだと幸せが逃げちゃうよ」

 

 そして織姫の方を向き、「準備はいいかい」と聞いた後、高らかに手を上に掲げた。

 

「さあさあ、今日はお忙しい中こんな私の実験にお付き合い頂いてありがとうございま〜す。それでは早速だけど織姫ちゃん、キミの力をこの砂に使ってはくれないかな?」

 

 そう言って織姫の前に置いていた砂のようなものが入った容器をニコニコしながら更に近づける。そんな様子のアンジェに困惑しながらも、織姫は聞き返した。

 

「……この砂にですか?」

「ああー、敬語じゃなくてもいいよ織姫ちゃん。その砂にキミの双天帰盾(そうてんきしゅん)を使ってくれればいいんだ。わかったかな?」

 

 それを聞いた織姫は真剣な表情になり、目の前の砂の容器へと意識を集中させる。

 

「『双天帰盾(そうてんきしゅん)』、私は──拒絶する」

 

 楕円形の盾が容器を覆い、光が包み込む。すると変化はすぐに現れた。

 ただの砂にしか見えないものがみるみるうちに茶色っぽい土の様なものに変わり、そこから緑の植物が伸び始めてその土を覆った。

 その変化にアンジェは満足そうにしており、織姫はその顔見て上手くいったのかなとホッとした表情をしていたが一人だけ様子がおかしい者がいた。ザエルアポロである。その表情はとても真剣で、色々な考えを巡らせているようであった。そしてアンジェへと問い掛ける。

 

「アンジェ、アレは一体何なんだ? 本当にただの砂なのかい? どこで手に入れたものなのか教えてくれないか」

 

 そんな食い気味に聞いてくるザエルアポロを見て、アンジェはニタニタしながらザエルアポロに一つ一つ丁寧に教えていく。

 

「アレは()()()()だよ。手に入れた場所は教えられないけど、キミでも()()()()()()()場所にあるものだね」

 

 それを聞いたザエルアポロは思考の海へと沈んでいた。いやだのまさかだのブツブツといいながら。それを楽しそうに眺めていたアンジェは手をパンパンと鳴らし2人の注意を引きつける。

 

「はいはい、考え事してる所悪いけどまだ終わりじゃないよ。セルラ、例のものを持ってきて!」

 

 その掛け声と共にアンジェの後ろにあった白い甲冑が動き出した。ザエルアポロは知っていたから動じなかったが織姫は予想外の出来事に驚いていた。

 

「ああ、織姫ちゃんにはまだ紹介してなかったね。こいつの名はセルラ、第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)のとこの従属官(フラシオン)さ。ほらセルラ、織姫ちゃんに挨拶しな」

 

 アンジェの声に応じて、無機質な低い声が響き渡る。

 

「了解した、我等が偉大なる母よ。我等が名はセルラ、偉大なる母と聡明なる父によって生み出されし存在だ、井上織姫殿」

 

 その名乗りにアンジェは頭を抑えており、ザエルアポロは興味深そうにそれを見つめていた。そしてザエルアポロは気になったことを口にする。

 

「セルラの声を初めて聞いたよ。それで聡明なる父って誰のことだい?」

「それは決まっておるではないか。我等が偉大なる母と共に我等を生み出した者、そなたが聡明なる父だザエルアポロ殿」

 

 それを聞いたザエルアポロはとても愉快そうな表情を浮かべる。だいぶご機嫌のようである。

 

「いいね! そう呼ばれるのは少しむず痒い気はするけど嫌いじゃないよ。これからも僕の事をそう呼んでくれていいよ、セルラ」

「私はあんまり好きじゃないんだけどね、この呼ばれ方は。変えろって言っても他も大体似た感じだから諦めたけど」

 

 アンジェは愚痴をこぼしながらもセルラへと指示を飛ばして、何処かへと行かせて最初に言った物を取りに行かせる。そしてセルラが持ってきたものは異様な気配をさらけ出していた。

 先程と容器は同じであるが、その中身はドス黒い液体のような物で満たされており、見る者全てに不快感を与えるようなものであった。その物質にザエルアポロはとても興味深そうに目を細めて見つめており、織姫はその物質から放たれる威圧感に少し押されていた。

 

「アンジェ、今度のこれは一体なんだい? 今まで見たこともないような代物なんだけど」

 

 ザエルアポロの素朴な疑問にアンジェは楽しそうにしながらもあまり答えになってない返事を返す。

 

「そりゃあ見たことないだろうさ。コレの存在を知っているのはほんの一握りさ。藍染様すらも知らないだろうねぇ」

 

 アンジェはセルラに合図を送り、先程の砂の入っていた容器を退け、織姫の目の前にその黒い物質の入った容器を置かせる。そして少し前と同じ事を織姫にお願いした。

 

「それじゃあ織姫ちゃん、さっきと同じようにこの()にもキミの双天帰盾(そうてんきしゅん)を使ってはくれないかな? それが終われば今日のお仕事は終わりだからさ。さあ、早く早く」

 

 

 急かすアンジェに促されるままに織姫は先程と同じように自身の能力を目の前の容器の中の黒い砂に向かって振るう。すると変化はすぐに起きた。

 不快感を放つ黒がすぐさま抜けて()()()へと変化していき、少し前の白い砂と同じように黒っぽい茶色へと移り変わり、緑の命が生まれた。

 その光景をアンジェは恍惚の表情で眺めており、ザエルアポロは真剣な眼差しでそれをじっと見つめていた。

 

「アンジェ、今回の物質については何か教えてはくれないのかい?」

「教えれる事は少ないかな〜、ただ一つだけ言っとくとコレはさっきの砂と比べると、手に入れるのは結構難しいってとこかな」

 

 アンジェの大して役に立たない説明を軽く聞き、ザエルアポロは黙り込む。どうやら考えに(ふけ)ってしまったようだ。

 

「……もしそうだとしたら……いや、そんなことがありえるのか……でもあんなもの見たら……」

 

 そんなブツブツ言っているザエルアポロを無視してアンジェは織姫に語りかける。

 

「助かったよ織姫ちゃん! 織姫ちゃんのおかげで試したかった事が全部()()したよ! 後はこっちの準備を整えるだけだ。うおぉ〜やる気が出てきたぞ」

「私を使って一体何をしようとするつもりなの?」

 

 織姫の疑問にアンジェはニコニコと笑顔で答える。その笑みはどこか邪悪さを感じられた。

 

「とあるものを復活させるだけだよ。私のとってもとっても()()()()()()()を。だからキミの力が必要なんだ織姫ちゃん。私の為にコレからも協力してね、よろしく頼むよ織姫ちゃん」

 

 

 

────────────

 

 

 

 睨み付けている一護と頭に血が上っているルキア達を尻目に石田はネルへと問いかける。

 

「『妄言(テンタシオン)』とはなんだい? そして歌姫とは? なるべく早く教えてくれ! 黒崎がまた何かしだしそうだ」

 

 それを聞いたネルが早口に焦りながら喋る。ペッシェもドンドチャッカも焦っていることからかなり不味い相手なのだろう。

 

「『リンファ・ツァナル』、虚圏では『歌姫』と呼ばれてるス。今聞こえているハミングが『妄言(テンタシオン)』、別に歌でも言葉でも発動するスよ。これをしばらく聞いていると気がおかしくなり敵味方の分別がつかなくなるんスよ! これで滅ぼされたウチらみたいな群れもいくつもあるから虚圏では特に注意されてるっス! あわわ、早くここから離れないと……」

 

 そんな事を言っている間に自体は悪化する。茶渡が一護を殴り飛ばしたのだ。しかも攻撃が目的である悪魔の左腕で。斬月で防ぐも衝撃までは抑えきれず軽く吹き飛ぶ。

 

「何しやがるチャド……お前も俺を怒らせたいのか!」

「お前が勝手な真似をするからだ! 俺も巻き込まれたらどうする」

 

 そして一護へと戦闘体形に移る。どうやら茶渡も影響を受けてしまっているようだ。

 一触即発の空気の中、唯一まだ影響をあまり受けてない石田がネルに対処方を訊ねる。

 

「どうやったらその『妄言(テンタシオン)』とやらの影響を受けなくなるんだい」

「とにかく『声』が聞こえない場所まで各々で逃げることっス! そうすればある程度は治るはず……後は追いつかれないように気を付ける事スかな。もしくは、あの『声』さえ途切れさせればすぐに元通りになると思いまス……」

「分かった、声の元を断てばいいんだね」

 

 そう言うとすぐに弓を構え、周囲を索敵する。見つかるかどうか心配だったがそれも杞憂であった。かなり離れた所に動かない人影を見かけたからだ。恐らくこれが声の元凶なのだろうと当たりをつけ矢を引き絞る。そんな石田を止めるようにネルは足に飛びついた。

 

「ここは逃げるのが一番スよ! 万が一それで怒らせでもしたら後が怖いっス、リンファ・ツァナルはそれだけ恐ろしい相手なんスよ」

「大丈夫、必ず一発で仕留めて見せるから」

 

 そして引き絞った矢を標的目掛けて撃ち放った。

 

 

────────────

 

 

 リンファは目を瞑って楽しそうにメロディを(つむ)いでいた。自分の口から放たれる音楽が、虚圏(ウェコムンド)への侵入者たちを撹乱させている事に喜びを感じずにはいられないからであろうか。そのおかげで直前まで気付くことが出来なかった──石田が放った矢に。

 

「あ? 何? この音は──」

 

 そして何かが迫っている事に気付いた時には既に遅く、その姿を確認した直後にはその美しい顔へと霊子の矢が吸い込まれていった。

 勢いはそれだけでは収まらず、リンファの身体をその場から吹き飛ばして砂を撒き散らせながらその身体を転がさせた。そして勢いが収まった頃には地にグッタリと倒れ伏せておりピクリとも動くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……イテー……マジ無いわー……」

 

 暫く時間が経った後そんな言葉が辺りに響く。

 

「女の顔面狙うなんて信じられないわぁ……犯人はどうせあのメガネ君でしょうね……あークソムカつくんですけど……」

 

 微かに身体を動かした後、そう言葉を吐き捨てながらゆっくりと立ち上がる。矢は歯で挟まれて受け止められており、顔の何処にも傷はついていない。だが、宝石のような両目を血走らせながら口角を大きく歪ませ、怒りを全く隠さずにいた。そして霊子の矢を思い切り噛み砕いた後、綺麗な声で恨み言のように汚い言葉が吐き捨てられる。

 

「調子に乗ってんじゃねえよ、ゲロ虫が! テメェの股間のブツをネジ切って、その口にブチ込んでやろうか!? このクソメガネ野郎が!!」

 

 そうして視線を自身への狼藉者達へと向けるも、その姿は建物の中へと消えようとしていた。しかも連中は五手に分かれてしまっており、そのことで更に不機嫌さを露わにする。

 

「なに? 仲間割れしないようにバラバラになった訳? つまんない事してくれるじゃないの、ええ! あのカスみたいな破面(アランカル)どもの入知恵かしら……余計な事しやがって!」

 

 そんな言葉を吐きながらも獲物を見逃さないように、二色の瞳で標的を捉える。そして顔を嬉しそうに歪ませた。

 

「まあいいわ。全員の脳ミソをぶち撒けられないのはザンネンだけど、あのクソメガネを散々いたぶってやれると思えば鬱憤が少しは晴れるってものよ」

 

 そして腕を胸の前へと伸ばして手のひらを広げ下へと向ける。するとドロドロとした泥のような物体が地面へとボタボタと垂れていき、小さな山を作り出した。

 

「さあ行きなさい、私の従順な()()供。あのメガネを見逃さないように追いかけるのよ」

 

 すると泥の山は水のように虚圏の砂の中に染み込んでいき、跡形もなく消えていった。それを確認したリンファは伸ばした腕を自分の胸に当てた。するとどうであろうか、身体がドロドロと崩れていき、先程の泥と同じ様にそのまま地面へと吸い込まれていく。そして姿が完全に消えると同時に言葉が残された。

 

「さあ精々必死に逃げ回るといいわぁ。追いついたら虫ケラの様に扱ってあげるから覚悟しとくのね、キャハハハハハ!!」

 

 そして誰も居なくなった空間が静寂に包まれる。しかし、それも長くは続かなかった。

 

「リンファのヤツまーたキレてやんの。あのプッツンはどうにかならんのかねぇ……まあ、あのメガネ君を追って居なくなったし巻き込まれる心配もなくなったからいいか」

 

 砂の中にいつのまにか隠れていたフィグザは、リンファが居なくなったのを確認してから現れる。

 

「それにしてもあのメガネ君もやるなぁ。リンファの顔面狙うなんてオレは怖くて出来ねえぜ! 後で何されるか分かんねーからな!」

 

 自分の服に付いた砂を払いのけながら、テンション高めで独り言を続けていた。

 

「まあメガネ君も運が良い方じゃねえかな。ジジイだったら兎も角、リンファ相手だったら()()()()()()()()からねえ。なんせあいつは足が()()()()()()からな。下手すりゃ()()()()()()()()()()んだ、()くなんて造作もねえだろうさ」

 

 すると何かを思い出したのか苦々しい表情を浮かべ始めた。何か不安な部分でもあるのであろうか。

 

「……でもちっとばかし不安だな……リンファのやつをブチ切れさせて帰刃(レクレスシオン)させそうな予感がしないでもないや。アイツ、ホントしょーもねー事でキレて刀剣解放しかねないからなあ。ま、そん時はそん時さ、オレにゃカンケーねえことだ。

 さて、オレはオレの好きなように行動させてもらおっかな」

 

 そう言葉を発するとおもむろにポケットに手を突っ込んで、何かを取り出し始める。

 

「さあ黒崎少年よ、オレの新しくなった相棒の練習台になってもらおうか。ああ、これからが楽しみでたまんねえぜ」

 

 そして懐からこの前現世で手に入れた改造済みのカメラを取り出すと、煌めく星のような光の粒を残してその場から居なくなった。

 

「現世みたいな素晴らしいファイトを見せてくれ! ファイトマネーは出せねえが、オレがバッチリとこのカメラに収めてやっからよ!」




ネルの口調が難しいよ……分かんねぇ
次回の更新も未定です、すんません
感想が欲しいなぁ……(チラッ


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