ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? (パトラッシュS)
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母、明子との誓い

 

 戦車道。

 

 それは現代における麗しき乙女達の嗜む武芸である。戦車を駆り電撃のごとく敵を殲滅し、その道を極めんとする女子高生達。

 

 ある者はこう言った。

 

 戦車道には様々な流派が存在すると、その流派にはそれぞれが特色のあるもので伝統が備わっていると。

 

 戦車道の伝統のある流派…。最強と呼ばれる流派もあればまた没落する流派ももちろん存在する。

 

 西住流は鎧武者。島田流は忍者。

 

 そして…この物語にはもう一つ流派が存在する。この物語はその流派を極めんとする五人の乙女達の戦車道である。

 

 

 ーーーーーその流派の名は…。

 

 

 

 時御流(ときおりゅう)。

 

 時御流は『職人』と人々に言わしめたかつて栄えた流派。

 

 この流派は西住流、島田流よりずっと前に確立された流派…であった。

 

 だが、時代の流れとは残酷なもので西住流、島田流の台頭により、かつて名門に近いとされた庶民的流派、時御流は没落の一途を辿った。

 

 1から作る戦車道。これが、この流派の基本。

 

 この戦車道流派の基本はまず戦車を作るところから始まる。

 

 製鉄所で得た鋼材、そして、履帯から砲弾までの部品を全て原材料から自作するのだ。

 

 この過酷な流派であるゆえ、この流派は西住流や島田流といった流派よりも少女達から受け入れられず、人が離れていった。

 

 いや、そもそもが戦車を作るという部分から少女達からの関心が無くなったのが原因かもしれない。

 

 そんなことをしなくとも戦車を手に入れる事は出来る。そんな世の中の流れがこの流派の没落を招いたと言っても過言ではない。

 

 時御流も時の流れに際して戦車の再利用という部分に戦車道の方針に舵を取ったが時は既に遅かった。

 

 それに戦車道とは連盟公認の実弾の使用が規定されており、弾頭や装薬の加工は認められていない。

 

 さらに、特殊カーボンでできた連盟公認の装甲材で覆うことが義務付けられている。

 

 この時御流の1から戦車を作るという概念自体がこの戦車道の規定により少女達から敬遠される事にも繋がった。

 

 何もないところから戦車を作る時御流。

 

 しかし、この没落の一途を辿る時御流だが。決して周りの評価が低いわけではない。むしろ、その精神は戦車への愛を体現したものだった。

 

 西住流、島田流をして、かつての時御流を知る者たちはこう称した。

 

 

『戦車道では西住流、もしくは島田流が最強だろう。だが、実践で最強なのはおそらくは時御流かもしれない…』

 

 

 戦車道でなければ部品さえあればその場で戦車を作り出す事ができる時御流。

 

 戦時中であればいつの間にか廃車にした筈の敵戦車が何事なく魔改造パワーアップして復活し立ちはだかってくる様は戦慄すら覚える事だろう。

 

 そして、これはそんな没落してゆく流派の正当後継者である。城志摩 繁子の物語。

 

 彼女、城志摩 繁子はある出来事によりこの流派を受け継ぐ事になってしまった。

 

 それは中学の卒業前に時御流、正当後継者であり、自分の母、明子が病気で床に伏せる事になったからである。

 

 その明子の命の灯火も春を待たずして燃え尽きようとしていた。

 

 余命いくばくの時御流当主の城志摩 明子。かつては栄えた筈の時御流、その当主の身体は痩せ、弱々しいものだった。

 

 古い屋敷の一室、繁子は悲しげな表情を浮かべたまま母の手を握っていた。

 

 

「…繁子、よくお聞きんさい。もうこの流派にこだわるのはやめんね。 かあちゃんの代で終わりや…。」

 

「………………」

 

「かあちゃんはね…。お前に好きなように戦車道をやってほしいんや。なぁ…繁子」

 

「い…嫌や! うちが時御流を!?」

 

「…もうええんよ」

 

 

 床に伏せる明子は優しくそう言って繁子の手を握って笑みを浮かべた。

 

 かつては彼女も時御流を巧みに扱い西住流、島田流と戦車道で戦った。いや、流派の尊厳をかけてしのぎを削り合った。

 

 戦車道における相手チームの全ての車両を撃破または行動不能にすれば勝利となる「殲滅戦」。指定された相手チームのフラッグ車を先に撃破した方が勝利の「フラッグ戦」。

 

 繁子の母、明子はそのどれもで西住流と島田流を破ったことさえもある。

 

 

 撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心 それが西住流。

 

 西住流は統制された陣形で、圧倒的な火力を用いて短期決戦で敵と決着をつける単純かつ強力な戦術。 勝利至上主義の元、いかなる犠牲を払ってても勝利することを掲げている。

 

 そして、対する島田流は臨機応変に対応した変幻自在の戦術を駆使する戦法を得意とする。その変幻自在さから「ニンジャ戦法」と呼ばれている。

 

 時御流。その概念、それは…。

 

 

「団結、絆、連携。 自分の乗る戦車と共に苦難を乗り越える仲間との絆を重んじ、どんな時も勝利を諦めない。全員が宿す職人魂。自らの手で活路を切り開く戦車道…! うちはそんな時御流が大好きなんよ…っ!」

 

 

 繁子は涙を流しながら、床に伏せる母、明子の手を握りしめた。

 

 自ら置かれた状況とその戦地である土地を最大限に利用した戦術、活路が無ければ自らの手で作り出す。それが時御流である。

 

 たとえ、仲間がやられ不利な状況に陥ろうとも、そこから一気に逆転する様は時御流の十八番とも言われていた。

 

 そんな、時御流の戦車道が繁子には誇りであり、大好きな戦車道そのものだった。

 

 彼女は母がかつて戦車道をしていた頃の様子を見せられた事がある。その戦車道の精神は誇り高く仲間達と嬉しそうに勝利を分かち合う姿はとても眩しく見えた。

 

 

「かあちゃん! ウチが! ウチが絶対!時御流を再興させるから! 約束やからね!」

 

 

 指切りげんまんをし、布団に横たわる母との固い約束を交わす繁子。

 

 そして、明子はそんな繁子の頬をそっと撫でながら涙を浮かべて静かに頷いた。自分の戦車道を彼女が引き継いでくれる。明子にはその言葉がひたすら嬉しかった。

 

 

 繁子がその約束を交わして数ヶ月後。

 

 繁子が高校に上がる前に彼女の母、明子は静かに息を引き取った。繁子は彼女から託された時御流を受け継ぎ高校へと進学する。

 

 

 ーーーその高校は…。

 

 

 



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繁子の進路

 

 

 繁子の母、明子の葬式の日。

 

 彼女は明子の弟子である四人の友人達と悲しげな表情を浮かべ彼女の最後の顔を見届けていた。

 

 いつも母が束ねてくれた様にポニーテールに髪を束ね、頭には繁子のトレードマークのタオルを巻いていた。

 

 ただ、いつもと違うのは…、黒い喪服を着ている事くらいだ。

 

 明子との最後の別れの挨拶。

 

 そんな式場の中では明子と親しい友人や親族の中には涙を流す者さえもいる。

 

 時御流の正当な当主が消えた今、彼女達が追い求めていた時御流を教えてくれる師はどこにも居なくなってしまった。

 

 

「しげちゃん…。これからどうすんの?」

 

「そんなんわからへんよ…。ぐっちゃん…。時御流をこれからどげんせないかんとか、いろいろ頭ん中でグルグル回ってんねん」

 

「リーダー…。あんまし思い詰めない方がいいよ、私らも居るんだし」

 

「たくっ…。あんたはいつもそうなんだから」

 

「…ごめん」

 

「あぁ、もう泣かないでよ! 明子さんの前なんだからさ! 最後くらい笑顔で送らないと…私だって…っ!」

 

 

 そう言いながら金髪のツーサイドアップの髪型をした可愛らしい女の子から励まされる繁子。彼女の名は松岡真沙子。

 

 繁子と共に戦車道流派、時御流を学んだ数少ない同門の友人だ。

 

 だが、そう言う真沙子もまた、繁子に釣られる様に思わず涙を浮かべながらそれを流すまいとしている事はその場にいる全員わかっていた。

 

 いや、全員が全員、みな同じ感情を持っていた。時御流を極めんとし明子さんから戦車道を学んだ毎日の出来事が鮮明に脳内に蘇る。

 

 戦車道とは関係なくバンドを組んで連携を強化する特訓もした事もある。明子さんが課した戦車道とは関係ないだろう農作業や建築だって彼女達には良い経験だった。

 

 だが、この経験は無駄ではない。五人は苦難や目的を共有し、戦車道においても切磋琢磨して時御流の腕を磨いた。

 

 怒られた事もあった。失敗した事もたくさんあった。

 

 けれど、明子と共に笑い合った日々もその分だけ彼女達の中には思い出として存在した。

 

 

「明子さんが居なくなったなんて信じらないよ…」

 

「永瀬…」

 

「私…もっとたくさんの事教えて貰いたかったっすよ…。職人の魂、戦車道…。明子さんがいつも笑ってたのが嘘みたいっす…」

 

 

 彼女、繁子達のムードメーカー、短めの髪型に鉢巻が特徴の少女、永瀬智代は哀しげな表情を崩さないまま静かにそう呟き、お香を焚いてそれを明子の棺の側に供えて手をあわせる。

 

 繁子はそんな永瀬の顔を横目で見ると涙を流す自分の顔をグシグシと拭いて真っ直ぐ棺の明子の顔を見つめた。

 

 彼女を気にかける様に最初に声をかけたロングヘアにぱっつん髪の少女はポンポンと優しく繁子の肩に手を置く。

 

 繁子は彼女に軽い笑みを浮かべてそれに応え、こう話をしはじめた。

 

 

「もう大丈夫やで、ぐっちゃん…。ありがとな?」

 

「無理したら駄目よ? しげちゃん、母親が亡くなったんだから悲しいのは当然…」

 

「いや…、でもウチの代わりにたっちゃんが大泣きしてるからな…。ウチはもう十分や」

 

「グスッ! うぇぇぇぇぇぇん!」

 

「多代子…あんたはもうほんとに…」

 

 

 繁子を慰めていた彼女、山口 立江(たつえ)は苦笑いを浮かべてそんな繁子の視線の先のくせっ毛があるミディアムヘアーの国舞 多代子の大泣きする姿に顔を引きつらせるしかなかった。

 

 確かに多代子の気持ちもわかる。みんながみんな戦車道を教えてくれた明子を思い、泣きたい気持ちがあった。

 

 多代子は涙を今の今まで堪えていた。

 

 そして、泣き出したのも繁子の涙を見てからという事も立恵は知っている。だからこそ、涙を流さない繁子の代わりに彼女も真沙子も涙を流してくれていることを立江は理解していた。

 

 この中で一番涙脆いのは繁子だ。

 

 だが、彼女は母親の最後のお別れに毅然としていた。

 

 それから葬儀は静かに行われ、明子の身体は丁重に扱われた。彼女達が見守る中、彼女達は時御流の師匠に別れを告げた。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 その後、葬儀を無事に終えた繁子は四人の友人達と共に今後をどうするか話し合いを行う為、真沙子の家に集まることになった。

 

 

「んで…どうすんのよ?リーダー」

 

「どうするって…」

 

「決まってんでしょ! 進路よ! し・ん・ろ!」

 

「確かに…もう中学3年だしね、私達」

 

「え? 学校作ればいいんじゃないの?」

 

「ぐっちゃん、それほんまに言うてるん?」

 

「意外にいけそうじゃないっすかね? あ! もちろん学園艦から作る…」

 

「永瀬、ちょっと静かにしよか?」

 

「あっはい」

 

 

 にっこりと微笑む繁子の一言に苦笑いを浮かべて顔を引きつらせる永瀬。

 

 学校を1から作るという発想だが、時御流であれば不可能では無い。しかし、作り上げる期間も無ければ人事やらなんやらと細かいことに関しての時間が無いのでこれは却下せざる得ないのが現実というものだ。

 

 あくまで自分達は中学3年で来年には高校に行かなくてはいけない。繁子には母との約束がある。なら、進路はしっかりと定めなければいけない。

 

 戦車道を極められる学校を…。

 

 各自重苦しい表情を浮かべて真剣に進路を考える中でアホ毛がピコンと跳ねると国舞 多代子はハッとした顔つきになり、全員にこう話をしはじめた。

 

 

「あ!なら!てっ取り早く黒森峰女学園に入ればいいんじゃ無いの? あそこ強豪じゃん」

 

「なるほどね、どのレベルからやっつける?」

 

「そうやなぁ…って! アホか! あそこは西住流が主流のチームやないか!」

 

「えー…西住なんて私らが力を合わせれば倒せるんじゃ…」

 

「馬鹿、できるわけ無いでしょ? 実践ならまだしも戦車道なら西住は最強よ。没落流派と現代主流派の差はわかるでしょう? 戦車道で白黒つける前に学校に私らが潰されるわ。下手したら流派を無理矢理西住に変えられるかもしれない」

 

「うぐっ…」

 

「西住がある黒森峰はパスやなぁ…。ほんまどないしよ…。ウチらの進路」

 

 

 うーんと悩む繁子。

 

 実際、主流派の西住、島田流が浸透している学校やその学校伝統の戦車道を貫いている学校では時御流を確立させることは非常に難しい。

 

 だが、そんな流派が確立されていない強豪チームの中には自分達の時御流のレベルを上げてくれる学園もあるかもしれない。しかし、強豪となればそれぞれの特色を持った伝統があるのが常だ。贅沢は言ってられない。

 

 そんな時だ。ふと、立江はおもむろに口を開くとこう話をしはじめた。

 

 

「知波単学園とかどうかな? リーダー」

 

「知波単学園…?知波単…って言ったら…」

 

「そう、西の黒森、東の知波単、あれに見ゆるは大洗。と言われてるあの強豪。知波単学園。もっとも大洗は今は名門とは言えないけれど、知波単なら戦車道も存分にできるわ」

 

「でもぐっちゃん…。ウチらの時御流を発揮できる環境かどうか…」

 

「没落真っ最中の流派が何言ってんのよ今更。つべこべ言わずに入りゃ良いじゃない」

 

「まぁ、そうやけど…」

 

「大丈夫だって! 私らもいるし! ね! リーダー!」

 

「なんで君らそんなノリと勢いで学校決めるんやろなぁ …はぁ」

 

 

 繁子はため息を吐きながら笑顔を浮かべて知波単学園を勧めてくるメンバー全員の顔を見渡しながらそう告げる。

 

 確かに知波単ならば時御流を活かせる場もあるかもしれない。最近では西住流が主流の黒森峰女学園が一強と言われている様だ。

 

 かつて、黒森峰女学園と肩を並べていた筈の知波単学園。そこならば自分達が活躍できるかもかしれない。

 

 

「きっとレギュラーの競争率激しいんやろうなぁ」

 

「今更じゃん? てか、五人で乗った戦車で今迄負けた事ある?」

 

「中学の時は…そりゃあ、交流戦ではウチらの戦車は勝ってたけど…」

 

 

 時御流の戦車道の交流戦。

 

 それは大学をはじめ小学校まで広い幅で年齢層関係なしに行われる戦車道の親善試合のようなもの。

 

 広いジャンルでの親善試合である為、繁子達は時御流の師である明子から試合を組まされていろんな相手といろんな場所で戦車道の試合を行なった。

 

 だが、中学に上がってから1年半程で明子が体調を崩し、床に伏せた事で繁子達は戦車道の試合からはだいぶ離れる事になる。

 

 よって、繁子が懸念しているのはそのブランクだ。

 

 時御流の戦車道は他の流派よりも大量に体力を使う戦術が多い。だからこそ、知波単学園で自分達の時御流が通じるのかが不安であった。

 

 向こうは黒森峰女学園に劣るとはいえ名門には違い無い。最近では聖グロリアーナ女学院が台頭してきてはいるが知波単学園の名はそれでも未だに全国的に有名である。

 

 

「まぁ、その前に勉強やね、特に永瀬、あんたがウチは一番心配や」

 

「げっ!? べ、勉強ぉ!!」

 

「受験すんだから当たり前でしょうが。あんたが受験一番危ういんだからね?」

 

「うぅ…あんまし勉強は好きじゃ無いんだけどなぁ…」

 

「ウチらの中じゃ永瀬は私と並んで戦車の操縦上手いんだから、試験落ちたら許さないわよ♪」

 

「…が、頑張ります!!」

 

 

 にっこりと笑みを浮かべて告げる繁子をはじめ立江や真沙子、多代子から念を押され顔を引きつらせて頷く永瀬。

 

 どうやら方針としては知波単学園を繁子をはじめとしたこの場にいる全員で受けることに方向性を定めたようだ。

 

 そして、真沙子は電子辞書や教材を持って来るとそれを皆の目の前に広げる。

 

 

「さてと、んじゃ数学からだねー」

 

「普段から戦車とかの寸法を測ってるからこれはわりと簡単かもね」

 

「世界史や日本史もなんとか…」

 

「はぁ、気合い入れてやらんとな。時御流再興は遠いなぁ…」

 

 

 繁子の夢、流派の再興。

 

 その道の第一歩はまずは戦車道をはじめる前の勉強から始まった。学生の本分は勉強であるからして事を成すにはまずは目の前の事からだ。

 

 今日から勉強漬けで寝れないなと密かに覚悟を決める繁子だった。

 

 

 



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ちはたんばんじゃーい!

 

 知波単学園。

 

 主力戦車が学校名の通りの九七式中戦車チハ。

 

 言わずと知れた大日本帝国陸軍が使用した量産型の中戦車である。

 

 日本で八九式中戦車の後継である九五式軽戦車の補助と歩兵部隊の火力支援を目的として1936年に開発が開始された戦車で現在は今の知波単学園の主力戦車として使われている。

 

 そして、その知波単学園だが、知波単学園の主力である日本の戦車では戦力的に他校に著しく劣り、戦力的に決して恵まれているとは言えないものの、試合の組み合わせの妙により全国大会ベスト4に輝いた実績もある戦車道名門校。

 

 車両数も最低でも22輌…いやそれ以上保有している等、金銭面も恵まれているし、戦車道の名門としては申し分ない。

 

 では何故、全国を制した実績が無いのか?

 

 チハ以外の車両を購入しない事やいろんな要素はあるだろうが、おそらくこれが原因だろう。

 

 それは知波単学園の校風。

 

 生徒達の間には「突撃して潔く散る」という謎の風習、伝統が浸透していた。

 

 この作戦が幾らか上手くいった事もあるだろう。だが、「潔く散る」という事はその時点で負けを己の中で課しているという事である。

 

 そんな伝統が浸透していれば上へと上がれないのは必然かもしれない。

 

 さて、前回そんな知波単学園を受験する事になった城志摩 繁子と時御流のメンバーはというと…?

 

 

「なんとか全員合格出来たね!」

 

「永瀬がダメかと思ってたけど、やればできるじゃん!」

 

「いやー…最後らへんはわからなかったから鉛筆コロコロして回答したんだけど…上手くいってよかったー!」

 

「…ほんまにギリギリで合格やったね…胃が痛かったわ」

 

「リーダー胃薬いる?」

 

「おおきにな、多代子」

 

 

 なんとか知波単学園に全員合格する事が出来た。

 

 今は学園艦の寮に乗り込みいろいろな手続きや引越しを行っている真っ最中である。

 

 筆記試験、面接をパスし、無事に全員で入学をする事が出来た知波単学園。

 

 そして、それは繁子達が「武芸」として確立された戦車道の名門校に晴れて入学出来たという事である。

 

 だが、繁子はこの知波単学園に入る前の伝統や校風を改めて目の当たりにして、この入学が決まっためでたい日にあまり嬉しそうとは言い難い表情を浮かべていた。

 

 それに気がついた多代子と立江は何気なく繁子に声をかける。

 

 

「リーダーどうしたん?」

 

「しげちゃん?」

 

「ん? あぁ、ごめんなぁ。ちょいと考え事しててん」

 

「んー?」

 

「うん、大した事でもないから気にせんどいてや、そんじゃ帰って打ち上げでもやろう!」

 

 

 そう言ってにっこりと笑う繁子。

 

 色々と不安要素はあるが、戦車道名門校である知波単学園に全員で合格する事が出来たのだ。そこは素直に喜んでおくべき事だろう。

 

 時御流復興への記念すべき第一歩。

 

 その繁子の言葉を聞いたメンバーは顔を見合わせると嬉しそうに頷いた。

 

 

「あ! そんじゃさ! 焼肉でも食べる?」

 

「それじゃまずは木炭の調達からだね! 私、自宅から斧持ってくるよ!」

 

「なら、私は知り合いの牧場のおじさんに頼んで牛肉調達するわね」

 

「んじゃウチは自家生産した野菜が家にあるからとりあえず持ってくるで」

 

「やる気出てきたわね!」

 

 

 そう言って家や知り合いから食料を調達する段取りをつける繁子達。

 

 時御流の基本は手作り、自家生産。

 

 戦車道もそうだが、彼女達のその精神は常に自家生産と開拓と活路を自ら作り出す事が基本中の基本だ。

 

 これは武芸として確立してある戦車道にも通ずる。女子力が高い女性こそが女性の武芸である戦車道も強いという繁子達の考え方だ。

 

 千里の道も一歩から。

 

 何事も物事を成すには1からはじめる事を忘れてはいけない。

 

 その後、繁子達は無事にお手製の焼肉セットを作り上げて、全員で知波単学園に無事合格した事を祝福するのだった。

 

 

 

 

 その翌日。

 

 知波単学園の戦車道をする為に機甲科へと入ることになった繁子達は車庫に案内され知波単学園の戦車を拝むことになった。

 

 戦車を拝むことになったのだが…。

 

 

「なんやこれ…」

 

 

 そこに並んでたのはボロボロになったチハ戦車をはじめとした知波単学園の戦車達。

 

 そして、その大量の戦車達を整備している整備科の者達だった。修理する戦車の量を見るにこれがいかに大変さは繁子達にもすぐに理解できる。

 

 繁子達をこの車庫に案内した知波単学園の隊長の女性は笑みを浮かべたまま、小恥ずかしそうにそんな繁子達にこう話をしはじめた。

 

 

「いやー、先日のエキシビションマッチで黒森峰に派手に負けてしまってな! 新入生の君達にこんな戦車を見せるのは申し訳ないが…」

 

「…派手に負けたというか的になってるんじゃないかしら…これ」

 

「ぐっちゃん、言いたいことはすごくわかるで」

 

「いやー、凄いっすね!」

 

「そうだろう! そうだろう!」

 

「…ダメだ、この学園。早くどうにかしないと…」

 

 

 別に永瀬の言葉は褒め言葉ではないのだが、それを嬉しそうに捉える隊長を見て国舞 多代子は頭を抱えていた。

 

 頭を抱えたいのは繁子達とて同じである。こんなボロボロになった戦車達を見たらどんな新入生でもそうなりかねないだろう。

 

 隊長はどうやら伝統である突撃して散る自分達の校風と戦術を茂子達から褒められたと勘違いしているらしい。だが、悲しいかなそんな事はこれっぽっちも繁子達は思ってはいなかった。

 

 

「誰かハリセン持ってへんかな?」

 

「ハリセン足りる?」

 

「深刻なツッコミ不足ね、やっぱり入る学校間違えたんじゃ…」

 

「ハリセンはどのレベルから作るんすか?」

 

「そのノリで来ても絶対作らへんよ」

 

「? どうしたんだ?」

 

「いや、なんでもないですよ、そんで先輩、壊れた戦車って何台くらいあるんですか?」

 

「全部だ」

 

「ほんまにアホちゃいますか…」

 

 

 知波単学園、隊長の言葉に苦笑いを浮かべるしかない繁子。

 

 戦車が大量にあるのに全て修理になるというのは明らかにおかしな事であるのは違いない。とりあえず、言わ無いでおこうとは思ったがこの光景を見ていたら繁子はそう思わざる得なかった。

 

 仕方ないと諦めた顔になった繁子達はとりあえず顔を見合わせると腕を捲り上げ丸メガネに長い髪をオールバック気味に流している隊長、辻つつじにこう告げる。

 

 

「とりあえず修理する戦車が後何台くらい残ってるんですか?」

 

「え? あ、あぁ…17台ほど」

 

「よっしゃ! ぐっちゃん! 永瀬! 国舞! 真沙子! やるで!」

 

「…うん、まぁ、そうなるだろうなって」

 

「入学した次の日に戦車を大量修理かぁ…。なんなのかしらこれ」

 

「さっすがリーダーっすね!」

 

「お、おい! 何する気だ!?」

 

「修理に決まっとるやろが! おーい!スパナ貸してくれへん?」

 

「えぇ!?」

 

 

 繁子は早速、メンバーを引き連れて整備部員と共に戦車を大量に修理する作業に取り掛かる。その光景を見た辻は驚愕のあまり変な声を出さざる得なかった。

 

 知波単学園戦車道以来、入部してそうそう戦車修理に乗り出す新入生なんてのは見たことが無い。

 

 だが、辻が止めに入る前に既に繁子達は整備科の人員達に話しかけ修理作業に入っていた。

 

 まさに電光石火の如く、その動作までに無駄がない。

 

 

「あーキャタピラやられとるなー」

 

「これくらいならちょちょいとやればいけるわね?」

 

「こっちは派手に横転かましたみたいねー」

 

「おぉ! 軽く見ただけで解るの? 凄いわね!」

 

「当たり前ですよ。戦車道を極めるならまずは戦車の状態を知るのは常ですよ先輩」

 

 

 そう言いながらスパナを軽く回し、先輩の整備科の者達ににっこりと笑みを返す真沙子。

 

 それから切れたキャタピラの接合作業に取り掛かる真沙子。その手際の良さから整備科の者達中からも関心の声が上がる。

 

 そして、リーダーの繁子。彼女は戦車の下に潜るとスパナや工具を用いて恐るべき速さでどんどん戦車を直してゆく。その作業を見ていた整備科の整備員達は目をキラキラと輝かせていた。

 

 

「ここをこうして…こうやな、よっし! あ、ごめん、そこにあるやつ取ってくれます?」

 

「あ! は、はい!」

 

「あかーん! めっちゃこのサスペンション改造したい! …けどへんに改造したら規定に引っかかるかもしれんからなぁ…。悲しいけどこのままにしとこ」

 

(この娘、凄いなぁ)

 

 

 繁子の整備を目の当たりにした整備科は思わずその手際に目をまん丸くする。自分達の中でもこんなに早く戦車を修理する整備科の者はいない。

 

 繁子はとりあえず4台ほど戦車を整備科と共に修理し終えたところで他の戦車を確認する事にした。

 

 

「おーい! ぐっちゃん! 真沙子ー! そっちどないなってるー?」

 

「こっちは5台完了!」

 

「同じく5台完了したわよ!」

 

「余裕っすね! リーダー!こっちも3台完了!」

 

「全部終わったな! ふぅ…。ほんま入部早々骨が折れるわ」

 

 

 そう言いながら肩をグルグルと回しながら繁子は永瀬達と合流し、ハイタッチを交わす。

 

 そして、その光景を見ながら手伝っていた知波単学園の整備科達は目をキラキラと輝かせながら繁子達の元に集まった。

 

 

「すっごーい! すごい!」

 

「あの修理を短時間で終わらせるなんて!」

 

「いやいや、皆さんの手伝いがあっだからやで、おおきにな?」

 

「えへん! 私らのリーダーだからね、なんたって」

 

「リーダー!」

 

「リーダー! 私を弟子にしてください!」

 

「リーダーとならなんでもできる気がします!?」

 

「お、あ、いや、何もそこまで…」

 

「よーし! みんな! リーダーを胴上げだ!」

 

「ちょい待て! なんでそうな…あ! 足持つな! ちょっとー!?」

 

 

 なんだかわからないがどうやら繁子は知波単学園の整備科の彼女達の心を鷲掴みにしたらしい。

 

 いつの間にかとんとん拍子に永瀬達をはじめ、知波単学園の整備科から身体を担がれるとそのまま勢いで胴上げをされた。

 

 繁子の小さな身体がなんども宙を舞う。

 

 

「そーれ!」

 

「「「知波単学園整備科に入学おめでとう」」」

 

「あかーん! ちゃうやろ! うち機甲科やって! うわぁ!?」

 

「なんだか、凄い一年が入って来たな…」

 

 

 胴上げをされるがままの繁子を見ながら苦笑いを浮かべる戦車道部の部長である辻。

 

 機甲科であるにもかかわらず整備部員にされている。時御流の再興はまだまだ険しく遠い道のりだと繁子は再認識させられた。

 

 その後、機甲科に入った事を知った知波単学園の整備部員達は非常に残念そうな顔だったそうな。

 

 

「時御流って整備部門なら浸透したんじゃ…」

 

「ぐっちゃんそれを言うたらあかん…」

 

 

 繁子の知波単学園での戦車道は始まったばかりである。

 

 

 



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繁子達の戦車道

 

 知波単学園機甲科。

 

 チハを主戦とした戦法を取る決死隊軍団。ある意味で負けるときには物凄く潔いのであるが。その分、戦車の修理費がバカにならない。よってコストがあまりかからないチハ以上の戦車を所有するに至っていない現状がある。

 

 チハを愛し、チハと生き、チハと散る。

 

 ある意味、戦車への愛を貫いているこの機甲科であるが。その実、練習試合などで負ける事が頻繁にありすぎる学校でもある。

 

 

「もったいないなぁ…ほんまに。あ、そこ抑えてもらえへん? いまからバーナーで溶接するから」

 

「はいよ」

 

「いやー、本当勿体無いよ! リーダー! うちに来たらみんな可愛がってあげるのに!」

 

「あ、いや、そういう訳には…」

 

「ちっちゃくて可愛いからねーリーダー」

 

「身長138㎝くらいだっけ?」

 

「なおバストは…」

 

「永瀬、後でお話な?」

 

「ひぃ! …じょ、冗談っすよ! リーダー!」

 

「しげちゃん怒ると怖いぞー?」

 

 

 そう言いながら繁子の戦車の装甲の溶接を手伝う立江。

 

 永瀬はそんな立江の言葉に顔を引きつらせながら苦笑いを浮かべる。長年いるのだから永瀬にも繁子がどんな人物かあらかた理解している。

 

 特に胸の事に関しては繁子にはNGワードである。

 

 あまり小さすぎるというわけではないのだが、着瘦せするタイプの繁子の胸は身長もあってか普段からキレイなフラットに見えてしまうというコンプレックスがあるとかないとか。

 

 

「ほんまにウチはこう見えてC近くあるんやで?」

 

「大きく見積もった場合じゃんよ、それ」

 

「ぐっちゃんってたまにえげつないよな」

 

「いやー照れるよリーダー」

 

「褒めてへんわ」

 

 

 そんな他愛のない会話を交わしているうちに溶接の作業が終わり、繁子はバーナーの火を止める。

 

 繁子はバーナーを片付けると次はスパナを取り出し、汗を拭いながら次の作業に移りはじめる。

 

 

「さて、次はと…」

 

「いや、ちょっと待てお前達。何やってんの?」

 

「あ、隊長じゃん。どうしたの?」

 

「どうしたのじゃないだろう! そっちがどうしたんだよ! いったい何作ってるんだ!」

 

「何って…。そりゃ…」

 

「最近、廃車になった他の高校の戦車の部品と自前の部品使って特二式内火艇を1から作ってるだけですよ?」

 

「カミ車作ってるのか!?」

 

 

 そう言いながら何気なく平然と言葉を返す多代子に機甲科の隊長、辻は目をまん丸くして唖然とした。

 

 特二式内火艇。通称カミ車は大日本帝国海軍(海軍陸戦隊)の水陸両用戦車である。

 

 九五式軽戦車をベースに開発されており、砲塔は二式軽戦車を流用。

 

 戦時中の前期型では主砲の間に合わせに九四式三十七粍戦車砲もしくは九八式三十七粍戦車砲を使用。

 

 第二次世界大戦後期型では本来の一式三十七粍戦車砲を搭載していた。また、車体前方左側に九七式車載重機関銃を装備していた水陸両用戦車である。

 

 

「名前はもう決めてるから安心して大丈夫やで! 隊長!」

 

「いや、そうじゃなくてだな…」

 

「チハ以外に戦車を増やすのは戦力増強にもなるからね、試合に勝つためには仕方ない」

 

「普通は一年生は基礎からだな…」

 

「基礎からですか? これが基礎です」

 

「…うん、そうだな」

 

 

 辻は満面の笑みを浮かべてスパナを持ちながらそう告げる繁子にもはや何も言えなかった。

 

 確かにこの一週間、繁子達にチハを操縦してもらい、その腕前を辻は見せてもらった。

 

 彼女達の乗るチハはひたすら強かった。一年生どころか二年生、三年生の乗る戦車まで倒してしまう始末。

 

 チハに対する戦い方を熟知し、さらにチハを理解している者達の戦い方だった。それが、これが原点だと言われれば辻とて返す言葉が無いだろう。

 

 

「こ、こほん。あのな、うちの伝統は突撃だ。つまり、君たちにはその伝統に習ってだな…」

 

「突撃ってどのレベルからはじめるんですか?」

 

「いや、レベルも何も敵に突っ込むだけだろ…」

 

「いえいえ、突っ込むだけではダメです。相手を突撃だけで粉微塵にするレベルじゃないと」

 

「一体どんなレベルだっ! むしろそっちの方が怖いわ!」

 

「つまり、ダンプカー並みにごつい戦車作れば良いんですねわかりました」

 

「いや、しなくていい! しなくていいから!」

 

 

 冷静に自分の言葉を素直に間違った方向で受け取る永瀬、国舞、立江の返答に苦笑いを浮かべて制止をかける辻。

 

 確かに一筋縄ではいかないとは思っていた。一年生から戦車道のエース候補のこの五人組。特に繁子は整備科から頂戴とねだられるほどの人材だ。

 

 しかし、辻も隊長であるからにはこのとんでも一年生軍団を使いこなさなければならない。

 

 

「ふぅ…わかった。わかったよ…。君らが好きなように練習させてやる。練習試合も近いしな」

 

「え? 練習試合? 何処とですか?」

 

「プラウダ高校だ。古豪と呼ばれる戦車道名門校だぞ」

 

「やっぱりダンプカー並みにごつい戦車いるね」

 

「おい馬鹿やめろ」

 

 

 そう言って、時御流全員に同意を求める立江を制止する辻。

 

 本当に戦車を自家製作できるこいつらは作りかねない。それだけの凄みが彼女たちにはある事を辻はわかっていた。

 

 

「なるほど…。練習試合かぁ〜」

 

「楽しみだねーしげちゃん」

 

「このつれたか丸(特二式内火艇)はまだ完成できてへんけどまぁ、以前作った山城ならなんとかなるやろ」

 

「なんだかよくわからんが…その山城はチハではないみたいだな」

 

「チハが二段階進化したみたいな戦車とだけ」

 

「なんだその戦車!?」

 

 

 繁子の言葉に目をまん丸くする辻。

 

 チハが二段進化した戦車と言われてもピンとはこないだろう。しかしながら特二式内火艇を自作で作ることにも驚いたがまさか以前にも戦車を作っていると聞けば辻が驚くのも無理はない。

 

 それを練習試合に持ち込もうとするこの5人娘もとんでもないのであるが…。

 

 

「とりあえず今日は練習試合に向けたブリーフィングがあるからな! しっかり聞いておくんだぞ」

 

「ちなみにそのブリーフィングはどのレベルからはじめるんですか?」

 

「え?」

 

 

 古豪、プラウダ高校。

 

 繁子達の初の戦車道の試合がすぐそこまで迫っている。

 

 果たして勝敗は…どうなるのか、辻隊長はどう立ち回るのか、練習試合で時御流が再び邁進するのか。山城とは一体…?

 

 それぞれ、いろんな思惑を抱いたまま繁子達は機甲科の者達とブリーフィングに参加するのであった。

 

 

 

 

 

 ここはところ変わって、西住流本家。

 

 彼女、西住しほは緑茶を飲みながらふと先日の葬儀の事について思い出していた。そう、その葬儀とは時御流の城志摩 明子の葬儀である。

 

 

「まさか、先に逝ってしまうなんてね…」

 

 

 彼女は勝利至上主義を掲げる西住流戦車道の師範。日本戦車道連盟の重要ポストに就いており。

 

 今現在、娘の一人が戦車道の王者、黒森峰女学院に入っている。

 

 そんな彼女がふと、先日の葬儀について懐かしそうな顔つきで呟くのでその場にいた西住しほの秘書は首を傾げていた。

 

 

「先日の葬儀の話ですか?」

 

「ん? まぁ…そんなところでしょうか」

 

 

 そう言って、しほは秘書の言葉にフッと笑みをこぼして笑う。その笑みは何処か意味深でなんだか秘書には気になる笑みだった。

 

 彼女はさらにしほにその葬儀に出た女性についてしほに掘り下げて質問することにした。

 

 

「其れ程までにしほ様が気にされるような方だったのですか?」

 

「そうですね…。しのぎを削りあったライバルの一人と言ったところですかね」

 

「はぁ…」

 

「時御流…ね。懐かしいですね…」

 

「時御流?」

 

 

 西住しほの言葉に首を傾げる秘書。

 

 島田流と西住流が主流の現在、そんな名前の流派は聞いたことがない。ましてや、西住流の師範であるしほが一目置くほどの流派にも関わらずだ。

 

 しほはさらに秘書に話を続ける。

 

 

「聞いたことないですか? 西住流と島田流を差し置いて実戦では最強かもしれないと言われた流派ですよ」

 

「に、西住と島田流を差し置いて!? どんな流派ですか! それ!」

 

「そうねぇ…どこから説明したら良いでしょうか?。 現在の戦車道の規定が確立される前ですかね? 無差別での戦車を使ったエキシビションマッチを私が高校生の頃行った事があるんですよ」

 

「はぁ…。そんな事が…」

 

「その時は第二次大戦の戦時中に使われた戦車を使った物であればなんでも使って構わないというルール。自作でも改造でもなんでもですよ?」

 

「えぇ!? ありですか! そんなの!」

 

「実際あったんですよ。その時に私が戦った選手の中に明子が居ました」

 

 

 しほは当時を思い出すように嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

 城志摩 明子。 旧姓、時御 明子。

 

 時御流の全盛期時代、戦車道においても島田流、西住流と流派三角を成した人物。そんな彼女の戦い方もそうだが、何よりも当時、西住しほが驚かされた出来事がある。

 

 

「それで、そのエキシビションマッチ。私はいつもの如くVI号戦車ティーガーIに乗り参戦したんだけれど。 そして、明子ですね…。

 

 貴女、戦車達の中でも最大級の17.4cmという破格の口径を誇るPak46砲を積んだ時速50kmで走り、砲弾を3連射する駆逐戦車を見た事あります?」

 

「え…?」

 

 

 西住しほからその話を聞いていた唖然とした。

 

 そして、次の瞬間、そのエキシビションマッチに持ち込まれた時御流の戦車の性能に思わず声を上げる。

 

 そんな戦車があれば普通にどんな戦車にも勝てるだろう。インチキどころの話ではない。

 

 

「はぁっ!? なんですかその戦車っ!?」

 

「当時、彼女が持ち込んできた戦車です、それも自作で5台」

 

「馬鹿じゃないんですか!? いや頭おかしいでしょう!」

 

「私も戦慄が走りました、もはや頭を抱えるくらいね…。あっと言う間に全滅ですよ、こちらは」

 

「そりゃそうなりますよ…なんて物を作るんですか…」

 

「それが時御流。 …他にも戦車の試合中に森林伐採して地形を変えるわ、自作で作ったスコップで沼地を形成するわ。ともかくとんでもない流派だったんですよ」

 

「えぇ…」

 

 

 その言葉にもはや秘書は苦笑いを浮かべるしかない。

 

 戦略が練りにくいなら練りやすい地形に無理矢理変える。敵の戦略自体の根底を無理矢理ぶち壊しに掛かる。

 

 西住しほが現役時代、体感した時御流がまさにそれだった。

 

 しかし、今の定められた戦車道の規定ではこんな馬鹿みたいな戦車を自作で持ち込むような人物は存在しない。

 

 だが、かつて、しのぎを削りあい戦車道を通して友人となった西住 しほに時御 明子が当時語った夢がある。

 

 

「明子は…そうね…。あの頃、彼女の夢は戦艦大和に積む46cm砲をいつか戦車にひっ付けると語っていましたね…」

 

「もう学園艦自体吹っとばせるレベルですよね? それって…」

 

「まぁ、当時はそれだけの事が時御流には出来たんですよ」

 

 

 そう言って懐かしそうに語る西住しほ。

 

 そんな彼女の顔を見た秘書は時御流がいかに凄かったのかを感じた。そのレベルはもはや戦車道という枠からは明らかに逸脱しているといっても過言ではない。

 

 そして、西住しほはここまで話をするともう一つ、楽しみな事がある事を思い出した。

 

 それは、彼女、時御 明子の一人娘についてだ。

 

 

「…今年の戦車道全国大会は例年以上に盛り上がるかもしれないですね」

 

「はい?」

 

「いや、こちらの話ですよ」

 

 

 彼女の一人娘となれば当然ながら時御流を学んだ事だろう。

 

 戦車道にて、西住は最強。それは変わらない、だが、かつてのライバルの娘がその常識を超えるかもしれないという期待も少なからず湧いてくる。

 

 戦車を1から作り、愛する戦車道。

 

 その戦車道が果たしてどうなるのか、西住しほは黒森峰に入った娘への期待と共に明子の娘に関しても何処の高校かはわからないが期待をしている。

 

 

 西住が最強である事を証明する礎として。

 

 



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練習試合 繁子の初陣

 

 前回までの大まかなあらすじ。

 

 城志摩 繁子は時御流同門の永瀬達と共に知波単学園へと無事入学を果した。

 

 知波単学園は戦車道の名門。名門であるがゆえこの学校で良い成績を残すことができれば再び西住流、島田流といった主流の戦車道の流派と肩を並べることが出来ると思い立っての入学と知波単学園の機甲科だった。

 

 機甲科だったのだが…。

 

 

「辻隊長! 7番戦車やられました!」

 

「ならば是非もなし! 弔い合戦だ! とつげーき!」

 

「アイアイサー!」

 

「待ってました!」

 

「ねぇ、リーダー…私達は…」

 

「待機、んな突撃してやられる方がアホみるで。できるだけ修理する戦車は減らしたいからなぁ」

 

「了解」

 

「スパナや工具は一応持ってきといたよー」

 

「さすが多代子やなー」

 

 

 新入生の力と知波単学園機甲科の実力を見るために組まれた練習試合。

 

 

 念入りにブリーフィングを行い、作戦(突撃)を仕掛けるシュミレートを重ね、今日この日、繁子達は知波単学園での初陣。

 

 繁子達の戦車道を飾るにはもってこいの舞台である。

 

 相手は古豪プラウダ高校。ソビエト海軍キエフ級空母に類似した学園艦に所在し、保有戦車も全てソビエト製といった名門校だ。

 

 所有戦車はT-34/76。T-34/85。IS-2。KV-2。

 

 T-34/76はバルバロッサ作戦時より実戦に参加したソ連軍の中戦車。大戦中に最も大量に生産された戦車である。

 

 1943年頃より砲塔を大型化し85mm砲を装備したT-34/85に生産が移行。これによりドイツ軍はベルリンまで押し返された。

 

 果たして、そんな戦車を相手に知波単学園の持つ九七式中戦車で対抗できるのか…。

 

 

「まぁ、言うてもこれは実践やのうて戦車道やからな。やり方次第で勝ても負けもするやろうが、うちの伝統のあれは負けてもしゃあないやり方や」

 

「んじゃどうする?」

 

「突撃は囮やね、とりあえず隊長達が突撃で相手引きつけてくれとる間にウチらは迂回。1輌だけなら気付かれへんやろ、向こうは知波単学園のやり方を知っとる」

 

「カモフラージュ自作で作っといたからね」

 

「大将首さえ取れば戦は勝ち。世の常やからな、そんじゃ行こか?」

 

 

 そう言いながら、突撃し、追撃をされる知波単学園の戦車を見送るように全員に指示を出す繁子。

 

 案の定、辻が撤退をしはじめたところで森林に身を潜めていた繁子はゆっくりと車両を気付かれない様に相手戦車の背後に回り込むように移動させる。

 

 この戦術を取るような人間は知波単学園にはいないとプラウダも知っている。だからこそ、そこに隙が生まれ、好機が訪れる事を繁子は知っていた。

 

 文字通り突撃して潔く散っていく仲間達。繁子はそんな光景を横目にジッと時が来るのを待った。

 

 

(鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギスってな。あんたらの仇はちゃんと大将首取って晴らしたる)

 

 

 そして、大将首はゆっくりと繁子達の前を通りかかる。この時を待ってましたと言わんばかりに繁子はすぐに操縦席に座る多代子と装填手の永瀬。砲撃手である真沙子に指示を飛ばした。

 

 

「右! 旋回! さぁ、ぶちかますで!」

 

「やっとね!」

 

「敵戦車はフラッグ車を合わせて3輌もいるわよ?」

 

「かまへん、撃ったら次のポイントをすぐさま移動、敵が追ってくるように誘導するのを忘れたらあかんで」

 

「アイアイサーリーダー!」

 

 

 一発だけ車輌に撃ち込みすぐさま後退をするように指示出す繁子。

 

 プラウダ高校のフラッグ戦車の傍にいたT-34に茂子達の戦車の砲身が向く。しかしながら繁子達の乗る戦車はチハではない。

 

 四式中戦車、チト。それがこの戦車だ。そして名前は繁子と立江の城志摩と山口の1文字から取り山城と名付けられた。

 

 大日本帝国の戦線を支えたチハ車輌の後継機。

 

 

 車長:城志摩 繁子

 装填手:永瀬 智代

 通信手:山口 立江

 砲手:松岡 真沙子

 運転手:国舞 多代子

 

 

 以上がこの四式中戦車の編成である。

 

 チハばかりの知波単学園。なぜ、繁子達が四式中戦車に乗っているのか、答えは簡単だ。この四式中戦車は繁子の所有戦車である。

 

 

 時御流は没落しつつあるとはいえ、かつては栄えた流派。戦車に愛をもって接する時御流は決して戦車を解体したり無下に扱うような事はしない。

 

 何かしらに再利用、もしくは戦車を生かす。これが時御流である。

 

 時御流の同門。ぐっちゃんこと、山口 立江曰く。

 

 

『え!? その戦車! 捨てちゃうんですか!?』

 

 

 と繁子を含めて皆がその精神である。なんとも地球に優しい精神だろうか。

 

 そして、この四式中戦車の車輌は繁子、もとい明子が持っていた所有物の一つに過ぎない。他にも残した戦車は数あれど、繁子は知波単に入るという事でこの戦車をわざわざ取り寄せ用意した。

 

 四式の砲撃にさらされ、砲弾の直撃を受けたT34は爆煙と共に弾けると、再起不能の白旗が上がる。

 

 そして、それに驚いたように旋回をはじめるフラッグ車輌ともう一台のT34。

 

 だが、すでに繁子の四式中戦車は撤退をはじめカモフラージュを捨てると森林の中へと入っていった。

 

 

「やったね! リーダー!」

 

「この山城(四式中戦車)は真沙子が砲撃手やってる間は無敵だからね!」

 

「油断大敵や。さてと、んじゃ次の行動に移るで…っとその前に…。 辻隊長! 聞こえますか?」

 

『ん…! なんだ? あぁ、繁子か! 悪いが今交戦中でな!』

 

「ほぇー、まだ生きてたんだ…」

 

「てっきり突撃して散ったもんかとばかり」

 

『心配無用! あと3分後にはその予定…』

 

「あかん言うとるでしょうが…。その戦車ぶっ壊したら隊長、自分で修理させんで?」

 

『え、えぇ…! ど、どうかそれだけは勘弁を!?』

 

 

 整備科から入学早々慕われている繁子。

 

 そんな繁子や永瀬達が行う戦車の修理や整備は知波単学園の整備科の者達を持ってしても尊敬する腕前だ。

 

 リーダーと繁子を慕い可愛がる先輩、同級生の彼女達は繁子のお願いであれば大抵聞き入れてしまうという現在、壊した戦車を整備科全員から自分で直せと言われれば隊長の辻とて逆らうことは出来ない。

 

 自分の物は自分達で直す。

 

 戦車を毎回ボロボロにされ、そんな戦車を修理させられている整備科の者達の苦労を知っているからこそ繁子は隊長に念を入れて忠告しているのである。

 

 

「よろしい、なら、ちょっと頼まれて来れませんかね? ウチら敵フラッグ車輌と交戦になりまして」

 

『…な、なんだと!?』

 

「まぁ、それは置いときましょうか? ひとまず隊長は他を引きつけといてください、大将首はウチらがあげるんで」

 

『無茶な!? ここは一旦合流した方が…!』

 

「今合流したところで残った車輌はたかが知れてるでしょう? 敵戦車から包囲されますよって」

 

『ならどうすれば…』

 

「森林に突撃してください、突撃はお手の物なんでしょう?」

 

『おぉ! なんか知らんが分かったぞ! 皆! 私に続け! 森林に突撃だー!』

 

 

 そう言って、隊長との通信を一旦切る繁子。

 

 森林に突撃、つまりは撤退である。

 

 言い方さえ変えれば素直に辻が聞き入れてくれるあたりは繁子としてもやりやすい。こういったところに関しては隊長の辻に感謝している。

 

 その会話を聞いていた永瀬達は顔を見合わせるとすぐに繁子に今後の方針を踏まえてこれから取るべき動きを質問する。

 

 

「そんでしげちゃんどうする?」

 

「まぁ、今は時間稼ぎを向こうがしてくれとるやろ、とりあえずウチらはウチらでやるで」

 

「なんか作戦あるんだねー」

 

「まぁね、作戦名はもう決めてる」

 

「聞いてあげるから聞かせなさいよ」

 

「その名も…『オペレーションK』や」

 

「え? 何そのKって…」

 

「それはやな…」

 

 

 そう言って、全員にゆっくりと作戦内容を告げる繁子。

 

 その作戦内容を聞いた全員は目を丸くしつつもそれぞれ納得した表情を浮かべて頷き、その作戦を行う事に関して異議なく意見がまとまっていた。

 

 茂子の作戦内容の全貌を聞き終えた真沙子はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「へぇ…なるほどね、面白そうじゃん。『オペレーションK』」

 

「Kってそう言う意味かー。なるほどなるほど」

 

「分かりにくいわ! てか普通に言えばいいんじゃないの?」

 

「多代子、そこはロマンやで。オペレーションって付けるとなんかかっこええやん」

 

「あ! リーダーのその気持ちなんとなくわかる!わかる!」

 

「えぇー…。永瀬わかっちゃうんだ…」

 

 

 納得して頷く永瀬に顔を引きつらせる多代子。

 

 とりあえず、繁子が提案した作戦。その名も『オペレーションK』を実行する事に方針が固まった。

 

 作戦内容を聞いた真沙子は森林内にて撤退中の四式中戦車の中でガサゴソと何やら持ち出す。

 

 

「ほい! 隊長!」

 

「お! おおきにな!」

 

「斧かぁ…このずっしり感いいよねー」

 

「スピード勝負やからな、そんじゃやるで!」

 

 

 そして、斧を持ち出し戦車の外に出ると再び自前で用意し、戦車内にしまっておいたカモフラージュをかける繁子達。

 

『オペレーションK』とは…一体…。

 

 時御流の恐るべき作戦は四式中戦車に乗る斧を持つ少女達と共にプラウダ高校に牙を剥かんとしていた。

 



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繁子のプラウダ戦

 

 

 

  プラウダ高校との練習試合。

 

 プラウダ高校三年生。プラウダ高校機甲科の隊長を務める『プラウダの天王星』ことゲオル・ジェーコは隣で再起不能となった味方戦車を見て突然の出来事に唖然とさせられた。

 

 だが、彼女も名門プラウダ高校の隊長である。ただやられて唖然とするだけではなくすぐさま状況の把握に移る。

 

 長い銀髪の髪を風に流されないように押さえながら戦車から顔を出すと鋭い目つきを光らせて何処から砲撃が飛んできたのかをすぐさま察知できるようにあたりを見渡した。

 

 

「チッ…! なんてこと! !」

 

「…隊長…!」

 

「アルミィーがやられるなんて…! くっ…完全に誤算だったわ!」

 

「しかしながらまだ我がプラウダ高校の戦車は上回っていますし、そこまで…」

 

「違うわ、あれは狙われてたのよ、下手すれば私がやられていたわ」

 

 

 そう言って隊長であるジェーコはすぐに勝った気でいる部下を咎めるように注意する。

 

 射線に入っていたのならばやられていたのは間違いなく隊長である自分であることを彼女は自覚していた。

 

 知波単には突撃ばかりしか戦術が無いとたかを括っていたのを完全に足をとられた形での撃破。

 

 隊長のジェーコは思わず苦虫を潰した表情を浮かべる他なかった。完全に不意を突かれた形であるがゆえの失態。敵に見事と言葉を贈りたいほどの不意討ちだった。

 

 戦車から顔を出したジェーコは双眼鏡を通してすぐさま、その不意を突いてきた戦車の走る影を見つける。

 

 おそらくはカモフラージュしていたのだろう。その戦車はあからさまについて来いと言わんばかりの逃走模様だった。

 

 

「…なるほどね、森林に消えたか」

 

「どうしますか?」

 

「知波単の車両も森林に逃げたと通信に入って来たわ。行くしかないわね」

 

「しかしながら危険では?罠かも…」

 

「Ваше предложение стоит тогочтобыегорассмотреть.(貴女の提案は考慮するのに値するわ)」

 

「………え?」

 

「けれど、日本語にはこんなことわざがある、虎穴に入らんば虎子を得ずっていうね?それにこれは練習試合よ。アルミィーがやられて黙っていられるほど私も大人じゃ無いの」

 

「つまり追撃なさると?」

 

「Да(もちろん)」

 

 

 そう言って、T-34/76に再び乗り込むジェーコ。

 

 隊長の判断に隊員が従わないわけにはいかない、ジェーコの言葉を聞いた部下の少女もまた戦車に乗り込むと先ほど砲撃を撃たれた方角へと進軍する旨を仲間達に伝える。

 

 腹心である部下の一人をやられたとなれば名門プラウダ高校の隊長としても黙っているわけにはいかない。

 

 アルミィーを撃破した奴らを倒す事でそれに応えるのが筋であるというのがジェーコの考えだ。

 

 

「隊長が追撃なさる。行くぞ」

 

「Понятно」

 

「…ん、んん…あとそれと…隊長。一つだけ良いでしょうか?」

 

「何かしら? スタルシー?」

 

 

 ジェーコは金髪の髪を両側に束ねた腹心である部下の少女、スタルシーにそう訪ねる。

 

 スタルシーは何やら少しばかり言い辛そうに顔をモジモジとするとひとまず率直に自分が感じている事を隊長のジェーコに話し始めた。

 

 

「私、ロシア語弱いの知ってるでしょう!? 途中何言ってるかさっぱりわかりませんでしたよ! 日本語で話してください!」

 

「…はぁ!? スタルシーまたなの? 貴女この間もロシア語さっぱりだったから上達させるって意気込んでたじゃないのよ!!」

 

「人には向き不向きがあるんですぅ! おい! お前達も日本語で話せ!」

 

「Да!」

 

「違うわ!それもロシア語だから!」

 

「それは威張って言うことじゃないわよ! こら!」

 

 

 何やら言い合いが始まるプラウダ陣営。

 

 ひとまず、一通りやりとりが終了したところでジェーコとスタルシーは戦車に改めて乗り込むと砲撃を撃ち込んで来た方角へと戦車を進めはじめる。

 

 とりあえず、知波単学園の隊長である辻つつじの討ち取りはもちろんの事だが、アルミィーを撃破した戦車を潰す。それがジェーコ達にとっての目標だ。

 

 標的は定まった。

 

 

「潰すわよ、全員いいわね?」

 

「「Ураааааааа!」」

 

「やってやるぞー! いけー!」

 

「一人だけ我が校の生徒じゃないみたいだから背後から撃ってよし」

 

「Понятно」

 

「ちょ…っ! 冗談きついでしょう! 隊長〜」

 

 

 全員の掛け声と裏腹に日本語で気合いを入れるスタルシーに手厳しい言葉を吐くジェーコ。

 

 しかしながら、そんなプラウダ陣営の戦車道と連携は強力だ。他愛の無い雑談を交わすほどの余裕もプラウダにはある。

 

 さて、繁子と知波単学園の機甲科の者達は果たしてこの強力なプラウダ高校の戦車群とどう立ち回るのか…。

 

 T-34を主力とした戦車達は音を立ててそれぞれ知波単と繁子達が逃げ込んだ森林へと進軍してゆくのだった。

 

 

 

 一方、その頃、繁子達はというと。

 

 森林にて、斧を振りかざし木に向かいそれを振り落としていた。そして、現在、戦車を用いて倒した木は七本ほど。これで一体何をするというのか?

 

 ある程度、木を切り倒したところで繁子は手を止める。木々が転がる中、繁子はそれを丁寧に扱いながら器用な手先でそれを形にしていった。

 

 時御流の基本は速さ、職人的速さにて地形を変えて自分達に有利な地形を作り上げる。

 

 そして、繁子は立江と国舞と連携し、斬り崩したを木用いてあるものを作った。それは…。

 

 

「うん、スピード完了できたな、これでプラウダの奴らが来ても大丈夫や」

 

「しかしながら考えたねー、木を使ったトラップなんて…」

 

「ぬふふ、オペレーションKのKは木こりのKってな!」

 

「開拓のKともいうね」

 

「んじゃ、平地になった部分は立江と智代が落とし穴作ってたからとりあえずオッケーね」

 

「向こうがこちらに気づいていない今だからこそのこの戦術やけどな、時間稼ぎはうまくいってるみたいや」

 

 

 繁子はそう告げるとと斧を仕舞い、今の置かれている状況を判断する。

 

 あとは挑発したプラウダのフラッグ車両が罠にかかるのを待つだけ、まさか、彼女達も戦車道をしている山の中にトラップや落とし穴があるなんて思いもしないだろう。

 

 これらを即席で作る。それが時御流の戦車道流儀である。

 

 

「さてと、ほんじゃ敵さんが来たみたいやね」

 

「うん…早く戦車に戻ろう」

 

「勝つで、ぐっちゃん」

 

「当たり前でしょ? 相棒」

 

 

 そう言ってにっこり笑うと拳をつき合う二人。

 

 

「勝って辻隊長からパフェでも奢ってもらおうよ!」

 

「それ、名案」

 

「後で言っとかないかんな、ナイスやぞ多代子」

 

 

 そして、二人は背後にいる国舞へと振り返りハイタッチを交わすと駆け足でカモフラージュしている四式中戦車へと走り戻り出す。

 

 このお手製のカモフラージュだが、完成度はかなり高い。一見したとしても初見で見破れる者はそうはいないだろう。

 

 自作カモフラージュの種類はたくさんあるが、これ全てをなんと手作りしているのは永瀬と真沙子である。

 

 早速、戦車へと乗り込んだ3人。

 

 

「もー、3人とも遅いっすよ」

 

「敵さん来ちゃうよー?」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 

 しかしながら、一足先に座っていた永瀬と真沙子。

 

 どうやら繁子達よりも先に落とし穴を作る作業を終えてしまっていたらしい、そして、カモフラージュをつけたままの戦車に揃った五人は各自、それぞれの配置につく。

 

 戦車の走る音がだんだんと近づいてくるのがわかる。

 

 おそらくはプラウダ陣営だろう。

 

 

「さぁ、こっから正念場やで、辻隊長にも連絡しといてや。生きとったらやけどな」

 

「アイアイサー!」

 

 

 そう言って、通信手の立江は隊長の辻にコンタクトを図る。

 

 下準備は整った。後は敵戦車を待つだけ。

 

 強豪プラウダ高校のフラッグ車。

 

 ゲオル・ジェーコ隊長率いる繁子達のプラウダ戦はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 一方、その繁子達を現在追撃しているプラウダ高校三年生隊長のジェーコだが。

 

 追撃に出した辻つつじとの交戦に部下たちが手間取っていることにイラ立ちを隠せずにいた。

 

 

「…なかなか思うようにはいかないものね…」

 

 

 この今回の練習試合を組んだ森林地区。

 

 湿気もさることながら、霧が出る。視界があまり良好とは言い難い森林地区である。

 

 というのもこの場所を選び指定したのは知波単高校の方である。場所のハンデをやろうと考えたのは浅はかだった。

 

 もし、突撃以外の戦術を取る戦車が知波単に居たのならば、厄介なことこの上ない。

 

 辻つつじに関しても知波単学園で隊長を張ってる以上は優秀な指揮官であるのは違いないのだ。

 

 

「…6、7番車両が撃破されたようです」

 

「相手は…」

 

「辻ですね、濃霧のあるこの森林を使って左右からチハで挟み込まれ撃破されたとか」

 

「陣形を組み直しなさい、何をやってるのあの娘達は!」

 

 

 ジェーコが怒るのも無理はない。

 

 敵に勝った気でいる味方戦車が逆にやられ出したと聞けば、彼女とて黙るわけにはいかないだろう。

 

 ジェーコも腹心のスタルシーも知波単に対する認識を既に改めている。しかし、他の部下たちはそうではない。

 

 油断大敵とはいえこの失態は名門プラウダ高校としても許されるものではない失態だ。

 

 

「今度主力を組み直す必要があるわね」

 

「はい、ん…? …隊長、」

 

「どうしたの?」

 

「ちょっとあたりを見てください、おかしくありませんか?」

 

「何を言ってるのかしら? 別に……」

 

 

 そのスタルシーの言葉に気づかされたジェーコは辺りの異変にすぐさま気づかされた。

 

 そう、森林の中にいるにもかかわらずこの場所が妙に開けているのだ。不自然な程に。よく見ればそこにあるであろうものがなくなってある事に気がつく。

 

 その瞬間、我に返ったジェーコは通信機を通してスタルシーに声をかけた。

 

 

「…木がなくなって…っ! …スタルシー! 後退なさいっ! 」

 

「は、はい…! 後退だ! こうた…ぁ!?」

 

 

 次の瞬間、トラップが発動した。

 

 それは繁子、真沙子、国舞が先ほど大量に作った丸太。

 

 その丸太がジェーコを含めたプラウダ高校の車両の真上から全部、降って来たのだ。

 

 そして、それに続くように、後退したスタルシーの車両の足元が崩れ下へとガクンと落ちる。降って来た丸太をジェーコは巧みに指示を飛ばし避けるが落とし穴にハマったスタルシーの車両はというとそんな暇もなく。

 

 

「丸太が降って…っ! 早く車両を上に上げろォ!」

 

「無理です!」

 

「なんだとぉ!」

 

 

 降って来た丸太が落とし穴へと吸い込まれていくように落ちてゆき、スタルシーの乗る車両はそれらの下敷きとなってしまった。

 

 当然、車両にはダメージが入り、身動きが取れなくなる。その時点でスタルシー車両からは行動不能の白旗が上がった。

 

 そして、プラウダ高校フラッグ車。ジェーコはというと。

 

 

「やってくれるわね…!」

 

 

 丸太を全て避けきり、戦車の車体を上げていた。

 

 だが、次の瞬間。砲撃の音がなると共にジェーコのお供についてきていた車両の一つが砲弾を撃ち込まれ吹き飛んだ。そして、その砲撃の先を見たジェーコはすぐさま回避行動を取らせると第二の砲撃を紙一重で交わす。

 

 

「惜しかったわね、今のは危なかったわ…。隠れんぼは終わりよ出てきなさい」

 

(フラッグ車はやっぱりそう簡単にはいかんか…)

 

 

 おそらく、二発目で場所が割れた。そう感じた繁子はカモフラージュを外し、ゆっくりとジェーコ達の前に姿を現した。この時点で互いに無傷の戦車が対峙する

 

 フラッグ車両との一騎打ち。

 

 四式中戦車に乗る繁子達にも思わず静かなアドレナリンが上がってくる。敵は三年生。それも古豪、プラウダ高校の隊長だ。相手に不足はない。

 

 

「さぁ、一騎打ちやで! 真沙子!」

 

「はいさ!リーダー!」

 

「装填準備!」

 

「いくわよ! あの生意気な車両に名門プラウダ高校の力を見せるのよ」

 

 

 今、荒れる森林地区の中で両戦車が激突する瞬間が訪れようとしていた。

 

 これが、高校に入ってから繁子がはじめて行う戦車同士の一騎打ちである。強い戦車が勝つのが戦車道。

 

 戦車道にまぐれなし。全ては実力で決まる。

 



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プラウダ戦 決着

 

 

 敵戦車は辺りにはいない、正真正銘。プラウダ高校隊長との一騎打ち。

 

 そんな状況に心躍る者はいない訳がない、繁子は指揮官として、そして、時御流のリーダーとしてジェーコは隊長として互いに負けられない意地がある。

 

 

「左ッ! 来るで! 多代子!」

 

「了解ッ!?」

 

「くっ! また紙一重で!」

 

 

 T-34から放たれ、逸れた弾頭が木々を吹き飛ばす。

 

 

 そして間合いを取る繁子とジェーコ。

 

 それから、睨みあいを続ける戦車同士正面から激突。激しく火花を散らしながら回転する両者の車両。

 

 しかしながら繁子はすぐさま衝突を逸らすように多代子に指示を出す。衝突し合っていてもジリ貧な事は繁子もわかっている。

 

 

「へぇ…! やるじゃない!」

 

「砲身がこっちむいとる! また来るで!」

 

 

 すぐさま衝突を逸らした繁子は砲撃が来ることを多代子に知らせた。

 

 多代子はすぐにハンドルを切ると、車体を逸らし、T-34からの砲撃を交わす。両者ともに譲らない決戦。

 

 だが、繁子には秘策があった。

 

 砲撃をかわし、四式中戦車を持ち直した事を確認した繁子はすぐさま指示を出し装填を完了させるのを確認すると真沙子に指示を出す。

 

 

「真沙子! 木や!」

 

「!? あいさ! 」

 

 

 繁子の指示通りT-34ではなく木に弾頭を撃ち込む真沙子。すると、その木はゆっくりとジェーコの戦車へと倒れてゆく。

 

 ジェーコはその光景を確認すると、回避を行うため操縦手に指示を飛ばした。

 

 

「くっ…! 前方から木が倒れて来るわ! 避けて!」

 

「はい!」

 

「やり辛いッ! 直接弾頭を撃ち込んで来ないなんて!」

 

 

 そう言いながら表情を険しくするジェーコ。

 

 木はジェーコの戦車の横に大きな音を立てて横たわる。だが、もちろん、繁子の狙いは木を使ってジェーコの戦車を倒すことではない。

 

 回避行動を取ったジェーコの戦車は右へとよれた。それが、繁子の狙いだった。

 

 ジェーコの戦車の動きを見ていた繁子はすぐさま多代子に指示を飛ばした。

 

 

「今や! よれたで!」

 

「横ね! わかった!」

 

 

 右へとよれたジェーコの戦車に向かい多代子は戦車をぶつける。

 

 だが、これは戦車を倒すための突撃ではない、そのジェーコ達の戦車の移動ポイントをズラすための手段だ。

 

 

「ぐっ! な、何!?」

 

「いけぇ!」

 

「小癪な! これで終わり…っ!」

 

 

 ジェーコのT-34は砲身を繁子達の四式中戦車に向ける。

 

 そして、至近距離からの発射、これで繁子達の戦車は終わり。向こうも砲身がこちらを向いてるが発射までの過程を考えれば勝機はジェーコ達の方にある。

 

 だが、ここで思いもよらない事態が起こった。

 

 

「…なっ!?」

 

 

 ジェーコの戦車の車体が浮いたのだ。

 

 凄まじい轟音が響くと共にジェーコの戦車が放った弾頭は繁子達の戦車の左にそれ、木を吹き飛ばした。

 

 そう、繁子が車体をぶつけさせ、ジェーコの移動するポイントをズラしたのはこの車体を浮かせる為。

 

 ジェーコの走った戦車の下にあったのは…。

 

 

「やられた!…丸太かッ!?」

 

 

 そう、繁子達がトラップに用いた丸太。

 

 地面に転がり落ちているそれを繁子はジェーコの戦車に踏ませる事で砲身をズラしたのだ。

 

 四式中戦車はしっかりと砲身をT-34につけている。

 

 そして…。

 

 

「多代子! ブレーキッ!? 真沙子!」

 

「まかせんしゃい!」

 

 

 ブレーキを掛けさせ、戦車の位置を離す繁子。

 

 向こうは先ほどの砲撃で装填までに時間がかかることを彼女は把握している。そして、ブレーキをさらにかけることで真沙子が仕留めやすいように繁子は段取りしていた。

 

 ズドンッ! と四式中戦車の砲身が火を吹く。

 

 直撃を受けたジェーコのT-34戦車は吹き飛ぶと木に車体をぶつけさせ停止した。

 

 そして、戦闘不能の白いフラッグが上がる。

 

 勝負は決した。

 

 その瞬間、全体にアナウンスが流れ始め戦闘中の全車両に通達がなされる。

 

 

『プラウダ高校! フラッグ車! 戦闘不能!勝者!知波単学園!』

 

 

 勝ったのは知波単学園。

 

 その瞬間、知波単学園のチハに乗っていた機甲科の者達は歓喜した。

 

 報を聞いた辻もまた、チハから顔を出すと目を輝かせて安堵したように胸を撫で下ろした。

 

 

「あいつら…やってくれたな! ほんとに…っ!」

 

 

 正直なところ、敵フラッグ車を繁子達に任せるのは不安であった。

 

 あの敵のフラッグ車に乗るのは古豪プラウダ高校はじまって以来、優秀な名将だと言われた『プラウダの天王星』ゲオル・ジェーコ。

 

 戦車もT-34の戦車群といった強豪だ。

 

 自分達の最初の状況を見るに潔く散り、負けを覚悟していた部分が辻にはあった。

 

 だが、繁子達がそのフラッグ車に乗るジェーコを討ち取り勝ちを上げてくれたのだ。辻には予感がしていた。

 

 戦車道全国大会。辻にとって最後の全国大会。

 

 もしかすると、繁子達がいる今年ならあの黒森峰に勝てるかもしれない。

 

 

「いける…いけるぞ!」

 

 

 辻にも夢がある。

 

 それはかつては黒森峰と肩を並べたこの知波単学園をまた優勝させて黒森峰と対等な土俵に立つこと。

 

 自分達の戦術も戦車も全国にいる強豪達から侮られていることも辻にはわかっている。けれど、ともに戦車道を貫いてきた仲間達とこの伝統ある知波単学園は彼女の誇りだ。

 

 そんな誇りの為に共に戦う新たな仲間達。

 

 繁子達がいる。自分や知波単学園の他の機甲科の者達も同じように思っていることだろう。

 

 こうして、プラウダ高校と知波単学園の練習試合は知波単学園の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 練習試合を終えた両校。

 

 特に今回、MVPに選ばれた繁子達は仲間達から熱烈な抱擁や感謝を受けた。一年生にしてプラウダのフラッグ車を討ち取り勝利を収めた彼女達の活躍は皆が認めるところである。

 

 そして、それは敵であるプラウダ高校もまた同じであった。

 

 

「Хорошо。素晴らしい腕前だったわ、まさかこの私をやった相手が入りたての一年生だったなんてね」

 

「いやー、こちらも冷や汗かきましたよ。あの腕前…こちらがいつやられてもおかしゅうなかったです」

 

「ふふ、ありがとう。貴女名前は?」

 

 

 そう言いながら、繁子と握手を交わすジェーコ。

 

 彼女の見た時御流の戦い方は見事の一言だった。トラップも仕掛けることもそうだが、あの丸太を使った戦法は度肝を抜かされた。

 

 それが、一年生、繁子という少女と仲間達の手による戦法と聞けば素直に賞賛に値する。全ての物を使えるだけ使い勝利に向けた姿勢もまた見事であった。

 

 

「繁子です。城志摩 繁子」

 

「貴女が車長なの? ずいぶんちっさいのね?」

 

「あはは、よく言われます」

 

「ごめんなさい、悪気は無いの。ほんとに素晴らしい戦い方だったわ…是非、うちに来て欲しいくらいにね? …どうかしら? 貴女なら私の副長を任せられるのだけれど、戦車に乗ってた他の娘達も当然オファーさせて頂くわ」

 

「…んー…えーと…」

 

 

 そう言いながら繁子の手を握りしめてまっすぐに青い瞳を向けてくるジェーコ。

 

 他校からの引き抜き、これは別段珍しい事では無い。優秀な戦車乗りはどこも喉から手が出るほど欲しいものである。

 

 今回は隊長であるジェーコ直々からの引き抜きだ。待遇も良く、プラウダ高校のオファーを受ければ早ければ繁子も来年には隊長を任せられるかもしれない。

 

 だが、繁子の周りには…。

 

 

「うちのしげちゃんはやらないよ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「マスコットなんだからね!」

 

「ちょ! マスコットってなんやねん!?」

 

 

 そう言って、知波単学園の機甲科の先輩は繁子を抱き抱えるとジェーコから取り上げる。

 

 それを見ていた立江達も顔を見合わせると笑みを浮かべる。そう、最初から全員の気持ちは同じだった。

 

 

「悪いけど…そのオファーは受けれないね」

 

「しげちゃんとこの学校で戦車道やるって決めてるからさ」

 

「学園艦を1から作ったら考えてもいいよ」

 

「何年かかると思ってんのよあんた…」

 

 

 断りを丁重に出す四人。

 

 無茶苦茶な事を言い出す永瀬に多代子は顔を引きつらせながらそう告げる。学園艦を1から作るとなるとかなりの時間が必要であり。費用も必要である。

 

 まぁ、費用程度ならプラウダ高校程の名門なら用意出来そうではあるが…。

 

 すると、五人の前に立つようにジェーコの前に隊長の辻が現れた。

 

 

「良い練習試合でした。しかしながら、この娘達は貴女方には差し上げれません」

 

「…へぇ…」

 

「今年は全国にこの娘達の力が必要なんですよ、ジェーコさん。 それに…」

 

 

 そこで辻が言葉を区切り、繁子達の顔を見る。

 

 そうこの娘達がいつか、自分がいなくなった後もこの知波単学園で戦っていく事になる。その時、全国にいる強者達と戦うには彼女達が必要だ。

 

 最初の入学の時から、彼女達はとんでもない人材だった。戦車は作り始めるわ、知波単学園伝統の突撃練習はほっぽり出すわ。

 

 けれど、この練習試合を通して彼女達が自分を信用してくれるし、また、辻も彼女達を信用する事が出来た。

 

 

「私の戦車道にとっての大切な仲間です。繁子達と知波単学園の機甲科の娘達は私の誇りです。だから…」

 

「うん、そうよね…、ありがと。なら次は全国の舞台ね、辻。貴女も三年、そして私も三年。今年が最後の年」

 

「ええ、互いに悔いが残らない大会にしましょう」

 

 

 そう言って、二人は互いに握手を交わす。

 

 隊長として辻が優秀な事はジェーコも知っている。今年の知波単学園は強い、そうジェーコが認識させられるには十分だった。

 

 そして、練習試合が終われば敵も味方も無い。戦車道を愛する同志だ。

 

 

「さて、んじゃみんなでボルシチでも食べましょうか? 健闘を讃えてね!」

 

「そうだな、うちもざる蕎麦といった日本食を用意させよう!」

 

「ちなみにそのボルシチやざる蕎麦や日本食はどのレベルくらいから作りはじめるんですか?」

 

「「え…?」」

 

 

 その立江の言葉に固まる隊長二人、

 

 いつの間にか目を離した隙に5人娘は板前の格好に着替えて既に手打ちのそばを打ち始めている。繁子はマグロの解体ショーをプラウダ高校や知波単学園の機甲科の少女達の目の前で繰り広げる始末。

 

 

「さぁ! みんな! 作るで! あ、そこの姉ちゃん! マグロの尻尾抑えといてな」

 

「私の名前はスタルシーだ!姉ちゃんじゃない!!」

 

 

 こうして、繁子達の初陣である練習試合は幕を閉じた。

 

 その後、練習試合の健闘を讃えボルシチやざる蕎麦や日本食を1から作る作業が行われる事になった。

 

 戦車道全国大会に向けて、健闘を讃え互いに激励を送る意味を込めて。

 

 



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今後の方針

 

 プラウダ高校との練習試合を終えて。

 

 辻達を加え、繁子達は次の戦車道全国大会に向けての準備を行っていた。

 

 というのも次の大会に向けての課題が浮き彫りになった今回。繁子にも思うところがあった。それはやはり、チハだけでは戦えないというところだ。

 

 チハがダメなわけでは無い、チハを生かすためにチハ以外の戦車に乗る。これにより、その戦車の弱点をチハで補うことを前提にした戦法が組めるという算段だ。

 

 

「はいちゅうもーく! 戦車道において戦術や戦略はとても重要。つまり、チハ以外の戦車を作る事でその幅を広げようというわけや」

 

「なるほどな…つまるところ、黒森峰のマウスなどに対抗するためという事だな」

 

「さすが、その通りやで隊長」

 

 

 そう言って、繁子は解説をしながら隊長である辻の言葉に頷く。

 

 別に突撃の伝統を捨てたわけでは無い、ただ、単調な突撃よりも幅を持たせた相手の度肝を抜くような突撃が必要だと繁子は言う。

 

 

「ふーんなるほどね」

 

「プラウダ戦で突撃した戦車はみんなやられちゃったしね」

 

「突撃して壊した戦車は整備科と一緒に乗ってた人物に修理させてるで。自分の壊したものは自分で直す。これがウチらの戦車道の基本やからな」

 

 

 そう言って、スクリーンを変えて先日プラウダ高校に突っ込んでボロボロになったチハを指示棒を使い示す繁子。

 

 確かに繁子の言う通りだ。自分の愛する戦車であれば壊したなら自分で修理して直す。

 

 戦車を愛せば、愛する戦車もそれに応えてくれる。亡き母、明子が常々、繁子達に言い聞かせてくれた言葉だ。

 

 一緒に戦ってくれてありがとう。私の戦車道に付き合ってくれてありがとう。

 

 そう言った気持ちを込めて修理や洗車をしてあげればその戦車にも愛着が湧くというものだ。そうなれば無茶なタイミングで突撃をする事や戦車を無下に扱うような戦い方はしない筈。

 

 繁子はそれを知波単学園の機甲科のみんなに理解してもらいたかった。

 

 

「わかった。繁子、お前の言う事は確かにと私もそう思うよ」

 

「…辻隊長」

 

「皆、そう言う事だ。我が知波単学園の伝統を捨てるわけでは無い。しかし、気づかされた。練習試合や今までの試合を振り返って、私達の戦車道に足りなかったものが」

 

「はい!」

 

「確かに繁子ちゃん達が言う事は私にも理解できます」

 

「それじゃ、みんな…」

 

「あぁ、君らが作るという戦車。私達にも協力させてくれ。知波単のエースだからな! 繁子は!」

 

「マスコットだよ! 隊長!」

 

「そうですよ! しげちゃんはうちのマスコットです!」

 

「…いや、あの…やっぱりマスコットの定位置は変わらへんのやね」

 

 

 繁子はズルとずっこける。

 

 せっかく隊長がそれらしい事を言っていたのにどうにも最後が締まらない。それが、繁子らしいといえば繁子らしいとも言えた。

 

 その後、繁子達はブリーフィングを終えてそれぞれ戦車の製造に取り掛かる事にした。

 

 

「よし!それじゃ取り掛かるか! まずは資材の調達やね!」

 

「我々は先日壊した戦車の修復から取り掛かるよ」

 

「了解や、んじゃうちらは他の学校からいらん部品ないか聞いてくるんでこちらは任せましたよ隊長」

 

「おう! みんな! スパナは持ったな! 行くぞ!」

 

「「おー!」」

 

 

 こうして、戦車道全国大会に向けて皆の意思が一つとなり、その為の行動が実行に移されることになった。とりあえず辻隊長を含むメンバーはまずは戦車の修復に取り掛かる。

 

 

 

 そして、繁子達だが、まずは戦車の原材料となる部品からの調達。

 

 他校でいらなくなった戦車を引き取るという形をとりつつ、それを違う形に変えるという作業だ。

 

 繁子とともに学園から出た永瀬と立江の二人はまずある学校を訪れることにした。

 

 それは…。

 

 

「…うん。この部品、まだ使えるね」

 

「ほんとに貰っていいんですか?」

 

「Да。もちろんよ、先日はおいしいマグロ料理や蕎麦を振舞ってくれたからね」

 

「あ、あのマグロですね!」

 

「あれ、実は繁子の実家で養殖してるマグロなんですよ」

 

「Правда?(ほんとに?) それは凄いわね!」

 

「プラウダ? はい、今私達プラウダに来てますよね?」

 

「違う違う永瀬、ロシア語で本当?って意味よ」

 

「タツエは賢いのね! やはりウチに欲しいわ! うちの副長はロシア語が全然ダメでこまってるのよ」

 

「聞こえてますよ! 隊長!」

 

「あら、スタルシーいたのね貴女」

 

「酷い!?」

 

「あはは…」

 

 

 そう言いながら、先日、練習試合を行ったプラウダ高校の隊長ジェーコから部品を頂く立江と永瀬。

 

 そんな部品を受け取る立江を見るジェーコは首を傾げていた。それは、そもそも、要らなくなった部品なんてものを集めるなんて事を何故行っているのかについてだ。

 

 知波単学園も名門ならば金銭面はある筈。だからこそ、こんな風に立江や永瀬が訪ねてくる意味がわからなかった。

 

 

「部品くらい買えば良いじゃない、知波単学園は名門でしょう? 金銭面なら…」

 

「私達に買うっていう発想はない」

 

「…えぇ…?」

 

 

 スタルシーのその言葉に言い切る立江。

 

 確かにこれまで繁子や立江達が乗る戦車は全て自分達の手で設計図や工夫を重ねて完成させてきた戦車ばかりだ。

 

 その戦車道はこれからも変えるつもりはない。だからこそ、プラウダに部品を求めてやってきたのである。

 

 これにはスタルシーやジェーコも顔を引きつらせるしかなかった。同じ名門同士であってもこの意識の差はなんだろうと思わざる得ない。

 

 

「とりあえず、これは貰っていくね? ありがとうございます! ジェーコさん!」

 

「いいのよ、困った事があればいつでも訪ねてきなさい。おいしいボルシチを振舞ってあげるわ」

 

「なら、私達も寿司か蕎麦作らなきゃね」

 

「板前さんの着替え今度から一式持ってこないと」

 

 

 そんな会話をかわしながら立江と永瀬は風呂敷に包んだ部品を担いで運搬車に積み込んでいく。

 

 この運搬車ももちろん繁子達が1から全て作ったものだ。

 

 運転は立江が行う、繁子達は全員戦車の運転やトラクター、クレーン、はたまたシャベルカーやブルドーザーまで全ての乗り物を乗りこなす事ができるスキルを身につけている。

 

 これらを操れる彼女達の運転技術は時御流の賜物と言っていいだろう。

 

 

「そんじゃ失礼しましたー!」

 

「部品ありがとー!またねー!」

 

 

 そう言いながら、運搬車を発進させる立江と永瀬の二人。

 

 この部品がいったいどんな風になるのか? 二人は軽トラの中で心を躍らせながら母校、知波単学園へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 ところ変わり、ここは黒森峰女子学園。

 

 数ある戦車道の名門高校の頂点に位置する学校である。この学校に入れるのは一握りの者達ばかり、それは戦車の技術もそうだがなにより戦車道において最強流派の名を欲しいがままにする西住流を主流としているところも大きいだろう。

 

 この黒森峰女子学園にポツンとやって来た3人組。

 

 繁子、多代子、真沙子の3人である。

 

 もともとこの学校に入るか入らないかというところまで考えていた挙げ句、結局は知波単学園を選んだ訳だが。

 

 

「来てしまった…」

 

「すんごい威圧感だね校門からさ」

 

「こんにちはー誰かいらっしゃいますかー?」

 

「ちょっ!? 真沙子ッ!!」

 

 

 何食わぬ顔で校門を潜る真沙子を制するように言葉を発する多代子。

 

 しかし、怖いもの知らずなのか真沙子はズカズカと校門を潜ると校舎の方にスタスタと歩いて行く。

 

 おそらく、学校に入校許可をもらいに行くためだろう。

 

 

(…まぁ、そもそもここに来たのは戦車の部品をもらうためやからなぁ…)

 

 

 そう、繁子達が今日、黒森峰を訪れたのには理由があった。

 

 それは、先ほどの永瀬、立江と同じく要らなくなった部品をもらうため。当初、資材を持て余してそうなサンダース大学付属高校とどちらに行くか迷ったが同じ名門同士の高校だしこちらの方がもらいやすいだろうという考えでこちらの学校に来た訳である。

 

 たくさんの黒森峰の制服が横を通過して身体がちっさな繁子は真沙子の後ろから隠れるようにしてついていく。

 

 そして、しばらくすると生徒会室に足を運んだ真沙子は二人にこう告げた。

 

 

「ちょっとここで待ってて、多代子あんたも付いてきて頂戴」

 

「あいよ、攫われたらだめだぞリーダー」

 

「は、はよ、帰ってきてな? アウェー感半端ないんやから」

 

「数分くらいで終わるから大丈夫だっての」

 

 

 そして、ノックして生徒会室へと入っていく真沙子と多代子。

 

 ポツンと一人生徒会室の前に取り残された繁子はアウェー感も相まって非常に気まずかった。通り過ぎる黒森峰女子学園の学生達が微笑ましく見てくるから尚のことだ。

 

 するとしばらく生徒会室の前で繁子が待っている時だった。何やらふと、声が聞こえてくる。

 

 

「…え…?…しげちゃん?」

 

「あ!…真沙子、帰ってきた…あ…」

 

 

 声をかけられた繁子が振り返るとそこに立っていたのは…。

 

 遠い昔に一度見た顔見知り。確かに彼女ならばこの場所に居てもおかしくはないだろう。しかしながらこのタイミングで会うとは繁子も予想だにしてなかった。

 

 

「…ま…、まほりん…?」

 

 

 そこに立って居たのは西住流、西住しほの娘が一人。

 

 現在、高校一年生にしてその実力を買われ黒森峰の隊長についている少女。西住流、西住まほ、その人だった。

 

 対峙する二人の少女。

 

 彼女達の縁はこの場にいないまほの妹のみほを含め、幼き日より遡る。

 

 これが、戦車道全国大会でしのぎを削る二人の再会だった。

 

 




ツイッターにてガルパンのEDをあの五人組(農家)が歌ってくれたという曲のリピートが止まらず何回も聴いてます。

やばいこれが中毒というやつですね(白目。


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閑話休題 幼き日の繁子

 

 繁子の幼き日。

 

 繁子は母、明子に連れられ。西住流本家がある場所にやって来ていた。

 

 それは明子がかつてのライバルであり、友人の西住しほに会うためだという。

 

 西住流の名は繁子も良く耳にしていた。戦車道で最強を誇る流派であり、時御流、島田流と三角を成す名門一門であると。

 

 そして、幼き日の繁子はそんな田舎の地にやって来たのであるが当然、田舎ということもあり繁子の時御流の血が騒ぐのも無理はなかった。

 

 

「はぁ! ほんまにこっちもすっごい田舎や!一面田んぼやで! 母ちゃん!」

 

「せやね? 時御流のみんなが見たら嬉しさで田んぼ作りはじめそうやわ」

 

「やね!」

 

 

 そんな会話をしながら電車でその風景を目の当たりにしていた繁子は目をキラキラさせていた。

 

 そして、西住流本家に着くと、明子と繁子は部屋に案内される。夏の期間の間、この西住流の屋敷で泊まる事になっているからだ。

 

 繁子は早速、着替えを行い髪を束ねて身軽な格好になる。

 

 

「どう! 母ちゃん! 似合っとるかな?」

 

「んー、しげちゃん。それやと男の子に間違えられやせんね?」

 

「問題ないで! ウチ! 遊んでくる!」

 

「あ…。あの娘はほんとに…」

 

 

 すぐに部屋から出て、田んぼがある外へと飛び出してゆく繁子の姿に苦笑いを浮かべる母、明子。

 

 繁子の格好はというと短パンに白いTシャツ、髪を束ねているからというが、少年のような格好で外へと飛び出して行ってしまった。

 

 あれでは男の子と間違われても仕方ない。

 

 年が幼いとはいえそれもどうなのだろうかと思いつつ、明子は静かにそれを見送る他なかった。

 

 

 そして、外に飛び出した幼き繁子。

 

 やんちゃな明子の一人娘という事で時御流の中でも有名だった。トンボを素手で捕まえるわ山に秘密基地を作るわ、時御流の跡取りとして少年の心を持ったような少女だともっぱらの有名であった。

 

 その当時、繁子が好きだった映画がホーム・シローンという映画だった。

 

 お留守番のした一人の少年が泥棒をトラップや罠で撃退する話。その手作りで作るトラップや罠に繁子も憧れた。

 

 広がる田んぼ道、繁子は工具セットを携えながらのんびりとした田舎の風景を楽しんでいた。

 

 そして、その風景は次第に涼しげな小川が横に流れる風景へと変わる。

 

 繁子はそんな小川を見つめながら足を進めていた。すると…?

 

 

「ん…なにしてるんやろ?」

 

 

 ふと、繁子は足を止める。

 

 彼女の視界に入って来たのは二人の並んで座っている姉妹の姿だった。彼女達は釣竿を垂らしながら硬い表情を浮かべている。

 

 そして、そんな二人のやりとりが繁子の耳にも入って来た。

 

 

「釣れないねぇ…お姉ちゃん」

 

「…あぁ、そうだな。しかし釣りとはそういうものだろう」

 

「うー…」

 

 

 釣竿を垂らしている二人はしょんぼりとした表情を浮かべながらそんな他愛のない会話を交わしていた。

 

 繁子にはなんだかわからないが、とりあえず魚が釣れていない事は理解できた。

 

 とりあえず、繁子は二人の側に近寄ると覗き込むようにしてこう声を掛けた。

 

 

「お二人さん、釣れてますかー?」

 

「…うわ! びっくりした!」

 

「ん? 貴方は…?」

 

「あ、ウチはしげちゃんって呼んでや! 釣りしとるん?」

 

「あぁ、そうだ。けど見ての通りさっぱりでね」

 

「ほーん」

 

 

 繁子は釣竿をまじまじと見ながら、餌がついた糸先まで一通り観察する。

 

 すると、繁子はにっこりと笑みを浮かべて竿を持っている姉妹の一人にこう告げた。

 

 

「あ、釣竿ちょっと貸してくれへん?」

 

「え?」

 

「盗んだりせえへんよ、ちょっと見せてくれるだけでええから」

 

「ん、なら私のを貸そう」

 

「おおきにな!少しだけいじってええか?」

 

「ああ、構わないよ」

 

「やった!!」

 

 

 そう言って繁子は釣竿を姉妹の長女の方から受け取るとそれを念入りに見つめる。そして、しばらくすると工具を取り出した。

 

 そして、釣竿に少しだけ細工をする。餌の針から竿の長さを調整。その他諸々、気になった箇所に修正を加えた。

 

 一通り、それを行った後に繁子はその竿をまほへと返してあげる。

 

 

「ほい、ありがとな? ちょっとやってみてくれへん?」

 

「あ、あぁ…」

 

 

 そう言って、繁子に言われるがまま姉妹の長女は釣竿を小川に垂らし釣りを再開させる。すると…?

 

 クイクイと竿先が何かに引かれるように反応した。すぐさま彼女は釣竿をあげると針には魚がひっついて来ている。

 

 それを間近で見ていた妹は目をキラキラとさせていた。

 

 

「うわぁ! すっごーい!」

 

「へへん、せやろ?」

 

「…釣れた」

 

 

 思わず、その光景を目の当たりにした姉妹は繁子を見て尊敬の眼差しを向ける。竿を少しだけいじっただけで魚が釣れたこともそうだが何よりそれを短時間でやってのけるこの子の腕前にもだ。

 

 すると、姉妹の長女の方は釣竿を置くと繁子に手を差し伸べる。

 

 

「ありがとう、私の名前はまほ、こっちは妹のみほだ」

 

「ウチは繁子やで! やからしげちゃんや!」

 

「しげちゃんかーここらへんの子?」

 

「母ちゃんの用事で夏の間こっちにいるだけやで? 今日が初日や」

 

「へー、そうなのか?」

 

 

 そう言って笑みを浮かべるまほ。

 

 みほも繁子に近寄ると釣竿を手渡してくる。どうやら自分のも姉のまほのようにしてほしいのだろう。

 

 すると、繁子はそれを快く受け取り同じようにしてあげた。そして、みほの釣竿もまほと同じように魚が釣れるようになる。

 

 

「ほんとに釣れたー!」

 

「しげちゃん凄いな!」

 

「せやろー? けどな? それだけやないんやでもっと魚をたくさん取る方法があってな…」

 

「なんだって! みほ! しげちゃんから教えてもらおう!」

 

「そうだね! お姉ちゃん! しげちゃん釣り名人だからね!」

 

「あははー、ウチの特技は釣りだけやないんやけどなー…」

 

 

 それから、みほとまほは繁子と仲良くなるまでにさほど時間はかからなかった。

 

 そもそも、繁子が泊まっているのが西住流本家である。二人はそのことにも驚いたがそれ以上に繁子と遊べる時間が増えることを喜んだ。

 

 ならば、西住流の屋敷で自然と顔を会わせるわけで夜には。

 

 

「よーし! まほりん! 夏の夜といえば!」

 

「え、えーと? 肝試し?」

 

「ちっがーう! ちゃうやろ! みぽりん!」

 

「あ! わかった! ホタルだね!」

 

「そうや! まずはホタルの提灯を作ろうと思うとるんよ!」

 

「それは凄いな! 面白そうだ!」

 

 

 こそっと夜に西住流の屋敷を抜け出してはこんな風に3人で工作を行い、楽しんだ。

 

 農家の畑に行けば、畑を手伝い天然のキュウリや野菜を貰い。田んぼの田植え、それに、服のまま川でも泳いだりして明子に怒られたりもした。

 

 けれど、3人で遊ぶ期間は夏の間。夏が終われば繁子は帰ってしまうことを二人は知っていた。

 

 

「こんなデッカいクワガタ虫がおったで!」

 

「うわぁ、すごーい!」

 

「…ほんとにおっきいな」

 

「さ、飛んでいきーや!」

 

「あ! 飛んだ!」

 

 

 田舎で過ごす楽しげな毎日。

 

 外に出れば農家から貰って来た野菜を使って料理もした。料理の腕もこの年で繁子は様になっている。もちろん格好は板前さんだ。

 

 繁子は二人に簡単に焼きそばを振舞ってあげた。

 

 フライパンをひょいひょいと転がすようにあげると具材が宙を舞った。野菜もそうだが、そばの麺は時御流本家から取り寄せた自家製である。

 

 調理はもちろん外に出てから火をおこす道具から鉄板やらも全て手作り。

 

 なんでもできる繁子の手伝いをしながら二人はたくさんの事を学んだ。

 

 

「…はぇ…」

 

「うわぁ…」

 

「何、間の抜けた様な声出してんねん。盛り付けるから手伝ってや」

 

「あ、あぁ」

 

「おいしそうだね! お姉ちゃん!」

 

 

 繁子が来てからの夏の思い出は数え切れないくらいある。

 

 いろんなことをした。怪我をした時は応急手当の仕方も教えてもらった。秘密基地の作り方も教えて貰った。

 

 そして何より、一番この夏に3人が思い出に残った事。それは…。

 

 

「戦車作っちゃったね」

 

「けっこう時間かかってもうたな」

 

「…あはは。私も戦車を手作りしたのは初めてだよしげちゃん」

 

 

 IV号戦車。

 

 戦車を作るのは初めてだったがちゃんと上手くできた。

 

 部品もちょっとずつくすねて、廃車になった戦車の部品などを貰い3人でこの夏に作り上げたのがこの戦車である。

 

 完成させるには幼い自分達が部品を集めるのに苦労した分時間がかかってしまった。

 

 けれど、何かこの場所に思い出として残せるものを3人で作り上げることができたと繁子は安堵する

 

 繁子は感慨深そうにそれを見つめると二人に話をしはじめた。

 

 

「良かったわ。帰る前に完成できて」

 

「え…?」

 

「しげちゃん…明日本当に帰ってしまうのか…?」

 

 

 残念そうな表情を浮かべるまほとみほ。

 

 なんでも作っちゃう繁子は二人にとって尊敬でき、そして、短い間だったが大好きな友人となった。

 

 夏に向こうに帰ると言っても今生の別れではない、いつかどこかで会うこともできるだろう。

 

 

「よし! 私! おっきくなったらしげちゃんとけっこんする!」

 

「…へ?」

 

「あ! みほ! ずるいぞ! しげちゃんは私のだ!」

 

「え、あの…ちょ、あのな? 二人ともウチは…」

 

 

 繁子は唐突にいきなりとんでもないことを口走る二人に度肝を抜かれた。

 

 敵の度肝を抜くのは時御流の十八番であるのだが、こればかりは繁子も予想だにしない事態だ。

 

 性別を考えれば普通に考えても無理だろう。おそらく二人は盛大な勘違いをしていることを繁子は察していた。

 

 繁子は女の子である。

 

 二人はそんな衝撃な事実はおそらく理解していないのだろうと繁子は感じた。確かに少年の様な格好でタオルを頭に巻いていればいくら髪が長いといえど男の子に勘違いをされても無理はない。

 

 とりあえず、二人がそんなこんなで喧嘩をはじめるので繁子は夏休み最終日に二人の仲裁に入ることになった。

 

 

 

 そして、別れの日。

 

 繁子は明子に連れられて電車にへと乗り込む、夏の間見慣れた外の風景とも今日でおさらばだ。

 

 発車する電車。綺麗な外の田舎の風景。ふと、まほとみほと最初に会った小川が目に入って来た。

 

 3人で遊びまわった場所、小川で飛び込んだり釣りをしたり、西瓜を割ったり挙げればキリがないだろう。

 

 

「楽しかったなぁ…」

 

 

 繁子はそんな夏の出来事を思い出す。

 

 すると、外に見慣れた戦車が1台止まっていた。それはまほとみほとともに作ったIV号戦車だ。

 

 そこから繁子は顔を出す、そこから顔を出す二人は繁子を見送ろうと手をめいいっぱい振っていた。

 

 

「しげちゃーん!」

 

「しげちゃーん! ありがとー! 私たち忘れないからねー!」

 

「あ…っ」

 

 

 繁子はその声に反応し、窓を開けて手を振りそれに応える。

 

 思わず涙が出そうになるのを右手で拭いながら笑顔を浮かべて二人に手を振りながらこう言った。

 

 

「また! またいつか! 二人とも元気でやるんやで!」

 

「あぁ! しげちゃん!」

 

「しげちゃーん、またいつか!」

 

「おっきくなったらけっこんだからなー!」

 

「せやから! ウチは男やなくておん…っ!って間が悪すぎやろ! 今発車するんかい!」

 

「おん?…なんだー!良く聞こえなかったぞー!」

 

「せやから、おんなー!ウチはおんなやからー!」

 

「ごめーん聞こえなかったー!」

 

「しげちゃーん! 手作りのボコ人形ありがとー」

 

「なんでや!?」

 

 

 

 電車の発車音と風に邪魔され大事なことが伝わらずにいる。しかしながら残念な事に電車は無情にも出発しはじめてしまった。

 

 みほは手に持っているボコ人形を掲げながら繁子に手を振る。まほもまた、両手を挙げて繁子を見送った。

 

 二人はIV号戦車から手を振り、繁子が乗った電車の姿が見えなくなるまでそこにいた。

 

 そして、繁子は二人の姿が見えなくなると電車の席にストンと座る。

 

 すると明子は優しく微笑み繁子にこう言った。

 

 

「お友達、できたみたいやね?」

 

「うん! 母ちゃん聞いてや!あのな!」

 

 

 これが、幼き日のまほとの邂逅。

 

 そして、時を経て二人は違う形で再会する事になった。

 

 黒森峰と知波単。

 

 二つの戦車道、名門高校同士という形で…。

 

 そして、2年後、さらにそこにもう一つの学校が加わる事になる。

 

 後に語られる事になるだろう。復活する名門三角時代。

 

 これがその序章だった。

 

 



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旧友との再会

 

 黒森峰女学園。

 

 この日、この場所で繁子はかつての旧友と対峙する事になった。遠い夏の日の思い出、二人は共にその思い出を忘れたことはない。

 

 戦車を作った事。自然の中で遊んだ事。妹と友人を取り合った事。

 

 彼女、黒森峰女学園の隊長にして幼き日の城志摩 繁子を知る西住しほの娘。西住まほはその旧友との思いがけない邂逅に唖然とせざるえなかった。

 

 

「しげちゃん…? やっぱりしげちゃんじゃないか!」

 

「どわぁ!」

 

「どうして黒森峰に! いや! それよりなんで知波単学園の制服なんか着て!どういうことなんだ!」

 

「あ、いや、あのな?」

 

 

 急に抱きついてくるまほにやられるがままの繁子。

 

 繁子とまほの身長差もあって妙に顔らへんにまほの自分よりもある豊満な胸が当たるたびに嫌がらせかと思うほどである。

 

 身長がちっさい分、繁子の身体は抱き抱えられたように宙ぶらりんだ。足が地面についていない。

 

 

「それに女生徒の制服…しげちゃんそっちの趣味があったのか?」

 

「やからなぁ…」

 

 

 繁子はこめかみをピクピクと震わせる。

 

 いや、夏の滞在中、遊んだ毎日の中で確かに繁子は少年のような格好しかしていない。彼女が未だに自分の事を男の子と思い込んでいても仕方ないだろう。

 

 しかも胸は…一応あるが、前に述べたように着瘦せする繁子の身体は綺麗なフラットに見えるわけでまほには繁子が女装しているように見えているらしい。

 

 別れの日にしっかりとカミングアウトしたつもりの繁子だったが、案の定、まほには自分が女ということは伝わっていない様だった。

 

 

「と、とりあえず場所変えよう? な?」

 

「あぁ! もちろんだとも! 私も話したいことがたくさんあったんだ!」

 

 

 繁子はとりあえず抱き抱えられたまほから降ろしてもらい、ひとまず場所を変えることにした。

 

 西住流を受け継ぐ西住 まほと時御流を引き継いだ城志摩 繁子。様々な家庭の事情を抱えた彼女達。

 

 そんな彼女達は再会を分かち合う為に黒森峰の学園艦の外にある海を一望できる場所へと足を運んだ。

 

 ここならば他の黒森峰の学生に見られる事もない。これまでの自分の出来事や繁子の事についてたくさん話をする事ができるだろう。

 

 

「本当に久しぶりだな、しげちゃん。身長は…あれ? 当時とあまり変わってない様な気がするが」

 

「うっさいわ! 伸びへんかったんや!」

 

「そうなのか? それはすまなかった。でもちっさいしげちゃんも私は好きだぞ」

 

「…えぇ…? ウチこう見えて結構、身長気にしてるんやで…? 高いところのものとか届かへんし」

 

「あははは、なるほど」

 

「…そういうこっちゃ」

 

 

 二人はそんな他愛の会話を交わしながら途中の自販機で買った缶コーヒーを飲む。こうして話をするのは何年振りだろうか。

 

 しかしながら、自然と立江や真沙子、永瀬達の様に繁子はまほと話をする事に違和感を感じる事はなかった。

 

 まほは時間が経つとふとこう話をしはじめる。

 

 

「しげちゃん、私は今、黒森峰女学園の機甲科で隊長をやらしてもらってるんだ」

 

「へぇ、一年生で隊長か! すごいやんか!」

 

「ううん、そんな事はないよ。すごいプレッシャーを感じてる。西住流は戦車道で最強、負けは許されないから…」

 

「…そっか…」

 

「うん」

 

 

 繁子は励ましの言葉をまほになんて掛けようかと一瞬だけ考えた。だが、考えて出した励ましの言葉なんて慰めにしかならない。

 

 これは西住流を背負うまほ本人の問題だ。だからこそ繁子は敢えて何も言わなかった。

 

 しかし、一言だけ、繁子はまほに話をしはじめる。これは繁子の亡き母、明子が言っていた言葉だった。

 

 

「けどな。まほりん、勝負に絶対はないよ。勝敗があるって事はいつかは絶対負ける様になってんねんって」

 

「…え?」

 

「うちの母ちゃんが言ってたんや。もう死んでもうたけどな。どんなに勝ったところでそれは成長には繋がらへん。挫折があって人は成長するて言うてたわ。けど…まぁ…」

 

 

 繁子はそこで一旦言葉を区切る。

 

 それは言わずもがな、繁子はまっすぐに鋭い目つきをまほへと向けた。その負けをつける壁、その存在は己が目の前にいる事をまるで知らせる様な言い回し方であった。

 

 現在の戦車道の主流、西住流の撃破は時御流の悲願。

 

 

「その挫折はウチらが味わさせたる。西住流の黒星はウチらが付けるで」

 

「!?」

 

 

 その繁子の一言に西住まほは固まった。そう語る繁子の目は本気の眼差しだったからだ。

 

 島田流、西住流を共に撃破してこそ繁子は母、明子との約束を果たす事ができるものと信じている。

 

 だが、これはあくまで繁子の勝手な意思だ。自分が時御流が好きだから時御流で戦車道を極めると決めているからこそ、彼女は時御流が強いと証明したい。

 

 

「ウチは自分が勝ちたいから戦車道をやっとる。ウチは時御流を使って西住流、島田流ひっくるめてみんなぶっ倒したいんや、そう死んだ母ちゃんに誓うたからな」

 

「……………」

 

「まほりん、それがあんたでもウチは容赦せんよ。やるからには全力や、本気やから好きになれる。戦車道だけに限らず全部に通ずることや」

 

 

 繁子の言葉にはそれだけの凄みがある。

 

 戦車だけでなく全てのものを1から作る時御流。時御流が職人と呼ばれる由縁はどんなことにも身体を張って全力で挑むからだ。農作業だろうが建築だろうが釣りだろうが何から何まで。

 

 だからこそ、繁子の言葉にはまほが納得させられる何かがあった。彼女は繁子の言葉に静かに頷く。

 

 

「そうか…」

 

「せや、やからまほりん、次会う時は全国大会の決勝でや、最強西住流はウチらが倒す」

 

「ふふ、面白い。ほんと…しげちゃんといると退屈しないな」

 

「ほら、西住流云々関係あらへんやろ? ウチらと白黒つける為、それまで一敗も負けずに決勝まで上がってくる。どうや簡単やろ?」

 

 

 そう言って繁子はにっこり笑いまほにそう告げた。

 

 繁子の目標の一つ目はまず前にいる西住まほを倒す事。繁子は西住まほと自分達、どちらの戦いが上かを証明し時御流が西住流を破る力がある事を周りに知らしめるのが目標。

 

 そんな事を言われては西住流を受け継ぐまほとて黙ってはいられないだろう。

 

 

「あぁ、しげちゃんと戦うまで私は誰にも負けないよ、西住流の…いや、西住流関係なく私が負けたくない」

 

「ふふ、言うやんか」

 

「そりゃそうさ。だってしげちゃんは…私の目標だからな」

 

 

 そう告げたまほの顔つきは晴れ晴れとしたものだった。

 

 西住流などはもはや関係なしに彼女は好敵手を見つけた。それは目の前にいるこの小さな少女、城志摩 繁子だ。

 

 やるからには全力で互いに出せるもの使えるものを全て使い戦う。それが彼女達の戦車道。

 

 互いに笑みを浮かべる二人は並んで学園艦から見える海を眺める。

 

 そして、まほは前から気になっていた事を話し始めた。それは昔の繁子に別れ際に言った言葉を含んだものだ。

 

 

「そう言えばしげちゃん…」

 

「ん…? なんやまほりん?」

 

「昔言っていたけっこんするってのはどうなったんだ?」

 

「アホか!? ウチは女の子やって言うたやろ!!」

 

「えぇ! しげちゃん女の子だったのか!?…てっきり男の子とばかり…」

 

「今更かい!? てか落ち込む事か!」

 

「だって! 私の! 私の初恋だったんだぞ!」

 

「知らんがな…。ウチは女の子やってあんだけ言うたやん…」

 

「聞いてない!!」

 

「聞いてないやのうて聞こえてへんかったんやろ」

 

 

 繁子はそう言って苦笑いを浮かべながらまほにそう告げる。

 

 小さい時の思い出を未だに覚えている事にもびっくりだが、なんというか普通は自分の女子高生の制服姿を見れば察する事が出来る筈なのである。

 

 やはり、胸の発育が足りないのか、それとも身長が足りてないのかどちらにしろ繁子にはなんとも言えず虚しさだけが残った。

 

 下手をすれば真沙子辺りから。

 

『リーダー!かなりまな板だよ!これ!』

 

 とか言われそうな気がしてきた。そう考えると少年のように遊んだ幼少期にはもっと女の子らしい格好や女の子らしさを出しとくべきだったなと繁子は今更になって思う。

 

 

「ま、そういうわけや、ウチは知波単でまほりんの黒森峰と戦うよって」

 

「うん、わかった。しかし残念だな、しげちゃんといっしょに戦車道をやれればきっと負けなしだろうに…」

 

「…いや、まぁ、そりゃそうやけどそれじゃ面白う無いやろ?」

 

「うん…」

 

「なんで落ち込むんかなぁ、わかった!わかった! ウチもまほりんと戦車道やれたら楽しいとは思うよ!」

 

「ほんとに!?」

 

「うん、まぁ形はちゃうけどこれも一つの戦車道の形やろ。いつか共闘する事もあるかもしれへんしな」

 

「そうなったらうれしいな」

 

「目がキラキラしとるね、一応ウチ、まほりんのライバル校なんやけど…」

 

「関係無いさ、しげちゃんと戦車道出来るなら楽しいに違いないからね」

 

 

 そう他愛のない会話を繰り広げながら缶コーヒーを口の中に入れて、一気に飲み干す繁子。

 

 そして、繁子は飲み干したコーヒーを捨てるとグッと手を掴んだまま背筋を伸ばしストレッチをする。

 

 すると、しばらくして、そんな繁子の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

 

「おーい! リーダー!」

 

「やっぱり誘拐されたんじゃ無い?」

 

「いやー…あ、でもリーダーならあり得るか」

 

「ぐっちゃんに連絡入れとく?」

 

「多分、カンカンに怒ると思うよー?」

 

「だよねー、やめとこうか」

 

 

 本気で自分を探しているのか全く不透明な二人の会話のやり取りが聞こえて来た。

 

 もうちょっと本気で探せと繁子はツッコミを入れたくなるが、とりあえず、これ以上二人に心配をかける訳にはいかないだろう。

 

 しばらくすると自分の姿を見つけたのか二人がこちらに手を振りながらやって来た。

 

 

「あいつらほんま…はぁ…」

 

「しげちゃんの友達?」

 

「同門の…まぁ、そんなところや、薄情な奴らやろ?」

 

 

 繁子はそう言いながら駆けてくる二人を親指で指差しながらまほにそう告げる。

 

 そんな繁子の言葉にまほはクスクスと笑いながらスッと踵を返した。おそらく、自分がここに居たら気まずくなると気を使ってだろう。

 

 それにまほも黒森峰の隊長だ。この後は機甲科達の戦車道の特訓も控えている。

 

 

「それじゃ私は行くよ、じゃあまた、しげちゃん」

 

「あぁ、また会おうな、まほりん」

 

「当たり前さ」

 

 

 そう言いながらその場から立ち去って行く西住まほの後ろ姿を見送る繁子。

 

 そして、丁度、そのタイミングで真沙子と多代子の二人が息を切らしながら繁子の元へとやってくる。

 

 繁子の元にたどり着いた真沙子と多代子は居なくなった繁子に軽く怒った様にこう話をしはじめた。

 

 

「もう! リーダー勝手に居なくなったらダメじゃんよ!」

 

「心配したんだよ!」

 

「嘘こけ、ほとんど本気で探しとらんかったやろ?」

 

「あ、ばれた?」

 

「いやー、リーダーってどこにいてもなんだかすぐわかりそうだからさ〜」

 

「なんやそれ!?」

 

「っていうかさ、リーダー。さっき話してた女の子って誰なの?」

 

「あぁ、あの娘は…」

 

 

 繁子は黒森峰の隊長と言いかけた言葉を止めた。

 

 いや、黒森峰の隊長云々は関係無い、自分にとって彼女は間違いなく、昔のままの旧友であり今はライバルだ。

 

 言葉を区切った繁子はしばらくして二人にこう告げる。

 

 

「ウチの昔からの大切な親友や」

 

 

 そう言って、繁子はにっこりと笑みを浮かべてジャンプして二人の肩を軽くポンと叩くと先ほどまほが歩いて行った逆の道を歩き始める。

 

 互いに動き出した戦車道。止まっていた時が動きだす。

 

 二人が再び再会する時は戦車道全国大会その時だ。

 

 

「あ、ちなみに黒森峰から貰った部品とか運搬車に積み込むのまだだからリーダー手伝って!」

 

「まだ積み込んでなかったんかい!」

 

「いやー、リーダーさがしてたからさーごみんごみん」

 

 

 繁子達の戦車道はようやくスタートラインに立ったばかりである。

 

 そして、繁子達の乗った運搬車が黒森峰から発進したのはそれから数時間経った後だった。

 

 時御流の戦車道の道のりは長く険しいものである。

 

 

 



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戦車を作ろう!

 

 西住まほとの再会からしばらく経ち。

 

 繁子達は早速、集めた部品を用いて知波単学園の整備科、機甲科関係なく総動員し、自作戦車の製造に着手する事になった。

 

 いよいよ時御流の本領発揮である。

 

 現在、繁子達はブリーフィングルームにて全員で集まり各方面から集めた資材をなんの用途に使うかを考えている。

 

 戦車名門校、黒森峰にプラウダ。

 

 この学校から集めた資材や部品があれば、繁子達にはある程度の物は作れてしまうだろう。それだけに彼女達は何を作るかワクワクが心の底から湧いて出てきていた。

 

 

「さて、何から作るかやね」

 

「軽戦車かな? やっぱり」

 

「やっぱり機動力はいるからねー」

 

「決まりやな!」

 

 

 そう言って、繁子は立江達の意見合意に頷く。

 

 本来のチハの性能も他の戦車があればより引き出すことができるだろう。よって、繁子達は今回は軽戦車の開発を進める事にした。

 

 軽戦車の機動力があれば素早い戦術が組めるし、また戦術や繁子達の戦車道の幅がひろがる。そうなれば、時御流の力を存分に発揮し知波単学園を勝たせる事ができるだろう。

 

 何を作るかは決まった。後は有り余る持って来た材料を使ってなんの軽戦車を開発するかだ。しかしながら、この時、繁子にはある戦車の案があった。

 

 話し合う繁子に知波単学園のメンバー達はそれぞれ訪ねる。

 

 

「ねぇ? リーダー? それで私達は何作ればいいのかな?」

 

「そうだ、機甲科も協力して作るのだからもちろんそれなりに優秀な戦車なんだろうな?」

 

「ぬふふ…。みんな聞いて驚かんでな?…それは! これや!」

 

 

 繁子はそう言って、バン! とブリーフィングの机の上に設計図をおいた。

 

 時御流は古今東西、あらゆる設計図を網羅している。それは、その設計図を持っていれば自家生産が可能であるからだ。

 

 時御流は没落した流派であることは間違いない事実だが、戦車の製造や建築にかけては超一流。

 

 繁子の実家、時御流本家は割とそういう意味では金銭面に関して困窮している訳ではない。

 

 時御流全盛期時代。繁子の母、明子は戦時中未完成の戦車を含め、全ての戦車を己の手で作り上げたという逸話を持っているのは有名な話である。

 

 話は逸れたが今回、繁子が持ってきた設計図もまた実家から取り寄せた設計図の一つだ。

 

 

「おぉ!?」

 

「どや! 凄いやろ?」

 

「ちなみにこれってなんの戦車なんだ?」

 

「…ってわからんのかい!?」

 

 

 そう言って、机の上にある設計図を見て首を傾げる一同。

 

 繁子が設計図を出した時に挙げた声はなんだったのか…。どうやら、流れ的にみんながみんな言ってみただけのようである。

 

 ズルッとずっこける繁子。永瀬達もこれには思わず苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

 チハしか今まで使っていなかった学校であるからして仕方ない部分はあるのだが、それにしても日本が誇る戦車に関してもうちょっと知っておいてほしかったというのが繁子達の率直な気持ちだ

 

 だが、気を取り直して繁子の代わりに立江が皆の前に出るとこの戦車、軽戦車についての話をしはじめた。

 

 

「五式軽戦車 ケホ。これがこの戦車の名前です。辻隊長」

 

「ケホだと? あまり聞いたことはないが…」

 

「当時、戦時中は製造されたのは数量くらいやったからな。けど時御流のウチらにかかれば一度、完成した戦車なら作り上げることは容易やで。まぁ、未完成の戦車でも完成までの過程を作り上げるんやけどな」

 

「なんと…。それなら、敵も私達の戦車の対策が分からない内にうまく展開を運べるんじゃないか!?」

 

 

 辻は目を輝かせ繁子にそう告げる。

 

 その通り、繁子の乗る戦車も今回のも戦時中には設計図のまま完成まで至らなかった戦車。または、完成しても十分な活躍を得られなかった戦車などだ。

 

 製造途中で日本が戦争に負け、製造中止された戦車達。繁子はそんな戦車達の性能に目をつけ製造をする事を決めた。

 

 

「ご名答。そう、この私達が乗る四式中戦車も言ってみれば戦時中未完成だった戦車。だから私達が乗って活躍の場を与えてあげるのよ」

 

「なんだか、ロマンがあるな…ちなみに『つれたか丸』とやらは…」

 

「あれはウチらが単なる趣味で作ったやつや、あるだけあれば水陸両用やし戦術にも幅が広がるでしょう?」

 

「なるほどな…」

 

 

 辻はスパナを持っている手を組みながら立江と繁子の話に納得した様に頷く。

 

 こうして、製造する軽戦車は決まった。

 

 その名は五式軽戦車 ケホ。

 

 ケホの車体は、最大装甲厚20mmの装甲板を溶接により組み立てたものである。

 

 外形は九八式軽戦車の車体に酷似しているがそれよりわずかに大きい。

 

 しかしながら九八式軽戦車とは違い、この車体上部に、九七式中戦車 チハ改や一式中戦車 チヘ、もしくは試製九八式中戦車 チホの物に似た砲塔を搭載しているのが特徴だ。

 

 主兵装としては『試製四十七粍(短)戦車砲』これを主砲に使っている。

 

 戦時中の日本の軽戦車の中では最高の性能を持っていたと推測されるもので、九八式軽戦車 ケニ、二式軽戦車 ケトの設計を継いだ発展型戦車である。

 

 とりあえず繁子達の目標としてはこのケホを3台ほどの製造を考えているところだ。

 

 

(まぁ、普段から突撃ばっかしとる人達やからこの戦車は割りかし合っとるかもしれへんな)

 

 

 繁子は内心で製造に取り掛かるみんなの姿を見ながらそう頷く。

 

 これだけでは辻達の突撃戦術に幅を持たせただけの気がする。鬼に金棒なのか、焼け石に水なのかは定かではないが…。

 

 しかしながら、もちろん繁子達が製造しようと考えているのはこれだけではない。

 

 ケホの他にも繁子は並行して作ろうとしている戦車が存在していた。

 

 それは…。もちろん、対黒森峰の最終兵器に匹敵する重量戦車の製造である。

 

 

「しげちゃん、やっぱりオイ車作るの?」

 

「重戦車はいずれ必要やからな。作るで、ケホと並行してな」

 

「黒森峰のマウスに対抗する為?」

 

「ま、そんなところや」

 

「台数は?」

 

「2台ほどやな」

 

 

 繁子はそう言って、隣に来た立江にそう淡々と告げた。

 

 繁子のその言葉を聞いていた立江はその信じられない言葉に目を見開く。

 

 オイ車とは大日本帝国が誇る未完成だった超重戦車。大イ車、ミト車とも呼ばれる、ドイツが誇る超重量戦車マウスに引けを取らない超大型戦車だ。

 

 そもそもこの繁子が製造しようと考えているオイ車。ドイツの超重戦車マウスに刺激を受けて大日本帝国が極秘裏に開発した戦車である。

 

 主砲に野戦重砲である九二式十糎加農の改修型を搭載、副砲としては一式四十七粍戦車砲を搭載している。

 

 さらにそこに、九七式車載重機関銃1挺をそれぞれ別の前部砲塔に装備した、合計3個の砲塔をもつ多砲塔戦車で、また後部に同機関銃2挺を設置。

 

 装甲厚は砲塔前面・側面・後面は両方とも200mm。車体前面が200mm。

 

 車体側面35mmと75mm。車体後面150mm。そして、車体上面30mm、車体底部20mmで構成されている。

 

 総重量は120tあるいは140t。極めて重い車体を支えるために新型懸架装置が開発されたとされる。覆帯幅は『日本の戦車』では750mmとなっている。

 

 だが、この戦車の欠点はこの重さ。

 

 直進しただけでこの戦車は無限軌道が自重で沈み走行ができない。

 

 さらに不整地試験では、この100t戦車は旋回するだけで車体が沈み腹部が地面につっかえて断続的な旋回しかできなくなり、走行中に下部転輪が次々と脱落した。

 

 この事を踏まえてから結局、オイ車の実戦投入は困難とされて廠内倉庫にシートをかけられて放置されていたが、1944年にバーナーで寸断解体される。

 

 しかし、そんなオイ車の設計図は時御流が保護し、複製、第二次大戦中の部品を用いて独自の開発工夫と改良に改良を重ねて新たな設計図を制作した。

 

 装甲に厚みを増し、重量はなるべく軽減する様に工夫と改良を重ねて。100t型の超重量戦車に変貌。

 

 これが、現在、時御流にて実戦ができるオイ車の完成品である。

 

 

「無茶な…っ! あんたあの戦車作るのどんだけ大変か知ってんでしょ!?」

 

「知っとるで?」

 

「ならっ!」

 

「けどな、オイ車一台でマウスに太刀打ちできるかは正直わからへん、実際はマウスの方が機能的に上やろうからな」

 

「う…っ。そりゃそうだけど…けど100t級戦車を二台ってあんた…」

 

「オイ車はオイオイ作らなあかんからしゃあない。オイ車だけにな」

 

「おーい誰かハリセン持ってないー?」

 

「いだだだだだ! 冗談! 冗談やから! こめかみはやめて!」

 

 

 繁子は立江からアイアンクローされたまま持ち上げられる。身長差がある繁子は足が地面から浮くとと宙ぶらりん状態だ。

 

 確かに重量戦車も必要であるのは立江にもわかるが、繁子が作ると言っているのは改良した超重量戦車である。

 

 馬鹿でかい上にくそ重い戦車。ロマン砲どころの話ではない。そんなものを二台作るぞと言い始めておまけに寒い駄洒落を言われれば、アイアンクローもしたくなると言うものだ。

 

 しかしながら、繁子にはもう一つ案があった。

 

 それは、日本の重戦車を捨て、外国産の超重量戦車を製造で作る事だ。

 

 

「ま、まってや、ぐっちゃん、もう一つ案があんねん」

 

「ふざけた案だったら卍固めだかんね、リーダー」

 

「いや、この案やと戦車一台で済むで?」

 

「何よ、最初からマシな案があるんなら言いなさいよ、もう」

 

 

 そう言って立江は安心した様にホッと一息ついた。

 

 オイ車二台は作れない事は無いが、なんせデカすぎるし重すぎる。それなら一台で済む方が良い。

 

 だが、次の瞬間、繁子が言った案は立江の思惑のはるか右斜め上空を通過する様なとんでもない提案であった。

 

 

「やったら、ラーテ作ったらええやん」

 

「は?」

 

「せやから、ラーテ。あれやったらマウスにも勝てるやろ」

 

 

 瞬間、繁子の言葉を聞いた立江の身体が硬直した。

 

 ラーテ。第二次世界大戦中にドイツで計画された超巨大戦車。

 

 超重量戦車ではない。超巨大戦車である。

 

 ドイツが作る超重戦車としては、重量188tのマウスや140tのE-100が知られている。

 

 だが、この繁子の言っているラーテの規模はこれらの超重戦車をはるかに凌ぐ、重量約1,000トン、全長35m、全幅14m、高さ11mといった桁違いの超重量戦車。

 

 当時、シャルンホルスト級戦艦の主砲塔である28cm3連装砲から中砲を省いた2連装砲塔を搭載する予定だった戦艦戦車である。

 

 砲塔および車体上面装甲は最低でも180mmに達し、側面および正面装甲も同様に350mm以上を想定したバケモノ戦車だ。

 

 なお、繁子の母、明子はこれを超える戦車をも作った事があるのだが…。

 

 もはや、このレベルの戦車を作る時御流の職人レベルとなると繁子の母、明子の夢である戦艦大和の46cm砲塔を積んだ戦車を作る事も正直な話。不可能なレベルでは無い気もする。

 

 そして、繁子の言葉を聞いた立江は理解した。確かに、オイ車を2台作るのは大変だろう。

 

 しかしながら、そんなバケモノ戦車を作るとなるとそんな次元の話ではない。むしろ学園艦が傾く事態になりかねない。

 

 というよりそれは自分達の乗る学園艦を本気で殺しにかかっていると言っても過言ではないだろう。

 

 

「え? ラーテ作るの?」

 

「どのレベルから作る?」

 

「やっぱりさ、シャルンホルストの砲身取ってくるところからじゃないかな?」

 

 

 しかし、この時、立江の側にいた真沙子、永瀬、多代子は繁子の話を聞いて割と本気で超巨大戦車ラーテの製造を考え始めてる。

 

 これ以上は不味いと立江も察していた、誰かが止めないと下手をすればP1500 モンスターまでランクアップするかもしれない。

 

 そうなれば戦車道じゃなくて学園戦車なんてものが出来上がりかねない、非常事態である。

 

 仕方ないので立江は顔を引きつらせた笑みを浮かべると繁子の肩をポンと叩きこう告げる。これ以上はいけない。

 

 

「とりあえずオイ車二台にしとこうか!しげちゃん」

 

「ん〜…ラーテやったら1台で済むんやけど…せやね!今回はそうしようか!」

 

「えー…!ラーテは〜?」

 

「んなもんどこで使うんのよ! アホか!」

 

「ぐっちゃんのいけず〜」

 

 

 立江の強引な説得に答える繁子。

 

 そんな説得を傍で見ていた真沙子、多代子、永瀬は残念な表情を浮かべて拗ねる。本人たちはどうやら変なスイッチが入ってしまっていた様だが立江はそれを阻止した。

 

 仕方ないので真沙子、多代子、永瀬はとりあえず現在、製造中のケホの製造作業に戻った。

 

 そして、繁子と立江もスパナと工具を取り出して整備科の人間を何人か引き連れてオイ車の製造に着手しはじめる。

 

 

「さてとやるか」

 

「全国大会にまで間に合わせないとね!」

 

「急ピッチで進めなな!」

 

「了解! リーダー!」

 

 

 早速、戦車の製造に取り掛かる知波単学園の者達。全国大会に向けての戦力増強。はたして、繁子達が作る戦車達は活躍するのか否か。

 

 集めた材料と元からある学園の資材を使い、戦車の製造をしはじめる繁子達の心が皆一つになり一つの物を作り上げる。

 

 超重戦車と軽戦車の製造ははたして、全国大会に戦車作りは間に合うのか。

 

 それはまた次回に続く。

 

 



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辻つつじの戦車道

 

 いよいよ始まった知波単学園の戦車製造。

 

 対黒森峰、名門校に対抗する為、繁子達は来るべき戦車道全国大会に向けて準備を行っていた訳なのだ。

 

 そして、新たに製造する戦車達を製造中の繁子達はというと…?

 

 

「とりあえずオイ車とケホ車はこのままやったら戦車道全国大会までにはできそうやね」

 

「私らの一回戦はどこだっけ?」

 

「ヴァイキング水産高校だったよ確か」

 

「スウェーデンの戦車が主体の…学校だっけ?」

 

「Strvm/42とかやね、ラーゴ戦車とかが主戦の学校やないかな?」

 

 

 戦車道全国大会の相手について、戦車を製造中の車庫で立江達と会議を行っていた。

 

 というのも、今回製造中のオイ車2両、ケホ3両の製造過程、または、仮想敵として黒森峰やプラウダという強豪についての対策を練るためである。

 

 今後の方向としてオイ車とケホ車の製造は決めてはいるのだが、彼女達の中にはどうしても拭いきれない違和感のようなものがある。

 

 ひとまず、一回戦であたるヴァイキング水産高校についての繁子達、知波単学園側が導入する戦車についてはある程度は目星はついていた。

 

 

「ふーん、ま、それなら一回戦はオイ車はいらないわね、ケホ3車両とチハ、四式中戦車で行きましょ」

 

「賛成〜」

 

「ま、オイ車は対マウス用の決戦兵器やからな」

 

「そうね」

 

 

 繁子の言葉に頷く立江。

 

 そして、戦車道全国大会一回戦で導入する戦車を挙げて皆に同意を求めた真沙子は次に繁子に対してこんな提案を挙げてみた。

 

 会議にて上で挙げた仮想敵を想定した真沙子が出した提案。その提案とは。

 

 

「少し軽量の重戦車の所有も視野に入れといたほうが良いんじゃないかしら?」

 

「…ん? オイ車があるのに?」

 

「そうよ、正直、オイ車だけしか戦力が心持たないでしょ? 黒森峰はヤークト持ってるし一両くらいはあったほうが絶対いいと思う」

 

「しかも、パンターG型にエレファント。高性能な重駆逐戦車もたくさんあるわ。正直な話オイ車だけじゃキツイかもね」

 

「なるほどなぁ…見直しが必要やなそれは…」

 

 

 真沙子、立江の言葉に作業服を着ている繁子はスパナを持ったまま頷き納得する。

 

 確かに時御流、オイ車は強力な戦車である事は間違いない、だが、それだけではドイツ戦車主戦の黒森峰には到底性能差でどうしても差ができる。

 

 正直な話、自家製造だけでは無理なところがあるだろう。なら、どうするか?

 

 

「…火力ならまぁ、良い手が思いつかない事もないかな?」

 

「ん…? なんや真沙子、心当たりがあるんか?」

 

「まぁね、チハ戦車自体を改造するのよ、チハの車体を解体、改良して二式砲戦車の車体にしてから三式中戦車チヌ、もしくは一式中戦車チヘなんかに改造するの」

 

「なるほどな、そりゃ確かに火力が上がるし戦力増強も可能やな」

 

「これでようやくプラウダ高校クラスくらいに肩を並べるくらいには戦車は揃うと思うわ」

 

「うん、その案はとりあえず採用の方向に考えといてもええやろ。チヌ、チヘなんかの中戦車は必要な戦力や 」

 

「けど、車体自体は二式砲戦車にしてからチヌ、チヘだから…まぁ手を加えるところが多いかもね」

 

「腕の見せ所やろ?」

 

「そう言うと思った」

 

 

 真沙子と立江の話を聞いていた繁子のその言葉に多代子はやれやれといった表情を浮かべ仕方ないとため息を吐く。

 

 こうして、繁子は真沙子と立江の案を採用し、でとりあえず、オイ車、ケホのついでにチハの改造を決行する方向で今後の方針を固める。

 

 だが、ヤークトやパンターに対抗するにはまだもの足りない気がする。

 

 ここで、方針をある程度固めた繁子は辻を含めた全員に声をかける事にした。それにはある意図がある。

 

 辻を含めた知波単の生徒達はひとまず製造作業を中断し、繁子達の元へと一度集合した。

 

 

「なんだ? 繁子、話とは?」

 

「んー…まぁなんや、ちと言いにくいんやけど…」

 

「どうしたの? しげちゃん? もったいぶらずに言いなよ〜」

 

「なんか問題があったのか?」

 

 

 製造中の戦車の作業を止めて皆を繁子が集めた理由を問う隊長の辻。

 

 繁子はある覚悟を決めていた。それは、全国大会が始まってからの戦車製造という提案である。こればかりは苦肉の策というところで繁子は皆に話をし辛かった。

 

 というのも、戦車道の試合には体力ももちろん使う、その上での戦車の製造となれば肉体に掛かる疲労は取れづらくなるだろう。

 

 コンディション的な意味では試合に万全に臨めない可能性だって出てくるわけだ。

 

 ケホ、オイ車、チハの改造は戦車道全国大会までにはどうにかなる。

 

 が、しかし、仮想敵黒森峰を考えるとなればヤークトティーガー、パンター、エレファントといった黒森峰の重駆逐戦車を倒す戦力が必要だ。

 

 繁子はこの事を素直に隊長の辻に話した。つまるところ、こちらもあと1両でも良いので対重駆逐戦車が必要なのではないかという話なのである。

 

 

「…うん…。そうだなぁ…」

 

「戦車道全国大会期間中での戦車製造は…その…お話した通りで皆の身体に負荷をかけてまう可能性があるからどうしようかと思うとるんですよ」

 

「確かに、戦車道の大会期間中の戦車製造はねぇ?」

 

「今でもなかなか大変なんだけど、今のケホ車製造やらの製造に加えて更に上積みなわけでしょ? チハを改造、改良するまではわかるんだけどね、しげちゃん」

 

「だが、繁子や立江達が言う様に今のままでは黒森峰に苦戦は必須だろうな」

 

「せめて1両だけでもあればだいぶちゃうとは思うんですけどね?」

 

「というか…チヌやチヘなら対抗できる気もしない訳ではないが…」

 

「一応、案としては試製新砲戦車ホリの製造を視野に入れて考えとります」

 

「試製新砲戦車ホリか…成る程、確かにあれならヤークトにも匹敵する戦車ではあるな」

 

 

 試製新砲戦車ホリ。

 

 ホリ車は前面125mmの強固な装甲、側面装甲は25mm。

 

 ホリIは側面形がドイツ陸軍のエレファント重駆逐戦車に類似しており。またホリIIはヤークトティーガーに類似しているのが特徴である。

 

 残念ながら今回は時間が限られているので急ピッチで戦車製造を進めなければならないため、繁子達が考えているのはホリIIのほうを1車輌のみの製造である。

 

 だが、これもあくまで案の一つである。正直な話。この戦車を1両作り上げるのに辻達の力を貸してもらう必要がある。

 

 繁子達の見立てでは作業終了予定の目処はおそらく戦車道全国大会が二回戦終了したあたりくらいになるであろうと予想されるだろう。

 

 彼女達に身体的な負担を強いる事になるこの案が果たして正しいのか繁子にもわからない、だからこそ、繁子は敢えて辻達にそのことを伝えた。

 

 

「あとはまぁ…チヌ、チヘ、ケホ、チハとうちらのチトで頑張ってなんとか残りの2輌の重駆逐戦車を潰さなあかんやろうね」

 

「なかなかに至難な業になるだろうな副隊長殿」

 

「そこは身体張ってやるしか無いと思いますわ。オイ車二輌使ってマウス潰しに行くんやからしゃあないです」

 

 

 

 繁子はそう言って、辻に苦笑いを浮かべそう告げた。

 

 あくまでも知波単の隊長は辻である。繁子もまた辻を尊敬しているし、辻もプラウダ戦や繁子達の戦車道を通して彼女達を信頼している。

 

 その甲斐があり、現在では知波単学園の副隊長には辻が直々に繁子を指名していた。

 

 これには流石に二年生の先輩からの反発もあると辻は覚悟をしていたが、時御流を引き継ぐ繁子の実力や戦車道への姿勢からか彼女達はすんなりと繁子の副隊長就任を受け入れてくれた。

 

 それは愛されるマスコット的な繁子自身のキャラもあるのだろうが、何よりも大きかったのは『プラウダの天王星』のジェーコとの一騎討ちがあったからだろう。

 

 それに、ライバル校の黒森峰は一年生の西住まほが隊長を務めている。こういった背景から一年生の繁子が副隊長に就任するのを誰一人として咎める者はいなかった。

 

 ちなみに余談であるが、辻と繁子の参謀は立江が務めているのを加えておこう。

 

 

「とりあえずホリ車はひとまず考えましょう」

 

「私達なら心配無用だぞ? 知波単の流儀は月月火水木金金だ。根性なら何処の高校にも負けない自負がある」

 

「けど…」

 

「立江、繁子。私達が心配なのはわかる。けどな、私達三年生は最後の戦車道全国大会だ。やれる事は全てやっておきたいんだ」

 

「辻隊長…」

 

 

 隊長である辻の言葉に涙目になる機甲科、整備科の生徒達。

 

 今年こそは知波単学園の力を証明してみせる。そんな気概とそしてこの学園で三年間戦車道に力を注いできた辻の言葉は皆の心に響いた。

 

 勝った時は喜び、負けた時は悔しさで涙を流した事だってある。

 

 だが、辻は今年、チャンスを得る事が出来た。繁子達が入ってくれた事でこの学園の戦車道の在り方に変化を起こしてくれたからだ。

 

 名将、ジェーコが率いる古豪プラウダ高校。

 

 大洗、知波単に代わり戦車道の実力を伸ばし名門校として台頭しつつある聖グロリアーナ女学院。

 

 大量の資金で戦車の戦力を大幅につけてきたサンダース大学付属高校。

 

 今年の名門校ダークホースの一角と呼ばれる継続高校。

 

 資金的に貧しいながらも近年好成績を残しているアンツィオ高校。

 

 強力なフランス戦車を率いるマジノ女学院。

 

 

 これらの他にも強力な高校は数多くあるだろう。だが、しかしこれらに勝って勝ち上がらなければ頂には届かない。

 

 辻の目標はあくまでも全国制覇。

 

 そして、その前に立ち塞がるは巨大な壁。ベルリンの壁の如きそれに彼女達は戦いを挑まなければならない。

 

 全国制覇が常の絶対王者。黒森峰女学園。

 

 ここを倒さなければ辻の夢は夢のままで終わってしまう。

 

 

「だからみんな力を貸してくれ、頼む」

 

 

 辻は見てみたい。知波単学園の優勝をこの目で。

 

 先人の先輩達が預けてくれた隊長という役目。自分はこの学園の突撃して潔く散るという伝統に誇りを持っていた。

 

 けれど、戦車を己の手で修理したり作っている今、彼女はその伝統に付き合わされる自分達の戦車達に身近に触れて気づいた事がある。

 

 それは、戦車達に残る傷跡が示した分の無茶な突撃の数だ。

 

 自分の戦車が泣いている気がした。伝統は確かに受け継ぐべき大切なものだ。けれど、ただ突撃してむやみやたらに戦車を粗末にする戦い方は戦車道として正しいのか。

 

 先人の先輩達がいう「突撃して潔く散る」というのはその時が来てから初めて突撃をして一か八かで勝負を決する事ではないのか。

 

 繁子達が入って来て、気づかされた事。

 

 戦車を愛して、戦車が応えてくれる戦い方、決して突撃するだけで散るだけでなく、その散りざまが意味のある。勝利に向けての礎を築くものとする事。

 

 

「当たり前じゃないですか、辻隊長」

 

「私達は隊長について行くって決めてるんですから」

 

「ウチらもですよ、隊長。勝って優勝しましょう!」

 

「…お前達…」

 

 

 辻の目からは思わず静かに涙が溢れた。

 

 辛い道だとわかっている戦車道全国大会中の戦車製造。それでも、彼女達は辻の言葉に賛同してくれた。

 

 整備科は壊れた戦車の修理もあるだろう。機甲科は試合で疲れた身体の中、体力を絞り出して戦車を製造しなくてはいけない。

 

 だけど、彼女達には迷いは無かった。それは単純に辻の元で知波単を優勝に導きたいからだ。

 

 

「うっ…! …グス…あ、ありがとう…っ!」

 

 

 辻はそう言ってみんなに頭を下げた。

 

 同じように彼女と同学年の女生徒達も皆に頭を下げて御礼を述べる。きっと熾烈な戦いが続く筈の戦車道全国大会。

 

 彼女達は整備科、機甲科関係なく。心が一つにまとまった。この隊長を優勝させてやろうと。

 

 繁子もまた同じような気持ちである。だからこそ、ここから、きっと現在も未来の知波単学園がより強くなるだろうと予感がしていた。

 

 

「さっ! 辛気臭いのはここまでや! みんな!頑張ろう! 作業終わったらみんなで焼肉でもしようや!」

 

「さっすがしげちゃん!」

 

「よーし! それじゃみんな! やるぞー!」

 

「「「おー!!」」」

 

 

 永瀬の掛け声に応えるようにスパナを掲げる知波単学園の生徒達。

 

 繁子達が初めて戦う戦車道全国大会。

 

 辻つつじという隊長と知波単学園のみんなの心をまとめた繁子達。そのステージに立つ彼女達の快進撃はあと数ヶ月で幕を開けようとしていた。

 

 

 



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戦車道全国大会(一年生)編
戦車道全国大会開幕日 1


 

 

 戦車道全国大会。

 

 各学園の強豪戦車が集うこの大会。各チームが己の力を振り絞って戦い、戦車道の頂を目指す。

 

 勢ぞろいする並々ならぬ戦車達に会場を訪れた繁子達も興奮を抑えきれずにいた。

 

 

「うおおおおお!? ルノーや! ぐっちゃん! ルノーがおるで!」

 

「BT-5! BT-5!だよ!! リーダー!」

 

「クロムウェル巡航戦車! クロムウェル巡航戦車じゃないのよ! ちょ! 写メ写メ!」

 

「ええい! 落ち着かないわね!あんた達は!? …って…あれは…! 」

 

 

 そう言って、繁子達を静止していた立江の動きがぴたりと止まる。

 

 そして、立江は視線の先にある戦車に目が釘付けになった。前々から憧れ、いずれは自作で作りたいと思っていた戦車。

 

 映画なんかでよく見かけることから立江が戦車に興味を抱いたきっかけである戦車である。

 

 目がキラキラと輝きはじめた立江はすぐさまその戦車近寄ると興奮のあまり声を上げた。

 

 

「M4A1シャーマンじゃん! うっそ! マジで! 実物めっちゃかっこいいー!? うはー!」

 

「…やばい、しげちゃん達の制止役のうちの参謀が壊れたぞ!?」

 

「誰か救急車を呼べ! 急患だ!」

 

「…本当に大丈夫かこいつら…」

 

 

 繁子達がはしゃぐ様子に思わずげっそりとした表情を浮かべる隊長の辻。立江に限っては興奮のあまり鼻血が出てきている。

 

 戦車に愛をつぎ込む彼女達にとってみれば宝の山だ。誰かこの場で戦車捨てないかな? とまで考えている始末である。

 

 そんな風に目をキラキラと輝かせて繁子達が会場の中を歩いていると見知った顔を見つけた。それは…。

 

 

「おや、知波単学園じゃない。Добрый вечер」

 

「あ! ジェーコさんじゃんハラショー」

 

「永瀬、それ意味わかって使ってないでしょう?」

 

「あ? ばれた? えへへ」

 

 

 そう言って真沙子に指摘された永瀬はテヘっと可愛げのある言い方で舌を軽く出しながら照れる様な仕草を見せる。

 

 顔見知りとは以前、繁子達が練習試合で戦ったプラウダ高校の隊長、ジェーコ達である。永瀬、立江は彼女達の学校まで資材を貰いに行ったのでよく知っているだろう。

 

 彼女達はT-34/76の戦車群に加え、さらに練習試合では使われていなかったIS-2。そして、KV-2といった戦車を引き連れていた。

 

 この中で知波単との練習試合で使われていたのはT-34/76のみである。

 

 そして、今回、繁子達が驚いたのは…。

 

 

「これって…」

 

「あら、気づいたかしら? そう、T34/85よ。私が乗る本来の戦車」

 

「なら前回は…どうして…」

 

「あら、戦車道全国大会前に手の内晒すような戦車にはウチは乗らないのよ」

 

 

 そう言いながら綺麗な銀髪の髪をサラリと流すジェーコ。

 

 繁子達と行った練習試合でジェーコ達が主力戦車をT34/76だけしか使っていないと聞いた途端、彼女達は唖然とさせられた。

 

 その事実はいわば、プラウダはあの練習試合でそもそも本気を出していなかったという事である。

 

 しかしながら、唖然としている繁子達にジェーコはこう話をしはじめた。

 

 

「確かにあの練習試合でのウチが使った戦車はT-34/76のみだったけれど、それでも繁子、私が乗る戦車は関係なく戦車道で貴女は私を負かした。それは事実よ」

 

「………………」

 

「だから悲観する事は無いわ、私はこう見えて貴女を高くかってるの。貴女へのプラウダの門はいつでも開かれてるからね」

 

「…ぐっ……」

 

 

 そう語るジェーコの眼差しは氷の如く冷たく、それでいてこの時点から勝負がはじまっている事を繁子達に感じさせるようなものだった。

 

 甘く見ていた。

 

 プラウダ高校は古豪と呼ばれる名門校。確かに公式の大会に出すような主力戦車を導入して練習試合を行うほど向こうも愚かでは無い。

 

 古豪プラウダ高校の隊長を務めるだけあって、『プラウダの天王星』と呼ばれるゲオル・ジェーコはやはり、繁子や立江が思っている様な一筋縄ではいかない人物である事をこの場にいる全員が再認識させられた。

 

 しかしながら、それは繁子達とて同じようなもの。彼女達がいる知波単学園とて戦車道全国大会が開かれるまで遊んでいたわけでは無い。

 

 繁子は不敵な笑みを浮かべ、目の前にいるジェーコに退かず話をしはじめる。

 

 

「へぇ…そりゃびっくりですわ、実はウチらも主力は今回がはじめて導入なんで」

 

「…!? ……ふふ、それは楽しみね」

 

「えぇ、ほんまに…互いに勝ち進めば良いですねジェーコさん」

 

「まぁ、貴女と当たるとしたら決勝だろうけどね繁子」

 

 

 そう言いながら二人は柔らかく握手を交わしながらも互いにまっすぐな眼差しを逸らさず見つめ合う。

 

 互いに譲らない両者の意地、負けたく無いという気持ちを持っているのはどこも同じである。

 

 すると、そんな二人の元に傍に黒髪で長髪の美人な少女を引き連れた小さな女の子がやって来た。繁子達が見たところどうやらプラウダ高校の生徒である事は間違い無いだろう。

 

 小さな女の子は長髪の少女にこう告げる。

 

 

「ノンナ! 早く!」

 

「カチューシャ様。お待ちくださいそんなに急かされては…」

 

「ノンナ、カチューシャ。早く来なさい」

 

「ほら! 隊長に呼ばれてるじゃないのよ!」

 

 

 小さな少女、カチューシャと呼ばれた少女はそう言いながら黒髪長髪の少女、ノンナの手を引く、

 

 そして、彼女達が来た事を確認したジェーコは目の前にいる繁子と立江達に改めて彼女達を紹介するために話をしはじめた。

 

 

「紹介するわね、一年生のカチューシャとノンナよ。今は一年生でウチの期待のエース」

 

「っと、カチューシャよ、それと相方のノンナ! 貴女が噂の城志摩 繁子ね!」

 

「…カチューシャ…?」

 

「ひっ! ご、ごめんなさい!! えと、一年生のカチューシャです! 貴女が噂の城志摩 繁子さんですか!?」

 

「よろしい」

 

 

 そう言って、ジェーコは言い直すカチューシャに笑顔を浮かべ優しく頷く。その様はまるでカチューシャの保護者である。

 

 繁子はというと自分の目の前に現れたプラウダの一年生、カチューシャをジッと見つめる。

 

 目線がほぼ同じ…。かつて、この様な光景があっただろうか、何故か城志摩 繁子はここに同志を見つけた様な気がした。

 

 繁子はガシっとカチューシャの手を握ると嬉しそうに笑みを浮かべて握手を交わす。

 

 

「カチューシャやな!  ウチは繁子や! なんか君とは仲良くなれる気がするで、同じ悩みがある者同士逞しく生きような!?」

 

「え? …同じ悩み…?」

 

「カチューシャ様、おそらくは身長かと」

 

「ちょ!? 貴女! もしかして…」

 

「そうやねん、ウチ、高いところのもの取れへんねん…」

 

「私もよ!! あとよく見下されるとか!?」

 

「あるある! あとは整列の際の一番前とか!」

 

「我が同志よ!」

 

「товарищ!」

 

「ちょっと!? そこは日本語でしょう!?」

 

 

 そう言って、ガシっと抱擁を交わしながら繁子から出てくるまさかのロシア語に仰天するカチューシャ。

 

 まさか、ここで同志を得るとは彼女も思ってはいなかっただろう。だが、どうやらカチューシャもまたスタルシー同様、プラウダ高校にいるにも関わらずロシア語に弱い様だ。

 

 そもそも、繁子がロシア語を齧っているのか不思議ではあるが、何故、ロシア戦車主力のプラウダ高校がこんなにロシア語がわからない人がいるのか辻達には不思議である。

 

 すると、カチューシャの傍に控えるノンナはある人物を見て目を見開いた。

 

 

「あれは…」

 

「ん…? ぐっちゃんがどないしたん?」

 

「やはり、そうなのですか!」

 

「お、おう…せやで?」

 

「何? ノンナ、知り合いなの?」

 

 

 そう言って、勢いよく繁子の肩を掴むノンナ。

 

 彼女の変わり様にカチューシャは首をかしげながらも冷静にそう問いかける。ノンナの視線の先にはサンダースのシャーマンに頬ずりする立江の姿があった。

 

 ノンナは繁子から手を離すと、立江へとツカツカと足を早めて近づいていく。

 

 

「タツエ!」

 

「む… 誰かしら? 私とシャーマンとの至福の時を邪魔する者は」

 

「ですから離れてください! 貴女、知波単学園でしょ!?」

 

「貴女、私をいじめて楽しいかしら? いじめてよく育つのは麦だけだよ」

 

「なんで麦!? てか今麦関係ないですよね! ね!」

 

 

 そう言いながら立江の身体に手を回し頬ずりしているシャーマンから引き剥がそうとするサンダースの女生徒。

 

 しかしながら必死の抵抗を試みる立江も譲らない。目の前のシャーマンにきっちりホールドをかける。

 

 

「ここで延ばしたらMC短くなるぞ!」

 

「MCってなんですか! 早く退いてください!」

 

「MC知らないの!? 真面目に頂戴の略なのよ!」

 

「しらないですよ! なんですか! 真面目に頂戴って!」

 

「あ、あの…タツエ、ちょっと…」

 

「いま取り込み中だから! …ってあんたは…」

 

「ようやく剥がれ…どぁ!」

 

 

 立江を戦車から引き剥がしドスンと尻餅をつくサンダースの女生徒。そして、立江はその上に尻餅をつき、サンダースの女生徒を下敷きにした。

 

 そして、何事もなかった様に立ち上がるとパンパンと砂埃を取り除き、声をかけて来たノンナとようやく向き合う。

 

 立江はジッとノンナの顔を見つめると何かを思い出したようにこう口を開いた。

 

 

「のんちゃんじゃん! お久しぶりだね!」

 

「えぇ、っというより貴女は相変わらずの様で…」

 

「ところでこの間、送ったところてんどうだった?」

 

「すごく美味しかったです。ではなくてですね…」

 

「でしょ〜? あれ、私の自作なんだよ!」

 

「本当ですか!? 道理で…」

 

「ところてんダイエットには持ってこいだからね」

 

「もっと送ってください。今度は2カ月分ほど」

 

「心得た」

 

 

 そう言いながら立江は声をかけて来たノンナと軽く拳を小突き合い、にっこりと笑う。

 

 どうやら二人は以前からの知り合いの様であるからして引き剥がしていたサンダースの女生徒を放ってスタスタとこちらへと歩いて来る立江とノンナの二人。

 

 そんな、シャーマンでのやり取りもそうだが、何事もなくノンナと馴染む様なやり取りを見せる立江の光景に知波単とプラウダの繁子を含めた全員はポカンとしていた。

 

 

「てかさー、のんちゃん戦車道やってたんだ、教えてくれたら良かったじゃん」

 

「いえ、まさか立江が知波単にいるとは思わなかったものですから…」

 

「4戦2勝2敗。のんちゃんとの決着つけれなかったかんねー」

 

「中学に上がる前、立江が引っ越したから仕方ありませんよそこは…」

 

「あ、クラーラ元気にしてんの? 納豆送ったんだけど」

 

「ネバネバに苦戦してましたね」

 

「だろうねー、クラーラ、ロシア人だし。ボルシチ用のジャガイモの方が良かったかなー」

 

「Я тоже так думаю(私もそう思います)」

 

「Может быть(そうかもねー)」

 

「ハラショー」

 

「永瀬、二人ともなんて言ってんの?」

 

「わかるわけないじゃん」

 

「ならなんで今の会話に入ろうと思ったの!?ねぇ!?」

 

 

 そう言って突っ込みを入れる多代子。

 

 永瀬はとりあえずハラショーと言ってみたかったらしい、この会話に参加しようとする永瀬の勇気もそうだが覚えたてのエセロシア語を使い突撃するあたり知波単の精神を感じる。

 

 この様子を見ていた辻ですら脱帽ものである。ハラショー。

 

 そして、改めて立江は皆の方へと振り返るとノンナについての話をしはじめた。

 

 

「おっとごめんねー、この娘はノンナ。私の幼馴染なんだー」

 

「いや、そりゃええんやけど…サンダースのシャーマンのあの娘はええの?」

 

「平気平気、後でうちで栽培したトマト渡しとくから」

 

「なら大丈夫やな」

 

「なんの問題もないね」

 

「いやー、流石は私らの参謀だよ」

 

「全然大丈夫じゃないんだが、それは…」

 

 

 一応、お詫びはするつもりなんだろうがお詫びの仕方が自家生産したトマトを差し上げるとはどうなんだろうか、明らかに大丈夫じゃなさそうと辻は苦笑いを浮かべるしかない。

 

 そして、ノンナに幼馴染がいると知ったカチューシャは驚いた様な表情を浮かべ彼女に問いかける。

 

 

「ちょっと!? ノンナ! 私、あの娘の知り合いとか初耳なんだけど!!」

 

「Извините(すいません)」

 

「都合が悪くなったらロシア語使って謝るのは良くないと思うんだけど!? 日本語で話しなさいよ!!」

 

「カチューシャ!! 貴女もまだロシア語ダメなの!?」

 

「ひぃ! あの!隊長! スタルシー副隊長もダメでしたよね! ここは日本なんだし日本語で…」

 

「えぇ! 予想外なところから飛び火したんだけど! ちょっと!」

 

「どうやら、二人してプラウダ式ロシア語学術を仕込まなくてはならない様ね」

 

「ひぃ…! シベリア教室送りは勘弁を!」

 

「さぁ?」

 

 

 そう言いながら、威圧感を醸し出し、副隊長のスタルシーとカチューシャに告げるジェーコ。

 

 二人はただただ戦慄するしかない、あんなシベリアのようにクソ寒い立地に建てられた教室でひたすらロシア語学を身につけるための勉強なんてものはしたくないのである。誰だってそうなるだろう。

 

 一応、プラウダ高校では一般的なロシア語授業をやっているので普通ならそちらで学べる。人間得意不得意があるので仕方ない。

 

 

「あ、そういやさ、プラウダで思い出したんだけどツンドラで強制労働30ルーブル。って木を伐採するやつあったよね?」

 

「あ! それやろ! うちも同じ事思うてたわ」

 

「え? あ、いや、確かにあるけど…」

 

「いやーどうせなら全部伐採してもいいなら今度参加させて貰おうかって話してましてね」

 

「え?」

 

 

 繁子の言葉に固まるジェーコ。

 

 まさか、プラウダ高校が誇る誰もが嫌がる補習。ツンドラで強制労働30ルーブル(学園艦のすみっこで樹木の伐採30日間)を進んでやりたがる5人娘が目の前にいるのだ。それはそうなっても仕方ないだろう。

 

 繁子はさらにジェーコに付け加える様にこう告げる。

 

 

「あ、もちろん、伐採した木は持ち帰ってもいいんですよね?」

 

「いや…あの…まだ参加させるとは…」

 

「現地でチェーンソー自作しなきゃね」

 

「んじゃ私、ブルドーザー持ち込むわ」

 

「私はとりあえずトラックの運ちゃんっすね」

 

「………………」

 

 

 まるで話を聞いていないどころか既に今度行く前提で話を進める繁子達。

 

 ジェーコもこれには呆然である。彼女達はおそらくプラウダの学園艦に生えてる木を全て伐採する気であるという気概が見えた。

 

 本気で殺しにかかってる。ジェーコにも話を聞いていた辻ですら予想外だった。

 

 

「あ、そういやさ、永久凍土で穴掘り10ルーブルってのもあったよね」

 

「あ、なら穴が掘りやすい様に電動ドリルを…」

 

「もういい! もう休めッ!」

 

 

 辻はこれ以上話を広げ始める前に彼女達を止める。これ以上はまずい、下手をすればプラウダの学園艦の永久凍土が永久凍土で無くなる気がした。

 

 ジェーコにもそうなれば辻も合わす顔がない。果たしてこいつらはどこまで本気なのか、目を見る限り全部本気でやる気なんだろうが…。

 

 戦車道全国大会開幕日での邂逅は次回に続く。

 

 

 




プラウダ高校の余談。


「そう言えばなんでジェーコさんは繁子をやたら欲しがるの?」

「ん? そりゃうちの隊長はちっさくて可愛いのが好きだからな」

「あぁ…なるほど…道理で」

「あの人は意外と乙女だよ、カチューシャだって小さくて可愛いからもう溺愛さ」

「…リーダーとカチューシャを組ませて来年はミニミニコンビと…」

「なんだか可愛い行進になりそうですねそれ」

「のんちゃん満更でもなさそうだね…」

「はい」

「うん、しげちゃんはうちで保護しとかないとな…」

「繁子! 肩車して!」

「ええよ! これで身長2メートル越えや!」

「これで誰にも負けないわ!」

「この娘達本当に大丈夫かなぁ…」


完。




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戦車道全国大会開幕日 2

 

 

 戦車道全国大会会場。

 

 プラウダ高校と立江の幼馴染との再会を果たした繁子達は互いに親交を深めるための談笑に華を咲かせていた。

 

 そして、そんな繁子達の様子を見ていた学校がある。それは…。

 

 

「あら…。あれは…」

 

 

 英国海軍空母アークロイヤルに類似した学園艦に所在し、英国風の校風を持つ名門校。戦車道では屈指の強豪校でもあり、全国準優勝の実績を誇る学園。

 

 イギリス戦車を主戦とした彼女達は近年ではプラウダと同様、黒森峰に近い程の実力を誇る。

 

 その学園の名は…。

 

 

「…プラウダ高校のジェーコさんじゃない。それに知波単学園の辻つつじさんも、ご機嫌いかがかしら?」

 

「あぁ、わるくないよ、こんにちは」

 

「…アールグレイ…。聖グロリアーナ女学院が何の用かしら?」

 

 

 そう言って、あからさまに嫌そうな顔を浮かべ声をかけてきた金髪に長髪、紅茶を片手に現れた少女に告げるジェーコ。

 

 しかしながら、そんなジェーコに対して、アールグレイと呼ばれた彼女は余裕のある表情のまま、こう話を続ける。

 

 

「別に興味本位で話しかけてみただけよ、他意は無いわ。名将と呼ばれる貴女が最近練習試合で一年生如きに負けたと聞いてね?」

 

「そうか…、存外、グロリアーナも暇なのね? 前大会で黒森峰に派手にコテンパンにやられた強豪校は言うことが違うわ」

 

「言うじゃない」

 

「いやいやそちらこそ」

 

 

 聖グロリアーナ女学院。隊長アールグレイ。

 

 古豪、プラウダ高校のジェーコと対を成す優れた指揮官であり、強豪校、聖グロリアーナ女学院の現隊長である。

 

 その実力は折り紙つきで前大会、前々回の大会ではジェーコとしのぎを削り合い戦った言わばライバル的存在である。

 

 名門のお嬢様出のアールグレイの優雅な戦術。

 

 ミーティア・エンジンを搭載した愛用の巡航戦車Mk.Ⅷクロムウェルの機動力を用いた「ブランデー入りの紅茶」という戦術を使い、アールグレイはこれまで数ある戦車を討ち取ってきた実績がある。

 

 睨み合う両者は目には見えない火花をバチバチと散らし合う。この光景には流石の繁子達も見守る他無い。

 

 

「そして噂のその一年生が貴女ね?」

 

「ぐっちゃん呼ばれとるで」

 

「いや、リーダー…。あんただから…」

 

「リーダー呼ばれてるよー」

 

 

 そう言って自分の背中に隠れる繁子に冷静なツッコミを入れる立江。そして、わざわざ言わなくても良いものを名指しで指名する永瀬。

 

 あんな怪獣大戦争に巻き込まれたく無い。そんな、繁子の儚くも悲しい願いはすぐさま仲間の手により己の身柄を差し出される形となった。

 

 なんとも慈愛に溢れた仲間達だろうか、繁子は溢れんばかりの仲間達の愛にほんのり泣きたくなった。

 

 兎にも角にも、繁子は噂の一年生になっているようである。ちっさい身体を上手く隠せばと思っていたがそうは問屋が卸さない。

 

 仕方なく繁子はアールグレイの前にトボトボと立江達から送り出された。非常に言いにくい中、繁子はアールグレイに自己紹介をはじめる。

 

 

「えと…はい、ウチが繁子ですけれど…」

 

「へぇ…貴女が…。ふむ…」

 

 

 アールグレイはそう言いながらまじまじと繁子の顔を見つめる。まるで、それは品定めしているかのようなそんな様子だ。

 

 アールグレイはスッと繁子に近づくと手つきや目、そして、繁子から漂う雰囲気をしっかりと見定める。

 

 だが、しばらくした後に彼女は繁子から身体を離すとこう話をしはじめた。

 

 

「なるほどね、確かに顔つきも悪く無いわ。ウチの一年生に欲しいわね」

 

「はい?」

 

「その手、戦車をよく触るでしょう? 貴女。よほど戦車と一緒にいる時間が長いのね。そうじゃなきゃそんな手にはならないわ」

 

「いやまぁ…、他にもやってはいますけど」

 

「アールグレイ、その娘はプラウダ高校に呼ぶつもりなの、手を出さないでもらえるかしら?」

 

「あら? 貴女が口出しする事じゃない気がするんだけど」

 

「なんですって?」

 

「何かしら?」

 

 

 こうして、再び始まるジェーコとアールグレイの第二ラウンド。

 

 両者とも相当負けず嫌いな性格らしい、それは良い事であるのだが巻き込まれた繁子とはいうと睨み合う二人の間に板挟みである。

 

 やたらと豊満な両者の胸を当ててくる辺り、繁子には地味な精神攻撃が追加されている。正直、誰か助けて欲しいと目で立江達に助けを求めるが…。

 

 

「あ、この戦車よく整備されてんね? のんちゃんの?」

 

「はい、私の戦車です」

 

「こっちの戦車も綺麗だねー、しっかり洗車してあってピカピカだよ」

 

「それはカチューシャの戦車なのよ! ふふん! 当たり前じゃない!」

 

 

 立江達は華麗にそんな繁子をスルーしてプラウダの戦車を拝見していた。

 

 本当に優しい仲間達である。さぞ、繁子も身体が軽い事だろう、繁子もこんな気持ちははじめてだ、もう何も怖く無い。

 

 ライバル心剥き出しのプラウダ、グロリアーナの両隊長。

 

 すると、そんなところである意外な人物からの制止が掛かった。それは…。

 

 

「そこまでにしたら? 彼女困ってるんじゃない?」

 

「…貴女は…」

 

「サンダースか…。メグミ、悪いが今取り込み中だ」

 

「っていうわけにもいかないのよね? 二人とも盛り上がるのは結構なんだけれど。優勝は今回は私達が貰うから」

 

「何?」

 

「期待の一年生ってのは何もそのちっこい一年生だけじゃないって事よ。たった五人の一年生に固執している強豪校なんかに私達が負けるわけないでしょ?」

 

 

 まるで、火に油を注ぐような言い方。

 

 制止するのに登場した女性はチマチマしたのは性に合わない性格なのか、見かけによらず深く考えない直球な言葉を二人にぶつける。

 

 どうやら彼女がアメリカ製戦車率いる名門校。サンダース大学付属高校の隊長であるらしい、しかしながら、その物言いは繁子にも少しだけカチンと来るものがあった。

 

 ジェーコとアールグレイの間に挟まれていた繁子は前に出ると真っ直ぐに隊長であるメグミを見据えてこう告げる。

 

 

「たかだか一年生で悪かったなぁ…。心配せんでもあんたらの学校とは三回戦であたるよってそん時に私らの戦車道を見せたるわ」

 

「へぇ…それは楽しみね、ウチのケイも貴女みたいな一年生と戦えるとなると少しは気合いが入るんじゃないかしら?」

 

「なら、準決勝ではウチとあたるのは貴女達のどちらかって事かしらね?」

 

「…アールグレイ、貴女には去年の借りがあるし、心配しなくても返しに来るわ」

 

「それはどうかしら?」

 

 

 そう言いながら、長い金髪の髪をサラリと流して紅茶を一口飲むアールグレイ。

 

 そんな彼女は背後を振り返ると軽く手招きをする。アールグレイの視線の先には二人の聖グロリアーナ女学院の制服を着た女生徒。

 

 どうやら、流れから見るに彼女達が聖グロリアーナが誇る期待の新星達のようだ。

 

 

「お呼びですか? 隊長」

 

「ええ、ダージリン。この方達に自己紹介しなさい? 来年、再来年。この戦車道全国大会で黒森峰を負かす聖グロリアーナの貴女達の名前を覚えて頂いていた方がよろしいでしょう?」

 

「はぁ、見栄っ張りなところは相変わらずですね」

 

「優雅に誇ってこそ美があるわ。聖グロリアーナ女学園はそういう余裕のある学校でしょう? ねぇ? アッサム?」

 

「はい、アールグレイ様」

 

 

 そう言いながら、アールグレイが呼んだ一年生、ダージリンとアッサムは背後に控えると真っ直ぐに繁子を見つめる。

 

 彼女達は繁子と同じ一年生、ダージリンはアールグレイ同様に紅茶のカップを片手に持っている。おそらくは聖グロリアーナの校風上、紅茶を好む生徒が多い傾向にあるからだろう。ダージリンやアッサム、アールグレイという名前からしてそれが全面的に出て来ている事を繁子は薄々ながらも感じていた。

 

 ダージリンとアッサムと呼ばれる少女達は繁子達に自己紹介をしはじめる。

 

 

「ご機嫌よう、皆様。私はダージリン。聖グロリアーナの一年生ですわ。よろしく」

 

「同じく一年生のアッサムと言います。以後お見知りおきを」

 

 

 そう言って軽くお辞儀をして頭をさげ自己紹介をする二人。

 

 名門、そして、英国風の気品がある学校だけあってその自己紹介も華麗で優雅なものを感じさせる。

 

 この紅茶にちなんだ様な名前。これは幹部クラスおよび将来を期待された候補生にのみ与えられており、聖グロリアーナでは周囲からの信頼と憧れの的となっている。

 

 よって、今、繁子達に自己紹介して来たこの二人はおそらく幹部クラスか幹部候補生といったところだろう。

 

 そして、そんな自己紹介を間近で見た繁子はそんな紅茶のカップをジッと見つめる。ふと、思った事があった。

 

 

「そういや、さっきから聖グロリアーナさん達紅茶のカップ持ってますけど、それ高度なギャグかなんかですか? ダージリンがダージリン飲んでるとかアールグレイさんがアールグレイ飲んでるっていう…」

 

「はい?」

 

「え?」

 

 

 唐突な繁子の言葉に首を傾げるアールグレイとダージリン。

 

 何故、目の前にいる繁子が自分達が飲んでいる紅茶の種類が分かるのか、それを前にいる繁子が見事言い当てるのだから驚くのも仕方ない。

 

 しかしながら、これをギャグかなんかと問う繁子も繁子である。格式ある学校の伝統などは彼女は知らないので仕方ない部分はあるかもしれないが…。

 

 だが、紅茶を飲みもしないで当てる繁子。これはアールグレイもダージリンも予想だにしていなかった。

 

 

「何故…? これがアールグレイだと?」

 

「ん? あぁ、匂いやな、ウチら紅茶とか良く自家生産した事あるから…」

 

「紅茶を自家生産!?」

 

「せやで? 聖グロリアーナから実家によく納品依頼とかされてんねんけど…」

 

「もしかして? 貴女の苗字は…」

 

「城志摩やで?」

 

 

 その瞬間、アールグレイ達の時間がピタリと止まりピシッと何かスイッチが入る音がした。

 

 城志摩紅茶。

 

 アールグレイやダージリンの位の紅茶通を唸らせる程のあらゆるものを自家生産する事で有名な時御流の誇る紅茶栽培メーカーである。

 

 年に何回か厳選された紅茶を栽培し、さらに、失敗した紅茶の葉は無駄にせずに他の用途に使うという徹底ぶりで有名。

 

 城志摩 明子がスポンサーであったが、現在は繁子の親戚達が切り盛りしている業種の一つである。

 

 他にも諸々、自家生産、自家栽培に関する農業や建築、はたまた、1から作る工業関連まで全て時御流の十八番。

 

 時御流の永瀬や多代子、立江、真沙子の家系、親族もだいたいこの系列の産業をやっている。

 

 ちなみにこれら全ての土台は城志摩 明子をはじめ、繁子、立江達から始まっていることをここに付け加えておこう。

 

 

「…は、ははは、貴女…城志摩さんのところの?」

 

「どもーいつもお世話になってます〜」

 

「いえいえこちらこそ…。じゃ無くて! じゃあウチのあの紅茶を栽培してたのは!?」

 

「あぁ、初代はかあちゃんで二代目はウチが試作して作ってから形にしたなぁ…。ほんまに大変やったんですよ〜なぁ? ぐっちゃん?」

 

「どのレベルからはじめるかで話合ったよねー」

 

「最終的に肥料作って土から作る事になったんだよねー」

 

「……………………」

 

 

 そう言いながら繁子の言葉に納得した様に頷き思い出す様に語る多代子と立江の二人。

 

 アールグレイはあまりの出来事にポカンとする他なかった。彼女の背後に控えるダージリンも同じである。

 

 肥料作って土から紅茶を作り始めて今ではこんなに美味しい紅茶を聖グロリアーナに提供する彼女達。

 

 聖グロリアーナ女学院、一年生のダージリンも感動すら覚える。かつて紅茶にここまでやる人材達が他に居ただろうか。

 

 この人材達はなんとしても欲しい。聖グロリアーナ女学院の生徒として野放しにはできない。

 

 そう思った時には隊長のアールグレイは既に行動に移していた。

 

 

「貴女達、やっぱりウチに来ない? 待遇なら本当に考えるわ」

 

「アールグレイ様。私も同意見です。この娘達にはやはり『紅茶の園』が似合うかと」

 

「…あの…隊長にダージリン? ちょっと?」

 

「ひっ!? …な、なんでや!?」

 

 

 そう言って、それぞれ片手でガシっとちっさな繁子の肩を掴むアールグレイとダージリン。

 

 その勧誘には今でにはない様な凄みを感じる。目がかなり本気であり、肩を掴まれた繁子も思わず声をあげてしまった。

 

 ダージリンが言う聖グロリアーナの「紅茶の園」は幹部クラスのメンバーが集うクラブバウス。

 

 そこは「紅茶の園」と通称されており、そんな紅茶の園を目指して入学する生徒も多い事で有名である。

 

 だが、この場合の『紅茶の園』はおそらくはリアル紅茶の園の方だろう。要は彼女達を転入させて聖グロリアーナで紅茶栽培しようという魂胆が見え見えである。

 

 さらに戦車道も強いとなれば聖グロリアーナとしては喉から手が出るほど繁子達が欲しい。ダージリンとアールグレイの気持ちはかつて無いほど一つとなった。

 

 だが、しかし、ここで彼女達の勧誘に待ったをかける学校がある。それは…。

 

 

「なんの騒ぎかは知らないが、とりあえず、しげちゃんから手を離してもらおうか?」

 

「ん…? 貴女は…」

 

「黒森峰…西住まほか」

 

 

 そう、戦車道の絶対王者。黒森峰女学園。

 

 ドイツ戦車群を率いて西住流の戦い方で戦果を挙げ、戦車道全国大会でこれまで数多くの名門校を降し、全国大会8連覇を成し遂げた遥か頂にあるチーム。

 

 その中でも一年生で黒森峰の隊長をやっている西住まほは繁子と同じく皆に有名であった事もあり、すぐに名前が挙がるのは必然だろう。

 

 どこからともなく現れた西住まほはすかさず繁子の手を取り引き寄せる。

 

 そんな勧誘三昧の繁子の前に颯爽と現れた黒森峰の隊長の西住まほはさながら戦車に乗った王子様のようであった。

 

 しかしながら、残念な事に西住まほは王子様では無くまぎれもない乙女である。

 

 

「ま、まほりん!?」

 

「しげちゃん、大丈夫だった?」

 

「まぁ、大丈夫やけど? 一応、ありがとな?」

 

 

 そう言って、繁子は何事無くサッと肩を掴んでいたダージリンとアールグレイから引き剥がした西住まほに御礼を述べる。

 

 様々な勧誘はあれど、繁子の芯はもちろん一ミリたりともブレていない。それは、知波単学園の隊長、辻をこの戦車道全国大会で優勝させる事。

 

 そして、改めて立江達を呼んでアールグレイとダージリンを含めた聖グロリアーナ女学園に御断りの返事を返す事にした。

 

 

「まぁ、アールグレイさん、ダージリン。気持ちは有難いんやけどプラウダにも言うたんよ。ウチらはもう知波単学園の生徒やからね?」

 

「そう言う事です。気持ちは有難いんですけどね?」

 

「ほら、ウチの大将を一番にしなきゃでしょう? やっぱりさ」

 

「ね? 辻隊長?」

 

 

 そう言いながら、立江達や繁子はにっこりと笑みを浮かべつつアールグレイやジェーコ達に告げる。

 

 そして、永瀬に同意を求められた辻は静かにその言葉に頷いた。そうだ、この数ある名門校をなぎ倒し、頂を目指すのは紛れもなく知波単学園。

 

 繁子は不敵な笑みを浮かべると辻の傍らに立ちこう話をしはじめた。

 

 

「まぁ、なんや…いろいろごちゃごちゃしとったけども、ウチらの目的はただ一つ」

 

「お前達全員を倒して優勝する事だ」

 

 

 そう言って、繁子の言葉に続けるようにして啖呵をきってみせる知波単学園の隊長である辻。

 

 最終的な目標はそうだ。いくら名門だろうとなんだろうと関係はない。倒してしまわなくてはいけない敵だ。

 

 その言葉を聞いていたジェーコもアールグレイもサンダースのメグミ。そして、黒森峰の西住まほもその場にいる全員が辻が放った一言に納得した。

 

 この場にいる全員が敵。ならば、いずれは倒さなくてはならないだろう。

 

 白黒つけるなら戦車道にて、わかりやすい話である。それがどんな相手だろうが関係ない。全員が全員その言葉に静かに頷いた。

 

 

 騒がしかった戦車道開催日はこうして一旦幕を閉じる。次会うときは戦車道を行う戦場でだ。

 

 



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戦車道全国大会初戦 ヴァイキング水産高校

 

 戦車道全国大会開幕。

 

 

 あの強豪校が並ぶ戦車道全国大会開幕日から一週間が経ち、繁子達は記念すべき全国大会デビューを果たす日を迎えた。

 

 製造途中の戦車は未だにあるが、それでもある程度の戦力は用意できた。戦車道全国大会一回戦は問題なく戦える戦力だろう。

 

 繁子達がいる知波単学園だが、一回戦の相手はヴァイキング水産高校。

 

 スウェーデン戦車を主体とする高校で戦車道の伝統もそれなりに兼ね備えた学校だ。

 

 対する繁子達の戦車はチハ車、チト車。加えて2輌だけ完成したチヌ車とチヘ車。そして、一番最初に製造に取り掛かった完成した3輌のケホ車だ。

 

 この戦いにはオイ車は置いてきた。オイ車はあくまでも知波単の秘密兵器。強豪と当たる前に修理になると大変な労力を使う事になる事を見越しての繁子の判断である。

 

 

「今回はオペレーションSTDやるで!」

 

「しげちゃん? それなんの略?」

 

「スイカの糖度や!」

 

「スイカの糖度ってどれくらいが合格ラインだっけ?」

 

「11度やなかったかな?」

 

「あ、ほんとだ11度だ」

 

「なんでわかるのよ!」

 

 

 そう言って、スイカについての本を取り出し読み上げた多代子の言葉に仰天する立江。何も見らず見事、スイカの糖度の合格ラインを当てた繁子には驚かされても仕方ないだろう。

 

 さて、話は戻すが、ヴァイキング水産高校のスウェーデン戦車の影をとらえたとの通信が繁子達の乗る山城に入ってくる。

 

 いよいよ、一回戦、試合開始だ。

 

 

「ま、冗談はこれまでにしとこうか。敵戦車をスイカの糖度の様に甘く、それでいて食感のようにシャリっとやっつけるで」

 

「うーん、ものすごく分かりにくいんだけどなぁ…」

 

「私、メロンが良かったなー」

 

「そういう問題っ!? ちがうよねっ!?」

 

「さて、みんなに作戦を伝えななー」

 

 

 そう言って、通信機を手に取る繁子。

 

 フラッグ車のチヌに乗る隊長の辻にすぐさま現在の状況、そして、これからどうするかの打ち合わせを始めることにする。

 

 こうして作戦名「オペレーション。スイカの糖度は11度」は決行に移される事になった。

 

 まずは、ケホ3輌による撹乱からはじまる。

 

 高機動の戦車であるケホならば敵の戦車を奇襲により混乱させるのは容易だというのは参謀立江の進言である。

 

 

「さてと、ケホ車で撹乱したらまずはチハで後詰めして即撤退と…」

 

「そして、手作りで速攻作った沼地を形成した森林地まで誘き出して」

 

「三方向から一斉射撃やね」

 

「分隊に分かれてたらどうするよ?」

 

「そっちはウチらが行く、チへとチハでとりあえず持ち堪えたらなね」

 

「そして、機動力があるケホを使って作戦成功次第後方から挟撃ね」

 

「ま、大まかな段取りとしてはこんなとこやな」

 

 

 そう言って繁子は立江の言葉に頷く。

 

 後はこれが成功しなかった場合だ。沼地を嗅ぎつけられ、やられてしまえば元も子もない。だが、繁子にはプランがあった。

 

 それは、戦車ダミーを使ったタイムロス作戦だ。

 

 この作戦は丈夫な機材を使い、繁子達が用意したダミーを使用。このダミーには現在、製造中のホリをモデルにしたダミーを使用する。

 

 何故、ホリのダミーなのか? それは、現在の繁子達の戦車の中でも火力が高く、ヤークトティーガーに匹敵するような戦車であるから。

 

 向こうはホリを警戒する分、ダミーである事が分かるまでに時間がかかる。そして、そのタイムロスを利用し、繁子達が時間を稼ぐという作戦だ。

 

 

「うわ、しげちゃんずっるーい」

 

「わっはっは! もっと褒めてもええんやで?」

 

「まぁ、手段は選んでられないし良いんじゃない? 勝てば官軍ってやつよ」

 

「そういうこっちゃ。んじゃ、はじめんで!」

 

「アイアイサー!」

 

 

 繁子の乗る四式中戦車はこうして発進する。

 

 まずはケホ先鋒隊の奇襲作戦、通信を取りながら奇襲をより正確にする為に今回、ケホ隊の車長には永瀬を抜擢した。

 

 先鋒隊からの通信をひとまず待つ繁子達。そして、後詰めに控えるのはチハを従えるチヌに乗る隊長辻つつじ。

 

 スウェーデン戦車部隊は繁子達に挙がった報告同様、こちらに直進してきているようだ。

 

 

『こちら辻隊、敵影見えた』

 

『同じく永瀬ケホ先鋒隊。飛び出すタイミングの合図待ちだよん! リーダー!』

 

「よっしゃ、ならそのまんまでええ、まだあっちはこちらに気づいてないみたいやからな」

 

『しっかし、このカモフラージュ完成度高いな…』

 

『うちらが作ったカモフラージュはカメレオンの如く見分けがつかないようにしてるからね』

 

「ま、味方にも見分けがつかんぐらいのカモフラージュやからな、さぁ、談笑は終わりや、来るで」

 

『アイサー!』

 

 

 繁子は双眼鏡を使いながら戦況を確認しつつ、敵がデットラインに近づくのをじっと観察する繁子。

 

 後数メートル。定めたデットラインを越えてそれから敵が近づけば繁子は二人にゴーサインをすぐさま出す。

 

 そして、敵戦車の履帯がデットラインに差し掛かるその時だ。繁子はすぐさま通信機を通して永瀬ケホ先鋒隊に指示を飛ばした。

 

 

「いまや! 智代!!」

 

「合点承知の助! みんな! 続けえ!」

 

「ひゃっはー!」

 

 

 奇襲開始。

 

 主砲をぶっ放し、3台のヴァイキング水産高校の戦車を行動不能に陥らせた後、カモフラージュを解き放った永瀬隊ケホ3輌は勢いよく飛び出し、優れた機動力を駆使し散開。

 

 次から次へと撹乱を兼ねて砲撃を繰り返す。

 

 そして、突然のケホの出現に浮き足立つヴァイキング水産高校の戦車に追い打ちをかけるべく、辻隊もそれに続く。

 

 

「さぁ! 私達の十八番! 突撃だ! 皆! 続けぇ!」

 

「知波単万歳!」

 

 

 散開したケホの撹乱を見た辻隊はすぐさま突撃命令を自分の隊に通達。

 

 隊長辻が乗るチヌが砲撃を繰り返しながら突撃、チハもその後に続く。

 

 放たれた砲弾が敵戦車に次から次へと直撃し、白い旗を揚げて行動不能に陥る。戦局的にはこちらが有利になった。

 

 だが、すぐさま通信機を通して、繁子は辻隊、永瀬隊に通達を出す。

 

 撹乱がうまくいっているいまだからこそこれはこれで良いのだが相手もこのままで終わるはずが無い。体制を整えてくる筈だ。

 

 

「各隊に通達! 味方知波単戦車が2輌やられた時点で例のポイントへ移動開始や!」

 

『了解!リーダー!』

 

『こちらチヘ隊! やはり来ました! 分隊です!』

 

「やっぱり来よったか…。チヘ隊は砲撃しながら後退してホリ車ダミーが設置してある地点に移動。その後ウチらと合流して局地戦に持ち込むで!」

 

『了解しました!』

 

「立江、向こうに着いたらチヘに乗り換えお願いできるか?」

 

「車長交代ね、了解、合流したらチヘに乗り込むタイミング合わせるわ」

 

 

 そう言いながら戦車内の立江に戦車の乗り換えをお願いする繁子。

 

 この局地戦の要はおそらく繁子が乗る四式中戦車と立江が乗り込む段取りにした一式中戦車だ。

 

 丈夫なホリ戦車のダミーがあるからなんとか持ち堪える事は可能であるだろうがそれでも念をおしといて損は無い。

 

 繁子はとりあえず交戦中の辻隊に伝令を送る。

 

 

「辻隊長! いまの時点から撤退お願いできますか? フラッグ車は狙われやすいんでなるべく撹乱している時点から撤退しといた方が手堅いかと」

 

『了解した! 3輌ほど倒したからな! 奇襲戦の戦果としては十分だ!』

 

「相手のStrv m/42は軽戦車やしな、良好な装甲と機動性があるし、早めに撤退は吉ですよ、永瀬もええか?」

 

『ごっめーん! しげちゃん! ケホ一台やられたよ!』

 

「しゃあないよ、なら辻隊に続いて撤退しといて! 残り2台やられる訳には行かへんし」

 

『了解!』

 

 

 そうして、最初の段取り通りに辻隊に続き敵の追撃を誘発するように砲撃を繰り返しながら撤退をする永瀬達。

 

『撤退とは敵の逆に突撃し勝利をつかむ事である』

 

 繁子はそう辻達に話をしていた、撤退は退くことではなく勝機を待って改めて突撃する機会を作り出すことだ。

 

 

『こちら辻隊、目標ポイントに到着』

 

『同じく永瀬、ポイントに到着』

 

「よし! ならウチらもチヘに合流するで! 『宙船・ゴー!!』」

 

「よっしゃ! しげちゃん! それじゃ指揮向上に音楽かけるよ!」

 

 

 そう言いながら多代子は持ってきたカセットテープの音楽を戦車で流しはじめる。そこから流れてきたのは何回もリピートして聞いた曲だ。

 

 それは、繁子達が自分達で作った曲。

 

 ついに出番を迎えた今、繁子はこの自分達の作った曲と戦車で共に戦場を駆ける。

 

 すぐに交戦中のチヘが率いるチハ部隊に合流した繁子はすぐさま砲撃手である真沙子に指示を飛ばした。

 

 

「装填準備は出来とるな!」

 

「任せてよ! しげちゃん! 伊達に永瀬ちゃんの代わりやってないんだから!」

 

「よっし! 真沙子!」

 

「了解! しげちゃん!」

 

 

 そう言いながら、装填準備を終えた四式中戦車の砲身の標準を合わせる真沙子。

 

 チヘ隊に合流した瞬間、砲身はピタリと敵戦車の姿を捉える。やはり、ダミーのホリを警戒してかこちらにはあまり深くは来てない様子だ。

 

 しかも、いきなりチヘ、チハの背後から現れた四式中戦車にはヴァイキング水産高校の生徒も驚きを隠せずにいた。

 

 繁子はもちろんそんな隙は見逃さない。

 

 

「放てい!」

 

「よいしょい!」

 

 

 ズドンッ! と四式中戦車の主砲から煙が上がり砲弾が発射される。

 

 そして、着弾、煙を立てるとヴァイキング水産高校の戦車の1輌は行動不能に陥った。そして、その間にチヘが後退。

 

 そのチヘの動きを確認した繁子は中にいる立江に指示を飛ばす。

 

 

「ぐっちゃん今や!」

 

「待ってました!」

 

 

 そう言いながら四式中戦車から勢いよく飛び出す立江。

 

 そして、立江と入れ替わるようにチヘから通信手の二年生が飛び出すとハイタッチを交わし、それぞれ乗員の交換を完了させた。

 

 車長が立江に代わり、チヘ車とチト車による砲撃により、更にヴァイキング水産高校の戦車は苦戦を強いられるようになった。

 

 

「あともうちょっとやね!」

 

『しげちゃん! こっちケホ隊だけど! 作戦成功したよ!』

 

『敵車輌は全滅だ!』

 

「了解! なら!永瀬! こっちを背後からケホとチハで包囲お願いできる?」

 

『任せんしゃい! リーダー! 頑張りなよ! すぐ行くからさ!』

 

『私はどうする?』

 

「ケホの後方からの援護射撃を! てか、隊長フラッグ車なんやからむやみやたらに突撃はさせれへんで?」

 

『う…わ、わかった』

 

「次回からはウチがフラッグ車した方がええんちゃいます? 隊長はその方が突撃しやすいですやろ?」

 

『確かにそうかもな…検討しとくか』

 

 

 繁子は自作した沼のポイントにて敵戦車の殲滅を終えた二部隊にそう指示を出す。

 

 どうやら、作戦はうまくいった様である。

 

 三方向からの殲滅を終えた二部隊は機動性が高い永瀬のケホ隊を先頭にすぐさま繁子達の援軍へと向かう。

 

 残る戦車はあと僅か、あとは押し切るだけだ。

 

 

「…よっし! 1輌やった!…あっ!」

 

「代わりにチハが1輌やられてもうたな、こりゃまた修理やねぇ」

 

 

 立江の戦車の砲弾が着弾し1輌行動不能にしたが、こちらもチハが1輌行動不能に。

 

 ここまで来たら仕方ないととりあえず繁子は通信機を使い、自分達の周りにいるチハに乗る生徒達にこう通達を出した。

 

 

「チハ隊は全員突撃〜。丁度、ケホが着いた頃合いや、こっちに気を惹きつけるで」

 

「突撃だって!」

 

「ようやく突撃か!」

 

「潔く参りますゆえ!見てて下さいね!しげちゃん!」

 

「言っとくけどそれ自分達で最終的に修理するんやで?」

 

 

 そう言いながら、すぐさま突撃に移る繁子達の周りにいるチハ隊。

 

 それと同時に敵戦車の背後から永瀬と辻隊が合流を果たして、繁子達の援護にやって来た。戦車の数で言えばこちらが有利。

 

 普通なら包囲が完了するが、繁子がチハ隊に突撃を命じた為、敵戦車はそちらに砲身を向かざるえない。

 

 だが、永瀬達はこれに便乗して背後から敵戦車を強襲した。

 

 

「とーう! 永瀬参上!」

 

「同じく! 辻隊参上!」

 

 

 二人の部隊の攻撃により次々に戦車から白旗が挙がり行動不能に陥るヴァイキング水産高校。

 

 そして、当然ながらこの場面で繁子は四式中戦車からフラッグ車を狙う様に真沙子に告げた。

 

 この混乱に乗じてフラッグ車を討ち取る為だ。砲撃手は真沙子、彼女ならば百発百中である事を繁子は信じている。

 

 

「今や! 撃てぇ!」

 

「はいな!」

 

 

 ズドンッ! という音とともに砲弾が四式中戦車から勢いよく飛び出す。

 

 放たれた砲弾は敵フラッグ車の履帯に直撃。綺麗に履帯が吹き飛び、車体が浮く。

 

 

「ちっ…! 仕留め損ねた! ごめん! しげちゃん!」

 

「いや! まだ終わってへんよ!」

 

 

 繁子は謝る真沙子にそう告げる。

 

 そう、まだ終わってはいない、フラッグ車の浮いた車体。そこに追い打ちをかける様に突撃したチハが1輌フラッグ車に密着して砲弾を発射した。

 

 吹き飛ぶヴァイキング水産高校のStrv m/42のフラッグ車。

 

 チハから吹き飛ばされたヴァイキング水産高校のフラッグ車からは白旗が挙がり行動不能。この勝負、勝敗は決した。

 

 

『ヴァイキング水産高校! 行動不能! 勝者! 知波単学園!!』

 

 

 勝利を確信させるアナウンスの声が響き渡り、試合を終えた繁子達は戦車から全員顔を出すとガッツポーズを取る。

 

 ケホ、チヌから飛び出した永瀬と辻はすぐさま繁子達が乗る四式中戦車に近寄ると全員でハイタッチを交わした。

 

 そして、最終的に敵フラッグ車を討ち取ったチハに乗る二年生を迎い入れるとその二年生達を全員で褒め称える。

 

 

「よっしゃー! ナイスやで! 先輩!」

 

「あそこでよく詰めてましたよ!」

 

「あはは、まさか私らが倒せるなんて思わなかったよ」

 

「流石は私の部下だ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「とりあえず一回戦突破やね! みんな胴上げや!」

 

「「「おー!」」」

 

 

 そう言いながら、繁子は今回フラッグ車を討ち取る事に成功した二年生達をそれぞれ胴上げする様にみんなに提案し、隊長の辻もそれに乗った。

 

 二年生達の身体は宙を舞い、皆が勝利を収めた事を喜ぶ。

 

 戦車全国大会一回戦、ヴァイキング水産高校。

 

 繁子達は記念すべき、戦車道全国大会初戦を白星で飾り、次の二回戦に駒を進める事になった。

 

 



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昔話

 

 前回までのあらすじ。

 

 かつて栄えた時御流、しかし、その時御流は過酷な流派ゆえに没落の一途を辿っていた。

 

 そして、その時御流家元。繁子の母、明子は病によりこの世を去る。母、明子から遺された時御流、繁子はこの時御流を再び再興させるために島田流、西住流を倒す事を母に誓う。

 

 繁子と時御流を共に学んだ同門の永瀬、国舞、立江、真沙子の四人の仲間達。

 

 繁子達五人は時御流の力を示すべく、名門知波単学園へと入学した。だが、そこにあったのはボロボロになったチハばかり。

 

 この事態を重く捉えた繁子は新たな戦車と知波単学園の機甲科の意識改革を提唱。

 

 隊長の辻つつじと共に辻達三年生最後の全国大会に挑むのであった。

 

 全国大会に蠢めく強豪校達。

 

 繁子は幼き日、親友となった西住流、西住しほの娘西住まほと決勝で戦う事を約束する。

 

 そして、繁子達は迎えた戦車道全国大会初戦、ヴァイキング水産高校を難なく降し初戦を突破。

 

 二回戦に駒を進めるのであった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ここは西住流本家。

 

 西住流、西住しほの私室だ。彼女はまっすぐにテレビを見つめてある試合の光景を眺めていた。

 

 似ている…。テレビの液晶を見つめる彼女はそう思った。かつて戦った宿敵であり親友である女性の戦い方。それに、その試合の展開の仕方があまりにも似通っていた。

 

 

「しほ様。また知波単学園の試合をご覧になっているのですか?」

 

「…ん…、ありがとうございます。えぇ、少し気になることがありまして」

 

 

 そう言って、秘書が持ってきたお茶を受け取る西住しほ。

 

 彼女は今までとは違う知波単学園の試合運びが映るVTRにこれまでに無い、重なる様な、そんな違和感を感じた。

 

 これが憶測ではなければ、もしかすると知波単学園に以前、秘書に話していたかつての友人、城志摩 明子の遺した一人娘がいるやも知れない。

 

 そう、島田流と西住流だけである今、再び、蘇ろうとしている流派の姿。しほはその事が気掛かりになっていた。

 

 

「…すいませんが、知波単学園の機甲科に今年入った一年生の名簿を見たいのですが、可能ですかね」

 

「はい? 知波単学園の機甲科の一年生ですか?」

 

「えぇ。お願いできますか?」

 

「わかりました、では持って来ます…しかしなんでまた」

 

「ある約束の為です」

 

「約束…?」

 

「えぇ、ですから頼みましたよ」

 

 

 そう言って、西住しほは秘書にそう言うと再びそのVTRに視線を戻した。

 

 地形自体を変え、自分達が戦いやすい環境を作り出し連携が取れた待ち伏せとそれからの挟撃。

 

 待ち伏せの為に知波単の戦車に掛けられたカモフラージュはしほの目を持ってしても見抜く事はし辛く、それでいて、奇襲を仕掛けたケホ車3輌が飛び出すタイミングも完璧だった。

 

 西住しほが今までの知る突撃だけの知波単学園の戦術とはとても思えない。まるで違う何かを感じさせる、そんな戦術だった。

 

 

「持って来ました。今回の戦車道全国大会の登録選手の名簿です」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そう言うと西住しほは秘書に退がる様に告げ、すぐに秘書が持って来た戦車道全国大会の知波単学園一年生の登録選手名簿に目を通す。

 

 自分の予想が当たっているならばこの学園の選手に彼女がいる筈。

 

 明子は言っていた、時御流は自分の代で潰える事になるだろうと。

 

 しかし、しほはそれでも時御流という戦車道の流派を娘に語り継ぐべきだと彼女に説いた。

 

 だが、明子は自分の娘には自分の戦車道を見つけてほしいと願っていた。しほもそんな明子には何も言うことはできなかった。

 

 時御流の戦い方、西住流の戦い方、島田流の戦い方。

 

 そのそれぞれで、かつて、自分を含めた流派を使って三人で戦い合ったあの思い出はしほには忘れることができないものだ。

 

 西住しほは選手名簿を眺めながらふと昔の事を思い出す。それはしほが高校生だった時の話だ。

 

 全員負けず嫌いで流派の面子関係なしに勝負にこだわった。

 

 

『あんたら負けたら私ら全員にアイス奢りやかんね!』

 

『フラッグ戦で貴女には西住流は勝ち越してますから果たして勝てますかね?』

 

『…どうかしらね〜? 殲滅戦だろうがフラッグ戦だろうが島田流ならば貴女達なんて束になっても勝てませんよどうせ』

 

『あ、わかった。言質とったな! しぽりん!』

 

『あぁ、確かに聞きましたね』

 

『んじゃ実家からラントクロイツァーP1500モンスター作って引っ張って来るけど大丈夫やね?』

 

『ごめんなさい嘘付きましたやめてください死んでしまいます』

 

『…明子の目の前で殲滅戦は禁句ですよ』

 

『あはははははは、冗談やって!ちよきち!』

 

『貴女が言うと冗談に聞こえないんですよ』

 

 

 他愛の無い会話を交わしたエキシビションマッチ。

 

 結果は負けたり勝ったりだ。何回も練習試合を組んでは三人で切磋琢磨してそれぞれの流派の腕を競い合い磨き合った。

 

 高校三年生最後の戦車道全国大会が終わって、西住流がフラッグ戦で時御流と島田流を破り優勝。

 

 だが、互いに全てを出し切った彼女達には未練も遺恨も無かった。

 

 明子の人柄はとても明るくて、それでいて結婚してからも母性溢れる優しい母親だった。

 

 明子が結婚し、親しくなった彼女が子供を連れて夏休みに西住本家に遊びで訪れた事もあった。

 

 明子と自分の子供達がすぐに仲良くなった事もしほは知っている。よく三人で遊びに行く姿を明子と見送ったものだ。

 

 それから何年後だっただろうか、西住しほは時御流本家を訪れた。そこに居たのは床に伏せているあの明るかった明子の姿だ。

 

 そして、床に横たわる明子の言った言葉はとてもしほには信じられ無かった。

 

 あのなんでも作る凄い娘が、こんな風になるなんてしほは思いもしていなかった。

 

 

『…久しぶりやねーしぽりん』

 

『………えぇ…』

 

『何辛気臭い顔しとるん?』

 

『具合は…?』

 

『こればっかりはねぇ…』

 

 

 そう言って、苦笑いを浮かべる明子。

 

 枕の横にある薬や明らかに顔つきが痩せた明子の様子を見れば、しほにもこれがどうにもならない事であると理解できる。

 

 けれどもかつて、あんなに激しく戦った戦友と呼べる明子が苦しんで病と戦っていると思うとしほは心が苦しかった。

 

 

『…そうですか…』

 

『多分、もっても…あの娘が中学三年生くらいやろうかねぇ…』

 

 

 そう言って、明子は外を眺めながら遠くを見つめる。

 

 自分の身体の事は自分がよくわかっている。明子はしほにそう言い切った。だが、残された者達はどうなるのか、しほにはそちらが心配でならなかった

 

 

『その娘はどうなさるんですか? 貴女がいなくなれば…』

 

『そんなヤワな育て方はしとらんよ、あの娘なら無人島でだって一人で生きていける』

 

『ふふ、貴女が言うと冗談に聞こえませんよ』

 

『あはは…、そうやねぇ…』

 

 

 他愛のない会話だけれどもなんだか感慨深いものだった。この時のしほにはこの時間が限られたものでなくなってしまう事が未だに信じられない。

 

 すると、明子はふと何かを思い出した様にポンッと手を叩くと笑顔を浮かべてこうしほに話をしはじめる。

 

 

『あ、そういやちよきちも来たんよ? しぽりんみたいに辛気臭い顔してお土産にカステラ持って来てくれてね、後で一緒に食べんね?』

 

『ほんとですか…。いやしかし、私がもらって良いものか…』

 

『ええよーええよー、気にせんでも! しぽりんと私が一緒に食べたいんよ』

 

 

 そう言うと明子は見舞い品で貰ったカステラを持ってこさせるとお茶を飲みながらしほとそれを食べる。

 

 そして、カステラを食べ終えると一言、明子はしほにこう告げた。

 

 

『…カステラ作らなあかんかなぁ』

 

『ダメです』

 

『えぇ〜』

 

『ダメです』

 

 

 明子が何かを言う前にしほは全力で止めに掛かる。

 

 病人が何を言っているのか、身体を休めとかないといけないのにカステラを作ろうと考えるなんてもってのほか、そんな、しほの感情もあってか止められた明子はプクーと頬を膨らませて拗ねる。

 

 

『そんな顔をしてもダメなものはダメです』

 

『わかっとるよ、冗談冗談…』

 

『だから貴女の冗談は…はぁ、もういいです』

 

 

 しほはニシシと笑みを浮かべて笑う明子に何かを言う前に溜息をついて言うのを止めた。

 

 明子とこんなやりとりをしたのは久しぶりだけれど自然だった。そして、しばらく時間が経ってからだったろうか、明子はしほにこう話を切り出した。

 

 

『しぽりん…さっきの話…。やっぱりあの娘の事、私がいなくなってからお願いできんね?』

 

『…あきちゃん』

 

『…うん、あんな事言ってたんやけど…やっぱり心配なんよ…。私がいなくなったらあの娘がどうなるか…』

 

 

 そう言って、儚げな笑みを浮かべて明子は素直な気持ちをしほに打ち明けた。

 

 明子の言葉を聞いていたしほは静かに頷いてこう返答を返す。彼女の母親としての願いならば聞いてやらねばならないと、しほはそう思っていた。

 

 

『…えぇ…わかりました』

 

『ありがとな?』

 

『ちよきちも私も…。貴女の事が好きですから、見届けてあげますよちゃんと…その娘がどうなるか』

 

 

 そう言って、細くなった明子の手をそっと握るしほ。

 

 明子はその言葉に安心した様に笑みを浮かべた。なんやかんや言っていてもやはり、明子も一人の母親なのである。

 

 しほもその気持ちはわかった。自分がもし明子の立場であるなら娘達はどうするのか考えた事もない。

 

 だから、彼女の力になりたかった。時御流もともに戦車道を極めていずれ西住流、島田流の様に日本が誇る流派の一角になるべきだと島田流家元、島田千代も西住流、西住しほもそう思っていた。

 

 そんな昔の思い出を思い出しながら明子との約束を守る為にもしほは知っておきたかった。

 

 その、明子の意思を継いだ娘の事を。

 

 

「…ありました、一年生…なるほど、この娘ですか」

 

 

 登録選手の名簿を調べていたしほの手がピタリと止まる。そして、その中から彼女に似た雰囲気がある娘を見つけ出す。

 

 その大きくなった写真の姿を見たしほはフッと優しい笑みをこぼした。

 

 

「城志摩 繁子…、随分大きくなりましたね。どことなく明子に似てます」

 

 

 写真に写る大きくなった城志摩 繁子の写真。

 

 この娘の成長が娘達同様に良いものであって欲しい、きっと亡くなった明子もそう思っている事だろう。

 

 そして、恐らくは黒森峰で戦車道をはじめた娘のまほにも来年、高校に上がるみほにも繁子という存在がきっと何かしらの変化をもたらしてくれる。

 

 

「さて、知波単は時御流とわかった今、うかうかしてられませんね。対策を練る様にまほにも言っておかなくては」

 

 

 だが、もちろんしほは黒森峰を負けさせるつもりは毛頭無い。

 

 明子の娘であるならばきっと黒森峰の障害として立ち塞がる筈だ。王者として、最大の挑戦者を迎え討つのが西住流である。



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対サンダース会議

 

 

 戦車道全国大会、知波単学園の初戦勝利から一週間。

 

 繁子達、知波単学園はヴァイキング水産高校に乗った勢いで続く二回戦、LT-35、LT-38を有するヨーグルト学園を撃破。

 

 新たに生まれ変わった知波単学園と繁子達が使う時御流という全く未知の流派を知らない学園であった事が幸いし、繁子達が組んだ戦術がヨーグルト学園に見事的中。繁子達は難なく三回戦に駒を進めた。

 

 そして、いよいよ次は三回戦。ここからが本番である。

 

 三回戦以降からは実力校ばかりがひしめく強者達の世界。

 

 ここからは次元が違う。三回戦、繁子達が当たる対戦校。それは…。

 

 

「やっぱり上がってきよったか、サンダース大学付属高校」

 

「だろうな…」

 

「けど、二回戦、継続高校に苦戦したらしいよ。なんでも一年生がかなり曲者だったとか」

 

「その話がほんとなら、来年の継続高校は相当強いやろうな…、油断できんところやで」

 

「え? なんで?」

 

「考えてみたらわかるでしょう? 継続は貧乏な学校に比べサンダースはかなりの戦車を有する3軍まである実力校よ。それを苦戦に追い込んだというのは戦車を操る腕が相当長けてる証拠」

 

 

 そう言って首を傾げる永瀬に告げる立江。

 

 戦車の質を覆すような戦術を引いたのか、それとも、戦車の腕が相当良いのか二つに一つ、そのどれにしても負けた継続高校という学校はなんとも言えない不気味さがあった。

 

 繁子は冷静に推測し、おそらくは条件さえ合えば継続高校はサンダースすら破る実力を兼ね備えていたという答えに辿り着く。

 

 そう例えば。

 

 

「うちらが戦車を作ったったらかなり強くなるかもわからんなぁ…。まぁ、うちらは知波単学園やけれども」

 

「戦車か…、確かに貧乏な事を考えれば戦車の質は必然的に下がるだろうな」

 

「戦術と乗ってる連中のポテンシャル的にはサンダースより継続高校が上回ってるかもしれんね」

 

「だが、サンダースは3軍まである学校だぞ? 競争がそれだけ激しい学校にポテンシャルが上回るというのは…」

 

「現場だと状況や指揮官が違えばそれだけでガラリと違うもんですよ、継続高校か…覚えとこ」

 

 

 繁子は冷静にサンダースが倒した相手の分析も視野に入れてそう呟く。

 

 来年、再来年、この学校が果たしてどうなっているかわからない、もしかするととんでもない強い学校になって来るかもしれない。

 

 だが、本題は繁子達の次戦で戦うサンダース大学付属高校だ。

 

 財力、戦車、乗車員。この全てが揃うこのサンダース大学付属高校。

 

 ニミッツ級空母に似た学園艦及び学園艦に所在する高校で、戦車の保有台数全国一を誇るお金持ちの学校として知られている強豪校である。

 

 その保有車両数は機甲大隊一個分の戦力にあたる50両の戦車を練習試合に投入可能な程。

 

 M4シャーマンを中心とした車両は、多少の故障ならば入れ替える事で常にベストの布陣で試合に臨め、その圧倒的な戦車の物量と信頼性と故障率の低さにより投入可能な戦車数が多くなる大会後半戦に強く、その事から聖グロリアーナ女学院、プラウダ高校、黒森峰女学園と共に優勝校の一角として知られている。

 

 

「ぐっちゃんが大好きなシャーマンが腐る程ある学校やな」

 

「いや〜涎が出るねー」

 

「目が輝いてんね、ぐっちゃん」

 

「ぐっちゃんはT34が大好きだとばかり思ってたけど」

 

「ある戦争映画の影響でね! フォーリー見てたら好きになってさ!」

 

「あぁ、あの戦車の…確かにロマンがあったね」

 

「でしょ! でしょう!」

 

「まぁ、今回はそんな戦車群を根こそぎぶっ倒すのが目的なんやけどね」

 

 

 そう言って、繁子はミーティングの最中にタブレットを出し、地図を広げて次回の戦う戦場について冷静な分析と戦術の段取りを取りはじめる。

 

 今迄の戦いとは違う、そんな、繁子の雰囲気はその場にいる知波単学園の仲間達全員に伝わった。

 

 向こうは財力のある名門校、そして、こちらは自作や試行錯誤して製造した戦車ばかりだ。

 

 金や戦車の量や質だけで試合を勝たせるなんて、繁子のプライドが許さない。あのサンダース大学付属高校の隊長も見返さないといけない。

 

 自分達がたかが一年生如きなのかどうか。そして、同時に示す必要がある、自分達を率いている知波単学園の辻つつじが最後のこの大会に賭けている覚悟を。

 

 

「なら、今回、決戦兵器オイ車1輌。及び、完成したホリIIの導入を行うけど、異論はないな?」

 

「うん」

 

「もちろんだ」

 

「よし、なら話を続けるで、現在、ウチらはチハの量が比較的に多すぎる。よって、試合までにこれを数輌改造しようと考えてます」

 

「改造? 何に改造するんだ?」

 

「三式砲戦車ホニIII。ですね。可能ならばこれを中心に徐々に改造していこうかと考えとります」

 

「対シャーマンにはやはり、それなりの戦力が必要ですからね」

 

「なるほど、わかった」

 

「こちらは先日やられた戦車の修理を兼ねて整備科とウチらで行います。あと、戦車を壊した機甲科ですね」

 

 

 そう言って繁子はチハの改造する方針を辻に明確に伝える。

 

 できればチハは何輌か残す形でこれらの戦車を改造していけたらベストだ。リミットは次の三回戦まで。

 

 何輌改造できるかが勝負である。それでも現在ある戦車でも十分立ち回る事は出来るが無いよりあった方に越した事は無い。

 

 繁子達はなんとしても辻を優勝させてやりたい、全員、その気持ちは同じである。

 

 繁子はとりあえずミーティングの続きに入る。本題は戦術だ。財力も戦車も持ち合わせているサンダース大学付属高校にどう立ち回るかが今回の肝になってくるだろう。

 

 戦う立地と場所、地形、状況。

 

 繁子はそれらを踏まえて地図を示しながら辻達にこう話をしはじめる。

 

 

「まず、ケホで奇襲なんですが。今回の奇襲は撹乱目的でなく時間稼ぎ及び即撤退を前提に行います」

 

「なんだと?」

 

「敵戦車をおびき寄せ誘導する為ですね、今回は市街地戦が中心になるかと」

 

「市街地戦か…敵戦車と鉢合わせする可能性が高くなるな」

 

「それが狙いですよ、隊長」

 

 

 繁子はそんな辻の言葉にニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 市街地戦に持ち込む理由、それは、鉢合わせを行わせる為の繁子の策略の一つである。なぜならば、今回はオイ車を導入し、さらに、ホリIIもある。

 

 機動性が高いとは言い難いこの重戦車達を繁子は上手く使おうと考えていたのだ。

 

 

「市街地戦は鉢合わせが多くなる。確かにそうでしょう。けれど地理を理解していれば、そんな鉢合わせを限定して有利に事を運べる武器になります」

 

「今回、市街地にバリケードを作り道を制限してしまいます。もちろん、バリケードには戦車を伏せておいて無理に突破を仕掛ける戦車は迎え討つという算段です」

 

「バリケードを仕掛けて…道を制限する意味は?」

 

「さて、そこで問題です。バリケードが無い道の先にある戦車はなんでしょうか?」

 

「あ…」

 

 

 その繁子の言葉に辻は思わず声をこぼした。

 

 つまり、オイ車が待ち構える道を制限してしまおうという作戦だ。更に、バリケードが無い道に鉢合わせしたオイ車を使い繁子は更に作戦を考えていた。

 

 それはオイ車と連携した挟撃、市街地戦に大量の戦車は道の詰まりや行動範囲の制限が掛けられる。

 

 身動きの取れない大量の戦車を一網打尽にする。

 

 戦車を行動不能にする方法は何も主砲だけが全てでは無い、ビルを倒壊させたりし瓦礫に埋もれさせたり、また、敵戦車が瓦礫からの脱出の間に主砲を撃ち込む事も出来るだろう。

 

 サンダース大学付属高校の大量の戦車が仇となる様にこういった戦術を繁子はわざわざ考えたのである。

 

 それと一つ、繁子はある提案を辻に投げかけた。

 

 

「あと今回の通信手段は無線は使いません、全部携帯端末でやるんで」

 

「そりゃまた、なんでだ?」

 

「傍受される可能性があります。サンダースはそういった戦術が考えられる学校ですから」

 

「はぁ…成る程…。携帯端末を使った通信か、わかったしかし暗黙の了解では無いのか? 良いのか? そんな事をしても」

 

「ダメなんてルールは戦車道のルールのどこにも書いてません。むしろ勝つ為の手段ならばしてくる可能性もあります。勝つ為ならばウチも相手の無線を傍受。…っといきたいところですが」

 

「それはそれで使い道はあるんやけどね、敵が傍受してくるんなら、わざとこちらが通信による誘導とかもできたりとか」

 

「成る程、ケホで奇襲した後に無線をわざと傍受させておびき寄せる事も視野に入れてるわけだな」

 

「ご明察通りですよ、辻隊長」

 

 

 繁子はそう言うと静かに頷いてそれに応える。

 

 バリケードを仕掛ける時間はケホがそれなりに稼いでくれたら大丈夫だ。即興で道を塞ぐ方法なら繁子達は何個も思いつく。

 

 あらかじめ作り置いといたバリケードを道に仕掛けてもいい、戦車を使って建物を倒壊させたりして塞いでも可能性だ。

 

 フェアプレイとは言うが、繁子は警戒を怠るつもりは無い。この後の強豪校と戦う時も携帯端末からの通信手段を用いる事を視野に入れている。

 

 勝つ為ならば、フェアプレイを提唱しているだけでは勝てない。もちろん、無線傍受などは戦車道の暗黙の了解でする学校はいないかもしれない。

 

 だが、戦車道では傍受してはいけないというルールは存在しない。むしろ、繁子達も傍受を戦術に入れようかと考えた時期もあった。

 

 しかし、上で挙げたようにそれを逆手に取られて敵に誘導されて撃破される危険性もある。だからこそ、繁子は通信手段を携帯端末に限定した。

 

 

「通信手段なんて連絡できて状況の把握さえできれば一緒ですからね、それで、戦術を崩される方がよっぽど悪い展開ですよ」

 

「うん、確かに…ならその作戦で行こう。作戦名は?」

 

「せやなー、実はもう考えてありまして」

 

「何? 考えているのか?」

 

「はい、その名も…」

 

 

 繁子はそう言うと静かに笑みを浮かべる。

 

 その言葉にゴクリと唾を飲み込む辻を含めた知波単学園の生徒達。

 

 こんだけ手の込んだ作戦なのだ。きっと繁子が凄い名前を思いついているに違い無い。そんな期待を持って彼女達は繁子からの言葉を待つ。

 

 そして、つけられた作戦名。それは…。

 

 

「名付けて、オペレーションFKや!」

 

「オペレーションFK?」

 

「それってなんの略なの?」

 

「フルセット着てやればすぐにスズメバチを駆除できる作戦の略や」

 

 

 その瞬間、全員が全員、椅子からズルリと転げ落ちた。

 

 名前が長い上になんだか締まらないそんな作戦名である。フルセットとはおそらくバリケードの事を指しているのだろうがそのネーミングセンスはいかがなものだろうか。

 

 だが、この作戦名を聞いた立江達はというと全員が全員納得したように頷いている。まるで、その状況に共感しているようだった。

 

 

「フルセットあるからね」

 

「やっぱりスズメバチ駆除にはフルセットでしょ」

 

「フルセットがあれば大体戦える」

 

「さすがリーダー、わかってるね」

 

 

 何をわかっているというのか全く謎なのであるがどうやら立江達には申し分なく完璧な作戦名だったようだった。

 

 作戦名がわざわざ略されてるのもわかる。略されてるのが無駄に長い。

 

 しかしながら、とりあえず作戦名は決まり、そして、対サンダース大学付属高校との戦術と方針は決まった。

 

 後は敵の指揮官がこの戦術に嵌ってくれるかどうか、それが勝敗を分けるだろう。

 

 繁子達はその後、残りの日にちの事を考えつつ、チハの改造に着手する。

 

 サンダース大学付属高校との決戦に備えてやるべき事はやっておかねばなるまい。それが、彼女達が選んだ戦車道なのだから。

 

 



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VSサンダース大学付属高校

 

 戦車道全国大会三回戦。

 

 サンダース大学付属高校VS知波単学園。

 

 この日、戦車道に通ずる人間なら誰しもが盛り上がるだろうこの対戦カードに観客は盛大な盛り上がりを見せた。

 

 というのも、WW2で戦ったサンダース大学付属高校のアメリカ軍戦車と知波単学園の日本軍戦車が激突するのだ。

 

 戦車道を知っている者達でこの展開に燃えない者などいないわけが無い。

 

 いわば、日本の誇るべき戦車とアメリカの精神を体現した戦車達が互いの誇りを賭けて戦う。

 

 互いに負けられない譲れないプライドがある戦いだ。

 

 白熱する両校。そんな中、繁子は試合前に隊長であるメグミと顔を見合わせた。

 

 

「今日はよろしく頼みますよ、先輩」

 

「えぇ、良い試合にしましょう。互いにね」

 

 

 そう言いながら握手を互いに笑みを浮かべて交わす繁子とメグミ。

 

 今日は繁子がフラッグ車を四式中戦車に定め乗車を予定している、そして、戦車隊の分配だが前の試合と同じく辻隊と永瀬隊に戦車を分けた。

 

 そして、今回の作戦の要であるオイ車には先日、チハでヴァイキング水産高校から大将首を挙げた二年生。赤髪の短髪少女、新庄 けいこが抜擢。

 

 そして、ホリIIには立江が乗り込み、さらに、ホニIIIとチハ、チヘの戦車隊が戦列に加わる。サンダース大学付属高校と戦う為、知波単学園の布陣は盤石なものとなっている。

 

 笑顔のまま握手を終える繁子とメグミの二人。彼女達は互いに背を向けて己を待つチームへとそれぞれ戻って行く。

 

 だが、当然、背を向けた途端二人の内なる感情は全く別の事を思っていた。

 

 

(…1人残さず潰す)

 

(絶対勝つ…。負けへん…)

 

 

 明らかにそれぞれのチームに戻る際目が据わっている2人。

 

 燃える感情は昂ぶり、互いに身体中から分泌されるアドレナリン。そんな日米のプライドを賭けた対決はこの後の激闘を予感させられるものがあった。

 

 そして、背を向けて皆の待つ戦車に足をむける繁子。

 

 すると、踵を返し自分の戦車へと戻ろうとする繁子の前にサンダース大学付属のタンクジャケットを着た女生徒が2人近づいて来る。繁子はそんな2人の姿が視界に入ったのかピタリと歩く足を止めた。

 

 

「Hello! 貴女が噂の城志摩 繁子?」

 

「へぇ…この娘か…」

 

「あんたらは…」

 

「私の名前はケイ! 貴女と同じ一年生よ! 今日はよろしくね! そして、こっちがナオミ!」

 

「よろしく」

 

「ん…。あぁ、よろしゅうな」

 

「今日はフェアプレイで互いに全力を尽くしましょう!」

 

 

 そう言って、繁子に手を差し伸べるケイ。

 

 繁子はフレンドリーなケイに応えるように握手を交わす。どうやら、悪い人物では無さそうだ。むしろ、心地良い程明るく繁子も彼女の差し伸べてきた手を掴み握手を交わす。

 

 繁子はケイと握手を交わした後にこう話をしはじめた。

 

 

「いやー誤算やった。まさか、サンダース大学付属高校こんなええ人がいるとは思わへんかったよ、もっとバチバチ火花を散らしてくると思うとったからね」

 

「まぁ、ウチのメグミ隊長はそんな感じだけどね! けど、noproblem! 私は純粋に戦車道の腕を貴女と競い合いたいだけだから」

 

「さぁ…その機会はあるやろうかねぇ?」

 

「WHY? 試合中ならばあり得る話でしょう?」

 

「まぁ、それは始まってからのお楽しみって事で」

 

「ふふ、なら楽しみにしとこうかしら?」

 

 

 そう言って、繁子は握手を交わしたケイの横を通り過ぎ、辻隊長達が待つ戦車の元へと歩いて行く。

 

 横を通り過ぎる繁子を横目で見るケイ。

 

 彼女はうっすらとだが、感じていた。繁子から出ている雰囲気。それが、どこか異質である事を、言うならば…。

 

 

(monsterなんて言い方はしたく無いけれど、あの娘…)

 

 

 今までケイが会った事の無い人種。

 

 戦車に乗る怪物、その表現は果たして的を得ているのかはわからない。

 

 しかしながら、今までの繁子達の戦車道の試合を見て分析したが、ケイはあのような戦術は戦車道の中で今まで見た事もなかった。

 

 西住流でも島田流でも無い…あの異質な戦法は見た事が無い。試合中に地形を変え、自軍の戦車を優位に立たせる戦術に戦車の特性を活かした撹乱。

 

 

(…さて、お手並み拝見ね)

 

 

 繁子の後ろ姿を見届けるケイは笑みを浮かべ、対峙する同学年の強敵との戦いに心が躍った。

 

 来年、再来年には自分と同じくまた戦車道全国大会で戦うであろう強敵。その強敵との戦いは未来の自分にとってもプラスになる。それをケイはわかっているのだ。

 

 サンダース大学付属高校の隊長、メグミとの握手を終えた繁子はいつものように自分の乗る四式中戦車に近寄る。

 

 遠目からケイ達の会話を見ていた四式中戦車の側で待っていた立江達は先ほどの会話が気になったのかこう繁子に声をかけた。

 

 

「サンダースのあの娘なんて言ってたの?」

 

「ん…? あぁ、大した事やない、フェアプレイで戦おうやと」

 

「しかしながら、サンダースが導入してくるのが大量の戦車を予想してたのに準決勝まで登録車両10輌ってのは予想外だったねしげちゃん」

 

「せやなぁ、とりあえず50輌くらいはぶっ倒せると思うてたんやけど」

 

「よくよく考えたらウチも。一、二回戦10輌だけだったね」

 

「完全に忘れてたわ」

 

 

 今回のサンダース大学付属高校の導入してくる車輌が予想外に少ない事は完全に誤算だった。

 

 リッチな学校でたくさん戦車を持ってる+全車輌ぶち込んでくるんじゃない?=なら、全車輌ぶっ倒したろ。

 

 完全にこんな感じの方程式が繁子や立江達の頭の中で完結されていたのであるが、どうやらそこは完全に的はずれだったようだ。

 

 それでも、繁子達は当初の作戦は変えるつもりは無い。

 

『オペレーションFK』。

 

 オイ車を使ったこの作戦はもちろんそのままで行うつもりだ。

 

 サンダース大学付属高校とはいえど、時御流と対峙するのは初めての事であるだろう。そう言った部分ではこちらに分があるといえる。

 

 よくよく考えたら二回戦でも10輌だった。辻隊長に試合当日に指摘されるまで繁子達はやる気十分だったのだが、これではとんだ拍子抜けである。

 

 

「ま、ええわ、ともかく勝つ事が大事やしな」

 

「フェアプレイねー? しげちゃんどう思う?」

 

「いや、作戦通りにやるで」

 

「りょーかい」

 

 

 作戦を変えずに動く繁子の決定に頷く多代子。

 

 何はともあれ、試合は間も無く始まる。互いに定位置についた戦車に乗り込み試合開始を待つだけだ。

 

 そして、しばらく時間が経ち、運営側からの試合開始の煙弾が上へと上がり、試合開始が全車輌に通達される。

 

 繁子は全車輌に向けてそれぞれ作戦どおりに指示を出す。

 

 

「オペレーションFK。開始や! 行くで! 宙船! ゴー!」

 

「「ゴー!」」

 

 

 そして、繁子の掛け声と共に知波単学園の全車輌が音を立てて動きはじめる。

 

 まずは作戦通り、市街地戦に持ち込む為に機動性が最も高い永瀬隊と繁子達は別れて行動する様に通達を出した。

 

 時御流カモフラージュは完成度が高く、待ち伏せは十八番。

 

 今回は永瀬達がサンダース大学付属高校の戦車群に待ち伏せを行い、成功次第誘導を兼ねた逃走を試みるという策だ。

 

 もちろん、その際には携帯を使い通信を行う。

 

 

「さてと、…よっこらしょういち」

 

「しげちゃんオヤジくさいよー、それー」

 

「べ、別にええやろ! 気にすんな!」

 

 

 繁子は操縦席に座る多代子の指摘に恥ずかしそうに顔を赤くしながら声を上げる。華の女子高生がオヤジくさいとはこれいかに。

 

 そんなこんなで戦車から顔を出した繁子。そして、繁子は辺りを見渡してあるものをすぐに見つけた。

 

 それは…。

 

 

「やっぱりなぁ…やと、思っとったで」

 

 

 そうそれは、空に浮かぶ無線傍受機。

 

 何故、これが予想範囲内だというと繁子にはある確信があった。それは、今までサンダース大学付属高校が行った試合を映像を通して見て分析していた時に気がついた事。

 

 勝ち試合でサンダース大学付属高校があっさりと敵の動きを予期しすぎていた様な動きを見せていたからだ。

 

 繁子や立江達はその練習試合を観戦の映像を見て、思わずその無線傍受を真っ先に疑った。

 

 そうでなければあれほど相手戦車を予期した様な連携や動きは取れない。

 

 だが、この無線傍受がもし本当にあったと仮定して繁子は逆に利用しようと考えていた。先日話していた誘導と時間稼ぎに利用するためだ。

 

 バリケードの設置による道の制限。

 

 そして、オイ車の移動時間。それらを考えるとケホで奇襲を掛けて敵の出鼻を挫き、急ぎで用意しなければならないだろう。

 

 

「永瀬隊、ポイントKに移動開始してや」

 

「あいさーポイントKっすね! りょーかい!」

 

「メグミ隊長! 敵車輌分隊! ポイントKに移動開始致しました」

 

「わかったわ、ならば6車輌! ポイントKに移動開始!」

 

(とまぁ、こんな感じで敵車輌が引っかかってくれとるはずや)

 

 

 通信機で永瀬達と話をしていた繁子はニシシと悪戯めいた笑みを浮かべる。

 

 永瀬には通信機で話す声は全てダミーであり、本指示は携帯端末により行う事を既に通達済みである。

 

 ケホ奇襲隊は3輌。

 

 奇襲が成功次第撤退を行い、しばらく時間稼ぎをした後、誘導作戦を実行に移す。段取りとしてはこんなところだろう。

 

 試合はまだ始まったばかりである。

 

 とりあえず、繁子は市街地に移動を完了し各自にバリケードを仕掛ける様に指示。そして、移動した永瀬からの通信を待つ事にした。

 

 しばらくして、永瀬からの通信が繁子達に入る。

 

 だが、そこから聞いた話は繁子達が耳を疑うようなものであった。

 

 

『こちら永瀬隊。敵車輌発見。数は6…。編成は…M4シャーマンが4輌、ファイアフライが1輌…。あれは…!』

 

「ん…? どないした永瀬?」

 

『T30重戦車だよ! しげちゃん! 相手!重戦車連れてきてる!』

 

 

 その瞬間、繁子の背筋が凍りついた。

 

 だとすれば相手はオイ車を倒せる戦力を持ち込んで来ている事になる。それに、非常に厚い装甲を持っている重戦車を倒すのは容易ではない。

 

 そう、サンダース大学付属高校も市街地戦を想定して、戦車を用意してきたのだ。

 

 繁子もこれには顔を渋らせるしかない。

 

 だが、今更そう言ったところでプランをいきなり変更し永瀬達を危険に晒すわけにはいかない。待ち伏せと時間稼ぎは問題なく行う予定だ。

 

 

「…あかんな、これはプランBも視野に入れないかんかもわからんね」

 

「プランB? しげちゃんなんか考えてんの?」

 

「まぁね、その名もオペレーションSTや」

 

「オペレーションST?」

 

「それってちなみになんの略な訳?」

 

 

 そう言って繁子が変更する予定を視野に入れている作戦名を問う、真沙子と多代子。

 

 すると、繁子は神妙そうな顔つきでゆっくりと彼女達にその作戦名はどういった意味が含まれているのかをゆっくりと語りだす。

 

 

「そうめんを飛ばすしかない作戦の略や」

 

 

 その瞬間、操縦席に座る多代子と砲撃手の真沙子は盛大にずっこける。

 

 むしろその作戦名の意図も内容も全く予想できない。摩訶不思議な作戦名。プランB『そうめんを飛ばすしかない作戦』とは一体…。

 

 何故、戦車道でそうめんなのか。そうめんで戦うつもりなのか。

 

 謎が謎を呼ぶサンダース大学付属高校との激闘はどうなるのか、奇襲に出た永瀬隊。果たして彼女達は…。

 

 サンダース大学付属高校VS知波単学園の試合はまだ序盤である。

 



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VSサンダース大学付属高校 2

 

 こちらは所変わって。

 

 現在、ケホ三輌を率いて誘導及び奇襲を仕掛けるためにカモフラージュで身を潜めている永瀬隊。

 

 彼女は前方から現れた予想外の戦車に思わず度肝を抜かれた。

 

 まさか、重戦車をサンダース大学付属高校が持ち出してくるというのは予想外の出来事。永瀬も戦車内で思わず冷や汗を溢す。

 

 

「まさか予想外だったよ。1世紀は9年じゃなかった事の次くらいに予想外だった」

 

「いや、永瀬っち、それは短すぎだから…」

 

「もう少し噛み砕いて言えばビアンカ派がフローラ派に乗り換えるくらいショックかな」

 

「ごめん、例えがよくわからない」

 

「えっ!? ドラクエやってないの!? 人生半分くらい損してるよ!」

 

「あー、うんごめん」(FF派だなんて言えない…)

 

 

 そんな感じで車長を務める永瀬は緊迫した状況下にも関わらず、操縦席に座る先輩と他愛の無い会話を交わしていた。

 

 とりあえず、奇襲して撤退の指示は繁子から携帯端末を通じて受けている。そうめんを飛ばすしかない作戦とかいうのも聞こえたような気がしたがおそらく気のせいだろう。

 

 相手戦車も永瀬達がポイントKにいない事に関してもう気づく頃合いだろう。弾頭が当たる間合いには入った、後は撃ち込んでスタコラサッサと逃げるだけである。

 

 

「さてさて、んじゃぼちぼちはじめよっかね!」

 

「装填完了!」

 

「ほんじゃま! 一発かまそうか!」

 

 

 そう言った瞬間、永瀬が乗るケホの主砲が轟音を立て弾頭を発射した。

 

 見事、敵シャーマン戦車に直撃。白旗が上がり行動不能となる。それに続くかのように他2輌のケホも主砲を発射し1輌は外したもののもう1輌のシャーマン戦車撃破に成功する。

 

 何故、この時点でファイアフライやT30重戦車を狙わないかというとケホの主砲で厚い装甲を貫けるのかわからないという不安要素があったからだ。

 

 よって永瀬は繁子からはシャーマン三台の撃破を要請された。今回はそれに応えた形である。1輌は取り逃がしてしまったのであるが…。

 

 向こうはT30重戦車にファイアフライ、そしてシャーマン戦車2輌。

 

 残ったシャーマン2輌くらいならばどうにかなるだろうが、それでも今回は大事をとってのこの策。

 

 重戦車ならば行動も遅く、ケホの機動性にもそうそうついてこれないだろう。シャーマン2輌、ファイアフライ1輌くらいならばケホなら撒ける。

 

 永瀬は主砲発車後すぐにカモフラージュを外し、隊全体に撤退の指示を飛ばした。

 

 

「よっしゃ! まずは作戦成功! みんな撤退するよー!」

 

「了解です!」

 

「さぁて! 鬼ごっこ開始! 逃げろ逃げろ〜」

 

 

 そう言ってファイアフライと重戦車を置き去りにすぐさまその場から離れる永瀬隊。

 

 だが、もちろん敵も待ってはくれないだろう。ファイアフライとT30重戦車、M4シャーマン2輌の主砲が火を噴き、逃走を試みる永瀬隊に追撃をかける。

 

 爆ぜる地面、だが、永瀬はやられっぱなしという訳ではない。すぐさま主砲で応戦しつつ回避を行う様に皆に通達した。

 

 

「うひょー! 今、横ズドンって!」

 

「いや! 言ってる場合じゃないでしょう! 永瀬っち!」

 

「まぁねぇ、けどウチのケホのスピードにはやっぱり追いついて来れてないみたいだし、このままなら行ける行けるぅ!」

 

「全く! 少しはこっちの苦労も考えてよねって!」

 

 

 そう言いながら飛んでくる弾頭を巧みな運転捌きで躱すケホの操縦席に座る知波単学園の二年生。

 

 彼女とて、伊達に名門、知波単学園で戦車を操縦していた訳ではない。これまでの熟して来た試合経験も豊富だ。

 

 そう言った意味では永瀬は彼女の腕を信用している。次々と飛んでくる弾頭が爆ぜるなか、射程範囲から抜けたのか弾頭は飛んでこなくなった。

 

 どうやら、作戦の第一陣は無事に終了したようである。

 

 だが、これからが本番だ。永瀬達は次の誘導作戦を行う為にポイントへと移動を開始する。

 

 

 

 こちらはサンダース大学付属高校の陣営。

 

 初手から2輌のシャーマンをやられたメグミは非常に気を悪くしていた。こちらの策を向こうに勘付かれていたメグミの落ち度であるが、まさか、知波単に序盤から奇襲を許し取り逃がしてしまうのは流石に予想外の出来事であった。

 

 しかしながら、彼女とて、この最悪のケースを予想していなかった訳ではない。通信の傍受を裏目に使われた今回を教訓にして次から策を練り直せば挽回の機会は幾らでもある。

 

 

「…やられた。…仕方ないわね、傍受策が読まれてた」

 

「では、どうなさいますか隊長?」

 

「サンダースにはサンダースの流儀がある。物量で押しつぶす…といきたいとこだけど相手はこの動きも予測してるに違いないわ」

 

「oh…。ジーザス!」

 

「まぁ、そんなに悲観することは無いわよ。たかだか2輌。ファイアフライもT30もやられてはいないからまだこちらに勝機はある」

 

「では、次は…」

 

「逆手の逆手を取るのよ、相手は無線の傍受前提の動きをしてくるはず。そこを予測して全体で追い込みをかけるわ」

 

「…と言いますと?」

 

 

 隊長、メグミの意図が少しだけ理解できずにそう訪ねる1人の隊員。

 

 しかしながら、メグミは不敵な笑みを浮かべる。どうやら、何かしらの考えが彼女にはある様なそんな笑みだった。

 

 そして、メグミはしばらくしてゆっくりと口を開いてその隊員に話をしはじめる。

 

 

「敵車輌は奇襲を考えると少数。そして、ファイアフライとT30重戦車を撃破してないところを見る限り、偵察用の車輌の可能性が高い」

 

「つまり…?」

 

「包囲、またはそれによる行動制限をかけて殲滅を行えば手こずる様な戦車では無いという事よ。敵の通信を拾いなさい、拾い次第報告して」

 

「わかりました!」

 

 

 そう言ったメグミは次の作戦行動に移る永瀬隊の行動についてすぐに思案する。

 

 傍受した通信を通してのポイント移動はあまり得策とは言えないかもしれないが、けれど、囮を使えば良い。

 

 シャーマン一輌を囮に奇襲をかけた偵察戦車3車輌をおびき出す。そして、伏せてあるシャーマン2輌とファイアフライで包囲し殲滅を行えば良い。

 

 

「さて、どうなるかしらね…。ケイ達は?」

 

「はい、予定通り分隊は市街地方面に散らしました。問題無いかと」

 

「あの娘にはもう一輌のファイアフライを任せてるからね、ナオミと上手くやってくれたら良いのだけど」

 

 

 次の段取りがついたメグミはそう言って別行動を行わせている分隊の報告を聞き、静かに頷く。

 

 敵車輌の行動を考えるに先に市街地にケイ達を送り込んだのはサンダースの戦略的には正解だったかもしれない。

 

 明らかに妙であった。敵が偵察用戦車を送り出すにしても本隊があまりにも動きがない。

 

 メグミは予感がしていた、敵本隊がいる場所を検討した結果、市街地にいる可能性が高い、何故ならば今回、市街地戦をこちらも予想に入れて行動しているからだ。

 

 ならば、相手はそんな市街地戦を先に有利に運べる様に待機し。奇襲をかけて偵察用戦車に目をいかせるように時間を稼いでいるのでは無いか?

 

 そんな仮定がメグミの中であったからだ。だとすれば、ケイ達が今の時点で市街地に向かっていれば奇襲ができる可能性がある。

 

 

「本番はこれからよ、知波単学園…。名門サンダース大学付属高校を舐めないでもらおうかしら」

 

 

 やられたら倍にしてやり返す。それが、サンダース大学付属高校。

 

 金銭面でも、戦車道でもそうだ、隊長メグミはフラッグ戦車に乗り込むとゆっくりと移動をはじめる。

 

 その戦車が目指すは永瀬隊。まずは手始めに彼女達の殲滅にである。

 

 

 

 そして、一方その頃。

 

 サンダースの動きを永瀬からの携帯端末からの通信を通して聞いていた隊長の辻と繁子はある出来事に直面していた。

 

 というのもサンダースへの奇襲が上手くいき、撤退を指示していた繁子であるが、予想外の敵の動きがあり、現在、敵のファイアフライと交戦に入っていたのだ。

 

 そう、ケイ達が乗る、ファイアフライとそのシャーマン隊である。

 

 市街地戦ではあるもののまだバリケードが完全でない状況下での完全な奇襲。この奇襲により繁子達のホニとチハ2輌は完全に沈黙させられた。

 

 

「くっそ! やられた! 市街地に分隊送り込んで来るのは予想外やった!」

 

「まだバリケード完全じゃないのに!」

 

「しゃあない! 今は引くんや! ファイアフライはデットライン越えさせたらあかんで!」

 

 

 そう言って、奇襲を受けた繁子は全体にそう通達を出す。

 

 繁子が言うデットライン。それは、オイ車を停めている場所に近いところを定めている。何故ならば向こうに今回導入したオイ車を晒して策を台無しにされるのは避けなければならないからだ。

 

 こちら側はあまり無理して本隊との交戦前に車輌を減らすわけにはいかない。

 

 まだ、T30重戦車もファイアフライもあと1輌づつ残っている。もっとも、現在進行系で障害となるファイアフライが1輌奇襲してきているのであるが…。

 

 

「シャーマン1輌くらいなら…、辻隊長!」

 

『どうした繁子!』

 

「あのシャーマンとファイアフライを利用しましょう! ポイント指示しますんでそこにシャーマンを誘導してください! …立江!」

 

『了解! わかった。んじゃホリで待ち構えてるからよろしくね♪』

 

「流石は立江やな!」

 

 

 繁子はそう言って携帯端末を使って2人に指令を送ると笑みを浮かべる。

 

 立江はどうやらこちらの意図が分かったらしい。そう、繁子が考えている策、それは相手戦車を撃破し、それをそのままバリケードに使うという策だ。

 

 戦車を撃破したのにそれを使わないとは勿体無い。最大限に利用させてもらえないとチハとホニIIIを失った代償としては少なすぎるくらいだ。

 

 

「Yes! 上手くいったわね! ナオミ!」

 

「そうだね、このまま押し切る?」

 

「隊長が来る前に手柄立てるのが私達rookieの役目だからね!」

 

「そう言うと思った」

 

 

 そう言うと、ケイ達が乗るファイアフライは主砲を放ち、視界に入ってきたホニ1輌に砲撃を仕掛けるが外れる

 

 ケイ達、分隊が撃破した戦車は合わせて2輌。分隊としては申し分ない成果だろう。だが、ケイ達はこれでは満足できない。

 

 狙うはフラッグ車、ここまでくればさらに欲を張っても構わないだろう。

 

 

「さてさて、それじゃ残りも倒してしまいましょ」

 

「了解!」

 

 

 前進するファイアフライとそれに追従するようについてくるシャーマン1輌。

 

 だが、ここで、隊長であるメグミから通信が入ってくる。それは彼女達に撤退を告げるためのものだ。

 

 これ以上の深追いは危険。おそらく隊長のメグミもそう判断したのだろう。サンダースとしてもファイアフライはできれば失いたくない車輌である。

 

 

『もういいわ、ケイ、撤退なさい。そこに本隊がいたのでしょう?』

 

「隊長、noproblem、このまま押し切れば勝てますよ!」

 

『そこは敵陣の真っ只中でしょ? 危険よ、戻りなさい』

 

「…仕方ないですね…。オーケー。戻ります」

 

『貴女のファイアフライは十分活躍してくれたわ。ありがとう』

 

「ふふ、任せてください。それじゃ今からそちらにcome backしますね」

 

 

 そう言うとケイはメグミからの通信を切る。

 

 追い打ちを掛けようかとも考えていたがどうやら不要なようだ。

 

 メグミの指示を受けたケイはすぐに引き返しを行い主砲を発射しながら市街地からの出口へと向かう。

 

 市街地の出口に差し掛かるケイ達。しかしながら、その時だった。

 

 

「上手く射程範囲内に入ったなぁ…撃てぇ!」

 

 

 ズドンッ!出口に差し掛かるファイアフライの真横から実弾が撃ち込まれた。

 

 撃ち込んだ車輌はフラッグ戦車。そう、カモフラージュをしていた繁子達の戦車が市街地の店の中から現れたのだ。

 

 さらに、行動不能になったファイアフライの後方から主砲の火が吹く、建物にカモフラージュしていたホリがそれを解き後方からシャーマン戦車を撃ち抜いたのだ。

 

 両車輌とも出口で詰まるようにして行動不能になっている為、上手くバリケードが一つ出来上がった。

 

 

「よっしゃ! ファイアフライ! 一輌撃破や!」

 

「あと1輌!T30重戦車もだけど!」

 

「囮役ナイスですよ! 辻隊長!」

 

 

 繁子は予測通りに事が運んだ事にガッツポーズを取る。

 

 そう、繁子はメグミからケイ達に撤退を告げる事は予想できていた。奇襲して押していたとはいえファイアフライにシャーマン1輌づつだけではできる事は限られる。

 

 自分が隊長なら撤退させる。辻隊を囮にしたのは市街地から出れる出口を制限し、そちらにファイアフライとシャーマンを誘導をさせる為だ。

 

 その繁子の策はものの見事に的中した。繁子は車内にいる多代子達とハイタッチを交わす。

 

 

「ふふ、上手くいって良かった。さぁ、時間が無い、早く次の作業に移ろう!」

 

「「はい!」」

 

 

 そう辻隊長の言葉に繁子は応えると、彼女の乗る山城(四式中戦車)は店の壁を突き破り、外へと出る。

 

 そして、再び市街地の中へと辻隊と立江に続き戻って行く。まだ作業の途中だ。敵本隊がこのあとこの市街地にやってくる。それを迎い撃たなければならない。

 

 バリケードが一つ出来上がり、敵戦車を利用して道を塞いだ。

 

 あとは残りのバリケード、および、市街地に即席のトラップを仕掛けて敵本隊を待ち構えるだけだ。

 

 

「さてと…あれは用意できたな」

 

「大丈夫、抜かりはないわ。まさかあんなの思いつくなんてねぇ…」

 

「そうめん流し、どうなるか楽しみやねぇ、にしし」

 

 

 繁子はそう言うと、笑みを浮かべて立江に告げる。

 

 バリケードも完全に引き終わった。あとは永瀬達の帰りを待つだけだ。誘導が無事に出来ているか、果たして全部ケホがやられているか。

 

 それは定かではないが、それによってはまた修正をいろいろ加えなくてはならないだろう。

 

 知波単とサンダースの両校の戦闘は残りの本隊同士がぶつかる佳境を迎えていた。

 

 



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サンダース大学付属高校戦 決着

 

 

 こちらは奇襲に成功した永瀬隊。

 

 彼女達はひとまず奇襲に成功した事で撤退するルートを思案していた。というのも繁子からの指示で市街地に別働隊がやって来た報告を受けたからである。

 

 こちらもこれ以上の行動は危ない。もしかすればサンダース本隊がこちらを潰しにかかる危険がある。

 

 

「永瀬っち。どうするよ?」

 

「んー…下手に動けば的になるのは目に見えてるんだよね…」

 

「市街地へのルートは2パターンあるよね? しげちゃんはなんて言ってたの?」

 

「とりあえずダミーの通信を流して逆側のルートを通ろうかってさ、だけど、向こうは既にこちらが傍受策を勘付いてるから逆に危ないかもとも言ってた」

 

「なかなか危ない賭けだよね」

 

「だね、けどそれはそれで誘導って意味じゃ敵が居てくれた方が助かるからなんともねぇ…」

 

 

 永瀬はそう言いながら苦笑いを浮かべる。

 

 長々とここで話をしていてもはじまらない。行動に移してダメならそれまでだ。市街地ではもう繁子達が準備を終えて待っているかもしれない。

 

 自分達は自分達の役目をきっちりと果たすだけ、永瀬はそう思っていた。

 

 

「行こう! ルートは…」

 

 

 永瀬は決めたルートをみんなに話し始める。

 

 一か八か、こればかりは天のみぞ知るというやつだ。ダメならば潔く散れば良い。

 

 ルートを決めた永瀬は無線を通してそのルートを繁子達に伝えた。永瀬隊の最後の役目、それは敵の誘導。

 

 彼女達はそれを果たす為、戦車を駆る。

 

 

 

「動いたわね」

 

「メグミ隊長、ケイ達がやられたようです」

 

「…ま、予想範囲かしら、奇襲したケイ達が無傷で帰れる程に甘くはないという事ね、こちらは引き続き別働隊を叩くわよ」

 

「はい!…みんな! 隊長に続け!」

 

 

 そう言いながら、サンダース大付属高校は通信を傍受し、永瀬隊の位置を把握するとそのルートから市街地を目指す永瀬達を叩く為移動を開始する。

 

 森の中を通り、行進するシャーマン戦車部隊。このまま、永瀬隊を倒した後は残りの本隊を叩いて試合終了。

 

 そんなビジョンがメグミの中に明確に存在していた。だが、傍受したルートの逆の道に到着するも永瀬隊の姿が見当たらない。

 

 

「いませんね…」

 

(…おかしい、通信ではこことは逆のルートを指定していたはずだから居ないはずは…)

 

 

 永瀬隊が居ないことに表情を険しくする隊長のメグミ。

 

 だが、次の瞬間、メグミ達シャーマン部隊の後方から砲撃音と煙が上がった。その襲撃した者たちは言わずもがな永瀬隊である。

 

 彼女達はカモフラージュを施し、メグミ達を待ち伏せしていたのだ。シャーマンを2輌行動不能に陥り、メグミは目を見開く。

 

 

「!?…皆! あの戦車隊を追いなさい!」

 

 

 メグミはすぐさま永瀬達を追撃するように全体に通達を出す。

 

 ケホを追撃する様に砲弾を次々と撃ち込んでくるシャーマン軍団。鬼ごっこの第二回戦がはじまった。

 

 永瀬隊の役目は誘導。それさえ果たせれば問題はない。

 

 

「うっわ! 凄い!」

 

「…ケホが1輌やられた!」

 

「まだ後うちらを合わせて2輌ある! 大丈夫!やれますよ!!」

 

 

 そう言いながら、操縦している先輩を励ます車長の永瀬。

 

 幸いな事は包囲される前に逃走が出来たことだろう。そして、こちらの思惑通り敵戦車部隊は誘導されてついてきている。

 

 森を抜け、繁子達が待っている市街地の入り口に差し掛かる。ここを抜ければゴールだ。

 

 

「永瀬ちゃん! 先に行って!」

 

「…え! ちょっと!」

 

「先輩! 何やってんですか!」

 

「これだと市街地に入る前に全員的になるでしょう! …私達が盾になるわ!」

 

「先輩…!」

 

「必ず勝ちなさいよね、辻隊長としげちゃん頼んだわよ」

 

 

 そう言いながらケホの1輌が永瀬達を無事に市街地に届ける為、メグミが率いるシャーマン軍団に立ち塞がる。

 

 それは、永瀬を繁子と辻の元へ届ける為、彼女が選んだ選択がそれだった。どちらにしろこのままでは2車輌とも的になるのが目に見えている。

 

 ケホの機動性を駆使しながら突撃をかける殿を承った先輩達。しばらく奮戦した後、メグミが乗るシャーマンから主砲を撃ち込まれそのケホは沈黙した。

 

 それと同時に、永瀬のケホが市街地に入る。

 

 バリケードがきっちりと成されルートが決められた市街地。備えは十分、この街全体が繁子達が即席で作り上げた要塞だ。

 

 永瀬を追い、市街地に入ってくるシャーマン軍団。

 

 バリケードが成された市街地を見たメグミはその奇妙な光景を目の当たりにし、表情を渋らせる。

 

 

(…市街地…。なるほどね…やっぱり元からここに私達を連れてくるのが目的か…!)

 

 

 市街地の奥へと消える永瀬のケホ。

 

 いつどこで砲撃を浴びるのかわからないこの市街地。メグミ達からすれば同じ会場、同じ環境に居るはずなのに完全にアウェーの場所に引きずり込まれた様なそんな錯覚さえ感じる。

 

 そして、その錯覚はすぐさま間違いではなかった事をメグミは知らされる事になる

 

 

「とりあえず進軍するしか無いわね…。散開して…」

 

「隊長、道が塞がれてます!」

 

「主砲を使ってバリケードを破壊すれば良いじゃない」

 

「それが…」

 

 

 そう言ってメグミに報告しにくそうにする隊員。

 

 だが、しばらくして彼女の話した報告はメグミにはとても信じられない様な内容であった。

 

 

「…主砲を撃ちこみましたがビクともしませんでした…」

 

「なんですって?」

 

「あのバリケード、特殊な造りで…やるのならばT30重戦車で破壊しないと…」

 

 

 そう話す隊員の言葉は正しくその通りであった。

 

 特殊な造りで張られたバリケードは破壊不可の代物だった。瓦礫の山と何やら特殊な造りで加工された鉄壁。

 

 しかもこれが簡単に並べられている。一体どんな手品を使ったら試合中にこんなことができるのか、メグミは驚きが隠せなかった。

 

 そして、次の瞬間。後ろから付いてきていたシャーマン1輌が謎の砲撃を受けて爆ぜた。

 

 

「…! なんですって!…馬鹿な!一体どこから!」

 

 

 予想外の事態に目を丸くするメグミ。

 

 だが、見渡しても辺りに戦車の姿は無い。彼女は唖然としていた。しかも、撃破されたのは戦列の中央にあったシャーマン。

 

 これでは前方と後方の部隊が分断させられる。幸い、ファイアフライは前方に配置していたがT30重戦車が後方に置き去りだ。

 

 一体どうやって…。彼女は周りを見渡しているうちに奇妙な光景を見つける。それは…。

 

 

「…!? あ…あれは…!?」

 

 

 上の建物から妙に伸びているパイプの様なもの。

 

 その先には、ちょうど大会規定の実弾が通るであろう幅くらいの片面だけ切断されている長いパイプがくの字で曲がりこちらに向いている。一体これはなんなのか…。

 

 だが、その答えはすぐにわかった。

 

 

「第二そうめん! 発射や!」

 

「あいよ! 発射!」

 

 

 ズドンッ!と主砲を放つ音がメグミを含めたサンダースの生徒達の耳に聞こえてくる。

 

 そして、その実弾はくの字に曲がった長いパイプを通って屈折し、下にいるT30重戦車の真上に直撃、爆ぜる。流れるように飛び出す砲弾に動きが制限されている重戦車が避けられる筈もない。

 

 T30重戦車からは行動不能の白旗が挙がる。この光景にはメグミも唖然とするしかなかった。

 

 

「あのパイプを使って建物の向こう側から弾頭を当てるだなんて!そんな…無茶苦茶な!?」

 

 

 そう建物の向こう側にいる敵戦車からの砲撃。

 

 だが、これは長い主砲を括り付けているわけでは無い、あくまで弾頭の軌道を長パイプで変えているだけである。

 

 繁子達が持ち込んでいた特殊加工された長パイプの部材を組み合わせて作り上げたものをそうめん流しの要領で設置し、使用したにすぎない。

 

 主砲の発射する弾頭の威力を殺さず、そうめん流しの如く建物を突き抜けた特殊長パイプで屈折させ敵車輌に撃ち込む。これが時御流の秘儀、名付けて。

 

 

「そうめんを飛ばすしかない作戦大成功や!」

 

『落っことして下で拾う』

 

『そうめん空飛ぶよ』

 

『おそらく世界で最初に観測されたであろう空飛ぶそうめんだね!』

 

『あれ、そうめんじゃないから! 弾頭だから!』

 

 

 そう言いながら『そうめんを飛ばすしかない作戦』が上手くいき、通信を通して車内にいる真沙子と多代子にハイタッチを交わす繁子達に冷静な突っ込みを入れる辻隊長。

 

 なお、このそうめん流し、もとい、実弾流しは角度も長さも調整が利くため建物の向こう側にいる戦車は狙い放題である。

 

 敵戦車の位置はカモフラージュしたチヘが随時報告を上げてくれるので繁子としても非常にありがたい。

 

 

『果たして…こんなめちゃくちゃ許して良いものか…』

 

『だって、戦車道ルールに試合中そうめん流し作ってはいけませんなんてルールどこにもないじゃん、辻隊長』

 

「これは後でまた加工して竹の素材を表面につけてそうめん流しに使うんやし、平気平気」

 

『えっ!? これまた使うのか!?』

 

『私達に捨てるって発想はない』

 

 

 そう言いながら頭を抱える辻に追い打ちをかける様にそう告げるホリに乗る立江。

 

 なんやかんやで、敵シャーマン部隊も混乱している様だ。後方の部隊はこれでは前進もままならないだろう。

 

 そして、繁子はさらにそこに追撃をかける。

 

 

「立江!辻隊長! 後よろしくな!」

 

「りょーかい!しげちゃん!」

 

 

 そう言って、分断した後方の部隊の壊滅を立江に指示する繁子。

 

 当然、前方の部隊は後方からの支援には回ることはできない、何故なら、支援に回るその道には死のそうめん流しが待ち構えているからだ。

 

 そうなれば、メグミ達はバリケードが張られている道をできるだけ回避しながら前に進まなくては行けない。

 

 しかしながら、その先に待っているのは…出口でなく。

 

 

「嘘…でしょ…?」

 

 

 スズメバチ退治用にフルセット着たようなごついオイ車が待ち構えている。

 

 サンダース大付属高校が市街地戦にと持ち込んで来たフルセット超重量戦車オイ車に対抗できるであろうT30重戦車は既に謎のそうめん流しにより行動不能に。

 

 サンダース大付属高校を待ち構えていたオイ車は凄まじい音を立てて、主砲を一発撃ち込むとファイアフライを戦闘不能にしてしまった。

 

 そして、他のシャーマン戦車も次々と主砲を撃ち込まれ戦闘不能に陥る。

 

 そして、メグミもこのままで終われないとオイ車からなんとか逃れるため引き返そうとする。

 

 がしかし、そこに待ち構えていたのはカモフラージュを解いて後ろからついてきていたチヘと永瀬が乗ったケホ。そして、繁子の乗る四式中戦車に囲まれた。

 

 

「さぁ! 真沙子! 今やで!」

 

 

 当然、引き返そうとシャーマン戦車が方向を変える隙を繁子は見逃さない。

 

 ケホ車、オイ車からの砲撃が繰り返し行われその中で晒されるメグミのシャーマン戦車。だが、メグミもここで終わるわけにはいかないと方向転換しながら戦車を移動させ砲撃を躱そうと試みる。

 

 しかし、四式中戦車の砲身はきっちりとメグミのシャーマンを捉えていた。繁子は真沙子に指示を飛ばし、主砲を発射する準備を整える。そして…。

 

 

「右に避けなさ…!」

 

「撃てぇ…!」

 

 

 ズドンッ!と山城(四式中戦車)の主砲が火を噴いた。

 

 発射された弾頭はまっすぐにメグミが乗るフラッグ車のシャーマンに吸い込まれてゆく、そして、直撃。

 

 煙が上がり、フラッグ車の方からは白旗が上がる。

 

 

『サンダース大付属高校! フラッグ車行動不能! 勝者! 知波単学園!!』

 

 

 その瞬間、知波単学園の勝利を確定させるアナウンスが全員に響き渡る。

 

 繁子達はその報を聞いて戦車から飛び出ると嬉しそうに笑みを浮かべた。そして、車内から出てきた多代子、真沙子と繁子はハイタッチを交わし、ケホ車、チヌ車、ホリ車に乗る永瀬、辻隊長、立江と合流し抱擁を交わす。

 

 全員で勝ちとった勝利。皆が一丸となって二つの作戦を成り立たせて勝つことが出来た。

 

 強豪、サンダース大付属高校撃破。

 

 初めての全国大会で戦った強豪からの勝利を掴み取った繁子達。

 

 次は準決勝の舞台へと駒を進める…。

 

 



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試合を終えて

 

 

 サンダース大付属高校との試合も終わり。

 

 繁子達は互いに全力で戦ったサンダース大付属高校との激闘。

 

 お互い全力を出し合い望んだ試合。メグミも三年生、最後の試合だとしてもそこに悔いは無かった。

 

 それは、ケイやナオミといった活躍してくれた一年生が居たからである。

 

 自分がこのサンダース大付属高校の戦車道を引退したとしても学校の伝統と戦車道を語り継いでくれるだろう者達がこのサンダースにはいる。

 

 メグミはむしろ、そんな新たな発見と後輩の成長を促してくれた知波単学園に感謝しているくらいである。

 

 

「…完敗ね、見事だったわ」

 

「隊長…あの時私達がやられてなければ…」

 

「いいや、貴女達はみんなよくやってくれたもの…。最後の大会、アールグレイと戦えなかったのは残念だけれど、満足だわ」

 

「メグミ隊長…」

 

 

 そう言って、二年生も一年生も関係なく隊長であるメグミの言葉に思わず目頭が熱くなる。

 

 一年生は二年生に比べると自分達が隊長であるメグミと居た時間は短いかもしれない。けれど、サンダース大付属高校に入学した時に憧れだったのは他でもないサンダース大付属高校を率いる隊長のメグミだった。

 

 だが、メグミはそんな彼女達に笑みを浮かべるとこう告げ始めた。

 

 

「さぁ、次は貴女達の代よ、ケイ、次の隊長は貴女。来年は優勝して頂戴ね」

 

「隊長…私が…」

 

「貴女が適任よ、私は少なくともそう思ったから指名したの。異議がある者はいるかしら?」

 

 

 そう言って、メグミは自分が指名し、隊長に任命したケイについて不満がある者がいないか確認を取る。

 

 だが、サンダース大付属高校の生徒達は全員首を横に振り、異議が無い事を示した。その中にはケイが隊長に任命されて拍手を送る者達がほとんどだ。

 

 彼女達は知っていた。ケイとナオミがこの知波単学園との戦いでどれだけ奮闘し、成果を挙げてきたのかを、敵に奇襲をかけ二輌の戦車を戦闘不能にさせ、知波単学園の本隊の居場所を突き止めたのもケイ達だ。

 

 それに、サンダースの二年生もメグミ同様、ケイ達の戦車道における指揮やセンスがずば抜けている事を知っている。

 

 異論は無い。一年生だろうとケイは間違いなくサンダース大付属高校の隊長にふさわしいと誰もが思った。

 

 

「いないわね。それじゃ、これから私達の分まで頑張りなさい。ケイ」

 

「隊長…thank you…。今までご指導ありがとうございました…」

 

「泣かないの、貴女は隊長にふさわしいわ。ケイ、後はよろしく頼むわね」

 

「…ハイッ!」

 

 

 そう言って、ケイは流れ出る涙を拭い敬礼し元気良く笑みを浮かべてメグミにそう応える。

 

 メグミの三年生最後の戦車道全国大会は終わった。けれど、そこに後悔もやり残した事はない。

 

 ところで…、そんなやり取りがある一方で繁子達はと言うと。

 

 

「そこ! そうめん流れにくいから傾斜をもっと入れてやな…」

 

「あ、そっち繋げてく感じで。そうそう」

 

「竹はやっぱり偉大だねぇ、いい香りだよ」

 

「…いや、お前達何やってんの?」

 

 

 なんと、試合会場を全体を使った盛大にデカイそうめん流しを作っていた。

 

 繁子達は試合中に使ったそうめんを飛ばすしかない作戦を終えたそうめん流し用の長パイプに竹の素材をふんだんに使い表面を竹に加工してそれを連結させている最中である。

 

 その光景を目の当たりにした辻は当然の如くポカンとするばかりである。感動のサンダース大付属高校の隊長引き継ぎがある意味台無しであった。

 

 それはともかく、知波単学園の機甲科の全員が協力している辺り、凄い一体感を感じる。

 

 なんだろう…風…吹いている確実に…。

 

 しかし、この場合、そういった風は有効利用しなければならないというのが時御流のやり方。

 

 そんな風が吹いていたら風力発電用の風車も作りかね無いのが彼女達である。

 

 

「何って、巨大そうめん流し作ってるんですよ」

 

「とりあえず、そうめんはサンダース大付属高校さんの分まで用意しましたし」

 

「そうめん食べるしか無いよね」

 

「そうめ〜ん(そうね〜)」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

 

 そう言いながら金槌を振るい、加工を続ける繁子達を見て辻は頭を抱える。

 

 おかしい、試合中の長パイプの有効利用はわかる気もしないわけでは無いが何故そうめんにこだわるのか。

 

 サンダース大付属高校の出店ならフランクフルトやハンバーガーなんて山ほどある。素直にサンダース大付属高校のみなさんから出店で購入したものをご馳走になれば良いのでは無いのか。

 

 だが、立江は真剣な面持ちで辻にこう告げる。

 

 

「目の前にある竹が私達に囁いて来るのよ、私を加工してってね…」

 

「辻隊長も竹の気持ちになればわかるよ」

 

「わかるか!? お前達ほんとになんなの!? 業者の方!?」

 

 

 立江と永瀬の言葉に思わず声を上げる隊長の辻。

 

 確かに、竹の気持ちになれる女子高生など全国を探してもこいつらくらいだろう。辻もこの五人娘の隊長であるが入学時から本当に規格外過ぎてたまに時御流が戦車道の流派なのかわからなくなる時がある。

 

 もしかすると、彼女達の本業はこちらかもしれない。いや、きっとそうだろう。

 

 すると、隊長の引き継ぎを終えたサンダース大付属高校のメンバーもぞろぞろと巨大そうめん流しを作っている知波単学園の生徒達に近づいて来た。

 

 その表情は言わずもがな、とても感動しているような面持ちだった。巨大そうめん流しなんて見るのは彼女達としても初めての経験だろう。

 

 ちなみにこのそうめん流し、全長1キロと無駄に長い。こんなに長い必要性は特に無いのだが、繁子達はそれよりロマンを求めていたようだ。

 

 

「ワァオ、凄いlongなそうめんflowが出来上がってるね〜」

 

「あ、サンダース大付属高校のみなさん。もう引き継ぎは大丈夫なの?」

 

「…引き継ぎは終わったわ。ありがとね? 繁子さん」

 

「ん? 何がですか?」

 

 

 繁子はノコギリをギコギコと引き、竹を加工している最中にメグミから声をかけられ首を傾げてそう告げる。

 

 特にお礼を言われる様な事はした覚えが無い、逆に三年生最後の大会を自分達が終わらせてしまったのだから逆に申し訳なさのほうが繁子にはあった。

 

 きっともっとメグミ達も仲間達と戦車道をやりたかった筈だ。けれども、メグミをはじめとしたサンダース大付属高校の三年生は誰1人として悔いが無い様な面持ちであった。

 

『やりきった』そんな、気持ちが彼女を含めた三年生達の素直な気持ちだ。

 

 そして、サンダースを率いた隊長のメグミは清々しい面持ちで繁子にこう話をしはじめた。

 

 

「…戦車道を極める過程であんな戦術があるっていう良い経験をさせて貰ったわ、これから先、私が戦車道を続ける中できっと良い財産になったと思う」

 

「…いや、それはウチらも同じやし。こちらこそ…」

 

「三年生最後の大会。貴女達が相手でとても良かった。悔いは無いし、貴女やケイ達の成長がこれから楽しみになったの。それを含めたありがとうよ」

 

 

 そう告げるメグミはスッと握手を求める様に繁子に手を差し伸べた。今度の握手は最初のギラギラとしたものではなく健闘を讃えた上での感謝が含まれたものだ。

 

 繁子はそんな差し伸べられるメグミの手を見つめて笑みを浮かべる。

 

 そして、ノコギリを引くために付けていた軍手を外すとゆっくりとメグミから差し伸べられた手を握って繁子は握手を交わした。

 

 

「えへへ…。はい、私も貴女と戦えて良かったです。良い経験させてもらいましたわ」

 

「次は準決勝ね、上がってくるのは恐らくアールグレイだろうけれど」

 

 

 そう告げるメグミは肩を竦める。

 

 アールグレイ。つまりは聖グロリアーナ女学院が準決勝では上がってくるという事。

 

 聖グロリアーナ女学院は今年はより前年よりも強いことをメグミは知っていた。

 

 今年入学したアッサムにダージリンという抜きん出た幹部候補生が戦線に加わる上にアールグレイという名隊長が居る。

 

 これまで、プラウダと黒森峰には勝ち負けを繰り返していたが、今年は黒森峰には勝ち越しており。あの強豪校プラウダ高校との今までの戦績は4戦2勝2敗と五分の戦いを繰り広げていた。この2勝は今年に入ってからついたものである。

 

 

「私達は去年のリベンジを果たせなかったけれど貴女達ならやれるわ、きっと」

 

「はい、そのつもりですよ」

 

「…ふふふ、楽しみね」

 

 

 そう言いながら、メグミは繁子が切り取った竹の運搬を手伝い笑みを浮かべ告げる。

 

 何気に違和感なく作業に入るあたり流石はサンダース大付属高校の隊長だろう。それからサンダース大付属高校の生徒もメグミに続く様に合流し巨大そうめん流しの作成に加わる。

 

 そして、それから数時間後。巨大なそうめん流しが完成した。

 

 果たしてそうめんが流れるのか、下まで届くのか? そんな数多くの疑問を抱いた生徒もいるだろう。

 

 だが、安心して欲しい。時御流をもってすればこの通り…。

 

 

「ジェットストリーム噴射機や!」

 

「「「おぉ!」」」

 

「なぁ、これって流しそうめんなんだろうか…」

 

「そうめん流してるから問題無いんじゃない?」

 

 

 ジェットストリーム噴射機を用いて水圧によるそうめん流しを敢行する事など造作もない。

 

 しかしながら、この光景を見ていた辻は顔を引きつらせるしかなかった。今迄生きてきた中でジェット噴射機を使ってそうめん流しをするなんて光景は見たことが無い。

 

 だが、一方のメグミは何やら繁子達なら仕方がないと言う具合に割り切っている様だ。確かに試合でのあの繁子達のとんでもない作戦を見た後だと相当な事がない限りは驚くことはないだろう。

 

 とりあえずそうめん流してるから何の問題もないという事で脳内処理を完了させたようである。

 

 このメグミの対応は戦況での臨機応変や順応さを求められる隊長の役目を担っていたのであるからこその賜物、流石はサンダース大付属高校の隊長だろう。辻も見習わなければとつくづく感じた。

 

 しかしながら、彼女達の場合は対応する以上にとんでもない事を考えつくので対応のしようがあるかどうかは疑問である。

 

 

「さぁ! そうめん流しはじめるで!」

 

「「「おぉー!」」」

 

「はーいそれじゃあバンバン流すよー」

 

 

 そして、流れ出す大量のそうめん。

 

 そうめんはダイエットとしても最適だ。喉越しも良く女性には割と好まれる食べ物といってもいいだろう。

 

 永瀬がどんどんとそうめんを流しはじめる中、サンダース大付属高校の生徒も知波単学園の生徒も関係なくそのそうめん流しに加わる。

 

 今日の敵は明日の味方。

 

 きっとこの関係はこれからも続く。戦車道を通して互いに全力を尽くして戦った彼女達にはこれから先の戦車道を切磋琢磨する良い関係が出来ていく事だろう。

 

 機会があれば何処かで共闘する事もあるかもしれない。

 

 彼女達の飛躍する戦車道。

 

 

「うわー!そうめんが飛んだ!」

 

「飛距離どんくらい出たかな?」

 

「oh…これがfly SOUMENね、なるほど」

 

 

 そう、それは空飛ぶそうめんの様にきっと綺麗な放物線を描いてくれる事だろう。

 

 来年、再来年、またこの舞台で。

 

 そんなサンダース大付属高校との誓いを胸に繁子達は邁進する。次は準決勝、相手は強豪、聖グロリアーナ女学院。

 

 アールグレイ率いる最強イギリス戦車軍団が相手だ。

 

 母、明子との誓いを果たすため、そして、西住まほとの約束の為に繁子達は次の試練へと臨む、没落した筈の時御流こそが戦車道で最強であるという事を証明するために。

 

 



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第一次繁子大戦勃発

 

 

 サンダース大付属高校との試合を終えてから数日後。

 

 繁子は個人的な用事で繁華街に来ていた。というのもある人物との待ち合わせがあるからである。

 

 それは、先日あった試合を観戦していた人物だ。その人物から繁子は呼び出され私服に着替えてプライベートで会いに来ている。

 

 格好は野球帽にハーフパンツ、そして、農業魂と書かれた謎のTシャツとファッションセンスがあるかどうかは疑わしい格好だ。

 

 

「もうそろそろやと思うんやけどなぁ…?」

 

 

 繁子は可愛らしい虎の形をした腕時計を見ながら首を傾げて1人呟く、予想より早く待ち合わせ場所に着いていた為に待たされる羽目になったのであるがぼちぼちその指定された待ち合わせ時間になる。

 

 すると、しばらくして、灰色横縞のシャツに日差しを避ける為の帽子を被り水色掛かった少し長めのスカートを履いた女の子が繁子に近寄ってくる。

 

 

「待たせたか? しげちゃん」

 

「あ、来たか! ううん、待ってへんよ」

 

 

 そう言ってにっこりと笑みを浮かべる繁子。

 

 繁子の目の前にいる女の子。黒森峰女学園の隊長、西住まほである。彼女は笑みを浮かべて繁子の側に寄ってくる。

 

 2人並んだその姿は田舎娘感が滲み出ている。

 

 果たしてファッションセンス的な意味ではもしかすると…、いや、これ以上の突っ込みは野暮だろう。

 

 ひとまず合流した2人は近くの喫茶店に入りコーヒーと戦車型に模られたケーキをそれぞれ注文する。

 

 女の子同士、積もる話もあるだろう。それに黒森峰女学園が順調に勝ち進んでいる事を繁子は知っていた。

 

 黒森峰女学園の次の相手は恐らくはジェーコ率いるあのプラウダ高校。共に強豪と当る故に思う事も多々ある。

 

 そして、そんな彼女達2人の後をつけて遠目から眺める4人の影があった。

 

 それは立江をはじめとした時御流の同門メンバー達である。

 

 

「…はじめてのお使いを見る親の心境ってこんな感じなのかしらね」

 

「というか2人揃ってファッションセンスが壊滅的な気も…」

 

「特にリーダー酷いね、何あれ、野球観戦するおっさんみたいな格好じゃない?」

 

「ああああ! 2人とも服屋に拉致したい!?」

 

「ぐっちゃん、抑えて抑えて!」

 

 

 そう言って今にも2人の襟を掴んで服屋に引きづり込まんとしている立江を宥める真沙子。

 

 はたから見たら確かに多少なり浮いてる気はしないわけではないが、それはそれで可愛らしいではないかと言うのが真沙子の言い分である。

 

 だが、立江はそんな2人がオシャレなカフェにいるシュールな光景が彼女の中ではなんとも言えないモヤモヤとした違和感のようなものを感じさせているようである。

 

 それはさて置き、喫茶店に入った繁子とまほの2人は軽い昔話を挟みながら近況を互いに話し合っていた。

 

 

「という訳でうちらはそうめん流しとフルセットのおかげでサンダースに勝てたって訳や」

 

「すごい! 流石しげちゃん!」

 

「せやろ、せやろ、あのそうめん流し作るのは割と大変やったんやでー」

 

 

 誰も突っ込みが居ないというのはこれほど怖いことだろうか。

 

 繁子達は先日の試合の話をしているのであろうがその内容がそうめん流しとフルセット着てスズメバチを退治したという内容である。

 

 到底はたから聞いていればこれが戦車道の話だとは誰も思わないだろう。思うとすればそれは立江達のような同業者くらいである。

 

 そんな繁子の話を聞いていたまほの目はキラキラと輝いていた。あの昔の頃と変わらないまほの憧れの人物、それはまさしく目の前にいる繁子だ。

 

 繁子から聞く話はとてもまほにはワクワクするものばかりである。だが、今回、まほが繁子を呼び出した本題は違う話をする為。

 

 それはある戦車道の競技についての話だ。

 

 

「しげちゃん、 タンカスロンって知ってるかな?」

 

「…ん? …タンカスロンって言ったら強襲戦車競技の事やろ? うちら良く中学の時やっとったからそりゃ知っとるよ」

 

 

 そう言って繁子はコーヒーを口に運びながら目の前にいるまほにそう告げる。

 

 タンカスロン(強襲戦車競技)。

 

 タンカスロンとは戦車道での使用を認められた車輌のうち、10トン以下の戦車のみが参加を許される戦車競技の一種。公式の戦車道と違って主催者はおらず、有志が行なう野試合に近い形式をとる。

 

 参加規程は車輌の重量制限のみで、言ってしまえばルール無用。1輌からエントリーが可能であり、試合への乱入、助っ人参戦、即席の同盟や裏切り、戦車以外の携行兵器の使用等々、自由度の高さは戦車道の比ではなく、戦車道連盟が定めた適合品から除外されるような部品を使っての車輌強化までも認められている。

 

 時御流はこのタンカスロンでかつて猛威を振るった事で特に有名だ。

 

 ルール無用。すなわちなんでもあり、繁子達が中学の時に行ったタンカスロンでは改造戦車のオンパレードの上に改造対戦車車両による殲滅など、滅茶苦茶な戦法を取りまくっていた。

 

 特に酷かったのは1輌VS70輌の戦い。

 

 繁子達はありったけの地形改造、そして、魔改造兵器を用いてこの試合を戦車1輌のみで70輌の戦車を撃破した事がある。

 

 崖や沼地、そして、地雷に対戦車火器を持ってして繁子達は完膚なきまでにこれを撃退した。

 

 

「懐かしいなぁ…タンカスロン。いやーあの頃は若かった」

 

「いや、しげちゃんは今でも若いし綺麗よ、私が保証するわ」

 

「えへへ、そうやろうか?」

 

 

 お世辞にもまほから綺麗と言われて満更でも無さそうに応える繁子。

 

 繁子が華の十代である為に若いのは当たり前なのであるが突っ込みが誰もいない為に会話が成立してしまってるあたり流石である。

 

 これではまるで口説かれているようだとも捉え方によってはそう見えない事もない。

 

 女性に女性が口説かれる図というのは何というかかなりシュールな光景であることだろう、もっとも特に繁子は気にせず素直に褒め言葉として受け取っているようであるのだが。

 

 そして、まほは繁子にこんな話を持ちかけはじめた。それは先ほど挙げたタンカスロンという競技についての話だ。

 

 

「それで、しげちゃんどうかな? 私とタンカスロンを組んで欲しいなって思って」

 

「ウチと? まほりんが?」

 

「そう、この全国大会終わったら来年の戦車道全国大会まで時間もあるし。知波単学園と黒森峰女学園でタンカスロンの同盟を組みたいのよ」

 

「へぇ…。それは面白そうやな」

 

 

 繁子はそのまほの話を聞いて笑みを浮かべる。

 

 確かに前に共闘するかもしれないとは話をしていたがこういった話をまほから持ちかけられるとは繁子も思いもしなかった。

 

 別に異存はない、これはこれで黒森峰女学園と知波単学園の関係の良好にも繋がる事だろう。

 

 まほはすっと繁子の手を握り、笑みを浮かべてこう話をしはじめる

 

 

「それに私はしげちゃんと一緒に戦車に乗りたいよ、しげちゃんなら私の背中を任せられる」

 

「奇遇やなウチもやで、まほりんとならタンカスロンで敵なしやからね♪」

 

 

 そう言って、まほから握られた手を握り返して笑みを浮かべる繁子。

 

 だが、その時だ。タンカスロンの話をしている2人の会話にある人物からの割り込みが入る。

 

 

「はいはーい。ちょーとまった。何勝手に話を進めてんのーリーダー」

 

 

 そう、その割り込みをした人物とは遠目から2人の会話を隠れながら聞いていた立江だ。

 

 彼女がなぜこの場に居るのかが繁子には疑問ではあるのだが、立江は目の前にいるまほをジッと見つめると繁子にこう話をしはじめた。

 

 

「しげちゃん、黒森峰女学園の隊長さんと仲良かったんだね〜。準決勝前にタンカスロンの話をするなんてどういう了見かしら?」

 

「いや、まほりんは幼馴染やし…」

 

「今は全国大会真っ最中でしょ? 決勝は言わずともあたる相手は黒森峰かプラウダじゃない?」

 

「てか、立江なんでここにおるん?」

 

「そりゃしげちゃんが心配でみんなついてきたのよ」

 

 

 そう言いながら親指で永瀬達を示す立江。

 

 同じ喫茶店の別席に座る彼女達三人はにこやかな笑みを浮かべたままこちらに手を振ってくる。繁子もこれには苦笑いを浮かべるしかない。

 

 という訳で、立江はジーとまほを見つめたままこう話をしはじめる。

 

 

「貴女、しげちゃんの幼馴染とか言ったわね、開幕式でも見かけたし。それで、しげちゃんの可愛さとか素晴らしさとか愛らしさをどこまで理解しているのかしら」

 

「…ほほぅ、それは愚問ね、しげちゃんについて私に勝負を挑んで来るか」

 

「あ、あの…2人とも、まぁ落ち着いて…」

 

 

 繁子は睨み合うまほと立江の2人を宥めるようにそう告げるが2人は既にバチバチと火花を散らしていた。

 

 繁子の隣で常に戦う相棒であるという自負がある山口立江。幼馴染で愛すべき馬鹿である繁子を理解しているという自負がある西住まほ。

 

 彼女達はしばらく睨み合うと繁子に対する愛らしさ、または可愛さ、凄さの言い合いをしはじめた。それも喫茶店の中である。

 

 司会には永瀬が介入。互いに第一次繁子大戦を勃発させた。

 

 

「いい! しげちゃんはね! 身長が足りなくてぴょんぴょん跳ねるところが可愛らしいのに加えて更に仕方ないから脚立を自作するのよ!」

 

「ぐ…ぐはぁ…! !」

 

「おーと強烈なダメージ西住まほ選手の急所に直撃だー」

 

 

 立江の繁子自慢に思わず吐血寸前にまで追い込まれるまほ。

 

 だが、彼女は折れない、ふらふらとした足取りで踏ん張ると昔の思い出の繁子について立江に語り始めた。

 

 

「ふふん…。では知っているか? しげちゃんは幼き日、私の妹にボコ人形を作る際、指を何回も刺して涙目になっていたのを隠しながら健気に作っていた事を…」

 

「ごほぉ…!」

 

「次はぐっちゃんに大ダメージ! 効果は抜群だー!」

 

「あの…もうやめてくれへん? うちめっちゃ恥ずかしくて泣きそうやねんけど」

 

「よしよし、ぐっちゃんがああなったらしょうがないってリーダー泣きなさんな」

 

 

 顔を覆い赤面する涙目の繁子の慰めるように多代子は背中をさすってあげる。

 

 確かにこれでは公開処刑である。立江VSまほのはずが被害が全部繁子に回ってきているのであるからして仕方ないだろうがこれには多代子も同情するしかなかった。

 

 そして、第一次繁子大戦から数時間後。

 

 ようやく落ち着いてきた2人は互いに息を切らしながら見つめ合うと晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 

 強敵だった。だが、今は互いに健闘を讃えよう。立江とまほは歩み寄ると共感したように頷く。

 

 

「我が同志よ」

 

「私は貴女のような友を得られて光栄に思うわ」

 

 

 ガシっと固い握手を交わす立江とまほの2人。

 

 何やら繁子の事で共に共感できる友情を深めたらしい。ただ、戦場になった喫茶店の人間達からは賞賛する拍手が降り注ぐばかりである。

 

 

「タンカスロン、貴女と繁子と私達なら世界も取れる」

 

「奇遇ね、私もそう思ってたところ」

 

「詳しい話はまた後日しましょう」

 

「ようやく! ようやく終わったで! 真沙子ォー!」

 

「よーしよし、がんばったねーリーダー」

 

 

 泣きつく繁子をそう言って慰める真沙子。

 

 しかしながら長い戦いだった。平和な時はこうして訪れる。互いに失うものは何もない戦いであるのだがそれを間近で聞いていた繁子には失う物があまりにも多すぎたようだ。

 

 だが、和解を迎え、互いに握手を交わす立江達の光景を目の当たりにして、ここに来て永瀬がある事をようやく思い出した。

 

 

「あ、そういや、しげちゃんとまほりん、服」

 

「「「あ…」」」

 

「ん…? うちらの服がどないしたん…?」

 

「え? 別におかしなところは無い気はするが…」

 

「連行」

 

「「了解!」」

 

 

 2人の服装について思い出した立江はそう言って指をパチンと鳴らす。

 

 すると、永瀬、真沙子、多代子はすぐさま立江の合図と共に2人を担ぎ上げる。その突然の出来事にまほも繁子も目を丸めるばかりだ。

 

 

「え、え!? ちょ、どういうことなん!?」

 

「なんで私まで担ぎ上げられてるの!?」

 

「さぁ! 行くぞー!」

 

「「「おー!!」」」

 

「ちょ…! まっ…! うわー!」

 

 

 そのまま立江達からされるがまま繁子達は喫茶店から拉致られそこを後にする。

 

 彼女達の向かう先は一体どこなのか…? まほと繁子を喫茶店から連れ去った立江達の目的とは一体。

 

 黒森峰女学園隊長、西住まほと立江達の邂逅。

 

 第一次繁子大戦を通して分かり合えた彼女達。だが、そんな彼女もなす術なく立江達から拉致される。果たして彼女達の運命やいかに

 

 

 続きは次回の鉄腕&パンツァーで!!

 

 



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衣装の時御流

 

 ここは学園艦繁華街にあるとある服屋。

 

 立江達から拉致された繁子とまほはこの場所に有無を言わせず連行された。というのも立江達から女の子の服装がなんたるかという指導を受けるためである。

 

 という訳で、服装について立江はとりあえず2人にこう話をしはじめる。

 

 

「さてと、それじゃここに来たからには私がコーディネートしてあげるんだから覚悟しなさい!」

 

「なんでこんな事になってるんだろう…しげちゃん」

 

「すまん、ウチにもわからへん」

 

 

 ビシッと立江から指を差された2人は顔を見合わせて互いに顔を引きつらせる。

 

 どうやら服装については今着ている服で2人は満足しているようである。だが、繁子の相方の立江には見た限り2人の服装には問題があるようだった。

 

 そして、その周りにいた永瀬や多代子達も立江の言葉に納得した様に頷いているところを見る限り、自分の服装がどうにも可愛げがあるものとはかけ離れているものだという現実を繁子は突き付けられる事になる。

 

 確かにまほは多少マシではあるが、繁子の格好は女の子がするような格好とは言い難い。

 

 そこで、立江はこの服装プロデュースの為にある助っ人を呼んでいた。

 

 

「イノ!」

 

「あいさ!」

 

「ん…? 誰やその娘?」

 

 

 繁子は立江が指を弾くと同時に突如として現れた女の子に首を傾げる。

 

 彼女の事は繁子も知らない、特徴的なサイドテールに身長も多少なり小さな小柄な女の子だ。しかしながら、その格好はより女の子らしく可愛げのあるもので固められている。

 

 笑顔が素敵な女の子を体現したようなそんな女の子であった。

 

 

「この娘は一ノ宮 香苗。私の後輩よ」

 

「ういっす♪ アネェの世話になってます香苗でっす! 中学校で戦車道やってるんでお見知り置きを!」

 

「アネェ?」

 

「あぁ、私の事よ。姉御肌みたいだから後輩たちからそうアダ名で呼ばれてるのよ、不本意だけどね?」

 

「ちなみに所属チームはどこなの?」

 

「一応、タンカスロンでストームさんチームっていうチーム名で戦車道やってます! 中学2年生です!」

 

 

 そう言いながら永瀬に敬礼する一ノ宮。

 

 どうやら彼女は中学校でタンカスロンを中心に戦車道の活動を行なっているようである。中学校2年生という事は繁子達が三年生くらいに高校入学するという事だろう。

 

 そして、今回、立江が呼んだこの一ノ宮に協力してもらい彼女達の服をプロデュースしようと考えているわけだ。

 

 

「見なさいよ、中学校2年生にファッションセンス負けてんのよ? あんた達。いいの? 女の子として女子力が年下より劣ってて!」

 

「うぐ…っ!」

 

「…あ、相変わらず、なかなかキツイこと言うなぁ…ぐっちゃんは」

 

 

 立江の言葉がグサリと心に突き刺さる繁子とまほ。

 

 確かに中学校2年生に高校生の自分達がお洒落で女子力が劣っていると言われれば、流石の彼女達とはいえ危機感を感じる。

 

 このままでは女の子としての威厳と誇りが無くなり、自分達はずっとファッションダサい女子という謎のレッテルを貼られかねない。

 

 だが、それを阻止するために立江が招集をかけたのがこの一ノ宮だ。

 

 

「んじゃイノ、そういうわけだからあんたは西住まほさんの方を頼んだわね」

 

「…アネェ、これ、私じゃなくてまっちゃん呼んだ方が良かったんじゃないの?」

 

「戦車を購入する資金稼ぎに写真撮影入ったんだってさ」

 

「…うへぇ、んじゃ私らのリーダーでも…」

 

「あんたらのリーダーは基本家から出たがんないでしょうが、良いからつべこべ言わずさっさとする」

 

「ぶー…。まぁ、アネェの頼みなら仕方ないか」

 

 

 そう言いながら、立江から呼ばれた一ノ宮はまほの服装担当になった。

 

 もちろん、繁子の担当は立江である。彼女的にも長年隣で相方をやっている繁子を理解しているという自負がある為に繁子にあった服装なんかはお手の物。

 

 きっと繁子に合うであろう可愛げのある服装を選び抜いてやるという責任感に燃えていた。いや、萌えていた。

 

 

「なんだか楽しくなってきたね! 真沙子っち!」

 

「智代もノリノリねぇ、まぁ、当初は服作るつもりだったんだけど今回はしゃあないか」

 

「私らが服作りはじめるとどうしてもこだわっちゃって3日以上かかっちゃうからねー」

 

 

 そう言いながら、服装を選びはじめる立江達の光景を眺めながら他愛のない会話を交わす永瀬達。

 

 こうして、2人のファッションセンス大改造劇的ビフォーアフターは開始された。

 

 まずは西住まほ、一ノ宮チーム。

 

 彼女達2人はひとまず可愛らしい服を選ぶ為に共に店内を見て回っていた。

 

 とりあえず、一ノ宮は可愛らしいショートパンツとマスコット、ボコの図柄が入ったTシャツをチョイスしまほに見せる。

 

 

「こんな感じのどうですかね? 私は可愛いと思うんですよ。まほさんのギャップ的にはありかもって思ったんですけど」

 

「ボコか…、ふむ、妹が確か好きだったわね…」

 

「ね? どうですか?」

 

「確かに可愛い気はするけど、なんかこう…」

 

「しっくりきませんかね?」

 

「ショートパンツは良いとは思うけど妹と趣味が被るのはね…」

 

「なるほど、わかりました」

 

 

 そう言いながらTシャツを元の位置に戻す一ノ宮。

 

 どうやら、このボコTシャツはまほの想像する服装とはちょっと違うようだ。割と女性の間では可愛いと評判が良いのだが、今回は見送ることにした

 

 一ノ宮はとりあえずTシャツだけを置くと次の服へとまほを連れていく。

 

 そして、次の服のコーナーにあった服を見つけた一ノ宮は目を輝かせるとこう声を上げた。

 

 

「おぉ!?」

 

「ん…? どうしたんだ?」

 

「みてくださいよ! まほさん! これ!」

 

 

 そう言いながら一ノ宮は目を輝かせ見つけた服装に近寄るとそれを広げまほに見せる。

 

 それはフリルが付いた可愛らしい服装だった。まほは思わず首を傾げる。さして、一ノ宮か声を上げるような代物でもない気もするが何が凄いのか不思議で仕方がなかった

 

 すると、その服装を広げた一ノ宮はまほにこの服についてこう説明をしはじめる。

 

 

「まほさん、これはですね、別名、童貞を殺す服と呼ばれてまして、割と女性の間では最近人気のある服なんですよ」

 

「童貞を殺す服? 童貞ってなんなの?」

 

「さぁ、私にも意味は分かりかねますが、おそらくは過程や道筋を飛ばしてしまうほどの威力を持った服装かと」

 

「なんだって…! それはもしかするとファッション界隈において戦車道におけるマウスに匹敵するような服装という事じゃないだろうか!」

 

「おぉ!? なるほど! 流石は黒森峰女学園の隊長さん! 納得しました!」

 

 

 そう言いながら、別名、道程(童貞)を殺す服について冷静な分析を繰り広げるまほと一ノ宮。

 

 多分、この場合は童貞ではなく道程と勘違いしているようだが生憎、この場にそういった類に詳しい方が居ないので変な方向に話が盛り上がっているようである。

 

 どこの世界に過程や道筋を飛ばしてしまう服が存在しているのか、そんな、疑問を抱かないまま一ノ宮とまほは『道程(童貞)を殺す服』をとりあえず確保し続いての服を選びに移る。

 

 

 そして、こちらは繁子、立江チーム。

 

 繁子は服を見ながら立江に言われるがまま大量の服を籠にぶち込んで回っていた。可愛い服を見つけては飛び込んでいく立江の光景には繁子もタジタジである。

 

 

「しげちゃん! この白ワンピース可愛いよ! あぁ、ゴスロリもあるわね! これも確保!」

 

「あ、あの…ぐっちゃん?」

 

「ショートパンツ…ミニスカート…うむむ…しげちゃんはショートパンツが良いわね、よしこれ」

 

「…これあかんやつや」

 

 

 立江に変なスイッチが完全に入った事を悟り目のハイライトが消える繁子。

 

 こうなった立江は誰にも止められない、服を選び抜いて選び抜いて選び抜く。そう、立江は服を自作するときも妥協しない、つまりは服選びの業者さんなのだ。

 

 実家も服を作る家業を一部行なっている影響もあるかもしれないが、これには繁子もひたすら従うばかりである。

 

 

 それから数時間後。

 

 

 繁子とまほは試着室の中で立江と一ノ宮にそれぞれ服屋から厳選した可愛らしい服を選び抜かれて着させられていた。

 

 審査員は永瀬達四人。立江、一ノ宮、彼女達の目を持ってしてこの二人の服装を審査する。2人により似合う可愛らしい服はもちろん購入しお持ち帰り予定だ。

 

 まずは、まほから、試着室のカーテンが開き着た服を全員にお披露目する。

 

 

「ど、どうかな?」

 

「おぉ、可愛いじゃん!」

 

「フリルが付いた服かー、でもスカート丈がちょっと短い気がするね」

 

「あ、ちょ! 見える! 見えるから!引っ張るな!」

 

「やっぱり道程を殺す服は確かに威力が強力でしたね」

 

「道筋ぶっ壊しちゃまずいよね、私らむしろ作る方だし時御流的にさ」

 

「そうでしたね、これはこれでとりあえずは可愛いですけども」

 

 

 そう言いながら、スカートを引っ張る永瀬と道程(童貞)を殺す服を着たまほを冷静に分析しそう告げる一ノ宮。

 

 そして、続いてはお待ちかねの繁子だ。

 

 その場にいる全員は繁子の格好を心待ちにして試着室の方を見つめる。しばらくして、着替え終えたのか繁子の試着室のカーテンが開いた。

 

 

「な、なんや…恥ずかしいな」

 

「わぁ! リーダーめっちゃ似合うじゃん!」

 

「白いワンピースか! いいね!」

 

「女の子らしさが出てるよね」

 

「…可愛い……」

 

「ちょ!? まほさん! 鼻血! 鼻血!」

 

 

 そう言いながら、まほの鼻血を携帯用ティッシュを取り出し拭う一ノ宮。服に鼻血がついては大変、そこを踏まえた迅速な対応である。

 

 そして、試着室の中から出てくる立江はホカホカ顔であった。まほは彼女に歩み寄ると静かに手を差し伸べる。

 

 

「立江、良いものを見せてくれてありがとう」

 

「ふ…っ、私の手に掛かればこんなものよ」

 

「ちょ!? 2人とも鼻血出てますからっ!?」

 

「服につく! 服につくから!」

 

 

 そう言いながら、一ノ宮に加えて真沙子がすかさず立江の鼻をカバーするようにティッシュで鼻を拭い止血する。

 

 危ない、服を鼻血で台無しにしては全部購入せざる得なくなる。それだけは全員避けなくてはいけない。

 

 そして、しばらくの間、2人のファッションショーは続いた。

 

 

「おー、まほっちそれがいいよ、それ!」

 

「うん! まほっちって感じがするし女の子らしさが出てるよね!」

 

「そ、そうかな?」

 

「上下黒に黄色の上着ってのがポイント高いよね? 腰にそれを巻いてるのが大人っぽく見えるし!」

 

「決まりだね!」

 

 

 そう言いながらうんうんと頷く永瀬達。

 

 そして、立江と再び試着室へと入った繁子はというとしばらくしてまほに続くように服を着替えて再び皆の前にその姿を見せた。

 

 

「はぁぇ〜、いやーリーダー見違えたよ」

 

「ショートパンツにフリルが付いたシャツか、シンプルだけど可愛いよね!」

 

「白いワンピースも可愛かったけど、私ら的にはこれは有りかな!」

 

「しげちゃんは何着ても可愛いなぁ」

 

「…ほ、ほんまに?」

 

「農業Tシャツにサンダルよかは全然いいよ、間違いなく」

 

「えへへ、やったな! ぐっちゃん!」

 

「任せなさいって!」

 

 

 そう言いながら、皆の感想を聞いて立江とハイタッチを交わす繁子。

 

 どうやら繁子とまほが買う服はあらかた決まったようである。繁子達は買う服をいくらかレジに持って行くと会計を済ませて店を出た。

 

 もちろん、2人が店から出た時の服装は皆が良いと思った服装である。他にも服を購入し実に充実した買い物をした。

 

 

「いやー、なんか、やっぱりこうやってまほりんやみんなと買い物できて楽しいなぁ」

 

「そうだね、しげちゃん、私もだよ。立江、今日はありがとう」

 

「いやいや、私らは大した事してないって。ね? 一ノ宮?」

 

「はい! お二人とも可愛いですっ!」

 

「一仕事終えた感あるよね」

 

「んじゃ、この後、御飯でも行こうか!」

 

 

 そう言いながら皆で帰路につく繁子達。

 

 たくさんの買い物袋を両手に携えながら他愛のない賑やかな会話を繰り返す7人。

 

 その後、繁子達はまほ、一ノ宮を交えて晩御飯を皆で外で食べに出掛けた。

 

 それから暫しの間、これまでの事や今日の出来事を振り返り皆でワイワイと賑やかに晩御飯を食べ終えて店を出ると、そこから繁子とまほは立江達と一旦別れ、ちょっとした夜の散歩へと出掛ける事にした。

 

 立江達も2人だけで話があるのだろうとそこは気を使った。長年、一緒にいる立江や永瀬達である。繁子の事はよく理解している。

 

 今日は途中で立江達とこうしてまほと共に服選びに連れ去られるハメになってしまったが、 完全に知波単学園の寮に帰る立江達を見送った後ならば、まほと2人でゆっくりと話もできるだろう。

 

 繁子は今日の出来事を踏まえながら、楽しそうに笑顔を浮かべて他愛のない会話をまほと交わす。

 

 

「…まぁ、ウチの仲間はあんな感じや、今日は付き合わせて悪かったな、まほりん」

 

「ううん、楽しかったよ。またみんなでワイワイしたい」

 

「ほんまに? 服屋に拉致されるわ着せ替え人形にされるわ散々やったやんか」

 

「まぁ、でも可愛い服を選んでくれたし、しげちゃんの可愛い服も見れたから私は満足だった」

 

「…そっか!」

 

「うん」

 

 

 そう言いながら2人とも笑顔を浮かべる。

 

 確かにめっちゃくちゃな1日だった気もするがまほにとっては楽しかった1日であった。黒森峰女学園で西住流を駆使し、高嶺の花の隊長として祀られているまほにはこんな風に心許せる時間は少ないし限られている。

 

 けれど、繁子や立江達はそんな事は関係なく接し、そして、友人として迎い入れてくれた。そんな光景がまほにはとても嬉しくありがたかった。

 

 だが、黒森峰女学園の隊長としての西住まほもまた、戦車道にて繁子達との戦いを望んでいる。

 

 

 

「しげちゃん、ここで大丈夫だよ見送りありがとう」

 

「うん、それじゃまた」

 

「うん、今日は楽しかった…それじゃ…」

 

 

 足を止めたまほは笑みを浮かべ目の前にいる繁子をジッと見つめる。

 

 そう、西住まほ、城志摩 繁子。この2人とも次は準決勝で戦車道強豪校とぶつかる。2人が最初に再会した日交わした約束、それは互いに決勝まで勝ち上がることだ。

 

 西住流、西住まほはその言葉を素直に繁子にぶつけた。

 

 

「次は戦車道全国大会。決勝の舞台で」

 

「…もちろんや。 決勝でな」

 

 

 2人の間に漂っていた穏やかな空気が一瞬にしてピリっとしたようなものに変わる。

 

 互いに譲れない戦車道の道がある。

 

 友人、親友である前に互いに目指すものがある。それは、高校生であるうちに戦車道を極めた者だけが掴み取る事ができる唯一の栄光、戦車道全国大会制覇。

 

 城志摩 繁子は尊敬する隊長、辻つつじを全国制覇した日本一の隊長にし、今は亡き母、明子との約束を果たす為。

 

 西住 まほは全国連覇している黒森峰女学園を絶対王者として君臨させ、さらなる栄光を掴み取る為。

 

 2人ともその為にその場所を目指す。

 

 ギラギラとした眼差しが交差する中、まほはそんな繁子の覚悟を察するとフッと笑みを浮かべて踵を返した。

 

 繁子もまた、その後ろ姿を見届けるとまほとは逆の方向へと足を向け歩きはじめる。

 

 戦車道全国大会、準決勝。

 

 次の繁子達の相手は聖グロリアーナ女学院だ。

 

 

(…まっとれよ、絶対決勝に行ったるからな)

 

 

 滾るアドレナリンをぐっと押し込めるようにそう心に押し留める繁子。仲間達と越えてきた試練、これからも仲間達と共に繁子は挑み続ける。

 

 まほとの約束と再会の場所、それは戦車道全国大会決勝。

 

 静かな闘志を燃やし、西住まほと別れた繁子は己の信じる戦車道の道を次の試合でぶつける事を静かに誓うのだった。

 

 

 



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対聖グロリアーナ戦会議

 

 聖グロリアーナ女学院。

 

 近年の戦車道において力をつけてきた名門校であり、イギリス戦車を主体に編成された戦車群。

 

 そして、得意とするのは、重装甲の戦車を活かした浸透強襲戦術。強固な装甲と連携力を活かした浸透強襲戦術を得意としており、敵の攻撃を正面から受け止めつつ、じわじわと侵攻していくスタイルを聖グロリアーナ女学院はお家芸としている。

 

 また「強固な装甲」の歩兵戦車を主力としている為に、強襲時に簡単に撃破されないための備えも万全といった布陣。今までに戦った事のない伝統と格式のある強豪校である。

 

 さて、ならば、そんな浸透強襲戦術を用いる聖グロリアーナ女学院に勝つにはどうすれば良いか?

 

 

「向こうの重装甲を打ち抜く戦車を中心に編成する必要があるやろうね?」

 

「やっぱりそうなるよね」

 

「うむ、聖グロリアーナ女学院の牙城は思いのほか固い」

 

「エース級の戦車乗りが何人もいる上に浸透強襲戦術を用いるこの学校に勝つにはそれなりの段取りと覚悟がいるやろうな」

 

 

 繁子達はブリーフィングを行いながら前に聖グロリアーナが試合をしたデータを見直しつつ冷静な分析を行う。

 

 敵を知らねば戦は勝てない。

 

 戦車道もまた一緒だ。仲間と共に意識を共有し互いに高い連携を取れる学校が強い、繁子や立江達はそれを身をもって知っている。そうして、仲間や戦車を信じてこれまで戦ってきた。

 

 

「さてと、ほんじゃどうするか決めようか」

 

「装甲ぶち抜く感じの作戦がいいよね?」

 

「うーん、せやなー」

 

「ホニIIIやホリあんだし、そこは大丈夫じゃないかな? 確実なのは近距離からのゼロ距離射撃による撃破なんだろうけれど」

 

「…そ、それや!」

 

「は? それって言うと…」

 

「ゼロ距離射撃?」

 

「うん! 作戦思いついたで!」

 

 

 そう言うと、繁子はホワイトボードを取り出すと作戦名を書き始める。

 

 どうやら、彼女の中で対グロリアーナ女学院に向けての作戦や段取りはあらかた決まったようだ繁子はホワイトボードに作戦名を書き終えるとバン! と叩き、皆にこう発表しはじめた。

 

 辻をはじめ、その場にいる知波単学園の機甲科、整備科の者達はその作戦名を心待ちにするようにゴクリと唾を飲み込む。

 

 

「題して! オペレーションRTや!」

 

「オペレーションRT?」

 

「えっと…ちなみにそれはなんの略かな? しげちゃん」

 

「ラーメンの麺の加水率だって違う作戦や!」

 

 

 その瞬間、毎度の事ながらその場にいた全員はズルッと椅子から滑り落ちた。

 

 ラーメンの麺の加水率だって違う作戦。

 

 ネーミングセンスもそうだが、ラーメンの加水率だって違うとはなんだろうとその場にいた全員が思ったことである。

 

 だが、一方の作戦名を発表した繁子は満足げに胸を張ってるあたりその作戦名を変えるつもりは無いのだろう。

 

 さて、それで作戦の概要だが、まず、繁子は立江を呼んで考えついた案を話した。参謀である立江ならばこの作戦を効率よく段取りをしてくれる事を繁子は知っている。いつも作戦を考えるときはそうしてきた。

 

 一通り繁子から説明を聞いた立江はその作戦の概要を聞いて頷くとしばらくして繁子と共にブリーフィングへと戻る。

 

 

「それじゃ説明すんで? ぐっちゃん」

 

「了解、リーダー。んじゃ説明するわね? まず、今回の敵は機動性の高いクロムウェル巡航戦車を持ち出してくる可能性が高いわ」

 

「そして、今回は永瀬隊は使わへん。いや、使えへんやね。偵察戦車は2輌に限定せなあかん」

 

「それはまたどうして?」

 

「撃破される可能性が高いからよ。三輌もいれば見つかる確率も高まるしクロムウェルはWW2最速の戦車とも言われてたわ、よって今回はホリ、チヘ、チヌ、ホニIII、チハを中心に編成を組むの」

 

「そんでもって今回は海岸や湖も戦地内に入っとる」

 

「そして、今回はつれたか丸の出番ね、準決勝までに特五式内火艇 、トクに改造しといてほんとに良かったわ」

 

「火力足りなかったもんね」

 

「特三式内火艇カチも二輌ほど作ったし本領発揮って訳だね」

 

「せや、せやから今回はつれたか丸隊を編成する。車長には今回、永瀬といきたいところやけどいけそう?」

 

「私の相棒だからね! 当たり前田のクラッカーだよ!」

 

 

 そう言うと永瀬は腕まくりしニカッと気持ちの良い返事を繁子に返す。

 

 奇襲戦に繁子は三輌のつれたか丸隊による奇襲を考えていた。それは、対聖グロリアーナにおけるオペレーションRTの為。

 

 浸透強襲戦術、これを破るために今回はつれたか丸隊の活躍が不可欠になる。

 

 

「ええか? まずは聖グロリアーナ女学院が浸透強襲戦術を仕掛け進軍してきた場合。隊列を組んでくるはずや」

 

「そこで、つれたか丸の出番ね、つまり敵車輌の注意を引くために湖、海からつれたか丸隊で奇襲をかけるの」

 

「そうすることで敵車輌は海や湖といった場所に注意が必要になり本来、戦車戦に向ける筈の注意力や集中力をそちらに割くことができるんや」

 

 

 繁子は立江と共につれたか丸隊の役割を明確に永瀬達に伝えていく。

 

 つまり、敵戦車が来るであろう場所を海や湖の近くに限定して今回は戦闘を行おうという訳である。

 

 繁子はこの作戦を成功させる為にさらなる段取り、用意ももちろんしている。

 

 

「この『ラーメンの加水率だって違う作戦』はラーメンのスープの様にこだわりが無いとあかん」

 

「やっぱりラーメンはスープが命だからね」

 

「麺も歯ごたえ無いとね」

 

「わかるわかる」

 

「いやー、スープ作る為に全国回ったのが懐かしいよね!」

 

「ラーメン屋でも開くつもりだったのか…お前達は…」

 

 

 繁子や立江達の話を聞いて顔を引きつらせる辻隊長。

 

 戦車戦にラーメン作りを持ち込んでくるのはおそらくこの娘達くらいだろう。スープを作る為に全国を飛び回ったと豪語するあたりやはりとんでもない行動力の持ち主達だ。

 

 さて、そして、続いてつれたか丸隊の他の戦車達や繁子達だが、こちらの方もまたこのオペレーションRTをやる点においての役割がある。

 

 

「続いて私達ですけど、まぁ、話した通り、敵は浸透強襲戦術を使うので今回はある物を使います」

 

「ある物?」

 

「せやで、まずはスコップにツルハシ。そして、最後に斧とかその他もろもろや」

 

「…ちょっと待て、それじゃあれか? 森林地を…」

 

「はい、開拓して湖の森林地を中心にトラップを仕掛けます」

 

「そんで砂浜には海水を利用した落とし穴トラップやな、トラップの場所はわかりやすく植物を被せとくんや」

 

「…なんだ…その、こんなのばっかり思いつくお前達はゲリラかなんかか?」

 

「もちろんです、プロですから」

 

 

 そう言い切る立江の笑顔は晴れ晴れとしたものだった。

 

 勝つ為に手段は選ばない、利用できる地形や環境は最大限に利用するのが時御流。つれたか丸隊の奇襲もあり注意力が散漫している中でのトラップとなれば相手もどこに注意を向けて良いかわからなくなるだろう。

 

 さらに、繁子はこれらの時間稼ぎの為の策をもちろん用意している。それは今回、15輌という戦車達を最大限に活用する策だ。

 

 

「ホリ、ホニ、ケホでまずは敵の足止めをしなきゃですね。最悪撃破も覚悟で逃げるつもりでの砲撃、誘導をお願いします」

 

「煙幕もカモフラージュも時間を稼ぐなら最大限に使ってもかまわへん。多少の時間稼ぎができればそれで大丈夫や」

 

「なるほどな…、わかった、とりあえずはそれでいこう」

 

 

 繁子の作戦を聞いた辻隊長は静かに頷いて彼女の作戦に賛同する。

 

 ゲリラっぽい気もするが彼女達にとってはこれが時御流のやり方なんだろう。サンダース高校の時もそうだが毎回、このとんでもない発想の作戦には辻は驚かされるばかりである。

 

 そして、これからが本題、ゼロ距離射撃。この聖グロリアーナ女学院の重装甲戦車をぶち抜く為の作戦は繁子はこう考えていた。

 

 

「チハ、ホニは敵戦車が落とし穴に嵌ったらすぐさま突撃をかけるの忘れん様にな」

 

「落とし穴に嵌ったら突撃?」

 

「せや、身動きが取れんとなれば向こうも思い通りな行動は取れんはず、やから重装甲戦車が一車輌ごとに落とし穴に嵌ったら突撃をかけるんや」

 

「チハの主砲でもゼロ距離ならば抜けるはず。身体ごと突撃して粉砕よ」

 

「今回は落とし穴がミソやろうなぁ、んでもって具材がグロリアーナ、チハやホニが麺って訳や」

 

「味噌ラーメン一丁上がり! ってわけよ」

 

「えー、私、豚骨がいいなぁ」

 

「しょうゆも捨てがたいよね!」

 

「お腹減ってきたぁ…」

 

 

 そんな感じにラーメンの話題で盛り上がる知波単学園の女生徒達。

 

 向こうが隊列を組んでくるならその隊列をぶっ壊す作戦を立てる。落とし穴が仕掛けてあるとわかれば向こうも隊列を組んで悠長に構えるなんて事は出来なくなる事だろう。

 

 ブリーフィングとしてはひとまず聖グロリアーナ女学院戦はこの様な作戦で戦うことになる。ラーメンの麺の如く舞い、ラーメンのスープの様に深みのある味のある作戦へ。

 

 繁子としても聖グロリアーナ女学院戦は油断ができない相手だ。だからこそ、今までの経験を生かして戦う。

 

 

「さぁ、みんな! 次の試合も勝つで!」

 

「「おー!!」」

 

 

 そして、各自、戦車を試合で最高の状態にする為に全員で戦車の整備へと取り掛かり始める。

 

 最初はボロボロになっていた戦車達。

 

 だが、繁子や立江達が来て知波単学園の戦車道に関わる皆が共に戦う戦車達に愛情と情熱を持って接している。

 

 こんなところでは終われない、皆が同じ気持ちだった。

 

 繁子も辻隊長も戦車道全国大会で優勝させてあげたい。てっぺんまで登って一緒の光景を皆で見たい。

 

 かつて無いほど知波単学園の機甲科、整備科の皆は心を一つにしていた。

 

 連携や団結なら聖グロリアーナ女学院にも負けない、独創的でそして信じられない作戦を次々と出す繁子達に彼女達も触発されてきたのかもしれない。

 

 皆が協力すればできないことは無い。ここにいる皆がいろんな事に挑戦するチャレンジャー。

 

 ならば、聖グロリアーナ女学院に挑戦する資格を得た今、彼女達も自分達の貫いてきた戦車道を用いてチャレンジする。

 

 この時御流と学園の伝統と融合したものが聖グロリアーナ女学院にどこまで通用するのかを。

 

 

「さてと、お上品なお嬢様方がお下品な声をお上げになる様に度肝を抜いてやらないとね」

 

「ぐっちゃん、相変わらず発想がえげつないな…」

 

 

 そう言いながら苦笑いを浮かべる繁子。

 

 相方の立江はというと不敵な笑みを浮かべながらスパナをクルリと回しホリ車の整備を口笛を吹きながらしはじめる。

 

 だが、立江の言う通り一筋縄ではいかない相手だ。敵の度肝を抜いて戦い撃破しなければ決勝には進むことなど到底できない事を繁子もわかっている。

 

 聖グロリアーナ女学院との決戦の日は近い。

 



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take a bet

 

 いよいよはじまる聖グロリアーナ女学院戦。

 

 万全の状態で戦車を仕上げ、繁子達はこの日の決戦に挑んだ。敵はイギリス戦車群、相手に不足は無い。

 

 ブリーフィングも行い、繁子達の戦術も皆で共有し理解した。そして、敵の戦車がどんな風な戦術で挑んでくるのかも研究済み。

 

 三年生最後の大会、隊長である辻は並々ならぬ覚悟を持ってこの場所に立っている。

 

 そして、しばらくして試合での整列と礼。

 

 聖グロリアーナ女学院の隊長アールグレイを筆頭にずらりと並ぶイギリス戦車群。

 

 試合前、隊長の辻とアールグレイが顔を見合わせて握手を交わし、両校が顔を揃えて挨拶を行う。

 

 

「…まさか、貴女達が上がってくるなんてね」

 

「今日はよろしくお願いするよ」

 

「辻さん、貴女と戦うのは初めてかしら? こちらこそよろしくお願いしますわ」

 

 

 そう言って両校代表の隊長同士は互いに握手を交わして互いに全力で戦う事を誓い合う。

 

 そして、握手を交わした後、アールグレイは不敵な笑みを浮かべて辻にこんな話をしはじめた。

 

 それはアールグレイが以前会った事のある繁子達に関係する話である。

 

 しかし、そのアールグレイの話の内容は…。

 

 

「あぁ、そうそう、辻さん。ここで一つ私とある賭けをしませんか?」

 

「?…賭け?」

 

「そう、賭けよ」

 

 

 そう言ってにっこりと笑みを浮かべるアールグレイ。だが、辻はその言葉に首を傾げるしか無かった。

 

 賭けと言っても賭けるようなものはウチには無いし、かと言って聖グロリアーナに賭けて欲しいものなど無い。

 

 だが、次に言葉を発したアールグレイから聞いた言葉は辻が耳を疑うような内容の賭けであった。

 

 

「以前会った城志摩 繁子と山口 立江達。賭けの対象はあの娘達」

 

「な!? ど、どういう意味だ?」

 

「そのままの意味よ。そうねぇ貴女達が勝ったら今後、聖グロリアーナ女学院から定期的に戦車の部品の一部を無償で幾つか提供するって事でどうかしら? さらにうちの優秀な整備士を何人か差し上げますわ」

 

 

 そう、アールグレイは笑みを浮かべたまま隊長の辻に繁子達を賭けて勝負しろと持ちかけてきたのだ。

 

 しかしながら当然、こんな賭けを辻は受け入れるわけにはいかない、繁子達は大事な知波単学園戦車道の財産であり仲間だ。

 

 そもそも、彼女達を賭けの対象にするなんてそんな事ができるわけが無い。こんな強引な引き抜きのやり方には辻も賛同する訳にはいかなかった。

 

 だが、アールグレイはそんな辻に続けるようにしてこんな話をしはじめた。

 

 

「貴女、なんでウチやプラウダがここまで繁子さん達を欲するか…理解できるかしら?」

 

「…何?」

 

「あの5人の娘はこれから先、大学での戦車道、いずれできるであろう戦車道プロリーグに参加しても必ず結果を出していけるであろう才能を持った卵達よ。ウチのようにしっかりとした『勝てる戦車道』が確立された名門であればあの娘達の成長にも繋がるわ」

 

「それは…」

 

「プラウダも同じ考えよ、今年はあの娘達が居たからこの場所に貴女が立ってられるの。もし居なかったら? 辻さん、最後の戦車道全国大会、貴女達はどこまで勝ち上がってこれたのかしら?」

 

 

 アールグレイは真っ直ぐに目の前にいる辻にそう話をしながら紅茶を口に運び笑みを浮かべる。

 

 辻にはアールグレイが何が言いたいのかが理解できた。

 

 つまり、繁子達が居なければ今年はベスト4という成績は残せていないかもしれないだろうとアールグレイはそう言いたいのだ。

 

 彼女達が居ない事を考えればサンダース大付属高校の財力や強力な戦車群にチハのみのしかも戦術は突撃だけの戦法しかとっていないと辻はアールグレイから改めて指摘され思った。

 

 おそらく、その状況であったらと仮定して整備科にはかなりの負担をかける事も理解できるし、機甲科との溝もより深まっていた事だろう。

 

 辻自身もそのアールグレイが言う繁子達が成長させられる環境というものを提供できているかとそうとは言い切れない部分がある。

 

 

「貴女達の伝統ある突撃の戦車道をやるのは結構、それで結果も残した事もあるのは知ってるし素晴らしい伝統よ。けれどね、私は有望な戦車乗りのあの娘達がこの先、知波単学園にいるのかは理解しかねるのよ」

 

「………………」

 

「プラウダ高校、黒森峰女学園、サンダース大付属高校なら結構。しかし、私が思うに繁子さん達を理解している貴女が居なくなった後の知波単学園を考えるとそうとは思えないのよね」

 

「…それは…何故だ?」

 

「わからないかしら? それは知波単学園に憧れて入ってくる次世代の一年生が彼女達の戦車道を受け入れてくれるかわからないからよ」

 

 

 そう言い切るアールグレイにはある予想があった。

 

 それは、繁子達の戦車道に憧れて入る来年の新入生はおそらく居ないという事。時御流のやり方に今、皆が賛同してくれているのは辻の存在が非常に大きい。

 

 二年生や今の三年生とて、現在に至るまで全員が全員、繁子達の時御流を理解していたわけではない。全員が心を一つにしたのはここ最近になってからでそれまでは違う考え方を持った者も当然居た。

 

 

『何故、自分は知波単学園の突撃の伝統に憧れてこの学園に入ったのに潔く突撃させてもらえないのだ』

 

『整備科の仕事まで手伝うとか意味がわからない』

 

『ただでさえ全国大会での試合がキツイのに戦車の製造なんてなんでするの?』

 

 

 例を挙げればきりが無いだろう。しかしながらこう言った不満は辻が相談に乗り、プラウダ戦での練習試合を終えてからというもの彼女は繁子達の戦車道を取り入れられるようにと様々な配慮を行ったし、辻自身がそうやりたいと三年生達を説得して二年生にも同じように一人一人面談して解消していた。

 

 今はその一部の彼女達もこの戦車道全国大会で繁子達と関わっているからそれが何故必要なのかを理解している。

 

 だが、来年入学してくる一年生は? この戦車道を理解できるのか?

 

 知波単学園の伝統でもなく、ましてや、西住流や島田流でもないあまり聞いたことも無い時御流という戦車道を受け入れられるのか?

 

 

「プラウダ高校にはジェーコの息のかかった一年生や二年生達がいる上に繁子さん達の待遇も良くすると聞いたし、ウチの聖グロリアーナには影響力があるOG会もあるから私が引退しても彼女達を守ってあげられるわ」

 

「……………」

 

「来年の三年生が貴女が居なくなった後、繁子さん達をどうするか、想像してみたらどう? 果たして今のような戦車道が続けられる?」

 

 

 真っ直ぐな眼差しを向けてそう辻に問いかけるアールグレイ。自分達が引退した後、彼女達がどうなるのか…。確かにアールグレイから言われた予想や仮定も聞いていれば理解はできる。

 

 知波単学園の伝統は突撃、そして、繁子達が扱う戦車道の流派は時御流。

 

 けれど、辻は知っている。自分が居なくなった後の知波単学園でも彼女達ならば自分の居場所を切り開いていける事を。

 

 

「そうだな、正直、私が引退した後は予想できない」

 

「でしょう、ならば…」

 

「けど! あの娘達は自分達で居場所を作る作り方ぐらい知っている!」

 

 

 そう言い切る辻は真っ直ぐにアールグレイを見据えていた。自分の道は自分で切り開く、それが時御流だと繁子達は言っていた。

 

 だからこそ、彼女達がその道を切り開く力がある事を辻は知っている。

 

 その言葉を聞いたアールグレイは驚いた様に目を見開く、そして、そう言い切ってみせた辻を見直した様に笑みを浮かべてこう声を溢した。

 

 

「…へぇ…言うじゃない」

 

「良いだろう、その賭け乗ろうじゃないか。けれど、私達は負けるつもりはない! この今いる知波単学園はあの娘達が選んだ場所だ。貴女方に負けるような戦車道があるような学校で無い事を今日証明してみせる!」

 

 

 そうアールグレイに言い切る辻。

 

 その後ろからゆっくりと、ある人物が辻の側へとやってくる。そう、繁子だ。

 

 繁子はアールグレイと辻の話を聞こえる距離まで近寄って聞いていた。そして、アールグレイが自分達を賭けて勝負しろと辻に持ちかけた時にもそれを止めようとはしなかった。

 

 それは、隊長である辻を信用しているからだ。何故、これまで伝統ある知波単学園で自分達の時御流の戦車道が出来ていたのかを繁子も知っていた。

 

 

「…これで良いんだろう 繁子?」

 

「代わりに啖呵切ってくれて助かりましたよ、辻隊長」

 

「…異論は無いのね? 繁子さん?」

 

「当たり前や、私らもハナっから負けるつもりも無い。知波単学園の戦車道に関わるみんなで勝つつもりですよ」

 

「そう、それじゃ今日は良い試合にしましょう互いにね?」

 

 

 そう言い切るとアールグレイは踵を返して自分を待つ聖グロリアーナ女学院の戦車群へと帰ってゆく。

 

 だが、啖呵を勢いよく切った辻はというと賭けの対象にされた繁子の方へと視線を向けて、申し訳無さそうにこう話をしはじめた。

 

 

「…本当に良かったのか? 私は…お前達を賭けの対象になんて…」

 

「勝負は勝つか負けるかですよ、辻隊長。それにね? 話を聞いてたのに止めに入らんかったって事は異論はないって事ですよ、以前にも言うたでしょう? こう言った話があれば受けて立ってくださいって」

 

「けど…」

 

「ウチも立江達も一番は辻隊長やと思うてますから、それに戦車道じゃ今の知波単学園のみんながね?」

 

 

 繁子はそう言うとニカッと笑みを浮かべて隊長の辻に告げた。

 

 後悔は無い、覚悟を持った背水の陣で己を試合に臨ませる為にも繁子にはちょうど良い話だ。

 

 以前にも辻には話していた。アールグレイが話したようなこんな話が持ち上がる事がある事も繁子にはわかる。

 

 けれど、自分の今いるこの場所は知波単学園のみんなが協力して切り開いてくれた場所だ。

 

 来年の一年生がどんな風にしてこの知波単学園の戦車道を選ぶのかはわからない、けれど、繁子はこの知波単学園での皆が作った戦車道を知って欲しいと思っていた。

 

 

「まずは試合に勝つことですよ、辻隊長。ウチらがやってきた事が間違ってなかった事を証明してやりましょう!」

 

「…あぁ! そうだな!」

 

 

 そう言って隊長の辻は繁子の言葉に頷き笑顔を見せる。

 

 これまで、自分が三年間知波単学園でやってきた戦車道を証明する。繁子達と新たに築いたこの知波単学園の戦車道のやり方で。

 

 挑戦者として、辻は心を決めて聖グロリアーナ女学院に挑む事を誓った。

 

 そして、辻もまた同じように踵を返して自分を待つ知波単学園の戦車達の元へと戻ってゆく、繁子もまたそれに続く様に後ろを歩いて行った。

 

 そんな2人の光景を眺める聖グロリアーナ女学院の女生徒。

 

 

「ダージリン、どうかしたの?」

 

「ん…いや、ただ、面白い試合になりそうだと思いましてね」

 

「面白い試合? 城志摩 繁子の事かしら?」

 

「そうね…。アッサム、貴女はこんな格言を知ってるかしら? 『戦争で最も計算できないものは戦意である』って言葉」

 

「…いや、知らないわ」

 

「城志摩 繁子を含めた知波単学園は並々ならぬ戦意を抱いてこの試合に来ているわもっとも…」

 

 

 繁子の後ろを姿を見つめたダージリンは真っ直ぐにその背中を見つめる。

 

 そして、繁子と並ぶ様に歩く辻、彼女達を迎い入れる知波単学園の仲間達をジッと見つめたダージリンは言葉を区切った後こう告げはじめる。

 

 

「私達にその戦意が通用するか否かは別の話ではあるのだけれどね」

 

「貴女その格言を言ってみたかっただけじゃないかしら?」

 

「さぁ…どうかしらね?」

 

「図星ね」

 

「兎にも角にも、こうして城志摩 繁子と対決できる機会が出来た訳なのだから…私達もそれ相応の覚悟で臨まないといけないわ」

 

 

 そう言ってダージリンは紅茶を口に運びながらアッサムに笑みを浮かべる。

 

 隊長であるアールグレイが欲しがる城志摩 繁子という同じ一年生とこうして戦う機会を得た今、ダージリンは同じように聖グロリアーナ女学院で戦車道をやる人材であるかどうか見定めようと思っていた。

 

 果たして、期待した一年生では無くただの期待外れの人材か、それとも、自分達と肩を並べる腕を持った戦車乗りであるのか。

 

 

「もっとも、紅茶を聖グロリアーナで自家生産できるようになれば私的には万々歳なのだけどね」

 

「それじゃ隊長から買われる城志摩 繁子のお手前、拝見させて貰おうかしら? ダージリン」

 

「そうね」

 

 

 他愛の無い会話を終えて愛車であるチャーチル戦車に乗り込む2人。重装甲の戦車群はアールグレイのクロムウェルを筆頭に定位置へと移動を開始する。

 

 いよいよ近く試合開始時間。

 

 両校のプライドと意地、そして、誇りを賭けて今、準決勝の試合の火蓋が切って落とされようとしていた。

 



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VS聖グロリアーナ女学院戦 1

 

 繁子達の進路を賭けた大勝負。

 

 知波単学園VS聖グロリアーナ女学院。

 

 今、その火蓋は切って落とされた。運営側から煙弾が打ち上げられるのを両校の並ぶ戦車群は今か今かと待ち焦がれている。

 

 各自、ズラリと並ぶ15輌の戦車群、決勝の舞台を目指し様々な思いが交錯する中、上空高くその合図が立ち昇る。

 

 

『知波単学園対聖グロリアーナ女学院! 試合開始!』

 

 

 そして、打ち上げられる煙弾。

 

 両校の並ぶ戦車群は勢いよく音を立てて動き出す。聖グロリアーナは定石通りの浸透強襲戦術の戦法を取り一糸乱れぬ陣形を形作る。

 

 これが、聖グロリアーナ女学院のお家芸。

 

 優雅にそして、絶対的カリスマの指揮官の元、戦車内で飲んでいる紅茶を溢すことなく勝ち上がって来た名門校ならではの伝統戦術だ。

 

 

「城志摩 繁子さん、辻つつじさん。私達の陣形も連携も盤石のこの聖グロリアーナ女学院に果たして貴女方がどう戦うのか…見せてもらうわよ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべそう告げるアールグレイ。

 

 統一が取れたその陣形に隙はない。この絶対的な装甲と連携に太刀打ちできる学校はプラウダと黒森峰女学園くらいだろうという自負がある。

 

 すると、試合開始からしばらくして。アールグレイの耳にある情報が早速飛び込んできた。

 

 左翼側からの戦車からの通信だ。

 

 

『左側面から敵襲! 数は3!』

 

「早速仕掛けてきたか…。被害は?」

 

『マチルダが一輌やられました! …奇襲です!』

 

 

 被害報告を通信を通して告げる聖グロリアーナ女学院の女生徒。

 

 その言葉を聞いたアールグレイは顔を顰めて彼女にこう訪ねた。選りすぐりの戦車乗りがいるこの聖グロリアーナ女学院で敵の接近をそこまで許すことなどそうそうない事だ。

 

 何かしらその原因があるはずだとアールグレイは思っていた。

 

 

「なんですって? 何故気づかなかったの?」

 

『それが…敵車輌が突然現れまして』

 

 

 慌てたような口調で聖グロリアーナの生徒からの返答が返って来る。

 

 アールグレイは静かに考えた。以前見た知波単学園の戦法を見た限り、これは繁子達が得意とする時御流のやり方。

 

 彼女達はこうして敵の戦力を削ってきた。ならば考えられる手段は一つ。

 

 

(カモフラージュによる奇襲か…なるほど、今回も相手は完成度の高いカモフラージュを取入れて来てるのね)

 

『どうなさいます?』

 

「愚問ね、全軍で追撃。目標は左翼の敵奇襲隊、隊列を乱さずそのまま追うわ、私のクロムウェルなら簡単に追いつけますわ」

 

『承りましたわ!』

 

 

 そう言ってアールグレイとの通信を切る聖グロリアーナ女学院の女生徒。

 

 確かに奇襲ならば不意を突かれても仕方がないだろう。だが、アールグレイが気になっていたのはそこではない。

 

 マチルダの装甲を撃ち抜く戦車。この存在の方が気がかりであった。

 

 

(敵戦車はおそらくクロムウェルを撃ち抜ける戦車を持ってきてる可能性が高いわね…警戒しないとやられるわ)

 

 

 そう、マチルダだけではない。このアールグレイが乗るフラッグ車であるクロムウェルもそうだ。

 

 戦車による砲撃は重装甲があるこのクロムウェルならとこれまでさほど警戒しなかったがこうなってくると話が変わってくる。

 

 敵戦車は油断できる相手ではない。そう改めてアールグレイは気を引き締めさせられた。

 

 

 一方、こちらは奇襲を成功させ、現在、聖グロリアーナの誘導に移るホリ隊。

 

 繁子から言われた通りにありったけの煙幕を用いた視界妨害作戦を行いながら、チャーチル、マチルダ戦車群から逃走を試みていた。

 

 もちろん、マチルダ1輌を撃ち抜いたのはホリ車である。ホリ車には煙幕を開く間に再びカモフラージュをかけ別ルートで繁子達が待機する森林地の湖を目指す。

 

 ホリに乗るのは隊長の辻つつじ。そして、マチルダを撃ち抜いたのも彼女の戦車だ。

 

 

「うまくいったな、後は撤退を迅速に行うだけだ」

 

「私たちが引きつけますから辻隊長は早く撤退を」

 

「わかった。では後は任せたぞ」

 

「「はい!」」

 

 

 そう言うと再び戦車に乗り込む知波単学園の生徒達。

 

 今回、辻がホリ車に乗るのはある理由があった。それはこの戦車がクロムウェルやマチルダの装甲を簡単に撃ち抜ける事ができる戦車であるという事。

 

 隊長として、彼女には今回ある覚悟があった。それはアールグレイを撃ち取るのは自分であるという覚悟だ。

 

 知波単学園の仲間を守るため、彼女は負けられないという気持ちでこの戦車に乗る事を繁子にお願いした。

 

 

(アールグレイ…いや、聖グロリアーナ女学院。お前達に大事な仲間は絶対に譲らない!)

 

 

 すぐさま煙幕が辺りに広がると辻はカモフラージュしたホリ車での離脱を開始する。

 

 そして、囮となったケホとホニの車輌は煙幕を使いながらジグザグに走行し、聖グロリアーナ女学院の誘導を開始する。

 

 視界が悪い中での砲撃、だが、当たらないとも限らない中での戦車の追いかけっこが始まる。

 

 

「……これは面倒ね」

 

「ダージリン、車影を捉えたわ」

 

「砲撃しながら陣形に合わせましょう。隊長もそのつもりでしょうし」

 

「…了解」

 

 

 降り注ぐ聖グロリアーナ戦車14輌からの雨のような砲撃。

 

 地面が爆ぜる度にケホとホニに乗る知波単学園の女生徒達は冷や汗をかく、下手をすれば一撃粉砕だ。

 

 これとまともにウチの戦車で正面からやり合おうとすればたちまち鉄の藻屑となるだろう。それだけの迫力と圧迫感がある。

 

 

「逃げて逃げて!」

 

「やっばい! 怖いよ! あれ本当に同じ戦車なの!?」

 

「まだ着弾した訳じゃない! しげちゃんのところまでしっかり誘導しなきゃ!」

 

 

 だが、煙幕を引いているからと言って敵戦車がこのままみすみす逃してくれる訳もない。

 

 すぐさま、隊長車輌であるクロムウェルが煙の中を猛追してきた。そして、アールグレイの車輌が逃走していたホニIIIの車体を捉える。

 

 逃げられないホニ、まさに、煙幕を突っ切って砲身をぶつけてきたクロムウェルは獰猛なジャガーやヒョウの様な肉食獣を連想させられる。

 

 

「しまった! ホニが…っ!」

 

「撃ち抜きなさい」

 

 

 次の瞬間、ホニがクロムウェルの砲身から発射された牙の餌食となる。

 

 吹き飛ばされたホニIIIの車体は二転三転し、逃げ込もうとした森林地の木にぶつかると白旗を揚げた。確かにクロムウェルの様な機動性の高い装甲戦車ならば追いついてゼロ距離射撃すれば済む。

 

 その光景を目の当たりにしたケホに乗る知波単学園の女生徒達は戦慄した。

 

 だが、立ち止まる訳にはいかない、何としても繁子達が待つ場所へと戦車を生かして帰らなければ。

 

 

「逃げて! 全力で!」

 

「ケホならやれる! 絶対!」

 

 

 そう、軽戦車のケホならばWW2の戦車の中で最速を誇ったクロムウェルでもなんとか撒けるはず。

 

 繁子は言っていた。このケホはWW2の日本戦車の中でも最も早い戦車であると。ならばクロムウェルといえど早々に追いつく事は容易くはない。

 

 自分達にはあの恐ろしい戦車群を仲間たちのために誘導する責任がある。ならば、成し遂げなければならないだろう。

 

 爆ぜる地面、迫るイギリス戦車をなんとか振り切ろうと森の中へと煙幕を広げながら逃げ込む知波単学園のケホ車。

 

 それを追撃するクロムウェル。

 

 そして、それに追従するチャーチルとマチルダ。

 

 だが、森に入った時点でケホの機動性を生かした回避はキレを増した。というのも森林地における木が障害となり聖グロリアーナ女学院の戦車達が上手く照準がつけにくい状況を強いられる形になったからだ。

 

 

「…当たらないわね」

 

『どうしますか?アールグレイ様?』

 

 

 通信を通して隊長であるアールグレイの判断を待つ聖グロリアーナ女学院の生徒。

 

 この状況であれば、照準がつけにくいにしろケホ1輌は撃ち抜き撃破する事は容易い。だが、アールグレイには何かが引っかかった。

 

 それは、この今のケホ車を追い深入りしている状況。まるで、誘導されているかの様なそんな撤退の仕方である。

 

 

「警戒をしつつ前進。周りに気を配りなさい」

 

『はい、わかりました』

 

 

 全体に指示を飛ばすアールグレイ。

 

 追撃は続行するが、先行しすぎて陣形が崩れれば元も子もない。この陣形で森林地を突き進み、たとえ待ち伏せがあろうとも迎えて撃破する。

 

 アールグレイにはこの聖グロリアーナ女学院の『勝てる戦車道』に絶対の自信がある。これまでも幾多の強豪を撃破してきたこの陣形と聖グロリアーナ女学院の浸透強襲戦術こそが最強だと信じている。

 

 しばらくして、アールグレイが率いる聖グロリアーナ女学院の戦車達が湖に差し掛かる。

 

 湖を横切り回避しようとする聖グロリアーナ女学院の戦車群。

 

 だが、この湖の地点に到達してから、アールグレイは信じられないものを目の当たりにする事になる。

 

 まず、はじまったのは…ふとした出来事からだった。

 

 ガスンッ! っと何かが沈む音が森林地に響き渡る。アールグレイはその音を聞いた途端にすぐさまクロムウェルから顔を出した。

 

 

「…まさかっ!」

 

 

 確認する様に陣形を組んだ聖グロリアーナ女学院の戦車群を確認するアールグレイ。だが、彼女が見たものは聖グロリアーナ女学院の陣形に空いた穴だった。

 

 そう、浸透強襲戦術を組んでいた隣で走っていたチャーチルが1輌、クロムウェルのすぐ隣で消えたのだ。

 

 当然、突然の出来事に唖然とするアールグレイ。

 

 だが、それからしばらくしてその出来事は一気に大きな波となって広がる事になる。

 

 

『アールグレイ様! 奇襲です!』

 

「…なんですって…」

 

 

 そう、一気にカモフラージュが解かれチへ、チヌ、チト、チハ、ホニIIIの戦車群がズラリと聖グロリアーナ女学院の陣形を包囲する様に急に現れたのだ。

 

 しかも、周りに居たチャーチルやマチルダは次々と足を取られる様にしてアールグレイの組んだ陣形から消えてゆく。

 

 この出来事に流石の彼女も驚愕するしかなかった。

 

 さらに、現れた知波単学園の戦車群は集中放火を放ちながらだんだんと陣形を狭めてくるではないか。

 

 

「…まさかこんな古典的なやり方で聖グロリアーナ女学院の浸透強襲戦術を破りにくるなんてねっ!」

 

 

 ギリっと歯軋りをするアールグレイ。

 

 見事な手際、そして包囲までの仕掛け、カモフラージュを使った効率良い戦術だ。だが、もちろんこれだけではない。

 

 もちろん、包囲されたのならば陣形を組み直して戦えば良い、だが、落とし穴にハマったチャーチルやマチルダは突撃を仕掛けたホニやチハから完全に取り押えられる様な形を取られ身動きが取れないでいた。

 

 

「…今や! 全軍! 砲撃開始!!」

 

『リーダー!待ってました!』

 

『さぁ! 今からホニ車の弔い合戦よ!』

 

 

 知波単学園の本隊全軍が陣形が崩れた聖グロリアーナに向けて包囲しながら集中放火を放ちはじめる。

 

 もちろん、湖を背に背水の陣を強いられる聖グロリアーナ女学院の戦車群。だが、当然、これだけでは無い。

 

 湖からの刺客が背後から忍び寄る。

 

 確かに陣形が崩されチャーチルやマチルダの一部が落とし穴により身動きが取れなくなったのはアールグレイの完全な誤算だ。

 

 だが、浸透強襲戦術はまた組み直しはできる。こちらは装甲が厚いイギリス戦車群だ。

 

 アールグレイを筆頭に聖グロリアーナ女学院は陣形を再び組み直すと抵抗するように砲撃を放ちはじめる。

 

 

「陣形を保つわよ! 湖を背に反撃を…っ!?」

 

 

 だが、アールグレイが反撃に出ようとしたその時だ。

 

 陣形を組んでからクロムウェルのすぐに側にいたマチルダから火の手が上がった。着弾したのはなんと包囲されて砲撃を受けている前方からでなく、後方から。

 

 アールグレイは目を見開いてその原因を確認すべく背後へ振り返る。すると、そこに居たのは…。

 

 

「水陸両用戦車ですって!?馬鹿な!?」

 

 

 なんと、カモフラージュしていた水陸両用戦車隊が砲身を出してこちらへと砲撃を仕掛けて来ていた。

 

 これは、ただの包囲では無い、文字通り『完全包囲』だ。このまま陣形を組んでいても的になるかやられるのを待つだけ。

 

 水陸両用戦車を持ち出してくるとはアールグレイも予想だにしていなかった。しかも、3輌。こちらは装甲が薄い後方部を湖に背を向けている為、当たればクロムウェルとて一撃でやられる可能性がある。

 

 この光景にはチャーチルに乗っていたダージリンも黙ってはいられなかった。彼女は戦車から身を乗り出すとクロムウェルに乗るアールグレイにこう声を上げる。

 

 

「アールグレイ様! このままではやられてしまいます!」

 

「わかってる! 全軍! 散開! 各自、戦車撃破し現状況を各自打破し再び陣形を組み直すわ!」

 

「アールグレイ様! それは…!」

 

「えぇ! 私も把握してるわ! …まさか、こんな状態になるなんてね…!」

 

 

 アールグレイのその言葉はダージリンにもよくわかっていた。

 

 いわゆる彼女達にとっては苦渋の選択である。

 

 聖グロリアーナ女学院の組織的な戦車道はかなり強力であり、組織されたそれはまさに強豪と言っても遜色無い。

 

 だが、聖グロリアーナ女学院で行われる一糸乱れぬ隊列行動訓練はどこまでも隊長の命令に全車が従うものであり、この反復訓練によって集団規律も徹底されていくものだった。

 

 しかし、同時にそれは各隊員が自らの判断を停止してひたすら服従するという姿勢を強化していってしまっているのである。早い話が主体性に欠けてしまうのだ。

 

 カリスマ性ある隊長に従う戦車は確かに強力で強いだろう。だが、個人的に戦う戦車道の戦闘となれば話は変わってくる。

 

 知波単学園の伝統は突撃。

 

 すなわち個人的な能力に特化した戦車乗りが多い、自己判断や個人的に戦う戦車道となれば彼女達の腕は聖グロリアーナ女学院をも上回る。

 

 これまでの経験、そして、知波単学園の伝統を信じて戦ってきた彼女達が身につけたものだ。入学してきた繁子達がさらにそれを求める事にその腕にはより磨きがかかっている。

 

 確かに優秀な戦車乗りは聖グロリアーナ女学院には多いが今の現状打破を個人的な力で行うとするならば普段からアールグレイの采配に頼って来た彼女達には非常に難しくなってくるだろう。

 

 この時点でアールグレイとダージリンは現在置かれている状況下を考えた時に主体性においては知波単学園が勝っているということを把握していた。

 

 さらに、聖グロリアーナ女学院の重装戦車による編成は、隊員に冷静で臨機な判断を可能にさせるための方策であったにもかかわらず、むしろ安心感に包まれた各隊員の判断を受け身にしてしまっている。

 

 現在の陣形を崩し、個人散開での知波単学園の包囲網突破と戦車撃破はまさにアールグレイには苦渋の選択だった。

 

 そう、これこそが、繁子達が真に狙っていた狙い。聖グロリアーナ女学院の絶対的な陣形を乱した今ならば、乱戦に持ち込める。

 

 

「…城志摩…繁子…、 おやりになりますわね」

 

 

 アールグレイのプライドに火がつく。

 

 今年入学した一年生の戦法が聖グロリアーナ女学院の伝統である浸透強襲戦術を完璧に崩してきたのだ。悔しさもあるがそれ以上にこの戦法に対しての素直な賞賛を贈りたくなるくらいである。

 

 それは、ダージリンとて同じであった。

 

 今迄、黒森峰にもプラウダ高校にも今年に入ってからというもの負けてはいなかった。こんな状況に陥ること自体がほぼ未経験な出来事。

 

 にもかかわらず、彼女は心が躍っていた。まさか、こんな戦車道があるとは思いもしなかっだからだ。

 

 確かに上品とは言いがたく、華麗とは程遠い。

 

 だが、それにしても見事な手際と戦法。落とし穴を作り、水陸両用戦車まで持ち出して、何としても勝利を掴み取るという知波単学園と城志摩 繁子達の執念を肌で感じた。

 

 

「これも、戦車道ね」

 

 

 すぐさま、臨戦態勢に入るダージリンのチャーチルとアールグレイのクロムウェルは知波単学園の包囲網を突破する為に湖から離れ各自の判断で直進する。

 

 そして、他のチャーチル、マチルダ戦車もそれに続く様に散り、各自突破を敢行しはじめた。

 

 

 知波単学園と聖グロリアーナ女学院の前代未聞の戦車による乱戦がここに幕を上げた。

 

 

 



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VS聖グロリアーナ女学院戦 2

 

 前回、聖グロリアーナ女学院との戦車戦でうまく策がはまり知波単学園との乱戦までなんとか持ち込んだ繁子達。

 

 だが、繁子達はそれでいてもこの聖グロリアーナ女学院が一筋縄ではいかない敵であることを知っている。

 

 確かに乱戦までは持ち込んだ。だが、敵の戦車はこちらの戦車よりも装甲が堅く、それでいて連携の完成度も高い。

 

 

『しげちゃん! またやられたよ!』

 

『あのクロムウェル化け物じゃない!? 偵察に出かけたホニを合わせてもう四輌撃破してる!』

 

「…チッ…やっぱ強いなぁ、アールグレイさんは…」

 

「それだけじゃないよ、しげちゃん、あのクロムウェルの横についてるチャーチル二輌がかなり曲者」

 

「あんな戦法みたこと無いね」

 

 

 繁子にそう告げる真沙子は表情を曇らせて冷静にその光景を眺める。

 

 アールグレイを中心にチャーチル二輌がまるで円を描く様に連携を取り合っている。アールグレイの敷いたその戦術により、当初繁子が思っていた戦果とはかけ離れたものになってしまった。

 

 乱戦まで持ち込みこれからという時にこのアールグレイが乗るクロムウェルが立ち塞がる。

 

 流石の繁子もこれには顔を顰めるしか無かった。流石は名門グロリアーナ女学院。いや、名将アールグレイといったところだろうか。

 

 アールグレイはクロムウェルの車内で笑みを溢す。

 

 聖グロリアーナ女学院には浸透強襲戦術の戦法がある。だが、しかし、アールグレイにはその他にも引き出しは存在していた。

 

 浸透強襲戦術とこの戦法を用いた戦い方でアールグレイは数々の勝利を掴み取ってきている。

 

 蓄積された戦車道における戦場の経験と彼女自身の天性の才能が成し得る戦術。

 

 クロムウェルの機動性を最大限に生かし、チャーチル戦車を用いたその戦術をアールグレイはこう呼ぶ。

 

 

「私の『ブランデー入りの紅茶』に死角は無いわ…もっとも、少々、チャーチルの数が少なくて威力にはかけるけれどね」

 

 

 そう呟くアールグレイは紅茶を静かに口に運ぶと長い艶やかな金髪の髪をサラリと流す。

 

 例え、散開し各個撃破となる展開に持ち込まれようともこのアールグレイの乗るフラッグ戦車クロムウェルに死角は無い。

 

 厚い装甲、そして、ミーティア・エンジンによる機動性。このどれもが高水準であり、アールグレイが率いる今の聖グロリアーナ女学院を象徴していると言っても過言では無いだろう。

 

 さらに、クロムウェルの傍に寄り添う様に走るチャーチル二輌は聖グロリアーナ女学院の誇る期待の新星ダージリンとアールグレイの右腕である副隊長だ。

 

 被害はおそらく四輌くらいでは済まないだろう、繁子は言わずともそう思った。アールグレイはそれほどまでに手強い。

 

 ここで、繁子はひとまず次の手を打つことにした。このままではマズイ、そう感じたからだ。

 

 

「永瀬隊に伝令、現戦域から離脱後、予定通り砂浜地域へと移動開始や」

 

『…了解、でも大丈夫? リーダー? そっちは?』

 

「当たり前や、どうにか乱戦まで持ち込んだんやしうちらも居る。なるべく時間稼ぐから頼むで」

 

『わかったよ、頼んだよしげちゃん!』

 

 

 そう告げて、繁子の離脱指示に素直に従う永瀬。

 

 アールグレイのクロムウェルが戦場で猛威を振るう中、繁子達も負けてはいなかった。皆で時間を作りに作った落とし穴、これにハマったチャーチルやマチルダを抑え、ホニIIIやチハ、チヌが仕留めにかかっている。

 

 だが、当然、チャーチルやマチルダの装甲はホニ、チハ、チヌの一撃で吹き飛ばせる様な分厚い装甲では無い。

 

 

「くっそー、堅い! 何これ!」

 

「諦めたらダメだよ! しげちゃん言ってたじゃん! 一撃でダメなら何度でも!」

 

「わかってるって! 照準! 合わせて!」

 

 

 そう、何度でも立ち向かう。

 

 一撃でダメなら二撃、二撃もダメなら三撃。

 

 釘を鉄の槌で建物に打ち込むように、同じ箇所にぶち込んでいけば活路は見出せる。これが知波単学園やり方だ。

 

 爆発と砲撃音が何度も何度も炸裂する。

 

 これが、時御流戦車道秘技『釘打ち』である。

 

 たとえ一撃で抜けない装甲であろうが振り下ろした鉄の槌が弾丸を押し上げぶち抜く。

 

 そして、落とし穴に嵌りホニやチハ、チヌからゼロ距離射撃を撃ち続けられたチャーチル、マチルダの装甲はその『釘打ち』を受け次々と静かに沈黙していった。

 

 時御流が『職人』と言われる所以、その一つが、この戦法にはある。

 

 戦車に乗る知波単学園の生徒達はその戦車達の沈黙を確認するとハイタッチを交わす。

 

 

「やったー!」

 

「チハを舐めるなよ! これが私達の愛車の力だ!」

 

「さてと! じゃあ! しげちゃんの援護に…っ!」

 

 

 そして、チャーチルやマチルダを沈黙させたのも束の間。

 

 彼女達が乗るチハの装甲は一撃の元、粉砕された。もちろん、粉砕したのはチャーチル。ダージリンが乗る車輌である。

 

 アールグレイはクロムウェルを中心に落とし穴で自軍の戦車を撃破したチハ、ホニIII、チヌをチャーチル、マチルダで狩る方向性へと戦法を変えた。

 

 そう、落とし穴に突撃して身動きがとりづらくなっているのは知波単学園とて同じこと、彼女はそこに目をつけたのだ。

 

 

「これで落とし穴についての問題は片付いたかしら? さぁ、繁子さん…次はどうなさるのかしら?」

 

 

 クロムウェルの車内の中で紅茶を飲み、くすくすと余裕がある笑みを浮かべるアールグレイ。

 

 そう、クロムウェルとチャーチル二輌が撃破した知波単学園の戦車はその全体の半数に達しようとしている。

 

『ブランデー入りの紅茶』というアールグレイのクロムウェルの機動性を活かしたこの戦術はとてつもない破壊力をもったものだったのだ。

 

 高い連携を誇る聖グロリアーナ女学院とアールグレイだからこそなせる戦術と戦果。

 

 流石の繁子とてこの状況は想定の範囲外だ。まさか、聖グロリアーナ女学院のクロムウェルがこれほどまでに強力だとは…。

 

 

(あかん、ほんまに不味いな…3輌はつれたか丸隊に割いとる…こちらが今のところ数的不利や)

 

 

 繁子が思う通り、数はアールグレイ達が僅かながら現在上回りつつある。

 

 しかも、敵は引き続き『ブランデー入りの紅茶』という作戦を用いてくる筈だ。そうなればこの状況下でここに留まり局地戦にするのは好ましくない。

 

 繁子は全車輌に通達を出す。それは、第二段階の策を発動させるためだ。

 

 

「皆、まず、撤退や! 引くで! ポイントは海岸地!」

 

『了解!』

 

『聞いたでしょ!とりあえず撤退だよ! 急いで!』

 

 

 そう言って、繁子の指示に従い撤退に入る残りの知波単学園の戦車達。

 

 だが、アールグレイはそれを逃す筈はない。チャーチルを用いて追撃し、これを撃破する算段だ。

 

 必死の抵抗を繰り返し、海岸地を目指して移動をはじめる知波単学園の戦車達。しかしながら乱戦の中で次々と撃破されていく知波単学園のホニIIIやチヘ。

 

 そして、偵察車輌のケホ二輌ともやられ。仲間達が次々とやられる中、繁子達の乗る山城(四式中戦車)は奮闘を続け、なんとかアールグレイの乗るクロムウェルとチャーチル二輌にまで聖グロリアーナ女学院の戦車を減らす事に成功した。

 

 だが、ギリギリ、しかもこちらは1輌。そして、相手はクロムウェルにチャーチル二輌である。

 

 絶対絶命とはこういう事だろう。クロムウェルの機動性にはおそらく四式中戦車では対抗できるかわからないし、おまけにチャーチル二輌がいる。

 

 海岸地を目指していた真沙子達は思う。もはや、ここまでかと。

 

 

「…クソッ! …せっかく乱戦まで持ちこんだのに!」

 

「しげちゃん、これはヤバイかもね」

 

「ほんまにな」

 

 

 だが、繁子はこんな状況下でも戦車内で笑みを浮かべていた。

 

 真沙子も多代子もそんな繁子の表情を見て顔を見合わせる。だが、立江もまた、その繁子の表情を見てつられる様に笑みを浮かべた。

 

 何がおかしいのか真沙子も多代子も理解できない、このままでは負けるというのに笑っていられる状況かと2人は声を荒げる。

 

 

「何2人とも笑ってんのよ! そんな余裕がある状況じゃないでしょ!?」

 

「負けちゃうよ! しげちゃん!」

 

 

 そう、多代子、真沙子の2人が慌てるのも仕方のない事だ。

 

 フラッグ車輌は繁子達が乗るこの四式中戦車である。この車輌が撃ち抜かれて白旗が上がればその時点で知波単学園の敗北が決定する。

 

 しかも、敵は三輌、勝てる算段が立てられる様な相手ではない。隊長のアールグレイに副隊長、そして、ダージリンの乗る三輌だ。

 

 

「多少なりとも苦戦はしたけれど…。貴女達の快進撃はこれで終わりね、チェックメイトよ」

 

 

 クロムウェルの砲塔がゆっくりと繁子達の乗る四式中戦車に向けられる。

 

 走行中の戦車だが、クロムウェルとチャーチルならばやれるとアールグレイは踏んでいた。これでフラッグ車輌である繁子達を撃ち抜けば決勝は聖グロリアーナ女学院が駒を進める事になる。

 

 クロムウェル、チャーチルの砲塔の標準がゆっくりと構えられ走行中の四式中戦車を捉えて、勝利を確信するアールグレイ。

 

 

 だが、その時だった。

 

 

 聖グロリアーナ女学院の副隊長の乗るチャーチルの側面部が飛来したそれに直撃すると見事に爆ぜた。

 

 そして、二転三転すると白旗を揚げ戦闘不能に陥る。この突然の出来事に流石のアールグレイも動揺を隠せず目を見開いた。

 

 

「馬鹿な! どこから!?」

 

 

 クロムウェルを停車させ身を乗り出してアールグレイは辺りを見渡す。

 

 だが、車影はない、そんな馬鹿な事があるわけが無いと再び同じ箇所へアールグレイが視線を向けたその時だった。

 

 ガツンッとアールグレイのクロムウェルの車体が揺れた。そして、彼女はその衝撃で理解する体当たりを受けたのだと。

 

 体当たりを仕掛けて来た戦車、それは…。

 

 

「…!? ホリII !? まさか…!」

 

「いけぇ! 繁子! 海岸まで走れぇ!」

 

 

 そう、カモフラージュをしていたホリII、隊長である辻つつじの乗る車輌だった。

 

 走行中だったアールグレイの車輌はバランスを崩し、四式中戦車の追撃を断念せざる得なかった。まさか、ここに来て隊長の辻つつじが現れるとは予想だにしない事態。

 

 だが、フラッグ車輌を目の前にしたアールグレイは諦めない、すぐさま陣形を組んでいたチャーチルに乗るダージリンに指示を出す。

 

 

「ダージリン! あの四式中戦車を追いなさい!?」

 

「アールグレイ様っ!」

 

「副隊長がやられた今、もはや戦術や陣形は組む事が出来ない! 意味を成さないわ! …貴女がフラッグ車輌を撃ち取るのよ! ダージリン!」

 

「しかしっ! それは…!」

 

 

 だが、それ以上の言葉はアールグレイは発しなかった。静かな眼差しでダージリンに行けと告げる。

 

 聖グロリアーナ女学院の命運を一年生に託すのは気がひける気もするが、ダージリンは別であった。

 

 この状況下において、クロムウェルと共に残った唯一のチャーチル。それを操っていたのは紛れもなく彼女だ。

 

 ならやれる筈だとアールグレイは信じた。同じ一年生同士、彼女が決着をつけろという事だろう。

 

 

「…必ず、勝ってきますわ」

 

 

 そのアールグレイの期待を受けたダージリンは再びチャーチルに乗り込むと四式中戦車の追撃を開始しはじめる。

 

 そして、ホリから体当たりを受けたアールグレイはこのホリ車との対決を余儀なくされた。

 

 同じ隊長同士の対決。どちらの戦車道が上か、白黒はっきりさせる機会。

 

 まさか、アールグレイにもこの様な展開になるとは思いもしなかった

 

 

 

「辻さん! まさか…貴女が来るとはね…!」

 

「ふふ、期待してたんだろ?」

 

「まさか? ご冗談を」

 

 

 互いに戦車から顔を出して睨み合う両者。

 

 三年間という長い月日が経ち、一度も相対する事のなかった両者は互いに戦車を駆り、今、その三年間の集大成ともいえる戦車道全国大会準決勝の舞台で激突する。

 

 アールグレイの手には紅茶は既に無い、代わりにあるのはこれから互いに削り合う戦車道のぶつかり合いを心待ちにし好敵手にあった時の様な歓喜と喜びだけだ。

 

 

「どちらが優れた隊長であるか…ここではっきりさせてあげましょうか」

 

「…来い! 知波単学園の誇りは私が示す!」

 

 

 火花を散らすクロムウェルとホリ車。

 

 互いの主砲が交差し、爆発と共にその火蓋が切って落とされる。

 

 ここに知波単学園隊長、辻つつじと聖グロリアーナ女学院隊長、アールグレイによる激しい戦車戦が勃発するのだった。

 

 いよいよ試合は佳境を迎える。

 

 勝つのは辻つつじ率いる知波単学園か、それとも聖グロリアーナ女学院を率いるアールグレイか。

 

 激闘を制するのはどちらの学園か!

 

 

 続きは次回! 鉄腕&パンツァーで!

 

 

 



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明日を目指して

 

 

 聖グロリアーナ女学院の追撃を振り切り、次の策を考えてある海岸まで逃げる山城を駆る繁子達。

 

 その後ろをダージリンが乗るチャーチルが主砲を放ちながら追う。

 

 ギリギリの逃走劇、だが、クロムウェル程の圧迫感は無く、操縦席に座る多代子もチャーチルのみ砲撃ならば交わすのは容易い。

 

 

「さすが多代子、うちの操縦士は本当に優秀で助かるで」

 

「いや、あのチャーチル油断できないよ、しげちゃん。さっきから割とギリギリだし」

 

「多代子がそこまで言うって事は相当な腕前みたいね、けど、もう海岸よ」

 

 

 そう言いながら爆ぜる地面を掻き分け進む四式中戦車の行き先、海岸地を指差す立江。

 

 なんとか逃げ切る事が出来た。クロムウェルにチャーチルの猛追は相当なものだったし、いつやられてもおかしくはない状況だった。

 

 その証拠に繁子も立江も共に冷や汗を流している。もしも、この状況下で自分達がやられでもすれば皆が協力してくれたこの戦術が破綻してしまう。

 

 だが、安堵するのはまだ早い、戦いは終わってはいないのだ。むしろ、これからが本番である。

 

 繁子達の四式中戦車は海岸地をある程度突き進むと、チャーチルに向かい合うようにターンし両車輌向かい合う形へと場を整えた。

 

 

 睨み合うチャーチルと四式中戦車。

 

 

 そして、チャーチルの中から繁子達を猛追してきたダージリンが顔を出す。繁子もまた、それに応えるように四式中戦車から顔を出し彼女と見合った。

 

 一年生同士、一対一、相手は互いに不足なしの相手。

 

 繁子もダージリンも互いに笑みを浮かべたまま、向かい合う戦車。そして、ダージリンと繁子は互いにやり合う前にこんな話をしはじめる。

 

 

「さて、追いかけっこは終わりかしら?」

 

「鬼ごっこは飽きてきたやろ、お望み通りこっからは戦車同士のどつき合いや」

 

 

 繁子はその言葉にダージリンは湧き上がる感情を抑えきれず笑みを溢した。

 

 この一年生が聖グロリアーナ女学院の中でも遥か高みにある隊長、アールグレイをあそこまで苦戦させた。そんな相手が目の前にいるのだ。

 

 城志摩 繁子、フラッグ車に乗る彼女を倒せばダージリンは聖グロリアーナ女学院においてアールグレイのいる高みに更に近づく事ができる。

 

 

「繁子さん、貴女はこんな格言を知ってるかしら?『一度剣を抜いた以上は、息が絶えるまで、勝利を完全に手中に収めるまで剣を捨ててはならぬ』って言葉」

 

「…なんや、自分、チャーチルが好きなんかいな」

 

「まぁそうね…、戦車もチャーチルが気に入ってるし」

 

 

 そう繁子に告げながら紅茶を口にしてからニコリと笑みを溢すダージリン。

 

 だが、その彼女の口から出た言葉を聞いた繁子は顔を顰める。確かにチャーチルは強力な戦車、この勝負、どちらかが戦闘不能になるまでのサドンデス、ダージリンのその言葉通り、四式中戦車だけならば死闘を覚悟しなければならないだろう。

 

 そう、ここにいるのがこの『四式中戦車だけなら』の話だ。

 

 

「互いに騎士道精神で戦いましょう? 繁子さん? 全力でね」

 

「…ふふ、騎士道精神か…」

 

 

 繁子はダージリンのその言葉に意味深な笑みを溢した。

 

 騎士道精神、イギリス戦車主体の聖グロリアーナ女学院らしいと繁子は思った。確かに礼節やその一対一に臨む騎士道精神は偉大で尊敬に値するものであるだろう。

 

 繁子はそれを否定するつもりはない、イギリスの伝統的な文化であり、またその精神で戦おうとする意思を見せるダージリンも素晴らしい人間だ。

 

 だが、今やっている競技は勝つか負けるかの勝負、騎士道に殉ずる様な道では無い。

 

 笑みを溢していた繁子はダージリンにゆっくりとこう告げはじめた。

 

 

「生憎様、うちらがやっとるのは…」

 

 

 そう、自分達がやっているのは騎士道では無い、たとえ泥臭くなろうとも仲間と共に戦い抜き勝利をつかむ、そんな競技だ。

 

 気高く誇り高い騎士道とは間逆の道。

 

 

「戦車道や」

 

「…!?」

 

 

 次の瞬間、ダージリンの乗るチャーチルの側面部の地面が爆ぜた。

 

 だが、繁子達が乗る四式中戦車が主砲を放った訳ではない、そう、砲撃を放ったのは別の戦車からだ。

 

 海からの刺客。誇るべきマグロ漁船の名前を冠したそれは大漁の旗を掲げ、鉢巻を巻いた少女が車長を務め部隊の先頭を駆ける。

 

 つれたか丸隊、永瀬智代が率いる漁師戦車部隊である。

 

 

「荒波に揉まれつれたか丸隊参上! おらー! マグロはどこだー! マグロー!」

 

「永瀬っち! 前方にチャーチル捕らえたよ!」

 

「よっしゃー! 捕鯨の時間だ! 野郎共!」

 

「えぇ!? マグロどこいったの!? あと女の子だよ! 私達!」

 

 

 主砲をチャーチル目掛けて放ちながら賑やかな会話をしつつ颯爽と登場するつれたか丸隊。

 

 チャーチルが果たして鯨なのかマグロなのかは定かではないがこれだけは言える。あれは戦車であると。

 

 突然の横槍にダージリンの顔が険しいものへと変わる。そう、城志摩 繁子は最初からダージリンとの一対一を望んでいた訳ではない。

 

 つれたか丸隊との挟撃、およびチャーチルの撃破を狙っていたのだ。卑怯だとも取れるがこれが勝負に勝つために最初から繁子が組んだ戦法の一つである。

 

 騎士道ではなく戦車道で勝つ為の手段だ。

 

 

「…そう、貴女がそうであるならその場に引きづり出してやるだけの事よ」

 

 

 だが、ダージリンの乗るチャーチルは当然、ただでこの状況を受け入れる訳ではない。

 

 すぐさま、戦車に乗り込んだダージリンは4輌の戦車との大立ち回りを演じた。さながらそれは剣を振るう騎士の如く、車長としてのダージリンの腕が存分に発揮されたものだ。

 

 まず、つれたか丸隊の率いているカチ二輌、彼女はこちらに狙いを定めた。

 

 四式中戦車とトクからの砲撃を巧みにかわしながらカチの側面部を捉えると主砲を放つように指示を飛ばす。

 

 

「発射」

 

 

 爆ぜるカチ1輌の側面部。

 

 カチは一回転すると煙を立てて白旗を上げる。ダージリンはその光景に満足することなくすぐさま次の車輌の撃破に移りはじめる。

 

 車内にてダージリンの持つ紅茶は一滴たりとも溢れてはいない、これが聖グロリアーナ女学院流の精神力の極地、名門の中で強者だけが持つ安定性だ。

 

 そして、もう1輌のカチを撃破するにもさほど時間はかからなかった。チャーチルは主砲を華麗に回避するとカチの正面に密着し主砲を放つ。

 

 爆ぜるカチ、そして、これで残るはトクと四式中戦車の二輌だけになった。

 

 

「あのチャーチルに乗ってる奴、本当に何者!?」

 

「アールグレイさんに引けをとらんくらい化け物やであのチャーチル」

 

 

 主砲を構えた四式中戦車とトクにそれぞれ乗る車長の永瀬と繁子は口を揃えてそう告げる。

 

 この状況下で冷静に指示を出して大立ち回りを繰り広げるダージリンもそうだが、それに従う聖グロリアーナ女学院の女生徒達も相当な腕だ。

 

 素直に2人はダージリンの乗るチャーチルを素直に称賛した。聖グロリアーナ女学院はやはり一筋縄ではいかない。

 

 

「まぁ…、なるようになったってことやな」

 

「しゃあない、やるよ、しげちゃん」

 

 

 そう告げる多代子は操縦する腕に力が入る。

 

 残りは四式中戦車とトクの二輌、ならば、これでどうにかしなければならない、だが、トクに乗るのは繁子と同じ時御流の同門永瀬だ。

 

 ならば、長い付き合いである彼女との連携は取りやすい。繁子はそう思っていた。

 

 そして、ダージリンの乗るチャーチルは繁子達の乗る四式中戦車に再び狙いを定め仕掛けてくる。

 

 

「くるで! 左右に展開!」

 

「しげちゃん!」

 

「わかっとるよ!」

 

 

 チャーチルを挟み左右に展開する永瀬のトクと繁子の四式中戦車。

 

 だが、ダージリンの乗るチャーチルの狙いは四式中戦車1輌のみだ。なぜなら、これさえ討ち取れば試合が決定的なものとなるから。

 

 トクは捨て置く、狙うは大将首ただ一つ、右に展開した四式中戦車に照準を合わせるチャーチル。

 

 そして、右に展開した四式中戦車はチャーチルの背後に移動し、チャーチルは主砲を構えたままの照準が完璧に四式中戦車の側面部を捉える。背後を取ろうとする四式中戦車に簡単に背後は取らせない。

 

 

「撃ちなさい!」

 

「今や! 永瀬!」

 

「はいな!」

 

 

 ズドンッ! とチャーチルから放たれた弾頭が四式中戦車に伸びる。

 

 だが、その時だ、左に展開していたトクが横から繁子の戦車を庇うように現れた。そして、チャーチルに主砲を放つトク。

 

 だが、トクの弾頭がチャーチルの厚い装甲部を貫くには及ばなかったようだ、着弾はしたが、着弾部は弾頭で抉れただけで白旗判定は出ない。

 

 一方、チャーチルから放たれた筈の弾頭はトクに撃ち込まれ、トクは煙を立てて白旗を上げる。

 

 だが、これだけでは終わらない、四式中戦車は白旗を上げたトクの陰からすっとズレると照準を完璧にチャーチルに合わせていた。

 

 

「くっ…! 仕留めきれなかったわね! すぐさま戦車の回避を…っ!」

 

「真沙子、頼んだで!」

 

「…任された。…この距離は私の十八番よ」

 

 

 そして、チャーチルの装甲に向かい照準を合わせた真沙子はスナイパーの様にスゥと息を止める。

 

 手に震えはない、仲間達が切り開いてくれた一瞬の隙、チャーチルを仕留める絶好機、これを逃してたまるものか。

 

 猟師の如く、頭は冷静に心は熱く。それが、松岡 真沙子の哲学だ。

 

 

(…今ね!)

 

 

 熊やイノシシを仕留める様に真沙子の引いた引き金に迷いは無かった。

 

 四式中戦車から放たれた弾頭は真っ直ぐにチャーチル目掛けて飛んでゆく、真沙子の狙いは一つだけ、それは永瀬が作ってくれた道標。

 

 そして、放たれた弾頭がチャーチルに着弾し爆ぜる。着弾した場所は見事にトクが放った砲撃がチャーチルの装甲部に着弾して爆ぜ、抉れた箇所。

 

 そう、釘打ちの如く何度でも。こんどは間違いなくその槌(弾頭)が杭をチャーチルへと打ち込んだ。

 

 ダージリンが乗るチャーチルから火の手が上がり白旗が上がる。それは彼女の乗るチャーチルの行動不能を意味していた。

 

 この光景に繁子と真沙子達は声を上げた。

 

 

「よっしゃあ!」

 

「やってくれたな! 真沙子!」

 

「へへん! 私の腕をぉ、舐めてもらっちゃ困るわよ。ざっとこんなもんね!」

 

「このツンデレめ! このこの〜!」

 

「ちょっ! ツンデレ言うな! てか髪引っ張んなってぇの!」

 

 

 そう言いながら喜びを露わにする立江や繁子達から自慢の髪を弄られたり揉みくちゃにされる真沙子。

 

 だが、繁子達は知っている。自分達の中で仲間達を思う一番熱い心を持っているのはこの真沙子だ。そんな彼女が冷静に決めたこの一撃は繁子達からしてみれば称賛に値するものである。

 

 心を冷静に保ちながら、熱い主砲を放つ。

 

 まさに、時御流の誇るべき名砲撃手である。トクに乗っていた永瀬も戦車から飛び出ると四式中戦車に乗り込み真沙子に抱きついた。

 

 

「真沙子っち! よくやった! あんたは男の中の女だよ!」

 

「でぇ! 智代! あんたもいちいちくんなー! てかどっちかはっきりしなさいよ! 私はれっきとした女だこのアホー!!」

 

 

 そう言いながら、うっとおしそうに抱きついてくる永瀬を引き離す真沙子。

 

 そんな喜びを露わにする四式中戦車から完全に沈黙させられたダージリンはチャーチルから顔を出すと静かにその光景を見つめる。

 

 これが繁子達の戦車道、ダージリンはこの敗北を経て納得したようにため息をひとつ吐くと静かにこう呟いた。

 

 

「完敗ね」

 

「あともう少しだったわ…ごめんなさいダージリン」

 

「いえ、アッサム。貴女の腕は確かだったわ…今回は彼女達が上手だった。それだけよ」

 

 

 ダージリンはそう告げるといつものように紅茶を口に運ぶ。

 

 そう、このチャーチルだけの戦果をみれば決して恥じるべき敗北ではない。確かに四式中戦車を討ち取れはしなかったがダージリンには満足がいく出来であった。

 

 もっとも隊長であるアールグレイとの約束は果たせていないことが残念ではある。だが、勝負はまだ着いてはいない。

 

 隊長であるアールグレイが残っている。ダージリンはこのチャーチルでできるだけの奮闘は見せた。これならばアールグレイが辻を撃破して四式中戦車とやり合う事になっても勝機は見えるだろう。

 

 繁子もそれはわかっている。問題は隊長同士の戦いがどうなっているか、これがこの勝負の鍵を握る事を。

 

 

「さて、隊長は上手くやっとるかな…」

 

 

 役目を果たした繁子は静かに隊長同士の戦いが終わる事を待つ。

 

 果たして、再び四式中戦車であのクロムウェルと戦う事になるのかそれとも辻が決着をつけてくれるのか。

 

 その勝負の行方はいかに…。

 

 




「よく考えたら砂浜に掘った落とし穴使わんかったな」

「この落とし穴なんに使おうか?」

「捨てるのもったいないしねー」

「落とし穴中心に周り掘ってさ、港でも作る?」

「作るってどのレベルから?」

「そりゃ、港の石垣の石の加工からでしょ」

「火山に石の素材取りにいかないかんね?」

「ねぇ、ダージリン…彼女達何言ってるのかしら?」

「恐らくこれも彼女達の戦車道の一つね」

「明らかに違うと思うわ」



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遥か

 

 聖グロリアーナ女学院のダージリンと繁子達が決着をつけている頃。

 

 こちらでも戦車による激しい戦いが繰り広げられていた。いや、戦車同士のぶつかり合いならば恐らくダージリンと繁子達との戦いとは比にならないレベルかもしれない。

 

 激突する両者の戦車は火花を散らして装甲をぶつけ合う。

 

 下手に離れれば的になることを互いに知っているからだ。クロムウェルとホリの力と力のぶつかり合いと言っても良いだろう。

 

 

「く…っ、厄介ね…この!」

 

「アールグレイッ!」

 

 

 ガツンと車体をぶつけてクロムウェルとの間合いを詰めるホリ。

 

 恐らく、離れればクロムウェルの機動性にホリがついていけないことを辻もわかっていた。だからこそ、こうして火花を散らして突撃を繰り返している訳である。

 

 光と影。アールグレイと辻つつじ。

 

 彼女達が歩んできた戦車道はまったく間逆なものであった。

 

 一年生の頃から期待を寄せられ、華々しく名門聖グロリアーナ女学院で活躍し名声を得てきたアールグレイ。

 

 だが、一方の辻つつじは一年生の時からの叩き上げの隊長だ。

 

 別にアールグレイの様に天性の指揮能力があった訳じゃない、今の繁子達の様に抜けた戦車道の流派を持っていた訳でもない。

 

 ただ、知波単学園の戦車道が好きで戦車道を三年間やってきた。そこには積み重ねてきた努力と自分が憧れた戦車道に対する姿勢があったからだ。

 

 

(そうさ、アールグレイ…。私はあの娘達が居なければこの場にすらこれなかったかもしれない、けど…)

 

 

 自分が三年生になって隊長を任された時、何かの間違いかと思った。

 

 確かに自分よりも才能がある者がいたはずだと辻は素直にそう思った。アールグレイやジェーコの様な能力は自分には無いし、全軍を率いる戦車道の隊長なんて冗談では無いのかとさえ感じた。

 

 案の定、辻にはアールグレイやジェーコの様な全軍を指揮する才能が無いことが繁子達が知波単学園に入る頃には己で理解できた。

 

 あの繁子達が入学して早々に見たボロボロにしたチハ達は紛れもなく辻が指揮を執り、黒森峰と戦った結果だ。

 

 知波単学園の先代の隊長は入学当初から辻にはよく目をかけた。

 

 夜遅くまで車長としての訓練を積み重ね、間違いなく『戦車の車長』としては一流に成長する事を予期していたからだ。

 

 辻つつじには全軍を率いる指揮官としての才能は少ない。

 

 けれど、彼女には才能がある。それは、『1人の戦車の車長としての才能』だ。

 

 指揮や作戦は繁子や立江が考えてくれた。

 

 辻つつじには辻つつじにしか出来ないことがある、彼女はその事を理解していた。自分よりも先に隊長に早く就任し、学園を勝利に導いていたアールグレイやジェーコとは違う。

 

 けれど、戦車の指揮する腕ならば、この積み重ねた三年間の中で辻つつじは誰にも負けない自負があった。

 

 

「しつこいわね! 離れなさい!」

 

「…よし! 今だ! クロムウェルから離れろ!」

 

 

 ようやく、アールグレイが乗るクロムウェルから離れる辻が乗るホリ。

 

 ただ、突撃を繰り返してきた訳じゃ無い。辻がクロムウェルへ突撃を繰り返していたのはこの場所に再びアールグレイを釘付けにする為だ。

 

 この湖のエリア、この場所で決着をつける為に。

 

 三年間積み重ねて来た戦車道、そして、辻は今年入ってきた繁子達から多くの事を学んだ。

 

 戦車を愛する事、戦車道の本来の在り方、そして、仲間との絆。

 

 今、自分がこの場に居られるのはそんな繁子達と知波単学園の戦車道に関わる皆が作ってくれた場所だ。

 

 こんな自分を隊長と呼び、尊敬し、日本一にすると皆が言ってくれた。

 

 辻には今迄、試合に負けて悔しくて泣いた夜の記憶の方が多い。だけど、今日も笑ってみんなと一緒に勝利を分かち合いたい。

 

 

「…みんな、私に力を貸してくれ」

 

「ハイッ! 隊長!」

 

「しげちゃん達も頑張ってますからね! …やってやりましょう!」

 

 

 辻の言葉にホリ車に乗る全員が笑顔を見せて頷いた。

 

 辻のこれまで歩んで来た戦車道は間違いなどではなかった。

 

 聖グロリアーナ女学院のアールグレイにも、プラウダ高校のジェーコにも、サンダース大付属高校のメグミにも及ばなくても確かに辻には誰にも負けないものがそこにはあった。

 

 誰にも負けない辻つつじの『知波単学園の戦車道』がそこにはあったから。

 

 今、この場でアールグレイとの決着をつける。三年間待って掴みかけている日本一の隊長になる為に…。

 

 

「行くぞッ!」

 

「行きなさい」

 

 

 アールグレイのクロムウェル、辻つつじのホリがそれぞれ交差し主砲を構える。

 

 機動性ならあちらが上、ならば、動きでなくホリができる戦い方で勝利するしか無い。辻は直ぐに指示を飛ばしホリ車の回避行動を取る。

 

 

「右から来るぞ!」

 

「ハイ!」

 

 

 右からクロムウェル強襲するのを操縦席に座る女生徒に通達する辻。

 

 間一髪のところで砲弾を避けることができた。だが、また次が来る辻はそう踏んでいた。装填には時間がかかるはずだ。今ならやれる。

 

 ホリは走行中のクロムウェルの動きを予測し、照準をそちらに合わせる。

 

 

「てぇー!」

 

「…左に切って回避、回避後、直ぐにクロムウェルの砲弾を装填しなさい」

 

 

 だが、ホリから放たれた砲弾はクロムウェルに直撃することはなかった。

 

 巧みに回避し、紙一重のところでホリ車からの砲弾を回避するアールグレイの乗るクロムウェル。

 

 視界が悪い森林地の中でまさに手汗が滲み出る様な戦いだ。この試合を目の当たりにしていた会場も盛り上がりを見せていた。

 

 辻は回避された砲弾を確認するとすぐさま次の指示を車内へと飛ばした。

 

 

「次が来る! 装填準備! それと、次で最後だ」

 

「…はい!」

 

「突撃準備! 目標! クロムウェル!」

 

「でもまだ装填準備が!?」

 

「いい! 続けろ! それと…皆、私を信じてくれ」

 

 

 辻は優しい声色で車内にいる全員にそう声をかけた。

 

 確かにクロムウェルとの正面からのやり合いはこの場合は自殺行為だ。装填完了を考えれば明らかにクロムウェルの方が早く終わる。そして、向こうから飛んでくる砲弾の方が早い。

 

 だが、自然とそう声をかけできた辻の言葉は車内に居た全員には安心感の様なものを感じさせた。

 

 たった一言だけ『信じて欲しい』という言葉。

 

 皆はその言葉に静かに顔を見合わせて頷いた。

 

 今迄、辻を信じて戦ってきたのだからこの場で彼女を信じなくてどうするのだと皆がそう思っていた。

 

 

「辻隊長! どこまでもついてきますよ!」

 

「私達、信じてますから!」

 

「…ありがとう」

 

 

 辻は素直に自分の言葉に従ってくれる皆に御礼を述べた。

 

 恐らくはこれは賭けだ。タイミングを見に誤れば確実にクロムウェルからの砲撃を正面から受けて撃沈する羽目になるだろう。

 

 けれど、このままいけばいずれはクロムウェルからやられることも目に見えてわかる。

 

 だから、辻は決意したのだクロムウェルの動きを予測し真っ向から堂々と正面から突撃する道を。

 

 辻の乗るホリは動き出し、正面にいるクロムウェルを捉える。

 

 クロムウェルもまた、正面にホリを捉えていた。アールグレイは知っていた、向こうは先ほどの砲撃で装填に時間がかかる事を。

 

 ならば、走行中、こちらの装填が先に終わる。今ならゼロ距離まで近づいてホリ車を確実に倒すことができるだろう。

 

 

「決着の時ね、行きなさい。息の根を止めに」

 

「今、三年間積み重ねてきた私の戦車道を見せる…!」

 

 

 互いに勢いよく距離を詰めてゆくクロムウェルとホリ車。

 

 アールグレイと辻つつじの2人は様々な思いと誇りを賭けて最後の勝負に出る。2人の戦車はぐんぐんと距離を縮める。

 

 あと数百メートル。

 

 クロムウェルの装填準備は完了した。この時点で主砲を発射すればこの勝負、アールグレイの勝ちだ。

 

 照準も正面に捉えている。もはや、心配することは何も無い、アールグレイは不敵な笑みを浮かべて砲手にこう告げた。

 

 

「撃ちなさい!」

 

 

 瞬間、ズドンッ!とクロムウェルの主砲が火を噴いた。

 

 発射された弾頭は真っ直ぐにホリ車を捉えて伸びてゆく、着弾すればホリはひとたまりも無いだろう、なんせ正面から勢いよくこちらへ突撃をしてくるのだから。

 

 正直、アールグレイは辻が血迷ったのでは無いかと思っていた。あの場面でこのクロムウェルと正面でしかも直進して突撃を仕掛けるとは。

 

 装填準備もこちらの方が早い事を辻は知っていたはずだ。この愚行はアールグレイも正直な話ありがたくもあり、同時に拍子抜けさせられた。

 

 

(やはり、最後は伝統と共に散るのね、辻さん)

 

 

 知波単学園の伝統である突撃。

 

 しかしながら、この場合の辻つつじが選んだ突撃という判断をアールグレイは甘く見ていた。だからこそ、勝敗はここで別れたのだろう。

 

 次の瞬間、クロムウェルから発射された弾頭は綺麗にホリ車の装甲を…。

 

 

「…!? 馬鹿なッ!?」

 

 

 貫く事はなかったのだから。

 

 何故ならば、ホリ車の車体がアールグレイの目の前から突如消えたのだ。目標を失ったクロムウェルの弾頭は遥か向こう側にある木に着弾し爆ぜた。

 

 そして、勢いよく走っていたクロムウェルの下から砲身が現れる。

 

 そう、消えたはずの辻が乗るホリ車が車体を上げてクロムウェルの下腹をきっちりとゼロ距離で照準を合わせて捉えていたのだ。

 

 辻つつじが乗っていた消えたホリ車。

 

 それは、掘ってある落とし穴にわざと車体を落とし込む事によりアールグレイの乗るクロムウェルからの砲撃を回避したのである。

 

 この為に辻はわざと車体をクロムウェルとぶつけこの場所に釘付けにした。

 

 この湖のエリアに掘ってある落とし穴の箇所は全て辻は把握してある。何故ならば自分たちが掘って作った穴だからだ。

 

 そして、辻が乗るホリ車の主砲の装填は既に完了している。

 

 

「撃てぇー!」

 

「しまっ…!」

 

 

 次の瞬間、下から突き上げるようにホリ車から放たれた主砲がクロムウェルの下を突き上げた。

 

 クロムウェルの車体は宙に浮くと吹き飛び後退、そして、しばらくしてから行動不能を示す白旗を上げて完璧に沈黙した。

 

 それは同時に、辻つつじの乗るホリ車がフラッグ車、隊長アールグレイを撃ち破った事を示す事になる。

 

 時御流の戦い方と知波単学園の戦い方、この二つの戦い方を辻つつじは新たにこの年に学んだ。学んで新たな自分の戦車道を見つけ出すことができた。

 

 それを見事にこの試合で辻つつじは皆に示して見せたのだ。

 

 そして、全車輌に勝敗が決した通達が運営側から通達された。

 

 

『聖グロリアーナ女学院! フラッグ車! 行動不能! 勝者! 知波単学園!』

 

 

 その瞬間、会場からは大きな歓声が上がった。

 

 まさか、名門聖グロリアーナ女学院、しかも最強とも謳われたアールグレイ率いる部隊にあの知波単学園が勝利したのだ。

 

 見に来ていた人からすれば、これはもはや大事件である。知波単学園はかつての名門とはいえ組み合わせの妙次第でベスト4に来る学校であるぐらいの認識しか無い。

 

 けれど、この勝敗の事実がその常識を覆し、証明したのだ知波単学園の戦車道の強さを。

 

 このアナウンスを聞いていたダージリンは唖然とした表情を浮かべていた。

 

 

「隊長が…負けたですって…?」

 

 

 海岸地で繁子達と戦ったダージリンは例え、自分達が行動不能になろうとも隊長のアールグレイは必ずホリ車を倒し、そして、フラッグ車の繁子達も打ち倒してしまうだろうと思っていた。

 

 それだけの能力がアールグレイに備わっている事をダージリンは知っていたし、カリスマ性溢れる彼女の戦車道はダージリンの憧れでもあった。

 

 それが、知波単学園の戦車道に負けてしまった、見事なまでの戦い方で。

 

 ダージリンが敗戦のショックを隠しきれない中、一方の繁子達はアールグレイを打ち倒した辻に歓喜していた。

 

 

「よっしゃあ! 決勝戦進出や!」

 

「み、みんな呼んでこよう! やった! やったぁ!」

 

「まさか…あのアールグレイさんに勝っちゃうなんてね〜、辻隊長…凄いや」

 

 

 各自、それぞれ決勝戦に進んだ喜びを素直に口に出して分かち合う繁子達。

 

 知波単学園のみんなで繋いで得た勝利。隊長の辻つつじが確かに示してくれた。学園の伝統と自分たちの戦車道を。

 

 聖グロリアーナ女学院VS知波単学園。

 

 それは、辻つつじが三年間積み上げてきたものと皆が絆を信じて最後まで戦った事によりこの勝負、知波単学園が勝利を収めた。

 

 戦車道全国大会準決勝。

 

 次の決勝戦の舞台へ駒を進めたのは辻つつじが率いる知波単学園。

 

 知波単学園創設以来の快挙を皆の力を合わせて成し遂げたのだった。

 

 



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試合を終えて

 

 試合が終わり互いに礼を尽くす両者。

 

 激闘の末、聖グロリアーナ女学院を倒した繁子達。笑顔を浮かべたまま隊長の辻の隣で頭を下げてお辞儀する。

 

 互いに出せるものを出し合い戦い抜いた。試合も終わり、アールグレイも手を差し伸べてまた戦った辻に賞賛の言葉を贈る。

 

 戦車道で悔いなく戦った者同士、三年間という節目に区切りをつける為だろう。

 

 辻は差し出されたアールグレイの手をそっと握り返すと同じく柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

「完敗だったわ、辻さん。 貴女の戦車道、しかとこの目で見させて貰ったわよ」

 

「いや、私も危なかったよ…もう少し早く砲弾を撃ち込まれていたら私が負けていた。アールグレイ、見事だよ本当に…」

 

「ふふ、お世辞はやめてくださいな。 決勝戦、必ず見るわ、悔いの無い戦いを期待してるわね」

 

 

 アールグレイは潔く辻にそう告げた。

 

 アールグレイは辻が見せた戦車道を賞賛に値すると感じたのだろう。辻つつじが三年間積み重ねてきた努力と勝利した知波単学園の全員に敬意を表する。

 

 だが、ダージリンはアールグレイのそんな後ろ姿を静かに眺めていた。もし、あの時、自分が繁子達を撃ち倒していれば違った結果になったのかもしれない。

 

 そう思うと自然と目から涙が流れていた、もう、アールグレイとはこの戦車道全国大会で共に戦う機会も無くなってしまったのだから。

 

 

「ダージリン…」

 

「…アッサム、ごめんなさい…私」

 

 

 ダージリンはそう告げると静かに下を向いた。

 

 優雅に華麗に勝てる戦車道を今まで見せてきたアールグレイ、ダージリンもまたそのアールグレイをこの全国大会で優勝させたいと思っていた。

 

 アールグレイの宿敵、ジェーコ、黒森峰を倒して今年こそ優勝するのは聖グロリアーナ女学院であると信じていたかった。

 

 だが、そんなダージリンの様子に気づいたのかアールグレイは笑みを浮かべると辻との握手を終えてダージリンの方へと歩を進めた。

 

 この聖グロリアーナ女学院を率いた隊長として、アールグレイがこの大会の最後に出来る事。それは、次の才能に未来を託す事だ。

 

 

「顔を上げなさい、ダージリン。貴女、聖グロリアーナ女学院の校風を忘れたのではなくて?」

 

「…しかし…、私が…っ」

 

「自分1人を責めるのは違うわ、皆で戦って負けたのよ。 次の隊長である貴女が礼節のある、しとやかで慎ましく、そして優雅で無くてどうするの」

 

 

 ダージリンはそのアールグレイの言葉に目を見開いた。

 

 まさか、自分がアールグレイから次の隊長の指名を受けるとは思ってもいなかったのだろう。だが、アールグレイはその決断になんの迷いもなかった。

 

 実力もカリスマ性もダージリンには備わっている。今回の繁子達との対決も戦車の数の不利な状況下で奮闘し、そして、繁子達を追い詰めた。

 

 この他の試合でもダージリンが活躍していた事をアールグレイは知っている。一年生としての戦車道の才覚ならダージリンがずば抜けて高いという確信があった。

 

 これから先の聖グロリアーナ女学院の道標、それは紛れも無くダージリンがなるべきであるとアールグレイはそう思っていたのだ。

 

 

「貴女が見せてくれる戦車道…、楽しみにしてるわね」

 

「…アールグレイ様…っ」

 

「いい試合だったわ、私はこの聖グロリアーナ女学院で三年間、戦車道をしてきてとても満足だった…」

 

 

 アールグレイは涙を微かに流してそれを指で拭うとダージリンを優しく撫でて皆にそう告げた。

 

 ダージリンは静かに涙を流してアールグレイの腕の中でこの悔しさを噛み締めた。今まで『勝てる戦車道』で勝ち進んできた名門聖グロリアーナ女学院の再起を胸に誓って。

 

 次は必ず城志摩 繁子を倒してみせる。今日の試合でアールグレイを負かした知波単学園へのリベンジ果たす、そんな思いが敗戦を味わったダージリンの中にはあった。

 

 色んな思いがある。この大会に賭ける思いはきっとそれは皆同じなのだと繁子達は聖グロリアーナ女学院のアールグレイ達を見て思った。

 

 そして、しばらくしてダージリンはハンカチで目を拭うといつものように気品のある風格のまま、真っ直ぐにアールグレイの目を見据えた。

 

 

「はい、 隊長就任、私が受けさせていただきますわ。来年こそは必ず」

 

「えぇ、その顔よダージリン。きっと貴女ならやれる筈、貴女だけの戦車道を」

 

 

 そっと腕の中からダージリンを離したアールグレイは静かに瞼を閉じると肩を叩き一言そう告げた。

 

 今年も優勝できなかったが、自分が納得出来る戦車道を最後までやり通せた。それが、アールグレイにとっては一番の財産である。

 

 繁子達はその光景を静かに見守った。自分達の勝利は決して自分達だけの物じゃない、三年生のアールグレイやメグミ達の思いも共に背負っているのだと改めて思い知らされた。

 

 そして、戦車道全国大会の最後の役目を終えたアールグレイは繁子達の元へとやってくる。

 

 見事な戦略に策略、練りに練られたそれは繁子達が身体を張って作り上げたもの。

 

 聖グロリアーナ女学院のように重装甲の戦車で陣形を組んだ美しい戦い方ではない、だが、アールグレイは身体を使い、身を削りながら勝利をもぎ取ろうとする繁子達の戦車道に対する姿勢に敬意を払いたかった。

 

 彼女達を聖グロリアーナ女学院に迎えたいと思った自分の目は間違いなんかじゃなかったとアールグレイは胸を張って言える。

 

 

「見事よ、繁子さん。貴女が見せてくれた戦車道はこの目に焼き付いたわ」

 

「…アールグレイさん…ありがとうございます。貴女のクロムウェル戦車、ほんまに強かったです。それに、聖グロリアーナ女学院の戦術もみんなも」

 

「えぇ、私の自慢の戦車達に仲間達だもの当然ですわ」

 

 

 アールグレイはいつものように紅茶を片手にニコリと繁子に微笑みかけた。

 

 繁子もまたそれに応える様に笑みを浮かべて応える。試合も終わり賭けは知波単学園が勝った。けれど、そこには戦車道を極める者同士の見えない絆の様なものがある。

 

 そして、繁子は試合前にアールグレイが持ち出した賭けについて彼女にこう話をしはじめた。

 

 

「アールグレイさん、賭けの事やけど…。ウチらは整備士さんは要らんよ。代わりにほんのちょっと今後は部品を頂きに来ますからその時にお茶でも出してくれたら嬉しいです」

 

「…いや、でも賭けは私から…」

 

「ウチらはみんなで協力して全員で戦車の整備や製造をやりますんで…、それが、今の知波単学園です」

 

 

 繁子はそう優しく笑みを浮かべると立江達と辻隊長に視線を向けた。

 

 その繁子の言葉に誰もが異論を唱える事無く静かに頷く、共に全力で戦った相手には敬意を払うのが繁子達の戦車道。

 

 アールグレイはその繁子の言葉に静かに頷いて応える。そして、繁子は手をそっと差し伸べた、アールグレイに握手を求める為だ。

 

 その繁子の手は泥だらけ、辻もそうだが、この試合を通して誰1人として知波単学園の生徒達は手が綺麗なままの者達はいなかった。

 

 気品のある聖グロリアーナ女学院の隊長がそんな者と握手を交わすことは戦車道に通ずる一般人ならば考えられないこと。

 

 だが、アールグレイは手袋を取り、辻にも繁子にも等しく泥だらけの手と握手を交わした。

 

 他の聖グロリアーナ女学院の生徒達も同じように知波単学園の生徒達とそれぞれ握手を交わした。

 

 名家の出だろうと戦車道を通じて戦った相手に敬意を表するのが知波単学園と同じく、聖グロリアーナ女学院の戦車道だ。

 

 

「貴女の成長を心から楽しみにしているわ、ダージリンは強敵よ?」

 

「あはははは…、今日戦って見て分かりましたよ…ほんまに強かったです」

 

 

 繁子はそう言って、アールグレイの忠告に苦笑いを浮かべてそう告げた。

 

 来年、再来年には必ず立ち塞がるだろう強敵。きっと次に戦う事になれば繁子でも勝てるかどうかわからない。

 

 時御流をもってしても強い者はいる。戦車道というのはやはり一筋縄ではいかないものだと繁子はこの試合を通して改めて心に刻んだ。

 

 

 

 そして、両校とも互いに握手を交わし終えるとそれぞれ互いの学校による交流が始まる。

 

 戦車道の試合を終えれば皆が共に戦車道を愛する同志である。しばらくしてから、立江達は準備万端と言わんばかりに板前の衣装にすぐさま着替えを済ませていた。

 

 あまりに衣装がしっかりと似合っているので、こちらが本業では無いのかと両校の生徒達は思うがひとまず口には出さない事にする。

 

 

「さぁてと! 辛気臭い話は終わり終わり! アールグレイさんの激励と両校の交友も兼ねてパァーッと行こう!」

 

「よし! 本領発揮といきますか!」

 

「さて! 皆さんほらほら並んで並んで!」

 

「お! 板前真沙子ちゃん! 本領発揮か!」

 

「真沙子、いつも包丁3本は必ず持ち歩いてるからね」

 

「プロの板前さんかな?」

 

 

 鉢巻を頭に巻いて気合いを入れる真沙子。

 

 聖グロリアーナ女学院の生徒達も知波単学園の生徒達もそれぞれ出店へと足を運びはじめる。

 

 知波単学園は出店の用意と食事の準備に取り掛かりはじめる。そして、聖グロリアーナ女学院の生徒達もまた気品のあるお菓子や洋風の食事を用意。

 

 イギリスで有名と言えばフィッシュ&チップスであろう。知波単学園の生徒達は興味津々に出店を回ってそれを受け取っていた。

 

 さて、我らが時御流5人娘はと言うと?

 

 

「さぁ、出来たよ! ラーメン一丁あがり! 」

 

「このラーメン、全国回って素材集めて作った一品だからね! 一応、鉄人から絶賛してもらったラーメンだよ!」

 

「最近ではラーメンの三つ星があると聞きいた事はあるけれど…なるほど、確かに香ばしい香りね」

 

「ベースは醤油やからね、味もサッパリしてるから多分、アールグレイさんの口には合うと思うで」

 

 

 そう言って作り上げたラーメンをアールグレイに差し出す繁子。

 

 5人の板前娘はそれぞれの腕を存分に発揮していた。この光景には聖グロリアーナ女学院の生徒達も目を丸くするばかりである。

 

 本当にこちらが本業では無いかと誰もが言いたくなるくらいの本格的な板前振りであった。

 

 

「さぁて! それじゃこのヒラマサをこうやって捌いてってと!」

 

 

 続いて、魚を捌いている真沙子は包丁をまるで手足を扱うかの様に巧みにサッサと刃を魚の身に入れて捌いてゆく。

 

 その様を見ていた生徒達は思わず目を輝かせて声を上げた。

 

 手慣れた真沙子の包丁捌きを目の当たりにすれば本当に同じ高校生の女の子かどうか疑わしくなっても仕方ないだろう。

 

 

「はい! 一丁あがり! イタリア風に言うとヒラマサのカルパッチョ! っと後は刺身に寿司よ!」

 

「すっごーい! 綺麗な身! 流石、真沙子っち!」

 

「驚いたわね、刺身に寿司にカルパッチョ…こんなに魚を綺麗に捌くなんて」

 

「真沙子は包丁自分で打って作るからね、あの包丁も手作りだよ」

 

「やっぱり自分の手に合うものを作ってなんぼよね、まっ、食べてみなさいよ」

 

 

 そう言って、作り上げたヒラマサ料理を振る舞う真沙子。

 

 ちなみにこのヒラマサは真沙子の親戚の家で漁をしていたものを頂いたものである。真沙子の親戚の家は漁を営む専門の職についているため今回はヒラマサやタイ、タコ、ヤリイカなどの魚をいただいてきていたというわけだ。

 

 戦車道の試合が終わってからこういった食事会の事を繁子達は常に想定している。本当のところ、もしかしたらこちら側が彼女達の本業なのかもしれない。

 

 そして、綺麗に並べられたヒラマサ料理を前にしたダージリンはカルパッチョを箸で掴むとそれをゆっくりと口に運んだ。

 

 

「おいしい、すごいわ、このカルパッチョ…」

 

「ヒラマサは1匹1万円くらいする高級魚だからね、お口に合って良かったわお嬢様」

 

「い、1匹1万円!?」

 

「そんなにするんだ…この魚」

 

「ヒラマサね…? 今度、買って貰おうかしら?」

 

「ならウチに予約すると良いよ、天然物のヒラマサを提供するからさ」

 

 

 真沙子はにっこりと笑みを浮かべてダージリンにそう告げる。

 

 そして、皆も同じようにヒラマサ料理を口に運んで食べ始める。1匹1万円の高級魚の刺身にカルパッチョ。さて、そのお味は…?

 

 

「わぁ…こんな味なんだ! すっごい歯応えがある!」

 

「美味しい! 何これ!」

 

「さぁさぁ、まだまだ行くわよ! タイにヤリイカもあるんだからね!」

 

「真沙子ー! マグロもあるでー!」

 

「はいよ! 任せんしゃい!」

 

 

 そう言って魚を捌いていた真沙子にラーメン屋台を開いていた繁子が声を上げ、真沙子はその声に応える。

 

 魚を捌くのを真沙子に任せ、こちらはラーメン屋台を開いている繁子、アールグレイは繁子から出された鉄人公認の醤油ラーメンをゆっくりと口に運んでいた。

 

 このラーメン、福島県から取り寄せた最高級小麦から作った麺。さらに、スープには特にこだわりを持って作った。

 

 力のあるパンチの効いた鰹節、『宗田節』。

 

 この『宗田節』はもちろん静岡県西伊豆で行われている『手火山式』で二週間かけて燻して作り上げたものを使用している。

 

 まろやかな旨味を引き出す『真昆布』。

 

 北海道から取り寄せたこれは旨味を最大限に引き出すため、3日間天日干したものを使用。昆布の王様として知られている。

 

 その他にも別名、幻のハマグリと呼ばれる、鴨島ハマグリ。

 

 椎茸のおよそ10倍の大きさを誇る「のとてまり」。

 

 世界遺産・白神山地の山奥で湧き出す硬度0.2の「超軟水」などの高級素材をふんだんに用いたこのラーメンは繁子達が全国を回り搔き集めたものを結集させたラーメンだ。

 

 原価は言わずもがな600円以上は軽くする。このラーメンを店に出すとすれば2000円はする超高級ラーメンなのである。

 

 アールグレイはこのラーメンをゆっくりと口に運ぶと目を輝かせた。

 

 

「…美味い! 何、このラーメン! 私が食べた今までの料理の中で一番かもしれませんわ!」

 

「そうでしょう? 一杯二千円相当の超高級ラーメンやからな? なー、多代子?」

 

「だねー、いやー意外と味を出すのは難しいんですよねこのラーメン」

 

「…ちなみにご注文は承ってまして?」

 

「もちろんやで、うちの実家にスープは保管してあるからいつでも用意できますよ」

 

「なら、今後、このラーメンを指名させて貰いますわ」

 

「まいど! おおきに!」

 

 

 こうして、繁子達の顧客がどんどんとこの交友会にて増えていく。

 

 ラーメンに高級魚、このどれもが聖グロリアーナ女学院の女生徒達には未知の体験であった。

 

 こんなにおいしい物が世の中に溢れていたと改めて認識させられたアールグレイとダージリンにとっては今回は良い経験になった事だろう。

 

 繁子達の屋台はそれからもしばらく続き、聖グロリアーナ女学院も知波単学園の生徒達はこの交友会を満喫した。

 

 次はいよいよ決勝へ。

 

 果たして、戦車道全国大会優勝を成し遂げる事ができるのか、繁子達の挑戦はまだ終わりではない。

 

 そして、この続きは次回の鉄腕&パンツァーで!

 

 



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【外伝1】0円戦車道編
まず砂鉄から作ります


 

 聖グロリアーナ女学院との決着から数日が過ぎた。

 

 まだ、あの試合の熱が冷めぬ内に繁子達は決勝戦に次に当たる相手の試合映像を見ていた。そう、その相手とは…。

 

 

『プラウダ高校! フラッグ車! 行動不能! 勝者! 黒森峰女学園!』

 

 

 絶対王者、黒森峰女学園。

 

 西住まほが率いるドイツ戦車軍団。そして、繁子達が見ているのはその黒森峰女学園と古豪、プラウダ高校の試合である。

 

 砲撃戦の末、黒森峰女学園の西住まほとプラウダ高校のゲオル・ジェーコによる壮絶な一騎打ちがあり、激闘を繰り広げ黒森峰女学園が勝利をモノにしていた。

 

 カチューシャやノンナという逸材を有したプラウダ高校といえど、あの西住流に最強ドイツ戦車軍団を前に敗れた。

 

 繁子達はその黒森峰女学園の準決勝の映像を見て静かに沈黙する。

 

 

「強いな…単純に戦車の強さだけやないで」

 

「マウスを導入せずにこの強さは予想外だね…いや、ヤークトティーガーやヤークトパンター、エレファントを考えれば妥当とも言えるかも」

 

「それに、決勝ではパンターG型を戦力に加え極めつけは超重量戦車マウスよ」

 

「何、この戦車軍団。ガチガチ過ぎてだいぶ変態なんですけど…」

 

「こいつら全部倒さなあかんねんで? 流石にウチらも気合い入れな無理や」

 

 

 黒森峰女学園が今まで何故優勝し続けているのかこの時点で繁子達は理解できる。

 

 圧倒的な性能の戦車に熟練の戦車乗りの精鋭軍団。さらに、これに西住流が加わるとなればそれはもう手がつけられないレベルの戦力になることだろう。

 

 今までプラウダ高校や聖グロリアーナ女学院、サンダース大付属高校ぐらいしか太刀打ちできる学校がいないことも頷ける。

 

 だが、繁子達とて負けてはいない。その聖グロリアーナ女学院を破り決勝までようやく駒を進めてきたのだ。

 

 いよいよ決勝の舞台。約束の場所で西住まほと戦うことができる。

 

 

「…作戦の段取りを考えらなね?」

 

「また長い名前のオペレーションなんとかってやつ?」

 

「いや、今回はちゃうよ」

 

 

 繁子は笑みを浮かべて問いかけて来た永瀬にそう告げる。

 

 確かに今まではオペレーションRTや色んな名前の作戦を考えてきた。だが、小賢しいトラップや罠が容易に通じる相手ではないことを繁子は知っている。

 

 島田流と並ぶ現代戦車道最強流派、西住流。

 

 時御流の宿命の相手であるこの流派の事は良く母、明子から繁子は話を聞いていた。

 

 長きに渡る西住流、西住しほとの激闘を繰り広げた明子の言葉は繁子に西住流の戦い方を教えてくれた。

 

 そして、それを踏まえた今回の作戦を繁子はこう名付けていた。知波単学園と時御流の未来へと続く栄光の架け橋となる作戦、名付けて。

 

 

「名付けて『オペレーションfuture』」

 

「オペレーション…」

 

「future?」

 

「せや、今まで支えてくれた知波単学園のみんなの思いと、ウチらに託してくれたアールグレイさん達の思いを未来と勝利に繋ぐ意味で付けた名前や」

 

 

 そう言うと繁子はニコリと笑みを浮かべた。

 

 相手は強敵、待ちに待った西住流との対決だ。繁子の作戦名を聞いた立江は柔らかく微笑み静かに頷く。

 

 母、明子との誓いのために繁子の傍らで彼女を支えてきた立江は繁子のこの大会に賭ける思いを理解している。

 

 憧れていた今は亡き母の後ろ姿を追い、継がなくても良い時御流を引き継いだ繁子の決意と意思。

 

 師であり母である明子の死んだあの日、繁子は誓いを立ててこの知波単学園で自分達と共に戦う事を決意した。

 

 

「…そっか、いい名前だね」

 

「うん、私は好きだよその作戦名」

 

「異論なし」

 

「決まりだね! リーダー!」

 

 

 時御流に携わる永瀬達全員がリーダーである繁子の作戦名に賛同した。

 

 きっと壮絶な戦いが予想されるであろう決勝に繁子は今まで積み重ねてきたものをすべてぶつける事を心に決めている。

 

 母が教えてくれたこの流派と戦車道の素晴らしさ。

 

 そして、自分を側で支えてくれた立江達、知波単学園のみんなに辻隊長。

 

 繁子にとってみれば全てが彼女にとって掛け替えのない絆である。だからこそ、今年の戦車道全国大会で最後になる辻を優勝させてあげたい。

 

 

「それじゃ、立江。作戦の概要を話すで」

 

「了解、そんじゃ聞いてあげるわよ」

 

「まずはな…」

 

 

 こうして、繁子は立江達と作戦についての打ち合わせをはじめる。

 

 次が負けても勝っても辻には戦車道全国大会最後の試合になるだろう。皆で積み上げてきた勝利、辻が最後まで胸を張れる様な試合を繰り広げたい。

 

 繁子達の思いは果たして届くのか否か…それは決勝戦にて黒森峰と戦うまではわからない。

 

 

 

 

 さて、その作戦の立案から数日が過ぎ、繁子達はある場所を訪れた。

 

 あたり一面の田んぼの風景が広がるこの場所、繁子の生まれ故郷である。別名、田種村(だっしゅ村)。

 

 学園艦から降りた彼女達は全国大会が始まる前の数日、この村にある用があって訪れた。

 

 それは、もちろん…。

 

 

「さぁてと、そんじゃ砂鉄集めに来れた訳だし気合い入れて行こうか!」

 

「この時期だと鉄穴流し(かんなながし)は出来ないねぇ、農作物もあるし」

 

「大丈夫大丈夫、そんな事しなくても磁石集めでいけるって!」

 

「よーし! 張り切ってがんばろー!」

 

 

 

 自作する戦車の素材となる砂鉄を集めるためだ。

 

 戦車を作るにあたり自分達が1から戦車を作っていない事に気がついた繁子達はひとまず砂鉄から戦車を作るレベルからはじめる事にしたのである。

 

 また、次回の黒森峰女学園との試合で用いる作戦にもこの玉鋼が必要である為、こうしてわざわざ足を運んだ。

 

 もちろん、山の近くにある、合宿所兼時御流製鉄所には辻達が待機している。山に慣れていない彼女達は今回の砂鉄集めには連れて行くのは危険だろうという繁子達の判断だった。

 

 繁子達が入っていった山を見つめながら辻は相変わらず物凄い行動力を見せる繁子達の安否を気遣いつつも顔を引きつらせる他ない。

 

 

「あいつらは一体何考えてるんだ?」

 

「さぁ?」

 

「けど、辻隊長! 今日は聖グロリアーナ女学院戦の勝利を祝ってしげちゃん達がここでBBQするって言ってましたよー」

 

「智代っちがカルビ26人前食べるから用意しといてだってさ」

 

「26人前!? あいつの胃袋化け物じゃないのか!?」

 

 

 そう言ってBBQの用意を進めている知波単学園の女生徒に突っ込みを入れる辻。

 

 ちなみにあの5人の中で一番プロポーションが良いのが永瀬だったりする。

 

 26人前のカルビを1人で食べる女の子がプロポーションが良いとは詐欺も良いところだと辻は嘆きたくもなるが、ひとまず、繁子達が帰ってくるまでの間の食事の準備を手伝う事にした。

 

 

 さて、今回、繁子達が砂鉄を集めて作ろうと考えている物は、戦車の製造、及び、対黒森峰女学園のトラップの素材に使おうと考えている玉鋼(たまはがね)の製造である。

 

 玉鋼は古来日本で砂鉄を原料とし、伝統的な製鋼法である「たたら吹き」で作られた和鋼。

 

 特に日本刀の鋼として使用されたものであり、繁子達はこの玉鋼を使って全国大会が終わった後にでも新たに戦車を作ろうと考えていた。

 

 また、今回の作戦の要にもこの玉鋼が必要である為、一石二鳥という意味合いもある。

 

 思えば、知波単学園で作られた戦車のほとんどが要らなくなった、または、他の学校から集めてきた部品の素材を一旦分解し加工したものばかりだ。

 

 玉鋼は伝統技術による、日本刀にも使われた最高級の鋼だ。

 

 今回は戦車道全国大会まで時間があるこの期間を使い、玉鋼を大量に作ってみようというのが繁子達の考えである。

 

 さて、そんな訳で、時御流5人娘は島根県に伝わる伝統のたたら製鉄を行う事と砂鉄の回収を行うべく山へと赴き、に田種村の裏山の山中まで足を運んでいる訳だが。

 

 

「うん、このあたりとか良いんじゃない?」

 

「よーし! んじゃ磁石使おう!」

 

「あれ? 永瀬どこいったん?」

 

 

 そう言って、大量に担いできた荷物を降ろしていなくなった永瀬を辺りを見渡して探し始める繁子。

 

 道中にはぐれてしまったのだろうか? いや、山に関しては永瀬の右に出る者はこの中にはいない。

 

 永瀬と言えば山、海とまで言われる程のサバイバー女子高生である。山の中で迷子や遭難などはまず起きない事は繁子達の全員が知っている。

 

 永瀬の場合は別にたとえ遭難しても普通に生き延びられそうな気もするが…、繁子達はとりあえず辺りを見渡して永瀬を探す事にした。

 

 

「おーい! 永瀬ー!」

 

「智代っちー? どこー?」

 

「あ! あの木の上! 見て!」

 

「…あいつ何やっとるんやろ?」

 

 

 永瀬の探索から開始30秒くらいだろうか。

 

 繁子達は木の上にいる永瀬を発見した。その永瀬の手にはなんと驚くべき事に美味しそうに実が成っている柿が…。

 

 どうやら、永瀬は砂鉄では無く柿を見つけたらしい、永瀬はニコニコと上機嫌のまま繁子達にこう話をしはじめる。

 

 

「リーダー! 柿あったよー!」

 

「おー! ホンマやな!」

 

「智代ー! あんた落ちるわよー!」

 

「完全に私、今ゴリラ状態だよ!」

 

「あ、アレ見た事ある、もけもけ姫に出てくるアレだ」

 

 

 そう言って柿を投げ渡してくる永瀬を指差しながらそう告げる多代子。

 

 確かに見た感じ完全にゴリラ状態と本人が言っているところを見ると神秘的な何かに見えない事も無い。

 

 さらに、永瀬から落として貰った柿を食べた繁子達はその美味しさに思わずほっこりとする。やはり、自然の中で出来た柿程美味しいものは無い。

 

 

「意外と美味しいねぇ」

 

「何個か辻隊長達に持って帰ろうか?」

 

「BBQ後のデザートにでもいいかもー」

 

 

 そう言いながら永瀬が次から次へとポイポイ落としてくる柿を次々と回収しはじめる繁子達。

 

 はたから見れば猿蟹合戦のそれだ。女子高生が木の上から柿を投げつけてくる姿はなかなか見れるものでは無い、実に貴重な光景である。

 

 ちなみに永瀬が現在いる柿の木は長さは地上7メートル、完全にお猿さん状態だ。

 

 さて、柿をあらかた回収し終えた後に本来の目的の砂鉄集めにかからねばならないだろう。

 

 だが、木の上から降りようとした永瀬はその途中でピタリと止まると木を掴んだまま繁子達の方へ振り返りこう告げはじめる。

 

 

「…ニンゲン…カエレ…」

 

「みてください、完全にゴリラですよ、あれ」

 

「動物番組に出したらどんだけ視聴率取れるやろうねぇ?」

 

 

 そう言いながら、木にぶら下がっている永瀬をまじまじと観察し話し合う真沙子と繁子。

 

 だが、本来の役目を忘れてはいけない、立江は荷物から砂鉄回収用の磁石を取り出すとため息をついて繁子達にこう告げた。

 

 

「アホな事やってないで本来の仕事するよ、仕事」

 

「せやな、この森の主はシシガミ様の森において行こうか」

 

「あーん! 待ってー! まだ木から降りて無いよぅ!」

 

 

 そう言いながら磁石を使い、アホな事をしている永瀬を置いて砂鉄集めをはじめる立江に賛同し後に続く繁子達。

 

 永瀬は木からスルスルと降りると自分の荷物を回収し、砂鉄集めに加わる。戦車を作るための玉鋼を作る砂鉄は大量に必要だ。

 

 おそらく今日1日では回収しきれないだろう、けれど、今後とも定期的にこの地を訪れて繁子達は砂鉄集めに奔走する事を心に決めた。

 

 それから、数時間を費やして砂鉄を回収した繁子達は山を下りてBBQの準備を終えている辻隊長達の元に帰ってくる。

 

 とりあえず、次回の黒森峰女学園へのトラップに用いる玉鋼分の砂鉄は今日中に回収できたのでノルマはひとまず達成だろう。

 

 そして、BBQの準備を終えている辻達の姿を見た繁子は驚いたようにこう言葉を発する。

 

 

「おー! できとるやん!」

 

「うわぁ、しげちゃん達、泥だらけだねー」

 

「お望みどおり、製鉄所の裏にドラム缶風呂を沸かしてあるから入ってくるといい」

 

「ドラム缶!? やったー!」

 

 

 そう言いながら立江は辻の言葉に喜びを爆発させる。

 

 立江もそうだが、時御流の女の子達は皆、自作したこの製鉄所にあるドラム缶風呂を愛しているのだ。もちろん、繁子達も例外ではない。

 

 ちなみにこのドラム缶風呂、前から立江が辻達に沸かしておいておくように頼んでおいたものだ。やはり、常に身体を綺麗にしておきたいというのは女の子としての性なのだろう。

 

 さて、それからしばらくして、繁子達は辻達が沸かしたドラム缶で身体をリフレッシュさせ、夕飯のBBQへと加わる。

 

 

「みんなー! 柿、山で採って来たからBBQの後に食べるでー!」

 

「「「おぉ!!」」」

 

「やっぱりみんな甘いもの大好きなんだねぇ」

 

「女の子なんだから当たり前じゃん」

 

「それもそっか」

 

 

 そう言いながら繁子からデザートの柿を提示されテンションが上がる知波単学園の生徒達を見て苦笑いを浮かべる立江にそう告げる真沙子。

 

 こうして、聖グロリアーナ女学院戦勝利を祝して決勝への弾みをつける為の知波単学園のBBQパーティーが始まる。

 

 たまにはこんな息抜きもあって良いだろう。まだ、決勝までには少し期間もあるし気分転換も必要だ。

 

 

「あ! バカ! それ! 私のカルビ!?」

 

「永瀬っちー26人前は食べ過ぎだって」

 

「ふょんなふぉとふぁい!」

 

「飲み込んでから喋りなさいって…」

 

 

 そう言ってお肉をムシャムシャと食べる永瀬に突っ込みを入れる多代子。真沙子はお肉を食べられなんだかご立腹のようだ。

 

 皆でワイワイと過ぎる時間、そんな光景を少し離れた場所から辻と繁子は眺めながら感慨深そうにこう話をしはじめる。

 

 

「こんな楽しい時間が…いつまでもあれば良いのにな」

 

「ホンマですね、また、決勝に勝ったら来ましょうか? みんなで」

 

「今度は優勝旗持って…だな」

 

「はい」

 

 

 繁子はその辻の言葉に笑みを浮かべて頷く。

 

 辻と居られる時間は戦車道全国大会が終わってもまた作れば良い、次もまたこの場所でこんな風にみんなで笑い合ったら良いだろう。

 

 けれど、今度は優勝旗を持って、この場所に訪れたい。きっと、その時はもっと賑やかになる筈だと2人は思った。

 

 西住まほとの約束の決勝戦まで、数日後。

 

 繁子達は一時の喜びと休息をこうして仲間と共に過ごすのであった。

 

 



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0円! 戦車道!

 

 たたら炉の作り方。

 

 繁子達が製造する炉の寸法はだいたいの大きさで手軽な物という事で簡単に作ったものだ。

 

 さて、かき集めた砂鉄をこのたたら炉を使い加工していくわけだが、ここで、このたたら炉を作るまでの過程を紐解いていかねばならないだろう。

 

 まず、たたら炉になる素材、それはレンガの調達から行う。幸いにもこの地は時御流発祥の地。

 

 レンガの調達にはさほど苦労はしなかった。

 

 コンクリートレンガと断熱性のレンガを組み合わせなければいけない。レンガの溶接には耐火モルタルを使う。この時、炉の温度を上げるための送風管と砂鉄や素材を炉に入れる為の長パイプの設置も忘れてはならないだろう。

 

 

「レンガの小さいのと大きいのを積むやり方、日本はしないんだよねー。もともと」

 

「そうなんだー、へー」

 

「こんな感じにレンガを積み上げて炉を作るのよ」

 

 

 そう言うと真沙子は積み上げたり、モルタルで接合させて製造する炉を示しながら知波単学園の生徒達に説明する。

 

 今回はレンガを用いたケラ押たたらを作った。

 

 炉はたくさんあった方が良い、知波単学園の生徒達にも同じように簡単に作れるたたら炉を繁子達は協力して作ってもらう。

 

 木炭は多代子が家から作って来たものを今回使用する。多代子が持って来た木炭は松炭、別名、カラマツ炭と呼ばれるものだ。

 

 積み上げたレンガのたたら炉の上に木炭を敷き詰めて火をつける繁子。もちろん、加工する砂鉄は設置済みだ。

 

 玉鋼を作るにはそれだけの手間が必要である。

 

 それからしばらく時間をおいて、炉の上部から 1木炭が下がった時点で、砂鉄 、炭酸カルシウムや貝殻粉を挿入する。この時、炉の上部から火炎が立ち昇り、上端の炎が 600 °C 以上であることを確認しとかないといけない。

 

 それから木炭の挿入と砂鉄の挿入を繰り返し、炉底の不純物取り出し口から鉄の棒を用いて炉から砂鉄の不純物を取り出す作業を行う。

 

 

「あっつーい!」

 

「まぁ、たたら炉だしねー」

 

「ファイト〜」

 

 

 そんな感じに暫しの間、砂鉄から不純物を取り除いて鉄の塊の製造を行う繁子達。

 

 しばらくして、ある程度、不純物を取り除き終わり、他の炉も同じようにして作業を終える。そして、しばらくして木炭が炉の半分まで落ちるのを確認すると耐火レンガを耐熱手袋を使って上から1つずつ外し、ハンマーなどを用いて完全に解体する 。

 

 すると、中から出てきたのは…洗練された鉄の塊。そう、玉鋼である。

 

 

「よし! これなら問題無く加工して使えるわね!」

 

「みんなーちゃんとできたー?」

 

「こっちもできたよ!」

 

「わぁ、こんな風に鉄って作るんだね!」

 

 

 こうして、次々と完成する玉鋼、繁子達はこの玉鋼を残らず回収すると次の作業に取り掛かり始める。

 

 そう、次の黒森峰女学園戦に使うトラップ用の刃を製造する為だ。まず、真沙子がお手本を見せるため製鉄所にある場所に知波単学園の生徒達で加工法を披露する。

 

 普段から包丁を手作りしている真沙子の手際は見事なものでその光景には知波単学園の生徒達はただただ目を輝かせるばかりである。

 

 

「まぁ、私は普段から自分が使う包丁はこうやって打ってるけどねッ!」

 

「うひゃー…ほんとにもけもけ姫みたいだ」

 

 

 ガツン! ガツンと、槌を振るい熱いうちに炉を用いて玉鋼の形を変えていく真沙子。

 

 そして、出来上がった刃をさらに研いで形に持っていく。この時、切れ味を上げる為に工夫した打ち方で綺麗な形に整える事を忘れてはならない。

 

 砂鉄は、採れる産地により成分が違い、産地により砂鉄の色も違う。チタンが多い砂鉄や酸化が進んだ砂鉄など千差万別で室町期以前の日本では、その場所、土地で採れる砂鉄で鋼を作り、その土地の刀鍛冶がその鋼を使い日本刀を造っていた。

 

 真沙子が打ってる包丁もまた日本刀の様に切れ味の良い包丁ばかり、なぜなら彼女は包丁にこだわりを常に抱いているからだ。

 

 

「すごく…勉強になる…」

 

「しげちゃんも包丁を100本くらい打てる様にならなきゃね? 主婦目指すなら包丁くらい作れるようにならないと」

 

「いや…近くのホームセンターで包丁くらい売ってるだろう」

 

「私達に買うっていう発想は…」

 

「うん、無いんだよな、知ってる」

 

 

 立江の言葉に間髪入れずに突っ込む辻。

 

 その言葉を聞いた辻は苦笑いを浮かべて顔を引きつらせてそう頷くしか無い、だいたいこの娘達のやり方がわかっている、ホームセンターなんて発想がある訳が無かった。

 

 一連の作業も無事に終わり、こうして、真沙子が作り上げた業物の包丁が出来上がる。

 

 

「綺麗、こんな包丁見たことない」

 

「ま、私の手にかかればこんなもんね」

 

「残った玉鋼はどうしよっか?」

 

「後は戦車の部品に変えときましょう? 要領としては包丁作りとさほど変わらないっしょ」

 

「玉鋼戦車かぁ、なんだかすんごい戦車になりそうだね!」

 

 

 日本刀の強度はさほど強くはない。

 

 切れ味は良いが、戦車の装甲になると、この玉鋼をさらに強度があるものに変えていかなくてはならないだろう。

 

 チタン、特殊鋼をこの玉鋼と共に混ぜて部品を作り上げていく。チタン製の装甲ならば強度は申し分なさそうだが…。

 

 

「重さが足んないね」

 

「やっぱり減損ウランかなぁ、玉鋼と混ぜれるかどうか分かんないけど」

 

「マンガンやニッケル、コバルト、モリブデン、タングステンとか? 表面に浸炭処理すればさらに強度は上がる様な気もするかな?」

 

「いや、それより複合装甲(コンポジット・アーマー)とかどうかな? セラミック、劣化ウラン、チタニウム合金、繊維強化プラスチック、合成ゴムとか使うんだけど」

 

「あーそれねぇ、装甲を作る時に玉鋼を混ぜればいっか」

 

「ケージ装甲とか、後はそうだねぇ、天板装甲とか増加装甲も付ける?」

 

 

 そう言いながら余った玉鋼をなんの装甲に使っていくのか作戦会議が行われた。

 

 増加装甲や空間装甲を取り入れた知波単学園ならではの戦車を作る。日本の伝統ある文化と近代的な技術の融合。

 

 時御流の戦車作りはまず、これらの戦車の部品を集めてからだろう。

 

 

「玉鋼だけじゃ無理だね」

 

「また全国回って素材集めかぁ」

 

「わくわくするね!」

 

 

 そう言って満更では無い意見が飛び交う真沙子達。

 

 そして、繁子と立江は戦車を作るに当たって、どんな風に作っていくのかの話し合いをしていた。

 

 まずは装甲の加工の仕方からだ。

 

 

「立江、装甲は表面硬化装甲でええんやな?」

 

「んーそうだね、後は浸炭装甲の製法取ろうかと思ってるんだけど」

 

「いやぁ、でも強度が足りん気がするなぁ」

 

 

 繁子はそう言って立江に苦笑いを浮かべた。

 

 表面硬化装甲とは焼き入れなどの加熱処理によって、表面だけを高硬度の鋼鉄とする製法である。小銃弾や小口径の砲弾から内部を防護すればよいだけの装甲の時代には、装甲表面の硬さによってこれらの弾丸を破砕するように設計されていた。

 

 今回、繁子達もこれを取り入れるか否か迷っている訳である。

 

 立江が出した案、浸炭装甲はそんな表面硬化装甲の加工の一つで、浸炭装甲は、所定形状に加工済みの低炭素鉄鋼の板を加熱し、片面を高温炭素ガス雰囲気中に曝すことで表面から炭素を拡散浸透させて表面だけを炭素の豊富な高硬度の鋼鉄とする製法なのである。

 

 だが、繁子はこの作り方よりもまだ良い方法を思いついていた。それは…。

 

 

「やっぱり複合装甲にしようか? 均質圧延鋼装甲か迷ったんやけどね」

 

「あのさ、お前達、第二次世界大戦の戦車を作ってるんだよね? 複合装甲って…」

 

「まぁ、車内は特殊なカーボンコーティングが施さなあかんですからね大会規定で」

 

「それ以外何作ってもいいって話じゃないぞ! おい!」

 

 

 そう言って辻は声を上げて複合装甲を用いて戦車を作ろうとしている繁子と立江に突っ込みを入れた。

 

 だが、繁子達とて、それは重々把握している。大会規定で定められた出来事を逸脱して魔改造戦車を作る訳では無い。

 

 とりあえず、繁子は大会規定で定められた項目を照らし合わせながら辻隊長にこう話をし始めた。

 

 

「えーと、参加可能な戦車は1945年8月15日までに設計が完了して試作されていた車輌と、それらに搭載される予定だった部材を使用した車輌のみで、左記の条件を満たしていれば、実在しない部材同士の組み合わせは認められる…と書いてありますからつまり」

 

「搭載予定の部材を使ってれば装甲の作りはあまり限定されないって訳ですね、はい」

 

「へ、屁理屈過ぎる!? アウトスレスレもいいところだろ!」

 

「まぁ、あれです、つまり外見さえあれなら戦車の装甲の鋼材にオリハルコン混ぜてもOKっちゅうわけですね」

 

「伝説の鋼材を使うの!? …えぇ!?」

 

「いつか作りたいな、立江!」

 

「ねー!」

 

 

 そんなとんでも戦車が許されるのか。

 

 しかしながら彼女達にとっては非常にありがたい話であるだろう。ちなみにオリハルコンなんて伝説の鋼材は存在しない、いつか作りたいという繁子達の願望である。

 

 そんな訳で繁子達はひとまずこの玉鋼と装甲についての話し合いを一旦、終えることにする。

 

 加工をするにしてもまずは素材集めからだ。戦車を作るには材料が足りない。理化学研究所とかいろんなところに『こんにちはー!』と突撃するところから始めないといけないだろう。

 

 もちろん突撃隊長は永瀬である。

 

 

「さて、ほんじゃ玉鋼を持って帰りますか」

 

「さらば! 我が故郷!田種村!」

 

「あれ? 永瀬、あんたここ出身だっけ?」

 

「いや違うよ?」

 

「だったらなんで我が故郷なんて言ったんですかねぇ…」

 

 

 そう言って、いつの間にか田種村を故郷と明言しはじめる永瀬に突っ込みを入れる多代子。

 

 どちらにしろ、またこの村を訪れる日もそう遠くは無いだろう。また、戦車の装甲を作りに来訪する日を彼女達は心待ちにするのだった。

 

 装甲作りの続きは! また、改めて! ザ・鉄腕&パンツァーで!

 

 



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一年生編 戦車道全国大会決勝戦 VS黒森峰女学園
対黒森峰女学園戦会議、母の遺した言葉


 

 対黒森峰女学園戦会議。

 

 それは、次回戦う決勝戦。黒森峰女学園との戦いに備えた知波単学園がどう戦うかを考える作戦会議である。

 

 早い話がいつもやっている試合前のブリーフィングのようなものだ。

 

 さて、今回、繁子が考えついた作戦を皆に伝える為にこうして集まったわけであるが、その作戦概要を立江が皆に語り始めた。

 

 

「さて、みんな、それじゃ『オペレーションfuture』について教えるわね?」

 

「今回は平地に渓谷のエリア、そして、遊園地が主戦場に指定されとる」

 

「そして、今回、作戦に使用する道具はこれ」

 

「…?…なんだこれは?」

 

「玉ねぎよ」

 

 

 そう言って立江はドヤ顔を見せながら辻に告げる。

 

 辻もそれは見ればわかる。目の前にある食材はなんの変哲もない玉ねぎだ。だからこそ、この玉ねぎが作戦に含まれているのかが謎だった。

 

 すると、その玉ねぎを見た瞬間、真沙子は目を輝かせてそれを手に取るとほっこりとした表情を浮かべてこう立江に聞き返す。

 

 

「も、もしかして!! アレやるの! アレ!」

 

「そうよ、真沙子。オニオン真沙子の真骨頂が存分に発揮できるわ」

 

「やったー! よーし! そんじゃ大量に玉ねぎ仕入れる準備しないと!」

 

「…いや、本当にお前達、何するつもりなんだ? アレって何?」

 

 

 そう言って、首を傾げる辻。

 

 それはそうだろう、これまでの戦車道全国大会で玉ねぎを大量に使った作戦などは見たことがない。ましてや、兵器でなく食材である。

 

 だが、繁子が考えた玉ねぎを使った作戦にはちゃんとした理由がある。それについて、繁子は辻にゆっくり語り始めた。

 

 

「アレっていうのは、早い話が玉ねぎを使った目潰し作戦ですよ」

 

「玉ねぎ…で…目潰し?」

 

「あーなるほど、玉ねぎって切ってると涙止まらなくなるもんね」

 

「そうやでー、せやから玉ねぎをみじん切りにして敵戦車の車長の視界を奪うトラップを仕掛けるって寸法や」

 

「だから玉鋼必要だったんだよー。新しいトラップには刃に使う鋼が必要だからねー」

 

「食材を兵器にするとか本当にお前達なんなの?」

 

 

 そう言いながら前回、砂鉄を集めて作った玉鋼を加工した刃を見せながら辻に告げる永瀬。

 

 だが、当然な様に玉ねぎを兵器運用するこの5人娘の話に辻は顔を引きつらせるしかない。

 

 確かにある意味、作戦名通りに未来に生きている感じがするが戦車道全国大会決勝戦に大量の玉ねぎを持ち込もうとするのは間違いなくこの娘達くらいだろう。

 

 だが、今更な気もするので辻はそこで突っ込みを諦めた。とりあえず、気を取り直して作戦の概要を立江は皆に伝えはじめる。

 

 

「まず、ケホ車3輌による偵察ね。敵の本隊がどこにいるのかちゃんと把握しなきゃいけないし」

 

「うちらは渓谷のエリアに移動後、玉ねぎみじん切り機発生機の組み立てをするで」

 

「そして、ケホ車は誘導ね? あまり無理しないこと」

 

「いつもみたいに時間稼ぎができればええから、撃破はなるべくされんようにな?」

 

 

 そう言っていつもの様にケホ車による誘導を計画する繁子。

 

 そして、今回、繁子がこの渓谷エリアを選んだのにはちゃんとした理由があった。それは、逃げ道と玉ねぎの成分を確実に黒森峰女学園の車長の視界に与え得るためだ。

 

 玉ねぎみじん切り発生機をケホ車が囮になっている間に全員で設置。必ずこの道を通ってくることがわかっているので効果はてきめんだろうというのが繁子の考えだ。

 

 

「さて、そんで玉ねぎみじん切り発生機が稼働次第、乱戦を狙ってホニ、チハを突撃させるで」

 

「試合開始と同時、私達が作戦を実行中のその間に今回導入予定のオイ車は先に遊園地のエリアに移動するわ」

 

「警護にはホリとチヘを付けとくからよろしく頼むで」

 

「そして、玉ねぎみじん切り発生機を使った乱戦をしばらく行った後に私達は遊園地に撤退。おそらくは敵車輌も遊園地での戦闘を想定して先にマウスを移動させてある筈よ」

 

「今回の要はこのマウス撃破やからね…なんとかオイ車2輌で撃破できればええんやけど…」

 

「ホリ車は駆逐重戦車を叩く戦力だから簡単に失うわけにはいかないわね」

 

 

 そう言って繁子の言葉に頷く立江。

 

 市街地戦にはもちろん、『そうめん飛ばすしかない作戦』で用いた長パイプを持ち込む予定にしているが、あちらは西住流、西住まほが隊長をしているのでこちらの手の内はあらかた研究済みなのを想定しておかなければならない。

 

 王者であるこそ、黒森峰女学園は慢心はしない。繁子の事を理解しているまほが敵だからこそ全力でかかって来るはずだ。

 

 

「試合中にあの秘密兵器を作らないかんかもね」

 

「もしかして…しげちゃん…アレのこと?」

 

「せやで、アレや。アレなら手早く作れるからみんなで作れるし」

 

「アレっていうのは…」

 

「全長2メートルの巨大竹とんぼ」

 

「…………………え?」

 

 

 立江の言葉に思わず体を硬直させる辻。

 

 全長2メートルの巨大竹とんぼをどうやったら試合中に作ろうと考えつくのか、全く謎であるのだがどうやら、繁子達は今回の作戦にはこの巨大竹とんぼを部品を持ち込んで作るつもりらしい。

 

 もはや、何から何まで突っ込んで良いのかわからない。玉ねぎみじん切り発生機だったり巨大竹とんぼだったりと作戦に持ち込む彼女達の姿勢には辻はただただ唖然とさせられるばかりだ。

 

 どうやら繁子達はこの巨大竹とんぼを用いて、さらなる打開策を考えている様である。

 

 

「ま、まずは展開次第やね、劣勢を強いられるならこれを使わなあかんな」

 

「ほぇー、しげちゃん達なんでも作るんだねぇ」

 

「あともう一つあったんやけど、それは最終手段やね、とりあえずは玉ねぎみじん切り発生機とこの巨大竹とんぼ、そして、そうめんやね」

 

「また、そうめんが空飛ぶのか…」

 

「巨大竹とんぼも空飛ぶよ!」

 

 

 

 繁子の言葉にげっそりとする辻。そして、その光景を見ていた永瀬はウキウキ気分で竹とんぼに目を輝かせてそう告げる。

 

 何でもかんでも飛ばせばいいというものではないだろうと辻は言いたいがこれも勝つ為の手段である事も理解できる。

 

 次が決勝、勝っても負けても最後だ。

 

 そして、この他にも繁子達は色んな策を設けてはいるが、果たして西住流にこの策がどこまで通用するのかは繁子にはわからない。

 

 あのまほの母、西住しほはかつて繁子の母である明子としのぎを削って戦った仲だ。ならば、時御流の戦い方について何かしらまほに助言をしている筈である。

 

 

「とりあえず作戦は以上や」

 

 

 繁子は簡単にそう告げるとブリーフィングを締めくくった。

 

 言葉はそこまで多くなくとも大丈夫だろう。知波単学園の生徒達も繁子と立江達が立てた作戦を理解しているようである。

 

 

 

 それから一通りのブリーフィングを終えて、立江は繁子と知波単学園の車庫から離れ、明日の試合について学園艦にある海が一望できる場所で話をする。

 

 いよいよ待ちに待った西住流との決戦。

 

 激闘が予想される王者との戦いに立江はまほと戦う事になる繁子の事が気がかりであった。

 

 西住まほを倒さなければ、黒森峰女学園は倒せない。立江も繁子もわかっている事実だ。

 

 立江は海を眺めながら繁子にこう話を切り出す。

 

 

「次の決勝。どうやってまほちゃんを倒すかだね…しげちゃん」

 

「せやな、一対一なら小細工なしのガチンコ勝負やろうね」

 

「勝てる見込みは?」

 

「さぁ…わからへんな」

 

 

 繁子はそう言うと儚げな笑みを浮かべて立江に告げた。

 

 勝てるかどうかわからない、西住流とガチンコで戦うのは繁子も今回が初めてだ。立江が見つめる繁子のその顔にはどこか不安な様子も見受けられる。

 

 撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心 それが西住流。

 

 驚異的な機能性を持った戦車軍で「突撃・突撃・また突撃」をスローガンに掲げる現代主流の戦車道流派。

 

 統制された陣形で、圧倒的な火力を用いて短期決戦で敵と決着をつける単純かつ強力な戦術。

 勝利至上主義の元、いかなる犠牲を払ってても勝利することを掲げている。

 

 仲間を助けたり、一丸となって戦うなど邪道。西住流とは各戦車が常に最強であらねばならない流派なのだ。

 

 時御流とは間逆とも言って良いだろう。

 

 戦車と共に苦難を乗り越える仲間との絆を重んじ、どんな時も勝利を諦めない。全員が宿す職人魂。自らの手で活路を切り開く戦車道。それが時御流だ。

 

 そんな、繁子の様子を見た立江は柔らかい笑みを浮かべるとこんな話をしはじめる。

 

 

「…しげちゃん、明子さんの口癖覚えてる?」

 

「…ん? なんや急に?」

 

「いいから…覚えてる?」

 

 

 そう言った立江は昔に師事を受けた繁子の母である明子について彼女にそう問いかけた。

 

 思えば、繁子が立江達との絆を深めるきっかけになったのも時御流がきっかけだった。意見が合わずに喧嘩もした事もあった。

 

 だが、そんな様々な出来事や苦難をみんなで乗り越えて来た。そして、繁子は明子からいつもこんな風に言われていた。

 

 いつも色んな物を作り、そして、自分が頑張ったと思い満足しそこで歩みを止めてしまわない様にと授けてくれた言葉があった。

 

 繁子は昔を思い出す様に立江の言葉を静かに耳を傾けて、瞳を閉じると笑みを溢した。

 

 

「『まだ、まだ』。やろ…? そうやね、確かにウチらはまだまだやれる。まだ、何にも成し遂げてへんからね」

 

「そう、しげちゃん。私達はひよっこだよ。高校で戦車道を始めて一年足らず、まだ成長できる。色んな事に挑戦できる」

 

「うん、…せやから、全力で挑もう! まほりんにウチらの戦車道を見せたる!」

 

「そう、それでいいのよ」

 

 

 立江は気合いを入れる繁子にそう言って頷く。

 

 明子は自分達に色んなものを残していってくれた。だから、これから先もずっと自分達はこの戦車道を信じて戦う。

 

 確かに周りから見ればおかしいだとか、馬鹿らしいとか、思われるかもしれない。

 

 時御流なんて聞いた事もない、西住流や島田流ならきっと強くて憧れる戦車道だ。

 

 そんな常識を覆す為にも次の決勝は全力で挑む、母の為、己が信じる戦車道の為、そして、仲間たちの為に。

 

 きっと時御流が強くて憧れるように、明子が残し自分達が信じた戦車道が皆に認められる様な試合。

 

 まだ、時御流はやれるのだと皆に見てもらいたい。こんな戦車道がまだあるのだと、繁子は立江との話を経て改めてそう心に決めた。

 

 

「そんじゃ、準備しないとね」

 

「せやな、やって見せよう。ウチらの信じた戦車道ってやつをみんなで」

 

「当たり前よ! リーダー」

 

 

 そう言うと軽く繁子と立江は拳を小突きあって笑い合う。

 

 次の決勝が辻にも最後の試合だ。彼女の晴れ舞台を自分達で作る。敵は確かに強大で強い戦車ばかりだ、けれど、今まで戦った相手も強敵ばかりだったではないか。

 

 アールグレイ、メグミ。彼女達もきっと決勝戦を見に来るはずだ。繁子は彼女達の思いを胸に辻、立江達と共に決勝の舞台へと挑む。

 

 時御流は果たして…知波単学園と共に優勝できるのか…?

 

 それは、試合で戦わねば見えてこない、西住流挑む繁子達。

 

 今、時御流最大の挑戦が幕を開けようとしていた。

 

 



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VS黒森峰女学園戦 1

 

 黒森峰女学園。

 

 前回戦車道全国大会優勝校であり、西住流を主流とした戦術でこれまで優秀な戦績を収めてきた強豪校。

 

 今年は一年生の怪物、西住しほの娘、西住まほが隊長に就任しよりその力は鋼の如く強固なものとなっている。

 

 黒森峰女学園との試合前、繁子は来るべき時が来たのだという思いを胸に秘め、西住まほと対峙するように整列する。

 

 そんな2人の光景を遠目から見守る女性がいた。そう、西住まほの母、西住しほである。

 

 いよいよ始まる決勝でついに西住流と没落流派時御流との決戦が始まる。

 

 西住流に敗北は許されない、だが、しほの心情には繁子の凜とした横顔が今は亡き親友の顔と被っていた。

 

 

(…あきちゃん、見てるでしょうか? 貴女の娘と私の娘が世代を超えて叶えてくれましたよ、西住流と時御流の戦いを…)

 

 

 決勝まで戦い抜いてきた繁子の姿を見たしほは穏やかな表情でそれを見つめていた。

 

 懐かしい光景、明子と自分、そして、今はまほと繁子だ。因縁と親愛、いろんな感情を感じるが西住しほはただ、この試合で互いに後悔が無い試合をしてくれたらと思った。

 

 そして、繁子は知波単学園代表としてまほと握手を交わして笑みを浮かべる。

 

 まほもまた繁子同様に笑みを浮かべて握手を交わした。互いに全力で戦い抜き、この戦車道全国大会を締め括る事を誓う。

 

 

「しげちゃん、いい試合にしよう」

 

「せやね、今日は全力で挑ませて貰うわ」

 

「私は握手よりハグが良かったんだが…」

 

「試合前にそんなことできる訳無いやろ、バカちん」

 

「痛っ…、むぅ、確かにメリハリとは大切だな」

 

 

 そう言って繁子は苦笑いを浮かべながらまほにデコピンをするがまほはデコピンされた箇所を摩りながら口を尖らせる。

 

 だが、繁子の言った様に試合は別だ。互いに負けられない理由と思いを持ってこの場に立っている。

 

 まほも繁子も握手を終えると自分達の戦車に戻る前に一言づつ互いに言葉を告げる。

 

 

「今日は西住流をもって全力で戦わせて貰う」

 

「時御流をもってして全力で倒したるから覚悟しいや」

 

 

 そして、互いに握手を交わし終えて試合に入る前の瞬間には既に2人のスイッチが切り替わっていた。

 

 その眼は闘志溢れた眼差し、互いの間にピリピリとした雰囲気が漂う中、2人は踵を返して各戦車にそれぞれ帰ってゆく。

 

 親友であるからこそ、最大のライバル。

 

 これまで戦った強豪校や相手とは戦う思いが違う。西住流を倒してこそ母、明子との約束を果たせるのだと繁子はそう思っていた。

 

 

(母ちゃん、見ててなウチらの戦車道)

 

 

 そう、どこかで見ているはずだこの光景を。

 

 西住流と戦う時御流の戦いを明子は望んでいるはずだ。繁子は亡き母の誓いを胸に自分の愛車四式中戦車、山城に乗り込んだ。

 

 

 

 

 そして、西住しほは試合開始を待つ様にして両戦車がそれぞれ配置につく光景を観覧席から見守る。

 

 いよいよ始まる戦車道全国大会決勝、互いに流派を用いた戦いになるだろう事は容易に想像がつく。

 

 受け継がれた時御流が上か、それとも、王者として君臨し続けた西住流が上か、それは試合が終われば分かる事だ。

 

 時御流の戦い方は娘である西住まほにしほは全て授けた。後はまほが繁子に対してどういった戦い方をするのかをしほは見守るだけである。

 

 すると、そこに大人びた雰囲気を身に纏った女性が笑みを浮かべて静かに観覧席に座るしほの側にやってきた。

 

 黒いベレー帽に赤い服、ロングスカートを着た女性。

 

 その彼女の姿を見た西住しほは笑みを溢す、確かにこの試合を彼女ならば見に来る事は容易に想像出来た。

 

 もう1人の盟友であり明子と同じくライバルだった彼女もまた、城志摩 繁子という明子の流派を受け継いだ少女を見るためにわざわざ時間を作ってまでこの会場まで足を運んで来たのだろう。

 

 西住しほは現れた女性にため息を吐くとこう静かに告げた。

 

 

「遅いですよ、島田千代さん」

 

「すいませんね少し立て込んでました。西住しほさん、試合は始まったかしら?」

 

「いや、今からです」

 

「なら良かったわ、間に合って」

 

 

 そう言ってニコリと笑みを浮かべる女性。

 

 そう、彼女は西住流と対を成す島田流家元、世界に名を轟かせる島田流当主、島田千代、その人であった。

 

 島田流当主と西住流の西住しほがこうして並ぶのは珍しい出来事。かつて、2人とも明子と戦った旧友であり強敵。

 

「日本戦車道ここにあり」と世界に名を馳せた日本戦車道流派の正統派が2人が並び今回の戦車道全国大会決勝で揃う事になった。

 

 それは、やはり決勝まで上がってきた明子の意思を継ぐ時御流の使い手がどのような娘達であるのか気になっての事だろう。

 

 しかし、島田千代の後ろにはさらにある人物が控えていた。その姿を見たしほは目を丸くする。

 

 

「貴女は…」

 

「あら? 意外だったかしら? 東浜雪子さんが来るのは…」

 

「どうも、お久しぶりです西住しほさん」

 

 

 そう言って、癖っ毛の長髪に黒いお洒落なハットを被り、黒服のスーツ、そして、凜とした顔つきの女性はしほに帽子を外して頭を下げるとそう挨拶を交わす。

 

 彼女の名前は東浜雪子。

 

 別名、『生けるレジェンド』と呼ばれる、世界で活躍する戦車道のスペシャリストだ。

 

 かつて、明子が病に倒れた際に代わりに西住しほ、島田千代と共に『ガールズ隊』と呼ばれる日本代表戦車道チームを結成。

 

 その巧みな戦術で観客を魅了した事で有名な女性で明子の後輩にあたる。

 

 妥協を許されない常にストイックで完璧な戦車道を求める東浜雪子の飽くなき戦車道に対するハングリーな姿勢は戦車道関係の人々から『Ms.パーフェクト』とまで呼ばれ今でもなお尊敬され崇められる存在となっている。

 

 現在の戦車道を行う人間で彼女の名前を知らない者は居ない。

 

 特に有名なのは東浜雪子の全盛期の戦車撹乱戦術。『華面武闘界』は未だに語り草に成る程の伝説を残した事で有名である。

 

 そして、そんな現在でも現役の最前線で戦車道を行う彼女がこの場所に来た事自体、しほには驚くべき事だった。

 

 

「貴女が戦車道全国大会を見に来るなんて珍しいですね」

 

「…ふふ、明子さんの忘れ形見が出ると聞いたもので私も気になりまして」

 

「丁度良い時に来ましたね。戦車も配置についていよいよ今からですか」

 

 

 そう言って、東浜雪子はしほの隣の席に腰掛けて笑みを浮かべたままそう告げる。

 

 東浜雪子からその醸し出される雰囲気はまさに煌びやか、カリスマ性溢れたレジェンドらしい毅然としたものだ。

 

 今いるこの3人を前にした一般人ならば恐縮してしまう事だろう。

 

 そして島田千代もまた同じ様に東浜雪子の反対側席に座って試合開始を待つ。

 

 ここに現代戦車道において、最強と称される3人の女性が揃い踏みしたわけである。

 

 

(さて、城志摩 繁子。王者黒森峰女学園にどう戦うか、貴女の実力を見せて貰おうかしら…)

 

 

 観覧席からその知波単学園の戦車群を眺める東浜雪子は笑みを浮かべる。城志摩 明子の娘、繁子がどのくらいやれる逸材なのか、彼女にはそれが実に楽しみであった。

 

 そして、黒森峰女学園、知波単学園、双方の全車輌が配置についた。

 

 いよいよ、決勝がはじまる。両者が待ち望んだ対決、西の西住、東の時御、その火蓋が今。

 

 

『戦車道全国大会決勝戦! 知波単学園対黒森峰女学園! 試合…開始!』

 

 

 空中に立ち登る煙弾により落とされた。

 

 両校とも勢いよく発進する20輌からなる戦車群、決勝戦という舞台で揃い踏みする両校の大量の戦車は圧巻の一言に尽きる。

 

 さて、繁子達はまず、最初の作戦通りに渓谷部まで車輌を移動させ、ケホ隊、オイ隊はそれぞれ散開させる。

 

 

「辻隊長、オイ車隊をよろしくお願いします」

 

「分かった、そちらもうまくやれよ、繁子」

 

「はい、任せてください」

 

 

 オイ車隊にはホリ車に乗る隊長、辻つつじが乗る。

 

 辻つつじならば上手くオイ車隊を守ってくれる事だろう、遊園地方面に向かうオイ車隊を見送り、繁子達は別れ渓谷方面へと戦車を発進させた。

 

 続いて、偵察にケホ隊を向かわせる。時間稼ぎと敵の動きを察知する役目を担った大切な要だ。ケホ車は軽戦車の中でも高性能の戦車、そうそう撃破される事は無いだろう。

 

 早速、ケホが時間を稼いでいる間に玉ねぎ機を設置しはじめる繁子達。

 

 ここまでは段取り通りだ。偵察に出ているケホならば黒森峰女学園とてその機動力にはそうそうついていく事は容易ではない。

 

 繁子達はそう思っていた。聖グロリアーナの時もサンダース大付属高校の時も計画に多少の狂いや誤差は生じたが修正が効くものだった。

 

 だが、トラップを設置する作業中の事だ。緊急な通信が繁子達の元へと転がり込んでくる。

 

 それは、試合が開始してまだ数分も経たない出来事。

 

 

『し、しげちゃん…! ケホ隊が全滅させられたよ!』

 

 

 それは、偵察に出していたケホ隊が黒森峰女学園に全滅させられたという信じられない通信だった。

 

 それをインカムを通して聞いた途端、作業をしていた繁子の手が止まる。

 

 まだ、開始してさほど時間も経っていない、それにケホ隊には大量の煙幕をはじめとした逃走の術を全て備え付けてあった。

 

 だが、数分も経たないうちに全滅、この報を聞いた繁子は唖然とした面持ちでこう呟いた。

 

 

「…嘘やろ…」

 

 

 今までに無い窮地。

 

 この瞬間、すぐさま繁子は全戦車に乗っていたトラップを仕掛けている知波単学園の全員に振り返り、視線を向けた。

 

 後、数分もしないうちに黒森峰女学園の戦車群がこの渓谷に襲来する。準備をしている最中のこの状況下であの強力な戦車群の強襲を受ければ最悪全滅も考えられる。

 

 完全に計画が破綻した。

 

 繁子はケホ隊が全て全滅させられたこの時点で、そう感じた。

 

 

「全員! 撤退準備! 急いで戦車に乗り込んでこの場から離れるで!」

 

「…どうしたのしげちゃん?」

 

「え? なになに?」

 

 

 いきなりの繁子の大声に驚く知波単学園の生徒達。

 

 しかしながら、ただ事でない事をすぐさま感じ取った立江は冷静な面持ちで繁子にこう問いかけた。

 

 何かあった、それは間違いない、だが、立江は繁子の様子から察してその内容をだいたいの予想はついていた。

 

 

「何かあったの? しげちゃん」

 

「ケホ隊が全滅させられた。 相手の動きが予想以上に早すぎる。後数分もせんうちに敵戦車本隊がこの渓谷に襲撃に来るで」

 

「なんですって!?」

 

 

 事の重大さに気づいた立江もまた繁子同様に声を上げた。

 

 西住流、西住まほ。彼女は時御流の戦い方がなんたるかを理解している。この状況は非常にマズイ、こちらの手の内を間違いなく読んできている。

 

 繁子はいきなり自分達の戦い方を壊され顔を引き攣らせる他無い、だが、その後には自然と笑みが溢れでた。

 

 強敵な事は分かっていた事、繁子は覚悟を決めたようにこう呟いた。

 

 

「流石、西住流…やね、これは一筋縄ではいかんわ」

 

 

 いきなり強いられる事になった撤退戦。

 

 繁子達はまず、この場からいち早く逃走しなければならないだろう。黒森峰女学園のティーガー戦車群が来るまで後僅か。

 

 序盤から繁子は重大な決断を強いられる状況に陥る事となった。

 

 



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VS黒森峰女学園戦 2

 

 ついに火蓋を切った西住流VS時御流。

 

 しかしながら、序盤から繁子達は偵察へと出した筈のケホ車を黒森峰から全滅させられ、窮地へと追いやられていた。

 

 偵察に向かわせた戦車が全滅し更には黒森峰の大量のティーガー戦車群がこちらに向かっている。

 

 すなわち、この場に残るとなれば迎え討つ準備などする時間は到底残されていない。撤退をするにしても恐らく、優秀な殿でなければ撤退を行う事など不可能だろう。

 

 しかも、黒森峰女学園相手の殿となれば当然犠牲を前提に考えなければならない。

 

 そんな状況を理解していた繁子は険しい表情を浮かべていた。

 

 できれば殿などさせず、皆を撤退させ黒森峰を迎え討ちたい。

 

 ならば、残された手段は一つしかなかった。不意を突いた正面からの撃破である。

 

 

「リーダー、どうする?」

 

「みんなをここで失うわけにはいかん…。全員で戦えばあるいは勝機は…」

 

 

 繁子のその言葉に皆が沈黙する。

 

 全員で戦えばあの強力な黒森峰女学園のティーガーやヤークトパンターを倒せるのか? いや、違う、これは繁子が出した安直な考えだ。

 

 皆を失うわけにはいかないからだと繁子はそう言ったに過ぎない、たとえ、不意を突いた作戦だとしても隊長はあの西住流、西住まほ、隊を立て直す事など造作もない。

 

 これまでに戦った危機とは次元が違う、本隊が全滅するか否かの瀬戸際だ。

 

 そんな中、甘い繁子の考え方に異を唱える知波単学園の生徒が1人いた。

 

 仲間を切れず、安直な考えは敗北に直結する。

 

 それを繁子の参謀、山口立江は十分に理解していた。長年、伊達に繁子と共に時御流を極めてはいない。

 

 

「ぬるいよ、しげちゃん。それじゃ勝てないわ」

 

「けど立江、このままやったら全滅は…」

 

「あるじゃない? …ね? しげちゃん」

 

 

 そう言って立江はニコリと繁子に微笑んだ。

 

 その言葉に一度、唖然とする繁子。だが、すぐさまその言葉の真意を理解した繁子は立江に首を振りそれを否定した。

 

 立江が何を考えているのか繁子にはわかる。だが、それを許すわけにはいかない。

 

 

「あかん、それはあかんぞ、立江。許さへん」

 

「しげちゃん、いずれにしろこのままなら負け戦。腹を括らなきゃならないわ」

 

「嫌や! そんな策は時御流やない!」

 

「リーダー!んな事を言ってる状況じゃないでしょうが!!」

 

 

 その瞬間、話を聞いていた真沙子が声を上げた。

 

 指揮官の我儘が通るほど戦車道は甘くはない、だからこそ、繁子が揺らげばそれはここにいる皆に伝わる。

 

 時御流の戦い方でなくとも勝つ為には決断しなければならない、例え、それが味方を失う事を前提にした作戦であってもだ。

 

 真沙子はこの策を立江がどんな思いで繁子に進言したのか理解できる。仲間を切れる性格ではない繁子がそう言いだすこともだ。

 

 立江はそんな真沙子から声を遮られた繁子の肩をポンと叩くと、知波単学園の生徒達に声高にこう告げ始めた。

 

 

「撤退戦の殿は時御流参謀、この山口立江が承った! さぁ! 私についてくる奴は誰かいるかしら? 今なら大出血サービスで大将首を取りに行けるわよ!」

 

 

 そう言った立江は気合いが入った言葉で全員に問いかける。

 

 そう、5輌の戦車による本隊を逃がす為の殿戦、立江はその筆頭を務める事を前提に話を繁子に話していたのだ。

 

 この場合の殿はすなわち、現在、こちらに向かっている大量の黒森峰女学園の戦車を釘付けにする役目を果たさなければならない。

 

 つまり、玉砕覚悟の足止め策である。場所は渓谷、逃げ場は当然ない、だからこそ、繁子は立江が殿を務める事を嫌がった。

 

 なぜならば、山城に立江が帰ることができなくなるからだ。玉砕が前提ならば、もはや、戦車を乗り換えて戦うことは不可能である。

 

 繁子は右腕を失ったまま、西住まほと戦わなければならなくなる。それだけはなんとしても避けたかった。

 

 

「…立江、なんでや、あんたが居らんかったら…」

 

「真沙子、しげちゃん頼んだわよ」

 

「了解、リーダーは私らに任せて、ぐっちゃん、存分に暴れなよ」

 

 

 涙目になる繁子をよそにそう言って山城の砲手である真沙子は立江と拳を小突き合う。

 

 そして、真沙子は無理やり繁子を軽々と担ぎ上げると山城まで足を進め歩きはじめた。繁子は担ぎ上げた真沙子に声を上げる。

 

 

「真沙子! 離せ! 立江を見捨てていけるわけ…」

 

「あんたはうちらの要でしょうが! いい加減にしなさいよ! 辻隊長優勝させんでしょ!」

 

 

 繁子を担いだまま山城に向かう真沙子はそう怒鳴る。

 

 繁子もわかっている、だが、納得ができない、仲間を見捨てるやり方なんて自分の戦車道に反する事だ。

 

 だが、立江はそんな風に殿を進言した事を嫌がっている繁子に軽く手を挙げて応えた。元々、進言したのは立江だ。

 

 この場にいた永瀬や真沙子、多代子もこの殿を務めるには手腕が足りない事を本人達も自覚している、この役目は立江以外には務まらない事を時御流の同門の皆が理解していた。

 

 だからこそ、立江が殿を務めると言い出した時に誰も止めに入らなかったのだ。

 

 真沙子も腹立たしかった。このメンバーの中で一番仲間想いの強い真沙子も自分の手腕の足りなさを悔いていた。もし、自分が殿が可能であり、黒森峰を釘付けにする手腕があれば、参謀の代わりにでも引き受けた筈だ。

 

 この場に立江を置いていく事がどれだけ重大な事かを真沙子も理解している。時御流に反するやり方、もちろんそうだろう。

 

 だが、道を曲げねば勝てない、立江はそう思っていた。

 

 繁子は四式中戦車、山城に身柄を運ばれながら悲痛な面持ちで手を挙げて応える立江の背中を見つめる。

 

『大丈夫だ、繁子ならば、自分がいなくとも西住まほに勝てる』

 

 山口 立江の背中はそう言っているように見えた。

 

 

「アネェ、私らもついてきますよ」

 

「黒森峰女学園に目にもの見せてあげましょう!」

 

「よっしゃ!! んじゃ、早速、西住まほの首を取りに行くわよ!」

 

「「はい!」」

 

 

 すぐさま、それぞれの戦車に乗り込む知波単学園の生徒達、立江もまた三式中戦車、チヌに乗り変えると戦車を配置につかせた。

 

 時間はさほど残されてはいない、本隊がこの場から離れるところを見送った立江は早速、迎え討つ準備に取り掛かる。

 

 黒森峰女学園の強力な戦車群はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 こちらは渓谷入り口付近。

 

 西住まほは開始早々に電撃の如くティーガー戦車群を先頭に立ち率いると偵察に出されていたケホ車隊を撃破。

 

 すぐさま、その勢いを保ち繁子達が撤退に移りつつある渓谷まで恐るべき速さで進軍してきた。

 

 ケホ車隊との戦闘から僅か数分の出来事、これが西住流の戦い方、電光石火の進撃である。

 

 

「全戦車! 渓谷へ進撃し敵を殲滅せよ!」

 

 

 そして、西住まほは決して手を緩めることは無い。

 

 母、西住しほの教え、時御流との戦いに時間を与えてはならないという事を念を押されて忠告されている。

 

 時御流の戦法は試合中に仕掛けてくる地形変形に奇策、そして、戦いを有利に運ぶために己の身を削り敵に備える戦い方が主だ。

 

 だからこそ、西住まほは城志摩繁子に慎重になる事を捨てた。やるからには速攻でカタをつける。

 

 だが、戦車を進軍させている西住まほは妙な静けさに逆に不気味さを感じていた。

 

 知波単学園がこちらに気づいていたとしても何も仕掛けて来ないのはどうにも違和感がある。

 

 

(妙だな…、しげちゃんなら既に何か仕掛けて来ると思ったが、もしや撤退したのか? こんなに早く?)

 

 

 繁子達が撤退したと仮定すれば、このまま黒森峰女学園の戦車を使って追撃するのにさほど時間はかからない。

 

 まさか、この状況で撤退を行う? 場所は渓谷だ。しかも、策略に嵌めるにはもって来いの場所である。

 

 しかしながら、どうやらまほの予想は当たっていたようだ、間も無くインカムを通じて黒森峰女学園の生徒から通信が入って来た。

 

 

『隊長、いませんでした。どうやら本隊は履帯の跡を見るに撤退したかと思われます』

 

「やはりか、だと思ったよ。今からは追撃戦だ、我が校の戦車ならば背後からの強襲も出来る。一気にカタをつけるぞ」

 

『了解です! では隊長と合流します』

 

 

 そして、まほはインカムを通じて話してきた黒森峰女学園の生徒にそう告げると同じく合流して知波単学園の戦車が通った履帯の跡を辿りはじめ、黒森峰女学園の陣形を追撃戦用の陣形に切り替える。

 

 このままの速度を保ち、渓谷を直進していけばいずれにしろ繁子達の乗る戦車と本隊を捉えられる筈だ。しかも、背後からの強襲ならば敵もひとたまりもないだろう。

 

 そうなれば、勝ちは黒森峰女学園に一気に傾く。ティーガーにパンター、それに、未だ撃破数0の黒森峰女学園の戦車群に隙はない。

 

 だが、これは戦車道全国大会決勝、しかも、敵は時御流、簡単に勝てる程そう甘くはない。

 

 そして、その西住まほの予感は見事に的中する事になる。

 

 

「隊長、これならば早々に決着がつきそうですね」

 

「油断するな、敵は決勝まで上がってきた強者だ。気を引き締めろ」

 

「はい、了解です」

 

 

 そう言って、早速、勝敗がついたと話す黒森峰女学園の生徒に注意を促すまほ。

 

 確かにこれまでは順調な滑り出しに展開だ。主導権は黒森峰女学園が握っていると言ってもいいだろう。

 

 だが、渓谷を通り、知波単学園の本隊を黒森峰女学園が追撃していた時の事だ。渓谷の道半ばでその異変は起きた。

 

 

「今よ! 全戦車! 攻撃開始ィ!」

 

 

 ある渓谷内のエリアを通り過ぎた瞬間、どこからか砲撃が放たれ、ティーガー戦車が5輌沈黙させられた。

 

 いや、違う、ティーガー戦車に張り付いている戦車がいる。そう、ホニIIIがティーガー戦車の背後から張り付いて砲撃を放って来たのだ。

 

 これにはまほも目を見開いた。いつの間に背後を取られたのか全く気づかなかった。それほどまでにいきなりの出来事。

 

 だが、すぐさま陣形を変えるまほ、不意を突かれたからと言って浮き足立つ様な黒森峰女学園ではない。

 

 

「陣形を変えろ! 全方位警戒! 背後を取られたホニに砲撃を開始…!……チッ! やられた! いつの間に…!」

 

 

 だが、まほはすぐさま舌打ちをする。

 

 確かにティーガーは強力な戦車であるが、一斉射撃を出来る状況ではない、ホニIIIはティーガーの車体を影に隠れる様にしていた。

 

 そして、そんな中、さらに背後から現われる1輌の三式中戦車、チヌ。

 

 それに乗り、自身が乗るチヌを筆頭にホニIII4輌に指示を飛ばす車長、山口 立江は声高にこう前を走る黒森峰の戦車群に向かいこう告げた。

 

 

「…知波単学園! 参謀! 山口 立江推参! さぁ! 西住まほ! いざ尋常に勝負!」

 

 

 殿を務めチヌを駆る山口 立江はチヌの車体から顔を出し、まっすぐにフラッグ車輌に乗る西住まほを見据える。

 

 そう背後からの襲撃。岩にカモフラージュし、黒森峰女学園の全戦車通り過ぎたのを確認し立江は戦車の装甲が薄い背後からの強襲を試みたのだ。

 

 いくら重駆逐戦車があろうとも、後ろからの攻撃はひとたまりもないだろう。その事を立江は理解していた。

 

 それに背後からの強襲となれば敵も背後を注意せざるを得なくなる筈だ。そうなれば繁子達の撤退する時間は問題なく稼げる。

 

 黒森峰女学園は既に知波単学園の優秀なケホ戦車を3輌ダメにした。

 

 ならば、たとえ道連れにしても8輌くらい撃ち倒さなければ立江の気が収まらない。繁子を少しでも楽に戦わせてあげるためにはそれくらいしかできないから。

 

 今、山口 立江の殿による壮絶な撤退戦が幕を開けた。

 

 

 



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立江の殿戦

 

 立江が殿を務める。黒森峰女学園との撤退戦が幕を上げた。

 

 凄まじい砲撃を掻い潜りながら、立江は黒森峰女学園の戦車を自らが率いるホニIIIと連携を取り、背後からカモフラージュを解き強襲。

 

 この殿戦の立江のいきなりの背後からの強襲には西住まほも度肝を抜かれた。

 

 まさか、撤退したと思われたと思いきや、渓谷内で背後を取られ、強襲を受けるとは予想もしていなかった。

 

 しかも、チヌから顔を出す立江はホニIIIをうまくティーガーの影に隠れるように指示を飛ばしている。

 

 西住まほが敷いた陣形は知波単学園を追撃する為の陣形。装甲が薄い背後をカバーする陣形では無い。

 

 

「完全に不意を突かれたな…。 皆、背後を警戒し陣形を変更! ホニの各個撃破を優先して敵を叩け!」

 

「はい!」

 

「了解しました! 西住隊長!」

 

 

 そう言ってすぐさま迅速な指示を飛ばして立江の背後からの強襲に対処しはじめるまほ。

 

 各、黒森峰女学園の戦車群がまほの指示を受けて一斉にホニIIIの殲滅に陣形を変え始めた。このまま渓谷で好き勝手に殿の立江隊にやられるままの訳にはいかない。

 

 この光景を眺めていた、決勝戦を観戦に来ていたプラウダ高校、一年生カチューシャは立江が殿戦の筆頭を務める光景を見てこう呟いた。

 

 

「…これは駄策ね、しげーしゃ、血迷ったのかしらタツーシャを殿にするなんて」

 

 

 だが、カチューシャの隣に控えるノンナは彼女のその言葉を聞いてもなお、懐かしそうに殿を務める立江を見つめていた。

 

 山口立江、彼女が殿をするという事は繁子は参謀を失った状態で西住まほと戦わなくてはいけなくなる。

 

 カチューシャならば、相方であるノンナを失った戦いなど想像が出来ない。ノンナは自分の右腕であり戦略も戦車道の試合でも頼りになる柱だ。

 

 だが、繁子はそんな柱を撤退戦の殿にした。厳しい試合を強いられる事になるのをカチューシャは容易に想像する事が出来たのだ。

 

 しかしながら、カチューシャのその考え方とは反対にこの試合を眺めていたノンナは違う考え方をしていた。

 

 この殿戦、おそらく進言して殿を務める事を望んだのは立江である事をノンナは見抜いていた。

 

 ノンナはカチューシャのその言葉に対して静かな口調でこう告げ始める。

 

 

「いえ、カチューシャ様。あれがタツエの本来の戦い方ですよ」

 

「…え? タツーシャはしげーしゃの相方じゃないの?」

 

「そうですよ。 ですが、タツエは本来、あんな風な作戦での切り込み隊長が得意分野です。少数による戦車戦、私も相当苦戦させられましたよ…」

 

 

 ノンナは微かに笑みを浮かべてカチューシャに静かにそう告げた。

 

 強襲戦車競技(タンカスロン)。

 

 山口立江の根本的な戦車戦の流儀は繁子と同じようにここから始まっている。大将首を挙げればどんな手を使おうが勝ちに行く戦車道。

 

 山口立江の『本来の戦い方』。

 

 身を削り、罠を張り、敵を迎え撃つ戦車戦、そして、敵を撹乱して真っ先に敵戦車が蠢く戦地のど真ん中で大立ち回りを演じる。

 

 そうして、立江が強襲戦車競技で挙げたフラッグ車の数は数えきれないほど、時御流の戦い方を学ぶ以前から彼女はそう言った戦車戦を好んでいた。

 

 すなわち、切り込み隊長、立江の本来の戦車道は敵戦車に真っ先に切り込みをかける時御流の切り込み隊長なのである。

 

 さらに、中学に上がり、明子から時御流を学んだ事でその戦い方は洗練され、恐ろしいほど昇華させられた。

 

 そんな立江の殿戦を眺めるカチューシャに近寄る綺麗な銀髪の少女はノンナの話を聞いて、立江の戦車戦に納得がいったように話をしはじめた。

 

 

「カチューシャ、まだまだね。 本質が見えていないわ、プラウダ高校の次期隊長なのだからしっかりしてもらわないとダメよ?」

 

「で、でもお母さ…! 間違えた! ジェーコ隊長! しげーしゃはあれじゃ苦戦しますよ? 参謀を失う事がどれだけ戦術的に…」

 

「スタルシー、聞いた? 私、お母さんだって!!」

 

「はい! 隊長! しっかり録音しておきました!」

 

「ジェーコ様。私にも後でそれ回してください」

 

「良いわよ♪ カチューシャ、今度から私の事はお母さんで良いからね! ね!」

 

「なんでそうなるんですかっ!? …うー…」

 

 

 自ら墓穴を掘ってしまった事に頭を抱えるカチューシャ。

 

 よりにもよって隊長であるジェーコをお母さんと呼びそうになってしまった己の言動を後悔する。

 

 そして、殿戦に再び視線を戻したノンナは静かに立江の戦う光景を目に焼き付ける。

 

 親友であり、何度か幼き日に戦車道の腕を磨いた中、立江が転校し、時御流を学びその戦車道の腕はさらに洗練され磨かれている。

 

 立江ともし、再び戦う事になるとすれば果たしてどちらが勝てるかわからない。以前のように実力が拮抗しているのかどうか。

 

 ジェーコはそんなノンナの心境を知ってか知らずか、銀髪の髪を軽く流し己の眼で見た立江の戦車道と黒森峰女学園の戦いについてノンナに問いかけた。

 

 

「ノンナ、貴女はこの撤退戦、どうみるかしら?」

 

「はい、おそらく背後からの強襲に加えて場所は散開しづらい渓谷、加えて立江が率いるあの統率の取れた戦車群、黒森峰は苦戦するかと思います」

 

「ふーん、それで?」

 

「ですが、黒森峰女学園の隊長はあの西住まほ、手古摺りはするでしょうが、いずれにしろ殿戦に出た知波単学園の戦車は全滅させられるかと」

 

「なるほど…ね、けど、これは撤退戦よね?」

 

「そうです、知波単学園の5輌の戦車は殲滅はさせられますが…。この殿戦、勝ちを得るのは…」

 

 

 ノンナはそこで静かに笑みを浮かべて瞳を閉じる。

 

 ここまで言えば、他の生徒達にもわかるだろう。この殿戦で立江は間違いなく撃破される事は確定的だ。

 

 だが、しかし、立江の役目はあくまでも繁子達が逃げる時間稼ぎ、加えて、あわよくば敵将の西住まほの首を討ち取る事だ。

 

 今の状況を見た限り、背後からの立江からの強襲に西住まほは対応しなければならない。陣形を変えて、迎撃するだろう。

 

 だが、その間に繁子達は序盤に別れた辻隊との合流の為の時間は十分に稼げるわけだ。

 

 しかも、繁子にはインカムによる通信で移動中の間、辻と交信し現在の状況と黒森峰を遊園地で迎え撃つ為の準備を促す事ができる。

 

 この時点で時御流のアドバンテージが十分に取れる。

 

 ノンナは立江がどれだけ手強いか身をもって知っている。もちろん、立江が自ら殿戦に踏み切った要因はこれだけでは無いだろう。

 

 

「Хорошо。流石はブリザードのノンナね、良い考察だわ」

 

「Благодарю вас(ありがとうございます)」

 

 

 ジェーコのその言葉にお礼を述べるノンナ。

 

 そう、ジェーコもまた、ノンナと同様にこの殿戦に立江が踏み切った事を持ち前の鋭い分析眼をもってしてノンナと同じ結論に至っていた。

 

 この殿戦は不意を突かれ、追撃の陣形を解かなくてはいけなくなった時点で黒森峰女学園の殿戦での負けが濃厚になった。

 

 山口立江、ノンナの幼馴染である彼女には様々な渾名があるが、この時のノンナはまさに台風の如く戦う立江にこう言葉を静かに贈る。

 

 

「流石は、ハリケーンの立江。ですね…」

 

 

 ハリケーンの立江。

 

 立江の作る建築物や戦車は十分な強度を兼ね備えており、その強度から台風にも強いという立江自身の自負があった。

 

 そんな立江が以前に彼女自身が自称し、周りに浸透していた渾名をノンナは口に出してこの戦いに臨んでいる立江を素直に称賛した。

 

 しかしながら、この場合のハリケーンは台風の如く活躍している意味でのハリケーンなのか、それとも立江が対台風に強いという意味であるのかは定かでは無い。

 

 

 さて、場所は再び、立江の率いる戦車隊と黒森峰女学園の本隊が激突する渓谷のエリアに移る

 

 立江との殿戦に臨む、西住まほもこの殿戦の意図を理解している。

 

 この立江からの背後からの強襲を受けた時点である意味、今回の殿戦の勝負が決まってしまった事も既に悟り済みだ。

 

 だが、カチューシャの言う通り、繁子の右腕であり、立江が知波単学園にとって優秀な参謀である事は間違いなく事実だ。今後の試合展開も大きく変わっていく事だろう。

 

 そう考えると山口立江は自らを差し出すことで試合に負けたが勝負には勝った構図を切り開き作り出したのである。敵ながら見事だと対する西住まほもそう感じた。

 

 

「西住隊長! ホニ車がティーガーの影に戦車が上手く隠れて照準がつきません!」

 

「 …流石はしげちゃんの戦友だなっ…なかなか手強い 」

 

「ふふふ、甘い甘い」

 

 

 立江はチヌから顔を出すと不敵な笑みを浮かべて表情を険しくさせるまほを見据える。

 

 ドイツ戦車ならば、立江も何度か作ったことがある。ティーガーやラング、パンターの弱点になる装甲が薄い部分も把握しているのは当たり前の事。

 

 だから、立江は少数のホニで不意を突いた接近戦を選んだ。少なくとも撃沈されるとしても繁子の為に何輌か道連れにする覚悟をもってこの殿戦に立江は臨んでいる。

 

 ホニIIIとの連携を取り、さらに、黒森峰の戦車を削る立江。

 

 だが、西住まほもこのまま黙ってやられるわけにはいかない。西住流の戦い方は圧倒的な火力と機動力による殲滅だ。

 

 すぐさま、陣形を立て直した黒森峰女学園の反撃が始まる。

 

 しばらく時間が経たない内に立江の隣にいたホニIIIはティーガーの主砲を受けて綺麗に吹き飛ばされた。

 

 

「… くっそ! やっぱホニとティーガーじゃ限界あるかぁ」

 

「黒森峰女学園を舐めるな!」

 

「けどさっ! まだまだね! 旋回!」

 

「ぐっ!…! そんな馬鹿な!」

 

 

 しかしながら、巧みな指示ですぐさまもう1輌の背後を取り、黒森峰の戦車を撃破する立江。個人戦なら知波単学園の十八番、さらに加えて、立江は繁子の信頼を寄せる非常に優秀な右腕だ。

 

 陣形を組んだ黒森峰の戦車の間を煙幕や車体の影を使いスルスルと抜け出して、フラッグ車のまほの車輌へと迫る。

 

 黒森峰女学園の生徒が乗るティーガーも、もちろんこの光景を黙って見ているわけでは無い、すぐさま、立江の戦車に照準を合わせようと試みるが。

 

 

(…クソッ! あんな動き方されたんじゃ同士討ちになるわ!)

 

 

 立江がまるで黒森峰女学園同士の同士討ちを誘発させるかのように戦車に指示を飛ばして動かしているため照準が合わせれないでいた。

 

 いずれにしろこのままでは隊長である西住まほの戦車に接近を許すことになる。

 

 そして、立江はまほの乗るティーガーとの絶好の間合いを取ると大声を上げてまほに向けてこう告げる。

 

 

「西住まほ! これが私の必殺! 突きん棒漁よ!」

 

 

『突きん棒漁』。

 

 銛(もり)を持った漁師がポンポン船の舳先にある銛台に立ち続け,カジキを見たら、船で追いつき銛を投げつけて獲る。銛にはロープがついており、漁師は魚が疲れるのを待ってロープを繰り、船のそばまで引き寄せる漁である。

 

 まさに、立江の前にいる西住まほはカジキ、しかも大物だ。

 

 狙いは十分に定まった。立江はまほの戦車をチヌの主砲で仕留めに掛かる。

 

 

「撃てぇ…! …っチィ! こんなとこでっ!」

 

「西住隊長!」

 

 

 だが、その主砲がまほのティーガーを捉えることはなかった。

 

 それは、立江が見計らった間合いを潰すかの様に立江が乗るチヌに車体をぶつける黒森峰女学園のティーガーがいきなり現れたからだ。

 

 もちろん、まほはその一瞬の隙を見逃さない。

 

 すぐさま、ティーガーの主砲を立江が乗るチヌに向けるように指示を飛ばし、体当たりによりよれた車体に照準を定める。

 

 

「放てぇ!」

 

 

 ズドン! とまほの乗るティーガーが火を噴く。

 

 まほのティーガーからの主砲の直撃を受けた立江のチヌは吹き飛び、二転三転と転がると煙を上げて静止し、白旗を上げた。

 

 西住まほは冷や汗を拭う。

 

 あのチヌとの間合い、間違いなく危ない間合いであった。タイミング良く他の隊員のティーガーの突撃によりチヌの車体を逸らし撃破することができたがもし、あのまま、チヌの主砲をまともに受けていたらどうなっていたかわからない。

 

 

「西住隊長! ご無事ですか!?」

 

「あぁ、助かった。ありがとう、被害は?」

 

「ティーガー、ラング合わせて8輌撃破されました…」

 

 

 黒森峰の女生徒から被害報告を聞いたまほは撃破したチヌをまっすぐに見据える。

 

 山口立江、敵ながら恐ろしい戦車戦の腕の持ち主だった。

 

 たった5輌で8輌の戦車を削ってきた。確かに黒森峰の不意を突いた強襲作戦であったが、立て直した黒森峰の戦車群にこれだけの戦果を上げて、なおかつ、本隊の撤退を済ませた立江が優秀な部隊長である事は疑いようの無い事実であった。

 

 しかし、このまま好きにやらせるわけにはいかない、まほはすぐさま全員に通達を出す。

 

 

「全軍、陣形を変更次第、知波単学園の追撃を再開する!」

 

「はい!」

 

「了解しました!」

 

 

 そして、西住まほの指示のもとすぐさま追撃の再開に移る黒森峰女学園の戦車群。

 

 そんな後ろ姿を撃沈したチヌから顔を出した立江は煤だらけの顔を拭きつつ見守る。やるべき事はやった。後は繁子達次第だ。

 

 

「あとちょいだったなぁ…」

 

「いや、ぐっちゃん黒森峰の戦車8輌も潰せば上出来だって!」

 

「そうだよ! これならしげちゃん達も…」

 

「いや、頑張れば後2輌は潰せたわ、…ふぅ、でも、ま、みんなお疲れ様でした。ありがとね? 付き合ってくれて」

 

「何言ってんのよ! アネェの為ならお安い御用だし!」

 

 

 そう言って、ボロボロにされたにも関わらず皆は満足した様な笑みを浮かべていた。

 

 確かに全滅はさせられたりはしたが、それよりも自分達が納得する戦車道をこの決勝戦で全て出し切る事が出来た。

 

 辻隊長と同じく、三年生の女生徒も中にはいるが、彼女達もまた立江が挙げた戦果には満足いる結果を得る事が出来て嬉しい気持ちで満ち溢れている。

 

 ホニに乗っていた三年生は立江に頭を下げてこう告げる。

 

 

「ありがとう、ぐっちゃん、私達の最後の大会、貴女に率いてもらって満足だったわ」

 

「何言ってるんですか、まだ勝負はついてないですよ、先輩」

 

 

 そう言って、立江は笑顔を浮かべて三年生に告げた。

 

 まだ、勝負はついていない、お礼は試合が終わった後でだ。立江は無事に撤退を終えた事を祈りながら繁子達の健闘を祈る。

 

 

(…勝ちなさいよ、しげちゃん)

 

 

 どんな戦いになっても後悔はしない。

 

 だけれど、繁子にはこの試合の最後まで自分達の戦車道を貫いて欲しい、そんな、願いを込め立江は黒森峰の戦車群を見送る。

 

 黒森峰女学園と知波単学園の対決の舞台はいよいよ、マウスとオイ車が激突する遊園地での決戦に入ろうとしていた。

 

 

 その勝負の行方は…次回の鉄腕&パンツァーで!

 

 



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future

 

 遊園地地帯。

 

 この地において、現在、渓谷での黒森峰女学園の追撃を振り払い、オイ車隊と合流した繁子達はすぐに辻に状況の確認を行った。

 

 見たところ、まだ、マウスとの交戦はしていない様だ。超重量戦車であるために移動に時間が掛かるのはわかっていた事だが、この時ばかりはその事が功を奏した様である。

 

 

「辻隊長、通信通りトラップは?」

 

「あぁ、仕掛け終えておいたよ、しかし、危なかったな繁子」

 

「えぇ、もう少し撤退の判断が遅かったら一網打尽にされてたかもわかりません。…立江が殿を務めてくれたおかげです」

 

 

 辻と合流した繁子は重い口調でそう告げる。

 

 立江がもし、殿戦に出てくれてなければ自分達がどんな状況に陥っていたのか繁子には容易に想像がつく。

 

 多分、辻とこうして合流している間にも奮闘しているはずだ。繁子は殿戦を進んで提案し、本隊を逃してくれた立江の自己犠牲の精神に応えねばならない。

 

 すぐさま、繁子は合流した辻とともに黒森峰女学園本隊。及び、マウス戦車隊との戦いに備えるべく行動に移す。

 

 まずは、こちらが地形的な有利になる状況を作り出すところからだ。

 

 

「って言っても、遊園地を開拓なんてできないもんねぇ…」

 

「良くてそうめん流しくらいしか設置できないわよ」

 

「そうめん流しを遊園地に設置するっていう発想がまずおかしいとは思わないんだな、お前らは…」

 

「だってほら、でっかいそうめん流し流れてるよ? 辻隊長」

 

「あれはアトラクションのスプラッシュ系の絶叫マシーンだ! そうめん流しと一緒にするな馬鹿者!」

 

「あれなら大量にそうめん流せるね!」

 

「話を聞けぇ! 永瀬ェ!」

 

 

 そう言って、でっかいそうめん流しと称するスプラッシュ系の絶叫マシーンを指差す永瀬に突っ込みを入れる辻隊長。

 

 何処の世界にスプラッシュ系の絶叫マシーンをでっかいそうめん流しと考える女子高生がいるのだろうか…、いるとすればこの娘達くらいである。

 

 ともかく、話は逸れたが遊園地を開拓することは不可能に近い、よって、知波単学園の地形的な有利に持ち込むには開拓以外の手段を使わねばならないだろう。

 

 もちろん、繁子にはある案が一つだけあった。それは…。

 

 

「ところでしげちゃん? みんなと何作ってんの?」

 

「ん? あぁ、これか? 無農薬爆弾や。玉ねぎの涙が出る成分に加えて無農薬に使う汁を水風船にしてるんよ」

 

「あぁ、玉ねぎ作戦ができなくなったからそれで…」

 

「せやで、しかも、他にも目や鼻に効く刺激が強いものをいろいろと混ぜ合わせて作成中や」

 

「恐ろしいものを作るな…お前…」

 

「以前にみんなで作ったもので農薬にも使えるから大丈夫ですよ! ちょっと匂いやらがキツイですけどね」

 

 

 繁子は辻に笑みを浮かべてそう告げる。

 

 特製無農薬、繁子が作っているのは自分達で以前に作り上げた特製無農薬爆弾(玉ねぎ成分入り)である。

 

 涙が出る玉ねぎ成分に加え、唐辛子10個、にんにく3個、にら100gをすり鉢に入れよくすりつぶすし、コーヒー殻ひとつかみ、茶殻急須2杯分、よもぎひとつかみ、しょうが3個を加え、さらにすりつぶす。大鍋で煮立った湯6リットルにすりつぶしたものを入れ、よく煮立ったら焼酎1リットル、酢500cc、牛乳500ccを加え、さらに煮る。煮立った液の上澄み液をとり、布でこす。

 

 そして、よく冷めたらこれをマスクを装備してこの特製無農薬を水風船に入れて完成だ。

 

 今回は既に煮てあったものを万一の為に繁子は用意しておいた。そうめん流しと玉ねぎみじん切り機、さらに用意していたという秘策というのは既に煮てあるこの無農薬の事である。

 

 飲んでも安心、全て食べられる材料で作った。恐るべき破壊力を持つ時御流兵器である。

 

 この涙腺に効いて、強烈で刺激臭が凄いものならば、黒森峰とてひとたまりもないだろう。

 

 繁子はこの無農薬爆弾を作成しながら辻にゆっくりと語りはじめる。

 

 

「隊長、無農薬っていうのはですね、いずれ出来るだろう未来の穀物に願いを込めて作るんですよ」

 

「……………」

 

「せやから、この無農薬を未来に繋ぐ。立江の為にもウチらは全力を尽くしましょう」

 

 

 繁子はそう言うと笑顔を浮かべて辻に告げた。

 

 きっと、立江も勝つ為の未来に繋げるために身を投げ出してこの本隊の危機を救ってくれた。だからこそ、繁子はオペレーション『future』を最後まで完遂させなければならない。

 

 辻はこの遊園地に以前にみんなで作った罠の弾頭流し(そうめん流し)を設置した。

 

 なぜならば、勝つ為にだ。皆が繋げた思いに応えたい一心でこの作業を完遂させた。

 

 

「繁子、私も何かできることはあるか?」

 

「あ! なら、風船の補充手伝ってください!」

 

「これ、相当匂いキツイよねー」

 

 

 そう言って、ケホケホと特製無農薬の匂いで咳をして咽せる真沙子と永瀬。

 

 そして、辻もその2人の言葉に頷くと全員でその作業に取り掛かった。やるべき事は後腐れなく全てやっておく。

 

 今までだってそうだったではないか、繁子達の立ててくれた作戦の為に皆が一つになり、全力を尽くして頑張る。

 

 どんな結果になってもきっと、笑ってこの試合が終われる様に。

 

 

 

 そして、こちらはしばらくしてマウス隊と合流した黒森峰女学園本隊。

 

 繁子達に遊園地エリアに逃げ込まれ、追撃を断念せざる得ない状況になった。西住まほは合流した辻と繁子が協力して、マウス撃破に乗り出して破壊されぬ様にと殿戦の敗北のすぐ後にマウス隊に遊園地エリアから離れ本隊と合流する事を優先させた。

 

 この試合の要はこのマウス、それに、遊園地エリアは既に時御流の手が加えられている事をまほは理解している。

 

 地形的な不利をマウス隊だけに任せていては臨機応変に対応する事は困難であるだろう事はまほも容易に想像出来ていた。

 

 だからこそ、隊長である自分が見える範囲でマウスを手元で動かしておきたい、まほは慎重に今回はそういった選択肢を選んだのである。

 

 

「隊長、合流したマウス隊、本隊。全隊の準備が整いました」

 

「よろしい、さて、この先に待つ知波単学園を狩るのは容易ではない、先輩方も気を引き締めて各自事に当たってください」

 

「「はい!」」

 

「では隊長、どうなさいます?」

 

「…いずれにしろ戦車を遊園地エリアに向かわせないといけないでしょうね、それならばやる事は一つ」

 

 

 西住まほは訪ねてくる先輩に静かにそう告げる。

 

 そして、気持ちが高ぶるのを抑え、西住まほは遊園地エリアを見定めた。あそこには宿敵がいる、自分と相対する好敵手が。

 

 ならば、罠があろうが無かろうがここまで来れば関係ないだろう。黒森峰女学園は全員が精鋭部隊、ならば、やる事は一つ、前進し西住流を持って全力で敵を潰す。

 

 それが西住流の戦車道、そして、黒森峰女学園の戦車道である。

 

 

「パンツァーマールシュ」

 

 

 そして、そのまほの掛け声と共に黒森峰女学園の戦車群は遊園地にいるであろう知波単学園を粉砕する為にゆっくりと進軍しはじめる。

 

 知波単学園と黒森峰女学園の意地と思いが互いにぶつかる最終決戦の地へ。

 

 戦車を率いる西住まほは遊園地の正門を潜り、時御流特有の罠が無いかを周囲を警戒しながら慎重に進軍する。

 

 いつもならば、マウスを先行させ、蹂躙し各個撃破で済む話であるが今回ばかりはそうはいかない。

 

 繁子達もその事を読んでくる可能性がある。今は慎重に事を運びつつ、確実に敵戦車を減らし繁子達を討つ。

 

 それが、まほの考えている最優先事項だ。

 

 

「敵影、無いですね」

 

「不自然だ…静か過ぎる」

 

「どうしましょう? このまま進軍しますか?」

 

 

 そう言って、各、黒森峰女学園の女生徒達は仕掛けてこない知波単学園に違和感を感じ戦車から顔を出すと隊長であるまほにそう訪ねる。

 

 それは、まほも同様であった。あからさまに静か過ぎるこの進軍。撃ち合いはしないだろうが、仕掛けてある罠が発動してもおかしくは無い。

 

 

「そうだな…、警戒しながら進め、周囲を見渡せばいずれは敵戦車を見つけれる筈…」

 

 

 そう言い終わる瞬間、西住まほはある事に気がついた。

 

 それは、周りに不自然なまでに風船のようなものが転がっている事だ。いや、それだけでは無い、風船のようなものは上を見上げると頭上にある遊園地のアトラクションにも括り付けられている。

 

 そして、次の瞬間、西住まほのその不自然な違和感は確かなものとなる。

 

 辺りにある風船がいきなり破裂し始めたのだ。

 

 

「わ! な、何だ! これ!?」

 

「びっくりした!」

 

 

 そう言って、風船が不自然に割れた事に驚きの声を上げる黒森峰女学園の生徒達。

 

 いきなりの出来事だ。しかしながら、たかだか風船が割れただけだ、大した事は無い。だが、西住まほはすぐに気がついた。

 

 

(…刺激臭に……この匂いは…!)

 

 

 それに気がついたまほはすぐさま辺りを見渡して状況を確認する。

 

 あまりに静か過ぎるので案の定、黒森峰女学園の戦車から車長が状況確認の為、または、辺りを警戒するように促していた事もあり、全車輌の車長がその戦車から顔を出している。

 

 この時、まほは気がついた。既に時御流の戦い方がはじまっていることを。

 

 

「全車輌! 車長は車内に戻れ!」

 

「な、何これ! 強烈…っ!」

 

「目が痛い…! 視界が…っ!」

 

 

 だが、それに気がついた西住まほが指示を出すのは既に遅かった。

 

 刺激臭に目の痛み、涙による視界妨害。この全てが黒森峰女学園の車長全員に降りかかってきたのだ。

 

 この瞬間を待ちわびたとばかり、あちらこちらで異変が起こり始める。

 

 まず、最初に起こった出来事が、まほが率いていたヤークトパンターの1輌の下方からいきなりの炸裂音が響き渡り、煙と白旗を上げて行動不能に陥った。

 

 撃破されたヤークトパンターの下には…、設置された長パイプがあった。その事から推測してすぐさままほは知波単学園がサンダース戦で用いた戦い方を繁子達が今回も実行に移してきている事を悟る。

 

 

「…っ! 敵襲だ! 全員! 陣形を取れ!」

 

 

 いきなりの奇襲にまほはすぐさま全員にそう通達を出した。だが、残りのティーガーや駆逐重戦車も車長が視界を奪われて混乱に陥っている為に上手く指示が通らない。

 

 これを待っていたと言わんばかりにあちらこちらからホニやチハ、チヘといった知波単学園の戦車達が顔を出して襲いかかってくる。

 

 時は満ちた。先頭を切るのはホリを駆る知波単学園の隊長、辻つつじだ。

 

 

「全車輌! 黒森峰女学園の戦車群に突撃ィ!」

 

 

 主砲を放ち、突撃を仕掛ける知波単学園。

 

 こうして、11輌VS12輌の戦車による乱戦が幕を開けた。しかも、黒森峰女学園は視界妨害と刺激臭によりかなり不利な状況にある。

 

 一方、知波単学園は布やゴーグルを着けて、奇襲に討って出た。戦車による性能差は知波単よりも黒森峰女学園が有利であるが、この差はこの作戦によりトントンとなった。

 

 西住まほも視界妨害と刺激臭に耐えかねて、車内に戻り通信を通じて全車輌にすぐさまこの地区から避難するように通達を出した。

 

 まほはすぐさま用意しておいたマスクを装備してフラッグ車のティーガーから顔を出すと表情を険しくする。

 

 

「まさか、こんな手で来るなんて予想外だった」

 

 

 いきなりの奇襲もそうだが、ヤークトパンターを長パイプを使い潰された事。さらに、刺激臭や涙腺を刺激する水風船。

 

 このどれもが、西住まほにとっては未知の体験だった。

 

 卑怯、卑劣、こんなもの戦車道なんかでは無いか等、そんな話は通用しない。繁子達はこれらを全部1から作り、勝つ為に使って黒森峰に挑んできている。

 

 これが時御流の戦い方なのだ。

 

 全員と団結し、活路を開く為にいろんな視点から攻めてくる。殿戦で戦った立江もそうであった、仲間を勝たせる為に西住まほに全力で挑んだ。

 

 ひとまず、散り散りになり、散開しこの特製無農薬が炸裂したエリアからの逃走を試みるまほ。

 

 広い広場に逃げると、そこまではどうやら無農薬の物凄い刺激臭と自身の涙腺は異変が無くなった。

 

 まほはティーガーから顔を出すとマスクを外してそのまま直進する。

 

 だが、まほのティーガーの前には1輌の戦車が立ち塞がった。その戦車の名は四式中戦車、山城。

 

 知波単学園のフラッグ車であり、時御流、城志摩繁子の乗る戦車である。その回り道の仕方からして、最初からこの場所に逃走をまほが試みる事を知っていたかのようであった。

 

 山城からは時御流、家元、城志摩 繁子が西住まほと対峙する様に顔を出している。

 

 

「ここなら邪魔は入らへんやろ、なぁ? まほりん?」

 

「やられたな、まさか、しげちゃんがこんな戦い方を練って回りこんでるなんてね」

 

「現場は辻隊長に任せてきたからな…さてと、ほんじゃ、そろそろ白黒つけようか?」

 

 

 そう言って、単独で逃走を試みたまほに静かに告げる繁子。

 

 互いにフラッグ車同士、こうして対面したとなればやることは一つだけだ。交わした約束の為に今、ここで全力をもってして戦うだけ。

 

 繁子は気合いを入れる様に頭に巻いているタオルを巻き直し、正面にいる西住まほに向けてこう告げはじめた。

 

 西住まほもまた同様に帽子を外してティーガー車内に直すをまっすぐに繁子の眼差しを見つめる。

 

 

「時御流家元、城志摩 繁子」

 

「西住流、西住まほ」

 

 

 流派を名乗り、互いにピリピリとした雰囲気を醸し出す繁子とまほの2人。互いに越えなくてはいけない宿敵であり親友。

 

 互いに戦車の主砲を構える。この場所には両校のフラッグ車しかいない。己が流派と意地とそして、誇りをぶつけ合う為に今…。

 

 

「いざ、尋常に!」

 

「勝負!」

 

 

 決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 西住流VS時御流。まほの乗るティーガーと繁子の乗る四式中戦車は互いに勢いよく駆けると車体が交差し合い、目が合う。

 

 そして、振り返りざまに主砲を放つ両者、戦車の弾頭は互いの戦車横を通過しスレスレで外れる。

 

 手汗握る大将戦。繁子とまほは互いに真っ直ぐにただ一つの戦車を見つめている。

 

 果たして、勝つのは黒森峰女学園か、それとも知波単学園か。

 

 その運命はこの二人の決戦によって決まる。戦車道の実力は互角、ならば、あとは互いのプライドを賭けて激突するのみ。

 

 続きは…次回、鉄腕&パンツァーで!

 

 



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超重量級戦車マウスVSオイ車

 

 最後の激闘の火蓋は切られた。

 

 こちらは繁子達から現場をまかされた辻隊長率いるマウス及び、駆逐戦車撃破隊。

 

 激しい砲撃戦の中、奇襲をかけ有利な条件下での戦闘に入る事ができた。だが、それでも敵は駆逐戦車とマウスを有する黒森峰女学園。

 

 ホニが放つ砲弾はことごとく駆逐戦車とマウスから弾かれる。並々ならぬこの圧倒的な圧力、装甲に辻率いる駆逐戦車撃破隊は有利な条件下での奇襲を仕掛けたにもかかわらず苦戦を強いられていた。

 

 

「隊長ぉ! ホニがまた1輌やられました!」

 

「あんの化け物戦車め! どうやれば倒せるんだ一体!」

 

「火力が違いすぎますよ! ここは一旦退きましょ…!」

 

「ダメだっ!」

 

 

 だが、隊長である辻は撤退という手段を決して取る事はなかった。

 

 今、この条件下での地理的優位を捨てて逃げ出せば立て直しは出来るだろうが、戦車の性能差が明らかな黒森峰女学園には勝てなくなる。

 

 この場所は皆が協力して作り上げた砦、確かに無農薬爆弾の効果は薄れてきたかもしれないが設置した長パイプに無農薬爆弾による撹乱。

 

 これらがうまく噛みあい、今、このように少し劣勢ではあるものの持ちこたえる事ができている。

 

 それに、ここで撤退というのは現在、部隊と無事に分断が出来た西住まほと対峙している繁子達を見捨てる事に直結する。

 

 辻達が奇襲をかけて分断し、進路を塞いだこの先の広場には繁子とまほが今、決戦を迎えている最中だ。

 

 だが、辻はどうにも引っかかっていた。

 

 隊長である西住まほがこのエリアから離脱し、不在となった黒森峰女学園はこの無農薬爆弾が炸裂したエリアから逃走しようと試みた散開から一転して、逆に陣形を整えてこちらに反抗を掛けてきた。

 

 それも、統率がとれた動きでだ。

 

 繁子達の読みだと散開した黒森峰女学園はこのエリアから離脱後、まほと合流し、それからの立て直しを行うだろうと踏んでいた。

 

 そこまで、考えた時点でマウス隊と対峙する辻はある事に気付いた。

 

 

(隊長不在の戦い方をこいつら実践してたのか…いや、そうじゃない、これほど陣形を組み直すにはやはり統率を取る人物が必要だ…、つまり)

 

 

 つまり、そう、彼女達は別れたまほからの指示を受けて散開という手段を取らず、辻隊と戦っている事から何者かの指示を受けとっている事になる。

 

 この場に居なくとも、統率が取れる人物。それはやはり、考えれば一人しか居ない。

 

 

『隊長! 現在交戦中ですが、無事に陣形整いました!』

 

「よくやった、そのまま交戦を続けろ! 敵戦車右から来るぞ! 旋回!」

 

「ちぃ! またか! ほんまに回避が上手いなぁ! まほりんは!」

 

 

 そう、一人しか居ないのだ。

 

 西住まほは城志摩 繁子と戦いながらも、通信手を通して聞いた戦況を整理したまま、黒森峰女学園の全戦車に指示を飛ばしていた。

 

 マウスの配置、駆逐戦車の有効な攻撃手段、それらの指示を苦戦するであろう繁子達の戦車を相手にしながらも平然とやってのける。

 

 この事実に至る辻は目を見開いた。そんな事が可能な者が居るのかと、だが、現実に存在している。

 

 ジェーコもアールグレイも目に届く範囲での立て直しなら難なくやってくる怪物達である。

 

 だが、黒森峰女学園と西住まほはその場に居なくとも部隊の立て直しができるほどの高い技術を備えている。

 

 知波単学園は個人戦では強いのが確かな強みだ。だが、黒森峰女学園は個人でも組織でも質が高い。

 

 これはもう素直に辻は西住まほをこう称するしかなかった。

 

 

「1年ながらにしてとんでもない化け物か…っ!? 西住まほ!」

 

 

 そう、完成された怪物、さらに、その西住まほの持つ才能の成長が留まることがない、まさに化け物。

 

 城志摩 繁子も高校戦車道において十分な化け物に違いはない、1年ながらにして、様々な作戦に時御流を使った巧妙な戦い方に試合運びは舌を捲く程の戦果を挙げてきた。

 

 だが、西住まほは同じ化け物としての性質が違う。

 

 隊長としての戦車戦での圧倒的な技量、そして、黒森峰女学園の戦車をまとめ上げる統率力、さらに、黒森峰女学園自体の組織力に個人技能。

 

 これら全てにおいて、辻は圧倒的な差を感じさせられた。

 

 

「全戦車に通達しろ! そのまま前進し、敵車輌を殲滅! ホリ車はヤークトティーガー、マウス、エレファント、パンターG型をもって確実に潰せ! そうすればその場の勝利は確実だ! 左に旋回後、停車! そして、急発進!」

 

「はい!」

 

「あったらない! なんなの!!」

 

「相手、私達の動きを読んでるの!? すんごい紙一重でかわしてるよっ!?」

 

 

 そして、繁子の乗る戦車からの砲撃をかわし続けるフラッグ戦車、西住まほの乗るティーガーはまるで予測したようにことごとく四式中戦車、山城からの砲撃を回避していた。

 

 この光景には四式中戦車に乗る砲撃手の真沙子も装填手の永瀬も目を開くしかない。

 

 西住まほの回避はそれほどまでに研ぎ澄まされ、無駄の無い動作で弾頭をかわしてきている。

 

 それは、対峙する繁子達も同じだ。同じようにティーガーから放たれる砲弾を操縦手の多代子の腕をもってしてかわし続けている

 

 だが、この時、繁子とまほの大きな違いはまほは通信を通しながら、紙一重の戦車の指揮を行いながら、全戦車の指揮を同時に行なっているという部分である。

 

 技量の高さは明らかに黒森峰女学園の練度が高い、現にその通信を通した指示のみで陣形を立て直してきている。

 

 そして、戦車の性能差は向こうが上。

 

 地の有利と策略ならばこちらが上回る。今、辻達が上回るものをここで捨てて逃げ出せば残されたのは敗戦の二文字だけだ。

 

 だが、次第に黒森峰女学園がこの状況での戦車戦に慣れてきている。この地の有利もいつまでもつかわからない。

 

 しかしながら、辻達はこの状況でも決して諦めてはいなかった。

 

 それは、繁子達の時御流の教え、活路は自らの手で作り出す。この言葉が辻達に戦う闘志に火をつけていた。

 

 どんなことにも全力で、自分達の戦車道を貫き通す。

 

 

「このまま潰されて堪るか! 皆! 踏ん張るぞ!」

 

「了解です!」

 

「あんな戦車に勝てるかなぁ…」

 

「勝てるかじゃなくて勝つんだ! やるべきことを最後までやり遂げろ!」

 

 

 辻の激励の言葉に気持ちを引き締める知波単学園の生徒達。

 

 そう、今迄培った経験は無駄なんかではない。辻はアールグレイとの戦いでそれを学んだ。だから、皆にもこれまでの試合、練習、経験を全てこの試合でぶつけて欲しかった。

 

 圧倒的な火力に性能の戦車、確かに相手の戦車の性能は高スペックだ。

 

 だが、繁子達は戦っている。そんな化け物じみた戦車を率いる隊長、西住まほに戦車に乗る仲間ともに力を合わせて抗っている。

 

 ならば、知波単学園の隊長である自分や仲間たちも必死になって挑戦する事を諦めてはいけない。

 

 

「右から来る駆逐戦車に警戒しつつこの場所を死守するぞ! 根性見せろよ! お前達!」

 

 

 だから、自分達も彼女達の頑張りに応えてあげないといけない。

 

 ここまで、知波単学園の仲間たちと力を合わせて勝ち上がって来た。負けるかもしれないというところまで追い詰められた事もある。

 

 だけど、それを乗り越えて来た今なら自分達が黒森峰女学園に劣っている何て事は決して無い。

 

 

「辻隊長!! マウスが突っ込んできます!」

 

「…ぐぅ…! 撃て! 撃てぇ! 通すな!」

 

 

 弾かれるのをわかっていながらも辻はマウスに砲撃を繰り返す様に告げる。

 

 だが、無情にもそんな抵抗をものともしないマウスは圧倒的な威圧感を押し出しながら進軍してくる。

 

 それに続く様に左右に控える駆逐重戦車のエレファントやヤークトティーガーといった戦車が続いてやってくる。

 

 もはやこれまでか、その場にいた知波単学園の生徒達はそう思った。

 

 だが、辻はそれでも目が死んでいなかった。まだ、負けたわけではない。やられた訳ではない。

 

 そして、辻はわすれてはいない、知波単学園にもまだ城志摩繁子という怪物がいる事を。

 

 

『辻隊長! いつでもいけます!』

 

「その言葉をずっと待ってたんだ! 今だ! オイ車隊! 発進!」

 

 

 次の瞬間、突如として駆逐重戦車、エレファントの車体が轟音と共に吹き飛ばされた。

 

 何が起こったのか、いきなりの出来事に目を見開くマウス、駆逐重戦車に乗る黒森峰女学園の女生徒達。

 

 すると、マウスが横を通過しようとしたお化け屋敷が壊れ中から同じ様な大きさのとてつもなく大きな車体が現れた。

 

 そして、マウスは横から現れたその戦車に車体をぶつけられ進行が止まる。

 

 さらに、その逆側からは露店を押しつぶし、同じ様な大きさの戦車がヤークトティーガーの側面から現れると主砲を放ち車体を吹き飛ばした。

 

 

「うわ! なんなのあの戦車は!?」

 

「マウスと同じくらいの大きさあるよ!」

 

「マズイ! マウスが挟まれた! 挟撃かっ!」

 

 

 そう、全てはこの時のために。

 

 対マウス用最終兵器、別名、スズメバチキラーフルセット着た戦車部隊。オイ車隊がマウスを挟撃するために突如現れたのだ。

 

 そして、その出現に浮き足立った黒森峰女学園の隙を辻は見逃さない。

 

 ホリ車は残りのパンターG型に照準を合わすと主砲を放った。

 

 

「撃てぇ!」

 

 

 そして、ホリ車から放たれた砲弾がパンターG型に吸い込まれてゆく。

 

 直撃した弾頭は炸裂し、パンターG型は白旗を揚げて完全に沈黙した。残りはマウスを残すのみだ。

 

 

「撃てぇ! 黒森峰のマウスがこのまま黙ってやられるか!」

 

「うわぁ!」

 

「新庄!! クソ! ホニ車、チヘ、チヌはこれで全滅か!!」

 

 

 だが、マウスは一筋縄ではいかない。

 

 最後のホニ車がマウスから放たれた砲弾の餌食になってしまった。残りはオイ車2輌、繁子達の山城、そして、辻のホリ車だけである。

 

 辻は真っ直ぐにマウスを見据える。このままでは例え、オイ車2輌であってもマウスを倒し切るのは困難であるだろう。

 

 その証拠にマウスが徐々に主砲を移動させ、オイ車の車体を捉えていた。

 

 このままなら、やられる。辻はオイ車が挟み込んでいるマウスの後方へと回りこむことにした。

 

 

「耐えろ! お前達!」

 

 

 背後からなら装甲が薄い箇所があるはずだ。

 

 ホリ車の弾頭ならば、そこを必ず抜ける。今、動かなければオイ車はこのままマウスの餌食となる。

 

 マウスの背後に回り込んだ辻は砲撃手にすぐさま砲弾を放つ照準を合わせる様に告げた。勝負は一瞬、今、外せばマウスがオイ車の拘束を解きオイ車は2輌とも壊滅させられる。

 

 真っ直ぐに主砲がマウスの車体を捉える瞬間を待つ辻、そして…。

 

 

「今だ! 撃てぇ!」

 

「はい!」

 

 

 ホリ車の主砲が火を噴いた。

 

 放たれた砲弾は風を切り、真っ直ぐにマウスの車体へと飛んでゆく。オイ車の車体はそれと同時にマウスの主砲により吹き飛ばされ撃破された。

 

 オイ車からの拘束が解けるマウス、だが、その時にはもう、ホリ車から放たれた砲弾がマウスに直撃していた。

 

 マウスの後方から火の手があがる、そして、白旗が挙がると黒森峰の最終兵器、マウスは完全に沈黙した。

 

 

「…やった…のか…?」

 

 

 その光景を目の当たりにした辻は戦車から顔を出すとマウスが完全に沈黙したのかどうかを確認する。

 

 戦車があの駆逐重戦車とマウスから次々と狩られていく光景を目の当たりにして正直なところ、マウスはかなりの脅威だった。

 

 だが、その脅威を乗り切り、こうして沈黙するまでになんとか持っていくことが出来た。これならば、繁子達の応援にもいける。

 

 そう、この時の辻は思っていた。

 

 

「隊長! 後ろです!」

 

「なんだと! ぐっ…!」

 

 

 だが、それは叶うことはなかった。

 

 背後から現れたティーガーから辻のホリ車は撃ち抜かれ、完全に沈黙してしまったからだ。

 

 そして、その辻の戦車を沈黙させたティーガーにマウスと戦い生き残ったオイ車の1輌が主砲を放ちすぐさま撃破する。

 

 

「隊長!」

 

「あぁ、大丈夫だ。大事ない」

 

「まさか生き残りがいたなんて…」

 

 

 そう言って、沈黙させたティーガーを見つめる知波単学園の女生徒達。

 

 背後からまさか撃ち抜かれやられるとは辻も予想外だった。そして、繁子達の応援に向かおうとした矢先の出来事。

 

 残ったオイ車で繁子達の応援に行くとしても…。

 

 

「…オイ車ではしげちゃん達の応援には行けませんね」

 

 

 オイ車から出てきた車長を務める女生徒は撃破されたホリから顔を出す辻にそう告げる。

 

 オイ車は超重量級の戦車、今、繁子達の応援に行っても、もはや間に合わないだろう事はこの場にいる全員が理解出来た。

 

 移動にも時間がかかる。その前に勝負はついてしまうだろう。

 

 結局は、知波単学園の命運は繁子達に託すしか方法はなかった。

 

 

「…繁子…、頑張れよ」

 

 

 撃破されたホリから今、まさに西住まほと激突している繁子の武運を祈る辻。

 

 マウスはどうにか倒した、あとはフラッグ車である西住まほだけである。

 

 いよいよ、黒森峰女学園VS知波単学園の戦車道全国大会決勝は最終局面を迎える。果たして、勝つのはどちらになるのか。

 

 積み上げてきた思い、意地、そして、仲間が繋いでくれた思いを胸に挑む宿敵との対決。

 

 時御流は果たして現代最強流派西住流を倒し、流派を再び復興することができるのだろうか。

 

 



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リリック

 

 身体が熱くなる。

 

 何度も、何度も交わされる砲撃の数だけ、互いの思いをぶつけあっているような気がした。

 

 これまでの背負ってきた思い、そして、自分の譲れない道を互いに極めてきた。道は違えど戦車道に嘘はついていない。

 

 爆ぜる地面、紙一重で飛んでくる弾頭。

 

 目の前にいるのは好敵手。己が越えねばならない親友であり強敵。言葉は無くてもそこには確かに二人にしかわからない世界がある。

 

 

「…強い…」

 

「笑いが止まらんわ、こんな相手初めてやでほんまに…」

 

 

 そこは頂点を獲る者達の決戦の舞台。

 

 大勢の強敵と苦難を乗り越えて来たこの舞台で二つの流派は互いの道を譲らず、そして、誇りを掛けて戦っている。

 

 弾頭が当たらない、しかし、その当たらない事は下手だからではない、避けるのが互いに上手いからだ。

 

 繁子が隙をついて、真沙子に指示を飛ばせば西住まほは軌道を先読みし戦車を動かして障害物を盾に避ける。

 

 また、まほのティーガーが弾頭を放てば多代子が戦車を巧みに操り砲撃の軌道を読み切る。

 

 気がつけば辺りにはかなりの数の砲弾の跡があちらこちらに出来ていた。場所を移そうが不意を突こうがそれは変わらない。

 

 まさに、一進一退。

 

 西住流がこんなにすごいとは、時御流がこんなにも芸術的とはと。この試合を目の当たりにしていた画面を通して観戦している観客達は素直にそう思った。

 

 決着をつけるにしても城志摩繁子も西住まほも互いに集中力を切らす気配が全く皆無であった。

 

 戦車の砲身が火を吹くたびに皆が声を上げた。

 

 かつて、戦車道全国大会でこのような手汗握る決勝戦があっただろうか。

 

 

「強い、あれが時御流…」

 

「奇襲に奇策、そして、なんでも作る職人という側面でしか見てませんでしたが…。メグミ隊長、あの戦いを見て認識を改めさせられました」

 

「私も一対一の繁子さんの戦車道を見るのは初めてだけれどこれは予想外だったわ…、確かに強い」

 

 

 他の名門校もその戦いぶりには賞賛を送った。

 

 数秒の差での読み合い、1秒でも違えば直撃を喰らい白旗が上がるだろう。繁子もまほも互いに油断ができない相手であるからこそその事は重々理解している。

 

 西住まほの指示についてきている操縦手も相当な手練れだ。おそらくは三年生、黒森峰女学園の三年生であればその優れた操縦技術も理解できる。

 

 表情を硬くする繁子は真っ直ぐにそんな西住まほの戦車に冷や汗を流して見据える。

 

 

(次は右からか)

 

(右に見せかけて左側に追い込む)

 

(いや、目が動いた。左側にこちらを追い込む気やろうな)

 

 

 そして、繁子の読み通り、西住まほは左側に戦車を追い込みに掛けてきた。

 

 繁子はその展開を読み切ると多代子に指示を出してその動きを完全に読み切る。案の定、繁子の読み通り西住まほはその通りの手段を取ってきた。

 

 

「これも読んできただと!」

 

「今や! 真沙子!」

 

「急停車! バックしろ!」

 

 

 だが、すぐにそれにも西住まほは臨機応変に対応してくる。

 

 山城から放たれた砲弾はティーガーを捉えぬまま、遊園地の露店を吹き飛ばした。砲撃手の真沙子もこれには顔をしかめる。

 

 確かに普通ならあの砲撃で敵戦車を撃破するのは容易い事だが、西住流にとってはやはりこの程度の事など造作もないようだ。

 

 埒があかない、対する両者は互いにそう感じた。

 

 高いレベルでの読み合い、予測、修正、転身。

 

 その全てにおいて、彼女達は互いに譲らない、集中力を欠くような策など講じる暇すらない。

 

 

「けど、このままって訳には…」

 

「いかないだろうな」

 

 

 繁子もまほも笑っていた。

 

 血肉が騒ぐ、それでいてかつてないほど頭が冴え渡る。互いの全てを出し切ったと思いきや更に限界を越えてきた。

 

 こんな動きができるのか? 戦車があんな風に動くなんてありえない。

 

 これが果たしてあのティーガーなのか? 四式中戦車なんだろうか?

 

 観戦をしている皆がそう思った事だろう。それだけ、この全国大会決勝の舞台での戦車戦は死力を尽くしたものであった。

 

 そんな二人の戦いを見ていた西住しほとその隣に座る東浜雪子は静かにこう口を開き語り始めた。

 

 

「ミックスアップ…ですね」

 

「互いにいつも以上に冴え渡る采配。限界を越えた戦車戦ですか…見事」

 

 

 ミックスアップ。

 

 互いに違う戦車道。されど、その戦車道は試合の中で洗練され、研ぎ澄まされ、互いに違うものをぶつけ合うことで、今まで考えもしなかったところに到達することが出来る。

 

 城志摩 繁子と西住まほの二人、この二人の目の前にある到達点はまさに戦車道全国大会優勝という頂点のみ。

 

 

「右や! 多代子ォ!」

 

「停車ァ! 旋回!」

 

 

 例え、声が出せなくなろうとも彼女達は指示を飛ばす。

 

 どちらかが倒れるまで、どちらかを倒すまでこの声が枯れさせる事はない、意地と誇りを賭けた戦い。

 

 しかしながら、そんな戦いにもいずれは終わりの時が訪れる。

 

 勝負は一瞬のみ、その一瞬で全てが決まる。

 

 

(…左折した。多代子)

 

(わかってるよ、しげちゃん)

 

 

 西住まほのティーガーが左折した事を確認する繁子は多代子に状況を理解しているかどうか、一瞬だけ目を合わせる。

 

 そして、ここに来て、城志摩 繁子は…。

 

 

「…ついに行くかっ!」

 

 

 一気に勝負に出た。その光景を目の当たりにしたジェーコも思わず目を見開く、そう、この均衡した状況で勝負に出るのは中々の博打である。

 

 西住まほも城志摩 繁子も正直どちらが勝負に出るか探り合いをしていた部分もある。だが、先に動けば敵は待ち構えてくるのは明白。

 

 だが、繁子もそれを理解した上で動いてきたのである。

 

 

「左側に寄せて一気に右にハンドルきれ! 多代子!」

 

(…来たか! ここで勝負に出るのはわかってたよ!)

 

 

 しかし、西住まほもそれを予測しきれなかった訳ではない。

 

 すぐさま、四式中戦車の動きが異なる事を察知して指示を飛ばす。西住流に隙はない、例え勝負に出たところで返り討ちにするだけだ。

 

 一発勝負、全てはこの一撃で決まる。

 

 繁子の乗る四式中戦車がまほの戦車の隣に現れると、その車体をまほのティーガーぶつけてきた。

 

 当然、車体は多少揺れるが、この程度なら話にならない。ティーガーの主砲が四式中戦車を捉える。

 

 だが、その瞬間、四式中戦車は一気にハンドルを切りティーガーから距離を置いてきた。そして、繁子はすぐに多代子に指示を飛ばす。

 

 

「今や! 多代子!」

 

「よっしゃあ! 待ってました!」

 

 

 そして、ティーガーとの距離を置いた四式中戦車は車体が…。

 

 

「…なんだと!?」

 

 

 急停車した。四式中戦車はティーガーとの間合いをさらに一気に取る。

 

 これに加えて煙幕を繁子が使い始め、四式中戦車の周りに煙が立ちこめた。四式中戦車の車体はその煙幕に完全に隠れる。

 

 勝負に出るように見せかけたのはブラフ、本当の勝負に出るのは今から。当然、その四式中戦車の停車にまほも予想外だったのかティーガーの主砲が確実に当てられる距離から車体を離してしまった。

 

 まほの乗るティーガーもまた急停車、だが、その頃合いを見計らったように、四式中戦車は右に展開しそこから一気に停車したティーガーに突っ込んでゆく。

 

 だが、まほもこれにすぐさま対応して主砲を四式中戦車に向くように指示を飛ばす。

 

 

「…ここや!」

 

「あいよ!」

 

 

 そして、繁子の乗る四式中戦車は無理な体制から一気にハンドルを切り、ティーガーの主砲から外れるように左側に車体を寄せた。

 

 無理に左側に車体を寄せた事により、四式中戦車の右履帯が火花を散らしながら剥がれる。これを逃せば間違いなく撃破されるラストチャンスだろう。

 

 だが、この程度ならばティーガーの主砲がついてこれる。まほもそれを理解していた。

 

 

(この程度なら…いや、違う! しげちゃんの狙いはこれじゃない!)

 

 

 すぐさま、西住まほは理解した。

 

 繁子は算段なしに無茶な勝負を仕掛けて来ない事を西住まほは理解している。すぐさまティーガーの主砲が向いた瞬間にまほは砲撃手に指示を出した。

 

 

「四式中戦車に主砲を放つのは私の指示を待て!」

 

「え、は、はい!」

 

 

 そして、その指示を聞いたティーガーの砲撃手はまほのその指示に頷き応える。

 

 四式中戦車の車体は案の定、予想外の動きを見せた。煙幕を使い、車体を隠してきたと思いきや、その煙幕を突っ切り、四式中戦車は姿を見せてきたのだ。

 

 そして、勢いついていたはずの四式中戦車がガスンと音を立てると、ぴたりと止まった。そこには、地面に設置してあった長パイプがあった。繁子はこの長パイプをストッパーにして戦車の動きを変えたのである。

 

 辻つつじの部隊が設置してくれた長パイプ、繁子はそれに望みをかけ勝負に出たのだ。だが、それでも、西住まほが乗るティーガーの主砲が四式中戦車を外すことはなかった。

 

 

「クッソ! 読まれとった! 真沙子!」

 

「撃てぇ!」

 

 

 西住まほはこの長パイプの位置を把握してはいなかったが繁子が何かを企んでいたことは予測していたのである。

 

 そして、互いに戦車が睨み合うと同時に主砲が炸裂しあう。

 

 立ちこめる煙幕が次第に晴れてゆく、フラッグ車からは白旗が上がり、決着の時。西住流が勝ったのかそれとも時御流が勝利をものにしたのか…。

 

 アナウンスはゆっくりと勝敗の行方を告げ始める。

 

 

「黒森峰女学園! フラッグ車行動…」

 

 

 この勝負、勝ったのは…。

 

 

「いいえ! 違います! 間違えました! 訂正します!」

 

 

 アナウンスは一度宣言した言葉をそう言って訂正し直す。

 

 視界が悪い煙幕が広がる中で戦車が打ち合えばどちらが勝ったかという判定はつけにくいだろう。

 

 煙幕が晴れて、その車体がはっきり明確になる。そこには白旗を揚げた山城とギリギリの差で行動不能を免れた西住まほのティーガーが現れた。

 

 アナウンスはその光景をはっきりと観客、選手達に声高に宣言する。

 

 

「知波単学園! フラッグ車! 行動不能! 勝者! 黒森峰女学園!」

 

 

 

 



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 突きつけられた負けの事実を知った途端、戦車に乗る繁子達は呆然とした様子でゆっくりと故障した山城から降りた。

 

 この試合、紙一重の勝負には自分の全てを出し切った。出し切った中での敗北だった。

 

 母との誓いも辻を日本一の隊長にすることも叶わなかった。

 

 戦車から降りた繁子は天を仰ぐ様に上を見上げた。涙が溢れないように。

 

 母、明子が死んだ日からずっとずっと泣かないと決めてきた。まだ、自分達には来年も再来年も残っている。

 

 けれど、隊長の辻はこの大会で引退だ。もう自分達と共に戦車を駆る事はできない。そして、そんな辻を日本一の隊長にできなかった事がどうしようもなく悔しかった。

 

 繁子の頬からは涙がそっと流れ落ちる。母が死んだ葬式の日に流した涙から泣かないと決めていた。

 

 だが、今は、今だけはどうしても悔しくてしかなかった。

 

 

「泣いてるの? しげちゃん?」

 

「ウッカリしてしまったなぁ…ほんまに」

 

 

 そう言って、撃破された四式中戦車に責任を感じて自分を責める繁子。涙を流さぬようにと必死にそれを隠そうとする。

 

 皆が繋いでくれたこのまほとの一騎打ちで策をもっと用いれば勝てたのではないか? もっと良いやり方で戦えたのではないか?

 

 まだまだ、やれた筈、やれた事があった筈だと繁子は反省する。だが、悔やんでも仕方ない、やるべき事は繁子達は全てやってきた。

 

 オイ車も無農薬も、そして、道を曲げて選んだ立江の殿も全て出し切って負けた。

 

 そんな己を責める繁子を見かねて真沙子はパンと自身の足を叩くとこう繁子に語り始めた。

 

 

「いやでもまずさ、まずよ? 今回試合で負けてしまったとするわね?」

 

「うん…」

 

「まずはここをホメようよ! 凄いよ! 私達! 西住流にあれだけの試合できたんだよ! 全国大会2位だよ!」

 

 

 そう言って明るく振る舞う真沙子。

 

 悔しいのは真沙子も多代子、永瀬も同じだ。だけど皆が力を合わせて王者黒森峰女学園にこれだけの試合ができたことも事実である。

 

 時御流はきっと皆が見ていた筈だ。明子さんもきっと納得する試合ができていた筈だ。真沙子は繁子にそう言いたかった。

 

 仲間思いの真沙子だからこそ、この敗戦を自分だけのせいにして欲しくなかった。

 

 

「凄いよ! これ! 宴会出来るよ!」

 

「優しいなぁ、真沙子は…」

 

「この全国大会2位ってのはさ! 一席設けたくなるよね! 隊長にさ!」

 

 

 多代子は必死に明るく振る舞う真沙子の姿に思わず暖かい表情を浮かべてそう言った。

 

 確かに負けたかもしれない、だけど、この負けは次につながる負けだ。多代子はそう思っていた。

 

 時御流はまだまだやれる事がこの試合を通して理解できた。きっとこの先、戦車道をやる中でもっと自分達は成長出来る。

 

 その時、顔をタオルで隠した繁子は震える声でこう呟いた。

 

 

「優しすぎんねんけど…」

 

「泣くんじゃないわよ! あんた何泣いてんのよ!」

 

「真沙子が…グスッ…なんでアンタそんなに優しいん…」

 

 

 溢れ出る涙を堪えていた繁子はタオルで目元を抑えながらがら真沙子の励ましを聞いて堪えていたものが溢れ出てきた。

 

 そんな繁子を見た真沙子は笑いながら繁子肩を叩きの隣でドカリと座る。こんな風に振舞ってないと繁子のように自分も泣いてしまうような気がしたからだ。

 

 真沙子は自分は明るくなくてはいけないと思った。仲間たちが気落ちしてる今だからこそ、自分がしっかりしなければと。

 

 そして、繁子はそんな震える声でこれまでの事を思い返しながらこう語り始める。

 

 

「真沙子はさぁ…ぐすっ…ウチらの中で一番優しいんよね、失敗してもいつも責めんでさ…ひぐっ…」

 

「ばっか! あんたそんな事言って…」

 

「いつも、…グスっ…。ウチに付きあってくれて、ありがとうなぁ…みんなぁ」

 

 

 そう震える声で告げた繁子の言葉に真沙子も思わず胸が熱くなる。

 

 そして、多代子もまた涙を流さぬようにしてだが堪えられず涙を流し始める。永瀬はそんな3人に釣られ溢れ出る涙を見せないように手で顔を覆い顔を隠していた。

 

 そして、真沙子は涙を流しながらも笑顔を作り繁子にこう告げはじめた。

 

 

「あ、あんたが、んなこと言うから涙出てきたじゃないのよ!…グスっ…」

 

「メンバーが四人泣いてるよ…ひぐっ…おかしいなぁ」

 

 

 そう言って互いに泣いてる事が自然とおかしく感じて皆が明るくなった。

 

 思わず、笑いまで出てしまう。これまでの事を思い返して様々な事があった。いろんな事を試してきた。

 

 戦車道に対する考え方、いろんな出来事、そして、仲間たちとの絆をこの全国大会を通して繁子達は大いに学んだ。

 

 真沙子は涙を拭いながら全員の涙を見ると笑いながらこう告げる

 

 

「私達、年とったわね」

 

「まだ華の十代なんやけど」

 

「いやー、アホみたい、あははは!…はぁ」

 

 

 そう思って全員は四式中戦車に視線を向ける。

 

 この試合だけでなく、たくさんの試合で繁子達を乗せて頑張ってくれた四式中戦車、山城。1から自分達五人で部品を集めて作った思い入れのある戦車だ。

 

 山口立江と城志摩繁子の一文字づつをこの戦車に授けた。繁子達からすれば我が子のような戦車であり、仲間である。

 

 これまでいくつもの困難をこの戦車で乗り越えて来た。

 

 ありがとう、繁子達はティーガーとの激しい戦いによりボロボロになった四式中戦車にそう言いたかった。

 

 そっと四式中戦車に触れる繁子。ボロボロになったこの戦車を見るのはあまりないが、ここまでやってこれたのもこの山城のおかげだ。

 

 するとその時だった。

 

 山城の装甲が剥がれ落ちて地面にボトリと落ちる。この光景が更に可笑しかったのか多代子も永瀬も涙を流しながら笑っていた。

 

 そして、真沙子もこの平べったい装甲を見て何かを感じたのか皆に大声でこう告げはじめた。

 

 

「まな板に!」

 

「まな板が!」

 

「まな板にしようよ!」

 

 

 何故、必要以上に連呼するのかはわからない、だけどそれくらいその装甲が剥がれ落ちたのが面白かっだのだろう。

 

 それに釣られて永瀬も多代子も同じくまな板を連呼しはじめる。この装甲の鉄板、キレーなフラットで確かにまな板には丁度良い感じの鉄板であることは間違いない。

 

 

「まな板にしましょう!まな板に…!」

 

「まな板にしたら!」

 

かなりまな板だよ! コレ!

 

 

 その山城の装甲を持ち上げながら必死に繁子を笑わせてくる真沙子。

 

 試合には確かに負けたが、繁子は確かにこの大会を通じて仲間たちとの強い絆を感じる事が出来た。悔しい涙が次から次へと溢れてくるが彼女達は笑顔も一緒に浮かべていた。

 

 その後、運搬車から運ばれる山城とともに辻隊長達の元に戻る繁子達。

 

 その面持ちは当然ながら重い、繋いでくれた辻隊長達の思い、期待にに応える事が出来なかった。

 

 だけど、辻もそれは理解している。これまでの事を思い返しながら奮闘した繁子達を誰一人として責める者はいなかった。

 

 辻は帰ってきた繁子達を暖かく迎える。

 

 

「お疲れ様、頑張ったな繁子」

 

「すいません、隊長、ウチら…」

 

「良いんだ、よく頑張った、よく頑張ったよ。私の自慢の後輩だ」

 

 

 そう言った辻は優しく繁子を抱きしめた。

 

 後悔はない試合は出来た。自分達の出来る事は全て出し切って頑張った。誰のせいでも無い、繁子のおかげでここまで来れて結果も残せた。

 

 最後の全国大会で夢が見れた。それだけで辻は十分であった。

 

 その二人の光景を見ていた立江は号泣する中、背中を優しく撫でられ真沙子に慰められていた。辻も繁子も勝たせてあげたかったが、やはり黒森峰女学園は強かった。

 

 辻の腕の中で繁子は静かに涙を流した。きっと、来年こそは黒森峰を倒してみせるとそう胸に誓って。

 

 

 

 そんな試合の結果を眺めていた西住しほ、島田千代、東浜雪子の3人は感慨深そうにそれぞれの試合の感想を述べていた。

 

 

「見事でした。あれほどの試合はそうそう目にかかれないでしょうね」

 

「確かに…島田流にも取り入れたい戦術もありました。アキちゃんの忘れ形見、そして、時御流。素晴らしい試合でしたね」

 

「ですが、まだまだ甘いです。あれでは知波単学園の来年は決勝進出も危ういかもしれないですね」

 

「あら、東浜雪子さん? 何か思い当たる事でも?」

 

「挙げればキリがありませんよ」

 

 

 そう言って、島田千代の言葉に繁子達の試合を見終わった東浜雪子は静かな声色でそう告げた。

 

 まだまだ未完成の時御流、きっとこれから先、あの娘達はもっと成長していけるはずだ。きっと自分のような戦車乗りに出来る。

 

 試合を見ていた東浜雪子はそう思っていた。

 

 そして、試合を通して繁子達の可能性に気づいた東浜雪子は西住しほにこう話をしはじめる。

 

 

「そう言えば、知波単学園の指導官の枠、一つ空いてましたよね? しほさん?」

 

「…確か、そう言われてみればそうでしたね、何故でしょう?」

 

「いえ、気になったもので。では私はこれで失礼させていただきます」

 

 

 そう告げて試合を見終わりやることを終えた東浜雪子は席から立ち上がるとスッと西住しほの前を通る。

 

 そして、聞こえるくらいの小さな声で席の前を通った西住しほに東浜雪子はこう一言だけ告げた。

 

 

「来年はよろしくお願いしますよ、西住しほさん?」

 

 

 その東浜雪子の言葉に西住しほは目を見開いた。

 

 遠回しのような戦線布告の言葉、そして、これまでの意味深な言葉の数々。戦車道の『レジェンド』、東浜雪子のその言葉に西住しほの中である仮定が出来た。いや、確信ともとって良いだろう。

 

 すなわち、東浜雪子はこの戦車道全国大会の決勝の舞台にあの城志摩繁子達を再び連れてくるという事だ。

 

 それを察した島田千代は笑みを浮かべて西住しほにこう告げた。

 

 

「あらあら、大変ですね? 西住しほさん?」

 

「ふふ、いえ、楽しみが一つ増えたと考えてますよ島田千代さん」

 

 

 知波単学園、戦車道全国大会決勝で惜しくも散る。

 

 しかし、その功績は決して無駄ではなく、多くの人々の目に時御流の戦いが焼きついた。これから先、繁子達に訪れる試練は何であれこの大会は彼女達の可能性を広げる良い財産となった事だろう。

 

 知波単学園、全国大会2位という好成績。

 

 島田流、西住流、そして、時御流ここにありと皆に知らしめる結果となった筈だ。

 

 だが、時御流は西住流を倒したわけではない、島田流を倒したわけではない。

 

 これから先、この悔しさをバネに邁進する事だろう。

 

 時御流の戦いはこれからも続く。

 

 



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時御流再起編
沈む太陽


 

 あの戦車道全国大会の激闘から翌日。

 

 

 戦車道全国大会の表彰で知波単学園は2位という成績を残したが繁子達にとってはやはり西住流に負けたという事実はとても重く、皆に申し訳なさと自分達の力の無さを実感させられた。

 

 この快挙はテレビや新聞でも大きく取り上げはされたが、繁子達の心は満たされる事はない。あの日、西住まほと表彰台に登った辻の姿を見届けた繁子は暗い面持ちだった。

 

 やはり、それは母との約束を果たせなかった事への申し訳無さと皆の期待に応えれなかった責任を感じていたからだろう。

 

 だが、負けは負けだ。この事実を繁子は深く受け止めなければならない。

 

 優勝旗を手にした西住まほは表彰台から下りると試合後、初めて繁子と対面した。

 

 繁子は素直に優勝旗を勝ち取った友人のまほにこう告げる。

 

 

「まほりん、優勝おめでとう。ほんまに強かったよ、完敗やったわ」

 

「ううん、しげちゃん、紙一重の勝負だった。私もまだまだ未熟さを感じたよ。いい試合だった」

 

 

 そう言って、繁子と西住まほは笑顔で握手を交わした。

 

 繁子もまほも互いにその手腕をリスペクトしている。共に戦車道の流派に携わる者同士、そこにわだかまりは無い。

 

 優勝旗を持ったまほはそれを他の部員に預ける。

 

 そして、握手をしていた繁子に詰め寄るとその身体を優しく抱きしめた。繁子はそんなまほの行動に目を丸くする。

 

 

「ちょっ…! もう、なにやってるん」

 

「ありがとう…しげちゃん。本当にありがとう…。初めての戦車道全国大会の相手が貴女だから私の戦車道、全部出すことが出来た」

 

 

 そう言って、繁子を抱き締めるまほ。

 

 まほは涙を浮かべていた。高校に入ってからというもの勝利を義務付けられた西住流に優勝常連校の黒森峰女学園という重荷。

 

 だが、そのプレッシャーがある中、繁子との約束を守る為だけにまほは懸命に西住流と黒森峰女学園の戦車道を融合させる事に尽力した。

 

 もともと浸透してある黒森峰女学園の西住流、それに、一年生である西住まほが思い描く西住まほの西住流を確立させ、全体に浸透させるには並大抵の努力では成し遂げらなかった事だ。

 

 けれど、繁子との約束を果たすためにまほはその試練を乗り切った。前評判が今年は黒森峰女学園よりも高いプラウダ高校を退け、そして、繁子達と戦い高校で連覇を成し遂げることができた。

 

 まほにとっての繁子は目標であり続けてくれた一番の親友であり、強敵なのである。

 

 

「私が…この場に居られるのは…っ! しげちゃんのおかげだ…っ! …グスッ…ありがとう!」

 

「ちゃう、ちゃうよ、まほりん、私が居らんでもまほりんは優勝出来たよきっと」

 

 

 繁子は抱き締めて涙を流すまほの頭を優しく撫でてあげながら柔らかい声色で告げた。

 

 きっと、まほなら例え、自分達が居なくとも優勝できるだけの技量はあった筈だ。今回はたまたま決勝で知波単学園と当たって素晴らしい試合が出来たに過ぎない。

 

 繁子はそう思っていた。西住まほの実力はよく知っているし西住流がどれだけ強力で黒森峰女学園の実力がとても高いこともわかっている。

 

 けれど、まほは繁子を抱き締めたまま左右に首を振っていた。まほは知っている、繁子がこの大会でどんな思いで戦っていたのかを。

 

 繁子の母、明子の話を西住しほからまほは聞いていた。

 

 亡き母の為、そして、潰されるかも知れない家の流派を守る為に繁子が戦車道に命を賭けていた事をまほはわかっていた。

 

 その思いを越えて、自分達は優勝をした。その事について、どうしても西住まほは繁子に感謝を告げたかったのである。

 

 

「さぁ、まほりん、みんなが待っとるで? いかんね?」

 

「…しげちゃん…」

 

「今年はあんたが一番や、けど、首あらって待っとき、来年はウチらが必ず勝って優勝するからな」

 

 

 そう言った繁子はニコリと明るい笑みを浮かべて西住まほに告げる。

 

 まほは涙を拭うといつものように凛々しい顔つきで静かにその言葉に頷いた。王者は王者として振る舞うべきである。

 

 繁子もそのまほの顔つきに納得した様な表情を浮かべていた。

 

 踵を返し、黒森峰女学園の戦車群が待つ場所へと戻ってゆくまほ、優勝旗を再び受け取るとそれを高々と掲げたまま愛車のティーガーへと乗り込む。

 

 これから、黒森峰女学園は学園艦に戻るまで盛大に凱旋を行う予定なのだろう。

 

 繁子はそんな光景を寂しそうに眺めながら、ふと、これまでの辻つつじとの思い出を思い返していた。

 

 この数ヶ月間でいろんな事があった。

 

 最初は知波単学園でボロボロにされたチハ戦車を全部修理するところから、全てが始まった。

 

 戦車を作ったり、落とし穴を作ったり、ラーメンや魚を捌いて他校に振舞ったりした事もあった。

 

 そうめんを飛ばした事もある。試合が終わって親交を深める為に長いそうめん流しをみんなで食べた。

 

 そんな中、戦車への愛、仲間との絆を大事にしこれまで勝ち抜いて決勝までたどり着く事ができた。

 

 

「日本一…か…。辻隊長を日本一の隊長にしたかったなぁ…」

 

 

 繁子は先日試合と今迄あったいろんな出来事を思い出してしまいホロリと涙をこぼしてしまった。

 

 そして、そんな繁子の肩をポンと優しく叩く女性がいる。そう、隊長の辻つつじだ。辻は感慨にふけっているような繁子にこう話を続ける。

 

 

「ほら、新隊長、皆が待ってるぞ」

 

「…辻隊長…」

 

「新隊長なんだからシャキッとしろ。…来年は私の代わりにお前が日本一の隊長になるんだろ?」

 

 

 肩を叩いた辻は優しい笑みを浮かべて繁子にそう告げた。

 

 自分の世代は終わった、その事はもう辻は受け入れている。だから、自分の代わりに日本一になれる素質を持った繁子を次の知波単学園の隊長に選んだ。

 

 きっと彼女ならば、今年成し遂げる事ができなかった知波単学園の全国大会優勝を成し遂げる事ができる、少なくとも辻はそう思い繁子を新しい隊長に任命したのである。

 

 だが、そう言われた繁子の表情はどこか暗い、何かを考え込んでいるようなそんな顔つきであった。

 

 そんな顔つきの繁子を心配した辻は顔色を伺う様にこう尋ねた。

 

 

「大丈夫か? 繁子?」

 

「…ん、あぁ、大丈夫ですよ、隊長。それじゃいきましょうか」

 

 

 そう言って辻の後についていく繁子。

 

 その後、知波単学園の生徒達と合流した二人は試合会場を後にした。数々の激戦を繰り広げた初出場となった全国大会もこれでようやく終わりを迎える。

 

 その時の引退する辻の背中は繁子にはとても大きなものに見えた。

 

 

 

 

 

 それから数週間の期間が過ぎ去り。

 

 知波単学園での隊長に任命された繁子による新生知波単学園の活動が始まる…かに見えた。

 

 ここは知波単学園の所有している畑。ここに二人の女子高生の少女が鍬を持ち、汗水を流しながら土を耕す光景があった。

 

 山口立江と城志摩繁子の二人である。

 

 

「久々のクワだね!」

 

「数週間前は私達戦車乗ってたからね!」

 

「こっちのほうが落ち着くな」

 

 

 そう言って久々のクワを振るい畑の開拓に勤しむ繁子と立江の二人。

 

 この日、繁子は立江に話したい事があると彼女を呼びつけ、こうして畑を耕しているわけである。それは、数週間前の戦車道全国大会の事についてだろう。

 

 畑を耕して心を落ち着かせる術を習ったのは母、明子からの直伝である。

 

 辻から隊長に任命された繁子は立江にこの日、大事な事を話したかった。

 

 

「なぁ…ぐっちゃん」

 

「ん? 何? しげちゃん?」

 

 

 そう言って、汗を拭いながら鍬を振るって畑を耕しつつ、声をかけてきた繁子にそう問いかける立江。

 

 繁子は鍬を振るいながらこう、立江に自分が考えている心情とこれからの事をゆっくりと語りはじめた。

 

 

「ウチな…、この学校、少しの間離れようと思ってんねん」

 

「………そう、なんで?」

 

「いろいろ考えることがあってな。みんなに甘え過ぎたなって…。思って」

 

 

 そう言ってクワを振るい畑を耕している繁子は静かな声色で立江に語る。

 

 立江や真沙子達に甘え過ぎた。繁子は西住まほに負けた理由をそう感じていた。彼女達が繁子にとって頼もしい仲間である事は間違いない。

 

 けれど、繁子はその環境に甘えていた部分が自分にあったのではないかと感じていた。そして、出した答えがこれである。

 

 

「短期的な転校ができるって聞いてな、数ヶ月、転校して他の高校で時御流を磨こうって考えてるんよ」

 

「…それは自分だけでって事よね?」

 

「せやね…」

 

 

 繁子はそう言って鍬を担いだまま、立江に優しい笑顔を浮かべていた。

 

 それは、立江達を見捨てて勝手な事をした自分は彼女達から責められても仕方ないと思っていたからだ。

 

 辻から隊長を任されたにも関わらず、勝手にその持ち場を離れ他の学校に短期的な転校すると言いだせば、当然、繁子についてきた立江達が反対すると彼女は思っていた。

 

 

「先生から短期転校先で上手くいけばそちらの受け入れもしっかりするって言われたわ」

 

「…そっか…」

 

「…うん…」

 

「しげちゃんは…その…戻ってくるんだよね?」

 

 

 立江は悲しげな表情を浮かべて繁子にそう問いかける。

 

 戦車道全国大会を共に戦った戦友であり、自分達のリーダーである繁子。そんな、繁子が出した答えが短期的な転校。

 

 この知波単学園が嫌いになったのか? 自分達と共にいるのが苦痛になったのか? 時御流を捨てたくなったのか?

 

 立江の中にはいろんな不安があった。けれど、繁子はそんな立江の言葉に笑顔を浮かべてこう告げはじめる。

 

 

「当たり前や!今日はウチがおらん間、あの娘達の面倒見てくれってお願いしたくて呼んだんや!」

 

「なんだー…もう、びっくりしたわよ、てっきり戦車道を辞めるかと思った」

 

「…まぁ、あれや、ちょっとだけ考える時間が欲しいだけなんよ」

 

 

 繁子はそう言って立江の肩をポンと叩いた。

 

 正直なところ、繁子には迷いがあった。それは当然ながら戦車道を続けるか否かである。立江にはこうは言ってはいるが繁子の心情としてはそれだけではなかった。

 

 母の誓いを守れず、辻との約束を果たせず。挙句、時御流の仲間を犠牲にする戦術をとるしか勝てる見込みがなかった試合をした。

 

 確かに接戦だったかもしれない、けれど、この出来事が繁子に戦車道を辞めるかどうかを考えさせる原因となっていた。

 

 

(…結局、話せんかったな…)

 

 

 繁子はそう立江の笑顔を見て内心で呟いた。

 

 付きあってくれた仲間を裏切るような言葉を話す勇気がこの時の繁子にはなかった。時御流が果たして強いのかどうかは結局、西住流を倒すことが出来ない事で証明ができなかった。

 

 繁子はそんな今の状況が苦しかった。知波単学園の隊長に任命されたが自分なんかよりも相応しい者がいるだろうとも思った。

 

 今回の短期的な転校も繁子は本来は休学するつもりだったのだ。しかし、担任の先生の勧めで『短期的な転校により学校をしばらく離れてみては?』という代案を出された。

 

 知波単学園の戦車道は今や辺りに知れ渡っている。その立役者の繁子が休学となれば、学園側としても了承はしたくはなかったのだろう。だからこその短期的な転校であった。

 

 戦車道から距離を置いて己を見つめ直したかった。自分の戦車道はいったいなんなのかをもう一度考える時間が欲しかったのである。

 

 繁子はそんな内心を悟られる事が無いように畑を耕し終えた後に立江にこう告げた。

 

 

「そういうわけやから、立江、後は任せたで」

 

「任せなさい! てか! 私ら置いてくなんてしげちゃん酷いじゃん!」

 

「あはははは! ごめん! ごめん! 帰ってきたら時御流のみんなで全国の学校を旅しよう!」

 

 

 そう言って繁子は畑を耕していた鍬を担いだまま立江にそう告げた。

 

 帰ってくるかはわからない、けれど、繁子はいつか立江達には話さないとはと思っている。

 

 辻の言葉にあの時、断りを入れておくべきだった。自分が隊長に任命されるべきではなかったと繁子はそう感じていた。

 

 きっとまた、時御流で知波単学園と共に戦車道全国大会の舞台に戻る。

 

 

 

 そんな、強い思いは、今の繁子の中には…、感じる事が出来ないようになってしまっていた。

 

 



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繁子の苦悩

 

 

『しげちゃん、まだまだやで踏み方が足りへん、麦はこうして力強く踏みつけて育てるのが一番なんよ』

 

『そうなん?』

 

『せやで? 麦は踏まれて強くなるからなぁ、しげちゃんも麦みたいに逞しくならなね』

 

 

 遠い日の記憶。

 

 いつの頃だったか、繁子は母、明子にそんな風な事を語って貰った。麦は踏まれてよく育つそんな食物であると。

 

 繁子にそう語る明子の顔は暖かく慈愛に満ち溢れたものだった。時に厳しく、時に優しく、そして、愛情をもって明子は繁子に生き方の術を教えた。

 

 そんな夢を繁子は見ていた。

 

 朝日が顔に差し込み、繁子はそんな夢から覚める。

 

 いつの日だったか忘れてしまった。繁子は寝癖がついた頭を掻きながらゆっくりとベッドから上体を起こす。

 

 

「…たくっ…なんやねん…ほんまに」

 

 

 繁子は眠そうな顔を擦りながら見た夢についての愚痴をつい溢した。

 

 このタイミングであんな夢を見れば、今の繁子にとってはなんとも言い難いモヤモヤとしたものを感じるだけだ。

 

 自分はしばらく戦車道からは離れると決めた矢先にアレだ。繁子の目覚めはそこはかとなく悪かった。

 

 いつものように朝の支度をしはじめる繁子、制服に着替えて準備をする。

 

 だが、朝の支度をしている繁子はいつも着ている制服の前でピタリと手を止めた。その制服はいつも着ている知波単学園の制服である。

 

 

「あ、制服間違えてもうた…今日からこっちやったな」

 

 

 そう呟いた繁子は制服を取る手を変えて、横にある制服に手を伸ばしそちらに着替えた。

 

 先日、立江に知波単学園の事を任せてから、繁子は全員に挨拶を済ませ、一週間くらい経ってからすぐに短期転校先の学園艦に移動した。

 

 なるべく速やかに、あの学校を離れる事で永瀬や真沙子達に余計な事を考えさせないようにと思い繁子はそうしたのである。

 

 今はご覧の通り、違う学園の制服に袖を通し、今日から登校となる。もちろん、この学園にいる間は繁子は戦車道をするつもりは微塵も無い。

 

 一度、戦車道から完全に離れてみようと思ったからである。

 

 

「さて、行くか…」

 

 

 トレードマークのタオルを頭に巻いて玄関で靴を履き替える繁子。

 

 朝ごはんは適当に作って食べた。後は学園で勉強して、何事も無く過ごすだけである。

 

 転校初日であるし、繁子の趣味であるギターをする時間もありそうだ。他にも家庭農園も学校に作るのもいいだろう。

 

 よくよく考えれば、戦車道をしなくともやりたいことがたくさんあるでは無いか、と繁子は登校しながら思い浮かべて笑みを溢す。

 

 一時の別れを告げた知波単学園。

 

 永瀬や真沙子達は自分がこの知波単学園から短期転校することに当然、反対だった。

 

 

『しげちゃん! 私達聞いてないよ! そんな話!』

 

『転校って…!新隊長任されたんだよ! なんでこのタイミングに…!?』

 

『このタイミングやからや…真沙子』

 

 

 真沙子、永瀬、多代子はいきなり聞かされた話に驚きを隠せなかった。

 

 まさか、繁子が短期転校するなんてことになるなんて思ってもみなかった。当然ながら真沙子も多代子も永瀬も納得が出来ない。

 

 だが、先に話を聞いていた立江は彼女達に繁子の代わりに代弁し話をし始める。

 

 

『別にしげちゃんは戦車道を辞めてこの学校を辞める訳じゃない、数ヶ月の短期転校でまた知波単学園に帰ってくるわ』

 

『でも…』

 

『一度、自分を見つめなおす時間が欲しいのよ、ね? しげちゃん?』

 

『立江…』

 

『そういうことだから、しげちゃんをこれ以上責めるのは酷よ。…きっと何かしら考える事もあるんだろうしね?』

 

 

 繁子の代わりにそう永瀬達に告げる立江はニコリと笑みを浮かべた。

 

 きっと、繁子が何か思うことがあるのは立江にもわかっている。もしかしたら、これを機に戦車道を辞めてしまうかもしれない。

 

 けれど、立江はそれでも良いと思っていた。その道も繁子が選んだ道だ。その道を選んだ時は自分達の身の振り方くらい立江や永瀬達もわかっている。

 

 仲間との絆を大切にしている繁子がその事を話さずして戦車道を辞める筈がないと立江はそう信じていた。

 

 この短期転校の期間できっと繁子は何かしらの決断を下す筈だ。

 

 立江はどんな状況にも繁子が立ち直る事を祈るしかない。だからこそ、今は繁子を見守るしか立江には出来なかった。

 

 

『…来週からでしょ? 転校。 はいこれ』

 

『…これ…』

 

『お守りよ、私の自作のね! 中に麦の種入れてるから、頑張りなさいしげちゃん』

 

 

 そう言った立江は繁子に麦の種が入った赤いお守りを手渡した。

 

 手作りながら綺麗に縫られたお守りである。確かに触ってみると中に麦の種が入っている様な感触があった。

 

 向こうに繁子が行けば自分は何にも力にはなれないが、このお守りくらいなら今の繁子に預ける事ができる。立江は繁子に立ち直ってまたこの学園で共に戦車道をやりたい一心でこれを作った。

 

 麦は踏まれて逞しくなる。きっと繁子も短期転校を終えて帰ってくる頃には何かまた逞しく帰って来て欲しい、そんな、立江の願いがこのお守りには込められていた

 

 繁子はその立江から手渡されたお守りをギュッと握りしめると静かにそれをポケットにしまう。

 

 

『ありがとう立江』

 

『あ、それじゃ、私からはこれ!』

 

『これは…なんや?』

 

『いつも持ち歩いてる大工用のトンカチ! なんかあってもしげちゃんならこれ一つあればなんでも作れるっしょ!』

 

 

 そう言って、永瀬は立江の横に並ぶと繁子にいつも愛用しついるトンカチを手渡した。

 

 お守り代わりとはいかないが、せめて自分達の事を思っていて欲しい、永瀬は戦友である繁子にそういった意味でこのトンカチを手渡した。

 

 これは、建築物や物を作る際、永瀬がよく使うトンカチだ。このトンカチで永瀬は幾つもの物を作り上げて来た。トンカチを使って船や納屋だって作った事もある。

 

 このトンカチを繁子に預ける事で真沙子達や自分もまた共にいつも戦っていると、繁子にそう思って欲しかった。

 

 思わず涙が出そうになるのを繁子は堪える。永瀬もまたそんな繁子を笑顔で送り出そうと満面の笑みを浮かべていた。

 

 そして、多代子もまた繁子のもとに寄る。

 

 彼女はポケットを漁り、綺麗に纏めてある。自身の思い入れのあるものを繁子に手渡した。それは、多代子がいつも愛用している軍手である。

 

 

『全く、世話が焼けるリーダーだね、あんたは! ほら! 向こうでもしっかりするんだよ! しげちゃん!』

 

『多代子…』

 

『この軍手、だいぶ丈夫な軍手だから! 頑張ってね! リーダー!』

 

 

 多代子はそう言って軍手を手渡すとギュッと繁子の手を握りしめて握手を交わした。

 

 暫しの別れ、いつも戦車道の試合で操縦席に座る自分を指揮してくれた繁子がこの知波単学園から居なくなる。

 

 だから、この軍手は繁子の手足に成れない自分の代わりに繁子を支えてくれる筈だ。多代子はそう思い、この思い入れのあるいつも作業に使う軍手を繁子に預ける事にした。

 

 そして最後は仲間思いの真沙子。彼女は繁子に色んなものを手渡す永瀬達を横目に見ながら腕を組み呆れたようにこう告げる。

 

 

『…全く! どいつもこいつも!』

 

『真沙子』

 

『わかってるわよ! 立江! ちょっと待ってなさい!』

 

 

 そうぶっきらぼうな言い方をしながらも真沙子は立江に言われて自身のバッグの中を漁り、ある物を取り出しはじめる。

 

 そして、真沙子はバッグを漁り取り出したそれを持って繁子の前に来ると顔を背けたままその何かを突き出した。

 

 それは、綺麗な皮に包まれた業物の包丁、いつも真沙子が料理に使っている愛用の包丁である。

 

 

『これ、私の打った包丁。しげちゃんにあげるわ』

 

『でも真沙子、これ…っ!?』

 

『包丁なんてまた打てば良いの、それよりしげちゃんの力になるならこの子も本望だろうしね。…勘違いしないでよね! しげちゃんが心配でこれをあげるわけじゃないんだから!』

 

 

 そう言って真沙子は綺麗に皮に包まれた包丁を押し付ける様に繁子に差し出す。

 

 繁子はそんな真沙子に笑顔と涙を浮かべていた。皆が自分の為にこんな風にしてくれる事が繁子には心の底から嬉かったのだ。

 

 繁子は流れ出そうな涙をタオルで拭い、皆が笑顔で送り出してくれているのに応える様に笑みを浮かべそれぞれから貰った思い入れのある物を大事に仕舞う。

 

 そして、仲間達から色んな物を貰った物を仕舞い終えた繁子を見つめていた立江は彼女にこう告げはじめる。

 

 

『私らからはそんなものしか送れないけど、知波単学園のみんなからも、しげちゃんにこれ渡してってさ』

 

『これは…』

 

『激励の寄せ書きと、後は梅干し』

 

『梅干しって…』

 

『おいしいから食べてみなって、それじゃ向こうで頑張ってくるんだよ』

 

 

 立江から知波単学園の皆が書いてくれた寄せ書きと梅干しを受け取った繁子は苦笑いを浮かべ、そんな繁子に立江は肩を叩いて笑顔を浮かべてそう告げる。

 

 この梅干し、知波単学園の皆が協力して繁子の為にと用意してくれた梅干しである。事前に立江が皆に話したおかげもあり、話に来た繁子を迎えるこのタイミングで渡す事が出来た。

 

 皆が待っている。

 

 繁子のいつでも帰って来てもいい居場所を知波単学園の皆も立江達も作っておこうと思っていた。

 

 新隊長になった繁子はこの学園に確かに暫く居なくなる。だけれど、この学園でまた全国の舞台で繁子を含めた全員で戦いたい。

 

 その思いはみんなが一緒だった。

 

 繁子はそんな立江達の思いと知波単学園の生徒達の思いを受け取り静かに話をしはじめる。

 

 

『うん、それじゃ行ってきます』

 

『行ってらっしゃい』

 

 

 そして仲間に告げる別れの挨拶。

 

 きっと永遠の別れではないがその時の繁子の心情は複雑なものであった。戦車道を捨てるか、それとも、続けるのか。

 

 時御流という流派を捨てるのか否か。

 

 立江の行ってらっしゃいという優しい言葉を受けて繁子は知波単学園の学園艦を後にした。

 

 正直、知波単学園を離れ、戦車道から離れた今、自分にとって時御流とは一体なんだったのか、夜になると寝る前にいつも考え込んでしまう。

 

 繁子は学園艦にある自身の家から出ると鞄を担いでいつもとは通学路を歩き学校を目指す。

 

 水色に縦白の線の入った制服、知波単学園とは違うその制服は繁子にはどこか着慣れない違和感を感じさせる。

 

 

「ま、最初だけやろうけどな…」

 

 

 他の生徒同様に何食わぬ顔で新たな学園へと足を踏み入れる繁子。

 

 戦車道から離れて、暫く自分を見つめなおす為に繁子は今日から普通の女子高生としてこの学園に滞在する。

 

 その繁子が新たに足を踏み入れた学園の掲げている校章には…。

 

 

 一文字だけ『継』という文字が記されていた。

 

 



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継続高校

 

 

 継続高校。

 

 名前の由来はフィンランドがソ連の侵攻を阻止するために戦った「継続戦争」から取ったものである。

 

 この継続高校であるが、前回の戦車道全国大会ではフランス戦車率いる名門、マジノ学園に勝利し圧倒的物量を誇るメグミ率いるサンダース大付属高校に奮闘し、敗戦したという自校の貧困な経済状況を感じさせない素晴らしい戦車道での実績を残した。

 

 戦車道全国大会前に練習試合でも他の学校には連戦連勝を繰り広げていた事もあり、近年、その名は広まりつつある。

 

 ダークホースと呼び声が高く、来年の戦車道全国大会では良いところまで行くのでは? とまで言われている程だ。

 

 だが、そんな継続高校の名前が霞む出来事が前回の全国大会では起こっていた。

 

 そう、知波単学園。

 

 近年ではベスト4まで行った実力も霞んでしまい、負けを積み上げてきた名門校。

 

 もはや知波単学園の戦車道は過去の遺物、黒森峰に並ぶ程の呼び声の無い戦車道を繰り広げる学校では無いと烙印を押されつつあった。

 

 だが、そんな前評判を覆すかのように今年の知波単学園は強豪、サンダース大付属。聖グロリアーナ女学院を撃ち破りなんと前人未到の決勝まで快進撃を続けた。

 

 知波単学園の活躍の裏で霞んでしまった継続高校。そんな、継続高校の裏の躍進にはこの三人の一年生が大きく関わっている。

 

 

「…ねぇ、聞いた? ミカ。 今日から短期転校生が来るんだって」

 

「そうなんだ。聞いてないな」

 

「聞いてないってより興味なさげだけど…」

 

「そんなことは無いさ、私は常に何事にも興味があるよ、人生には大切な時が何度か訪れるけど今がその時の一つかもしれないだろ?」

 

「…さっきまで知らなかった癖に」

 

「まぁまぁ、ミッコ…」

 

 

 そう言って継続高校の教室で雑談を繰り広げる三人。

 

 この三人こそが、知波単学園の陰に隠れながも確実な実績を継続高校にもたらした一年生達である。

 

 その三人の中の一人、チューリップハットをかぶり、人生訓のような哲学じみたフレーズを口にする少女は捻くれた様な口調でありながらも余裕がある物腰でこう語り始めた。

 

 

「短い間であれ、この学園に来たのも何かの縁かもしれない」

 

「ん…? 短期転校生を誘うつもりなの?」

 

「いや、まだ顔も見てないからね、戦車道をやるかはわからないさ」

 

「てか、どっからの短期転校生なのよ、アキ」

 

「聞いた話だと私は知波単学園って聞いたけど…」

 

 

 ブロンド色の髪を二つ結びで纏めたおさげ。外見や立ち振る舞いは若干幼げに見えるアキと呼ばれる少女は聞いた話を二人に告げた。

 

 知波単学園、前回の戦車道全国大会2位という快進撃を果たした名門校となれば戦車道全国大会の舞台で戦った彼女達が知らないわけがなかった。

 

 決勝でも、あの絶対王者、黒森峰女学園との激闘を繰り広げ、後一歩のところまで追い詰める程の実力を発揮した。

 

 その立役者である知波単学園のルーキー五人組の活躍は目覚ましいものがあり、特に隊長の辻つつじの懐刀、城志摩 繁子と呼ばれる一年生は戦車道全国大会の中で話題が持ちきりになるほどの人物であった事はこの三人の記憶には新しい出来事だ。

 

 時御流、かつては島田流、西住流と肩を並べるほどの力を持った流派。

 

 その流派を使う五人組の戦い方は決勝の試合を観戦していたミカ達に衝撃的な印象を与えた。

 

 しばらくして、そんな他愛の無い雑談を繰り広げていたミカ達の担任の教師が教室へと入ってくる。

 

 

「はい、では皆さん、お静かにしてください!」

 

「ん…、どうやら先生が来たみたいだね」

 

「ミッコ! 先生来たよ! 前向こう! 前!」

 

「おっとっと!」

 

 

 そうアキから言われ、思わず振り返り真っ直ぐ担任の方へと身体を向けるミッコ。

 

 どうやら、噂の転校生とやらが来たみたいである。ミカ達は顔を見合わせるとどんな生徒がこの継続高校にやって来たのか気になって仕方ない様子であった。

 

 そして、暫くすると担任の教師が口を開き生徒たちに改めてこんな話をしはじめた。

 

 

「今日から短期転校生が知波単学園からやって来ます。…ささ、入って来てください」

 

 

 そう言って、担任は廊下の方へと手招きをして短期転校生を教室へと呼び寄せる。

 

 しかしながら、この短期転校生を呼び寄せてから暫くして、教室へと足を踏み入れて現れた少女の姿に継続高校の生徒たちが一斉に騒めき出した。

 

 それもそのはずだ、戦車道全国大会の決勝はテレビで中継されている。

 

 その見たことのある風貌。そして、あの黒森峰女学園の西住まほと激闘を繰り広げた有名な一年生の姿がそこにはあったのだから。

 

 彼女は何事も無く教室に入ってくると毅然とした態度で教卓に立つ教師の横に並ぶ。

 

 背丈はちっさく、威厳の無い様にも見える。

 

 だが、醸し出される雰囲気はやはり他とは違い異質だった。まるで、そう例えるなら、初めて来た田舎の一面に広がる田んぼの風景を目の当たりにした時の様な雰囲気と言えば良いだろうか。

 

 

「自己紹介お願いできますか?」

 

「知波単学園から来ました。城志摩 繁子です。よろしくお願いします」

 

 

 戦車道全国大会が終わってから、テレビのインタビューや雑誌の取材などで繁子の名を知る機会はたくさんある。

 

 特に戦車道全国大会は女子高生ならば目の当たりにする機会が多い競技だ。西住まほと城志摩繁子の知名度はあの大会からグッと高くなったと言っても良いだろう。

 

 当然ながら、教室からは…。

 

 

『あの娘、雑誌で見たことある』

 

『噂の一年生じゃない? あの娘』

 

『すごい有名人じゃん! …うわぁ! 後で握手してもらおう!』

 

『私、日曜日の夜によくテレビで見かけた事あるよ!』

 

 

 などの声が当然のようにあちらこちらで上がった。

 

 城志摩 繁子。今や黒森峰の西住まほと来年は双璧を成すだろうと言われている一年生ルーキー。

 

 知波単学園の戦車道での後任の隊長に任命されたという話は継続高校にも当たり前の様に知れ渡っている。だが、そんな彼女が何故、継続高校に短期転入してきたのか?

 

 ミカ達はそこが不思議でならなかった。

 

 暫くして、自己紹介を終えた繁子は先生の指示に従い指定された机に鞄を持って座る。

 

 それから、いつものように授業が始まり、皆は先生の講義に耳を傾けてノートをとり始めた。

 

 学生の本分は勉学である。

 

 そして、時間が経ち終わる授業と共に当然ながら繁子の周りにはたくさんの人だかりができていた。

 

 転校生が珍しいのはどこも同じである。

 

 

「ねぇ!ねぇ! 繁子ちゃんってあの城志摩繁子ちゃんだよね!」

 

「すごーい! サイン書いてもらってもいいかな!」

 

「なんでウチに来たの? あ、もしかして! 戦車道する為?」

 

「…あー…えーと」

 

 

 この勢いには流石の繁子もタジタジである。

 

 確かに繁子は知波単学園からこの継続高校に今日から短期転入して来て皆が珍しがるだろうなとは思っていた。

 

 しかしながら、ここまでの反応は正直な話、かなり予想外だった。

 

 だが、クラスメイト達が挙げた事柄に関して、繁子がこの継続高校に来た理由は全く異なっていた。

 

 

「いや、ウチは自分を見つめなおす為にこの学校に短期転校したんよ」

 

「自分を見つめなおす??」

 

「まぁ、ちょっと…しばらく戦車道から距離置こうって考えてなんやけどね、後、うちの事はしげちゃんでええよ」

 

 

 そう言って繁子は柔らかく微笑み寄ってきた皆に応える。

 

 今日からしばらくは同じクラスメイトだ。そこには、皆と仲良くしておかなければならないという繁子の気遣いがあった。

 

 そんな親しみやすい繁子が継続高校のクラスメイトから受け入れられるのには20分も掛からなかった。

 

 

「そうなんだ、大変だったんだね」

 

「せやねん、ウチにもいろいろあってなぁ」

 

「あ、しげちゃんの趣味ってなんなの?」

 

「一応、ギターとかやってるで! あと農業とか建築とか…」

 

「凄いじゃん! ねぇ! ねぇ! 今度バンド誘うから是非聞かせてよ!」

 

「あははー、機会があればやなー」

 

 

 そう言いながら繁子はサラサラーとサインを色紙に書いて希望していた女生徒に手渡す。

 

 農業や建築という話を軽くスルーしているが、彼女達は聞かなかった事にしているだけである。まさか、華の女子高生が建築や農業なんてしているとは夢にも思わないだろう。

 

 すると、そんな繁子の目の前にいつの間にかさらりとした長い髪にチューリップハットをかぶった少女が繁子の机に腰掛けていた。

 

 

「やぁ、君が城志摩 繁子ちゃんかい?」

 

「ん…?」

 

「あぁ! ミカ何やってるの!?」

 

 

 ブロンド髪の少女、アキが静止する間もなくいつの間にか繁子の目の前にミカはいた。

 

 いきなりの突撃、心の準備も何もあったものでは無い。だが、しかし、ミカは動じずに繁子にニコリと笑みを浮かべていた。

 

 そして、彼女はカンテレをどこからか取り出すとポカンとしている繁子にこんな話をしはじめる。

 

 

「風に呼ばれてやって来たのさ、さぁ一緒に戦車道をやろう…」

 

「あ、そのカンテレええな! 結構良い木使ってるやろ?」

 

「えぇ!? 食いつくところそっちなの!?」

 

 

 まさかの繁子の返答に度肝を抜かされるアキ。

 

 だが、話の腰を折られたミカも負けてはいない、ポロンとカンテラを繁子の前で鳴らしてみせると続ける様にこう告げ始めた。

 

 

「このカンテレの良さがわかるなんて…やっぱり私はキミと戦車道をやる運命だったんだ…」

 

「へぇ…確かに11弦やな。 おぉ、この肌触り、ポプラの木やね! 普通、カンテレはポプラや松、ハンノキ、唐檜やけれどええポプラの木を使っとるわ、最古のカンテレは一本の木を刳り貫き、表面に5本の弦を張った楽器やったね」

 

「ごめん、アキ、この娘何言ってるかわからない」

 

「ミカが折れた! 折れたよ! ミッコ!」

 

「嘘ォ!?」

 

 

 そう言って、繁子の勧誘に乗り出し奮闘空しく、全く違う事柄に食いついた繁子に負けを喫したミカは顔を引きつりながらアキに助けを求めた。

 

 確かに、カンテレに詳しい話を転校初日の繁子からぶっこんで来られれば普通の女子高生でなくとも通訳が必要だろう。

 

 ミカも大概マイペースであるが繁子の農家的知識とカンテレ知識がそれを見事なまでに粉砕してみせた。これには同級生のアキもミッコもビックリである。

 

 それよりも気になったのは、何故、ミカのカンテレを触っただけで素材がわかったのかというところだろう。

 

 

「…なんでこのカンテレがポプラの木でできてるってわかったのかな?」

 

「キミも木の気持ちになればわかるで」

 

「やばい、この娘、ミカと同レベルかそれ以上の曲者だよ」

 

 

 そう言って、繁子から木の気持ちになれと告げられて全く理解できないミッコはひたすら顔を引きつらせるしかない。

 

 しかしながら、周りの生徒達はそんな繁子のカンテレの知識に目を輝かせていた。ここまでカンテレの知識が深いと逆に尊敬したくなるのもわかる。

 

 ここは継続高校、フィンランドの伝統が色濃く浸透する学校である。

 

 

「すごーい!しげちゃん物知りなんだね!」

 

「まぁ、北海道で行ってポプラの木調達した事あるからな」

 

「北海道まで行ったの!? 木を調達するためだけにっ!?」

 

 

 とんでもない繁子のカミングアウトにただただ驚かされるばかりの一同。

 

 他にも無人島を開拓したり、戦車作ったり納屋作ったり、全国の厳選素材を集めたラーメン作りをしているのであるが、話せばキリがないだろう。

 

 繁子はとりあえず気を取り直して声かけてきた

 

 

「ところでスナフキンにムーミン」

 

「スナフキン…」

 

「ムーミンって…」

 

「あははは! 確かに二人とも似てる似てる!」

 

「「笑うな!」」

 

 

 そう言って、二人の繁子から付けられたあだ名に大爆笑するミッコ。

 

 確かに似ているといえば似てる。ムーミン谷に高校がありますとこの場で宣言しても何ら違和感が無さそうなところがミッコのツボに入った。

 

 だが、繁子は続けざまにミッコにもこう告げる。

 

 

「キミはミィに似てるな、やっぱりこの学校、ムーミン谷高校の間違いなんやないか?」

 

「「あはははははははっ!」」

 

「よーし! 転校生! いい度胸だ! 誰がスナフキンの姉だ!」

 

「…ミッコ…、私のお姉ちゃんだったんだね」

 

「衝撃の真実」

 

「絶対に嫌だわ! そんな真実!」

 

 

 そんなやり取りをしながら三人を含めた繁子の周りはワイワイと笑い声が溢れていた。

 

 転校初日、いろんな不安があったが、どうやらなんとかやっていけそうである。

 

 継続高校での初日はこうして過ぎてゆく、そして、継続高校のクラスメイト達と話が盛り上がる中で繁子は最後の最後にとんでもない爆弾を投下していった。

 

 

「ちなみにムーミンってトロールらしいで」

 

「そんな真実知りたくなかったよ!?」

 

 



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戦車強襲競技(タンカスロン)

 

 繁子が継続高校に短期転入してから数日が過ぎた。

 

 クラスにも馴染み、皆と親しくなった繁子。

 

 継続高校の皆は暖かく繁子を迎えてくれた。やはりそれは繁子の親しみやすく愛されやすい人柄もあっての事だろう。

 

 

 だが、そんな彼女は現在ある事態に直面することになっていた。それは…。

 

 

「なんやこれ…」

 

「やぁ」

 

「やぁじゃ無いわ! このアホ!」

 

 

 同じクラスメイトである三人トリオ、ミカ達から拉致されていた。繁子はミカ達三人から継続高校の戦車を保管してある倉庫まで縄で縛られ、担がれて連れてこられたわけである。

 

 だが、繁子はこんな場所に連れてこられでも仕方が無い、繁子はこの学校では戦車道をするつもりは無いのだから。

 

 そのことは再三、クラスメイトやミカ達には話している。

 

 だからこそ、この拉致はとても意味あるものとは繁子は思えなかった。

 

 繁子は苦笑いを浮かべながら拉致られたこの継続高校の車庫を見渡し、継続高校が揃える戦車を見渡すと深いため息を吐く。

 

 

「あのなぁ、うちはこの学校で戦車道はせえへんって言うたやろ」

 

「おや? そんな話聞いたかな? アキ?」

 

「いや、ミカ、言ってたよね」

 

「記憶に無いな、多分、風が運んできた虚言だろう」

 

「いや、拉致って来た本人がそう言ってるじゃんか…」

 

 

 そう言って、ポロンとカンテレを鳴らすミカに苦笑いを浮かべてそう告げるアキ。

 

 風が運んで来た虚言なら仕方ない。

 

 兎にも角にも、こうしてミカ達三人から拉致られた繁子はこの継続高校の車庫を見渡す。

 

 そこにはBT-42、BT-7、BT-5、T-34/76とT-34/85といった戦車が並んでいた。

 

 そして、極め付けはKV-1である。

 

 だが、この中には明らかに継続高校が所有しているだろう戦車以外の物が存在している。

 

 

「なーんでT-34/85とか76があるんや…しかもKV-1って…パクッてきたやろこれ」

 

「風が運んで来たのさ」

 

「ちょっと頭出し、アンタ、ホンマに拳骨したる」

 

「お母さん、すいません」

 

「お母さん!? しげちゃんお母さんなの!?」

 

 

 そう、言って繁子に素直に謝るミカ。

 

 プラウダ高校から盗んで来た戦車であることは車体を見れば大体わかる。継続高校がいくら貧乏だからといって盗みはいけない。

 

 しかしながら、今更返す云々の話をしたところで最早、意味は無いだろう。プラウダ高校ほどの名門なら戦車の一台や二台なくなったところでどうにでもなる話だ。

 

 だが、盗みはやはりダメである。戦車を作り自作する繁子だからこそ、そこはなおさら厳しかった。

 

 縛られながらもオカンオーラ全開の繁子にミカも流石に謝るしかなかった。今、繁子に素直に謝らなかったら大阪風の長々としたお説教と拳骨が待っていることが明白であるからである。

 

 ミカはコホンと咳払いをしてとりあえず気を取り直す。そう、本題は何故、繁子をこの場所に拉致って来たのか。

 

 

「もちろん、私達だってしげちゃんを無理矢理戦車道に引きずり込もうという訳じゃないさ」

 

「…なら何の用があって…」

 

「戦車道でなければ良いんだろう?」

 

 

 そう告げるミカは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 確かに戦車道はしないと言ったし、繁子は自分を見つめなおす為にこの継続高校にやって来た。

 

 しかし、そんな自分をこの車庫に連れてきたミカ達、そして、彼女達が提示してきたのは戦車道では無いものだ。

 

 繁子もこれには眉をひそめた。戦車道でないならば何で自分にこの車庫をわざわざ見せてきたのか、しばらく思案した後に繁子はある結論にたどり着いた。

 

 継続高校は貧乏、よって資金が掛からない戦車戦で資金を稼ぎたい。

 

 ならば、それに当てはまる戦車での戦い方が確かにあった。

 

 

「…戦車強襲競技(タンカスロン)か」

 

「そうだと言えるしそうでないとも言える」

 

「なら、うちは必要あらへんな」

 

「嘘です、タンカスロンだよ! 何言ってんのミカ!?」

 

「図星やったから言えへんかったんやろ?」

 

「さぁ…なんのことだか…」

 

「目を逸らさずにこっち見ようか〜」

 

 

 そう言いながら自分から視線を逸らすミカににこやかな笑みを浮かべて告げる繁子。

 

 ミカは涼しい顔ですっとぼけている様に見えるが至近距離に迫る繁子の顔に圧倒されて背中には冷や汗をかいている。図星なのだ。

 

 そんな事は百も承知である繁子はため息をひとつ吐くと呆れた様な表情を浮かべる。捻くれ者だとは思っていたがミカはプライドもどうやら高い様だ。

 

 

「とりあえずこの後ろの縄取っ払ってくれへん?」

 

「あ、うん、わかった」

 

「ふぃ…これでようやく身動き取れるわ」

 

 

 そう言いながら繁子は縄を解かれ、縛られていた手首を確認しつつコキリと首の骨を鳴らす。

 

 とりあえず、ミカ達の要件はわかった。確かにタンカスロンならば戦車道では無い、それに規定車数をクリアする必要も無く1輌でも十分に試合が行えるだろう。

 

 しかしながら、その試合を行うに当たってはそれ相応の準備がいる。

 

 アキは申し訳なさそうな表情を浮かべて縄を解いた繁子にこう話をし始めた。

 

 

「ごめんね、しげちゃん、ミカも私達も悪気があったわけじゃないの…ただ、貴女の試合を見てたら…その…勿体無く感じちゃって」

 

「ん…見てたんか」

 

「…うん、決勝もその前のグロリアーナ戦もサンダース戦も全部見たよ私達」

 

「…そっか…」

 

 

 だが、繁子には当然、それでも戦車に乗る事自体に抵抗があった。

 

 この学校に来たのは自分を見つめ直す為、果たして、こっちではやらないと決めた戦車に自分が乗るべきか否か。

 

 繁子には知波単学園で待つ立江達がいる。そんな彼女達を置いてきて、自分が果たしてこの学校で再び戦車に携わっても良いものか。

 

 だが、目を潤わせてこちらを真っ直ぐに見つめてくるアキを見ていたら無下にすることも出来ない。

 

 彼女達は繁子の試合を見て、感動し共に戦車に乗りたいが為に今回の強行手段に出た事も繁子には理解出来ていた。

 

 共に戦車で戦いたいと言われれば確かにうれしくないわけが無かった。

 

 

「ダメ…かな? 私達はもっと戦車道を強くなりたい。だから、貴女の戦車道を少しでも良いから盗んで上手くなりたいの…折角出来たこの縁を無駄になんかしたくないんだ」

 

「しげちゃん、私からもお願い! 一緒に戦車に乗って欲しい!」

 

「…んー…せやな…」

 

 

 繁子はそう言いながら困った表情を浮かべて頬をかく。

 

 三人はこの継続高校をもっと強くしたいと強く願っている。だからこそ、自分の戦車戦を見せてくれと乞うてきた。

 

 そんな願いを繁子は無下には出来ない。この三人の姿が知波単学園に入学したばかりの自分達五人の姿になんとなく重なった。

 

 最初に知波単学園に入学した時、繁子は立江と交わした話を未だに覚えている。

 

 

『あー…このネジ、バカになっとるね』

 

『そうだねぇ、ねぇしげちゃん』

 

『ん…? なんやぐっちゃん?』

 

『私らどこまで行けそうかな?』

 

『ん〜…せやねぇ』

 

 

 スパナを回し、履帯を修理しながら繁子はそんな他愛のない会話を立江としていた。

 

 自分達の目標、入学した当初は時御流を復活させる為、自分達の戦車道を貫く為に知波単学園に入学した。

 

 けれど、明確とした目標なんてものは無かった。ただ五人でこの学校で行けるところまで行きたい。

 

 もっともっと、戦車道を強くなりたい気持ちだった。

 

 

『行けるところまでやね!』

 

 

 繁子はそう言って笑っていた。

 

 行けるところまで、この五人なら行けると繁子は信じて疑わなかった。時御流の戦車道を皆に認めて欲しかった。

 

 繁子はその時の事をふと思い浮かべていた。きっといつかその時はまた訪れる。だけど、待ってるだけではきっとそのチャンスはつかむ事は出来ないだろう。

 

 繁子はふと笑みを浮かべると継続高校の三人にこう告げはじめた。

 

 

「えぇよ、やろうか…強襲戦車競技(タンカスロン)」

 

「しげちゃん…いいの?」

 

「うん、ええよ、なんか大事なものを思い出した気がする。ありがとな」

 

「やった! ミカ! ミッコ! しげちゃんタンカスロンやるんだって!」

 

 

 その繁子の返答にアキは嬉しそうに声を上げた。

 

 戦車道じゃない、繁子の戦車戦の原点。強襲戦車競技(タンカスロン)。

 

 それならきっとまた何か大事なものを取り戻せる気がする。今、以上の自分の戦車道を信じて戦える。

 

 だから、繁子はこの継続高校で再び戦車に乗る事に思い至る事が出来た。

 

 

「なら準備せなあかんね、ちょっと電話するけどええかな?」

 

「うん! …大丈夫だけど…誰に電話するの?」

 

「ふふ、ウチの相棒や」

 

 

 そう言って繁子は携帯端末を取り出して連絡を取りはじめる。

 

 彼女が自分が学園を離れる前にくれたお守りはまだ大事にとっている。麦入りのお守り、繁子は思った、そう、戦車道に最初から一人なんてものは無いと。

 

 時御流の戦車道とは皆との絆で紡ぐ戦いだ。

 

 まほのように一人だけでも状況を変えられる人間だけが勝てる競技では無い。甘えていたと思っていた考え方が間違っていたと繁子は気づかされた。

 

 

「あ、立江か? ちょっとお願いがあるんやけど。対戦車ライフル10丁程用意してくれへん?」

 

「…え…? ちょ…ちょっとしげちゃん…?」

 

「せやせや、…んー、クレーン車かぁ…。ならパワーショベルとブルドーザーも頼むわ」

 

「クレーンに…ショベルにブルドーザー!?」

 

 

 繁子の口からどんどん出てくる言葉に目を丸くするアキ。

 

 確かに戦車ではなく繁子から飛び出てくるワードは働く車達ばかりである。しかも建築関係ばかりの車だ。

 

 これで一体何をするというのだろうか。

 

 

「た、タンカスロンなんだよね…?」

 

「ん…? せやで、せやから…」

 

 

 繁子はそう困った表情で訪ねてくるアキに応えると一旦言葉を区切り、意味深な笑みを浮かべる。

 

 そして、再び話し出した繁子の雰囲気は今までにないほどの威圧感を帯びていた。

 

 戦車強襲競技(タンカスロン)。それはすなわちなんでもありの戦車戦。

 

 すなわち戦車道というタガが外れた。戦車道というリミッターが外され、時御流の真価が発揮できるであろう戦場になった訳である。

 

 現西住流、最強である西住しほをもってしてもタガが外れた時御流はもはや西住流、島田流を凌ぐと言わしめるほどだ。

 

 本来の時御流の力を100%出すことのできるまさに、天下無双の戦場なのである。

 

 

「…ちょっとだけ本気を出すだけやで?」

 

 

 そう三人に告げた繁子の笑み。

 

 だが、それとは裏腹にアキ達三人が見た繁子の背中には鬼神か阿修羅がそびえ立っているような錯覚さえ感じた。

 

 背筋が思わず凍りつく。

 

 一見、普段は温厚であるような繁子、この時の三人は確かにこの繁子が放つ異質な雰囲気に思わず目を丸くしてしまった。

 

 あんなに親しみやすく、話しやすい繁子がこんな空気を醸し出すなんて思わなかった。

 

 だが、そんな中、アキ達三人の中でも笑みを浮かべている者がいた。

 

 

「確かに…、黒森峰女学園と決勝であれだけの戦い方をするだけはあるね」

 

 

 ミカは不敵な笑みを浮かべて繁子にそう告げる。

 

 背筋が凍りつくどころか、ミカは血潮が熱くなるのを感じた。圧倒的でありながらもミカ自身もまた、繁子と同じくして怪物並の実力を持っているからかもしれない。

 

 異質な雰囲気の中、携帯端末を仕舞った繁子にミカは手を差し伸べる。

 

 

「…君のことをもっと教えておくれよ」

 

「それは、ウチの戦い方を見てれば嫌ほどわかるようになるで」

 

 

 一見、互いに笑顔で握手を交わした二人。

 

 けれど、この握手の元、後に戦車強襲競技にもたらす激しく吹き荒れる嵐は時御流の恐ろしさを世に知らしめるきっかけに過ぎなかったのである。

 

 今、鎖が外れた虎が再び、野に放たれる時がやって来た。

 

 時御流、城志摩 繁子の戦車強襲競技(タンカスロン)での戦いが継続高校にて幕をあける事になった。

 



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試合への道程

 

 

 戦車強襲競技。

 

 それは、なんでもありの戦車による野良試合。10トン以下の戦車を使い互いに死力を使い戦う戦車戦である。

 

 時御流はかつて、この競技で猛威を振るった事は特に良く知られている。

 

 だが、戦車強襲競技(タンカスロン)は王道のフラッグ戦、殲滅戦の戦車道競技よりもマイナーな種目。

 

 この競技で結果を出したところで世に時御流が知れ渡る事はまずなかった。そう、先日の戦車道全国大会があるまでは…。

 

 西住流に敗れはしたものの、その知名度は以前に増して格段に増えていた。そして、繁子もまたそれに伴い、有名な人物であることが世に知れ渡りつつある。

 

 さて、そんな繁子だが、先日、継続高校に入学してから数日、戦車道から離れて自分を見つめ直す事を決めた彼女はミカ達から誘われ戦車強襲競技に参加することになった。

 

 

「おー永瀬! 来たか!」

 

「おまったせー! しげちゃん! 持って来たよ!」

 

「うわ! 本当にケホ車だ!」

 

 

 軽戦車、ケホ車から登場した永瀬に驚きながらも彼女の乗ってきた戦車に目を輝かせるアキ。

 

 五式軽戦車ケホは10トンの重量の軽戦車。このケホはそれをさらに軽く改造し機動性を上げた時御流改造ケホ車である。

 

 しかも、重量だけでは無い、このケホの持つエンジンは世界最速を誇るクロムウェル戦車が持つミーティアエンジンを小型化したものを搭載。

 

 

 さらに主砲は手を加えて軽量化を施した主砲を搭載、4連射式の主砲で場合によってはあの超重量級マウスすらも撃沈させてしまう程のトンデモ主砲である。

 

 まさに魔改造に魔改造を加えたタンカスロンの為の時御流が誇る鬼神戦車。

 

 この変態的なケホ車の改造を施したのは永瀬と立江、そして、真沙子の三人である。

 

 そして、この魔改造戦車を1輌だけ繁子は持ってくるように永瀬に頼んだ。

 

 

「サンキュー永瀬、助かったわ」

 

「いいっていいって! 立江が後からクレーン持って来るからよろしくね!」

 

「仲間との友情は不滅か…戦車が絆を紡ぐんだね」

 

 

 そう言いながら、カンテレを持ったアキは早速魔改造を加えたケホ車に寄りかかるとポロンとカンテレを鳴らす。

 

 さて、本題はこのケホ車を使って何処の学校と戦うかである。

 

 繁子はタンカスロンを行うにあたり、その対戦相手まだ決めていない。

 

 しばらくして、立江がクレーン車に乗ってやってくる。時御流のメンバーは全員、クレーンとユンボ、シャベルカーの様な働く車は全て運転する技術を兼ね備えている。

 

 タンカスロンにおける地形変化は主にこれらを使って行うからだ。

 

 戦車戦にはもちろんクレーンやシャベルなんかは使わない、使うのはむしろ試合に加担しない者たちだけだ。

 

 タンカスロンのギャラリーは基本的には安全を保証しない代わりにどんなところでも試合観戦が行う事ができる。

 

 逆に言えばそれは…。

 

 

「まぁ、タンカスロンのルールでギャラリーがクレーンやシャベル使って地形変えたらアカンなんてルール無いもんな」

 

「…なんか今、ひどい話を聞いた気がするんだけど…」

 

「気のせいさ、風の戯れだよ」

 

「いや、聞いたよはっきりと…なんてこと考えつくんだろうか」

 

 

 そう言いながらアキは顔を引きつらせて冷静なミカに顔を真っ青にしながらそう告げる。

 

 時御流が用いる自分達が戦いやすい環境作りは十八番。クレーン車にシャベルを取り寄せた繁子の考えはよくわかった。

 

 そして、なおかつ、10丁の対戦車ライフルもおそらくは同じような理由だろう。

 

 観戦していたギャラリーがもし、試合中に対戦車ライフルを使って敵戦車に撃ち込んだとしても一発ぐらいは誤射かもしれない。

 

 そう、繁子は最大限に使えるものは全部使う。

 

 

「んで、継続高校の軽戦車は…」

 

「T-26戦車だよ、私達が手塩にかけて改造した自慢の戦車さ」

 

「いやそれプラウダからパクッてきた戦車やろ…、まだ隠しとったんかい」

 

「さぁ…?」

 

「すっとぼけなさんな」

 

 

 そう言ってどこから取り出したのか繁子のハリセンがスパンッとミカの後頭部に炸裂する。

 

 ハリセンが直撃し頭を抑えるミカ、しばらくしてムスーと頬を膨らませると繁子の方に振り返り口を尖らせてこう話をし始める。

 

 

「痛いじゃないか」

 

「痛いじゃないかやのうて反省せんかい、軽戦車くらい自作して作れるやろ?」

 

「え? 自作するってどのレベルから?」

 

「まず、鉄鉱石から集めます」

 

「そこからなの!?」

 

 

 ミッコの質問に対して、永瀬のなんの躊躇もない言葉に仰天するアキ。

 

 鉄鉱石から軽戦車を作るという発想は無かった。というより繁子達は普通に鉄鉱石から戦車を作ることになんの抵抗もないあたりでもはや普通の女子高生の枠から外れてしまっているのだろう。

 

 まさに、戦車道をする女子高生達にとっては彼女達の存在は、はぐれメタルである(鉄だけに)。

 

 

「試合を組むにしてもどの学校とするの?」

 

「そうやなぁ…まずは全国回るところからはじめようか」

 

「いや、おかしいおかしい」

 

 

 とりあえず、試合相手も未だに決まってない。

 

 戦車強襲競技をするにしても相手をまず見つけなくてはならないだろう。だが、そのレベルが全国を回るレベルからだと全国回るだけで繁子の短期転入が終わってしまう。

 

 そして、そんな中、案を出したのはミカである。彼女はポロンとカンテレを鳴らすと繁子にこう告げた。

 

 

「そのうち風が運んで来るさ…」

 

「そぉい!」

 

「ぴゃあッ!?」

 

 

 だが、その宛のない返答に遂に業を煮やした繁子が牙を剥く。

 

 繁子はミカの背後から近寄るとその豊満な胸を持ち上げた。のらりくらりなミカの性格を見る限りしっかり冷静な考えを示さないのは思考が全て胸に行ってるからだと繁子は結論つけたのである。

 

 ちゃんと考えてるなら戦車なんてよその学校から盗まない。しかも、戦車強襲競技をする対戦相手の学校ものらりくらりと来ればこれは鉄槌が必要である。

 

 

「あんたこんなおっぱいしとるから反省せぇへんのやろ! 謝れ! この歳になってもCあるか無いかわからへんウチに謝れ!」

 

「…やっ…ん…っ!…はぁ…っ…。 ま、待ってそこは…っ!」

 

「しげちゃん、思うんだけどそれ地味に自分にダメージ受けてるよね」

 

「永瀬…。それは言うたらあかん」

 

 

 繁子は心の中で泣いた。いや、泣くしか無かった。

 

 ミカもそうだが、永瀬も大概プロポーションが良いため、彼女にお灸を据える時は毎回このやり方なのであるがこれは単に繁子にもダメージが入る。

 

 それは何故か、彼女の胸に聞けばわかるだろう。フラットでは無いが着瘦せして慎ましい繁子の胸がこの時ばかりはより痛々しく永瀬には思えた。

 

 そして、繁子は一通りミカの胸を揉み終えるとため息をつきこう話し始めた。

 

 

「まぁ…冗談はさておきやな、戦車強襲競技やるならウチら流のやり方でもええねんけど」

 

「しげちゃん流のやり方? 何それ?」

 

「それはやな」

 

 

 繁子はそこで言葉を区切ると首を傾げるアキにニヤリと悪戯そうな笑みを浮かべている。

 

 どうやら、戦車強襲競技の対戦校を見つける手っ取り早い方法があるらしい、アキ達三人は顔を見合わせ、その話を聞いていた永瀬は苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 北富士戦車道演習場。

 

 現在、繁子から連れられてきたアキ達三人はものすごい状況の渦中の中にいた。

 

 繁子は知波単学園に連絡を取り、合流した山口立江、松岡真沙子と共に先ほど話していた戦車強襲競技の対戦校を調達中なのであるが…。

 

 

「どうしてこうなったの…」

 

 

 アキは現在に至る状況に顔を引きつらせるしか無かった。

 

 それもそのはず、戦車強襲競技の対戦校を見つけるのに援軍を呼んだと繁子は確かに言っていた。

 

 言ってはいたが、その調達の仕方が途方もなくとんでも無いやり方であったのである。それは…。

 

 

「ほんじゃええんやな? ここにいる全員で文句は無いな?」

 

「上等よ! 戦車1輌しか使わないでここにいる全員相手にできると本当に思ってんの?」

 

「おう、思ってるわよ、おら! とっとと雁首揃えて来なさい! その喧嘩買ってあげるわ」

 

「ほらほら他の娘達もママのいる家に帰って本隊呼んで来きなよ! 戦車がなんぼのもんじゃ! 何輌でも持って来な!」

 

 

 北富士戦車演習場で盛大に啖呵を切り辺り構わず喧嘩を吹っ掛けていた。

 

 というのも繁子達の作戦のうちで戦車1輌だけでこの北富士戦車演習場に乗り込めば笑われるのはわかっている。

 

 だからそれを利用して盛大に敵を作ってしまおう作戦というわけである。しかし、啖呵の切りかたからして真沙子がしっくりきているあたり完全に輩さんである。

 

 それに便乗して立江と繁子がまくし立てたり、煽ったりしてあっという間に対戦相手がバンバン増えていた。

 

 いや、対戦相手というよりはもはや規模がでかすぎる、挙げ句の果てに助っ人好きなだけ呼んでこいという始末だ。

 

 

「…しげちゃんってなんかすごいね」

 

「今日は…風が騒がしいな…」

 

 

 そう言いながらポロンとカンテレを鳴らすミカ。

 

 この場合、風が騒がしいのではなくギャーギャーと啖呵を切りあっている繁子達とギャラリーが煩いのであるがミカは全く動じてないようであった。

 

 すると、そんなカンテレを鳴らしたミカの横からすっと見知らぬ女の子がアキ達の前に現われる。

 

 そして、ミカの言葉に続けるようにこう語り始めた。

 

 

「でも少し…この風…泣いています…」

 

「え? …だ、誰?」

 

「急ぐぞ、ミカ、風がこの演習場に良く無いものを運んで来ちまったらしい…」

 

「ちょっとミッコ? 何? どんな世界観なの?」

 

 

 見知らぬ女の子、国舞多代子の一言に便乗しはじめる自分の仲間達に目を丸くするしか無いアキ。

 

 いきなりこんな意味不明な会話がはじまれば誰だってそうなるだろう。しかも、何やら話が繋がっているようである。

 

 すると、ミカはすっと立ち上がってカンテレをポロンと鳴らすと儚げな表情を浮かべこう語り出した。

 

 

「急ごう…風が止む前に…」

 

「ねぇ! ねぇ! あそこのコンビニ! コロッケ半額だって! これ終わったら行こうよ!」

 

「ふん!」

 

「あいた!? なんで!?」

 

 

 そして、狙いすましたかのような永瀬の登場に多代子のチョップが炸裂する。

 

 いつものことだが、空気を何事もなくブレイクする永瀬のメンタルの強さには多代子も感服するばかりである。

 

 一方、その頃、北富士戦車演習場に来ていた全員と盛大に啖呵を切りあう三人はどうやら話が着いたらしくこちらに戻ってきた。

 

 どうやら、話はうまくまとまったようである。

 

 

「いやー、久々に昔の血が騒いじゃったわ」

 

「えっと…それで試合は…?」

 

「とりあえずやるみたいやで、向こうさんは全員合計して25輌使うんやと」

 

「2、25ォ!? えぇ!?」

 

「いや、それぞれから雁首揃えてこいって啖呵切っちゃったもんだからさー、ごみんごみん」

 

「まぁ、あれだけ人数おって各自高校から助っ人持って来いって言うたんやからそれくらいはどうにでもなるやろ」

 

 

 そう言いながら繁子は肩を竦めた。

 

 とりあえず対戦校は確保したらしい。それも『大量に戦車を持ち込んでくるから首洗って待ってな!』状態である。

 

 しかしながら、そんな中でも繁子は飄々し全く動じる素振りは見せなかった。

 

 そんな中、アキは恐る恐る繁子にこんな質問を投げかける。

 

 

「ち、ちなみに私達が使う戦車は…」

 

「ケホ1輌だけやで」

 

 

 どうにでもなるレベルではない。

 

 繁子の話を聞いたアキは『きゅう…』と言って卒倒しそうなところをミカとミッコに支えられる。

 

 何処の世界に25輌の戦車に1輌だけで挑む無謀な戦車戦があるのだろうか、だが、繁子達はそれに関しては全く動じる気配が無い。

 

 ミカは繁子を見つめるとにこやかに笑みを浮かべていた。

 

 

「何やら…勝算があるみたいだね」

 

「ま、そんなところやね」

 

 

 そうミカに告げた繁子は笑みを浮かべていた。

 

 時御流、対戦相手確保方法。それにより繁子とミカ達の戦車強襲競技は25輌の戦車からなる連合チームとの試合となった。

 

 戦車強襲競技は戦車道にあらず。

 

 戦車を駆り、敵戦車を焼け野原にするのが目的である。

 

 手段、やり方、戦い方に制限は無くその戦術に限界は無い。

 

 果たして、ミカ達三人と繁子の戦車強襲競技はどうなるのか…?

 

 

「ほんじゃ私ら帰るからしげちゃん」

 

「うん! ありがとな! 立江!」

 

 

 そう言いながら手伝いに来てくれた立江達と別れる繁子。

 

 立江達が手伝ってくれた戦車強襲競技の試合を組めた。形はどうあれ、あの戦車25輌とやり合うのは継続高校の城志摩 繁子としてである。

 

 ミカ達三人とこれから戦術についての打ち合わせもしていかなくてはいけないだろう。

 

 

「これは楽しみになってきた…」

 

 

 ミカはそう呟いてカンテレを静かに鳴らす。

 

 繁子と共に行う戦車強襲競技。果たして、時御流がどんな試合を繰り広げるのか楽しみであった。

 



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仲間達

 

 北富士演習場の一件から暫く経ち。

 

 繁子はミカ達と共に戦車強襲競技に挑むことになり、現在、ケホ車とT26との模擬演習を行なっていた。

 

 当然、対するはミカVS繁子。

 

 繁子の乗るケホには運転手にアキを乗せ、繁子が作戦の指揮を執っていた。公式戦で操縦士を務めていたミッコはミカが乗るT26に乗り込む。

 

 

「ここやで!」

 

「うん!」

 

「やるね…停車」

 

「はいよ!」

 

 

 戦車強襲競技を視野に入れた模擬戦。

 

 両者の戦車がギリギリのドリフトで射線を外し交差する。だが、その互いに構えた主砲は車体を外してはいない。

 

 しかしながら、暫くすると繁子の乗るケホのドリフトの勢いが増した。いや…加速したと言うべきだろうか。

 

 小型ミーティアエンジンを積んだ高機動のケホの動きにT26はついていけず背後を取られる。そして、四連式の主砲が火を吹いた。

 

 

「くっ…! ミッコ!」

 

「わかってるってば!」

 

 

 しかし、それでもミカ達は一発、二発の主砲を軽々と捌いて見せた。

 

 公式戦や練習試合で積み上げて来た勝利数は伊達ではない。紙一重で弾頭をかわして車体をすぐさま反転し攻撃に転じるT-26。

 

 しかし…。

 

 

「…なっ!?」

 

 

 攻撃に転じる前に残り二発の弾頭は見事、ミカ達が乗るT26の車体を貫いた。

 

 T26は煙を上げ、白旗を掲げる。行動不能に陥ったのだろう。完璧に車体を逸らして射線を外した。いや、外したつもりだった。

 

 それでも直撃させられた。その事実がミカ、ミッコには信じられない出来事であった。

 

 圧倒的な機動性、連射式の強力な主砲。

 

 言うなればまさに、あのケホは…。

 

 

「…鬼神だね…。本当に…」

 

 

 ミカは停車したT26の中で煤だらけになりながらそう呟くしかなかった。

 

 そのケホを駆る繁子達の腕もそうだが、ケホの圧倒的な性能差にミカは唖然とさせられた。鬼のように強い、まさに、このケホはそんな戦車だった。

 

 この戦車なら戦車強襲競技でも凄まじい戦果を挙げれる事だろう。

 

 ミカと繁子達四人は一週間後に控えた試合に向けて繰り返し、T26と改造ケホとの模擬戦を繰り返し行うのだった。

 

 

 

 それから約6日後…。

 

 試合前に繁子達は25輌の敵戦車を迎え撃つ策、そして、準備を万全に備えて戦場となる北富士戦車演習場に足を運んだ。

 

 翌日に試合を控え、事前の下見を行うからである。

 

 敵戦車をどう陥れるか、撹乱をどう行うか、1輌の戦車の立ち回り方…。

 

 そんな考えを張り巡らせて繁子は北富士戦車演習場を視察しながら歩き回り、時には戦車を使い移動した。

 

 戦車を駆るミッコと共に繁子のその真面目に戦場を下見する姿を眺めていたミカは隣にいるアキにこう言葉を溢す。

 

 

「…城志摩 繁子…。なんだかあれだね彼女を見ているとふと前に見た歴史の番組を思い出すな」

 

「…ん…? どんな番組? ミカ?」

 

「当ててごらんよ?」

 

 

 そう呟くとミカはいつものようにカンテレをポロンと鳴らし、アキに問う。

 

 だが、当然、歴史にあまり関心が無いアキにそれがわかるわけがなかった。アキは唇を尖らせミカにこう告げる。

 

 

「いや、わかんないし…」

 

「ヒントは六文銭」

 

「…六文銭?」

 

「そう、六文銭さ、三途の川の渡し賃」

 

 

 ミカはそういうとカンテレを鳴らしてニコリと笑顔を浮かべた。

 

 三途の川の渡し賃、六文銭。だが、これだけではわかるわけが無いアキは首を傾げるばかりである。

 

 するとミカは淡々とこんな話をし始めた。

 

 

「真田昌幸。歴史の番組の特集でそんな人物の話があったのさ…。北条、徳川、上杉と三つの大大名の勢力を退け信濃を守ったとされる大名だね」

 

「へぇ〜…ってミカ、歴史に詳しいんだね…」

 

「うちの高校も同じようなものだからね、真田の様な学校さ、継続高校は」

 

 

 カンテレをポロンと鳴らしてミカはフッと笑みを溢す。

 

 確かに力が無い継続高校が強豪と呼ばれる名門の高校と戦車で渡り合うには策が無ければならない。

 

 その為に戦車をプラウダから調達もしたし、できる手は全て打って継続高校は勝ちを得てきた。その点においては繁子達の知波単学園と似通っている部分もあるだろう。

 

 繁子達の知波単学園も正攻法から戦車戦を挑んではいない。むしろ、策を練り、びっくりするような連携や発想で勝利を収めてきた高校だ。

 

 

「私たちには繁子達のように戦車を作ったり、地形を変えたりする策はできなかった…。それさえあればきっと継続高校は今年優勝出来てたかもしれないね」

 

「繁ちゃん達が継続高校に居たらって事?」

 

「そういうこと」

 

 

 ミカはアキの言葉を肯定するように頷いた。

 

 繁子が考えつく策なら、迷わず実行できる環境をこの継続高校で提供する事は簡単にできる。策を講じて勝つという事にミカはなんの抵抗も無い、他の二人もそうだ。

 

 そして、自分達の纏める継続高校の戦車道を行う者たちも同じように思うことだろう。

 

 繁子なら自分の右腕にも、ましてや自分の相方にふさわしいとミカはそう感じていた。

 

 

「しげちゃんが真田昌幸ならミカは?」

 

「さしずめ真田幸村ってところかな」

 

「それはまた大層な…黒森峰は?」

 

「あれは信長かはたまた家康じゃないかな?」

 

 

 ミカはそう言うとカンテレをポロンと鳴らす。

 

 その黒森峰に対する評価はあらがち間違ってもいないだろう。何連覇も全国優勝を果たしている黒森峰女学園には強力なドイツ戦車群がいる。

 

 だが、黒森峰が家康や信長であるなら尚のこと燃えてくるというものだ。家康ならば幸村のように首を取りにいきたいものだとミカはそう思う。信長ならば明智となりてその寝首をかいて継続高校の全国優勝を果たしたい。

 

 ミカにはそんな静かな野望が心のうちにあった。

 

 そして、あの城志摩 繁子。あの娘がいれば事を成すのは容易くなる。その事をミカは把握していた、繁子の事は人としてもミカは大好きである。

 

 しばらくして、下見を終えた繁子はミカ達の元に帰ってくる。

 

 

「下見はだいたいこんな感じか…、ま、ええやろ」

 

「それで…?」

 

「立地は把握できた。後で立江達から借りたシャベルとクレーン使って罠を張るで」

 

「…ほぇ…」

 

「まぁ、これが大まかに把握した北富士戦車演習場や…まずはな」

 

 

 繁子はそう言うとミカ達と共に明日の試合について見取り図を用いて話をし始めた。

 

 明日の試合は負けられない。フラッグ車を倒せば試合は終わるが繁子は25輌の戦車を全て撃破して倒すつもりだ。

 

 ケホ1輌での戦い、厳しい戦いになる事を見越しながらもミカ達は繁子と共にその策と計画を共に考える事となった。

 

 

 

 それから翌日。

 

 繁子は練りに練った策と前日に行った地形の下見と変形を生かして試合に臨むこととなった。

 

 そして、地形を変えたこの北富士戦車演習場はもはや時御流の難攻不落の城である。前日に試合場所を変えてはいけないというルールはもちろん戦車強襲競技には存在しない。

 

 そんな事情を知らない対戦校達はぞろぞろと戦車を携えてこの北富士戦車演習場にやってくる。

 

 一目、戦車強襲競技を観戦しようとギャラリーも増え始めた。

 

 

「なかなか人が増えてきたねぇ」

 

「ま、宣伝して触れ回った甲斐があったってもんやね」

 

「んで、しげちゃん、その携えてるギターはところで何かな?」

 

「…あ、ばれてもうた?」

 

「いや見ればわかるっしょ」

 

 

 そう言うと繁子はミッコの指摘に笑顔を浮かべながら頭を掻く。

 

 実はこのだんだん増えてくるギャラリー、これにはある理由が存在した。

 

 戦車強襲競技は未だにマイナー競技である。だが、そんなマイナー競技で継続高校が金銭を得るにはどうすれば良いか?

 

 簡単である。戦車強襲競技以外のエンターテイメントを用いて資金を得れば良いのだ。繁子はその為にこのエレキギターをわざわざ持ってきた。

 

 

「いや…ばれたって何するつもり…」

 

「あ! しげちゃん! ライブ見に来たよ!」

 

「ライブ!? え? 何それ!?」

 

「おー来たか! ちゃんと受付した?」

 

「モチのロンだよ! 楽しみにしてるからね! じゃ! 私ら待ってるね!」

 

「はいよ! 毎度おおきに!」

 

 

 そう言うと繁子は現れたクラスメイトとそんな他愛ない会話を交わして別かれる。

 

 それから他にも繁子にいろんな人達が声をかけたり『楽しみにしてる』と言ったりしては別れていく。

 

 この光景にはアキも目を丸くするしかなかった。だが、繁子はそんなアキにこう話をし始めた。

 

 

「見た通り、これが時御流の資金集めの方法や、まぁ、他にも写真撮影やらいろんな事しとったけどね」

 

「…はぁ、いや、私達でも戦車強襲競技しに来てるんだよね…」

 

「まだ試合開始にはだいぶ時間があるやろ?」

 

「おーい!しげちゃん! みんな準備出来たよ!」

 

「わかった! ほんじゃ行ってくるわ」

 

「あ、ちょっと!?」

 

 

 繁子はアキにウインクをしてそう告げると呼ばれた方へとギターを携えて駆けてゆく

 

 繁子はそれから、足を運んだ箇所でギターを肩から下げて準備を終えた。繁子が居る場所はステージの上。

 

 前日、手配したステージ用トラックの上で繁子はギターを肩から下ろした。

 

 

「おっそいじゃんしげちゃん、みんな待ってるよ」

 

「いやー普段から農具ばっか使ってるから久しぶりの楽器だよほんと」

 

「なんかしっくりくるようでこないわよねこれ」

 

「久しぶりだもんね、仕方ないね」

 

 

 そう言いながら繁子をステージで待っていたのは立江達四人。そして、カンテレを持ってポジションについているミカである。

 

 どうやらこの簡設ステージで今から繁子達はギャラリー達にライブを見せるつもりのようである。

 

 受付で金銭を回収している辺り抜け目がない。早い話が資金調達を行う為の余興のようなものだ。

 

 

「本当によかったのかい? 私が入っても?」

 

「カンテレ弾ける人なんて珍しいからね!むしろ大助かりだよ!」

 

 

 そう言って、マイクを握る永瀬は笑顔を見せてミカにそう告げた。

 

 時御流が全員揃い、さらにミカが加わったこのライブ。必ず上手くいく事は間違いはない。

 

 ちなみに編成は…。

 

 

 ボーカル:永瀬智代

 

 ドラム:松岡真沙子

 

 ベース:山口立江

 

 キーボード:国舞多代子

 

 ギター:城志摩繁子

 

 カンテレ:ミカ

 

 

 という編成である。新たにミカのカンテレが加わったこの編成はかなり強力な事だろう。

 

 そして、準備が万全に整い、マイクを使って永瀬は皆に話をしはじめる。わざわざ、戦車強襲競技を見に来てくれた皆さんに感謝と御礼を伝えるためだ。

 

 

「みんな! 今日は来てくれてありがとう! んじゃ早速、歌に入るね! 真沙子!」

 

「あいよ! まかせんしゃい!」

 

 

 そう告げた真沙子が巧みにドラムを鳴らしはじめ曲がかかりはじめる。

 

 皆はその曲に合わせて歓声を上げた。まさか、戦車強襲競技に来てこんな面白そうなものが見れるとは思ってもみなかったからだ。

 

 永瀬はその曲に合わせて歌い始める。

 

 

「〜〜〜♪〜〜〜〜♪」

 

 

 それにつられて観客も熱気が上がる。

 

 繁子はギターを巧みに操り曲を奏でる。多代子もキーボードを鳴らし、ミカもカンテレを弾く。

 

 そして、ボルテージが上がるにつれて永瀬の声は辺りに響き渡る。

 

 

「〜♪ 冒険者よ〜♪」

 

 

 綺麗な歌に観客達はうっとりとしながらもライトを掲げたり、歓声を上げた。

 

 こんなステージでミカもカンテレを弾くのは初めての体験である。そして、また一曲、また一曲と曲をどんどんと流していく。

 

 背中合わせにベースとギターを弾く立江と繁子。

 

 その息はぴったりで思わず、見ていたアキもうっとりと見惚れてしまった。

 

 そして、最後の曲へと移り、永瀬は高々と宣言する。

 

 

「ラストは。…眠れる本能」

 

 

 繁子はギターを巧みに弾き始め、それに合わせて永瀬は曲を歌い始めた。

 

 カンテレ、ギター、ベース、キーボード、ドラム。

 

 その全てが噛み合い幻想的な曲という名なの芸術を生み出す。観客達はその曲という名なの芸術を聞いて試合前だというのにテンションが上がりっぱなしである。

 

 

「〜〜♪〜〜♪〜〜♪」

 

 

 永瀬は綺麗な歌を歌いながら汗を拭う。

 

 これが、明子から教えてもらったもう一つの術。

 

 皆が協力して綺麗な芸術を作り上げる。これが時御流である。どんな形でも皆が集まれば大きな力となり巨大なものでさえ動かせる。

 

 それを繁子達は今、形にしているのだ。

 

 

「みんな! ありがとう!」

 

 

 戦車強襲競技の前の余興。

 

 ライブを終えた繁子達はやりきった様にフッと皆が笑みを浮かべていた。永瀬がマイクで挨拶する中、繁子はギターを肩から外す。

 

 久しぶりのライブだったが、農具で無い分、何かと繁子には新鮮でもあった。

 

 

「ほんじゃ、しげちゃんがんばりなよ!」

 

「たり前やん!」

 

 

 繁子はそう告げて立江と拳を付き合うとミカと顔を合わせて頷く。きっと戦車強襲競技でも勝てるはず、そんな自信がなんだか不思議と湧いてくるようであった。

 

 これから、始まる戦車強襲競技。

 

 その余興にはこれほど十分な余興は無い、後は心置き無く戦うだけである。

 



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タンカスロンデビュー

 

 敵を陥れるにはどうすれば良いか。

 

 心理的にまずは隙を作ることが鉄則である。形はどうあれ、敵が慢心や油断をしているか。更に内部に離反する者がいるかどうかを知ることからはじまる。

 

 繁子達が行った、この資金集めのライブには二つの意味があった。

 

 一つは敵に繁子達が試合前だというのにこんなライブをするような者達だと思わせること。

 

 当然、試合会場なのだからこのライブは敵の学園の耳や目に入ってくる。

 

 そして、こう思うことだろう。

 

 

『試合前なのに、あの娘達舐めてるわね』

 

『流石に試合に勝てないからせめて資金集めってカンジ? はぁ、抜け目無いわね』

 

『てか、何しに来たの? ライブしに来たのかしら?』

 

 

 戦車強襲競技をする前にあんな趣向を見れば、敵対する者ならばそう感じる。

 

 ライブを行うというのは言わば、戦車戦とは全く関係無い事柄である。歌って、バンド組むとか何考えてるんだと思っても仕方のない事だ。

 

 だが、そこにこそ、繁子が戦車強襲競技において資金集めと共に狙っていた心の隙を作るための策であった。

 

 これが二つ目の理由である。

 

 

「…てな感じに思うとるやろうねぇ」

 

「向こうに啖呵を切って、わざわざ険悪的な印象を与えた甲斐があったわね」

 

「…なるほど…ね…」

 

「ミカは分かってたの?」

 

「うん、おおよそは見当がついたよ」

 

 

 そう言うとミカは繁子達の話を聞いてポロンとカンテレを鳴らした。

 

 相手はケホが1輌だけ、しかも、こちらがライブをする事で戦車強襲競技を舐めくさった連中だと思って居るはずだ。

 

 ならば、それを逆手に取りやすい。頭に血が上っている事だろう。昨日の下見の時点でこの北富士戦車演習場はすでに繁子達の城と化している。

 

 

「さて、後はどう料理するかやけど」

 

「しげちゃん! 敵対チームの隊長さんが来たよ!」

 

「…もう来たんか、んじゃ挨拶だけしとくか、試合開始は30分後やし」

 

 

 繁子はそう言うと敵対チームの隊長に顔を合わせに行く。

 

 そんな繁子の後ろ姿をケホから見送りながら、ミカ、アキ、ミッコは試合の準備に取り掛かる。

 

 いよいよ、戦車強襲競技がはじまる。ミカ達にとっても繁子と共に戦車戦を行うのはこれが初めてだ。

 

 そんな最中、繁子が行うライブの為にやって来た立江達はミカ達の準備の傍で話をしはじめた。

 

 

「んで、勝つだろうけど何分くらいでケリつくか…どう見る? 立江」

 

「んー…そうねぇ、早ければ30〜40分くらいかな」

 

「は、はや! えっ!? わ、私達が負ける時間じゃないですよね?」

 

「いんや、敵チームが負ける時間よ、ま、私らなら20分あれば余裕だろうけどね」

 

 

 そう言うとベースを肩から下げる立江は肩を竦めてアキに何事もないように告げる。

 

 30〜40分程度、1輌しかないケホでそんな事が果たして可能なのかどうか…、いくら改造して強くなったと言えど所詮は1輌の戦車だけである。

 

 そんな短い時間でそれらを全滅させるなんて無理に等しいとアキは思っていた。

 

 

「ま、しげちゃんの腕とミカっちがいればそんくらいはできるわ、間違いなくね」

 

「根拠はなんですか?」

 

「そんなものはない!」

 

「ちょっとっ!? だいぶ無責任すぎやないですかね!」

 

 

 そう言って自信満々に根拠のない宣言する立江に仰天するアキ。

 

 確かに勝てる見込みがあるかどうかわからない、というより確実にこちらが無いと言うならわかるが勝ったと言い切る彼女達の謎の自信はどこから来るのだろうか。

 

 敵チームの隊長と顔合わせを終えて帰ってきた繁子は戦車に乗り込みながら、そんな不安げな表情を浮かべるアキを見るとニカッとか笑いこう一言だけ告げた。

 

 

「大丈夫やって、楽しんで試合したらええんよ。こんな楽しそうな試合は楽しまな損やで」

 

「いや…楽しいも何も…敵が多すぎてそれどころじゃないよね…」

 

「武者震いはしてもええが、鼻っから勝てる気でおらんと勝てるもんも勝てへんよ、な? ミカっち」

 

「うん、確かにしげちゃんの言う通りだね」

 

「ちょっ…! ミカァ…」

 

「私も負けるのは嫌いなのさ」

 

 

 そう言ってミカもまた繁子に続くようにケホに乗り込むといつものようにカンテレを膝上に置く。

 

 負けるのが嫌い。これは一番大切な事だ。

 

 どんな勝負にでも勝敗がつく、大切なのはその勝ちをいかにして自分たちに持ってくるかだ。ミカもまた、冷静ではいるが繁子と同じように負けるのが嫌いな性分である。

 

 さて、それは繁子とて同じだ。問題はこれから戦う敵をどう料理していくかである。

 

 

「ほんじゃ、やりますかねぇ…。準備はええか?」

 

「今乗り込んだ! いつでもいけるよ!」

 

「よーし、それじゃ立江、よろしく!」

 

『あいよ!』

 

 

 

 そう言って、インカムを使い試合開始の合図を立江に出させる繁子。立江もそれに応える様に空砲を空に向かって打ち上げた。

 

 火の手が上がり、空砲は空で炸裂、試合開始だ。

 

 すぐさま、25輌の戦車が一斉に動き始める。

 

 敵戦車の編成はルノーFT-17、軽量化したM3スチュアート。I号戦車、L6/40いった様々な種類の戦車で構成されている。

 

 一方、繁子達はケホ1輌である。ただし、このケホはミーティアエンジンに4連射式の変態主砲を積んだ化け物戦車だ。

 

 繁子は試合が開始されると同時に小高い丘に戦車を移動させてからケホから乗り出すと双眼鏡を使い、敵戦車の動きを確認する。

 

 

「おー…。おるわ、おるわ、サンダース並みの物量作戦かいな」

 

「しげちゃんどうする?」

 

「とりあえず待機や」

 

「あいよ」

 

 

 敵戦車を確認した繁子はミッコにそう告げると戦車を止めて敵戦車の様子を伺う。

 

 一方、敵戦車はというと、そんな双眼鏡でこちらを確認する繁子達に気がついたのか進路を変更し小高い丘に戦車を進め始めた。

 

 それに気がついたミカが繁子にこう告げる。

 

 

「どうやら相手は私達を見つけたみたいだね」

 

「なんで?」

 

「履帯の音が聞こえるからさ、位置的にそんなに遠くないだろう」

 

「えぇ!? そ、それって大丈夫なの!?」

 

「ま、ほんまはあかんで? ほんまはな。けど、これは戦車強襲競技や。こっちに気づいたところならむしろ願ったり叶ったりやね」

 

 

 繁子はそう告げるとニヤリと悪戯そうな笑みを浮かべていた。

 

 何かしら作戦があるのだろう。しかし、物量作戦で敵戦車が動いてきてるなら自然と流れからどんな作戦を取るかは理解できる。

 

 繁子はそんな予想をアキたちに告げ始めた

 

 

「包囲網はもう完成してる頃やろうねぇ」

 

「包囲網?」

 

「せや、もうこの丘はしばらくしたらすぐさま囲まれる」

 

 

 繁子は淡々と今の状況を簡単に述べた。しかし、そんな簡単に話す様なものではない。それが事実なら間違いなく危機的な状況である。

 

 当然、アキも顔を蒼白にした。包囲網を張られるかもしれないに繁子もミカも平然とした表情を浮かべている。

 

 

「や、やばいんじゃない!? それって…」

 

「いんや、全然」

 

「なんで!? 良い的になるよ!?」

 

「せやからもう手は打ってあるんよ、試合前にな」

 

「へ…?」

 

「見とけばわかるわ」

 

 

 繁子はのんびりと身体を伸ばし呑気にアキにそう告げる。

 

 特にこれといって、非常事態だとかそういった素振りは全く見せない繁子にアキも首を捻る。敵戦車から包囲された段階で果たして大丈夫なのかアキが異様な不安を感じても致し方ない事だろう。

 

 だが、繁子はそれでも時が来るまで待つ。

 

 そして、その時はすぐさま訪れる事になった。

 

 鳴り響く凄まじい爆発音、繁子はその音を聞くと同時に笑みを浮かべた。

 

 

「…お! かかったみたいやな!」

 

「な、何!? 今の音!」

 

「むふふ、それはやな…」

 

 

 繁子は凄まじい爆発音に驚くアキに自身の携帯端末から丘の図面を見せる。

 

 そこにあったのは現在、自分達のいる丘、そして丘の周りに仕掛けてある大量の対戦車用の地雷の設置場所であった。

 

 当然ながら、この図面を見たアキは仰天する。

 

 

「な、何!? この丘、地雷ばっかじゃない!」

 

「一つだけ抜けられるルートを確保してるんよねぇ、まぁ、うちらがこの丘を登って来たルートやね」

 

「い、いや、ミッコはこの事知ってたの!?」

 

「ん…? あぁ、しげちゃんから事前に説明されたし、分かってはいたよ」

 

 

 ミッコは何事もないようにアキにそう告げる。

 

 地雷の丘、繁子は北富士戦車演習場を視察する際にこの丘に事前に地雷を張り巡らさせた。場所、ルートを立江達とミカ達と打ち合わせし、今日に至るわけである。

 

 アキが何故知らなかったかと言えば、アキはその時、戦車強襲競技に使うケホの点検に真沙子、永瀬と入っていたからである。

 

 というわけで地雷の丘にこうしてアキは何も知らないまま繁子達と共に陣取っていた訳だ。

 

 

「んじゃ丘を降りるとしますか、ミッコ」

 

「了解、しげちゃん」

 

「しげちゃん、この後はあれだね?」

 

「せや、ほんじゃミカ頼んだで」

 

「え!? な、何? なんなの?」

 

 

 そう告げる繁子の言葉にニコニコと笑顔を浮かべて頷くミカ。

 

 アキは何がなんだかわからない状況下でひたすら目を丸くするだけである。そして、そんなアキにも笑顔を浮かべた繁子からあるものを手渡された。

 

 それは…。

 

 

「はい!アンチマテリアルライフル♪」

 

「あ、わざわざ、ありがとう♪ ってぇ!? 何これぇ!?」

 

「アンチマテリアルライフルやで、なぁ? ミカっち」

 

「そうだね、アンチマテリアルライフルだよ」

 

「見ればわかるけど!? なんでアンチマテリアルライフルがここに!?」

 

「なんでって、作って持ってきたからやで」

 

「うん、アンチマテリアルライフル、似合うと思うよアキ」

 

「いや…似合うって…というよりこんなごついのどうやって」

 

「だからこそ私の出番って訳さ、二人がかりなら持てるだろう?」

 

 

 そう告げるミカはすかさずアキと共にアンチマテリアルライフルを担ぐ、ケホのハッチを開くとミカはアキと共にルライフルを担いだまま外に出た。

 

 アンチマテリアルライフル。別名、対戦車ライフル。

 

 今回、使用する対戦車ライフルは25mmのXM109ペイロード、大型セミオート式狙撃銃である。

 

 

「シモ・ヘイへさんもスナイパーやったんやから大丈夫、大丈夫!」

 

「いや…私、狙撃するのなんて初めてだし」

 

「安心してアキ、私が撃つ」

 

「え? ミカが?」

 

「うん、任せて、これでも祭りの射的は得意なんだ」

 

「…もうダメかもしれない」

 

 

 アキは頭を抱えるとそう呟きながらミカの構える対戦車ライフルを支える。

 

 そうこうしているうちに敵戦車のルノーが1輌、繁子達のケホの目の前に現れた。すぐさま、対戦車ライフルを構えたミカに繁子が指示を飛ばす。

 

 

「あ! 来たで! 撃…」

 

「あ…っ」

 

 

 そして、ミカに指示を飛ばす前に目の前に出てきたルノーが爆ぜた。

 

 なんと、知らぬ間にミカが対戦車ライフルのトリガーを引いたらしい。所謂、誤射というやつである。

 

 兎にも角にも敵戦車は沈黙した。しかしながら、これには繁子も苦笑いを浮かべる。

 

 

「…あっ…て言うたやろ今の」

 

「なんの事かな? 試しに引き金引いたら弾が出ただけだよ」

 

「ま、まぁ…倒したし良しとしようか、ほんじゃ逃げよ逃げよ」

 

「あいよー」

 

 

 そう告げる繁子の言葉にミッコはケホを発進させ丘を降り始める。

 

 その間、対戦車ライフルを担いだアキとミカの二人は敵戦車が接近して来ないかの偵察を行った。

 

 地雷の音があちらこちらから聞こえてくる。おそらく戦車が地雷に引っかかっている音だろう。

 

 繁子達の戦車強襲競技のデビュー戦はまだ始まったばかりである。



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蹂躙

 

 

 

 小高い地雷が張り巡らせた丘から抜け道を使い降った繁子達。

 

 そして現在、凄まじい勢いで追撃してくる敵戦車との追いかけっこを繰り広げていた。

 

 丘から降りれば当然ながら、丘の付近まで移動してきた戦車に見つかるのは容易い。いくら改造ケホとはいえど大量の戦車を相手にすればやられてしまうのは明白である。

 

 そういうわけでの撤退しながら、アンチマテリアルライフルをぶっ放しながらミッコの巧みな運転で敵戦車から逃げている訳である。

 

 

「ほら!食らえ! しげちゃん製! 無農薬手榴弾や!」

 

「…ぎゃあああ! 何これぇ! 目が! 目がぁ!」

 

「後、何この匂い! 強烈っ…!」

 

「はい、いっちょあがりだね」

 

 

 そう言って無農薬手榴弾に苦しむ追撃してきた戦車をミカのアンチマテリアルライフルが撃ち抜き沈黙させる。

 

 これを見る限りでは戦車戦というよりはもう戦争である。これを間近で見ていたアキはスナイパーライフルを構えるミカの姿が心なしか板についてきた様な気がしてきた。

 

 

「今のは多分、射的ならボコのぬいぐるみ位の価値がある筈だよ」

 

「知らないけど…何だか慣れてきてない?ミカ」

 

「あぁ…今なら聞こえてくるよ…風の囁きが…」

 

「ん…? なんて言ってるんや? その風」

 

「ステンバーイ…ステンバーイ…って言ってるかな? 後、ビューティフォーとも言ってた気がするよ」

 

「絶対言って無いよミカ。それ幻聴だよ」

 

 

 そう言ってアンチマテリアルライフルを構えるミカの言葉に顔を引きつらせるアキ。

 

 どんな風の囁きかは不明だが、そんな囁きをしてくる風ならば気味が悪いことこの上ない。アンチマテリアルライフルを構えるミカには何が聞こえているのだろうか…。

 

 シモ・ヘイへさんがもしかしたら乗り移ったのかもしれない。

 

 そんなこんなで追撃を撒くために奮闘する繁子達。

 

 その甲斐もあってか次第に敵からの追撃は緩まってきた。地雷の丘作戦も型にはまり敵の戦車は今は半数近くに減らせている、好機は近い。

 

 

「この後は?」

 

「そのままつっきればええ! …後、連絡しとかないかんな」

 

「連絡? 誰に?」

 

「ん…? 気付かへんかった? …まぁええわ、みとけばわかるよ」

 

「次は何企んでるんだろう…」

 

 

 そう言いながら何やら連絡を取り始める繁子の姿に顔を引きつらせるアキ。

 

 気付かなかったと言われても別に気づくような事は無いように思える。強いて言えばミカがスナイパーに成り切ってきている事だろうか。

 

 繁子が言うには何やら策を講じていたらしい。

 

 

「盗んだ戦車で走り出す行く先もわからぬまま」

 

「スナイパーライフル構えたままなんちゅうこと言ってるの!?」

 

「いや…盗んでへんし、これ自作やし」

 

「そうだったね」

 

 

 そう言いながら繁子は苦笑いを浮かべ、ミカは納得したように頷く。

 

 これらは全て自作である。逃走を図るミカ達のケホは戦車を疾走させながらもう一つの策を講じている繁子の指示を待つ。

 

 盗んだ戦車はだいたい継続高校の車庫にしまってある。クーリングオフは不可である。

 

 

 そして、携帯端末を持つ繁子はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「来たで、…ほら聞こえてくるやろ?嵐の前触れや」

 

「…え? 何を言って…」

 

 

 その瞬間、敵戦車から凄まじい炸裂音と火の手が上がった。

 

 繁子達を追撃をしていたルノーやスチュワートの背後からだ。そして、繁子はこの時を待っていた。

 

 敵戦車に紛れさせていたユダ。

 

 それが今、敵戦車に牙を剥いたのだ。25輌の戦車も戦車があればその大量にある25輌の敵戦車群にいつの間にか戦車が紛れ混んでいてもわからない、繁子はそこに目を付けた。

 

 そして、盛大に敵戦車群の殿から追撃を開始するII号戦車とスウェーデン戦車Strv-103が2輌。砲撃を放ちながら物凄い勢いでやってきた。

 

 その戦車にはスケスケな衣装と中に水着を着た変わった姿の五人組。

 

 

「よっしゃあ! 私らの五人組のデビュー戦だよ! 景気良く行くよ! リーダー!」

 

「いや…なんでこの衣装なの…?」

 

「そりゃ生前、明子さんが選んだ衣装だからに決まってんじゃん」

 

「そうさ私らスーパーガール!」

 

「お、いっちゃう?」

 

「いっちゃいますか」

 

 

 そして追撃を開始する二輌の戦車は凄まじい勢いで次々と後ろから敵戦車を撃沈してくる。

 

 その敵戦車を混乱に陥れていく様はまさに台風の如し、たった二輌とは言えどその実力は折り紙つきだった。

 

 繁子もその隙を見逃さない、すぐさまミカに援護射撃を行わせる。

 

 そう、敵戦車に紛れ込まれていたストームさんチームが繁子達の援軍に加わっていたのだ。

 

 戦車強襲競技は裏切り、同盟、乱入までなんでもあり、隣人が敵になり、敵が味方にもなり得る戦車競技なのである。

 

 

「マイソーソー! いつも、すぐ側にいる」

 

「譲れないよ〜」

 

 

 凄まじい炸裂音とともに次々と敵戦車を撃沈させていく二輌の戦車。

 

 まさに、乱入したストームさんチームはそのチーム名に相応しい活躍でルノーやスチュワートは次々と沈黙させていく。

 

 さらに、それに戸惑いを隠せない混乱に陥れられた敵チームはさらなる出来事に直面する事になる。

 

 

「くっそ! 1輌じゃなかったの!? 私らの中にスパイが…!」

 

『…大変よ! こっちも不味い状況!』

 

「な、何? 次は何が…」

 

『あ…、あ…なんで、なんでこんなところにッ!?』

 

 

 動揺を隠せない味方の言葉。

 

 繁子は策が成った事を確信しほくそ笑む、確かに最初はケホ1輌で彼女達とやってやると言った。

 

 しかし、何も『最後まで1輌だけで戦ってやる』とは繁子は一言も言った覚えはない。

 

 なら、別にこの北富士演習場に伏兵を潜ませておいても何一つ不思議ではないのだ。

 

 

「一晩泊まり込みでようやってくれたわ、ほんと」

 

「しげちゃん?」

 

「反転して敵を叩くで! ミッコ!」

 

「待ってましたァ!」

 

 

 そう言いながらケホを反転させて敵戦車に主砲を向ける繁子達。

 

 反撃の時は満ちた。ちまちました戦い方はこれまでだ。これからはこちらが狩る番である。

 

 繁子は戦車強襲競技がどんなものか理解している。

 

 

「しかし…あのスケスケな衣装にビキニってもうちょっとなんかあったやろ…中学生のする格好やないで」

 

「中学生のプロポーションに見えないんだけど…」

 

「落ち込む事はないさ、アキ」

 

「やめて!? なんか変な慰めは胸が痛い!」

 

 

 そう言いながら反転したケホも次々と砲撃を始める。

 

 4連射式の主砲は凄まじい連射で敵戦車は行き場を無くし、そこを狙い澄ました様にストームさんチームの戦車が轟沈させる。

 

 今でさえ、手が取られるこんな状況で一体他に何が起きたというのか…。

 

 

「何があったの!? こっちもやばいんだけど!?」

 

『く…、く…』

 

「く…?」

 

 

 聞き取り辛い味方の通信に首を傾げる敵戦車の車長の女の子。

 

 今でさえ、色んな事が起きすぎて押されているこの状況下でこれ以上何があるというのだろうとこの時は思っていた。

 

 そして、次の瞬間、動揺を隠せない味方の通信を通して次の報告を聞いた瞬間。彼女の思考は考える事を完全に放棄せざるえなかった。

 

 

 

 

『く…黒森峰女学園の戦車がなんで参戦してくるわけぇ!?』

 

 

 

 

 そう、なんと、黒森峰女学園の戦車がどこからともなく現れたというのだ。

 

 全く予想外の展開に度肝を抜かされるルノーに乗る車長の女生徒、何故、この場に前回の戦車道全国大会の名門中の名門が乱入してくるというのか…。

 

 しかも、ドイツ戦車を率いる黒森峰女学園といえば機能的にも性能的にも化け物戦車ばかりそろえてくるイメージしかない。

 

 いや、しかし、こんなマイナーな戦車強襲競技だ。

 

 まさか、主力が出張ってくる事はあるまい、この時は敵フラッグ戦車の車長の女生徒はそう思っていた。

 

 

「ど、どこから現れたの?」

 

『突然よ! 突然! 前触れなく背後から!』

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 

 敵のフラッグ車の車長はそう言いながら声を荒げる。

 

 戦車強襲競技はギャラリーが身近で観戦できる競技だ。だから、試合前にはある程度のギャラリーがいるのかは把握できる。

 

 黒森峰女学園の女生徒の姿は無かった筈だ。では一体どこから…。

 

 しかし、繁子はどこから黒森峰女学園が現れたのか理解していた。というのも、昨日の晩から黒森峰の戦車はこの北富士演習場に来ていたのだから。

 

 

「泊まり込みでカモフラージュで潜んでくれたまほりんには後でマグロかなんか捌いて振るまわなあかんなぁ」

 

「まほりんって誰? しげちゃん?」

 

「ん…? 黒森峰女学園の隊長やで、今、立江と一緒に暴れとるんやないかな?」

 

 

 そう言いながら笑みを浮かべて答える繁子。

 

 だが、同時にこの瞬間、ケホ車の中の空気が一瞬にして凍りついた。それはそうだろう、黒森峰女学園といえば全国大会連覇中の化け物学校である。

 

 そんな化け物に匹敵する繁子も十分化け物であるのだが、それに黒森峰と聞けば当然ながらアキ達も目を丸くするしかない。

 

 

「え…?」

 

「…ちょ、ちょっと待って? 黒森峰って言わなかった?」

 

「言うたで? 黒森峰の西住まほ、ウチの幼馴染の大親友や」

 

「しかも隊長!? 隊長がこの試合に参戦してきたの!? えぇ!?」

 

 

 度肝を抜かされるとはこの事だろう。

 

 それも敵とて同じであった。この時は黒森峰とは言えど主力を使ってはこないだろうと思っていた。

 

 まさか、こんなマイナーな戦車強襲競技に西住流本家のその名を轟かせる西住まほが北富士演習場に来るとは夢にも思っていないだろう。

 

 そして、その事実は敵の戦車群を絶望のどん底へ突き落とした。

 

 

「黒森峰! 西住まほ! 推参! しげちゃん! 待ってろ! 今助けに行くぞ!」

 

「落ち着いてください、まほさん。タツエ、貴女もなんか言ってくださいよ」

 

「しゃらくさいわねぇ、突っ込んで全部ボコボコにしてしげちゃんのところにいかない? ノンナ」

 

「…はぁ、全く…貴女らしいと言えば貴女らしいですけど、一応、参謀なんでしょう?」

 

「血が騒ぐってやつかしら?仕方ないじゃない」

 

「答えになってませんよ…貴女にお任せします」

 

 

 そう言いながらも援軍にやって来た立江、まほ、ノンナの三人が乗るII号軽戦車は敵戦車を次々と粉砕していく。

 

 繁子とストームさんチームと合わせてたった4輌の戦車、しかし、敵25輌あった戦車はこの4輌の戦車に蹂躙されるしかない。

 

 このII号戦車は立江がケホと同じく戦車強襲競技用に改造に改造を加えて同じく魔改造したII号戦車である。

 

 ちなみに今回、立江の呼びかけでプラウダ高校からノンナを援軍に呼んできた次第である。

 

 側から見れば、プラウダ、黒森峰、知波単の名の知れた戦車乗りがたった1輌の軽戦車に勢ぞろいしているわけだ。

 

 しかも、黒森峰の隊長が堂々の名乗りを上げる始末。敵の士気は一気に氷点下まで下がりきっていた。

 

 

「は…、はは…く、…黒森峰の隊長ですって…? 勝てるわけないじゃない…」

 

 

 そう呟く、敵フラッグ車の車長は通信機をぼとりとルノーの車内で落とした。

 

 黒森峰の西住まほ。知波単学園の山口立江。プラウダ高校のノンナ。そして…継続高校の城志摩繁子とミカ。ストームさんチーム。

 

 このたった4輌の戦車に乗るのは凄まじい腕を持った戦車乗りばかりである。

 

 これとまともにやりあう高校のメンバーとなればアールグレイ、ジェーコ、辻、ダージリン、カチューシャ、ケイ、メグミあたりを揃えてこなければならないだろう。

 

 この瞬間にフラッグ車の車長が戦意を完全に喪失してしまっていた

 

 25輌、敵の戦車乗り達は数では勝っている筈なのに勝てる筈が無いとそう思ってしまった。

 

 

 戦闘開始から大体、25分弱。

 

 

 敵のフラッグ車は何の手立てを打てぬまま、II号戦車とケホからの挟み撃ちに会い、その試合を終える事になってしまうこととなった。

 

 



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時御×少女

 

 戦車強襲競技の試合が終了し。

 

 試合に勝利した繁子達は戦車から降りると援軍に来てくれた一ノ宮達とハイタッチを交わす。わざわざ、敵に潜り込ませていた彼女達の活躍により今回の戦いが実に優勢に進める事が出来た。

 

 そして、笑顔を浮かべたまま見事な立ち回りを見せた彼女達を素直に称賛の言葉を贈る。

 

 

「いやー、見事な追撃やったで、助かったわ一ノ宮に小野寺」

 

「そんなことないですよぉ、ねぇ? リーダー?」

 

「うーん、もうちょっと頑張れたような…」

 

「ま、上出来っしょ、ね? まっちゃん」

 

「まさに、暴れん坊のサンタクロースって感じじゃん、私ら」

 

「慌てん坊だよ! 暴れてないよ! サンタさん社宅荒らしに来たの!?」

 

 

 そう言いながら、真面目な表情で返答を返す少女に突っ込みを入れるイノこと一ノ宮。

 

 暴れん坊のサンタクロースなんて、なんという傍迷惑なサンタクロースなんだろうか、クリスマスに自宅の窓ガラスを次々とかち割る暴挙をするサンタクロースなど願いさげもいいところである。

 

 だが、松方は首を傾げながらこう一ノ宮に言葉を返した。

 

 

「え? 暴れん坊じゃないの?」

 

「青葉じゃないんだからさぁ」

 

「え? なになに? 私の話?」

 

「いや、呼んでないから…、てか青葉、あんた水着の色上下違うじゃん」

 

「あ! 本当だ! やばい!」

 

「気づいたの今頃かい!」

 

 

 そう言いながら、繁子はスパンとキレの良い突っ込みを青葉に入れる。

 

 今回、繁子の援軍に来てくれた女子中学生で構成された戦車強襲競技のチーム、通称、ストームさんチーム。

 

 皆が中学生とは思えない美少女ばかりで、それだけでなくプロポーションは抜群。現在、マイナーであるはずの戦車強襲競技でかなりの人気を誇る中学生チームだ。

 

 編成は、前回、繁子の衣装選びに来てくれた。一ノ宮 香苗。

 

 そして、茶色の短髪に片目の隠れた髪型をした眠そうな顔のストームさんチームを纏めるリーダー(自宅に引きこもり体質)の小野寺 聡子。

 

 ウェーブかかった天然の長髪にアホ毛、そして、真面目で空回り気味な傾向のある。松方 朱里。

 

 彼女の家の家訓は花より団子らしい。

 

 サラサラのストレートヘアーに茶髪の完全にキャラ位置が永瀬と似通って天然な可愛らしい女の子。

 

 青葉 真子。別名、喰い逃げ系女子(割り勘のところを気配を消し、よく支払い直前で逃亡する)。

 

 そして、最後に…。

 

 

「おーい、サクっちゃん、 そんな落ち込むこと無いじゃん」

 

「この水着がキツかったのがまさか2キロ太ってたからだなんて…」

 

「いや…、そんなに落ち込む事かいな…」

 

「直前までこの服着るの嫌がってましたからね、この娘」

 

「いや、服やのうて水着やん」

 

 

 そう言いながら落ち込む少女を眺めながら告げる一ノ宮。

 

 その一ノ宮の言葉に繁子も呆れたように顔を引きつらせた。それなら最初からあのスケスケ衣装にビキニを着無い方向で良かったのでは無いだろうか。

 

 彼女の名前は佐倉野 京子。

 

 跳ねっ毛のある癖髪と短髪が特徴の将来は美人のニュースキャスターになる事が夢の女の子である。ちなみに特技は視力検査表の文字と記号全部覚えること、ピーマンの肉詰めが大好物の女の子である。

 

 そんなこんなでそんな佐倉野 京子が落ち込んでいるわけであるが、繁子はというと…?

 

 

「いちいちそんなこと気にするから影薄いとか言われるんやで」

 

「がーん!? ちょ!? 私が影薄いなら青葉はどうなるんですか!?」

 

「青葉は…ほら、まだ永瀬ちゃんとコンビ組めるから」

 

「いや、むしろあの二人を混ぜたらあかんやろ…」

 

「しどい! …うわーん!? この人達、血も涙も無いよう!」

 

「あー、よしよし。 しげちゃん! 女の子にとって体重ってのは大事なステータスなんだよ!」

 

(…あれ? なんでうちが怒られてるんやろ…)

 

 

 そう言いながら佐倉野がアキに泣きつき、アキもまた佐倉野に同情するようにプンスカと繁子にお説教をしはじめた。

 

 女の子にとってみれば体重増量はNGワードなのはもはや常識である。

 

 アキもまた最近お腹周りを気にしている女子の一人として佐倉野の援護に回るしかなかった。

 

 実に滑稽な絵面である。

 

 さて、話は変わるが、一通り試合を終えて繁子は今回援軍に来てくれたストームさんチームについてミカにこう問いかけた。

 

 

「さて、ほんで、ミカ、この娘達どうやった? なかなかのもんやろ?」

 

「うん、凄かったね、身体中に風を集めてるみたいだった」

 

「巻きおーこーせー!」

 

「いや、言わせへんよ、さっき散々叫んでたやん」

 

 

 そう言って繁子は苦笑いを浮かべそう告げる。

 

 さて、こうして、ストームさんチームとの合流を果たした繁子はミカ達に彼女達を紹介し終え、ようやくひと段落ついた。

 

 と、思いきや、ここで忘れてはいけない。今回、繁子達の援軍に来たのはストームさんチームだけではない。

 

 1輌のII号戦車が勢いよく繁子の元へとやってくる。乗っているのは当然、西住流の本家と繁子の相棒。

 

 II号戦車が繁子達の前に停車すると中から勢いよく繁子に飛びつく女の子がいた。西住まほである。

 

 

「あ、…ちょっ!? うわぁ!」

 

「しげちゃーん! 大丈夫だったか!」

 

「あー! まほりんずるいじゃん! しげちゃん! 助けに来たわよ!」

 

「もうちょっと冷静になってください、まほさん…」

 

「私のしげちゃんのピンチに冷静になってなどいれるか」

 

「いや、そんな真顔で言われましても」

 

 

 真顔でそう言い切るまほに顔を引きつらせるノンナ。

 

 しかしながら、そのことを察している立江はII号戦車から出てくると優しくノンナの肩を叩いて、彼女にこんな話をし始める。

 

 つまるところ、立江もまた、まほの気持ちが分かっているという事だろう。

 

 

「ノンナ、しげちゃんをカチューシャに置き換えてみそ」

 

「成る程、それなら仕方ないですね、カチューシャ様であるなら私がもっととんでもないことになってました」

 

「いや…そんな冷静な口調で納得されてもやな」

 

 

 そう言いながら、まほから確保され、やられるがままの繁子はなんの躊躇もないノンナの言葉に顔を引きつらせる。

 

 しかし、立江はそんなまほの肩にポンと手を置くと満面の笑みを浮かべてこう告げた。

 

 

「ほら、シゲニウム独占は良くないわ、知波単学園の副隊長として分配を提案する」

 

「陸軍としてはその案に反対である」

 

「なんやシゲニウムって、てか近いから! あんたら暑苦しいわ!」

 

 

 そう言いながら繁子はまほから離れるとふぅと一息を吐く。しかしながらまほは『あっ…』と名残惜しそうに繁子を手放した様子であった。

 

 まぁ、まほがシゲニウムを補充できないのも無理はないだろう。他校ゆえに常に繁子のそばにまほが居られるわけではない。

 

 彼女の中では深刻なシゲニウム不足問題に直面しているのが現状である。これは世界サミットを起こしたとしても解決できる問題ではないだろう。

 

 立江の場合も同上である。

 

 まぁ、当初、二人で戦車強襲競技を組もうとしていた話を持ち上げて、継続高校に転入した挙句、

 

 初戦がなんとまほではない者たちと組んだという繁子の後ろめたさも多少はあるので、その件に関してはまほには逆に謝らないとなとは繁子は思っていた節はあった。

 

 

「こんな形になってもうたけど…堪忍な? ほんまにごめん、まほりん、立江」

 

「いや、構わないさ。しげちゃんと共に戦えただけで私は幸せだよ」

 

「えぇ、私もよ。ところで、しげちゃん? そちらは?」

 

「ん…? 私の事かな?」

 

「あぁ、この娘は…」

 

 

 そう言いながら繁子は笑みを浮かべてまほ達に改めて戦車強襲競技に協力したミカを紹介しようとする。

 

 だが、次の瞬間! ミカから放たれた衝撃な一言がさらなる波乱を呼び起こす!(ガチンコ)。

 

 

「しげちゃんの新しい相棒さ」

 

「…ん?」

 

「え? 今なんて?」

 

 

 繁子と肩を組み満面な笑みを浮かべるミカ。

 

 その眼差しは彼女達の手から繁子が今は自分の隣にいることをまざまざと見せつけるには十分な一言であった。

 

 三人の間に謎の空気が渦巻き始める。

 

 さらなる陰謀か、地球が終わる時が来たのか、地球上のおっかない戦車道女子が上位3人。 まさにグラウンドゼロである。

 

 

「面白い事を言うわね、戦車に乗りな、誰がしげちゃんの相方にふさわしいか白黒付けようか?」

 

「へぇ…? やるかい? 私は構わないよ、西住流とは一度戦ってみたかったんだ」

 

「私に戦車で挑むのは一億年早いんじゃないか、 二人とも?」

 

「なんか、見ない間にめんどくさいことになってますね」

 

 

 火花を散らし睨み合う三人。そんな三人のやり取りを見ていたノンナは呆れたようにため息を吐く。

 

 繁子の相棒にふさわしいのは一体誰か! 今、まさに雌雄を決する時が来たのかもしれない。

 

 そんな中、試合を終えた繁子はと言うと…。撃破した相手戦車へ、援軍に来てくれたストームさんチームを何人か引き連れてやって来て何やら話を聞いていた。

 

 

「ねぇ、この履帯さっき壊れちゃったんだけど…」

 

「あー、これはだいぶやっとるね? スパナある?」

 

「良かったぁ、みんなー業者の方が来てくれたよ!」

 

「来週の試合に使うから助かるね!」

 

 

 そんな立江達、三人のやり取りを他所に繁子は相手チームの戦車の修理に取り掛かる。

 

 三人の火種の原因にあるにも関わらずこの対応、繁子もだんだんと世渡りの術を学んできたのであろう。天国にいる明子もこの光景には満足であるに違いない。

 

 スパナを持ち出した繁子は巧みに戦車の修理に取り掛かりはじめる。

 

 

「この戦車には思い入れがあるからね、本当に助かるわ」

 

「ん…? 思い入れがある?」

 

「とどのつまり?」

 

「思い出!ずっと!ずっと!忘れな…」

 

「それはもうええっちゅうねん」

 

「あいた! 今から良いところなのにっ!?」

 

 

 そう言いながら繁子からスパンと頭を叩かれる小野寺は涙目になりながらブスーと拗ねる。

 

 立江の後輩ながら、このストームさんチームはやはり一癖も二癖もある曲者揃いなようだ。曲者なのはスケスケ衣装にビキニ姿の時点ですでにわかりきっていた事であるのだが…。

 

 繁子はそんな曲者や戦車で大乱闘をしまいとしている三人を他所に相手戦車の修理を進める。一方、ミッコは自分の戦車に戻ると戦車強襲競技に疲れたのか安眠を取っていた。

 

 これが、後にヒートアップした三人のバトルロイヤルに巻き込まれ、叩き起こされた後にミカの戦車を操縦する羽目になるのはまた別の話である。

 

 このように、普通の業者の方を雇うよりも繁子達に頼めば部品と交換でタダでやってくれるので、何か戦車に不具合があれば知波単学園戦車道部にご相談ください。

 

 

 気になるご連絡先番号は…。

 

 

 次回のザ・鉄腕&パンツァーで!

 



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ビール祭りスタンバイッ

 

 北富士演習場。

 

 ここでは今、盛大なビアガーデンが開かれていた。というのもアルコールが入ったビールではなく、ノンアルコールのビール祭りというやつである。

 

 主催は黒森峰女学園。隊長である西住まほの呼びかけにより主催されたビール祭りである。

 

 今回、この祭りを開いたきっかけは全国大会での黒森峰と知波単学園の交流会を開いていないというのがきっかけであった。

 

 それに、戦車強襲競技を終えた今なら、ついでに相手チームも招いて交流会もできるという一石二鳥な思惑もある。

 

 そして、西住まほにはそれにも他に最大の思惑があった。

 

 

「しげちゃんのディアンドル姿が見たい」

 

「え…えぇ…」

 

「だって、先日の全国大会の時はそんな状況ではなかったじゃないか、だから、今ならやれるって思ってね」

 

「まほりん、やはり天才か」

 

 

 という感じで話が進んだ訳である。

 

 顔を引きつらせる繁子は御構い無し、それには立江も賛同する始末、これは後には引くに引けないという状況になってしまった。

 

 そして、このビアガーデン祭りに腰を上げたのが当然ながら継続高校に短期転入している繁子と知波単学園の時御四天王の四人組である。

 

 という訳で、ビアガーデンを控えた一週間くらい前、継続高校の戦車道会議室ではある会議が開催される事になった。

 

 メンバーはノンナとストームさんチームを除く先日の援軍に来てくれたメンバーがだいたい固定である。ノンナとストームさんチームは各自、試合に私用がある為に今回は参加しない形をとった。

 

 兎に角にも、早速、一週間まえに控えた黒森峰、知波単学園によるビアガーデン祭りについての会議が繰り広げられていた。しかも、継続高校の会議室で。

 

 

「それで、ビアガーデンだっけ? どのレベルから作るの?」

 

「そうだねぇ」

 

「やっぱ、ビールって言ったら麦からだよね」

 

 

 そう言って、何やら納得したように頷く時御四天王と繁子達。

 

 だが、アキは苦笑いを浮かべたまま、放置されたままの重大な出来事について彼女達に質問を投げかける。

 

 

「いや、一つ言っていいかな?」

 

「ん? なんだい、アキ?」

 

「戦車関係ないよね!? なんでウチの会議室を使ってるの!?」

 

 

 そう言って、冷静な突っ込みを入れるアキ。

 

 そう、このビアガーデンを作るためになぜか継続高校の会議室を使うという意味のわからなさにアキも突っ込みを入れざる得なかったのだ。

 

 戦車にまったく関係ないのだからそうなるのも致し方無い。継続高校としてもメリットは何も…。

 

 

「パーティーに無料参加なんていいじゃないか、貰えるものは全部貰っておこう」

 

「ミカぁ…。そのなんでも取っていこうの精神は捨てたんじゃ…」

 

「そんなことは無いさ、私は元からこんな性格だよ」

 

「ダメだっ! どうにもならない!」

 

 

 全く好転する兆しの見えない展開にアキは頭を抱えるしかない。

 

 しかし、人生とは諦めも肝心である。

 

 アキは縋る気持ちで何故か継続高校の会議室に黒森峰の戦車ジャケットを着て鎮座している西住まほへこう問いかけた。

 

 

「ま、まほさんはいいんですか? あの…黒森峰の訓練とかは…?」

 

「心配は無用だ、公休を2日ほど取って来た。それに、これは黒森峰と知波単学園の交友も含めたイベントだ。学校側が配慮しても何ら不思議では無いだろう」

 

「本音は?」

 

「しげちゃんのディアンドル姿が見れるなら一向に構わんっ! 妹のみほからも写真撮って来てと頼まれていてだな…」

 

「うん、まぁ、もうわかりました…はい」

 

 

 それ以上の事を言うのをアキが諦めるのにはさほど時間はいらなかった。

 

 この件に関しては密かにまほの母親のしほも同乗していることをここに付け加えておこう。繁子の謎の人気はどうやら西住流には異様に高いようである。

 

 しほの場合は明子から繁子の事を頼まれている部分があるのでもう一人の娘のようなものなのだろう。しかも、明子の娘とあっては愛娘同然というのもなんとなく頷ける。

 

 そんな訳で本題に戻るが、今回はそのビアガーデンの開催に伴い、多代子が言うようにどのレベルから作るのかから始まる。

 

 まず、その本題について再び口を開いたのは真沙子だった。

 

 

「麦から作る? なら福島かな?」

 

「福島には麦畑あるもんねぇ」

 

「それじゃ福島の麦種を持ってきてさ」

 

「あんたらホンマにアホちゃう? 一年後にビアガーデン開く気かって言う話になるやないか!」

 

「あ、ほんとだ」

 

「んじゃ…どうせなら、お邪魔しよっか?」

 

 

 そう言って、永瀬は繁子の言葉に代案を提示する。

 

 しかしながら、一体何処にお邪魔するというのか? 我々、継続高校戦車道部はこの一部始終をしかと映像に残しつつ彼女達についていく事になった。

 

 栃木県。

 

 ここではビールに使われるビールオオムギの名産地である。

 

 ビールオオムギとは醸造用に用いる麦芽原料となる大麦の名称で、日本では二条オオムギがビールオオムギとして生産されている。

 

 さて、繁子達が今回訪れたのは栃木にある一軒のビール製造を行うビール製造の為の工房である。

 

 

「こんにちは〜」

 

「ん…? どなたですか?」

 

「あ、私たち、一応、こんな者でして」

 

 

 そう言って、こんにちはーと元気よく工場に突撃した永瀬は工房で働く方に自己紹介をしはじめる。

 

 永瀬からの自己紹介を聞いた工房の方は納得したように頷く。

 

 さぁ、果たして、永瀬の突撃はうまくいくのか…?

 

 

「あー、時御流のお嬢さんたちやないね、噂には聞いとるよぅ」

 

「どもーです! 今回、実はビール製造を行おうかと企画がありましてですね」

 

 

 どうやら、繁子達の事は認知されているようだった。

 

 これはあと一押しで行けるだろうか? 繁子達が遠目に永瀬の姿を見つめる中、交渉が始まった。

 

 さて、その結果は…?

 

 

 数分後。

 

 話を終えた永瀬が繁子達の元へと帰ってきた。だが、その足取りは何処か重たい、何やら表情からして突撃の結果が芳しくなさそうである。

 

 しばらくして、繁子達の元へと帰ってきた永瀬はビール製造についての要件をゆっくりと語り始めた。

 

 

「ダメみたいだったー。今はシーズン中で注文が殺到しててそれどころじゃないんだって」

 

「あちゃー、ダメやったか」

 

「あ、でも、代わりと言っちゃなんだけど、長野にある一軒の酒造屋を紹介してくれたよ?」

 

 

 そう言って、永瀬が繁子達に見せてきたのは紹介状。

 

 どうやら、ビール製造を行っている酒造屋さんを紹介してくれたようである。これは、良い成果を得られたと言って良いだろう。

 

 栃木県から長野に移動する羽目にはなるが、何もないまま移動して再び断られるよりはマシであると言える。

 

 さて、長野にある一軒の酒造屋を紹介して貰った事だが、繁子達は早速、その紹介していただいた酒造屋についての名前を確認した。

 

 

「鶴姫酒造?」

 

「代々、酒造してる伝統的な酒造屋なんだって」

 

「いや、でも日本酒とかじゃないかな? ビールって感じじゃ…」

 

「うん、確かにビールはドイツが発祥だ。代々酒造屋というならビール製造はしてないかもしれないな」

 

 

 そう言って、紹介された酒造屋についての意見を述べるアキ達。

 

 それを見ていたまほも同意するように頷く。ビール製造と日本酒の製造は似ているようで違う。

 

 日本酒は米から、ビールは大麦から。素材からして違うし、製造自体がまんま異なっている。それを踏まえるとやはり、ビールに使う大麦を使い製造できる施設が好ましいのが事実だ。

 

 的外れだったか、そこにいたまほ達は肩を落として残念な表情を浮かべる。

 

 だが、しかし、その名前を見た繁子は首を傾げたまま目を真ん丸くしていた。

 

 

「あれ? これ、ウチの従姉妹の家やん」

 

「ん…?」

 

「え? し、しげちゃんの従姉妹!?」

 

「せやで、従姉妹やね。ほぁー、こんな偶然もあるんかいな」

 

「鶴姫って言ったらしずちゃんのとこ?」

 

「せやせや、前、『チヨダニシキ』っちゅう母ちゃんの作った米をあそこで日本酒にしたことがあるんよね!」

 

「いやー懐かしいね! 何年前だろう? 中学くらいだから3、2年前くらい?」

 

 

 そう言って、繁子達は懐かしそうに昔の事を思い出しながら語る。

 

 繁子達が長野の地を訪れたのは数年前、彼女達は鶴姫酒造でお酒を造った事があった。

 

 初めての酒造、わからないことばかりだったが母、明子から習い、鶴姫酒造の従姉妹と共にお酒を作り上げた。

 

 まずは、『精米』。初めに米の表面を削ってたんぱく質や脂肪を落とす。食用米の精米歩合が約90%なのに対し70~50%まで削りとった。この割合、中々最初はうまくいかず失敗品も何個も出したことを覚えている。

 

 

『あーあかんわ』

 

『最初は慣れだからね、がんばりんさい』

 

『ふぇぇ…難しいよぅ』

 

『永瀬、あんたは不器用すぎだって』

 

『真沙子が器用すぎなんだってば!』

 

 

 次に行ったのは『洗米』、精米した米の表面の糠を水で十分洗い落とす。綺麗に落としてなるべく余分なものが入らないようにしておく事を忘れてはいけない。

 

 そして、『浸漬』、白米に吸水させることにより糖化されやすくなる。よく吸水させ、糖化をしっかりと行う事を意識して繁子達は行った。

 

 なお、吸水させる時間は精米歩合や米の種類によって異なるのでそこにも気をくばる事を忘れてはいけない。

 

 続いて『蒸米』、白米を水切りし、こしきで蒸して糖化しやすくします。蒸米は麹用と仕込み用に分けられる為、繁子達は二つの種類に丁寧に分けて使用することにした。

 

 

 時御流に捨てるという発想はない。

 

 

 そして、重要な『酒母』。蒸米、酵母、麹、水をまぜ、もろみを発酵させるのに必要な酵母をつくります。「もと」とも呼ばれ、酵母は味に関わるため、明子の手法を真似しながら繁子達は酵母の作り方には様々な工夫を考えた。

 

 

 それから、『麹』カビの一種である麹菌を蒸米にふりまき、麹米をつくります。微妙な温湿度管理が要求される作業である。

 

 さらに『仕込み』酒母に蒸米、麹、水を加え、タンクの中で発酵させるともろみとなる。これを3回行うこといわゆる三段仕込みといわれている。

 

 続いて『しぼり』もろみを酒袋に入れて搾りとる作業。ここで酒粕と液体、すなわち酒に分けられる。別名、上槽ともいう。

 

 

 加えて『ろ過』をさせることを忘れてはいけない。しぼった新酒を沈殿させ、澱引きした後、不要な残存物を除くためろ過を行う。

 

 それからようやく『火入れ』酵母や微生物による変質を防ぐため60度くらいの低温殺菌を行い身体に良く、無害なお酒を作り出す。火入れする前に蔵出しされるのが生酒である。

 

 

 そして、最後に『貯蔵』。

 

 熟成 火入れされた生酒をタンクで熟成させる。熟成期は数ヶ月であるが、1年以上熟成された古酒もありその価値は熟成されるたびに高まると言われている。

 

 

 

「とまぁ、日本酒の作り方はざっとこんなもんやね」

 

「意外と覚えてるもんだね」

 

「でも今回はビールだからねぇ…。ビール造りに詳しい知り合い誰かいるかなぁ…」

 

「いや、今回はノンアルコールビールだ。栄養が摂れて、かつアルコールが入ってなければそれでいいだろう」

 

「風のようにふらりふらりと回されてるね…。こういうのもたまには悪くない」

 

「いや、そのせいでウチら栃木から長野に移動せなあかんくなったんやけどな…?」

 

 

 そう言って、繁子は苦笑いを浮かべてカンテレを弾くミカに告げる。

 

 確かに栃木県から長野への移動は思いの外大変だ。この後、繁子達は移動用のヘリコプターを黒森峰から借り移動する事となった。

 

 さて、長野県であるが、一説によるとこの県は魔鏡と呼ばれる辺境である事が有名である県である。

 

 一種によると空前の麻雀ブームが流行り、一時期魔王の住処だとか、世紀末長野だとか、様々な噂が立ったとかなんとか。

 

 そんな、長野県。有名なのはスキー場! ではなく、『馬刺し』、でもないそれは熊本が名産地であると言っても過言ではないだろう。

 

 ちなみに熊本出身の西住まほ。彼女なら馬刺しをよく食べた経験もあると思われる。

 

 さて、話が逸れたが、長野と言えば日本三大そばの一つ、『戸隠そば』が有名である。

 

 

「戸隠そばかぁ…、一度、時御流本家でも作り始めたっけ?」

 

「真沙子が弟子入りしたんよね?」

 

「まぁね、数週間だったけど、要領をつかめば作るのに苦労はしなかったかしら」

 

「ウチらの料理長は言う事が違うねーやっぱ」

 

 

 そう言って、繁子達は他愛の無い会話をしながら鶴姫酒造を目指し足を進める。

 

 今回の目的はビアガーデンに開くためのノンアルコールビールの製造である。さて、酒造の作り方は違うが果たしてそこはどうするつもりなのだろうか?

 

 まず、繁子が考えていたのは酒造施設を借りて原材料を別のところから調達し、鶴姫酒造でビールを造ると言う段取りである。

 

 こうすれば、酒造の作り方が異なっていたとしてもノンアルコールビールを造るにあたり、施設をノンアルコールビール製造に利用させてもらう事くらいはできるだろう

 

 問題は味、美味いノンアルコールビールを作れるかどうかが鍵になる。

 

 さて、そうこうしているうちに繁子達は鶴姫酒造の屋敷の前にやってきた。見る限り、かなりデカイ屋敷である。

 

 

「ほぁーおっきな屋敷…」

 

「ウチの方がデカイな」

 

「いや、西住流本家はそりゃデカイに決まっとるやろ。まほりん…、なんの対抗心?」

 

 

 アキの言葉とは反対に何事も無いように言葉を発するまほに苦笑いを浮かべる繁子。

 

 正直に申せば、城志摩の屋敷も時御流本家の屋敷もかなりのデカさを誇る。

 

 第一次産業を網羅する家とあっては時御流は戦車道の流派が失墜したとしていてもそれだけの資金や経済力を兼ね備えている家柄なのである。

 

 話を戻すが、繁子達はひとまず栃木の工房の紹介と繁子が従姉妹である事を逆手に早速、永瀬を使い突撃を敢行した。

 

 

「こんにちはー」

 

 

 なんの躊躇もなくズカズカと鶴姫酒造屋敷に入っていく永瀬。

 

 さぁ、果たして今回は永瀬の交渉が成功するのか否か、伝統ある鶴姫酒造、そこに待ち受ける出来事は?

 

 美味いノンアルコールビールは果たして、完成し当日に間に合うのだろうか

 

 そして、繁子の従姉妹とは一体…?

 

 次回、その謎が明らかに!!

 

  ザ・鉄腕&パンツァー!は次回に続く…。

 



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鶴姫酒造

 

 作らば堅城、天地を開き。

 

 進む姿は激流の如し。

 

 鋼の魂、鉄の業。

 

 それが、時御流。

 

 

 時御流とはすなわち、職人であり匠であり、そして何よりも勝ちにこだわる流派である。

 

 その業は全てを凌駕する事が時御流の終着点、お酒造りであれ、農地開拓であれ、無人島開拓であれ、戦車作りもまた、その時御流の一部に過ぎない。

 

 目指すべき終着点とはどこか? 答えはその道を極めた先にある。

 

 それらを戦車とは関係ないと突き放せば、時御流という流派は成長が止まる。どんなことであれ戦車にも役に立つというのが時御流の考え方だ。

 

 すなわち、今、こうして鶴姫酒造に来ているのも単なるビアガーデンの用意だけではない。

 

 また一つ、時御流の流派をその極地へ極めるための修行の一環なのである。

 

 そして、城志摩繁子一行はその新たなる一歩を踏み出していた。

 

 

「こんにちはー!」

 

 

 鶴姫酒造にいつものように元気よく突撃する永瀬。

 

 すると、そんな元気のよい永瀬の声が功を奏してか、屋敷の中から一人のおじいさんが繁子達を出迎えてくれた。

 

 

「はい、どなたですかな?」

 

「あ! 徳蔵のじっちゃん久しぶりやね!元気しとった?」

 

 

 そう言って元気よく手を振り笑顔を見せる繁子。

 

 すると、その繁子の姿を見た徳蔵と呼ばれたおじいさんは驚いたように目を見開くと、嬉しいそうに声を上げた。

 

 

「し、繁子お嬢様ではございませんか! これはご無沙汰でしたなぁ…!」

 

「あはは、お久しゅうです」

 

「こんなに可愛くなられて…、この徳蔵、嬉しい限りでございます」

 

「そんなお世辞はええよぉ、照れてまうやんか」

 

「いえいえ! 繁子様が来たとなればしずかお嬢様も喜びます! 嬉しい限りですな!」

 

 

 徳蔵は笑顔を浮かべてギュッと繁子の手を握ってそう告げる。

 

 繁子の母、明子の葬式にもこの徳蔵さんは参列してくれてしっかりとお見送りしてくれた優しいおじいさんである。

 

 お酒造りで明子とここに訪れた時は繁子もいろんな事を徳蔵さんから教わった。

 

 

「しずちゃんは今…」

 

「屋敷におられます! 書道の最中でしてな」

 

「ほぇ…。書道かぁ…」

 

「和って感じだよね!」

 

 

 そう言ってワイワイと賑やかな立江達は書道と聞いて目を輝かせ始める。

 

 確かに日本の良き伝統である。字とは己の心を写すとも彼女達には聞き覚えがあった。

 

 そして、その書道と聞いた彼女達はそれについての質問を多代子は徳蔵さんに投げかけはじめた。

 

 

「あ、徳蔵さん、ちなみに書道ってどのレベルから…」

 

「もちろん、私が和紙から刷っておりますよ」

 

 

 それは満面の笑みだった。

 

 同時にその徳蔵さんの言葉を聞いた繁子達五人は目を輝かせた。まさか、和紙から作るレベルの方が自分達以外にいるとは思わなかったからだ。

 

 目をキラキラと輝かせた真沙子と繁子、立江はすぐさま徳蔵に駆け寄ると賛辞を送った。

 

 

「さすが徳蔵さんや! ウチにも刷り方教えてな!」

 

「どの木使ったんですか!?」

 

「梶(楮)の木だったり、麻から刷ったりしましたかねぇ…流石に私め一人では作業が大変だったのでお手伝いしてはいただきましたが…」

 

「ちなみに和紙の種類は…」

 

「美濃和紙ですな、しずかお嬢様が美濃和紙が書きやすいと申されておりましたので…」

 

「美濃和紙! すごい!」

 

 

 そう言って、美濃和紙と言う言葉を聞いた立江はテンションが上がる。

 

 美濃和紙。

 

 現在の岐阜県で製造される伝統的な和紙がこの美濃和紙である。

 

 特に岐阜県関市寺尾で生産される和紙が特に有名で、昔は障子用の書院紙、包み紙、灯籠用として使用していたとされている。

 

 昔ながらの伝統的な製法で作られた和紙であり、国の重要無形文化財、また、伝統的工芸品にも認定されている和紙なのだ。

 

 ただの紙と侮るなかれ、紙は神にもなり得ると言うのは明子の受け売りである。

 

 さて、話は逸れたが、今回、繁子達がやって来た理由は…。

 

 

「ご老人、ビアガーデン用のノンアルコールビールをここで製造したいんだが…可能だろうか?」

 

「おや? こちらは…繁子様のご友人の方ですかな?」

 

 

 脱線した本題について語るまほの姿を見た徳蔵は首を傾げる。

 

 立江や永瀬達は以前、繁子と共に日本酒を明子と作りに来た事を覚えているのでわかるのだが、今回は見慣れない制服の女生徒が大勢いる。

 

 その事に気がついた繁子は思い出したように改めて自分の友人達についての紹介を徳蔵にしはじめた。

 

 

「せやで、あ、すんません紹介が遅れてしもうた。…えと、こちらが西住流本家、西住まほ。うちの幼馴染です」

 

「はじめまして自己紹介が遅れました。西住流、西住しほが娘の西住まほです」

 

 

 そう告げて深々と頭を下げて自己紹介をしはじめるまほ。

 

 そして、同時に徳蔵は驚いたように目を見開くと『おぉ!?』と感心したような声を上げた。

 

 本家西住流と聞けば誰しもがそうなるだろう。しかも、西住まほと言えば、先日の戦車道全国大会で繁子と激戦を繰り広げた黒森峰女学園の隊長である事は徳蔵の記憶に新しい。

 

 

「なんと…!? 西住流本家と時御流本家のお二人が幼馴染ですとな!?」

 

「いや…まぁ、ちっちゃい時に母ちゃん同士が仲良かった事もあってな?」

 

「初恋の相手でした」

 

「まほりん、そう言うカミングアウトはいらんって…」

 

 

 そう言って、冷静に真顔でそう徳蔵に告げるまほの言葉に苦笑いを浮かべ突っ込みを入れる繁子。

 

 確かにあの頃の繁子は男の子の格好をしていた事はもっぱら有名であったため、そうなったとしても不思議はないなと徳蔵もこれには微笑ましく頷く。

 

 女の子らしからぬ謎の凛々しさがあったのもまた事実であったので、そんな風になる事もある程度予想がついたのだろう。

 

 ちなみにこの鶴姫酒造は時御流の分家にあたる。元を辿れば親戚というわけであるからして本家の繁子は徳蔵にとっても可愛い孫娘のようなものなのだ。

 

 時御流は絆を大切にする流派。

 

 親戚同士の結びつきは強く、困った時は助け合いまた、共に家族のような暖かさを持った家柄なのである。

 

 それは、流派を学んだ立江や真沙子、永瀬、多代子も例外ではない。

 

 そして、繁子は続いて、ミカ達の事も徳蔵に紹介をしはじめた。

 

 

「そんで…こっちが」

 

「島田流、島田ミカです」

 

「えぇ!?」

 

「嘘つけぇ! なんでやねん!」

 

 

 そう言ってすかさずスパンッと勢いの良い突っ込みをミカに入れる繁子。

 

 アキも急なミカのカミングアウトにびっくり仰天したような裏声を上げてしまった

 

 おそらくはまほに対抗してからの口からでまかせなんだろう。今までミカが島田流だという話は一ミリたりとも聞いたことがない。

 

 勢いよく頭をスパンッと繁子から叩かれたミカは頭を摩ると何事もないように繁子の方を向きこう告げた。

 

 

「痛いじゃないか…」

 

「痛いじゃないか、やないやろ! え? 島田流とか全然聞いとらんねんけど?」

 

「私は島田流だよ。気持ちは」

 

「なんでやねん、やからまほりんに対抗しての完全に口から出まかせやろ! それ!」

 

「もしかしたら島田流だったような気がする」

 

「なんで気がするん? 確信無いやないかそれ、てかこじつけ無理矢理すぎるやろ」

 

 

 そう言って繁子は顔を引きつらせて何事も無くどこから取り出したかわからないカンテレをポロンと弾くミカに告げる。

 

 徳蔵もこれにはどうしていいかわからず、とりあえず苦笑いを浮かべるばかりであった。

 

 とりあえず、島田流云々は抜きにして、繁子はコホンとりあえず咳払いをすると、改めて徳蔵にミカ達についての紹介をしはじめた。

 

 

「コホン、えっと、気を取り直して…。今、ウチが短期転校先でお世話になってる継続高校の友人達で、ミカ、アキ、ミッコって言います」

 

「どうもはじめまして、アキと言います! …ウチのミカがすいません…」

 

「あはは、いや、構いませんよ、面白いご友人をお持ちで」

 

「ミッコでっす、おじいさんよろしくお願いします」

 

「島田だったかもしれないミカです。よろしくお願いします」

 

「かもしれないつけて過去形に変わっとるやないかい」

 

 

 そう言って、未だに島田流(不明)な事を口走るミカに繁子はひたすら苦笑いを浮かべるだけである。

 

 しかしながら、ミカは何事もなくカンテレを弾いているあたりかなりの強心臓の持ち主だ。確かにこのメンタルがあれば継続高校が強くなるはずだと繁子も感心するばかりである。

 

 また、まほに対抗心を燃やしてるのも見てればわかるのでかなりの負けず嫌いだというのも頷ける。

 

 さて、一通りの自己紹介も済み、徳蔵から屋敷の中へ繁子達は案内される。

 

 廊下を歩けば綺麗な和風な襖がずらりと並んでいた。匠の技や侘び寂びがあるなと繁子達は感心しながら目を輝かせて徳蔵に案内されるまま奥の部屋へと進んでいく。

 

 しばらくすると、奥の部屋にある襖の前でピタリと止まり。徳蔵は膝をつくと静かにその襖を開いた。

 

 

「お嬢様、御客人です」

 

「徳蔵か…。うむ、わかった」

 

 

 そう言うと書道の筆を止める艶やかな赤い着物を着た少女。

 

 見た限りではおそらく、一ノ宮達と同じように中学生くらいの年齢だろうか? だが、見た限りではとてもお淑やかで落ち着きがあり、とても中学生には見えない。

 

 まほは自分の妹と同い年くらいだろうかと首をかしげる。見た限り、中学三年生くらいだろう。来年には高校生になるくらいかもしれない。

 

 そして、お嬢様と呼ばれた少女はゆっくりと徳蔵の方へと振り返る。

 

 

「して、どなたが来られたのだ?」

 

 

 お人形のような綺麗な容姿をこちらへと向ける少女。

 

 そして、そんな彼女の視線の先には徳蔵とその背後に控えるある少女の姿を見つけた。

 

 彼女の視線はその一点に釘付けとなる。お人形のように綺麗な目に映る彼女の姿が信じられないと言ったような表情であった。

 

 驚いた表情を浮かべたまま、彼女は言葉を絞り出す。

 

 

「っ…! あ、 貴女は…っ!」

 

 

 彼女の視線の先の少女はにこりと笑みを浮かべ手を振っていた。

 

 先ほどまで凛として落ち着きのあった彼女はあまりの出来事に動揺が隠せずにいた。視線の先にいる少女、城志摩 繁子との再会はそれだけ、彼女にはとても衝撃的なものであったからである。

 

 着物を着た彼女はすぐさま立ち上がり、駆け出すと繁子の元に駆け寄る。

 

 それはさながら、武士のような身のこなしであった。

 

 

「お館様ぁ!!」

 

「ぼぁ!? ちょ…っ! しずちゃん!」

 

 

 嬉しさのあまり、勢いよく抱きついてきた彼女にやられるがままの繁子。中学生と高校生だというのにはたから見れば繁子の方が小さく見えるのがまたシュールな光景である。

 

 そして、従姉妹である繁子をお館様と呼び、繁子に抱きついて来た彼女こそが、鶴姫酒造の一人娘。鶴姫しずかその人であった。



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真・乙女麦

 

 鶴姫しずか。

 

 簡単に説明をするならば、彼女は城志摩繁子の従姉妹である。

 

 さて、前回、鉄腕&パンツァーではビアガーデンを開くためにビール製造のため鶴姫酒造を訪れたわけだが…。

 

 いきなり従姉妹である鶴姫しずかから抱きつかれた繁子は彼女を宥めて落ち着かせると書道に使っていた部屋で改めて向かい合う形で正座をしていた。

 

 もちろん、その場にはまほや立江達も居る。

 

 

 当初、いきなり繁子に鶴姫しずかが抱きついた事に対して数人が眉を顰めたが従姉妹ということもあり、それ以上は責めたてる事なく今はこうして大人しく繁子と共に座っているわけだ。

 

 従姉妹同士なら仲が良ければ多少のスキンシップもあり得るだろう。

 

 今回、眉を顰めた数人はとりあえず今回はそういうことにしておいた。

 

 正座をして向かい合う中、最初に口を開き繁子に質問を投げかけたのは鶴姫しずかからだった。

 

 

「さて、御館様、今回はどういった用件で来られたのですか?」

 

「…いや、…うん相変わらずで安心したで、しずちゃん」

 

「いえいえ、以前、私の無理なお願いを聞いていただき立派な日本刀を頂きました故、そのご恩に報いたく思っておりました」

 

「日本刀打ったの真沙子やけどな?」

 

「まぁ、包丁作りの延長線みたいなもんだからお安い御用だけどね、あれくらい」

 

 

 そう言いながら座敷部屋で正座したまま、礼儀よく頭を下げるしずか姫に苦笑いを浮かべながら答える繁子と何事もないかのように告げる真沙子。

 

 ちなみにその時調達した木炭は多代子の作った木炭を使用したという事もここに付け加えておこう。

 

 さて、話は逸れたが、見た限りどうやらここの酒造施設を使う分には許可がおりそうなようである。

 

 

「ビアガーデン…なるほど、しかしまた不思議な事を…、して、そちらの方々は?」

 

「あ、そう言えば紹介がまだやったな実は…」

 

 

 そう言いながら繁子は続けて先ほど徳蔵さんに紹介したように同じく鶴姫しずかにもまたまほやミカ達を簡単に紹介した。

 

 だが、それを聞いたしずか姫の反応はというと驚いたように目を見開いていた。

 

 それはそうだろう、聞けば繁子の側に座る女性があの天下の西住流、西住まほというではないか。

 

 

「…貴女が…西住流の…」

 

「すまないが今回は世話になる。学校同士の交友の場を作る為、こちらでノンアルコールビールを作らせて頂きたいのだが…」

 

「…いえ、構いませぬが、まさかこんなところにいらっしゃるとは思いもよらなかった故。多少戸惑ってしまいました、ウチの設備なら遠慮なく使ってもらって構いませぬ」

 

「それなら良かった、なら使わせて頂こう」

 

 

 そう言いながらまほは凛とした鶴姫しずかを見据えたままフッと笑みを溢す。

 

 しずか姫はと言うと、そんなまほの顔を見ると何やら思うところがあるのか複雑な表情を浮かべていた。

 

 目の前にあの西住流がいる。そして、隣には没落した流派であれ前回あの戦車道全国大会で活躍し名を知らしめた時御流もいる。

 

 戦車で名を轟かせる二人の怪物の姿がしずか姫の中に燻る何かに訴えてきてるようなそんな気がした。

 

 そんなしずか姫の表情を察してか、首を傾げたミカが彼女にこう問いかける。

 

 

「鶴姫しずかさん…と言ったかな? 君は戦車道はやらないのかい?」

 

「ちょっ!? ミカ何言ってるの!?」

 

 

 それは、二人の姿を改めて目の当たりにしたしずか姫に対するミカの単純な質問であった。

 

 まほの名を聞いてあの驚き方や徳蔵さんの話を聞いた限りでは前回の戦車道全国大会はおそらくしずか姫も見ていた筈だ。

 

 今や、女性の中で戦車道に興味がないという女性は少ない傾向になりつつある。

 

 それに、時御流の分家となればなおさら戦車道に興味を持っていても不思議ではないとミカは感じた。その上での質問であった。

 

 しかし、鶴姫しずかは凛とした表情で何事もないようにミカに対してこう告げた。

 

 

「生憎、戦車道ならせぬ。私は道が付くものが嫌い故」

 

「あれ? でもさっきまで書道してたんじゃ…モガ!」

 

「はーい、智代ちょっと静かにしてようかー」

 

 

 そう言いながら多代子は余計な事を言いそうになっていた永瀬の口を無理矢理閉じさせる。

 

 しずか姫が戦車道をやりたがらない事に関して何かしら理由があるのだろうと気を使っての事だ。

 

 しかしながら、その言葉を聞いたミカは首を傾げると不思議そうにしずか姫を見つめたまま悪戯そうな笑みを浮かべていた。

 

 

「へぇ…、見た感じ、君は戦車道をやりたいように見えたけど気のせいだったようだね」

 

「…さぁ、なんのことか」

 

 

 そう言いながら、ミカから視線を外す鶴姫しずか。

 

 戦車道、確かに今やメジャーな競技であり戦車道の全国大会となればその名声や名誉は世の中に轟くほどだ。

 

 大半の女生徒の憧れであり、そして、強さ、賢さ、団結力といったものが求められる。

 

 前回の全国大会の試合を見た者ならば、あんな試合に心が踊らない者などいないだろう。少なくともミカはそう感じた。

 

 だからこそ、鶴姫しずかの燻る戦車への憧れをミカはなんとなく察することができた。

 

 だが、一言だけ、ミカは鶴姫しずかにこう話をしはじめる。

 

 ミカ自身が感じた戦車道というものについての価値観についてだ。

 

 

「なら、そんな君に良い事を教えてあげよう。『戦車道には人生の大切なものが詰まっている』んだよ。なにもかもね」

 

「何がおっしゃりたいか判りかねまする」

 

「早い話が戦車道に興味があるならとっととやればいいのにって言いたいわけだよ」

 

 

 そうミカはバッサリと言いたい事を簡単に鶴姫しずかに告げた。

 

 燻っている闘争心、戦車に対する興味。

 

 鶴姫しずか、彼女はそれが非常に強いにも関わらずそれを表に出そうとはしない。

 

 道が付くものが嫌いという価値観は戦車道に誇りを持っているミカには理解しがたい事だったのだろう。

 

 しかし、鶴姫しずかはフッと笑みを浮かべるとミカにこう話をしはじめた。

 

 

「時には我慢も必要。生憎ながら私は今は戦車に関わろうとは思っていませんので」

 

「それはまたなんで?」

 

「まだその時ではない。…と言う答えでは納得してもらえませんか? ミカ殿」

 

「いや、そこまで強要するつもりはないさ。時を待つという答えで十分だよ」

 

 

 そう言いながらミカはニコリと笑みを浮かべ鶴姫しずかに応えた。

 

 時を待つ、すなわち、まだ彼女の中で戦車に関わる強いきっかけが無いという事なのだろう。

 

 興味はあるが、戦車道という道が付くものが嫌いである。すなわち、彼女には規定やルールという縛りに括られたものが合って無いのかもしれない。

 

 だが、繁子とまほの戦車道全国大会決勝を目の当たりにしてその道を付くものが嫌いで戦車道をやらないという意思が揺らぎかけているのも確かだ。

 

 戦車でいつか自分も輝いてみたい。

 

 だが、それなら道を違う事なく戦車道をしなければならない。

 

 その意思の狭間で鶴姫しずかは揺れていた。

 

 今ももしかしたら自分には戦車以外にも他の才能があるのでは無いかと様々な物事に取り組んで迷っている最中なのだろう。

 

 

「大偉業を成し遂げさせるものは体力ではない、耐久力である。元気いっぱいに1日3時間歩けば、7年後には地球を一周できるほどである」

 

「それは…一体」

 

「イングランドの文学者、サミュエル・ジョンソンの残した言葉さ…、いつか君も戦車で輝ける日は訪れる、悩め、若き乙女」

 

「いや、ミカ、貴女もまだ高校生でしょうが」

 

「そう言えばそうだったね」

 

 

 ミカは思い出したようにアキに告げながら、いつものように飄々とした表情を浮かべる。

 

 そんな、ミカの反応がおかしかったのか、クスリと思わず鶴姫しずかも笑みを溢してしまった。

 

 まさか、戦車道を否定した自分を戦車道に誇りを持っているミカがそんな風に見てくれるとは思いもしなかったからか、はたまた、掴みどころが無い彼女の人柄かわからないが自然と出てしまった笑みだった。

 

 

「いやはや、やはりお館様のご友人は面白い方ばかりですな」

 

「せやろ? ちょっと曲が強すぎるのばかりやけどな?」

 

「気に入り申した。ノンアルコールビール作りでしたか? 私もご尽力させて頂きたく申しまする」

 

「え! しずちゃんもいっしょにつくってくれるの! やったー!」

 

「智代、はしゃぎ過ぎだってば…」

 

 

 そう言って、嬉しがる永瀬に苦笑いを浮かべる多代子。

 

 どうやら、今回は鶴姫しずかも加わり、ノンアルコールビールの製造を行えるようである。人手は多い方が良い、実にありがたい話をもらったと繁子達も安心した。

 

 こうして、仲間が一人加わり、鶴姫酒造でのノンアルコールビール作りが本格的にスタートを切る事になった。

 

 

 

 さて、鶴姫酒造の酒造に移動した繁子達一同。

 

 ここから、本格的なノンアルコールビール作りに入る訳だが、まずは今回作るであろうノンアルコールビールについての話をしておこう。

 

 今回製造する予定のものはビールテイスト飲料、ノンアルコール飲料の一種でビール風味の発泡性炭酸飲料である。

 

 日本でビールが高級品扱いだった大正末期に代用品としての「ノンアルコールビール」が流行したことがあったが、技術や材料の不足で質の悪い物が多く流通していた事もあり、現在ほどの需要は無かった。

 

 そして、外国では米国で禁酒法の施行時代、アルコール度数0.5%未満の酒を造ることは合法であったことから、ビールの代替品としてニア・ビールと呼称されるアルコール度数が低いノンアルコールビールが生産された。

 

 製法としてはアルコール除去法と発酵抑制法が使われ、当然ながら原材料は麦である。

 

 しかし、麦芽酵母菌の不足により味が落ち売上が悪化、

 

 このような出来事からニア・ビールには工業用アルコールを注入することが行われたり、禁酒法施行時代には大多数の醸造業者が閉鎖し、闇ルートの酒を巡ってギャングが暗躍したりと様々な事が起きたりしていたという話まで存在する。

 

 さて、話は戻るが、今回製造する予定のノンアルコールビールはこのニア・ビールに近いものを目指して作ろうという訳である。

 

 ビールの原材料には福島産、時御流本家が製造している大麦、『真・乙女麦』という麦芽を使用する。

 

 

「発酵方法とかは…徳蔵さんはご存知ですか?」

 

「そりゃもう! 昔はお酒作りは自分の家で自家生産でしたからな!」

 

「頼もしい! 流石、徳蔵さんだ!」

 

「なんだか明子さんみたいだね!」

 

 

 そう言って、作業服に着替えた繁子達は酒造場に入り、既に戦闘体制に入っている。

 

 本職は一体なんなのか、女子高生とは一体なんなのか?

 

 様々な疑問はあるかもしれないが、彼女達にはこれが最早、普通なのだろう。そして、まほやミカ達も馴染んでるあたり既にその領域に入りつつあるのかもしれない。

 

 さて、通常のビールを作る過程では、以下の通り

 

 1、お湯に麦芽の一部、米、コーン、スターチなどの副原料を加え煮る

 

 2、残りの麦芽にお湯を加えさらに煮込み釜で煮た物を加える。

 

 3、仕込み釜でできた麦汁を濾過し、透明な麦汁にする。

 

 4、麦汁にホップを加えて煮込む。

 

 5、よく冷やした麦汁にビール酵母を加えて発酵、麦汁中の糖分がアルコールと炭酸ガスに分解され数十日間じっくり熟成させる。

 

 6、熟成したビールを濾過。

 

 

 という過程を踏む事により、ビールが製造される。

 

 ではノンアルコールビールの場合はどうだろうか?

 

 

「ノンアルコールビールにはアルコールを完成してから抜く方法、ビールを作る過程で抜く方法、香辛料とかを使ってビールに近い味にする方法って三パターンあるわね」

 

「今回はどうするんだ?」

 

「今回は通常のビールと同じ原料、同じ製法で、しかもアルコールを低くにすることで、麦汁濃度や酵母を働かせる時間、その時の温度などを調整して出来る限り低アルコールにして味に違和感の無い方法を取ろうかと考えとるで」

 

 

 繁子はノンアルコールビールの製造についての質問を投げかけできたまほに笑顔を浮かべたままそう告げる。

 

 つまりは味の質をそのままに、皆が違和感無く飲めるノンアルコールビールを作ろうという訳だ。

 

 

「よし! それじゃ取り掛かるで! …やり方は順を追って説明するから安心してや」

 

「なんかもうしげちゃん達。できない事って何かあるのかな?」

 

「ないんじゃないかな?」

 

「よーし、ほんじゃ気合いいれてやるかー」

 

 

 そう言って、二人で顔を見合わせて話し合うミカとアキ。そして、妙にやる気になってるミッコの三人は繁子の言葉通り早速、作業服のままノンアルコールビールの製造に取り掛かりはじめる。

 

 ちなみにノンアルコールビールを作るために訪れた鶴姫酒造の酒造蔵にテケ車が置いてあったので修理がてら立江が知波単学園の生徒に持っていかせた事をここに付け加えておこう。

 

 さて、ノンアルコールビール作りに戻るが、立江達も手馴れたようにしながらノンアルコールビールの製造に取り掛かりはじめた。

 

 それを見る限りでは手慣れたもので米やコーン等の副原料を加えて煮る作業を徳蔵さんと共に平然と行なっていた。

 

 

「お酒作りはまごころが大切ですぞ」

 

「いやぁ…私達この作業初めてだけど意外と大変よね」

 

「だねぇ…、なかなか難しいかも」

 

「嘘つけ! どの口が言ってるの! 一体!」

 

 

 そう言って、手馴れた様に酒造りをしはじめる真沙子と立江の二人にアキは思わず突っ込みを入れた。

 

 片方は日本刀や包丁を打てる腕前を持ち、板前ばりの職人技を持つスーパー女子高生。

 

 もう片方は漁師の技術に加え、機械を直し、さらに、土の知識がかなり豊富で加えて納屋を作るほどの大工の匠ばりの腕前を持つスーパー女子高生。

 

 そんな二人は何事もなく作業に溶けこんでいる。

 

 一体、彼女達はなんなのだろうか、そんな疑問が湧かない同じ女子高生はおそらく地球上、探しても存在しないだろうとアキは思った。

 

 さて、ノンアルコールビール作りははじまったばかりである。

 

 完成はどうなるのか?

 

 続きは! 次回、鉄腕&パンツァーで!



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誓い

 

 さて、前回、本格的なビール作りに入ったダッシュ隊員達。

 

 今は2日目の朝を迎え、繁子は清々しい朝を迎えていた。

 

 というのは全くの嘘であるが、現在、寝床として鶴姫の屋敷の一室を借り、宿泊を取った訳だがここである問題が発生していた。

 

 それは、繁子の横に寝てる無防備なミカである。

 

 昨晩は一人一部屋、屋敷は広いのでそんな風に部屋分けをしたのであるが、どういうことか目を覚ませば繁子の前にはなんとミカが寝ていた。

 

 寝ぼけてかそれとも故意にか、定かではないが、昨晩は一人で寝ていたはずだと繁子は顔を引きつらせる。

 

 

「…ほんま、いつの間に入って来よったんやこいつ…」

 

「zzz……すぴー…」

 

 

 ほぼ下着姿、上にはTシャツを着ているみたいだが、おそらくブラジャーらしきものはつけていないのだろう。

 

 嫌がらせもはだはだしいと繁子は思う。いつの間に自分の布団に潜り込んだのか、疑問が消えない。

 

 

「おら! 起きんかい!」

 

「ふが!?」

 

 

 そして、なんだか無性に腹が立ってきた繁子はミカの鼻の穴に二本の指を突っ込んでやった。

 

 豚のような声を溢すミカ、しかし、繁子を離す気配が全く無い。

 

 たわわに実っている胸が繁子の目前に迫る。

 

 だが、これは繁子には精神的な苦痛の方がデカイ。

 

 目前に己が無いものが目前に自己主張されていればそうなるのは目に見えてわかるだろう。

 

 そんな中、襖が開いて繁子を起こしにまほがやって来たようだ。

 

 だが、パジャマ姿のまほは一緒の布団で寝ている繁子とミカの姿を見て身体を硬直させる。

 

 

「み、ミカ! お前! 話が違うじゃないか!!抜け駆けはずるいぞ!!」

 

「…zzz…返事がない、ただの屍のようだ…」

 

「起きとるやないかい!」

 

「あいたっ!」

 

 

 そう言って、バシン! とミカの両頬を勢いよく手で挟む繁子。

 

 それはそうだろう。繁子から鼻に指を突っ込まれ、これだけ騒がしければ起きるというものだ。

 

 繁子はたゆんと揺れるミカの胸に顔をしかめつつもモゾモゾと布団から身をよじらせて脱出すると呆れたようにため息を吐いた。

 

 朝から早々に騒がしい限りである。だが、これだけで終わるわけもなく、まほがすごい剣幕で繁子の肩に掴み掛かって来た。

 

 

「大丈夫か!しげちゃん! あいつになんかされなかったか!?」

 

「精神的なダメージをいくらか食ろうたわ」

 

「なんだと!? よしよし…それは辛かったな」

 

「ねぇ、まほりん、君、話聞いとったかな? なんで追い討ちかけるん??」

 

 

 そう言って、パジャマ姿のまほから抱き寄せられる繁子だが、はたまたこちらも自己主張が激しい胸を押し付けてくる。

 

 繁子の目は死んでいた。

 

 胸とはなんだ。

 

 脂肪のかたまりではないか、焼いたらよく燃えるんじゃないか、そうだ、BBQの油ひきに使ってやろう。

 

 そんな腹黒い思惑が思わず浮かんで来そうであった。

 

 最近、自分の周りには胸がおっきな女の子が増えすぎた。一人くらい胸が無くなっても問題なかろう。

 

 

「…この歳になると夢も希望も無いな。プラウダに転校したいわ」

 

「…え? しげちゃんなんか言ったか?」

 

「なんでもあらへん、大丈夫やから」

 

「そうか、それは良かった…!」

 

 

 全然良くは無い。

 

 もはや、こうなると成長しないであろう自身の胸を呪うしかない、夢も希望も最早無いのだ。

 

 悲しきかな、繁子はなんだか虚しさを感じてきた。

 

 プラウダにいるカチューシャなら自分の気持ちをきっとわかってくれるだろう。

 

 この場にカチューシャがいれば繁子は迷いなく身代わりに使いたい程である。

 

 この環境に入ってくるがいい、きっとカチューシャも目が死ぬだろう事が容易に想像できる。

 

 もしくは既にノンナやジェーコから同じ目にあっているのかもしれない。そう考えると痛堪れない気持ちになってしまった。板だけに。

 

 さて、安心した様なまほの表情を見る繁子は何も良くないと口に出した感情を堪えつつ、ビール作り2日目を迎えた。

 

 まずは全員で朝食を摂り、そこから作業の続きに取り掛かる。

 

 さて、この朝食であるが、立江の機嫌があまりよろしく無い。いや、ご立腹であった。

 

 顔はニコニコと笑ってはいるが、完全に激おこぷんぷん丸である。

 

 顔を引きつらせながら目の前に座るミカとまほは渋々朝食を摂っていた。

 

 そんな、重苦しい中で口を開いたのはまずは立江からだ。

 

 

「さて? 弁解は?」

 

「…いや、私はしげちゃんを起こしに来ただけだ。なんの問題もない、私は無罪を主張する」

 

「私はつい寝ぼけてか部屋を間違えた様でね、いやはや、奇妙な事もあったもんだよ」

 

 

 二人は涼しい顔を保ちながら冷や汗をかきつつ、凄い威圧感を醸し出す立江から視線を逸らす。

 

 ゴゴゴ…と言わんばかりの立江の無言の笑顔には凄い威圧感があった。

 

 二人はそんな立江の顔を直視する事が出来ない、かろうじてすっとぼけるのが関の山である。

 

 

「さぁて、私らは早くビール作りの続きやろうかー」

 

「どうぞごゆるりとしてください」

 

「いや大丈夫だ、私も作業に…」

 

「ダメです」

 

 

 そう言って、さりげなく永瀬達に混じり退散しようとしたまほの肩ががっしりと立江から掴まれる。

 

 お説教から逃げようとするのはやはり本能的なものだろう。当事者の繁子もこの光景には苦笑いを浮かべるばかりである。

 

 

「朝起きたらパンツとノーブラTシャツでしげちゃん布団に潜り込むとかなんて羨ま…、いや、けしからんことをやってるのかな? ねぇ?」

 

「いや、立江、羨ましいって…」

 

「偶然の産物にしては出来すぎてるわよね?」

 

「ウチの話聞いてへんね」

 

 

 繁子は目が笑っていない笑顔を振りまく立江の言葉にゲンナリとするばかりである。

 

 確かに立江の言う通り、どこの世界に年頃の女の子がパンツとTシャツだけで偶然にも他人の布団に潜り込むような人物がいるだろうか。

 

 だが、ミカはどこ吹く風。むしろ清々しさを醸し出しながらいつもの様な飄々とした面持ちで立江にこう話をしはじめる。

 

 

「私は基本的にあれが寝巻きなのさ、開放感があって良いんじゃないかな?」

 

「アンタ、それ男の人おったら一大事やで」

 

「大丈夫さ。その時はお金取るから」

 

「いや…そう言う問題ちゃう気がするんやけどなぁ」

 

「やっぱりしげちゃんをこいつに渡すのは危険だな! 今日は私が一緒に寝…」

 

「いや、普通に一人で寝せてや…」

 

 

 繁子は間髪入れずにまほの肩にポンと手を置くとそう告げる。

 

 別に一人一つの個部屋があるのだからわざわざ二人で寝る必要性も無いだろう。修学旅行でもあるまいしと繁子は思う。

 

 何が楽しくて女の子同士で添い寝をしなくてはならないのか、確かに野宿とかは無人島らしき場所でよくしていた記憶はあるがそれも遠い記憶である。

 

 

「という訳でこのアホくさい話は終わりや、とっとと作業に行くで。ビアガーデンまでそんな時間ないんやから」

 

「…うぐっ…しげちゃんがそう言うなら仕方ないな」

 

「命拾いしたわね貴女達」

 

「ん? なんだい? また戦車でケリつけるのかな?」

 

「お、やる? 私は構わないけど」

 

「はよ行くでー」

 

 

 そう言ってバチバチと火花を散らしはじめた立江とミカにそう告げるとスタスタと鶴姫酒造の蔵へと向かう繁子。

 

 こうして、繁子達一同は賑やかな早朝を迎え、再びノンアルコールビール作りを再開させるのであった。

 

 

 

 さて、それからだいたい数日ほどの時間もあっという間に過ぎ。

 

 ビール作りも大詰めに入った。樽状の容れ物に作り上げたノンアルコールビールを注ぎ込んで行く永瀬達は晴れやかな表情を浮かべると満足げに話をしはじめる。

 

 

「結構できたねー!」

 

「ほんと徳蔵さんにしずちゃん、助かったわ〜。ほんまにおおきにな?」

 

「お館様のお力添えになれたのならば、このしずか、嬉しき限りでございまする」

 

「あぁ、こちらこそ感謝するよ、これだけあれば盛大なビアガーデンを開けると思う」

 

「それは良かったですなぁ、徳蔵めも西住殿と繁子様にご協力できて嬉しきことこの上ありません」

 

「徳蔵のじっちゃん大袈裟だってー」

 

 

 そう言いながらビールの入った樽をどんどんと軽トラに積んでいきながら告げる真沙子。

 

 これだけのビールがあればおそらく両校の生徒にも行き渡る量だろう。軽トラを2台ほど持ってきて正解だったなと繁子達は思う。

 

 しかしながら、軽トラだけでは今回作った全てのノンアルコールビールが入った樽を回収しきることは困難だ。

 

 しかも、軽トラの一台は鶴姫酒造にあったものを今回特別に貸してくれるという形である。

 

 積みきれない樽を前にして永瀬はうーんと頭を悩ませていた。

 

 

「積みきれないねー」

 

「なら、残りは戦車に台車引っ付けてそれに乗っけるってのはどうよ?」

 

「お! さっすがミッコ! 冴えてるー!」

 

「アキちゃん大丈夫かな?」

 

「多分、問題無いと思うよ多代子。道中は気をつけて運ばなきゃだけど」

 

「運搬業なら私達得意だから、主に物流関係の宣伝みたいなのやったことあるし!」

 

「え? 宣伝?」

 

「そうそう。そのおかげか2tトラックとか全然運転できるんだよね!」

 

「…業者の方かな? 本当に女子高生? 貴女達」

 

 

 そう言うアキはなんの躊躇もなく言い切る真沙子に顔を引きつらせる。

 

 どこの世界に2tトラックを運転できる女子高生がいるのだろうか?

 

 しかしながら安心してほしい、繁子をはじめ真沙子や永瀬達はだいたいトラックもそうだが、クレーン車、ロードローラー、シャベルカー、ブルドーザーに至るまで働く車はなんでも運転できるという変態スペック持ちである。

 

 最早、2tトラックぐらいでは驚いてはいけないんだろうなとアキは内心で呟くしか無かった。

 

 

「さぁ、そんじゃしげちゃん達も積み終わったかなー?」

 

「おーい!」

 

「こっちは終わったでー」

 

「よし! じゃあ、ぼちぼちいきますか!」

 

 

 そう言いながら、軽トラのエンジンをかけはじめる真沙子。

 

 鶴姫酒造、数日の間であったがまたここで繁子達は貴重な再会と出会いを果たした。

 

 またいつか、きっかけがあればこの場所を訪れる事もあるだろう。次はまた別の形で。そんな事を予感しつつ繁子は真沙子の乗る軽トラの助手席に座る。

 

 そして、窓から顔を覗かせるとお世話になった徳蔵と鶴姫しずかにお礼と別れの挨拶を告げはじめる。

 

 

「お世話になりました! それじゃウチらはそろそろ行くわ、しずちゃん、じっちゃん」

 

「はい! お館様! 御武運を!」

 

「…いや、戦に行くわけやないからね」

 

 

 そう言って、目を輝かせながらフンスッ! と息を吐く鶴姫しずかに苦笑いを浮かべて告げる繁子。

 

 立江やまほ、ミカは戦車に乗り込むとしっかりと戦車にノンアルコールビールを積んだ台車を固定した。

 

 

「それじゃ、私達は出発するよ。しげちゃん」

 

「オーケー! とりあえず向こうに着いたら連絡頂戴な! まほりん」

 

「わかった。任せておいて」

 

 

 そう言って、まほとミカが乗る戦車は音を立てて出発した。とりあえず行き先は港に停泊してる黒森峰女学園の学園艦だ。ひとまずそこと知波単学園の車庫にノンアルコールビールを置いておこうというわけだ。

 

 とりあえず、繁子達も軽トラを発進させるためにエンジンを掛ける。

 

 

「そんじゃ私らも行くわ、じゃあね、しずちゃん」

 

「はい、御館様」

 

「次来る時は…」

 

 

 繁子はそこで一旦言葉を区切ると何を思ったのかしずかな笑みを浮かべていた。

 

 繁子がこの場所に次に来た時。

 

 その時は、鶴姫しずかに求める事は必然的に決まっている。繁子はゆっくりと鶴姫しずかにこう告げはじめた。

 

 

「戦車の戦場にて待っとるでしずちゃん」

 

「……え?」

 

「ほんじゃさいなら!発進!」

 

「はいな!」

 

 

 繁子は間髪入れずに軽トラを発進させるように永瀬に告げ、ノンアルコールビールを積んだ軽トラは鶴姫酒造を後にする。

 

 そんなトラックを見送る鶴姫しずかと徳蔵。

 

 ふと、隣にいた徳蔵が横を見れば鶴姫しずかは静かに笑っていた。

 

 戦場にて待つ、まさか、繁子からこんな風に言われるなんて思ってもみなかったからだ。

 

 

「…戦場にて…待つか…。お館様、いつか」

 

 

 きっとその時は訪れる筈だ。

 

 その時はきっと心踊る事だろう。まだ、鶴姫しずかの物語は始まってもいない。

 

 だが、その時は全力で、時御流という戦車道に挑ませて貰おう。

 

 鶴姫しずかは立ち去る軽トラの後ろを見送りながら静かに心の中でそう誓うのであった。

 

 

 

 



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祭り

 

 

「でも、まな板じゃ遊べないでしょ?」

 

「お前はまな板の凄さを全然わかっていない」

 

「なぁ、あんたら、それウチを挟んで言い合う事かいな」

 

 

 唐突だが、永瀬と真沙子が繁子を挟んで熱い議論を交わしていた。

 

 それはまな板がビアガーデンに必要か否かの議論である。その間には何故か繁子を挟んでの熱い議論であった。

 

 永瀬はビアガーデンをエンターテイメントみたいな感じにしようと提案。

 

 メリーゴーランドや出店に他にはディアンドルのレンタルや、カーニバルの催しをしようと考えていた。

 

 一方の真沙子は板前の腕を存分に振るい、日本伝統の居酒屋風なビアガーデンを提案。

 

 活きの良い魚を捌いたつまみに日本伝統の酒席にある料理を振る舞いたいと考え、こうして二人の意見が割れていた。

 

 割れるのは結構、大いに結構である。

 

 様々な観点からビアガーデンを盛り上げたいとする彼女達のやる気がひしひしと繁子にも伝わってきた。

 

 しかし、まな板に関する話題に関して自分を挟んで議論するのはやめていただきたい。心にくるものがあると繁子は思った。

 

 

「永瀬、まな板がどれだけすごいかあんたわかって無いでしょ? まな板はね? 時には盾に、時には武器になるとんでも板なのよ」

 

「それならメリーゴーランドだって一緒じゃん! まな板メリーゴーランドにしよう!」

 

「どこがやねん! どっちも本来のまな板の使い方明らかに間違ごうとるやないか!」

 

 

 本来の目的が遥か彼方へ。

 

 ビアガーデンを開き、両校の交友を深めるのが今回の目的である。

 

 行き着く先がなんだか途方も無いところに行きそうだと思った繁子は二人を制止する意味も込めてそう突っ込みを入れた。

 

 そんな中、立江はあるDVDを抱えて涙を拭いながらTVの電源を切っていた。

 

 

「いやー…やっぱりオデッセイは泣けるわね…」

 

「火星はいつか行ってみたいね、ぐっちゃん」

 

「ザ・鉄腕&パンツァー! 時御流は火星を開拓できるのか? …いいわね」

 

「いいけど、どのレベルから始めるの?」

 

「まずロケットを作ります」

 

「そこからっ!?」

 

「いや、それはどうでもいいんだけどさぁ…なんで学校の会議室でDVD鑑賞してるの?」

 

 

 そう言って顔を痙攣らせるアキ。

 

 だが、オデッセイを見終わった立江の横で共に鑑賞していたミカとまほはその余韻に浸っていた。

 

 彼女達は顔を痙攣らせるアキを他所に立江同様に涙を拭いながら語り始める。

 

 

「彼を見ていたらしげちゃんを思い出してしまったよ」

 

「名作だった…。いや、本当に名作だったよ」

 

「会議ほっぽって何やってるの? ミカ?」

 

「まぁまぁアキ、抑えて抑えて」

 

 

 そう言って怒りの笑みを浮かべるアキを必死になだめるミッコ。

 

 確かにビアガーデンの話はどうしたと言いたくなるアキの気持ちも分からなくもない、だが、永瀬達が繰り広げる会議はまな板の話しかしてないためどっちもどっちである。

 

 さて、その後、簡単に事の顛末を話せば、オデッセイを見終わったミカ達を含めた会議はひとまず先ほど挙げた永瀬と真沙子の案を含めてビアガーデンを開く事に決まった。

 

 

 

 

 そして、話はビアガーデン開催日前日へと移る。

 

 今回、開いたビアガーデンでは前回、鶴姫酒造で製造したノンアルコールビールを保存先から掻き集め開催する。

 

 味の鮮度をそのままに、サッパリとした喉越しにアルコールが入っていないビールの味を届ける。

 

 繁子達の情熱が込められて作られたノンアルコールビールである。

 

 

「麦から作ってるもんね」

 

「乙女麦ってやっぱすごいわねー」

 

「…どれ、ちょい味見してみようか?」

 

 

 そう言って真・乙女麦から製造したノンアルコールビールを注いだコップを持った繁子はそれをそのまま口へ運ぶ。

 

 さて、そのお味は…?

 

 

「…カッー! 美味い!! これ、あれやね、めっちゃビーフジャーキー食べたくなるわ」

 

「え? どれどれ?」

 

 

 そして、繁子の言葉につられて真沙子もビールを口へと運ぶ。

 

 真・乙女麦の麦を1から使い、鶴姫酒造で作り上げた自慢のノンアルコールビール。どうやら繁子の話を聞く限りでは成功のようだ。

 

 さて、真沙子もまたそんな繁子に続いて味見に入る。皆が作り上げたノンアルコールビール、その喉越しに違和感は…。

 

 

「うわっ! うっま! いやぁ! 麦から作っただけあるわね! つまみが欲しくなる!」

 

 

 無い、違和感は無い上に見事、狙い通りのサッパリとした喉越しを再現していた。

 

 その真沙子の言葉を聞いた繁子はニンマリと笑顔を浮かべる。思った通りの味に無事に仕上がったようだ。

 

 初挑戦にしてこの出来は上々であると言える。

 

 

「やろ? やろ?」

 

「…どれどれ? …んっ…! これは」

 

「ね? まほりん! めっちゃ美味いやろ?」

 

「馬刺しが食べたくなるな」

 

「うん、おいしいね、私はスルメが食べたくなってきたよ」

 

「なんか聞いてるとさっきから会話がめっちゃおっさん臭いんだけど気のせいかな?」

 

 

 ノンアルコールビールを飲んでほっこりとした表情を浮かべるまほとミカ、そんな二人にアキは苦笑いを浮かべそう告げる。

 

 おっさん系女子高生、新しいジャンルだが果たして需要があるかどうかは不明である。

 

 さて、話は戻るがこうして味もしっかりと確認し、ノンアルコールビールの準備も整った。

 

 食材も真沙子や繁子が用意をし、そして、このビアガーデンのために今回、秘密兵器を持ち込む事にした。

 

 それは…?

 

 

「ジャガイモ?」

 

「ジャガイモだね」

 

「ジャガイモの生命力を舐めたらダメだぞ、火星でも育つスーパー食材なんだからな」

 

「まほりん、それオデッセイの見過ぎだから」

 

「じゃあ私達は火星に田んぼ作ろう!」

 

「いいねーそれ」

 

 

 そんな他愛の無い会話を繰り広げる繁子達の手にはよく育ったジャガイモが握られていた。

 

 ジャガイモはポテトサラダにするもよし、ポテトチップスにするもよし。蒸してじゃがバターにして食べるも良しとビールにはとても相性の良い食べ物である。

 

 上でまほが挙げた様に火星でも栽培できるスーパー食材なのだ。

 

 

「ジャガイモも準備できたし、あとは…」

 

「ディアンドルだな!」

 

「…まほりんの目がすんごい輝いてる」

 

「しげちゃんの衣装を見たいから、当然だよ」

 

 

 そう告げるまほはニコリと笑みを浮かべて繁子を見つめる。

 

 繁子はそんなまほの言葉に顔を痙攣らせるばかりである。まぁ、本来の彼女の目的でありビアガーデンを他校との交友という名目で予定した理由でもある。

 

 さて、その肝心なディアンドルだが、ファッション担当、立江が既に衣装を用意済みである。

 

 

「じゃーん! 可愛いっしょ!」

 

「ほほう…これはこれは…」

 

「可愛い! すっごい可愛い!」

 

「ん? ミカっちにアキ、どう? 着てみる?」

 

「え! いいの!?」

 

「どうせ明日着るんだし別に良いわよ」

 

 

 用意したディアンドルに目を輝かせるアキに立江はそう言って頷き応える。

 

 ディアンドルは様々な種類が用意されているが立江が用意してくれた衣装は可愛い町娘を連想させる様なそんな衣装ばかりであった。

 

 背中は綺麗に晒され、そして、着れば可愛いフリルが付いた胸元が強調されるセクシーな衣装、女の子ならば誰でも着たいと思うだろう。

 

 ただし、胸元が強調されるにはある程度の胸が必要な事もここに付け加えておく。

 

 

「…ん、ど、どうかな?」

 

「あ、可愛いじゃん! 似合ってるよ! アキ!」

 

「ほんと!? えへへ、なんだか嬉しいな…」

 

 

 そう告げる立江の言葉に照れる様に告げるアキ。

 

 下町の娘、アキのディアンドルを着た姿はそんな姿を体現した様な可愛らしい格好であった。

 

 そして、ディアンドルに着替えを終えたミカも皆の前に姿を現わす。

 

 

「…んぅ…、立江、この衣装、ちょっと胸元が開き過ぎじゃ…」

 

「……………牛かな?」

 

「アキ、目が死んでる! 戻って来て!」

 

 

 しかしながら現実は非情である。

 

 二度とミカと共にはディアンドルを着まいとアキは密かに心に誓うのであった。

 

 確かにディアンドルに強調されたミカの胸元は破壊力満点だろう。現にそれを目の当たりにした繁子も目が死んでいた。

 

 そして、繁子は隣にいる目を輝かせるまほの胸元に視線を移す。明日のことを考えただけで繁子は二度、精神が死ぬこととなった。

 

 アキの気持ちがよくわかる。あんな胸に囲まれるなんてなんの拷問だろうか。

 

 ディアンドル、恐ろしい破壊兵器だと繁子とアキは改めて認識させられた。

 

 さて、準備が順調に進み、話はビアガーデン開催日へと移る。

 

 

「しげちゃん! 三番テーブルノンアルコール追加だって!」

 

「よっし! 任せい!」

 

「真沙子! 馬刺し! ポテト追加で!」

 

「あいよ!」

 

「わぉ、大盛況じゃん! すごーい!」

 

 

 ビアガーデンは上々の大盛り上がりを見せていた。

 

 というのも繁子達の作ったノンアルコールビールを一目見ようと知波単学園、黒森峰女学園、継続高校の他にもタンカスロンを行う戦車チームや他校が足を運んできたのが大きい。

 

 特に立江が持ってきたレンタルのディアンドルが飛ぶ様にレンタルされていた。衣装が可愛らしいことがどこかの噂で流れたという。

 

 さて、今日はまほの希望通り、繁子もディアンドルに身を包み、可愛らしい町娘としてノンアルコールビールを振舞っていた。

 

 

「はい!三番テーブルに持ってってや!」

 

「いえす!あいどぅー!」

 

「永瀬、そこは普通ドイツ語なんじゃないかな?」

 

「私、ドイツ語さっぱりなんだよね」

 

「英語もさっぱりやないかあんたの場合は」

 

「そうだった」

 

 

 そう言ってミカと繁子からのツッコミに『てへ』っと舌を出して誤魔化す永瀬は繁子からノンアルコールビールを受け取ると、着ているディアンドルから更に強調される豊満な胸にビールから溢れる泡を溢しつつ笑みを浮かべる。

 

 そして、そんな中、繁子の傍らにはまほやミカが笑顔を振りまきながらノンアルコールビールを配っていた。そんな三人に囲まれた繁子は胸元を見比べながら自分の胸へと視線を落とす。

 

 決して貧乳ではない、貧乳ではないがなんだか無性に虚しくなって涙が出てきた。

 

 

「あかん、泣けてくるわ…」

 

「ん? どうしたしげちゃん?」

 

「なんでもあらへんわ!」

 

 

 そう告げる繁子はノンアルコールビールをせっせかと注ぐ。

 

 アキはそんな繁子を生暖かい眼差しで見つめていた。気持ちはわかる。女としてのプライドがあそこは地獄だと本能的にアキに訴えてきてるのがわかった。

 

 そんな中、ブレない人物がいる。板前衣装に鉢巻の真沙子である。

 

 ビアガーデンの洋風な雰囲気がなんのその、いつもの様に知波単学園の誇る板前さんは料理を存分に振舞っていた。

 

 

「はい! カルパッチョ! そんでもって熊本産馬刺しに! ムニエル!」

 

「炭火焼のサザエもあるよー、秋刀魚もあるよー」

 

 

 その傍らにはパタパタと団扇を扇ぎ、炭火を使って七輪で秋刀魚とサザエを焼いている多代子の姿が…。

 

 奇妙な事に何故かこのビアガーデンにおいてミスマッチだろう異質なこの出店が異様な人気を誇っていた。

 

 確かに異質ではあるものの味は間違いなく一級品。そんな真沙子の料理の腕や多代子の木炭が上質だという事だろう。

 

 それから数時間、ビアガーデンもひとしきり盛り上がり、無事に終わりを迎えることが出来た。

 

 一通り、忙しい時間帯を乗り切った繁子達は全員で集まりひと段落つける。

 

 

「ふぃー。ようやくおわったね〜」

 

「せやなー、ま、乾杯でもしようや」

 

「お、いいね! やろうやろう!」

 

 

 そう告げる繁子の言葉に皆は作ったノンアルコールビールをそれぞれ手元に用意する。

 

 最初はビールを作るところから始まったノンアルコールビールのビアガーデン。

 

 知波単学園と黒森峰女学園との交友が目的だったが、予想外に盛り上がってしまい大変になってしまった。だが、それも乗り切り、皆でこうして無事に一つの事を成し遂げる事が出来た。

 

 

「そんじゃ、みんなの頑張りに!」

 

「「「カンパーイ!」」」

 

 

 ガチャンと掛け声と共に繁子達の持ったノンアルコールビールの入ったジョッキが勢いよくぶつかり合うと共に花火が打ち上がる。

 

 新たに知り合った仲間とそして、親友達。

 

 繁子はこのビアガーデンでの準備の過程でなんだかまた大切な事を思い出した様な気がした。

 

 己の手で作ったノンアルコールビールを一気に飲み干しながら、繁子は思う。

 

 そうだ、最初もそうだった。何もないところから1から始まったのだと。

 

 

「花火、綺麗だね」

 

 

 ミカはノンアルコールビールを飲みながら静かにそう告げる。

 

 ノンアルコールビールを麦から作るために秋田、長野と移動した。大変な道のりに遠回りだったがそこには確かに達成感があった。

 

 もしかしたら、そんなところは戦車道も一緒なのかもしれない。ミカは儚く散る花火を眺めながらそんな事を密かに思う。

 

 

 繁子達の開いたノンアルコールビール祭り。

 

 

 それは、改めて彼女達に戦車道で大切な何かを思い出させる良い機会になったのかもしれない。



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ガチンコ!戦車道!

 

 知波単学園と黒森峰女学園合同のビアガーデンが終わってから二週間。

 

 

「右斜線から来るで、気をつけやミッコ」

 

「はいよ! 大将!」

 

「クソッ! 読まれてた!」

 

「今や、ミカ」

 

『上々だね』

 

 

 繁子達は戦車強襲競技の試合を数多く行っていた。

 

 繁子の乗るケホの右斜線先の森林から現れた戦車は砲弾を易々と躱されると同時に側方からやってきたミカとアキが乗るT-26戦車が敵の戦車の装甲を主砲でぶち抜く。

 

 主砲の直撃を受けたチェコスロバキア戦車のLT-35は白旗を挙げて沈黙した。

 

 

「1輌撃破と…残りは?」

 

『3輌じゃないかな?』

 

「わかった、ほんじゃ作戦通りにで残りの殲滅に動くで…。ミッコ」

 

「ん? なんだいしげちゃん?」

 

「また腕上げたな! 多代子とあんまし変わらへんくらい操縦上手いわ」

 

「サンキュー♪ いろいろ戦車強襲競技で勉強させてもらってるからその成果かもね」

 

 

 そう言ってミッコはニコリと笑みを浮かべると繁子とケホ車の中でハイタッチを交わす。

 

 ビアガーデンが終わってからというもの繁子は来る日も来る日も戦車強襲競技に明け暮れる毎日を今、継続高校で送っていた。

 

 あれから、立江やまほ達には会ってはいない。

 

 

「ほんじゃミカ達もまた散開や、索敵はしっかりな」

 

「わかってる」

 

 

 残りの敵を殲滅しに再びミカ達と離れる繁子の乗るケホ。

 

 もちろんカモフラージュは忘れてはいない。まずは敵に見つからないことが一番である、どこで待ち構えているかわからないのがこの戦車強襲競技だ。

 

 繁子達自身がそういった戦い方をよく取るために今のこの状況下ではより慎重に、尚且つより敵の不意をつけるように行動する事を心掛けなければならない。

 

 

「…ん、慎重に索敵しながら進むんやで」

 

「しげちゃんは相変わらず慎重だなぁ…」

 

「ウチがもし敵ならと仮定して、私らの2輌の戦車の不意をついて一網打尽にする奇襲を考えるからな。物事は何事も慎重になりすぎるくらいが丁度ええんよ」

 

「そんなもんかね?」

 

「そんなもんや」

 

 

 そう言って繁子は外に顔を出して、周りを見渡しながら索敵を行いつつミッコにそう告げる。

 

 結局のところ、継続高校に来た理由は自分の戦車道を見つめ直す為だった。

 

 立江達とビアガーデンを開いたことも、あれはまほとの決勝での戦いでの清算だったに過ぎない。

 

 未だに納得出来ていない心の内のモヤモヤとしたものを、あの日、あの場所で立江達とミカ達を巻き込んで自分自身に踏ん切りをつけることができた。

 

 まほも理由は自分のディアンドル姿が見たいと言う方便で気を遣ってくれたのだろうと繁子は思う。

 

 今なら、余計な事を考えなくて済む。あのビアガーデンを通して、繁子は西住流との戦いにようやく区切りをつけることが出来たのだ。

 

 

『敵戦車発見、距離的には200m弱くらいかな』

 

「わかった、ならそのまま砲撃せずに動向だけを見といてや、カモフラージュは積んどるやろ?」

 

『あぁ…、けど仕掛けなくて良いのかい? 不意を突けるよ?』

 

「囮の可能性があるわ、1輌だけなら仕掛けなくてええ。下手に仕掛けると場所が割れるしもう1輌どっかに潜んどったら目も当てられへん」

 

 

 そう言って繁子はインカムを通じてミカに指示を送る。

 

 繁子が継続高校で戦車強襲競技をやると聞いて立江達は喜んでいろんなモノを用意してくれた。

 

 それは単に燃え尽きた繁子が戦車に再び乗ることに嬉しさを感じただけではない。

 

 リーダーとして、城志摩繁子として、彼女が彼女らしく自分達をまとめてくれる責任を投げずに己に向き合ってくれた事が立江達には嬉しかった。

 

 例え、あの時の敗北で繁子が戦車道を投げても誰も責めることはない。

 

 だが、立ち向かう決心を再び固めた。戦車に向き合おうとした事に立江達も何かしらの力になりたかった。

 

 これまでに培ってきた固い絆。それは、いくつもの苦難を乗り越えて来た。

 

 だからこそ、立江達は繁子がビアガーデンに打ち込む姿、戦車強襲競技に挑む姿は立江達を見て改めて思った。

 

 自分達のリーダーは城志摩繁子しか居ないのだと。

 

 だからこそ、彼女を信じて待つ。

 

 繁子が自ら選んだこの継続高校での戦車の腕を磨いて自分自身を見つめ直すまでいつまでも。

 

 繁子は立江達のそれに応えるべく今日も戦車に乗り泥まみれになりながらも全力で駆る。

 

 

『わかった、しげちゃんがこちらに合流するまで様子見に徹しておくよ』

 

「あぁ、すぐ行くわ。聞いたな? ミッコ!」

 

「あいよ! リーダー! 任せなって!」

 

 

 繁子とミッコが乗る戦車はぐんぐんと加速し森を突き抜けて行く。

 

 戦車強襲競技、繁子の原点であり、そして、この中に忘れかけていた時御流の全てのルーツがきっとある。

 

 戦術、戦い方、戦法。

 

 そして、戦車道という舞台で西住流と再び戦い勝利するための道しるべもきっとこの中にあるはずだ。

 

 

(まっとれよ、西住まほ…。いや、西住流…。次は負けへん絶対に)

 

 

 打倒西住流。

 

 親友であり、先日はビアガーデンを開いた友人であったとしてもそれは変わらない。

 

 高校に入学した時から抱いていた思い。西住流、島田流を倒し。時御流を復興させるという目標はまだ達成には至っていないのだ。

 

 高校戦車道主流派、西住流。

 

 これを倒さなければいつまでも時御流は西住流に及ばない二流の流派のままだ。

 

 注目はされたのだろう。だが、足りない、繁子の時御流に賭けるプライドがそう心の奥底で告げていた。

 

 

 

 

 

 さて、一方その頃…。

 

 知波単学園ではある激変が起こっていた。

 

 それは、知波単学園に来た新しい戦車道の指導官。

 

 今までちゃんとした指導官を置かず顧問のような形で外部コーチとして自衛官の方に指導を受ける形を取っていた知波単学園。

 

 だが、そんな知波単学園に激震が走った。それは…。

 

 

「今日から貴女達の指導官になる東浜雪子よ、よろしくね」

 

「……嘘だん…」

 

「ひ、東浜さんが指導官になるとか聞いてないわよ! アネェ!」

 

「ば、ばばば、馬鹿! 私だって初めて聞いたわ!」

 

「あ、私見たことあるよ! 確か仮面ライダーって戦術の…モガ?!」

 

「「「馬鹿! お前殺されるぞ!?」」」

 

 

 部員のとんでも発言にいち早く気がついた四人はすぐさま部員の口を抑えて笑顔でこちらに挨拶をしてくる東浜雪子の顔色を伺う。

 

 四人は『レジェンド』に何を言おうとしていたのかと冷や汗がタラタラと流れていた。

 

 そこは一番言ってはいけない部分である事を立江も真沙子達も理解している。人間には触れてはいけない部分というのがあるのだ。

 

 しかしながら、ニコニコとハットを被る長く黒い癖髪の女性、東浜雪子はその笑顔を崩すことはなかった。

 

 だが、逆にその笑顔がより一層不気味さを立江達は感じる。

 

 

「ひ、東浜さん、ご機嫌麗しゅう。お久方振りでございます」

 

「あら立江、繁子はどうしたのかしら?」

 

「い、今は短期転校中でして」

 

「ふーん、そうなんだ、折角この間、松方と二人でハワイに行って来たついでにお土産買ってきたのに」

 

 

 そう言って東浜雪子は手に持っていたお土産を降ろすとブーと頬を膨らませる。

 

 そんな東浜雪子の姿に顔を痙攣らせる立江達。

 

 何故、戦車道現役バリバリのこの人がここにいるのか…皆目検討もつかないが指導官と名乗った時点で彼女達の背中には嫌な汗が流れていた。

 

 そう、あれは数年前、まだ知波単学園に彼女達が入学する前の事だ。

 

 以前、立江達はこの生きる戦車道の『レジェンド』東浜雪子から指導を受けたことがある。

 

 中学時代、明子達から時御流の指導を受けていた立江達。

 

 しかしながら、明子は病に倒れる事になり、代わりに戦車道の指導を引き継いだのがこの東浜雪子なのである。

 

 だが、その戦車道の指導は熾烈を極めた。

 

 東浜雪子が求める常にストイックであり完璧を目指す戦車道。それはもちろん、戦車道の指導にも反映されるのは当然の話。

 

 明子の時御流に加えて妥協を許さない東浜雪子の鬼指導は今でも根強く立江達のトラウマとして深く記憶に刻まれ残っている。

 

 

「今でも思うけど戦車道にバク転はいらなかったよね?」

 

「ん…? 何か言ったかしら? 永瀬?」

 

「いや! なんでもないっす! 気のせいっす!」

 

 

 そう言ってにこやかな東浜雪子の笑顔に凍りつく永瀬。

 

 戦車道のより高いパフォーマンスを引き出すため身体能力の向上はもちろんのことながら最低でもバク転は当たり前にできる身体能力を持ち合わせる事。

 

 さらに、当時は42時間ぶっ通しの戦車道訓練を余裕で熟せる腕を持てと常に東浜雪子に繁子達を含め立江達は散々言われてきた。

 

 奇しくも、立江の繋がりもあり、後輩の一ノ宮達も同じような指導を東浜雪子から受けた事があるがまさにその時の特訓は地獄であったともっぱらの評判である。

 

 ハワイに東浜雪子と行った松方には同情せざる得ないと静かに立江達は黙祷する。

 

 さて、話は戻るが知波単学園の指導官としてやってきた戦車道の『レジェンド』東浜雪子の経歴と戦車道の腕は疑う余地もないくらいに洗礼されたものである。

 

 まず、その経歴の筆頭すべき項目としては未だに無敗だという事だろう。

 

 失敗した事は多少はあれど、負けた事が一度もない。

 

 西住流、島田流、時御流、玉田流 、村上流・熊野流、フラー流、フランス流 、トハチェフスキー流、グデーリアン流という戦車道に関するあらゆる世界的な流派を学び取得。

 

 彼女に憧れる者は後を絶たず。数々の輝かしい功績を納めた。

 

 

「東浜さんがすごいところは主流の流派が無いのよ、全ての良いところを取り入れた完全な我流の戦車道で未だに無敗のレジェンドなの」

 

「ほぇ〜」

 

「まぁ、未だに西住流、島田流、時御流の家元とやりあった事は無い上での無敗だけどね…」

 

「いや、それでも十分凄いですよ!」

 

「いんや、まだまだ駄目。強敵を倒してこその戦車道。私は今の自分に全然満足してないわ」

 

 

 そう言って、知波単学園の生徒が目を輝かせて告げる言葉に凛々しく応える東浜。

 

 彼女が今回、知波単学園に来たのは指導官としてだ。前回の戦車道全国大会で惜しくも優勝を逃した繁子達を鍛え直す為に他ならない。

 

 すると、東浜はしばらくして静かな声色でこう立江達に話をしはじめた。

 

 

「とりあえず立江、あんた達と他の部員たちは戦車乗って全員表に出て」

 

「え…?」

 

「い、今からですか? 自己紹介終わったばっかり…」

 

「私の名前だけわかればもう十分よ、早く支度して来てね?」

 

「「は…はい!」」

 

「…かなり嫌な予感しかしないんだけど…」

 

「同じく」

 

 

 こうして、冷淡な言葉で有無を言わせない東浜雪子の言葉に凍りついたように返事を返す知波単学園の生徒達とトラウマが鮮明に蘇ってくる立江達。

 

 次の全国大会に向け、新たな指導官を迎えた知波単学園。

 

 繁子が居ない中、こちらもまた次に向けての新たなスタートを切ることとなった。

 

 繁子が継続高校から帰るまで後数週間。

 

 そして、新たなる一年生を入学式はあと三カ月後。

 

 知波単学園と時御流の新たなる挑戦が今、新たに始まる。

 



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時御流戦車道始動(二年生)編
始動


 

 東浜雪子が知波単学園の指導官になってから数週間後。

 

 こちらは短期転入をした繁子のいる継続高校の車庫。

 

 繁子はソ連戦車T-34/76ボディをピカピカに磨き上げている作業の真っ最中である。

 

 

「よっし! あとは…中も掃除せなあかんね」

 

 

 そう言いながら繁子は笑顔を浮かべて、汗を拭いT-34/76の車内を見渡しながら掃除道具を持って来て掃除をしはじめた。

 

 なぜ、繁子は戦車の掃除なんかを急にやりはじめたのか? それにはちゃんとした理由がある。

 

 というのも知波単学園からの短期転入の期間がもうすぐそこまで近づいてきたのだ。

 

 とすれば、ミカ達やこの継続高校ともお別れとなるだろう。

 

 その事を踏まえて繁子は自分が時御流に大切なものを思い出させてくれたこの学校にもミカ達にも深く感謝していた。

 

 

 この学校に来た当初は戦車は乗らないつもりだった。

 

 

 けれど、ミカ達に強引に連れられた継続高校の車庫の中で繁子が見たものはやっぱり戦車だった。

 

 半ば自棄でやり始めたタンカスロンも立江達が駆けつけてくれた。それから、まほも一ノ宮達でさえ。

 

 そんな経験をこの継続高校で身をもって体験した繁子は改めて自分の戦車道に向き合った。

 

 様々な戦車強襲競技の試合を立江達がいなくなった後もこの継続高校でミカ達と続けていくうちに自然と芽生えた感情。

 

 まだ、辞めるなと言っている。自分の心がそう言っていた。

 

 きっと母もそんな自分の姿を応援してくれているに違いない。

 

 

「うちにできる事…。まだ、これからたくさんあるはずや」

 

 

 次の戦車道全国大会まで。

 

 まだ自分も時御流も成長する事ができる。

 

 母の残した戦車道じゃない、自分と仲間達で描く新しい絵を繁子は描いてみようと思った。

 

 前回の戦車道全国大会で優勝できなくとも時御流は強いとたしかに証明はできたかもしれない。

 

 なら、今度は自分の道。自分達の戦車道を時御流を見せないといけない。

 

 西住まほは間違いなく、あの時にその壁を乗り越えたのだ。

 

 西住しほが敷いてきた西住流という絵に自分の色を加えて己が戦車道を描いたからこそ、全国大会を優勝できたのだ。

 

 明子の目指した時御流の戦い方の限界を繁子達は越えられなかった。だから負けた。

 

 立江の殿という時御流の道まで捻じ曲げて勝利を掴もうとした。だが、それは自分達にそれを打開するだけの腕が無かったから。

 

 

「戦車の掃除もあらかた済んだな…、よしっ!」

 

 

 繁子はそう言うと掃除を終え、T-34/76戦車から少し離れて全体を見渡す。

 

 今日までお世話になった戦車への感謝は済んだ。繁子が自分の戦車道を見つめ直す間、幾度も戦ったり、乗ったりしたこの継続高校の車庫に眠る戦車達はどれも無駄な戦車なんかじゃ無い。

 

 戦車強襲競技の模擬戦に付き合ってくれた大切な戦友達だ。

 

 

「あんたらもウチらの大事な仲間やからね、今週でお別れやけど堪忍な?」

 

 

 そう言うと繁子は優しく微笑み、そっとT-34/76に触れてそう告げる。

 

 来週からはこの継続高校を離れる。

 

 それはすなわち、元いた古巣、時御流の仲間達が待つ知波単学園に帰ることを意味していた。

 

 正直なところ、いろいろと悩んだ部分もある。

 

 この継続高校で戦車強襲競技でミカ達と戦い続け、継続高校の女生徒達に練習試合で経験を積ませて公式戦を戦おうかと考えもした。

 

 だが、繁子は知波単学園で自分の帰りを待つ立江達を裏切ることなど到底できなかった。

 

 それにもう最初から答えは決まっていた。

 

 どんなに継続高校やミカ達との戦車道が面白そうで魅力的でも、見つめ直した己が戦車道は立江達という色が必要不可欠である事。

 

 そして、自分がしたい戦車道が尊敬する隊長である辻から受け継いだ意思が知波単学園での戦車道を続けたいという気持ちにさせた。

 

 

「…やっぱり、来週帰るのかい?」

 

「あぁ、…ウチのやりたい戦車道がようやく見つかったからな」

 

 

 そう告げる繁子はさりげなく横に来たミカに静かに瞳を閉じて答えた。

 

 自分を待ってる居場所がある。自分が貫きたい道がある。

 

 戦車道には全てが詰まっている。悔しさも、嬉しい事も、楽しい事も、胸が沸き立つ様に熱くなるものも。

 

 だから繁子は戻ると決めた。仲間達の待つ知波単学園へ。

 

 ミカはそんな繁子の言葉を聞くと珍しく寂しげな表情を浮かべた。

 

 

「正直な話…。私はしげちゃんと一緒にもっと戦車道がしたかったな、アキ、ミッコとおんなじくらい私の戦車道にはしげちゃんは大切なピースなんだ」

 

「…まぁ、…ここでの戦車戦は楽しかったわ、あんたら3人と挑む戦車戦はスリルもワクワクするものもあったで?」

 

「…なら…」

 

「けど、ここに残ることはせえへん。ウチの目指してる戦車道はあの知波単学園にあるからな」

 

 

 繁子は寂しげな表情を浮かべたミカにきっぱりとそう告げた。

 

 確かにミカ達との別れは辛い、だけれど、辻隊長から受け取ったバトン、そして、待っている仲間達は全てにおいて繁子にとってはかけがえの無いものだ。

 

 辻隊長が自分達の為にどれだけ尽くしてくれたか、そして、どんな想いを胸に抱いて自分に知波単の隊長を任せると言ったのかわからない繁子では無い。

 

 きっと、この継続高校に入るのが遅すぎたのだ。

 

 中学校のあの時、繁子が継続高校に最初から行くと決めていたなら…。立江達も繁子もミカ達と共に戦車を駆っていたに違いない。

 

 ミカはそんな過去にあった選択肢を悔やみながら…。もっと早くに繁子達と出会っていたらと静かな面持ちで後悔していた。

 

 

「…ミカ、あんたらと一緒に戦った戦車戦。ほんまに楽しかったで」

 

「おや? 気休めかい?」

 

「バカ、そんなんちゃうわ…。せやな、まぁ、あれや、『戦車道には人生の大切なものが詰まってる』…。確かに詰まってたなってこの学園に来て改めて感じることが出来てほんまに感謝してるんよ?」

 

 

 繁子はそう言うと柔らかい笑みを溢した。

 

 ミカもまた、そんな繁子の表情に釣られるように静かに笑みを浮かべていた。

 

 それは、これ以上、引き止めた言葉を掛けたとて繁子の意思が動くことが無いことを明確に悟ったからかもしれない。

 

 

「ふふ、そうかい、なら良かった」

 

 

 だけれど、そこに不満も不安も寂しさも無かった。

 

 己が戦車道の道を繁子が見つけたということがわかれば、ミカは十分であったのだ。たとえこの先、継続高校が知波単学園と戦うことがあったとしても強敵(とも)として向き合って戦う事ができる。

 

 そして再会の舞台はしっかりと用意されている。そこに向けて互いの道を極めて行くだけ、交わる時はその再会の舞台の時に。

 

 

「次は戦車道全国大会でや、そん時は容赦せえへんよ?」

 

「こっちもだよ、しげちゃん。 もし私が勝ったら…その時は相方になってくれるかい?」

 

「さぁ、勝ったら考えたるわ」

 

「手厳しいなぁ」

 

「…冗談や、あんたは十分にウチにとっての相棒の一人やで?」

 

「…んー…。 まぁ、そういうことにしとこうか今の所はね」

 

 

 そう言いながら繁子の言葉に傍に立つミカは帽子を深く被り笑みを浮かべる。

 

 唯一の繁子の相方でないというところに不満が無いと言えば嘘になるが、今のミカにはその言葉はどことなく嬉しかった。

 

 繁子は戦車を洗車し終えると踵を返し車庫をミカと共に後にする。

 

 戻るべき場所へと帰る準備をする為に。

 

 

 

 一方、その頃、東浜雪子が指導官に就任した知波単学園では…?

 

 

「2秒遅い、ダメ、やり直し」

 

「…つ、強すぎる…ぅ」

 

 

 知波単学園の機甲科の女生徒達が次々と東浜雪子一人に粉砕されていた。

 

 彼女が乗っている戦車1輌、そして、それに対して立江達が加わった知波単学園の戦車は前回の全国大会決勝戦で戦った編成の15輌の戦車群である。

 

 だが、射線に入ろうが挟撃しようが策を講じようが東浜雪子はそれを遥かに上回る指揮でこれをことごとく避け撃破していた。

 

 操縦には多代子と通信士、砲撃手の東浜雪子の知人が乗っているとはいえあまりにもかけ離れたその力量差に知波単学園の女生徒達は意気消沈の一歩手前まで追い詰められるのも必然的な事であった。

 

 そんな中、模擬試合が終わった後に東浜雪子はブリーフィングを行い、東浜はその中で冷静な口調で今回の模擬試合で思った事を簡単に告げる

 

 

「立江、あんた達、ちょっと弱くなったんじゃないの?」

 

「……………」

 

「まだプラウダのブリザードの方がやり甲斐がありそうね〜」

 

「いや、アネェはあそこで適切な…」

 

「撃破される恐れがある策は適切とは程遠い、問題外」

 

「うっ…!」

 

「奇襲からの挟撃は浅はか、さらにそれに保険をかけて、射撃用のホリを控えさせてたみたいだけど丸わかりね? 何も成長していない」

 

「そ、そこまで…」

 

 

 言わなくても…。と永瀬は言いかけてその口を閉じた。

 

 事実、その戦術を組んで完膚なきまでに東浜雪子にやられているのだから何も言えない、だが、何も悪いことばかりではない。

 

 東浜雪子は何か言いたげな立江達を前にしてこう話しをし始めた。

 

 

「そうね、もちろん良かった点もあるわ、いくつかね? けど、この良かった点は元から貴女達が以前から持ち合わせていたもの。評価するには値しないわ」

 

「…うっ…。じゃ、じゃあ何が足りないんですか?」

 

「やり方そのものに美しさが足りてない」

 

「…美しさ?」

 

「そう、美しさ、連携ね、早い話が。戦車道は連携が大切な競技。個人の高い技能を無理やり結びつけた連携なんてただの付け焼き刃に過ぎないわ。つまる話が今の今まであんた達はそれを時御流で誤魔化してたにすぎないって事よ」

 

 

 東浜雪子は簡単にそれでいてバッサリと立江達に今の現状を告げた。

 

 時御流は確かに絆を大切にする流派だ。そのやり方に習えば個々の技能に特化した知波単学園ならそれなりの連携を見せることもできるだろう。

 

 その結果、前回はそのやり方で戦車道全国大会決勝まで上り詰めることができた。だが…。

 

 

「前回は時御流があまり知られてなかった事。そして、その連携が時御流を理解して仲介してくれた辻つつじという隊長が居たというピースがあってこそ成り立っていたのよ」

 

「……………それは…」

 

「けれど、辻はもう高校戦車道からは引退したの。そして、隊長になったのは時御流の本家である繁子でしょう? 繁子がいればある程度は前大会の出来には近づけるでしょうが現状ならまず勝てない、間違いなくこれは言えるわ」

 

 

 そう言い切った東浜はブリーフィングに参加して居た全員に冷たくそう言い放った。

 

 その言葉に誰もが沈黙してしまった。その通り、繁子は確かに西住まほ、ダージリン、ジェーコ、カチューシャ、アールグレイのように存在感のある怪物。

 

 だが、その怪物ゆえに存在感がありすぎる。

 

 もし、繁子がいない中の戦闘に陥った際に全軍の指揮や連携の練度はあまりにも他校のそれとはかけ離れているのだ。

 

 立江は確かに数量の戦車の先頭に立ち指揮するのは十八番であるし、かなりの強者である。

 

 しかし、それは立江もまた繁子という柱が戦場にいて初めて成り立つのだ。この事を東浜雪子は見抜いていた。

 

 

「時御流が知られている今、戦術によってはフラッグ車を変更したりする必要性も出てくる、その中で繁子が離脱なんかしたりしたら? あんた達は総崩れでしょ?」

 

「…はい…」

 

「それに前大会の決勝戦で…殿戦を務められるの立江しかいなかったみたいだけど? 真沙子、多代子、永瀬。貴女達に殿戦を指揮するまでの腕が未だに備わっていないのも問題よね?」

 

「…そう…ですね…」

 

「よって今後の方針は」

 

 

 東浜雪子はそこまで言い切ると話しを区切りホワイトボードにこれまでの事を踏まえて結論を出す。

 

 今後の方針、つまり、知波単学園に今必要な事は何かを彼女達に明確に示す必要がある。

 

 

「まず、多代子、真沙子、永瀬の3人、あんた達は今から戦車の全指揮を取れる指導を中心に技能向上を行うわ」

 

「えー…」

 

「えーじゃない」

 

 

 そう言ってスパンッとキレの良いチョップを永瀬の脳天に直撃させる東浜雪子。

 

 永瀬が大体どんな性格なのかも東浜は理解している。だからこそ、駄々をこねないように釘をさす事も指導官として当然の役割である。

 

 東浜はさらに話しを続ける。

 

 

「そして、知波単の他の女生徒達、貴女達は時御流の戦術理解、及び、連携の強化を集中的に私の知人に協力して行ってもらうわ。いいわね?」

 

「連携の強化ですか?」

 

「そう、独自で考える状況下での連携よ。個々の技能は高いのは知ってる。だからこそありとあらゆる時に自分達で連携を取って打開できる技能を身につけさせるわ。私のとっておきをくれてやる」

 

「と、とっておき!? 気になりますけど何ですかそれ!?」

 

「それはやってみるまでのお楽しみね♪」

 

 

 そう言った東浜雪子は口元に人差し指を添えると軽くウインクをする。

 

 綺麗な顔立ちの美人のそれは魅力的で同じ女性にも関わらず可愛いと知波単学園の女生徒達は思ってしまった。

 

 

「んで、立江、あんたは時間があれば私とマンツーマンで訓練するわ。全軍指揮の仕方、策の練り方、私の全部を叩き込んであげる。根を上げたりしないでね?」

 

「…ふふふ、上等!? やってやりますよ! 私がノンナより負けてるなんて聞き捨てならないわ!?」

 

「そう、そのやる気があれば問題ないわね。来週からは繁子が帰ってくるし、練習試合も近いから気合い入れなさい?」

 

「え? 練習試合?」

 

「そ、練習試合」

 

 

 そう言って真沙子は目を丸くして東浜に訪ねる。繁子が帰って来ることは本人が連絡してくれていた事で何となくわかっていたので驚きはさほどないのだが練習試合があるのは初耳だった。

 

 その練習試合、東浜雪子が組んだ対戦校とは一体どこなのか?

 

 皆が疑問に抱く中、立江は東浜雪子にこう訪ねる。

 

 

「ちなみに対戦校は…?」

 

「ん?…知りたい?」

 

「それはもちろんですよ! 練習試合と聞いて気合いが入らない人間なんていませんし!」

 

「んー…確かに、えーとね、練習試合組んだ対戦校だけれど…」

 

 

 そう言って東浜雪子はそこで言葉を一旦区切りにこりと笑みを浮かべる。

 

 どちらかと言えばこの学校の戦車道は時御流に近いものがある。きっと、練習試合で得られるものはたくさんあるはずだ。

 

 東浜雪子は静かにその学校の名前を皆に告げた。

 

 

「練習試合の対戦校は…アンツィオ高校よ」

 

 



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繁子の帰還

 

 東浜雪子。

 

 彼女が明子と出会ったのは、中学生の時の事だった。

 

 戦車道で敵なし、公式戦で無敗を誇る東浜雪子。

 

 だが、最初からそんな実力を彼女が兼ね備えていたわけではない。

 

 

『…わぁ…!』

 

 

 彼女が戦車道に本格的に興味を持ち始めたのはある戦車強襲競技の試合を観てからだった。

 

 時御流、その流派は当時、中学生だった雪子には憧れの流派であった。

 

 友人達は西住流、島田流がいいからと学んでいったが、初めて観た戦車強襲競技の試合で雪子が目の当たりにした時御 明子という存在はそれよりももっと輝いて見えた。

 

 鉄を扱う業、地形を変え、戦車も変え、そして、己自身の戦術や腕さえ変幻自在に変えてしまう。

 

 己だけでなく周りさえも変えてしまうその存在は東浜雪子にとっては夢の様な存在だった。

 

 

『あら、お嬢ちゃん? 戦車好きなんか?』

 

『え…? う、うん』

 

『ほうか! あ、ならわざわざさっきの試合見にきてくれてたんか? おおきにな』

 

 

 試合を終えた明子はそう言うと戦車から降り、試合を眺めていた雪子へと足を進めてくる。

 

 戦車強襲競技はギャラリーとの距離が異様に近いことも魅力の一つ。だが、逆にギャラリーの安全が保障されてない危険な競技でもある。

 

 明子は自己責任でそんな自分の戦車強襲競技を見にきてくれた中学生の雪子に興味を持ったのだ。

 

 すると、雪子は戦車から降りた明子に近寄ると目を輝かせてこう言った。

 

 

『…えと、さっきの試合凄かったですっ!』

 

『えー、ホンマかいな? さっきのは及第点やけどなぁ…』

 

『あれで及第点なんですか!?』

 

 

 そう言って、頭を掻く明子の言葉に目を丸くする雪子。

 

 それはそうだ、明子の戦車の戦術も動きも戦い方も、雪子が見た限りでは凄まじいの一言だった。

 

 決して、西住流や島田流にも劣らない、綺麗で妥協しない仲間との絆を体現した様なそんな素晴らしい戦車戦を繰り広げていた。

 

 

『西住流、島田流は齧った事はありますが…あんな戦車戦を見たのは私は初めてです』

 

『ん…? なんや、島田流や西住流を学んだことがあるんか自分』

 

『あ、はい…少しだけですけれど…』

 

『あー、ならもっと二つともしっかり学ばなね? 妥協はいかんよ? 妥協は』

 

『はぁ…いえ、けど私は…』

 

『まだまだ、やろ? 大方魂胆はわかっとるで?』

 

『!?』

 

 

 そう言って、雪子に明子は微笑んでそう告げた。

 

 西住流、島田流が肌に合わないが今、明子が使っていた時御流ならば雪子自身の肌にやり方に合っていると言いたい事を既に明子は見抜いていたのだ。

 

 でなければ、わざわざマイナーな戦車強襲競技の試合なんかに足を運んだりはしないだろう。

 

 どこから噂を聞きつけたのか、彼女が戦車強襲競技を見にきていた理由を明子はそう結論付けた。

 

 その事を踏まえた上で明子はこう雪子に語りはじめる。

 

 

『ま、観客の中にやたら見かけん顔がおるなとは思うとったんよ。中学生の戦車道の公式戦で戦っとったやろ自分』

 

『…うっ…』

 

『元からギャラリーが少ない中に自分みたいな娘が居ったら気づくよって、…名前は?』

 

『ひ、東浜ですっ! 東浜雪子!』

 

『雪子ちゃんか…。ウチは明子や』

 

『明子…さん?』

 

『そ、時御 明子。 ま、あんたがウチの技をやりたいんやったらまずは島田流と西住流をしっかりマスターしてくる事やな!』

 

 

 そう言って、明子は雪子に笑いかけた。

 

 今でもその時の明子の顔は東浜の脳裏に焼きついている。あれが、自分の目指すべき戦車道を気づかせてくれたきっかけだった。

 

 肌に合わないから学ばないではない。肌に合わなくてもそれがどこかで役立つという事を東浜雪子は明子から学んだのだ。

 

 だが、時御流は結局…東浜雪子は全て明子から学ぶ事は叶わなかった。

 

 枯れ木が舞う季節。東浜雪子は遠い日の思い出に浸りながら、亡くなった明子の墓前にいた。

 

 

「…明子さん、見ててください。あの娘達はきっと…きっと貴女の残した道をまた新たに切り開いてくれる筈ですから…。私がその道標になります。私にとっての貴女の様に」

 

 

 病と戦った明子の姿を東浜雪子は知っている。

 

 彼女が目指した戦車道も示してくれた己の戦車道のあり方も雪子は明子から学ぶ事は出来なかったが教えてもらった。

 

 誓いを胸に抱き、雪子はそう呟くと静かに明子の墓前に手を合わせるのだった。

 

 

 

 

 数週間後。

 

 知波単学園にある校門の前で小柄な女の子が佇んでいた。

 

 久々に訪れたその校門の前で彼女はふと考える。嗚呼、懐かしい光景だなと。

 

 そう、城志摩繁子。彼女がこの学校の校門の前に立つのはなんだか感慨深いものがあったのだ。

 

 

「ちょっと帰るのが遅すぎた気がするけど、ま、ええか」

 

 

 そう言って繁子はニカッと笑みを溢す。

 

 継続高校で学んだたくさんの事。そして、得た新たな戦車道の経験。

 

 きっと、これが後々、次回の戦車道全国大会で戦っていく中で大切なものになるはずであると繁子はそう思った。

 

 自ら経験したもの全てが無駄ではない。

 

 母、明子もまた、そうして時御流という流派を信じ己が戦車道をただひたすらに貫いてきたのだ。

 

 娘である繁子はならば自分に貫けぬ道理はないと、今、その確信を持っていた。

 

 それからしばらくして、繁子は知波単学園の車庫へと足を向ける。

 

 久々の知波単学園。色々と思うことがある中、繁子は仲間達に会うべく継続高校での経験とお土産を手に車庫へと足を踏み入れた。

 

 

「今帰ったでー…。って…なんやこれー!?」

 

 

 そして繁子の開口一番に出た言葉がこれである。

 

 あたりを見渡せばボロボロの戦車ばかりである。チハもケホもチヌもみな例外なくコテンパンにされていた。

 

 下手をすれば繁子が入学した当初よりもボロボロの状態である。彼女が声を上げてしまうのも仕方ない事であった。

 

 そんな中、戦車の下から整備服に身を包んだ少女がひょっこりと繁子のその声に反応し、顔を出した。

 

 

「あー! リーダー!」

 

「…永瀬、これどないなっとるん」

 

「帰って来たんだ! ? うぅ…聞いてよーリーダー!!」

 

 

 そう言って、戦車の下から顔を出した永瀬は涙目になりながら煤だらけの顔ですぐさま繁子に抱きついた。

 

 なんだかわからないがよほどの事があっだのだろうと繁子は想像できる。でなければ戦車がこれだけボロボロの状態で広がる光景なんてそうそう拝めるものではない。

 

 

「な、なんがあったんや…これ…」

 

「うん…じ、実はね?」

 

 

 そう言って、永瀬は涙目になりながら事の経緯を話し始めた。

 

 あの東浜雪子が知波単学園の指導官になった事。さらに、その過酷な戦車道の指導について包み隠さず全てを繁子に話した。

 

 それを聞いた繁子は顔を引きつらせながら永瀬の話について口を開く。

 

 

「じゃ、じゃあ、68時間もぶっ通しで戦車戦しとったんかい」

 

「合宿だからって言ってたけどこれはやばいよ…食事は戦車の中、風呂は川で水浴び、戦車が動くだけ戦うってどんだけって思った」

 

「んで、動かんくなったら自分で整備か…かぁ、かなりしんどいなそれ」

 

「これくらいしなきゃやっぱり強豪には勝てないのはわかるけどやっぱりしんどいよう」

 

 

 そう言いながら繁子に泣きつく永瀬は泣き言を言いながら訓練の過酷さを繁子に伝える。

 

 確かに内容としてはかなりハードなものだろう。合宿とは言えどほぼほぼ戦車で生活を行い、抱えるストレスは相当なものに違いない。

 

 けれど、そんな環境に追い込む訓練については素直に繁子にはプラスに働いている部分もあると思った。

 

 実際に無人島で五人で生活した経験に比べれば割と優しい方だと感じる。

 

 

「ま、けど強くなっとるんやない? 立江達は?」

 

「まだ東浜さんとやり合ってるんじゃないかな? 特に真沙子と立江がヤバイよ、あれガチンコだもん、多代子は東浜さんの戦車の操縦」

 

「やろうなぁ、あいつらも相当鍛えられるやろうなぁ…東浜さんやもんなぁ…」

 

「やっぱあの人、鬼だね」

 

「知ってた」

 

 

 繁子は永瀬の言葉にうんと頷きそう告げる。

 

 前に一回、東浜さんから戦車道の指導を受けた事があるのでどれだけキツイ訓練をさせられているか繁子が想像するのは容易い。

 

 むしろ、繁子が心配なのは他の知波単学園の生徒があの過酷な訓練についていけているかどうかの方である。

 

 

「あー…それなら大丈夫じゃないかな?」

 

「ん? ほんまに?」

 

「だいたい知波単学園の娘達って身体の80%は根性で出来てるから」

 

「あ、なら大丈夫やな」

 

 

 そう言って、永瀬の言葉に安心する繁子。

 

 これも、辻隊長の指導の賜物だろう。引退してもなお彼女の精神は紛れもなく知波単学園に浸透している事に繁子はこの時感謝した。

 

 そして、永瀬、ここで、繁子があるものを持っている事に気付く。

 

 

「あ、しげちゃん、ところでそれ何?」

 

「あ、これな? 継続高校からもらった餞別のお土産やで」

 

「わぁ! ほんとに〜!なんだろう!」

 

「おっとこれは…みんなが集まってからのお楽しみや」

 

 

 繁子はニヤリと意味深な笑みを浮かべて、お土産に興味を抱く永瀬にそう告げる。

 

 繁子とて、過酷な訓練をしていた立江達同様、戦車道の腕をミカやアキ達と共に見つめ直し己の戦車道を見つけてきた。

 

 迷いはもう無い、さらに以前、指導を受けた東浜雪子が指導官としてこの知波単学園に来たと思えば、繁子としても俄然モチベーションは高くなるのは必然であった。

 

 これまでの戦車道だけでは無い、世界を渡り歩いた東浜の戦車道。

 

 きっと、時御流だけしか極めてきていない自分にとっても良い経験になり得ると繁子はそう感じていた。

 

 そして、そんな期待を胸に抱く繁子を前にして、永瀬はふと思い出したように繁子にこう告げはじめる。

 

 

「あ、あと来週アンツィオと練習試合だってさ」

 

「アンツィオ? イタリア戦車が主流の?」

 

「そうそう、だからみんな追い込んでるよー。次の練習試合が楽しみだね」

 

「せやな、ほんじゃ、永瀬、整備まだ途中やろ? ウチも手伝うで」

 

「えー! ほんとに! リーダーがいれば百人力だよー! 助かるー!」

 

「ほんまかいな」

 

「うん! はぐれメタルに出会うくらい私、感動してる!」

 

「ウチははぐれメタル扱いかいッ」

 

 

 そう言いながら、永瀬にスパンッと突っ込むドラクエが好きなのはわかるがはぐれメタル扱いはいただけないと繁子もこれには苦笑いである。

 

 久しぶりに繁子が舞い戻った知波単学園。

 

 さて、気になる繁子の持ち帰ったお土産とは? 繁子と東浜雪子との再会はどんな展開を知波単学園にもたらすのか?

 

 この続きは…次回! 鉄腕&パンツァーで!

 

 



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継続高校からのお裾分け

 

 ここは知波単学園の模擬戦場。

 

 現在、東浜雪子との凄まじい訓練が繰り広げられている戦場である。

 

 激戦に続き、休息なき厳しい戦闘。

 

 手抜きという言葉は一切見当たらない、鋼と鉄の匂いで満たされたその戦場にはまさに鉄血という言葉が相応しい。

 

 

「真沙子ォ! 右!」

 

「よっしゃあ! 任せな! 立江!」

 

「…甘いッ!」

 

「ぐぅ…!」

 

「本当にバケモンか…何かかしらあの人達…」

 

 

 そして、その光景をボロボロになったオイ車から出て目の当たりにした知波単学園の女生徒はそう呟く。

 

 主砲が当たらないなら、車体をぶち当てる。

 

 車体が掠らないなら挟み込み、履帯が壊れてもなお東浜雪子の乗るIS-3戦車を本気で倒しにかかっていた。

 

 いや、あれは、倒しにかかっているんじゃない。殺しにかかっているのだ。

 

 其れ程までに凄まじい気迫と勢い、そして、鬼気迫る模擬戦だった。

 

 何事にも本気だが、本当の意味でも彼女達が戦車道に命を懸けている事がわかる。

 

 

「車体のぶち当て方が足んない! 横転させるつもりでぶつけなきゃ無理!」

 

「はいっ! 次はしっかりぶつけます!」

 

「気張れお前ら! 死ぬ気であの戦車潰すわよ!」

 

「マサねぇ! 主砲はどうする!?」

 

「んなもん当たんないんだったら一緒よッ! なら至近距離でぶちかますしか方法ないわ!」

 

「そう言うと思った!」

 

 

 そして、それに感化されて立江、真沙子の乗るチヌ二輌に乗る知波単学園の女生徒達も目が明らかに変わっていた。

 

 本気の本気。レジェンドである東浜雪子に対して彼女達は全くの容赦なしである。

 

 尊敬し、リスペクトするどころの話ではない。

 

 滾る気持ちとアドレナリンが溢れ出る。明らかに正常とは言い難い。だが、その真沙子と立江の指揮はそれでいても的を得たものばかりであった。

 

 真沙子が車体を東浜の乗る戦車にぶつけて進路を妨害すればそれに呼応するように立江が東浜の戦車を仕留めに掛かる。

 

 がしかし…。

 

 

「バックオーライ、多代子、すぐにハンドルを右に切って、砲撃手発射」

 

「…か、簡単に言いますねッ! 本当にッ!」

 

 

 東浜の指示に従った多代子がこれを紙一重でかわしきる。

 

 間一髪だというのにも関わらず。凜とした表情を東浜は一切崩さない。挟撃をかわされた立江と真沙子は顔を曇らせる。

 

 

「しまっ…! あそこでバックなんてする!? 普通ッ!」

 

(…ッ! 挟撃を読んできた! やばい横に回られる!)

 

 

 だが、立江とてそれだけで黙ってやられる訳ではない。すぐに東浜の動きを察知し、すぐさま指示を飛ばす。

 

 

「ハンドルを左に切って回避!」

 

「ひ、左ですか!?」

 

「そうよ! 早くッ! ッ…クソッ!」

 

 

 しまったと立江は瞬時に気がついた。

 

 ハンドルを左に切り返すのは無理だったのだ。

 

 挟撃の為、車体の感覚を遮蔽物とスレスレに車体を寄せての真沙子と段取りを取っていた。その遮蔽物がこの時になって立江の首を絞めたのである。

 

 右側に主砲を構えた雪子の戦車がその牙を立江へと向ける。

 

 

「はい、おしまい」

 

 

 ズドンと慈悲のかけらもない一撃が立江の乗るチヌを粉砕した。

 

 それと同時に真沙子が乗るホリから放たれた主砲を難なく雪子はかわす。まさに、後ろに目があるかのようなそんな錯覚さえ感じさせられた。

 

 まるで、戦車を乗りこなすという言葉がそのまま体現されたような動きである。

 

 

「バケモンね…! 本当に!」

 

「主砲、対象、ホリ車。 あとは真沙子だけだからちゃっちゃと終わらせるわよ」

 

「いやー大将は慈悲がないねー」

 

「常に全力が私のモットーだからね」

 

 

 そう言いながら、多代子にホリの追撃を命じる雪子。

 

 それからホリが雪子が乗るIS-3から沈黙させられるまで時間はさほどかからなかった。

 

 主戦場にはその戦闘の激しさを物語るかのように辺りには弾頭の砲跡がいたるところに刻まれている。

 

 それから数時間後。

 

 

「帰ったよー」

 

「はぁ…マジで戦車ここまで引いてくるの疲れたー」

 

「足腰の鍛え方が足りないわね、スクワットする?」

 

「鬼ですかっ!?」

 

「おー、おかえりーアネェ! しげちゃん帰ってきてるよー!」

 

「お! 本当!? リーダーどこいんの?」

 

「ここやで」

 

「うわぁ!?」

 

「どこから顔だしてんのよ…」

 

「多代子は今日はピンクか」

 

「見んな!? てか何やってんのリーダー!」

 

 

 そう言いながら、下からニョキっと生えてきた我らがリーダー城志摩繁子にツッコミを入れる多代子。

 

 整備服と煤だらけの顔を見る限り大体は想像つく。大方、永瀬の乗っていた戦車の整備を手伝っていたのだろう。

 

 戦車の下を見るために横になっていた繁子はスパナ置いてその場から立ち上がるとパンパンと服を叩いて汚れを落とし、立江達に改めて向きなおる。

 

 

「てなわけで帰って参りました。あ、みんなにお土産買ってきたでー」

 

「お、気が利いてるじゃない、繁子」

 

「あ、東浜さんご無沙汰振りです」

 

「よう、相変わらずちんまいなぁ…」

 

「…そこはコンプレックスなんで触れないでくださいよ…」

 

 

 そう言いながら東浜の一言にズーンと落ち込む繁子。

 

 確かにスタイルが良い他の四人と比べれば繁子はちんちくりんであるがそれは今に始まった事ではない。

 

 というよりも同性から受けが良いチャームポイントであるためそこは誇るべきである。

 

 

「んで、お土産って何さ?」

 

「お、良くぞ聞いて頂きました! なんと今回のお土産はこちらです!」

 

 

 そう言いながら、繁子は雪子の問いに自信ありげに応えると自分の荷物から継続高校から持ち込んできたお土産を取り出しはじめる。

 

 なんとそれは…いくつもある缶詰であった。

 

 これには立江達も首を傾げるばかりである。

 

 

「何これ」

 

「世界で一番臭い食べ物らしいです。これ食べたらきっと、くー!最高っていう事間違い無いですよ、臭いだけに」

 

「ねぇ? 立江、この娘しばいていいかしら?」

 

「えぇ、雪子さん存分にしばいてください」

 

「ちょっ!? じょ、冗談ですやん!? いい感じの親父ギャグでしたやん!」

 

 

 そう言いながら、手をパキポキ鳴らしはじめる雪子に慌ててそう弁解する繁子。

 

 疲れて帰ってきたら寒い親父ギャグが待ち構えていたのだ。そうなっても致し方ないだろう。こればかりは立江達にもフォローのしようがなかった。

 

 しかも、継続高校からのお土産が世界で一番臭い缶詰めとなれば尚更だろう。

 

 厳しく激しい戦車戦をこなし、疲れた彼女達には嫌がらせかと思われても致し方ないのである。

 

 城志摩繁子、渾身のギャグ炸裂せず。

 

 その後、雪子のアイアンクローが代わりに繁子の頭に炸裂する羽目になった。

 

 

 それからしばらくして。

 

 繁子が持ってきた世界一臭い缶詰め、シュールストレミングを知波単学園の一同はどうするかを考えていた。

 

 臭いとは言えど食べ物には違いない。しかしながら引っかかる事がある。

 

 

「これ、普通に考えてスウェーデンのお土産よね?」

 

「ぐすん、立江〜、雪子さんめっちゃゴリラやったー」

 

「はいはい、しょうもない親父ギャグは控えなきゃね」

 

「誰がゴリラよ、次はサソリ固め行くわよ」

 

「ごめんなさい! ちゃうんです! ゴリラって優しいやないですか!?」

 

「しげちゃん、それフォローになってないよ…」

 

「あれ? ゴリラって私じゃなかったっけ?」

 

「永瀬、あんたはそれでいいのか…」

 

 

 そう言いながら繁子の言葉に首を傾げる永瀬に対して苦笑いを浮かべる多代子。

 

 繁子もゴリラを引き合いに出した時点でもう弁解のしようがないのであるが、話が脱線しそうなのでこれはこの際、とりあえず置いておくことにしておく。

 

 

「てか、継続高校ってフィンランド色強いじゃん。というかフィンランドじゃん。なんでスウェーデン?」

 

「なんか貰ったものをお裾分けしてもろうたわ、ミカ達はキツくて食えんかったらしいで」

 

「で? 誰が食べんの? 食べたい人いる?」

 

 

 そう言いながら立江は後ろを振り返って知波単学園の生徒達に呼び掛ける。

 

 しかし、知波単学園の生徒一同は全力で顔を横に振り食べる事に挑戦することを拒否した。それはそうだろう、誰が好んで世界一臭い缶詰めに挑戦するというのか。

 

 だがしかし、これも時御流を極めるための試練。貰ったものを食べないことは食べ物に対しても頂いた側にも失礼に値する。

 

 

「立江、繁子、行きなさい」

 

「ゔぇぇ!?」

 

「ちょ! な、なら東浜さんもやりましょうよ!」

 

「嫌よ!? なんで私が臭い食べ物なんか…」

 

「指導官ですよね! レジェンドなんですよね! 行けますよ! ほら見てください永瀬のこの期待に満ち溢れた顔を!」

 

「東浜さんすごいなー憧れるなー」

 

「ぐ…あんた達は本当に…」

 

「愛弟子からのお土産ですから! ねっ!ねっ!」

 

「ねっ! じゃないわよ! わかったわよ! やってやるわよ!」

 

「よ! さすがMs.パーフェクト!」

 

 

 こうして、どうやら繁子が持って帰ってきた缶詰めシュールストレミングを食べるメンバーは決まったようである。

 

 知波単学園の生徒一同はこのシュールストレミングに挑戦する繁子達を応援、もしくはどんなものかを見るべく、缶詰めと向き合う3人を囲うように興味津々の眼差しを向けていた。

 

 世界一臭い缶詰めとは、どれほどのものなのだろうか。

 

 

「永瀬っちは聞いたことある?」

 

「んー全然、てか初めて聞いたよ」

 

「私も〜、どんな臭いか気になるよね」

 

 

 そして、その缶詰めを食べるべく臨戦態勢を整えた繁子達3人はゴクリとから唾を飲み込む。

 

 覚悟を決め、今、その封印されし缶詰めの蓋を解放するべく缶切りでその缶詰めに刃を入れた次の瞬間…。

 

 

「おぅぇゔぇ…。ゔぇぇぇ!!」

 

「うわ! くっさ! やばい! これはやばいっ!?」

 

 

 強烈な臭いが知波単学園の車庫に広がった。

 

 かつてないほどの臭さ、缶詰めを開けた瞬間その強烈な臭いが鼻に突き刺さる。レジェンドたる東浜雪子さえ女性が普段出さない様な声でその場から逃げ去るほどの強烈な臭さだった。

 

 これには繁子も立江も雪子と同じくして嘔吐しそうになる声をあげながらその場から避難した。

 

 その場で見ていた永瀬達も顔を曇らせて鼻を摘んでその場から離れる始末である。

 

 

「やっば…! これはすごいわ…」

 

「絶対無理、うち食えへん」

 

「あんたが持って帰っててきたんでしょうが!」

 

「は、鼻を摘みながらならいける! 口にさえ入れれば」

 

「よ、よっしゃ…いくで!」

 

「ちょっ!? …あんた達本気で食べる気!?」

 

「さぁ! 東浜さんも! さぁ!」

 

「あーくそ! こいつらの指導官引き受けるんじゃなかったっ!」

 

 

 そう言いながら繁子から催促され再び世界一臭い缶詰めに挑戦し始める東浜。

 

 だが、物は箸で掴むものの、なかなか口には運べない。それはそうだ、臭くてそれどころではないのである。その強烈な臭いは納豆の比ではない。

 

 そして、勇気を振り絞って繁子がそれを口に運ぼうとした瞬間に悲劇は起こった。

 

 

「…おゔぇ…っ!? やっぱムリィっ!?!」

 

「ちょっ…ばっ…! あんた…!! ふざけんなー! もうっ!」

 

 

 なんと繁子が缶詰めの具を投げ捨てた瞬間、その汁の一部が東浜雪子の服の袖に付いたのだ。

 

 当然ながら汁は強烈な臭いを発している。つまり東浜の袖は強烈な臭いに包まれた。

 

 東浜雪子はMs.パーフェクト。そして、本人はかなりの潔癖症である。

 

 東浜は涙目になりながら服の袖から漂う強烈な悪臭に顔をしかめて真っ先に水道へと駆けた。

 

 

「すんません…ほんますいません…」

 

「すんませんじゃないよっ!? すんませんで済んだら私はこの缶詰めに挑戦せんわ! あーもうくっさーい!これ! 絶対臭い取れないわ」

 

「やばいね、これはやばい、食べれる気しないわ」

 

 

 阿鼻叫喚となりつつあるこの知波単学園の車庫。

 

 そして、このキツイ臭いを漂わせる缶詰めに鼻を摘みながら顔を曇らせる立江。

 

 この缶詰めをお土産に持って帰ってきたのは明らかな失敗であった。というより何故これに挑戦しようと思ったのか今考えればよくわからなくなってきた。

 

 しかしながらその時である。なにやらその光景を見守っていた真沙子はあることに気がついた。

 

 それは…。

 

 

「世界一臭い缶詰め…。アンツィオ戦……。…はっ! …閃いた!!」

 

「…なんか閃いたみたいだね、マサねぇ」

 

「なんかロクでもなさそうなんだけれど」

 

「これはいける。うん、後で繁子と要相談ね」

 

 

 それから数時間の格闘の後。

 

 結局、繁子達が世界一臭い缶詰めを口に運ぶことは叶わなかった。ちなみにこの世界一臭い缶詰め、シュールストレミングだが、スウェーデンでは親しまれよく食べられている缶詰めである。

 

 スウェーデンへご旅行の際は一度お口に運んではいかがだろうか?

 

 それはともかく、繁子達は臭い缶詰めの臭いが充満した車庫の臭い消しに追われる羽目となってしまった訳であるが…、どうやら、今回の出来事で新たな戦術を真沙子が考えついたようである。

 

 アンツィオとの練習試合は近い。

 

 果たして、世界一臭い缶詰めからヒントを得た真沙子が思いついた戦術とは一体…。

 

 気になる続きは…。

 

 

 次回の鉄腕&パンツァーで!

 

 

 

 



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ローマの休日

 

 

 アンツィオ高校。

 

 

 19世紀に来日したイタリア人商人が母国の文化を日本に伝えるために設立した歴史があり、イタリアの戦車を主力として戦う学校である。

 

 学校そのものの本籍地が海の無い栃木県の為、静岡県の清水港を母港代わりに借りている。その為、静岡県や愛知県から越境入学している生徒が多い。

 

 

 前までは戦車道実力校として華々しい成績を残したこともあった。

 

 だが、学校そのものが財政難であることに加えて保有車両がイタリア軍のものばかりな事もあり、車両の性能の割に難易度の高い戦術を駆使しようとするし、燃料不足のせいで練習時間が少ない為になかなか習得には至らず、大会での勝率は芳しくないなどのことも重なり、近年ではその実力も年々落ちてきていると言われていた。

 

 ここまで聞くとどこか時御流と似通ったところがある学校であると言えるだろう。

 

 さて、そんなアンツィオ高校との練習試合を控えた繁子達はそのアンツィオ高校に訪問していた。

 

 

「おー! 見てよ! しげちゃん! コロッセオだよ! コロッセオ!」

 

「ほんまやなー!…って、あんなん作るなら財政難って嘆くの間違ごうとらんかな…」

 

「私はイタリアならフィレンツェが好きなんだよねー」

 

「えーヴェネチアじゃないの? つれたか丸で巡れるじゃん」

 

「ヴェネチアで釣りかー。ありだね! 私はローマだけど」

 

「お洒落と言えばミラノやろ」

 

「ミラノ? リーダーが?」

 

「なんかミラノって感じじゃないよね、リーダーってどちらかといえばど田舎方面じゃない?」

 

「ほんまにウチをなんやと思うてんねん!お前ら!」

 

 

 そう言って散々な言われようの繁子は顔を曇らせて突っ込みを入れる。

 

 さて、こうして、アンツィオ高校に戦車を引き連れて来た繁子達であるが本題は練習試合である。

 

 今回の練習試合、これが繁子の隊長としての初陣。知波単学園の皆も東浜のもと過酷な訓練に励みその戦車道の腕を磨いて来た。

 

 それを発揮する機会が今日である。

 

 

「やぁやぁ! 諸君! 我が校によく来てくれた! 歓迎するよ!」

 

 

 そんな風に繁子達が話し込んでいると黒リボンで結んだドリルツインテールが特徴の女の子が話しかけてきた。

 

 アンツィオ高校の校章が入った軍服のような格好をしたその女の子の登場にアンツィオ高校を見渡していた繁子達は思わず首を傾げる。

 

 

「ん…?」

 

「貴女は…」

 

「おぉと! 自己紹介が遅れたな! 私の名はアンチョビ! このアンツィオ高校で隊長をやらせてもらっているんだ! 今日はよろしくだ! 」

 

「おぉ、あんたがそうなんか! これはご親切にどう……」

 

「あー!!!」

 

 

 そう言って、アンチョビと名乗る少女と繁子が握手を交わそうとしたその時だった。

 

 隣にいた多代子がいきなり驚いたような声を上げる。繁子達一同はその多代子の声にびっくりして目を丸くした。

 

 

「な、なんや多代子いきなり、びっくりするやない…」

 

「安斎ちゃんじゃん!!! わー!アンツィオに居たんだー!」

 

「…あ、も、もしや、た、多代ちゃんか? 」

 

「ひっさしぶりだね!」

 

 

 そう言って、多代子は親しげにアンチョビに近寄ると手を握り目を輝かせた。どうやら、話の流れを見るに多代子とアンチョビは知り合いだったらしい。

 

 多代子は嬉しそうに笑みを溢しながら、アンチョビの手を勢いよく上下に振る。

 

 

「なんや、多代子、顔見知りやったんか?」

 

「そうだよ! リーダー! 安斎ちゃんとは小学校と中学の時にクラスが一緒だったんだ! ねー!」

 

「あぁ、転校してからは連絡は取ってたんだが…まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかったぞ!」

 

「戦車を一緒に乗ってた時期もあって! えーと、チームNDKNDKって名前でやってたんだ!」

 

「なんやそのチーム名…」

 

「そりゃ、『ねぇねぇ? 今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?』の略だよ。しげちゃん」

 

「うわ、めっちゃウザそうなチーム名やん、絶対負かしたチーム煽ってるやん」

 

 

 そう言って、繁子は顔を引きつらせて多代子が自信満々に語るチーム名についての感想を述べる。

 

 酷いというレベルじゃない、由来を聞けば間違いなく報復されること間違い無しの名前だろう。少なくても繁子ならそうする。

 

 さて、話はそれたが、どうやら、安斎ことアンチョビは多代子の知り合いであり友達であることが判明した。

 

 

「んで、戦車道の腕は…」

 

「ふふん、言わずとも戦えばわかるさ」

 

「安斎ちゃんは強いよ? 私も何回か安斎ちゃんの戦車を動かしたことあるけど、指揮能力ならズバ抜けてたと思う」

 

(…多代子がそこまで言うってことは…辻隊長クラスの指揮能力があるかもしれへんってことか、油断できへんな)

 

 

 そう言って繁子は多代子の言葉と自信ありげなアンチョビの言動にそう感じた。

 

 戦車を指揮するだけでなく、もしかするとまほの様に全軍を指揮する能力にも長けているかもしれない。

 

 少なくとも、時御流を学んだ多代子がそれだけ言い切ると言うことが妙な不気味さを感じさせた。

 

 

「それじゃ、今日はよろしく頼むで」

 

「あぁ、こちらこそ、多代ちゃんの友人だからな! 良ければ我が校を案内しよう!」

 

「あ! さっすが安斎ちゃん! 太っ腹じゃん!」

 

「…えと、多代ちゃん、一応、ここではアンチョビで通ってるからアンチョビって呼んで貰えたら嬉しいなーとか思ったり?」

 

「えー…んー…、わかった! んじゃアンちゃんね!」

 

「お兄ちゃんになっとるやないか! 性別変わっとるやないか!」

 

「いやー、リーダーの突っ込み今日も冴えてるね」

 

「さっすがリーダー」

 

 

 そう言いながら我らが知波学園一同は安斎改めアンツィオ高校隊長、アンチョビから校舎を観光がてら案内してもらうことになった。

 

 イタリアをイメージした校舎はどことなく芸術を思わせる様な光景である。校舎の道脇には屋台が立ち並び、他校の生徒やアンツィオ高校の生徒達が賑やかに食べ物を頼んだり雑談している光景が目立った。

 

 

「我々の大事な資金源だ。うちの高校は貧しくてな? 財政的に資金難でなかなか戦車を揃えられないんで困ってるんだよ」

 

「そうなんだ、苦労してるんだね」

 

「なんならウチらが手伝おうか? 屋台から何やら0円で作るで?」

 

「そ、それはありがたい申し入れだが…0円って…」

 

「なら、まず屋台の木材の調達からだね」

 

「プラウダいけば無料で伐採し放題っしょ? ノンちゃんに連絡取ってみようか?」

 

「え?」

 

「0円食堂はうちらの十八番やからね、試合終わったら屋台とか何個か作れるし、戦車も作れるからお礼に何台か作ったげようか?」

 

「あ…、え? お前達それマジで言ってるのか?」

 

「本気と書いて、マジです」

 

「ラーメンも麦から作るくらいマジです」

 

 

 そう言い切る繁子達にはそれを実行するだけの凄味があった。やると決めた時には既に行動に移しているだけの凄味が彼女達にはあった。

 

 時御流の真骨頂、なんでも1から作ってしまうのでこんなものは御安いご用である。

 

 ちなみに立江が言っていたプラウダからの木の調達はプラウダ伝統のツンドラで強制労働30ルーブルの事だろう。

 

 木の調達をする為に他校の木を伐採してくる辺り抜け目がない。これにはプラウダの隊長を引き継いだカチューシャも困惑必須だろう。

 

 どこの世界に木を0円で伐採するために寒いツンドラで労働しようとする物好きがいるのか、なんとここに居た。しかも五人もである。

 

 

「いや…、まぁ、と、とりあえず試合が終わってから考えよう。な?」

 

「あ! ノンちゃん? 今ねー、アンツィオ高校にいるんだけどさー」

 

「話聞いてたかな!? なんでもう木材調達の段取りつけてんの!?」

 

「立江は棟梁やからなー」

 

「仕方ないね、本職大工だもん」

 

「本職は女子高生じゃないのか! おかしいだろ!」

 

 

 アンチョビのいう事も全くもってその通りである。

 

 本職大工と言い切る永瀬も大概だがそれに違和感を感じさせない立江はもっととんでもない。アンチョビは改めてそう感じた。

 

 すると、ここで永瀬があることに気づく。

 

 

「てか雪子さんは?」

 

「ん? 今日は自分の試合があってアメリカまでひとっ飛びしてるよ? 昨日の晩には飛行機乗ってたみたい」

 

「あの人ホンマに鉄人やな」

 

 

 どうやら、内容はこの場にいない東浜雪子のことの様だった。

 

 先日、臭い缶詰めに挑戦した雪子、本日は知波単学園の練習試合と自分の試合が重なり昨晩までにアメリカまで飛んで行ってしまったらしい。

 

 あれだけきつい特訓や訓練をこなしてアメリカまで飛行機で飛んでいくのはあの人くらいであるだろう。まさに、Ms.パーフェクトと言わざる得ないと繁子達は思った。

 

 

「それにしても…」

 

「ん?」

 

「あの、天下の西住流と互角にやり合った時御流と練習試合ができるとは思わなかったよ、これは私達が『全国制覇』するには良い経験になるな」

 

「…なんやて?」

 

 

 そのアンチョビの言葉にピクリと反応する繁子。

 

 練習試合前の啖呵としては十分である。どうやら、練習試合を行うアンツィオ高校はこちらを土台と見ているらしい。

 

 これには繁子も負けてはいられないなと密かに感じた。

 

 

「ま、互いに良い練習試合にしよう。ウチらも今日は良い経験になると思うわ」

 

「おや、今の言葉に突っかかってくると踏んでたがあてが外れたかな?」

 

「はっはー、そりゃいつもウチらが使う手やからなー。心理戦に」

 

「リアルNDKだよね?」

 

「ちなみに心理戦は多代子の十八番や、煽るのは得意やからな、ウザいけど」

 

「ちょっ!? しげちゃん酷くないっ!? あんまりじゃない!?」

 

「まー私らの中じゃ一番腹パンしたくなるんじゃないかな?」

 

「実際、立江と真沙子に私、腹パンやられたんだけど…」

 

「そりゃ、初対面の時にお前の面覚えといてやるよ! なんて言われればねぇ…」

 

「すいませんあの時は調子に乗ってました」

 

「よろしい」

 

 

 そう言って素直に謝る多代子。

 

 アンチョビが啖呵を切って精神的に揺さぶりをかけてきたにも関わらず全く違うところに飛んで行ってしまった。

 

 そして、繁子はというとそんな多代子をさて置き、アンチョビと熱い握手を交わしていた。

 

 

「あの啖呵のきり方、気に入った! なかなかの癖者やね!」

 

「いやいや、こちらこそ試す様な事をして申し訳ない。 なんだか君らにはシンパシーを感じるよ」

 

「アンちゃんはもしかしたら新たな時御流の使い手になるかも?」

 

「あははー、まさかね?」

 

 

 そう言って一同は賑やかなアンツィオ高校の屋台の道を通り、戦車の演習場へと向かう。

 

 雪子から鍛えられた実力を発揮する場。繁子も継続高校での戦車戦を通して大きく成長した。

 

 果たして、アンツィオ高校とはいかなる戦術を使ってくるのか? アンツィオの隊長、安斎ことアンチョビの実力はいかに。

 

 気になる続きは…!

 

 次回、鉄腕&パンツァーで!

 

 

 

 



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ノリと勢い

 

 アンツィオ高校、戦車演習場。

 

 アンツィオ高校、知波単学園の両校の生徒は向かい合う形で既に整列を終えていた。

 

 この知波単学園の練習試合。それを来年の戦車道全国大会に向けて観戦しようと他校の生徒達も設置された大画面前の席にへと集まる。

 

 前回、戦車道全国大会で激突した高校、聖グロリアーナ女学院もその一つである。

 

 聖グロリアーナ女学院の隊長を引き継いだダージリンは紅茶のカップをそっと口に近づけながら香りを楽しむかのようにその綺麗な瞳を閉じた。

 

 そんなダージリンを横目に聖グロリアーナで彼女の戦車に同乗する砲手。ブロンドの縦ロールと大きなリボンが特徴の女生徒のアッサムは静かに話しはじめる。

 

 

「知波単学園、アールグレイ様の仇か…、しかし、わざわざ私達が見にくる必要はあったかしら?」

 

「アッサム、こんな言葉を知ってるかしら? 『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』って言葉」

 

「孫子ね、戦に通ずる基本中の基本。そんなことは百も承知よ隊長殿、けど、まだ一年の新戦力が入って来てないこの時点で偵察をしたところでどうなの? と私は思うんだけどね」

 

「確かに貴女が言うことも一理あるわ…けど、私が貴女と今日偵察に来たのは別に現状の知波単学園の戦力を見定めて対策を練るためではないわ」

 

 

 ダージリンは静かな声色で副隊長のアッサムにそう告げる。

 

 そう、ダージリンにはある思惑があった。それは別に現状の知波単学園の戦力に備えての偵察などではない。

 

 

「ん…? では何かしら?」

 

「…知波単学園の戦術の変化、それを見に来たの」

 

「どう言う意味?」

 

「東浜雪子、この名前に聞き覚えは?」

 

「!?…ひ、東浜!?…それって」

 

「流石ね、もう察しがついたみたいで何よりだわ。つまりそう言う事よ」

 

 

 ダージリンはそれ以上多くを語ることはなかった。

 

 東浜雪子、戦車道のレジェンドとして名高い彼女の名前を知らない者は居ない。聖グロリアーナ女学院の生徒であれば尚更だ。

 

 以前、東浜雪子は聖グロリアーナ女学院の指導官を聖グロリアーナ女学院側から打診された事があった。

 

 地位や指導官としての誰もが羨むような高待遇の条件。

 

 だが、東浜雪子はそれを公然と蹴った。現役の自分が聖グロリアーナ女学院を指導することはできないと。

 

 そして、そんな名門の聖グロリアーナ女学院が喉から手が出るほど欲しがった東浜雪子が知波単学園で指導官として入った。

 

 

「雪子さんはまさに聖グロリアーナには相応しい指導官だった。それが、知波単学園ですものね、どんな戦術を用いるのか気になるでしょ?」

 

「はぁ、なるほど…ね。貴女はそれに加えて…」

 

「そう、時御流。繁子さん達ね」

 

「引き抜くの諦めてはいないのね」

 

「当たり前でしょう、副隊長に彼女がなってくれたらどれだけ心強いか…。しかも、聖グロリアーナ女学院で高級な紅茶の栽培が出来るなんてこんなに素晴らしい事は無いとは思わない?…ま、彼女達は呼んでも来ないでしょうけどね」

 

 

 そう告げるダージリンはニコリと笑みを浮かべて紅茶のカップを持ってきた机の上にそっと置く。

 

 ダージリンは来年の大会が聖グロリアーナ女学院にとってかなり厳しいものになるのを覚悟している。

 

 来年の黒森峰女学園。それが凄まじいほどに強くなる事が予想できていたからだ。

 

 

「黒森峰女学園の内定者を見たところ、西住流、西住みほに加えてあの逸見エリカが入って来るそうじゃない」

 

「逸見エリカ…ね…」

 

「西住姉妹が揃い踏み、さらには有望な人材が入ってくる。…骨が折れるわねこれは」

 

 

 そして、それだけでなく黒森峰女学園の戦車は前回の繁子達との戦車戦を経てより強力な駆逐戦車を投入してくる事が予想される。

 

 さらには西住姉妹が揃い踏み、優秀な西住流の人材を入れて、西住流を確固として主流とした一体感がある強力な布陣。

 

 それに対抗しうるには、聖グロリアーナ女学院だけの今の戦術だけでは不十分であるとダージリンは考えていた。

 

 そこで白羽の矢を立てたのが時御流の知波単学園の戦術というわけである。

 

 来年はこの二校が必ず上がってくる事についてダージリンは疑いの余地はなかった。

 

 

 一方、アンツィオ高校と繁子達はというと。

 

 

「よし! 我等が同志諸君! 我が校の実力を知らしめる日が来た!」

 

「……で、でも、ドゥーチェ。相手が知波単学園なんて聞いてませんよ〜」

 

「そうですよ〜…。黒森峰、聖グロ、プラウダと同等の名門校じゃないですか!」

 

「ウチなんかが…勝てっこないよね〜」

 

 

 アンチョビの言葉、演説を聞いて、尚更、弱気な発言アンツィオ高校の女生徒達。だが、アンチョビはそれでも彼女達にこう告げた。

 

 別にこれは練習試合だ。だが、意味の無い練習試合にはしたくはない。そんな思いが、アンチョビにはあったのである。

 

 

「…試合の勝ち負けにこだわるな、違うだろお前達。私達の戦車道をすれば良いんだ、勝てっこ無いじゃ無い。負けたく無いって気持ちが大切なんだぞ」

 

「そんな事言われても…」

 

「弱小と呼ばれても、ウチが弱いって思われていても別に良い。だけど、自分の口から弱いという言葉を言うのは間違ってる。私は諸君の力を知ってる。我等が決して弱いなんて事はない!」

 

「ドゥーチェ…」

 

 

 アンチョビが発するその言葉に思わず静かに沈黙するアンツィオ高校の女生徒達。

 

 勝敗に囚われれば自分達の戦車道などできない、アンチョビはそう言いたかった。そうではなく全力でぶつかる事こそが勝ちにも繋がる。

 

 

「ドゥーチェ!」

 

「さっすがやっぱり我等がドゥーチェだ!」

 

「よーし! 定番のアレやろう!」

 

「行くぞー!!」

 

「「ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ!」」

 

「そんなんじゃダメだ! 声を張れ! 胸を張れ!」

 

「「「ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ!」」」

 

 

 そしてはじまるアンチョビを讃える大合唱。

 

 アンツィオ高校は間違いなく、あのアンチョビを中心に統率された優秀なチームである。彼女の掛け声に応える生徒たちを見ればそれは一目瞭然だ。

 

 だが、繁子達も黙ってそんな光景を見逃すほど甘くはない。対抗すべく立江達が立ち上がった。

 

 立江は演説するように山城の上に乗り、繁子を隣に立たせる

 

 

「よーし! お前ら! 私らも負けてられ無いわよ! 知波単といえば!」

 

「リーダー!」

 

「そうよ! なら決まってるわね! さぁ! ご唱和ください!」

 

「「「オォ!!」」」

 

「え? 何、なんやの?」

 

 

 立江の隣で戸惑う繁子を放置し、勝手に盛り上がる知波単学園一同。

 

 隊長を讃える合唱で負けるわけにはいかない、それが、時御流の立江達のハートに火をつけた。そして、多代子がタイミングを見計らったかの様に観客席から人を連れて帰ってきた。

 

 そして、繁子の隣に立ち皆を奮い立たせる立江に多代子はこう手を挙げて大声をあげる。

 

 

「立江! 援軍呼んできたよー!」

 

「でかした! 多代子! それでは!皆! いくぞー! せーの!」

 

「「「リーダー! リーダー! リーダー!リーダー! リーダー! リーダー!」」」

 

 

 そして、アンツィオに負けじと知波単学園は大合唱をはじめる。

 

 繁子はただただ戸惑うばかり、それはそうだろう。繁子は立江達から担がれて高々に叫ばれ合唱され恥ずかしい思いをしているだけであるのだから。

 

 凄い一体感を感じる…今までにない何か熱い一体感を。なんだろう風…吹いてきてる確実に、着実に…。アンツィオと知波単学園の方に…。

 

 そんな繁子の光景を観客に座る聖グロリアーナ女学院のダージリンも羨ましそうに観客席から眺めていた。

 

 そんな両校総出でアンチョビと繁子を讃える合唱を目撃したダージリンは何か閃いたようにアッサムにこう話はじめる。

 

 

「良いわね…。あれ、ウチにも導入しようかしら」

 

「貴女の名前は合唱するには語呂が悪いでしょう?」

 

「ジョークよ、気にしないで、それに品が足りないわ」

 

(半ば本気で言ってるように見えたのだけど)

 

 

 アッサムの容赦ない言葉に少しだけ落ち込むダージリン、語呂の問題かという部分よりも華麗さに結びつけて品も足りないと言う言い訳もつけてみた。

 

 しかし、事実、少しばかりやってみたかった気持ちがあったのも確かである。紅茶のカップを握る手が若干図星で震えていた。

 

 そして、そうこうしている内にアンツィオ、知波単学園の両校の合唱は譲らぬ形で激突する事になった。

 

 

「「「ドゥーチェ!ドゥーチェ! ドゥーチェ!ドゥーチェ!」」」

 

「「「リーダー! リーダー! リーダー! リーダー! リーダー!」」」

 

 

 試合前からかなりヒートアップしている。練習試合を観に来た観客でさえ、合唱を口に出す始末。

 

 しかし、一方、繁子はそんな合唱を受ける中、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして立江の隣で合唱をノリと勢いで主導させられていた。

 

 

(…ウチ、何やってんのやろ)

 

 

 そして、互いに譲らぬ大合唱を終えた後に両校の戦車が指定の位置につかされる。

 

 隊長の繁子を筆頭に合唱は未だ止まない、そんな中、繁子は顔を真っ赤にしながら山城へと乗り込む。

 

 そして、プルプルと恥ずかしさで顔を赤くしている繁子を見て、練習試合を見に来ていた皆が突っ込みたい思った『イジメかっ!』と…。

 

 そんな中、知波単学園の練習試合を見に来た二人の姉妹はそんな繁子の姿にホッコリした様な表情を浮かべていた。

 

 

「お姉ちゃん…。今日は良いものが観れたね」

 

「あぁ、そうだな…流石しげちゃんだ」

 

「だねっ!」

 

 

 そう言いながら二人は暖かい眼差しで顔を赤くしている繁子を眺めつつ、アンツィオ高校と知波単学園の練習試合開始の合図を待つ。

 

 その姉妹の姿。どこかで見たことある様な姿に会場の何人は騒ついているが、そうこうしている内にも試合開始の煙幕が空高く打ち上がった。

 

 そして、試合開始のアナウンスが流れ試合がついに…。

 

 

「アンツィオ高校対知波単学園! 試合…開始っ!」

 

 

 始まった。

 

 勢い良く飛び出すアンツィオ、知波単学園の両校の戦車。

 

 さて、果たしてアンチョビ率いるアンツィオ高校とは一体どんな戦術を組んでくる高校なのか?

 

 知波単学園の練習試合を観戦する。二人の謎の姉妹の正体は? 一体、何住姉妹なのか…。

 

 気になる続きは…。

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!



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土の知識

 

 

 

 いよいよ始まった、アンツィオ高校との練習試合。

 

 早速、知波単学園の戦車とアンツィオ高校の戦車は隊列を組み散開を行なった。

 

 さて、今回の両校が持ち出した戦車のラインナップをここで見てみよう。

 

 まずは知波単学園。ホニIIIを中心にケホ、チヌ、チヘ、ホリ、四式中戦車(山城)という編成で構成されている。

 

 ホニIIIが若干多めの5輌。チヌ1輌、ケホ2輌、四式1輌、ホリ車1輌の編成になっている。

 

 今回は立地が不安定な森林地帯、さらに、山道を登り下りするという事もありオイ車の様な戦車は今回持ってくる事はしなかったのである。

 

 そして、一方のアンツィオはというと…。

 

 

「ほぼL3ばかりじゃない。いくらなんでもこれは…」

 

「かろうじてセベモンテとカルロ・アルマートM13/40が合わせて2輌あるのが救いか…、こんなのでは勝負にならないわね」

 

 

 そう言いながら、観客席から眺めていたダージリンとアッサムも顔を顰める。

 

 あまりに戦力差が戦車に現れていた。アンツィオの戦車は知波単学園より見劣りするのは致し方ないが、どう太刀打ちするのか見当もつかない。

 

 だが、そんなダージリン達の考え方とは別に山城に乗る繁子達は全く別の考え方をしていた。

 

 それは…。

 

 

「向こうは機動力を生かした撹乱戦術が使える。気を引き締めや、的が小さい分戦術に幅を広げてくるで」

 

「だろうね、ウチもそうするだろうし」

 

「そういう事や」

 

「あ! しげちゃんあれ!」

 

「ん…?」

 

 

 そう話しながらアンツィオを警戒していた繁子は永瀬の言葉に反応し、視線をそちらへと向ける。

 

 するとそこにあったのは…。

 

 

「…なるほど、そう来たか」

 

 

 なんと、広がる泥道であった。

 

 それも即興で作ったものではない、立地からして多分、数日前から作られたものだと推測できる。

 

 足止め策、もしくはこの泥を使いこちらの機動性を制限しにきたのだろう。

 

 繁子は戦車から降りると土を確認しはじめる。すると、そこで繁子はある事に気がついた。

 

 

「ん…こりゃ…あかん…」

 

「どうしたの? しげちゃん?」

 

「ただの泥かと思うとったけど、この泥、普通の泥やないね?」

 

「…え? というと?」

 

「水はけが悪い泥や、これ、通った後、乾いたらえらい事になるで」

 

「カチカチになるんだっけ?」

 

「せや、あんまし通りたくない道やね、こりゃたまげた。向こうもわかっとったんかいな」

 

 

 そう話しながら繁子は手に取った泥を真剣に確かめながら告げる。

 

 泥を触るだけでそんなとこまでわかるとは一体なんなのだろうか…。いや、しかし、これを策に用いたアンツィオもかなり凄い。

 

 泥が乾燥し固まり、履帯や部品に関しても何かしらの負担が掛かる。ましてやカチカチに硬化する泥が入り込み部品に付着した状態で泥が硬化でもすれば本来の戦車の動きにも影響が出てくるはずだ。

 

 そう、これは繁子達がヴァイキング水産高校と戦った時に用いた策の一つを参考にしたものに過ぎない。それにアンチョビがアレンジを加えたものである。

 

 

「土の知識はやっぱり必需品やね」

 

「で、どうするよ? しげちゃん」

 

「沼みたいだけど、通れないことはない…けどなぁ」

 

「あ! そうだ! じゃあさ! これ使おうよ!」

 

「ん? 永瀬、何やこれ?」

 

「真昆布!」

 

「昆布…いや、昆布ってあんた…」

 

「いや、待て…! そうか! 永瀬! アルギン酸かっ!」

 

 

 繁子はその場から立ち上がると目を輝かせて声を上げる。

 

 そう、あれは数年前、繁子達が新宿の泥を大量に持ち帰ってきた時のことだ。良い土を作るために繁子はラーメン屋から使い終わった真昆布を調達した事があった!

 

 そして、その時に使った成分がこの…。

 

 

『うわぁ…めっちゃネバネバしとる』

 

『このネバネバが良いんですよ』

 

『ネバーギブアップ! みたいな! これなら土も良くなりそうだよね!』

 

 

 アルギン酸を含んだ真昆布なのである。

 

 真昆布や海藻に含まれるこのアルギン酸はカチカチの土を柔らかくフワフワにしてくれる。

 

 握れば綺麗に一粒一粒団粒化された土になり、さらに、水はけの良い土になる。

 

 だが、アンツィオ高校の戦車演習場のこの広さの泥沼の土を変えるとなると…。最低でも130キロの真昆布が必要になる。

 

 となれば、これはかなりの時間を浪費することになる。そんな事になれば…アンツィオからしてみれば良い的になるというわけだ。

 

 だが、繁子はあることを思いついていた…それは…?

 

 

「アルギン酸で履帯をコーティングすればええんやないかな?」

 

「アルギン酸でコーティングって…」

 

「真昆布を貼り付けるの? 履帯に?」

 

「なるほど! しげちゃん! あったまいい!」

 

「いや、普通に道を埋めたてた方が早いんじゃないかな?」

 

「っていうか、ここの道回避して進もうよ…」

 

「…せやな、しゃあない…アルギン酸の必要量をよくよく考えれば無理やね…。今回だけは道変えようか?」

 

「しげちゃん諦め早っ!」

 

 

 しかし、ここで繁子は他の部員のその言葉に今回は妥協する事を考え始めた。

 

 というよりも、アルギン酸でアンツィオ高校の演習場の土を農業に適した良い土にしたところで別になんのメリットも無い。それに加えてかなり時間を取られるだけである。

 

 それに、打開案として考えた履帯に昆布巻いていたらそれはそれでみっともないというのもある。というよりも車体が沈むので履帯に昆布を付けたところで意味はない。

 

 だが、ここで、立江、あることを思いつく、それは…。

 

 

「そういや、周りの木ってこれ使えるんだよね?」

 

「ん? そうでしょ?」

 

「なら、この木倒して、道作れば良いじゃない? 丁度、斧とか持って来てるし」

 

「まぁ、無難だけどそれしかないわね」

 

「いやー、流石ウチの参謀だよ! 頭切れてるわー」

 

「そうか! 流石立江やな! 作った道の中でならアルギン酸もそんな大量に使わんでもええしな!」

 

「いや、だから回避して進めば…」

 

「私達に回避して進むって選択肢はない」

 

「何故ェ!?」

 

 

 その立江の断言に目を丸くするばかりの知波学園の先輩。

 

 年下ながら、確かにこの娘達は辻隊長が絶賛していた人材達である。しかしながら、何故こうも試合中なのに伐採を自然と行う事が出来るのか未だに疑問である。

 

 だが、同時にこうも思う。時御流だから仕方ないと。

 

 

「さー! やるでー! そーい!」

 

「あ! よいしょ!」

 

「そうですよっ! いやー、筋良いっすね! 先輩!」

 

「あ、そうかしら? あんましやったことなかったけど…中々嵌るわねこれ」

 

「でしょ? ダイエットにもなるんですよ?」

 

「わかった、三倍速で頑張るわ!」

 

「乗せるの上手いなー真沙子は…」

 

 

 そう言いながら持ってきた手斧を使いどんどんと木を伐採していく知波単学園一同。他校の木であるというのに御構い無しである。

 

 その映像を目の当たりにしていたダージリンとアッサムも知波単学園が取った行動に言葉を失うしかない。

 

 まさか、試合中に木を伐採しはじめるとは誰が想像出来ただろうか…!

 

 

「よーし、後は適当に木で道を作ってと」

 

「んで、真昆布で取れたアルギン酸を抽出したものを道に含ませていきます」

 

「そして、こうして馴染ませて…」

 

「フワフワの土になるドロードの出来上がりです!」

 

「この道で取れる土…後で持って帰ろう!」

 

「いいねー」

 

「試合中! 今! 試合中だから!」

 

 

 和んだような会話を繰り広げている繁子達にそう突っ込みを入れる先輩。

 

 農業用の土はこれで確保できた。後はアンツィオ高校に勝ち、この出来上がった良質の土を持って帰るだけである。

 

 機動力を奪いにきたアンツィオ高校の策略は確かに見事であった。

 

 だが、このようにまさか、仕掛けた罠の泥沼の一部が繁子達のアルギン酸によって農業に適した良質の土になるとは思ってもいなかっただろう。

 

 

「さて! 前進や! 全軍! 目標アンツィオ高校やで!」

 

「アイアイサー!」

 

「…本当に道作っちゃったよこの娘達」

 

 

 泥沼地を開拓した繁子達は改めて戦車に乗り込み進軍を開始しはじめる。

 

 目標はアンツィオの戦車群、農業に適したサラサラの土に泥沼地を変えた今なら、機動性を失う事はないだろう。

 

 しかしながら、道を変えれば早い話が済んだのであるがそれはこの際置いておくことにしよう。

 

 一方、アンツィオ高校のアンチョビはと言うと?

 

 

「…しめしめ、奴等め、あの道を回避してくるに違いない。泥沼地を抜けて来たとしても私達の分隊が待ち構えているからな…! 機動性を割いた今なら、たとえ知波単学園と言えども流石に…」

 

 

 フラッグ車の中で、今頃、泥道に困惑しているだろう繁子達を想像し笑みを浮かべていた。

 

 策を考え、数日前からこのアンツィオ高校の戦車演習場の立地を変えて知波単学園を待ち構えた。

 

 流石の時御流とはいえどあの沼道を抜けて本来の力を出す事は困難だろう。

 

 

「ん…? ここで偵察隊からの通信か? なんだ? どうした?」

 

 

 とその時であった。フラッグ車であるセベモンテに乗るアンチョビは通信が入って来たことに首を傾げる。

 

 通信は試合が始まってからすぐに送り出した偵察用の戦車隊からだ。

 

 アンチョビは首を傾げたままその通信に対して冷静に応答するように呼び掛ける。

 

 すると、通信先の偵察隊員から慌てたような声でこんな通信が舞い込んで来た。

 

 

『…ど、ドゥーチェ! 大変です! 奴等、道を作って来ました!? 機動性そのままにまっすぐ分隊に突撃して来ますぅ!?』

 

「な、なんだとぉー!?」

 

 

 その言葉を聞いたアンチョビは仰天するしかなかった。

 

 土の知識を多少なりと勉強し、固まるとカチカチになり、戦車の重しになるような土で構成した泥沼地。

 

 ヴァイキング水産と知波単学園との試合を見た物をヒントにアンチョビが考えついたそれを見事なまでに繁子達がぶち壊して来た。

 

 これには彼女も目をまん丸くするしかない。

 

 

「…まさかそんな事が…、あんな泥道回避するとばかり…」

 

『ど、どうしましょう! ドゥーチェ!』

 

「ば、馬鹿者! 慌てるな! 私がそちらに合流するまでなんとか持ち堪えろっ!?」

 

『そ、そんな無茶なぁ…』

 

「ええい! 偵察隊以外の全車輌! 分隊の援護に行くぞー! 続けー!」

 

 

 すぐさま、分隊のピンチを察してそう指示を飛ばすアンチョビ。

 

 まさか、道を作ってくるなんて事は予想だにしていなかった。よくよく考えればさっきから妙に木が倒れるような音が聞こえてくるとアンチョビは感じたが演習場の木を伐採するとは露とも考えていなかったのだろう。

 

 そして、図らずも繁子達が取ったこの行動がアンツィオ高校の本隊を動かす事に繋がった。

 

 

「さて、本戦はこっからや!」

 

 

 アンツィオ高校の策を打ち破り繁子達がイタリア戦車に牙を剥く!

 

 勝つのは知波単学園かアンツィオ高校か!

 

 続きは、次回! 鉄腕&パンツァーで!

 



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新春スペシャル編
ザ!ウルトラマンパンツァー! 戦車道は世界を救えるのか!


※今回は新春スペシャルなので本編には関係ありません


 

 年末年始。

 

 肌寒く、それでいて気持ちを新たにする季節。

 

 大和撫子な乙女たちが今年もまた新たな挑戦に挑み今年一年を占う時期である。

 

 そして、ここ知波単学園では時御流毎年恒例のある大きなイベントが催されていた。

 

 それは…。

 

 

「新年明けましておめでとうございます」

 

「「おめでとうございます」」

 

「さぁ、今年もやって参りました年末年始。年末年始と言えば!」

 

「この時期、忙しいですよね? そんな忙しい時期に様々なピンチがあると思います」

 

「そんなピンチの時、頼りになるウルトラマンが助けに来てくれたら? と言う事で…」

 

 

 年末年始スペシャル。

 

『ザ! ウルトラマンパンツァー! 戦車道は世界を救えるのか!』

 

 さて、今回もウルトラマン達に様々な難題が待ち構えている。

 

 走行中のバスに妹にお弁当を届けるために西住流、西住まほが戦車の砲弾を…! 開いた僅か数センチの窓に…!

 

 そして、プラウダのノンナとクラーラはフィギュアスケートで繁子達が作ったラーメンを高速回転で湯切り!

 

 更に、継続高校のミカは繁子達が作った巨大カンテレを使い華麗な演奏を奏でることができるのか!?

 

 そして、我らがリーダー城志摩繁子も…!

 

 

 今回も見どころがたくさん!

 

 ザ! ウルトラマンパンツァー!戦車道は世界を救えるのか!

 

 

「さぁ、始まりました。今年も様々なウルトラマンがここ、知波単学園にやって参ります」

 

「あ、立江、そういや東浜さんどこなん?」

 

「東浜さんは毎年恒例の飲み会に行ってますねー。西住しほさんと島田千代さんとお酒でも飲み交わしてるんじゃないですか?」

 

「えー…」

 

「ま、それはええやろ、それじゃ早速現場の永瀬に代わろうか? 永瀬ー!」

 

 

 そう言って可愛らしい袴に身を包んだ繁子が現場にいる永瀬にへと応答するように促す。

 

 すると、マイクが繋がり、現在、知波単学園の全員が設置した特設の道沿いに永瀬はまほと共に立っていた。

 

 永瀬、まほの背後には今回使うであろうティーガーが威圧感を出すように置いてある。

 

 

「はーい! リーダー! こっちはチャレンジャーの西住まほさんをお迎えしていつでも準備万端です! 今日はよろしくお願いします!」

 

「あぁ、よろしく」

 

「さて、今回、西住まほさんに挑戦して頂くウルトラマンパンツァーはこちらです!」

 

 

 そう言って永瀬は事前に用意してあったVTRを流し始める。

 

 何というかかなり茶番臭い劇なようなものであるが、どうやら、このVTRの中に今回挑戦する課題が示されているという事であった。

 

 その場にいたまほと永瀬はそのVTRを黙って見守る。

 

 まず、最初に現れたのはまほの妹、西住みほが家から出てくる光景からだった。

 

 

『お母さん! それじゃ行ってくるね!』

 

『あ! 今日から登校日か! はい! 行ってらっしゃいやでー!』

 

 

 そして、それを見送るのは…。

 

 エプロンを着けた繁子であった。そのちんちくりんさに微笑ましさや癒しがあるが、どうやらみほとそれぞれ母娘の役を演じている模様である。

 

 VTRを観ていた永瀬からは「プッ…」と吹き出す声が聞こえてくる。妙に繁子の役が嵌っているのがやけに可笑しかった。

 

 すると、娘のみほが家から出てバスに乗ったところを見送ったところで母、繁子はあることに目を丸くした。それは…。

 

 

『あ! アカン! どないしよ! あの娘お弁当持ってっとらんやん! あぁ…しもうたー』

 

 

 なんと繁子お手製のお弁当を忘れてしまっていたのである。

 

 どうかしてこれを届けなければいけないが、もはや、みほが乗ったバスは発進してしまっている。繁子が走って追いつくのは無理だ。

 

 …と、そこで母、繁子の目にあるものが飛び込んできた。それは…。

 

 

『ん…、あれはもしや!』

 

 

 ティーガー戦車。

 

 なんと道路の横にティーガーが置いてあるではないか! そうだ、これを使えば…!

 

 走るバスの開いた窓から、砲弾に乗せて手作りのお弁当を撃ち込む事ができる! だが、繁子はこの後家事がある為そんな戦車に乗る時間なんて無い。

 

 せめて、ティーガーに乗ってこのお弁当を届けれる人が居れば。

 

 しかし、そんな神業的な芸当ができる人物が果たしているのだろうか!

 

 そんな時だ。困り果てた繁子の肩をポンと叩くウルトラマンが居た!

 

 

『しげ……いや、お母さん、私がみほにお弁当を届けよう』

 

『あ、お姉ちゃん! 届けてくれるんか?』

 

『私が食べたいのはやまやまなんだが、みほの為だ。姉の私に任せてほしい』

 

『いや…まほりん、途中からセリフ変わっとるやん。ま、ええわ、それじゃ…お願いしてもええか?』

 

『あぁ、任せろ!』

 

 

 そう言って、鼻血を微かに垂らしながら満面の笑みサムズアップするウルトラマンまほ。

 

 高校戦車道王道。名門西住流!

 

 戦車道全国大会を今年で9連覇した戦車道の超名門校、黒森峰女学園。

 

 その黒森峰で隊長を務めるのがこの西住まほである。

 

 前回の戦車道全国大会では我らが時御流、そして、城志摩繁子との激戦を繰り広げ、死闘の末破竹の9連覇を成し遂げた西住流の正当後継者である。

 

 その類い稀な指揮や戦術は多彩。

 

 来年には先ほどバスに乗りしげちゃんの弁当を妹のみほも加わり強力になること間違いなしである。

 

 

 さぁ、というわけで今回のチャレンジは時速20kmで走るバスの開いた窓に西住まほが指揮する戦車を使い弁当が入った砲弾をバスに当てず傷つけないまま撃ち込むという企画である!

 

 バスは戦車道全国大会や普通の大会で使用される特殊カーボンをさらに強化したもので全体的にコーティングされており、貫通したり壊れたりすることはない。

 

 まず、走行しているバスに追いつきその開いた窓に標準を合わせて、砲弾を撃ち込むが、これは並外れた指揮とタイミング、そして、砲撃の腕が必要となる。

 

 道には障害物も多々あり、バスとの距離は指定された一定の距離に保たなければならない。

 

 制限時間は10分!

 

 その間に西住みほにしげちゃんお弁当を届けられなかった時点でチャレンジは終了となる。

 

 

「そういうわけですが、まほさん! 自信の方は…?」

 

「間違いなくある、黒森峰では鬼の様な訓練を日々行っているし不安はないよ」

 

「という事ですっ!」

 

「まぁ、あれやね、ウチを負かしたんやしこれくらいはできるって思うよ、まほりんなら…」

 

「うん、しげちゃん。成功したら私にもお弁当作ってくれ」

 

「えぇ!? …ま、まぁ、ええけど?」

 

「俄然やる気が出て来た」

 

「さぁ、では所定の位置についてください」

 

 

 そして、永瀬に従いティーガー戦車に乗り込むまほと黒森峰の学生達。

 

 さぁ、戦車に乗りエンジンが掛かったらいよいよバスも動き出しチャレンジがスタートだ。

 

 みほが乗ったバスもエンジンが掛かり、青信号になるのを待つばかり。バスに乗るみほはにこやかな笑みを浮かべてこちらに手を振っている。

 

 

「いや、手を振っとるけどバスに乗ってるみぽりん大丈夫やろうか…」

 

「強化特殊カーボンでバスの装甲作ってるし大丈夫でしょ?」

 

「砲弾も特殊弾だしね、ゴム製の柔らかいやつ」

 

「全部私らが作ったけどね…」

 

 

 このイベントの為、繁子達は念頭な準備をして来た。

 

 その甲斐もあり、話を聞きつけたギャラリーが他校や他所からズラリと一目見ようと知波単学園に集まってきたのである。

 

 おかげで出店を開いて資金はウハウハ、さらに出店に協力してくれたアンツィオや他の資金源も潤うためこの一大イベントは言わば他校共同の出し物芸大会のような感じだ。

 

 さて、双方の準備が整い、バスの前の信号が青に変わる。

 

 

「チャレンジスタート!」

 

 

 そして、西住まほのウルトラマンチャレンジがスタートした!

 

 制限時間のタイマーがスタートし、まほが乗る戦車とバスが同時に動き出した。

 

 砲撃を撃ち込むには障害が無くなる交差点の指定の位置に向かわなくてはいけない。その場所にいち早く狙いを定めたまほはスルリ、スルリと抜き出してきた。

 

 障害物があるというのに流れる様な指揮に運転テクニック、ティーガーに乗る黒森峰の生徒達が並外れた訓練を積んできたというのは、周りの人が見ても明らかな事であった。

 

 

「よし! いいペースだ!」

 

 

 そして、交差点へ…。

 

 繁子の乗った戦車が砲先を走行しているバスへと向ける、あとはタイミングだけだ。だが、思いの外スピードが早い!

 

 まほの乗る戦車は砲身を外すことなく一点に白縁の開いた窓に狙いを定めている。

 

 まほはバスの早いスピードを物ともしない、集中力を高め冷静にタイミングを見定めると砲手に発射の指示を飛ばす。

 

 

「撃てぇ!」

 

 

 ズドンッ! とティーガーから発射された砲弾は真っ直ぐバスに向かっていく…。

 

 がしかし、窓から僅かにズレたのか、砲弾はバスの装甲に当たると『ガツッ』と音を鳴らし窓から外れてしまう。

 

 それと同時に期待していたギャラリーから落胆の声が溢れた。しかし、チャレンジ1回目にして期待ができるくらいの惜しい砲撃であった。

 

 

「あぁ〜〜…惜しい!」

 

「あと数センチくらいですねー、いやー惜しい!」

 

 

 残念そうな声を溢す永瀬に多代子がにこやかにそう応える。僅かに右上、戦車の砲撃のタイミングはバッチリだった。

 

 だが、一回目のチャレンジに手ごたえを感じたのかまほは集中力を保ったまま、インカムに話しかける。

 

 

「どうだった?」

 

「左に15くらい修正したらいいと思う。タイミングは少し早くかな?」

 

「やっぱりそれくらいか、助かったみほ」

 

「ううん! あとちょっとだよ! お姉ちゃん!」

 

「あぁ、わかった。任しておけ」

 

 

 さぁ、残り時間は9分切り、チャレンジは2回目へと差し掛かる。

 

 しかし、1回目にして早くも見せ場を作った西住まほ、やはり、戦車道全国大会を制した腕前は伊達ではないということだろう。

 

 源氏物語の那須与一のような腕前を目の当たりに出来る瞬間もそう遠くはない。その奇跡の瞬間は間も無く訪れるに違いないと誰もがそう感じることができた。

 

 西住まほは無事にしげちゃんのお弁当をみほに届けることができるのか!?

 

 そして、スケートリンクではノンナとクラーラが華麗に舞いラーメンの湯切り! カチューシャに祝いのケーキを運ぶ!

 

 ミカはアキ、ミッコと共に巨大カンテレを使い演奏を披露!

 

 その続きは…! 次回! ウルトラマンパンツァーで!

 



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ザ!ウルトラマンパンツァー! 戦車道は世界が救えるか!その2!

※今回はウルトラマンパンツァーの続きになってます


 

 ウルトラマンチャレンジ2回目。

 

 残り時間は8分台になりつつある。戦車を駆るまほはいつもよりも神妙な面持ちでバスを見つめていた。

 

 このチャレンジが成功できなければ繁子の美味しいお弁当が食べられない! 愛が籠もった愛妻弁当は何としても手に入れたい。

 

 繁子本人が果たしてそこまで愛情を込めているかはともかくとして、真心を込めた弁当である事は違いはないだろう。

 

 まほの精神力は研ぎ澄まされ、いつにも増して燃えていた。

 

 

「絶対に成功させるっ!」

 

「何故かわかりませんがまほ選手、鬼気迫る顔つきです」

 

「いや、そこまでせんでも…」

 

「死んでも砲弾は必ず窓に入れるさ…!見ていてくれしげちゃん」

 

「やから、死んでもうたら弁当食われへんやないかーい!」

 

 

 メラメラと目に炎を宿すまほの言葉にツッコミを入れる繁子。

 

 確かに自分の弁当を求められて嫌な気はしないのだが、年末年始の企画である事をまほは忘れているのではなかろうか?

 

 そんな気がしてならなかった。というよりもはや企画など知るか! と言わんばかりである。

 

 インカムを使いつつ、まほは妹のみほとコンタクトを取り2回目の挑戦へと移る。

 

 

「それじゃ始めてくれ!」

 

「では! 西住まほさん!2回目のウルトラマンチャレンジ! スタートです!」

 

 

 まほはすぐさまスタートの赤ボタンを押すと同時に戦車へと乗り込み、みほの乗るバスをティーガーで追う。

 

 ぐんぐんとスピードを上げてバスを追うまほ。

 

 だが、まほはそこで一旦ティーガーの走るペースを落とし始めた。これは…?

 

 

「おや! 西住まほ選手! 戦車のスピードを落とした?」

 

「いや、ちゃう…。あれは…」

 

 

 繁子はすぐさま、そのまほの意図に気がつきそう声を溢す。

 

 まほはインカムを使い、バスの中にいるみほとコンタクトを取っている。すなわち、何かしら思うところがありティーガーの走るスピードを落としたのだ。

 

 おそらく、タイミングをずらす為の謂わば調整だろう。先ほどはタイミングはどんぴしゃりだったが逸れた。

 

 すなわち、バスとティーガーが交差点に差し掛かるタイミングを調整する事によってその誤差を補おうという作戦である。

 

 

「はぁ、考えたなー…チェンジオブペースか」

 

「え?」

 

「よう見ときや永瀬、あれは実践でも使われてるもんやで、まほりんなら尚更やからな」

 

 

 チェンジオブペース。

 

 急発進、急停車、もしくはそれらだけでなく戦車のペースを意図的に変化させて様々な局面を打開する技である。

 

 繁子達もよく使う技であるし元プラウダの隊長であるジェーコとの戦闘の際に用いた事がある技。

 

 だが、今回西住まほが使うチェンジオブペースはまた一味違う技なのである。

 

 微妙な調整、そして、速度の上げ下げて走行スピードに違和感を与えずに行う事が出来るそれは普通のチェンジオブペースとは格段に異なっている。

 

 おそらくはあれが、西住まほの強さの秘訣だろう。

 

 微妙な速度の調整と砲撃のタイミング、さらに砲身の見極め、全てが全て、西住まほは高い水準で行う事が出来き、それを指揮しているティーガーに伝達させ行動に移させる事ができる。

 

 

「バスとの間隔は…ん…そろそろか、スピードを上げろ!」

 

「はいっ!」

 

 

 そして、対象物との間隔。空間把握においても西住まほはズバ抜けた天性のものを兼ね備えている。

 

 西住流でさらにそれを洗練し、昇華させたそれは他の誰もが持ち得ない物だ。

 

 繁子やみほ、または、名門校の隊長クラスと評される戦車乗り達はこの空間把握の能力を各自持ち合わせており、そのそれぞれが違ったやり方、流派、方法で昇華している。

 

 誰もが同じではなく、それぞれが違う戦車道を持ち合わせているのだ。

 

 そして、西住流の真骨頂を極めつつある西住まほのその乗り方は誰しもが憧れるような動かし方である。

 

 案の定、まほの計算通りというべきか、交差点に差し掛かるあたり先ほどよりも少しばかり遅めでなおかつ、砲身は開いた窓へと向いていた。

 

 タイミングは噛み合う、そしてその時は訪れた。

 

 

「撃てぇっ!」

 

 

 ズドンッ! と凄まじい音が響くと同時にティーガーの主砲が火を噴く。

 

 先ほどとは違った手段を取り、さらに、そのティーガー主砲の放った軌道は異なる動きを見せる。

 

 その時、繁子は確信した。この軌道は間違いなく行くと。

 

 吸い込まれる様にしてまほの乗るティーガーから放たれた砲弾はバスと交差し、そして…。

 

 ズガンッ!という音を立て、そのバスの中へと吸い込まれていった。バスは微かに揺れはしたものの横転する事なく、その場で停車する。

 

 なんと、ウルトラマンチャレンジ2回目にして西住まほはやってのけた。バスの窓にティーガーの主砲を通すという神業を…!

 

 これには会場も騒然とする他なかった。

 

 まさか、あのチャレンジが2回目にして成功するとは誰も思いもしなかったからだ。

 

 

「に、西住まほ選手決めたァァァ!? 現場からは歓声が上がっております!」

 

「2回目だよ!? んなアホなっ!?」

 

「あの距離で合わせてくるなんて流石だね〜」

 

 

 永瀬の興奮した実況を他所に盛り上がりを見せる外野。

 

 西住流、ここにあり。

 

 まさにそれが体現されたような、状況での一撃だった。神業とはこういうものを言うのであろう。

 

 それを目の当たりにした観客達は惜しみなく握手と賞賛をできる限りこの業をを見せてくれた西住まほへと送った。

 

 静かにそれを眺めていた繁子も笑みを浮かべ嬉しそうに拍手を送る。

 

 西住まほはティーガーで、暫し観客を一望するように凱旋した後すぐさま繁子の元へと駆け寄った。

 

 

「み、見てくれたか! しげちゃん! 私やったよ!」

 

「あぁ、しっかり見てたで、流石やな」

 

「ふふふ、しげちゃんのお弁当楽しみだ♪」

 

「んー…作るって言ってもうたからなー。これは一本取られたわ」

 

 

 そう言いながらにこやかに握手を交わす繁子とまほ。

 

 まほの戦車の腕には繁子も素直に脱帽だ。確かに神がかったチェンジオブペースに加え、タイミング、砲弾の軌道、全てが完璧だった。

 

 繁子も同じように2度でクリアしろと言われてもおそらくはできるかわからない。

 

 これは、みほの協力もあっての事だろうが、目の前で起きた奇跡は誰しもが成し得ることのできないある種の伝説と言ってもいい。

 

 繁子はそんな事を成し遂げてくれたまほが誇らしく感じた。

 

 それから暫くして、バスに乗っていたみほが打ち込まれた砲弾に入っていたであろう弁当を抱えて下車し、まほと繁子の元へと駆けてくる。

 

 だが、その目は涙目だ。一体どうしたのか…。

 

 

「お姉ちゃーん! お弁当の中身ぐちゃぐちゃになってたよー!」

 

「…え…」

 

「いや、戦車に込めて撃っとるんやからそうなるやろ」

 

 

 そこにはぐちゃぐちゃになった弁当があった。

 

 おかしい、チャレンジは間違いなく成功したはずなのに何故だ。そんな、悲しき感情がまほから溢れていた。

 

 普通に考えたらそうなることは明白である。涙目のみほはプクーと顔を膨らませたままジト目でまほを見つめる。

 

 

「これじゃ!しげちゃんのお弁当食べれないよ! もう!?」

 

「いや…、けどだな…。まさかぐちゃぐちゃになるなんて…」

 

「ま、まぁ、また二人分作るから、大丈夫やって、それは永瀬あたりに食べさせるから」

 

「ちょっ!? 私残飯処理かなんかに利用されてない!? リーダー!? 」

 

 

 そう言いながら繁子のぐちゃぐちゃになった弁当を巡り姉妹喧嘩になりそうな所を宥める繁子の言葉に目を丸くする永瀬。

 

 確かにぐちゃぐちゃになった弁当を食べるなんてことは誰でも嫌である。けど、食べ物は粗末にしてはいけない、それが世の常だ。

 

 時御流なら尚更である。

 

 ひとまず、西住まほのウルトラマンチャレンジはこうして成功した。

 

 ありがとう! ウルトラマン!

 

 

「以上! 現場からの中継でしたっ! 続きましては…!」

 

 

 

「はーい、こちらスケートリンク場にいます山口立江でーす。こちらでは氷上に設置されたレストランのテーブルにたくさんのお客様がいらっしゃってますねー」

 

 

 場面が切り替わり、続いてのウルトラマンが居る現場に時御流、山口立江がやって来ていた。

 

 なんと、ここではある出来事が起きて、この氷のレストランでは食事が配膳できていないハプニングが起きていたのだ!?

 

 ここでそのVTRを見てみよう。

 

 

 そうそれは数時間前。

 

 

『あー、今日もお客さん沢山だわ、多代子3番テーブルにラーメン一丁!』

 

『へい! かしこまり! あねぇ!』

 

 

 ここのレストランでは連日、時御流0円食堂の噂を聞きつけて沢山のお客さんが足を運んでいた。

 

 寒い冬の中、足を運んでくれるお客さん。だが、厨房は火を使うために熱い熱気で包まれていた。

 

 そこで、バーナーを握りながら汗をかいていた立江は厨房にいる真沙子に…。

 

 

『あ、ごめん真沙子!窓開けてくれない?』

 

『おっけー。んじゃ開けとくわー』

 

 

 窓を開けるように頼んだ。

 

 レストランに居たお客さんは防寒着を着ていたり、ソ連っぽいお子ちゃまみたいな娘がいたり、暖かい紅茶を口に運ぶ英国淑女が居たり、カンテレを弾く胡散臭い娘が居たりと個性豊かな者たちばかりである。

 

 そんな事もあり、レストランで起きて居た異変に時御流の立江達は気づいて居なかった。

 

 まさか、こんなことになるなんて…。

 

 

『紅茶はまだかしら?』

 

『はい! ただいま…ってあだぁ…!』

 

『ちょっ! 多代子大丈夫って…? なんじゃこりゃあー!』

 

 

 お客さんに運ぶ紅茶をテーブルに持って行こうとした時だった。

 

 多代子がいきなり転倒し、心配した真沙子が厨房から顔を出すとそこには…一面に広がる氷の床が…!

 

 そう、なんと! 真沙子が開けた窓から外の冷気が流れ込み、それにより床が凍りついてしまったのだ!

 

 しかし、レストランに居るお客さんは個性派ばかり。

 

 イタリア料理を頼んでいた黒リボンで結んだ銀髪ドリルツインテールの女生徒は不満げにこう声を上げる。

 

 

『おーい! 私のパスタはまだかー!』

 

『ちょっと! カチューシャのショートケーキはまだなの!? 早くしないとシベリア送りにするわよ!』

 

『…早くしないと紅茶が冷めてしまう…冷たい紅茶は美味しいとは言い難いわ』

 

『せっかくタダ飯を食べに来たのに、お腹が減ったねアキ』

 

『料金を払う事も選択肢に入れようよっ!? ってかクレーム入れるの間違ってるよ!ミカ!』

 

 

 それに続けとばかりに噴出していくレストランのお客さんの声。

 

 これではまずい…営業どころの話ではない。どうにかしなければ…。しかし、こんな風に凍りついてしまった床では滑って怪我をしてしまう。

 

 ん…滑って…。

 

 ここで立江は閃いた! そうだ! レストランを滑り料理を運べれば!

 

 そして、偶然にもこの店にはスケート仕様にしてあるT-34/85とスケートシューズがなんと店奥に置いてあるではないか!

 

 そんな時だった。立江達の前に黒髪のブリザードと金髪のロシア人美少女が現れる!

 

 

『タツエ、待たせましたね』

 

『Добрый вечер』

 

『あ、あんた達は! まさか!?』

 

 

 そして、その困難に挑むウルトラマンとは一体何者!?

 

 謎が謎を呼ぶ年末年始! ウルトラマン達の新たな挑戦が始まる!

 

 ザ・ウルトラマンパンツァー!

 

 氷の上で戦車を滑らせながらレストランのお客様に料理を配膳出来るのか!?

 

 

 次回に続く!

 

 

 



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時御流戦車道始動(二年生)編
アンツィオの奇策


今回は平行して書いていた本編になります


 

 アンツィオ高校、戦車演習場。

 

 アンチョビが仕掛けた罠に対し、繁子達は真昆布から採れるアルギン酸で対抗し、現在、アンツィオ高校の分隊に向けて進撃を繰り広げていた。

 

 アンツィオの分隊はその繁子の追撃を振り切ろうと必死の逃走を試みていたが…。

 

 

「機動力と小回りが利くケホとホニの挟撃か…」

 

「あれは効くね…、現にアンツィオ高校の分隊が更に分散しつつあるし」

 

「あぁ、しかもそこにホリ、四式の狙い撃ちだ」

 

 

 そう話しながら試合を繰り広げる繁子達の戦法や戦い方を分析する姉妹。

 

 以前に増して組織された知波単学園に正直、度肝を抜かれた。時御流だけの連携では無い、各個人での状況判断、そして、何よりも立ち塞がる障害を超えてくる自力。

 

 試合を見ていて、アルギン酸を持ち出すなんて事は彼女達にも予想だにしない事だった。

 

 これが時御流。

 

 初めて繁子の戦車道を目の当たりにした姉妹の妹はかつて見た城志摩 繁子という人物に対する尊敬の眼差しが一層強くなった。

 

 

「強いね、しげちゃん」

 

「みほ、来年、勝つ自信はあるか? アレに」

 

「正直な話。穴さえ見つければと思ってたけど、そんな穴さえすぐ修復してきそうだし…」

 

「まぁ、そうなるな」

 

 

 その言葉に納得したように頷く姉。

 

 確かに、彼女達が使う流派が『隙を生じぬ二段構え』だったとすれば、繁子達の使う流派。時御流は言わば、

 

『隙を突かれようが五段備え』

 

 なのである。下手に穴を突いた策を講じたところでその策を上回る打開策を打ち出してくる。

 

 

「黒森峰の電撃戦なら、向こうが策を講じる前に潰せそうな気もするけれど…」

 

「それは去年もやったさ、けど、その結果、追撃の最中にカモフラージュした知波単学園から不意打ちを喰らい戦車を失った挙句、足留めをやられてね」

 

「…しかも、足留めをやられたせいで試合の序盤に分かれていた分隊に本隊が合流して待ち構えられた…」

 

「そうね、…しかも、今回の試合を見る限り、来年はウチの戦術に対抗してくるだろうしね」

 

「気を引き締めないとやられちゃうね」

 

 

 妹のみほは試合を眺めながら姉のまほにそう告げる。

 

 確かにみほの言う通り、この知波単学園の試合の運びを見る限り来年の戦車道全国大会に対して危機感をまほは感じる。

 

 

(みほを連れてきて正解だったな。確かにこの試合を見る限りしげちゃん達はまた一つ強くなってる)

 

 

 アンツィオとの試合は中盤、だがまほが見る限りでは、少なくとも以前に比べ格段に知波単学園の戦車の動きが連携が取れたそれに変わってきている。

 

 アンツィオの分隊が防戦一方、このままでは全滅するのも時間の問題だ。

 

 アンツィオの分隊を失えば、この戦力がアンチョビ達の前にそのまま立ち塞がる訳だ。

 

 

「これはマズイぞ、非常にマズイ」

 

 

 その事を一番理解していたのは隊長であるアンチョビである。

 

 戦力差も考えれば、アンツィオが勝つにはこの分隊を叩かれればほぼ絶望的だ。

 

 アンツィオがしようとした機動力での撹乱戦術も、敵の機動力を落とすために敷いた泥道を軽々と開拓して越えてくるあたり知波単学園の機動力はおそらく衰えてはおらず策は破綻したと言っていい。

 

 

「向こうにはホリ、四式、チヌが居たな…。ウチの戦車じゃ歯が立たないどころの話じゃないぞ」

 

 

 そう言ってアンチョビは深刻な表情を浮かべる。

 

 戦車の火力を考えれば向こうが上。だが、打開策はいろいろと考えてはいた。しかし、これらは全て向こうの機動力を割いた前提での策ばかりだ。

 

 カモフラージュの戦術、もしくは奇策は時御流の十八番。

 

 その事は十分、把握していたつもりだったがまさかここまでやるとは思いもしなかった。

 

 

「ドゥーチェ、どうします?」

 

「………………………」

 

 

 アンチョビは考えていた。

 

 仲間を切り捨て、体制を立て直す策を出すか、援軍として合流し繁子達と対峙する道を取るべきか。

 

 どちらにしろ、出鼻を挫かれた今の時点で負けが濃厚だ。

 

 だが、ただで負けたとあってはアンツィオ高校らしい戦車道ができたとは言えない。

 

 

「…そうだ、あれなら」

 

「ん?」

 

「仲間と合流後、機動力を活かし撤退を行うぞ。目的地はまた指定する」

 

「何か閃いたんですか?」

 

 

 急なアンチョビの言葉に目を丸くするアンツィオ高校の女生徒。

 

 この状況、策が果たして成功するかと言われればおそらくは限りなく厳しい成功率だ。しかし、この手なら一泡吹かせる事もできる。

 

 アンチョビは繁子のように悪戯めいた笑みを浮かべると静かにこう告げた。

 

 

「あぁ…、いい策、私達らしい策さ」

 

 

 アンツィオ高校隊長。アンチョビ。

 

 彼女は中学校の時にアンツィオ高校から推薦で呼ばれた戦車道のスペシャリストだ。どんな状況であってもその事実は変わらない。

 

 実力は備わっている。窮地ならば尚更燃えるのが彼女だ。

 

 

 一方その頃、

 

 泥の道をアルギン酸で切り抜け。アンツィオ高校の分隊に勢いよく攻勢を仕掛けた繁子達はというと追撃戦を行なっていた。

 

 アンツィオ分隊からの多少なりの抵抗があるものの、知波単学園とアンツィオ高校との戦車の質は歴然としている。

 

 

「追い込むんなら…右やな」

 

「了ー解!」

 

「くっそー! また退路を断たれた!」

 

「四番隊被弾! …ごめんなさい!」

 

「今はともかく退くしかない! 本隊に合流しないと物量で潰される!」

 

「ひぃ!? ご勘弁をー!」

 

 

 右へ左へ、揺さぶりを掛けながら逃走するアンツィオ高校のL3。

 

 小さな小回りを利かして、繁子達からの砲撃から逃れようと試みてはいるものの、まるで、扇動されるように次から次に戦車が削られていく。

 

 このままでは本隊に合流する前に力つきる事は明白であった。

 

 3輌は少なくても交戦して既に今の段階で削られている。

 

 そんな時だった。アンツィオの分隊を率いていた分隊長の戦車にアンチョビから通信が入る。

 

 

『分隊長、聞こえるか?』

 

「ど、ドゥーチェですか!? …このままじゃ分隊が…」

 

『わかってる。今から指定のエリアを送るからその位置まで奴らを引きつけろ』

 

「!? …な、何か策が…」

 

『ちょっとした嫌がらせだ! いいから向かえ!』

 

「はいっ!?」

 

 

 そう言って、元気よく返事を返す分隊長。

 

 まだ負けてはいない。アンチョビの声を聞いた分隊長はそう感じた。何かしらの打開策を自分達の隊長は考えついている。

 

 分隊長はその事を確信したのか、通信を通じで全体にアンチョビが指定したエリアを伝達した。

 

 そして、その異変はすぐに…。

 

 

(…ん? …動きがなんか変わったか?)

 

 

 繁子が勘付いた。

 

 今までの逃走や撤退の動きとは異なるそれに繁子は顔を顰める。なんとも言い難い違和感のようなものを感じた。

 

 

「立江、なんかおかしゅうない?」

 

「…ん、しげちゃんもそう思う?」

 

「さっきと動きがねぇ…」

 

「私もそう思った。どうする? 追撃戦」

 

「いや、ここで叩いとかな面倒やからな続行はする…。けど…」

 

「警戒は必要ね、何してくるかわかったもんじゃないから仕方ないね」

 

 

 そう言いながら互いにインカムでやり取りをする四式に乗る繁子とホリに乗る立江。

 

 異変にはどうやら立江も気がついているようであった。動きがやたらと不自然になってきている。

 

 アンツィオ高校のホームグラウンドであるこの演習場。確かにこの場所の地理は自分達よりもアンチョビ達の方が知り尽くしている。

 

 そしてその異変はすぐに形となって繁子達の前に立ち塞がる事になった。

 

 浅い高さの川が流れる橋まで追撃し、その橋に一列に並んで差し掛かるその時だった。

 

 繁子は目を見開いて声を上げる。

 

 

「…っ!? 不味い…! 全車停車ぁ!」

 

「え!」

 

「何?…ど、どうしたの」

 

 

 繁子の掛け声に反応し、声を上げる知波単学園の女生徒達。

 

 しかし、その時は既に遅かった。

 

 浅い高さの川に掛かる橋に乗っていたホニIIIの足場が一気に崩れたのだ。

 

 これはやられたと繁子は痛感した。

 

 橋から落ちたホニは横転。さらに橋は渡れなくなり、向こう岸からアンツィオの戦車が主砲を向けてこちらに砲撃を撃ち込んでくる。

 

 すぐさま後退する知波単学園の全車。

 

 素直に繁子はやられたと思った。そう、あの橋…。アンツィオのL3は難なく通過し自分達の追撃を振り切る事が出来た。

 

 あの橋に差し掛かる直前になって繁子は気がついたのだ。その橋の作りを。

 

 あまりにも、橋にしては木板が不自然なものが多かった。そこから長年、橋を作ったりしたこともある繁子の推測からすると。

 

 

「やられたっ! 重量か…」

 

「しげちゃん! ホニがっ!」

 

「わかってる! もうこの橋は使えへん。回り道するでひとまず迂回や! ここにおったら良い的になってまう!」

 

「わかった!」

 

 

 橋がL3の重量でしか渡れない仕様になっている。

 

 つまり、L3の戦車以外の重量のホニ、四式、チヌ、ホリ、四式では鼻からこの橋は渡れないように細工してあったのだ。

 

 もし、あれがホニでなくフラッグ車である四式であったなら…。

 

 その時点で勝負が決していた。L3という軽戦車を活かした見事な戦術。

 

 

「アンチョビ…やりおるな…」

 

「本隊は橋の向こう側ね」

 

「こちらに橋の向こう側から砲撃を仕掛けてくるのを見るとそうやろな」

 

 

 繁子はすぐさま迂回ルートで戦車を走らせながらホリに乗る立江と話をする。

 

 こちらは今回、待ち構えるのではなく仕掛ける側。策は退いて待ち構えているアンチョビ達の方が敷いてくるに違いない。

 

 では、どうするのか? ホニを1輌失った時点で攻め方をテコ入れしておかなければならない。

 

 

「んー…だったら、あれ使ってみるか」

 

「…? アレって?」

 

「それはね」

 

 

 そう言って、繁子と立江の話を聞いていた真沙子はゴニョゴニョと同じホリに乗る立江に耳打ちをしはじめる。

 

 そして、真沙子の話を聞いていた立江は笑みを浮かべ静かにこう呟いた。

 

 

「良いわね、それ…」

 

「でしょ? これなら」

 

「ん? なんや? なんの話なん?」

 

 

 二人のコソコソ話に首を傾げる繁子。

 

 何かしら思いついたらしいが、繁子にはイマイチ理解出来ない。立江はにこやかな笑みを浮かべ、ホリから繁子にこう告げた。

 

 

「しげちゃん、とりあえず今回は私らに任せてくんない?」

 

「え? ま、まぁ、なんか考えがあるなら別にかまへんけど…何する気や?」

 

「それは見てのお楽しみー」

 

 

 作戦を互いに共有した真沙子と立江は繁子にそう告げると新たに本隊から分隊としてホニを2輌貸し出してもらうことにした。

 

 ホリ1輌、ホニ2輌。

 

 果たして、立江と真沙子はこの戦車を使って一体何をするつもりなのか?

 

 

 それは次回! 鉄腕&パンツァーで!

 

 



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まず木から作ります

 

 さて、なにやら策ありと本隊である繁子達と別れた分隊の立江と真沙子の二人。

 

 その二人は、戦車演習場を走りながら、その思いついた秘策について改めて話し合いを行なっている最中であった。

 

 橋を落とされ、ホニを1輌失った現在の状況を打開する策とはいかなるものか?

 

 真沙子の話に耳を傾けた立江はこうしてホリ車で移動している最中、発案者の松岡真沙子にこう問いかけた。

 

 

「で、あんたが考えた策って奴は上手くいくの? 真沙子」

 

「こればっかはやってみないとわかんないわねー、ま、まずは準備準備」

 

「…何だか不安になって来たわ、私」

 

 

 そう言いながら、分隊として繁子達と別行動を取った山口立江と松岡真沙子の二人はアンツィオ高校の分隊が潜んでいるであろう向こう岸に別ルートで移動している。

 

 正直な話、分隊に別れた今の状況下、合流したアンツィオ高校に鉢合わせでもしようもんなら袋叩きにあう可能性が高い。

 

 そんなリスクを冒してまで真沙子に付き合う立江はその策について不安になるのも致し方ない事であった。

 

 

「地理的な意味でもウチらよりあっちさんが知り尽くしてるんじゃないの?」

 

「だろうなーとは思うけどね、多分リーダーがまた引きつけてくれてるなら隙はあるわよ」

 

 

 そう言いながら、ホリの車内にいた真沙子はごそごそとあるものを取り出し始める。

 

 取り出したのは長く丈夫なゴム。

 

 どうやら、今回の作戦ではこのゴムを使うようである。しかし、こんなゴムが一体どんな作戦に使えるというのだろうか?

 

 真沙子はそんな不安げな立江を他所に自信ありげな表情を浮かべていた。

 

 

「…それ上手くいくのかしら」

 

「大丈夫大丈夫、心配しなさんなアネェ」

 

「ゴムをねぇ…。んで? どうすんの?」

 

「あそこの木とか良いんじゃない?」

 

 

 真沙子は戦車から降りると丈夫な木をトントンと叩きながら立江に告げる。

 

 なかなか年季が入った丈夫そうな木だ。木の気持ちになればだいたい理解できる。この演習場の木は良質のものであるという事は二人の目から見ても明らかだった。

 

 大工歴数十年。山口立江と松岡真沙子の直感がそう告げている。良く加工するのに使用していたポプラの木と会話を交わした事がある二人だからこそできる芸当である。

 

 そう、今回の作戦。真沙子はあるものを作ろうと考えていたのである。

 

 

「スリングショットには持ってこいでしょ?」

 

 

 そう、それは巨大なスリングショットを作ろうとしていたのだ!

 

 スリングショットとは、Y字型の棹をはじめとする枠構造にゴム紐を張ってあり、弾とゴム紐を一緒につまんで引っ張り手を離すと、弾が飛んでいく仕組みの道具である

 

 玩具としての簡易なものはパチンコとも呼ばれる。

 

 スリングショットは、牽引されたゴム紐に蓄えられた弾性エネルギーの大部分を、弾の運動エネルギーに変換し発射する。

 

 今回、真沙子が作ろうと考えているのはスリングショットの大型のもの。

 

 つまり、攻城兵器を作ろうという訳なのである。

 

 

「…いや、でもさー。戦車相手にスリングショットって…」

 

「そこで、このシュールストレミングの出番って訳」

 

「あー…。もう私、何するかわかっちゃった」

 

「そういう事」

 

 

 引き攣る顔の立江に意味深な笑みを浮かべて頷く真沙子。

 

 そう、今回作ろうと考えているスリングショットは対戦車の為の兵器などではない。その用途の意図は別にあった。

 

 それから分隊は各自、真沙子の指示の元それぞれの作業を振り分けてスリングショットの製造に取り掛かり始める。

 

 奇しくも何故か戦車の中には木を伐採するには困らない道具が盛りだくさん。

 

 どこにしまってあったのか、どうやって持ち込んできたのか? 彼女達が使う流派は時御流である為、そこは皆さまのご想像にお任せしよう。

 

 そして、木を伐採し、巨大なスリングショットを製作する立江と真沙子達。

 

 残念ながら今回は戦車道の試合中である為、その過程はダイジェスト版になってしまうがご了承願いたい。もう一度だけ、『戦車道の試合中である為』ご了承頂きたい。

 

 さて、そんなこんなで、木をノコギリで切り倒し、パーツに変えて組み立てていく知波単学園の分隊員達と立江達。その手際は手慣れたものでまさに匠と言っても遜色はないだろう。

 

 果たして彼女達は本当にただの女子高生なのだろうか? 謎は深まるばかりである。

 

 そうして、製作過程を全て終え、木製巨大スリングショットに立派な車輪を付けたところで一通りの作業が完了すると、その出来栄えを確認するように接合箇所を軽く金槌で叩いていく。

 

 その出来栄えを一通り確認したところで「フゥ」と一呼吸入れて立江は汗を拭った。

 

 

「ま、こんなもんでしょ?」

 

「いやー、やっぱり本業は違うわね」

 

「まぁね? 納屋ならもっとやる気出るんだけどね」

 

 

 そう言いながら、頭に巻いたタオルを外し綺麗な髪を梳かすように左右に首を振る立江に完成した木製スリングショットを見上げ立江の肩を叩く真沙子。

 

 その出来栄えを見た分隊の者達もその匠じみた出来に目を輝かせ拍手を送りつつ、作業過程を終えてハイタッチを交わす者達もいた。

 

 どこの世界に戦車道の試合中に攻城兵器を作り上げる頭のおかしい連中がいるのか。

 

 いや、居るのだ。しかも、それが知波単学園では普通になっているあたりもはや手遅れなレベルだろう。

 

 

「そんじゃ、後はこいつを紐かなんかでホリに引っさげて、引っ張って行けばいいわね」

 

「とりあえず敵の場所はわかってるのかしら?」

 

「さっきの橋が崩れた場所でまだ交戦中だってさ、しげちゃんから連絡あった」

 

「あれから結構時間も経ってるし…。本隊もそこで合流して交戦に加わってるわよね? 流れ的に」

 

「あ、なら、今なら横槍いけんじゃない? これ?」

 

「名案じゃん」

 

 

 そう言いながら、真沙子は立江の言葉を聞いて悪戯めいた笑みを浮かべていた。そう、繁子はあの場所で退くどころか、今の今まで敵を釘付けにしてくれていたのだ。

 

 あの状況下では、ホニが目の前で橋から落とされたトラップに動揺した味方を立て直す為に一度退くのが定石だし、回り道して対岸に向かえば良い。

 

 現に繁子はその作戦で行くつもりであった。

 

 しかし、迂回策を取ろうとした繁子は真沙子の策に乗る事にした。

 

 よって、アンツィオの分隊が居る対岸に渡る事なく、分隊に別れた後にまたあの場所に引き返し、アンツィオ高校を釘付けにする為に局地戦に持ち込んだ訳である。

 

 幸運だったのはアンツィオの分隊があの橋が落ちた対岸にて、アンチョビのいる本隊と合流する段取りをつけていてくれていたところだろう。

 

 引き返して、本隊と合流する時間の間、再びその場所で繁子は分隊と遭遇し、交戦する事が出来た。

 

 

「おらー! やったるで! かかってこんかーい!」

 

「げぇ!? も、戻ってきたよ! あの人達!?」

 

「橋が落ちてるのになんで戻って来んのよ! ドゥーチェは!?」

 

「あと数分程度でこちらに着くって!」

 

「くっそ、仕方ない! 応戦するわよ!」

 

 

 そう言いながら、再び現れた繁子率いる本隊に照準を合わせるように全体に通達するアンツィオ高校の分隊長。

 

 アンツィオ側としても回り道してもらう事を前提に考えていたし、この繁子の取った行動は想定外の出来事であり、予想しなかった事だ。

 

 しかし、予想だにしなかった事であっでもむしろ助かったと、この時、アンツィオ高校の分隊長は考えていた。

 

 近接な戦車戦になれば、軽戦車で編成されたアンツィオはかなり不利だ。その分、こうやって遠距離からの局地戦にしてくれる方が策を練りやすいしやり易い。

 

 撃破の確率も距離が離れている分、低くなる。アンチョビと合流するまでここにあの本隊を留めておく方が得策だとこの時、アンツィオ高校の分隊長は思っていた。

 

 だが、この判断は逆に言えば真沙子達には大チャンスである。

 

 向こうはおそらく、知波単学園本隊と交戦して分隊に別れている事が把握できていない。いや、できる状況にはなかった筈だ。

 

 

「敵との距離は…?」

 

「あと数キロ程度で射程に入るかも」

 

「それじゃその数メートル前でスリングショットを分離させるわ」

 

 

 カモフラージュした少数分隊に別れた今なら対岸に真沙子達がいる事は知られる事はない。

 

 ごく自然にカモフラージュで森林に溶け込み、森の間から獲物を狙う。これがすなわち猟師の基本中の基本、寒い北海道の地で学んだ事のある先人達の知恵である。

 

 熊を倒す為、寒い中であってもその基本を忘れては命取りになる。真沙子はマタギの人にそう習った事を思い出していた。

 

 

「マタギのおっちゃん! 見ててね! 私やるからね!」

 

「…今更だけど、真沙子と立江の本職ってなんなの?」

 

「漁師と、大工と…。えーと、板前でしょ?」

 

「女子高生なんだよね…っ?女子高生なんだよね…っ!?」

 

「普通の女子高生の口からは普通にマタギなんて言葉は出ないよ…」

 

 

 そう言いながら、北海道にいるであろう歴戦のマタギのおっちゃんに固い誓いを胸に秘めた真沙子の言葉に顔を痙攣らせる知波単学園の同級生達。

 

 確かに彼女達の異様な第一次産業と自然に生きる生き様にはもう馴れていたつもりだ。いや、つもりだった。

 

 残念ながら、時御流は奥が深いのである。

 

 今回、まだまだ彼女達には経験値が足りていない事をまざまざと思い知らされる事になってしまった。

 

 

「それじゃ行ってみよー! スリングショット用意!」

 

「よーし! 波動砲! 発射準備完了!」

 

「目標! 頭にドリル二本引っ付けたアンチョビ!」

 

「あのドリルならどこまで掘れるかなー。工事現場に一人は欲しいわよね」

 

「あれ髪型だからっ! オシャレな髪型にしてるだけだからやめたげてぇ!」

 

 

 そう言いながら、真剣に工事現場について語り出す立江にそう告げる知波単学園の同級生。

 

 時御流なら仕方ない。ドリルと聞けばだいたい工事現場になってしまうのが性である。

 

  それを実用化できるのかどうかを真剣に考えている立江の様子からその事は理解していただける筈。

 

 さて、後は分隊にアンチョビ率いる本隊が合流するのを待つばかりだ。

 

 その瞬間、この攻城兵器スリングショットの弾に選ばれた超絶強烈な人類の嗅覚を死滅させる化学兵器が牙を剥く事だろう。

 

 少なくとも立江は先日体験したとこからそう感じた。あれはもはや兵器である。直撃したらえらい事になる事請け合いだ。

 

 少なくとも、目標に近い半径数百メートルが阿鼻叫喚と化す事になるだろう。

 

 現に知波単学園の車庫はそうなった。しばらく東浜さんがトラウマになって涙目になりながらお風呂に入っていたのは記憶に新しい出来事である。

 

 

「さぁ、さぁ、さぁ! あの場が地獄と化すのが楽しみね!」

 

「来い! アンツィオ! そして死ぬがよい!」

 

「…ほんと二人っていい性格してるよね〜」

 

「いつにもなく楽しそうでなにより」

 

 

 そう言いながら、邪悪な笑みを浮かべている立江と真沙子を見て若干引き気味の知波単学園分隊員一同。

 

 死にはしないが壊滅的なダメージを受ける事は不可避だろう。知波単学園分隊員一同はこの時だけは、年頃の同じ女子高生としてアンツィオ高校の可憐な女子高生達の幸運を祈るばかりであった。

 

 少なくともこれから起きることが予想できる彼女達にとっては大量のクリーニング代という嫌がらせ的なダメージをアンツィオ高校が受ける羽目になるだろうと予想ができた。

 

 

 さて、果たして、山口立江と松岡真沙子が取った対攻城兵器スリングショットの破壊力はいかに!

 

 その続きは…!

 

 次回の鉄腕&パンツァーで!



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楽器よりも大切なモノがある

 

 こちらはアンツィオ高校本隊。

 

 分隊の救援に向かったアンチョビ率いるアンツィオ高校の戦車隊である。

 

 現在、交戦中の報を聞いたアンチョビは戦車を走らせ、その視界に繁子達と交戦している分隊の姿を肉眼で確認していた。

 

 状況的にはまだ、撃破された車輌は見当たらない。どうやら間に合ったようである。

 

 

「よし! 間に合ったな! 我らも合流し加勢するぞ!」

 

「ドゥーチェに続けー!」

 

 

  アンチョビの登場により、士気が上昇するアンツィオ高校。

 

 繁子達と交戦中の分隊としてもその光景は心強く、ここからアンツィオ高校の反撃に転ずるタイミングだと誰もがそう思った。

 

 そう、観客もアンツィオ高校もこの時はそう思っていたのだ。この時までは。

 

 

「スリング砲! 発射!」

 

「撃てぇー!」

 

 

 その瞬間、アンツィオ高校に向けて放たれた食料兵器。

 

 マスクをして完全に防臭対策をした知波単学園の女生徒達が作り上げた攻城兵器スリングショット。

 

 悪臭を放つそれは勢いよくスリングショットから放たれると真っ直ぐにアンツィオ高校のフラッグ車輌に直撃した。

 

 

「よーし! 目標命中!」

 

「な、なんだっ!? なんだ今の…って…ゔぐっ…!? 臭いッ…!?」

 

「次弾!装填準備!」

 

「了解しました!」

 

 

  そう言って、スリングショットにシュールストレミングを再び装填しはじめる知波単学園の分隊員。

 

  シュールストレミング弾が直撃したアンツィオ高校はと言うと、フラッグ車輌から放たれる悪臭にアンチョビをはじめとした女生徒達の表情がだんだんと険しくなっていっていた。

 

 

「なんだこの匂い…っ! ゔ…っ! 酷い匂いだ…っ」

 

「吐きそうっ!? …臭い!」

 

「ケホケホ…! ドゥーチェ! 換気の許可を…」

 

「戦車だぞ! 換気なんて限られてる!」

 

 

  そして、フラッグ車輌に放たれたシュールストレミングに続けとばかりに、次から次へとスリングショットからアンツィオ高校の車輌に向けてセットされたシュールストレミングが発射された。

 

 その匂いは言わずもがな強烈の一言。

 

 そして、アンチョビが言う通り、匂いを分散させるための換気なんて手段は戦車に乗る以上、限られている。

 

 その機を見た立江と真沙子は今だと言わんばかりに奇襲に転ずる。

 

 

「さぁ! 残りはついてきなさい! 目標! アンツィオ高校フラッグ車輌!」

 

「よっし! 待ちに待った突撃だー!」

 

「知波単学園お家芸の力! 見せてやる!」

 

 

 そして、いきなりのシュールストレミング飛来に動揺しているアンツィオ高校に向けて、突撃を敢行する立江達。

 

 立江達の乗るホリに追従するホニは左右から砲撃を放ちつつ、アンツィオ高校へと襲いかかる!

 

 いきなりの奇襲と酷い匂いに動揺するアンツィオ高校。アンチョビと言えどもこの状況をいきなり立て直すことは非常に困難だ。

 

 

「…っ!? 隊長!」

 

「くっ…! ひとまず応戦しろ! 立て直しはそれからだ!」

 

 

 応戦するという選択肢しか取れない。

 

 合流したばかりのこの時に仕掛けられたことが一番やり辛い状況であった。連携を取り直す事はまずできない。

 

 それならば応戦しつつ、陣形と立て直しを図ることが最良の判断だ。少なくともアンチョビはそう思っていた。

 

 そう、それは間違いない判断だ。それが、『普通の相手なら』の話だが…。

 

 このアンチョビが相手にする戦車隊の指揮を執るのは戦車強襲競技でも、少数で撹乱し敵を倒すことに長けたスペシャリスト。

 

 プラウダ高校、『ブリザードのノンナ』と並び評される狂犬。

 

 戦車強襲競技、および、戦車道に通ずるものならその名を聞けば震え上がる知波単学園現副隊長。

 

『ハリケーンの立江』である。

 

 

「ホニ、フラッグ車周辺の左右翼の敵に砲撃! その後、煙幕を放ち、分隊長の首を取りに行きなさい! 私が許可する!」

 

「了解! 副隊長はどうすんの?」

 

「決まってんでしょ、本丸狙い」

 

「あいよ、ご武運を!」

 

 

 そう言って、ホニに乗る知波単学園の生徒達は別れて立江の指示通りにL3を次々に撃破していく。

 

 至近距離からの砲撃に加え、質量差でもホニの方が上、さらに、練度、性能さえその差はどうやってもL3とホニでは埋まらない。

 

 だが、機動性ならば、軽戦車であるL3が上な筈だ。油断は決して出来ない。

 

 立江は気を引き締める。機動性を持つ戦車が主戦で多量に使われている今、ここで取り逃せば、後々、面倒な戦いを強いられる可能性だってでてくるのだ。

 

 立江は仕留めるつもりで、ホニ2輌へと巧みに指示飛ばし、L3を確実に削ってゆく。

 

 そして、連携攻撃を受けた分隊と本隊のアンツィオの軽戦車L3部隊はそんな、知波単学園が扱うホニの勢いに任せた攻勢に後手後手に回る。

 

 

「分隊長! これ以上は…!」

 

「後方の向こう岸からは更に火力を増した砲撃が来てます! これ以上は退けません!」

 

「クソォ! ドゥーチェと合流したというのに! これから…」

 

 

 巻き返しを図るつもりだったと言いかけて、分隊長の乗るカルロ・アルマートの車体はホニの放った主砲により沈黙してしまった。

 

 油断していたわけではない、知波単学園を侮っていたわけなど決して無い。

 

 だが、手際と詰み方が知波単学園は見事であった。

 

 以前にも増してその組織力は強力になっている。

 

 何よりも隊長が遠くにいながらも独自の動きをとりつつ、二輌のホニに乗る車長が状況に合わせ、周りと連携を擦り合わせる戦車の動きを見せていた。

 

 この場に城志摩 繁子という隊長が不在であったとしても、隊員達は独自で互いに連携を取り合い、ホニを駆る。その姿を見ても戦車道全国大会とは全く別のチームだと言わざる得ない。

 

 観客席からは歓声が上がる。

 

 たった3輌の戦車がアンツィオのL3を蹂躙する。山口立江の大立ち回り、まさにそれは…。

 

 

「台風のようね、また強くなってる」

 

「…お姉ちゃん、あの戦法…」

 

「あれが、しげちゃんの相棒の山口立江だ。よく覚えておいた方がいいぞ、みほ」

 

 

 そう言って、観客席から山口立江の大立ち回りを見守る西住姉妹。

 

 山口立江、時御流の参謀と高い指揮力を兼ね備えた城志摩 繁子の右腕。どんな時も仲間と共に繁子を支えてきた存在。

 

 確かに強いと、素直に西住流、西住みほはそう感じた。型に嵌った戦い方ではない、本能の赴くままに敵戦車を屠る様は圧巻の一言に尽きる。

 

 

(…まるで、そう、狼のような戦い方。あの戦い方からは隠しきれない獰猛さを感じる)

 

 

 西住みほはその率直な感想を内心で呟く。

 

 プラウダと聖グロリアーナの試合は観ていたが、西住みほはこのような戦車道、戦い方を見たことがなかった。

 

 これが、原点が戦車強襲競技として磨かれ鍛え上げられた城志摩繁子達の戦車道。

 

 時御流という流派である。

 

 餓狼という言葉がこの時の山口立江とその周りにいる戦車隊を表現するには適したものだった。

 

 

「付け焼き刃の連携なんかじゃない、研ぎ澄まし、鍛錬の中で磨いたそれは一つになり体現される。圧倒的な集団的戦法術。…驚いたわ…たった3輌の戦車の立ち回りを見ただけでわかる。以前の知波単学園とは全く別物」

 

 

 観戦していたダージリンは紅茶の持つ手が心と同調するかのように震えていた。

 

 東浜雪子、直伝の連携技。

 

 その連携は敵を寄せつかせず、まさに、台風の如き勢いを見せる。山口立江の大立ち回りはうっすらと東浜雪子の面影を感じさせられた。

 

 戦い方がまさに一つの生き物のように纏まっている。その証拠にアンツィオ高校の分隊が手も足も出ていない。

 

 ホニとL3という戦車の性能差は確かにあるだろう。だが、そうであったとしても山口立江の指示のみでなく、独自的で独創的な知波単学園の分隊の連携はどの学園や高校でも見受けられないような異質なものであった。

 

 ホニを引き連れた立江はいよいよ大詰めに取り掛かる。

 

 大工でも同じ、建物を建てる時は仕上げるまでが一番大切だ。大工歴の長い職人。山口立江は最後まで手を抜かない。

 

 

「アンチョビ! 覚悟ッ!」

 

「クソ! 迎え撃てぇ!」

 

 

 後がなくなり、これ以上、退く事はアンチョビにはもうできなかった。

 

 後方には浅谷を越えた向こう側から構えられた山城に乗る繁子達の主砲がこちらに向いている。今は遠距離とはいえど、後退すれば向こう側にいる戦車群の主砲の間合いに入る事は間違いないだろう。

 

 だからこそ、彼女は敢えて迎え撃つ策を打ってでた。

 

 立江を迎え撃とうとするアンチョビのセベモンテ、そして、それに立ち向かう立江のホリ。

 

 そして、ここで立江の大立ち回りはクライマックスを迎える。それは、一瞬の出来事であった。

 

 

「アンチョビ! あんたに足りないものはね!」

 

 

 そう告げる立江は戦車から合図の信号弾を打ち上げる。

 

 策を用いるは今、未完成ながら東浜雪子から学んだ連携技は魅せた。ならば、次は時御流の真骨頂を見せる時である!

 

 そう、山口立江の何よりも大切にしているものがある。それは、アンチョビが持っていないもの、その名は。

 

 

寸 胴 だ !

 

 

 その瞬間、森に設置してある攻城用スリングショットから放たれたアルミ製の寸胴鍋がアンチョビのセベモンテへと飛来する。

 

 そして、立江はそれを見るとニヤリと笑みを浮かべた。

 

 寸胴鍋、その中にあるものは大量のシュールストレミング。そして、そのセベモンテに鍋が直撃した瞬間、アンチョビの表情が曇った。

 

 

「うぐっ…! 鼻がぁ!」

 

「今よ! 撃てぇ!」

 

「あいよ!」

 

 

 一瞬の隙を立江は見逃さない。

 

 寸胴鍋に込められたシュールストレミングの強烈な匂いに怯んだアンチョビは構えた主砲発射の指示を飛ばすのが遅れる。

 

 主砲の指示の遅れは生死を分ける。戦車道においてそれは常々、立江達は明子、そして、東浜雪子から聞かされていた。

 

 よって、立江達が今回用いたこの策はアンチョビの指示を遅らせた事と更に士気を落とすという。見事に二つの要素を成した事になる。

 

 松岡真沙子発案。スリングショット策がここに成った。

 

 砲手の真沙子に指示を飛ばし、セベモンテに向けたホリの主砲を発射させる。

 

 ズドンッ! という轟音と共に放たれた弾頭はまっすぐにアンチョビが乗るセベモンテへと飛んでいく、そして…。

 

 

 その弾頭が吸い込まれるように着弾すると共に、セベモンテは数メートル後退し…。

 

 

 

『アンツィオ高校! フラッグ車! 行動不能! よって勝者…! 知波単学園!』

 

 

 

 白旗が上がった。

 

 その瞬間、勝敗のアナウンスが流れる。時御流。山口立江の寸胴鍋による最後の策がここに成った。

 

 シュールストレミングの強烈な匂いがアンツィオ高校戦車演習場にあちらこちらに広がる中。

 

 練習試合の勝利を収めたのは…。

 

 新たな戦車道を開拓した『寸胴鍋の魔術師』副隊長、山口立江と隊長、城志摩 繁子が率いる知波単学園だった。

 



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テルマエ・ロマエ!!

 

 

 アンツィオ高校との試合を終えた繁子達。

 

 蓋を開けてみれば、やはり、知波単学園の戦車道が猛威を奮い圧倒した試合内容にも見えた。

 

 アンツィオ高校も繁子達に対して劣る戦力の中、策を模索し知波単学園を打倒すべく全力で挑みそれなりの力を知らしめてきた。

 

 互いに全力で戦った今回の練習試合。新たな可能性を感じさせ、また、得るものも互いに多くなった実りのあった練習試合だったと言えるだろう。

 

 しかし、残された課題は多い、連携も改善の余地が多々あり、ホニをあの橋で1輌交戦前に撃沈させられている。

 

 

「あの判断ミスは頂けんね…。これ東浜さんに絶対怒られるやつやで…」

 

「げきおこぷんぷん丸だよ、多分」

 

「そんな可愛いレベルなら良いんだけどね…。ま、まぁ、試合は見に来てないみたいだし? みんな口裏合わせでとりあえず交戦して1輌死んだって言っておきましょ」

 

「「「さ、賛成ー」」」

 

 

 異議を唱える者は居なかった。

 

 いや、皆が大方、把握していたのだ。そんな報告を挙げて東浜雪子を怒らせたらどうなるかを。

 

 正直に話すより、時間をできるだけ先延ばしにしよう作戦というわけである。

 

 ホニが1輌ロストしたことについて聞かれたら全員で、すっとぼける算段で話をつけることにした。

 

 

「まぁ、説明の際は…」

 

「リーダーよろしく」

 

「なんでやねんっ! 嫌やー! ウチも怒られとうないもん!」

 

「とりあえず勝ったんだよね? 私達」

 

「…これは勝ったと言って良いものか」

 

 

 そう言いながら涙目になる繁子達を優しく見守る知波単学園生徒一同。

 

 東浜雪子のしごきが怖いのが目に見えてわかるので繁子達の心情を察する事は容易いが、勝ったのに勝った気になれないというジレンマには苦笑いを浮かべるほかなかった。

 

 さて、こうしてアンツィオ高校との練習試合も無事に済み、アンツィオも知波単学園も互いに浮き彫りになった課題を見つける事ができた。

 

 正直なところ、課題がある時点で東浜からしてみれば甘ちゃんというレベルなのだろうが結果としては勝利をものにする事ができた。

 

 新生、知波単学園の1勝目。

 

 これには、浮き彫りになった課題よりも皆が自信をつけるのには大きな意味があった。

 

 

「さぁ、イタリアと言えば!」

 

「テルマエだよね! やっほー!」

 

「親睦も兼ねて温泉三昧やね!」

 

「ねー、アンちゃん? テルマエ入ってもいいかな? 良いかな!」

 

「…そ、その前にこの臭くなった戦車を洗浄するのが先かな?」

 

「「「あ!?」」」

 

 

 そう言って、試合を終えて温泉に入ることを前提に話をしていた繁子達はアンチョビの言葉に固まる。

 

 それはそうだろう、目の前にはシュールストレミング塗れになった戦車達がずらり。強烈な匂いを放ちながらボロボロになって佇んでいた。

 

 これはひどい。それしか言葉が見つからない。

 

 表情を曇らせる繁子達。

 

 これは、洗浄にも手間がかかるし知波単学園、アンツィオ高校の生徒達全員で取りかからなくては終わらないだろう。

 

 

「誰よ、一体こんな風に酷いことをした奴は!」

 

「全く酷い奴らも居たもんだ! 私らなら絶対とっちめてやるのに!」

 

「いやいや…。あんたらやろ。シュールストレミングまみれにしたのは…」

 

「さっ…! 真沙子! さっさとこの戦車を綺麗にしましょう!」

 

「全くね! アネェ! 仕方ないなー。私らが協力してやるから感謝しなさいよね!」

 

 

 そう言いながらシュールストレミングを取り除き、アンツィオの戦車を綺麗にしはじめる真沙子と立江。

 

 そもそも、練習試合にも関わらずアンツィオ高校の戦車達をシュールストレミング塗れにしたのは紛れもなく立江達である。

 

 そして、この言い草。

 

 繁子は満面の笑みを浮かべ疲れた表情を見せるアンチョビに親指で立江達を示しながら爽やかにこう告げた。

 

 

「アンチョビ、こいつらホンマに一発殴ってええよ」

 

「…あははは、いや、大丈夫だよ。お気遣いありがとう。洗車を手伝ってくれるって言ってるし試合だったからね」

 

「でも…。あれ愛車やろ? ええの?」

 

「…んー、臭くなったのは頂けないが…。匂いは落とせそうだし問題は無いさ、戦車道の試合で起きた事だし気にもしてないよ」

 

「アンちゃん…。ほんと、ほんとに良い子だねっ…!」

 

「ちょっ…! 多代ちゃん! みんな見てるから!」

 

「女の子同士の友情…。泣かせるやないか」

 

「…リーダー! はい、これ!」

 

「うん、ありがと永瀬…。って、なんやのこれ?」

 

 

 この流れから普通に永瀬から何事もなく手渡されたホースに目を丸くする繁子。

 

 この場合、多分、ハンカチだと思うのだが何故か永瀬から手渡されたホースがしっくりきている。

 

 抱き合う多代子とアンチョビを他所に困惑した表情を浮かべているそんな繁子に、永瀬は満面の笑みを浮かべてサムズアップをするとこう告げた。

 

 

「リーダー流し担当ね!」

 

「ウチもやるんかーい! まぁやるけども! てか、この流れぶった斬るみたいにホース渡すのはやめんかいっ!」

 

「「「あははははは」」」

 

 

 自然と試合を終えた両校の生徒たちからは笑いが溢れる。

 

 顔は煤まみれだったり、タンクジャケットはボロボロになったりと散々ではあるものの、その表情には明らかに充実感のようなものがあった。

 

 確かに戦車はシュールストレミングまみれになってしまった。

 

 だが、この知波単学園が加わり。この匂いも数時間の時間を費やせば。

 

 

「ゔぇ…あー、鼻がひん曲がりそう」

 

「そこにある除臭剤取ってー」

 

「はーい、これ?」

 

「そうそう、あんがとねー」

 

 

 完全にとはいかないが、ある程度の匂いも落とすことが出来る。

 

 アンツィオ高校と知波単学園の学生達が協力し合えば不可能な事など無い。そんな、戦車道を通して培われた絆が目に見えるようであった。

 

 時御流とは絆を大切にする流派。

 

 これは、島田流、西住流にもない時御流だけにある強みでもあり、強力な武器である。

 

 さて、繁子達もアンチョビのセベモンテの清掃を済ませ、とりあえず綺麗になった車体を磨き上げて仕上げに入る。

 

 

「心を込めて磨きます」

 

「私の故郷、それは津軽海峡!」

 

「それでは聞いてください、津軽海峡雪げ…」

 

「何アホな事やっとんねん…」

 

「デデッデン♪デデデッデデン♪ だっけ?確か」

 

「アンちゃん、それ岬は岬だけど加賀岬だよ…」

 

 

 そう言いながら、モップをマイク代わりにして何かをしはじめた立江達に突っ込む繁子と全く違う岬を想像し、多代子に突っ込みを入れられるアンチョビ。

 

 清掃中に浮かれでもしたのだろうか? しかし、彼女達にとってみれば見慣れた光景である。

 

 さて、それから数時間が経過し、一通りの清掃が終わった。

 

 気がつけば、あんなに生臭かったセベモンテも綺麗になり、ほかのL3も新品のような光沢を放っていた。

 

 しかし、繁子達はボロボロで泥まみれである。それは、アンチョビ達も同様であった。

 

 

「うへぇ…戦車は綺麗になったけど…」

 

「ウチらはボロボロやね」

 

「あーん! お風呂入りたーい! テルマエー!」

 

「と、とりあえず皆、風呂に入ろう…。これでは食事どころじゃないからな」

 

「「「賛成ー!」」」

 

 

 そう言いながら、アンチョビの言葉に頷く、両校一同。

 

 皆、女の子である為、やはり匂いやボロボロになったタンクジャケットを着続けるのはかなり抵抗がある。

 

 年頃の女の子ならば当然だ。繁子達はすぐにアンツィオ高校自慢のテルマエへとアンチョビから案内してもらった。

 

 

「はやくはやくー!」

 

「永瀬ー! 走ると転ぶでー」

 

「うわ、ひっろー!」

 

「財政難ってほんとかな? お風呂綺麗じゃん」

 

「ふふん。イタリア人はお風呂と食事だけには力を惜しまないんだよ、多代ちゃん」

 

「…アンちゃん日本人だよね?」

 

「そんでもって、あんたら力を入れるとこ間違えてへんかな?」

 

 

 そう言ってドヤ顔を見せてくるアンチョビに冷静に突っ込みを入れる繁子と多代子の二人。

 

 さて、ここでアンツィオ高校が誇るテルマエを紹介するとしよう。

 

 手の込んだ内装。綺麗に広がる綺麗な石の床。

 

 更にかなり広い大浴場は皆が風呂に浸かるにはもってこいの広さである。ライオンのような石像からは綺麗な御湯が湯船に注がれ肌にも良さそうだ。

 

 他にもサウナや薬草風呂、電気風呂にそして、夜景やアンツィオの芸術的な学園が一望できる露天風呂とその風呂の種類は様々。

 

 職人が手を掛けて作り上げたテルマエ。アンツィオ高校自慢の風呂である。

 

 

「ほぁ…。でもドラム缶風呂は無いんだね」

 

「ドラム缶風呂は欲しかったなー」

 

「ドラム缶風呂が無いとかまだまだね」

 

「…このイタリア風な風呂にドラム缶が合うと思うのかお前達」

 

「今度、持ってきてあげようか?」

 

「持ち込む気か!? そうなんだな!? どんな頭してるんだお前ら!」

 

「ふぃ〜。いい湯だねー」

 

 

 そんな会話を交わしながら外にある露天風呂の湯船に浸かる繁子とアンチョビ達。

 

 これだけ手の込んだお風呂がたくさんあるというのにドラム缶風呂を要求する立江達にアンチョビも苦笑いを浮かべるしかない。

 

 次はお風呂を作ろうと考えているかもしれない。いや、彼女達なら十分にあり得るだろう。

 

 そんな時だ。露天風呂の扉が開き、繁子達が湯船に浸かっている露天風呂に足を踏み入れようとしている四人の影が…。

 

 

「わー、お姉ちゃん! ここ露天風呂あるみたいだよ!」

 

「さすがアンツィオだな、綺麗なテルマエだ」

 

「これがテルマエ。…ウチにもこれだけ立派なお風呂があれば良いのに」

 

「アンツィオに来たらいつもお風呂に入るわよね、ダージリン」

 

「あら? 淑女なら、お風呂が好きなのは当然じゃない♪ ね? 西住まほさん?」

 

「まぁ、訓練の疲れを癒す場だからな。風呂は綺麗で広い事は良い事に違いない」

 

 

 湯気でその姿を確認する事は出来ないが、なんだか聞いたことある声と名前だなと繁子は首を傾げる。

 

 そして、自然とワイワイと会話をしている声は繁子達に近づいていき、湯気が晴れると共に四人は繁子とアンチョビ、立江達の姿を確認すると目を丸くしていた。

 

 

「あら?」

 

「あ! しげちゃん!」

 

「しげちゃんもアンツィオのテルマエに入っていたのか。奇遇だな」

 

「んん?」

 

 

 繁子はそこで声を掛けられ、振り返るとそこには黒森峰女学園の西住まほと西住みほ。そして、聖グロリアーナ女学院のダージリンにアッサムがタオルを巻いて立っていた。

 

 その姿を見た立江は表情を曇らせて顔を引攣らせるという、わかりやすい反応を見せる。

 

 だいたい、まほとミカらへんが関わると繁子が彼女達から取られかねない事を把握しているのだ。

 

 右腕の自負がある立江からしてみれば面白い訳がないのである。

 

 そして…なんと今回は。

 

 

「…ん? も、もしかしてみぽりんか?」

 

「ふふ♪ しげちゃん久しぶりだね! あ、隣入っても良いかな?」

 

「あ、ええよ、ええよ! ふぁー、こりゃまた大っきくなったなー。ウチ抜かれとるやん」

 

「あ! みほ! ズルいぞ! しげちゃんの隣を取るなんて!」

 

「えー、別に久しぶりなんだから良いでしょ? お願いお姉ちゃん!」

 

「うぐ…。そ、そうだな…今回だけだぞ?」

 

「やったー!」

 

「なんだか一気に騒がしくなったな…」

 

 

 そう言ってアンチョビは入って来た西住姉妹とダージリン達に苦笑いを浮かべる。

 

 いや、賑やかなのは構わないのだが、まさか、名門校の二校のツートップにこの場で鉢合わせするなんて思いもしなかった。

 

 繁子も入れたらスリートップである。ここだけ見れば戦車道で敵無しの編成も組めそうだとアンチョビは素直にそう感じた。

 

 

「…立江さん、試合観ましたわ。見事ね、あの連携技」

 

「ん? あぁ、やっぱしあんたらも私らの試合見に来てたんだ」

 

「えぇ、要注意な学校だと考えてますからね。貴女達は来年の黒森峰と同等だとウチは考えてるわ」

 

 

 そう言ってダージリンは湯船に浸かりながらにこやかな笑みを浮かべ立江にそう告げる。

 

 試合運びも戦い方も見事であった。確かに以前の知波単学園とは違い連携や戦い方が更に上達している事は素直に賞賛に値した。

 

 東浜雪子の指導の賜物。ダージリンは羨ましくも更に磨きが掛かった時御流が強敵になり得ると再認識させられたのである。

 

 

「そりゃ光栄なことで、来年はしげちゃんを日本一の大将にするつもりだからさ。ウチらも」

 

「私達とプラウダを倒して?」

 

「ウチとしてはできれば共倒れしてくれたら嬉しいんだけどね」

 

「ふふ♪ 兎にも角にも来年が楽しみですわ」

 

 

 そう言って立江の言葉に笑みを浮かべるダージリン。

 

『ハリケーンの立江』。確かにプラウダにいるブリザードと同等かそれ以上の実力を持っている優秀な人材だ。

 

 リーダーである繁子に対する思いも強く、仲間達もまた、リーダーである繁子を中心に纏まり結束し深い絆で結ばれている。

 

 そして、ダージリンとの話を終えた立江は繁子の隣で居座るまほとみほに近寄るとこう告げた。

 

 

「てか! あんたら毎回毎回! ウチのリーダーに引っ付きすぎだってーの!」

 

「まぁまぁ、…みぽりんは久々の再会やし二人とも幼馴染みやから許したってや立江」

 

「ぐ、ぐぬぬ…っ」

 

「流石、しげちゃんだ。これも裸同士の付き合いって奴だぞ、立江」

 

「なら隣は私でしょ! まほりんズルイじゃん!」

 

「ならじゃんけんして決めよう」

 

「よーし! 言ったわね! 絶対負けないんだから!」

 

「アンちゃん背中流したげるー」

 

「本当か? なら多代ちゃんにお願いしようかな」

 

 

 そう言って、繁子の隣を巡り立江とまほの間でじゃんけんが勃発する中、多代子は風呂から上がりアンチョビの背中を洗ってあげる。

 

 女の子らしい綺麗な肌が目につくが、湯気が多く大事なところは映らない仕様となっている。

 

 もしかしたら、ブルーレイ版なら無くなるかもしれない。しかし、無くなるとは断言できないのもまた事実である。

 

 

「でねー、まぁ、ウチの紅茶なんだけど、まず土にはアルギン酸を含んだ柔らかい土を使っててね」

 

「ほほう、そこらへんもうちょっと詳しく教えて貰えるかしら?」

 

「アッサムさん変わった髪型だよねー? どうやるの?」

 

「これはね、ちょっと特殊なやり方で整えてて…」

 

 

 戦車の試合を無事に終え、他校の生徒と親交を深める繁子達。

 

 ダージリンに美味しい紅茶を作るための土作りを教える真沙子にアッサムの髪型について質問する永瀬。

 

 普段話さないこともこの風呂場でなら互いに話ができる。普段とは異なり開放的な気分になっているからかもしれない。

 

 アンツィオの立派なテルマエを堪能しつつ、普段の疲れや練習試合でボロボロになった身体を綺麗にし癒しの為の時間。

 

 

「永瀬、またあんた胸大っきくなってんじゃーん」

 

「ぴゃぁあ!? ちょっ!? アネェ!」

 

「でねー、お姉ちゃんが最近、私に服を買ってくれてね!」

 

「ついにオシャレに目覚めたんか、まほりん」

 

「姉妹で買い物も悪くないなって思ってね…。ぴぃ…!?」

 

「うへへ〜、まほりんもまた大っきくなったんじゃない?」

 

 

 そう言って不意をついてまほの豊満なそれを持ち上げる立江。

 

 繁子の目の前でたゆんとそれが揺れる。その光景を目の当たりにした繁子の目は死んでいた。

 

 そして、にこやかな笑みを浮かべるとポキリと拳を鳴らし立江にこう告げる。

 

 

「立江ー? ウチの目の前で胸を揺らすなんてええ度胸しとるなー。オラ! あんたも胸出さんかい! もいだるわ!」

 

「ちょ! しげちゃん…!そんな強引に…! やん…!?」

 

「なー、多代ちゃんあれ止めなくて良いのか?」

 

「あー大丈夫、大丈夫、いつもの事だから。あの娘ら女子高生だけど中身はおっさんみたいなところあるし」

 

「…それ、多代ちゃんもだよね?」

 

「……………」

 

「まさかの図星なのか!?」

 

 

 そう言って、視線を逸らす多代子にアンチョビは目を丸くして突っ込みを入れる。

 

 確かにおっさん臭いところはあると自負はしていた。しかし、認めたくないものである華の女子高生がおっさん臭いなど。

 

 しかし、歌も歌え、農業もでき、楽器も弾けて、戦車も自作でき、第1次産業を網羅し尽くした女子高生を女子高生と呼べるのだろうか?

 

 時御流だから仕方ない。時御流を学んだ女子高生の悲しい末路がおっさん臭い女子高生なのである。

 

 テルマエで疲れを癒す繁子達。

 

 アンツィオ高校との交流を深め、この練習試合を経て、繁子達はさらなる戦車道の飛躍が期待できるだろう。

 

 この続きは…。

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!



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暫しの休暇

 

 

 アンツィオ高校との試合から一ヶ月の期間が過ぎた。

 

 新生、知波単学園の名はあの練習試合から知れ渡り、様々な学校から練習試合のオファーが届くようになっていた。

 

 前回のアンツィオ高校との試合内容は言わずもがな、東浜雪子にも知れており毎日が鍛錬、訓練、練習の日々。

 

 息抜く暇も無く、そして、オファーが来た練習試合を数多くこなし、まさに、意気消沈、虫の息のような毎日を繁子達は過ごしていた。

 

 そんな中での、やっと訪れた休日。

 

 繁子達は目が死んだ状態で近くのファミリーレストランでお茶をしていた。

 

 

「…しんどー…」

 

「ようやく休みって感じだね」

 

「アンツィオのテルマエが懐かしく感じるわ…あれは天国だった」

 

「まーまー、なんやかんやで久々の休みなんだし、ね?」

 

「せやな、今日はゆっくり身体休めようや」

 

 

 そう言って繁子はにこやかな笑みを浮かべて頼んでいたコーヒーを唇へと運ぶ。

 

 キツい訓練の日々の間に訪れる安らぎのある一日、これを満喫しておかなければ、後々の訓練のモチベーションにも関わる。

 

 そんな中、真沙子は欠伸を一つ入れると、ふと、こんな事を話し始める。

 

 

「そういやさ、あんたらって彼氏とかいんの?」

 

「…なんなの唐突に?」

 

「いやさ、ウチら華の女子高生じゃん? 恋バナの一つや二つあってもいいかなって思ってさ」

 

 

 そう言いながら、立江の言葉に応える真沙子はクリームソーダを飲みつつガールズトークなるものをし始めた。

 

 彼女達も年頃の女子高生。色恋沙汰にもなんと無く興味が湧く年頃の筈だ、多分。

 

 すると、多代子はめんどくさそうに真沙子の言葉に便乗するように話を続ける。

 

 

「…彼氏ねー、考えたこともなかったな」

 

「そういや、しげちゃんあんた確かラブレターみたいなのたくさん持ってなかったっけ?」

 

「ん? あー、うん…あったな…そんな事が…」

 

「いや、あったねって…」

 

「…あれ、全部、同性からやで? …」

 

「ごめん、聞いた私が悪かった」

 

 

 そう言って、即、繁子に謝る真沙子。

 

 まさか、男子ではなく女子から大量のラブレターを貰うとは誰が想像できただろうか…。いや、何を思って彼女達は繁子にラブレターを送ったのだろう。

 

 謎は深まるばかりだが、繁子のマスコット的な可愛さと時折見せる愛らしさは同性の女の子には大変人気のようである。

 

 しかし、立江はその話を繁子から聞いた瞬間、ファミレスの席からスッ…と立ち上がっていた。顔は笑顔だがポキポキと拳を鳴らしているあたりご立腹のようである。

 

 

「そいつら全員狩るからラブレター見せて♪」

 

「アホ! んな事できるか! …ってか、ウチはファンレターみたいなもんとして受け取っとるし」

 

「どうどう、アネェ、落ち着きなって」

 

「なんでしげちゃんが女の子にモテるのかね…。宝塚じゃあるまいし」

 

 

 全くもってその通りである。

 

 繁子の同性に好かれる人としてのあり方のせいか、やはり、カリスマの成す技か人望というべきか。

 

 何はともあれ、繁子に当分の間、春が来ることは無さそうである。

 

 すると、繁子はここである疑問を彼女達にぶつけた。

 

 

「てか、あんたらの男性のタイプってそもそもなんなん?」

 

 

 そう、タイプの男性である。

 

 好きな男性のタイプがあるならば、せめてここで聞いておくべきだろう。

 

 不思議な事に自然なガールズトークを繰り広げる彼女達の光景が心なしか異質に見えるのはきっと気のせいである。

 

 すると、まず多代子からタイプの男性について語り始めた。

 

 

「そりゃ、まず無人島を一人で開拓できる事でしょう?」

 

「後、農業と建築がバリバリ出来て、ブルドーザーとかシャベルとかの免許は必須よね」

 

「新種の魚とか見つけたり、動物とかを見つけられる幸運を持っていて、ラーメンは麦から作るくらいの男気があるじゃん?」

 

「そんでもって、土に詳しい…アイドル?」

 

「居るか! そんな奴おったら怖いわ!」

 

 

 そう言いながらツッコミを入れる繁子。

 

 確かに居たら怖い、そんな男子がこの世に果たして存在するのか、だが、ここで繁子はふと考えた。

 

 それは、よくよく思い返せばある人物達に当てはまると。

 

 繁子は顔を引きつらせながらその思い出した人物達について、拍子抜けしたようにため息をつく羽目になった。

 

 

「それ、よくよく考えたらウチらのオトンの事やん」

 

「そういや、私らのお父さんアイドルだったっけ? もういい歳だし引退した気がすんだけど…」

 

「今も現役やでー、どこで何やっとるかは知らんけどなー」

 

「…もしかしたら無人島とかにいたり?」

 

「かもしれへんね、はぁ、何やっとるんやろウチのおとん」

 

 

 そう言いながら繁子は呆れたような声を溢した。

 

 そう、何を隠そう、繁子達の父親は今をときめくアイドルである。繁子達の父親達は多忙で最近はめっきり連絡を取っていない。

 

 しかしながら、タイプの男性が父親似の男性とはなんとも不思議な事だと繁子達はふと思ってしまった。

 

 子は親に似るとはよく言ったものである。

 

 すると、さらにダメ出しをするかのように繁子はファミレスの机に頬杖ついたまま四人を見るとため息を吐き、こう話をし始めた。

 

 

「まぁ、真沙子は目つき悪いツンデレヤンキー娘やし?」

 

「うぐ…っ!ツンデレ言うな!」

 

「多代子は炭作り担当で影が薄いやん?」

 

「ごはっ…!…う、薄いって…」

 

「永瀬は…大食いで天然やん?」

 

「それ!ただの悪口じゃん! ひっどーい!」

 

「まぁ、そんなわけでこんな私らに彼氏なんてできるわきゃないわ、別に欲しいとも思わないでしょ?」

 

 

 そう言いながら繁子のダメ出しを聞いていた立江は呆れたようにため息を吐く。

 

 顔を見合わせる時御流の面々、よくよく考えれば、戦車道の普及により女子高の比率が異様に高くなってきている近年。

 

 男性を御目にかかる機会は極端に少ない上、別に彼氏が欲しいともこれっぽっちも考えた事はなかった。

 

 ただ、ちょっとだけガールズトークというものをしてみたかっただけの話である。

 

 

「そういや、そうよね」

 

「私はしげちゃんが居るからそれで十分かな?」

 

「立江もブレないわねー、ま、ウチらもそうなんだけどさ」

 

 

 そう言いながら、互いの顔を見合わせて笑い合う四人。

 

 繁子は結局、ガールズトークがどうでも良いものと片付ける彼女達に苦笑いを浮かべる他なかった。

 

 果たしてそれで良いのだろうか…。当の本人達は妙に納得しているようなのでこれ以上は繁子は何も言えないのだが、まぁ、普段から農業や建築、自作する戦車の話題とかばかりだったからこう言った話をするのも悪くはないだろう。

 

 そして、そんな他愛の無い会話をしながら、繁子は話題を変えるようにあるチケットを五枚掲げ、四人に見せびらかし始める。

 

 

「さて、そこでや、3日くらい休み貰っとるわけやけど、ここにボコミュージアムのチケットが五枚あるわけや」

 

「ボコミュージアム?」

 

「聞いたことある? 真沙子」

 

「いんや全然」

 

「なんや! あんたら! ボコ知らんのかい! あんな可愛いキャラクター知らんとか何考えてんねん!」

 

「…しげちゃん、知らない人の方が多いと思うよ…それ」

 

 

 そう言いながら、知らないと告げる真沙子と立江の二人に詰め寄りボコミュージアムのチケットを押し付けて息を荒げる繁子に苦笑いを浮かべて告げる多代子。

 

 ボコとは子供達に密かに人気があるマイナーなキャラクターである。

 

 だが、そんなテンションが高くなる繁子に対し、参謀、立江は冷静な口調でこう話をし始めた。

 

 

「…そのチケット。期限っていつまで大丈夫なのしげちゃん?」

 

「んあ? …ま、まぁ、いつでも大丈夫みたいやけど…」

 

「なら、今回は見送りね、もうすぐ新一年生が入ってくるし、時間は有効に使うべきだと思うの。とりあえずそれは戦車道全国大会が終わってからが良いんじゃないかな?」

 

「そ、そんなぁ〜! う、ウチ、ボコミュージアムに行けると思うてボコのテーマ曲頑張って練習してたんやで!!」

 

「…なんの努力? しげちゃん? いや、楽しみだったのはわかるんだけどさ…」

 

 

 そう言いながら、顔を引きつらせる立江。

 

 まさか、繁子にそんな乙女チックな一面があるとは思いもよらなかった。というより好きなキャラクターがマイナー過ぎてちょっと立江達も理解ができてないと言う部分もあるが…。

 

 しかし、時期が時期だけに今回はボコミュージアムはお預けである。行けば繁子の新たな一面が見られるかもしれないがまた別の機会に訪れるのも悪くはなさそうだと立江は思っていた。

 

 

「やってやる♪ やってやる♪ やってやるぜ♪ イヤなあいつをボコボコにー♪」

 

「ん? カチコミかけんの?」

 

「ちょっ! マサねぇの中の夜王が目覚める前にその歌止めて!木刀持ち出しかねないから!」

 

「…真沙子は多分、ボコに容赦なさそうやもんなぁ」

 

「ミスマッチじゃん! ぜったいかけ合わせたらダメな二人だよ!」

 

「大丈夫! それがボコやから!」

 

「何が大丈夫なの!?」

 

 

 ボコボコにされても大丈夫という意味だろうか。

 

 しかしながら、歩き方や仕草がヤンキー娘のそれの真沙子とボコは多代子が言うようにミスマッチもいいとこである。

 

 だが、真沙子はそもそもそんな事はないと言わんばかりに呆れたようにため息を吐くと繁子達にこう告げる。

 

 

「バカねー、私も多少なりとも弁えてるわよー、可愛いキャラクターなんてボコボコにするわけないじゃない」

 

「まぁ、ツンデレやしな」

 

「ツンデレ代表だもんね」

 

「何その代表!? 聞いたこと無いわよ!」

 

「あー、話がそれ過ぎたけど本題に戻るわよーあんた達」

 

 

 そう言いながら、繁子と永瀬の二人にツッコミを入れる真沙子に立江はため息吐いて話を元に戻す。

 

 本題はこの休みをどう使うのか?

 

 さて、先ほど挙げた通り、後もう少しで新一年生が入学してくる。繁子達はもう二年生になるわけだが、訓練と練習試合の日々を思い返した立江はある事を新たに考えていた。

 

 

 それは戦力の増強である。

 

 

 現在ある知波単学園の戦車は前回の戦車道全国大会の決勝からラインナップが変わっていない。つまり、この休みを機にそのラインナップに新たな色を加えようと考えていたわけである。

 

 

「さて、そんじゃ新しい戦車を作る段取りをつけるわけなんだけど」

 

「戦車作るって?どのレベルから作るの?」

 

「やっぱ砂鉄から?」

 

「ばっか、あんた達、以前に玉鋼大量に作ってたでしょ?」

 

「あ、そう言われてみれば…」

 

 

 呆れたように告げる立江の言葉に永瀬が納得したように思い出した。

 

 そう、あれは半年前…、辻と共に戦っていた戦車道全国大会の真っ最中の事。繁子達は砂鉄から戦車に使う玉鋼を村の山から採ってきた砂鉄から作っていた!

 

 古くからあるタタラ製法。その鉄の出来は…。

 

 

『わぁ、こんな風に鉄ってできるんだね!』

 

 

 初めて目の当たりにする知波単学園の生徒達を驚かせるほどだった!

 

 新たな発見に目を輝かせていた彼女達。その玉鋼の一部を使い、真沙子は新たな包丁を作り、玉ねぎ作戦の時に玉ねぎを砕く刃にもいくつか使用した。

 

 だが、その残り、いや、大量に作り置きした玉鋼はまだ村に残っている。

 

 それを思い出した時御流一同は新たに作る戦車についての会議をファミレスで続ける。

 

 

「けど、玉鋼だけじゃ足りないもんねー」

 

「そこでよ! …実はアテがあってねー」

 

「ん? なんか考えでもあるんか? 立江?」

 

「はい、これ!」

 

「ん? これって…学校のパンフレット?」

 

「そ! 大洗女子学園! 戦車道を20年以上前に廃止にしてる学校なんだけどね」

 

「あ! なるほど! そこには今もまだ…」

 

「そう! まだ見ぬ戦車が埋まってるかもしれないって事! 言わば」

 

「宝の山やね!」

 

「その通り!」

 

 

 そう言って、繁子の言葉に目を輝かせて答える立江。

 

 大洗女子学園。歴史だけは古い伝統校で学園艦の外観は、大日本帝国海軍の翔鶴級空母に似ている事で知られている。

 

 学園空母の全長は7600m。

 

 中学校・高校共に9000人ずつの18000人の女生徒が艦上・艦内に居住しながら通学していて、その生徒の他にも生徒の家族等の居住者がおり、大洗女子学園の学園艦全体で3万人程が暮らしている。

 

 そして、この学園は戦車道がかつては盛んに行われていた経緯もあり、西の西住、東の知波単。あれに見ゆるは大洗と二つの名門校に並び評されるほどの力量をかつては兼ね備えていた学園である。

 

 

「今はもうやってないんだっけ? 戦車道」

 

「経費の削減で戦車も処分されたんじゃ無いの?」

 

「…いや、それがね? 実は」

 

 

 そこから立江は大洗女子学園に隠してある戦車についての話を繁子達にしはじめた。

 

 どうやら、戦車は全て処分されてはおらず。

 

 話によると戦車が処分されぬようにと大洗女子学園の戦車道が廃止になった時に当時の生徒がバラバラに隠したという話だった。

 

 それを聞いていた繁子はなんだか悲しげな表情を浮かべて立江の話を黙って聞いていた。

 

 戦車道が廃止にさせられた大洗女子学園の当時の生徒達はどんな気持ちだったのだろうか?

 

 愛すべき戦車道を捨て、共に戦場を駆けて戦った愛車を学園に処分され失うというのはどんなに悔しかったんだろうかと。

 

 ふと、立江の話を一通り聞いた繁子は思った。

 

 そうだ、自分達ならば…。そんな戦車達の事をきっと救ってやれるのでは無いだろうか。

 

 

「戦車作りに使うのは1輌だけでええやろ。部品も他の学園からある程度もらえたらええしな」

 

「ん? しげちゃん、それは…」

 

「大洗女子学園から1輌だけ拝借しよう! …あとは…せやな、せっかくやし見つけて新品同様、いや、それ以上にピカピカにそんでもってパワーアップさせてやろう!」

 

「…ちょっとそれは…」

 

「立江の言いたいことはわかんで? でも、もう決めた事や。 …いつか誰かが、あの学園で戦車に乗りたいって思うた時に戦車道ができるようにしといてやろうや。ウチらでな!」

 

 

 そう言って、繁子はニカッと無邪気で優しい笑みを浮かべていた。

 

 そうだ。自分達だってそうだった。

 

 戦車道がなければきっと皆がここに揃っていることはなかっただろう。楽しげに笑い合うこともなかっただろう。

 

 戦車道には大切なものがたくさん詰まっているのだ。そんな先人たちの思いを引き継ぐべき時を大洗女子学園が迎えた時に何かいい方向に向かえばと繁子はそう思った。

 

 すると、それを聞いていた多代子はフッと笑みを浮かべこう語りはじめる。

 

 

「リーダーらしいね、私は異論なしだよ」

 

 

 そして、多代子の言葉を横で聞いていた真沙子も。

 

 

「しげちゃんがそう言うなら仕方ないっしょ」

 

 

 それに続くように、永瀬もまた。

 

 

「それでこそ、私らの自慢のリーダーかな」

 

 

 笑いながら、繁子のその言葉に賛同した。

 

 

 確かに今の大洗女子学園はたくさんの戦車が眠る宝の山なのかもしれない。

 

 戦車道をやらなくなった今、許可をもらい自分達が全部持ち帰って知波単学園の戦車の糧にする事だってできるだろう。

 

 だが、それでは、大洗女子学園の先人たちの思いはきっと晴れないだろうと繁子達は考え着いたのである。

 

 それを聞いた立江は呆れたようにため息を吐く。

 

 そうだ、こいつらはそういう連中だった。そして、自分もまたその馬鹿な連中の一人だったと、ふと、立江の中にはどこか納得してしまう自分がいた。

 

 

「全く…。だからあんた達は好きなんだけどね? 私はさ。 んじゃ治しに行きますか! 大洗女子学園に!」

 

「「「賛成ー!」」」

 

 

 こうして、繁子達は久しぶりの休日を使い数多くの戦車が眠る地、大洗女子学園に出向く事になった。

 

 ザ・鉄腕&パンツァー!

 

 時御流は大洗女子学園に眠る戦車を見つけ出し救い出すことができるのか!

 

 時御流に待ち受ける数々の戦車を見つけ出すには困難な隠し場所。 そして、数々の種類の戦車の修理。

 

 一円にならぬとわかっていながらも彼女達は思いを紡ぐ為に立ち上がる。そして、果たして、新たな戦車を作る為に訪れた大洗の地で彼女達が求める戦車と部品は手に入るのだろうか。

 

 

 その続きは…。次回! 鉄腕&パンツァーで!



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いざ!大洗女子学園へ!

 

 前回、大洗女子学園に赴く事になった繁子達。

 

 新入生のために新たな0円戦車を求め、繁子達は休暇を使い嬉々としてこの大洗女子学園の学園艦が停泊している大洗に来ているわけであるが。

 

 

「しげちゃん! 海! 海だよ!」

 

「筏作ろう!筏!」

 

「釣竿持ってくるの忘れたわ…。仕方ないから現地で作るか」

 

「あんたら当初の目的忘れとらへん?」

 

「そうだよ! 海があったらとりあえず新種の魚を見つけないと!」

 

「ちゃうわ! 学園艦にある戦車を探すためやろうがっ!」

 

 

 今日も今日とて繁子のツッコミが冴え渡る。

 

 大洗女子学園に来た目的は0円戦車を作るため、部品の調達とついでに大洗女子学園の戦車を修理しに訪れたわけである。

 

 大洗女子学園の方には連絡を取りつけてある。学園艦に入り訪問する事は容易い…だが。

 

 

「せっかくの大洗じゃん。観光しないとさ」

 

「…休暇に来とるね? 完全に遊びに来とるやんか」

 

「まーまー、休みは3日あるんだし。戦車をとっとと修理して観光すれば良いじゃない♪ね、しげちゃん?」

 

「立江、まず脇に抱えた大工道具降ろしてから話そうや」

 

 

 そう大洗にせっかくきたのだからと立江達がやたらと海を目の当たりにしてはしゃぐので繁子としても当初の目的を忘れているのではないかと顔を引きつらせるしかなかった。

 

 しかも、大工道具やら何やら持ち込んでくるあたりこの海岸をダッシュ海岸にしようと目論んでいることが伺える。

 

 まぁ、確かに夏場ならきっと大洗は海で泳げるし、きっと楽しいに違いない、だが、悲しい事に今は3月である。

 

 

「そういうわけで、はよ修理しに行くでー」

 

「この石、石橋作りに使えないかしら?」

 

「お、良い感じの石じゃん、多代子」

 

「行くっていうとるやろ!」

 

 

 そう言って拳骨をスコンと多代子と立江の二人にかまし、学園艦まで引きずっていく繁子。

 

 時御流の性であるので仕方がないが話がこれだと一向に進まないのも事実であるからして二人が繁子に拳骨をされるのも致し方ない。

 

 そんなこんなで大洗女子学園の学園艦へ向かう繁子達は新たなる部品を求めて足を進めた。

 

 それから数時間の時間をかけて学園艦に到着する一同。

 

 そこに待ち構えていたのは…。

 

 

「やぁ! ようこそ我が大洗女子学園へ! 私は生徒会長の角谷だよー! よろしくね!」

 

「おー! 杏ちゃん! わざわざ出迎えに来てくれたん? おおきになー!」

 

「いやいや、しげちゃんが来るって聞いたらやっぱり出迎えないと! にしてもうちの戦車を修理したいってしげちゃんも変わってるねー」

 

 

 そう言いながら繁子はわざわざ出迎えに来てくれた大洗女子学園の生徒会長、角谷杏とビシガシグッグと仲良さげに挨拶を交わす。

 

 それを見ていた永瀬達は首をかしげる。

 

 何やら仲良さげな二人の光景が永瀬達には不思議だった、確か目の前の角谷杏とは今日が初対面の筈なのである。

 

 しかし、意気投合しているあたり初対面の人間には見えない。

 

 というより、このツインテの赤毛の様な髪色をした角谷杏はどこか繁子と同じ雰囲気というか匂いがした。

 

 

「え? なになに? 二人知り合いなの?」

 

「いやなー、大洗女子学園に電話した時に意気投合してもうてなー、なー杏ちゃん」

 

「そうだねー、電話で私もしげちゃんと話してる時に他人には思えなくてねー。そっから仲良くなって…」

 

「あー、確かになんか似た者同士っていうか、雰囲気が…」

 

「お母さん?」

 

 

 オカンが二人。

 

 繁子と角谷が並んだ姿を見た立江達は素直にそう感じた。お母さんが二人いると、この二人が側に居たら間違いなくダメ男になる事請け合いだ。

 

 オカン属性、恐るべきである。

 

 そして、繁子達は今回の目的について角谷杏と話をし始める。まずは、戦車についての話だ。

 

 大洗女子学園に散らばりし戦車達。しかし、大洗女子学園には戦車道は無く、今や、その隠してある戦車は鉄の置物とかしている。

 

 もし、学園側に見つかりでもしたら処分されるのがオチだ。

 

 

「とりあえず、これは学園側には極秘やから」

 

「え? なんで?」

 

「そりゃ、ウチの学校は経費的にも近年あまりよろしく無い状況が続いてるからねー、下手したら再来年には廃校なんてことにもなりかねない状況でさ」

 

「そしたら、私達が治した戦車だって」

 

「え! その戦車! 捨てちゃうんですかッ!」

 

「大丈夫、そん時は知波単学園に今回治した戦車を流すようにはしておくからさ」

 

「さっすが! 杏ちゃん!」

 

「これセーフ! セーフだよね!」

 

「OKです」

 

「よっしゃ! 俄然やる気出て来た!」

 

 

 ノリノリで聞いてくる永瀬に満面の笑みを浮かべてサムズアップして応える角谷杏の言葉に喜びを露わにする一同。

 

 それから、大洗女子学園に眠りし戦車についての詳しい話を杏の代わりに控えていた副会長の小山柚子が引き継ぎ、話を続けはじめる。

 

 

「会長から話は伺っています。戦車の隠してある場所につきましてはある程度は把握できたので地図を作っておきました」

 

「おー」

 

「同じ胸がおっきいと言えども永瀬より優秀だねぇ」

 

「…!? ど、どこみてるんですかっ!?」

 

「いいからお姉さんに揉ませてみなさい、ほれ、先っちょだけ、先っちょだけだから」

 

「永瀬、ちょっとそこに並んでみてよ、弾力性比べてみるからさ」

 

「ちょ! 話の趣旨変わってない!? 嫌だよ! 胸揉むつもりなんでしょう!」

 

「だからそう言ってんじゃん」

 

「開き直るとこかな!そこ!!」

 

 

 そう言ってぐへへ〜と親父臭い事を言い出しはじめる立江と真沙子に涙目になりながら声を上げる永瀬。

 

 珍しく永瀬がツッコミに回っている貴重な場面とも取れるが、兎にも角にも、胸の弾力性を比べられようとしている副会長の柚子もこれでは良い迷惑だろう。

 

 しかしながら、外見は女子高生なれど中身はおっさんだから仕方ないと言えばそれまでである。

 

 一方の繁子はというと…?

 

 

「胸なんて燃えてなくなってしまえばいい」

 

「やめろ! しげちゃん! 人間に戻れなくなってしまう!」

 

「離せ!杏ちゃん! あれはウチらに喧嘩売っとるんやで?女のプライドがある身としては負けられへん戦いがそこにはあるやろ?」

 

「うん、そうだね。よく考えたらそんな気も…って、ダメに決まってんじゃん 。危うく乗せられるところだった。私はあんまし気にしない派だからさー」

 

「うぐぐぐ…」

 

「会長さんの方がしげちゃんより大人かもねー」

 

「うっさいわ!」

 

「あいた!」

 

 

 ビシっ!とすかさず余計なことを口走る多代子にチョップを入れる繁子。

 

 胸にコンプレックスを抱えている繁子としては確かに大人気ないと言われたら言い返す言葉も見つからない。

 

 胸が無念とはよく言ったものである。

 

 さて、話は脱線しそうになったが、とりあえず戦車の隠してある場所の地図を開き全員で確認する。

 

 

「…ここと、ここらへんから当たってみようか?」

 

「だねー、早く見つけ出して修理してあげよう?」

 

「道具は持って来たし不備はないからね!」

 

 

 そう言って、道具を見せてニカッと笑みを浮かべる立江。

 

 沼地、湖など、たくさんの場所に散らばった戦車達。きっと錆びついて、誰かの修理を待ち望んでいるに違いない。

 

 大洗女子学園の生徒会の協力の元、繁子達は大洗女子学園戦車を探す。

 

 さぁ、果たして、大洗女子学園に眠りし戦車達とは一体どんな種類の戦車があるのだろうか?

 

 さて、そんな時だ。学園内を共に散策していた角谷の携帯端末に連絡が入ってくる。

 

 

「ん? あ、はーいもしもーし!」

 

『会長! 戦車を早速1輌見つけました!』

 

「おー、さっすがウチの優秀な生徒会広報だよ、場所は?」

 

『沼地です!』

 

「沼地だってさ」

 

「沼地かぁ、レンコン育てるには良いんだけどねー」

 

「桃ちゃん、とりあえずそこで待機しといてください」

 

『桃ちゃん言うなー!』

 

 

 そう言って、角谷から電話を代わった柚子は笑顔を浮かべてそう告げると端末の通信を切る。

 

 どうやら、先に生徒会の人間を現場に向かわせていたようである。角谷の手際が良さに繁子達は思わず笑みがこぼれた。

 

 全面的に大洗女子学園の生徒会がバックアップしてくれるなら此れ程心強い事はない。

 

 

「さすが、杏ちゃん、頼りになるなぁ」

 

「ふふん♪ ありがとう、ささ、早く行って修理に取り掛からないと日が暮れちゃうよ」

 

「そうだね、リーダー急ごう!」

 

「走れ走れー」

 

 

 道具を脇に抱えて駆け出す時御流一同。

 

 そして、目指す先は戦車が最初に見つかった沼地だ。まずは、沼地から引き揚げる作業から取り掛かる事になるだろう。

 

 果たして、大洗女子の全ての戦車を無事に修理し、再生させる事が出来るのだろうか?

 

 まず、発見したのは、大洗女子学園の生徒会広報、河嶋桃の手を振る姿だった。

 

 

「おーいこっちだ!」

 

「よーし! そんじゃ取り掛かろう!」

 

「ロープと引き揚げ用の車は今、永瀬が持って来てるよ」

 

「まずは状態を見てみなあかんな」

 

 

 沼地に沈む戦車を遠目に見ながらそう呟く繁子。

 

 もしかしたら部品に泥が入り込んでいたり錆びている箇所もあるはずだ。兎にも角にもまずは戦車を引き上げてみないことにはなんとも言えない。

 

 果たして引き揚げた戦車は一体なんなのだろうか?

 

 

「これは…」

 

「ルノーB1bisやね、フランス戦車や」

 

「おフランスな感じが確かにあるねー」

 

「おフランスな感じって何? 一体」

 

 

 泥まみれの戦車を眺めながらアホな事を言いはじめる永瀬にツッコミを入れる多代子。

 

 泥まみれの戦車を見てどうやったらおフランスなイメージが湧くのか、永瀬の感性はどうやら独特なものであるらしい。

 

 さて、話は逸れたが、永瀬が運転した車で引き揚げられたルノーの状態はわりかし悪くはない。

 

 故障箇所や錆びついている部品はあれど、完全に動かないという状態ではない事がわかる。

 

 

「とりあえずメンテせなな、立江ー、スパナ取ってー」

 

「やっぱり信頼すべきは業者の方だよね。頼んでよかったよ」

 

「いや、あの…会長…。同じ女子高生ですよ?」

 

「え? しげちゃん女子高生だったの?」

 

「ちゃうで、アイドルやで」

 

「またまたー嘘が上手なんだからー」

 

「まぁ、知波単学園のマスコット的なアイドルではあるけどね〜」

 

 

 そんな感じにすかさずメンテをはじめる繁子と同時に泥を取り除き洗車をはじめる多代子達。

 

 格好を見てみると皆、水着に着替えており濡れても良い格好に早着替えしている。

 

 しかし、季節はまだ春に入るか否かの三月。当然寒いはずなのだが…。

 

 

「まぁ、津軽海峡よりは寒くないよね?」

 

「ホースの水も温水だからね〜まだ暖かいほうだよ」

 

「津軽海峡は本気でやばかったわ、漁船大揺れやったしな」

 

「あのー比べる対象が違わないかい? 君達」

 

「杏ちゃん、自然の寒さは……辛いで?」

 

「いや、女子高生は津軽海峡で漁船なんか乗らないから」

 

 

 そうあれは真冬、繁子達は美味しいマグロを手に入れる為に津軽海峡まで赴いた事があった。

 

 その日は寒波の中の漁、船は揺れる中、繁子達はマグロを追い求めた。

 

 だが、この話をすると長くなるので今回は割愛させていただく。

 

 寒い中など、知波単学園の生徒ならば根性でどうにかなるというのは前隊長、辻つつじの教えである。

 

 さて、泥もあらかた落ちメンテも終わったところで繁子達は一息つく。

 

 

「ふぅ、まぁ、こんなもんやろ」

 

「まだ、部品の全部入れ替えとかは終わってないけど他の戦車も見つけなきゃだからね」

 

「よーし! がんばるぞー!」

 

「「「おー!」」」

 

 

 こうして、永瀬の声に合わせて一致団結する一同。

 

 果たして、隠された戦車は全て見つけることはできるのだろうか? 繁子達は奮起すべく改めて大洗女子学園の敷地内を散策を再開しはじめる。

 

 そして、この続きは…。

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!

 

 

 



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紡がれた想い

 

 

 前回、大洗女子学園に眠りし戦車を治しに出向いた繁子達。

 

 まず、見つけたのは泥に沈んだフランス戦車のルノーだったのだが、それを引き上げ、メンテナンスを行い次なる戦車を探しに大洗女子学園の散策に向かった。

 

 

「ってなわけで、探したわけだけどさー」

 

「まさか湖の底にあるとかねぇ…」

 

「普通わかんないよね」

 

「てか、隠した人どうやって回収するつもりだったんだろ…」

 

 

 繁子がクレーンを操作しながら戦車を引き揚げる光景を見つつそう呟く一同。

 

 確かに隠し場所には申し分ないが、誰が湖の底に戦車があると予想できるのだろうか?

 

 その思惑は当時の大洗女子学園の者達にしかわかり得ぬ事である。

 

 時御流の中間管理職、城志摩 繁子。

 

 重機歴13年のこの少女に掛かれば、湖の底に沈んだ戦車など意図も簡単に引き揚げることができる。

 

 だが、いくら馬力があるとはいえ戦車を引き揚げるクレーンはやはりどうしても大型のものになるというのに…。

 

 

「ちょっと、右に上げてみようか」

 

 

 重機歴13年には分かる。操縦しながら感じていたその手ごたえ。

 

 ベテランの落ち着き、これが、重機を扱う者である時御流の技の極意。

 

 そんな中、クレーンで戦車を湖の底から引き揚げていた繁子はふとクレーン車の中でこんな言葉を零していた。

 

 

「クレーン免許とユンボの免許は必ず持ち歩く」

 

 

 そう、それは明子が常々言っていた教え。

 

 家の鍵と財布と携帯は忘れても良いが、必ずクレーン免許とユンボの免許は持ち歩いている事。

 

 その昔ながらの母の教えが繁子の脳裏に浮かび上がってきたのである。

 

 

「しげちゃんめっちゃ真剣だよね」

 

「真剣にこれで食っていこうって顔だから」

 

 

 そう言いながらクレーンを眺める永瀬達。

 

 いつも見慣れた光景だが、やはり、重機歴13年の繁子が時御流の中では一番操縦が上手い。

 

 そんな中、賞賛する彼女達の横にいた大洗女子学園の生徒会一同は目を丸くしながらそれを見つめていた。

 

 

「ほぇー、ガテン系女子高生か、流行りそうだねー」

 

「会長、私には見えますよ。建築現場にいる彼女達の姿が」

 

「奇遇だね、私もだよ」

 

 

 その光景を目の当たりにしていた河嶋桃の一言に同意する様に頷く角谷杏。

 

 確かに重機歴13年のベテランの腕に間違いは無かった。間違いは無かったがここで素朴な疑問が思い浮かび上がってくる。

 

 

「…四歳の頃から重機動かしてるって信じられないわ」

 

「子供の時は流石に明子さんか親父さんの膝上で運転してたみたいだけどね」

 

「それもそれでどうなのよ…立江」

 

「それが、時御流」

 

「なら仕方ないね」

 

「仕方ないんだ!? もうちょい言う事ある気がしますけど!?」

 

「まーまー、副会長さん、世の中には摩訶不思議な事が溢れてるからね?」

 

 

 そう言いながら、立江は副会長の小山柚子ににこやかに笑みを浮かべながら軽く告げる。

 

 果たして、これで良いのか。時御流という流派はまさに、度肝を抜かされる予想を遥か彼方に上回る仰天する様な流派だったと彼女達は思い知らされた。

 

 さて、クレーンで回収し引き揚げた戦車を陸地におろし早速状態を確認しはじめる一同。

 

 

「これは…」

 

「うん、Ⅲ号突撃砲F型やね、ドイツ戦車や…、やっぱ、湖の底に沈んでたこともあってあちらこちら傷んどるね?」

 

「錆びてる箇所が多いかも、全体的に取り替えたり装甲張り替えたりしないとね」

 

「まぁ、これで2輌目や、残りもちゃっちゃと見つけよう」

 

 

 そう言いながら、繁子は潜り込んだⅢ号突撃砲F型の下からヒョコっと顔を出すと全体的なメンテナンスを一通り見終わり、皆にそう告げる。

 

 とりあえず、状態さえわかれば後は戦車の場所を見つけ出し、割り出してから各自修理に取り掛かり、早ければ明日の昼には修理自体は完遂する事が出来るだろう。

 

 一同は残りの戦車を探すために手分けして散策する事にした。

 

 

「崖のくぼみに戦車なんか置くかね普通」

 

「ほんとだよね、私らじゃなかったら大変だよこれ」

 

「んじゃ回収しよう! フックそっち引っ付けて!」

 

「あいあい」

 

 

 その隠し場所は様々であった。

 

 ある戦車は崖のくぼみに隠してあったり、はたまた、学園艦の内部にあるこんなところにも…。

 

 

「うわー、確かに人が通りそうにない場所だけどさー」

 

「まさか、こんなとこにぶち込んでるんなんて、一度解体して持って行かなきゃなんないじゃん」

 

「しゃあない、この場でメンテだけ済まそう、解体作業しよったらキリないしな」

 

「仕方ないわねぇ、流石にこれは上には持ってけないか」

 

 

 学園艦内の艦の下層区に戦車が置いてあった。

 

 幸いにも状態も他のに比べると悪くはなさそうだが、流石に一度、分解して上に持ち上がる事は手間が掛かるのでこの戦車はここでのメンテナンスになるだろう。

 

 ここまで、戦車の隠し場所にこだわっていたのならば、よほどこの戦車達には愛着があったのだろうと繁子は思う。

 

 これから先、この戦車に乗る者たちにもその想いを引き継いで欲しいものだ。

 

 メンテナンスに熱が入る中、繁子はそう思った。エンジンも必要なら取り替えようとも考えたがその必要はなさそうだ。

 

 

「愛されとるねぇ…」

 

「戦車もこれだけ愛されていれば本望だろうね、メンテナンスのやり甲斐があるってもんだよ」

 

「右の履帯が少し傷んどる。立江」

 

「あいよ、しげちゃん」

 

 

 戦車の修理をしながら息を合わせる立江と繁子。

 

 顔が黒くなりながらも彼女達は戦車を最高の状態にする為に尽力した。これだけ愛されて乗られていた戦車達にはそれ相応の手入れがあるべきだと思ったからだ。

 

 いつでもいい、この戦車がまた人を乗せた時にその力が存分に出せるように。

 

 

「よし、あらかた済んだな」

 

「そんじゃ地上に戻って合流しましょう」

 

「賛成やね、ふー、休暇なのにクタクタや」

 

「でも清々しいじゃん?」

 

「言えてる」

 

 

 立江の言葉に繁子はニカッと笑みを溢す。

 

 例え、自分たちの益にならなくても戦車への愛情はめい一杯注いであげる。それが、時御流の流儀であり、やり方だ。繁子はこの流儀に誇りを持っていた。

 

 だからこそ、戦車が自分たちに応えてくれる。いつも、繁子の母、明子はそう言っていた。

 

 

「しげちゃん! おかえりー!」

 

「こっちも終わったよー!」

 

 

 そう言って、地上に戻り大洗女子学園の車庫に足を踏み入れた繁子に近寄る多代子と永瀬。

 

 もう今は使われなくなった大洗女子学園の戦車を仕舞う車庫。

 

 そこは風が吹き抜け、寂しく戦車が1輌だけ鎮座していた。そんな戦車を多代子と永瀬は真沙子と共にメンテナンスをしていたわけである。

 

 そんな中、スパナを担いだ真沙子は煤だらけの顔を擦りながら親指で車庫にしまってあった戦車を示し、繁子にこう告げる。

 

 

「このIV号戦車、なかなかの上物ね。すんごい良い状態にしてあったけど」

 

「…IV号戦車なんてあったんだ」

 

「IV号戦車か…」

 

 

 そう言って繁子は静かにその戦車に近寄る。

 

 車庫に1輌だけ寂しく佇むそのIV号戦車を見て繁子はふと懐かしい気持ちになった。

 

 そう言えば…、子供の頃、夏の日に3人で作った戦車はこのIV号戦車ではなかっただろうかと。

 

 優しい面持ちでそのIV号戦車にそっと触れてみるとわかる。きっとこの戦車がこの大洗女子学園での戦車道の象徴として戦場を駆け抜けた戦車だったと。

 

 

「懐かしいな、…子供の頃、3人で作った戦車もこんなんやったね」

 

「え? これってしげちゃんが作ったの?」

 

「どうやろうか、あん時に作った戦車はまほりん達に任せて、ウチは母ちゃんと帰ったから…。その後の事はわからんのやけど、なんとなくかな? 多分、そうかなと思っただけや、勘違いかもしれへんけどな?」

 

 

 そう言って繁子は立江達に向かい優しい笑みを浮かべてそう告げた。

 

 もしかしたら思い過ごしかもしれない。

 

 だけれど、繁子はこのIV号戦車に触れた時にふと懐かしさを感じた。あの子供の頃に作ったIV号戦車に触れた時の感覚に近いものを感じたからかもしれない。

 

 プロは触れただけでそれがなんであるかを理解する事が出来る。

 

 繁子はその領域に達しているかはわからないが、このIV号戦車がただのIV号戦車出ない事は理解できていた。

 

 そんな中、メンテナンスをしていた真沙子はため息を吐くと呆れたようにこう語りはじめる。

 

 

「それ、あらがち間違ってないかもよ?」

 

「え?」

 

「何年一緒にいると思ってんのよ、履帯の箇所とかいろいろメンテナンスしたけどさ、このIV号戦車、何箇所かあったよ、しげちゃんの癖が」

 

「癖?」

 

「印付けるっしょ? こんな風にさ」

 

 

 そう言いながら真沙子はメモとペンを取り出してその戦車に残されていたマークを書き、繁子に見せる。

 

 そして、それを確認した繁子は目を丸くしながら同様のマークが記されて無いかをすぐさまIV号戦車に近寄って確認しはじめた

 

 それは微かに消え掛かってはいるが、残っている。繁子が付ける小さいボコのマークとバッテン印。

 

 これは繁子がメンテナンスを終えた後に付ける癖みたいなものだ。

 

 メンテナンス箇所に不備が無いかをわかりやすくする為に繁子だけがわかるようにと付けるマークであった。

 

 ということは、このIV号戦車はつまり…。

 

 

「ほんまかいな。…何年振りかな…、こんなになって」

 

「感慨深いね…」

 

「なんの巡り合わせなんだろう。なんだかちょっとだけ泣きそうなんだけど私」

 

 

 そう、あの時に作ったIV号戦車。

 

 まさか、この場所にこんな形で再会するなんて繁子は思いもしなかった。

 

 果たして、なんの悪戯だろうか、目の前にある歴戦のIV号戦車はあの子供の頃に西住姉妹と共に作り上げた戦車だった。

 

 3人の絆と想いを紡いでくれた戦車。

 

 それが、大洗女子学園にあった事実は繁子の心を揺さぶった。

 

 その隣にいた立江はIV号戦車を眺めながら静かに語りはじめる。

 

 

「この戦車に乗ってた人。このマーク消さなかったんだね…」

 

「きっと、わかってて消さなかったかもね…だって、これ洗車しても落ちないように付けてるわけだし」

 

「じゃあさ、この戦車を作った人の想いを消さなかったって事じゃん…。凄く心に響くよね」

 

「あかん、泣きそうになるわ」

 

 

 そう言いながら繁子は涙が出そうになるのを目頭を抑えて耐える。

 

 戦車には想いが宿る。その想いを消さずにきっとこのIV号戦車に乗っていた人は大事に自分とまほ達が作り上げた戦車を乗ってくれたのだ。

 

 自分達3人で子供の頃に作った戦車に大事に乗って戦場を駆け抜けてくれた。

 

 

「しげちゃん最近、ほんと涙もろくなったよね」

 

「…グス…っ。 う、うるさいわ…。やっぱりこうして作った戦車を大事に乗ってくれたって思うと嬉しくてな」

 

「気持ちはわかるよ」

 

 

 そう言いながら、永瀬は笑みを浮かべて繁子の肩を優しく叩いてあげた。

 

 このIV号戦車にはいろんな想いがあるだろう。

 

 時御流の繁子と西住流の西住姉妹との邂逅。

 

 そして、大洗女子学園で戦った戦場での日々と戦車道を諦めるほかなかった先代達の意思。

 

 それから、これから先に紡がれる物語。そんな様々な想いがこのIV号戦車にはたくさん詰まっている。

 

 これも何かの運命なのだろうか。

 

 

「仕上げは?」

 

「まだ終わってないよ、しげちゃんやる?」

 

「ならみんなでやろうか?」

 

「それいいね! やろう! やろう!」

 

 

 そう言ってIV号戦車を見る時御流の面々の目は輝いていた。

 

 それなら、繁子と同じように自分たちの想いもこのIV号戦車に乗せようと思ったのである。

 

 繁子の問いかけに皆が頷いた。これから先、このIV号戦車を誰が乗るかはわからない。

 

 だけれど、きっと誰かが乗った時にこう思って欲しいのだ。

 

 このIV号戦車には、数々の想いと願いが込められているという事を、そして、戦車に乗った時にこの戦車によって紡がれた絆を思って欲しい。

 

 それが時御流という流派だから。

 



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アヒル隊長

 

 

 大洗女子学園での整備を終えた繁子達。

 

 この整備で、繁子達は新たに学んだ。いや、戦車に教えて貰った。

 

 刻まれた傷や戦車独特の鉄臭さ、だが、それが、親しみ深い懐かしささえ感じる。

 

 やはりここが、自分たちが帰るべき家なのだと改めてそう思った。

 

 戦車が過ごした年月、駆け抜けた戦場を繁子達は見てはいない。

 

 だけれど、ふと、その戦車に触れて、戦車に乗ってみればわかる。

 

 戦車が歩んできた道が。

 

 それぞれ、大洗女子学園で整備を終えた戦車達を思い浮かべながら、立江は笑みを浮かべて繁子に語り始める。

 

 

「しげちゃん、やっぱり良いよね。戦車道って」

 

「…ホンマやね」

 

「こんな風に戦車に触れて、改めてわかることがあるよね」

 

「うん、私やっぱり時御流で良かったなって思えるよ」

 

 

 そう言いながら一同は綺麗に磨き上げたIV号戦車を一通り見渡すと晴れやかな顔つきでそう語った。

 

 自分たちの戦車道とは戦車と共に自分たちも歩んできた道だ。

 

 だからこそ、時御流という流派が誇りに思えた。戦車を1から作るこの流派だからこそわかり得る事があった。

 

 戦車を駆るだけではない、戦車を作り、戦車を愛で、戦車と共に散る。

 

 戦車が自分達の帰るべき家である事。戦車もまた自分たちの仲間であり家族である事。

 

 だからこそ、この触れた戦車達には大洗女子学園の戦車道を学んでいた先人達の心と想いが込められている事が痛いほど繁子達には理解できたのである。

 

 

「いつか大洗の戦車道、復活したらええな」

 

「いつになるやらわかんないけどねー。予算とか諸々大変だろうしさ」

 

「杏ちゃん、とりあえず部品とか貰っていいの? あと、八九式中戦車もだけど」

 

「それは一応、レンタルって形にしとこうや、ただでさえ戦車少ないのに戦車道やる事になったら堪らんやろ」

 

「いいの? しげちゃん?」

 

「構わへんよ、むしろこの戦車も大洗にあったほうが本来はええやろうしな」

 

「あ、じゃあさ! わかりやすくマーク付けとこうよ! 大洗の八九式中戦車ってわかるようにさ!」

 

「お、それええな! せやなー…どんなマーク付けとこうか?」

 

 

 そう言いながら繁子は貰い受ける八九式中戦車のマークについて考え始める。

 

 果たしてこの戦車にはどんなマークが良いだろうか? できれば可愛らしいマークにしてあげたい。

 

 そんな時だ。永瀬が手を挙げてこんな事を話はじめた。

 

 

「じゃあさ!アヒルにしよう! アヒル!」

 

「アヒル? そりゃまたなんで…」

 

「かっこいいし、可愛いじゃん! アヒル! それにさ!」

 

 

 永瀬はここで何故アヒルにしたかを皆に思い出させるように語りはじめた。

 

 そうあれは数年前、繁子達は雪どけ水は川の流れに乗って海に出られるのか?や釧路あひる大レース等の実験を行なった。

 

 その時にお世話になったのは、思い入れのある玩具のアヒル隊長なのである。

 

 アヒル隊長は鹿児島県霧島市の霧島温泉大使に任命され、温泉のPR活動やイベント出演をしている。

 

 そして、今もなお、田種村では村長として君臨しており、アヒル村長という役職も務めている。

 

 全長1kmの流しそうめんで竹の水路を流れていったが、勢い余って木に挟まってしまった逸話も持ち、まさに、この八九式中戦車にはうってつけだと永瀬は思ったのだ。

 

 

「異議なし!」

 

「いいじゃんそれ!」

 

 

 立江、真沙子は永瀬の提案に納得したように頷く。

 

 そんなアヒル村長にちなんだマークをこの八九式中戦車に入れよう。

 

 そう、この戦車こそがこの大洗女子学園におけるアヒル村長なのである。

 

 

「それじゃ、この八九式中戦車の名前はアヒル隊長で決まりやな」

 

「アヒル隊長…戦車につける名前? それ?」

 

「杏ちゃん、あんま気にしたらあかんで? こんなもんはノリや」

 

「ノリならしゃあないか」

 

「会長! 納得早すぎですよ!」

 

 

 そう言いながら、納得する角谷杏に声を上げる河嶋桃。

 

 こうして八九式中戦車は時御流命名『アヒル隊長』に名前が決まった。

 

 アヒル隊長はひとまずレンタルという形になるが、これから知波単学園の戦車として来年の全国大会を戦う事になるだろう。

 

 アヒル隊長と部品を少々いただいた繁子達は整備し終え、大洗女子学園での用事は済んだ。

 

 さあ、こうして残りの休暇は大洗女子学園の観光に充てることができるが…?

 

 

「大洗ってそういや杏ちゃんなにがあんの?」

 

「あんこう鍋とか有名だよー」

 

「へぇー、あんこう鍋かー、いいねー」

 

「美味しいところならいくつか知ってるけど食べ行くの?」

 

「んー、せやなー」

 

 

 そう言いながら、杏の言葉に首を傾げる繁子。

 

 あんこう鍋、確かに美味しそうではあるし食べてはみたい。しかし、美味しい店で果たして食べるべきだろうか?

 

 否、時御流はそんな店で出されたあんこう鍋を食べて満足する流派ではない。

 

 まず、話を切り出したのは多代子からだった。

 

 

「なら、あんこうからまず獲り行こうか?」

 

「水揚げしてるとこってわかる?」

 

「へ? …み、水揚げ?」

 

「あー、あんこう獲ってる漁港なんだけどさー」

 

「…まさかお前達、今から」

 

「漁に出ようかと思います」

 

「いやいやいや! おかしいだろ! どんな頭してるんだ一体!」

 

 

 河嶋桃は声を上げて突っ込みを入れる。

 

 おかしい、戦車の整備を終えて休暇を楽しむかと思いきやあんこう鍋を食べる為、新鮮なあんこうを獲りになんとこの娘達は漁に出ようと考えているのだ。

 

 しかし、繁子達のその眼差しにはなんの迷いはない、これまでにも当たり前にやってきたと言わんばかりの軽い口調であった。

 

 

「あんこうは取った事ないからなんだか楽しみやね」

 

「とりあえず今まで獲ってきた深海魚は…えーと、ダイナンウミヘビとかフトツノザメやギンザメとかは引き揚げたことあるんだけど」

 

「なに言ってるか全然わからない」

 

「え? あんこうって一応、深海魚だよね?」

 

「多分、言いたいことはそこじゃないと思うよ、智代」

 

 

 そう言いながら、明らかな認識の違いについて優しく永瀬の肩を叩いて告げる多代子。

 

 話を聞いていた杏も柚子も桃も驚愕のあまりポカンとしている。それはそうだろう、どこの世界に深海魚を釣り上げに行こうとする女子高生達がいるのか。

 

 さて、時御流一同があんこうを獲りに行く事に決まり、今回の漁で獲る魚をここで皆さんに御紹介しておこう。

 

 今回、捕獲し、あんこう鍋に使うあんこうとしてはキアンコウ(ホンアンコウ)とアンコウ(クツアンコウ)の二種のあんこうとなる。

 

 この二種のあんこうは日本で主な食用の種である。両種は別の属に分類されているが、外見は良く似ている。そのため、一般に市場では区別されていない、外見的な特徴は頭部が大きく幅が広いこと。体は暗褐色から黒色で、やわらかく平たい。

 

 そんなあんこうを追い求め、我らが時御流は大洗女子学園の学園艦から大洗に降り、数キロ先にある漁場に訪れた。

 

 ここがあんこうを水揚げしている大洗港である。

 

 早速、永瀬は港で働いている漁師達に話を聞いてみる事に。

 

 

「こんにちはー! 私達、時御流の者なんですけどー」

 

「ん? …時御流?」

 

「あぁ! あんたら時御流の娘さん達ね!」

 

「はい! あの? ここで新鮮なあんこうを獲っているって聞きまして」

 

 

 そう言いながら永瀬はにこやかな笑みを浮かべて大洗港で水揚げをしていた漁師達にそう告げる。

 

 すると、漁師はその言葉を聞いて察したのか永瀬に優しくこう問いかけてきた。

 

 

「あぁ、漁に同行したいって話かい?」

 

「そうなんですけど…、大丈夫ですかね?」

 

「この後、また船出す予定だったから、よかったらそん時に乗ってきな!」

 

「ほんとですか!? おーい! みんなーオーケーだって!」

 

「よっしゃー! でかした永瀬!」

 

「ご同行させていただいてありがとうございます!」

 

「おや? あんた、城志摩 繁子ちゃんやない? お母さんそっくりやねー」

 

「オカンがお世話になりました」

 

「いやー、こっちも良くしてもらっとったからねー。テレビ見たよ、よう頑張っとったね戦車道」

 

「ホンマですか? おおきに! ありがとうございます」

 

 

 そう言いながら漁師達に溶け込むようにして会話を繰り広げる繁子。

 

 そんな繁子達の周りにはいつの間にか漁師達が賑やかに集まってきていた。時御流はこういったところでも影響力があるようである。

 

 さて、こうして、あんこうを獲るために漁に同行する事になった繁子達だが、なんと今回は大洗女子学園の生徒会である角谷杏達も同行する事になった。

 

 

「さぁ、杏ちゃん、あんこう獲るで!」

 

「おー!! 私も初めてだからさー、なんだかワクワクするよ」

 

「か、会長〜…気持ち悪いです…」

 

「も、桃ちゃん、船に酔うなら無理にこなくても」

 

「会長だけを漁にいかせるわけには…オロロロ」

 

「わぁ、無理しちゃだめだよ!」

 

「め、面目無い」

 

 

 そう言いながら、酔った自分の背中を優しく摩ってくれる永瀬にお礼を述べる河嶋桃。

 

 ちょうどあんこうが美味しい季節の三月ギリギリに大洗に来れたのは幸いだったと言える。この季節ならばきっと美味しいあんこうも獲れるはずだ。

 

 それから、繁子達が乗った船は漁を開始した。

 

 あんこうの漁は底曳網漁・延縄漁・刺網漁などで漁獲を行う。

 

 ちなみに繁子達はこの漁のやり方を全て熟知しており、様々な深海魚を獲ってきた実績がある。

 

 そして、そんな漁の最中でまた新たな発見があった、それは…。

 

 

「おおおおお!!!!マジか!」

 

「マジか!ウソーーー!!!」

 

 

 永瀬と立江が大興奮、そこには角谷達が見たこともない、厳ついサメの姿があった。

 

 いかにも凶悪そうなその顔つき、漁師達もまだ見たことがない魚がそこにはいた。これには柚子も杏も目を丸くするばかりである。

 

 そんな中、杏はふとどこかの本で見たことある魚の姿をそこで思い出す。

 

 確かそれは、希少種のサメ。生きてみることはとても珍しく別名、深海の悪魔と呼ばれるサメ。

 

 その名は。

 

 

「え? ゴブリンシャーク? これ、ゴブリンシャークだよね?」

 

「そうやね、ゴブリンシャークさんやね、うわーほんまにまた会えると思わんかったー」

 

「いやいや! おかしいよしげちゃん! ゴブリンシャークって幻のサメだよ!? あんこう獲るついでで見れるものじゃないからね! 奇跡だよ! 奇跡!」

 

 

 ゴブリンシャーク、別名、ミツクリザメ。

 

 世界でも発見例が100程度しかないと言われている幻のサメである。

 

 まさか、この漁で出くわすとは思いもよらず、それを目の当たりにした杏はただただそのサメの姿に目を丸くするばかりであった。

 

 すぐさま写真を撮り、そのゴブリンシャークは丁重に海に返してあげた。さすがに数が少なく希少種のゴブリンシャークをあんこう鍋に入れるわけにはいかない。

 

 

「以前見たゴブリンシャークよりデカかったよね、あれ」

 

「多分、あれが成長したゴブリンシャークなんじゃないかな?」

 

「以前も見たのかお前達!? あれ絶滅危惧種だぞ! そうそうお目にかかれないんだぞ!」

 

 

 河嶋桃は興奮した口調で繁子達に告げる。

 

 あまりの出来事に船酔いが吹き飛んでしまったようである。確かにあんな大きくて厳ついゴブリンシャークなんかを目の当たりにすればそうなるのも致し方ない。

 

 それからしばらくして、あんこう鍋に使うあんこうをある程度捕獲し、繁子達は大洗港に戻った。

 

 新鮮なあんこうを真沙子に捌いて貰い、貰った野菜を出汁が取れた鍋入れて料理する。

 

 この時期のあんこう肝は肥大で美味である。

 

 

「うんまい! あー…やっぱり鍋は暖まるね」

 

「やっぱり真沙子の料理は一品やな、嫁にしたら絶対ええ嫁さんになるよ」

 

「ふふん、褒めても何にも出ないわよー?」

 

「板前ばりの腕前だねー、こんな美味しいあんこう鍋食べるの初めてだよ」

 

「お代わりはあるのか?」

 

「あるよー、いっぱいあんこう獲れたからさ」

 

「ほんとか!」

 

 

 そう言いながらワイワイと大洗港であんこう鍋を囲む繁子達と大洗女子学園の生徒会。

 

 新たな戦車アヒル隊長と戦車の部品を手に入れ、大洗での名物を堪能した繁子達。

 

 いつか大洗女子学園で戦車道がまた始まった時、この地に再び訪れることもあるかもしれない。

 

 そんな時はまたこうして、あんこう鍋を囲みたいものだと繁子達は思うのであった。

 

 目指すは次の戦車道全国大会優勝。

 

 辻つつじが知波単学園を去り、そして、新たに入ってくる一年生達は一体どんな者たちだろうか?

 

 そんな期待を膨らませる中、繁子達は暫しの休暇をこうして堪能したのだった。

 



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去る者と来る者

 

 

 

 大洗女子学園から帰還した繁子達御一行。

 

 形は違えど、レンタルという形で加わった仲間、アヒル隊長を引き連れて繁子達は今後、新たに知波単学園に加わるだろう人材達に備えることに成功した。

 

 そう、辻つつじという大きな隊長がこの学園を去り、そして、戦力となり今後の知波単学園を支えるであろう新入生達が入ってくる事になる。

 

 卒業式の日、辻つつじと改めて対面した繁子はしっかりと隊長を引き継ぐ事を改めて心に誓っていた。

 

 

「辻隊長、今迄ありがとうございました。そして、私達を支えてくださりホンマに感謝してます」

 

「…ふふ、いや、お前達には驚かされてばかりだったな」

 

 

 そう言いながら、花束を繁子からしっかりと受け取る辻つつじ。

 

 今、思えば、驚かされてばかりだったけれど今年の戦車道が一番面白かった。そして、もっとこの娘たちと一緒に戦車道をやりたかったと心の底から辻は思う。

 

 たくさんの得られない経験も体験も思いも味わった。そんな、戦車道だった。

 

 

「私は大学でも戦車道をやるよ、繁子達と共に過ごして改めてわかったんだ。戦車道にはたくさんの事が詰まってるって事が」

 

「…そうですか」

 

「あぁ…、戦車を愛する戦車乗りになりたいってこの一年を通して感じたんだ。だから、私はきっとこの先もずっと戦車道をやり続けたいと思う」

 

「辻隊長ならきっとなれますよ」

 

「…ありがとう繁子。今年はお前達ならきっと優勝できる。私が選んだ隊長なんだ、間違いないよ。気負いすぎるな、お前を支えてくれる仲間はこの知波単学園にはたくさん居るんだからな」

 

 

 そう言いながら、辻は優しく繁子の頭を撫でた。

 

 隊長というプレッシャーは辻自身がよくわかっている。けれど、それを一人で抱え込まない様に辻は敢えてそう言った。

 

 自分が隊長になった時に勝てない試合ばかりが続いた事があった。うちひしがれた事もたくさんある。

 

 だからこそ、繁子が気負いせぬ様にと辻は知波単学園と立江達を頼る様に言ったのだ。

 

 一人じゃない、戦車道をやる中で仲間達が助けてくれる事を繁子にも心に留めて欲しかった。そして、その一人に辻自身も含まれている事を。

 

 

「…はいっ!…い、いままで…一緒に戦ってくださってホンマに…ありがとう…ございましたっ!」

 

「…おいおい、泣くな。…私のセリフだよ繁子」

 

 

 そう言いながら、涙を流して頭を下げる繁子を優しく抱き寄せる辻。

 

 知波単学園の隊長として、繁子は自分に夢をくれた。それが、叶わなかった夢だとしても見せてくれた。知波単学園の戦車道全国大会優勝という夢を。

 

 名門サンダース大学付属高校との熱戦、聖グロリアーナ女学院、隊長アールグレイとの激闘、そして、知波単学園の宿敵、黒森峰女学園との死闘。

 

 それらは辻つつじにとって、かけがえのない戦いとなった。

 

 

「繁子、次はお前達の番だ。ここにいる知波単学園のみんなに見せて欲しい、全国の頂を」

 

「…はい! 絶対に今年こそはやってみせます!」

 

「優勝旗を持って凱旋するお前の姿を楽しみにしてる」

 

 

 そう言って辻はにこやかな笑顔を浮かべて告げた。

 

 辻つつじと歩んだ戦車道はこの卒業式を区切りに終わりを告げる。だが、この別れは決して最後の別れなんかじゃ無い。

 

 今年の戦車道全国大会で優勝旗を持って帰ろう。

 

 その光景を辻に見せてあげたい、それを望んだのは辻だけじゃ無い、これまで、知波単学園の戦車道を礎を築いてきた先輩達にもきっとその晴れ姿を見せる。

 

 繁子は固く心にそう誓った。今年こそは叶わなかった母、明子との誓いを果たす。

 

 繁子は知波単学園から去りゆく辻の姿を仲間達と共に最後まで見送り、そう改めて心に留めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、季節は巡り、知波単学園、入学式の日。

 

 この日、繁子達は新たな戦車道を専攻する者を勧誘する為に奔走していた。

 

 炊き出しや露店、そして、チラシ配り、出来るだけ多くの人材を確保して今年の知波単学園の戦車道の層を厚くしようと考えていたからだ。

 

 アヒル隊長、山城、つれたか丸を使ったパフォーマンスや様々な催しをしながら彼女達は一年生達を勧誘する。

 

 

「はーい、たこ焼き揚がったでー、二名さんお待ちどう!」

 

「はい、握りあがったよー、サーモン。イカはいかがー、イカだけに! なんちって!」

 

「へい! そこの嬢ちゃん! ウチのインテリアいかが? 自慢の品ばかりだよ!匠のお墨付きだよ!」

 

「炭火で焼いた地鶏はいかがかねー、自家製の炭で焼いた出来立ての地鶏だよ!」

 

「あ、ねーねー、きみきみ! この後ライブやるんだけどさ! 良かったら来て見ない? 私がボーカルやるんだけど!」

 

 

 第1次産業を網羅した職人時御流の全力全開。

 

 あっと言う間に賑やかになる学園、当然、知波単学園の戦車道の名は全国に轟いているわけで、こんな事をしなくても人材は集まる。

 

 だが、繁子はあえて、こういった催しをする事を選んだ。それは、この知波単学園の戦車道が楽しいと皆に思ってもらい為だ。

 

 そんな中、新入生達は目をキラキラと輝かせて繁子達の開いている屋台やライブに足を運んだ。

 

 戦車強襲競技で鍛えられた集客術、資金集めの術がこんな場所でも役に立つ。

 

 時御流は全てが全て、戦車道に何かしら結びつく技を身に付けているのである。

 

 

「おぉ、これは美味しいですね!」

 

「せやろー、自前のタコさん使っとるからな」

 

「入学式前に漁に出てきて良かったよね」

 

「…なんと、自前の…道理で」

 

「貴女、一年生?」

 

「あ、はい! 一年生です! 西絹代と言います!」

 

 

 そう言って、凛とした顔つきをした。長い黒髪の女生徒は頭を下げて繁子達に名乗った。

 

 その背丈に見合うだけのナイスなボディバランス。理想的な体型、そして、言わずもがなそのルックスはイケメンだ。いや、この場合は美少女というべきだろうか?

 

 兎にも角にも、西絹代と名乗ったこの一年生の女の子は明るく良い人材である事には違いなかった。

 

 そんな中、まず、話を切り出したのは彼女、西絹代からだった。

 

 

「あ、あの!? もしや! 貴女は城志摩 繁子隊長でありますか!」

 

「ん? なんや、自分ウチの事知っとるんかいな?」

 

「それはもう! あの全国大会の決勝戦を見れば誰でもわかりますよ! それに…」

 

 

 そう語る絹代の話に耳を傾けながらたこ焼きをひっくり返す繁子。

 

 一年生の中にもやはりあの大会を見ていた者達は多い、そう考えれば、自分の名を知っていても不思議ではないだろう。

 

 そんな事を考えながらたこ焼きをひっくり返していた繁子は出来上がったそれをお客さんとして来ていた他の女生徒に手渡しつつ絹代に視線を戻す。

 

 すると、彼女はどうした事か顔をほのかに赤くしながらモジモジとしていた。一体どうしたのだろうか?

 

 思わず心配する様に繁子が顔を覗き込む、すると、顔をさらに赤くした西絹代ははっきりとした声色で繁子にこう告げはじめた。

 

 

「じ、実は! 私! しげちゃんファンクラブの会員であります! ずっと前から繁子さんに憧れてました! 貴女を愛して止まないのです! つ、つ、付き合ってください!」

 

「…は…。…え?…え?」

 

 

 時間が止まったかの様に焼いていたたこ焼きを持っていた串からポトリとたこ焼きが落ちる。

 

 そして、隣でインテリアを売っていた立江の目が点になり、さらに、ただただ呆然とその光景を目の当たりにしていた。

 

 思いの外、突然の出来事に唖然とする一同。

 

 しかし、そこでフォローを入れるかの様に多代子が冷や汗を垂らしながら満面の笑みを浮かべるとこの空気を変えるために皆にこう告げはじめる。

 

 

「はーい! ここで一旦CM入りまーす! とりあえず休憩入れるからちょっと待機ねー」

 

 

 皆から残念そうに『えー』という言葉が発せられる中、そんな感じでとりあえず場を一旦落ち着かせる多代子。

 

 しかしながら、CMとは一体なんなのだろうか多分流れるとしても物流とかそんな感じのCMだろう。

 

 そして、しばらくして頭からタオルを巻いていた繁子はそれを外すと動揺が隠せない中、まずは、どこから突っ込めば良いか冷静に思案していた。

 

 まず、しげちゃんファンクラブからだろうか? それとも、同性の一年生から告白された事だろうか?

 

 いや、しかし、まさかこんな局面に出くわすとは思いもよらなかった。これはどんな顔をしていいかわからない。笑えばいいのだろうか? 既に顔は引きつった笑みを浮かべているが。

 

 

「…えと、立江、しげちゃんファンクラブってなんやの?」

 

「…ん…あー…その…誠に言い難いのだけど、しげちゃんを愛でる会みたいなのじゃないかな?」

 

「…立江、詳細、知ってるって事はあんたまさか」

 

「はっ!? しまった!」

 

 

 話を急に振られた立江は動揺した弾みで口を滑らせてしまった。そこを真沙子に拾われ完全に完全に嵌められた形、これはもう言い逃れができない。

 

 そう、何を隠そう立江もまたしげちゃんファンクラブの一員であり、西住姉妹をはじめ、継続高校のミカ、そして、多岐に至るまで様々な学校に幅を広げ拡大しているファンクラブがしげちゃんファンクラブなのである。

 

 ここまでくるともはや宗教の域に近い、繁子は静かに頭を抱えるしかなかった。

 

 この調子だといつの日かしげちゃん教なんて宗教が出来上がっていてもなんら不思議では無いだろう。そんな事になった日には繁子本人はただただ困惑するしか無い。

 

 しかも目の前には目をキラキラと輝かせた一年生の絹代がこちらに何かを期待する様な眼差しを向けている。

 

 

「あ、あのやな、…気持ちは嬉しいんやけど、女の子同士で付き合うとかはちょっと…」

 

「え…?」

 

 

 その言葉を聞いた絹代の表情が一瞬にして捨てられた子犬の様なそれに変わる。

 

 それを見ていた繁子は慌てて笑みを浮かべたまま手を握るとフォローするように続けてこう語りはじめた。

 

 

「で、でも、戦車道に絹代みたいな頼もしい戦車乗りがおってくれたら頼もしいやろうなぁって思うよ! ウチらの力になってくれへんかな? ね?」

 

「!? それはもちろん! 粉骨砕身! 繁子殿に尽くす所存であります!」

 

「ほうか! なら良かったわ! ほな、これからよろしゅうな?」

 

「はいっ! 憧れの貴女と共に戦場を駆けれるなんて本望です! なんでもおっしゃってくださいね!」

 

「…あ、あはは、わかったホンマにおおきに」

 

 

 絹代がズイッと迫ってくる中、繁子は気圧されて顔を引きつらせてそう答える他なかった。

 

 まさか、こんな一年生が入ってくるなんて予想もしていなかったし、何よりいつのまにしげちゃんファンクラブなんて出来たのだろうかという疑問も湧いてくる。

 

 そして、同性である女の子に告白されるという謎の現象、慣れたとはいえどう考えてもおかしいだろうと繁子は笑うしか無い。

 

 ともあれ、他の一年生達もその後、繁子達の頑張りで次々と戦車道を専攻する者達が増えていった。

 

 もしかすると今年が知波単学園はじまって以来、過去最高の戦車道受講者数を記録したかもしれない。

 

 

「あの一年坊、一回鍛え直さなきゃならないわね…」

 

「アネェ目が怖いよ」

 

「てか、ファンクラブなんて作ったあんたの自業自得じゃんよ」

 

「だ、だってまほりんとかミカの奴がさー!」

 

「あーはいはい、だいたい察しがつくから大丈夫だよ、こんなんで大丈夫かなウチら」

 

 

 頭を抱える多代子に突っ込みを入れる真沙子、大方、その通りであり立江はこの時ばかりは何も言えずに拗ねるしかなかった。

 

 こんな事では先行きが不安になるのも仕方ない、立江を除いた繁子達は納得したように頷くばかりであった。

 

 こうして、新たに一年生を加えた繁子達。去年の雪辱を晴らすべく彼女達はいよいよ勝負の年に向けて本格的に動き出そうとしていた。



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新入生

 

 一年生を新たに加え、より強力になった新生知波単学園。

 

 入学式の日に頑張って勧誘を終えた繁子達は翌週のはじめに機甲科を専攻した一年生を集めとりあえず自己紹介と皆との交流の場を設ける事にした。

 

 何をやるにしてもまずは面識をしっかり持ち、皆が一致団結できるような環境づくりをしていかなければならない。

 

 それは、隊長ならば尚更である。

 

 

「という訳で自己紹介から! うちの事は多分知っとるとは思うけど、改めてやね! ウチの名前は城志摩 繁子! 戦車道流派、時御流家元で今はここ知波単学園の隊長や! 皆! よろしゅうな!」

 

 

 そう言ってにこやかな笑顔を浮かべて一年生皆に自己紹介をする繁子。

 

 その姿を見た新入生達はザワザワと話をし始める。やはり、繁子の知名度は前年度の戦車道全国大会を通じて広く伝わっているようだった。

 

 

「あれが、繁子隊長…」

 

「可愛いよねぇ、私ファンクラブ入っちゃった♪」

 

「でも、威厳あるし、それでいて頼り甲斐があるって感じじゃない」

 

「日曜日、夜のテレビに出てたよね!」

 

「あの黒森峰との決勝凄かったよね」

 

 

 彼女達は自己紹介を終えた繁子について様々な感想を話しながら笑みを浮かべていた。

 

 これから先待つ戦車道、どんな戦車道になるのだろうか、どんな強敵達と戦うことになるのか。

 

 そう、これからは知波単学園の機甲科の一員として、繁子達と共に戦車を駆り戦場を戦い抜いていかなくてはいけない。

 

 

「あ、ちなみに苗字は今は城志摩やけど、ほんまは時御やから、時御 繁子やね。まぁ、繁子とか隊長と呼んでもらえたらええわ、それじゃ一年生諸君、自己紹介お願いできるか?」

 

 

 優しく微笑みながらそう告げる繁子。

 

 親しみやすく、優しい隊長。そんな愛されている繁子に対して緊張していた一年生達は胸を撫で下ろしいつの間にかリラックスしていた。

 

 これならば、自己紹介で噛むこともないだろう。繁子の後ろから静かに眺めていた立江達を含めた知波単学園の二年生と三年生からも思わず笑みが溢れる。

 

 そんな中、一年生の自己紹介が始まった。まず、自己紹介をしはじめたのは後ろに編み込んだおさげが特徴の黒髪の女の子からだった。

 

 

「はい! 私の名前は玉田ハルと言います! 先代、辻つつじ隊長に憧れこの機甲科を希望しました! 不束者ですがよろしくお願いします!」

 

「ん…? 玉田…? もしかして玉田流の?」

 

「はい、玉田流を多少なりと嗜んでおります! 私の長所は突撃による打開力です!」

 

「またこれは知波単らしい人材が入ってきたなぁ、うん、よろしゅうな?」

 

 

 そう言って、玉田ハルと握手を交わす繁子。

 

 突撃は知波単学園の伝統的な戦法であり、強みでもある。これは、どんな世代になれど変わりはしない。

 

 突撃という伝統的な戦法をいかにうまく使い分けるのか、これが今の繁子達がいる知波単学園である。

 

 さらに、戦車道流派の一つである玉田流となれば心強い、玉田流の戦い方を彼女から自分達も吸収できるというものだ。

 

 そして、その玉田の自己紹介を皮切りに一年生の自己紹介は次々に行われていく。

 

 

「名倉です! よろしくお願いします!」

 

「同じく浜田です!」

 

「寺本と言います。通信手を中学ではやってました!よろしくお願いします!」

 

「これから、よろしゅうな!」

 

 

 そう告げる繁子は一人一人握手をしながらにこやかにそう告げていく。中には繁子に手を握られて顔を赤くする者や思わず感極まって涙を流す者もいた。

 

 そんな中、繁子の手を震える両手で握りしめて嬉しそうに笑みを浮かべる頭の上で2つに巻いた髪形が特徴の少女は感激したように繁子に自己紹介をしていた。

 

 

「私は細見と申します! 繁子隊長! 黒森峰との激闘、聖グロリアーナとの白熱した砲撃戦! 手汗握る戦いでした! どうぞ! これからご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

 

「あの試合見ててくれたんか、おおきに! めっちゃ嬉しいわ! 今年は一緒に決勝に行こうな! 期待しとるで!」

 

「はいっ! 頑張ります!」

 

「気負いせんように頑張りや」

 

 

 そう告げて握手を終えた繁子はスッと細見から離れると次の一年生の元に足を進める。

 

 そこに居たのは、目をキラキラとさせているあの繁子が出店で出していたたこ焼きの屋台で出会った一年生。

 

 そう、真っ直ぐに繁子に思いの丈を伝えた素直で綺麗な顔立ちをした西絹代である。

 

 

「繁子隊長! 私は西絹代と申します! 貴女の為、全身全霊を捧げ突撃と共に散る所存です!」

 

「散らんでよろしい、…ん、まぁ、絹代ちゃんは屋台で会ってんもんな。うん、ええ目しとるやん、今年からよろしゅうな!」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 

 そう告げて繁子は優しく絹代の手を握りしめて握手を交わす。

 

 彼女達が今後の知波単学園を支えていく逸材達だ。

 

 きっとこの先、様々な局面に合うだろう、その時に彼女達はそれを乗り越えていかなくてはいけない。

 

 そんな中、自己紹介を一通り終えたのを見計らい、知波単学園の機甲科の指導を勤め上げる東浜 雪子が繁子に代わり、一年生達に話をし始める。

 

 それは、この戦車道名門、知波単学園の戦車道がどういったものか、どんな心掛けと覚悟を持って挑まなくてはいけないものかを理解させる為だ。

 

 戦車道は何も楽しいことばかりではない、キツイことも努力することも必要になってくる。

 

 甘い考えで戦車道をやってみようという考え方は仲間を危険に晒すことにも繋がるのだ。

 

 東浜雪子は静かな声色で淡々と一年生達に話をしはじめる。新入生達はそんな雪子の話に耳を傾け彼女の目を真っ直ぐに見つめていた。

 

 

「知波単学園の戦車道は根性、努力、信頼がもっとも必要な学園です。楽しいこともあるでしょうがキツイ事も当然ながらあります。その覚悟を持って貴女達はここに私は来たと思っています」

 

 

 そう告げて、東浜雪子は一人一人新入生達の顔を見ながら淡々と語る。

 

 知波単学園の戦車道に携わる戦車道の生きるレジェンドとして、そして、指導者としてありったけのものを彼女達に今後伝えていかないといけない使命が雪子にはある。

 

 だからこそ、新入生達にはより覚悟を持って戦車道をやってほしいと思っていた。

 

 

「指導官として、私は貴女達を指導する立場の人間です。戦車道には大切なものが詰まっています、楽しさ、悔しさ、嬉しさ、貴女達にはこの戦車道を通してそれらを学んでほしいと思っています。そして、今年は我々が目指すは全国の頂、知波単学園が今まで成せなかった事を成し遂げる。それこそが目標です」

 

 

 そう語る雪子の眼差しは真っ直ぐに新入生達の目を見詰めていた。

 

 これは世迷言でも夢物語でもない、やり遂げなくてはいけない事だ。先代の知波単学園の隊長達、そして、誓いのためにも。

 

 だからこそ、敢えて雪子は忠告するように新入生の皆にそう告げたのである。

 

 戦車道は決して甘い世界ではない、皆が積み上げてきた誇りと歴史の積み重ねであると。

 

 

「これだけは覚えときなさい、意味の無いことなんてない。全てが戦車道に通ずること。例え、どんなに小さな事であっても戦車道に必ず役に立つ。これを心に留めて戦車道に励みなさい、私からは以上よ」

 

 

 一通り話を終えた雪子は隊長である繁子に場を任せて引き退る。

 

 とりあえず、伝えたい事、言いたい事、肝に銘じておかなくとはいけない事は全て新入生達に雪子は話し終えた。

 

 どんな厳しい訓練が待ち構えていようが、彼女達はこれで覚悟はできたはずだ。次回の戦車道全国大会まではあまり時間は残されてはいない。

 

 ならばこそ、全力で訓練や特訓を積み重ね仲間との連携を深めていかなくては到底、戦車道全国制覇など無理だ。

 

 少なくとも東浜雪子はそう思っていた。

 

 

「そんじゃ一年生は…立江、真沙子。あんたら2人でええわ、今から模擬戦をするから準備して戦車に乗って表で待機や」

 

「え?」

 

「も、模擬戦ですか? いきなり?」

 

「腕を見ないことには雪子さんもウチらも指導のしようがない! そういうこっちゃ! 戦車の動かし方がわからない一年生は先輩達に教わりや! ウチも教えたるから遠慮なく聞いて来るように!」

 

 

 そう告げた繁子は一旦話を終えて早速、一年生達に戦車に乗るように促す。

 

 模擬戦による現状の実力の確認、そして、戦車の動かし方の指導。それは、己の弱点を自覚させ見つけ出して修正させるにはもってこいの機会である。

 

 繁子はメンテナンスを終えている戦車を一年生達に振り分け、チームを組ませた。

 

 

「アヒル隊長は…せやな、絹代、あんたが乗ったがええやろ」

 

「は? …自分がですか?」

 

「これは大洗女子から借りてきた戦車や、しっかりメンテもしとるしエンジン、履帯も一新させとる。乗りこなせるかはあんた達次第や」

 

「アヒル…隊長…」

 

 

 そう告げる繁子の言葉に絹代は静かに佇むアヒル隊長(八九式中戦車)を見つめる。

 

 あちらこちらに刻まれた傷跡、長年戦ってきたそのアヒル隊長は逞しく見える。これに乗って今から自分達は戦うのだと思うと絹代は心が踊った。

 

 早速、戦車に乗り込む絹代、一年生達はチームを組み、計8輌の戦車にそれぞれ乗り込んだ。

 

 アヒル隊長を筆頭に、編成はホニとチハがそれぞれ2輌づつ、そして、ケホが3輌の編成だ。

 

 対する真沙子、立江は四式中戦車チト(山城)、そして、試製新砲戦車(甲) ホリIIにそれぞれ乗り込みそれに対峙する。

 

 実力的には劣るが、数は明らかにこちらが優勢、一年生の女学生達は初めて乗る戦車にワクワクしながらも立江達に勝てるだろうと思っていた。

 

 この時までは…。

 

 だが、実践がはじまるとこれが違ってくる。たった2輌の戦車、しかし、弾が全く当たらない。

 

 

「突撃だー! 突撃して動きを止めよう!」

 

「絹代! 私達も突撃よ!」

 

「応っ! 知波単魂の見せ所だー!」

 

 

 そして、取るのは愚直な突撃策。

 

 右に左に後ろにと突撃をヒラリヒラリと弄ぶように躱す立江の乗る山城(四式中戦車)。動きを読みさえすれば、愚直な突撃は恐るるに足らない。

 

 戦車から顔を出していた立江からは余裕からか欠伸すら出てくる始末だ。

 

 

「んー…。まぁ、こんなもんか、最初はそうだよね」

 

『立江ー、どうするー? こっち全部片付けちゃったけど』

 

 

 同じくして、3輌ほど引きつけていたホリ車を指揮していた真沙子からそんな通信がインカムを通して立江の耳に入ってくる。

 

 早くも15分立たないくらいだろうか? 向こうが突撃しかしてこないので確かに迎え撃つとなるとそうなってしまうのも仕方ない。

 

 立江は砲撃を躱すように森林地帯を駆け抜けるよう山城に乗る乗組員に指示を飛ばしながら、インカムを通して真沙子に話をしはじめる。

 

 

「そんでー? 腕前の方は?」

 

『御察しの通り、突撃策ばっかし、指示系統を決めてないからってこれはねぇ…』

 

「んー、これはいろいろ考えてやんなきゃね?」

 

 

 そう告げる立江は顔を引きつらせながら通信をしている真沙子の言葉に応える。

 

 初期の頃の知波単学園もこんな感じだったなと懐かしくなる一方、修正する箇所が割と明確だったので安心したところではある。

 

 しかし、それでは勝てない。

 

 黒森峰、聖グロ、サンダース、プラウダ等、戦車道全国大会ではより強固で頑丈な戦車を揃えてくる強豪校ばかりだ。

 

 そんな強豪校と渡り合うにはやはり雪子が言うように連携、戦術に幅をもたせていかなくてはいけない。

 

 となれば、この一年生だけで組ませた編隊で突撃策ばかりを講じるのはあまり良い傾向ではない、修正しなければいけない事だ。

 

 今いる知波単学園の二年生、三年生はたとえ隊長や指揮系統が麻痺しても車長の独自の判断で連携を取り、その場を打開する術を身につけつつある。

 

 いざという時に自分の頭で考え、自分達で纏まる術を雪子から身につけさせられているという事だ。

 

 それを踏まえて、まだ、一年生達には教えなければいけない部分がたくさんある。

 

 

「んじゃさ、どのレベルから教えんの?」

 

『やっぱさ、戦車を自作させるところからじゃない?』

 

 

 そうインカムを通しながら相談する立江と真沙子。

 

 戦車を自作させるところから、そう、まずは戦車に愛着を持ってもらうところから始めるのは良いことだろう。

 

 戦車を作る事を通せば、見えない部分も見えてくる。いろんな経験を積ませてやるのが彼女達には今一番必要な事だ。

 

 その真沙子の言葉に立江は納得したように頷く、とりあえず、今後の方針としてはその方針になってくるだろう。

 

 

「あー、やっぱりそっからか、また部品を貰いに他の学校訪問させるしかないかなー」

 

『後は、ゴミ捨て場とか製鉄所使って部品作らせるとか』

 

「良いじゃん、とりあえずしげちゃんに報告だねっと…発射!」

 

「あぁ! 玉田ー!」

 

 

 そんな会話を繰り広げながらも立江は見えていたかの様に横から突撃をしてきたホニに向かって砲撃指示を飛ばして戦車を沈黙させた。

 

 素人が運転する戦車等、恐るるに足りぬ。

 

 例え経験者であろうと、山口立江の指揮する戦車に至るには戦場での経験や培ってきた直感、そして、何よりも頭脳が必要なのだ。

 

 これが、プラウダのブリザードと並び称される知波単学園、副隊長の実力である。

 

 ルール無用の戦車強襲競技、そして、戦車道全国大会での激闘、戦車道レジェンド、東浜雪子の指導を通して立江は大きく成長していた。

 

 それは立江に限った話ではない、真沙子も多代子も永瀬もまた去年よりも戦車道の腕は格段に上達している。

 

 

「一年生とはいえ、8輌の戦車がたった2輌に…こりゃたまげたねー」

 

「流石ってしか言いようが無いけど、アネェ達だかんねー。相手が悪かった」

 

 

 そう言いながら試合を観戦していた同級生や先輩達も一年生の奮闘を見ながら顔を引きつらせる。

 

 時御流戦車道の実力は一年通して見ていれば嫌でもわかるというものだ。

 

 三年生も二年生もこの時ばかりは新入生達に静かに頑張れとエールを送るしか無かった。

 

 新たに加わった新入生達。

 

 様々な困難な事がこれから待ち受ける中、彼女達は雪子の指導を受け、逞しく成長していけるのだろうか!

 

 この続きは!

 

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!

 

 



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時御流、驚異のメカニズム

 

 

 新入生の模擬戦をひとまず終えた立江達。

 

 煤だらけの中、帰ってきた一年生達を迎え入れながら、立江達は戦闘結果の報告と新入生達がこれからすべき課題を簡単に繁子と指導官である東浜雪子に伝えた。

 

 その報告を聞いた繁子は引きつった笑みを浮かべ、東浜雪子は目を瞑り静かにそれを聞いて立江達が考えた戦車を自作させる方針について思案する。

 

 そして、しばらく考えた後、今後の方針を固めたのか東浜は静かにこう話をし始めた。

 

 

「そうね、戦車を作らせるという方針はいいと思うわ。戦車に対する愛着を持たせるという意味でも、とても基本的で大切な事だとは思う」

 

「それじゃ、東浜さん?」

 

「えぇ、シャワーを浴び終えた一年生は、次の戦車道全国大会までに強力な戦車を作らせるのと並行して戦車道での経験をさせていく事にする」

 

「ほうですか…」

 

「サポートには三年生、二年生を各自二名づつ付けてあげなさい、戦車作りのやり方とかわからないだろうしね?」

 

「わかりました。それじゃその方針で行きましょうか? ところで作らせる戦車は?」

 

 

 そう言って東浜の言葉に首を傾げる繁子。

 

 確かに戦車を作るとなれば何を作るかが重要になってくる。次回の戦車道全国大会には必要な戦力を揃えておく必要があるからだ。

 

 前回のようにはいかない。必ず対策を練られてくる筈だ。ならばこそ、新たな戦力の導入はあったほうが良いに決まっている。

 

 東浜は真剣に考えた後に、繁子達にこう告げはじめた。

 

 

「五式のチリを3輌。ホリIを1輌作らせようと思うのだけれど?」

 

「おぉ、チリですか! 良いですね!」

 

「こりゃ一気に戦力が加速するね? しかもオイ車は既に2つ作ってますし!」

 

「チハ、ホリII、チヘ、チヌ、ホニIIIとその他の戦車も割と良質な戦車が揃ってますから! こりゃ今年はいけますよ!」

 

「それにチリのエンジンを過給機付き500hp空冷ディーゼルエンジンに変えれば!チリIIも製作できますからね!」

 

 

 そう言いながら、東浜の話を聞いていた立江達は目を輝かせていた。

 

 五式中戦車、チリ。

 

 車体の重さは重量35トン、全備重量約36トンにも及ぶ、その装備は主砲は75mmの試製七糎半戦車砲(長)I型。さらに、その副砲には37mmの一式三十七粍戦車砲、九七式車載重機関銃が二箇所についている。

 

 車体の装甲は前面が75 mm 側面部が25~50 mm、更に後面50 mm。そして上面20 mmで構成されている。

 

 このチリ車は国産戦車としては多数の新機軸を搭載した、試作戦車としても特に実験的要素の強いものであった。

 

 75mmの最大装甲厚、対戦車戦闘を強く意識した口径75mmの長砲身高初速砲、重量級の砲兵装及び砲塔を駆動させる電動式砲塔旋回装置、砲塔バスケット、35tの重量を緩衝し制御しうる足回り、40km/hで走行させるための大出力液冷ガソリンエンジン、重量級の砲弾を人力によらず装填するための半自動装填装など戦車のスペックとしてもかなり高い。

 

 特に、人力による半自動装填は実に有効な切り札になり得る。

 

 戦車道では射撃に掛かる時間短縮と手間が勝敗を分ける。

 

 これらを考えれば東浜が提示するこのチリの三台導入、製作は次回の戦車道全国大会には欠かせない切り札になり得るものだ。

 

 問題はこの戦車の名前だが…。

 

 

「出来上がったチリの名前はなんにしよっか?」

 

「そんじゃ、AD足立で良いんじゃない?」

 

「AD?…何それ?」

 

「A(ある意味)D(大工)の略だよ」

 

「なるほど! なんか意味違う気がするけど! カッコエエからええか!」

 

 

 繁子はそう告げて、思いつきで名前を挙げた永瀬の言葉に納得したように頷く。

 

 時御流に関係ありそうな言葉をそれなりにただ連ねて略したようなものだが、どうやらそれで良いらしい、彼女達の感性は非常に独特である。

 

 それに続くようにして、多代子は質問を投げかける。

 

 

「ちなみにホリIは?」

 

「なんだか馬っぽいね? 馬の名前の付けとく?」

 

「キョンタにしとこうか?」

 

「賛成!」

 

「どこらへんが馬っぽいって思ったんだろうね…与那国島の馬に付けた名前を付けるってどうなのさ」

 

「良いじゃん! たくさん走りそうじゃん!」

 

 

 そう言いながら永瀬は首を傾げる多代子ににこやかな笑顔を向けていた。

 

 とりあえず、ホリIの名前はこうして与那国島で繁子達が命名した馬の名前から取り、キョンタと命名される事になった。

 

 与那国島の馬の名前が由来であるからして、これからできるキョンタにはたくさん走って貰いたいと一同は思う。

 

 

「まぁ、とりあえずキョンタを1輌と3輌のAD足立を作る事が今後の方針やね!」

 

「あー、それとね? あんた達に言っておく事があるんだけどさ?」

 

「言っておく事? なんですか?」

 

 

 話題を変えて思い出したようにそう話し出した東浜の言葉に立江は不思議そうに首を傾げる。

 

 すると、東浜は笑みを浮かべて、親指で車庫の入り口を指し示した。

 

 そこには繁子の見覚えがある制服を着た3人の姿。そう、継という文字が示された水色の下生地に縦白の線が入った制服。

 

 

「あんた達の山城、改造する予定だったんでしょ? その協力がしたいって事だったから合同強化合宿をする事にしたのよウチで」

 

「強化合宿!? き、聞いてないですよ!東浜さん!」

 

「立江、息災そうで何よりだ。風に呼ばれて来たよ、しげちゃん」

 

 

 そう言いながら、いつもの様に何事もなくいつの間にか立江の横に移動している制服を着たチューリップハットを被っている女の子。

 

 手慣れた様にカンテレをポロンと鳴らしてごく普通に彼女は馴染み既に知波単学園の車庫の中にいた。

 

 そう、合同強化合宿をする相手は繁子が以前、短期入学をしていた高校、継続高校である。

 

 立江の横にいつの間にか移動していたのは、ミカ、相変わらず自由な彼女はにこやかな笑顔を浮かべ、突然の出来事に目を丸くしている繁子に手を振る。

 

 

「あんたら…」

 

「あんたらが使う戦車をクリスティー式に改造するって話を聞いてさ。協力がてら来たって訳よ」

 

「クリスティー式? そんなものどこに…、…まさかっ!?」

 

「そう、察しが良いようで、嬉しいよ」

 

 

 ミッコの言葉に同調する様に頷くミカ。

 

 さらに、その言葉を聞いて暫し考えていた真沙子はその2人が吐いた言葉を聞いて目を見開いた。

 

 クリスティー式を取り入れる戦車、それは、繁子達と共に幾千の戦場を駆け抜けた戦友。

 

 四式中戦車、山城である。

 

 その言葉を聞いていた立江は山城に視線を移し、ミッコにこう質問を投げかけた。

 

 

「クリスティー式って、サスペンションをクリスティー式に変えるって事よね?」

 

「そうだね、履帯を外した装輪走行中にはステアリングハンドルを取り付け、先頭の接地転輪を左右に振ることで方向転換を行える様にするつもりだよ」

 

「ウチで扱ってるBTとかはそのクリスティー式を取り入れたもんが多いからさ、それを、こいつに取り付けようって訳さ、天下のクリスティー式を舐めんなよ?」

 

「マジか…その発想はなかったわ…。確かにそれなら、いざって時に二段備えになるし」

 

 

 そう言いながらミカ達の話を聞いて目を丸くする立江達。

 

 現在の四式中戦車、山城のサスペンションは独立懸架および、シーソー式連動懸架になっているが、このクリスティー式に改造するとなれば大会規定の方が気にはなるところではある。

 

 しかし、そこに関しては東浜雪子の口から繁子達にこう告げられた。

 

 

「サスペンションについての許可は得てきたわ、四式中戦車自体の主砲や装甲等の装備自体は変えないしクリスティー式に変えたところでお咎めは受けることはないから安心しなさい」

 

「うぉ!? ほんとに!? クリスティー式使えるんだこれ!」

 

「戦車自体もサスペンションも第二次大戦の最中で使われたもんをしっかり使ってんだし変えたとこでなんの心配は要らない。話は通しといたわ」

 

「東浜さんの事やからゴリ押しやったんやろうなぁ…」

 

「繁子、何か言った?」

 

「いや、なんにも言ってませんよー? やだなーあははー」

 

 

 そう言いながら笑って誤魔化す繁子。

 

 兎にも角にも、サスペンションをクリスティー式に変えることになった。それに伴い車輪や履帯に関しても山城に手を加える場所は多そうである。

 

 そんな中、永瀬は首を傾げるとこんな質問を皆に投げかけた。

 

 

「って事は、武装を改造するってのがありなら88mm砲を五式中戦車とかに引っ付けたりしても」

 

「そりゃもともと付ける予定だったからOKでしょ」

 

「あーそっか、なら大丈夫だね」

 

 

 その多代子の答えに納得した様に頷く永瀬。

 

 兎にも角にも、クリスティー式に四式中戦車を改造するのにはこれで弊害は無くなった。これならば、クリスティー式四式中戦車、山城を作り上げる事も可能である。

 

 ミッコはにこやかな笑顔で山城の車体をそっと撫でる。

 

 

「こいつがクリスティー式になれば面白いだろうねぇ」

 

「実はウチの生徒達も連れてきてるんだ。新入生も居るからこの後、模擬戦でもどうかな?」

 

「それはいい提案やな! アキ! 丁度、ウチらも新入生がおるから是非ともや!」

 

「ふふ、相変わらずだね、ところで今回は合同合宿だから寝床に関しては私はしげちゃんと同じ部屋が好ましいんだけど」

 

「あんたはブレへんなホンマに」

 

「んな事許可できるか! あんたは私と同じ部屋!」

 

 

 そう言いながら、寝床の場所について提案するミカにすぐさま告げる立江。

 

 立江はすぐさま繁子にすり寄って来たミカの襟首を引っ掴みあげていた。油断も隙もない、まぁ、ミカらしいと言えばそうであるのだろうが。

 

 とりあえずは今後は継続高校と共に強化合宿を行い、さらに戦車の改造をして次回の戦車道全国大会に備える事になるだろう。

 

 継続高校のBTやプラウダ高校からミカ達が持ってきたT-34/76やKV-1等の戦車との実践経験を新入生達に積ませれる事ができる。

 

 そうなれば、今後の新入生の飛躍に一層期待感が持てるというものだ。

 

 

「そういう訳さ、これから、暫くよろしく頼むよしげちゃん」

 

 

 ミカは立江から襟首を猫の様に掴み上げられたまま、笑みを浮かべて繁子にそう告げる。

 

 新入生による戦車の製造に継続高校との知波単学園での合同強化合宿、さらに四式中戦車山城のクリスティー式への強化。

 

 知波単学園は新入生を迎えた春先からこうして忙しくなることになった。

 

 

 この続きは…。

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!

 



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ついに! やってきたわに!

 

 継続高校との強化合宿が決まり、新入生達の指導方針が固まった繁子達。

 

 そんな、繁子達は今、ミカ達を連れてショッピングモールへと息抜きがてらに繰り出していた。

 

 両手にはショッピングモールで購入した服や戦車ショップで購入した戦車製造に必要最低限の部品、そして、日用雑貨品など様々な物である。

 

 

「いやー、たまにはこういうのも良いわね」

 

「女の子らしいことしてる気がするよ」

 

「私ら全部1から作ってんもんね」

 

「言えてる」

 

「いやいや、全部1から作ってるって…」

 

「まず買うって発想がなかったからね、私ら」

 

 

 ワイワイと雑談をしながらショッピングモールを歩く立江達。

 

 確かに、買うよりも自作することの方が時御流的には多い事だろうが、それにしてもショッピングモールに足を運んだのが久々だというのは年頃の女の子としてはどうなのだろうか?

 

 そこは、立江曰く、農家をしている方々に要らなくなった物を貰いに行く頻度の方が多いという事だった。

 

 果たして年頃の女の子がそれで良いのだろうかというアキの疑問はこれが時御流だから致し方ないで片付いてしまった。

 

 短期入学を繁子がしていた間、共に戦車道をしていた中で時御流がどういったものかもおのずとわかって来るというものだ。

 

 さて、それはさておき、ショッピングモールを歩いている立江達だが、真沙子と繁子、永瀬、ミカの姿が見当たらない、どうしたのだろうか?

 

 そのことに気がついた多代子は立江にこう質問を投げかける。

 

 

「あれ? リーダー達は?」

 

「あー、しげちゃんなら真沙子とミカと一緒にケーキ食べたいからってさっきルクレールに行ったわよー」

 

「あ、戦車喫茶とかいうあの!」

 

「そうそう、真沙子の奴がルクレールのケーキ見て自作してみたいって言っててさー」

 

「なるほどねぇ、それでか」

 

 

 そう言いながら、多代子は立江の言葉に納得したようにポンと手を叩く。

 

 戦車喫茶ルクレール、他校の生徒達もよく通う戦車型のケーキが自慢の喫茶店である。

 

 戦車型の呼び鈴を押すと90式戦車の発砲音が鳴り、出てきたウエイトレスは注文を受けると挙手の敬礼をして去っていくという独特なおもてなしがされる。

 

 今の戦車道をやっている女子高生などに非常に人気が高い喫茶店なのである。

 

 さて、一方、そんな喫茶店でケーキを頼んだ繁子達一同はというと?

 

 

「…このケーキ、…うん、福島産の卵を使っとるね」

 

「これは非常に美味ね、ちなみにどのレベルから作ってるのかしらね?」

 

「これ、すんごい美味しいよ! 真沙子作れそう?」

 

「まぁ、食べた感じ材料はわかるし、後は慣れかな? 二週間あれば作れるかもしんない」

 

「それは大したもんだね、是非ともご馳走になりたいな」

 

 

 そんな感じの会話を苦笑いして敬礼をするルクレールで働いているウエイトレスの目の前で繰り広げていた。

 

 食べただけで大体、原材料などは予想がついてしまう。流派の定めとはいえ、店の商品を再現できると豪語してしまう真沙子のスペックは相当なものだろう。

 

 そんな中、繁子達は注文し出されたケーキを味わいながら食べていた。独特な形状のケーキだが味の方は言わずもがな、とても美味で女の子に人気が高いのも頷ける。

 

 最近、忙しくなり、新入生の模擬戦やら指導、さらに、強化合宿での試合形式の練習を幾度も行ってきた。

 

 こういう息抜きの場もたまには必要不可欠なものである。

 

 

「ケーキ美味いよねー」

 

「ところでしげちゃん、聞きたいんだけど、今年はどんな感じかな? 手応え的には」

 

「ん? 手応えって?」

 

「戦車道全国大会の事さ…。今年の新入生の戦力を見た限りで狙えそうかい?」

 

 

 そう言いながら、ミカは戦車型のチーズケーキを口に運び首を傾げる繁子に対して問いかける。

 

 新入生の戦力、新しい戦車の製造、さらに、継続高校との強化合宿。

 

 それらをこなしている中で繁子自身が手応えを感じているかどうか、ミカはその事について気になっていた。

 

 繁子はそんなミカの質問に首を傾げたまま悩ましそうに顎に手を当て『んー…』と声を出して考え込む。

 

 手応えのほどは間違いなくある。そして、対黒森峰に関してのシュミレーションも何回か頭の中で考えてやってみた。

 

 その事を踏まえた上でミカに答えるならば。

 

 

「あぁ…まぁ、対黒森峰女学園のシミュレーションは何度か考えてはみたけど、手応えは確かにあるよ」

 

「ほほぅ、そうかい?」

 

「うん、まぁ、戦車道全国大会は戦車強襲競技とは違って…」

 

「ーーーーちょっと聞き捨てならないわね」

 

 

 そう言って、繁子の話を遮り、ルクレールの他の席に座っていた女生徒が立ち上がるとツカツカと足をこちらに進めてきた。

 

 真沙子に負けずとも劣らないつり目、それに、薄い銀髪掛った亜麻色の長い髪に透き通った瞳、全体的にスラッとした美少女は顔をしかめたまま話をしてた繁子の眼前まで迫ってくる。

 

 見たところ、黒森峰のタンクジャケットを身につけてる。どうやら、黒森峰について話していた事が彼女の癇に障ったらしい。

 

 

「対黒森峰のシミュレーションですって? 貴女、全国9連覇してるウチの高校に挑戦しようとか思ってるの? もしかして?」

 

「ん…? あんたは…一年生?」

 

 

 そう言いながらが椅子に座る繁子の眼前で腕を組んだまま見下ろす形で告げる黒森峰の女生徒。

 

 そんな女生徒に繁子が首を傾げたまま目を丸くして訪ねる。

 

 黒森峰女学園ならば繁子の事を知っていても不思議ではなさそうだが、一年生ならば知らぬのも無理はないだろうとそう思ったからだ。

 

 すると、暫くして、その一年生はドヤ顔を浮かべたまま自信満々にこう語り始める。

 

 

「そうよ、私の名前は…」

 

「ほぉ、見ない間に随分とデカい口を叩くようになったわね〜…ねぇ? ウチのリーダーに何か用事かしら? エリカ?」

 

「あん? 誰よ! 私の名前を…」

 

 

 その時だった。語ろうとした一年生の動きが話しかけてきた真沙子の姿を見てピタリと止まった。

 

 そして、それに呼応するかのように永瀬の目が嬉しそうにキラキラと輝いている。まるで、長年あっていなかった愛犬を発見したようなそんな眼差しだった。

 

 一度視線を逸らし、その後暫くしてから、さながら、機械のようにギギギっと首をゆっくりと動かし、声がする方へ再び視線を向けるエリカと呼ばれた一年生。

 

 その視線の先、ニンマリと満面の笑みを浮かべていた真沙子を見つけた瞬間、エリカは仰天したような声をあげた。

 

 

「げぇ…!? マサねぇ! なんでこんなとこに!智代姉ぇまで!」

 

「いやーあんた黒森峰に入ったんだ。久しぶりねー」

 

「北登! 北登じゃん! 元気にしてたかー! よしよしよしよし!」

 

「ぎゃー! 智代姉ちゃんやめてー!」

 

 

 そう言って、驚いたように声を上げたエリカに永瀬は近寄ると抱きつき、ワシワシと頭を愛でるように撫で始める。

 

 その様子を目の当たりにしていたミカと繁子は目を丸くして首を傾げる。どうやら見たところこの黒森峰女学園の一年生は真沙子達の知り合いのようであった。

 

 髪の毛をひたすらワシワシと永瀬から撫でられ続けたエリカは肩で息をしながら中腰の姿勢を取っている。ひと段落ついたとこで、ミカは真沙子にこう質問を投げかけた。

 

 

「知り合いかい?」

 

「ウチの従姉妹の逸見エリカ。私が生まれたのが先だから一応、妹分って事になるのかしらね? ちっさい時から智代と私とたくさん遊んだ仲よ、エリカの事は智代はたくさん可愛がってたかしらね」

 

「北登って言ってね! ちっさい時からずっと私らの後ろからついて来てたんだよー!」

 

「や、やめて! いや、確かにそうだったけどさ! 昔話すると私のイメージっていうか!」

 

 

 エリカは顔を真っ赤にしながら左右に首を振り恥ずかしそうに真沙子に近寄り懇願する。

 

 積もる話もあるだろうから、繁子はとりあえずミカに席を詰めてもらいエリカが座れるスペースを作ってあげた。

 

 とりあえず、エリカは顔を真っ赤にしたまま顔を両手で抑えて静かに繁子に勧められるまま、その席に着席する。

 

 そのエリカの姿はさながら子犬のようであった。

 

 

「いやーエリカちゃんの元気な姿が見れてお姉ちゃん嬉しいよ! ほら! ケーキ頼みな! お姉ちゃんの奢りだからさ!」

 

「最近、調子はどんな感じ? 上手くやれてんの?」

 

「あ…、う、うん、大丈夫だよ、一応、黒森峰の機甲科に入ったし、成績もそれなりに挙げてる感じかな」

 

「そっか! 私らとしても北登が黒森峰に入るなんて予想してなかったからさ! ね! マサねぇ!」

 

「そうよねー、こんな驚いたのはエリカと新種のワニを見つけた時以来かしら」

 

 

 そう言いながら、真沙子と永瀬は感慨深そうにエリカとの思い出しながら話をする。

 

 新種のワニを発見、その真沙子の言葉を聞いた繁子とミカの目は興味を抱き、キラキラと輝いていた。

 

 それもそうだろう、ワニを発見する事自体滅多に無いというのに発見したのが新種のワニとなれば気になるのも致し方ない事だ。

 

 テンションが上がり興奮気味の繁子はその話について真沙子とエリカに問いかける。

 

 

「えぇ!! 新種のワニやって! どんな感じのワニやったん! 何処で見つけたん!」

 

「あれいつだっけ? 確か中学生くらいだったかな?」

 

「確かそんくらいだった気がする」

 

「川辺で鮎取りしようか! って話になってさ、それで散策してたんだよね」

 

 

 楽しげに話をし始める真沙子達。

 

 まさか、鮎を捕まえに行ったらワニを発見する羽目になるとは思いもよらないだろう。しかし、彼女達はその時に見つけたのだと繁子に語る。

 

 そして、そのワニを発見した第一発見者はなんと繁子の隣にいたエリカだと言うのだ。

 

 

「あん時は面白かったよね! ワニを捕まえたテンションで嬉かったんだろうけどさ! 鮎取りに川辺に来た瞬間、エリカが言った第一声が…」

 

ついに! やってきたわに!

 

「そうそう! ドヤ顔だったから尚更可愛くてさ、思わず笑っちゃって」

 

「そ、それ今言うかな! あの時は確かにはしゃぎすぎてたのは認めるけど!」

 

 

 そう言いながら、真沙子と永瀬の言葉に顔を真っ赤にして慌てた様子を浮かべるエリカ。

 

 どうやら、エリカは2人によほど可愛がられていた事が伺える。親戚間だろうが真沙子と似てる部分もあるし、まるで姉妹みたいで微笑ましいと繁子は思った。

 

 

「戦車強襲競技でついた渾名もクロコダイルのエリカだったもんね」

 

「戦車強襲競技って言えば、2人ともコンビ組んでた時の渾名がツンデレシスターズとか言われてなかったっけ?」

 

「「ツンデレ言うなっ!」」

 

「あはははは! まぁ、確かに従姉妹だけあって目元とか立ち方とか似てるもんなぁ2人とも」

 

「確かに横顔とか真沙子に似てるね」

 

 

 ワイワイと賑やかに話す真沙子達に笑いながらミカと繁子は告げる。

 

 しかしながら、気になるのはそのワニについてだ。果たして、そのエリカが発見したという新種のワニは今はどうなっているのだろうか?

 

 そんな疑問を抱いた永瀬は首を傾げたままエリカにこう訪ねる。

 

 

「そう言えば北登、あのワニは今どうしてるわに?」

 

「わに!? なんで語尾がわにになってるんですか! い、いや、今ウチで飼ってて…結構大きくなってますよ?」

 

「ちなみにワニの名前はなんにしてんの? 新種のワニなら名前とか付けられるんやない?」

 

「新種のワニの名前はツイニヤッテキタワニになったわよ、また新たに最近発見例があったとかでテレビで特番やってたわに」

 

「真沙ねぇまで〜! ツイニヤッテキタワニって不本意で決まった名前なのに!私が付けた名前じゃないのにー!」

 

 

 そう言いながら、2人にイジられルクレールの席に顔を真っ赤にしたまま沈むエリカ。

 

 確かに新種のワニを捕まえた高いテンションでついにやってきたわに! と叫んだものがそのまま新種のワニの名前になってしまうのだからエリカとしては恥ずかしいことこの上ないのだろう。

 

 そうなるのも仕方ないわに。

 

 そんな感じで昔話に華を咲かせていると、ルクレールの出入り口からまた黒森峰の制服を着た生徒が入ってきた。

 

 その顔は繁子達には見覚えがある。黒森峰女学園の隊長、西住まほと妹の西住みほの2人だ。

 

 2人はルクレールに入ってすぐに席に座るエリカの後ろ姿を見つけるとこちらへと足を進めてくる。

 

 

「おや、エリカ、もう来てたの…って、しげちゃんじゃない、それにミカや真沙子達まで」

 

「やぁ、ご無沙汰だね、まほ」

 

「まほりんとみぽりんやん! アンツィオの練習試合以来やね!」

 

「しげちゃん! こんにちわ! 元気にしてた!」

 

「また随分と賑やかになってきたわね」

 

「うぅ…どうしてこうなった…」

 

 

 そう言いながら、人が増えてきた事に苦笑いを浮かべる真沙子とうちひしがれるエリカ。

 

 ゆっくりとルクレールでコーヒーを飲みながらケーキを食べるつもりがこれでは賑やかになり過ぎである。

 

 いつもの事だが、毎回こんな風に人が集まるなら毎度パーティーが開けるんじゃなかろうか。

 

 新たに2人が話に加わり、一層賑やかになる戦車喫茶ルクレール。

 

 

 さて、その話の続きは…!

 

 

 次回、鉄腕&パンツァーで!

 

 



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時御カケル! in ルクレール!

 

 

 前回、戦車喫茶ルクレールで真沙子の従姉妹、黒森峰女学園の一年生、逸見エリカと遭遇することになった繁子達。

 

 久々の再会を喜ぶのも束の間、なんと、今年の黒森峰女学園の主軸である隊長、西住まほと西住みほも話に加わり、あっという間に彼女達の周りは賑やかに!

 

 というわけで、今回はそんな西住姉妹が加わったところから彼女達を交え、繁子達のルクレールでの話が始まる。

 

 

「…てなわけで、さっきまでワニさんの話で盛り上がってた訳よ」

 

「ほほぅ、新種のワニか、私も見てみたいな」

 

「西住隊長…! いや是非うちに見に来て…!」

 

「ねぇ? しげちゃん、機会があれば私達も新種の生物を見つけたりしてみたいわよね」

 

 

 そう言いながら、まほは柔らかく笑みを溢してコーヒーを口に運ぶ繁子に問いかける。

 

 新種の生物の発見、確かに幼き日には繁子と西住まほ、西住みほの3人は戦車を作り上げた事はあれど、成し遂げることができなかった事だ。

 

 コーヒーを一口飲んだ繁子はそれをゆっくり元の場所に戻すとまほの言葉に頷き、こう話をしはじめる。

 

 

「せやね、って言うかまほりん、新種の生物ってなかなか見つからへんもんなんやで? 絶滅危惧種のゴブリンシャークならこの間見かけたけど」

 

「ほんと! しげちゃん! それどんな感じの魚なの!?」

 

「ほれ、それ、そんときの写真な?」

 

「うわぁ…なんだか怖い魚だねぇ」

 

「深海魚やからな? あんこうとかと一緒やで?」

 

「これは、すごい型をしたサメだな。見たことがないよ」

 

 

 そう言いながら、隣で写真で撮ったゴブリンシャークの写メを西住みほと西住まほの2人に横並びになって見せてあげる繁子。

 

 そんな2人の様子を見ていたエリカはなんだか落ち込んだようにシュンと丸くなる。ワニがサメに負けてしまったのがショックだったようだ。

 

 それを横目で見ていた真沙子は仕方ないと言った具合にため息を吐く、これは、可愛い妹分にフォロー入れてあげるべきだろうという気遣いからだ。

 

 繁子も真沙子のアイコンタクトを見てその事を勘付いたのか話題を変えはじめる。

 

 

「そういや、エリカちゃん、さっき話してたその新種のワニってどんな感じなん? やっぱり可愛い?」

 

「なんつっても新種のワニだからね〜、ね? エリカ」

 

「え? う、うん、餌とかあげるとよく懐いてくれるかな?」

 

「せやったらまほりんも一見の価値ありやで! 新種のワニなんてそうそうお目に掛かれへんしな!」

 

「む、そうね…。それじゃエリカ、来週の週末、見に行っても良いかしら?」

 

「!? …は、はい! 是非、来てください!ツイニヤッテキタワニってワニなんですけど!」

 

 

 伊達に長年、MCを張って来たわけではない。

 

 その気概を見せたと言わんばかりに繁子はアイコンタクトを送った真沙子と小さなサムズアップを交わす。

 

 ワニさんの話で盛り上がるエリカの話を暫く聞きながら、繁子達はルクレールのケーキを食べつつコーヒーを口に運ぶ。

 

 そして、そんな中、ふとした疑問がエリカの中で思い浮かび、話を変えるようにして質問をまほとみほに投げかけはじめた。

 

 

「ところで、話は変わるんですけど、西住隊長と副隊長は…、その、繁子さんとはどういう間柄なんですか?」

 

「エリカさん。私の事は同級生なんだからみほで良いよ、んーそうだね…」

 

「一言で言えば幼馴染で、しげちゃんは戦車道流派、時御流家元だよ」

 

「と、時御流? 時御流って真沙姉ぇや智代姉ぇと一緒の!?」

 

「しかも、現当主。だからリーダーって言ってんでしょ? さっきから」

 

「えぇ!?」

 

「あーいや、大したことあらへんからそんな驚かんどいてや…、没落流派やしな? ウチは」

 

 

 今頃、事の重大さに気付いたのかエリカは驚いたような声を上げて唖然とする。

 

 時御流と言えば、最近ではよく耳にする戦車道流派である。

 

 黒森峰女学園のライバル校の知波単学園が最近、その時御流を主流にして、長年、伝統にしている突撃戦術をより一層強化しているという話は同じクラスの女生徒からもエリカは聞いていた。

 

 それに、従姉妹の真沙子や永瀬もまた時御流という話である。

 

 2人の戦車道の腕を知っているエリカからすれば、まほやみほ、従姉妹の真沙子達の話を聞いて繁子という存在が一気に凄い人物に感じられた。

 

 黒森峰女学園隊長である西住まほも副隊長であり妹であるみほも彼女に何故、此れ程、親しいのか納得がいく。

 

 

「しげちゃんは今の知波単学園現隊長だよ、それに、そこにいるミカは…」

 

「継続高校隊長のミカだよ、よろしくね?」

 

「は、ははは…。まさか、各学園の隊長やってる方にこんな風に会うとは思いもしませんでした…」

 

 

 恐縮したまま、エリカはミカから差し出された手を掴むと握手を交わし、現在、自分がいる状況に顔を引きつらせる。

 

 そんな中、真沙子は恐縮しているエリカの肩をポンと叩くと笑顔を浮かべてこう話をしはじめた。

 

 それは、次の戦車道全国大会に向けての意気込みである。今年の戦車道全国大会にかける思いは知波単学園は並々ならぬものを抱いているのだ。

 

 

「まぁ、黒森峰女学園とはライバル校だしね、ウチはさ? てな訳で今年の優勝旗は貰うわね?」

 

「まほりんとは決勝で去年やられとるから今年はその借りを返さなあかんからね」

 

「ふふ…、そうはいかないさ、優勝は今年もウチだ」

 

「みぽりんもおる事やし、時御流と西住流の鎬を削り合うには丁度ええやろ」

 

「えぇ…、でもそっか、しげちゃん達と私達、戦うことになるのかぁ。でもそれはそれで楽しみだな」

 

「ふふ、それじゃウチは共倒れしたところを優勝旗を横から頂こうかな?」

 

「お! それミカ達らしいって言えばらしいなぁ」

 

「なんにしても次の戦車道全国大会が楽しみね」

 

 

 そう言って、今年の戦車道全国大会に向けての意気込みを語る一同。

 

 今年は一年生にみほもエリカも黒森峰女学園にはいる。優秀な人材には困ってはいない上、はっきり言えば去年よりも黒森峰女学園はかなり強い。

 

 繁子はその事をわかっている。だが、知波単学園の一年生にも絹代もいるし、なにより、東浜雪子が指導官として指導をしている。

 

 今年こそは優勝、誓いを果たすべきは今年だと繁子達は決めていた。

 

 ふとそんな時だ、繁子はみほのバックについてあるキーフォルダーの人形に目がいく。

 

 

「あ! みぽりん! それまだ使ってくれてたんや!」

 

「ん…? あーこれ? うん! しげちゃんが作ってくれたボコ人形だよ! 年季が入っててボロボロになりつつあるけど、自分で裁縫とかして直したりしてから使ってるんだ」

 

「なんだかもう数年になるからこれはこれで味が出てきとるね♪」

 

「ボコボコになってる方がやっぱりボコは可愛いよね!」

 

「「だってそれがボコだから!」」

 

 

 みほが見せてきたボコの人形について2人は意気投合したように満面の笑みを浮かべる。

 

 恐らく、ボコが好きな者同士通じるものがあるのだろう。こればかりは周りの者達にはわからない独特の感性であり2人にしかわからない趣味であった。

 

 だが、この光景を見ていたまほは『むぅ…』と面白くなさそうに声を溢していた。どうやらボコ好き同士の2人の会話に語れないのでふてくしているしているようだ。こういうところは昔から変わっていない。

 

 そんな中、ミカは自前のカンテレを演奏しはじめながらコーヒーを口に運んでいた。それを見ていた真沙子は関心したように声を溢す。

 

 

「へぇ〜…こんな風な演奏曲もあるのね」

 

「戦車での士気向上なんかに役立つんだ。こんな風にゆっくりコーヒーやケーキを飲んだり食べたりする時とかにもね? 頼りになる相棒だよこの子は」

 

「カンテレの演奏ってなんだか難しそうね…」

 

「カンテレで思い出したんだけどそういえばさ確かワニの皮とかでコーティングした楽器とかなかった?」

 

「うぇ!? そ、それって本当! 智代ねぇ!」

 

「あーそれ、ヴァイオリンとかね、確かあったかもしれないわ、てか、ワニ革なんて財布にもよく使われてるしね」

 

 

 真沙子は顔を真っ青にして永瀬に質問してくるエリカに代わりに淡々と答える。

 

 確かにワニ革を使った財布やバック等は多い、そう考えると、エリカが飼っている新種のワニから取れた革で財布を作ればかなりの価値が出る代物になるだろう。

 

 だが、愛着があり、長年、エリカが愛情を注いできたワニの皮等剥ぐなんてことは彼女自身が微塵も思っていなかった。それどころかドン引きしている始末である。

 

 

「ワニさんは用途がたくさんあって色々便利わに」

 

「自然の恩恵はやっぱりありがたいわにねー」

 

「ん? なんだか不思議な語尾だな? 最近の流行りのというものか何かか?」

 

「まほりん、知らないわに? こんな風に語尾にワニを付けると戦車道の腕が上達したりするんやでわに」

 

「そうだったんだ知らなかった…わに」

 

「なら私も付けるようにしてみるわに」

 

「!? 無いです! 無いですから! 西住隊長!騙されたらダメです! みほも乗らないでよー!」

 

「やっぱりエリカを弄るのは楽しいわに」

 

 

 そう言って完全に繁子達に乗せられているまほ達に顔を真っ赤にしながら止めに入るエリカ。

 

 この調子だと黒森峰女学園の戦車道を専攻してる機甲科の女生徒達が明日には語尾にわにを付けるようになってしまう。エリカはそれだけは何としても避けたかった。

 

 黒森峰女学園にまさかのワニブーム到来、そうなってしまえば毎日、恥ずかしい黒歴史を思い出しながらエリカは戦車道に努めなければならなくなる。

 

 エリカから使っても戦車道が上達することはないと言われたまほはなんだか残念そうな表情を浮かべてショボンとしていた。

 

 

「そうか…この語尾、可愛いから暫く使ってみたいなと思っていたんだが、残念わに」

 

「!!…いえ! 西住隊長ならなんの問題も無いかと思われます! むしろバンバン使ってください!」

 

「えー…何そのテノヒラクルー。私らは使っちゃダメなのー」

 

「ねぇーねぇー」

 

「ちょっ…!真沙姉ぇ達!頬をツンツンしないで! えぇい! やめい!」

 

 

 そう言いながら真沙子と智代から頬をツンツンされてるエリカはやられるがままそう言って2人から離れる。

 

 だが、頬をツンツンしていた2人からはジト目、エリカは顔を引きつらせたまま『うっ…』と後退りしてしまう。

 

 そんな、エリカや真沙子達3人の微笑ましい光景を見ていた繁子、ミカやまほ達は面白そうに笑顔を溢していた。

 

 

「あはははは! …冗談さ、さてそろそろ時間だ。午後から演習があるから私達は失礼しようかな」

 

「ふふふふ、そうだね、今日は面白いものが見れた。しげちゃん、私達もそろそろ出ようか」

 

「ん? もうそんな時間になるかいな…。ほんじゃルクレール出ようか?」

 

「ケーキも食べれたし、久々にエリカは弄れたし満足満足」

 

「あのさ、真沙姉ぇ、最後のはいらなかったわよね!」

 

 

 そう言いながらワイワイとルクレールの席から荷物を持って立ち上がる一同。

 

 何はともあれ、ルクレールでの有意義な時間を過ごした彼女達は店から出るとそれぞれ別れてゆく。

 

 

「それじゃまた」

 

「うん、じゃあまた! 元気でな!」

 

「エリカー、あんましまほりんに迷惑掛けるんじゃないわよー」

 

「わかってるってば! 覚えときなさい! 絶対、真沙ねぇなんてぶっ倒してやるんだから!」

 

「おー! 活きがいいね! そん時を楽しみにしてるわ」

 

「頑張るんだよ! 北登! また撫で撫でしたげるからね!」

 

「う…っ! …智代姉ぇ、それは勘弁してよ〜」

 

 

 そう言いながら、涙目で捨て台詞を吐いてゆくエリカに満面の笑みを浮かべて手を振り見送る真沙子と永瀬の2人。

 

 従姉妹である真沙子に強気な発言に対し、永瀬の言葉に関してはエリカはタジタジであった。面倒見がいい永瀬から可愛がって貰った事もあるのでそうなってしまうのも致し方ない事だと言える。

 

 まほ達の姿が見えなくなるまで手を振り、見送った繁子達御一行。

 

 帰り際、特に真沙子と永瀬は久々に会った妹分のエリカに会えてご満悦のようだった。

 

 今年は妹分である彼女と機会があれば対峙して、戦車道全国大会を戦うことになるだろう。そう考えると嬉しさが込み上げてきたからかもしれない。

 

 

「さぁて、ウチらも頑張りますか!」

 

「お! 智代! やる気じゃん!」

 

「とりあえず立江達と合流しよう、もう買い物も終わってる頃合いだろうしね」

 

「賛成! ほんじゃはよ合流して知波単帰ってから戦車作りに取り掛かるか!」

 

「「「おー!!」」」

 

 

 真沙子の従姉妹、エリカとの邂逅。そして、次の戦車道全国大会に向けて気持ちを新たに帰路へとつく繁子達。

 

 この先、彼女達に待ち受けている難敵達を乗り越えていけるのだろうか!

 

 目指すは戦車道全国大会決勝戦!

 

 さて、この続きは…。

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!

 

 



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戦車道全国大会(二年生)編
時御流戦車錬金術


 

 戦車道全国大会に向けて継続高校と共に強化合宿を行なった繁子達。

 

 今の知波単学園の戦車道とは一体どういったものか? 勝つための戦略、戦法はどんな風なものか?

 

 これから先、一年生が目指さなくてはいけない明確な目標と課題を掲げて繁子達はこの強化合宿を共に行なった。

 

 

「履帯! 点検は済んだ?」

 

「はい! できました!」

 

「よろしい! それじゃ、エンジンの調子を見てみるから動かしてみて?」

 

「オーライ! オーライ! そこでストップ! ちょっと行きすぎだよ!!」

 

「チリの主砲はこんな風な構造になってるから、点検や整備の際は…」

 

 

 そして、知波単学園の車庫は今日も大忙しである。

 

 戦車の組み立て、使い終わった戦車の整備、点検。戦車の構造理解を深めるための講習に戦車の改造。

 

 スパナを持つ生徒があちらこちらに見え、なおかつ、顔は皆、煤だらけになってしまっている。

 

 

「バーナーで接合するからちょっと離れてな」

 

「はいっ!」

 

「そこにあるプライヤとペンチ取ってくんない?」

 

「えーと…。プライヤって…これでしたよね」

 

「正解。よく覚えてたわね! 偉いわよ」

 

 

 真沙子に立江もまた同じように顔を煤だらけにしながら戦車の下に潜ったり、装甲部をバーナーで接合したりと作業に加わっていた。

 

 戦車の整備や製造は午前と午後の夜の時間を使って行なわれる。

 

 その間、多代子が一年生が講師を務め時御流及び、現在の知波単学園の戦車道の戦術や知波単学園の戦車の性質、乗り方を指導する役割を果たす。

 

 繁子はクレーン等を用いて戦車の部品の運搬、または、戦車の接合、山城の改造の作業を行い。

 

 立江、永瀬は繁子と共に山城の改造、及び、新たに製造予定の戦車の組み立て作業を主に一年生のフォローなどに務めた。

 

 真沙子は完全に新たな戦車の組み立ての方へ作業を振り分けられており、一年生に1から作り方の手本を自身が見せながら丁寧に教えてあげている。

 

 山城に関してはミッコやアキ達もクリスティー式についての作業を手助けする形で繁子達の改造に加わっていた。

 

 

「クリスティー式は大直径転輪とストロークの大きいコイルスプリングによるサスペンションの組み合わせだから、コイルスプリングの扱いは丁重にね?」

 

「おけ! 了解したわ!」

 

 

 ミッコのアドバイスにそう答えながら、繁子はサスペンション部分と転輪の整備に取り掛かる。

 

 これに、航空機用の大馬力エンジンを用いることで高速走行を可能にする。

 

 果たして、これらをうまく組み合わせをする事は出来るのか?

 

 

「あたぁー…なかなか上手くハマらへんな」

 

「ちょいとごめんよー、なるほど、ここね」

 

「おぉ、さすがミッコやな、頼りになるで!」

 

 

 転輪、サスペンションでの整備箇所に繁子が苦戦しているところにミッコの救いの手が、流石は継続高校で慣れてることもあってクリスティー式の扱いはお手の物である。

 

 山城が快速戦車へ、機動力が以前よりも増せばまほが乗るティーガーとも上手く渡り合う事ができるに違いない。

 

 一方、立江達もまた、チリの製造に苦戦を強いられていた。

 

 五式中戦車の製造には液冷V型12気筒ガソリンエンジンの取り付けを行なわなければならないのだが、この取り付けがなかなか上手くいかない。

 

 車体のサイズが思いの外、コンパクトにまとめすぎたのだろうか、これには立江も顔を顰めるしかなかった。

 

 

「とは言ってもこれから車体のサイズをさらにおっきくしてとか手間がかかんのよねー」

 

「ケホに積んでる小型にしたミーティアエンジンとかは? 使えないかな?」

 

「いや、35tの大重量を動かすのよ? 馬力足らなくない?」

 

「ミーティア積んでるクロムウェルは27.5tだもんね」

 

「んー、でも、スピットファイア、ランカスターとかの艦載機にも使われてるからもしかしたら馬力が足りるかも分かんないわ、試す価値はありそうだけど…」

 

「五式にミーティアエンジンなんて積んだ事ないもんね私ら」

 

 

 そんな風にコンパクトに纏めた五式中戦車、チリのエンジンについての相談をし合う永瀬と立江の2人。

 

 五式中戦車自体、戦時中設計図止まりで実際に動いた事があるかどうかわからない戦車、むやみやたらにエンジンを積んだとしてもそれが正しいものかどうかは彼女達には判断しかねるものがある。

 

 すると、そこに大きなレンチを担いだ顔が煤だらけになっている真沙子が現れ、2人の話を聞いてたのかこんな話をしはじめた。

 

 

「てか、馬力に関しては何の問題ないんじゃないの? 75tのトータスも600馬力のミーティアの12気筒ガソリンエンジン積んでたんだしさ」

 

「!? …そっか、ならミーティア積んでも多分、大丈夫ね」

 

「規定とか大丈夫かな?」

 

「エンジンだけだし、規定とかにはそうそう引っかかる事はないと思うけれど…」

 

「!! …よし! それなら付けちゃおっか!」

 

 

 そう言いながらミーティアエンジン導入について賛同する永瀬。

 

 ミーティアエンジンはトータスの他にイギリス戦車ではコメット巡航戦車、クロムウェル巡航戦車、そして、あのセンチュリオンにも用いられているエンジンだ。

 

 52tあるセンチュリオンが35kmで走行できる650馬力を持つこのミーティアエンジン。

 

 元々、36t程で550馬力を使い45 km/hで走行できる五式中戦車が、ミーティアエンジンを積むことになるとすれば恐らくもっと速度が出るはずだ。

 

 

「積むやつ何にする? 600か650かどっちかにしたがいいかな?」

 

「小型にしてあるミーティアだよね? うーん、クロムウェルとかは600だしなぁ…」

 

「トータスも600だよね? じゃあ600にしとく?」

 

「センチュリオンが650なんだし650にしとこうよ」

 

「流石にレギュレーションひっかかんじゃないの? それだと走行速度がバカ速くなって五式中戦車が巡航戦車になっちゃうじゃんか」

 

「てか五式中戦車って装甲それなりに厚かったと思うんだけどね? それが巡航戦車っておかしくない? イギリスってやっぱ変態だわ」

 

 

 五式中戦車が巡航戦車扱いになりそうな件について、イギリス戦車に関しての意見を苦笑いを浮かべながら告げる真沙子。

 

 今頃、多分、聖グロリアーナの隊長はくしゃみでもしている頃だろう。

 

 何はともあれ、確かに永瀬が言う通りエンジンを変えて機動力を上げすぎるとレギュレーションに引っかかる可能性がある。

 

 戦車強襲競技ならばミーティアエンジンの中でももっとも馬力があるエンジンを軽戦車に積んだ挙句、変態的な機動力をもって一蹴できるのであるが公式戦はそうは問屋が卸させてくれないらしい。

 

 

「てか、半自動装填装置をひっつけるからどうしてもデカくなっちゃうのよね車体がさー」

 

「これがミソみたいなもんだからね」

 

「んじゃどうするよ? ミーティアやめたがいいかな?」

 

「やめたがいいと思うわよ? エンジン丸々は規定にひっかかんでしょ?」

 

「あー…んじゃやっぱ」

 

「BMW型 V型12気筒液冷ガソリン・エンジンを小型化したやつ積むのが無難よね、馬力550しかないけどさ」

 

「こんなん後退した時に後ろから追撃されたら一発で追いつかれんじゃん! ちょっと雪子さんに相談してくるわ!」

 

「あ! ちょっ! …はぁ、もともとそんな戦車だから仕方ないでしょうに」

 

 

 そう言って、取り付け作業を途中で中断して雪子に相談しに向かった立江の後ろ姿を見ながら頭を抱える真沙子。

 

 確かにそうだ、現に聖グロリアーナ女学院と以前、試合をした時もクルセイダーやらクロムウェルやらに翻弄された苦い記憶がある。これにトータスとか次回に持ち込まれたりしたらひとたまりもない。

 

 機動力もそうだが、黒森峰なんかはティーガーやらマウスやらヤークトパンターの大バーゲンだ。

 

 こんにちは、死ぬがよいも良いところである。

 

 そんな中、永瀬は製造中の五式中戦車、AD足立の車体を撫でながらため息をつく。

 

 

「日本戦車は日本戦車で優秀な部分があるし、私らの時御流を使って前回はあそこまで行けたじゃん…真沙ねえ」

 

「そりゃ日本戦車は優秀な部分はたくさんあるけどね、今回は時御流も戦法も戦車も研究されてるでしょうし、危機感持つ立江の気持ちもわかるわ」

 

 

 そう、今回は前回のように一筋縄ではいかない。

 

 時御流戦車道を研究され、なおかつ、日本戦車に対する対策も相手は練ってくるはずだ。そうなれば思うような戦いに運べなくなってくる。

 

 そのことを見越しての立江の判断だ。2人はとりあえず、立江が雪子に報告を挙げてどうなるか様子を見る事にした。

 

 事がうまく運べばもしかするとミーティアエンジンを五式中戦車に積む事ができるかもしれない。

 

 走行速度も向上し、機動力のある強力で優秀な戦車が3輌も完成だ。

 

 此れ程、心強いものはないだろう。

 

 

「キョンタの方は順調みたいね」

 

「ミーティア積めるならキョンタにも積んであげたいけどね」

 

「そりゃヤークトをモデルにしてるキョンタに付けたらすんごい事になるだろうしね?」

 

 

 そう言って、順調に製造が出来てきてるホリIことキョンタの様子を見て安心する2人。

 

 これなら、戦車道全国大会までに余裕をもって完成させる事が出来るだろう。となれば問題はやはりAD足立、3輌である。

 

 ひとまず、このAD足立に搭載するエンジンがどうなるかを決めなければ話は進まない。

 

 

「とりあえずエンジンどうなんだろ?」

 

「…外装はオッケーだったから戦車の横にそうめん流しでも付けとく?」

 

「あ、それ良いアイディアだね、付けとこ付けとこ」

 

 

 そう言って、真沙子の言葉に頷く永瀬。

 

 時御流戦車弾道変更装置、名付けてそうめん流し。

 

 そうめん飛ばすしかない作戦で使用したそうめん流し装置を五式中戦車の側面に取り付ける事により、もし、五式中戦車の側面に敵が現れたとしても背後にいる味方が五式中戦車に設置するこのそうめん流しを用いて側面に現れた敵を撃破する事を可能にするという時御流的なアイディアである。

 

 これにより戦車による奇襲にも対応できるようにしておけば万一の時に役に立つはずだ。

 

 幸い、車体がもうじき完成する段階だったのでこのそうめん流しの設置は問題なく行えそうである。

 

 戦車道全国大会までの日にちはそんなに残されてはいない。

 

 繁子達は果たして4輌の戦車の製造と山城の改造は間に合わせる事ができるのか!

 

 

 この続きは…。

 

 次回、鉄腕&パンツァーで!



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母の遺産

 

 

 時御流の屋敷にある一室。

 

 そこで、病で弱る身体を推してまで一生懸命に設計図を書いている女性の姿があった。

 

 病魔に身体が蝕まれた時御流の当主である繁子の母、時御 明子である。

 

 その姿は鬼気迫るものがあり、鉛筆を握る手は震えている。だが、彼女は描くことをやめようとはしなかった。

 

 

「これだけ、これだけでいいから…。もう少し、もう少しで出来るんや…」

 

 

 それは、戦車の設計図。

 

 第二次世界対戦で失われた設計図を元に時御流の戦車の製造方を取り入れた。唯一の戦車設計図と特殊なエンジン製造を記した設計図だ。

 

 もう時御流は自分の代で終わりと思っていた。けど、娘がこの流派に誇りを持っていると言った。

 

 どんなに世の中から馬鹿にされても、落ちぶれた没落した流派だと嘲笑れていても娘の繁子はこの流派を好きだと言ってくれた。

 

 

「…ごほっ…、げほぇ…」

 

 

 そんな中、設計図に盛大に彼女の口から吐血した血が付着した。

 

 涙ながらに咳込みながら、彼女は噴き出た血を拭う。まだ、終わりたくない、やり遂げねばならない事がある。

 

 時御流には戦車道には夢がある。

 

 彼女は託そうとしていた。自分が叶える事が出来なかった時御流の夢を娘に与えたかった。

 

 無理かもしれない、挫折して時御流を途中で捨ててしまうかもしれない…けど。

 

 

「はぁ…はぁ…。 う、うぁぁぁあ! なんでや! あと少しでええんや!」

 

 

 自分の吐いた血で血まみれになった設計図を必死に拭き取ろうとしながら、涙を流してそう訴える明子。

 

 自分が娘にしてあげる事がこれくらいしかなかったから、だからこそ、この設計図を描きあることは成し遂げたいとそう願っていた。

 

 明子は紙を新たに取ると血まみれになった設計図を元に続きから描きはじめる。

 

 戦車を作ることから全てが始まり、常に鉄との格闘を行い、まっすぐに戦車と向き合う戦車道。

 

 

「…はぁ…はぁ…。んぐ…」

 

 

 明子は机の横にある薬を飲み、苦しさに耐えるように脂汗を流しながらその設計図を描いた。

 

 これが、きっと繁子達の力となってくれるはずだ。この、エンジンの製造法と四式中戦車の設計図が。

 

 自分が描いた四式中戦車、自分の母国、日本の誇る国産戦車を駆って時御流で戦車道全国大会を優勝する姿を皆に見せて欲しい。

 

 日本戦車道流派、時御流ここにありと。

 

 自分が信じた戦車道を受け継ぐ者へとバトンを繋げていく。この設計図がきっと連れて行ってくれる筈だ、時御流がまだ見ぬ頂へ。

 

 

 

 

 

 

 ーーーーそして、時間は激闘の戦車道全国大会二年生編へ移り変わる。

 

 

 

 

 

 

 戦車道全国大会を控えた1ヶ月前。

 

 いよいよ、クリスティー式四式中戦車山城の仕上げに入る繁子達は顔を煤だらけにしながら必死に改造に取り掛かっていた。

 

 より、四式中戦車を強く逞しい戦車へ。

 

 クリスティー式四式中戦車、山城。これこそが、これからの繁子達の旗車になり知波単学園を率いていく。

 

 母から受け継いだこの四式中戦車を己の手を加えてさらに強くしたい。

 

 継続高校の手を借りて、繁子は慣れないクリスティー式の四式中戦車を必死に作り上げることに臨んだ。

 

 

「…ようがんばったな! よし! これで後はエンジンだけや!」

 

「エンジン…? 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼルじゃだめなのかい?」

 

 

 そう言って改造を施した四式中戦車を褒める繁子に訪ねるミカ。

 

 確かに、四式中戦車ならば4ストロークV型12気筒空冷ディーゼルを付ければ問題はないだろう。412馬力で45km走る四式中戦車ならば問題はないように思える。

 

 だが、繁子達はチリに付けるエンジンをミーティアエンジンを付けることを諦めることになり新たな挑戦をすでに始めていた。それは…。

 

 

「今、国産型のエンジンから馬力を600から650だせるエンジンを作る事にしてんねん。それを作り上げるとことろからやね」

 

「!? …しょ、正気かい! 日本戦車に積む第二次大戦の日本産エンジンをミーティアに匹敵するエンジンに改造するなんて!」

 

「けど、やらなあかんねん、ウチらはな」

 

 

 そう言って繁子は楽しそうに笑っていた。

 

 壁があれば登れるように梯子を作る。湖があり向こうに渡れなければ船を作る。

 

 だからこそ、ミーティアエンジンがチリに使えないとわかった以上、時御流がやるべき事はただ一つ、だったら作れば良いのだ。

 

 その答えを導き出した繁子達にミカは思わず感銘を受けた。

 

 

「…すごいなしげちゃん達は、辛い道でも一生懸命に立ち向かおうとする。とても真似できないよ」

 

「ふふ、ただの大馬鹿やで?」

 

「そんな事はないさ、私は尊敬するよ。そんなしげちゃん達の事をね」

 

 

 そう話すミカの横顔を見て、繁子は優しい笑みを浮かべていた。

 

 常に時御流に立ちはだかるのは試練の連続だった。

 

 それでも、繁子達は力を合わせて団結して、困難な事へ挑戦し続ける事をやめなかった。かつて、母がそうだったように繁子もそうあろうとしたからだ。

 

 周りからは没落流派だの、品の無い鉄臭い流派だのと言われていることも知っている。

 

 けれど、その過程で得られたものはたくさんあった。繁子は時御流でよかったと胸を張って言える。

 

 

「エンジン、試運転はじめるわよ!」

 

「いいよ! いつでも!」

 

「600馬力まで上がるかどうか…!」

 

 

 そして、日本産の戦車ばかりを作る事にも繁子達はこだわりがある。

 

 確かに部品や部材は海外のエンジンを使おうとか、部品を使おうとかはする事もある。

 

 けど、できれば、海外の戦車の部品を持ち要らずに純日本産を作りたい。

 

 日本の誇る技術が負けてない事を証明したいという気持ちが奥底にある。

 

 四式中戦車はクリスティー式に変えたが、このチリはミーティアエンジンが使えない以上は出来れば国産エンジンと部品を用いて純正日本型戦車にしてあげたい。

 

 繁子は四式中戦車にも出来れば、馬力の出る国産型エンジンを使ってやりたいと思っていた。

 

 このクリスティー式は継続高校との紡いだ絆。

 

 そして、四式中戦車は母の愛によって出来上がった戦車。

 

 なら、エンジンは…、明子がいなくなって自分の事を支えてくれた立江達との友情で作り上げたものにしたい。

 

 

「エンジンの馬力、現在、500馬力!」

 

「まぁ、普通にいけば550馬力は固いわよね」

 

「問題は550から先でしょ? 改良はしてみたけどね」

 

「560行ったよ! アネェ!」

 

「よっしゃ! 順調じゃん! いけいけー!」

 

 

 そう言って、外で試運転したチリが560馬力を叩き出し、そのチリが積むエンジンを声を発して応援する立江。

 

 それに釣られて周りにいた知波単学園の皆も応援しはじめる。

 

 振り切れ、恐れるな。

 

 しかし、エンジンを使い、走り終えたチリから出てきた多代子はため息を吐き左右に首を振ると戦車を走らせて測定した馬力を立江に報告する。

 

 

「570だね、ダメだ、足んなかったわ」

 

「だー! だめかー!」

 

「もっかい1から改良しなきゃだめだね」

 

「くっそー! やってやるわよ! 回収!」

 

「はい!」

 

「次は四式中戦車に積む改良型にしたディーゼルエンジンの馬力を測定しよう!」

 

「こいつは行くはず! てかいかなかったらまたやり直しだし!」

 

「勘弁してよん」

 

 

 真沙子の話を聞いてげっそりとする立江。

 

 ミーティアエンジン積んでもいいですかねと雪子に訪ねたらダメと言われた挙句、自分でなんとかして600馬力の国産エンジン作れとのご指導が入ったので致し方ないのだが、なかなかこれが上手くいかない。

 

 本来、チリには九八式八〇〇馬力発動機を550馬力にデチューンして使っているのだが、このデチェーンがなかなか上手くいかない、チリの車体についての操縦性や耐久性の向上自体は上手く出来るがエンジン箇所についてはやはり立江達には経験が足りない部分が見受けられる。

 

 もう、数ヶ月しかないのにこのようなところで苦戦しているようならチリを使う本格的な訓練の日程にも支障が出てくる可能性も出てくる。

 

 

「ディーゼルエンジンは…どんな感じ?」

 

「ダメかなーやっぱり馬力足んないよー」

 

「どっちかでいいんだけどね」

 

「多分、ディーゼルの方が頑張れば600は出せるとは思うけど」

 

 

 そう言って、馬力不足に悩むエンジンについて話す立江達。

 

 馬力を上げる工夫は思いの外難しかった。チリの車体を的が小さいなるようにコンパクトにした結果、エンジンの取り付け部分でうまくハマらなかったのがそもそもの原因なのだが。

 

 多代子がディーゼルを積んだエンジンの試運転がてらクリスティー式四式中戦車を運転した感想を述べはじめる。

 

 

「過給器のブースト圧をあげれば馬力は上がるとは思うよ、412馬力から500くらいは上がる」

 

「そんじゃ過給器付きの四式ディーゼルエンジンを積む方向にしとく? それならチリにも積めるし」

 

「それだとエンジンだけチリIIになっちゃうけどね」

 

「んで、過給器付きの四式ディーゼルエンジンを改良して…600出せるようにさせとこ、これなら機動力も申し分ないでしょ」

 

 

 そう言ってチリの車体を撫でる真沙子。

 

 エンジンをどうするかで悩む一同、積めることは出来る。ただ、ミーティアに匹敵するかと言われれば頭を悩ますところだ。

 

 すると、そこにミカを引き連れて繁子がやってくる。

 

 

「なら…、小型大馬力空冷ディーゼルエンジン。使うしかなかろうね」

 

「…え? そんなエンジンどこに…」

 

「…あるんよ、母ちゃんが、…最後に残してくれた設計図の中に製法があった」

 

「!? 明子さんが!」

 

 

 そう告げる繁子の言葉に立江達は目を見開いた。

 

 明子が残してくれた四式中戦車の設計図にはそれは記されていなかった。そう、これは明子が病の身体を推してまで残してくれたもう一つの設計図。

 

 前当主、時御 明子、意地をかけた最後の時御流設計図になる。

 

 

「ほんま馬鹿やで…。病気でしんどかったろうに…」

 

「しげちゃん…」

 

「身体がボロボロなのに、ウチの目が届かんところでこんなことやっとるんやもんなぁ…」

 

 

 そう告げた繁子の目には涙が浮かんでいた。口ではどんなに時御流を捨てろと言っていても明子は娘の為に身体を張った。

 

 その精神は尊く、そして、時御流と娘、繁子に対する愛で溢れていた。

 

 この設計図を手渡してくれたのは雪子、彼女がこのエンジンの設計図を明子から預かり、その時が来るまでずっと残してくれていたのだ。

 

 話を聞いた立江達は神妙な面持ちでその設計図を見つめる。

 

 設計図には飛び散った血痕のようなものがいくつも見受けられた。

 

 

「…明子さん、こんなになってまで…」

 

「この設計図、雪子さんはなんて?」

 

「その時が来たから渡すと一言だけ、あとは私ら次第やと言ってたわ」

 

「…明子さん…」

 

 

 話を聞いていた永瀬は思わず涙を溢して目を抑えていた。

 

 戦車道全国大会、かつて、雪子が成し遂げることができなかった優勝、その夢が今、自分達の手に委ねられた。

 

 前回も辻を優勝させる為に繁子達は頑張って決勝まで勝ち進んだ。

 

 けれど、それにさらなる重みが加わった。

 

 ただの紙切れ一つ、だが、その紙切れはとてつもなく重く時御流という流派がどれだけの人の気持ちを紡いでいるのか実感できた。

 

 そして、立江は決めたように繁子にこう告げる。

 

 

「積もう、明子さんが残してくれた大馬力空冷ディーゼルエンジン。私らの手で作り上げて絶対積もう」

 

「うん、積むよ、どんなことしても! チリとチトに積んであげよう!」

 

「設計図はあるんだから、あとは元あるディーゼルエンジンを改良すればいい!」

 

 

 溢れ出て来た涙を拭い、一同はそう頷く。

 

 日本産のエンジン、日本産の戦車、そして、日本産の戦車道流派。

 

 これで、自分達は戦車道全国大会を優勝してみせるのだと繁子達は決心した。明子に恥ずかしくない戦車道を見せるとそう誓った。

 

 そんな繁子達の誓いを知ってか知らずか、遠目から眺めていた雪子は車庫の物陰から見つめて笑みを溢す。

 

 今のあの娘達ならきっと優勝出来る。

 

 そう雪子は静かに感じていた。確かにまだ荒いところや修正しなければならない箇所はある。

 

 だけど、今の繁子達に見えるのは本当に戦車を愛する明子の面影だ。

 

 

「頑張りなさい、繁子」

 

 

 ただ、一言だけ、雪子はそう告げる。

 

 母の残した遺産。見えた光明に歓喜する繁子達。

 

 残された時間は多くはない、戦車道全国大会に向けてさらなる思いと誓いを胸に秘めた彼女達、果たして二年目の挑戦はどうなる。

 

 

 この続きは…。

 

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!

 



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戦車道全国大会開幕

 

 いよいよ始まった戦車道全国大会

 

 各地の強豪校が自慢の戦車を並べ、知波単学園もそんな強豪校がひしめき合う中で、自校の日本戦車をズラリと並ばせて開会式に参加していた。

 

 課題であったエンジンはどうにか間に合い、山城とAD足立を始めとした戦車に実装。

 

 名付けて、時御式小型大馬力空冷ディーゼルエンジン。

 

 様々な工夫と試行錯誤を重ね、繁子の母、明子が残してくれた設計図を元に完成し、実装した画期的なエンジンだ。

 

 馬力はミーティアと同じく600から650、さらに、このエンジンを実装する戦車には、車輪の大きさの改良、操縦性能の調整を各自戦車に施し完成させた。

 

 よって、ずらりと並んだ知波単学園の戦車には各校も目を丸くしていた。

 

 以前ならば、チハがただ陳列していたことが印象的だったのだが、去年といい、知波単学園の戦車が年が明けるごとに強大になっている。

 

 

「見てよ、あれ…」

 

「うわ、すっごい強そう」

 

「知波単学園だよね? 前まであんな戦車見たことなかった」

 

「去年の準優勝だからね…、やっぱり今年は本腰入れてきたんでしょ」

 

 

 そう噂する各校の女生徒達の話がちらほら聞こえてくる中、繁子は静かに瞳を閉じて山城に寄りかかり開会式を聞いていた。

 

 なんにしろ、今年が勝負の年だ。

 

 明子から残された設計図と託された思い、そして、仲間達や他校の友人が紡いでくれた絆がこの戦車達には詰まってる。

 

 

「…さてと、プラウダ、サンダース、聖グロリアーナ、マジノ、アンツィオ、それに継続に黒森峰。まぁ、こんだけ戦車が雁首揃えて来れば流石に盛大ね」

 

「…ハッ…。どれに当たっても私らがやることなんて最初から決まってんでしょ? アネェ?」

 

「全部ぶっ倒して! 優勝! だね!」

 

「さぁて、そんな簡単にいくかは腕の見せどころだけどね?」

 

 

 そう言いながら、ずらりと並んでいる各校の戦車を見渡しながらAD足立(五式中戦車)の上で話をする立江達。

 

 言わずもがな、他校の強豪校の戦車とて強大なものばかりだ。

 

 その証拠に黒森峰からはマウス、聖グロリアーナからはトータス、サンダースからはT28超重戦車、プラウダからはT-42が持ち出されている。

 

 かつて、重戦車がこんな風に並ぶ事は珍しかったが、おそらく、開会式からの牽制や力の誇示を示す為の一種のデモンストレーションだろう。

 

 

「全部、100t近くある戦車だよ。なんつーもんを持ち込んで来てんだあいつら!」

 

「てか、市街地で開会式って言ってたのってこういう事だったんだねー、ウチらはオイちゃん置いて来たけど」

 

「あんなん市街地戦で持ち出されたら堪んないわね…、てか市街地以外使い道無いだろうけどさ」

 

 

 ぶっ壊れ巨大戦車大集合! みんな集まれ!戦車道全国大会開会式!もいいところである。

 

 なんでもデカければ良いというもんではないが、自分達もラーテだとかP1500モンスターだとか作ろうとかしていた経緯があるのであまり言えた義理ではない。

 

 というよりも、こんな戦車を開会式で持ってくるのは良いが、持ち帰るのが大変そうだなと素直に4人は感じるのであった。

 

 

「はーい! シゲーシャ! タツーシャ! 久しぶりー!」

 

「ん…?」

 

「あ、ノンナにカチューシャじゃん…ってそれに…!」

 

 

 繁子達の姿を見つけて、まず声をかけに来たのは馴染みのあるプラウダの制服を着た女生徒達だった。

 

 特にノンナとカチューシャには繁子達4人は面識はあるが、あと1人の少女は未だに面識がなく珍しそうに見つめていた。

 

 見た限りでは外国人、それも綺麗なプラチナブロンドの綺麗な長い髪が特徴外人の美少女だ

 

 立江は久々に会うロシア人少女の姿を見つけてAD足立から飛び降りると嬉しそうに駆け寄っていく。

 

 

「…Добрый день、Давно не виделись!Как дела?(こんにちは、久しぶりね! どう調子は?)」

 

「クラーラじゃんか! Неплохо、Очень радПознакомиться!(まぁまぁね! 会えてとても嬉しいわ!)」

 

 

 そう言いながら、そのクラーラと呼んだ少女に抱きつく立江。

 

 以前、ジェーコ達と共には戦車道全国では見かけなかった女生徒だが、どうやら、立江はこの娘とも面識があるようであった。

 

 それを見ていたノンナは柔らかく微笑みながら立江にこう話をしはじめる。

 

 

「今年からウチに留学することが正式に決まりましてね」

 

「ふふん! クラーラが来てくれたおかげで私のプラウダがもっーと強くなるのよ! どう? 羨ましいでしょ!」

 

「Tы как всегда (あんたは相変わらずね)」

 

「ちょっと! 日本語で話しなさいよ! なんでロシア語で言うわけ! タツーシャ!」

 

 

 そう言いながら、敢えてロシア語でジト目を向ける立江に声を上げて憤慨するように告げるカチューシャ。

 

 プラウダの隊長なのに未だに彼女はロシア語には疎いようである。多分、この調子だったならシベリア教室送りもジェーコからされたに違いないと一同は思った。

 

 すると、立江は普通にクラーラに向き直るとため息を吐き、仕方ないといった具合にこんな風に話をしはじめた。

 

 

「らしいわよ? クラーラ? 日本語で話せってさ」

 

「…もうちょっとロシア語で話したかったんですが、立江がそう言うなら仕方ありませんね」

 

「2人とも、直さずともロシア語で構わなかったのに…」

 

「ちょっと待って? ねぇ? ちょっと待って? 」

 

 

 そう言いながら、ペラペラと急に流暢に日本語を話し出したクラーラに度肝を抜かされたのか待ったをかけるカチューシャ。

 

 しかし、ノンナとクラーラと立江は顔を見合わせて首を傾げる。なんのおかしなところはない、至って普通だと言わんばかりだ。

 

 だが、一方のカチューシャは目を丸くしたままワナワナと震えていた。

 

 

「クラーラめちゃくちゃ日本語流暢に話してるけど? ノンナ? 私が今まで通訳頼んだのってどう言うこと?」

 

「………………」

 

「なんで無言で目をそらすの!? ちょっと!説明しなさいよ! 日本語かなり上手いじゃないの!」

 

 

 そう言いながら問い詰める自分から目を逸らすノンナに涙目になりながら訴えるカチューシャ。

 

 今までの苦労はなんだったのか、わざわざロシア語がわからずに涙目になりながら通訳をノンナにお願いしていた日々は一体どういうことなのか。

 

 そんな様々な苦労した思いがあったのだが、どうやらそれは本来要らない苦労だった事に気付いたカチューシャは涙目になる他なかった。

 

 

「…ん…あ…カチューシャにノンナやん? 久しぶりやね…?」

 

「え!? 今更!?」

 

「いや、考え事してて気付かへんかった。堪忍な…?」

 

 

 そう言いながら、目を瞑り考え込んでいた繁子はようやくその3人の姿に気づき、改めて声をかける。

 

 見た限り、何かしらいろいろと隊長として考える事があっだのだろう、明子の最後の設計図を受け取り、挑む2回目の戦車道全国大会だ。

 

 その様子を見た永瀬は繁子に近寄ると心配そうな表情を浮かべて肩を叩く。

 

 

「大丈夫? しげちゃん? もしかして昨日あんまし寝てないんじゃない? 眼の下に隈があるし」

 

「ん…、あぁ、平気や、いろいろ作戦とか連携とか考えてただけやから大したことないで」

 

「それならいいんだけど」

 

 

 そう言いながら、にっこりと微笑む繁子に永瀬は不安げな表情を浮かべていた。

 

 繁子がリーダーとして、自分達を纏め、知波単学園を纏めている。

 

 そんな、彼女の責任感の強さは皆が良くわかっていた。

 

 プレッシャーもあるだろう、どんなに取り繕っていようとも長年共にやっていた仲間だから分かる。

 

 そんな、繁子の様子を眺めて異変に気がついた立江はため息を吐くと真沙子にこう告げ始めた。

 

 

「真沙子、山城の中でリーダー横にさせてて」

 

「いや、立江、ウチは大丈夫やから…」

 

「ダメ、顔見りゃみんな分かるよリーダー。ウチらのリーダーなんだから体調はしっかりしてもらわないとさ」

 

 

 そう言いながら、真沙子は隈ができている繁子を宥めるように肩を掴みながら話す。

 

 多分、こう言っても繁子は話を聞かないだろう事も真沙子と立江は理解している。無理に身体を推してでも隊長としてこの開会式を終えるまでこの場に留まるつもりだろう。

 

 だが、それでは本戦や今後の訓練に関わるのは明白であった。

 

 

「あんまし心配せんでええ、ウチは…隊…」

 

「…っ!?…しげちゃん!」

 

 

 その場で意識が遠退き、繁子はその場で眼を瞑ったまま、真沙子に寄りかかるようにして意識を失った。

 

 昨日今日、夜遅くなんてレベルじゃない、多分、この様子だとこの数日間、まともに寝ていなかったのだろう。

 

 明らかに倒れ方、意識の失い方がおかしかった。

 

 繁子は雪子の訓練をし、新しい戦車を組み立て、山城を改造し、エンジンを組み立て、その上、隊長として作戦や行動、戦法を練るために寝らずに組み立てていたのだとこの時、立江達は悟った。

 

 幾ら、自分達のリーダーとはいえどやり過ぎである。

 

 下手をすれば過労死してしまうようなハードなスケジュールだ。

 

 まともに2日3日丸々寝てないとなればなおさら不味い。

 

 

「しげちゃん! しげちゃん! 大丈夫!」

 

「…! 雪子さん呼んで来て! しげちゃんが倒れた!」

 

 

 そう声を上げて、倒れた繁子に声を掛ける立江とそっと抱き抱えたまま雪子をすぐに呼んでくるように告げる真沙子。

 

 この事態に永瀬は眼を丸くしていた。まさか、繁子が目の前で倒れるとは思いもよらなかったからだ。

 

 カチューシャもノンナもいきなり倒れた繁子の様子を目の当たりにして唖然とした様子で見つめていた。

 

 

「シゲーシャ!!?」

 

「立江!」

 

「救護班がもうすぐ来るみたいだから! 大丈夫!」

 

「リーダー! リーダー!」

 

「ぶっ倒れるまで我慢するなんて本当に馬鹿なんだからあんたは!」

 

 

 そう言いながら、真沙子は繁子の小さな身体をなるべく動かさないように持っていた。

 

 幾らなんでも身体に負担をかけ過ぎだ。

 

 自分達の隊長だというのに何故こうも無茶をするのか、立江達は倒れた繁子の小さな身体を見つめてそう心の中で問いかける

 

 理由はわかっている。わかってはいるが納得はできなかった。

 

 

「救急車が来ました!」

 

「立江! 繁子が倒れたんですって!」

 

「雪子さん、はい、意識を突然失ってそのまま…」

 

「そのままゆっくり真沙子と一緒に繁子の身体を担架に乗せて頂戴! ゆっくりよ!」

 

「はい!」

 

「わかりました!」

 

 

 そして、ようやくここで繁子達の指導官である雪子が到着し、救急車が来たという話を聞いてすぐさま近くにいた救護班に指示を飛ばす。

 

 この突然の出来事に会場にいた生徒達も騒めきはじめた。

 

 いきなり、女生徒が開会式中に倒れ救急車で搬送となればそうなるのも致し方ない事だと言える。

 

 その場に居合わせたカチューシャ達もそうだが、継続のミカ達や黒森峰の隊長であるまほ達も同様にすぐさま救急車へ搬送されている繁子の元へとやって来た。

 

 

「しげちゃんが倒れたんだって!」

 

「大丈夫なんだろうね」

 

「大丈夫です。さぁ、下がって」

 

 

 そう言いながら、救急車から出てきた隊員達はすぐさま繁子を救急車に乗せるとそのまま車を発進させる。

 

 それを不安げに見送る一同。

 

 まさか、繁子がいきなり倒れて病院に運ばれる事態など予想すらできなかった。

 

 

「山口副隊長…繁子隊長は…」

 

「大丈夫よ、多分ね…。私らも病院に行くからここは絹代に任せといていいかしら?」

 

「!? …はい、ひとまず開会式に持ち出した戦車の撤収などはこちらでやっておきます!」

 

「よろしい、先輩たちがサポートしてくれるから後はよろしくね?」

 

 

 そう言いながら、この場をひとまず絹代に任せた立江は急いで真沙子達と共に雪子が回してくれた車に乗り込む。

 

 そして、繁子が搬送された病院へと車を走らせるのだった。

 

 いきなり訪れたハプニング、波乱の戦車道全国大会はこうして幕を上げる。

 

 幸先が不安になる中、繁子達は無事に大会を勝ち進んでいくことができるのか?

 

 

 その続きは…。

 

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!



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一生懸命

 

 病院の一室。

 

 倒れた繁子は救急車で搬送された後、ベットの上で目を覚ました。

 

 周りには心配そうな表情を浮かべた見慣れた仲間達の姿、開会式の最中に倒れた事を聞かされた繁子は申し訳なさそうな顔を浮かべこう話を切り出しはじめた。

 

 

「ごめん…、心配かけたわ」

 

「ホントだよ! いきなり倒れたからびっくりしたんだからね!」

 

「過労でぶっ倒れるまで作戦とか考えるなんて馬鹿じゃないの!! 私らめちゃくちゃ心配したんだからね!」

 

「…うん、ごめんな? ウチもまさかぶっ倒れるとは思わへんかった」

 

「…馬鹿ね…、なんで相談してくれなかったのよ…」

 

「リーダー…。無事で良かった」

 

「悪かったな…。…でもウチは…」

 

 

 そう言いながら、繁子は何か言いたげに心配する立江達の顔を見つめる。

 

 立江達もそれはわかっている。だけれど、友人として、仲間として、助けてやれなかった不甲斐さが歯痒くもあるのだ。

 

 作戦でもなんでも自分1人でこんなになるまで抱え込む繁子に立江はこう話を切り出す。

 

 

「わかってるわよ、…たく、だから私らも頼れってば…1人でやれる事なんて限りがあるでしょう?」

 

「立江…」

 

「仲間なんだからさ、…今迄、一緒にやって来たじゃん、しげちゃん」

 

「…あぁ、ホンマに…すまんかったな…。心配かけた」

 

「ほら泣かないでよ…、わかってるから、私達は」

 

 

 そう言いながら、真沙子はハンカチで繁子の涙を拭い微笑んだ。

 

 頼れるリーダーとして、そう在ろうとした繁子の努力もわかる。この先に待ち構えている困難にできるだけの事を成そうとした努力も理解できていた。

 

 そんな繁子を責められる筈がない、気づいてあげれなかった自分達が悪いのだと立江達はそう思っていた。

 

 

「よし! …もう大丈夫や! はよ知波単学園に戻って戦車をメンテしようや!」

 

「切り替え早っ!? …もうちょいゆっくりしなよ」

 

「そうだよ、試合は今週の週末なんだしさ、医者からも安静にって言われてんでしょ?」

 

「…ん、い、いや…でも…」

 

「ほーら、しげちゃんの悪い癖が出てるわよ、後でミカやまほ達が見舞いくるって言ってたから、ね?」

 

 

 早くも知波単に戻り大会に備えようとする繁子をそうやって宥める立江達。

 

 確かに、過労で倒れた後にすぐに動こうとするのは良くない、身体を労らなくては本戦に全力で臨めないだろうという気遣いからだ。

 

 繁子は立江達のその言葉に従い、しぶしぶベットに横になる。

 

 

「後のことは任せなって! ね?」

 

「あぁ、それじゃ…お願いできるか?」

 

「がってん承知の助!」

 

「智代ー、がってん承知の助って…」

 

「まぁまぁ細かいことは気にしないの! それじゃリーダー! しっかり休むんだよ!」

 

「雪子さん…」

 

「安心しなさいな、立江達なら大丈夫、貴女は早く体調を整えて来なさい」

 

 

 不安げな表情を浮かべる繁子に優しくそう告げる雪子。

 

 隊長として、よくみんなを纏めてきた繁子、戦車の新規製造にエンジンの製造、身体を無理に推してまで知波単学園の戦車道を強くするために励んだ。

 

 だからこそ、今は休んでもいいと雪子もそう思っていたのだ。

 

 繁子の異変に気付いてやれなかった指導官としての申し訳なさもある。

 

 そして、ベットの上にいる意識を取り戻した繁子に見送られ病院の病室を後にして扉を開けて出て行く一同。

 

 そんな中、雪子は病室から出て、直ぐに廊下にいた白衣を着た医者から呼び止められた。

 

 

「知波単学園の戦車道指導官の…、東浜雪子さんですよね?」

 

「ん? なんでしょうか?」

 

「城志摩繁子さんの件でお話が…、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」

 

 

 そう言って呼び止めた医師の言葉に首を傾げる雪子。

 

 ただの過労で倒れたと聞かされた今回、別に繁子に関しては特段何も無いはずだ。

 

 ひとまず、雪子は周りにいる立江達に一通り目を配ると呼び止めてきた医師の方へ向き返り、こう告げ始める。

 

 

「…わかりました。 貴女達、学園の方に先に行ってて頂戴」

 

「はい、わかりましたー」

 

「? …なんだろう?」

 

「しげちゃんの事だから過労後に処方する薬とかの話じゃない?」

 

「とりあえず、絹代達が気になるから私らは早く戻りましょ」

 

「あいさ!」

 

 

 そう言いながら、ひとまず医者から呼び止められた雪子を置いて先に知波単学園へ戻ることにする一同。

 

 そんな立江達を見送り、後ろ姿が見えなくなり居なくなることを確認すると呼び止めてきた医者は雪子にこう話を切り出す。

 

 

「とりあえず診療室の方へ…」

 

「はい、わかりました」

 

 

 そして、医者に勧められるまま診療室の中へと入る雪子。

 

 診療室の中へと入った雪子は椅子に座り、医者と向かい合う形になる。

 

 すると、なにやら医者は神妙な面持ちでカルテやレントゲン写真を取り出しはじめる。

 

 そんな医師の表情や行動で何かを察したのか、雪子は顔を険しくして、一体どうしたのか問いかけた。

 

 

「城志摩 繁子さんなんですが…これを見て欲しいのです」

 

「これは…」

 

 

 そう言いながら、医者から手渡されたカルテと繁子の健康診断の結果に目を通す雪子。

 

 嫌な予感がした。病院に来て、繁子について呼び出され、さらにはこのカルテを手渡される意味。

 

 導き出される答えというのは自ずと決まっている。

 

 

「私、以前、お亡くなりになった城志摩 明子さんの担当医でしてね…。…誠に申し上げ難いのですが、単刀直入に言いますと、このままでは城志摩 繁子さんに城志摩 明子さんと同じ様な病状が発症する可能性があります」

 

「!?」

 

「…幸いにも、まだ、初期の段階で見つけ出すことが出来ました。しかしながら、このまま進行するとなると…」

 

「…命に関わる危険性があると…?」

 

 

 その雪子が絞り出した言葉に医者は静かに頷いた。

 

 今回、倒れたのは単なる過労であることは本当だ。

 

 だが、今回、繁子が倒れたことにより健康診断やレントゲンなどの検査を行ったことで発覚した病状。

 

 すなわち、このまま治療を受けずにいれば繁子は明子と同じ様にいずれ、後数年後には、床に伏せ、いずれは病が進行していき死ぬことになってしまうのだ。

 

 だが、今は戦車道全国大会の前、この様な話を聞かされた雪子は動揺せざる得なかった。

 

 

「…せ、戦車道の全国大会が控えてるんですよ…」

 

「…今すぐにというわけではありませんが…このままだと、将来的に戦車道は厳しいでしょうね…」

 

 

 そう言いながら、医師は深刻な面持ちで雪子に告げる。

 

 残酷なまでの通告、明子の病がどういったものかは雪子も理解していた。

 

 あの時、進行していく明子の病状の状態を見ていたことがあるからだ。

 

 だからこそ、歯痒かった。繁子がどんな思いで戦車道に打ち込んでいたのかも知っていた。

 

 どんなにボロボロになっても自分が課した戦車道の訓練に励んでいた事も知っていた。

 

 あんなに明子の志した戦車道を胸に没落した流派を再興させようとする繁子にこの試練はあまりにも酷であるとしか言いようがなかった。

 

 

「治療法は!? 治療法はあるんですか!!」

 

「落ち着いてください、治療法ですが、海外の方でこの病状についての研究が進んでまして薬剤の方もあるという話でした」

 

「本当ですか!?」

 

「えぇ、初期の段階ならばまだ抑えられるそうです。ドイツにある大学病院なんですが」

 

 

 そう言いながら、医師は雪子にその大学病院のパンフレットを手渡した。

 

 繁子に明子と同じ病気の前兆があると聞かされて、藁にも掴む思いで雪子はそのパンフレットを医師から受け取る。

 

 しかしながら、治療を受けさせにするにしても場所はドイツ…。

 

 まさか、戦車道全国大会前にこんな事になるとは雪子も予想だにしていなかった。

 

 

「ドイツ…」

 

「もし、城志摩 繁子さんが治療を受けられるのならば、進行する前に今年中にドイツへ治療を受けさせに行かせるのがベストな選択肢だと思われます、後は本人にその意思があるかどうかですけれど…」

 

「期間は…」

 

「最悪でも半年でしょうね…、病状にもよりますが、進行次第ではそれ以上、今年中に行かれるのであれば大体そのくらいかと思われます」

 

「……。そう…ですか」

 

 

 パンフレットを握る雪子の手は震えていた。

 

 そうなれば、半年間の間、繁子は知波単学園の学園艦と日本から離れてドイツで治療を受ける事になるだろう。

 

 これからという時にあまりにも酷い仕打ち、雪子はいろんな感情が渦巻く中、そのパンフレットを懐に仕舞った。

 

 

「…本人には私から伝えます。後、他の女生徒達にも」

 

「わかりました。私はご家族の方へでは連絡を入れておきましょうか?」

 

「よろしくお願いします、すいません、いろいろと」

 

「いえいえ、頭をお上げください…。私も城志摩 明子さんの命をお救い出来なかった悔しさがありましたから…でも、本当によかったです。今回は救えますから…若い命を」

 

 

 医師は頭を下げてお礼を述べる雪子に笑みを浮かべて、そう告げる。

 

 確かにそうだ、まだ初期の段階で見つけ出すことが出来たのだ。

 

 命を失くす危険はない、だが、いずれにしろ何もしなければ病気は繁子の身体を明子のようにしてしまう危険があるだろう。

 

 

「遺伝性の病気なのでしょうかね…」

 

「そうですね、恐らくは…。しかし、現段階では治療法もありますからそこまで悲観する事はありませんよ、彼女が今年の戦車道全国大会に出るのであればそこは問題はありませんから」

 

「!? …本当ですか…!」

 

「えぇ」

 

 

 医師は雪子を安心させるようにそう優しく告げた。

 

 今年中に海外のドイツに治療をしに行かなければならないが、今年の戦車道全国大会はなんとか出れる。

 

 その事を聞いた雪子はひとまず胸を撫で下ろす、戦車道全国大会はもう開会式を終えて試合も組まれている。

 

 そんな中で隊長であり皆を纏めている繁子を欠けば、戦車道全国大会優勝は無いに等しい。

 

 この時だけはよかったと雪子もホッと安心した。

 

 

「…それを聞いて安心しました…。それでは、私はそろそろこれで失礼します…いろいろお話をありがとうございました」

 

「わかりました。ではお大事に」

 

 

 そう言って、診察室から出て行く雪子。

 

 指導官として、立江達や皆にもいずれにしろこの事は伝えなければならないだろう。だが、どう伝えれば良いかわからない。

 

 どうしようもない歯痒さが雪子の中でぐるぐると渦巻く、何故、繁子がこんな目に遭わなくてはならないのか。

 

 明子の戦車道に憧れ、そして、戦車道で輝かしい成績を残して今の自分があるのは時御流のおかげだ。

 

 雪子は1人、病院の屋上で考え込んでいた。

 

 指導官として、自分が教えてきた戦車道。未来がある彼女にまだ全て授けた訳ではないというのに。

 

 

「……あの娘が一体何をしたっていうの…! …クソッ!」

 

 

 雪子はそう言って、どうにもならない感情を1人で誰もいない病院の屋上で呟いていた

 

 半年、いや、もしかするとそれ以上の期間を戦車道全国大会が終わった後に繁子は高校生活の大事な時期を病院で過ごす事になるかもしれない。

 

 たくさんの仲間達に恵まれ、己の戦車道を見つけるために足掻いた彼女、その彼女をあの場所から切り離さなくてはいけない。

 

 もしかすると、三年生最後の戦車道全国大会に出られるかもわからない。

 

 あの仲間達と共に過ごした時間が…下手をすれば今回で最後になってしまう。

 

 

「明子さん…私はどうしたら…」

 

 

 今は亡き明子に静かに問う雪子。

 

 戦車道全国大会に賭ける彼女達の熱意、そして、絆の深さを知っているからこそ雪子は迷っていた。

 

 いずれにしろ、病については繁子には話さないといけない、そして、立江達にも。

 

 指導官として、しっかりと自分がしなければならない。

 

 雪子はそう心に決めると顔を上げて、いつものようにハットを深く被る。

 

 

「常に一生懸命やるだけ、…そうでしたよね」

 

 

 やれる事をやろう、もう、致し方ない事だ。

 

 雪子はそう心に決めた。自分の口から彼女達にしっかりと伝えなければいけない事だからこそ、繁子や立江達には毅然として告げる。

 

 どんなに可愛い教え子達で成長している最中であったとしても、その命が救えるのなら自分は喜んであの場所から繁子を引き離す。

 

 最初から決まっていた事、迷う事はない。

 

 雪子は屋上の扉を開きその場を静かに後にした。

 

 行く先は決まっている、繁子のいる病室である、病気についての話を彼女にする為に…。

 

 

 戦車道全国大会前に発覚した衝撃的な出来事。

 

 果たして、繁子達はこの事実を知り、仲間達と乗り越えていけるのか!

 

 この続きは…!

 

 次回、鉄腕&パンツァーで!

 

 



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一致団結

 

 病院から無事に退院する事になった過労で倒れた繁子。

 

 戦車道全国大会の試合に向けて、皆と合流した彼女はすぐさま次の試合に向けてのミーティングを行っていた。

 

 戦車道全国大会、一回戦の対戦校はマジノ女学院。

 

 フランス戦車であるルノーを中心とし編成された戦車隊を主戦としている学園である。

 

 そのミーティングをしながら雪子は静かに皆に話を進める繁子を横目に見ていた。

 

 あの日、病気の事を雪子は繁子に告げた。

 

 もしかするとこの戦車道全国大会が繁子にとっての最後の戦車道全国大会になるかもしれないという事を…。

 

 

『…そうですか…。ドイツに…』

 

『そう…、戦車道全国大会は今年でもしかすると…』

 

『…、来年までにウチが治せばいいんですよね?』

 

『…っ! …いつになるかわからないのよ?』

 

 

 そう言って、雪子は悲痛な面持ちで繁子にそう告げる。

 

 だが、繁子はそれでも笑みを浮かべていた。

 

 確かに雪子の言う通り、病気の進行具合では間に合わないかもしれない。だが、可能性は必ずしも0ではない。

 

 戦車道がこれまで通りできるのか? 薬の副作用などでもしかするとできなくなるかもしれない。

 

 そういった可能性だって考えられるだが、繁子は…。

 

 

『ウチは母ちゃんを越えるって決めたんです…』

 

『繁子…』

 

『ウチがいくら突き進んでも、振り返れば、必ず頼れる仲間たちがそこにいますから…、だから今はウチは目の前にある大会を全力で戦います』

 

 

 繁子の眼差しはまっすぐに雪子の眼を見つめていた。

 

 例え、この戦車道全国大会が仮に最後だったとしても自分が信じた戦車道をずっと貫き通したい、仲間達と共に。

 

 その決意が繁子の眼差しの奥底にはあった。

 

 きっと、成るべくしてなったんだと繁子は優しく雪子に告げる。

 

 死してもなお、自分の背中を押してくれる母の為にも常に全力で戦い抜いて決勝を勝って皆と共に優勝旗を持ち帰りたい。

 

 西住流との決着も、辻隊長との誓いも果たせていない、自分の戦車道もまだ極められていない。

 

 やり残した事がたくさん残っている。清算しなければならない己自身の手で。

 

 

『わかったわ…立江達には私から話す』

 

『ありがとうございます』

 

 

 その言葉に繁子は力強く頷いた。

 

 迷う事は無い、自分の戦車道を信じて大会を勝ち上がる。そして、悔いなく知波単学園から出ておきたい。

 

 送り出してもらうときはきっと笑顔で、また戦車道が皆と共にできるようにと、そうやって別れたい。

 

 戦車道全国大会での作戦を組み立てていた繁子は楽しそうにこう皆に話を切り出す。

 

 

「そんでな、今回は…これを使おうかなって考えてんねんけど」

 

「これは?」

 

「超巨大な弓矢やで!」

 

 

 繁子はそう告げると机の上に超巨大な弓矢の作り方が描かれた設計図を提示した。

 

 都城の弓、日本一の職人から教わった技術を用いて繁子は戦車道一回戦を戦おうと考えていたのだ!

 

 全長は6mにも及ぶその弓矢、英雄、ウィリアム・テルが射抜いたリンゴを敵戦車に見立てルノー戦車を仕留めにかかる。

 

 弓の弦はワイヤー、そして、矢には木製2.5mにも及ぶ先端を丸くした非殺傷の矢を使用。

 

 まさに攻城兵器と言っても過言ではない、だが、これを繁子はなんと…。

 

 

「ほら、次の試合の立地見てみ? ここに森林地帯があるやろ?」

 

「あ、ほんとだ!」

 

「なるほど! 斧でそこの木を伐採して弓矢を作るってわけね!」

 

「じゃあ、まずは工作隊が森林地帯に移動してノコギリ等を使って加工、でもって足止め班が敵戦車を撹乱して時間を稼ぐと」

 

「完璧な計画ね! なんの抜かりもないわ!」

 

 

 現地で材料を調達して作ろうとしているのだ。

 

 それに関して、繁子の計画に目を輝かせて納得したように頷く一同。

 

 もはや、知波単学園が誇る工作隊が変態すぎる。

 

 普通の女子高生は戦車道の試合中に巨大な弓矢を作るという発想なぞ思いつきもしない。

 

 ちなみに工作隊はAD足立に乗り込んだ3輌の戦車で構成された部隊だ。機動性も時御式エンジンを積んだ事でかなり向上した。

 

 このミーティングを目の当たりにした一年の絹代は唖然としてこう呟く。

 

 

「…これが…、時御流…」

 

「絹代、皆根性(みやこんじょう)の見せどころやで」

 

「はい! 繁子隊長!」

 

「辻隊長が引退したからツッコミ役が不在なんだよね、恐ろしいわ」

 

 

 そして、繁子の洒落れた言い回しに目を輝かせる絹代に先輩の1人が顔を引きつらせながらそう呟く。

 

 ツッコミ役の不在、此れ程恐ろしいことはないだろう。

 

 ただし、この作戦にツッコミを入れたところで作戦自体が変わる事がないので意味はない、これが知波単学園では普通なのである。

 

 そして、繁子は慣例の今回の作戦名をこう名付けた。

 

 

「作戦名は名付けてオペレーションGPMや!

 」

 

「GPM? それってなんの作戦名の略なの?」

 

「ご当地PR宮城県作戦の略やで」

 

「ご当地PR!? 作戦名がご当地PRでいいの!?」

 

 

 繁子命名、ご当地PR宮城県作戦。

 

 いつものことながら略された名前のネーミングセンスの壊滅さに知波単学園の先輩は仰天せざる得ない。

 

 戦車道の試合にご当地PRをしていくスタイルは確かに新しい、繁子達はこれをきっかけに地域が盛り上がってくれたら良いなと思った。

 

 そして、次回の試合に関しての作戦についてのミーティングを終えて、タイミングを見計らって雪子は立江達に声をかける。

 

 

「ちょっといいかしら? 立江、真沙子、永瀬、多代子」

 

「ん? …なんですか? 雪子さん?」

 

「大事な話があるから相談室まで来てくれるかしら? 貴女達4人だけ」

 

 

 そう言って、踵を返してその場を離れる雪子。

 

 名前を呼ばれた4人は首を傾げる。何か怒られるような事はした覚えもないし呼び出される意味はよくわからなかった。

 

 永瀬はいつもと雰囲気が違う雪子の立ち去る後ろ姿を見ながら3人にこう告げる。

 

 

「なんだろね? 呼び出しだなんて珍しいし」

 

「智代、あんたまたなんかやらかしたんじゃない?」

 

「なんでさ! してないよ!」

 

「まぁ、話を聞けばわかるっしょ、とりあえず行ってみよ」

 

「何かしらね? ほんと」

 

 

 そんな雑談をしながら、立江達は雪子に呼び出された相談室まで足を運ぶ。

 

 別に話があったとしても今回の大会の打ち合わせとか試合の運び方の指導か何かだろうと立江は思っていた。

 

 相談室まで足を運んだ一同は部屋をノックして雪子に促されるまま中へと入る。

 

 

「…来ましたよー雪子さん、そんで話っていうのは…」

 

「ーーーー繁子の事なんだけど」

 

 

 それから暫くして、雪子の話を平然とした態度を取っていた立江達は段々と話を聞いていくにつれて一変して目を見開いた。

 

 真沙子は信じられないといった表情を浮かべ、多代子は呆然としたまま立ち尽くしている。

 

 そして、永瀬は雪子の話を聞いているうちに涙を流しはじめ、そして立江は…。

 

 

「そんな話!! 何かの間違いなんじゃ…!」

 

「事実よ…、先日、過労で運ばれて発覚した事なの」

 

「だって! リーダーはあんなに元気じゃないですかっ!」

 

「…今のままならあと数年したら悪化する事になるのよ? 明子さんがどうなったか…貴女も知ってるでしょ?」

 

 

 その雪子の言葉に声を荒げていた立江は自然と流れ出てくる涙を止められず、唇を噛み締めて黙り込む。

 

 繁子が今まで積み上げてきたものが、全部否定されたようなそんな気がして怒りが込み上げてきた。

 

 明子さんだけでなく、繁子まで。そんな理不尽な病魔に対してのどうしようもない怒り。

 

 真沙子は雪子に訴えかけるようにこう告げる。

 

 

「だってそれじゃしげちゃんと私達の今までは…っ!」

 

「貴女が言いたい事は分かるわ…、私だって悔しいわよ」

 

「…っ!?……なんでこんな…」

 

 

 残酷な出来ごとが平然と起きるのかと、言いかけて真沙子はその口を噤んだ。

 

 口に出したところで状況が変わるわけでもない、だからこそ、1番辛い思いをしているだろう繁子に自分達ができることを考えるべきなのだ。

 

 わかってはいるが、心の整理ができていない。

 

 立江同様に皆が同じような気持ちだった。

 

 そんな中で先に口を開いたのは涙を拭った永瀬からだった。

 

 

「…アネェ、真沙ネェ…今の私らが出来ることって言ったらさ…、しげちゃんを日本一の隊長にしてあげることじゃないかな」

 

「智代…」

 

「…智代が言う通り…私らが今リーダーに出来るのはそれくらいしかないよ! …1番しんどいのはリーダーなんだからさ…っ!」

 

 

 涙を流し、声が震えながら多代子は永瀬の言葉を肯定する様にそう立江と真沙子に告げる。

 

 1番キツイのは繁子、にも関わらず今回、次の試合の作戦や段取りを考えて皆に伝えてくれた。

 

 だったらそれに応えてあげないといけない、自分達のリーダーを日本一の隊長にするのだと強く決意する事。

 

 そして、どんなことをしても成し遂げるのだと覚悟を決めて、やるべき事を成すのが自分達が出来る最善の事だ。

 

 そして、皆が口々にそう言いはじめ立江は笑みを浮かべて涙を流していた目元を拭う。

 

 そうだった、自分達はいつも全力で戦ってきた。

 

 繁子が例えドイツに渡ろうとも帰ってくる場所を残して待つ、いつになるかはわからないけれど、それでも信じて待ち続ける。

 

 だから、この戦車道全国大会を繁子の最後になんてしない。

 

 

「…一生懸命に戦おう、しげちゃんが知波単学園から居なくなっても私らが代わりに積み上げておけばいい! いつでも帰って来れるようにさ!」

 

「…立江、あんた…」

 

「真沙子、私らの砲手はあんたでしょ? 決めなよ覚悟」

 

 

 そう言いながら、立江は拳を突き出してトンと真沙子の胸元を軽く叩く。

 

 真沙子はその立江の行動に目を丸くしながらも理解していた。覚悟を決めて戦車道全国大会に臨まないといけない事を。

 

 笑みを浮かべた真沙子は突き出された立江の拳に軽く自分の拳を突きつけるとこう告げる。

 

 

「んな事は言われなくてもわかってるわよ!…頼んだわよ、副隊長!敵は全部私がぶち抜いてやるから!」

 

「智代!」

 

「しゃあ! 私のど根性みせてやりますか!」

 

「多代子!」

 

「操縦なら私に任せんしゃい! 指一本触れさせないからさ!」

 

 

 そう言いながら、4人は拳を突き合わせて誓い合う。

 

 繁子を今年、日本一の隊長にする事を、そして、彼女の居場所を団結して守って待ち続ける事を拳を突き合わせる事で約束した。

 

 それを見ていた雪子は笑みを浮かべて安堵する。

 

 戦車道全国大会の試合前にこんな話をすれば下手をすれば空中分解なんて事態もあり得た。

 

 だが、病魔があると告げられた繁子がいつも通りに振る舞う事で、それを助けようと立江達の結束がさらに固くなった。

 

 これならば心配は要らない、今の彼女達ならばきっとやれるはずだ。

 

 

「やるわよ、まずはマジノを倒す!」

 

「目指すは優勝のみ!」

 

 

 そう言って闘志を燃やす一同。

 

 優勝という明確な目標に向かって戦う覚悟は出来た。あとは、全力全開で戦車道全国大会に臨むのみ。

 

 勝負の戦車道全国大会の試合は刻一刻と目前に迫ってきていた。

 

 果たして、オペレーションGPMは上手くいくのか!

 

 

 

 その続きは…。

 

 次回、鉄腕&パンツァーで!



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マジノ女学院戦

 

 マジノ女学院。

 

 フランス戦車を主戦車とし、守備的陣形と戦略を得意としている学園、上品さと気品がありルノー戦車群を用いた戦い方には定評がある名門校だ。

 

 だが、このマジノ女学院も近年では聖グロリアーナ、黒森峰、サンダースといった強豪校とは並べられる程の評価は得られていない。

 

 何方かと言えば、アンツィオ、継続高校の方が台頭しつつあるのが現状だ。

 

 

「さてと、ほんじゃ、ウチらも行きますか」

 

「りょーかい、じゃあ分隊頼んだよ」

 

「任せときなって」

 

 

 そして、今、そのマジノ女学院との試合が開始され、巨大な弓矢作成の工作隊と足止めの戦車隊で別れる段階である。

 

 足止めの戦車隊は強靭なホリ達とクリスティー式山城で局地戦に持ち込むようにし、工作隊が作業ができるように足止めを行う。

 

 機動力のある山城ならば、カモフラージュからの撹乱戦法はお手の物だ。

 

 さらに、工作隊のAD足立は3輌。機動性を向上させたこのAD足立(五式中戦車)ならば、困った時にも駆けつける事ができる。

 

 困った時のAD足立。

 

 この五式中戦車は今や知波単学園には居なくてはならない重要な戦力だ。

 

 

「私達は局地戦に持ち込むのよね?」

 

「せやで、ウチらは後方が作業を終わらせるまでここで粘る!」

 

「初戦と2回戦までは10輌だからね、3輌工作隊に回したところでって話よ」

 

「永瀬隊は?」

 

「もう行かせてあるわ、ケホを2輌預けてある。あの馬力ならクロムウェルでギリギリ追いつけるくらいだから心配ナッシング」

 

「…ふふ、段取りが相変わらずええな、副隊長」

 

 

 そう言って、にこやかにサムズアップしてくる立江に笑みを溢す繁子。

 

 今まで以上に知波単学園には一体感があった。繁子を中心に纏まっているだけではない彼女を助けなければ、力にならなければと皆が各自そう思っているからだ。

 

 入ってきたばかりの一年生も、同級生達も、そして、今年で引退する三年生も皆が引っ張ってきてくれた繁子の力に成ろうとしていた。

 

 

『敵影! 確認できました!』

 

「わかったわ、永瀬隊はそのまま監視を続けて私達と交戦した際は背後から挟撃して」

 

『了解、任せてアネェ!』

 

 

 そう言って、立江は偵察に行かせた永瀬隊に指示を飛ばし、こちらに向かってくるルノーの戦車群を引き続き監視する様に伝える。

 

 そして、通信はこれだけではない、間髪入れずにすぐさま武力偵察に行かせたもう一方の分隊からも通信が入ってきた。

 

 

『こちらアヒル隊! 敵戦車本隊の姿を確認!』

 

「やろうなとは思ったわ」

 

「残りは後方に待機させてたか、しかもフラッグ車の近くには数多く戦車があるんじゃないかしら?」

 

『!? …た、確かに10輌中、6輌で周りを厳重に固めています!!』

 

「やっぱね、後4輌は機動性が高い戦車での武力偵察か…そっちにケホを割いておいて正解だったわね」

 

 

 そう呟く立江の言葉に繁子は静かに頷いた。

 

 いくら何でも守りの陣形を保つとはいえ、本隊に6輌は固め過ぎである。確かにこれならばなかなか攻め辛いが…。

 

 繁子達はむしろ、この状況の方が助かった。思い通りの布陣に出だしである。

 

 向こうがそうやって、こちらを警戒して守りを固めて迎撃つ算段で待っていてくれた方が今回の作戦は上手く行きやすい。

 

 

「向こうの完全な悪手やね、もう一団分散させてこっちこられた方がまだ苦戦するところやけど」

 

「時間をかけてくれた方が時御流としては実にありがたいのよね、攻め手も守り手も幾らでも出来るからさ」

 

 

 そう言って、ニヤリと笑みを浮かべる立江と繁子の2人。

 

 マジノ女学院は守備的な陣形に定評があるが、その分、攻撃的な攻勢や電撃戦などといった脅威は無いに等しい。

 

 例えあったとしても、その時はその時で対処はできるが、現状を見てもその気配は皆無だ。

 

 それならば、繁子達からしてみれば非常にやり易い相手なのである。

 

 黒森峰、聖グロリアーナ、プラウダ、サンダースならば一気に攻勢を掛けてくるので戦車での足止めが多数必ず必要になる上、機動性が高い攻勢をかけてこられるのでこちらが後手後手に回ることが多々ある。

 

 しかし、主導権が握りやすい今回のような場合は犠牲を伴うことなく策を簡単に備えることができる。此れ程、アドバンテージが取れれば繁子達としても非常にやり易い。

 

 

「よし、そんじゃ踏ん張りますか」

 

「4輌なら楽に狩れるしな、そんじゃ展開して局地戦に持ち込むで」

 

「はいよ!」

 

 

 そう言って、繁子の指示に従いホリ2輌と山城は各自分散し待ち構えるようにカモフラージュを掛ける。

 

 左右に分散して、カモフラージュを掛ける事により両脇から挟撃を仕掛ける算段だ。

 

 こちらに向かっているルノーの動きについては先に出しておいた偵察隊であるケホ隊から随時連絡が来る。

 

 

『敵…距離600mくらいです』

 

「…ぼちぼちかな、ホリをゆっくり動かして、主砲がすぐに向けれるように」

 

『はい』

 

「しげちゃん、初撃は頼んでいいかしら、ホリだと車体自体を動かさなくちゃならないからバレる」

 

『わかった、任せとき』

 

 

 そう言いながら、繁子は立江からの通信を受けてゆっくりと砲身を動かすように指示を飛ばす。

 

 勝負は常に一瞬。

 

 下手をすればこちらの位置がバレてしまい作戦が成り立たない事だってあり得る。そんなリスクはできるだけ防いでおきたい。

 

 そんな中、工作隊に向かった真沙子達はというと?

 

 

「なるべく迅速に! 私が手本見せるから早くね!」

 

「…おぉ! なるほど、こうやるんですね!」

 

「弦に使うワイヤーと矢は用意できました!」

 

「よし! あとは弓だけね!」

 

 

 着々と準備を進めていた。

 

 巨大な弓を作る為に木を斧で切り倒していく女子高生達。もう繁子達と一年以上過ごしている同級生や上級生は木の気持ちが分かるレベルまでに逞しく成長していた。

 

 ある生徒は木に触れると意味深な顔つきで優しくそれを摩り、その木が丈夫かどうかを真剣に見定めている。

 

 そして、木を加工する過程で上級生は一年生の娘にこんな話をしはじめた。

 

 

「北海道ではポプラの木が有名でね」

 

「はい」

 

「私らくらいのレベルになってくると向こうから話しかけてくるのよ」

 

 

 そう言いながら上級生は懸命にノコギリを振るいつつ汗を拭い、悟った様な表情を浮かべていた。

 

 そんな彼女が一年生にする話を聞いていた真沙子は目を輝かせて近づくと話を紡ぐ様に語り始める。

 

 

「あ! それ私らが北海道行って、持って帰って来たポプラの木を加工した時っしょ!」

 

「そうそう! 真沙子が言ってた通りだったの! びっくりしちゃった!」

 

「凄いじゃんか! ほら、あんたもいずれ聞こえてくる様になるから頑張りなさい!」

 

「は、はい!」

 

 

 肩を叩き、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる真沙子の言葉に元気よく応える一年生の女生徒。

 

 木の気持ちがわかるとはなんだろう。

 

 ノコギリを懸命に動かす一年生の細見はそんな疑問が浮かんできつつも素直に上級生や真沙子のレベルがかなり高い事に驚愕せざる得なかった。

 

 ポプラの木を北海道まで行って知波単学園に持って帰ってくるなんて事を平然とやってのけてしまう彼女達はなんなのだろうと素直にそう思う。

 

 そんな感じで弓矢作りの方は順調に作業は捗っていた。

 

 楔を打ち込み、形を整えていく真沙子達、重機の代わりに戦車を使う事で弓作りの効率も比較的スムーズに行えた。

 

 巨大な弓に長いワイヤーを張る。

 

 

「バキバキって音なったらダメだからね、折れるから」

 

 

 そう真沙子が言った直後だった。

 

 しならせていた弓からバキバキという変な音が鳴る。タイミングを見計らったような、いかにも完全に狙った音が辺りに鳴り響いた。

 

 

「………………」

 

「ま、まぁ、こんなこともあるわよ、折れてないしオールオッケー、オールオッケー」

 

「…めちゃくちゃ不安になってきたんだけども」

 

 

 そう言いながら、綺麗に反りが出来上がる様を見守りつつ丁重に作業を進める真沙子達。

 

 那須与一の様に…この弓矢を使った戦術を行う。その一心で弓矢を懸命に手を動かし作り続け、その結果。

 

 全長6mにもなる巨大な弓矢が無事に完成した。

 

 

「デカイ…、作っておいてなんなんだけど」

 

「さぁ! セッティングに掛かるわよ!」

 

「了解! じゃあ早速しげちゃんに通信入れるね!」

 

 

 工作隊の作成した巨大弓矢は無事に完成する事が出来た。

 

 後はこれをセットし、難なく策に用いる事ができる、問題はどこで使うかということだけだ。

 

 繁子達との通信を行い、指定された場所へとこれを持っていかなくてはならない、繁子達は無事に足止めができているのだろうか?

 

 

「しげちゃん、こちら工作隊だけど! 弓矢はある程度出来上がったよ!」

 

『真沙子か! …こっちはちょいと交戦中や! そっちに永瀬行かせるから先導に従って指定した場所に向かってや!』

 

「…うげ!? わかったわ、撃破されんじゃないわよ?」

 

『運転手は多代子やから大丈夫やって、そんじゃ後でな!』

 

「はいよ」

 

 

 繁子との通信を終えた真沙子はひとまず工作隊の皆の方へ、繁子からの伝令と指定された場所についての話を伝えた。

 

 先ずは先導役に偵察をしていたケホ隊を率いた永瀬がこちらに来るという。

 

 その後、真沙子達、工作隊は無事にケホに乗った永瀬と合流する事に成功した。改造を施し、圧倒的な機動力がありカモフラージュを施したケホは早々敵戦車に見つかる事はない。

 

 

「弓矢できたんだって!?」

 

「そうそう! ほら、自信作ー、みんなで作ったのよ」

 

「うわ!? 本当にデカっ! どんくらいあんの! これ!」

 

「6mよ、そっちは?」

 

「ばっちし、あのね」

 

 

 そう言って真沙子達と合流した永瀬は圧倒的なデカさの弓矢に驚きつつも偵察により割り出した立地と現在の状況について真沙子に細かく説明し始めた。

 

 永瀬の話によると武力偵察に出ていたアヒル隊が敵本体の居場所を割り出したという。そこから、敵本隊に狙いが定められる場所を割り出して巨大弓矢を使用できる所を見つけ出したという事だった。

 

 巨大弓矢を早速、AD足立に引っ付ける作業を行い、永瀬の乗るケホが先導してすぐさま動き出す真沙子達。

 

 

「永瀬、他のケホ隊は?」

 

「しげちゃん達の援軍に回した! 今は多分、交戦中だと思うよ」

 

「なら、うかうかしてられないわね、場所までは割と掛かる?」

 

「それなりにかな、でも確実に打ち込める場所見つけといたよ!」

 

「さっすが! やるじゃん!」

 

 

 先導するケホの永瀬と会話をしながら笑みを浮かべる真沙子。

 

 これならば、繁子達が交戦を終えて本隊と接触するまでに巨大弓矢をセットし終える事が出来るだろう。後は時間との勝負だ、いかにしてこの弓矢をバレずにセッティングするかが重要になってくる。

 

 匠から教わった弓作りの術、この業をいかにして勝利に繋げていくか知波単学園の都根性の見せどころである。

 

 はたして、工作隊の真沙子達が作った都城伝統の都城の弓は無事に敵本体を窮地に追いやる事ができるのだろうか

 

 その続きは…。

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!

 



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雨傘

 

 戦線にいる繁子達はマジノ女学院の武力偵察隊と交戦に入り、真沙子達の移動時間をなるべく稼いでいた。

 

 武力偵察に向かわされた4輌のマジノ女学院の戦車との激しい砲撃戦、しかし、その技術の差は…。

 

 

「迂回して挟撃!」

 

「了解!」

 

「くっ! 躱された!?」

 

「やばい! このままじゃ…!」

 

 

 知波単学園が圧倒していた。

 

 繁子達の同級生達、チームメイトとてこの長い期間、東浜雪子の指導を経てその戦車の操縦技術、連携は格段に上がっている。

 

 挟撃を受けたマジノ女学院のルノーはことごとくその連携の前に餌食となった。

 

 元々、個の力が高い知波単学園、そのポテンシャルの高さは今や黒森峰女学園にすら匹敵する高さだ。

 

 何故、ここまで高い技術を得る事が出来たのか? どうして、ここまで皆が一つにまとまる事が出来たのか?

 

 それは、前年度に敬愛する隊長、辻つつじを日本一にする事が出来なかった悔しさがあったからだ…。

 

 そして、その後に副隊長、山口立江から知らされる事になった繁子の病魔。

 

 

(…今年は譲れないっ! 私達はしげちゃんに何にも返せてない!)

 

(これまでの私達の戦車への価値観を変えてくれたのは、リーダーだからっ)

 

 

 時には納得できずに立江や真沙子と喧嘩したり激突したこともあった。

 

 けれど、繁子達は自分達の事をとても尊敬し、尊愛し、そして、仲間として気遣ってくれたりしてくれた。

 

 困っているときは助けてくれる。手を差し伸べてくれた。互いに支えてくれた。

 

 もう、時御流のやり方が気に入らない、反りが合わないなんて事は月日を重ねるごとに解消されていった。

 

 辻を日本一の隊長に出来なかった事で涙を流し、己を1番責めた繁子の姿を皆は知っている。

 

 

「負けてたまるかぁ!? 根性だぁぁぁ!」

 

「嘘!? 右を取られ…」

 

 

 ルノーの横を取ったホニIIIの主砲が火を噴く。

 

 横からの強撃を受けて白旗を上げて、ルノーは沈黙した。

 

 そう、立江から全体的に繁子の話を聞かされた日、改めて彼女達は心に誓ったのだ。

 

 病魔に侵された身体、そして、ドイツへの治療を余儀なくされた繁子。その事について立江は隠す事なく皆に話をした。

 

 それは、いずれは話さなければならない事。ただ、繁子が自分の口から話す事は苦痛であることを察し、彼女の了承を経て立江が進んで皆に話した事であった。

 

 

『…リーダーは…、戦車道全国大会が終わったらドイツに行くわ』

 

『!?…』

 

『う、嘘よね? …立江、冗談が過ぎるわ…』

 

『嘘なら…、良かったんだけどね…』

 

 

 繁子の話をした立江はそうやって儚げに笑っていた。

 

 悔しさを滲ませて、皆に言わなくてはいけない役目を自ら進んで繁子の代わりに皆に伝えた。

 

 繁子の病気の事についての話を皆は俯きながら静かに立江から聞いた。

 

 ようやく、戦車道の楽しさを身に染みて感じてこれた時期だった。

 

 繁子や立江達と過ごす毎日が、とても充実していた。

 

 

『…しげちゃんに私達…何にもまだ返せてないのよ、こんなに苦しい訓練とかしててもあの娘が私達を引っ張ってきてくれて…』

 

『悔しいよ、立江、私は悔しい…っ!』

 

『…知ってるわ、私も同じ気持ちだから、だから、みんな…』

 

 

 それから、立江は皆にこう話した。

 

『力を貸して欲しい』と、自分達の力だけでは限界があると立江は知波単学園の皆にそう話した。

 

 これまでやってきた事はきっと大きな財産だと立江は一生懸命に皆に話してくれた。だから、今年は去年のような悔しい思いはしたくない。

 

 

「4輌の戦車を沈黙!」

 

「…よっしゃ! みんなナイスや!」

 

「強くなったね、本当にさ」

 

 

 立江も繁子も嬉しそうにそう笑った。

 

 信頼できる仲間達、彼女達は悔しさをバネに切磋琢磨してきた努力を積み重ねてきた。

 

 だから、今年は譲れない、何としても優勝してみせるのだとかつてはバラバラだった個性が心を一つに結束していた。

 

 

「こちら立江、終わったわ!」

 

『…こっちも射程圏内に弓を設置したわよ!』

 

「わかった! みんな、迅速に移動や! 目標! マジノ女学院本隊!」

 

「殴り合いに行くわよ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 

 そう言って、迅速に敵本隊へ向かう繁子達。

 

 マジノ女学院の護りは堅い、だが、これを覆すのが時御流であり、今の知波単学園だ。分隊で分かれていたアヒル隊を率いる絹代達と合流し、繁子達は強固に陣形を取るマジノ女学院の本隊と対峙する。

 

 

「繁子隊長…」

 

「わかっとる、心配せんでも大丈夫や絹代」

 

「しかし、見るからに固そうな陣形ですし…」

 

 

 毅然としている繁子にそう話す絹代。

 

 それを見ていた立江は笑みを浮かべると冷静な口調で公式戦初出場になる絹代達一年生に対してこう話をしはじめる。

 

 

「一年生、見ときなさい。これが私らのやり方だから」

 

「…よし、頃合いやな」

 

『行くの? しげちゃん?』

 

「おぉ、盛大に頼むわ、永瀬」

 

 

 そう言って、繁子はインカムを通して主砲をこちらに構えてくるルノー戦車を見据えて永瀬に指示を飛ばす。

 

 その指示をインカムを通して聞いた永瀬と真沙子は互いに頷くとすぐさま準備に取り掛かり始めた。

 

 

「よく狙って!」

 

「弦をしっかり引くのよ!」

 

 

 キリキリとしなる巨大な弓、そして、矢。

 

 攻城兵器と相違ない、巨大な弓矢がマジノの本隊へと向けられる。そして、十分に弦が張ったところを見定めてから真沙子は大きく手を振り上げると…。

 

 

「発射ァー!」

 

 

 それを勢いよく振り下ろして、発射指示を飛ばす。

 

 その瞬間、張られた弦を引き離すと同時に弓矢は勢いよく発射された。

 

 暫くして、遠方の方からキラリと何かが光ると物凄い速さでルノー戦車群の中に吸い込まれていく。

 

 そして、次の瞬間、バフンッ! という音と共にマジノ女学院本隊の姿が一気に真っ赤な煙で包まれてしまう。

 

 あの煙は一体…。

 

 

「しゃあ! 無農薬煙幕直撃ー!」

 

「ありゃ、ひとたまりも無いわー」

 

「あ、あの真っ赤なのは? 何?」

 

「多分、唐辛子の成分やな、結構今回多めに使ってもうたから」

 

 

 そう言って、繁子は煙幕に包まれたマジノの本隊を見つめながらそうチームメイトに告げる。

 

 真っ赤な煙幕、それは、無農薬を使った強烈な匂いと刺激臭、そして、涙腺にくる煙幕である。

 

 そう、これを作り上げた弓矢に括り付けて発射。

 

 地面に突き刺さると同時に付けらた無農薬煙幕が炸裂し、マジノ女学院の本隊は煙に包まれてしまったという訳である。

 

 そして、その狙いは…。

 

 

「…ほら! 出てきよったで!」

 

 

 その場から護りを散開させ、散り散りにさせる事。

 

 固まっている敵本隊が雨粒のように散り散りになったところを叩くというのが今回、取り行った作戦の目的である。

 

 ご当地PR宮城県作戦はここに成った。

 

 繁子はすぐさまインカムを通して全隊に突撃指令を下す。

 

 

「今や! 知波単学園のお家芸の見せどころやで!」

 

「突撃だァー!」

 

 

 そして、それに呼応し、全体が一気に動き始める。

 

 それを目の当たりにしたマジノ女学院の戦車本隊は指揮系統が乱れ散り散りになるほかなかった。

 

 周りに立ち込めた無農薬煙幕は強烈な匂いと視界を塞ぐように催涙効果もある。戦車から顔を出そうものならばそれを直に体験する事になるのは明白。

 

 さらに、場合によっては戦車内にもその煙が充満し、視界や戦車の操縦手にも被害が及ぶのだ。

 

 このような場になればマジノ女学院とてこの場にとどまり陣形を保ち続けるのは不可能、すぐさま、散開してその場から離れる事を優先せざるを得なくなる。

 

 それこそが繁子達の狙いであった。

 

 

「皆! 散開してはだめ…! 護りを固めて…!」

 

「ケホケホ!? む、無理です! あそこで護りを固めるなんてできませ…」

 

「もらったぁ!」

 

 

 そして、その隙を見て繁子達は一気にマジノ女学院を畳み掛けはじめる。

 

 次々と各個撃破し、2射目の弓矢が飛んでくる頃にはあたりは煙で真っ赤に染まり視界が悪くなっていた。

 

 だが、知波単学園の生徒達はマスクを着用し、しっかりと視界を確保している。

 

 マジノ女学院は戦車から顔を出す事すらままならず、ひたすら逃げる事しか出来ない状況に陥ってしまった。

 

 

「甘い甘い、永瀬!行くわよ!」

 

「よっしゃ真沙ねぇ! 待ってました!」

 

 

 そして、頃合いを見た頃に真沙子と永瀬が率いる別働隊が2射目の弓矢を打ち込んだ後に横槍を入れるようにマジノの戦車に奇襲を掛けた。

 

 混乱に陥ったマジノの戦車群に追い討ちをかけるように戦線に加わり、マジノの敷いていた守備的な戦法はほぼ崩壊しかけていた。

 

 そして、繁子はその隙をついて一気に畳み掛ける。

 

 勝負を長引かせても持ち直される可能性があるからだ。戦いは一気に勝負を決めるところはしっかりと決めるのが鉄則。

 

 その結果…。

 

 

『マジノ女学院! フラッグ車行動不能! 勝者知波単学園!』

 

 

 繁子達は混乱に乗じて一気にマジノ女学院のフラッグ車を討ち取るまでに至った。

 

 完全にマジノの伝統である守りの陣形を崩し、各自、散開してしまった今回。その戦闘はあっけないもので終わってしまった。

 

 機動力、個人の戦車の操縦技術、指揮。

 

 どれもが知波単学園が上回った結果、これを目の当たりにしたマジノ女学院の女生徒、エクレールは後にこう語る。

 

『時御流と戦う時はガスマスクと酸素ボンベが必要』であると…。

 

 こうして、戦車道一回戦、マジノ女学院を難なく降した知波単学園の勝利で終わる。

 

 一致団結し、繁子を日本一の隊長へ。

 

 心を一つにした知波単学園は二回戦へと駒を進めた。

 

 

 だが、安心するのはまだ早い、立ちはだかる強敵は黒森峰女学園だけではない。

 

 そう、ここにも今年こそ長きに渡る因縁に決着を着けようと意気込む1人の女生徒がいた。

 

 

「山口立江…」

 

 

 静かな物腰に綺麗な黒髪、プラウダの制服を身に纏う彼女はまっすぐに知波単学園、副隊長の立江の乗る戦車を見つめていた。

 

 今や互いにその立場は同じ、そして、長きに渡る勝負に決着をつける。

 

 マジノ女学院との試合を見て、その気持ちは、より一層強くなった。

 

 

「また強くなりましたね、…それでこそ、倒し甲斐がありますよ」

 

 

 彼女はいつも浮かべる涼しげな表情とは裏腹に獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 それは好敵手への渇望、ずっと待ち望んでいた対決。

 

 互いに本能の赴くままに戦える、それが楽しみで仕方がない、そんな笑みであった。

 

 そして、そんな彼女の様子を見ていたプラウダ高校の隊長であるカチューシャは面白そうにその横顔を眺めてこう告げた。

 

 

「…楽しそうね? ノンナ」

 

「そうですね、こんなに血潮が滾るのは久々です」

 

「良い顔してるもの、心配しなくても繁子達とは準決勝で当たるわ」

 

 

 そう言って、試合を眺めていた彼女、ノンナにカチューシャは宥めるように静かにそう告げた。

 

 いつもは物静かな参謀である彼女のこんな顔を見るのは隊長であるカチューシャも初めてだ。

 

 普段は氷の様な静かな参謀である彼女が内に秘めた獣の様な本性を垣間見せる。見たことがないもう一つのノンナの素顔。

 

 

 彼女は身体中から溢れ出る闘争心を抑えながら不敵な笑みを浮かべ、二回戦へと駒を進めた知波単学園の戦いをその目に焼き付けるのだった。

 

 



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戦車道全国大会(二年生)編 VS継続高校
素人は黙っとれーー


 

 

 戦車道全国大会一回戦が無事に終わり。

 

 繁子達は今回使ったエンジンの調整、そして、車体の点検を行っていた。

 

 試合後の料理や打ち上げはもちろんマジノ女学院と行ったが、翌日にはすぐさま点検の方に入らなければならなかっだのだ。

 

 その理由は次の対戦相手。

 

 戦車道全国大会二回戦、対戦校はなんと…。

 

 

「継続高校やもんなぁ…」

 

 

 そう、なんとミカ率いる継続高校との試合が控えていたからだ。

 

 ミカ達とは合同合宿、そして、繁子は戦車道を見つめ直すきっかけを作ってくれた親愛なる強敵。

 

 これには繁子も立江達も困惑を隠しきれずにいた。継続高校が強い事は彼女達がよく理解していたからである。

 

 時御流の戦い方はもちろんの事、戦法や戦車の性能の類は向こうも理解している筈、果たしてそんな彼女達に勝てる見込みはあるのかどうかわからない。

 

 

「どちらにしろ作戦考えないとね」

 

「作戦って言っても、やっこさん私らの戦車とか知り尽くしてるよ?」

 

「正攻法でってやるわけにはいかないしね…」

 

「小細工無しのガチンコ勝負? …んー、でも相手はミカ達だよ?」

 

 

 そう言って、一同は表情を曇らせてため息を同時に吐いた。

 

 継続高校相手に正攻法でガチンコ勝負。そんなもの向こうからしてみればカモがネギを背負ってやってきたようなものだ。

 

 ミカの様な柔軟な考え方をした隊長が率いる部隊ならば、策を巡らせてくる事は明白。だからこそ、こちら側も策を講じなければならないのだが。

 

 

「…なんかあるー? ソーメンとか弓矢とかバリスタとか諸々今まで使って来たし、もう同じのは使えないよ?」

 

「つれたか丸の策も読まれてるだろうし」

 

「カモフラージュすら今回危うい気がすんだよね、ミカのやつ勘が冴えてるからさ」

 

「…………………」

 

 

 そんな中、繁子は手作りで作った枇杷の葉をすり潰して作った紅茶をカップに注ぎ、静かにその話を聞いていた。

 

 確かに皆が言う通りだ。今回は策を講じるにしても今回は相手が相手だけにどの様な策を講じるか困難を極めていた。

 

 だが、ここで動揺し焦ってもいい結果には結びつかない。だからこそ繁子は冷静に紅茶を飲んで今の状況を打開する策を考えることにしたのだ。

 

 

「ちょっと、しげちゃん聞いてるの?」

 

「…………………」

 

「リーダー、目瞑って何してんだろ?」

 

 

 紅茶の香りを嗅いだまま瞑想する繁子の姿に首を傾げる真沙子と永瀬。

 

 そして、瞑想する繁子の頭の中に入り込んでくる言葉(テロップ)。様々な職人達と出会い、積んできた色んな経験が鮮明に蘇ってくる。

 

 

 素人は黙っとれーーーーー。

 

 

 その言葉が鮮明に繁子の頭の中に浮かび上がってきた時。遂に皆が待ちに待った天啓が舞い降りる!!

 

 

「閃いたで」

 

「ん?」

 

「…え…? 何? 新しい策思いついたの!?」

 

 

 繁子の言葉にガタリと立ち上がる一同。

 

 皆が悩んでいた次戦に向けての作戦を思いついたという繁子の言葉に驚きが隠せなかった。

 

 まさか、紅茶を飲んで瞑想しただけで策を思いつくとは予想も出来ない、誰でもそう感じてしまうことだろう。

 

 しかし、彼女、城志摩 繁子は思いついてしまうのだ。

 

 

「今回の作戦…、名付けてプロジェクトJ!ジャ◯キー水鉄砲作戦や!」

 

「え? 何、その香港警察的な…」

 

「絶対それのプロジェクトってあれから取ってきてるよね」

 

「細かい事は気にしたらアカン!」

 

「こころなしかBGMが今変わった気がするんだけど」

 

 

 そう言って繁子の発案した作戦に全員でツッコミを入れる一同。

 

 今回の作戦はなんと水鉄砲を使った、作戦を取り入れようというのだ。だが、まさか水鉄砲を作戦に使う事になるとは誰も予想にしてなかった上に香港警察的なネーミングセンスに苦笑いを浮かべる。

 

 多代子が言う様に聞こえてくる謎のBGMがそれを物語っていた。

 

 それはかつて繁子達が行なった水鉄砲合戦の風景が思い起こされる。鉄腕軍こと繁子達は水鉄砲でたくさんの強者達と渡り合った記憶。

 

 そう、その強者のと戦いの記憶を今、解き放つ時がやってきたのだ!

 

 

「概要はやな、まずは…ダケットを使うんやけど」

 

「ダケット!?」

 

「え? 私と多代子が前に作ったやつ?」

 

「せやで、そのダケット」

 

「あれ、宇宙に飛ばすため用だった様な気がすんだけど…」

 

「そうなるともはやあれミサイルだよね、ダケッサイルだよね?」

 

「あー…チューチュー的なダンサーズユニットの…」

 

「違うそうじゃない」

 

 

 そう言って、脱線しかけた話を一旦止めに入る立江。

 

 またBGMが心なしか変わりそうな気がしたので立江はすかさず止めに入ったのだが、確かに真沙子が言う様にダケットがそれだとミサイルになるというのは納得できる。

 

 まさか、戦車道全国大会の場でダケットを組み立てて使用しようと考えるとは皆も思いつきもしなかった。

 

 

「とはいえ、ペットボトルロケットやけどなガチなやつやないで」

 

「え? ガチなやつじゃないの?」

 

「スパナとか持っていけば作れるけど?」

 

「いや、あんたら何なの? 宇宙開発業界の人?」

 

 

 真顔で答えてくる真沙子と多代子に顔を引きつらせてそう問いかける立江。

 

 確かに本気でダケットを試合中に部品から作ります宣言する2人の姿を見れば誰しもそう思っても致し方ない。

 

 宇宙というより、彼女達ならそのロケットに乗って火星まで行き、ジャガイモ畑から田んぼまで作るに至りそのまま開拓してしまう事だろう。

 

 ともあれ、とりあえず頓挫していた作戦については繁子の閃きによりこうして解決するに至った。

 

 そんな中、繁子達の話が綺麗に纏まったところで会議室の扉が勢いよく開き、中に絹代が飛び込んできた。

 

 

「繁子隊長!? 繁子隊長はいらっしゃいますか!」

 

「どうしたの? そんなに慌てて」

 

「緊急事態でして、なんと、車庫の前に大量の小麦が!?」

 

「あー…それねー」

 

「あ、注文したやつ届いたんや」

 

「…え?」

 

 

 そう言って、何にもない様に答える繁子達に目をまん丸くする絹代。

 

 普通ならなんの予兆もなく大量の小麦がトラックに乗せられて送り届けられれば何事かと驚くのが当たり前だ。

 

 だが、どうやらその大量に送り届けられた小麦、それの原因は言わずもがな彼女達だったらしい。だが、それにはちゃんとした理由があった。

 

 

「いやー、それわざわざ福島から取り寄せた小麦なんやけどねー」

 

「マジノさんから美味しいフランスパンが食べたいって言われてさー」

 

「どのレベルから作る? って話になって…」

 

「結果小麦から作ろうかって話になったんやけどね、そんで取り寄せたやつがそれやね」

 

「……こ、小麦からパンをつくるんですか!?」

 

「せやで、あ、あちゃー…。よう考えたらそうなると工房作らなあかんね」

 

「家庭科室おっきくしていいか理事長さんに聞いてみようか? 増築代タダで」

 

「おー、それいいね」

 

「前に部室直してって頼まれたからついでに色々と手を加えたらすごく喜ばれてさー、多分オーケーしてくれると思う」

 

「………………嘘でしょ…」

 

 

 そう言って、立江の言葉にあんぐりとする絹代。

 

 部室を直してと頼まれるのもそうだが、さらに、それを平然と遥かに超えてくる立江があまりに凄すぎである。

 

 本職が大工の棟梁だと言い切られればもはや何も言えない、というより、簡単に部室やら学校の増築やら平然とこなす彼女達にはこれが普通なのだろう。

 

 何せ、学園艦から作ろうと考える様な人達である。彼女達なら実現させれそうだと思うのがまた不思議で仕方ないと絹代は思った。

 

 

「私らの同期や先輩達も大体、大工さんばっかりやで?」

 

「まぁ、家は一軒建てれるよね」

 

「という訳や絹代、あんたらはまだまだやね」

 

「…はう…っ!? …し、精進します!」

 

「来年辺りには今の一年生だけで船1隻くらい作れるようになるから心配しなさんな」

 

 

 そう言って、絹代の肩をポンポンと優しく叩いて笑いかける立江。

 

 多分、他所の学校の生徒がそんな言葉をかけられれば『何言ってんのこの人達』となるところだろう、だが、不思議な事に今の知波単学園の栄えある生徒ならば。

 

 

「はい!! 嬉しき御言葉! 私は猛烈に感動致しました!」

 

 

 と涙ながらに歓喜するのである。

 

 根性と職人魂の融合、これこそが今の知波単学園なのだ。日本人の気質が職人気質である為に産んだ化学反応と言って良いだろう。

 

 伝統ある突撃と根性という知波単学園に新たに時御流が加わった事により、時御流が知波単学園に新たに吹き込んだ風なのだ。

 

 根性があれば家が一軒建てれる。根性があれば戦車が1輌作れる。

 

 そう、これが正しい根性の使い方、ある意味どんな理屈だと突っ込まれてもおかしくない。

 

 

「さてと、そんじゃ私はちょっくら家庭科室増築していいか聞いてくるわ」

 

「あ! 私もお伴します!」

 

「はーい、行ってらっしゃいー!」

 

「そんじゃ、多代子、私らもダケットの設計図と試作品を作りに行くわよ」

 

「了解!」

 

 

 そう言って、会議室から次々と出て行く立江と真沙子達。

 

 次の試合に向けてのダケットの試作品を作るのは確かに重要な事だ。今回の大事な作戦の要になってくるに違いない。

 

 それを見届けた後に、会議室にとり残された繁子は永瀬に向かいこう話をし始める。

 

 

「ほんじゃ、ウチらは戦車の整備の手伝い行こうか? 永瀬」

 

「そういや終わってなかったよね〜…まぁ、新しいエンジン積んだばかりだし仕方ないか」

 

「それが終わったら次の作戦に使う水鉄砲の概要と作戦を伝えて、水鉄砲の試作品製造に取り掛かりで」

 

「結構バタバタだねー、試合終わったばっかりなのに」

 

 

 永瀬は苦笑いをしながら繁子にそう告げると大きく背伸びをして背筋を伸ばす。

 

 確かに試合が終わったばかりだというのにもう次の試合に向けて皆が動き出している。約一名は違う案件であるのだが、それでも永瀬が言うように今回は色々とすることがありすぎて目が回りそうだ。

 

 しかし、繁子は笑っていた。しかも、楽しそうに。

 

 それは、今、心の底から自分の戦車道を楽しんであるからだろう、笑みを浮かべた繁子は実に充実した様子で永瀬にこう告げた。

 

 

「相手がミカ達やからな!」

 

 

 そう、相手が継続高校だから。

 

 自分が良く知る敵が目前に迫れば迫るほどワクワクする繁子の気持ちは永瀬には良くわかる。

 

 親愛なる相手だからこそ全力でぶつかることができるし、自分の全力以上のものが出せる。

 

 繁子のその言葉を聞いた永瀬は笑みを浮かべて静かに頷いた。

 

 

 戦車道全国大会二回戦、強敵、継続高校。

 

 

 果たして、繁子達は立ちはだかるこの難敵を倒す事が出来るのか? そして、プロジェクトJとは一体どんな作戦なのだろうか…。

 

 

 この続きは…。

 

 

 次回、鉄腕&パンツァーで!

 

 



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ダケットが空を飛ぶ〜

 

 継続高校への作戦もひとまず纏まり。

 

 繁子達はひとまず、それについての下準備の為に学園艦にある市街地へと赴いていた。

 

 作戦で使用する資材の買い出しやら諸々と必要なものがあるからである。

 

 

「巨大な水鉄砲を組み立てるかー…あれだよね? 昔ながらの押し出す感じの…」

 

「ところてんとかに使う奴よね! 名前は忘れちゃったけどポンプ式だったはず!」

 

「ダケットの設計図は真沙子、多代子が作っとるしその材料をはよ買わなあかんな」

 

 

  綺麗な髪を束ねた繁子は立江、永瀬に笑みを浮かべて告げる。

 

  以前に比べて、何というか色気が備わって来たのか、同じ女性の永瀬も立江もそんな繁子の笑みに一瞬ドキッとした。

 

  もう高校二年生、中学生の成長期を終えたとはいえ、まだまだ伸び盛りだ、そう考えると繁子は何処となく以前よりも大人びてきた様な気がする。

 

  一年生の時はちんちくりんだと言ってはいたが、継続高校から帰って来て一年生達の面倒を見て、さらに、知波単学園の隊長として責任感も強くなり一回り、二回りも成長したのは明らかだ。

 

  その証拠に立江はここである事に気がついた。

 

 

「あれ? しげちゃん、ちょっと胸おっきくなってない?」

 

「ん? なんや急に」

 

「あ…、ほんとだ、てか身長も1月に比べて伸びてきてるんじゃない?」

 

「ここに来て成長期かな、まさか」

 

 

  そう言われてみれば、確かに視線もなんだか永瀬や立江ともさほど変わらなくなってきている気がする。

 

  繁子はその言葉に眼を丸くしながら、自分の胸や伸びてきた身長を改めて確認した。

 

  前まではなんだか胸やらなんやらにコンプレックスが強かった気がするが、あくまでネタや冗談の類だとわかっていたし、仲間や自虐ネタに使ったりもした事がある。

 

  それがふとした拍子にもはや無くなったと聞かされるとそれはそれで繁子としてもなんだか寂しい気がした。

 

 

「…なんやろうね? 特に意識はしとらんかったんやけど」

 

「明子さんも胸は元々おっきかったし、ようやく遺伝した部分が成長してきたんじゃないかな?」

 

「なんだか寂しいけど、育ててきた畑の作物を見ているような心境だよ」

 

「わかる! わかるよ! ぐっちゃん!」

 

「なんやのそれ?」

 

 

  そう言いながら、繁子は苦笑いを浮かべ2人にそう告げる。

 

  今の胸のサイズ的にみれば、明らかにCだとわかるくらいには大きくなっている。だが、これを見る限りではまだ発展途上だと立江達は睨んでいた。

 

  もう少し時が経ちさえすれば、この繁子の『まな板にしようぜ!』と呼ばれていた胸がそのうち、『でっかいスイカだよ!これ!』と言われる日はそう遠くないだろう。

 

 

「発展途上のしげちゃんか…いいね」

 

「いひひ、ドイツ行ったらまたおっきくなって帰って来るから楽しみにしとき」

 

 

  そんな他愛のない事を談笑しながら歩く一同。

 

  来年は繁子がドイツから帰って来たら海に行こうなどと話しているうちに目的の場所に辿り着いた。

 

  見た限りここでは木材を取り扱っているらしい、あちらこちらに繁子達の目的の資材が散らばっている。

 

  すぐさま、永瀬はその工場に突撃を図った。

 

 

  「こんにちはー」

 

 

 もはや定番である。

 

  中から現れたおじいさんは突然現れた女子高生3人に眼を丸くしながら首を傾げていた。まさか、こんな場所に女子高生が来るなど露とも考えた事がなかったからだろう。

 

  すると、永瀬はいつもの様に可愛らしい容姿を利用しながら爽やかな営業スマイルを浮かべておじいさんに話を続け始めた。

 

 

「私達、時御流のものなんですけど…、実はこちらで余ってる木材があるかどうかをお伺いしたくて」

 

「…おー、なんかと思ったが、あんたら時御流ね? いきなりでびっくりしたわ」

 

「すまんなぁ? おじいさん、驚かすつもりはなかったんやけど…」

 

「ええよ! ええよ! そんで木材の余り物かい?」

 

「えぇ、良ければありますか?」

 

「ちょうど余っとったんがあってな! ほれ、そこら辺の」

 

 

  そう言いながら、おじいさんは指し示して必要無くなった木材を繁子達に教える。そこにあったのは明らかに丈夫そうな木材ばかりだ。

 

  それも大量にある。見た限りこれならこの余った木材の一部だけでも全然足りる!

 

 

「え!? あんなに!? まだ使えますよね!」

 

 

  その永瀬の言葉に困ったように苦笑いを浮かべるおじいさんはその言葉に静かに頷く。

 

  木材は確かに数カ所、痛んでいる部分はあれど処分されるのが不思議なくらいにまだ有効に使えそうに感じられた。

 

  しかし、おじいさんはにこやかに笑いながら驚いた表情を浮かべている繁子達に続けてこう告げた。

 

 

「ここの全部持っていきんさい」

 

「!?」

 

「しげちゃん! しげちゃんこれって…!」

 

「セーフです」

 

 

 繁子がそう言った瞬間、2人共「しゃあ!」と声をあげてガッツポーズを決める。

 

 これが様式美、これが時御流、0円の極意である。

 

 ミカ達は手強い、だからこそ、この棄てられる筈だった木材は非常に有難い、これさえあれば作戦に大きな力になるだろう。

 

 

「そんじゃリーダー! これ積むからトラックとって来よう!」

 

「せやな、あと人手がいるしな」

 

「私ら合わせて6人くらいいれば足りんじゃない?」

 

「おじいさんありがとう!」

 

「ええんよええんよ、その代わり次の試合勝ちんさいね」

 

「もちろん!」

 

 

 優しいおじいさんから頂いた木材、これを試合に使い必ずミカ達を倒す。

 

 そう心に誓いながら繁子は笑顔でおじさんに応えるように拳を掲げてみせた。

 

 こうして、プロジェクトJは水面下で動き出す。

 

 そう、繁子だけではない、一方、その頃、松岡真沙子と国舞多代子の2人はダケットを作るためにある場所を訪れていた。

 

 

「丈夫な紙だよ、これ」

 

「いいねーダケットに使えるじゃん」

 

 

 それは、ダケットに使う和紙の調達。

 

 その和紙は以前、訪れた鶴姫酒造の徳蔵のおじいさんが作ってくれた梶(楮)の木から作った美濃和紙。

 

 今回はそれを少しだけ分けてもらいに訪れたわけだが、徳蔵さんは笑顔でそれを快く2人に分けてくれたのだ。

 

 はるばるまた長野まで戦車を使い足を運んだ甲斐があったというわけである。ありがとう!AD足立。

 

 

「ははぁ、また大それたことを…流石は時御流でございますなぁ」

 

「まぁ、私らにとってみればこれは通過点に過ぎないですから」

 

「前はダケットを高度数十m程度まで飛ばしたことあるしね」

 

「いつかは自分達の作ったロケットで火星に行くのが目標です」

 

 

 そう言い切る2人の笑顔は清々しいほど眩しかった。

 

 ダケットに全てを賭けていると言っても過言ではない、本題を完全にそっちのけである。

 

 とりあえず、何はともあれダケットの部品の一つを難なく手に入れた2人はその後、鶴姫酒造からAD足立(五式中戦車)に和紙を詰めるとそれに乗り込み颯爽と長野を後にした。

 

 残る部品の美濃和紙は手に入れた、あとは設計図通りダケットの製造に取り掛かるだけだ。

 

 

「それじゃ徳蔵さんありがとうね!」

 

「またいつでもお待ちしてますよ」

 

「今度はしげちゃん達連れてきますから!」

 

 

 そう言いながら、AD足立に乗り込み別れの挨拶を済ませる真沙子と多代子の2人。

 

 とりあえず一仕事は終えた、これから知波単学園に帰って本格的なダケットの製造に取り掛からなければならない。

 

 それに、ダケットをどう有効活用させるのかの打ち合わせも繁子達とも行う必要もある。

 

 

「ふいー、とりあえずやることやったって感じだよね」

 

「馬鹿、こっから本腰でしょうよ」

 

「そうだった、よし! がんばろっ…て、あれ? 誰から連絡来てる」

 

 

 そう言って多代子は戦車の運転をしながらチラリと携帯端末のメールに気づいてそれを確認する。

 

 それを横から見ていた真沙子は首を傾げてこう訪ねた。

 

 

「多代子、なんだった?」

 

「んにゃ、大したことないよー、中学生の頃にお世話になった長居先輩から、アイドルのプロデューサーする事になったから今度時間あったら設営できんべ?だってさ」

 

「あーあの人プロデューサーなったんだ」

 

「歌下手なのにね」

 

「リズム感あるから大丈夫じゃない?」

 

 

 そんな他愛ない会話をしながら2人は先輩のことをふと思い出す。

 

 確かに一時期、私は貝になりたいとか異様に落ち込んだ時期もあったがどうやら立ち直っていたようだ。

 

 そんなことよりも、今は早く帰ってダケットを作らなければならない、おそらく繁子達はもう部材を見つけて運び込んでいることだろう。

 

 

「おっと、無駄話し過ぎた、飛ばすよー!」

 

「おーいけいけー!」

 

 

 2人はこうして、皆が待つ知波単学園へ徳蔵製、0円美濃和紙を持って帰ることに成功した。

 

 果たして、この0円で手に入れた部材を5人はどう使うのか…。

 

 

 それから1日が経過して。

 

 

 知波単学園へ帰還した繁子達は互いに成果を報告しつつ、今回のプロジェクトJについての詳しい概要を皆と共に打ち合わせることにした。

 

 まず、ホワイトボードに立江が敷く陣形を描き加えていく、それを知波単学園の機甲科の同級生、先輩、一年生は静かに見つめた。

 

 ホワイトボードに描き終えたところで繁子が今回の作戦について皆に語り始める。

 

 

「さて、今回の作戦やけど…。今回は市街地戦になる。 というか市街地戦に持ち込む」

 

 

 そう言い切る繁子の言葉に顔を見合わせる一同。

 

 水を用いた市街地戦、それならば水場でも良いではないだろうか? そういった疑問が少なからずあったからだろう。

 

 確かに今回は市街地の他にも湿原や湖、海の近くと水を補給できる場所が数多く存在している。

 

 繁子の言葉を聞いていた絹代は声をあげて改めてこう訪ねた。

 

 

「し、市街地戦でありますか?」

 

「せやで、今回はプロジェクトJについては市街地戦を行うんや」

 

「いや、でも…」

 

「まぁ、最後まで聞きなさいって」

 

 

 立江は動揺している一同に何事もないようにウインクしてそう告げる。

 

 そう、本題はここからだ。市街地戦で戦車相手に水鉄砲をどう使うのか? これが、不可解な疑問なのである。

 

 戦車相手に水鉄砲など効果が無いに等しい、どうやっても想像がつかないのだ。

 

 繁子はそんな疑問を浮かべている皆の顔を見て穏やかな口調でこう語り始めた。

 

 

「これは水鉄砲を使った罠を張る。まず、ウチらが今回持ち帰ってきたこの木材を使って市街地に押し出すポンプ式の巨大水鉄砲を作る」

 

「!?」

 

「し、市街地に巨大水鉄砲!?」

 

「せやで、巨大水鉄砲や」

 

 

 そう言いながら言い切る繁子に全員が目を丸くする。

 

 巨大水鉄砲、それは組み立てには結構な時間がかかる作業になる。しかも、できたとしてもそれは果たしてどんな用途で使うのか?

 

 皆が首を傾げていた。

 

 今迄ならそうめん流しや無農薬爆弾、落とし穴、バリスタ等、非常にわかりやすかったが今回はなぜわざわざ水鉄砲なのか、そして、市街地戦なのか…。

 

 

「弾は数発のみ、けど、この水鉄砲は戦車相手に使うもんやない」

 

「え? じゃあ何に…」

 

「市街地にある道のコンクリートを引っぺがして大量に敷き詰めた泥水になりやすい土の地面を作る、そこに…」

 

「多量生産したダケットに水風船をくくりつけて一気に湿らせたり、巨大水鉄砲で一気にビシャビシャにしてしまうの」

 

「あらかじめ水を泥水になりやすい土にはある程度水分を含ませておいてな」

 

 

 そう言いながら、繁子は皆にわかりやすいように説明しながら説明をする。

 

 それを聞いていた一同は納得したように頷いた。それならツルハシが今回、必需品になるのは間違いない。

 

 それにコンクリートを引っぺがすなら戦車も使えばそれなりに楽に作業が進みそうだとも思った。

 

 

「敷き詰める土はどうする?」

 

「これから取り行くとこかな、湿地とかの近くならあるでしょ?」

 

「そんでもって以前使ったバリケード策も使うで、今回はある程度やけどな、わかりにくい程度にバリケードを張る」

 

「迎え討つといよりは自然と誘い込む形が理想的よね、コンクリート引っぺがしたとこにさ」

 

 

 そう告げて立江は肩をすくめた。

 

 ミカ達は勘が鋭い、誘い込むや誘導するといったこちらの手にはなかなか乗りづらい可能性があり、用心深く戦ってくることが予想される。

 

 だから当初は戦車を分けて一部だけ市街地に向かわせて戦闘の流れでそのままミカ達を市街地に連れ込む必要がある。

 

 

「ケホ隊3輌、そんでもってツルハシの腕に自信があるやつがこの作戦の別働隊ね」

 

「あと、ケホ隊には永瀬、真沙子、立江がおるからそのままコンクリートと土の敷き詰め、水鉄砲、ダケット、バリケードを迅速に作れる人員を絞るわ」

 

 

 そう、今回は迅速かつ素早い作業完了が求められる作戦だ。

 

 立江達が引き連れる人員もまたその作業を遂行できる人間が好ましい、今迄、時御流を目の当たりにし共に戦ってきた仲間達だからこそこの作戦が可能だと繁子は確信していた。

 

 そして、立江は一通り話を聞いた彼女達に改めて今回選抜した人員が書かれた資料を渡しながら話を進める。

 

 

「よし、まずは選考した人員だけどその資料見ればわかるから当日は私達とケホに乗り込んで頂戴、こんなとこかな」

 

「せやな、作戦概要はこれでとりあえず終了や」

 

 

 立江の言葉に頷く繁子。

 

 そして、とりあえず作戦概要を説明し終えた2人はホワイトボードを片付けるとスコップを手に持ちはじめる。

 

 そう、作戦のミーティングは終わった。後はそれの準備に取り掛かるだけだ。

 

 スコップを手渡された知波単学園の一年生達は目をまん丸くしているが、上級生達はこれから何をするのかわかっているかのように準備を終えていた。

 

 

「ほんじゃ今から土を回収しに行きます」

 

「だろうと思った」

 

「え?…え?」

 

「何ボサッとしてんの一年生、貴女達も早く行くわよ」

 

「「どこに!?」」

 

 

 立江の言葉に驚いたように声を上げる一年生達。

 

 勿論、作戦に使う土を仕入れに行くのである。現に時御流に長年付き合っている上級生達はもう流れるかのように準備をし終えていた。

 

 

 その後、催促された一年生達もまた作業服に着替えるとプロジェクトJに使う土を回収しに向かうことになるのであった。

 

 

 果たして、繁子の建てたこの作戦は上手く勘の良いミカ達を嵌めることができるのか?

 

 

 その続きは…。

 

 

 次回! 鉄腕&パンツァーで!

 

 



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STAND ME UP!

 

 

 日は経ち継続高校との試合当日。

 

 繁子はミカと対峙するように視線を真っ直ぐ向けていた。

 

 前まで共に切磋琢磨した仲、だが今は強敵として彼女が繁子の前に立ち塞がる。

 

 戦車道二回戦にしてまさか、早くからこうして戦う事になろうとは繁子もミカも思ってもみなかった

 

 

「やぁ、まさかこんな日が来るなんて思いもしなかったよ」

 

 

 いつものように飄々と、しかし、その眼差しは繁子との戦いに歓喜している猛者のそれだった。

 

 2人の間に多くの言葉は必要ない。

 

 繁子はそう笑みを浮かべるミカを前にして、同じように嬉々として強敵との戦いに感謝していた。

 

 ありがたい、ドイツに行く前にこうして自分の戦車道を知ってくれた友人と戦うことができてと。

 

 

「ミカ、あんたらにはお世話になったな、ホンマに」

 

「行くんだろ? ドイツに」

 

「あぁ、その前に…こうしてあんたと戦えることができてウチは物凄い幸せものやね」

 

 

 繁子はそう言うとミカににこやかに笑みを浮かべていた。

 

 ミカはそんな繁子の笑みに応えるように静かに頷く、互いに全力を出し合おうとそう宣誓するかのようなそんな自然な光景であった。

 

 ミカと繁子は互いに握手を交わし、背を向けて互いを待つ仲間達の方へと足を進める。

 

 継続高校の戦車に乗り込んだミカにアキは首を傾げてこう訪ねた。

 

 

「いいの? ミカ、もっとしげちゃんに話したい事とかあったんじゃないの?」

 

「いや、もう十分に話したよ、私達の間に多くの言葉は不要なのさ…」

 

 

 ミカは乗り込んだ戦車を軽く摩るとアキにそう告げる。

 

 自分達が語るのは言葉だけじゃない、そう、戦車道を通してミカは繁子に伝えたいことがあった。

 

 それを見ていたミッコは悟ったように瞼を閉じるとミカの代わりにアキにこう話をし始める。

 

 

「打ち合った砲弾の数だけ、そして、戦車道で戦って、言葉じゃなくてその中で大切な事を伝えるってことなんでしょ? ミカらしいね」

 

「…ミカ…」

 

「生憎と私は捻くれ者なんだ、こんな伝え方しか知らないからね」

 

 

 ミカはそう言うとにこやかに笑った。

 

 不器用でも共に切磋琢磨し、自分を理解してくれた友人に向けての言葉を伝えるには戦車道を通して伝えたい。

 

 戦車道には大切な事がたくさん詰まっている。

 

 それを、更に繁子は自分に実感させてくれた。

 

 

『戦車道全国大会二回戦! 継続高校VS知波単学園! 試合開始!』

 

 

 そして、戦いの火蓋は切って落とされる。

 

 継続高校と知波単学園との激突、これには聖グロリアーナ、プラウダ、黒森峰と名門校がズラリと観戦しに来ていた。

 

 その光景を眺める西住まほは繁子とミカの戦いを前にして2人がこの二回戦でどちらか消えてしまうことが同時に残念でもあった。

 

 2人と戦いたい気持ちはまほも同じだからだ。

 

 

「しげちゃん…」

 

 

 まほは遠目から激突する両校を見据えながら静かに呟く。

 

 ミカも繁子も自分が認めた強敵であり、また、プラウダや聖グロリアーナの隊長にも匹敵するほどの力量を兼ね備えた指揮官だ。

 

 だからこそ、惜しいと思ってしまう。さらに自分の戦車道に磨きをかけてくれるのはきっと彼女達のような友人であり強敵だとまほはそう思っているからだ。

 

 いつからか、プレッシャーに感じていた戦車道が楽しいものへと変わっていった。西住流を極める事が楽しいと思うようになった。

 

 それは紛れもなく、切磋琢磨する繁子やミカ達の存在があっだからだろう。

 

 だが、そんな思いを思い起こさせてくれた繁子が病院に運び込まれたその日、ミカとまほの2人は繁子からドイツに行く話を聞かされた。

 

 

『…そんな、しげちゃんが…』

 

『そんな顔せんでも大丈夫やって、戦車道全国大会には出れる』

 

『でも…』

 

 

 その話を聞いたまほとミカはとても悲痛な面持ちであった。

 

 敵でもあり、友人でもあり、そして、戦車道を愛する大切な仲間でもある繁子、そんな繁子が日本からいなくなってしまう。

 

 しかも、下手をすれば命に関わるかもしれない病が身体に潜伏していると聞けばそうなるのも致し方ない事であった。

 

 けれど、繁子はそんな2人にこんな話をし始める。

 

 

『ウチらと戦う時、手抜きは許さんで、そんでもって全力でやりあおう! どちらかが決勝で当たった時には最高の試合にしようや!』

 

『しげちゃん…』

 

『そう、ウチは日本からいなくなるかもしれへんけど、一年生や試合を見てるたくさん人の中におっきなものを残していきたいんよ、戦車道は面白い最高のものやって』

 

 

 繁子はそう言ってミカとまほの手を握りしめる。

 

 間近で見て、戦って、そして、認めているからこそ2人には全力で戦ってほしいと繁子は思った。

 

 そして、その言葉を聞いた2人は力強く頷き、まほは繁子の握りしめた手を引っ張るとと彼女を優しく抱きしめた。

 

 

『…ごめんね、しげちゃん! 私には…何もしてあげられなくて!』

 

『私もまほと同じ気持ちだよ、ごめん」

 

『…まほりん、ミカ…な、なんやねん辛気臭いでホンマに』

 

 

 そう言いながら自分の手を頬にすり寄せるミカと抱きしめてくるまほの言葉に繁子は目頭が熱くなった。

 

 悔しい気持ちがあった。もっと学園生活を通して2人と戦車道の腕を磨きたいという気持ちがあった。

 

 病気だから仕方がないと、自分に言い聞かせてきた言葉が揺らぎそうだった。

 

 

『…あかんなぁ、涙脆くなってもうたなウチ』

 

 

 自然と流れ出てくる涙が繁子の頬を伝う。

 

 楽しかった数だけやはり、辛いものがあった、けれど、繁子の命が助かるならばその方法しかない。

 

 まほもミカも理解している。だからこそ2人とも無念であったのだ。

 

 

 土煙を上げて、走る戦車の中でミカはふとそんな繁子とのやり取りを思い出していた。

 

 この大会が終われば、繁子との別れが待っているだからこそ、この大会に賭ける思いはミカもまほも同じくらい強いものがある。

 

 いつも笑いながら、泥だらけになりながら戦う彼女の姿をミカは知っている。

 

 自分達ができるいろんなことを試行錯誤しながら戦う繁子を知っている。だから、今度は全力で戦う自分達の戦車道を繁子の目に焼き付けてほしいミカはそう思っていた。

 

 

「それじゃ全速前進。しげちゃん達に時間を与えると何しでかすかわかったもんじゃないからね」

 

「…時御流に時間を与えるのは確かに愚策だからね、わかった」

 

 

 そう言うとミカの言うとおりにミッコは戦車の速度を上げた。

 

 確かに時御流には策を張り巡らせて待ち構える傾向が多い、西住流のような電撃戦が1番効果的な戦い方だ。

 

 下手を打てばこちらが不利な陣形に晒されることは承知している。

 

 だが、しかし、そのことを理解しているのはミカ達ばかりではない。

 

 

「はいはーい、ちょっと待って貰おうか!」

 

 

 繁子達もまた、そのことを自覚しているのだ。

 

 砲撃と共にミカ達の左翼から戦車の車体が勢いよくやってきた。声の主はミカ達にも聞き覚えのある声だ。

 

 ミカは車体の外に顔を出すと表情を険しくして横からやってきた戦車群に視線を移す。

 

 

「立江達か、厄介だね」

 

「向こうも速攻!? こちらの手の内を読んできたわけ!?」

 

「いや、足止めだね。対策は早めに打ってきたか…流石しげちゃんだ」

 

 

 全力の足止め策を打っておくこと。

 

 繁子達は時御流の策を講じる為に今までも時間稼ぎの為の陽動をいくつも行なってきた。

 

 だがしかし、今回場合は今までと異なっている、それは…。

 

 

(少数でなくほぼ本隊での足止め…、しげちゃんの姿は見えないがこれは…)

 

 

 そう、少数で裂いていた戦車の数を今回は大幅に、いや、それどころかほぼ全軍導入しての足止め策に打って出てきたのだ。

 

 ホリII、AD足立(チリ)、ホニIII、チヘ、チヌ。

 

 知波単学園が誇る戦車達。その戦車達がズラリと並んだその光景には思わずミカ達も圧巻されてしまう。

 

 そして、それを率いるのは副隊長、山口立江である。

 

 

「…まともにやり合う? ミカ?」

 

「撃ち合いか…致し方ないね、ミッコ!」

 

「あいよ! 隊長殿!」

 

 

 そう言うとミッコはミカの掛け声と共に操縦する手に熱が篭った。

 

 目の前に立ち塞がるのは並大抵の操縦では太刀打ちできるような相手ではない、時御流の凄さは身に染みてミッコも理解しているつもりだ。

 

 対する立江達もまた、対峙するミカ達には全力で挑まないといけない事を理解している。

 

 激励するようにバシンと操縦席に座る多代子の背中を立江は叩いた。

 

 

「多代子! 気合い入れな!正念場だよ!」

 

「しゃあ!待ってました!」

 

 

 そして、操縦席に座る多代子の準備が整った事を見計らうと立江は全体に号令をかけるように声高に声をあげはじめる。

 

 それは、対峙するミカも同じであった。

 

 

「全車両!!」

 

「「突撃!!」」

 

 

 立江とミカの同時の掛け声と共に互いの戦車から次から次へと砲撃が交差しはじめる。

 

 そして、チリに乗る立江とミカ達の戦車は交差し、火花を散らしながら互いの砲塔をぶつけ合った。

 

 顔を合わせる立江とミカの2人は視線を合わせると真っ直ぐに見据える。

 

 

(…そういえば、まだ決着をつけてなかったね立江)

 

(しげちゃんには悪いけどミカにはここで沈んで貰う!)

 

 

 互いの意思が戦車が交差した時に通じ合う様であった。

 

 繁子と共に戦車道を磨いて来たのはミカ達だけではない、ミカ達以上に繁子の隣で自分達は彼女の戦車道と時御流を磨いて来た。

 

 だからこそ退けないものがある。繁子が策を完成させるまで自分達に任された仕事を完遂させる。

 

 

「ミカ、私は手強いわよ?」

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」

 

 

 いつもの様に飄々とした表情ではない、闘志を剥き出しにした嬉々とするミカの顔がそこにはあった。

 

 そのミカの言葉に立江もまた、いつもの様に戦車を指揮し地を駆る。

 

 そこからは立江の乗り多代子が操るチリとミカが指揮し、ミッコが操るBT-42との壮絶な一騎打ちが始まっていた。

 

 

「隊長! うぐっ!?」

 

「余所見する暇なんてないぞ! それ! 一つ目貰いだ!」

 

 

 そう言うとアヒル隊長(チヌ)に乗り込んだ絹代は隙を突き、敵車両であるBT-42に突撃を敢行するとその勢いのまま側面から砲撃をお見舞いした。

 

 敵車両は勢いよく突撃を敢行してきたチヌに対応できず、攻撃を受け勢いよく吹き飛び白旗を上げた。

 

 

「よくやった! 絹代!」

 

 

 その絹代の突撃を賞賛する上級生。

 

 見事な不意をついた突撃、車両を一両でも減らすだけでもこちらに事が有利に運ぶことは違いない。

 

 試合が始まってから数分。

 

 激戦と呼ぶには相応しい、互いの激しい砲撃戦からの試合が繰り広げられる事になった。



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デッドオアアライブ

 

 

 激突した継続高校と知波単学園の両戦車。

 

 大掛かりな立江達を使った陽動作戦を仕掛けた繁子は作戦遂行の為の下準備に取り掛かっていた。

 

 繁子が考案した巨大水鉄砲、及び、ダケットを使った大胆な作戦、これを実行する為に立江達は今、必死に戦っている。

 

 

「そこ! 早く穴掘って!」

 

「工作隊! 木材組み立て急げ! 早くしないと市街地に継続が流れ込んでくるぞ!」

 

「はい!」

 

「こちらのスタンバイは大丈夫です!」

 

 

 その大掛かりな仕掛けを作る為に残った知波単学園の工作隊の精鋭達は奮起していた。

 

 今回の仕掛けにはちょっとした工夫を用いており、その仕掛けを作るには迅速かつ、正確な設計が必要となる。

 

 繁子は自分が書いた設計図を見ながら各隊員達に指示を飛ばしていた。少数精鋭で組まれた彼女達に円滑な指揮を執るにはやはり繁子が現場の監督を行わなければならない。

 

 本来なら、立江が得意とする分野だが、今回は陽動作戦の主軸に彼女を据えた為、それは、無理な話である。

 

 はたから見れば、工事現場。

 

 戦車道の試合だというのに工事現場の光景がそこには広がっている。しかも、その作業員は全員女子高生である。

 

 

「ここはこうして…埋め立て時にはなるべく崩壊しやすく空洞に」

 

「なるほど、わかったわ」

 

 

 そして、工事現場の監督は城志摩 繁子。

 

 黄色いヘルメットが今日もキラリと光る。知波単学園の女生徒達の作業が円滑に進んでいるのはやはり、繁子のリーダーシップの賜物だろう。

 

 知波単学園の女生徒達は効率的に動き、さっさと作業を済ませていく。彼女達は手先が器用で中には整備科から機甲科に変更した者も中には混じっている。

 

 そんな彼女達には時御流の考えは浸透しやすい、互いの意思の疎通化もより高いレベルで行うことが出来る。

 

 

「ダケットもスタンバイ完了しました!」

 

「巨大水鉄砲も大丈夫です!」

 

「部品バラして持ち込んだのが吉と出たね」

 

 

 そして、その器用さは戦車だけでなく、時御流を学ぶに連れ、農業、建築、土の知識など多岐に渡り活躍する幅が広がった。

 

 此れ程までに心強い繁子達のアシスタント達は居ない。

 

 継続高校との決戦の地盤は着実に水面下で固められていた。

 

 

 

 

 その頃、ミカ達継続高校本隊の足止めを担い、交戦中の立江達は思いの外、苦戦を強いられていた。

 

 継続高校の戦車の機動力もそうだが、ミカの指揮の高さがこれまた凄まじいのである。

 

 立江も隊を率いて奮闘しているものの、変幻自在なその戦い方には掴み所がなく、撤退、待ち伏せ、散開、挟撃など多種多様な戦術を見せつけられた。

 

 

「撤退! 散開しながら、退散するよ」

 

「くっそ! また撤退!? 正面から掛かって来なさいよ!コラァ!!」

 

「…君達がそれを言うのかな?」

 

 

 そう言って吠える立江に苦笑いを浮かべるミカ。

 

 確かにミカの言う通りである。正面から戦う正攻法など戦車道においてはカモがネギを背負ってやってきてるようなものだ。

 

 多種多様な戦術を駆使して、いかに自分達の戦車の数を減らさず敵を殲滅するか、それが、戦車道に勝つ為の戦い方だ。

 

 ミカはそれを熟知している。正直な話をすれば、今回、立江達がこうして正面からやって戦車での殴り合いに来たことに関しては不意を突かれたところだ。

 

 それに、ミカはなんとも言えない違和感を立江達と交戦しながら感じていた。

 

 繁子達は何かを企んでいる。

 

 それがうっすらながらミカの脳裏にあった。今までの知波単学園の戦い方を見ていればそれが至って普通に感じるのである。だからこうして、撤退などの戦術を駆使しながら慎重な戦いを選んでいるのが現状なのだ。

 

 

(…どうにもきな臭い…、立江の戦い方は確かにこんな感じだったけれど、本来の目的は一体…)

 

 

 先ほどからずっとミカは立江達を相手に戦車の全指揮を執りながらそのことについて考えている。

 

 この場に繁子が居ないのが異様に不気味なのだ。

 

 ほぼ敵は本隊をほぼ全て曝け出し、ぶつけて来た。向こうは繁子のフラッグ車を含めた数輌の戦車しか残しては居ない。

 

 もし、こちらが繁子達に対して分隊を出していたらどうなっていただろうか? そう考えれば、繁子達の取ったこれは大博打もいいところである。

 

 

(…って事は今はフラッグ車が狙い時か…、ここは一つ私達も博打に出る必要があるだろうか…)

 

 

 そして、ミカの考え出した案は手薄になっている今の繁子を直接強襲するプランだった。

 

 立江達はこちらに出て来ている。III号突撃砲G型、IV号戦車J型、T-34などを使い立江達を足止めしてもらう。

 

 そして、その間にBT-42などの高機動の戦車を用いて振り切ってしまえば後は繁子を倒すだけだ。

 

 BT-7、BT-42の機動力なら十分可能だとミカは踏んでいた。

 

 

「ミッコ」

 

「なんだい? 今やっこさんが相当運転上手いから、割と冷や汗ダラダラなんだけどね」

 

 

 そう言って苦笑いを浮かべてミッコはミカに告げる。

 

 立江が指揮を執り、しかも、多代子が操る戦車に背を向けると言う意味をミッコは理解している。

 

 だからこそ、仲間を信じて背を任せるかと言う部分で彼女には不安要素があった。

 

 もし、ここで足止めに失敗して立江達に背後を突かれれば捌ききる自信は正直、ミッコには無い。

 

 

「博打に出ようかなと思う」

 

「へぇー、それは実に興味深い話だねっ…!」

 

 

 そう言いながら派手に戦車の操縦を行い、ミッコは敵戦車からの砲撃を躱す。

 

 余裕など無い、だが、このままでは潰し合いは必須であり、フラッグ車を連れていない知波単学園の相手をこれ以上していても状況は不利に働く一方だ。

 

 アキは2人の話を聞きながら神妙な面持ちで入り乱れる知波単学園の戦車と継続高校の戦車をBT-42の中から覗いた。

 

 その事は3人とも現時点で把握している。今の知波単学園の戦力は継続高校の戦車を上回る。

 

 ならば、博打に出ない事には戦況は変わらない。

 

 

「行くっきゃ無いよね、ミカ」

 

「半か丁か…さて、何がでるかな」

 

「……さぁね、それじゃ通信入れるよ!」

 

 

 3人の意見の一致により、ミカ達が取る手段は決まった。

 

 博打に出る。すなわち、この入り乱れた戦線を機動力を活かした突破で強引に立江達を振り切って大将首である繁子の戦車を獲りに行く。

 

 これは、背後を取られる可能性があるが、もし、成功すれば一気に勝敗に大手が掛かる。

 

 

「散開した機動力のある戦車はフラッグ車に集まれ! 残りは足止めだ!」

 

『!? …わかりました!』

 

『了解です! すぐに向かいます!』

 

 

 通信手を通して、継続高校の全戦車にその旨を伝えるミカ達。

 

 もう、ここからは引き下がれない、生きるか死ぬかだけだ。

 

 ミカ達の戦車散開して撤退していた機動力のあるBT-42とBT-7、T-26といった戦車達と合流する。

 

 そして、残りの戦車は手薄な知波単学園の一点に対して攻撃を集中させ、血路を開く事に努めながら、そのまま殿を行い立江達を足止めする。

 

 これが、ミカ達が取った大博打の内容である。

 

 

「クソ! ミカ達強引に突っ切るつもりだ!」

 

「絹代! 援護に入れ! 手薄い箇所が集中的に狙われてる!」

 

「!? は、はい! …っわぁ!!」

 

 

 すぐさま、その事を察した立江が指示を飛ばすが、T-34の砲撃が絹代が乗っていたチヌを吹き飛ばしてしまう。

 

 そして、手薄な知波単学園の戦車の手薄な箇所に一点に集中した継続高校の強引な突破は功を奏した。

 

 本来、知波単学園は守備的な陣形は取る事は少ない。

 

 突撃などの攻撃的な知波単学園の伝統も理由として挙げられるが、大きな理由としては今回の継続高校のように一点突破という手段に対抗できるほどの装甲を持つ知波単学園の戦車は限られているのだ。

 

 突破されれば、できる事は背後からの追撃だけだ。

 

 そして、ミカが踏んだ通り、機動力は継続高校の方に分がある。

 

 確かに知波単学園とまともにやり合えば個人的な技量や戦車の質からしてもどうなるかはわからない。

 

 だが、戦い方に工夫をすれば、戦車の性能次第でこのように状況をひっくり返す事も可能なのである。

 

 

「やらせるかぁ!」

 

「やらせて貰うよ、立江」

 

 

 フラッグ車に乗るミカ達の背後から怒涛の追撃を始める知波単学園。

 

 しかし、T-34をはじめとした殿を務める戦車からの砲撃が飛んでくる為、なかなか、上手くミカ達の追撃に入れない。

 

 

「…ちぃ! 突破された!」

 

『これは…相手の狙いはリーダーか…!?』

 

「そうみたいね…」

 

 

 冷静な声色で通信を通して真沙子と連絡を取り合う立江。

 

 手薄い箇所からの一点突破、さらに、そこから本丸の繁子を狙う事に戦法をすぐさま変えたミカの手腕に思わず感心してしまいそうになる。

 

 

「やっぱり、あいつは相当頭がキレるのよね…やられた」

 

「どうする? このまま追撃すんの?」

 

「いや…このまま追撃しても足止めくらってしげちゃん達にはミカ達が先に着く…」

 

 

 そう言って、立江は表情を険しくし、今の状況を整理し始める。

 

 今のまま、知波単学園の戦車の追撃を承知で突破してきたミカ達の追撃を始めれば、向こうの戦車の数は減らせるだろうがこちらよりも間違いなくミカ達が先に繁子に辿り着く。

 

 だが、だからと言って、このままミカ達を見逃せば不味い事は立江達も理解している。

 

 だからこそ、立江はある手段を取ることに決めた。

 

 

「こっちにあと2人乗り換えるわ! 多代子!!」

 

「オーケイ!」

 

『!?…わかった! ならそっちに合流するわ!』

 

 

 そう、立江達だけAD足立に乗り換えて最短経路で先回りして先に繁子達に合流するという戦法だ。

 

 他の知波単学園の戦車には引き続き追撃を行なってもらい、向こうに背後を警戒させて少しでも到達時間を稼いで貰う。

 

 その間に自分達は繁子に合流し、ミカ達を迎え撃つという戦法を取る。これならば上手くいけばミカ達を追撃隊と共に挟み撃ちにできる筈だ。

 

 AD足立(チリ車)に4人は乗り込み、すぐさま、継続高校が突破したルートとは別ルートを使い、立江達は繁子の元へと急ぐ。

 

 戦場の立地の下見は既に済ましてある。ミカ達は背後を警戒しながら追撃戦を行なう必要があるし、自由に動けるこちら側の方が先に着く可能性は高いはず、立江はそう思っていた。

 

 

「さぁ飛ばせ! 国舞 多代子!」

 

「しゃあ! アネェ任せな! カップラーメンより早く着いちゃる!」

 

「お腹減ってきたね」

 

「永瀬…お願い、少しは緊張感持って…」

 

 

 そう言って永瀬の間の抜けた一言に思わず苦笑いを浮かべる真沙子、繁子達の工事の進行具合も把握できてない今、彼女達の危機感は募る一方だ。

 

 そして、戦車を乗り換え、4人を乗せて繁子達の元へと走り出すAD足立。

 

 果たして、繁子の元へと辿り着くのはどちらが早いのだろうか、少なくとも、早く着いた方に勝利は傾く事は間違いないだろう。

 

 互いの勝利を賭けたミカ達と立江達の怒涛のレースがこうして幕を開けた。

 

 強敵、継続高校。勝敗の行方は…!?

 

 

 その続きは、次回、鉄腕&パンツァーで!

 



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