ポケの細道 (柴猫侍)
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第一話 釣りよりは、釣りしてる雰囲気が好き

 ポケットモンスター縮めて“ポケモン”。

 この星に住む、不思議な不思議な生き物。海に、森に、町に、その種類は100、200、300―――いや、それ以上かもしれない。

 その生態は多種多様。様々な姿形をしており、さらには“技”を繰り出しバトルをすることもある。そんなポケモンと一緒に戦う、“ポケモンバトル”というものがある。ポケモンに指示を出す“ポケモントレーナー”とポケモンが共に戦い、二人三脚で勝利を勝ち取る世界共通の人間とポケモンの意思疎通の手段として存在している。

 

 世界中で大人気のポケモンバトルであるが、中にはそれを生業としている者達もいる。中には競技として存在する大会などもあり、その代表格が『ポケモンリーグ』。

 これは、各地方に存在するポケモン協会が主催しているものであり、各地方のトレーナーはこのポケモンリーグで優勝することを夢見ている。

 

 そしてそんなトレーナーが目指すのは、優勝した先にある最強のポケモントレーナーの称号“チャンピオン”。

 

 夢見る少年少女にとっては、憧れの的である“チャンピオン”。

 そんな“チャンピオン”に憧れる少年が、此処“水の都”と呼ばれる町『アルトマーレ』にも存在する。

 その少年の名は『ライト』。

 

 

 

 ***

 

 

 

「フフ~フフ~フフフ~♪」

「グゥ~~♪」

「フフ~フフ~フフフ~♪」

「ガゥ~~♪」

「フフ~フフ~フフ~フ~フフフフフっフフっフフ~ん♪」

 

 一人の少年が、巨大な水色のポケモンの背に乗って海の上で釣り糸を垂らしていた。艶のある茶髪で、目は碧眼。黒いシャツの上に水色のパーカーを羽織り、下は白いカーゴパンツをはいている。そんな少年は、陽気に歌を歌っており、それに相槌を打つように巨大なポケモンも鳴き声を上げていた。

 

 水色の竜のような姿をしているポケモンの名は『ギャラドス』。分類は『きょうあくポケモン』とされており、その性格は極めて凶暴であり、昔の文献によればこのギャラドスによって破壊された町があると言う程、凶暴なポケモン。

 だが、少年の乗っているギャラドスは、そのような様子など欠片も見せない。

 楽しそうに、大きな尾ひれを水面にテンポ良く叩き付けている。だが平均の高さが6.5メートルあるギャラドスのそれは、水面に大きな水柱を作りだし、辺り一面には跳ねた水滴がキラキラと太陽に照らされていた。

 

 天気の良い日であった為、その水滴が太陽に照らされて小さな虹を生み出し、傍から見れば綺麗な光景が出来上がっていた。

 しかし、一応釣りをしている少年からすれば、釣ろうとしているポケモンたちが逃げるので、少しは抑えてもらいたいと考えているのが本心である。だが、このギャラドスとは長い付き合いであり、野生の『コイキング』であった頃からであり、年月で言えば五年でといったところか。

 少年が現在十二歳であることを考えると、七歳からの付き合いである。

 だが、そんな長い付き合いでありながらも、このギャラドスは野生のポケモンなのである。トレーナーがポケモンを所持する―――野生のポケモンであれば、モンスターボールで捕まえるのが普通。

 しかし少年は、ボールで捕まえずに野生のまま、このギャラドスと長いこと付き合っていた。

 

 晴天の下、少年は自由気ままに釣りを楽しむ。

 この海の上にポツンと浮かぶ町―――水の都『アルトマーレ』は少年の故郷であった。地方で言えばジョウト地方に所属する町であり、最も近い町はヒワダタウンである。しかし、このアルトマーレに来る一般的な交通手段は、ヨシノシティ近くから出ているフェリーだ。

 海の上に浮かんでいるという特徴的な町である為、他から来た者にしてみれば目が飽きないような街並みになっている。町中に水路が張り巡らされており、それを利用して町の移動手段として小さな舟を多用している。

 さらに夏になれば、水路をコースとした水上をポケモンに引っ張ってもらうレースもある。

 町の中央には博物館もあり、そこには古代のポケモンの化石や、アルトマーレにまつわる伝説のポケモンの話も聞けたりする。

 

 水と共に時を刻み、水と共に生きてきた。それが『アルトマーレ(水の都)』なのである。

 

「おぉ~~い、ライトォ~~~」

 

 釣りをしている少年―――ライトに、船に乗っている初老の男性が声を掛けてきた。ライトは、知っている声にすぐに振り向き、燦々と降り注ぐ太陽の光のように明るい笑みを浮かべて手を振る。

 初老の男性は、髪の毛の無い日の光を反射しそうな頭で、尚且つ鼻の下と顎にたっぷりと白い髭を蓄えていた。赤いシャツに、オーバーオールをまとっている男性は、そんなライトに笑みを返しながら手を軽くあげる。

 男性は、ライトの乗っているギャラドスの近くまで舟を寄せる。

 

「ギャラドスも一緒なのだな。調子はどうかのう?」

「グァ!」

「はっはっは! そうかそうか! そりゃよかった!」

 

 ギャラドスが男性の問いに元気よく声を上げたことに、男性は恰幅の良い体形から高らかな笑い声を上げる。

 

「ボンゴレさんはどうですか?」

「儂は元気だぞ? ライトも釣りをしてるようじゃが、釣果はどうじゃ?」

「全然です!」

「はははっ! そこまで言ったら清々しいのう!」

 

 全く釣れていない事を満面の笑みで言うライトに、ボンゴレという男性は再び大笑いする。

 彼は、このアルトマーレの博物館の管理をしている男性である。普段は舟の修理工などをしており、時間のある時はアルトマーレに伝わる伝承などを伝えるために、ガイドなどもしている。

 ちなみに孫が居り、『カノン』と言う少女であり、ライトよりも一つ年上だ。

 

「まあ釣りもいいが、もう昼じゃ。家に帰って、昼餉を済ませたらどうかのう?」

「あぁ…もうこんな時間かぁ。それじゃそうしよ! ボンゴレさん! じゃあ、また今度!」

「うむうむ、子供は元気が一番。気を付けて帰るんじゃぞ」

「はぁーい!」

 

 ライトは大きく手を振って、ボンゴレに別れを告げる。ギャラドスに口でお願いして、海原から町の船着き場辺りまで行くように伝えた。

 その気になれば水路を通って家まで行くことも可能であるが、何分ギャラドスの体が大きいため、そんなことをすればちょっとした騒ぎになる。幾ら凶暴でないと言っても、狭い通路を通るギャラドスの身を考えて、そこまではさせないというのがライトの考え。

 

 それはともかく、ライトは家に帰るがてら地平線へと伸びている海原を眺める。何度も見た光景であるが、何度見ても飽きない景色であった。

 青と白だけで塗られたような自然は、少年の心に世界の広さを教えてくれる。

 

 ライトはアルトマーレに引っ越す前には、カントー地方のマサラタウンに住んでいた。そこも自然が豊かで空気も澄んでおり、アルトマーレに負けず劣らず自然が美しい場所であった。

 だが、父が研究職の者であり、研究の一環でこの水の都に来ることになり、それに伴いライトも引っ越してきたのである。家族構成としては父と母、そして三つ上の姉が居るライトであるが、母と姉とは同居していない。

 

 あくまで父がアルトマーレに来たのは仕事の関係であるので、仕事が終わり次第マサラタウンに帰るつもりであるため、既に家を構えていたマサラタウンから退くわけにはいかないと、母と姉が残ったのだ。

 さらに姉は、ポケモントレーナーとして旅立ち、現在はイッシュ地方でポケウッドの女優をしている。時折家族団らんで過ごすこともあるので、家族が不仲という訳ではない。

 ライトもアルトマーレに来た理由が、『マサラに居ないポケモンが見れる!』という子供らしいものであったので、特に家族離れ離れが寂しいということはない。

 

「―――っと。ギャラドス、ありがと!」

「ガァ!」

 

 景色を眺めている内に船着き場に着き、軽やかな身のこなしでギャラドスの背から飛び降りる。

 その際にしっかり労いをかけるライトの姿は、一人前のポケモントレーナーに見えるだろう。ポケモンと信頼を作るのがトレーナーとして必要不可欠のものであり、それが無ければトレーナーではないと言っても過言ではない。

 ライトの労いの言葉に、ギャラドスは大きくうなずいて自分の住処へと戻っていく。コイキングの時はよく家の前の水路まで来たのだが、前述のように体が大きくなったのでそれが出来なくなっており、ギャラドス自身はそのことを結構落ち込んでいたのは、また別の話。

 

 ライトは軽い足取りで自分の家まで駆けて行く。マサラとは違い、鼻孔をくすぐるのが土や草木の匂いではなく、潮風であることが未だに新鮮であり、冒険心を昂ぶらせる。

 それも、アルトマーレが迷路のように複雑であるということが原因である。ライトがまだ来たばかりの時は、冒険心のままにあちこち歩き回って迷子になったこともある。その際にカノンと知り合ったのだが、これもまた別の話。

 

 色彩様々な煉瓦作りの建物。潮風に晒されて変色した土壁も、古き良き町並みを現してくれて、ライトにとっては好きな光景。

 わざと狭い路地裏を通ったりするライトであるが、それが理由であった。さらに路地裏にはよくポケモンたちが集まっていたりなどして、その度に観察眼を向けてしまう。

 これは研究職の父を持つ血ゆえか、それとも少年故の好奇心か。恐らくは、どちらもだろう。

 

 路地裏に居るポケモンだけでもかなりの数が居る。ポッポやヤンヤンマ。ヤミカラスやオタチなど、海上に在るとは思えない程ポケモンが多く住みついている。

 これが周辺の海洋ポケモンなども含めると、さらに数は多くなるだろう。だからこそライトの父は興味を惹かれ、探究心のままにアルトマーレに引っ越してきたのだろう。

 

 閑話休題。

 

 駆け出して数分程で、ライトは家に着いた。海上ゆえに一つの家にそこまで大きさを取らないので、基本住民達はアパートのような建物に住んでいる。

 それ故に近所付き合いも多くなり、この温暖な気候の町に似合う、暖かい人柄が生まれるのだと、ライトは子供ながらに考えていた。

 

「ただいま~~」

 

 家の扉を開けて、自分の帰宅を知らせるように声を出す。だが、家には誰も居ないだろうとライトは思っていた。

 それも、父が普段から研究の為に博物館の一室を丸々一部屋借りて、一日中籠っているか、船を借りて一日中海に出ているかの二択であるので、日中家に居る事がほとんどないのだ。

 

「おっかえり――――♡」

 

 いや、誰か居る。

 

 驚く間もなく、ライトは自分の背丈よりも高い少女に抱き着かれる。ライトに抱き着いた少女は、そのままありったけの力で抱きしめる。

 それに抵抗するライトであったが、中々の力である為抜け出せない。

 

 数分格闘した後、ライトは何とか少女の拘束から抜ける。そして疲弊した顔で、目の前の少女に話しかける。

 

「………姉さん……来るなら言ってよ……」

「ええ――!?『姉さん』って言わないでよ――――!!前みたいに、『ブルーお姉ちゃん♪』って呼んでよ―――!!」

 

 そう言って、ライトの姉―――『ブルー』は頬を膨らませる。彼女こそ、マサラタウンから旅立ち、現在ポケウッドで女優として活躍している者。

 カントー地方のポケモンリーグ出場の経験もあり、その際は三位という好成績を残した実力者である。それも三年前の話であり、現在は女優の方に力を入れており、中々の人気を博している。

 それはともかく、いきなり姉が家を訪ねてきたことに、弟であるライトは多少の動揺を隠せない。

 

「いきなり家にいるから泥棒かと思ったじゃん……」

「ひっど――い! 大丈夫……お姉ちゃんが奪うのは、ライトの愛情だ・か・ら♪」

「弟離れして下さい、姉上様」

「さらに離れた!?」

 

 ポケウッド仕込みの演技で、現在着ているワンピースのスカート部分を揺らめかせながら言い放ったブルーであったが、弟は遠い目で距離をとった。それにブルーは若干……否、かなりのショックを受ける。

 床に手を着き、不穏なオーラを背に纏っている。

 

 それを苦笑いで見ていたライトであったが、ブルーはすぐに立ち直り、バッと立ち上がる。

 

「ま、それは置いといてぇ……」

「うん。どうしたの?」

 

 何やら言いたげそうな顔をしている姉に、ライトは首を傾げる。そんな可愛いしぐさをする弟に、ブルーは眼福とばかりに目を輝かせてニヤニヤする。

 

「ふふふふ……見たい?」

「何かお土産あるの?」

「そーよ♪ ライトへの、とっておきのね♪」

 

 自分にお土産があるということに、ライトは目を輝かせる。

 

「なになに!?」

「ふふっ! ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャーン♪ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャーン♪」

 

 何やらリズムを口ずさみながら、ブルーは部屋の奥へと歩いていく。そんなブルーにライトはそそくさと付いて行く。

 そしてブルーは部屋の中央に置いてあるテーブルに、ライトを案内する。

 そこには、布の被さっている何やら箱のような形をしている物があった。

 

「……ごほんっ! ジャッジャジャ―――ん!!」

「―――っ!」

 

 ブルーは勢いよく布を引っぺがす。そして箱を開けると、そこにはモンスターボールが三つ並んでいた。

 

 

 

 

 

 

「さ……どの子がいい?」

 







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第二話 カッコいいのがそそられる。男の子だもん

 目の前には三つのモンスターボール。それが横に一列に綺麗に並んでいる。

 その光景を見ているライトは、キラキラと目を輝かせている。

 

「これって…!」

「ふっふっふ……左から、『フシギダネ』、『ヒトカゲ』、『ゼニガメ』よ! オーキド博士から預かって来たのよ~!」

 

 期待を膨らませている弟に胸を張りながら、言い放った。その言葉に、ライトのウキウキは最高点に達する。

 オーキド博士とは、言わずと知れたポケモン研究の権威である。マサラタウンに研究所を構え、三年前にポケモン図鑑という物を三人の少年少女に託した。

 その三人の名前は、『レッド』、『グリーン』、『ブルー』だ。

 

 レッドも、オーキドに次ぐカントー地方における有名人である。何故なら、一年で地方のジムを全て制覇し、尚且つポケモンリーグの頂点にたった『カントーチャンピオン』であるためだ。現在は、絶賛行方不明中(生存は確認)という、謎の多い人物である。

 

 グリーンは、オーキドの実孫で、レッドと同じく一年でジムを全て制覇し、尚且つポケモンリーグの決勝戦でレッドと相対し、準優勝を飾った少年である。現在は、カントー地方のトキワシティでジムリーダーを務めている。永遠の二番手とブルーは言っている。

 

 ブルーは今まさに目の前に居る少女のことだ。

 つまり、この三人はオーキドと縁が深い。そんな縁の深い三人の内のブルーであるが、オーキドにあるお願いをしていたのである。

 そのお願いの結果が、目の前の三個のモンスターボールということである。

 

「博士から手紙が届いているから、それ読むね~♪」

 

 ブルーは自分のショルダーバッグの中に手を突っ込み、乱雑に中からクシャクシャになった封筒を取り出した。

 その光景を、ライトは白い目で見る。そう、これから解る通り、ブルーは結構大雑把なのだ。世間的には美人女優で通っているが、大雑把なのだ。所謂、残念美人である。

 

 それはともかくブルーは、クシャクシャになった封筒の中から、同じくクシャクシャになった手紙を取り出し、バッと開く。

 

「え~っと…『ライト君、初めまして。私が、ポケモン研究の権威オーキドだ――…」

「姉さん。真似しなくていいから」

「え~……」

 

 ちゃっかりオーキドの真似と思われる声で読んでいたブルーに、ライトは止める様に伝える。

 弟の冷めた対応に、ブルーは頬を膨らせてから『ごほん』と咳払いしてから、再び読み始める。

 

「『これを読んでいるということは、ブルー君から三匹のポケモンが届けられたということだろう。儂は、君の旅をしてみたいという要望を聞き、儂が主催のカロス地方への留学制度にひそかに候補に入れておいたのだ。そしてこうして、留学生の選考も終わり君が選ばれたということで、ブルー君を通じてポケモンを届けたのだ。三匹のうち、一体を君に餞別として送ろう。それと、留学についての詳しい資料についてはブルー君に持たせてある。それでは、また今度。オーキドより』―――……以上!」

「破るの!?」

 

 読み終わった瞬間に手紙を破ると言う暴挙にでた姉を見て、ライトはツッコむ。しかも破り方が、普通に縦に裂くのではなく、腕をクロスさせるという中々スタイリッシュ(?)な破り方ということで勢いもあり、驚愕半分呆れ半分といった表情を浮かべる。

 破いた手紙を丸めて思いっきりゴミ箱に投げるブルーは、ふうっといい汗を掻いたかのように額を拭う。

 

「いやいや、『いい仕事した…』じゃないから。単なる破天荒な行動だから」

「ああ! 私の弟が『破天荒』なんて言葉を覚えているなんて……勉強したのね!? お姉ちゃん、嬉しい!」

「いや、偶にこっちに来る時の姉さん見て、『御宅のお姉さん、破天荒だねぇ』って言われたら嫌でも覚えるよ」

 

 以前来た時、目の前に広がる大海原に興奮したブルーが、そのまま海にダイブした時は流石に脳内構造を心配した。家族思いな所は『いい姉』で済むのだが、そういった行動は弟としては恥ずかしいところだ。

 さらにポケウッドで顔も売れているので、そこそこの知名度もあり、より性質が悪い。

 

 閑話休題。

 

 気を取り直したライトは、目の前の三個のモンスターボールに目を向ける。赤と白の球体は、光を反射して余計に輝いて見える。

 この昂揚感、人生でそう何度も味わえるものではない。ポケモン研究の権威、オーキドからポケモンを託される。それが全国の少年少女が歓喜する出来事であることは間違いない。それは、他の同年代よりも達観している(主に姉の所為で)ライトも同じである。

 とりあえずライトは、一番左のモンスターボールを手に取り、開閉スイッチを押す。すると、赤い光が開いたボールの中からポケモンが飛び出してくる。

 

「……ダネ」

 

 出てきたのは、背中に大きな緑色のつぼみを背負った蛙のようなポケモンである。

 

「『フシギダネ、たねポケモン。生まれたときから背中に不思議なタネが植えてあって、体とともに育つという』」

「……急にどうしたの?」

「図鑑の真似」

 

 急に説明口調になったブルーに、ライトは質問をする。やけに様になっているので、余り文句を言えないのが複雑なところであるが、そんな姉はスルーして、フシギダネに接触しようとする。

 ライトが手を伸ばすと、若干の警戒を持ちながらも受け入れ、優しく撫でられていることを理解すると、すぐに気持ちよさそうに伸びる。

 

「可愛いなぁ……おとなしい性格なのかな?」

「ダネ~♪」

 

 すっかりライトに慣れたフシギダネを後にし、ライトは次のボールに手をつける。先程のように赤い光が瞬き、中から別のポケモンが姿を現す。

 二本足で立つ橙色の蜥蜴のようなポケモン。尻尾の先には、炎がゆらゆらと揺らめいている。

 

「……」

「『ヒトカゲ、とかげポケモン。生まれたときから尻尾に炎が点っている。炎が消えたときその命は終わってしまう』」

「うわぁ~! ヒトカゲだ~!」

 

 嬉々とした表情で、ライトは手をヒトカゲに差し伸べる。するとヒトカゲは、差し伸べられた手をパシンと叩く。

 その際のヒトカゲの瞳がかなり鋭かったので、ライトは少々戦慄する。

 

「き……気難しい子なのかな…?」

 

 気を取り直してライトは次のボールに手を伸ばす。先程と同じようにボールの中から出すと、そこには水色の皮膚を持つ、亀のようなポケモンが二本足で立っていた。

 

「ゼニィ!」

「『ゼニガメ、かめのこポケモン。甲羅に閉じこもり身を守る。相手のすきを見逃さず水を噴き出して反撃する』」

「元気な子だね」

 

 ライトの差し伸べる手を素直に受け入れるゼニガメはくすぐったいのか、ケラケラと笑いながら頭を撫でられている。

 個性的な三体であり、この三体は先程の三人と深い関係がある。何なのかと言うと、三体のそれぞれが三人の最初のパートナーとなったポケモンなのである。

 レッドはヒトカゲを。

 グリーンはゼニガメを。

 ブルーはフシギダネを選んだ。その三体は今や最終進化に至り、エースとして手持ちに君臨している。

 つまり現在のライトは、当時の三人が悩みに悩み、そして選んだ三体のいずれかを自由に選べる機会を得られているのである。

 子供ながらに、中々の贅沢をしているものだとライトは考える。

 

「どの子にするの?」

「へへ……実はこの三匹だったらって、前から決めてたんだ!」

 

 ブルーの問いに、ライトは満面の笑みで一体のポケモンを抱き上げる。そのポケモンとは、先程ライトの手を引っ叩いたヒトカゲであった。

 ふてくされたような視線をヒトカゲは向けてくるが、ライトは構わずに笑顔を向ける。

 

「よろしく、ヒトカゲ!」

「がう」

 

 挨拶を交わすライトであったが、ヒトカゲは自分を持ち上げている手を引っぺがして地面に降りたつ。

 その光景に、ブルーは少し難色を示したような顔を見せる。

 それもそうだ。弟は迷わず決めたが、そのポケモンは最も気難しいような性格の子であるのだ。姉としては、懐いているように見えるフシギダネかゼニガメを勧めたい所であった。

 

「ねえライト……ホントに、ヒトカゲでいいの?」

「勿論!前に言ったでしょ? 僕、レッドさんに憧れてるんだ! リザードン、カッコいいんだよなァ~……」

 

 ライトの言う『リザードン』とは、ヒトカゲの最終進化である。二本角に、大きな翼が特徴のドラゴンのような姿のポケモンである。繰り出す炎は、岩すらも融かすと言われている程高熱であり、鋭い爪は木も簡単に切り裂くと言われている。

 

(はぁ~……これはレッドに感化されちゃってるなぁ……)

 

 たった今ヒトカゲを手持ちに加えた弟が、自分の幼馴染に大分感化されていることに、ブルーは頭を抱える。

 リザードンは、言わずと知れたカントー地方元チャンピオン・レッドのエースポケモンである。事実、リーグの決勝戦は手持ちの最後としてグリーンのカメックスと激突を繰り広げ、タイプの相性の悪さを覆し、見事レッドをチャンピオンに輝かせた立役者でもある。

 ライトは、その時会場で生で観戦していたため、その豪快な炎と、鋭い爪による攻撃を目の当たりにし、口々にリザードンが欲しいと言っていた。

 

 姉としては、自分のエースポケモンである『フシギバナ』の種ポケモンであるフシギダネを選んで欲しい所であったが、本人の決めたことなので、そこまでグチグチとは言えない。

 

(ま、ライトなら大丈夫かな……)

 

 だが、弟のポケモントレーナーとしての実力は知っているので、後は任せれば時が解決するだろうという結論に至る。

 実はライトは、既にヒトカゲ以外に手持ちが居る。以前、誕生日プレゼントにと送ったポケモンが一匹。そのポケモンも最初は気難しい性格であったが、今はもうライトに懐いており、現エースとして君臨している。

 一匹しかいないのに、エースとは如何なものかと思うが、実力的にはジムリーダーに通用する筈なので特に問題は無い筈だ。そこに姉としての贔屓は無い筈だ(多分)。

 

 とりあえず、パートナーが決まったようなので他の二体はボールに戻す。その間にもライトはヒトカゲとのコンタクトを図るが、ヒトカゲはツンとした態度で見向きもしない。

 頑なに接触を拒むヒトカゲに、ライトは苦笑いを浮かべている。

 

「はははっ……」

(う~ん……警戒心もあるけど、完全に嫌悪感がある訳でもないし……どんな性格なのかな……?)

 

 ツンとしたヒトカゲの様子を見て、ライトはどんなな性格なのかと推測する。

 ポケモンの性格は千差万別。それは人と同じである。“おくびょう”な子もいれば、“せっかち”な子も“のんき”な子も居たりする。ライトのもう一体の手持ちは“いじっぱり”なのだが、懐くまでにはそれなりの時間を有した。

 性格が違えば、コンタクトの方法も変えなければならない。

 

 ライト位の年代のトレーナーであると、性格関係なしに勢いで仲良くなろうとする者も多いが、性格によってはそれが逆効果なものもある。

 

(多分この子は、僕がトレーナーに相応しいか見極めてるって感じかな……?)

 

 伊達にポケモンリーグ三位の姉を持つ弟ではない。同年代に比べると、かなり研ぎ澄まされた観察眼で性格を見極め、それを踏まえた上でポケモンが何を考えているのか予想する。

 意思疎通が大事なポケモントレーナーにとっては、必要不可欠な能力であろう。

 ヒトカゲの考えていることを予想し、ライトはある考えが浮かぶ。

 

「ねえ、姉さん」

「なあに?」

「久し振りにポケモンバトル……しない?」

 

 その言葉に、ブルーは意地悪い笑みを浮かべる。舌をチロリと出す。

 

―――こんな可愛い弟の頼みを断るだろうか、いや無い。

 

 そのような反語を頭の中で勝手に浮かべながら、ブルーはモンスターボールを取り出す。

 

「オッケー♪ 弟だからって、手加減しないわよ~!」

「もっちろん!じゃあ、向こうの広場でやろう!」

 

 

 

 

―――トレーナーとポケモンの心を通わすのであれば、ポケモンバトルが一番。

 



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第三話 真剣勝負は大人げなくていい

 家から出てきたライトとブルーの姉弟は、近くの広場まで来ていた。そこはいつもは、少年少女が集まってポケモンバトルをしていたりする場所であった。

 テニスコートより一回り大きい長方形の周りには、アルトマーレの象徴である水路が通っており、空気が潤っても居る場所でもあった。さらに沿岸部よりは少し離れている場所であるため、草木も青々と茂っており、開けた空も相まって清々しい気分にもなれる所である。

 

「ふぅ~……で、ルールはどうする?」

「一対一。流石に、ヒトカゲはまだ言う事聞いてくれないと思うから」

「オッケー!」

 

 ルールを弟に決めさせた後に、ブルーはベルトに付いていたボールの一つを取り、ボタンを押す。それと同時に、小さかったモンスターボールが大きくなり、ソフトボール程の大きさに変わる。

 二人がバトルを始めようと準備していると、それに気付いた周りの者達が野次馬の如く集まってくる。小さな子供から、ガタイの良い男性。そして麦わら帽子を被り、燦々と降り注ぐ日光を遮っている老人なども、集いに集っていく。

 

 そんな野次馬の中には、一人の少女が居た。白いベレー帽を被り、両手には何やら画材のような道具を持ち歩いている。赤茶髪の少女は、今からバトルを始めようとしている少年に目が行く。

 

「……ライト?」

 

 少女は、明らかに知っている少年がポケモンバトルをしようとしているのを見て、しめしめと思って画材を手に取り、すぐにスケッチが出来る準備をする。

 普段はアルトマーレの街並みをスケッチすることを趣味としている少女だが、偶にはバトルの激しい様子を絵にしてみるのも面白い。

 

 刹那の興奮を一枚の絵にするのは、少女からしてみれば心が躍るものであった。

 

 少女が準備をしている間にも、両者は手にボールを携えていた。

 

「Come On! グレイシア!」

「シアッ!」

 

 ブルーが天高くボールを投げると、その中から四本足のスラリとした体躯のポケモンが姿を現した。

 薄い水色の体毛は日光を反射して、氷の様に美しく煌めいている。軽い身のこなしで着地したグレイシアは、モデルのように足をクロスさせながら歩み、凛とした態度でバトルコートに入っていく。

 

「ストライク、君に決めた!!」

「シャア!」

 

 対してライトがボールを投げ、中から飛び出てきたのは、若草色の体に半透明の翅、そして特徴的な大きな鎌が両手として在るポケモン。

 『ストライク』と呼ばれたポケモンは、『気合い充分!』と言ったような態度で鎌を横に振るう。その際に空気を斬る音が大きく聞こえたため、その切れ味の凄まじさが窺える。

 グレイシアとストライクは、目の前にいる自分の相手を互いに睨みあう。

 

―――女王のように、毅然とした目を向けるグレイシア。

 

―――戦士のように、猛々しい雰囲気を纏うストライク。

 

 二体のポケモンの只ならぬオーラに、周囲で見物している者達の期待は否応なしに上昇していく。

 

「さ。先に仕掛けていいわよ」

「じゃあ遠慮なく……ストライク! “こうそくいどう”!」

「ふ~ん……そう来るのかぁ…」

 

 ライトの指示に、ブルーは意地悪そうな笑みを浮かべる。一方、指示を受けたストライクは、凄まじい速さでグレイシアの周りを駆け回る。

 余りの速さに、グレイシアはあちらこちらに目を向けて、目を回して思わずよろめきかける。

 

 “こうそくいどう”は、繰り出したポケモンの【すばやさ】をかなり上げる技である。元の【すばやさ】が高い方であるストライクが繰り出せば、誰にも追いつけないようなスピードで駆け回ることが出来る。

 さらにブルーのポケモンであるグレイシアは、元の【すばやさ】がそこまで速くない部類のポケモンであった。

 リーグ三位のトレーナーの手持ちでレベルが相手よりも高いとは言え、種族としての短所を補う事は難しい。

 そこにライトはつけこみ、一先ず【すばやさ】という点で相手よりも優位に立とうとしたのである。

 

「続けて“かげぶんしん”!」

 

 高速で動き回るストライクに、再び指示を出す。それと同時に、ストライクの姿がどんどん曖昧になっていき、気付いたときにはコートには無数のストライクが駆けまわっていると言う状況になっていた。

 速いだけではなく、無数のストライクの姿に観衆からは驚きや歓喜の声が上がる。

 

「ヒュ~♪ この前より大分速くなってるじゃない!」

 

 “こうそくいどう”からの“かげぶんしん”の流れに、ブルーは口笛を鳴らす。弟の成長に対しての喜びの口笛であったが、それもここまでである。

 これだけ猶予を与えたのだから、今からは本気で戦う。

 

「グレイシア! “みずのはどう”!」

「シアッ!」

 

 グレイシアは体を大きくのけ反らせ、口の前に巨大な水の塊を出現させる。そして次の瞬間には、その巨大な水の塊を目の前に放つ。

 “みずのはどう”は目の前の無数のストライクに迫っていくが、分身の一体に通り抜け、そのまま失速し地面にぶつかって霧散した。

 

「グレイシア! そのまま連発!」

 

 ブルーの指示を受けたグレイシアは、そのまま“みずのはどう”を連発し、ストライクの分身を次々と打ち砕いていく。

 だが、そのどれも本体には命中せずに地面を穿つだけであった。

 

「ストライク! “かわらわり”!」

「シャア!!」

 

 ライトがグレイシアの隙を見つけ、すぐさま指示を放つ。それに対しストライクは、持ち前の反射神経ですぐさまグレイシアに接近し、大きな鎌を華奢な体に叩き付ける。

 それと共に、小さな体のグレイシアは勢いのまま後方に吹き飛ばされる。

 

「フウッ♪ かくとうタイプの技、覚えさせてたのね!」

「へへっ!」

 

 ブルーの感心したような声に、ライトは鼻の下を指でこする。

 【かくとう】タイプの技である“かわらわり”は、【こおり】タイプのグレイシアには効果抜群であった。

 ポケモンには『タイプ』というものが存在する。それは全てのポケモンに存在するものであり、ポケモンバトルに於いて切っても切り離せない事柄である。

 タイプには優劣がある。それぞれポケモン自体のタイプと、技のタイプの二つに分けられ、タイプがバトルの勝敗を決すると言っても過言ではない程重要なのが、この『タイプ』なのである。

 

 【むし】と【ひこう】タイプを持つストライクの弱いタイプは、【こおり】、【ひこう】、【いわ】、【ほのお】、【でんき】である。この中では、【こおり】にグレイシアが該当している。

 その為ライトは、『わざマシン』を使って【こおり】タイプに効果抜群である“かわらわり”を覚えさせていた。さらに【かくとう】タイプは【いわ】タイプにも有利であるので、ストライクにとっては言わば一石二鳥とも言える技なのであった。

 

「うふふ…でも、そう簡単に負けるものですか! グレイシア! “こごえるかぜ”!」

「シアッ!」

 

 グレイシアは“かわらわり”で吹き飛ばされている途中であったが、上手く体勢を整え、空中で口から氷の結晶が舞う風を吐き出してきた。

 それと同時に、バトルコートはたちまち凍えてゆき、一気に気温が下がっていく。余りの寒さに、観衆の人達は寒そうに体を擦っている。

 

(“かげぶんしん”をしているから、そう簡単には当たらない……っ!?)

 

 先程の“かげぶんしん”で、ストライクの回避率を上げていたライトであったが、それにも拘わらずストライクの動きが鈍っていったことに、驚きを隠せなかった。

 ハッとするも束の間、すぐさま原因に気が付く。

 

(さっきの“みずのはどう”か……! 迂闊だったなぁ~…!)

 

 避ける事が出来ると思っていたストライクが、“こごえるかぜ”を喰らったのが、先程の“みずのはどう”であると理解した。

 傍から見れば、先程の“みずのはどう”はストライクの分身に我武者羅に放っていたように見えるが、あれはバトルコートに水気を満ちさせるものであった。

 霧散した水は霧のようにバトルコートに満ち、駆け回っていたストライクの体を濡らし、“こごえるかぜ”の直撃を喰らわずともストライクの体の体温を奪い、素早さを下げるに至っていたのである。

 

 『やってしまった』というような顔で、ライトは手首をおでこに当てる。

 

 しかし、『流石リーグ三位は伊達じゃない』と、ブルーに尊敬の眼差しを向ける。それに対しブルーは『ふふん♪』と、得意げに髪を掻き上げた。

 

「さあ! ドンドンいっちゃうわよ~! グレイシア! “こおりのつぶて”!」

「ストライク! “しんくうは”!」

 

 グレイシアが口から小さな氷を幾つか繰り出したのに対し、ストライクは両方の鎌を振るって十字の風を繰り出す。

 それらはバトルコートの中央で激突する。“しんくうは”と激突した“こおりのつぶて”は空中で砕け散り、キラキラと太陽の光を反射し、幻想的な光景を創り出していた。

 しかし、そんな光景とは裏腹にバトルは白熱の一途をたどっていた。

 

「ふふっ! そろそろ決めちゃおっかな~♪“あられ”!」

 

 ブルーが指示を出した瞬間に、グレイシアは天を仰ぐ。すると次の瞬間、晴天だった空には雲が集まっていき、あられが降り出し始めた。

 

「いたたたたっ!? タイム! タイム!」

「グレイシア!? もうちょっと範囲絞って!」

 

―――ダイレクトアタック。

 

 グレイシアの繰り出した“あられ”の粒は、思いがけずトレーナーであるライトにも降り注いだ。

 フィールドに居るポケモンに一定のダメージを与える“あられ”だが、ポケモンにも喰らうのだから、人に当たれば結構痛いのである。

 リーグ出場者の手持ちであるだけ、かなり鍛えられているポケモンのグレイシアは、無意識に“あられ”の範囲をリーグ用の広さに拡大してしまった。その為、トレーナーであるライトにも当たったのであった。

 

 気を取り直して、両者はバトルに戻る。

 

 先程、“あられ”を生身で喰らっていたライトであるが、ブルーの次に来るであろう攻撃を、既に予測していた。

 それが来れば、ストライクは確実に倒されてしまうだろう。そしてその予測通りに、攻撃は来た。

 

「グレイシア! “ふぶき”!」

「シアアアアア!!」

 

 グレイシアは口から、先程の“こごえるかぜ”の何倍もの規模の冷気を纏った風を繰り出す。

 それはたちまちにバトルコートを包み込んでいき、その中に居るストライクに襲いかかる。

 グレイシアの放った“ふぶき”であるが、【こおり】タイプの中ではかなり強力な技に分類される。それ故に、命中率が低いと言う問題がある。

 しかしその命中率の低さを無にするというとんでもないコンボが存在するのである。“あられ”状態で“ふぶき”を放つと、“ふぶき”は必中となるのだ。強力な技を回避することが出来ない。それが、バトルの中ではどれだけ恐ろしいことか。

 

 凄まじい冷気の奔流がバトルコートを包み込み数秒。グレイシアが“ふぶき”を放つのを止めると、バトルコートの中央に氷漬けになっているストライクの姿が存在した。

 それを見てブルーは勝ち誇ったような顔を浮かべる。

 

「ゴメンね、ライト♪バトルは手が抜けないから~♪」

「……だったら、早く動いた方がいいんじゃない? “かわらわり”!」

「え!? 嘘ォ!?」

 

 突如、ストライクが氷を自ら砕き、一気にグレイシアに肉迫して“かわらわり”を繰り出した。ブルーの指示を受けていないグレイシアは、為す術なくその一撃を喰らった。

 吹き飛ぶグレイシアは、何とか空中で体勢を整え着地する。元々、【ぼうぎょ】が優れているグレイシア

 

―――“まもる”……ね。

 

「あっちゃ~……」

 

 必ず先制出来て、尚且つ相手の攻撃を完全に防げる技―――“まもる”。一撃を防ぐのであれば、これほど確実に防げるのは余りない。

尚も、“フェイント”という技を繰り出されれば、問答無用で攻撃を喰らうのだが、生憎ブルーのグレイシアはそのような技を覚えていない。

“あられ”による天候の変化も、時間の経過によって終了するので、時間を稼ぐ意味でも今の“まもる”は有効だったと言えよう。

 

「まったく……私の弟はどんどん強くなるから、ゾクゾクしちゃう♪」

「へへ……ストライク! “はがねのつばさ”!」

「シャア!!」

 

 舌をチロリと出して笑みを浮かべるブルーに対し、ライトはストライクに“はがねのつばさ”をグレイシアに繰り出すよう指示する。【こおり】タイプであるグレイシアに、【はがね】タイプである“はがねのつばさ”は効果抜群であり、有効な手だと言えよう。

 次の瞬間、ストライクの半透明の翅は金属のような光沢を放ち始める。大きく広げられた二枚の翅は、グレイシアに向けて命中するように羽ばたかれる。

 

「“めざめるパワー”!」

 

 しかし一直線に飛来してくるストライクに対し、ブルーは“めざめるパワー”を放つようにグレイシアに指示を出した。

 すると、グレイシアから白い光が放たれ、滑空するように迫ってきたストライクに一撃を加えた。ストライクは、その威力に勢いを失くし、地面を滑っていく。

 

「ストライク!?」

 

 地面を滑るストライクであったが、ライトの声に反応して何とか立ち上がろうとする。しかし、次の瞬間右の鎌の上に足を乗せられ、上手く身動きが取れなくなる。

 その足の主は、勿論グレイシアであった。

 

「―――チェックメイト♡」

 

 ライトが視線をブルーの方に向けると、人差し指を自分の頬に立てているブルーの姿が在った。

 その姿に、ライトはため息を吐いてからストライクの下に駆け寄る。

 

「大丈夫? お疲れ様、ストライク」

「……シャア…」

「気にしないでって。あそこで“はがねのつばさ”を指示した僕も悪かったから。次に活かそう」

 

 抱えられるストライクは、申し訳なさそうな顔を浮かべる。それに対しライトは、労いの言葉を掛けつつ、自分にも非があった事を述べる。

 その光景を眺めながら、ブルーはグレイシアをボールに戻す。

 

「ふふ……ちゃんとトレーナー出来てるじゃない♪」

 

 弟とパートナーの姿に、ブルーは優しい笑みを浮かべたのであった。

 




感想・質問などありましたら、遠慮なくどうぞ。


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第四話 幼馴染は結構微妙な立ち位置

「ナイスファイトだったじゃない。ライト」

「あれ、カノン? 見てたの?」

 

 ストライクをボールに戻した直後、ライトとブルーの居る場所に一人の少女が大きなキャンパスを携えながらやって来る。

 

 少女の名前は『カノン』。数十分前に会ったボンゴレの孫である。白いベレー帽をかぶり、キャンパスを脇に携えている姿は画家そのものであった。

 ライトがアルトマーレに引っ越してから早五年。その引っ越してきた当時より、現在まで知り合いである為、所謂幼馴染と言える部類に入る人物であった。

 

「あはは……負けた所見られちゃったか…」

 

 ライトは、恥ずかしそうに頭を掻く。幾ら相手がリーグ三位の実力者で、実力差があると言っても負けは負け。知り合いに、自分の敗北を見られると言うことはそれなりに恥ずかしいものであると、ライトは考えていたのである。

 

「ふふっ! ライトが負ける所なんて、珍しい所見ちゃった」

 

 カノンは、頭を掻くライトに少し茶化すように言葉を投げかけた。ライトは、同年代のアルトマーレに住む少年少女のトレーナーとは、頭一つ分実力が秀でている。下手すれば、大人ですら負かすほどであった。

 そんな、負け知らずの幼馴染が良いようにされて負ける所は、カノンにとっては貴重なワンシーンであった。

 

 特に気遣われることなく、変に慰められずに茶化されたことで、ライトの顔からは大分赤が引いていく。一つ年上のカノンは、他よりも大人びている少年心というものを理解していた。

 繊細でガラスのようなプライドを持っている十代前半は、変な慰めよりも茶化された方が気楽でいい。

 

「あ……そのキャンバス、何書いてたの?」

「え? あぁ…今のバトル、折角だから描こうと思って。良いの描けたから、色付けしたら今度見せてあげる」

「そうなの? じゃあ、今度見せてね」

「そこの少年少女たち……」

「「!?」」

 

 他愛のない会話をしていた二人の首に、突然ブルーが腕を回してくる。何やら、顔はにやけており、『今から貴方達を弄りますよ』というような雰囲気を醸し出している。

 カノンとブルーは、何度か会ったこともあり面識はある。ブルーの人柄もあり、堅苦しくない関係であるものの、それなりに有名人であるブルーと関わるという事は、それなりに緊張することであるのか、顔が強張っていた。

 

「ご…ご無沙汰してます。ブルーさん」

「お久~♪ どう、カノンちゃん。最近の調子は?」

「ボ……ボチボチです」

「ん~駄目ね。そこは、『バリバリオッケーです!』って言わないと!」

「あはは……」

 

 ブルーのテンションの高さに、カノンは思わず苦笑いを浮かべる。弟ですら制御出来ないテンションを、他人がどうのこうの出来ないのは、言わずとも理解できるだろう。

 

「姉さん……カノン困ってるから…」

「お? なんだいなんだい? か弱い乙女を助けちゃう感じかなァ~?」

「自覚があるなら他人が困る様な距離感で話しちゃ駄目でしょ姉さん仮にも十五歳でしょポケウッドでも働いて社会人に位置する立場なんだから他人の気配り出来ないと」

「……息継ぎ無しは止めて」

 

 ライトの辛辣な言葉に、ブルーは涙目になる。愛する(一方的、且つ家族愛的な意味で)弟に、ここまで正論で述べられると、幾ら破天荒なブルーであっても精神的に堪えるものがあった。

 弟に説教される姉の姿を見て、カノンはさらに顔を引きつらせる。助かったような、申し訳ないような感覚に苛まれるが、深く考えても仕方のないことなので、笑って過ごすことにした。

 

「あ! そういえば……ライト。折角だから、皆でランチにしましょ? お昼まだでしょ?」

「あっ……そういえばそうだった」

 

 ここでライトは、そもそも自分が家に帰った理由を思い出した。お昼時ということもあり、ボンゴレの勧めによって帰宅して昼食をとるつもりであったのだ。

 そこでブルーの迎えがあり、オーキドからの贈り物を受け取り、そのままバトルに発展したのであった。

 自分が空腹であったことを思い出すと、途端に胃が『キュウ~』と鳴り始めたような錯覚になる。

 

「カノンちゃんもどう? 私が奢るわよ?」

「え……でも、何か申し訳ない感じが…」

「いいのよいいのよ! どうせだから、アルトマーレ(こっち)でのライト様子訊きたいし」

「は……はい。それじゃあ、ご馳走になります」

 

 姉として、弟の近況を直で見ている者に訊いてみたい。そんな感情を理解したカノンは、素直に首を縦に振ったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ポケモンバトルの後、三人は一息吐くために近くのカフェに立ち寄ってランチをとっていた。

 全員、サンドイッチと飲み物を一つ頼み、会話に華を咲かせていた。最初の内は、アルトマーレでのライトの様子を、カノンが話してそれにブルーに相槌を打つ感じであったが、途中からはイッシュ地方でのブルーの話に変わっていた。

 カントー地方やジョウト地方に比べると、かなり都会であるイッシュ地方の話に、ライトとカノンの二人は興味津々で耳を立てて聞く。

 さらに、女優という仕事がら話題の尽きないのに加え、話術の上手さも相まって、どんどん二人は惹きこまれていく。

 

「そう言えばこの前、カルネさんに会ったんだよねぇ~! 流石、大女優って感じで綺麗だったなぁ~」

「カルネさんって、カロス地方のチャンピオンの?」

 

 『カルネ』。カロス地方に住む者であれば、一度は耳にしたことのある名前。そして、例えカロス地方に住んでいなくても、一度テレビで見たことはある筈の女性。

 彼女は、カロス地方のポケモントレーナーのトップ―――『チャンピオン』であり、各地方に名を轟かせる大女優であるのだ。

 『才色兼備』という言葉が良く似合う、超有名人と言った所であろう。

 

「そうそう! ライトの留学するところの!」

 

 『留学』という言葉に、カノンは首を傾げる。その様子を見て、ライトは自分が今度留学するということをカノンに伝えていないことを思い出す。

 ライトがカノンに伝えようと身を乗り出そうとするが、それよりも早くカノンの口が開く。

 

「あの……留学ってどういうことですか?」

「え? ……ああ! ライトねー、今度カロスに留学するのよ~!」

「どのくらいですか?」

「う~んとねェ……三か月くらいだったかな?」

 

 ブルーの言葉を聞き、カノンは『へぇ~』と声を漏らす。留学の期間については、ライトも初耳だったのでカノンと同じような様子を見せている。

 

「何時から?」

「一か月後って、資料には書いてあったわよ? アサギ発の船で行く感じだったわ」

 

 ついでにと、留学がいつから始まるのかライトは尋ねる。そして一か月後と聞き、『結構すぐだな~』と言葉に漏らす。

 留学には、それなりの準備が必要である。旅に出る際もそうであるが、それも別の地方に行くということなので、一か月という期間は準備には妥当な時間だと言えよう。

 

 すると突然、ブルーがカノンの肩に手を置く。謎の行動に、カノンのみならずライトも何事かと肩を揺らした。

 ブルーはどこか儚げな瞳で、もう一方の手で親指を立てながら、カノンにズイッと顔を近づけた。

 

「カノンちゃん……ライトのメンタルケア、よろしくね」

「は……はぁ……」

「姉さんは僕のこと、どう思ってるの?」

 

 職業病というものであるのか、ブルーの挙動の一つ一つに芝居がかかるのが面倒なところであると、ライトは心底思ったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 破天荒な姉が家に来た次の日。

 ブルーは、『ショッピングに行く!』という理由で今日一日はアルトマーレを周って、満喫してくるのだろうとライトは考えた。一週間はアルトマーレに泊まるという事であり、その間姉の対処に追われる事を思うと、ライトは溜め息を吐くのを止められなかった。

 しかし、今日一日は一人で周るとのことであったので、ライトはいつも通りに釣りに没頭することにした。

 

 アルトマーレの海には、様々な水ポケモンが生息している。『チョンチー』や『マンタイン』。『テッポウオ』や『タッツー』など、軽く数十種類は生息していると思われる。

 さらに、ここ数年で海洋ポケモンの生息域の変動などで、今迄見れなかったポケモンがアルトマーレでも見られるようになったのである。

 

「釣れるといいなァ~。ね、ヒトカゲ?」

「……スー……スー……」

(寝てる……)

 

 桟橋で釣りをしていたライトは、ボールから出していたヒトカゲに声を掛けたが、肝心のヒトカゲはポカポカとした陽気の下、眠りに落ちていたのである。寝方も、うつ伏せという大胆な寝方であり、『首痛くないのかな?』とライトは小声で呟いてみた。

 

 昨日は、一向に打ち解ける様子を見せなかったヒトカゲであったが、ブルーとのバトル以降は少しだけ打ち解けてくれたようにライトは感じた。

 ポケモンの中には、トレーナーの実力を見極めて従うといった個体も存在するのである。レベルの高い個体は、力量のないトレーナーには全く従わず、バトル中に指示を無視して戦ったり、あろうことか眠り始めるポケモンもいる。

 そんな十人十色な性格のポケモン達なのであるが、このヒトカゲはライトの戦いぶりを見て、多かれ少なかれ認めてくれた様子であった。

 

 寝ているヒトカゲの近くでは、桟橋の杭にもたれかかって寝ているストライクの姿がある。

 今の季節は春。エンジュシティでは、桜が綺麗に咲いている季節である。ジョウト地方は、比較的四季を感じやすい温暖な気候が魅力なので、春にでもなれば心地よい日和が毎日のように続く。

 アルトマーレの場合、海の近くに在るため他の町よりは多少気温が高いが、それでも海から吹く潮風が絶妙な体感温度を感じさせてくれる。

 『眠くなるな』と言う方が無茶な話である。

 

「ふぁ~……」

 

 ウトウトするような陽気の下、自由気ままに釣り竿を垂らす。時間のある子供であるからこその贅沢であると言えよう。

 欠伸をした際に目尻に浮かんだ涙によって、視界が薄らぼやける。曖昧になった視界には、地平線に広がる海と、延々と奥へと伸びていく空。そして空を羽ばたく鳥ポケモン達の姿が映る。

 

「楽しい?」

「ウヒャア!?」

 

 急に、首に冷たい物が触れて、素っ頓狂な声をライトは上げる。その声に、ヒトカゲとストライクも目を覚ます。

 バッと後ろに振り返ると、そこには缶ジュースを二本持っているカノンの姿があった。

 

「何だよ、カノン……驚かせないでよ」

「ふ……ふふ…あははは! サ、サイコソーダ飲む? …ふふ…!」

 

 余りにも間抜けた様子を見せたライトに、カノンは左手でお腹を押さえながら笑う。その際に、右手に持っていたサイコソーダと言う炭酸飲料を勧められ、ライトは口の先を尖らせながら受け取る。

 缶の口を開けると、『ぷしゅ』と炭酸の抜ける音が鳴り、潮風と共にソーダの爽やかな香りが鼻を抜けていく。

 

 カノンは、笑いを堪えながらライトの横に座り、同じように蓋を開けてからサイコソーダに口を付ける。

 ライトも喉を慣らしながらサイコソーダを飲み進めていると、ふと袖を掴まれたような感覚が左腕に伝わる。ふと見てみると、そこには物欲しそうな目で見ているヒトカゲとストライクの姿があった。袖を掴んでいるのはヒトカゲであるが、ストライクも熱い眼差しをライトに送り、サイコソーダを飲みたいという意思を必死に伝える。

 

「ほら。二人で仲良く分けてね」

「カゲ」

「シャア」

 

 そう言われて手渡されたサイコソーダを、ヒトカゲはグイッと飲む。小さな体の上にある大きな頭を傾けて、缶の中にある刺激を口に運んだ。『ゴクッ』と喉を一回鳴らせた後、口の周りを腕で拭い、そのままストライクに手渡す。

 それをストライクは、両腕の鎌を器用に扱って缶を挟み、そのまま自分の口へと運んだ。ストライクもまた喉を鳴らせた後に、自分の主であるライトへと缶を渡す。

 缶を受け取ると、丁寧に一口分の液体が残っていた。

 

「ふふっ…ありがと。二人とも」

「シャア」

「……クァ」

 

 ストライクは『勿論!』という感じで首を縦に振り、ヒトカゲは腕を組みながらプイッと首を反らした。『自分はそのつもりは無かった』とでも言いそうなヒトカゲの態度であったが、きっちりストライクの分は残していたという部分に、ヒトカゲの義理堅さがうかがえる。

 そういった所をしっかり受け止めた上で、ライトは自分の手持ち達に礼を述べたのであった。

 

 微笑ましい光景に、カノンは先程とは違う笑みを顔に浮かべていた。カノンが笑みを浮かべていることに気付いたライトは、どこか拗ねたような顔を浮かべる。

 

「……何? ……さっきのまだ笑ってるの?」

「別に~」

 

 ライトの質問に素っ気なく答えたカノンは、先程のライトのように海へと視線を向ける。この桟橋は、カノンも良くスケッチをするために来る場所。

 青と白しか必要としないような一枚の絵は、代わり映えの無いように見えて、実に変幻自在なものである。

 普段であれば、波立つ水面の光の反射をどのように描くか、流れる雲をどのように筆で描くか思案を巡らせる所であるが、無心で眺めるにも絶好の場所。

 

―――カノンの好きな場所であった。

 

 心地よく風に当たるカノンの姿を見て、ライトは釣り竿に視線を戻す。

 

「……うん?」

「ん? ……引いてるね」

 

 よく見ると、竿の先から垂れている糸がピクピクと動き、水面に浮かぶブイは水面を行ったり来たりしている。

 その動きこそ小さいが、何かが確実にかかっていることは二人には解った。

 

「よっし! 久しぶりのアタリだ!」

「コイキングじゃない? ふふっ!」

「……別に特定の狙ってる訳じゃないし……! ほら! もう引き上げるよ!」

 

 竿から伝わってくる重みに興奮しながら引き上げるライトに、カノンは『コイキングなのでは?』とからかう。確かに、コイキングはほとんどの水中で確認することが出来るポケモンである。

 その可能性は大いに高いが、ライトは出来れば別のポケモンを釣り上げたいという願望があった。しかし、根本は『釣りを楽しむ』にであるため、コイキングでもポケモンが釣れればいいのであった。

 

 ライトが大きく竿を撓らせて、水面に浮かび上がった影を引き上げた。それは限りなくコイキングに近いシルエットであり、カノンは既に茶化す準備をしていた。

 

「「―――……ん?」」

「ンボッ。ンボッ」

 

 釣り上げられ、桟橋に姿を現したのは、限りなくコイキングに近いシルエットのポケモン。しかし、確実にコイキングではないポケモン。

 水色のヒレに、ペールオレンジを少しくすませたような色の体の、見方によってはみすぼらしいポケモン。

 

 そのポケモンは、元気よく桟橋の上で跳ねていた。

 



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第五話 ラムネは、要するにソーダ

 

 

 

 

 釣り上げたポケモンは、コイキングによく似た魚ポケモン。釣り上げられても尚、桟橋の上でピチピチと跳ねてその元気を示している。

 

「……コイキングの新種?」

「……さあ?」

 

 今まで見たことのないポケモンに、二人は興味津々で顔を近寄せる。しかし、このまま見ているだけでは、ある問題が発生してくることをライトは気付いた。

 

「ねえ。このままじゃ、体渇いちゃうよね?」

「あ…うん、そうだね。大きめのバケツなんかに入れてあげよっか」

 

 そう言うとカノンは、そそくさとどこかに歩いていく。桟橋に居る為、その気になればバケツの一つや二つなどすぐに見つかる。

 カノンがバケツを見つけに行っている間に、謎のポケモンはヒレを立てて上手く体を起こした。小さな目は、ライトの顔をじーっと見つめている。

 

「ん? ……初めまして!」

「ミ」

 

 とりあえずライトは、そのポケモンに対して笑みを見せて挨拶をした。するとポケモンは、挨拶を返すように鳴き声を上げた。

 しっかりと反応してくれたことを嬉しく思ったライトは、あることを思い出す。

 

「そうだ! サイコソーダ一口分残ってるんだけど、飲む?」

「ミ?」

 

 両手をパンッと叩いたライトは、先程ヒトカゲ達が残してくれたサイコソーダの事を思い出し、折角だからと勧めてみる。

 最初こそ首を傾げていたポケモンであったが、差し出された缶のフチに、恐る恐る口を付ける。タイミングを見計らって、顔に掛からないように傾けて、残った刺激的な爽やかな甘さをポケモンの口の中へ注ぐ。

 突然口の中に液体が流れ込んだことに驚いたポケモンであったが、感じたことのない味を含んだ後、目を輝かせてゴクンと飲み込む。

 その際に、ヒレをパタパタさせて美味しさを全身で表現していた。

 

「っ…ははは! 可愛い子だなァ!」

 

 予想以上の可愛らしい挙動に、ライトのポケモンへの好感は上がっていく。そして、頭を撫でようと手を差し伸ばす―――。

 

「グオオ!!」

「――――っ!!?」

「あっ」

 

 突如、水面から勢いよく姿を現したギャラドスに驚き、ポケモンは大慌てで水の中へと飛び込んでいった。

 余りにも急な出来事であったので、ライトだけ時が止まったように硬直していた。

 

「グア?」

 

 ピクリとも動かないライトに、ギャラドスは不思議そうな顔で首を傾げる。このギャラドスは、いつもライトと海に出かけている個体である。

 いつも通りにやって来て、少し脅かしてみようという無邪気な考えで飛び出して来たものの、余りにも反応が無いので何事かと思案を巡らせる。

 だが、ギャラドスが結論に至る前に、ライトが錆びたロボットのようにぎこちない動きで首を曲げ、目の前の青い竜のようなポケモンに視線を合わす。

 

 

 

「……ギャラドスのバカ―――――っ!!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「多分、それは『ヒンバス』ってポケモンだ」

「ヒンバス?」

 

 その日の夕方、ライトは父と姉・ブルーの三人で食卓を囲んでいた。その中でライトは、今日出会った謎のポケモンについて話した。

 すると、水ポケモンについて詳しい父・シュウサクは『ヒンバス』であると判断した。

 

「どんなポケモンなの?」

「コイキングと同じで、生命力が強くて基本どんな水の環境でも生きられるんだ。只、コイキングと違う所は、一定のポイントにしか出ないってことかな。特に珍しくもないから、研究も進んでいないんだ」

 

 シュウサクはそう言って、夕食であるスパゲッティを口に入れる。ライトとブルーと同じ、艶のある茶髪だが、研究に没頭するあまり髪は伸び放題で後ろで纏めており、無精髭も生えている。

 『ふ~ん』と声を漏らしながら、ライトもスパゲッティを口に運ぶ。

 

「進化ってするの?」

「ん~……それはまだ解らないな。今言ったみたいに、研究も進んでないからちゃんとした進化先は見つかっていないみたいだ」

「じゃあ、進化する可能性もあるってこと?」

「ああ、そうだな。レベルで進化するかもしれないし、進化の石で進化するかもしれない。若しくは、特定の道具を持たせて交換とかだな」

 

 ポケモンは、種によって進化するものがいる。例えばコイキングは、一定のレベルになるとギャラドスに進化する。

 ライトの手持ちに居るヒトカゲも、一定のレベルになれば進化する種である。

 

 他の二つの進化の仕方についてであるが、この世界には『進化の石』という不思議な石が存在する。それは内部に特殊なエネルギーが含まれており、特定のポケモンがその石に触れると、内部のエネルギーに反応して進化するのである。

 例を挙げると、『しんかポケモン』と呼ばれているイーブイは、『ほのおのいし』に触れると『ブースター』に。『みずのいし』に触れると『シャワーズ』に。そして『かみなりのいし』に触れると『サンダース』に進化するのである。

 

 最後の道具を持たせて交換というものである。これもかなり特殊な進化の仕方であり、まずは『交換するだけ』で進化するポケモンが存在する。例えば、『ゴーリキー』であると『カイリキー』に。『ユンゲラー』であると『フーディン』に、といったところである。

 この過程において、『特定の道具』を持たせると進化するポケモンも存在し、『パールル』というポケモンに『しんかいのキバ』なる道具を持たせ、他人と交換すると『ハンテール』に進化するのである。さらに、『しんかいのキバ』ではなく『しんかいのウロコ』であると『サクラビス』というポケモンに進化する。

 

 こういったように、ポケモンの進化の仕方は千差万別であるのだ。未だ研究が進んでいないだけで、進化する可能性を持っているポケモンは多く存在するであろう。

 

「へぇ~。じゃあ、ヒンバスもコイキングみたいに、ギャラドスみたいなポケモンに進化するかもしれないの?」

「ああ。その可能性は充分ある。或いは、トサキントからアズマオウみたいに、魚のフォルムのまま進化するかもしれないな」

 

 そう言ってシュウサクは、腕を組んで首をうんうんとさせる。研究者という性分、可能性は多い方が、興味関心が深まって面白いというものだ。

 ブルーは、自分の分の皿を台所へと持っていき、帰り際にライトの背中に回って両腕を首に回す。

 

「お姉ちゃんが色々と調べたげよっか?」

「え? そんなこと出来るの? 研究も進んでないっていうのに……」

「ふっ……何を言ってるのよ、ライト」

 

 半信半疑といったような表情を浮かべるライトに、ブルーは得意げな顔を浮かべる。そして、親指をグッと立てて、キラッと歯を見せつける。

 

「コネならあるわ☆」

「まさかのコネッ!?」

「社会を生きていくには、使えるコネはどんどん使った方がいいわよ。これ、豆知識ね」

「十二歳の男子に突きつける豆知識ではないと思うんだけど」

 

 弟に、社会で生きていくための豆知識を伝えたブルーは、久し振りの弟を満喫するためにそのままホールドする。

 無言で受け入れるライトであるが、まだ食事中であるため、幾分か迷惑そうな顔をしている。

 

「はぁ~……ブルー」

 

 すると、シュウサクがため息を吐いて席から立ち上がる。その挙動に、ライトとブルーの動作も一旦停止する。

 シュウサクは、鋭い目つきでブルーを見据える。

 

「久し振りにお父さんに甘えてくれてもいいじゃないかァ~!」

「嫌よ!!」

(……また始まった)

 

 この姉にして、この親あり。

 重度なブラコンであるブルーに対し、父のシュウサクは家族に対し分け隔てなく愛着がある。ライトは普段からいるので、それは影に潜んでいるが、久し振りの娘となれば爆発するのは容易に想像できるだろう。

 シュウサクは、唇を尖らせて娘に近付いていく。だが、ブルーはライトを抱きかかえて背中に隠れる。

 

「何でだ、ブルー!? 昔は、『パパのお嫁さんになる!』って言ってくれたじゃないか~!」

「無理ね、パパ。もう時間が経ち過ぎたのよ。私も、パパもね」

「何でそんな深刻そうな言い回しなの?」

 

 ブルーの口調にライトは、食事を続けながらツッコむ。そしてブルーの言葉に、シュウサクはショックを受けたような表情を浮かべながら涙目になる。

 

「うっ……どこら辺が駄目なんだ!? お父さんの!?」

「年齢を重ねて、体から漂い始めた加齢臭は隠せないわ!」

「がはっ!!!?」

 

▼ブルーの しんらつなことば!

 

▼シュウサクの きゅうしょにあたった!

 

▼シュウサクは たおれた!

 

▼シュウサクの めのまえはまっくらになった!

 

「ごちそうさま~」

 

 ライトは、空になった食器を台所に下げに席を立った。床には、血反吐を吐いているように見える父の姿が見えたが、気にしたら負けなので放っておいたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日の朝。

 

「ふぁ~……」

 

 家に居る三人の内、最も早く起きたのはライトであった。基本夜型である父・シュウサクは、昼ぐらいまで寝ている。

 その為、朝はライトが一人で簡単な朝食を作って食べるのが普段であった。

 朝食を作るために台所へ行くライトの足取りは遅かった。よく見ると、目の下には大きな隈が出来ている。

 隈の理由は、姉が自分を抱き枕にして眠りについたため、かなりの寝苦しさを強いられていた事に起因する。

 起きる際も、姉の異常に強く自分を抱きしめている腕を何とか解いたので、精神的にも肉体的にも、朝には辛い体力の浪費を強いられたのであった。

 

「……ん?」

 

 台所に近付くにつれ、コーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。その香りに、ライトの目は覚める。

 こんな朝早くにコーヒーを飲んでいるのは誰なのだろうかという疑問が、ライトの頭に浮かぶ。姉は寝ていた筈。父は別室で寝ているが、こんな朝早くに起きていることはほぼない。

 首を傾げながら、台所を覗く。

 

―――ズズズッ……。

 

 ヒトカゲがカップを右手に持ち、中のコーヒーを啜っていた。左手には、毎朝届けられている朝刊が握られていた。

 窓から差し込む朝日を受けながら新聞を読むヒトカゲの姿は、どこか大人びていた(?)。

 

(ていうか、ポケモンってコーヒー飲むんだ……)

 

 自分の手持ちの新たなる発見が、ココにあった。

 色々とツッコみたいところがあったが、疲れているのでライトは止めることにしたのであった。

 

(今日は、散歩でもしようかなぁ…)

 

 ライトは、朝食を食べたら手持ちのポケモンと親交を深めるために、散歩に出かけることにした。

 こちらにやって来て間もないヒトカゲであるが、美しいこの町を、自分が数年過ごしてきたこの町を一緒に歩き回ることにより、わずかながらでも親近感が出ればいいと考えたのである。

 中々の名案だと勝手に思いながら、ライトは冷蔵庫の飲み物を手に取るのであった。

 

 

 ***

 

 

 

 日は高く昇り、時刻は昼時に近いだろう。

 あるポケモンは、アルトマーレの上空を優雅に飛行していた。だが、誰一人としてその姿を見る事は出来ない。

 それはポケモンが、光を屈折させる羽毛で全身を包み込んでいる為、傍から見れば本来ポケモンが居る場所は周囲と同じような光景が映っている―――つまり、周りと同化しているのであった。

 彼女(・・)は、この水の都で“護神”とされているポケモンの内の一体である。だが、この町で実際彼女の姿を見た者は数えるほどしか居ないだろう。

 

 普段は、ある場所でそこに住んでいるポケモン達と遊んでいたり、体を周囲と同化させたまま気軽に辺りを飛行したりしている。

 今日もまた、いつも通り美しい水の都の上空を飛んでいるのである。

 

「……?」

 

 ふと、下を見るとそこにはヒトカゲを連れている一人の少年が歩いていた。その少年は、彼女の友達の少女とよく一緒に居る人物であった。

 よく見かけるが、人当たりもよく、優しいオーラというものが伝わってくる。

 

「……♪」

 

 彼女は、あることを思いつく。

 しめしめと口角を吊り上げて、町の裏道に降りる。誰にも見られない場所で、彼女はあることをし始めた。

 彼女の羽毛が、彼女自身の体を透明にするのではなく、一人の人間に見える様に光を屈折させた。その姿は、彼女の友達である少女の姿であった。

 この姿を見れば、あの少年はどのような反応をみせるのだろうか。

 

 そう。これは、彼女の悪戯心なのだ。

 

 精神年齢が限りなく子供である彼女は、友達の姿を借りてあの少年を驚かせようとしているのである。

 少年の驚いた姿を思い浮かべ、彼女は笑みが浮かぶのを止められない。

 そのまま彼女は、少年の下に駆け寄っていく。

 

 背中から駆け寄り、肩をポンポンと叩く。少年はそれに気づき、振り返る。

 

「ん? カノン?」

 



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第六話 人違いは中々恥ずかしいもの

「ん? カノン?」

 

 ライトが振り返ると、そこにはカノンが立っていた。しかし、いつものベレー帽も、キャンパスなどの画材も有していない。

 無言で背後から近づくとは何事かと思いながらも、幼馴染がこうして来てくれたのだからと、いつも通りに笑顔で接しようとする。

 

「どうしたの?」

「♪」

 

 だがライトの問いに対しカノンは無言のまま、満面の笑みを浮かべる。その挙動に、ライトは若干の違和感を覚える。

 もしや、昨日のサイコソーダの反応をまだからかう気なのかとも考えたが、それにしても無言過ぎる。

 五年も一緒であるが、こんなカノンは見たことが無い。

 

「えっと……どうして無言なの?」

 

―――プク~…。

 

「え? ……え!?」

 

 するとカノンは、頬を膨らませてしかめっ面になる。何か起こったのかと、ライトは自分が何かをしてしまったのかと焦り出す。あたふたしていると、カノンは両手でライトの頬をつまみ、そのまま左右に引っ張る。

 

「いたたた! 何!? 何か僕悪いことした!?」

 

―――おかしい。

 

 普段のカノンは、こんなことしない。年相応に自分にちょっかいを仕掛けてくることはあるが、ここまで意味不明のちょっかいをするのは初めてである。

 しかもカノンは、頬を摘んだまま顔を急接近させてくる。その動作に、ライトは思わずドキッとする。

 いくら大人びているライトでも、まだまだ十二歳の少年。幼馴染のちょっとした挙動に、ふと反応してしまう年頃である。ここまで顔を急接近させられたのは今までにない。無言でしかめっ面をするカノンにどうしていいかわからずに、ライトも思わず無言になる。

 だが、余りにも至近距離で見つめ合っている為、ライトの顔はどんどん紅潮していく。

 

―――少年よ。存分に恥らいなさい。

 

 どこかの姉のようなボイスでセリフが再生されるが、このままでは何時知り合いに見られるか解らない。こんなキス寸前のような体勢で居たら、誤解は必死である。

 何とか離そうと、恐る恐るカノンの両腕を掴む。

 

「……ん? 冷たい……」

「!」

 

 ライトの言葉に、カノンはハッとしたような表情を浮かべる。そしてすぐさまライトから離れて、舌をチロリと出して逃げていく。

 その瞬間に、ライトは悟る。

 

「……性質の悪いイタズラだよ、もお……。コラ――――!! 誰だ――――!!?」

「♪」

 

 先程とは違う理由で顔を紅くするライトに、カノンに化けている何かはテトテトと走って逃げていく。

 自分の羞恥心やら何やらを存分に弄ばれたライトは黙っている筈も無く、逃げていく者を追い掛けていく。全力で走るライトに、横で黙って眺めていたヒトカゲも走って追いかけていく。

 

「とっちめてやる!! 行くよ、ヒトカゲ!」

 

―――ふっ……。

 

「え? 何、この温度差?」

 

 憤慨しているライトに対し、ヒトカゲは鼻で笑って黙ってライトの後を付いて行く。余りにも大人な態度に、このヒトカゲの精神年齢が気になったライトであったが、それよりもまずあのカノンに化けている者を捕まえる事に意識を向けた。

 カノンに化けている者は、『してやった』という顔でライトを流し目で見る。その口角も、存分に吊り上っており、先程の流れを存分に楽しんでいたものと思われる。

 

―――ああ。先程、あの幼馴染の顔をしている者を一瞬でも可愛いと思った自分が恥ずかしい。

 

 本人が聞けば怒りそうな内容だが、とりあえずライトは幼馴染を利用されて自分の羞恥心を大いに刺激されたことが許せなかった。

 心の広い方のライトだが、そう言った部分はまだまだ子供である。

 ここにブルーが居れば、『ああ!私の弟が女の子とイチャイチャしてる!』と、鼻血を出しつつもジェラシーなどで悶えているだろう。

 それはともかく、ライトは自分を弄んだ相手が何者なのかはっきりさせる為に、必死に追いかけていた。

 

「っ……誰か解らないけど、絶対捕まえてやるからな――!!」

 

―――あっかんべ~☆

 

「っ~~~~!!!」

 

 カノンの姿をした者は、ライトに振り返って舌を出しながら右目の下まぶたを引き下げて挑発する。それによってライトの怒りは頂点に達し、声にならない声を喉から漏らす。

 

 満足したように笑いながら、カノンの姿をした者は裏路地に入っていく。アルトマーレは、海の上に立っている為、土地の総面積で言えば他の町に比べて少ない方である。しかし、それを補う為に町には高低差があり、階段や橋などが多く存在している。

 さらに言ってしまえば、裏路地に関してはかなり入り組んでいる為、初めて来た者が迷いこめば、数時間は彷徨う事になるくらいに複雑になっている。恐らくあの者は、それを利用してライトを撒こうとしているのだろう。

 

 しかし、ライトもこの町に住んで早五年。大体の土地勘ならば備えている。だとしても、見失わなければ迷う必要も無い。

 小さいころ、マサラタウンを姉たちと共に駆け回った脚力は伊達ではない。

 しかし、相手もそれなりの足の速さでライトを寄せ付けないように入り組んだ路地を走る。

 

 右へ左へ―――。

 はたまた、階段を上って―――。

 

 太陽の影になっている路地の裏は、海の上に立つアルトマーレの特質上、かなり空気が潤っている。木材が潮風に浸食されたような匂いも、呼吸の荒いライトの喉を通り、肺へと入っていく。

 そして路地を駆け巡る内に、広場へと出る。

 その瞬間に、燦々と輝く太陽が暗い路地に適応していた瞳に、強い光を浴びせてくる。

 しかし、視界の中から追いかけている標的は逃していない。カノンの姿をしている者は、広場へと続く横に広がった大きな階段を一気に駆け下りていく。

 

「に~が~す~かァ~!!」

 

 ライトは目の前を走る者に一気に近づくために、階段の中腹辺りで一気に飛び降りた。大きな着地音が広場に響き渡り、カノンの姿をしている者も驚いたように目を見開く。

 後ろに付いて来ているヒトカゲも、軽い身のこなしでライトの後ろに飛び降りる。かなり息が合い始めている二人であるが、今は特に問題ではない。

 カノンの姿をしている者は、何とか逃げ切ろうと大きな橋が架かっている道の下を駆け抜ける。そしてそのまま、右へと進路を変えて姿を消した。

 だが、そこまで一連の流れをはっきりさせている中で、ライトが見失う筈も無く、すぐさま追跡を続ける。

 

「待て――!!」

 

 先程、カノンの姿をした者が曲がった角を同じく右に曲がる。

 

「――…あ!」

 

 曲がるとそこには、ゆっくりと歩いているカノンの背中があった。上下の服の色も同じ。漸く追いついたと、ライトは肩を掴む。

 

「えっ……あれ、ライト?どうしたの……って、ええ!?」

 

 相手が振り向き、驚く間もなくライトは右腕の手首を掴む。本気で掴んでしまった痕がつくかもしれないので、それなりに手加減こそしているものの、逃がさないようにしっかりと掴んでいる。

 そしてグッと顔を近づける。その挙動に、カノンは思わず顔を紅潮させる。

 いきなり幼馴染が、手首を掴んで顔を近づけてくるのである。咄嗟の出来事に、何も出来ずに茫然とする。

 

「はぁっ……はぁっ……やっと捕まえた!」

「??」

「もう離さない!!」

「!??」

 

 真剣な眼差しでそう言い放つ幼馴染に、カノンの顔はさらに紅くなっていく。

 

(え!?捕まえたってどういう意味!?離さないってどういう意味!?)

 

 そう、この少女はカノン本人。先程までライトが追いかけていた人物とは違う人物。しかし、見た目も服装もほとんど似ていたためライトは、てっきりこのカノンが先程自分を弄んだ者だと認識しているのである。

 真剣な眼差しも、只単に怒っているだけ。

 しかし、カノンもお年頃。そんな事情も知らない為、自分の中で出来るだけの想像を駆り立てて、結果、顔を真っ赤にさせていたのである。

 

 そんなカノンに対し、ライトはふと気づく。

 

「……あれ? 帽子かぶってる」

 

 そう。偽物が被っていなかった帽子を、このカノンは被っている。そして先程からちょくちょく声も出している。

 

「……もしかして本物?」

「え? どういう意味……?」

「「……」」

 

 ライトは漸く、このカノンが本物だと気づく。そして掴んでいる手を放し、顔もゆっくりと離す。

 二人の間に、気まずい空気が流れる。

 互いに、顔が真っ赤であるのは言うまでもないだろう。

 

「……カゲ」

 

 その横でヒトカゲは、やれやれと首を振っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ゴメンね、カノン」

「う、ううん! 気にしてないから、そんな落ち込まないで!」

 

 二人は、広場のベンチに座っていた。カノンの横では、ライトが凄まじく不穏なオーラを身に纏い顔を両手で覆っている。

 何も悪い事をしていない幼馴染に、あのような圧で迫っていったことを、自分なりに落ち込んでいるのであった。

 そんなライトを慰めようと、カノンは必死に励ます。事情は大方聞いており、犯人の目星も大体ついている。

 

(あの子ったら……もお!)

 

 自分の姿に化けて悪戯するなど、この町には一体しか居ない。普段からあちらこちらで悪戯するような者ではないが、だからといって幼馴染をここまで落ち込ませるのは、やり過ぎだと考える。

 向こうもそこまで悪意があってやったことではないと思うが、後で説教が必要だと、カノンは心の中で決めた。

 

(ん~……そうだ!)

 

 こんなに落ち込んでいるライトを立ち直らせるための方法を、カノンは思いついた。あそこに行けば、きっとライトも立ち直ってくれるはずである。

 さらに言えば、この元凶となった悪戯っ子もそこに住んでいる為、容易に会える筈である。

 あの場所は、管理しているカノンとボンゴレしか知らない。それはその場所を、カノンの一族が管理しており、さらにそこへ入るための方法が普通の者であれば思いつかないような方法である為だ。

 そこへ一般人であるライトを入れるのは少しだけ抵抗があるが、彼の人格を考慮すれば口外することも無いと予測出来るので、連れて行ってもよいと判断できる。祖父であるボンゴレも、それを認めてくれるだろうと考え、カノンはベンチから立ち上がる。

 

「ねえ、ライト。ちょっと、行きたい場所あるから付き合ってくれない?」

「え? ……うん、いいけど……」

「じゃあ、早く行こ!」

 

 そう言ってカノンは、ライトの手を引いて駆け出したのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「もしもし~?」

『もしもしじゃねえよ。何だよ、いきなり』

 

 ブルーは家でポケギアを利用し、とある人物に電話をしていた。ポケギアからは、若い男の声が聞こえる。

 

「ちょっとさぁ~、アンタに頼みたいことあんだけどいい?」

『ああ? 何だよ』

「今度、シロガネ山に行くときに―――」

 

 ブルーは、電話の先で聞いている男に対し、頼みたい事の概要を話す。少し長い内容であったが、中身自体は簡単なものであり、とある人物に伝えたいことを話しただけである。

 ならば、ブルーが直接話せばいいのではと思うかもしれないが、そのとある人物という者がリーグ関係者しか入れない、電波の届かない山に居る為、会いに行けないのである。

 そのため、リーグ関係者である電話の先の男に、要件を伝えたのである。

 

『はぁ? ンなモン、お前が手続して会いに行けばいいだろうが』

「私、一週間しかこっちに居れないのよ。今はライトとパパの所に居るけど、残り半分はママの所に行こうと思ってるし。どうせアンタ、食糧届けに行くでしょ?」

『お前なァ……俺だってジムで忙しいんだよ。もうちょっとこう……腰を低くできねえのかよ?』

「アンタはヤダ」

『はあ!?』

「とりあえず、ちゃんと伝えてね。もし伝わって無かったら、テキトーなアンタのスキャンダル流すから、よろしくゥ☆」

『おい! ちょ―――』

 

 男が何かを言おうとしていたが、ブルーは問答無用で通話を切った。そして、テーブルの上に置いてあるレモネードをストローで飲む。シュワシュワとした舌触りと、レモンの爽快な香り、そして甘酸っぱい味に舌鼓を打つ。

 その際に考えていたのは、弟の留学についてであった。ブルー自身も、十二歳の頃に幼馴染と共に旅に出て、各地を転々としてジムに挑む、バッジを集めていた。結果的に最後は、旅を共にした大切なポケモン達と共に、ポケモンリーグに挑み、一生に残る思い出を作れた。

 是非、自分の弟にもそのような経験をしてほしいと思うのが、姉として考えたことである。

 

―――ポケモントレーナーにとって、旅とは一生の思い出になるもの。

 

 自分の旅を思い出しながら、ベルトに付いているボールの一つに触れる。そこに入っているのは、自分の大切なパートナー。

 苦楽と共にし、困難を乗り越えてきた、家族と言っても過言ではない存在。

 ライトの手持ちであるストライクとヒトカゲも、自分のこのポケモンのように家族の一員のような存在になってほしいと、ブルーは切に願うのであった。

 



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第七話 来たら来たでアレだけど、別れは何となく寂しいもの

「ねえ……どこ行くの?」

「ふふっ。もうちょっと待って」

 

 カノンに手を引かれ、ライトはどんどん道を進んでいく。幾ら幼馴染と言っても、女の子に手を引かれて堂々と道を駆けていくのは、それなりに恥ずかしいものがある。

 さらに言ってしまえば、偽物とはいえカノンを間近で見たときに『可愛い』と思ってしまったこともあって、少しではあるが意識してしまっているのである。

 そんな羞恥心もありながら、二人は道を駆けて行き、とある場所に着く。

 

「…ん? ここ、博物館……」

 

 アルトマーレの中央辺りにそびえる博物館。中にはアルトマーレについての歴史が様々な形で展示されていたりする。

 だが、カノンが進む先は博物館ではなく、博物館の先にある暗い路地であった。そんな路地に何があるのかと首を傾げながら、ライトは行く先をカノンに任せる。

 

「ねえ、カノン……ホントにどこ行く気なの?」

「もうちょっとだって……ほら、ココ!」

「ココ?」

 

 そう言って二人が立ち止まったのは、暗い路地の行き止まりであった。周りには建物の壁しかなく、一体何の用事があって此処に来たのかと、ライトの疑問は尽きない。

 そんなライトの様子に、『ふふ』っと笑顔を見せながら、何とカノンは壁に向かって歩み始めた。するとカノンの姿は、壁の中にすり抜けていった。

 

「え? ちょ、ええ!?」

 

 ライトも引かれるままに壁の中へすり抜けていく。壁の中に入ると、先程の路地がトンネルのようになっている至って普通の道が続いていた。トンネルも、レンガ作りではなく鉄の網の様なものをトンネルの形にして、藤の花が絡みついているグリーンカーテンのようなものであった。その先には太陽の差し込んでいる場所が遠目に見える。このことから、先程の壁が只の幻覚のようなものなのか。

 とりあえず今はそのように理解しようと試みるライトであるが、その間にもカノンはライトの手を引いて先へと進んでいく。

 すると、トンネルを抜けた先に、驚きの光景が広がっていた。

 

「……わあ……」

 

 ライトは思わず、口をポカンと開いて茫然とする。なぜならば、目の前に広がっている光景が、今迄見た景色の中で最も美しいと思える光景であったからだ。

 一言に行ってしまえば、大きな庭。

 だが、舗装された道の周囲には、青々と茂っている木が立ち並んでおり、規則的に在る花壇には椿が赤い華を咲かせていた。美しい自然の先には、噴水が置かれている池があり、開けた空から降り注ぐ日の光を不規則に反射していた。

 

 木葉を揺らすそよ風が、心地よく肌を撫でていく。カノンはライトの手を放し、気持ちよさそうに体を伸ばす。

 

「う~ん……ふう! やっぱり、ここは気持ちいいなァ~!」

「……うん」

 

 眩しさに目を細め、そのままこの場所の心地よさに身を任せ、瞼を閉じる。

葉が揺らめく音。水の流れる音。風の吹く音。それらすべてが、視界を零にしたライトの鼓膜を優しく揺らしていく。

この場所だけ、アルトマーレという町から切り離された空間のように思えてくるほど、緩やかな空気が身を包み込んでいく。

 

自分と同じようにこの場所を気に入ってくれたように見えるライトを見て、カノンは『連れてきてよかった』と思う。

 

「……ここ、“秘密の庭”って言って、私達の一族が先祖代々守ってきた庭なんだって」

「え? そんな場所に僕を連れてきてよかったの?」

「うん。ライトなら、他の人に簡単に言わないと思ったから」

 

 そう言い切るカノンに、ライトはどこか心にむず痒い感覚を覚える。今のカノンは言葉は、自分に対する信頼のようなものに感じ取れた。

 この庭がどれだけ重要かは解らないが、この五年間で一度たりとも言っていなかったことから、よほど重要な場所であることは理解した。それでも、この少女は自分を信用してこの場所に連れてきてくれた。

 嬉しいような、恥ずかしいような、何とも言えない感情がライトの心を支配する。

 

 そんなライトの横で、カノンは右手を口の横に当てて、何かを呼ぼうとする。

 

「ラティアス――! ラティオス――!」

「ラティ……?」

 

 聞き慣れない単語に、ライトは『そんなポケモン居たかな?』と首を傾げる。開けた空間にカノンの呼び声が響き渡ると、途端に風が吹いて、先程よりも大きく木葉を揺らす。

 まるで何かが木々の間を縫って飛んだように、順に木葉が揺れていく。

 

 少し待つと、二人に少し強い風が吹く。

 その瞬間に、二人の前に赤と青のポケモンが現れる。突然現れたことに対し、ライトは驚きを隠せない。遠くから徐々に近付いてきたなら、ここまで驚かなかっただろうが、二体のポケモンの登場の仕方は、まるで瞬間移動のように一瞬だった。【エスパー】タイプのポケモンであれば、“テレポート”という技で一瞬の内に姿を現すことが可能であり、さらに元より透明になれるポケモンであれば、透明のまま近付けるという考えに至り、どちらかであろうとライトは一先ず納得する。

 

 二体のポケモンは、赤が基調か青が基調かの違いであり、体のフォルムは良く似ている。どちらも戦闘機のようにシャープな曲線を体で描いており、体から横に飛び出している翼を羽ばたかせる事無く、宙をふよふよと浮いている。

 どちらも胸に三角形の模様があり、その色は二体の色が対になるように染まっている。

 

 赤い方の目は、クリンと大きく、可愛らしい金色の瞳が覗いており、青い方の目は鋭く、凛とした紅い瞳が覗いている。

 体の大きさ的に言えば青い方が若干大きく、二体を比べたときに、青い方が兄のような雰囲気であるとライトは感じた。

 

 二体のポケモンに興味津々で見入っているライトに、カノンは二体のポケモンの間に立つ。

 

「この二体は、秘密の庭に住んでいるポケモンで、赤い子がラティアス。青い方がラティオス。アルトマーレで護神(まもりがみ)って言われているのは、この二体のポケモンの事なの。因みに、ラティオスがお兄ちゃんで、ラティアスが妹なの」

「ラティアスとラティオス?」

 

 ポケモンの名前を聞いた後、ライトは二体のポケモンに目を向ける。すると、ラティアスがライトの周りをクルクルと飛び回る。

 その行動に、どこか親近感のようなものを感じ、首を傾げる。そんなライトを横目にカノンは飛び回るラティアスにキッとした視線を向ける。

 

「ラティアス! 私に化けて、ライトの事からかったでしょ!?」

「え!?」

「! ……クゥ~~……」

 

 驚くライトの横で、ラティアスは『ばれたか!』というような挙動を見せて、少し落ち込んだように項垂れる。

 

「それでライト落ち込んじゃったんだから! やり過ぎ!」

「クゥ~ン……」

 

 まるで子供を叱るように声を上げるカノンに、ラティアスはどんどん目じりに涙を溜めていく。ラティアス本人は、そこまで悪意があってやったことではなかったので、友達であるカノンにここまで怒られるとは思っていなかったのだ。

 うるうるとした瞳で、ライトに視線を向けるラティアス。

 

―――悪戯された側なのに、何故かすごく申し訳なくなってしまう。

 

 苦笑いを浮かべるライトの横で、ラティオスが呆れた顔でため息を吐いている。そしてそのままライトの肩にポンッと手を置くのは、『妹を許してやってほしい』とでも言っているかのような様子である。

 子供心で行ったということは理解出来たので、このままラティアスが責められるのは可哀相である為、とりあえず今にも泣き出しそうなラティアスの頭を撫でる。

 

「ラティアス、泣かないで。気にしてないから……ははは…」

「! クゥ~!」

 

 慰められた事にラティアスは喜び、すりすりとライトに頬ずりする。愛らしい挙動に、ライトは悪戯されたことを忘れ、笑顔でラティアスの事を撫でる。

 肌触りの良い羽毛に触れると、ひんやりとした体温が手に伝わり、それが心地よくさらに頭や首などを撫でる。

 そんな微笑ましい光景にカノンは怒るのを止めて、静かに二人を見つめていた。一先ず、これで一件落着と言ったところだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 秘密の庭と呼ばれる広大な土地で、ライトの手持ちと元々住んでいたポケモン達が戯れていた。

 この庭には、ラティオスとラティアス以外に、マリルやオタチ、ウパー、ヤンヤンマ、ポッポなど小さなポケモン達が住んでおり、水路にはトサキントやテッポウオなどのポケモンも住み着いているのが見えた。

 

 ライトとカノンの二人は、ポケモン達が戯れている光景を近くの芝生の上に座りながら眺めていた。

 

「ねえ、ライト。カロス地方に留学するんだっけ?」

「うん」

 

 ふと思った事を口にするカノン。それに対しライトは、ヒトカゲとストライクが庭に住み着いているポケモン達が戯れている光景を眺めながら答える。

 しかし、その視線はどこか別の遠くを見ているように見えたのは、気のせいではなかっただろう。

 

「向こうに行って、何したい?」

「そうだなァ……やっぱり、手持ちと旅に出て、向こうのポケモンリーグに出場して優勝したいな」

「優勝って事は、チャンピオン?」

「そういうことになるね」

 

 カノンはライトの言葉を聞き、フフッと笑う。それに対し、ライトはむっとした顔でカノンの方に視線を向ける。

 

「……何? 無理とか思ってるの?」

「……ううん。頑張って欲しいなぁって……」

 

 カノンの言葉に、ライトはむっとした顔を止める。それは、今の彼女の表情が本当に自分を応援してくれているようなものであったため、ふて腐れるのは失礼だと思ったからだ。

 チャンピオンになる―――それは並大抵の事ではない。具体的にチャンピオンと言っても、二通りある。一つは、その年に行われるポケモンリーグでの優勝者という意味でのチャンピオン。そしてもう一つは、その優勝者に与えられる挑戦権で挑める、四天王との四連戦の後に、現チャンピオンと戦って勝利した際に得られる、『地方最強』という意味でのチャンピオン。

 

 ここで言っているライトのチャンピオンは、前者の方である。出来れば後者の方にも挑んでみたいというのが本心であるが、前者の方のポケモンリーグと、後者の挑戦権を得て挑戦できる四天王とチャンピオンとのバトルには、六か月の期間が在る。その為、三か月留学のライトには、必然的に片方しか出られないのである。

 

 尚も、後者は前者で得られる権利を得ていないと挑戦出来ないので、元より挑戦は不可能である。幸いだったのは、現在三月の初めであるのに対し、カロス地方のポケモンリーグ開催が六月中旬であったことだろう。

 

「……僕、頑張るよ」

「うん。頑張ってね」

「「……」」

((何話せばいいんだろう……))

 

 思った以上にしんみりとした空気になり、二人は言葉を失い沈黙する。余りにも気まずいので、何か話そうとしても口をモゴモゴさせるだけであり、何の進展も無い。

 だが、カノンはハッとしたように口を開いた。

 

「い、何時くらいにアルトマーレを出発する感じ? アサギを出るのは一か月後位って、ライトのお姉さんは言ってたけど……」

「え? あ、えっと……多分、ヨシノシティからアサギシティに行く時間とかもあるから、二週間前くらいには出るんじゃないかなァ…」

「へえ~……」

 

 つまり、約二週間後には出発すると言う幼馴染に、どこか寂しいような気持ちが生まれる。

 だが、彼の夢は応援してあげたい。

 そんなことを思いつつ、カノンは視線を庭のポケモン達の方に向けた。そんなカノンを見たライトも、再び自分の手持ち達が居る方へ目を向ける。

 

 その後、二人は日が暮れるまで穏やかな時を共にしたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 後日。

 ブルーがマサラタウンに住んでいる母の下へ行くために、アルトマーレを後にすることになった。

 そしてライトとシュウサクは、ブルーを見送るために港の桟橋に来ていた。

 

「じゃあね、ライト! パパ! 元気にね!」

「うん。姉さんも元気に!」

「母さんにもよろしく言ってくれ」

 

 端的に別れを告げるブルーに、二人は笑顔で対応する。別れも済み、いよいよ船で出発かと思いきや、ブルーはハンドバッグの中をごそごそと探る。

 

「姉さん、どうしたの? 忘れ物?」

「ふっふっふ……そう思うか? 少年よ……」

「え? 何?」

 

 急に芝居がかる姉に、ライトは困惑の表情を隠せない。そうしている内に、ブルーはハンドバッグの中から包装紙に包まれている箱を取り出した。

 それを『はい♪』と言いながらライトに手渡す。重くは無いが、軽くも無い。何が入っているのかと、ライトは箱を凝視する。それで中身が見える筈もないが、包装紙に包まれていることもあり、それなりの物が入っているのではないかと想像する。

 

「旅に必要かと思って、最新版のポケギア買っておいたから!」

 

 “ポケモンギア”、略してポケギア。簡単に説明すると、携帯電話のような物である。しかしカードを使うことにより機能が拡張され、マップやラジオなども使えるようになり、ここ最近ではカントー地方やジョウト地方で普及し、旅のトレーナーには必需品となっている。

 それを受け取り、ライトは嬉しそうに笑みを見せる。

 

「うわぁ~……ありがとう、姉さん! 大事にするよ!」

「いいって事よ……じゃ、グッドラック☆」

 

 弟の嬉しそうな顔を脳裏に焼き付けたブルーは、早速船に乗り込む。

 これでまた姉としばらく会えなくなると思うと、それなりに寂しくなってくる。破天荒な姉で、少し面倒だと思う時もあるが、結局は家族で一緒に居る方が楽しいのであった。

 そんなことを実感しながら、今まさに港を出ようとするブルーに手を振ると、ブルーも手を振って応える。

 そうしている間にも、船のエンジンが始動し動き始める。

 

「じゃ! しっかり準備して、留学楽しんでね――!!」

「うん! 頑張るよ―――!!」

 

 だんだん遠のいていく姉に、ライトは精一杯の声で答えた。

 次第に遠ざかっていく。

 やがて、船が米粒ほど小さく見えるほど遠くに行くまで、ライトは手を振っていたのであった。

 



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第八話 どくけしは多く買っておいた方がいい

 自分は、ホウエン地方という場所で生まれた。

 海の多い、温暖な気候の地方であった。自然も多くあり、自分にとっては過ごしやすい、いい環境であった。

 自分は、水の中で暮らすポケモンであるのに泳ぐスピードは遅く、もし足の速い敵にでも襲われてしまったならば、すぐにでも捕まってしまうだろう。

 だが、同じ場所で生まれた仲間たちが居り、幸いにも木々が生い茂り隠れられる場所の多い川で生まれたため、敵に襲われることは少なかった。

 

 だが、自分の平穏な生活はそう長くは続かなかった。

 突如、大量発生したある魚ポケモンによって住処を破壊され始めたのである。鋭い牙を覗かせる、青と赤の体に、黄色いヒレを有すポケモン。性格は凶暴で、元々自分達の住処であった場所を自分達の縄張りにすべく、そこに住んでいたポケモン達を襲い始めたのであった。

 自分は、泳ぐスピードも遅く、尚且つ戦う力も無い。

 

 だから、逃げるしかなかった。

 どんどん下流に逃げていき、気付いた時には海だった。

 仲間ともはぐれ行くあてもなく、海を何か月も放浪していた。時には、ドククラゲに襲われ、時にはホエルオーに飲みこまれそうになり、時には機嫌の悪かったキングドラに襲われたりもした。

 しかし、そうしている内に、ある大陸のようなものを見つけた。少し水面から顔を覗かせると、それは海の上にそびえ立っている町であることが判明した。

 

 美しい町だ。人も、ポケモンもイキイキしている。

 こんな場所で、自分も伸び伸びと暮らせたのならば、どれだけいいだろうか。

 そう考えている内に、長旅で溜まった疲労と空腹が急に襲いかかってくる。何か食べられるものが無いかと辺りを見回してみた。するとすぐ目の前に、美味しそうな匂いがするものがプカプカと水中を漂っているではないか。

 

 それに向かって、一目散に食いついた。だが、次の瞬間に体を引き上げられた。

 

―――しまった。

 

 まんまと釣り人の針にかかった。為す術なく引き上げられると、そこには興味津々な少年と少女がこちらを見ながら話をしている。

 釣り上げたのは少年だろう。その背後には、誰のかは解らないがポケモンが二体居る。

 このまま何をされるのかと身構えている内に、少女はどこかに走り去って行った。そして少年と目が合い、何秒か見つめ合うことになった。

 すると少年は、何かを差し出してきた。それから漂ってくるのは美味しそうな香り。空腹であるため、お腹に入るものであれば何でもいい。そのような考えで、少年の差し出した物に口を付けた。

 

 その時、衝撃が奔った。

 この世には、こんなに美味しいものがあったのかと。刺激的な舌触りに、鼻を抜ける爽快な香り。そして口全体に広がるほのかな甘み。

 口の中に注がれた分を全て飲み干し、甘みの中に隠されていた酸味に体を震わす。まだないのかと催促してみようと、ヒレをパタパタをはためかせる。

 それを見て少年は、自分に笑顔を見せてくれた。

 

―――ひょっとしたらまだくれるのかもしれない。

 

 そう思って身構えていた。しかし、後方で轟いた音に驚き、反射的に水の中に自分は逃げて行ってしまった。ちらりと横を見ると、そこに居たのはギャラドスであった。

 到底自分の敵う相手ではない。その気になれば、自分は一口で食べられるかもしれない。そう考えたら、少年から貰う美味しい物などどうでもよくなった。

 

 だが、逃げている間に、こう思ったのだ。

 

―――もう一度、あれを味わってみたい。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うぉう……」

 

 ライトは目の前の海の光景を見て、戦慄していた。それは、海一面に漂う青いブイのようなものが原因であった。勿論それはブイなのではなく、赤い水晶のような物も見受けられることから、『メノクラゲ』や『ドククラゲ』であると推測される。

 一面に漂うその数は、凄まじいものであった。百は優に超えるだろう。それがアルトマーレの沿岸部にびっしりと漂っていたのだ。

 

 所謂、大量発生であろう。異常気象等で、このアルトマーレに漂ってきたのだと考えられる。これは研究者の父の受け売りの言葉であるが、大方間違いではないだろう。

 留学に必要な物を一通り揃え、一息吐きに釣りでもしようと考え桟橋に来たらこれである。

 住民達も、『どうしたものか』とちょっとした騒ぎになっているではないか。今は海一面であるからいいものの、これが町の移動用の水路に入られてしまったのならば、住民達の移動が阻害されてしまうことが容易に想像できる。

 

 メノクラゲやドククラゲは、【みず】と【どく】の複合タイプであり、毒を持った触手で相手を攻撃するのが基本である。一体一体の毒は微々たるものでも、これほどの数に襲われでもしたら一たまりもないだろう。

 さらにドククラゲは、水ポケモンの中でも意外と強い部類に入る。苦手な【でんき】タイプの攻撃でも、生半可な攻撃ではドククラゲの優秀な【とくぼう】の前に打ち伏せられるだけである。

 

 つまり何を言いたいのかと言うと、メノクラゲとドククラゲを沿岸部から離すのは、かなりの重労働になるということである。

 このままでは、アルトマーレに住む水生ポケモン達に被害が出てしまう。それを未然に防ぐためにも、一刻も早くこの二種類のポケモンを沿岸部から遠ざける必要がある。

 

「う~ん……しょうがない。ギャラドス―――!!」

 

 ライトの手持ちに水ポケモンは居ない。だが、指示を聞いてくれる野生ポケモンなら、何体か知っている。

 その中でも、ドククラゲに負けない実力を持った個体が居る。

 

―――そう、『きょうあくポケモン』ギャラドスである。

 

 あの進化前の弱弱しい外見とは裏腹に、進化すれば強大な力を持つポケモンだ。

 

「グオオオオ!!」

 

 ライトの呼び声に反応したギャラドスは、大きな水柱を立てながら水面から巨大な体を露わにする。

 その際に、波打つ海面に身を任せてメノクラゲ達もフヨフヨと流されていく。そんなメノクラゲを余所に、姿を露わにしたギャラドスは桟橋に居るライトの元へと泳いでくる。

 

「グオ?」

「ギャラドス。“ほえる”で、メノクラゲ達を遠くの方に追い払ってくれない?」

「グオ!」

 

 ライトの指示を受けたギャラドスは、意気揚々とメノクラゲ達の方向に顔を向ける。そして息を深く吸い、何拍か置く。

 

―――グオオオオオオオオオ!!!

 

「「「!!」」」

 

 ギャラドスの猛々しい咆哮に、メノクラゲ達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ライトの指示に従って繰り出した為、メノクラゲは綺麗に町から遠ざかっていくように泳いでいくか、海中に潜るようにして姿を消していく。

 

 “ほえる”は、強制的に野生のポケモンとの戦闘を終了させる技である。要するに、野生のポケモンを驚かせて逃げさせる技である。

 野生のポケモンとの戦闘であればそれだけの技であるが、トレーナーとのバトルであると効果は少し違う。トレーナーとのバトルの際に使うと、バトルに出ているポケモンを強制的にボールに戻し、尚且つ相手の控えを強制的にバトルに駆り出すという効果を有しているのだ。

 前者はともかく、後者については今関係ない。

 

 ここで、ギャラドスの特性に関して説明しよう。まず、特性とはポケモンに必ず備わっているものであり、ポケモンによって千差万別。さらに同じ種であっても違う特性を持っている場合もある。この特性は、ポケモンが生きていく為に、そして生存競争に勝ち抜くために有しているものであり、それはポケモンバトルにも影響してくる。

 そしてギャラドスの特性は“いかく”。相手の【こうげき】を一段階下げる特性である。さらに、フィールドにおいては自分よりレベルの低いポケモンの出現率を下げるというものであり、『きょうあくポケモン』と呼ばれるのも納得できる特性をギャラドスは有しているのだ。

 今の“ほえる”で多くのメノクラゲが逃げていったのも、“いかく”による相乗効果が働いたものだと考えられよう。

 要するに、この場面において効果覿面という意味である。

 

「よし! これで、一先ずだけど大丈夫かな……ありがと、ギャラドス!」

「グォウ♪」

 

 ライトの労いの言葉に、ギャラドスは笑顔で応対する。

 強面だが、意外とチャーミングなのがこのギャラドスである。コイキングだった頃が懐かしいと、ライトは考える。

 

「う~ん……他のポケモン達が、メノクラゲとかの毒を喰らってなければいいんだけど…」

 

 一先ず、メノクラゲ達を追い払ったとは言え、あくまでその場凌ぎの行動であることをライトは理解している。こういうものは、ポケモンリーグ協会なる組織が対策や人材の派遣を行って事態の終息を図るものである。

 しかし、それには時間がかかり、尚且つアルトマーレはジョウト本土から離れている場所にあるため、どうしても対策に時間がかかる。

 だがそうしている間にも、被害が広がるのは事実である。主に、生態系への影響などが心配されることであり、メノクラゲやドククラゲの毒をアルトマーレ近海に住んでいるポケモン達が喰らってしまったならば由々しき事態である。

 

 もしかしたらと思い、ライトは海を見渡す。

 

「……ん? あれって……」

 

 日光が海面を反射して、一瞬よく見えなかったが、確実に海面に漂っている魚のようなポケモンが一匹見える。

 それを確認したライトは、一目散にギャラドスの背中に飛び乗る。

 

「ギャラドス! あそこに向かって!」

「グオ!」

 

 滑らかな動作で尾びれを動かし、ギャラドスはライトの指示した場所に向かって泳ぎ始めた。

 だんだん近づくと、そのシルエットにライトは心当たりがあることに気が付いた。以前、自分がサイコソーダを飲ませてあげたポケモン。父は、そのポケモンの名前を『ヒンバス』と呼んでいた。

 そのポケモンが、青ざめた顔で海面にプカプカと浮いているのである。

 

「まさか……毒を!?」

 

 途中からは引き上げる為にギャラドスの背から飛び降り、海の中に飛び込む。そしてクロールで泳ぎながら、ヒンバスの元へと寄る。

 

―――やっぱり!

 

 ヒンバスは素人目から見ても、かなり衰弱していることが窺えた。このまま何も治療を施さなければ、死んでしまうだろう。

 毒は時間が経つごとに、受けているポケモンにダメージを与える。そしてそれが、自然に治ることは無い。自然界では、“モモンの実”という木の実を食べるしか解毒する方法がないだろう。

 しかしここは海。そんな物在る筈がない。

 

「……そうだ!」

 

 あることを思いついたライトは、肩に掛けていたショルダーバッグから空のモンスターボールを取り出し、おもむろにヒンバスに当てて捕獲する。

 赤い光に包まれ、ヒンバスはボールの中へと一瞬で消えていく。

 

 ポケモンには不思議な能力がある。それはタイプや特性の話ではない。全てのポケモンに共通する話である。

何故、人間の手の平サイズから、建物ほど巨大な背丈のある千差万別のポケモンが、等しくこのモンスターボールに入ってしまうのか。それは、ポケモンが極度の衰弱状態に陥った際に、自分の体を小さくするという習性があるのだ。それこそ、このモンスターボールにすっぽりと収まってしまう程に。

この小さくなる習性―――本能を利用したのがモンスターボールの起源である。縮小している間は、本能的に自分の延命に入っている状態に等しいため、毒を受けているポケモンでも死に至ることは無いと証明されている。

つまり、ボールに入れてさえいれば、毒で死んでしまう確率は格段に下がる。

 

「ギャラドス! 僕を桟橋の方に!」

 

ボールにヒンバスが入ったのを確認し、ライトはギャラドスを呼び寄せ、そのまま背びれに掴まる。それを確認したギャラドスは、凄まじい速度で桟橋の方に泳いでいく。ライトの切羽詰った声から、急ぐべき状況であることを察したのだろう。

ものの一分で、ライトはもと居た桟橋までギャラドスに連れていかれる。そしてギャラドスの背を伝って桟橋に上り、服から海水が滴るのも気にせずにアルトマーレにあるポケモンセンターまで行こうと駆け出す。

 

 

 

***

 

 

 

―――テン、テン、テテテン♪

 

「はい。お預かりしたポケモンは、元気になりましたよ」

「ありがとうございます、ジョーイさん……くしゅん!」

 

 ライトは、ジョーイからモンスターボールが一つだけ入っている箱からボールを取り出そうとするが、思わずくしゃみをした。

 今、ライトは上半身にタオルを被っているが、上に着ていた服は脱いでいた。今はポケモンセンターに備わっている乾燥機で乾かしてもらっているのだ。

 

「ラッキー」

「あ、ありがとう…ラッキー」

「ラッキー」

 

 横から、お盆の上にカップを乗せているラッキーが近付いてきて、飲み物をライトに進める。中身を見る限り、ホットミルクであろう。

 真ん丸く、ピンク色の体。お腹には一つ、大きな卵を有しているポケモン。それがラッキーというポケモンである。カントーとジョウトであれば、ポケモンセンターでお目に掛かれるお馴染みのポケモンである。

 そんなラッキーが持ってきてくれたホットミルクに口を付け、手に取ったモンスターボールを見つめる。

 

(この子どうしようかな……?)

 

 成り行きで捕まえたポケモンであるが、こうしてポケモンセンターで治療を施したからには既に自分が手元に置いておく必要はない。

 だが、ここ最近アルトマーレに来たばかりの種類のポケモンを手放すと言うのは、子供心にもったいないように感じた。

 

(……よし)

 

 するとライトはおもむろにボールからヒンバスを出す。中からは、毒も消えて血色も良くなったヒンバスが、『何事か』と辺りをキョロキョロと見回す。

 恐らく意識は海に居た時に無くなっていたため、気付いたらボールの中に閉じ込められていたというような感覚だったのだろう。少しオドオドしていたヒンバスであったが、目の前に一度会ったことのある少年が居る事に気づき、じっと目を合わせる。

 

「こんにちは!」

「ミ」

 

 笑顔を見せるライトに、ヒンバスは特に敵意を見せる様な様子は見えない。それを理解し、ライトは本題へと入っていく。

 

「僕、ライトって言うんだ。さっき毒を受けてた君をポケモンセンターに連れてくるのに、一回ボールで君の事捕まえたんだ」

「ミ」

「それで今更なんだけど、僕の手持ちになってくれないかな?」

 

 その言葉に、ヒンバスは硬直する。微動だにしないヒンバスに、自分が何を言っているのか理解出来ていないのかと言う懸念が生まれてくる。

 少し待つライトであったが、ヒンバスの答えは至って簡単なものであった。

 

「ミ!」

 

 満面の笑みを見せるヒンバス。

 そんなヒンバスに、ライトは右手を差し伸べて頭を撫でる。

 

「よろしく!ヒンバス!」

 



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第九話 憧れと理解が一致するには、それなりの時間が要る

 ヒンバスを手持ちに入れてから、あっという間。

 秘密の庭で、手持ちのポケモンやラティオスやラティアス達と戯れていた。ヒトカゲとも、ヒンバスとも仲良くなれ始めていると、僕は勝手に思っていた。

 

 ヒンバスはああ見えて女の子らしい。秘密の庭の池に放してあげると、よくラティアスと一緒に遊びまわっていた。

 

 一方で、ヒトカゲは何かあるごとにストライクに突っかかっていたというか……。何やら、二人とも闘志のようなものを燃え滾らせていたと感じがする。

 因みに、二人とも男の子だ。

 

 そんな感じで、僕は手持ちのポケモンとこれからの旅に備えて、色々交流を深めていっていた。

 

 

 

―――そして今日が、旅立ちの日。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うっ……うっ……ライト! 元気でやるんだぞ!!」

「ははは……そんな泣かないでよ、父さん。どうせ、三か月なんだから」

 

 息子の目の前で号泣する父に対し、ライトは苦笑いを浮かべていた。そのライトの目の前には、父・シュウサク以外にも、ボンゴレやカノンが見送りに来ていた。

 右手には、留学の為に用意しておいたキャリーバッグを携えており、さらにショルダーバッグも一つ体にかけている。しかし、キャリーバッグについてはヨシノシティに着き次第、ポケモンセンターに預けてアサギシティに郵送で送ってもらう手筈になっている。

 

 ヨシノシティからアサギシティまで、ライトは徒歩で向かうつもりなのである。その為に、キャリーバッグなどを持っていたらかなりの大荷物となり、支障が出るだろう。

 

 一通りの流れは、既に頭の中に詰め込んでいる。

 だが、次のシュウサクの一言で、少しだけ流れは改変させることを余儀なくされた。

 

「お…そうだ、ライト。確かブルーが、ヨシノシティにお前の旅の案内人として用意してくれた人が居るらしい。その人はポケモンセンターに居るらしいから、会ってみてくれ」

「え? 何それ、初耳なんだけど……」

「お前も向こうも知ってる人らしいから、会えば向こうから話しかけてくれるだろ」

「う……うん。分かった」

 

 少し納得いかない顔をしながらも、折角姉が用意してくれた人ということなので、無下にも出来ないと言う考えを持って頷く。

 『ライトも向こうも知っている人』と言われたが、ライト自身思い当たる人物が浮かび上がってこない。そうして首を傾げている間にも、カノンがライトの下にやって来る。その右手には、何やら紙のようなものが包められていた。

 

「ライト、これ。この前のバトルの奴……向こうに行っても頑張ってね」

「カノン……ありがと! 頑張るよ!」

 

 渡された紙を開けると、そこにはライトとストライクの姿が綺麗に色づけされて描かれていた。

 ライトが笑顔を向けると、カノンも少し恥ずかしそうに頬を掻く。その光景を後ろでシュウサクとボンゴレが、『若いっていうのはいいもんですな』などと呟きながら見ている。

 

 そして遂に、旅立ちの時が来た。

 ライトがヨシノシティに行くための小舟に乗り込むと同時にエンジンがかかり、海面に波を立たせながらアルトマーレの町から離れていく。

 手を振ってくれる父や幼馴染に、同じく手を振りかえす。

 

―――父さん、カノン、ボンゴレさん。

 

―――僕、頑張るよ。

 

―――チャンピオン目指して!

 

 

 

 ***

 

 

 

 『ヨシノシティ』

 可愛い花の香る町。海と豊かな木々に挟まれており、住む人も穏やかな性格の人達が多い。東にはワカバタウンがあり、そこにはポケモン研究に携わっているウツギ博士が居を構えている。

 ライトは連れてきてくれた人に礼を言って舟を降り、深く深呼吸をする。

 アルトマーレとは違った自然の香りに、ライトの心もウキウキと胸を高鳴らせる。ここも海に面している町ではあるが、遠くに存在する山を見る限り、近くには木などが多く生い茂っているのだろう。その為、アルトマーレでは感じることの少ない大地の香りのようなものが、鼻孔を刺激する。

 

「う~ん……気持ちいいなァ!」

 

 深呼吸を終えると同時に、思ったことを伸び伸びと言い放った。

 その次に、早速最初の目的地であるこの町のポケモンセンター目がけて歩み出す。その際に、ヒトカゲをボールから出し、連れ歩きのような状態になる。

 

「どう? ヒトカゲ」

 

 ライトの問いに、ヒトカゲは大きなあくびを返す事で応えた。

 ライトの手持ちになって以来、毎朝コーヒーを飲んでいるヒトカゲであるが、カフェインの効果は如何に。

 それはともかく、二人はまずは町の図が載っていそうな案内所のようなものを探そうとする。

 

「どこかな~……ん?」

「ピカ」

 

 二人の目の前に、一体のポケモンが現れた。

 黄色い体。ギザギザの尻尾。頬にある赤い丸。円らな黒い瞳。

 

「……ピカチュウ?」

「ピッカァ!」

 

 目の前のポケモンの名前を口にすると同時に、ピカチュウはさも『正解!』とでも言う様に、右腕を空に向けて掲げる。

 

「へ~……可愛いなぁ~!」

「ピカッ!」

「え? ちょ……」

 

 ピカチュウを抱き上げようとしたライトであったが、ピカチュウは向けられた腕を掻い潜り、一瞬の内にライトの頭の上に昇ってくる。頭頂部に乗りかかられたことにより、ライトは少し辛そうな表情を浮かべる。

 幾ら小さいポケモンとはいえ、ピカチュウの平均体重は六キロある。大人ならば大して問題ないだろうが、十二歳の少年にしてみれば六キロの物体は重い。そして、首にくるであろう。

 

「ピッカァッチュ!」

「何?」

「チュッピッカァ!」

「いたたた!」

 

 呆気にとられているライトに、ピカチュウは可愛らしい手でぺちぺちとライトの額を叩く。そして、もう片方の手で、とある方向を指差す。

 その意図されたと思える行動に、ライトはピカチュウが何かを伝えようとしているのではと考える。そもそも、いきなり会ったポケモンがここまで人間との接触を図ってくるのか。誰かの手持ちであれば人に慣れていることも納得できるが、何やらそれ以上のものを感じる。

 

(あれ……? このピカチュウ、会ったことあるかな?)

 

 まるで、久しぶりに親戚に会った子供のようなピカチュウの態度。そのような感覚に、ライトは今までピカチュウに会ったことがあるか思い出す。

 すると、一回だけピカチュウに会ったことがあると思い出す。

 

(……いや、それはないだろ~……)

 

 だが、その人物の手持ちがここに居るとは思えないため、その予想は外れていると勝手に思い込む。

 そうしている内にも、ピカチュウはライトの額をぺちぺちと叩き続けている為、いい加減その指示に従って進むことにした。

 

 

 

***

 

 

 

「――……あ、ポケモンセンターだ」

「ピッカァ!」

 

 ピカチュウの指示に従って進んでいる内に、ライト達は目的地であるポケモンセンターに辿り着くことが出来た。

 それと同時に、ピカチュウはライトの頭の上からぴょんと飛び降り、次にポケモンセンターの自動ドアを指差す。

 

「案内してくれたの?」

「ピカ!」

 

 ライトの問いに、ピカチュウは大きく胸を張って応えた。

 どうやらこのピカチュウは、ライト達をここまで連れてきてくれたのだろう。それはつまり、ブルーの用意してくれた旅の案内人の手持ちであるこのピカチュウが、船着き場まで迎えに来てくれて、落ち合う予定になっているポケモンセンターに連れてきてくれたということになるだろう。

 

「へぇ~…ありがとね、ピカチュウ!」

「ピッカァ!」

 

 ライトが頭を撫でると、ピカチュウは嬉しそうに笑顔を浮かべる。それを見ていると、ライト自身も自然と笑顔が浮かんでくる。

 だが、次の瞬間にライトの足に衝撃が奔る。

 

「痛い!?」

「……カゲ」

 

 咄嗟に振り返ると、そこにはふて腐れたような顔をしているヒトカゲの姿が在った。そしてそれで、大体のことを察した。

 どうやらこのヒトカゲは、自分が誰の手持ちかも分からないピカチュウにべた惚れしているのが気に食わなかったらしい。その為、腹いせに軽くキックを自分にかましたのだろう。

 

 中々可愛い嫉妬であるが、これでヒトカゲとの心の距離が若干遠くなったことに、ライトは苦笑いを隠せない。

 後で、コーヒーを買ってあげようと考えながら、ライトはポケモンセンターの中に入っていく。

 

「ピッカ!」

「…お帰り……ピカチュウ」

 

 自動ドアが開くと、ライトの横を歩いていたピカチュウが一気に駆け出し、中に居た一人の青年の肩に上っていく。

 青年は気だるそうな小さな声を発しながら、ピカチュウの頭を撫でて労う。おそらくこの者が、ピカチュウのトレーナーなのだろう。

 赤が基調となっている帽子の影からは、艶のある黒髪が見えている。背はライトよりも頭一つ分大きく、百六十センチは超えているだろう。黒いシャツの上に、赤と白のYシャツを羽織っており、下はシンプルな青のジーンズを穿いている。黄色いバッグを背負っており、多くの物が入っているのかバッグはパンパンに膨れ上がっていた。

 肌は白く、まるで女性のようにきめ細やかな肌であるが、所々から覗く腕は細いながらも筋肉質であるので、男であることが窺える。

 帽子のつばからは、紅い瞳が気だるげに覗いており、ライトをじっと見つめていた。

 

「……久し振り」

「え……久し振り……なんですか?」

「……うん。でも、会ったのは三年前で一回きりだし、俺も君のビジョンが曖昧だったから……ライト君だよね」

「は……はぁ」

 

 ライトは、目の前の青年が誰なのか脳みそをフル回転させて思い出そうとする。その中で、すぐにでも解りそうなのに上手く出てこないという状況にもどかしさを隠せずに、頬には一筋の汗が流れる。

 それを見かねた青年が、もしやと思って帽子を取ってみせる。

 

「……もしかして、俺のこと覚えてなかった?」

「あ……」

 

 帽子を取った瞬間、ライトは目の前に居るのが誰なのか理解した。

 先程のもどかしさは、言うなれば有名人をいつもテレビで見ているが、実際に会ってみるとはっきりしなかったときのそれである。

 つまり、目の前に居る人物はライトにとって『知り合い』と言うよりは『有名人』に近い存在の者。

 

「……ブルーに頼まれて君の案内をすることになりました……レッドです……よろしく……」

「……ああああああ!!?」

 

 次の瞬間、ポケモンセンター内にライトの大声が響き渡った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ごめんなさい、レッドさん。きゅ、急に有名人が目の前に現れたので……」

「……うん、気にしないで。只、大きな声を出されると、俺の心臓がキュってなるから、今度からは止めてね」

「は、はい……」

 

 ライトと『レッド』と名乗った青年は、ヨシノシティの広場のような場所のベンチに座って話をしていた。

 ライトが叫んだあの後、元カントー地方チャンピオンが居るのが知れ渡りちょっとした騒ぎになり、一先ずゆっくりと話せる場所を探してこの場所に辿り着いたのである。

 ガチガチに緊張しているライトに対し、レッドはミックスオレを片手に無表情で一息ついていた。

 

「……まあ、さっきも言ったけど俺が君の案内をすることになってるから、よろしくね」

「は、はい!」

「……そんな緊張しなくてもいいよ。緊張されると、コミュ障の俺には厳しいから」

「えっ……レッドさん……コミュ……え?」

 

 自分の事を『コミュ障』と言うレッドに、ライトは目を見開く。ポケモンリーグでパートナーと共に優勝に輝いたトップトレーナーとは思えない言葉である。

 未だに信じられないというような表情を浮かべるライトに、レッドは無表情のままライトに視線を移してグーサインをする。

 

「いや、何がグーなんですか」

「……何となく」

「は…はぁ……」

 

 先程会った時から声色が一切変わらないレッドだが、これが平常運転である。それは幼馴染であるグリーンやブルーなら知っているものの、余り会ったことのないライトからしてみれば、より一層緊張してしまう結果になる。

 その後、言葉の途切れる二人。

 日も落ち始め、町のはずれに居るであろうホーホーが鳴く。

 

「……とりあえず、今後の予定を話そうか」

「は、はい!」

「……明日、この町を出発して二日かけてキキョウシティに向かう……そして次の日に出発して、また二日かけてエンジュシティに向かって、また二日かけてアサギシティに向かう……っていう感じ……」

「はあ……」

「……もしもの時は、俺の手持ちで空を飛んで一気に行くから、遅れることはないから安心して…」

「あ、有難うございます!」

「……うん……大丈夫……もしこの任務が達成できなかった暁には、君のお姉さんに俺がしばかれることになるから、是が非でも君を送り届けるよ…」

 

(え、何? 脅迫されてる?)

 

 無表情で語るレッドであるが、最後の方は若干震えていたので、ブルーが何かしらの脅迫でもしたのかとライトは戦慄した。

 とりあえず二人は、今後の予定を確認し終えたのであった。

 

 

 

 レッドが なかまに くわわった!

 



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第十話 色々考えても最後はごり押し

 ポカポカとした暖かい日の下、二人の少年は多少整地されている道を進んでいた。整地されていると言っても、雑草が生えずに地面が曝け出されている道があるという程度である。

 町などではないため、コンクリートで舗装されていないは普通の事であろう。

 逆に考えてみると、町でないからこそこうして人が踏みしめて『道』が出来上がったのである。つまり、今迄に数えきれない程の人やポケモン達が、この道を踏みしめてきたのであり、只の道と言ってもそこには歴史がある。

 

「……そう考えてみると、一概に道って言っても、結構面白いと思わない?」

 

「そうですね! 逆に僕達が初めに歩いた道なき道が、後々に多くの人達が進む道になるかもしれないって思うと、興奮します!」

 

 こう語り合うのは、元カントーチャンピオン・レッドと、初めて旅に出る少年・ライトであった。

 会ったばかりでギクシャクするかと思いきや、意外と会話が弾み、こうしてテンポよく歩を進めていたのである。

 

 彼等が今歩いているのは、ヨシノシティから北に伸びている30番道路である。何の変哲もない、行ってしまえば普通の道路なのであるが、アサギシティまでプチ旅のような感覚でいるライトにしてみれば、これも初めての旅の一環。子供心を大きく揺さぶられるものがある。

 

 ライトがまだマサラに住んでいる頃は、ポケモンを一体も持っておらずポケモンの居る草むらなどには入ることを許されず、逆にポケモンを持っている時期にはアルトマーレに引っ越しており、草むらなどは目にしない生活を送っていた。

 そんな少年が、初めての旅の途中でポケモンが生息しているであろう草むらの近くの道路を歩いている際の、胸の高鳴りというものは想像できるであろう。

 

 ということもあり、普段よりも幾分かテンションの高いライトは、興奮気味でレッドと喋っていた。因みに、ヨシノシティに来る際に持ってきていたキャリーバッグは郵送でアサギシティに届ける為にポケモンセンターで手続きをしたので、現在は肩に掛けているショルダーバッグだけある。そのバッグにも、着替えや食料品など、様々な物が入っている為、パンパンな状態になっている。

 大分重い筈なのだが、ライトは特に気にしている様子を見せずに、会話に華を咲かせながら辺りを見渡している。

 

「そう言えば、ここら辺って結構人多いですね」

 

 ライトの言葉に、レッドも辺りを見渡す。

 まだ町を出たばかりである為、それなりに人はまだ見える。その中でも、たんぱん小僧やミニスカートなどの、ライトと同年代位の少年少女達が多く見受けられる。

 皆、己の手持ちと思えるポケモン達と遊んでいたり、所々ではバトルもしている。

 

「……次の町にはジムもあるし、特訓がてらにここでバトルしたり、ポケモンを捕まえたりっていう人も多いんじゃないかな」

 

「成程……」

 

 レッドの言う通り、二人が向かっている町であるキキョウシティにはポケモンジムがある。【ひこう】タイプを扱うジムであるキキョウジムは、リーグ公認のジムであるため、ポケモンリーグを目指す者達からしてみれば、一度は行くであろう場所だ。

 そのジムで勝つためには、やはりバトルで経験することが必要であるため、未来のライバルとも言える者達が、共に切磋琢磨しているのが、この場所であるということだろう。勿論、趣味の一環でバトルしている者も居る筈だが、強ち間違いでは無い筈だ。

 

 因みに、リーグ公認のジムは、各地方に八つ存在する。ポケモンリーグに出場するには、まずこの八つのジムに挑み、ジムバッジを全て揃える必要があるのだ。

 バッジを手に入れる方法は簡単。ジムに居る“ジムリーダー”なる存在に勝利すればいいのだが、初心者のトレーナーにしてみれば中々の鬼門である。

 ジムリーダーも、挑戦者の所持しているジムバッジの数で使用するポケモンの強さや数を調整するが、それでも中々勝てないというのがほとんどである。

 

 だからこそ、数か月以内に全てのジムバッジを手に入れたレッドやブルーの強さというのが際立つのである。

 

「なあ、お前!」

「ん?」

 

 突如、知らない少年に話しかけられ、ライトだけでなくレッドも反応する。

 振り向いた先には、帽子のつばを逆の方にして被る、元気の良さそうな少年が立っていた。服装は、辺りにちらほら見られる少年と同じで短パンである。

 

「俺、ゴロウって言うんだ! バトルしねえか!?」

 

 元気よく言いながら、ゴロウと名乗った少年はモンスターボールを見せつける様に取り出す。

 それを見てライトは、ちらりとレッドの方に振り向き、確認のようなものを取る。するとレッドは無言で頷いた為、バトルすることを了承したとライトは捉え、ゴロウと同じように腰のベルトからボールを取り出した。

 

「オッケー! 僕はライト! よろしく!」

「おう!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 互いの同意を確認した二人は、バトルの為に適当な場所に移動していた。短めな雑草が生えている至ってシンプルな草むら。

 天気が晴れなのもあり、燦々とした太陽の光が降り注ぎ、気持ちの良い場所である。見晴らしもよく、辺りに障害物になりそうな物も無い。

 もしこれがリーグ戦などであれば、いくつか設定されているフィールドの内のどれかで戦うのだろうが、今回はポケモンバトルで最も基本的なフィールドである“フラット”というところだろう。

 

 兎も角、障害物が無いというのは、トレーナーとしても実力がはっきりと出る。しかし、当の本人たちはそのような堅苦しいことを考えてはいない筈だ。

 

(お手並み拝見……)

 

 レッドは、両手の中でピカチュウを撫でまわしながら、ライトの実力を見ようと座ってスタンバイしている。

 曲がりなりにもブルーの弟。姉の才能が、弟にもあるかというのは、ブルーの実力を知っているレッドからすれば気になるところである。

 静かに見ていると、ゴロウがモンスターボールを一つ、宙に投げた。

 

「いっけー! コラッタ!」

 

 ボールの中から赤い光と共に出てきたのは、紫色の体毛を持つ、小さなネズミのようなポケモン。大きな耳と、くるんと渦巻いている尻尾。そして、口からはみ出している大きな歯が愛らしい。

 “コラッタ”。カントー・ジョウトのほぼ全域で確認出来る、誰でも一度は目にするようなポケモンである。

 見た目通りすばしっこく、その大きな歯から繰り出される一撃は、舐めて掛かった相手を痛い目に合わせることだろう。

 

(それに対してライト君は……)

「出てきて! ヒトカゲ!」

 

 ゴロウと同じく、ライトが天高く放り投げられたボールから出てきたのは、とかげポケモンであるヒトカゲであった。

 かなり身軽なのか、出てきた際に宙で一回転する様は、まるでサーカスに出ている者の如き身のこなしである。

 腕を組み、仁王立ちする姿はどこか威厳があるように思える。

 

「お願いしまーす!」

「……うん。審判は任せて」

 

 審判を任されたレッドは、右手を上げる。それと同時に、ライトとゴロウ、そしてヒトカゲとコラッタが身構える。

 

「……試合――」

「ピッカァ!!」

 

 バトルは、ピカチュウの元気のいい声により開幕する。同時に両者が手持ちのポケモンに指示を出したことにより、既にバトルが始まっていることは一目瞭然であろう。そして、レッドは上げていた右手をゆっくりと下げる。

 視線は、自分の手の中で満足気な顔をしている相棒に向けられていた。

 その視線は、どこか寂しげである。

 

「……ピカチュウ。俺の……役」

「ピカァ?」

 

 だが、可愛いので許す事にしたレッドであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「コラッタ! “たいあたり”!」

「コラッ!」

 

 ゴロウの指示を受けて、コラッタが勢いよく走りだす。目標は勿論、目の前に居るヒトカゲである。

 基本的な技の代表格である“たいあたり”は、自分の体を相手に思いっきりぶつける【ノーマル】タイプの技である。他にも【ノーマル】タイプで似通っている技で言えば、“はたく”や“ひっかく”があるが、体の一部分で攻撃を繰り出すそれらに対し“たいあたり”は体全体で攻撃を仕掛ける為、その分威力が高い。

 

「ヒトカゲ! “なきごえ”!」

 

 “たいあたり”に対し、ライトがヒトカゲに指示したのは“なきごえ”。指示を聞きとったヒトカゲは、迫りくるコラッタに対し幾分か可愛らしい鳴き声を発する。

 それと同時に、コラッタの大きな耳がピクリと動き、若干動きが遅くなる。

 だが、コラッタはそのままヒトカゲに激突する。

 

「そのまま抑えてから、“ひっかく”!」

 

 “たいあたり”をヒトカゲに喰らわせたコラッタであったが、“なきごえ”によって威力が減退した為、大したダメージにはならずに、逆にぶつかったタイミングで合わせられ抑え込まれる。

 がっちりと両腕で抑え込まれたコラッタは、あたふたとその場で足をバタつかせるが、抜け出すことが出来ない。

 そして、タイミングを見計らったヒトカゲが、目の前のコラッタに向けて右手を振り下ろし、“ひっかく”を繰り出す。

 

「コッ!?」

 

 抑え込まれた上に、タイミングを見計らって繰り出された“ひっかく”は、確実にコラッタを捉えた。小さい体で繰り出した一撃は、コラッタを数十センチ吹き飛ばすほどの威力であった。

 コラッタは、地面を滑った後に何とか立ち上がろうとする。

 

「コラッタ! 頑張れ!」

「ヒトカゲ! “ひのこ”!」

「カゲ!」

 

 コラッタにエールを送るゴロウであったが、コラッタが立ち上がる直前にライトがヒトカゲに指示を出す。

 それと同時にヒトカゲが軽く駆け、助走の後に大きく体を捻らせて火が点っている尻尾を前方に振り回した。メラメラと火が点っている尻尾の先からは、小さな火の粉が飛び出し、今まさに立ち上がろうとするコラッタに向かう。

 

「しゃ、しゃがめ!」

「コラッ!」

 

 ゴロウは咄嗟に、コラッタにしゃがむよう指示する。切羽詰った状況での指示であったが、コラッタにはしっかりと届いておりすぐさましゃがむ光景が見えた。

 ふーっと息を吐くゴロウ。

 

「――……って、尻尾尻尾!」

「コラ? ……コラッ!!?」

 

 しゃがんで胴体に“ひのこ”が命中するのを避けたコラッタであったが、くるりと渦巻いている尻尾を下ろすのを忘れ、尻尾の先に“ひのこ”が命中し、ヒトカゲのように火が点っていた。

 尻尾の先の熱に驚いたコラッタは、我を失いその場をぐるぐると走り回る。やがて火が消える頃には、コラッタは走り回った故に疲れ果て、その場で目を回して倒れ込んだ。

 

「……コラッタ、戦闘不能。勝者、ヒトカゲ」

 

 審判をしていたレッドが、コラッタの様子を見てバトルの継続が無理だと悟り、ライトが居る側の手を上げて、勝者を示す。

 レッドの前では、レッドの動きに合わせる様に短い腕をプルプルとなるまで上げているピカチュウの姿が見受けられる。

 

 レッドの言葉を聞いたヒトカゲは腕を組んで、さも『当然!』というような態度をとる。そんなヒトカゲに向かってライトは駆け出し、目の前でしゃがんでヒトカゲを撫でる。

 

「ヒトカゲ、ナイス! いいバトルだったよ!」

 

 ライトは、頑張ってくれた自分のパートナーに労いの言葉を掛ける。

 

(……うん、中々……)

 

 微笑ましい光景を見ながらレッドはうんうんと首を頷いていた。

 それは、今のバトルの流れを見ての事であった。傍から見れば、初心者同士の迫力が欠けるバトルであったが、レッドからしてみればかなり出来上がっていた試合に見えていた。

 コラッタの“たいあたり”をヒトカゲの“なきごえ”で威力を下げ、確実に捕えた状態で放った“ひっかく”で吹き飛ばす。それに伴い、止めの一撃である“ひのこ”を放てる距離を取っていた。

 

 まだまだ技のレパートリーが少ないため取れる手段が少ないが、その上で的確な手段を選びとっていた。

 これがもしヒトカゲがリザードンで、相手が同レベルのポケモンであったら、迫力満点のバトルになったろうと、レッドは一人で思っていた。

 

(この先が楽しみ……)

「ピカ? ピ~カ~チュ」

「……ピカチュウ。痛い……」

 

 じっとライト達を見つめていたレッドだが、動かないレッドを不思議に思ったピカチュウがレッドのほっぺたを摘む。そのまま横に引っ張るため、傍から見るとかなり間抜けな状態になる。

 その間にも、ライトとゴロウは互いの健闘を称え合い、握手していた。

 

「いや~、ライト結構強いんだな。見直したよ」

「へへっ、ありがと!」

「そういや、ここら辺で見かけない顔だけど、どこ住みなんだ?」

「アルトマーレ! だけど、カロスに留学しに行くから、アサギまで向かうつもりなんだ!」

「へぇ~!留学か!すげえな!」

 

 短いバトルであったが、二人は既に意気投合していた。トレーナーたちの足元では、先程まで戦っていた手持ち達が仲良さげに触れあっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「じゃ、ライト! 留学頑張れよ! 応援しているからな!」

「ありがと、ゴロウ! またね!」

 

 暫く話し合っていた二人であったが、ゴロウは諸事情により帰ることになった。その際にゴロウはライトに激励の言葉を送り、手を振りながらヨシノシティの方向に歩いていった。

 それに対しライトも手を振り、足元に居たヒトカゲも手を振っていた。

 別れを見送ったレッドはゆっくりとライトの下に近付いていく。

 

「……お疲れ」

「あ、レッドさん。すいません、時間取らせてしまって……」

「ううん。いいバトルだったと思う…」

「ほ、ほんとですか!?」

 

 レッドの言葉に、ライトは照れて頭を掻く。

 

「……まあ、それも歩きながら話そうか」

「は、はい!」

 

 ハッとしたライトは、ヒトカゲに労いの言葉を掛けた後にモンスターボールに戻し、キキョウシティの方向に体を向けた。ライトの顔は満足気であり、まだ笑顔が抜けていない。

 そして再び、ゆっくりと晴天の下歩き出すのであった。

 

 旅はまだまだこれから。陽気にゆっくり、一歩ずつ。

 



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第十一話 ぶっちゃけボールは投げない方が楽

「フシギダネって、不思議だね」

「……急にどうしたんですか、レッドさん」

「……駄洒落」

「はぁ……」

「……何点くらい?」

「……四十点で」

「……意外と厳しいね」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ヨシノシティから30番道路を通ってキキョウシティに向かっていた、ライトとレッド達であったが、距離的に一日では厳しいため、その日はテントを張って野宿をした。

 初めての野宿に興奮していたライトであったが、歩き疲れたこともあってすぐに眠ってしまっていた。さらに言えば、道行くトレーナーに何回もバトルを申しこまれたため、その度にバトルを行っていたのも、疲れていた要因の一つとなっている。

 

 二人の昨日の夕食は、炊いた米と缶詰であった。ポケモン達には、ポケモンフーズを食べさせていた。

 その際、レッドの手持ちのポケモンが勢ぞろいしていたこともあり、余計に興奮して疲れていたのも追記しよう。

 

 因みに、レッドの手持ちはピカチュウの他に、リザードン、カビゴン、ラプラス、エーフィ、プテラであった。三年前のポケモンリーグでも、この六体で優勝を果たし、後の四天王との四連戦においても全員が活躍していたのは、会場で観戦していたライトにとっては今でも鮮明に思い出される光景であった。

 当時、エーフィはカントー地方ではまだ確認の出来ていないポケモンであった為、大会には激震が奔ったのは当時のトップニュースであった。

 そんなエーフィの正体は、“なつき”によって進化した『イーブイ』というポケモンであることが、現在は解っている。

 

 ポケモンの進化における条件として、“なつき”が公言されたのは、レッドあってのことだろうとまで、現在は言われている。

 

 それは兎も角、二人は現在30番道路を過ぎて31番道路を歩いていた。この道路でも、ポケモンバトルをしたくてうずうずしているトレーナーたちが多く見受けられる。

 昨日で少なくとも五戦はしたライトは、アルトマーレに居た時よりも数多くのバトルが出来たという事で満足はしているが、流石に何度もバトルをしていては、本来の目的であるカロス地方に行くための船がやって来るアサギシティに辿り着かない。

 

 そのことを自覚していたライトは、今日はバトルを控えようと、子供ながらに考えていた。

 元より、昨日のバトルによって、手持ちのポケモン達には少なからず疲労が溜まっている筈だ。水辺でなければ戦えないヒンバスは兎も角、ヒトカゲとストライクは少なくないバトルで疲れている筈。

 手持ちの健康管理もトレーナーの役割と考えながら、ライトは道を歩いていた。

 

「……地上は暖かいね」

「レッドさん。今の文章に違和感を覚える僕はおかしいんでしょうか?」

 

 ふとしたレッドの言葉に、ライトは即座にツッコミを入れる。

 破天荒な姉によって培われたツッコミの才能は、ここでも花を咲かせていた。

 

「……俺、こっちに来る前はシロガネ山にずっと籠ってたから…」

「山籠もりって事ですか?」

「……そうとも言う。山頂付近にずっといたから、常に寒かった感じ」

「成程……そういう前提があったなら、さっきの言葉も理解出来ます」

 

 レッドの言う『シロガネ山』とは、カントー地方とジョウト地方を隔てる大きな山の事である。

 だが、一般人はそこに入ることが許されない。

 なぜならば、シロガネ山には他とは一線を画す力を有した野生ポケモンがうようよと生息しているからである。その為、シロガネ山はポケモンリーグの管轄となり、リーグ関係者以外は立ち入れないようになっている。

 元とはいえ、チャンピオンであるレッドであれば、シロガネ山に入る権限はある。つまりレッドは、その権限を用いて三年の間、ずっと山に籠って修行なりなんなりしていたのだろうと、ライトは考えた。

 

(やっぱり、『生ける伝説(リビング・レジェンド)』って言われてるだけあるな~!)

 

 傍から聞けば、かなりストイックな生活を送っているように見えるレッドに、ライトは目を輝かせる。

 やはり、強さとは一朝一夕で身に付く物ではないのだと、心の底から感心しているのであった。

 

――小さな体で場を攪乱し、強烈な電撃で相手をノックダウンさせる『ピカチュウ』。

 

――優雅なる水と氷の技で、己の独壇場を作り上げる『ラプラス』。

 

――絶対防壁を思わせる耐久と、渾身の一撃が特徴の『カビゴン』。

 

――相手を寄せ付けない遠距離攻撃が売りの、頭脳(ブレイン)『エーフィ』。

 

――空中からの奇襲によるヒットアンドアウェイが得意の『プテラ』。

 

――豪快な炎技と不撓不屈の精神により勝利へと導く、エース『リザードン』。

 

 絶対的な強さを誇るこの六体の強さは、レッドのストイックさが生み出している。ライトはそう確信した。

 

「……だから一日中、カビゴンのお腹の上で暖かくなりながら寝てたりしてた」

「何してるんですか、レッドさん」

 

 そういう訳でもなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(どどど、どうしよ―――!! あれ、絶対レッドさんだって―――!!)

 

 前ゆく二人を目の当たりにして、心ふるわせている少年が一人。帽子を反対に被り、前髪は帽子から大きくはみ出ている。

 その少年は、後ろに『ヒノアラシ』というポケモンを連れていた。鼻の細い、糸目のポケモンであったが、その愛くるしい姿とは裏腹に、得意なのは豪快な炎技というポケモンであった。

 

 少年の名は、『ヒビキ』。

 

 ジョウト地方のワカバタウン出身で、先日より旅を始めたばかりであった。ポケモン研究の権威であるオーキドの助手であるウツギという人物から、このヒノアラシを受け取り、幼馴染のコトネとは別々に旅立った。

 その先で、ヒビキは憧れの人物を目にした。

 

 そんなわけで、現在ヒビキはパニくっていた。主の動揺は、手持ちにも伝わりヒノアラシもあたふたとした様子を見せている。

 ヒビキは、目の前をゆく二人の内の自分と同い年位の少年が、もう片方の人物を『レッドさん』と呼んでいるのを聞いた。つまりは、そういうことだ。

 

(サイン欲し―――! そして出来れば、バトルもしてみて―――!!)

 

 目と鼻の先を行く人物は、言わずと知れた元カントーチャンピオン。ポケモントレーナーであるならば、一度はバトルをしたいと思う相手。

 しかし、旅に出たばかりの自分が相手になるとは思えない。

 挑戦しようかしまいかと葛藤しているヒビキは、頭をガシガシと掻いていた。

 

(どうしよ――!! あ―――!!)

 

 

 

 ***

 

 

 

「後ろの人どうしたんですかね?」

「……背中にイトマルが入ったとか」

「大きさ的に厳しいものがありますけど……」

 

 ライトとレッドは、ちょこちょこと後ろを振り返り、挙動不審になっている少年を見ながら会話していた。

 因みに、レッドの言う『イトマル』というポケモンは体長が五十センチある。背中に入るとなれば、かなりのことがなければ入らない。さらに言ってしまえば、【むし】タイプの他に【どく】タイプでもあるので、刺されたりでもしたら大変である。

 

 だが、後ろを付いてくるようにして歩いてくる少年は、それ相応に暴れている様にも見えてきた。

 だんだん不安になって来たライトは、レッドにどうしたものかというような視線を向ける。

 

「……ライト君。レッツゴー」

「僕が行くんですか!?」

 

 背後の少年の下に行くよう言われたライトは目を見開く。だが、このままにしておくのも精神的に疲れると判断したため、すぐに向かっていく。

 ライトが近付いているのに気付いた少年は、さらに挙動不審になる。

 

「えっと……どうしたの…?」

「あッ! えっと……!?」

 

 話しかけられた少年は、目をあちらこちらに向けている。そして、間髪を入れずに答えは返ってきた。

 

「おおお、俺とバトルしろ―――!!」

「……へ?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ごめんなさい。ちょっとテンパっちゃって……」

「…人間、そんな時あるさ」

 

 顔を覆って恥ずかしさを隠しているヒビキに対し、レッドは肩に手を置いて慰めている。ライトは横でそれを微笑ましく見ていた。

 まるで、ヨシノシティで自分がレッドに会った時の様だ、と。

 

 余りの興奮に突拍子もなくバトルを仕掛けたヒビキであったが、相手がレッドでもなんでもない人物であったのと、ライトが今日はバトルを控えようとしているのも相まって、先程の申し込みは取り消しになった。

 

 そして、事情を訊きつつ三人でキキョウシティに向かう事になったのである。

 

「へぇ~……ヒビキ君も、チャンピオン目指してるんだ…」

「は、はい! 俺も、レッドさんに憧れてるんです!」

「ヒノォ!」

 

 ヒビキが声高々に叫ぶと、ヒビキの後を追うヒノアラシも短い手を大きく掲げて、意気込みを見せつける。

 

「……ということは、ポケモンリーグに?」

「は、はい! まずは、キキョウシティにあるジムに挑もうと思って!」

「…手持ちは?」

「ヒノアラシだけです!」

「……」

 

 手持ちが、このヒノアラシ一体だけだと解り、レッドは黙りこくる。それはレッドのみならず、ライトもそうであった。

 二人が急に静かになったことにより、ヒビキは何か変なことでも言ってしまったのかと、目をパチクリとしている。

 

 この時、ヒビキ以外の二人が考えていた事は同じであった。

 ヒノアラシ一体では、ジム戦で勝つにはあまりにも心もとない。何故ならば、公式のジム戦では、どれだけ少なくてもジムリーダーはポケモンを二体使用する。

 つまり、現状のまま挑めば、ヒノアラシ一体だけで相手を二体倒さなければならなくなる。これが、初めてのジム戦に似合わない強力なポケモンで、さらに練られた戦略があれば一体でも問題はないだろうが、見る限りヒビキはトレーナーになりたてである。

 そんなヒビキが、ヒノアラシ一体だけでジムリーダーに勝てるかと言われれば、難しい話になってくるだろう。

 

「……もう一体欲しい所だね」

「え? そうですか?」

「…モンスターボールは、いくつある?」

「えっと……博士からもらった分…五個なら」

「…うん。いけるいける。ポケモン捕まえに行こう」

 

 レッドに新たなポケモンを捕まえるよう催促され、ヒビキはバッグの中に仕舞っていた空のモンスターボールを取り出す。

 恐らくまだ一回も手を付けていないのか、ピカピカの新品であった。

 

「……よし。ここら辺で、何か捕まえようか」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ポケモンを捕まえる際のポイントと訊かれたら、多くの者はバトルで相手を弱らせる事を最初に口にするだろう。

 しかし、それ以外にもポイントはある。具体的に言えば、捕まえる対象を状態異常にすることである。状態異常には、【まひ】、【ねむり】、【やけど】、【どく】、【こおり】などが挙げられる。他にも【こんらん】や【メロメロ】、【のろい】もあるが、これらは捕獲にはあまり関係が無い。

 前述の五つの状態異常のどれかにすれば、捕獲できる確率がグッと上がる。特に、この中で言えば【まひ】や【ねむり】が狙いやすいだろう。

 

 【まひ】になれば、一定の確率で行動不能になると同時に、【すばやさ】が格段に下がる。そして【ねむり】であると、眠っている間は行動が一切出来なくなる。ただし、“ねごと”や“いびき”など、特殊な技に限っては使える場合があるが、ほとんどのポケモンは【ねむり】の間は無防備になる。

 

 ならば他の三つはどうなのか。

 まず、【どく】を挙げよう。この状態異常になると、一定時間ごとにダメージを受ける。これが自然に回復することはなく、相手が戦闘不能になるまで毒は続くのである。しかし、戦闘不能になるとポケモンは本能で体を小さくさせ、どこかに身を隠してしまう。そうされてしまえば、捕まえることは出来なくなるため、長期戦での捕獲には向いていない。

 

 そして【やけど】も、同じように一定時間ごとに相手にダメージを与えるものである。しかしこちらには、状態異常になっているポケモンの【こうげき】を半減させる効果があるため、物理攻撃をメインとするポケモンを捕獲する際には、一応狙ってもよい状態異常であるかもしれないが、やはり長期的な捕獲には向いていない。

 

 最後に【こおり】であるが、これは【ねむり】に非常に似ていて【こおり】の間は一切行動出来なくなる。だが、“かえんぐるま”や“オーバーヒート”などの【ほのお】タイプの技で溶ける場合がある。

 しかし【こおり】には致命的な欠点がある。それは、【こおり】の状態異常を狙う際に、ノーダメージで【こおり】にさせる方法がないのである。

 他の状態異常であれば、何かしらノーダメージでその状態異常にさせる技が存在するが、【こおり】には存在せず、どうしても攻撃しなければならない。さらに、【こおり】になる確率自体が高くないため、狙う事は勧められないものだ。

 

「……でもまあ、ヒノアラシじゃあ狙える状態異常は【やけど】しかないし、それも難しいからあんまり気にしないでやってみるといいと思うよ」

「わかりました!行こう、ヒノアラシ!」

「ヒノォ!」

 

 レッドの説明を一通り聞いたヒビキは、元気いっぱいで草むらの中へと入っていった。

 その光景を、レッドと共にライトは見ていた。

 

「……ライト君はどうする?」

「……僕も見てます」

「……了解」

『よっしゃ~!ポケモン出てこーい!』

 

 昼下がりの草むらに、ヒビキの声が響き渡った。

 




評価・感想、どしどし来るの待ってます。


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第十二話 絆は佳境で芽生えるもの…の筈

「…マダツボミは、まだ蕾」

「……三十五点です」

「…若干下がった」

「前回と大差ないですもん」

 

 

 

 ***

 

 

 

 他愛もない会話をしながら、ライトとレッドの二人はヒビキのポケモンゲットを見守っていた。

 草むらを掻き分けていくヒビキであるが、納得のいくポケモンが居ないのか、三十分は経とうとしていた。

 

 出てくるポケモンはコラッタやポッポ、オタチ、オニスズメ、イトマル、レディバ、ホーホー、キャタピー、ビードルと言ったところか。

 【ノーマル】か【ひこう】か【むし】。キキョウジムに挑むのであれば、【むし】は相性が悪いが、一概にはそうとも言えないため、ヒビキの気に入ったポケモンでいいだろうという結論が二人の中には出来上がっていた。

 

 そういった会話をしていると、ヒビキは草むらを掻き分けて木々が深く生い茂っている場所へと入り込んでいく。

 

「……あんな森の奥に行って大丈夫なんですかね?」

「……さあ……ん?」

 

 森の奥の方に入っていったヒビキを案じていた二人だったが、すぐにヒビキが走って自分達の方に戻ってくるのを目の当たりにし、どうしたのかと首を傾げる。

 ヒビキの被っている帽子の上には、何故かビードルが乗っている。

 そして何故か、ヒビキは大汗を掻いて必死の形相を浮かべていた。すると、ヒビキの後方から虫の羽ばたくような音が無数に重なって聞こえてくる。

 

「……逃げよう」

「はい」

 

 ヒビキがちょうどライト達付近の所まで来たところで、二人は振り返って駆け出した。その理由は、三人の後方から迫ってくる物体が原因であった。

 

 無数の翅を羽ばたかせる音を鳴らす正体―――どくばちポケモン“スピアー”である。赤い水晶のような目を輝かせながら、両手には鋭く巨大な針を有す、ビードルの最終進化系。群れで巣を作って生活しており、縄張り意識がかなり強いポケモンとしても有名である。

 毎年、スピアーに刺されるという事故も多数起こるほど、スピアーは凶暴なポケモンとして知られている。

 

 そのスピアーが、今まさに三人を追いかけるように翅を羽ばたかせている。その数、優に三十匹ほどだろうか。

 余りの数に、三人はライトとヒビキは顔を青くしながら。レッドも、無表情のまま顔に大汗を掻いて全力疾走していた。

 

「ヒビキ!! 何したの!?」

「分かんねえ!! ただ、頭に何かボトッて落ちてきて、何だろうなって思ったらもうスピアーが出てきた!!」

「はぁ…はぁ…もしかして……頭のビードルが原因なんじゃないの?」

「え? ……あっ! ホントだ!」

 

 ライトの問いに必死に答えるヒビキ。しかしレッドが、スピアーが追いかけて来た原因を、ヒビキの帽子に乗っているビードルが原因なのではないかと口にする。

 ヒビキがスッと頭からビードルを両手に持つと、ビードルは嬉しそうな表情で笑顔を見せる。

 真っ赤な鼻も相まって、このような状況でなければ愛くるしいとでも思うだろうが、現在そのように思う余裕は三人には無かった。

 

 百メートル程走った所だろうか。そこで、一人だんだん走る速度が遅くなっている者が現れた。

 

「ちょ、レッドさん!? どうしたんですか!?」

「はぁ……はぁ……暫く山に籠ってたから……体力が……」

「いや、『家に籠ってた』みたいな感じで言われましても!?」

 

 ライトのツッコミも虚しく、レッドとスピアーの距離はどんどん縮まっていく。このままでは、レッドがスピアーの鋭い毒針の餌食になるのは時間の問題だろう。

 だが、そんな状況を見かねたレッドのピカチュウが、咄嗟にレッドの帽子の上から飛び降りる。

 直後、ピカチュウからは黄色の電撃がバチバチと大気に放出されていく。

 

「ピカ……ヂュウウウウ!!」

『―――!?』

 

 

 

―――“10まんボルト”。

 

 

 

 【でんき】タイプの代表格である技。強い電撃を相手に浴びせることで攻撃する技であり、時折相手を【まひ】状態にすることもある、汎用性の高い技でもある。

 その分、“かみなり”よりは威力が低いものの、チャンピオンのポケモンから放たれる“10まんボルト”はちょっとやそっとの威力ではない。

 “10まんボルト”を喰らった数匹のスピアーは、麻痺したのか手足をピクピクと痙攣させながら地面に落下していく。

 余りの威力に、他のスピアーは地面に着地して得意げに踏ん反り返っているピカチュウから距離を取る。

 その間にレッドは膝に手を着いて息を切らしていた。

 

「はぁ…はぁ…あぁ…キレイハナが綺麗な川辺でたくさん踊ってる…」

「レッドさぁ――ん! しっかりして下さぁ――い!!」

 

 三途の川的なものが見えているレッドに、ライトは顔を青くしながら駆け寄る。ヒビキはビードルを帽子の上に戻しながら、二人の下に駆け寄る。

 その間にも、レッドのピカチュウは再び襲いかかってきているスピアーに対し、“アイアンテール”や“でんこうせっか”を用いて相対していた。

 素早い動きで翻弄しているものの、数の暴力とでもいおうか、だんだんピカチュウがスピアーの攻撃を受け始めている。

 それを目の当たりにしたライトは、腰のモンスターボールに手を掛ける。

 

「ストライク、“つばさでうつ”! ヒトカゲ、“ひのこ”!」

「シャア!!」

「カゲ!!」

 

 ボールから勢いよく飛び出して来た二体のポケモン。ライトの指示を受けたストライクは、地面を跳ねる様に駆けて行き、スピアーの群れの中に一体に、半透明の翅を若草色の口角で縁取っている翼で、思いっきり叩き付けた。

 それによって一体のスピアーは勢いよく吹き飛ばされる。仲間が吹き飛ばされたのを目の当たりにし、他のスピアーがストライクに向かって、円錐状の鋭い毒針を突き刺そうと迫っていく。

 だが、そのスピアーの下に、ヒトカゲの尻尾から放たれた“ひのこ”が襲いかかり、スピアーたちを牽制していく。

 

「ストライク! そのまま“つばさでうつ”で攻撃! ヒトカゲも“ひのこ”で牽制!」

 

 先程までレッドにツッコみを入れていた時は大違いの真剣な眼差しで、ライトは二体の手持ちに指示をする。

 ストライクはピカチュウに迫る俊敏な動きで、スピアー達に効果抜群な【ひこう】タイプの技である“つばさでうつ”を加えていく。

 【むし】タイプの中でもトップクラスの強さを誇るストライクであるが、歳不相応の的確な指示を出すライトの実力と相まって、凶悪な強さを誇っている。

 

(す……すげえ!俺も……!)

「ヒノアラシ! 行けるか!?」

「ヒノォ!」

 

 ヒビキは、腰のモンスターボールから相棒であるヒノアラシを取り出した。【ほのお】タイプであるヒノアラシであれば、【むし】タイプのスピアーに対しヒトカゲと同様に有利に立ち回れることだろう。

 そう考えたヒビキは、迷わずヒノアラシを繰り出したのであった。

 

「ヒノアラシ! “ひのこ”!」

「ヒノォ!」

 

 ヒトカゲとは違い、ヒノアラシは口からは“ひのこ”を繰り出す。ヒノアラシは、ヒトカゲが狙って放っている場所に重複するように放つ。それに伴い、“ひのこ”の弾幕が厚くなり、スピアーも思わずタジタジとなる。

 ピカチュウとストライクの俊敏な動きと、ヒトカゲとヒノアラシの“ひのこ”の掃射により、スピアーは次々と倒れるなり逃げていくなりして、その数を減らしていく。

 

 そうしている内に、息を整えていたレッドが、腰のベルトに付いているモンスターボールの内の一つを手に取る。

 

「……プテラ、お願い」

「キシャアアアアア!!」

 

 直後、レッドの取りあげたボールの中から、咆哮と共に岩のような皮膚を持つ翼竜が姿を現す。

 甲高い咆哮に、思わずスピアー達やライト達も体を硬直させ、プテラへと視線を注ぐ。鋭い眼光と牙を光らせるプテラに、スピアーは大慌てで翅を羽ばたかせて逃げていく。チャンピオンの手持ちの放つ威圧感もあるだろうが、何よりプテラの特性が関係していた。その特性とは“プレッシャー”。その名の通り、ポケモンの放つプレッシャーによって相手を威圧し、本来使用できる回数を下回る程度にしか技を繰り出させなくする特性である。

 そして何よりこの特性を持つポケモンが居ると、野生のポケモンが出現し辛くなるという能力も有している。

 故に、プレッシャーを放つプテラを前に、スピアーは放たれる威圧感に耐え切れずに尻尾を巻いて帰っていったのである。

 

 暫し、虫ポケモンの持つ翅が羽ばたく音だけが周囲を支配した。スピアーの大群が逃げ帰ったことに、三人はホッと息を吐く。

 生きた心地がしないとは、まさに先程のような状況を言うのであろう。

 そう、実感したときであった。

 

「―――!」

「えっ…うお!?」

 

 先程、ピカチュウの“10まんボルト”で地面に落下して痺れていたスピアーが体を起こし、今まさにヒビキに向かって毒針を突き刺そうとしていた。

 予想外の出来事に、ヒビキは思わず腰を抜かしてその場で尻もちをついてしまう。

 

「ピカチュウ!」

「ストライク!」

「「“でんこうせっか”!」」

 

 ヒビキを助けるべく、他の二人は咄嗟に先制技である“でんこうせっか”を指示する。次の瞬間、ピカチュウとストライクはヒビキを救うべく“でんこうせっか”でスピアーに突撃していくが、如何せん距離が遠すぎる。

 

―――間に合わない…!

 

 そう思った時だった。

 

 ガキン、と何者かがスピアーの毒針を防ぎ弾いた。その光景に、ライトとレッドのみならず、ヒビキですら目を丸くする。

 そしてよく見ると、ヒビキの眼前に何やら蛹のようなポケモンが居ることが解った。

 

「……コクーン?」

 

 ビードルの進化形であり、スピアーの進化前のポケモンである。何故、コクーンがヒビキの前に居るのかと思考を巡らせると、ふとある事に思い至った。

 ヒビキがスピアーに襲われる前に、帽子の上に振ってきたビードル。そのビードルが今進化して、スピアーの攻撃からヒビキを守ったのではないか。

 その証拠に、ヒビキが頭に乗せていたビードルは居なくなっていた。

 

 三人が目を丸くしていると、次の瞬間コクーンはその黄色の体、神々しい光を纏わせていった。

 レッドには見慣れた、ライトは何度か見たことのある、そしてヒビキにとっては初めて見る神秘の光。

 

「……進化…」

 

 その光が何たるかをライトが口にすると同時に、光に包まれていたコクーンの背中側から、蜂の姿をしたポケモンが姿を現す。

 

「キィ―――!!」

 

 今まさに、相対している敵と同じ姿のポケモン―――『スピアー』。そのスピアーは、ヒビキを守るように目の前のスピアーに対し、たった今手にした武器を振りかざした。

 

―――“みだれづき”。

 

 左右の針を交互に繰り出し、目の前のスピアーに対し息を吐かせぬ連撃を加える。目に見える速度。そして、たった五発。だがピカチュウの“10まんボルト”で疲弊していたスピアーに対し、その五発は止めと成り得るに足りた。

 五発目は空に掲げるように振り上げられ、喰らったスピアーも放物線を描きながら吹き飛んだ後、重力に身を任せて落下していった。遠目でも、そのスピアーが目をグルグルと回していることが確認出来ることから、完全に戦闘不能になったことが窺える。

 

 直後、“みだれづき”を決めたスピアーが尻もちをついているヒビキの方に体を向ける。すると、翅を羽ばたかせてヒビキに抱き着いてきた。

 最初こそ、怖がっていたヒビキであるが、スピアーが自分に好意を寄せてくれている事に気付き、ぎこちないながらも笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日の朝、キキョウシティポケモンセンター前。

 

「昨日は本当にありがとうございました!」

 

 綺麗に腰を九十度に曲げるヒビキ。その傍らには、ヒノアラシとスピアーが居る。昨日、最終的にヒビキは、自分に懐いてくれたスピアーを捕まえたのであった。

 その後三人は順調に歩を進め、夕方にはキキョウシティに着き、ポケモンセンターで一夜を明かしたのである。

 

「ヒビキは今日、ジムに挑むの?」

「いや。今日は、マダツボミの塔でヒノアラシとスピアーを鍛えようと思ってるんだ!息合わせられるようになって、ジムリーダーをぎゃふんと言わせてやれるようにな!」

 

 ヒビキが声高々に意気込みを口にすると、ヒノアラシとスピアーもヒビキに合わせて拳を空めがけて掲げる。

 既に息ピッタリのような気もするが、細かい事は気にすると負けである。

 そんな微笑ましい光景を前に、ライトとレッドは笑みを浮かべる。

 

「うん、ヒビキなら絶対出来るって!」

「へへっ! ありがとな、ライト!お前も、留学頑張れよ!」

 

 差し伸ばされた手に対し、ライトも握手するという形で応える。名残惜しいが、ここでライト達とヒビキは別れることになる。

 マダツボミの塔に行くと言うヒビキを背にし、ライトとレッドの二人は手を振りながら次の町となるエンジュシティに向けて歩み始めた。

 

『じゃあな―――!! また会おうな―――!!』

「またね―――!!」

 

 手を振って見送ってくれるヒビキに、ライトは大声で別れをの言葉を口にする。

 出会いもあれば、別れあり。それを、身を以て実感できる日であったことは、言うまでもないだろう。

 

 次に目指すはエンジュシティ。昔と今が同時に流れる歴史の町。旅は、まだまだ始まったばかりである。

 



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第十三話 赤点でも内申点とかで先生は何とかしてくれる

「ヒトカゲの火と影」

「三十点です」

(もうすぐ赤点……いや、レッドて――)

「もうすぐ赤点だからって、レッド点とか言わないで下さいよ?」

「――!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 キキョウシティを後にしたライトとレッドの二人。エンジュシティに向かう為に、36番道路を通り、現在は37番道路で休憩をしているところであった。

 途中、ここに来るまでの謎の木が36番道路と37番道路の間に生えていたが、そこはレッドのリザードンの背中に乗せてもらい飛び越えてきた。

 

 そして昼食がてらに二人は折り畳み式のテーブルを広げ、大勢のポケモンと囲んで座っていた。

 中でもライトは、ヒンバスの口においしい水を口元まで運び、直に飲ませてあげていた。あくまで水生のポケモンであるヒンバスは、地上で長く皮膚を晒すのは良くない。故にライトは、時折ヒンバスの体に水を掛けてあげるなどのケアをしていた。

 その間にも、他のポケモン達はポケモンフーズを頬一杯に頬張って食べている。

 

「……ん?」

 

 ふと、漂ってきた湯気に釣られ、ライトは横を見る。するとそこには、尻尾を器用に自分の前に持ってきて、尾先の炎でポッドを炙り、湯を沸かしているヒトカゲの姿があった。

 ヒトカゲの体の横には、既にコップとインスタントコーヒーの瓶がスタンバイされている。

 

(……器用になったなァ…)

 

 ポケモンでは珍しいコーヒー好きの自分のパートナーを観察するライト。そしてヒトカゲは、沸いたであろう熱湯をコップの中に注ぎ込もうとする。

 

―――チャポッ。

 

「……」

 

 出てきた熱湯の量の少なさに、ヒトカゲは暫し無言のまま微動だにしない。

 結論から言えば、お湯が足りない。あれほど知恵を絞って熱心に沸かしていたのに、中に入っていたお湯の量が少なかった。

 

 すると、何を思ったのか、ヒトカゲはポッドを両手で抱え、どこかに走り去って行こうとする。

 それを見たライトは、思わず制止する。

 

「ちょ、ヒトカゲ!? どこ行くの!?」

「…カゲ」

 

 主人である少年の問いに、ヒトカゲは一旦ポッドを置き、ジェスチャーで伝えようとする。

 両手をフラダンスのようにうねうねとさせた後、ポッドで掬うような動作をする。

 

(……川で水を汲んでくるって事かな?)

 

 微笑ましい動作に、ライトは苦笑いを浮かべる。幸いにも、川は目に見える位置に存在している為、よほどの事が無い限り迷子になることはないだろう。

 ライトは、ヒトカゲに向かってグーサインを出す。それを見たヒトカゲは、そそくさと川の方へとポッドを持って、走り去って行った。

 

(よっぽどコーヒー好きなんだろうなァ…)

 

 誰に似たのやら。そう思うしかなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 水を汲みに来たヒトカゲ。

 好物のコーヒーを飲むため、一刻も早く汲みたい所である。早々に川岸に着いたヒトカゲは、ポッドの蓋を開け、心地よいせせらぎをバックミュージックとしながら容器の中を水で満たしていく。

 数秒もすれば、容器の中は液体で満ちる。

 

 これくらいだろうとポッドを上に掲げ、立ち去ろうとするヒトカゲ。その際に顔を上げると何かが川上から流れてくる。

 

 どんぶらこ~、どんぶらこ。

 

 こんな効果音が相応しいであろう丸い物体が、下流に向かって流れている。ペールオレンジに、グリーンの斑点模様が丸く付いているそれは―――。

 

―――タマゴ

 

 

 

 ***

 

 

 

「……やったね、ライト君。早々に、手持ちの四体目候補が来たよ」

「……まだカロス地方に着いていないんですけど」

 

 両腕で抱きかかえているタマゴを見つめながら、ライトはレッドの言葉に苦笑いを浮かべる。

 先程、ヒトカゲが大急ぎで戻ってきて川の方を指差す為、何事かと駆けて行ったらコレであった。

 元の親が解らないが、あのまま川を流れていたら岩などに当たった衝撃でタマゴの殻が割れてしまうかもしれない。勝手な判断ではあるが、これがタマゴにとって最良の手であっただろう。

 

 このタマゴから何が孵るかは誰にも想像できない。だが、この流れで行くとライトの手持ちに加わる事はそう遠くは無いだろう。

 『川の流れだけに』と、横から聞こえてきたが、とりあえずそのボケに対してはツッコまない。多少スルーするのも、ボケ側の人間を相手取る際のコツである。

 

 それは兎も角、タマゴを含めたらライトの手持ちは四体という事になる。

 【むし】・【ひこう】タイプのストライク。

 【ほのお】タイプのヒトカゲ。

 【みず】タイプのヒンバス。

 三体居るこの時点では、中々バランスのとれたパーティだと言える。そこに入ってくる新たな一体。

 今居るタイプ以外であることを若干望むが、最終的には何だっていい。

 

「何が孵るのかな?楽しみだなァ~」

 

 何故なら、既にタマゴに愛着が湧いてきているからであった。まだまだ子どものライトであるが、今ならば父や母が自分達を可愛がってくれる理由が解る。

 スリスリとタマゴを撫でまわしていると、レッドが何かを思いついたようにポンッと手を叩いた。

 

「……ニョロトノ」

「レッドさん。言いたいことは分かりますけど、せめてニョロモって言いましょうよ」

 

 孵る=カエル=ニョロトノ、というような公式が浮かんだのだろうが、ニョロトノは言わずもがな、ニョロモの最終進化形である。他にもニョロボンという最終進化形も居るが、カエルの見た目的にはニョロトノの方が似合っている。

 

 それは兎も角、昼食もとり終え、エンジュシティに向けて歩み始めた二人は、他愛もない会話を続けていく。

 

「エンジュシティってどういう町なんでしょうかね?」

「……確か、舞子さんが居るところ。一度だけ、マサキに連れて行ってもらった」

「あのポケモン預かりシステムの管理人のですか?」

 

 ライトの問いに、レッドは無言で首を縦に振る。

 マサキとは、今ライトの言った通り、ポケモン預かりシステムの管理人である。ポケモン預かりシステムとは、ポケモントレーナーの為にあるものといっても過言ではない。

 具体的にどういったものかと説明すれば、トレーナーはポケモン協会の規則に則って手持ちは原則六体である。しかし、トレーナーとしての練度が上がっていけば、多数の戦略を考えることになり、それに伴い必要なポケモンも大きく変動している。

 そこで、六体以上ポケモンを所有した場合に、パソコンの中にボールに居れたポケモンを管理できるというものが、“ポケモン預かりシステム”というものである。

 

 このシステムは、開発者であるマサキを通じて様々な管理人と通じ、ほぼ全地方で使用出来るようになっているのである。

 革新的なシステムであった為、マサキという男の知名度は中々高い。

 そんなマサキと交流を持っているという事は、やはりレッドは中々の人物ということになるだろう。

 そしてライトは、思ったことをふと口にしてみる。

 

「舞子さんってどんな感じですか?」

「う~ん……振袖で……扇持って……クルクル踊って……眠くなった」

「相手方からしてみれば不本意でしょうね、ソレ」

 

 舞子の舞を見て眠くなったと口にするレッドに、思わずツッコみを入れる。目で見て楽しむ場で寝られては、舞子からしてみても連れてきたマサキからしてみても不本意だっただろう。

 だが、そもそもレッドもこう見えて十五歳である為、舞子の良さを完全に理解するにはまだまだ幼いという事もあろうが、ブルーがそうであるように社交辞令的なものもあるだろう。

 『寝るのはちょっと…』と苦笑いを浮かべながら、レッドの話に耳を傾ける。

 

「だけどあれだった……一緒に踊ってるイーブイの進化形が可愛かった」

「イーブイの進化形ですか?」

「うん……ブースター…シャワーズ…サンダース…エーフィ…ブラッキー」

 

 イーブイの進化形を淡々と口にするレッドに、ライトは興味を惹かれたように聞き耳を立てる。

 中々手に入れることの出来ないイーブイだが、その進化形はどれも中々の強さを誇ることで有名だ。現カントー地方四天王の一人、悪使いのカリンも手持ちにブラッキーを所持していたり、シンオウ地方チャンピオンであるシロナもグレイシアを所持している。

 可愛い&強いがイーブイの進化形と言っても過言ではない。

 

「……あとそうだね……語尾に『どす』が付いてた」

「『どす』……ですか?」

「そうどす」

「……今のはツッコミませんよ」

「……ツッコんで。そうじゃないと、今の俺、ただ訛っただけに思われるから」

「大丈夫ですよ。此処には僕達以外いませんし」

 

 だんだんレッドの扱いに慣れてきたライト。そんなブルーの弟に、レッドはどこか寂しい思いをする。只でさえ表情筋を使っていないような無表情に、暗い影が掛かる。

 そんなご主人を励ますように、肩に乗っているピカチュウはポンと頭に手を置く。

 

「……心の友よ」

「ピカァ」

 

 肩に乗るピカチュウを、レッドは両腕の中に納める。ピカチュウは、『楽だ』とでも言わんばかりの呆けた表情で、レッドの腕の中で眠り始めようとする。

 良いように扱われている様にも見えるが、そこは言わないでおくことにした。

 

「まあ……ジョウト地方で方言使う人多いから」

「そうですか?」

「マサキもコガネシティ出身だし……って言うか、コガネ出身の人がコガネ弁使うイメージ……」

「へぇ~」

 

 コガネ弁とは『なんやねん』など語尾に『ねん』や『やん』などが付く方言のことである。実際どういうものなのかは、直接聞いた方がインパクト的なものが強い為、詳しい説明は割愛する。

 地方によっては『なんしよっと?(意味:何してるの?)』や『そうなんずら(意味:そうなんだね)』など、さらにインパクトの強い方言も存在する。

 これらを考慮すると、カントー地方はほぼ全域が標準語である為、普遍的であると言える。言い換えれば、特徴が無い。

 

 だが、ブルー曰く『標準語の方が仕事するにはいい』らしい。社会人―――さらに言えば女優のいう事なので、それは確かであろう。

 

 方言トークは一先ず終了し、話は別の方向へと向かっていく。

 

「――……バトルスタイル……あんまり考えたことない……」

「え?……『考えるな、感じろ』的なバトルスタイルですか?レッドさんって」

「……近いかもしれない。でも、一応の知識は持ってる」

「まあ、そりゃあ……」

 

 話は、バトルスタイルについてへと変わっていった。

 トレーナーのバトルスタイルは千差万別。攻めて攻めて攻めまくるスタイルもあれば、守りに徹してじっくりと隙を窺うスタイルも存在する。

 勿論、それらは自分達がどういう風に戦うかを事前に決めておき行うものであって、ポケモンリーグなどの公式戦になればそれは顕著になってくる筈。

 だが、レッドはチャンピオンになったにも拘わらず、自分のバトルスタイルがどういったものであるのかを把握していないと言うのだ。

 

「……あれだね。手持ちのことを完全に把握してれば、その時その時の戦略でどうにかなる……」

「……!」

「……どうしたの?そんな輝いた目をして…」

「名言です! 心に刻んでおきます!」

「え…何か言った?俺…」

 

 目を輝かせるライトに、レッドは思わず困惑する。適当に言ったのにも拘わらず『心に刻んでおく』と言う少年に、何か悪い事でも植えつけてしまったのではないかと、罪悪感すら覚える。

 因みにここでライトが捉えたレッドの言葉の意味は、『手持ちとの信頼を深めれば、臨機応変に戦える』というものである。言ってしまえば、レッドの言葉を美化したものであるが、こう言い換えればそれなりに良い言葉であろう。

 

 戸惑うレッドと、感心するライト。

 若干すれ違っていれど、誰もツッコむ者は居ない。

 

 何やかんやで会話は弾んでいき、二人の歩く速度もそれなりに速くなっていく。

 そして夕暮れになって来た頃、遠くの方に大きな塔のようなものがそびえ立っているのが目に見えた。

 屋根が幾つか連なっている様にも見え、夕焼けをバックにそびえ立つ塔は幻想的であった。

 

「レッドさん! あれがエンジュシティですか!?」

「うん…そうだね。因みに今見えてるのが、“スズのとう”っていう塔……」

「へぇ~! 大きいですね……ん?」

 

 スズのとうを眺めていたライトであったが、ふと眼前に羽根のような物が落ちて来る事に気が付いた。

 目の前をひらひらと舞い降りるそれにライトが手を差し出すと、自然と手の中に吸い込まれるようにして、手の平に収まった。

 小鳥ではなさそうな程大きい羽根。それは美しい金色の羽根であったが、角度を変えてみると金色の他に、赤や黄、緑、青など様々な色に変わる。光の反射による色の変化。まるで、虹色のように煌めく羽根であった。

 

「……綺麗……」

 

 羽根の根元の部分を持ち上げて、夕日に重ねてみる。

 

「あれ……?」

 

 その時、夕日に向かって大きな鳥のポケモンが飛び立っていくのが目に見えた。

 直感ではあるが、この羽根は恐らくその鳥ポケモンのものであろう。飛び立っていく鳥ポケモン自身、夕日の光を反射して神々しい光を発していた。

 

 素敵なプレゼント。

 

 何故か、ライトはそう思った。おもむろに羽根をショルダーバッグの中に仕舞う。

 

 この羽根は、一生の宝物になりそうな気がしたから―――。

 



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第十四話 食べ物はよく噛んで食べた方がいい

 カロス地方・ミアレシティ“プラターヌ研究所”。

 

「…お、届いた届いた」

 

 研究室と思われる部屋で、蒼いシャツを身にまとう中年の男性は、パソコンをいじりながらそう呟いた。

 研究室と言うには、少しお洒落で片付いている気もする。観葉植物に、論文や参考文献になる本など、きちんと整理されていた。彼の妹弟子である女性は、考古学者として活動しているが、ココとは真逆に常に部屋は汚い。恐らくそれを見たのであれば、かなりの人物が失望するほどに。

 

 それは兎も角、彼―――ミアレシティでポケモン研究に携わっているプラターヌは、パソコンの横に隣接されている転送装置の前に移動した。

 転送装置の蓋のような部分を開けると、そこから何やらケースのようなものが出て来る。それを手に取り、プラターヌは満足気な顔を見せる。

 

「お…彼はヒトカゲを選んだんだ。じゃあ残っているのは、フシギダネとゼニガメだね」

 

 ケースを開けると、中には二つのモンスターボールが並んでいる。元々は三つ並んでいたかのように一つだけ窪みが存在している。

 それを確認したプラターヌは、壁を隔てて別の部屋に居るであろう助手の名を呼んだ。

 

「ジーナ~~! デクシオ~~! ポケモンが届いたぞ~~!」

 

 その声が響くと同時に、ドタドタとした足音と共に何者かが近付いてくるのが解る。この部屋は三階に在るため、余り騒ぐと下の階に響く。

 出来るだけ静かにはしてもらいたいが、呼んだ二人はずっとこの時を待ったのだから、仕方がないとプラターヌは苦笑いで二人が来るのを待った。

 

 すると、凄まじい勢いで扉を開ける少女が現れる。数拍置いて、後方から一人の少年も現れる。

 

「はぁ……はぁ……ホントでしょうか、博士!?」

「落ち着きなよ、ジーナ……」

 

 急いで走ってきたのが解るほど、汗を流して顔を紅潮させているジーナ。彼女は、青紫色の髪をボブカットにし、白い制服のような服を身にまとっている褐色肌の少女である。

 対して後ろで彼女を落ち着く様諭している金髪の少年はデクシオ。凛とした佇まいからは、彼の気品が窺える。

 

 するとジーナが、息を切らしながらプラターヌの元まで歩み寄っていく。

 

「そ…それがポケモンでしょうか?」

「ああ。今、オーキド先生から届いたんだ」

 

 プラターヌの言葉に、ジーナは瞳をキラキラと輝かせて手を合わせる。かなり興奮しているジーナの後ろでは、端然として立っているデクシオも居るが、そわそわしていることから興奮していることは同じだろう。

 『開けてもいいですか!?』と訊きながらすぐに開くジーナは、中に入っている二つのボールを見て首を傾げる。

 

「……あれ? 三つじゃないんでしょうか?」

「ん? 言ってなかったかな。君達には、今回カロスに留学してくる子が選ばなかったポケモンを渡すって……あれ?」

「僕はしっかり聞いてましたよ、博士」

 

 記憶が曖昧なプラターヌに代わり、デクシオが苦笑いを浮かべながら応える。

 恐らくジーナは、“ポケモンが貰える”をピックアップしていたために詳細を余り頭に入れてなかったのだろう。

 するとジーナは、衝撃を受けたかのようなリアクションを取る。右手を左頬の所まで持っていきのけ反るその姿は、まるで舞台女優であるかのようなリアクションであった。

 

「えぇ~!? ズルいですわ! フェアじゃないですわ!」

「いや……元々そういう約束だったし、聞いてなかったジーナがそう言うのは……」

 

 ブーブーと頬を膨らませて抗議するジーナに対し、デクシオが諭そうとするが、キッとした目で威圧され思わず口籠る。

 二人のやり取りを見て苦笑いを浮かべるプラターヌは、二つのモンスターボールを手にし、開閉スイッチを押す。

 直後、中に居た二体のポケモンが赤い光と共に出現する。

 すると、先程まで文句をデクシオに向けて言い放っていたジーナが、興味をポケモン達の方へと向ける。

 

「きゃあ~! カワイイですわ~!!」

「……で、何でジーナはフシギダネを抱き上げてるの?」

 

 二体居る内のフシギダネを迷わずに抱き上げるジーナの姿は、既にそのポケモンを自分のものにしているかのような態度に見える。

 するとジーナは、鼻を鳴らしてこう言い放つ。

 

「これでデクシオに勝てますわ!」

「えぇ!?」

 

 要するに、ここで【くさ】タイプのフシギダネを選べば、デクシオは【みず】タイプのゼニガメを選ぶしかなくなり、相性的に勝てるということである。

 まさかの、“選んだ者勝ち”のような事を言い放つジーナに、デクシオは茫然とするしか出来ない。

 だが、やれやれと首を振った後にデクシオは、同じく茫然としているゼニガメを抱き上げながら、優しくゼニガメに微笑みかける。

 

「じゃあ、僕はゼニガメで」

「いいのかい、デクシオ?」

 

 心配そうに見つめるプラターヌに、デクシオはいい笑顔を向けながら答える。

 

「はい。逆に、後腐れが無くていいかなと思いますし、ゼニガメ好きですから」

「はっ、ズルいですわデクシオ! そうやって自分の株を上げて!」

「えぇ!? それはジーナの感性だろう!?」

 

 何かいい事を言ったかのように感じたジーナは、デクシオに軽い糾弾を浴びせる。それに対しデクシオは、心外だとばかりに言い返す。

 こんな二人のやり取りは日常茶飯事なので、プラターヌは笑って見守る。

 

(オーキド先生の選んだ子……どんな子なんだろう。早く会ってみたいな)

 

 気になるのは、今カロスに来るために何かしらの準備をしているであろう少年の事。名前が『ライト』と言い、出身はマサラタウンで、現在はアルトマーレという水の都に住んでいるという基本的な情報しか知らない。

 願わくは、普通のトレーナーのようにポケモンを愛してくれる子であること。

 

 そんなトレーナーであってくれるのであれば、きっと図鑑も信頼して託せるだろう――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 もっちゃもっちゃ…。

 

 そんな咀嚼音が似合っているだろう二人のトレーナーは、エンジュシティの近くの38番道路を歩いていた。

 二人―――ライトとレッドの食べているのは、エンジュシティで買ったみたらし団子である。香ばしい香りに、あまじょっぱいタレ。タレはねっとりとしていて、舌に絡みついてくる。もちもちとした食感と相まって、絶品であると言える食べものであった。

 

 キキョウシティでも“キキョウ煎餅”という名物を食べたが、それに勝るとも劣らない物である。

 チョウジシティには“いかりまんじゅう”という饅頭があるらしいが、今回の旅路でそこに立ち寄る予定は無い為、惜しみながらスルーという事になる。

 

「美味しいですね、レッドさん」

「……そうだね……ヴッ!?」

「レッドさ――――ん!?」

 

 団子をのどに詰まらせたらしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……死ぬかと思った」

「シャレにならないですよ、もう……」

 

 顔を青褪めさせているレッドの横で、ライトが右手に水筒を携えながら背中を擦る。

 

 それは兎も角、二人は再び38番道路を歩み始める。このまま、39番道路を通っていけばアサギシティに着くことが出来る。

 カロスに行くための船はそこから出航する予定である。日程的には順調に進んでいる為、何かアクシデントでもない限り真っ直ぐ行くことが出来、着くことになるだろう。

 順調な旅路。すると、レッドが何かを見つける。

 

「……あ、ケンタロスだ」

 

 先程、団子を喉に詰まらせて昇天しかけたのはどこへやら、レッドは野生のケンタロスを発見する。カントー地方では、“サファリゾーン”というポケモンを捕獲できる施設でしか見る事がほとんどないポケモンである。

 “あばれうしポケモン”という分類通り、気性が荒く、パワフルなのが特徴な【ノーマル】タイプのポケモンである。

 

「……ジョウトには珍しいポケモンが居るね」

「そうですね」

『お~~い!! そこのアンちゃん達――――!!』

「「ん?」」

 

 ふと、遠くから聞こえてくる声に、二人は同じタイミングで視線を声の方に向ける。その咆哮には、砂煙を巻き上げながら迫ってくる何かが居る事が解った。

 目を凝らしてそれが何なのかを確かめようとすると、何やらピンク色の肌をしたポケモンが、背中に少女を背負いながら迫っているのが目に入る。

 

『そのケンタロスはウチのモンやァ――――!!』

「……どういうことですかね?」

「……逃げ出したとか?」

「あぁ~……」

 

 『ウチの』と言う言葉が何を意味しているのかよく解らないまま待機していると、ピンク色のポケモン―――ミルタンクに背負われている少女の全貌が見えてくる。

 ピンク色の髪の毛をツインテールにし、ピンクのラインが入っているシャツにスパッツという、活発そうな格好をしている少女。

 

 すると、ふと少女が背中から飛び降りて、ミルタンクに指示を出す。

 

「ミルタンク!! “ころがる”や!!」

 

 突如、丸まりだして転がり出すミルタンク。凄まじい地響きを奏でながら、野生であろうと思われるケンタロスに一直線に転がっていく。

 それに気が付いたケンタロスは、数度地面を蹴った後に、全力でミルタンクに向かって“とっしん”していく。

 

 迫っていく二体のポケモン。

 数秒もかからずに激突した両者の内、制したのは―――。

 

「モォ―――!」

 

 吹き飛ばされるケンタロス。それを見た少女は、畳み掛けるように再びミルタンクに指示を出す。

 

「今度は“のしかかり”や、ミルタンク!!」

 

地面を蹴るミルタンク。勢いよく駆けて行くミルタンクは、ケンタロスと接触する数メートル手前で飛び上がった。

放物線を描いて迫っていくミルタンクの着地点には、先程吹き飛ばされたケンタロスが居る。

早い攻撃のペースに対応することが出来ずに、ケンタロスは“のしかかり”を喰らう。

 

「……あ、【まひ】しましたね」

「…そうだね」

 

 ミルタンクがどいた後にそこに立っていたのは、体をピクピクと痙攣させているケンタロス。戦意はまだあるが、“のしかかり”の追加効果によって【まひ】が発動し、自慢の脚力のままに動くことが出来ないのだろう。

 それを確かめた少女は、腰のベルトにあるボールに手を掛け、すぐさま投擲した。

 一直線に飛んでいくのは、“スーパーボール”と呼ばれる普通のモンスターボールよりも、捕獲確率の高くなっているボールである。捕獲確率が高い分、お値段もモンスターボールの三倍と言う、少し御高めの値段になっている。

 

 そのボールを躊躇なく投げると、痺れて動けなくなっているケンタロスの体に命中し、赤い光がケンタロスを包むと、一瞬の間にケンタロスの体がボールの中に吸い込まれていった。

 

 ここまで来ると、先程の『ウチの』という発言が、『ウチの獲物』という意味に理解出来たのは言うまでもないだろう。

 黙ってボールがカタカタと動いているのを眺めていると、暫くしてボールが動かなくなった。

 

「やったわ――!! ケンタロス捕まえたわ――!! ここまで来た甲斐あったわ―――!!」

 

 コガネ弁と思える口調で声を発しながら、少女はケンタロスの入っているスーパーボールを拾い上げ、腰のベルトに装着する。

 そして、茫然と立ち尽くしている二人の方に気付き、ミルタンクと共に歩み寄ってくる。

 

「いや~、ありがとさん! ウチ、どうしてもケンタロス捕まえたかったんや~! やっぱり、職業柄言うんかな? 【ノーマル】タイプに目ぇ無くて。アハハ!」

 

 明るい口調で話し掛けてくる少女。対してレッドは、困った顔でライトの方に視線を送る。『そう言えばこの人、自分で自分の事をコミュ障と言っていたな』と思いながら、ライトは一歩前に出る。

 

「職業柄って言っていますけど、どんなお仕事をされてるんですか? あ、僕はライトって言います」

「あぁ、ゴメンな! 自己紹介まだやったっけ? ウチ、『アカネ』言うねん! コガネシティでジムリーダーやっとるさかい! 専門は【ノーマル】タイプや! よろしくな!」

 

 目の前にいる少女がジムリーダーという事実に、ライトは目を大きく見開く。道理で、先程のミルタンクへの指示が俊敏だったと一人で納得する。

 

 ジョウト地方に存在する、ポケモンリーグ公認の八つのジムの内の一つ―――コガネジム。

 そこでジムリーダーをしているアカネの二つ名は、『ダイナマイトプリティギャル』。豪快、且つ大胆なバトルスタイルが特徴のジムリーダーである。

 

「どうしてジムリーダーの方が、此処に?」

「ん? いや、アサギに友達居ってな! そんで遊び行こか思て向かっとったら、ここでケンタロス見つけてな! 捕まえてから行こ思て、今に至る訳やわ!」

「はぁ~……」

「なんや、反応薄いな~。そっちはどこ向かっとるん?」

「アサギです」

「じゃあ目的地一緒やないか! なら、折角やし一緒に行こか!」

 

 急な勧誘に驚く間もなく、ライトとレッドの二人はアカネに手を引かれていく。見た目は少女なのにも拘わらず、結構な力である為二人はどんどん引っ張っていかれる。

 

「(……どうする?)」

「(……流れのままに行きましょう)」

 

 小声で話す二人は、とりあえず流れに任せてアカネに連れて行かれるのであった。

 



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第十五話 大食い女子は、まあそれはそれで

「結果的に、一日繰り上げで着いてしまった感じに……」

「……そうですね」

 

 ライトとレッドは、地平線の奥で沈みゆく夕日を眺めていた。流石はジョウト随一の港町であるだけ、海に茜色を乱反射させている光は綺麗と感じざるを得なかった。

 だが二人は、颯爽と現れたコガネシティのジムリーダー“アカネ”によって、予定を繰り上げる形でアサギシティに着くことになっていた。

 

 二人の顔からは、疲労の色が窺える。全ては嵐のような少女に巻き込まれたせいだと言える。

 

「いやァ~、やっぱアサギもええなァ!! 潮風っちゅうのか?ウンと背伸びしたい気分やわァ~!」

「……では、俺達はこれで……」

「えぇ~!? なんや、もうちょい付き合ってくれてもええやん! これからウチ、友達と一緒にご飯食べにいくねん! 折角やし、店紹介するわ~!」

「いや……だいじょ」

「ほな行こか!! ほらほら~! まず、ウチ等の待ち合わせの場所行くけど、ええよな!?」

(……人の話を聞かない)

 

 強引に話を進めていくアカネに、レッド達は自分の意見を言い切る前に攫われる形で店に向かうことになった。

 明らかに苦手なタイプなのか、終始レッドはどこか遠い場所を虚ろな目で見ていたが、敢てライトは何も言わなかった。

 

 ずりずりと引きずられるレッド。『助けてライト君…』と、今にも息絶えそうなか細い声で助けを求めるレッドに、ライトは苦笑いを浮かべたまま付いて行く。

 

 

 

 ***

 

 

 

「アカネちゃん、まだかな……」

 

 アサギシティにそびえ立つ一つの灯台。その灯台の下で、一人の女性がポケギアの画面に映っている時間を見ながら、呟いていた。

 潮風が、彼女の来ている白いワンピースを揺らし、その場面だけを切り取れば一つの絵画にでもなりそうなほど、可憐な女性であった。

 

 女性と言っても、その顔にはまだあどけなさが残っており、十代であることは間違いない。彼女に横には、レアコイルが浮いており、どういう原理かは謎だが彼女の周りをふよふよと浮いていた。

 

『ミカ~~ン!! 来たで~~!!』

「あ……アカネちゃん……あれ?」

 

 自分を呼ぶ声に、ミカンは声の響いてきた方向に顔を向ける。

 すると、今日夕ご飯を一緒に食べる予定だったアカネと、その他二人が無理やりアカネに付き合わされるような雰囲気で連れてこられていた。

 

(増えている~……)

 

 自分が食いしん坊だと知っての行動なのか。

 一瞬、アカネが意地悪をするために仕組んだのかと考えたが、生憎彼女は友人には優しい性質である為、その可能性は極めて低い。

 つまりあれは善意からという事になるが、それはそれで性質が悪い。

 

(……今日はお腹いっぱい食べれないや……)

 

 お腹が、いつもより鳴っている気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「えぇ~!? あんさん、元カントーリーグチャンピオンやったん!?」

「うん……そうだけど……余り大きな声で言って欲しくは無いかな」

「ああ、ゴメンな。ウチ、驚いてもうて……」

 

 『アサギ食堂』と看板が掲げられている店で、一つのテーブルを四人の少年少女達が囲んでいた。

 各々が食べたい物を注文し、口に運んでいた。ノリで連れてこられ、気まずい空気になると考えていたライト達であったが、意外にもレッドとミカンが知り合いという事もあり、会話は弾んでいた。

 その代わりにライトが若干の疎外感を被っていたが、リーグ関係者で実力者の話に耳を傾けているだけで結構楽しめていた。

 

「昔、まだ【いわ】タイプ使いだった時に悩んでいた時に偶然会って、レッドさんとは知り合いになったんですよね」

「……まあ、もうその時は俺チャンピオンじゃなかったけどね」

「いえ! 私がネールと仲良くやれているのも、レッドさんのお蔭ですし……」

 

 何やら昔の話をしているレッドとミカンの二人。

 こうしてみると、意外と世間は狭いのかもしれない。

 

「……食べるの早いね」

「えっ、そうですか……!?」

 

 オムライスを既に食べ終えたミカンを見て、スパゲッティを啜るレッドが呟く。それを聞いてミカンは、顔を紅潮させて顔を俯かせる。

 女子である為、男よりも早く食べ終えると言うのは気恥ずかしいものがあるのだろう。

 紅くなっているミカンに、アカネが肩に手を掛ける。

 

「まあまあ! ミカン、いつもはもっと食っとるから仕方ないやん!」

「―――っ!」

「いたっ!? なにすんねん、ミカン!?」

 

 さらに顔を紅潮させるミカンは、アカネの肩を勢いよく叩く。

 それを見てライトは、『多分ソレが一番言われたくなかった事かと……』と呟く。レッドもライトの言葉を聞いて、納得したような表情を浮かべる。

 

 予想よりも会話が弾むお食事会と言ったところか。そんな食事会も時間が過ぎてゆき、全員が食事を終える。

 

「あ、そや! 折角やし、皆でポケギアの電話番号交換せえへんか!?」

「あ、いいですね。私も、レッドさんの電話番号知りたいですし…」

「俺はいいけど……ライト君は?」

「僕は全然大丈夫です」

「なら決まりやな! じゃあ、早速交換しよーや!!」

 

 そう言って四人は、それぞれの電話番号を教え合っていく。唯一、新米トレーナーと言っても過言ではないライトが、こうしてジムリーダーや元チャンピオンの番号を知ることが出来るのは、棚からぼた餅と言ってもいい状況である。

 

 電話番号を交換した後は、割り勘で勘定をした後に店の外に出る。

 

「それじゃあ、私は灯台のアカリちゃんのところに行ってから家に帰りますね。アカネちゃんは、先に私の家に行ってて。それではレッドさん。ライト君。今日は楽しかったです」

「……いえ、こちらこそ」

「貴重な時間、有難うございました」

「じゃあミカン。ウチ、ヒマつぶした後ミカン家に行くな! そんじゃ、機会があったら!」

 

 そう言ってアカネは、颯爽とアサギの夜道を駆けて行く。嵐のように現れ、嵐のように消えていく少女であったと、ライトとレッドの二人は感じる。

 そんなアカネを見送った後に、ミカンは先程言った通り灯台の方に向かっていく。アサギシティは、今言った『アカリちゃん』と言うデンリュウが光を発し、船が迷わぬための光を輝かせている。

 既に夜である為、これから着く舟はほとんどないだろうが、お休みの挨拶を交わすのであろう。

 

 去って行くミカンに、二人は軽く手を振る。

 そして泊まる為にポケモンセンターに向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ……アカリちゃん、もう寝ちゃってるかな?」

 

 エレベーターの中で、ミカンは友達であるデンリュウの名前を言ってみる。まだ七時程度であるが、寝ているかもしれない。

 その日その日の船の来る時間は大方把握しているアカリちゃんは、これから来ないと解っていたら次の日に備えて早々に寝るのである。

 

 寝ているなら寝ているで、かわいい寝顔を見てから家に帰ろうと、ミカンは一人でくすくすと笑う。

 そして現在何回かを示すモニターを見ると、既に最上階近くに着こうとしていた。

 

 少し待つと、『チンッ』という音がエレベーターの中に響き渡り、扉が開く。

 迷わずに進むミカン。目の前には壁があるが、その向こうにある部屋に入ればアカリちゃんが居る筈だ。

 

「アカリちゃ~ん。もう寝てる――――ッ!?」

 

 次の瞬間、何か黒い影がミカンの背後に回り込み、ハンカチのような物で口元を押さえた。

 襲われたと認識したミカンは、すぐさま腰のベルトに装着されているボールに手を掛けようとするが、急に意識が遠のいていく。

 

(不味い! これは、“ねむりご――……)

 

 抵抗虚しく、意識は闇の中に落ちるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ヒトカゲ。寝る前にコーヒーなんか飲んでたら、眠れなくなるよ?」

「……カゲッ」

「いや、そんな『俺のブレイクタイムを邪魔するな』的な顔をされても……」

 

 ヒトカゲに毛づくろいをするライト。そんなリラックスできる時に、ヒトカゲは自らコップにコーヒーを注ぎ、それを飲んでいた。

 だが、コーヒーの成分のカフェインは覚醒作用がある為、寝る前に飲んだら興奮して眠れなくなるのは周知の事実であろう。

 それを訴えるライトであったが、ヒトカゲは『これは譲れない』とばかりにコーヒーを啜る。

 

「……上がったよ」

「あ、はい。じゃあ今から入りますね」

 

 風呂から上がってくるレッドは、下半身にジャージのズボンを穿き、上半身は裸体のままである。山籠もりと言う名の引きこもりをしていたレッドであるが、山で過ごしているだけあって一応引き締まっている。

 しっとりと湿っている黒髪をゴシゴシとタオルで拭く姿は、どこか艶っぽい気もする。

 レッドの下では、同じくピカチュウが体にタオルを巻いて、ゴシゴシと水気を拭き取っている。

 

 そんなピカチュウは、ライトのヒトカゲの横まで歩み寄り、ポンと肩を叩いた。

 

――ウチのリザードンも、アンタ位の時があったよ。

 

――そうなのかい?

 

 こんな感じの会話が聞こえてきそうな雰囲気であるが、ライトはとりあえず風呂に入りに行った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ~。まさか、灯台のポケモン盗みに来て、ジムリーダーが来るとはな。ちょっと焦ったが、何とかなったぜ……」

「へへッ。ついでにジムリーダーのポケモンも奪っちまうか?」

「いいな、それ。こいつは【はがね】タイプだったか?」

 

 灯台の最上階である部屋で、三人の黒づくめの男たちが話し合っていた。全身黒のタイツを身にまとい、黒い帽子を被るその姿は傍から見れば余りにも怪し過ぎる。

 胸の部分には、大きく『R』と描かれており、彼らがどういった組織に所属しているかを示していた。

 

 彼等は『ロケット団』。カントー・ジョウトを中心に活動している、悪の組織である。

 

 だが、ボスであるサカキと言う男が、三年前に解散を表明したため、現在は四人の幹部の手によって密かに活動をしているに留まっていた。

 戦力の補給が必要だと考えたロケット団は、とりあえずポケモンの略奪などに奔っていた。そして、今日灯台に居るデンリュウを奪う為に来たところ、アサギシティのジムリーダーが来てしまったという訳である。

 しかし、咄嗟に一人の手持ちであるモルフォンの“ねむりごな”をまとわせたハンカチで口元を抑え、そのまま眠りにつかせたという訳である。

 

「リュ~……リュ~!」

 

 部屋の隅では、アリアドスの糸によって蓑虫のようにグルグル巻になっているデンリュウ―――“アカリちゃん”の姿がある。

 友達であるミカンが、ピクリともせずに深い眠りに入っているのを見て、心配なのかが窺える。

 普段であれば、お得意の電撃を浴びせてロケット団を撃退出来ようが、現在進行形でアカリちゃんはアリアドスの【どく】を喰らっている為、体力が減っていた。

 目の下の隈が、アカリちゃんの体力の少なさを示していた。

 

 じたばたしようとも、アリアドスの糸の所為で動くことがままならない。

 時と共に次第に減っていく体力。

 

「リュ~……リュ!」

 

 残り少ない体力で何が出来るか考えていたアカリちゃんは、ある事を思いついた。

 次の瞬間、アカリちゃん尻尾の先端に付いている球体から、眩い光が発せられる。

 

「うわッ!? 何だ!? “フラッシュ”か!?」

「ちッ……このまま感づかれても面倒だ!! アリアドス! “ナイトヘッド”!」

 

 チカチカと光を発するアカリちゃんに向かって、ロケット団はアリアドスに“ナイトヘッド”を指示する。

 するとアリアドスは、その口から禍々しい色の光線をアカリちゃんに浴びせる。

 ただでさえ少ない体力が、どんどん削られていく。しかしアカリちゃんはミカンを助けるために、一定のリズムで発光し続けた。

 

 港町ならではの―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「カゲッ」

「ん? どうしたの、ヒトカゲ?」

 

 ポケモンセンターの部屋で、窓に張り付いて何やら指差すヒトカゲ。風呂から上がってきたライトは、ゴシゴシとタオルで濡れた頭を拭きながら、ヒトカゲの指差す場所を見つめる。

 そこはアサギのシンボルとも言える灯台。その最上階から、何やら光が点々と発せられている。

 

「……モールス信号?」

 

 モールス信号とは、長さの異なる符号の組み合わせで文字や数字を表すものであり、よく船乗りが連絡手段などに使うものでもある。

 アルトマーレでは舟を使う機会が多かった為、何度か見かけたこともあり、簡単な単語であればライトも知っていた。

 灯台からリズムよく発せられる光を、マジマジと眺めるライト。

 

「トトト・ツーツーツー・トトト……SOS?」

 

 発せられる光は、短い点滅と長い点滅、それぞれ三ずつ発するのを交互に行っているかのようなもの。

 それは『SOS』を示していた。舟から発するのであればまだしも、灯台の上からSOSを発信するなど、何が起こっているのやら。

 

 そう考えていると、ポケギアから電子音が鳴り響く。すぐさまポケギアに手を掛け画面を見るとそこには、今日番号を交換したばかりのアカネの名前が映し出されていた。

 

「はい、ライトです。どうしたんですか?」

『あ、ライトくんか!? ウチや! アカネや! なあ、ミカン知らへん? 幾らミカン家の前で待っても、ミカン全然来えへんのや』

「……確かミカンさんって、灯台に行くって言ってましたよね?」

『あぁ、そういえばそう言ってたなァ。それがどうしたんや?』

 

 嫌な予感が、ライトの脳裏に過る。

 

「……もしかしたら、灯台で何かあったのかもしれません。様子を見に行きましょう」

『え? どういうことや?』

「あとで、灯台の下で待ち合わせましょう。では!」

『あ、ちょ―――』

 

 アカネが言い切る前に、ライトは思わず電話を切ってしまう。

 そんな焦燥を浮かべているライトに、横でゴロゴロしていたレッドは、何事なのかというような顔を浮かべる。

 

「……どうしたの?」

「レッドさん。今から一緒に灯台に行ってくれませんか?」

「……ただ事じゃなさそうだね」

 

 ライトの顔色を窺い、レッドは直ぐにジャージから普段の服装に着替えようとする。そしてライトも、普段の服装に着替えると同時に、ヒトカゲをボールの中に戻した。

 そして一分も経たずに支度を終えた二人は、駆け足で部屋を後にしていった。

 

 向かうは灯台の先。

 



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第十六話 旅は道連れ世は情け

 夜中の灯台の下。そこには三人の少年少女達が居た。

 一人は元チャンピオン。一人はジムリーダー。最後に旅に出たばかりのトレーナー。かなり偏っている三人であるが、それぞれ神妙な面持ちで佇んでいた。

 

 全ては、ミカンが中々家に帰ってこない事に始まり、ライトが灯台から発せられる『SOS』のモールス信号を見たことに起因する。

 今はもう、ポケモンセンターを出る前に見えていたモールス信号は見えない。

 

 ライトの持っていたタマゴは、現在ポケモンセンターの専用の器具で保管されている。勿論、事が終わり次第返してもらう手筈だ。

 

 そして今は、レッドの手持ちであるエーフィが、三人に囲まれるように位置取りながら、あることをしていた。

 

「フィ~……」

 

 エーフィは瞼を閉じながら、額の宝石のような球を発光させている。デンリュウの光にも美しさであれば負けない光は、囲む三人を淡く照らす。

 今行っているのは、エーフィの予知能力を行使しての灯台の中の状況確認。そしてエーフィが予知した中の状況を、トレーナーであるレッドがサイコパワーにより共有している形になっていた。

 

 固唾を飲んで見守るライトとアカネの二人。数分続いた予知。それは、レッドが立ち上がることにより終わりを告げた。

 それを見届けた二人は、一刻も早く聞きたいという顔をして、レッドを見つめた。

 

「ど、どうやったん!? ミカンは無事なんか!?」

「……寝てるけど、怪我は無いみたい。だけど、ロケット団が三人集まってる」

「ロ……ロケット団!? あの有名な悪党共か!?」

 

 聞いたことがあるらしく、アカネはオーバーリアクション気味にのけ反る。それに対しライトは若干反応が薄めだ。

 暫くの間、アルトマーレで暮らしていたライトは、テレビなどは余り観なかった為、知らないのは仕方ないとも言えるが―――。

 

「……とりあえず皆下っ端そうだけど……エレベーターで行くは危ないかな」

「そうですね……エレベーターで行ったら直ぐにばれちゃいますもんね」

 

 レッドの言葉に、顎に手を当てて考え込むライト。ポケモンに乗って直接最上階まで行く方法を除けば、最も楽に上に行けるのはエレベーターだ。

 だが、エレベーターは仕様上、使われているのであれば他の階にも分かるように示される筈だ。

 さらにここは灯台。エレベーターと言えど、最上階に行くには時間がかかる。

 今言ったことと合わせると、エレベーターで向かうと直ぐにばれ、何かしらの対策をされてしまう。

 もしかすると、眠らされているミカンを人質にされるかもしれない。

 

「となると……階段ですかね……」

「えぇ!? ここ大分上らなアカンで!?」

 

 灯台の階段を上る事を口にするライトに、アカネがショックを受けているかのような顔を浮かべた。

 しかし、流石に状況が状況なため『ま、仕方あらへんか……』と頭を掻きながら納得するアカネ。

 一通り、上に行く方法が決まった所で、ライトが何かを思いついたかのように手をポンと叩いた。

 

「あの……ミカンさんを迅速に助けるなら、出来るだけ場は混乱してる方がいいですよね?」

「うん……まあ、そうだね」

「じゃあ、いい方法があります!」

「「……いい方法?」」

 

 

 

 ***

 

 

 

「おい……早く、このジムリーダーのポケモン奪ってトンズラしようぜ?」

「いやいや……このままコイツを人質に、ジムのポケモンもたんまり頂こうぜ?」

「いいなそれ! それなら、アポロさんにも褒められるぜ!」

 

 嬉々として語り合う三人は、これからどうするかについてをコソコソと話し合っていた。最初はミカンの持っているポケモンとアカリちゃんを奪い、さっさと逃げようと考えたが、このまま人質として更にポケモンを奪う事も思いついた三人。

 その顔は、まさに悪人といったような姑息な笑みが浮かべられている。

 

 先程まで“フラッシュ”を行使していたデンリュウも、アリアドスの“ナイトヘッド”により完全にダウンした。

 今は、隣のミカンと仲良く眠っている。

 

「……ん? エレベーター……動いてねえか?」

「ホントだ……誰だ?」

 

 話し合っていた三人だが、その内の一人が機械の駆動音を耳にする。そしてエレベーターの方に目を向けると、現在エレベーターが何回に表示される画面で、どんどん昇ってきているのが示されていた。

 三人の緊張感が高まり、各々が腰につけているモンスターボールに手を掛ける。

 

 じりじりと扉まで近づいていく。ミカンとアカリちゃんは、扉から離れている場所に安置されている為、誰も気にする様子はない。

 

 数十秒、固唾を飲む団員達。やがて、『チーンッ』という音と共に、エレベーターが現在の階まで来た。

 すぐさま手持ちを出せるようにと、開閉スイッチに手を掛け―――。

 

 

 

 

 

「ピッカ!」

 

 

 

 

 

「……ピカチュウ?」

 

 扉が開き現れたのは、元気に手を上げるピカチュウ。その愛くるしい姿に、誰もがホッと息を吐く。

 トレーナーも中に居る様子は無い。となると、野生がふざけて上がって来たのか。

 

 こんな愛くるしいポケモンにビクビクしていたのかと思い、三人は自分達が馬鹿馬鹿しく思い、緊張が解ける。

 そして次に、団員の一人が先程まで浮かべていた笑みを浮かべ、手をワキワキとし始める。

 トレーナーが居ないならば好都合。このまま捕まえて、更なる自分達の手柄にしてやろう。

 

 

 

 

 

―――そう思った矢先であった。

 

 

 

 

 

 

「ピィィイカ、チュゥウウウ!!」

「ギャ、何だ!? また“フラッシュ”か!?」

 

 瞬く光。それは、暗闇に慣れた三人の目を確実に潰していく。

 完全に油断しきっていた時の“フラッシュ”であった為、全員がその眩い光を真面に見て、怯んでしまう。

 ある者はその場で尻もちを着き、ある者はよたよたと後ろに後ずさりし、どことも分からない物にぶつかって転ぶ。

 

 混乱の一途を辿る最中、三人の耳にガラスが砕け散る音が鼓膜を揺らした。思わぬ音に全員が怯え、その方向を見ようとしても“フラッシュ”による目つぶしにより、未だに視界が朧げであった。

 

「ギャオオオオオ!!」

「ひぃい!? ポケモンか!?」

 

 ガラスが砕ける音に続き、三人の耳に届いたのは恐竜の咆哮。

 羽ばたく音に加え、先程砕けたガラスが吹き飛び散らばる音も聞こえる。

 三人は完全に逃げ腰になり、全員が顔を真っ青にしていた。だがそれは、ガラスを砕いたプテラに掴まれるようにして最上階にやって来たレッドも同じであった。

 

「後で請求されないかな……後で請求されないかな……後で請求されないかな……」

 

 念仏を唱える様にブツブツと呟くレッドは、プテラの足から放され、すぐさまミカンとアカリちゃんの下へと駆ける。

 その際に、エレベーターの前に居たピカチュウが俊敏な動きでレッドの下へと戻り、主人とミカン達をロケット団から守るように立ちはだかる。

 さらにレッドは手持ちのエーフィ、リザードン、カビゴン、ラプラスも繰り出し、完全な防御壁を自分とミカン達の前に構築する。

 

 漸く目が見えるようになったロケット団は、その屈強なポケモン達の壁を見て、目が点になった。

 

「な……なんだこいつ!?」

「つ…強そうなポケモンばっかだ! ヤベーんじゃねえのか!?」

「ひ、怯むんじゃねえよ!! 三対一だ!! 数で圧せば……―――!?」

 

 『数で圧せば勝てる!』。そう言おうとしたロケット団員の頬には、鋭い角の様な物が突き立てられていた。

 引きつった笑みのまま振り返ると、そこには在ったのは荒い鼻息を立てるケンタロスの姿。さらに奥には、ミルタンクやピッピ、そしてプリンが臨戦態勢のまま佇んでいた。

 

 さらに後ろから聞こえる仲間たちの怯える声に、逆方向に振り返ると鋭い鎌を構えるストライクが―――。

 

「……数で圧せば」

「何やってェ~?」

 

 二人ほどの声が聞こえる。

 恐る恐る声の聞こえた方向を見ると、灯台の非常階段の扉が開いており、少年と少女がボールを構えて立っていた。

 少年は兎も角、少女の方は自分達に負けない程のあくどい笑みを浮かべていた。

 

 完全包囲。

 

 じりじりと詰め寄ってくるポケモン達は、確実に自分達の手持ちよりレベルが高い。戦意喪失した三人は、涙を流しながら両手を上げて降参の意を示す。

 それを見たレッドは、ウンウンと頷いてピカチュウを見つめる。

 対してピカチュウは、わざとらしいあどけない顔で首を傾げる。

 

「……ピカチュウ」

「ピッカァ?」

「“でんじは”」

「「「ホビャアアアアアア!!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人のロケット団員は、ジュンサーさんが逮捕に来るまで【まひ】で痙攣して動けなかったと言う。

 

「……めでたしめでたし」

「ピッカァ!」

 

 因みに、灯台の最上階のガラスを割ったレッドと、作戦を考えたライトはジュンサーさんにそれなりに怒られたが、一先ず弁償代を請求されることは無かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 潮風香る、アサギの港。

 港には、カロス地方に行くための大きな船が海の上に浮かんでいた。カントー地方とジョウト地方を行き来する“サント・アンヌ号”も、これぐらい大きいことは確かだろう。

 そんな船と桟橋を繋ぐ橋の前で、ライトは昨日届いたキャリーケースを携えながら立っていた。

 

「……短い間だったけど、楽しかったよ」

「本当にありがとうございました!レッドさん!」

 

 握手を交わす二人。

 一週間にも満たない間、共に過ごしただけの仲だが、中々コンビとしては良かったと互いに思っていた。

 

 今日は、ライトがカロスに向かう為の船に乗る日。本来ならば、昨日アサギシティに着くつもりであったが、アカネのおかげ(?)により一日繰り上げで到着し、さらにはロケット団を捕まえるという経験までした。

 

 一昨日が忙しかった分、昨日はゆったりと過ごす事が出来た。レッドと共に町を周り、存分に町を楽しむことが出来たライト。

 思い出も充分作れ、次なる町に向かう準備は万端と言ったところか。

 

 名残惜しいが、レッドが付いて来てくれるのはここまでだ。

 

「……カロスでの活躍、期待してるよ」

「はい! 頑張って、リーグで優勝します!! そしてチャンピオンに成れたら……僕と……バトルしてくれますか?」

「……勿論」

「ッ……本当にありがとうございます!」

 

 にこやかにほほ笑むレッドに、ライトも目尻に涙を溜めながら礼をする。

 憧れに届いたら、憧れを超える為に挑戦する。それを今ここで宣言したライトを見て、レッドは昔の自分と重ねてしまう。

 

 初々しいが、それが実に良い。誰かに聞かれたら目の前の少年の姉に『お年寄りか!?』とツッコまれそうだが、それはそれでいいかもしれない。

 何て事を考えている内に、乗船時間まで後少しと迫ってきた。

 

 『そろそろ乗り込む準備を…』と、キャリーケースを持ち上げようとするライトの耳に、とある声が聞こえてくる。

 

『ちょっと待って~!』

「……あれ? ミカンさん?」

「……そうだね」

 

 一昨日、ロケット団に“ねむりごな”を吸わされ、昨日は検査入院の為に病院に居たミカン。

 彼女は、大量の汗を掻きながら大急ぎで二人の下に走ってくる。いつものワンピースで走っている為、ライトは『走り辛くないですか?』とツッコみたくてウズウズしている。

 

 それは兎も角、息も絶え絶えとなってやって来たミカンは、軽く二人に挨拶してライトの顔を見つめる。

 

「はぁ…はぁ……ライト君。これ……お礼と旅の餞別にと思って……!」

「は……はぁ……?」

 

 ポンと、右手に何かを握らされるライト。

 大きさに反し、ずっしりとした重みが伝わってくるそれは、恐らく鉄の類だろうとライトは思い至る。

 走って来て体温の上がったミカンのおかげで、握らされた物も大分温かくなっていた。

 

 手を開くと、手の平には円柱状の鉄の塊が握らされていた。

 

「これは……?」

「“メタルコート”って言うの。普通は持たせたポケモンの【はがね】タイプの攻撃の威力を上げるんだけど、特定のポケモンに持たせて交換すると進化するの。私のネールも、これでイワークからハガネールになったの」

 

 “メタルコート”なる道具を持たされたライトは、ミカンの説明に終始頷いて聞き入っていた。

 道具を持たせて交換するポケモンは、ライトは父から聞いたことがある。

 

「君のストライクにって思って……貰ってくれる?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 微笑みミカンに、ライトは素直に受け取る事を決めた。

 彼女がこう言うのだから、自分の手持ちであるストライクに持たせた方が良いのだろう。【いわ】、【こおり】対策に“はがねのつばさ”は覚えているので、持たせてデメリットは無い筈。

 貰った道具をバッグにしまい、満面の笑みでレッドとミカンを順々に見つめた。

 

「何から何まで、本当にありがとうございました!じゃあ、行ってきます!」

「……行ってらっしゃい」

「頑張ってね!」

「ピッカァ!」

 

 緩いレッドの声や、ミカンの溌剌した応援。そして愛らしいピカチュウの姿に癒されながら、ライトは船へと続く橋を渡っていく。

 タマゴは左腕に大事に抱きかかえられ、他の手持ち達同様にカロスに向かうつもりだ。

 

 ライトが船に乗り込むと、時間ギリギリだった為かすぐに橋は収納されていく。すぐさま階段を駆け上がり、感覚だけを頼りに甲板まで辿り着くと、既に二人と一体の姿は小さくなっていた。

 自分を見送ってくれる者達に向かって、ライトは精一杯手を振る。

 

 

 

 

 

 ずっと。ずっと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……別れると、会話枯れる」

「……ぷっ、ダジャレですか?」

「……気付いた?」

「はい。何となくでしたけど……」

「ライト君なら点数を付けてくれる」

「そうなんですか?じゃあ、今のだと何点くらい貰えるんですかね?」

「う~ん……三十五点くらいかな……?」

「ぷっ、ふふふ……結構厳しいんですね」

「うん……また今度会ったら、ツッコミが欲しい」

「……そうですね」

「……頑張れ。ライト君」

 



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第十七話 都会はつらいよ

 

 

 

「ふぅ~……ここがミアレシティかァ」

 

 とある建物からキャリーケースを引きながら出て来るのは、先日アサギシティを船で出航したライト。

 そして彼が出てきたのは、ミアレシティに存在する空港であった。

 

 何故、アサギシティで船に乗っていたのに、こうして空港に着いているのか説明しよう。まずカロス地方は、船だけで行くとするのであればかなり距離があり、一か月ほどかかってしまう。

 それでは、とても約束の時間にまでミアレシティに着くことなど出来ない。そこでブルーが推奨したのが、ホウエン地方経由でカロス地方に行くというものである。

 詳しく説明すると、ブルーがホウエン経由のカロス行きのプランを練っていた。それにただライトが則って動いただけ。

 

 因みに、アサギシティからホウエン地方のミナモシティに着くまで、大よそ一日。そしてミナモシティから出る便に乗って、ミアレシティに着くまで半日。

 実質、二日程度しか経っていないが、ライトは慣れない飛行機によってそれなりに疲れていた。

 

「……これが時差ボケ……」

 

 今まで感じたことのない虚脱感に襲われながら、ライトはポケモンセンターを目指して歩み出す。

 地理は解らないが、道行く人々に話を聞けばポケモンセンターの場所は聞ける筈。そう言った地域の人々との関わり合いこそ、旅の醍醐味とも言えよう。

 そんな事を一人で勝手に納得しているライトは、両腕にタマゴを抱えながらあちらこちらを眺める。

 

「都会だなァ~」

 

 何度か、カントー地方で一番の都会であるヤマブキシティに行ったことがあるが、ミアレシティはより都会であるように思える。

 

(う~ん……でも“お洒落”って言った方がいいかなァ~?)

 

 石畳の街並みを歩きながら、ライトは思う。

 石畳然りレンガの家然り、只単に構想ビルが立ち並ぶのではなく、所々にあるカフェや植木、噴水などの要所がいちいちお洒落に見えてくるのだ。

 まるで田舎から出てきた若者(実際そうなのだが)のような感性のまま、街並みをその目で見て楽しむ。

 太陽が燦々と降り注ぎ、それが白い石畳が反射して町全体が明るく見えるのも、町を造り上げる際に考えたのだろう。

 職人の技とでも言おうか。拘っているの一言しか出てこない。

 

「メェ~」

「ん? ポケモン?」

 

 進んでいると、目の前に一匹のポケモンが現れる。

 首回りと背中に木の葉が生い茂っているように見える、山羊のようなポケモン。その円らな瞳でライトの事を眺める。

 こうして近付いて来るのだから、警戒心は特に持っていないのだろうと思い、右手を差し伸べて首を撫でてみる。

 すると、目の前のポケモンは気持ちいいのか、甘えるような鳴き声を上げながら、ライトの手に寄り添うように首をスリスリとさせる。

 

「かわいいなァ~。何て言うポケモンなんだろう? カロスのポケモンかな?」

「そのポケモンは“メェークル”って言うのよ」

「へぇ~、メェークルって言うんですか……って、え?」

 

 突如、後ろから聞こえてくる聞き慣れない声に、ライトは緊張した表情で振り返る。

 そこには、前髪の一部が特徴的にカールされている、大人な雰囲気の女性が立っていた。シャツとレギンスを身にまとい、動きやすそうな格好だ。

 肩には、黒い耳が垂れていて黄色い皮膚のポケモンが乗っている。

 

「えっと……どちら様ですか?」

「あら、ごめんね。私、ミアレ出版って言う会社で働いているジャーナリストで、“パンジー”って言うの。名刺、渡しておくわね」

「あ、ありがとうございます」

 

 やや戸惑い気味に名刺を渡され見てみると、確かにミアレ出版と言う会社の人であるように書かれていた。

 だが、何故そのような人が自分に声を掛けて来たのかと疑問になり、ライトは首を傾げる。

 悩むライトに、パンジーは得意げな笑みを浮かべて、ライトの事を指差す。

 

「君の事、少し当ててみるわ」

「え?」

「君はミアレ……ましてやカロス出身じゃない。そして、ここ最近カロスに来たばかり。そして……今年のポケモンリーグを目指して、これから地方を旅する。違う?」

「え、あ……凄いです! その通りです……けど、どうして分かるんですか?」

「うふふ! 最初の二つは、君の挙動とか荷物を見れば分かる。だけど最後のは完全に私の勘だわ。でも、君が良い目をしているのは分かる」

「はぁ……」

 

 パンジーの中々な洞察力を前に、ライトは感嘆の息を漏らした。

 確かにライトはミアレに来てからというものの、あちらこちらに目を移していた。そんな者大抵、この地域に来て初めての者がする事だ。

 さらに荷物。こちらは、キャリーケースを引っ張っていると言うところがミソである。町と町の移動であれば、大抵の者はバッグに詰め込む程度の物で済む。しかし、ケースを引っ張ると言うのはそれなりの荷物であり、楽なのは車で運ぶのだが、ライトはそうしていなかった。

 つまり、ライトはカロスの他の町からではなく、直でミアレに来たという事が分かるのだ。その方法として、第一に空港が挙がる。

 

 そのような事を一瞬で分かるとは、流石ジャーナリストと言ったところか。

 だが、最後の事に関しては完全に個人の経験的なものであり、中々分かるものでもない。何故それを、このパンジーと言う女性は分かったのか。

 

「妹がジムリーダーをしてるから、いいトレーナーには聡いのよ。私」

「ジムリーダー……?」

「そう。ミアレを南に行ったところの、ハクダンシティって言う町のジム。【むし】タイプ使いで、カメラマンをしてるのよ」

 

 妹がジムリーダーというカミングアウトに、呆気にとられたように口を開くライト。

 確かに、妹をジムリーダーに持っているのであれば、先程の目云々も納得できるような、出来ないような―――。

 それは兎も角、ジムと聞いた途端に時差ボケの虚脱感が一気に晴れ、闘志というものが溢れ出てくる。

 

 ライトの闘志が辺りにも溢れていたのか、パンジーは笑みを浮かべ、何故かメェークルも興奮気味になる。

 すると、提案するかのように人差し指を立てて、パンジーは語り始めた。

 

「どう? リーグに挑戦するなら、始めにハクダンジムに行ってみるって言うのは」

「う~ん……でも、荷物……」

「あッ……確かにねぇ……ホームステイとかを利用してるのかしら?」

「えっと、留学を使ってプラターヌ博士の所に……」

「あら、プラターヌ博士の所?だったらすぐ近くだし、案内するわよ?」

「いいんですか?」

「ええ、勿論! 博士とは面識もあるわ」

 

 若干親切過ぎる気もするが、案内してくれるというのであれば、そうしてもらうのが一番いい。

 タクシーを使う手もあるが、意外とタクシーはお金がかかってしまうもの。出来るだけ徒歩で済ませたいというのが、上京したばかりの者の心境と言ったところか。

 先程、『私の勘』とパンジーが言ったように、ライトも自分の勘によれば目の前の女性が悪い人には見えない。明らかに何かを企んではいそうだが、そう悪い内容でもなさそうである。

 ここは素直に、大人のお姉さんに従っておくべきだと考えるライト。

 

「…じゃあ、お願いしていいですか?」

「いいわよ。早速行きましょう」

 

 そう言って、歩んでいくパンジーに付いて行く。

 すると、パンジーの背中に乗っているポケモンがライトに向かって小さな手を振る。カントー地方やジョウト地方では、見たことのないポケモンだ。

 

「パンジーさん。その肩に乗っているポケモンは何て言うんですか?」

「この子? この子は、“エリキテル”って言うのよ。日光浴が大好きで、それで食事を済ませちゃうときもあるの」

「光合成みたいですね……」

「うふふ、そうね。でもこの子は【でんき】と【ノーマル】タイプだから、光合成って言うよりは、太陽光発電って言った方が正しいのかしら?」

「へぇ~……」

 

 好奇心に目を輝かせるライトに、パンジーは口元を押さえながら微笑む。無邪気に質問してくる子と言うのは邪険に出来ないものであり、知っている事であれば何でも答えたくなってしまう。

 それがジャーナリスト―――『マスコミ』である自分の性なのだろう。

 そんな他愛のない事を思いながら、パンジーはライトの瞳を見つめる。

 

(この子には、ピンと来るものがあるのよね……!)

 

 長年、ジャーナリストをやって来た自分の勘が、彼を見たときから何かを訴えている。

 

(今にでも、こうやって交友を深めておくのがいいと、私の勘が言っているわ……!)

 

 今の内に関係を持っておけば、後に取材をするときに役に立つ。そんな大人の事情を思い浮かべながらも、パンジーは彼のトレーナーとしての素質を見抜いていた。

 もしかすると、もしかするかもしれない。

 

 そんな期待を持ちつつ、パンジーはプラターヌ研究所に向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん? インターホンか……誰だろう?」

 

 ミアレに佇む一つの研究所。

 そこで黙々と論文を書き進めようとしていたプラターヌの耳に、玄関から鳴り響くインターホンの音が入ってくる。

 今日、誰かが来ると言う連絡は入っていない故のプラターヌの反応だ。

 部屋に用意されている、玄関の様子が見えるモニターのボタンを押すと、画面には一人の女性の顔が映る。

 

「ああ、パンジーさんじゃないですか。どうなされたんですか?」

『日中、アポも無しに失礼します、プラターヌ博士。町で、博士の下に留学に来たと言う少年を見つけて、連れてきたんですよ』

「ウチに……? もしかして、ライト君がそこに居るのかい?」

『あ……はい。僕がライトです』

 

 パンジーの横から、にゅっと出て来る少年が一人。

 漸く、オーキドが推薦したという少年を見る事が出来、プラターヌは若干の高揚のようなものを覚えた。

 予定より少し早いが、そんな事はどうだっていい。こうして少年が一人でこちらに来たのだから、早々に研究所兼自宅である建物に入れようと考えた。

 

「今すぐそっちに行くよ。色々話したい事もあるしね」

 

 そう言って一先ずモニターを切り、大急ぎで玄関まで駆けて行く。

 タタタッ、という軽快な足音は、玄関前で待機している二人にも聞こえてることだろう。数十秒もすれば、プラターヌは玄関まで辿り着くことが出来た。

 鍵を開け、扉を開くとそこには待ちに待っていた少年が、少し恥ずかしそうに立っている。

 

「君がライト君だね! 初めまして、僕がプラターヌさ!」

「改めまして初めまして。僕がライトです。よろしくお願いします!」

「うん、いい元気だ! とりあえず長旅で疲れてるだろうし、中に入ってくれ!パンジーさんも有難うございます。お茶でも如何ですか?」

「いえ、今日はもう失礼します……ライト君。ちょっといい?」

「あ、はい」

 

 扉を潜って研究所の中に入ろうとするライトに、手招きをするパンジー。

 

「もし、ハクダンジムに挑むときは、事前に私に電話して頂戴ね!名刺に書いてあるから、お願い!」

「わ、解りました……!」

 

 パンジーの気迫に押されたまま了承すると、安堵した顔を浮かべてパンジーは一礼し、研究所を去って行った。

 今の言葉を聞く限り、やはり何かを考えているようだが、今は特に気にすることでもなさそうだろう。

 後ろに振り返ると、ニコニコと爽やかな笑みを浮かべたプラターヌが佇んでいる。研究者として、比較する対象に父が居るがここまで爽やかではない。

 同じ研究者と言っても、ここまで雰囲気が違うのかと複雑な気持ちになる一方、漸く旅の始まりに立てたような気がして心が躍る。

この研究所こそ、ライトの旅の拠点となる場所なのだ。

 

「お邪魔します!」

「うん! お邪魔してって! ライト君は紅茶がいいかな? それともコーヒー派かな?」

「えっと、僕は紅茶が……ってヒトカゲ!?」

「おや? ああ、この子が君の選んだヒトカゲかい!? 元気そうで何よりだ!」

 

 ライトが開閉スイッチを押していないにも拘わらず、外に飛び出して来たヒトカゲ。こうやって飛び出して来たのには、とある理由がある。

 その理由が解っているからこそ、ライトは苦笑いを浮かべ、そんなライトにプラターヌは怪訝な表情を浮かべた。

 

「あの……ヒトカゲはコーヒーがいいそうです」

「コーヒーを飲むのかい?ヒトカゲが?」

「はい。自分で淹れるくらい……」

「マーベラス……! ポケモンが好んでコーヒーを飲むなんて、初耳さ!」

 

 何故か、ヒトカゲがコーヒーを飲むという事に感動しているプラターヌ。やはり珍しい事なのかと、ライトは何とも言えない顔で手持ちの一体を見つめる。

 無類のコーヒー好きであるこの子が、先程の言葉に反応しない訳がない。

 一先ずの感動を抑えたプラターヌは、再びライトの顔を見つめて語り出す。

 

「今日はデクシオもジーナも出かけてしまっていて、四人で話せないのが残念だが……まず君に渡したい物がある!」

「渡したい物……?」

 

 『渡したい物』と聞いて首を傾げるライトに、『いいリアクションだ』と言わんばかりに首を頷くプラターヌ。

 そしてバッと両腕を開いて言い放った。

 

「そう! ポケモン図鑑さ!」

 



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第十八話 高飛車じゃなくってよ!!

 

 

 

 

 

「これが……ポケモン図鑑」

 

 部屋まで連れてこられ、プラターヌから渡された赤い機械に、ライトは目を大きく見開いて眺める。手に取ってみると、そこまで重い物でないが、握りしめる手には緊張によって力が入った。

 旅に出る年少のポケモントレーナーであれば、一度は夢見るであろう機器。

 

 その名も、『ポケモン図鑑』。

 

 ポケモンに翳すだけで、あら不思議。そのポケモンの名前や特徴などの詳細が、一瞬にして提示されるというハイテクな機械なのだ。

 自分の姉でもあるブルーも、オーキドが最初期に開発した図鑑を、未だに大切に保管している。

 

 姉も大事にしている機器に目を輝かせているライト。プラターヌは柔和な笑みを投げかけた。

 

「それは、君の他に居るもう二人のトレーナーの為に、三つ用意した内の一つさ。旅に出た際は、是非それを活用してくれると嬉しい!」

「あ……ありがとうございます!」

 

 渡してくれた博士に対し、綺麗に腰を九十度曲げて礼をする。

 自宅兼研究所を旅の拠点にしてくれたり、ポケモン図鑑を用意してくれたりと、至れり尽くせりで、ライトは頭を下げる事しか出来ない。

 横に居るヒトカゲも、うんうんと頷いて何かを納得しているように思える。

 

「そうだ、ライト君! お昼はもう食べたかい? 折角なら、カプレーゼを作って一緒に食べよう!」

「か……かぷれーぜ……ですか?」

 

 カフェオレか何かの仲間なのかと考えるが、勿論飲み物ではない。だが、人生で初めて聞く単語に、ライトは戸惑いを隠せない。

 目を丸くする少年に、プラターヌもどうしたのかと首を傾げる。

 

 その後、スライスしたトマトとモッツァレラの他に、バジル、オレガノなどを添え、塩と胡椒とオリーブオイルをかけて食べたカプレーゼは、お洒落で尚且つ美味しかったという。

 

 

 

 ***

 

 

 

「んもう! 酷い目に合いましたわよ!」

「……まあ、お互い一体ずつ捕まえられたし、良かったんじゃないかな?」

「……ふふん! あたくしのフシギダネに続くパートナー……ミツハニー! 大事に育てて、エレガントでフレグランスなチームを作り上げてみせますわ!」

(確かに、甘い香りがしそうな手持ちだけど……)

 

 これ見よがしにボールを見せつけるジーナ。その顔には、べとべとに蜜のような液体が付いているが、下手に擦れば顔全体に広がる為、そのままにしている。

 因みに顔に付いているのは、ミツハニーを捕まえようとした際に付けられた、甘い蜜。近くに寄ると、美味しそうな甘い匂いもするが、決して本人の前で言ったら駄目だと、デクシオは心の中で考えていた。

 

 ジーナに対し、デクシオも4番道路で捕獲に昼過ぎまで勤しんでいた。初めてのパートナーとの、ちょっとした捕獲旅に出た雰囲気だ。

 彼が捕まえたのは、これまたいい香りがしそうな『スボミー』というポケモン。見ていると癒されるような小さなポケモンだが、博識な彼は進化先を見越して、このポケモンを捕まえた。

 

 ゼニガメの最終進化は『カメックス』。そして、スボミーの最終進化は『ロズレイド』。【くさ】・【どく】タイプのロズレイドは、カメックスの苦手なタイプである【くさ】・【でんき】に有利に立ち回れるのだ。

 ポケモンリーグを目指す以上、手持ちのタイプは偏っていない方がいい。

 

 出来れば、生息している筈の『ラルトス』も捕まえたかったというのが本音であるが、いなかったものは仕方ないだろう。

 

「はぁ……兎に角、今日は疲れましたわ!早く研究所に帰って、シャワーでこの蜜を洗い流したいでものです!」

「折角だし、そのままにしていれば? 虫ポケモンが寄ってくるんじゃないかな?」

「何か言いましたか、デクシオ?」

「いや、何も」

 

 キッとした睨みを向けてくるジーナ。ミアレでも、そこそこの会社の社長令嬢である彼女の言葉遣いは丁寧であるが、どこか棘がある。

 長い付き合いではあるが、時折見せてくるこの睨みには未だ慣れない。

 

 ふくれっ面になるジーナは、わざと大きな足音を立てながら、プラターヌ研究所へと歩いていく。

 だが、進んでいく途中で、道端で寝ていたメェークルが甘い香りに誘われ近寄っていくため、デクシオは笑いを堪えるのに必死になっていた。

 だが、ズンズンと歩いていくジーナは、ふと立ち止まった。

 

「……おや? あれは博士と……誰ですか?」

 

 ミアレで有名な焼き菓子“ミアレガレット”を販売している店の前で、並んでいる人物の内、自分達にポケモンと図鑑を託してくれたプラターヌの姿が。

 しかしそのすぐ横に、親しそうに話す一人の少年の姿もあった。

 暫し、顎に手を当て考えるジーナであったが、薫ってくる香ばしい香りに釣られ、自然と足は前へと進む。

 

「プラターヌ博士~!」

「お、ジーナとデクシオじゃないか……って、その顔はどうしたんだい?」

「き……気にしないで下さいまし、博士」

「僕、ウエットティッシュ持ってますけど、使いますか?」

「あら、紳士ですわね。ここは有難く使わせてもらいますわ」

 

 プラターヌの横に立っていたライトが、肩から下げているショルダーバッグの外ポケットの一つから、ウエットティッシュの入ったケースを取り出し、一枚差し出す。

 それを若干紅潮した顔で受け取り、ジーナは顔に付いている蜜を拭き取り始める。

 

 ジーナが顔を拭き終わるのを待ち、四人は顔を合わせた。

 

「偶然だけど、ここで皆揃ったね! この子が前に言った、留学に来た子のライト君だ! 仲良くしてやってあげてくれ!」

「まあ、この子がライト君でしたの? ……どこかで会いましたっけ?」

「え? いや、初対面だと思うけど……どうかしたの?」

「何故か既視感がありますわ……まあ、それはいいとして、麗しいあたくしの麗しい名前はジーナ! 見ての通り、ポケモントレーナーですわ!」

 

 既視感があるというジーナは、一先ずそれを置いておき、自己紹介し始めた。胸を張るその姿。もう少し背中を反れば、逆に見上げるかのような苦しい姿勢を取っている事は、敢てツッコまないようにと考える。

 あと、先程まで蜜がたっぷり付いていた所為か、凄まじく甘い香りがしたのもツッコまないようにした。

 そんなライトの前に、今度はデクシオが一歩出て来る。

 

「はは……僕はデクシオ。よろしく、ライト君」

「あっ、よろしく。デクシオ君」

「……う~ん、君付けは堅苦しいかな?自分で言い始めて何だけど」

「そう……だね。じゃあ、お互い君付けは無しにしようか! よろしく、デクシオ!」

「うん、ライト!」

「ちょっと! あたくしには無かったやり取りですわ!」

 

 少年二人、意気投合しているところに、納得の行かない顔でジーナが割り込む。

 再びふくれっ面になるジーナに、同じように困ったリアクションを取る二人。

 そんな三人の下にプラターヌは、ミアレガレットがたくさん入っている袋をちらつかせて、注意を惹いてみる。

 

「早速、仲良くなって何よりだよ。でも、一旦は研究所に行ってからにしようか」

「「「はい!」」」

「うん! いい返事だ!」

 

 同時に返事をする少年少女達に、プラターヌも笑顔を浮かべ、一旦帰路に着く。

 

 

 

 ***

 

 

 

 研究所に戻った四人。各々の手持ちを見せ合いながら、買ってきたミアレガレットと紅茶やコーヒーを飲み、ブレイクタイムをとっていた。

 そんな中、プラターヌはライトの手持ちの一体であるヒンバスに興味を向けている。

 

「ヒンバスか~! 確か、ホウエンやシンオウの方に生息しているポケモンだね! ははッ、久し振りに見たよ!」

「ということは、以前も見たことあるんですか?」

「ああ! まだナナカマド博士の下で研究していたころに、確か……誰が持っていたんだっけな?」

 

 肝心な部分を思い出せないプラターヌに、身を乗り出して話を聞いていた三人はずっこける。

 暫くプラターヌが思い出すのを待っていたが、本人が『今度教えるよ』と口にした為、一旦引き下がることにした。

 そして『それよりも』と、プラターヌは三人の顔を見渡す。

 

「やっぱり皆は、各地のジムを巡りに行くのかい?」

「勿論ですわ! あたくしも、カルネさんのように麗しく強い女性になれるよう、旅に出るつもりです!」

「僕も、ポケモン達との絆を深める為に、旅に出るつもりです」

「……僕も、ある人とチャンピオンになると約束したので、ポケモンリーグに出場するためのジムバッチを集めます」

 

 ジーナを始め、デクシオ、ライトも旅に出る旨をプラターヌに告げる。それをウンウンと頷きながら聞いた博士は、にこやかな表情を浮かべる。

 若いのであれば、この位の好奇心や夢を持つのが素晴らしい。そんなことを言いそうな顔のまま、紅茶を一啜りした。

 

「うん! 君達の夢を、私は全力で応援するつもりさ!知りたい事があれば、何でも訊いてみてくれ!」

「それでは博士! 一番初めに挑んだ方が良いジムはどこでいらっしゃるでしょうか!?」

「そう来るんだね、ジーナ……まあ、私はハクダンジムを推してみるよ。ジムの隣にはトレーナーズスクールもあることだし、色々学べるんじゃないかな?」

 

 一番初めに挑むべきジム。その候補に一先ずハクダンジムを挙げるプラターヌ。

 その言葉に、ジーナも『ほほう……』と口元をにやけさせ、何やら思案を巡らせているようだ。

 恐らくジーナとしては、『一番簡単にジムバッチを手に入れる事が出来るのはどこか』というニュアンスであっただろうが、プラターヌは純粋にメリットを考慮しての選考になっている。

 

 ハクダンジムは、そこに挑むのであれば是非連絡をくれる様にと、パンジーに頼まれた場所でもある。

 【むし】専門のジムであれば、【ひこう】を有すストライクや、【ほのお】を有すヒトカゲが手持ちに居るライトは、タイプだけ考慮すれば比較的簡単にバッチを手に入れる事の出来るはずだ。

 だが、一筋縄ではいかないのがポケモンジムと言う場所。自分の苦手タイプを、タイプエキスパートと呼ばれるジムリーダーが対策を練っていないとは考えられない。

 

(でも、折角博士の勧めだから、僕も行ってみようかな)

 

 しかしライトは、最初のジムはハクダンに決めた。単純に、今の手持ちの構成上、有利にバトルを進められるのを考慮したのと、彼が言ったトレーナーズスクールが気になったからだ。

 

「博士。じゃあ僕は、最初にハクダンに行ってみます」

「むっ! あたくしが訊いたんですのよ!」

「まあまあ……じゃあ皆で行ってみることにしない?」

 

 ライトの言葉に過敏に反応したジーナを、デクシオが宥める。姉とは違った方向性で活発な少女に、ライトも思わずタジタジになるが、慣れればどうってことはなくなるだろう。

 すると、三人で行くと言う提案に、プラターヌは目を光らせた。

 

「マーベラス! 夢の始まりは三人で同時に、という事だね!? うんうん! 折角なら、三人で助け合いながら、ジムを攻略してみてみるといいかもしれないね!」

「う……博士がそう言うのであれば、あたくしも協力して差し上げなくもないですわよ、ライト!」

「うん。よろしく、ジーナ!」

(……真面目で素直な方だとやり辛いですわね。これだとあたくしが、ただの高飛車な女になってしまいますわ……)

 

 自分の申し出に素直に手を差し伸べて応じるライトに、ジーナは若干の焦りを覚える。あくまで自分は、麗しく強いトレーナーになりたいだけであって、高飛車な女にはなりたくない。

 元々こういう性格であることを自覚しているだけ、自分の態度は度々気にしている。

 

 とりあえず、自分の第一印象が悪いと勝手に思い込んだジーナは、テンパっていながら、ぎこちなく笑みを浮かべ、差し出された手を握って握手を交わす。

 

「よ、よろしくお願いしますわ!」

 

 そんな二人を、苦笑いで見つめるデクシオ。あの彼女がここまで丸め込まれるとは、と考えているのだ。

 高飛車な言動が目立つジーナであるが、実際はそうでもない。只、口調が高圧的なだけであって、中身は普通の少女であるだけ。

 普通の応対を取られれば、ジーナもそうせざるを得なくなる事を、長年の付き合いで今日初めて知った。

 今度から、そういう態度をとってみようと心に決める。

 

 そんなトレーナーたちの後ろでは、手持ちのポケモン達が楽しそうにミアレガレットを頬張っている。

 だが、中でもコーヒーを飲んでいるヒトカゲは、やはり異質な雰囲気を放っていた。器用に右手でカップを持ちながら、左手にはミアレガレットを握っていた。

 しかし、その菓子を食べているのはヒンバス。ヒレで上手く掴みとれない彼女の為に、紳士的な態度で食べさせてあげているのだ。

 

「……♪」

 

 笑顔でミアレガレットを食べるヒンバス。その横では、コーヒーの香りを楽しんでいるヒトカゲ。

 慣れた光景だと、一人離れた所で菓子に手を付けるストライク。

 

 中々個性的なメンツだと、他のポケモン達は眺めるのであった。

 



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第十九話 家に帰るまでが遠足

 4番道路・パルテール街道。

 ミアレシティを南下するとある自然と人工物の完全な調和を目指した庭園が軒を連ねる、美しい街道だ。

 道を行く途中には、パールルを模した噴水も置かれており、上に噴き出す水が風に煽られると、水気を含んだ空気が三人の下に流れてくる。

 

 三人とは、ハクダンシティを目指して歩むライト、デクシオ、ジーナであり、横一列に並んで軽快な足取りのまま、空気が澄んだ道を進んでいく。

 カロス出身の二人からすれば、何度も見たことのある光景であるが、アルトマーレからやって来たライトからすれば、ここまで綺麗に舗装されている道を目の当たりにし、一種の感動のようなものを覚えていた。

 

「なんて言うか……お洒落だな~」

「ふふん! そうでしょうとも!これがカロス地方ですわよ!」

「別にジーナが自慢するようなことじゃないと思うけど……」

「何か言いましたか、デクシオ?」

「いや、別に……」

 

 素直に感想を述べるライトの横で、普段の漫才のような会話を繰り広げる二人。

 二人は置いておき、周囲を見渡すライトの目には好奇の光が点っており、見たことのないポケモンも庭園の脇から姿を現しているのを見て、心を躍らせていた。

 そしてレディバ以外は、一度も見たことが無いポケモンという事もあり、ライトは早速ポケットから赤い機械を取り出す。

 

「フラ?」

「よし……あの子で試してみよう!」

 

 植木の脇から顔を覗かせる、花に乗ったポケモンに、図鑑の液晶画面を翳すと、すぐさま目の前のポケモンが何なのかということが検索される。

 

『フラベベ。いちりんポケモン。気に入った花を見つけると、一生その花と暮らす。風に乗って気ままに漂う』

「へぇ~、フラベベって言うのか……」

「そうですのよ!フラベベは、現在研究が進められている【フェアリー】タイプのポケモン!」

「うわあッ!? ビックリしたァ……」

 

 突然、横から顔を近付けて解説し始めるジーナに、思わずライトは肩を揺らす。そんな苦笑いを浮かべる少年に対し、褐色肌の少女は目をキラキラと輝かせ、鼻息を荒くしながら更に語る。

 興奮の余り、何故かライトの手を握るジーナに、止めるのも申し訳ないと聞き手に回るライト。

 

「【かくとう】、【あく】……そして、あの【ドラゴン】タイプにも有利という神秘のタイプ! 元来【ノーマル】と疑わなかったピッピなども、【フェアリー】タイプであるとされ、これまでのタイプ相性が見直される結果となりましたのよ! さらにさらに、このカロス地方にも、そんな発見間もない【フェアリー】タイプのジムが……――!」

「ジーナ……ライトが困ってるよ?」

「ん? ……あッ、申し訳ございませんわ。柄にもなく興奮してしまいました……ごほん」

「はははッ……気にしないで……」

 

 デクシオに指摘され、恥ずかしそうに咳払いするジーナに、ライトの苦笑いも止まらない。

 とりあえず、彼女がポケモンについてかなり熱心であるということは充分に伝わった。しかし、そのような困った顔を浮かべるライトも、心の中では【フェアリー】タイプという存在について、思案を巡らせているところであった。

 カロスに来る以前に、その一つのタイプ以外の相性は網羅していたつもりであったが、どうやら再び考え直す事が必要らしい。ジムがある以上、【フェアリー】についてはすぐにでも対処を考えなければ―――。

 

「ライト。呆けるのもいいですが、もうすぐハクダンに着きますわよ?」

「……あれ? もう?」

「ええ。意外と、のんびりさんなんですわね。貴方って」

 

 グルグルと考えが巡っていた頭にジーナの声が響き、ライトは現実に戻らされる。彼女の言う通り、顔を上げて少し遠くの方に目を向けると、既に町と思われる建物が幾つも建てならんでいた。

 石畳と、石造りの建物。装飾もかなり凝っているという、ジョウトとは一味違った趣を感じ取れる。

 そして、三人の中で一人だけ女性のジーナが、自分こそ一番にと言わんばかりに駆け出す。

 

「さあ! まずはジムに行って、挑戦の予約を致しますわよ!」

「え? まずはトレーナーズスクールじゃ……」

「ジムは意外と混むんですわよ!? 悠長にしていたら、挑戦の予約が出来なくなってしまいますわ! ほら、行きますわよ!」

 

 強引に手を引かれるライトとデクシオ。成長期の都合上、ジーナは二人よりも力がある為、そのままグイグイと連れて行かれる。

 てっきりトレーナーズスクールに向かうと思っていたライトは、目を大きく見開きながら、引かれるがままハクダンシティに向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……これは予想外でしたわ」

 

 何やら気落ちしているジーナ。そんな彼女に対し、取り繕ったような笑みを浮かべるがどうやっても苦笑いにしかならない。

 彼等は、明日のジム戦の予定をすることはでき、次の意気揚揚とトレーナーズスクールに向かったのだが、ここでジーナが口にしたように予想外の出来事が起こった。

 

 建物に残っていた職員が、三人にこう言い放ったのだ。

 

『今日は、デトルネ通りの方に課外授業なのよ~』

 

 『デトルネ通り』―――ハクダンシティを東に出ると存在する22番道路のことだが、生憎教職員や生徒のほとんどがそちらに出かけており、今日は休校ということになっているらしい。

 魂が抜けるのではないかと言う程深い溜め息を吐くジーナ。トボトボと歩くその姿は、酷く弱弱しい。

 

「ジ、ジーナ……気分転換に皆でカフェにでも行くかい?」

「今はいいですわ……」

 

 デクシオの提案を断るジーナは、ハクダンのポケモンセンターへと一直線に進んでいる。今朝ミアレシティを出て、まだ正午を周っていないのだが、すでに今日は活動を停止しようとしているらしい。

 何とか、そんな彼女を元気づけようと、ライトは明るい声を発しながら、デクシオとは違う方向性の提案を挙げる。

 

「そうだ! 折角なら、そのデトルネ通りの方に行ってみようよ! 野生のポケモンとかも見れるかもしれないし……あッ、トレーナーもいるかもしれないよ? それだったら、明日のジム戦に備えて練習も出来て一石二鳥じゃない?」

「野生のポケモン……トレーナー……?」

「う、うん! そう!」

「……そうですわね! ああ、時間を無駄にするところでしたわ! キュートなポケモンや、エレガントなポケモンがいるかもしれませんし……そう考えるとこうして居られませんわよ! 早速ゴーですわ!」

 

 ライトの言葉が発破に繋がったのか、先程の陰気くささはどこへやら。再びテンションMAXで二人を置いて駆け出そうとする。

 何と言うか、浮き沈みが激しい人物だ。

 見ていて楽しい人物ではあるが、付き合わされる方は実に大変であろうと、デクシオの方へと若干憐れみを込めた視線を送るライト。

 その意図を汲んだのか、呆れた笑みを浮かべるデクシオはかなり大人びている。

 

「あぁ……デトルネ通りには確かシシコが居た気が……ゲットして、ビオラさん対策に育て上げますわ!」

((元気だなァ……))

「二人共! ボーっとしてないで、早く行きますわよ!?」

 

 落ち着きがないというか、なんというか。ポケモンに傾ける情熱は、周囲に居る者を暑苦しく感じさせるものがある。

 終始振り回され気味の二人であったが、とりあえずジーナが元気になったということで、良しとすることにし、同時に駆け出した。

 タマゴを抱えている為、若干走る速度は隣のデクシオに及ばないものの、ライトは前に行く二人の背中を追い掛ける。

 

 呼吸する度に吸いこむのは、まだ降り立ってから一日程度しか過ぎていない新天地の空気。

 胸の鼓動が高鳴るのは、走っているからだけではなく、これから走る先に存在するであろう新たな発見への期待。

 彼の心中を表すかのように、空は快晴であった。

 

 

 

 その頃、ハクダンジムに一本の電話が入っていた。

 

『22番道路で、ポケモンが暴れている』と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 22番道路。

 現在、そこには課外授業という名目で遠足にやって来たトレーナーズスクールの生徒と教師たちが居た。

 人数としては三十人程であるが、そのほとんどが不安そうな顔を浮かべており、彼らに良からぬ事が起こっている事を暗に示している。

 体育座りしている生徒たちは何が起こっているのかも分からないが、教師たちに関しては、しっかりと現状を把握し対処しようと試みていた。

 

 すると、一人の女性の教師がポケギアを耳から離し、生徒の人数を数えている男性教師に口を開く。

 

「ジムに連絡がつきました! もうすぐ、ビオラさんが来てくれるそうです!」

「そ、そうですか……よかったァ」

 

 ホッと息を吐く男性に、一人の眼鏡の子供が不満げな顔で手を挙げる。

 

「せんせ~! なんで、急にみんな集めたんですか~!?」

「それではですね、このデトルネ通りの水辺にキバニアとサメハダーが大量発生したという報告があったので、危ないという理由で一旦皆を集めました。全員集まったのを確認したら、今日は遠足を中止して帰ることにします」

『えぇ~~~!!!?』

 

 男性教師の言葉に、大ブーイングを上げる子供達。その光景に苦笑いを浮かべる男性教師であるが、子供達の安全を確保するのならば致し方なしと、溜め息を吐きながら心の中で自分に言い聞かせる。

 勿論、キバニアとサメハダーなどと言う凶暴なポケモンが現れたのでなければ、課外授業は続行したいものだ。だが、そのポケモンの大量発生により、周辺のポケモンも緊張状態になり、普段よりも好戦的になっている事は否めない。

 その為、水辺に近付かなければいいという訳でもなく、こうして帰る事を決め―――。

 

「せんせ~」

「ん? どうしたんですか?」

「セレナちゃんとサナちゃんが居ませ~ん」

「え……? だ、誰か彼女達を見かけた人は居ますか~?」

 

 生徒を集めたが、どうやらその二人が居ないらしい。数えてみると、確かに二人の少女の姿は見当たらず、男性教師の頬には一筋の汗が伝う。

 心当たりがある者は居ないかと訊くと、一人の男子生徒が手を挙げた。

 

「二人なら、皆が集まる前の時に森の中に入ってくの見ました~」

「え……え――――!!?」

 

 驚愕と焦燥が混じった声は、生徒たちが全員驚き肩を揺らすほど、空に響いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 デトルネ通りを少し脇に逸れると存在する、木々の群れ。そこには普段草むらに棲むポケモンや、水辺にも棲むポケモンも訪れる場所であった。

 例えると、水辺を好むビーダルやマリルリなども、生い茂る木に生っている木の実を求め、やって来るのである。

 気性の激しいポケモンもあまり住んでおらず、敵意を見せなければ大人しいポケモンがほとんどなこの場所を、二人の少女が歩いていた。

 

「あっれ~……どっちだったかな……?」

「ねえ、セレナ……もしかして迷ったの?」

「そ、そんなことないよ! そうだ!山とかで迷ったら、水の音が聞こえる方に行って、川を見つけるのがいいってテレビで観た!」

「自分で迷ってるって言ってるじゃん! もォ~! だから行かない方がいいって言ったのに~!」

 

 麦わら帽子を被る茶髪の少女に、褐色肌の少女が声を荒げて非難する。

 彼女達は、トレーナーズスクールに通う生徒であり、今日はクラス全員でこのデトルネ通りに遠足に来た。しかし、途中で茶髪の少女であるセレナがマリルを見つけ、好奇心のままに追いかけ、友人であるサナもそれに巻き込まれる形で森に入ってしまったのである。

 自業自得と言えばそうなのだが、生憎、そんな単語が思い浮かぶほど彼女達は大人ではない。

 反省はすれど、深い後悔などは微塵もありはしないのだ。

 

 頬を膨らませて友人に怒りを示すサナであるが、肝心のセレナは水の音が響く方向を探すのに夢中になっている。

 その際、耳の後ろに手を当てている為、『それでも聞こえないのか』と思いたくなってしまう。もしやすると、煽られているのかとも考えたサナであったが、確実にこれは天然なのだろうと諦め、仕方なしに自分も水辺を探すことにした。

 

「……あれ?」

「……どうしたの、セレナ?」

「あっちで、水の音が聞こえる!」

「あ……ちょ、ちょっと待ってよ~!」

 

 急に水の音が聞こえると、一人で突っ走るセレナの背中を追うサナ。

 傍から見れば、森の薄暗い中でよく足元が引っかからずに走れるなという光景。軽快な足取りで、森の中を駆けて行く少女達。

 その視線の先には、今迄歩いてきた森の道とは違い、少し開け、尚且つ木漏れ日が燦々と降り注いでいる場所があった。さらには、何かに反射した光が樹の幹を照らしている為、すぐにセレナはとあることに気が付く。

 

「水がある!」

 

 最後に勢いよく木の根っこを飛び越えると、澄んだ水がゆらゆらと揺らめいている小さな湖を発見した。

 水は空の色を反射して美しい水色を描いており、周囲の緑色と美しいコントラストを表している。薄暗い森の中と対比すると、それは感嘆の息が漏れてしまう程、綺麗な光景であると言えよう。

 湖の周りにはビッパやビーダル、ルリリ、マリル、マリルリなどの両生のポケモンを含め、シシコやホルビー、カモネギなどの姿も見受けられる。

 素直に感動するセレナの横で、先程まで怒っていたサナも終始その光景に見入っていた。

 

「キレ~……」

「うん……」

 

 少しの間、自分達が何をしに来たのか忘れていた二人であるが、思い出したサナはハッと目を見開き、セレナの肩を叩く。

 

「セレナ!川を辿ってくんじゃないの?」

「え? あ、そうだ!」

 

 本来の目的を思い出した少女は湖を見渡し、川に繋がっている場所がないものかと首をキョロキョロと動かす。

 手を額に当てて日光を遮るサナとは違い、麦わら帽子を被っているセレナは眩しそうに目を細めることなく、必死に水の流れを見切ろうとしていた。

 

「う~ん、どこかな……あれ?」

「何か見つけた~?」

「……アレ、何?」

「え? どれ?」

 

 何かを見つけたような素振りを見せるセレナの方に向くと、彼女は湖の一点を見つめ、指を指していた。

 その先を辿ると、何やら水中に細長い蛇のような生き物が泳いでいることに気が付く。額には角が生え、尻尾と思われる部分には二つほど綺麗な珠が見受けられる。

 大人二人分程の大きさはあるだろうポケモンに、二人の視線は釘づけになっていた。

 

 しかし、二人は気が付かなかった。先程まで、湖の周りで戯れていたポケモン達が、二人に近付くポケモンに怖れて逃げ去っていたという事に。

 直後、茫然として眺めていた二人の前に、派手に水飛沫を跳ねながら水面から顔を見せるポケモン。

 二人の少女は、姿を露わにしたポケモンの首にある珠に見惚れていたが、そのポケモンの体に刻まれている多くの傷にすぐに気が付くことができなかった。

 そのポケモンの瞳が怒りに染まっている事にも―――。

 

「リュ―――――ッ!!!」

 

 次の瞬間、水を纏った尻尾が華奢な二人に向かって振るわれた。

 



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第二十話 子供にとっての二百円は大きい

 

 

 

 

 

 緑が辺り一面に広がる森の木々を掻い潜り、ライト達三人はとある少女達を探していた。事の始まりは、野生のポケモンを見つけるためにジーナを先頭に、22番道路に来たことからだ。

 まず、道を進んだところで見つけたのは野生のポケモンなどではなく、慌てふためく大人と、整列している子供達。

 尋常でないほど焦る大人を見かね、三人は何が起きているのかと訊くと、どうやら彼らはトレーナーズスクールの者達であり、キバニアとサメハダーの大量発生に伴い危険と判断されたこの通りの近くで生徒二名が迷子になったらしい。

 すぐにでも探しに行きたいが、野生のポケモン達はピリピリしており、手持ちを持っていない彼等で捜索に向かうのは危険過ぎる。

 つい先程、ハクダンジムリーダーのビオラに連絡は取ったものの、もし彼女が来る前に迷子になった生徒に何かあれば―――。

 

 しかしそこで、ジーナがこう言ったのだ。

 

『あたくし達にお任せくださいませ! プラターヌ博士に図鑑とポケモンを授けられたあたくし達が、必ずやその生徒達を探し出してみせますわ!』

 

 つまり、ライトとデクシオの二人は強引に巻き込まれて、こうして探索に出向いているのである。

 無論、生徒達の安全を確保しようとする彼女の姿勢には賛同するが、それ以前に野生のポケモンが緊張状態に入っているという事が、どうにも耳に入っていないらしく、その部分について二人は心配していた。

 だが、迷っているだけ時間の無駄である為、三人行動で証言のあった通りの脇の森に来ていたのだ。

 

「二人共ォー! 見つかりましたかァー!?」

「こっちには居ないよー!?」

「う~ん……となると、かなり奥に行ってるのかな?」

 

 顎に手を当てて予想を口にするデクシオ。彼の言葉に、ジーナとライトの二人は焦燥の色を浮かべる。

 

「そ、それは不味いですわね。これ以上奥に進むとなると、それなりに強いポケモンが居ると思いますわ……」

 

 強いポケモン。それを普段聞けば心躍るであろうが、状況が状況である為、喜ぶことなど出来ない。

 ポケモンを持っていない少女が襲われでもしたら、最悪怪我だけでは済まなくなるかもしれないのだ。

 

「相手にもよるけど、僕のストライクならある程度戦えると思う。勝てなくても、逃げる時間を作るくらいなら……」

「はっ、そうでしたわね! ライトのストライクは研究所で見た時から強そうだと思ってましたわ! と、言う訳で戦闘になったらよろしくお願いしますわ!」

「え? 僕だけ?」

「ここだけの話。このピッピ人形を貴方に……」

「あの、ジーナ? 責任転嫁が甚だしくなってる気がするんだけど」

 

 投げると、ポケモンの気を引くことができる便利なアイテム“ピッピ人形”を渡してくるジーナに、ライトも思わず苦笑いを浮かべる。

 だが、一応ピッピ人形があれば逃げることは出来るので、無いよりはマシの筈。

 引き攣った笑みのまま受け取り、いざとなったら投げれるように、バッグの中の取りやすい位置に仕舞う。

 溜め息を吐きながら、迷子の少女の捜索を続けようとするライト。

 

『きゃぁああ!』

「ッ!? 聞いた、二人!?」

 

 突如、森の奥から響いてくる悲鳴に、ライトは目を見開きながら二人に顔を向けた。無言のまま頷く二人を見たライトは、先程の様子はどこへやら。タマゴを抱えたまま声の聞こえた方向へと駆けて行く。

 そんなライトの続くように二人も薄暗い森の中を駆けて行った。

 

 走ること数分。か弱い少女の声と共に聞こえてくるのは、木々が薙ぎ倒される轟音。メリメリと音を立てて倒れる音は渇いておらず、枯れ木を倒している様子ではない。

 それはつまり、丈夫な樹木を薙ぎ倒すほどの力を持ったポケモンが暴れていることに他ならない。

 

「リュ―――ッ!!」

「あれは……!?」

 

 木々の間から見える水色の美しい姿。すぐさま図鑑を取り出し、暴れているポケモンに翳すと、ものの数秒でシルエットが画面に映される。

 

『ハクリュー。ドラゴンポケモン。オーラに包まれる神聖な生き物らしい。天気を変える力を持つと言われている』

「ハクリュー……!?」

 

 最初に見た時点で既に何のポケモンかは把握できていたが、改めて図鑑の説明を聞くと驚きを隠せないように声を漏らしてしまった。

 ハクリューは全ポケモンの中でも数少ない【ドラゴン】タイプのポケモン。現カントーチャンピオンである『ワタル』も所有しているポケモンだ。

 その強さは個体数に反比例し、かなり強力な部類に入る。その美しさも相まって乱獲され、こうして野生で見る事も難しくなっているポケモンだが、感動よりも焦燥がどんどん高まっていく。

 

「だ、誰か―――!!」

(ッ……そうだ。ボーっとしてちゃ駄目だ!)

 

 どうすればいいものかと茫然としていたライトであったが、直ぐそこから聞こえてくる悲鳴に我を取り戻し、腰のベルトに装着されているボールを二つ手に取り、勢いよくサイドスローで投げる。

 

「ストライク! ヒトカゲ!お願い!」

「シャアッ!」

「カゲッ!」

 

 赤い光と共に姿を現す二体のポケモン。既に臨戦態勢に入ってるようであり、しっかりと暴れているハクリューを見据えていた。

 

「ストライク、“しんくうは”! ヒトカゲ、“ひのこ”!」

 

 時間が惜しいと、遠距離攻撃を選択するライト。ストライクが鎌を振るって文字通り真空波を放ち、ヒトカゲは尻尾を振るって火の粉をハクリューに放つ。

 それは的確にハクリューを捉え、鋭い音を立てながら水色の竜の体を少し弾いた。

 だが、弾いた体が地面にしっかりと着き、ハクリューは自分に明確な攻撃を放ってきたポケモンに鋭い眼光を向けてくる。

 若干萎縮するライトに対し、闘志を燃やすストライク。そしてヒトカゲは、ライトの方に顔を向けて右手を横に振る。

 

―――あれは流石に無理だぜ。

 

「いや、気持ちは分かるけども!?」

 

 思わぬところで完璧な意思疎通を図る二人。どこか遠い所を見つめるヒトカゲから伝わる想いは、並大抵のものでは無かったのだ(?)。

 そんなトレーナーと手持ちの漫才を続けている間に、ハクリューは動いていた。その身に猛々しい竜の形をしたオーラを纏い、こちらに突っ込もうと構えているではないか。

 流石にそれには気付いたのか、ライトはすぐさま二体に指示を出す。

 

「ストライク! 周りの木を“いあいぎり”で切り倒して! ヒトカゲは“えんまく”で牽制!」

「シャアア!!」

 

 指示を聞いたストライクは、俊敏な動きで地を駆け、次々と鋭利な鎌で太い木を切り倒していく。

 その間にハクリューは技の準備が終え、派手な音を立ててライト達の方に向かってきた。

 

「カァ……ゲェ!!」

 

 それと同時に、ヒトカゲの口腔からは一体どこに入っていたのかと思う程の量の黒煙を噴き出て、周囲の視界が一気に悪くなる。

 視界が悪くなる一方で、ストライクが切った木は重なるように倒れ、ハクリューを阻む壁のようになる。だが、あの“ドラゴンダイブ”を見る限り、威力を少々緩和する程度のものにしかならないだろう。

 

「二人共! こっち!」

 

 すぐに二体を呼び寄せ、ハクリューの“ドラゴンダイブ”の軌道から逸れる。ちょうど、軌道上から逃れたタイミングでハクリューの突撃が倒れた木々にぶち当たり、あろうことか重いそれらを軽々と弾き飛ばした。

 背中に悪寒が奔った所でライトは後ろに振り返る。するとそこには、後を追ってきたジーナとデクシオの姿が見える。

 

「ジーナ! デクシオ! 向こうに迷子の子が居たから、お願い!」

「え? あ、貴方はどうするんですの!?」

「さっき言った通り、時間を稼ぐよ!」

「ッ……分かりましたわ! こちらは気にせず! 危なくなったら、すぐに逃げる様に!」

「うん!」

 

 一分にも満たない会話を終え、ジーナは迷子が居るという方向に向かおうとする。しかしデクシオが、まだ納得しかねている様子を見せている。

 

「ちょっと、本当にライトだけを戦わせるのかい!?」

「……デクシオは分かっていませんわね」

「え?」

 

 ジーナの意味深な発言に、デクシオは瞠目する。彼女の普段見せない様子に、真面目な顔で聞き手に回るデクシオ。

 そして彼女は、デクシオの手を無理やり引き、迷子の下へ連れて行こうする。

 

「迷子の子は二人……自由に動けるあたくし達も二人ですわよ?しかし、ライトは両手でタマゴの状態ですわ」

「いや、そんな『両手に花』みたいな感じで言われても……」

「どうでもいいですわよ、それは! と・に・か・く! 真面に時間を稼げるのは残念ながら彼だけで、尚且つあたくし達は迷子の子と同じ数なんですから、あたくし達が一人につき一人で護衛すれば、五人で逃げるよりも確実に安全でしょう!」

「……本当に、ライトだけで大丈夫なのかい?」

「うっ……」

 

 比較的理論的に話を進めていたジーナに異を唱える様にデクシオが口を開くと、先程までの勢いはどこに行ったのかと思う程、静かになる。

 今までプラターヌの下で勉強してきたため、今彼が戦っているポケモンが何であるかは理解できた。駆け出しのトレーナーがどうにかできる相手でないことは、ジーナも重々承知している。

 それでも、無理に自分達が立ち向かって手持ちを戦闘不能にするよりかは、少ない被害で迷子を保護できるはずだ。それが確実であるとはデクシオも分かるが、それでは彼はどうなるのか。

 たった一日の付き合いしかないものの、充分友達と言える彼を簡単に置いていけるほど、二人は合理的に動ける人間ではない。

 苦々しい顔を浮かべるジーナからは、先程の短い会話でもかなり思うところがあったらしい。

 

「あ、あたくしだって……そんな……心配に決まってるじゃありませんか!」

「なら……――!」

 

「リュッ!!」

 

 短い咆哮と共に、木々が揺れる音と地響きが森中に鳴り響く。『ドシンッ』という派手な音は、重々しい雰囲気の二人の下へも届き、二人は肩を大きく揺らす。

 何が起きたのかと目を向けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

「シャアアアアア!!!」

 

 雄叫びを上げるストライク。それに対し、辛そうに顔を歪めるハクリュー。

 どうやら、ストライクがハクリューを吹き飛ばしたようだ。

 

 あり得ないと絶句する二人であったが、今まさに目の前に広がっている光景に、胸中で渦巻いていた問題に答えが出る。

 

「……ここは、彼に任せて行きましょう!」

「……うん。そうした方がよさそうだね」

 

 レベル差がありながらもハクリューと互角に戦えているストライクを見て、素直に迷子の救助に行くことにした二人の動きは速かった。

 瞬く間に視界から消えていく二人の姿に、緊迫した面持ちのライトは一息吐く。

 

(よかった……“つるぎのまい”で攻撃面はなんとかなりそうだ……)

 

 ライトがついさっき指示したのは“つるぎのまい”。自分の【こうげき】を二段階上げる強力な補助技の一つだ。

 その技を指示し、少しでも太刀打ちできるようにと【こうげき】を上げたのが功を奏し、ストライクの“きりさく”でいとも容易くハクリューは吹き飛ばす事ができた。

 だが、ライトは一つ気がかりがあった。あのハクリューはかなりのレベルであり、本来ならば自分のエースであるストライクでも相手取るのは難しい筈。

 しかしハクリューは、ストライクの“きりさく”一発で既に満身創痍といった様子を見せており、動きもかなり鈍い。

 

(体も傷だらけだ……)

 

 目を凝らすと、美しい水色の皮膚に無数の傷が刻まれているのが分かる。何かに擦れたかのような掠り傷に加え、鋭い牙で噛みつかれたような歯型も付けられているのだ。

 

「リュー……リュー……!」

 

 辛そうに息を荒くしているハクリュー。見ているだけで、こちらも胸が苦しくなる姿だ。

 

(多分、僕と戦う前にもう他のポケモンと戦って……)

 

 考えられるのは、大量発生しているらしいキバニアとサメハダー。そのポケモンの特性は“さめはだ”。触れるだけでダメージを与えるという凶悪な特性であり、物理攻撃しか持っていないポケモンにとっては相手をしたくないポケモンだ。

 更に、その凶暴性も相まって縄張りに侵入したポケモンは、鋭い牙で噛みついて八つ裂きにするとも言われている。

 もしハクリューが本来の住処から離れ、キバニアとサメハダー達の縄張りに入ってしまい襲われたというのであれば、ハクリューの体の傷も納得できる。

 そして命辛々逃げ出した所で無邪気な子供が近付いたとすれば、再び自分を襲いに来た敵と勘違いし、やられる前にやろうと攻撃を仕掛けるかもしれない。

 全てに合点がいったところでライトは歯噛みした。

 

(今の状態でも十分弱ってる……これ以上戦ったら、命に関わるかもしれない!)

 

 これ以上攻撃すれば、必要以上にハクリューが弱り、瀕死どころではなくなるかもしれないという考えがライトの頭を過る。

 ポケモンには、弱ったら縮小するという共通する特性があるものの、それは本当に最後の手段。ライトとしてはこのまま直ぐに逃げて、迷子と合流している筈の二人の下に行きたいが、執拗に追われてしまっては敵わない。

 残された手段として一番に浮かんだのは―――。

 

(捕獲……!)

 

 空のボールに手を掛けるライト。左腕で抱えるタマゴは彼の心境を表すかのように、一瞬不安定に揺れるものの、寸での所で持ち直した。

 

「リュ――ッ!」

 

 ハクリューは木々を飛び移っているストライクを狙って、“アクアテール”を放つが、本来森に棲んでいるストライクにとって、周囲に夥しい数の木が生えているこの場は得意なフィールド。

 傷がつき、動きも鈍くなっているハクリューの尾がストライクを捉える事は無く、周囲に纏った水を撒き散らすだけに終わった。

 さらに、大振りになってしまったハクリューの動きを見計らい、ライトは空のボールをあらぬ方向へ投げる。

 己に向かっていないことを悟ったハクリューは、続けてストライクに攻撃を仕掛けようとした。だが、その瞬間にライトとストライクの目が括目する。

 

「ストライク!」

「シャア!!」

「―――“みねうち”!」

 

―――ズバァッ!!

 

「リュッ……!?」

 

 手加減されているものの、着実に体力を減らす攻撃にハクリューは怯んだ。“みねうち”は、攻撃した対象の体力を一定量から減らさないという特性を有しており、捕獲に適している技である。

 故に、次にライトが出す手は―――。

 

「ヒトカゲ! ボールをハクリューに投げて!」

「カゲッ!」

 

 ハクリューの背後―――つまり、死角から姿を現したヒトカゲの手には、先程ライトが放り投げた空のボールが握られており、オーバーハンドスローで目の前の竜に投げつける。

 ハクリューは、いつの間にか回り込んでいたヒトカゲには気付かず、ボールは後頭部に当たった。

 すると、ボールの開閉スイッチから放たれる赤い光が細長い体を包み込み、一瞬の内にハクリューをモンスターボールへと吸い込んでいく。

 先程まであった巨体は森から消え失せ、代わりに地面には揺らめくボールが一つ。

 

 

 

 ヴッ……ヴッ……

 

 

 

「ッ……!」

 

 

 

 ヴッ……ヴッ……

 

 

 

(まだなのか……!?)

 

 

 

 ヴッ……ヴッ……―――!

 



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第二十一話 もふもふは正義

「ごめんなさい、遅れて!」

「ビオラさん! 来てくれてありがとうございます!」

 

 カールした前髪に、タンクトップ。そして首から下げられているカメラが特徴の女性が、数人のトレーナーと共にやって来る。

 彼女こそ、ハクダンジムリーダーであり、【むし】ポケモンの使い手のカメラマン『ビオラ』だ。普段は周囲の人々に笑顔を振りまく彼女であり、現に今もトレーナーズスクールの生徒の黄色い歓声を受けて微笑みを返すが、状況が状況であるため、すぐに真剣な顔になって教師に目を向けた。

 

「状況はどうなっていますか?」

「それが……実は先程、偶然通りかかった子供のトレーナーが三人程、迷子になったウチの生徒を探しに行ってくれたんですが……」

「まだ……見つかっていないと」

「はい……」

 

 シュンと気を落とす教師に対し、ビオラはすぐに振り返り、付いてきたジムトレーナーに指示を出し始める。

 

「皆! 飛べるポケモンはもう出しておいて! とりあえず、私達はある程度固まって動いて探して、飛べるポケモンには空から探索してもらう形で行くわよ!」

「「「はいッ!」」」

 

 次々とボールを取り出して開閉スイッチを押すトレーナー。ボールからは、レディバやバタフリー、ヤンヤンマなどが顔を表し、生徒達は状況に反して歓喜の声を上げる。

 最後にポケモンを繰り出したのはビオラであり、中からはピンク色を基調とした翅を羽ばたかせる、蝶のようなポケモンが姿を現す。

 

「ビビヨン! 他の子達と一緒に、森の中で迷子になっている子達を探してあげて!」

「ビビッ!」

 

 ひらひらと舞う様に空へ羽ばたいていくビビヨンに続き、他の虫ポケモン達も森へと向かって行く。

 彼等にとって、森とは自分のフィールドであるもの。迷子も見つかるのは時間の問題であると、ビオラは考える。

 そして次は自分達の番だと深呼吸をし、早速森の中へと歩み出そうとした。

 

「……ん?」

 

 しかし、木々の奥から数人の人影のようなものが見えてきた。次第に近付いてくる人影に、誰もがその場所へと焦点を合わせる。

 すると、褐色肌でボブカットの少女が、同じく褐色肌の少女の手を引いて、一目散にビオラの下へ駆け出してきた。

 彼女に釣られるように、後方の少年も麦わら帽子を被る少女の手を引いて、転ばないように気を配りながら森を抜けてくる。

 

「や、やっと辿り着きましたわ~!!」

 

 日の下に出た彼女の姿を見て、トレーナーズスクールの者達は目を大きく見開いた。彼女は確かに先程、迷子の生徒を探しに森の中へ入っていってくれた三人のトレーナーの内の一人であり、彼女が手を引いている少女こそ、迷子になった生徒だった。

 それは後に続いてきた少年も同じであり、手を引かれる生徒は安心したのか、目尻に涙を浮かべ始める。

 

「君達、その子は……!?」

「はっ……どちらの方だと思いきや、貴方はビオラさん! 此処で会う事ができるなんて、光栄ですわ!」

「いえ……あの……」

「あッ、そういえば! この通り、迷子の子は見つけてきたので、トレーナーズスクールの先生及び生徒の皆さまはご安心を!」

 

 森を出てこられた興奮のままに、勢いよく語るジーナ。

 彼女の後ろでは、同じく森を出てこられたデクシオが、疲労と呆れを含んだ表情を浮かべている。

 そして迷子であった二人の生徒は、自分達の友人が居る場所へと一目散に駆けていく。

 

 先程までの緊迫の表情を浮かべたビオラは、ホッと一息吐き、一先ず迷子が無事であったことに安堵した。

 だが、対して迷子を連れてくるという大役を果たした二人は、未だ不安の残る顔のままビオラの下へ詰め寄ってくる。

 

「ビオラさん! お願いがありますわ!」

「友人が一人、僕達を野生のポケモンから逃がすために、一人森の中で戦ってるんです!」

「何ですって!?」

 

 二人の息の合った言葉に、胸に込み上がっていた安堵も息を潜め、再び緊迫した顔を浮かべる。

 見る限り、彼らは新米トレーナー。まだ野生のポケモンと戦う場合、己の手持ちよりもレベルが高いという状況が比較的多い時期である筈。

 この辺りではそれほど危険なポケモンは居ないと思われるが、あくまでそれはビオラの主観に過ぎない。そして、例えどんなポケモンでも生身の人間であれば、危険な存在になり得る可能性はあるのだ。

 彼等の切実な表情を見て、ビオラはすぐさま動き出そうとした。

 

「安心して! すぐに見つけるから! 貴方達は、ここで待ってて!」

「は……はい! よろしくお願い致しますわ!」

 

 普段から動きやすい恰好の彼女は、軽快な動きで木々を掻き分けて森の中へ入っていく。この辺りは、写真撮影の為に何度も足を踏み入れた場所でもある為、自分の庭のように場所は把握しているつもりだ。

 そんな彼女に続くように、ジムトレーナーも走り出す。

 

(待ってて……すぐに行くからね!)

 

 

 

 ***

 

 

 

 同時刻・アルトマーレ。

 一人、自室でスケッチを続けているカノンのポケギアに、一本の電話が入ってきた。『プルルル』という電子音を鳴り響かせる機器を手に持って、誰かも確認しないまま通話ボタンを押す。

 

「……はい、もしもし?」

『もしもし? あッ、繋がった……僕。ライトだよ』

「え、ライト? どうしたの、急に……?」

 

 電話をかけてきた人物は、幼馴染であり、現在カロス地方に居るはずの少年だった。いつも通りの明るい声で話しかけてくる彼に、自然とカノンの顔も明るくなる。

 一先ず、色鉛筆をテーブルの上に置き、彼との電話に集中しようとするカノン。

 

『うん、あのさ……預かってもらいたいポケモンが居るんだ』

「預かってもらいたいポケモン? もう六匹捕まえたの?」

『いや、そういう訳じゃないんだけど……ちょっと怪我してるし、療養の時間とかも必要なはずだからさ。普段、水の綺麗な場所に住んでるポケモンだから、アルトマーレで休んでてほしいと思って……』

 

 少し複雑な事情があるかのような語り口に、カノンの表情にも少し影がかかる。だが、こうしてポケモンに優しい部分はいつもと変わらないと、逆に安心してしまい、再び電話越しであるにも拘わらず微笑みを返してしまった。

 

「ふふっ、そうなんだ……分かった! ライトがそう言うなら、預かってあげる。ポケモンセンターに行けばいいのね?」

『いや、まだ大丈夫……かな。ちょっと、ポケモンセンターに行くのに時間がかかりそうだから』

「へぇ~。因みに、今どこに居るの?」

 

 彼女がそう問いかけた瞬間、電話越しに彼の息を飲む声が聞こえてくる。

 

『あの……もし。もしだけどさ……山で迷ったら、それは迷子って言うのかな?』

「何、それ?山で迷ったらって……どっちかって言ったら、それって『遭難』じゃないの?」

『そ、そっか……遭難なんだ……』

 

 乾いた笑い声が鼓膜を揺らしてきた事で、カノンは『もしや』と頬を引き攣らせ始めた。一応、真面目な少年ではあるが、好奇心は年並みに備えている。

 できればそうでないことを祈りながら、カノンはこう問いかけた。

 

 

 

 

 

「もしかして……遭難したの?」

『……()()()()です……ははっ』

 

 

 

 

 

 誰から学んだのかは分からないが、かなり苦しい駄洒落で場を取り繕うとする少年に、カノンは呆れた顔を浮かべることしかできなかった。

 

 カロス留学二日目。ライトは現在、絶賛遭難中であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ギャラドスが居てくれたら、木より上から周り見渡せるんだけどなァ~……」

 

 今はアルトマーレで待機しているであろうポケモンを思いながら、ライトは水筒に口を付けていた。

 一生懸命戦ってくれたストライクやヒトカゲにも水を与えながら、一つのボールを見つめる。その中には、先程捕まえる事のできたハクリューが入っているのだ。

 かなり怪我を負っていた為、今はこうしてボールの中で休ませてあげているつもりだが、ポケモンセンターで回復させなければ、完全に休ませたことにはならないだろう。今は無理やりにでも暴れ無いようにさせるのが精いっぱいなのだ。

 

「……ヒトカゲがリザードンになってくれれば、空を飛べるんだよなァ~」

 

 チラリ、とヒトカゲを見てみる。

 

―――無理を言うな。

 

 今のライトの発言の意図を汲みとった上で、不服そうな顔を見せてくるヒトカゲ。そして、隣で木に寄りかかって休んでいるストライクを指差す。

 

―――コイツが飛べるだろうに。

 

「カゲッ」

 

 念を押すかのように鳴き声を上げるヒトカゲだが、何か癪に障ったのか、瞼を閉じていたストライクが括目し、ヒトカゲの下に歩み寄る。

 鋭い眼光の下、身長差の関係で見下ろすストライクは、仏頂面のヒトカゲを見下ろした。

 

「……シャア」

「……カゲッ? カゲカゲッ」

「シャア。シャッシャー!」

「カゲッ、グゥア!」

 

 言い合いのような形になる二体は、互いの額を相手にぶつける。まるで“ずつき”であるかのような勢いでぶつけあう二体からは、痛そうな鈍い音が響いてくる。

 何か気に入らない言い草でもあったのか、殺伐とした雰囲気が漂いながら頭をぶつけあい続ける二体に、ライトは焦り始めた。

 

「ちょ……喧嘩は駄目だよ!?」

 

 間に主人である少年が割って入ってきた為、渋々といった表情で距離をとる二体。

 ストライクは『主がそう言うなら……』という雰囲気を醸し出しているが、ヒトカゲは未だに根に持っているかのように睨みを利かせている。

 どうやら、この二体には因縁ができてしまったようだ。ポケモンの言葉が分からないライトでも、それだけは理解できた。

 

(……なんか、幸先悪いな~……)

 

 そのような事を思いながら、抱きかかえているタマゴを撫でる。一見滑らかな表面であるかのようにも見えるが、実は細かい凹凸が存在する為、どちらかと言えばザラザラしている表面だ。

 拾ってそろそろ一週間が経つが、最近はよく動くようになってきた。生まれる予兆であるのか、揺れる頻度は次第に多くなってきている。

 

(生まれてくるとしたら、どんなポケモンかな~……って、ん?)

 

 暫く撫で続けていたライトであったが、タマゴの異変に気付く。一度、ピクリと揺れてから、ずっと揺れ続けているのだ、

 今までは、一度揺れればその後数分から数十分程時間を置いていたのだが、今は違う。

 ひっきりなしに揺れ続け、今まさにでも殻を破って生まれてきそうな―――。

 

―――パキッ。

 

「……このタイミング?」

 

 ライトが重点的に撫で続けていた部分に罅が入り、欠片が一つ地面に落ちる。絶え間なく揺れ続けるタマゴは、次第にその動きを激しくしていく。

 

「え、ちょ、待って!? このタイミングなの!? 遭難しているタイミングなの!?」

「カゲッ! カゲカゲッ!」

「シャアッ!」

「ミ! ミ!」

「ヒンバスいつ出てきたの!?」

 

 興奮しているのか鳴き声を上げる手持ちのポケモン達。その中でも、何時の間にかボールの外に出ていたヒンバスに一応ツッコみを入れた後、再びタマゴに視線を移した。

 罅は一刻一刻と広がっていき、既に全体の八割に及ぶ勢いだ。

 

 今までにない程焦るライト。今まで何度も野生ポケモンに出会ってきたことや、少なからず進化の瞬間に立ち会ってきた彼だが、誕生の瞬間などは見たことが無い。

 本来の親ではないライトだが、今ここでタマゴが孵れば、その瞬間に彼は生まれてきたポケモンの『おや』へと変わるのだ。勿論、ライトの手持ちの『おや』も彼自身なのだが、しっかりと誕生の瞬間を目の当たりにして『おや』に成ったことは無い。

 期待と興奮と、少しばかりの不安が、心臓の鼓動を高鳴らせていく。

 

 そんな彼等のボルテージに比例するように、罅は次第に大きくなっていき、地面に落ちていく欠片の数も大きく、多くなっていった。

 

―――パキパキッ!

 

 中に居るポケモンが奮闘しているのか、今迄で一番勢いよく欠片が飛び散り、その中の一つがヒトカゲの額に当たった。

 一瞬、痛そうに顔を顰めるヒトカゲであったが、自分に命中したタマゴの欠片を手に持って、他のポケモン達と共に今や今やと誕生を待ちかねている。

 そして遂に、罅がタマゴ全体へと広がり、これまで外敵から身を守っていた殻が、完全に意味を為さなくなった。

 

 それが意味することとは―――。

 

 

 

 

 

「―――……ブイ?」

 

 

 

 

 

 茶色くもふもふとした体毛を有す小さなポケモンが、これまた綿毛の様にふんわりとした耳をぴょこぴょこと動かし、タマゴの中から姿を現した。

 その瞬間、出てきたポケモンは大きく目を見開いていたライトと目が合う。暫し、茫然と見つめ合う二人だったが、孵ったポケモンは辺りも見渡し、自分を見つめる三体のポケモン、そして密かに見守っていた野生のポケモン達をつぶらな瞳に映し取る。

 最後に再び自分を見つめる少年に目を遣り、こう鳴いた。

 

「ブイッ♪」

 

 すると、自然に図鑑を手に取っていたライトは、目の前のポケモンの姿を映し取り、画面に情報を映し出す。

 図鑑は、無機質な音声の下、少年たちに誕生した命の存在を読み上げた。

 

 

 

 

 

『イーブイ。しんかポケモン。進化のとき、姿と能力が変わることで、厳しい環境に対応する珍しいポケモン』

 




活動報告
『ハロウィンに向けて』を書きました。
是非、そちらもどうぞ。


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第二十二話 大事なことでなくても二回言う

 

 

 

 

 

 ハクダンシティ・ポケモンセンター。

 トレーナーが憩いの場として集まる広間で、三人の子供達が一人の大人の前に立っていた。

 どうにも浮かない顔を浮かべる三人に対し、彼らに向かって語るビオラは、眉を少し顰めている。

 

「今回は無事でよかったけど、新人トレーナーの君達だけで行くなんて、危ないわよ!?」

「「「……ごめんなさい」」」

「ふぅ……でも、無事でよかったわ。それに君達のお蔭で、あの生徒達も助かったんだから、あんまり説教はできないんだけどね。みんな、ありがとね」

 

 素直に謝罪する三人に、今度は安堵を浮かべ礼を伝える。

 あの後、森の中で一人佇まっていたライトを見つけたビオラは、怪我がないことを確認し、一先ず先に帰らせていたデクシオとジーナのいるポケモンセンターまで連れてきた。

 一時はどうなることかと思ったが、遭難する覚悟までしてハクリューと戦ってくれなければ、生徒が重大な傷を負っていたかもしれない。

 そう考えると、説教はここまでにして、彼らを労う事が一番だ。

 

 ビオラが礼を伝えると、先程まで俯いていた三人が顔を上げ、晴々とした笑みを浮かべる。

 そこでビオラは『でも』と一つ言い足すように、口を開く。

 

「これからは、余り無茶しちゃ駄目よ? 正義感は結構。でも、それで怪我したら君達のご両親が、安心して君達の旅を見守ることができなくなるからね?」

「「「はいっ!」」」

「うん! いいんじゃない! いいんじゃないの!? 元気よし! 笑顔もよし!」

 

 ビオラが言う通り、元気のいい溌剌とした声で返事をする三人に、ビオラも負けじとにっこりと微笑む。

 すると今度は、キリっとした目つきになった彼女が、三人を見渡すように見つめる。

 

「……君達の明日の挑戦、楽しみにしてるわよ。それじゃ、今日はゆっくり休むのよ~!」

 

 そう言ってビオラは、自動ドアを抜けて外に出ていき、ジムへの帰路に着く。去っていくジムリーダーの背中を見つめていた三人は、彼女の姿が見えなくなると同時に、力が抜けたように近くの椅子に座り込んだ。

 

「はぁ~、緊張しましたわ~」

「ホント……」

「……二人共、ちょっと外していいかな?」

 

 椅子の上で脱力している二人に対し、ライトはカウンターに行こうと足踏みをしている。彼の姿に二人は無言のまま頷き、直後ライトは駆け足でカウンターに直行した。

 ライトがあそこまで落ち着きが無いのは、捕獲したハクリューの容態が心配だからだ。

 まず、ハクリューを捕まえたという事実に驚いたが、思っていた以上に傷は深いとのこと。

 ポケモンセンターのメディカルマシーンであれば、よほど深い傷でない限り、お馴染みの音楽と共にすぐに回復するのだが、果たしてハクリューはどうなのか。

 

(大丈夫かなァ……)

 

 他の手持ちと共に先程ジョーイに預けたのだが、時間的にはそろそろ回復が終了してもいい頃合いだ。

 そんなライトの気持ちをくみ取るかのように、ジョーイは優しい笑みを浮かべ、ボールケースをカウンターの上に乗せる。

 

「おまちどおさま! 貴方のポケモンは、すっかり元気になりましたよ!」

「あのう……ハクリューは……?」

「君のハクリューも、ほとんど治りました。でも、数日は激しい動きは止した方がいいですね」

「そうですか……ありがとうございます、ジョーイさん!」

「どういたしまして!」

 

 ケースに並ばされているボールは五つ。カロスに来る時より増えた二つのボールは、ハクリューと、たったさっき手持ちに加わったばかりのイーブイの物である。

 ハクリューのボールを覗く四つをベルトに装着し、そのままライトはポケモンセンターに設置されている転送システムまで歩いていく。

 その際、バッグに仕舞っていたポケギアを取り出し、『カノン』の名前をカーソルを合わせ、通話ボタンを押す。

 コール音が鳴る間も、転送システムの前に置かれている椅子に座り、着々とボールの転送の準備に入る。

 するとコール音が止み、『もしもし?』というカノンの声が聞こえ、少し咳払いをした後に、本題に入った。

 

「カノン?僕だけど、さっき言った子を送るから―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 トレーナーズスクールの生徒が森で迷子になった事故の次の日。

 ハクダンジムの中では、リーダーであるビオラがせっせとジムの内装の手入れをしていた。

ジムの内装というものは、各ジムによってそれぞれ違うものであり、【むし】のエキスパートである彼女のジムでは、バトルコートの周囲に緑が多いものになっている。

フィールド自体は、小石が少しだけ散りばめられている土のバトルコートであり、純粋なトレーナーの力量が試される形だ。

だが、普段は彼女の手持ちが憩いの場として利用している場所ということもあり、コートの周囲に植えられている植物の手入れは入念に行っており、今は植木に水をやっている途中である。

 

「ふんふふーん♪」

 

 鼻歌を歌いながら、所々に生えている花にも水を掛ける。その隣では、アメタマが気持ちよさそうに水浴びをしていた。

 ジム戦の際、起用されることの多いアメタマは、今日もまたバトルに駆り出される事であろう。

 

「機嫌よさそうね、ビオラ」

「あれ、姉さん!? いつ来てたの?来るなら一言言ってくれればよかったのに……」

「あ~、ごめんね。今日は取材でこっちに来たのよ」

 

 水遣りに気が行っており、入り口の自動ドアが開く音にも気が付かなかったようだ。声が聞こえて振り返ると、そこにはビオラの姉であるパンジーが立っていた。

 驚いた顔のまま、一旦水遣りを止め、当然訪問してきた姉の下に歩み寄る。

 

「取材? なんの?」

「新人トレーナーのよ。今日、ここに挑戦者が来るでしょう?」

「うん、そうだけど……あっ」

 

 噂をすれば何とやら。

 先程、パンジーが入ってきた自動ドアがまた開き、逆光を背に負う三人の子供達が入ってくる。

 仲睦まじそうにおしゃべりをしていたようだが、ビオラたちに気付くと背筋を伸ばして一礼した。

 

「お早うございますわ! 今日はよろしくお願いします!」

「ええ、こちらこそ!」

 

 両脇に居る二人に代わり、代表として声高々に挨拶するジーナに、ビオラは笑顔を浮かべて手を差し伸べる。

 その後、両脇のライトとデクシオとも握手した後、『じゃあ、早速』と言わんばかりにバトルコートの中央に三人を連れていく。

 すると、既に面識があるのか、パンジーとライトが挨拶を交わしていたため、今日姉が来たのは彼が関係しているのだと理解した。

 

 バトルコートの上には天窓があり、燦々と輝く太陽の光がコートに差し込み、室内は温かい陽気に包まれている。

 そしてモンスターボールを模ったラインが引かれているコートに中央に立つと、腰に手を当てたビオラが振り返り、三人の顔を見渡した。

 

「これから、簡単にジム戦の説明をするわ! まず君達、持っているジムバッジは幾つ?」

「全員ゼロですわ!」

「成程……ということは、皆私のジム戦が初めてかしら。いいんじゃない、いいんじゃないの!? ま、それは兎も角、使用ポケモンについて話すわ」

 

 コホンと一度咳払いをしてから、ビオラは腰のベルトに装着しているボールを二つ取り出す。

 

「ジムリーダーの使用ポケモンの数は、挑戦者のバッジの数で決まるわ! 今回、皆はジム戦が初めてということで、私が使うポケモンは二体! オッケー?」

 

 一度確認をとってみると、三人は元気よく頷く。

 

「そして君達の使うポケモンの数に制限はありません! 尤も、バッジが増えていったら挑戦者側にも制限がかかるけど、今回は自分の手持ち総動員で戦えると思って結構よ!」

「まあ! じゃあ、ライトは凄く有利なんじゃありません!?」

「そうね。君は確か……昨日ハクリューを捕まえた子よね? どう? 事前に何体使うかは皆に訊くけど……」

 

 三人の中で最も手持ちの数が多いライトに視線が集まり、本人は少しタドタドした様子になる。

 『えっと……』と頭を掻きながら、彼はこう答えた。

 

「僕は三体使うつもりです」

「そう! じゃあ、君達は?」

「あたくし達は、二体だけですわ」

「分かったわ! じゃあ、次にバトルの説明をするわ!」

 

 ビオラは次なる説明に移りながら、三人と姉を二階にある観戦席まで連れて行く。普段からその席には、ジム戦に挑もうとするトレーナーがバトルの研究にために訪れることが多い為、ほとんど公共の場となっている。

 虫ポケモンの写真が飾られている階段を抜けて二階に上がると、そこからは先程まで足元に広がっていたバトルコートの全貌を窺えるようになっていた。

 感激したように息を漏らす三人に思わず笑みを浮かべるビオラ。

 

「挑戦者側は使用ポケモンの入れ替えオッケーで、ジムリーダーは無しです! ただし、例外として“バトンタッチ”や“とんぼがえり”などの交代技や、相手のポケモンの繰り出した技での強制交代は有りになっています!オッケー?」

「「「はいっ!」」」

 

 バトルにおけるルールの原則と例外を話したところで、一旦息を吐くビオラ。そうしてから親指と人差し指を加え、口笛を鳴らす。

 すると、室内の植物の傍らで戯れていたポケモン達がビオラの下に集まってくる。集まって来たのは、ビビヨンを筆頭に彼女の虫ポケモン六体。

 これから三戦行うのにちょうどの数だ。

 

「さ、誰から挑戦する?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「これより、ハクダンジムリーダー・ビオラVS挑戦者(チャレンジャー)デクシオのバトルを開始します! 両者、一体目のポケモンを!」

 

 審判を任されているジムトレーナーが、室内一杯に響くよう声を上げると、ボールに手を掛けていたビオラとデクシオが、一斉にボールを宙に投げた。

 

「頼んだぞ、スボミー!」

「よろしく、レディバ!」

 

 紅白の球体から迸る閃光と共に、二体のポケモンがバトルコートに出現する。

 

「スボッ!」

「レディ!」

 

 一体は、黄緑色の体の小さなポケモン。

 もう一体は、翅を忙しなく羽ばたいているテントウムシのようなポケモン。

 二体のポケモンが場に出たと同時に、観戦席に座っているライトとジーナの二人は同時に図鑑を取り出し、情報を画面に映し出す。

 

『スボミー。つぼみポケモン。周りの温度変化に敏感。暖かくなるとつぼみが開き、毒を含んだ花粉をばらまく』

『レディバ。いつつぼしポケモン。臆病ですぐに群れを作る。脚から出る液体のにおいで、自分の居場所を知らせる』

「……相性だけで言えば、ビオラさんの方が有利ですわね」

「うん。でも、【くさ】タイプは優秀な補助技がたくさんあるから、一概にそうとも言えないね」

 

 図鑑の説明を聞いた後、互いの意見を言い合う二人。

 確かにジーナの言う通り、【くさ】タイプを有すスボミーは【むし】・【ひこう】タイプのレディバには、相性上不利になる。

 しかし、【くさ】タイプの真骨頂は、充実した補助技にあると豪語するライト。彼の姉であるブルーは、エースとしてフシギバナを使用していた。タイプはスボミーと同じ【くさ】・【どく】タイプであるが、ポケモンリーグで間近で見た際に、フシギバナの活躍に唖然とした記憶がある。

 

 “ねむりごな”と“やどりぎのたね”で淡々と場を整えた後に、“ギガドレイン”と“ヘドロばくだん”で畳み掛け、相手のポケモン三体を次々と倒していった光景は、今でも鮮明に思い出せるほどだ。

 【くさ】タイプには、相手を状態異常にする技と、自分の体力を回復する技が豊富に揃っており、それが強みとなっている。

 それは相手が苦手な【むし】タイプでも同様であり、立ち回り次第では十分に相手取れる筈。

 

(デクシオはたぶんスボミーで場を整えてから、ゼニガメで決めていくんだろうけど……)

 

 姉の立ち回りを思い出しながら、デクシオが行うであろう戦法を頭に浮かべてみる。まだ未進化のポケモンとは言え、【くさ】タイプらしい技は覚えているだろう。

 具体的にどういった技を使うかまでは予想できないが、恐らく全ては彼のエースのゼニガメにかかっている。

 【みず】は【むし】に対し、可もなく不可も無く、といった所。

 

(どんな風に戦うのかな……?)

 

 冷静な彼のバトルに期待しながら、自分の手持ちが入っているボールを眺めるライト。既にバトルに出す三体は決めているが、出す順番までは決まっていない。

 ここでデクシオとビオラの戦いを観戦してから、どういった順番で出せばいいのかを考えればいい。そう考えていたのだ。

 

 ふと視線を横に移すと、一番手のデクシオのバトルに期待をよせているかのように目を輝かせているジーナの姿が見える。

 年相応な微笑ましい姿を見て、ライトも思わず笑みを浮かべてから、再びバトルコートの方に目を遣った。

 それと同時に、審判が手に持っている旗を振り下ろすのが見える。

 

 

 

 

 

「―――それでは、バトル開始!!」

 

 

 

 

 

 

 こうして、三人の初めてのジム戦が始まったのだ。

 



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第二十三話 初めてのおつかいならぬジム戦

「スボミー、“しびれごな”!」

「ミー!」

 

 デクシオの指示が室内に響くと、バトルコートで佇まっているスボミーが頭頂部分を開き、そこから黄色い粉塵を周囲にまき散らした。

 喰らった相手を【まひ】にする【くさ】タイプの技“しびれごな”。【まひ】になれば、自ずと素早い動きができなくなり、運が悪いと行動不能にまでなってしまう。

 まず始めにその技を繰り出したというのは、ある種セオリー通りの立ち回りと言えよう。

 

 迫りくる粉塵を目の当たりにしているレディバとビオラであるが、焦った様子などを見せずに、寧ろ予想通りといったような笑みを浮かべていた。

 

「“しんぴのまもり”よ、レディバ!」

「ディーバッ!」

 

 突如、淡い白い光がレディバを包み込む様に発生し、スボミーが繰り出した“しびれごな”を寸での所で防御した。

 

「“しんぴのまもり”……って、なんですの?」

「“しんぴのまもり”は、相手の状態異常にしてくる技を防ぐ技だよ」

「えッ!? それじゃ、スボミーを封じられたものじゃ……!」

 

 観戦席でジム戦を眺めているジーナとライトは、たった今レディバが繰り出した技について語っていた。

 ライトの言う通り、【まひ】などの状態異常を防ぐ特殊なバリアーのようなものを発生させるのが“しんぴのまもり”という技であり、それはつまり、【くさ】タイプの真骨頂である状態異常技を防がれてしまうということだ。

 ジャンケンの結果、デクシオの次に戦うことになっているジーナは、今の技の説明を聞いて大層驚いている。何故かと言うと、彼女の手持ちにいるフシギダネの戦い方も、デクシオのスボミーと同じような立ち回りであるからだ。

 一筋の汗を流すジーナとライト。それはバトルに臨んでいるデクシオも同じだった。

 

(いきなり“しびれごな”を出すのはセオリー過ぎたか……なら!)

「“せいちょう”!」

「ミッ!」

 

 次の瞬間、スボミーの体が淡い緑色の光に包まれていく。

 自分の【こうげき】と【とくこう】を上昇させる技だ。“しんぴのまもり”で状態異常にする技が効かない以上、直接攻撃していく以外手段は残っていない。

 その前座として、まずは火力をあげようと画策するデクシオ。

 

「させないわよ! “ちょうおんぱ!」

「レレレレッ!」

「ッ……しまった! スボミー避けて!」

 

 レディバが丸い前足をスボミーにかざすと、円の形の光が連なるようにスボミーに照射されていく。

 “せいちょう”を中断させて回避させようとするデクシオであったが、その甲斐虚しくスボミーは“ちょうおんぱ”を真面に喰らってしまう。

 すると、途端にスボミーの足取りが頼りないものとなり、右へ左へと小さい足でよたよたとふらつき始める。

 

「スボッ……ミ~……?」

「畳み掛けるわよ!レディバ、“まとわりつく”!」

「ディバ!」

 

 【こんらん】状態に陥っているスボミーに、ビオラの指示を受けたレディバが特攻してゆき、ふらつくスボミーにがっちりと組みつき、ギリギリと締め付けていく。

 その光景に、観戦しているジーナが前のめりになりながら声を上げる。

 

「ちょっと、なんでデクシオはスボミーをボールに戻さないですのよ!? 【こんらん】しているなら、素直にボールに戻した方が……」

「いや、多分できないんだよジーナ」

「え? な、なんでですの?」

「あの“まとわりつく”って言う攻撃……“しめつける”とか“ほのおのうず”とかと同じで、相手を拘束する技なんだと思う。だから、ボールに戻せないとかじゃない?」

「……成程」

 

 冷静になったジーナは腰を下ろし、少し心配そうな顔のまま観戦に戻る。

 終始、文字通り纏わりつかれるスボミーは、苦しそうな顔をしている。そんな手持ちを見ているデクシオの顔も、心なしか苦しそうだ。

 【こんらん】で上手く動けない中、纏わりつかれているとなると、最早為す術がないのと同じ。

 そして―――。

 

「スボ、ミ~……」

「スボミー、戦闘不能!」

 

 レディバの“まとわりつく”が終わったと同時に、スボミーは目をグルグルと回しながらその場に倒れ込む。

 その姿を見届けるとデクシオはボールの中にスボミーを戻し、『休んでてくれ』と労いの言葉をかけて次なるポケモンが入っているボールに手を掛けた。

 

「ゼニガメ! 頼んだ!」

「ゼニィ!」

 

 赤い光が瞬くと、中からは水色の子亀のようなポケモンが現れた。

 ポケモンが出そろったことで、審判はポケモン交代のインターバルを示すために上げていた旗を下ろし、バトルの再開を示した。

 

「レディバ! “マッハ――」

「ゼニガメ! “ねこだまし”!」

「ゼニッ!!」

「ディバ!?」

 

 凄まじい速さでゼニガメに拳を振り抜こうとしたレディバであったが、眼前で手をパチンと叩かれたことに驚き、思わず体を硬直させてしまう。

 

「今だ! “みずでっぽう”!」

「ゼニブ―――ッ!!」

 

 目の前で硬直し、恰好の的となっているレディバに対し、ゼニガメは勢いよく水を噴射し、レディバはそのまま後方に吹き飛ばされる。数メートル下がった所でレディバは“みずでっぽう”から逃れたが、大分ダメージを喰らったのか息が上がっていた。

 今の攻防に、ジーナとライトの二人は感嘆の息を漏らす。

 

「まあ! 凄い効いてますわ!」

「いや、それだけじゃない! あれは……!」

 

 レディバの状態を見て、得心したかのように『してやられた』というような表情を浮かべるビオラは、二人の会話の答えを口に出した。

 

「【どく】状態……ね。君のスボミーの特性は“どくのトゲ”かしら?」

「その通りです。スボミーには申し訳ないんですが、先程のレディバの“まとわりつく”を逆手に取らせてもらいました」

「あっちゃ~……“まとわりつく”だけで決めちゃったのが不味かったかしら……」

 

 一番最初に繰り出した“しんぴのまもり”だが、あの技にはタイムリミットがある。相手と自分のポケモンが技を一つずつ出した時間を『一ターン』と数えるのならば、“まとわりつく”の持続ターンは四、五ターン。

 対して“しんぴのまもり”は五ターンである為、最初のターンを入れると、ちょうど“まとわりつく”が終わったと同時に“しんぴのまもり”の効果も無くなったことになる。

 そこで、デクシオのスボミーの特性であった“どくのトゲ”が発動し、レディバは【どく】状態になってしまったのだろう。

 

「でも、いいんじゃない、いいんじゃないの!? 君のその手持ちの特性を把握した上での立ち回り……駆け出しのトレーナーとは思えないわ!」

「ありがとうございます……ゼニガメ! “みずでっぽう”!」

「レディバ、“ひかりのかべ”よ!」

 

 再び勢いよく噴射される水に対し、レディバは自分の目の前に透明な壁を出現させ、ゼニガメの技を防いだ。

 特殊攻撃の威力を減退させる“ひかりのかべ”を見て、デクシオは『くッ……』と少し歯噛みしながら、ゼニガメに指示を出す。

 

「ゼニガメ、“たいあたり”!」

「ゼニィ!!」

「レディバ、“マッハパンチ”で迎え撃って!」

「レディ!!」

 

 互いに肉迫していく二体。

 だが、先に指示されたゼニガメよりも、レディバの“マッハパンチ”が先にゼニガメの顔を捉える。それは“マッハパンチ”が先制技であるが故であるのは、デクシオのみならず観戦しているライト達も理解している。

 だが、顔に一発貰いながらもゼニガメの勢いは衰えず、全力の“たいあたり”がレディバの胴体を捉えた。

 真面に喰らったレディバはそのまま地面に落ち、ビオラの目の前まで滑っていく。

 

「レディバ!」

「ディバ~……」

「レディバ、戦闘不能!」

 

 審判の声が響くと同時に、ジーナの甲高い歓びの声も室内に響き渡る。

 観戦席で喜んでいる二人を余所に、ゼニガメがデクシオの目の前まで歩み寄っていくと、笑顔のデクシオがゼニガメの真ん丸な頭を撫でた。

 

「よし、ゼニガメ! 次も行けるかい?」

「ゼニッ!」

 

 『まだまだイケる!』と言わんばかりに拳を握りしめるゼニガメ。そんなパートナーに激励を送りながら、デクシオは一旦深呼吸をする。

 そんな彼を見たビオラは瀕死になったレディバをボールに戻し、また別のボールに手を掛け、サイドスローで宙へと放り投げた。

 

「お願い、テッカニン!」

「ッカ!」

 

 ボールから出てきたのは、黒を基調としている虫ポケモン。先程のレディバよりも素早く翅を羽ばたかせている為、かなり大きな音が室内一杯に響いている。

 出てきたポケモンに対し、これまたライトは図鑑をかざす。

 

『テッカニン。しのびポケモン。あまりに高速で動くため、姿が見えなくなることがある。鳴き声を聞き続けると、頭痛が治まらなくなる』

「テッカニンかァ」

「これまた速そうなポケモンですわね……」

 

 その場に留まらず、常に飛び回っているテッカニンの姿を見て、観戦している二人はごくんと唾を飲み込む。

 その間にも、ポケモンが出揃ったことでバトルは再開される。

 

「ゼニガメ、先手必勝だ! “れいとうビーム”!」

「ゼニィィイイ!!」

 

 次の瞬間、ゼニガメの口腔から冷気を放つ一条の光線が、直線状で羽ばたいているテッカニンに襲いかかった。

 

「“かげぶんしん”よ!」

「テッカッ!」

 

 しかし、すぐさまビオラが“かげぶんしん”をするように指示を出すと、途端にテッカニンの羽ばたきが何倍も速くなり、凄まじい騒音を上げながら次々と分身を作り出していく。

 ゼニガメが放った“れいとうビーム”は、目の前のテッカニンに当たるも分身だったのか、当たった直後に分身は空気に溶け込む様にして消えていった。

 攻撃を外したゼニガメは業を煮やして次々と“れいとうビーム”を放つものの、刻一刻と増えていく分身の中にある本体を捉える事は叶わない。

 

「なッ、なんて速さなんですの!?」

「分身を作る速度もそうだけど、テッカニンの動き自体もだんだん速くなってるような……!?」

「その通りよ」

 

 二人の会話に対して声をかけるビオラ。

 

「テッカニンの特性は“かそく”! 時間が経てば経つほど、テッカニンの【すばやさ】は上昇していくわ! さあ、どうするのデクシオ君!?」

「くッ……ゼニガメ! 落ち着いて、分身を一体ずつ潰すんだ!」

 

 焦るデクシオだが、一先ず確実に増えていく分身を潰すようゼニガメに指示を出すと、ゼニガメも先程の冷静さを失った様子は息を潜め、的確に分身を“れいとうビーム”や“みずでっぽう”で潰していく。

 だが、ビオラの言った通りテッカニンの【すばやさ】が上昇している為、作りだしていく分身の数も最初より多くなり、ゼニガメの攻撃も意味を為さない。

 

「さあ、シャッターチャンス狙うように決めていくわよ! テッカニン、“れんぞくぎり”!」

「ッカニン!」

「ゼニガメ、“からにこもる”で防御だ!」

「ガメガッ!」

 

 風のような速さで迫ってくるテッカニンの攻撃を防ぐため、ゼニガメはその背に背負う甲羅の中にすっぽりと頭と四肢と尻尾を収納する。

 ちょうど、収納された瞬間に、テッカニンの鋭い前足によって繰り出された“れんぞくぎり”が命中した。

 岩と岩が激突するような音が響くと、それを見ていたジーナが『ひぃ!?』と声を上げる。

 だが、その一撃だけで終わるかと思っていたが、一秒もしない内に次なる“れんぞくぎり”がゼニガメの甲羅に襲いかかった。

 

 一発、二発―――。

 

 鳴り響く音は一発ごとに大きくなっていき、ちょうど五発目になったところで、ゼニガメは籠った甲羅ごとバトルコートの外へと弾き飛ばされた。

 

「ゼニガメ!?」

「―――……ゼ……ニィ~……」

「ゼニガメ、戦闘不能! よって勝者は、ハクダンジムリーダー・ビオラ!」

 

 甲羅の穴から収納した頭や四肢を出したゼニガメは、度重なるテッカニンの攻撃に耐え切れず、戦闘不能になっていた。

 ぐるぐると目を回しているパートナーの下に駆け寄り、『ゆっくり休んでくれ』と声をかけてから、デクシオはゼニガメをボール戻す。

 

「……な、なんて攻撃力なんですの……!? 殻に籠ったゼニガメを一方的に戦闘不能にするなんて……」

「“れんぞくぎり”は回数を重ねるごとに威力が上がってくからね。殻に籠ってその場に留まったのが、悪手になっちゃったんじゃないかな……」

 

 同じく“れんぞくぎり”を覚えているストライクを所有していることから、ライトはジーナに“れんぞくぎり”の能力を伝えた。

 文字通り、連続で相手を斬りつける技が“れんぞくぎり”だが、一撃当てていくごとにその威力を増していき、最終的には【むし】タイプの物理攻撃の最高峰とも言える“メガホーン”を超える威力を叩き出す。

 先程のテッカニンは、“かそく”によって自分の【すばやさ】を極限まで高めていた為、比例するように一撃を加える速度も上がり、ゼニガメの防御を上回る怒涛の攻撃力を発揮したのだと考えられる。

 

(ストライクだったら、“つばめがえし”があるから何とかなりそうだけど……やっぱりジムリーダーのポケモンだから、相当育てられてる……)

 

 当たり前と言えば当たり前であるが、トレーナーの育成の手腕を問われる存在であるテッカニンをあそこまで息を合わせて動かせるのは、流石としか言いようがない。

 その場で身震いするライトの気持ちに反応するように、ストライクの入っているボールも揺れる。ストライクの場合、武者震いだろうが、ライトが震えたのは純粋に緊張したからだ。

 

「う~……緊張してきましたわ~」

 

 しかしライトの隣では、彼よりも緊張しているジーナの姿が在った。

 やはり初めてのジム戦で緊張しているのか、少し体は震えている。だが、腹をくくったかのように、頬をバチンと叩いて気合いを入れ、清々しい顔で席から立ち上がった。

 

「で、でもあたくしもトレーナーの端くれですわ! 行ってきますわよ!」

「うん! 頑張って、ジーナ!応援してるから!」

「ふふふ! あたくしが、この三人の中で一番にジムバッジを手にしてやりますわ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――……清々しい程に負けてしまいましたわ」

「えっと……あの……その……ドンマイ」

「ほ、ほら、次もあるし……」

「同情は要らなくってよ!! ジャーマンスープレックス致しますわよ!?」

 

 若干泣き声になっているジーナに押される男子二人。

 『キーッ!』とハンカチを噛んで引っ張るジーナは、今のやり取りから分かるようにビオラに負けてきた。

 

 バトルの流れを説明するとこうだ。

 まず始めに、ジーナはミツハニーを。ビオラはフシデを繰り出した。

 始めこそ“かぜおこし”で上手く立ち回っていたミツハニーであるが、“まるくなる”からの“ころがる”というコンボを喰らい、そのまま一撃で沈んでしまった。

 次にフシギダネを繰り出し、“たいあたり”で何とかフシデを下したものの、次に出てきたバタフリーの“サイコキネシス”に手も足も出ずにフシギダネは戦闘不能になり、敗北したのだ。

 

 完膚なきまでの叩きのめされたジーナは、半泣きの状態で席に座り込み、キッとライトを睨む。

 

「ライト! 貴方は三体使うんですから、絶対に負けないで下さいまし! 『当たって砕けろ』ですわよ!!」

「えっと……砕けたらだめだと思うんだけど……」

「何か言いましたか!?」

「いや……うん、大丈夫。頑張ってくる」

 

 キレながら激励に苦笑いを浮かべながら、ライトはバトルコートに行こうとする。

 しかし―――。

 

「ライト、ちょっと待ってくださいまし」

「え……どうしたの?」

「今回のジム戦……イーブイは使いますの?」

「出さないつもりだけど……」

「……なら、バトルの間あたくしに預けて下さいまし……ぐすん」

「あ、うん……わかった」

 

 ボールに手を掛け開閉スイッチを押し、中から飛び出してきた元気いっぱいのイーブイを抱き上げ、今や今やと手を差し伸ばしているジーナに引き渡す。

 『?』を浮かべるイーブイは、何が何だか分からないままジーナの腕の中に抱きこまれた。

 イーブイを抱いた彼女は、目元に涙を浮かべながらぬいぐるみを抱くかのようにイーブイをギュッと抱きしめる。

 負けたのが相当悔しかったのだろう。それを、ライトのイーブイを抱きしめる事で慰めているのだろうが、事情を呑み込めないイーブイは終始きょとんとした顔を浮かべている。

 が、『ちょっとの間、お願いね』とライトに指示されたイーブイは、そのまま抱きしめられる事を許容し、バトルコートに降りていく主人を見送った。

 そして―――。

 

「これより、ハクダンジムリーダー・ビオラVS挑戦者ライトのジム戦を開始します! 両者、ポケモンをフィールドへ!」

「ヒトカゲ、君に決めた!」

「気合い入れていくわよ、アメタマ!」

 

 今日、三度目のジム戦となる戦いの場に繰り出されたのは、尾の先に炎を宿すトカゲと、水色の体色の可愛らしいビジュアルの虫ポケモン。

 ヒトカゲは気合十分なのか、口腔から天窓へ向かって火柱を少し上げる。

 パートナーが気合十分である一方、ライトも頬をパンパンと叩き、気合いを注入していた。

 

「ふ―――ッ! よしッ! 頑張ろう、ヒトカゲ!」

「グァウ!!」

 

 親指を立てるライトに、同じく親指を立てて反応するヒトカゲ。まだ一緒である期間は短いが、息は合ってきているようだ。

 

「ふふッ、いいんじゃない、いいんじゃないの!? その気合いに満ちた表情! 被写体として抜群にいいけど……私が撮りたいのは本気のバトルをした後の表情! 負けて悔しがるのも、勝った瞬間も、どっちも被写体として最高だからね!」

「ははっ……あんまり悔しがってる顔は撮られたくないんですけど……」

「なら、勝つしかないんじゃないの!?」

「……そうですね。よっし、滾ってきたァ―――!!」

 

 両腕の拳を握り、天高くそれらを掲げるライト。

 初めて見たはっちゃけている主人を見て、ヒトカゲも見よう見まねでライトの挙動を真似してみる。

 心の昂ぶりを口に出したところで、ライトはスッとした笑みを浮かべながら、目の前のジムリーダーに目を向けた。

 

「全力で勝ちに行きます!!」

「勿論! そうこなくっちゃね!!」

 

 意気込みは充分。場も整った。

 直後、審判の始まりの声が響くと同時に、フィールドの中心で“ひのこ”と“バブルこうせん”が激突し爆発を起きる。

 こうして、ライトの人生初めてのジム戦が始まった。

 



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第二十四話 雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ

 自らの得意技を繰り出した二体の間では、技の激突により爆発が起き、“えんまく”顔負けの黒煙が発生する。

 

「アメタマ、“でんこうせっか”!」

「アッ、アッ、アッ」

「ヒトカゲ、“ひっかく”!」

「グァウ!」

 

 ビオラの指示を受け、先程のテッカニンのような素早い動きで突進してくるアメタマに対し、ライトはまず“ひっかく”を指示した。

 目にもとまらぬ速さで突っ込んでくるアメタマを、ヒトカゲはその胴で受け止める。

 そして、そのままアメタマに爪を振り下ろそうとしたが―――。

 

「――ッ!?」

 

 勢いよく振り下ろされた爪はアメタマの体を捉えることなく、ただ空を切るだけだった。その間にアメタマはヒトカゲの背後に周り込み、がら空きになった背中を今まさに攻撃しようとしている。

 

「そのまま“バブルこうせん”!」

「“ひのこ”だ!」

 

 次々と放たれる泡の機関銃を前に、ヒトカゲは尻尾を振り、文字通り幾らかの火の粉を迫ってくる“バブルこうせん”を迎撃する為に繰り出した。

 試合開始直後のように、二つの技が衝突しあって爆発が起きるが、その際に発生した黒煙はアメタマの放つ“バブルこうせん”によって穿たれる。

 “ひのこ”では迎撃できなかった分の泡が、ヒトカゲの小さな体に襲いかかる。

 

「ヒトカゲ、大丈夫!?」

「ッ……ガウ!」

 

 小さな体が幸いしたのか、命中したのは五つ程度。効果抜群の技であっても、それだけでヒトカゲを倒すには至らず、まだまだヒトカゲの尾の先の炎は熱く燃え盛っている。

 

(でも、見る限りあのポケモン……【むし】の他に【みず】タイプがある……。それじゃあ、【ほのお】タイプのヒトカゲじゃ相性が悪い……!)

 

 平静を装っても、ライトは内心焦っていた。ビオラが【むし】タイプのエキスパートであるのは周知の事実であり、セオリー通りに戦うのであれば【ほのお】を初めとした【むし】の苦手なタイプで攻めていくのが一番だ。

 その為ライトは、【ほのお】タイプのヒトカゲを場に出したのだが、どうやらアメタマというポケモンは、【ほのお】が苦手とする【みず】を複合しているらしい。

 それでは、折角の【ほのお】技も等倍になってしまい、効果抜群を狙って行けない。

 さらに言えば、自分は得意な技で弱点を狙えないのにも拘わらず、相手は得意な技でガンガン攻めていけるのだ。

 

(ここは、場の流れを変えていかなきゃ……!)

「ヒトカゲ、“えんまく”!」

「カァ――ゲッ!」

 

 一先ず、相手の攻撃の命中率を下げていくために、ヒトカゲに“えんまく”を繰り出すように指示したライト。

 一瞬にして、攻撃が衝突した時のような爆発ではない煙の波が、フィールド全体に渡っていく。

 これで、ある程度は相手の目くらまし出来るはずだ。

 そう考えていたライトであったが、ビオラはすぐに動いていた。

 

「アメタマ、“でんこうせっか”で円を描くように走りながら“あまいかおり”よ!」

「アッ、アッ」

 

 細かい指示を受けたアメタマは、先程ヒトカゲに突進してきた速度で、ヒトカゲがいるであろう場所を中心にフィールドに円を描き始める。

 すると、モクモクとフィールドに満ちていた煙が、次第にアメタマが描く円の中心に集まっていきながら、天窓の方へと立ち上っていく。

 同時に、フィールド全体に花のような甘い香りが広がっていき、それを嗅いでしまったライトは一瞬頭が蕩けるような気持ちになってしまう。だが、寸での所で正気に戻り、自分の両頬を思いっきり叩いた。

 

(くッ……“あまいかおり”か!相手の回避率を下げる技だけど……このままじゃ、恰好の的じゃないか!)

 

 フィールドの中央には、竜巻のように螺旋状に立ち上る煙が一本。その、云わば台風の目に当たる部分にヒトカゲが居る事は容易に想像できることだろう。

 これではせっかく撒いた“えんまく”も何の意味を為さず、寧ろヒトカゲの視界だけが悪くなり、どこから来るかも分からないアメタマからの攻撃を許してしまうことになる。

 それを理解しているライトは苦虫を噛んだ顔を浮かべ、ビオラは得意げに微笑んで腕を前に突きだす。

 

「さあ、アメタマ! どんどん行くわよ! “あまごい”!」

「アメッ」

 

 次の瞬間、アメタマは走り続けながら天窓の方に目を向ける。

 すると突如、燦々と降り注いでいた太陽の光がどこからともなく生まれた黒雲に遮られ、一刻前とは打って変わって豪雨がフィールド全体に降り注ぎ始めた。

 降りしきる雨の勢いは凄まじく、フィールドの土を瞬く間に濡らしていき、表面は泥のように変貌していくではないか。

 

(これは……確実にヒトカゲの【ほのお】技を封殺しにきてる!)

 

 “あまごい”は、フィールドの天候を強制的に雨に変える技。天候が雨になった場合、【みず】タイプの技の威力は倍増し、逆に【ほのお】技の威力は半減する。

 それはつまり、アメタマの繰り出す【みず】技は先程よりも強力になり、ヒトカゲの“ひのこ”は毛ほどの威力もなくなることを意味するのだ。

 

(それに……アメタマの動きが早すぎる!?)

 

 ここで更にライトは、アメタマの動きが異常に速くなっている事に気が付いた。泥のようにぬかるみ始めたフィールドの上を縦横無尽に駆け巡るアメタマの速さは、始めに見た時の倍以上の速度があるように思える。

 

(“すいすい”か……!)

 

 天候が雨である際に、【すばやさ】が二倍になる特性。

 前述の効果も相まってのことか、この特性は【みず】タイプに非常に多い特性になっている。

 挑戦者に【ほのお】タイプのポケモンが居た場合、このコンボで封殺してきたのだというのは容易に想像できるだろう。

 ライトは眉間に皺を寄せながら、何をするのが正解であるのかと必死に模索する。

 

 

 

―――煙に巻かれるヒトカゲ。

 

 

 

―――縦横無尽に高速で動くアメタマ。

 

 

 

―――フィールド全体に降り注ぐ豪雨。

 

 

 

(なら……―――)

「“がんせきふうじ”だァ!」

 

 ライトの叫ぶような指示に、ビオラは括目する。

 次の瞬間、『バゴンッ』という何かが砕ける様な鈍い音が鳴り響き、立ち上る煙の中腹辺りより、三十センチ程の石がフィールドに放り投げられた。

 ちょうどアメタマはそのすぐ傍を走っており、自分のすぐ近くに落下してきた大きな石に、思わず“でんこうせっか”の速度を落としてしまう。

 

「アメタマ! 怯まないで!相手は貴方のコトを見えていないわ!」

「ヒトカゲ! 当たらなくてもいいから、どんどん周りに“がんせきふうじ”だ!」

 

 共に、主の指示を信じて行動を続ける二体のポケモン。次々と岩石を煙の影から放り投げるヒトカゲに対し、フィールドを縦横無尽に駆け巡って降り注ぐ岩石を回避していくアメタマ。

 ヒトカゲが繰り出す“がんせきふうじ”は、岩石を相手に囲うように投げつける【いわ】タイプの物理攻撃であるが、ライトは今回のジム戦にあたって技マシンで覚えさせておいたのだ。

 ライトの頭の中では、『オホホホ!』と笑う姉の姿が浮かぶ。この技マシンは大分前にタマムシデパートの決算セールスで売りに出された旧型の技マシンなのだが、何時かの誕生日祝いにブルーが贈ってくれたものである。

 最近の技マシンの仕様と違い使い捨てであるものの、レベルアップで覚えることができない技も覚えることができるのは一緒だ。

 まだまだ技の繰り出すスピードは他の技に劣るものの、それでもアメタマが高速で動けないよう進路に障害物を置ける程度には習得できている。

 

「このまま逃げに徹するのは悪手ね。アメタマ! “バブルこうせん”で一気に決めて!」

「アッ、ア……アメッ!?」

「アメタマ!?」

 

 滑る様に走るアメタマは、既にほとんど無くなってきている煙に向かって“バブルこうせん”を放とうとしたが、その瞬間に近くに落下してきた石によって跳ねた泥が顔に掛かり、目をつぶってしまった。

 視界を潰されてしまったアメタマの放った攻撃は、誰も居ない宙へと放たれる。

 偶然が生んだ隙ではあったが、その瞬間をライトは見逃さない。

 

「ヒトカゲ! 接近してから“がんせきふうじ”!」

「グァウウウウ!!!」

 

 今までで一番豪快な音が鳴り響くと、フィールド上に充満していた煙の中から自分の身の丈ほどもある岩の塊を担いだヒトカゲが飛び出してくる。

 そのまま狼狽えているアメタマに向かい、放り投げる瞬間に持ち上げている岩石に腕力だけで罅を入れた。

 

「ガァ!!」

「その場から離れて、アメタマ!」

「ア……メッ!」

 

 ヒトカゲが砕いた岩石をアメタマに放り投げる瞬間、ビオラは咄嗟にアメタマに指示を出す。

 するとアメタマは、目が上手く見えない状況であるにも拘わらず、その場から離れて“がんせきふうじ”を避けようと試みる。ジムリーダーの手持ちとあるだけ、主人に対する信頼は人一倍強いといったところだろう。

 僅かに命中するものの、直撃は免れるアメタマであったが、間髪を入れずにヒトカゲはここぞとばかりに肉迫する。

 

「“ドラゴンクロー”だ!」

「カッゲェ!!」

 

 エメラルドグリーンのエネルギーが右腕を包み込み、巨大な爪を形成したヒトカゲは、アッパーカットのようにアメタマに“ドラゴンクロー”を繰り出した。

 俊敏な動きで繰り出された竜の如き爪は、泥で視界を潰されていたアメタマの顎を捉える。

 

「アメェッ!」

「アメタマ!?」

 

 突き上げられるようにして繰り出された攻撃を顎に喰らったアメタマは、放物線を描くようにビオラの目の前まで吹き飛んでいき、フィールド上に水飛沫を上げて落下する。

 

(どうだ……!?)

 

 思ったよりもいい一撃が入ったことを確信していたライトは、期待の眼差しでアメタマの様子を窺っている。

 ピクピクと足を痙攣させているアメタマの目は、グルグルと回っており、戦闘不能であることを如実に示していた。

 

「アメタマ、戦闘不能!」

「よっしゃ!」

「ガウッ!」

 

 ガッツポーズをするライトとヒトカゲ。バトルコートの反対側では、アメタマをボールに戻すビオラの姿が見える。

 

「お疲れ、アメタマ……。うふっ、いいんじゃない、いいんじゃないの!? 君とヒトカゲのコンビ、最高よ!」

「えへへっ、そう言ったら僕のストライク(エース)が嫉妬しますけど、ジムリーダーにそう言われるなんて恐縮です!」

「さあ、次のポケモンよ!華麗に舞いなさい、ビビヨン!」

 

 次なるポケモン。

 ボールから出てきたのは、可愛らしいピンク色の羽をはためかせる蝶のようなポケモン。バタフリーよりかはスリムな体型のポケモンに対し、観戦しているデクシオは図鑑をかざして情報を読み取ってみる。

 

『ビビヨン。りんぷんポケモン。住んでいる気候や風土によって羽の模様が違う。色鮮やかな鱗粉を撒く』

「まあ、綺麗ですこと!」

 

 デクシオの横では、ビビヨンの羽を見て目を輝かせているジーナが居るが、依然イーブイは抱きしめられたままである。

 それは兎も角、ビオラの二体目のポケモンを目の当たりにした直後、ライトはヒトカゲに一つ質問していた。

 

「ヒトカゲ、まだいける?」

「ガウッ!」

「よしッ! 次もいってみよう!」

 

 ポケモン交代のインターバルも終了し、フィールド上の二体のポケモンは互いに睨みあう。

 そして―――。

 

「“がんせきふうじ”!」

「“かぜおこし”で吹き飛ばすのよ!」

 

 フィールドに爪を突き立て、抉るように岩を掬い取ったヒトカゲは、宙でヒラヒラと漂っているビビヨンに向けて岩を放り投げた。

 しかし、かなりの重量がある筈のそれは、ビビヨンが羽を羽ばたかせることによって発生した風により勢いを失い、そのままフィールド上に落下してしまう。

 

―――キラリ

 

「―――えっ……?」

 

 次の瞬間、ヒトカゲを中心に爆発が巻き起こった。

 何が何だか分からないままに目を見開くライトは、すぐさま正気に戻ってヒトカゲの安否を確認しようと、爆発による黒煙の中で佇んでいる筈のパートナーに目を向ける。

 

「グ……グァウ……!」

「っ……戻って、ヒトカゲ!」

 

 煤に塗れても尚立ち続けているパートナーを、すぐさまボールに戻す。まだまだ戦えるといった雰囲気を醸し出していたが、これ以上戦えば重大な怪我につながる可能性がある。

 右手に携える球体の中に吸い込まれていくパートナーに『ゆっくり休んで……』と呟いた後に、ライトもまた次なるポケモンを繰り出す為、別のボールに手を掛けた。

 

(さっきの原理は分からない……でも、何かが引火したように見えた。なら、あれは【ほのお】タイプに作用する現象なんだ。今の天候は『雨』!なら……―――!)

「ヒンバス、君に決めた!」

 

 

 

「「「……え?」」」

 

 

 

「ミッ」

 

 フィールドに飛び出した一匹のみすぼらしい魚ポケモンに、ビオラのみならず観戦しているジーナとデクシオも驚きの声を漏らした。

 『ペタンッ』と音を立てて着地したヒンバスは、上手く前ヒレを使って体を起こしている。

 だが、この場面で魚ポケモンであるヒンバスを繰り出すとは、一体何を考えているのかと、ライト以外の者達はあっけらかんとなっていた。

 

 そんな周囲の者達の反応はものともせず、ライトとヒンバスは見つめ合って、互いに笑みを交わす。

 

「さっ、張り切っていこう!」

「ミッ!」

 

 未だ豪雨の中のフィールドで佇む二体。

 ジム戦は、折り返し地点まで来ていた。

 



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第二十五話 姉の気質を受け継ぐ弟

 

 

 

 

 

(ヒンバス……?初めて見たわ……パッと見コイキングみたいだけど……)

 

 ぬかるんでいるバトルコートの上に佇む一匹の魚ポケモンを目の当たりにしたビオラは、人生で初めて見たポケモンに多少の戸惑いを覚えていた。

 コイキングに非常に似た外見であるが、その体色はペールオレンジである、個々の部位を観察するとコイキングとは全く違うというのが良く分かる。

 初見である為一体何をして来るのかが予測できない。

 

「なら……ガンガン攻めさせてもらうわ!ビビヨン、“サイケこうせん”!」

「ビビッ!」

「ヒンバス、躱して“どくどく”!」

「ミッ!」

 

 ビビヨンの小さな手の間から、様々の色が混じりあった摩訶不思議な色合いの一条の光線がフィールド上を走るが、滑るように動いたヒンバスによって躱されてしまう。

 ビオラとビビヨンが驚く間もなく、ヒンバスは毒々しい紫色のエネルギーを前方に出現させ、尚且つ技を繰り出した直後で硬直している相手に向かって繰り出した。

 思いもよらぬヒンバスの動きの速さに隙を突かれたビビヨンは、そのまま“どくどく”を喰らい、苦悶の表情を浮かべる。

 

 『しまった!』という表情を浮かべるビオラに対し、ライトは『してやった!』というような笑みを浮かべ、ヒンバスに親指を立ててグッドサインを出す。

 ヒンバスの繰り出した“どくどく”は、相手を【どく】状態にする技であるが、ただの【どく】状態ではない。【もうどく】と呼ばれる、【どく】状態の一段階上と言ったところだろうか。

 時間が経つごとに体力を減らしていくのは【どく】と同様であるが、【もうどく】は時間が経てば経つほどに与えるダメージが多くなっていくのだ。

 長期戦になればなるほど猛威を振るう状態異常と言っても過言ではないその状態異常は、よく【ぼうぎょ】や【とくぼう】に優れた、所謂耐久型のポケモンが使うことが多い。

 

 そのような技を、ライトがヒンバスに技マシンで覚えさせていたのには理由がある。

 その理由とは、ヒンバスをバトルで活躍させてあげる為、彼女にとってどのような戦法が最も適しているのか熟考を重ねた上で出てきたものだ。

つまり、ヒンバスはお世辞にも攻撃面が良いとは言えないほど非力だったのである。【すばやさ】はまあまあ高く、【とくぼう】も並みにはあるが【HP】が少ない為に余り長所とは言えない。

 そこで、無理に技で押し切るよりも優秀な補助技の数々でトリッキーに動いた方が良いという結論がでたのだ。

 このような経緯があり、現在ヒンバスにとってのメインウェポンが、今繰り出した“どくどく”となる。命中率は微妙なところであるのだが、今回は命中したのだから一先ずは成功と言ったところ。

 

「へへッ、ナイス! ヒンバス!」

「ミッ!」

 

 ライトの声援に、ヒンバスも明るい笑みを浮かべている。

 

「ッ……やってくれるじゃない! でも、そう簡単に勝ちは譲れないわよ! ビビヨン、“エナジーボール”!」

「“まもる”だ!」

 

 直後、ビビヨンの放ったエメラルド色のエネルギー弾を、ヒンバスは自分の前方に展開した透明な防御壁によって無力化する。

 ここで“まもる”を繰り出したことによりビオラは、ライトが確実に時間を稼ぎつつ、毒で自分の手持ちをノックダウンしにきているのだと確信した。

 子供ながら結構エグイ戦法をとってくるものだと、内心感心するような、小生意気なというように複雑な気分になってくる。

 だが、これもまた立派な戦術の一つ。ならばジムリーダーである自分は、全力を以て挑戦者とのバトルに臨まなければならない。

 そう意気込んで少し冷静になったところで、ビオラはヒンバスの動きに注目した。

 

「その子、随分動きが速いんじゃない? もしかして“すいすい”かしら!?」

「だとしたら、どうします!?」

「雨が上がった時が、勝負時ってトコね! “むしのていこう”よ、ビビヨン!」

「“かげぶんしん”!」

 

 先に指示を出したのはビオラ。しかし、彼女の予想通りの特性“すいすい”であるヒンバスは、ビビヨンの繰り出す若草色の小さなエネルギー弾に対し、自分の分身を無数に生み出す事によって回避した。

 倍速になっているヒンバスは、デクシオとの戦闘の際に出てきたテッカニンのような速度でフィールドを縦横無尽に駆け巡っており、捉える事は中々困難な話になっている。

 

 白熱するバトルに笑みを浮かべるジムリーダーと挑戦者。そんな二人を観戦しているジーナとデクシオ。

 

「……なんか……こう……意外だったよ。彼がああいう戦法とるなんて」

「そうですわね。……というより、この戦法どこかで見たような……う~ん、思い出せませんわ」

 

 思っていたよりもネチネチとしている戦法に苦笑いを浮かべるデクシオであったが、ジーナは何かを思い出そうと必死になっておりそれどころではなかった。

 どうにも、ライトの“どくどく戦法”が何時か見たことのある記憶と重なるのだ。

 特にアクアマリンを彷彿とさせるような瞳は、自分が好きな女優の一人によく似ている様な―――。

 そのようなことを考えている内に、試合はどんどん進んでゆき、たった今ビビヨンの放った“エナジーボール”を、ヒンバスが“まもる”で防いだ。“まもる”は技の特性上、連続で繰り出すと失敗する為、ライトは先程から“かげぶんしん”と交互に繰り出して徹底的に時間を稼いでいる。

 次第にビビヨンの顔色も優れなくなってきており、そろそろ体力の限界が近付いてきた頃だろう。

 

 だがその時、天窓を覆っていた黒雲が急に晴れ、ヒンバスの動きが次第に鈍ってくる。

 

(雨が……晴れたか……!)

 

 最初の戦闘でのアメタマの“あまごい”を最大限に生かす為、ストライクではなくヒンバスで勝負に出たのであったが、とうとうアドバンテージが無くなってしまった。

 しかし、ここまでくれば後はストライクでどうにでもなる筈。それは慢心などではなく、純粋に分析した上での推察だ。

 だからと言って、ここで簡単にヒンバスを見限るなどという選択肢は、ありはしない。

 

―――……勝ちたいよね。

 

 真摯な眼差しをヒンバスに向けると、彼女はコクンと頷いて戦意を示す。

 ライト達が己の意志を互いに見せつけている間、ビビヨンは天窓から差し込む光を羽一杯に浴び、凄まじい輝きを放ち始めていた。

 余りの光に思わず目をつぶってしまう者達も居る中で、ライトとヒンバスはしっかりと相手を見据える。

 視線の先には、天窓から覗く晴天のように晴々としている笑みを浮かべるビオラが堂々と立っていた。

 

「ライト君! その、勝利に貪欲なバトルスタイル……いいんじゃない、いいんじゃないの!? でも、私もジムリーダー……全力を出し尽くしていくわよ! ビビヨン、“ソーラービーム”発射用意!」

「ビビヨ~ン!」

 

 日光を羽に浴びるビビヨンは、それらを次のターンに解き放つエネルギーに変換していく。

 “ソーラービーム”は言わずと知れた、【くさ】タイプの特殊攻撃において、かなり強力な部類に入る技だ。天候によって多少威力は左右されるものの、今の状況ではヒンバスを倒すのに十二分な威力のものを解き放つことが可能であろう。

 

「ヒンバス、“ひかりのかべ”!」

「ミッ!」

 

 ヒンバスは“かげぶんしん”を行いながら、自分の目の前に“まもる”とは違う防御壁を展開する。特殊攻撃の威力を半減にする補助技であるが、これならばヒンバスの耐久でもどうにかなるかもしれない。

 ライトはそう考えながら、念には念をと、もう一つアイコンタクトでヒンバスに指示を送る。

 その直後、煌々と輝いていたビビヨンの羽が、閃光を迸らせながらより一層と輝いた。

 

「―――“ソーラービーム”、発射!!」

「ヨ―――ンッ!!!」

 

 刹那、ビビヨンの前方に巨大な光球が出現すると、ビビヨンはバトルフィールドに点在するヒンバスの分身を、薙ぎ払うかの如く次々と消し去っていく。

 ぬかるんでいたフィールドは“ソーラービーム”によって大きく削られ、泥を周囲に跳ね飛ばしていった。

 

「さあ、そのまま舞いなさい!」

「なッ……!?」

 

 次の瞬間、ビビヨンはその場でヒラヒラと舞う様にして回転していくではないか。極太の光線が円を描く様に解き放たれ、時間を掛けて増やしていった分身も瞬く間に消滅する。

 そして遂に―――。

 

「ミッ!?」

「ヒンバス!?」

「捉えたわよ!! ビビヨン、踏ん張って!!」

「ヨ――ンッ!」

 

 “ひかりのかべ”を展開している本物のヒンバスに、ビビヨンの最大威力の“ソーラービーム”が直撃する。

 展開している壁はあくまでも半減するものであって、無効化するものではない。その為、防ぎきれずに透過する一条の光線が、ヒンバスの体を焼くかのように照射され続けている。

 苦しそうに顔を歪めるヒンバスであるが、まだ耐え続けている。

 

「まだだ……頑張れヒンバス!!」

「ミッ……ミ――――ッ!!!」

 

 一瞬、凄まじい閃光が室内に広がると同時に、大きな爆音も窓ガラスやその他諸々を揺らしていった。

 バトルコートの上空では、“ソーラービーム”を発射し終わったビビヨンが疲弊しきった顔で弱弱しく宙を羽ばたいている。

 そして、真面に日光を凝縮したエネルギーを喰らったヒンバスが居た場所には、大きな煙が立ち込めて、先程までフィールドを縦横無尽に駆け回っていた魚ポケモンを見る事は叶わない。

 だが、すぐにその小さな体は―――強靭な体は姿を現した。

 一枚の壁と共に。

 

「―――今だ!! “ミラーコート”!」

「何ですって!!?」

 

 ライトの口から迸った技名に、思わずビオラは驚愕してしまった。

 ペールオレンジの体の目の前には一枚の壁が展開されているが、それは“ひかりのかべ”とは全くの別物だ。

 “ミラーコート”。それは相手に対し、受けた分の特殊攻撃を倍返しするという、言わばカウンターのような―――。

 

「ミ―――ッ!!」

「ビ……ビヨ―――ンッ!?」

 

 ヒンバスの眼前に展開されていた壁が輝きだすと、瞬く間に溜め込まれていたエネルギーが凝縮し、宙に佇まっているビビヨンにお返しとばかりに一条の光線が飛んでゆく。

 “ソーラービーム”発射直後且つ、【もうどく】によるダメージもかなり溜まっていたビビヨンはすぐさま反応することができず、真正面から飛来するエネルギーの奔流に呑みこまれた。

 そして、一条の光がビビヨンを巻き込み、拡散して光が散っていくと、中からは目をグルグルと回しているビビヨンが力なく地面に落下する。

 

「ビビヨン、戦闘不能! よって勝者、挑戦者ライト!」

 

 審判がバトル終了を告げるが、室内は一瞬静寂に包まれる。

 だが、ビオラが満足そうな顔でビビヨンをボールに戻し、茫然とするライトに微笑みかける。すると正気に戻ったライトは、にっこりと笑っているヒンバスの下に駆け寄って抱きしめた。

 

「やったぁあ! よく頑張ったね、ヒンバス!」

「ミッ!」

 

 少なくない傷を負いながらも、目尻に涙を浮かべて喜ぶ主人を見て、大役を果たしたヒンバスは満面の笑みを浮かべて喜びを分かち合う。

 その間、ビオラは後ろの通路からやって来るジムトレーナーから一つの箱を受け取り、それを目の前でパートナーと抱き合っている少年に差し出した。

 

「おめでとう、ライト君! これ、受け取ってくれるかしら」

「ッ、ありがとうございます!これって……」

「……私、ハクダンジムリーダー・ビオラは、ポケモンリーグの条項に従い、リーグ公認のバッジ―――『バグバッジ』をここで貴方に授けます。なーんて、堅苦しい感じになっちゃうけど、これが私のジムのバッジよ!」

「は、はい!」

「ついでに、初めて攻略したジムではバッジケースも付属で貰えるから、この箱ごと貰っちゃってね」

 

 そう言われ、金属光沢が凄まじい新品のバッジケースを手に取る。蓋を開けると、中にはケース同様新品のバッジが一番左に埋め込まれていた。残る七つの溝は、それぞれ別の形に凹んでおり、これから手に入れるであろうバッジの形を暗に示している。

 だが、後で手に入れるバッジよりも、今は勝利の証であるバグバッジを手に取り、天窓が降り注ぐ光に照らし上げながら、よく観察してみる。

 

 胴のような金属はクワガタを丸くデフォルメしたような形状であり、背中の部分には翅を模った黄緑色の透き通った石のような物がはめ込まれている。それは、角の内側の部分にも埋め込まれていた。

 緑の中で逞しく暮らす虫ポケモンをイメージした色合いのバッジは傷一つなく、日光を目が痛くなるほどに反射する。

 

「わぁ……」

 

 ライトがバッジを眺めていると、ボールに入っていた筈のヒトカゲやストライクも勝手に姿を現し、初めて手にしたバッジを興味深そうに眺めている。

 すると、不意に『パシャ!』というシャッターが切られる音が聞こえ、思わずライト達は振り返った。

 

「よかったんじゃない、今の!? 君とパートナーのスマイル! ベストショットだったわ!」

「は……はぁ、どうも」

 

 カメラを構えてグッドサインを出すビオラに、不意を突かれたライトは少し苦笑いを浮かべた後に、バッジをケースに仕舞ったが―――。

 

「ブイ―――ッ!!」

「背中痛ァッ!!?」

 

 虚を突く形で、観戦していたジーナに抱かれていた筈のイーブイの“たいあたり”が、ライトの背中に命中する。

 『ゴキッ』という目を覆う音を響かせたライトは、顔に汗を滴らせてその場に膝をつくが、『そう言えば……』と得心してイーブイを片手で抱き上げた。

 

「こッ……この子も一緒で、写真お願いします……」

「え……ええ! いいわよ、じゃあ皆並んで……―――」

 

 

 

 

 

「―――はい、チーズッ!」

 

 

 

 

 

 パシャ!

 

 

 

 

 

 ライト、バグバッジ獲得。

 



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第二十六話 マサラ人としての片鱗

 

 

 

「みんな、よく頑張ったね……」

 

 ライトがそう口にすると、部屋の中に居るパートナーたちが笑顔で彼の方に向く。ジム戦が終わり、ライト達三人はポケモンセンターに戻って、今日泊まる個室にそれぞれ入っていたのだ。

 ジムバッジを獲得したライトは兎も角、他の二人は再戦の為に闘志を燃やしている事であろうが、ポケモンも生き物。傷は治ったとしても、疲労までが完全に回復する訳ではない。

 その為、今日は一旦お開きといった雰囲気になり、日も落ちたくらいの時間でポケモンセンターにやって来たのである。

 因みにパンジーの取材は、ジムに挑んだトレーナーに対しての軽い取材程度のものであった為、数分程度で終わった。

 

 そして、今日戦ってくれたパートナーたちの体を丁寧に洗う。だが洗うと一言に言っても、方法は各種によって違う。

 ヒトカゲに関しては、濡らしたタオルで拭きとるような形であるが、ヒンバスはシャワーで水を優しく掛けてあげながら、スポンジで擦るといったところだ。

 勿論、控えであったストライクや、観戦していたイーブイへのスキンシップも忘れない。ストライクは自分がバトルに出なかった事に対し、若干不満を抱いている様であるが、『エースが場に出ずに勝てたという事に意義がある』と諭すと、何とか納得してくれたようだ。

 イーブイは産まれてばかりである為、右も左も分からない状況であるが、初めて見た者を『おや』と認識して、今現在ライトにベタベタな状況になっている。

 

 ベッドの上に腰掛けながら、膝の上で丸くなっているイーブイの体をブラッシングするライトは、『そう言えば』と、ふと思い出したかのようにポケギアに手を伸ばす。

 画面を開くと、複数の欄が次々と現れてくるが、その中からライトは電話番号欄の『ブルー』をカーソルを合わせてボタンを押した。

 

―――プル……プツッ。

 

『ハァ~イ、ライト! お姉ちゃんよォ~♪』

 

 速い。

 まだワンコールすら終わっていないというに電話に出る姉の俊敏さに、ライトは苦笑いを浮かべながら口を開いた。

 

「もしもし、姉さん。元気?」

『もっちろーん! 今、マネージャーとちょっとご飯してたんだけどね』

「あッ……じゃあ、後でかけ直した方が良い?」

『大丈夫だってェ! マネージャーって言っても、私とそんな歳変わらないから! 大事な話してた訳じゃないし……それより、ライト。そっちから掛けてきたって事は、何かあったの?』

 

 歳がそれほど変わらないマネージャーというのも気になるが、自分が掛けた用件に何となく気付くブルーに、『流石』と心の中で思う。

 

「うん。今日ジム戦したんだけどさ、勝ててバッジをゲットできたよ」

『えッ、ホントォ~!? おめでとう、ライト! ねえねえ聞いて! ウチの弟がジムバッジゲットしたんだってェ!』

 

 マネージャーに話しかけるブルーの声色は、非常に興奮しており、向こう側で相手をしているであろう人物に若干の同情を感じざるを得ない。

 相変わらずテンションが高いが、それも元気な証拠なんだろうと納得しておく。

 因みに今、膝の上でイーブイが『クァ~……』と欠伸した。カワイイ。

 

『ごめんねライト! ホントならすぐお祝いしたいけど、今イッシュでドラマの撮影中だからカロスに行けないのよォ~!』

「いや、そんな無理しなくてもいいけど……」

『そう? でも今度、カロスの方に映画の試写会で行くから、その時お祝い持ってくわね!『バトる大捜査線 スカイアローブリッジを封鎖せよ!』っていうので行くから!』

「?……ああ。あの『バトルは会議室でするんじゃない! 現場でするんだ!』のドラマ?」

『うん、それ! それの劇場版の!』

 

 某有名ドラマの劇場版に出てる姉の凄さを改めて噛み締めながら、ここまで勝利を祝ってくれている彼女に一先ず『ありがと、姉さん』と伝え、姉弟水入らずの会話に勤しむ。

 だが、今まさに会話をしようとした時に、部屋の扉を何者かが『コンコン』とノックしてきた。

 

「あッ……ゴメン、姉さん。誰か来たみたい。また今度電話掛けるね」

『えェ~!? ……ま、可愛い弟の頼みならしょうがないわね。じゃ、また今度! 元気に旅するのよ~!』

「うん、じゃあね」

 

 別れの言葉を告げてから電話を切り、先程までブラッシングを掛けていたイーブイを片手で抱き上げ、扉の方に歩み寄っていく。

 

「は~い、誰ですか?」

『あたくしですわよ! 無駄な抵抗はやめて、お早くに部屋から出て来なさい!』

「なんで犯人扱い?」

 

 軽いツッコミを入れながら扉を開けると、通路にはジーナが立っていた。何やら興奮している様子である為、どうしたのかと思って問いかけてみる事にするライト。

 

「えっと……どうしたの? 急に来て……」

「明日、ポケモンをゲットしに行きますわよ!」

「……へ?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 3番道路―――通称『ウベール通り』。

 ハクダンシティの南に位置しており、同時に深い森である『ハクダンの森』の北に位置している通りでもある道。森も近いという事もあり、自然豊かで緑の香りも強く感じ取れる場所でもあるのだ。

 そんな場所で現在、ライト、ジーナ、デクシオの三人はポケモンを捕獲にやって来ていた。

 理由は、昨日のジム戦である。過程はどうあれ、負けたことに変わりは無いライト以外の二人は、一先ず手持ちのレベルを上げるという名目で、一先ずこの通りにやって来たのだ。

 『デトルネ通り』はキバニアとサメハダーの大量発生の為、リーグ関係者以外立ち入り禁止になっていて、尚且つ森が近いこの通りであればビオラの扱う【むし】タイプのポケモンも多いという事も理由である。

 そしてついでに、バトルの合間に新たなるパートナーを見つけられたら……という感覚で二人はここにやって来ており、特にジーナは瞳に闘志を滾らせていた。

 

「さあ、ビオラさんに勝つためにドンドン行きますわよ! ライトも手伝って下さいまし!」

「あッ、駄目だよイーブイ。池の中に落ちちゃうから、そんな近付いたら……」

「あたくしの話を聞いていますの!?」

 

 好奇心いっぱいのイーブイの面倒で話を聞いていなかったライトは、ジーナの怒声を聞いてビクッと肩を揺らす。

 そんな主人に対しイーブイは、笑顔のままライトの右肩にぴょんと跳んで乗っかった。

 どうやら、イーブイにとってはライトの右肩が特等席になったらしい。

 

 そんなもふもふのポケモンを肩に乗せる少年に、多少嫉妬を含んだ瞳を投げかけながら、ジーナは本題に入ろうとする。

 

「ライト、そしてデクシオ……あたくしは昨日のジム戦で己の無力さを―――」

「デクシオなら、さっきどこかに行ったけど……」

「キィ――――ッ!! ホント貴方達っていう人は!!」

 

 

 ――いったん休憩――

 

 

「はぁ……はぁ……大分落ち着きましたわ」

「それで、どんなポケモンを捕まえるつもりなの?」

「そうですわね……出来るだけ、手持ちのタイプを被らせたくは無いので、【くさ】や【どく】や【むし】や【ひこう】以外なら、なんでもいい感じですわね」

「結構丁寧に教えてくれたね……」

「それは手伝ってもらうんですから、情報はしっかり伝えた方がよろしいのではなくて?」

 

 自分の手持ちのタイプをしっかり伝えるジーナ。やや感情的な部分は見受けられるが、根っこは真面目なのだろう。

 うーんと唸るライトは、辺りをざっと見渡してどのようなポケモンが居るかを観察してみた。

 ポッポなどの小鳥ポケモンや、バタフリーなどの虫ポケモンはすぐに見つけられるが、彼女の手持ちには【むし】・【ひこう】のミツハニーが居るので避けた方がいい筈。

 となると、見つけたポケモンを手当たり次第に図鑑で何タイプか調べるのが無難だろうと、ライトは考える。

 

「じゃあ、ジーナ。とりあえず―――」

「きゃー!ピカチュウですわ!カワイイから、あの子をゲットしますわ!」

「……うん。ひとまず頑張ってみて」

 

 草むらから顔を覗かせる黄色いネズミ。

 どの地方に行っても知らない者は居ないと言われるほどの有名な【でんき】タイプのポケモン―――『ピカチュウ』が、長い耳をぴょこぴょこと動かして、餌でも探しているのか辺りを見渡していた。

 そんなピカチュウに対し、やや興奮状態のままフシギダネを繰り出して早速バトルに入るジーナ。ライトはどこか遠いところを見る目をしながら、彼女のバトルを見届けようとその場で体育座りをし始める。

 色々ツッコミたくなったが、ピカチュウは【でんき】タイプで彼女の要望通りだから、別に傍観していても何も言われないだろう、と。

 

「フシギダネ! “つるのムチ”!」

「ダネフッシャ!」

「ッ……チャァァ……」

 

 突然、撓る蔓で額を叩かれたことで、ピカチュウは痛そうに顔を歪める。一瞬ジーナが心苦しそうに『うっ……』と言ったが、ここまで来たら引き下がれないと指示を続ける。

 

「“ねむりごな”ですわよ!」

「フッシャア!」

 

 次の瞬間、フシギダネが背負う巨大な蕾の先端を少し広げ、中から催眠作用のある粉塵をピカチュウ目がけて放出した。

 風向きが良かったのか、そこそこの速度で放たれた“ねむりごな”はピカチュウにダイレクトに命中する。

 喰らった瞬間にウトウトし始めたピカチュウは、二秒も経たずにその場で眠りにつく。

 そして―――。

 

「行きなさい!モンスターボール!」

 

▼ガンッ!

 

▼ボールが当たった。

 

▼ライトの顔面に。

 

「痛ァ!?」

「ご、ごめんなさい!? おっ、おかしいですわね……もう一度!」

「イダっ!?」

「あ……あれぇ!? ま、まだまだ……!」

「ちょ……ダッツッ!?」

「きゃあ!? ワ、ワザとじゃないんですわよ! ええい!」

「ストップ! なんで後ろ……アウチ!」

「ええ!? あ、あれ……あ……」

 

 ジーナが前を向きながら、背後に座っていたライトにボールをブチ当てるという荒業を披露している間に、眠っていたピカチュウは目を覚まして森の中へと逃げていってしまった。

 あわてふためいていたジーナは、ピカチュウが逃げたことにシュンとし、ライトはこれ以上ボールを投げられないと分かりホッと一息吐く。その顔面にはボールが当たったことを示す真っ赤な痕が残っており、横で休んでいたイーブイは口をポカンと開けたまま戦慄していた。

 ジム戦よりも疲弊しているようなライトは、焦燥した表情のままジーナに問いかける。

 

「……ジーナ。どうやって、ミツハニーを捕まえたの?」

「えっと……群れで飛んでいるところに向かって投げて、偶然……ですわ」

「……もしかして、運動音痴?」

「しッ、失礼ですわね!?」

 

―――いや、運動音痴でしょ。

 

 そうツッコミたかったが、ライトは無言でジーナを見つめていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 昔の思い出と言われたら、あれが浮かぶ。

 まだマサラタウンに住んでた頃、庭にいたイシツブテを持って姉さんとキャッチボールみたいなことをしてたなァ~。

 その時は何にも思ってなかったけど、アルトマーレに引っ越してからカノンに言ってみたら、何故かドン引きしていたのが印象的だった。

 『普通、イシツブテでキャッチボールはしないでしょ』って言ってた。

 

 これでマサラタウンがかなり辺境の地なんだと理解したけれど、そういった過去があるから、僕はやけに強肩に育ってた。

 だから、ボールを本気で投げると必要以上に飛んでいく。

 今はもうコントロールできるからいいんだけど、強肩は未だに健在だ。

 

 それは兎も角、ジーナが異常に投球が下手なのが分かったから、僕は一つある提案をしてみた。

 

『投げなくていいから、近くで当ててみたら?』、と。

 

 トレーナーの醍醐味を一つ潰している気もするが、そうじゃないと僕の身が危険に晒される。

 

―――ホルビーにボールを投げれば、僕の胸に当たり、

 

―――ノコッチにボールを投げれば、僕の腕に当たり、

 

―――ビッパにボールを投げれば、僕の足に当たり、

 

―――ヤヤコマにボールを投げれば、僕の鳩尾に当たった。

 

 物理法則を完全に無視しているような投球に頭を悩ませた結果だ。

 ジーナはバトルの段取りはいいんだ。

 だけど、異常に投球が下手なんだ。だから眠らせても、痺れさせても、弱らせても、最終的にはボールが当たらずに野生のポケモンに逃げられてしまう。

 そこで今の助言をしたところ、ジーナは現在進行形で眠っているマリルの下に駆け寄って、直接ボールを当てた。

 赤い光がマリルを包み込み、ボールの中へ水色の風船のような丸い体を吸いこんでいく。

 そして数度ボールが手の中で揺れると、捕獲完了を示す音が周囲に響き渡って、長かった僕の戦い(?)が終わった。

 

「や、やったー! マリルをゲットしましたわよー!」

「ウン、オメデトウジーナ」

 

 燃え尽きて真っ白な灰になった僕は、掠れた棒読みの声しか出てこない。

 ああ……、色々疲れたよ。

 

 その後、ヤヤコマを捕まえたデクシオと合流してポケモンセンターに帰っていったんだけど、デクシオが憐れんだ目で僕の事を見つめていた。

 確信犯っぽいから、後でマサラ式のサイドスローでモンスターボールをプレゼントしてあげよう。

 



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第二十七話 モノの大きさは大中小でお願いします

 

 

 

「ゼニガメ! “こうそくスピン”をしながら“みずでっぽう”だ!」

「ゼニィ―――ッ!」

「ッカッ!?」

「テッカニン!」

 

 “れんぞくぎり”で斬りかかろうとするテッカニンに対し、デクシオのゼニガメは“こうそくスピン”を繰り出す事によって攻撃を弾き、同時に頭部や四肢を収納した甲羅の穴から水を放出する。

 回転しながら周囲に放たれる水は、無数に羽ばたいていたテッカニンの分身を次々と消し去ってゆき、とうとう本体のテッカニンに命中した。

 鞭を打つかのように曲がりながら放出される水は、数度テッカニンの体を叩きつけた後、バトルコートの外にある木に叩き付ける。

 ズリズリと音を立てながら地面に落ちるテッカニンはグルグルと目を回し、戦闘不能であることを示していた。

 

「テッカニン、戦闘不能! よって勝者、挑戦者デクシオ!」

 

 ビオラの繰り出した最後のポケモンを打ち倒したゼニガメは、満面の笑みでデクシオの下に走り寄っていく。

 見事一矢報いたパートナーを、デクシオも満面の笑みを浮かべてこれでもかと言う程に頭を撫でる。

 

「キャー! デクシオも勝ちましたわ! これで三人とも、バッジゲットですわね!」

「うん! これで博士に良い報告ができそうだよ!」

 

 観戦していたジーナとライトは、バトルコートで手持ちを労っている少年の勝利を喜んでいた。

 ジーナはデクシオの前に戦ったが、フシギダネの“つるのムチ”でバタフリーの羽を掴み、そのまま鞭を収納する勢いで“たいあたり”をして相手をノックアウトすることができ、デクシオよりも一足早くバッジを手に入れていた。

 そしてデクシオも、昨日の捕獲の後に戻ってきたポケモンセンターで、ライトのストライクと戦うことによってテッカニンの“かげぶんしん”の攻略方法を考え、こうして実戦で生かし、バッジを勝ち取ったのである。

 フィールドの上では、デクシオと彼の手持ちが並んで、ビオラの撮影を受けていた。

 

 天窓から差し込む日の光のように、晴々とした笑みだ。

 そんなデクシオを撮っていたビオラであったが、ふと妙案を思い浮かべたかのような表情を見せ、観戦席にいる二人の方に目を向けた。

 

「そこの二人共! 折角なら、三人一緒の写真なんかどうかしら!? 皆で最初のジムを攻略した記念に!」

「まあ、素敵ですわ! じゃあ、遠慮なく……」

 

 ジーナが鼻息を荒くしながら階段を駆け下りていくのを見て、ライトもまた駆け足で一階まで走っていく。

 淡い光で照らされている階段を降りた後、ベルトのボールに手を掛けて手持ち全員を出すジーナ。

 

「ダネェ!」

「ニー!」

「ルリッ!」

 

 可愛らしいポケモン達が姿を現したのを目の当たりにし、ライトも自然に腰のボールに手を掛けて、肩に乗っているイーブイ以外の手持ちを場に繰り出す。

 

「グァウ!」

「シェィャ!」

「ミッ!」

「ブイッ!」

 

 肩の上のイーブイは、自ら主人の方から飛び降りて、他の手持ち達の下に駆け寄っていく。

 色とりどりのポケモン達が、緑溢れる背景の前で立ち並ぶ姿は、ある種壮観とも言える光景であった。

 既に隣同士に並ぶデクシオとジーナの下に駆け寄るライト。

 『ささ、お早くに!』とジーナに手を引かれ、何故か二人の中央に並ばせられる。これでいいものなのか、と疑問を顔に浮かべている間にも三人の手持ちは素早く一列に並び、いつ撮られても大丈夫な状況になっている。

 そんなポケモン達を見て、ライトの今思った疑問もどこかへ飛んでいき、満面の笑みを浮かべた。

 

「さあ……ハイ、チーズ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 4番道路―――通称『パルテール通り』。

 見事ハクダンジムを攻略した三人は、ミアレシティに帰還する為にこの道を再び歩んでいた。

 天気は快晴。空気も澄んでおり、ライトの肩に乗っているイーブイも気持ちよさそうに背伸びしている。

 

「フゥ~、気持ちがいい天気ですわね! ……そうですわ! 一度家に帰ったら、手持ちの皆にポフレをあげましょう!」

「ポフレ?」

 

 聞き慣れない単語に食いついたのはライトだ。

 『ポフレとは一体なんぞや?』と言う顔で見つめてくる少年に対し、デクシオが答える。

 

「ポフレって言うのは、今カロスで流行ってるお菓子のことだよ。『スイート』、『フレッシュ』、『サワー』、『ビター』、『スパイシー』の五つの味があって、人とポケモン、どっちも食べられるようになってるんだ」

「へぇ~……」

「他の地方で言うところの『ポロック』とか『ポフィン』とかと同じかな」

 

 ホウエン地方やシンオウ地方には、ポケモンの『コンディション』を上げる菓子があり、『コーディネイター』と呼ばれるポケモントレーナーなどは、積極的に手持ちのポケモン達に与えていると言われている。

 だが、このカロスで流行っているポフレは、コンディションを上げる『道具』と言うよりは、スイーツ的な面の方が大きい。

 特にトレーナーの間では、手持ちに対するご褒美として広がっているのが実情であり、ミアレシティなどの都会ではポフレ専門店が立ち並んでいる。

 そのくらい、ポフレはカロス地方ではポピュラーな食べ物だということだ。

 

「そう言えばライト。貴方はどこ出身でしたっけ?」

「カントー出身だよ。だけど、今はジョウトのアルトマーレに住んでるんだ」

「成程……それでは、カントーかジョウトで有名な食べ物などはありますの?」

「食べ物? ……食べ物……」

 

 有名な食べ物と訊かれ、ライトは顎に手を当てて思案を巡らせる。

 ジョウトであれば『怒り饅頭』や『キキョウ煎餅』が頭に浮かんでくるが、カントーとなると一向に浮かんでこない。

 シロガネ山の雪解け水を使用している『おいしい水』も販売されているが、カントー名物かと訊かれるとそうではないような気がしてしまう。

 考えれば考えるほど、ライトの表情の雲行きは怪しくなってゆき、横で彼の事を見つめている二人も何事かと焦燥を浮かべ始める。

 

「……カントーって、何かあったっけ……」

「「え?」」

 

 青空の下、浮かばない顔の少年が寂しげにそう呟く。

 そんなことを呟いている間に、三人はミアレシティに続くゲートを潜ったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 再びやってきた、カロス一の都会『ミアレシティ』。先程のパルテール通りから一変、舗装された道や建ち並ぶ高層ビルは『圧巻』の一言だ。

 だが、ほどよく街路樹が植えられており、所々目に優しい色合いも見受けられるのも、この町のいいところであるとライトは思った。

 廃棄ガスやゴミの悪い臭いなどは一切せず、寧ろそこら中の点在しているレストランやスイーツ店などから、美味しそうな香りが漂ってくる。

 

「はぁ……お腹減ってきたなァ……」

「そうだね……じゃあ、どこかでお茶する?」

 

 眉尻を下げるライトに、デクシオが人差し指を立てながら提案する。

 その指先は、とあるカフェに向いていた。

 

「……『カフェ・ソレイユ』?」

「うん。よく博士とかと一緒に行っているカフェなんだ。美味しいコーヒーが……――」

 

 デクシオが店舗の説明をしている最中、ライト残しのボールの一つが動いた直後、赤い光と共に橙色の皮膚のトカゲが飛び出してきた。

 無論、そのポケモンはヒトカゲであるのだが、主人であるライトの服の裾を引っ張る。

 青と緑が混ざったような透き通った色の瞳のヒトカゲは、無言のままライトを見つめ続けていた。

 

「……うん。言いたいことは分かってるよ」

「ガウ」

 

 コーヒーある場所に、このヒトカゲあり。

 とりあえず、カフェと聞いてとりあえずコーヒーはあるだろうと考え、飛び出してきたのだろう。

 これで行かざるを得なくなったらしい。

 

「じゃあ、行こう。デクシオ。ジーナ」

「よし、そうしようか」

「そうですわね……歩き疲れて足もパンパンですし、ちょっとブレイクタイムに入りましょうか」

 

 全員がカフェに行くことに賛成の意を示し、足並みそろえてカフェの中に入っていく。

 内装は、白い壁紙や床を初めとしたシックな造りとなっており、濃茶で統一された椅子やテーブルも良い雰囲気を作る一手を担っている。

 リラックスできるようなオーケストラも流れており、心安らぐ空間となっていた。

 

 店内に漂う珈琲の香りを楽しむヒトカゲは、咄嗟に空いている席までテトテトと歩いていき、ピョンと席に座り込む。

 そんなパートナーに苦笑いを浮かべながら、三人もテーブルまで歩いていく。

 席に座るとジーナが、テーブルの上に置かれているメニューを手に取って、それを全員が見えるように広げる。

 

「あたくしはカフェモカのトールで」

「じゃあ僕は、カプチーノのショートにするよ」

「……トール? ショート?」

 

 本日二度目の聞き慣れない言葉に、眉間に皺を寄せるライト。その隣では、既にヒトカゲがエスプレッソを指差している。

 中々渋い選択だが、コーヒーを飲んでいる時点で既に驚愕の事であるため、今更驚きはしない。

 だが、今問題なのは『トール』や『ショート』という単語の意味だ。

 

「ねえ……そのトールとショートって何?」

「ん? サイズの事だよ。一番小さいのが『ショート』で、そこから『トール』、『グランデ』、『ベンディ』ってなってるんだ。服のサイズとかで例えると、『ショート』が『S』ってことになるね。サイズの呼び方の違いは……地方の違いかな?」

「へえ~……」

 

 サイズの言い方だけで、何故か敗北感に苛まれてしまうライト。

 『ぶっちゃけ、大中小でいいんじゃないか』と思ってしまったことは口に出さなかった。

 

「じゃあ僕は……ココアの一番小さいのでいいや」

「グァウ」

「ヒトカゲは、エスプレッソの……小さい奴でいい?」

「カゲ」

「うん。それで」

「わかった」

 

 ライトとヒトカゲの注文を聞いたデクシオは手を上げて店員を呼ぶ。これがカフェの静かな雰囲気を壊さずに注文をする方法である。

 すると、落ち着いた色合いの制服を身に纏う女性店員がコツコツと歩み寄り、一礼してポケットから注文票を取り出す。

 

(……落ち着く雰囲気の筈なのに、なんか落ち着かない……)

 

 田舎者は辛い。ライトはそう思うのであった。

 

 

――待機中――

 

 

―――ゴクッ……

 

 器用に右手にコーヒーカップ、左手にソーサーを持ちながら上品にコーヒーを啜るのはヒトカゲ。

 この中で一番様になっている、と言っても誰も否定はしないだろう。

 他にこのカフェに来ている客たちも、物珍しげな目でヒトカゲのことを観察しているが、それを意にも介さない姿は貫禄がある。

 

「やっぱりカフェは落ち着きますわね……」

「これが醍醐味だね」

(僕はココアなんだけどね)

 

 他二名の会話に対し、心の中で自分だけココアを飲んでいる事に疎外感を覚えるライト。だが、やはり店に出されているものというだけあって、既製品よりも美味しい気がする。

 『気がする』のは、大人向けの味付けなのか、既製品よりもビターな味わいであるからだ。ライトはどちらかと言えば、甘い方が好みである。

 

 それは兎も角、安らぎの一言を過ごす三人と一匹。

 

「……あッ、そう言えば……ミアレから一番近いジムってどこかな?」

「ジムかい? ミアレにもジムはあるけど……」

「ミアレジムは、【でんき】タイプのエキスパートのシトロンさんが居るジムですわよ! あたくし達と同年代であるにも拘わらず、ジムリーダーになった天才でありながら、発明の申し子! 冴え渡る頭脳によって指示されたポケモンが繰り出す技の数々は、まさに圧巻の一言と言われておりますわ!」

 

 普段よりも若干抑え気味でありながらも興奮は伝わってくるジーナの解説。

 しかし、その熱弁のお蔭でどういったジムであるかは具体的に理解できた。【でんき】タイプの使い手とジーナが言っていたが、生憎ライトの手持ちに【でんき】に得意なポケモンは居ない。

 だが、戦略次第では何とかなりそうな面子でもある。

次に挑むジムはミアレにしようかとライトが考えていると、ふと、黒い帽子とコートを身に着け、サングラスもかけている妙齢の女性が近付いてきた。

 

「君達、ジムの話をしていたけれど、ポケモントレーナーかしら?」

「え? ……あッ、はい。そうですけど……」

「そう。じゃあ、ポケモンリーグを目指しているのね」

 

 妙齢の女性は淡々とした口調で三人に語りかけていく。だが、コーヒーを啜るヒトカゲを一瞥し、フッと微笑む。

 

「珍しい子ね。そのヒトカゲは、ライト君のパートナーね」

「あのう……なんで僕の名前を?」

「お姉さんから話は聞いてるわよ。『チャンピオンを目指している弟が居る』ってね。写真も見させてもらってたから、顔も覚えちゃってたわ」

 

 そう言って女性がサングラスを外すと、それぞれカップから飲み物を口に含んでいたジーナとデクシオが驚愕の色を浮かべる。

 ライトとヒトカゲは女性の顔が露わになっても尚、一体誰なのだろうと首を傾げるだけであった。

 それでもどこか既視感がある為、どこかで会ったか見たことがあるのかと思い出そうとするも、一向に思い出せない。

 

「あ……貴方は……!」

「カロスリーグチャンピオン……カルネさん……!?」

「うふふっ、よろしくね」

 

 『カルネ』。

 そう呼ばれた女性がライトに向かって微笑むと同時に、ついこの間アルトマーレに来た姉の言葉を思い出した。

 

―――この前、カルネさんに会ったんだよねぇ~!

 

「あっ!」

「どう? 分かってくれた?」

「あの……この度は、姉がどうも……」

「いえいえ。あたしも、彼女には期待しているファンの一人だから! 今度、お姉さんに『よろしく』って言ってくれないかしら?」

 

 漸く顔と名前が一致したところで、会話を続けていくライトとカルネ。

 そんな二人の近くでは、口をパクパクさせているジーナとデクシオの姿が見受けられる。いきなりリーグチャンピオンでありながら、大女優として活躍している彼女を見て、こうならないカロス人は居ない筈だ。

 しかし、それよりも驚いているのが、ライトの姉とカルネが繋がっているという事実。

 

 二人が茫然としている間、淡々と話をしていたライトとカルネであったが、少々周囲がざわつき始めたことをカルネが察し、再びサングラスをかける。

 

「御免なさい。これ以上だと、お店にも迷惑かけちゃうわね。そろそろお暇させてもらおうかしら」

「は、はい……お気をつけて」

「それじゃ、ポケモンリーグで会いましょ……ボン ヴォヤージュ(良い旅を)♪」

 

 ひらりと手を振り、しゃなりしゃなりとした足取りでカルネは店の外へ出ていく。優雅な佇まいに目を惹かれる客たちも居る中で、ライトは他人事のように『凄いな~』と呟いていた。

 しかし、次の瞬間、テーブルを『バンッ!』と叩いたジーナに肩を揺らして驚く。

 

「ライト! カルネさんとの関係……洗いざらい吐いて貰いますわよ!」

「えッ……えェ~……!?」

 

 

 

 

―――この後、研究所に帰るまで質問攻めをされるライトなのであった。

 



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第二十八話 静電気にはご用心

 

 

「ショウヨウシティ?」

 

 聞き慣れない町の名前に、パンを齧るライトは首を傾げていた。

 現在、ライトはプラターヌ研究所の一室で、デクシオやジーナ、そしてプラターヌと共に会話をしながら朝食をとっている。

 ライトはてっきり、デクシオ達はミアレジムに挑むものだとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「うん。僕のパーティは【でんき】に弱いから挑むのはまた今度にして、今は比較的相性のいい【いわ】使いのジムリーダーの居るショウヨウを目指しておこうと思ってるんだ」

「あたくしも同上ですわ」

 

 上品にスクランブルエッグを口に運ぶジーナも、デクシオと同じくショウヨウシティに向かうらしい。因みに彼女が食べているスクランブルエッグは、ラッキーの栄養満点の卵から作られているものだ。

 ポケモン達はそれぞれの皿に入れられているポケモンフーズをモグモグと食べている。

 

「う~ん……僕はミアレジムに挑もうかな」

「あら。では、貴方とは一旦ミアレで別れる事になりますわね」

「それもいいんじゃないかな。ゴールは皆同じなんだ。途中の道が少し違くても、ふとした場所で再会できるかもしれない……これぞ旅の醍醐味っていう感じかな」

 

 三人の会話を聞いていたプラターヌが、各々の進路について肯定的に捉えているように語る。

 

「カロス地方『セントラルカロス』、『コーストカロス』、『マウンテンカロス』に別れていて、その三つの中心に位置しているのがミアレシティだ。ふとした時に、会うなんてこともあるかもしれないね」

「そうですわ。それにお互い電話番号を持っていますし、その気になればいつでも連絡を取り合えますしね」

 

 友人らしく、三人は既に電話番号を交換している。目指すのがリーグである以上、ライバル関係でもあるのだが、『好敵手と書いて友と読む』という言葉が似合っている距離感の三人だ。

 ライバルのように競い合い、友人のように助け合う。これこそ子供らしい関係と言えよう。

 

 こうして彼らはそれぞれの旅の進路を決め、朝食をとり終えた後に準備をしっかり整え、プラターヌ研究所を後にするのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 僕は今、ミアレの町を探索している。

 プラターヌ研究所を出てから、博士に『町の中央にある大きい塔を目指せばジムに着く』って助言されたから、言われた通りに『プリズムタワー』なる建物に向かっている。

 確かに、あんなに大きければ迷いはしないだろうけれど、周りを見渡せばカントーのヤマブキシティに建ち並んでるビルよりも高い建物が山ほどあるから、油断したら見失いそうだ。

 まあ、迷った時は周りの人に聞けばいいんだと思うけど……。

 

 それは兎も角、まだ生後数日のイーブイはどうやらボールの中に入るのが嫌いらしく、常にボールの外で歩き回っている。

 テレビで『ボールの中に入るのを嫌うポケモンが居る』って聞いたことはあるけど、まさか自分の手持ちでそうなる子が出て来るとは思ってなかった。

 そして、今居るイーブイの場所なんだけど……。

 

「……首が絞まるよ、イーブイ」

「ブイ?」

 

 僕の上着のフードの中だ。フードに後ろ足を入れて、上体を僕の頭や肩に乗せている。

 イーブイの平均の重さは6.5キロって図鑑に書いてあったんだけど、その体重がフードにかかると、必然的に僕の上着が背中の方に引き寄せられて、首が絞められるんだ。

 どうやら、昨日偶然フードに入ってその快適さを理解しちゃったのか、研究所を出てからずっとこれだ。

 窒息するほど苦しいって訳じゃないけれど、喋る度に喉に違和感を覚えちゃうよね……。

 

 多分冬とかは暖かくて快適なんだろうけど、今は春と夏の間ぐらいだから、ずっと首元に居られると熱くなってくる。

 だけど我慢するんだ、ライト。まだこのイーブイは赤ちゃんじゃないか。

 ……あッ。イーブイ何に進化させよう。

 今手持ちのタイプに居るタイプが、イーブイの【ノーマル】を覗けば【むし】、【ひこう】、【ほのお】、【みず】か……。じゃあ、ブースターとシャワーズじゃない進化形がいいかな。

 となると、レッドさんの持ってたエーフィとか、カントー四天王のカリンさんの手持ちのブラッキー……あと、姉さんはグレイシアなんか使ってたなァ。

 他にも進化形とか居るのかな。後で調べておこうっと。

 

 そんなことを思いつつプリズムタワーを目指すが、イーブイがポフポフと僕の肩を叩いてくる。

 

「ブイ!」

「ん? どうしたの、イーブイ?」

 

 腕を後ろに回してフードの中にいるイーブイを胸の前まで抱き上げると、小さな前足でイーブイはとある店を指差した。

 カラフルな外装の店であり、開いている出入口からは甘い香りが漂ってくる。

 どうやらスイーツ店みたいだ。

 

「あの店のお菓子食べたいの?」

「ブイッ!」

 

 元気よく返事をするイーブイは、『早く行きたい!』と言わんばかりに足をじたばたさせている。なんだ、君はもう“じたばた”を覚えてるのかい?

 覚えている技は後で確認するとして、ジム戦の前に景気づけに手持ちの皆にお菓子をあげるって言うのもいいかな……。

 店から出て来る人はポケモンと一緒に出てきて、何やらマカロンみたいなお菓子をポケモンに食べさせてあげてるから、多分ポケモンも食べていいお菓子の筈だ。

 ……あんまり高かったら買えないけど、とりあえず入ってみよう。

 

 イーブイを抱き上げたまま店の中に入ると、すぐ近くにあったショーウインドーにたくさんのお菓子が並んでいるのが見える。

 何だろうこれは。カップケーキみたいな見た目だけど……。

 

「いらっしゃいませ! 『ポフレ・デ・ファバール』へようこそ!」

 

 店員さんらしき女性の人が笑顔で挨拶してくれる。

 ……あっ、これが『ポフレ』なのか。えーっと値段は……安いので二百円かァ。手持ちの分を買うとして八百円。出費として痛いけど、まあ思い出づくりにはいいかな。

 どれ買おうかな……。

 

「あのう、これってポケモンも食べれますよね?」

「はい、そうですよ! 初めてのご来店ですか?」

「そうです」

「では、試食なども御座いますので、ご自身のポケモンがどのような味が好きなのかも確かめられますよ!」

「分かりました」

 

 店員が手際よく、試食用に小さく切り分けられているポフレを皿に乗せて持ってきてくれた。

 昨日デクシオが説明してくれたみたいに五つの味があるらしいけど、皆どんな味が好きなんだろう……。

 とりあえず、皆出してみようっと。

 

「皆、出てきて!」

「カゲッ!」

「シャウ!」

「ミッ!」

 

 もう外に出てたイーブイ以外が出たところで、とりあえず店員さんに差し出されたポフレの欠片を皆の前に出して見せる。

 皆、興味津々だ。

 

「この中から好きな味選んでみて!」

 

 僕がそう言うと、皆はクンクンと匂いを嗅いだ後、迷わずにそれぞれの味に手を伸ばしていく。

 ……あれ? 僕、てっきりヒトカゲはビターを選ぶと思ってたんだけど、スパイシーのポフレを選んだ。辛いのが好物なのかな? でも普段コーヒー飲んでるし、そこら辺はなんなんだろう……。

 ストライクはヒトカゲと同じでスパイシー味を選んで、ヒンバスはフレッシュ味を選んでる。甘いのを選ぶと思ってたから、これも意外だなァ。

 イーブイはサワー味を選んでるし、こうしてみると僕の手持ちって好みの味がバラバラなんだな。今度、皆に上げるポケモンフーズの味もちょっと変えてみたりしよう。

 これで選ぶポフレは決まったし、早速どれか選んで近くの公園のベンチなんかで食べさせようっと。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そんな訳で、僕はプリズムタワー近くにあったポケモンセンターの目の前にある噴水広場で休んでいた。

 皆、美味しそうにポフレを食べてるし、ジム戦前のいい景気づけになったと思う。

 ストライクはもう食べ終えてボールに戻って、ヒンバスも体が乾いたらいけないとボールに戻している。

 ヒトカゲは僕が座ってるベンチの上で日向ぼっこしてて、イーブイはまだポフレを食べている……って、もの凄くチビチビ食べるんだね、君。腕白そうな子だから、一気に全部食べちゃうものだと思ってたんだけどなァ。

 

 因みにイーブイがポフレを食べている場所は、僕の膝の上だ。

 凄まじくズボンの上に食べかすが落ちてるけど、後で払えばいいかなァ~って思いながら、イーブイの首のもふもふしている部分を撫でてあげていた。

 どうやらここを撫でられるのが好きみたい。

 

「メェ~」

 

 ……メェ~?

 聞いたことのあるような鳴き声に気が付いて顔を上げると、目の前には綿毛のような体毛を有しているポケモンが佇んでいた。

 すっとポケモン図鑑を取り出して、羊のようなポケモンの詳細を調べてみる。

 

『メリープ。わたげポケモン。寒くなり静電気が溜まると、体毛が二倍に膨れ上がり、尻尾の先がほんのり光る』

「メェ~」

「うわわ!? 何!?」

 

 可愛らしい鳴き声を上げながら、メリープは僕の膝の上に上がってこようとする。すると先程までポフレを食べていたイーブイは、自分のポフレを口にくわえて肩の上まで飛び跳ねた。

 ノシッ……と乗っかってくるメリープはすっごいカワイイけど、意外と重いし何か求めているのか、前足をじたばたさせてくる。

 

「……あッ、もしかしてイーブイが食べてるポフレが欲しいの?」

「メェ~」

「ブイッ! ブイブイッ!」

 

 その通りと言わんばかりに目を輝かさせてくるメリープだけど、『絶対にあげない』と言わんばかりにイーブイは鳴き声をあげる。

 ちょっと……僕を挟んで食べものの争奪戦は止めて欲しいな。【でんき】技を繰り出されたら怖いし……。

 このままだと話が進みそうにないから、とりあえず僕は自分のバッグの中の、おやつ用のポケモンフーズが入ってるケースを取り出す。

 

「ごめんね、メリープ。このポフレはイーブイのだから、これで我慢してくれないかな?」

「メェ~!」

 

 すると、メリープは僕の差し出したポケモンフーズをもぐもぐと頬張る。

 ジョウトで暮らしてる時も何回か見たポケモンだし、何度か思ってたことはあるけど、こうして間近で見るとやっぱりカワイイ。

 メリープがおやつに夢中になっている間、僕はここぞとばかりにメリープの象徴とも言える体毛に触れてみる。

 

「わぁ~……もふもふしてて気持ちいいなァ~」

 

 冬に抱き枕にしたら最高なんじゃないかってくらいの手触り。

 図鑑の他の説明によると、空気をたくさん含んでいるようだから、夏は涼しくて冬は暖かいらしい。

 なんていうか、高級なセーターとかに使われてそう。

 暫くこのままもふもふしてたい。そう思っていた時だった。

 

「―――イダッ!?」

 

 突然、『バチッ!』と何かが弾ける様な音がすると同時に撫でていた手に痛みが奔ったから、思わずメリープから手を放してしまった。

 忘れてた……メリープの特性は“せいでんき”だったよ……。ずっと触れてたらそうなっちゃうよなァ。

 僕が吃驚してしまったことで、メリープは何か悪い事をしてしまったのかと、謝るような目つきで僕を見つめてくれる。

 

「あははッ……びっくりさせてゴメンね」

 

 僕の方から謝罪を入れたところで、メリープの喉元を指で擽るように撫でてあげた。

 メリープは気持ちよさそうに頭を上げてくれたから、結構懐いてくれた感じなのかな。って言うか、野生のポケモンなのかな?それとも、飼い主がどこかに―――。

 

「メリープー!? どこー!?」

 

 噂をすれば何とやら。

 噴水の向こう側から、黄色い髪の小さい女の子がポケモンの名前を呼びながら、周囲を見渡して必死にそのポケモンのことを探してるみたい。

 ……メリープって言ってるし、絶対にこの子だな。

 僕にじゃれ付いて来てくれているメリープを抱き上げて、探している女の子の所まで連れて行く。その際、イーブイは器用に僕のフードの中に入って来るから、一瞬首が絞まった。

 まあ……それは後でいいとして……。

 

「ねえ……君の探してるメリープってこの子?」

「え? ……あぁー、その子! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 メリープを地面に下ろすと、女の子はメリープをギュッと抱きしめる。お互い嫌がってる様子は見られないし、ホントの飼い主なのかな。

 でも、そんなに触ったら―――。

 

「シビュンッ!?」

「ああ!? ちょ……大丈夫!?」

「シビレビレ……だ、だいじょうぶ……ハハ」

 

 さっきの僕みたいに“せいでんき”で痺れる女の子。地面に崩れ落ちそうになったから、寸での所で腕を引っ張って支えてあげた。

 でも、すぐに自分の力で立ち上がって、お辞儀をする女の子。

 

「お兄ちゃん、ホントにありがとね! この子ジムのポケモンで、アタシと一緒に散歩してたんだよ! でも、さっきお水飲んでる内にこの子と逸れちゃって……」

「そうなんだ。どういたしまして……って、ジムのポケモン?」

「うん、そうだよ! あたし、ユリーカ! ミアレジムリーダーのシトロンは、あたしのお兄ちゃんなの!」

 

 なんていうか……世間って狭いなぁ。

 まさかこんな所でジムリーダーの妹に会うなんて吃驚だけど、これからジムに行くしちょうどいいかな?

 

「僕はライト! ポケモンリーグを目指してジムを巡ってるんだ。だからこれから、ミアレジムに挑もうとしてた所だったんだ」

「ホント!? じゃあ、メリープを見つけてくれたお礼にジムに連れてってあげる! こっち来て!」

 

 そう言ってユリーカって言う女の子は僕の手を引っ張って、プリズムタワーの方に連れていこうとする。

 まだ小さいから歩幅もそれほど大きくないけれど、ぐんぐん引っ張っていってくれる姿は元気溌剌といった感じだ。

 メリープもそんな彼女に合わせて、短い脚でテトテトと突き進んでいく。

 今さっき居た場所自体プリズムタワーに近い場所だったから薄々思っていたけれど、近くで見るとかなり大きい建物だ。

 天辺を見ようとすれば首が痛くなってしまう程に。

 

「お兄ちゃん、早く早く! 早くしないと、他のチャレンジャーが来ちゃうよ!」

「えぇ……でも、他の予約してる挑戦者とか居るんじゃ……」

「大丈夫だって! お兄ちゃんに言って『ゆーずう』させてあげるから!」

「融通……博識だね、ハハッ」

「エッヘン!」

 

 この年で『融通』って言葉を知ってる子って凄いと思う。

 それについて褒めてあげると、ユリーカちゃんは誇らしげに胸を張る。年相応な感じで可愛らしい子だ。

 そんなことを思っている内に、僕達はプリズムタワーの目の前までやって来た。手を引かれるままに中に入ると、緑色の蛍光灯で照らされている通路に連れてこられ―――。

 

「さ! ここから先にあるエレベーターに乗ってくと、ジム戦をする場所に到着しまーす!」

 

 なんか手慣れた感じでエレベーターガールの真似をしているけど、結構様になってるから、普段からこういう事をしてるんだなって思った。

 アサギの灯台にも上ったけど、こっちの方がメカメカしい感じがするなァ~。あっちはあっちで好きな雰囲気だけど、プリズムタワーは秘密基地みたいな雰囲気なのが惹かれる。

 まあ、それは兎も角。

 

「この先のエレベーターに乗ればいいんだね?」

「うん! あたしは関係者用のエレベーターから行ってお兄ちゃんを呼んでくるから、アナタは着いたら休んでていいよ!」

「そう? ははっ、じゃあお願いね」

「アイアイサー!」

 

 元気がいい子だ。ユリーカちゃんはそう言って、その関係者用エレベーターという場所に向かって走っていった。

 僕があのくらいの時は何をしてただろう?……姉さんと色々遊んでた。それこそイシツブテ合戦とかで。

 ……もうこの話は思い出さないことにしよう。とりあえず、この先のエレベーターに乗ってバトルコートに進もう!

 もし予約があっても、観戦すればいいしね。

 

 

 

―――さあ、ミアレジムに挑戦だ!

 



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第二十九話 科学の力ってスゲー!

 ミアレジムのジム戦をするフィールドの前に、ライトは立っていた。

 ハクダンジムとは一風変わった雰囲気のフィールドは、土や岩、無論草木などは生い茂っておらず、金属の板を敷き詰められたようなものである。

 自然と言う言葉は似合わず、まさに【でんき】タイプのジムというべきな内装を眺めながら、ライトはジムリーダーの到着を待っていた。

 だが、本来ライトは予約をしておらず、本日に関しては招かれざる客ということになっている筈。あくまでそれは先客がいなければの話ではあるが、今の所ジム内に挑戦すると思われる人間はおらず、無音がフィールドを包んでいる。

 することもなく、ボールの外に出ているイーブイの首をうりうりと撫でてあげるライト。

 

「……ん?」

 

 向かい側の通路から、何やらドタバタした足音が聞こえてきた。

 数秒もすると、緑色の淡い蛍光灯の中に人影が望むことができ、黄色の髪の少年が飛び出してくる。

 作業着のような青いツナギに、色々と道具が入って居そうな巨大なリュック。大慌てで走って来てずれた丸眼鏡を元の位置に戻しながら、その少年はライトに視線を向けた。

 

「はぁ……はぁ……す、すみません! お待たせしました!」

「いえ、そんな! 僕が予約も無しに来ちゃっただけですから……」

 

 息も絶え絶えになっている少年に気を利かせようとする。恐らく、あの少年がミアレジムリーダーの『シトロン』なのだろう。

 ジーナの言っていた通り、歳は自分とはそれほど離れていなさそうな雰囲気である。人柄も、真面目そうな雰囲気に違わぬものであるのだろうと、ライトは勝手に思った。

 小さく手を上げて申し訳なさそうにするライトに対し、シトロンは背負っていたリュックを近くの壁に立てかけ、フィールドの前までやって来る。

 

「そんなことは無いですよ! ジムリーダーたる者、いつ何時挑戦者が来てもいいように準備するものですから!」

「それなのにお兄ちゃん、自分の部屋に籠って発明に没頭しちゃってるんだもんね!」

「コ、コラ! ユリーカ!」

 

 ふと観戦席に視線を移すと、先程ライトをジムまで案内してくれた元気溌剌な少女が、柵に手を掛けながらフィールドを見下ろしていた。

 どうやら兄がインドアであるのに対し、妹はアウトドアのようだ。

 中々微笑ましい光景である為、ライトも自然に頬を緩ませる。だが、同時に少しの緊張も持っていた。

 歳がそれほど変わらないというのにジムリーダーを務めるというシトロンは、明らかに自分よりもポケモンバトルに精通しているに違いない。

 なんだかんだ言って、ポケモンバトルは実力が物を言う世界だ。どんなに若くとも、トレーナーの免許をとることができる十歳になれば、誰でもジムリーダーの試験を受ける事ができる。

 

 だが、実際ジムリーダーになることができる人物というのは、ほんの一握りだ。ジムの本質上、負けることは幾度となくあることから多くの者が失念しているかもしれないが、ジムリーダーはリーグ四天王の次に強い者達の集団である。

 それこそ、四天王の誰かが引退すれば、ジムリーダーが引き抜かれてそこに補完されるほどに。

 更には殿堂入りを果たしたリーグチャンピオンでさえも、ジムリーダーになることもある。

 トキワジムリーダーのグリーンは、レッドが殿堂入りを果たした次の年に優勝を果たし、そのまま四天王を打ち取ることによって殿堂入りした。

 

 それだけの強者が数多く揃っているジムリーダー。元より一片の油断のすることも許されないことは、言わずもがなだろう。

 次の瞬間、頬を叩いて気合いを入れたライトは真摯な眼差しでシトロンを見つめた。

 

「シトロンさん! 僕の名前はライトで、所持しているバッジは一つ! ジム戦、よろしくお願いします!」

「ッ……はい! それでは簡単なルール説明をします!」

 

 ・使用ポケモンは二体。

 ・シングルバトル。

 ・バトル中の交代は、挑戦者のみ許可される。但し、技による交代は可。

 

「―――以上です! 他に質問はありますか!?」

「ありません!」

「それではジム戦を……――」

「お兄ちゃん! 審判は!?」

 

 ボールを掲げて今まさに投げようとしたところでユリーカの声が響き、ライトとシトロンはガクッとその場でずっこける。

 『そう言えば……』と失念していたかのように頭をポリポリと掻くシトロンであったが、次の瞬間、彼のかけている丸眼鏡がキラリと煌めく。

 

「ふっふっふ……実はこんな時の為に作り上げていたナイスなマシンが! サイエンスが未来を切り開く時! シトロニックギア、オン!」

 

 ポケットの中からボタンのような物を取り出したシトロンは、躊躇わずにポチッとそれを押す。

 すると突然、フィードの横の壁が『ウィーン』というメカメカしい音を立てて開き、その奥から人型の機械が歩いて出て来る。

 

「これは掃除・洗濯・料理などの家事に加え、ポケモンバトルもできちゃう万能型ロボット! その名も『シトロイド』! 元はジムリーダー代理用にと作っていたものですが、もしもの時の為にと審判用のプログラムも組み込んでおきました! 今日はこの子に審判を行ってもらいましょう!」

「か……科学の力って凄い!」

 

 何故かそう言わずにはいられなかったライトは、興奮気味にシトロイドを見つめる。駆動音を響かせながらシトロイドは、フィールドのアウトラインの中央に立つ。

 そしてピロピロと何か計算でもするかのような電子音を奏でた後、右手を掲げた。

 

「ソレデハ両者、一体目ノポケモンヲフィールドヘ」

「よし……お願い! ストライク!」

「よろしくお願いします、エモンガ!」

 

 同時に勢いよく投げられるボール。閃光が瞬くと同時に、二体のポケモンがフィールドに姿を現す。

 ライトが繰り出したのはストライク。【でんき】タイプは不得意はあるが、ライトの手持ちの中では最もレベルの高い一体だ。

 そんな彼に対し、ジムリーダーのシトロンが繰り出したのは、小さなネズミのようなポケモンであるが、腕と体の間に皮膜が見える。

 ビリビリと電気を放出している辺り【でんき】タイプであることには間違いないだろうが、飛び出して来た際に宙を滑空していた為、【ひこう】タイプも複合のようにも思えてしまう。

 と、なると【むし】・【ひこう】複合のストライクは相性が悪いが―――。

 

「頑張ろう、ストライク!」

「シャアッ!」

 

 拳を握るライトに対し、鎌を振り上げて応えるストライク。先程のポフレのこともあり、元気は充分の様だ。

 意気込みが十分なのを確認したところで、ライトは視線をフィールドへと移した。

 

「ストライク、“きりさく”!」

「エモンガ、“スパーク”です!」

 

 指示を受けると同時に鋭い鎌を構えて走り出すストライク。それに対しエモンガは、自らの体に電撃を纏いながら、肉迫してくるストライクに滑空してゆく。

 速度はほぼ同じ。

 フィールドの端から互いに肉迫していった二体は、フィールドの中央で激突した。

 

「シャアッ!!」

「エモッ!?」

 

 相性だけで言えばエモンガが有利であった筈だが、ストライクの膂力によって繰り出される“きりさく”が、滑空するエモンガの勢いを殺し、そのまま後方へと吹き飛ばした。

 吹き飛ばされるエモンガであったが、すぐさま空中で体勢を整えて相手を見据える。

 しかし、エモンガの瞳に映っていたのは、既に技を繰り出した後のストライクの姿であった。

 刹那、エモンガの体に鋭い衝撃波が激突する。

 

「エモ―――ッ!」

「エモンガ、大丈夫ですか!」

「エ……エモォ!」

 

 弾き飛ばされるエモンガは、シトロンの目の前まで吹き飛ばされてくる。しかし、クルクルとバク宙を決め、何とか地面に着地した。

 思いもよらぬ攻撃に焦りの表情を見せるエモンガであったが、ジムリーダーのシトロンは今の攻撃が何であるのかを既に把握しているかのような笑みを浮かべている。

 

(あれは“しんくうは”ですね……【かくとう】タイプの先制攻撃。特殊技でもありますから、エモンガに入るダメージは低い筈。しかし、あのモーションの速さはかなりのもの!)

「成程……強敵ですね」

 

 相手のストライクは思っていたよりも手練れ。そのことについて、シトロンは焦燥を浮かべるのではなく、興味をそそられていた。

 ジムリーダーの本懐とは、挑戦者の全力を引き出させること。

 

―――あのストライクの限界……見てみたいですね。

 

「エモンガ! “ボルトチェンジ”!」

「エモッ!」

 

 次の瞬間、青白い電光を纏ったエモンガが、鎌を構えて佇んでいるストライクに向かって突進していく。

 その姿にライトもパートナーに指示を出す。

 

「“でんこうせっか”だ!」

「シェィヤ!」

 

 ワンテンポ遅く指示されたのにも拘わらず、凄まじい速度で肉迫してくるエモンガに突撃するストライク。

 先程と似通ったような衝突がフィールドの中央で起こり、エモンガは再び弾き飛ばされた―――かに見えた。

 次の瞬間、電光に包まれたエモンガは小さくなりながらシトロンの腰のベルトのボールへ戻ってゆき、他のボールが開く。

 するとエモンガに代わって、黄と黒の皮膚を有した蜥蜴のようなポケモンが姿を現す。

 

「エッザァ!!」

 

 飛び出してきたポケモンは、鳴き声を上げながら襟巻を広げる。威嚇行動のように見えるが、果たして本当にそのような用途で使うものなのか。

 それは兎も角、ライトはたった今エモンガが繰り出した技に疑問を覚えていた。

 

(ッ……ボールに戻っていった……交代技!?)

「どうです、僕のエモンガの“ボルトチェンジ”は!? 【でんき】タイプの技で、繰り出した直後に自分の手持ちと交代する技なんですよ!」

「解説……ありがとうございます! ストライク、“かげぶんしん”!」

 

 シトロンの技の解説を聞いた直後、ストライクは身軽なフットワークで次々と分身を生み出していく。

 技を見る限り、相手に当たった反動でそのままトレーナーのボールに戻っていくというものだ。ならば、当たらなければその“ボルトチェンジ”による交代が起こる事は無い筈。

 そう考えた上での“かげぶんしん”なのだが、ものの数秒で十数体程の分身がエリマキトカゲのようなポケモンを囲んでいく。

 

「そう来ると思っていました! エレザード、“パラボラチャージ”!」

「エレ……ザアッ!!」

 

 エレザードというポケモンは、首回りにある襟巻を大きく広げ、その部分に電気を充電してゆき一気にエネルギーを放出した。

 放射状に放たれる電撃は、周囲のストライクの分身を次々と掻き消してゆく。

 

「ッ……!」

「ストライク!?」

 

 分身を全て掻き消され、本体が露わになってしまったストライクは避ける間もなく、エレザードの繰り出した“パラボラチャージ”を喰らってしまう。

 顔を歪ませるストライクは電撃を振り払った後、そのままライトの下へバク転で戻っていく。

 恐らく【でんき】タイプの技であろう“パラボラチャージ”を喰らってしまったが、効果抜群の技にしてみればストライクの受けたダメージ量は少ないように見える。

 しかし、エレザードの方に視線を向けてみると、淡い緑色の光がその身体を包んでいた。

 

(あれは……もしかして回復技!?)

 

 “じこさいせい”や“ギガドレイン”などを代表とする、自分の体力を回復する技。その中でも、“パラボラチャージ”は後者の、攻撃して与えたダメージの何割かを回復する方のようだ。

 前者は常に安定した回復量を誇るのに対し、後者は自分の攻撃力にも依存する。効果抜群であれば必然的に与えるダメージも多くなり、回復されるHPも増えてしまう。

 

(このままストライクで突っ張るのは不味いかな……)

 

 まだまだ元気そうなストライクだが、今の所あの“パラボラチャージ”という技の攻略方法が見つからない。

 パワーで押すという手もあるが、それは些か危険すぎる戦法になってしまう。

 思案を一通り巡らせた後、軽く足踏みしてすぐにでも動けるように待機していたストライクに指示を出す。

 

「―――“とんぼがえり”だ!」

「シャアッ!!」

 

 直後、一気に飛び出したストライクが襟巻を広げて待機していたエレザードに突撃した。その瞬間、シトロンも何かを指示したがストライクの飛翔の音で良く聞こえない。

 激しい音が響くと、ストライクも先程のエモンガのように小さくなりながら、ライトの腰に在るボールへと戻っていく。

 そして飛び出してきたのは―――。

 

「カゲッ!」

「エレザード、“ドラゴンテール”!」

「エレザァ!」

「グァウ!?」

 

 フィールドに姿を現したのはヒトカゲ―――であったが、直後接近してきたエレザードの尻尾で叩かれ、そのままボールの中へと戻ってゆき、たった今ボールに戻ったストライクが場に飛び出て来る。

 若干驚いたような顔でライトを見つめるストライクであったが、それはライトも同じであった。

 

(うっそ!?)

 

 まさか、自分が交代技を繰り出したタイミングで相手が強制交代技を繰り出すとは思いもしなかった。

 これでは只イタズラにヒトカゲにダメージを負わせてしまっただけだ。

 『クッ!』と眉間に皺を寄せるライトに対し、シトロンは掛けている丸眼鏡をクイっと指で押し上げる。

 してやったと思っているのだろうか。だが、事実としてライトはシトロンにしてやられてしまった。

 

「成程……君の二体目のポケモンはヒトカゲだったんですね。これで君の手の内は晒されたということになります!」

「それは……お互い様ですッ!」

「その通り! さあ、バトルは始まったばかりですよ! エレザード……“でんじは”です!」

「“かわらわり”だ!ストライク!」

 

 強靭な脚力でフィールドを蹴り、エレザードの下へ鎌を振りかざそうと試みる。【かくとう】タイプの“かわらわり”であれば、【でんき】は確実に有している筈のエレザードにそれなりのダメージを与える事ができるだろうと考えての選択だ。

 それに対しエレザードは再び襟巻を広げた後に、控えめな電撃をストライクに放つ。

 相手を【まひ】にさせる電撃を放つ“でんじは”を喰らいつつも、ストライクは渾身の力を込めた鎌をエレザードに振るう。

 

「シェイヤ!」

「ッ……!」

 

 空を切る音が室内に響き渡るほどの速度の一撃はエレザードの胴体に直撃し、エレザードは苦しそうに顔を歪めた。

 そのまま後方に数メートル下がるエレザードは、一瞬、ガクッと膝を突こうとするが寸での所で持ちこたえた。

 

(効いてる……!?)

 

 そのようなエレザードの反応に、【かくとう】がエレザードに対し等倍であると考えていたライトはハッとする。

 まさかとは思うが、“かわらわり”が効果抜群なのではないか。

 そう仮定するのであれば、【かくとう】が効くタイプはおのずと限られてくる。【いわ】、【こおり】、【はがね】、【あく】、そして―――。

 

(【ノーマル】……タイプ……!?)

 

 見た限り、【こおり】と【はがね】は除外されそうな見た目だが、如何せん情報が少なすぎる。

 ただ種族的に【ぼうぎょ】が低いポケモンなのかもしれない。それに、【あく】や【いわ】などのタイプである可能性も充分あり得そうだ。

 顎に手を当てて考えるライトであったが、【まひ】によって身体が痺れて苦悶の表情を浮かべるストライクを見て、一旦タイプについて考える事を止めた。

 今は【かくとう】タイプが効くという事実が分かれば十分、と。

 

 しかし、まだバトル中盤でストライクが【まひ】になってしまったのは痛い。ストライクの強さは、攻撃力と動きの速さにあるのだ。

 【まひ】になると【すばやさ】が下がるのは、知識のあるトレーナーにしてみれば周知の事実。

 つまり、ストライクの戦闘力は半減してしまったことと同意の状態になっている。

 

(これは辛い……でも―――!)

「ストライク、“とんぼがえり”!」

「エレザード、“ボルトチェンジ”!」

 

 同時に鉄製のフィールドを蹴って駆け出す二体。

 しかし、痺れていつも通り動けないストライクは一瞬動きが止まり、先にエレザードの“ボルトチェンジ”が命中するが、意地っ張りの意地を見せたストライクも何とか“とんぼがえり”による突撃を喰らわす。

 そして、同時に二体のポケモンがトレーナーの元に戻ってゆき―――。

 

「ヒトカゲ、もう一回お願い!」

「出番ですよ、エモンガ!」

「グァウ!」

「エモッ!」

 

 飛び出してくるヒトカゲとエモンガ。

 体力的には同じぐらいの二体。先程のストライクとエレザードに比べ体格は二体とも劣る。

 しかし、ライトもシトロンも自分のパートナーが先程の二体よりもガッツが劣っているとは思ってはいなかった。

 

「“ひのこ”!」

「“10まんボルト”です!」

 

 直後、無数の火の粉と爆ぜる電光が激突し、フィールドを爆風が包み込んでいった。

 すぐに煙は晴れてゆき、未だ元気なヒトカゲとエモンガはフィールドに健在している。その姿にホッと一息吐いたライトは、ヒトカゲに拳を握って見せた。

 

「まだまだ……これからだよね、ヒトカゲ!」

「カゲェッ!!」

 

 

 

―――バトルは後半戦へ。

 



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第三十話 街中でローラースケートとかの類はお止し!

 

 

「がんばれー! お兄ちゃん!」

 

 観戦席では、ユリーカが大声で挑戦者と相対している兄のことを応援していた。兄はまだジムリーダーの中でも新人に当たるが、それでもユリーカは自分の兄がジムリーダーという誇り高い役職に就いていることを凄い事と考えている。

 彼女がジムリーダーの本質というものを理解しているかどうかは分からないが、『兄が強い』ということだけでは把握していた。

 だからこそ、強い=負けないという方程式が彼女の頭の中に浮かび、トレーナーでもない自分ができないことを精一杯してあげようと、腹から声を出して声援を送っていたのである。

 

 そんな妹の声援を背に受けながら、シトロンは挑戦者であるライトを見据えていた。先程のエレザードとストライクのバトルを見る限り、既にエレザードの体力は限界まで減っている筈。

 しかしそれは相手も同じ。となると、このエモンガでフィールド上に佇まっているヒトカゲを倒すのがベスト。

 

「ここは先手必勝です! “でんこうせっか”!」

 

 一通りの流れを思い浮かべたところで、シトロンは“でんこうせっか”を指示する。次の瞬間、エモンガは宙に飛んでから皮膜を広げ、風のようにヒトカゲに突進していった。

 自分の下へと突進してくるエモンガに対し、ヒトカゲは視線を鋭くして身構える。

 

「“ドラゴンクロー!」

「グァウ!」

 

 直後、ヒトカゲの右手にエメラルドグリーン色のエネルギーが現れ、鋭い三本爪の形に変貌した。

 そのままヒトカゲは、滑空してくるエモンガに“ドラゴンクロー”を振りかざす。

 

「エモンガ、ブレーキです!」

「エモッ!」

 

 次の瞬間、エモンガはグッと身をのけ反らし風を受け止めた。すると先程までの勢いが一気に失われ、エモンガはそのまま宙をフワリと漂う。

 それに対しヒトカゲは、“でんこうせっか”でやって来る所を叩きのめそうと予測したタイミングで腕を振るった為、減速したエモンガに当たる事はなく空振りしてしまった。

 焦るライトとヒトカゲ。シトロンは眼鏡を指で押し上げ、鋭い眼光でフィールドを眺めて状況把握に努める。

 

「今です! “スパーク”!」

「エッモ!」

「カゲッ!?」

 

 文字通りスパークを纏ったエモンガは空中で一回転し、その勢いで攻撃を空ぶって無防備になっているヒトカゲに滑空してゆき、胴体に突撃した。

 電気を纏うエモンガに突撃されたヒトカゲは、身体中に電撃が奔り苦悶の表情を浮かべる。

 そのままフィールドを滑るが、何とか膝をつかずに立ち続けていた。

 

「ヒトカゲ、大丈夫!?」

「ッ……ガウッ!」

 

予想外の行動に一本取られたと苦心に満ちた表情を浮かべながら、パートナーの状態を確かめるライト。グッと拳を握ってみせるヒトカゲであるが、強がりであることは見れば分かる。

 ライトのヒトカゲは度胸もあれば、バトルの状況を冷静に判断できるような胆力も兼ね備えていた。しかし、そんなヒトカゲに圧倒的に足りないのは、実戦経験。つまり、レベルが足りないということだ。

 

(僕が突破口を開かないと……!)

 

 そんなパートナーの為に自分が何とかしようと試みるライトは、フィールド上で『してやった』という顔を浮かべているエモンガを観察する。

 可愛らしい顔立ちなだけあって、そのような顔は憎たらしいとさえ思えてしまう。

 

(……今は、フィールドの上に立ってる……)

 

 ふと、とあることに気が付く。

 先程の一連の流れは、エモンガが飛んでいたからこそできていた芸当だ。ならば、もし地上でのインファイトになった場合、軍配はどちらにあがるのだろうか。

 エモンガの皮膜を見る限り、あのポケモンはどちらかと言えば空中戦に特化しているポケモンなのだろう。それも、周囲に木々がある森林の中などが一番の得意とする筈。

 

(オタチとかがそうだ……でも、このフィールドにはそんな障害物は全然ない!)

 

 ジョウトに多く生息しているオタチというポケモンも、腕と体の間に皮膜があって、時折木々の間を滑空する姿を望むことができる。

 しかし、生憎このフィールドには飛び移れるような物体は一切ない。

 エモンガをオタチと重ねて考えるのであれば、エモンガは短距離の滑空で相手を攪乱する種族であると思われる。

 とすると、鳥ポケモンのように自由自在に空中を飛び回れる訳ではなく、あくまで自分で風の流れを感じ取って、少しずつ調整しながら滑空することしかできない。

 

(なら……風の流れを変えればいいんだ!)

 

―――光明が見え始めた

 

「ヒトカゲ! エモンガの足元に“ひのこ”!」

 

 即断即行。

 その言葉を体現するかのようにヒトカゲに指示を出すライト。ヒトカゲも主人の指示に従い、自分の尻尾を振るって火の粉をエモンガの足元に繰り出した。

 

「飛んで躱してください!」

「エモゥ!」

(よし……――!)

 

 フィールドの鉄が赤くなるほどの“ひのこ”を大きく飛び上がって躱したエモンガは、フィールドの上を滑空している。

 見上げるヒトカゲは、室内の灯りによる逆光で眩しそうに目を細くしていた。それはライトもシトロンも同じであったが、ライトにしてみればヒトカゲとエモンガの距離が分かれば―――。

 

(―――充分なんだ!)

「ヒトカゲ、“がんせきふうじ”を自分の周りに準備!」

「グァウ!」

「なッ……【いわ】タイプの技を覚えていたとは!?」

 

 突如、ヒトカゲの周囲に次々と人の頭程の大きさの岩が浮かび始める。効果抜群のサブウェポンを覚えていたヒトカゲに対し、シトロンはやや動揺の色を浮かべるものの、予測範囲内と言えば予測範囲内の出来事。

 【でんき】タイプのジムである以上、【じめん】タイプのポケモンで挑んでくる者が多く、【じめん】タイプのポケモンには、サブウェポンとして【いわ】を覚えているポケモンが多いのだ。

 

(ですが、まだ技を習得して日が浅いと見た……慣れていない技では、僕のエモンガを捉える切ることはできない筈!)

「畳み掛けますよ、エモンガ! “でんこうせっか”で攪乱して下さい!」

「エッモォ!」

 

 次の瞬間、エモンガはヒトカゲの周りを周回するように滑空し始める。先制技であるが故の凄まじい動きで周回するエモンガに、忙しなく目を動かすヒトカゲ。

 だがライトは笑みを浮かべ、ヒトカゲも焦った様子は見せない。

 

(この動きはハクダンジムでも見た……そうでしょ?)

 

―――コクン

 

 主人の瞳を見つめ、無言のまま頷くヒトカゲ。

 それが意味するとことは、二人の考えていることが同じという事だ。ライトが考えていたことは、先日のハクダンジムでのバトル。

 ビオラのアメタマは、“でんこうせっか”でヒトカゲを“えんまく”で包み込もうとした。

 

 シトロンの予測範囲外であったのは、まさにその戦法だ。奇しくも、ビオラとシトロンの行ったヒトカゲへの戦法は、“でんこうせっか”で攪乱とするという似通ったものであったのである。

 そのようなことは露知らず、シトロンはエモンガに指示を出す。

 

「突撃して下さい!」

「エモォ!」

「一つずつ岩を投げつけて!」

「グァウ!」

 

 “でんこうせっか”で突撃してくるエモンガに対し、ライトはヒトカゲに岩を一つずつ投げる様に指示した。

 その指示通り、ヒトカゲは周囲に浮かべた岩を投げつける。

 だが、エモンガは皮膜で上手く風を受け、“がんせきふうじ”を確実に回避していく。次々と素早い動きで回避していくエモンガは、あっという間にヒトカゲの前までやって来る。

 そして―――。

 

「エモンガ、“スパーク”です!」

「今だ!()()()()()()“がんせきふうじ”!」

「なッ……!?」

 

 電光を纏って突撃してくるエモンガを見据えたまま、ヒトカゲは周囲に浮かべていた岩石を城壁のように己の周りに落とした。その光景に、シトロンは思わず驚きの声を漏らす。

 まだ未進化であるヒトカゲの繰り出す“がんせきふうじ”は、【いわ】タイプのポケモンが繰り出すものより見た目は劣るものの、ライトの指示通りに動かす程度には扱えている。

 そんな“がんせきふうじ”は、フィールドに落下した際に周りに強めの風を巻き起こした。

 

「エモォ!?」

 

 今まで風が全く吹いていなかったフィールドに起きた風圧にエモンガは、思いもよらぬ風を皮膜に受けて体勢を崩し、慌てふためく。

 

「ヒトカゲ、今がチャンスだよ!突っ込んで!“ドラゴ……――!」

 

 自分の周りに積み上げられている岩石を足蹴に、ヒトカゲは体勢を崩しているエモンガに飛び掛かっていった。

 その際“ドラゴンクロー”を指示しようとしたライトであったが、ふと、ヒトカゲの口腔にエネルギーのようなものが収束していることに気が付く。

 

(あれは……!)

 

 かつて、ポケモンバトルの番組で見たことのある技に、ライトの指示は一瞬止まる。

 そして“ドラゴンクロー”の代わりにライトは、たった今ヒトカゲが覚えたであろう技名を口に出した。

 

「―――“りゅうのいかり”!」

 

 直後、飛び掛かっていくヒトカゲの口腔から、オレンジ色の光球が解き放たれた。炎ではないエネルギーが圧縮された光球は、体勢を崩しているエモンガに一直線に飛んでいく。

 

「エ、エモッ!?」

 

 “りゅうのいかり”がエモンガに衝突し、爆音と衝撃を周囲に伝えて、大気を震わせる。爆発によって発生した煙によってエモンガの姿は見えなくなるが、次の瞬間、煙の中から力なくフィールドに落下していく影が全員の瞳に映った。

 

「エモォ~……」

「エモンガ、戦闘不能」

「っしゃ! やったね、ヒトカ……ゲ?」

 

 見事、エモンガを下したヒトカゲに激励を送ろうとしたライトであったが、ヒトカゲの様子がおかしいことに気が付く。

 寒くない筈であるにも拘わらず、その身をブルブルと震わせていた。

 

「グ……グァアアアア!!」

 

 次の瞬間、ヒトカゲの体が煌びやかな光に包み込まれていき、次第にその小さな体の形を変貌させていくではないか。

 小さかった体躯は徐々に肥大化してゆき、後頭部には一本角が生え、小さかった腕にも巨大な爪が生える。

 そして、自らを包み込む光を掻き消すように、そのポケモンは鋭い爪を大きく振るった。

 

「リザアアアアアアッ!!!」

「「「し……進化した!!?」」」

 

 光が掻き消えると、橙色であった皮膚は紅蓮に変色したのを望むことができ、尻尾の先に点っている炎もヒトカゲとは段違いに燃え盛っていた。

 思わず声をそろえて驚く三人であったが、正気に戻ったライトはポケットから図鑑を取り出し、詳細を画面に映し出す。

 

『リザード。かえんポケモン。鋭い爪で容赦なく叩きのめす。強敵と向かい合うと気分が高まり、尻尾の炎が青白く燃え上がる』

「す……凄い!リザードだァ!」

「この場面で進化するなんて……完全に予想外です……!」

「わぁ~! 進化する場面なんて初めてみたァ~!!」

 

 進化した自分のパートナーの興奮するライトと、彼に違わぬ程に興奮しているユリーカ。この中で唯一シトロンは、リザードを見て苦虫を噛んだかのような顔を浮かべている。

 エモンガが倒された今、シトロンの手持ちに残っているのはストライクとの戦闘で疲弊したエレザードのみ。

 進化したばかりで興奮状態のリザードは、尻尾の先の炎を轟々と燃え盛らせている。シトロンの所持しているエレザードの特性は“かんそうはだ”であり、【みず】タイプの攻撃を受けると体力を回復するが、【ほのお】タイプの攻撃を受けてしまうと通常の倍のダメージを受けてしまう。そんな相性の悪いリザードを倒したとして、果たして後続のストライクを倒せるかどうか。

 【まひ】状態にしているものの、“かわらわり”を喰らって疲弊しきっているエレザードで倒せるか―――。

 

「……色々考えても仕方ないですね。ジムリーダーの僕は、全力で挑戦者の君と相対すのみ! エレザード! 頼みますよ!」

「エッザァ!」

 

 ボールを投げると、中から再びエレザードを繰り出す。

 やや疲弊した顔を覗かせるものの、闘志は充分といった瞳を主のシトロンに投げかける。

 

(……ふふッ、僕はちょっと弱気になっちゃっていたかもですね)

 

 パートナーの瞳を見たシトロンは、先程の自分を反省し、フィールドの上で佇んでいるリザードを見据える。

 

「行きますよ、エレザード! “ドラゴンテール”ッ!!」

「リザード! “ドラゴンクロー”だァッ!!」

 

 互いにパートナーに指示を出す。すぐさまポケモン達は、尻尾や爪にエネルギーを纏わせながらフィールドを駆け、肉迫していく。

 

 

 

 

「リザアアアアアアッ!!」

「エレザアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 交錯は一瞬。

 技を繰り出した音が室内に響き渡り、フィールド上は静寂に包まれる。

 ライトやシトロンのみならず、観戦しているユリーカでさえも余りの緊張感に息を忘れ、茫然とリザードとエレザードを見つめていた。

 ずっとこのままではないかと思われた次の瞬間、エレザードの尾に纏うエネルギーが弾け飛び、そのままエレザードはフィールド上にうつ伏せに崩れ落ちてしまう。

 

「ザァ~……」

「エレザード、戦闘不能。勝者ハ、挑戦者ライト」

「……お疲れ様です、エレザード」

 

 ボールをかざし、瀕死になったエレザードを戻すシトロンの顔はにこやかで、どこか晴々としているものであった。

 エレザードの入っているボールを見つめ『ゆっくり休んでください』と呟いた後、シトロンは視線を上げ、フィールドの上で抱き合うライトとリザード。

 ギャラドス以来、久し振りに自分の手持ちの進化に立ち会ったライトは感極まり、目尻に涙を浮かべている。対してリザードはクールながらも、主の歓びを分かち合う様に穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 そんな彼等に歩み寄るシトロンは、ツナギのポケットの中に準備しておいた物を取り出し、抱き合う二人に差し出す。

 逆三角形に稲妻を模ったような線が三本重なる黄色いバッジ。

 

「これを……僕に勝った証の『ボルテージバッジ』です。受け取って下さい!」

「わぁ……ありがとうございます!」

 

 シトロンからボルテージバッジを受け取ったライトは、隣に居るリザードと共にその輝きを一通り堪能してから、バッジケースの中へと仕舞う。

 ストライクには申し訳ないが、彼には後でポケモンセンターに連れていって回復してから見せようと考えたライト。

 

「あ~あ……お兄ちゃん、残念だったね」

「いいんですよ、ユリーカ。僕達ジムリーダーはトレーナーの実力を測る存在でもありますが、同時に僕達自身も挑戦者なんです。ジムリーダーもまた、挑戦者の方々から多くのことを学んでいくんですよ」

 

 兄が負けたことにやや不服そうな顔を見せていたユリーカであったが、シトロンの言葉に納得したかのように満点の笑みを見せた。

 

「ん~……そっか! ライトお兄ちゃん、今日はアリガトね!」

「ううん! 僕こそありがとね、ユリーカちゃん!」

「他のジムでも頑張ってね!」

「うん、頑張るよ!」

 

 年端もいかぬ少女の激励に、ライトも満面の笑みを返す。

 しかし、突然ユリーカは両手の人差し指をツンツンとしながら、何か言いたげにそうに上目使いでライトを見つめる。

 

「あの……」

「ん? どうしたの?」

「イーブイ、触ってみてもいい?」

「ブイ?」

 

 自分の名前を呼ばれたイーブイは、何時の間にかに入っていたライトのフードの中からピョコっと顔を出し、ユリーカと目を合わせる。

 短い間の印象であるが、ユリーカは天真爛漫な女の子だ。可愛いものには目が無い年頃なのだろう。

 それを察したライトは、フードの中からイーブイを抱き上げ、ユリーカの前に差し出す。

 

「はい!優しく撫でてあげてね!」

「ッ、わあ~!ありがとう!カワイイ~!」

「ブイ~……」

 

 触る許可を貰ったユリーカはすぐさまイーブイの頭を撫で始める。撫でられるイーブイは気持ちよさそうに目を細め、為されるがままにユリーカの手を受け入れていた。

 この後、イーブイはかれこれ十分ほど撫でまわされるのであったが、それはまた別の話。

 

 

 

 ライト、ボルテージバッジ獲得。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っく~……よし! バッジ二個ゲットだ!」

「ブイ!」

 

 僕は背伸びをしながら、さっきのバトルの結果をもう一度口にした。イーブイも元気よく応えてくれる。

 まだイーブイはバトルしたことはないけれど、皆のバトルを観戦してるから、頭の中ではイメージとかはできているのかな?

 まあそれは今度、野生のポケモンとのバトルとかで確かめるとして……。

 

「わああああ!? 君、危な―――いッ!!」

「え……―――って、ヴェアアアア!?」

 

 イッタイ!? っていうか、急すぎて変な声出ちゃったんだけど!

 角に差し掛かったトコで人と激突して、そのまま吹き飛ばされる。確かフードの中にイーブイが居たけど、大丈夫かな!?

 そんなことを思いながら倒れたら、頭にイーブイが『ポフッ』と落下してきた。

 

「ブイ!」

「……元気そうだね、イーブイ」

「ご、ゴメンなさい!!大丈夫!?」

 

 頭にイーブイを乗せてミアレの歩道に倒れている僕に、ぶつかってきた人が謝りながら手を差し伸べてきた。

 声の高さから考えると女の子かな?

 そんなことを考えながら視線を上に移すと、案の定女の子が手を差し伸べていた。凄いボリュームのある金髪を後頭部で纏めて、額からは一房その金髪を垂らしている。

 赤いフレームのサングラスを額に乗せてる女の子は、動きやすそうな白と赤の半袖に、スカートを穿きつつ、膝上ぐらいまであるスパッツも穿いていた。

 活発そうな子。靴を見る限り、ローラースケートでもしてたのかな?

 そんなことを思いながら、差し伸ばされる手を取って立ち上がる。

 

「あ、ありがとう……」

「ホントにごめんなさい! 怪我ない!? 念のため、ポケモンセンターに行ってジョーイさんに……!」

「大丈夫だよ。ジム戦が終わって、ちょうどこれからポケモンセンターに行くところだったから……」

 

 怪我はないとは思うんだけど、舗装されてる地面に思いっきり倒れたから、身体は痛む。でもそんな心配されるほどじゃないと思う。

 でも、本当に申し訳なさそうな目で見てくる女の子に、断るのもこっちが申し訳なくなってくるほどだ。

 って言うか、ぶつかって僕だけ倒れるってどういうことなの?なんか自分が情けなくなってくる……。

 

「なら、あたしも付いていくよ! あたしの不注意で怪我しちゃってたら……!」

「わ、分かったよ。僕はライト。君は?」

 

 このまま引き下がってはくれない雰囲気を醸し出していたので、僕は素直について来てもらうことにした。

 僕が自己紹介すると、女の子は申し訳なさそうな色を残しながらも、笑みを浮かべて自己紹介してくれる。

 

 

 

「よろしく、ライト! あたしはコルニ!」

 

 

 

 

 



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第三十一話 真面目な人の『押すなよ』はマジの意味の方

 

 

 

 

 5番道路―――通称『ベルサン通り』。

 ミアレシティの西側に位置する道路であり、坂道が多い事からカロス地方で流行しているローラースケートをする為にスケーターが集まることが多い。

 道の脇にはローラースケート場が見る事が出来るほどだ。

 そんなベルサン通りのローラースケート場では、一人の少年と一人の少女がローラースケートをしていた。

 

―――プルプルプルプル……。

 

「あはは……何か、生まれたてのポニータみたい……」

「ロ、ローラースケートなんか生まれて初めてだから……」

 

 膝をプルプルと震わせながら、ライトは一人の少女と会話をしていた。

 彼女の名は『コルニ』。昨日、ミアレの歩道でぶつかった少女だ。あの後二人でポケモンセンターに向かい、ポケモンの回復を図ると共にライトに怪我がないか確かめたのである。

 特に目立った傷も無く擦り傷程度であり大事には至らなかったライト。

 申し訳なさそうに謝罪するコルニを何とか宥め、その後はポケモンの話で意気投合したのである。

 

 ポケモンの回復が終わった後、色々と旅の目的やらを話していると、シャラシティという町に帰ろうとしていたコルニが『折角だし、あたしも一緒に行くよ!』と何故か二人旅をすることになり、現在こうして二人で道を進んでいたのだが―――。

 生粋のローラースケーターであるコルニがスケート場を見つけ、『どうせなら一緒にやろうよ!』ということになり、ライトは人生初体験のローラースケートをすることになっているのだが、腕前は見ての通りである。

 

 コルニの言う通り、生まれたてのポニータのように膝を震わせ、終始内股でその場に立つのが精一杯のライト。

 苦笑いを浮かべながら頬をポリポリと掻くコルニは、滑らかに地面を蹴って滑りながらライトの後ろに回り込む。

 

「ほら! 自転車と同じで、始めの勢いが肝心なんだから!」

「ちょ、急に押したらッ!?」

 

―――ツルッ、ドテッ!

 

「わああ!? ゴメン!! あたし、そんなつもりじゃ……!」

「……なんか最近ツイてないなァ……」

 

 急に押されたことによってバランスを崩したライトは、そのまま前方に派手に転倒した。

 ボールを顔面にぶつけられたり、ローラースケートをする少女と激突したりと、ここ最近運が回ってこないような気がするライトは苦笑いしか浮かべられない。

 グッと手を引っ張られて立ち上がるライトは、慌てふためいて頭を下げるコルニを宥める。

 そうしてから借りたローラースケートを脱いで、アルトマーレを出た時から穿いているシューズに履き替えた。

 

「貸してくれてアリガト。ローラースケートの購入とかは見送ることにするよ……」

「ゴメン……あたし迷惑しかかけてないや……」

「いや、まあ……う~ん……」

 

 否定しようとするも、今日と昨日だけでコルニが起こした出来事が多くて、素直に首を横に振ることができない。

 衝突から始まり、昨日はポケモンセンターで男女であるにも拘わらず一緒に部屋で寝泊まりした。その際のコルニの大雑把さには、ライトも終始驚愕してばかりだったのである。

 ポケモンセンターの泊まり部屋には、各部屋にユニットバスが備え付けられているのだが、シャワーを浴びて出てきた時の彼女の姿がパンツ一丁であった時は、流石のライトも大声でツッコみを入れたものだ。タオルで上が隠れていたのが、せめてもの幸いだったといえよう。

 

(何か……色んな意味で疲れてきた……)

 

 決して悪い少女ではないのだが、起こす行動のそれぞれが今のところライトにとってマイナスにしか働いていない。

 

「じゃあ、こう言うのもなんだけど、申し訳ついでにこの道路の先にある街の事とか教えてくれない?」

「街の事? オッケー!」

 

 ローラースケートを終えた二人は次の街に向かう為の道に戻り、歩きながら話し始める。

 

「この道路の先に在るのが『コボクタウン』で、『ショボンヌ城』って言う古いお城がある街なの! そしてコボクタウンをさらに西に進んでいくと、『バトルシャトー』っていうポケモンバトルの施設があるのよ!」

「バトルシャトー?」

「うん! カロス地方でも由緒正しいバトル施設で、運が良ければジムリーダーとか四天王の人とかにも会える場所なの!」

「へぇ~!」

 

 ジムリーダーや四天王などのリーグ関係者が足を運ぶ施設というのは、トレーナーとして心惹かれるものがある。

 ポケモンリーグに出場する為に必要なバッジの数は残り六つ。もし、そのバトルシャトーでジムリーダーのバトルを見る事が叶うのであれば、事前に対策などをとることができるかもしれない。

 そのようなことを考えながら、ライトはコルニの話の続きを聞く。

 

「そしてバトルシャトーのある道を先に進んでくと、『地つなぎの洞穴』っていう洞窟があって、そこを抜けて更に進んでいくと『コウジンタウン』があるの! 崖の上に立ってる街で、水族館があったり、化石研究所があったりするんだよ!」

「化石研究所かァ……」

「それでね、その街を北に進んでいくと『ショウヨウシティ』に着くのよ! そこにはジムリーダーのザクロさんがいるんだ!そして更に北に進むと『セキタイタウン』って言う石が名物の街に着いて、そこから東に在る『映し身の洞窟』を抜けると、『シャラシティ』があるの!」

 

 聞いているとシャラシティまで行くのにかなりの道のりがあることが分かる。辿り着く間に、この『元気』を絵に描いたようなカワイイ少女とずっと一緒であるのかと考えると、年頃の男子として喜ぶべきなのか、ツッコミ役を全うしなければならないと考えて気落ちするか、どちらかと悩む。

 余り破天荒な姉のような行動は慎んで欲しいが―――。

 

「ねえ、ライト! あれ見て、あれ!」

「あれ? ……あッ、ポケモンだ」

 

 コルニの指差す方向に目を向けると、ヒメグマを白黒に塗ったようなポケモンが木の下に転がっている木の実を拾い集めているのが見えた。

 

 すかさず図鑑を取り出し、どのようなポケモンであるかを確認してみる。

 

『ヤンチャム。やんちゃポケモン。敵になめられないように頑張って睨みつけるが効果は薄い。咥えた葉っぱがトレードマーク』

「可愛いと思わない!? あの小生意気な感じの目!」

「そこなの?」

「ちょっとあたしゲットしてくるね!」

 

 カワイイと感じる部位にやや同意しかねるが、コルニは一目散に木の実を拾っているヤンチャムの下へローラースケートで駆けて行く。

 腰のベルトにあるボールに手を掛け、勢いよく空中にボールを放り投げた。

 

「ルカリオ、出番よ!」

「クァンヌ!」

 

 ボールから飛び出してきたのは、青色の二足歩行の犬のようなポケモン。すらりとした体格に、手の甲や胸から生えている鉄のようなトゲ。

 そして凛々しいその瞳に、ライトは『カッコいい……』と呟いてコルニに『ルカリオ』と呼ばれたポケモンに図鑑を翳した。

 

『ルカリオ。はどうポケモン。あらゆるものが出す波動を読み取ることで、一キロ先にいる相手の気持ちも理解できる』

「波動……凄いポケモンも居るんだなァ……」

「ブイ~」

「イーブイもそう思う?」

「ブイ!」

 

 『波動』がどういったものであるのかいまいち理解できていないライトであるが、とりあえず凄い力なのだろうと解釈して、フードの中に佇まっているイーブイに語りかける。

 そうこうしている間に、コルニ達はヤンチャムとの戦闘に入っていた。

 

「ルカリオ、“ボーンラッシュ”!」

「クァン!」

 

 指示を受けたルカリオの手には、一本の細長い骨状のエネルギーが出現する。その骨を棒術のようにクルクルと器用に回してから構えると、地面を蹴って一気にヤンチャムへと肉迫してゆく。

 すると、近付いてくるルカリオに気付いたヤンチャムが拾い集めていた木の実を放り投げ、小さな掌を広げて突進してきた。

 

「“つっぱり”がくるから気を付けて、ルカリオ!」

 

 ヤンチャムが繰り出そうとしている技をルカリオに伝えるコルニ。それを聞いたルカリオは、ヤンチャムの眼前まで近づいた瞬間に跳躍した。

 そのまま前方に宙返りしながらヤンチャムの背後に着地し、“つっぱり”が空ぶってしまいよろけているヤンチャムに向かって“ボーンラッシュ”を繰り出す。

 『ガンッ』という痛そうな音が響くと同時にヤンチャムは前方に吹き飛び、痛そうに叩かれた部位を擦り始めた。

 

「よ~し、これくらいでっと!」

 

 痛みに悶えるヤンチャムに対し、コルニはウエストバッグの中から空のモンスターボールを取り出し、勢いよくヤンチャムへと投げつけた。

 寸分の狂いも無く命中したボールはヤンチャムを内部へと吸い込んでいき、そのまま地面へと落下する。

一度、二度、三度―――。数秒の静寂が辺りを支配するが、ボールの開閉スイッチの部分がピカリと輝いた事で、コルニは嬉しそうにその場でジャンプし始めた。

 

「やったー!ヤンチャム、ゲット!出ておいで!」

 

 一切の無駄なくポケモンの捕獲を追えたコルニは、早速捕まえたヤンチャムをその場に繰り出した。

 中からは、つっぱりの効いている睨みをコルニに向けるヤンチャムが出て来るが、コルニがその小さな体を抱き上げてギュッと抱きしめると、思わずヤンチャムの顔も綻んでしまう。

 

「これからよろしくね、ヤンチャム~♡」

「チャ……チャム!」

 

 『仕方がねえな』と言わんばかりに視線をコルニから逸らすヤンチャムだが、抱きしめられている事に対して顔が緩んでしまっている為、威厳も何もない状態だ。

 そんな彼女達の近くでは、小さく拍手するライトの姿が見える。

 何気なく拍手しているライト。しかし内心は、今の捕獲までの一連の流れに凄まじく感心していた。

ルカリオがどういったポケモンであるのかは完全に把握できていないが、コルニとの息の合い様、動きの速さなど、かなり鍛え上げられているポケモンに見える。

 一体この少女は何者なのか、と考えていたライトであるが、ヤンチャムを抱き上げて表情筋を緩ませているコルニの姿に、そんな考えはどこかへ行ってしまった。

 

(ヤンチャムは【かくとう】タイプ……ルカリオは……【はがね】・【かくとう】タイプなのかァ)

「もしかしてコルニって、【かくとう】タイプが好きなの?」

「え? う~ん……そうだね! パワフルなところが好きなんだ!」

 

 図鑑に記載されているタイプを確認し、ルカリオもヤンチャムもどちらも【かくとう】タイプを有している事から、コルニが【かくとう】を好んでいるのかと想像したライト。

 その想像はどうやら当たりだったらしく、コルニは未だにヤンチャムをぬいぐるみのように抱きしめながら肯定する。

 

「でも、勿論あたしだってカワイイポケモンは好きだよ? ピカチュウとかプリンとか、あとピッピとかも! でも全体的な好みで言えば、【かくとう】タイプが好きな感じ!」

「じゃあ、イーブイとかは?」

「最ッ高! もし進化の研究が進んでイーブイの【かくとう】タイプがあるのが分かったら、絶対その子に進化させるもん!」

 

 フードから抱き上げられ差し出されたイーブイに目を輝かせながら、ヤンチャムをギューっと抱きしめるコルニ。彼女はまだ見ぬイーブイの進化形に思いを馳せていた。

 今の所イーブイの進化形は八つ確認されている。これからまた新たなる進化形が確認されないとも言えない。それほど、イーブイには進化の可能性というものがあるのだ。

 女の子らしくカワイイものには目が無いが、【かくとう】タイプが好きと言う中々の強者。

 

 そんな彼女に触発されるように、ライトは図鑑の検索機能を駆使して【かくとう】タイプを探してみる。

 

「ニョロボンは?」

「お腹のグルグルがキュートよね!」

「カイリキーは?」

「『ザ・格闘』って感じでいいよね!」

「サワムラーは?」

「変幻自在の足技って惚れちゃう!」

「エビワラーは?」

「拳一つで相手を打ち崩していく姿、すっごいカッコいい!」

「……ヘラクロスは?」

「【むし】タイプなのに【かくとう】も複合してて、『ムシキング』みたいな!? 目もキュートなんだよねェ~!」

「……バシャ」

「バシャーモとか本当に最高! あの熱い感じ……ホント【かくとう】タイプに相応しいって言うの!?」

 

 最後辺りは食い気味に来られ、苦笑いを浮かべるライト。

 どうやら彼女の【かくとう】タイプへの想いは本物らしい。だが、色々な格闘ポケモンの話を聞いている間、彼女の相棒であろうルカリオが何やらいじけている様に地面に丸を描き続けていた。

 『クゥ~ン』と鳴くルカリオ。恐らく、『自分は?』とでも言っているのだろう。

 悲しげな瞳を向けてくるルカリオの気持ちを察したライトは、『じゃあ』と、鼻息を荒くしながら【かくとう】タイプについて語るコルニに問いかけた。

 

「ルカリオは?」

「ルカリオ? ルカリオはね、何と言ってもあの獣型のポケモンなのに二足歩行なところかな! 野生を生き抜く為のしなやかな強さって言うのが見て取れるよね! 体は細いのに、他の【かくとう】タイプに引けを取らない力強さとか、動きとかもすっごい速いし、バトルとかでも大活躍なんだよ!? 近距離でも遠距離でも十二分な強さを誇ってくれる姿は、ほんっと頼もしいって言うかァ~! あと、ルカリオの毛って凄いサラサラしてて撫でてると気持ちいいんだよねェ~! 普段のバトルの時の頼もしさとは逆に、プライベートでは癒しも担当してくれるっていうか―――」

「ヘー、ソウナンダー」

 

 地雷を踏んでしまった。

 留まる事を知らないコルニのルカリオについての話に、ライトは放心状態に陥っていた。腕の中のイーブイが心配そうに肉球を頬にポフポフとくっつけて来るが、ライトは気が付くことができない。

 先程までいじけていたルカリオは、今度は恥ずかしそうに顔を両手で覆っている。

 主人にこれほどまで褒められるとなると、流石に恥ずかしさの方が勝ってきたのだろう。だが、そんな語りを続けるコルニがルカリオの事を好いているということは十二分に周りの者に伝わった。

 

 その後数分間ルカリオについて熱く語っていたコルニは、満足そうに額の汗を拭って一息吐く。

 

「ふぅ……こんなところかな?」

「……うん。充分伝わったよ」

「そう!? 良かったァ~! あたしずっと喋ってたから、伝わってるのかなって不安で……」

(自覚はあったんだ……)

 

 一応自覚があったのはせめてもの救いかもしれない。

 

「それで、なんでそんなに【かくとう】タイプが好きなの? 今の聞いてると、それが気になってくるんだけど……」

 

 これほどまでの熱意を持って【かくとう】について語れるのだから、それ相応の理由がある筈。

 ライトはそう考えて再びコルニに問いかける。

 すると、彼女の先程までの熱気の籠った瞳は息を潜め、今度は何かを懐かしむかのようにやや俯きながら口を開く。

 

「……昔はそんなに好きじゃなかったんだ。あたしのお爺ちゃんが【かくとう】専門のジムリーダーで、次のジムリーダーはあたしだってなった途端、【かくとう】タイプを使うように強制される感じになって……」

「え? ジム……リーダー?」

「……あれ? 言ってなかったっけ? あたし、シャラジムのジムリーダー候補だよ? 昨日ミアレに居たのは、一次試験をやるためで……」

「初耳だけど」

「……あれれ?」

 

 何となく重そうな話の中で急に飛び出してきたカミングアウトに、ライトは凄まじく険しい表情で問いかけた。

 すると、『てへッ』という表情でコルニは『言い忘れてた!』とライトに向かって言い放つ。

 コルニのジムリーダーについての話もかなり気になるが、まずは何故【かくとう】タイプが好きなのかを聞くのが最初だと考え、ライトは再び聞く体勢に入る。

 

「それでね、あたしが初めて貰ったポケモンがあのルカリオ……昔はリオルだったんだけどね。小さい頃からジムリーダーになる為に一緒に特訓とかして……でもあたし、小さい頃はジムリーダーなんかになりたくなかったの。別にジムリーダーが凄い嫌っていう訳じゃなくて、ジムリーダーになるように強制されるのが嫌でさ……それで、自然に【かくとう】タイプもあんまり好きじゃなくなって……」

「それじゃ、今は何で……」

「テレビ番組で見たの。災害現場とか事故現場で働くポケモンのこと。その中で【かくとう】タイプのポケモンが、重い物を運んだりして人を助けたりするの見て……カッコいいなァって」

 

 二カッと笑うコルニの笑顔はとても無邪気だった。そんな彼女に釣られるように、ライトも自然と笑みが零れる。

 

「お爺ちゃんは昔から、『ジムリーダーは戦うだけじゃない。街の皆を守る職業なんだ』って言ってて……それで何か納得しちゃってさ! あたし昔から男勝りで、日曜の朝とかにやってる特撮でも、男の子が見る様な番組ばっか見てたんだ!」

 

 彼女が言う様に、確かに日曜の朝には小さな子供が見る様な特撮やアニメが放送されている。昔はライトもよく見ており、友人とよくヒーローごっこをしたものだと、少し感慨深くなる。

 

「特撮の『ルカリオキッド』……あたしそれが大好きで……だからお爺ちゃんはあたしにリオルを託してくれたんだって分かってさ」

 

 するとコルニはローラースケートで滑って、ライトの目の前でクルクルと回る。かなり慣れていないとできないような速い動きだ。

 数回回転した後に、コルニは拳をグッと構えてポーズを決める。

 

「あたし、ヒーローに憧れてたんだ! そして、ジムリーダーは街の皆にとってのヒーローなの! だから、ジムリーダーになるっていうのはヒーローになること!」

 

 『バババッ』とルカリオキッドが変身する時のポーズを決め、コルニは少し恥ずかしそうにはにかむ。

 

「……ジムリーダーになれってことは、遠回しに『夢を叶えろ』って言われてるみたいで……それで本気でジムリーダーを目指せるようになって、皆をヒーローみたいに助けられる【かくとう】タイプも好きになったんだ! 子供みたい……かな?」

「……ううん。すっごいいい夢だと思うよ!」

「そう!? アリガト!」

 

 晴々とした笑顔を浮かべるコルニと、話を聞いて納得したライト。

 ジムリーダーは確かに小さな子供達からすれば街のヒーローだ。街の悪党を懲らしめる強いポケモントレーナー。それはある種、子供の理想像の一つでもある。

 するとコルニはウエストバッグの中から、一冊の本を取り出す。

 

「一次試験は筆記だけだったけど、二次は実技も入ってくるの!ポケモンバトルね!」

「へぇ~! ルカリオ以外にどんなポケモン持ってるの?」

「……実は……その……」

「……うん? どうしたの?」

「ルカリオ以外……あたし手持ち居ないの」

「……えぇ~……」

 

 まさかの新事実。

 ライトが辛辣であれば、『お前はジムリーダーを舐めているのか』と言いそうな状況であるが、そうでなくてもライトは引きつった笑みを浮かべる事しかできなかった。

 頬をポリポリと掻くコルニは、先程取り出したポケモンについて色々な知識が書かれている参考書を再びバッグに仕舞いこむ。

 

「いや、そのね……てっきりお爺ちゃんのポケモン貸してもらえるかと思ったら、『自分で捕まえたポケモンでなければ意味がない!』って言われて……で、でも、二次試験は数か月後だから、焦らなくても大丈夫かなって……」

「……つまりさっきのヤンチャムは、待望の手持ち二体目って事?」

「その通りッ!」

「いや、そんな元気に言われても」

 

 ビシィっと人差し指をライトに向けるコルニであったが、ライトは冷めた目でコルニを見つめていた。

 もし自分の立場であったのならば、気が気では無い筈だ。

 マイペースと言うか、何と言うか。自由奔放とも言えそうな気もする。

 呆れる事しかできないライトに対し、コルニは『と、兎も角ッ!』と手を振りながら訴えた。

 

「あたしはこの数か月旅で、試験に合格できるような【かくとう】チームを作り上げるの!」

「それはその……シャラシティに着くまでって事?」

「ううん! ついでだから、ジム巡りするライトに付いていこうかなと……」

「……カロス各所を?」

「うん。……ほ、ほら!お互いポケモンバトルして、レベルアップとかも図ってさ!」

「……成程」

 

 どうやらミアレから付いてきたのは、かなり意図的なものだったらしい。ジム巡りをする自分であれば、一から育てるポケモン達のレベルもそこはかとなく同じ位なはず。

 ならば、バトルしていい感じにレベルアップできるかもしれない。

 そうコルニ考えてターゲットにされたのがライトという事なのだろう。

 

「だ……駄目かな?」

 

 やや不安そうな顔を浮かべるコルニに対し、顎に手を当てて考え込むライト。

 だが、答えはすぐに出た。

 

「……うん、いいよ! ギブアンドテイクっていう感じで!」

「ホント!? やったー!」

 

 了承の答えを聞いたコルニは、嬉しそうにその場でピョンピョンと跳ねる。

 彼女のバトルの話は、言うなればライトにも利益のある提案だ。ジムを攻略するには、多くのポケモンバトルを重ねなければならない。

 しかし、トレーナー戦以外で野生とのバトルだけで経験は賄えるものではない。そこでジムリーダー候補であるコルニであればいい対戦相手になってくれるだろうと考え、ライトは提案を了承した。

 

 互いに利益のある交渉は見事成立する。

 

 

 

 こうしてライトは、ポケモンではない旅の仲間が増えるのであった。

 



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第三十二話 マジだから。リアルガチだから。

 

 

「ライト、おっはよ――――ッ!」

「……おはよ」

 

 耳元で響くコルニの声に反応して起きるライト。昨日はコボクタウンまで着かなかった為、旅を続ける二人は野宿することになった。

 持参していた各自の寝袋で寝ていたのだが、流石に次の街では持ち運びが簡単なテントの購入を決意するライト。寝袋だけでは、気温の下がった夜では暖をとり辛いのが理由だ。

 

 そんなことを思いつつポケギアで時間を確認してみると、まだ朝の四時。普段のコルニは一体どういった生活をしていたのだろうかと疑問になってくるが、早起きは三文の徳とも言うと自分に言い聞かせ、ライトは寝袋から出てそれを畳み始める。

 寝ぼけたまま辺りを一瞥すると、まだ日が昇り切らない薄暗い空が広がっており、東の方に目を向けると僅かに太陽の光が顔を覗かせていた。

 

「……うん。いい天気……ふわぁ……」

 

 欠伸をしながら今度はコルニに目を向ける。彼女はルカリオと昨日捕まえたヤンチャムと共に、ラジオ体操をしていた。

 朝から元気だなと思いながら、自分と同じ寝袋の中で寝ていたイーブイを抱き上げる。『まだ眠い』と言わんばかりに口をむにゃむにゃさせているが、それも仕方がないと考えながら、ショルダーバッグの中に入っているブルーシートを広げ、淡々と朝食の準備を始めるライト。

 

 すると、そんなライトにコルニが『そう言えば』と話しかけてきた。

 

「ライトのリザード、すっごい早起きだね! もうみんなのお湯沸かしてるし……」

「……ふぇ?」

 

 細めた目で辺りを見渡すと、何時ぞやの自分の尻尾の炎でポッドを炙るポケモンの姿が―――。

 

「……ホント、誰に似たんだろう……?」

「グァウ」

 

 昨日進化したばかりのパートナー。

 しかし、中身は以前と全く違いはなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ポケモン図鑑には、その地域の生息ポケモンを調べ上げることができる。だがそれはあくまで、『大体』といった程度であり、未だ確認されていない種もその地域に生息している可能性もあるのだ。

 だが、余り多く語った所で仕方がない為、この話は割愛する。

 

 辺りを見渡すライトの目には、カントーやジョウトでも見たことのあるドードーやケーシィなどのポケモンが映っている。他にも、トリミアンやメェークルなどのミアレシティでも見かけたことのあるポケモンが野生として暮らしていた。

 

「くぅ~! カロスは花が多くて綺麗だね! なんか、歩いてるだけでいい匂いが漂ってくるし!」

「だよね! ミアレとかは凄い都会なのに、こうしてすぐ近くに大自然が広がってるって素敵じゃない?」

 

 背伸びをして肺一杯に辺りの空気を吸いこむライト。鼻腔を優しく撫でる花の香りは、嗅ぐ者の心を穏やかにしてくれることであろう。その一方で、花粉症の人は大変だろうな、とも思いながら。

 自分の住んでいる地方を褒められて喜ぶコルニは、満面の笑みで腕を大きく広げ、大自然があることをアピールしている。

 

―――だったが、そんな二人の雰囲気に水を差す出来事が。

 

 地響きのような震動と音が二人に伝わり、何事かと周囲を見渡す二人。近くで戯れていた野生のポケモンも地響きに驚いたのか、その場から大急ぎで逃げていく。

 数秒続く地響きであったが、とうとうその正体が二人の前に姿を現した。

 

「ズルッ!」 「ズルッグ!」 「ズルズッ!」 「ズギャ!」 「ズギュウ!」 「ズルズ……」 「ズルッ!」 「ズゥ!」

 

「……あれ……何?」

「ちょっと待ってね」

 

 自分達の方に向かって走ってくるダブダブのズボンを穿いているような蜥蜴のポケモン達に、ライトはすぐさま図鑑をかざした。

 

『ズルッグ。だっぴポケモン。視線の合った相手にいきなり頭突きをしかける。とても硬い頭蓋骨を持つ』

『ズルズキン。あくとうポケモン。縄張りに入ってきた相手を集団でたたきのめす。口から酸性の体液を飛ばす』

「へぇ~……集団で相手を叩きのめ」

 

 図鑑の説明を読み進めていたライトの口が止まる。

 

―――縄張りに入ってきた相手を集団でたたきのめす。

 

「……まさか」

「あたしたちを……!?」

「ズルゥ~~!!!」

「「襲いに来た~~!!?」」

 

 凄まじい剣幕で突撃してくるズルッグとズルズキン達に、ライトとコルニは顔面蒼白のまま来た方向を逆に走ってゆく。

 このままではミアレの方に向かってしまうが、そうしなければ図鑑に書いてある通りに硬い頭蓋骨での頭突きを喰らってしまう事になるだろう。

 

「きゃああああ!?」

「くッ……リザード、“えんまく”!」

「グァウ!」

 

 半ば混乱状態で逃げていく二人であったが、ライトは咄嗟の判断でリザードを繰り出し、“えんまく”を指示した。

 逞しくなったリザードは、進化に伴って大きくなった口腔から膨大な黒煙を吐き出し、一気に視界を悪化させていく。

 これで十分目くらましになっただろうと考えたライトは、リザードをボールに戻した後に、コルニの手を引いて近くにあった草の影に隠れる。

 

「ズルッ!?」

「ズギャ!」

「ズ~!」

 

 縄張りに侵入してきた人間を取りのがしたズルッグ達は、相手を探すようにでも話し合っているのだろうか。

 だが、一先ず撒けたとホッと一息吐く二人。

 

「(た、助かった~……)」

「(ホント……ありがとう、ライト)」

「(いやぁ~……助かったぜ、マジで)」

「(ホントにそうですね……って誰ですか?)」

「(ん? ……あッ)」

 

 生い茂る草の影に隠れる二人に馴染む様に身を隠している一人の成人男性。黒い革ジャンに青いジーンズ。前髪を一部分だけ残し他は剃り、残った部分を深緑に染めているガラの悪い男性は、掛けている眼鏡の奥の瞳で逃げ込んできた二人を眺めていた。

 『この人誰?』と見合う二人であったが、先に男の方から二人に自己紹介を始めてくる。

 

「(俺はコボクタウンに住んでる『クロケア』って言うんだ、マジで)」

「(いや、マジも何も……そうなんですか?)」

「(ホントだ、マジで)」

 

 何やらやたら語尾に『マジで』を付けるクロケアという男に、ライトは若干引き攣った笑みを浮かべる。

 するとコルニが身を乗り出して、クロケアに対して問いかけ始めた。

 

「(あの……どうして此処に?)」

「(お前らと大体一緒の理由だ。散歩がてらに街を出たと思えば、縄張りを作ってやがったズルズキン達のグループに追われてこの様だ、マジで)」

「(っていう事は、もうすぐコボクタウンに着くってことですか?)」

「(まあ距離的にはすぐだな。だが、逃げようにもポケモンを持っちゃいねえ俺は捕まえられてボコられるのが目に見えてる。そこで、トレーナーのお前さん達が来たってことだ、マジで)」

 

 クロケアの話を聞いていた二人は、彼の考えていることを大体察した。つまり、ポケモンを持っている自分達トレーナーに、あの追いかけてくるズルズキンをトップとした群れを何とかしてもらおうという魂胆なのだろう。

 別に人助けという意味でバトルすること自体は、二人共オッケーという考えが頭に浮かんでくるのだが、問題は襲ってくるズルズキンの群れの数だ。

 トップのズルズキンを含め、子分のズルッグ達が十数体。対してライトの手持ちが四体、コルニの手持ちが二体で合計六体であるのだが、些か戦力に不安が出てしまう。更に中でもイーブイはバトル経験が皆無である為、戦力と数えていいかも不安なところである。

 

「(う~ん……地元の人なら、こう……裏道とかないんですか?)」

「(あったら苦労しねえんだわな、マジで。頼むよ。あの~、アレだ。街に着いたら何かメシ奢ってやるからよ、マジで)」

「(頑張ります!)」

「(え~……)」

 

 食事を奢るというクロケアに真っ先に食いついたのはコルニであった。目をキラキラと輝かせやる気満々なその姿にライトは、『ミカンさんみたいだ……』と心の中で呟く。

 だが、彼女も一応ジムリーダー候補。手持ちが少ないとはいえ、エースであろうルカリオはかなりの強さの筈だ。

 そのようなことをライトが考えていると、今度はクロケアが語り始める。

 

「(できりゃ、“じしん”やら“なみのり”やらで一掃できる技を使ってほしんだが……ねえんなら、群れの頭のズルズキンを倒せ! 野生の群れ然り、社会のグループ然りトップが倒れりゃ付いている奴等は統率を失くすぜ! マジで!)」

「(成程! じゃあ、あたしがズルズキンを相手するから、ライトは周りのズルッグをお願いね!)」

「(え、僕? いや、まあ……いいけど)」

 

 勝手に役割を決められたものの、よくよく考えてみてコルニの実力を考えれば妥当だという結論に至り、それを了承したライト。

 事はバトルする方向へと進んでおり、既にコルニは戦う気満々だ。対してライトは、未だに戦わずに済むのであれば、そちらの方面で行きたいと考えているのだが、このままここで足踏みしていても前に進むことはできない。

 腹をくくったライトも、深呼吸をする。

 

「(よし……じゃあ、行こうか!)」

「(オッケー! 後ろは任せたよ!)」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ズル……」

 

 切り株に腰掛けるのは、ズルッグ達のリーダーであるズルズキン。現在、子分であるズルッグ達に先程縄張りに入ってきた子供達を探させているところだ。

 モヒカンのような鶏冠を撫でながら、落ちていた小枝を爪楊枝のように噛んで『シーハー』とする姿は不良か、もしくは中年の男性か。

 だがそのふてぶてしさは違う事なく、トップとしての威厳を子分たちに示している。

 

 そして、ズルズキンは子分が持ってきたオレンの実を口の中に放り投げて食す。

 

 次の瞬間、草の影から二つの人影は出現し、ズルズキンとズルッグ達は何事かと目線をその方向へと遣った。

 

「ルカリオ、ヤンチャム!出番よ!」

「ストライク、リザード、ヒンバス、イーブイ! 君達に決めた!」

 

 飛び出してきた二人のトレーナーは、小さなボールの中から複数のポケモンを繰り出してきた。

 その中でも、ルカリオはすぐさま地面を蹴って跳躍し、ズルズキンに肉迫する。

 

「“ボーンラッシュ”!」

「クァン!!」

 

 骨状のエネルギーを手に作り上げ、それをズルズキンに振り下ろすルカリオ。『ビュン』と空を切る音が響くほどの勢いであったが、そんな攻撃に怯むことなくズルズキンは“ずつき”を繰り出す。

 “ボーンラッシュ”と“ずつき”が激突するが、なんとルカリオの手に持っていた骨がズルズキンの頭部と衝突した瞬間砕け散った。

 目を見開くルカリオ。そんな相手に遠慮などする筈もないズルズキンは、そのまま頭頂部をルカリオの胴にぶつける。

 激しい衝突音の後吹き飛ぶルカリオであったが、空中で体勢を立て直しなんとか着地した。

 

「なんて硬さなの!? “ボーンラッシュ”が押し負けるなんて……!」

「グルゥ……!」

「ルカリオ、大丈夫!?」

「ガウ!」

「よーし、なら“グロウパンチ”!」

 

 拳を突きだしながら指示を出すコルニに応え、右腕の拳にエネルギーを収束させて再び肉迫してゆくルカリオ。

 対してズルズキンは、『何度来ても同じだ』と言わんばかりの笑みを浮かべ、向かって来るルカリオに“かわらわり”を繰り出してくる。

 

 拳と拳の衝突。その衝撃によって、辺りには一陣の風が巻き起こる。

 牙をむき出しにして拳に力を込める両者は、互いに一歩も退かぬという意志を見せつけんばかりの気迫を放っていた。

 

「ルカリオ! どんどん“グロウパンチ”!」

「グルァ!!」

 

 右ではなく、今度は左の拳に力を収束させズルズキンにパンチを放つルカリオ。ズルズキンもまた、そんなルカリオの拳を打ち砕こうと“かわらわり”を繰り出してゆく。

 同じ【かくとう】タイプ同士の拳の打ち合いは苛烈を極め、拳同士の衝突する音は聞く者の鼓膜を大きく揺らす。

 何度も衝突する拳。しかし、次第に押されていくポケモンが―――。

 

「ズ……ズルゥ……!」

 

 始めに余裕を見せていたズルズキンであったが、幾度となく“グロウパンチ”を放ってくるルカリオの力の増幅に耐え切れず、どんどん後退してゆく。

 だが、頭としての威厳があるズルズキンは、謎の力の増幅を果たすルカリオを前にしても背中を見せずに“かわらわり”を繰り出していた。

 

「ズル……ズッ!?」

 

 しかし、とうとうルカリオに押し負け、足元が浮かんでしまうズルズキン。その瞬間を見逃さなかったルカリオは、すぐさまズルズキンへの懐へと入り込む。

 そして―――。

 

 

 

「―――“インファイト”ォ!!」

 

 

 

「グルァアアアア!!!」

 

 雄叫びを上げながら嵐のような拳を撃ち続けるルカリオ。顔や胴体に次々と突き刺さるように撃ち込まれる拳に、ズルズキンは為す術もなく、最後のアッパーカットのような一撃が決まった瞬間に放物線を描くように地面に落下していった。

 『ドシャ』と地面に倒れ込んだ頭に、周りでライトの手持ちと戦っていたズルッグ達の動きはピタリと止まる。

 

「ズ……ズラァ……」

『ズル――――ッ!?』

 

 目をグルグルと回している頭を見て仰天した態度をとったズルッグ。すぐに彼らはズルズキンの下に駆け寄り、動けない彼を大勢で持ち上げてコルニ達の目の前から逃げ去っていく。

 相手が居なくなったことにより、場は静寂に包まれる。

 しかし、コルニが拳を天高く掲げ叫んだことにより、その静寂は破られた。

 

「やった―――! 大・勝・利!! 最高だよ、ルカリオ!!」

「クァンヌ!」

 

 スキップしながらルカリオに抱き着くコルニは、相棒の健闘を大いに讃える。その近くでは、ズルッグ達を相手に四体で頑張っていたパートナーを労うライトの姿が在った。

 

「皆、お疲れ様」

「グァウ!」

「シャア!」

「ミッ!」

「ブイッ!」

 

 特に初めてであるにも拘わらず果敢に“たいあたり”で攻め込んだイーブイを、ライトはいつも以上に撫でて褒める事にした。

 そんな彼等の背後には、事の次第を見届けたクロケアが手の汗をジーンズで拭き取りながら、不良らしい蟹股歩きで近づいてくる。

 

「いや~、いいバトルだった、マジで。お蔭で助かったぜ。じゃあ、礼がてらにコボクタウンまで案内するぜ、マジで」

 

 相も変わらず本当かどうなのか疑いたくなる喋り方のクロケアであるが、慣れたと言わんばかりに二人は『マジで』をスルーしながら手持ちを戻し、彼の方に目を向けた。

 だが、コルニに関してはグッと拳を握って小脇を締めながら、頭垂れる。

 

「ゴチになります!」

「いや、気が早いよ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は過ぎて正午に。

 クロケアに連れられてきた二人は、石畳が疎らに広がる古風な雰囲気の街に辿り着いていた。

 

 枯れた味わいの街―――『コボクタウン』。

 

 どこか古きよく時代を思い出させてくれるような街並みに、ライトのみならずコルニも感動のような溜め息を吐く。

 街の中央にある噴水は機能していないものの、ポッポやヤヤコマが水浴びの為に使っている。

 そのような風景を眺めながら、地面の中に疎らに埋め込まれた石畳を踏んで進んでいく三人。

 もし小さな子供であれば、この点々と存在している石畳の上だけを歩くといったような遊びをするだろう。

 

 上を見上げると、青々と茂っている木々の合間にアンティークな装飾の街灯を望むことができる。

 

(……夜になったら、星が綺麗だろうなァ……)

 

 田舎あるあるの一つとして、『星が良く見える』というものがあるとライトは考えていた。

 実際、カロスの中でも小さな街に分類されるコボクタウンでは、車の排気ガスなどや工業排気ガスなどもほとんどなく、夜になれば満点の星を眺めることができる。

 

 ライトがアルトマーレに居た頃も、夜に窓から顔を覗かせて潮の匂いを嗅ぎながら、星空をよく眺めていた。

 そのような過去の事を思い出していたライトであったが、前を行くクロケアが立ち止まったことにより、コルニに続いてその場に立ち止まる。

 

「ここが俺んちだ。まあ上がれよ。中は汚えけどな、マジで」

「へぇ~、お邪魔しま~す!」

「お邪魔します……」

 

 玄関の扉を開けて中に入ると、何やら機械が動いているような電子音が廊下の先から聞こえてくる。

 何の音かそれだけで理解出来るはずもなく、二人はクロケアに付いていく。

 だが、クロケアが帰ってきた事に気が付いた者が、廊下の奥の部屋から顔を出す。

 

「クロケア、このドアホッ! わいに預かりシステムの調整ほっぽり出して、どこほっつき歩いてたんやねん!」

「いや、散歩してたら野生のポケモンに襲われてよ、マジで。仕方なくね?」

「そか、そらしょうがない……ってドアホッ! なんで野生のポケモンに襲われるような所にまで散歩しに行ってんねん!!」

 

 それなりの距離があるというのに、キンキンに響いてくるキレのあるコガネ弁。一瞬、ジョウトのアカネが頭に浮かんだライトであったが、聞こえてくる声は男性のものであった。

 コガネ弁を話すという事は、ジョウト出身の者が奥の部屋に居るという事。そこはかとなく気になったライトは、少し身を乗り出して誰が居るのかを確認しようとする。

 すると、部屋の奥から茶髪の天然パーマの若い男性が、ブツブツと文句を言いながらクロケアの下まで歩み寄ってきた。

 

「ったく……カロスのポケモン預かりシステムはお前に任せとんねんから、調整なり修理なり、己が出来るようにせえへんといかんやないか!」

「別によくね? 不具合出たらお前がカロスに来れば……」

「アホッ! 飛行機代もタダちゃうんやで! そんな往ったり来たりしたら、わいの財布の中が空っぽになるわ!」

「俺と違ってお前は大分稼いでんだから問題ねえって、マジで」

「マジもアホもあらへんわ! ったく……ん?なんや、その子ら?」

 

 ここにきて漸く、クロケアの背後に佇んでいたライト達に気付く男。

 ライトは、何故か自分の方にジッと視線を向けてくる男に、訝しげな表情を浮かべる。まるで相手が向けてくる目は、『どこかで会った気が……』と言わんばかりのものであったからだ。

 だが、そんな両者の間に割って入って来るように、クロケアが口を開く。

 

「こいつらが、ポケモンに襲われてる俺を助けてくれたんだ、マジで」

「ほぉ~! 中々肝の据わった子達やないか!」

 

 感心するように声を上げる男は、ニカッと笑ってライト達に右手を差し伸べる。

 

 

 

 

 

「よろしくな! わいはマサキ! カントーとジョウトのポケモン預かりシステムの管理人やっとるんや!」

 

 

 



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第三十三話 人生、酸いも甘いも…

 

 

 

 

 

 ポケモン預かりシステム管理者・マサキ―――本名『ソネザキ・マサキ』。

 

 ジョウト地方のコガネシティ出身であり、ポケモントレーナーであれば多くの機会世話になるであろう『ポケモン預かりシステム』の開発者でもあり、同時に管理者でもある。

 そんな有名人が目の前に居る事にライトとコルニは、茫然とするように口をポカンと開けたまま立ち尽くす。

 対してマサキは、クスリと笑った後にクロケアの方へと視線を向けた。

 

「ほれみ! 普通、わいと話すなったらこんくらいのことにはなんねん。だからお前も、わいに対してちょっとくらい恐縮とか―――」

「自意識過剰じゃね、マジで」

「うっさいわ! まあ、もうええわ……ゴメンな、坊ちゃんと嬢ちゃん。このアホを助けて連れてきてくれてホンマアリガトな。お礼に……そやな、アメちゃんあげたるわ!」

 

 そう言ってマサキはウエストバッグの中をゴソゴソと弄った後に、中から水色の包装紙に包まれている小さな飴を取り出し、二人へ一つずつ渡した。

 

「それは“ふしぎなアメ”言うて、ポケモンのレベルを上げる道具なんや!後で自分の手持ちのポケモンに食べさせてあげるとええわ!」

「へぇ~……ありがとうございます、マサキさん!」

「ええねんええねん。偶々それ持ってただけやからな」

 

 お辞儀をして礼を言う二人に、マサキはオバちゃんのように手をブンブンと振る。

 中々気さくな人物だという印象を受ける二人。そんな二人を、面倒くさそうにマサキの話を聞いていたクロケアが『漸く』と言った表情で連れていこうとした。

 

「お前らはリビングに来てくれ。俺の連れが昼飯作ってる頃だから、それをご馳走になっててくれ、マジで」

「わあ、ありがとうございます!」

「いや、礼を言うのはこっちだぜ、マジで」

「クロケア。どうでもええから、簡単な説明するからお前のメシは後や」

「へいへい……」

 

 目を輝かせるコルニにリビングの場所を指差すクロケアは、先程までシステムの整備にあたっていたマサキに言われ、奥の部屋へと歩んでいく。

 その間にコルニはルンルン気分で、良い香りが漂ってくるリビングへとスキップしていき、ライトはそんな彼女の後姿を苦笑いで見つめていた。

 食い意地が張っているというか、何と言うか。

 だが、他人の事を言えない程度にライトも空腹感に苛まれていた為、ゆっくりとコルニの後を追ってリビングに入ってゆく。

 

「お邪魔しまー……」

 

 満面の笑みで部屋に入ったコルニ。だがその表情は、一瞬にして凍りついたようなものになった。

 中に佇んでいたのは、クロケアと雰囲気が似ている様な不良然とした面々。スキンヘッドや、かなりパンクな髪型の女性などが座っており、突っ張りの効いた視線で部屋に入ってきた二人を睨みつけた。

 暫し硬直したコルニであったが、無言のまま自分の背後に立っていたライトを手前に持っていこうと―――。

 

「いや、僕を盾にしないでよ!?」

 

 この後、ちゃんとご馳走になりました。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ……見た目は怖い人達だったけど、優しかったね」

「うんうん! おかげでお腹いっぱいだよ!」

 

 クロケアの家で昼食をご馳走してもらった二人は、家を後にしてコボクタウンを散歩していた。

 素朴な街並みであるが、それ故に感じ取れる雰囲気というものがある。落ち着いた街並みとでも言おうか。ミアレの街並みを歩んでいく時とは違い、時間がゆっくりであるかのように感じ取れる。

 お腹を擦りながら満腹の意を示していたコルニ。すると彼女は、ふととある方向へ視線を移した。

 

「よいしょ……よいしょ……」

「……あのお婆ちゃん、凄い荷物重そう……」

 

 彼女の視線の先には、実に重たそうに背中に大きなかごを背負っている年老いた女性の姿が在った。

 息を切らしながら荷物を運んでいる老人の姿を見て、コルニは居ても立っても居られずにその場から駆け寄っていく。

 

「お婆ちゃん、大丈夫ですか? あたし、良かったら荷物持ちますよ?」

「よいしょ……あぁ、ありがとうね。でも、これは結構重いから……」

「大丈夫大丈夫! あたし結構力ありますし!」

「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えるとしようかな……」

「よーし、張り切って……っ!?」

 

 老人の背負っていたかごを受け取った瞬間、コルニのかごを持った腕はガクンと下がる。かごが地面に激突する寸での所でコルニは踏ん張り、何とか衝突は免れるものの、彼女の顔は真っ赤に染まっていく。

 後から駆け寄ってきたライトは、彼女のその姿を見て一抹の不安を覚えてしまった。

 

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫……結構重いけど……!」

「代わるよ。女の子に持たせるのもアレだし……」

「あっ」

 

 『ひょい』とコルニが持っていたかごを手に取り、そのまま背中に背負うライト。そんな彼の姿にコルニは口をポカンと開ける事しかできなかった。

 ライトは至って平然としている様子を見せているが、彼の背負っているかごの重さは尋常ではなかった。小さい頃から筋トレをしているコルニでさえも、顔を真っ赤にするほど力を込めなければならない重さを、彼は顔色を一つも変えずに背負ったのだ。

 何故か敗北感に苛まれるコルニを余所に、かごを運んでいた老人は感心しているように声を上げる。

 

「あらあら……力持ちだねェ~」

「いえ、思った程じゃなかったんで……因みにこれ、何が入ってるんですか?」

「その中にはね、ワタシの畑で収穫した木の実が入っているのよ……」

「木の実……ですか?」

「ええ。コボクタウンを西に出たところにある7番道路の脇に、ワタシがお世話している木の実畑があってねェ……今日は収穫して、それをお店に持っていく途中だったのよォ……」

 

 木の実を栽培しているという老人。そしてそれを店に持っていくと言うのであれば、自ずと木の実を販売している店があるということになる。

 木の実を売っている店など見たことのないライトは、その店がどのようなラインナップを揃えているのかが気になってきた。

 

「じゃあ、そこまで持っていきますよ。僕もそのお店、気になりましたから」

「あら、そうかい?ありがとうねェ……」

 

 にっこりと微笑んで木の実を運搬することを告げると、老人は嬉しそうに笑みを返してくれた。

 温かみのある日常の光景と言ったところだろう。

 『どこにお店があるんですか?』と穏やかな声色で問うライトに対し、老人もしわがれているものの聞く者を落ち着かせるような声で応えてくれる。

 そんな二人を眺めていると、先程までの競争心が息を潜め、コルニはくすっと笑いながら荷物を運ぶライトの隣まで走ってきた。

 

「疲れたら交代してあげるよ?」

「大丈夫だよ。イシツブテよりは軽いから」

「え?」

 

 一瞬耳を疑ったコルニなのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日。

 昨日の木の実を栽培していると言っていた老人―――『ラコルザ』の木の実農場に、ライトとコルニの二人はやって来ていた。

 何か礼を出来る事は無いかとラコルザが考えた結果が、自分の木の実農場を見学させる事であり、二人はその好意に甘えてこうして来ていたのである。

 大きな川が近くに流れており、流れる水は川底が見えてしまう程に透明度が高い。それだけ水が綺麗であるということもあり、自ずとこの川の水で育てられている木の実は良い品質のものなのだろうと思えてしまう。

 

 麦わら帽子を被って直射日光を遮っているラコルザは、二人を農場に案内して木の実の種類を一つずつ説明していた。

 

「これがモモンの実……食べてみるかい?」

「えっ、いいんですか!?」

「じゃあ、遠慮なく……」

 

 渡された拳程度の大きさの木の実は、見た目はほぼ桃と変わらないものの、肌色の斑点があるなど些少の違いなどは見受けられる。

 それを皮ごと齧る二人。次の瞬間、二人の目は大きく開き、蕩ける様な甘さに舌鼓を打っていた。

 

「甘くてジューシー……!」

「これじゃ、解毒作用が無くても食べちゃいますね!」

「フフフ、そうだねェ……だから時々、野生のポケモンが農場に来て食べちゃう時もあるのさ」

 

 蕩ける様な舌触り。瑞々しさと共に広がるフルーティーな香りと甘さは、まさに絶品という言葉が似合うほど美味であった。

 こんなモモンの実であるが、ポケモンの状態異常の一つである【どく】を回復させる成分を含んでいる。その為、“どくけし”などの道具が無い場合は、自生しているモモンの実をトレーナーが食べさせることがあるのだが、余りの美味しさに【どく】で無かったとして口にしてしまいそうであると、ライトは豪語する。

 モモンの実の味に感動する二人を見て満足そうに微笑むラコルザは、次に青い木の実の前に立つ。

 

「これがオレンの実……生で食べるとあんまり人間の舌には合わないんだけどねェ。でも、熱を通すと甘みが増すから、パイにして食べると美味しいのよねェ……」

「へぇ~……!」

「あと、皮を剥いてそれをオレンジピールみたいにしてから、チョコを付けて食べるのも美味しいわよォ」

「ふわぁ~……!」

「コルニ、涎」

 

 頭の中で試食をしているコルニは、蕩けた顔で涎を口の端から垂れ流している。そのことについてライトがツッコむと、コルニは大急ぎでポケットからハンカチを取り出して涎を拭いとった。

 次にラコルザが案内したのは、赤くて丸い木の実が生っている木の実の前だ。

 

「これはクラボの実……とっても辛いんだけど、風味は果物と変わらないから、カレーの隠し味なんかに入れたりもするわァ」

「へぇ~……いろんな料理の使い方があるんですね」

「うふふ……トレーナーさんによっては、木の実を粉末状にして持ち歩いて、ポケモンのご飯に好きな味の粉末をトッピングしたりなんかする場合もあるのよ」

 

 確かに普段のポケモンフーズに、自分の好きな味の木の実のトッピングをされたとすれば、それを食べるポケモンは喜んでくれるだろう。

 木の実は自生している物も多い。今度はそれを試みてみようと考えるライトであったが―――。

 

「ピュ~ウ」

「ん? ……あのポケモンは……」

 

 木々の間から姿を現したのは、首長竜のようなポケモン。茶色を基調とした皮膚からは、緑色の葉が生えており、背中から生えている四枚の葉に関しては翼のようにも見える。

 さらに、首元からバナナのような果物も生えており、それを揺らしながらユッサユッサと歩み寄ってくるポケモンに、ライトは図鑑を翳した。

 

『トロピウス。フルーツポケモン。大きな葉っぱで空を飛んで、子供達に大人気の首にできる甘い果物を配る』

「ピュ~ウ♪」

「え、な、何?」

 

 笑顔を浮かべながら頭をライトの眼前まで動かすトロピウスに、ライトはどうすればいいのかと困惑する。

 だが、ラコルザはクツクツと笑いながら、トロピウスの隣に並んだ。

 

「うふふ、久し振りのお客さんにトロピウスも喜んでるんでしょうねェ……はい、これをどうぞ」

 

 そう言ってラコルザはトロピウスの喉元に生っている果物を二つ取り出し、ライトとコルニにそれぞれ渡した。

 『お食べ』と言われた為、言われるがままに果物の皮を剥いて白い果肉を頬張った二人は、先程のモモンの実以上の甘い果肉に目を見開く。

 

「ん~!んふふ(おいし)~!!」

「うわあ……甘いのに後味が爽やかで……すっごい美味しいです!」

 

 ほっぺたを押さえて口の中の果肉を噛み締めるコルニに対し、ライトは食べたことのない果物の味の感動をラコルザとトロピウスに向かって伝えていた。

 見た目はバナナそのものであったが、蕩けるような食感に滑らかな舌触り。上品な甘さはメロン以上の糖度であると錯覚してしまう程であるが、決してしつこくはない。

 フードの中で『食べたい!』と暴れるイーブイにも食べさせると、表情筋の緩まっただらしのない顔になってしまうほどの美味しさであったらしく、『ブィ~……』と気の抜けた鳴き声を上げた。

 

「ピュ~♪」

「喜んでくれて嬉しいって、トロピウスも言っていますよ」

「こちらこそ、こんな美味しい物を食べさせてもらい、本当にありがとうございます!」

「ありがとうね、トロピウス!」

 

 お辞儀をするライトの横で、果物を分け与えてくれたトロピウスの頭を撫でるコルニ。

 そんな二人を、まるで孫を見るかのような優しい瞳で眺めていたラコルザは、『そうだ』と手を合わせた。

 

「良かったら、ワタシの木の実料理を食べていかないかしら?」

「いいんですか、お婆ちゃん!?」

「そんな……何か、至れり尽くせりで申し訳ない感じが……」

「いいのよォ。久し振りに孫と話した気分になれたからねェ……」

 

 どこか寂しげな顔を浮かべるラコルザに、思わずライトとコルニの二人も表情を曇らせる。

 

「お孫さん……暫く会っていないんですか?」

「ええ……孫も仕事で忙しいから、中々連絡もとれないから……ごめんなさい。少し暗くなっちゃったわね」

「いいえ……そうですね。ラコルザさんの木の実料理、食べてみたいです!」

「あら、嬉しいわァ!じゃあ、張り切って作っちゃうわね!」

 

 孫と中々話せない故の寂しさを自分達でどうにかなるのであれば―――。

 そう考えたライトは、ラコルザの厚意を素直に受ける事にした。すると、その言葉を聞いたラコルザはパァっと明るい笑みを浮かべ、木の実農場の近くに建てられている自分の家に向かって歩き始める。

 

 そんな彼女の後姿に、ライトとコルニは見つめ合って笑うのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はい、どうぞ……遠慮なく食べてね!」

「はい、頂きます!」

「わぁ~、おいしそ~!」

 

 テーブルの上に並べられている木の実の料理の数々。そして、木の実がトッピングしている普段よりも豪華なポケモンフーズに、ライトとコルニ、そして手持ちのポケモン達は目を輝かせていた。

 そして、全員で合掌をしてから料理に手を付ける。

 

 オレンを乗せて焼いたパイを頬張るライトは、様々な木の実がふんだんに混ぜ込まれている特製ポケモンフーズを口にしているパートナーたちを一瞥した。

 ポケモンフーズ自体、ポケモンの体の事を考えて栄養満点に仕上がっているものであるが、だからと言って毎日そればかりでは飽きてしまうだろう。だが今はそこに、辛味や甘味、渋味、酸味、苦味など、十人十色な味わいの木の実が盛り付けられている。

 野生であれば、それらが主食となるであろうポケモン達が木の実を嫌う訳も無く、全員至極美味しそうに食べ進めていた。

 

 ラコルザの飼っているポケモン達も集まり、普段から食べているお袋の味とでも言おうか。そんな料理をモグモグと口に含んでいる。

 ライト達に果物を分けてくれたトロピウスを初めとし、ナゾノクサ、ポポッコ、ルンパッパなどの姿を望むことができた。

 全員、仲睦まじく木の実料理を食べ進めているが、一体だけ、部屋の隅のタンスの影で木の実を頬張るポケモンが―――。

 

「……ラコルザさん。あの子は……?」

「え……あぁ、キモリの事ね……」

 

 部屋の隅で細々とモモンの実を齧る、黄緑色の皮膚を持ち、大きな尻尾をもった蜥蜴のようなポケモン。

 そのキモリについて触れた途端、ラコルザは少し辛そうな表情になってしまう。

 そして、小さな声でポツリポツリと言葉を紡いでいく。

 

「あの子は最近ウチに来た子でね……トレーナーに捨てられたのよ……」

「トレーナーに……ですか?」

「ええ……捨てられて弱ってた所を、トロピウスが見つけて連れてきてくれたのよ」

 

 ラコルザ曰く、あのキモリは非常の内気で臆病な子であり、拾って数週間経った今でも懐いてはくれないと言う。

 故に、こうして食事の時でも一人寂しく皆から離れているらしいのだ。

 恐らく、その臆病な性格が祟り、ポケモンバトルの時に弱腰になってしまい真面に戦えず、『役立たず』として捨てられてしまったのではないかと考えられる。

 

「そんな……臆病なだけでポケモンを捨てるなんて、トレーナーとして考えられない!」

 

 隣で食べ進めていたコルニも箸を止め、身勝手なトレーナーがいるという事実に憤慨していた。

 正義感の強い彼女でなくとも、手持ちのポケモンを簡単に捨ててしまう事は許せないことだと、世間一般の考えとしては受け止められている。

 だが、現実は無情であり、厳しいポケモンバトルの世界を勝ち抜いていくためには、そう言った厳しい決断も必要だと風潮も無きにしも非ずであるのが現状だ。

 

 バトルで勝つには、より好戦的な性格である方が育てやすい。そうした浅はかな考えにより、個性を蔑ろにされて捨てられるポケモンは後を絶たない。

 

「……キモリ……」

 

 ライトはそう呟きながら、暗い表情で淡々と食事を続けるキモリを見つめる。他のポケモン達が楽しそうに食事をとっているというのに、あれではまるで作業のようだ。

 何の感情もなく、機械的に生きるための栄養を補給しているだけ。

 捨てられたという事実が、よほどキモリの心に深い傷を刻んでいるのだろう。

 

 

 

 

 

―――何とかしてあげたい。

 

 

 

 

 

「……ラコルザさん。もしよろしければなんですけど、僕にキモリの面倒を看させては頂けないでしょうか?」

「君が……かい?」

「はい。僕は絶対に捨てたりしません。誓います」

「ワタシはいいんだけれど……ワタシはあの子の意志を尊重してあげたいのよ……」

 

 つまり、無理に連れていくのではなく、キモリに『一緒に行きたい!』と思わせてほしいと言うラコルザ。

 その言葉に、ライトは自信満々であるかのような笑みを浮かべた。

 

「……絶対にあのキモリは弱くなんてないんだ。ただ、自分の長所が分からないで、短所ばっかりを責め続けられたんだと思います。だから、僕が元気づけてあげなくちゃ!皆、手伝ってくれる!?」

「シャア!」

「リザァ!」

「ミッ!」

「ブイー!」

 

 新たなる仲間の予感に、興奮気味に反応するライトのパートナーたち。

 その光景に、ラコルザは『皆元気ねェ……』と呟き、今一度ライトの顔を見つめた。

 

「……君達と一緒になれたら、あの子もきっと楽しい筈だわ。ワタシからもお願いするわァ」

「ライト! あたしも、手伝える事があるなら手を貸すよ!」

 

 頭を下げるラコルザと、拳を掲げるコルニ。

 そんな二人にそれぞれ返答するライトと、大急ぎで食事を食べ終えようとするポケモン達。

 温かい光景を、部屋の隅に居るキモリは潤んだ瞳で眺め続けていた。

 

「……キャモ」

 



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第三十四話 鋼の意志を持つ虫と、熱い魂を持つ森蜥蜴

 

 

 

 

「キーモリッ♪」

「ッ……!」

 

 食事の後、木陰で休んでいたキモリに言葉を投げかけたライト。緑の青々とした香りが漂う中、突然話しかけられたことにキモリは驚き、軽い身のこなしで幹の影へと隠れる。

 明らかに怯えた目で見てくるが、そのような警戒心を少しでも解ければと、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「僕、ライトって言うんだ。良かったら、一緒にお話ししない?」

「……」

 

 無言のままジッと見つめてくるキモリに対し、柔和な笑みを浮かべたままライトはその場を去って、道を挟んで向かい側にある木の根元に腰を掛けた。

 胡坐をかくと足の内側へ向かって、フードの中にいたイーブイが飛び降りる。グッと背伸びをするパートナーの首を優しくマッサージするライトは、そのまま警戒しているキモリに向かってもう一度微笑んだ。

 そして、それ以上なにをするということもなく、只イーブイをこちょこちょと撫でるだけ。

 

 暫くそんな少年を眺めていたキモリであったが、敵意がないと判断し、そのままライトに姿を見られないように木陰に腰を下ろした。

 爽やかな風が吹けば、木々がザワザワと揺れ、豊かな自然であることを如実に表す。

 気を抜いてしまえばすぐにでも眠ってしまいそうな陽気の下、一定の距離を保つライトとキモリ。

 

 ラコルザ曰く、臆病なキモリである為、あまりガンガン距離を詰めようとすれば怯えられるだけ。

 ならばとライトは、向こう側から来てくれるの待とうと考えた。

 自分に興味を持ってくれたのであれば、自ずと近付いて来てくれるはず。

 だったが―――。

 

「~……♪」

(何か……ホントに眠くなってきたな……)

 

 鼓膜を優しく撫でる音色。

木葉が揺れる音や川のせせらぎ、陽気な暖かさを運んでくる柔らかな風。それらに当てられたライトと現在進行形で撫でられているイーブイの瞼は、急速に重くなっていった。

 ウトウトと頭を上下させる事数分。

 

「……はっ! 寝ちゃってた……」

 

 バッと頭を上げ、キモリが居たはずの木の根元に目を遣ると、先程まで見えていた緑色の尻尾は見えなくなっていた。

 そして、風に吹かれてやってきた一枚の木の葉。目を凝らして見つめると、何か手を加えたように不自然に折り曲げられている。

 

「もしかして……“くさぶえ”? あのキモリが……?」

 

 どうやら、キモリの“くさぶえ”により、自分達の睡眠を催促されたようだ。その隙にキモリはどこに行ってしまったのを見ると、自分達から離れたいが為に使われたらしい。

 そんな目的を思うと落ち込む―――のではなく、寧ろライトは目を輝かせた。

 

「あのキモリ、すっごい器用だなァ……! やっぱり手持ちに入れたいや!」

 

 【くさ】タイプの中でも“くさぶえ”を扱える種族は少ないとされる為、それだけあのキモリがかなりの技量を有しているという事になる。

 この時点で、あのキモリの株がうなぎ上りになり、ライトは是が非でも手持ちの一体に入れたいと言う願望に駆られ始めた。

 そう考えると、すぐにでも再びキモリの下に行き、今度は直接勧誘の言葉を投げかけてみたい想いが胸の中に込み上がってくる。

 

「きっと繊細な子なんだろうなァ……ヒンバスと仲良くやれそうだね、イーブイ♪」

「ブイ~……」

「ふふッ、眠い?」

 

 自分の足の間で夢見心地になっているイーブイを抱き上げ、ライトはキモリを探しに立ち上がって歩き出した。

 

 そんなライトの背中を、木の上でジッと息を潜めていたキモリは、安堵の息を漏らす。

 

「キャモ……」

 

 よく解らないが話しかけてきた少年。パッと見は優しそうではあるが、それでもまだ信用するには足りない。

 何やら自分を手持ちに入れたいという旨を口にしていたが、まだまだ判断材料が不足している。

 できれば早くこの木の実農場から出ていって貰いたいと考えるが―――。

 

『すっごい器用だなァ……!』

 

 ふと、少年が口にした言葉。

 それを聞いた瞬間、今迄凍りついていたかのような自分の心がわずかに揺れた。もう二度とあんな思いはしたくないと思っていたのに、久しく聞いていなかった自分を褒める言葉に、簡単に気持ちが動いてしまいそうになったのだ。

 だが、キモリは首をブンブンと振って、ある場面を思い出す。

 

『……何でお前は、普通以上の事ができない?』

『いつまでも、そんな我儘が通用するなんて思うなよ』

『はっきり言ってやる。今のお前は、俺のパーティの足手まといだ』

『……もういい。お前は、俺のニーズに合っていない。ここでお前とはサヨナラだ』

 

 前の主人に言われた言葉の数々を思い出した途端、今の少年の言葉のお蔭で少しだけ温まった心が急激に冷めていくのが解る。

 そうだ、自分はバトルをしたところで足手まといにしかならない弱虫なのだ。

 だから、あの少年の手持ちに加わった所で迷惑にしかならない。

 

 経験した過去があるからこそ、以前は予想していなかったことまで予想できてしまう。もし自分があの少年の手持ちになって、足手まといになったところで、向けられるのは軽蔑の瞳か、同情の言葉か。

 そんなものを見たり聞いたりしてしまえば、今度こそ立ち直れなくなってしまう。

 

―――だから、もういいのだ。

 

「……キャモ」

 

 未練を断ち切るように首を激しく左右に振ったキモリは、そのまま木々を飛び移り、気分転換の散歩に出かけていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ライト、上手くやってるかなァ……?」

「うふふ、キモリのことは彼に任せましょう」

 

 庭に用意されている席に座りハーブティーを楽しむコルニとラコルザ。食後のブレイクタイムといったところか。

 コルニはライトに『キモリは僕だけで何とかするから、休んでて!』と言われた為、こうしてラコルザと共に居るのであるが、それでもあの少年の事が気になってしまう。

 

「ま、ライトはポケモンに優しそうだから、キモリも打ち解けられるだろうなァ」

「……意外と簡単にはいかないかもしれませんよ?」

「え……どうして?」

 

 楽観的とも取れる言葉を口にしたコルニに、ハーブティーを上品に啜るラコルザは異を唱えた。

 

「あの子は臆病だから、色々と聡いんです……だから、ライト君の手持ちになった後のことも想像してしまうんじゃないかと思ってねェ……」

「じゃ、じゃあどうして……!?」

「彼が優しいからこそ、『もし、もう一度捨てられたら』って考えると思うのよねェ……」

 

 隣で休んでいるトロピウスの体を撫でながら、ラコルザは茫然とティーカップの取っ手に手を掛けたまま硬直しているコルニに語る。

 一度ならず二度までも。さらには、優しいと思っていた主人に捨てられたとするのならば、キモリの心に負う傷は癒す事が不可能になってしまうほど深くなってしまうのではないかと。

 

「……優しいからと言って、何でもかんでも救われると言うことじゃないのよ」

「そう……なんですか……」

「……うふふ、でも、優しいのが駄目って言ってる訳じゃないのよ。もし、皆が優しくなれば、それは素敵なことだからねェ……」

 

 柔和な笑みを浮かべてティーカップを置くラコルザ。そんな彼女に対し、自然とコルニの表情も緩む。

 コルニもまた、小さい頃厳しい祖父の特訓を受けていたが、それを耐える事ができたのは祖父が優しかったということがあるからだ。

 優しいだけであってもダメ。しかし、厳しいだけでも事は上手くいかない。トレーナーもまた然りで、優しいだけでも厳しいだけでもいけない。

 そのちょうどよい塩梅というものが難しいのはコルニも重々分かっている。

 

(……キモリの事、仲間にできるといいね。ライト)

 

 

 

 ***

 

 

 

「キモリー」

「ブイー」

「ガウー」

「シャウー」

 

 歩ける手持ちを全員出しキモリを捜索するライト。と言っても、イーブイに関してはライトの腕に抱かれている為、歩いているとは言えない状態だ。

 それは兎も角、これではキモリと直接話せないと考えたライトは、ある事を思いつく。

 

「ストライク、ちょっと探してきてくれる?」

「シャウ」

「その……あんまり乱暴とかはしないで……ね?」

「……シャウ」

 

 『心外だ』と言わんばかりに目を細めるパートナーに、ちょっと言い過ぎたかと反省するライト。

 だがストライクは内心無理やり連れていこうと即座に考えていた節があったため、ライトに釘を刺された瞬間、少し焦ったのが本心だ。

 それは兎も角、主人に頼まれたストライクは軽快な身のこなしで木々を飛び移り、どこかへ姿を消してしまったキモリを探しに行く。ストライクは本来森に住む種族。つまり、森での探し物ならお手の物と言ったところだ。

 

「……自分で言ってなんだけど、大丈夫かなァ?」

「ガウ」

 

 苦笑いを浮かべるライトの横では、『やれやれ』と首を振るリザードの姿が―――。

 『そんなことを言うなら、指示をしなければいいのに』とでも思っているのだろうか。だが、指示をしてしまった以上、ここではストライクを信じて自分達は地道にキモリを探すことにしようとライトは考え、再び歩みを始めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『うわわわ……!』

『待てェ―――!この野郎ォ―――!』

 

 木の実農場から少し離れたところに在る林。そこではキモリとペンドラーというポケモンの鬼ごっこが行われていた。

 だが実際は鬼ごっこなどという生易しいものではなく、誤って取ろうとした木の実を寝ているペンドラーの頭の上に落としてしまったキモリが、彼の機嫌を損ねて追われると言うシチュエーションである。

 臆病なキモリが、フシデの最終進化形であり【むし】・【どく】タイプという【くさ】タイプに相性最悪なペンドラーを相手取れる訳もなく、こうして必死に逃げ回っていたのだ。

 

『逃げんじゃねえぞ、この弱虫がァ―――! って、虫は俺じゃねえかァ―――!』

『ひぃいいい!? ごめんなさぁぁあい!!』

 

 ペンドラーの華麗な(?)ノリツッコミも、死にもの狂いで逃げているキモリの耳には怒りの声にしか聞こえない。

 木の枝を軽快に飛び移っていくキモリであったが、如何せんペンドラーの足も速く、逃げ切る事が出来ずにいた。

 

 だが、次の瞬間、ペンドラーの進行方向手前にある木が倒れる。思わず急ブレーキを掛けて停止するペンドラーであったが、彼の体を打つ二本の鎌が―――。

 

『ぐぉ!? な……何だ、てめえは!?』

『……安心しな、“みねうち”だ』

『そういうことを訊いてんじゃねえよ! てめえ、ここじゃ見ねえ顔だなァ! それに俺が用のあるのは、そこにいる森蜥蜴なんだよォ!』

 

 ペンドラーの前に交差するように倒れた木の上に鎌を構えて立っているのは、ライトの手持ちの現エースであるストライクだった。

 自分よりも遥かに巨体のポケモンが憤怒の形相で眼前に居ると言うのに、ストライクは一切怯まずにキモリを護るかのように佇んでいる。

 思わぬ助っ人に、キモリは驚きの余り枝の上で硬直していた。

 そんなキモリを一瞥した後、ストライクは再び目の前にいるペンドラーに鋭い眼光を向ける。

 

『……俺も、あのキモリに用がある』

『アァン!? んだと、このスットコドッコイ! てめえ邪魔なんだよォ! 早く退けねえと、ぶっ飛ばすぞゴラァ!!』

『……やるか?』

 

 刹那、凍りつくような緊張感が辺りを支配する。

 突きつけられようとする鎌の先を、一瞬も見逃さぬようにと見つめていた。

 

 そんな二体のポケモンの一触即発な状況に、キモリは思わず腰が抜けてしまい、枝からドシャと落ちてしまう。

 タラりと汗を流すペンドラー。

 対してストライクは、鋭く手入れされている鎌をチラつかせる。その度に、影の縫って差し込む木漏れ日が反射し、異常なまでに鎌はギラついていた。

 

『……ちッ! 運が良かったな、この森蜥蜴野郎が!』

 

 そう吐き捨てて、ペンドラーは今まで走ってきた進行方向の逆へと向かって歩み始めた。地響きを鳴らしながら去っていく巨大なムカデのようなポケモンに、キモリはホッと息を吐く。

 だが、目の前に一瞬で飛翔してきたストライクに、そんな安堵も一瞬で消え去った。

 

『な、なんですか……?』

『……ライトがお前を仲間に入れたがっている。俺と共に来い』

『え!? い……嫌ですよ!? 僕なんて仲間にしたって、きっと―――』

 

 ザンッ。

 瞬間、自分の背後にある木の幹に鎌が突き立てられたのを、すぐ真横で見ていたキモリは、恐怖の余り次に言おうとしていた言葉を忘れてしまった。

 半ば脅迫紛いの行為であった、ストライクは表情を変えないまま、キモリに問いかける。

 

『……何故、頑なに拒む? ライトはお前に非道な事はしない。アイツの仲間として長年連れ添っている俺はそう断言できる』

『で、でも……』

『……何がお前を縛っている?家でのお前の様子を見れば、特別に此処に思い入れがある訳でもないだろう。一人のトレーナーがお前の存在を欲しているんだ』

『ッ……』

 

 ストライクの言い回しに、ズキンと心が痛むような感覚に苛まれる。

 確かに自分は捨てられてあの家で数週間過ごしていたものの、自ら周りとの距離をとっていたが為、特別な思い出などは無い。強いて言えば、出された料理が美味しかったことだろうか。

 しかし、鬱のようになっていた自分にとっては、何もすることがなく、自分が此処に居てもいいのかと言う罪悪感もあった。

 そんな中、自分を欲しているトレーナーが居るだなど言われでもしたら―――。

 

『……ズルいですよ……』

『……何がだ?』

『僕は弱くて捨てられたって言うのに……君を見れば嫌でも分かりますよ。君はとっても強い。他に居た子達も、僕なんかよりもずっと強い筈なんだ。そんな中に僕が入ったとしても……惨めなだけじゃないですか……!』

『惨め……か。お前は本当にそう思うのか?』

『え……?』

 

 涙を流して訴えるキモリに、ストライクは木の幹に刺した自分の鎌を引き抜き、そのままキモリの隣に座る。

 そして何かを思い出すかのように、木葉の間から覗く青い空を眺めはじめた。

 

『お前、コイキングってポケモン知っているか?』

『そのくらい知ってますよ……一番弱くて有名ですし。まさか、『お前は少なくともコイキングよりは強い』なんて言うんじゃないでしょうね……』

『まさか……俺の知っているコイキングは、お前よりずっと強い』

『うえぇ!?』

 

 比較に出されたのは、ポケモンの中でも最弱と謳われている『コイキング』。

 力もダメで、泳ぐのもダメ。何をしてもダメなポケモンと比較され、あまつさえそれよりも劣っていると言われたキモリは、『がーん』とショックを受けたように頭垂れる。

 

『まあ話は最後まで聞け。俺の知っているコイキングはだな……確かに力もダメで、泳ぐスピードなんかも全然ダメだった。だがアイツが他と違っていたのは、トレーナーが居たことだ』

『トレーナーって……』

『俺の主の事だ。俺が手持ちに入る前より知り合いらしくてな、長い事一緒に遊んでたらしい』

『でも……それが何だって言うんですか?』

 

 半ギレであるかのような口調で問いかけるキモリに対し、ストライクはフッと笑って、過去を思い出すかのように瞼を閉じた。

 

『俺の主は変なところで頑固でな……俺が手持ちに入ってからも、そのコイキングを鍛えてたんだよ。力もダメで、泳ぎも全然ダメなアイツをな。だが、ある時アイツは進化した』

『進化……ですか?』

『ああ……さっきの虫の二倍大きさはあるような、水色の竜にな』

『えええッ!?』

『信じられないか?だが、そのポケモン……ギャラドスは、ちゃんとしたコイキングの進化形だ』

 

 あの最弱の魚が、ペンドラーよりも巨大な竜になるという話に、キモリは顎が外れるのではないかと言う程驚いた顔を浮かべる。

 そのようなリアクションを面白がるかのように鼻で笑った後、ストライクは『よっこらしょ』と立ち上がった。

 

『俺も最初は目を疑ったよ……だが、それは現実だ。がむしゃらに頑張ってきたからこその結果だったんだろうな……』

『がむしゃらに……』

『ああ。訊くがお前……今までがむしゃらに頑張った事はあるか?』

『なんですか、藪から棒に……まさか僕が弱いのは、努力をしなかったからって言うんですか?』

 

 突拍子もない問いに、キモリはビクビクと震えながらも、苛立っていることを伝えるかのような声色で返答した。

 

『さあな。お前の今迄なんて、俺は知らない。だから俺は、お前の限界なんて知らない』

『僕の……限界?』

『……俺達の夢を聞いてくれるか?』

 

 真摯な眼差しで見つめてくるストライクに、キモリは呼吸も忘れてその瞳を見つめ返す。鋭い眼光の奥底には、メラメラと燃え盛る炎のような闘志が籠っており、キモリはそれを見た瞬間自分の心の奥底で何かが点ったような感覚を覚えた。

 

『……ライトはポケモンリーグのチャンピオンになる事。俺はライトをチャンピオンにさせる事。そして、俺達の夢は―――……チャンピオンの相棒として、殿堂に名を刻むこと』

『殿堂に……』

 

 俺達―――つまり、ライトの手持ちのポケモン達の事であるのだが、ライトの知らぬところで立てた誓いがある。

 それ即ち、主をチャンピオンにすることであり、同時に自分達もそんな誇り高い頂点の檀上に足を揃える事だ。

 『殿堂』と言う言葉に目を輝かせるキモリ。

 そんな彼に、ストライクは『最後に……』と強い口調でキモリに問いかけた。

 

『どっちかを選べ。俺達と共に、未来のチャンピオンの相棒になるか。若しくは、ここで燻ったまま指を咥えて惨めに生きるかだ』

『チャンピオンの……相棒?』

『因みに俺は、是が非でもお前をライトの下へ連れて行く心算だ。元々、その為に此処に来たんだからな』

 

 何と誉れ高い選択肢を入れてくるのであろうか。

 今の自分にとっては、余りにも遠すぎて口にすることすら気が引けてしまう言葉だ。しかし、ストライク達の熱意はトレーナーに捨てられたことにより延々と燻っていたキモリの心を、かつてない程に焚き付けていた。

 

―――あと一押し……あと一押しがあれば……

 

 今にでも彼らの下に行きたいという願望に駆られるキモリであったが、臆病である自分には中々踏み出せない一歩があった。

 だが、そんな彼を見かねたストライクが叫ぶ。

 

『行くぞ、()()()! 光射す頂点に……お前も来い!!』

『――――ッ!!』

 

 

 

 

 鋼の意志を持つポケモンの言葉は、熱い想いをくすぶらせていたポケモンを再び立ち上がらせたのであった。

 

 

 

 

 

 



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第三十五話 都会はお金がかかるって分かる瞬間

 

 

 

 

 

「ストライク、まだ帰ってこないなァ~……」

「ブイ~」

 

 定位置(フードの中)に戻ったイーブイに語るようにしながら、パートナーの帰還を待つライト。

 因みにリザードは、先程から絶え間なく欠伸をしていた為、ボールに戻らせて休ませている。

 散歩をするにしては充分な程に歩き、ライトもやや疲れた様子のまま、辺りの木々の上を眺めた。もしかすると、今にでもキモリが姿を現してくれるのではないかと思い―――。

 

「シャア」

「あッ、ストライク……と、キモリ?」

「……キャモ」

 

 ストライクの陰に隠れるようにして姿を現したのは、まさに今ライト達が探し求めていたポケモン。

 やや怯える様にしてライトを見つめているが、その瞳には先程のような暗さは感じ取れず、寧ろ何かを決意し、それをライトに伝えるが為に此処にやって来たと言う風に思えてしまった。

 フッ、と柔和な笑みを浮かべたまま、ライトは視線をキモリと同じにすべく、膝を折り曲げる。

 

「こんにちは、キモリ!」

「……キャモ」

 

 無言ではなく、今回は返事を返してくれた。それだけで何かが進歩したということは感じ取れた。

 もしや、ストライクがポケモン同士通じ合える事で、キモリと打ち解け、そして説得してくれたのではないかと考え、声には出さないものの口の動きで『ありがとう』とストライクに伝える。

 同時に、この機会を逃してしまえば、この先キモリを勧誘する事ができなくなると考え込んだライトは、早速キモリの瞳を見つめながら話を始めた。

 

「あのさ、急にで悪いんだけどさ……僕達、このカロス地方でチャンピオンを目指して旅してるんだ。良かったら君を、その……一緒に旅する仲間に欲しいなァ~なんて思ってるんだけど、考えてくれないかな?」

「……」

 

 その問いに、少し顔を俯かせて思案を巡らせるようなキモリ。

 ライトはキモリの返答を急かす訳でもなく、強要する訳でもなく、笑みを浮かべて静かに待っていた。

 穏やかな風が、青々と生い茂る木葉を揺らす。まるでそれは、今のキモリの心境を表すかのように、ザワザワと音を立てている。

 

 そこでライトは、右手をキモリに向けて差し伸べた。驚いたような顔を浮かべる目の前のポケモンに、想いを伝える為―――。

 

 

 

 

 

「―――僕は君と一緒に、チャンピオンになりたい。君に来て欲しいんだ」

「ッ……キャモ!」

 

 

 

 

 

 差し伸べられた手。

 まだ小さく頼りがいのないような掌であったが、それでもキモリは大きく頷きながら、手を取った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ホント……何てお礼を言ったら……」

「いえ……僕が勝手にキモリと一緒に行きたいと思っただけですので……」

 

 ラコルザは、ライトの肩に乗っているキモリの姿を見て、涙を流して目の前の少年に礼を言っていた。

 あれだけ暗い顔しか浮かべなかったポケモンが、今はイキイキとした瞳を浮かべられる寄る辺を見つけたのだ。これほど嬉しいことはないと言わんばかりの様子で、ラコルザはキモリを見つめる。

 

「キモリ……ライト君と頑張っていくんだよ?」

「キャモ!」

「ふふッ、すっかり元気になったね、キモリ!」

 

 元気よく返事をするキモリに笑顔を浮かべるコルニ。どうなるかとも思ったが、結果的にこの少年のパートナーになることで正解だったらしい。

 ただ一つ気になるのは、ライトはいつものようにイーブイのフードの中に入れながら、キモリを右肩に乗せているという事だ。二体の平均体重を足せば、合計11.5キロの重さがライトの首回りにかかっていることになるが、彼は一切顔色を変えていない。

 昨日、イシツブテ(20キロ)云々を口にしていただけのことはある。

 かつて、マサラタウン出身のトレーナーには、ヨーギラス(72キロ)を軽々と持ち上げていたという事例もある為、マサラ出身のトレーナーにしてみれば11.5キロなど問題ではないのだろう。

 それはさておき―――。

 

「君達は、次はどこに向かうのかね……?」

「ショウヨウシティにあるジムを目指してます!だから……」

「地つなぎの洞窟に入るんだね? でも、あの洞窟は少し前に落石事故があって、ショウヨウシティに直通の道は今の所封鎖されているよ」

「え……?」

「でも、コウジンタウンの方は通れるから、その街に行ってみるといいかもねェ」

「そ、そうですか……ありがとうございます!」

 

 一瞬、ショウヨウシティに行けないのかと焦ったライトであったが、コウジンタウンの方に行けると言う言葉にホッと息を吐く。

 そう言えばコルニも、『コウジンタウンを北に行けばショウヨウシティに着く』と口にしていた為、わざわざ直通の道を言わずにいたのは、その事故が原因なのだと理解する。

 これで、これからの旅路の指針がある程度決まった為、ライトは意気揚々とした表情でラコルザに立礼した。

 

「ホントにお世話になりました! 預かったキモリを大事に育てます!」

「ええ……お願いねェ。夢に向かって頑張ってねェ」

「はい、ありがとうございました! それじゃあ……行ってきます!」

「お婆ちゃんも元気に!」

 

 満面の笑みで農場を去っていく二人。その後ろ姿をラコルザは、涙をハンカチで拭いながらトロピウス達と共に見送ったのであった。

 まるで孫を見送るような気分であるが、涙を流すのは何よりも、トレーナーの肩に乗っていくキモリの背中を見る事ができたからである。

 

(貴方はもう……一人じゃないのね……)

 

 

 

―――そして数か月後、ポケモンリーグの中継で進化したキモリの姿を彼女がテレビで観るのは、また別のお話。

 

 

 

 ***

 

 

 

「イーブイは酸っぱい木の実が好きなんだね」

「ブイッ♪」

「でも、キモリは甘いのが好きなんだァ」

「キャモ!」

 

 自分の首回りで拾った木の実を頬張っているパートナーたちと会話をしながら、ライトは楽しげな様子で川沿いを歩いていた。

 コルニもまた、先日捕まえたヤンチャムと仲良くなろうと、明るい声で話をしている。

 朗らかな雰囲気の中共にコウジンタウンを目指す二人であったが、ふとライトが、道のずっと先に大きな建物があることに気付く。

 

「……お城?」

「ん? ……あァ、あれがあたしがこの前言ったバトルシャトーっていう建物よ!」

 

 まるで王様が住んでいるかのような大きな石造りの城。コボクタウンで見学した『ショボンヌ城』の数倍もある建物は、横幅のある川の中央にドンと構えられており、大きな橋が道から伸びて繋がっている。

 あの橋から渡って入るのだろうとライトが考えていると、コルニがヤンチャムを抱きかかえ、ローラースケートで滑るようにしてバトルシャトーに向かう。

 

「さッ、ライト! 早速行こうよ!」

「待って。僕の今の上半身の比重を考えて」

「……そうだね、ゴメン」

 

 フードにイーブイ。

 右肩にキモリ。

 かつて、これほどまでに直接ポケモン達をその身に乗せたトレーナーが居ただろうか。いや、マサラ人ならありえる。

 しかし、このまま走ってしまえばフードや肩が上下に激しく揺れ、自分達の居所としている二体のポケモン達は吐き気を催す結果になるだろう。

 と、思ったら、次の瞬間ライトは二体をボールに戻すのではなく、直接腕に抱え始めた。

 

「よし、オッケー」

「それでいいの?」

「大丈夫。意外とイケる」

「……まあ、ライトがいいんならいいんだけど……」

 

 あどけない顔をしながらも、肉体的にはかなり逞しいライトに苦笑いを浮かべながらも、コルニは二体を抱えて走るライトと共にバトルシャトーの目の前まで滑る。

 テンポよく上下する主人の腕の中で、イーブイはやけに楽しそうに笑顔を浮かべる中、キモリは若干怯えていた。恐らく、ジェットコースター系のアトラクションは駄目そうだ、とライトは思いながら走ること数分、ようやくバトルシャトーの目の前に着く。

 遠目から見て全貌が窺えた建物は、間近で見ると視界に収まり切らない程の大きさであると解る。

 

「うわあ……誰か住んでるのかな?」

「うん。家主のイッコンさんって人がバトルシャトーのオーナーで、カロスに伝わる伝統的なバトルの礼儀作法を残していきたいって考えで、色んなトレーナーにバトルの場として提供してるの!」

 

 カロス伝統のバトルの礼儀作法。聞いてしまうと、どのようなものであるのかが気になってしまう。

 それはトレーナーとして性かもしれないと、ライトは心の中で苦笑する。

 

「あと、バトルシャトーではトレーナーに『爵位』って言うのが渡されるの!」

「しゃくい?」

「階級みたいなもの! 全部で六つあって、あたしはその内の下から三番目の『カウンテス』っていう称号を持ってるんだ!」

 

 『昔からお爺ちゃんに連れられてね』と舌をチロリと出しながらウインクするコルニに、ライトは素直に感嘆の息を漏らす。

 以前までルカリオしか手持ちの居なかった事を考えると、つまりルカリオだけでその階級になったことを意味することを想像するのは難くない。

 やはり、未来のジムリーダーとして鍛えられているだけの事はある、と。

 

「ささッ、ライトも中に入って!」

「え……僕なんか入っていいの……?」

「言ったでしょ? カロスの伝統の礼儀作法を残ししていくために、色んなトレーナーにも場所を提供してるって!ほら!」

 

 言われるがままに手を引かれシャトーの中に入っていくライト。大きな扉を開けて中に入ると、執事のような男性とメイドのような女性が一人入口に佇んでおり、入ってきたライト達に立礼を一つした。

 

「お帰りなさいませ、『カウンテス』コルニ様。この度は、どのようなご用件で?」

「新しい人連れて来たの! 色々と案内してあげてください!」

「畏まりました。それではこちらへどうぞ……」

 

 滑らかな所作のもと、二人を案内する為に先導として前を歩んでいくメイド。そんな彼女に対し、コルニはウエストバッグからゴソゴソと何かを取り出し、それをメイドに手渡した。

 するとメイドは『ありがとうございます』という旨の言葉を連ねた後、再び歩み始める。

 一体何をしたのかと疑問になったライトは、コルニに問いかけた。

 

「……ねえ、何渡したの?」

「ん? チップだよ。……あれ、地方の違いかな?カロスでは、サービスしてくれたお店の人とかに『チップ』って言うちょっとしたお金を渡すの」

「ふぇ~……」

「まあ、これも礼儀作法の一つだからね」

 

 カントーはおろかジョウトでも見たことのない制度に舌を巻くライト。やはり、地方ごとに根付いている文化というものが違うのだと、身に染みて分かる瞬間であった。

 それは兎も角、メイドに連れられて辿り着いたのは、とある扉の前。ガチャリとメイドが扉を開けると、中には大勢の紳士淑女たちが大広間の中で佇んでいる。

 

 巨大なテーブルや各所に置かれたソファ、そして降り注ぐ日の光を存分に部屋の中に取り入れられる程大きな窓からは、かなり広いベランダへと通じていた。

 まるで、映画のワンシーンにでも出そうな光景に息を飲むライトであったが、所々には自分とそれほど歳の変わらなそうな少年たちなども垣間見える。だが、その装いの整然さに、家柄の良さを感じ取れずにはいられない。

 そんな緊張した面持ちのライトに、コルニは普段と変わらない明るい笑みを浮かべ、手を取ろうとする。

 

「ほら、相手を探そう? ライトは来たばかりで爵位は『バロン』だから、戦える相手は『バロン』か『バロネス』だよ」

「そうなんだ。う~ん……じゃあ―――」

「良かったら、私とどうかしら?」

 

 一人、クリーム色のロングヘアの少女が、バトル相手を探すライトの下に歩み寄ってきた。

 恰好は他の者達のようにスーツであったりドレスであったりはしないものの、袖口や裾に紫のラインが入った黒の制服を身に纏っており、どこか特別な雰囲気を漂わせている。

 所謂、『エリートトレーナー』のような装いの少女は、凛とした佇まいでライトに手を差し伸べた。

 

「私はアヤカ。貴方に、バトルを申し込むわ!」

「ッ……望むところです!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ベランダの先に出ると、踊り場を下った先に丸いバトルステージが用意されている。周囲は緩やかに流れる水に囲われており、ステージには潤った空気が満ちていた。

 そんなステージの両端には、装飾が施された白いマントを羽織っている二人のトレーナーが佇んでいる。

 余裕を持った笑みを浮かべるアヤカに対し、ライトは緊張した面持ちだ。

 すると二人は、ゆっくりと一歩ずつ、互いに中央へ向かって歩み始めた。

 

 これこそがカロス伝統のバトルの礼儀作法の一つであり、此処バトルシャトーではきちんとした手順を踏まえてからバトルを行う。

 何度か来ているアヤカに対し、先程手順を教えられたばかりのライトはぎこちない動きで中央へ歩む。流石にこの場でイーブイやキモリを出しっぱなしにしてはいけないと、イーブイはコルニに預け、キモリに関してはボールに戻している。

 

 ベランダに観客がちらほらと集まり始めた辺りで、二人は手の届く距離までに近付く。そして、これから繰り出すポケモンが入っているボールを突き出した。

 

「……互いに、良きバトルを」

「たッ、互いに良きバトルを……!」

「(ふふッ、緊張しないで)」

「(す、すみません……)」

 

 若干舌がもつれながらも言い終わったライト、そしてアヤカは、その場で回れ右をして各々の立ち位置まで再び歩んでいく。

 そして―――。

 

「これより、『バロン』ライトと『バロネス』アヤカの試合を開始します。両者、ポケモンを場へ」

「ニャオニクス、お願い!」

「フニャ!」

「リザード、君に決めた!」

「グルァ!」

 

 ボールに中から姿を現す互いの手持ち。

 ライトが繰り出したのがリザードであるのに対し、アヤカが繰り出したのは白と藍の体毛を有す猫のようなポケモン。長そうな耳は畳まれており、首には藍色の体毛がマフラーのような膨らみを持っていた。

 

(見たことないポケモンだ……でも)

 

 パートナーを一瞥すると、尻尾に点っている炎は普段にまして轟々と燃え盛っていた。ラコルザの家で食べた、栄養満点の木の実料理のお蔭だろう。

 リザードの状態が万全であるのを確かめたライトは、瞳をステージ全体へと向ける。

 

「さあ、私から行かせてもらうわ! ニャオニクス、“サイケこうせん”!」

「リザード、“がんせきふうじ”!」

 

 ニャオニクスはヒラリと跳躍し、空中で両手から複雑な色合いを持った光線を解き放つ。それに対しリザードは、周囲に生み出した岩石を、自分に向かって突き進む光線にそれらを投げつけた。

 二つの攻撃はステージの中央で衝突し、岩石が弾け飛ぶ衝撃で砂塵が巻き起こる。

 

「“りゅうのいかり”だ!」

「“ひかりのかべ”で防御よ!」

 

 “りゅうのいかり”を指示されたリザードは、口腔にエネルギーを凝縮させた光弾を収束させていくが、その攻撃を防ごうとニャオニクスは自分の手前に防御壁を生み出す。

 単純な【すばやさ】はニャオニクスの方が勝っているようであり“ひかりのかべ”は展開されてしまったが、ライトは不敵な笑みを浮かべたまま“りゅうのいかり”を解き放ったリザードを見つめる。

 光弾は防御壁に命中し、威力を半減されるかと思いきや―――。

 

「フニャア!?」

「ニャオニクス!?」

 

 壁を透過した“りゅうのいかり”を喰らったニャオニクスは、半減されたとは思えないほどにダメージを負った様子を見せる。

 予想だにしていなかった事態に、アヤカは焦燥を顔に浮かべる。

 

「そんな……特殊攻撃じゃないの……?」

「へへッ! リザード、“ドラゴンクロー”で畳み掛けて!」

「くッ、近付けさせないで!“マジカルリーフ”!」

 

 エメラルドグリーンのエネルギーを両手に纏ったリザードに対し、ニャオニクスは自動追尾の七色の葉っぱを繰り出す。

 それらを紅蓮の蜥蜴は、暴れる様にして“ドラゴンクロー”を繰り出し、ひとつ残らず叩き落としていった。

 そのまま地面を蹴り、リザードは一気に肉迫していき―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「頑張れライトォー! リザードォー!」

「ブイィ~!」

 

 ベランダから観戦するコルニは、預けられたイーブイを抱き上げながら、ステージ上でバトルを繰り広げているライト達を応援していた。

 彼の対人戦を見るのは初めてであるが、流石はジムバッジ二個と言ったところだろう。

 的確な指示はポケモンの堂々とした動きに反映され、バトルがとても映える。観戦する側としてライト達のバトルは、非常に楽しめるものであった。

 心躍る想いで声を上げるコルニであったが、そんな彼女の横にとある人物がやって来る。

 

「こんにちは、コルニさん。御爺さんは元気でいらっしゃいますか?」

「え? あッ……ザクロさん!?」

「ふふ、久し振りですね」

 

 突然隣にやって来た褐色肌の男性に一瞬目を丸くしたものの、知り合いであった事に驚き、肩をビクンと跳ねさせてから一礼する。

 黒と灰色のシックな色合いのスーツを身に纏い、髪には赤、青、黄色といった特徴的な丸い髪飾り。コルニよりも頭二つ分程高い高身長の男性―――ショウヨウジムリーダー『ザクロ』は、目の前に少女に軽く挨拶を交わしてから、ステージでバトルを繰り広げている少年に目を遣った。

 

「ふむ……成程、リザードですか……」

「えっと、ザクロさん……どうしてこちらに?」

「う~ん……どうして、と言われたら……まだ見ぬ(トレーナー)を見つけにと言ったところでしょうか」

 

 顎に手を当ててそう口にするザクロの姿は、とても様になっているとコルニは心の中で思う。

 そして、二人揃ってライト達のバトルを観戦していたが、ふとコルニが何かを思いついたかのようにザクロを見上げた。

 

「そうだ、ザクロさん! あたしと戦ってくれませんか!?」

「君と? 君はたしか『カウンテス』だった気が……私は『マーキス』なので、君とは……」

「そうですけど、そこを何とか……!」

 

 イーブイを抱きかかえている為、まるでイーブイを差し出すかのようなポーズになりながらも、合掌して対戦を申し込むコルニ。

 そんな彼女に『やれやれ』と息を吐いたザクロは、『分かりました』と了承する。

 

「君に胸を貸しましょう」

「ありがとうございます! 全力でいかせてもらいます!」

「勿論、そうでなくては張り合いがありませんからね」

 

 ライトの知らぬ所で、現ジムリーダーとジムリーダー候補がバトルの約束を果たす。

 そうしている間にも、ライトのリザードはニャオニクスに“ドラゴンクロー”を決め、相手を戦闘不能にし、勝利していた。

 

 それを確認したザクロは、腰のベルトに収まっているボールを一つ取り出し、隣にいるコルニを一瞥した。

 コルニもまた、ルカリオの入っているボールを手に取ってみせ、ザクロに強気な笑みを浮かべてみせる。

 

 

 

―――こうして、ザクロVSコルニの戦いが始まろうとしていた。

 



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第三十六話 あっちの竜やら、こっちの竜やら

 

 

 

 

「ナイスファイトだったよ、リザード!」

「グァウ」

 

 アヤカのニャオニクスを下したリザードは、さも当然と言ったような顔でプイッとライトから顔を逸らす。

 だが口角は吊り上っている為、ライトの激励も満更ではないのだろう。

 素直ではないパートナーに苦笑を浮かべながらボールに戻し、バトルステージの反対側から歩み寄ってくるアヤカの視線を向ける。

 

「いいバトルだったわ。またバトルできるといいわね」

「こちらこそ、ありがとう!」

 

 軽いバトル後の会話を終えた二人は、次なるバトルを控えている者達を待たすのも失礼だと考え、足早に階段を上った所の踊り場を目指していく。

 そこで次の挑戦者が階段を下りてすれ違うが―――。

 

「あれ……コルニ?」

「えへへ! はい、イーブイ!」

「あ、ありがとう……って、えぇ!?」

 

 預けていたイーブイを渡されるも、ライトは緑色のマントを羽織ってステージの方に降りていく少女に目を丸くした。

 彼女が戦おうとしているのは、同時に階段を下りていく男性なのだろうが、彼の羽織っているマントは黄色。性別は違えど、爵位の階級が同じであればマントの色は同じはずなのだが―――と考えたが、既に事は進んでいるらしく、とりあえずライトは観戦する為に階段を上り切る。

 その先には、マントを預かる為のメイドがスタンバイしており、『ありがとうございました』と言ってから綺麗に畳んだマントを手渡す。

 

 メイドが手慣れた手つきでマントを畳み直している間、ライトは柵に寄りかかってステージに目を遣る。

 

(誰が相手なんだろう……?)

 

 既に、先程自分が行ったようなバトルの前の作法をしているコルニと男性。中央から離れた両者は、互いに手に持っているボールを宙に投げる。

 

「クァンヌ!!」

「ゴラァス!!」

 

 軽やかな身のこなしで宙返りしながら飛び出してくるルカリオ。

 対して相手は、巨大な恐竜のようなポケモンを繰り出す。茶色の皮膚に、頑強そうな顎。見るからに堅そうな皮膚は岩のようにも見える程だ。

 見たことのないポケモンに対し、ライトは一先ず図鑑を翳し、男性の繰り出したポケモンが如何なる種族であるのかを調べる。

 

『ガチゴラス。ぼうくんポケモン。分厚い鉄板を紙のように噛み千切る大顎で、古代の世界では無敵を誇った』

「タイプは……【いわ】・【ドラゴン】」

 

 【いわ】を有しているとなると、【いわ】に有利な【はがね】・【かくとう】の複合タイプであるルカリオが圧倒的に有利そうな対局に見えるが、果たして本当にそうなのだろうか。

 ポケモンバトルはタイプも重要であるが、戦略次第でどうにもなる一面も存在することは否めない。

 つまりこの対面は、不利なタイプのガチゴラスをどのように動かすか、という男性の腕の見せ所でもあるのだ。

 ゴクリと固唾を飲んでコルニを見守るライト。その緊張は、腕の中でおとなしくなっているイーブイにも伝わり、あどけない顔が険しくなる。

 

―――ルカリオが動く。

 

「“はどうだん”!」

「ガァ!!」

 

 直後、両手を腰の横に据え、手の間に蒼と水色が複雑に混ざり合ったようなエネルギー弾が形成される。

 チャージに一秒程。充分早い充填を終えたルカリオは、自らが収束させた波動の塊をガチゴラス目がけて解き放つ。

 

「“ふみつけ”なさい!」

「ゴルァ!!」

 

 巨大な体を大きくのけ反らせ右脚を振り上げたガチゴラス。次の瞬間、身体に比例して広い足裏は、自分に向かって飛来してきた“はどうだん”を地面の間に挟み込む様に踏みつけた。

 爆弾が破裂したかのような爆音と共に、足裏と地面の間からは爆炎と砂塵が巻き上がる。

 しかし、踏みつけたガチゴラスは全くもってダメージを受けていないと言わんばかりに、挑発的な笑みをルカリオに向けていた。

 

「なんて頑丈な皮膚なんだ……!?」

 

 驚きの余り独り言を呟くライト。

 彼と同じような焦燥を抱くコルニは不敵な笑みを浮かべ、ルカリオに指示を伝える。

 

「ガンガン攻めるよ! “ボーンラッシュ”!」

「ガウッ!!」

 

 自身の攻撃を防がれたことに僅かに動揺を浮かべていたルカリオも、コルニの指示で我に返って、両手に骨状の棒を出現させる。

 地面を蹴って一気にガチゴラスに肉迫するルカリオ。

 

「動かざること山の如し……ガチゴラス、“ストーンエッジ”で迎え撃ってください!」

「ゴラァアアア!!!」

 

 手数で勝負しようとしているコルニに対し、男性は“ストーンエッジ”を指示した。するとガチゴラスは、地面を巨大な脚で踏みつけ、フィールド上に複数の巨大な岩石の先端を隆起させる。

 直線状に走っているルカリオに直撃するようなコースに、ライトは息を飲む。

 だが―――。

 

「ジャンプ!」

 

 ルカリオの足元に“ストーンエッジ”が隆起しようとした瞬間、走る勢いそのままに前方に飛び込む。

 華麗に宙返りをしながら両手に携えた骨を合わせ、回転する勢いでガチゴラスに叩き込もうという魂胆なのだろう。

 ルカリオのポテンシャルを生かしたテクニカルな動きから繰り出される一撃。

 

「―――“ほのおのキバ”」

「なッ……!?」

 

 だが、『読んでいた』と言わんばかりの余裕綽々な笑みを浮かべた男性は、平然と早急に技名を口にする。

 瞬間、ガチゴラスは象徴とも言える大顎を開き、口腔に覗く鋭い牙を赤熱させた。

 その気になればルカリオを一口で食べてしまえそうな程の口は、振り下ろされた骨に噛みつく。噛みついた箇所からは爆炎が噴き出し、【ほのお】を苦手とするルカリオにも火の粉が降り注ぐ。

 

「グルッ……!」

「ルカリオ、怯まないで! “グロウパンチ”!」

「グルァアアア!!」

 

 砕け散った骨を投げ捨て、今度は自らの拳で殴ろうと試みるルカリオ。即座の判断が功を奏したのか、ルカリオの“グロウパンチ”はガチゴラスの鼻先に命中し、一瞬ガチゴラスは怯んだ。

 殴った際の反動で後方宙返りを決めて、ルカリオは一旦体勢を整える。

 その間に、鼻先の痛みを振り払う為にブンブンと顔を振るうガチゴラスに、男性は苦笑しながら指示を出した。

 

「“りゅうのまい”です!」

「ゴラッ!」

 

 大分痛みも引いたガチゴラスは、黒と紫が混じったようなエネルギーを放出しながら、その場で激しく踊りだす。ステップを踏み度に、“じしん”でも繰り出しているかのような地響きと衝撃が周囲に伝わり、それはステージ外周に満ちる水さえも波立てる。

 ガチゴラスが淡々と舞っている時、コルニは『今しかない』とばかりにルカリオとアイコンタクトをとって、拳を突きだした。

 

「“インファイト”ォオオ!!」

「ガウァアアアアッ!!」

 

 雄々しい咆哮を上げながら、全力を以てガチゴラスに接近戦を挑もうと肉迫するルカリオ。

 だが、ルカリオとガチゴラスの距離が数メートルを切った辺りで、“りゅうのまい”は完了し―――。

 

「“もろはのずつき”です、ガチゴラス!!」

「ガチゴォオオオオ!!」

 

 瞬間、ステージに罅が入って隆起するほど力強く大地を踏みしめたガチゴラスが、肉迫してくるルカリオ目がけて突進していく。

 巻き上がる砂塵と、周囲に伝わっていく風圧。

 そして何よりも、ガチゴラスのスタートダッシュの速度に観戦している者達は驚愕した。

 

 互いに肉迫し、衝突する拳と頭突き。衝突の衝撃で鼓膜が痛く感じてしまう程の轟音が轟くが、観戦しているものが衝撃で身を竦めている間に決着はついてしまっていた。

 

「ガウァ!」

「ッ、ルカリオ!?」

 

 力対力。

 その戦いを制したのは、“もろはのずつき”を繰り出したガチゴラスであり、押し負けてしまったルカリオは弾かれるようにして宙に飛ぶ。

 数回転ほど錐もみをしてから、華奢な身体はステージ上に打ち付けられ、普段の凛々しい瞳もグルグルと渦を巻いていた。

 

 数秒、コルニは放心するものの、すぐさま瀕死になっているルカリオをボールに戻し、『お疲れ様』と呟き、相手の男性に視線を戻す。

 

「……ザクロさん。バトル、ありがとうございました!」

「こちらこそ。有意義なバトルでしたよ」

 

 にこやかにほほ笑むザクロという男性。その名前に、ライトは心当たりがあってか、顎に手を当てて暫し思案を巡らせる。イーブイを抱き上げながらであるため、ふんわりとした体毛が首回りに当たって気持ちいいなども一瞬考えたが、本題の方は数秒で解が出る。

 

(ショウヨウジムリーダー……?)

 

 ジーナがミアレシティで口にしていた、【いわ】使いのジムリーダー。

 コルニは、時折ジムリーダーや四天王もバトルシャトーにやって来ると言っていたが、本当にこうして目の前で見る事が出来るとは思いもしなかった。

 有意義且つ、圧倒される時間。

 【いわ】タイプが苦手とする【はがね】と【かくとう】に対し彼がとった戦法とは、圧倒的な攻撃と防御でねじ伏せるというもの。

 恐らくザクロが使用したポケモンはプライベート用の、トレーナー・ザクロとしての手持ちだろうが、それでもジム戦前に臆してしまう程の『鋭さ』と『硬さ』。

 

(これが……ショウヨウジムリーダー・ザクロ……!)

 

 あのコルニのルカリオを終始圧倒するポケモンを所有しているとは、流石ジムリーダーと言える。

 

 そのような事をライトが考えていると、バトルを終えたコルニがライトの下に歩み寄り、それを追う形でザクロも近付いてきた。

 『てへへ……』と頭を掻くコルニに対し、ザクロは『君は……』とライトを目の当たりにして呟く。

 

「ええと……リザードを指示していた少年ですね?」

「あ……はい。ライトって言います」

「そうですか、ライト君。私はザクロ。見て分かるかどうか分かりませんが、これでもショウヨウシティのジムリーダーをやらせてもらっています」

 

 終始丁寧な口調で話を進めていくザクロ。

 すると彼は、腰のベルトのボールに手を掛け、一体のポケモンをその場に繰り出す。中から登場したのは、『かせきポケモン』プテラ。

 レッドも手持ちに加えていた、【いわ】タイプ最速の翼竜。その大きさもさることながら、口に生えそろう鋸のような牙に、イーブイは怯えてライトに怯えた声を上げて助けを求める。

 

「安心して下さい、食べませんよ。それは兎も角、君はジムバッジを集めているのですか?」

「はい。今の所二個ほど……」

「成程……では、私からのアドバイス。コウジンタウンを東に進んでいくと9番道路……人呼んで『トゲトゲ山道』なる道があるのですが、その先に『輝きの洞窟』なる場所があります」

「はぁ……」

「私もよく行くのですが、【いわ】タイプのポケモンが多く生息しており、【いわ】タイプ攻略の経験になると思います。是非、行くことをお勧めしますよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 何気なしに特訓場所を教えられたライトは、戸惑いながらも立礼をして感謝の意を伝える。

 そして話を終えたザクロはプテラにアイコンタクトをとり、両肩を足で掴まれ、そのまま宙に舞いあがっていく。因みにマントは、先程メイドがそそくさと回収したため、持って帰るという事はなさそうだ。

 

「君の挑戦、楽しみにしています」

「は、はい!」

 

 次第に小さくなっていくザクロに対し、声が聞こえる様にと大きな声を上げるライト。公衆の場で若干恥ずかしい気もするが、言ってしまった後で後悔してもどうにもならないことだ。

 そしてとうとう黒ゴマのように小さくなっていった影を見送り、ライトは視線を地上へと戻す。

 

「あれがザクロさんだよ!初対面の感想は?」

「えっと……真面目って言うか……堅そうって言うか……」

「ほほう!【いわ】タイプとかけた?」

「いや、そんなつもりは全然ないんだけど」

「そう? ……まあ、見ての通りザクロさんは真面目な人なの! だからバトルスタイルも堅実で、【かくとう】の攻めを防ぐほどの防御で時を待ち、【いわ】の鋭い一撃で隙を攻めていくって感じかな?」

 

 端的にザクロのバトルスタイルを口にするコルニの言葉は、非常に有用な情報になる。カントー地方にも『タケシ』という【いわ】使いが居るが、タケシが耐え忍ぶ戦いを好む一方で、ザクロは攻守バランスよい戦法をとると言ったところか。

 だが、実際に戦ってみなければ分からないことだ。

 三個目のジムバッジは【いわ】使い。世間一般的には弱点の多いタイプとされているが、弱点を受けても尚耐え忍ぶほどの防御には目を見張るものがある。

 

(どうやって打ち崩そう……)

 

 考え込んでしまいこむライトを見かね、イーブイは定位置に戻って考えの邪魔にならないようにする。

 顎に手を当て、手持ちのタイプを見直す。

 

(ストライクは【いわ】が凄い苦手……リザードもだ。イーブイは【ノーマル】だから苦手って訳じゃないけど、相手の防御力が……【みず】タイプのヒンバスを入れたい所だけど、ヒンバスは攻めが苦手だし……となると―――)

 

 

 

―――居るじゃないか。絶好タイミングで入ってきた新入りが。

 

 

 

 ***

 

 

 

「リュー!」

「ふふっ、此処が気に入ったの?」

「リュ~♪」

 

 アルトマーレの秘密の庭。

 カノンの一族以外の人間は滅多に入ることのない場所に、最近新たな仲間が加わった。カロス地方でライトが捕まえた、ハクリューのことである。

 凶暴なポケモンなどの居ないアルトマーレでは、自然とレベルの高いハクリューのヒエラルキーは高い方に位置し、自由気ままに過ごすことができるのだ。

 だが、元々ポケモン同士の争いの少ない土地でわざわざ戦うという行為をする必要もなく、のんびりとアルトマーレの周囲を泳いでいるのが今のハクリューだ。

 

 そんなハクリューは、秘密の庭の最奥部に位置する池で水浴びをしていた。自然と人工物が見事に調和している庭は、カロスのそれにも劣る事は無い。

 したがって、美しいハクリューの姿を存分に生かすことのできる背景が整っているが為に、カノンはキャンバスに絵を描かずにはいられなかった。

 

 普段のように芝生の上に立ち、庭をバッグに自由に水浴びをするハクリューを描いている。

 時折、ラティアスがカノンやハクリューにちょっかいを仕掛けてくるも、兄であるラティオスがそんな妹を諌め、アルトマーレの大空へと連れていきカノンの邪魔にならないように気遣ってくれるのだ。

 

 白いキャンバスには緑が多く面積を占めているが、その分中央に佇む青と白が一際目立っていた。

 ギャラドスのような猛々しさは無く、水と一体化するような流麗さがそこには存在しており、昔からそこに在ったかのような調和が絵の中に広がっている。

 

(ライト……今頃何してるんだろ?)

 

 そんな中、ふと思い出したのは幼馴染の事。

 

(……多分、元気でやってるんだろうなァ)

 

 クスっと微笑みながら筆を進めていく。

 そんなカノンをハクリューは首を傾げて不思議がるが、当の本人は気付かずに笑ったままキャンバスを見つめる。

 

 

 

―――彼は、チャンピオンになることを夢だと言った。

 

 

 

―――なら自分の夢は、夢を叶えた彼等の姿をキャンバスに描く事。

 

 

(頑張ってね……応援してるから)

 

 そのような事を思いながら、ふと顔を上げてみる。

 すると眼前には、ニヤニヤと口角を吊り上げているラティアスの姿があった。

 

「な……何、ラティアス……?」

「クゥ~……♪」

「だからなんなの、その笑顔は!?」

「クゥ~!」

「コラ!絶対からかってたでしょ―――っ!」

 

 カノンが声を張り上げると、ラティアスは笑顔をそのままに再び宙へ舞っていく。あの顔は自分をからかっていたものだと理解したカノンは、顔を紅くしながら筆を振り上げた。

 しかし、当のラティアスは既に大空の彼方。はぁっと溜め息を吐いた後は、ベレー帽を被り直してキャンバスに視線を戻す。

 

「もう……あの子ったら……」

 

 友達が増えて嬉しいのか、最近からかってくることが多くなった。カノンにとってははた迷惑なのだが―――。

 

「……これって、元を辿ればライトの所為じゃない!」

「リュ!?」

 

 此処にいない幼馴染に、怒りをぶつけるカノンなのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っくしょん!」

「……風邪ひいたの?」

「ううん、何か噂された気が……」

「ふ~ん、変なのォ……」

 

 ズビっと鼻水を啜るライトに、コルニは特に関心も無さげに返事をする。

 バトルシャトーを後にして7番道路に戻った二人は、夕暮れも迫った所であることをしようとしていた。

 二人の目の前にはそれぞれポケモンが並んでいるが、ライトの前にはキモリが。コルニの前にはヤンチャムが佇んでいる。

 

「よし……じゃあ、キモリ。これから君の使える技を確認するからね」

「キャモ!」

「ヤンチャム、お願いね!」

「チャム!」

 

 意気込みは充分―――と思われたが、キモリは明らかに弱腰になっており、プルプルと膝が震えていた。

 そんなキモリに苦笑を浮かべながら、優しい声色で伝える。

 

「大丈夫、技出すだけでバトルする訳じゃないから……」

「キャ、キャモ!」

「うん、じゃあいってみよう!」

 

 ライトが意気揚揚と指示を出すと、キモリはどこからともなく木葉を取り出し、それを口元に当てて眠気を誘う音を奏で始める。

 

「これは……“くさぶえ”……ムニャ……そ、そこら辺で……」

「キャモ?」

 

 このままではバトルが始まる前に全員が深い眠りに落ちてしまうと危惧したライトは、寝落ちする前にキモリに止めるように伝える。

 キモリはまだ演奏したりないと言う顔で、渋々木葉をしまう。

 

「じゃあ、次! ―――」

 

 それからというもの、キモリは次々と技を繰り出していった。

 

 

 

―――弱腰のまま放つ、相手に当たらない“はたく”。

 

 

 

―――なよなよとした瞳での“にらみつける”。

 

 

 

―――回復しているかどうか疑わしい“すいとる”。

 

 

 

―――相手に衝突する直前で急ブレーキをかけてしまう“でんこうせっか”。

 

 

 

(……成程。思ってたよりも臆病だ……)

 

 物理技がほぼ機能していないという深刻な状況。幸いなコトに、“すいとる”だけは技として成立している。

 しかし、“すいとる”自体の威力は微々たるもの。これではショウヨウジムのザクロを打ち取れるとは思えない。

 

(どうしよう……う~ん……)

 

 顎に手を当てて考えるライト。そんな主人に対し、申し訳なさそうにしょんぼりとするキモリ。

 だが、何か言いたげな様子で裾を引っ張る為、ライトは思考を止めてキモリを見た。

 

「どうしたの、キモリ?」

「キャ……キャモ」

「もしかして、まだ出してない技があるの?」

「キャモ!」

 

 汚名返上したいとばかりに拳を掲げるキモリに、ライトも笑みを浮かべて『分かった』と答えた。

 するとキモリは軽やかな足取りでヤンチャムの直線状に立ち、グッと体に力を込める。何が来ても良いようにヤンチャムは身構えているが、今迄の攻撃が攻撃だった為、やや油断したような状態だ。

 だが、そんな相手でもふてくされることなくキモリは、技を繰り出す為にのけ反った。

 

 刹那、膨らむキモリの口の端から蒼い炎が漏れ出す。

 

(この技……―――!)

 

「キャ……モォオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、熱を持たぬ蒼い炎がキモリの口腔から放たれ、芝生の上を駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 



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第三十七話 怒らせると怖い人

「……」

「アハハハッ、ちょ、ストッ!!」

「……」

「ヒィ!! ホ、ホントッ、らめッ!!」

「……」

「あ―――ッ、ひッ、息、くるしッ!!」

「……」

 

―――どうしてこうなった。

 

 夜中のテントの中。ライトがコボクタウンで購入したものであるが、普通であれば二人共既に就寝している時間だ。

 だが、中からはコルニの息も絶え絶えとなっているような声が辺りに響き渡る。

 更に、テントの外では『戒め』と言う名目で除外された彼等の手持ちがずらりと並んでいた。

 ストライクやルカリオ、そしてあのリザードさえも戦慄するような光景。手持ちのポケモン達が絶句するような行為が、あのテントの中では行われているのだ。

 イーブイやキモリなどは、見たことのない主の姿に怯え、ストライクの後ろに隠れている。

 

 話は五分前に戻る。

 

 キモリの技の特訓が終わった後、夕食をとってテントで就寝することになったライト達。その後、ライトが買ったテントで二人が眠る事になったのだが、初テントということもあって、コルニは無駄にテンションが高かった。

 

―――それがこの悪夢の始まりだったのである。

 

 無駄にハイテンションのコルニは、眠ろうとするライトにちょっかいを出すという形になってしまった。

 眠る前にライトがすることは、今日一日の出来事をまとめて明日具体的に何をするかなどという思案を巡らせる、ある種大事な時間である。

 その時間を幾度となく邪魔されてしまったライト。ちょっかいが十回目を超えたところで、ライトはキレた。

 

―――無言、且つ無表情でくすぐるという形で……。

 

 急に無言且つ真顔で見つめられたコルニは身体が竦み、有無も言わされずに手足をタオルで縛られた。

 その後は、筆舌に尽くしがたい悪夢をコルニが見る事になっているのだが、現在進行形でそれは進んでいる。

 数分程続いているくすぐり地獄は未だに続いており、テントはバタバタと揺れていた。それだけでコルニがどれだけの抵抗をしているのが分かるだろうが、それ以上にライトはくすぐりを続けているのだ。

 

「ふぁッ、ふぉッ!! ごみぇんって!! ゴメ、ヒゥ!? アヒャヒャ!!」

「……もうしない?」

「しないッ!! しないから!!」

「……わかった」

「ッ……はぅ……」

 

 ようやく脇から手を離したライトは、外で待機していたパートナーたちに『待たせてごめんね』と一言言ってからボールに戻す。

 それに対しコルニは、顔を紅潮させ、汗だくのまま息も絶え絶えとなり、何とかルカリオとヤンチャムをボールに戻した。

 しかし、数分間脇やら脇腹をくすぐられ続けたコルニの体は異常をきたし、何もされていないと言うのに『ビクンッ!』と痙攣する。

 グデーっとテントの外にはみ出して倒れるコルニは、何かイケない事をされた直後のようにも見えなくもないが、数分くすぐられ続けただけだ。

 後ろを振り返ると、寝袋で既に眠りに落ちているライトの姿が見えたため、コルニはテントの出入口を閉め、痙攣しながらも自分も寝袋に入る。

 しかし、数分間くすぐられ続け、笑いに笑った体は軽いスポーツをした後よりも火照っており、そう簡単に寝つける訳も無く、ほぼ寝袋の意味を為さない程にジッパーを開けて体の火照りを冷ましながら瞼を閉じた。

 

「あぅッ!」

 

 だが、一瞬脳裏に過った少年を思い出し、暫くは痙攣し続けたと言う。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……昨日の記憶が曖昧なんだけど……」

「いや、思い出さなくていいの!」

「……なんかあったの?」

「なんにもなかった! 本当にゴメン!」

「……? 変なの」

 

 余り寝起きのよくなかったライトと、寝不足で目の下に隈を作るコルニ。寝る前の記憶が曖昧だと言うライトに、コルニは何もないと言い張る。

 覚えていないのなら、それでいい。

 今朝、朝食を準備していた時もライトが手をパッと上げただけで、コルニはオーバーリアクションの如く飛び跳ねてしまった。

 

 それだけ、あのくすぐりは凄まじかった。

 絶妙な力加減に、弱点をピンポイントで責め立ててくるテクニック。そしてなんと言っても、滑らか過ぎる指の動き。

 思い出しただけで体がビクンと跳ねそうだが、それだけのくすぐりであったとだけは言える。

 

―――そう。ライトは自覚していないが、立派に姉のドSの血が受け継がれていたのだ。

 

―――無言で相手をくすぐり、地獄を見せるという形で。

 

 幼馴染のグリーンを弄り倒すブルー。その血縁は弟にも充分引き継がれているらしい。

 

 閑話休題。

 

 現在二人が向かっているのはコウジンタウン。その為に歩いているのが7番道路―――『リビエールライン』である。

 この道路を道なりに進んでいけば『地つなぎの洞穴』に到着し、更にそこを抜けた後の8番道路を南に下れば、目的地であるコウジンタウンに到着するのだ。

 最初こそ水族館しかなかった観光場所の無かった街であるが、近年近くで化石が発見されたことにより『コウジン化石研究所』が建てられ、今では化石研究に関してはカロスで一番発展していると言われている。

 

 化石ポケモンと言えば、カントーではプテラを筆頭にカブトプスやオムスターなどが発見されており、他の地方でも化石ポケモンは多く発見されているのだ。

 発掘した化石を復元することによりポケモンを誕生させるとは、技術の凄まじさを感じ取れることではあるが、専門職でなければどの程度凄いものであるのかはイマイチ伝わらないのがネックとも思えてしまう。

 それは兎も角、化石ポケモンは現時点で全てに【いわ】タイプが複合になっている為、【いわ】のエキスパートであるザクロへの対策を練るのであれば、コウジンタウンほどいい場所は無い筈。

 

(でも、その前に『地つなぎの洞穴』に入らなきゃダメなのか……)

 

 カロス地方のガイドマップを見る限り、地つなぎの洞穴にはズバットが多く生息しているらしい。

 ズバットと言えば、【どく】・【ひこう】タイプの蝙蝠のようなポケモンであり、カントーやジョウトのみならず、他の地方でも多く姿を窺う事のできるポケモンであり、知名度的にはコイキングに勝るとも劣らない程度。

 

(……暗い所……)

 

 ブルッと一瞬体が震える。

 そんなライトを不思議そうに見つめるコルニであったが、昨日の地獄の時間のこともある為、余り気に障ることはしないようにと気付かない振りをした。

 暫し無言になる二人であったが、沈黙に耐え切れなくなったイーブイがフードの中から飛び出る。

 

「ブイッ!」

「ん? どうしたの、イーブイ?」

「ブイ~!」

「あ、ちょっと!」

 

 イーブイをブンブンと尻尾を振った後に、ライト達の進行方向の先へと駆け出していく。幼いながらもそれなりの速力で走るイーブイにライトは慌て、大急ぎでイーブイを追うために走っていく。

 その光景にコルニは苦笑し、仕方なしとばかりにローラースケートで滑るようにして、前を行くライトの背中を追うのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……なんで?」

「なにが?」

「あの……なんでライトは、あたしの肩を掴んでるの?」

 

 走っていくイーブイを追って早数十分。遊び疲れたのか、イーブイはライトのフードの中でご就寝中だ。

 そして地つなぎの洞穴に辿り着いた一行なのであったのだが、ライトはコルニの背中に隠れる様にしながら、コルニの両肩を手で掴んでいた。

 ある程度整備はされているようであり、看板やら僅かな電灯は辺りにちらほら見えるものの頼りなさげである為、道先案内人としてリザードが尻尾の炎で道を照らしてくれている。

 そんなパートナーが頑張っている中、主人の少年は同年代の少女の背中に隠れるようにしながら歩いているのだ。

 

「……笑わないで聞いてね」

「う、うん……」

「僕、暗い所が苦手なんだ。厳密に言えば、お化けとか幽霊が出てきそうな暗い場所が苦手」

(……なんて言えばいいんだろう)

 

 暗い所が苦手であるとカミングアウトするライトに、コルニは複雑な心境を全面に押し出した顔を浮かべる。

 話を聞く限り、幽霊といったような心霊現象の方がメインで駄目なのだろう。

 

「えぇっと……じゃあ、【ゴースト】タイプとかも苦手なの?」

「……昼間に見る分には大丈夫」

「そう……なんだ」

 

 最小限の声量でブツブツと応答する少年に、コルニはどうすることもできず前に進むだけだ。

 『じゃあ、夜中は駄目なんだ』と思ったが、ここで口にすれば馬鹿にされたと彼が勘違いし、今日の夜に再び地獄が訪れるかもしれないと、冷や汗を流しながら足を進める。

 互いに十二歳と言う歳であるが、この歳で幽霊が怖いなど、中々可愛らしい一面があると思いながらも、『早く洞穴から出たい』と言わんばかりに背後で震えているライトの為に、コルニの歩く速さも次第に速くなっていく。

 

 コツコツと足音が洞穴中に響き渡る中、このままダンマリしていればライトがブルブルと震えるだけだと判断したコルニ。

 とりあえず気を紛らわせるために話を振ってみる。

 

「ねえ、どうして暗い所怖いの?」

「……小さい頃家族で見た映画で、子供が大きな屋敷で幽霊に追われ続けるって言うのを見てから、トラウマになって……」

「成程……でも、明るい場所なら、【ゴースト】ポケモンは平気なんでしょ?」

「まあ……お天道様の下で元気よくしている生き物を、僕は幽霊だとは思わないし……勿論幽霊も怖いけど、『暗い』って事の方が重要だから……」

「へぇ~……」

 

 それでは旅の途中洞窟を見つけたらどうするのかとも思ったが、敢て訊かないようにする。

 

「あたしはそんなに暗いの苦手じゃないなァ~。こう……なんか、探検してる感があるから!」

「キバ」

「まあ……ホントなら僕、洞窟系は行きたくないから、ザクロさんに言われた場所も自分から進んでいこうとは思わなかった」

「キバァ」

「へぇ~。まあ、その内平気になるって!」

「バゴ!」

「そうかな……って、ん?」

 

 自分達の会話に合いの手を挟む鳴き声に気付き、ライトはリザードの尾の炎を頼りに、周囲をビクビクしながら見渡す。

 先程から、ズバットが羽ばたく音が聞こえていたが、聞こえてきたのは決してズバットの鳴き声ではない。

 ふと、視線を下に向けてみると、自分の後に付くように佇んでいる小さなポケモンが居た。

 ギギギッと、錆びついた機械のようなぎこちない動きで図鑑を取り出し、目の前に居るポケモンが一体何なのかを探ろうとする。

 

『キバゴ。キバポケモン。木の実をキバで砕いて食べる。何回も生え変わることで、強く、鋭いキバになる』

「キバァ!」

 

 無表情でキバゴというポケモンを見つめるライトは、別の気配を察し、キバゴの後ろの方へと目を遣った。

 

「バゴ?」

「キ~バァ!」

「キュ~?」

「……」

 

 一体だけではなく、数体の群れとして現れたキバゴ達。コルニは『カワイイ~!』と頬を染めているものの、ライトは暗中という状況の中、死んだ魚のような瞳でバッグの中を漁る。

 取り出したのは、数個の木の実。それらを両手に乗せ、キバゴ達の前の地面にそっと転がす。

 突然渡されたと思われる木の実に、キバゴ達は目を輝かせて木の実に群がる。

 

「木の実、アゲル。ミンナ、トモダチ。ソレジャア、サヨナラバイバイ」

「何でカタコトなの?」

 

 必要最低限の言葉を伝えたと思われるライトは、戸惑うコルニにお構いなしで、少女の肩を押して前に進んでいく。

 そのような情けない主人に呆れた顔を浮かべるリザードであったが、このままでは色々と大変なコトになると察したため、足早に出口の方へと向かう。

 

「キバァ♪」

 

 だが、木の実をくれたライト達を群れのキバゴ達はテトテトと追いかけていき、リザードを先頭に綺麗な一列が出来上がっていた。

 そこでライトは、バッグの中で佇まっている一つの人形を素早く取り出す。

 

―――ピッピ人形。

 

「バイビー、ピッピ人形!」

「キバァ?」

「キャ♪」

「バゴォ♪」

 

 全力で放り投げられたピッピ人形は、キバゴ達の注意を惹くようにライト達の進行方向の逆へと放物線を描いて飛んでいく。

 すると先程までライト達を追いかけていた小さなドラゴン達は、放り投げられて地面に落ちたピッピ人形へと群がる。

 その間にライトは真顔でコルニの前に移動し、手を取って全力で出口へと奔り抜けていく。

 

「ちょ……ライト!?」

 

 余りの速さに足が縺れそうになるコルニは、一旦少年を止めようと声を上げるものの、全く聞こえていないように速度が変わらないまま連れて行かれる。

 しかし次の瞬間、洞穴の凸部分がコルニの靴に接触し、不意にローラー部分が出てしまい、『シャ―――ッ!』とコルニは片足で滑走をし始めてしまう。フィギュアスケート選手のように片足を上げながら滑るコルニのバランスは流石の一言だが、当の本人は少年の全力疾走の速さに青褪めていた。

 その間にも、出口と思われる光源は次第に大きくなっていき―――。

 

「ふわああああ!?」

「ッ……」

「ふわッ!?」

 

 出口を飛び出た瞬間、ローラースケートで滑っていたコルニの勢いを殺す為、自分の前に滑り出たコルニを掬い上げる様に、両腕で背中とひざ裏辺りを抱き上げたライト。そのまま『ザ――ッ!』と自分も前に滑っていき、一メートルほど普通の靴で滑走した後に停止した。

 傍から見れば、コルニがされているのは所謂『お姫様抱っこ』であるが、本人からすればたまったものではない。

 

「……怖かったァ……」

「それあたしセリフッ!」

 

―――この後、手加減したコルニのローリング踵落としがライトを襲った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ブイィ~」

 

 フード内のイーブイは、ライトの頭頂部にこんもりと出来上がっているタンコブを目の当たりにして、目を丸くして戦慄していた。

 自業自得と言えばそうなのだが、少々やり過ぎたかと頬を掻きながら苦笑しながらそう思うコルニに対し、水筒に口を付けて水分補給をするライト。

 あまり気にしてはいなさそうであるが、それでもタンコブは痛々しい。

 

 そんな彼らが今歩んでいるのは、8番道路―――別名『ミュライユ海岸』。しかし、海岸と言ってもライト達が足を着けている8番道路自体は崖の上に存在しており、海を望もうとすれば遠目で眺めることしかできない。

 しかしながらも、地平線を描き上げる美しく青い母なる海は視界に映せる。だが、ライトはタンコブに潮風が染み、それどころではないのが現状だ。

 

「……タンコブ、痛い?」

「ん? ……ポケモンセンターでシャワー浴びる時、染みそうだなァ~っては考えてる」

「……ゴメン」

「いや、あれは僕が悪いし……」

 

 昨日のくすぐりやら今日の洞穴での出来事で、若干ギクシャクしている二人。このままで本当に旅を続けられるのかという疑問も浮かんでくるが―――。

 

「ブー! ブー!」

「うわあッ!何ッ!?」

 

 突然草むらから姿を現す豚のような顔にバネの足を持ったポケモンが、ライトの胸目がけて飛び込んできた。

 人並みならぬ反射神経で、飛び込んできたポケモンを受け止めるライトであったが、涙目で何かから逃げ出すようにあわてふためくポケモンに、首を傾げる。

 

「その子どうしたの?」

「ちょっと待って……図鑑図鑑っと……」

『バネブー。とびはねポケモン。尻尾で飛び跳ねて心臓を動かしている。パールルの作った真珠を頭に乗せている』

「バネブー? どうしたんだろう……こんな怯えて……あッ!」

 

 ピョンピョンと腕の中で暴れるバネブーは、ライトの腕を振り切って後ろへと逃げていった。

 尋常ではない怯えが見て取れたが、一体何がバネブーをあそこまで恐怖に陥れたのか―――。

 

 

 

 

―――ガサッ……。

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 人間の腰ほどの長さもある草むらから、一体のポケモンが姿を現した。

 白い体毛を身に纏い、右側頭部からは三日月のような形の角が生えている。空気を含んでふんわりと膨れ上がっている胸元の体毛は、崖の上に吹き荒ぶ強い風に煽られ、陽の光を反射しながら靡いていた。

 しゃなりしゃなりと、気品ある歩みでライト達に近付いてくるポケモン。

 息を飲む二人に反し、図鑑は自然と目の前のポケモンの情報を読み取っていた。

 

『アブソル。わざわいポケモン。自然災害をキャッチする力を持つ。険しい山岳地帯に生息し、滅多に山の麓には降りてこない』

「アブソル……?」

 

 機械が読み上げた名前を口にし、ジッとこちらを見つめてくる紅い瞳を見つめ返す。本当であれば、凶暴な野生のポケモンと目を合わせる事はご法度なのだが、相手から放たれるプレッシャーに、否応なしに見つめ返すしかなかったのだ。

 自然と二人は腰に付いているボールに手を掛けた。

 各々がエースと呼ぶパートナーが入っているボール。襲われた際、すぐにでも繰り出せるようにと、だ。

 

「ッ……!」

「……」

 

 刻一刻と時間が過ぎていく中、アブソルは急にライト達に興味を失くしたかのようにそっぽを向き、すぐ傍の切り立った断崖を軽やかな足取りで駆け昇っていく。

 強靭な脚力が窺える光景を目の当たりにしながら、二人は緊張の糸がとけ、安堵の息を吐きながらその場に座り込む。

 

「はぁ~! ビックリしたぁ~!」

「ホンット……心臓に悪いよォ……」

 

 冷や汗を拭うコルニに対し、ライトはフードの中グデッとしているイーブイの頭を撫でる。

 

「ブイ……」

「……ん?」

 

 何やら様子がおかしいイーブイ。

 どうかされたのかと考えたライトは、フードの中からイーブイを取り上げてみる。すると、イーブイの瞳はトロンと―――。

 

「……え?」

「ブィ~!」

 

 普段よりも体温が高いイーブイは、恥ずかしそうに耳を前足で押さえながらじたばたする。

 尻尾もいつも以上にブンブンと振り回し悶えているイーブイに、ライトは『まさか……』と顔を引き攣らせた。

 

「あのアブソルの事……一目惚れでもしたの?」

「ブィ~♡」

 

 

 

―――イーブイはクール系が好きらしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

 コウジンタウン・フレンドリィショップ。

 フレンドリィショップとは、ポケモントレーナーに必要な必需品や、ポケモンに関する道具などが取り揃えられている店であり、モンスターボールや回復系の道具なども一通り存在している。

 

「モンスターボール十個で二千円です」

「はい!」

 

 店のカウンターを挟んで店員の前に立っているのは、一人の茶髪の少女。小さな財布から五百円玉を四枚取り出し、カウンターに置く。

 それを受け取った店員は、にっこりと営業スマイルを浮かべた後に、モンスターボールが十個とプレミアボールというボールが一つ入っている袋を、少女に手渡した。

 プレミアボールとは、フレンドリィショップでボールを十個以上購入した際、おまけとして一つ付属するボールなのだが、性能的には普通のモンスターボールと変わらない。

 だが、二百円分のボールがただで付属するというのは、小遣いの少ないトレーナーにとっては嬉しいこと。彼女―――セレナもまた、一週間で五百円という小遣いを地道に貯め、ボールを十個+αを手に入れる事の出来るだけの金額を揃えてきたのである。

 

 トレーナーズスクールに通うセレナであったが、少し前に十歳となり、漸くトレーナーカードを正式に発行できる歳になった。

 そんな彼女は『アサメタウン』というセントラルカロスに属する街に普段住んでおり、こうしてコーストカロスに属するコウジンタウンに来る事など、ほとんどない。

 しかし、久し振りに家族と遠出する機会を得た訳なのだが、彼女は二泊三日のこの旅行で家族が水族館やサイホーンレースを見物しようとしている中、こっそりとフレンドリィショップに立ち寄って捕獲用のボールを買いに来ていたのである。

 その理由とは―――。

 

(ふふッ……折角遠出できたんだから、ここら辺のポケモンゲットしなきゃ!)

 

 彼女は唯一ヤヤコマを所有しており、ゆくゆく先はポケモントレーナーとしてカロス地方を旅するつもりだ。

 その時の為、他のポケモンを捕獲しようと家族に内緒で行動していたのである。

 

(今日は無理だけど……明日はパパとママもサイホーンレースを観に行くから、その時こっそり抜け出して……)

 

 子供らしいシンプルな計画を頭に浮かべ、クスリと微笑みを顔に出す。

 今日はもうすぐホテルに戻る予定であり、流石に夜中に出ていく訳にもいかない為、明日に動こうと決意して店の自動ドアを潜って帰路に着いた。

 

(明日、楽しみ♪)

 

 ルンルン気分で足を進めていくセレナ。

 そんな彼女が明日出会う事になったポケモンは―――。

 



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第三十八話 べ、別にアンタの為じゃないんだからねッ!

 8番道路を進んでいくライトとコルニの二人。白い雲の間を縫って降り注ぐ日光を存分に浴びながら、崖沿いの道を淡々と突き進んでいく。

 海に近い崖である為か、草木は今まで通ってきた道路より少なく見受けられるが、それでも野生のポケモン達が崖肌に住処を構えていた。

 例えば―――。

 

「タンベ―――ッ!」

 

 ゴチンッ。

 青い皮膚を持った小さなポケモンが、鳴き声を上げながら高い場所から飛び降り、そのまま地面に頭から激突して鈍い音を響かせる。

 見るだけで痛そうな事をしているが、すぐさま小さなポケモンは立ち上がり、再び崖肌を上り、同じようにして飛び降りるというローテーションを続けていた。

 

『タツベイ。いしあたまポケモン。大空を飛ぶことを夢見て、毎日飛ぶ練習のために崖から飛び降りている』

「……せめて翼が生えてからにしようよ」

「タベッ!?」

 

 図鑑を見たライトの小さなツッコみに、崖肌を上っていたタツベイが『ガーンッ』という効果音が付きそうな程、ショックを受けた顔を浮かべる。

 そのような一連の流れを見てクスクスと笑うコルニの横には、二本足でしっかりと立つ狐のような容姿のポケモンが居た。

 『コジョフー』と呼ばれるそのポケモンは、つい先程コルニが捕獲したという経緯があって、旅する者達に慣れる為という理由で、こうして連れ歩いている。勿論、タイプは【かくとう】だ。

 所謂、カンフーのような立ち振る舞いをするコジョフーは、パワーで圧倒するのではなく、スピードと手数を駆使して戦うというバトルスタイルをとる。

 

 ライトが、キモリにとっていい練習相手ができたと思う一方で、早めに接近戦を克服させなければなるまいと考えるのに、コジョフーは役立っていた。

 臆病なキモリは、接近戦では真面に戦えはしない。故に、どれだけ相手との距離を保ちつつ立ち回るのかが重要になるのだが―――。

 

(キモリの真面に使える攻撃技は、“すいとる”と“りゅうのいぶき”だけど……)

 

 先日の特訓で分かった、キモリの攻撃技。ライトにとって意外であったのは、【ドラゴン】タイプの技である“りゅうのいぶき”を扱えると言う点にあり、“すいとる”の威力が乏しいことから考え、キモリの暫くの主力技は“りゅうのいぶき”になると考えられる。

 熱を持たぬ蒼い炎で相手を焼き付け、時折【まひ】の追加効果を発生させる特殊技。遠距離で戦うのであれば、今の所、最もキモリのバトルスタイルに合っている。

 しかし、如何せん溜めが少し長いのがネックである為、それが今後の課題となってくる筈だ。

 

(やっぱり、輝きの洞窟で特訓するのが一番なのかな……)

 

 ザクロ曰く【いわ】タイプが多く生息する輝きの洞窟であれば、【くさ】タイプのキモリが有利の相手が多く、比較的スムーズに野生のポケモンを倒すことができる。

 其処でキモリが立ち回りを習得し、願わくば新たに強力な技を得てくれれば、今後のジム戦で彼の活躍が期待できるのだが。

 そこまで考えたところで、ライトは一旦考え込むのを止め、髪をなびかせてくる潮風を肺一杯に吸い込んだ。アルトマーレに居た頃も、よくこうして潮風を感じながら、リフレッシュを試みたものである。

 

「それにしても、いい気持ちだなァ~……」

「ホント、ソレ! 久しぶりに、海で泳いでみたいなァ~!」

「……コルニも海で泳ぐんだね」

「……どーいう意味?」

「どっちかって言ったら、山の子のイメージがあったから……」

「偏見ッ! アタシは昔からよく海で泳いでたからッ!」

 

 細い目で見つめてくるライトに業を煮やしたコルニは、頬を膨らませながら少年の頬を掴み、そのまま横に引っ張る。

 『イデデデッ!』と、数秒ライトが痛がったところで頬を引っ張ることを止めたが、心外だったと言わんばかりにコルニは、『フンッ!』と鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 ひりひりと痛む頬を撫でながらライトは気を取り直して、足を進め始める。

 

 そんな痛みで涙目になる少年に対し、コルニは内心『してやった』とほくそ笑んでいた。これで先日のくすぐりの仕返しはしたことになる。元々は、自分の所為だったとしても。

 

 と、言う様な少年少女達の旅路であるが、ライトがとあることに気が付いた。

 

「あれ……あの子……」

 

 崖肌をよじ登っているライト達よりも年下のように窺える少女が、ヤヤコマを肩に乗せながら先程とは別のタツベイの住処に行こうとしている。

 見るからに危険そうな光景に、思わずライトは苦笑を浮かべながらそわそわし始めた。

 

「なにしてるんだろう?……いっち、に……」

 

 どうやら、何時少女が落下しても走って受け止められるようにウォーミングアップをし始めているライトに、今度は横で少年を眺めていたコルニが引き攣った笑みを浮かべる。

 明らかに早計だが、心意気は良し(?)。

 ただ、願わくばそうならないことが一番だが、自然と二人の視線を浴びせられている少女は、二人には一切気が付かずに住処に顔を覗かせる。

 

「よいしょ……よ~し、ここにはタツベイが……」

「タンベ?」

「見つけたァ! 早速ゲッ……」

「タンベッ!」

「えッ……きゃああああ!?」

 

 住処からひょっこりと顔を出したタツベイが、モンスターボールを掲げてみせる少女を一目見た途端、敵意をむき出しにして“ずつき”を足元に繰り出す。

 次の瞬間、鋼のように硬い頭から放たれた“ずつき”を受けた地面には罅が入り、少女が手を掛けていた場所は崩れ落ち、案の定、少女も落下し始めた。

 悲鳴を上げる少女の方では、ヤヤコマが必死に小さな翼を羽ばたかせて落下速度を落とそうとするが、状況は芳しくない。

 このままでは少女は地面に叩き付けられるが―――。

 

「よっと」

「あああッ! ……うぇ?」

「あんなところに上ってたら危ないよ、もう……」

「うぁ、ありがとうございます?」

 

 激突する直前で、既に落下地点に先回りしていたライトが、衝撃を緩和するようにお姫様抱っこで少女の体を受け止めた。

 一応、ライトは十二歳であるが、明らかに筋力は十二のそれではない。だがそれは今に始まったことでも無い為、コルニは驚きもせずに『良かったァ~』と少女が助かった事に安堵の息を吐いていた。

 地面に下ろされた少女は、チロっと舌を出して恥ずかしそうに『ごめんなさ~い』と軽く謝罪する。

 

(これはまたやるな……)

 

 中々お転婆そうな性格の少女に、再犯の可能性があると見るライト。

 元気なのはいいことなのだが、それが大怪我に繋がるとなれば話は別だ。

 

「僕の名前はライト。君、名前は?」

「わたし? セレナ!」

「セレナちゃん。ポケモンが居てくれて心強いのは分かるけど、ああいう危ない事は……」

「ねえ、ライトさん!ちょっとお願いがあるの!」

「え……?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 先往く少女の後を追うライトとコルニ。

 ライトがセレナに頼まれたこととは、『ポケモンを捕まえたいから、見守っててほしいんです!』という内容のものであった。

 鼻息を荒く、尚且つ目を輝かせて頼み込んでくる少女の頼みを無下にすることはできず、半ば場の流れで了承してしまったライトは、自分のお人好しさを若干呪っている。

 だが、このまま断ればセレナが一人で先程のような危険行為をしないとも限らない為、判断としてはこれが正解だったのだろう。

 なにより―――。

 

『わたし、いつか旅に出たいんです!その時に、一緒にスタートラインを踏める仲間が一人でも多かったらって……』

 

 かつて自分が思っていたような事柄を口にする彼女に、どうしても手を貸したくなってしまったのだ。

 どうせ、することは見守るだけであり、最悪危なくなったら自分が加勢する程度でいいだろうと、やや安易な考えの下でセレナを見つめる。

 『どこにいるかな~?』と熱心に草むらを掻き分けてポケモンを探す彼女の姿は、トレーナーを目指す子供が一度は夢見るであろう光景であり、見ていると昔を思い出すように心の中がホッと温かくなってきた。

 例え、火の中でも水の中でも草の中でも、と……。

 

(そう思っていた頃が、僕にもありました)

「ブイ?」

「……いや、流石に火の中は嫌だなって」

「ブイ~……」

 

 自己完結気味にツッコみを心の中でいれた所で溜め息を吐いた主人に、イーブイが不思議そうに鳴き声を上げるも、『なんでもないよ』と笑みを浮かべつつ首元をくすぐられ、気持ちよさそうに間の抜けた声を上げる。

 その間にも、セレナはガサゴソと草むらの中を探すも、中々ポケモンは見つけられない。

 

「あっれ~? おっかしいなァ~……」

「ははッ……あんまり焦っても、そう簡単には見つからないよ」

「う~ん、でもトレーナーズスクールでは草むらにポケモンが居るって……」

「まあ、ポケモンも生き物だから……」

「そうなの、コマちゃん?」

「ヤッコ!」

 

 ライトの言葉に訝しげに首を傾げたセレナは、肩に止まっていた『コマちゃん』ことヤヤコマに問いかける。

 するとコマちゃんは、翼を腕に見立ててそれを腰に当てながら、大きく胸を張り、首を縦に振った。

 流石、特性が“はとむね”だけのことはある。

 そのようなパートナーの姿に『ふ~ん……』とあまり興味の無さそうにするセレナ。

 

「でも、コウジンタウンに来るときのバスでは、結構見たんだけどなァ……」

「じゃあ、野生のポケモンが此処から逃げ出すような事でもあったのかな?」

「そうなの、コジョフー?」

「コジョ」

 

 セレナの証言に、顎を手に当てて逡巡するライト。その横では、隣を歩く捕まえたばかりのコジョフーに訊いてみるも、コジョフーは両手を上げて知らないという意を見せる。

 ここまで野生のポケモンが居ないというのも不自然な事だ。地つなぎの洞穴からはコウジンタウンに近付き、後もう少しという辺りでポケモンの散策を進めていた。

 確かに人里が近い場所では、遠い場所よりポケモンの気配が少ないのは仕方ない事なのかもしれないが、ゼロということはありえない。

 

「う~ん……ん?」

 

―――ガラッ……。

 

 ふと、崖肌を転がってくる小石に目を付けたライトは、目線を転がって来た方へと向けた。

 刹那、二つの大きな影が自分達の方へと降り注いだ事に気が付いたライトは、『まさか……』と笑みを引き攣らせ、すぐ隣に居たコルニの肩を掴み、そのまま地面に伏せる。

 

「危ないッ!」

 

 半分庇う様な形でコルニと共に地面に伏せたライトであったが、二人のすぐ傍に続けざまに鈍い音と唸り声が響く。

 数秒の間、物体が落下してきた時の衝撃で砂煙が巻き上がり視界が悪くなっていたが、直後に尾と爪が煙を切り裂いた。

 

「ハァァブネェイク!!」

「ザングァアアアア!!」

「ちょ……何!?」

「あのポケモンは……!」

 

 自分達のすぐ傍で刃のように鋭い尾を撓らせる蛇の様なポケモンと、鋭い爪を振り回して相対す白い体毛の獣のポケモンは、咆哮を上げながら激突する。

 咄嗟に立ち上がって距離をとるが、その際に別の場所で草むらを掻き分けていたセレナと場所が分断され、ライトは『くっ!』と顔を歪めながら、図鑑を二体のポケモンに翳した。

 

『ハブネーク。キバへびポケモン。尻尾の刀はいつも岩で研いでいるので切れ味抜群。ザングースとは因縁の間』

『ザングース。ネコイタチポケモン。ハブネークとは因縁の間。出会うとすかさず前足の爪を広げて威嚇するのだ』

「ハブネークにザングース……セレナちゃん!大丈夫!?」

 

 二体のポケモンを挟んだ向こう側に居る少女に向け、大声で無事を確かめるライト。彼の瞳には、怯えながらもパートナーのコマちゃんと共に長い背丈の草むらに隠れているセレナの姿が映る。

 この分であれば、彼女は草むらに隠れているだけで事はやり過ごせるはずだ。

 

 だが、問題なのは目の前で死闘を繰り広げている二体のポケモン。互いに一歩も退かず、殺気立てながら各々の武器となる尾や爪を振りかざす。

 ハブネークは、刀のような尾の先に毒素を存分に纏わせ、それを相手に叩き付ける技―――“ポイズンテール”を繰り出した。

 対してザングースは、その猛毒の尾に対して両腕の爪に赤いエネルギーを纏わせ切り裂く技―――“ブレイククロー”を以てハブネークの技を防ぐ。

 

 遺伝子に刻まれた宿敵と相まみえる彼らの闘争心は凄まじいものであり、それにあてられて野生のポケモン達は逃げ出したのだと、ライトは理解する。

 拮抗する実力は、時が経つにつれて激化し、周囲への戦いの爪痕を色濃く残していく。

 

「ッ……そのまま向こうの方に隠れてて! すぐに向かうから!」

「は、はい! 行こう、コマちゃん!」

 

 大声で注意を促すライトであったが、その瞬間に攻防を繰り広げていた二体の動きがピタッと止まる。

 彼等がゆっくりと視線を向けた先には、たった今大声を出したライトと隣のコルニの姿が―――。

 

「ッブネェイク!!」

「グァアアス!!」

「イーブイ、“かみつく”!」

「コジョフー、“はたく”!」

 

 決闘の邪魔をされたと勘違いして襲ってきた二体に対し、二人は同時に既に場に出していたパートナーに指示を出す。

 フードから飛び出したイーブイは、振るわれるハブネークの尾に噛みつき、対してコジョフーは振り翳された腕を“はたく”で受け流した。

 さっさと決闘に戻りたいが為に一撃で決めようと考えていた二体は、思わぬ反撃に驚愕の顔を浮かべ、それぞれの近くに居たポケモンから距離をとる。

 その際、尾を振るわれて投げ飛ばされたイーブイは、クルリンと宙で一回転をして華麗に着地し、後ろに居るライトに『どうだった!?』と言わんばかりに尻尾を振りながら振り向いてきた。

 

「へへッ、良い動きだよ、イーブイ!」

「ブイッ!」

「コジョフー! 初陣だけど、息合わせてガンガン攻めようね!」

「コジョッ!」

 

 上手く相手が別れたところで、二人は自分のパートナーの前で闘争心をむき出しにしているポケモンを見つめた。

 同時に、ライトは右拳、コルニは左拳を横に突きだして、互いの拳を『コツンッ』と突き合わせる。

 

「ダブルバトル……したことある?」

「ないけど、全然オッケーでしょ!」

「……それは言えてるかも。じゃあ僕達は援護に回るから」

「ラジャ!」

 

 不敵な笑みを浮かべる二人が取った行動は―――共同戦線。

 

「それじゃあ……」

「ここは一つ……」

 

 

 

「「初ダブルバトルと行こうッ!!」」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ここら辺に来れば大丈夫かな……?」

「ヤッコォ……」

 

 コソコソと草むらを掻き分けてハブネークとザングースの死闘の場から逃げ去ってきたセレナは、そろそろと言わんばかりに近くにあった岩場の陰に腰を下ろした。

 まさか、ポケモンを捕獲しに来ただけなのに、あのような殺伐とした場面に出会うとは、セレナは思いもしなかったのである。

 トレーナーズスクールで優秀な成績を残すセレナであったが、実際に外に出て行う様な実技は、他の生徒達と何ら変わりはしない。

 中々会うことのできない場面に運が悪かったと嘆くか、いい経験になったとポジティブに考えるか。この時のセレナは前者であった。

 

「は~あ……どうしよう、コマちゃん」

「マ~ネ~」

「……あれ? コマちゃん、声変わった?」

「ヤッコ!?」

 

 根も葉もない事を口にする主人に、コマちゃんは翼をバタバタと羽ばたいて彼女の言ったことを否定する。

 そのようなパートナーの様子に首を傾げるセレナは、たった今聞こえてきた声の主が誰なのか、辺りをキョロキョロと見渡して探す。

 すると、自分達が腰かけている岩場の反対側に位置する場所の陰から、何やら巨大なウネウネとした物体が現れたのを目の当たりにする。

 

「なに……アレ?」

「……ヤッコォ!」

「コマちゃん!?」

 

 ブルブルと身を震わせていたコマちゃんが、突然岩場の陰の物体目がけて“でんこうせっか”を繰り出すのを目の当たりにし、セレナは思わず手を伸ばす。

 だが次の瞬間、宙を飛翔するコマちゃんの体が青白い光に包まれるや否や、そのままセレナが腰かけていた岩に激突した。

 鈍い音と共に、羽を散らしながら地面に落ちる寸前のコマちゃんを受け止めるセレナは、終始焦燥を浮かべる。

 

「コ……コマちゃん!? 大丈夫!?」

「ヤ……ヤッコォ……!」

「ダメ! 動いたら……」

「マネロォ~」

「ひッ!?」

 

 腕の中で暴れるヤヤコマを何とか抑えるセレナであったが、漸く陰から姿を現したポケモンを目の当たりにし、息を飲んだ。

 イカを逆様にしたかのような姿形のポケモンは、ウネウネと触手を蠢かし、その内の長い二本を手のように扱って、少女達が居る方へと先を向ける。

 先程、コマちゃんを包み込んだ時の光がイカのポケモンの触手を包み、セレナの腕に抱かれるコマちゃんの体が再び青白い光に包まれた。

 

「ヤ、ヤッコォ! コ、コマァ!!」

「ちょ、どうしたのコマちゃん!? そんなに暴れたら……」

「ヤヤコォ!! ヤヤコォ!!」

「もしかして【こんらん】してるの!? しっかりして!!」

 

 正気を失った瞳を浮かべる小鳥に、セレナは必死に言葉を投げかけるも、コマちゃんは腕の中で翼を羽ばたかせて暴れるばかりで一向に【こんらん】が治る事は無い。

 小さいながらもポケモン。そのパワーは少女の腕の力を振り解くには容易い力が出るものの、それでもセレナは大事なパートナーがどこかに行ってしまわないようにと、ギュッと羽毛に包まれる体を抱きかかえていた。

 じたばたと暴れる際に、足の爪が少女のか弱い肌に傷をつけ、無数の蚯蚓腫れを作っていく。

 

「貴方がこんなことしてるの……?」

「ネロォ~!」

 

 力を込めつづけている為、じっとりと汗ばんできたセレナは、コマちゃんを【こんらん】に陥れたであろうポケモンに視線を投げ遣った。

 瞳に映るのは、明らかな敵意を持った瞳で自分達を睨みつけるポケモン。

 何故ここまで敵意を有しているのかは分からないが、それでもセレナは必死に訴え始めた。

 

「止めて……」

「ネロォ」

「こんなヒドイこと……止めてよ……」

「ネロォ!」

「コマちゃんを傷つけないでェ――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シュバァァァアアン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、セレナとポケモンの間に鋭い“かまいたち”が放たれ、頑強である筈の岩肌に大きく抉れた。

 技の余波で周囲には凄まじい旋風が巻き起こり、セレナは思わず目を瞑り、同じく向かい側に居たポケモンも危機を感じてその場から一歩下がる。

 

「こ、今度はなに……?」

 

 立て続けに起こる事態に、半ば混乱状態となってしまっているセレナは、それでも現状把握に努めようと技が繰り出された方へと目を遣った。

 急勾配の岩壁に、一つだけ突き出ていた場所。そこに堂々と佇んでいたのは、白銀の体毛を潮風に靡かせ、スラリとした肢体で地に足を着ける紅眼の獣。

 “かまいたち”の余韻を思わせる風を右側頭部から生えている角に纏わせながら、乱入してきたポケモンは、セレナとイカのポケモンの間に位置とるように飛び降りた。

 

 そんなポケモンに、イカのポケモンは忌々しそうな相手を見つめるかのような眼光を浮かべながら、長い触手に紫色のエネルギーを纏わせ、次の瞬間にはそれを刃のようにして繰り出す。

 交差するようにして放たれた“サイコカッター”。

 しかし、そのポケモンは一歩も退くことは無く。

 

「ファアッ!!」

 

 切り裂いた。

 

 両断されたエネルギーの残滓は、切り裂いたポケモンを中心に左右に逸れていき、同時にセレナたちからも逸れるような形で宙を駆けていく。それらが崖肌に命中すると、決して低くない威力を思わせるような爆音を響かせた。

 鼓膜を大きく揺らす轟音に怯えるセレナであったが、肩を竦める一方で頑なに目の前から動こうとしないポケモンを見つめている。

 その瞳に映っているのは、焦燥でも、恐怖でも、絶望でもなく―――。

 

「……助けてくれてるの?」

 

 

 

―――希望だった。

 



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第三十九話 ツン九割、デレ一割

「コジョフー、“ヨガのポーズ”!」

「コジョー……!」

 

 コルニの指示を受けたコジョフーを、その場で精神統一を図り自らの【こうげき】を一段階高めようと試みる。

 だが、そのような動かなくなった相手を見逃すはずもなく、ザングースは“ブレイククロー”で仕留めようとコジョフーに接近してきた。

 

「“すなかけ”!」

「ブィ!」

「ザッ……!?」

 

 しかし、ザングースの目の前に立ちはだかるようにして現れたイーブイが、肉迫してくるザングースに背中を向け、そのまま後ろ脚を使って砂煙を巻き上げる。

 砂や小石の混ざった砂煙はザングースの顔面に直撃し、それでも尚“ブレイククロー”を放ったザングースであったが、視界を潰された上での攻撃は小さな二体の体に当たる事は無かった。

 

「ブネェイク!」

「ブイッ!?」

 

 だが、ザングースの攻撃を避けたイーブイに対し、ハブネークが“まきつく”を繰り出してくる。

 小さな体を締め付けるのは、イーブイの何回りも大きい巨体であり、単純な力でイーブイは勝つことができず、振り解く事も出来ない。

 苦しそうに顔を歪めるイーブイ。しかし、次の瞬間にはハブネークの眼前に駆けてきた影が一つ―――。

 

「“おうふくビンタ”!」

「コジョ―――ッ!」

「ブネッ!? ハブァ!? ブネェ!?」

 

 乾いた音を周囲に響かせながら、ハブネークの頬に“おうふくビンタ”を繰り出すコジョフー。

 右へ左へ顔を向けるハブネークの頬は、“ヨガのポーズ”で【こうげき】を一段階上げたコジョフーの攻撃を真面に喰らい、真っ赤に染まり上がっていた。

 絶え間ない攻撃に思わずハブネークは締め付ける力を弱めてしまい、その間に拘束されていたイーブイは抜け出す。

 

「“あなをほる”!」

 

 ハブネークの拘束から抜け出したイーブイへ出したライトの指示は“あなをほる”であり、すぐさまイーブイは多量の土を宙にまき散らしながらその場に穴を掘って地面に潜っていく。

 そのようなイーブイを狙っていたザングースであったが、寸での所でザングースの爪は潜っていく小さな体を捉えられず、その場で空振りして体勢を崩した。

 攻撃対象を見失ったザングースは、すぐさま標的をハブネークに攻撃し続けているコジョフーに変え、“きりさく”を当てようと地面を蹴って駆け出す。

 

 当のコジョフーは、背後から近づいてきているザングースに気付く事は無く、そのまま“おうふくビンタ”のフィニッシュをハブネークに決めた。

 数回頬を叩かれたハブネークは目尻に涙を浮かべ、『この野郎!よくもやってくれたな!』と言わんばかりに“ポイズンテール”を眼前の狐に繰り出すが、一連の流れをコルニはしっかりと見ており、溌剌とした声で指示を出す。

 

「コジョフー、“みきり”!」

「コジョッ!」

 

 キラリと瞳が光ったコジョフーは、俊敏な動作でその場にしゃがみ、眼前から振るわれる毒の尾と、背後から振るわれる鋭い爪による斬撃をすかした。

 “まもる”と同様、相手の攻撃を完全に無効化する技である“みきり”。前者は絶対防御壁を以て攻撃を無効化するのに対し、後者は相手の攻撃を見極めて回避するというものだ。

 つまり、完全に攻撃を阻むわけではないので―――。

 

「ブネッ!?」

「ザンッ!?」

 

 攻撃をすかされたハブネークとザングースの両者は、互いにコジョフーに繰り出した攻撃を受け合う結果となった。

 『ドゴンッ!』と痛々しい音と共に左右に吹き飛んでいく両者は、そろそろ満身創痍であるのか、息も絶え絶えとなってコジョフーを睨みつける。

 しかし、ザングースに関してはそろそろ冷静さを取り戻して戦意を喪失してきたのか、自分達を圧倒する小さなポケモンを前に、若干逃げ腰のような体勢を取り始めた。

 対してハブネークは、最早ザングースなどはどうでもよく、自分をコケにした相手をどうにかしてやりたいという感情を瞳に映しだし、『アチョー!』とでも言いそうな片足で立つ構えをとっているコジョフーに攻撃を仕掛けようと身構える。

 怒りで頭に血が上っているハブネークは、コジョフー以外に目がいっていなかった。それはつまり、先程穴に潜ったイーブイの事を忘れているという事と同義であり―――。

 

「今だ、イーブイ!」

「ブィ!!」

「ハッブゥ!?」

 

 直後、真下の地面から飛び出してきたイーブイの突進を受けるハブネークは、予想外のタイミングの攻撃に為す術も無く、効果抜群の技を喰らってしまった挙句宙に放り出され、数秒してから地面にドスンと落下した。

 攻撃を終えたイーブイは、自分の体毛に付着している土を落とそうと体を熱心に振るっており、辺りにはパラパラと砂やら小石やらが巻き散っていく。

 

 今の光景を目の当たりにしていたザングースは、地面に落ちてから動かない宿敵を目の当たりにして、その場から大急ぎで逃げ出していく。

 対して、数秒気絶していたハブネークは漸く意識を取り戻し、戦意を喪失し、細長い体を必死にくねらせながらザングースとは逆の方向に逃走を図った。

 

 そんな野生のポケモン達に、イーブイとコジョフーの二体は臨戦態勢を解き、自らの主の下へと駆けて行く。

 テトテトと歩み寄っていく二体の姿には先程の勇猛さなど欠片も残っておらず、イーブイに至っていた『褒めて褒めて!』と言わんばかりのドヤ顔で、ライトの前でお座りをする。

 無邪気に笑みを浮かべるパートナーに苦笑するライトであったが、ご褒美に撫でるのは後回しにし、すぐさまイーブイを抱え上げた。

 

「コルニ!」

「分かってる!セレナちゃんでしょ!?」

「うん! すぐに迎えに行こう!」

「オッケー!」

 

 バトルの余波に巻き込まれないようにと、この場から逃げていってもらった少女。彼女を迎えに行くために、バトルの熱も冷めやらぬまま、セレナが向かって行ったであろう方向に駆けだす二人。

 

 その時であった。

 

 遠くの岩陰で、爆音が鳴り響いたのは。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――ッ!!」

「マネッ……ロォ!!」

 

 白銀の体毛を靡かせ角を振るうポケモン―――アブソルと、無数の長い触手を振るってアブソルを叩き潰そうとするポケモン―――カラマネロは激突していた。

 アブソルが“きりさく”を繰り出すのに対し、カラマネロもまた触手で“きりさく”を繰り出し、互いの体を切りつけようと試みる。

 

 数度の交錯の後に、“きりさく”の激突を制したのはアブソルであった。

 一回りも二回りも体の大きいカラマネロの体を、そのスラリとした華奢な肢体に秘められている膂力を以てして、数メートルほど後方に吹き飛ばす。

 だが、カラマネロは額の辺りに汗を掻きながらも、背後の岩壁に叩き付けられないようにと地面に鋭い二本の触手を突き立てる。

 

「グルルルッ……!」

「マ~ネ~ロ~……!」

 

 牙をむき出しにして威嚇するアブソルに対し、カラマネロもまた無数の触手を蠢かし『いつでも攻撃できるぞ』ということを示してみせた。

 アブソルの背後には、セレナが【こんらん】が解けてグッタリとしているコマちゃんを抱きかかえており、流れ弾が飛んでくるのではないかという位置に座り込んでいる。

 だが、セレナは勇猛果敢にカラマネロに挑むアブソルの姿を目の当たりにし、畏怖すると同時に不思議な安心感を抱き、それらによる虚脱感によって動くこともままならなかったのだ。

 

 この野生のアブソルが自分を救ってくれる義理などはない筈。

 実際、その通りであり、このアブソルがセレナを助けたのも単なる気まぐれでしかないのである。

 以前であれば、この崖上の8番道路で覇権を争うポケモンの名を上げれば、第一にタツベイの最終進化形であるボーマンダが名を上げていたが、先日の落盤事故に際して少々住処を変えてしまった。

 その為、ここ最近は少々縄張りの変動が発生し、このカラマネロがボーマンダの後釜を狙うようになるのだが、気に喰わないアブソルが度々それを阻止するために動いている。

 

 今回セレナを助けたのも、その一環に過ぎない。

 

 ただ、自分の邪魔ばかりをするアブソルをカラマネロも快くは思っておらず、機会さえあればいつか潰してやろうと考えていた。

 

 

 

―――それが今。

 

 

 

「マーネ……」

「フゥッ!!」

「ネッ……ロォ!!」

「ガゥ!?」

 

 カラマネロが攻撃を繰り出そうとした瞬間に、アブソルが“ふいうち”を叩きこんでくるも、それに合わせてカラマネロが長い二本の触手を扱い、懐に入ってきたアブソルに“イカサマ”を放つ。

 今までとは桁違いの威力の技に、腹部に触手を叩きこまれたアブソルは肺から空気が全て抜ける様な感覚を覚えたものの、地面に激突する前に宙返りをして体勢を整える。

 

 カラマネロの繰り出した“イカサマ”は、相手の【こうげき】に依存する【あく】タイプの技。平凡な力しかないカラマネロであるが、【こうげき】が突出して秀でているアブソルの能力を利用したのは、彼の知能が高いことを暗に示していた。

 一方、アブソルは【こうげき】は高いものの、耐久面ではやや難のあるポケモンであり、

強力な技を一撃でも真面に喰らってしまえば沈んでしまう程だ。

 つまり、今のカラマネロの“イカサマ”は、アブソルにとっては致命傷に近い一撃であり、少々不味い事態になってきたとでも言おうか。

 

「グ……グルゥ……!」

「マ~ネ~ロ~!」

 

 膝を笑わせているアブソルに対し、カラマネロは不敵な笑みを浮かべながら触手を蠢かせている。

 圧倒的な力が逆に利用されてしまうとは、アブソルは想像もしていなかった。

 それだけに屈辱的な気分を味わされるも、生憎プライドの高いこのアブソルはすぐに逃げる事を選択せずに、そのままカラマネロとの戦闘を続行しようとする。

 

 角にエネルギーを蓄え、そのまま“きりさく”をカラマネロへと繰り出そうと肉迫しようと試みるアブソル。

 カラマネロは、『飛んで火に居る夏の虫』と言わんばかりにほくそ笑み、全身にオレンジ色の闘気のようなオーラを纏い始めた。

 攻撃の速さでは僅かにアブソルの方が上回り、岩をにさえも裂傷を刻むほどの斬撃を眼前の相手へと繰り出す。

 

 空を切る音と共に放たれる斬撃。

 だがそれは、ワンテンポ遅れてカラマネロが繰り出した“ばかぢから”と激突し、周囲には衝突の余波で砂煙が舞う。

 

「……えッ?」

 

 降り注ぐ小石と砂に思わず目を細めていたセレナであったが、吹き荒れる旋風が止むと同時に目を開け、視界に映る光景に茫然としてしまった。

 アブソルとカラマネロを中心として地面が大きく陥没しており、それでも尚立ち続けているカラマネロが、ボロボロになったアブソルの後ろ脚を触手で絡め取り、宙吊りの状態にしている。

 

「ッ……グルァ!!」

 

 宙吊りにされるアブソルは、満身創痍でありながらも鋭い眼光をカラマネロへと注ぎ、勝ち誇ったかのように口角を吊り上げる相手へ再び“きりさく”を放つ。

 『シュパァアアン!』と乾いた音が鳴り響き、攻撃を受けたカラマネロは思わず瞼を閉じた。

 しかし―――。

 

「マネロォ―――ッ!」

「ガッ……!?」

 

 次の瞬間には、不敵な笑みを浮かべたカラマネロが宙吊りにしていたアブソルを、そのまま硬い地面へと叩き付ける。

 叩きつけられた瞬間に目を見開いたアブソルは、体力が限界まで削られ、その場から動くこともままならなくなり、グッタリと倒れたままになってしまう。

 先程、カラマネロは“ばかぢから”を繰り出した。本来であれば自分の【こうげき】と【ぼうぎょ】を一段階下げてしまう技であるのだが、特性“あまのじゃく”を持つこのカラマネロは逆にその二つの能力を一段階上げる結果となり、今のアブソルの“きりさく”を喰らっても尚ピンピンとしていたのである。

 

 毎度の事、自分を邪魔してくれた相手を下せたことにカラマネロは終始笑みを浮かべ、ここからどうしてやろうものかと触手をウネウネと蠢かす。

 

「ていッ!」

「マネッ!?」

 

 しかし、今まさにアブソルを弄ぼうとしていたカラマネロにモンスターボールが命中し、赤い光が大きな体躯を包み込んでいき、数秒後にはカラマネロはボールの中へ閉じ込められた。

 ボールが飛んできた方向には、投球直後のフォームで佇まっているセレナが『当たった……』と、茫然としながら呟いている。

 右へ左へと揺れるモンスターボール。だが、次の瞬間、ボール全体には亀裂が入り、中に閉じ込められていたカラマネロが飛び出し、自分へとボールを投げてきたセレナへと敵意を露わにする。

 

 鋭い眼光にセレナは寒気を感じたものの、少しでも時間を稼げるように。そして、可能であればカラマネロを捕獲し、これ以上戦ったアブソルが追い打ちをかけられるようなことにならないようにと、貯金をはたいて買ったモンスターボールを次々と投擲する。

 

「ていッ!ていッ!」

「マネェ~!」

 

 しかし、次々と投げるボールはカラマネロの触手によって弾かれるか、若しくは真っ二つに切り裂かれるかであり、先程のようにボールの中へ閉じ込めることはできない。

 どんどん少なくなっていくボールの数に焦燥を浮かべながら、バッグから最後のモンスターボールを取り出し、全力で投擲した。

 

「てやぁ!」

「ネロッ!」

「あッ……」

 

 最後に投げたモンスターボールは、カラマネロの“サイコカッター”により、身体に触れる事も無く両断される結果に終わってしまった。

 最後の一つを破壊されたことに慌てふためくセレナは、他に仕える道具がないものかと、バッグの中身を地面にぶちまける。

 

「な、何かないかな!? 何かないかな!? あッ!」

 

 メモ帳などの小道具がぶちまけられる中、煌びやかに日の光を反射する白いボールが一つ。

 

「プ、プレミアボール……!」

 

 捕獲用ボール十個以上購入のおまけとして付属してくるボール。

 性能はモンスターボールと同程度で心許ないが、それでもないよりはマシだとばかりに、大急ぎでプレミアボールを手に取って、すぐさま顔を上げた。

 だが、その瞬間にセレナの体は凍ったかのようにピタリと動かなくなる。

 彼女の大きな瞳に映っていたのは、触手を振りかざし、自分の邪魔をしようとした少女を叩き潰そうとするカラマネロの姿。

 手に取ったプレミアボールも、思わず地面に零してし―――。

 

 

 

 

 

「ルカリオ、“はどうだん”!」

「ストライク、“とんぼがえり”!」

 

 

 

 

 

 振り下ろされようとした触手を打ち弾いくのは、水色のエネルギー弾。視界外からの攻撃に、カラマネロはセレナから標的を“はどうだん”が飛来した方向へと目を遣る。

 だが、振り向いた瞬間に胴体に俊敏な動きで突進してくる影に気付き、すぐさま触手を振るうもあえなく回避されて攻撃を許してしまう。

 

「シェァア!!」

「カッ……!」

 

 【エスパー】・【あく】の複合タイプを有するカラマネロに対してストライクが繰り出したのは、どちらにも効果が抜群な【むし】タイプの技。

 硬い甲殻を持つ体でカラマネロに突撃したストライクは、しなやかな身のこなしで攻撃の反動で、指示を出したライトの目の前まで舞い戻る。

 その間にカラマネロは、弱点であるタイプの攻撃を真面に受け、暫しは我慢するもののそのまま気絶して倒れてしまった。

 

「……ふぅ、ナイス!ストライク!」

「シャア!」

「お疲れ、ルカリオ!いい狙撃だったよ!」

「クァン!」

 

 セレナの迎えに来たライトとコルニの二人は、互いのエースに対して労いの言葉を投げかけ、その後すぐに地面にへたり込んでいるセレナの下へ駆け出す。

 

「セレナちゃん、大丈夫!?」

「は、はい……でも……」

「でも?」

 

 未だに茫然としながらも、駆け寄ってくるライトに対しある方向を指差すセレナ。指の先を辿っていくと、そこには傷だらけで倒れているアブソルの姿があり、ライトはハッと息を飲んだ。

 すぐさまアブソルの下に駆け寄り、バッグの中からキズぐすりを取り出し、取っ手を握ってからノズルをアブソルに向けて中身を噴射する。

 

「ッ……流石にこれじゃ心許ないか!」

「ライト! いいキズぐすりあるけど使う!?」

「いや、だったらポケモンセンターに連れてった方が早そうだよ!」

 

 キズぐすりをアブソルに噴射するものの、思っている以上の効果は得られずに、ライトは眉間に皺を寄せる。

 素人目から見てもかなり無理をして戦っていたように窺えるアブソルは、一刻も早い回復が必要であり、キズぐすりやいいキズぐすりで回復するよりも、ポケモンセンターに存在するメディカルマシーンで回復した方が早いという結論に至った。

 

「あ……あの……」

「ん? ……あッ」

 

 アブソルを心配するように歩み寄ってくるセレナの手に握られていた物に、ライトは目を大きく見開いた。

 

「ねえ、セレナちゃん! もし君がいいならなんだけど―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 コウジンタウン・ポケモンセンター。

 

「お待たせいたしました! 貴方のアブソルは元気になりましたよ!」

「あ、ありがとうございます!ジョーイさん!」

 

 ポケモンセンターのカウンターで、セレナは二つのボールが入ったケースをジョーイから受け取る。

 ホッとした顔でそれらを受け取ったセレナは、すぐさま中に居るポケモン達を自分の目の前に繰り出す。

 

「ヤッコォ!」

「……」

「良かったぁ……コマちゃん、と……」

 

 普通のモンスターボールから飛び出てきたコマちゃんは、すぐさまセレナの肩にとまるものの、プレミアボールから出てきたアブソルはプイッとセレナから顔を逸らす。

 あの時、傷ついたアブソルをこうしてポケモンセンターに連れてくる為に、ライトはセレナにアブソルの捕獲を提案してみたのだ。

 彼女はすぐさま了承し、残ったプレミアボールでアブソルを捕獲し、そのまま三人でコウジンタウンに向かって来たのである。

 

 そして無事に辿り着き、こうしてポケモンセンターで二体を回復できたのだが―――。

 

「あの……アブソル? 助けてくれてアリガト……それでね、傷が酷かったからポケモンセンターで回復するのに捕まえたんだけど……」

「……」

「よ、よかったらわたしの手持ちに……」

「ガウッ」

「あッ……」

 

 差し伸ばしたセレナの手は、アブソルの前足によって『ペチンッ』と弾かれる。明らかに拒否の示す反応に、セレナは若干涙目になって後ろで待っていてくれているライトとコルニの二人を見つめた。

 すると、苦笑を浮かべるライトがセレナの下に歩みより、頬を掻きながらどうにか言葉を紡ぎ始める。

 

「えっと……まあ、ちゃんと戦ってゲットした訳じゃないから、まだセレナちゃんのことを自分のトレーナーとして認めてくれてないんだと思う」

「じゃあ……野生に返した方が……」

「……アブソルと一緒に居たいかを決めるのは、セレナちゃんだよ。例え今は認めてくれてなくても、いつかは認めてくれる筈だから」

「あ……う……」

「どうしたい?」

 

 できるだけ優しい声色で問いかけるライトに、セレナは頭を抱えて悩み始める。将来、強いトレーナーになりたい彼女としては、今の内にでもアブソルのような強いポケモンを手持ちに入れたい所でもあるが、ああも懐いてくれないとなると、今の内に野生に戻してあげた方がいいのではないかとも考えた。

 

「で、でも……」

「でも?」

「……助けてもらったから、お礼もちゃんと返してあげたい。そしていつか、わたしがトレーナーであったことが良い事だったって、思えるようにお世話してあげたい……」

「……ふふっ! じゃあ、しっかりお世話してあげたらいいと思うよ」

 

 最後の一押しにセレナの顔はパァッと明るくなり、未だにそっぽを向いているアブソルの下に駆け寄った。

 手を差し伸ばすと、再び前足で弾かれてしまうものの、それにめげずにセレナは満面の笑みでアブソルに話しかける。

 

「わたしはセレナって言うの! それでこっちはコマちゃん! これからよろしくね!」

「ガウッ!?」

「貴方の名前はアブソルでしょ? じゃあ、ニックネームは……アブちゃん? アブアブ? ソルソル? ん~……ソルちゃんがいいかな!」

「ガウッ!」

 

 『何を勝手にニックネームを決めている!』と言わんばかりに咆えるアブソルであったが、『よろしくね、ソルちゃん!』と満面の笑みで挨拶してくる少女に乱暴を働くこともできず、不承不承といった様子で再びそっぽを向いた。

そのような光景に穏やかな微笑みを見せるライトの横に、コルニはゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「……まあ、結果オーライ?」

「……そうだね」

「どうしたの? そんな昔を懐かしむような顔してさァ~」

「いや、なんか昔の僕のストライクに似てるなって思ってさ」

「アブソルが?」

「うん」

「ふ~ん……なんか意外。ライトのストライクって、『主様絶対!』みたいな雰囲気がバンバンに出てたから」

「そう?」

 

 クスクスと小さな笑いを含みながら会話を続けるライトは、腰のベルトのボールを一つ取り出す。

 そのボールの中に入っているのは、パーティのエースであるストライクだ。

 誕生日にブルーがプレゼントしてくれて、旅のメンバーの中では最古参に位置するストライクも、最初から懐いてくれた訳ではない。

 それこそ鋭い鎌を振るわれ、流血沙汰になることもしばしばあった。だが、ゆっくりと時間を重ねていくうちに打ち解けあい、今のような関係になったのである。

 

「……きっと、上手くいく筈だよね? セレナちゃんとアブソル」

 

 ボールに向かって小さく呟くと、反応してくれているのかカタカタと揺れる。

 

(そうだよ。だって、僕と君だって仲良くなれたんだから……―――)

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日の夕方、『ホテル・コウジン』にて―――。

 

「コラ、セレナ! また勝手にあっちこっち行って! 心配したんだから!」

「ご、ごめんなさ―――いッ!」

「まったく……ん? その子は?」

「あッ……ジャジャーン! 新しくわたしの手持ちになった、ソルちゃん! とっても強いの……ってソルちゃん! わたしのお菓子勝手に食べないで―――ッ!」

「アッハッハ! いいわよ!じゃんじゃんセレナを懲らしめてやって!」

「マ、ママッ!? そんなァ~!」

 

 

 

 とある家庭で、家族が一人増えたと言う。

 



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第四十話 壁?超えるか壊せ!

 

 

 

 

「ねえ、知ってる!? 輝きの洞窟には、ワンリキーが生息してるんだって!」

「うん、とりあえずパジャマを着ようか」

 

 ポケモンセンターに備え付けられているトレーナーの宿泊部屋において、風呂から出てきてスポブラとパンツだけの姿にコルニに、真顔で言い放つライト。

 彼女の異性に対する羞恥心の無さには慣れ始めているライトであるが、やはりそこは自覚してもらいたいものだと、いつか気付いてもらえるようにと一言は忘れない。

 

 コルニは自分が振った話題を一旦スルーされたことに頬を膨らますが、自分のバッグの中から取り出したパジャマを取り出し、数秒ほどで着終える。

 因みに風呂の順番は、コルニの髪の量の多さの都合上、彼女が先に入る形となっており、その間ライトは自分の手持ちの毛づくろいをしていた。

 実際、今はキモリの体をタオルで拭いてあげている途中だ。

 

 だが、そんなライトの眼前までに顔を寄せるコルニはキラキラと目を輝かせながら、明日向かう予定の輝きの洞窟への意気込みを口にする。

 

「ワンリキーと言ったら、最終進化形のカイリキーだよね! 確かライトの住んでる地方の四天王のシバさんって、カイリキーが切り札なんでしょ?」

「うん。カントーとジョウトのポケモンリーグは合併されたから……別の地方なのに、よく知ってるね」

「なんてったって、【かくとう】タイプのエキスパートを目指してるから!」

「へぇ~」

 

 他の地方の四天王を把握するなど意外に勤勉なコルニに、ライトは素直に感心の息を漏らす。

 シバと言ったら、四天王からチャンピオンになったワタルを除けば、カントー・ジョウト四天王の中で最古参のトレーナーだ。ポケモンだけでなく自らの肉体をも鍛える彼の姿は、多くの【かくとう】ポケモン使いに影響を与えていると言う。

 しかし、好物はチョウジタウン名物の怒り饅頭であるなど、意外と甘党らしい。

 

 それは兎も角と、ライトは床でゴロゴロしていたイーブイを抱き上げ、尚且つ着替えも持って風呂場に行こうとする。

 “あなをほる”で土まみれになった体をしっかりと洗う為だ。

 

「イーブイ、お風呂で体洗うよ~」

「ブイッ!?」

「暴れてもダメ。汚れたままじゃ、フードの中に入れさせないからね」

 

 体を洗われると分かったイーブイは、手足をバタバタさせてライトの腕の中から抜け出そうとするも、抵抗虚しく風呂場に連れて行かれる。

 何故だか分からないがイーブイは水が駄目であるらしく、こうして風呂場で体を洗うのも一苦労なのだ。

 今はこうして『イヤイヤ!』としているが、実際お湯につかれば(ライトに抱かれたままであれば)どうということは無い為、実際は入れるまでが大変な作業となっている。

 

「今日はいつもより汚れてるからシャンプー使うね。アワアワになるよ~」

「えッ、見てみたい!」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 流石に全裸は見られたくないと、ライトはすぐにコルニの言葉に反応した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日の早朝、早起きして二人がやって来たのは、コウジンタウンの南東に位置するサイホーン乗り場である。

 輝きの洞窟へ向かうためには9番道路―――通称『トゲトゲ山道』と呼ばれる道は、元々は道ですらない岩場であったが、引退したサイホーンレーサーがサイホーンと共に踏破してできた道とのことだ。

 その為、途中の道は徒歩で行くとすると登山でもするような労力を必要とする為、輝きの洞窟へ向かいたいと言う人物には、道路の管理者がサイホーンを貸し出してくれるらしい。

 カロスのトレーナーの間では、サイホーンレーサー気分を味わえるため、密かに人気な場所でもあるらしいのだが―――。

 

 ドスッ、ドスッ、ドスッ。

 

「……おしりが痛い」

 

 サイホーンに乗って洞窟を目指し始めたライト達であったが、凸凹とした道を進むサイホーンの歩みによる上下の揺れに、ライトは難色を示していた。

 フードの中に居るイーブイは楽しそうであるが、如何せん激しい上下の揺れに乗り物酔いのような吐き気を催し始める。

 更には、一歩進む度に体重の軽いライトの体も跳ねる為、その度に尻をサドルに打ち付ける形になっていた。

 

「……朝食べたの戻りそう」

 

 ドスッ、ドスッ、ドスッ。

 

 ゴリッ。

 

▼サイホーンの ストーンエッジ!

 

▼きゅうしょにあたった!

 

▼こうかはばつぐんだ!

 

「~~~~~……ッ!!」

「あれ、ライトどうしたの?なんか顔色悪いよ……?」

「な、なんでも……ないから……ッ!」

 

 顔面蒼白で、尚且つ急に汗を噴き出し始めるライトの様子に、並走していたコルニが何事かと声を掛ける。

 しかし、ライトは自分に起こった詳細を口にすることは無く、『いいから、前向いてて……!』と明らかに大丈夫そうではない声色でコルニを前に行くよう促す。

 どうしたものかと考えるコルニであったが、一先ず少年の指示に従って前を見る様にした。

 コルニが前を向いた瞬間、ライトは大ダメージを受けた自分の急所を片手で押さえる。心なしか、サドルへの跨り方も内股となった。

 

「あ゛ッ……づッ……!」

「ブ……ブイ……?」

 

 尋常ではない主人の様子に、先程までのアトラクションを楽しむような反応も息を潜め大汗を掻く少年を見つめるイーブイ。

 

(あ~……そう言えば、ハナダシティにはゴールデンボールブリッジって言うのが……)

 

 ライトは股の間の激痛を忘れるために、快晴の空を仰ぎ始めたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 未だに股間の間には鈍い痛みが残っているものの、漸く輝きの洞窟前にやって来た。内股になりながらサイホーンから降りるライトに、コルニは首を傾げるものの、既に興味の大半はこの辺りに生息している筈のワンリキーへと向いている。

 ライド用のサイホーンは洞窟前に待機しているレンジャーに引き渡し、ライトは一先ずポケギアの時間を確認した。

 

「今八時くらいだけど……どうする?僕達は洞窟で特訓するつもりだけど、コルニはワンリキー探しに行くんでしょ?」

「まあね! じゃあ、別行動にする?お昼くらいにここ集まる感じにしてさ」

「そうしようか。十二時を目途に洞窟前集合で……」

「オッケー! 早速行ってくる!」

 

 時間と待ち合わせ場所を決めたところでコルニは、ローラースケートで滑るようにして洞窟の中へ入ろうとしたが、

 

「洞窟内は暗くて危ないから、ローラースケート禁止でーす!」

「ごめんなさーい!」

 

 レンジャーの人にすぐに注意された。

 すぐさまローラーを仕舞うコルニの姿を、ライトは苦笑を浮かべて見つめる。それは勿論、これから暗い場所へと向かわなければならないという緊張も含んでいた。

 その後、ダッシュで洞窟内に入っていくコルニを追う形で、ライトも暗い岩壁に囲まれている場所を突き進んでいくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ストライク、“はがねのつばさ”!」

 

 鋼を纏ったかのような翅が、宙にフヨフヨと漂うソルロックの体を打つ。

 

「イーブイ“あなをほる”!」

 

 地面を高速で掘り進め、サイホーンの腹部へと突撃した。

 

「リザード、“ドラゴンクロー”!」

 

 尾の炎を轟々と燃え盛らせながら、鋭い爪でカラカラを一閃する。

 

「ヒンバス、“ミラーコート”!」

 

 受けた“ねんりき”を倍返しで、宙を漂うルナトーンに跳ね返す。

 

「キモリ、“りゅうのいぶ―――」

「キャモ―――!!」

「うわッ、ちょ……キモリ!?」

 

 佇むワンリキー目がけて“りゅうのいぶき”を指示しようとしたライトであったが、その瞬間に半泣きのキモリが顔面に飛び込み、一気に視界が暗転した。

 がっちりとライトの顔をホールドするキモリの力は、普段からは考えられない程強く、中々離れようともしない。

 

「キモリ、落ち着いてって!」

「キャモ……」

 

 漸く引っぺがし、ワンリキーはどうしているかと辺りを見渡せば、二人の光景を見かねたストライクが代わりに撃退していた。

 はぁ、と溜め息を吐くライトを見て、地面に降りたキモリは『やってしまった』と顔中に汗を流している。

 ビクビクと体を震わせるキモリに、ライトは苦笑いのまま頭に手を置いた。

 

「まだ実戦に慣れてないっていうのもあるけど……コルニとの練習ではちゃんと戦えてたじゃないか。どうしたの?」

「キャモォ……」

「ふふッ、怒ってないから。う~ん……何が問題なのかな……」

 

 顎に手を当てて逡巡するライト。

 他の面々はこの洞窟で順調に実戦経験を積み重ねていくのに対し、キモリは未だにしっかりと戦えていない。

 今言った通り、コルニとの練習バトルでは技を弱腰でも放てていたのに、洞窟に入ってからは一切繰り出せなくなっている。

 これではショウヨウジムでジム戦をするだけでなく、一般トレーナーと真面にバトルできるかということも怪しいところだ。

 

 自分の不甲斐無さにシュンとするキモリは、他の手持ち達に『元気出せよ』と言わんばかりに肩を叩かれている。

 回復用にとオレンの実を渡しているが、未だに戦っていないキモリは一口も齧ってはいない。

 暫し考え込むも、これと言った打開策は見つからず、ライトはとりあえずとばかりにキモリの頭を撫でた。

 

「不安なのは分かるよ。でも、いつまでも逃げてばかりじゃ、バトルじゃ勝てないんだ。最初の一歩が肝心! 分かった?」

「……キャモ」

 

 コクンと頷くキモリを見て、ありきたりなコトしか伝える事の出来ない自分の語彙力を恨むライト。

 彼が抱いている悩みとは、そのような言葉だけでどうにかなるほど簡単なものではない。

 一度、生気を失ってしまう程のトラウマ。言葉の一つや二つで解決するのであれば、苦労はしないのだ。

 

(どうしたもんかなぁ……)

 

 腕を組みながら道を進んでいくライト。手持ち五体がフルで自分の周りを固めている事と、思っていたよりも暗くない洞窟に、その足取りは地つなぎの洞窟よりも軽い。

 しかし、頭の中に抱える悩みというものは、昨日よりも重くなっている。

 

「う~ん……ん?」

 

 地面をずっと見つめながら前へと進んでいたライトであったが、とあることに気が付く。道なりに進んできたものの、今がどこであるのかを把握できなくなってしまったのだ。

 サァーっと血色が引いていき、辺りを必死に見回すも、緑色に淡く輝いているコケが生えているだけであり、来た時の道が分からない。

 すぐさま九十度方向転換をし、とりあえず後ろに進む。

 

「あれ? 行き止まり……」

 

 暫く歩むと、自分の目の前に見えたのは苔の生える岩壁であり、入ってきた出入口でなかった。

 

(……これは、迷ったのかな?)

 

 まさか逡巡して帰り道が分からなくなってしまうとは、余りの自分の間抜けさに苦笑いが止まらない。

 

「はぁ……とりあえず、標識があるところまで進んでみよう……」

 

 しかし、化石の発掘などで人通りの多い輝きの洞窟では、迷ってしまわないようにと所々に出口や最奥部への標識が建てられている。

 つまり、一応現時点では迷子であるものの、標識さえ見つけることができればどこに行けばいいのか把握できるのだ。

 ある程度道は入り組んでいるものの、それさえ見つければ怖いものなしと、ライトはすぐに歩き始める。

 

(まだ時間はあるし……これも特訓だと思って……)

 

 できるだけポジティブに事を考えながら進むライト。

 だが彼は、先程行く手を阻んでいた岩壁が、背後で動いていることに気が付くことは無かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「結局奥まで来ちゃったよ……」

 

 あれから数十分ほど、野生のポケモンとのバトルを繰り返しながら道を進んできたライトであったが、突如開けた場所に辿り着いた。

 今までの輝く不思議なコケ以外に、電灯などの人工物の光源があり、尚且つ辺りを見れば石が大量に積まれているトロッコのようなものも見える。

 どうやら、化石の発掘がよく行われている場所まで来たようであり、ライトは疲労が溜まったような顔で近くにあった岩に座り込む。

 

 そのままザッと周囲を見渡せば、大きな看板のような物が建てられている為、それが出口へ案内する為の標識であると考えて一休みしようと水筒を取り出す。

 すると、主人と同じく疲労の色を見せるポケモン達が、ある一体を除いて水を求める様にライトの下に歩み寄る。

 

「皆も疲れたんだね……はい、お水」

 

 蓋をコップ代わりに水を注ぎ、それを回し飲みするポケモン達。ゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲み干していく姿は清々しいものの、バトルに続くバトルで溜まった疲労までが回復する訳ではない。

 ここは一先ず休ませようとライトは、キモリだけを除いて他の手持ち達に各々のボールから照射されるリターンレーザーを当てた。

 ボールの中はそれなりに快適に作られていると言われている為、ゴツゴツとした岩場で休憩するよりはマシという判断の下だ。

 

 だが、唯一真面に戦っていないキモリは未だに元気が余っていた為、こうしてボールの外に出したままである。

 ライトがチラッとキモリを見ると、怒られるものかと勘違いしたキモリが正座になり、体を震わせ始めた。

 

「……怒らないから。折角だから、ちょっと一緒に散歩しようか」

 

 ライトが腕を差し伸べると、キモリはビクビクとしながら肩まで一気に駆け上がる。流石、森の木の上で暮らしている種族であるだけ、肩まで移動する時の動きは俊敏だ。

 これがバトルで上手く発揮できれば、とも考えるものの現時点ではどうしようもない。

 

(やっぱり僕も、まだまだ駆け出しだなァ……)

 

 ベテランのトレーナーであれば、こうした原因もすぐ見つける事が可能な筈。彼等と比べてしまうと、自分自身まだ初心者トレーナーでしかないという自己嫌悪に至る。

 ジム戦でも、どこかで最もレベルの高いストライクを一番信用している節も否めない為、手持ち平等に接することができているのかも疑問になってきたライト。

 そこまで考えている時点で、他の駆け出しよりは一歩先に進んでいる筈なのだが、変な部分に完璧を求めてしまうライトは、そう言った部分で悩んでしまうのだ。

 

 自分も相手も生き物なのだから、機械であるかのように完全に平等など不可能。個性も一人一人違うのだから、より一層平等というものは難しい話になってくる。

 例えトレーナーが平等に接したとしても、愛情を受け取るポケモンが平等でないと思えば、手持ちの中で喧嘩に勃発することもあるという話もあるのだ。

 

 それは兎も角、今はキモリの性格が一番の問題である。

 度を越した臆病を矯正するには、何が一番いいのか。

 

(野生のポケモンとのバトルで一回でも勝てたら、ちょっとぐらいは自信付きそうなんだけど……)

 

 【いわ】タイプの生息数が多い輝きの洞窟で、【くさ】タイプのキモリは比較的戦いやすい筈。

 ここで一勝すれば、もしや―――。

 そのような淡い期待を抱きながら、採掘場である空間のあちこちを見渡せば、見たことのないポケモンを発見でき、早速と言わんばかりに図鑑を翳す。

 

『コロモリ。こうもりポケモン。暗い森や洞穴で暮らす。鼻の穴から超音波を出して、辺りの様子を探る』

『テッシード。とげのみポケモン。洞穴の壁にトゲを突き刺しはりつく。岩に含まれる鉱物を吸収する』

『イシズマイ。いしやどポケモン。手頃な石に穴を空けて住処にする。壊されると代わりの石が見つかるまで落ち着かない』

『イワーク。いわへびポケモン。普段は土の中に住んでいる。地中を時速80キロで掘りながらエサを探す』

「……ん? イワーク?」

 

 目に見えるポケモン達に次々と図鑑を翳し、最後に自動的に画面に映し出された情報のポケモンの所在をライトは探す。

 しかし、周りを見れどイワークなどを見つけることはできない。

 イワークと言えば、カントー地方のニビジムのタケシを始め、多くの【いわ】使いが所有する巨大な岩の塊を繋げたような姿のポケモンだ。その全長は有に8メートルを超え、居るとすれば見逃す事などない筈だが―――。

 

―――ゴゴゴッ……。

 

「あれ、地面が揺れて……」

 

 突如、洞窟内に地響きが鳴り響き、同時に震動も広がり伝わっていく。危険を察したのか、イシズマイは自分のヤドに身を隠し、コロモリは自分の住処に戻り、テッシードは地面に落下してから転がるようにその場から去っていった。

 洞窟内に広がる異変に、ライトと肩に乗っているキモリの顔にも焦燥が出てくる。

 

 周囲に注意を払いながら、何が来ても良いように身構えるライト。対してキモリは終始怯え、ライトの頭をがっちりとホールドしたままだ。

 木に上る為に掌に生えている小さなトゲが皮膚に食い込み、意外と痛い。

 『ちょっと痛い』と口にしながらキモリの手を頭から剥がすライトであったが、次の瞬間、眼前の地面が盛り上がり、爆発でもしたかのように砂煙が舞い上がると同時に飛び出してきた巨体に目を丸くした。

 

 降りかかる土を腕で防ぎ、電灯の逆光で影がかかっている岩石の巨体を蠢かすポケモン。それは間違いなく、

 

「グォオオオッ!!」

「ッ……イワーク! キモリ、行ける!?」

「キャ……キャモ!」

 

 咆哮を上げるイワークを前に、ライトの指示を受けて肩から飛び降りたキモリ。圧倒的な体格差に、キモリの怯えは目に見て取れる。

 だが、イワークは特殊攻撃に非常に脆いことで知られており、特に【みず】や【くさ】は非常に効くとライトは知っていた。

 

(キモリでも、頑張れば……!)

「キモリ、“すいとる”!」

「……」

「……キモリ? “すいとる”だよ、キモリ!」

「ッ……」

「キモリッ!!」

 

 幾ら呼びかけても反応を返さないキモリに、ライトの声も次第に大きくなっていく。それにも拘らず、キモリの体は震えるばかりであり、一向に“すいとる”を繰り出す構えをしない。

 何時までも動かない相手。そして、攻撃を指示するトレーナーの姿を確認した野生のイワークは、問答無用で微動だにしないキモリに“たいあたり”を繰り出そうとする。

 徐に動く巨体に気が付いたライトは、歯を食い縛って動かないキモリを回収しに駆け出す。

 

「ッ……キモリ! しっかり!!」

 

 “たいあたり”と言うよりは“のしかかり”であるかのような攻撃を、寸での所でスライディングを用いて回避するライト。勿論キモリは腕の中だ。

 すぐ後方で鳴り響く地響きと舞い上がる砂煙には目もくれず、ライトは一先ず撤退とばかりに逃げ出す。

 その際、腕の中のキモリを確認すると、未だ放心状態のままであった。

 怪我はないようだが、これでは戦う事などできはしない。そう結論付けたライトは、イワークを前に一度戦略的撤退をするのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……まだ怖いの?」

「キャモ……」

「相手が怖いの? 相手が大きいのが怖いの? 強そうだから怖いの?」

「キャ……モ」

「それとも、負けるのが怖いの?」

「……」

 

 コクンッ。

 

 できるだけ優しい声色で問いかけるライト。主人である少年の問いに、キモリは全てに小さく頷く。

 その姿に頭をボリボリと掻くライトは、キモリの深刻な弱腰に頭が沸騰しそうな想いに駆られていた。

 

 負けるのが怖い。

 負け続ければ、捨てられるかもしれないから。

 

 だから、負ける要因となってしまう『バトル』という存在自体が、今のキモリにとっては弱腰になってしまう原因であったのだ。

 そうなってしまうと元も子もないではないか、と考えるも、どうにか克服してやらねばなるまいと頭を捻りに捻りまくる。

 

 例えるのであれば、キモリはこれまで乗り越える事を挫折した壁の前で、漸く『越えよう』と意志を持って『立ちあがった』に過ぎない。

 そう、まだ超えていないのだ。

 どうにかして越えなければ、この先戦い続けることなど到底不可能であり、ポケモンリーグで戦うことは夢のまた夢。

 心の中でバトルをして役に立ちたいという考えがあれど、壁を前にすれば足が竦んでしまうのが今のキモリなのである。

 

(どうすれば……―――)

 

 必死に考えるライトの頭は知恵熱でどんどん熱くなっていき、グツグツと煮えたぎる熱湯のように色々な案を浮かべては、泡が弾ける様にそれらを切り捨てていく。

 否応なしにキモリの顔には影が差しかかっていき、『やはり自分など……』と言う様に落ち込み始める。

 だが、キモリが顔を俯かせた瞬間、ライトはバッと顔を上げてキモリの肩を掴んだ。

 急に掴みかかってくる主人にキモリは目を丸くするものの、真摯な瞳に再び目を下ろす事などできることもなく、ジッと見つめ合う。

 

「キモリ。君はどうしようもなく臆病だ」

 

 ズキンッ。

 一瞬、心が痛むような感覚を覚える。

 だが、それでも少年の口は動く。

 

「だったら、真正面からじゃなくていい」

「……?」

 

 訳が分からないように首を傾げるキモリ。

 それに対してライトは、口角を吊り上げたまま語り続ける。

 

「相手からガンガン逃げちゃえばいい」

 

 漸く、壁の前で立ち上がれたパートナー。

 

「僕が相手の隙を見つけるから」

 

 一人で超える事ができないのであれば。

 

「僕の指示が聞こえた時だけ、攻勢に転じてくれればいい」

 

 二人で超えればいいだけ。

 

「大丈夫。僕は君を信じてる。だから……」

 

 それが―――。

 

 

 

 

 

 

「君も僕を信じて」

 

 

 

 

 

 

―――ポケモントレーナー。

 

 

 

 ***

 

 

 

 あの後、暫しの間逃走を図った人間とポケモンを探していたイワークであるが、中々見つけられないことに飽きを見せ始め、動きも次第に鈍重になっていく。

 このまま採掘場で眠りに付こうかとも思ったイワークであるが、その瞬間に、視界に一人と一体が映る。

 先程逃げた人間とポケモン。その内の、ポケモンである黄緑色の蜥蜴が一歩前に出て、イワークを“にらみつける”。

 余りにも貧弱な睨みにイワークも鼻で笑い、岩が連なるような体で“まきつく”を繰り出そうと、キモリに尻尾を振るった。

 

「キモリ、“でんこうせっか”で逃げまくって!」

 

 刹那、キモリは俊敏な動きで採掘場の岩壁や天井を跳ねるように駆けまわり始め、イワークは先程とは打って変わって動きまくる相手に目が点になっている。

 岩であるが故に重い体を動かすものの、鈍重な動きではキモリの俊敏な動きには着いていけず、やがてキモリはイワークの死角に回り込んだ。

 

「今だ、“すいとる”!」

「キャモ!」

「ッ……グォオ……!」

 

 グッと体を逸らしてイワークの体力を吸い取るキモリ。同時にイワークは虚脱感を覚え、思わず体をグラつかせる。

 今の光景を見て、ライトはギラリと眼光を光らせ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「キモリ! イワークは君の攻撃が苦手だ! このまま行けば勝てる!!」

 

 未だにイワークの周囲を駆けまわり、“たいあたり”や“がんせきふうじ”を必死に回避するキモリ。

 死にもの狂いで奔り回るキモリに、しっかりと内容が伝わっているかどうかまでは分からない。彼は今、主人の投げかける技名だけにだけ辛うじて反応できる状態だ。

 それでも、ライトは叫ぶ。

 

「頑張れ、キモリッ!!」

 

 次の瞬間、イワークの“たいあたり”がキモリのちょうど駆け回っていた壁に命中する。真面に喰らっていれば、イワークと岩壁に挟まれてノックアウトされるかもしれないが、生憎キモリは臆病であり、

 

「キャ……キャモ!」

 

 危機には聡かった。

 寸での所で若干上方向に飛び上がり“たいあたり”を回避したキモリであったが、掴まる場所がなく、そのまま岩壁から頭を引いたイワークの頭部に張り付いた。

 頭部の違和感にイワークは咆哮を上げてブンブンと頭を振り回すものの、キモリの手を足に生えている木登り用のトゲが上手く凸凹に食い込み、吹き飛ばされることは無い。

 

 必死に食らいつくキモリの姿。

 先程の茫然として動くこともままならなかった時とは訳が違う。

 パートナーが作りだしている絶好の機会を目の当たりにし、ライトは洞窟中に響き渡るほどの大声で指示を出した。

 

「キモリ、“りゅうのいぶき”ぃぃいいい!!!」

 

 ビンビンに響き渡る声。

 同時にキモリの頬が膨れ上がり―――。

 

「キャモオォオオオ!!!」

 

 イワークの顔面に蒼炎を吐きつけた。熱を持たぬ“りゅうのいぶき”は【ほのお】タイプではなく【ドラゴン】タイプの技。

 【いわ】・【じめん】タイプのイワークには、可もなく不可もないといった相性であるが、決定的であったのは、イワークの【とくぼう】が低かったことであっただろうか。

 

「グ……グォオオオ~……」

 

 暫しの間、顔面を覆い尽くす“りゅうのいぶき”を耐え凌いでいたイワークであったが、体力に限界が訪れてその場に崩れ落ちる。

 地面に崩れ落ちた衝撃で、キモリは思わず手を離してしまい、クルリと宙を周ってしまい始めた。

 

「キャモ―――ッ!?」

「うわわ、っとォ!」

 

 しかし、寸での所で本日二度目のスライディングでライトは、落下するキモリの体を受け止めた。

 受け止められたキモリは、状況が呑み込めないといった様子で辺りをキョロキョロと見渡す。

 その姿にライトはクスッと微笑み、倒れるイワークを指差した。

 

「あれ……君が倒したんだよ?」

「キャモ……?」

「勝ったんだよ」

「キャ……」

「ナイスファイトだったよ、キモリ!」

「モォ……!」

 

 自分が勝てたという事実に滂沱の涙を流し出すキモリの小さな体を、ギュッと力強く抱きしめるライト。

 抱き返してくるキモリの手のトゲが若干食い込むものの、ライトは洞窟に来る前の股の痛みの方が酷いと自分に言い聞かせ、しっかりと一体の手持ちの健闘を讃えるのであった。

 

 

 

 初めの壁は越えた。

 

 

 

 次は―――。

 




補足説明
ライトの名前の由来はもちろん『光』です。
何故そうなったと言いますと、光の三原色が『(レッド)』、『(グリーン)』、『(ブルー)』で、マサラ出身のこの三人が居る事によってトレーナーのライトが完成していくという意味で付けさせて頂きました。


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第四十一話 逃した魚はコイキング

 

 

 

 

 

「キモリ、“メガドレイン”!」

 

 ライトの方から飛び上がるキモリは、岩場から“すなじごく”を繰り出すメグロコの攻撃を掻い潜り、『ゴキュン!』と飲み干すような音を上げながら体をのけ反らせた。

 すると、メグロコは途端に元気をなくし、そのまま岩場の陰へと逃げていく。

 相手が敗走したのを見届けたキモリは、すぐさまサイホーンに乗っているライトの下へと駆け戻る。

 

 見事勝利を収めたキモリは、太陽のような笑みを浮かべたまま頬をライトの体に摺り寄せ、ライトもまたそんなパートナーの頭を撫でた。

 良好な関係を築き始めているライト達の姿に、並走するサイホーンの上に乗っているコルニはフフッと笑みを浮かべる。

 

「大分キモリ強くなったように見えるけど、やっぱり洞窟に行ってみて良かったんじゃない?」

「うん。お蔭さまで、キモリの臆病もちょっと良くなったよ」

「そっか!」

 

 輝きの洞窟での特訓は功を奏し、パーティの全体的なレベルが上がったような気がするライト。

 実際、キモリは“すいとる”の一段階上の技である“メガドレイン”を習得し、【いわ】タイプへの対抗手段を習得できたところだ。

 ショウヨウジムで勝つための手段は、ある程度揃ってきたところだが―――。

 

「コルニはワンリキー捕まえたの?」

「もっちろん!」

 

 そう言ってモンスターボールを掲げるコルニ。『ムフフ』と頬を緩ませて自慢してくるあたり、元気なワンリキーをゲットできたということなのだろう。

 これでコルニの手持ちは四体。手持ちの上限が六体であることを考えると、既に折り返し地点は過ぎたことになる。

 

(……そう考えると、僕の五体ってかなりハイペースな感じだな)

 

 ライトの手持ちはアルトマーレを発った時点で三体であり、バッジを二個所有時点で五体は、平均的と比べると多いのではないかと思い始める。

 だが、手持ちが多い分相性もバランスよく、ジム戦でも無理に苦手なタイプで戦わなくてもよいという利点もある為、一概に悪いという訳ではない。

 言ってしまえば、旅の初めから要所の思い出が全員で作れるため、どちらかと言ってしまえば最初から手持ちは揃っている方がいいのではないかと、ライトは結論付けることにした。

 

「そう言えば……午後はなにする? 戻ってすぐに出発って訳にもいかないし……」

「あ~、そっか。う~ん……あッ、そうだ! 水族館行こうよ!」

「水族館?」

「【みず】ポケモンが一杯いるし、確か釣竿も借りれて近場で釣りもできるよ」

 

 ガタッ。

 

 釣りと言った途端、ライトが若干サイホーンのサドルから少し腰を上げた。

 そしてそわそわし始める少年を目の当たりにしたコルニは、呆気にとられているような顔で問いかける。

 

「ライト、釣り好きなの?」

「アルトマーレのコイキング釣り名人とはこの僕さ!久し振りに腕が唸るよ……」

「コイキング限定……」

 

 特に珍しくも無いコイキングを釣るのが得意であると豪語するライト。暇があればアルトマーレの海の上で、ギャラドスの上から釣り糸を垂らしていたものだ。

 只、ギャラドスに乗っている為か、若しくは釣竿の性能が悪いのか釣れるのはコイキングだけであった。

 意気揚々と腕をブンブンと振り回すライトの顔は、今までにない程楽しそうな表情を浮かべている。

 そんなライトに、コルニも屈託のない笑みを浮かべた。

 

「じゃあ午後は旅らしく、街の観光ってことで!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ようこそ、コウジン水族館へ!」

 

 水族館のスタッフと思しき女性が、扉を潜ってきたライト達に向かってお辞儀をする為、二人もそろって軽く会釈する。

 水族館の中を一瞥すれば、海の中をイメージするかのような青などの寒色系の色合いで統一されており、部屋を照らす電灯も淡い物を使用しているらしい。

 

 洞窟の中とは違った優しい暗さと、ほのかに香る潮の香りにリラックスしながら、入り口付近に置かれていたパンフレットを手に取って、どこから観るかを決めようとするライトであったが―――。

 

「ほら、ゴーゴー!」

「いや、ちょ、回る経路を……」

「そんなの確認しなくて大丈夫だって!」

「……ホント、強引なんだから」

 

 分かり切っていたことではあったが、腕をグイグイと引っ張っていく少女に苦笑を浮かべる。

 特訓とプライベートははっきりしているようだが、その溌剌さにオンとオフは存在しない。

 

「アタシ水族館初めてなの!」

「あれ……ミアレに来るときはどういうルートで来たの?」

「シャラシティからヒヨクシティを通って。そっちの方が近かったから」

 

 ふとした疑問を投げかけるライトであったが、すぐにそれは解決する。同時に、再びミアレに戻ってくる時は、彼女が初めにミアレに来た時のルートを通ることになるのだろうと逡巡した。

 だが、ライトの考えは興奮気味のコルニの声によって途切れる事になる。

 

「わぁ! ライト、あのポケモンカワイイ!」

「ん?」

 

 コルニが指差す方向―――水族館のケースの中ではなく、床をピョンピョンと前足を使って移動しているのは、青色のアシカのようなポケモン。

 パウワウでもなく、タマザラシでもないポケモンは、ピエロのように大きい桜色の丸い鼻を有している。

 『きゃ~!』と頬を赤らめて手を叩いて呼ぶコルニに、そのポケモンは反応してやって来た。その際、ライトはポケットの図鑑を取り出して情報の読み込みを行おうとするが、

 

『No Data』

「図鑑に登録されてない……?」

「アゥ! アゥ!」

 

 足元までやって来たポケモンの頭を撫でるコルニと、撫でられて喜びを表すかのように前足を叩くポケモン。

 一体、どのようなポケモンであるのか分からないライトは、どうしたものかと頭をポリポリと掻くが、すっかり楽しんでいるコルニを見てどうでもよくなってくる。

 

「アゥ~!」

「きゃ、なに!?」

 

 すると突然、ポケモンの鼻から鼻提灯が膨れあがり、瞬く間に一メートルほどの鞠が出来上がった。

 完成した鞠を器用に鼻でポンポンと跳ねさせるポケモンは、途中でパスするかのようにコルニの下へと放り投げる。

 それをキャッチしたコルニであったが、掴む力が強くて鞠は『パチンッ!』と音を立てて弾け飛ぶ。

 

「うわあ!?」

「アゥ! アゥ!」

「アハハッ、やったなぁ~!このこの~!」

 

 驚いたコルニを見て大喜びのポケモン。対してコルニは、仕返しとばかりにポケモンの頬をうりうりと撫で始める。

 あくまで怒るのではなく、戯れの一環として受け取った彼女の楽しそうな様子に、ライトも傍から微笑ましい光景だとばかりに笑っていた。

 

「あのポケモンは、『アシマリ』と言うんだよ」

「アシマリ……ですか?ええっと……」

「儂はこの水族館の館長じゃ」

「はぁ……どうも」

 

 背後から話しかけてくる老人にライトは、思わずたじろいでしまう。何故ならば、館長には似つかわしくない麦わら帽子、首にタオル、シャツイン、そして釣竿を背負っているという姿であったからだ。

 茫然とするライトと、アシマリと戯れるコルニを見て、館長の老人は『ほほう』と頷く。

 

「デートかな?」

「違います」

「ウチの水族館には、恋人と一緒に見たら幸せになれるというラブカスが……」

「違います」

「……そこまで真顔で言うんじゃから、ホントにカップルではなさそうじゃな」

「本当に違いますから」

 

 カップルに間違えられたライトであったが、真顔の圧力で館長自身に間違いであるという事を気付かせた。

 そのような威厳の無さそうな館長と隣り合いながら、ライトは未だアシマリと戯れるコルニを見ながら館長に質問を投げかける。

 

「あのアシマリって言うポケモン、初めて見たんですけど……どこに生息しているんですか?」

「はっはっは……あの子はウチの新入りでな。確かァ~……そうじゃ、アローラ地方という温暖な気候の場所に居るポケモンなんじゃよ」

「アローラ地方?」

「うむ、一年中暖かい陽気に包まれている南国の地方じゃ。つまりアシマリは、同じあしかポケモンでもパウワウとは全く違う環境で過ごす種類なんじゃよ」

「へぇ~!」

 

 中々興味深い話に、ライトも熱心に耳を傾ける。

 そんな目を輝かせる少年に、館長の気持ちもノってきたのか顎を擦りながら、延々と【みず】ポケモンについて語り始めた。

 

「見ての通り、ウチの水族館では主に【みず】タイプを展示しているんじゃ。【みず】タイプは、ポケモンのタイプの中でも二番目に多いタイプと呼ばれるだけあって、多種多様な姿を見る事ができて飽きることが無い。暖かい気候で過ごす子も居れば、寒い気候で過ごす子も居るし、コイキングのようにどんな環境でも生き延びる子も居る……いやぁ、実に面白いタイプじゃよ」

「館長さんはコイキングが好きなんですか?」

「うむ? 確かに好きじゃが……どうして分かったのじゃ?」

「だって……」

 

 そう言ってライトは、水族館の中央に位置するであろう場所に堂々と飾られている巨大な金色のコイキング像を指差した。

 

「あそこにコイキングの像が……」

「あ~……分かってしまうものかな?」

「まあ、貴方が館長だって言われたら……」

 

 共に苦笑しあう二人であったが、何故金色のコイキングであるのかというのも気になってくるライト。

 ポケモンには、稀にではあるが『色違い』と呼ばれる通常個体とは違った色彩を持つ個体が生まれる事がある。

 人間にはアルビノなどが確認されることがあるものの、ポケモンの色違いは種族によって決まっている様である為、一部学会では劣性遺伝がどうたらこうたらなど言われているが、詳しいことは解っていない。

 だが、ライトはまずコイキングの色違いが何色か知らない。そこのところはどうなのだろうか、と訊いてみる。

 

「あのコイキングの色って、何かモチーフがあるんですか?」

「コウジン周辺の海域に生息していると言われておる、色違いのコイキングじゃよ。その身体は黄金の様な鱗に包まれており、それはまた荘厳な……―――」

 

 何やら、さらに館長の心に火を着けてしまったようだ。

 色々と語られている間に金ぴかのコイキングを想像してみたが、いまいちピンとこない。コイキングのネームバリューが邪魔をしているのだろう。

 しかし色違いがこの周辺に住んでいると言うのであれば、見てみたいと言う欲が生まれてくる。

 そこで、

 

「すみません。ここで釣竿が貸し出されてるって聞いたんですけど、借りても大丈夫でしょうか?」

「釣りをしたいのかい? 構わないよ。ただ、プロが使う様な凄い釣竿は置いていないけどねェ」

「いえ、そんな! 貸してくれるだけで嬉しいです!」

「そうかい。釣りが好きなんじゃねェ……ちょっとここで待ってくれるかい?あ、暇つぶしがてらに儂秘蔵の【みず】タイプポケモン図鑑でも眺めるかい?」

「はい!」

 

 釣りをしたいと言うと、快く貸してくれるらしい館長。腰に差していた雑誌のような本の束を取り出し、それをライトに手渡してそそくさと釣竿を取りにどこかに向かう。

 折角渡してくれたのだからと、ライトはペラペラと【みず】タイプのポケモンが載っているらしい本を読み進める。

 

(ラプラスカワイイなァ~……このネオラントって言うポケモンは綺麗だし……ん? ミロカロス?)

 

 丸かったり細かったりと多種多様なポケモンを眺めている内に、一体のポケモンに目が留まった。

 ギャラドスのように細長い体躯でありながらも、雄々しさではなく、悠然とした美しさを全身から迸らせるポケモン。

 緋色の髪にも見える様な眉を垂らし、ミルク色を基調とした体も、尻尾の方は赤と青の鱗が生えている。もし日の下に出れば、光を反射して宝石のように輝くであろうことは容易く想像できてしまう。

 

 一瞬にして、想像力を駆り立てる麗しさを持ったポケモン―――ミロカロスに釘づけになった。

 

「……綺麗」

 

 人並みの感想。

 だが、それしか言葉が出てこない。写真でなく、本物が目の前に居ればと思ってしまう。もしもミロカロスが、水の都で悠々と泳ぎ回っていたら誰もが目を向けてしまうだろう、と。

 

「おぉ~い、釣竿を持ってきたぞぉ~い」

「あっ、ありがとうございます!」

「あれ、ライト? もう釣りに行くの?」

 

 アシマリと遊んでいたコルニは、釣竿を受け取っているライトを目の当たりにしてショックを受けたような顔をする。

 まだまだ水族館を見たりないと言わんばかりの顔だ。

 

「いや、まあ……僕が持てばいい話だから」

「はっはっは……君は彼女さんとまだ見回っておればよいじゃろう。儂は先に海岸に行って準備するからの」

「彼女じゃないです」

「そんな怖い顔せんでも……」

 

 否定の時は真顔になるライト。

 そんな少年に館長は、せこせこと海岸へと向かって歩み始める。自分にちょっかいを駆けてくる館長に溜め息を吐いたライトは、コルニに視線を向けた。

 

「……ってことだから、水族館見回ろうか」

「オッケー! ふふ~ん、【かくとう】タイプいないかなぁ~っと……」

「【みず】で【かくとう】なら、ニョロボン辺りじゃない?」

「成程! ニョロボンニョロボ~ン♪」

 

 意気揚々と歌いながら進んでいく少女の背中を追うライト。こういう時はパンフレットを見れば早いのではないかとツッコみたかったが、最終的に全部見るつもりなので、そう言うのは野暮だろうと胸の内で留めて置く。

 溌剌とした少女をやれやれとした表情で付いていく少年―――二人の姿は、傍から見ればカップルにしか見えない。

 だが、誰も指摘することはなく、そのまま二人は水族館を存分に楽しむのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ニョロモ釣れるかな?」

「流石に無理だと思う」

「え~」

 

 釣り糸を垂らすコルニは、ニョロモが釣れないかと期待していたがライトの一刀両断の言葉に嘆息を漏らした。

 研究者でないから大口を叩ける立場ではないが、ニョロモが生息するのは基本的に川や湖の主に淡水である場所であり、余り海に暮らしている場面を見たことは無い。

 テレビで観たり本で読んだりした知識だが、大方間違いは無い筈。

 

 ニョロモを釣り上げ、最終的にはニョロボンにしようと考えているようなコルニであったが、期待外れと言わんばかりに目を細める。

 対してライトは、のほほんとした瞳で釣り糸を垂らし、時折竿を上下に細かく揺らす。こうすることで、ルアーを生きている餌だと勘違いしたポケモンが食いつくと言うのは釣り人の常識だが、ライトは特に意識することはなく揺らしている。

 

「おっ……当たりだ」

「え~~!? またァ~~!?」

「静かにしてよ、コルニ……」

 

 ライトの釣竿が引っ張られるかのように撓るのを見てコルニは、納得がいかないかのように声を上げるが、声で驚いて逃げてしまうという理由でライトは止めるように言った。

 そうしてから、しっかりと食いつくまでジッと待ち―――。

 

「ここだっ!」

 

 水飛沫を上げて水面から姿を現す一つの影。

 それは、赤い鱗を持ち、立派な髭を持つ魚ポケモン。

 

「コイキング……」

「ココココッ」

「リリ~ス」

「コココッ」

 

 釣り上げた活きの良いコイキングを抱きかかえていたが、釣りを始めてから既に十体目になるコイキングに、流れる様な動きで海に帰すライト。

 コイキングは元気よく尾びれをバタつかせ、【みず】と思えぬような不器用な動きで海の中へ戻っていく。

 

(……久し振りだなァ)

 

 何故か感慨深くなるライトの隣で、自分だけ釣れない事に苛立つコルニ。

 コルニは見よう見真似で釣竿を揺らすが、強すぎる勢いで海面はバチャバチャと音を立てて波を立てる。

 

「あの、コルニ……そんな揺らしたらポケモンも逃げるよ?」

「あァ~~~もォ~~~! 今日気付いた! アタシ、釣り向いてない!」

「うん。見て分かる」

 

 すると、火に油を注いだかのようにコルニの憤慨している様子は酷くなっていく。今度は竿を揺らすのではなく、逆にジッと動かなくなる。

 ここで『“かたくなる”の真似してるの?』と言える空気でも無い為、再び海面に向かって釣り糸を垂らす。

 チャポンと軽快な音を鳴らし、波によってテンポよく揺れるウキをボーっと見つめる。

 

 燦々と降り注ぐ太陽の光に若干肌が焼かれるような感覚を覚えると同時に、潮風がジンワリと染み込んでいく。

 アルトマーレを思い出すかのような感覚。

 どこか懐かしいのは、自分が六年間海の上に在る水の都で暮らしたからか、はたまた生物皆海の子だからか。

 というような柄にもないことに自分で苦笑して、海の青を映す空を奔る雲を見上げた。

 

「キャモォ~!」

「ブイブイ~!」

「……みんな元気だなァ~」

 

 後ろの砂浜では、初めての砂場に興奮するイーブイとキモリが共に戯れており、さらに後方には保護者であるかのようにストライクが腰を下ろして休んでいた。

 リザードはと言うと、適当な岩場の上でサングラスを掛けながら寝ころんでいる。一体、どこから持ってきたのだろうか。

 ヒンバスに関しては、久し振りの海と言うこともありライトが釣り糸を垂らしている近くで、控えめに楽しそうに泳いでいる。

 

「気持ちいい?」

「ミッ!」

「ふふッ、そっか」

 

 図鑑では『みすぼらしい』などと言われているヒンバスだが、こうして接してみると実に愛らしい一面がある。世間的に言えば、『ブサカワイイ』という部類なのだろう。

 ふと後ろを振り返ると、キモリとイーブイ達にコルニの手持ちも混じって砂遊びを始めている。

 実に微笑ましい。

 

 そうしてから暫く、釣竿もピクリとしない時間が過ぎる。

 コルニは既に諦めムードで、コックリコックリと頭を海面に漂うウキのように揺らしていた。

 間違って海に落ちれば大変だと考えたライトは、スッと立ち上がり―――。

 

 バサァ。

 

「……」

 

 自分に砂が振りかかったことに気付き、飛んできた方向に目を遣る。そこには、一心不乱に地面を掘り進めるイーブイの尻尾と、一緒になって掘り進めるコルニの【かくとう】ポケモン達。そして、ライトに掘った後の砂が降り注いだことに気付き、あたふたとしているキモリの姿が在った。

 

 なるほど、そういうことか。

 あえて口にはせず、そ~っと砂場に穴を掘っているイーブイに忍び寄る。

 そして、

 

「コラ―――ッ!!」

「ブイィ―――ッ!?」

 

 まったく気づいていないイーブイの胴を、勢いよく両手で掴む。ビクッと体を跳ねさせるイーブイは、ライトの怒っているような声に『ボク、なんかした!?』とでも言わんばかりに目を丸くしている。

 確認しようと背後で自分を掴む主人を確認しようとするイーブイ。

 

「砂掛かったよ、このォ!」

「ブイ~~~ッ!」

 

 息もつかせぬ指捌き。胴に執行されるのは、何時ぞやの擽りの刑。途端にイーブイは騒ぐのを余儀なくされる状態に陥った。

 イーブイは気付いていないが、周りの者達はライトが屈託ない笑顔で擽っているのが分かり、あの時のように本気ではないことが窺える。しかし、そのことを知る由もないイーブイは、目尻に涙を浮かべながら様々な感情が入り混じった顔で、延々と手の中で暴れるだけだ。

 主人とパートナーのギャップに、周りで見ているポケモン達は可笑しくてたまらず噴き出す。

 

 それは比較的硬派なストライクや炎ポケモンなのにクールなリザードも例外でなく、年齢的に一番若いイーブイが弄られている姿は否応なしに口角が吊り上る光景だ。

 先程まで眠りに落ちかけていたコルニも騒ぎで目を覚まし、ケラケラと二人の戯れを笑って眺めている。

 

「コココッ」

「ミ?」

 

 地上で戯れるヒンバスの横にやってくるポケモン。

 姿は何度もライトが釣り上げていたコイキングであるが、どうにも色が違う。今までが真っ赤な鱗であったのに対し、今ヒンバスの隣に居るのは黄金のように金色の鱗を持った―――。

 

「ミ」

「コッ」

 

 『こんにちは』程度の挨拶を掛けるヒンバスと、再び海中に戻っていく金色のコイキング。

 コイキングと侮ること無かれ。若干傾き始めた日の光を浴びるコイキングは、ジョウトの伝説のポケモンであるホウオウと同等なまでに輝いていた。

 

 だがヒンバス以外、海に戻っていく()()()のコイキングに気付く者は居なかった。

 



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番外編 マサラの三人

 

 

 カントー地方・マサラタウン。

 真っ白、始まりの色。

 そんな言葉が似合うような街はお世辞にも都会とは言えない、しかし緑が非常に豊かな街であった。

 カントー地方に住む人々に、『マサラタウン』と訊けば大多数の人は『オーキド研究所がある場所』や『元カントーチャンピオン・レッドの故郷』など、意外と多くの答えが返ってくる。

 

 その中、ここ最近増えてきている返答はこれだ。

 

『若手女優・ブルーの故郷』

 

 映画の本場・イッシュ地方のポケウッドでここ最近活躍している女優のブルーの生まれた地であるマサラタウン。

 カントーの有名女優で言えば、まず始めにヤマブキシティにジムを構える『ナツメ』を口にする者も居るが、ブルーはここ最近地方中にその名を響かせ始めている。

 

 マサラ出身の少年レッドがカントー地方最年少チャンピオンの記録を塗り替え、早三年。彼とライバル関係にあった弟を持っているナナミは、自宅でハピナスと共にテレビに向かっていた。

 時刻は午後七時と、テレビ業界で言えば『ゴールデンタイム』と呼ばれる視聴率の上がりやすい時間帯。

 放送されるのは老若男女問わないジャンルの番組であるが、その中でもポケモンコーディネイターであるナナミは一つの番組を毎週見ていた。

 

 それは―――。

 

『キラキラー! くるくる~……ミラクル☆ルチアの! コンテストスカウト―――ッ!』

 

 オープニング曲である『アピール☆ラブ』をバックミュージックに、太陽のような笑顔で決めポーズを決める少女。

 チルタリスと一緒に移る彼女―――ルチアは、パートナーのチルタリスに合わせる様な青と白を基調にした衣装で、画面に堂々と映っている。

 彼女はホウエン地方で有名なコンテストアイドルだ。

 

 言わば、ホウエン地方のみならず小さな女の子たちの憧れであり、多くの若い男性を魅了するルチアがメインパーソナリティの番組。

 それが『ミラクル☆ルチアのコンテストスカウト』なのである。

 

 ポケモンコーディネイターのナナミは、他地方のコーディネイターがどういうものであるのかを知りたく、毎週録画までしてこの番組を視聴していた。

 熱心に画面を眺めるナナミであったが、玄関の方から聞こえてくる音にフッと振り返る。

 

「お爺ちゃん、お帰り~」

「ただいまァ~、フゥ~……今日も疲れたわい」

「ハッピ~」

「おお、スマンなハピナス」

 

 研究所から帰ってきたのはナナミの祖父であり、同時にポケモン研究の権威であるオーキド・ユキナリだ。

 片手に持っていた研究資料が入っていると思われるバッグを、玄関まで迎えに行ったハピナスに手渡し、ナナミがテレビを観ているリビングまでやって来る。

 

「おお、ナナミ。またそれを見ているのか?」

「う~ん」

「はぁ……儂としては、ニュースが見たいんじゃがのう」

「えぇ~……お爺ちゃん、今日のこの番組のゲスト知らないの?」

「ゲスト?ゲストがなんなんじゃ」

「見てればわかるって」

 

 コーヒーを飲みながら熱心に画面を見つめるナナミ。画面では、ルチアがいつものようにオープニングトークを進めているが、ここで動きが現れた。

 

『そして、今回はゲストをお呼びしています! 先週は、カロス出身のエルちゃんでしたが……今回はなんと、女優さんです! イッシュから来て頂きました! どうぞ!』

『ど~もォ~♪』

『本日のゲストは、イッシュのポケウッドで大活躍の若手女優・ブルーちゃんです!』

 

 画面のはしから忙しない様子で映ってきたのは、黒いワンピースというシックな装い、且つ茶髪ロングの女性―――と思いきや、年齢的にはまだ少女に入る人物。

 予想外の人物にオーキドは目が点になる。

 

「ブルーじゃと!?」

「うん。先週の次回予告で見たから、今回は絶対見なくちゃって」

 

 三年前、レッドやグリーンと共にマサラタウンを旅立っていったトレーナーの一人で、リーグ三位の実績を有す少女は、コンテストアイドルの横でニコニコと微笑んでいる。

 

『番組、もう百回超えてやっていますけれども、女優の方のゲストは初めてかもしれません!』

『え、本当ですか!? 光栄って言うか、他の方達になんか申し訳ないっていうか……』

『何を言ってるんですか! そこはドラマや映画の演技のように、堂々として頂ければと……』

『アハハッ! そんなこと言われたら、はっちゃけちゃいますよォ~?』

『ウフフ! え~、今回はそんな元気なブルーちゃんとこのミナモシティを歩いて、新たなコンテストアイドルを探す為に各所を巡りたいと思います!』

『よろしくお願いしま~す!』

 

 流石、女優をやっているだけあって弾んだ会話で番組を最初から盛り上げていくブルーに、オーキドはやれやれと頭を掻く。

 自分の孫とは別の方面で有名になっている少女には、色々な意味で呆れた溜め息しか出ない。

 なんやかんやで知名度的には、三人の中で最も高いかもしれない。

 折角そんな彼女が番組にゲストで出ていることもあり、オーキドは白衣を脱いで椅子に座り、テレビを観賞するための体勢に入る。

 そうこうしている内に、番組は最初の他愛ない会話に入った。

 

『え~、まず簡単な経歴から紹介させて頂きます。生まれはカントー地方のマサラ出身ですね?』

『はい! 凄い田舎なところなんですけど……』

『いやいや! 自然が豊かってことは、野生のポケモン達とのふれあいも多いのではと』

『いや、自然多すぎて! ちょっとした秘境的な……アハハッ!』

 

 ある種自虐ネタのように、マサラタウンの田舎具合を口にする。

 否定できないと言わんばかりに、画面を見つめているナナミとオーキドは笑う。

 

『そんなブルーちゃんは、なんと十二歳の頃にカントー地方のポケモンリーグで三位の好成績! このころは、もうバリバリのポケモントレーナーで?』

『そうですね! なんていうか、その時期が一番暴れていた感じですね!』

『あ、暴れ……ですか!?』

『そうです! 暴れてました!』

 

 グッといい笑顔でカメラ目線を決めるブルー。

 確かに暴れていた。色々と。

 画面の端では、イメージ画像なのか荒ぶるケンタロスの画像が映っている。

 

『このように、ポケモントレーナーとして活躍していたブルーちゃんも……あの有名な女優であるナツメさんに誘われて女優になったんですよね?』

『はい! もう、今となってはこの業界での先輩で……ホントお世話になってます!』

『ナツメさん、女性なのにカッコいいですよね! 才色兼備、クールビューティー☆アクトレス! って感じで! そんな方に誘われ、今ではポケウッド期待の新人とされており、イッシュ地方のアンケートで期待の若手女優ランキングでは見事一位を獲得!』

『いえいえ……そんな……』

『さらに更に、日曜七時から放送されている『進化戦隊 ブイレンジャー』のブイグレイシア役に抜擢! 他にもドラマや映画でヒロインに抜擢されるなど、目覚ましい活躍を見せているブルーちゃんですが……最近はどうですか?』

『いや、ホント……忙しいのが楽しいですね!』

 

 満面の笑みで語るブルー。一体、本当であるのか嘘であるのか真意は分からないが、実際は半々だろうとオーキドは予想する。

 その理由は―――。

 

『でも、最近家族全員で過ごせないのがですねェ~、ちょっと……』

『あァ~……家族は何人で?』

『えェ~と……始めは父と母と弟とで四人ですね! 今はちょっと父の都合の関係やらでバラバラなんですけど』

『弟さんいらっしゃるんですか?』

『はい、居ますよ! 三つ下の!』

 

 やはり来たか、と苦笑を浮かべるオーキド。

 ブルーの話は、その大半が弟であるライトに関係するのだ。

 

『三つ下って言うと……十二歳! おお、是非コンテストに興味を持っていただきたいところ!』

『でも、うちの弟はバトル方面なんで……』

『いや、大丈夫です! いっちゃいましょう! 今度!』

『いっちゃいます!? いっちゃいますか!?』

 

 まるで女子高生のようなノリでトークを進めていくルチアとブルーの二人。ルチアは普段、一人で番組を進める時はタメ口なのであるが、ゲストが来ている時は例外的に敬語になるのだ。

 それでも、同年代の女性となると会話が弾むのか、溌剌とした笑みを浮かべながら会話に華を咲かせている。

 ブルーもまた、普段オーキドや幼馴染には絶対使わない敬語を用いているが、これも社会人として過ごしているのが理由なのだろう。

 

 すると、テレビを眺めている二人の視線が、画面右上に浮かんだテロップの『マネージャーが激白!』という部分に向かう。

 

『え~……ここで、ブルーちゃんのマネージャーさんから、ある情報を仕入れております!』

『え、ちょ、なんですか!? もしかしてスキャンダラスな!?』

『大丈夫です! え~『よく、食事などを一緒にさせていただくのですが、その時の会話の半分は弟の事。ブラコンなのはいいですが、もう少し自重して頂きたい。特に、大御所さんの休憩時間にまで弟の事を語るのはちょっと……』だ、そうです!』

『アハハハハッ!』

 

 口を手で覆って大笑いするブルーと、『ブラコンなんですか!?』と笑いながら問いかけるルチア。

 ここまで来ると番組冒頭の大人な雰囲気はどこへやら。年相応な明るい雰囲気のまま、番組は進行していく。

 先程までのテロップは『ブルー。まさかのブラコン!?』に代わっている。

 

『いや、だって……えッ、皆さん弟って可愛くないですか!?』

『具体的にはどこら辺が……?』

『小っちゃい頃はもうコロコロで~! 『お姉ちゃ~ん!』ってたどたどしい足取りでこっちに来て……素直な感じで! 今はもう、なんか反抗期的な……ガッツリじゃないんですけど、私のテンションについてこれなくて『ちょっと……』みたいに距離取られちゃうんですけど、それが面白くってからかっちゃうんですよね!』

『べた惚れですね! どんな感じの……』

『あッ、写メありますよ! 見ます?』

『ああ、それはもう是非……!』

 

 カメラに映らないように、ブルーが取り出した機器の画面を眺める二人。写真を見たルチアは、『あッ、可愛い~!』とブルーの弟を見た感想を端的に述べた。

 

『なんて言うか……ブルーちゃんが男装すればこんな感じなのかなぁ~っていう子です! これはもう是非コンテストに誘ってみたい感じですけれど……!』

『でも今、カロス地方に留学してて……本人はリーグ目指してますね!』

『それはつまり、ブルーちゃんの意志を継ぐように優勝目指してって言う感じで……』

『アハハッ! そんな大層な感じじゃないですけど、まあ姉として優勝してほしいところですね!』

 

 赤裸々に弟への想いを語るブルーの姿は、一部の者にとっては見慣れた光景だ。

 デレているのが明らかに見て取れる。

 

 そのような、番組開始のゲストとの軽いトークを数分間ほど進めていたルチアであったが、ふと足を止めてブルーを呼び止めた。

 

『ここまで楽しいトークをさせて頂いたんですけれど、もう目的地に到着しました! 今回、新たなコンテストアイドルをスカウトするのはこちら! ホウエン地方で最も大きいデパートと言われているミナモデパートで~す!』

『わァ~! 大きいデパートですねェ!』

『昨年、開業三十週年ということで大々的に感謝セールなどがニュースとなりましたが、食品や洋服、日用雑貨に加えてトレーナーの必需品も揃えられている、ここに来ればない物は無いとまで言われております! 今日はそんなミナモデパートにやって来ている人達をターゲットにやっていきましょ~!』

『イェーイ!』

 

 当たり障りのない番組の進行だが、美少女二人が常に画面に映っていることもあり、華は十分すぎるほどだ。

 次第にカメラは退いていき、デパートの中へ入っていく二人。その際、ブルーは茶目っ気たっぷりでカメラに向かい投げキッスをしてから、手を振った。

 

 ここまで来たところで画面はデパートの紹介映像に切り替わり、実際に買い物をしている人や一緒に訪れるポケモン達が画面に映る。

 カントーでのデパートと言えば、タマムシシティのタマムシデパートだろうが、ミナモデパートはそれよりも一回りか二回りほど大きい。

 オーキドの近くでは、『私も行ってみたいなァ~』などの言葉を漏らすナナミがハピナスのゆで卵の様につるつるな頭を撫でる。

 そんなハピナスに対し、オーキドの頭髪はまだまだ現役だ。流石、ポケモン研究会の権威と言うだけはある(?)。

 

「あァ~、そう言えばナナミ。お前、大学の夏休みはまだ終わらんのか?」

「大学の夏休みは長いんですゥ~。なに、お爺ちゃんは私にさっさとタマムシに帰って欲しいって思ってるの?」

「いやァ、そういう訳じゃないじゃがのう……」

「むぅ……研究手伝ってるのに……私の卒業論文のついでに」

「お前はまだ一年生じゃろうが」

 

 孫と祖父の会話は、終始孫のペースに祖父が飲まれる形となった。

 ナナミが予定している卒業論文は、『ポケモンのなつき進化について』だ。弟がトキワジムリーダーに就任したのに対し、ナナミは祖父のように研究者の道を進んでいる。

 そんな彼女の論文の内容は、ラッキーがハピナスに、イーブイがエーフィになどの“なつき”という特殊条件で進化するポケモンについてのことなのだが、内容が内容である為ササッと書くことの出来ないものだ。

 その為、現役研究者であるオーキドの下で、論文を書くための材料集めの為に彼の研究を、タマムシ大学の夏休みを利用して手伝っている。

 

「ふぅ……でも、なつき進化の事例が少ない、レベル進化との差別化も問題だし……エーフィもブラッキーもなつき進化で、その差別化も……一応時間帯での違いってことにされるけど、なつきだけと時間帯も関係するのも色々と……」

「……お前も苦労してるんじゃのう」

「お爺ちゃんも、なんで大々的にカントー地方は全部百五十匹って言ったのかしら……」

 

 ジト目で見つめてくる孫。

 『調べが足りないんじゃない?』と言わんばかりの目であるが、必死の弁解をオーキドは口にする。

 

「ここ二、三年でポケモンの生息地は大きく変わっておるのじゃ。カントーも昔は百五十匹だったという訳じゃよ」

「ふ~ん……不思議な不思議な生き物……ポケモン様様だね、お爺ちゃん」

「全くじゃ。お蔭で、研究テーマが尽きる事がないわい」

 

 二人同時に溜め息を吐く。

 研究テーマが多いという事は、研究者にとって喜ばしいことなのだろうが、余りに多いと辟易してしまうのは想像に難くない。

 研究が進んできたのも、ここ最近の話。新たな発見に次ぐ新たな発見により、研究テーマは加速度的に増えている。卒業論文を書かなければいけない大学生には嬉しい話だ。

 

 閑話休題。

 

「もう少し、資料が欲しいんだけど……お爺ちゃん、いい人知らない? なつき進化を研究してる人から、こう……資料を融通してもらったりとか」

「本職にせがむんじゃないわ、全く……」

「はぁ……じゃあ、なつき進化するポケモンを持ってる人は……」

「それは数えたらキリがないわ」

「う~ん……あッ、そうだ! お爺ちゃんが図鑑を渡して旅してる子にレポート頼んだりとか」

「そんなの儂も欲しいくらいじゃわ!」

「むむッ……」

 

 何とかして、資料を集める事はできないかと逡巡するナナミ。

 蟀谷を指でグリグリと揉みながら、良い案はないものかとテレビを眺める。画面には、ルチアとブルーのインタビューを受けている、少女のトレーナーが映っていた。

 

「ブルーちゃん……ブルーちゃん? ……弟……そうだ!」

「うぉッ!? 急にどうしたんじゃ?」

「私、ブルーちゃんの弟のライト君にレポート頼んでみるわ! 旅してるって言ってたから、ちょうどいいし!」

「なにィ!?」

「そうと決まったら、早速ブルーちゃんにライト君の電話番号教えてもらわなきゃっと……」

「お……おォい! ナナミ!」

 

 嬉々とした表情でリビングから飛び出ていくナナミの片手には、ポケギアがしっかりと握られている。

 これからブルーに電話を掛けるなり、メールで番号を聞くなりすることは容易に想像できた。

 図鑑を渡し、ポケモンも託し、それでもレポートが送られてくることが余りないオーキドからしてみれば、余りにも図太いと言うか―――。

 

「折角なら、儂にも頼ませてくれ―――ッ!」

 

 

 

 研究者は、色々と大変なのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 シロガネ山。

 其処は、ベテラントレーナーでさえ登山を躊躇う凶暴なポケモンの巣窟。もし入ると言うのであれば、付近に建てられているポケモンリーグに入山許可証を発行してもらわなければならないのだ。

 だが、発行してもらうためにもある程度の条件は必要であり、最低での地方のバッジ八つ全てを手に入れている程度の実力が無ければ、足を踏み入れる事は許されない。

 

 だが、そのような山で二、三年ほど過ごしているポケモントレーナーが一人。

 

「い~い湯~だな~……」

「ピカチュ♪」

「ヴィ~ヴィヴヴァヴァ~……」

「ピカチュ♪」

 

―――ブクブクブクブク……

 

 『アハハン♪』という合いの手が付きそうなハーモニーを唱えていた少年であったが、口元まで天然の温泉に浸からせることにより、泡が弾ける音しか聞こえなくなる。

 彼の横では、パートナーであるピカチュウが頭にタオルを乗せて、主人同様天然温泉に身を浸らせていた。

 シロガネ山に在るこの秘湯は、別名『ファイヤー温泉』とも呼ばれ常時発火性の高いガスが纏っているものの、傷を癒す成分がたっぷりであり、入れば瞬く間に疲れも吹っ飛ぶ知る人ぞ知る秘湯だ。

 温泉に入る彼の周りには、彼のパートナーであるポケモン達が一緒になって浸かっているものの、リザードンだけは離れた場所で待機している。

 

 更には、シロガネ山に住んでいるポケモン達も、この天然の温泉に身を浸らせており、全員が間の抜けた顔でグデーっと温泉の淵にある石に寄りかかっていた。

 リングマやヒメグマ、ドードリオなどを始めとしたポケモンの他に、ムウマやバンギラス、果てにはハガネールも。

 普段凶暴な彼等が、こうしてゆったりと温泉に浸かっているのは一重に、唯一この場にいるトレーナーが関係している。

 

 生ける伝説・レッド。

 

 彼こそが、このシロガネ山における首領なのだ。長い間、山で修行している間に叩きのめされてきたポケモンは、否応なしに彼と彼の手持ち達を首領と崇める。

 本人たちのあずかり知らぬ場所で。

 レッドにしてみれば、『平和だなァ~……』と呟く程度のことだ。

 

 だが、

 

「何がいい湯だな、だ。お前はよォ」

「痛い」

 

 ガンッ、と頭を何かで叩かれたレッドは、ゆったりとした動きで背後に居る人物を視界に入れた。

 

「……エッチ」

「誰がエッチだ。野郎の裸なんざ見ても嬉しくねえんだよ、馬鹿レッド」

「そういう馬鹿グリーンはごはんを持ってきてくれたんだね、ありがとう」

「感謝しろッ! なに『当たり前だろ?』みたいな顔で手を差し伸べてんだ!」

 

 レッドの前に現れたのは、現在トキワジムのジムリーダーを務めている幼馴染のグリーンであった。

 彼が持ってきたのは、年がら年中山籠もりしているレッドの為の食糧だ。

 だが、ここまで食糧を届けに来るためにはかなり面倒な手続きを踏まなければならない為、グリーンの労力は凄まじいことになっている。

 

「ニートまっしぐらのお前に食糧届けに来てる俺の身にもなってみろ!」

「……ニートじゃない。将来の夢は、専業主夫だから」

「実質ニートじゃねえか!」

「……全国の専業主婦&主夫の方々に謝れ」

「あ、すみません……ってなるか、コラッ! お前限定で言ってんだよ!」

「……どうでもいいから、ご飯プリーズ」

「やるかッ! その状態のお前に!」

「……じゃあいいよ。グリーンの黒歴史を皆に教えるから」

「おいおいおいおいッ! なにしようとしてんだ!?」

 

 ギャーギャーと騒ぎ立てる二人(主にグリーン)を、温泉に浸かっているピカチュウは『うるせーなァ……』と言わんばかりにジト目で睨む。

 ラプラスは既に逆上せて陸に上がり、カビゴンはプカプカと水面を漂い、プテラとエーフィに関してはカビゴンの腹の上で寝ている。

 

 

 

 腐れ縁な二人はその後も騒ぎ続け、後でピカチュウの“10まんボルト”を喰らうのだった。

 

 





UAが50000を超えました。
いつも、読んで頂き誠に有難うございます。


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第四十二話 レポートはこまめに

 

「レポート……ですか?」

『うん。頼まれてくれないかしら?』

 

 釣りを終えてポケモンセンターに帰り、夕食や入浴も経てこれからという場面で掛かってきた電話。

 それは姉・ブルーの友人でもあり、ライトもマサラタウンで暮らしていた頃によく世話になっていた女性―――ナナミだ。

 折り入って頼みごとがあると言う為、今はポケギアではなくポケモンセンターに数台設置されているパソコンでモニター通信をしているところである。

 

 柔和な笑みを浮かべながら合掌するナナミに、どうすればよいものかと頭を悩ます。

 今回のカロス地方留学は、オーキド研究所が旅費を負担するというものであり、旅をするライトにとっては非常にありがたいものとなっていた。

 旅費というものは馬鹿にはならずかなりの金額にもなることをライトは知っている為、オーキドの孫であるナナミの研究の手伝いをして恩を返せればと思うものの、

 

「あの、レポートって何を書けばいいんですか?」

『レポートって言うと、大学生とか研究者みたいな難しい文章を想像しちゃうかな? でも、そんな難しい話じゃないから! なんて言うか、観察日記みたいな感じで大丈夫よ』

「観察日記……それなら何とか書けそうです!」

『そう!? ありがとう、本当に助かるわ~!』

 

 言葉を置き換えることにより、得も言えぬ責任感から解放されて笑みを見せるライト。そんな前向きな言葉にナナミも安堵した色を浮かべ、モニターに映っているライトのイーブイに目を付けた。

 

『ライト君は、イーブイを何に進化させるのかは決めてる?』

「いいえ、まだ……」

『進化先の多いイーブイはそれぞれの進化条件が異なるのは知っているよね? もし、エーフィかブラッキーに進化したら、その時の時刻とかも記録してくれると嬉しいわ』

「わかりました。じゃあ……レポートはどうやってそっちに送れば……」

『う~ん、そうね……適当な紙に書いてからポケモンセンターのジョーイさんに言えば、FAXで送ってくれる筈よ。 電話番号は後でポケギアにメールで送っておくから確認してね』

「はい。じゃあ、街に着いた時を目安にレポートを送りたいと思います」

『ええ、助かるわ! それじゃ、旅頑張ってね! あんまり夜更かししちゃ駄目よ?』

 

 実の姉であるかのように心配してくれるナナミに、恥ずかしそうに照れるライト。実際の姉の方も確かに心配はしてくれるが、プライベートが破天荒な分『う~ん……』となってしまう。

 一通り説明を聞いたライトはそのまま別れの挨拶を告げてモニターを切り、腕の中でムニャムニャと眠たそうに蹲っていたイーブイを見つめる。

 口の端から涎が垂れている為、何か美味しい物でも食べている夢を見ているのだろうか。

 

(イーブイの進化……か)

 

 何度か考えたことはあるが、ナナミの言葉を聞く限りエーフィかブラッキーのどちらかに進化させた方が良いのだろう。

 エーフィは【エスパー】。ブラッキーは【あく】であり、どちらも現在の手持ちには存在しないタイプであり、被ってしまうという事態もない。

 

 超能力による攻撃で相手を寄せ付けることなく圧倒するエーフィか。

 

 非常に高い耐久力によって堅実な戦いをしていくブラッキーか。

 

(ま、深く考えなくてもいいかな……)

 

 進化してくれれば―――健やかに成長してくれさえすれば、トレーナーとしては嬉しい限りだ。

 進化とはあくまで外見的な成長。勿論、能力なども飛躍的に向上するが、進化するまでの成長がようやく外見に現れるだけであり、ポケモンは見えない部分も日々成長し続けている。

 『おや』としてそれは悦ばしいこと。

 唯一タマゴから孵って手持ちに入ったイーブイには、特別な情のようなものを覚えているライト。

 眠っているイーブイを赤子を抱くように腕で抱え、起こさないよう慎重に部屋に戻るのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一夜明け、次なる街であるショウヨウシティを目指すライト達。

 天気は快晴であり、崖下の8番道路を歩んでいく二人には燦々と太陽の光が降り注ぎ、昨日のように露わになっている肌を焦がそうとする。

 そのような天気に気温も高いと思われるが、海から吹き渡ってくる潮風によって体感温度はちょうど良いくらいだ。

 

「……でも、帽子は欲しいかなァ~」

「帽子買うの?」

「うん。流石に眩しいから」

 

 普段は額に上げているサングラスをここぞとばかりに掛けているコルニ。

 このままずっと掛けているのであれば、次の街に着くころにはヤンチャムの模様のように日焼けするだろうか。

 それはそれで面白いと言及しないままのライトは、右手で降り注ぐ日差しを遮る。

 

「ブイ~……」

「暑いの?」

「イ~……」

「ボールに戻る?」

 

 人間二人に対し、暑さにやられているイーブイ。確かに、これほどモフモフな体毛を有していれば、熱を逃がすのも難しいのだろう。

 イーブイの進化は環境に適応するためと言われている為、イーブイの時点ではまだ適応力が不十分ということの筈。

 このまま熱中症になれば大変だと考えたライトは、すぐにボールにイーブイを戻す。

 

 首にかかる重さにどこか寂しさを覚えながら、目指す街のある方へと目を遣る。

 

 視界には大空を優雅に羽ばたくキャモメの姿が幾つも見え、沖の方ではホエルオーと思しき巨大なポケモンが背中の部分から潮を吹いていた。

 だが、ホエルオーやホエルコが潮を出しているのは鼻の穴らしい。

 となるとホエルオーやホエルコは、水による攻撃を鼻から出すのかとも考えるが、複雑な気分になったので途中でやめるライト。

 

「ショウヨウシティにはどのくらいで着くんだろう……」

 

 とりあえず今気になる事を口にして、ポケモンセンターにおいて無料で配られている地方のマップを眺める。

 距離にもよるが、ライト達は二日程度あれば次の街へと着く程度の速度で歩いていた。平均だと三、四日程度かかることから、かなりのハイペースで歩いていることが分かるが、本人たちはほぼ無意識でその速度を維持していた。

 流石、マサラ出身と【かくとう】タイプのジムリーダー候補と言える身体能力の高さ。

 

 それは兎も角、ライトの問いに隣で水筒の中の水をゴキュゴキュと音を立てて飲んでいたコルニは、『プハァ!』と息を吐いてから応える。

 

「明日の昼には着くんじゃない? 今朝は早く出てきたし」

「そっかァ……今頃、デクシオとジーナはどこら辺に居るのかな?」

「誰? 友達?」

「うん。一緒にハクダンジムを攻略したんだけど、ミアレで一旦別れたんだ。僕と別れた時はショウヨウに向かうって言ってたから、もうジムを攻略してたりするのかな」

 

 基本ハイテンションでことを進めていくジーナと、そんな彼女を抑止する存在でるデクシオ。

 未だに二人で旅をしているのか、はたまた既に別行動を取っているのか。

 今の所連絡は取っていないが、ショウヨウに着いたら二人に連絡を取ってみようと考える。

 そこまで考えたところで、ライトの隣から『グギュルルル』というビブラートを刻む音が鳴り響き、思わず反射的に振り向いてしまう。

 

 横を見れば、サングラスで瞳は見えないものの、頬を紅潮させて恥ずかしそうに腹部を抱えるコルニの姿が―――。

 

「……お昼にしよっか」

「……了解」

 

 時刻は昼前だが、長い時間歩き続けて消費したカロリーを補給する為、オーシャンビューを気取りながら昼食をとるライト達なのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 同時刻・ショウヨウジム。

 険しい山岳地帯をイメージしているかのように、土の上に大小の岩が散りばめられているというフィールド。天井は吹き抜けであり、非常に奥行きがある。高低差を生かした戦い方や、【ひこう】タイプで飛ぶことのできるポケモンにも配慮しているのだろう。

そんなフィールドの下、一人の挑戦者がザクロに挑んでいた。

 フィールドを駆けまわっているのは、小さな暴君と大きな耳が特徴の水兎。

 

 挑戦者である褐色肌の少女は、フィールドを暴れる様に駆けまわるチゴラスの動きを観察しながら、隙を窺っていた。

 

「“バブルこうせん”ですわ!」

「“がんせきふうじ”で弾きなさい!」

 

 大きく体をのけ反らせて無数の泡を発射するマリルリ。

 対してチゴラスは、自分の周囲に岩石を生み出して向かって来る“バブルこうせん”を防ぐように投げ飛ばした。

 フィールドの中央で破裂する泡は、“がんせきふうじ”と相殺して爆発を起こす。しかし、“バブルこうせん”に対して岩石は消えることなく、フィールドにそのまま障害物として配置された。

 

「マリルリ、岩石に向かって“ころがる”で特攻ですわよ!」

 

 瞬間、体を丸めたマリルリが、走っている車のタイヤの如く高速回転をし始め、岩石へと突っ込んでいく。

 

「“じならし”!」

 

 だが、“ころがる”を行使しているマリルリのバランスを崩そうと、ザクロはチゴラスに“じならし”を指示した。

 喰らった者の【すばやさ】を一段階下げる【じめん】タイプの技。威力はまずまずだが、抑止という使い方であれば隙も少なく充分。

 足を高く掲げ、凄まじい速度でフィールドを踏みしめるチゴラス。同時にフィールド全体には大きな振動が伝わり始めていく。

 揺れ始めたことにより、転がるマリルリの体も自然とボールのように跳ね始める。

 

「フフッ……“はねる”!」

「“はねる”……!?」

 

 攻撃技でも補助技でもない、正真正銘の何の意味もない技。

 その技名を口にした挑戦者に驚くザクロであったが、次の瞬間にはそれが何を意味するのかを理解した。

 既に“じならし”によって跳ねていたマリルリが“はねる”によって、大空へ羽ばたかんばかりにフィールドの上へと飛び跳ねる。

 相手から視線を逸らさぬようにと睨みつけていたチゴラスであったが、上空に跳ねたマリルリと吹き抜けから覗く太陽の逆光によって、一瞬怯んでしまった。

 

 その隙を見逃さず、挑戦者は咆える。

 

「“アクアテール”!!」

「ッ……“がんせきふうじ”です!」

 

 直後、“ころがる”状態から続く回転のままに尻尾を振り回し始めるマリルリは、下に立ち尽くしているチゴラス目がけて、激流を纏った尾を振り下ろそうとする。

 見ての通り【みず】タイプの技であるそれを受ければ、【いわ】・【ドラゴン】であり等倍で受ける事の出来るチゴラスと言えど、タイプ一致の一撃で大ダメージは免れない。

 その為、防御壁とばかりに再び“がんせきふうじ”を上空のマリルリへと放り投げたが、如何せん重量で勢いが出なかった。

 

 振り上がる岩石をものともせず、滝の如く振り下ろされる尻尾。

 それは数秒もかからずして、大地を踏みしめている暴君へと命中し、水飛沫をフィールド全体に上げていった。

 吹き上がる水飛沫。挑戦者の作戦では、一旦マリルリが距離をとって様子を見るところであったが―――。

 

(出てきませんわね……ッ、あれは!?)

 

 ようやく開けていく視界。そこには、ウキのような尻尾を強靭な顎で噛みつかれている自分のパートナーが見えた。

 チゴラスの得意とする技の一つ“かみつく”。有名な【あく】タイプの技だ。

 “アクアテール”を喰らい、少なくないダメージを受けても尚、戦意を迸らせて相手の尾を噛みついているチゴラスに、噛まれているマリルリは苦悶の表情を浮かべる。

 

(【あく】タイプの“かみつく”自体は、【フェアリー】タイプのマリルリに効果はいま一つ……ですが、こうなってしまっては作戦も元も子もありませんわ……なら!)

「そのまま“じゃれつく”攻撃ですわ!!」

「ッ、チゴラス!距離を―――」

 

 ザクロの指示も虚しく、先に主の指示を承ったマリルリが満面の笑みで、“じゃれつく”と言う名の暴力を尻尾に噛みついているチゴラスに働いた。

 『ボコボコ!』と言う効果音が似合いそうな殴打の音が鳴り響き、二体を中心にフィールドには砂煙が舞う。

 暫く、先程のように様子を窺えなくなってしまうフィールドであったが、途中で音が途絶えたことにより、一先ずの勝敗が決したことをトレーナーたちは理解した。

 

「……お疲れ様です、チゴラス」

「ナイスですわ、マリルリ!」

 

 ガッツポーズを決めるマリルリと、その足元でのびているチゴラス。すぐにリターンレーザーを照射してボールに戻し、次なるポケモンをフィールドに繰り出した。

 

「アマルス!出番です!」

「ッ……二体目のポケモン」

 

 チゴラスの代わりに出てきたのは、首長竜を思わせるような体格のポケモン。色合いは雪を思わせるような優しい白と青であり、首の後ろで靡いているヒレに至っては虹色に輝いていた。

 

「可愛いポケモンですわね……でも、手加減は致しませんわ!マリルリ、先手必勝です……“バブルこうせん”!」

「アマルス、“10まんボルト”!」

「なッ!?」

 

 遠距離攻撃を指示する挑戦者に対し、同じく遠距離攻撃を指示するザクロ。だが、これまでの“がんせきふうじ”などの物理攻撃ではなく、特殊攻撃―――しかも、マリルリの弱点を的確に突く攻撃に、挑戦者は驚きを隠せない。

 閃く電撃によって次々と破裂していく泡。そしてとうとう、青白い電光はマリルリの下へ到達し、バリバリと音を響かせるようにして爆ぜた。

 

 数秒の閃き。

 それが終了すると、煤けた体のマリルリが目を回してフィールドに倒れるのを審判が確認し、バッと旗を掲げた。

 

「ッ……ゴメンなさい、マリルリ。なら、次はこの子ですわよ!フシギソウ!」

 

 マリルリを戻し、次に繰り出したのは蕾を背に背負う蛙のような見た目のポケモン。キリッとした目つきで、勝ち誇った顔を浮かべるアマルスを睨みつける。

 

「“はっぱカッター”!」

「“げんしのちから”!」

 

 次の瞬間、蕾の根元辺りから無数の鋭い木葉を手裏剣のように繰り出すフシギソウ。それに対してアマルスも、“がんせきふうじ”とは一味違った岩状のエネルギー体を、“はっぱカッター”を相殺するように繰り出す。

 【くさ】タイプである“はっぱカッター”に対し、“げんしのちから”は【いわ】。相性だけで言えば“はっぱカッター”の方が有利であるのだが、簡単に突破することはできなかった。

 岩状のエネルギー体を葉が穿つと、収束されていたエネルギーが解放されて爆発を起こす。

 砂塵はフィールドの端に立っているトレーナーたちの下へも届くが、慣れているザクロは不敵な笑みを浮かべ、挑戦者は緊張した面持ちで次の一手を放つタイミングを窺っていた。

 

「フシギソウ、“つるのムチ”で首を掴みなさい!」

 

 刹那、先程“はっぱカッター”が出てきた場所から十数メートル程の細い蔓が現れ、アマルスの首を絡め取る。

 効果抜群な【くさ】タイプの技を受けて顔を歪めるアマルス。同時に、フシギソウも眉間に皺を寄せるが―――。

 

「そのまま蔓を引っ込める勢いで“とっしん”ですわ!」

「ならばこちらも“とっしん”!」

 

 直後、掃除機のコードを巻きとるかの如く蔓を収納していくフシギソウは、その際の勢いでアマルスへと突っ込んでいく。

 ハクダンジムでも使った作戦。例え相手が【いわ】であり効果がいまひとつであろうが、少なくないダメージを与えることはできる筈。

 

 そう考えている挑戦者に対し真っ向勝負を挑んだザクロ。

 二体のポケモンは大地を蹴って、互いに全速力で相手に向かって突進していく。

 

―――ガンッ!

 

 鈍く乾いた音。

 激突した二体のポケモンは、数秒の間、激突の衝撃で身を硬直させており、その場から動こうとはしない。

 だが、次の瞬間に片方のポケモンが崩れ落ちた。

 先に動き、優勢を誇っていたかに思われていたポケモンが。

 

「フシギソウ!? くッ……戻って休んでて下さいまし!」

 

 思わぬ決着に驚愕を隠せない挑戦者。“とっしん”は【ノーマル】タイプの技であり、【くさ】・【どく】であるフシギソウには等倍だ。

 なのにも拘わらず、同じ威力の技を放ったフシギソウはたった一撃でアマルスの攻撃の前に倒れてしまったのか。

 

「お教えしましょう。アマルスの特性は“フリーズスキン”。【ノーマル】タイプの技を繰り出した時、その技のタイプは【こおり】へと変化し、尚且つ威力も上昇します」

「ッ……“フリーズスキン”……!?」

 

 心を見透かしたかのように原理を説明したザクロ。初めて聞く特性に驚愕するものの、その説明を受けて得心した。

 【こおり】にタイプが変化したのであれば、【くさ】タイプを有するフシギソウには効果抜群となり、同じ“とっしん”でも相手の方が競り勝ってしまう。

 

「一筋縄ではいかないという訳ですわね……!」

「勿論。トレーナーの全力を引き出した上で、その実力が如何なるものかを審議するのがジムリーダーです。貴方の全力を引き出す為となれば、こちらも全力を出す事は厭いません」

 

 淡々と語るザクロであるが、その顔には笑みが浮かべられている。

 今回のジム戦は、挑戦者のジムバッジが一つということもあり、挑戦者三体でジムリーダーが二体使うという形式をとっていた。

 最初のバトルで先に相手を打ち取り、三体一となって慢心が生まれたであろう瞬間に一気にイーブンまで引きこむ。

 

(流石に……強い!)

 

 込み上がってくるのは焦燥、畏怖、そして―――歓喜。

 そうだ、こうではなくては。

 

 ポケモンリーグに出場するまでの道のりは決して軟ではない。それを知っても尚自分は、長い間プラターヌの下で研究を手伝い、知識を蓄え、今こうして旅をしてジムリーダーを相対しているのだ。

 

「そうですわよ……逆境こそが、好機ですわ!! 限界を超えて、十二分の力を発揮した上で貴方を倒すと宣言します、ザクロさん!!」

「いい心がけです! さあ、最後のポケモンを!」

「ええ……頼みましたわよ、ヒトツキ!―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――【はがね】を切り札に取っていたとは……私の采配ミスです。ジーナさん、君の実力は本物でした。私に勝った証として、このウォールバッジを授けましょう」

「有難うございますわ、ザクロさん!」

 

 ザクロからウォールバッジを受け取るのは、彼に勝利したジーナであった。彼女の周りには、最後に繰り出された『ヒトツキ』という剣の形をしたポケモンが嬉しそうにフヨフヨと漂っている。

 満足そうにバッジを眺めた後にケースに仕舞ったジーナは、見事勝利を掴みとってくれたヒトツキに頬ずりした。

 

「よく頑張りましたわね、ヒトツキ!」

「―――♡」

 

 ヒトツキは【はがね】と【ゴースト】の複合タイプであり、【いわ】・【こおり】タイプであったアマルスには抜群の相性を誇っていた。

 それ故、アマルスの得意とする【いわ】の攻撃も【こおり】の攻撃も何とか凌ぎきり、見た目の通り鋭い攻撃によってアマルスを下したのである。

 

「一昨日にも、デクシオという少年が私に勝っていきましたが……彼も中々いいトレーナーでした」

「まあ、デクシオはもう攻略なさって?」

「知り合いですか?」

「ええ。……あッ、ではライトという男の子のトレーナーは、このジムに挑戦なさっていますか?」

「いいえ。その名のトレーナーは来ていませんね……」

「そうですか……」

 

 何やら顎に手を当てて思案を巡らせるジーナに、何事かとキョトンとした顔をするザクロ。

 しかしジーナはすぐさま溌剌とした笑みを浮かべ、ザクロに一度立礼をした。

 

「今日はお世話になりましたわ! またご機会があれば!」

「ええ。バトルシャトー辺りで、プライベートで戦える事を楽しみにしていますよ」

「ああ、それと……―――ライトというトレーナー、あたくしやデクシオよりちょ~~~っと強いかもしれませんので、是非お楽しみに! それでは!」

 

 悪巧みしているかのような笑みを浮かべたジーナはボールを一つ取り出し、そこからサイホーンを繰り出し、すぐさま背に乗りかかった。

 咆哮を上げたサイホーンはジーナを背に乗ったのを確認すると、ポケモンセンターを目指す為にドタドタと地響きを響かせながら、ジムから発っていく。

 

 彼女の移り気な態度と、最後の意味深な発言に困ったような溜め息を吐きながら、ザクロは荒れたフィールドを手入れする為に室内へと戻っていく。

 水やら岩石やら氷やらと、荒れたフィールドを均すのは骨の要る作業となりそうだが、そこはポケモンの力を借りようとザクロはプライベート用のポケモンであるガチゴラスを繰り出し、“じならし”を指示する。

 大きな足でぬかるんでいたり、氷が張っていたりとするフィールドを瞬く間に平らにしていくガチゴラス。

 

 そんなガチゴラスの後ろでは、腕を組んでいい笑顔を浮かべるザクロの姿が―――。

 

(成程……彼女や先日の彼よりも強いかもしれないトレーナーですか……)

「これは、良い(トレーナー)そうですね」

 

 一度会ったことのある人物とも分からず、ザクロはライトの到着を心待ちにするのであった。

 



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第四十三話 当たらなければどうということはない!

 

 

 

 正午過ぎのショウヨウシティ。今日もまた快晴な天候の下、二人のトレーナーはポケモンセンターで自らの手持ちの回復に努めていた。

 聞き慣れたメディカルマシーンの作動音と共に、ボールの中にポケモン達の体力は一気に回復していく。

 一分もかからない回復は終了し、それぞれの手持ちのボールが入っているケースを持って来るジョーイは、笑顔でカウンターで待機していた少年と少女にそれらを差し出す。

 

「お待ちどおさま! 貴方達のポケモンは、すっかり元気になりましたよ!」

「ありがとうございます、ジョーイさん!」

「いつもお世話になってまーす!」

 

 丁寧に感謝の言葉を口にするライトに対し、フランクな態度でジョーイに接するコルニ。そのような二人に対し、ジョーイは横に居るプクリンと共に立礼して『またのお越しを!』と、カウンターを後にする二人を見送った。

 自動ドアを潜り、外の空気を一杯に吸うライトはショウヨウシティの崖にそびえ立っている建物を視界に映す。

 

(あそこにジムリーダーが……)

 

 今日の目的は、ショウヨウにジムを構えている男―――ザクロを倒してバッジを手に入れる事だ。

 輝きの洞窟である程度バトルへのトラウマを克服したキモリを始めとし、手持ちの全体的なレベルは上がった。

 コルニとの実戦形式での練習試合も怠っておらず、動きや戦略もそれなりに練れている。

 後は、ジム戦で全てを出しきるのみと言ったところ。

 

(……メンバーはどうしよう)

 

 キモリは既に選出すると決めていた。今までのジム戦を考慮するに、使用ポケモンは二体以上と考えられる。

 となると、残りの手持ちの内で誰を選出すべきか。

 ライトの手持ちの中で最も力のあるストライクは【いわ】に弱く、二番手のリザードもまた【いわ】を苦手とする。強引に突破できるかもしれないが、それは相手次第だろう。

 ヒンバスは【みず】であるものの、強力な【みず】技を有してはいない。バトルの仕方も状態異常でじわじわと体力を削っていくというものであるが、ヒンバス自身の耐久はイマイチである為、わざわざヒンバスを選出する必要も見当たらない。

 となると、無難になるのはイーブイだ。【ノーマル】は【いわ】に対し、攻撃面は苦手であるものの防御面では等倍。しかしイーブイは【いわ】に有効な【じめん】技を覚えており、他にも有効な手立ては充分に所持している。

 

(じゃあ、キモリとイーブイと……)

「なーに難しい顔してるの?」

「……ん?え、ああ……ちょっとジム戦のことを……」

「そんな心配しなくたって大丈夫だって! あんなに頑張ったじゃん! きっと行けるよ!」

「もう……他人事みたいに言ってさァ」

「アタシが保障するって! 未来のジムリーダーがさ!」

「……ははッ、そっか」

 

 いい笑顔で言い放つコルニに、先程までの難しい顔を緩ませる。

 余りのいい笑顔に、反論する余地も見いだせない。少し心にゆとりを持てたところで、ライトはグッと背伸びをしてジムへと向けて足を進め始めた。

 誰をバトルで繰り出すのかなど、実際相手を見てみれば事前の選出など意味を為さなくなる場合も充分考えられる。

 タイプ相性だけでなく、実際に瞳に映した相手の戦い方でもだ。

 

 ならば、今することはジム戦を行う場所へと突き進むのみ。

 

「よし……ジム戦頑張るぞォ~!」

「フフッ! その調子その調子!」

 

 目を輝かせて意気込みを口にするライトに、ベルトに装着されているボールもカタカタと揺れて、主人の昂ぶりに呼応する。

 彼等の熱く滾る姿に、コルニも煽るようにライトの背を押してジムへと早く着くように促す。

 直後、背中を押されて一歩前に出たライトは、その勢いのまま全力で走りだした。

 

 早まる鼓動と共に、少年は突き進む。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぜぇ……はぁ……」

「さ……坂が長かったァ……」

 

 汗を滝のように流し息も絶え絶えとなっている二人。彼等はようやくジムの目の前までやって来たのだが、途中の道の坂の多さに舌を巻いていた。歩きではなくダッシュであったのも相まって、彼らの疲労は凄まじいことになっている。

 それは兎も角、息も絶え絶えとなりながらジムの入り口である岩の門を潜ると、荒々しい自然を表すかのような岩壁が前方にそびえ立っているのが窺えた。

 

 目を凝らしてみると、岩壁には赤・青・黄などカラフルな色合いの突起が着けられているのが確認できる。

 となると、あの岩壁も人工物なのか。

 

 そう考えていたライト達の目の前に、突然黒い影が落下して来た。

 

「―――ようこそ、ショウヨウジムへ。挑戦者の方ですね……おや、君達は……」

「数日振りです、ザクロさん!」

「これはこれはコルニさんと……ライト君、でしたよね? 挑戦者は君ですね?」

「はい!」

「……成程。では、早速こちらへ」

 

 何やら納得したかのように頷いたザクロは、そのまま後ろに振り返って岩壁の下へと進んでいく。

 続くようにライトとコルニもまた、ザクロの背を追う様に足を進めるが、彼が足を止めたと同時に二人も止まった。

 岩壁の前に立ち尽くすザクロ。次の瞬間、ザクロはバッと振り返ってライトを見つめる。

 

「ここはジムであると同時に、ロッククライミングもできる場所でして……」

 

 そう言ってザクロは岩壁の頂上付近を指差す。

 顔を向ければ首が痛くなるほどの高さだ。高さで言えば二十メートルほどであるが、満面の笑みでザクロはとんでもないことを言い出した。

 

「可能であれば挑戦者の方達にもロッククライミングの楽しさを伝えればと、可能であればここを上ってもらう様にしています」

「え゛?」

「勿論、高所恐怖症の方の配慮も忘れてはいません。駄目と言うのであれば、エレベーターもちゃんと用意してありますので、そちらも使って頂けます」

 

 目の前の男の説明を聞きながら、地上と頂上を行ったり来たりするように顔を動かして眺める。

 昔から木登りなどはしていた性質ではあるものの、ロッククライミングなどはしたこともなければ、これほどの高さを上ったことも無い。

 明らかにアマチュアには厳しいであろう高さに、暫しライトは茫然と佇む。

 

「安心して下さい。上らないからと言って挑戦を受けないという訳ではないので。ですが、もし上ったのであれば、栄養たっぷりの木の実を十個ほどプレゼントしますので……」

「……う゛~ん」

(それで悩むんだ……)

 

 木の実と聞いてから、何やら上ろうか上るまいかと頭を抱えて悩み始めるライトに、コルニは思わず苦笑した。

 木の実など、旅をしていれば幾らでも手に入るのだが、それでもライトは欲しいようだ。

 最近、手持ちに食べさせるポケモンフーズに木の実を入れたりと、味や栄養に気を遣っている為、今日の分の木の実を手に入れたいという考えなのだろう。

 

 それから数秒唸った後、ライトはバッと顔を上げて宣言する。

 

「上ります!」

「わかりました。もし、途中で駄目というのであれば、滑り台が各段に配置されているので、そこから滑り下りてからエレベーターで来るようにしてください」

「はい!」

「それでは……上で待っていますよ」

 

 ライトの答えに満足そうに頷いたザクロは、天上の吹き抜け辺りで旋回するように飛翔していたプテラに肩を掴まれ、そのまま舞い上がってフィールドがある頂上へと向かって行った。

 因みに、ザクロが満足そうなのは、ここ最近上ってくれる挑戦者が居なかった為だ。在る者には『ちょっと……厳しいです』と引き気味に言われ、ある者には『ス、スカートですので遠慮させて頂きますわ!』と顔を真っ赤にされて断られ、余りの不人気さに落ち込んでいたところだった。

 

 閑話休題。

 

 上り意志を見せたライトは、自分の頬を両手で叩いて気合いを注入している。そのような少年を見届けたコルニは、いち早くエレベーターに乗り込んで頂上を目指す。

 

「頑張ってね―――ッ!」

「うん!」

 

 準備運動も済んだところで、早速と言わんばかりに岩壁の各所に付けられている突起に手を掛けて上り始める。

 

(あッ、意外といける)

 

 手を掛けてみると、突起にはしっかりと指をはめ込む窪みもあり、足も駆けられるようにと奥行きが十分に確保されていた。

 これならば思ったよりも早く上れると確信したライトの動きは速くなり、次々と手足を突起に掛けてキモリのようにピョンピョンと上に突き進んでいく。

 だが、途中で違和感に気付いた。

 

(あれ? なんか忘れてるような……)

 

 そこまで考えたところで、フードが異常に揺れていることに気付き、『しまった』と言わんばかりにチラリと後ろを振り返った。

 

―――プルプルプル……。

 

「ゴメン、イーブイ! 次の段に行ったらボールに戻すから、それまで我慢して!」

 

 涙目で震えているイーブイを確認したライトは、できるだけ揺らさないように努めながら上っていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ドーはドードーのドー……レーはレディバのレー……ミーはミルタンクのミー……」

 

 学校で習った『ポケモン☆ドレミの歌』を口遊みながら天辺を目指すライト。ほぼ無心状態であるが、意外と歌詞はすらすらと出て来るものだ。

 

「ファーはファイヤーのファー……ソーはソーナノのソー……ラーはラッタのラー……シーは『シルバースプレー、定価五百円で~す』のシー、さあう~た~い~ま~……しょお!!」

 

 ちょうど歌い終わった所で、フィールドである頂上に手を掛け、一気に体を上げたライト。

 頑張って足もフィールドへ上げてから立ち上がり周りを見渡すと、既に観戦席に座って待機しているコルニの姿と、うんうんと頷くザクロの姿が在った。

 

「……私が少年の頃はシルバースプレーなどなく、虫よけスプレーだけでした……」

「そうなんですか」

「それが今や、ゴールドスプレーなどの上位互換品が……すみません、関係のない話でしたね」

「いえ、半分僕のせいなので」

 

 シュールな会話を終わらせたところで、ザクロは凛とした顔でライトを見つめる。それが否応なしに、場の緊張感を高めていくがライトは笑みを浮かべていた。

 ロッククライミングで十分すぎるほど身体は温まり、酷使する脳味噌の回転もそれなりに速くなることが期待されそうだからだ。

 これならば、木の実を餌に出されなくてもするべきであるとさえ考えてしまう。

 

 だがそれは、身体能力が元々高いライトであったからこその感想であり、普通の人が行えばバトルどころではない。

 そんな話は別として、ザクロは長い腕を丹念にストレッチで伸ばしながら、ジム戦の説明へと移行する。

 

「前回と差異がなければ、バッジは二個である筈ですが……」

「はい、二個のままです!」

「それならば、今回のジム戦の形式は手持ち三体を使用するシングルバトルです。入れ替えは挑戦者のみ認められます。ですが、技による強制交代は認められているのであしからず」

「わかりました!」

「それでは……まずはこの子です。アマルス!」

 

 放り投げられるボールから岩のフィールドへと姿を現したのは、首長竜を思わせるポケモン。

 宝石のような瞳は透き通っており、見る者の心を惹きこませるようだ。

 見た目は優しそうだが油断は禁物。自分の所持しているバッジに合わせて繰り出されたポケモンが、自分にとって楽勝な相手であるはずがない。

 そう自分に言い聞かせた後に手に取ってサイドスローで投げたボールから出て来るのは―――。

 

「イーブイ、君に決めた!」

 

 【ノーマル】タイプのイーブイ。

 その選出にザクロは『ほう』と声を漏らすも、ただ考えも無しにライトが【ノーマル】を繰り出したのではないと理解する。

 得意はないが、不得意も限りなく無い【ノーマル】。故に、幅広い相手に対して立ち回れるのが強みであり、同時にトレーナーの力量も試される。

 

 不敵な笑みを浮かべるザクロに対し、ゴクリと唾を呑み込むライト。

 

 次の瞬間、フィールドの中央線の延長線上に立っている審判が旗を振り上げた。

 紛れもない試合開始の合図に、ライトはすぐさま咆える。

 

「“しっぽをふる”!」

 

 百八十度その場で回転するイーブイ。空気をたっぷりと含んでフワフワに仕上がっている尻尾を可愛らしく振って、アマルスの【ぼうぎょ】を一段階下げる手段に出た。

 成程、全体的に【ぼうぎょ】の高い【いわ】タイプであるが、無難に相手の能力値を下げるところから出てきたか。

 挑戦者の動きをじっくりと観察した後に、ザクロもまた動く。

 

「“でんじは”です!」

 

 目を見開くライト。

 しかし、相手に背を向けて尻尾を振っているイーブイは、宙を駆ける弱い電撃を避けきる事も出来ず、真面に“でんじは”を喰らってしまう。

 

(状態異常にする技から!? 思ってた攻撃と違う……)

 

 だが、相手が状態異常の攻撃をすると考えていなかった訳ではない。相手を封じる手があれば、自分だって真っ先に使う。

 しかしここでライトが驚いていたのは、“でんじは”という技を繰り出してきた相手が【いわ】タイプであるということ。

 となると―――。

 

「アマルス、“オーロラビーム”!」

(特殊攻撃が得意な【いわ】タイプなのか……―――!?)

 

 直後、アマルスの口腔から解き放たれた虹色の光線を真面に受けるイーブイ。下方に顔を俯かせてから、天を衝くように首を振り上げたため、フィールドには一直線の綺麗な凍結した線が浮かび上がる。

 “でんじは”で【まひ】となり、“オーロラビーム”を喰らったイーブイは苦悶の表情を浮かべた。

 しかし、未だに戦意が引いていない瞳を見れば、まだ戦える事は一目瞭然。

 

 ならばすることは一つ。

 

「イーブイ、“リフレッシュ”!」

「……“リフレッシュ”ですか」

 

 指示を受けたイーブイ。すると、その小さな体は淡い白い光に包まれていき、先程まで体の周りを走っていたスパークが消えていく。

 淡い光も次第に消えていくが、完全に消え去った時、そこには痺れが完全に抜けてニヤリと笑みを浮かべるイーブイの姿があった。

 自分の【まひ】や【どく】、【やけど】を治す技―――“リフレッシュ”。

 

 これで、実質最初のアマルスの行動は無かったことにできる。

 相手の【ぼうぎょ】の能力値は一段階下がっており、攻めるのであればまさに今だ。

 

「“あなをほる”!」

「成程。ならば“しろいきり”です、アマルス」

 

 凄まじい勢いで地面に穴を掘って姿を消していくイーブイに、無理に追撃するのではなく自分の周りの状況を整えるよう指示するザクロ。

 長い首で頷いたアマルスの体からは、靄のような白い煙が溢れ始め、瞬く間にアマルスの周囲がドライアイスの煙が立ち込めているかの如く真っ白な煙で一杯になった。

 

(……“しろいきり”は能力値を変動させる技を無効化にする技だった筈……でも、今は好都合だ!)

 

 これで“しっぽをふる”や“なきごえ”などの能力変動を受けなくなったアマルスであるが、“しろいきり”を繰り出す以前の能力変動までが無かった事になる訳ではない。

 そして、立ち込める白い霧は足元の視界を妨げているに等しいのだ。

 つまり―――。

 

(真下から攻められる!)

「今だ、イーブイ!!」

 

 雲海を突き抜ける様にして地面から飛び出してきたイーブイは、アマルスの胴体を確実に捉えた。

 苦悶の表情を浮かべるアマルスを見るに、効果抜群なのは一目瞭然。先程繰り出した“オーロラビーム”や“しろいきり”を考慮するに、アマルスのタイプは複合だ。

 

(恐らく、【いわ】と【こおり】……!)

 

 本来、【いわ】が苦手とする【くさ】に対して効果抜群を取ることのできる【こおり】。先発をキモリにしていれば、アマルスの【こおり】技にやられていたと冷や汗をかくライト。

 だが、【ノーマル】のイーブイであったからこそ―――ガッツのあるイーブイであったからこそ、耐える事ができて尚且つ反撃に出る事も出来た。

 

「そのまま“かみつく”!」

 

 “あなをほる”からのコンボで、肉迫している相手にそのまま噛み付くイーブイ。しかし、アマルスの胴を噛んだイーブイの眉間には、凄まじい程の皺が寄り、苦悶の表情ともとれる色を浮かべ始めたパートナーに、ライトは何事かと目を見開いた。

 

(まさか……アマルスの体から出る冷気で……!?)

「ッ、すぐに距離をとって!」

 

 叫ぶように指示するライト。

 だがイーブイは離れず―――否、離れることができず、そのままアマルスにかみついたままとなる。

 アマルスの体から溢れだす冷気がイーブイの口の周りを凍てつかせ、技を喰らうとは一味違った苦痛を味あわせているのを理解したライトは、自分の浅慮に心の中で舌打ちした。

 

「アマルス、自分の周りに“こごえるかぜ”です!」

「イーブイ!?」

 

 ザクロの声が響けば、指示通りアマルスの周囲に途轍もない冷気が渦巻き、アマルスを噛みついているイーブイごと冷気の旋風の中へと誘う。

 最早こうなってしまえばどうすることも出来ない。

 数秒の冷気の旋風。それが終わると同時に、冷気の中心に佇んでいたアマルスは何事も無かったかのように澄ました顔を浮かべるが、足元に居るイーブイは身体の到る所に氷を張りつかせてのびていた。

 

「くッ……イーブイ、戻って!」

 

 戦闘不能。

 三対三で戦うルールの下で、ライトは格上である相手に一歩先を行かれてしまった。そのことに、少なからず焦燥と動揺は顔に出る。

 

「さあ、ライト君。二体目のポケモンを」

 

 イーブイをボールに戻して次なるボールを手に取ったライトをザクロは促す。

 するとライトは、かつてない程に険しい顔を浮かべ、ボールを上空に放り投げた。

 

「ストライク!! お願いッ!!」

「ストライク?」

 

 その名に、ザクロは眉をひそめた。

 ストライクは【むし】・【ひこう】であり、【いわ】とは相性が最悪であった筈。血迷ったかとも思える選出に、今度はザクロが動揺を隠せない。

 フィールドに出てきたポケモンを一瞥すれば、ライトが口にした通りストライクが鎌を構えて岩場に佇んでいた。

 

「……どういう作戦かは分かりませんが、堅実に行かせて頂きます。アマルス、“でんじ―――」

「“はがねのつばさ”ァア!!」

「―――は”……!?」

 

 瞬間、大地を蹴って飛翔するストライクの翅が鋼の如く金属光沢を放ち、“でんじは”を繰り出そうとするアマルスに肉迫してきた。

 

 

 

―――速い。

 

 

 

―――いや、速過ぎる……!

 

 

 

 お世辞にも【すばやさ】は高くないアマルスにとって、“はがねのつばさ”を繰り出してくるストライクの俊敏さは次元が違った。

 “でんじは”を繰り出そうと口腔に弱い電気を収束していたアマルスであったが、その隙に淡い水色の胴体に鋼を叩きこまれる。

 【いわ】と【こおり】のどちらの弱点もつく【はがね】タイプの攻撃。

 

 それを、【ぼうぎょ】を一段階下げられているアマルスが受け切れる筈も無く、

 

「……お疲れ様です、アマルス。ゆっくり休んでいてください」

 

 倒れた。

 元々ライトがストライクの弱点である【いわ】と【こおり】に対抗するべく覚えさせていた技。そのどちらもが、アマルスに突き刺さったのだ。

 

「成程。その速さと攻撃力……更に君が持ち出してきたのは、岩をも切り裂く鋼の矛と言ったところでしょうか」

「……相性が」

「?」

「相性が悪くたって、当たらなければどうってことありません……!」

「……その通りですね」

 

 鋭い眼光を浮かべるライトとストライク。

 互いに信頼して過ごしてきた彼等の瞳は、笑ってしまう程に似ている。よほど、あのストライクを信頼しているのだと、ザクロはある種の尊敬の念を抱く。

 でなければ、【いわ】のエキスパートにストライクなど出してくる筈も無い。

 

 ライト達の信頼を確認したところで、ザクロは次なるボールに手を掛けた。

 

「ならば私は、その速さに対抗してみましょう! 硬いだけが岩ではありません……鋭きもまた岩! 出て来なさい、プテラ!!」

「プテラ……!」

 

 ボールから飛び出し、翼を羽ばたかせるのはバトルシャトーや、つい先程も目にした翼竜。

 その【すばやさ】は、ストライクにも勝っているかもしれない。

 俊敏な動きで相手を翻弄しようと考えで繰り出したストライクにとって、同じスピードタイプの相手は相性が悪いことこの上ない。

 【いわ】本来の耐久こそなけれど、その【こうげき】は充分であり、尚且つポケモンの中でも屈指の【すばやさ】。

 対してストライクは【こうげき】と【すばやさ】は高く、他は並といったところ。

 

 つまり―――。

 

((先に攻撃を決めた方が勝つ……!))

 

 速攻型の二体。

 確実な一撃を初めに叩き込んだ方が圧倒的な優位に立つ。それを理解した二人のトレーナーはすぐに動いた。

 

「「”つばめがえし”!!」」

 

 

 

 

 

―――疾風の第二ラウンド、開始

 




報告
・活動報告『意見を頂ければと』を書きました。是非そちらもどうぞ。


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第四十四話 運も実力の内って言うよね

 

 

 

 

 フィールドの中央で激突するのは翼竜と蟷螂。上空から滑空してくるプテラは翼に力を込め、大地を蹴って飛翔するストライクは鋭い鎌を振るった。

 ガキンッと鋭い刃物同士が衝突した甲高い音が鳴り響くと、二体のポケモンは互いに距離をとる。

 

 宙返りしてザクロの目の前まで戻るプテラに対し、ストライクもまた軽快な身のこなしでライトの眼前に着地した。

 

 刹那の剣戟。

 

 太古の空の王者に相対するのは、森林で最大の戦闘力を発揮する戦士。純粋な力では一歩も退かず、次なる攻撃に備えて身構えるストライク。

 観戦しているコルニは、ピタリ、と動かなくなるストライクを眺めながら固唾を飲んでいた。

 【むし】・【ひこう】であるストライクで【いわ】・【ひこう】のプテラと真正面から戦おうというのは、余りにも悪手だ。

 しかし、ボールに戻さないでバトルを続行するということは、それなりの理由があるという事。

 

 考えられるのは、ストライクしかプテラと真面に戦うことができないというものだ。

 

 【ひこう】を有するプテラは常に宙で羽ばたいており、戦法としては鳥ポケモンに非常に近い形をとる。

 攻撃を仕掛ける場合は接近してくるが、それ以外は近接攻撃の届かない場所で待機しているのがほとんど。

 つまりどういうことかと言うと、ライトの手持ちにはプテラに対抗できるだけの遠距離攻撃を有しているポケモンが居ないということだ。

 

 キモリは“りゅうのいぶき”や“メガドレイン”、リザードは“りゅうのいかり”や“ひのこ”を使えるものの、二体ともプテラの有しているタイプを苦手としている。

 更にプテラの動きの速さも相まって、攻撃を当てる事は至難の技となっていた。

 

(臆病なキモリじゃ、相手に翻弄されて充分に力を発揮できない……リザードはどちらかと言えばインファイターで、接近戦の方が得意だし)

 

 性格や戦い方。その二つを考慮した時、二体がプテラに対して勝ち筋を見出すのは困難を極めていた。

 残る選択肢の内、ヒンバスは特殊攻撃を主体とする相手に強く出れるが、物理攻撃主体のプテラには強く出ることができない。

 

 すれば自ずと、残ったのはストライク。

 相手が攻撃を仕掛けてくる刹那の隙と、降り注ぐ岩石を回避しきるだけの反射神経を有すエース。

 幸いにも【いわ】に有効な対抗手段である“はがねのつばさ”や“かわらわり”を扱える。

 だが、今するべきは―――。

 

「“かげぶんしん”!」

 

 瞬間、ストライクの姿が無数に分裂していく。その数にプテラの瞳もあちこちへと忙しなく動くが、ザクロの『落ち着きなさい』の一言で冷静さを取り戻した。

 その間にもストライクの分身の数は増えていき、合計二十体以上分身がプテラの前に立ちはだかる。

 

(【いわ】技は強力だけど、命中率が低いのがネックだ。突破するには、そこを狙うしかない!)

「“はがねのつばさ”!」

 

 再び鋼鉄のように翅を硬化させるストライクは、大地を疾走して羽ばたくプテラへ特攻する。

 分身して二十体にも及ぶストライクが一斉に肉迫するのを目の当たりにしたザクロは、『ふむ』と呟いてから口を開く。

 

「“そらをとぶ”です!」

「追撃!」

 

 大きな翼を羽ばたかせて、砂煙を巻き上げながら上空へと飛翔するプテラ。ライトはその光景にすぐさま追うよう指示し、ストライクは大地を蹴って加速するように飛び跳ね、そこから背中の翅を動かして追っていく。

 一体を追うのは二十体。

 プテラの下には今にも“はがねのつばさ”を叩きこもうとするストライクが屯している。

 しかし、それを確認したザクロは不敵な笑みを浮かべた。

 

「空中であれば、地上程ストライクは俊敏に動けません。ならばそこを叩きこむのみ。“がんせきふうじ”です!」

 

 次の瞬間、プテラの周りには岩石が出現し、追撃しようとするストライクめがけて“がんせきふうじ”を“いわなだれ”よろしく放ってくる。

 ザクロの説明に苦々しい顔を浮かべるライト。確かに空中であれば、ストライク本来の俊敏な動きは息を潜めるだろう。

 

 こうして考えている間にも、降り注ぐ岩石に折角の分身も次々と消え去っていき、本体が露わになるのは時間の問題になってきた。

 『ならば』、と声には出さずに口にしたライトは声を張り上げる。

 

「ロールだ、ストライク! “きりさく”に変更!」

 

 指示を受けたストライクの翅はみるみる元の色に戻っていくが、その間にストライクは見たことのない構えを取り、ザクロや観戦しているコルニも目を見開く。

 その構えとは、ストライク最大の武器である鎌を横に広げ、右の鎌を前に、左の鎌を後ろに向けるというものであった。

 すると、降り注ぐ岩石に対しストライクは、自分の体を大きく捻って勢いをつけ、一気に反時計周りに回転し始める。

 

 ザクロは、岩を砕くための方法かと考えた。しかし、それはすぐさま否定される。

 自分に降り注いできた岩石に鎌をかけたストライクは、回転の勢いで大きく弾かれて上に跳ねた。

 分身は全て消えて残るは本体だけになったが、その本体は回転しながらピンボールのように岩石に弾かれながら上に上っていく。

 

(これは……擬似的な“ロッククライム”……!?)

 

 今まで見たことのない手段をとる相手に感心しながらも、ザクロは今にもプテラの下へ届きそうなストライクを見かね、指示を口にする。

 

「“ほのおのキバ”です! 鎌を受け止めなさい!」

 

 凄まじい勢いで回転してくるストライク。あれを止めるのは至難の業であるが、止めれば相手の攻撃を無効化できる。

 そう考えたザクロの指示を受け取り、自分の【すばやさ】に比例して鍛えられている動体視力でストライクの動きを見極め、赤熱した牙を備える顎でストライクを、

 

―――ドォン!

 

 噛み付いた。

 噛み付きと同時に、プテラとストライクの間には爆炎を吹き上がる。【ほのお】タイプの技である“ほのおのキバ”はストライクに効果が抜群。

 少なくないダメージを受けたであろうパートナーに歯を食い縛るライトであったが、爆炎で姿を窺う事の出来ない隙に叫ぶ。

 

「“かわらわり”ィ!」

 

 刹那、爆炎が切り裂かれ、地上に向かって凄まじい勢いでプテラが落下し、フィールド上に叩き付けられる。

 その光景に驚くザクロ。

 だが、ライトが指示したことは非常に簡単なことだ。“きりさく”を受け止めたプテラであるが、一方の鎌を捕えたところで片方の鎌は余っている。

 相手にもよるが、プテラであれば受け止める事の出来る鎌は一方のみ。故に、“ほのおのキバ”を受け止めて動きが止まった所を、もう一方の鎌での攻撃を叩き込んだ。

 

 ただ、それだけ。

 

 “かわらわり”と地上に激突した衝撃で、プテラにも少なくないダメージが入っている筈。

 すぐさま畳み掛ける為、爆炎を潜って地上に滑空するストライクに指示を出す。

 

「今度こそ“はがねのつばさ”だ!」

「“がんせきふうじ”です!」

 

 翅を広げて滑空するストライクに対し、プテラは地上に足を着けた状態で岩石を放り投げる。

 放り投げられたうちの幾つかはストライクの体に直撃するものの、ストライクは歯を食い縛って気合いで特攻を仕掛けた。

 そしてとうとう、“はがねのつばさ”をプテラに叩き込んだ。上空から滑空し、“がんせきふうじ”で勢いは若干衰えたものの凄まじい勢いで叩きこまれた攻撃に、二体を中心に砂塵が巻き上がり、砕け散ったフィールドの岩の欠片もパラパラと周囲に巻き散る。

 それらを腕で防ぎながらも、二体の攻防の結果が如何なるものか見逃さないようにと、必死に瞼を開けたままにしていた二人。

 そして、

 

「シャアアアアッ!」

 

 翅をバッと広げると砂塵が掻き消え、咆哮を上げるストライクと地面で倒れているプテラの姿が垣間見える。

 ストライクの勝利―――かに見えた。

 

「ッ……ストライク!?」

 

 次の瞬間、ストライクの体に炎が奔ったのを目の当たりにすると、先程まで咆哮を上げていたストライクが地面に崩れ落ちた。

 

(【やけど】……“ほのおのキバ”の時か……!?)

「戻って、ストライク! ナイスファイトだったよ!」

「プテラ、戻って休んでいてください」

 

 フィールドで重なるようにして倒れている各々の手持ちにリターンレーザーを当て、戦闘不能になったポケモンを回収する。

 一戦目とは違い、状態異常の事は考慮していなかったライト。【こうげき】が半減すると同時に、時間が経つたびにダメージを受ける状態異常の【やけど】。物理攻撃を主体とするポケモンは避けたい状態異常だ。

 だがそれでもプテラを打ち取ったという事は、運よく“かわらわり”か“はがねのつばさ”のどちらかが急所に当たったということなのだろう。

 

 どちらにせよ、十二分な働きをしてくれたエースに感謝しながら、最後の一体のボールに手を掛ける。

 

「最後の一体だよ! 頑張って、キモリ!」

「チゴラス! 出て来なさい!」

 

 飛び出してきたのは、俊敏な動きが売りであるキモリ。対してザクロが繰り出したのは、以前バトルシャトーで繰り出したガチゴラスの進化前であるチゴラス。

 身長で言えば三十センチ程チゴラスが大きいだけであるが、屈強な体格を見ればキモリとは一回りも二回りも強靭な肉体を有している事は容易く想像できた。

 

(進化後とタイプが一緒なら、チゴラスは【いわ】・【ドラゴン】……なら、“りゅうのいぶき”で行ける!)

 

 【ドラゴン】を有すチゴラスには、本来【いわ】に対して効果を望める【くさ】タイプの攻撃も等倍になってしまう。

 しかし、その代わりにチゴラス自身の有している【ドラゴン】タイプの技が弱点となる。

 幸いにも攻撃手段の【ドラゴン】技を持っているキモリは、有効な対抗手段を事前に持ち合わせていたという事になり、一先ずライトはホッと胸をなでおろした。

 

 だが、バトルはまだ終わっておらず、寧ろこれからが本番と言ったところだ。

 

「キモリ、まずは“でんこうせっか”!」

 

 攪乱。

 キモリの戦術は走る事から始まる。臆病なキモリは、怯んで動きを止めてしまえば、そこから足が竦んで反応が遅くなってしまう。

 耐久の低いキモリにはそれは致命的だ。だからこそ、相手の攻撃を受けない為には動かないことには始まらない。

 

「チゴラス、“すなあらし”です!」

(“すなあらし”……!?)

 

 キモリがチゴラスの周りを疾走すると同時に、チゴラスは咆える。すると先程まで無風であったフィールドが瞬く間に激しい砂嵐に包まれていき、一気に視界が悪くなった。

 目を細めなければ砂が目に入ってバトルすることもできない程であり、ライトは歯軋りをするも、『ジャリッ』と音を立てる口に不快感を覚える。

 

「くッ……“メガドレイン”!」

 

 満足にパートナーの姿も窺う事も出来ない天候。“にほんばれ”による日差しが強い天候や、“あまごい”による雨脚の強い天候、そして“あられ”による霰が降り注ぐ天候に並べられる天候の一つであり、【いわ】、【はがね】、【じめん】のタイプに恩恵をもたらす。

 その効果は、

 

(確か……【とくぼう】を少し高める、だった筈……!)

 

 基本、砂嵐の天候の中では上記の三つ以外を有さない、若しくは特性で無効化しない場合は時間が経つにつれてダメージを受けるというものであり、何もせずに居るのは明らかに悪手。

 更に、ここで特殊な効果で【とくぼう】を高められる―――それはつまり、キモリの戦闘力を半減させられることに等しい。

 

 辛うじてキモリは回復技を持っているものの、元々体力の少ないキモリにとって長期戦は避けたいところだ。

 今頃キモリは、チゴラスに対して“メガドレイン”を仕掛けているのだろう。

 砂塵の壁が薄くなるたびに、中でチゴラスの周囲を走りまわりながら“メガドレイン”を繰り出している姿は窺える。

 

「キモリ、“りゅうのいぶき”!」

 

 打つべき手は、『速攻』。

 砂嵐に勢いを殺されながらも、“りゅうのいぶき”は宙を爬行していきチゴラスの体に命中する。

 効果は抜群だ。

 だが、効果抜群である筈の技を受けても尚チゴラスは怯まず、不敵な笑みを浮かべつつ鋭い眼光をキモリに向けた。

 

―――“にらみつける”。

 

 只でさえ低い【ぼうぎょ】をさらに下げられる。

 既に一歩も退けない状況に陥っている為、ライトは続くようにもう一度叫んだ。

 

「もう一度、“りゅうのいぶき”だ!」

「“がんせきふうじ”で相殺しなさい!」

 

 再び口腔から蒼い炎を噴き出すキモリ。だが、その炎を遮るようにチゴラスの前に岩石が降り注ぐ、瞬く間に炎を遮断する。

 

「“でんこうせっか”で肉迫!」

 

 しかし、視界が悪い中で自分の前方に岩を積み上げるという行動に出るチゴラスに、ライトは好機と言わんばかりに肉迫を指示する。

 チゴラスは見た目通りかなりのパワーを有しているものの、動きは大振りで、尚且つキモリより遅い。

 攻撃を的確に回避し、隙を突いていく戦法をとればキモリでも―――。

 

「……キモリ?」

 

 動かない。

 “りゅうのいぶき”を放った後から硬直して動かないキモリは、“でんこうせっか”を繰り出す事も無く、只その場で立ち尽くしている。

 その異変にライトのみならず、相手をしているザクロや、観戦しているコルニでさえも違和感を覚えた。

 だが、これは公式戦。そのような隙を見逃す筈も無く、ザクロは動く。

 

「“かみつく”です、チゴラス!」

「ッ、距離をとって! キモリ!!」

 

―――尚も動かず。

 

 しかし、眼前に迫ってくる暴君に怖れを為したのか、顎が振り下ろされる寸前に咄嗟に背中を見せた。

 それに伴いキモリの立派な尻尾がチゴラスの方に向けられ、チゴラスもその尻尾へとターゲットを定め、思い切り噛み付く。

 短いキモリの悲鳴と同時に、チゴラスは尻尾を噛んだままその場で回転し、キモリをライトの下へと投げ飛ばす。

 ボールのように地面を弾んで戻ってくるキモリに、ライトは心配したように視線を向ける。

 

「大丈夫、キモリ!?」

 

 声が響くと、ゆっくりとキモリは立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――震えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライトにこそ見えていないが、ザクロ達からは完全に戦意を喪失させたキモリの姿が窺える。

 これまでの二体とは違い、余りにも拍子抜けした様子にザクロは訝しげな顔を浮かべた。

 

「……キモリの目の前に“がんせきふうじ”です」

 

 ザクロの落ち着いた声を聞き、砂嵐の中的確にキモリには当てず眼前に岩石を放り投げたチゴラス。

 それに対しキモリは、自分に当たっていないにも拘わらずその場に頭を抱えて蹲り始める。

 

(……成程。これ以上は、蛇足かもしれませんね)

 

 口にしないながらも、相手であるキモリを既に見限るザクロ。イーブイやストライクなどとは違い、戦意を完全に失った相手を倒す事など赤子の手を捻るよりも簡単であり、ルール上既にライトの今回の挑戦は失敗に終わったことになる。

 最後に出していたのが、バトルシャトーで繰り出していたリザードであれば、苦手な相手であっても勝機はあったはず。

 

(これは、彼の選出ミス……と言ったところでしょうか)

 

 失望したかのような目でライト達を見つめるザクロ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――キモリッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を突き抜けるのは怒号。

 

「……ライト?」

 

 今迄に聞いたことのない声に、観戦していたコルニは茫然として怒号を上げたライトを見つめる。

 先程まで蹲っていたキモリは主人の怒号に恐怖を忘れ、絶対零度の境地に至ったかのように顔を青くしてライトの方へと振り返っていた。

 

 しかし、振り返った先の瞳に映っていたのは、自分への失望でも、怒りでもなく、

 

「……大丈夫」

 

 真っ直ぐな瞳。

 次の瞬間、ライトは思いっきり自分の胸に拳を当てて、自分を見つめるパートナーに口を開いた。

 

「怖いのは分かるよ。君のトラウマはそう簡単に治らないって分かってる。でも君が立ち上がったのを、僕はしっかり見てる」

 

 潤み始める瞳は、荒れ狂う砂嵐の所為ではない。

 

「僕はそんな君を信じてる。挫けたら立ち上がればいい。何度でも立ち上がればいいんだ」

 

 ギュッと服を掴むライトは、砂塵の中のキモリを一点に見つめる。

 

「立ち上がれなくなったら、僕達が手を貸すから。その為の仲間でしょ? でも……皆の努力を蔑ろにするようなことだけはしちゃ駄目だ」

 

 そう言われたキモリは、ライトの腰ベルトに装着されているボールを一瞥した。このジム戦で傷ついたイーブイやストライクの他にも、今回は参加していないリザードやヒンバスも居る。

 この場に出ていないだけで、リザードたちも一緒に戦っているつもりの筈。

 ボールの中から仲間へと激励を送っていた筈。

 

「……もし君が、相手に勝てるわけないって自分の事を信じられてないなら、僕達を信じて。僕達の信じる君を信じてみて。勝てない事が駄目なんじゃない。全力でやらないことの方がよっぽど駄目だ」

 

 ゆっくりと歩み寄っていくライトは、キモリの手を取って立ち上がらせる。

 

「……どうする? 心の準備がまだなら、明日でもいいよ。明後日でもいい。でも、君無しにショウヨウジムを攻略しようとは思わない。君だからこそ、意味があると思ってる」

 

 強制はせず、尚も手を取る。

 そして―――。

 

「……キャモ!」

「よしッ! なら、頑張ろう!」

 

 ファイティングポーズを見せるキモリに満面の笑みを見せた所で、ライトは再びフィールドの端へと戻る。

 砂嵐の影響で大分髪が崩れているものの、てんで構わずにザクロとチゴラスを睨みつけた。

 それはキモリも同じであり、先程の怯えは嘘のように消え去っている。

 

「……準備は整ったみたいですね」

「すみません。お待たせしちゃって」

「いえ。寧ろ、面白くなってきました。心が……震えるようですよ……!」

 

 好戦的な笑みを浮かべるザクロに、ライトもまた好戦的な笑みを浮かべ返す。砂嵐は未だ続いているものの、ライトの目は慣れてきていた。

 キモリへの最上級のサポートをするのであれば、的確な指示を出すための状況把握が何よりも大切になってくる。

 これまで天候を操って戦う相手と相まみえたことのなかったライトであったが、この数分間で砂嵐に対してだけはある程度の抵抗がついたようだ。

 

 長い間砂嵐の中に居たキモリの体には、細かい擦り傷のようなものがついている。

 

(まずは回復か……いや)

「“りゅうのいぶき”を地面に発射!」

 

 砂塵舞う中、キモリは指示通り自分の眼下のフィールドに勢いよく“りゅうのいぶき”を放射する。

 蒼い炎は砂嵐に巻かれ分散していく。

 すると瞬く間にキモリの周囲の砂嵐には蒼い炎が混ざり、チゴラスの周囲よりも視界が悪くなる。

 

「目くらましが狙いですか。ならここは、“じならし”です!」

 

 直後、チゴラスは足を振りおろし、フィールド全体を揺らし始める。相手を選ばない全体攻撃である“じならし”は、攻撃と同時に喰らった相手の【すばやさ】を一段階下げる効果を有す。

 【すばやさ】が売りのキモリには有効な手段―――かと思いきや、“じならし”で揺れている中でもチゴラスの周りを駆け抜けていく影が一つ。

 

「“メガドレイン”!」

 

 疾走しながらチゴラスの体力を自らの糧とするキモリ。未だ体力に余裕はあるものの、流石に気を抜いたような顔を見せなくなる。

 腕を組みながら砂嵐の中を覗くザクロは、“でんこうせっか”で動きまわるキモリを常に視界におく。

 そして、

 

「前方に“がんせきふ―――」

 

―――キキ―――ッ!

 

「うじ”……?」

 

 キモリの進路に“がんせきふうじ”を仕掛ける事により、キモリ自身に岩石に突っ込んでもらおうと考えたザクロであったが、どういう訳かザクロが完全に指示を出す前に。さらに言えば、ライトの指示も無しに急ブレーキを掛けた。

 それに伴い、チゴラスの前方へ繰り出した“がんせきふうじ”は、ただフィールドに新しい障害物を設置するだけに終わる。

 

 急ブレーキを掛けたキモリはと言えば、自分の勝手な行動をリセットする為に一度ライトの目の前まで『ダダダッ!』と大急ぎで戻っていく。

 焦燥を顔に浮かべ、冷や汗をダラダラと掻いている辺り、何かして来ると考えて思わず体が動いてしまい、結果として“がんせきふうじ”を避けることに繋がったのだろう。

 

 簡潔に言えば、偶然。

 

 思わぬ出来事に、ザクロのみならずライトも呆気にとられた色を顔に浮かべる。

 

「あッ……えっと……ナイス、キモリ!」

 

 偶然のファインプレーを讃えたところで、ライトはフィールドを見渡す。若干砂嵐も弱まってきており、晴れるのも時間の問題。

 それまで時間を稼ぐのが重要になってくるが、今の“がんせきふうじ”によって新たに設置された岩に注目する。

 

「キモリ、今度は岩陰に隠れながら“でんこうせっか”で攪乱して」

 

 今在る物体を最大限に利用しようと考えるライトは、上手く岩を使うよう指示する。キモリ本来の生息地は森の中。

 夥しい木の群れを飛び回る事を得意とする種族。つまり、障害物を足場とするのが得意なのだ。

 岩でも十分キモリが飛び回る事のできる足場にはなり得る。

 

 “でんこうせっか”で岩陰に隠れながら走りまわるキモリを、チゴラスは瞳を忙しなく動かして捕捉しようとするが、今度は中々捉えられない。

 自分で天候を変えて視界を悪化させたとは言え、流石にこれは拙かったかと考えるザクロは、再び全体攻撃を指示した。

 

「“じならし”です!」

 

 再び揺れるフィールド。残り少ないキモリの体力がどんどん削られていく。【じめん】タイプの技であり、【くさ】のキモリには今一つでも致命的な一撃だ

 だからこそ、喰らわないようにと声を張り上げた。

 

「岩を蹴ってジャンプして、チゴラスに突っ込んで!」

「ッ!」

 

 チゴラスがフィールドを踏んだ瞬間、同時にキモリも岩を蹴って大きくジャンプする。流石の脚力とも言える程飛び上がるキモリは、大の字に腕や足を広げてチゴラスに飛び掛かっていく。

 “じならし”を繰り出した隙を狙っての行動。思わずザクロの眉間にも皺が寄る。

 

「チゴラス、“がんせきふうじ”です!」

「“りゅうのいぶき”!」

 

 満身創痍のキモリであれば、特攻してきたところを返り討ちにすれば討ち取ることができると、ザクロは“がんせきふうじ”を指示する。

 砂塵舞う中で岩石を準備するチゴラス。そのような竜に対し、再び蒼い炎を吐き出そうとするキモリであったが―――。

 

「ッ、しまった!」

 

 “りゅうのいぶき”が吐きだされる瞬間に、砂嵐が止んだ。

 自分達の優位を確立していた天候が終了し、ザクロは苦々しい表情を浮かべる。

 

(ですが、まだチゴラスの体力は……!)

 

 砂塵が晴れたと同時に用意されている岩石ごと包み込む息吹を吐き出すキモリ。チゴラスは避ける術を持たず、そのまま“りゅうのいぶき”の直撃を喰らう。

 苦悶の表情を浮かべるものの、チゴラスは闘志に満ちた瞳でキモリを睨みつけている。これならば、攻撃が終わった瞬間の隙を狙ってバトルに決着は着く。

 

「チゴッ!?」

「チゴラス!?」

「ッ……チゴラスに張り付くんだ、キモリ!」

 

 蒼い炎が無くなると同時に反撃に出ようとしたチゴラスであったが、刹那、チゴラスの体をスパークが奔る。

 それに伴い、用意していた岩石もそのまま落としてしまい、反撃の手段を無駄にしてしまう。

 

(ここで……【まひ】を……!?)

 

 “りゅうのいぶき”の追加効果―――一定確率で相手を【まひ】にする。まさか、それを土壇場のここで引き当てるとは。

 これではまるで、最初のアマルスとイーブイのバトルの時と逆ではないか。

 そう考えている間にも、キモリは『ペタッ』とチゴラスの大きな頭に張り付く。手足の裏に生えている棘をしっかりと食い込ませ、指示通り張り付くキモリの瞳はまだまだ闘志に満ち溢れている。

 更にここで、キモリの体からエメラルド色の光が放たれ始めた。

 

 一瞬、“メガドレイン”による体力の吸収かともザクロは考えたが、どうやら様子が違う。

 

―――“しんりょく”

 

 体力がある程度まで減った時に、【くさ】タイプの技の威力を上げるという特性。砂嵐とチゴラスの度重なる攻撃で疲弊したキモリの体力は限界まで減っており、それがトリガーとなって特性が発動した。

 

(しまった!【まひ】では、折角下げた相手の【すばやさ】よりもチゴラスが……!)

「キモリ、そのまま“メガドレイン”!」

 

 通常よりも強力な“メガドレイン”をゼロ距離でチゴラスに繰り出すキモリ。すると、チゴラスは苦しそうに呻きながら、大暴れし始める。

 【まひ】している中でもブンブンと頭を振るってキモリを吹き飛ばそうとするチゴラスだが、全然離れる気配はない。

 そうしている間にも、刻一刻と体力は吸収されていくが、

 

「チゴォオオオ!!」

「キャモ!?」

 

 突然、ザクロの指示も無しにチゴラスはフィールドを走り始める。そんなチゴラスの向かう先は、先程の“がんせきふうじ”が積み重なってできた岩壁。

 そこに頭に張り付いているキモリを叩きつけて剥がそうと考えるチゴラスの行動であったが、生憎、キモリは臆病であった。

 

「キャモ―――ッ!?」

「チゴッ!?」

 

 これまたトレーナーの指示もなしにチゴラスの頭から飛び退いたキモリ。同時にチゴラスは、何のクッションもない頭で自分が繰り出した岩石に頭部をぶつけた。

 『ガンッ!』と痛そうな音が鳴り響き、見る者はあんぐりと口を開ける。

 咄嗟に飛びのいたキモリは不恰好に地面に落下し、その後ろではチゴラスが脱力して地面に崩れ落ちた。

 

「……キャモ?」

 

 何事かを振り返れば、目をグルグルと回して気絶しているチゴラスの姿があり、呆気ない幕切れに苦笑いを浮かべるトレーナーたちの顔が、キモリの視界に映る。

 キョロキョロと辺りを見渡すキモリの下には、ゆっくりと歩み寄ってくるライト。ザクロもまた、戦闘不能になったチゴラスをボールに戻し、ポケットからバッジを取り出す。

 そして茫然と佇まっているキモリの手にそれを握らせ、ニコリと微笑みを浮かべた。

 

「……ギリギリの勝負とは言ったものですね。最後の最後で、トレーナーの指示を待たずして手持ちが動いたことで敗北するとは……自分の未熟さに呆れて物も言えません。ですが、貴方達が勝ったのは事実。この『ウォールバッジ』を授けましょう」

「ザクロさん、ジム戦ありがとうございました!」

 

 キョトンとするキモリの背後から近づいて来るライトは、キモリを抱き上げて立礼をザクロに対して行う。

 そして顔を上げると、複雑そうな顔でキモリの頭を撫で始める。

 

「なんか……運任せな試合になっちゃいましたけど……」

「いいんですよ、運任せでも」

「え?」

「運も実力の内という言葉もあるくらいですし、自分の身に降り注ぐ幸運は最大限に利用するのが、ポケモントレーナーというものです。もしそれでも君が今回のバトルに納得できないというのであれば、これから本当の実力というものを見せていけるよう邁進していけばいいのですから」

「……はい」

 

 ザクロのフォローを受けながら、今度はキモリをジッと見つめるライト。

 

「……頑張ったね。ホント……よく頑張ったよ」

 

 ギュッと抱きしめる小さな体。次第にキモリの顔を押し付けている胸の辺りが湿ってくるが、それでもライトは力を緩めない。

 思うところは色々あるだろう。そして自分もまた、今回のジム戦で思うところもあった。

 まだまだ自分もトレーナーとして未熟であるということが。

 

「……今日は木の実パーティかな? ふふッ」

「そうですか。それでは早速、ロッククライミングの景品の木の実を……」

 

 だが、今日の所は一先ず、見事勝利を掴みとってくれたパートナーを讃えることにしよう。

 ライトはそう考えるのであった。

 



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第四十五話 変人と天才は紙一重

 ショウヨウシティ・ポケモンセンター。

 日も暮れ始めて夕焼けが空を紅く染めている頃、ライトはポケモンセンターのエントランスで、共用のソファに座り込みながらレポートを書いていた。

 ジム戦を終えて皆疲れているだろうからと、全員ボールに仕舞いこみ、ライト自身はと言えば今日の出来事を振り返ってナナミに送るレポートを作成している身であり、休んでいないことになる。

 

 コルニはと言えば、『手持ちのポケモンを育ててくる』と言って飛び出しており、実質ライトは一人であった。

 シャーペンで一枚の紙にカリカリと音を立てながら文字を書いていくライト。

 

 時折、紙を置いているテーブルに用意したサイコソーダを口に含み、気分転換と糖分補給に勤めている。

 

「う~ん……イーブイに変化は特にないし……他の皆にも……」

 

 しかし、何かを書こうと思った時に限り特筆すべき事項がない。強いて言えば、キモリの特性が“しんりょく”であることが分かったぐらいだろう。

 だが、それ以上書くことが無いことを悩み、顎に手を当ててうめき声を上げる。

 

 暫し唸り続ける。

 傍から見れば異様な光景であることには間違いないが、生憎ライトはそこまで頭が回らなかった。

 しかし、そのような少年を見かねたのか、コツコツと音を立てて近付いてくる人物が一人。

 

「何か悩んでいるようですが、どうかしたんですか?」

「う~ん……ん? あ、えッ?」

「君が随分と唸っているようでしたので……これはレポートですか?」

「は、はい。そうです」

 

 穏やかな声色で話しかけてくるのは若い眼鏡の男性。白衣を身に纏い、金髪をオールバックにしているものの、一部の髪の毛は青く、その部分だけがグルッと頭を一周するかのような特徴的な髪型に、ライトも思わず茫然とする。

 すると男性は眼鏡を指で押し上げ、レンズに当たる光をきらりと反射させた。

 

「成程。つまり、誰かにレポートを頼まれているが、特筆すべき事項が何もない……そういうことですね?」

「まあ……そういう感じです」

「ならば、わたくしも研究者の端くれとして少しタメになる話をしましょう」

「へ?」

 

 唐突な発言に呆けた顔になるライトだが、研究者と名乗った男は構わずに懐からタブレットのような物を取り出してから、嬉々として語り始める。

 その瞬間、『あ、この人ただ喋りたいんだ』と思ったのは秘密だ。

 

「わたくしは『ポケモンの潜在能力は何によって引き出されるか?』という研究テーマの下、各地方を巡りにめぐっているのです」

「潜在能力……ですか?」

「ええ。ポケモンの力を引き出すのは……それも最大限に引き出すのはトレーナーとの絆なのか。それとも別の手段であるのか……と言ったところですね」

 

 中々難しい入りに首を傾げるライトであったが、内容自体は非常に興味深いものである為、頑張って身を乗り出して聴く体勢に入る。

 それを目の当たりにした研究者の男性も、できる限り分かりやすく説明できるようにと心得ながら、次々と言葉を並べていく。

 

「例えばポケモンの技である“おんがえし”。これはポケモンのトレーナーへの“なつき”の度合いで威力が変わる事が学会で言われております。これも一種の潜在能力の一つとも言えるでしょう。先程言った手段の内、前者に入るこの“なつき”はポケモンの進化にも作用することはご存じでしょうか?」

「はい。イーブイはなつきでエーフィとかブラッキーに……」

「素晴らしい! 思った以上に知識は持っている様ですので、わたくしももう少し切り込んだ話ができそうですね。“なつき”は進化に作用する事項の一つでありますが……果たしてそれは本当にトレーナーとの絆なのでしょうか」

 

 突然、先程とは反対意見のようなことを口にする研究者。

 ライトは熱心に聞き入り、必死に紙に言っている事を書きとめる。これではまるで授業のようであるが、研究者の男性も気分が良さそうにライトの書きとめが終わるのを見計らって次に移った。

 

「確かに、なつきで進化したポケモンはトレーナーに文字通り懐いています。ですが、自然界にはトレーナーとの関わりを断絶しているのにも拘わらず、世間一般で言うなつき進化の個体に進化しているポケモンもいるのです」

「へぇ~!」

「まあ、確認されている個体は非常に少ない為、トレーナーが野に放った個体を見つけた、という可能性も否定できませんが……しかし! シンオウ地方のポケモン研究の権威であるナナカマド博士は『ポケモンの90%は進化する』と言っている通り、様々な条件下で進化するポケモンも確認されているのもまた事実!」

 

 プラターヌの師であるナナカマドの名前が出て来た辺りで、中々深い話になってきたと認識する。

 研究者の声色もだんだん興奮を交えたものとなり、自然と聞き耳を立てる他の者達もちらほら。

 

「例えばわたくしの持っているジバコイル! レアコイルの進化形でありますが、その条件は特殊な磁場を有す土地でレベルを上げることにより進化するという、かな~り特殊なもの! 他にも、ノズパスがダイノーズへと進化するのも、これと同じであると言われています」

「はぁ……」

「さらにヤンヤンマがメガヤンマに進化する条件は、“げんしのちから”を覚えてレベルアップというものであり、特定の技を覚える事により進化するポケモンも確認されています。他にも、特定の道具を持たせてレベルアップなど、本当に様々な条件下で進化は確認されており、研究者の間では臨床試験が大変だということばかりで……」

「……本当に大変そうですね」

「いえ! だからこそ研究というものは心躍る! 答えがあるものの方が少ないこの世の中で、自らの手で答えを見つけ出す……その達成感というものは格別なものですよ」

 

 いい笑顔で語る研究者。その姿は、工事現場でいい汗を流して仕事をする人に通ずる暑さがある。

 ここまででもかなりタメになる話であったが、『さらに!』と研究者は指を立てて咆えた。

 

「今の様に環境での進化が確認されている中……同じポケモンでも環境が違うことにより姿を変える事があるのです。まずはこれを……」

 

 そう言って研究者の男性は持っていたタブレットの電源を付け、とある二体のポケモンを画面に映し出す。

 

「この二体はシンオウ地方にすむ『カラナクシ』というポケモン。そして進化すると……この『トリトドン』というポケモンになります」

「色が……違いますね」

「ええ。このカラナクシ系統のポケモンは、シンオウ地方を分断するテンガン山を境目とし、東と西で色が異なっているのです。これはテンガン山の特殊な磁場環境が起因しているという意見もあります」

 

 画面に映し出された二体のポケモンは軟体動物のような体をしており、どちらも似たような姿をしているものの、色が赤基調か青基調かという色合いの違いが見える。

 そして今度は別のポケモンの画像を画面に映し出した。一体はカントーやジョウトでもよく見かけるコラッタであるが、もう一体のポケモンは限りなくコラッタに近いものの、先程のカラナクシ達よりも体の部位に際がある。具体的に言えば、身体が黒かったり髭があったりなどだ。

 

「これ、どっちもコラッタなんですか?」

「どちらもコラッタですよ。ただし、こちらの黒い色の方のコラッタのタイプは【あく】・【ノーマル】タイプです」

「【あく】……?」

「ええ。わたくしは一度アローラ地方というところに赴いて調査をしたこともあるのですが、その時に各所でこれまで確認されていたポケモンとかなり差異のあるポケモンを次々と確認しました。今のコラッタのようにタイプが違うのも居れば、特性も違うポケモンが居る……カントーで見かけるロコンは【ほのお】ですが、アローラでのロコンは【こおり】です」

「え……全然違うじゃないですか!?」

 

 ライトの驚愕のリアクションは研究者の心を射抜いたのか、さらに嬉々とした表情で語る。

 

「そうです! ナッシーもアローラではアマルルガのような姿であり、タイプは【くさ】・【ドラゴン】という全く違ったもの! これはアローラ地方が年中暖かい気候であることが関係していると言われ、現地ではこのアローラでの姿を『リージョンフォーム』というようです」

「リージョン……フォーム……」

「ええ。このように環境に適応して別の姿へと変貌する……これもまた進化であり、ポケモンの潜在能力に関係しているのではないかと、わたくしは考えています。しかしわたくしは、一つ不思議に思うことがありましてね……」

「不思議なコト……ですか?」

 

 顎に手を当てて逡巡する様子を見せる研究者に反応しながら、今迄口にしたことをしっかりと書きとめる。

 余りのシャーペンの勢いに、芯も何度か折れてどこかに飛んでいく。その内の一つが研究者のおでこに当たるが、研究者は全く意にも介さない。

 

「カイリキーやゲンガー……そしてフーディン。これらのポケモンは通信交換によって進化される個体です。まあ通信交換と言っても、機器でボールに登録されているトレーナーID以外のトレーナーが正式なバトルで使えるように手順を踏むものですがね」

 

 研究者はポケモンセンターの一角を指差す。そこには、ポケモンを交換する為の交換機器が設置されている。

 トレーナーは時折、他のトレーナーと自分の捕獲したポケモンを交換する時があるのだが、その時に用いられる手段が『交換』だ。この際研究者が言っている通り、他のトレーナーが捕まえたポケモンを自分が公式戦で使える様に色々と処理が行われる。

 トレーナーは野生のポケモンを捕まえた後、ポケモンセンターやしかるべき場所で捕獲したポケモンのボールに自分のトレーナーIDを登録するよう義務付けられるのだ。

 いわば、これは野生で暮らしていたポケモンが社会の一員として登録されることであり、そうしなければ色々と不便である。

 この処理に関して、最も手っ取り早いのが機器による交換であり、その交換によって進化するという種族も確認されているのだ。

 

「これは明らかに人間の手が加わってこその進化! だと思いきや、その交換によって進化する個体は古代の文献などでも確認されていますので、あくまで交換は手段の一つであると考えられるのです」

「交換がですか?」

「ええ。通信機器の処理の電波による影響か……かなり不思議な進化の一つであると思いますよね。ですが、シンオウ地方のミオシティから少し離れた島―――『こうてつ島』では、メタルコートという道具をイワークに持たせて交換することにより進化するハガネールが野生として生息していることが確認されています。これを見れば、交換による進化というものは人の手による外的な影響による進化であり、我々が認知している交換進化は自然の進化とは一線を隔していると考えられますね」

「は……はぁ……?」

 

 かなり長いこと喋っている為、そろそろ紙も書けなくなり裏面に突入した。だがそれ以上にライトの脳味噌は既にオーバーヒート寸前である。

 

「しかし、これもまたポケモンの潜在能力を引き出している一例と言えます。人間の手によって進化するポケモン……ポリゴンなどはその最たる例! カントーの大企業シルフカンパニーにより作られた人工ポケモンでありながらも、進化ができる! 人の手でポケモンを生み出す……神が居ればこれを傲慢とでも言うべきか……ですがわたくしはオカルト的なものは余り信用しない性質ですので、これは置いておきましょう」

「……はい」

「そして、ここからが本題です」

(え? 今までの前置きだったの?)

 

 久し振りに激しくツッコみたい衝動に駆られるものの、研究者の男性が至って真面目な顔で語り続ける為、グッと堪える。

 すると男性は再びタブレットの画面をスワイプし、別の画像を映し出す。

 そこに映し出されているのは、巨大なルカリオの像。だが、普通のルカリオとは所々に差異があるように思える。普段からコルニのルカリオを見ている為、これは断言できるものであった。

 

「これ……ルカリオですけど、なにか……」

「これは、わたくしがつい先日シャラシティでマスタータワーなる場所で撮影してきたものなのですが、これは『メガルカリオ』と言って、ルカリオがメガシンカした姿らしいです」

「メガ……進化……」

「あッ、進化の字はカタカナで! 通常の進化とは違った現象である為、区別する為にメガシンカと呼ばれているとのことです」

 

 紙に『メガ進化』と書いたライトであったが、すぐさま訂正された。

 聞いたことのない現象の名に興味はそそられるものの、頭はパンク寸前。今ならば知恵熱で額がポカポカに温まって居るはずだ。

 そのようなことを考えながら、続く研究者の言葉に耳を傾ける。

 

「メガシンカはトレーナーの持つ『キーストーン』……そしてポケモンの持つ特定の『メガストーン』という石が絆によって反応し、更なる進化を遂げるという現象です」

「え? じゃあ……リザードンがさらに進化したりとか……ですか?」

「まあそうですね。カロス地方において昔から確認されている現象であり、わたくしが調査した中では最終進化形である個体がメガシンカするという共通性がありますので、リザードンもメガシンカする可能性は十分あり得ます」

 

 リザードンの更なる進化を示唆されたライトは、目をキラキラと輝かせて大急ぎで紙に書きこむが、とうとう紙一枚では足りなくなり、新たな紙を取り出して書きとめる。

 

「わたくしはシャラシティでの話を頼りに、各地での聞き込み調査や辺境にある遺跡などを調査し、トレーナーとポケモンの絆の体現であるメガシンカがわたくしの研究テーマに沿ったものであるのかと判断しようとしているのです」

 

 彼の研究テーマは『ポケモンの潜在能力』についてであり、進化を超えた進化である『メガシンカ』は限りなく沿っているものだと思われる。

 だが彼は断言することなく、未だ調査段階であるということをほのめかす。

 

「わたくしは調査の為、カロス地方で石に精通しているセキタイタウンを訪れたり、10番道路や11番道路での調査も進めたのですが……中々進展しないものですから気分転換にこちらへと」

「メガシンカ……凄い!」

「君もそう思いますか? 実に興味深いので、わたくしも実際にその目で見たいと思うのですが、表でのメガシンカ使いはカロス地方のチャンピオンであるカルネという女性であるので、メディアでほんの少し見る事ができる程度で……ああ、もどかしい」

 

 実に残念だ、と言わんばかりに頭を抱える研究者。父が研究者であるライトは、目の前にる男性の姿を見て、一瞬自分の父を重ねてしまう。

 何と言うか、研究者という職業はどの地方でもあまり変わらないものだ、と。

 

 するとここで、平常時通り忙しなく開いたり閉まったりする自動ドアが開き、外から見慣れた人物と筋骨隆々なポケモンがライトの下へ歩み寄ってくる。

 

「ねえ、ライト! 見て! ワンリキーがゴーリキーに進化したよ!」

「コルニ! ……何かこう……ホント、パワーアップしたって言うか……」

「でしょ!? ねえ、そっちの人はどちら様?」

「え? あ……えっと……」

 

 進化したゴーリキーはポージングを決めながら、その肉体美をライトにまざまざと見せつける。

 だがライトは、今迄延々と語り続けていてくれた研究者の男性の名前を聞いていない事に気付き、男性の方に振り返った。

 そこで男性も『あッ』と気付き、まるで執事が客人を出迎える時のような所作で一礼し名乗りだす。

 

「失礼しました。わたくしの名前は『アクロマ』。以後、お見知りおきを」

「アクロマさん。貴重な話、ありがとうございました!」

「いえいえ……ですが、貴方はコルニさんと呼ばれてましたね?」

「え? あ、はい! アタシはコルニですけど……」

 

 自己紹介を終えたアクロマという男は、今度はゴーリキーを連れ歩くコルニへと興味対象を変える。

 

「ふむふむ……削ぎ過ぎず、付け過ぎず……絶妙な筋肉バランス。いいゴーリキーですね」

「え!? そ、そうですか!?」

「ええ。とても良く育てられているゴーリキーだと思いますよ。そこでなんですがァ……是非、カイリキーに進化するところを見てみたいなと……」

「カイリキーに? え、全然いいですよ!!」

 

 アクロマの申し出を快く承諾するコルニ。【かくとう】のエキスパートを目指しているコルニであるが、まだまだメンバーは未完成。完成したと言うのであれば、少なくとも手持ち全員が最終進化形に至っている必要があるだろう。

 進化して弱くなるポケモンはほとんどいない。進化できるのであれば、早々に進化させたいというのがコルニの考えなのだろう。

 

 そのような少女の承諾を得たところで、アクロマは再びライトに視線を遣る。

 

「君の手持ち、教えてくれますか?」

「僕のですか? えっと、リザードにストライクに……―――」

「ストライク! 素晴らしい! ストライクはメタルコートを持たせて交換することによって、ハッサムに進化することが確認されています! もし君が良ければ、彼女の進化の為の交換に応じて見ては?」

「……あッ、そう言えばメタルコート持たせてたような」

「おお、何たる幸運! ……と言っても、わたくしはメタルコートを余るように持っていましたので、もしなければ君にあげていたのですがね」

「き、気持ちだけ……ははッ」

 

 半ば強制的に交換をするように仕向けられている気もするが、エースであるストライクが進化するというのであれば願ったり叶ったりだ。

 そう考えて、ワクワクテカテカと今にも交換しようと心待ちにしているコルニを見てから、コクンと頷く。

 

 二人の承諾に『おお!』と声を上げるアクロマもまた心を躍らせるような様子を見せて、足早に設置されている交換機器の目の前まで歩み寄っていく。

 ライトもまたコルニに手を引かれ、グングン引っ張られ機器の前までやって来た。

 横長の無機質な物体には、左右にボールを置く場所が一つずつ。そしてトレーナーカードを翳す画面も一つずつ供えられていた。

 

 まずはトレーナーカードを翳し、互いに交換の意思があることを示す。

 

「さあ! 二人共、此処へボールを……」

「よ~し! よろしくゥ、ライト!」

「うん!」

 

 意気込みは充分に各々のボールを機器に設置する。すると交換機器はボールの情報を読み取ってからすぐに交換作業に移った。

 『シュン』と音を立てて設置していたボールが消えたかと思うと、別のボールが機器の中に現れる。

 

 既にボールの中では進化の鼓動が刻まれているのだと思うと、二人の胸の高まりは自ずと高まっていく。

 だが、そんな二人を宥める様にアクロマが一歩前に出てきて、こう口にした。

 

「もうボールから出して進化を見届けるのもいいですが……折角ですなら、本来のトレーナーの下で進化を果たした方が、君達にもポケモンにも本望でしょう! さあ、もう一度……」

「あ~、もォ~楽しみ!ライト、早く早く!」

「そう急かさないでったら……ふふッ!」

 

 もう一度、同じ作業を繰り返してストライクとゴーリキーのボールは、各々の下の主の前へと帰っていく。

 一秒がこんなにも長いと感じたのは久し振りだ。

 自然と頬は緩み、ボールの中に在る期待に胸の想いは熱くなっていくだけである。

 

 そしてとうとう―――。

 

「ッ! よっしゃ、出てきてゴーリキー……じゃなかった! カイリキー!」

「……出てきて!」

 

 同時に戻ってきたボールを手に取り、その場で放り投げる。すると中からはボールに入る前と同じ姿の二体が出てきたが、すぐに神秘の胎動が見え始めた。

 全く一緒のタイミングで白い光に包まれていく二体に、ポケモンセンター内の緊張が高まっていく。

 建物内を照らす電灯の数倍明るい光は胎動を次第に大きくしていき、最高点に達した瞬間に弾け飛ぶ。

 

 神秘の光が無くなり中から姿を現したのは、紅い鎧を身に纏い更なる鋭い剣を手に入れた戦士と、四本腕を有す頑強な肉体を持ったポケモン。

 

「ルゥゥウッリッキィイイイイイイ!!!」

「きゃあああ! カイリキー!!」

「……」

「……へへッ! よろしく、ハッサム!」

 

 抱き合う(と言うよりは抱かれている)コルニ達に対し、ライトとハッサムの二人は、突きだした右拳を合わせあうという非常にシンプルな挨拶で終わった。

 無言を貫くハッサムであるが、その瞳には抑えきれない高揚が映し出されているのを、長年共に過ごすライトはしっかりと理解している。

 

 鋭角的な甲殻を有していたストライクの時とは違い、幾分か丸みを帯びたその真紅のボディ。

 以前までの鎌は鋏へと変わり、リーチは短くなったものの切れ味は各段に上昇していると思われる。

 

 互いに進化を喜び合うライト達であったが、ふと後ろから聞こえてくる拍手の音に気付き振り返った。

 そこには満足そうな笑みを浮かべて拍手するアクロマの姿が―――。

 

「……いつみても、進化の神秘の感動というものは色あせないものです。いいものを見させてもらいました。お礼にこれを……」

「……これは?」

 

 何か腕輪の様な物を手渡されるライト。大きく湾曲した金色の二つの腕輪が、中央の丸い窪みを中心に交差しており『X』を描いているという物だ。

 中心の窪みが非常に気になるところであるが、中々年季の入った物に見える。

 

「遺跡の調査で見つけた腕輪です。言うなれば、昔の装飾品のようなものですが……他にも同じような物を幾つか見つけたので、その内の一つを君へと思い……」

「こ、これ高くないんですか!?」

「う~ん、どうでしょうね? まあ、将来的には高く売れるかもしれませんが、その時まで取っておいてみてみればどうでしょう? 勿論、わたくしからの気持ちなのでお金の心配はしなくて大丈夫です」

「は……はぁ……」

 

 渡された腕輪は何か高額商品で、後で請求されたらたまったものではないと考えたライトであったが、アクロマという男性は本当に好意で渡してくれたようだ。

 左手首を上手く捻って腕輪を装着してみる。年季が入って金属光沢も息を潜めているものの、手入れをすれば昔の輝きを取り戻すのかとも考えてみたり。

 

「そして貴方にはこの彗星の欠片を」

「いいんですか!?」

「ええ。わたくし、宝石には興味がないので……こういうものは女性が喜ぶものかと」

「わあ……ありがとうございます!」

「礼には及びません」

 

 アクロマの好意に感謝の弁を口にする二人。

 そんな二人を見て満足したのか、アクロマは踵を翻して自動ドアへ向かって歩み出す。同時にアクロマはボールからジバコイルを繰り出し、その上に仁王立ちする。

 

「それではわたくしはここら辺で……中々楽しい時間でしたよ」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

「ふふッ……もし貴方達がメガシンカを使えるようになったら、是非記録に残り易いメディアの前でよろしくお願いしますよ」

「は、はい!」

「じゃあこれで……良い旅を」

 

 それだけ言って、アクロマはジバコイルに乗ってポケモンセンターから颯爽と去っていった。

 中々不思議な人物であったが、博識であり、研究への熱意も感じ取れる素晴らしい研究者であったのかとライトは心で思う。

 

 

 

 

 

―――メガシンカかァ……使えると良いなァ。

 

 

 

 

 

 見出されたのは、新たなる進化の形『メガシンカ』。

 

 進化を超える絆の力だ。

 



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番外編 二人の出会い方

 

 

 

 

 

「今日からお世話になります、ボンゴレさん」

「いえいえ……アルトマーレによくお越しで」

 

 互いに礼をし合う中年の男性と恰幅のある老人。彼らが話をしているのは、アルトマーレにある大きな博物館の職員の部屋であり、館長であるボンゴレが今日から連携をとる研究員と挨拶をしていたのである。

 研究員の名はシュウサク。彼のポケモン研究の権威であるオーキドの研究所―――その職場での水生ポケモン(主に海洋)の生息地などの研究を任されている、それなりの人物だ。

 彼にはマサラタウンに家を有しているが、未だ詳しい生息ポケモンが研究されていないジョウト地方のアルトマーレに単身赴任をしようとしたのだが、

 

「こら、ライト。あんまり周りの物触っちゃダメだぞ?」

「は~い!」

「ははッ! 元気な息子さんですね」

「ええ、好奇心旺盛で……」

 

 二人の大人の周りをコラッタの様にチョコチョコと歩き回るのは、シュウサクの背丈の半分以下の身長しかない少年。

 太陽のような笑みで父親の言葉に反応を返すが、それでも目新しい物が非常に多い為、落ち着きは全くと言っていいほどない。

 

「ライト君と言うんだね? 歳は何歳かな?」

「六才です!」

「はっはっは! そうか六歳かい。儂の孫は七歳だから、いい友達になれるんじゃないかな?」

 

 両手、それぞれ指を三本ずつ立てて自分の歳を教えるライト。

 それを見たボンゴレは、自分に七歳の孫がいることを口にして、『今度ウチの子と遊んでくれないかな?』と屈んでお願いする。

 その頼みに元気に『は~い!』と返事をするライトであるが、シュウサクは元気が良すぎではないかと苦笑を浮かべていた。

 

 本来、一人で単身赴任をするつもりであったシュウサクであったが、息子のライトがどうしても付いていきたいと駄々を捏ねる余り、半ば仕方なしに連れて来たのだ。

 その際、ライトの姉であるブルーはそのことに大反対であったが、最終的に『お姉ちゃんから離れるライトは嫌いよ! でも、お姉ちゃんはライトが大好き!』と意味不明の供述を―――。

 兎に角、紆余曲折を経てアルトマーレにやって来たライトなのであるが、初めてのジョウト地方に興奮を隠せないでいた。

 博物館の中央に佇む巨大な昔の機械や、大理石に埋め込まれているポケモンの化石など、マサラタウンでは見る事の出来なかった物の数々。何より、見たことのない数々のポケモン。

 テレビ越しではない、現に目の前に居るポケモン達を見てライトは動かずにはいられなかった。

 

 現にライトはうずうずしながら辺りを忙しなく見渡しており、それを見かねたシュウサクは一言告げる。

 

「ライト、博物館を見て来るか?」

「えッ、いいの!?」

「ああ。でも、あんまり遠くに入っちゃ駄目だぞ」

「うん!」

 

 父親の承諾を得たライトは、すぐさま全速力で博物館の中を見学する為に走っていく。途中で『走ったら危ないぞー!』とシュウサクが伝えるものの、『わかってるー!』と言うだけで速度は一切変わらない。

 分かっていないのは一目瞭然。

 ライトの姉のブルーも小さい頃はガキ大将のような立ち位置でマサラ中を駆け巡っていたが、あの時よりはまだマシだろうとシュウサクは溜め息を吐く。

 

「はははッ……元気なのはいいんですがね……」

「ハッハッハ! ライト君に比べてウチの孫のカノンはませてて、人前であんな元気な様子は見せないので羨ましい限りですよ」

「おませちゃんですか。それに比べてウチの娘は男勝りで……」

 

 互いの孫や娘のことを口にする大人たち。だが、なんだかんだ言っても可愛がっているのが現状だ。

 特にシュウサクに関しては、人前ではこう言っているものの家では『家族LOVE♡』を全面に出している。

 

「それにしても、アルトマーレは良いところですね……パッと見でも水質は随分よさそうですし、街に流れている水路の水も綺麗そうだ。住んでいるポケモンも、さぞかし気持ちがいいことでしょうね」

 

 水生ポケモンの研究を担当するシュウサクは、一目見てアルトマーレの水の美しさに感嘆の息を漏らしていた。

 一瞥すると、街の水は緑色に見えてしまうが、それは水路に石材に張り付いている藻の影響でそう見えているだけで、実際は不純物も少なくかなりいい水質である。

 専門家にそうして故郷を褒められたことに対し、ボンゴレは誇らしげに微笑みながら、彼の研究の為に貸し出す部屋へと案内する為に腕を差し出す。

 

「そう言われると光栄です……ささッ、こちらへ。古代にアルトマーレの海域に生息していたポケモンの資料は、既に部屋に移しているので……」

「ありがとうございます、何から何まで……」

「いえいえ。是非、アルトマーレのよさを知っていただくためのこちらの協力ですので」

 

 そう言われて部屋に案内されていくシュウサク。

 同時刻、ライトは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「カブトプス……プテラ……」

 

 大理石に埋め込まれているポケモンの化石を眺めながら、刻まれている文字を声に出す。カブトプスは甲羅のような巨大な頭部と、ストライクのように鋭い鎌が特徴のポケモンだ。

 そしてプテラは、太古の大空において王者と称されたほどの凶暴なポケモン。だが、そのようなポケモンの化石を目の当たりにしてライトが感じていたのは、

 

「かっこい―――ッ!」

 

 憧れであった。

 何時ぞやのテレビ番組では、化石から太古のポケモンを復元するというトンデモ技術が確立されていると言われ、化石ポケモンが現代においても見る事が当たり前になるのは、そう遠くない未来であると言われている。

 ポケモントレーナーを目指すライトは、もしこのような化石ポケモンが自分のパートナーになったらと妄想を膨らませながら駆け足で博物館を見て回った。

 

「ちょっと!」

「わぁ~……このオムスターの化石も……」

「君!」

「……ん? 僕?」

「博物館は走るの禁止! そのくらい分かんないの!?」

「あ……ごめんなさい」

 

 同年代位の白いベレー帽を被る赤茶色の髪の少女が強めの口調で注意してきたため、先程の興奮が冷めたライトはシュンとした様子で謝罪する。

 その姿に『ふんッ!』と鼻を鳴らす少女は、ライトに歩み寄ってから持っていた画用紙が束ねられているノートでライトの頭を叩く。

 

「いい!? 博物館は貴重なものがい~っぱいあるんだからね! 君みたいなお子様が壊したら、とてもじゃないけど弁償のお金なんか―――」

「……君だって子供じゃないか」

「なんですってェ~!?」

 

 口を尖らせながら反論するライトであったが、憤慨して顔を真っ赤にする少女に頬を抓られて、横に引っ張られる。

 

「イタタタタッ!?」

「もう一度言ってみなさいよ!」

「痛いから離してって! もう……すぐに手を出す君の方が子供じゃんか!」

 

 力尽くで少女の手を引きはがしたライトは、自分への仕打ちを糾弾し始めるが、火に油を注いだのか少女の額や手には血管が浮かぶ。

 そして、先程よりも強い力を持ってライトに『お仕置き』をしようとするが、寸前の所で一歩下がったライト。下まぶたに指を掛け、舌を出来るだけ出す。

 

「ベー、だ!」

「うぐぐぐ……バーカッ!」

「バカって言った方がバカだよーっと!」

「っく~~~!!」

 

 子供らしい喧嘩を繰り広げる二人であったが、顔を真っ赤にして怒りを露わにする少女は、地団太を踏んだ後に踵を返して博物館の出口へと全力で走っていった。

 ライトからすれば敗者の逃走にしか見えない光景に、先程抓られた頬を擦りながら勝利の余韻に浸るようにフフンと笑みを浮かべる。

 だが―――。

 

「……ちょっと言い過ぎたかなァ?」

 

 ライトのカノンの最初の出会いの印象は、最悪であったと言えよう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ライト、ほっぺた赤いけどどうしたんだ?」

「ん? ううん、何でもな~い!」

「そっか。アルトマーレ楽しいか?」

「うん!」

「なら良かった! 後でお姉ちゃんとお母さんにも連絡しような!」

 

 家で昼食をとるライトとシュウサク。

 引っ越して来たばかりで荷物の片付いていない部屋の中で、商店街で買ってきたサンドイッチを口に含む。

 シュウサクの飲み物はドリップコーヒーであるのに対し、ライトが口に含むのはエネココアだ。カカオの風味とモーモーミルクの滑らかな舌触りが絶妙な、子供に大人気の飲み物である。

 

 そんな熱々のエネココアをゴクゴクと飲み干すライト。早く食事を済ませ、この新天地であるアルトマーレを探検したいという好奇心に駆られているのだろう。

 大急ぎで口に食べものを運ぶ息子の姿を見たシュウサクは、優しい笑みを見せながら語りかける。

 

「ライト。ご飯食べたら、広場に遊びに行っていいぞ」

「えッ、いいの!?」

「ああ、友達は早く作れた方がイイもんな」

「わかった!」

 

 父親の言葉を聞いたライトは、先程でさえ凄まじい速さで食事を進めていたというにも拘わらず、それ以上の速度でモグモグと口に詰め込み、ものの数十秒で残っていた物を全て食べ終えた。

 空になった皿を手に持ち、駆け足で台所へ片付けるライト。それと同時に口に含んでいた物を呑み込み、すぐさま玄関へと向かう。

 

「行ってきまーす!」

「夕飯前には戻ってくるんだぞ~!」

「はァ~い!」

 

 流れるような所作で靴を履いたライトは、勢いよく扉を開けて外に飛び出していく。

 

「……ははッ、誰に似たんだろうなァ」

 

 子供の頃は内向的であった自分に比べ活発的な息子。娘も同様に―――と言うより、それ以上に活発である為、明らかに母親の方に似たのではないかと考えるシュウサクなのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カリカリカリ。

 

「……」

 

 ガリガリガリ。

 

「……」

 

 ガリガリボキッ。

 

「……あ―――ッ、もォ―――! なんで折れるの!?」

 

 画用紙に風景画を描いていたカノンは、鉛筆の芯が折れたことに憤慨して頭をガシガシと掻き毟る。

 先程の不躾な少年の所為で腹の虫が治まらないカノンは、趣味の絵描きも普段のように上手くかけずストレスマッハであった。

 

 つい先日、誕生日プレゼントであるベレー帽を被って趣味に没頭できるかと思いきやのこれである。

 今日、これほど心がかき乱されているのはあの少年の所為だとイライラしながら、乱暴な動きで新たな鉛筆を取り出して再び風景画に取り掛かった。

 

 現在彼女が居るのは、広場から少し裏路地を通った場所にある人どおりの少ない水路前。そのお蔭で騒がしくも無い為、普段であれば集中して絵描きできる場所だ。

 多少ジメジメとしており、気を付けなければ足元も滑る場所であるが、それ以上に彼女の周囲には怒りと言う熱気が纏わりついていた。

 

「う~~~……ええい!」

 

 苛立ちを発散しようと近くにあった小石を水路に投げるカノン。

 だが、小石は水面に僅かに出ていた水色の頭部に当たり、一バウンドしてから水中の中へと消えていった。

 

「あれ?」

 

 狙った訳ではない水色の頭部に首を傾げるカノンであったが、次第にそれが自分の方に近付いてくることに気が付いた。

 そして、

 

「タッツ―――ッ!!!」

「ぷぁ!?」

 

 水面から顔を出したタッツーの“みずでっぽう”を顔面に喰らった。

 びしょびしょに濡れた顔からは、止めどなく水滴が滴る。これが本当に頭を冷やされるというものだと一人納得する中で、カノンは両手で顔の水を拭う。

 持ってきた画材も万遍なく濡れてしまった為、これ以上絵を描く事は困難だと考えたカノンはスッと立ち上がる。

 

「あッ!」

 

 その瞬間、頭を前に出した時に被っていたベレー帽が風に吹かれて水路へと落ちていってしまった。

 辛うじて水中へは沈んでいかないものの、風でグングン海の方面へと流されていく。

 

「わたしのベレーぼ―――」

 

 

 

 ザパ―――ンッ!!!

 

 

 

 何とか掴みとろうと腕を伸ばした瞬間、濡れていた足場の所為で水路の中へと落水してしまうカノン。

 水面から五十センチほどの高い足場から落ちてしまった為、大きな水飛沫を上げるカノンであったが、数秒後には水面に顔を出した。

 

「プ……ぷはぁ! あッ……やばッ……!」

 

 ザパザパと音を立てながら必死に足掻くカノンであるが、如何せん足場まで手が届かない。

 頑張って壁際まで泳いで見るものの、藻の生えている石には指を掛けても滑るのみで、とてもではないが上ることはできなかった。

 更にここは裏路地の水路。人通りが少なく、それだからこそカノンが良く通っていた場所であったのだが、緊急時には周囲の人の助けを呼びづらい場所である。

 

 足をバタつかせ、手を伸ばす。

 しかし、一向に上がる気配はない。溺れた際は、服が水を吸ってしまわないように脱いだ方が良いと言われているものの、咄嗟のこととなるとそのような基本なことでさえも忘れてしまうのが人間、ましてや子供だ。

 助かりたい一心で声を上げようとするも、その度に口の中に水が大量に入ってきて咽るのみ。

 

(だ……誰か助けて!!!)

 

 

 

 ***

 

 

 

「迷っちゃったなァ~……」

 

 昼食を終えて広場に着た後、見たことのないポケモンを追って来て裏路地に迷い込んでしまったライト。

 特に自分の行動を省みる訳でもなく、逆にこれも探検だと言わんばかりにニコニコと笑みを浮かべて路地を突き進んでいく。

 

 見慣れない土地を右へ左へ。

 迷子の時、それは愚行であると思われるかもしれないが、彼はまだ好奇心旺盛な六才の少年だ。ジッとしていろと言う方が無理な話である。

 トコトコと道を突き進んでいくライト。ふと、彼の耳には水を激しく叩いているかのような音が聞こえてきた。

 

「これって……ポケモンかな!?」

 

 活きの良い水生ポケモンがいるものだとばかり思ったライトは、目を輝かせながら音を頼りに路地を進む。

 次第に音が大きくなり、目的地に近付いている事を察したライトの胸の高まりは大きくなっていく。

 そしてとうとう路地の角を曲がった所で、水飛沫が高く上がっている水路を見つけた。

 

「ん? あれって……」

(人の手?)

 

 水面との高さの関係で明確には見えないものの、ちらほらと人の手の様なものが視界に映り込んでくることから、大急ぎで水飛沫の下へと駆け出す。

 数メートル程駆けたところで、地面に手を付けて水路に顔を覗かせると―――。

 

「あッ」

「ぷはぁ……た、たすッ……!」

「ッ……掴まって!!」

 

 溺れている少女。全身濡れているものの、心なしか彼女の目尻には涙が溜まっている様に見えた。

 緊急事態であることを理解したライトは、すぐさま自分の手を伸ばし、必死に水中から腕を伸ばしている少女の手首を掴んだ。

 濡れているため若干滑るものの、ガッチリと手首を掴んだライトは余ったもう一方の手でも手首を掴み、全力で少女を引き上げようとする。

 

 勢いをつけ、子供らしからぬ力で少女を水面から腰が出る辺りまで引き上げると、すぐさま手首を掴む手を離し、今度は少女の脇に手を掛けて自分の体ごとのけ反らせるようにして引き上げた。

 びしょ濡れの少女を引き上げたことによりライト自身も濡れるが、そんなことはお構いなしだ。

 目論見通り、無事引き上げられた少女は勢いのままライトの上へと覆いかぶさる。

 『ぐえッ!』と潰れたニョロトノのような声を出す少年であったが、少女を無事に引き上げられたことに安堵の息を漏らす。

 

「ふぅ~……大丈、夫……?」

 

 体を起こして肩を掴むライト。その際、助けた少女がどこかで見覚えのある者であることに気付き、一瞬言葉を詰まらせた。

 

 博物館で、自分の事を注意して来た少女。

 

 なんたる偶然か。

 頬をポリポリと掻き、次なる言葉を紡ごうとする。しかし、中々言葉が出てこないため、どうしたものかと少女の方へ目を遣ったが、ビクッとしてしまう。

 何故なら、少女が顔を真っ赤にして震えながら、目尻から止めどなく滂沱の涙を―――。

 

「う……うぇええん……ひっぐ……えっぐ……!」

「あ、あの、えっと!?」

「うぁあん……ぐすッ……うっく……!」

 

 ゴシゴシと目尻から流れる大粒の雫を拭おうとすれど、服が既に濡れている為なんの意味も為さない。

 癇癪を上げる様にではないものの、大泣きする少女にライトはどうすればいいのか分からず、ただタジタジするしかできなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――カノンって言うんだ。僕、ライト」

「ひっく……ライト、助けてくれてアリガト……あと、ゴメン……」

「な、なにが?」

「博物館で……うっく……『バカ』って言ったこと」

「それは……えっと……僕もゴメン……言い過ぎたと思ってたトコだったから」

 

 ずぶ濡れのカノンの服を地道に絞って乾かそうとする二人は、先程の路地から動かずに自己紹介をしていた。

 複雑な心境の下で、何とか会話を広げていく二人だが、すぐに言葉はピタリと止まる。

 

「……大丈夫?」

「……うん」

 

 掛けるのは、当たり障りのない言葉。

 涙は渇いたものの、大きく張れた涙袋がどれほど彼女が泣いたことかを如実に示していた。

 ギュッと服を絞るライト。勿論カノンは裸ではない。着たままだ。

 如何せん効率が悪いが、今はこうするしかない。

 

 そう自分に言い聞かせながら服を絞るライトであったが、再び水路の方からバシャバシャと水が弾ける音が耳に入り、何事かと様子を確かめに立つ。

 同時にカノンもライトの服の裾をギュッと掴み、一緒に何があるのかを調べに行く。

 

「あッ、コイキング……」

「ンボッ、ンボッ」

「……わたしのベレー帽……」

「え? これが?」

「ンボッ」

 

 水面で音を立てていたのは、さかなポケモンのコイキングであった。コイキングの頭には、どこで拾ったのか分からない白いベレー帽が乗っかっていたが、それが自分の物だとカノンは口にする。

 必死に尾びれを動かして水面から顔を覗かせ続けるコイキング。

 

「……もしかして、拾って来てくれたの?」

「ンボッ」

「へェ~! 賢いね! ありがとう!」

「ンボッ」

「ほら、カノンもお礼言ったら?」

「ンボッ」

 

 グッと手を伸ばし、コイキングの頭に乗っかっていたベレー帽を取ったライトは、そのままカノンの頭の上へと乗せる。

 多少濡れているものの、既に関係なしと言わんばかりにカノンは深く被り、小さい声ながらもコイキングに『アリガト……』と感謝の言葉を口にした。

 

「明日、なにかお礼持って来るから! 待っててね!」

「ンボッ」

「良かったね、カノン!」

「……ん」

 

 大泣きしたことで喉が疲れて余り喋りたくないのか、カノンの言葉は終始控えめだ。博物館での喧嘩が嘘のようだと思いながら、とりあえずカノンの手を引くライト。

 

「……広場に戻れる?」

「……ん」

「じゃあ、僕も連れてってくれない? 今日引っ越してきたばかりで、この辺りの地形とか全然分からないんだよね……」

「……ん。こっち……」

 

 ライトの言葉を聞き、カノンは先導するようにライトの前を歩んでいく。進みはゆっくりであるものの、これでようやく迷路のような路地から抜け出せると、ライトは再び安堵の息を漏らした。

 しかし、変な部分が何一つない自分に対し、片やずぶ濡れで泣き腫らした顔の少女だ。

 このまま広場に行けば、どのような白い目で見られるか。破天荒な姉を持った所為で、そこら辺の羞恥心は存分に鍛えられていたライトは、少々困ったように呻く。

 

 だが、カノンに手を引かれて進んでいくうちに、小さな水飲み場を発見した。

人が飲めるように。そしてポケモンが水を飲んだり、水浴びができる様にと蛇口が上と横に二か所設置されている水飲み場を見て、妙案が頭を過る。

 

「ちょっと待って!」

「え……?」

 

 バシャアア!!

 

 すると、何を思ったのか全開の蛇口から流れる水を手で汲み取って、顔や髪、果ては服に至るまで濡らしていくライトに、カノンは何を考えているのかと唖然とする。

 暫し茫然としたまま立ち尽くしていると、水滴を髪の毛の先からポタポタと垂らす少年が、満面の笑みでカノンにこう言い放った。

 

「水遊び!」

「……へ?」

「僕とカノンで水遊びしてたって事でさ! だから僕もびしゃびしゃ~、なんてね!」

「……ふふっ! バッカみたい……」

 

 少年の言葉に、初めて華の様な笑みを咲かせた少女。

 その顔を見て、ようやくライトも心の中で胸をなでおろした。溺れていた事は秘密にし、二人で水遊びしていたことにしようと考えたライトの目論見は、どうやら一先ず成功したようだ。

 そのままカノンの下へと歩み寄り、再び柔らかい少女の手を取る。

 

「道案内、よろしくっ!」

「……うん、ライト」

 

 ギュッと握りしめた手。

 それはとても温かく、とても頼りがいがあって―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あれ? これ……」

 

 初めてライトに出会ってから六年後。

 部屋の片づけをしていたカノンは、一枚の写真を見つけた。そこに写っていたのは、太陽のような満面の笑みを浮かべるライトと、唇を尖らせて恥ずかしそうにそっぽを向いて立っている自分の姿。

 背丈が低いことを考えると、かなり昔に撮ったものであることが分かる。

 

「……ふふっ、懐かしいのが出て来ちゃった」

 

 第一印象とは裏腹に今は仲のいい幼馴染であるライト。

 そんな彼と一緒に写った写真を見て微笑みを浮かべるカノンは、そっとその写真を机の上に置き、代わりにベレー帽を手に取って被った。

 今日は、秘密の庭でラティアス達と共に遊びと決めていたのだ。

 昔はブカブカであったベレー帽も、今はピッタリと頭に嵌る。

 

「……ライト、今頃釣りでもしてるのかな?」

 

 このベレー帽を拾ってくれた当時のコイキングは、今やギャラドスだ。きょうあくポケモンであるギャラドスの背に乗って釣りに没頭するのが、ライトのここ最近のトレンドらしい。

 特性の“いかく”で野生のポケモンが怯え、釣れるのはほとんどいないらしいが。

 

「さてと……お爺さ~ん! 出かけてきま~す!」

『おぉ~! 気を付けていくんじゃぞ~!』

 

 船大工である祖父のボンゴレに出かける旨を口にしたカノン。靴を履いて、軽快な足取りで秘密の庭へと駆け出す。

 

 

 

 

 

―――アルトマーレは快晴だ。

 



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第四十六話 危ない大人のお姉さん

 

 

 

 

「すー……すー……」

 

 安らかに寝息を立てるライト。時刻は午後十時を周り、健全な少年少女はベッドで寝静まっている時刻だ。

 ライトの枕元では、イーブイも体を丸めて気持ちよさそうに寝息を立てており、彼の向かい側のベッドではコルニもお腹を出しながら眠りについていた。

 

 しかし、トレーナーたちが寝静まっている間に一つのモンスターボールが独りでに開き、中からは紅蓮の体色をした蜥蜴が出て来る。

 周りの者を起こさないようにと息を殺しながら、ライトの手持ちのボールがまとめて置かれている机を見た。

 そこには、自分とは別にもう一体のボールが開いており、『やれやれ』と首を振るってリザードは部屋をこっそりと抜け出していく。

 

 廊下、エントランス、そして自動ドアを掻い潜ってポケモンセンター脇にあるバトルコートまでやって来た。

 深夜の時間帯、よほどでなければ誰も居ない筈のコートでは、一体のポケモンが忙しなく動いている。

 進化したばかりで有り余っている力を吐き出すかのように、俊敏に、力強く、尚且つ無音で両腕の鋏を振るうのはハッサムであった。

 

 彼に気付かれないよう、忍び足で寄ろうとするリザードであったが―――。

 

『……何の用だ』

『……気付かれたか』

『お前の尻尾の炎が、嫌でも視界に入ってくる。それに俺の体はもう鋼なんだ。熱には敏感なんだよ』

 

 動きを止め、鋭い眼光でリザードを睨むハッサム。明かりはほとんど無いものの、月明かりが彼の鋼の体を照らし上げ、妖艶に光沢を放っている。

 

『ふん、進化したばかりでご苦労様だな。こんな深夜にご苦労様とでも言っておくか?』

『そういうお前はなんなんだ?』

『コーヒーを飲んで目が覚めていてな。それに、ジム戦にも出ていないから体力が有り余ってるんだよ』

『……あんな苦い物のなにがいいんだか。俺には理解し兼ねるな』

『味だけで決めつけようとするのは初心者(ビギナー)だ。まあ、マサラで博士のをくすねて飲んでいたドリップよりも、カロスでのインスタントが旨いのは幸運だったな。お蔭で旅先で苛立つことも無い』

『……ちっ。蜥蜴風情が良く言う』

『自分でも思ってるさ』

 

 不敵な笑みを浮かべるリザードに対し、快く思っていないハッサムは再び自主練習へと戻っていく。

 今日のジム戦でプテラと戦い、一度戦闘不能になっていることから疲労は溜まっているにも拘わらず、それを思わせない豪速の拳は空を切る。

 

『……お前は寝ないのか?』

『言ったろ。コーヒーで目が覚めてるってな』

『……夕飯に二杯飲んでたからか。わざわざ甘い木の実を食ってから、苦い液体を飲むなんて―――』

『苦いのを飲むからこそ甘みが引き立つんだ。それにコーヒーは味だけじゃない、香りだ。旨みが欲しいならエスプレッソだが、俺は深煎りのドリップが好きなんだよ。シロガネ山の天然水で作ったコーヒーなら尚良しだ』

『小生意気だ』

『小僧なりに極めたいんだよ。今度、俺のお気に入りを勧めてやろうか?』

『結構』

『……タウリンでも水に溶かして渡してやろうか?』

『ああ。そっちの方が良いな』

 

 服用するとポケモンの【こうげき】が育ちやすくなる効果があるタウリン。それを水に溶かして渡そうと口にするリザードに、ハッサムは自主練をしながら応える。

 ストライク時代からインファイターであったハッサムは、力こそ命。奇襲で“しんくうは”などは使うものの、ほとんどが接近してからの高威力の物理技で攻めるのが得意であった。

 まさにタウリンはハッサムにピッタリであるものの、如何せん値段が高く、子供は勿論大人ですら手を付けたくないほど。

 使うものが居るとすれば、ジムリーダーや四天王などのバトルのエキスパートあたりか。

 

 だが、地道に努力した方がポケモン的には実感がわきやすい。薬のお蔭で強くなったと言われてもいい印象を受けないのは、人間でもポケモンでも一緒だ。

 だからこそ、ハッサムはとある問題に直面していた。

 

(体が……重い……)

 

 思う様に体が動かない。

 ストライク時代の体重が56キロであったのに対し、今では118キロ。ほぼ二倍だ。【すばやさ】を捨て、【こうげき】と【ぼうぎょ】に重きを置いた進化形であるハッサム。

 進化したばかりで仕方ないとはいえ、ストライク時代のような俊敏な動きができないことに危機感を覚えたハッサムは、こうして一人で自主練を嗜んでいたのである。

 

 自分の武器は、フィールドを自由自在に動き回ってから強力な一撃を叩きこんで距離をとる、一撃離脱戦法だ。

 それも今や二倍の体重になってしまい、直線でしか素早い動きしかできない。“でんこうせっか”による直線の動きは以前のままだが、キモリのようにフィールドを縦横無尽にとはいかなくなってしまった。

 急に方向転換しようとしても重い体が災いし、急ブレーキをかけて方向転換することができない。

 

 まさに、死活問題だ。

 

 自分の主人であれば、数度ほど自分を使ってバトルに挑めばその問題に気付いてくれるだろうが、恐らく気づいてから先にあるのはバトルスタイルの変更である。

 【すばやさ】は失ってしまったが、その分【ぼうぎょ】は非常に硬くなった。その為、今迄は『避けて攻撃する』というバトルスタイルであったものが、これからは『受けて反撃する』に変わる筈。

 

(なら、その時まで俺にできるのは……反撃の時に重い一撃を繰り出せるだけの力を付けておくこと……!)

 

 ビュッと風を切る拳。

 受けて反撃するスタイルをとるのであれば、カウンターで相手を一撃で伸せるだけの攻撃力がなければ心許ない。

 そう言った独断的な判断の下、特訓に励むハッサムであったが、今一つ納得し切れていないかのように拳を納めた。

 

『……おい』

『なんだ』

『相手しろ』

『……いいぞ。今日は他の奴等に出番譲らされて、元気が有り余ってるからな。だが、いいのか? 【ほのお】の俺と、【はがね】と【むし】のお前……どっちが有利かなんざ、短ぱん小僧でも―――』

『お前の弱火で炙られてやられるほど、ヤワな鍛え方はされていない』

 

 カチーン。

 『弱火』と称されたリザードの額には、若干血管が浮き出る。普段は冷静沈着で、目の前に居る虫ポケモンと共に、他のポケモン達を保護者のような目で眺めているリザードであったが、ここでは違った。

 誰も自分達の諍いを止める者は居らず、本気で戦えるだけの口実も充分ある。

 体裁を整える必要も無く、相性がいいとは言えど相手はリザード自身も認める格上。そんな相手に貶されるような言い方をされれば、誰でも頭にはくるものであり―――。

 

『……そうか。俺も一度、本気でやり合いたいとは思っていた頃だ』

『進化したばかりの癖に、長年アイツの下でエースを務めてる俺に盾突いてくるか。意気込みだけは認めてやる』

『進化したばかりはお互いさまだろ。それと、年季だけが物を言うと思ったら大間違いだぞ』

 

 ザリッ……。

 

 鋏を構えるハッサムに対し、リザードは両腕に“ドラゴンクロー”を展開する。

 真面に殴り合えば返り討ちにされるのは目に見えているが、近付かなければ【ほのお】技も真面に喰らわない筈だ。

 互いにピクリとも動かず、一瞬の隙を狙って身構える。

 

 そして、月影に照らされていた木葉がバトルコートの中央に舞い降り―――。

 

((今だ……―――ッ!))

「夜中に喧嘩しちゃ駄目だよ、もォ~……」

 

 駆け出そうとした瞬間、ポケモンセンター側から照射されるリターンレーザーの直撃を喰らい、技も繰り出せずにボールへ強制送還される二体。

 

((あ゛あ―――っ!?))

 

 まさかのタイミングでのライトの参上。パジャマである白いジャージを身に纏っている少年は、とても眠そうだ。

 どうやら喧嘩と間違われたようであり、何も弁解もなしにボールの中へと吸い込まれていく二体は、心の中で叫び声をあげる。

 

―――違う、そうじゃない、と。

 

 しかし伝わる筈も無く、瞬く間に二体はボールに戻され、眠そうに目をゴシゴシと擦るライトと共に止まっている部屋に連れて行かれるのであった。

 

「ふぁ~……こんな夜中に出歩いて……危ないよォ~……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 10番道路―――通称『メンヒルロード』。

 カロスでも異様な、巨大な石が幾重にも並んで見るものを圧倒する不思議な道である。明らかに人間が立てたように規則的に並ぶ巨石の大きさは数メートル程であり、大体が家一軒分程の高さはあった。

 それらの中央を歩んでいくのは些か恐怖を覚えるかもしれないが、意外とライト達は楽しんで整備された道を突き進む。

 

 朝早くショウヨウシティを出てきた為、明日にはセキタイタウンには着くだろうと予測を立てながら、どんどん前へと進んでいく。

 

「わッ、見てアレ!? イーブイじゃない!?」

「ホントだ。野生のイーブイなんて珍しいなァ~……」

 

 ライトのフードに収まっているイーブイに気付いたのか、野生のイーブイは草むらから顔だけを覗かせてライト達の様子を窺って来る。

 野生として生息しているのは非常に珍しいイーブイを、こうも易々と見る事ができるのは、彼らの幸運故か。

 

「それにしても、観光客の人多いね」

「うん。見ての通り、この謎の巨石を見に結構人通りが多いんだ、この道路!」

 

 辺りをちらほら見れば、観光客と思われる大人たちやバックパッカーと思われる大きなバッグを背負う人達が歩いている。

 中々、活気のある道であるが、野生のポケモンもそれなりに見つける事ができた。

 

 ブルーやデルビル、ラクライ、シンボラーなど。

 

 アルトマーレで見る事のできなかったポケモンには、いちいち図鑑を翳してどのような名前のポケモンか、どのような生態を有しているのか調べようとするライト。

 こうした地道な知識の蓄積が、後のバトルに役立つのではないかという考えの下だ。

 因みに、昨日のアクロマという研究者に聞いて書いたレポートをナナミに送ってみると、目が点になった状態で見つめられたということも追記しておこう。

 

 あれ以上のクオリティのレポートは書けないだろう。

 そんなことを思いながら道を進んでいくライトであったが、

 

「ブイ?」

「ん? イーブイ、どうかしたの?」

「ブイッ!」

「あっ、ちょ……イーブイ!?」

 

 急にフードから飛び出したイーブイが、道を逸れたところにある草むらの中へと躊躇いなく入っていく。

 突然の行動にライトは驚きながらもすぐさま追いかけていき、コルニもまたライトの背中を追って草むらを掻き分けて林の中へ突き進む。

 

 尻尾だけが頼りになるほど草むらは鬱蒼と生い茂っているものの、何とか見失わない内にイーブイに追いつくことはできた。

 そのまま小さな体を抱き上げ、逃げ出さないようにとするものの、未だにイーブイはじたばたと足をバタつかせている。

 

「だからどうしたの? そんな急に……」

「ブイブイッ!」

「ん? ……アレ?」

 

 グッと前足を伸ばし、どこかを指差すような動きをして見せるイーブイ。

 前足の延長線上を目で追っていくと、何やら深い草むらの中にぽっかりと穴が空いているかのように倒れている草の上で、帽子を被っている人物が一人唸っていた。

 

(……女の人かな?)

「え、なになに? どうかしたの?」

「しッ、ちょっと待って……」

 

 忍び足でそ~っと草むらを掻き分けていくと、次第に女性と思われる人物の全貌が明らかになっていく。

 黒い帽子に黒いロングコート。薄紫色の長い髪は首辺りで一つにまとめ上げられて、風にゆったりと靡いている。

 パシャパシャと音が聞こえている事から、写真を撮っているらしい。

 

「―――成程。草むらの状態を見るに、恐らく数日前ほどから……」

「あ、あのォ~……」

「一足遅かったという事か……だが、手がかりが見つかっただけでも……」

「す、すみませ~ん……」

「しかし、もう一つに関しては未だ何の手がかりもないな……もう少し映し身の洞窟辺りを……」

「あの―――ッ、すみませ―――んッ!!」

「わわわッ!!?」

 

 集中していてライトの声に一切気が付かない女性。仕方ないとばかりに桁違いの音量で声をかけてみると女性は、あたふたとした様子で手をわちゃわちゃさせる。

 その所為で持っていたカメラを取り零しそうになるものの、寸での所でガッチリキャッチした。

 すると、素早い身のこなしでカメラを腰辺りに持ってきてから、声をかけてきたライトに見られないよう体を百八十度回転させて木を背にする。

 

 対面して分かったが、黒い帽子&黒いロングコート&黒いサングラスという、傍から見れば不審者にしか見えないコーディネイトだ。

 冷や汗を流しながらライトとコルニを目の当たりにした女性は、『子供か……』とホッとした様子で溜め息を吐く。

 だが、ライトにしてみればホッとする要素は一つもない。

 

「あの……何をしていたんですか?」

「え、あ、そ、その……ぼッ……いや、私かい?」

「はい。貴方以外居ませんけど……」

「……見てしまったな」

「え?」

「貴方達は見てしまったんだな」

「ど、どういう意味で……」

 

 急に凄然とする場に、思わずライトとコルニの二人は固唾を飲む。

 すると女性は、ゆっくりとライトに歩み寄って『ガッ!』と両肩を掴み、彼が逃げられないよう拘束した。

 不味い、など思っていても時すでに遅し。

 正当防衛を発揮する為、腰ベルトのモンスターボールに既に手は掛けている。

 

 肩を掴んだ後、暫し無言になる女性。

 しかし次の瞬間、満面の笑みを浮かべ始め―――。

 

「実はぼッ……私は、珍しいポケモンを撮影するためにここに来ていたのさ!」

「へッ?」

「この草むらの窪み……私の追っている珍しいポケモンが寝床として使った場所なんだ! 長い間追っているから間違いはない!」

 

 急に鼻息を荒くしながら拳を掲げて語り始める女性に、思わず二人は茫然とする。昨日に引き続き、これまた一癖ありそうな人物だ。

 そんなことを思っていると女性は再びライトの眼前に顔を寄せ、不敵な笑みを浮かべながら問いかけてくる。

 

「貴方は……口は堅い方かな?」

「えッ、あの……」

「堅い方かな?」

「は、はい! 堅いです!」

「そこに居る女の子の貴方も!?」

「か、堅いです!!」

「ならば良しッ!! とっておきの一枚を見せてあげよう!! くれぐれも……くれぐ~~~れも口外してはいけないよ!!?」

 

 半ば強制的に写真を見せられることになった二人は、強引に肩を引き寄せられて女性の下へ。

 勢いが凄い辺り、口外すればかなり面倒なことになるだろうと判断したライトは、アイコンタクトでコルニに『絶対言わないようにしよう』という旨のサインを送る。

 コルニは無言のまま頷くと、その間に女性がカメラの小さな画面にとある写真を写しだしており、『ほらほら!』と見せつけられた。

 

「……空?」

「違う違う!! ここ!! ここ!!」

「……あッ、なんか黄色いのが居ますね」

 

 一瞬空しか写っていないように見えた写真であったが、目をよく凝らしてみると黄色い戦闘機のようなシルエットのポケモン。

 どこかで見たことのあるようなシルエットに、一瞬ライトの眉は動く。

 

 

 

 

 

―――その一瞬の動きを、女性は見逃してはいなかった。

 

 

 

 

 

「……貴方はこれが何のポケモンか知っているのかい?」

「……いいえ」

「……そうかい。なら、私が教えてあげよう! この黄色いシルエットのポケモンは、むげんポケモン『ラティアス』の色違いの個体なのさ!!」

「らてぃあす?」

 

 知っているのに嘘を吐いたライトとは違い、本当に知らないコルニはメタモンのように目が点になりながら首を傾げる。

 そんな少女の様子に『ふッ……』とちょっとカッコをつける女性。

 

「とある御伽話に出て来るような珍しいポケモンさ! ぼッ……私もそれほど知らないんだけど、一目惚れするような見た目のポケモンで……」

 

 頬を赤らめてキャピキャピする女性に、若干引き気味の二人。すると突然、先程までの様子はどこへやら。

 眉間に皺を寄せる女性が二人ににじり寄ってくる。

 

「もしィ~……ラティアスについて一杯知りたいって言うなら、たぁ~ぷりと小一時間かけて話してもいいけど……どうする? うへへへ……」

「い、いいです! 結構です! コルニ、行こう!」

「う、うん! それじゃあ、失礼しました!」

 

 余りにも危ない大人の香りがした為、すぐさま一礼してダッシュで逃げていく二人。時折、木の枝にぶつかり『いだッ!?』という声も聞こえてくるが、女性は微動だにしないで二人が去っていくのを確認していた。

 そして、音が消えてなくなったのを最後に、顔をオクタンのように真っ赤にして蹲る。

 

(な、慣れない変態キャラなんて演じるんじゃなかった……!)

 

 今までのは全て演技。

 数分間の自分の変態キャラを思い出し、恥ずかしくて死にそうになる女性は、一旦深呼吸をして呼吸を整える。

 すると、耳に付けていた小さなインカムに音声が出力されたのに気づき、女性はすぐさま凛とした顔立ちに変わった。

 

『……聞こえているか?』

「はい。こちらでは、αが休息したと思われる場所を発見。現在、調査中です」

『……なんか声が上ずってるがどうした?』

「……気の所為です」

『……そうか。報告は以上か?』

「はい」

『……なら、引き続き調査を続行してくれ。ジョウトじゃあ、ロケット団再結成なんぞの噂も聞こえてきてるからな。解決できる案件は早めに解決しといた方が良い』

「了解しました。全力で取り組ませていただきま―――」

「ギィイイイイイイイ!!!」

 

 通信先から聞こえてくる壮年の男性の声をかき消すほどの咆哮。女性が咄嗟に振り返ると、夥しく生えている木々の隙間から無数の蜻蛉のようなポケモンが羽ばたいているのが見えた。

 

―――メガヤンマ。

 

 高速で飛び回り、相手の首元を強靭な顎で食いちぎる凶暴な虫ポケモン。その数、およそ十数体と言ったところか。

 彼等が狙っているのは、通信していて無防備な女性。薄い翅をソニックブームが出るほどに羽ばたかせ、周囲には騒音が鳴り響く。

 

 カチャ。

 

 しかし、全く臆することのない女性は、ロングコートの中に隠していたボール―――ハイパーボールに手を掛けた。

 そして、

 

「“ほうでん”」

 

 刹那、ボールの中から一体のポケモンが姿を現す。巨大な四本足のポケモンは雷鳴の如き速さで女性の前に立ち、向かい来るメガヤンマ達に“ほうでん”した。

 青白い光が瞬く。

 バチンッ、という音が一瞬だけ鳴り響くと、先程まで鼓膜が破れるのではないかと思うほどの騒音を立てていたメガヤンマ達は、体を少し焦がしながら地面にボトリと落ちていく。

 

『どうした?』

「ちょっと野生のポケモンに……ですが、大丈夫です。もう撃退しましたので」

『流石だな。この調子で、二つの案件の解決を頼む』

「はい。ご期待に備えるよう、邁進していく所存です」

 

 繰り出したポケモンをボールに戻し、再び通信先の男の会話に戻る。同時に、先程子供達に見せていたカメラの画面を切り変え、一枚の写真を映しだした。

 そこに写っていたのは、ピンクダイヤモンドを思わせるような鉱石を体の至る部分に付けている姫のようなポケモン。

 

「―――色違いのラティアスの保護。及び、ディアンシーの保護観察……必ずや、遂行してみせます」

 

 

 

 

 

 



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第四十七話 スキンヘッドに瓦割りしてみたい

 

 

 

 

「ブイ~……」

「キャモ……」

 

 朝六時。

 昨日10番道路に野宿し、こうして朝を迎えたため朝食の準備をしているのだが、何やらイーブイとキモリが睨みあっている。

 前足を折り曲げて身構えるイーブイと、頭の上に自分の分のポケモンフーズ(モモンの実ブレンド)が入っている皿を掲げているキモリ。

 

 じーっとキモリを見つめるイーブイであるが、臆病なキモリでも『これは譲れない』とばかりに冷や汗を流しながら、いつでもイーブイの攻撃を躱せるように身構える。

 すると次の瞬間、イーブイはキモリに飛び掛かった。頭上の皿を狙われたキモリは、すぐさまその場から一歩飛び退いて躱す。

 

 その後も、皿を掲げて逃げるキモリとそれを追いかけるイーブイの追跡は続くが、悠然と地面に腰を下ろして休んでいたハッサムの目の前まで来たところで終了する。

 なんとキモリは、皿に入っていたモモンの実入りのポケモンフーズをハッサムの鋏の中に入れ、封をするように鋏を閉じるではないか。

 

 『こいつは何をしているんだ?』と訝しげな瞳になるハッサム。そんな彼の閉じられた鋏に、イーブイは歯を立ててガジガジと噛み付き始める。

 しかし、鋼の肉体のハッサムにひよっこのイーブイの“かみつく”が効く筈もない。だが、それでも続けて中に入っているポケモンフーズを求め続けるイーブイ。

 

「……」

 

―――ガジガジ。

 

「……」

 

―――ガジガジ。

 

 ブチッ。

 

「ブイ~!?」

 

 次の瞬間、イーブイの頭を覆う様にしてハッサムがもう片方の鋏で挟み始めた。

 鋭い鋏を上手い力加減で閉じることにより、イーブイは一歩も退くことができない状態となり、さらに視界は真っ暗だ。

 じたばたと足をバタつかせるも、一向に出られる様子はない。

 

 数十秒ほどバタついたところで、脱出が不可能であることを悟ったイーブイの動きはピタリと止まる。

 それを見計らったキモリは、ポケモンフーズが入っている方の鋏を開け、嬉々とした表情で中の餌を再び皿に戻す。

 だが―――。

 

▼ハッサムの かわらわり!

 

▼きゅうしょにあたった!

 

 『俺の鋏をなんだと思ってるんだ』と言わんばかりの強烈なお仕置きが、キモリの脳天に叩き込まれる。

 進化してパワーアップしたハッサムの“かわらわり”を喰らったキモリの頭には巨大なタンコブが出来上がっていた。だが、自業自得だと言わんばかりにハッサムは溜め息を吐いてそのまま休憩に入る。

 

「ブイ~」

 

 尚も、イーブイの頭は鋏の中。

 

「……朝から皆なにしてるの?」

 

 ようやく助け舟に入った主人のライトが、ハッサムの鋏をパカッと開けて、イーブイの後ろ脚を持って引きずり出す。

 元はと言えば、朝食を食べても満足しなかった食べ盛りのイーブイが、キモリの分まで食べようとしたことだが、挟まれてから始まる朝など誰が爽快な気分になるものだろうか。

 見ている分には楽しいが。

 

「もう……イーブイ。あんまり食べたらぽっちゃりになるよ?」

「ブイッ! ブイブイッ!」

「ぽっちゃりになったら、僕のフードが千切れるけどそれでもいいの?」

 

 ガーン!

 

 小さい体に似合わず、かなりの大食漢であるイーブイ。

 栄養には気を付けているものの、動かずして必要以上のカロリーを摂取すれば、人間でもポケモンでも待ち受けている先にある結果は同じ。

 その先の結果を暗に示すと、イーブイはショックを受けてその場に蹲った。

 

「……そんなに?」

 

 意外と、死活問題だったらしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ハッサム、“つばめがえし”!」

「ああ、アサナン!?」

 

 “かげぶんしん”で回避率を上げていたアサナンであったが、本物を見抜いたハッサムの鋏による攻撃を真正面から受けてしまう。

 アッパーカット気味に放たれた“つばめがえし”は、アサナンの顎を捉え、小さな体が宙に舞う結果となる。

 ボトッとアサナンが地面に落下すると、目をグルグルと回して戦闘不能になっているのが窺え、トレーナーであるサイキッカーはボールに戻す。

 

「勝負ありがとう。いいバトルだったよ」

「いえ、こちらこそ。お疲れ、ハッサム」

 

 各々のパートナーをボールに戻すと、野良試合に臨んでいた二人は歩み寄って握手を交わす。

 軽くバトルの後の他愛のない会話を続けた後、ライトは道端で休憩していたコルニと共にセキタイタウンに向かう為に歩み出した。

 

 先日同様、ショウヨウを出てセキタイに向かっているのだが、観光客が非常に多い。中にはポケモントレーナーも数多く居り、見るからに旅をしている風貌のライトに勝負を挑んでくる者達も大勢だ。

 その度、経験値を得るために毎度のこと勝負に挑んでいるライトであるのだが、今のところ全勝である。

 何度か危ない試合展開があれども、ギリギリのところで勝利を勝ち取り、所謂絶好調状態であるライト。

 

「ふぅ……セキタイってどんな街なの?」

「セキタイ? ん~……石がたくさん売ってる場所。進化の石とか……あッ、イーブイに買ってあげたら? サンダースとかシャワーズとかに進化させてさ」

「いや、いいよ。できるだけなつき進化させてみたいから……」

「そっか。じゃ、早めに街に着くようにレッツゴー!」

 

 溌剌とした声を上げ、ローラースケートで前に突き進んでいくコルニ。

 しかし、ちょっと長めの草がローラーに絡まり、

 

「ぶえッ!?」

 

 転んだ。

 

「……大丈夫?」

「イテテテ……草がクッションになってなんとか……ん?」

 

 地面にうつ伏せの状態で横に顔を向けた瞬間、コルニは視線の先の岩陰に一匹のポケモンが居ることに気が付いた。

 逆に隠れているポケモンは、視線を向けてくるコルニに気が付いたのか警戒している様子で岩陰、且つ草むらが鬱蒼と生い茂っている場所にその身を隠す。

 

 くりんとした黒い瞳。

 橙色の羽毛。

 ちょこっとした嘴。

 申し訳程度の小さな翼。

 頭頂部からは、紅葉の様な形の羽毛がぴょこっと生えている。

 

「あれって……アチャモ!?」

 

 アチャモと思しきポケモンを目にしたコルニは、うつ伏せの状態から一気に飛び上がって体を起こす。

 突然の挙動に怯えたのか、アチャモはちょこちょことした足取りで林の奥の方へと逃げていくが、目を輝かせているコルニが普通のダッシュでアチャモを追いかけていく。

 

「待って~、アチャモ~!」

「……野生のアチャモかァ~」

 

 追いかけるコルニは、恐らくゲットするつもりなのだろう。

 そんな彼女の背を見た後ライトは、図鑑を取り出してアチャモのデータを画面に映し出してみる。

 

『アチャモ。ひよこポケモン。お腹に炎袋を持つ。抱きしめるとぽかぽか暖かい。命ある限り燃え続ける』

「なんで最後の方だけちょっとカッコいい感じ?」

 

 図鑑にもツッコみを入れたところで、草むらの中へ消えていったアチャモを鋭い眼光を走らせながら捜索するコルニを追いかける。

 ガサガサと膝辺りまである草むらを掻き分け、必死に探し出そうとするコルニの姿は、普段の数倍ほど活気に満ち溢れていた。

 

「そんなにアチャモ欲しいの?」

「勿論! 最終進化のバシャーモ! 【ほのお】・【かくとう】の鳥人のポケモン! カッコいいし強いし、ゲットして育てるっきゃないでしょ!?」

「そ、そうなんだ……」

 

 余りの勢いにタジタジになるライト。

 これはアチャモをゲットするまでセキタイに向かう旅路に戻れないと確信し、渋々といった顔で草むらを掻き分け始める。

 だが中々見つからない為かコルニは、痺れを切らしてルカリオを繰り出した。

 軽快な身のこなしで現れるルカリオに、コルニはこう伝える。

 

「ルカリオ、波動でアチャモを探して!」

「クァンヌ!」

 

 指示を聞いたルカリオは、瞼を閉じて精神統一を図る。そのまま両手を重ねて前の方に腕を突きだすと、後頭部辺りから生えている房のような部分が浮かび、震えはじめた。

 すると僅かに周囲にそよ風のような温かい風が吹き渡り、木々の葉を揺らす。

 相手の波動をキャッチする力を持つルカリオであれば、一キロ先に居る人間の気持ちでさえも読み取ることができると言われており、先程逃げ出したばかりのアチャモを見つける事など、造作もないことだろう。

 

「うへへへ……絶対ゲットなんだから!」

「その笑い声止めて。昨日の人がフラッシュバックするから」

 

 

 

 ***

 

 

 

「不味い。これはヒジョーに不味い」

 

 10番道路を、一人のスキンヘッドの男が歩いていた。スキンヘッドに白いスーツ、そして赤いサングラスという余りにも奇抜すぎる恰好に、横を通り過ぎていく者達は皆揃って彼の事を奇怪な物を見る瞳で眺める。

 だがそのような目は彼にとってどうでもよいことであり、今一番の問題は―――。

 

「アチャモが……バシャーモナイトを持ったアチャモが逃げ出した。ヤバい。バレたら首を切られる。いや、ガチの方の意味でも首を切られるかもしれない」

 

 ブツブツと呟きながら、相棒であるヘルガーの鼻を頼りに逃げ出したアチャモを捜索するのは、とある組織の幹部の者であった。

 その名も『フレア団』。このカロス地方で暗躍している、秘密組織の一つでもある。

 行っている数々の悪行などは、知られてしまえば大ニュースに発展するようなものばかりであるが、不思議とこのカロス地方では彼等フレア団の名を耳にする者はほとんどいない。

 

 その理由は、組織がメディアなどの大きな企業の中にも団員を忍び込ませることにより、密かにフレア団についての記述を抹消しているからであった。

 とある者に関しては、凄腕のトレーナーと同時にニュースキャスターとしても活躍している程であり、幾ら騒ぎを立てようとも裏でこっそりと抹消されるほどに。

 だが、そのような組織であるからこそ、失敗を繰り返した後に待っている処罰は恐ろしいものでもある。

 

 フレア団の幹部の一人を務めるこの男。彼の犯した失態は、メガストーンを持ったアチャモを組織の施設から逃がしてしまったことだ。

 それも只のアチャモではない。普通、特性が“もうか”であるのに対して逃げたアチャモの特性は“かそく”。非常に珍しい個体であり、お目にかかることはめったにない。

 そのようなアチャモが、最終進化形であるバシャーモに対応するメガストーン―――『バシャーモナイト』を持ったまま、隙を見て施設から逃げ出してしまったのだ。

 

 施設の担当主任は自分。もし、このままアチャモを逃がしてしまえば、責任は全て自分に降り注いでくる筈。

 入団条件として提示され、頑張って上納した五百万円は決して安くない。更に長い年月をかけてようやく幹部までたどり着いたのだ。

 それがこのミス一つにより、降格―――果ては辞めさせられるかもしれない。更に彼は、辞任させられる時に『口封じ』として始末されるのではないかと、現在気が気ではない状況だ。

 

―――やりかねない。大幹部のあの御方なら。

 

 数多くの団員、幹部、研究者が存在する中で、最も苛烈で凶悪。ボスである者ただ一人を除いて最強に位置するNo.2。

 その人物であれば、仕事の一環として自分を始末することを厭わないだろう。

 

「……不味い、不味い不味い不味い。焼かれる。ミディアム……いや、消し炭にされる」

「グルル……」

「ヘルガー! 早く見つけねえと、大変なことになるぞ! 俺が!」

「ガウッ!」

 

 主人の焦燥を感じ取ったヘルガーは、気合いを入れた顔で咆えてみせる。

 スキンヘッドの頭にはじっとりと汗がにじみ出ており、次々と水滴が頬を伝って地面に落ちていく。

 そんな幹部の男がキョロキョロと辺りを見渡してアチャモを探している中、ヘルガーはその優れた嗅覚で逃げたアチャモの匂いを追う。

 

「ガウッ!」

「なんだ、そっちか!?」

「グァッ!」

「よし、早いところ見つけるぞ! あのアチャモ、タマゴから生まれたばっかでボールにも入れたことねえんだからな!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「あははッ! ぽかぽかァ~! そんでもって、ふかふかしてて気持ちィ~!」

「……チャモ」

 

 ゲットしたばかりのアチャモを抱きしめ、頬をスリスリとアチャモの横顔に擦り付けるコルニは満面の笑みを浮かべている。

 満足そうなコルニに対し、アチャモは終始不機嫌そうな顔を浮かべており、険しいその顔は近くで見ていたライトが『そろそろ離れた方が良いんじゃない?』と口にするほどであった。

 

「チャモォ――――ッ!」

「ぶえッ!?」

 

 遂に堪忍袋の緒が切れたアチャモが、頬を摺り寄せてくるコルニの顔面に“ひのこ”を繰り出す。

 ほぼゼロ距離で放たれた“ひのこ”をコルニが避けられる筈も無く、顔面に高温の炎を喰らい、悲鳴を上げてひっくり返る。

 プシュゥ……、と煙を立ち上げる顔は墨汁を塗りたくられたかのように真っ黒だ。

 

 それを見かねたライトは『やっぱり』と呟いてから、ショウヨウシティで買って置いた水を取り出し、ハンカチを濡らして手渡す。

 濡れたハンカチを受け取ったコルニは、ゴシゴシと煤けた顔を拭う。数秒後には元の白い肌が露わになるが、若干落ち込んだ様子が窺えるようになり、ライトは何事かと眉をひそめる。

 

「……どうしたの?」

「なんか……こんなに懐かれないもんなのかなって……」

 

 どうやら、捕まえたにも拘わらず自分のことを邪険にしているアチャモを目の当たりにし、落ち込んでいるようだ。

 今まで見てきたコルニの手持ちは須らく彼女のことを認め、常に仲を良さそうにしているポケモン達ばかりであった。

 その為、ここまで嫌悪感を丸出しにされるのは経験がなく、精神的なダメージが多かったものだと考えられる。

 

 ふとコルニの腕から逃げ出し、木の根元に隠れるアチャモに視線を移し、手を差し伸べてみせた。

 

「アチャモ、おいで~」

「チャモ―――ッ!」

「ぱうッ!?」

 

 “ひのこ”を顔面に喰らうライト。

 コルニの二の舞を踏んでしまったことと、自分もアチャモに警戒心を持たれていることに苦笑いを浮かべずにはいられない。

 コルニから返されたハンカチを再び濡らし、煤けた顔を拭い、じーっとこちらを睨み続けているアチャモを目を遣る。

 

(敵意バリバリっていうか……初めてあった頃のヒトカゲでもこんなには……どっちかって言ったら、初めてあった頃のストライクみたいだなァ)

 

 今のリザードは、気難しい性格ではあったが、敵意を向けたり暴力を働いてきたりということはなかった。

 寧ろ、一番信頼をおいている今のハッサムの初めての時の雰囲気の方に似ている。今では信じられないが、当初は鎌を振り回してきたりと凶暴そのものであった。

 しかし、紆余曲折あって現在に至るのだが―――。

 

「う~ん……特定の誰かが嫌とかじゃなくて、人自体が苦手な気がする」

「人が? なんで?」

「いや、それは知らないけど……」

 

 顎に手を当てて考えるライトに、きょとんとした顔を浮かべるコルニ。

 次の瞬間、ライトはニカッと笑ってみせた。

 

「まあ、慣れってことじゃないかな!」

「……そっか! ま、そういう子もいるってことよね!」

 

 深く考えても仕方がない、という旨の言葉に先程までの辛気臭い顔を止めたコルニは、満面の笑みで木陰に隠れるアチャモを抱き上げる。

 じたばたと足をバタつかせて逃げ出そうとするアチャモであるが、コルニは先程以上に力強く、しかし優しく抱きしめた。

 数分前とは一風変わった雰囲気に、思わずアチャモも抵抗を止める。

 

「……ふふッ、やっぱり暖かいね」

 

 女性特有の雰囲気とでも言おうか。

 母親が持つかのような温もりをもった声色に、次第にアチャモの目から警戒の色が薄れていく。

 

「バウッ!!」

「ッ、チャモ!?」

「えッ、なに!?」

 

 突然響く咆哮。

 その声に怯えたアチャモは瞬時にコルニの腕から飛び降り、彼女の足の裏へと隠れる。その間にライトとコルニの二人は声の聞こえてきた方向に目を遣るが、木々の間から姿を現したのはヘルガーとスキンヘッドの男。

 ヘルガーはポケモンリーグの中継でも見たことがある為、ライトは瞬時になんのポケモンか理解できた。

 ダークポケモン・ヘルガー。タイプは【ほのお】と【あく】。毒素を含む炎を吐き出すポケモンであり、正確は至って凶暴。

 そのようなポケモンを従えるのは、白スーツに赤いサングラス。加えてスキンヘッドという、昨日の黒づくめの女性に匹敵するほどの怪しさを放っている。

 

「……おい、そこの子供。そのアチャモ、どこで捕まえた?」

「どこって……ここですけど?」

「返してもらおうか。そのアチャモは、我々の組織で保護していたポケモンだ」

「はぁ!?」

 

 男の言葉にコルニは、眉間に皺を寄せて頓狂な声を出した。

 野生だと思って捕まえたポケモンが実は自分達が保護していたポケモンなので返せなど、言われてみれば誰だってそうなるだろう。

 怯えるアチャモに、威嚇するように唸り続けるヘルガー。否応なしに場の緊張感が漂う。

 

「百歩譲って保護していたポケモンなら、証拠を見せてよ! 証拠!」

「証拠だと!? くッ……子供が生意気に……我々が保護していたというなら我々が保護していたんだ! この辺りに野生のアチャモが生息していないくらい、誰だって分かるだろう!」

「だったら、どこの団体で保護してるの!? 正式な会社や団体なら、すぐに口に出せるでしょ!」

「ぐッ……小賢しい!」

 

 コルニが警戒しているのは、男がポケモンハンターなどの犯罪に関わっているのではないかという事だ。

 非合法な方法でポケモンを捕まえ、それを裏ルートで売りさばく―――それがポケモンハンター。

 会ったばかりの人物にこのような疑いを掛けるのは少々不躾かもしれないが、それを疑うだけの余地が相手には在る。

 

「ちッ、ヘルガー! もういい! 力尽くで叩きのめせ!」

「「ッ!!」」

 

 強硬手段に出てきた男に、ライト達は咄嗟にボールに手を掛ける。やや動揺を隠せないライトに対し、既に展開を予測していたコルニの方が若干早く場にポケモン―――ルカリオを繰り出す。

 数コンマ遅れてハッサムが出て来る。相性では悪いものの、互角に戦えるだけの実力はあるという判断の下だ。

 

「ヘルガー、“かえんほう―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――少々、大人気が無いんじゃないんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 突然響く声と共に、振り上げた腕を掴まれる男。彼の背後には、全身黒づくめの女性が異様な雰囲気を漂わせていた。

 絶句する男に対し、見たことのあるような女性を見てライトとコルニの目は見開かれる。

 

「……昨日の?」

「やあ、また会いましたね。そのアチャモは、貴方達が野生のを捕まえたのかな?」

「は、はい、そうです! なのにこの人が自分達が保護しているポケモンだって……!」

「成程……なら、貴方達は先に行くと良いでしょう。ここは、大人が解決しますから」

「あ、ありがとうございます!」

 

 昨日とは打って変わって頼りがいのありそうな雰囲気の女性に一礼し、二人はボールの中にポケモンを戻さないまま、元の道へと戻っていく。

 その間、ガッチリを腕を掴まれている男は焦燥を浮かべたまま硬直している。

 

「な、なんだお前は!?」

「……国際警察です。少し、話を聞かせてもらいましょうか。まあ、その装いを見れば大抵予想はつきますがね」

「なッ……国際警察!? おいおい待ってくれ! なんでそういうことになるんだよ!? 俺がフレア団っていう証拠は―――」

「随分と簡単に鎌にかかってくれましたね。別にフレア団なんて一言も言っていないのに。まあ、貴方がフレア団だと確信していたから鎌をかけたんですけどね」

「―――ッ!!」

 

 先程とは比べ物にならないほど額に汗を掻く男。

 それに対して女性は、絶対零度のような冷たい瞳をサングラスの奥で光らせていた。国際警察での経験はまだまだ少ないものの、ポケモンバトルの実力、鋭い洞察力から優秀な成績を次々と残している彼女。

 たかが一幹部如きに後れを取るような人物ではなかった。

 

「話は、近くの署で聞かせて頂きます。逃げれば……分かりますね? まあ、逃げてもすぐに捕まえますが」

「ぐッ……ぎッ……!」

 

 歯軋りをする男。そんな主を助けようと国際警察の女性を睨むヘルガーであったが、彼女の懐から漏れ出すただならぬ“プレッシャー”に怯え、その場に蹲る。

 男の腕を抑えたまま、懐に仕舞っていたボールの内、二つを手に取って繰り出す。

 出てきたのはマニューラとフーディン。アイコンタクトで男たちを抑える様に伝え、一旦腕を離して、耳に付いているインカムに触れる。

 

 通信が繋がるまで数秒。

 

(……ようやく一人捕まえられたが、あくまで下っ端だ。よほど上の階級の者を捕えなければ、中心人物達を捕まえる事はできない……)

 

 数秒の内に、数多の事を逡巡する。

 

(……今はラティアスよりも、映し身の洞窟で目撃されたディアンシーの保護を優先するべきでしょうか。フレア団がディアンシーに関わっている可能性は非常に高いでしょうからね)

 

 今後の方針を大体決めたところで、プツンと通信が繋がる音が鼓膜を揺らす。

 

『……俺だ』

「ぼッ……私です、クチナシさん。フレア団と思われる人物を一人確保しました」

『……そうか。なら、他の奴等を数人そっちに送る。お前さんは案件の方だ』

「了解です」

『……それとアレだ。早く一人称は自然と言えるようにしろ』

「……善処します」

『わかりゃいい。健闘を祈る』

 

 『クチナシ』という男との通信を終えた後、マニューラとフーディンに睨まれて身動きが取れない男を一瞥し、溜め息を吐く。

 

(……早く急いだ方が良さそうですね)

 

 

 

 

 



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第四十八話 愛憎は張り手で横に流しましょう

 

 

 セキタイタウン。

 静かな石は多いに語る。謎のキャッチコピーが掛かれている看板を一瞥したところで、ライト達は石のアーチを潜って町の中へ入っていく。

 カロスの中では田舎であるのか、コボクタウンに似た雰囲気を感じ取るものの、マサラタウンよりは活気に満ちている。

 

 キョロキョロと街の風景を見渡したところで、ライトは一言口にした。

 

「石が多いね」

「そりゃあセキタイタウンだからね。石が名物なの」

 

 何度か聞いたことはあったが、予想よりも石が多く目につく。それは石畳があるという意味ではなく、露店に並べられている商品のほとんどが石で作られたものであったり、休憩用のベンチが石で作られていたりと、『この街は石が名物です!』と言わんばかりの物が非常に多いという事だ。

 

 数十分前の出来事で精神的に疲れているライトであったが、物珍しい商品の数々に口をあんぐりと開けて露店の商品を眺める。

 特に面白いと思ったのは、石を削って作られたポケモンの小さな像だ。手乗りサイズでありながらかなり精巧に作られており、製作者の技量が窺えるものであった。

 

(二千円……高い)

 

 しかし、如何せん値が張る。

 観光で訪れていたのであれば記念に買っていただろうが、生憎今は旅の最中。石というある種デリケートな材料で作られている物を、この先ずっと持ち歩く訳にもいかない。

 さらに言えば、余り出費はしたくない。

 旅費以外にもお小遣いは託されているものの、物欲の欲するままに買い物を行ってしまえばすぐに金が底をつくのは目に見えている。

 その為、見て楽しむだけにしようとライトは心に決めるのであった。

 

「ライト、ほら! 進化の石専門店!」

「ストップストップ。引っ張らないで。靴底すり減るから。凄い音が鳴ってるから」

 

 とある店を指差しながらライトを力尽くで引っ張っていくコルニに、ライトは必死に制止の言葉を掛ける。

 ズリズリと明らかに削れている音が鳴り響くスニーカーに対し、額に汗を浮かべながら自分の足で歩き始めるライト。

 彼女の言う通り、店には『進化の石』と呼ばれているポケモンに使う事のできる道具がずらりと並んでいた。

 

 進化の石―――その名の通り、ポケモンの進化に関わる道具である。ポケモンに対応する石をポケモンに触れさせるだけで、ポケモンはすぐに進化するのだ。

 

「ブイ~?」

「触ったらダメだからボールに戻ってね、イーブイ」

 

 ショーケースに並んでいる石に興味津々で手を伸ばすイーブイを咄嗟にボールの中に戻す。

 触れるだけで進化するのだから、石による進化を三種類も有するイーブイが対応する物に触れて進化すれば、即刻買取決定だ。

 安い物でも二千円。高いものは一万円以上。先程の石像よりも値が張る。

 

「炎の石、雷の石、水の石、リーフの石……」

「太陽の石、月の石、目覚め石、光の石、闇の石……」

「「……氷の石?」」

 

 見たことのない石が一つだけポンと中央に置かれている。

 クリスタルのように透き通っている石の中には、雪の結晶を模った六花が埋め込まれている様であり、観賞用としても充分なほど美しい石に二人の視線は釘付けになった。

 だが一つだけしかないということもあり、値段は一番高い二万五千円だ。モンスターボールに換算すれば、百二十五個買える値段。

 

 物珍しい目で『氷の石』を眺める二人の様子を見た店主は、『お客さん、良い目してるねェ~』と言いながら歩み寄ってくる。

 

「その『氷の石』は先日アローラ地方から取り寄せた一品なんだよ」

「どのポケモンに使えるんですか?」

「ロコンだよ」

「ロコン? ロコンって、炎の石で進化するんじゃ……」

「そうだよ。普通のロコンならね」

「普通のロコンなら?」

 

 何やら、普通ではないロコンがいるような口ぶりにライトは思案を巡らせるように顎に手を当てる。

 そこで先日のアクロマの言葉が頭をよぎり、ポンと手を叩く。

 

「あッ……アローラ地方の」

「おお、よく知ってるね! アローラのロコンは氷の石で進化するんだ!」

「ふぇ~……ロコン以外に氷の石で進化するのは居るんですか?」

「いや、そこまでは分からないんだけど……まあ、買う人も一応居るかなっていう考えで仕入れた物だから!」

 

 はははッ、と陽気に笑う店員にライトは苦笑いを返す。

 そのような特定の地域にしか生息していないようなポケモンに対応する石を、このような場所で売るとは中々のチャレンジャーだ。

 値段も張っている為、買うものもほとんどいないだろうというのは容易に想像できる。

 

「どうだい? 他にもいろいろあるけど、何か買っていくかい?」

「いや、進化の石で進化しそうなポケモンは……居ますけど遠慮しときます」

「あっちゃ~……そうかァ~……まっ、また気が向いたら来てくれればいいから! ミアレにも石屋はあるけど、こっちの方が値段は安いからね!」

「そうですか。じゃあ、また今度……」

「はい! またのお越しを~!」

 

 店を後にする二人に店員は営業スマイルを浮かべて見送る。

 珍しい物を見る事ができたと満足するライトは、他にも面白そうな店がないものかと探索を始めた。

 石のテーブルや石の椅子、石皿などの家で使えそうな物に始まり、実物大のポケモンの石像など偏った趣向の人物しか買わなそうな物まで売られている。

 

 特に、本物と見間違うようなイシツブテの像には―――。

 

「ラッシャイ!」

 

 本物だった。

 

「ラッシャイ! ラッシャイ!」

 

 ライトと目が合ってここぞとばかりに鳴き声を上げるイシツブテ。鳴き声のせいか、『いらっしゃい』という空耳が聞こえてくる。

 いかつい顔から直接腕が生えているような特徴的なフォルム。子供の頃は、実家のイシツブテをブルーと投げて遊んだものだと郷愁の想いに浸るライト。因みに今はもうゴローニャであり、毎年脱皮して結構大きくなっている。

 

 リピート再生するラジオのように何度も同じ鳴き声を上げるイシツブテに足を止める二人は、ふと上に掲げられている看板を眺めた。

 

「……定食屋さん」

 

 そう言えば、とポケギアの画面に映し出されている時刻を確認し、まだ昼食を食べていない事に気付くライト。

 途端に二人からは空腹を報せる音が鳴り響き、互いに顔を見つめ合う。

 

「ここでお昼にしよっか」

「うん、そうしよ!」

 

 意見が一致したところで、シックな色合いの店の中へ入っていく。扉を開けると共に漂ってくるいい匂いに、二人の空腹度はさらに加速していく。

 『店内ポケモンOK』という注意書きも確認したところで、普段から外に出しているイーブイをボールから出す。

 ようやくボールから解放され、更には店内に満ちる美味しそうな匂いにイーブイは幸せそうな顔を浮かべる。

 そんなイーブイを抱き上げ、二人は店内で食事をとろうとするのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふふっ、君もイーブイを連れているのね」

「も? 他にもイーブイを連れてる人が居たんですか?」

 

 カウンター席でナポリタンを口に運ぶライトは、店主である女性の言葉に反応する。昼食の時間帯であるにも拘わらず、それほど混雑していない店内。更に店内の広さに反比例する席の少なさも相まって、手持ちのポケモン達はゆったりとした空間でポケモンフーズをモグモグと食べ進めていた。

 ライトの食べているナポリタンは、シンプルな味付けであるものの隠し味のクラボの実によって、ちょうどいい辛味とコクが出ている。

 隣ではコルニもスパゲッティをフォークに絡め取って尋常ではない速さで食べ進めているも、ライトと店主の話に興味あり気に視線を向けてきた。

 

「そうねェ……一昨日くらいに紺色の髪のミディアムボブの女の子が連れてて……それよりもうちょい前には金髪の男の子が連れてたわ」

「へぇ~」

 

 瞬時に二人のトレーナーの顔が浮かび上がる。

 だが、本人に訊かなければ分からないことでもあるので、当たり障りの無いように『そうなんですかァ~』と答えるライト。

 イーブイは見た目の可愛さも相まって、トレーナーの間では非常に人気だ。特に野生は非常に珍しく、トレーナーなら見つけたら即ゲットするだろう。

 

 ジョウトで拾ったタマゴから孵って手に入れたライトのイーブイ。そう考えてみると、非常に運が良かったことが窺える。

 そのようなことを思いつつ振り返ると、コルニのアチャモと戯れているイーブイが見えた。

 ウザそうに目を細めるアチャモには一切気にせず追いかけるイーブイであったが、途中でリザードに尻尾を掴まれるように制止され、一瞬宙に浮かんだ後に派手に床に激突する。

 

 だが、次の瞬間には立ち上がり、リザードの制止を気にせずに再び新しい友達の下へと全力で駆けつけていく。

 

「……まあ、元気がいいからいいかな」

 

 そう言って、再び料理に目を移そうとした瞬間、とある光景が目に入った。

 

「グルルゥ……」

「……」

「……リザード? ハッサム?」

 

 ライトの手持ちのトップ2が、席に座ってコーヒーを啜っている客に向かって威嚇していたのである。

 客であろう女性は全く気にしていない様子であるが、明らかに店内の雰囲気にそぐわぬ態度をとっている二体を見かね、席を立って二体の下に近付く。

 

「コラッ! そんな知らない人に威嚇しないの」

「……その子達、君のポケモン?」

「あ……はい。すみません、普段はこんな子じゃないんですけど」

「……ふっ、()()()()()

「え? あっ……ありがとうございます?」

 

 コーヒーを飲み終えた女性は席を立ち、二体の事を何故か褒めてからレジに向かった。明らかに褒められるようなことはしていない筈なのだが、と首を傾げるライト。

 黒の本革を用いているようなジャケットを身に纏い、ぴっちりと張り付くような白いジーンズを穿いている女性。すらりとした美脚に違わぬ高身長の女性は、掛けているサングラスを少し整えてから店を後にする。

 『カランカラン』と扉に付属していた鈴が鳴り響くと、一瞬静寂が店内を支配した。

 

「……はぁ。二人共どうしたの? まださっきので警戒してるの?」

 

 ライトが示唆するのは、コルニのアチャモを奪い返そうとしてきた男の事。あの一件からまだ二体の警戒心が解けていないのだと推測したライトは、『もう大丈夫だから』と宥めるような声色で語りかけて、再び昼食の席に着く。

 主人の言葉を聞いた二体は渋々といった表情でポケモンフーズに手を掛ける。

 ハッサムに関しては、無言のまま同じく昼食に手を掛けていたルカリオに視線を向けた。するとルカリオは、コクンと小さく頷いて何かをハッサムと同意する旨の表す。

 

 そして、これ以上周囲に違和感を覚えさせないようにとハッサムも食事に戻るが、ハッサムとリザード、ルカリオは今の女性を目の前にし、とあることを感じていたのだ。

 波動によって相手の気持ちが解るルカリオは兎も角、ハッサムやリザードでさえも感じ取れてしまうもの。

 それは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――吐き気を催すような悪意の気配。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……あの子達、私を睨むなんてね。憎たらし過ぎて逆に可愛く思えてきたわ……!」

 

 店の外を歩く女は、目尻にビキビキと血管を浮き上がらせ、自分のことを睨みつけていた二体のポケモンの事を思い出していた。

 彼女のサングラスの奥に輝く瞳は、業火の如く―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日。

 セキタイの観光もほどほどに、次なる街であるシャラシティを目指すために二人は早起きして支度をしていた。

 乾燥機にかけた洗濯物を畳んでバッグに仕舞い、部屋に忘れ物がないかをしっかりと確認する。

 その間、ベッドの上では起きたばかりであるにも拘わらず元気そうに跳ねて遊んでいるイーブイ達が―――。

 

「もォ~……折角ベッド片付けたのに、シーツとかぐしゃぐしゃになっちゃうじゃん」

「そんな時は……カイリキー、お願い!」

「リッキィ!」

 

 ボールから繰り出されるカイリキー。

 すると、ベッドの上で走る周るイーブイ、キモリ、ヤンチャム、アチャモを四本の腕で掴みあげ、宙ぶらりんの状態にする。

 逆さづりにされる四体。だが、意外と楽しそうにはしゃいでいた。

 

「どう!?」

「非常にコメントに困る」

「そう? アタシ、カイリキーの四本腕は便利だと思ってるんだけどなァ~」

「いや……まず、ポケモンが宙吊りにされてるの見せられて『どう?』っていうのも……」

「そっか! まあ、さっさとベッドメイキング終わらして、朝ご飯行こう!」

「うん、まあ……そうだね」

 

 洗濯物のように吊るされている手持ち達を一瞥してから、荒らされたベッドのシーツを再び整え始めるライト達。

 だが、その瞬間に床にビー玉のような物が落下する。

 コロコロと転がる球体の物体はライトの足元に転がり、それに気付いたライトは訝しげな顔で橙色の玉を拾い上げた。

 

「ッ! チャモ! チャモ!」

「え? これアチャモの?」

「チャモ!」

 

 ライトが拾い上げた物を目の当たりにして騒ぎ始めるアチャモ。眼前まで球を拾い上げても見せつけると、『寄越せ!』と言わんばかりに小さな嘴を開けたり閉めたりする。

 暴れるアチャモを前にして拾い上げた玉を観察してみた。

 透明度の高い橙色の宝石のような玉の中には、紅と黒がねじり合ったような形の物体が埋め込まれている。

 

「……何これ?」

「どしたの?」

「いや、アチャモがこれを持ってて……」

「ふ~ん……なんか、メガストーンみたいだね」

「これが?」

「うん」

 

 やけにあっけらかんとした口調でその玉を『メガストーン』であると口にするコルニに、思わずライトは眉をひそめた。

 メガストーンと言えば、メガシンカする際に対応するポケモンに持たせることにより、トレーナーのキーストーンと反応する物体だ。

 それを何故アチャモが有しているのかという疑問が浮かんでくるが、十中八九昨日の男が頭を過るライトは、あまり考えない方が良いだろうと勝手に結論を出し、メガストーンと思われる玉をアチャモに返す。

 

「ふぅ……そう言えば、次の街のシャラシティってコルニの住んでる所だよね?」

「うん、そーだよ。シャラサブレって言うお菓子が名物」

「……」

「どしたの?」

「……いや、つくづく地元に名物がないなァ~って思って……」

「なんか……ゴメン」

 

 寂しいオーラを纏う少年に何か申し訳ないことを口にしてしまったとコルニは謝るのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 歩く道の所々に水晶のようなものが一杯生えてる。

 例えるなら、タケノコみたいに地面からニョキって。コルニ曰く、11番道路の先にある映し身の洞窟っていう場所にある結晶と同じものらしんだけど、明らかに不自然な光景だ。

 道端に腰辺りまで高さがありそうな結晶が生えてるって、初めて見る人には不自然以外のなんでもないんだけど、コルニは昔から見てるらしいから『今更』っていう雰囲気をしてる。

 

 泥棒とかが掘り起こして持っていかないのかなとか思ってみるけど、意外と頑丈らしいので実際にやってみる人物は最近いないようだ。

 最近って言っている辺り、昔は居たんだなと思ってみたり。

 

「……ん?」

 

 フードの中でイーブイがもぞもぞしている最中、僕は林の奥で二体のポケモンが戦っている光景を目にした。

 ガタイのいい小さい体のポケモンと、細身で高身長のポケモン。エビワラーとかサワムラーを思い出すようなポケモンだけど、取っ組み合ってバトルしている。

 どんなポケモンなんだろうと、すぐに図鑑をっと……。

 

『ナゲキ。じゅうどうポケモン。自分より大きな相手と出会うと無性に投げたくなる。強くなると、帯を取り換える』

『ダゲキ。からてポケモン。帯を締めると気合いが入りパンチの威力が増す。修行の邪魔をすると怒る』

 

 明らかに服を着てる見た目なんだけど、そこら辺はどうなんだろう。

 帯を締めるって言っている辺り、帯は体とは別らしい。ゴーリキーのパンツは実は模様で、ベルト自体は外せるらしいけど、あの二体の柔道着みたいな服も模様なんだろうか。

 それと……。

 

「コルニ。あの二体、【かくとう】タイプらしいよ。捕まえないの?」

「う~ん……今はいいかな」

「へェ~」

 

 今日はその気分じゃないらしい。

 まあ、どんなポケモンを捕まえるかは本人の意思次第だから、僕があれこれ言う事じゃないんだろうけど。

 

―――バチンッ、バチンッ、バチンッ!!

 

「……なんの音?」

 

 不意に聞こえてくる乾いた音。掌で何かを叩くかのような音に気付いて辺りを見渡し視るが、特に何も見えない。

 だけど、その音は収まる気配が無い。自分達の見えない所から聞こえてくる音って言うのは恐ろしいもので、自然と僕とコルニの顔は険しくなってくる。

 でも、だんだん音は近くなってきた。接近してくると同時に、叩く音以外にも草木がガサガサと揺れる音も加わって、更には木が折れて薙ぎ倒される音も―――。

 

「ホントに何の音ッ――――!?」

 

 ふと振り返った瞬間、僕の目の前の紫色の巨体が通り過ぎて、後ろの木の幹に激突した。やってきた方向に目を遣ると、大きく抉られていたり果てには折れていたりする木も窺える。

 当然の事に、自分が何を言おうとしてたのかも忘れて、僕は先程の紫色の巨体へと目を向けた。

 

「ニ……ニドキング?」

「わッ……気絶してる……」

 

 カントーでも見たことがあったからすぐに名前は出てきた。横ではコルニが、戦闘不能になって倒れているニドキングを目の当たりにして唖然としている。

 ……危ない。あともうちょっと横に飛んできてたら、僕達も巻き込まれてた!?

 そう考えただけで、引き攣った笑いと冷や汗が止まらない。

 

「ッテヤマッ!」

 

 すると、茂みの中からゴソゴソと音を立てて姿を現す別の巨体が一つ。

 あのニドキングを吹き飛ばすだけの力を持ったポケモンなんて、一体―――!?

 

「……お相撲さん?」

 

 見たままの感想を口にした。

 うん、お相撲さんだ。恰幅のいい体格に、如何にも張り手を繰り出しそうな大きな手。これがお相撲さん以外に誰がいるだろうか。

 だけど、ポケモンなのは一目見て分かる。

 

「図鑑図鑑っと……」

『ハリテヤマ。つっぱりポケモン。体の大きなポケモンたちと力比べをするのが大好き。張り手でトラックをぶっ飛ばす』

「うわぁ……」

 

 トラックをぶっ飛ばす腕力って……。

 そりゃあ、意外と小さいニドキングも吹き飛ばされる訳だよ。だって、ニドキングの平均身長って百四十センチだから、十二歳男子の平均身長より小さいんだもん。

 体重は六十二キロだけど、トラックを吹き飛ばせるくらいの腕力だったら、簡単な筈だよね……。

 

 ハリテヤマの平均身長は二百三十センチ。……大きい。恰幅もあるから、体感として大きい岩石を目の前にしてる感じがする。

 

「わぁ~! お腹ぷよぷよ~!」

「何をしてるの、コルニさん?」

「ッテヤマ!」

「おおッ、今度はガチガチに硬くなったァ―――ッ!」

「コルニさん? 硬くなったじゃなくて」

 

 勇猛果敢。いや、ただの危険行為だ。

 ニドキングをぶっ飛ばしたハリテヤマに怯えることなく近付いて、あまつさえそのお腹を触るなんて常人の思考じゃ考えられないよ。

 思わず『さん』付けで呼んでしまったけど、意外とハリテヤマはコルニのスキンシップを受け入れている。

 

 力を込めれば岩石の様に硬くなる筋肉を持つハリテヤマ。その恰幅は伊達じゃないってことらしいけど……実際にお相撲さんも筋肉凄いって言うし。

 ペタペタ触れているコルニに対し、ハリテヤマは自分のお腹をパチンと叩いて四股を踏んでみせる。

 うん、凄い良い音が鳴ってる。太鼓叩いたみたい。

 

 呆気にとられている僕だが、急にコルニはキラキラとした目を向けてきたことで正気に戻る。

 

「……どうしたの?」

「この子ゲットしていいかな!?」

「いや……どうぞ、お好きに」

「よ―――っし! 勝ってゲットする! カイリキー!」

 

 ゲットする気満々のコルニはカイリキーを繰り出す。すると、先程までの友好的な雰囲気だったのが嘘のように無くなり、戦意の滾った瞳をコルニのカイリキーに向けてきた。

 カイリキーは体が大きいから、ハリテヤマのターゲットにされたみたい。

 

 迫力は充分だけど……。

 

「ちょっと離れたところで観戦しよっか、イーブイ」

「ブイッ!」

 

 巻き込まれたらたまらないと、僕とイーブイは数メートル離れたところで観戦することにした。

 

 

 

 その後、いいバトルの後に僅差でカイリキーが勝って、コルニはハリテヤマを捕まえるのに成功した。

 これでめでたく、コルニの手持ちが六体揃いましたとさ。

 




全体で五十話行きました。皆さま、いつも読んで頂き誠にありがとうございます。

五十話に到達したということもあり、結構話数があるということもあるのでライトの手持ちの情報を整理したいと思います。

ハッサム♂ いじっぱりな性格
技:はがねのつばさ、きりさく、つばめがえし、かわらわり、かげぶんしん、etc…
 ライトの現エース。ライトの手持ちでは大黒柱のような存在であるポケモン。今のところジム戦では全試合選出(ハクダンでは選出されるものの出番はこなかった)。進化して素早さが下がったものの、その分攻撃力と防御力は上昇。ライトの十歳の誕生日に、ブルーがタマムシシティのゲームコーナーでコインと引き換えて来た。最初のころは全然懐いていなかったが、今ではすっかり懐いている。非常にストイックでありながらも、イーブイやキモリの保護者的な立ち位置。

リザード♂ いじっぱりな性格
技:ひのこ、ドラゴンクロー、えんまく、りゅうのいかり、がんせきふうじ、etc…
 コーヒー大好きな我らがリザさん。好きなのは深入りドリップ。冷静な性格と思いきや、実際は意地っ張りでありハッサムとよくメンチを切っている。ヒトカゲのころからやけに達観している。終始落ち着いているものの、バトルでは胸の内に秘めた闘志を全力で燃え上がらせる。オーキド研究所で過ごしていた頃は、博士の買いだめていたコーヒーをくすねて飲んでおり、問題児とされていたという経緯もあるが…。

ヒンバス♀ ひかえめな性格
技:ミラーコート、まもる、ひかりのかべ、どくどく、etc…
 アルトマーレで毒にやられているところを助け、手持ちになった一体。自己主張は控えめであるが、バトル中ではライトの指示に従って的確な動きができるポケモン。意外にある特防で耐えきってからのミラーコートが得意。半面、攻撃は苦手。食事をとる時はリザードに手伝ってもらっている。

イーブイ♂ わんぱくな性格
技:たいあたり、でんこうせっか、あなをほる、しっぽをふる、かみつく、etc…
 道中拾ったタマゴから孵った一体。ライトのフードの中がお気に入りで、常にちょこんと居座っている。まだまだレベルは低いものの、ガッツは一人前。ボールの外に常にいるが、必要な時なボールに戻されることをいとわない。好奇心旺盛であり、ある種トラブルメーカーであったりする。クール系のメスが好き。

キモリ♂ おくびょうな性格
技:でんこうせっか、メガドレイン、りゅうのいぶき、にらみつける、etc…
 トレーナーに捨てられ、ラコルザに保護されていたところをライトが引き取った。非常に臆病で、バトルでもその逃げ腰は遺憾なく発揮される。その為危機には敏く、回避をとればメンバー1。接近戦が苦手なため、基本は一撃離脱戦法をとる。イーブイと仲が良いが、振り回されることが多い。


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第四十九話 『君の瞳に乾杯』という言葉

 

 

 

 

 

「メレ~」

『メレシー。ほうせきポケモン。地下深くの高温・高圧な環境で生まれた。頭の石からエネルギーを放つ』

 

 所々に煌びやかな宝石が埋め込まれた岩のようなポケモンに図鑑を翳していたライト。温厚な性格であるのか、特に敵意を見せるという事も無く眼前に立っている二人の人間に怯えるという様子も見せない。

 耳のような部分をぴょこぴょこと動かすメレシーに、フードから顔を覗かせていたイーブイも耳を動かす。

 

「口の周りにあるやつ髭みたい……」

「やっぱりそう思う?」

「メレ~」

 

 他愛ないことを話し合う二人に対し、洞窟の奥で屯している仲間を見つけたメレシーは、イシツブテ同様フワフワと謎の力で浮きながら群れに帰っていった。

 【いわ】タイプには珍しいカワイイ雰囲気のポケモンであった為、ほのぼのとした雰囲気で映し身の洞窟を進んでいくライト達。

 11番道路を抜けた先にある『映し身の洞窟』は、次なる目的地であるシャラシティに繋がっている。

 

 映し身の洞窟―――洞窟内に自然にできた鏡が無数に存在し、曲がり角を通った際に鏡に映る自分の姿に驚いたりしてしまうような場所だ。

 無数に存在する鏡によって、洞窟内であるにも拘わらず外で燦々と輝いている太陽の光が反射し、電灯を付けているように明るい。その明るさは、暗い場所が苦手なライトでも平気で進める程度だ。

 

 イーブイは終始、鏡に映る自分の姿に興味津々に前足を伸ばし、何度かフードの中から落下しそうになっていた。その度にライトが寸での所で受け止めるのだが、背中で落ちそうになるイーブイを瞬時に受け止めるとは、かなりの反射神経だ。

 それは兎も角、今回の洞窟でもコルニを先導にして突き進んでいる。理由としては、何度か通った事のあるコルニの方が道に詳しいという至ってシンプルな理由だ。

 

 洞窟ということもあって【いわ】が多く、【かくとう】タイプであったルカリオ(当時リオル)を鍛えるにはちょうど良かったらしい。

 それでも【いわ】・【フェアリー】のメレシーはその耐久も相まって中々倒せなかったという思い出話を聞き、ライトはカワイイ見た目をして結構強いのではないかとメレシーの評価を上げていた。

 だが、既に逃げてしまったものは仕方がない。

 今はシャラシティに向かうべく、足早に鏡張りのような洞窟を前へ前へと足を進めていくが―――。

 

「おッ、君はポケモントレーナーかな?」

「はい、そうですけど……」

「はっはっは、そうか! じゃあポケモントレーナー同士、目があったらすることは……」

 

 ライトと視線のあった大きなバッグを背負う山男の装いの男性は、モンスターボールを掲げてニヤリと微笑む。

 その意図を察したライトもベルトからボールを取り上げた。

 二人のトレーナーは笑みを浮かべながら、取り出したボールを放り投げてポケモンを繰り出す。

 

「行け、ホールド!」

「キモリ、君に決めた!」

 

 キモリを繰り出すライトに対し、山男の繰り出したのは恰幅のよく、腹巻をしているかのような体毛を有している兎のようなポケモン。他の兎のようなポケモンにはミミロルやミミロップが居るが、あっちと比べると大分腹回りが大きい。

 見たことのないポケモンを目の当たりにして図鑑をかざす。

 

『ホルード。あなほりポケモン。大きな耳は1トンを超える岩を楽に持ち上げるポケモン。工事現場で大活躍する』

「タイプは……【ノーマル】と【じめん】……よし! キモリ、相性では有利だよ!」

 

 臆病なキモリの背中を後押ししようと、自分達の方が若干有利であることを示す。勿論、ポケモンバトルは相性だけで決まるものではないが、それでも相性が有利であることに越したことはない。

 ライトの言葉に人間で言うところの親指を立ててグッドサインを出すキモリ。

 意気込みは充分。

 

「よーし、キモリ! “りゅうのいぶき”!」

「ホルード、“マッドショット”で迎え撃て!」

 

 背をのけ反り、直後に“りゅうのいぶき”を繰り出すキモリに対しホルードは、長い耳の間に生み出した泥の塊から無数の泥団子のような弾丸を放ち、“りゅうのいぶき”をかき消す。

 激突する二つの技は洞窟内の視界を急激に悪くするが、ライトは好機とばかりに指示を出した。

 

「“かげぶんしん”!」

「なにィッ!?」

 

 次の瞬間、無数の分身を生み出していくキモリ。それだけならば、まだ驚きは少なかっただろう。

 しかし、洞窟内に存在している自然の鏡によって、普通の“かげぶんしん”よりも分身を生み出している数が多くなっている様な錯覚を生み出す。

 “かげぶんしん”をして無数に増えたキモリの姿に、囲まれたホルードは目を見開いてどれを攻撃すればいいのかと困惑した顔を浮かべる。

 

(ハッサム直伝の“かげぶんしん”……上手くできてるみたい! ようし、なら……)

「“メガドレイン”で一気に決めちゃえ!」

「ああ、ホルード!?」

 

 “マッドショット”で分身を消そうと試みていたホルードであったが、どこからともなく繰り出されるメガドレインにより体力をどんどん吸われる。

 【じめん】を有すホルードには【くさ】の“メガドレイン”は効果が抜群であり、自ずと吸収される体力も多く、どんどん疲労したような顔を浮かべるホルード。

 一分も経たずとして体力を全て吸われてしまったホルードは、力なく地面に崩れ落ちる。

 

 そのすぐ近くでは本体のキモリが艶々となっており、勝ち取った勝利に満面の笑みを浮かべていた。

 だが、次の瞬間にキモリはピクリと痙攣し、回復した際の光とは違う神秘の輝きをその身に宿し始める。

 

「あッ……これって……!」

 

 歓喜の声を漏らすライトに対し、ブルブルと震えるキモリの体は徐々に大きくなっていく。

 キモリの時よりもシャープになった頭頂部からは長い一枚の葉が風に靡かれ、両腕の手首辺りからも三枚ほど鋭い葉が生える。

 肉厚だった尻尾も他の部位に生えた葉のように鋭い物へと変化し、全体的に鋭いという印象を受ける見た目になったポケモン。

 自ずと鋭い目つきになったポケモンにライトは興奮の赴くままに図鑑を翳してみる。

 

『ジュプトル。もりトカゲポケモン。発達した太ももの筋肉が、驚異的な瞬発力と跳躍力を生み出すぞ』

「へぇ~、ジュプトルって言うんだ!」

「カッコよくなったじゃん!」

 

 勝利を掴みとり、尚且つ進化を果たしたジュプトルに惜しみない賞賛を送るライトとコルニに、恥ずかしそうに頭を掻くジュプトルは幸せそうだ。

 同じく感心している山男は、ホルードをボールに戻した後に拍手をしながらライト達に近付いていく。

 

「凄いな、坊主! これならシャラジムのコンコンブルにも勝てるかもしれないな!」

「コンコンブルって……ジムリーダーの方ですか?」

「ああ。エイセツのウルップとカロスジムリーダー最強を争う男だ! なんでも、メガシンカ親父とも呼ばれてるらしいな!」

 

 メガシンカと聞き、一瞬緊張の走ったような顔を浮かべるライト。さらにカロス最強のジムリーダーを争うと呼ばれるほどの実力。どれほどのものであるのかと、畏怖を覚えてしまう。

 ジムリーダーは相手のジムバッジの数に合わせてくれるものの、それでも今のパーティで勝てるのかとライトは不安になる。

 だが、ストライクはハッサムに、キモリはジュプトルに進化した今、パーティの総合的な戦闘力はショウヨウの時とは比べ物にならないほどになっている筈。

 グッと拳を握ったライトは、やる気十分のジュプトルに視線を交わしてニっと笑ってみせる。

 

「うん、滾ってきた! 次のジムも頑張ろう!」

「おう! その調子だ、坊主!」

「へへっ、ありがとうございます!」

「シャラシティまではこの奥を行ってすぐ右だぞ! 頑張れよ!」

「はい!」

 

 手を振って洞窟の奥へと消えていく山男に一礼した後、二人は再び旅路に着く。

 少し進んでいくと、山男の言った通り出口が近付いているのか反射してくる太陽の光も一層強くなっているように感じる。

 もうすぐシャラシティと言ったところであるが、そこで一つ思い出すライト。

 

「そう言えば、シャラジムのジムリーダーってコルニのお爺ちゃんなんだよね?」

「うん、そーだよ」

「やっぱり【かくとう】使いなの?」

「そうだね。アタシより滅茶苦茶強いよ。一度も勝てたことないもん」

「……一度もかぁ」

 

 コルニのルカリオの強さはライトも良く知っている。あの実力を持ってしても勝てないということは、それだけでコンコンブルというトレーナーの実力が窺える。

 コルニの祖父である以上、年齢が高いのは想像に難くない。長年磨き上げられた老練な技を見せつけてくるのではないか―――。

 

(……気を引き締めていこう)

 

 頬をパンパンと叩いて気合いを注入するライト。バッと顔を上げると、洞窟の出口―――そして、広大なシャラシティを望むことができた。

 海沿いの街。その中でも一際目につくのは、海の上にポツンとそびえ立っている巨大な塔だ。

 ミアレシティのプリズムタワーを思い出すかのような塔であるが、向こうが文明の発達を象徴とでも言うのであれば、視界に映る塔からは長い時の流れを象徴するかのような歴史を感じ取れる。

 

「あれは『マスタータワー』! お爺ちゃんはあそこで継承者っていうのもやってるんだけど……」

「継承者?」

「うん。メガシンカの継承に関して、アタシ達の一族でやってるんだけど……まあ詳しいことは解らないや!」

 

 溌剌とした声で言い切るコルニであるが、その傍らでライトは苦笑を浮かべる。それにしても、一族に関する事を腹に抱えている人物と一緒に居る事が多いライトだ。

 そんな少年に対し、ようやく戻ってきた故郷にテンションの上がっているコルニは、ライトの手を引いてグングン先へと進んでいく。

 

「早く行こうよ! ウチに連れてくからさ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ここがウチだよ!」

 

 あの後、為されるがままに街を引き摺られてコルニの自宅まで連れて行かれたライト。眼前にそびえ立っている家は、カロスで何度も見たことのあるような雰囲気の家であり、特に目立った装飾がされていたりということはない。

 強いて言えば、周囲に建っている家よりも庭がかなり広いというところか。

 

 それよりも、街全体が海より高い場所に存在しており、更に言えば段々状になっている為、自然とオーシャンビューを望むことができるという羨ましいシチュエーションだ。

 だが、アルトマーレに住んでいるライトはオーシャンビューに対してそれほど羨望の眼差しを持っている訳でもなく、『空気が美味しいなァ~』と呑気に呟くだけである。

 

 その間にもコルニは門を押しのけ、玄関にあるインターホンを押す。

 ピンポーン、とありきたりな音が鳴り響いた後、間髪を入れずに玄関の扉を開けたコルニはそのまま家に入っていこうとする。

 自宅なのだから当たり前か、と心の中で納得するライトはそのまま付いていく。

 すると、廊下の奥からコルニによく似た風貌の女性がフライパンを手に持って顔を覗かせた。

 

「お母さん、ただいまァ~!」

「あら、コルニお帰り。ジムリーダーの一次試験はどうだったの……って、そっちの子はどうしたの?」

「あッ、始めまして。お邪魔します」

 

 丁寧に挨拶してから一礼するライトにコルニの母親も、『あらあら、こんにちは~』と穏やかな笑みを浮かべながら挨拶する。

 

「途中で会って、ここまで来るのに一緒に旅してきたの! まあ、つまりボーイフレンド!」

「「えッ?」」

 

 コルニの言葉に、戦慄するライトとコルニ母。

 訝しげな表情でコルニに視線を送るライトに対し、コルニの母親は衝撃を受けたような顔で慌てながら家の奥へと走り去っていく。

 

『大変よ、お父さん! あのコルニが! あのコルニがウチにボーイフレンド連れてきたわ!』

『な、なんだってェ―――ッ!?』

「……あの……コルニさん」

「ん、どーしたの?」

「ボーイフレンドの意味はご存じで?」

 

 あっけらかんとした表情のまま玄関で靴を脱いで上がろうとするコルニにライトは、頬をピクピクと引き攣らせながら問いかける。

 するとコルニは『うーん』と顎を指で押さえて考えた後、ニパッと笑いながら答えを返してきた。

 

「男の子の友達って意味じゃないの?」

「……コルニさん、違います」

「えッ!? 違うの!?」

「半分合ってるけど、ボーイフレンドだと恋人的な意味も含まれたりする場合もあります」

「恋びッ……!」

 

 丁寧な口調で説明するライト。

 対してボーイフレンドの残り半分の意味を知ったコルニは、珍しく動揺し、尚且つ頬を染めて恥じらいを見せながら唖然とした。

 恐らく、コルニの両親は恋人の方の意味をとってしまい、あれほど騒ぎ立てているのだろうと二人はすぐに理解する。

 

 気まずい空気になり見つめ合う二人。

 

「……とりあえず誤解を解こうか」

「……うん」

 

 

 

 この後、無事に誤解は解けた。

 その際に若干残念がられていたのが、やけに印象的だったという。

 

 

 

 ***

 

 

 

 コルニの家で少し休憩した後、二人はマスタータワーに向かっていた。コルニの話によると、マスタータワーの内部にジムがあるらしく、ジムリーダーであるコンコンブルも用事がない限り塔の中に居るという。

 祖父が自分にだけ厳格な態度であり、他の者に対しては気さくであるというギャップが若干気に入らないというコルニの文句を聞きながらライト達が進んでいるのは、潮の満ち引きで出来る砂の道だ。

 

 映し身の洞窟を出たばかりの時は海水に呑みこまれていた道であったが、一日に何度か引き潮で幅が二メートル程の砂浜が顔を現す為、ジムの挑戦者などはこの引き潮を見計らってこなければならないということらしい。

 無論、泳げるポケモンがいれば“なみのり”を行使して海を渡ると言う手段をとってもいいらしい。

 

 ギャラドスは今頃元気にしているのだろうか、と思ってみるライト。

 だが、恐らく近海の主のキングドラとドンパチをやっているか、自由気ままに周りを泳ぎ回っているどちらかだろう。

 どちらにせよ、元気だろうと結論付けてマスタータワーへと向かう足取りを広くしながら進んでいく。

 

「マスタータワーとプリズムタワー……どっちが大きいかな?」

「う~ん……多分プリズムタワーじゃない? でも、マスタータワーを上ってから外の景色眺めるとすっごい綺麗なんだよ! アタシ、小さい頃いっつも上ってはルカリオと一緒に眺めてたもん!」

「へぇ~! 見てみたいなァ……」

「えへへッ! じゃあ、ジム戦で勝ったら連れてったげるから!」

「分かった!」

 

 あれほどの高い建物の上から望む景色は、それは素晴らしいことだろう。カロスを全貌出来てしまうかのような建物。

 メガシンカの歴史を残す建物―――カロスの歴史を常に望んできた場所だ。

 他愛ない会話の中で交わした約束であるが、気合いを入れるには十分すぎるほどのものであったのは、戦意に満ちるライトの瞳を見れば一目瞭然であった。

 

「でも、今日は皆疲れてるからァ~……明日でも大丈夫かな?」

「いいんじゃない? 予約って形にすれば」

「じゃあ、そうしとくよ……ん?」

 

 コルニから視線を逸らし、マスタータワーへと続く砂浜の上で何かを探しているかのようなポケモンに気付く。

 メレシーのようにふわふわと漂い、ピンク色の輝きを放つ宝石を額やら体に付けており、腕があったりと人型に近いようなポケモン。

 

「……あのポケモンは何?」

「なんだろうね……アタシも初めて見たけど……可愛くて綺麗!」

「?」

 

 コルニの声に気付き、振り向いてくるポケモン。クリンとした愛らしい瞳を投げかけ、二人に近付いてくるポケモンは笑顔でフヨフヨと近づいてくる。

 下半身を見る限り、メレシーの仲間ではないかと考えたライトはとりあえず図鑑を翳してみた。

 

『ディアンシー。ほうせきポケモン。メレシーの突然変異。ピンク色に輝く体は世界一美しいと言われている。両手のすきまで空気中の炭素を圧縮して、たくさんのダイヤを一瞬で生み出す』

「ディアンシー……メレシーの突然変異なんだね」

「?」

「ブイッ!」

「!」

 

 顎に手を当てて考え込むライトを不思議そうに見つめていたディアンシーであったが、フードから身を乗り出してきたイーブイに驚く。

 しかし、敵意のないイーブイの笑みを見て、ディアンシーもにっこりと微笑んで挨拶返す。

 ポケモン同士仲良くやっている最中、コルニは黙してしまうライトに何事かと問いかけてみる。

 

「どうしたの?」

「いや……メレシーの突然変異のポケモンなら、なんで映し身の洞窟にいないのかなって。わざわざこんな人里まで下りてきて、引き潮でできる道の上で漂ってるなんて不自然じゃない?」

「言われてみれば……確かに」

「それは、儂がその子を保護したからだよ」

 

 不意に聞こえた声に顔を上げると、眉毛が凄まじく長い老人が二人の前に立っていた。

 呆気にとられるライトに対し、目を見開くコルニ。

 

「お爺ちゃん!?」

「えッ、この人がコンコンブルさん?」

「ああ。儂がシャラジムの現ジムリーダーのコンコンブルだ。挑戦者かな?」

 

 装いは工事現場で働く人のような作業服であるが、特に汚れた様子はなく、単純に好き好んで身に纏っているのだろうと予測はつく。

 そして、何より目を惹くのは彼が左手に嵌めている指だしグローブであるが、手の甲に当たる部分に丸い宝石のようなものが埋め込まれている。

 見る角度によって色が不規則に変化し、その複雑な色合いは虹色に例えた方が良いというような美しさを持っていた。

 何より、玉の中心にはセキタイで見たアチャモの持っていた石のように、螺旋を描くような模様が刻まれている。

 

 暫し茫然とするも、『挑戦者かな?』と問いかけられていた事を思い出し、ハッとして答えを返す。

 

「はい、そうです! あ、でも挑戦自体は明日にしたいんですけれど……」

「ああ、予約かい。うむ、準備をするのはいいことだ。だが折角ここまで来たのだから、少しだけジムの中を……マスタータワーを案内しよう。構わないかね?」

「勿論です! メガシンカのこととかも色々聞きたいので……」

「おお、メガシンカの事を知っているのか。まあ、その話も中ですることにしよう……来なさい、ディアンシー。お前さんはあんまり人目に着く場所にいたら駄目だと言ったろうに……」

「?」

 

 溜め息を吐きながらディアンシーを呼ぶコンコンブルであるが、当のディアンシーはなんの事なのか分からずに首を傾げている。

 だが、ジェスチャーで招かれている事は理解したようであり、フヨフヨと漂いながらマスタータワーへと向かう一向に加わった。

 メレシーと比べると、風貌が『お姫様』というようなポケモンの挙動は可愛らしく、顔もはっきりと見えるため表情もよく見えて感情を読み取り易い。

 フッと振り返り、ルビーのような瞳で見つめられるライトは微笑みを向けてみる。するとディアンシーもにっこりと微笑み返してきた。

 

「ふふッ」

「♪」

 

 自然とほんわかとした雰囲気に包まれる場。

 しかしただ一人、真摯な眼差しでディアンシーのことをコンコンブルは一瞥するのであった。

 



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第五十話 凶☆竜☆登☆場

 

 

 

「うわぁ、大きいルカリオの像……でも姿が……」

「ああ、あれこそがルカリオのメガシンカした姿―――メガルカリオだ」

 

 マスタータワーの中へ入っていったライトは、入ってすぐに佇む巨大な石像を目の当たりにして感嘆の息を漏らしていた。

 一度、ショウヨウでもアクロマに画像で見せてもらったものと一緒であるが、いざ目の前で見てみるとなると迫力が全く違う。

 ライトが関心を示している間、一緒に付いてきたディアンシーは中に居たジムトレーナーである空手大王にどこかに連れて行かれるが、その際も手を振ってライト達に友好な態度を見せていた。

 

 そうしている間にも、コンコンブルのメガシンカについての話は進んでいく。

 

「メガシンカは進化を超えた進化。太古からカロスに伝わる神秘で神聖な現象だ。トレーナーとポケモンの持つ石が共鳴し、バトルの間だけ姿を変えると言う不思議な現象に、あのプラターヌ博士も興味を示してウチに来ていたこともある」

「プラターヌ博士がですか?」

「ああ。なんだ、聞いておらんのか。図鑑を持ったプラターヌの弟子が二人ほど来ていたから、さっき図鑑を持っていたお前さんも弟子かなんかだとばかり……まあいい。ん?お前さんが腕に着けてるそれは……」

「これですか?」

 

 するとコンコンブルは突然、ライトが左腕に嵌めている腕輪に興味を示す。見やすくするために腕を掲げてみせるライトは、貰った時のことの詳細を口にする。

 

「アクロマさんっていう研究者に貰ったんですけど……」

「なんだ、あの者から貰ったのか。あの者は、良い意味でも悪い意味でも純粋だったからなァ……」

「それってどういう意味で……?」

 

 目の前の老人の言葉に訝しげな顔を浮かべるライト。

 意味深な発言に首を傾げるのは、祖父の隣で話を聞いていたコルニも同じであり、今や今やと次なる言葉を待つ二人。

 数秒唸った後、コンコンブルは威厳に満ち溢れた瞳を浮かべたまま、先程ディアンシーが向かって行った方向を一瞥して口を開く。

 

「悪意ある人間は居れど、悪意あるポケモンは居ない……良くも悪くも純粋なポケモンは、トレーナーに影響を大きく受けてしまう。朱に交われば赤に染まるとはいったものだ……」

「はぁ……」

「君もトレーナーであるなら心しておくといい。人間とポケモン……共存関係にある二つの存在に上下関係などは存在しない。それはメガシンカという存在が如実に示しておる。ポケモンは決して道具などではない……まあ、君は大丈夫だろうがな」

 

 重く低い声色で紡がれていた言葉に固唾を飲んで聞いていたライトであったが、最後にコンコンブルがフッと表情を和らげたことにより、緊張が一気に解ける。

 主の安堵を感じ取ったのか、フードの中のイーブイも頬をライトの頬に摺り寄せて笑顔を浮かべ、ライトもイーブイの頭を撫でてあげた。

 穏やかな雰囲気に戻ったところでコンコンブルは『そうだ』と本題に戻る。

 

「君が腕に着けている腕輪はメガリングと言って、キーストーンを嵌める為のものだ。まあ、キーストーンを何に嵌めるかはトレーナーの自由なのだが、君の着けているソレはかなり昔に作られた物に見えるな……」

「えッ!? やっぱり、その……高いものだったりするんですか?」

「高いかどうかは分からんが、貴重品であることは確かだ。それにその形……カロス地方伝説のポケモンの『ゼルネアス』を模った物に見えるな。『X』に見えるだろう?」

「はい、見えますけど……『X』となんの関係が?」

「ゼルネアスは遠目から見ると『X』に見える姿をしているらしい。まあ、そっちの方は専門外だがな」

 

 Xに見える腕輪が、カロス地方伝説のポケモン『ゼルネアス』と分かったことで感嘆の息を再び漏らすライト。

 そしてやはり貴重なものであるという事もわかり、胃がキリキリとしてくるように錯覚する。高いものであるかどうかは別として、歴史的に貴重であるものを雑に扱う事ができる筈もない。これから常時腕輪に気を掛けないといけないとなると、かなりの心労を強いられることになるだろう。

 

 歴史に詳しそうなコンコンブルの話を聞いて頬を引き攣らせるライトに対し、あくまで伝説のポケモンは専門外であると謳うコンコンブル。

 そんなコンコンブルは、ライトの目を見て何かを納得したかのように頷く。

 

「君は……ライト君だったな? メガシンカを扱ってみたいか?」

「えッ? で、でも……」

 

 メガシンカを扱ってみたいかという質問。

 その言葉に顔をバッと上げて肯定の頷きをしたいと思ったライトであったが、寸でのところで思いとどまる。

 メガシンカは神秘、且つ神聖な現象。そのようなものを自分が軽々しく扱っていいものかと、心の中の謙遜する想いが好奇心を制止した。

 勿論、本音を言えば扱いたいという考えはある。メガシンカを扱うという事は、トレーナーとして一つ上のステップに進めるものだ。

 

 

 

―――進化を超えた進化『メガシンカ』

 

 

 

―――人間とポケモンの絆の体現した姿

 

 

 

 考えるほどに重みを増してくる存在。

 暫し逡巡するライトであったが、それでも答えを出せない少年を見かねたのかコンコンブルは助け舟を出す。

 

「……君は自分がメガシンカを扱えるに足り得る存在か、悩んでいるようだな。なら、儂からの提案だ」

「提案?」

「儂の孫のコルニとポケモンバトルをして、勝てたのであれば譲ろう」

「「えッ?」」

 

 思わぬ提案に思わず顔を見つめ合うライトとコルニ。

 シャラシティまでの道中、何度か特訓のようにポケモンバトルをしてきたが、本当に勝敗が着くまで戦ったことは無い。

 本気でバトルはしていたものの、全力ではなかったということだ。

 

 挙動不審になる二人の子供を目の前に、更にコンコンブルは条件を出していく。

 

「ジムリーダーにはある程度の権限が与えられている。君はジムバッジを集めているらしいから、キーストーンの他にもバッジも上げる事にしよう」

 

 至れり尽くせりな提案に思わずあんぐりと口を開けるライト。

 ジムリーダーとして自身が挑戦者と戦わないのはどうかとも思うライトであったが、コルニも同じ考えであるようであり、異議を申し立てる。

 

「ちょっとお爺ちゃん! いくらなんでもそれって適当過ぎるって言うか―――」

「コルニ。お前もいつかはシャラジムを引き継ぎ、継承者という立場も儂から引き継ぐのだぞ? それともなんだ? お前は自分にジムリーダーの実力がないと思っていて、ミアレにわざわざ試験を受けに行ったのか?」

「ッ……!」

 

 祖父の厳しい言葉に絶句するコルニ。

 勿論、そのようなつもりは全くないのであるが、自分の態度を省みれば確かにそう取られてもおかしくないようなものであった。

 一次試験は筆記であったなどと、そのようなことは言い訳には全くならない。

 鋭い眼光を向け、且つ無言の圧力を放ってくる祖父にゴクリと唾を飲んだコルニは、力強い視線を返した。

 

「―――わかった、やる。ライト」

「うん?」

「挑戦するの明日でしょ? 手加減しないよ」

「ッ……!」

 

 かつてない程戦意に滾った瞳を向けてくる少女にライトは思わず息を詰まらせる。

 その雰囲気は、違うこと無きジムリーダーの風格そのもの。明日のジム戦がこれまでにないほど苛烈であることを暗に示すものであった。

 自ずとライトの握る手の力も強くなり、プルプルと体が震え始める。

 

 不安でもない。

 

 緊張でもない。

 

 武者震いと呼ばれる部類に入るであろう震えを身に刻みこみながら、口角を吊り上げるライトは一つ質問を投げかける。

 

「勿論全力でやるけど……ルールはどうするの?」

「フルバトルしたいけど、ライトの手持ち五体でしょ? なら、三対三で―――」

「大丈夫。フルバトルでいいよ」

「え?」

 

 意外な言葉に呆気にとられた顔を浮かべてしまうコルニ。

 だが、ハッタリでないことを示すライトの顔を見て、すぐさま凛とした表情に戻って続く言葉を耳にしようと身構えた。

 

「もう一体連れて来ればいいんだよね? パソコンで送ってもらうから、心配しなくていいよ」

「……わかった。じゃあ、ルールはフルバトルで。負けても恨みっこ無しで!」

「勿論!」

 

 互いに右の拳を突き出して合わせる二人。

 青春をキャンバスに描き出したかのような光景に、コンコンブルは一人納得したようにウンウンと頷いている。

 

(いい表情(カオ)だ……)

 

 どうやら、ただ試験をして帰ってきた訳ではない孫の様子に、ある種の感動のようなものを覚えていた。

 昔から男勝りで、尚且つ自分との特訓の日々で年頃の友人もそれほど居なかったコルニも、短い旅をしている間に友情を育んでいたようである。

 ポケモンとの絆を継承する『継承者』という立場を何時か引き継ぐ立場であるのならば、人間との絆もある程度育んでくれなければ。

 自分の過去の特訓内容を少し反省しながらも孫の成長を喜ぶコンコンブルは、孫の友人になったライトに声を掛ける。

 

「ライト君、今日はどこかで泊まる予定はあるかね? よかったらマスタータワーでも泊まれる部屋はあるが……」

「いえ。一度、ポケモンセンターに戻らなくちゃならないですし……それに、久し振りに連れてくる子との息を合わせる時間も必要だと思うので……」

 

―――敵に情報を曝け出したくはない。

 

 妥当な考えが滲み出る少年の言葉に、コンコンブルはニヤリと口角を吊り上げる。雰囲気からしてお人好しな少年だと思っていたが、勝利の為の貪欲さはある程度持ち合わせているらしい。

 真剣勝負というものは、否応なしに我武者羅になってしまうことが多い。その中で自分の理念を突き通す、綺麗に事を進める事など、相応の実力がなければできないことの方が多い。

 

 ポケモンリーグなどがその典型。

 

 毎年、二百人以上のトレーナーが頂点を目指して一堂に会し、一つしかない王座を狙って戦い合うのだ。

 ある種の戦場の中で生き残るには、是が非でも勝利を勝ち取る貪欲さが必要である。

 絶対に勝つという信念が―――。

 

(ふっ……いい瞳だ)

 

 ギラギラと滾る炎を瞳の奥に宿す少年を目の当たりにし、コンコンブルは笑みを浮かべたまま口を開く。

 

「明日、楽しみにしているよ。孫との勝負、どうか全力で頼む」

「勿論です。それじゃあ、また明日来ます」

「じゃあね、ライト!」

 

 明日の準備の為にマスタータワーを後にしようと駆け出す少年にコルニは、手を振って別れを告げる。

 昨日の敵は今日の味方という言葉があるが、逆もまた然り。

 

(絶対負けないからね、ライト!)

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日、マスタータワー内シャラジム。

 

 審判席にあたる場所にはコンコンブルが今日のジム戦を見届けようと居座っている。見方に寄れば、孫のジムリーダーとしての初めてのバトルでもある為、長い間彼女に特訓を付けていた身としても祖父としても見逃せない一戦であることは間違いないだろう。

 シンプルな土のフィールドの端には、ヘルメットを被り、尚且つローラースケート靴を履いているコルニが準備運動をしていた。

 

 チラリと時計を見ると、そろそろライトが来てもいい時刻になっている。

 果たしてライトの六体目が如何なるポケモンであるのかは気になるが、負けるつもりなどは微塵も無い。

 ルカリオを筆頭に、カイリキーやハリテヤマなどのパワフルなポケモン。そして小さいながらもガッツはあるヤンチャムやコジョフー、アチャモも居る。

 

「ふー……」

 

 深呼吸をして緊張を解こうとする。

 何度も特訓の為にバトルしたとは言え、真面目に本気で戦うこととなると話は別だ。そして、何度も特訓しているからこそ、互いの癖や戦法というものを把握しているという実情もある。

 そこから、このジム戦は相手の戦法の裏を読んでいくという必要があり、普段通りの勢いで戦って行く訳にもいかない。

 どれだけ相手の裏を読むか。どこまで裏を読むべきか。

 いい塩梅を要するものであるが、ここ最近で増えたメンバーも多い為、ライトは自分の手持ちを完全に把握できている訳ではない。ハリテヤマがその例だ。

 

 だが、ポリシーは大切に。

 

 芯が通っていなければ、すぐに叩き潰されてしまう。あくまで根っこはそのままに、されどもいつもより変則的に。

 

(緊張してきた……)

 

 

 

―――ガチャ。

 

 

 

「ッ!」

 

 扉が開く音が鳴り響くのを聞いて顔を見上げると、ジムトレーナーに案内されて連れられてきたライトの姿を窺えた。

 コルニと同様に緊張した面持ちであるが、それ以上に今日のジム戦を楽しもうという意気を窺える笑顔。

 その笑顔を見て、コルニもまたニっと笑みを浮かべる。

 

「ようこそ、挑戦者(チャレンジャー)! ……なんちゃってね!」

 

 チロっと舌を出してなけなしの茶目っ気を出してみるコルニにライトは、苦笑を浮かべることもなくフィールドの端に立ち、ボールを一つ手に取ってみせた。

 漂う雰囲気から、目の前に立っているのが友人ではなく、自分が言ってみせた通り『挑戦者』としての少年が存在していることにコルニは頬を叩いて気を引き締める。

 

「ルールは昨日言った通り、六対六のフルバトル! ポケモンの交代は挑戦者のみに認められます!」

「オッケー!」

 

 手短な説明を聞いたライトは、手に取ったボールに視線を落とし、小さな呟きを投げかける。

 

「(大丈夫だよね?)」

 

―――カタカタッ。

 

 ボールの中に入っているポケモンの元気な反応を確かめた後、再びコルニへと目を遣った。

 既にボールを一つ手に取っており、臨戦態勢は互いに整っているといったところか。

 二人のトレーナーの準備を確認したコンコンブルは右手に持った旗を掲げ、高らかに声を上げる。

 

「これより、シャラジムリーダー代理・コルニVS挑戦者ライトのジム戦を開始する!!」

 

 室内に響く声は二人の緊張感を一瞬にして高め、ピリッとした空気が肌に纏わりつく。何度も感じたことのあるような感覚であるにも拘わらず、これまでのジム戦とは一風変わった感覚を覚えるライト。

 

(……不思議だ)

 

 やけに透明(クリア)に見える視界。

 世界が此処だけではないかと錯覚してしまうほど、フィールドが広大に見えてしまう。

 

(今なら……)

 

 脳裏を過ったのは、ザクロのガチゴラスと激闘を繰り広げたルカリオ。

 以前であれば、あの強さに恐れおののいたかもしれない。

 しかし、緊張や不安、恐怖、興奮などの様々な感情が混ざったモノを胸に抱えるライトが感じ取っていたのは―――。

 

 

 

(負ける気がしない!)

 

 

 

「それでは、試合始めッ!!!」

「ゴー、カイリキー!!」

「ギャラドス、君に決めた!!」

(ギャラドスッ!?)

 

 フィールドに現れたのは、四本腕の人型格闘ポケモンのカイリキー。そして、青い皮膚を有す凶竜―――ギャラドス。

 カイリキーの背丈の二倍以上あるのではないかという巨体が姿を現すと、カイリキーは“いかく”を真面に受けて怯む。

 

「グォオオオオオオッ!!!」

「くッ……カイリキー、“グロウパンチ”!」

 

 とんだ隠し玉。

 だが、ここで怯んでしまえば流れを掴まれてしまうと判断したコルニはすぐさま攻めの体勢に入る。

 “いかく”は場に出た瞬間、相手の【こうげき】ランクを一段階下げる特性。物理攻撃を主体とするカイリキー―――もとい【かくとう】タイプのポケモンには最悪の特性だ。

 それを解っていてギャラドスを持ち出して来たのだろうが、一段階【こうげき】を下げられたのであれば、再び上げればいいだけの話。

 

 四本の腕を有すカイリキーは、それぞれの拳に力を込めてギャラドスの巨体に全力で振りかぶった。

 連なる殴打音が鳴り響き、ギャラドスの巨体がわずかに揺れる。

 だが、

 

「“ドラゴンテール”!!!」

 

 エメラルドグリーンのエネルギーを纏ったギャラドスの丸太の様な尾が、カイリキーを吹き飛ばしコルニのボールの中へと戻していく。

 次の瞬間、控えていたヤンチャムが飛び出してくる。

 しかし、ヤンチャムは初めて見る様な巨体に目が飛び出るのではないかという程、目を見開く。

 

(“ともえなげ”で他の控えを引き出したいけど、それじゃあギャラドスがまた出てきたときに“いかく”で【こうげき】を下げられる……!)

(コルニは“グロウパンチ”で【こうげき】をどんどん上げていく戦法をとる筈だ……!)

(なんとかしてギャラドスを処理したいけど、ルカリオやカイリキー、ハリテヤマじゃないと、とてもじゃないけど倒せない!)

(只でさえ【こうげき】が高いポケモンが多いんだ……積まれたら一たまりも無い!)

 

 互いに逡巡する。

 ライトの隠し玉であるアルトマーレから取り寄せたギャラドスは、コルニを大いに焦らせることに成功していた。

 特性の“いかく”や、【かくとう】に有利な【ひこう】を有しているという点が、【かくとう】ポケモン相手に立ち回るのにマッチしているギャラドス。昨日の内にカノンに頼んでボールで捕まえてパソコンで転送してもらったのだ。

 

 久し振りのバトルに体が訛っていないか心配だったが、カイリキーの攻撃にビクともしない辺り、全然大丈夫らしい。

 その耐久と攻撃力こそが、今回のバトルの鍵だ。

 コルニの手持ちの得意技である“グロウパンチ”を封じるには、相手のポケモンの能力値を何とかして下げるか、自分の能力値を上げるか、そして交代させるかの三択に限られる。

 ライトが取ったのは、一つ目と三つ目だ。

 

(さあ……どう来る!?)

 

 ギャラドスという巨体を前にしながらコルニの動きに注目する。

 すると、コルニが動く。

 

「ヤンチャム、“イカサマ”!!」

「チャムゥ!」

(イカサマ!?)

 

 小さな体で跳躍し、ギャラドスの顔を殴打するヤンチャム。瞬間、先程カイリキーの攻撃でもビクともしなかったギャラドスの体が大きく動く。

 相手の【こうげき】に依存する【あく】タイプの技―――“イカサマ”。タイプ不一致と言えど、ポケモンの中でもトップクラスの【こうげき】能力値に依存すれば、ギャラドスと言えど辛いだろう。

 しかし、

 

「“アクアテール”!!」

「グォオオオッ!!!」

 

 咆哮を上げながら体を捻って、激流を纏う尻尾をヤンチャムにブチ当てるギャラドス。ピンポン玉のように跳ねるヤンチャムの体はフィールドの傍に存在する壁に激突する。

 砂煙を巻き上げて壁にめり込むヤンチャム。ピクリとも動かないヤンチャムであったが、ズルりと地面に滑り落ちてグルグルと目を回している姿を露わにした。

 

「ヤンチャム、戦闘不能!」

「ナイスだよ、ギャラドス!」

「グォウ♪」

「戻ってヤンチャム! お疲れ様……なら、次はこの子! ハリテヤマ!!」

「ッテヤマ!」

 

 地響きを鳴らして現れる巨漢のようなポケモン―――ハリテヤマ。ヤンチャムを倒してご機嫌な表情を見せていたギャラドスも、新たな相手の出現に気を引き締めたように鋭い眼光を光らせる。

 四股を踏むハリテヤマは自分より何回りも大きい凶竜に戦意を滾らせ、戦いが始まるのを今や今やと待ちかねている。

 そして、二つの巨体は同時に動く。

 

「“アクアテ―――」

「“ねこだまし”!」

「ル”……!?」

 

 その巨体に似合わない速度でギャラドスに肉迫したハリテヤマは、“アクアテール”を繰り出そうとしているギャラドスの目の前で大きな掌をバチンと鳴らして見せる。

 ビクンと怯んでしまうギャラドス。

 “でんこうせっか”などよりも早く動ける先制技である“ねこだまし”。場に出た直後しか使えないが、相手を確実に怯ませることができると言う有用な技だ。

 

(くッ、どうする!? “ドラゴンテール”で一旦引き下がらせて……いや、それじゃあまたハリテヤマが場に出てきたときに“ねこだまし”を喰らう! なら―――)

「“アクアテール”で突っ張って!!!」

「グルゥアアアアアッ!!!!」

「受け止めて!!」

 

 再び激流を纏った尾を縦に振るうギャラドス。正面から受け止めるハリテヤマを中心に、水道管が破裂でもしたかのような夥しい水が噴き上がる。

 フィールドの中心で巻き起こっているにも拘わらずフィールドの端に居るライトとコルニまで水は降り注ぐものの、状況を正確に把握する為、豪雨のような水飛沫に怯まずに二人は目を見開く。

 

「ッ―――!」

「“ふきとばし”!!!」

 

 ギャラドスの尾を両手で受け止めていたハリテヤマは、眉間に皺を寄せながら眼前の竜の巨体を文字通り吹き飛ばす。

 直後、ギャラドスはライトのボールへと戻っていき、代わりに出てきたのはヒンバス。

 

「“はっけい”!!!」

「ッテヤマ!!」

「ミッ!?」

 

 フィールドに飛び出した瞬間、ハリテヤマの巨大な手で衝撃波を与えられるように張り手を喰らうヒンバス。

 ハリテヤマと比べ、余りにも小さいその身体は飛び出してきた方向とは真逆に吹き飛んでいき、シンと動かなくなる。

 

「ヒンバス、戦闘不能!」

「ッ……よくやったよ、ヒンバス」

「……マッ……!」

「ハリテヤマ!?」

 

 ヒンバスをボールに戻すライト。すると、次の瞬間ハリテヤマが苦悶に満ちた表情で膝を着く。

 戦闘不能には至っていないものの辛そうにするハリテヤマの体からは、毒々しい色の泡が周囲に漂う。

 

(これは……【もうどく】!?)

 

 恐らくハリテヤマの“はっけい”が決まる瞬間に“どくどく”を繰り出したのだろうという考えに至ったコルニは、苦心に満ちた顔を浮かべる。

 【すばやさ】が遅いとはいえ、してやられたという感情は胸の奥から沸々と湧き上がってきて仕方がない。

 “アクアテール”を受け、尚且つ【もうどく】状態に至ったハリテヤマは、既に瀕死寸前。

 

(今度は誰を―――!?)

「ハッサム、君に決めた!」

 

 突如の真打ち登場。

 紅い体を煌めかせ、両腕の鋏を構えるハッサムは鋭い眼光を奔らせてハリテヤマを威圧させる。

 

(ハッサム……! ここは少しでも後続に繋げるように【まひ】を狙って……)

「“はっけい”!!!」

「“つばめがえし”!!!」

 

 再び張り手で衝撃を加えようとするハリテヤマ。しかし、その丸太の様な腕から放たれる張り手を掻い潜り、凄まじい速度で懐に潜り込んだハッサムがその巨体を―――。

 

「ッ……!」

 

 二回ほど斬りつけた。

 ハリテヤマは、これまでのダメージの蓄積とハッサムの決定打により倒れる。

 

「ハリテヤマ、戦闘不能!」

「オッケー、ハッサム!」

「ッ……ゴメン、ハリテヤマ!」

 

 拳を掲げてハッサムにエールを送るライトと、それに応えるように鋏を掲げるハッサム。対してコルニは倒れたハリテヤマをボールに戻し、冷や汗を流しながら不敵な笑みを浮かべる。

 

「なんか……随分と大人気ない感じがするけど……絶対負けないかんね!」

「へへッ……子供だから、負けず嫌いなんだよ!」

 

 ごもっともな主張を口にするライト。

 ギャラドスというポケモンを持ち出している辺り、真剣に勝ちを取りに向かっている感がある。しかしそれは、こうでもしないと勝てないという考えの裏返しだ。

 コルニのエースであるルカリオに対抗するには―――それまでの壁を打ち崩すには、並大抵の戦略では勝てない。

 

(これからが本番だッ……!)

「挑戦者、ポケモンの交代は?」

「します! 戻って休んで、ハッサム!」

 

 たった今出てきてハリテヤマを仕留めたハッサムをボールに戻すライト。極力ハッサムの体力は使いたくない。

 それは、確信といってもいいほどのこれからの予想があったからだ。

 

(ルカリオを倒すには……いや、倒せるのはハッサムしか居ない!)

 

 ハッサムのボールをグッと握り、来たるべきマッチの為に一旦ベルトに戻し、次なるボールに手を掛ける。

 コルニも同じく次なるボールを取り出し、今にも放り投げられるようにと身構えていた。

 

 そして―――

 

「ジュプトル、君に決めた!」

「ゴー、コジョフー!」

 

 

 

 

 

 キーストーンとジムバッジを賭けたフルバトルは、まだまだ続く。

 



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第五十一話 矛×矛

 

「ジュプトル、“りゅうのいぶき”!」

「コジョフー、“ねこだまし”!」

 

 技を繰り出すためにのけ反るジュプトルであったが、その瞬間にデジャヴを感じてしまう様な攻撃をコジョフーが繰り出してきた。

 目の前で響く渇いた音に驚いたジュプトルは、“りゅうのいぶき”を天井に向けて放ってしまい、そのまま後ろに引っくり返る―――と思いきや、進化して向上した身体能力を以て片手をついてバク転してからライトの前に戻る。

 

(ねこだまし……厄介だ。だけど、出てきた直後しか使えない! 先手は取られたけど、進化して【すばやさ】なら上がったんだ!)

「“メガドレイン”!」

「“みきり”!」

「ッ!」

 

 相手の体力を吸い取って“ねこだまし”の分のダメージをないことにしようとしたライトであったが、どうやらその思惑は感づかれていたようであり、“メガドレイン”はコジョフーに見切られてしまう。

 相手の攻撃を完全に躱す技の“みきり”。だが、完全に躱す技といっても欠点はある。

 

(連続で使うと集中力が落ちて失敗しやすくなる……なら!)

「攻めて攻めて攻めまくるよ! もう一度“メガドレイン”!」

 

 カントーのジムリーダーのポリシーに似たような言葉が自然と頭に浮かぶ中、ジュプトルに“メガドレイン”を指示する。

 “みきり”自体の使える回数は少なく、多用できる技ではない。連続で行使すれば失敗する可能性が高まるという性質を考慮すれば、守りの後には否応なしに攻めに転じてくる筈だ。

 そこを狙う。攻撃こそ最大の防御とはいったものだ。

 

 『ゴポポッ!』と勢いよく吸われる音が鳴り響く中、コジョフーは顔を険しくする。

 だが―――。

 

「“グロウパンチ”!」

「コジョォッ!」

 

 強靭な脚力でフィールドを疾走するコジョフーが、ジュプトルのどてっぱらに硬く握った拳を叩きこむ。

 その一撃によって、たった今吸収した体力を吐き出すかのようにジュプトルはせき込んだ。

 

「ッ……ジュプトル、“かげぶんしん”で攪乱!」

「そう来ると思ってたよ! “スピードスター”!!」

 

 ライトの指示を耳にしてすぐさま一条の風になってフィールドを駆けまわり始める。次々と分身していくジュプトルであるが、予測範囲内だと口にしたコルニの指示を受けたコジョフーは両手の掌を合わせ、隙間に拳大の星状のエネルギーを生み出す。

 腕を前に突きだすと同時に解き放つと“スピードスター”は、無数に生み出された分身に惑わされる事無く本体に直撃した。

 瞬間、直撃を喰らったジュプトルの足は止まり、苦しそうにその場に蹲る。

 

「そこ! “おうふくビンタ”で追撃ィ!!!」

「懐に入られちゃ駄目だ!! “でんこうせっか”で突撃してッ!!」

「嘘ッ!?」

 

 蹲るジュプトルにスパートを掛けようと肉迫するコジョフーであったが、その瞬間にフィールドを蹴って肉迫してくるジュプトルに逆に懐に入られた。

 同時に構えていた腕を潜り抜けられ、“でんこうせっか”に突撃を真面に喰らって吹き飛ばされてしまう。

 ジュプトル自身の【こうげき】はそれほどないが、コジョフーが自らジュプトルに向かって行った勢いが加わり、予想以上に“でんこうせっか”の威力が出る。

 

 吹き飛ぶ途中、空中で体勢を整えてから着地するコジョフーであったが、それなりのダメージを受けたような顔を見せて息を切らしていた。

 しかしそれはジュプトルも同じ。互いに速攻型である以上、戦いが短期決戦になることは二体が場に出た瞬間からライトもコルニも分かっている。

 

 だからこそ、すぐさま指示を出す。

 

「“メガドレイン”!!!」

「“スピードスター”!!!」

 

 コジョフーの体力を空になるまで吸い取ろうとするジュプトル。それに対し、吸い切られる前に相手の体力を削り切ろうとするコジョフーの“スピードスター”が、ジュプトルの体を穿つ。

 星状のエネルギー弾が着弾し、ジュプトルの周りには夥しい砂煙が巻き上がる。

 視界は至って不良。だが、それでもコルニは指示を飛ばす。

 

「“グロウパンチ”!」

「“りゅうのいぶき”で迎撃!」

 

 得意技である“グロウパンチ”で勝負を決めようとするコジョフーに対し、“りゅうのいぶき”で少しでも勢いを殺そうと試みるジュプトル。

 放たれる青紫色の炎を拳一つで斬り裂きながら進んでいくコジョフーには『勇猛果敢』という言葉が良く似合う。

 だが、幾らそのような威勢のいい姿を見せたとしても、届かなければ何の意味も無い。

 

―――パンッ!

 

 乾いた音。

 その音が響いた瞬間に、ジュプトルが口腔から放っていた“りゅうのいぶき”が弱まっていく。

 目の前で移り変わっていく光景にゴクリと固唾を飲む二人。

 そして、

 

「ッ……嘘!?」

「―――ジュプトル、“メガドレイン”で決めて!!」

 

 晴れる視界。途端に見えたのは、コジョフーの突きだされた拳を両手で掴んで止めているジュプトルの姿。心なしかコジョフーの体にはスパークがパリッと奔っており、【まひ】で動きが鈍っている事を暗に示していた。

 鈍った動きを見て受け止める事ができると判断したジュプトルの咄嗟の行動には感嘆の息しか出ない。

 口角を吊り上げるライトは、そのまま“メガドレイン”を指示し、コジョフーとのバトルに決着をつけるようとした。

 

「コジョ……」

「ジュプトッ!」

「コジョフー、戦闘不能!」

「っしゃ!」

「ッ……お疲れ様、コジョフー!」

 

 接戦の果てにジュプトルが掴んだ一勝。しかしその代償は大きく、“メガドレイン”で回復していても息も絶え絶えといった状態だ。

 そんな中、次にコルニが繰り出してきたのは―――。

 

「アチャモ、頼んだよ!」

(アチャモか……)

 

 【くさ】に有利な【ほのお】タイプであるアチャモ。選択としては妥当なものであるが、一回進化したジュプトルと比べれば力不足であるのは否めない。

 だが、それでも【ほのお】技を喰らえば致命傷は避けられないと判断したライトの取った行動はこれだ。

 

「戻って、ジュプトル! イーブイ、次は君に決めた!」

 

 レベルで言えば同じ程度のイーブイを繰り出すライト。相性は普通であるが、イーブイには“あなをほる”がある。

 イーブイがアチャモの弱点を突くことができるポケモンであることは、コルニも重々承知済みだ。

 だが、だからといって退くわけがない。

 

「アチャモ、まずは“ひのこ”!」

「“あなをほる”で躱して!」

(ッ……やっぱり!)

 

 小さな嘴を開けて直線状を走るように放たれる火の粉であったが、フィールドに穴を掘って地面に潜るイーブイには当たらなかった。

 ディグダではないかと疑う程の速度で穴を掘り進めていくイーブイ。掘削の軌跡はフィールドに刻まれる盛り上がった土で分かる。

 

「そのまま突撃!」

「“いわくだき”で反撃!」

「ッ!?」

 

 土から飛び出してアチャモに突進するイーブイであったが、“あなをほる”を喰らって宙に浮かんでいたアチャモがイーブイに対し凄まじい脚力でのキックを繰り出す。

 顔を勢いよく蹴られたイーブイは、地面に激しく叩きつけられてそのままフィールドを滑っていく。

 数メートル滑走した後に何とか立ち上がるイーブイであったが、かなりのダメージを喰らったのか険しい顔を浮かべている。

 

「イーブイ、“かみつく”攻撃!」

「アチャモ、“つつく”!」

(ッ、速い!?)

 

 互いに物理攻撃を仕掛ける二体であったが、アチャモが先程の“ひのこ”とは比べ物にならない程の挙動で一気にイーブイに肉迫する。

 そのまま、牙を剥き出しにして噛み付こうとしているイーブイの額を嘴で突く。

 『ゴチンッ』という非常に痛そうな音が響くとイーブイは、グルグルと後方にでんぐり返しでもするかのように転がりキュ~と目を回しているのが見える。

 

「イーブイ、戦闘不能!」

「うっ……戻って休んで、イーブイ!」

「ナイスファイト、アチャモ!」

 

 ボールにイーブイを戻しながら逡巡するライト。明らかに場に繰り出した時と【すばやさ】の違うアチャモに焦燥を抱いていた。

 どこかのタイミングで“こうそくいどう”などの補助技を使った訳ではない。相手の攻撃を喰らってイーブイの【すばやさ】が下がった訳でもない。

 

(時間が経つごとに加速したみたいな……ん? 加速……?)

 

 喉に引っ掛かりを覚えたライトの脳裏には、凄まじい速度で今迄のバトルの記憶が思い出されていく。

 幾度となくバトルをした中で―――否、見た中で該当した事象が一つ。

 

(テッカニンの特性の“かそく”……あれは確か、時間が経つごとに【すばやさ】が上がる特性だった筈! だとすると……)

 

 『してやられた』という苦笑を浮かべてコルニに視線をやると、右手をピストルの形にして『バンっ♪』と茶目っ気を見せている少女の姿が視界に映る。

 憎たらしいにも程があるような態度であるが、残りの数の上ではまだ自分の方が有利であると言い聞かせ、次に繰り出すポケモンのボールに手を掛けた。

 

「よし……ジュプトル! イーブイの仇をとって!」

「ジュプトル……なら、まずは“ひのこ”!」

「“りゅうのいぶき”で迎撃!」

 

 再び小さな火球を放つアチャモであったが、それを上回る物量の炎に掻き消される。同時に二つの攻撃が激突し、フィールドの中央ではちょっとした爆発が巻き起こって視界が悪くなった。

 煙に包まれるフィールドを目の当たりにしたライトは、好機とばかりに指示を飛ばす。

 

「“かげぶんしん”!」

 

 幾ら【すばやさ】が上がれども、攻撃が当たらなければ意味はない。

 持ち前の【すばやさ】を生かしての分身を作り出していくジュプトルにアチャモは、どれが本物であるのか分からずに目を泳がせる。

 

「アチャモ、落ち着いて相手を見るの!」

「させないよ! “りゅうのいぶき”!」

 

 指示通り、本物を見極めようとするアチャモであったが、その瞬間に背後から青紫色の炎が振りかかって吹き飛ばされる。

 そのままフィールドの横の壁に激突すると、頭から落下して小さく痙攣し始めた。

 グルグルと目を回すその姿は、違う事なき瀕死の姿。

 

「アチャモ、戦闘不能!」

「っし!! ナイス、ジュプトル!」

「……いいガッツだったよ、アチャモ。ゆっくり休んでて」

 

 今日のジム戦で既に二体ほど打ち倒しているジュプトルは、まさに絶好調といったところか。心なしかイキイキとしている。

 これで手持ちの数はライトが四体であるのに対し、コルニは二体。更に詳細をいえば、ライトの手持ちの中で万全な状態であるのが二体なのに対し、コルニはルカリオのみ。

 条件だけならば圧倒的優位をとっているライト。

 勢いに乗っている今、ガンガン攻め入りたいところだ。

 

「挑戦者、交代は?」

「しません! イケるよね、ジュプトル!」

「ジュプトォ!」

 

 ライトの掛け声に拳を掲げるジュプトル。

 一方コルニは、かつてない程鋭い眼光を光らせてボールを放り投げた。

 

「カイリキー、お願い!」

「ッルッキィィイイイ!!!」

 

 最初の対面でギャラドスに“ドラゴンテール”で場から弾き飛ばされたカイリキー。ギャラドスの攻撃を受けても尚、戦意に滾るその顔を見る限りまだまだ元気そうである。

 パワーでは圧倒的にカイリキーの方が有利。

 

(ここは攪乱してから、少しずつ体力を削っていこう……)

「“かげぶんしん”!」

 

 無数に生み出されていくジュプトルの分身は、縦横無尽にフィールド状を走りまわる。それらをその双眸で臨むカイリキーは、終始落ち着いた様子であり―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――“グロウパンチ”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが爆発でもするかのような轟音。

 自分の横を何かが通り過ぎた感覚を覚えたライトは、すぐに正気に戻って背後に振り返った。

 背後の壁の下に佇んでいたのは、腹部に殴打された痕を残しながら泡を吹いて倒れているジュプトルの姿。

 

「なッ……!?」

「ジュプトル、戦闘不能!」

 

 信じられないと目を見開くも、ジュプトルをこのままにしておくわけにもいかない為、素直にボールの中に戻すライト。

 小さく『ゴメン』と呟き、カイリキーの方へと視線を向ける。

 腕を組んで佇むカイリキーからは、凄まじい闘気が溢れだしていた。その後方では同じく腕を組んで佇むコルニの姿が窺える。

 

「……“ノーガード”」

「え……?」

「自分と相手の攻撃が必ず当たるっていう、アタシのカイリキーの特性。カイリキーがこの場に出てきた瞬間から、そこに回避という概念は消え失せるよ」

「ッ……!」

 

 悪手だった。受けの姿勢から入るジュプトルでも、“ノーガード”が特性のカイリキー相手には攻撃から仕掛けるべきであった。

 あの対面でも最善の行動は恐らく“りゅうのいぶき”で【まひ】を狙って、行動を制限することだったのだろう。

 自分の知識の無さに悔しそうに歯噛みをしながら、次なるボールを手に取る。

 

「ギャラドス、君に決めた!!!」

「グオォアアアアアッッッ!!!!」

 

 “グロウパンチ”で上昇させてしまった【こうげき】の能力値を下げるのであれば、“いかく”で下げるしかない。

 ギャラドスの残り少ない体力でどこまで戦えるか。

 しかし、回避という概念がなくなってしまった戦場で行う手は一つしかない。

 

 

 

―――高威力の一撃を叩きこむのみ

 

 

 

「“アクアテール”!!!」

 

 瀑布の如き一撃をカイリキーに叩き込んだギャラドス。幾らギャラドスといえど、強靭な肉体を有すカイリキーをたった一撃で伸すことはできるのか。

 一瞬の内に思案を巡らせるライトであったが―――。

 

「ッ、受け止められ……!?」

「そのまま“ちきゅうなげ”ぇえええ!!!」

「リッキィイイイイ!!!」

 

 “アクアテール”を受け止め、水も滴る良い男状態のカイリキーであったが、何回りも大きいギャラドスの尾を四本腕で掴んだまま大きく跳躍した。

 そのまま空中で一回転を決め、同時に振り回していたギャラドスをフィールドに叩き付ける。

 先程の“アクアテール”で若干水溜りも出来てきているフィールドにギャラドス程の巨躯が叩き付けられると、凄まじい水飛沫が巻き上がって二人のトレーナーのみならず、審判をしているコンコンブルにも降り注ぐ。

 

「……ギャラドス、戦闘不能!」

「……ホントお疲れ様、ギャラドス。久し振りなのによく頑張ってくれたよ」

「よっし! ナイスだよ、カイリキー!!」

 

 地面で伸びているギャラドスをボールに戻し、穏やかな表情で労いの言葉をかける。本当に久し振りのバトルであったライトのギャラドス。今までは野生のままで指示を聞いてくれていたギャラドスであるが、こうしてボールにしっかりと収まってくれているとなると、これまでとは違った感情が胸の奥から湧き上がってくる。

 フッとライトが顔を上げてみると、腕を組んで高らかに笑っているカイリキーの姿が見えた。

 数の上で不利を被っていた状況の中、相手の手持ちを二体下して同数まで持ち込んだのだから、それは気分のいいことだろう。

 

「挑戦者、次のポケモンを」

「はい……リザード、君に決めた!!!」

「グルァアアアッ!!!」

 

 咆哮を轟かせながら場に出現したのは、先程のギャラドスとは一転、紅蓮の皮膚を有すポケモン。

 心なしか、普段よりも闘志に滾るその背中には得もいえぬような頼もしさがある。

 残りの数が同数に持ち込まれてしまった以上、カイリキーはリザードで下したい所だ。相手が最終進化形であるのに対し、まだ一度進化したばかりのリザードでは些か火力に不安があるものの、そこは戦略次第でどうにかするしかない。

 肉弾戦を得意とするカイリキーに、同じくインファイトを好むリザード。しかし、ここは一旦遠距離攻撃で仕掛けようと指示を飛ばす。

 

「“りゅうのいかり”!」

「“からてチョップ”で弾き飛ばして!」

 

 口腔から橙色の光弾を解き放つリザードであったが、途端に肉迫してくるカイリキーが繰り出したチョップによって弾き飛ばされる。

 完全に防いだ訳ではなさそうだが、確実に肉弾戦に持ち越そうとしているカイリキーにライトは歯噛みした。

 

(どうする……!?)

 

 バッとフィールドの方に目を向けるとそこには焦燥を浮かべる主人とは違い、力強い瞳で見つめ返してくるポケモンが一体。

 その瞬間、ライトの心の中で荒れ狂っていた焦燥の波が途端に鎮まり始める。

 

「―――“ドラゴンクロー”!!!」

 

 『信じろ』とでも言う様な瞳にライトは応えるように指示を出す。

 カイリキー相手に肉弾戦を挑むのは悪手かもしれない。だが、ポケモンの想いに応えるのもトレーナー。

 ならば、ここは一度ポケモンの意志に任せて戦わせるのも一興。

 バックアップなら、自分が居る。

 

(見極めるんだ……僕が! 相手の隙を!!)

 

 カッと目を見開くライト。

 その視界には、“ドラゴンクロー”を展開してカイリキーの四本腕と渡り合っているリザードの姿が映る。

 幸いだったのは、僅かにリザードの方がカイリキーよりも身長が低かったことか。カイリキーの打点が高いところにある分、背の低いリザードには中々決定打を与えることはできない。

 爪と拳による肉弾戦の応酬は続いていく。

 

 しかし、それでも優勢を誇っていたのはカイリキーであった。最初こそ身長差に慣れていない様子であったが、途中からその適応力でリザードの“ドラゴンクロー”を“からてチョップ”で防ぎ、反撃もしてくる。

 リザードに苦しい展開であるのはこの場に居る全員が理解していた。

 そして、

 

「カイリキー、“けたぐり”!!」

「リッキィ!!」

「ガウッ!?」

 

 リザードの足を強く蹴って転ばせるカイリキー。威力が相手の体重が重い程高まる技―――“けたぐり”。リザードの体重はそれほど重くない為、与えられるダメージは少ない筈。

 だが、この機を見てコルニが畳み掛けてくる。

 

「“からてチョップ”で上に弾き飛ばして! そのまま腕と足を拘束するの!」

 

 転んだリザードをチョップで上空に弾き上げるカイリキーは、度重なる攻撃によって疲労しているリザードの四肢を四本腕で拘束する。

 さらにバッと腕は四方に広げられて伸ばされる四肢はピンと張りつめて、いいように動けなくなってしまう。

 我ながらエグイ戦法だと思いながらも、完全にリザードを封じ込めたことに笑みを浮かべるコルニ。

 

(よし……このまま“じごくぐるま”で……―――!?)

 

 しかし、先程までとは違う灯りが周囲を照らした為、コルニの笑みは瞬時に消え失せる。よく目を凝らせば、リザードの尻尾の先に点っている炎が青白く輝いていることと、リザードの体に仄かに紅いオーラが纏っているのに気づく。

 激しく燃え盛る尻尾の炎は、加速度的に激しさを増していき、

 

「……“ノーガード”なんでしょ? なら、命中率は関係ない」

「ッ、しまった! カイリキー、すぐにリザードを放り投げてッ!!」

「最大火力で“だいもんじ”!!!」

 

 コルニの指示を受けてすぐさまリザードを投げ飛ばそうとするカイリキーであったが、それよりも早く頭上で紅蓮の炎が瞬く。

 【ほのお】タイプの特殊技最高峰の威力を誇る技。熾烈を極めるであろうジム戦に備え、昨日の内に技マシンで覚えさせた、まさしく『付け焼刃』な技であるが特性の“もうか”によって上昇している威力は充分過ぎる。

 今のリザードには余りある威力であるので命中率は低いものの、“ノーガード”であれば関係ない。

 

「グルァアアアッ!!!」

 

 刹那、爆炎がカイリキーの肉体に襲いかかる。

 リザードの口腔から解き放たれた炎は、カイリキーの肉体を余すところなく包み込んでいく。

 そして足に到達した瞬間、カイリキーを中心にフィールドに『大』の文字が奔る炎によって刻まれる。

 するとカイリキーの拘束が弱まって解放されたリザードは、地面に着地して爆炎に焼かれるカイリキーを睨みつけた。

 

 その瞬間、赤々と燃え盛っている炎を四本腕でかき消してカイリキーが姿を現す。目を見開いたのは眼前にいるリザードのみならず、ライトやコルニもであった。

 凄まじい根性―――否、執念を見せるカイリキーに誰もが戦慄する。

 そして、両者は動く。

 

「カイリキー、“からてチョップ”!!!」

「“ほのおのキバ”で受け止めて!!!」

(ッ、これって……!?)

 

 ライトの指示にハッとするコルニ。

 同時に、ショウヨウジムでのある一場面が思い起こされる。

 当時ストライクであったハッサムの“きりさく”を“ほのおのキバ”で受け止めるよう指示するザクロ。

 思い起こされる記憶と共にフィールドに佇む二体の動作を見ると、その時の二体の姿が完全に一致していた。

 

「しまッ―――!」

 

 後悔する間もなく、カイリキーの“からてチョップ”はリザードの赤熱する牙によって噛み付かれ、受け止められてしまう。

 同時に、先程の“だいもんじ”には及ばないもののかなりの爆炎がカイリキーを包み込み、再びその身を焼き尽くそうと炎が爬行していった。

 

 フィールドの上の水溜りの水が蒸発するほどの炎が奔った後に姿を現すカイリキー。今度は持ちこたえる事も無く、力なく地面に崩れ落ちる。

 

「カイリキー、戦闘不能!」

「っし!!」

「お疲れ様、カイリキー……ゆっくり休んでて」

 

 十二分に活躍を見せてくれたカイリキーをボールに戻し、スッと最後のボールに手を掛ける。

 その瞬間にフィールドに緊張感が奔った。

 コルニの手の中に納められているボールから放たれるのは波動。違うこと無き、これからフィールドに君臨する最後の砦の放つ威圧感だ。

 

「……ルカリオ! 最後よ!!」

「クァンヌ!!」

(……ようやく、か……!)

 

 真打ちの登場に自然と顔が強張るライト。

 一歩コルニは、何やら脇を引き締めて呼吸を整える。ルカリオもまた同じ格好をとり、精神統一を図る。

 一体これからなにをするのだろうと注意深く見ていると、突然コルニの瞼がカッと見開かれた。

 

「命ッ!!」

「バウッ!!」

「爆・発ッッ!!!」

「ガウ、グァ!!!」

 

 一糸乱れぬコンビネーションでパンチとキックのモーションを見せつける一人と一体。

 所謂、ルーティンといった類のものであろうと推測するライトでは、相手の流れに持っていかれないようにと、すぐさま大声を張り上げる。

 

「リザード、“だいもんじ”!!!」

「ルカリオ、“はどうだん”で迎撃!!!」

 

 口の端から漏れ出すほどの爆炎を口腔から解き放つリザード。放たれた火球は途中で『大』の字へと変化し、【はがね】タイプも有すルカリオを焼き尽くそうと宙を爬行していく。

 だが、対するルカリオも腰の横で腕を構え、手の平の隙間に凄まじい波動のエネルギーを収束し―――。

 

「バウッ!!!」

「いッ……!?」

 

 砂塵を巻き上げるほどの勢いで解放された“はどうだん”は、“だいもんじ”の中央を穿ち、辛うじて形を留めていた爆炎の塊を打ち崩した。

 直線状を走る“はどうだん”はリザードに直撃するコースを奔っていたが、寸での所でリザードが“ドラゴンクロー”で何とか防御する。

 しかし、凝縮されたエネルギーが拡散すると同時に、リザードを中心に爆発が巻き起こって視界を悪くしてしまう。

 

「くッ、リザード!! “ほのおのキ―――」

「“バレットパンチ”!!!」

 

 

 

―――ドンッ!!!

 

 

 

 重く響く殴打音。

 茫然とするライトは、次第に開けていく視界にルカリオの拳一つで体を支えられているパートナーの姿を目の当たりにして絶句した。

 先程まで轟々と燃え盛っていた炎は、今や拳大ほどにしか残っていない。

 

「リザード、戦闘不能!」

「も、戻って、リザード!」

 

 呆気なくやられてしまったリザードに、未だ衝撃を忘れられないままボールに戻してあげるライト。

 “バレットパンチ”は【はがね】タイプの先制技。威力も先制技であるように少なく、さらに【ほのお】との相性も悪い筈。

 それなのにも拘わらずやられてしまうということは……。

 

(……いや、ここでそれを深く考えても仕方がない。今は―――)

 

 最後のボールに手を掛ける。

 

(目の前の勝負に全力を出すだけだ!!!)

「ハッサム、君に決めた!!」

 

 重厚な音を響かせて場に現れるハッサム。

 それに相対するは、波動を操りし獣・ルカリオ。

 

 どちらも、二人のトレーナーにとっては『エース』という存在だ。

 それが意味することは只一つ。

 

「ルカリオ、“グロウパンチ”!!」

「ハッサム、“メタルクロー”!!」

 

 

 

 

―――エースの意地をかけた最終決戦であること

 



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第五十二話 進化による真価の発揮

 

 激突する鋏と拳。

 金属同士がぶつかる時のような甲高い音が鳴り響き、そんな劈く様な音に二人の眉間には皺が寄る。

 当のハッサムとルカリオは、互いの鋏と拳を打ち据えたままギリギリと歯を食い縛りながら中央で一歩も退かぬように足を突っ張っているという状態だった。

 

 コルニのルカリオが繰り出した“グロウパンチ”は言わずと知れた、繰り出した直後に【こうげき】の能力値を一段階上げる【かくとう】技。

 一方、ハッサムの繰り出した“メタルクロー”は【はがね】タイプの技であり、前述の技と違って時折【こうげき】の能力値を上げる技である。技単体の威力だけでいえば、“きりさく”には及ばない。

 しかし、ライトのハッサムの特性は“テクニシャン”。威力の低い技を通常よりも強力に放てるという特性であり、実質“メタルクロー”の威力はタイプ一致ということも相まって“きりさく”よりも強力な技へと昇華している。

 

 ルカリオに対しては効果がいまひとつという部分だけが懸念されるものの、打ち合いに関しては差支えが無い程の威力だ。

 

「ッ!」

 

 刹那、ルカリオの体勢が崩れる。

 押し合いに負けたルカリオは、そのまま鋏を振り抜けるハッサムの力に負けて後方に飛ぶが、すぐさま空中で体勢を整えて着地した。

 ハッサムの体重は、ルカリオのそれの二倍以上を誇る。ハッサムの足元を見れば、重さと強靭な脚力でめり込んでいる地面が窺えることもあり、上手く地面をストッパー代わりに使えたことを暗に示していた。

 

 僅かに押し勝ったハッサムであったが、インファイターであるハッサムにその状況は好ましくない。

 現にルカリオは、両掌の間に波導のエネルギーを凝縮し、すぐにでも放てるようにとスタンバイしている。

 そして、

 

「“はどうだん”!!」

「“つばめがえし”で弾き飛ばして!!」

 

 解放されるエネルギーはハッサムに向かって疾走する。

 が、両腕の鋏を構えてからアッパーカット気味に振り上げた鋏が、向かって来た“はどうだん”を捉え、さらに天井へと弾き飛ばした。

 標的を見失ったエネルギー弾はそのまま天井を穿ち、爆発を巻き起こす。パラパラと天井の破片がフィールドに降り注ぐ中、二体のポケモンは相手の行動を見逃さないようにと鋭い眼光を光らせる。

 

 すると次の瞬間、ルカリオは独断で手の中に骨の形をしたエネルギーを収束させ、そのままハッサムに突撃していく。

 その行動にコルニは、咎めるのではなく不敵な笑みを浮かべた。

 

「よし、“ボーンラッシュ”でガンガン攻めて!!」

 

 ゴーサインを出すコルニにルカリオもまた笑みを浮かべ、鬼気迫る表情でハッサムに“ボーンラッシュ”を振り下ろそうとする。

 その時、ハッサムは一瞬だけライトを一瞥してアイコンタクトを取った。ライトはそのアイコンタクトに頷き、指示を出す。

 

「“メタルクロー”で受け止めて!!」

「―――ッ!!」

 

 ライトの指示を受けたハッサムは、ストライクの時から変わらない反射神経で鋏を振りかざし、振り下ろされる骨を挟む様にして受け止めた。

 風を切るような音で振り下ろされた骨であったが、“メタルクロー”に挟まれて肝心のハッサムに体を捉える事ができない。

 しかし、

 

「ふふッ、ルカリオ! “グロウパンチ”!!」

「ッ!?」

 

 “ボーンラッシュ”を受け止められた瞬間にすでに動き始めるルカリオは、堅く握った拳をハッサムの顔面に振り抜ける。まるで、受け止められることを予見していたかのような動きの速さだ。

 流石に予想できなかったハッサムはその一撃を真面に喰らってしまうものの、『やってくれたな』という怒気を含む表情でルカリオを睨む。

 

「“かわらわり”ッ!!」

 

 瞬間、振りぬかれたルカリオの腕を左腕の鋏で掴み、そのまま引きこむハッサム。ゼロ距離まで引きこんだハッサムは、頃合いを見計らって既に構えていた右腕の鋏をルカリオの顔面に叩き込む。

 鈍い音が鳴り響くと同時にルカリオの体はフィールドを跳ねていき、コルニの目の前まで滑っていった。

 

(よし! 効果は抜群だ!)

 

 【はがね】を有すルカリオには、【かくとう】の技が抜群。耐久がそれほどないルカリオにはかなりのダメージを与えられた筈。

 

「ハッサム、もう一度“かわらわり”で畳み掛け―――」

「“はどうだん”!!」

 

 鋏を構えて飛翔するハッサムであったが、片腕で波動を収束したエネルギーを解き放つルカリオ。

 余りのモーションの速さにハッサムとライトは目を見開くも、ハッサムは眼前まで迫った“はどうだん”を“かわらわり”で弾き飛ばす。

 

「“バレットパンチ”!!」

 

 しかし、その隙を突かれて一気に肉迫される。懐に入ってきたルカリオは、そのままハッサムの細い胴へと弾丸のような速い拳を叩きこむ。

 効果はいまひとつといえど無防備なところに叩き込まれた一撃は、ハッサムの体勢を崩すには十分だった。

 グラリと揺らぐハッサムにライトは焦燥を、コルニは活路を見つけたような顔を浮かべる。

 

「“てっぺき”!!」

「“インファイト”!!」

 

 瞬時に防御態勢に入るハッサムに、嵐のような拳による殴打が叩き込まれる。機関銃でも放っているかのような轟音が数秒鳴り響き、最後の殴打が叩き込まれたところでハッサムは二本足で立ったまま後方に滑っていく。

 それは“インファイト”の威力が凄まじかったことを物語っているが、なんとか地面に崩れる事なく立っているパートナーに、一先ず安堵の息を吐くライト。

 しかし、状況は芳しくない。ルカリオ最大の技ともいえる攻撃を喰らってしまったのだから、既にハッサムの体力は半分を切っている筈だ。

 対してコルニも、今の“インファイト”で決めることができなかったことに焦りを抱いていた。

 

(流石頑丈っていうか、一筋縄じゃいかないっていうか……!)

 

 “インファイト”は凄まじい拳の連撃を相手に叩き込む技であるが、その威力と引き換えに自分の【ぼうぎょ】と【とくぼう】を一段階下げてしまう、所謂諸刃の剣のような技だ。

 一発で決める事ができなければ、只でさえ耐久の低いルカリオでなんとか相手を倒さなければならなくなる。

 ハイリスクハイリターンの技。“グロウパンチ”で実質二段階【こうげき】を上げた状態であったが、直前に“てっぺき”で【ぼうぎょ】を二段階上げられたことにより、思ったよりもダメージを与える事ができなかった。

 

(ここは……)

「“バレットパンチ”!!!」

「“しんくうは”!!!」

「ッ!?」

 

 再び疾走しようとするルカリオであったが、その瞬間に鋏を振りぬくようにハッサムが繰り出した“しんくうは”はルカリオの顎を捉える。

 今まさに駆け出そうとした瞬間の攻撃であり、防御姿勢をとることもできずにルカリオは大きく体をのけ反らせた。

 

「突っ込んで!!」

「させない!! “はどうだん”!!」

 

 再び肉迫しようとするハッサムに対しルカリオは、今度は両手にそれぞれ波動のエネルギーを凝縮させる。

 その二つの内、左腕で収束させていた方を向かって来るハッサムに解き放つ。

 だが、

 

「“メタルクロー”で挟んで!!」

 

 眼前に迫りよる光弾を躊躇なく鋏で受け止めるハッサム。直後、凄まじい力で挟み込まれた“はどうだん”は原型をとどめる事ができずに閃光を放つと同時に爆発した。

 巻き起こる砂塵を周囲の者達は腕で防ぎながら、バトルの流れを見逃さないように努めている。

 そしてハッサムが砂塵を掻き分けてルカリオの目の前に現れて、先程“はどうだん”を握り潰した方とは違う鋏で“メタルクロー”をルカリオに振るう。

 

「しゃがんで!」

 

 しかし、視界が悪いのにも拘わらず相手の姿を捉えていたルカリオは、コルニの指示通りにその場にしゃがんで“メタルクロー”を透かすことに成功する。

 波動を扱えるルカリオには視界不良など、どうということはないということだ。鍛えれば、目を閉じても相手の攻撃を的確に躱す事ができる力は伊達ではない。

 

「そのまま……いっけぇえええ!!!」

 

 しゃがんで懐に潜ったルカリオは、もう一つ凝縮していたエネルギーをゼロ距離でハッサムの胴体に叩き込む。

 瞬間、ハッサムは凄まじい勢いで天上に吹き飛んでいき、轟音を奏でながら激突する。

 再びパラパラと天井の破片が降り注ぐ最中、ルカリオは既に次なる“はどうだん”を解き放てるようにと両掌を合わせてエネルギーを収束しているが―――。

 

「“はがねのつばさ”!!!」

「えッ!?」

 

 再度、轟音を奏で砂煙を巻き起こす天井であるが、その原因はハッサムが強靭な脚力で天上を蹴ったからであった。

 天井を蹴った勢いと重力に引き摺られるままに、ルカリオに向かって“はがねのつばさ”を展開して肉迫するハッサム。

 余りの速さにルカリオの“はどうだん”の充填は間に合わず、そのまま“はがねのつばさ”を叩き込まれる。

 不完全に凝縮されたエネルギーは暴発し、二体を中心に今日何度目か分からない爆発を巻き起こす。

 

 息をするのも忘れてしまう程の熾烈な戦いに二人のトレーナーは、ゴクリと固唾を飲んで煙が晴れるのを待つ。

 

―――負けるはずがない

 

―――いや、負けて欲しくない

 

―――自分のエースに、負けて欲しくなどない

 

 全幅の信頼を置くパートナーの無事を祈りながら石像のように微動だにしなかった二人であるが、室内に響く甲高い金属音にハッとする。

 煙の尾を引きながら距離をとり合う二体のポケモン。

 

「ッ……ッ……ッ……!」

「フーッ、フーッ、フーッ!」

 

 息も絶え絶えとなっている二体のポケモンの体には、幾度となく喰らった攻撃の痕が痛々しく残っている。

 それでもなお、自分達の主の想いに応えようと臨戦態勢を崩さずに身構えていた。

 鋭い眼光を光らせて、一瞬でさえも相手から目を逸らさない。

 

(“かわらわり”で勝負に出るのは危険過ぎる……“しんくうは”で様子見したいけど、見切られる可能性もある……!)

(“バレットパンチ”で先制をとりたいけど、それじゃあハッサムの体力を削り切れない。下手したら、カウンターされるかもしれないし……!)

 

 先程とは打って変わって、静寂に包まれるバトルフィールド。

 既に煙は晴れており、明瞭な視界の中で相手の動きを見極めようとしている状況になっている。

 

(……このまま終わらなければいいのにな)

 

 静かな空間の中で、コルニはふとそう思った。

 会って一か月も過ごしていない少年との旅路は濃密なものであり、楽しいことや怖いことも勿論あったが、総合してみれば非常に楽しい思い出だ。

 互いに高め合おうと何度も特訓し、その度に強くなっていくポケモンの成長の歓びを分かち合い、笑い合った。

 今日はその集大成のバトルと言っても過言ではない。

 

(だから……絶対に負けたくないの。一人のトレーナーとして……未来のジムリーダーとしても。ライトなら分かるでしょ?)

 

 力強い瞳で反対側に居る少年を一瞥してみる。

 

(……僕はまだまだ駆け出しのトレーナーだし、パートナーの全力を引き出せてあげられるほどの知識もない。だけど……信じてくれるパートナーの想いに応えてあげたいのは、いつだって本当だ!)

 

―――トレーナーが信じるパートナー

 

―――パートナーが信じるトレーナー

 

―――そして互いの心にはいつも、信じられている自分がいることを知っている

 

―――想いに応える

 

―――そのために勝つ

 

 ライトが勝ちたい理由は、バッジやキーストーンだけでは決してない。自分を信じて戦ってくれたポケモン達の想いに応える為だ。

 そして今、自分の目の前に居るのは夢を叶える為に越えなければならない『壁』。一人では決して上る事の出来ない物。

 代理などではない、正真正銘の(ジムリーダー)が目の前に立ちはだかっている。

 

(……僕は)

(……アタシは)

(君に)

(貴方に)

 

 

 

―――絶対に負けたくない!!!

 

 

 

「ルカリオ!!! 最大パワーで“はどうだん”!!!!!」

「グルァアアアアッ!!!!」

 

 拳を突きだして指示を出すコルニに応えてルカリオは、すぐさま両掌を重ね合わせる。かつてない程の波動エネルギーを凝縮させていく光弾は、凄まじい閃光を放ち始めると同時に大気を震わせていく。

 直線状で輝きを放つ“はどうだん”を目の当たりにした瞬間ライトは、後手に回ってしまったことを後悔した。

 

 “メタルクロー”でも弾く事は不可能。

 

 “かわらわり”や“はがねのつばさ”などの物理攻撃も同上。

 

 この距離から放つ“しんくうは”で、果たしてルカリオの体力を削り切れるか。

 

(いや、ここは“でんこうせっか”で接近して……ッ!?)

 

 『でんこうせっか』と口にしようとした瞬間、とあることに気が付く。

 驚愕と共に、活路が切り開かれたように希望を見出したライト。

 

 一方コルニは、ルカリオの向こう側で()()()()()をとっているハッサムに対し、ライトと同じく驚愕を―――そして焦燥を浮かべた。

 

(なんで……どうして……!?)

 

 左半身をルカリオの方に向けたまま左の鋏を前で構え、右の鋏を後ろで構えるハッサム。それを見た瞬間にコルニは、ハッサムの後ろにルカリオの幻覚を見てしまったのだ。

 何度も見たことのあるその構え。

 現に、このバトルの中でも何度かハッサムに対して攻撃するよう、ルカリオに指示した技―――。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 とある科学者はこう言った。

 

『ポケモンは日々成長する。それは『進化』という肉体の成長であったり、人間と同じような精神的な成長であったり、技という技術においてだ。人は常に学んでいくが、ポケモンも同じである。自分で学び、若しくは誰かから学ぶという形で成長するのだ。前者が種族としての記憶によって呼び起こされるものであるならば、後者は種族の新たなる可能性を切り開くものでもある』と。

 

 後者は今や『教え技』として知られている。その技のプロに教えてもらう事により、通常であれば覚えられない技でも習得ができたりするのだ。

 勿論、適性はある程度必要になってくる。

 適性が良ければ良い程、習得できる時間は短くなるのだ。

 

 もしもこの記述を残した研究者が、たった今ハッサムが繰り出そうとしている技を見れば、こう断定するだろう。

 

 

 

 種族としての記憶に刻み込まれた技を、相手の技を見る事によって思い出した技だ、と。

 

 

 

 ***

 

 

 

―――その拳、弾丸の如く。

 

 

 

 

 

「―――“バレットパンチ”!!!!!」

 

 

 

 

 

 疾走する真紅の体がルカリオの懐に入るには数秒も掛からなかった。

 眼前まで迫り寄ってきた敵に対しルカリオは、限界まで凝縮させた“はどうだん”を目の前に解き放とうと腰を捻るが、その瞬間、前方に繰り出そうとした光弾に鋼の鋏が叩き込まれる。

 

 決して力を抜いていたわけではない。

 だが今から全力で殴打しようとする者と、その場で腰を捻る者―――果たしてどちらが押し勝つだろうか。

 

 答えは前者だ―――否、前者であった。

 

 今まさに繰り出そうとした“はどうだん”に叩き込まれる“バレットパンチ”は、解き放たれる寸前に捉えたため、“はどうだん”ごとルカリオの胴体を捉える。

 何度も言う様にハッサムの特性は“テクニシャン”。威力の低い技を通常よりも強力に放てるという特性は、“バレットパンチ”という技で真価を発揮した。

 “テクニシャン”とタイプ一致の補正の掛かった攻撃は、最早先制技の範疇を超える威力を叩き出していたのである。

 

「―――ッ!!!!!」

「グ……ルァァアアアアアアア!!!!!」

 

 ルカリオの胴体とハッサムの間の“はどうだん”は、いつ爆発するか分からない爆弾のように震える。

 そして遂に限界を迎え、爆音と共に凄まじい閃光がバトルフィールドを照らし上げた

 

「ッ……くッ!!」

「ル……ルカリオ!!?」

 

 激震し、煙が縦横無尽にフィールドを走りまわる最中においても二人のトレーナーは、フィールドから目を離さない。

 数秒の蹂躙が済んだ後、煙は次第に晴れていく。

 

 その中には、雄々しく二本足で大地を踏みしめているハッサムと、膝を着いて体を震わせているルカリオの姿が見えた。

 既に体力は限界だろう。しかし、ルカリオはなんとか立ち上がる。

 

「ル、カリ……オ?」

 

 あれだけの攻撃を喰らっても立ち上がる最愛のパートナーにコルニは目を見開いた。

 その背中はこう語っている。

 

―――『まだ戦わせてくれ』

 

 満身創痍の中、未だ硬く拳を握っているルカリオ。

 その光景を目の当たりにしたコルニは、パートナーの想いに応えるべく指示を出す。

 

「ルカリオ、“グロウパンチ”!」

 

 

 

 

 

 ゴッ。

 

 

 

 

 

 虚しく響く音。

 弱弱しい拳を振りぬくも、最後の一撃はハッサムの胴を少しばかり小突くだけ。そのまま力尽きたルカリオは膝から崩れ落ちるが、寸での所でハッサムに腕によって受け止められた。

 ルカリオを抱き支えるハッサムは、相手の健闘を讃えるように背中をトントンと鋏で叩く。

 その瞳には既に戦意はなく、穏やかな笑みだけが浮かべられている。

 

「ルカリオ、戦闘不能! よって勝者、挑戦者ライト!!」

「……~~~~~~ッ!!!」

 

 決着を告げるコンコンブルの声にライトは、声にならない歓喜を拳を握ることによって表現する。

 そしてすぐに倒れていないものの満身創痍のハッサムの下にかけより、バッグの中からオボンの実を取り出し、そのまま与えた。

 受け取ったオボンの実を頬張るハッサムは、その酸味に体をブルッと震わせるも、大分すっきりとした顔になる。

 

「ホント……ありがとう……君のお蔭で……ッ!」

「……」

 

 落涙しながら感謝を口にする主人にハッサムは、珍しく照れる素振りを見せる。

 その間にもコルニはハッサムが抱きかかえているルカリオを受け取り、膝枕をするようにしてルカリオの顔を確認した。

 

「ルカリオ……よく頑張ってくれたね」

 

 心配した表情でルカリオの下に駆け付けたコルニであったが、穏やかな笑みを浮かべているパートナーの姿にホッと息を吐く。

 敗北という結果は心苦しいものの、全力の上で繰り広げた熾烈なバトル。否応なしに清々しい風が心の中に吹き渡っている証拠だろう。

 『ゆっくり休んで』と呟きながらボールに戻すコルニに対し、ハッサムの体の至るところにキズぐすりを吹き付けている途中のライトの下にはコンコンブルが歩み寄る。

 

「おめでとう、ライト君。良い……バトルだったよ」

「アリガト、ございまず……!」

「ははッ、泣くほど嬉しいか! まあ、まずはこれを……シャラジムを制覇した証の『ファイトバッジ』だ。君にはそれを持つだけの実力があると儂が保障する」

「はい゛……!」

 

 鼻水を啜りながらボクシンググローブを模ったバッジを受け取り、バッグの中に仕舞っていたバッジケースに仕舞うライト。

 ハッサムはその間にも、器用にバッグの中を漁ってちり紙を取り出してライトに手渡す。

 

「それじゃあ、キーストーンのことなんだが……渡す場所はマスタータワーの屋上と、先祖代々から決まっておる。お~い、先にライト君をそこまで案内してくれ。儂は少し準備をするからな」

「オスッ!」

 

 コンコンブルに呼ばれたジムトレーナーが、ライトを案内する為に扉の奥から現れて、『ささッ、こっちへ』と誘導し始める。

 たどたどしい足取りで向かって行くライトを見送り、バトルフィールドにはコンコンブルとコルニの二人だけになった。

 ルカリオをボールに戻してから、フィールドに膝立ちのまま茫然としているコルニに対してコンコンブルは、出口に向かいながら語りかけていく。

 

「……昔、特訓を付けていた時に『負けてヘラヘラするな』と何度も言ったな」

「……うん」

「その意味、今なら分かるだろう? 全力で……本気で……全てを出しきった結果の敗北は結構クるだろう?」

「……」

 

 ザッ、ザッ、と足音を立てて扉の方に向かう。

 そして出口まで来た時、『最後に』と言わんばかりに振り向いて言葉を投げかけた。

 

「コルニ……今までで一番良いバトルだった。成長したなァ」

「―――ッ!」

 

 バッと顔を上げた時には既に扉が閉まっており、フィールドにはコルニ以外誰一人として居なくなった。

 暫しの静寂。

 するとコルニの拳は震えだし、どんどん顔は紅くなっていき、目尻には涙が―――。

 

「クァンヌ!」

「チャム!」

「コジョ!」

「リッキィ!」

「チャモォ!」

「ッテヤマ!」

「……みんな?」

 

 突如、スイッチに触れた訳でもないのに飛び出してくる手持ちのポケモン達。体はボロボロであるにも拘わらず飛び出してきたパートナーたちを目の当たりにし、遂にコルニの涙のダムは決壊した。

 

 

 

「う゛わああああああん!! ゴメンねッ!! 勝たせてあげられなくてゴメンねッ!!! うっ、えっぐ……!!」

 

 

 

 悔しさや申し訳なさなど、様々な想いを全面に出すコルニに対し、ポケモン達もまた目尻に涙をためて主人の下に駆け寄る。

 互いの健闘を讃えるべく―――そして、更なる高みを目指すための結束を固める為、一人と六体は全員で抱き合うのであった。

 



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第五十三話 サブレとクッキーの違いってなんよ?

 

 澄み渡る空。

 吹き渡ってくる心地よい風は、先程まで頬を伝っていた涙を乾かす。髪や服を靡かせる潮風は、どこか新しいものであるかのようにライトは感じた。

 

 現在、彼が居るのはマスタータワーの屋上にあたる場所。カロスの海とシャラシティを一望でき、コルニが好きな場所であると公言した理由が分かった気がするライト。

 

「待たせたな、ライト君」

「っ……コンコンブルさん!」

 

 ふと背後から聞こえてくる声に振り返るライトは、厳重に保管されていそうな小さな箱を目の当たりにし、グッと息を飲んだ。

 言わずとも分かる。その箱の中に、キーストーンが入っているのだろう。

 緊張した面持ちになるライトにコンコンブルは、スッと箱を開けて中から淡い虹色に輝く玉を一つ取り出す。

 そのまま、ライトの左腕の腕輪の窪みへと嵌める。大きさが合うかどうか心配なライトであったが、ある程度伸縮性のある金属なのか、意外にもすっぽりと嵌ってくれた。

 

「わあ……」

「継承者がこの場でキーストーンを託すのは、高みを忘れないためだと言われておる。君も是非、高みを……君の夢を忘れないでこれからも精進していってくれたまえ」

「はい! ありがとうございます!」

「それと、メガストーンのことなんだがァ……」

 

 なにやら歯切れが悪い言い方をするコンコンブルにライトは首を傾げ、次の言葉を待つ。するとコンコンブルは、申し訳なさそうに髪の毛がほとんどない頭をポリポリと掻いた後に口を開く。

 

「君の持っているポケモンに対応しそうなメガストーンはウチに無かったのだ……済まん」

「い、いえ! キーストーンを貰えただけで僕は……」

 

 掌を合わせて謝罪するコンコンブルにライトは、両手の掌を見せる様にして振ってみせる。だが、メガストーンを貰えなかったことについては、本当のところは残念に感じてしまっていた。

 このままでは宝の持ち腐れになってしまいそうなキーストーンを見つめるライトであったが、そこへ耳よりな情報をコンコンブルが口にする。

 

「実はキーストーンは、メガストーンの近くにあると共鳴するという性質がある。心許ないが……それで探してみてはくれないか? あと、ミアレシティには珍しい石が売っている場所もあるというし、そこも当たってみるといい」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 情報を耳にしたライトは、社会人顔負けの綺麗な斜め四十五度の立礼を決めて感謝の弁を口にする。

 礼を終えた後、再び腕輪のキーストーンを眺めるライト。そこへ再び潮風が吹き渡り、どこか新鮮な香りを運んでくる。

 バッジも四個となり、リーグ挑戦へ必要なバッジの個数も残り四個となり、ちょうど折り返し地点といったところだ。

 

 最初は軽かったバッジケースも、今やそれなりの重さを有している。

 最強のトレーナーをかけて毎年百名以上のトレーナーが集うポケモンリーグ。各地方によってルールに差異はあるものの、頂上を目指すという部分では違いはない。

 着実に上っている頂上への階段。そして、その頂上に手を掛ける為の力の一つである『メガシンカ』。

 

「……よしッ、気合い入れて頑張るぞ!」

「うむ、その調子だ! ……ああ、それとライト君。午後はなにか予定はあるのか?」

「え? いえ、ポケモンセンターで皆を回復させた後は、特に……」

「なら、コルニと一緒にシャラシティを観光してみてはどうかな? アイツもポケモンセンターに用事はあるだろうしな」

「はぁ……」

 

 流れで頷いてしまったライトであったが、内心はその限りではない。恨みっこなしとはいったものの、負かした相手と共に観光に行けというのは中々心境的に厳しいものがある。

 幾らコルニが普段から溌剌としている人物とはいえ、流石に今回のバトルでは―――。

 だが、既に了承してしまったものは仕方がないと考え、しっかりと一礼してから上ってきた階段を下ろうと足を動かし始めた。

 

「ああそうだ、ライト君。こいつをコルニに渡してやってくれないか?」

「へっ? わっととと……これって?」

 

 コンコンブルが放り投げた物をキャッチしたライトは、自分が何を捕えたのだろうかと指を開く。

 掌に握られていたのは、白と赤を基調にした指出しグローブであった。手の甲に当たる部分にはキーストーンが埋め込まれている。

 これを渡したという事は、つまりそういう事なのだろう。

 ハッとした顔でコンコンブルを見つめると、彼はこう口にする。

 

「試験に受かってジムリーダーになったら、ルカリオナイトを渡す。それまで、それを身に着けて精進しろ……と、伝えてくれ」

「! ……はい、しっかり伝えます! 本当にありがとうございます!」

 

 溌剌とした声で返事を返したライトは、そのまま大急ぎでバトルフィールドまで走って戻ろうとする。

 そんな少年の背中を見ながらコンコンブルは一息吐いてから、小さく呟いた。

 

 『ありがとう』と。

 

 

 

 ***

 

 

 

「コールニー?」

 

 メガグローブを受け取ったライトは、それをコルニへ渡すために先程まで激戦を繰り広げていたバトルフィールドに訪れていたのであるが、少女の姿は見当たらない。

 既にポケモンセンターに回復しに行ってしまったか、マスタータワー内部のどこかの部屋に居るのか。

 どちらにせよ、この場に居ない事だけは確かだ。

 

「う~ん、どこだろ……ん?」

 

 足にコツンと当たる感触に、反射的に振り返ったライトの目の先には一体のポケモンが佇まっていた。

 

「ディアンシー?」

「?」

 

 ほうせきポケモン・ディアンシー。美しい宝石を身に纏っているかのような容貌のポケモンは、たった今ライトの足元に転がっているボールにジッと目を向けている。

 ディアンシーが向けてくる瞳の意味を理解したライトは、足元のボールを手に取って『はい』と優しい笑みを浮かべながら、ディアンシーに差し出す。

 

 するとディアンシーはパァッと明るい笑みを浮かべ、浮いているにも拘わらずピョンピョンと跳ねながらライトの下に歩みとり、ボールを受け取った。

 丁寧に一礼して感謝を表すディアンシー。その後ろからは、ヘラクロスやらゴウカザル、ニョロボンなどの【かくとう】ポケモンが姿を現す。

 

「ヘラヘラ!」

「ウキャ! ウキャキャ!」

 

 何やら困った顔で説得するかのような所作を見せるヘラクロスとゴウカザル。だがディアンシーは、ぷんぷんと言わんばかりに頬を膨らませる。

 数十秒ほど言い合っていたポケモン達であるが、最後にディアンシーが『ふん!』と顔を逸らし、三体のポケモンは溜め息を吐きながら肩をガクリと下ろした。

 何を話していたのかまでは分からないものの、とりあえずディアンシーの面倒係をしている三体のポケモンがディアンシーの扱いに困り果てているのだろう。

 

 苦笑を浮かべながら見守っていたライトであったが、自分がコルニのことを探していた事を思い出す。

 

「ねえ、コルニの場所知らないかな? 今、探してるんだけど……」

「ウキャキャ? ウキャ~……」

「!」

 

 ライトの質問に頬をポリポリと掻きながら両脇の二体に顔を向けるも、二体も『さあ』と両手を上げる。

 だが、唯一ディアンシーがポンと手を叩いて、先程拾ってもらったボールをニョロボンに手渡し、グイグイライトの服の袖を掴んで引っ張っていく。

 

「えッ? 知ってるの?」

 

 コクン。

 満面の笑みを浮かべて引っ張っていくディアンシーの力はかなりのものであり、ズリズリと引きずられる程だ。

 ディアンシーの体重は8.8キロであり、それほど重く無い筈なのだが、そこはやはりポケモンと言うべきなのだろう。

 少年を連れていこうとするポケモンを前にし、面倒を看ている三体のポケモン―――全員コンコンブルの手持ちであるのだが、再び溜め息を吐いて仕方なしと言わんばかりに付いていく。

 

 お姫様の面倒を看るのは大変らしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

 かくかくメブキジカ。

 

「お爺ちゃんが!? やったァ―――!」

 

 ディアンシーに連れられていった先は、マスタータワーの外にある庭であった。そこにあった水道で顔をバシャバシャと豪快に洗っていたコルニを見つけたライトは、コンコンブルに託された伝言を一通り告げた後に、本命のキーストーン入りの指出しグローブ―――所謂『メガグローブ』を手渡す。

 するとコルニは、洗った後のさっぱりとした顔で目が点になる。そしてすぐさまメガグローブを受け取り、胸を躍らせながらソレを左手に嵌めてニッと笑顔を浮かべた。

 

 パッと見で泣き腫らした後だと分かる顔であったものの、メガグローブを着けた後では、それまでと対照的に晴々とした笑顔を見せつける。

 そして、キーストーンを見せつける様にしてポーズをとるコルニ。

 

「ふふんッ! どう!?」

「いいんじゃない? 似合ってると思うよ」

「これであたしもライトも心機一転で、ってことだね!」

「僕は明日にでもシャラシティから出発するつもりだけど、コルニも―――」

「勿論行くよ! そういう約束でしょ?」

 

 あっけらかんとした顔で言い放つコルニに、必要以上に心配していたことが杞憂であったと考えるライト。

 考えてみれば、コルニほどの人間が一回の敗北をそこまで根に持つ人物でないことは容易く想像できる。

 

「ふふふッ……今度はメガシンカでライトを……」

 

 そうでもなかった。

 飢えに飢えた獣のように鋭い眼光でキーストーンを眺めるコルニは、どうやらメガシンカを扱ってライトを打ち倒そうと考えているらしい。

 余りのオーラに冷や汗が止まらないライトと面倒係の三体。そしてディアンシーは、目尻に涙を浮かべながらライトの背中に隠れる。

 

「……ちなみに僕、まだメガストーンを持ってないからメガシンカはできないよ?」

「そうなの? なぁ~んだ、残念」

「はははッ……とりあえず、ポケモン回復しにポケモンセンターに行こうよ」

「そうだね。じゃあ、早速行こっか!」

 

 そう言ってコルニはタタタッと走って、引き潮でできた砂浜の道の先のポケモンセンターへと走っていく。

 砂浜にはシェルダーやカメテテ、サニーゴなどのポケモンも垣間見えるが、突然走って近付いてくる人間に驚いて大急ぎで海のなかへと戻る。

 その際、『驚かせてゴメンね!』と明るい声で謝るコルニであったが、走る速度は一向に緩まない。

 あの速度のままポケモンセンターに向かうのだと悟ったライトは、少女を見失う前に追いかけるのであった。

 

「……ウキャ?」

 

 頓狂な鳴き声を上げて、周囲を見回し始めるゴウカザル。彼の行動に、両脇の二体のポケモンも何事かと周囲を見回し始める。

 十秒ほど何かを探していた三体であったが、だんだん頬が引き攣っていく。

 それと同時に、街へと続く砂浜の道の中央辺りで、砂が大きく舞い上がった。

 

「♪」

 

 回転しながら砂浜から飛び出してきたのは、お転婆な宝石のお姫様。

 彼女は、楽しそうな様子であった人間二人を見て、自分も街の方へと彼らを追いかけていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「では、お預かりいたしますね」

 

 にっこりと笑みを浮かべてケースに入ったボールを、メディカルマシーンのある部屋へと持っていくジョーイ。

 ジョーイの隣に立っていたプクリンは、どこが首でどこが腰か分からない体でお辞儀をしてから、ジョーイの補佐をするため共に奥の部屋へと向かって行った。

 

 激闘を経て疲労し切ったパートナーたちを預け、一先ずの安堵の息を吐くライトとコルニの二人は、そのまま共用スペースにあるソファへと凭れ掛かる。

 

「ふぅ~。じゃあ、さっき買ったシャラサブレでも食べる?」

「うん、食べる食べる! えっと、自販機で買ったミックスオレがここに……あれ?」

 

 バッグの中をガサゴソと探るライトであるが、自分が購入したはずのジュースがないことに眉をひそめる。

 その間にコルニは、シャラサブレを左手に持って茫然と少年の姿を見ていたが―――。

 

「ん? あれ!? ない!?」

 

 突然空虚感に苛まれる左手に気付き振り返ってみると、数秒前まで携えていた筈の菓子が無くなっていた事に気が付く。

 神隠しか何かか。

 キョロキョロと周りをコルニであったが、自分達のすぐ後ろのソファの陰で、何かゴソゴソと音を立てている影が一つ。

 

 サクサクサク。

 

 プシュ。

 

 ゴキュゴキュ。

 

 プハァ!

 

 テレビCMが来るのではないかと言う程の満面の笑みで、ジュースとお菓子をそれぞれに手に携えているポケモン―――ディアンシー。

 流石に今の音に気付いたライトもソファの裏を見る為に身を乗り出すと、『あッ』と声を上げた。

 

「それ、僕のミックスオレ……」

「?」

 

 何を言っているのか分からないディアンシーは、手に持っていたサブレを全て食べ終えると、残ったミックスオレを一気に飲み干す。

 サブレのカスをぺろぺろと舐め取っていたディアンシーは、空になった缶をどうしようものかと辺りを見渡していたが、そのまま投げ捨てられるのもマナーが悪いと考えたライトが苦笑を浮かべながら受け取った。

 

「ていうか、いつのまに来たの……?」

「ホントそれ! 全然気が付かなかった……」

「♪」

「……もう一つ所望してるよ」

 

 サブレの美味しさに目を輝かせていたディアンシーは、『もう一個!』と言わんばかりに両手を差し出す。

 幸い、多く購入していたのでコルニは特に躊躇うこともなくもう一つを手渡した。

 すると、食い気味に受け取ったディアンシーは軽快な音を奏でながらサブレを食べ始める。

 

「……コラッタかな?」

「言えてるかも」

「―――ちょっと失礼しますよ」

「えッ、わッ!」

 

 不意にライトの隣に腰掛ける女性。

 全身黒ずくめの女性に一瞬驚くも、以前見たことのあるかのような装いに引っ掛かりを覚え、顎に手を当てて逡巡する。

 頭を過るのは、セキタイタウンに着く前に突っかかってきたスキンヘッドの男を取り押さえた女性だ。薄紫色の髪も、心なしか声も似ている様な気がする。

 

「あの……貴方は?」

「……私はこういう者です」

 

 すると女性は徐にコートの中に手を突っ込み、何やら手帳のような物を取り出してライトに手渡す。

 『これをどうしろと?』と言わんばかりの瞳を投げかけるライトであったが、女性が手帳を開くような動作を見せてきた為、指示通り手帳を開ける。

 中には、女性の素顔と思しき人物の写真と役職名のようなものが―――。

 

「国際警察警部『リラ』? って、警さ―――!?」

「(しー……)」

「(むがが……!)」

 

 警察であることを示す手帳を見て驚きの声を上げようとしたライトであったが、寸での所で女性に口元を手で抑えられる。

 白い手袋を着けているのも、警察という役職故のものか分からないものの、ライトの口元には滑らかな絹のような感触に包まれた。

 唇に対し垂直に指を立てるリラという女性は、スッとサングラスをとって髪と同じうす紫色の瞳を露わにする。

 

「貴方達と会うのは三度目ですね。私はリラ。仕事は……手帳を見ての通りです」

「は、はぁ……あの、なんでそういった職業の方がここに?」

 

 警察を目の前にして挙動不審になるライト。その隣に居るコルニも同じく動揺しているが、唯一ディアンシーは関心が無いのか、依然サブレを食べ続けている。

 

「……一般の方に大仰に仕事内容を明らかにできない立場なのですが、まず一つ。私はとあるポケモンの保護の為、カロス地方に派遣されています」

「保護?」

「一体目は、この前貴方達に見せたポケモン。そしてもう一体は、君達のすぐそばに居る……ディアンシーです」

「この子が……ですか?」

 

 ほぼ同時に視線をディアンシーに向ける三人。

 そこには、あどけない顔で菓子を食べ続けているポケモンが居た。

 リラは神妙な面持ちになり、先程外したサングラスを再び掛ける。

 

「ディアンシーは本来地下深くに生息し、突然変異という特殊な条件で誕生する為、個体数は二桁に上るか否か。その希少性から幻のポケモンとも呼ばれます」

「はぁ……」

「なにより特筆すべき力は、空気中の炭素を集めてダイヤを作りだせるというもの。悪意ある人間であれば、これを資金集めに利用するでしょうね」

「ッ……!」

 

 一瞬、コンコンブルの言葉が頭を過る。

 『悪意ある人間は居れど、悪意あるポケモンは居ない』。どんなポケモンでも、悪意のある人間の下で飼われてしまったのであれば、自分の行うことを悪行とも知らずに指示を聞いて行動するだろう。

 良くも悪くも純粋とは言ったものだ。

 

「私達は一か月前よりあった目撃情報を元に、もう一つの件と同時進行で保護に当たろうとしていたのですが……このディアンシーは既に誰かが捕まえたのでしょうか?」

「あ……いえ、シャラジムのジムリーダーが」

「あたしのお爺ちゃんが保護したとか言ってましたけど……」

「ジムリーダー? お爺ちゃん? 成程、つまり貴方はシャラジムリーダー・コンコンブルの孫娘ということになるんですね?」

 

 瞬時に事を把握したリラが問うと、コルニは無言で頷く。

 すると、『ふ~む』と顎に手を当てて逡巡するリラ。

 

「……ジムリーダーに保護されたとなれば、この子も安心でしょう。分かりました。この件について上の方には解決した旨を伝えることにします」

「えっ? そう感じでいいんですか?」

「ええ、勿論。我々が危惧しているのは、ロケット団のような組織やポケモンハンターのような存在に捕獲されないか、ということですので。仮にも、四天王に次ぐ実力者であるジムリーダー……彼等の庇護の下であれば、ポケモンも安全でしょうから」

 

 やんわりと笑みを浮かべるリラはスッと立ち上がり、サブレの入っている袋をガサゴソと探っているディアンシーを一瞥し、そのまま出口へと歩いていく。

 初めて会った時の変人の様子など一瞬も垣間見えず、常時凛とした雰囲気を漂わせているリラに、二人はゴクンと息を飲んだ。

 

―――感じていた

 

―――人並みではあるが

 

―――滲み出る強者のオーラというものを

 

 

 

 ***

 

 

 

「ボーマンダ。あの塔まで頼みます」

「グアァ」

 

 プロトレーナー仕様のボールであるハイパーボールから、赤と青を基調とした色合いの皮膚を持つ竜―――『ボーマンダ』を繰り出すリラ。

 大きな体を持つ竜の背に軽い身のこなしで乗るとすぐさまボーマンダは羽ばたき、凄まじい速度でマスタータワーがある方向へと飛翔していく。

 その際、左耳に付いているインカムのボタンを押し、上司との連絡を取ろうと試みる。

 すると、思ったよりも早く上司とのコンタクトに成功した。

 

『どうした、リラ? 何か進展でも―――』

「Δの件ですが、シャラジムリーダーに保護されているとのことです」

『……しっかり確認はとったのか?』

「いえ、ジムリーダーの孫を名乗る少女と、その友人と思われる少年がディアンシーと共に居り、その事実を口にしたという感じですが……」

『……お前さんよぉ。いくら本物が目の前に居たとして、そこはしっかりとジムリーダーに訊きに行くのが筋ってもんじゃねえのか?』

「今から直接確認しに行くつもりですから安心して下さい、クチナシさん。それに話を聞いた子も、嘘を言う様な子ではなかったですし……」

『お前さんが言うならそうなんだろうがぁ……人を見る『才能』ってやつか? だが、詰っていうもんが大事だからな』

「ふふっ、分かってますよ」

『……なんかイイことでもあったのか?』

 

 不意な質問にリラは、思わず『えっ?』と声を上げてしまう。

 

「どうしたんですか、急に」

『声が随分嬉しそうだからよ。オジサンの耳を舐めちゃあいけねえよ』

「ははっ。まあ強いて言えば……」

『強いて言えば……なんだ?』

「いい瞳の子に会えたな、と……」

『……そうか。まあ、その気持ちは分からなくもないぜ。さて……お喋りはこんくらいにしとくか。上には、Δの件は済んだと伝えておくぜ。じゃあ、また後でな』

「はい」

 

 穏やかな空気の中で通信を終えたリラは、目の前にそびえ立つ一つの塔を見つめた。

 長い歴史を匂わせながらも、今尚力強くそびえ立つ一つの塔を見てリラは、心が少しキュウっと締まるのを錯覚する。

 徐に掌を心臓に当てると、普段よりも鼓動が高鳴っていることに気が付いた。

 そのままスッと視線を下ろすと、心配そうに自分の方を見つめてくるボーマンダの姿が―――。

 

「……大丈夫ですよ。安全飛行でお願いします」

「グオォ」

 

 主の言葉を聞いたボーマンダは、首を前の方へとも戻して一気に速度を加速させていく。『安全飛行でって言ったのに』と苦笑を浮かべるリラは、そのまま溜め息を吐いた。

 

 

 

(全く……どうも私は、『塔』という物に縁があるらしいですね)

 

 

 

 ***

 

 

 

「あっ、コラ! サブレほとんど食べたなぁ~!?」

「?」

「ははっ……そんなに美味しかったんだ」

 

 その頃、ポケモンセンターでは二人と一体の明るいやり取りが行われていたという。

 



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第五十四話 折り返し地点突入

 

 

『ギャラドスなら海で元気に泳いでる。ジム戦の疲れもなさそうだし……心配しないで! もし何かあったら、私がポケモンセンターに連れてってあげるから』

「そっか。ありがとう、カノン。お蔭でジムバッジもゲットできたし……」

『バッジをゲットできたのはライトの実力でしょ? あと四個も頑張ってね。ポケモンリーグ、楽しみにしてるから』

「分かった。じゃあ、またね」

『うん、またね』

 

 そう言ってポケギアでの通話を終えるライト。昨日のジム戦の為に送ってきて貰ったギャラドスをポケモンセンターで回復させた後、少し戯れてからパソコンでアルトマーレのカノンに転送したのだが、元気でやっている様子を確認できてライトは安堵の息を吐く。

 ジム戦を終えて一日が経過した今、ライトは次なる街であるヒヨクシティに向かう為に準備をしていた。

 マスタータワーの一室で荷物のチェックを済ませたライトは、昨日シャラシティで買った黒と白が基調の帽子を被り、出口に向かって歩き出す。

 

「ブイ!」

「イーブイも元気?」

「ブイ~!」

「ははっ、そっか!」

 

 定位置に飛び込んでから顔を覗かせるイーブイの頭を撫でながら泊まった部屋から出る。

 

「お~い! おっはよぉ~!」

「おはよォ―――!」

 

 長い階段を下りた所に既に荷物を携えて待機しているコルニが、部屋から出てきたライトに向かって朝の挨拶をかける。

 軽快な足音を奏でながら階段を駆け下りていくライトは、ものの数十秒ほどで下の大広間までたどり着いた。

 大広間にはコルニの他にコンコンブルや彼の手持ち、そしてディアンシーなどが待機している。

 

「おはよう、ライト君。よく眠れたか?」

「はい! もうぐっすり!」

「それはよかった。君みたいなしっかりした子なら、コルニを任せられる。こんな奴だがこれからの旅もよろしくお願いしていいか?」

「ちょっとお爺ちゃん! それってどういう意味!?」

「お前は昔から色々と大雑把なんだ。女なんだから、もう少ししっかりしても……」

「ふ~んだ!」

「ははっ……」

 

 朝から祖父と孫の口論を目の当たりにして苦笑を浮かべるしかないライトは、とりあえず癒しを求めてイーブイの首元を撫でる。

 気持ちいいのかイーブイは『ブイ~』とだらけた声を上げた。

 それは兎も角、準備の整った二人の子供を前にして、マスタータワーの出入口である大きな扉がジムトレーナーによって開かれる。

 天窓からも充分に光が注いで明るかった広間は、出口からも溢れだす光によって更に明るく照らされ、思わず二人の目は細くなった。

 

 扉を開けたと同時に入ってきた心地よい風も感じながらグッと背伸びをするコルニ。対してライトは、後ろでにこやかに手を振っているディアンシーに向かって手を振りかえしていた。

 

「ディアンシーは君を気に入っているようだな。時間があれば、また来てくれると嬉しい」

「はい、勿論! またね、ディアンシー!」

「♪」

「ライト~、そろそろ行こぉ―――!」

「オッケー!」

 

 扉のすぐ手前でいつでも出発できるように身構えているコルニの声に、ライトは軽く駆けて共に出発しようとする。

 だがその時、コンコンブルが『コルニ、ちょっと待て』と制止の言葉をかけた。

 何事かと振り返る二人に対し、心配そうな顔を浮かべるコンコンブルは頭を掻きながら近づいてくる。

 

「本当に忘れ物はないんだな?」

「ないって! 確認したから!」

「あんまり金は使ったら駄目だぞ?」

「別にそんなに使わないし……」

「あと……そうだな。変な男に付いてったら駄目だぞ? 下手すると、強いポケモンよりも怖いからな」

「付いてかないって! それに、もし連れて行かれそうになったらルカリオも居るし!」

「うむぅ……そうか」

 

 先程の威厳ある祖父の姿はそこにはなく、ただ純粋に孫の心配する老人の様子にライトは口元を手で抑えてクスクスと微笑む。

 どうやらそれはジムトレーナーやコンコンブルの手持ちも同じようであり、普段とのギャップに笑いを抑えられない者達が笑い声を必死に抑えていたが、突然コンコンブルに睨まれることによりピシッと姿勢を正した。

 コメディのようなやり取りが行われてから二人は、『ようやく』といった雰囲気で外に出ていこうとするが、またもやコンコンブルが声を上げる。

 

「ああ、ライト君。次はヒヨクシティのジムに挑むのかね?」

「えっ? あ、はい。そうですけど……」

「なら、次の相手はフクジだな。あ奴は【くさ】の使い手……君の手持ちには【くさ】に強いポケモンは居るな」

「言われてみれば……」

 

 【くさ】の弱点は【ほのお】、【むし】、【こおり】、【ひこう】、【どく】とかなりの数がある。その中でもライトは、【ほのお】タイプのリザードと、【むし】・【はがね】タイプのハッサムを有していることから、相性的にはかなり優位を誇れる筈だ。

 しかし、相性がいいだけであって絶対の勝利などは保障できない。何故ならば、相手はジムリーダーなのだから。

 

「だが、相性がいいからと侮ってはいけないぞ。ジムリーダーの中で一番歳がいっているのはあ奴だからな」

「そうなんですか?」

「ああ。カメックスの甲より年の功……長年培ってきたあ奴の戦い方には目を見張るものがある。次のジム戦は君にとっていい経験になる筈だ」

「……成程」

 

 コンコンブル以上の年齢の老人がジムリーダーを務めているというヒヨクジム。【くさ】の使い手というのも考慮すると、コンコンブルの言う通り長年培ってきた知識や戦法を扱い、巧みに相手を惑わす戦い方をするのだろうと予測できる。

 【くさ】の本領とは、その優秀な数々の補助技。それを巧みに操られれてしまえば、いくらタイプ相性で有利であっても完封されることだってあり得てしまうのが恐ろしいところだ。

 いい情報を耳にしたところでライトは『ありがとうございます!』と一礼してから、コルニが待機している外まで駆けて行く。

 

「コンコンブルさん、本当にお世話になりました!」

「お爺ちゃん、行ってきま~す!」

「ああ、達者でな!」

 

 仲良く並んで飛び出していく二人の子供を見送りながら、ふうっと溜め息を吐く。

 するとコンコンブルは、隣でしょんぼりと寂しそうな顔を浮かべているディアンシーに気が付いた。

 昨日町に繰り出し、何か二人と楽しいことでもしたのだろう。

 

「……お前さんも行ってみたかったのか?」

「……」

「だが、あまり人目に付いたりしたら、泥棒などがお前さんを狙って来るだろうな。それじゃあ二人の旅に支障をきたしてしまう。それは分かってくれるか?」

「……」

 

 終始無言で俯くディアンシー。

 メレシーの突然変異という個体である以上、自分はただのポケモンの中の一体として認識しているのだろう。

 だが現実は違う。幻のポケモンと聞けば、無理にでもゲットしようとする輩が現れる。そんな者達にいちいち突っかかられてしまえば、ただの子供にとっては迷惑極まりないことだ。

 

「―――もし」

「?」

「もし、ライト君がポケモンリーグのチャンピオンになって、それからも旅を続ける意向が在るのであれば、お前さんを彼に託してもいいと儂は考えている」

「!」

 

 コンコンブルの言葉に、先程まで俯いていたディアンシーは文字通り輝く瞳を彼に向けてきた。

 確率としてかなり低いものなのかもしれないが、それを知らないディアンシーは彼らと共に旅に出られるかもしれないという希望を目の当たりにし、嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。

 そんな純真無垢なお姫様のようなポケモンを前にしながら、コンコンブルは高らかに笑う。

 我ながら突拍子のないことを言ったものだと、自嘲気味になりながら。

 つまりはこういうことだ。

 

―――ライトが地方最強の騎士(トレーナー)になれば、(ディアンシー)を託す

 

 昔のカロスではポケモントレーナーの事を『ナイト』と呼んでいた為、いい例えができたのではないかとコンコンブルは自画自賛するようにウンウンと頷く。

 そして、雲一つない青空を見上げた。

 

(ライト君……君に託したキーストーン。そしてこれから扱えるだろうメガシンカを存分に扱って、その腕を奮ってみてくれ)

 

 

 

 ***

 

 

 

「しりとり」

「リザード」

「ド……ドククラゲ」

「ゲ? ……ゲンガー」

「ガ? ア? どっち?」

「アで」

「ア~……アーボック!」

「クサイハナ」

「ナ……ナゾノクサ!」

「サンダー」

「またアァ!?」

「いや、『また』って……始まったばっかだけど」

 

 ゲートを通って12番道路にやってきた二人は、ポケモンしりとりをしていた。

 通称『フラージュ通り』と呼ばれる12番道路は、すぐ近くに海を望めるほどの距離にある道路である。

 しかし、コウジンタウンからショウヨウシティに行くためにある8番道路と違い、緑が豊かな道であった。

 多く生い立つ木々の間には様々な種類のポケモンを垣間見える事ができ、中でも―――。

 

「ヘラクロスが居る~!」

「カイロスも居るね……どれどれ」

『ヘラクロス。1ぽんヅノポケモン。自慢のツノを相手のお腹の下にねじ込み、一気に持ち上げてぶん投げてしまう力持ち』

『カイロス。くわがたポケモン。2本のツノで獲物を挟んで千切れるまで離さない。千切れないときは彼方まで投げ飛ばすのだ』

(八つ当たり……)

 

 カイロスの図鑑説明文を見て一言感想を心の中で呟くライト。その瞬間、カイロスがヘラクロスの“メガホーン”を喰らって吹き飛ばされ、近くの川に落とされてしまった。

 川と海の境目に当たる部分―――所謂汽水である場所に落水したカイロスは、なんとか岸まで泳いで辿り着くと、意気消沈して森の中へと消えていく。

 『逆に投げ飛ばされた……』と口にすると追い打ちをかけてしまうのではないかと気遣ったライトは、目を細めたままヘラクロスの方へと視線を向ける。

 

「伝家の宝刀スーパーボール!」

「いきなり!?」

 

 突然バッグからスーパーボールを取り出したコルニは、迷うことなくヘラクロスに向かって放り投げた。

 しかし、直線を描いて飛来してくるボールに対しヘラクロスは、ツノを野球のバットのように振るってボールを打ち返す。

 打ち返されたボールは、凄まじい速度で二人の方へと戻っていき―――。

 

▼ヘラクロスの カウンター!

 

▼ライトの額に命中!

 

「あ゛ぁんっ!?」

「ああ、ライト!? 心なしかオカマの人みたいになったけど大丈夫!?」

「ホント……とばっちりが……」

 

 ライトの額に当たるボール。ちょうどスイッチのある側が直撃したのか、額にはくっきりとスイッチの痕がつく。

 それよりも直撃した際の凄まじい音に戦慄したイーブイは、顎が外れるのではないかというほど口をあんぐりとさせていた。

 真っ赤に染まる額を抑えながらボールを拾い上げたライトは、そのまま慌てふためいているコルニに手渡す。

 

「はい……」

「ゴ……ゴメン……」

「いや、なんか前にもこういうことあって慣れてるけど……っていうか、コルニの手持ちってもう六体じゃなかったの?」

「あっ、カイリキーとハリテヤマは預けてきたの。だから今は四体」

「そうなんだ……それより、捕まえるなら弱らせないと」

「うん、まあ……イケるかなって……」

 

 それで自分に被害がくるのだから堪ったものではないと頭を抱えるライト。

 ポケモンの捕獲の時は、ポケモンを弱らせてからボールを投げるのが基本。トレーナーであればかなりの初心者でなければ知っている事項であるものの、時には弱らせずに一発で捕まえられる時もある。

 それに賭けてボールを投げたのだろうが、結果は案の定だ。

 

 一方、ヘラクロスは近くにある木の幹の蜜を舐めている。コルニ達など眼中にないといったとこか。

 そのようなヘラクロスを指差しながらライトは、痛みに歪める顔をコルニに向ける。

 

「……全然イケてませんよ、コルニさん」

「っく……なら、アチャモ! 出番だよ!」

「チャモォ!」

 

 放り投げられたボールから繰り出されたのはアチャモ。【むし】・【かくとう】タイプであるヘラクロスには有利なポケモンであるが、パワーでは圧倒的に不利な筈だが―――。

 

「本当にアチャモで大丈夫なの? あのヘラクロス、結構強そうだけど……」

「ふふふっ、こんな時の為に用意していた道具が……これ!」

「……アメ?」

 

 不敵な笑みを浮かべるコルニは、バッグの中から一つアメを取り出した。どこかで見たことのあるような包装に包まれているアメだが、その中の透明のアメを取り出し、アチャモに食べさせ始める。

 

 ペロペロペロペロ。

 

 ペロペロペロペロ。

 

 ペロペロペロ―――。

 

「……なにこれぇ?」

 

 あっちでもこっちでも何かを舐めているという状況にライトは、呆気にとられたままコルニに問いかける。

 

「ふしぎなアメ!」

「あ~……」

 

 食べたポケモンのレベルが上がる道具の“ふしぎなアメ”。

 それを食べさせてアチャモのレベルを上げる事により、基本スペックを上昇させるというのが狙いなのだろう。

 すると突然、アチャモの体が青白い光に包み込まれていく。

 

「お、来た来たぁ!!」

「あ……これって……」

「シャモォオオオオ!!」

 

 次第に神秘の光に包まれながら大きくなっていくアチャモであったポケモンは、光と火の粉を振り払いながら新たな姿を露わにした。

 アチャモの時よりも頭身が増え、小さな翼の代わりには立派な腕が生える。そして何より、脚は更に強靭になったかのように太く延びた。

 

『ワカシャモ。わかどりポケモン。1秒間に10発のキックを繰り出す足技の持ち主。鋭い鳴き声で威嚇する』

「おぉ~!」

「昨日のジム戦で鍛えられたからね! これでヘラクロスにも対抗できるってスンポーだよ!」

 

 進化を果たしたワカシャモは、ステップを踏みながら今から相まみえるだろうヘラクロスに鋭い眼光を向けている。

 すると、ヘラクロスは樹液を舐めるのを止め、ノソノソと地面に降りてワカシャモを睨みつけ始めた。

 自分の苦手は火を感じ取ったのと、明確に相手が戦うだけの価値があると判断した故の行動だろう。

 堅い甲殻を有すヘラクロスは背中を開き、透明な翅を高速ではためかせて“とっしん”してくる。

 

「よーし、ワカシャモ! “ニトロチャージ”!!」

「シャモ!!」

 

 瞬間、炎に包まれた体で肉迫してくるヘラクロスに対して突進していくワカシャモ。パワーに分があるヘラクロスに対し、スピードで勝負をしかけていく。

 互いに肉迫していく二体は激突し、周囲に一陣の旋風を巻き起こす。

 

 数秒、拮抗した力を見せつける二体であったが、ヘラクロスのパワーに押し負けたワカシャモが宙に放り投げられた。

 だが宙で体勢を整えたワカシャモは、軽快な身のこなしで地面に着地する。

 

「新しい技を見せてあげて! “にどげり”!」

 

 拳を突きだして指示を出すコルニ。ワカシャモは強靭な脚力で大地を蹴り、一気にツノを振り上げた状態で硬直しているヘラクロスに向かって行く。

 

「ヘラッ!?」

「シャモ! シャアモ!」

(速い!)

 

 アチャモの時の特性は“かそく”であった筈。それを考慮しても余りの動きの早さにライトは息を飲んだ。

 一度対峙した相手の動きに感嘆の息を飲みながらバトルを眺めていると、ワカシャモがヘラクロスの体を二回ほど蹴りつけているのが見えた。

 【かくとう】タイプの技である“にどげり”は【むし】タイプを有すヘラクロスには効果がいまひとつである筈だが、ヘラクロスは苦悶の表情のまま蹴られた勢いで後方に滑っていく。

 

「そのまま~……“つばめがえし”っ!!」

 

 “かそく”によって動きがどんどん高速化していくワカシャモは、後方に滑って距離が空いたヘラクロスへと駆け、瞬く間に懐に入った。

 そのまま力を込めた脚でヘラクロスの顔面を蹴り上げ、返す太刀ならぬ返す脚でヘラクロスに踵落としを決める。

 ビターンと地面に蹴倒されるヘラクロスは大分体力が減ったのか、『ぜぇぜぇ』と息を荒らしていた。

 それを見逃さなかったコルニは再びスーパーボールに手を掛け―――。

 

「今度こそ!」

 

 定価六百円のボールを放り投げると、弧を描きながら地面に倒れているヘラクロスの体に命中する。

 その際、ライトは自分の身に危険が及ばないようにと木の幹に隠れていたのは、以前の出来事からの教訓か。

 それは兎も角、既に二人の目の前には地面でカタカタと揺れているスーパーボールしか見えなくなっている。

 

 ゴクリと唾を飲んで見守るコルニ。

 すると最後に大きく揺れた後、『パチン☆』と捕獲が成功した音が鳴り響き、満面の笑みを浮かべるコルニがヘラクロスの入ったボールを拾い上げた。

 

「イェ~イ! ヘラクロス、ゲットォ!」

「やったね、コルニ。でも、あの“ニトロチャージ”って技……何か効果あるの?」

 

 嬉しそうにするコルニに問いかけるライト。

 彼の疑問とは、先程のワカシャモの異常な素早さであった。幾ら進化し、“かそく”で【すばやさ】の能力値が上がっていたとしても、あれだけの速さがでるのだろうか。

 その答えは、案外簡単に返ってきた。

 

「“ニトロチャージ”? 攻撃の後に、一段階【すばやさ】を上げる【ほのお】技だよ?」

「成程……だからあんなに速かったんだ」

「うん。技マシンで売ってるから、買えば何回でも使えるしね」

「え? 何回も?」

「うん、何回も。あれ? 地方によって仕様とか違うの?」

 

 なにやら、技マシンについて差異があることに気が付いた二人。

 ブルーが買ってきた技マシンは使い捨てであり、カントーとジョウトに売っている最新版の技マシンでも基本使い捨て。

 それに対してコルニは、技マシンが何回も使えると口にした。

 

「こっちだと“かわらわり”の技マシンは三千円だけど……」

「え―――ッ!? 安っ! カロス(こっち)じゃあ、その六倍くらいの値段はするよ!」

「う~ん……でも、僕の持ってるのは使い捨てだから、長い目で見ればコルニの持ってる技マシンの方が安いのかな……」

「ふぇ~」

 

 半永久的に使えるということであるのならば、カロス仕様の技マシンの方が得なのではないかと考えるライト。

 しかし、旅を続ける自分がそんなに高い物を買う訳にもいかないので、姉に購入してもらった物で我慢しようと心に決める。

 

「使いたいなら言ってくれればいいよ。貸してあげるから!」

「ホント!?」

「まあ、そんなに持ってないんだけどね。高いし」

 

 ごもっともな意見をコルニが口にしている間、何度も使えるという技マシンを耳にしてライトは興奮している様子だ。

 そんなライトを見てつられるように笑うコルニは、足早に次なる目的地への道へと戻る。

 

「さっ、ライト! 12番道路にはメェール牧場があって、メェークルがたくさんいる施設もあるんだ! そこで売ってるアイスが美味しいんだよねぇ~!」

「へぇ~……じゃあ、早くそこに着くように急いでみよっか」

「よーし、じゃあ張り切って行こぉ―――!」

 

 そう言ってローラースケートで駆け出しいくコルニを、走って追いかけるライト。アトラクションを楽しむかのように笑みを浮かべながらフードの中に佇まっているイーブイが落ちないよう気を付けながら、軽快に走っていくライト。

 

 

 

 得たジムバッジは四個。ポケモンリーグに出場に必要な個数は残り四個。

 ライトの旅は、後半戦に入るのであった。

 




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第五十五話 女子の買い物が長いのは万国共通

「あっ、タマタマだ……たまたまタマタマに会っちゃった! な~んちゃって!」

「三十点で」

「えっ!? 急な採点で尚且つその点数!?」

「あっ、ゴメン……条件反射で」

「条件反射って……」

 

 

 

 ***

 

 

 

「美味しい?」

「ブィ~」

 

 スプーンで掬ったアイスをイーブイの口に運ぶライト。生まれて初めて食べるアイスに最初こそ戸惑っていたイーブイであるものの、しつこくない甘さと滑らかな舌触り。何より、ひんやりとした温度に虜となっており、ライトが掬うアイスを次々と食べていく。

 しかし、

 

「ッ! イィ~……」

「頭痛くなったの? 少し休めばよくなるから大丈夫だよ」

 

 キーンとする頭に顔を歪ませるイーブイは、アイスを食べるのを止めにしてライトのフードの中で蹲り始めた。

 アイスあるあるの一つ、『急いで食べて頭痛がする』を見事に体験したイーブイは、また人生の糧の一つを手にしたことだろう(?)。

 

「あぁ、イッタ~イ……!」

 

 隣のベンチでは同じくアイスにがっついて頭痛に苛まれているコルニの姿が窺える。呆れた顔を浮かべるルカリオが佇まっており、主人とは違って一口一口ゆっくりと食べ進めていた。

 現在二人が居るのは『メェール牧場』。主にメェークルを多く飼っている牧場であるが、所々にミルタンクやケンタロスの姿も見る事ができる。

 大きく開けた牧場には芝が一面に生えており、視界の下半分を淡い緑色が支配しているほどだ。

 

「牧場でアイスっていうのも粋だね……ん?」

 

 不意に漂ってくるコーヒーの香りに気付いたライト。その方向に顔を向けると、バニラアイスクリームが入っているカップに熱々のコーヒーを注いでいるリザードが居た。

 熱々のコーヒーが掛けられたことにより溶け出すアイス。そんな、熱さと冷たさを両立させた食べものを口に運ぶリザードにライトは茫然とする。

 

「へぇ~! コーヒーアフォガードなんて洒落てるね、リザード!」

「あふぉ……って何?」

「アフォガード? バニラ味のアイスに飲み物かけたデザートのことだよ」

「……」

 

 聞いたことのないデザートの名前を聞き、硬直してしまうライト。何故そのようなしゃれた名前のデザートをリザードが知っているのかは知らないが、自分の知らないところで知識を蓄えているということだけは分かった。

 そうしている間にもリザードは、自分で作ったコーヒーアフォガードを食べ終え、残ったアイスのカップをアイス屋のすぐ近くに設置されているゴミ箱に捨てている。

 流石、しっかり者だ。

 

(……今度、ポケモンセンターの雑誌読もう)

 

 とりあえず、地方の情報を得るためにポケモンセンターに常設されている雑誌コーナーに行こうと決意するライトなのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日。

 野宿を経て朝早くから歩き出した二人は、ようやくヒヨクシティが見える場所までたどり着いた。

 カロス地方でも高低差の激しい場所と知られているヒヨクシティは、海辺の地域から高台の方へ上るのにモノレールを使うという。

 更に驚くべきは―――。

 

「あの樹、大きいなぁ……」

「でしょ? 誓いの樹っていうらしいよ」

 

 高層ビルよりも雄々しくそびえ立っている巨木は、遠目から見ても存在を確認出来るほどであり、余りの大きさにライトは茫然とするしかない。

 あれだけ巨大な樹に育つのに何十年、何百年掛かっただろうか。マスタータワーと同じく歴史を感じさせる存在である。

 今まで見てきたプリズムタワーやマスタータワーとは一風変わった、自然の力強さというものを感じてしまう。

 

「すっごいなぁ……」

 

 近くでみればそれはもう迫力満点なことであろうと考えながら足を進めるライト。そんなライトの耳に、とある人物の声が聞こえてくる。

 

「お~い、ライトく~ん!」

「ん? この声……」

 

 後ろから聞こえてくる大人の男性の声と車の走る音に振り返るライトは、意外な人物を目の当たりにした。

 

「プラターヌ博士!」

「やあ、久し振りだね!」

 

 爽やかな笑顔を見せるプラターヌは、車をライト達の横に止めて、車窓から顔を覗かせる。

 助手席には、文字通り助手である青髪で眼鏡をかけている女性が座っているが、ドライブデートという様子でもなさそうだ。

 だが、ミアレの研究所からわざわざ12番道路に車で来るのだから、なにかしら理由はある筈。

 

「どうしたんですか、プラターヌ博士? こっちの方まで来るなんて……」

「いやぁ、実はアズール湾にある海神の穴というところに調査を―――」

「博士。折角ですし、車でライト君たちをヒヨクシティに送りながらというのはどうでしょうか?」

 

 何をしていたのか話そうとしたプラターヌであったが、途中で助手のソフィーに遮られてしまう。

 だが、ソフィーの提案にプラターヌは『マーベラス!』と一言呟いてから、ライト達に目を遣りながら後部座席の方を指差す。

 

「それもそうだね! どうだいライト君と……君は?」

「あっ、あたしコルニって言います!」

「そうか、コルニちゃんか! どうだい、進行方向的にヒヨクシティに向かってるようだから、車で送りがてら話すよ?」

「ありがとうございます! じゃあ、遠慮なく……」

 

 そう言ってライトは、プラターヌが運転しているワゴン車の後部座席の扉を開く。先に女子であるコルニを乗せた後、自分も『よいしょ』っと乗り込んだライトは、しっかりと扉が閉まったのを確認してシートベルトを装着する。

 その際、イーブイはフードからライトの膝に移動し、両腕で抱かれる形でちょこんと収まっていた。

 

「ライト君のイーブイは元気そうだね! そう言えば、デクシオとジーナからもイーブイを捕まえたって連絡を貰ったよ!」

「二人もですか?」

「ああ。まだ何に進化させるかは決まっていないらしいが、三人全員イーブイを捕まえるとは奇遇だね! そう言えば、二人は今ヒヨクシティに居るって言っていたから、良かったら久し振りに会ってみたらどうだい?」

「そうですね! 連絡とって会ってみます」

 

 先にヒヨクシティに着いたというデクシオとジーナの二人もイーブイを捕まえたと聞いたライトは、膝の上で丸くなるイーブイに『友達増えるかもね』と体を撫でながら呟いてみる。

 ライトの言葉に嬉しそうに鳴き声を上げるイーブイに、場の雰囲気は和やかなものとなった。

 

 そんな中、軽快に車を走らせるプラターヌは先程の話の続きをし始める。

 

「さっきの話なんだが、私とソフィーの二人で海神の穴という場所の調査に向かったんだよ」

「海神の穴……ですか?」

「ああ。昔エネルギーが溢れて出来たといわれる、アズール湾の浅瀬にある洞穴さ! 私の研究テーマのメガシンカに何か関係するんじゃないかと思ってね」

「メガシンカ……あっ。そう言えば僕、キーストーンをコンコンブルさんから貰いましたよ」

「へえ! それならもうメガシンカはさせたのかい!?」

「いえ、メガストーンが無いらしくて今の所は……」

 

 キーストーンをコンコンブル―――別名『メガシンカ親父』から貰ったというライトに目を輝かせるプラターヌであったが、まだメガシンカさせることができないという現実にガックリと肩を落とす。

 しかし、次の瞬間には凛とした顔立ちに戻って話を続ける。

 

「まあ、その内使えるようになるさ! それに、メガシンカと同じくらい面白い話があるんだけどどうだい?」

「メガシンカと同じくらい面白い話……ですか?」

「えっ!? なんですか、それ!?」

 

 食い気味に身を乗り出すコルニを腕で制止しながら、自分も気になると言わんばかりの瞳をバックミラーに移すライト。

 その顔を一瞥したプラターヌはにっこりとしながら助手席のソフィーにアイコンタクトをとる。

 するとソフィーは、一つの大きなタブレットを持ち出して三体のポケモンの姿を映しだした。

 

 一体は、美しさと猛々しさを両立するかのような、火を纏う鳥ポケモン。

 

 次に、雷の荒々しさを体現するような黄と黒が基調の鳥ポケモン。

 

 最後に、氷のような艶やかさを持つ翼を持つ鳥ポケモン。

 

「これって……」

「伝説の鳥ポケモンの『ファイヤー』、『サンダー』、『フリーザー』さ! 昔から、海神の穴付近で目撃証言があってね、何枚か写真も残っているんだよ!」

 

 興奮気味に話すプラターヌ。大人気ないと言わんばかりに口元を抑えて苦笑するソフィーであるが、その一方で伝説の鳥ポケモンと聞いたトレーナー二人はプラターヌとさほど変わらぬ興奮を顔に浮かべていた。

 この三体のポケモンはカントー地方でも有名な伝説のポケモンであり、テレビ番組でも特集が組まれる程の知名度を誇る。

 特に目撃証言があった場所まで直接調査に向かう『ジンダイ探検隊シリーズ』は、ライトも録画して何度も見返すほどだ。

 

「カロスにもこの三体が生息しているんですか?」

「いや、生息っていうよりは遠くの地方から渡って来た時に、決まって海神の穴を拠点にしてカロスを周回するというのが今の所定説になっているね」

「へぇ~! それで調査結果はどうだったんですか?」

「それがね……ソフィー。あの写真を」

「はい。これを見てください」

 

 そう言って一つの写真を画面に映し出すソフィー。映し出されたのは、ドームのような洞穴の中が荒らされているというものであった。

 所々が焼け焦げていたり、鋭い物が穿たれていたり、果てには凍りついていたりと統一性がない。

 まるで、何かが争ったような形跡だが―――。

 

「バトルの後みたいな感じですね」

「そうなのさ。僕の見解では、三体の伝説の鳥ポケモンが海神の穴に一堂に会してしまい、そのままバトルに発展してしまったものだと考えているよ」

「で、伝説の三体がですか!?」

「そうでなければ、この荒らされた形跡が説明できない。野生のポケモンも、海神の穴には強力なポケモンが頻繁にくることを知っているから、近付くこともほとんどないからね」

 

 先程の興奮した様子とは打って変わって、神妙な面持ちとなるプラターヌ。

 何やら、少々困ったことでも起こっているかのような顔だ。

 

「三体が同時期にカロスに来るなんて、本当に何十年ぶりっていうくらいに珍しいことなんだけど……う~ん……」

「どうしたんですか、プラターヌ博士?」

「実は統計データで、二体同時にカロスに来た時のものがあるんだけれど、バトルに負けた方は海神の穴という固定の拠点を持つことができなくなって、カロス中を転々と渡るんだよ」

「え? でも、一体の時でもカロス中は回るんじゃ……」

「そうなんだけど、追い出された方は安心できる拠点を得る事ができなくなって、通常より攻撃性を増してしまうからね……実際に過去のデータでも、二体来た時は各地で被害が出ているんだ」

 

 驚きの事実。

 まさか、そのようなことが起こっているとは思いもしなかった。更にプラターヌの言葉から推測するに、三体同時にカロスに渡ってきているこの時期は、一体だけやって来る場合よりも各地で被害が出るという事になるのではないか。

 まだまだ子供であるライトやコルニでも、それは想像に難くなかった。

 

「だから、今年はリーグ本部の方もかなり警戒するんじゃないかな。多分、そう掛からずに各地のジムリーダーに連絡が届く筈だと私は思うよ」

「そんなに危険なんですか?」

「伝説のポケモンと言われるくらいだからね。四天王クラスなら問題ないと思うけど、やっぱり他の野生ポケモンとは一線を画しているよ」

「じゃあ、メガシンカとかができないと危ないんじゃ……」

「ははっ、そうだね! メガシンカができれば、伝説のポケモンとだって互角に戦えるかもしれないね!」

 

 今までの雰囲気を打ち壊すかのように明るい笑い声をあげるプラターヌ。そんな彼の笑いにつられるように、三人も微笑を浮かべる。

 地方によっては『天災』と呼ばれるまで怖れられる伝説のポケモン。そのような相手と互角に戦うには、やはりメガシンカが必要になってくるのだろう。

 特に伝説のポケモンと戦う予定はないものの、希望的観測としてメガシンカをして伝説のポケモンを倒せればカッコいいだろうなと想像するライトとコルニ。

 頭の中でフワフワとしたイメージを浮かべている二人であったが、そこでプラターヌが声を上げた。

 

「おっ、もうヒヨクシティに着くよ! どうする? ポケモンセンターまで送っていくかい?」

「あ……いえ、大丈夫です! ちょっと街の方をブラブラしたいですし」

「そうかい! じゃあ、デクシオとジーナにもライト君がヒヨクシティに着いたことを伝えておくよ!」

「ありがとうございます、プラターヌ博士!」

 

 街の出入口辺りにある看板を通り過ぎた車は、そのままコンクリートで舗装されている道を突き進んでいく、ある程度街中に入った辺りでゆっくりと停車した。

 二人が『ありがとうございました!』と言いながら車から降りると、海岸の方から吹き渡ってくる潮風が二人の肌を優しく撫でる。

 

 何度浴びても飽きない風を受けた後、振り返った二人はもう一度プラターヌに一礼した。

 それを見たプラターヌとソフィーは、笑顔のまま手を振る。

 

「それじゃあ、良い旅を!」

「はい!」

 

 爽やかなイケメンスマイルを決めたプラターヌは、そのまま車を発進させていき街中へと繰り出していった。

 傍から見ればドライブデートにしか見えないが、あれだけ顔が整っているのだから勘違いされても仕方がないのではないかと勝手に想像を膨らますライト。

 しかし、周囲の異様な賑わいに気付き、何事かと辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「……お祭りでもやるのかな?」

「ホント、そんな感じだけど……」

「祭りじゃよ、祭り」

「「?」」

 

 不意に聞こえてくる声に反応する二人は、大きな山羊のようなポケモンに乗った老人を視界に捉えた。

 緑色のハンチング帽を被り、首には山吹色のスカーフを巻いている。恰好としては庭師のような姿であり、腰にはそれを象徴するかのような大きな鋏がぶら下がっていた。

 優しそうな笑みを浮かべながら、乗っているポケモンと共に歩み寄ってくる老人。

 

「ヒヨクシティの年に一度の祭りじゃ―――」

 

 

 

 その昔、とあるトレーナーとポケモンが居た。

 彼等は一緒に旅に出て数々の冒険を共にし、やがてこの地に辿り着き、以降いつまでも幸せに暮らしたという。

 彼等はお互いの健闘と変わらぬ友情を讃え合い、トレーナーは一つの小さな苗をポケモンに贈った。

 やがてその樹は立派に育ち、ヒヨクシティで一番大きな樹となり、『誓いの樹』と呼ばれるようになったという。

 

 

 

「―――それからじゃ。誓いの樹の下でトレーナーがポケモンに贈り物をすると、その絆が一層深まるといわれる行事になったのは……」

「そのお祭りって、いつ始まるんですか!?」

「日が暮れたらじゃよ。トレーナーは贈り物を一旦、誓いの樹の下に飾り、夜になったら自分のポケモンに贈り物をするのじゃ」

 

 中々ロマンチックな行事に目を輝かせているコルニ。やはり、一応は女の子ということなのだろう。

 だが、ライトもまたポケモンに贈り物をするという行事に興味を抱き、折角なのだから祭りに参加しようと考えた。

 

「祭りって誰でも参加できますか?」

「勿論じゃ。誰でも大歓迎じゃよ」

「へぇ~……教えてくれてありがとうございます!」

「ありがとう、おじいさん!」

 

 太陽のように晴々とした笑顔で礼を口にする二人に老人は、『はっはっは』と髭を撫でながら朗らかに笑う。

 

「ポケモントレーナーなら、パートナーを大事にせねばな。この機会に、面と向かってパートナーと絆を深めるといいじゃろう。それでは、わたしは樹の飾りつけがあるのでな」

 

 そう言うと老人は、メェークルによく似たポケモンを走らせ、誓いの樹の方向へと去っていった。

 面白い行事を教えてくれた老人を見送った二人は、胸を躍らせながら顔を見つめ合う。

 

「ポケモンに贈り物だってさ! 折角だし参加しようよ!」

「そうだね! 普段だと、ちょっと照れちゃうし……ライトも、ジム戦前に手持ちとの絆を深めて団結力アップ! みたいな!?」

「うん、いいね! それじゃあ……」

「あら? ライトじゃありませんか?」

 

 話し合う二人の間に割って入るように姿を現したのは―――。

 

「ジーナ! ……と、デクシオ!」

「まあ、凄い偶然ですわね!」

「ホント、久し振りだね。元気にしてる?」

「うん、勿論! 二人は?」

「あたくしはもう絶好調ですわよ!」

「僕もだね。ジムバッジ集めも好調だよ」

 

 久し振りに再会した二人との対面に、否応なしに興奮した声色で話をするライト。そんな三人の雰囲気にコルニは、中々入るタイミングを見つけられずにモジモジとしていたが、ふとジーナがコルニを見てハッとする。

 

「ライト、貴方はもしかして……野生のポケモンだけでなくガールフレンドまでもゲットしたのですか!? 留学しに来た地でガールフレンドを作るなんて、中々隅に置けないですわね、このこのぉ~」

「違うから。普通に友達だから」

 

 からかうように肘で突っついてくるジーナに対し、苦笑を浮かべるライト。そんな二人のやり取りを見て、デクシオとコルニもまた苦笑を浮かべている。

 

「それにジーナだってデクシオと一緒に居るんだから、そんなに大差ないでしょ」

「ち、違いますわよ! あたくしとデクシオは今日偶然会って、尚且つヒヨクシティで祭りが行われると聞いたので、普段お世話になってるパートナーへのプレゼントの為にショッピングを……」

「はいはい」

 

 やる気のないライトの返答に、顔を真っ赤にして反論していたジーナは更に憤慨しながら凄まじい剣幕を見せる。

 

「なんですの、その返答は!? 『はい』は一回って習いましたでしょう! パイルドライバーをかけますわよ!」

「なんでそんなにプロレス技に詳しいの?」

「あたくし、こう見えてP-1グランプリをよく見てますのよ!」

「……へぇ~」

 

 最強の【かくとう】ポケモンを決める大会であるP-1グランプリ。それを女子であるジーナが見ているというのは些か意外であったが、他人の趣味にまでどうのこうの言う性格ではないライトは、軽く流すことにした。

 そんなライトに未だに鼻息を荒くするジーナであったが、良心であるデクシオが『そろそろ』と宥めに入ったので、漸くジーナも落ち着き始める。

 本当にいいバランスの二人組だとつくづく思う。

 

 場が鎮まった所で、ようやくコルニが自己紹介を済ませると、ジーナがポンと手を叩いてある事を口にした。

 

「そうですわ! 折角ですし、皆で贈り物の為のショッピングに行きましょう!」

「おっ、いいねソレ!」

「でしょう!?」

 

 女子同士、意気投合しているジーナとコルニを見て、ライトとデクシオは流れに身を任せようと互いに頷きあう。

 すると、女子二人が明後日の方向を指差し始める。

 

「さあ、そうと決まれば早速ショッピングですわ!」

「気合いいれて行こォ―――ッ!」

 

 そう宣言した二人は、颯爽と賑わう街中へと走って消えていく。見失わないように駆けだす男子二人は、恐らく一日中引っ張り回されるのではないかという予想を立て、既に疲労に満ちた顔を浮かべるのであった。

 



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第五十六話 名前も声も知らないあいつ

 

 

「贈り物はどれがいいかな……」

 

 ヒヨクシティのとある店の中で並べられている商品を眺めているライト。今日が年に一度の祭りということもあり、店からしても書き入れ時だったのだろう。道を共に歩いていた四人は、店員に誘われるがままに店の中に入っていった。

 特に統一性のない商品が並んでいるが、逆に言えば豊富なラインナップがあるということであり、贈り物を選ぶには最適の場所だ。

 勿論、ここで良い物が見つからないのであれば他の店に行こうとも考えているライトであったが、一先ずはこの店で探す事にしていた。

 

 主に多いのはアクセサリーであるが、自分のパートナーに似合うような物を見つけられるかどうか。

 う~んと顎に手を当てながら思案を巡らせる。

 

「……別にアクセサリーとかじゃなくてもいいのかなぁ?」

「それでもいいんじゃない?」

「あ、デクシオ……」

 

 しかめっ面を浮かべるライトに歩み寄ってきたのは、小さい紙袋を携えるデクシオ。プラターヌに通じるような爽やかな笑みを浮かべながらやって来た彼の傍らには、ゼニガメではない亀ポケモンが佇んでいた。

 ふさふさとした耳と尻尾を生やすポケモンは、きりっとした顔でライトの方を見つめてくる。

 

「この子って、ゼニガメが進化した子?」

「ああ、そうだよ。ショウヨウに着く前には進化したんだ」

「ほうほう……」

 

 ヒトカゲがリザードに進化したように深みを増した皮膚を有すポケモンに図鑑を翳す。一応、カントーでも有名なポケモンであるため、名前だけであれば知っているポケモンではある。

 

『カメール。かめポケモン。ふさふさの毛で覆われた大きな尻尾は、長生きするほど深い色合いに変わる。甲羅のキズは強者の証』

「強そうだね! 他にはどんなポケモン居るの?」

「う~ん……スボミーがロゼリアに進化して、ヤヤコマもヒノヤコマに進化したんだ。最近捕まえたのはイーブイかな。ライトはどうなの?」

「僕はハッサムとリザード、ヒンバス、イーブイ、ジュプトルの五体だよ」

「ハッサム? ああ、ストライクが進化したんだね。ハッサムのタイプは、カロスのどのジムでも通用すると思うから、少し羨ましいよ」

「へぇ~、そうなんだ」

 

 更にデクシオの話を聞けば、ライトの獲得していないジムのタイプは【くさ】、【フェアリー】、【エスパー】、【こおり】であるらしく、その全てにおいてハッサムは相性的には有利らしい。

 エースが存分に活躍できそうな今後に『おおっ!』と声を上げるライトであったが、今日問題であるのは祭りでの贈り物だ。

 今後の手持ちとの関係を親密にしていくためには、是非ともいい物を贈りたいところであるが―――。

 

「因みにデクシオは何を贈るつもりなの?」

「僕かい? みんなの団結力を高めたいから、ポケモンにも着けられるバンドを買ってみたよ」

「バンドかぁ……」

 

 下手にそれぞれに合った物を買うよりも、統一感のある贈り物をするというのもまた一つの手だと納得する。

 『じゃあ僕は少し外で皆の買い物を待ってるよ』というデクシオを見送った後に、再び買い物に戻るライト。

 ネックレス、ブレスレット、イヤリングなど豊富なアクセサリーの他に、ハンカチやポケモン用の洋服なども取り揃えられているが、統一感のありそうな物はない。

 

「う~ん……」

「お客様、どうかなされましたか?」

「えっ? あっ、はい……ポケモンへの贈り物をどうしようかなって」

 

 唸っていた少年を見かねてやってきた女性の店員。このまま一人で悩んでいても良い案は浮かんでこないだろうと考えたライトは、素直に贈り物のことを口にした。

 この祭りが年に一回行われる盛大なものであるのならば、店もその都度自分のように悩んでいる客へのアドバイスはしているだろうという考えの下だ。

 打ち明けるライトに対し、笑顔を浮かべる店員。

 

「はい、畏まりました! どういった物をお探しだったりとかはございますか?」

「えっと……統一感が出そうな物で……」

「アクセサリーなどの装飾品といった感じで?」

「はい。あと、あんまり高過ぎない値段でお願いします……」

 

 子供の自分が贈り物の為に万単位の金を払うことはできないので、苦笑を浮かべながらそのことを伝えるライト。

 すると店員は『はい!』と溌剌とした返事を返し、店の少し奥へと消えていく。

 何か持って来るのだろうかと予測を立てるライトであったが、案の定何かを持ってきた店員を見て、目を見開いた。

 店員が持ってきたのは、色とりどりの布のような物。

 

「それでは、このバンダナなどはいかがでしょうか? 今、祭りの最中ですので通常よりもお安い価格で販売させて頂いております。一つに付き、六百円ほどですが……」

「う~ん……じゃあ、それでお願いします」

「畏まりました! それでは他の色のバンダナもある場所へとご案内しますので、どうぞこちらへ!」

 

 手持ち分だけを買うとすると合計三千円になる訳だが、そこは自分の小遣いから奮発すればいいだけの話だ。

 意外とすんなり決まった贈り物。手持ちに似合う色を探す為、ライトは店員に案内されていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ……これから何する?」

 

 時刻は午後四時を過ぎ、誓いの樹の下に居る係員に購入した贈り物を預けた四人。現在彼等は、祭りが開催されるまでの時間つぶしに再び街の方へと戻っている。

 その為に高台の方から海岸の方の街に戻るモノレールに乗っているのだが、コルニは年甲斐も無くはしゃいでいた。隣では苦笑を浮かべるライトであるが、内心は興奮しているといった状態だ。

 開けた土地を高い場所から見下ろす。

 ある方向に目を遣れば、一面草原である中に佇む一本の巨木。また、ある方向に目を遣れば賑やかな街並みの向こうで日光を反射させている美しい海。

 やや日も落ち始めているのもあり、少しばかり赤みを増し始める海はルビーのような輝きを放っている。

 そんな幻想的な風景を眺めながらライトの問いに反応したのはジーナであった。

 

「そうですわね……折角ですし、皆でポケモンバトルでも致しません? その後は、親睦を深める意味でポケモン達も交えて夕食……そして万全を期して祭りへ!」

「うん、それがいいんじゃないかな」

「オッケーオッケー!」

「じゃあ、そうしよっか」

 

 ジーナの提案にのる三人。

 聞くところによれば、デクシオとジーナは既にヒヨクジムを攻略しているらしく、ジムバッジの数で言えば全員同数ということになる。

 一つ違う事と言えば、ライトの四つ目のジムバッジを賭けたジム戦は、通常のバトルよりも熾烈を極めていたということか。

 だが、そのことについてデクシオとジーナの二人は知る由もなく、ライトとコルニの二人も話していない。

 

 それは兎も角、ポケモンバトルをすることになった四人は、どういう形式でバトルをするかについて話し合っていた。

 

「どうします? 四人も居る事ですし、シングルのトーナメント形式にするか……それともダブルバトルにするかですわね」

「ダブルでいいんじゃない?」

「じゃあ、どうやって決めますの? やはりここはグーパーですか?」

 

 拳を掲げてニヤリと微笑むジーナ。無言で肯定する男子二人に対しコルニは、『おっ、いいねいいね!』と意気揚揚と拳を突きだす。

 そして全員が拳を出したのを出したのを確認しジーナが、口を開いた。

 

「それでは恐縮ながら、あたくしが掛け声をやらせて頂きますわ……グッとパーでわかれましょう! ……って、ライト! 何を茫然としてるんですの!?」

「……いや、タイミングが……」

 

 四人の中で唯一茫然としていたライト。否、茫然というよりは唖然とした様子且つ困惑した表情を浮かべるライトは、とあることを口にする。

 

「マサラでは『グーパだよ』で、アルトマーレでは『グットッパ』だったから……」

「……あるあるだね」

 

 じゃんけんを用いての組み分けあるあるの一つ・『地方で掛け声が違う』が遺憾なく発揮された瞬間であった。

 それを冷静に捉えたデクシオは、『しょうがないよ』と一言フォローする。

 

 その後、ライトはしっかりとカロス式の組み分けを教えてもらうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 結果的には男子組と女子組に別れた二人は、街の広場に必ずといっていいほど存在するバトルコートを求めて、モノレールを降りた後に街を散策していた。

 あと数時間で祭りが始まるという事もあり、ライト達が来た時よりも街は活気を帯びている。

 祭りというと、ライトの頭の中では『わっしょい!』という風な勢いのあるものが浮かべられていたが、カロスの方であるとどうやらクリスマスやバレンタインなどのイベントと同じような感じであるらしい。

 因みに、アルトマーレに来てからクリスマスなどの際は、専らカノンの家族と共に過ごすことが多いライト。バレンタインには何度か義理チョコも貰ったことがある。

 

(そう言えば、夏になったら水上レースがあるんだっけか……今年は誰が優勝するんだろう?)

 

 地元の祭りのことを思い浮かべつつ、バトルコートを探索するライト。

 すると町案内の看板を眺めていたデクシオが声を上げる。

 

「皆、バトルコートはあっちにあるらしいよ」

「おっ、じゃあ早速行ってみよう!」

 

 デクシオの指差す方向に向けて駆け出す女子二人。行動力がある二人の背中を眺めながら男子二人はのんびりと追いかけていく。

 因みにライトのイーブイは贈り物選びの時からボールの中で待機中である。できるだけサプライズになればいいと考えるライトの心意気によるものだ。

 だが、心なしか首回りが寂しいと感じたライトは、歩いている途中でイーブイをボールの中から繰り出して直ぐにフードの中へと納める。

 

「よしっ」

「ブイッ!」

 

 装着完了と言わんばかりのきりっとした顔を浮かべるライト。イーブイも、数時間振りのフードに嬉しそうな顔を浮かべる。

 

『わぁ―――ッ!!!』

「……ん? なんだろう、あの歓声?」

「誰かがバトルしているんじゃないかな?」

 

 不意に遠方より聞こえてくる歓声に何事かと駆け足で、女子二人が向かった先に行くライト達。

 だんだん道が開けていくと広場の一角にあるバトルコートの周りに人だかりができているのが見える。恐らく、デクシオの言う通り既に誰かがポケモンバトルをしているのだろう。

 女子二人は既にギャラリーの一員となって、繰り広げられているバトルに夢中になって観戦していた。

 

「クリムガン、“ばかぢから”だっ!!」

 

 バトルコートの両端で佇んでいるトレーナーの二人。その内、『クリムガン』と呼ばれる赤と青基調の皮膚を有すドラゴンポケモンが、蛙のような姿のポケモンに向かって、剛腕を振り回した。

 だが、蛙のポケモンはその場でバク転をして、クリムガンの攻撃を回避する。相手を捉える事の出来なかったクリムガンは、すぐさま追撃しようと周囲をキョロキョロと見渡すが、先程まで目の前に居たポケモンを見つける事ができない。

 

「クリムガン、腕! 腕!」

「? ……グァ!?」

 

 トレーナーの声を聞いたクリムガンは、言われた通りに振り抜いた状態のままの腕を見てみる。

 するとそこには、腕を組んで悠然と佇んでいる蛙ポケモンの姿が在った。

 余りにも軽快な動きに、周囲の歓声はヒートアップしていく。

 

「くそっ、“ドラゴンクロー”で攻撃だ!」

「グォア!」

「躱せ」

 

 エネルギーを収束させて、自分の片腕に佇んでいる相手を仕留めようとしたクリムガンであったが、直前に蛙ポケモンのトレーナーの指示によって飛んだ蛙ポケモンに躱されてしまう。

 空を切る結果となった攻撃の勢いのままその場で一回転するクリムガンに対し、蛙ポケモンは宙で錐もみ回転をしながら、シュタッと華麗に着地する。

 

「ゲッコウガ、“れいとうビーム”」

「コウガッ!」

 

 『ゲッコウガ』と呼ばれたポケモンは、両手で印を組む動作を見せるや否や、両腕を前に突きだして掌から冷気が凝縮された一条の光線をクリムガンに解き放つ。

 【こおり】タイプの技である“れいとうビーム”は、【ドラゴン】タイプであるクリムガンに効果が抜群だ。

 しかし、余りのゲッコウガの動きの速さに付いていくことができなかったクリムガンは、そのまま直撃を喰らってしまう。

 

 『パキパキ』と凍てつくような音が響くこと数秒。冷気によって発生した靄が晴れると、氷漬けになっているクリムガンの姿が露わになり、ギャラリーの歓声は今までで一番大きくなった。

 戦闘不能になったクリムガンをボールに戻すトレーナーに対し、ゲッコウガに指示を出していたトレーナーは『ふうっ』と一息吐いて歩み出す。

 

「よくやった」

「コウガッ」

 

 短い労いの言葉を掛けた後、リターンレーザーをゲッコウガに照射してボールの中へと戻す。

 そのままゲッコウガのトレーナーである灰色の髪の少年は、スタスタとバトルコートを足早に去っていく。

 その様子は、既に此処に用事はないというかのような態度だ。良識的なトレーナーであれば、バトルを終えた相手と握手をする筈だが―――。

 

「なーんか、スカした人ですわね……」

「まあ、そういう人も居るってことじゃないかな?」

 

 ゲッコウガのトレーナーの事を余り良く思っていないらしいジーナは、『ふんっ』と鼻を鳴らして目を細めて去っていく少年を見つめる。

 そんなジーナを宥めるデクシオは、バトルコートの周りを確認して、次にバトルを行おうとしているトレーナーたちが居ない事を確認した。

 

 同時に、いつでもバトルに臨めると言わんばかりに準備運動をするライトとコルニの二人を手招き、バトルコートへと進んでいく。

 するとギャラリーからは『おお、行くのか!?』や『坊主と嬢ちゃんたち、頑張れや!』などといった声援が飛んで来るため、四人は若干恥ずかしそうな顔を浮かべながらボールに手を掛ける。

 

「ようし、おい来なさい! マリルリ!」

「ル~リ~!」

「初陣だよ! ファイト、ヘラクロス!」

「ヘラッ!」

 

 女子組が繰り出してきたのはマリルリとヘラクロスの二体。となると、こちらが繰り出して行きたい選択肢の中に【くさ】が含まれる為、ライトが繰り出したのは―――。

 

「ジュプトル、お願い!」

「ジュプト! ジュプト!」

「え、ちょ、どうしたの!?」

 

 繰り出すや否や、涙目になりながらライトに抱き着いてくるジュプトル。過去のまだまあバトルがトラウマだった頃を彷彿とさせる姿に、ライトとコルニは目が点になる。

 ジュプトルが、凄まじい速さで首を横に振っている辺り、どうやらバトルをしたくないという意思が窺えた。

 だが、これまでに何度も戦って来てシャラジムでは二体を撃破するなどの活躍を見せているジュプトルが、今更このように怯える筈は無さそうだが、このままでは埒が明かないとライトは溜め息を吐く。

 

「……なんか分かんないけど、今日は戦いたくないの?」

「ジュプトッ!」

「明日は大丈夫?」

「ジュプトッ!」

 

 二つの質問のどちらにも首を縦に振るジュプトル。ヒヨクジムの【くさ】タイプ封じの一環として、粉系の技を封じるために同じ【くさ】タイプであるジュプトルを投入しようとしていたライトは、一応明日のジム戦への戦意があることを確認出来たジュプトルをボールの中へ戻した。

 勢いを削がれたライトは、苦笑を浮かべながらも別のボールに手を掛けて放り投げる。

 

「なら、リザード! 君に決めた!」

「リザァ!」

「ライトがリザードなら僕は……ロゼリア! 頼んだよ!」

「ロゼェ~!」

 

 猛々しく咆哮を上げて場に登場するリザードの一方で、舞い落ちる花弁のように華麗に地面に着地するロゼリア。

 着地したロゼリアは、左手を前にして腹部に当て、右手を後ろに回すと同時に丁寧に一礼する。

 そのような二体の登場に、ギャラリーの歓声はヒートアップしていく。

 

「よーし、リザード! ヘラクロスに“だいもんじ”!」

「させませんわ! マリルリ、“バブルこうせん”をリザードに!」

「“マジカルリーフ”だ、ロゼリア! リザードを援護して!」

「ふふ~んだ! あたしのヘラクロス舐めないでよね! “メガホーン”で突破しちゃえ!」

 

 四人のトレーナーの指示が交錯し、バトルコートの中では四体のポケモンが豪快なバトルを繰り広げる。

 初っ端から混戦のバトルに、先程のクリムガンVSゲッコウガのバトルと同等以上に盛り上がるギャラリー。

 そんな者達を、少し離れた場所から眺めていたゲッコウガのトレーナーは、興味が失せたかのように鼻を鳴らして、その場から颯爽と去っていく。

 

―――『ジュプト! ジュプト!』

 

 彼の脳裏を過っていたのは、繰り出されたのにも拘わらず戦闘を拒否するジュプトルの姿。それだけを見れば、只の臆病なポケモンとだけ考えていただろうが、少年はある一瞬を見逃さなかった。

 

 

 

 怯えた目ではっきりと、自分の方を一瞥したのだ。

 

 

 

「……ふんっ」

 

 仮に、あのジュプトルと自分が想像しているポケモンが同一個体であったとしても、今の自分には何ら関係のないことだ。

 そう言わんばかりに鼻を鳴らして去っていく少年の腰には、既に六つのボールが携えられていた。

 少し傷が入っている五つのボールと、一つだけ新品のような輝きを放つボールを携えながら―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時刻は回って午後八時。

 誓いの樹の下では、用意した贈り物を自分の手に持って立つトレーナー、そして主役であるポケモンが一緒に並んで立っている。

 木の根元に設置されている台座には、ライト達に祭りの事を教えてくれた老人が佇んでおり、何か偉い人であるのかとライトは首を傾げた。

 

「あのお爺さんって誰なのかなぁ?」

「あら、御存じありませんの? あのご老人が、ヒヨクジムのジムリーダーであるフクジさんですわよ」

「えっ!?」

 

 ジーナに驚きの事実を聞いたライトは、思わず声を上げてしまう。

 そう言われれば、ヒヨクジムのジムリーダーは老人であるとコンコンブルに教えられていたのを思い出す。

 だからといって、通りすがりの老人をジムリーダーだと断定するのも到底無理な話である為ライトは、『そうなのかぁ~』と納得するようにウンウンと頷く。

 その間にも祭りの準備は最終段階に入り、贈り物は全て持ち主の下へと渡された。

 

「うむ……では、我々トレーナーとポケモンの絆がより一層深まるようこの誓いの樹の下、祭りを始めるとしよう! みんなでカウントダウンじゃ!」

『5! 4! 3! 2! 1!』

 

 係員の声のリードを受けながらカウントダウンする者達。

 明るい歓喜に満ちた声が夜の空に木霊し、最後のカウントを終えた瞬間に台座のレバーを倒すフクジ。

 その瞬間、誓いの樹に飾り付けられていた電飾が、根元の方から輝きを放ち始める。

 これだけの巨木に電飾を付けるとなると、相当の労力が強いられたのではないかという考えが一瞬頭を過ったが、たちまちそれを忘れてしまう程の感動が目の前には在った。

 

「うわぁ……」

 

 自然と出てしまう感嘆の息。

 それはこの場に居る全員がそうであり、煌々と輝きを放つカロス一の巨木に誰しもが感動を覚えていた。

 近くで見ても美しいが、遠くから眺めても綺麗であることは容易に想像できる。

 

―――夜の帳の中で煌々と輝きを放つ、生命の樹

 

 今頃海岸側に住んでいる住民は、この誓いの樹を存分に目で楽しんでいる事だろう。

 うっとりと誓いの樹を眺めていたライトであったが、辺りが騒がしくなってくることに気が付いた。

 どうやら既に、ポケモンへの贈り物を渡し始めているらしい。嬉々とした表情を浮かべる人とポケモンの姿を目の当たりにし、すぐさま周りに佇んでいるパートナーに目を向けるライト。

 

「へへっ、皆ちょっと待ってね!」

 

 屈託のない笑みを浮かべながら贈り物の箱の包装紙を剥がしていくライトに、五体のポケモン達はそわそわとし始める。

 果たして自分の主人は、自分達に何をくれるのかと期待に満ちた表情を浮かべながら―――。

 

「はい、バンダナ! 皆のイメージに合わせて、色は一つずつ違うよ!」

 

 ライトが取り出したのは、色彩豊かなバンダナの数々。

 満面の笑みでライトの下に歩み寄るイーブイ、ジュプトル、ヒンバスの三体に対し、リザードとハッサムは終始落ち着いた様子で待機している。

 『ははっ! ちょっと待ってね!』と三体を制止するライトは、銀色に輝くバンダナを一つ手に取ってハッサムの首へと巻きつけた。

 

「まずはシャラジムでのMVPに……なんてね!」

「……」

 

 ライトの言葉に照れて、頬を鋏でポリポリと掻くハッサム。

 そんなエースを見届けた後、次に手に取ったのは黄緑色のバンダナだ。

 

「これはジュプトルの分! 似合ってるよ!」

「ジュプト!」

 

 バンダナを首に巻かれたジュプトルは、至極ご機嫌な様子を見せる。

 その次に手に取ったのは藍色。それを渡すのは、キラキラと目を輝かせている魚ポケモンだ。

 

「藍色はヒンバス! 首には……無理そうだから、前ヒレのところに巻くね!」

「ミ!」

「次は黒色だけど……これはリザードの分!」

 

 ヒンバスの前ヒレにバンダナを巻いた後、黒色のバンダナをリザードの首に巻きつけるライト。

 リザードは、自分の首に巻かれたバンダナを爪でスッと撫でた後、喜んでいるのかいないのかギリギリ分からない表情を浮かべる。

 そして、最後に残っているのは最年少のイーブイの分であるが、それにしては随分と数は残っていた。

 

「アルトマーレに居る子の分とか、これからの子の分とかも合わせて買ってみたんだけど……」

「ブイッ!」

「イーブイのはこれ! 黄色!」

 

 残る色のバンダナからライトが見せつけたのは、イーブイの元気を象徴するかのような黄色のバンダナだ。

 気に入ったのか、かつてない程目を輝かせてバンダナを見つめるイーブイは、膝立ちしているライトの膝に前足を乗せ、尚且つ尻尾を凄まじい勢いで右へ左へと振っていた。

 

「そんな慌てないでって……よしっ! これでオッケーっと!」

「ブイ~♪ ブイ―――ッ!!」

「はははっ! そんなはしゃいだら危ないよ?」

 

 バンダナを巻かれた途端、全力で芝生の上を疾走していくイーブイの元気さにライトは苦笑いを浮かべた。

 これだけ喜んでもらえるのなら、祭りに参加した十二分に意義があると断言できる。

 誓いの樹の下から離れる様にして走っていくイーブイは、モノレールで降りた先にある海沿いの街が見える丘に辿り着く。

 煌々と照らされている誓いの樹の下とは打って変わり、街は海の上に浮かんでいるかのように優しい光を放つ満月によって淡く照らし出されていた。

 

 心躍るがままに街と海、そして月を一望しているイーブイ。

 

「もう、イーブイったら……落ちたら危ない……よ?」

 

 丘の上で悠然と佇むイーブイをゆったりとした足取りで追いかけていたライトとその手持ち達であったが、突然輝き出すイーブイの体に唖然とする。

 誓いの樹の電飾でも、海の上で輝く月の光でもない。

 

 それは違うこと無き、イーブイ自身の体から発せられる神秘の光。

 

 小さかった身体は徐々に大きくなっていき、スラリとした体躯へと変貌していく。ブースターやサンダース、シャワーズなどで目立つ首回りには何も無く、全体的に華奢な印象を受ける体。

 次の瞬間、イーブイだったポケモンの体を包んでいた光が爆ぜると、漆黒の体毛を有すポケモンの姿が露わになる。

 耳や足の根元、尻尾には、月のように光を放つ輪っかの模様があり、進化の光が消え失せても尚、煌々とした美しい光を放っていた。

 

「わぁ……」

『ブラッキー。げっこうポケモン。月の波動を受けて進化したポケモン。満月の夜や興奮した時は、全身の輪っか模様は黄色く光る』

 

 月光の下、街を眺めているブラッキーに自然と図鑑を翳していたライトは、興奮した足取りで進化したパートナーの下へと駆けつける。

 するとブラッキーは、振り返って真紅の瞳をライトに向けてきた。

 

「イーブイ……ううん、ブラッキー! 進化したん―――」

「ブラァ―――ッ!!」

「あ゛あっ、意外と重いっ!?」

 

 歩み寄ってくる主人の下へ満面の笑みのまま“でんこうせっか”で飛び込むブラッキー。それを受け止めようとしたライトであったが、イーブイの時の約四倍になった体重を支えることはできなかった。

 飛び込まれた勢いのまま丘をゴロゴロと転がっていくライトとブラッキー。

 その途中でハッサムとリザードが受け止めてくれたことにより、何とか止まる。

 

「……ふふっ、あははっ! これからよろしくね、ブラッキー!」

「ブラァ♪」

 

 

 

 

 

 芝生の上で大の字になって寝転がる少年。

 ここまで来るのに夢中過ぎて気付かずにいたようだが、どうやら彼は、パートナーの進化という新たなる扉の鍵を既にゲットしていたらしい。

 

 夜空に佇む月は、扉を開いた彼等を祝福するかのごとく一層輝きを増しているように見えた。

 



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第五十七話 もっと、熱くなれよぉおおお!!!

 

 

 

 トレーナーとポケモンが絆を深めあう祭りが開催された次の日。

 四人はポケモンセンターへと向かい、四人が寝泊まりできる部屋を借り、そのままぐっすりと眠っていた。

 朝の陽ざしがカーテンから漏れ出す時間帯、ジリリリと鳴る目覚まし時計を止めるコルニは、キャタピーのように布団の中から出て来る。

 すると、

 

「ポケモーニンッ!」

 

 朝からテンションがMAXのジーナが、溌剌とした声で挨拶を口にする。

 コルニも寝起きながら『おはよー!』と挨拶を返し、他の者達がどこに居るのだろうと見渡すが、デクシオは確認出来るもののライトの姿が見当たらない。

 

「んぁれ? ライトは……?」

「ライトなら、レポートを提出しにエントランスの方に行っていますわ」

「そうなんだ。今日は先越されちゃったなぁ~」

 

 欠伸を堪えながら話をするコルニは、早速パジャマから出かける用の服に着替え始める。それを見たジーナは、『お待ちなさいな!』とコルニを制止し、駆け足で未だ眠っているデクシオの下へと寄っていく。

 

「デクシオ、ポケモーニンッ! もう朝ですわよ! レディーが着替えますから、貴方は廊下で少し待機して下さいまし!」

「ん……なんで、ポケハウスの挨拶……?」

「それはいいですの! 日曜朝八時から始まる番組の事は兎も角、レディーの着替えを覗くなど不名誉な称号を与えられたくないのであれば、お早くに廊下へと行って下さいまし!」

「わ、わかったけど……」

 

 ジーナの声に否応なしにたたき起こされたデクシオは、眠そうに目を擦りながら廊下へと向かって行くデクシオ。

 デクシオが出ていったのを確認するとジーナは、『お待たせ致しましたわね!』とコルニの着替えの再開を催促する。

 それを見て早速と言わんばかりにパジャマを脱ぎ始めるコルニは、頭の中でとあることを考えていた。

 

(そう言えば今日、ヒヨクジムに挑むんだっけ……ライト)

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ……はぁ……! なんでジムがこんな高い所に……っていうか、誓いの樹の上にあるのさ!」

「以前も登りましたが、流石に足に来ますわね……」

 

 ポケモンセンターを後にした四人は、現在誓いの樹の頂上に当たる部分に存在するポケモンジムを目指していた。

 しかし、現在も成長を続けている誓いの樹にエレベーターやエスカレーターを設置することはできていないらしく、旨い具合に樹に巻きついている太い蔓を上っていくという方法で進んでいくしかない。

 一応、道案内の看板は建てられているものの、出来る限り自然の形のまま残している道のりはかなり険しいものとなっている。

 

「本当……キツイなぁ~……!」

「いや、ライトがきついのはブラッキーを背負ってるからだと思うんだけど……」

「え?」

 

 デクシオの言葉にライト以外の全員の視線は、一人の少年の背へと向けられる。あろうことかライトは、昨日進化したばかりのブラッキーをおんぶしながら、この険しい道のりを歩んできているのであった。

 一人だけ完全に労力が桁外れなコトをしているライトに、ジーナが頬を引き攣らせながらこう言い放つ。

 

「完全にドMプレイですわね……」

「僕はそんなつもりは全然ないんだけど」

「27キロですわよ!? 血迷っているとしか思えませんわよ! ちょっとした登山に持っていく荷物の重さですわ!」

「まあ確かに重いけど……」

 

 ふーっと息を吐くライトに対しおんぶされているブラッキーは、終始リラックスした顔を浮かべている。

三十センチから約三倍の大きさである一メートルへと成長したブラッキーは、到底ライトのフードに収まる大きさではなく、更に増えた体重によって朝に悲劇を起こしてしまったのだ。

 

『ブラァ―――ッ!』

『ちょ、ブラッキー!? それでフードになんか入ったら……!』

 

 ビリッ。

 

 現在、ブラッキーを背負っていることにより見る事は出来ないが、今日のライトの服のフードは破れて無くなってしまっている。

 フードを破ってしまったこと。そして、自分が以前のようにフードに入る事ができない事を悟ってしまったブラッキーは、この世のすべてに絶望してしまったかのような顔を浮かべた。

 そこで、見るに堪えないパートナーの姿を目の当たりにしたライトが行ったことが、ブラッキーを背負うというものであったのだ。

 

 ジムに挑戦するには、この誓いの樹を登らなければならないことを知っていたデクシオとジーナの二人は必死に止めさせようとした。

 だが、最終的には『最初だけだから』と口にするライトは、そろそろ誓いの樹の最上部に来るであろう高所に来ても尚、ブラッキーを背負ったままであったのだ。

 これぞマサラクオリティ。

 傍から見ればドMの所業にしか見えないことであっても、彼らにとっては至って普通のことの部類に入るものなのだ。

 

 それは兎も角、息を切らしながら登り始める事三十分。漸く、最上部であると思われる場所に出てきた四人は、広大なバトルフィールドを目の当たりにした。

 樹の上であるにも拘わらず土が敷き詰められており、樹の上に生い茂る木というのは中々妙な物である

 バトルフィールドの真上はちょうど木葉が退けられており、燦々と降り注ぐ太陽の光が降り注いでいた。

 逆にそれ以外はというと、鬱蒼と生い茂る木葉が木陰を作りだし、バトルフィールドとは打って変わって涼しい場所を作り上げている。

 自然に囲まれるという部分ではハクダンジムに通ずるところがあるが、向こうが整備された自然であるのに対し、ヒヨクジムは完全に自然と一体化しているといったところか。

 

 瑞々しい空気を吸いこみながら、額に滲み出ていた汗を拭うライトは、ジムリーダーがどこに居るのだろうと辺りをキョロキョロと見渡す。

 すると―――。

 

「おやおや……まさか、ここに登ってくるまでずっと背負ったままじゃったのかい?」

「え? あ……はい。えっと、貴方がフクジさん……ヒヨクジムリーダーですよね? 僕はライトって言います」

 

 茂みの中から大きな鋏を携えながら、【くさ】タイプのポケモン達と姿を現す老人―――『フクジ』に一礼するライト。

 

「そうじゃ。わたしがここでジムリーダーを務めておるフクジじゃ。君とは、昨日街中でも会ったな」

「はい! その度はありがとうございます。お蔭で、イーブイがこの子……ブラッキーに進化したんです!」

 

 紹介するようにフクジに対して背を見せつけるライトは、背負われているブラッキーを見せつけた。

 背負われているブラッキーを目の当たりにしたフクジは、溌剌とした笑い声を上げながら嬉しそうな様子を見せる。

 

「はっはっは! そうか、それはよかった! ライト君じゃったな? 此処に来るという事はジム戦に来たのじゃろう……昨日の祭りで絆も深まった事じゃろう。今日のジム戦を期待することにしようかの」

「ジム戦、よろしくお願いします!」

「うむ、元気がいいのう。じゃが、いきなりジム戦も誓いの樹(ここ)を登ってきた後ではキツイじゃろう。茶でも出そう」

 

 木々の手入れ用の鋏を腰からぶら下げているケースに仕舞った後に、ウツボットやワタッコなどの見慣れたポケモンと共に、バトルフィールドの奥にある場所へと招くフクジ。

 その際、メェークルを逞しくしたようなポケモンに身軽に飛び乗るのを目の当たりにしたライトは、折角であるのだからと図鑑を翳してみる。

 

『ゴーゴート。ライドポケモン。ツノを握るわずかな違いからトレーナーの気持ちを読み取るので、一体となって走れるのだ』

(ゴーゴート……パワーがありそうなポケモンだなぁ)

 

 屈強な身体を見るだけで、かなりのパワーを有していることは理解できる。

 

(強敵だな……)

 

 恐らく、ジム戦でも繰り出してくるであろうポケモンを目の前に、ライトの表情は凛としたものになる。

 だが、フクジに招かれるがままに進んでいく先から漂ってくる茶の香りにハッとして、一先ずは休憩に勤しもうと穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あぁ~……久し振りの緑茶、美味しいです」

「そうか、それはよかった。緑茶にはカテキンも多いし、ビタミンCもある。紅茶も旨いが、わたしはやはり緑茶の方が好きじゃのう」

「そうですね。お茶漬けとかも美味しいですし……」

「茶漬け……? ああ、白米に熱々の茶を掛けて食べる料理のことか。カロスでは余り見ない食べ方じゃが、実際どうなのかね?」

「梅干しとか漬物とかと一緒に食べると美味しいですよ。塩味が程よくなるのと、お茶の風味がお米とよく合うんで……」

「ほう! なら今度、米を取り寄せて試してみようかの」

 

 バトルフィールドの奥の部屋にあるのは、普段フクジがよく休憩に来るという書斎のような部屋であった。

 円を描くように丸い部屋の壁には所せましに本棚が敷き詰められており、様々な種類の本が垣間見える。

 おもに草木の本が多いが、ポケモンの事や歴史についての本もあり、フクジが様々なジャンルに気を掛けていることが理解できた。

 

 そんな書斎の中央に置かれている丸型のテーブルの周りに座る四人とフクジ。その中でも、隣り合って座りながら茶を啜るライトとフクジの話は盛り上がっている。

 

「(なんかライト、おじいちゃんみたいだね……)」

「(お茶漬けとはなんですの?)

「(カントーとかジョウトの、ご飯にお茶を掛けて食べる料理だった筈だけど……)」

「(……カロスで言うところの、コーンスープにパンを浸して食べるようなものですの?)」

「(う~ん、まあ……主食を飲み物に浸すという点ではあってると思うけど)」

 

 盛り上がるライトとフクジとは打って変わり、ひそひそと会話を繰り広げている三人。お茶漬けが何たるかを訊いてくるジーナに、各地方について博識なデクシオが答えていく形で話は進むが―――。

 

「(あと、梅干しってなんですの? 話を聞く限り、しょっぱそうな食べものに聞こえますわ)」

「(確か……梅の果実を干した後に塩漬けした物の筈だよ)」

「(あたし食べたことあるよ! ……めちゃくちゃ酸っぱくて、ピクルスの比じゃなかった……)」

 

 祖父に勧められて食べたことのある梅干しの味を思い出し、思わず口をすぼめてしまうコルニ。

 その顔を見てジーナは戦慄する。

 

「(ピクルスの比じゃない酸っぱさの物を……!? 中々チャンレンジャーな方が多いのですわね、向こうの方々は……)」

 

 勝手にカントーとジョウトのイメージが築き上げられる瞬間であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 緑茶を用いてのティータイムは終了し、ライトとフクジの二人はバトルフィールドの両端で準備運動をしていた。

 温かい陽気の中でも、時折吹いてくる風がフィールド全体に心地よさをもたらしていく。

 コルニ達三人については、フィールドから少し離れた場所に設置されている観戦席に佇んでおり、これから始まる一人の少年の戦いの行く末を見守ろうとしていた。

 

「ライト君のジムバッジは四個じゃったな?」

「はい!」

「それじゃあ、今回のバトル形式は手持ち三体を用いてのシングルバトル……バトル中の交換は挑戦者のみに認められる。後者については今まで何回も聞いておることじゃろう」

「ジムリーダーの方も、交代技でならありだとは聞いています」

「その通りじゃ。それをどう利用するかは、君次第ということじゃな」

 

 ここにきて不敵な笑みを浮かべるフクジに、同じく不敵な笑みを浮かべるライト。念を押してくるという事は、今から戦うジムリーダーがそういった戦法を扱うのを暗に示していることであった。

 その事を考慮しつつ選んだボールを片手にするライトは、既に臨戦態勢に入っており、闘志滾る瞳をフクジへと送っている。

 フクジもまたボールを片手に握ると、審判であるジムトレーナーにアイコンタクトをとった。

 

「これより、ジムリーダー・フクジ対挑戦者ライトのジム戦を行います!」

「ファイトですわよ、ライト!」

「かっ飛ばせぇ―――!」

 

 ドンドンドン、パフッ、パフッ!

 

「……二人はどこからそれを持ってきたんだい?」

 

 どこからともなく取り出した応援グッズを目の当たりにしたデクシオは、やんわりとした声色でツッコんでみるものの、二人は一切気にせずに応援を続けている。

 その間にも、審判の指示で二人はボールを放り投げて一体目のポケモンをフィールドへと繰り出した。

 

「ハッサム、君に決めた!」

「ワタッコ、行きなさい」

 

 ライトが繰り出したのがハッサムであるのに対し、フクジが繰り出したのは頭部と手にタンポポの綿毛を有すポケモン。

 一見、ハッサムと比べると余りにもひ弱そうなポケモンに見えてしまうが、それでも選出したことを考慮すると、何かしらの役割を有しているのか。

 それは戦ってみなければ分からないことであるのだが、戦ったことのあるデクシオとジーナの表情は何やら浮かないものとなっていた。

 

「これは……」

「ハッサムでは、不味いかもしれませんわ」

「えっ?」

 

 予想外な二人の言葉に思わず声を上げるコルニ。タイプ相性的には圧倒的優位を誇るハッサムだが―――。

 

「それでは、試合開始!!」

 

 コルニの疑問が解けぬまま、審判の声が響き渡ることによって戦いの幕開けが否応なしに知らされることになった。

 刹那、審判の視界を奔り抜ける一陣の紅い風。

 

「“バレットパンチ”!」

「なんとっ!」

 

 試合開始と同時に駆け出したハッサムは、弾丸のように速い拳をワタッコに突出し、その小さい体を殴り飛ばした。

 大きな鋏で殴り飛ばされたワタッコは数メートル程宙を飛んだ後に、何とか両腕の綿で空気を受け止めて停止するものの、かなりの体力を削られたのかその表情は険しい。

 開幕直後の“バレットパンチ”に驚くフクジであったが、ニヤリと口角を吊り上げてワタッコに指示を出す。

 

「“コットンガード”じゃ!」

 

 次の瞬間、ワタッコの有す綿毛から凄まじい量の綿が宙に放たれ、ワタッコの周囲は綿毛で埋め尽くされていく。

 もふもふする物を好む者であれば歓喜を見せる光景であろうが、“コットンガード”の技の能力を把握していないライトは逡巡するように顎に手を当てていた。

 

(ここは一先ず……)

「“つばめがえし”で切り裂いて!」

 

 【くさ】の弱点を突ける【ひこう】技である“つばめがえし”を指示したライト。

 ハッサムは再びワタッコが居るであろう綿の集合体へ向けて駆け出し、綿ごとワタッコを斬りつけようと鋏を振りかざした。

 しかし、

 

(ッ……届かない!?)

 

 ザンッ、と綿を大きく切り裂いたハッサムであったが、肝心のワタッコに鋏が届くことは無かった。

 どれだけの量が凝縮しているのかと疑いたくなる光景だが、驚くライトを目の当たりにしたフクジは畳み掛けようと声を張り上げる。

 

「“にほんばれ”じゃ!!」

 

 切り裂かれた綿毛の中から飛び出してくるワタッコは、燦々と日光が降り注ぐ位置まで飛翔に、空に向かって両腕を掲げた。

 その瞬間、フィールド上に降り注ぐ日光の勢いが強まり、ライト達が居る場所の気温がぐんぐん上昇していく。

 余りの熱さに額からタラりと汗がにじみ出るが、それを拭いながらライトは上空に対空しているワタッコを指差した。

 

「ハッサム、“とんぼがえり”!!」

 

 ハッサムの“つばめがえし”ですら切り裂く事の出来なかった“コットンガード”という技を、【ぼうぎょ】を各段に上昇させる補助技だと断定したライトは、一先ずハッサムを下げることを画策して“とんぼがえり”を指示した。

 指示通り“とんぼがえり”を繰り出そうと宙へ飛翔していくハッサム。

 直線での移動であれば、ストライクの頃と大差ない速さを出す事のできるハッサムはものの数秒ほどでワタッコに接近し、トレーナーの下へと戻る勢いを付ける為にワタッコに攻撃を仕掛けようとするが―――。

 

「“まもる”じゃ、ワタッコ」

「ッ!」

 

 あと一歩、というところで防御壁に繰り出した攻撃を防がれてしまったハッサムは、翅を上手く羽ばたかせてフィールドへと着地しようとする。

 

「そこじゃ、ワタッコ! “とんぼがえり”!」

 

 先程とは逆に、ワタッコの方からハッサムへと突撃していく。

 

(速いッ!?)

 

 只でさえ速かったワタッコの動きが更に鋭さを増しているのを目の当たりにし、ライトは瞠目する。

 そうしている間にもワタッコはハッサムの体に激突し、そのままフクジのボールの中へと戻っていく。

 攻撃を喰らったハッサムであったが、大したことのないダメージであったのか、特にバランスを崩すことも無くフィールドに着地した。

 

 そして、ワタッコの代わりにフィールドに姿を現したのは、大きなツボのような植物ポケモン。

 

「頼んだぞ、ウツボット」

(ウツボット……!?)

 

 【くさ】・【どく】の複合タイプであるハエとりポケモン『ウツボット』。“バトンタッチ”で能力を引き継ぐわけでもなく飛び出してきたポケモンに、ライトは得も言えぬ違和感を覚えた。

 記憶の限り、ウツボットにはハッサムに対抗できるような技は持っていなかった筈だが―――。

 

「ハッサム、ここは“つばめがえし”で行こう!」

 

 耐久はそれほどなかった筈。“テクニシャン”の補正が掛かっているハッサムの“つばめがえし”であれば、ほぼ一撃でウツボットを下すことができると判断したライト。

 指示を受けたハッサムは、ドンッとフィールドを蹴ってウツボットに向けて飛翔してくる

 それを見たフクジは、かつてない程に口角を吊り上げて腕を前へと振るった。

 

「“ウェザーボール”じゃ、ウツボット!!」

 

 次の瞬間、ウツボットの口の部分とそれを覆い隠すように生えている葉の間に、一つの光弾が収束されていく。

 始めはただの白い光弾であったが、みるみるうちに赤く、そして熱く変化していった。

 赤熱する光弾を目の当たりにしたライトは、ゾクリと背筋が凍ったかのような感覚に陥る。

 

「しまった! ハッサム、避け―――」

「遅い!」

 

 回避するよう指示したライトであったが、予想以上に動きが速いウツボットは直線状に飛来してきたハッサムに“ウェザーボール”を解き放つ。

 ウツボットの動きに比例するように高速で解き放たれた光弾は、そのままハッサムの体に直撃し、フィールドに爆発を巻き起こす。

 明らかに【くさ】技ではない攻撃。それは、ハッサムの唯一の弱点であった。

 

 爆炎の中から一つの影は、姿を現すと同時にそのまま力なくフィールドに崩れ落ちる。

 

「ハッサム、戦闘不能!」

「ッ……!!」

「どうじゃね、ライト君。これこそが、【くさ】の真髄の一つじゃよ」

 

 瀕死になったハッサムをボールの中へ戻しながら戦慄しているライトに、目元に影を浮かべながら語るフクジ。

 そこには既に、優しい老人の姿はなく、挑戦者に相対すジムリーダーが悠然と佇まっていた。

 

「【くさ】は一般的に天候に支配されやすいタイプじゃと言われておるが、それは間違い……天候を支配できるタイプこそ【くさ】。この母なる大地に深く寄り添いながら生きてきたポケモンの『力』じゃよ」

「くっ……!」

「“ウェザーボール”は天候によってタイプと威力が変動する技……あとは、言わずとも分かるじゃろう?」

「……“にほんばれ”で晴れにしたから、【ほのお】へと……ですね」

「明答」

 

 ライトの答えに笑みを浮かべながら正解であることを伝えるフクジ。それが心理的圧迫を与える作戦であるのかどうかは分からぬが、ただ一つ理解できたことはある。

 ジュプトルを繰り出したところで、弱点を突かれて一方的に倒されるのみであるということ。

 恐らくウツボットやワタッコの特性は“ようりょくそ”。晴れの時、【すばやさ】が倍になる、【くさ】タイプのポケモンに多い特性だ。

 ジュプトルも【くさ】はあるものの特性は“しんりょく”。尚且つ、元の【すばやさ】が速かろうと相手はそれ以上の速さを有している。

 繰り出した直後に“ウェザーボール”で返り討ちにされるのは目に見えていた。

 

(なら、リザードで攻めるべきなんだろうけど……悪手かもしれない)

 

 晴れの恩恵を受ける【ほのお】を繰り出そうかと考えたライトであったが、その考えは切り捨てられた。

 【すばやさ】の速い相手に上から“ねむりごな”や“しびれごな”を撃たれることを危惧したからである。

 

(状態異常を回避できて、尚且つ天候を味方にする【くさ】を相手どるには……この子しかいない!)

 

 腹が決まった所で一つのボールに手を掛けたライト。

 繰り出したのは―――。

 

 

 

 

 

「ブラッキー、君に決めた!!」

 

 

 

 

 

 昨日進化したばかりの頼もしいパートナー。

 



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第五十八話 月に変わって○○よ!!

「ほほう、ブラッキーで来るか……」

 

 ライトの繰り出したポケモンを目の当たりにしたフクジは、フムフムと頷いている。【あく】タイプのブラッキーは、【くさ】・【どく】タイプのウツボットとの相性は至って普通。

 ブラッキーの特徴は、何よりもその耐久力だ。攻撃面は頼り気が無いものの、【HP】、【ぼうぎょ】、【とくぼう】の三つの能力値が優れており、イーブイの進化形の中でも屈指の耐久力を有している。

 更にフクジが目を付けていたのはブラッキーの特性だ。

 それは―――。

 

「成程。“シンクロ”であれば、わたしのウツボットの状態異常の攻撃を牽制できる……そうじゃな」

「っ……」

 

 目論見をまんまと見透かされたライトの眉はピクリと動く。

 しかし、この場面ではライトの選択は最善のものであったとフクジは考え、素直に挑戦者の少年を心の中で賞賛した。

 ブラッキーの特性である“シンクロ”は、自分が相手の攻撃で状態異常になった時、相手にも自分に掛かったものと同じ状態異常にするというものだ。

 つまりウツボットは、ブラッキーに“ねむりごな”や“しびれごな”を喰らわせた場合、自分にもその状態異常に掛かってしまう。

 ただ、【どく】と【もうどく】に関しては、ウツボットが【どく】タイプを有すという都合上、ブラッキーに【どく】を掛けてもシンクロで状態異常が返って来る事は無い。

 

「生半可なパワーではブラッキーを突破できぬじゃろう……ここは素直に、パワーで押させてもらう事にしようかの。“ソーラービーム”!」

 

 フクジの声と共に空を仰ぐウツボットの頭上には、瞬く間に日光を浴びて生成されたエネルギーが凝縮されていく。

 それを目の当たりにしたライトは、ブラッキーにアイコンタクトをとると同時に、人差し指をクイクイと曲げてみせた。

 主人の動作の意図を汲みとったブラッキーは頷き、真正面から解き放たれてきた“ソーラービーム”を真正面から受け止める。

 

「なっ、真正面から!?」

「それに“ソーラービーム”の発射の速さ……日本晴れの影響だね」

 

 【くさ】タイプの特殊技最高峰の威力を誇る”ソーラービーム”。強力な威力を誇る技であるものの、エネルギーのチャージに時間がかかるという欠点がある。

 しかし、天候が晴れている場合は通常よりも早く発射できるという利点があるのだ。

 そんな技を真正面から受けたブラッキーを中心に爆発が起きるものの、煙が晴れていくと四本足でしっかりと大地を踏みしめているブラッキーの姿が垣間見えた。

 

 それだけを見ればかなりの耐久力であることだけが分かるが、観戦している三人は光り輝くブラッキーの体の輪っか模様に目を付けた。

 

「“つきのひかり”……普通なら体力の半分を回復といったところじゃが、晴れならほぼ全回復の技じゃったな。わたしの戦法を逆手にとってきたということか」

 

 顎に生えている髭を撫でながら、ブラッキーが行使している技をずばり言い当てるフクジ。

 タイプ一致の大技を喰らっても尚、この晴れという天候の下であれば“つきのひかり”を一度行使するだけでダメージを無かったものにすることができる。

 しかし、ここまで受け身の姿勢をとっている相手に違和感を覚えるフクジは、ジッとライトの事を見据えた。

 するとここで、ライトが動く。

 

「ブラッキー、“バトンタッチ”! お願い、リザード!」

(なに?)

 

 受け身の姿勢だけをとってブラッキーを後退させたライトの行動に、誰もが首を傾げた。わざわざブラッキーを繰り出したのにも拘わらず、一分もかからずに次なるポケモンに交代させるとは、一体なにを企んでいるのだろうか。

 唯一その答えを知っているライトは、ウツボットに有利なタイプであるリザードを繰り出した。

 咆哮を上げ、尾の先の炎を轟々と燃え盛らせている蜥蜴の姿を目の当たりにしたフクジは、ハンチング帽を深く被る。

 

「一先ずここは……“ねむりごな”じゃ!」

 

 特性が“ようりょくそ”のウツボットは、晴れの下であればリザードよりも早く動ける【すばやさ】を発揮できる。

 幾ら【ほのお】タイプといえど、眠らされてしまえば手も足も出ないことは明白だ。

 【くさ】技の通りは悪いものの、フクジのウツボットは“ヘドロばくだん”を覚えており、眠っている間に三発も喰らわせられれば確実に倒せる威力は有している。

 そのように、迷うことなく“ねむりごな”を指示したフクジであったが、ウツボットの様子に違和感を覚えた。

 何やら、プルプルと震えている様な―――。

 

「どうしたのじゃ、ウツボッ―――」

「キィイイイッ!!」

「これはっ!?」

 

 フクジの指示を聞かず、手に当たる部分の葉を鋭く尖らせて“リーフブレード”を繰り出そうとするウツボットの顔は、憤怒に染まっていた。

 そんなウツボットの目線の先には、晴れの恩恵を受けていつもより炎を熱く、激しく燃え盛らせているリザードが、口腔から一つの炎の塊を口腔に準備しているのが見える。

 

「“だいもんじ”!!!」

 

 次の瞬間、爆発するように解き放たれた炎の塊が、宙を奔る途中で『大』の字に変形した後に、“リーフブレード”で切り裂こうとするウツボットに直撃した。

 先程の“ソーラービーム”とは比べ物にならないほどの爆発と爆炎が巻き起こると、数秒後にはウツボットがドサリとフィールド上へと倒れ込む。

 

「ウツボット、戦闘不能!」

「っし!」

「リザァアア!!」

 

 ガッツポーズをしてみせるライト。一方リザードは、昂ぶった感情を表すように、空へ向けて炎を吐いていた。

 その間、ウツボットをボールに戻すフクジは、『してやられた』というかのような苦々しい笑みを浮かべている。

 

「本命はこっちじゃったか……ブラッキーを繰り出した真の目的は“ちょうはつ”かな?」

「……どうでしょうね」

「はっはっは! そう易々と敵に教える訳にはいかないとな……ならば、また頼んだぞ! ワタッコ!」

 

 ウツボットの次にフクジが繰り出したのは、先発で“にほんばれ”を使ってきた相手だ。フクジがポケモンを場に繰り出したのを確認し、審判が目でライトに合図を送る。

 それを見たライトは、

 

「戻って、リザード! またお願い、ブラッキー!」

 

 ウツボットを“だいもんじ”の一撃で下したリザードを戻し、再びブラッキーを場に繰り出す。

 その目的は、先程と同じく【くさ】タイプに共通する補助技を“ちょうはつ”によって封じるためだ。

 “ちょうはつ”は【あく】タイプの補助技であり、文字通り相手を挑発して怒らせ、攻撃技しか出せなくするというものだ。

 ウツボットは“ちょうはつ”されて憤慨した隙を、晴れの影響で威力の上がっている“だいもんじ”を真面に喰らい、一撃で倒されたのである。

 

 リザードは物理攻撃であれば“ほのおのキバ”。特殊攻撃であれば“だいもんじ”と、【くさ】の弱点を突ける攻撃を物理と特殊のどちらも所持している。

 ここでリザードを失えば、この先に控えているであろうポケモンに勝てないと判断したライトは、安全な試合運びをする為にもう一度ブラッキーを繰り出したのだった。

 

 ポケモンが場に揃ったことで、バトルフィールドには更なる緊張感に包まれる。

 そして、

 

「ワタッコ、“やどりぎのタネ”じゃ!」

「ブラッキー! “ちょうはつ”!」

 

 ワタッコが腕の綿毛の中から種をブラッキーに放つのに対しブラッキーにはというと、尻の方みせて尻尾を振るってみたり、前足を器用に使って『あっかんべー』などと、散々相手を挑発していた。

 単純な【すばやさ】で勝っているワタッコは、“やどりぎのタネ”をブラッキーに命中させたと同時に、目の前で散々挑発してくる相手に憤怒の色を顔に浮かべる。

 一方、ブラッキーの“ちょうはつ”を成功させて、相手の補助技を封じることに成功したライトであるが、その表情は何やら曇っていた。

 

(“やどりぎのタネ”か……これは厄介かな)

 

 みるみるうちにブラッキーの体に巻きついていく蔓のようなもの。【くさ】タイプの補助技の一つである“やどりぎのタネ”は、種を植えつけた相手の体力を徐々に吸い取っていくという、数ある技の中でも【くさ】ならではの技だ。

 長期戦であれば自分の体力が減り、相手に吸い取られていくということから、かなり厳しい試合へと発展してしまうが、すぐにブラッキーを戻す算段であるライトは、その限りではないと言わんばかりに指示を飛ばす。

 

「“バトンタッチ”!」

 

 只の交代ではなく、能力変化までもを引き継ぐ交代技“バトンタッチ”。今は特に能力変化はない為、先程と同じように体力満タンのリザードが場に姿を現す。

 それと同時に、先程まで燦々と降り注いでいた日光の勢いが強まり、フィールド上には心地よい風が吹き始める。

 “にほんばれ”による日差しが強い状況が終了したことを告げる現象に眉を顰めるライトであったが、充分倒せるだけの火力をリザードは有している筈。

 そう信じて、再び最大火力で迎え撃とうと声を張り上げた。

 

「リザード、“だいもんじ”だ!!」

「ワタッコ、“アクロバット”」

 

 再びフィールドを疾走する大の字の炎であったが、ワタッコは素早い動きでリザード翻弄し、”だいもんじ”を見事と回避したのちに突撃してきた。その間にも、”バトンタッチ”によって引き継がれたヤドリギは、リザードの体を拘束し始めてた。

 そして、ワタッコの攻撃を真面に食らってしまうリザードであったが大したダメージは受けていないのか、フルフルと首を振ったのちに闘志滾る瞳をワタッコに向けている。

 

(これは……パワー切れを狙ってるのか!?)

 

 こうしてリザードを翻弄する意味。

 それはリザードの“だいもんじ”のパワー切れを狙い、後続へと繋ごうとしている事だ。リザードが“だいもんじ”を放てるのは多くて五回であり、ウツボットへ放った時と今防がれた回数を引けば、残り三発というところになっている。

 命中率も不安定である中、残弾を減らされるというのは好ましくない状況だ。

 

「なら、“ほのおのキバ”!!」

「“タネマシンガン”じゃ!」

 

 赤熱の牙をむき出しにしてワタッコに飛び掛かっていくリザードだが、その寸前でワタッコは綿毛から無数の種を機関銃のように応酬し、リザードの動きを妨げようとする。

 だが、先程のような二の舞を踏むわけにはいかないライトは、必死の逡巡の中で一つの案を閃き出す。

 

「種ごと燃やすんだ! “だいもんじ”!!」

「リザァアア!!」

「むっ!?」

 

 放たれる種に向かってそのまま“だいもんじ”を解き放つリザード。

 すると、瞬く間に炎は種を伝って、一気に燃え広がっていく。そして、中央で攻撃態勢をとっていたワタッコにも―――。

 

「ワテャアアア!?」

 

 放った種ごとごと炎で焼かれたワタッコは、逃げる間もなく全身煤まみれになりながら地面に落下する。

 ピクピクと痙攣している辺り、今の一撃で体力を全て持っていかれたのだろう。

 

「ワタッコ、戦闘不能!」

「ご苦労さん、ワタッコ」

 

 ワタッコをボールに戻すフクジであるが、その表情に焦燥などは一切感じ取ることができない。

 やはりそこは場数の違いか。手持ちの数が相手に勝られていようと、ここから巻き上げていくのがジムリーダー。

 不敵な笑みを浮かべるフクジは、ボールを大きく放り投げて最後の一体を繰り出す。

 

「それじゃあ、宜しく頼むぞ。ゴーゴート!」

(やっぱりか……)

 

 地響きを鳴らしながらフィールドに姿を現したのは、メェークルの進化形であるゴーゴートだ。

 凛々しい表情を見せる【くさ】タイプのポケモンを目の当たりにしたライトは、一瞬圧倒されるように目を見開くものの、すぐさまグッと拳を握って気合いを入れ直した。

 

「リザード、“りゅうのいかり”!!」

 

 接近戦は危険と判断したライトは、“だいもんじ”ではなく“りゅうのいかり”を選択する。

 理由としては、残弾が少ない“だいもんじ”をそう易々と繰り出していく訳にいかないというものと、“りゅうのいかり”を喰らった相手がどの程度ダメージを喰らうかというのを観察し、大まかな体力を予想する為だ。

 リザードの口腔で収束していたエネルギーは、限界まで収束すると同時にゴーゴートへと解き放たれる。

 

「“エナジーボール”!」

 

 しかし、ゴーゴートに迫っていった光弾は、ゴーゴートが口腔から解き放った淡い緑色の光弾によって相殺される。

 

「くっ……“ドラゴンクロー”で接近!」

 

 フィールドの中央で激突した光弾の爆発によって巻き起こる砂煙。それに乗じてリザードが得意とする接近戦に持ち込もうとするライト。

 ゴーゴートを見た印象では、パワー自体はリザードを凌駕していそうであるものの、体の大きさ的に立ち回りではリザードの方が勝っている筈。

 近づいてからが勝負―――の、筈だった。

 

「ゴーゴート、“じしん”!!」

「ゴォオオオッ!!!」

 

 直後、猛々しい咆哮と共に地響きが鳴ると思ったら、凄まじい揺れが肉迫しようとするリザードを襲う。

 余りに震動にリザードは進むことができず、フィールドの端に佇まっているライトも真面に立てず、何とか膝立ちをしている状態だ。

 

「くっ……リザード! “ドラゴンクロー”を地面に突き立てて!!」

「グルゥ……!」

 

 【ほのお】タイプに効果が抜群な技で攻められているリザードは険しい表情を浮かべるものの、何とかその場に爪を突き立てて、自分を支えようと試みる。

 それを確認したライトは、轟々と鳴り響く地響きに負けないように声を張り上げた。

 

「そのままっ……“だいもんじ”ぃい!!!」

「リザアアアッ!!!」

 

 固定砲台のように、爪を突き立てて自分を支えたまま前方に爆炎を解き放つリザード。疾走していく大の字の炎は、砂煙の中に悠然と佇まっているゴーゴートに迫っていく。

 

(よし、これなら当たる……!!)

 

 軌道は悪くない。

 このまま防がれでもしなければ、確実に“だいもんじ”はゴーゴートに直撃する。命中さえすれば、一撃で倒せるには及ばずとも、大ダメージを与える事には成功するだろう。

 そのような一抹の望みを託し、疾走する炎を見届けるライト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ゴーゴート、“なみのり”じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、ゴーゴートの頭上で空気中を漂っていた水分が凝縮されていき、一つの水の塊が完成した。

 するとゴーゴートは、躊躇うことなくその水の塊を前方へと解き放つ。

 塊は瞬時に解放されて膨大な水へと変貌し、フィールド上を大波となってリザードに襲いかかっていく。

 途中、大波は“だいもんじ”と衝突して少しばかり蒸発したものの、膨大な水には“だいもんじ”も焼け石に水状態であったのか、瞬時に鎮火されてしまう。

 そのままリザードは為す術もなく大波に攫われていき、フィールドから少し外れたところに生えてある木の幹へと激突する。

 

「グァッ……!」

「リザード!!」

「リザード、戦闘不能!」

 

 効果抜群の技を立て続けに喰らってしまったリザードは、木の幹に激突すると同時に意識を失くし、地面にどさりと崩れ落ちた。

 悲痛な声を上げたライトであったが、最後にはパートナーを労う言葉を掛けながらボールに戻す。

 

(まさか“なみのり”が使えるだなんて……!)

 

 完全に予想外の攻撃に戸惑うライトであったが、深呼吸をすることによって何とか冷静に状況を分析できるまで落ち着いた。

 【みず】タイプの特殊技である“なみのり”。“ハイドロポンプ”などより威力は低いものの、安定した威力とそれなりのPPでよほどの長期戦でなければパワー切れを起こすことはない。

 【じめん】に【みず】と、【くさ】が苦手とするタイプに対して有効な技を覚えるゴーゴート。

 

(ブラッキーでどうやって対抗しよう……)

 

 非常に強力な技が揃っている相手に対しブラッキーは、それほど強力な技が揃っていない。

 無理に攻める戦い方をすれば押し負けるのが目に見えている。

 

(……対抗できる手があるとすれば)

 

 あの技であれば、何とかゴーゴートを倒せる可能性があると判断したライトは、ブラッキーのボールに手を掛ける。

 

「ブラッキー、君に決めた!!」

「ブラァ!!」

 

 気合十分の鳴き声を上げるブラッキー。そんなブラッキーに対しライトは、チロリと舌を出して見せる。

 そして、再びゴーゴートの方へと視線を向けて腕を振るう。

 

「“でんこうせっか”!!」

 

 瞬間、一陣の風となってゴーゴートへと突進していくブラッキーは、ゴーゴートと比べると何回りも小さい体で突進した。

 ゴンッ、と鈍い音を響かせて胴へと激突したブラッキーは、ギリギリと歯を食い縛りながら自分の頭部をゴーゴートの胴へと深くめり込ませようとする。

 しかし、ワタッコから受けた“やどりぎのタネ”によって体力を吸われ疲弊していたために、ふとした瞬間に力が抜けてしまう。

 

「今じゃ、“ウッドホーン”!!!」

 

 次の瞬間、少し跳ねてブラッキーとの距離をとったゴーゴートが、体力を吸われてへばっているブラッキーへと突進していく。

 その際、後方へ突きだすように伸びているツノが淡い緑色に光っているのをライトは見逃さなかった。

 だが、ライトが回避の指示を出すよりも早くゴーゴートの“ウッドホーン”がブラッキーに命中する。

 

「ブラッキー!?」

「ッ……ブラァ!」

 

 “ウッドホーン”で弾き飛ばされたブラッキーであったが、何とか持ちこたえて真紅の瞳をゴーゴートの方へと遣った。

 当のゴーゴートはというと、今にも駆け出せるように前足で砂を払っている。

 

「“つきのひかり”!!」

 

 もう一度同じ技を喰らえば危ないと考えたライトは、回復技である“つきのひかり”を指示した。

 瞬間、ブラッキーは空を仰ぎながら体の輪っか模様を光らせ、体力の回復を図る。

 だが、その隙を見逃すことなどないフクジは、すぐさま攻撃の指示を口にした。

 

「“エナジーボール”じゃ、ゴーゴート!!」

 

 若草色の光弾は一直線に回復を図るブラッキーへと突き進み、見事体に直撃する。しかし、回復したばかりのブラッキーの体力を削り切ることはできずに、当のブラッキーは力強く大地を踏みしめていた。

 だが、フクジは不敵な笑みを浮かべたまま次々と攻撃技を口にする。

 

「“ウッドホーン”!!」

「“つきのひかり”!!」

 

 再び突進してくるゴーゴートに対し、完全に防戦一方となるブラッキー。大地が揺れる程力強くフィールドを駆けるゴーゴートの突進を喰らったブラッキーは、強力な攻撃によって減っていく体力を補おうと再び“つきのひかり”を発動する。

 その光景を目の当たりにしていた三人の表情は、焦燥へと移り変わっていた。

 

「不味い……完全に守りに入ってしまってる……! このままじゃ、いずれ押し切られてしまう……!」

「い、いや! まだ何とかここから切り替えして―――」

「ダメですわ! 只でさえブラッキーには“やどりぎのタネ”を喰らっているのに、回復ばかりに徹するのは余りにもジリ貧……!」

 

 ガンガン攻め続けていくゴーゴート。

 一方、“つきのひかり”で回復し続けるブラッキー。戦況はどう見ても、フクジの方が優勢であった。

 暫くの間、ゴーゴートの猛攻を受け続けていたブラッキーであるが、ある時を境に息を切らしながら疲労を全面に出し始める。

 それを目の当たりにしたフクジは、ジッと立ち尽くしているライトに向かって口を開いた。

 

「……“つきのひかり”はもう使えないのじゃろう? パワー切れじゃ」

「……」

「“つきのひかり”は最大五回。ポイントアップでも使っていなければ、今ので全て力を使い果たしたことになるな」

 

 無言で佇まる少年に、フクジは語る。

 

「回復手段を失えば、最早背水の陣じゃな。中々のタフネス……素直に称賛に値するのう」

「……まだ」

「因みにわたしが何度か指示した“ウッドホーン”という技は、攻撃した際に与えたダメージの半分の自分の体力へと変換できる。この意味が分かるじゃろう?」

 

 ジムリーダーが暗に示すこと。

 それ即ち、挑戦者の―――ライトの敗北。“やどりぎのタネ”によって既に全快しているゴーゴートは、攻撃と同時に回復もできる“ウッドホーン”という技も覚えている。

 強力な技を有していないブラッキーでは、既に突破できないことが確定していた。

 

「また明日もある。今日はこのくらいで―――」

 

 

 

 

 

 ……ガクンッ

 

 

 

 

 

「なッ!?」

「今だ!!! “おんがえし”!!!!!」

「ブラァアアアアアアッ!!!」

 

 刹那、ゴーゴートが膝を着く。その瞬間に主人の指示を聞いたブラッキーは、強く大地を蹴って全身全霊の突進をゴーゴートに叩き込んだ。

 ゴーゴートの巨体を上から襲いかかるブラッキー。次の瞬間、最大威力を発揮した“おんがえし”によって、ゴーゴートが居る場所を中心に地面に罅が入った。

 砂煙が巻き起こると同時に見えなくなっていく二体の姿。

 だが、今の一瞬の攻防を目の当たりにすれば、どちらが勝利を掴みとったのかというのは容易く予想できた。

 

「ゴ……ゴォ~……」

「ゴーゴート、戦闘不能! よって勝者、挑戦者ライト!」

「よっし!! おいで、ブラッキー!!」

「ブラァ~!!」

 

 地面に倒れ込むゴーゴートの上に佇んでいたブラッキーは、主人の呼ぶ声に招かれるがままにフィールド上から走り去っていく。

 一体何が起こったのかと疑問が晴れないフクジは、ゆっくりとした足取りでゴーゴートへと歩み寄る。

 そこで見たものとは―――。

 

「これは……【もうどく】じゃと?」

「はい! ゴーゴートとブラッキーの最初の対面で“どくどく”を撃ったんです。あとは、【もうどく】のダメージが回るまでずっとブラッキーに耐えてもらって……急所に当たったら危なかったんですけど……」

「なんと! これは一本取られたなぁ~!」

 

 ブラッキーを抱きかかえながらフクジに歩み寄るライトは、ゴーゴートがいきなり膝を着いた理由を口にし、それに対しフクジは驚愕の色を顔に浮かべた。

 経過する時間に伴い、与えるダメージが多くなっていく状態異常【もうどく】。“ウッドホーン”で相手の体力が回復していくのを逆手にとり、気付かれないようにじわりじわりと与えていくダメージを増やしていたのだ。

 まさに、耐久が優れているポケモンだからこそ扱える戦法。

 

「はて……じゃが、一体いつにじゃ? わたしにはどのタイミングで“どくどく”を撃たれたのか気付かなかったが……」

「ブラッキーは興奮したり怒ったりすると毒素を含んだ汗を相手に飛ばすっていう記述が、ポケモン図鑑にあったんです。汗なら、気付かれない内に毒を入れられるんじゃないかって……それで“でんこうせっか”で突撃した時にはもう……っていう感じで!」

 

 えへへっ、とはにかむ少年の姿に対し、詰が甘かったかと苦笑を浮かべるフクジ。

 するとフクジは、徐にズボンのポケットの中を漁り、一つのバッジをライトへと差し出した。

 青々強い木葉に水滴が一粒ついているかのようなバッジを目の当たりにし、ライトとブラッキーの目はキラキラと輝き始める。

 

「これがわたしに勝った証……『プラントバッジ』じゃ! これからの君が、伸び伸びと成長する植物のような目覚ましい活躍を見せてくれる事を期待しつつ託したいと思う! 受け取ってくれい!」

「ありがとうございます!!」

 

 一礼してから受け取ったジムバッジをケースに仕舞いこむライト。

 五つ揃ったケースの中身を見ながら、初めてジム戦で相手を倒して勝利を掴みとった貢献者に笑みを浮かべるライト。

 進化して凛々しさが増したブラッキーであるが、今はイーブイの時のような屈託のない太陽の様な笑みを浮かべている。

 

「よく頑張ったね、ブラッキー!」

「ブラァ♪」

 

 

 

 ライト、プラントバッジ獲得。

 




・補足説明
 タイトルの○○に入るのは『毒殺』です。


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第五十九話 必要な物はその都度変わるのが旅

 

 

 『カロス発電所』。

 13番道路―――通称『ミアレの荒野』に存在する発電所であり、『宇宙太陽光』、『地熱』、『火力』、『バイオマス』、『風力』の五つの発電機を用いて、大都市ミアレシティの全世帯の電力を賄えるだけ電気を生み出している。

 荒野ということもあり、北西にあるヒヨクシティとは打って変わって草木はほとんど生えておらず、生き物が暮らす為にはかなり厳しい環境となっていた。

 しかし、このような厳しい環境の中であっても一定のポケモンにとっては、生存競争が他よりも容易いという利点もある。主に【じめん】タイプのポケモンがこの荒野では暮らしているのだ。

 

 そんな荒野に建てられている発電所の中では、作業員が少し慌ただしく計測器を見たり、監視カメラに記録されている映像のチェックを行っていた。

 往来が激しくなる発電所の廊下。その中でも、責任者と思われる壮年の男性が、一人の職員の話を聞いている。

 

「それで……この辺りのポケモンの群れのボスであるガブリアスが、何かと戦っていたんだね?」

「はい。地熱発電機がある方でなんですが……こちらの映像を」

「どれどれ……これはっ!」

 

 職員がタブレットに監視カメラの映像を映し出す。そこには、ガブリアスが空中を羽ばたいている一体の鳥ポケモンに攻撃を仕掛けようとするも、“ドリルくちばし”と思われる攻撃を喰らい、付近の岩に叩き付けられる光景が映っていた。

 ガブリアスといえば、シンオウ地方チャンピオンであるシロナのエースでもあり、強力なポケモンとして知られている【ドラゴン】・【じめん】タイプのポケモンだ。

 

 そんなガブリアスを“ドリルくちばし”で倒せるポケモンなど、鳥ポケモンの中では限られていく。

 更に、昨日から続く発電所の不具合に、映像のポケモンを関連づけるのはそう時間は掛からなかった。

 

「サンダー……伝説の鳥ポケモン……!」

「ええ。ガブリアスを倒した後に地熱発電機の電力を何割か奪い、それからどこかへ飛んで行ったようです……」

「……そうか。とりあえず、一度ポケモンリーグに連絡をつけよう。その間にも発電所の不具合をどうにかしないとね」

「わかりました。それでは、ポケモンリーグに電話を……」

 

 手短に指示を出す責任者は、説明をしてくれた職員が去っていった後に深い溜め息を吐いた。

 サンダーの所為でミアレへの送電にも支障が出てしまったこともあるが、何より13番道路の主ともいえるポケモンが倒されてしまったことにも問題はある。

 主が倒されたことによってヒエラルキーを崩された生態系では、これから少しの間あちこちでいざこざが発生するだろう。

 

(はぁ……13番道路に通る際の注意も、ゲートの方に伝えておかなくては……)

 

 そのように問題が一つ明確になった頃に、既に13番道路を通ってミアレに向かっている子供達が居る事を、男性は知らなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「砂嵐が酷い……」

「確かに」

「同上ですわ」

「砂が口に……」

 

 ヒヨクジムを攻略したライト。

 彼を含めた四人は、その次の日にミアレシティに戻る為に13番道路を通っていた。ライトが残りのバッジを得るためには、一度セントラルカロスにまで戻ってから東に位置するマウンテンカロスへと向かう必要がある。

 そのマウンテンカロスに行くためには何より、カロスの中心都市であるミアレに戻らなくてはいけないという寸法になっていたのだ。

 

 しかし、四人が13番道路に着いたときは強風が巻き起こり、目に砂が入ったりするなどという悪天候。

 ゴーグルなどが欲しい天候であるものの、生憎四人はそのような道具などは有していない。

 だが、気合いで何とかイケるという持論を展開した女子二人組の勧めにより、男子二人組は渋々悪天候の中、道を歩む結果になっていた。

 結果は御覧の通り、後悔するものとなっている。因みにブラッキーは砂が嫌だったのか、ボールの中で待機中だ。

 

「くっ……こんなことになるのなら、防塵ゴーグルをミアレで買っておくのでしたわ……!」

「うん、そうだね……ん?」

 

 ジーナの言葉を聞いていたライトは、自分達に影がかかっていることに気が付いた。徐に上空を見上げると、砂嵐の中を懸命に羽ばたいている緑色のポケモンが一体見える。

 ライトの視線に気付いた他三人も一斉に空を見上げると、突然羽ばたいていた緑色のポケモンが急降下してくるではないか。

 『うおっ!?』と思わずその場から飛び退く面々。急降下してきた物体は、そのまま地面に激突してピクリとも動かない。

 

「……このポケモンは?」

「ちょっと待ってね」

 

 コルニの言葉に、ポケットから図鑑を翳して詳細を検索するライト。

 

『ビブラーバ。しんどうポケモン。2枚のハネを高速で振動させてだす超音波は激しい頭痛をひきおこす』

「タイプは【じめん】・【ドラゴン】……へぇ~、【むし】タイプかと思った」

 

 目を保護するかのようなカバー、そして触覚、手足などの形を考慮するに【むし】タイプが入っていると予想していたライトであったが、実際には【ドラゴン】タイプを有しているらしく、口を開けて驚く。

 しかし、先程地面に激突したビブラーバは動くことが無く、余りの動きの無さを不審に思ったデクシオがビブラーバに歩み寄る。

 

「この子……酷く傷ついているね」

「言われてみれば……キズぐすり要りますの?」

「ああ、お願い」

 

 バッグからキズぐすりを取り出したジーナはそのままデクシオへと手渡す。受け取ったデクシオは慣れた手さばきで、傷が深い場所にキズぐすりのノズルを向け、そのまま液体を噴射した。

 いきなり薬品を吹き付けられたビブラーバは『ビッ!?』と声を上げるが、かなり衰弱しているのか、抵抗することもなくデクシオの治療を受け続ける。

 そして、

 

「よし! これで一安心だね!」

「ビ~……」

「おおっ、目を覚ましたね!」

「良かったらオレンの実があるけど、渡してみる?」

「ああ。栄養もしっかり補給しておかないとね」

 

 バッグからオレンの実を取り出したライトも、デクシオへと木の実を渡す。そして受け取ったデクシオは、そのまま木の実をビブラーバの口へと運んでいく。

 最初こそ、見知らぬ人間に木の実を差し出されて困っていたビブラーバであるが、かなりの空腹であったのか、ある時を境に木の実を貪り始める。

 その様子を見た四人はホッと安堵の息を吐くが―――。

 

「なんで、こんなに傷だらけだったんだろう? 他のポケモンにでも襲われたのかな……?」

「それが可能性としては一番大きいけれど、一体どんなポケモンに……」

 

 顎に手を当てて考え込むライトと、ついでに美味しい水も飲ませてあげるデクシオは共に逡巡する。

 するとその時、空の方から『ブブブッ』と先程耳にした羽音が聞こえてきた為、四人の視線は再び一斉に空の方へと向けられた。

 

「あら、またビブラーバですわ」

「仲間なのかな? 心配してきてくれたのかも!」

「それなら良かった! デクシオ、ビブラーバを……」

「いや、ちょっと待って。様子がおかしい……」

「「「えっ?」」」

 

 空を見上げながら仲間が来たものだと思い込む三人に対し、唯一警戒した眼差しをやって来たビブラーバに向けるデクシオ。

 そうしている間にもやって来た五体のビブラーバは、羽を振動させながら羽ばたき、鋭い瞳をデクシオが抱きかかえるビブラーバへと向ける。

 すると、その中の一体がデクシオへと向けて“りゅうのいぶき”を繰り出してきた。

 

「わあっ!?」

「ちょ……危ないですわね、もう! いきなり襲うだなんて、どういう神経をしていますの!?」

 

 咄嗟にジャンプして避けたデクシオと、真横を通った攻撃に驚愕の色を浮かべながらビブラーバへと抗議するジーナ。

 その間にもじりじりと詰め寄ってくる五体のビブラーバを見てライトは、そっとデクシオの方へと目を遣った。

 

「もしかすると……僕達を、仲間を攫った敵だと勘違いしてるんじゃないかな?」

「……それもあるね。なら……」

 

 デクシオは、そっと地面に保護したビブラーバを置く。その際、置かれたビブラーバは心配そうな顔でデクシオの顔をジッと見つめてくる。だが、自分達の安全の為にもビブラーバの為にもと考えているデクシオは、すぐさま置いたビブラーバから距離をとるように走って離れていく。

 他三人も同様に走って離れていき、保護したビブラーバの行く末を見守ろうと岩陰に隠れた。

 

「(ふんっ! 助けたんですから、もうちょっと手加減してくれていいかと思いますわ!)」

「(まあまあ……)」

 

 機嫌が悪くなるジーナを宥めるデクシオ。

 一方、ライトとコルニは予想外の光景を目の当たりにしていた。

 

「(なんか僕達が助けたビブラーバ……他の子達に襲われてる気が……!)」

「(うん。助けた方がいいんじゃない!?)」

 

 その言葉にデクシオとジーナの二人も岩陰から顔を覗かせると、視線の先で五体のビブラーバに集団での攻撃を喰らっている一体のビブラーバの姿が見えた。

 理由は兎も角、あれでは先程回復させたばかりの体を傷付けてしまい、元も子もなくなると考えたライトは、すぐさま一つのボールに手を掛けて放り投げる。

 

「ハッサム、“バレットパンチ”!!」

「―――ッ!?」

 

 瞬間、一陣の真紅の風がビブラーバへと奔っていき、一体のビブラーバを虐める五体の内の一体を、弾丸のように速い拳で殴りつけた。

 殴打されたビブラーバは、そのまま勢いよく後方へと吹き飛んでいき、運悪く岩に激突して停止してしまう。

 一撃でノックアウトされた仲間を目の当たりにしたビブラーバは、それでも尚制裁を続けようとするも、ギラリと光るハッサムの眼光を目の当たりにし、怖気づいたのか大急ぎで空へと逃げていく。

 

 一仕事終えたハッサムは、地面で前足を頭に乗せてプルプルと震えているビブラーバを腕で抱きかかえ、ライト達が居る場所へと歩んでいった。

 

「お疲れ、ハッサム」

 

 連れて来たビブラーバを受け取るライトは、労いの言葉を掛けた後にハッサムをボールへと仕舞う。

 そして、回復したばかりであったのにも拘わらず、同種に襲撃されたビブラーバはというと、再びボロボロの状態になってしまっていた。

 その姿を目の当たりにしたコルニは、手で口元を抑えて『ひどい……』と震えた声で呟く。

 

「なんでなんだろう? 同じビブラーバなのに……」

「……多分だけど、この子が元トレーナーのポケモンだったからだと思うよ」

「トレーナーの?」

 

 デクシオの言葉に、ビブラーバを抱きかかえるライトのみならず、他の二人も真摯な眼差しでデクシオへと瞳を向ける。

 神妙な面持ちで佇まるデクシオは、如何にも言いにくそうなことをこれから話すという雰囲気を醸し出していたが、意を決したのか口を開いた。

 

「……人間社会に溶け込んだポケモンには、文字通り人に匂いがついてしまう。それが野生だと、僕達には感じ取ることができないほどはっきりとした匂いで現れるんだ。だから、それは群れで行動するポケモン達にとっては邪魔でしかない」

「そんな……それなのにビブラーバが此処に居るってことは……」

「トレーナーに……捨てられたんじゃないかな」

 

 ズキンと心が締め付けられた様に痛むライトは、同時にベルトのボールの一つがカタカタと揺れたように感じた。

 トレーナーの都合で捕まえられ、トレーナーの都合で野生に捨てられる。

 余りにも身勝手な人間の行動が招いた悲劇だ。このビブラーバは一切悪くないにも拘わらず、人間社会で生きる事も出来なければ、野生で群れの一員として生きることもできない。

 

「そんなのって……酷過ぎるよ……」

「……とりあえず、この子は僕達で保護しよう。ミアレのポケモンセンターでちゃんとした治療を受けるべきだと思うから」

 

 そう言って、ライトからビブラーバを預かるデクシオ。

 どこか寂しそうな顔で受け取ったデクシオは、傷ついたビブラーバを優しく抱きしめる。そんなデクシオの感情を読み取ったのか、ビブラーバは静かに目を閉じて体をデクシオへと委ねた。

 

「よし、そうと決まればミアレに向かって急いで行こう!」

「そうだね! 走っていけば、夕方になる前くらいには着く筈だから……わっ!」

 

 溌剌とした声を上げていたコルニであるが、突然西から吹いてくる突風に思わずたじろいでしまう。

 それは他の三人も同じであり、吹き荒れる砂嵐を必死に腕で防いでいた。

 突風が止むと、『やれやれ』といった様子で顔を上げる四人であったが、同時に先程とは比べ物にならないほどの羽音を耳にする。

 恐る恐る砂塵舞う空を見上げれば―――。

 

「あれは……ビブラーバの……」

「む、群れですわね……」

「これはまさか……!」

「……急いで逃げよう!」

 

 頬を膨らませ“りゅうのいぶき”を繰り出そうとするビブラーバの群れを目の当たりにした四人は、大急ぎでミアレのある方向へと走っていく。

 突風によって時折走り辛くもなるが、そのようなことには構わず一心不乱にミアレを目指す。

 その間にもビブラーバたちは、逃げる四人に向かって“りゅうのいぶき”や“だいちのちから”などといった技を繰り出し、自分達の縄張りに入った侵入者を守る人間達を淘汰しようとしていた。

 群れを作るビブラーバの数はおよそ三十体。とてもではないが、真正面から相対するのは得策ではないだろう。

 

 ライトがそう考えている間にも、四人の横に青紫色の炎が奔ったり、地面が爆発を起こしたりと絶え間なく攻撃が続いている。

 

「な、なんでこんな攻撃的なのさ!?」

「くっ、虫よけスプレーさえあれば投げつけてやりますのに!」

「吹き付けるんじゃないの!?」

 

 ジーナの言葉にツッコみを入れる余裕は一応あるライト。

 しかし次の瞬間、地面の小石に躓いたジーナが『ビターンッ!』と派手に転倒し、全員の動きが一瞬止まった。

 ビブラーバは、そんなジーナに狙いを定め、今まさに“りゅうのいぶき”を吹きつけようと照準を合わせている。

 

「ちょ……!」

「ジーナッ!」

「くっ……ヒンバス、“まもる”!」

 

 反射的に放り投げたボールから飛び出してきたのは、この荒野に全く似合わない魚のフォルムをしたポケモン。

 そんなヒンバスは、飛び出る勢いで転んだジーナの上で“まもる”の防御壁を展開し、吹き付けられる“りゅうのいぶき”を完全に防いでみせた。

 たった一匹の魚に防がれると思っていなかったビブラーバ達は一瞬どよめくものの、すぐさま近接戦に切り替え、鋭い牙をむき出しにして襲いかかってくる。

 

 そのような光景を見たライトは、すでにヒンバス一体ではどうにかできる状況ではないと判断し、残りのボールも放り投げた。

 

「ハッサム、“バレットパンチ”! リザード、“ドラゴンクロー”! ジュプトル、“りゅうのいぶき”! ブラッキー、“おんがえし”!」

 

 先制技を指示されたハッサムを皮切りに、ライトの手持ちが総出で野生のビブラーバたちに立ち向かっていく。

 倒れるジーナに“かみくだく”を繰り出そうとしたビブラーバたちは、一体残らずライトの手持ち達の攻撃で吹き飛ばされ、地面に勢いよく落下した。

 『あ、ありがとうございますわ』と礼を言うジーナは、ハッサムに手を取られて立ち上がる。

 そして、そんなジーナの下へ戻っていく三人は、やや苦々しげな笑みを浮かべていた。

 

「これで逃げられなくなったってことだね……」

「仕方がない……全員で戦うしか」

「望むところだよ! さっ、皆出てきて!!」

 

 只一人イキイキとしているコルニは、ルカリオ、ヤンチャム、コジョフー、ワカシャモ、ヘラクロスの五体を荒野へ解き放つ。

 それを見たデクシオもまた、カメール、ロゼリア、ヒノヤコマ、イーブイの四体を繰り出し、空中で羽ばたくビブラーバたちに目を向けた。

 

「むっ……あたくしが転んだ所為でこうなってしまいましたのだから、責任は取らせて頂きますわ……おいでなさい!」

 

 転んだ所為で膝から血を流しているジーナもまた、手持ちを全員繰り出す。フシギソウを始めとし、ビークイン、マリルリ、ニダンギル、サイホーン、イーブイとこの四人の中では唯一六体を揃えている。

 四人が手持ちを繰り出している間にビブラーバたちは、標的の人間達が逃げ出さないように円を描くような陣形をとっていた。

 それを見た四人は、東西南北どこから襲われても対抗できるようにと、背中を合わせてビブラーバたちに相対す。

 

「“メタルクロー”! “りゅうのいかり”! “メガドレイン”! “でんこうせっか”! “どくどく”!」

「“みずのはどう”! “マジカルリーフ”! “ニトロチャージ”! “スピードスター”!」

「“はっぱカッター”! “こうげきしれい”! “バブルこうせん”! “つじぎり”! “がんせきふうじ”! “かみつく”!」

「“はどうだん”! “つっぱり”! “グロウパンチ”! “にどげり”! “メガホーン”!」

 

 一斉に飛んできた指示を理解したポケモン達は、一気にビブラーバたちへと攻撃を仕掛けていく。

 散開して攻撃を仕掛けていくポケモン達に対してビブラーバたちが放つのは、“りゅうのいぶき”や“いわなだれ”、“かみくだく”などという厄介、若しくは単純に強力な技だ。

 しかし、それを上回っていたのが四人の手持ち。個人差はあれど、各自でビブラーバたちを十二分に相手取っている。

 ハッサムとリザードに至っては、ハッサムが“メタルクロー”で挟んで下に放り投げたビブラーバをリザードが“ドラゴンクロー”で追撃するという連携技も見せていた。

 

 ビブラーバの群れに互角以上に対抗する四人と手持ち達。

 だが、全体的な数では向こう側の方が上ということもあり、少しずつであるが四人の手持ちの体力も尽き始めていく。

 

「ヤッコォ……!」

「くっ、ヒノヤコマ! 戻って休んでてくれ!」

「ビークイン! お疲れ様ですわ!」

 

 特に【いわ】を苦手とするポケモンは、“いわなだれ”の直撃を喰らって次々と沈んでいく。

 更にレベルの低いポケモン達も、続く攻撃にどんどん力尽きていき、戦闘不能になっていった。

 だが、時間が経てば経つほど戦えるビブラーバの数も減っていくため、もうひと踏ん張りで逃げ出せるほどにはなりそうだ。

 

「皆! もう少し頑張って!」

 

 “りゅうのいぶき”の追加効果で【まひ】を喰らったポケモン達も居る中で、ライトは激励を送ってポケモン達を応援する。

 そして、ハッサムが一体のビブラーバに“かわらわり”を叩きこんで地面にめり込ませたのを機に、残る数少ないビブラーバが一旦引き下がっていく。

 その光景を見たデクシオは、冷や汗を掻いた顔のまま三人を一瞥して声を張り上げる。

 

「今の内に逃げよう! これなら突破出来るはずだ!」

「うん!」

 

 デクシオの提案に頷く三人は、ポケモンをボールの外に出したままミアレのある方角へと駆け出していく。

 これで一段落―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――かに思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フルゥァアアアアアアア!!!!!」

 

 突然響き渡る咆哮。

 同時に、周囲で吹き荒ぶ風がだんだん強くなっていき、目を開けるのが困難になってしまう程の砂嵐が発生する。

 

「な……なんですの、この声?」

「分からない……でも、ここは逃げるのが先け―――」

 

 刹那、デクシオの横に佇まっていたカメールが、一瞬通り過ぎた影の攻撃を喰らい空中で錐もみ回転してから地面に落ちる。

 

「カ……カメェ~……」

「カメール!?」

「そんな……一体どこから!?」

 

 余りにも速過ぎる攻撃に唖然とする四人であったが、直後、突風が吹き渡る。それと同時にビブラーバより一回りも二回りも大きい若緑色の皮膚を持つポケモンが、大きく砂煙を上げてライト達の前に立ちはだかる。

 ビブラーバよりもガッシリとした体格を持ち、瞳の部分には荒れ狂う砂嵐を防ぐ為の物と思われる赤色のカバーが付いていた。

 

「っ……あれは!」

『フライゴン。せいれいポケモン。強烈なハネの羽ばたきで砂嵐を起こす。砂漠の精霊と呼ばれる』

「フライゴン……ビブラーバの進化形ですわ……! まさか、群れの首領(ドン)……!?」

 

 図鑑で目の前に佇むポケモンに翳すライトの後ろでは、ジーナが目の前に居るフライゴンこそ、今襲ってきたビブラーバのボスではないのかと疑う。

 そしてそれは、フライゴンの後方より現れる新たなビブラーバの群れを見て確信に変わった。

 満身創痍な中で現れた更なる強敵と、その部下達。否応なしに四人の表情は引きつっていく。

 

「ちょっとちょっと……冗談じゃないって、コレ……!」

「振り切るのは無理そうですわね……」

「……フライゴンって、どのくらい強いの?」

「進化するレベルがレベルだから、かなり……かな」

 

―――ザッ。

 

 すると、不意にハッサムが四人の前に出ていき、左腕を横に突きだした。

 

 

 

『ここは俺に任せろ』

 

 

 

 そう言わんばかりに闘志あふれる瞳を向けてくるハッサムを目の当たりにしたライトは、コクンと頷いてから三人に目を向ける。

 

「……僕とハッサムでフライゴンをなんとかするから、三人はビブラーバたちをお願い」

「え!? で、でも……」

「砂嵐の中でも、ハッサムなら大丈夫。寧ろ好都合だよ」

「……わかった。任せていいんだね?」

 

 砂嵐の状況下、【はがね】を有すハッサムはダメージを受けずに戦う事が可能だ。

 フライゴンをライトとハッサムに任せた三人は、ビブラーバの群れの第二波に備える為、気休めではあるもののキズぐすりを大急ぎでポケモン達に噴射する。

 そして、

 

「フルァアアアッ!!!」

「“メタルクロー”だ、ハッサム!!」

 

 “ドラゴンクロー”を繰り出して飛翔してくるフライゴンに対し、“メタルクロー”で相対すハッサム。

 二体が激突すると、只でさえ砂塵が舞う中で砂煙が巻き起こる。

 

 

 

 激突の轟音が響き、砂塵舞う戦場で第二ラウンドが開始されるのであった。

 



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第六十話 一瞬に命を燃やして

 

 

 

 

「フルァ!!」

 

 “ドラゴンクロー”を繰り出していたフライゴンであったが、押し勝てないと判断をしたのかそのまま宙返りしてハッサムから距離をとった。

 そして、ビブラーバのモノよりも大きくなった羽を羽ばたかせ、衝撃波を繰り出してくる。

 吹き荒れる砂塵を切り裂きながら疾走してくる攻撃。

 

「“ソニックブーム”が来る! “メタルクロー”で弾くんだ!」

 

 どんな相手にも一定のダメージを与える事の出来る技―――“ソニックブーム”。タイプは【ノーマル】であり、本来ならば【はがね】を持つハッサムには効果がいまひとつであるものの、技の効果によって【ゴースト】以外の相手には意味を為さない。

 そんな疾走してくる衝撃波を肉眼で捉えたハッサムは、鋼鉄の鋏を振りかざし、“ソニックブーム”を切り裂いた。

 切り裂かれた“ソニックブーム”の余波は横にずれて、赤色の粘土質の大地に大きな裂傷を刻む。それが人に当たれば、どれだけ恐ろしいことになるだろうか。

 

「想像はしたくないなぁ……ハッサム、“かわらわり”!」

 

 引き攣った笑みを浮かべたままのライトは、砂嵐の中でも届くようにと大声で指示を出す。

 瞬間、地面を大きく蹴ったハッサムが宙で羽ばたいているフライゴンへと飛翔し、力を込めた鋏で殴打しようとする。

 しかし、そんなハッサムを叩き落とそうと考えたのか、フライゴンの周囲には無数に岩が現れ、一気にハッサムへと落ちていった。

 

(“いわなだれ”か……ならここは―――)

「降ってくる岩を打ち返して!!」

 

 ストライクの時であれば、“きりさく”を用いる『ロッククライミング作戦』で一気にフライゴンの下まで肉迫できたであろうが、体重の増えてしまったハッサムではできない。

 代わりに、余りあるパワーで降り注ぐ岩を弾き返すという芸当は容易くできるようになっていた。

 “かわらわり”を繰り出そうと構えていた鋏を、落石目がけて振るうハッサム。最初の内に打ち返した岩は後から降り注いでくる岩に弾かれてしまうものの、だんだんコツを掴んできたハッサムがとうとう一つの岩を旨い具合に弾き返し―――。

 

「フリャ!?」

 

 フライゴンの顔面にブチ当てた。

 顔面に岩を当てられたフライゴンは、脳が揺さぶられたのかそのまま地面へと落下していく。

 これを好機と見たライト。ハッサムはストライクの時のように飛ぶことができなくなってしまっている。だが、自重を生かしての上空からの滑空であれば、凄まじい速度を生み出すことができるのだ。

 

「“はがねのつばさ”を叩きこんで!!」

 

 落下していくフライゴン目がけ、鋼鉄の翼を広げて滑空するハッサム。

 だが次の瞬間、フライゴンの口腔にバリバリと音を立てて収束されていくエネルギーの音を聞いたライトとハッサムの表情には焦燥が生まれる。

 刻一刻と、フライゴンが繰り出そうとするエネルギーは肥大化していき、フライゴンが自分に向かって攻撃を仕掛けようとするハッサムを目で捉えた時には、黒や紫などの色のエネルギーが収束し切っていた。

 

「っ、“はかいこうせん”が来る!! 避けて!!」

「―――ッ!」

「フルァアアアアア!!!」

 

 落下途中で体勢を整えたフライゴンは旨い具合に着地し、そのまま足で踏ん張りながら“はかいこうせん”をハッサムに解き放った。

 それと同時に、主人の警告をしっかりと耳に入れていたハッサムは、解き放たれてくる“はかいこうせん”の勢いによって産み出される風圧を翅で受け止め、ギリギリの所で回避する。

 “はがねのつばさ”を叩きこむことには失敗したものの、“はかいこうせん”を喰らうことを免れたハッサムは一先ず安心したように息を吐く。

 その間、標的を見失った一条の光線はというと、射線上にあった岩壁に命中し、大爆発を起こして岩壁の一部を大きく削っていた。

 

 【ノーマル】タイプの特殊技。その中でも最高峰の威力を誇る技―――それが“はかいこうせん”。余りある威力は、“はかいこうせん”を放った直後のポケモンが反動で動けなくなるほどだ。

 カントー地方チャンピオンであるワタルのエースポケモン『カイリュー』も多用することで知られている。

 ハイリスクハイリターンの技ゆえに、一部の者からは『ロマン砲』と揶揄されるほどでもあるが、こうして目の当たりにした者はそのようなふざけたことを言えなくなるだろう。

 

 ライトも何度かテレビで観たことのある技であったが、岩壁を抉る程の威力を目の当たりにして戦慄していた。

 だが、ハッサムが『ガキン!』と鋏で鳴らした音を耳にし、正気に戻る。

 

「直で見るのは初めてだけど……絶対に喰らっちゃ駄目な技だってことは分かるよ」

「……」

「大丈夫。溜めから放つまでのラグはあるから、そこを注意すれば避けられる筈さ」

 

 焦る主人に心配そうな瞳を向けてくるハッサムであったが、冷静に相手を分析する姿を目の当たりにしたことで、これ以上の心配は必要のないことだろうとフライゴンの方へと視線を向けた。

 瞳の先には“はかいこうせん”の反動も消えて、万全の状態で臨戦態勢をとっているフライゴンが佇んでいる。

 そこでハッサムは、牙をむき出しにして威嚇してくるフライゴンに対し、鋏をクイクイっと動かして挑発してみせた。

 

「ッ、フルァアア!!」

「何したの、ハッサム!? ッ……とりあえず、“とんぼがえり”!!」

 

 翅が影になって見えていなかったライトはフライゴンが突然激怒したことに驚くが、すぐさま指示を口にした。

 “ドラゴンクロー”でハッサムに接近戦を挑んで来ようとするフライゴンに対し、同じく接近戦を挑むハッサム。

 そして一瞬の交錯が―――と思いきや、直前で宙返りしたハッサムがフライゴンの顔面に蹴りを入れてライトの下へと戻っていく。

 

「“バレットパンチ”!!」

 

 顔面に蹴りを入れられて怯むフライゴンに対して畳み掛ける。

 一気に肉迫してジャブのように“バレットパンチ”を顔面に叩き込むハッサム。何度も繰り出す内に体に馴染んできたのか、シャラジムで繰り出した時よりもキレがあった。

 

「“メタルクロー”! その後に“かわらわり”ぃ!!」

 

 今が勝負時だと感じたライトは次々と技名を口に出して、ハッサムもまたフライゴンの懐に入ったまま両腕の鋏を振りかざす。

 左の鋏で胴体を斬りつけ、その攻撃によって怯んで後方へとよろめいたフライゴンの頭上に飛び回り、全力で鋏を振り下ろした。

 『ズパァアン!』と若干乾いた音が響いた直後、今度はフライゴンが地面に叩き付けられた轟音が轟き、砂嵐の中でも分かるほどの砂煙が巻き起こる。

 

 息もつかせぬ連続攻撃。

 それを喰らったフライゴンはどのような状態であるのか、砂煙が晴れるのを待って確かめようとするハッサムであったが―――。

 

「そこから離れて、ハッサム!!」

 

 ライトの声が響いた瞬間、下方から禍々しい色の光が爆ぜた事に気付いたハッサム。だが、回避が間に合わないことを悟ったハッサムがとった行動は、その場で腕をクロスさせて防御態勢をとることであった。

 次の瞬間、ほぼ零距離で解き放たれた“はかいこうせん”がハッサムに襲いかかる。

 それを目の当たりにしていたライトは息を飲みながら、今まさに破壊の奔流に呑みこまれているパートナーの無事を心で祈っていた。

 

 数秒の疾走。

 “はかいこうせん”の射線上の宙から一つの影が飛び出し、そのまま地面へと鈍い音を立てて着地した。

 

「ッ……!」

「大丈夫!?」

 

 人間であれば『チッ!!』と舌打ちでもしそうな苛立った顔を浮かべるハッサムであったが、【はがね】タイプであることが幸いしたのか、戦闘不能になるほどのダメージは受けなかったようだ。

 苛立つハッサム―――十中八九、様子を見る為にその場で動かないという浅はかな行動をとってしまった自分への苛立ちだろう。

 ストイックな彼らしい。

 

「ハッサム! 反省は後にして、次の攻撃に備えて!」

 

 “はかいこうせん”の余波で再び砂煙が巻き起こる場所を見つめながら鋏を構えるハッサム。

 先程とは違い、何時でも動けるようにとステップを踏んでいるが、中々相手は姿を現さない。

 

(……おかしい。何にも仕掛けてこないだなんて……)

 

 傍から見ても短気そうなフライゴンがこれほど長く煙の中に姿を隠すだろうか。

 そんな疑問を浮かべていたライトは、固唾を飲んでだんだん晴れていく砂煙を眺めていた。

 乾く唇を何度も舌で舐めて湿らせるも、吹き荒れる砂嵐で砂がこびり付いて不快感を覚えるだけだ。

 だが、そのようなことが気にならないほどライトは緊張感に苛まれていた。

 

―――ドドドドッ……。

 

(……何の音だ?)

 

 不意に聞こえてくる音。絶え間ない音が近付くのを聞き取った瞬間、僅かに足元に震動を感じたライトはハッとして後ろに振り返る。

 ライトの背後では、ビブラーバの群れを戦っている三人。そして自分自身の手持ちポケモン達も独断で何とか戦っているが、震動は彼等の方へと向かって行った。

 

「まさか、“あなをほる”で……!? 皆ぁ!! フライゴンがそっちに―――」

 

 ハッサムとの戦闘に拘らず、ビブラーバの群れと戦って疲弊している者達の方を狙ったのだろうフライゴンの行動に気付いたライトは、大声で叫ぶ。

 だが、激しい戦闘と砂嵐が吹き荒れる音によって、『ライトが何かを喋っている』としか認識できない三人は不思議そうな顔でライトの方へ視線を向けてきた。

 その瞬間、“あなをほる”でライトの居る方向とは真逆の位置に飛び出したフライゴン。

 

「フルァアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 憤怒の形相を浮かべたまま、地面に腕を突き立てるフライゴン。

 次の瞬間、三人が居る場所へと地面に大きな亀裂が入っていくのがライトの目に見えた。

 

(あの技って……!)

 

 フライゴンが居る場所から、どんどん木の枝のように別れて入っていく大地の亀裂を目の当たりにしたライトは戦慄した。

 ポケモンの技は多種多様であり、その中でも特に強力なものがある。

 命中すれば確実に相手を瀕死にすることができるという、『一撃必殺』と呼ばれる技。

 

「ん……コレなに!?」

「ちょ……あたくし達に!!」

「ッ、跳べぇ―――ッ!!」

 

 デクシオの声と同時に亀裂から離れる人間とポケモン達。

大地が『ビキビキ』と悲鳴を上げるように亀裂を入れ、その中へ落とした相手を割れた地面で挟み込んで潰す。

 それこそが【じめん】タイプの一撃必殺の技。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “じわれ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、広がっていた亀裂が一気に広がり、三人を地面の割れ目へと叩き落とそう大地が唸りを上げ始めた。

 だが、デクシオの声もあって亀裂から離れる様に跳躍した者達は、なんとか地割れの中へと落とされるのを回避する。

 しかし、度重なるビブラーバとの戦いを経て疲弊し、尚且つ“りゅうのいぶき”で【まひ】していたポケモンはその限りではなかった。

 

「フシャ……!?」

「フ、フシギソウ!! “つるのムチ”であたくしに掴まってぇ!!」

 

 痺れによって咄嗟に動けなかったフシギソウは、広がる地面に中へと足を滑らせて落ちそうになる。

 それを見たジーナが声を喉から絞り出すように上げるが、それでもフシギソウは動くことができなかった。

 必死に腕を伸ばすジーナの姿がどんどん離れていくフシギソウは、今にも泣き出しそうな瞳で主人の事を―――。

 

「グ、ルァァアアアア!!!!」

 

 刹那、自ら地割れの中へと飛び込んできたリザードがフシギソウの腕を掴み、そのまま投げ飛ばすように引き上げた。

 グルグルと回転しながら地面に戻ってきたフシギソウにジーナはポロリと涙を流すものの、今度はリザードが危険に晒される。

 しかし、そう簡単に落ちる訳にはいかないと言わんばかりに、“ドラゴンクロー”を岩壁に突き立てて自分が落ちるのを回避するリザード。

 咄嗟の機転で落下を阻止したリザードであるものの、そうしている間にも先程まで広がっていった地面に裂け目は閉じはじめた。

 

「リザッ……!」

「リザード!! 僕の手を!!」

 

 “じわれ”が決まる前に地面から這い上がろうと爪を壁に突き立てるリザードの頭上に、必死の形相で腕を伸ばす少年が一人。

 自分で何とかしようと考えていたリザードであるが、いざ助けられるとなると安堵で笑みが漏れだしてくる。

 口角を吊り上げたリザードは、差し伸べられる主人の手を取って登ろうと―――。

 

 

 

 ドンッ!

 

 

 

「―――……えっ?」

 

 不意に背後で起こる爆発。

 それは、ビブラーバが放った“だいちのちから”によるものであったが、その衝撃によって地割れの中に身を乗り出して腕を伸ばしていたライトは、そのままリザードと共に地割れの中へ落下していってしまう。

 

 人間が、一撃必殺の技を喰らう範囲に入ったのだ。

 

 その光景を目の当たりにした三人は顔面蒼白になり、何とか救いに行こうとポケモン達が駆け出そうとするが、ビブラーバの群れに遮られて中々思う様に進めない。

 ハッサムに至っては鬼のような形相でビブラーバたちを蹴散らしていくが、それでも届かない。

 

「くっ……リザード!!」

「ッ!?」

 

 地割れの中へと落ちる最中、ライトは何を考えたのかリザードの事を抱きかかえた。人間がポケモンを技から庇うなど、そのような馬鹿馬鹿しい話を聞いたことなどリザードは無く、驚いた顔で少年の顔を見つめる。

 その間にも地割れはどんどん狭まっていき、二人を押し潰す為の土壁はすぐ真横まで迫っていた。

 

 絶体絶命の状態。

 そんな中、暗くなっていくリザードが見た光景は―――。

 

 

 

 

 

『大丈夫』と口にする少年の姿だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『おやおや。こんな雨の日のカフェに、ポケモンが一人でご来店とは珍しいことだ』

 

 

 

 

 

『こんなコーヒー臭い場所だが、気に入ったのならいつまでも居て大丈夫さ』

 

 

 

 

 

『いい香りだろう……心が荒んだ時でも、この香りは安らぎを与えてくれる』

 

 

 

 

 

『コーヒーもバトルも一緒さ。一瞬の為に、過程を大事にするのさ』

 

 

 

 

 

『いずれ君も分かるさ。いずれ、ね』

 

 

 

 

 

『……そうですか。そういう訳なら、この子は貴方方に任せましょう』

 

 

 

 

 

『そんな顔はしないでくれ、全く……こっちが寂しくなるじゃないか』

 

 

 

 

 

『こんな老いぼれの隠居に付き合うよりも、若い子と一緒に広い世界に旅立った方が楽しいさ』

 

 

 

 

 

『きっと会えるさ。君を待つポケモントレーナーに』

 

 

 

 

 

『だから君も頑張るんだ。これからの一瞬の為にね』

 

 

 

 

 

『君と一瞬を大事にしたいと思う人の為に……』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「う……そ……?」

 

 先程まで大きな亀裂が走っていたミアレの荒野には、大きく隆起した赤土のオブジェが出来上がっていた。

 それは違うこと無き“じわれ”によって産み出された物。

 あの隆起した赤土の中では、地割れの中へと落とされた物が凄まじい力で圧迫されていることだろう。

 もし、人間などが喰らえば―――。

 

 三人やその手持ち達が唖然としている中、“じわれ”を繰り出したフライゴンは砂塵を巻き上げながらその場から飛び立つ。

 すると次の瞬間、隆起した赤土の方を向きながら口腔にエネルギーを収束し始める。

 

―――“はかいこうせん”

 

 確実に仕留める為に、最後の一手に手を掛けようとする。

 その光景を目の当たりにした三人であったが、友人が目の前で押し潰されたであろう物を前に、上手く呂律が回らない。

 

『止めて』

 

 誰もがそう願うも、フライゴンの攻撃は今更止まりはしない。

 

 止まりはしない。

 

 全員が、そう思っていた。

 

 

 

 

 

―――ビシッ

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 突如、標的にしている隆起した赤土のオブジェに亀裂がみるみる入り、そこから凄まじい量の炎が溢れだしていく。

 ライトとリザードを閉じ込めた大地には悲鳴を上げる様に罅が入っていき、孵る寸前のタマゴのようにバキバキと音を立てて崩れる。

 溢れだす炎は土を焦がし、周囲の温度を急激に高めていく。

 

 それは鼓動。

 

 中に在る命の鼓動。

 

 必死に抗う生命の炎。

 

 次の瞬間、土壁は凄まじい音を立てて崩れ始める。同時に罅から溢れだす炎の勢いも苛烈さを増していき、四方八方へと紅蓮の炎が飛び散っていく。

 この荒野で生まれ育ったフライゴンは、見たことのない光景に焦りを覚え、限界まで収束しようとしていた“はかいこうせん”を解き放った。

 黒い一条の光線はそのまま隆起する赤土へと疾走し、中に居るであろう者達を文字通り破壊しようとする。

 だが、赤土に命中しようとした瞬間に『バゴンッ』と音を立てて崩れ落ちる土壁。

 

 進化という名の孵化。その中にはひっそりと一体の火竜が佇んでいた。

 

 胸に抱きかかえる少年を、両腕と背中から生えた翼で優しく包み込みながら―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バサッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迫りくる光線を縹色の瞳で捉えた火竜は、背中から生えた大きな翼をはためかせてその場から地上へと滑空する。

 その際、標的を取らい損ねた“はかいこうせん”が火竜の後ろにあった土壁に命中して爆発を起こすものの、逆に火竜はそれを推進力として加速して、主人の少年を安全な地面へと下ろした。

 

「う……ん……?」

「グォウ」

「あれ……?」

 

 何かを擦ったのか、額に血をにじませる少年はぼんやりとした視界の中で、橙色の皮膚を持った火竜を瞳に映した。

 一瞬、目の前に居るのが誰なのか理解できずに居たライトであったが、徐々にはっきりとしていく視界の中で確認した存在に目を大きく見開く。

 

「リザー……ドン?」

「……」

 

 二本角を後頭部から生やす火竜の名を呼んだライト。

 するとリザードンは徐にライトの前に出ていき、宙で羽ばたいて睨んでくるフライゴンに目を向けた。

 そして、深く息を吸い、

 

 

 

「―――グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」

 

 

 

 咆哮を上げた。

 同時に、尻尾の先に点る炎は勢いが増し、色も赤から青へと変貌していった。本気で怒ったリザードンの尾の炎は青白く燃え盛る。

 激しく燃え盛る炎を目の当たりにしたフライゴンは、更なる焦りを見せながらも両腕にエメラルドグリーン色の爪を形成し、リザードンへと滑空してきた。

 

「グォウ」

「え……?」

 

 何か言いたげに鳴き声を上げるリザードンは、瞳をライトの方向へと向けた。

 最初はリザードンが何をしたいのか理解できずにいたものの、目の前の光景をしっかりと認識し、今やるべきことを把握するライト。

 

「“ドラゴンクロー”!!!!」

 

 フライゴンと同じく両腕にエメラルドグリーン色のエネルギーを纏い、それを爪の形に形成するリザードンは、特攻してくるフライゴンの突撃を真正面から受け止めた。

 余りの勢いにリザードンはそのまま後方へ数メートルほど滑るものの、歯を食い縛りながらフライゴンと爪を組み合う。

 

「フルァアアア!!!」

「リザードン、“ほのおのキバ”!!」

 

 至近距離で“はかいこうせん”を解き放とうとするフライゴンを視認したライトは、それを逆手にとって“ほのおのキバ”を指示する。

 すると、赤熱した牙をむき出しにしたリザードンは、口腔に“はかいこうせん”のエネルギーを収束させているフライゴンの喉元に噛み付いた。

 

 鋭い牙と高温に襲われる喉に苦悶の表情を浮かべるフライゴン。堪らず“はかいこうせん”をリザードンに放つものの、見事にリザードンからやや後方に外れる。

 それを好機と判断したリザードンは、喉元に齧りついたまま首を大きく振るい、顎と首の筋力だけでフライゴンの体を地面へと叩き付けた。

 受け身をとることも叶わずに地面に叩き付けられたフライゴンは、『カハッ!』と息を吐き出す。

 しかし、このままでは済まさないといわんばかりに、リザードンの下から抜け出そうと暴れ始める。

 

 それを目の当たりにしたライトは、グッと歯を食い縛り、拳を握りながら叫ぶ。

 

 

 

 

 

「リザードン、“だいもんじ”ッ!!!」

 

 

 

 

 

「―――ッ!!!」

 

 刹那、フライゴンの体は至近距離で放たれた炎に包みこまれる。フライゴンの体を包み込む程の火炎を吐き出したリザードンは、その衝撃に伴って後方へ飛び退き、地面でのた打ち回るフライゴンに注意を払っていた。

 暫し、炎に身を焦がされるフライゴン。一分ほどであっただろうか。体に点った炎が消える頃には既に戦うだけの体力が消え失せ、ぐったりと地面で伸びている姿が窺えた。

 

「……勝ったの?」

「グォウ」

 

 もう暫く見ていると、首領を心配したビブラーバたちが倒れるフライゴンの下へと集まり始める。

 それを見たライトは、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら、三人が茫然と佇まっている場所に歩み寄っていく。

 

「ラ、ライト……大丈夫?」

「一応。それより、早くここから離れよう……またフライゴンたちに襲われても困るし……」

「……わかった。早く行こっか。皆の怪我を治さないといけないし」

 

 普段よりも声量控え目のコルニは、ライトの言葉を聞いてミアレのある方向へと歩み出す。

 それに伴い、他の二人もポケモン達をボールに戻してからコルニに続くよう歩き始める。

 言いだしっぺのライトはというと、その場に立ちつくして、横に悠然と佇まっているリザードンへと目を向けた。

 

「……本当に進化したんだね」

「グォオ」

「……色々言いたいこともあるけど、今はこれだけ言っておくよ。―――ありがとう」

 

 短く伝えたのは感謝の言葉。

 今さっきのバトルで感じた様々な感情が入り乱れている中、ただ一つ伝えたのは感謝だった。

 何かを伝えたいときに限って上手く言葉にできないとは、こういうことか。

 そのようなことを考えながらリザードンをボールに戻すライトは、駆け足で先に行く三人の背を追っていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 人間が自然のルールに逆らうのは良いことか、悪いことか。

 たぶんそれは悪いことなのかもしれない。

 でも、きっと自然のルールを逆らって助けて守った命を目の当たりにしたら、良いことだったんだって思うはず。

 

 

 

 だって、助けた命を否定なんかしたくないから……。



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第六十一話 休んだ時に限って何かある

 

 

 

 

 日も落ちて、黒の帳が空を支配する時刻になった頃、四人の子供達が電灯の星がキラキラと照っている街に辿り着いた。

 全員が顔や服に汚れを付け、道中災難に見舞われたのだろうということが存分に分かる装いをした四人は、顔に疲れを浮かべたままトボトボと舗装された道を歩んでいく。

 

「……とりあえず今日は博士の研究所に泊まらせて頂きましょう。事情を伝えれば恐らく博士も……ふわぁ」

「そうだね……じゃあ、僕がホロキャスターでメールを送っておくから」

「だってさ、ライト。プラターヌ博士の研究所に……ライト?」

「……ん? あ、えっと……何?」

 

 ジーナとデクシオがプラターヌ研究所に向かう旨の話をしている間、茫然とゲートの前に立ち尽くすライトに声を掛けたコルニ。

 しかしライトは、数秒呆けた表情を浮かべたままであり、言葉に反応するまでにかなりの時間を要した。

 どこか様子がおかしい少年を目の当たりにしながらも、さきを歩んでいく二人を追いかけていくために『早く来なよ』と一声かけてコルニは一歩踏み出していく。

 そんな三人の背を追うライトは、ぼやけた視界の中で『夜の街も綺麗だなぁ~』と他愛のないことを考えながら歩き始めた。

 

 やや紅潮した頬のまま、たどたどしい足取りのまま研究所へと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日、プラターヌ研究所の一室にて。

 

「う゛~ん……」

「三十九度五分……風邪ですね」

 

 客人用の部屋で泊まる事になった四人。研究所に備えられているメディカルマシーンにポケモンをボールごと預けた後、食事や入浴を済ませて足早に眠りについたのであるが、他三人が起きてくる中、咳をしながら寝込む者が一人。

 研究所の助手であるソフィーは、用意しておいた熱冷ましシートを風邪を引いたライトの額にペタリと貼り付け、先程まで見つめていた体温計を仕舞う。

 

「大丈夫、ライト君? どこか痛いとこはない?」

「いちおう……あ゛りません」

「そう? でも、水分補給用のスポーツドリンクを持って来るから待っててね」

「ありがとうございまず」

 

 喉が枯れているのかダミ声のライトは、マスクを受け取ってそのまま紐を自分の耳へと掛ける。

 

(風邪なんて久し振り……結構きつい……)

 

 虚ろな瞳のまま再び布団を被り込むライト。そんな彼の額には熱冷ましシートの他に、絆創膏が貼られている。

 ケホッと咳をしたところで、もぞもぞと布団の中へと潜り込む。

 普段から栄養にも気を付けて、早寝早起きを心掛けた生活習慣を送っていたつもりであったのだが、起きてみたら風邪を引いていたという状況だ。

 

(……兎に角寝よ)

 

 何が悪かったのか原因を考えるのも億劫になったライトは、そのまま瞼を閉じて眠りにつく体勢に入る。

 そんな彼を廊下へと通じる扉からそろ~りと顔を覗かせる三人。

 こっそりと風邪を引いたライトの様子を見守りにきた三人であったが、そこへ飲み物を携えてきたソフィーが近寄ってくる。

 

「皆さん、風邪がうつると大変ですよ? 面倒は私が見ますから安心して下さい」

「あの……どうして風邪を……?」

 

 あどけない顔で問いかけてくるコルニに対し、ソフィーは『個人的な意見だが』と最初に一言言ってから応える。

 

「多分、慣れない土地で疲れて免疫力が低くなったっていうのが主な理由だと思いますけど……お薬を飲んで眠れば元気になると思いますよ」

 

 柔和な笑みを浮かべるソフィーに他三人の顔は自ずと綻ぶ。

 するとジーナが、『では』と二人の方へと顔を向けた。

 

「三人でライトの部屋にけしかけるのもアレですし、あたくし達は研究所の中でゆっくりするか、街の方にでも繰り出しましょうか」

「そうだね。ジーナはどこかに行きたい場所とかはあるの?」

「そうですわね……あたくしは―――」

 

 部屋の前で話を続けるのも眠ろうとしている少年に悪いと考えた三人は、足音を立てないよう気を付けながら部屋の前から去っていく。

 その際コルニは、部屋の奥で眠ろうとする少年に『おやすみ』と小声で呟いた後、駆け足で二人の後を追うのであった。

 

「すー……すー……」

 

 そうしている間にもライトは、布団の中でぐっすりと眠りに入っていた。彼の眠るベッドの横の机には、五つのモンスターボールが置かれているが、頃合いを見計らっていたのか全て同時に開き、五体のポケモンが姿を現す。

 進化したばかりのリザードンを筆頭に寝込む主人の心配するポケモン達は、自分に何ができるのかと考えながらその場でそわそわし始める。

 だが、

 

「(皆~)」

 

 扉がゆっくりと開くと奥からは、青いシャツを身に纏ったこの研究所の責任者であるプラターヌが姿を現す。

 ちょいちょいと自分達を手招く男性の姿に、五体のポケモンはこっそりと扉の方へと歩んでいく。その際、図体が大きくなったリザードンが、尻尾を壁にぶつけて音を立ててしまうというハプニングはあったものの、幸いにもライトは起きなかった。

 プラターヌに招かれた五体は廊下に出ると、『何の用だ?』と言わんばかりの視線をプラターヌに向け始める。

 

「(ははっ、あんまり周りで動かれるとライト君も寝付けないだろうからね。ウチの研究所には庭もあるから、今日はそこで一日過ごしてみてはくれないか?)」

 

 彼の提案に暫し考えこむ五体であったが、手持ちのキャプテン的存在であるハッサムがコクンと頷いたのを見て、他の四体もそれぞれ頷く。

 そのまま庭へと歩んでいくプラターヌの背を追う五体。

 後ろ髪を引かれるようにブラッキーとジュプトル、ヒンバスの三体が扉の方へもう一度行こうとするも、ハッサムとリザードンに背中を押されて仕方なしに庭へと足を進めるのであった。

 

 その頃、カントーでは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「離すんだ、緑」

「どんな代名詞だコラ。それだったらお前の代名詞は『赤』になるじゃねえか」

「俺の名前は、燃え盛る炎の色……赤のように熱い男になって欲しいって、父さんがつけてくれたって母さんが言ってたような、言ってなかったような」

「凄まじく記憶が曖昧じゃねえか。それに今のお前はその願いに反してる存在だろうが。鎮火してるぞ。真っ白な灰になってるぞ」

「シロガネ山に住んでるから? ……つまらない洒落だね」

「お前だけに言われたくはねえんだよ」

 

 チョークスリーパーを掛けられながら街中を歩く帽子を被る少年と、チョークスリーパーを掛けている方のツンツン頭の少年。

 彼等はトキワシティの街中を、堂々と突き進んでいた。

 通り過ぎる住民に白い目を向けられることが何度かあったが、『あ、ジムリーダーだ! こんにちは!』と元気よく挨拶をしてくる住民も居る。

 

 その度にツンツン頭の少年は『おう』と軽く挨拶を返すが、とうとう帽子を被る少年に拘束から抜け出されてしまう。

 ずれた帽子を被り直し、やれやれと息を吐く。

 

「まったく……このバイビーボンジュールが」

「誰がバイビーボンジュールだ。止めろ、マジで」

「会った時はボンジュールなのに去り際がバイビーなグリーンは、ジムリーダーの仕事やらなくていいの? 職務怠慢だよ」

「プー太郎のお前にだけは言われたくないんだよ、レッド」

 

 彼等こそ、歴代カントー地方チャンピオンに名を連ねるトレーナーの二人、レッドとグリーンである。

 しかし今カントーポケモンリーグはジョウトリーグと合併している為、正式には元カントー・ジョウトポケモンリーグチャンピオンということになるのだが、彼等にとっては過去の栄光であるが故に興味関心は無い事だ。

 現に傍ら無職であるのに対し、もう一方はジムリーダーという仕事に就いており、元チャンピオンという称号も形無しである。

 

 そのように無職の方の少年レッド(十五歳)は、帽子を被り直した後にそそくさとその場から立ち去ろうとしていたが、グリーンに背負っていたバッグを掴まれて制止された。

 

「……放したまえ」

「うるせえ。久し振りに山から下りてきたんだから、実家に顔見せて来い」

「見せてきたよ。お土産付きで」

「じゃあ、ヘローワークに行って職探してこい」

「……えぇ」

「マジで嫌そうな顔してるんじゃねえよ」

 

 職を探せと言われて凄まじい形相になるレッドにグリーンは若干引く。

 

「ったくよ……こんなご時世なんだから、早めに職見つけとくに越したこたぁねえぞ?」

「俺に何ができるって言うんだ、グリーンは。全く……」

「昔の情熱はどこに行きやがった、お前はよ。シルフカンパニーがロケット団に占領されたときはいの一番に突っ込んでいきやがった癖に」

「お互い様」

「減らず口叩きやがって」

「バイビーボンジュール」

「しばくぞ」

 

 淡々と無表情で煽ってくるレッドに青筋を立てるグリーンは、バッグを掴んだままどこかへ連れて行こうとする。

 それに対しレッドも踏ん張って抵抗するものの、グリーンが繰り出したウインディに襟元を噛みつかれて引かれる為、抵抗虚しくズリズリと引きずられていった。

 しかし、その途中でレッドの腰に装着されていたボールから二体のポケモンが飛び出してくる。

 一体はフシギダネであり、もう一体はゼニガメだ。飛び出してきた二体は、レッドを現在進行形で引き摺っているウインディの足をポカポカと叩くものの、当のウインディは一切気にせずレッドを連行していく。

 昔見たことのあるグリーンは、『おっ、懐かしいな』と口にしながらもレッドに疑問をぶつける。

 

「どこでゲットしたんだよ? 爺さんのとこで貰った訳でもねえだろ」

「フシギダネはエリカに……ゼニガメはカスミに貰った。久し振りに会いに行ったら、なんか貰った」

「この女たらしが」

「どこを解釈したらそうなるの」

 

 何故か苛立っているグリーンに『心外だ』と言わんばかりの表情で抗議するレッド。

 そんなレッドに何かしようと企むグリーンは、数秒顎に手を当てて逡巡した後に、指を立てて不敵な笑みを浮かべる。

 

「そうだ。トキワのトレーナーズスクールの臨時講師にするよう校長に言っとくから、そこで暫くバイトしろよ」

「……俺が学校の先生を出来る柄だと思ってるの?」

「物は試しだ。そうじゃねえとお前は一生ニートになる可能性が高いからな」

「……くっ……リザー」

「止めろ! ここでリザードンを出して逃走を図ろうとするんじゃねえよ!」

「じゃあプ」

「プテラも出そうとすんじゃねえよ!」

 

 腰のボールに手を掛けようとするレッドを制止するグリーンの表情は焦燥の色に染まっている。

 仮にここでレッドに空を飛べるポケモンを繰り出されて逃走されてしまったら、あと一年は山から下りてこないだろう。

 それは自分の為にもレッドの為にもならないと考えたグリーンは、レッドの腕を全力で押さえる。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人組。流石は腐れ縁だ。

 ここでブルーが居たのであればそろそろ止めに入っている頃なのであるが、生憎彼女は女優業でカントーには居ない。

 抑止力たる人物が居ない今、元チャンピオンたちを止められる者などは存在しないのである。

 

「なら、正々堂々バトルで勝負……俺が勝ったらシロガネ山に」

「させねえよ! お前には是が非でも働いてもらうからな!」

「グリーンは俺の母さんじゃないでしょうが」

「小母さんから『あの子の面倒見るの大変だろうけど、グリーン君お願いね』って言われてんだよ! お前の籠り癖を矯正する為にも、俺は退かねえぞ!」

 

 暫し小競り合いを見せる二人。一分ほどそれが続いたところでグリーンはとある作戦に出る。

 

「考えてみろ、レッド! お前が汗水たらして稼いだ金で買った物を小母さんにプレゼントしたら、小母さんは泣くほど喜ぶだろうよ!」

「……母さんが?」

「おう! そりゃあ嬉しいだろうな!」

「……それなら仕方ない」

(うしっ!)

 

 作戦名『情に訴える作戦』。刑事ドラマでも使われる手法をとってみたグリーンであったが、効果はかなりあったようだ。

 はぁ、と疲れたように息を吐くグリーンは一先ずバイトをさせることには成功しそうだと考えるが―――。

 

「……ん? レッド、ピカチュウどこにやったんだよ? パソコンか?」

「何言ってるの? ピカチュウなら俺の肩に……」

「いねえぞ」

「……」

 

 肩を指差すレッドであったがグリーンに指摘されて初めてピカチュウが居なくなっていることに気が付く。

 そのまま辺りを二、三周ほど見渡したところで、『まさか』と頬を引き攣らせている幼馴染を見つめる。

 

「……迷子の迷子のピカチュウさん。貴方の居場所はどこですかぁ~」

「レッド~にきいても分からない」

「グリ~ンにきいても分からない」

「「……」」

 

 見つめ合う二人。

 次の瞬間、二人は空を仰いだ。

 

「「ピカチュゥウウウウウウ!!!!」」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ピッピカチュウ♪」

 

 ピカチュウ元気でちゅう。

 

 二人の叫びがトキワシティの空に響いている頃レッドのピカチュウは、街の住民から貰ったアイスクリームをぺろぺろと舐めていた。

 ぴょこぴょこと耳を動かして主人の声を僅かに聞き取ったが、気にせずアイスを食べ進める。

 そんなピカチュウの姿に町往く人々は『かわいい~♡』と頬を赤く染めて声を上げるが、聞き慣れているピカチュウは特に気にすることも無く、当ても無く街を散策していく。

 

『止めてよ! 返してよぉ!』

『へへっ、取れるモンなら取ってみなぁ!』

『取ってみなぁ!』

「ピカ?」

 

 ふと公園の方から聞こえてくる声に思わず振り向くピカチュウ。そこには、一人の少女が二人の少年がキャッチボールのように投げ合っているボールを追いかけるという光景が広がっていた。

 傍から見れば虐められているようにしか見えない光景に、アイスを食べてご機嫌であったピカチュウの顔はしかめっ面になる。

 

「あたしのゴンベ返してったらぁ!」

「ははっ! ミヅキも手持ちのポケモンも食い意地張ってるよな! だからお前のあだ名、今日からミヅゴンな!」

「へへっ、ミヅゴン! 取れるモンなら取ってみろぉ~!」

「う~……返してったらぁ……!」

 

 長い事ボールを取られたままの少女の目尻にはだんだん涙が溜まっていき、声も震え始める。

 良識ある者であれば、ここら辺で少女を弄るのを止めるのであろうが、まだまだ子供である短パン小僧達は少女にボールを返そうとはしない。

 

「う……えっく……ひっぐ……!」

「お!? 弱虫ミヅゴンが泣き虫ミヅゴンに進化するぞ!」

「進化しても弱いのは変わらないけどな! はははっ!」

「う……うぇぇええん!」

「……ピカ」

 

 コーンだけになったアイスをバリバリムシャムシャと食べ終えるピカチュウ。このまま見過ごすのも胸糞が悪いと考えたピカチュウは、足元に落ちていた手頃な石ころを手に取り、ポイッと上に投げる。

 そして、落ちてくる石ころ目がけて“アイアンテール”を繰り出し、凄まじい勢いで石ころを短パン小僧達が居る方向へと飛ばす。

 次の瞬間、正確無比に打ち飛ばされてきた石ころは少女のボールの開閉スイッチに命中した。

 

「ぶべらっ!?」

 

 まず、石ころが当たり弾かれたボールは一人の短パン小僧の顔面に命中し、

 

「ゴーン!」

「ぽげんっ!?」

 

 開閉スイッチを押された為に飛び出してきたゴンベが、もう一人の短パン小僧に圧し掛かった。

 押し潰される短パン小僧は『く、苦しい……!』と口にするものの、呑気なゴンベは動くのが億劫である為、上から退こうという動作は一切見受けられない。

 諦めた短パン小僧はそのまま『ごふっ』と言ってから頭垂れる。一方、ボールを顔面に喰らった短パン小僧は鼻血をダラダラと垂らしながら、踏ん反り返っているピカチュウを目の当たりにして怯えたような瞳を浮かべた。

 

「ひぃ!? なんだこのピカチュウ!?」

「ピッカァ~」

「うわあ!? 電気出してやがる! 逃げろぉ~~~!」

 

 頬の電気袋からバチバチと放電するピカチュウを目の当たりにした短パン小僧たちは、怖れを為して公園から逃げていく。

 それを見届けたピカチュウは、未だにすすり泣いている少女へ落ちていたボールを手渡そうとする。

 

「ピカ」

「ふぇ?」

 

 鼻水を垂らして泣いていた黒髪のボブカットの少女であったが、足元まで歩み寄りぺちぺちと叩かれたことにより漸くピカチュウの存在に気付く。

 そして、自分のモンスターボールを差し出されていることも理解し、鼻水を啜りながら受け取る。

 

「……ピカチュウ」

「ピカ?」

「かわいい~!」

「ヴィグァ!?」

 

 先程まで泣いていた少女は打って変わって満面の笑みを浮かべると、途端にピカチュウを力強く抱きしめる。

 思わぬ行動に抵抗する間もなく抱きしめられたピカチュウはくぐもった声を上げ、そのまま少女の腕に拘束された。

 ピカチュウがギュッと抱きしめられている間、少女の手持ちであるゴンベはというと公園のごみ箱を何かないものかとゴソゴソと漁っている。

 

「野生の子かな? 本物初めて見たぁ!」

「ピ……ビガ……」

「むにむにしてる! あったか~い!」

「ヂュウウウ!!」

「びょおん!?」

 

 体を余すところ無く弄られたピカチュウはとうとう我慢の限界を迎えて放電するが、当たり前の如く少女は感電する。

 数秒の放電を喰らった少女がピクピクと痙攣している間、ピカチュウは安全地帯へと逃げ込む。

 加減はしているものの、仮にも元チャンピオンのピカチュウの電撃を喰らった少女はというと―――。

 

「……ふわぁ! びっくりしたぁ!」

「ピカッ!?」

 

 『バカな!?』と言わんばかりの顔を浮かべるピカチュウが向ける視線の先には、痺れが既に抜けてピンピンしている少女の姿が在った。

 そして、再びピカチュウを抱きしめようと鼻息を荒くしながらピカチュウににじり寄っていく。

 それを目の当たりにしたピカチュウは、ズリズリと後ずさりをし、

 

「……こんな所に居たんだ、ピカチュウ。駄目じゃん、急に居なくなったら」

「ピカァ」

「あっ……」

 

 突然現れた帽子の少年にピカチュウは抱き上げられ、少女の顔は一気に曇る。

 残念そうな少女の声に対し、ピカチュウを抱き上げた張本人である主人のレッドは自分が何かしてしまったのかと首を傾げた。

 

「……どうかしたの?」

「い、いえ! なんでもありましぇん!」

(……噛んだ)

 

 噛みながら否定の胸を告げる少女は全力でレッドの前から立ち去っていく。その途中で一度派手に転んだものの、凄まじい速度で起き上がり再び駆け出して行った。

 そんな少女を見届けたレッドは、定位置に戻ったピカチュウの喉元を撫でながら独り言を呟く。

 

「……講師のバイトって何が必要なんだろう?」

「ピ~カァ」

 

 小さな呟きを吐いた後は、同じくピカチュウを探しているであろう幼馴染の下へ歩み出す。

 そんなレッドの背後では、先程去って行った少女を追うゴンベが居たのだが、レッドが気付くことは無かった。

 



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第六十二話 風邪でも食欲が落ちない人いるよね

 

 

 

 イッシュ地方フキヨセ空港にて。

 

『ファイアロー航空K36便カロス行き、まもなく搭乗を開始します』

 

 空港内に響き渡るアナウンス。昼下がりの時間帯にて、イッシュで一番飛行機が飛び立つ街として知られているフキヨセシティでは多くの者が空港内を歩き回る。

 そんな中、エントランスの一角にてポケギアを耳に当てる人物が一人。もう一方の耳には雑音が入らないようにと人差し指を入れるという女性らしからぬ行動をとっているが―――。

 

「へぇ~。それでレッド、バイトすることになったのね」

『おう。まあ、やり始めるの自体は来週からだろうけどな』

「ふ~ん……」

 

 トキワに住んでいる幼馴染のグリーンと通話しているのはブルーであった。清楚な白と水色のワンピースを着ているブルーは、サングラスの奥の瞳で腕時計が指し示す時間を確かめながら、もう一人の幼馴染の近況報告を聞いている。

 

『……なんだ、その興味の無さそうな声は』

「私これからカロスに映画の試写会に行かなきゃなんないんだから。女優ってホント大変っていうかぁ~」

『……』

「用ないなら切るわよ?」

『だぁ~~、ちょっと待て! そうだ、アレだ! カロスに行くんだったら、弟に会いに行くのかよ?』

「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの? そんじゃあね」

『うぉい! ちょ―――ツー……ツー……』

 

 半ば強制的に通話を終えたブルーはそのままポケギアをバッグに仕舞い、近くでパソコンのキーボードを叩きながら待機していたマネージャーの下へ歩み寄っていく。

 するとマネージャーは、『スチャッ』と眼鏡を指で押し上げ、漸くと言わんばかりに立ち上がる。

 

「電話、終わったんですか?」

「まあね~。ほんじゃ、早速飛行機に行きましょ」

「酔い止めはちゃんと飲みましたか? 毎回機内で気持ち悪くなってるんですから……」

「りょうか~い、っと」

 

 手渡された酔い止めの錠剤を口に放り投げて水で流し込むブルーは、マネージャーの後を追う様にして足を進めていく。

 そんなブルーを一瞥したマネージャーはというと、呆れたように溜め息を吐いて振り返った。

 

「……そんなに弟さんに会いに行きたいんですか?」

「勿論!」

「……はぁ~……」

 

 深い溜め息を吐くマネージャー。

 その頃、電話を切られたグリーンはというと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 トキワシティのとある服屋。

 

「切るの速過ぎだろうが……あいつ」

「……ねえねえグリーン」

「んあ?」

「ネクタイ結べない」

「……貸せ」

 

 試着室から出てきたレッド。首には乱雑に巻かれたネクタイが在り、人生初のネクタイに悪戦苦闘したのが窺えるが、とてもではないが人に見せられるような巻き方では無い為、グリーンはレッドのネクタイを手に取るのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日のプラターヌ研究所にて。

 

「三十六度……平熱ですね」

 

 少年から受け取った体温計に表示される数字を読み上げて、柔和な笑みを浮かべるソフィー。彼女の目線の先には、昨日よりも体調の良さそうな顔色を浮かべているライトの姿が在った。

 一日寝込んだだけで風邪が治るとは、彼の体質なのかそれとも―――。

 それは兎も角、めでたく風邪が治ったライトはベッドの上からパジャマ姿で降りようとすると、

 

「ブラァ!」

「うわっと……おはよう、ブラッキー……」

 

 昨日寝込んでから会っていないブラッキーが廊下から駆け寄り、ライトの胸元に飛び込んできた。

 それをがっしりと受け止めたライトは苦笑を浮かべながら、頬をぺろぺろと嘗め回してくるブラッキーの体を撫でる。

 すると、いの一番に部屋の中に入ってきたブラッキーに続くよう、ぞろぞろと廊下からライトの手持ちメンバーが入ってきた。歩けないヒンバスはというと、バスケットボールを持つような感覚でリザードンの両手に挟まれて持たれているが、ヒトカゲの頃から見慣れた光景である為、特にツッコむなどということはしない。

 

「皆もおはよ」

 

 寝起きの顔で挨拶をしてくる主人に向かって今度はジュプトルが飛び込み、二体分の体重が体に掛かったライトは思わずベッドの上に倒れ込んでしまう。

 それを『やれやれ』と言わんばかりに首を振るハッサムとリザードンであったが、病気が治った様子を見て安堵した顔色が窺える。

 二体を腕の中に抱きしめながら再び体を起こしたライトは、部屋の壁にかかっている時計を見て時間を確認した。

 

「九時……結構寝てたんですね、僕」

「ええ。病気の時はぐっすり寝させてあげた方がいいと思ったので……あっ、ご飯ならすぐに用意できますよ? 時間も時間ですし、軽めの物にしますか?」

「あ、じゃあそれでお願いします。よーしよしよし……皆はもうご飯食べたのー?」

 

 ずっと顔を嘗め回してくるブラッキーに対し、胸元に顔をスリスリと擦り付けるジュプトルに対し他愛のない質問を投げかけると、保護者ポジションのハッサムがコクンと頷く。

 マサラ人としては遅い起床になってしまったが、そのお蔭で風邪が治ったライトは、スキンシップを図ってくる二体を一旦退かせてからベッドから降り、そのまま着替えを始める。

 その際、外から差し込む日差しに目を細めながら外の景色を窺うライト。

 

「……なんか鳥ポケモンが多いね」

「ブラァ?」

 

 窓から覗く青い空。そこを優雅に羽ばたく鳥ポケモン達―――といいたい所なのだが、渡り鳥か何かであるのか凄まじい数の鳥ポケモン達が大勢羽ばたいており、黒の点々が空に無数に描かれるという光景がライトの視界に広がっていた。

 ポッポを始め、ヤヤコマやスバメ、キャモメ、ムックルなどを初めとした鳥ポケモンと、それらを引き連れていくボスの進化形のポケモン達。

 

「そういうシーズンなのかな?」

「グォウ」

 

 渡り鳥が渡ってくる季節なのかと疑うライトの呟きにリザードンが呼応する。

 そのまま着替えを終えたライトは、手持ちである五体と共に食事が用意されているであろう部屋へと歩いていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(ハッサムの“バレットパンチ”は強いから主力技として使っていくことにしたいけど、他の技は何にするべきかな……“メタルクロー”で不確定な能力上昇を狙うよりも、“つるぎのまい”で確実に【こうげき】を二段階上げて……ん? なら“つるぎのまい”から“バレットパンチ”を放った方がいいのかな。となると、【むし】タイプの技が欲しい所だけど……)

 

 一応朝食であるフレンチトーストを口に頬張りながら、自分の手持ちについて思案を巡らせるライト。

 今まさに甘い物を口にして糖分が脳味噌に回ってきている為、ただ食事を進めるのも時間がもったいないという理由から、まずはハッサムの技構成について考えていた。

 コルニのルカリオからラーニングした“バレットパンチ”。【はがね】タイプを持ち、特性が“テクニシャン”であるハッサムにはピッタリの技であるが、他にはどのような技を使用させるべきか。

 【むし】・【はがね】という優秀な複合タイプから、【ほのお】以外には互角に戦える(はず)のハッサム。折角であれば“テクニシャン”の補正のかかる技を使用させたいと考える。

 

(“れんぞくぎり”って意外と使わないんだよなぁ……今は“とんぼがえり”使ってるし。それに“とんぼがえり”って交代できるから便利な技だから……う~ん)

 

 口いっぱいにフレンチトーストを詰め込んだライトは、テーブルの上にあったモーモーミルクで一気に口の中の食べものを胃の中へ流し込む。

 そんな彼の向かい側では、カップの持ち手を爪で器用に摘みながらコーヒーを飲んでいるリザードンが座っている。以前進化した時から薄々予想はしていたが、リザードンになることによって威厳が出て、コーヒーを飲む姿が結構様になっていた。

 

 それは兎も角、

 

(ヒンバスは“どくどく”で“まもる”で、相手が特殊技を使ってくるなら“ミラーコート”で反撃させる感じだけど……いっそのこと“かげぶんしん”を覚えさせようかな。回避率をすっごい上げて『当たらなければどうということはない!』みたいな……)

 

 “どくどく”でじわじわと相手を弱らせていくという戦法。実は、三年前のポケモンリーグで姉であるブルーがピクシーを用いて使った戦法であり、その時は“どくどく”を入れてから“ちいさくなる”で回避率をぐーんと上げて、自分のポケモンの攻撃が全く当たらない相手のトレーナーを泣かせていたのが印象に残っている。

 

(まあヒンバスは今迄通りで……ブラッキーと被っちゃってる気がするけど。となるとジュプトル……攻撃技が少ないのがネックだなぁ。“メガドレイン”と“りゅうのいぶき”だけじゃ、【はがね】タイプの相手に苦戦するだろうし……あっ、そうだ)

「“めざめるパワー”の技マシン使ってみよっか」

「ジュプ?」

 

 不意に話しかけられたジュプトルは『何ぞや?』と首を傾げている。

 ライトが考えたのは、ブルーに買い与えられた中古の技マシンの中の一つ『技マシン10』である“めざめるパワー”をジュプトルに覚えさせようというものだ。

 ほとんどのポケモン(コイキングやメタモンを除いて)が習得することのできる“めざめるパワー”は、個体によってタイプが変わるという不思議な技である。

 【フェアリー】タイプ以外のタイプであれば、普通であれば覚えることが不可能なタイプであっても習得することが可能な技。それが“めざめるパワー”だ。

 

もしかすると【はがね】に有効なタイプの“めざめるパワー”を覚えるかもしれないと考えたライトは、ちょうどよく余っていた技マシンをジュプトルに使う事に決めた。

 

「よし! 後で早速やってみよう!」

「なんだい? 今日の予定でも決まったのかな?」

「あっ、博士! おはようございます……ん? こんにちは?」

「う~ん、まあどっちでもいいんじゃないかな。とりあえず、風邪が治ってよかったね」

「はい!」

 

 颯爽と現れてきたプラターヌに挨拶するライト。

 いつも通りの爽やかな笑みを見せる彼に対しライトは『そう言えば』と、ポンと手を叩いた。

 

「皆どこに行ったんですか? 今日の所見ていないんですけど……」

「デクシオ達かい? 彼等なら君がまだ風邪を引いて寝込んでると思って、ジム戦に行くと言っていたが……」

「ミアレジムですか?」

「ああ、そうだよ! シトロン君の所だね!」

 

 ライトは既に攻略済みであるジムに向かったという三人の話を聞いたライト。

 

(後で応援に行こうかな)

 

 どちらかというと応援される回数の方が多いライトは、朝食の後にジム戦に挑んでいるであろうデクシオやジーナの為にミアレジムに赴く事を決意する。

 

「だけど、その前に……」

 

 座りながら食事をしていたライトは、椅子の下に準備しておいた自分のバッグの中から箱型の機械を手に取る。

 一辺十センチほどの小型の機器を手に取ったライトは、それをカチャリと半分に割った。その様子にはプラターヌも興味津々で眺めている。

そのままライトは、手に取った機器をジュプトルの頭部を挟むように移動させてから、機器に備わっているスイッチを押すと『ヴィィン……』という音が鳴り響くと共に、機器の側面には『10』という文字が浮かび上がった。

 

 数秒、駆動音が鳴り響くとやがて『10』の文字は薄れていき、事切れる様に機器の音は聞こえなくなっていく。

 

「ほう! それは技マシンかい!? こちらのとは大分違う感じだね」

「やっぱりですか? 使い捨てなんで、使った後は街のきちんと分別しなきゃならないのが大変ですし、かさ張っちゃいます……カロスのは何回でも使えるって聞いています」

「ああ。その分、値は張ると思うけどね」

 

 カントーの使い捨ての技マシンを使ったライトは、一先ず分別して捨てられる場所まで向かうまでバッグの中へとしまうことにする。

 技マシンを行使されたジュプトルはというと、覚醒し切っていない呆けた顔になっていたが、途中でハッサムに頭を叩かれたことによりハッと正気に戻った。

 

「どう? 調子は」

「ジュプ……」

「まだ分かんないか。まあ、どんなタイプになってるかは後で確かめるから、まずは食器を片づけて……」

「大丈夫だよ、ライト君。私が片付けておくから」

 

 ジュプトルの頭を撫でた後に、自分が平らげた朝食の食器を片づけようと席から立ったライトであったが、すぐ近くに居たプラターヌが淡々と食器を重ねて持っていこうとする。

 

「えっ、でも……」

「ははっ、これからジム戦の応援に行くつもりだろう? 大した労力でもないし、こういう時に率先して動かないと運動できない仕事柄だしね。私の運動量を増やす為だと思ってここは任せてくれないか?」

「はぁ……ありがとうございます! じゃあ、ミアレジムに応援に行ってきますね」

「気を付けてね」

 

 にこっと微笑むプラターヌを見た後、傍で時間をつぶしていた手持ち達と外へ向かって歩み出すライト。

 カントーやジョウトと違って室内でも靴を履くカロスでは、ライトも食事中は靴を履いていた。その為、そのまま軽快な足取りで玄関まで一直線に走っていく。

 三十秒も掛からずに玄関までたどり着いた後は、手持ちを順々にボールに戻していき、プリズムタワーを一瞥して向かう先を確認し―――。

 

「……あっ、そう言えば」

 

 リザードンのボールを手に取りながら、ふと気が付いたライト。

 ボールに戻されずに玄関の前に立っているリザードンはというと、何事かと首を傾げてライトを見つめている。

 

「リザードンって、僕を乗せて空とか飛べたりする?」

「グォウ?」

「ここからビューンってプリズムタワーまでさ!」

「……」

 

 キラキラと期待に満ちた目で見つめられたリザードンは、数秒逡巡した後に歩道に出てから自分の背中を爪で指し示す。

 『乗れ』と言わんばかりの挙動に『おおっ!』と声を上げてリザードンの背中に乗ろうとするライト。

 だが、どのポジションに乗ればいいのか分からないライトは、少しの時間を費やした後に、リザードンの首回りに手を置き、片足を尻尾の根元辺りに突っ張る形で乗りかかる。

 そのままリザードンは進化して生えた立派な翼を大きく広げ、優雅に大空に―――。

 

―――バサバサバサバサッ!!!

 

「~~~!!」

「……」

「……」

「その……僕を背中に乗せたら飛べない感じ?」

 

 顔は窺えないもの、意気消沈しているのは雰囲気で充分理解できるほどリザードンは顔を俯かせている。

 それを見た後に、申し訳ない気分になりながらリザードンの背中から降りるライトは、ポンッと手をリザードンの肩に置く。

 

「……練習したら飛べるよ、うん」

「……」

 

 珍しく落ち込んでいるリザードンを一瞥した後ボールに戻すライト。

 得も言えぬ複雑な気分になったライトは、それを忘れるためにジムがあるプリズムタワーに向かって全力で走っていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ライトがプラターヌ研究所を発つ一時間前のプリズムタワー・ミアレジム。

 そこではジム戦が行われていた。だが、ジムリーダーであるシトロンと戦っているのはデクシオやジーナではなく、灰色の髪の少年。

 以前ヒヨクシティでライト達四人がダブルバトルをする前に、クリムガンに対しゲッコウガを使っていた少年であった。

 

「ブーバー、“かえんほうしゃ”」

「っ、レアコイル!」

 

 赤い炎を模した人型のポケモン―――ブーバーの口から放射した火炎がレアコイルを包み込み、【はがね】タイプを有すレアコイルを一撃で伸す。

 煤けた体のまま地面にレアコイルが落下すると、審判であるシトロイドが片方の旗を上げる。

 

『レアコイル、戦闘不能!』

「くっ……すみません、レアコイル」

「……」

 

 ボールにレアコイルを戻すシトロン。それを挑戦者である少年はジッと眺め、特に何をするという訳もなくブーバーの様子を窺っている。

 

「流石に日本晴れの下では【ほのお】の威力は凄まじいですね……ですが、まだ勝負は決まっていませんよ! エレザード、出番です!」

 

 シトロンが放り投げたボールからは、襟巻を持つ黄色の皮膚を持った蜥蜴が登場する。

 それを確認したシトロイドは少年の方に振り返った。

 

『挑戦者、交代は?』

「します」

 

 淡々とした口調で交代する旨を口にする少年はブーバーをボールに戻し、次なるポケモンをバトルフィールドへ繰り出した。

 

「なっ……君もエレザードを……ならば、同じ種類同士力比べといきましょうか。エレザード、“10まんボルト”です!!」

「エッザァ!!」

 

 襟巻を広げて照準を定めたシトロンのエレザードは、少年のエレザード目がけて“10まんボルト”を繰り出す。

 そして少年は―――。

 

「“はかいこうせん”だ」

 

 刹那、少年のエレザードの口腔には眩いばかりの禍々しい色の光が収束していき、耳を劈く様な音が響くと同時に、シトロンのエレザードが繰り出した“10まんボルト”を弾き飛ばしながらフィールドを疾走していく。

 そして、避ける間もなかったシトロンのエレザードに“はかいこうせん”は直撃し、ジム全体を激震に包み込むほどの爆発を起こす。

 それだけで、このジム戦の勝利を誰が勝ち取ったのかは容易に想像できるだろう。

 

「エ……レァ……」

『エレザード、戦闘不能。よって勝者、挑戦者アッシュ』

「ご苦労、エレザード」

 

 “はかいこうせん”の反動で膝を着くエレザードを労いながらボールに戻すアッシュという少年は、そのまま戦闘不能になったエレザードをボールに戻すシトロンの下へ歩み寄る。

 

「まさか僕のエレザードの“10まんボルト”を弾き飛ばす程の攻撃とは……何か、君のエレザードが特別なのでしょうか?」

「……俺のエレザードの特性は“サンパワー”。晴れだと特殊攻撃が強くなります。それより……」

「ああ、すみません! ジムバッジですね! それではどうぞ……」

「どうも」

 

 シトロンが慌ててツナギのポケットから取り出したボルテージバッジを受け取ったアッシュは、手際よくバッグから取り出したバッジケースに納め、早々とジムから去ろうとする。

 そして出口を通って外に出た少年は、やけに鳥ポケモンの多い空を一瞥した後に、ポケモンセンターに向かって歩き出した。

 

(……これで残りはクノエか。あそこは相手によってメガシンカを使ってくると聞いたが……)

 

 バッジケースに納められていないバッジはあと一つ。

 ミアレを北に進んだ場所にあるクノエシティのジムのバッジのみだ。

 

(まあ、行けば分かるな)

「予約した時間まであともうすぐですわよー!」

「はぁ……はぁ……ジーナ。そんな急がないでったら……」

「?」

 

 不意に横を通り過ぎる三人組。どこかで見たことのあるような顔ぶれに思わず振り返った少年は、何かが足りないような感覚を覚える。

 

(……気のせいか)

 

 だが、余り大事なこととは思えなかった少年は再び足を動かして、手持ちを回復させにポケモンセンターへ向かうのであった。

 





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第六十三話 嵐のような姉

 

 

 

 ミアレシティ・オトンヌアベニュー。

 

 昼下がりの時間帯、四人並んでジュースをストローで飲む者達が歩道を歩んでいた。各々の持つジュースの色は違うものの、全員が美味しそうに飲んでいることから味は悪くないことが分かる。

 彼等が口にするのはオトンヌアベニューにある『しるや』と呼ばれる店で売られている木の実を使ったジュースであり、色に違って味が大きく変わる。

 味は大まかに五種類だ。赤なら辛く、黄なら酸っぱく、青なら渋く、緑なら渋く、桃色なら甘くといったものである。

 だが、共通して木の実特有のフレッシュな香りとほどよい甘みが感じられ、直に木の実を食べるよりも遥かに食べやすくなっていた。

 

―――ズズズズッ……

 

「あっ、もう無くなった」

「……飲むのが早くありません?」

「そう?」

 

 最初にジュースを飲み終えたのはライトであった。

 そんな、病み上がりであるにも拘わらずジム戦の途中で応援しにやって来た少年を呆れた顔でジュースを飲み進めるジーナ。

 無事にデクシオとジーナの二人もジムバッジを獲得できたようであり、こうしてバトル後の疲れを取る為に買い食いのようなことをしていた四人。

 

「ルカリオも飲む?」

「クァンヌ!」

「ビブラーバも飲んでみるかい?」

「ビ~!」

 

 手持ちのポケモンにジュースを飲ませてあげるコルニとデクシオ。コルニのルカリオは兎も角、デクシオはヒヨクシティに居た時は持っていなかったビブラーバを手持ちに加えているが、

 

「すっかり懐いているね、ビブラーバ」

「うん。プラターヌ博士の研究所に預けるっていうのも手だったんだろうけど、折角だしちゃんと育ててあげようと思ってね」

 

 13番道路で保護したビブラーバは、ポケモンセンターで治療を受けた後にデクシオに懐いたようであり、今ではこうして仲が良い光景を他人に見せるほどだ。

 微笑ましい光景に思わず笑みが零れるライト。一度トレーナーに捨てられても尚、こうしてデクシオに懐いていることから人間のことを恨んでいる訳でもなく、ずっと好きであったままだったのだろう。

 自分のジュプトルに関しては、捨てられてから暫くの間人間には懐かなかったものの、今ではこうして手持ちの一体として活躍してくれている。

 

 カントー地方四天王の一人、【あく】タイプ使いのカリン曰く『強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てる様頑張るべき』という言葉がある以上、『弱いポケモン』などというのはあくまでトレーナーの身勝手な主観であることが分かる。

 最初に強さの違いはあれど、しっかり育ててあげればどんなポケモンであっても強くはなれるのだ。

 良いトレーナーというのは、どんなポケモンの個性を引き出せてあげることのできるトレーナーなのではないだろうか。

 

―――という文章を雑誌で呼んだ事があるライト。

 

 実際に実行するのは難しいだろうが、心しておくことができればモラルの無いトレーナーになることはない。

 名言を思い返すだけで、ちょっと引き締まったような気分になれるのはライトだけではないだろう。

 

 閑話休題。

 

「これからどうする?」

「ああ、そう言えば! ミアレシティの南にあるプランタンアベニューには『いしや』という店があって、進化の石が販売されているんですわよ! そこに行けば、メガストーンも売ってるかもしれませんわよ!」

(……そういう店の名前流行ってるのかな?)

 

 『しるや』にしろ『いしや』にしろ、どちらかというとカントーやジョウトにありそうな店名に思わず苦笑を浮かべるライト。

 

「でも、こっから南って結構遠い気がするけどどうするの?」

「一人の時だったらタクシーを使ってる所ですけれど、この大人数ですしミアレステーションを使って行きましょう。ここら辺からだと二百円ぐらいですわよ」

「ミアレステーション?」

「地下鉄ですわ」

 

 そう言ってから残ったジュースを一気に飲み干したジーナは、駆け足で電車マークが描かれている看板目がけ走っていき、その近くにあった建物の中へと入っていく。

 ジーナを追う三人も軽快な足取りで彼女のことを追いかけていって建物に入ると、中は普通の建物よりも広大な空間が存在しており、階段を下っていくとカラフルな色合いの電車を目にすることができた。

 白を基調とした空間の中で、人が大勢出入りしている電車は非常に目立っており、奥の方にも佇んでいる電車が地下トンネルを往来しているのが垣間見える。

 

「おおっ!」

「これがミアレを周る時の足の一つ! お手頃な価格でミアレのあっちこっちに移動できますわよ!」

「結構適当な説明だね、ジーナ」

「何か言いましたか!?」

「いや」

 

 踏ん反り返ってミアレステーションをアバウトに説明したジーナであったが、アバウトな部分をデクシオに指摘される。

 そこはいつも通りキッとした眼光を向けて黙らせるジーナ。

 そうしている間にミアレステーションを感心しているような瞳で見ているライトの横では、コルニも何故か驚いたような瞳で電車を見つめている。

 

「……あれ? コルニって一度ミアレに来てるよね?」

「うん! だけどその時、駅なんて知らなかったからローラースケートで走りまわってた!」

(体育会系……)

 

 この広大なミアレをローラースケートで走りまわるとは、かなりのマサラ人に負けずとも劣らない体育会系だ。

 カントーやジョウトで電車といったらヤマブキシティとコガネシティを繋ぐリニアぐらいしか無い為、アルトマーレに住んでいるライトには電車などは馴染みがない。

 その為、こうして人生初の電車に興奮気味で瞳を輝かせているのだが、この町で暮らして早十年以上の都会っ子であるデクシオとジーナにはそんなに珍しい物では無い為、早々と切符を買う為の機械の前まで歩んでいく姿がライトの目に映った。

 

 手際よく切符を買った二人に続き、見よう見まねで切符を買う為に金銭を機械に入ようとするが―――。

 

(……路線図が多くて分かんない)

 

 機械の上に用意されている路線図であったが、かなり入り組んでいる図であったが故に、どのくらいの金銭を入れて、どの切符を買えばいいのか分からなく混乱してしまう。

 

 田舎者あるあるを遺憾なく発揮するライトは、暫し放心状態に陥る。

 

 それを見かねたジーナが颯爽と近寄り『これですわ』と、手助けをしてくれた為、後ろに行列を作ってしまうことは阻止できた。

 

(……マサラが恋しいなぁ)

 

 近くの商店街まで徒歩三十分の田舎町であるマサラタウンの事を思い出しながら切符を手に入れたライトは、そのまま改札機に切符を入れて電車へと向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ミアレシティ・プランタンアベニュー。

 ミアレステーションを用いての移動を終えた四人は目的地である『いしや』なる店を探す為、歩道をまったりと歩んでいた。

 

「わあ、漢方薬局だ……漢方売ってるの?」

「ええ。良薬口に苦し……とっても苦いですけど体にいい薬が売っていますわよ。苦いですけれど」

「……そんなに苦いの?」

「悶絶致しますわよ」

「……食べたことあるの?」

「聞かないで下さいまし!」

(食べたんだ……)

 

 詳細は聞かされないものの、漢方を口にして悶絶したことがあるらしいジーナの話を聞いたライトは、とりあえず漢方には手を出さないようにと心に決めた。

 漢方は歳をとってからでいい筈。

 良薬口に苦しともいうが、苦すぎるのは体に毒だとテレビのバラエティでやっていた気がする為だ。というよりも、人が苦い物を嫌うのは苦い=毒という生物の本能的な部分の問題であり―――。

 

「ここですわよ! ここがプランタンアベニューで進化の石などを販売している『いしや』ですわ!」

 

 テレビ番組で店を紹介する時のような雰囲気でいしやを指差すジーナは、勇み足で店内へと入っていく。

 そんなジーナの後を追う三人は、ショーケースの中に石がずらりと並べられている店内に入り、メガストーンがないものかと周囲を見渡す。

 この四人の中でメガストーンを持っているのはコルニのみであり、他三人はキーストーンだけで肝心のメガストーンを有していない。

 もしこの店に売っているのであれば、少しくらい値が張っていても買おうという気概はあるのだが、中々メガストーンを見つけることはできなかった。

 

「う~ん……あの、すみません」

「はい?」

 

 こういう時は店員に訊いた方が早いと考えたライトは、全てを見回るよりも早くカウンターに立っていた男性の店員に声を掛ける。

 

「僕、メガストーンっていう石を探してるんですけど……」

「メガストーン……ですか? すみません、そのような商品はウチには……」

「……そう、ですか」

 

 ガクリと肩を落とすライトを見ていた三人もメガストーンがないことに残念そうに肩を落とし、トボトボと店内から出ていこうとする。

 期待していた分、無かった時の悲壮感というのだろうか。どんよりとした空気を背負いながら店の外に行こうとする四人に、無いと告げた店員も悪いことをしてしまったかというような顔になってしまう。

 だが、無いものは無い。

 無いものを探して店内をうろちょろと歩くのは迷惑極まりない行為であろう。素直に引き下がろうとした四人であったが、

 

「君達。メガストーンを探していると言ったかね?」

「え? あ……はい、そうですけど……」

「成程。やはり君達が腕に着けているのはキーストーンかい。なら話は早いね。これを見てくれたまえ」

 

 突然、店内にひっそりと佇んでいた一人の初老と思われる男性がライトに声を掛ける。糊が解れていい感じに着こまれたスーツを纏っている男性は、右手に携えていた重要な物を入れる様なケースをカチャリと開けた。

 そこには―――。

 

「あっ!」

「全部、わたしの持っている一品物だよ。これが『フシギバナイト』というフシギバナ専用のメガストーン……そしてこれが『リザードナイト』。リザードン専用のメガストーンだね。そして最後に『カメックスナイト』……言わずもがな、カメックス専用のメガストーンだね」

 

 次々と取り出して見せる宝石のような玉に、一同全員が目を丸くして食い入るようにメガストーンを見つめる。

 すると、ジーナが鼻息を荒くしながら他三人よりも一歩前に飛び出す。

 

「そ、それは店の商品か何かなのですの!?」

「いや、最初に言ったようにわたしが持っている物であって、この店の商品じゃあないよ。だけど、わたしは誰かがこれを買ってくれないものかとあちこちに持ち寄ってみているんだよ」

「ほ、本物ですの!?」

「疑うのであれば、君達が着けているキーストーンをこれらに近付けてみると良い。そうすれば一目瞭然だよ」

 

 男性にそう言われたジーナは、左腕に嵌めているメガリングをメガストーンに近付けてみると、メガリングに嵌められているキーストーンが淡く光り始めたのを目にした。

 明らかにこれは共鳴反応。

 本物である可能性が極めて高くなったメガストーンを目の当たりにしたジーナは、テンションMAXで男性に詰め寄っていく。

 

「ち、因みにこれを買うのであれば幾らぐらいなのでしょうか!?」

「百万円だね」

「「「「ひゃッ!!!?」」」」

 

 百万円という規格外の金額に目が飛び出るのではないかという程見開く四人。確かにメガストーンは貴重な物であり、男性が持っている物が一品物というのであれば、その位の値段をするのかもしれない。

 だが百万円という価格は明らかに子供が手を出せる値段でないことは確かだ。

 余りに自分達には現実離れした値段を耳にした四人は、引き攣った笑みを浮かべながら男性の前から後退していく。

 

「……出直してきますわ」

「はははっ、機会があったらまた来ると良い。わたしは此処に居るからね」

 

 すっかり意気消沈して出ていく四人を笑顔で見送る男性。

 『カランカラン』と音を立てて開く扉を潜って外に出た四人は、気分を入れ替える為に空気を肺一杯に吸いこむ。

 そして、

 

「……百万円なんて無理に決まっていますわ」

「お金で解決するのはよくないってことかな」

「はぁ……ん?」

 

 残念そうな声で呟くデクシオとジーナの隣でライトは、不意に鳴り響いたポケギアの着信音に顔を上げて、バッグの中をガサゴソと漁ってポケギアを手に取る。

 そして、画面に映し出されている名前を見て苦笑を浮かべた。

 

「……はい、もしもし」

『おひさぁ―――! 愛しの我が弟、元気ぃ!?』

「うん、元気だけど急にどうしたの?」

 

 姉のブルーの声をポケギアを通じて久し振りに聞くライトは、他三人に『ちょっと』というジェスチャーを見せてから店前から少し離れた所で通話を続けた。

 

『この前試写会でカロスに行くって言ってたじゃない、わたし! 今日その日なのよね~!』

「へぇ~……じゃあ今ミアレに居るの?」

『そうなのよ~……ねっ!」

「えっ? ……ぎゃあああっ!?」

 

 不意に首に回された手と、聞き慣れた声。そして、漂ってくる懐かしい香りに振り返ってみると、ポケギアを耳に当てているブルーの姿が―――。

 

「なんで真後ろに居るの!?」

「ちょっと脅かそうと思ってぇ~!」

「っていうか、なんで僕の居る場所分かるの!?」

 

 ちょっとしたストーカーではないかと疑う程、的確に自分の位置を当てて背後に回ってきた姉に若干引き気味に声を荒げるライト。

 

「知ってる? ピクシーの耳は、一キロ離れた場所で落ちた針の音も聞き分けられるくらい耳が良いって。それでこっそ~り、ってね」

「そ……そうなの? そうなんだ……」

(ホントはポケギアの位置検索サービス使ったんだけどね♪)

 

 キョトンとした顔で一応納得するライト。ブルーの手持ちにピクシーが居るのはライトも既知の事実である為、どこか納得いかない様子でありながらも一応納得する。

 だが本当の所は、ブルーがライトにポケギアをプレゼントする前に、ポケギアの位置検索の許可をしていただけであり、ピクシーには一切手伝ってもらっていない。

 

 そんな姉弟の会話を繰り広げていると、珍しいライトの様子に少し離れた場所で待機していた三人が何事かと駆け寄ってくる。

 

「どうしたの、ライト? その人は……」

「あら? ライトの友達? どうもぉ~、姉のブルーで~す!」

 

 いつもと変わらぬ様子で自己紹介をするブルーに、他三人は唖然とした様子でライトを両腕で抱きしめている状態のブルーを見つめる。

 

「こ……この方がライトの姉の……!」

「あ、えっと……ドラマで何回か拝見させて頂いています」

「わぁ~、ライトのお姉ちゃんって美人さん……!」

「あははっ! どもども~! ウチの弟が迷惑かけてない? 大丈夫? 皆で買い物? いいわよね~、ミアレってなんでも揃ってるし!」

(((勢いが凄い……!)))

 

 弟のライトと比べるとかなりグイグイくる女性に思わず三人は後ずさりしてしまう。

 その間、ライトはというとずっと両腕で抱きしめられて拘束されているままだ。何とかして姉の拘束を解きたいライトは、とある質問を投げかけてみる。

 

「あの、姉さん……試写会は何時から?」

「昼前に終わったわよぉ~! 今は自由時間って感じ!? 帰りのフライトまでは三時間ってとこだけど」

(くっ……結構長い!)

 

 帰りのフライトまで三時間ならば、準備に一時間を要すと仮定するのならば約二時間ブルーは自分と共に居るはずだ。

 友人が居る中で、この破天荒な姉と共に居るのはかなりの精神力を使うことだろう。

 そんな事を思うライトは先程よりも顔を俯かせるが、ふとブルーが『あらっ?』と声を上げる。

 

「ちょっと~! フード千切れてるけどどうしたのよ~!?」

「え? あっ……」

「もう! 身だしなみはちゃんと整えなきゃ駄目でしょ~? 後でブティック連れてったげるから! ライトにぴったりなお洒落な服買ったげる!」

「……うん」

 

 終始ブルーのペースに呑まれているライトは、会ってから数分で疲れ切った表情を浮かべている。

 そんな弟を終始抱きしめるブルーであったが、ふと弟の左腕に嵌められている腕輪に気付き、『うん?』と首を傾げた。

 

「どうしたの、その腕輪? 随分アンティークな感じの着けてるけど……ライトってそういうの好きだったっけ?」

「ううん。これは―――」

 

 かくかくメブキジカ。

 腕に着けていたメガリングに興味を示したブルーに、キーストーンのことやメガストーン、そしてメガシンカの事を説明すると、感心したかのような声を上げる。

 

「へぇ~! それってそういうスーパーアイテム的な感じだったのね!」

「アバウトな解釈だけど……まあ大体合ってる」

「じゃあやってみせて! 私、そのメガシンカっていうの見てみた~い♪」

「いや……あの……ポケモンの方に持たせる方を僕は持っていない感じで」

「え、ないの!? そこに『いしや』ってあるけど売ってたりしないの?」

「まあ売ってる人は居るけど……その……百万円で」

「たっか!? ちょっと、それ法外な感じじゃないわよねぇ~!?」

 

 メガストーンが百万円で売っている事を告げてみるとブルーは眉間に皺を寄せて声を荒げる。

 流石の売れっ子女優であっても、元が一般家庭で生まれたブルーにしてみれば百万円は縁のない値段であるらしい。

 ブルー以外の四人が苦笑いを浮かべている間、顎に手を当てて思案を巡らせるブルー。

 その姿にコルニが『ライトそっくり……』と呟き、他二人も『確かに』と同意する。当のライトはというと、『そんなに似てる?』と納得していない様子だ。

 

「……ライト」

「うん?」

「そのメガストーン売ってる人のとこ連れてって」

「え?」

「ちょ~~~っとだけ値切ってみるから……うふふ」

(……この目は本気だ……!)

 

 意地の悪そうな笑みを浮かべている姉の瞳を見て戦慄するライト。

 昔から、何かにつけて安く物を買おうとしていたブルーの姿を、ライトは覚えていた。その話術に加えて整った容姿で、数々の商品を大分安く買ってきたという実績がこの姉には在る。

 今回もまた―――。

 

(だけど、百万円のは流石に……)

 

 

 

 ***

 

 

 

「一個一万円で買って来たわよぉ~♪」

「……」

「どうしたの、ライト? ほら、確かライトってヒトカゲ選んでたから、このリザードナイトって奴でいいんでしょ?」

「うん……まあ……そうだけど」

 

 店内から指の間にメガストーンを挟めたまま勝ち誇った笑みを浮かべてやって来たブルー。

 どこか遠い所を見る目をしたライトは、ブルーが指に挟んで持ていたサファイヤのような蒼い色を持つ玉を渡されて、それをジッと眺めた。

 玉の中心には黒と深い青が捩じりあうような特徴的な模様が浮かんでおり、ライトが腕に嵌めているメガリングのキーストーンも、リザードナイトに共鳴して淡い光を放つ。

 だが、問題はそこではない。

 

「……どうやって値切ったの?」

「うん? い・ろ・い・ろ♪ それでちょっとだけ安くしてもらったのよぉ~!」

「世間的には99%オフを『ちょっと』とは言わないけど」

「まあ、堅いことは言わないで~! あと、フシギバナイトとカメックスナイトっていうのも買ったけど、これもライトにあげちゃう! 誰にでもあげていいわよ~!」

 

 『誰にでもあげていい』といったブルーは、物欲しそうな瞳で自分達を見つめていたデクシオとジーナの方に『パチッ☆』とウインクをしてみせる。

 二人に渡してあげろというのを何気なしに伝えるブルーにライトは、意外と周りを見ている人物なのだと改めて実感した。実際、そうでなければリーグで三位に入賞する事などできはしないだろう。

 そんな姉の施しに自然と笑みが零れるライトは、満面の笑みでブルーの顔を見つめる。

 

「ありがと、姉さん!」

「ふっふ~ん! お礼もい・い・け・ど……」

「……何してるの?」

 

 自分の頬を人差し指で指し示すブルーに、訝しげな顔を浮かべるライト。

 するとブルーは、ちょんちょんと頬を指で叩いてみせ―――。

 

「メガストーンのお礼は、お姉ちゃんのほっぺにチューって事で!」

「……いや、あの」

 

 かつてない程引き攣った顔で振り返り、背後に佇んでいた三人に助けを求めようとするライト。

 だが、三人はそれぞれ気まずそうな顔でライトから視線を逸らす。

 

「に、逃げちゃ駄目ですわよライト! お姉さまのお願いなんですから!」

「……あの、その……高い買い物もさせちゃったわけだし」

「仲イイね! その……目は逸らしておいた方がいい?」

(……くっ! 逃げられない!!)

 

 完全に助ける気のない三人に歯をギリッと食いしばるライトは、準備万端のブルーの方に顔を向ける。

 今や今やと待ちかねているブルーの視界には、歩道を歩む一般人などは眼中に入っていない。

 一応芸能人なのだから、そこら辺は気を遣った方が良いのではないかと考えたライトであったのだが、ここまで来たら逃げる事などできない。

 十二歳になって、十五歳の女優の姉の頬にキスなど普段など恥ずかしくてできる訳がない。

 だが、こうして恩義ができてしまった以上、一歩も退けなくなったため―――。

 

 

 

(はぁ……もぉ~~~!!!)

 

 

 

 久し振りの姉の頬は柔らかかった。

 




・お知らせ
 レッドのバイトの話は番外編でちょくちょく入れていく予定です。


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第六十四話 昼ドラのような腹黒さ

 

 

 

 ミアレシティのとある地下施設。

 電灯も少ない薄暗い部屋で病的なまでに白い肌で、尚且つ恰幅のよい男性が眼前の巨大なモニターをマジマジと眼鏡の奥の瞳で見続ける。

 そこには各方面からリアルタイムで送られている映像が映し出されているが、画面に映っていたのは―――。

 

「来たゾ、来たゾ。伝説の三鳥がミアレにやって来てんだゾ」

「首尾よくやれているの? クセロシキ」

「無論。プリズムタワーに仕掛けた装置は正常に作動してるゾ」

 

 カツカツとハイヒールを履いているかのような足音が後ろから響いてくるが、男性は見向きもしないで延々とキーボードを叩きながら画面を凝視する。

 そんな男性の横からデスクに手を着きながら身を乗り出す女性は、画面に映っている炎を纏っているかのような伝説のポケモン―――ファイヤーを見てうっとりとした表情を浮かべた。

 

「ああ……いいわね。このファイヤーこそ、フレア団のシンボルに相応しいのではなくて?」

「ボスの傍らに立つ女としてもか?」

「勿論。では、後はわたくしに任せてもらいます」

「暇があれば他の二体の捕獲もお願いしたいゾ。伝説のポケモンの生命エネルギーは凄い。是非サンプルを……」

「分かっていますわ。わたくしを誰とお思いで?」

 

 落ち着いた声ながらどこか怒気を含むような声を発する女性に、クセロシキと呼ばれた男性が若干表情を強張らせる。

 

(……だからこの女と話すのは苦手なんだゾ)

 

 心の中で溜め息を吐くクセロシキは、画面のファイヤーを満足いくまで眺めてから出入口の方へ向かって行く女性を見届けた後、気分転換の意味でデスクに置かれていたコーヒーを啜る。

 あと十分もしない内にミアレに辿り着く三鳥の姿を眺めながら。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……はぁ」

「どうしたの、そんな大きな溜め息吐いて? 溜め息したら幸せ逃げちゃうわよ?」

「いや、うん……まあ」

 

 ブルーに全身コーディネートされたライトは、ブルーの買い物に付き合わされて持たされている荷物を両手に抱えながら、深い溜め息を吐く。

 コルニ達などの他三人は『姉弟の邪魔をしたら悪いから』という理由で別行動をとっているのだが、それが逆にライトの負担を増やしているなど、三人は知る由も無かった。

 

 因みにライトの現在の服装は、白のポロシャツの上に黒を基調としたベスト。そしてベストの襟元には青色のスカーフを巻いていた。

 ボトムズはというと今迄のような半ズボンではなく、黒と灰色基調の大分ゆったり目なズボンを穿かされており、裾は冒険用のお洒落なブーツへインする形式をとっている。

 帽子はシャラシティで買った物を変わらず被っているが、トップスもボトムズも大分印象が変わるようなコーディネートをされている為、お洒落には疎いライトは依然ブルーのコーディネートを着こなすことができていなかった。

 

 一方、弟を存分にコーディネートできたブルーは、満足そうな表情でプリズムタワーの方へと勇み足で突き進んでいる。

 

「一度ちゃんと登ってみたかったのよねぇ~、プリズムタワー! カロスに来るとき、いっつもあんまり時間が無かったから!」

「へぇ~」

「恋人ごっこでもする?」

「結構です」

「はぁ、そうよねぇ……ライトにはカノンちゃんが居るものね……」

「カノンは関係ないでしょ!」

「もお……顔真っ赤にしてカワイイんだからぁ~!」

 

 カノンを引きあいに出されたライトは、オクタンのように顔を紅くして否定するものの、それを見ていたブルーは逆に『カワイイ』とライトを存分に抱きしめる。

 何故か敗北感に苛まれるライトは、どうにでもなってしまえと言わんばかりに諦めた表情で遠い所を眺めるかのような目を浮かべた。

 

「おや? 君は……ライト君でしたよね?」

「え、あっ……シトロンさん! どうも、さっきぶりで……」

 

 だが、ふと聞こえてきた声にハッとした表情を浮かべるライト。

 すぐさま姉の拘束を解いて声が聞こえて来た方向に目を向けると、妹のユリーカと共に道を歩むシトロンの姿が見えた。

 突然のジムリーダーの登場に驚くライトであったが、向こう側は知らない女性を目の当たりにして一体誰なのかと首を傾げる。

 

「えっと、この方は……」

「どうもぉ~、姉のブルーで~す!」

「ああ~、思い出したぁ~! ブイレンジャーの!」

 

 いまいち誰かを認識できない兄に対し、子供であるユリーカはテレビで観たことのある人物を目の前にして鼻息を荒くする。

 そして何故か急に跪き、左腕を胸に当てながら、右手をブルーへと差し伸べた。

 

「ブルーさん、キ―――プッ! お兄ちゃんをシルブプレ!」

「「……シルブプレ?」」

「コ、コラ! ユリーカ! それは止めろっていつも言ってるじゃないか!」

 

 シルブプレの意味が分からずに首を傾げるライトとブルーに対し、シトロンは焦った様子でユリーカを『エイパムアーム』なる発明品でその場から離す。

 エイパムアームに襟元を掴まれてブルーの目の前から離されるユリーカであったが、茶目っ気たっぷりな笑みを見せながらこう言い放つ。

 

「『シルブプレ』は『よろしくお願いします』って意味なの! お兄ちゃんっていっつも機械ばっかり弄ってるから、あたしが代わりにお嫁さんを見つけてあげようと思って!」

「小さな親切、大きなお世話です! 自分の恋人くらい自分で探します!」

「えぇ~……でもブルーさんって女優さんだよ? 『ぎゃくたま』っていうのじゃないの?」

 

 エイパムアームに掴まれたままのユリーカであるが、反省した様子は一切感じられない。

 そんな兄妹の近くで話を聞いていた姉弟の二人組は、感心するかのような表情でウンウンと頷いていた。

 

「へぇ~、じゃあ私って年下の子に逆ナンされてたってコト? ユリーカちゃんっておませさんねぇ~!」

「逆ナン……」

「ライトもどっかでナンパしてくれば?」

「いい!」

「カノンちゃん居るから?」

「ち・が・う!」

(あ~、必死になっちゃって! きゃわうぃ~!)

 

 再び顔を真っ赤にして否定の言葉を口にする弟に萌えるブルーは頬を手で押さえる。他人の前では大人びた様子を見せるこの弟であるが、自分の前では等身大の十二歳を見せてくれるところがいい感じのギャップだ。

 特に、彼の幼馴染のカノンを引き合いに出せば、容易に可愛らしい一面を見せてくれる。

 

 そのような感じで弟に萌えていたブルーであったが、姉の様子を見かねたライトが『それは兎も角』と話を切り変えてきた。

 

「プリズムタワーに行くんじゃなかったの?」

「ん? ああ、そうだったわね! カロスの思い出に―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ピシャアアアアアン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあ!」

「ッ!? 雷!?」

「プ……プリズムタワーに!!」

 

 青天の霹靂とでも言おうか。

 突然轟いた雷鳴に、まだまだ子供のユリーカは驚き、恐怖し、兄の服をがっしりと掴んだ。

 対してライトとブルーの二人はプリズムタワーの天辺に留まった一体のポケモンに目を見開く。

 黄と黒の色を有す、荒々しい雷を体現するかのような姿の鳥ポケモンは、鋭い眼光でミアレをその瞳に映していた。

 

「―――ア゛ァァァアアアア!!!」

「ッ……!」

 

 劈く様な雷鳴をとどろかせるポケモンを目の当たりにしたライトは、すぐさまポケットから図鑑を取り出し、情報を画面に映し出す。

 

『サンダー。でんげきポケモン。電気を操る伝説の鳥ポケモン。普段はカミナリ雲の中で暮らしている。カミナリに撃たれると力が湧いてくる』

「あれが……サンダー!?」

 

 目の前の存在を確かめる様に呟くライトであったが、その瞬間に再び雷がプリズムタワーの天辺に留まっているサンダーに堕ちる。

 すると、周囲の建物の中の電灯が一斉に暗くなり、昼にも拘わらず普段よりも若干暗い印象を与える街に一変した。

 

「ま、まさか……強い落雷の衝撃で停電した!?」

「そんな!? 普通高い建物って避雷針とかで頑丈に……!」

「想定以上の威力だったんでしょう……くッ!」

「シトロンさん!」

「お兄ちゃん!?」

 

 眼鏡の奥に佇む瞳に焦燥を浮かべたシトロンは、慣れない様子でプリズムタワーへと全力疾走していく。

 危険な伝説ポケモンが佇む場所に自ら近づこうとしている兄を見て、心配そうな声を上げるユリーカであったが、一向にシトロンは止まる事は無い。

 恐らく彼は、ミアレのジムリーダーとして街を守る為、サンダーに挑もうとしているのではないか。

 【でんき】タイプのエキスパートである彼が解決に向かうのは妥当であるが、相手が伝説ポケモンである以上、苦戦は必至である筈。

 

「……ライト。ユリーカちゃん任せてもいい?」

「え? ね、姉さん……?」

「あの鳥畜生をちょっと黙らせてくるから」

「……」

「私とライトの姉弟デートを邪魔するなんて許せない! しばいてくるわ!」

(駄目だ、この姉は……!)

 

 姉が正義感で動こうとしているのかと一瞬でも思った自分をバカだと思ったライト。

 破天荒なのは知っていたが、まさか伝説ポケモンにまで喧嘩を売ろうとは。さらに言ってしまえば、実力もそれなりに備わっている為性質が悪い。

 ハイヒールを履いているにも拘わらずかなりの速度で走っていくブルーを茫然とした目で見届けたライトは、近くでブルブルと震えているユリーカの下に近付いて手を握る。

 

「大丈夫だよ。シトロンさんは強いから。なんたって、ジムリーダーだからね」

「……うん」

「ここも危ないかもしれないから、少し離れた場所に行こ?」

 

 不安を拭えないユリーカの手を握ったまま、少しでも流れ弾が飛んでこない場所にユリーカを避難させようと歩み始める。

 だがユリーカは、後ろ髪を引かれるようにプリズムタワーの方に振り返り―――。

 

「あ……」

 

 

 

 炎のような鳥と、氷のような鳥を瞳に映した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 地下鉄道にて。

 

「ちょっと! いきなり電車が止まるってどういうことですの!?」

 

 頬を膨らませて急に停止した電車に文句を垂れるジーナ。それは電車に乗っていた他の者達も口にすることであったが、一方では突然止まった電車に不安の色を見せる者達もちらほら。

 

「アナウンスも流れないし……停電でもしたのかな?」

「はぁ~、何時復旧するかなぁ?」

「早く動いて欲しいものですわ!」

 

 各々が言葉を口にする中、車掌室から運転していたと思われる男性が出て来る。

 

「すみません、皆さま! 現在、プリズムタワーへの落雷によって一部区間で停電が起こっています。すぐに復旧できるよう努めますので、そのままお待ちください!」

 

 そんな男性の言葉に各所から不満の声が上がるが、指示に従う他ない者達は溜め息を吐くばかり。

 それはジーナたちも同じであり、早々の復旧を願って待機するのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(持ち合わせのポケモンでどこまで戦えるか……僕の実力で……伝説のポケモンに!)

 

 インドア派のシトロンは日常生活で走る事はほとんど無い為、こうして全力疾走するのは如何せん体力を使い過ぎるのだが、そんなことは頭の隅に置いたままで街の安全を確保するために疾走していた。

 そんなシトロンが持っているポケモンは、ジム戦で使用したポケモン達だ。これはフルメンバーというには程遠い手持ちであるが、停電によって自動ドアが開くかも解らないプリズムタワーに入る時間は既に無い。

 サンダーはというと、辺り構わずに放電して劈くような鳴き声を上げている。

 もし電撃が家屋に直撃すれば火事になるかもしれない。その危険性を考慮すれば、一秒だって無駄にはできない。

 

「レアコイル、お願いします!!」

「―――」

「サンダーに向かって“マグネットボム”です!!」

「――!」

 

 コイルが三体合体したような見た目のレアコイルは、六つのU字型磁石のような部分の先をサンダーに向けてエネルギーを収束し始める。

 そして、凝縮したエネルギー弾をサンダーに寸分の狂いも無く解き放った。

 “マグネットボム”は【はがね】タイプの技であり【でんき】タイプのサンダーに効果は望めないものの、あれほどの距離が離れている相手に攻撃を与えるには必中技である“マグネットボム”以外選択肢は無い。

 

「ア゛ァァァ!」

「ッ!? “マグネットボム”が!!」

 

 正確無比に放たれた“マグネットボム”であったが、攻撃に気付いたサンダーが辺り構わず放ったいた電撃を飛来してくる光弾に向ける。

 すると次の瞬間、閃光が爆ぜる間に“マグネットボム”は撃ち落とされてしまっていた。

 攻撃を撃ち落とされてしまったのもそうだが、サンダーに鋭い眼光を向けられたシトロンの表情は強張る。

 

(これが……伝説のポケモンの“プレッシャー”……!? 恐怖で足が……!)

 

 ゴクリと唾を呑み込むシトロンの足はガクガクと震えている。幾らジムリーダーといえど、つい最近就任したばかりの年端もいかない少年だ。

 歴史に名を刻むほどの強大な存在を目の当たりにした時の状態としては、シトロンの姿は妥当なものであった。

 だが彼はジムリーダー。自分の足を殴って震えを止めるシトロンは、頬を叩いてサンダーを睨みつける。

 

「来い! ミアレジムリーダーの僕が相手だ!!」

「……」

 

 咆哮するシトロンにあからさまな苛立ちを見せるサンダーは、プリズムタワーの天辺から飛び立つ。

 そしてサンダーの嘴の周りに視認できるほどの風の流れが生まれる。

 今まで聞こえていた耳を劈くような音とは裏腹に、鼓膜を震わせるような音を響かせるサンダーの嘴を包み込む気流。

 

「あれは……“ドリルくちばし”!? レアコイル、“トライアタック”で迎撃です!」

「―――!」

 

 シトロンの指示を受けたレアコイルは、赤、青、黄の三色の光弾を生み出し、滑空するように向かって来るサンダーに“トライアタック”を繰り出す。

 真っ直ぐ滑空してくるサンダー。

 このままの軌道であれば“トライアタック”は命中する。

 そう考えた時であった。

 

 突然、滑空途中で回転するサンダーは向かって来る“トライアタック”を器用に回避する。標的に命中しなかった光弾はプリズムタワーの鉄骨の部分に命中し、爆発を起こす。

 

(あれを避けるなんて……なんて動体視力なんだ!?)

「くっ、レアコイル! “ラスター―――」

「キュウコン、“おにび”!」

「ッ!!」

 

 突然飛来してくる青と紫の禍々しい色合いの炎に、思わず滑空を止めて回避に専念するサンダー。

 迎撃しようと身構えていたシトロンは思わぬ援護射撃に振り返り、誰がサンダーに攻撃をしたのか確認した。

 

「あ、貴方は……さっきの!?」

「どもぉ~! お手伝いに来ちゃった感じぃ!?」

「あ、危ないですよ! ここは僕に任せて―――」

「大丈夫よ」

「ッ……!」

 

 突然響いたドスの効いたブルーの声に体を硬直させるシトロン。

 そんな声を出したブルーはカツカツとハイヒールによる足音を響かせながら、翼を羽ばたかせて滞空しているサンダーに目を向けた。ブルーの横にはいつでも“かえんほうしゃ”が放てるように準備しているキュウコンの姿があるが、サンダーはキュウコンよりもブルーの方に得も言えぬ感覚を覚えていた。

 

「……伝説のポケモンだかなんだか知らないけど、私の自由時間潰した罪は重いわよ」

「……」

「私が好きな戦法知ってる? 知らないなら教えたげるわ」

「?」

 

 次の瞬間、サンダーの瞳には不気味な程に満面な笑みを浮かべる人間の女の姿が映った。

 それを見た時、一瞬だけサンダーの羽ばたきが止まるほどの―――。

 

 

 

「状態異常で真面に動けなくしてから……じわじわと嬲っちゃう奴よ……!」

 

 

 

「―――ア゛ァアアアア!!!」

 

 得も言えぬ恐怖感に陥ったサンダーはすぐさま“10まんボルト”をブルー目がけて解き放つ。

 それを見たブルーはパチンとフィンガースナップをしてキュウコンに合図を出した。

 “かえんほうしゃ”を放とうとするキュウコン。

 だが、

 

「ッ!?」

「ッ……別の方向から攻撃!?」

 

 突然真横から飛んできた“かえんほうしゃ”にサンダーの“10まんボルト”は中途半端に放たれ、収束していた電気もブルーに届く前に拡散して攻撃の体を為さなくなる。

 驚くサンダーだが、驚きを顔に浮かべるのはブルーやシトロンもだった。

 すぐに攻撃が来た方向に目を遣ると、そこにはサンダーと同じく伝説のポケモンと呼ばれる火の鳥が翼をはためかせている。

 

「ッ……ファイヤー……!?」

「そんなバカな……なんでミアレに!?」

「―――ファァァアアアアアア!!!」

 

 炎が羽の役割を果たす翼を大きく広げ、サンダーに威嚇する意味で鳴き声を上げるファイヤー。

 殺気立った様子で睨みあう二体は、共に攻撃を繰り出そうと体や口腔にエネルギーを収束し始める。

 だがその瞬間、二体の間を切り裂くように凍てつく冷気を放つ一条の光線が横切る。

 咄嗟に回避した二体。凍てつく冷気を放つ光線はというと、一瞬で地面に氷壁を生み出し、周囲の気温を一気に下げた。

 

 伝説の二体に喧嘩を売るポケモン。それは既に、姿を見ずとも正体は分かり切っていた。地面に氷壁を生み出すほどの“れいとうビーム”を繰り出せるポケモンなど早々居ない。

 

「……ったく、もう……怪獣映画じゃないんだから……!」

「フリーザー……!? そんな、伝説の三体がミアレに……!?」

「ヒュォオオオアアアア!!!」

 

 羽ばたく度に氷の結晶を辺りに散らすのは、伝説の鳥ポケモンの一体『フリーザー』。だが、散らばる氷の結晶はサンダーやファイヤーの辺りにくると、一瞬にして解けて消えてなくなった。

 

 

 

―――伝説の三体が、この大都市(ミアレ)に。

 

 

 

(リーグから連絡は届いていた……今年は三体がカロスに来ている年だって。でも、なんでこのミアレに……!? いや、それよりも街に被害を出さない為に……!)

「……すみません、ブルーさん。街を守る為に、微小な力しか持っていない僕に力を貸してくれないでしょうか!?」

「全然オッケー! っていうか、このままじゃイッシュに帰る飛行機に乗れないしね……いや、それだったらいっそ」

「あ、あの……」

「ん? ああ、ゴメンゴメン! ちゃんと手伝うからね!」

「は、はぁ……ありがとうございます」

 

 『本当にこの人は大丈夫なのだろうか』という疑問を頭の片隅に追いやったシトロンは、睨みあう三体に目を向ける。

 互いにテリトリーを争う三体が一堂に会せば、伝説の名に違わぬ大技の応酬となり、辺りに凄まじい被害が出る事はポケモンリーグ本部から伝えられていた。

 なんとか、そうなる前に三体を引きはがしたい所だが―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――わたくしパキラは、伝説の三体が睨みあっている現場に到着致しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

「あ……貴方は……!」

 

 不意に響く声。淡々としながらも腹の奥底に響くような重い威圧感を感じさせるプレッシャーに、ブルーやシトロンのみならず伝説の三鳥も、突如現れた女性に目を向けた。

 大人の雰囲気を漂わせるロザリオ色の髪を靡かせる女性は、サングラスの奥の瞳を光らせながらボールを一つ取り出す。

 プロ仕様のボールであるハイパーボールから繰り出されたのは、湾曲するツノを二本有すダークな色合いのポケモン―――『ヘルガー』。

 

 現れたのが誰だかイマイチ分からないブルーは首を傾げているものの、知っているシトロンは希望に満ちた瞳で現れた女性を見つめる。

 

「パキラさん……カロスリーグ四天王のパキラさん! 来てくれたんですね!」

「四天王? ……成程ね」

 

 漂うプレッシャーの意味を理解したブルーは、ニヤリと笑みを浮かべる。

 それと同時に四天王―――チャンピオンに追随するポケモンリーグの四人のトレーナーの一人であるパキラは、余裕ある表情で視線を伝説の三鳥に向けた。

 

 その瞬間、三体の伝説のポケモンはパキラの向けてきた笑みに悪寒を覚える。剥き出しの脊髄に舌を這わせられたような、身震いするような悪寒を。

 伝説の三体が悪寒を覚えている間、パキラは標的をファイヤーに定めながらこう言い放った。

 

 

 

「四天王パキラ。市民の平和を守る大義の下、伝説の三鳥(貴方達)との戦闘を開始することを此処に宣言致します」

 

 

 

―――サングラスのブリッジを押す手の影で、ドス黒い笑みを浮かべながら。

 



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第六十五話 フルコースをたんと召し上がれ

 

 

 

 

「ヘルガー、“あくのはどう”」

 

 パキラの前に佇むヘルガーは、三体の伝説ポケモンの内、ファイヤーに向かって黒い波動の光線を放射する。

 四天王の手持ちであるだけ指示から発射までのタイムラグが限りなくゼロに等しかったものの、地面からかなりの高度で滞空しているファイヤーには見切られ、寸前の所で回避されてしまう。

 それを見てパキラは『ふふッ』と妖艶な笑みを見せる。

 

「シトロン君とブルーさんですね。わたくしは四天王パキラ。今は自己紹介をする時間が無いのでこれだけにとどめておきますが、ファイヤーはわたくしにお任せを」

「わ、わかりました! では僕はサンダーを!」

「じゃあ私は、余りのフリーザーね!」

 

 淡々とした口調でファイヤーを担当する旨を伝えたパキラは、パキラから距離をとろうとプリズムタワーの近くから飛び立っていくファイヤーを新たにボールから繰り出したカエンジシに乗り、颯爽と追いかけていく。

 それを目の当たりにしたフリーザーは、パキラに負けず劣らず不敵な笑みを浮かべているブルーに睨まれ、去るようにして飛び立っていった。

 

「キュウコン、追いかけるわよ!」

 

 しかしブルーはすぐさまキュウコンと共に、フリーザーを追うためにプリズムタワーから走って離れていった。

 残るはシトロンとサンダーであるが、サンダーはここから去る様子は無く―――。

 

「ア゛ァァァアアア!!!」

「ッ……【でんき】タイプのエキスパートの名に懸けて止めてみせる! レアコイル、“ロックオン”!」

「―――!」

 

 気合いを入れる様に大声で指示を出すシトロンに呼応するように、ハキハキとした動きでサンダーに狙いを付ける。

 

「“でんじほう”!!!」

「―――!!!」

 

 次の瞬間、レアコイルの六つのU字磁石が一斉にサンダーに向き、レアコイルの眼前には凄まじいスパークを放つ電気の塊が生み出されていく。

 【でんき】タイプの特殊技の中でも高威力の技―――“でんじほう”。当たれば必ず

相手を【まひ】にするという追加効果を持つ強力な技だ。

 だが、【でんき】タイプのサンダーは【まひ】にならない。しかし、余りある威力でレベル差に関わらずダメージを与えられる事は確実だ。

 元々の命中率は低いものの、“ロックオン”によって狙いが定められている今、相手が回避できることは万に一つもない。

 

「発射です!!」

 

 羽ばたいているサンダー目がけ、巨大な電気の塊が発射される。

 バチバチと音を立てて宙を疾走する“でんじほう”を視界に捉えたサンダーは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「キュウコン、“だいもんじ”!」

「キュアアアア!!」

 

 ブルーの指示を受けたキュウコンは、九つに別れた尻尾を放射状に広げ、口腔から大の字を描く爆炎をフリーザーに解き放った。

 しかし、たかが地上から放たれる攻撃。空を優雅に羽ばたくフリーザーは、飛来してくる“だいもんじ”を華麗に避けて得意げな笑みを浮かべる。

 そして意趣返しとばかりに“れいとうビーム”をブルー達に放つが、それは再度放たれたキュウコンの“だいもんじ”によって相殺された。

 

 流石伝説のポケモンと言われるだけの【とくこう】だ。元の威力は“だいもんじ”の方が高いにも拘わらず“れいとうビーム”で対抗できるとは、相手のレベルの高さが窺える。

 熱気と冷気の衝突によって空中に白い靄が生まれるが、その陰でブルーはにやりと微笑みを浮かべた。

 

「い~のかな~? そんなことしちゃって……ゲンガー!!」

「ケケケッ!!!」

「ッ!!?」

 

 突如、宙の白い靄に写っていたフリーザーの影から飛び出してくる黒い物体が一つ。その物体は、大きな口に比例している巨大な舌を見せつけながら、フリーザーへと飛び掛かっていく。

 

「“くろいまなざし”!」

「ケケーケケッ!」

 

 カッと見開かれるゲンガーの血に染まったかのような紅い瞳に、フリーザーの動きが一瞬止まる。

 それと同時にフリーザーは逃げるのを止め―――否、逃げる事ができなくなってブルーに体を向けた。

 “くろいまなざし”とは、見つめた相手を逃げることをできなくさせるという技だ。意地悪い笑みを浮かべながらその技を繰り出したゲンガーは、フリーザーを嘲笑いながらブルーの横へと移動する。

 そんなゲンガーと『してやった』と笑みを浮かべるブルーに業を煮やしたフリーザーは、口腔から途轍もない冷気を雪の結晶と共に繰り出してきた。

 

―――“ふぶき”

 

 【こおり】タイプの技の中でも強力な技として知られる技であり、【こおり】タイプの伝説ポケモンであるフリーザーが覚えていたとしても何ら不自然ではない。

 フリーザーは、ブルーを横のポケモンごと凍りつかせようとしたのだろう。

 宙を奔る冷気は次第に地面に近付いていき、辺りの建物の外壁を凍てつかせていく。

 一面を銀世界に変貌させていく攻撃は、瞬く間にブルー達を包み込んでいき、ミアレの一部の気温を急激に下げていった。

 

「……もう。ホント悪い子ね」

「ッ!」

 

 暫くの間地面を漂っていた白い靄であったが、それが晴れると中からは無傷のブルー達が姿を現した。

 彼女達の眼前にはゲンガーが繰り出した“まもる”による防御壁が形成されており、フリーザーの攻撃を完全に防いだというのが分かる。

 その光景を目の当たりにしたフリーザーは、あからさまに苛立ったような目つきになり、すぐさま口腔に“れいとうビーム”を繰り出すためにエネルギーを収束し始めた。

 だが、

 

「キュウコン、“あやしいひかり”」

「ッ……ヒュアッ……!」

 

 刹那、キュウコンの瞳が妖しく輝き、それを真面に見てしまったフリーザーはあらぬ方向に“れいとうビーム”を解き放つ。

 するとそのまま平衡感覚を失ったフリーザーは、羽ばたき続けることができずに地面に凄まじい勢いで落下していった。

 美しい氷の結晶を撒き散らしながら重力に身を任せて落下するフリーザーは、ものの数秒で地面に激突する。

 

「“ほのおのうず”」

 

 その瞬間、フリーザーが落下した地点を指差しながら指示を飛ばすブルー。

 キュウコンはしっかりと指が指し示す方向を確認し、火の粉を撒き散らして渦巻く炎を地面に奔らせ―――。

 

「ヒュア!?」

「さあ、キュウコン! “おにび”よ!」

 

 フリーザーを包み込んだ“ほのおのうず”によって辺りの靄が一気に晴れると、身動きの取れないフリーザー目がけてキュウコンが“おにび”を放つ。

 【こんらん】によって上手く動けない上に“ほのおのうず”で逃げられなくされているフリーザーは、為す術なく“おにび”の直撃を喰らって【やけど】状態に陥る。

 

「どう? 私のキュウコンのフルコースは。ホントなら“メロメロ”とかも入れたかったんだけど、伝説のポケモンって性別が分からないし、今はそれで充分でしょ」

「ヒュア……! ヒュアアアア!!」

 

 挑発気味に言い放ったブルーの姿に憤慨したフリーザーは、辺り構わず“れいとうビーム”を解き放ち、街の至るところを凍結させていく。

 その光景に眉間に皺を寄せるブルー。

 フィンガースナップを鳴らしてキュウコンに“だいもんじ”を繰り出すように指示するが―――。

 

「ッ!」

 

 あちこち構わず放っていた“れいとうビーム”がブルーへと向かって来たため、相殺するために放たれたキュウコンの“だいもんじ”とフリーザーの“れいとうビーム”が激突し、目の前で水蒸気爆発でも起こったかのような白い煙が周囲に奔っていく。

 荒れ狂う水蒸気を腕で防ぐブルーであったが、それと同時に何かが羽ばたいたような音を耳にし、視線を上空へと向けた。

 

「ゲンガー、“シャドーボール”!」

「ケケッ!」

 

 上空から放たれた“れいとうビーム”を“シャドーボール”で相殺するゲンガー。終始不気味な笑みを浮かべているゲンガーであったが、主人の指示が無ければ気付かなかった攻撃に冷や汗が頬を伝う。

 辺りに満ちる水蒸気は技の衝突の衝撃で消えていき、明瞭になった視界には【こんらん】が解けて優雅に羽ばたいているフリーザーの姿が見えるようになった。

 

「はぁ~、もう解けちゃったかぁ~……ま、ぶっちゃけどっちでもいいんだけどね」

 

 にんまりと笑みを浮かべるブルー。

 

「最近、退屈なバトルばっかだったから、たまにはスリルのあるバトルがしたいもの」

 

 バッグからスチャリと手に取ったボールに軽くキスをして、軽く放り投げる。僅かばかり他のボールよりも年季の入ったボールから飛び出してきたのは、フシギダネの最終進化形であるフシギバナであった。

 すると途端に場に甘い香りが漂い始め、冷気の中にフレグランスな香りが交わっているという不思議な空間が生まれる。

 

「でしょ? フシギバナ」

「―――バナァアアアアア!!!」

「ッ……ヒュアアアアアア!!!」

 

 咆哮を上げるフシギバナに対し、咄嗟に“れいとうビーム”を繰り出すフリーザー。

 

「“ヘドロばくだん”!」

 

 だが只で喰らう筈もなく、フシギバナが背負っている巨大な花が一度蕾のように閉じる。そして、蕾が開かれると同時に放たれた毒々しい色の球体が、宙を奔る冷気の光線と激突した。

 冷気の奔流と激突したヘドロの塊は、紫色の煙を放つと同時に爆音を轟かせて爆発する。

 

「ヒュウ♪ 流石ね」

 

 本当であれば爆発と共に周囲にはヘドロが散り、触れた者を【どく】に犯す爆弾は、“れいとうビーム”に激突することにより大部分のヘドロが凍ったまま地面に落下し、着地の衝撃で『バリンッ』と割れる。

 ここまで計算して“ヘドロばくだん”を指示したブルーは、狙い通りの展開に口笛を吹いて己とパートナーを鼓舞した。

 バトルへの昂ぶりを覚えながら。

 

「さ・て・と……一応バッジを八個集めた実力見せてあげるわよ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ファアア!!」

「ヘルガー、“あくのはどう”」

 

 “かえんほうしゃ”を放ってくるファイヤーに対してカエンジシに跨るパキラは、並走しているヘルガーに“あくのはどう”を指示した。

 並みのポケモンであれば為す術もなく圧倒的な火力の前に焼き尽くされるであろう攻撃。

 しかし、ファイヤーが今現在相手をしているのは並みの相手ではなかった。

 

「ガアアア!!」

 

 ヘルガーが繰り出す“あくのはどう”は、真正面から来る“かえんほうしゃ”と激突し、数秒の拮抗を続けた後に大爆発を起こした。

 その光景にファイヤーは目を大きく見開く。

 たかがヘルガー如きに自分の攻撃を相殺されるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「ふふっ……“ブレイブバード”」

「ッファア゛!?」

 

 突如、自分の背中に奔る衝撃に苦悶の表情を浮かべて地面に落下していくファイヤー。攻撃を喰らった衝撃でぼやける視界の中でファイヤーが見たのは、自分よりも一回り小さい赤い羽毛を持つ鳥ポケモン―――『ファイアロー』。

 

「誰も一対一とは言ってなくてよ。カエンジシ、“ハイパーボイス”」

「グォアアアアアア!!!」

「―――ッ!」

 

 墜落するファイヤー目がけて、咆哮を上げるカエンジシ。それは只の咆哮ではなく、確かなる破壊力を持った振動を大気に伝えて攻撃する技だ。

 すぐさま体勢を整えて回避しようとするファイヤーであったが、今まさにというタイミングで“ハイパーボイス”の直撃を受け、バランスを完全に崩して墜落していく。

 それを見たパキラは、不敵な笑みを浮かべながら新たなるボールに手を付け、

 

「コータス、“ストーンエッジ”」

「コォオ!」

「ア゛ッ!?」

 

 落下するファイヤーの腹部目がけて、石畳の地面から巨大な尖った石が隆起し、『ズドンッ』という鈍い音を奏でる。

 弱点である【いわ】タイプの攻撃を―――それも四天王が鍛え上げるポケモンの技を真面に喰らったファイヤーは致命的なダメージを受けた故に、自分の腹部を穿つ石から地面へと落下した。

 

「“のしかかり”」

 

 すると次の瞬間、地面に落下していくファイヤーにコータスが飛び掛かっていき、全体重を掛けた重い“のしかかり”を喰らわせる。

 コータスに圧し掛かられたファイヤーが地面に着いた瞬間、石畳に罅が入って陥没ができた。それだけで今の攻撃がどれだけの威力を誇っていたのかは、容易に想像できるだろう。

 更に“のしかかり”の追加効果を受けたファイヤーは【まひ】状態となり、真面に動けなくなる。

 

「ア゛……ア゛ァ……!」

「うふふっ、四対一なんて卑怯などと思っているの?」

 

 凄まじい眼光でパキラを睨みつけるファイヤーであるが、その瞬間に胴体をコータスに踏みつけられ、徐々抵抗する力を奪われていく。

 カエンジシから降りて歩み寄るパキラの手には、何も入っていない真新しいハイパーボールが握られている。

 ボールを握ったまま歩み寄るパキラは、瀕死寸前のファイヤーの嘴を手に取り、クイっと自分の顔を見させるように仕向けた。

 

 一歩間違えれば至近距離から“かえんほうしゃ”を喰らい、顔だけではなく全身大火傷になる可能性もある行動。

 だが、ファイヤーは抵抗しなかった―――否、出来なかった。

 サングラスの奥で煌めく瞳に、全身の火照りが急速に冷めていくのを覚え、ただただジッとしていることしかできなかったのである。

 

「残念……大義の下の悪行はこの世では正義なのよ」

「ア゛ァ……!」

「大丈夫。すぐに分からせてあげるように躾けてあげるから……」

 

 徐々に近づいてくる空のボール。

 

 あれに当たればどうなるかは知っている。

 

 だからこそ逃げ出そうとするも、その瞬間にコータスに踏みつけられ、他三体に睨みつけられることにより完全に逃げ場を失う。

 

「うふふ……悦びなさい。わたくしに選ばれたことをね」

 

 

 

 

 

 最後に響いた声と共に、ファイヤーはボールの中へと吸い込まれ、その姿をミアレから消すのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「出来るだけプリズムタワーから離れるか、近くの建物の中に避難して下さい! プリズムタワー周辺は大変危険な状況になっています!」

 

 ライボルトを横に連れながら市民を避難させるために大声を上げているジュンサー。

 一度街の一部区間で停電になったため、薄々異変が起こっていることには気づいていた市民たちであったが、まさかそれが伝説のポケモンによって引き起こされているものだとは思いもしなかっただろう。

 まるで怪獣が攻め込んできたかのような焦燥を浮かべながら、ミレアの中心にそびえるプリズムタワーから離れる様に走っていく市民。

 

 その中には、ユリーカを引き連れるライトの姿も―――。

 

「……ユリーカちゃん?」

 

 不意に足を止めるユリーカに、同じく足を止めるライト。

 このままポケモンセンターに避難しようなどと考えていた最中であったが、サンダーがビュンビュンとプリズムタワーの周りを飛行している姿を見ているユリーカに訝しげな顔を浮かべる。

 サンダーの周囲には絶え間なく電撃が奔り、同じくサンダーも地上へと電撃を放っていることから熾烈な戦いが塔の下で繰り広げられているのは容易に想像できた。

 

「どうしたの? なにか―――」

「お兄ちゃん……」

「え?」

「お兄ちゃん!」

「っ、ユリーカちゃん!」

 

 突如、ライトの手を振り払ってプリズムタワーの方へと走っていくユリーカ。

 

「駄目だ! 戻って!」

 

 何とか制止しようと声を張り上げるも、走って逃げていく市民の足音や声によって掻き消され、ユリーカの耳に届くことは無かった。

 いや、聞こえていたとしても止まる事はなかっただろう。

 そう直感が訴えたライトは、すぐさまユリーカを連れ戻すべくプリズムタワーの方へと全力で駆け出していく。

 その際ジュンサーの『君! そっちは危ないわよ!?』という忠告が聞こえてきたものの、『すみません』と心で謝罪しながら走り続ける。

 

 しかし、人ごみに逆らって走り続けるのは大分無理があった為、ライトは空に向かってボールを放り投げてリザードンを繰り出した。

 

「リザードン! ユリーカちゃんをお願い!」

「グォウ!」

 

 まだ人を乗せて飛ぶことのできないリザードンではあるが、ユリーカほどの小さな子供であれば腕で抱えて運ぶことなど造作も無い筈だ。

 唯一空を飛べるリザードンに一先ずユリーカを任せようとするライト。

 だが、リザードンが自分の前から飛んでいく寸前にとあることを思い出した。

 

「これ受け取って!」

「?」

 

 ライトが放り投げた青色の玉を三本爪で受け取ったリザードンは、一体何を渡されたのだろうと首を傾げている。

 

「一応持っておいて!」

「……グォウ!」

 

 宝石などの装飾品には疎いリザードンであったが、掴む手を通じて玉から溢れ出る不思議な力の様なものを感じたリザードンは、言われた通りに持っておこうと首に巻かれているバンダナの中へと器用にしまう。

 バンダナにしまっても尚、心臓の鼓動のように伝わってくる力の胎動。まるで誰かの鼓動に呼応しているかのような―――。

 

 しかし、そのようなことを考えたところで今の状況が好転する訳でも無い為、すぐさまリザードンはユリーカを連れ戻すために人ごみの頭上を力強く羽ばたいていった。

 大人も大勢いる人ごみの中で、背の小さい少女を探すのは至難の業のようにも思えるが、流れに逆らって突き進む者を探すというのは、人の流れを目で捉えれば探すのは安易なものだ。

 

 一分ほど人ごみの上で羽ばたいていたリザードンは、ユリーカを見つけた途端に急降下し、少女の行く手を阻むように降り立つ。

 リザードンが舞い降りた際の風圧でユリーカは、『きゃ!?』と尻もちを着くように後ろに倒れかけるが、寸前でリザードンが腕を掴んで引き上げたことにより転ぶことは無かった。

 自分の腕を掴んでくれたリザードンを目の当たりにし、暫し誰のポケモンかと考え込むユリーカであったが、以前見たことのある瞳にハッとする。

 

「えっと、ライトお兄ちゃんのリザードン……?」

 

 鳴き声はなく、只首を縦に振るのみ。

 ならばこのリザードンが来た理由は、自分を引き止めに来たというものだろう。幼いユリーカであっても、すぐに予想を立てることはできた。

 

「おねがい……お兄ちゃんのところに行かせて!」

「グォウ……」

「おねがい……おねがいだからぁ……」

 

 たちまち目尻に涙を浮かべて震えた声で懇願する少女に、普段はクールなリザードンも思わずタジタジとなる。

 零れ落ちる涙を腕で拭い取りながら懇願するユリーカに暫し狼狽えていたリザードンであったが、人ごみの向こう側からやって来る主人の姿に気付き、分かるように腕を振り上げた。

 

「ユリーカちゃん! 大丈夫!?」

「うっ……お兄ちゃんのトコ……お兄ちゃんがぁ……」

「っ……!」

 

 泣きながらライトに縋りつくユリーカ。

 その姿にライトは、先程までは兄への心配を必死に抑えて付いてきたのだが、混乱する人々を目の当たりにし不安を爆発させたのだろうと察した。

 嗚咽するユリーカの肩を優しく、そして強く掴むライトは、どうしようものかと頭を捻らせる。

 

 このまま少女の願いのようにプリズムタワーへ向かわせてしまえば、確実にユリーカを危険に晒してしまう。

 ここは無理やりにでも連れていくべきか。

 それとも―――。

 

「……僕が様子を見に行ってくる。だからユリーカちゃんは、ここでジッとしててね」

「え……?」

「いい? 大丈夫だから、シトロンさんは」

 

 ギュッと最後に強く肩を掴んだ後、そのままプリズムタワーに向かってリザードンと共に走り出すライト。

 力強く石畳を踏んで駆けて行くライトに対し、リザードンもまた力強く翼を羽ばたかせてプリズムタワーへと向かう。

 

「リザードン」

「グォウ」

「もしも……もしもの時だけど、サンダーと戦う事に成ったら―――」

 

 帽子のつばによって影がかかっている瞳は、普段よりも勇ましく、鋭い眼光を光らせていた。

 

「僕に……力を貸して!」

「グォウ!!」

 

 

 

 少年と火竜は進む。

 



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第六十六話 僕のリザードン

 

 

 

 

「……」

 

 異様な緊張に包まれるとある店の厨房。巨大なレストランの厨房であるそこは、先程の停電によって暗闇に包まれていたが、今は一人の男の隣に居るランターンの提灯によって照らし出されていた。

 ゴクリと飲むシェフたちは、キッチン台の上に拳をつけてプルプルと震えている男を見て表情を強張らせている。

 

 何時までこの状況が続くのだと考えるシェフたちであったが、一人のシェフが厨房にスタスタと早足でやって来た。

 固唾を飲むシェフたちとキッチン台に拳をつける金髪三白眼の男は、やって来たシェフに瞳を向ける。

 するとやって来たシェフは強張った声で語り始めた。

 

「……停電の原因が分かりました。現在、プリズムタワーの周辺で戦闘を行っているサンダーがプリズムタワーに落とした雷が原因であるらしいです。電力管理局はすぐにでも復旧を―――」

「わからない」

「へ……?」

 

 突然言葉を口にした三白眼の男の言葉に、報告をしていたシェフは呆気にとられた表情を浮かべる。

 すると、三白眼の男がギロリとシェフに瞳を向けた。

 

「……果たしてポケモンに、美食という概念はあるのでしょうか?」

「そ、それは……勿論あると思われますが……」

「成程。ポケモンにも勿論好みはある。ポケモン達は自然界に存在する食物を、自らの手で選んで口にする。だが、それだけに留まらず必要な栄養を本能的に理解し、尚且つ味のよい物を選ぼうとする姿は彼等に『美食』の概念があるということを如実に示していますね」

「はぁ……」

 

 ドンッ!!

 

『ひぃ!?』

 

 次の瞬間、三白眼の男がキッチン台に拳を打ち付けたことにより、他のシェフたちの顔が真っ青になる。

 三白眼の男が顔に浮かべているのは違うことなき怒り。

 それを目の前で感じ取っているシェフたちの恐怖というのは量りしれないだろう。

 

「……食い物の恨みは恐ろしいとは言ったものだ。今回の停電で、数多の食材を至高の一品に仕上げることができなくなった……!」

 

 停電によってオーブントースターや、他諸々の料理に関する電化製品を扱えなくなってしまった。

 それに伴い、中途半端に出来上がってしまった料理が今現在、この厨房には無数に存在するという結果になってしまった。

 それがこの男には許せなかったのだ。

 

「共に美食という概念を有す存在である人とポケモン……それなのにも拘わらずわたし達の美食への……芸術への道を阻む痴れ者が!!」

『ひぃ!?』

 

 今までで一番声を荒げた男の声に、シェフたちの顔色は青を通り越して白くなっていく。それと同時に男は被っていたコック帽をキッチン台の上に叩き付ける様にして置き、どこかへと足早に去って行く。

 

「今回の停電で至高の一品へと至ることのなかった料理の無念……これをいつ晴らさで!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ライボルト、“オーバーヒート”!!」

「ボルァアアアア!!」

 

 シトロンの指示を受けて口腔から途轍もない温度の炎を吐き出すのは『ライボルト』。ラクライの進化形であり、タイプは【でんき】のみだ。

 だが、そんな【でんき】タイプのみしか有していないライボルトは、【ほのお】タイプの技である“オーバーヒート”を繰り出した。

 

 狙うのはプリズムタワーの一角で“はねやすめ”をしているサンダーだ。周囲を赤く染めるほどの爆炎は宙を疾走し、体力の回復を図っているサンダーに命中する。

 

(やったか……!?)

 

 “オーバーヒート”の直撃を喰らったサンダー。シトロンは心の中で、今の一撃で倒れてはくれないものかと考えていたが―――。

 

「ア゛ァアアア!」

「くっ……やはりこちらの火力が足りませんか……!」

「ボ……ル……!」

「ライボルト、一旦ボールの中で休んでください!」

 

 “オーバーヒート”の反動で【とくこう】が二段階下がるライボルト。【ほのお】タイプの技の中でも屈指の威力を誇る“オーバーヒート”であるが、余りある威力は使用したポケモンに相応の反動をもたらす。

 幸い、能力変化に関してはボールの中に戻せば回復する為、休息の意味を含めてシトロンはライボルトをボールの中に戻した。

 

 そのまま上空を見上げれば、“オーバーヒート”を喰らっても尚血気盛んなサンダーの様子を垣間見ることができた。

 嘲笑うようにプリズムタワーの周りを飛行するサンダーに対し、『くっ!』と歯噛みするシトロン。

 

(“ひらいしん”で【とくこう】を一段階上げたのに、まったく効かないなんて……!)

 

 咄嗟に編み出した自身の作戦を以てしても打ち崩せない。

 

―――あれが伝説のポケモンか。

 

 元々、レアコイルの“でんじほう”を与えた時はサンダーに明確なダメージを与えられることは確認できた。

 だが同時に発覚したのが、サンダーが“はねやすめ”という技を使えるという事。文字通り、羽を休めることによって自身の体力を半分回復するという技であるが、その時使ったポケモンのタイプから一時的に【ひこう】が無くなる。

 つまり、“はねやすめ”をした時に限ってはサンダーに対し【でんき】タイプの技が等倍ではなくなってしまう。

 それが【でんき】のエキスパートであるシトロンに厳しい現実を与えるに至ったという事は、想像に難くないだろう。

 

 そこでシトロンが取った行動が、特性が“ひらいしん”であるライボルトを用いることであった。

 “ひらいしん”は周囲から放たれる【でんき】技を自分に引き寄せて無効にすると同時に、自身の【とくこう】を一段階上昇させるという技だ。

 こうすればサンダーの主力技である“10まんボルト”などの【でんき】技を無効にでき、バトルの流れを良い方向へと運んでいけるのではないか。

 しかし、今を以てそれは甘い考えだという事が理解できた。

 

「っ……エレザード、お願いします!」

 

 ライボルトに休んでもらっている間、エレザードで何とかサンダーを相手取ろうとするシトロン。

 

「“かいでんぱ”です!!」

「エッザアッ!」

「ッ!」

 

 特徴的な襟巻を広げ、同時に“かいでんぱ”をサンダーに向けて繰り出すエレザード。一瞬攻撃技かと勘違いしたサンダーであったが、自分に降り注ぐ電波がエレザードの繰り出した技が攻撃技でないことを察した。

 相手の【とくこう】を二段階下げる補助技である“かいでんぱ”。こちらの火力が足りないのであれば、まずは相手の能力を下げて対抗していくべき。

 そう考えたシトロンの行動であったが、『小賢しい』と言わんばかりに睨みつけてくるサンダーはプリズムタワーから飛び立ち―――。

 

「あれは……“げんしのちから”!? くっ、“パラボラチャージ”で迎撃です!」

 

 自身の周囲にどこからともなく光弾を出現させるサンダー。岩石にも見えなくもない光弾は、サンダーが翼を一度羽ばたかせると共に地面にいるエレザード目がけて繰り出される。

 その攻撃を迎撃する為に襟巻を広げて“パラボラチャージ”を繰り出すエレザードであったが、迎撃できたのは最初の方の光弾だけであり、後続の光弾が続けざまにエレザードの華奢な体を次々と穿つ。

 

「エレザード!?」

 

 石畳が割れる轟音と震動を感じながら声を荒げるシトロンは、砂煙が晴れると同時に地面に力なく横たわっているエレザードの姿を目にし、すぐさまボールに戻した。

 “げんしのちから”は【いわ】タイプの特殊技であり、元の威力が低いことと現在サンダーの【とくこう】が二段階下がっている事を考慮して、全体技である“パラボラチャージ”で迎撃できるものだと考えていたシトロンであったが、どうやら当ては外れたようだ。

 

 『すみません……』とエレザードのボールに呟くシトロンは、レアコイルが入っているボールを放り投げる。

 気合いに満ちた瞳を浮かべて飛び出してくるレアコイル。レベルでは相手の方が数段上であるものの、レアコイルは全く臆してはいない。

 その姿に勇気づけられたシトロンはニッと笑みを浮かべる。

 

「よし……“10まんボルト”です!!」

「―――!」

 

 シトロンの手持ち達が得意とする技である“10まんボルト”。レアコイルが発する電気は六つのU字磁石の中心で収束し、一つの雷撃の光弾となってサンダーへと解き放たれる。

 それを見たサンダーは避けるのではなく―――。

 

「っ……突っ込んできた!?」

 

 荒れ狂う気流を嘴に纏わせたサンダーは、浮いているレアコイル目がけて突進してくる。先程の“トライアタック”の時のように寸前で躱すのだろうか。

 しかし、シトロンのその予測は外れた。

 

「なっ!?」

 

 自身に向かって来る“10まんボルト”を“ドリルくちばし”で貫き、そのまま一直線にレアコイルに突進してくるサンダー。

 凄まじい速度で突進してきたサンダーの攻撃を避けることは、比較的動きの遅いレアコイルに出来るはずも無く、“ドリルくちばし”を正面から喰らってしまう。

 伝説のポケモンの一撃を真面に喰らったレアコイルは、『ガキンッ』と金属が削られるような音を響かせた後、石畳を数バウンドした後に近くの建物の壁に激突することによって動きを止めた。

 

「――……」

「レ、レアコイル!!」

(【でんき】・【はがね】のレアコイルを、【ひこう】タイプの技の“ドリルくちばし”一発で倒すなんて……!)

 

 レアコイルには相性上ほとんど効かない筈であるタイプの技。それも一撃でレアコイルを伸したことをシトロンは信じられずに茫然と立ち尽くした。

 だがそれをサンダーが見逃す筈はなく、今度は無防備になったトレーナー目がけて“10まんボルト”を放とうと全身にスパークを奔らせる。

 シトロンがそれに気付いた時には、既に充電が終了している時であった。

 

「しまっ―――!」

「リザードン、“だいもんじ”!!!」

 

 しかし、今まさにサンダーが“10まんボルト”を繰り出そうとした瞬間に、大の字を描く爆炎がサンダーに襲いかかる。

 それを寸前の所で上空に逃げることによって回避するサンダーは、“だいもんじ”が飛んできた方向に鋭い瞳を向けた。

 視線の先では、自分に対して力強い眼光を光らせる橙色の皮膚の竜が、尻尾の炎を燃え盛らせている。

 

 そんな火竜と共に現れた少年は、茫然と立ち尽くしていたシトロンの下に駆け寄った。

 

「シトロンさん!」

「ラ……ライト君!? どうして此処に……いや、ユリーカは!?」

「少し離れた場所で待たせています! それより、僕も……僕も手伝います!」

「っ……!」

 

 ライトの申し出に一瞬硬直するシトロン。確かに、個人的には少しでも助力が欲しいところではあったが、それではこの少年に危険を及ぼす可能性を生み出してしまう。

 ジムリーダーとしてはたしてそれは正しいことなのだろうか。

 それよりも、この少年が加勢したところで、はたして状況は好転するのだろうか。悪戯に彼と彼のポケモンを傷付けてしまう結果になるのではないかという考えが、シトロンの脳裏に何度も過っていく。

 その中でシトロンが出した答えとは、

 

「……ありがとうございます! 僕がサポートに回らせて頂きます!」

「サポートに? で、でも……」

「出てきてください、ライボルト!」

 

 シトロンの方がサポートに回るという言葉に一瞬戸惑いを覚えるライト。だが、それに構わずシトロンは先程ボールに戻したばかりのライボルトを場に繰り出した。

 顔色は大分よくなり、戦闘を続けるには十分なほど体力が回復しているようだ。

 そんなライボルトを指示しながら、シトロンは自分の作戦を語り始める。

 

「僕のライボルトの特性は“ひらいしん”! ライト君のリザードンが苦手とする【でんき】タイプは、全てライボルトに請け負わせることができます!」

「【でんき】技を……ということは!?」

「恥ずかしながら、残りの持ち合わせた手持ちはこの子だけで、空を飛ぶサンダーに対抗できるとは言い難い。ですが、君のリザードンであればサンダーとの空戦を行うことができるはず! その時に、リザードンが【でんき】技を喰らわないようにする……そして可能な限りサンダーと対抗できるようサポートすることが、今の僕にできることです!」

 

 熱弁するシトロンの解説を瞬時に理解したライトは、横で待機していたリザードンの方を向く。

 

「やれる?」

「グォウ!」

 

 不安要素が一つあるとすれば、進化して間もないリザードンがサンダーに対抗できるだけ、空を自由自在に飛ぶことができるかというか。

 だが、人間にしてもポケモンにしても、遺伝子の中に刻まれた記憶というものは存在する。

 今は、雄々しく空を飛んでいたリザードンの遺伝子をその身に宿す自分のパートナーを信じるべきだろう。

 そう考えたライトの問いに、リザードンもまた力強く頷いた。

 

「よしっ、リザードン! “りゅうのいかり”!!」

「グォオウ!」

 

 『バサッ!』と周囲に砂煙が巻き上がるほど力強く羽ばたいたリザードンは、プリズムタワーの近くで羽ばたいているサンダーに向けて橙色の光弾を解き放つ。

 しかし、リザードンの口腔から放たれた“りゅうのいかり”を軽々と避けたサンダーは、そのままリザードンへ“ドリルくちばし”を当てる為に肉迫していく。

 

「“ドラゴンクロー”だ!!!」

 

 どちらかといえば接近戦の方が得意であるリザードンにしてみれば、相手から近づいてくれるのは好ましい展開だ。

 そう考えたライトは“ドラゴンクロー”を指示し、サンダーと真っ向からの激突を指示するが―――。

 

「グォッ!」

「リザードン!?」

 

 エメラルドグリーンのエネルギーを腕に纏って形成した巨大な爪を迫ってくるサンダーに振り下ろすリザードン。だが、サンダーの“ドリルくちばし”と激突し、数秒もしない内に嘴に纏っている乱気流にリザードンの巨体は軽々と吹き飛ばされ、リザードンは空中を錐もみ回転しながら地上へと落下する。

 途中で何とか体勢を整えるものの、リザードンの右肩には“ドリルくちばし”が掠ったような傷跡が付いていた。

 

「っ……そんな!?」

「ライト君! リザードンには、出来るだけサンダーとの距離をとるように指示して下さい!」

「は、はい! リザードン、距離をとって“りゅうのいかり”だ!」

 

 伝説のポケモン相手にわざわざ接近戦を挑むのは、余りにも浅慮であった。自分の指示の甘さを反省しながら、再度“りゅうのいかり”を仕掛ける様に指示する。

 右肩の痛みに顔を険しくするリザードンは、再びサンダーに向けて“りゅうのいかり”を発射した。それも一発や二発だけではなく、相手に近付かせまいと続けざまに何発も“りゅうのいかり”を放つ。

 

 しかし、そんなリザードンに対してサンダーが繰り出すのは【でんき】技ではなく、【いわ】タイプの技である“げんしのちから”であった。

 

「っ、リザードン! 一旦回避に専念して!」

 

 流石に【いわ】タイプの技を【ほのお】・【ひこう】のリザードンが喰らえば致命的なダメージを受けてしまう。

 それを思ったライトの指示を受けて、サンダーが放つ“げんしのちから”を回避しようと羽ばたくリザードン。

 

 上、下、右、左へと次々と躱していくものの、一つの光弾がリザードンに直撃する軌道を描く。

 

「ライボルト、“10まんボルト”で迎撃して下さい!」

 

 しかし、命中する寸前の所でライボルトが地上から放った電撃が光弾に直撃し、空中で黒煙を巻き起こしながら爆発した。

 宙で留まる黒煙の中からは、何とか無事なリザードンが飛び出し、サンダーの位置を探ろうと首を右往左往させる。

 

「上だ、リザードン! “だいもんじ”!!」

 

 黒煙から抜け出すのを虎視眈々と狙っていたサンダーが、ここぞとばかりにリザードンに飛び掛かっていくが、既に位置を把握していたライトが上に“だいもんじ”を繰り出すよう叫ぶ。

 するとリザードンはノールックで口腔に炎を凝縮させ、流れる様な動作で上に振り返って“だいもんじ”を放つ。

 普通の相手であれば不意を突くような攻撃で仕留められることは間違いないが、相手は伝説のポケモン。

 

「ッ、グォ……!?」

 

 大の字になって宙を奔る爆炎を華麗に回避し、“ドリルくちばし”をリザードンの首元に突き立てるサンダー。

 刹那、リザードンの体は衝撃によって九の字に曲がり、凄まじい速度で墜落していく。

 ライトがハッと息を飲む間にリザードンは、受け身を取ることもできずに地面に激突する。

 砂煙を巻き上げて激突したパートナーを目の当たりにし、ライトの表情は悲痛なものへと変貌した。

 

「リ、リザードンッ!!!」

「グ……ォオ……!」

 

 痛々しい攻撃の痕を首元に刻みながら何とか立ち上がるリザードンだが、既に満身創痍の様子だ。

 そんなリザードンに対してサンダーは、再びリザードンに攻撃を仕掛ける為に上空から滑空するように地上に向かって肉迫する。

 

―――今の状態のリザードンでは反撃に出る事ができない。

 

「ライボルト、“10まんボルト”です!!!」

 

 再び援護射撃をライボルトが繰り出し、サンダーの攻撃を阻止しようとする。

 しかし、それを予見していたのかサンダーは、空中で錐もみ回転をして“10まんボルト”を回避し、そのまま標的をライボルトへと変更した。

 宙を奔る電撃を次々と回避するサンダーの周りには無数の光弾が収束し、瞬く間にライボルトに肉迫し、

 

「ッ、ボルァ!?」

「ライボルト!?」

 

 解き放たれた“げんしのちから”はライボルトへと直撃し、そのままライボルトを後方へと数メートル吹き飛ばした。

 吹き飛ぶライボルトは近くの広場の噴水に激突。大量の水を浴びながら、戦闘不能に状態に陥る。

 二人のトレーナーがその光景に戦慄している間、サンダーの標的はリザードンへと移った。

 

 既に“ひらいしん”を持つポケモンはこの場に居ない。

 これで心置きなく【でんき】技を使えるというものだ。

 

 そう言わんばかりに血気盛んな瞳を浮かべるサンダーは、ギザギザの翼を大きく広げ、一気にリザードンの下へと飛翔しようと―――。

 

 

 

 

 

「やめて!!!!!」

 

 

 

 

 

「ッ……ユリーカ……!?」

 

 突如、響き渡る少女の声。声の方向に誰もが顔を向けるが、その視線の中心にはライトが待機させていた筈のユリーカが息を切らしながら立っていたのだ。

 

(ッ……しまった。僕の手持ちを何体か、ユリーカちゃんの下に置いておくべきだった……!)

 

 重大なミスを犯してしまったと考えたライトの表情は険しい。

 こんなところにポケモンを一体も有していない―――例え有していたとしても危険過ぎるこの場に、余りにも非力な少女が居る。

 それがどれだけ周りの者達に緊張感を与えるだろうか。

 

 サンダーはというと、新たに現れた人間に興味を向け、リザードンへの飛翔を取りやめてユリーカの方をジッと見つめていた。

 

「……みんな、ケガしちゃうから……だからおねがい」

「……」

「なんであなたが怒ってるのかなんてアタシにはわからないけど、でも……ケンカなんてしちゃダメだよ!」

 

 少女の懇願は、やけに静かなこの場に透き通るように響いていく。

 そしてあろうことかユリーカは、自らサンダーの下へと歩み寄っていった。

 

「ね? 仲直りしよ?」

「……」

 

 純粋な少女の声に興奮が収まったのか、サンダーは静かに少女の歩みを見届ける。差し伸べられる腕はひどく華奢で、自分がその気になれば簡単に折る事ができるだろう。

 一歩、また一歩とユリーカはサンダーに歩み寄り―――。

 

「危ないわ! すぐに離れて!」

「えっ……?」

 

 次の瞬間、ユリーカとサンダーの間に一条の閃光が奔る。

 

 辛うじて当たりはしなかったものの、誰もが二人を引き裂くように飛んできた閃光に目を向けた。

 そこにはライボルトを連れたジュンサーや、ポケモンを連れた警官たちが大勢やって来ていたのである。

 悪意はない。

 ただ、少女を守る為に起こした行動。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それは、今この場面では悪手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ア゛アアアアアアアアッ!!!!」

「えっ、あっ、きゃあああ!?」

「ユリーカァアアアア!!!」

 

 攻撃されたと勘違いしたサンダーは、再び興奮した様子で自分に攻撃を仕掛けた人間の仲間だと認識したユリーカを、その巨大な脚で掴みあげて大空へと羽ばたいていった。

 命綱無しの空への旅。それがどれだけ危険なものであるかと想像した兄のシトロンは、妹に向かって絶叫する。

 その光景を目の当たりにした警官たちも、鳥ポケモンを繰り出してユリーカの救出に向かわせるが、“10まんボルト”によって悉く返り討ちにされていく。

 

 妹が連れ去れるという状況の中、何も出来ない無力感に苛まれるシトロン。

 その横では、今自分が何をすべきなのかと必死に逡巡するライトが佇んでいた。するとライトは、満身創痍で息も絶え絶えとなっているリザードンの下へと駆けていく。

 戦闘不能寸前といった状態の体を労わりながら、リザードンの顔に己の顔を近付けるライトはこう指示する。

 

「リザードン、辛いと思うけど……ユリーカちゃんを助けに行ってくれる?」

「グォウ……グルッ……!」

「待って! まずは僕の指示を聞いて」

「……」

 

 先程の二の舞を踏むまいと、即席で考え出した作戦を伝える。

 

「真正面から飛んで行っても返り討ちにあうだけだ。だから、出来るだけ低空飛行でサンダーの下まで飛んで。あくまで目的はユリーカちゃんを助けるだけ。だから、攻撃はし掛けなくてもいい」

「グォウ」

「サンダーがもしユリーカちゃんを空で放り出したなら……そこで一気に上昇して、ユリーカちゃんを回収してすぐに下降。分かった?」

 

 あくまでこの作戦は、『サンダーがユリーカを宙で投げ捨てたら』に限られる作戦だ。稚拙な作戦かもしれないが、真面に戦っても負ける相手にわざわざ勝負を挑んで、ユリーカを助ける可能性を捨てるよりはマシな筈。

 既にサンダーは空高く羽ばたき、ユリーカはじたばたと手足を動かしているため、一刻の猶予も無い。

 ポンとパートナーの背中を叩くライト。次の瞬間、リザードンは石畳が割れるほど力強く地面を蹴って、その勢いのまま飛翔する。

 

 サンダーの電撃を回避するには、出来るだけ低空飛行で行く方がいい筈だ。そうライトが考えた理由は、雷は高い所に当たるという当たり障りのない知識である。

 電撃を自在に放てるサンダーにどれだけの効果を発揮できるかは些か疑問だが、空中に出向いて的にされるよりはマシだ。

 

(リザードン……お願い!)

 

 リザードンが飛翔した後、追う様にして走り始めるライトは心の中でそう呟いた。

 既にリザードンやサンダーは遥か彼方に映っているが、少しでも距離を詰められるようにとライトは激走し続ける。

 

 数十秒ほどか。

 

「きゃああああああ!!」

 

 暫くの間激走し、そろそろ全力疾走もきつくなってきた辺りでサンダーに掴まれていたユリーカが宙に放り投げられたのが視界に映った。

 

「―――リザードンッ!!!!!」

「グォオオオオオオオ!!!!!」

 

 次の瞬間、街の中を低空飛行していたリザードンが一気に上昇し、落下しているユリーカの体を両腕で抱き上げた。

 その光景に周りで見ていた者は『わあ!』と歓声と上げる。

 ユリーカを宙で受け止めたリザードンは、先程の指示の通り下降し始め、救出したユリーカを安全地帯に運ぶように動くが、

 

(サンダーの動きが……まさか!?)

 

 その時、視界の遠方に映るサンダーの影が動くのをライトは見た。

 ユリーカを下ろそうと羽ばたくリザードンを追い、その嘴をギラリと煌めかせている光景が。

 

(不味い! あれじゃあ……!)

 

 満身創痍。それだけに留まらず、腕に少女を一人抱きかかえているリザードンにサンダーの攻撃を躱せる可能性は、限りなくゼロに等しい。

 ゾクリとした悪寒が背中に奔るライト。

 無意味に左腕を伸ばし、リザードンの下へと―――。

 

 

 

―――同時に、ライトは時間をやけに遅く感じ取った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夢見たチャンピオン。

 

 そこには僕の他に六体のポケモンが佇んでいる。

 

 不鮮明な光景だけど、僕には一体だけしっかりと見えているポケモンが居た。

 

 三年前のポケモンリーグの決勝戦でカメックスとの激戦を制し、見事トレーナーを優勝に導いたポケモンだ。

 

 僕もいずれトレーナーになったら、リザードンを手持ちに入れたいと思った。

 

 『リザードン』なら、なんでもいいと思ったんだ。

 

 だけど今は違う。

 

 僕にとってのリザードンは君だけだ。

 

 君のトレーナーは僕だけ。

 

 だから僕は、君を守りたいと思う。

 

 人がポケモンを守るなんて、ちょっとおかしいかもしれないけど僕はそう思ったんだ。

 

 だから―――……僕に君を守らせて!!!

 

 

 

 ***

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 景色が二つのまま。

 

 

 

 心が一つになるのを感じた。

 

 

 

 ライトのメガリングに嵌められるキーストーン。

 リザードンがバンダナにしまったメガストーン。

 

 その二つの石から『X』状に光が放たれ、ライトとリザードンを引き合わせる様に繋がった。

 瞬間、ユリーカごとリザードンの体を光が包み込んだ。

 同時にサンダーの“ドリルくちばし”もリザードンに―――。

 

「―――ッ!!?」

 

 気流を纏った嘴は、光を突き破って出てきた黒い手によって掴まれる。凄まじい握力によってサンダーは退く事も前に出る事も許されない。

 すると、徐に光はタマゴの殻の様に弾け飛び、中に居る存在を周囲へと知らしめるに至った。

 

(……リザードン?)

 

 姿を現したのはリザードン。右腕にユリーカを抱きかかえ、左手でサンダーの嘴を掴むのは違う事なきライトのリザードンであった。

 だが、寸前の姿とは全く違っていた。

 

 橙色であった皮膚の大半は漆黒へと変貌し、腹部の淡い色の皮膚も薄い青へと変色している。

 口の両端からは、以前の様な赤ではなく青い炎が轟々と噴き出ており、逆に瞳は縹色から赤色へと変貌していた。

 翼も切れ込みが入ったような形へと変わり、両肩からは二本のツノが生えている。

 

 明らかに普通のリザードンではない姿。

 だが、その姿を見たライトは確信した。自身のキーストーンと、リザードンが有していたメガストーンが共鳴し、一瞬の内に変貌したパートナーの姿。

 

「ッ!!?」

 

 左手で嘴を拘束する黒いリザードンは、身動きの取れないサンダーにゼロ距離で“だいもんじ”を放つ。

 “だいもんじ”の炎の色も赤から青へと変貌しており、より高熱になったのであると推測できる。

 青い爆炎でサンダーを一旦吹き飛ばしたリザードンは、再び地上に向けて飛翔し、ユリーカを地上へと返すことに成功した。

 

 その頃、“だいもんじ”を受けたサンダーはというと、姿を変化させたリザードンに戸惑いを隠せずに羽ばたいている。

 

「リザードン……」

 

 ユリーカを無事下ろしたリザードンは、サンダーと戦う為に上空へ向けて飛翔する。

 その姿を見たライトは、希望と期待に満ちた瞳を浮かべながらこう呟いた。

 

 

 

 

 

「メガリザードン!」

「グォオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 

 

 咆哮を上げる紅眼の青い火竜。

 それは、進化を超えた進化を果たした存在―――リザードンがメガシンカを果たした姿、『メガリザードン』。

 

 

 

 その蒼き焔は、怒りの如く燃え盛る。

 



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第六十七話 爪切りって塩梅が大事

 

 

 カロス地方には、対となる二体のポケモンが居るとされている。

 

 一体目は生をもたらすポケモン―――『ゼルネアス』。

 

 もう一体は死をもたらすポケモン―――『イベルタル』。

 

 ゼルネアスは遠くから見れば『X』の形をしており、逆にイベルタルは『Y』の形をしていた。

 彼のポケモンの壁画が描かれる頃には、既にメガシンカも存在していると学者は考えている。

 そして、進化を超えた進化を果たしたポケモンの中で、特異とされる種類も居た。

 

 かえんポケモンのリザードンだ。

 

 リザードンのメガシンカは二通り存在していた。

 一方のメガシンカを果たしたリザードンは、橙色の皮膚を漆黒へと変貌させ、全体的に逞しい体つきになる。吐き出す炎は赤から青へと―――つまり、今迄よりも高温の炎を吐き出せるようになったのだ。

 もう一方のリザードンは、ツノがもう一本頭部から生え、背中の翼も通常時よりも大きくなる。全体的にスリムな体つきになった姿は、飛行能力を特化させたものと学者は考えた。

 

 他のメガシンカとは違い、異なるメガストーンによって二通りのメガシンカを果たすリザードン。

 この二種類の区別を付ける為にメガシンカの研究の第一人者は、その姿と色合いからこう区別した。

 

 黒い皮膚へと変貌し、青い炎を吐くようになったリザードンを『メガリザードンX』。

 

 姿を現した瞬間に、天気を晴れへと変化させるリザードンを『メガリザードンY』。

 

 生を司る伝説ポケモンを代名詞をその名に付けたメガリザードンX。だが、ある者はリザードンの発する青い炎が怒りを表すことから、こう言うのであった。

 

『メガリザードンXとは、リザードンが怒りを体現した姿である』と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 熱い。

 自分の発する青い炎に自らの炎が焼き切れそうな感覚を覚えるリザードンであったが、何とか理性は留めていた。

 内側から溢れ出る力は凄まじいものの、その力の奔流に理性が呑み込まれそうになる。

 だが、そんな自分を叱咤するようにリザードンは咆哮を上げた。咆えると同時に口の両端から噴き出す炎は、周囲の気温を急激に高めていく。

 

「“だいもんじ”!!」

 

 遠くから響いてくるライトの指示。

 咄嗟にリザードンは、目の前で羽ばたいているサンダー目がけて“だいもんじ”を繰り出す。

 炎の色は温度を表す。赤から白へ、そして青へと変貌した炎の温度は倍という言葉では収まらない程熱くなっている。

 そんな青く変貌した爆炎を解き放つリザードンであったが、朦朧とする視界の中では上手く定まらず、サンダーに寸での所で回避されてしまった。

 

 同時にサンダーが繰り出す“10まんボルト”を真面に喰らってしまうリザードン。眩い閃光を放つ電撃をその身に受けるリザードンの姿に、地上で眺める者達は誰もが息を飲んだ。

 しかし、

 

「グォオオ!!」

「ア゛ッ!?」

 

 腕を大振りに振るうことによって、自身を包み込んでいた電撃を弾き飛ばすリザードン。本来であれば【ひこう】を有すリザードンに“10まんボルト”は効果が抜群であり、直撃を喰らえば一撃で倒されてしまうだろう。

 だが、メガシンカを果たしたリザードンはそれほど喰らった様子は見せていない。全く効いていないという訳でも無い為、効果がいまひとつといったところだろうか。

 

(【でんき】が余り効いてないってことは……【くさ】? ……違う。【でんき】もそんな見た目じゃないし違う筈だから……)

「―――【ドラゴン】タイプ!?」

 

 ライトはメガシンカについてはそれほど詳しくは無い。だが、姿が変わる事によってタイプが変化するポケモンが居る事は、以前研究者に見せてもらった『リージョンフォーム』によって知っていた。

 姿を変えてタイプが変わるポケモンが居るのであれば、メガシンカで姿を変えたポケモンもタイプが変わるのではないか。

 そういった考えに至るには、時間は掛からなかった。

 

 【でんき】を余り喰らわないタイプは、全く喰らわない【じめん】を除いて三つ。【くさ】と【でんき】、そして【ドラゴン】だ。

 今のリザードンは【ほのお】があることは身に纏う炎から確実だと判断し、残りのタイプを予想するのではあれば、最もしっくりくるのは【ドラゴン】である。

 あくまで仮定にしか過ぎない推測であるが、ライトは今のリザードンが【ほのお】・【ドラゴン】タイプであると仮定し、咄嗟に指示を出した。

 

「“ドラゴンクロー”!!」

 

 瞬時に巨大な爪を形成するリザードンは、大きく翼をはためかせてサンダーに突進していく。

 一方サンダーは、飛んで火に入る夏の虫と言わんばかりに、返り討ちにするべく“ドリルくちばし”を繰り出す。

 数分前にも見たような光景であり、リザードンの力があの時のままであれば、そのまま弾き飛ばされるのは必至だ。

 

 だが、メガシンカを果たした今は違った。

 

「ッ!?」

 

 『ガキンッ!』と音を立てて激突する爪と嘴。それと同時に視界が固まったサンダーは目を見開き、歯を食い縛るリザードンに対しての驚嘆の色を顔に浮かべる。

 数秒ほどの拮抗。だが、先にリザードンが上へと逃れるように飛び、サンダーの“ドリルくちばし”を受け流した。

 明らかに先程とは違う膂力。同時に、リザードンの爪の硬さにも驚くサンダー。タイプ一致による威力の上昇だけではない何かがリザードンに働いていることを、サンダーは密かに感じ取っていた。

 それはリザードンのトレーナーであるライトには与り知らぬことであったものの、サンダーの様子を見たライトはこう判断する。

 

「リザードン、“ドラゴンクロー”でガンガン攻めて!!」

 

 攻撃は最大の防御。

 サンダーに距離をとられ、遠距離から【でんき】技を喰らい続けるのは得策ではない。ライトが怖れていたのは【でんき】技のほとんどが有する追加効果の【まひ】だ。【まひ】に陥れば動きが緩慢になり、サンダーに対抗することができなくなってしまう。

 ならば、自ら攻めに入る反撃の余地を与えなくすればいい。

 

 空を疾走する火竜と雷鳥。

 

 二体のポケモンは、爪を振るい、嘴を突出し、炎を吐き出し、電撃を放ちながらミアレの上空を駆けまわる。

 何度か接近し、交錯する瞬間に甲高い衝突音が響き渡るものの、お互いに一歩も退かないポケモン達は死力を尽くして激突を繰り広げた。

 

 そして、リザードンがサンダーの頭上を位置取った時。

 

「ア゛アアアアアッ!!」

「ッ、“だいもんじ”!!!」

 

 頭上にリザードンに“10まんボルト”を繰り出すサンダーを見たライトは、その攻撃を相殺させるために“だいもんじ”を指示した。

 次の瞬間、電撃と爆炎が激突して宙で凄まじい爆発が起こる。

 大気を震わす程の爆発が起こった後、爆風を腕で防いでいたリザードンは何時サンダーの攻撃が来ても良いようにと鋭く眼光を光らせた。

 

 すると、宙で漂う黒煙を突き抜けて一直線に突進してくるサンダーが視界に映る。翼を大きく広げて突進するサンダーを見たリザードンは、今まさに相手が繰り出そうとする“ドリルくちばし”を喰らうまいと、サンダーの両翼を腕で掴んだ。

 何とか勢いを殺そうとしたリザードン。しかし、完全にリザードンの懐に入る前にサンダーは、目の前の火竜の腹部を脚で蹴り飛ばし、相手の拘束を解く。

 サンダーの蹴りを喰らったリザードンはそのまま上空に少し浮かび、その間にサンダーは宙返りを決めて体勢を整え、かつてない程その身から電光を放ち始める。

 

―――“かみなり”

 

 【でんき】タイプの中でも特に強力とされている技であり、威力は“10まんボルト”よりも高い。

 必殺の威力を誇る技をリザードンに叩きこもうとするサンダーは、ジッとリザードンを見つめていた。

 

 

 

 故に、他方からやって来た相手に気付かなかった。

 

 

 

 バシャ。

 

 

 

「ッ!?」

「ペリ~」

 

 突如自分に降りかかった大量の水によって“みずびたし”になったサンダーは、自分の後方で呑気な鳴き声を上げるポケモンを目の当たりにする。

 巨大な嘴を有す鳥ポケモン―――『ペリッパー』。比較的多くの地方で見る事ができるポケモンであり、サンダーもかつて何度も見たことのあるポケモンだ。

 故に、自分が水浸しになったことに構わず充電が終わった体から、凄まじい威力を誇る電撃をリザードンに解き放った。

 

「リザードン!!」

 

 一瞬で電撃に包まれるリザードンを目の当たりにしたライト。だが、ライトもリザードンも、その顔には絶望などは浮かべていない。

 リザードンは今も電撃に包まれている。そうしている間にもリザードンは、右腕に力を込めて次の一撃を繰り出そうと身構えた。

 

 電気を帯びた右腕を。

 

 刹那、リザードンはその身に“かみなり”を受けながらも、サンダーに向かって滑空する。

 その光景に驚愕の色を浮かべるサンダー。まさか、自分の繰り出せる技の中でも大技に値する技を喰らっても尚動けるとは思いもしなかったのだ。

 だが、現に相手は動いている。

 そして、今現在大技を放っている自分は急に攻撃を止めることなど、できはしない。ただ、肉迫してくる火竜の接近を許すのみだ。

 

 そして、

 

「“ドラゴンクロー”ォオオオ!!!」

 

 

 

 電気を帯びた竜の爪。しかしそれは、“ドラゴンクロー”とは名ばかりの、疑似的な―――

 

 

 

 “かみなりパンチ”であった。

 

 

 

 文字通り“かみなり”を帯びた拳がサンダーの懐に叩き込まれた。同時に、サンダーの体が大きく九の字に曲がる。大気を震わすほどの轟音を轟かせる一撃に、見る者全てが息を飲む。

 だが、それでもリザードンは下降することを止めずに、そのままの勢いで地上まで滑空していく。

 どんどん加速する中でも放電し続けるサンダーと、拳を叩きこんだまま電撃を受け続けるリザードン。

 

 二体は取っ組み合っているような形で石畳に激突し、高さ数メートル程に及ぶ砂煙を巻き上げる。

 激突の衝撃で石畳は豪快に割れ、周囲には無数の石畳の破片が飛び散った。

 

「ッ……!」

 

 そんな中、腕で石畳の破片を防ぎながら砂煙の中を駆けて行くライトは、サンダーと共に地面に墜落したパートナーを探す。

 しかし、ライトがパートナーの名前を呼ぶよりも前に、砂煙は突然吹き荒ぶ風によって吹き飛ばされ、視界が一気に晴れた。

 

 誰もが固唾を飲んで見守る中、砂煙の中から姿を現したのは全身埃まみれのリザードンとサンダー。

 “かみなり”の直撃を受けたリザードンは勿論、リザードンの“ドラゴンクロー(疑似かみなりパンチ)”を喰らったサンダーも満身創痍といった様子を浮かべている。

 

「―――グゥォ……!」

「リ、リザードン! 大丈夫!?」

 

 次の瞬間、リザードンの体は一瞬光に包まれ、黒い体は元の橙色の皮膚へと戻り、刺々しい姿も元の肉体へと変貌した。

 メガシンカが解けたリザードンは事切れるようにその場に崩れ落ちるが、直前に奔り込んだライトがリザードンの体を全身で受け止める。

 

 一方でサンダーは未だ健在であり、まだ戦えると言わんばかりに闘志に―――否、敵意に満ちた表情を浮かべながら、目の前の人間とポケモンを睨みつけた。

 そのサンダーの視線に気付いたライトは、ハッサムのボールに手を掛け―――。

 

 

 

 

 

「ランターン、“でんじは”です」

 

 

 

 

 

「ア゛ァ!?」

 

 突如、サンダーの体に細い一条の電撃が襲いかかり、そのままサンダーは【まひ】状態に陥ったかのように痙攣しながら崩れ落ちた。

 

(な、なんで……? サンダーは【でんき】タイプで、【まひ】は……)

 

 サンダーが【まひ】した光景に疑問を覚えるライト。何故なら、【でんき】タイプのポケモンは【まひ】することがないのだ。それなのにも拘わらず、目の前で【まひ】に陥ったかのように痙攣するサンダーにライトは動揺を隠せない。

 だが答えは、すぐ近くまで歩み寄っていた。

 

「……どうでしょう? これまで生きてきた中で、自分が【まひ】になることなど想像もしなかったでしょう。ですが、貴方のタイプが変わったのであれば話は別」

「?」

「わたしのペリッパーが繰り出した“みずびたし”は、相手のタイプを【みず】へと変化させる技……故に貴方の“かみなり”は普段よりも威力が衰えた。単純な話です」

 

 ライトの向かい側から姿を現したのは、この場に似合わないシェフのような恰好をした三白眼の男性。

 彼が横に連れているのはランターンと、先程サンダーに水を大量に浴びせたペリッパー。

 どちらも威厳がある容姿であるとは言い難いが、得も言えぬような威圧感を周囲に放っており、彼らが只者ではないということを周囲に暗に示していた。

 

「し……四天王……!」

「ズミさんだ……!」

「……四天王?」

 

 周囲の警官たちの声を聞いたライト。

 成程、彼が四天王であればこの威圧感の説明はつく。静かに歩み寄ってくるズミという男は、サンダーへと近づいていき―――。

 

「あっ……」

 

 徐に懐から取り出したハイパーボールをサンダーへと投げた。ボールが命中したサンダーはそのまま中へと吸い込まれていく。

 その光景に思わず声を漏らしたライト。漁夫の利とでも言わんばかりの光景を見ての反応であったが、四天王ともあろう者が横入りで伝説のポケモンを自分の物にしようと捕獲するものか。

 

 そのようなコトを考えるライトであったが、『カチッ!』と音を立てて捕獲が完了した音を響かせたボールを手に取ったズミは、ボールの埃を手で払いながらライトに視線を向けた。

 

「……このサンダーの処遇はポケモンリーグに任せることにします。君には早くそのリザードンを回復させることをお勧め致しましょう」

「あ……は、はい!」

「それと……」

 

 リザードンをボールに戻すライトを見つめ続けるズミは、ライトの左腕で煌めくキーストーンを見て『ふう』と溜め息を吐く。

 

「……只の子供が危険に足を突っ込まないようにと忠告するつもりでしたが、そのメガリングを見る限り、只の子供でもなさそうですね。ですが、如何せん素材の良さを引き出せていない」

「へ?」

「まだまだ仕込みが足りないということです。わたしはこれだけを言って去る事に致しましょう」

 

 意味深な言葉を残したズミは、唖然とするライトを置き去りにどこかに去って行った。

 『まだまだ仕込みが足りない』とは一体どういうことであるのか。バトルに至る前の準備が不十分ということなのだろうか。

 だが、このバトルで傷だらけになったリザードンの姿を思い返した瞬間に、自分には明らかに何か足りないのだということは充分に理解できた。

 

 何とも言えない気分になりながら後ろを振り返ると、ユリーカと抱き合うシトロンの姿を見ることができ、少しばかり気持ちが楽になる。

 

「……ありがとう、リザードン。君のお蔭でユリーカちゃんが助かったよ」

 

―――カタカタッ

 

 答えは、手の中に収まっているボールが揺れ動くことによって返された。

 十二分に頑張ってくれたパートナーを心の中で褒め称え、回復した暁にはもっと褒め、感謝の言葉を伝えようと考えたライトはそのままボールをベルトに装着する。

 今は彼等の事はそっとしておき、自分はポケモンセンターへと―――。

 

「ラ~イト♪」

「びゃああっ!?」

 

 不意に肩を掴まれたライトは、ビクンと肩が跳ねる。そのまま瞬時に振り返ると、少しばかり髪が乱れているブルーが『はぁ~い~♪』と陽気に佇んでおり、暫し放心状態に陥った。

 そんな弟を目の当たりにしたブルーは、ムニムニとライトの頬を揉んでみせるが、途中で我に戻ったライトが姉の腕を押しのける。

 

「……どうしたの、姉さん」

「どうしたのって……私の大事な弟が怪我してないかって心配で、大急ぎで戻ってきたのよ?」

「フリーザーは?」

「うふふん、聞いて驚いて! 実は捕まえたんだけど、途中でズミっていう四天王の人が来たからあげちゃったわ。フリーザーも魅力的だけどぉ~……やっぱり今の手持ちの子たちの愛着があるじゃない!?」

(……一回捕まえたんだ)

 

 撃退ではなく捕獲を念頭において行動していた姉の言葉に唖然とするライト。とりあえず、ポケモンバトルの腕も胆力は鈍っていないようだ。

 ドヤ顔を浮かべるブルーであるが、サンダーとの戦闘で異様に疲労したライトは特にツッコむこともせず、じーっと立ち尽くしていた。

 すると突然、ブルーのバッグの中からポケギアの着信音が鳴り響き、『げっ!』とブルーは女優らしからぬ苦々しい顔を浮かべ、

 

「はーい、もしもし~」

『もしもしじゃありません! 今どこに居るんですか!? ミアレは今、厳戒態勢がしかれていて、私はブルーさんが巻き込まれてるのではないかと心配で……!』

 

 どうやらマネージャーからの電話のようであり、げんなりとした表情のままブルーは通話を続ける。

 

「ア、アハハハッ! そんな訳ないじゃな~い♪」

『……バトルしましたか?』

「え? なんのことぉ~?」

『グレイシアでバトルはしていませんよね!? あの子はポケウッドから借りてるポケモンなんですから!』

「大丈夫よぉ~! そこら辺はちゃんと分別つけてるつもりだからぁ!」

『そう言って、この前グレイシアでバトルしたって言ったじゃないですか! もし怪我でもしたら撮影の延期やら何やらで……あぁ~~~もうっ!』

 

 余りの声量に、ブルーはポケギアを直接耳に当てるのではなく、少し離した場所でマネージャーと通話を続ける。

 同時に漏れ出す音声は近くで待機しているライトにまで聞こえ、『あのグレイシア、借りてたんだ……』とちょっと罪悪感に苛まれたり。

 そこで、マネージャーの説教を受けるブルーはというと―――。

 

「……てへぺろ♪」

『『てへぺろ♪』じゃありません!! すぐに空港に戻ってきてください!!』

「え~、でもぉ~……」

『す・ぐ・に! 戻ってきてください!! いいですね!!? ブツッ、ツー……ツー……』

「……怒られちゃった♪」

「……早く行ってあげて」

「りょ! じゃ、ライト! バイビ~!」

 

 マネージャーの心労を思うと自分の胃も痛くなってくるのを感じたライトは、これ以上姉の付き人的な人に心労を与えない為、早く空港に行くよう姉に催促する。

 愛しの弟の催促を受けたブルーは、茶目っ気たっぷりに舌をチロリと出しながら、ダッシュで目の前から去って行く。

 

(……マネージャーさん、姉が迷惑をかけてすみません)

 

 顔も知らないマネージャーに謝りながら、今後会った際にはお茶菓子か何かを持っていって上げようと決意する。

 そんな他愛のないことを考えながら、ふとプリズムタワーの方を見上げると、ちょうど停電から復旧したのか塔の光が点り始めた。

 パパパッと地上の方から順々に点っている塔の光。

 

 それは間違いなく、この激戦の終わりを告げる光であった。

 

 

 

 

 



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第六十八話 雨の日のコーヒーブレイク

 

「う~ん……むにゃむにゃ……」

「……」

 

 夜の帳が下りた時間帯、窓から差し込む月明かりの中で自分に寄り添いながら眠っている少年。

 自分の首に巻かれた包帯をそっと撫でた後、自分に掛かっている毛布をベッドにうつ伏せになっている少年にかけてから、瞳を窓の外へと向ける。

 

 今日の伝説の三鳥のミアレへの襲撃が終息してから、次第に雲行きが怪しくなり、今ではザアザアと雨が降っていた。

 ボールの外で眠るのは久し振りであるが、自分が負傷しているからという理由だと、易々と安眠できるものではない。

 

『リザードンの首の傷は思ったより深いし、疲労もあるからゆっくり休ませてあげてね』

『……はい』

 

 ポケモンセンターで自分の事を受け取った主人である少年の表情。自分の所為で傷つけてしまったという後悔を含んだような表情に、得も言えぬ感情になってしまった。

 その責任感からなのか、夕食をとった後、ベッドに横たわらせられている自分の面倒を看ていたのだ。その内、何時の間にか眠ってしまっていたようだ。

 

 どうにかして近くに置かれているソファにまで移動させたいが、情けない話、疲労で体が動かない。

 少年が明日、悪い姿勢で寝たために体がバキバキになるといったことにならないよう、心の奥で願う。

 

 そんなことを思いながら窓の外を眺め続け、何時の間にかに郷愁に浸るような感覚に陥る。

 故郷というには余りにも荒んだ思い出しかない土地であるが、あの場所は―――。

 

 

 

―――……そうだったな。

 

 

 

―――アンタと初めて会った時もこんな雨の日だったな……マスター。

 

 

 

 ***

 

 

 

 生まれた時から彼の世界は檻の中だった。揶揄でもなく、本当に彼は檻の中で生まれて管理されながら生活している過去を送っていたのである。

 彼を管理するのは『ロケット団』。

 世に名を轟かせる悪の組織。強盗、殺人、違法売買などなんでもござれという、悪の組織といえばこれ、というような組織だ。

 

 彼が生まれた土地の名前は『5の島』。カントー地方から見て南に存在する七つの島―――『ナナシマ』と呼ばれる地域の内の一つの島。

 その5の島に密かに建設されていたロケット団倉庫と呼ばれる場所で、思いもよらずに産まれた一体だった。

 売買目的で管理されていた母親のリザードンが身ごもっていたタマゴ。それから生まれたのが彼だ。

 しかし、彼が生まれて程なくして母親のリザードンはどこかに売り飛ばされた。母親の愛情を充分に受けることなく孤独の身になった彼は、『ここから出たい』、『帰りたい』と叫ぶポケモン達が数多く存在する精神衛生の良くない場所で育ち、生まれたばかりであるのにも拘わらず荒んだ性格になった。

 

 愛想のないポケモン。人を見れば牙をむき出しに威嚇する可愛げのないポケモンに、管理係であったが団員は、次第に彼に餌を与えることを怠るようになった。

 食事をとることができなければ飢え、次第に痩せていく。当たり前といえば当たり前であったが、まだまだ幼体の彼はそれが顕著であったのだ。

 

 痩せこけていく彼は、生まれたばかりで死を覚悟するようになった。

 

 だがある時、彼が居るロケット団の倉庫に一人のポケモントレーナーがやって来たのである。

名前までは分からなかった。だが、六体のポケモンに指示を出して団員達を蹴散らしていくトレーナーと、そのポケモン達が凄まじかったことは覚えている。

 そのトレーナーと団員達が戦っていると、ふと戦闘の流れ弾であった攻撃が自分の檻に直撃し、彼の檻には逃げるだけの隙間ができた。

 そんな隙間からこっそりと抜け出していった彼は、初めて見る土地に臆する事もせずに森の中を進み、野生のポケモンに襲われ傷だらけになりながらも、一つの家屋にまで辿り着いたのだ。

 

 豪雨の中、森を進むことによって何とか尻尾の炎が消えないようにと注意を払いながら進んだだけのことはあった。

 だが、既に満身創痍の彼は最後の希望を託すように目の前の家屋の扉を開け、そのまま前方に崩れ落ち―――。

 

「おやおや。こんな雨の日のカフェに、ポケモンが一人でご来店とは珍しいことだ」

 

 その店は5の島で唯一のカフェであったのだ。

 そして、店主である白髪の老人が弱った彼を保護するに至った。栄養失調や、体の傷で大分弱った彼であったものの、店主の献身的な介護もあってすっかり元気になったのである。

 5の島の中でも辺鄙な土地に建てられたカフェ。そこには老人と、バクフーンというポケモンが居た。

 一人と一体で切り盛りするカフェは寂れており、アンティークな雰囲気を漂わせる店であったが、客足はそれなり。

 

 気の良い店主の性格と、5の島がセレブの住むリゾートという島であることも相まって、ジェントルマンやマダムといった風貌の人物が訪れるカフェだった。

 コーヒーの香りが店の建材である木材に染み込み、四六時中香ばしい香りが漂うカフェは、今迄暮らしていた環境とは打って変わって落ち着く場所だ。

 

 そんなカフェで飼われる彼は、バクフーンと名を連ねる看板ポケモンとして訪れる客に可愛がられていた。

 どうやら、彼の無愛想な性格が逆にウケたようだ。時にはセレブな家族に連れられてくるお坊ちゃまやお嬢様というような風貌の者達も、彼を微笑ましく眺めていた。

 

 誰にも靡かない彼であったが、カフェの落ち着いた雰囲気によって次第に荒んだ心は潤いを取り戻していくのであった。

 店主特製であった珈琲豆の粉末が練り込まれたポケモンフーズを食べたり、客の遺したコーヒーをこっそり飲んでみたりした彼は、最初こそその苦味に顔を歪ませていたものの、次第に好き好んでコーヒーを口にするようになる。

 

 彼にとってコーヒーは、自分に安らぎを与える存在になったのだ。

 

 穏やかな物腰で接してくれる店主。何の関わりもない自分の面倒を看てくれ、家族のように扱ってくれる店主を、彼はとても感謝していた。

 やはりと言うべきか、彼の人徳は広いところにまで及んでおり、ラプラスを連れた赤い髪の女性や、『ゴゴッと唸る炎の究極技を教えるのじゃ~!』と叫ぶ老婆など、様々な人物がこのカフェには訪れる。

 十人十色な人物を見ていく中でも、彼の心は潤っていく。

 

 母親の愛情を受ける事が無かった心が、次第に温かいものによって潤っていくのだ。

 

 そんな生活を続けて暫くすると、数人の警察がカフェに訪れた。

 どうやら、ロケット団の帳簿に記載されていたポケモンの数と保護されたポケモンの数が合わず、この5の島のどこかに逃げ出したポケモンが居るのではないかと言うのだ。

 その帳簿の中には、『ヒトカゲ』の名も―――。

 

 大体の内容を察した店主は『そういう訳でしたら』と彼を警察に託そうとした。

 警察は『よければ』と、手続きを踏んだうえであればこのまま彼を店主の下に置く事を勧めたが、それでも店主は頑なにそれを断る。

 店主を離れることを察した彼は、寂しそうな顔で店主の瞳を見つめたが、何かを訴えるかのような彼の瞳に何の抵抗もできなくなった。

 

 だが、店主は最後にこう言ったのだ。

 

『君を待つポケモントレーナーに』と。

 

 老い先短い自分と共に居るよりも、彼を待つこれからを生きるトレーナーと共に生きることを勧められた彼は、警察の手を渡ってオーキド研究所に引き取られることになった。

 研究対象にされるのかと考えた彼であったが、どうやら『初心者用のトレーナーのポケモン用に』とのことらしい。

 しかし、無愛想な彼を初見で選ぶ子は余り居らず、時間だけが経っていくのであった。

 

 そんな中、彼は他の二体と共にとある者に託され、とある街に住む少年に引き取られることになったのだ。

 清き水の都に住まう少年に。

 

 彼の瞳は『湖』だった。

 

 湧き出る水によって、周囲には青々と生い茂っている植物が数多に存在する、緑豊かなオアシスとでも言うべきか。

 どんな者であっても心安らぐことのできるような湖を瞳に宿した少年に引き取られた彼。

 無愛想な彼を苦笑で見つめるも、それも個性だと認めて距離を縮めようと話しかけてくる少年。

 

 彼は、そんな少年を鬱陶しいと思う事は時折あったが、次第にそれが子守唄の様な安らぎを与える声に変わっていくのを心の奥に感じていた。

 

 故郷と訊かれても、あの寂れたカフェしか思い出せない彼であったが、彼と共に旅立つことになり、移り変わる景色と共に世界の広さを知る。

 そんな世界を歩みながら少年はこう言うのだ。

 

『チャンピオンになる』と。

 

 それが何なのかはイマイチ分からない。だが、共に歩んでいけばそれが何であるのかは自ずと知る事ができるだろうと突き進む。

 特にこれといった個性も無い自分を選び、特別な存在へと育て上げてくれたこの少年と共にあれば、彼の言う光差す頂にいずれ辿り着くのではと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……」

 

 ふと目を開ければ、燦々と朝日がカーテンの隙間から降り注いでいるのが見えた。チュンチュンと鳥ポケモンの囀りを聞きながら見渡せば、未だベッドにうつ伏せになるように眠る少年を確認できた。

 健やかな寝息を立てて眠る少年を見た後、モーニングコーヒーでも飲みたいと考えながら再び窓の外を眺める。

 

 あの朝日は、昨日の朝日とは一体どこが違うのだろうか。

 

 でも、一つだけ言えることがある。

 

 ライトは自分に、多くの新しい景色を見せてくれた。

 

 今までも、そしてこれからもだろう。

 

 背中に乗って飛んでみたいと言った少年を、いずれは自分の背中に乗せてあの大空へと羽ばたきたいと考えるリザードン。

 今すぐには無理だろうが、いつかは出来る筈だ。

 

 

 

 蕾がいつか、花開くように。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ゛ぁ~~~!!」

 

 バキバキゴキゴキッ!

 

 腰に手を当てながら反り返るライトの腰からは、凄まじい程に音が鳴る。その様子に周りで見ている者達は苦笑を浮かべながら朝食の準備をしていた。

 一晩中とはいかないまでも、それに迫るほどリザードンの面倒を看て、そのまま寝落ちしてしまったライトの腰は大変なことになっていたのである。

 

 そんなライトをひょいと抱えるポケモンが、ここに一体。

 

「えっ?」

「グォウ」

「ちょ、リザードン?」

 

 突然背後から現れたリザードンは、腰を鳴らすライトを抱え上げ、そのままテーブルの前にある椅子へと座らせた。

 唖然とするライト。そんな主人を余所にリザードンは、余った椅子に腰かけて用意されていたコーヒーを啜り始める。

 

「いつか豆を挽きそうな雰囲気ですわね……」

「それは流石に……いや、ありそう」

「焙煎したりとかもありそうだね」

「本当にありそうだから止めて」

「その気になったらブレンドとかも……なんちゃって!」

「いや、聞かせたら本当にやっちゃうから」

 

 ジーナ、デクシオ、コルニの言葉に苦笑を浮かべながらリザードンに目を向けるライト。

 そこには、コーヒーを啜るのを止めて、やけに真摯な眼差しのまま無言で主人を見つめるリザードンが―――。

 

「ほら! あの目はやる気だって!!」

「はははっ、面白いじゃないか」

「他人事だと思わないで下さいよ、プラターヌ博士!」

「いやぁ、ポケモンが淹れてくれたコーヒーを飲むというのも、少し粋だと思っちゃってね」

「豆だって安くないんですよ!?」

「そう言えば、アローラ地方にはポケモンに食べさせてあげるポケ豆という物が……」

「話を逸らさないで下さい!」

 

 必死になって抗議するライトだが、プラターヌは呑気に紅茶を啜っている。

 朝からツッコミを入れて疲れたライトは、テーブルの上に置かれていたモーモーミルクの入ったコップに手を付けた。

 喉を潤す為にゴクゴクと飲みながら、ちらっとリザードンに目を遣ると、

 

「いや、何がグーサインなの?」

「ドン」

 

 三本爪の内、人間で言うところの親指の部分を立ててみせるリザードン。

 

―――自重はする。

 

 そう言わんばかりの動作に、ライトは朝から溜め息を吐くのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カロス地方ポケモンリーグ。

 

『そう……申し訳ないわ』

「いえ。貴方の留守を守るのも、わたし達四天王の役目。それに今回の一件は、貴方が出向くほどのものでもなかったでしょう」

 

 大広間にある画面に大きく写しだされているのは、カロス地方チャンピオンであるカルネだ。

 だが現在彼女は映画の撮影である為、このカロス地方には居ない。

 そんな彼女と画面を通じて会話をしているのは、四天王の一人・ズミだ。

 彼のすぐ横にあるキャスター付きのテーブルの上には、ボールが二つほど収められているケースが存在する。

 そのボールに入っているのは―――。

 

「サンダー、ファイヤー、フリーザーの処遇に関して本部の方は、捕獲した者の判断に任せるとのことを言っていました」

『ファイヤーはパキラが捕獲したのよね? なら、彼女はそのまま手持ちに加えるのかしら?』

「妥当でしょう。それでわたしの捕獲した一体と民間人が捕獲して託してくれた一体……サンダーについてはミアレジムリーダーに。フリーザーはエイセツジムリーダーに任せることにします」

『ミアレはシトロン君。エイセツはウルップさんね? 貴方がそう決めたのであれば、あたしはどうこう言うつもりはないわ』

 

 画面に映し出されるカルネは柔和な笑みを浮かべ、終始険しい表情を浮かべるズミにそう言い放つ。

 対してズミは、深々と一礼をした後に左腕の腕時計を一瞥し、フッと笑みを浮かべる。

 

「では、わたしはレストランの予約が入っていますので、これで失礼。貴方も映画の撮影があるでしょう」

『ええ、ゴメンなさいね。他の皆にもよろしく伝えておいてくれるかしら?』

「機会があれば」

 

 自分が時折ジムリーダーや四天王を招いて料理を振る舞うことを知っているカルネの言葉に、踵を返しながら広間から去って行くズミ。

 そんな彼の背中を見届けるカルネは、ヒラヒラと手を振った後にテレビ通話を停止させる。すると、途端に画面は黒一色になった。

 

 カツカツと音が響き渡る広間も、少し経てば誰も居なくなり静寂が訪れる。

 

 此処はポケモンリーグ。

 リーグトーナメントを勝ち抜いた一握りの人物だけが来ることの許される場所。あと一、二か月もすれば、四天王・チャンピオンへの挑戦権を掛けたミアレ大会が開催する。

 その時に、挑戦権を勝ち取れる者はただ一人。

 

 つまり、その年のチャンピオンのみに与えられるのだ。

 

 今年の大会が如何なる者になるか。

 

 それは神のみぞ知ることだ。

 



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第六十九話 『檸檬』という漢字の難しさ

 

 男に伝えるために近寄ろうとすると、男の人は『来るな!』と叫びます。

 私は謝りつつ『すいません、助けて下さい』と男の人に頼もうとすると、『お前じゃない!』と……。

 私は驚き、男の人をじっと見つめます。

 すると男の人は、こう尋ねてきました。

 

『お前には見えないのか? お前の後ろには…―――』

 

 

 

―――顔の無い男ばかりだぞ!

 

 

 

「みゃあ゛ああああああ!!!?」

「ライトォ―――!?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 14番道路―――通称『クノエの林道』。ミアレシティの北に位置する道路であり、さらに北に進んでいけばクノエシティがある。

 湿気の多い気候であるため到る所に沼地を見る事ができ、沼地だからこそ生息しているポケモンも数多く見受ける事ができるのだ。

 

 そんな林道のとある場所には、怖い話をしてくれる男性が住んでいる家があり、今日もまた好奇心の強い少女が一人の少年を連れてやって来たのだが、

 

「……」

「アハハハ! ゴメンってば!」

 

 黙ってハッサムに抱き着いているライトに対し、目尻に涙を溜めながら大笑いしているコルニ。

 抱き着かれているハッサムはというと、どうしたものかと困り顔のまま、終始ビクビクと震えている主人の抱擁に応えていた。

 

 つい先程、怖い話をしてくれる男性の怪談をコルニと共に聞いて、清々しい程に絶叫したライトは、【ゴースト】ポケモンに負けず劣らない怨念に満ちた瞳でコルニを見つめている。

 これ以上彼の事を笑えば後で擽りを受ける事が目に見えたコルニは、一旦深呼吸をして息を整えようとするが―――。

 

「ふふっ!」

 

 思わず噴き出すコルニに対し、キッと光る眼光を向けるライト。

 

「あっ、ちょ……なんでこっちに来て……ひゃあああん!」

 

 仕返し執行。

 

 

 

 ***

 

 

 

 伝説の鳥ポケモンがミアレに来たのは既に一昨日の事。

 本当であれば昨日の内にミアレを出発するつもりのライトであったが、リザードンの怪我を考慮して研究所に滞在するのを一日延ばした。

 その結果、疲労もすっかり抜けたリザードンが元気百倍。ついでに、プラターヌが用意してくれたメガストーンを嵌める為の首飾りを首に着け、代わりにバンダナは左腕に巻くようになった。

 

 昨日の出来事はそれともう一つ、デクシオとジーナがライトよりも一日早くミアレを出発したことであろうか。

 

 そんな二人に一日遅れで出発したライトとコルニの二人であるが、コルニがジーナから耳にした怖い家にまず向かい、その結果としてライトはブルーな気持ちになっていた。

 同時に、彼を笑ったコルニは擽りの刑を受け、暫らくひーひーと息を切らしていたが、今ではもう息も整っている。

 

 暗い所が苦手で尚且つ怖い話も苦手であることが判明したライトと、じっとりと額に汗を滲ませているコルニは共に歩みを進めていき、公園のような広場に到着した。

 ポケギアで時間を確認すれば、時刻は既に昼下がり。

 

「ご飯にしようかな」

「そうしよっか! じゃあ、皆出ておいで!」

 

 ボールを一度に全て放り投げる二人。

 同時に飛び出してくる手持ちの面々は、ボールから飛び出した瞬間に各々の行動を取り始める。

 わちゃわちゃと動き回る手持ちであるが、此処は広場。動き回りたい手持ち達の気持ちをくみ取ったライトはクスッと微笑む。

 

「ご飯の用意するから、それまで遊んでていいよ」

「後で呼びに行くからね!」

 

 二人のトレーナーの言葉に元気よく返事をするポケモン達は、広場にある遊具に向かって走り始めたり、眠り始めたりと十人十色な行動を取り始める。

 そんな彼らを見届けた後、二人はバッグの中に在る調理器具を取りだし始め、早速昼食の準備に取り掛かった。

 

 そうしている間、ライトの手持ちはと言うと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ブラッ! ブラブラ!」

「?」

「ブラァ!」

 

 口に木の実を咥えながらハッサムに駆け寄るブラッキーは、顎で林の奥を指し示す。その方向から木の実を拾ってきたといわんばかりのブラッキーの挙動に、暫し顎に鋏を当てて逡巡するハッサム。

 すると、コクンと一度頷いてから林の方に歩み出していく。

 

「グォウ」

 

 そこへ、『どこへ行くんだ』と言わんばかりに制止の声を掛けるリザードン。

 振り返ったハッサムは、そんな彼に身振り手振りを加えて説明する。その間にやって来たジュプトルも話を聞き、大体の事を理解した二体は頷き、先に進んでいくハッサムを追いかけていく。

 

 どうやら、木の実を拾いに行くようだ。

 

 一度、ヒンバスを連れていってみてはどうかと考えるブラッキーであったが、陸上を進むには適していない彼女の体構造を思い出したブラッキーは、先行く三体をスキップしながら追いかけていく。

 たくさん木の実をライトに持って行ってあげれば、きっと彼は喜んでくれるだろう。

 

 たくさん木の実を持っていけば、ライトは喜ぶ。

 

 喜んだライトは、自分をたくさんナデナデしてくれる筈。

 

 そうすれば、どっちもハッピー。

 

「ブラッ♪」

 

 完璧な作戦だ(?)。

 獲らぬジグザグマの物拾い算用な考えを頭に浮かべながら、木の実拾いに精を出そうとするブラッキー。

 すると、そのようなブラッキーの頭にゴチンと何かが落下してくる。

 

「?」

「ジュプト……」

 

 地面に転がるのは木の実。上を見上げれば、既に両腕にたくさんの木の実を抱えているジュプトルの姿が窺える。

 ブラッキーの頭に木の実を落としてしまい申し訳なさそうな顔をするジュプトル。そんな彼に対してふくれっ面になるブラッキーは、落ちてきた木の実をパクリと一口。

 

「ブラァ~……」

「ジュプ……」

 

 どうやら辛い木の実であったようだ。舌を出してひりひりと痛む舌を冷やそうとするブラッキーに対してジュプトルは、モモンの実を差し出す。

 それを一口食べたブラッキーは、未だ舌はひりひりするものの、甘くてジューシーなモモンの実を食べたことにより幸せそうな顔をする。

 

 満足そうなブラッキーを見て一安心するジュプトルは、一旦腕の中の木の実をどうするものかと逡巡した後に、ブラッキーのバンダナに目を付けた。

 首に巻かれるバンダナを一旦解き、そこへ両腕に抱えたたくさんの木の実を入れ、落ちないように気を付けながら再びブラッキーの首へと巻く。

 一昔前の泥棒のような背負い方であるが、この方法であれば一度にたくさんの木の実を持って行ける。

 

 我ながら良い方法だと笑顔になるジュプトルは、背中にたくさん入った木の実の重量をその背中に感じながら、先行くブラッキーと共に新たな木の実探しに向かう。

 

 シュタ。

 

 そこへ木の上から飛び降りたのはハッサム。

 頼れる兄貴分の登場に二人は目を見開き、彼の収穫に期待を膨らませる。

 

 ドサササッ。

 

 ハッサムの象徴ともいえる両腕の鋏が開かれると、鋏の空洞に仕舞われていた木の実が一斉に地面に転がり落ちた。

 オレンやモモン、クラボなどのオーソドックスな木の実から、ロゼルの実などという珍しい木の実も散見できることから、この短時間に様々な場所に向かって拾ってきたのだろう。

 成果は充分。誇らしげな顔を浮かべるハッサムは、ブラッキーがバンダナを風呂敷代わりに使っているのを目の当たりにすると、『自分も』と言わんばかりにバンダナに木の実を詰め込み始める。

 

 各々の分どころか、全員分の木の実を収穫できたのではないかという量を手に入れた一同。

 だが、まだリザードンが帰って来ていない。と言うよりも、他の者達の集める速度が早いだけである為、彼はまだ木の実拾いの最中なのだろう。

 そういう考えに至った一同は、一旦木の実を主人達の下へ持っていこうという考えに至り、広場へと戻ろうとする。

 

 その頃、リザードンは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ヒョイ。

 

 ムシャムシャ。

 

 ゴクン。

 

 腕に抱えている木の実を一つ放り投げ、落ちてくるところを器用に口で捉えるリザードン。

 片腕に抱えている量は十数個程だが、余り多く持つと運び辛いということもあるからか、減らす意味でつまみ食いをしていた。

 これから昼食であるが、この巨体で食べる量が相当なコトを考えれば、今ここである程度腹を満たすのも一理ある筈と考えた上での行動だ。

 

 帰り道を辿りながら進んでいくリザードンは、ノールックで木の実を手に取りながら頬張っていく。

 すると、

 

 ヒョイ。

 

「……?」

 

 今まさに木の実を取ろうとした手が空振り、そのまま空気を握る結果となってしまった。

 それと同時に腕の中の重さが無くなり、何事かと辺りをキョロキョロと見渡すリザードンであったが、ふと奇怪な光景が広がっている事に気付く。

 フヨフヨと漂う木の実が、生い茂る林の奥へと向かって行くではないか。

 

「……」

 

 何か霊的な、若しくはエスパー的な力が働いているのかと考えたリザードンは、まんまと奪われてしまった木の実を追いかけるかどうか思案を巡らせる。

 このまま持っていかれたとしても特別困る事も無いが、こうも簡単に奪われてしまったという事実も面白くは無い。

 とりあえず、木の実を奪おうとしている元凶は一目見ようと考えたリザードンは、忍び足で漂っていく木の実を追っていく。

 

 林の奥へ進んでいけば迷いそうな気もしたが、飛べば万事解決。空から覗けばすぐにでも帰ることはできる。

 そのようなことを考えるリザードンであったが、不意に木の裏へと回り込む木の実に足を止めた。

 

 暫し立ち止まっていると、木の裏からシャリシャリと木の実と齧る音が聞こえてくる。

 まさか、あれだけの量を一度に奪ったのにも拘わらず、奪われた本人が気づいて追いかけてくる事を考慮せずに食事に入るとは中々肝が据わっている相手だ。

 それだけ食い意地が張っているのか、若しくはそれだけ腹を空かせていたか。

 どちらにせよ、顔は見てやろうと再び忍び足で咀嚼音が鳴る場所へと向かって行く。

 

 そして―――。

 

「クゥ~♪」

「……グォウ」

「クゥ~~~!?」

 

 じたばた!

 

 ビタンッ!

 

 一声かけると慌てふためいて逃げようとするポケモン。だが、驚きの余りにそのまま地面に派手に転倒した。

 よく見ると怪我をしている体。翼も見受けられることから、本来は空を飛ぶポケモンであるのか。

 

 だがリザードンは、目の前で慌てふためいているポケモンに既視感を覚え、その場で顎に手を当てて記憶の糸を手繰り寄せようとする。

 こうした所作は主人である少年に似てきたのか。

 それは兎も角、既視感の原因を覚えたポケモンの体の特徴を目で捉える事にするリザードン。

 

 黄と白を基調にした体。

 ジェット機のようなフォルム。

 エメラルドのようなクリンとした瞳。

 胸の三角マーク。

 

「!」

 

 思い出したと言わんばかりに手を叩くリザードン。

 

―――このポケモンは、ラティアスとラティオスに良く似ている。

 

 ラティオスよりかはラティアスに近い体躯をしていることから、ラティアスではないかと推測するリザードン。

 普通のラティアスをイチゴ味に例えるのであれば、この色のラティアスはレモン味だ。そうするとラティオスはブルーハワイ味―――というどうでもよい考えは頭の隅に追いやり、もう一度ラティアスの状態を見てみる。

 

 他のポケモンに襲われたのか、翼の部分に大きな裂傷を負っているラティアス。

 

「……グォウ」

「クゥ……」

「グォ」

「クゥ?」

 

 真ん丸、且つウルウルとした瞳を向けてくるラティアスに対し、地面に落ちていた木の実をかき集めるリザードン。そのまま集めた木の実をスッとラティアスに差し出す。

 その行動に一度首を傾げたラティアスであったが、差し出された木の実とその香りに刺激されたのか、『ぐぅぅううう』と大きい音が鳴り響く。

 

 真っ赤に染まるラティアスに対し、フッと一度微笑を浮かべてからドシンドシンと足音を立てて去っていくリザードン。

 木の実を奪った事を怒るのでもなく、ただ黙って木の実を差し出してくれたリザードンを不思議に思いながら手を伸ばすラティアスの―――。

 

「ドゥルァアアアアア!!!」

「クゥ!?」

 

 後ろの茂みから突然飛び掛かってくるのは、ばけさそりポケモンの『ドラピオン』。その両腕の爪を振りかざし、ラティアスが手を付けようとする木の実を奪うべくラティアスに襲いかかろうとする。

 だが、

 

「ドゥッ!!?」

 

 今まさに攻撃しようとしたところで、大の字を描く爆炎が胴体に直撃し、そのまま後方に吹き飛んでいくドラピオン。

 頭を手で抱えていたラティアスが何事かと炎がやって来た方向に目を向けると、『ぺっ!』と唾を吐くかのごとく残り火を口から吐き出すリザードンの姿が窺えた。

 

 まるで既にドラピオンが襲いかかるのをわかっていたかのような攻撃の速さ。彼がたった今繰り出した“だいもんじ”は、それなりに溜めの時間が必要な技だ。

 しかしそれを知らないラティアスはただ単に、助けてくれたリザードンに向けてキラキラとした瞳を向ける。

 だが、彼女の後ろから再びガサガサと茂みが揺れる音が鳴り響く。

 

 ビクッと体を揺らしたラティアスが恐る恐る後ろを振り返ってみると、【やけど】を負ったドラピオンがリザードンに敵意を含んだ瞳を向けていた。

 そんな相手に対し、再び口腔に炎を溜めるリザードン。

 

 自分を挟んでこれから一戦やり合おうとする二体に戦々恐々とするラティアス。

 だが、

 

 シュ。

 

「?」

 

 不意に投げられた物を手に取るドラピオン。爪の間に挟めた物は、【やけど】を回復させる効果を有すチーゴの実であった。

 一体どういうつもりなのかとリザードンを一瞥するドラピオンであったが、リザードンが己に向けてくる瞳を目の当たりにし、全てを理解する。

 

―――それはくれてやる。だから退け。

 

「……」

 

 負けを認めて退くのは癪だが、たかが十個ほどの木の実だけの為にリザードンを相手取るのは労力に合わないと察したドラピオンは、颯爽と林の奥へと消えていく。

 それを見てホッと息を吐くリザードンは、地面に怯えているラティアスの下へと歩み寄る。

 

「グォウ」

「クゥ? ……クゥ~~~♪」

 

 怯え竦んでいるラティアスに手を差し伸べると、安心したのかリザードンの胸に飛び込むラティアス。

 そのまま頬ずりしてくる相手に困った顔を浮かべるリザードンは、十数秒ほど立ってから力尽くで引き剥がす。

 少し残念そうな顔を浮かべるラティアスであったが、ちょんちょんと翼を差し示す挙動を見せるリザードンにハッとした。

 

 ズキン、と痛む翼に涙目になるラティアス。

 

 潤む彼女の瞳を目の当たりにしたリザードンは周囲を見渡し、綺麗そうな水が溜まっている池を見つけた。

 そこへ手を引いていくリザードンと、素直に手を引かれていくラティアス。傍から見れば、仲の良い兄妹のようにも見える。

 

 すると、着いた途端に水を器用に手で掬い上げ、ラティアスの翼の傷をバシャバシャと洗うリザードン。

 傷口に染み込む水に顔を歪ませるラティアスであったが、為されるがままにジッとしている。

 

 傷口を洗った後は清潔な布で湿気を拭き取りたいところだが、ポケモンであるリザードンが医療道具など―――。

 いや、持っていた。

 昨日洗濯したばかりのバンダナが。

 

「……」

 

 しかしこれはヒヨクシティの祭りで贈り物として受け取ったバンダナ。そのような用途に使って良い物か。

 

 チラッ。

 

「?」

 

 コテン。

 

 不思議そうに首を傾げるラティアスを見て、仕方ないとバンダナを解いてから傷口とその周りに滴る水滴を拭い取る。

 ペタペタとバンダナをタオル代わりに扱って水滴を拭うリザードンであったが、その間にラティアスはジッとリザードンを見つめていた。

 

 カロス地方に来てからというもの、ロクな目に合っていない自分。人間に追われることもあれば、休もうと思った場所で野生のポケモンに襲われたりもした。

 全てはこの体の色だという事は、幼いながらも理解していた彼女。

 普通とは違った体色の所為で、只でさえ数少ない群れから追い出されて天涯孤独になった自分を優しく扱ってくれる者はそうそう居なかった。

 

 無駄に感情に敏感な所為か、自分に歩み寄ってくる者の感情が良く分かってしまう。特に人間に関しては、もやもやとした悪しき感情というものが顕著であった。

 故に人里を離れて各地を転々としていたのだが、こうして優しく接してくれる相手は―――。

 

 ポッ。

 

『リザード~~ン。どこ~~~?』

「!」

 

 不意に響いてくる少年に声にハッとしたリザードンは、俊敏な動きで声が聞こえてきた方向へと羽ばたいていく。

 その際、彼の持ち物であったバンダナは彼の手から零れ、そのままラティアスの目の前へと落ちるのであった。

 

 バンダナを拾い上げて届けようと考えるラティアスであったが、リザードンの向かった先に人間が居ると思うと足が竦んでしまう。

 暫し逡巡していると、一人ポツンと孤立してしまうラティアス。

 彼女はそのままバンダナの端を首の両端に持っていき、

 

「クゥ~~~♪」

 

 自分に身に着けた。

 若干湿っているものの、乾かせばどうにでもなる。ヒラヒラと靡くバンダナを至極気に入ったラティアスは、それを去って行ったリザードンに届けることもなく、フヨフヨと林の奥へと消えていく。

 また彼に会えればと考えながら、意気揚々と。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あれ? リザードン、バンダナは……?」

「? ……!」

 

 昼食を摂り終えて片付けしている間、何か物足りないと感じたライトが放った一言に『しまった』と頭を抱えるリザードン。

 恐らくあの場所に置いたままなのだろうと考えたリザードンは、すぐさま探しに行こうとするが、陽気に笑うライトの声に足が止まった。

 特に気にする様子もなく笑うライトは、ゴソゴソとバッグの中から赤い色のバンダナを取り出してリザードンの左腕に巻く。

 

「色々あってもうボロボロだったからね……失くした物はしょうがないし、新しいのあげるよ」

「グォウ……」

「ははっ、そんな気にしなくてもいいって!」

 

 真新しいバンダナを左腕に巻かれたリザードンは申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 『気にしなくてもいい』と言われても気にしてしまうのがリザードンの性分だ。だがここは、無理に探しに行くよりは素直に受け取った方が吉と考えた。

 己の注意力の無さに呆れた息を吐くリザードンは、ふと空を仰ぐ。

 

「……?」

 

 

 

 見上げた空には、昼にも拘わらず流星のように空を奔る黄色の影が一つ見えた。

 



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第七十話 目が、目がぁ~!あと鼻がぁ~!

 

 

 

 

 クノエシティ。ちょっぴり不思議の街。

 カロスの最北端に位置する街であり、橙色に染まった木葉はカントーやジョウトでいう秋の季節をイメージさせる。

 湿地帯でもある14番道路に近いこともありクノエシティも湿気が多く、街の到る所に木陰に大きなキノコが生えていた。

 

 もしかするとそのキノコはパラセクトやモロバレルが擬態しているモノではないか、と疑うほどの大きさだ。

 

「シイタケを炭火で焼いたのを醤油につけて食べると美味しいんだよね」

「そうなの?」

 

 キノコを見て呟いたライトに対し『ふーん……』と唇を尖らせて興味が無さそうに反応するコルニ。

 シイタケと言えば、独特の風味で一部の子供には不評な食べ物であるが、カロスではあまり食べられていない食べものであるのか、コルニはいまいちパッとしない表情のままクノエシティを進んでいく。

 

 つい先程クノエシティに辿り着いた二人。街の独特な雰囲気を目の当たりにし、キョロキョロと辺りを見渡してみる。

 湿気を含んだ独特な香りが漂う街。どことなく甘い香りも漂うが、それは食べ物というよりは花に近い香りだ。

 

 何となく胃がもたれそうな感覚を覚えながらガイドブックを開くライト。

 

(ボール工場があるのかぁ……)

 

 どうやら街の最北端には、カロス中のフレンドリィショップに出荷されるモンスターボールを製造している工場があるらしい。

 スタンダードなモンスターボールから、少し性能のいいスーパーボール。そしてプロ仕様のハイパーボール。他にもクイックボールやタイマーボールなどの特殊なボールも、全てこのボール工場で製造されているという。

 時間があれば寄ってみようと考えるライト。昨日はコルニに無理やり怖い話を聞かされたのだから、そのくらいはコルニも許してくれる筈だと考えた。

 

 そして本命は【フェアリー】タイプを扱うといわれているクノエジムだ。

 

(【フェアリー】と相性がいいのは【はがね】と【どく】……逆に【フェアリー】が苦手なのは【かくとう】と【あく】……あと【ドラゴン】だっけ?)

 

 コルニに貸してもらったポケモンの知識について色々書かれている内容を思い返しながら、ジム戦へ向けての戦略を練る。

 【あく】が不利であるのならば必然的にブラッキーは選出から除外され、逆に【はがね】を有すハッサムは試合に出す事は決定だ。

 クノエジムの試合形式にもよるが、他に出すべきポケモンは何にするべきか。

 

(【フェアリー】タイプの技は【ほのお】に効果がいまひとつみたいだから、リザードンもかな……)

 

 現在、ハッサムと並んでライトの手持ちの中で屈指の実力を誇るリザードン。ミアレで偶然発動出来たメガシンカを経て、メガリザードンXへと姿を変えてパワーアップできた彼であれば、今回のジム戦でも活躍を見込むことができる。

 未だに詳しいやり方は分からない。

 コルニ曰く、『キーストーンに触って、ビュ~ン、ビリビリ~、バシュ~ン!』という感じらしい。

 

 さっぱりだ。

 

 如何せん擬音語の多い説明は兎も角、明日挑戦する予定のクノエジムに予約に行くため、街のガイドマップを眺めながら道を進んでいくライト。

 ガイドマップを見るのに夢中になるライトであったが、前方からはホロキャスターの画面を眺める少年が―――。

 

 ドンッ。

 

「わあ!?」

「ッ……」

 

 すれ違いざまに肩がぶつかった二人。少しだけグラつく少年に対しライトは、バランスを崩して尻もちを着くように後方に倒れた。

 『大丈夫!?』と声を上げるコルニに対し、目の前でキッとした瞳を向けてくる灰色の髪の少年にライトは『しまった』という顔を浮かべる。

 

「す……すみません。大丈夫ですか?」

「……いや、俺も前を見てなかった。悪い」

 

 地面に尻もちを着くライトに対して手を差し伸ばす少年。差し出された手を掴んで立ち上がるライトは、苦笑を浮かべながらもう一度『すみません』と口にして、無表情の少年が去って行くのを見届けようとする。

 同じぐらいの背丈であるが、歳不相応の冷めていた様子を少し不思議に思いながら、再びガイドマップを見ようとするライトであったが、

 

「ポ、ポケモン泥棒だぁ―――ッ!!!」

 

 突然街中に木霊する男性の声。

 同時に街を歩む人々は一体どこにポケモン泥棒が居るのだと辺りをキョロキョロと辺りを見渡す。

 すると、歩道を全力疾走で駆けて行く黒ずくめの男が一人。

 彼の左腕にはこんもりと膨れ上がっているバッグが抱えられており、その装いと相まって彼が泥棒であることは一目瞭然であった。

 

 同時に少し大きめの建物の扉から、涙を流しながら『待てぇー!』や『あたしのトリミアンちゃんがぁ~!』と叫ぶ老若男女問わない者達が次々と飛び出してくる。

 だが、如何せんふくよかな人々の割合が多かった為か、泥棒に追いつけそうな人物は限りなくゼロに等しかった。

 

「わっ、こっちに来てるよ!? どうする?」

「どうって……が、頑張って止める! リザードン、君に決めた!」

 

 少しテンパりながらボールを放り投げたライト。直後、泥棒を遮るようにして一体の火竜が姿を現す。

 

「うぉお!? なんだ、コイツ?」

「ポケモンを返せ!」

「ちっ、ガキが邪魔しやがって……スカタンク! ぶっ飛ばせ!」

 

 黒ずくめの男は苛立った声を上げながら、懐から一つのボールを取り出してポケモンを繰り出す。

 飛び出してきたのは、四足歩行、且つ毒々しい色をしたポケモン。長い尻尾の先は頭に乗せられている。

 更にそのポケモンが飛び出してきた瞬間に、町往く人々が一斉に鼻をつまみ始め、今まさにバトルを行おうとしているライトやリザードンも、漂ってくる臭いに思わず鼻を摘んだ。

 余りの臭さに目尻に涙を溜める者や、吐き気を催し近くの店のトイレに一直線に走っていく者達も窺える。

 

(な、何この臭い!? ず、図鑑……!)

『スカタンク。スカンクポケモン。尻尾の先からひどい臭いの液体を飛ばして攻撃する。飛距離は50メートル以上』

「うっ……大丈夫、リザードン!?」

 

 問いかけるライトであったが、リザードンは漂ってくる臭いを払う為に一生懸命翼を羽ばたかせている時であった。

 その所為で鼻を摘みながら発したライトの声は届かない。

 

「へへっ! スカタンク、“えんまく”だ!!」

「“えんまく”!? しまっ……!」

 

 周囲の者達が臭いで怯んでいる間、スカタンクに“えんまく”を指示した泥棒。瞬間、スカタンクの尻尾の先に備わっている分泌腺から黒々とした煙が放出される。

 それも只の“えんまく”ではなく、スカタンクの体内で熟成された臭い付きの、だ。

 強烈な臭いというのは目にもくるものであり―――。

 

「ああ! 目に染みる!」

「へへっ! 泥棒が真面に相手するとでも思ったか!? そんじゃあな―――ッ!!」

「くっ……待て!! リザードン、追いかけごほっえ゛ほっ!?」

 

 止まらない涙でぼやける視界。さらには“えんまく”が巻かれているのだから、視界は最悪。そのような中でなんとか泥棒を追いかけようとする。

 せき込みながらリザードンに追うように指示すると、このような臭い煙の中から抜け出せるのであればと、凄まじい反射速度で上空に羽ばたいていく。

 その間にも泥棒は、街から逃げ出して行く為に走る。

 

「へへっ! やっぱりポケモン大好きクラブだな! こんなに」

 

 シュルン!

 

「たんまりとポケモンが……あ゛ぁ!?」

 

 突然前方から伸びてきた何か。ソレに奪ったポケモンのボールが入っているバッグを奪われ、声を荒げる泥棒。

 ふと前を見ると、不愉快そうな顔を浮かべながら鼻を摘む灰色の髪の少年と、その長い舌でボールが入っているバッグを絡め取ったゲッコウガの姿が在る。

 

「てめっ、ガキこの! 返しやが―――」

「後ろだ」

「れ……あぁ!? 後ろがなんだってんどぅわぼえ!!?」

 

 次の瞬間、襟元を摘まれて宙吊りにされる泥棒。地面から三十センチほど浮いたところで吊るされる泥棒は後ろを振り返り、これまた不愉快、且つ激高しているリザードンの顔を目の当たりにした。

 

 不味い、焼かれる。

 

「スッ、スススス、スカタンク! “みだれひっかき”だ!」

「ブッピィ~~~ブリュリュ!!」

 

 リザードンに対し“みだれひっかき”を繰り出そうと飛び跳ねるスカタンク。

 しかし、

 

「“ハイドロポンプ”」

 

 マフラーのように巻かれていた舌を解く。同時に、竜巻のように螺旋を描かれた舌が飛び出している口からは、途轍もない量の水流が放出され、鋭い爪で攻撃を繰り出そうとしたスカタンクの横っ腹を穿つ。

 消防車が放出するソレよりも強力な水流に襲われたスカタンクは、数メートル吹き飛んだ後にゴミ捨て場に激突した後に意識を失い、そのまま戦闘不能になる。

 そんな“ハイドロポンプ”を放ったゲッコウガは、放ち終わると同時にすぐさま舌を巻き始め、再びマフラーのように自分の首元に舌を巻きつけた。

 

 自分の手持ちが呆気なく―――それも只の子供の手持ちであるポケモンに一撃で伸されたことに対し、泥棒は呆気にとられる。

 暫し、じたばたと手足をバタつかせてみるも、自分の事を摘みあげているリザードンが脅すように炎を顔のすぐ横に吐き出したのを境に、動きをピタリと止めた。

 

「……ちっ。最悪の日だ」

 

 鼻を摘みながらゲッコウガが泥棒から奪い取ったバッグを持ち上げる少年。

 そこへ、ライトとコルニがやって来た。

 

「おーい! ……って君は、さっきの?」

「……ほら。これ返して来い」

「あ、ありがとう……」

 

 鼻を摘んだままバッグを差し出す少年に対し、柔和な笑みを浮かべて受け取るライト。既に鼻を摘んでいないライトであるが、数秒ほど前に嗅覚が完全にマヒしたようだ。

 そこへ、『おぉ!』と歓喜の声を上げてくる恰幅のよい低身長の老人が一人。黒いシルクハットにサングラス、そしてたっぷりとたくわえた髭がトレードマークであるように見える。

 そんな老人は、未だにスカタンクの発した煙の臭いで涙目であるものの、三人の子供達を見て大声を上げた。

 

「君達が儂達、ポケモン大好きクラブ会員のポケモンを取り戻してくれた少年少女達か!ほんと~~~にアリガトウ!!」

「いや、あの……取り返してくれたのはこっちの……」

「いえ、通りがかっただけですので。それでは」

 

 三人に対し、順々に硬く握手を交わしてくる老人。それを目の当たりにした灰色の髪の少年は何か面倒なコトに巻き込まれそうだとばかりに、早々にこの場から立ち去ろうとしていく。

 だが、そんな灰色の髪の少年の肩を掴み、サングラスをかけた老人は『ほっほっほ!』と高笑いしながら、ぐるりと少年の体の向きを変え、とある場所へと進み始める。

 

「あの」

「儂はこのクノエシティにある『ポケモン大好きクラブ』の会長なのじゃ! 会員たちのポケモンを取り戻してくれた礼を、是非返させてくれ! 勿論、君達もじゃ!」

「俺は」

「遠慮しないでいいんじゃ! いいものをやるからのう!」

「……」

 

 発する言葉を遮られてまで連れていかれる少年。そんな彼の背中を見ながら、『君達もついて来てくれい! 案内するからのう!』と言われたライトとコルニの二人は、このままトンズラするのも失礼だと考え、素直に会長であるという男性に付いていく。

 ふと横を一瞥すると、既に駆けつけたジュンサーに取り押さえられている泥棒の姿が垣間見える。

 それを確かめた所でリザードンをボールに戻したライトは、顔色を悪くしながら会長の後を追っていく。

 

(この臭い、明日にはとれるかな……?)

 

 

 

 ***

 

 

 

「シュシュプ、“アロマミスト”じゃ!」

「シュ~」

 

 『ポケモン大好きクラブ』と書かれた表札が掲げられている建物に入った三人。彼らの前には、一見魚ポケモンのような見た目でありながらも、ふわふわとした体毛を有すポケモンがふよふよと漂っていた。

 会長の指示を聞いたシュシュプは、三人に向けていい香りのする霧を噴射する。

 先程までスカタンクの“えんまく”を受けて強烈な臭いを嗅ぎ、嗅覚が痺れていたライトであったが、漂ってくる芳醇な香りにだんだん嗅覚が元に戻っていく。

 

「ほっほっほ。一先ずこれで臭いの方はなんとかなったと思うが……今日はちゃんと洗濯することを勧めるぞ」

「はぁ……」

 

 今日は絶対に洗濯はする。

 そう固く誓うライト。他二名も大体同じ事は考えているだろうと思いながら、何やらゴソゴソと棚の中を探している会長の背中を眺めた。

 

「あのう……ポケモン大好きクラブって、どういう組合なんで―――」

「おお、あったあった! 是非、君達にはこれを受け取ってもらいたい!」

 

 ライトの質問を大きな声で遮った会長。悪気はないのだろうが、もやもやとした気分に陥る。

 そんな少年に『具合でも悪いのかね?』と一度尋ねる会長であったが、『い、いいえ』と引き攣った笑みを浮かべたのを見て、両手に携えていたカードとボールを三人に手渡す。

 

「……これって」

「それはポケモン大好きクラブ名誉会員にだけ渡される特別カードじゃ! 大事にとっておいてくれ!」

「そ、そうなんですか……あとこれは?」

「それは~~~……一昨年ぐらいじゃったかな? クノエシティのボール工場が創業五十周年を記念して配られた限定品のボールで『プレシャスボール』と言うんじゃ! じゃが、貰ったものの使う機会もないしのぉ~……いや、決して押し付けてるつもりはないんじゃよ!? プレミア品じゃから、価値はそれなりにあるしのう!」

「はぁ……」

 

 マシンガンのように言葉を連ねていく会長に苦笑を浮かべるライト。ふと隣を見てみると、コルニも同じように苦笑いしており、もう一人の少年はつまらなそうに棒立ちしている。

 すると突然、会長の瞳がキラリと光った。

 いや、サングラスを掛けている為、実際に瞳が見ることができた訳ではないが、なんとなくそういう雰囲気の視線を感じ取ったのだ。

 

「ほれほれ~! カワイイポケモン達をそんな窮屈なボールの中に閉じ込めておかんで、み~んな出すんじゃ~!」

「え? あ、ちょ!?」

 

 俊敏、且つ手慣れた動きで、三人の腰のベルトに装着されているボールの開閉スイッチを押していく会長。

 恐らくこういった手口の事は何度か行っているのだろう。

 流れるような動作で開閉スイッチを押されたボールからは、一斉にポケモン達が部屋の中に飛び出してくる。

 

 三人が会長の行動に驚き、糾弾する間もなく、部屋のあちこちで好き勝手に会話をしていた者達が、この場に現れたポケモン達を目の当たりにしてワラワラと群がってきた。

 

「うおおおお、リザードンかっけえ!」

「きゃああ、キュートなブラッキー!」

「もふもふな子もたくさん!」

「ねえ、触ってもいい!?」

「逞しそうなポケモンだなぁ!」

「カ、カワイイんだなぁ……」

「ああん、もう! 目に入れても痛くないくらいカワイイ子だわさ!」

 

 嵐のような言葉。

 その言葉に揉まれていくのは三人と、その手持ち達。知らない者達に撫でられるポケモン達の反応は十人十色だ。

 『ねえ、この子どこで捕まえたの!?』や、『坊主、イカしたポケモン持ってるな!』などの言葉を投げかけられるライトは、ふと灰色の髪の少年の周りに佇んでいるポケモン達を眺める。

 

(ゲッコウガにブーバー……ルカリオにエレザードと……ガブリアス。あと、トゲキッスだったけ?)

 

 強そうな面構えのポケモン達。

 全員が凛とした佇まいのまま、大好きクラブの会員たちに為されるがまま撫でまわされている。

 唯一ガブリアスは、『君、“さめはだ”?』と言われて軽く頭をポンポンと触れられるだけに終わっているが―――。

 

「ライト君! ささッ、是非君のこの子達の思い出を儂に話してみてくれ!」

「ふぇ? あ、はい」

 

 じっくり観察する間もなく近くにあったソファに座らされるライト。その間にも、ライトの手持ちは会員たちに撫でまわされている。

 べた褒めされながら撫でられる反応は各々違う。そんな中、一体だけ浮かない顔で撫でまわされるポケモンが一体。

 

「ジュプ……」

 

 目線を落として床をジッと見つめるジュプトルの様子は、まるで誰かから意図的に視線を逸らしているかのようだ。

 

 ザッ……。

 

「おや? 君も彼のジュプトルを撫でてみたいのかい!?」

「……」

 

 ふと、ジュプトルの前に立ち尽くす少年。

 未だに視線を落とし続けているジュプトルの前に立つ彼は、黙ってジュプトルを見下ろした。

 ピクリと動く彼の手。

 氷が解けていくようにゆっくりと開かれる彼の掌は、ジュプトルの頭に近付いていく。

 

 

 

「―――……」

 

 

 

 何かを呟こうとして開かれた口であったが、何も発することもできずに少年の動きは止まった。差し出した掌も徐々に握りしめられる。

 すると、不意に少年は踵を返して出口に向かって行く。

 

「おや? もう帰るのかな?」

「……俺が好きなのはポケモンバトルです。別にポケモンが好きな訳じゃない」

 

 少年が口にした言葉に、場の空気が一瞬にして凍りつく。

 それに対し、出て行こうとする少年に声を掛けた会長がソファから立ち上がり、コツコツと少年の下に歩み寄っていった。

 

「……まあ、そういう子も居るじゃろう。君ぐらいの年頃なら、そういう子が居てもおかしくはない」

「……それでは」

「じゃが、ルカリオやトゲキッスを手持ちに加えている子の言葉とは思えんのう」

「っ!」

 

 会長の言葉に、少しだけ少年が肩を揺らすのをライトは見逃さなかった。

 ルカリオは、リオルから“なつき”によって進化するポケモンだ。トゲキッスに関しては、進化前であるトゲチックがなつき進化によってトゲピーから進化した種族である。

 これでも、果たして少年はポケモンが好きではないと言えるのだろうか。

 会長は、そう少年に問うていた。

 

「……」

「ほっほっほ。バトルが好き。それもよいことじゃろう。じゃが、そのバトルによって君はポケモンから信頼を得ている。儂にしてみれば、これだけで充分じゃ。しかし、ポケモンバトルが好きというのも、ポケモンが好きであることには変わりはないと儂は思うのじゃ」

「……失礼します」

「いつでも来てよいんじゃぞ~」

 

 一言だけ言い残して去って行く少年。彼に続くように、手持ちのポケモン達もぞろぞろと外へ出て行く。

 その途中―――。

 

「……コウガ」

 

 最後に出て行ったゲッコウガが、一体のポケモンに寂しそうな瞳を向けた。そして、その瞳のまま奥のソファに座り込んでいる少年を見つめる。

 今のジュプトルの主人。

 優しそうな―――否、実際優しい心を持つ少年の瞳を見つめたゲッコウガは、後ろ髪を引かれる様な表情のまま大好きクラブの建物を去って行った。

 

「?」

 

 そのようなゲッコウガに見つめられたライトは、一体何が起きたのかと首を傾げつつ、哀愁漂うジュプトルの背中を見つめる。

 

「ジュプトル……?」

 

 

 

 

 



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第七十一話 偶に凄い物を借りようとする女子

 

 

 

「―――それでのう、儂のニャスパーが……」

「……ははっ」

 

 延々と続く会長の話に対し、疲れを隠しきれていないまま笑みを浮かべるライト。ふと横に視線を移すと、ウトウトとしているコルニを見る事ができる。

 ポケモン大好きクラブ会長とあるだけ、ポケモンに対しての話題を尽きることなく話続ける会長。対して、中々帰ることもできずに話を聞き続けているライトの太腿の上にはヒンバスがちょこんと乗っており、『くぁ~』と欠伸をしていた。

 

(……ジムの予約……)

 

 できれば早々に抜け出したいのだが、会長の熱意がそれを許さない。いや、気の良い人物であることは、暫く話を聞いている内に理解できたため、一言告げればすぐに返してくれそうなのだが、マシンガンの様に放たれる言葉の嵐の隙を見つける事ができないのだ。

 久し振りにべったりとすることができて満足そうにしているヒンバスとは打って変わり、ライトの表情は優れない。

 チラッとバッグの中のポケギアで時間を確認すると、既に時刻は三時を過ぎ、そろそろ予約をしなければ明日には挑戦できないぐらいの時刻だ。

 

 意を決したライトは、バッと顔を上げて熱弁する会長に瞳を向ける。

 

「会長! あの、僕」

「君はポケモンコンテストというものは知っているかね? ホウエンやシンオウ地方などで行われている、ポケモンの魅力を伝える為のコンテストなのじゃが……」

「あ……い、いえ」

「そうかそうか! ではコンテストの話も少ししようかの!」

 

 失敗した。

 己の手持ちから『ポケモンコンテスト』に話題が移り変わった会長の話を、辟易した顔で聞こうとするライト。

 するとそこで『ハッ!』と目を覚ましたコルニが、ライトへと目を向ける。

 

「ジムの予約! そろそろ行かなきゃ駄目なんじゃないの!?」

(ナイス、コルニ……!)

 

 寝ぼけ気味で言い放ったコルニの言葉に心でガッツポーズを決める。

 そのような少女の言葉を聞いた会長は、『おお、それはイカンな』と自分の話を切り上げた。

 この流れであれば、すぐにでもクノエジムに赴くことができると考えたライトはすぐさま立ち上がり、会長に一礼しながら出口の方へと向かって行く。

 

「それじゃあ、失礼しま……」

「ああ、ライト君。君に最後に一つだけ話をしたいことがあるんじゃ」

「……はい」

「まあまあ、そんな残念そうな顔はせんでくれ。今から話すのはポケモン大好きクラブの会長としてじゃなく、一人の老人としての話じゃから」

 

 ヒンバスを抱きながら、ガッツリ残念そうな顔を浮かべていたライトに、苦笑を浮かべて引き止める。

 すると会長は、奥にあった棚から小型の箱のような機器を取り出し、ライトに差し出してきた。

 有無も言わさずに手渡されたライトは、一体何の機械であるのかと首を傾げながら会長の顔を見る。

 

「ほっほっほ。それは『ポロックキット』と言って、木の実を入れて混ぜ合わせるとできるお菓子―――つまりポロックを作ることができる機械なのじゃ。儂のお古じゃが、良かったら貰ってくれい」

「え? でも、僕お菓子なんて……」

「安心しなさい。作るのは簡単じゃからのう」

 

 何やら、ポロックというお菓子を製造することができる機器を渡されたライトは、会長の意図を汲めずに終始戸惑った様子を見せる。

 そのような様子の少年を目の当たりにした会長は、たっぷりたくわえた顎髭を撫でながら、にっこりと笑う。

 

「……君は、ポケモンが好きかな?」

「ポケモン……勿論好きです!」

 

 当たり障りのない質問。

 それに満面の笑みで返すライト。ポケモンが好きでなければ、ポケモンと一緒に旅をすることもなく、チャンピオンを目指すことなども考えない筈だ。

 だからこそ、屈託のない笑みを浮かべながら返答した。

 それを見て満足そうに微笑む会長は、もう一つ質問を投げかけてみる。

 

「ジムに挑戦するということは、君はポケモン達を鍛えているのじゃろう? じゃが、もし自分の手持ちに限界が見えたら、君はどうする?」

「限界……ですか?」

「君は見限るかな? それとも、『それでも』と意固地になって同じポケモンで戦い続けるかな?」

「それは……わからない、ですけど……」

 

 少々意地の悪い質問を投げかけたと自分でも思う会長。彼の目の前には、先程とは打って変わって暗い表情を浮かべるライトの姿が在った。

 できるだけオブラートに包んで質問してみたが、内容としては中々シビアなものだ。

 どれだけ鍛えていても、限界はいずれ訪れる。例えば、同じレベルのポケモン同士でも、コイキングとカイリューの対面であれば、百人中百人はカイリューが勝つと答えるであろう。

 どれだけコイキングを鍛えたとしても、コイキングが勝てる相手には限度がある。

 

 会長が投げかける質問はそれに似たものだ。

 

 暫し唸るライト。そろそろ良い頃かと考えた会長は、少年の肩にポンッと手を置きながら穏やかな声で語りかける。

 

「儂には解る。君は見限れるような厳しい人間じゃあない。だからこそ、これからの挑戦で挫折はあれど、諦める事はして欲しくはないのじゃ」

「はあ……」

「そのポロックキットで作った青色のポロックは、君のヒンバスに食べさせてあげなさい。そうすれば、いずれ進化するじゃろう」

「え!?」

 

 ヒンバスが進化する。

 そういった旨の言葉に、思わずライトは声を上げて腕の中に抱かれているヒンバスを一瞥した。

 きょとんとした顔で見つめてくるヒンバス。一体何の話か分かっていないかのような表情に思わず気が抜けてしまうライトであるが、驚愕の事実を口にした会長に視線を戻す。

 

「どこでそんな情報……というより、ヒンバスって進化するんですか?」

「ほっほっほ。儂はポケモン大好きクラブ会長……色んな場所から情報は入ってくる。是非、君のヒンバスを美しく育て上げてみてくれ。そう! このカロス地方チャンピオンカルネさんのパートナー・サーナイトのように!」

 

 杖を天井に掲げる会長の熱のこもった言葉に引き攣った笑みを浮かべるライト。

 少々情報に対しての信用に欠けるが、思わぬ情報を耳にしたライトの表情には期待が浮かんでいる。

 

(ヒンバスって進化するんだ……!)

「ミ?」

「へへっ!」

 

 不思議そうな顔を浮かべるヒンバスの頭を撫でるライトの表情は至って明るい。

 最近、ジム戦で上手く活躍させることができていないことを若干心配していた先での、この僅かに垣間見ることのできた光明。

 否応なしに笑みが零れてしまうのは仕方のないことだろう。

 

「会長、ありがとうございます!」

「ほっほっほ。これからもポケモンを好きなままで居てくれれば十分じゃ。ジム戦、勝てるといいのう」

「はい!」

 

 先程とは打って変わって深々と一礼してから笑顔で出て行くライト。彼に続くコルニもまた、ニカッと笑ってから外へと飛び出していく。

 それを柔和な笑みで見届けた会長は、『よっこいしょ』とソファに腰掛けて、自分の手持ちの一体であるシュシュプの頭を撫でた。

 芳醇な香りを漂わせるシュシュプは、至極気持ちよさそうな表情を浮かべる。

 

「……強いトレーナーには二種類居る。一つは、ポケモンと心を通わせて力を引き出すトレーナー。もう一つは、己にもポケモンにも厳しくある事で力を高めるトレーナー。最初は後者が強いが、長~い目で見れば前者が強い」

「シュ~?」

「ほっほっほ。お前さんには関係ないことじゃよ。バトルもコンテストも実力が伴わない老人にできるのは、若い世代に知恵を与えるだけなんじゃ」

 

 一人、小さな声でぼやいた会長は、首を傾げてみせるシュシュプに微笑を浮かべる。すると、そんな会長の下には彼の手持ちであるニャスパーやトリミアンなどが訪れ、『自分も撫でろ』と言わんばかりに頭を差し出してきた。

 実に微笑ましい光景。

 頭を差し出すポケモン達の頭を順々に撫でる会長であったが、心の中ではこう願っていた。

 

―――どうか、“弱い”という理由で嫌われるポケモンが生まれないように、と。

 

 

 

 ***

 

 

 

「え~っと……ここを押してっと」

 

 時刻は午後七時。

 ジムの予約も終え、夕食も済ませたライト達は既にポケモンセンターの宿泊部屋に来ており、各々の自由時間を過ごしているところだ。

 普段とは違って今日はライトが先にシャワーを浴びたが、特にそこまで深い理由はない。だが、代わりに今日のスカタンクとのバトルで臭いが染み付いてしまった服の洗濯に駆り出されたという事は、ここに記述しておこう。

 

 コルニの服にはほとんど臭いが付いてしまったのに対し、密閉チャック付きの袋に収納していた為、着替えの分はほぼ無事だったライト。

 彼は今、早速ポロック作りに勤しもうとしていた。取扱説明書を片手に、小型の機器のボタンを押してみる。

 すると、ポロックキットの中央部分の円が『ガション!』と飛び出し、円柱型のケースが姿を現した。

 

「おおっ! ミキサー……かな? ここに木の実を入れると……」

「ミ?」

「もうちょっと待ってね、ヒンバス~」

 

 木の実袋を取り出して、その中から出来るだけ青い木の実を選び出して、四つほどケースの中へと放り込む。

 今回は最初ということで、一先ず全てカゴの実にしておいた。

 

「これでケースを押して戻し……収まったのを確認したら、ここのタイマーを回して三分っと……これでいいのかな?」

 

 ミキサーケースの部分が機器の中へ戻るのを確認した後に、外付けのタイマーを回すライト。

 すると、ケースの中から台所で聞いたことがあるような回転音が響き渡ってくる。『ガリガリ!』と音を立てる機器は凄まじい勢いで揺れ、カゴの実を砕くのにかなり苦戦していることが窺えた。

 

「……暇だし、ちょっと外で涼みに行こうかな」

 

 出来上がるまで三分。その間に確かめてみたいこともあったライトは、手持ちの入っているボールが付いているベルトを手に、ヒンバスと共に扉を開けて廊下に出て行った。

 ライトが確かめたいこととは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「これからジュプトルの“めざめるパワー”が何タイプなのか把握してみたいと思うから、皆手伝って!」

 

 ハキハキとしたライトの声に、『おー!』と言わんばかりに拳を掲げる面々。

 ミアレで覚えさせてから一度も使っていないジュプトルの“めざめるパワー”は、一体何タイプであるのかを把握しようとしたライトは、今現在ポケモンセンターすぐ横に用意されているバトルコートに来ていた。

 “めざめるパワー”―――習得したポケモンの隠された能力を発揮し、相手を攻撃する技だ。

 隠された能力によっては、本来覚えることのできないタイプの技も扱えたりと、時によって便利な技である。

 

 そんな“めざめるパワー”であるが、問題は繰り出してみて、喰らった相手の反応で何のタイプになったのかを把握しなければならないということだ。

 そこで、

 

「ジュプトル、弱めで皆に撃ってみて」

「ジュ……ジュプ」

 

 若干負い目を感じながら、着々と“めざめるパワー”を放つための準備をしているジュプトル。

 イメージトレーニングをしているのか、腰の横で両手を重ね、その両手の間にエネルギーを収束させたりしている。

 

「よし、まずはリザードン。お願い」

 

 ドスンドスンと音を立てて一歩前に出て来るリザードン。その巨体に圧倒されながらも、“めざめるパワー”を放とうと腕を構える。

次の瞬間、ジュプトルの両手の間には白い光が瞬き始め、一つの光球が生まれた。

一秒ほどであったか。凝縮し終えた光球は、ジュプトルが腕を前に伸ばすと同時に解き放たれ、リザードンの腹部に直撃する。

 

―――ポリポリ……。

 

「……あんまり効いてない感じかぁ」

 

 喰らった瞬間だけ顔を歪めたリザードンであったが、ほとんど効いていないのか、その後はキョトンとした顔で直撃した部分を爪で掻く。

 その様子から、【ほのお】・【ひこう】のリザードンに効果がいまひとつなタイプを頭に浮かべるライト。

 

(【くさ】に【むし】、【はがね】、【ほのお】、【かくとう】……【じめん】は全く効かない筈だから、これは違うかな。……“めざめるパワー”で【フェアリー】は聞いたことないから、【フェアリー】も違うかなぁ)

 

 この時点で既に五つに絞られた。

 そこで今度の攻撃対象は、

 

「ブラッキー、お願いできる?」

 

 七時であるのに、既に眠気MAXのブラッキーが血走った眼で―――元々赤いが、とりあえず眠そうな顔のまま前に出る。

 再び“めざめるパワー”を放とうとエネルギーを凝縮。

 そして、解放。

 

 ボンッ、と音を立てる攻撃を喰らったブラッキーは、先程のリザードンよりも険しい顔を浮かべる。だが、大ダメージといった様子ではなく、元々耐久に優れたポケモンでもある為、すぐにケロりとした顔を浮かべた。

 そのような表情のパートナーに回復用に準備したオボンの実を渡したライトは、顎に手を当てる。

 

(効果は普通そうだから……さっきの五つから絞ると、【くさ】、【はがね】、【ほのお】かぁ)

「よし、ヒンバス! 次いってみよう」

 

 コクンと頷くヒンバス。

 淡々と流れ作業のようにエネルギーを凝縮させたジュプトルが放った光弾は、一寸の狂いも無くヒンバスの小さな体に命中する。

 攻撃の衝撃で後ろに転がっていくヒンバスに目を見開いたライトは、血相を変えて近寄っていく。

 

「だ、大丈夫!?」

 

―――コクン。

 

 意外と平気だったらしい。

 耐久の低いヒンバスでこれだけのダメージということは、効果がいまひとつの筈だ。

 となると、【みず】に効果が抜群な【くさ】は除外され、残りは【はがね】と【ほのお】になる。

 

「……ハッサム。最後、お願いできる?」

 

 最後の判断に必要な人材―――否、ポケ材は居る。凛とした佇まいのまま、ジュプトルの前へと歩み出て行くハッサムは、『さあ、来い』と言わんばかりに両腕を広げた。

 少し緊張した面持ちでエネルギーを凝縮していくジュプトル。先程と同じようなプロセスで溜められたエネルギーは、勢いよく放たれ―――。

 

 ボンッ!

 

 ガクンッ。

 

 ドサッ。

 

 ケホッ。

 

「ハッサムゥ―――ッ!?」

 

▼効果は 抜群だ!

 

 唯一【ほのお】を苦手とするハッサム。そんなハッサムにこのような大ダメージを与えられる攻撃は、自ずと【ほのお】タイプに限られる。

 つまり、ジュプトルの“めざめるパワー”のタイプは【ほのお】。本来苦手とする【こおり】、【はがね】タイプに対抗することができるようなタイプなのだ。

 

 成長してきたジュプトルの放った“めざめるパワー”を受け、少なくないダメージを喰らったハッサムは至急、オボンの実を口に運び込まれて回復を図られていた。

 シャリシャリという咀嚼音が鳴り響いた後、『元気百倍!』と両腕を掲げて立ち上がるハッサム。結構元気だ。

 恐らく先程の様子は、半分演技だったのだろう。半分は。

 

 分かりやすいようにオーバーリアクションを取ってくれたハッサムの心遣いは、大いに周囲に不安と心配をもたらせる結果になっていたのだが、それは口にしてはいけない。

 一波乱あったものの、タイプを判別できたことにホッと胸をなで下ろすライト。

 

「ふぅ……そろそろポロックもできてる頃かな? 美味しくできてたらいいね」

 

 部屋を出てから、既に三分以上は経っている。そろそろポロックができている頃だと考えたライトは、食べさせてあげる対象であるヒンバスに笑みを投げかけ、意気揚々とバトルコートから立ち去ろうとする。

 会長に、具体的にどの程度ヒンバスに食べさせてあげればいいのかは聴いていなかったが、とりあえず一日三食の後、一か月程度与えればいいのかと考えてみるライト。

 

 お菓子といえど、実際はポケモンのコンディションを上げる道具だ。

 

 夕食前に、マサラタウンに居るナナミにレポートを送ったライトも、その時にコーディネイターである彼女の話を聞いたのだ。

 彼女の話曰く、一日口にした程度ではポケモンのコンディションは良くはならない。継続は力なりという言葉がある以上、続ける事で次第に効果を発揮するものであるらしい。

 これは人間もポケモンも同じだ。

 

(……ビフォーからのアフターみたいな感じで、今のヒンバスの写真でも撮っておくかな)

 

 比較写真でも撮っておけば、後でどの程度コンディションが変化したのか分かると思ったライトは、部屋に戻り次第パートナーのことを撮影してみようと考えながら、勇み足で進んでいくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……なんでコルニはバスタオル一丁なの?」

「あっ、ライト! ようやく帰って来てくれた!」

 

 部屋に戻ったライトが開口一番口にしたのは、バスタオル一丁でベッドに腰掛けているコルニへの疑問。

 率直に『服を着ろ』と言いたい所であったが、一度グッと堪えてみる。

 それでも引き攣った顔を解くことができないライトに、湯上りしたばかりでホカホカと湯気を立てるコルニが近付いてきた。

 

 女子特有の華のような香りがふんわり漂ってきたところで、少し赤面してバスタオル一丁の少女から少し顔を逸らすライトであったが、コルニにガッと肩を掴まれる。

 

「さっきライトに洗濯物渡したじゃん!? その時、お風呂から上がった後の着替えの事考えてなかったから、今着る服がないのぉ~!」

「えぇ~……」

「ねえ! あとどのくらいで乾く!?」

「今水洗いだから、乾燥機にかける時間も考慮したら五十分くらいだと思うけど……」

 

 普段の粗雑さが此処で祟ったのか、着替えが無いというコルニ。

 そのようなコルニに事実を淡々と述べてみると、至極残念そうに顔を俯かせるコルニは、暫し溜め息を吐いた後にバッと顔を上げ、

 

「じゃあ、それまでライトの服を借り―――」

「貸すわけないでしょ!!!」

 

 赤面の少年は、少女のとんでもない申し出を断るのであった。

 



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第七十二話 わさびちゃう。わびさびや。

 

 

 

 

「はい、あ~ん……」

 

 口を大きく開けるヒンバスに、青色のポロックを入れるライト。ポロックを口の中に入れられた瞬間、モグモグと木の実でできたお菓子を食べ進めるヒンバス。

 一体どのような反応を見せてくれるか。

 

「ミ!」

「美味しい? よかったぁ~」

 

 屈託のない笑みを浮かべるヒンバスに、ホッと息を吐くライトは、昨日作ったポロックの出来に問題がなかったことを確認することができた。

 一度、ヒンバスに与える前に一口齧ったライトであったが、カゴの実が凝縮されたポロックの味は凄まじく渋かったのだ。

 人とポケモンの味覚の違いというものを考えさせられる一瞬であった。

 

 それは兎も角、今日はジムに挑む日となっており、一日の原動力を補給する為に朝食を摂っているライト達。

 リザードンは当たり前のようにコーヒーを飲んでいるが、いつもの事である為誰もツッコミはしない。

 

 昨日、服がどうこう言っていたコルニも、普段通りの服装のままパンを齧っている。

 あの後、最終的に『布団にくるまれば?』という結論に至ったという事は、ここに追記しておこう。

 

「ブラァ!」

「ん、どうしたの?」

 

 ヒンバスにポロックを与えていると、突然ライトの膝に乗りかかってきたブラッキー。何やら、ライトが手に持っているポロックを凝視しているが、

 

「……食べたいの?」

 

 コクン。

 食に対して素直な態度を見せるブラッキー。お菓子と聞いて、何故自分には食べさせて貰えないのかと考えたのだろう。

 進化して体は大きくなったものの、中身はまだまだ子供。老練な佇まいなハッサムや、普段は紳士のように振る舞っているリザードンとは違い、好奇心が強いこと強いこと。

 昨日作った分は四つ。どうせ、作る時間は三分程度なのだから一個無くなった所でそれほど影響が出る訳ではない。そう考えたライトは、余っているポロックの内の一つをブラッキーに食べさせてみる。

 

「どう?」

「……」

「……すっごい不味そうな顔してるね」

 

 ポロックを口に含んだ後、数回噛んだだけで顔を歪めるブラッキー。それだけで食べさせたポロックの味がブラッキーの口に合わないことを悟ったライトは、以前訪れたポフレの店を思い出す。

 

(あの時は確か、酸っぱい物を食べさせてあげたんだよなぁ。じゃあ、酸っぱいポロックだったら食べるのかな)

 

 舌を出して涙目になっているブラッキーの喉元を優しく撫でた後、口直しにポケモンフーズを一つ食べさせてあげるライトは、別の味のポロックであったのならブラッキーの口に合うのではないかと予想した。

 好みは人それぞれということだ。

 

「よ~し……ジム戦が終わったら別の味のポロック作ってあげるからね」

 

 こちょこちょと擽るように喉元を撫でた後、ふと視線を感じてリザードンが居た方向へと目を向ける。

 すると、

 

「……」

「……どうしたの、リザードン?」

「グォウ」

「……ポロック、食べてみたいの?」

 

 まさかと思って質問を投げかけると、無言のまま頷くリザードン。

 何となくではあるが、コーヒーカップ片手にポロックをフォークでつつく光景が、一瞬脳裏を過ってしまった。

 

(……とうとうデザートまで来たか……)

 

 ポケモントレーナーは大変だ(?)。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ようこそおこしやす、クノエジムへ」

「えっと、昨日予約したライトって言うんですけど……」

「ライトさんですね。お待ちしはっとりました。では、こちらへどうぞ」

 

 華のような笑みを浮かべてジムにやって来たライトを案内しようとするジムトレーナー。彼女の恰好は、カロスの雰囲気にはそぐわないような青が基調の着物を着ているが、一体何故なのだろうとライトは首を傾げる。

 着物と言えば、ジョウト地方のエンジュシティかカントー地方のタマムシジムリーダー・エリカの事が真っ先に頭に浮かんでくるライト。

 

 どちらかと言えば、和風な雰囲気が漂う着物。だが、クノエジムの室内はどちらかと言えば洋風な雰囲気が漂う―――言い換えれば、ファンシーな内装となっている。

 男子の感性として、あまり長居はしたくないような空間であるが、女子のコルニは『おぉ~!』と目を輝かせてあちらこちらを見渡していた。

 その内、『観戦の方はこちらへ』と黒い着物を着た女性に連れて行かれるのを最後に、コルニとは別の道を進み始める。

 

「こちらです」

「ん……ありがとうございます」

 

 扉に向かって手を差し伸ばすジムトレーナー。今までのファンシーな内装とは違い、障子という如何にも和風な建物の中にありそうな扉。

 どうやら、このジムの建物のテーマは『和と洋の融合』らしい。

 障子にしてはかなり大きい扉を開けると、その先には広大なバトルフィールドが広がっている。

 

「……ほわぁ」

 

 スタンダードな土のフィールドの周りには、丁寧に植木が埋め込まれている。更に壁面には、絶え間なくモニターが敷き詰められており、映画などが見る事ができれば大迫力になること間違いなしだろうなどと考えてみるライト。

 

 ドン。

 

「へ?」

 

 突如、室内に響き渡る太鼓の音。

 しかし、室内を見渡しても太鼓などは窺うことができない。恐らく、どこかにスピーカーが埋め込まれており、そこから流れているのだろう。

 

 ドン、ドン、ドンドンドンドンドン―――。

 

「……へっ?」

 

 急に室内全ての照明が落ち、代わりに先程まで何も映っていなかったモニターに電源がつく。

 モニターには、桜色と黒色だけで桜吹雪を演出されており、室内は暗転している所為か桜色の光に照らし出され―――。

 

「歴史の国から来た乙女、クノエジムリーダー・マーシュ様の御成~り~~~!」

 

 パッ!

 

 次の瞬間、ライトの居る場所とは対称の場所に位置する―――つまり、ジムリーダーが立つ場所がスポットライトに照らされる。

 天井から降り注がれる三つのスポットライトは、一人の女性を照らし上げた。

 

(お金が掛かってそうな演出……っていうか、あれ着物なの?)

 

 やけに袖が大きい着物を着た女性。女性らしく桃色や黄色を基調とした振袖であるが、その袖の大きさから翼のように見えてくる。

 振袖といっても下半身を覆う布の部分はほとんどなく、ミニスカートのようになっていた。

 スラリと伸びる華奢な脚。穿かれているは、絹のような素材の黒いニーソックス。

 そして、後頭部にはタブンネの耳を思わせるような形の藤色の髪飾り。

 

 かなり異彩を放つ服装を身に纏った女性。刹那、スポットライトが消えて室内に再び灯りが点ると、女性は非常に大きな瞳をライトに向けて、にこやかに微笑んだ。

 

「―――……ようこそ、おいで下さいました。うちがこのクノエジムのジムリーダー、マーシュ言うんよ。今日はよろしゅうお願いしますさかい」

「よ、宜しくお願いします」

(エンジュ弁?)

 

 独特な訛り。それはジョウト地方のエンジュシティに住まう舞子のような口調であった。マーシュが着物を着ていることから、彼女の話す方言がエンジュのものであると分かるにはそう時間は掛からなかった。

 しかし、彼女から漂う雰囲気は和風という次元ではなく、まるで御伽話に出て来るかのような得も言えぬ雰囲気が―――。

 

「君、メガリング着けとるん?」

「え? あ……はい。そうですけど……」

 

 ハッとして問いかけてきたマーシュの視線は、ライトの左腕に嵌められているメガリングへと向けられていた。

 それに対しライトは、パッと左腕を掲げてみせる。

 

「ふふっ……うちも持っとるんよ、メガストーン。でも、上手に使えるんは偶々。あれやな、追い詰められた時……あの時だけポケモンと心が通い合ってメガシンカできるんよ」

「はぁ……」

「まあ、今色々話しても君が困るだけやね。どれだけの実力なのかは今から確かめること……」

 

 スチャリとマーシュがボールを構えたことにより、やや茫然としていたライトの顔もキュッと引き締まる。

 先程のやんわりとした雰囲気は既に無く、これからバトルを始める者の間に流れる独特な緊張感だけがバトルフィールドを包み込む。

 

「うちが使うんは【フェアリー】タイプ……ふんわりはんなり強い子達。でも、【フェアリー】は内なる牙を秘めとるさかい。油断して掛かろう言うなら、その隙をガブリ……ふふっ」

「……ご忠告、有難うございます」

 

 妖艶に振る舞いマーシュは、にんまりと浮かべた微笑を大きな袖で隠して見せる。それが逆に、相手に対して異様な緊張感を与えていく。

 強がるようにニヤッと微笑むライトは、帽子のつばを掴んでグッと下に引っ張り、帽子を深く被ってみせた。

 互いに少し表情を隠すような所作を見せてから、審判の準備が終えるのを静かに待つ。

 そして、

 

「これより、クノエジムリーダー・マーシュVS挑戦者ライトのジム戦を開始します! 両者、ポケモンをフィールドへ!」

「ジュプトル、君に決めた!」

「バリヤード、出番や!」

 

 ライトがモンスターボールを放り投げるのに対し、マーシュが放り投げたのはハートマークが刻み込まれている可愛らしいボール。

 一部のトレーナーならば知っているそのボールの名は『ラブラブボール』。『ももぼんぐり』という木の実から作りだされる特殊なボールであり、自分の出しているポケモンと種類が同じ且つ性別が違うポケモンを捕まえやすくなるという物だ。

 材料や製造方法の問題で大量生産できるものではなく、市場に出回っていることはほとんどないボールであるが、ライトにとっては与り知らぬ事である。

 

(相手はバリヤードか……守りが堅そうなポケモンだけど……)

 

 カラフルな色合いの体色と、パントマイムをするかのような所作。ライトが知っている限りでは【エスパー】タイプであった筈だが、こうして【フェアリー】タイプのジムに登場するということは【エスパー】・【フェアリー】の複合タイプと言ったところか。

 【ドラゴン】を無効化するタイプである【フェアリー】。ジュプトルの現時点での主な攻撃技は“りゅうのいぶき”、“メガドレイン”、“めざめるパワー”とやや決定打に欠けるものばかり。

 

(……よし)

 

 対面を見た上での結論が出たところで、無言で頷くライト。

 そして、審判が掲げる旗が振り下ろされ―――。

 

「バリヤード、“リフレクター”や」

「戻って、ジュプトル!」

(ッ……いきなし交代?)

 

 何の技も繰り出さずしてジュプトルをボールに戻すという采配に、訝しげな顔を浮かべるマーシュ。

 それは観戦しているコルニやジムトレーナーたちも同じであったようであり、室内が少しざわつき始める。

 その間にもバリヤードは指示通り、自分の目の前に“リフレクター”を張ることによって物理攻撃に備えていた。

 ジュプトルを戻し、次に手を掛けたボールを放り投げるライト。彼が繰り出したのは、

 

「ハッサム! “バレットパンチ”!」

 

 真紅の体のポケモン。ガシャンという重厚な音を響かせた後、その脚力で土のフィールドを勢いよく蹴ってバリヤードに肉迫し、その鋼の鋏をバリヤードの懐に叩きこもうとする。

 

(速い! やけど……)

「“でんじは”や、バリヤード!」

 

 両手を構えて微弱な電気をハッサムに浴びせようとするバリヤード。しかし、それよりも早くハッサムの鋏がバリヤードに懐に叩き込まれた。

 だが、鋏が胴体に命中する瞬間、透明な青色の壁がハッサムに鋏の勢いを殺す。

 

 普段の威力と比べて半減になった威力の“バレットパンチ”であったが、バリヤードには命中し、人型のポケモンの体を宙に躍らせた。

 ドサッと音を立てて地面に落下したバリヤードは、険しい表情で体を起こす。

 

「まあまあ……半減でこの威力や。“リフレクター”張らんかったら……怖い怖い」

「ハッサム、大丈夫!?」

 

 あくまで表情は変えないまま慄いているマーシュに対し、痺れて上手く動けないハッサムを目の当たりにして心配の声を掛けるライト。

 バリヤードに致命的なダメージを与える事は出来たようだが、その代償として“でんじは”を喰らって【まひ】状態になったようだ。

 しかしハッサムは、右の鋏を掲げてまだ戦える意志を見せてくる。

 

「よし……ならもう一度“バレットパンチ”!!」

「バリヤード、“マジカルシャイン”や!」

 

 再びフィールドを蹴って疾走しようとするハッサムに対し、バリヤードは両手を翳して、その手の平から眩い光を発し始める。

 室内が一気に白い光に包み込まれていくが、それでもハッサムは駆けていく。

 駆けて、駆けて、そして―――。

 

ドンッ!!!

 

 腹の奥底に響くような鈍い音が鳴り響いた。

 同時に眩い光は息を潜め、次第に視界が開けていく。開けていく視界の中でフィールドの上に立っていたのは、

 

「バリヤード、戦闘不能!」

「あらまあ」

「よっし!」

 

 崩れ落ちていくバリヤードが視界に映った瞬間、ライトはガッツポーズを掲げてからハッサムに笑みを浮かべてみせた。

 すぐさまバリヤードをボールの中に戻すマーシュ。次に手を掛けたボールも、先程と同じくラブラブボールである。

 何か並々ならぬこだわりがあるのだろうかと考えるライトであったが、すぐさま思考を切り変えて相手が何を繰り出してくるのかをその目で見届けようとした。

 

「お出でまし、ニンフィア」

「ニン……フィア?」

 

 バリヤードの次にフィールドに姿を現したのは、四足歩行のポケモン。ピンクと白を基調とした体色と、アクアマリンのような瞳が目を惹く。

 左耳と胸の部分にはリボンのようなモノが付いており、そこからは長い触角が伸びている。

 初めて見るポケモンに動揺するライトであったが、どこかで見たことのあるような体格に、ピタッと体が止まった。

 

(……イーブイの進化形に見えるけど……)

 

 そう、マーシュの繰り出したニンフィアというポケモンは、とてもイーブイに似ているポケモンであった。

 似ている、と言っても確信がある訳ではなく、『イーブイの進化形でも違和感はないだろうな』という程度の考えの下での感想だ。

 だが、これ以上考えていても知らないモノは知らない。

 【フェアリー】であることは間違いないのだから、【まひ】ではあるものの、このままハッサムで行こうと考えるライト。

 

「よし……“バレットパンチ”!」

 

 【まひ】ではあるものの、先制技であれば早く動ける筈。

 指示を受けて疾走しようとするハッサムは、グッと足に力を入れるが、

 

「ッ……!?」

「ハッサム!」

「ふふっ、効いとりますねぇ。動けんなら、うちの方から行かせてもらいます。ニンフィア、“メロメロ”!」

 

 キュッピーン♡

 

 愛嬌たっぷりでウインクをするニンフィア。その瞬間、【まひ】で痙攣を起こしていたハッサムの動きがピタリと止まったため、ライトは訝しげな顔でハッサムを凝視した。

 

「ハ……ハッサム?」

 

 何やら胸を抑えているハッサムに、否応なしに不安を駆られるライト。

 ちょっと顔を横にずらし、ハッサムの表情を窺おうとすると、

 

―――目がハートマークになっているハッサムの姿が見えた。

 

(ハッサムゥ―――ッ!!?)

 

 口には出さないものの、心で叫んだライト。

 完全にハッサムがニンフィアに対しメロメロになってしまったのを目の当たりにし、『こんなハッサムは見たくなかった』と心苦しい気持ちになる。

 そんなトレーナーとポケモンの姿を見たマーシュは、袖で口を覆いながらくすくすと微笑んだ。

 

「あんさんのハッサム、うちの子にメロメロになってしもうたなぁ。さあ、どないしなはります?」

「……戻って、ハッサム!」

「ふふっ、まあそうでしょうねぇ」

 

 ニンフィアにメロメロになってしまったハッサム。【メロメロ】状態を解除するには、一旦ボールに戻す必要がある。

 今回のジム戦のルールは手持ち三体を使用してのシングルバトル。恐らく、今“メロメロ”を繰り出したのはライトの残りの手持ちを把握する為、交代を促させたのだろう。

 

「なら、リザードン! 君に決めた!!」

「まあ、【ほのお】タイプ……」

 

 フィールドに姿を現したのは、ニンフィアより何回りも大きな体を有す火竜。ギロリと眼光を光らせて、相手であるニンフィアを睨みつけるリザードン。

 

(また“メロメロ”を喰らったら大変だけど……)

 

 懸念すべき事項は、リザードンもハッサムと同じく♂であるということ。ハッサムに対して“メロメロ”が通じたという事は、マーシュのニンフィアが♀であるということ他ならない。

 再び“メロメロ”を喰らったのなら、再びボールに戻さなくてはならなくなるが―――。

 

(まずは、先手を取る!)

「“だいもんじ”!!!」

 

 初手から最大火力で迎え撃とうとするライト。これで相手の火力がどの程度であるのか把握する為だ。

 だが、

 

「ニンフィア、“ムーンフォース”!」

 

 刹那、ニンフィアの頭上に月のような淡い光を放つ光弾が収束され、フィールドを疾走する爆炎目がけて光弾が発射された。

 両者の攻撃はフィールドの中央で激突し、大爆発を起こす。

 見た目とは裏腹に凄まじい威力を誇る攻撃を目の当たりにしたライトは、大きく目を見開くものの、片時もパートナーから目を離すまいと腕で爆風を防ぎながら、リザードンの背中を凝視する。

 

 すると次の瞬間、爆風を切り裂く細長いモノが二つ、リザードンの両腕に絡みついた。

 

「っ!」

「捕まえまってしまいましたなぁ。さあ、どないしまはります?」

 

 次第に開けていく視界の中には、首元から生える触覚を伸ばしてリザードンの腕に巻きつけているニンフィアと、引っ張られるまいと踏ん張っているリザードンの姿が窺える。

 単純な力だけであればリザードンに分がありそうであるが、これではライトが今回のジムに為にリザードンに用意した秘策が使えない。

 

「リザードン! 力尽くで引っ張って!」

 

 やや脳筋な考えだが、下手に前に出て行くよりは無理やり引っ張ってリザードンが得意とする間合いに引き込んだ方がいいのではないか、と考えた上でのライトの指示。

 それを受けたリザードンは、歯を食い縛ってニンフィアの触覚をしっかりと握り、力尽くで引き始める。

 図鑑で確認すれば一目瞭然であるが、リザードンの体重はニンフィアよりも体重が四倍重い。

 そんな相手に引っ張られれば、当たり前のようにニンフィアはズリズリとリザードンへと近づいていく結果となるのだが―――。

 

「嫌やわぁ、力尽くなんて。でも、そう簡単にやらせると思っとります? ニンフィア、“サイコショック”!!」

(“サイコショック”……【エスパー】技!?)

 

 引きずられる最中、リザードンの周囲に無数の赤紫色の光弾が出現し、それらが一斉にリザードンに襲いかかった。

 次々と鳴り響く爆発音と吹き荒ぶ爆風。

 

「くっ……!」

「そう易々とは近付かせも飛ばしもしまへんわ、ふふっ」

 

 “サイコショック”による土煙が晴れると、ダメージを受けて険しい表情を浮かべるリザードンと、自分が優位に立っているということを理解しているように笑みを浮かべているニンフィアが見える。

 未だにギリギリとニンフィアの触覚に腕を絡め取られているリザードン。

 それを目の当たりにしたライトもまた、険しい表情を浮かべながら顎に手を当てる。

 

 そのような挑戦者の様子を見て、面白そうに微笑みを浮かべるマーシュであるが、相手をしている方からしてみれば性質が悪い。

 ライトが打開策を考えている間にも時間は刻一刻と過ぎていき、互いに引きあうリザードンとニンフィアの体力も減っていく。

 

「ライト、大丈夫かなぁ……」

 

 再び静寂に包まれるバトルフィールドを目の当たりにしたコルニは、唇を尖らせながら呟く。

 今まで何度もジム戦を目の当たりも相手もしたコルニであったが、この緊迫した空気を肌に感じて、そう呟かずにはいられなかったのである。

 

「観戦席はこちらです」

「どうも」

「……ん? あっ、貴方って昨日の!」

「あ?」

 

 ふと左から聞こえてきた声に振り向いたコルニは、観戦席に座り込む一人の少年に声を掛けた。

 コルニを目の当たりにした少年は、数秒記憶を掘り起こしているのか黙り込むが、『あぁ……』と無表情のままフィールドへと目を向ける。

 

「ねえねえ、ジムに来たって事は貴方も挑戦するの?」

「……そうだが」

「この後?」

「……あぁ」

「ねえ、名前は―――」

「観戦に集中したいんだが」

「あ、ゴメン……」

 

 しつこく質問を投げかけたコルニであったが、バトルフィールドを見つめたまま注意されたことにハッとし、素直に謝る。

 それをチラッと横目で見た少年は、ふうっと溜め息を吐いて口を開く。

 

「アッシュ」

「え?」

「名前だ。あとはもう何も訊いてくるな。せめて、このジム戦が終わるまではな」

「あ……うん」

 

 ツンとした態度ではあったが、先程の最後の質問にも答えてくれる『アッシュ』という少年は、真摯な眼差しでライトとマーシュのジム戦を眺めている。

 傍から見ればポケモンバトルの研究に熱心な少年という雰囲気ではあるが、実際どうなのかは本人に訊いてみなければ分からない。

 疑問を残したままフィールドへと視線を戻すコルニ。

 するとそこには、左腕のキーストーンを指で触れるライトの姿が―――。

 

 

 

「リザードン!! メガシンカ!!!」

「グォオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 眩い光。

 進化というタマゴの殻が破き、その中から姿を現すのは黒い体色と紅眼を有す火竜。

 

 

 

―――メガリザードンX

 



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第七十三話 勝者は臆病者

 

 

 

 

 

 ズリズリ……。

 

 メガシンカを果たしたリザードン。所謂、メガリザードンXは腕に絡みついたニンフィアの触覚を握りしめ、力尽くで引き寄せようと試みていた。

 メガシンカによって飛躍的に上昇した膂力を以て、どんどんニンフィアを己の下へと引き寄せていく。

 

「あらまあ、もうメガシンカを使うん? 随分強そうな見た目やなぁ」

 

 ギシギシと軋む音が鳴り響く中、袖で口元を隠して強張った顔のままのライトに声を掛けるマーシュ。

 一方ライトは、ぶっつけ本番でメガシンカできたという事実に、少しだけホッと胸をなで下ろしていた。

 

 コルニの大雑把な説明でやってみたものの、確かにこれは口で説明されるよりも実際にやってみなれば分からない。

 左腕から伝わる鼓動、若しくは血の流れとでも言おうか。

 全身が火照るようなこの感覚。

 

(滾ってる……!)

 

 ニッと口角を吊り上げ、触覚を引っ張り続けるリザードンに笑みを向ける。

 

「リザードン、そのままいっけぇ―――ッ!!」

「させまへん! “ムーンフォース”や、ニンフィア!」

 

 ここ一番でグッと力を込めて手繰り寄せようとするリザードンに対し、再び攻撃を仕掛けようとするニンフィアは、頭上に一つの光弾を収束する。

 【フェアリー】タイプの技の中でも高威力な特殊技―――“ムーンフォース”。本来、【ドラゴン】タイプには効果が抜群な技だ。だが、メガシンカを果たして【ひこう】が【ドラゴン】へと変化したリザードンも、【ほのお】を有すことに依然変化はない。

 【ほのお】に対して【フェアリー】技は効果がいまひとつ。

 つまり、“ムーンフォース”は今のリザードンに対して等倍だ。

 

 しかし、威力が高いことに変わりはない。

 だからこそ、

 

「リザードン! 真下に向けて“だいもんじ”!!」

 

 “ムーンフォース”が今まさに解き放たれようとした所で、真下に高威力の“だいもんじ”を繰り出すように指示するライト。

 普段であれば、PP切れでそう易々と無駄弾を放ちたくはない大技であるものの、ここで相手ではなく地面に放つ真意とは一体なんなのか。

 それは相手をしているマーシュのみならず、観戦している者達も同意であった。

 

 青い爆炎が口腔から解き放たれ、地面に爆炎が大の字に刻まれていく。同時に、ニンフィアが収束していた“ムーンフォース”も放たれるが、

 

「そのまま飛んで!!」

「なんやてっ!?」

 

 真下から吹き上げてくる爆風。リザードンが放った“だいもんじ”は、メガシンカしたことにより通常よりも何倍も高熱の炎であった。

 故に、炎に共通する上昇熱も強烈なものとなり、リザードンがフィールドの上へと羽ばたくための勢いを増したのである。

 広げられた翼に万遍なく吹き付ける爆風と上昇熱は、一気にリザードンの巨体を宙へ浮き上がらせ、同時に腕に触手を絡みつかせていたニンフィアも地から足が離れてしまう。

 

「面白いことしなはりますなぁ……せやけど、攻撃は終わったとちゃいます! そのまま撃ちなはれ!」

 

 警戒していた事態が起こってしまったことに大きな瞳を見開いていたマーシュであったが、すぐさまニンフィアに“ムーンフォース”を放つよう指示する。

 空中でふらつき、狙いは上手く定まらない。

 だが、相手は自分に比べて何回りも大きな巨体。幾ら照準が不安定な場所になろうとも、中央を捉えれば必然的に命中する確率は高くなる。

 

 そして、文字通り月の力を借りて収束された力の塊は―――。

 

「ッ!!」

 

 フィールドの上で必死に羽ばたくリザードンの腹部へと叩きこまれた。

 決して少なくないダメージを受けたリザードンを目の当たりにして浮かべる表情は、人それぞれだ。

 だが、彼のポケモンの主である少年は、

 

「……へへっ! リザードン!!」

 

 笑っていた。

 その表情に、マーシュは悪寒が背筋を過る感覚を覚える。

 するとその間に、腹部に“ムーンフォース”を喰らって、体を九の字に折り曲げていたリザードンがそのままクルリと回り始めた。

 まるで体操の競技の一つである『つり輪』のような動き。同時に、リザードンが有している雄々しい尻尾も振るわれる。

 

「“アイアンテール”ッ!!!」

「なっ!!」

 

 瞬間、ニンフィアを一気に引き上げたリザードンは、鋼のように硬くなった尻尾を叩きつけた。

 己の尻尾を鋼のように硬くして相手に叩き付ける【はがね】タイプの技である“アイアンテール”。

 そのモーションによる命中率と引き換えに、かなりの威力を誇るこの技こそ、ライトがクノエジム攻略の為にリザードンに技マシンで覚えさせた技だ。因みに商品名で言えば『技マシン23』である。

 

 メキメキと音を立ててニンフィアの顔面に振るわれた尻尾。【フェアリー】タイプに対して効果が抜群な技はまさしく必殺の威力を誇り、喰らったダメージに思わず先程までリザードンの腕に絡みつかせていた触覚を解いてしまう。

 するとどうなるか。

 凄まじい勢いで振るわれた尾を空中で喰らい、自分が空中に留まっている為に命綱を離したニンフィアの行く先は―――地面だ。

 

 

 

 ズドォン!!!

 

 

 

 土煙を上げて地面に叩き付けられたニンフィア。同時に漸く拘束が解かれたリザードンが地面にヒュルリと舞い降りる。

 紅く光る瞳をギラギラと光らせるその勇士はまさしく『竜』。メガシンカする前よりも刺々しい見た目になった姿のリザードンの後ろ姿は、少年の心を激しく躍らせる。

 轟々を燃え盛る青い炎は、まさしく彼らのバトルへの情熱を表す。

 

 そのような彼等を観戦しているコルニは、『ひゃっほー!』とテンションMAXで応援に徹しており、傍らに居るアッシュはカッと目を見開いたままリザードンを凝視していた。

 

(アイツ……メガシンカを……?)

 

 表情筋は動かないが、彼の瞳の奥底に映っているのは羨望や嫉妬が入り混じったかのような感情。

 まさか、自分のジム戦が始まる前にメガシンカを見る事ができようとは。

 

 アッシュがそう考えている間にも、天所付近まで巻き上がった土煙は徐々に晴れていき、地面で目をグルグルと回しながら倒れているニンフィアの姿が露わになる。

 

「ニンフィア、戦闘不能!」

「よっしゃ!!」

「グォオオ!!」

 

 ライトが左腕を掲げると、呼応するようにリザードンも左腕を掲げてみせる。まさに一心同体とでも言わんばかりの光景を目の当たりにしながら、マーシュはニンフィアをボールへと戻す。

 これで残りの手持ちは一体。対して挑戦者の手持ちは三体。細かに言うのであれば、体力満タンのジュプトル、【まひ】で痺れているハッサム、そしてメガシンカを果たしたリザードン。

 

「―――……ふふっ、ええなあ。これこそ逆境やわ」

 

 桃色の薄い唇を三日月状にしながら、徐に着物の帯へ手を伸ばすマーシュ。すると彼女は、帯にポツンと刺さっていた簪を一つ取り出した。

 そこで初めてライトは気付く。

 

(あれって……キーストーン?)

 

 メガストーンを有していることは本人が既に口にしていたが、トレーナーが持つキーストーンはどこに備えているのだろうと考えていたライト。

 だが、漸くここでその疑問の答えが出た。

 簪の端の部分に丸く、美しく、まるで宝石のように煌めいているキーストーンを取り出したマーシュは、もう片方の手でボールを放り投げる。

 

「出番やさかい、クチート!」

 

 光と共にフィールドの上に姿を現すポケモン。

 黒と肌色を基調とした、小ぢんまりとした可愛らしい姿。まるで袴を穿いているかのような姿をしたポケモンの後頭部からは、巨大なツノのようなモノが生えているが、二つに裂けて牙のようなモノが生えているソレはツノといよりは『口』だ。

 そして何より、そのツノと後頭部の境目にはメガストーンと思われる宝玉を髪飾りのような形で身に着けていた。

 

 『クチート』―――あざむきポケモン。ツノが変形して出来た大顎が頭についており、その咬合力は鉄骨を噛み切るほどだと言われている。

 見た目不相応にパワフルなポケモンが身に着けているメガストーン。それが意味するのはつまり、

 

「ほな、(たお)やかに行きましょ……クチート、メガシンカ!!」

 

 マーシュがキーストーンを掲げると、発せられる眩い光が四つの線となり、クチートの下へと伸びていく。

 同時にクチートの身に着けるメガストーンも、マーシュのキーストーンに反応して光を放つ。

 二人の有す宝玉はやがて繋がり、先程リザードンがメガシンカを果たした時のような眩い光が室内を照らし上げる。

 

(クチートもメガシンカを……!)

 

 一度輝きの洞窟で相対したことのあるクチートであるが、今から相対すのはそのポケモンがメガシンカを果たした形態。

 否応なしにライトの表情は強張る。

 

「クチャアアアアア!!!」

「っ……あれが……!?」

「メガクチート……可愛らしいと思わへん?」

 

 驚愕の余り目を見開くライトと、妖艶な笑みを浮かべるマーシュの間に居るのは、大顎に変形したツノを二つ有したクチートの姿であった。

 袴のような部分は菖蒲色へと染まり、もみあげに当たる部分もスラリと伸びたその姿からは『雅』のようなものさえも感じ取れてしまう。

 体高として未だリザードンの方が高く、メガシンカする以前よりも高くはなったものの、『それほど……』という印象を受けてしまう。

 

 だが、今問題であるのはその強さ。

 

(確かクチートって【はがね】・【フェアリー】だったっけ……タイプが変わってないなら、まだリザードンが有利だけど……)

 

 タイプ上はこちらに分がある筈。

 相手は【ドラゴン】技を喰らわない【フェアリー】である以上、メインウェポンの一つである“ドラゴンクロー”が封じられてしまうが、その為に覚えさせてきた“アイアンテール”だ。そして何より、効果が抜群な“だいもんじ”がある。

 

(まずは遠距離で仕掛けるべきだ……なら!)

「“だいもん―――!!」

「“ふいうち”や、クチート!!」

「―――じ”……!?」

 

 口腔から爆炎を解き放とうと身構えた瞬間、クチートが凄まじい速度でリザードンの懐に入り込み、片方の大顎がリザードンに襲いかかった。

 ガブリと噛み付く、というよりは、顎に生えそろっている牙がリザードンの体を斬りつける形で繰り出された“ふいうち”。

 

 完全に不意を突かれた攻撃に体もグラつき、照準が定まらないまま放たれた“だいもんじ”はクチートの体を捉える事は出来なかった。

 余りの攻撃の出の速さに目を見開くライト。

 一瞬頭が真っ白になるライトであったが、自分の頬に伝わるリザードンの炎を感じ取り、すぐさま正気に戻って指示を出す。

 このまま攻勢に出させたら負ける、と。

 

「“アイアンテール”!!!」

 

 重厚な音を立てて地面に叩き付けられた尻尾。だが、その一撃はクチートの小さな体を捉える事ができず、地面に大きな罅を入れるだけだ。

 その間、クチートは大の字に腕や足を伸ばした状態で宙に居た。今からリザードンを襲うと言わんばかりの体勢で飛び掛かってくるクチート。

 だが、宙に居るのであれば逃げ場所は無い。

 

「“だいもんじ”を叩きこんで!!」

「“かみくだく”や!」

「いっ……!?」

 

 飛び掛かってくるクチート目がけて“だいもんじ”を放ったリザードンであったが、大の字を描く爆炎はクチートの二つの大顎に噛み付かれ、爆発を起こす。

 それだけであればライトは驚かなかっただろう。

 だが、クチートは苦手である筈の“だいもんじ”を噛み砕き、そのままリザードンの頭上へと肉迫したのだ。

 

「“アイアンヘッド”!」

 

 次の瞬間、“だいもんじ”を噛み砕いた大顎が、金属光沢を放ちながらリザードンの体を凄まじい勢いで激突した。

 余りの威力にリザードンの足元には罅が入り、若干ではあるが足がフィールドへと埋まってしまう。

 

(あんな体のどこにそんな力が……くっ!!)

 

 クチートが場に現れた瞬間から流れが変わったバトル。それを打開しようと考えるライトの頭は次第に熱を帯びていく。

 その間にもリザードンは“アイアンテール”を放ち、迫ってくるクチートに対抗しようと試みているが、軽快なクチートの動きを捉えきることができずに全てが空振りに終わる。

 

 次第に焦燥が浮かび上がってくる少年を見たマーシュは、クスりと一笑してから口を開いた。

 

「アカンなぁ」

「……えっ」

「あんさんのリザードンは、メガシンカのパワーに振り回されとるさかい。そんな力任せの戦い方じゃ、うちのクチートの動きは捉えられへんよ」

 

 マーシュの言葉に、もう一度リザードンの姿を見つめるライト。大技を繰り出してクチートを捉えようとするリザードンであるが、心なしか普段よりも大振りになっている気がする。

 その瞬間、ライトは自分の考えの甘さを呪った。

 ぶっつけ本番など、何故そのようなバカな真似をしてしまったのか。これならば、メガシンカをしないままで戦った方がマシだったのではないか、と。

 

 内より溢れ出る力。確かにそれは凄まじいものであったが、それは一度や二度で御することができるほどの量ではなかったのだ。

 否応なしにポケモンの闘争本能を駆り立てるメガシンカは、普段よりもポケモンの冷静な思考を奪ってしまう。その為、攻撃にしても回避にしても、どちらかと言えば反射的な動きになってしまう。

 故にその後―――攻撃が失敗した後を省みないような攻撃を放ってしまうのだ。

 

 それはライトのリザードンも同じ。指示通りには動くものの、その動きには如何せん無駄が多すぎる。

 故に、ライト達よりもメガシンカの経験が多くあり、溢れ出る力を制御できているクチートからしてみれば、見切ることが非常に容易なものとなってしまっていたのだ。

 

 更に、クチートがここまでリザードンを圧倒できる理由がもう一つ。

 

「グォオオオオオッ!!! ……ッ!?」

 

 漸く叩き込むことができた“アイアンテール”。しかし、渾身の力を込めたにも拘わらずリザードンの尻尾はクチートの大顎に挟まれ、受け止められてしまっていた。

 『バカな』と目を見開くリザードンに対し、悪戯っ子のような笑みを浮かべるクチート。

 ノーダメージである訳ではなさそうだが、クチートの持つ力はリザードンの渾身の一撃を受け止めても尚、笑みを浮かべられる程だということだ。

 

「ふふっ、息が上がってきましたなぁ。なら……“じゃれつく”や、クチート!!」

「っ……リザードン!!?」

 

 尻尾を噛みつかれたリザードンは、そのままクチートに振り回されてから地面に叩き付けられる。

 体に奔る凄まじい衝撃に視界が揺らぐリザードン。だが、リザードンが体を休める間もなくクチートの“じゃれつく”という可愛らしい文字列から繰り出される暴力が、その身に襲いかかった。

 ボコスカと鳴り響く音と、巻き上がる土煙。

 唖然として口をぽっかりと開けるライトは、巻き上がる土煙の間から垣間見えた光にハッと息を飲んだ。

 

「リザードン、戦闘不能!」

「っ……ゆっくり休んで、リザードン」

 

 地面で伸びているリザードンは、既にメガシンカする前の橙色の体色の姿へと戻っていた。

 そんなリザードンをボールに戻した後、それをコツンと額に当ててから呟いたライトの表情はひどく険しい。

 

「さあ、次の子は誰やの?」

「……ハッサム!!」

「成程、そう来なはりますか」

 

 ズダンッ、と音を立てて現れるハッサム。【まひ】で思うように動けないことを案じているのか、ハッサムの表情は幾分か険しい。

 動きを確認するかのように鋏を二、三度開け閉めした後にクチートに視線を遣るハッサム。

 

「……ハッサム!」

「クチート!」

「“バレットパンチ”!!」

「“ふいうち”や!!」

 

 瞬間、フィールドの両端に佇まっていた二体が一気に肉迫し、己の武器を振りかざす。だが、先に攻撃を仕掛けることに成功したのはクチートであった。

 再び牙で斬りつけるように大顎を振るうクチートの一撃は、鋼の高度を持つハッサムの胴体に決まる。

 ニヤリとほくそ笑むクチート。

 しかし―――。

 

 ドゴォ!!!

 

「チャッ……!?」

 

 【まひ】に屈することなく振りぬかれた鋏が、クチートの顔面を捉える。鬼気迫る表情で振りぬかれた渾身の一撃に、クチートの小さな体はフィールド上を滑っていく。

 意地っ張りの面目躍如と言わんばかりの一撃。

 

「クチート!? ……“ふいうち”や!」

「ハッサム、“つるぎのまい”!!」

「っ!」

 

 クチートが怯んだ今しかないと“つるぎのまい”で勝負を仕掛けるライト。対してマーシュはクチートに再び“ふいうち”を指示する。

 だが、ハッサムが自分の周りに剣の形をしたオーラを発しながら、クチートの“ふいうち”をヒラリと躱す。

 その光景に驚いたのはマーシュのみならず、“つるぎのまい”を指示したライトもであった。

 

(……なんで“ふいうち”が……? いや、今はそれよりも……!)

「“バレットパンチ”!!!」

 

 “つるぎのまい”で二段階上昇した【こうげき】の能力であれば、今のクチートにも大ダメージを与えられる筈。

 そう考えた上での“バレットパンチ”。最善と言っても、如何せん相手が悪かった。

 

「今度こそ“ふいうち”や、クチート!!」

 

 今度は殴打の音ではなく、『ザンッ』という斬撃音がフィールドに響き渡った。直後、交錯した二体のポケモンは数秒硬直するが、

 

「―――ハッサム、戦闘不能!」

「っ……!」

「ふぅ……今んはちょっと肝が冷えましたわぁ」

 

 ハッサムもクチートの攻撃の前に打ち取られ、力なく地面に崩れ落ちた。

 そんなエースをボールに戻し、小さく『ごめん』と呟くライトの様子は痛々しい。だが、まだジム戦は終わった訳ではない。

 クチートにも少なくはないダメージを与えている事は、これまでの試合展開から充分理解している。

 ならば、よく戦ってくれたリザードンとハッサムの為にも、今こそ彼を活躍させてあげるべきではないのか。

 そう考えたライトは、自分の頬を叩きながら最後のボールに手を掛けた。

 

「ジュプトル……君に決めた!!!」

 

 気合いは充分。

 刃のような葉を手首から生やす森蜥蜴が姿を現す。

 

「ふふっ。折角のジム戦やから、そない怖い顔せんといて」

「っ……!」

 

 明らかに挑発されている。

 だが、ここで思考を止めてはいけない。

 

(メガシンカしたリザードンの攻撃を真正面から受け止めることのできる力……真正面から攻めても、逆に力で叩き伏せられるだけだ……!)

 

 ギリッと歯を食い縛る音が室内に響き渡る。

 

(だからって遠距離の攻撃を仕掛けても“ふいうち”で距離を詰められる……と言うより、“ふいうち”の効果がよく分からない)

 

 ジュプトルが得意な間合いで戦いたいところであるが、クチートがこのジム戦中幾度となく繰り出した“ふいうち”の前では、一瞬で距離を詰められてしまうことは明白だった。

 そして何より、“ふいうち”がどのような技であるのかを完全に把握できていないことに焦りを覚える。

 “バレットパンチ”とタメを張る攻撃の出の速さから先制技である筈だが―――。

 

(……なんで“つるぎのまい”の時は失敗したんだろう?)

 

 心の中の引っ掛かり。

 ハッサムが“つるぎのまい”を使った時だけは、クチートの繰り出した“ふいうち”は失敗した。

 

(なんで……?)

 

 

 

 

 

―――“ふいうち”……“つるぎのまい”……補助技……先制……

 

 

 

 

 

(……補助技……これだ!!)

 

 

 

―――試してみる価値はある。

 

 

 

 

 心の中にあった引っ掛かりが漸く解けたような気がしたライトの顔は、瞬時に晴々としたものとなる。

 これしかない。

 今、繰り出せる最善の手はこれしかない。

 

「ジュプトル!!」

「ふふっ……ほな、終わりにしましょか。クチート!! “ふいう―――」

「“くさぶえ”!!」

「―――ち”……!?」

 

 次の瞬間、頭部から生え延びる葉を手繰り寄せて口元に当てるジュプトル。相手の不意を突こうと駆け出したクチートであったが、前方より響いてくる優しく響いてくる草の音色に、足元がふらつき始め―――。

 

「ク……チャ……」

 

 滑るようにして前のめりに倒れ込むクチート。安らぐ音色を響かせたジュプトルの“くさぶえ”を前に、クチートは【ねむり】に陥ったのだ。

 “ふいうち”を指示したマーシュは、思わぬ展開にハッと目を見開いた。まさか“くさぶえ”を覚えているジュプトルであったとは、予想だにしなかった展開だ。

 

 “ふいうち”―――【あく】タイプの先制技であるが、これには欠点がある。威力が他の先制技より高い代償に、相手が攻撃技を仕掛けた時にしか成功しないのだ。

 更に付け加えれば、相手が自分よりも【すばやさ】が高い、且つ先制技を繰り出してきた時も失敗する。

 故に補助技を繰り出された時は不発に終わり、只でさえ少ないPPが無駄になってしまう。

 

 そのように繰り出すタイミングを見極めなければならない技だが、マーシュは単純に“ふいうち”を指示した訳ではなかった。

 メガシンカを果たしたクチートであるが、飛躍的に上昇した【こうげき】に比べて【すばやさ】は一切上昇していない。

 元のクチートの【すばやさ】はハッサムよりも遅く、ジュプトルと比べれば確実に競り負けるだろう。

 

 だが、“ふいうち”であればその【すばやさ】の差もどうにかできる。

 相手は後がなく、一撃でも喰らえば負けになることを理解していた筈だ。“ふいうち”の性質を知っていれば補助技で流そうとする筈だが、ジュプトルはクチートに対し脅威となる補助技を覚えない筈とマーシュは考えていた。

 “ふいうち”のPPは五。リザードンに一回、ハッサムに二回使ったため、あと二回ほど繰り出せることになる。

 

 二回あるのであれば、一回は様子見で繰り出してもよい筈。それでもし相手が攻撃技を繰り出せばそれで仕留める事ができる。そうでなければ、相手が繰り出した補助技を見た上で他の技で対抗すればいい。

 しかし、今回はそれが裏目に出てしまった。

 

 尤も、単純な【すばやさ】はジュプトルが上である為、普通に攻撃技を仕掛けてみようものなら上から“くさぶえ”を聞かされることとなり、今と結果は変わらなかったかもしれない。

 だが、だが、だが―――。

 

 そのようなマーシュの思考が駆け巡っている中、ジュプトルは既に攻撃の用意に入っていた。

 両手を重ねる様にエネルギーを収束し、今や今やと解放の時を待つ。

 

「ジュプトル!!」

「クチート! 起きなはれ!!」

「“めざめるパワー”!!!」

 

 タイプは【ほのお】。解放される隠された力が、深い眠りに落ちているクチートの体に直撃する。

 だが、一度の攻撃で倒しきることは出来る筈もなく、未だにすやすやと眠ったままのクチートの小さな体が爆風で宙に浮かび上がった。

 そこへジュプトルは、“でんこうせっか”で上に回り込み、再びエネルギーを集め、

 

「ジュプァアアアアアアアッ!!!!」

 

 叩き込んだ。

 完全に無防備な胴体に叩き込まれたクチートは、爆発の勢いで地面に思いっきり叩き付けられる。

 激戦が繰り広げられボロボロなフィールドにクチートが叩き付けられると、凄まじい大きさの土煙が舞い上がった。

 クルクルと軽やかな身のこなしで着地するジュプトル。

 着地の音と同時に、室内は静寂に包まれる。人間は誰も声を発しない室内において、ジャリっと音を立てて間合いを測るジュプトルの眼光は鋭い。

 

 やがて、土煙が晴れて土煙の中にクチートの姿が窺えたが、全員の瞳にその姿が映った瞬間にクチートのメガシンカが解除された。

 意思も持たずして解かれたメガシンカが意味すること。それ即ち―――。

 

 

 

「クチート、戦闘不能! よって勝者、挑戦者ライト!!」

 

 

 

 激戦を終えたフィールドに立つ勝者は、一番の臆病者だった。

 



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第七十四話 姉に女装させられる弟はたぶん多い

 

 

 

「っ……ふぅ―――ッ!!」

 

 肺の中に満ちていた空気を一気に吐き出したライトは晴々とした顔で、笑顔を浮かべるジュプトルへと目を遣った。

 メガシンカしたクチートの威圧感に圧され、空気が重苦しいと感じていたライトであったが、既に勝敗は決したのだ。

 

 リザードンとハッサムでさえも倒せなかった相手を、よく倒してくれたものである。

 

 親指を立ててジュプトルにサインを送るライトであったが、次の瞬間に眩い光を放ち始めるジュプトルに目を見開いた。

 ブルブルと震え始めるジュプトル。次第にその体高は高くなっていき、主人であるライトよりも頭一つ分ほど大きくなるではないか。

 頭部から生えていた葉がなくなるものの、代わりに長くなった首の後ろには六つほどの玉が生え、更に尻尾は針葉樹林を思わせるような刺々しいモノへと変貌する。

 

「ジュカアアアアアッ!!!」

「わぁ……!」

 

 メガシンカをした相手を打ち取った。その事実はジュプトルに対し、己への自信を付けさせる結果となり、その自信はこの場面に来て一気に解放されたようだ。

 徐に図鑑を取り出して、進化を果たしたパートナーの詳細を画面に映し出すライト。

 

『ジュカイン。みつりんポケモン。体に生えた葉っぱは鋭い切れ味。素早い身のこなしで木の枝を飛び回り、敵の頭上や背後から襲いかかる』

「ジュカイン……えへへっ、おっきくなったね!」

「ジュカァ!」

 

 体高的にはリザードンと同じぐらいになったジュカイン。最初に会った時とは比べ物にならないほど逞しく育っているようにも思える。

 この姿を、キモリを託してくれたラコルザに見せてあげればどう感じてくれるだろうか。

 ジュカインの肩をポンポンと叩きながら笑みを浮かべるライトに対し、ジュカインもまた、他の者達の活躍を無駄にすることなく主を勝利へと導く事ができたことを嬉しく思っているようであり、笑顔が尽きることはない。

 そして、ちらりと観戦している一人の少年に目を遣った。

 

「……」

 

 視線を向けられたことを完全に把握したアッシュは、ふうっと一息吐いてから席を立つ。そして、観戦席からバトルフィールドへとゆっくりと降りていく。

 フィールドへ続く階段の中腹辺りで止まり、バッジの受け渡しを行っている二人のトレーナーを眺めながめるアッシュ。

 

「これがうちに勝った証……『フェアリーバッジ』やさかい。綺麗やろ」

「ありがとうございます、マーシュさん!」

「ふふっ、あんさんは女の子みとぉに笑うなぁ。あとでうちがデザインした着物、着てみぃひん?」

「え? そ、それはちょっと……遠慮したいです」

「そう言わんといてぇ~。きっと似合うやさかい」

(えぇ~……なんか複雑……)

 

 何やらライトに着物を着せてみたいマーシュに、思わずたじろいでしまうライト。まだ十二歳のライトは、年齢的にもまだ中性的にも見える顔立ちだ。

 昔、何度かブルーに着せ替え人形の如く女装させられていたが、あの時とは違ってライトも羞恥心というものを覚えている年頃である。

 出来るだけ後の黒歴史ができないように気を付けていきたいとは考えていた。

 

 引き攣った笑みを浮かべるライトに対し、顔に影を作りながら『ふふふっ』と微笑んでにじり寄ってくるマーシュ。

 遠目から見ればクリンクリンと可愛らしい瞳も、こんなにも近付かれてしまえば恐怖心というものを覚えてしまう。

 

 着物の袖の中で手をワキワキとさせながらにじり寄ってくるマーシュに対し、彼女が着ている着物ような形のバッジをバッジケースにしまい込みながら後ずさりするライト。

 そこへ、

 

「すみません、マーシュさん。俺とのジム戦の準備を進めて欲しいんですが」

「うん? ああ、ゴメンなぁ。次の挑戦者はん、もう来はってたんやなぁ。すぐ準備するから、待っとって」

「はい」

 

 ライトのマーシュの間に入り込む様にして階段から降りてきたアッシュが、次のバトルの準備をするように促してくる。

 その言葉に少し残念そうに眉をひそめたマーシュであったが、にっこりと微笑んで最初に出てきた廊下の方へと歩んでいった。

 特徴的な振り袖を纏ったマーシュが去って行くのを見届けたアッシュは、再び溜め息を吐いて、緊張した面持ちで佇んでいるジュカインにキッと瞳を遣る。

 

 次の瞬間、少年の唇はこう動いた。

 

 

 

―――俺達のバトルを見て行け

 

 

 

「ッ……!」

「ん? どうしたの、ジュカイン?」

「……ジュカ!」

「え、あ、ジュカイン!?」

 

 突然凄まじい跳躍力でバトルフィールドを発ったジュカインは、コルニが座っている観戦席のすぐ隣に飛び降り、そのままドサリと席に座り込んだ。

 それだけを見れば、ジュカインがこれから始まるであろうバトルを観戦したいという意思が窺えた為、ライトは特に深く考えることもなく観戦席へと階段を上がっていく。

 

「お疲れ、ライト! いいバトルだったよ!」

「うん、ありがと! ……あのさ、コルニ。この後のバトルも見てっていいかな?」

「観戦ってこと? アタシは全然大丈夫だけど……」

 

 ライトの申し出にきょとんとしたまま了承の意を見せるコルニ。それを確認したライトは、真剣な表情でバトルフィールドを見下ろしているジュカインの隣へと座り込む。

 同時に、観戦席へとやって来た白い振り袖を身に纏った女性が『ポケモンを回復致しますか?』と質問してきた為、よく戦ってくれたリザードンとハッサムのボールを託す。

 

「ふぅ……あの人のバトルが気になるの?」

 

 不意に投げかけた問いに、ジュカインは無言のまま頷く。

 観戦したいという意思の奥に潜む真意までは分からないものの、観戦することもまた経験であると割り切ったライトは、バトルフィールドの端でジッと佇んでいる少年に目を遣る。

 

「あの人、アッシュって言うんだって!」

「へぇ~」

 

 何故か名前を知っているコルニに、ふんわりとした反応を返すライト。

 赤と青と黒を基調とした帽子に、灰色の髪。帽子の陰から鋭く光る赤い瞳は、見るものの威圧させるかのようなプレッシャーを感じる。

 同い年ぐらいに見える筈の少年にそれだけのプレッシャーを感じてしまったライトであるが、それは無理もない話であった。

 

 ライト達の預かり知らぬ所であるが、彼の所持しているジムバッジは七つ。ライトの所持数よりも一つ多く、カロスで残すジムバッジは既に一つという状況であったのだ。

 

 今まで順調にジムバッジを獲得していたライトだが、本来ジムバッジ獲得はそれほど簡単なものではない。

 彼には旅に出る前と出た後にも着々と身に着けた知識と、毎日同レベルの相手と特訓できるという環境があったからこそだ。

 ライトの他に旅に出たデクシオとジーナも、プラターヌ研究所で助手をして身に着けた知識があったからこそ、この短期間でバッジを獲得できたというところがある。

 

 だが、バッジが増えていく度に相手をするジムリーダーの繰り出すポケモンの強さも比例して強くなるという形式は、ポケモンリーグを目指すトレーナーに対し、大きな壁となって立ちはだかるのだ。

 最初は順調に勝ち進めたものの、半分を過ぎてからバッジを勝ち取ることができなくなり、そのままリーグ挑戦を諦めることはざらにある。

 

 ジムバッジを七つ持つという事の意味。それは、並々ならぬトレーナーとしての資質があるということだ。

 

 シンと静まりかえるバトルフィールドは、ジムトレーナーたちが繰り出すポケモン達によって手早く整地され、すぐにでもジム戦を行えるように整備された。

 それから数分後、先程まで激戦を繰り広げていたジムリーダー・マーシュが、新たなポケモンを携えてフィールドにやって来る。

 

「ふふっ、じゃあ、始めましょか。クレッフィ、お出でまし」

「よろしくお願いします。ガブリアス、出番だ」

 

 マーシュが繰り出したのは、幾つかの鍵を輪っかに通したかのような不思議な形状のポケモン。

 対してアッシュが繰り出したのは、水中を泳ぎそうなヒレを有していながらも、雄々しく大地に足を着けて立っている竜だ。

 クレッフィもそうであるが、ガブリアスも初めて見るライトは、その姿と情報を一致させて自分の糧にしようと図鑑を取り出す。

 

『クレッフィ。かぎたばポケモン。カギを集める習性。敵に襲われるとジャラジャラとカギを打ち鳴らして威嚇する』

『ガブリアス。マッハポケモン。体を折り畳み、翼を伸ばすとまるでジェット機。音速で飛ぶことができる』

(クレッフィが【はがね】・【フェアリー】で、ガブリアスが【ドラゴン】・【じめん】……どっちもどっちな相性だけど)

 

 【ドラゴン】タイプの攻撃を無効化できる【フェアリー】を有すクレッフィ。だが、ガブリアスはクレッフィの【はがね】に相性がよい【じめん】を有す。

 どちらも相手の弱点をとれるタイプではあるが―――。

 

「それでは、クノエジムリーダー・マーシュVS挑戦者アッシュのジム戦を開始します!」

「クレッフィ、“イカサマ”や!」

 

 悠然と佇むガブリアスの懐に攻め入るクレッフィ。“イカサマ”―――コルニのヤンチャムが繰り出したことのあるその技は、相手の【こうげき】に依存する【あく】タイプの技だ。

 となると、クレッフィ自体の【こうげき】はそれほど高くなく、相手を利用して戦うのが得意なのか。

 クレッフィの小さな体がガブリアスの胴体に激突し、ガブリアスはぐらりと仰け反る。

 

「―――フィッ……!」

「ッ、クレッフィ!?」

「ガブリアス」

 

 

 

―――“じしん”だ

 

 

 

 ガブリアスに攻撃を仕掛けたクレッフィが逆に怯んだ瞬間、その隙を逃さずにガブリアスは両腕に備わっている鋭い爪をフィールドに突き立てた。

 刹那、ガブリアスを中心に轟音と激震が奔る。

 

「うわわわわっ……!?」

「な、なんて“じしん”なんだ!?」

 

 建物全体が激震に包まれ、ガブリアスの目の前でグラついていたクレッフィに対しては凄まじい衝撃が襲いかかる。

 小さな体が大きく跳ね、ジャラっと音を立ててフィールドに落下するクレッフィ。

 揺れが治まると同時に静寂に包まれる室内。

 

「……アサミ。コールを」

「え、あ……クレッフィ、戦闘不能!」

 

 茫然と立ち尽くしていた青色の振り袖を身に纏う女性であったが、マーシュの声によって正気に戻り、クレッフィが戦闘不能になったことを宣言する。

 直後、リターンレーザーを照射されるクレッフィはマーシュが握るボールへと戻っていき、その線を追うと浮かない顔のマーシュの姿が佇まっているのが見えた。

 

「……“さめはだ”。随分珍しい特性やねぇ」

「次のポケモンをお願いします」

「そう焦らんといて。メレシー、出番や」

「……戻れ、ガブリアス。行け、ルカリオ」

 

 マーシュが繰り出したのは、ライト達も映し身の洞窟で見たことのあるほうせきポケモン―――メレシーだ。

 対してアッシュが繰り出したのは、コルニも有しているルカリオである。

 今度は完全に相性が良いポケモンを繰り出したアッシュに、マーシュの細い眉は顰められた。

 しかし、そのようなマーシュの表情に構わずアッシュは、腕を伸ばしてルカリオに指示を飛ばす。

 

 

 

―――“きあいだま”、と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 結果だけ言おう。

 勝者はアッシュであった。ジムバッジが五つであったライトとは違い、六対六のフルバトルという形式で行われたジム戦であったが、アッシュが繰り出したのはガブリアス、ルカリオ、ブーバーの三体だけであった。

 特にルカリオの活躍は目覚ましく、メレシーを倒してからは、次々と出てくる相手のポケモンに対し“きあいだま”と“ラスターカノン”で倒していったのだ。

他にも、“りゅうのはどう”と“あくのはどう”で繰り出される攻撃を相殺したりと、まさしく『はどうポケモン』という分類に違わぬ攻撃方法で相手を翻弄していた。

 

 始めから終わりまで食い入るように眺めていたライトは、ジム戦が終了すると同時にようやく『息をする』という事を思い出す。

 流れるような試合展開に呑まれていたライト。

 凄い、という言葉しか出てこない中、胸の奥底で少しだけこう思っていた。

 

 ポケモンリーグには、あのような強者が出てくるのか、と。

 

 明らかに格上のトレーナーを目の当たりにし、僅かながらに戦慄したのだった。

 そして後に知った事は、彼が去年のシンオウリーグでベスト8に輝いたトレーナーだったということだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぃ~! いいお湯だったぁ~!」

 

 夕食をとった後、少し早めの入浴を終えたシャワールームからジャージ姿で出て来る。髪をゴシゴシとタオルで拭きながら歩くコルニは、宿泊部屋のベッドの上でのんびりしているルカリオを見て、きょとんとした顔を浮かべた。

 

「あり? ライトは?」

「バウッ」

「外? どれどれ……」

 

 窓に手を差し伸ばすルカリオに、既に閉めていたカーテンをどけて外のバトルコートを眺める。

 するとそこには、ブルーが買った洒落た服は脱ぎ捨て、上半身は黒い肌着だけの姿でジュカインに指示を出すライトの姿が見えた。

 ジュカインと相対しているのはリザードン。勿論、ライトのリザードンであることは明白であったが、汗を滴らせながら指示を出すライトの姿にコルニは、食い入るようにその光景を眺め続けていた。

 

「……頑張ってるなぁ」

 

 逐一指示を出してジュカインに、リザードンの攻撃を躱すよう指示を出しているのだろう。

 並々ならぬ指示の多さにライトの口が休まる事は無い。

 一部の人間は、トレーナーはポケモンに指示を出すだけだと勘違いしているが、それは大間違いだ。

 現に、パートナーの第二の目となるべく状況把握に努めているライトは、鬼気迫った顔で指示を飛ばし続ける。

 

 一瞬の逡巡が勝敗を分けるポケモンバトルの世界。それを今回のジム戦で。そして、アッシュというトレーナーを目の当たりにして、刺激されたのだろう。

 だが、ライトの顔には必死さはあれど、焦燥は浮かんでいない。全力でスポーツに挑んでいるかのような晴々とした笑顔を浮かべていた。

 

 迸る血潮は声となってフィールドを駆ける。

 

 ポタポタと顎から滴り落ちる汗を、肌着の胸の部分で拭い取る姿はスポーツマンそのものだ。

 

「……」

 

 ツンツン。

 

「……」

 

 トントン。

 

「……」

「……バウッ!」

「え!? ちょ……ルカリオ、どうしたの?」

 

 突然咆えられた事に驚くコルニ。

 しかしその前には、何度も肩を軽くというプロセスを経ていた為、どちらが悪いかといえばコルニが悪い。

 『はぁ……』と溜め息を吐くかのようなルカリオの顔に、何故そのような顔を浮かばれているのか分からないコルニは眉を顰めるばかりだ。

 そんなにライト達の事を凝視していた事が、ルカリオにとっては呆れることなのだろうか。

 

(別に、ちょっとカッコいいなぁなんて思って見てただけなのに……ん?)

 

 カッコいい?

 

 視線の先に居るトレーナーの姿を見て『カッコいい』と感じてしまったコルニは、変な突っかかりを覚える。

 彼のどこがカッコいいのだろう、と。

 ポケモンバトルに一生懸命なところか。

 ポケモンと共に努力を重ねる姿か。

 それとも、彼という存在がカッコいいのか。

 

 共に過ごして一か月が過ぎた筈だが、友人としては見てきたが異性として見たことは一切ない。

 そもそも、自分自身がどのような相手がタイプであるのかも把握していないコルニ。

 もやもやとする心中は、コルニの表情を曇らせる。

 

 だが、このような事を考えている事自体、自分らしくないと考えたコルニは己の頬をパンパンと叩いた後に、すっきりした顔でルカリオに目を遣った。

 

「よっし! アタシ達もライトのトコ行って特訓しよ!」

「バウッ!!」

 

 風呂上りで汗を流したばかりであるのに、早々に汗が流れる様な事に足を突っ込もうとしているコルニ達。

 彼女達らしいと言えば彼女達らしいことだ。

 何故ならこの旅は、ライトの為だけの旅などではなく、共に高みを目指す為に同じ時を過ごすというものだからである。

 

 傍らにいる少年が特訓しているのであれば、自分もそれに付き合ってみせよう。

 

 そう考えたコルニは、髪も充分に乾かぬまま―――シャンプーやボディーソープの香りを放つ体のまま、外へと駆け出していくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 息を切らしながら膝に手を着くライト。彼が見やる先には、同じく息を切らしているジュカインとリザードンの姿がある。

 何時になく真剣な眼差しを浮かべる二体。

 彼等の為に、こうして夕食の後に特訓を行っているライトには、二つの目的があった。

 

 一つは、リザードンの基礎能力の向上。

 もう一つは、ジュカインの技の習得。

 

 前者は、マーシュが口にした通り、メガシンカしたリザードンがその有り余る力に振り回されているという事実に基づくものであった。

 最近、最終進化形へと進化を果たしたリザードンであるが、まだまだその飛行能力や巨大になった体格に慣れていない節が垣間見える。

 それはメガシンカしたクチートとの戦いで嫌と言う程認識した。

 

 故に、メガシンカのパワーに振り回されるのであれば、まずはメガシンカする前の状態で充分に戦えるようになるべきではないかとライトは考えたのだ。

 基礎失くして、応用が出来る筈も無い。

 

 そして後者についてだが、これはジュカインがアッシュの試合を凝視していたことに始まる。

 最初から最後まで真剣な眼差しで眺めていたジュカインであったが、特にルカリオの時は目の色を変えて試合を―――と言うよりも、ルカリオの繰り出す技を眺めていた。

 特にジュカインが目の色を変えて見ていたのは、ルカリオが“きあいだま”と“りゅうのはどう”を繰り出した時。

 

 そこからライトは察した。

 ジュカインは、ハッサムがコルニのルカリオの“バレットパンチ”をラーニングしたように、その二つの技をラーニングしようとしているのではないか、と。

 根拠のない考えであったが、“りゅうのいぶき”を覚えているジュカインが“りゅうのはどう”を覚えていても何の違和感も無い。

 まずはやってみなければ分からないとばかりに、リザードンの基礎能力の向上と同時進行で、何かを掴むことができないかと模擬戦を行っていたのだ。

 

「はぁ……やっぱ、そう簡単にはいかないね」

「ジュカァ……」

「……グォウ」

「でも、大丈夫さ」

 

 少し気落ちした表情を浮かべる二体。

 しかし、そんな二体に年相応の屈託のない笑顔を浮かべ、少年が語る。

 

「明日は今日よりも良くなる! 今日の積み重ねで、明日は上手くいくかもしれない! そういうポジティブシンキングで行こう!」

 

 グッと拳を掲げてみせる少年に、二体のポケモンもグッと拳を掲げてみせる。

 夕暮れの落ち着いた雰囲気の中に訪れる明るい雰囲気。そのような雰囲気を作りだした少年をジッと見つめるジュカインは、フッと微笑んだ夕暮れの空を仰ぐ。

 あの夕暮れの紅色も、もうすぐ黒一色へと染まりいくだろう。

 以前であれば、その夜の静かさが恋しくて、ずっと眠って居られたらと考えていた。だが、今は違う。

 

 

 

 あの夕暮れの―――そして、夜の先にある『明日』が待ち遠しい。

 

 

 

 付いていって良かった。この少年に。

 そうでなければ、一日がこんなにも短いという事実を完全に忘れ去ってしまうところだった。

 夕日を眺めて立ち尽くすジュカインは、今迄を軽く振り返った後、視線を向かい側に居るリザードンへと戻す。

 

「よっし! もっかい行ってみよ!」

「ラ~イト~! アタシとバトルしよぉ~!」

「ん? コルニ……とルカリオ。よし、じゃあジュカイン! 進化したパワー、見せつけてあげよう!」

 

 颯爽と現れたコルニは、瞬く間にバトルコートに立って臨戦態勢に入る。気合い充分なコルニとルカリオの姿を見たライトは、少し休憩して息が整ったジュカインに声を掛けた。

 夕暮れに照らされる緑と青は、すぐさま身構えて臨戦態勢に入る。

 その間にリザードンはライトの下に戻り、今から始まろうとするバトルを見届けようと、ボールに戻らないまま凛として佇む。

 

 こうして、成長した仲間を後ろから眺めるのも悪くない、と考えながら。

 




報告
・活動報告『年末と年明けの更新予定』を書きましたので、読んで頂けると幸いです。


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番外編 教えて!レッド先生!①

 

 

 トキワシティ・トレーナーズスクール。

 カントー地方最強のジムリーダーが居を構えるこの街。ここでは、プロのポケモントレーナーを目指す者もそうでない者も、ポケモンの扱い方を知る為にトレーナーズスクールに通う。

 

 そんなトキワシティのトレーナーズスクールに、今日から一か月ほど働く者が一人。

 

「それじゃあ、今日からよろしく頼むよ。レッド君……いや、レッド先生と呼んだ方がいいかな?」

「……先生と呼ばれる程偉くもないので、君付けでお願いします」

「はっはっは。謙遜してるねぇ。元チャンピオンが教師としてやってくるなんて、こっちとしては嬉しい限りなんだけどねぇ」

「……はあ」

 

 トレーナーズスクール一階に存在する校長室。そこには現在、恰幅のよい大らかそうな見た目の老人が、一人の少年と青年の境目にあるような見た目の人物と話をしていた。

 着慣れていない紺色のスーツを身に纏い、若干攻めた赤色のネクタイを締める者―――彼こそ、今日からトレーナーズスクールに勤務する元カントー地方チャンピオン・レッドだ。

 本来、元とは言えチャンピオンなどに講師を頼む際は、かなりのギャラを支払わなければならないのであるが、今回はトキワジムリーダーを仲介しての『バイト形式で』という申し出を受けた為、教員一同は歓喜を上げたという。

 そんなことはいざ知らず常に無表情なレッドと話す校長は、終始微笑みを浮かべている。

 

「まあ、グリーン君から色々と聞いているよ。君にしてもらいたいことは、大まかに二つ。一つはスクールで飼っているポケモン達の世話。もう一つは、生徒達が行うポケモンバトルの実技の相手。まずは、飼っているポケモン達が暮らしているところに案内するよ」

「……分かりました」

 

 今回のバイトで頼もうとしている仕事を紹介すべく、校長は席を立って部屋の外へ出て行こうと歩み始める。

 彼を追うレッドもまた、部屋を出て行こうと歩み始めるが、普段なら常に肩に乗っている重量を感じ取ることができず、一瞬怪訝そうな顔を浮かべた。

 

(……そういえば、母さんに何体か預けてきたんだ)

 

 勤務中にポケモンを肩に乗せたままは如何なものかと考えた幼馴染の配慮の下、常時ボールの外に出ているピカチュウはマサラに居る母親に預けてきた。

 更に、新たに加入したフシギダネとゼニガメも育てていきたいと考えたレッドは、プテラとラプラスも預けている。

 

(今頃何してるのかな……)

 

 一方、レッドのピカチュウは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ピカチュウちゃん、気持ちいい?」

「ピッカァ~……」

 

 縁側で、レッドの母の膝の上に乗って日向ぼっこしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 トレーナーズスクールに隣接されているポケモンの飼育小屋。毎日掃除されているのか、清潔感が漂っている。

 カラフルな色合いのマットや、綺麗な真っ白の壁紙。その内装は、飼育小屋というよりかは預り所のようなものだ。

 

(フジ老人のポケモンハウスもこんな感じ……)

 

 あのカラカラは元気にしているのだろうかという考えを頭に浮かべながら、飼育小屋を校長と共に練り歩くレッド。

 パッと見た感じ、小さな子でも扱えるようなポケモンが揃っている。

 ナゾノクサやガーディ、ニョロモなどといった三すくみの関係にあるタイプのポケモンから、コラッタ、ポッポなどといった比較的誰にでも扱えるようなポケモン。

 他にもコイルやキャタピー、コンパン、ニドラン♀、サンドなども窺う事ができる。

 

「……カワイイ子達ですね」

「そうだねぇ。長い間スクールで飼っている子も居るし、最近きたばかりの子もいるが、皆人懐っこい子達なんだよ」

 

 柔和な笑みを浮かべてレッドの呟きに反応する校長は、ガーディの頭を撫でながらこう続ける。

 

「ほとんどの子は、保護施設から引き取ったのさ。毎年多くの子が、ウチのスクールに引き取られるんだ。そして、生徒達の卒業と共に巣立っていく……この子達もまた、私達の生徒のようなものだ」

「……成程」

「生徒によっては、もう手持ちの子が居たりするんだけどねぇ。それでも、まだ手持ちが持っていない子は、この中からパートナーを選んだりするのさ」

 

 感慨深そうな顔で語る校長の話を聞いていたレッドは、徐に駆け回るナゾノクサへと手を差し伸ばす。

 するとナゾノクサは始めこそ不思議そうにきょとんとしていたが、にぱっと笑ってから差し伸ばされた手に体を委ねた。

 レッドが、手に寄りかかったナゾノクサの体を指で擽るように撫でているのを見た校長は、『ほほう』と顎に手を当てて頷く。

 

「やっぱり君はそういう才能があるのかなぁ。こうも早く懐いてしまうとは」

「……元々人懐っこそうな子達でしたから」

「まあまあ。だが、ここの仕事は安心して任せられそうだよ。ここの詳しい仕事の説明は、後で話すとして……」

 

 ふと窓の方を見遣った校長。

 レッドもつられるように窓の外に広がる光景を目に映す。暫くシロガネ山で過ごしていたレッドにとっては、怠く感じてしまう程の晴天の下に広がる校庭。

 そこでは、燦々と降り注ぐ日光に負けない程に元気な子供達が、ポケモンバトルを繰り広げていた。

 

 無邪気に指示をポケモンに飛ばす子供達。白い線で描かれるバトルコートの中央線に延長上には、審判をしている教師が垣間見える。

 授業の一環なのだろうか、とレッドはなんとなしに考えてみたが、

 

「ちょうど今、校庭のバトルコートで実技をやっているみたいだね。どうだい? 自己紹介がてらに、一戦どうかな?」

「……分かりました」

「そうかそうか! じゃあ、案内するからよろしく頼むよ!」

 

 実に嬉しそうな校長の様子に首を傾げるレッド。何故、そんなにも校長が嬉しそうにするのかが理解できないレッドであったが、バトルを観戦するのが趣味なのだろうかという結論で納得しておくことにした。

 実際の所、校長が只単に元チャンピオンのバトルを間近で見る事ができることに興奮していただけなのであるが、レッドの預かり知るところではない。

 

 ポッポとコラッタが“たいあたり”の応酬を繰り広げている光景に、自分にもああいった時代があったものだと思いふけるレッド。

 そんなに老いぼれていない筈なのだが、山に籠っていたレッドはどこか仙人的な感覚が付いているのかもしれない。

 そのような冗談は兎も角、再び校長の背中を追って校庭に到着したレッドは、『こんにちはー!』という元気な挨拶が飛び交う中、ゆったりと歩み進んでいく。

 

「はっはっは。皆、こんにちは」

『こんにちはー!!』

「今日は皆に紹介したい人が居るんだ。今日から約一か月、うちの学校で働いてくれるレッド先生だよ」

 

 チラッと横目で見られたレッドは、一歩前に出て子供達に向かって一礼する。

 

「皆、よろしくね。今日からお世話になるレッ―――」

「レッドって、あのレッド!? カントー地方チャンピオンの!」

「違うよ、元だぜ! っていうか、レッドで二年前から行方不明だって兄ちゃんが言ってたぜ!」

「ねえ、レッド先生って、あのチャンピオンの!?」

 

 自己紹介を遮る子供達の言葉の嵐。

 更に、自分が元カントー地方チャンピオンであるのかを言及するかのような質問に、レッドは頬に汗を垂らす。

 チャンピオンだったからと言って、あれこれ無茶ぶりをさせられていても困る。

 パッと見、三十人程の子供達であるが、彼らの力を侮ってはいけない。もし自分がチャンピオンだったとバレれば、彼らが口外した先に居る家族、そして主婦ネットワークを通じて瞬く間にトキワ中に広まる。

 そうすれば、またリーグ関係者や報道記者関係がやって来て面倒になる筈。

 だからレッドは裏声でこう言い放った。

 

「……同姓同名ダヨー」

「なァ~んだ、つまんな~い!」

「そう言えば、チャンピオンのレッドだったら肩にピカチュウ乗せてるもんねぇ~!」

(……預けてきて良かった)

 

 どうやらピカチュウを預けてきたのが功を奏したようだ。

 生徒達の自分への認識が『元チャンピオン似の先生』となったところで、一息吐こうとするが、

 

「いや、ここに居るレッド君は本も―――」

「校長先生っ。僕にバトルをさせては頂けないでしょうか?」

「む? ……あ、ああ、そうだったね。それじゃあヨウコ先生、お願いしてもいいかな?」

 

 今日一番の決めた顔を浮かべ、ハキハキとした声で話しかけてくるレッドに思わずたじろぐ校長。

 キリッとした顔をキープしたままバトルコートの端へと移動するレッドと、ヨウコという女性教師。

 

「それじゃあ行きますよ! ペルシアン!」

「……フシギダネ、お願い」

 

 相手が繰り出したのはニャースの進化形であるシャムネコポケモン―――『ペルシアン』。対してレッドが繰り出したのは、最近エリカに貰ったばかりであるフシギダネである。

 レベルはまだまだ他の手持ちに比べて低いものの、充分に懐いてくれているポケモンだ。

 

「ダネフッシャ!」

「……頑張ろう」

 

 ポンと頭に手を置いてからフシギダネをバトルコートへと送り出す。

 体格差は結構あるが、それだけで勝敗が決するとは思っていない。そうでなければ、ピカチュウを進化させずに戦い続けるなどしないだろう。

 

「よーし、ペルシアン! “ひっかく”です!」

「ニャアアア!!」

 

 ギャラリーは『キター! “ひっかく”だー!』などという実況染みた歓声を上げているが、既にバトルモードに入っていたレッドには一切聞こえていない。

 

 勝負なら

 勝ってみせよう

 フシギダネ

 

 どうでもいい俳句が一瞬脳裏を過ったレッドであったが、フシギダネに飛び掛かるペルシアンを一瞥し、口を開いたレッド。

 

「―――“しびれこな”」

「ダネッ!!」

「フニャ!?」

 

 背中の蕾の先端から黄色の粉を噴射するフシギダネ。その攻撃に、飛び掛かっていたペルシアンは視界を遮られたことに驚き、振り下ろそうとした爪の照準が外れる。

 攻撃が外れたところで、ダダダッと駆けてペルシアンから一旦距離をとるフシギダネ。

 そして、『褒めて!』と笑みを見せてくるフシギダネを一瞥したレッドは、ウンウンと頷いた。

 

「いい子いい子……次は、“やどりぎのたね”」

「ペルシアン、避けて下さい!」

「ニャ……ニャ!?」

「ペ、ペルシアン!?」

(……成程。“テクニシャン”のペルシアンっと……)

 

 【まひ】して動けず、フシギダネが蕾の先端から放った“やどりぎのたね”を受けてしまうペルシアン。

 ペルシアンの特性は主に二つ。一つは今言った“テクニシャン”であり、もう一つは“じゅうなん”。後者は【まひ】になることがなく、それは“しびれごな”も例外ではない。

 しかし、現にペルシアンは痺れ、更には身体中に蔓が巻きついて体力を吸われるという状況に陥っている。

 特性の判断には十分すぎる状況に一人頷くレッドは、畳み掛ける様に指示を出す。

 

「“はっぱカッター”」

「くっ……“スピードスター”です!」

 

 蕾の根元から幾つかの葉を発射するフシギダネ。同時に、何とか動いたペルシアンが長い尾を鞭のように振るい、フシギダネが繰り出した“はっぱカッター”を星形のエネルギーで迎撃した。

 二つの攻撃が激突すると、バトルコートの中心に爆発が起こり、土煙が巻き起こる。

 

「……払うように“つるのムチ”」

「フッシャ!!」

 

 シュッパァン!

 

『ニャアン!?』

『ペルシアン!?』

 

 腕をスィ~と靡かせてジェスチャーをフシギダネに見せるレッド。

 すると、蕾の根元からニョキっと顔を出した蔓が土煙の中へと伸びていき、指示通りに左から右へと払うように振るわれた。

 未だに相手の姿は見えないが、土煙の奥からペルシアンの痛がる声が聞こえた事から、攻撃が命中したことは明白だ。

 

「よっし……あとはテキトーに“はっぱカッター”」

「ダネッ!」

 

 最後の最後でかなり適当な指示を出したレッドであったが、それに応えるフシギダネは自由に“はっぱカッター”を前方に繰り出す。

 無数に放たれる葉っぱは土煙を切り裂き、

 

「ナ~~~ウッ!?」

 

 足元を払われて地面に伏せるように倒れて動けなかったペルシアンの体に命中した。

 “はっぱカッター”の直撃を喰らったペルシアンの体は宙に跳ね、そのままドサリと地面に落下する。

 

(……ちょっと大人気なかったかな?)

「ダネ?」

「……ううん。よしよし、良い子だね」

「ダネ~」

 

 終始一方的であった試合展開に、少々遠慮してバトルした方がよかったのかと今更考えてみるレッド。

 しかし、足元に駆け寄って首を傾げているフシギダネを見た途端、そのようなことはどうでもよくなり、コショコショと喉元を撫でてあげる。

 人気番組『ミヅゴロウ王国』のメインパーソナリティであるミヅゴロウ先生ばりの撫で方に、見る者は感嘆の息を漏らすばかりだ。

 

 そして暫くフシギダネを撫でた後、周囲がどのような状況になっているのかを確認しようと顔を上げると、

 

(……何時の間に囲まれた?)

 

 レッドが気付かぬ間に、生徒達がレッドとフシギダネを囲む様にやって来ていた。

 屈んでフシギダネを撫でていたレッドは、自ずと生徒達と同じ目線になっており、四方八方どこを見ても目が合ってしまうという状況に、少しだけ怯える。

 

(え? なに、これは一体どういう状きょ―――)

「レッドせんせいすげぇ―――ッ!」

「フシギダネもかっこよかった!」

「ねえ、今の戦い方、どうやるんですか!?」

「わわわっ……」

 

 直後に駆け寄ってきた生徒達にもみくちゃ&質問攻めされるレッド。息苦しそうな顔は浮かべるものの、生徒達に悪意はないことを理解していたレッドは、人波に揉まれながら何とか立ち上がる。

 一気に騒がしくなる校庭。

 しかし、同時に微笑ましい光景に校長も、たった今負けてしまった先生もフッと微笑んでレッドと生徒達を見遣る。

 

「……生徒達もイキイキしてますね」

「はっはっは。やっぱり、迫力のあるバトルを目の前で見るのが生徒達にとって楽しいことなんでしょう。さあ、これからが楽しみですね」

「うふふっ、そうですね」

 

 少し戸惑っているものの、生徒達と楽しそうに会話を交わすレッドの姿を見た校長達は、にこやかにこれからの彼らの成長を願うのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――……はっ、出てきたよ!」

「ゴン?」

 

 後者の陰に隠れる一人の少女とポケモン。

 黒いボブカットの少女は、頭に被っている赤いニット帽を被り直し、ポケモンの飼育小屋から出て来る二人の人物の内、一人の男性に目を向けた。

 彼こそ、今日の授業でのお披露目バトルで自分達の担任を圧倒した『レッド先生』だ。

 

 彼が今日から一か月ほどバイトで自分達の学校で働く事を知った少女―――『ミヅキ』は、意を決したようにパートナーのゴンベと共にネクタイを緩めて校舎へと向かって行くレッドを追う。

 が、

 

「わっ……ぶぺっ!?」

「ゴーン!?」

「ぷわぁ!?」

 

 途中で石ころに躓いたミヅキは派手にこけ、そこへやって来たゴンベも同じ石ころに躓いてミヅキの上へと覆いかぶさった。

 小さいといっても、体重は大の大人よりも重いゴンベ。そんなポケモンがか弱い少女の上に覆いかぶされば、少女は身動きが取れる訳が無くじたばたするのみだ。

 

「ゴン……ベッ! 重いぃ~!」

「ゴ~ン」

「……大丈夫?」

 

 フッと背中が軽くなった。

 そんな感覚を覚えたミヅキは、フッと上を見上げる。するとそこには、自分のゴンベを抱きかかえているレッドが居るではないか。

 どうやら、圧死や窒息することはなくなった現状にホッと息を吐いたミヅキは、差し伸べられたレッドの手を掴んで立ち上がる。

 

 服に付いた土埃を手で払いながら、照れ隠しに『えへへっ』とはにかむミヅキ。

 

「レッド先生、ありがとうございまつ……」

「……いえいえ。どういたしまして」

 

 片腕でゴンベを抱きかかえていたレッドは、ミヅキがお礼の言葉を噛んだことにも気づかず、そのままゆっくりと腕の中に収まるポケモンを地に置く。

 その瞬間にドスンと地響きが響いたが、特に誰も気にする様子はない。

 因みに、ゴンベの平均体重は105キロだ。

 もう一度言おう。105キロだ。

 あとは何も言うまい。

 

 それは兎も角、漸くレッドと一対一で話すことができるようになったミヅキは、鼻息を荒くしながらレッドに詰め寄る。

 十五歳と七歳の歳の差。更に、男と女の違いからもかなり身長差があるが、レッドの顔に迫らんばかりに背伸びするミヅキは、興奮した様相のままこう言い放った。

 

「先生! あたしに、ポケモンバトルを教えてください!」

「……はい?」

 

 

 

 レッドの鼓膜を揺らしたのは、()()()()()()()()()()()()()()()少女の懇願の言葉であった。

 




活動報告にありますよう、26から暫く更新できません。
再開は1月4日になると思いますでの、ご了承下さい。


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第七十五話 暗いとか関係なしに突進してくるものは怖い

あけましておめでとうございます


 初めて会った時に見たのは、優しそうな貴方の瞳。

 実際、貴方が優しいという事実はすぐに知れた事だったけれども、一緒に旅している間にそれは確信に変わっていった。

 こんなみすぼらしい私に、『一緒にチャンピオンになろう』と言ってくれた事は、本当に嬉しいことだったの。

 美しい地方として名高いカロス地方を共に歩んで、様々な景色を一緒に見る事ができた。

 

 アルトマーレを旅立った時に一緒だったストライクとヒトカゲ。彼等はもうハッサムやリザードンに進化して、頼りがいのあった背中が更に大きくなった。

 途中でタマゴから孵ったイーブイも、今はブラッキーになって私よりも大きくなったが、性格は孵った時とさほど変わらない。

 そして、トレーナーに捨てられてしまった所為で、臆病な性格に拍車が掛かっていたキモリも、今やジュカインだ。

 メガシンカしたクチートを打ち倒し、クノエジムの攻略に貢献した。

 

 それに比べて私はどうなのだろうか。

 最初のハクダンジム以降、ロクにバトルに貢献できていない。貴方も、他の皆も全然気にしていないような顔をしているけれど、本当はどう思っているのだろうか。

 貴方は皆に平等に接してくれている。活躍している皆にも、活躍できていない私にも。それを時々後ろめたく感じてしまうのは、私が我儘な所為だろうか。

 

 ハッサムは主人が是と言えば是と言う性格だから、私はチャンピオンを共に目指す仲間。それ以上でもそれ以下でもない。私にとっては、その距離感が逆に嬉しかったりする。

 リザードンは良い意味で大人だから、よく面倒を見てもらっているけれど、時々申し訳なく感じてしまう。

 ブラッキーはまだ生まれて一か月ほどだから、とても無邪気で、私のことをお姉さんのように慕ってくれている。

 ジュカインは一度トレーナーに捨てられた経験からか、リザードンとは違う雰囲気で皆に気を遣っていた。

 

 そんな彼等と一緒に居てしまうと、自分が本当に一緒に居ていいのかと疑問に思ってしまうことがある。

 同じ【みず】タイプなら、アルトマーレに居るギャラドスで充分事足りる筈だ。

 寧ろ、私なんかをずっとパーティに入れているよりも、ギャラドスを連れて行っていた方がスムーズに旅が進んだのではないか。

 

 最近は私の進化の事を示唆されて、先行きに希望が見えてきたけれど、私だけこんなことをしているだけでいいのかと申し訳なくなる。

 

 知っている。今の私は、決して皆と足並みを揃えられている訳ではないという事を。

 全員が漸く一緒に歩けるスピードを保っているという事を。

 

 彼等の足並みを遅らせているのは紛れもない、私だ。どんどん大きくなっていく皆の背中に焦りを覚えているのかもしれない。

 どうしようもない焦りを吐露できない私に対し、皆は―――貴方はいつも通り優しく接してくれている。

 だけど何故だか―――その優しさが辛く感じてしまう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 15番道路―――通称『ブラン通り』。

 赤く染まった紅葉を散見することのできる、自然の綺麗な道路だ。季節の移り変わりによる景色の変化に定評のあるジョウト地方に住むライトは、このような通りに来たのであれば紅葉狩りでもしたいと考えてしまう。

 だが、生憎そうはいかなそうな雰囲気だ。

 

 実はこの道路、ミアレシティからあぶれた若者たちが屯している事で知られる道路であり、呑気に歩いていればカツアゲされることを待ったなし。

 パンクファッションの男や女が道の外れで煙草を吸っているのがよく見られる為、次なる街である『フウジョタウン』に向かう者達は、絡まれないかとビクビクしながら進んでいる現状だ。

 

 目を合わせなければ比較的絡まれないのだが、目を合わせずとも金を巻き上げてくる者は多く居る者であり―――。

 

「リザードン、“だいもんじ”!」

「うぉおう!? 俺のキリキザンが!! ち、ちくしょー! 覚えてやがれよー!」

(……漫画みたいなセリフだなぁ)

 

 リザードンの“だいもんじ”を喰らって戦闘不能になったキリキザン。全身刃物のようなポケモンをボールに戻した不良然とした男は、予想以上に強い子供に怖れを無し、全力ダッシュでどこかへ逃げていく。

 それを見届けたライトは、『ナイス』と声を掛けてリザードンの首を撫でる。

 しかし、その表情はどこか浮かない。

 

「はぁ……今日で十回目だよ……」

「全戦全勝……調子いいんじゃない!? ポケモンの経験値になるし!」

「気楽に言ってくれるけどさぁ。そろそろ皆も疲れてきたよ?」

「じゃあ、次からアタシ達がバトる?」

「……いや、いい」

「じゃあ、頑張れライト!」

 

 コルニの申し出を数秒悩んだライトであったが、トレーナー相手に経験を積めるということを考慮し、以後もバトルを請け負う事を明言する。

 今日で不良に絡まれること十回。全て、ライトがポケモンバトルで返り討ちにしたのだが、如何せんポケモンにもライトにも疲労が溜まってきた。

 最初こそ、いい経験値だとバトルをしていたが、こう何度も絡まれると肉体的も精神的にもキツイものがある。

 

 そして、相手の目的はライトのようにスポーツマン然としたものではない為、数回人間同士のリアルファイトに発展しかけた。

 だが、途中でハッサムという名のボディーガードが出現し、殴りかかろうとしてきた不良を返り討ちにしようとする。実際に返り討ちにはしないものの、顔の横スレスレに放たれる“バレットパンチ”に怖れを為した相手は、尻尾を巻いて大急ぎで逃げていく。

 その後も主人に手を掛けた不届き者をしばこうとするハッサムであったが、そこはトレーナーのライトが体を張って止める。

 

 こういった事が何度もあり―――。

 

「ヘットヘトだよ、もう……あぁ~、ブラッキ~」

「ブラァ~~~」

 

 突然襲われた時用にボールの外に出ているブラッキーの体をわしゃわしゃと撫でまわす。短い体毛を掻き分けて全身を撫でまわすライトの指に、気持ちよさそうに顔を緩めるブラッキー。

 その光景にクスクス笑っていたコルニは、小さいバッグを背負っているルカリオに目を遣ってからライトに話しかける。

 

「じゃあ、休憩しよっか! 休憩するがてらに……うん? どうしたの、ルカリオ?」

「バウッ!」

「あ、ちょ……どこ行くの!?」

「走ってった……」

 

 ブルーシートを取り出そうとしたコルニであったが、突然耳をピョコピョコと動かしてから東へ走っていくルカリオを見て、その後を追って行った。

 結構な速さで走っていく二人を黄昏た目で見ていたライトは、重い腰を上げてブラッキーと共に先に行ったコルニ達を追いかけていく。

 心安らぐ川のせせらぎも、落ち葉を踏みしめる足音によって掻き消されていく。

 

 数百メートルほど走った所だろうか。

 木製の橋を渡った先に、泣いている幼女を必死に宥めている女性が居た。幼稚園児にも満たないような年齢に見える幼女を宥めるのは、紫色のワンピースを着ていて不気味な雰囲気を漂わせる、所謂オカルトマニア風に見える女性だ。

 ワンワンと癇癪を起こす幼女の下に駆け寄るルカリオ。不意に駆け寄ったポケモンに驚く幼女と女性であったが、すぐに後を追ってやって来たコルニを見て野生のポケモンでないことを理解し、ホッと息を吐く。

 

「あぁ……この子は貴方のポケモンなの?」

「そうです! えっと……その子泣いてるみたいですけど、どうしたんですか?」

 

 ルカリオの隣にやって来たコルニ。パッと振り返れば、すぐ後ろにまでライト達が来ているのが見えた為、このまま話を進めてしまおうと疑問を投げかけてみる。

 すると、泣き喚く幼女の代わりに、オカルトマニア風の女性が口を開いた。

 

「……私達は姉妹なの。普段はフウジョタウンに住んでいるのだけれど、私と違ってこの子は【フェアリー】タイプのポケモンが好きで、この道路に生息しているクレッフィを求めてやって来たの」

「ほうほう!」

「だけれども、不良みたいな男が私達にポケモンバトルを仕掛けてきて……それで負けちゃった私達は、その男にポケモンを盗られてしまったの……」

「えぇ~!? ポケモンをとったら泥棒! トレーナーとして信じられない!」

 

 どうやら、ポケモンを奪われてしまったという姉妹。彼女達のポケモンを奪ったという男の話にコルニが憤慨したところで、ライトが隣までやって来た。

 

「ふぅ……コルニ、これは一体どういう―――」

「ライト! 出番だよ!」

「へ?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「なんで~? 僕が~? 懲らしめる感じに~? なってるの~?」

「ポケモン盗った人の事、ライトは許せるの!? ライトならポケモンバトルで懲らしめるなんてちょちょいのちょいでしょ?」

 

 15番道路と16番道路に跨る廃墟―――通称『荒れ果てホテル』。何やら悲劇的な事があって寂れてしまったホテルは、今や廃墟となって不良たちのたまり場となっている。

 そこに潜入しているライトとコルニの二人。彼らの目的は、ここに屯しているという不良から、表に居た姉妹のポケモンを取り返す事だ。

 

 普段から正義感の強い二人であれば、取り返しに向かう事自体はなんら疑問の無い行動である。

 しかし、ライトの表情は終始こわばっていた。

 ガタガタと震えながらコルニの肩を掴むライト。もうコルニのまとめた髪の部分に顔が埋もれているのではないかという程、コルニの真後ろを陣取るライトは、忙しない挙動でホテルの中を進んでいく。

 

 辛うじて電気は通っているのか、点灯と消灯を繰り返す電灯。

土足で踏み回されて、ぐちゃぐちゃと汚れてボロボロになっている絨毯。

廃品でも入れているのだろうか。幾つも廊下には段ボールで築かれた塔が積み上がっている。

 白かっただろう壁には、スプレーを噴射して描いたのだろう落書きが無数に散見できるものの、点滅する光源の為、その全てを確認することは難しそうだ。

 

 如何にも廃墟な雰囲気のこのホテルは、地下に存在している。正確には、地下より上は既に崩れてしまっている為、ホテルとしての面影が残っているのがこの地下空間であるということだ。

 そんな地下空間では、窓から外の光が差し込む事は無い。故に、光源は点滅し続けている電灯のみ。

 

 余りにも頼りがいのない光源の中、震えるライトはこう叫ぶ。

 

「ここ……暗いよォ~~~!」

「モシッ?」

「あ゛あああああああああ!!?」

「モシィ~~~!?」

 

 ピョコッと部屋から廊下に顔を出したヒトモシ。その姿を見たライトは、コルニが耳に手を当てるほど絶叫する。

 驚くライトに更に驚いたヒトモシは、頭の青い炎を揺らめかせながら奥の方へ『ピューン!』と逃げて行った。

 

「ちょ……ライト。そんなに駄目なの?」

「……」

「ライト!? しっかりしてぇ~~~!!」

 

 フッと振り返ったコルニの目線の先に居たのは、口の中から魂のようなものを吐き出しているように見えるほどの放心状態であるライトの姿であった。

 何度声を掛けても反応しない少年は白目を剥いて、どことも知らない場所を見つめている。

 そんなライトの肩を掴んで思いっきり振るうコルニ。それは功を奏したのか、数秒後にはライトは『はっ!』と我に返り、先程よりも顔を青くしてコルニの肩を掴む。

 

「もぉヤダァ……おうち帰りたぁい……」

「ダメ! きっちりポケモン返してもらわないと!」

「ぐすんっ……」

 

 若干幼児退行が見られるライトに喝を入れたコルニ。だが、暗い所が苦手なライトが早々『はい、そうでしたね』と行ける筈もなく、覚束ない足取りで先行くコルニを追って行った。

 先にどんどん進んでいくコルニ。しかし、後ろから足音が聞こえなくなったため、流石に心配して振り返ると、

 

「……なにソレ?」

「……防御の布陣」

 

 手持ちを総動員させて自分を囲わせているライトが居た。

 リザードンの背中にがっしりと掴まるライト。彼の右にはハッサム、左にはジュカインが佇んでいる。そして肩に掛けているバッグの中から顔を覗かせるヒンバスは、後方に注意を向けていた。ブラッキーはというと、ライトの背後に位置取っており、背後の警備を厳重なものとしている。

 余りにも厳重すぎる布陣を見たコルニは、柄にもなく苦笑を浮かべて少年に呆れを見せていた。

 

 『SPか』とツッコみたくなる光景を一瞥したところで、二人はホテルの最奥部に居るであろう、ホテルをたまり場としている不良たちのボスの下へと向かう。

 少々、相方的な存在である少年が情けない姿を見せているが、もしもの時は自分がバトルすると意気込んでいるコルニは、横に連れたルカリオと共にドンドン前へ行く。

 

「ちょ……待ってよぉ……」

 

 そんなコルニを、情けない声を上げて追いかけていくライト。ぞろぞろと手持ちポケモンを引き連れていくライトもまた、恐怖心を必死に正義感で抑えながら進んでいくのだが、

 

―――……ケテ。

 

「っ!? な、なに今の声!?」

「ん~? どうしたの?」

「なんかの声が聞こえた! け……『ケテ』って!」

「ケテ? そんな声聞こえてないって。気のせい気のせい! ほら、先に行こう!」

「えぇ~!?」

 

 ふと聞こえてきた不思議な声についてコルニに語るライトであったが、気のせいだと断言され、不承不承といった様子で再び前に歩んでいく。

 五体のポケモンに囲まれている状態であっても恐怖心は収まらないのか、常時ガタガタと震えており、掴まれているリザードンは呆れ顔を浮かべていた。

 情けない姿の主人を見て溜め息を吐いたリザードンは、前を行くコルニを見失わないように足を進め―――。

 

 チーン!

 

「うわあっ!? 何の音!? コ、コルニ!」

「今のは聞こえた! レンジ……ううん、オーブントースターかな?」

「なんで廃墟のホテルでオーブントースターの音が鳴るのさぁ……」

「……誰かが料理してるとか! 人が居るかもしれないし、レッツゴー!」

「えぇ!? ちょ……!」

 

 静寂に包まれていたホテルの内部に響き渡った音。

 その音源を探るべく駆け出していくコルニを目の当たりにして、ライトは只でさえ青い顔を更に青く―――というより、だんだん白くしていきながら、ゆったりと追いかける。

 オーブントースターは調理器具。ならば、あるのは必然的に厨房のような場所にある筈だ。

 二人が考えていた事は同じであるらしく、ライトがふと見つけたホテルの厨房の中には、既にコルニとルカリオが佇んでおり、『うーん』と首を傾げていた。

 

「……なにかあった?」

「おっかしーなぁー? このオーブントースター、絶対壊れてるのに……コンセントも繋がってないし……」

「壊れてるオーブントースターが勝手に鳴ったと?」

「うん」

「帰っていい?」

「駄目! もしかしたら、別の所で鳴ったのかもしれないし……」

 

 ボロボロの厨房というだけで既に気絶しそうな程恐ろしかったライトは、すぐさま表に出たいという衝動の赴くまま提案するも、食い気味に却下されて落ち込む。

 そして恐ろしさの余り、ブルブルと体を震わせ―――。

 

「……あれ? なんか寒くない?」

「言われてみれば、なんか肌寒いみたいな……地下だから?」

「ジュカ!」

「どうしたの、ジュカイ……」

 

 ふと肩を叩かれて振り返るライト。ジュカインが指差す場所に目を向けたライトの視界に入ったのは、一つのボロボロな冷蔵庫。

 中身は野生のポケモン達に食い荒らされたのか、ほとんど残っていないものの、内蔵されている電灯がパチパチと点滅している。

 観音開きの冷蔵庫からは、鳥肌が立ってしまう程の冷気が溢れているが、ライトはそれ以上に何故急に冷蔵庫の電源がついたのかと考え、ゾッとした。

 

(入って来た時は電源なんてついてなかった筈なのに……!)

 

 ガタガタガタ!

 

「びゃあああ!!?」

「今度は向こうから!? よし、行ってみようルカリオ!」

 

 廊下から響いてくる何かの振動する音。突如として響き渡ったその音に、ライトは叫び声を上げ、コルニは風の様に音が鳴った場所へと走っていく。

 何故そんなにも異変の元凶の下へ行こうとするのか、ライトにはコルニの事が全く理解できなかった。と言うよりも、本来の目的はポケモンを取り返すことなのだから、ポルターガイスト紛いの異変の下に行く必要など無いのだ。

 ならば、出来るだけ異変のことは無視して、本来の目的を達成してさっさと表に行きたい。

 

「ミ! ミ!」

「ブラァ!」

「ん、どうしたの? 二人と」

 

 背後に注意を払っている二体が突然鳴き始める。既に涙目のライトは、震えた声で応えながら振り返り、紡ごうとした言葉を途中で止めてしまった。

 耳を澄ませば、『ギャギャギャ!』というモーターに何かが絡まっているかのような音が、廊下に響いているではないか。

 ジッと廊下の奥を凝視する一人と五体。

 すると、草刈り機がボロボロの絨毯を複数の刃に絡ませながら、ライト達の方向へと向かっているのが見えた。

 

「ぎゃあああああああ!? なんで!? なんで!!?」

「ッ―――!」

 

 人が押して動いている訳ではない。一人でに動く草刈り機を目の当たりにし、パニック状態に陥るライト。

 真面に指示を出せる様子でもなく、それを見かねたハッサムが瞬時に動き、自分達に向かって突き進んでくる草刈り機を鋼鉄の鋏で打ち砕いた。

 長年放置されてボロボロだった草刈り機は、ハッサムの鋏の一振りでバラバラに砕け散り、無数の残骸を廊下にまき散らす結果となる。

 

 再び動くのかと身構えるライトであったが、バラバラの残骸になってからはピクリとも動かない草刈り機を見て、一安心とばかりに息を吐いた。

 

「あ゛りがと……ハッサム」

 

 安堵の息を吐いたライトは、迅速な対処をとったハッサムに礼を言った。暗所や幽霊のことになるとへっぽこになるライトの事を知っているハッサムは、礼を言う主人に対して『もう何も言うな』というような雰囲気を漂わせて無言で頷くばかりだ。

 手持ちに慰められ、自分の情けなさに顔を覆うライト。

 そのまま深呼吸を数度して、漸く心に落ち着きを作ったところでバッと顔を上げる。

 

「よし、じゃあ……あれ、コルニ?」

 

 誰も居ない廊下。先程まで前を歩んでいた少女の姿を見つけることはできない。

 まさか、と考えてじっとりと額に浮かぶ汗を拭うものの、汗は止まる気配を見せない。

 

(……逸れた?)

 

 人数が多ければある程度恐怖は抑えられるだろうと踏んでいたライトに対する追い打ちなのだろうか。

 先行くコルニは、何時の間にかにライトの視界から消えていったのだ。

 どこか遠い目を浮かべる主人の肩を叩くのはジュカイン。しかし、主人から反応が返って来る事は無い。

 

―――……ケテ。

 

「ひっ!? また……どこから!?」

 

 再び聞こえてくる声に肩を跳ねさせるライト。瞬時にポケモン達も、どこから声が響いているのだろうかと周囲に警戒を払う。

 心臓の鼓動がどんどん早まっていく中、ライトは自分の太腿辺りに違和感を覚えた。

 ズボンの右ポケットに仕舞っているのは、プラターヌに託されたポケモン図鑑。それがチカチカと点滅していたのだ。

 

 嫌な汗が頬を伝う。

 

 そーっと図鑑を取り出し、一度電源を入れてみるも、普段のような反応を見せる事は無い。

 壊れてしまったのかと思うライトであったが、次の瞬間、図鑑から音声が響いてくる。

 

『ピ、ュウ、カイ―――ゥ、ドラン。―――ジョン、コダッ、ット、プ』

「え、なに……これ? 図鑑……壊れちゃったの?」

 

 ポケモンの名前らしき音声を延々と流し続ける図鑑に、ライトのみならず全員が図鑑へと視線を向ける。

 すると、ランダムにポケモンの姿を映しだしていた画面が、急に砂嵐のように『ザザァー』と音を立てて何も映らなくなってしまった。

 暫し黙って見つめていたライトであったが、不審に思って図鑑をトントンと手で叩いてみる。かなり昔ながらの方法ではあるが、叩いた瞬間に画面には何も映らなくなった。

 

「……えっ……ちょ」

「ケテケテケテェ―――――ッ!!!」

「ほんぎゃあああああああああ!!?」

 

 刹那、画面から飛び出してくる『光』は、鳴き声を上げながらライトの眼前に飛び出してきた。

 肌を突き刺すようなピリッとした痛みと、不意に出現した光を目の当たりにしたライトは、

 

「きゅぅ……」

 

 気絶するのであった。

 



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第七十六話 ラ・ラ・ラ 言えるかな♪

 

 

 

「ぅ~ん……」

 

 ゆっくりと開けていく視界。おぼろげな光が周囲を照らし上げているのを認識したライトが、意識を覚醒させるにはそう時間は掛からなかった。

 ムクリと上体を起こせば、心配そうに自分の事を見つめてくる手持ちのポケモン達にそれぞれ目を遣り、現状がどういったものであるのか把握するのに務める。

 すると、

 

『ポリックス、オココリザル……ポ、ジョット、ボーマン、リキ―――。ゴリ、チュウ……トム』

「ん? 図鑑……あれ?」

 

 突如、どこからか聞こえてくる図鑑の説明文。

 同時に、気絶する寸前まで右手に握りしめていた図鑑がないことに気が付いたライトは、忙しない動作で自分の服のポケットの中や、周りに落ちていないかどうかなどを確認する。

 暫し、図鑑を探し続けるライトであったが、暗い廊下の中でチカチカと点滅する光を目撃し、それが図鑑であると判断して特に疑う様子も見せずに立ち上がり、歩み出そうとした。

 だが次の瞬間、そんなライトの肩をリザードンがガッと掴んで引き止める。

 

「ど、どうしたの?」

「……グォウ」

「え……?」

 

 図鑑を指差し、『少し待て』と言わんばかりにライトの肩を掴み続けるリザードン。その挙動を不思議そうに首を傾げてみていたライトであったが、点滅する図鑑の画面を見て、自分がどうして廊下に倒れていたのかを思い出してきた。

 

(あれ、確か……図鑑から急に光が出てきて―――)

「ケテケテ―――ッ!」

「わあああんもぉおおんやだぁあああん!!!」

 

 刹那、図鑑の画面から飛び出してきた光に驚いて飛び退くライトは、女子ではないかと言う程高い叫び声をあげ、すぐ傍に居たリザードンに抱き着いた。

 『やれやれ』とライトの頭を撫でるリザードンは、飛び出してきた後フヨフヨと辺りを漂っている光に向かって怒るように一度咆哮する。

 すると、光は委縮するように小さくなり、怯えて震えるライトから少し距離をとった。

 

 数十秒ほど、リザードンに抱き着いていたライトは、落ち着いたのか恐る恐る自分の背後で漂っているであろう光へと目を向ける。

 

「……ポケモン?」

「ケテッ!」

 

 涙を流しながらライトが見つけたのは、オレンジ色の体から稲妻状の光のようなモノを二つ発している幽霊―――ではなく、ポケモン。

 意地悪そうに笑うポケモンは、青色の機械的な瞳を向けてきながらライトの周りをフヨフヨと漂う。

 時折、ブラッキーに対してちょっかいをかけるように静電気を発し、体毛を逆立てたりするなど、浮かべる笑みの通りちょっかいが好きなポケモンのように見える。

 

 そろ~りと落ちていた図鑑を拾い上げたライトは、図鑑が壊れていないのを確認した後に、漂っているポケモンに図鑑を翳す。

 

『ロトム。プラズマポケモン。電気のような体は一部の機械に入り込むことができる。そしてその体で悪戯する』

「……ロトム?」

「ケケテッ!」

「あ、ちょッ!!?」

 

 ライトが泣き声で目の前のポケモンの名前―――『ロトム』を呼ぶと、ロトムは嬉しそうに笑って再び図鑑に入り込む。

 すると図鑑の画面には、続けざまに幾つかのポケモンの画像が浮かび上がってきた。

 全てが先程見たロトムと、瞳だけはさほど変わらないようなポケモンであったが、合計五体映し出されたポケモンは形が全て違っている。

 まるで、家に佇む家電のような姿だ。

 

 ライトが操作する間もなく次々と画像が映し出された後は、にょい~んとロトムが図鑑から飛び出し、ケラケラと笑い始める。

 そんなロトムの様子にげんなりとしながら、今の画像が一体何なのだろうと調べるライト。

 

「……フォルムチェンジ? 『ロトムは特定の家電製品に入り込むことによって、その姿形だけではなく能力さえも変化させるポケモン。現在確認されているフォルムチェンジした姿は五つ』……」

 

 ヒートロトム。

 ウォッシュロトム。

 スピンロトム。

 カットロトム。

 フロストロトム。

 

「『それぞれ、【ゴースト】タイプが変化して【ほのお】、【みず】、【ひこう】、【くさ】、【こおり】タイプのいずれかに変化する』……へぇ。なんて言うか、多彩なポケモンなんだね……」

「ケテケテェ―――ッ!」

「わぁ~~~、ってもう驚かないよ!! もうっ!!」

「ケテ……」

「そんな残念そうな顔しても、しないものはしないからね!!」

 

 もう驚かないと宣言するや否や、どこかに消えたコルニを探すべく歩み出した少年に、ロトムは少々残念そうに肩を落とす。肩は無いが。

 そんなロトムを一瞥して少々言い過ぎたのかと思案を巡らせるライトであったが、こちとら気絶させられる程驚かされたのだからもう十分だろう、と答えを出して歩む歩幅を大きくしていく。

 

 だが、

 

「ケテ」

「……」

「ケテケテェ~」

「……」

「ケテッケテッ」

「はぁ~……なんで僕に付き纏うの?」

「ケテケテ♪」

 

 しつこくライトとポケモン達の周りを浮遊し続けるロトム。既に驚かないと宣言していたライトであったが、先程とは別の意味で迷惑な事をし続けるロトムを前にふくれっ面になる。

 この荒れ果てホテルに生息する野生ポケモンのように窺えるロトムであるが、攻撃などはしてこないことから比較的温厚な性格であることは見て取れた。

 

 しかし、ライトから見て、ロトムの第一印象はさほど良くない。不承不承のままやって来たこの廃墟の中で出会った幽霊のようなポケモン。

明るい場所で目の当たりにすれば、もう少し印象は変わっていた筈だが、状況が状況であるが故に陰鬱な気分になっていたライト。そんな彼を驚かすように出てきたのだから、第一印象が良いとは言い難いであろう。

 

 鬱陶しそうなロトムに目を遣ったライトであるが、結局の所は好意のような感情を向けてくるロトムを蔑ろにすることはできず、ロトムが付いてくることを黙認するのだが、リザードンを掴む手の力が強まったことは追記しておこう。

 

「コルニ~。どこ~?」

「ケテッ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ば……馬鹿な……! バックフリップとターンダッシュ……そして360(スリーシックスティ)°もできるなんざ、テメーは一体……!」

「ふふん! さあ、ボスの人の所まで案内してもらうよ!」

「くっ、いいだろう……付いてきな」

 

 ドヤ顔を浮かべる少女―――コルニを目の当たりにし、驚愕の色を浮かべる不良の男。彼はこの荒れ果てホテルをたまり場にしている集団の一人であるのだが、彼らを束ねるボスはローラースケートに精通している。

 そんなボスの下に案内しろと豪語するコルニを前にした彼は、条件として三つのローラースケートのトリックを見せるように言ったのだが、ローラースケートを趣味としているコルニにとってはお茶の子さいさいな条件。すぐさま提示された条件に当たる技を男に見せ、再び案内するように口にしたのだ。

 

 こうも易々と条件を打破されてしまった男は、トボトボとボスが佇んでいる奥の部屋へ向かって行き、コルニもまた男の後を追っていく。

 いつ襲われても大丈夫なようにルカリオはボールの外に出したままである。相手の気持ちを波動で読み取るルカリオであれば、もし直接手を出そうという考えを持った瞬間に対処することができるという意図の下だ。

 

(うーん、ライトと逸れちゃったけど……ま、後で会えるでしょ!)

「……バウッ」

 

 人差し指を唇に当てながら、逸れた少年の事を想ってみるコルニであったが、短絡的な考えを頭に浮かべながらどんどん突き進んでいく。

 そんな主人をルカリオは、呆れた顔で見つめるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 紫煙を燻らせて廃墟の廊下で佇む不良の男が一人。彼が手に握るのは二つのボールだ。つい先程、表のトレーナー二人から半ば奪い取るような形でとってきたボールの中には、きちんとポケモンが入っている。

 

「へへっ! さてと……出てきやがれ!」

 

 徐にボールを放り投げた男。すると二つのボールの中からは、風船のようなポケモン―――『フワンテ』と、花を抱く妖精のようなポケモン―――『フラベベ』が飛び出てきた。

 バトルしてからポケモンセンターに連れてこられていない二体は、少々体にキズを負っている。更に、出てきたらいつも近くに居てくれるはずの主人も居ない事から、不安そうに辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

 そんな二体に男は、悪そうな笑みを浮かべながらこう言い放った。

 

「いいか? テメーらはこれから売られるんだ。いいな!?」

「フワ? フワワ~!」

「ベベ~!」

「うるせえ! 黙りやがれ!」

 

 『売られる』。

 そう言われた二体は慌てふためいて男に抗議するように鳴き声を上げるが、男の一喝で恐怖の余り黙ってしまう。

 男の目的は、非合法な取引でポケモンを売りさばく事。その為に通りすがりのトレーナーからポケモンを奪ったのだ。

 

 ニヤニヤと愉悦な笑みを浮かべる男であったが、ふと視界の隅でユラユラと揺らめく炎があることに気が付く。

 

「んぁ? なんだぁ?」

「モシ……」

「ヒトモシか……なんだ、コラ! 見てんじゃねえよ! グラエナ、“かみつく”だ!」

 

 部屋から廊下に顔をちょこっと出して自分達の様子を窺うヒトモシ。何か危害を加えようとしている訳でもない相手に対して男は、自らの手持ちであるグラエナを繰り出し、攻撃するよう指示した。

 黒い体毛を靡かせて、ヒトモシに飛び掛かるグラエナ。体格差もかなりある為、ヒトモシはどうすることもできずに“かみつく”を喰らう。

 

「モシ~! モシ~!」

「グルル……ガウッ!」

「モシ~~!」

 

 鋭い牙で噛み付かれるヒトモシは、じたばたと抵抗を見せるものの、一向にグラエナの口から抜け出すことができない。

 その光景を面白そうに眺める男は、ヒトモシを弄ぶグラエナを放っておき、怯えて震えるフワンテとフラベベへと目を向ける。

 

「へっへっへ……金を集めて組織に入れば、俺も勝ち組に―――」

「バウァ!?」

「うおおっ!? なんだこりゃあ!?」

 

 捉えた獲物を眺めて再び愉悦に浸ろうとしていた男であったが、そんな彼の前に手持ちであるグラエナが吹き飛んできた。

 そのまま気絶するグラエナの腹部には火傷の痕があり、何かが焦げたような臭いが廊下に広がる。

 何事かと、ヒトモシが居るであろう方向に目を向ける男。

 すると彼の視界には、青紫色の炎を灯すランプ、そしてシャンデリアを模した形のポケモンがユラユラと宙を漂い、その身に宿す炎を男へと―――。

 

「ひ、ひぃやああああ!!?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ケテ♪」

「はぁ~……」

「ケテケテッ♪」

「なんでこうなるかなぁ……」

 

 ライトの事を大層気に入ったのか、先程からずっと周囲を漂い続けるロトム。余程、ライトの自分の悪戯に対するリアクションが面白かったのだろう。

 どこまで付いていくかも明確な意思を見せないロトム。それに対しライトは、延々と周囲を漂うプラズマ状のポケモンに辟易していた。

 

 暗い場所での幽霊。ポケモンであっても、【ゴースト】なのだから幽霊に大差はない。そう考えるライトは、背後霊にでも憑りつかれたかのような気分でコルニを探すのを強いられていたのだ。

 

(なんで僕がこんなことを強いられてるんだ!!?)

 

 『どこかに消えろ!』と何度叫びそうになった事か。しかし、それでは手持ちのポケモン達の自分への信頼を欠いてしまうのではないかと考える度に、グッと堪えてすぐ傍で笑い続けているロトムにキッとした瞳を向ける。

 外で見れば『あっ、カワイイ見た目だなぁ』と思うくらいの事は出来ただろう。

 ただ、時と場所によって他人に対しての印象というものは変わるものだ。要するに、これからライトが【ゴースト】タイプのポケモンを仲間にするときは、好感度がマイナスの状態から始まる事を強いられるということである。

 

 閑話休題。

 

「……ブラ?」

「どうしたの? ブラッキー」

 

 ふと、クンクンと辺りを嗅ぎながら訝しげな顔を浮かべるブラッキー。

 そんなブラッキーを見つめていたライトであったが、敏感になっていた彼もまた、遠くの方から聞こえてくる

 

『―――ぃぃぃぃぃぃいい……』

「……何この声?」

「あちぃいいいいい!!!」

「……」

 

 廊下の角を曲がって、臀部を抑えながら向かって来る一人の男。その姿に、最早驚きの声を上げることもなく顔を青くしたライトは、男の進行の妨げにならないようにそっと廊下の脇に逸れた。

 焦げ臭さを覚えながら男を見送ったライト。どこか遠い目を浮かべる少年に、ロトムは終始笑いながら辺りを漂っている。

 

―――ゾクッ。

 

「ん?」

 

 そんなライトであったが、ふと背筋に伝わってきた悪寒に体を硬直させた。肌が一瞬火照った後に、噴き出してきた汗によって冷たく感じてしまうような、そんな感覚。

 振り返らずとも分かる。何かが、自分の背後に佇んでいるのだ。光源などほとんどない廃墟のホテルの廊下で、自分の影がずっと先まで伸びているのが何よりの証拠である。

 

―――プラァ~……

 

―――デラァ~……

 

 聞いたことのない鳴き声が響いてくる。

 おどろおどろしい声だ。錆びついた機械のような動作で振り返って、一体何が居るのだろうと振り返れば―――。

 

「あ、やっぱ無理」

 

 寸での所で首を動かすのを躊躇った主人に、周りに立ち尽くしていたポケモン達はズコッと足を滑らせる。

 そのリアクションに気をよくさせたロトムは再びケタケタと笑い、ズボンのポケットに収まっているライトの図鑑へと潜り込んだ。

 すると所有者の意思に反して図鑑に電源が入り、今まさに所有者の背後に佇んでいる存在に反応した。

 

『ランプラー。ランプポケモン。魂を吸い取り、火を灯す。人が死ぬのを待つため、病院をうろつくようになった』

『シャンデラ。いざないポケモン。シャンデラの炎に包まれると魂が取られ燃やされる。抜け殻の体だけが残る』

「ランプラーにシャンデラ……?」

「ケテケテッ!」

 

 ニュッと図鑑から飛び出すロトム。それを見届けたライトはバッと図鑑を取り出し、今まさにロトムが起動した図鑑の画面に目を向けた。

 映し出される二体のポケモンを瞳に映したライトは、先程までの死んだコイキングのような目から、一人の闘志滾るポケモントレーナーの目へと変わる。

 

(相手の正体が分かったなら―――……怖くない!)

 

「デラァ~!」

「リザードン、“ドラゴンクロー”で薙ぎ払って!」

 

 振り返れば佇んでいる二体のポケモン。その内の一体―――シャンデリアを模した形のポケモンであるシャンデラが、ライト達に向かって“シャドーボール”を解き放ってきた。

 だが、既に臆した様子を見せていないライトは声を張り上げ、臨戦態勢に入っていたリザードンに指示を飛ばす。

 

 次の瞬間、一直線に走ってきた禍々しい色合いの光弾は、リザードンが振るった爪によって打ち砕かれる。

 

「ケテケテケテッ♪」

 

 突如として始まったバトルに、ロトムは至極楽しそうに目を輝かせる。すると、一体何を考えているのか、ライト達の下を離れてどこかへと飛んで行った。

 安全地帯から眺めるつもりなのだろうか。

 そう考えたライトは、去って行ったロトムを気にすることも無く、目の前に現れた野生ポケモンに視線を向ける。

 

(相手は【ゴースト】・【ほのお】タイプ……なら!)

「ヒンバス、“ひかりのかべ”!」

「ミ!」

 

 バッグの中から顔を覗かせていたヒンバスは徐に飛び出し、ライト達を守るように一枚の透明な壁を生み出す。

 特殊攻撃の威力を半減する防御壁―――“ひかりのかべ”。

 だが、その壁を見ても尚シャンデラとランプラーの二体は攻撃の手を緩めようとはせずに、果敢に立ち向かって来る。

 

 ランプラーは、壁などは一切気にもせずに“はじけるほのお”をライト達に放ってきた。火の粉を辺りにまき散らしながら廊下を奔る炎。

 その攻撃に対し、勇猛果敢にライトの前に飛び出してきたのは、

 

「ブラッキー! “しっぺがえし”!!」

 

 “はじけるほのお”を真面に喰らいながら、気にも留めずにランプラーに攻撃を喰らわせるブラッキー。

 元々高い【とくぼう】に“ひかりのかべ”の効果も相まって、“はじけるほのお”の攻撃は大したダメージになっていない。

 そんなブラッキーの前足によって繰り出された攻撃に、直撃を喰らったランプラーは廊下を数バウンドした後に気絶する。

 

 後攻の攻撃になれば威力が増す【あく】タイプの技である“しっぺがえし”。【ゴースト】タイプであるランプラーが喰らえば一たまりも無い技であることには間違いない。

 そして、一撃でやられたランプラーを目の当たりにした進化形であるシャンデラは、憤怒の怒りを炎で表現するかのように、苛烈な勢いの炎を吐き出してくる。

 

(“ほのおのうず”!? ……いや、違う! もっと強力な【ほのお】技なのか!? でも……)

「ヒンバス、“ミラーコート”!」

 

 “ひかりのかべ”が張られている今、【ほのお】の技であれば耐久力の低いヒンバスでも耐える事ができる。

 そう踏んだライトは、すかさずヒンバスに“ミラーコート”を指示した。

 刹那、“ひかりのかべ”とは別にヒンバスの前に張られる壁。それごと包み込む苛烈な炎は、ヒンバスを焼き尽くさんばかりの勢いだ。

 余りの攻撃に顔を歪めるヒンバスであったが、攻撃が終わりを告げて勢いが衰えたその瞬間、ヒンバスの前に張られていた壁が強烈な光を解き放つ。

 

「ミ―――ッ!!」

「デラッ!!?」

 

 先程の苛烈な炎攻撃―――“れんごく”でのダメージを反射した一条の光線は、ユラユラと漂うシャンデラに命中し、そのまま反対側の壁まで吹き飛ばす。

 廃墟であるホテルを揺るがす程の轟音を響かせる攻撃を喰らったシャンデラ。しかし、思ったよりもタフであるのか、まだまだ戦えるという闘志を目に宿し、壁側から肉迫しようとする。

 

(直線的だ。これなら反撃も容易……)

 

 真っ直ぐに来るシャンデラが隙だらけであることを認識し、再びヒンバスに指示を出そうとするライト。

 しかし、彼の瞳は驚いたように大きく見開かれた。

 苦しそうに顔を歪めるヒンバス。彼女の肉体に刻まれているのは紛れもない【やけど】の痕である。

 【やけど】に苦しむヒンバスの姿を目の当たりにしたライトは、これ以上“ミラーコート”を使っての反撃に出ることはできない。例えできるとしても、これ以上のダメージは後々に多大な影響を及ぼす傷に至ってしまうのではないか。

優しさから生まれた逡巡が、シャンデラに良いように時間を与えてしまう事も気づかず、ライトの動きは止まった。

 

だが、その間に場に出ていた他の手持ち達が何もしない訳がなく、ブラッキーやリザードンを始め、本来【ほのお】に弱いハッサムやジュカインまでも、シャンデラの攻撃に対して身構えている。

 

「デラァ!」

「ッ! くっ……リザードン!」

「グォウ!」

 

 ライトがシャンデラの動向に気付いたのは三秒後。シャンデラの体がほんのりと赤い光を放っている時であった。

 次第に高まっていく室内の気温。地下であるにも拘わらず、夏の日中のように暑くなった気温に気付かない筈もなく、ライトが顔を上げればとっておきの技を繰り出そうとしているシャンデラが佇んでいた。

 

―――“オーバーヒート”

 

 フルパワーの炎を相手に繰り出す技であり、威力だけ見れば“だいもんじ”よりも強力だ。

 その攻撃が来ると理解したライトは、【ほのお】の威力を半減できるリザードンに防御を頼もうと名前を呼ぶ。

 

 だが、そんな彼等の背後から迫りよる激流が。

 

「ラッ!?」

「え……?」

 

 頬を撫でる冷たい風。否、湿った空気をライトが感じた瞬間、極太の水流が“オーバーヒート”を繰り出そうとするシャンデラに命中した。

 そのまま水流はシャンデラを巻き込みながら廊下を奔っていき、反対側にある壁に激突したところで勢いが衰える。

 激流とも言うべき水流を目の当たりにした面々は、倒れてランプラーと仲良く戦闘不能になったシャンデラを見届けた、フっと背後に目を遣った。

 

 一体何者の攻撃であるのか。

 

 それを知りたい一心で目を向ければ、そこに居たのは―――。

 

「ケテケテッ♪」

「……ロトム?」

 

 まるで洗濯機の様な姿―――とどのつまり、ウォッシュロトムの形態になっているロトムが、ホースのような部分から水を滴らせながらケタケタと笑っていた。

 その笑い方は、まさしく先程までライトに付き纏っていたロトムに間違いない。

 わざわざフォルムチェンジまで行って加勢しに来てくれたのか。そのような楽観的な考えを持ちながらロトムを見遣る。

 

「えっと……助けてく―――」

「ケテ~♪」

「え?」

 

 刹那、ロトムが有すホースの先がライトに向けられる。

 驚く間もなく、ホースからは瀑布のような途轍もない量の水が放たれ、ライトの視界は水に飲みこまれるのであった。

 

 果たして、ライトの運命やいかに。

 



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第七十七話 オニドリル食いつかない系男子

「当てが外れたなぁ~」

「バウッ……」

 

 呑気に首の後ろに腕を回して呟く主人(コルニ)に、ルカリオは呆れたように溜め息を吐いた。彼女達が向かっているのは、地下から抜け出すための階段だ。

 ホテルを根城にしている不良のボスに会ってきたコルニであったが、そこで得たものといえば、ローラースケートのトリックの一つである『コスモフリップ』を教えてもらったということだけである。

 

 しかし、収穫はそれだけ。肝心の奪われたフワンテとフラベベの行方であるが、ボスの部屋に居る不良たちはここ数時間外に出ておらず、ボス主導の下手持ちを確認してもらったものの、結局のところは見つからなかった。

 ルカリオの波動によって調べてもらったものの、嘘を吐いている者達も居らず、今はこうして外に戻る為に廊下を進んでいたのである。

 

 そして今更であるが、ライトが今どこで何をしているのか心配になってきたコルニ。暗い所が苦手な彼は、今頃廊下のどこかで気絶している可能性が無きにしも非ずだ。

 いつまでも苦手な場所に置かれている者の気持ちになってみれば、一刻も早く迎えに行ってあげたい所。だが、途中で逸れたこともある為、表で待機しているかもしれない。

 

「まあ、ルカリオも居るし大丈夫だよね」

「クァンヌ」

 

 遠くに居る者の気持ちも読み取れるルカリオに道案内を任せれば、基本的に迷う事はない。

 気楽に足を運んでいくコルニが、表に出る為の階段までたどり着くにはそう時間は掛からなかった。

 

「お、出口! ひゃっふ~い!」

 

 外から差し込む光によって照らし出される階段を見つけ、一気に駆け出していくコルニ。そんな主人を追いかけるルカリオもまた、軽やかに駆け出して行き、若干かび臭かった廃墟の中から、新鮮な空気に満ちている外へと飛び出した。

 近くに流れている川によって運ばれてくる潤った空気が肺に満ちれば、生気を取り戻したようにコルニの顔には笑顔が浮かぶ。

 

「ふぅ~! 気持ちいい~!」

「……お帰り、コルニ」

「わあっ!? ラ、ライト……此処に居たんだ」

「……うん」

 

 廃墟の階段を上がった場所のすぐ近く。ボロボロな壁に寄りかかっているライトは、手持ちのポケモン達と共にたき火で暖をとっていた。

 リザードンが吐き出した炎で点けたのだろう。赤々と燃え盛っている炎は、寒そうに震えているライトを初めとしたポケモン達の体温を徐々に上げていた。

 

「どうしたの? なんか寒そうだけど……」

「ちょっと色々ありまして、はい」

「なんでちょっと丁寧な感じで話してるの?」

 

 ベストを脱いでいるライトは、若干湿っているベストを一刻も早く乾かそうとたき火に当て続けている。

 そんな彼は大分疲れているのか、げんなりとした表情のままコルニと会話を進めていた。

 なにかあったのだろう。それだけはコルニであっても察することができた。

 

「なにか怖いことでもあったの?」

「うん」

「返答早っ! それで、具体的にどんなことがあったの?」

「幽霊みたいなポケモンが洗濯機の中に入って、水を掛けられた」

「あぁ~」

 

 『それでこの状況なのか』と納得するコルニは、苦笑を浮かべる。ライト達の周りを見てみれば、彼らの体から滴り落ちたであろう水によって地面に染みができていた。

 中々災難な事に巻き込まれたものだと考えていたコルニ。しかし、ふと見慣れないポケモンを目の当たりにし、首を傾げる。

 

「あれ? そのフワンテとフラベベ……もしかして……」

「うん。多分、あの人達のポケモンだと思うよ。初めて見る僕なんかに、泣いて飛びついてきたから」

「へぇ~、とりあえず良かったぁ~!」

 

 仲良くたき火に当たっていたフワンテとフラベベは、スリスリとライトの肩に頬ずりをする。

 それだけ怖い目にあったのだろうか。しかし、取り戻せたのは僥倖。奪った本人を見つけることができなかったのは残念であるものの、本来の目的であるフワンテとフラベベは取り返せたのだから良しと、コルニは何度も頷く。

 すると、服が乾いたのか、ライトが『どっこいしょ』と呟きながら立ち上がった。

 

「さて……そろそろ、この子も返しに行かないとね」

「ケテケテ!」

「……はいはい」

 

 刹那、ライトのズボンのポケットからにゅっと飛び出してきたポケモン。突然現れたそのポケモンに、コルニは『えっ?』と眉を顰める。

 だが、そのポケモンを見ても尚、ライトは憔悴しきった顔のまま、ポケモンを図鑑の中に戻るよう促す。

 現れたポケモンはケラケラと笑いながら、ライトが差し出した図鑑の中へとスルリと戻っていく。

 

「な、何? 今のポケモン……?」

「ロトム。居候になった」

「いそーろー?」

 

 とりあえず、大変なことはあったのだろうと確信したコルニなのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 フワンテとフラベベを、姉妹の下へ返しに行った後は、次なる街であるフウジョタウンを目指して歩んでいく二人。

 その途中で、一体ライトに何があったのかを訊いたコルニ。

 要約するとこうだ。

 

 野生のシャンデラとランプラーが襲いかかってきて、そのまま戦闘に入った。

 バトルしている途中、野生のロトムがシャンデラを倒してくれた。

 その後、ウォッシュロトムにフォルムチェンジしていたロトムが、ライト達に向かって水を掛けるというちょっかいを仕掛けてきた。

 流石に怒ったライト達であったが、ロトムが図鑑に逃げ込んだ為、手を出すにも出せない状況となり、一先ず表に出ようと歩き始めた所で、ホテルの中を彷徨っていたフワンテとフラベベを発見し、保護した。

 その途中、何故か廊下に転がっていた二体のボールを運よく発見できた為、外に出てきて暖をとり始めた―――という感じだ。

 

 自分が居ない間に、中々ハードなことを体験していたものだと感じたコルニは、ライトに同情の笑みを浮かべることしかできなかった。

 特にボールで捕まえたという事実は無く、ライトが言う通りにポケモン図鑑の中に居候し始めたロトム。

 扱いとしてはまだ野生なのだろうが―――。

 

「ケテ♪」

「……なぁに?」

「ケテケテケテ♪」

 

 電化製品に入り込むことによって悪戯をするロトムは、ハイテクな機器の一つとして数えられるポケモン図鑑を酷く気に入った様子であり、図鑑が入っているライトのズボンを中心に周囲をフヨフヨと漂っていた。

 そんなロトムに対し、ライトは溜め息を吐くばかり。

 

(な~んか、辛気臭いなぁ)

 

 このような空気は苦手なコルニも、自然と暗い表情になる。

 だからこそ、きりっと顔を引き締めてライトの肩を強く掴んだ。突然、歳も変わらない少女に肩を掴まれたライトは、一体何事であるかと目を大きく見開く。

 それに対してコルニは『えへへっ』とはにかみながら、ボールと一つ取り出してこう言い放った。

 

「バトルしよ!」

「……今?」

「今!」

「……オッケー。気分転換にちょうどいいしね!」

 

 コルニの勢いに呑まれるように頬を緩ませたライトは、先程と打って変わってハキハキとした声色となり、ボールを一つ取り出す。

 

「リザードン!」

「ワカシャモ!」

 

 互いに【ほのお】タイプを繰り出し、場に出た瞬間に攻撃を仕掛け始める。ワカシャモが軽い身のこなしで“にどげり”を繰り出せば、リザードンはそれを“ドラゴンクロー”で防いでから反撃に出る。

 毎日毎日特訓しているだけあって、立ち上がりの流れは非常に流暢だ。

 15番道路でバトルを繰り広げる二人。

 

 轟々と燃え盛る炎を纏いながら激突する二体は、遠くから見てもはっきり見える程の激闘を繰り広げている。

 本気のバトルでなければ経験はモノにならない。そう心に言い聞かせるコルニの本気にライトが手を緩める筈が無い為、毎度このような激闘になるのだ。

 

 中々の迫力のバトル。それは上空からも臨むことができる訳であり―――。

 

「およっ?」

 

 二人がバトルを繰り広げている場所の上空で、ピジョットと共に並走するように飛ぶ一人のトレーナーが居た。

 エモンガを思わせるような飛膜を腕から腰辺りまで付けているという特殊なスーツを纏ったトレーナーは、ヘルメットの奥の瞳で、ワカシャモと戦うリザードンの事を凝視している。

 

(あのしなやかな身のこなし。豪快な技の繰り出し方。そして大きな翼! そんでもってあの首に掛かってるのはメガストーン!これは―――)

「来たぁ―――――ッ!!!」

 

 突如、大空に響き渡る大きな声。

 それに驚いたライト達は、すぐさま頭上に目を遣った。

 すると、自分達がバトルを繰り広げている場所目がけて滑空してくる二つの影を目の当たりにし、思わず目を疑ってしまう。

 ピジョットは見て分かる。問題なのは、ピジョットと並走する人間だ。あのままでは地面に激突し、潰れたトマトのように―――。

 

「シュタッ、です!」

「おおっ……」

 

 しかしそんなことはなく、地面に降りる寸での所で一回転してフワリと減速したところで、そのまま華麗に着地したトレーナーらしき人物。

 その光景に驚きやら感心やらを含んだ声を漏らすライトは、

 

(すっごいスーツ着てるなぁ)

 

 率直な感想を頭に思い浮かべてみる。あのようにピッチピチのスーツを着ようものなら、身体のラインが浮き出てスタイルが丸見えになってしまうだろう。

 パッと見中性的な外見であるが、隠しきれていないその巨乳。どう見ても女性であろうトレーナーは、ボンキュッボンな体形を恥じることなく悠然と佇む。

 とてもじゃないが、自分は着ることができないだろうなと思う様なスーツを着ている人物を目の当たりにしたライトは、『ふふふっ』と笑みを浮かべるトレーナーに話しかける。

 

「えっと……どちら様で?」

「アナタっ!」

「はい?」

「スカイバトルに興味ないですか!?」

「スカイ……へっ?」

 

 『スカイバトル』という聞き慣れない単語を耳にしたライトは、目が点になる。

 すると、女性は惜しむことなくその大きな胸を揺らしながらライトのリザードンの下へ駆けて行き、目を輝かせながら橙色の竜に抱き着いた。

 初対面であるにも拘わらず抱き着いてくる相手に『面倒な人間が来たな』と言わんばかりの表情を浮かべるリザードン。

 だが女性は、抱き着いたままリザードンの首に何度もキスをする。

 

「わぁ~! いいリザードンです! これならスカイバトルでも十二分に戦えるですよ!」

「あの……だからどちら様ですか? あと、スカイバトルって……」

「オオ、ごめんなさいです! では、早速説明を致しますのです!」

 

 スーツの腰部分にあったボールを携える器具から、スーパーボールを五つ取り出す女性。それらを放り投げれば、中に納められていたポケモン達が顔を表した。

 クロバット、チルタリス、ドンカラス、シンボラー、ビビヨン。どれも共通しているのは、空を飛ぶポケモンであるということ。

 恐らく【ひこう】タイプに関するトレーナーであるということは、ここに降り立つ前より共に空を飛んでいたピジョットからも見て取れた。

 

 そして女性は徐にゴーグルを外し、つぶらな瞳をライト達に向けてこう言い放つ。

 

「ボクこそ、フウジョタウンが生んだトップオブスカイトレーナー・ガーベラなのです!」

「トップオブ……」

「スカイトレーナー?」

 

 ハモる二人。

 『トップオブ』と言っている辺り、地位的には上の方の人物であるのは理解できるが、まずスカイトレーナーが分からない。

 仲良く首を傾げる二人と二体。

 それを見たガーベラと名乗る女性は、ピジョットの頬に軽くキスをした後に、俊敏な動きでライトを指差す。

 

「スカイトレーナーとは、飛行服(ウイングスーツ)を着用してポケモンと共に飛んで戦うトレーナーのことなのです!」

「ほお」

「アナタのリザードン、見込み有りなのです!」

「なんと」

「という訳ですので、バトルを申し込むのです!」

「なにゆえ?」

 

 一通りの流れを聞いた上で首を傾げるライト。

 『ポケモントレーナーたる者、目が合ったらバトル』という言葉もあるが、目の前に居る女性の申込はまさにソレ。

 別に断る理由もないが、勢いに圧されるライトは終始上半身を若干のけ反らせている。

 どこかコルニに似たシンパシーがあるが、勢いだけで言えばこの女性の方が上だ。

 

 そのようにして、ライトが聞き手に徹している間、コルニはガーベラの大きな胸を凝視していた。

 

 ムニムニ。

 

(……負けた)

 

 成長期であるとは言え、こうも差があると敗北感に苛まれてしまうのは仕方のないこと。

 コルニが自分の胸のサイズを推し量っている間、ライトとガーベラの会話はどんどん進んでいた。

 

「もしかしてアナタ、オニドリル食いつかない系男子なのですか!?」

「なんですか、それ?」

「ボクがオニドリルを話題に出したら、大抵の人は食いついてきますのです!」

「はぁ……そうなんですか」

 

 肉食系男子でも草食系男子でもない単語―――『オニドリル食いつかない系男子』という言葉を出してくるガーベラに、ライトはなんとなしに話題を流すことしかできなかった。

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、ガーベラはコホンと一度咳払いをしてから、ニヤリと口角を吊り上げる。

 

「それでは、早速バトルに移るのです!」

 

 ピジョットの爪に掴まれて空に飛び立っていくガーベラは、ある程度の高度に達した瞬間にピジョットから離れ、空を優雅に飛び回り始める。

 人間離れしているように思える光景に感嘆の息を漏らすライトであったが、隣に佇んでいたリザードンにアイコンタクトをとった。

 次の瞬間、リザードンは落ち葉が舞い上がるほどの風圧を、その翼で巻き起こしながらピジョットが佇む高度まで飛び立つ。

 すると、

 

『ピジョット。とりポケモン。美しい羽を広げて相手を威嚇する。マッハ2で空を飛び回る』

「……情報ありがと、ロトム」

「ケテッ♪」

 

 セルフで図鑑を起動し、相手のピジョットの情報を読み上げてくれたロトムに礼を述べるライト。

 そして、リザードンとピジョットの舞う空を見遣った。

 二体から少し離れた場所では、エモンガの如く巧みに吹き渡る風をその身に受け、ガーベラが悠々と空を舞っている。

 

(……危なくないのかなぁ、って余計な心配かな? でもまあ、トップオブスカイトレーナーって言うんだから、そこら辺は承知してる感じだと思うけど……)

「そっちが来ないなら、こっちから行くですよ! ピジョット、“エアスラッシュ”です!」

 

 大きく美しい翼を羽ばたかせ、風の刃をリザードンに繰り出すピジョット。視認できるほどの風の刃は、その凄まじい威力を物語っていた。

 直後、やや不承不承といった様子でバトルを引き受けたライトの目の色が変わる。

 

「リザードン! “ドラゴンクロー”で弾いて!!」

 

 空に響き渡る声量の指示はすぐさまリザードンに届き、自分に迫る風の刃に対しリザードンは、その凶刃な爪を以てして打ち砕いた。

 “エアスラッシュ”を“ドラゴンクロー”で打ち砕いた瞬間、鞭でも打ったかのような鋭い音が空に響き渡っていく。

 

―――あのピジョット……強い!

 

 流石は最終進化形といった強さではあるが、何やらそれ以上の強さというものがヒシヒシと伝わってきた。

 タラりと頬に汗を垂らすライト。

 そんな少年を見下ろす女性は、フッと微笑んでピジョットを見遣った。

 

「見込み通りの実力……やはりここは、全力でいきたい所ですね! ピジョット、メガシンカです!」

「ッ……メガシンカ!?」

 

 突如として、空に瞬く幾条の光。ピジョットの胸元辺りから発せられる光は、ガーベラの右手辺りから発せられると結合し、瞬く間にピジョットは変貌していく。

 頭部から後ろに向かって生えている羽は、メガシンカ以前よりも長く、そして滑らかに伸び、一房だけ前の方に垂らされた。

 大きな翼の端の方は青色に染まり、尾の羽もまた先端の方が鮮やかな青色に染まる。

 

(ピジョットもメガシンカするなんて……!?)

 

 カントーやジョウトでも、よく見ることのできるピジョット。

 だが、今ライトの視界に映っているのは、普段のピジョットより何倍も美しく、勇ましい姿をしていた。

 余りの美しさに目を奪われそうになるも、そこへガーベラの大きな声が響いてくる。

 

「さあ、アナタのリザードンもメガシンカさせるのです! 心行くまで、この大空での戦いに心を奮わせるのです!」

「……リザードン!!」

 

 メガシンカを催促するガーベラ。

 メガシンカした相手には、メガシンカしたポケモンでなければパワーで押し負ける筈。勿論、パワーだけでポケモンバトルはどうにかなるものではないが、できるだけパワーはあった方が良い。

 一日二日の特訓で、メガシンカのパワーを扱えるなどとは到底思っていない。

 だが、有り余るパワーを扱う為には、その身に滾る力の大きさを体で覚える方がいい。

 そう考える主人に対し、今や今やと『その時』を待ちかねているリザードンの瞳を地上から見たライトの出す答えは一つだった。

 

「―――光と結べ! メガシンカ!!」

 

 距離としてはかなり離れている。

 それにも拘わらず、ライトのメガリングから発せられる光は、リザードンのメガストーンから放たれる光と数秒の内に結びつき、リザードンの体色を漆黒へと変貌させた。

 蒼い炎を口の端から燃え盛らせるメガリザードンX。その姿に、ガーベラは驚嘆の声を上げる。

 

「おおっ! 流石メガシンカ! 大・迫・力!! です!!」

「“アイアンテール”だ!!」

「おっと、感動の余韻も無し……“ねっぷう”です!」

 

 メガシンカしてパワーアップしたリザードンは、鋼の様に硬い尾をピジョットに振るおうとする。

 そこへピジョットは大きく翼を振るい、文字通り身を焦がす程の熱を持った強風を吹かせた。

 吹き荒ぶ“ねっぷう”は、リザードンが繰り出そうとする“アイアンテール”の勢いを劣らせる事に成功したものの、効果がいまひとつのリザードンの進撃を完全に止めることはできずに、“アイアンテール”自体はピジョットに命中する。

 だが、どこか違和感を覚えたライトは『もしや』とガーベラに問いかけた。

 

「“ノーガード”ですか? メガピジョットの特性って」

「その通りです! 鋭いですね……まるでピジョットの目の様なのです!」

(……褒められてるのかなぁ?)

 

 命中率の低い“アイアンテール”が、“ねっぷう”で勢いを衰えさせられた上でピジョットに命中した事に、シャラジムで相対したカイリキーの特性“ノーガード”を思い起こしたライトの読みは当たっていた。

 特性が“ノーガード”であると使い手自身が堂々と言うのだから、やることは只一つ。

 

―――高威力な技を相手に叩き込むのみ。

 

「“だいもんじ”!」

 

 今、リザードンが覚えている技の中でも最高火力である技を指示するライト。

 直後、リザードンはその口腔から蒼い爆炎を解き放ち、空を優雅に舞う様に飛ぶピジョットを撃ち落とそうとする。

 

「成程です! “ノーガード”のポケモン相手には命中率の低い技であろうとも必ず当たる……ですがそれは、こちらが何のアクションもしなければの話です! ピジョット、“はかいこうせん”ですっ!!」

「っ!」

 

 突如、ピジョットの口腔から解き放たれた一条の光線は、宙を奔る爆炎の中心を穿ち、爆散させる。

 そのままの勢いで“はかいこうせん”は、リザードンへと命中し、空中で大爆発を起こした。

 余りの爆発に、宙を舞っていたガーベラも爆風に煽られて一瞬体勢を崩すものの、すぐさま宙返りをして体勢を立て直す。

 

「どうです!? これがメガシンカしたピジョット……メガピジョットの火力です!」

「……“ドラゴンクロー”!!」

「にゃに!?」

 

 己のポケモンの強さを誇らしげに謳うガーベラであったが、黒煙を突き破ってピジョットに爪を振るうリザードンを目の当たりにし、ゴーグルの奥の瞳を大きく見開いた。

 全身の筋肉が万遍なく膨れ上がったピジョットの体を一閃するリザードンの爪。岩やコンクリートであれば容易く砕く事のできるだろう一撃を喰らったピジョットは、そのままヒュルヒュルと錐もみ回転しながら堕ちていく。

 それを追うようにリザードンも急降下していき、ピジョットに追撃するべく、何時でも“ドラゴンクロー”を繰り出せるよう身構えた。

 

 だが、地面に激突する寸前でピジョットは、大きくとんぼ返りをして体勢を立て直し、そのまま着地することに成功する。

 華麗に着地するピジョットに対しリザードンは、着地する寸前に大きく翼を一度羽ばたかせる事による減速のみで降りた為、地に足が着いた瞬間、周囲には轟音と震動が伝わっていく。

 余りの豪快な着地に、空で旋回していたガーベラも『トレビアンです!』と感心した声を上げながら、二体が降り立つ地面へと舞い戻って来た。

 すると何を思ったのか、右手をパッと掲げてピジョットのメガシンカを解く。

 

「え?」

「ありがとうございますです! いいインスピレーションを受けたのです!」

「あの……バトルの続きは?」

「それはまた今度ということでお願いしますのです! 明日、フウジョタウンでイベントがあるので、是非是非来てくださいです! それでは!」

 

 そう言ったガーベラは、ライトがスッと伸ばした手にも気づかないまま、ピジョットと共にフウジョタウンがある方角へ飛び立っていった。

 一人のトレーナーを先頭に、綺麗にV字を描くように陣形をとるポケモン達は、教育が行き届いているということなのだろう。

 

 それはそうとして、置いていかれた方としてはたまったものではない。

 

「……なんか、嵐みたいな人だったなぁ」

 

 ライトもまた、リザードンのメガシンカを解いて、小さくなっていく影を見遣る。

 そして、ふと近くに佇んでいるコルニに視線を向けると―――。

 

 ムニムニ。

 

「……何してるの?」

「はっ! なんでもない!」

(説得力が皆無なんだけど)

 

 自分自身の胸を揉んでいたコルニを目の当たりにし、引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。

 



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第七十八話 蜜柑の汁は凶器

 フウジョタウン。綿毛舞い飛ぶ風の町。

 街の高台の方には風車が何基も窺うことのできるこの街は、カロス地方の他の街よりも落ち着いた雰囲気を感じ取ることができる。

 北にフロストケイブと呼ばれる氷の洞窟があり、【こおり】タイプのポケモンが多く生息しているという面でも、ポケモンリーグを目指すトレーナーとしては一度立ち寄りたい場所であろう。

 

 フウジョタウン自体にはジムはない。しかし、クノエシティからヒャッコクシティに行く最短のルートの上に、このフウジョタウンが存在する。

 故に、ライト達もこの街を訪れるのは自然であった。

 なのだが、

 

「うぅ~、寒いぃ……」

「そんな薄着じゃあね。上着貸す?」

 

 寒さに身を震わせるコルニに対し、バッグから一枚自分の上着を差し出すライト。それを受け取って羽織るコルニは、尚も寒そうに身を震わせながらも『アリガト』と礼を口にする。

 カロスの中でも最北端に位置する街なのだから、寒いのは薄々予見できたこと。

 しかし、滞在する期間も短いのだから、以前のような服装のままでイケるだろうと考えていたコルニが、温かい上着を持って来る筈もなく、現在に至っていた。

 コルニがそのようにしてライトの上着を着ている最中、ライトはブルーに買ってもらった服のまま、特に寒そうな様子も見せずに悠々と街の景観を楽しんで眺めている。

 

「ライトは寒くないの?」

「マサラの子供は風の子だから。冬でも外で半袖短パンなんてのも良くあったから……」

「へぇ~。ライトって、家の中の暖炉の前でココア飲んでるイメージある」

「コルニは僕にどんなイメージを持ってるの?」

 

 生憎、ジョウト地方で暖炉など、ちょっとお金持ちの人しか家に設置していないだろうモノをライトの家にある筈が無く、コルニの勝手な自分へのイメージには苦笑しか浮かべることしかできない。

 どちらかと言えば、炬燵に入りながらミカンを食べながら茶を啜る方が好きだ、という考えは置いておき、キョロキョロと辺りを見渡す。

 

「コルニも寒そうだし、風邪ひいたらいけないしね。まずポケモンセンターに行こっか」

 

 昨日バトルしたガーベラの言っていた『イベント』というのも気になるが、まずは寒そうなコルニの為にポケモンセンターに向かおうとするライト。

 その提案に、コルニは意外そうに目を見開いた。

 思わぬリアクションに、ライトは何事かと眉を顰める。

 

「……どうしたの?」

「いや、ライトだったら『馬鹿は風邪をひかない』的な事を言うかと……」

「流石にそんなにひどいこと言わないよっ!? さっきから、僕にどういう感じのイメージを持ってるの!?」

「なんか最近のライトって、淡々と冷たくツッコむイメージがあったから……最初は『ええっ!?』みたいに楽しい反応見せてツッコんでくれたのに」

「いや、お笑い芸人じゃないんだし。それに悪口紛いのツッコミは、思っても言わないよ……」

 

 何やら、互いに慣れてきたこともあってツッコみに少しの違いが生まれてきたらしい。

 それがコルニにとっては冷たい態度に映ってしまっていたらしい為、反省点だとばかりにライトは顎に手を当ててウンウンと頷く。

 だが同時に、コルニが自分に何を求めているのかも分からなくなり、『う~ん』と考え込んでしまう。

 

 閑話休題。

 

 雪もしんしんと降り積もる中、何時までも表で駄弁っているのも肉体的に辛い為、再びポケモンセンターを目指して歩こうとするライト。

 するとそこへ、

 

「……すみませ~ん」

「え? あ……はい?」

 

 オカルトマニア風の女性が、両手で一つの箱を抱えて近寄ってきた。

 何やら、牛乳瓶がたくさん入っていることから、立ち売りでもしていたのだろうと考えるライト。

 

「モーモーミルク……一つ五百円です……一ダース単位でも売っています……いかがでしょうか?」

「モーモーミルク……じゃあ二つ下さい!」

「ありがとうございます~……」

 

 屈託のない笑みを浮かべて財布から千円を取り出したライトは、それを女性に手渡し、代わりに二本のモーモーミルクを受け取った。

 ミルタンクの乳から絞ったモーモーミルクは、栄養満点でよく知られている。

 それはジョウト地方でもよく知られていること。一本五百円は、子供にとっては少し高い金額かもしれないが、その分栄養満点。カロス地方では、風邪を引いた子供にはモーモーミルクを用いたミルク粥を食べさせるやら何やら。

 ちょうど、風邪を引きそうな少女を傍らに連れているのだから、折角といった気分でモーモーミルクを買ったライト。

 

 キンキンに冷えているモーモーミルクを両手に携えながら、未だブルブルと震えているコルニの元に駆け寄る。

 

「コルニ~。モーモーミルク買ったよ~」

「モーモーミルク? ア、アタシに止めを刺す気!? 寒いよォ~!」

「流石にキンキンに冷えたままの奴を飲ませるつもりはないよ!? ポケモンセンターに行けば電子レンジも貸してくれるだろうし、温めてホットミルクにして……ね?」

 

 冷めた体に温かいホットミルク。

 体の芯から温まるだろう提案に、コルニは『おぉ~』と声を上げて鼻を啜る。真っ赤になっているコルニの鼻の先端から、気温がどれだけ低いのかは容易く理解できるだろう。

 カロスを旅して約二か月。各所でこれだけの気温さがあるとは思いもしなかったが、これも旅の教訓の一つになるということだろう。

 

「そう言えばライト……あの女の人、一ダースって言ってたけど、一ダースっていくつだっけ?」

「一ダース? 確かぁ~……十二じゃなかったっけ?」

「十二で一ダース……」

 

 何やら『ダース』という単語に閃きを覚えたコルニは、キラキラと瞳を輝かせてライトを見つめる。

 その瞬間、ライトは直感的に『来る!』と感じた。

 

「サンダースを三ダース! なんちゃって!」

(三十六体のサンダース……静電気が凄そう)

 

 黄色のサンダースが三十六体集まっている所を想像してみるが、如何せん目に悪そうな色合いだ。

 予想通りの駄洒落が来たことに、ハハッと乾いた笑みを浮かべるライト。

 ポケモンセンターに着いたら、温かいモーモーミルクで潤いと温かさを補給しようと考えるライトなのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 フウジョタウン・ポケモンセンター。

 外の肌を刺すような寒さは無く、休息を求めるトレーナーたちがぬくぬくと温まりながらポケモン達と触れ合っている。

 それはライト達も例外ではなく、借りた電子レンジで温めたモーモーミルクをカップに入れて、舌が火傷しないようにと少しずつ啜っていく。

 

「あ゛ぁ~……生き返るぅ~」

 

 舌に広がる優しい甘さに舌鼓を打つコルニは、今にも蕩けそうな顔を浮かべている。

 未だにライトの上着を羽織っているコルニに対し、昨日の連戦で疲れているポケモンをジョーイに預けたライトは、ジョーイと井戸端会議のようなことをしていた。

 その内容とは―――。

 

「ポケモンスカイリレー……ですか?」

「ええ。三体の空飛ぶポケモンでチームを組んで、ゴールを目指す競技なの」

「へぇ~。昨日のガーベラって人が言ってたイベントって、そのスカイリレーのことだったのかぁ」

「あら、ガーベラちゃんに会ったの?」

「知ってるんですか?」

 

 昨日のメガピジョットの使い手であるガーベラの事を知っている様子のジョーイに、ライトはカウンターに身を乗り出して質問してみる。

 その様子のライトにクスクスと微笑むジョーイは、奥からプクリンによって運ばれてきたケースを受け取り、ライトにケースごとボールを差し出しながら語っていく。

 

「ガーベラちゃんは有名なスカイトレーナーよ。カロスでも名うての【ひこう】使いで、去年なんかはスカイリレーの大会もスカイトレーナー限定の大会優勝タイトルも総なめ!」

「わあ……凄いですね」

「だから今年、故郷で行われるスカイリレーの大会も張り切ってるって訳!」

「へえ……ん?」

 

 ジョーイの口が動いていないにも拘わらず響いてくる声に、違和感を覚えるライト。

 徐に、声が響いてきた背後に振り返れば、意外な人物に思わず目を見開いた。

 

「え、あ……ビオラさん!?」

「やっほー! 見たことのある後ろ姿と思って来てみれば……元気だった!?」

「元気は元気ですけど……えっ?」

 

 ハクダンジムリーダー・ビオラ。

 寒冷地に備えているのか、普段のタンクトップなどの動きやすい服装ではなく、温かそうなジャンパーを身に纏っているビオラは、首から下げたカメラを手に取り、驚いた顔のライトの顔をパシャリと一枚。

 

「あ、ちょ!?」

「いいんじゃない、いんじゃないの!? 前より逞しくなってるって感じ! 今ジムバッジは何個?」

「六個ですけど……しゃ、写真~」

「大丈夫よ! 本人の許可なしに使ったりとかはしないから!」

「そ、それならいいですけど……」

 

 カメラの画面の映っているライトの顔を眺めながら『いいんじゃないの~』とからかうように呟くビオラに、ライトはふくれっ面を浮かべる。

 しかし、今気になるのは何故ハクダンジムリーダーである彼女は、位置的にはハクダンからかなり遠いフウジョタウンにまでやって来ているのかということだ。

 

「ビオラさんはどうして此処に?」

「ん~? それはね、姉さんがスカイリレーの大会の取材をするから、雑誌に掲載する写真を私に任せるって言ってね。後三時間くらいしたら、大会が始まる場所に行くつもりよ」

「成程」

「それまでちょっと暇だったんだけど……ライト君! 手持ちの皆はどうなったの!? 是非見せて欲しいんだけど……」

「手持ち、ですか? じゃあ、皆出てきて!」

「おぉ~!!」

 

 手持ちを見せて欲しいと口にするビオラの要望に応えて、五つのボールを放り投げるライト。

 メディカルマシーンで回復したばかりで元気いっぱいの五体が出て来れば、ビオラは子供のように輝かせた瞳でカメラに手を掛ける。

 

「いいんじゃない、いんじゃないの~!? ストライクはハッサムに進化して……この虫の甲殻を極めた感じの硬さ、【むし】のエキスパートとしては堪らないわぁ! あんなに小っちゃかったヒトカゲもリザードンになって……これはメガストーンかしら! きゃ~、メガシンカするのね!? ヒンバス……あら、綺麗になった? 鱗が前見た時よりも艶が出てるわね! こう、美しさが滲み出てきたみたいな! イーブイもブラッキーになって、クールになったわね! 堪らないわぁ! あら、ジュカインもゲットしたの!? いいわよねぇ~! この鮮やかな緑色のボディ! 森に似合うポケモンってホントいいと思う!」

「は……ははっ」

 

 まさに機関銃(マシンガン)トーク。

 公共の場であることを忘れて声を高らかにライトの手持ちの感想を口にするビオラに、ライトは引きつった笑みを浮かべることしかできない。

 一体何枚撮ったのだろうと思う程シャッターを切るビオラ。

 色んな角度から撮るビオラは、自分の服に付くだろう汚れも気にせずに、鼻息を荒くしながら次々とポケモン達の写真をカメラのデータに納めていく。

 

(でもヒンバスのコンディションに気が付くって凄いなぁ……)

 

 若干引いていたライトであったが、ビオラがヒンバスの美しさのコンディションの変化に気付いた事には、感嘆の息を漏らす事しかできない。

 やはりそこは、カメラマンとしての経験の長さなのだろうか。

 

 暫し、ビオラの撮影を黙って眺めていたライトであったが、ふとズボンのポケットから伝わる振動に訝しげな顔を浮かべる。

 

「ん?」

「ケテケテッ♪」

「あっ、ロトム……」

「ケテ~♪」

「ちょ!? どこに―――」

「あら? あらあら!?」

 

 図鑑から姿を露わにしたロトムは、迷わずビオラのカメラの中へと飛び込んでいく。

 するとビオラの高そうなカメラは、ビオラの手を離れてフヨフヨと浮かび始め、ビオラから離れていった。

 ライトが『不味い』と思った時は、既にビオラのカメラがライトの手持ち達の頭上に浮かび上がっている時であり、不意にパシャっとフラッシュが瞬く。

 思わず瞼を閉じてしまう二人であったが、ふよふよと漂っていたカメラからロトムが飛び出し、浮遊することが無くなったカメラが一直線に地面に落ちるのを目の当たりにし、すぐさま飛び込んだ。

 

「ジュカ」

 

 しかし、地面に落ちるのをライトの手持ち達が見逃す筈もなく、ちょうど眼前まで落ちてきたカメラをジュカインが受け止める。

 その代り、飛び込んだ二人の徒労は無に帰した。

 ただ、床に滑り込む子供一人と大人一人。傍から見れば異様な光景であることは、言わずとも分かるだろう。

 

「あ、ありがとう……ジュカイン」

「はぁ~、ビックリしたぁ!」

「すみません、ウチの居候が……」

 

 ジュカインから受け取ったカメラをビオラに返すライトは、肝を冷やしたと言わんばかりに頬に汗を垂らしている。

 同じく、自分のカメラが壊れるのではないかと思ったビオラは、ホッと胸をなで下ろした様子を見せながら、フヨフヨと漂うロトムに目を遣った。

 

「その子、ロトムなのね! 初めて見たわ~! あら、カメラにちゃんと上から撮った写真が写ってる!」

「ケテッ♪」

「うんうん。このアングルも斬新ね……一体くらい捕まえてしっかり指導したら、私じゃ無理なアングルでも撮影できたりして!」

「このロトムでいいなら……居候であって、まだ捕まえた訳じゃないので」

「えっ、いいの!?」

 

 ロトムを差し出す旨の発言をするライトに目を輝かせるビオラ。

 しかし、ライトがそう言った瞬間に目尻を下げたロトムが、すぐさま図鑑の中へと潜り込んで言った為、早速と言わんばかりにボールを携えたビオラは『あっ……』と残念そうに呟いた後、クスッと微笑んでカメラを首に掛ける。

 

「……遠慮しておくわ。その子、ライト君が好きみたいだしね」

「そうですか?」

「そうじゃなかったら、野生の子が捕まえてもないのにずっと付いてくる訳ないもの!」

「そういうものですかねぇ」

 

 軽く笑いながらビオラの言葉を耳に入れるライトは、ポケットの図鑑の中に収まっているロトムを一瞥するかのように、視線をポケットに向ける。

 すると、そんなライトの後ろから溌剌とした声が響いてきた。

 

「ビオラさ~ん!」

「あら? コルニちゃんじゃない! 久し振り! ちゃんとバトルの練習してる?」

「勿論です!」

 

 ホットミルクを飲み終えたコルニが、親しげな声を上げながらビオラの下に歩み寄っていき、ビオラもまたコルニに対して知り合いであるかのような反応を見せた。

 二人に関係性があるのか考えるライトであったが、そう言えばコルニはジムリーダー試験を受けたのだという事を想い出し、得心いく。

 現ジムリーダーと未来のジムリーダー候補という立場から、先輩と後輩といったような関係なのだろう。

 

「まさかフウジョタウンで会えるとは思わなかったわぁ! どうしたの!?」

「今、ライトと旅してるんです!」

「ライト君と? ほ~う……」

 

 顎に手を当ててフムフムと唸るビオラ。

 すると、徐にコルニの肩を掴んでライトの横に移動させる。何事かと目をパチパチさせる二人に対し、ビオラは特に説明することなくカメラを構えた。

 そして、

 

 パシャ!

 

「……うん! いいんじゃない、いいんじゃないの!? 似合ってるわよ!」

「なにが似合ってるんですか?」

「深いことは考えなくて大丈夫! 後で現像してあげるから!」

「いや、なにが似合ってるんですか?」

「うんうん、映える!  青い春……まさしく青春ね!」

「いやいや、なにが青春なんですか?」

 

 カメラの画面を見て何かを納得しているビオラに、ライトは撮られた写真を見ようとピョンピョン跳ねる。

 だが、そこは大人と子供の身長差。写真を見ようとするライトに対し、バスケのマークのような体勢で意地でも画面を見せないようにビオラが動く。

 終始、ニヤついた顔で画面を眺め続けていたビオラは、満足したのかカメラの電源を切る。

 

「ふぅ……満足満足」

「なにが満足なんですか、ちょっと」

「ライト君、子供で居られる時間は短いんだから、精一杯エンジョイしないと!」

「何を以てしてその発言をしているんですか?」

「特に、純情(ピュア)な恋なんて今ぐらいの歳じゃないとできないんだからねっ!?」

 

 ……ボンッ。

 

 ビオラの言葉に、顔をオクタンのように真っ赤に染めたライトは、メタモンのように目を点にしたライトが硬直する。

 『純情な恋』。そのようなものは、この旅をしている間に考えたことはほとんどなかった。

 まさにピュアな反応を見せる少年に対し、ビオラはウンウンと頷いてライトの肩を叩く。

 

「ま、ライト君もこれから色々あると思うわ。頑張って!」

「僕がこの旅で頑張るのはポケモンリーグですので!!」

「もう、ムキにならなくて大丈夫だから!」

 

 少しからかい過ぎたかと思ったビオラは、笑いながらライトの肩に手を置いた。

 ホットミルクを飲んだ後の比ではない程体温を上げている少年。そんな彼を見かねたのか、ビオラは気分転換にと外の方を指差す。

 

「折角だし、皆でスカイリレーの大会の見物に行きましょ! 今から席を取りに行けば、良い場所で見物できるでしょうし!」

 

 

 

 ***

 

 

 

(最近ライトからの連絡が少ない……)

「クゥ?」

「はぁ~……ラティアス~」

「クゥ~」

 

 秘密の庭でスケッチに勤しむカノン。しかし、最近少なくなった幼馴染の連絡に不満を持っている所為か、その筆捌きは少々ぎこちない。

 人の感情を読み取ることのできるポケモンであるラティアスは、悶々と―――どこか寂しい感情を抱いているカノンにそっと寄り添った。

 

「ふふっ、ありがと。ラティアス」

「クゥ~ン」

 

 スリスリと頬ずりしてくるラティアスに、微笑みながらラティアスの頭を撫でるカノン。

 最初こそ、微笑んでいたカノンであったが、次第に頬を膨らませていき、みるみる内にふくれっ面へと変わった。

 

「そっちが連絡してこないなら、こっちから連絡するだけだから!」

「クゥ!」

 

 そう言ってカノンは、徐にポケギアを取り出すのであった。

 





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第七十九話 転倒は注意してどうにかなるものでもない

 

 

 

 

 

 

「うぅ~、寒い……ここが会場なのかぁ。結構人が一杯……」

「でしょ? でも、やっぱりトップオブスカイトレーナーのガーベラちゃんの地元で大会が開かれるっていうのもあると思うわ」

 

 ブルっと身を震わせるライトに、ビオラは大会の為に各自ウォーミングアップしている者達を指差して解説する。

 今回の大会はスカイリレーであって、スカイトレーナーのみの大会では無い為、昨日見た飛行服を着ている者が大勢いるという訳ではない。

 だが、ちらほら見えているというのも事実だ。

 

 ビオラが観戦する為の席に案内するまでの間、コルニはブルブルと身を震わせながらワカシャモを抱き上げている。

 ビオラから貸してもらったジャンパーを着ているものの、雪がしんしんと降り積もっている場所では流石に心もとないといったところか。辛うじて【ほのお】タイプであるワカシャモを有していた為、湯たんぽの様な扱いをして寒さを凌いでいるものの、湯たんぽ替わりにされているワカシャモの気持ちは如何に。

 

 しかし、見る限り嫌そうな顔をしていない辺り、さほど嫌ではなさそうだ。

 寒さの問題はとりあえず解決したとして、このように北風が吹きすさぶ中、飛ぶポケモン達のことを思うと背筋がぞっとする。

 

(絶対寒いだろうなぁ~)

 

 ふわふわの羽毛があるとはいえ、タイプ相性的には【こおり】が苦手な【ひこう】ポケモンには厳しそうな環境。

 だが、だからこそ指示を出すトレーナーの実力が輝くといったところだ。

 ウンウンと頷くライト。しかし、彼の恰好はクノエを発った時から一切変わっていない。ちらほらライトを一瞥した者達は、『寒くないのかな』と呟いている状況であるが、当の本人は一切気付いていなかった。

 

―――カタカタッ。

 

「ん? うわっと!?」

「あら?」

 

 ベルトが揺れる感覚を覚えたライト。次の瞬間、揺れたボールが一人でに開き、中に収まっていたハッサムが飛び出してきた。

 思わぬ行動に出たパートナーに主人が驚く一方、よく育てられた【むし】ポケモンを目の当たりにしたビオラは、ポケモンセンターで散々撮影したのにも拘わらず『いいんじゃないの!?』とシャッターを切る。

 

 だが、そんな周囲の者達には―――正確に言えば、ライト以外の者には気にも留めていないハッサムは、ちらりとライトにアイコンタクトをとった後に、北を見遣った。

 その先にあるのは―――。

 

「ライト君のハッサム……フロストケイブが気になるのかしら?」

「フロストケイブですか? 確かフロストケイブって、【こおり】タイプのポケモンが生息してるところですよね? 別にハッサムが気にするような場所じゃないと思うけど……」

 

 一体どうしたのかとハッサムを見遣るライト。

 未だ洞窟が在る方角から視線を逸らさないパートナーを目の当たりにしたライトは、フッと微笑んでハッサムの肩をポンッと叩いた。

 

「きっと何かあるんだよね?」

 

 コクン。

 

 フロストケイブに行くことを了承するかのような言い回しのライトに頷くハッサム。

 その反応を見たライトは、カメラを構えるビオラと未だ寒さに震えるコルニを一瞥し、ニッと笑ってみせた。

 

「ちょっとフロストケイブまで行ってきます!」

「そう? ふふっ、分かったわ! 大会が始まるまで時間があるしね。二時間くらいを目安に戻ってくれば、ちょうどいいと思うわ!」

「はい! コルニはどうする?」

「アタシはビオラさんと一緒にいるよ! ……洞窟、寒そうだし」

「そっか」

 

 如何にも寒そうな洞窟にはいきたくないと告げるコルニの言葉を聞いたライト。一先ずハッサムをボールに戻し、別のボールを放り投げてポケモンを繰り出す。

 一瞬の閃き。雪降る中に現れたのは、しんしんと降り積もる雪を溶かす炎を尻尾に灯すリザードンであった。

 すると徐にライトは、リザードンに背中を向ける状態でリザードンの手首を掴む。一体何をするのかと目を見開くコルニであったが、

 

「リザードン。フロストケイブまでひとっ飛びよろしく!」

「ぶえっ!?」

 

 大きく翼を羽ばたくリザードン。それに伴い舞い上がり雪を顔面に浴びるコルニとワカシャモ。

 その光景に軽く『ゴメン』と呟くライトであったが、御立腹らしい二人は地面からぎゃーぎゃーと騒ぐ。

 しかし、リザードンの手首を掴み掴まれるという状態で空を飛んでいるライトは、『あとでね!』と叫んだ後、フロストケイブへと目を遣った。

 

 降り続ける雪で遠方まで窺うことはできないものの、少しだけ高い山がある。その山の中にフロストケイブがあるのだろうと考えるライト。

 

「へ……くしょん! あ゛~……寒い」

「グォウ……」

「流石に高所は寒いね……この中を飛ぶんだから、スカイトレーナーって凄いね」

「グォウ」

 

 最近行えるようになった空の飛び方でフロストケイブまで向かうライトは、改めてスカイトレーナーの凄さをその身で感じ取る。

 高所が寒いというのは万国共通。高ければ高い程寒いのはどこに行っても同じことであり、寒い場所で空を飛ぼうなら骨の芯まで凍えそうな気分にさえなれる。

 だが、【ほのお】タイプであるリザードンが居れば、凍死などはよっぽどのことがなければないだろう。

 

 一度遭難経験のある者が言うと、説得力に欠けるが。

 

 雪の降る中を突き進んでいくライトは、肌に突き刺さるような寒さをその身に覚えながら、あっという間にフロストケイブの入り口前までたどり着いた。

 

「うっ……!」

 

 洞窟内から吹いてきた凍えるような風に、思わずリザードンに抱き着くライト。流石にこれはジャンパーやコートを着てくるべきであったかと思案を巡らせるも、今更面倒だという感情の方が先立ち、そのまま洞窟の中へと進んでいった。

 幸い、まだ昼である為か洞窟内は薄暗い程度で済んでいるものの、暗所が苦手なライトにとっては足が竦んでしまうような場所。

 リザードンを横に連れて、尻尾の炎を松明替わりにライトは歩み進めていく。

 

「あっ、そうだ……ハッサム」

 

 ハッと顔を上げたライトは、ふと思い出したかのようにハッサムを繰り出す。

フロストケイブに行きたいという意思を見せたのはこのポケモンだ。ならば、一応外に出したままにしておくというのが筋ではないだろうか。

 そのような考えで出したライトは、あちらこちらが凍りついている洞窟内を見回しながら質問してみる。

 

「ねえ、ハッサム。どうして此処に来たかったの?」

「……」

「……ん? メガリング?」

 

 無言のまま、鋏でライトの左腕に嵌められているメガリングを叩くハッサム。こんなに寒い中であればキンッキンに冷えているだろうメガリングを触っても尚、同じぐらいキンッキンに冷えているハッサムは、顔色を変えないままだ。

 メガリングを叩かれて、暫し茫然と立ち尽くすライト。

 しかし、何か思いついたのか、『ああ!』と声を上げてハッサムの顔を見つめた。

 

「もしかして、此処にハッサムのメガストーンが―――」

「きゃあああああ!!!?」

「あぼんッ!?」

 

 突如、ライトの背中に奔る衝撃。同時に、カチンコチンに凍った床も相まって、滑らかに地面を滑っていくライトは、背中にぶつかってきた人物と共にスィ~と洞窟内を滑っていき、大きめの氷柱に激突した辺りで止まる。

 

「てててっ……」

「す、すみませんわ! ちょっと足を滑らせて高い所から滑落してしまって……って、え? あ、ライトじゃありませんの!?」

「その声、は……ジー……ナ、うっ」

「ああああ、ライトォ~!?」

 

 ぶつかってきたのは、知り合いだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それで……イーブイをグレイシアに進化させたいから、フロストケイブに来ていると?」

「ええ。このフロストケイブのどこかにある大きな氷でできた岩……そこへ連れて行けば、進化させられるという手がかりを得ましたの!」

 

 ハキハキとした口調でライトに語りかける少女。彼女こそ、プラターヌの助手であり、尚且つライトと同様ポケモン図鑑を託された人物の一人―――ジーナだ。

 先程の事故もあってやや意気消沈しているライトであったが、ジーナの勢いに元気づけられ、だんだん顔色は良くなってきている。

 だが、彼の視線はジーナの太腿に向けられていた。所謂、絶対領域と呼ばれるボトムスとニーソックスを着用した際にできる、太腿の素肌が露わになっている部分。

 元々であろうが、健康的な褐色の肌をしているジーナの素肌は、周囲が雪や氷で白いフロストケイブではよく映える。

 

 そして、自分の絶対領域を見られている事に気が付いたジーナは、赤面した顔を赤色のマフラーで隠しながら眉を顰めた。

 

「……何を見ているんですの」

「……太腿寒くないの?」

「それは……寒いですけど」

「じゃあなんで長いの穿かないの?」

「い、一応理由があるんですの!」

 

 至極真面目な顔で質問してきたライトに、少しでも目の前の少年が下心を持って眺めていると思っていた自分の考えに恥ずかしくなったジーナは、声量を上げながら解説し始める。

 

「ほどよく寒いと、代謝が活発になって健康にいいんですの! 代謝がよくなればスタイルもうんたらかんたらで……」

「……つまり、女の子が冬とかでもスカート穿いてるのって、痩せる為ってこと?」

「いや、そういう目的の人も居るっていう訳であって、お洒落の為にスカートを穿いてる人も勿論居ますわよ! それに今あたくしが穿いているのはショートパンツであって、スカートではありませんのよ!」

 

 ショートパンツを穿いていると豪語するジーナ。ぶっちゃけどうでもよい発言に、なんと返せばいいのか分からず暫し硬直するライトであったが、そんな彼を見かねてハッサムが二人の前に躍り出た。

 それを見たライトは、『あっ、そうだ』と手を叩きハッサムの後を追っていく。

 

「ハッサム、わかるの?」

 

 ポンと肩に手を置けば、ハッサムは瞳を閉じたまま頷く。

 なにか、ハッサムにしか分からない波長のようなものを感じ取ってでもいるのだろうか。リザードンがリザードナイトから発せられる波長を感じる通り、ハッサムもまた、ハッサム専用のメガストーン―――『ハッサムナイト』の波長をこのフロストケイブの内部から感じ取っているのかもしれない。

 足早に洞窟を駆けて行くハッサムに伴い走るライトは、メガリングに嵌められているキーストーンを眺める。

 

 そんなライトの後ろからは、足を滑らせないように細心の注意を払いながらジーナが駆け寄ってきた。

 

「ちょっと、なんですの!? 急に走り出して……」

「この洞窟のどこかにハッサムのメガストーンがあるかもしれないんだ」

「あら! なら、あたくしのイーブイを進化させるついでに、一緒にメガストーンを探しましょうか」

(ついでなんだ……)

 

 プラターヌの助手としてはメガストーンを優先するべきではないかと考えたライトであったが、この旅はプラターヌに好きにするよう言われていたことを思い出す。

 そして、一緒に探すと言ってくれているのであれば、その好意に甘えるのがいいのではないかとも考え、一つ提案を挙げてみる。

 

「じゃあ、先にイーブイを進化させられる場所に行ってみよっか。それでいい? ハッサム」

 

 所謂、レディーファーストに準じた提案。レディーよりは、ガールの言葉が似合いそうなジーナにそういった提案をすると、『あら』と声を上げてジーナは嬉しそうに笑う。

 一方ハッサムは、『ライトがそう言うのであれば』という雰囲気で頷いた。

 フロストケイブを探索する上での指針が決まったところで、意気揚々と進んでいくジーナを先頭に、二人は凍てつく洞窟の中をどんどん突き進んでいく。

 

 吐息が白くなるほどの寒さ。余り長居はしたくないとばかりに二人の歩幅は大きくなる。

 

「あ、そう言えば」

「どうしたんですの?」

「そのマフラー、フウジョタウンで買ったの?」

「そうですわよ。ヒーローっぽくてカッコいく思いません?」

 

 首元に巻くマフラーを誇らしげに振り回すジーナ。特撮ヒーローが着用していそうなマフラーだが、

 

「いくらぐらいなの?」

「さあ? デクシオに買ってもらいましたもの」

「……え、なに? そういう関係だったの?」

「ち・が・い・ま・す。バトルしてあたくしが勝ったから、ブティックで買ってもらったんですの」

「あ、そうなんだ……」

「なんでちょっと残念そうな顔をしているんですの!?」

 

 シュンと目尻を下げるライトに、声を荒げるジーナ。

 ライトとしては、同じタイミングで旅に出たり、一緒に居る状況が多く見受けられた二人がそういう関係であってもおかしくはないと思ったのだが、ジーナのドスの効いた声を聞いて信じざるを得なくなった。

 すると、キッとした瞳を向けてくるジーナが『じゃあ』と声に出し、ライトに詰め寄ってくる。

 

「ライトには、仲が良い女の子は居ませんの? コルニちゃんとかはどうですの?」

「まあ、仲はいいと思うけど……なんていうか、友達だし」

「じゃあ、幼馴染は居ませんの?」

「幼馴染は居るよ」

「成程……付き合えばいいんじゃないですの?」

「なんで!?」

 

 突拍子のない提案に、目を見開くライト。

 そう言えば最近電話していないな、と考えながら浮かべる幼馴染の顔は勿論カノンであるが、彼女と付き合えと言われたライトは両手を横に振って、交際に対しての躊躇いを必死に表現する。

 

「因みに幼馴染は年上? 年下?」

「え? 確か……一つ年上」

「あらまあ。じゃあ、いずれ年齢を重ねた時に『もう、私より身長高くなって……』っていうシチュエーションができるじゃありませんの」

「いや、それはもうジーナの妄想じゃん!?」

「果たしてどうでしょう」

「意味深な感じで言わないで!」

 

 演技を交えながら、交際して暫くたったら起こり得るシチュエーションを口にしてみるジーナに、ライトは終始赤面してツッコみ続ける。

 因みに、現時点ではまだカノンの方の身長が高い為、実際に起こり得ることであることだということを、ここに追記しておこう。

 

 そのような会話はさておき、先程まで周囲に警戒しながらライト達の背後に付いていたハッサムが急に前に飛び出し、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 

「っ……どうしたの?」

 

 少しだけ緊張感が辺りを支配する。

 次の瞬間、ハッサムは最奥部に行くために坂となっている道を大急ぎで駆けて行った。

 

「そっちにあるの!?」

 

 聞こえる様にライトが叫べば、ハッサムは坂の途中で振り向いて頷いた。それを目の当たりにした二人は、イーブイの進化する場所よりも前に、メガストーンの回収に向かうことを同意するように、互いに頷く。

 軽快な足取りで坂を上っていく二人と一体。

 途端に空間が開け、二人の目の前には四方八方が凍りついている幻想的な空間が現れた。まるで映画のワンシーンにでも出てきそうな程、純白に染まった空間。

 しかしハッサムは、その空間を楽しむ様子もなく駆け出し、ツィーっと氷の床を滑って奥の方に見える部屋へと向かって行った。

 

 それを追うように二人もまた駆けて行くが、スケートをやったことがないライトの足取りは如何せん頼りない。

 対してジーナは、慣れているのか軽やかに前方へと滑り進んでいく。

 そう言えば、コルニにローラースケートを借りた時も真面に立つことができなかったことを思い出し、自分には滑る系のスポーツができないのだと改めて認識するライトは、仕方なしとばかりにゆっくりゆっくり確実に一歩ずつ進んでいった。

 

 ハッサムとジーナがジッと待っている場所まで、二分ほどかけて辿り着いたライトは、少しばかり疲弊した表情でハッサムの肩を掴む。

 

「はぁ……つ、疲れたァ」

「ふふん。ライトって、平衡感覚が意外にないんですのね」

「それは……うん、認める」

 

 苦笑を浮かべて平衡感覚がないことを認める少年に、ジーナは勝ち誇ったような笑みを浮かべて、タッタっと奥の部屋へ向かっていった。

 それを追って行けば、先程の空間よりかは小さいものの、大きな氷柱から小さな氷柱まで数多く並んでいる広間に辿り着く。

 自然が作りだした幻想的な空間というものは、人の目を奪うものであり、暫し二人は感嘆の息を漏らしながら部屋を見渡す。

 

 その間に、ハッサムは少し瞳を閉じながら、とある方向へと悠然と歩み進めていく。

 

 コツコツと綺麗に響く足跡。氷を踏みしめて前へ進むハッサムは、一つの氷壁の前で立ち止まり、

 

「―――ッ!!!」

 

 “バレットパンチ”。

 氷壁を打ち砕くほどの威力の鋏を振るった。人間で言うところの肘の関節まで氷壁にめり込んだハッサムの腕を見た二人は、唖然と口を開けていたものの、『バキッ』と音を立てて鋏を引き抜いたハッサムを―――否、鋏に挟まれている物体を目の当たりにし、息を飲んだ。

 紅色と藍鉄色が絡み合うかのような模様が、玉の中心に存在する石。

 まるでハッサムの体色そのものの色を取り込んだ石に、ライトはゴクリと唾を呑み込んだ。

 

 ドクンッと左腕から伝わってくる鼓動。リザードンの時と同じ、左腕にもう一つの心臓と脳が生まれたような感覚。

 まさしくそれは―――。

 

「メガ……ストーン」

 

 嬉々とした笑みを浮かべて呟くライトに対し、自分の鋏とメガストーンにこびり付いた氷をピッピッと払うハッサム。

 表情こそ、鋼のように変わらないものの、長年連れ添ってきたライトには分かる。彼も喜んでいると。

 そのようなハッサムに笑顔で駆け寄るライトは、はにかみながら左腕を掲げてみせる。

 

「やったね!」

 

 ハッサムが鋏で挟んでいるメガストーンに、自分のメガリングに嵌められているキーストーンをコツンと当ててみせた。

 その光景に、少し離れた場所で眺めていたジーナは、マフラーで隠れた口角を吊り上げる。

 

「ふふっ……ライト! じゃあ次は、あたくしの方を手伝ってもらいますわよ!」

「うん、オッ」

 

 

 

 ドシィィィン!!!

 

 

 

 直後、ライトとハッサムの目の前に現れる巨大な影が一つ。まるで大木を目の前にしたかのような威圧感に、ライトの言葉は途中で途切れた。

 途端に冷えはじめる空気に、ライトもブルッと思わず身を震わせ、目の前に現れた陰に目を遣る。

 

「……雪男?」

「ユキョォオオオ!!」

 

 惜しい。

 ライトの予想は外れたが、ポケットの中に図鑑がロトムによって起動し、目の前のポケモンの情報を読み取る。

 

『ユキノオー。じゅひょうポケモン。ブリザードを発生させてあたり一面を真っ白にしてしまう。別名、アイスモンスター』

 

 次の瞬間、ユキノオーは大きな口から途轍もない冷気を含む風を吐き出し始める。肉も骨も凍りついてしまうかのような冷気に、避けようとしたライトの体も止まってしまい、まんまとユキノオーの“ふぶき”の攻撃範囲に留まってしまった。

 『やばッ……!』と呟く間もなく、どんどん“ふぶき”の勢いは強まっていく。

 それを目の当たりにしたジーナは、何とかせねばとボールに手を掛けていたが、既に状況は移り変わっていた。

 

 “ふぶき”による冷気の奔流を真面に喰らいそうなライトの目の前にハッサムが躍り出て、主人を庇うように腕をクロスさせながらユキノオーの前に立ちはだかる。

 瞬く間にハッサムの体は凍りついてしまうが、ハッサムによって冷気が阻まれ、一瞬の自由を取り戻したライトは、キーストーンに指を当てた。

 直後、キーストーンとメガストーンから―――。

 

 

 

「光と結べ! メガシンカッ!!!」

 

 

 

 眩いばかりの光が、空間を照らし上げた。

 瞬間、“ふぶき”の音に紛れて重く鈍い音が空間に響き渡ると同時に、次第に“ふぶき”の勢いが衰えていく。

 “ふぶき”を放つことを止めた―――否、止めざるを得なくなったユキノオー。鳩尾に叩き込まれた重い一撃に暫し呼吸困難に陥ったユキノオーは、ドスンドスンと後ずさりをし、自分に攻撃を叩きこんだ相手から距離をとった。

 

「あ……あれは……!」

 

 ユキノオーが退けることによって見る事ができるようになった姿。

 全体的に丸みを帯びたシルエットから、鋭いシルエットへと変わったハッサム。最大の武器であった鋏は、更に厚みを帯びると同時に鋸の歯のようにギザギザとなっていた。

 肩や腰の付け根にあたる部分は、重厚な鎧を思わせる様に鈍色に変化し、額の部分にも似たような色の甲殻が出現している。

 そして、光に包まれる以前はしっかりと大地を踏みしめていた足が、今はコンパスのように鋭く鋭敏となっており、『足を着ける』というよりは『足を突き刺す』という状態でハッサムは踏ん張っていた。

 

「あれが……メガハッサムなんですの!?」

「ユ……ユキュ、キュゥウウ……」

「あ、逃げましたわ」

 

 メガハッサムの一撃を貰ったユキノオーは、力量差を理解したのか、大急ぎでどこかへと逃げていく。

 それを見届けている間、ハッサムの体に付着していた氷は急激に溶かされ、あまつさえ蒸気となって白い煙を発生させる。

 それだけメガハッサムの体温が急上昇しているということだろう。

 

「ありがと、ハッサム」

 

 一声かけてから意識を集中させてメガシンカを解くライト。図鑑の説明では、ハッサムは背中の翅で体温調節をしているという旨の説明が見受けられる。

 そして、メガシンカした後のハッサムは、普通のバトルではそれほど羽ばたかせない翅をこれでもかというほどに羽ばたかせていた。

 つまりそれは、メガシンカによって常に熱を放出しなければならない程のエネルギーを得てしまったということ。

 

 パワーは充分。しかし、それだけその身にかかる負担は大きい。

 

(トレーナーとの絆の象徴のメガシンカだけど……あんまりさせてあげない方が良いのかな?)

 

 普通の姿に戻ったハッサムの体をポンと叩けば、以前どおりの体温に戻っている事に安堵して、ホッと息を吐くライト。

 リザードンの件で既に理解していたが、トレーナーが思うよりもメガシンカによるポケモンへの負担は大きい。

 その力の大きさを自覚しなければ、身を滅ぼすのは自分自身。

 

「……僕もまだまだだよね。ジム戦とかも、いつも君に頼っちゃうし」

 

 ニッと笑いながら、バッグの中から取り出したオボンの実を差し出すライトは、自分の技量の未熟さを改めて感じながら、ハッサムの事を労う。

 

「よしっ! ジーナ! じゃあ、次はジーナの目的地に行こっか!」

「え? あ、ええ!」

 

 暫し、メガハッサムの強さに茫然としていたジーナであったが、少し離れてきた所から響いてくる少年の声によって我に返った。

 そして、ふとフシギバナが入っているボールを見遣る。

 

(……もっともっと頑張らなきゃ、ですね)

 

 カタカタ、と震えるボール。

 それだけの反応でジーナは満足し、フフンと鼻を鳴らす。

 

 

 

「さ、レッツゴーですわ!」

 



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第八十話 覗きを確認する為の覗きというジレンマ

「うふふ……!」

 

 嬉しそうにグレイシアを抱きかかえるジーナ。薄い水色の体毛は雪のようにふんわりと風に靡いており、触ってしまえば溶けてしまうでのはないかというほど柔らかい。

 耳は細長い菱形であり、額には水色の出っ張りが氷の王冠のように存在する。

 ネクタイ型の薄い物体はおさげのように垂れており、それも体毛よろしく吹き荒ぶ風に靡いていた。

 

『グレイシア。しんせつポケモン。体温をコントロールすることで、周囲の空気を凍らせてダイヤモンドダストを降らせる』

「お勤め御苦労さまです、ロトム」

「ケテッ♪」

 

 勝手に図鑑を起動し、グレイシアの情報を読み上げるロトム。

 慣れたものだとライトは、軽く礼を言って流す。

 

 そんなライトの横では、ルンルン気分のジーナがグレイシアに頬をスリスリと擦っているのが目に見えた。

 ユキノオーとのバトルの後、フロストケイブ内部に流れる川を渡った対岸先の奥の空間に、イーブイの進化の影響を与える氷の岩を発見し、順当にイーブイをグレイシアへと進化させたジーナ。

 パートナーが進化して嬉しいのは分かるが、この寒い中で【こおり】タイプのグレイシアを抱きしめるとは、ジーナも中々のチャレンジャーだとライトは苦笑を浮かべる。

 

 ライトはメガストーンを見つけ、ジーナもイーブイを進化させる目的を果たし、既にフロストケイブに残る理由は残っていない。

 そそくさと足早に洞窟を抜けようとする二人。

 外から差し込む日光が反射して、やや明るい洞窟を出口に向かって進んでいけば、角を曲がったところでパァっと視界が明るくなった。

 

「おっ、出口」

「ふう……これで寒い場所におさらばですわ! 外に出て、紅茶でも―――」

 

 ツルッ。

 

 ドテッ。

 

 ゴンッ。

 

(うわ、痛そう……)

「だ、大丈夫?」

 

 外に出るまであと一歩というところで足を滑らせ、後ろのめりに転び後頭部を打ったジーナを見て、ライトの表情は苦々しいものになる。

 グレイシアを抱きかかえたまま後頭部を打ったジーナは、暫く動かないものの、心配してグレイシアが頬をぺろぺろと舐めてきた辺りで目尻を緩ませ、

 

「踏んだり蹴ったりですわ、もうっ!!」

 

 荒げた声がフロストケイブ内に響き渡った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ、お帰りライト……とジーナちゃん! 久し振り……って、なんか元気が無さそうだけど大丈夫?」

「ご機嫌麗しゅう、コルニさん。あたくし、ちょっと頭痛が痛くて」

「頭痛が痛い? え?」

 

 重言を口にしながら頭を抱えるジーナに、コルニは心配そうに駆け寄る。とりあえず頭が痛いということは伝わるが、それが外的なものなのか内的なものなのかは分からない。

 だが、本人が『とりあえず大丈夫ですわ』と口にすることから、必要以上に心配を掛けるのも迷惑だろうと考えたコルニは、それ以上質問することはなかった。

 

 そこへ『それより』とにこやかに笑うライトが一歩前に出る。

 

「ビオラさんは? もう撮影に行った感じ?」

「うん! そろそろ始まるみたいだし……ジーナちゃんも見てく?」

「ええ、と言いたいところですけれど……ちょっと温かい飲み物を買いに行きたいですわ」

「飲み物? オッケー!」

 

 先に飲み物を買いに行きたいと言うジーナに対し、コルニは親指を立てながらライトの方に目を遣る。

 キョトンとした顔を浮かべるライトだが、そんな彼の肩をコルニはガッと掴み、

 

「ライト、頑張れ!」

「なんでその流れで僕なの!?」

「アタシ、待ってる間凄い寒くて今は一歩も動けそうにないの」

「……【かくとう】は【こおり】に強いのに?」

「【こおり】の技は【かくとう】に等倍だもん」

「……何を買ってくればいいの?」

 

 折れるライト。

 ジーナの方を一瞥すれば、『温かい紅茶で』と即答が返ってきた。そのまま向かおうと振り向けば、再び肩を掴んできたコルニが『アタシ、ミックスオレ』という言葉を投げかけられる。

 長い旅で距離感が縮まるというのも、如何なものかと覚える瞬間であった。

 パシリにさせられたライトは、深い溜め息を吐きながら自販機まで小走りで駆けて行く。

 

(最近、コルニの僕に対しての扱いがぞんざいな気がするんだけど……)

 

 軽やかな足取りで、会場のどこかに設置されているであろう自販機に向かうライトだが、中々見つかる気配はない。

 そもそも、スカイリレーの会場となる場所は雪の降り積もる林道だ。テントの下で販売はしていれど、自販機がある可能性は極めて低い。

 

(う~ん、販売所販売所っと……ん?)

 

 テントの下に販売所があると踏んだライトは、キョロキョロと人通りの激しい道を見渡す。

 するとライトは、雪が降り積もる林の奥に居る一人の男に目が付いた。

 この寒い天候に明らかに似合わなそうな黒尽くめの男が、横にモルフォンを連れてコソコソと奥の方へと消えていく。

 

―――なんだ、あの『怪しい』を絵に描いたような男の人は。

 

 心の中で囁くようなツッコみを入れたライトは、思わず歩みを止めて林の奥へ消えていく男をジッと見つめる。

 怪し過ぎて、先程言われた紅茶とミックスオレのことなどどこかへ飛んでしまうかのような衝撃を受けたライト。

 凍ったように暫し硬直するライトであったが、腹を括ったような瞳を浮かべると、一つのボールに手を掛ける。

 

「ジュカイン」

 

 白い雪の中ではやや目立ってしまう緑色の体色。だが、密林の中では無類の強さを誇るというジュカインを繰り出し、男の消えていった林の奥へと歩んでいくライト。

 ジュカインはそれを追うように、軽い身のこなしで木々を飛び移っていく。

 

 綿毛のような雪を踏めば、下に隠れている落ち葉をも踏む感覚を覚える林の中を進むライトとジュカイン。

 できるだけ音を立てないように男を追い掛けていき、薄暗い道なき道を進んでいくと―――。

 

(ん? テント……戻ってきたのかな?)

 

 ふと左を見遣れば、遠方の方にテントが見えた。そこで再びジュースの事を思いだすライトであったが、まずはあの男の動向を知りたい。

 好奇心、というよりは不審な人物が何かをしでかさないかと言う正義感の下で動くライト。

 

(ッ、止まった……)

 

 突然止まる男の歩み。同時にライトとジュカインの動きも止まり、男が何を見ているのかをジッと観察する。

 常人であれば見る事が難しそうな距離であったが、ライトは男が顔を向けている方向に何が在るのかを目に捉えた。

 

 切り株に座り、モゾモゾという動きをしている女性。遠方から見ても分かる程の胸の大きさを有す女性が、何やら空色のスーツのようなものを着こもうとしているのだ。

 よほど着辛いのか、服を着る事に集中していて、少し離れた場所で息を殺している男に気付く様子はない。

 

(え? 覗き?)

 

 このシチュエーション。完全に覗きだ。

 女性の着替えを見つめているなど、完全に覗きできしかない。そしてライトは、覗きをしている男に対して覗きを敢行している為、立場上覗きの覗きという訳のわからない状況に陥っている。

 

(わ、どうしよう……これって『覗きだ―――ッ!』って言えばいいのかな?)

 

 そう言えば、自分も覗きの犯人にされてしまうのではないかという一抹の不安を覚え、こっそりと男を観察し続ける。

 その気になれば、後で『貴方、覗いてましたよね?』と声を掛ければいい。バックにリザードンやハッサムなどの威圧感たっぷりのポケモン達を連れつつ。

 その時、男が動いた。何やらポケットから黒い箱のようなモノを取り出し、それを握りながらモルフォンに動くよう手で指示を出した。

 

 不審な動き。

 乗じて、ライトもジュカインに先行するよう手で指示を出す。もしもの時に備えて指示を出されたジュカインは、最小限の音しか立てず辺りに生える針葉樹林を駆けのぼり、ジッと男たちを見下ろした。

 モルフォンも音を立てず、着替えに没頭している女性の背後に近寄り、その羽にたっぷりと付着している鱗粉を―――。

 

 ザッ。

 

 ジュカインが動く。

 樹の幹を蹴り、凄まじい跳躍力で滑空するように地面に向かって行き、女性とモルフォンの間に入り込むよう着地する。

 着地の大きな衝撃で雪と落ち葉が舞い上がり、同時に流石に女性も自分の周囲で起きている異変に気がつき、何事かと後ろに振り返った。

 

「え!? え!? な、何です!?」

「ジュカイン、“めざめるパワー”!!」

 

 女性もモルフォンも驚く間もなくジュカインは、女性に“ねむりごな”を振りかけようとしたモルフォンに“めざめるパワー”を解き放つ。

 タイプは【ほのお】。【むし】を有すモルフォンには効果が抜群。

 ほぼ零距離で叩きこまれた“めざめるパワー”に、モルフォンはそのまま後方へと吹き飛び、背後にあった樹の幹に激突する。

 すると、樹に降り積もっていた雪が衝撃によって落下し、目をグルグルと回して戦闘不能になったモルフォンに降りかかった。

 

「だ、誰だ貴様!? ちっ、こうなったら作戦変更だ! カエンジシ、そいつに“やきつくす”だ!!」

「“りゅうのいぶき”!!」

 

 慌てふためく男は、少し遠回りをして女性の前に立ちはだかったライトを目の当たりにし、舌打ちをしながらモルフォンに代わる別のポケモンを繰り出す。

 立派な紅い鬣を靡かせるポケモン―――カエンジシは、ジュカイン目がけて唸りを上げる炎を吐き出した。

 対するジュカインもまた、青紫色の炎を吐き出してカエンジシの“やきつくす”を相殺する。

 その間ライトは、襲われそうになった女性の顔を見てハッとした。

 

「ガーベラさん、でしたよね……?」

「はい、そうです! えっと、これはどういう状況なのですか?」

「短く言えば、ガーベラさんの着替えをあの人が覗いてました!」

「え~~~!? の、覗きです―――ッ!! きゃ~~~!!」

 

 女性らしい甲高い声を上げるガーベラに、テントの方からは『なんだなんだ!?』と大会のスタッフたちのどよめきが聞こえてくる。

 その声に黒尽くめの男は、苦々しい顔を浮かべてライトとガーベラを見遣った。

 

「くっ……さっさと片付けて、お前のメガストーンとキーストーンを奪ってやる!! カエンジシ、“とっしん”だ!!」

「ジュカイン!?」

 

 カエンジシが雄叫びを上げながらジュカインの胴に“とっしん”を喰らわせた。余りの威力に吹き飛ぶジュカインであったが、上手く体勢を整えて木の幹に足を着ける。

 樹を上る為のトゲが生えている故にできる芸当。それを目の当たりにしたガーベラや黒尽くめの男は驚くように目を見開くが、男は早くこの邪魔者を片付けたいという意思から、声を荒げて指示を出す。

 

「“かえんほうしゃ”でぶったおせ!!」

 

 紅蓮の炎が、樹の幹に佇むジュカイン目がけて爬行する。

 だが、

 

「躱せ!!」

 

 樹の幹がめり込むほどの脚力で地面に飛んだジュカインに“かえんほうしゃ”は当たることなく、ただ湿った樹を少しばかり焦がすだけに終わった。

 対して再び地面に足を着けたジュカインは、“でんこうせっか”でカエンジシに肉迫する。

 先程のモルフォン同様、ほぼ零距離での対面。

 ヒットアンドアウェイを得意とするジュカインにとって、まさに攻勢に転じた際の光景に、ライトは目を見開いた。

 

(あの技はまだ未完成だけど……この距離なら―――!!)

 

 

 

「―――“きあいだま”ぁああ!!!」

 

 

 

 コルニのルカリオの“はどうだん”よろしく、腰の脇で腕を構えるジュカインの掌の間に、眩い光が瞬き始める。

 山吹色の煌めく光弾はどんどん膨れ上がっていき、直径一メートルほどに膨れ上がった瞬間、『バチッ』とエネルギーが漏れ出す音が周囲に奔った。

 

 刹那、ジュカインは歯を食い縛りながら腕を前へ突き出し、“きあいだま”をカエンジシに解き放つ。

 ほぼ零距離で放たれた一撃に躱す余裕もなかったカエンジシは、真正面から“きあいだま”を喰らう。

 

「ゴ、アアアアアアアッ!!!?」

 

 咆哮。

 カエンジシを呑み込む光弾は、その大きな体を呑み込んだまま後方に凄まじい速度で走っていく。

 “きあいだま”が通った軌道では、樹の幹も抉れ、地面に降り積もっていた雪も融けており、元々雪の下にあった地面を覗くことすら可能となった。

 それほどのパワーを持つ光弾を受けたカエンジシは、背後にあった樹の幹にぶつかると同時に爆ぜたエネルギーと共に、地面に崩れ落ちる。

 

「フシュ――――ッ!!!」

 

 相手を一撃で伸すほどの威力を有す技を放ったジュカインは、全身に込めていた筋肉を弛緩させるため、一度大きく息を吐いた。

 かなり堪えているのか、一発放っただけであるにも拘わらず息を切らしているという状況だ。

 アッシュのルカリオの“きあいだま”をラーニングという形で習得しようとしているジュカインだが、まだまだ未完成といったところである。

 だが、威力は充分そうだ。

 

「は……はぁ!?」

 

 カエンジシを倒されてしまった男は、唖然とした表情を浮かべていたが、ライト達の背後からぞろぞろとやって来たスタッフや野次馬を目の当たりにし、『ヤバい』と呟き逃げようとする。

 そんなところへやって来たのは、

 

「ライト君! これは……どういう状況?」

 

 スタッフと共にやって来たビオラが、何故か選手と共に居るライトに気付いて声を上げる。

 ジムリーダーが来れば、後の結末は決まったようなもの。

 ライトは、逃げていく男を指差してこう言い放った。

 

「覗きです」

「覗き!? 成程、女性の敵だわ! アギルダー、“みずしゅりけん”よ!!」

 

 ネットボールと呼ばれる網目のついたボールを投げ飛ばすビオラ。中からはマフラーを靡かせて、尚且つヘルメットを被るような―――所謂ライダーのような姿のポケモンが飛び出し、凄まじい速さで林の中を駆け抜けていき男の前に降り立った。

 ジュカインを上回るスピードで回り込んだアギルダーは、そのちょこんとした手に粘性の水で固めた手裏剣を携え、男に投げ飛ばす。

 

 凄まじい速度で投げ飛ばされた手裏剣は、男の体ではなく、着ている服に次々と刺さっていく。

 その速度によって思わず倒れ込んだ男を地面に縫い付けるような手裏剣。

 寸分の狂いも無く、男には傷を付けずして服だけを縫い付ける技は、流石はジムリーダーの手持ちといったところだろうか。

 動けなくなった男の下へは、大会のスタッフと思しき者達が走っていき、男の腕を抱える様にして拘束し、どこかへ連れて行った。

 

 一件落着、と思いきや―――。

 

「あぁ~~!?」

 

 大声を上げるガーベラに、ホッと一息吐いていたライトとビオラが何事かと目を見開く。

 ガーベラの方に目を遣れば、未だ着終えていない飛行服の上半身部分を持ちながら、若干涙目になっているガーベラの姿が見える。

 

「驚いた所為で、飛行服に空気が入っちゃったです~~~! 上半身だけでも二十分は掛かるのにぃ~~~!」

「あっちゃ~……」

 

 ライトが意味が分からないという顔を浮かべている一方で、ビオラは納得したようにウンウンと頷いている。

 その間にも、飛行服に空気が入ったと嘆くガーベラは地団太を踏んでいるが、その度にポヨンポヨンと胸が揺れていた。

 健全な男子には厳しい光景だ。

 なんとか見まいとするライトは、とりあえずビオラに声を掛けてみる。

 

「えっと……なんで飛行服に空気が入ると駄目なんですか?」

「空気抵抗の問題ね。少しでも空気が入ると、上手く飛べないらしいの。素人目には解らないけど、やっぱり彼女もプロってことね」

「はぁ……」

「うわぁ~ん! 着直しですぅ~~!」

 

 引き攣った顔を浮かべるライトの横では、未だに嘆き喚くガーベラが居るが、

 

「……やむなしです」

「ここで脱がないで下さい!!」

 

 一から飛行服を着直そうと下半身部分を脱ごうとする。その際、チラリと見えてしまった下着に赤面したライトは、大声を上げながら止めようとするのであった。

 

 因みに柄は、チルット柄だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『今回のポケモンスカイリレー・フウジョ大会を制したのは、カロスが誇るトップオブスカイトレーナー、ガーベラだぁ―――ッ!!! やはり彼女は強かったぁ!!』

 

 実況の声がスピーカーを通して響き渡れば、観客が上げる歓声が巻き起こった。

 スタート地点兼ゴール地点である場所には巨大なモニターが設置されており、そこには満面の笑みで手を振るガーベラの姿が映っている。

 試合直前のアクシデントがあれど、試合に関しては他を寄せ付けない【ひこう】ポケモンへの的確な指示で、後半は独走状態であった。

 

 『ありがとうございますです!』と、応援してくれた者達への感謝の言葉を述べるガーベラの言葉に耳を傾けながら、観戦していたライト達はパチパチと惜しみない拍手を送る。

 

「レース、凄かったね!」

「ええ、思わずポッポ肌が立ってしまいましたもの!」

 

 キャピキャピとレースの感想を言い合う女子二人を横目に、顎に手を当てて思案を巡らせているような様子を見せる。

 

(レースのピジョットの動き……疾風(はや)かったなぁ)

 

 完全に思案中となるライトには、周りの光景が目に映らない。

 代わりに、脳内にガーベラのピジョットの動きがリフレインされ、その度こう思った。

 

 リザードンをどう戦わせてあげるべきか、と。

 

 そのままの姿であれば【ほのお】・【ひこう】であるリザードンであるが、メガシンカすれば【ひこう】が【ドラゴン】へと変わる。

 飛べることには変わらないが、相手からの攻撃に対する耐性が変わることから、ライトにとっては大きな問題へと発展していた。

 

 メガシンカを前提とし、あくまで【ほのお】・【ドラゴン】タイプとしての戦い方をさせてあげるべきか。

 それとも、メガシンカする前と後では違った戦い方をさせて変化をつけるべきか。

 

 メガシンカによるタイプの変化についての悩み。

 

 相手によってはメガシンカをしない時の方が良い場合もあるだろう。だが、メガシンカ前と後で戦い方を変えるのであれば、それなりの特訓の時間を有す筈。

 あと一か月ほどの旅の期間に、果たしてそれだけの業が自分にできるだろうか。

 

 それがライトの今の悩みとなっていた。

 

(はぁ……どうしよっかな……)

 

 ガシガシと頭を掻くライト。

 この時、ライトは気付いていなかった。自分に停滞期というものが近付いているということに。

 



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第八十一話 電話の時は相手を確認しよう

 プルルルル。

 

「はい、もしもし?」

『ライト? 私。元気?』

「カノン? うん、元気だけど……どうしたの?」

 

 スカイリレーの大会を観戦した後、ポケモンセンターに戻ったライト。これから夕食で、そろそろヒンバスの為のポロックを作ろうという最中に掛かってきた電話は、幼馴染からであった。

 

『いや、なんか最近電話してくれないなぁ~って……』

「あぁ、うん……なんかゴメン」

『ううん! そんな気にしなくてもいいから!』

 

 少し口籠るライト。その理由が、一瞬レッドの声で『電話にでんわ』という駄洒落が脳内で再生されたからだということは、黙っておくことにした。

 言われてみれば、最近電話をすることは少なくなっていたと、ライトは考える。

 大きくなったポケモン達に対してのケアや、ナナミへ送るレポート作成。更に、知識を付ける為にコルニから貸してもらった本を読み、最近ではヒンバスの為のポロック作りというのも、一日の過程の中に入っていた為、必須ではなかった電話のことなどすっかり忘れていたことは、否定できるものではなかった。

 

 とりあえず何を話してみようかと思案を巡らせる。

 一先ずは、

 

「そう言えば、皆進化して大きくなったよ。ストライクはハッサムになったし、ヒトカゲはもうリザードンだし、他の手持ちも……」

『へえ~! 今度見せてね! ライトの手持ちの子達!』

「もちろん! あっ、アルトマーレの皆はどんな感じ? ギャラドスとか、ハクリューとか……あとはラティオスとラティアスとか」

『ギャラドスはいつも通りよ。ハクリューもすっかり元気になったし……う~ん……あっ、そうだ! 前からラティアスは私に変身してたけど、最近はラティオスがライトに変身して町に出かけるようになった!』

「え、ホント?」

 

 新事実発覚に、ライトは驚愕の色を顔に浮かべた。

 顔は見えずとも、声色からライトが驚いたことを察したカノンは、クスクスと笑いながら話を続ける。

 

『大丈夫。ラティアスが心配で、少し離れた場所で眺めるみたいに付いていってるだけだから。ラティオスはそんな悪戯なんかしないって』

「いや……それって遠目から見る構図が完全に僕がカノンをストーカーしてるみたいじゃん……」

『あっ』

 

 言われてみればと声を上げるカノン。

 数時間前に起こった事がアレな為、覗きやストーカーについては少々過敏になっているライトは、妹を心配する兄の構図が、カノンを自分がストーカーしている光景にしか想像することができなかったのだ。

 だからといって兄妹仲良く歩かせても、傍から見れば『あの二人くっ付いたんだ』と思われて後々ややこしい事態になる。

 そう。これは由々しき事態なのだ。

 

「……ちょっとラティオスを説得して」

『う、うん。その……私も困るしね』

 

 本当は別に勘違いされてもさほど困らないとは言えない。

 波風立てないような返答をして、通話している二人は乾いた笑いを浮かべる。引っ越したばかりの頃は、共にお風呂に入る程度には仲が良かった二人だが、羞恥心やら思春期やらで、面と向かって話すとなると恥ずかしくて言葉に詰まってしまう。

 暫しの沈黙。

 

「えっと……また明日でいい? 今は、手持ちの皆のご飯の準備とかがあるから」

『え、あ、うん! そう言えば時差があったのよね、ゴメン!』

「ううん。なんか久し振りに声聞けてホッとした。ありがと、カノン」

『あ……うん。ふふっ、じゃあまた明日』

「うん。じゃあね」

 

 最後は穏やかな空気のまま通話を終了させる二人。幼馴染との久し振りの会話を果たしたライトは、得も言えない緊張感を深呼吸で和らげ、今まさに作ろうとしていたポロック作りを再開しようとする。

 青色の木の実を袋から取り出そうとするライト。

 その瞬間、

 

「ケテッ!」

「え? あっ、ロトム! ちょっと!?」

 

 突然図鑑から飛び出したロトムが、木の実袋の中から適当な色の木の実を四つ取り出したかと思いきや、そのままポロックキットのミキサーの中へ放り投げる。

 それだけであれば、まだ取り返しはつく。

 だが、続けざまにロトムはポロックキットの中に入り込み、ライトが木の実を取りだす間もなく、ミキサーの歯の部分を回転させ始めた。

 

「ああああっ! 変な味になるから! ストップ! ロトム、めッ!」

 

 ライトの努力は虚しく、ポロックが出来上がる三分間ずっとロトムを止めようとしても、ミキサーが止まることはなかった。

 きっちり三分経てば『チーン』と音がなり、下の取り出し口から見慣れないポロックが四つ程出て来る。

 どんな味ができたのかと不安な顔を見せるライトと、その凄惨な現場を真後ろで眺めていた実際に食べる当人(ヒンバス)

 

「……なんか、カラフルなラムネみたいなのができたよぉ」

 

 出てきたのは、白い四角形の中に赤や青、黄など木の実の皮や身などがカラフルに入り混じったようなポロックだ。

 一瞬、ラムネにも見えなくは無かったが、問題なのは味である。

 

「でも、香りはいいし……あむ」

 

 ポケモンに食べさせる前に、一先ずトレーナーである自分が食べてみよう。

 そう考えたライトは、出てきたカラフルな色合いのポロックを口の中に放り投げ、咀嚼音を立てながらポロックを実食する。

 本来はポケモンの菓子ではあるが、素材は木の実のみ。人間が食べてもさほど問題はない筈。

 そう自分に言い聞かせながら、最初は苦々しい顔でポロックを食べていたライト。しかし、次第に頬は緩んでいく。

 

「ん! なんか、高級なフルーツを食べてるみたい……」

「ケテケテッ!」

「美味しいし、今日はこれでいいっか。はい、ヒンバス!」

「ミ……」

「……どうしたの?」

 

 偶然完成したポロックに、意気揚々といった感じでヒンバスにポロックを差し出したライトであったが、どこか浮かない顔を浮かべているヒンバスに、何か気に喰わないことでもあったのかと勘繰るライト。

 

「このポロックが美味しくなさそう? 大丈夫だよ。美味しくなかったら、『ぺっ』ってしてもいいよ?」

「……ミ」

 

 不承不承といった様子で、差し出されたポロックを食べるヒンバス。

 最初こそ浮かない様子であったヒンバスも、ポロックを食べた後は顔を綻ばせて笑みを浮かべてみせる。

 だが、その笑みもどこかぎこちない。

 

(やっぱりいつものが良かったのかな?)

 

 やはり人間とポケモンの味覚は少し違うのか。

 人が食べても美味しいと感じたポロックも、ヒンバスにとっては最近食べ始めた青色のポロックの方が舌に合っていたのだと考えたライトは、次の食事は再び青色のポロックを食べさせてあげようと決意する。

 

 だが、この時ヒンバスの表情が浮かないものであった理由が、“焦り”であるということをライトはまだ知らなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 17番道路―――通称『マンムーロード』。何故そう呼ばれているのかというのは、現在ライト達の目の前に佇んでいる巨体が全てを説明していた。

 

「わぁ~……」

『マンムー。2ほんキバポケモン。一万年前から氷の下から発見されたこともあるほど、大昔からいたポケモン』

「ムゥ~~!!」

 

 ロトムによるマンムーの説明が終わったところで、ライトの前に居るマンムーが咆哮を上げた。

 ふさふさの体毛を吹雪に靡かせながら二本牙を振り上げる姿は、雄々しく立派なものである。

 

「この17番道路は積雪と吹雪がひどいから、マンムーさんに乗らないと進めないんだ。君達はサイホーンに乗ったことは?」

 

 そう問いかけてくるのは、この17番道路を管理しているポケモンレンジャーだ。彼が言った通り、17番道路は積雪と吹雪がひどい為、マンムーに乗らなければ進むことができない。

 以前、輝きの洞窟に向かう際に乗ったサイホーンと似たような理由だが、こちらは足場に加えて吹雪と来ている。

 【ひこう】タイプのポケモンであっても、空を飛んで移動するのは至難の業だ。

 その為、必然的に陸路を通ることとなり、適役であるマンムーが駆り出されている。

 

「あります!」

「じゃあ、大丈夫だね。要領はサイホーンと同じだよ。道はマンムーさんが覚えてくれているから、基本的に何もしなくてもヒャッコクシティまで向かってくれるさ。着いた後は、向こう側に居るポケモンレンジャーに預けてね」

「はい! よろしくね、マンムーさん!」

「ムゥ~!」

 

 マンムーの頬辺りを優しく撫でるライト。それに対しマンムーは、『了解した』と言わんばかりの力強い瞳を浮かべながら頷いてみせる。

 一通りの説明を終えた後、軽い身のこなしでマンムーの背中まで移動するライトは、一旦背中をポンポンと叩いた。

 以前サイホーンに乗った際に、局部に大ダメージを負うという事態に見舞われたからだ。

 特に危ないものがないことを確認したライトは、時同じくマンムーの背中に乗ったコルニに合図を出して、白い雪が荒ぶる豪雪地帯を突き進もうとする。

 

 流石に今迄の恰好では寒すぎると判断したため、二人はコートを纏っているなど、防寒対策はばっちりだ。

 因みに、昨日行動を少し共にしたジーナは、『もう少しフウジョタウンでやりたいことがあるので残りますわ』という事で、今は別々である。

 ノシノシと進んでいくマンムー。

 ゆっくりと進む巨体には、時間が経つごとに白い雪が降り積もり、茶色い毛並が隠れてしまっていく。

 

 払った方がいいのかな?

 

 そのようなことを考えて、ふと並走するコルニの方に目を向けると、

 

「危なっ!?」

「あっ、避けられた!」

「なんでいきなり雪玉投げつけてくるの!?」

 

 手袋を嵌めた手でしっかりと握り固めた雪玉を投げつけてくるコルニ。間一髪のところで頭を傾けて、飛んで来る雪玉を回避したライトは、冷や汗を垂らしながらコルニに抗議する。

 するとコルニは、『てへへ』と頭を掻きながらこう言い放った。

 

「だって……雪降ってるとテンションあがらない?」

「それと雪玉を投げつけてくるのに関連性はあるの?」

「雪と言ったら雪合戦でしょ!」

「そう言いながら雪を固めないで!!」

 

 おにぎりを握るかの如く、マンムーの背中に降り積もった雪を固めるコルニに『ああ、もう!』と声を上げるライトは、自分もとばかりに雪をかき集めて固め始める。

 完全に臨戦態勢に入った二人。

 だが、マンムー達は気にも留めずにノシノシと歩みを進める。

 

「ていッ!」

「ふっ!」

「避けられた!?」

「お返し!」

「ぶわぁ!?」

 

 再び投げつけられる雪玉を回避したライトは、持ち前の肩の力で雪玉を投げつける。ビュッと風を切る音を奏でながら宙を奔る雪玉は、コルニの顔面に直撃した。

 適度に固めたものである為、それほど痛くはない筈。だが、投げた人物がマサラ出身であれば話は別だ。

 イシツブテ合戦で鍛えた肩、侮る事なかれ。

 

 思わぬ剛速球を受けたコルニは、暫し雪まみれの顔でプルプルと震えていたものの、カッと目を見開いて拳を掲げる。

 

「ふ、ふふ……そっちがその気なら」

「いや、始めたのはコルニだから」

「アタシも全力でやらせてもらうよ!」

「いや、あの……だから始めたのはそっちだって。コルニさん?」

「命! 爆発っ!」

「コルニさん? お話聞いて。コルニさん?」

 

 完全にやる気になったコルニは、目を煌々と輝かせながら俊敏な動きで雪をかき集める。

 それに対し、深い溜め息を吐くライトは、マンムーに一言『ちょっとゴメンね』と開けてから雪をかき集め、

 

「……やるなら、全力でやろう。童心にかえって!」

「うりゃああ!!」

 

 この後、めちゃくちゃ雪合戦をしたのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ヘブシッ! ……ありがとう、マンムーさん」

「ムゥ~」

 

 くしゃみをしながらマンムーたちに礼を言うライト。マンムーに乗って17番道路を踏破したライト達は、顔や胸辺りが雪まみれで寒いのやら、雪合戦で動いて熱いのやらで何が何だか分からない状態となっていた。

 世話になったマンムーを、ゲート付近で待機していたポケモンレンジャーに返した後は、有名な日時計があるというヒャッコクシティまでもう少しだ。

 

「年甲斐も無くはしゃいだ結果がこれ……寒い」

「うう……ワカシャモ、出てきて」

 

 雪合戦を仕掛けたコルニはブルブルと震えながらワカシャモを繰り出し、何時ぞやと同じようにワカシャモを湯たんぽ代わりに抱きしめた。

 コルニにとっては、ポカポカふさふさと気持ちいい抱き枕だ。

 しかし、ワカシャモにとっては不愉快極まりない状況。コルニの顔に付いている雪が溶ければ、水滴となって自分に滴り落ちてくる。

 それが我慢ならないのか、ワカシャモもブルブルと震え―――。

 

「シャ……シャモォオオオ!!」

「「えっ」」

「バッシャアアアアア!!!」

 

 突如、メキメキと音を立てて肥大化していくワカシャモの体。どんどん大きくなっていく体はやがてコルニよりも大きくなり、とても抱きかかえられる大きさではなくなった。

 神々しい光を纏って大きくなったワカシャモ。最後に光が爆ぜれば、紅蓮の羽毛を靡かせる鳥人が、逆にコルニをお姫様だっこのように抱きかかえる。

 

「……進化した」

『バシャーモ。もうかポケモン。30階建てのビルをジャンプで飛び越す跳躍力。炎のパンチが相手を焼き尽くす』

「なんでこのタイミング?」

 

 ライトが茫然と立ち尽くしている間、ロトムによって説明されるバシャーモの生態。

 別にポケモンバトルをしている訳でも、特訓している訳でもない状況で進化を果たしたバシャーモ。

 苦笑を浮かべるライトに対しコルニは、『あったか~い』とバシャーモに身を寄せながらこう言い放つ。

 

「……アタシが寒がってたからじゃない?」

「だとしたら理由がしょうもないと思うけど」

「気にしない気にしない。一休み一休み」

 

 如何せん、進化の理由がしょうもない気もするが、主人の為に進化したと言い換えれば多少マシな進化の理由となるだろう。

 そんなことを思っていたライトは、ブルッと身を震わせながらゲートを進んでいく。

 先程から、背後から吹いてくる冷たい風に、そろそろ手足の先が限界を迎えそうになっている。

 早めにポケモンセンターかどこかへ暖かい場所に入って、雪まみれになった服をどうにかしたい。

 切実にそう望んでいるライトの歩幅はどんどん広くなっていく。

 

「とりあえず、ポケモンセンターかどこかに行こう……凍えそうだよ……」

「ライトもリザードン出して抱き着けばいいのに」

「バシャーモみたいに毛がふさふさじゃないから。どっちかって言ったらスベスベだから」

 

 羽毛が生えているバシャーモと違い、リザードンに毛はほとんど生えていない。

 しかし、その気になれば温まることはできる。尻尾の炎をたき火のように扱い、真正面から発せられる熱をその身に浴びせながら、という感じで。

 となると、バシャーモは電気毛布か―――などという考えは捨ておいて、足早にヒャッコクシティに入ろうとゲートを潜ったのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「そこの貴方。ポケモンの思い出を聞いてみたりはしませんか?」

「へぇ?」

 

 間の抜けた声。

 ポケモンセンターにやって来て、いざ入ろうとしたその瞬間に話しかけられたライトは、首を傾げる。

 話しかけてきたのは振り袖を着た女性。にこやかに笑う女性であるが、余りに突拍子の無い質問に、ライトは引きつった表情を浮かべることしかできない。

 

「あの……思い出を聞いてみるって、具体的にどういうことで?」

「あたくし、ポケモンの思い出を読み取れる、その名も思い出娘」

「はぁ」

「言い換えればエスパー的な感じなんだけれどね」

(自分で言うものなんだ……)

 

 自分を自分でエスパーと呼ぶなど、相当の実力がなければ言わないだろう。カントーで言えば、ヤマブキジムのジムリーダーであるナツメがエスパー少女(昔)言われていたが。それと同じ類なのだろう。

 思わぬ提案に『う~ん』と呻くライトだが、バシャーモの横に立っているコルニがあっけらかんとした顔でこう呟く。

 

「折角だし、やってみれば?」

「他人事だよね。まあ、いいですけど……」

「そうですか! じゃあ、早速……」

 

 ジッとライトのボールを見つめる思い出娘。わざわざボールから出すよう言わない事から、ボールの中に入ったままでも思い出を読み取ることができるのだろう。

 気分としては、マジックショーーを見物していたら、突然誘われて参加させられたような気分のライト。

 暫し、沈黙が辺りを支配するが―――。

 

「君のハッサム……君と出会って少しした後で参加したバトルの大会の優勝賞品だったお菓子が、とても美味しくていい思い出になっているらしいわ」

 

 思い出娘の言葉にハッとした顔を浮かべ、『どうなの?』と尋ねてくるコルニに無言で頷いてみせるライト。

 確かに、ハッサムがまだストライクだった頃に、ヨシノシティで行われたジュニアバトル大会に参加して優勝し、商品のお菓子を分け合って食べたことがある。

 すると、続けざまに思い出娘は語る。

 

「君のリザードンは、海が綺麗な所の桟橋で飲んだソーダが、印象に残ってるらしいわ」

(あ……あの時の)

「ヒンバスは……初めてのジム戦で勝てたこと。これに尽きてるわね」

(うんうん。あれかぁ)

「ブラッキーは、生まれて初めて見たあなたの顔が印象に残ってるわね」

(あぁ~……)

 

 次々と思い出娘の口から語られる、自分とポケモン達の思い出に、どこか感慨深い物を感じながら頷くライト。

 

「ジュカインは……うん……そうねぇ。最近挑戦したジムで勝って、その後進化したのが思い出」

(マーシュさんとのバトルかぁ)

「最後にロトムは、初めて出会った時の君の顔がとっても面白かったらしいわ、うふふっ!」

(心当たりがバリバリある)

 

 気絶するほど驚いたのだ。それはもう滑稽な程の驚いた顔を浮かべたことだろう。

 だが、こうして改めて思い出を振り返ってみると、楽しい思い出が多くある。

 特にジムへの挑戦などは、全員で一つの壁を越えたという事をジムバッジを以て証明されているのだ。

 言うなれば、ジム突破は旅の節目。

 

 それも残り二つと来たところだ。

 

 長かったような、短かったような。だが、これでもまだまだ夢の途中。気合いを入れていかなければいけないのは、寧ろこれからであるのだ。

 

「……よし! ありがとうございました!」

「いえいえ。趣味でやっているだけですので」

 

 思い出娘に礼を言うライト。

 だが、突然バッグの中から『プルルル』と着信音が鳴り響く。ポケギアに誰かが電話を掛けているのだろうと思ったライトは、画面に映し出されている名前も確認せずに通話ボタンを押す。

 

 

 

 

 

「もしもし?」

『おっっっねえちゃんよォ―――――ッ!!!!』

「耳がぁ―――ッ!!!?」

 

 

 

▼ブルーの ハイパーボイス!

 

 

 

▼こうかは ばつぐんだ!

 

 

 

 姉の大声で鼓膜をやられた少年の悲痛な叫び声は、ヒャッコクシティに響き渡るのであった。

 



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第八十二話 急かされると力って出ないよね

 

「う……うっ……」

「……どうしたの、ブルー? 貴方らしくもない」

「ナツメさぁん。実はさっき弟に電話したんですけど」

「電話したけど?」

「大声出し過ぎたから、『姉さんのこと嫌いになるよ』って……あぁぁああぁぁ!!」

「……自業自得ね」

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ねえ、ライト」

「ん~?」

「なんで、わざわざ外でポロック作ってるの?」

 

 ポケモンセンター脇に在るバトルコート。そのコート脇にあるベンチに座りながら、ポロックキットを操作してポロックを製作しているライトに、コルニは訝しげな顔で問いかける。

ヒャッコクシティに着いた後、ジム戦の予約を入れたライト。普段であれば、明日のジム戦に備えてポケモン達と共に特訓をしている所だが、今日はポケモン達には目もくれずにポロック作りときている。

 

「……時間つぶし、かなぁ?」

「『かなぁ?』って、アタシに言われても……」

「別に僕があーだこーだ言うのもアレだしさ。ほら、皆は皆で練習してるし」

 

 フッと微笑んで目を遣るライト。その視線の先には、乱戦の形でバトルを繰り広げているライトの手持ち達が居る。

 混戦を極めている中でも、きっちりと相手は決まっているらしく、リザードンVSハッサム、ジュカインVSブラッキーなどと言った組み合わせのようだ。

 ライトが自主的に練習をしている手持ち達を眺めて微笑んでいる光景に、『ふ~ん』と呟くコルニであったが、ふとライトが声を上げた事に反応する。

 

 パッとコートの方を見れば、背中のタネを煌々と煌めかせているジュカインが、四つん這いになって口腔から竜の形をしたエネルギーを吐き出していた。

 それを真正面から受け止めるブラッキー。ちょっとした爆発が起きるほどの威力の技であったが、すぐさまブラッキーは“つきのひかり”でダメージを回復する。

 

「“りゅうのはどう”……今のは良い感じだったんじゃないの?」

「ジュカッ!」

 

 “りゅうのはどう”を初めて放てたジュカインに笑みを送る。それに対してジュカインは、拳をグッと掲げてライトの声に応えた。

 着々と技のレパートリーを増やすジュカイン。

 以前の弱腰は息を潜め、ライトの手持ちの立派な戦力に成長している。

 そんな、どんどん頼もしくなっていくパートナーたちの為のクッキングを、ライトは今行っているのだ。

 

 対してコルニは、未だ納得できないままライトの隣に腰掛ける。

 

「……なんか意外。ライトって、手持ちの子達とはグイグイ詰め寄るイメージだから」

「詰め寄るってその言い方……」

「いや、お互いを知る為の触れ合いが多いって意味だから! だから、なんて言うか……この放任的? な感じの練習をさせるのって意外だなぁ~、って」

「う~ん……そうかな?」

 

 『チーン』と出来上がったポロックを取り出したライトは、出来栄えに納得しながら、次なるポロックの材料となる木の実を入れる。

 その途中でライトは、『でも』と口にしてからポロックキットのボタンを押した。

 

「いつもべったりと一緒だったら、窮屈に感じると思うんだ。僕もいつもベタベタされたら、ちょっと窮屈と感じるし……」

「あぁ~……」

 

 苦笑を浮かべるライトにコルニは、先程目の前の少年に電話を掛けてきた女性の事を思いだす。

 確かに、どれだけ愛されていようが、四六時中べったりは苦しいだろう。

 

「だから、偶には好き勝手やらせてみるのもいいと思ったんだ。皆、僕が思ってるより真面目だし」

 

 『ちょっと個性的でもあるけど』と最後に付けくわえながら、ライトは先程購入していたサイコソーダに口を付ける。

 シュワっと口の中に広がる爽やかなフレーバーを感じた後は、公式試合並みに激しいバトルを繰り広げている手持ち達を再び見遣った。

 その際、バトルには参加せずにしょぼんと佇んでいるヒンバスの頭を撫でる。

 

 少し擽るような撫で方をしているライトを見ながら、コルニは『それもそうだね』と肯定しながら口を開いた。

 

「でもさぁ、ホントはもっと皆を知りたいとか、そんなこと考えてるんじゃないの?」

「ん~……まぁ、そうだけどさ」

「そうだけど?」

「いきなり色々知ったら、逆に困ると思うからさ」

 

 先程出来た青色ポロックをヒンバスに食べさせるライトは、帽子のつばを掴んで深く被り込んだ。

 

「ポケモンも皆生きてる訳で……絶対の正解なんてないんだよ、たぶん。だから、最初に正解染みた事を言われたら、きっとそれにしか目がいかなくなっちゃって、肝心の実際の皆の姿が見えなくなるかもしれないんだ」

「ん、んん?」

「……コルニ、意味分かってる?」

「なんとなく……?」

 

 神妙な面持ちで語ってくれた内容であったが、少々長い話であった為、所々しか理解できなかったコルニ。

 そのような少女を見たライトは、ポケットから図鑑を取り出して見せる。

 

「図鑑で知れるのはあくまでも生態であって、実物と接するのはまた別問題ってコト」

「それくらいアタシも分かるって!」

「……コルニが分からないって顔してるから、要約したんじゃん」

 

 憤慨したような様子のコルニに、引き攣った笑みを浮かべるライトは続けてこう語る。

 

「相手が生き物な以上、絶対の答えって無いと思うから……だから、自分の手持ちの事を知れた時って嬉しいんだと思う」

「……ん、そうだよね! よ~し、ちょっとリザードンとハッサム借りてもいい!?」

「え? なんで?」

「進化したばかりのバシャーモとヘラクロスで、ダブルバトル的な? 大丈夫だって! 明日のジム戦に支障が出ないように手加減はするから!」

「それならいいけど……」

 

 急に立ち上がったコルニは徐にボールを取り出し、バシャーモとヘラクロスを繰り出した。

 そして、たった今の会話を耳にしていたリザードンとハッサムの二体は手を止め、繰り出された二体へと目を向ける。

 どちらも、【ほのお】タイプと【むし】タイプのポケモンがいるタッグだ。

 相手にとって不足無しとばかりに、リザードンとハッサムの瞳には闘志が宿る。

 

「ははっ、あんまり無茶しないでよ?」

 

 この特訓の後のおやつにと製作しているポロックを一瞥したライトは、無茶をしないようにと釘を刺しておく。

 その言葉に二体は拳を掲げる形で応えた後、準備運動を始めるバシャーモとハッサムを見遣る。

 

 あくまで指示は出さない。各自の判断に任せてバトルを任せようと考えたライトは、ポロックを食べ進めるヒンバスをにっこりと見つめる。

 

「そんなに焦らなくて食べなくても大丈夫だよ。逃げる訳でもないし」

「……ミ」

「早く進化したいの?」

 

―――ピクッ

 

 一瞬固まるヒンバス。その姿を目の当たりにしたライトは、自分で言ったのにも拘わらずに本当にそうだったのかと気が付いた。

 ポケモン大好きクラブ会長に言われた『ヒンバスは進化する』という一言。それを信じて、朝昼晩の食事の度にポロックを食べさせているが、未だ進化の兆しは見えない。

 変化と言えば、フウジョでビオラが言ったように鱗に艶が出たりと、見た目の美しさが上がっているといったところか。

 ずっと一緒にいるからこそ分かる変化ではあるが、果たしてこのままで進化できるのかという疑問はある。

 だが、

 

「……焦らなくてもいいよ。まだ、時間はあるからさ」

 

 今はこう言ってあげることしかできない。

 そんな自分を、ライトはもどかしく感じるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日、ヒャッコクジムにて。

 

「すみません。昨日予約したライトと言うんですけれど……」

「ライトさんですね。お待ちしておりました。では、こちらへ」

 

 昼前の時間帯に予約したライトは遅刻することなくジムに訪れていた。にこやかに笑みを浮かべるジムトレーナーに誘われ、やや薄暗い通路を進んでいくライト。

 コルニは先程、観客席がある方向へと進んでおり、今は別行動だ。

 慣れたものだと、深呼吸をしながら通路を進んでいくライトは、通路に飾られている絵画をチラチラ眺めていた。

 

(【エスパー】タイプ……か)

 

 ヒャッコクジムは、【エスパー】タイプを扱うゴジカという女性がジムリーダーだ。先祖代々占い師の家系であり、彼女もまた占い師としての一面を有している。

 占いなどテレビでしか見たことのないライトだが、若干の興味はあった。こうしてジム戦でなければ、占いを頼んでみたかったという想いも少しばかりある。

 

 だが、今回はジム戦。

 いつも通り気を引き締めるように頬を叩けば、ちょうどジムのバトルフィールドへと続く扉が目の前まで来た。

 ジムトレーナーが『ここです』と口にすれば、一言礼を言ってライトはゆっくり開ける。

 天体を模したような絵が描かれている扉を開ければ―――。

 

「おぉ……」

 

 プラネタリウムのような内装の部屋に、思わず驚嘆の声を上げてしまった。

 青色を基調として、所々星が描かれるという内装を見渡したライトは、奥の通路からコツコツと音を立ててやって来る人影に目を遣る。

 

「……」

 

 若干、目を疑う。

 

(……ワックスで凄い固めてるんだろうなぁ)

 

 現れたのは、重力の逆らうかのような髪型をしている女性。マントを靡かせながら現れる女性の髪形は、一言で表すのであれば『クロワッサン』。

 紫色の髪が後頭部辺りで繋がるような、一風変わった髪型だ。恰好も中々であり、スカイトレーナーの飛行服のように、体のラインが浮き出る黒いスーツ。

 羽織っているマントも、裏地がジムの内装のように宇宙を模した模様となっている。

 

 絶対この人がジムリーダーという確信を抱きながら、ライトはもう一度深呼吸して、心を落ち着かせようとした。

 すると、現れた女性はライトに目を向けて、バッとマントを広げてみせる。

 

「―――これは儀式」

「はい?」

 

 思わず素の声が出る。

 

「光差す頂を目指す者よ。ようこそ」

「……あ、はい」

 

 終始、眉を顰めた表情のままジムリーダーであると思われる女性―――ゴジカの話に耳を傾けるライト。

 言い回しが独特過ぎて、ライトが困惑しているのは言うまでもないだろう。

 

「今から始めるのは、これまでを振り返りつつ、これからの道を決めるもの。そう―――……ポケモン勝負」

「ッ……」

 

 キッと目を見開いたゴジカに、すぐさま気を取り直すライトは頬を叩いて気合いを入れ直す。

 部屋の内装やら、ゴジカの言い回しやらで少し気が緩んでいたライトであったが、ゴジカの放つ威圧感によって室内に奔る緊張感に顔を強張らせる。

 そして、ゴジカがボールを一つ取り出したことにより、緊張感は最大まで高まった。

 

「ジムリーダー・ゴジカと、いざ始めるとしましょう」

「それではこれから、ジムリーダー・ゴジカVS挑戦者ライトのジム戦を開始します! 両者、ポケモンをフィールドへ!」

 

 審判である男性が声を上げれば、二人のトレーナーは同時にボールを構える。

 その光景を観客席から見下ろしているコルニは、固唾を飲んでバトルの行く先を眺めようとしていた。

 今回のジム戦はスタンダードなルールの、手持ち三体によるシングルバトルだ。

 

 そのルールの下、互いに初めに出した一体目は―――。

 

「ニャオニクス、いでよ」

「ハッサム、キミに決めた!」

 

 【エスパー】に有利なタイプを有すハッサムを繰り出すライト。

 対してゴジカが繰り出したのは、紺と白の体毛を有す猫のような見た目のポケモン。しかし、四足歩行ではなく、ニャースのように二本足で立っている。

 その姿にコルニは『カワイイ……』と小声で呟くが、誰の耳にも入らない。

 

(ニャオニクス……前にバトルシャトーで見たことがあるけど……毛並が違う?)

 

 ライトは以前ニャオニクスと戦ったことはあるが、その時の個体はどちらかといえば白い体毛の方が多かった。

 しかし、今ゴジカが繰り出しているニャオニクスは、紺色の体毛の面積の方が多い。

 

(オスとメスでなにか違うのか……?)

 

 ポケモンの中には、オスとメスで身体的特徴が異なる種族がある。

 例えばカバルドン。このポケモンはオスであると体色が茶色であるが、メスであると黒い体色であるのだ。

 そのように、オスとメスの違いという理由で体色だけ違うのだろうか。

 そう考えるライトは、臨戦態勢に入っているハッサムを見遣って指示を出す。

 

「“つるぎのまい”!!」

 

 刹那、ハッサムの周囲には四つの剣のオーラが出現し、剣戟を繰り広げると同時にハッサムの体が青白いオーラに包まれる。

 【こうげき】を二段階上昇させる技を目の当たりにしたゴジカは、悠然とした佇まいを崩さぬまま、口を開く。

 

「ニャオニクス、“いばる”」

(“いばる”……そう来たか……!)

 

 ハッサムに対して踏ん反り返るニャオニクス。すると、たった今“つるぎのまい”を終えたハッサムがその姿を目の当たりにし、憤慨した様子を見せる。

 同時に、足元が覚束なくなり、足取りがタドタドしくなってしまう。

 “つるぎのまい”と同じように、相手の【こうげき】を二段階上昇させる技である“いばる”だが、その用途は相手を自爆させることにある。

 【こんらん】―――その状態異常に陥った相手は、訳も分からず【こうげき】の強まった力で自分を攻撃し、そのまま自爆するのだ。

 勿論、【こんらん】で自傷するかどうかは確率によるものがあり、【こんらん】したままでも相手を攻撃する可能性は十二分にあり得る。

 

 【こんらん】を治す為、一旦ボールに戻すか。

 だが、それでは相手に一度自由をもたらすことと同義。

 

 『退く』か、可能性を信じて『攻める』か。

 

 ライトが導いた答えは―――。

 

「“バレットパンチ”だ!!」

「“トリックルーム”!!」

 

 一抹の希望に掛けて、先制技である“バレットパンチ”を指示するライト。

 対してゴジカは、ニャオニクスに“トリックルーム”を指示する。次の瞬間、ニャオニクスが天井を仰げば、室内に不規則に色を変化させる壁が出現し、瞬く間にバトルフィールドを包み込んでいった。

 だが、ハッサムは動く。

 

「ニ゛ャッ!!?」

 

 覚束ない足取りが一瞬止まり、しっかりと床を踏みしめた後にハッサムが駆け出し、ニャオニクスの胴体に鋏を叩きこんだ。

 四段階上昇している【こうげき】によって放たれるハッサムの“バレットパンチ”は、重く、鈍い音を奏でながら、ニャオニクスをフィールドの壁へ吹き飛ばす。

 余りの威力に、壁にめり込むニャオニクス。壁に罅を入れた後は、ゆっくりと地面に崩れ落ちて目を回すだけだ。

 

「ニャオニクス、戦闘不能!」

(よし、まずは一体……!)

 

 運良くハッサムが動けた為、ニャオニクスを無事突破できたライト。

 半ば博打のような賭けであったものの、ハッサムはそれに応えてくれた。そのことを喜ばしく思うライトの頬は、自然と緩む。

 

「……舞台は整った」

「?」

「いでよ、ヤドキング」

 

 高く放り投げられるボール。

 そこから繰り出されたのは、間の抜けた顔を浮かべるピンク色の体色を有すポケモン―――『ヤドキング』。頭には、目つきの悪い巻貝が噛み付いているものの、全く痛そうな様子は見せない。

 ヤドンの進化形であるヤドキング。もう一つ、ヤドランという進化形もあるが、こちらは『おうじゃのしるし』という道具を持たせて交換することによって進化する種ということを、ライトはどこかで聞いた事がある。

 だが、今ライトの脳内では別の記憶が凄まじい速度で掘り起こされようとしていた。

 

 三年前のカントーポケモンリーグ。その本選の初戦において、当時四天王の一人であったカンナというトレーナーがヤドランを所持していた。

 そして、ヤドランに有利な【むし】タイプのポケモンを、カンナは危なげなく突破していたのだ。

 その技は―――。

 

(確か“かえんほうしゃ”!! 同じヤドンの進化形なら、使えてもおかしくない!! そして今は“トリックルーム”が張られてる……という事は!!)

「戻れ、ハッサム!!」

 

 すぐさまハッサムをボールに戻すライト。そして、次に出そうとしていたあるポケモンを繰り出した。

 

「ブラッキー、キミに決めた!!」

 

 ハッサム同様、【エスパー】に有利であるタイプのブラッキーを繰り出す。

 ライトが危惧したこと。それは、“トリックルーム”が張られている状況の中で、ハッサムがヤドキングに為すすべなく“かえんほうしゃ”で焼かれる光景だ。

 【こんらん】で攻撃できるか不確定の状況の中で、仕掛けるのは悪手でしかない。“トリックルーム”内では、【すばやさ】が逆転し、遅い者程速く動け、速い者程遅くなってしまうのだ。

 例外として、先制技は普段通り繰り出せるものの、“バレットパンチ”でヤドキングを一撃で仕留められるとは思えない。

 

 故に、一旦ハッサムを退かせた訳であるが、ライトは得も言えぬ不安を心の中に覚えていた。

 そしてそれは、吸い込まれるような瞳を浮かべるゴジカが言い放った指示により、現実となる。

 

「ヤドキング、“わるだくみ”」

「―――ッ!!!」

 

 てっきり、ハッサムを仕留めようと攻撃技が来ると考えていたライト。

 だがゴジカは、それを見据えてハッサムを後退させるという行動を見透かし、ヤドキングに“わるだくみ”を指示した。

 “つるぎのまい”の【とくこう】版とも言うべき技―――“わるだくみ”。あくどい笑みを浮かべるヤドキングに、ブラッキーは嫌悪感丸出しの顔を浮かべる。

 

(しまった……こうなるんだったら、“とんぼがえり”で一か八かに掛けるべきだった……!)

 

 完全に読まれていた事を悔しく思うライト。

 だが既に後の祭り。

 悔しそうに歯噛みするライトを見たゴジカは、表情を変えぬまま腕を伸ばす。

 

「……光差す頂を目指す者よ。この儀式における試練を乗り越え、証を手に入れてみせよ」

「……?」

「儀式はまだ始まったばかり。そして、貴方の歩みはまだ始まってすらいない」

「ッ!」

 

 言い回しが独特であるが、なんとなしに内容は汲み取れた。

 

 

 

―――自分を倒し、ジムバッジを勝ち取れ。

 

 

 

―――チャンピオンに成る為の戦いは

 

 

 

―――まだ始まってすらいないのだから

 

 

 

「は、ははっ……!」

 

 武者震いで震える腕をバンッと叩き、闘志を滾らせるライト。

 

(なにが『焦らなくても大丈夫』だ……焦ってるのは僕の方じゃないか! そうだ、ライト……一回読み負けたなら今度は、こっちが読み勝てばいい! 一度の駆け引きの敗北で躓くな!)

「これを……乗り越えてみせろ……!」

 

 自分に言い聞かせるよう呟く。

 すると、先程までライトの呼応するように不安な顔を浮かべていたブラッキーも、闘志に満ち溢れた顔へと変貌する。

 ポケモンは人の影響を受けやすい。

 それは感情であったり、指導であったり。

 

 今は前者だ。

 

 

 

 

 

(完璧なバトルなんて烏滸がましい……今に全力を尽くして、バッジを勝ち取ってみせろ!)

 

 

 

 

 

 激戦の幕は、こうして切り開かれる。

 



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第八十三話 怖いな怖いなぁ~

(今は“トリックルーム”が厄介だ……なんとか時間を稼ぎたいところだけど)

 

 ニャオニクスが展開した“トリックルーム”によって、【すばやさ】が遅いポケモン程速く動ける状況の中、不幸なことにヤドキングより遅いポケモンを有していないライトは、どうにかして時間が稼げないものかと思案を巡らせる。

 相性上では有利だが、相手はジムリーダー。【あく】タイプの対策なら立てていることだろう。

 幾ら【とくぼう】が優秀であるブラッキーと言えど、どこまで“わるだくみ”を積んで【とくこう】が上昇したヤドキングの攻撃を受け切れるか。

 どうヤドキングを突破するかが、今回のジム戦の要となる。

 

(ひとまずここは……)

 

 真剣な表情で顎に手を当てて考えこむライト。

 しかし次の瞬間、ヤドキングの口腔から解き放たれる水を目の当たりにし、咄嗟に口を開いた。

 

「“まもる”!」

 

 刹那、ブラッキーの前に現れた防御壁が、ヤドキングの放ってきた水を防ぐ。同時に弾かれた水は辺りに撒き散っていくが、立ち上る湯気をライトは見逃さなかった。

 

(“ねっとう”、かぁ)

 

 【みず】タイプの技でありながら、相手を【やけど】状態にすることもある技だ。単純な威力は“なみのり”や“ハイドロポンプ”に劣るものの、追加効果が優秀である為、技マシンで覚えさせるトレーナーも多いと言われている。

 通常の威力であればそこまで怖れる技でもないが、生憎相手には一度“わるだくみ”を積ませてしまっている為、技を一回くらうだけで厳しい戦いになることは間違いない。

 “トリックルーム”で先手が相手に回るのだから、尚更だ。

 

(防御に徹したい所だけど、それだとまた“わるだくみ”される可能性もあるし……)

 

 “まもる”と“つきのひかり”を交互に繰り出せば、“トリックルーム”が解けるまでの時間はなんとかできる筈。

 しかし、それを読まれて再び“わるだくみ”を積まれる可能性も高い。そうすると、鈍足なヤドキング相手に手持ちを壊滅させられるかもしれないのだ。

 出来るだけ、相手に“わるだくみ”を使わせないよう圧力を掛けるのであれば―――。

 

「もう一度“ねっとう”」

「“しっぺがえし”!」

 

 再び放たれる高温のお湯を喰らいながらも、なんとか前進していってヤドキングに接近するブラッキー。

 そして限界まで近づいたところで、前脚でヤドキングの顔面へ一撃叩き込んだ。

 よたよたと後ずさりするヤドキング。しかし、すぐさまキッとした瞳で一撃叩き込んできたブラッキーを睨みつける。

 だが既にブラッキーは、追撃を喰らうまいと軽やかにフィールドの中央辺りに降り立ち、身構えていた。

 その一連の流れを見ていたゴジカは、『成程』と心の中で呟く。

 

 後攻であれば威力が高まる“しっぺがえし”。この“トリックルーム”を逆手に取ることができる技でもあり、【エスパー】であるヤドキングには効果が抜群な技だ。

 ヤワな鍛え方はしていないヤドキングであるが、そう何度も喰らっていい技でもない。

 

「……」

「……」

 

 ピタリ、と二人の挙動が止まる。

 同時に二体のポケモンの動きも止まり、バトルフィールドは一瞬にして静寂に包まれていく。

 その光景を眺めていたコルニも、思わずゴクリと唾を飲んで見守る。

 

(どっちも【やけど】……“ねっとう”でブラッキーが【やけど】になって、それが“シンクロ”でヤドキングにもうつったんだね)

 

 第三者として淡々と試合を眺めているコルニ。応援の声を上げようかとも思ったが、今の静寂の中で声を張り上げられる程、空気が読めない女ではない(と、自分では考えている)。

 そうしている間にも、指示を出そうと二人のトレーナーが動く。

 

「“まもる”!」

「“わるだくみ”」

 

 “まもる”を指示したライトに対し、ゴジカは“わるだくみ”を指示する。

 

 読み負けた。

 

 第三者の視点から見れば、そう感じざるを得ない状況に目を見開くコルニであったが、ライトの表情を見た途端、少し浮かした腰を椅子へと落とす。

 

 決して焦っている訳ではない。

 彼はあくまで、後続につないでいくための指示を出したのだ。

 “まもる”で攻撃を防ぎ、次にブラッキーが攻撃を受けて倒れる時間は、ちょうど“トリックルーム”が解除されるぐらいの時間である。

 ということは、例え“わるだくみ”で積まれたとしても、後続のポケモンでなんとかしようという考えで時間を稼ごうとしたのだ。

 

 それはゴジカには読まれていたものの、下手に攻勢に出るよりかは安全だとライトは考えたのだろう。

 

「ブラッキー! “つきの―――」

「ヤドキング、“ねっとう”」

 

 回復しようと試みるブラッキーに、無慈悲にも高温の水流がぶつかり、そのままブラッキーの漆黒の体はフィールドに崩れ落ちる。

 

「ブラッキー、戦闘不能!」

 

 審判が旗を上げれば、ライトは苦々しい顔でブラッキーをボールに戻した後、周りの物達には聞こえない程度の呟きをする。

 十中八九、それはパートナーに対しての労いであることが分かるが、苦渋の決断をした後では上手く声が出なかったのだろう。

 そうしている間にも“トリックルーム”は解けて、元通りのフィールドに変化する。

 

 それを確認してから、決意に満ちた顔でボールに手を掛けたライト―――。

 

 

 

 

「ケテケテ―――ッ♪」

「え?」

 

 

 

―――のズボンのポケットに仕舞われていた図鑑から、ロトムが飛び出した。

 

 目が点になるライトに対し、審判はポケモンが繰り出されたのを確認して、インターバルを示していた旗を降ろす。

 

「え、あ、いや、ちょ……ロ、ロロロロトム!? なんで勝手に飛び出してきてるの!?」

「ケテッ♪」

「『ケテッ♪』じゃなくて!!」

 

 打って変わって、本気の焦り。

 想定外の事態に、ライトは冷や汗をダラダラと流しながら、フヨフヨと自分の周囲を漂っているロトムに声を投げかける。

 だが、そんな少年とは裏腹に、ロトムは面白おかしいのか、ケタケタと笑うだけだ。

 

 それを目の当たりにした他の者達は、漸く飛び出してきたロトムがイレギュラーであるということを理解する。

 

「あのう……確認しますが、そのポケモンで大丈夫ですか?」

「あ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!!」

「はぁ……」

 

 審判の問いに、凄まじい気迫の顔で待機を願うライト。

 観客席でもコルニは引きつった笑みを浮かべているものの、ゴジカだけは依然として凛とした佇まいで待ち続けている。

 少し落ち着こうと深呼吸を大急ぎでするライトは、ロトムを何とかして引っ込めようとするが、捕まえた訳でない為、ボールに戻すという行為もできない。

 先程から『図鑑に戻って!』と訴えるも、ロトムはそんなことは関係ないとフィールドへと身を躍らせていく。

 

 まるで、自分が戦うと言わんばかりに―――。

 

(あっ、もしかして……)

「バトルしたいの?」

「ケテッ!」

 

 仲が良いブラッキーが倒された為、ヤドキングを倒して仇を取りたいのではないかと考えたライト。

 どうやらその予想は当たっていたらしく、プラズマ状の体からバチバチと電撃を迸らせて、ロトムは臨戦態勢に入る。

 

 本当であれば、居候であって本当の手持ちでないロトムを戦わせるなど、無謀にも程はあるが、

 

「……あの、やっぱりロトムで大丈夫です!」

「わかりました。では、インターバルを終了します!」

 

 戦意に満ちているロトムを無理やり戻すのも無理な話だと、半ば博打のような感覚で、ロトムでジム戦に臨む。

 シュンシュンと、流れるように宙を移動しているロトム。

 ヤドキングより速いのは期待できそうだが、問題なのはさっぱり技が分からないということだ。

 荒れ果てホテルでは“ハイドロポンプ”を使ったのは目にしたが、それ以外は一切分からない。

 回避は指示でなんとかできるとして、攻撃に関してはロトムが能動的に繰り出してくれなければ把握できない為、どうにか技を知る事ができないかと、ライトは顎に手を当てて考え込む。

 

(う~ん、じゃあ……)

「ロトム! なんか、攻撃技出して!!」

 

 観客席の方から『アバウト!!?』というツッコみが聞こえたが、ライトは一切気にしない。

 『だってしょうがないじゃないかぁ』と言ってやりたいと思ったが、今はジム戦に集中だ。

 恐らく、ランダムに技が出ると言われる“ゆびをふる”を指示した時も、このような感覚なのだろうと感じながら、ライトはロトムの攻撃を今や今やと待つ。

 だが、相手が悠長に待ってくれる筈もなく、ヤドキングの口腔からはモワモワと湯気が立ち上っている。

 

(早く~~~!)

 

 焦るライトは、滅茶苦茶速い速度で瞬きする。

 依然として、ロトムはフヨフヨと漂うだけだが―――。

 

「っ!」

 

 途端にヤドキングの周囲に現れた紫色の炎に、ゴジカは目を見開く。

 それはヤドキングが“ねっとう”を繰り出すよりも早く、ピンク色の体を覆い、瞬く間に火達磨のような状態にする。

 おどろおどろしい炎が一瞬爆ぜれば、煤けた体になったヤドキングがフィールドへと崩れ落ちた。

 それを目の当たりにした審判は、一瞬目を疑うかのように身を乗り出すも、グルグルと目を回しているヤドキングを目の当たりにし、旗をバッと振り上げる。

 

「ヤ、ヤドキング、戦闘不能!」

「ケテケテケテッ♪」

 

 ヤドキングを伸す事ができたロトムは、御満悦な表情を浮かべてフィールドのあっちこっちに漂っていく。

 その間、ライトとゴジカは、ロトムが繰り出した技がなんなのか、ほぼ同時に理解した。

 

―――“たたりめ”

 

 相手が状態異常であれば威力が倍になる【ゴースト】タイプの技。ヤドキングは、ブラッキーの“シンクロ”によって【やけど】に陥っていた為、本来の倍近い威力の“たたりめ”を喰らい、そのまま伸されたのだろう。

 思わぬ攻撃に歓喜の表情を浮かべるライトに対し、ゴジカは表情を崩さぬまま、最後のボールに手を掛ける。

 

「いでよ、フーディン」

 

 高く放り投げられたボール。

 それは放物線を描く―――のではなく、最高点に到達したところでピタリと止まった。ボールの周囲には、何やら不思議な紫色の光のようなものがまとわりついており、暫し天体の自転のようにクルクルと回っていたボールであったが、不意に開かれて中に居たポケモンが姿を現す。

 

「フゥ~~~……」

 

 長い髭を靡かせる、黄と茶色の体毛を有すポケモン。両手にはトレードマークであるスプーンが握られており、右に握っているスプーンに関しては、持ち手の尻の方からメガストーンらしきものがユラユラと揺れている。

 比較的、カントーやジョウトのポケモンバトルの番組で見ることのできるポケモンに、ライトの表情は険しくなった。

 

 ねんりきポケモン・フーディン。分類が示している通り、【エスパー】タイプの中でも屈指の超能力を扱うことができる。

 ヤマブキジムリーダーであるナツメや、トキワジムリーダーであるグリーンも扱うポケモンであり、その強さは既に見知っていた。

 そして何より、スプーンに付いているメガストーン。

 

(メガシンカ……するのか)

 

 額にじっとりと滲み出るのは脂汗。

 クノエジムで充分理解したメガシンカしたポケモンの強さ。思いだすだけで、手に汗がにじみ出てくるほどだ。

 

「挑戦者。ポケモンの交代は?」

「交代は……」

 

 ロトムを一瞥するライト。

 依然、ケタケタと笑っているばかりのロトムであるが、図鑑に戻ろうとしないところを見る限り、まだまだ戦える様子だ。

 

「いえ、このままで」

 

 ロトムのままフーディンと戦おうとするライトは、異様な雰囲気を纏っているフーディンに目を遣って一息吐く。

 

 余り互いを知らない仲で、一体どこまで戦えるものか。

 不安であったりもするが、どこかウキウキと高揚する気分もある。

 

 そのようなことをライトが考えている間、ゴジカは左手の中指に嵌められている指輪を、フーディンの方へと翳していた。

 刹那、ゴジカの指輪とフーディンのスプーンに取り付けられているメガストーンが光を放ち、幾条の光が結んでいく。

 続けざまに、神秘の光の殻に包まれるフーディン。

 

「―――我がキーストーンの光よ。フーディナイトの光と結び、いざ」

 

 メガシンカ。

 

 進化の殻が破れる。

 同時に中からは、座禅を組んだ状態でメガフーディンが佇んでいた。ただでさえ細かった四肢は更にか細いものとなったが、それを有り余るほどのサイコパワーが補っているのだろう。

 宙に浮かび上がる五つスプーン。たっぷりとたくわえられた髭。

 仙人然とした様相のメガフーディンに、ライトはゴクリと唾を呑み込む。

 

(……なんだろう。ロトムが“サイコキネシス”で沈められるビジョンが浮かぶ)

 

 戦う前より、どの技でロトムがやられてしまうのかが脳裏を過ってしまうライト。

 だが、そのように弱気ではいけないと頬を叩き、フヨフヨと浮かぶロトムを見遣る。

 

「ロトム! さっきとは他の技で攻めてみて!」

「ケテッ!」

「フーディン、“サイコキネシス”」

「あっ」

 

 次の瞬間、耳を劈くような音が鳴り響くと同時に、ロトムの体がビクンと飛び跳ねる。先程まで意気揚揚としていたロトムであったが、その攻撃を受けた途端静かになり、フーディンの下へとゆっくり落下していく。

 その光景に、思わず手を口に当てるライト。

 落ちていくロトム。その軌跡は、ゆっくりと床に向かっていたものの、フーディンの胸にコツンと当たった所で、直角に落ちた。

 

「あっ……」

 

 どこか悲しそうなライトの声が室内に響く。

 それを目の当たりにした審判は、特に疑う様子も見せずに戦闘不能を示すために旗を振り上げようとした。

 だが、

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、ヤドキングを包み込んだものと同じ紫色の炎がフーディンを包み込んだ。

 “たたりめ”を受けたフーディンのみならず、戦闘不能になったものだとばかり思っていたライトと、『仕留め損ねた』と考えるゴジカもまた驚きの表情を浮かべる。

 

「“じこさいせい”」

「ロ、ロトム!」

 

 冷静に回復を指示するゴジカに対し、ライトは終始焦ったような様相で声を上げるばかりだ。

 ほぼ野生のように自由気ままに戦うポケモンを自分の手持ちとして戦わせているのだから、仕方がないといえば仕方がない。

 なんとか頑張ってほしいと考えて声援を送るライト。しかしロトムは、やっとこさ浮かび上がった後は、力なくフヨフヨとその場を漂うのみだ。

 

(……お疲れ様)

 

 

 

 ***

 

 

 

「ハッサム、キミに決めた!!」

 

 再びフィールドに姿を現すハッサム。一度ボールに戻ったことにより【こんらん】は解け、焦点が定まった瞳でメガシンカしたフーディンを睨みつけている。

 因みにロトムはというと、一応ロトムのトレーナーということになっているライトが戦闘不能扱いにする旨を審判に申し出た為、今は図鑑の中でお休み中だ。

 事実上、これで最後の一体ずつになった。

 

 手持ちの中で特に信頼している一体の背中を見る事により、幾分か先程までの興奮や何やらを落ち着かせることができたライトは、チラッとメガリングを見遣る。

そのままハッサムのバンダナの留め具のような形で取り付けられているメガストーンに視線を移し、呼吸を整える様に深呼吸をした。

 

 そして、

 

 

 

「光と結べ! メガシンカ!!」

 

 

 

 光がハッサムを包み込んでいった。

 



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第八十四話 足を挫いた時の痛さは尋常ではない

 

 フーディンと同様、進化の殻に包まれたハッサムは瞬く間にその風貌を変化させていく。丸みを帯びた体はどんどん尖ったようなフォルムに変貌していき、数秒もしない内にメガシンカは完了した。

 

 メガハッサム。

 

 リザードンのメガシンカほど体色の変化などは見受けられないものの、メガシンカ前より攻撃的な形に変わった鋏を見れば、嫌でも攻撃力が上昇したということは窺える。

 忙しなく羽ばたかれる翅は、メガシンカにより生まれた過剰なエネルギーで上がった体温を調整する為。

 有り余るパワーは、メガシンカしたフーディンと一緒だ。

 

 違う部分を挙げるとすれば―――。

 

(仕掛けるなら……短期決戦!)

「“バレットパンチ”!!」

 

 身体に非常に負担を掛けるメガシンカ。有り余るパワーを筋力を失わせることによって調整しているフーディンと違って、ハッサムはあくまでパワーをそのまま身に宿している。

 過剰な負担が掛かる状態で戦える時間は少ない。

 

 室内に響き渡る声と共に、フィールドを疾走していくハッサム。目に見えて速くなった動きでフーディンに肉迫するハッサムは、そのまま鋏を振りかぶって、細い胴体を狙う。

 だが、

 

「“テレポート”」

「ッ!?」

 

 一瞬にしてフーディンの姿がハッサムの目の前から消え失せる。それに伴い、ハッサムの渾身の一撃も空振りに終わる。

 ハッサムが相手はどこかとキョロキョロと見渡している間、既にライトは消え失せたフーディンの居所を発見した。

 

「後ろ! 右に避けて!」

「ッ!」

 

 ライトの指示に、ほぼノールックで回避行動をとるハッサム。直後、先程までハッサムが佇んでいた場所には巨大な橙色の光球が降ってきて、大爆発を起こす。

 見たことのある技に、ライトの表情は幾分か険しくなった。

 

(“きあいだま”か……!)

 

 ジュカインにも覚えさせようとしている【かくとう】タイプの特殊技。凄まじい力と引き換えに命中率は低いものの、当たれば致命傷は避けられない攻撃だ。

 【あく】タイプや【はがね】タイプの対策として覚えさせていたのだろうと軽く予想したところで、ライトは先程の一連の流れに眉を顰めた。

 

(“テレポート”からの“きあいだま”……中々危ない組み合わせだなァ!)

 

 超能力によって移動する技である“テレポート”。本来であれば、街から街に移動する為の技という風なイメージを持っていたライトであったが、今の攻防でそのイメージは間違いであることに気が付いた。

 戦闘中、相手に移動の軌跡を見せることなく四方八方に動ける。それが、どれだけ恐ろしいことなのだろうか。

 

 【ひこう】ポケモン同士のドッグファイトのような事も出来なければ、近接攻撃が主体のハッサムでは近付く前に逃げられてしまう。

 どうしようものかと思案を巡らせる間、ここは相手を一撃で伸せるだけのパワーが必要だと判断し、とりあえず指示を飛ばすライト。

 

「“つるぎのまい”!」

「ならば、“リフレクター”」

 

 剣舞のオーラを纏うハッサム。

 しかし、その一方でフーディンの周囲には透明な防御壁が張られる。

 自分の指示に対し、順次対応するかのような指示を出すゴジカに、やや難色を示すライト。

 無理やり攻めるのは可能ではあるが、それでは反撃されるのが目に見えている。

 ならば、と一度“つるぎのまい”を終えたハッサムを見遣ったライトは、再びこう叫ぶ。

 

「もう一度、“つるぎのまい”!」

 

―――例え、“リフレクター”を張られていたとしても、一撃で倒せるだけのパワーを。

 

 傍から見ればそう取れる行動を目の当りにしたゴジカは、どこか引っかかるような違和感を覚えながら、腕を伸ばす。

 

「“テレキネシス”!」

 

 ゴジカの指示を受けたフーディンは、両腕をハッサムの方へと突きだす。瞬間、ハッサムは自分を覆うかのような超能力に目を見開いたまま、フィールドの上へと浮かび上がっていく。

 必死に羽を羽ばたかせるも上手く飛ぶことができないのか、酷く不安定である飛行を続けるハッサム。

 

 相手を超能力で浮かび上がらせる技である“テレキネシス”だが、いまいちピンと来ていないライト。

 だが、何となくどのような技であるかは想像したようであり、ハッと顔を上げた。

 

「“きあいだま”」

「“バレットパンチ”で弾いて!!」

 

 浮いて上手く動けないハッサムに対し、躊躇なく両手を翳して橙色の光弾を発射するフーディンに対し、弾くよう“バレットパンチ”指示を出すライト。

 本来であれば、威力に差があり過ぎて弾くことなど到底無理な話だと思えるが―――。

 

 しかし、次の瞬間ゴジカは目を見開いた。

 彼女の瞳に映っていたのは、“きあいだま”を弾くハッサムの姿ではなく、“きあいだま”を殴ることによって自分の体を弾くハッサムの姿。

 

 成程、そっちの意味だったか。

 超能力で不安定な飛行しかできない状況の中、寧ろその状態を利用するかのような行動。ジムバッジを六つ集めていただけはある機転の利きようだ。

 面白いと言わんばかりに微笑むゴジカは、スッとハッサムを指差す。

 

「“サイコキネシス”」

 

 刹那、何とか“きあいだま”を回避して天井から吊るされる電灯を挟み、なんとか体を安定させていたハッサムが、突然凄まじい速度で地面に落下した。

 まるで、ハッサムに掛かる重力だけが数倍になったのではないかという程の落下速度。

 余りの衝撃に室内は揺れ、ハッサムが落ちた場所には大きな砂煙が巻き起こっていた。

 

「くッ……!」

 

 一方的なバトルの運びに険しい表情を浮かべるライト。

 矢張り、メガシンカの熟練度とでも言うのか。同じメガシンカであっても、ここまで違うものなのか。

 それはクノエジムでも実感したことであるものの、それでもどこか納得できないという感覚がライトの胸中にあった。

 

 既に“つるぎのまい”は二回積んだ。一撃でも当てれば、かなりのダメージを与えられることは期待できる。

 しかし、当てられなければ―――。

 

「なら……」

「……?」

「ハッサム! 当たらなくてもいいから“バレットパンチ”だ!!」

「ッ、“テレポート”!」

 

 直後、砂煙を突き破るように飛び出してくるハッサムを目の当たりにし、すぐさま回避の為の“テレポート”を指示するゴジカ。

 すぐさまフーディンの体はハッサムの目の前から消え失せ、ハッサムの突撃は無駄に終わった―――かに思えた。

 全力での突進が空ぶった事によって、壁際までやって来たハッサムは、体を打ちつけまいと壁に足を着ける。

 

 余りの衝撃に壁には罅が入るものの、ハッサムは一向に怯んだ様子を見せはしない。

 位置的に、ライトが居る側の壁にやって来たハッサム。帰ってきたパートナーを見たライトは、『へへっ』と笑いながら鼻の下を指で擦る。

 

「偶にはいいよね……猪突猛進なスタイルもさ!! もう一回“バレットパンチ”!!」

 

 壁を蹴り、再びフーディンへと突貫していくハッサム。凄まじい脚力で蹴られた壁は、先程入った罅から砂煙を噴き出させるほどであった。

 一陣の風となったハッサムは、フーディンにもう一度鋼鉄の鋏を振るおうとするも、またもや“テレポート”によって回避されて空振り、再び壁に足を着けて停止する。

 

「まだだ! もう一回!」

 

 ライトの声に従い、ハッサムは再び駆ける。

 その指示を聞いたゴジカは、一瞬の内にして相手の思惑を頭に浮かび上がらせた。

 

(“リフレクター”が切れるのを待っている? ならば……)

「“サイコキネシス”!」

「ッ!!」

 

 超能力によって途端に動きが鈍くなるハッサムは、表情を険しくさせる。

 あと一歩という距離にまで近づいたのにも拘わらず動きを止められたハッサムの表情は、苦心に満ちているかのような表情だ。

 だが、それを見ていたライトは違った。

 まるで、これを待っていたかのような瞳で―――。

 

「“かわらわり”!」

 

 響く少年の声。

 同時にハッサムの目の色が変わり、その巨大な鋏を、フーディンを守る防御壁へと振り下ろした。

 直後、ガラスが割れるかのような甲高い音が鳴り響くと同時に、フーディンを守っていた“リフレクター”は粉々に砕け散る。

 

(成程。これが狙いか)

 

 当たらなくてもいいという指示。

 それに伴う、“バレットパンチ”でのフィールドを縦横無尽に駆けて行く行動。

 それらは一見、“リフレクター”の時間切れを狙う為に攪乱のように見えた。だが実際はそれを読まれた上で“かわらわり”を“リフレクター”に叩き込むのが狙い。

 “かわらわり”は、“リフレクター”と“ひかりのかべ”を叩き割ることのできる技でもある。

 

 これで、フーディンは一撃でもハッサムの攻撃を喰らえば耐えられない状態になったが、

 

「近付けば、それだけ自分を危険に晒すことと同義……フーディン、“きあいだま”!」

「ッ!」

 

 “かわらわり”を放った直後で無防備なハッサムに対し両手を翳したフーディンが、“きあいだま”をハッサムに解き放つ。

 “テレキネシス”で浮いている時とは違い、“かわらわり”で“リフレクター”を砕くために踏み込んだハッサムは、その尖った足がフィールドに突き刺さっている。

 その為、すぐさま回避行動に移れなかったハッサムは、真正面からやって来た“きあいだま”を受けた。

 

「ッ……くッ!」

 

 ハッサムを中心に巻き起こる爆発は凄まじい爆風を巻き起こし、フィールドの端に立っているライトやゴジカにまで届いた。

 巻き上がる砂煙は視界を急激に悪化させ、真面にフィールドを眺めることさえ難しくさせる。

 

 傍から見れば、絶体絶命のピンチ。

 ハッサムは既に瀕死に陥っていてもおかしくはない。それは、観客席から眺めていたコルニも感じていた。

 

 しかし、一人だけは違う。

 

 吹き荒ぶ爆風を腕で防ぎながら、一心に砂煙の中を見つめる少年。

 爆発の中心が一体どのような状況になっているのかも満足に窺えない中、ライトはただ指示を出した。

 

―――“バレットパンチ”、と。

 

 

 

 ゴッ

 

 

 

 鈍く室内に響き渡る殴打音。

 すると、砂煙の一部から飛び出す物体が一つ。煙の尾を引きながら再びフィールドへと落ちていく物体は、ドンッと音を立てて落下してから倒れたままだ。

 一瞬、光ったかと思えば、その後もピクリとも動かないまま床に横たわったままである。

 そして、砂煙が晴れて少ししてから、審判の澄んだ声が室内に響き渡った。

 

「フーディン、戦闘不能! よって勝者、挑戦者ライト!」

 

 勝利を告げる声に、ライトは肺の中を満たしていた不安を吐き出すかのように深呼吸した。

 フッとフィールドを見れば、振り上げるように“バレットパンチ”を放ったままの状態で佇んでいるハッサムの姿が見える。

 それは一瞬、勝利を勝ち取った事を表すポーズにも見えた。

 

 石像のようにジッと動かなかったハッサムであったが、直後光に包まれて元の姿に戻れば、ガクッとその場に膝を着くように崩れ落ちる。

 体力に限界が来たのだろう。大急ぎで駆けて行くライトは、倒れたハッサムの肩を担いで『大丈夫?』と一声かけた。

 

 少々息は切れているものの、自分の声に反応するように頷いて見せる辺り、それなりに元気であることを察したライトは、ホッと胸をなで下ろす。

 そして、

 

「ナイス」

 

 短い言葉を投げかけ、拳を差し出してみる。

 すると、迷わずハッサムは自分の鋏を、差し出された拳にコツンとぶつけてみせた。

 

 多く語らなくとも伝わる想いはある。

 

 ある種、最もパーティの中で絆が強いと思えるパートナーに対しての、最大の言葉だった。

 そのようなやり取りをしていたライトとハッサムであったが、そこへフーディンをボールへ戻したゴジカがしゃなりしゃなりと歩み寄ってくる。

 

「……いいバトルでした。私に勝った証にバッジを……と思いましたが、一ついいでしょうか?」

「はい?」

「何故、“きあいだま”をハッサムが喰らった直後、迷わず攻撃の指示を?」

 

 疑問に思った事を、率直にライトに問うゴジカ。

 あの時の指示は、まるでハッサムが“きあいだま”を絶対に耐えるという確信があったかのような速さだ。

 一体、何を持ってそのような確信を抱いたのか。

 それを問われたライトは、ハッサムを一瞥した後、少しはにかんだ。

 

「それはえっと……信頼してたから、です?」

「信頼と?」

「はい。耐えてたら絶対に指示を聞いて動いてくれるし……適当かもしれないけど、意地っ張りなハッサムだったら、意地でも耐えてるだろうなぁ……って。それでです」

「……成程」

 

 案外適当であった理由を耳にしたゴジカは、少しクスりと笑った後に、既に用意していたバッジをライトに差し出した。

 湾曲した線の端に、一つの丸い紫色の宝玉のようなモノが付いているバッジだ。

 

「貴方達の信頼によって勝ち取った勝利を証明するバッジ……このサイキックバッジを授けましょう」

「ありがとうございます!」

 

 七つ目のジムバッジ。

 それを受け取ったライトは満足そうに眺めた後、ジムバッジケースを取り出そうとする。

 だが、

 

「一つだけ」

「へ?」

「貴方には水難の相が見えます。水辺には気を付けて」

(なにそれ怖い)

 

 

 

 ライト、サイキックバッジ獲得。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ~! 外の空気はいいね!」

 

 ジムから飛び出したコルニは、背伸びをしながら外の空気を目一杯に吸いこむ。

 

「そんなに走ったら危な―――」

 

 コケッ。

 

 ガクッ。

 

 ベシャア。

 

(遅かった)

 

 注意しようとした矢先に、段差に躓いてこけるコルニ。ライトは『大丈夫?』と労わるような声を掛けながら近寄るも、コルニは右足首を手で押さえたままジッと動かない。

 全く反応を返さない少女を目の当たりにしたライトは、スッと回り込んだ顔を眺めてみる。

 

「あッ」

 

 思わず声を上げてしまうライト。

 彼が見たのは、涙目になりながら唇を噛み締めているコルニの顔であった。

 『絶対に痛いやつだ』と確信を持ったライトは、痛みでピクリとも動けないコルニを前に少し考えた後、引き攣った表情で問いかける。

 

「……歩ける?」

 

 フルフル。

 

「じゃあ背負うから。ほら」

 

 コクン。

 

 無言のままライトの問いに頷いたコルニは、向けられた背中に覆いかぶさり、そのまま背負われる。

 ポケモンセンターまで背負うとなると少し距離があるが、これも一つの体力作りだと一人納得して、足を進めていく。

 

「もう……小さい子じゃないんだから」

「……ゴメン」

「まあ軽いからいいんだけど……ゴローンとかよりは」

「【いわ】タイプと比べないで!」

「イダダダッ! 首絞めないで!!」

 

 後にライトが思ったのは、リザードンかコルニのバシャーモに背負わせればいいのではないかということは言うまでもないだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 終の洞窟。

 18番道路に存在する閉鎖された炭鉱である。閉鎖された理由としては、洞窟の奥深くに化け物が潜んでいるという噂であるからだが、真偽のほどは定かではない。

 だが、そのような洞窟を訪れているポケモントレーナーが一人。

 

「ふぅ……大分奥まで来ましたね」

 

 薄紫色の長髪を靡かせる、洞窟には不似合いのスーツを身に纏った女性。懐中電灯を片手に洞窟を探索する彼女―――リラは、横に付いて来ているマニューラと共に、この終の洞窟に探索に来ていた。

 その理由は、

 

「この洞窟には強力な【ドラゴン】タイプのポケモンが生息していると地元の人が言っていましたが……当てが外れましたかね?」

「マニュ?」

 

 捜索している色違いのラティアス。地元の住民が言う強力な【ドラゴン】タイプのポケモンが、もしかしてラティアスではないかという一抹の希望を抱いていたが、どうやら当ては外れているようだ。ポケモンにとって身を隠すには打ってつけの場所というのもあり、当てが外れた事は少々残念に覚えるリラ。

 

 リラの問いに首を傾げるマニューラ。その仕草にクスりと微笑むリラであったが、すぐに毅然とした様相になって洞窟の奥へと進んでいく。

 元炭鉱と言うだけあって、途中途中にトロッコを走らせるための線路を窺うことができるが、それは最早使われてはいない。

 更に言ってしまえば、この終の洞窟と周辺に生息しているココドラやコドラによって、鉄の部分を食べられてしまっている為、線路としての役目を果たせなくなっている。

 

 閉鎖されたのは数年前だが、人の手が入らなければ短い期間でここまで荒れ果てるものなのか。

 どこか寂しいような感覚を覚えながら進んでいくリラは、懐中電灯一本で暗い洞窟の中を奥へ奥へと進んでいくが、矢張り目的のポケモンは居ないようだ。

 

「ここは一旦外に出て……」

「マニュ!」

「ッ、マニューラ。どうかしましたか?」

 

 突然、鉤爪を構えて臨戦態勢に入るマニューラに、リラの表情も途端に険しくなる。

 

―――野生のポケモンか。

 

 すぐにでも攻撃の指示を出せるようにリラは懐中電灯の光を、マニューラが睨んでいる方向へ向ける。

 と、次の瞬間、

 

「マニュァ!?」

「マニューラ!?」

(ッ……速い!!)

 

 一つの影がマニューラに襲いかかり、為す術なくマニューラは弾き飛ばされて岩壁に叩き付けられた。

 思いもよらぬ強敵の登場を予感したリラは、すぐさま過ぎ去った影に光を当てながら、別のポケモンが入っているボールに手を掛ける。

 その途中に一瞬ではあったが、しっかりと相手の全貌を窺うことができた。

 

 黒と緑の体色の四本足。

 

(ヘルガー? グラエナ? いや、違う……アレは一体!?)

 

 出来るだけ似ているフォルムのポケモンを思い浮かべるも、どれも目に映った相手とは違う。

 相手の正体を掴めぬまま、リラはゾクリと背筋を舐められるような悪寒を覚える。

 

「お願いします、ライコ―――」

「ゼドァァァアアアアアッ!!!」

「ウ……ッ!?」

 

 ボールを放り投げようとした瞬間、暗い洞窟の中を緑色の光が照らし上げる。

 すると、地面に大きく亀裂が入っていき、そのひび割れから止めどなく緑色の閃光が爆ぜ、リラとボールから飛び出してきたポケモンに襲いかかった。

 

 

 

(しまッ……!)

 

 

 

 直後、終の洞窟全体に激震が奔った。

 



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第八十五話 吊り橋効果なんてあってないようなもの

 18番道路―――通称『エトロワ・バレ通り』。炭鉱で使われていたトロッコなどが散見できる通りであり、野生のポケモンの多くが【いわ】タイプである。

 他にも【じめん】や【ほのお】、【はがね】など、如何にも山岳地帯などに住みそうなポケモンが垣間見ることのできる道路でもあるが、比較的緑が多く、澄み切った川なども存在しており、炭鉱近くとは思えない程空気が綺麗な場所だ。

 

 それもその通り、炭鉱は既に閉鎖されていて余り人が立ち寄る事は無い。トレーナーが強いポケモンを求めて、閉鎖された炭鉱である終の洞窟に入るというのであれば話は別だが、それでも中に入っていくのは中々の物好きといったところか。

 ポケモンの修行の為であれば、中々の良い場所とも言える終の洞窟。

 

 だが、昨日ヒャッコクジムを制覇したライト達は、特にその洞窟に立ち寄る考えは持たずに、次なる町であるレンリタウンを目指して歩みを進めていた。

 

「あ、クイタランとアイアントがバトルしてる」

 

 ふと視線を横にずらすと、二体のポケモンがちょうどバトルを繰り広げている所であった為、ライトとコルニの二人はじっとバトルの行く末を見守ろうとした。

 

『クイタラン。アリクイポケモン。尻尾の穴から空気を吸って体内で炎を燃やす。アイアントの天敵』

『アイアント。てつアリポケモン。鋼の鎧を身に纏う。天敵のクイタランの攻撃を集団で防ぎ、反撃する』

「へぇ~。クイタランってアイアントの天敵なんだ……」

 

 ロトムによるセルフ図鑑説明を聞きながら、二体のポケモンのバトルを眺めていると、アイアントがクイタランに“あなをほる”を喰らわせた。

 弱点の【じめん】タイプの技を喰らったクイタランは、放物線を描きながら宙を飛び、そのまま地面に落下してガクリと気絶する。

 

「いや、天敵が負けちゃってる!」

 

 思わぬ光景に反射的にツッコむライト。

 図鑑を聞いた直後のコレは、流石にツッコまずにはいられなかったのだろう。

 その横でウンウンと頷くコルニは、

 

「逆に考えて、ライト! あのアイアントがすっごい強かったんだって! 首領的な感じだったんだって!」

「……まあ、それでいいっか。そうしないと、クイタランの面目が立たないって言うか……」

 

 ズキッ。

 

 そんな会話を繰り広げていた二人。その途中で、気絶していたクイタランが何故か痙攣した理由は、誰にも分からないことであった。

 天敵に捕食対象が勝つという感動的(?)の場面を眺めた所で、二人はとある場所に差し掛かる。

 

 爽やかな風に靡かれるがままに到達したのは、レンリタウンに向かう為に渡る必要がある吊り橋だ。

 下には前述のように綺麗な川が流れており、【みず】タイプのポケモン達が気持ちよく泳いでいる姿や、野生のポケモン達が水浴びをしている姿が見受けられる。

 

「吊り橋……初めて渡るなぁ~! こういうとこ!」

 

 生まれて初めて渡る吊り橋に興奮した様子で駆けて行くライトは、横に連れるブラッキーと共に、吊り橋の下に広がる景色を大きく目を見開いて眺める。

 吊り橋は歩を進める度にギシギシと軋む音を奏でるが、ライトは特に気にせず―――寧ろ、これが吊り橋の醍醐味と言わんばかりに、わざと吊り橋が揺れるように大股で歩を進めた。

 

「ねえ、コルニ! こっちの景色いいよ……ん?」

 

 てっきり、自分と同じようにはしゃいで吊り橋を渡るものだと思っていたコルニを見遣るライト。

 だが視線の先に居たのは、顔面蒼白で吊り橋の手すりを握りながら、へっぴり腰でゆっくりと歩み寄ってくるコルニであった。

 それを見たライトは小さく『嘘でしょ?』と呟く。

 

「……高い所、好きなんじゃないの? マスタータワーとかの景色好きだって……」

「あ、足場が不安定なのはちょっと……無理!」

「そんな目を見開きながら言われても」

 

 カッと目を見開くコルニ。

 まさか、高い所は高い所でも好き嫌いがあるのだと知ったライトは、茫然とするしかなかった。

 自分が秒速一メートル程で歩いているとすると、秒速十センチ程しか進まないコルニにライトは少々呆れた顔で歩み寄っていく。

 

(僕も暗い所は怖いけど……傍から見たらこんな感じだったのかな?)

 

 苦手な場所に立ってへっぴり腰になる姿は中々滑稽なものだと、暗い場所に立つ自身の事を想像しながら、以前の洞窟の時とは逆にコルニをエスコートする為に歩み寄ったライト。

 するとコルニは、躊躇なくライトと腕を組んで、放さぬようにとビッタリ体をくっつける。

 

 女の子らしく可愛らしい姿を垣間見た所で、ゆっくり進もうとするライト。

 だが、

 

 ペタッ。

 

「……ブラッキーも?」

「ブラッ」

「そーかそーか。はい」

「ブラァ~♪」

 

 ライトの左足に上半身を委ねるようにして前脚を押し付けてくるブラッキー。それだけでブラッキーが、自分もコルニのように主人とべったりしたいことを示したのを理解する。

 左腕でブラッキーの胴を担いだライトは、顔色を変えることなく、吊り橋を渡り始めた。

 

 足取りが軽いライト。しかし、それに対してコルニはすり足で前に進んでいる為、思うように吊り橋の先へと進むことができない。

 何時ぞやのように背負って行けばいいのではないかとも思ったが、そのアクションをとる為には少々スペースが狭く、ライトは少し溜め息を吐きながら前を見遣った。

 

「ん?」

 

 不意にポツンと腕に落ちてきた水滴。

 何事かと上を見上げれば、先程まで晴れていた筈の空に雨雲がかかり、今にも大雨が降りそうな様相を映し出していた。

 『うわッ』と声を上げたライトは、未だへっぴり腰のコルニを催促し、足早に吊り橋を渡り切る。

 

 それでも肩の上が濡れてしまう程度には濡れてしまった。

 

「合羽合羽……っと」

 

 旅路で天気の移り変わりは付き物。折り畳み傘は少々かさ張ってしまう為、ライトが用意していたのは合羽だ。

 早めに合羽を着こんでこれ以上濡れないようにとするライト。

 彼の横では、吊り橋を渡り切ってホッと一息吐くコルニが、地面にへたり込んだままバッグを漁って雨具を取り出そうとしている。

 

 次第に雨脚が強くなっていく中、取り出した合羽の袖に腕を通そうとした、その瞬間、

 

「……ブラッキー?」

「グルルルッ……!」

「なにか居るの?」

 

 唸り声を上げるブラッキーに訝しげな表情を浮かべたライトは、ブラッキーの視線の先をジッと見つめる。

 今の所、一体もポケモンが窺えない岩壁しか見えない。

 しかし、それでも野生の勘とでも言うのか。何か、見えざる圧力を身に受けているブラッキーは、牙をむき出しにして一点を一心に睨み続ける。

 

 ピシャアアアアッ!!!

 

「いッ、雷!!? ……え?」

 

 突如、眼前に落ちてきた雷。余りの距離に放心状態になりかけた二人であったが、降り注いだ雷の中から現れた影に気付く。

 ゆっくりと歩み寄ってくる影。

 黄色い体毛を生やす四本足で雄々しく歩み寄ってくる一体のポケモンは、首の後ろから伸びる薄紫色の鬣を靡かせる。

 まるで稲妻のような尻尾を揺らめかせ、歩み寄ってくるポケモンの正体とは―――。

 

『ライコウ。いかずちポケモン。雨雲を背負っているので、どんなときでも雷を出せる。雷と共に落ちてきたという』

 

 ジョウト地方に伝わる伝説の三体のポケモンの内の一体―――ライコウ。大昔にホウオウによって蘇らせられたポケモンでもあるという御伽話は、ジョウトに引っ越してきたライトも何度か話は聞いたことがある。

 だが、本物を目の前で見たのはこれで初めてだ。

 

 途轍もないプレッシャーを放ちながら歩み寄ってくるライコウ。思わぬポケモンの登場に警戒心を最大限に高めるブラッキーとコルニ。

 コルニに関しては、すぐにでもポケモンを繰り出せるようにとボールを構えていた。

 コルニ自身、ライコウの事についてはほとんど知らない。だが、それでもポケモントレーナーとして感じ取れる圧倒的な力というものは理解できる。

 

 そのようなプレッシャーを放つライコウ。

 しかし只一人、茫然と佇んでいる少年が一人いた。

 

「ブラッキー。大丈夫だから」

 

 徐に手をブラッキーの前に突出し、威嚇しないようにと口に出す。

 そうしている間にも、一歩、また一歩とライコウはライトが居る方向へと歩み寄ってくる。

 

「……」

「……」

 

 無言で眼前まで迫ってきたライコウ。

 その気になればガブリとでもいかれてしまいそうな距離ではあるが、それでもライトはポケモンを繰り出す動作も見せなければ、ブラッキーに技の指示を出そうという様子も見せない。

 噛まれたり攻撃されたりしないかと心配するコルニは、堪ったものではないと終始冷や汗を流す。

 

 人間サイドが伝説のポケモンを前にビクビクとしている間、当のライコウはと言うと、ライトが肩からおろしているショルダーバッグの中をクンクンと嗅いだ後に、スッとライトの背後に回り込んだ。

 そして―――。

 

「……え? どうしたの?」

 

 襟元に噛み付き、ライトを連れて行こうとグイグイ引っ張るライコウ。かなりの力で引っ張られるが故に、ズリズリと引きずられていくライトは、このままではブルーに買ってもらった服が破けてしまうのではないかと不安になり、両手を上げて制止に入る。

 

「ストップストップ! えっと……僕をどこかに連れて行きたいの?」

 

 投げかけた問いは至って単純なもの。

 するとそれを聞いたライコウは襟元に噛み付くのを止めて、ライトの問いに対して頷きを返した。

 何故自分を連れて行きたいのかは分からないものの、明確な意思を持っているライコウ。

 その姿を見たライトは、ブラッキーをボールに戻した後、徐にボールを放り投げて一体のポケモンを繰り出す。

 

 現れたのは橙色の皮膚の火竜。ゴキゴキと首を鳴らした後に、見慣れないポケモンが近くに居ることで警戒心をむき出しにするものの、ライトに宥められる。

 

「じゃあ案内して。僕はリザードンに連れてってもらうから」

 

 そう言って徐にリザードンの背に飛び乗るライト。既に離陸準備は完了とばかりに翼を大きく羽ばたかせ始めるリザードンの姿に、ライコウは踵を返して凄まじい速度でどこかへ駆けて行く。

 かなりの速度で走っていくライコウに茫然とするコルニだが、今まさに空に飛び立とうとするリザードンの背に乗っているライトは、口早にこう言い放つ。

 

「そういう訳だから! 先にレンリタウンに向かって!」

「え?」

「じゃあ!」

 

 最後の一声と同時に空へ飛び立っていくリザードン。半ば放心状態のまま、ライコウを追うために飛び立ったライト達を目で追ったコルニは、とあることに気が付く。

 

「あっ……雨止んでる……」

 

 空を覆い尽くさんばかりの雨雲は既に消え、青く澄み渡った空から燦々と太陽の光が降り注いでいたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っ……ここ?」

 

 リザードンの背に乗って飛行すること約五分。コツコツ練習して、やっと背中に乗って空を飛ぶことができたことに関する感傷に十分浸った所で、ライコウがピタリと止まった場所に向かってリザードンは急降下する。

 風に帽子が飛ばされないようつばを掴みながら、ライコウの下まで降り立ったライト。

 ライコウの視線の先には、一つの洞窟が―――。

 

(……これは駄目な奴だ)

 

 行く先真っ暗の洞窟。それだけで足が竦んでしまったライトは、引き攣った笑みを浮かべながら、ジッと佇んでいるライコウを見遣る。

 横で待機しているのは伝説のポケモン。並みではないプレッシャーを放つライコウに、今更『帰ってもいい?』などと言える筈もなく、血の色を失った顔でライコウに問いかけた。

 

「ここの中?」

 

 コクン。

 

「……そっか。じゃあ、案内をよろしくお願いします」

 

 やけに丁寧な口調でライコウに目的地へ連れて行くよう頼み込むライト。

 それに対しライコウは、特に口調を気にする様子も見せないまま、太く逞しい脚でどんどん洞窟の中へと進んでいくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ……はぁ……んっ!」

 

 岩に挟まる足を無理やり引き抜くリラ。数時間前から挟まれてずっと圧迫され続けていた足を引き抜けば、一気に血が通うような感覚が流れ、同時に凄まじい痺れが足を襲った。

 

「ふぅ……」

 

 履いていた革靴は岩の中に巻き込まれて脱げてしまったものの、五体満足な状態になれたことに一先ず息を吐く。

 自分の周りを囲むのは岩、岩、岩―――。

 既に流血は止まったものの、額にはこの状況を作った落石によって刻まれた傷が痛々しく残っている。

 落石が上手い具合に退けてくれて、何とか大人一人が入れるような空間に閉じ込められている彼女は、助けを呼びに行ってくれた最愛のパートナーの帰りをジッと待つしかなかった。

 

(大丈夫かしら……?)

 

 他の手持ちが全て瀕死に陥ったこの状況の中で、唯一あの謎の敵から守り続けてくれたパートナー。

 岩の隙間にボールを転がし、そこから彼だけを脱出させて、外に助けを呼びに行かせたのだが、果たして本当に助けを呼べるのだろうか。

 仮にも伝説のポケモン。見た者は圧倒され、心無い者が彼のポケモンを目の当たりにすれば、こちらの事情など知る由もなく捕獲に取り掛かるかもしれない。

 既に自分が捕まえている状態の為、ボールに納められることはないだろうが、それでも強硬手段にでるかもしれない。

 

(まあ、あの子がそう簡単に捕まるとは思えないですけど……)

 

 自分の想像を自分で笑った後は、少しでも呼吸を整えようと深呼吸をしてみる。心身共に圧迫されるような空間の中で正気を保てているのは、リラが元より気丈な人物であったが故か。

 それとも―――。

 

 ガラッ……。

 

「っ!」

『こ……ここ?』

「誰か居るんですか!?」

『人の声? はい! 居ますけど……えっと……どこ、です、か?』

 

 落石によって構築された岩壁を隔てて聞こえてくる少年の声。自分の声に反応してくれたことから、リラは一先ずホッと胸をなで下ろすが、相手はどうにも自分の居場所を把握できないようだ。

 というよりも、このような暗い洞窟の中の落石の中に埋もれているのだから、見つけられない方が普通である。

 そこでリラは、残り少ない電池で動いている懐中電灯をここぞとばかりに点けて、岩壁に向けた。

 

『あっ……そっちですか!?』

 

 岩壁の隙間を通って向こう側へと届いた光に気付いた少年の足音は、どんどん近くなっていく。

 どこかで聞いた事があるような声に少し首を傾げるも、『今はそれよりも』と自分に言い聞かせて、息苦しい中で必死に声を上げる。

 

「すみません! いきなりこういった状況で申し訳ないのですけれど、助けてくれないでしょうか!? 落石で動けなくなってしまって……!」

『落石……ですか? えっと、何をすれば?』

「電話は持っていますか?」

『ポケギアなら……』

「なら、電波の通じる場所に出て警察やポケモンセンターに掛けて、事情を説明して下さい! そうすれば、ポケモンレンジャーなどが出動してくれる筈ですから!」

『わ、わかりました!』

 

 端的な説明を終えれば、少年の軽快な足取りが向こう側から聞こえてくる。同時に、聞き慣れたパートナーの足音も聞こえていることから、連れて来たであろう少年と共に外に向かっていることは容易に想像できた。

 これでどうにかなると思うと、途端に強張っていた体の力が抜けていく。

 

(……それにしても、何故あのポケモンは?)

 

 時間つぶしに、自分達を執拗に追いかけ回したポケモンについて思い返すリラ。

ライコウより一回りも二回りも小さいポケモンであったが、体が小さい分動きは素早かった。

 攻撃力も中々であったが、それだけであれば何の問題もなく処理することができた筈。

 そう、それだけであれば。

 

(フォルムチェンジ……なのでしょうか?)

 

 最初こそ不意を突かれたものの、体勢を立て直してバトルを優位に進めていたリラだったが、謎のポケモンが途中で姿を変えたことにより、形勢が逆転してしまった。

 洞窟の天井に頭が着かんばかりの巨大な蛇のような姿に変貌した謎のポケモンに、手持ちを総動員させても圧倒され、挙句の果てには“じしん”に酷似した攻撃を放たれ、その時に落石に巻き込まれたのである。

 慢心していた訳ではないが、明らかに他の野生ポケモンと一線を隔す強さ。

 伝説のポケモンであるライコウでさえ、タイプの相性の問題で真面にダメージを与えることができなかった。そのことについては運が悪かったとしか言いようがないが、それでもあの強さは反則的だ。

 

(ここら一帯を占めるボス……とでも言う存在。非常に危険ですね。いや、私が迂闊過ぎたんでしょうか……)

 

 はぁ、と溜め息を吐いて、額にこびり付く渇いた血を少しだけ剥がす。

 

(助けに来てくれた子と遭わなければいいんですが……)

 

 

 

 ***

 

 

 

 小さな緑の体。まるでスライムのように半透明な体で草むらを掻き分けて、岩壁からとある者達を眺める。

 片方は、必死に機械に語りかける小さな人間。

 もう片方は、雷を呼ぶとされる伝説の獣。

 

―――ミツケタ。

 

 ルビーのような輝きを放つ核を胸に抱く緑色の生物は、この地方に散らばる仲間たちに呼びかける。

 

 

 

 ミツケタ。秩序ヲ乱ス者ヲ。

 

 

 

 ミツケタ。アノ人間ト同ジエネルギーヲ纏ウポケモンヲ。

 

 

 

 周囲から流星の如き速さで集まっていく細胞たちをその身に宿す。

 すると、瞬く間に小さな緑色の生物は大きくなっていき、その身体は犬のようなフォルムへと変貌した。

 

 

 

 アノエネルギーハ厄災ヲ呼ブ。

 

 

 

 南国ノ仲間ガ戦ッタ、アノ黒イ化ケ者ヲ。

 

 

 

 ポケモントイウ存在カラ逸脱シタ、アノ化ケ物達ヲ。

 

 

 

 ソウダ。

 

 

 

 秩序ヲ乱ス者ハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 排除スル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼドアァァァアアアアアッッ!!!」

 

 咆哮を上げる秩序を守る存在―――ジガルデは、イレギュラーである存在を排除する為に駆け出す。

 そう―――リラと同じエネルギーを纏う、ライコウの下へ。

 



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第八十六話 爆発は芸術

 

 

 

「なっ―――」

 

 電話で救助を要請していたライトは、突如上の方から響き渡ってきた咆哮に驚いた形相で見上げる。

 バッと岩壁を見遣れば、緑と黒の色のポケモンが今まさに飛び掛かろうとしてきているではないか。

 

「にぃん!?」

 

 思わず呆けてしまうライトであったが、そんなライトの襟元に噛み付いて、後ろに放り投げるライコウ。

 襲いかかってきたポケモンに紺碧色の光弾を放った。

 

―――“はどうだん”

 

 伝説のポケモンが繰り出す光弾は凄まじい威力であり、放っただけで周囲に旋風が巻き起こる。

 だが、その“はどうだん”に対し四足歩行型のポケモンは、口から竜の形をしたエネルギーを繰り出す。

 

―――“りゅうのはどう”

 

 二つの波動は二体の中央で激突し、洞窟の前で大規模の爆発を起こす。周囲に伝わる振動によって、岩壁の一部が崩れたりと、見るだけで圧倒されるような光景だ。

 一方、ライコウによって放り投げられたライトは、近くの草むらの上に尻もちを着く形で落ち、眼前で広がる爆発の光景に口をあんぐりさせた。

 

(なんだ、あのポケモン!?)

 

 “はどうだん”を“りゅうのはどう”で相殺させた後は、ライコウとの近接戦に臨む四足歩行型のポケモン。

 俊足を有すライコウと互角以上の移動速度は、並みの野生ポケモンでないことを暗に示していた。

 更に、今まで見たことのないようなポケモンに畏怖のような感情を抱いたライトは、ライコウが相手取っている間に少しでも情報をと、ロトム入りの図鑑を取り出す。

 

(ッ……動きが速過ぎて、図鑑が姿を読み込めない!?)

 

 対象のポケモンに翳すことによって、内蔵されているメモリーに刻まれているデータを読み取るポケモン図鑑であったが、四足歩行型のポケモンの動きにカメラが追いつくことができず、中々読み込むことができない。

 ライトも必死に動きに合せようとするも、一向に姿を捉えることはできない。

 そのような中、ふとライコウの方を見ると、四足歩行型のポケモンに不利な立ち回りを見せているライコウの姿が見えた。

 

「そんなっ……なんで!?」

 

 仮にも伝説のポケモン。どれだけ強いかは、一度同格と思えるサンダーを相手しているからこそ分かる。

 それにも拘わらず圧倒される理由とは一体なにか。

 

「っ、【じめん】なのか!?」

 

 考えられる理由は、四足歩行型のポケモンのタイプが【でんき】タイプであるライコウが唯一苦手とする【じめん】タイプであるということ。

 それであれば、ライコウが全く電撃を繰り出さずに四足歩行型のポケモンを相手取っていることに理由がつく。

 理解した瞬間、図鑑の検索機能で【じめん】タイプを片っ端から調べようとするライト。

 余りにも非効率な手段であるが、今はそれしか方法がない。

 

 その時だった。

 

『ケテケテェ―――ッ!』

「ロトム!?」

 

 【じめん】タイプを探し出している途中、図鑑の画面にはでかでかとロトムの顔が映りだす。

 この状況の中でふざけられたら堪ったものではないと考えるライトであったが―――。

 

 ピピピピピピピピ。

 

 瞬く間に画面に重なり合っていくブラウザ。

 【じめん】タイプから始まり、体色、大きさなどの複数の条件からありったけのデータが画面に映しだされていく。

 ふざけている訳ではなく、焦った様子のライトを見かねたロトムによる、最大限のサポートの結果だ。

 ヒャッコクジムでもそうであったが、やる時はやってくれる居候に思わず笑みを浮かべてしまったライト。

 そうしている間にも、襲撃者の真相は画面に映しだされた。

 

「ちつじょポケモン……ジガルデ? でも―――」

 

 姿が違う?

 

 最初に映し出された『ジガルデ』というポケモンの姿は、まるでアーボックのような蛇の姿であった。

 しかし、今目の前にいるのはどちらかと言えばブラッキーやグラエナなどといった四足歩行型のポケモンの形状だ。

 体色こそ酷似しているものの、余りにも姿が違い過ぎると考えたライトであったが、そんな少年の思考を感じ取ったロトムが一つのデータをピックアップした。

 

「『文献によっては姿が違う』……フォルムチェンジみたいなものか!!」

 

 一部のポケモンは、とある条件下で姿を変える。

 それと同じ類だと推測したライトは、現在進行形でライコウと激闘を繰り広げているジガルデを睨みつけた。

 

「こんなとこでドタバタやられたら、洞窟に居るあの人は堪ったものじゃないよ! リザードン!!」

「グォォォオオオ!!!」

 

 放り投げたボールから飛び出すリザードンは、空に大きな翼を広げると同時に咆哮を挙げた。

 主人の感情の昂ぶりを感じ取ったのだろう。 

 既に戦う準備はできていると言わんばかりに、瞳の奥に宿る炎も尻尾に点る炎も、轟々と燃え盛っている。

 

「ジガルデを洞窟から離すように投げ飛ばして!!」

 

 ライコウとジガルデのバトルによって響き渡る轟音にも負けない声量の指示が届くと、瞬く間に滑空してジガルデに肉迫するリザードン。

 どうやら、ライコウに気が向いていてリザードンに気が付かないジガルデは、あっという間にリザードンの接近を許す。

 次の瞬間、ジガルデの細い首を両手で掴むリザードン。

 幾ら相手が伝説のポケモンとタメを張るポケモンであろうとも、ジガルデとリザードンにはそれなりの体格差がある。

 

「グォオオ!!!」

 

 ジガルデの首を持ったまま、背負い投げの要領でジガルデを投げ飛ばすリザードン。それに対して、ジガルデは為されるがままに華奢な体を投げ飛ばされて宙を踊る。

 しかし、即座に体勢を立て直し、口腔に光り輝く翡翠色の光を収束し、天を仰ぐ。

 

「ゼドァアアアア!!!」

 

 刹那、ジガルデの口腔から解き放たれた光は無数に分裂し、まるで矢の雨のようにライコウとリザードンに降り注いだ。

 余りの数に避ける隙間も無く、何とか身を屈めることによって被弾を少なくしようとするライコウに対し、翼を盾のようにして身を守るリザードン。

 

(なんだ、あの技!? 見たことが無い……くっ!)

 

 生まれて初めて見る技に、驚愕することしかできないライト。

 よくコルニから、ジムリーダー試験にも役立つポケモンについて詳しく書かれている本を借りて読んでいるが、その本にも出ていないような技。

 最新版(定価四千五百円)にさえも書かれていないような技。

 つまりそれは、学会でも発見されていない技だということ。

 

 このような切羽詰った状況でなければ、第一発見者気分で喜んでいただろうが、状況が状況だ。

 今は只、厄介でしかない。

 

「ガゥッ……!」

「ッ、ライコウが!?」

 

 どうすればいいのかと思考を回している間、ジガルデの放った攻撃を喰らってグラつくライコウ。

 

(【じめん】技? いや、でもリザードンにも喰らってる……くそッ!!)

 

 ライコウを一撃であそこまで疲弊させるのだから、効果が抜群な【じめん】技であることの可能性が濃厚だ。

 だが、それならば何故本来【じめん】技を喰らわないリザードンさえも喰らって疲弊しているのかが想像つかない。

 【こおり】タイプの技の中に“フリーズドライ”という技があり、それは本来効果がいまひとつの【みず】に対して効果が抜群となるらしいが、それと似たような技なのだろうか。

 この短時間で脳に入ってくる情報の多さに、脳味噌がオーバーヒートしそうな感覚になるライト。

 だが、ガリガリと帽子越しに頭を掻き、息も絶え絶えとなっているライコウを目にした後のライトの決断は早かった。

 

 これしかない。

 

 

 

「メガシンカッ!!」

 

 

 

 もし、【ひこう】タイプにさえも直撃することができる【じめん】技を有しているのであれば、普通の状態のまま戦うメリットは少ない。

 ならば、伝説のポケモンに迫ることができるだけの力を。

 

 ライトのキーストーンから発せられる光に呼応したリザードンは、瞬くまにその姿を変貌させていき、メガリザードンⅩへとメガシンカを果たした。

 

「“だいもんじ”!!」

「ッ!」

 

 翼を広げると同時に青い爆炎を解き放ったリザードン。

 その光景を目の当たりにしたジガルデは、咄嗟にバックステップをして近くの川に飛び込んだ。

 そして、前脚を大きく振り下ろして地面を穿った。

 すると、水の下に広がる地面に巨大な亀裂が入り、そこから翡翠色の閃光が瞬き、周囲に激震を走らせる。

 同時に、川の水が間欠泉のように噴き上がり、目の前まで迫ってきた“だいもんじ”を防ぐ結果となった。

 

 数秒、豪雨でも降っているかのような水が落ちる音が鳴り響く。

 

「“ドラゴンクロー”!」

 

 “だいもんじ”によってできた白い水蒸気の中に佇むジガルデに、畳み掛けるように地面を蹴って飛翔するリザードン。

 瞬く間にジガルデの眼前にまで迫ったリザードンは、溢れ出るメガシンカの恩恵を受けた力を以てして、その鋭利な爪を振り下ろした。

 

 しかし、『単調な動きだ』と言わんばかりに少しだけ体を逸らして“ドラゴンクロー”を回避したジガルデは、リザードンの攻撃によってできた水柱に紛れて宙に飛ぶ。

 忍者であるかのような身のこなしでリザードンとの距離をとったジガルデは、背中ががら空きのリザードンに対し、“りゅうのはどう”を解き放つ。

 【ひこう】が【ドラゴン】へと変質したリザードンにとっては、効果が抜群な技だが、

 

「―――ッ!」

 

 リザードンとジガルデの間に割り込んできたブラッキーの“まもる”によって、“りゅうのはどう”は防がれた。

 防がれた攻撃の余波は川のあちこちに弾け飛び、幾つもの小さな水柱を上げていく。

 自分の攻撃を防いだブラッキー―――そのトレーナーである少年に、ジガルデは目を遣った。

 すると、ジガルデの眼前には真紅の爪が振り下ろされる。

 これもまた寸での所で回避したジガルデは、肉迫していたハッサムとの距離をとる為にバックステップをしてから、自分を睨みつけてくるポケモンを一体ずつ観察した。

 

「……こういうの好きじゃないけど、許してね」

 

 自分のフェアプレー精神には反すると口にするライト。

 普通の野生ポケモンとの戦闘で、多対一など絶対にしない性質ではあるが、今回ばかりは違う。

 人命が掛かっているとするのならば、なりふり構ってはいられない。

 瀕死にするか、撃退するか。どちらにせよ、並みではないポケモンを相手にするのだから、一対一などまどろっこしいことはしていられないのである。

 

 申し訳なさそうに―――だが、据わった目つきで睨みつけてくる少年を目の当たりにしたジガルデは、少しばかり目つきを鋭くした。

 

 

 

―――邪魔スルナラ、オ前タチモ。

 

 

 

 先程からピクリとも動かないライコウは、ジガルデの攻撃対象から一旦外れた。

 まずは、自分を邪魔しようとするこの人間とポケモン達から排除しようと考えたジガルデは、すぐさま口腔に翡翠色の光を収束させる。

 

「ハッサム、“バレットパンチ”! リザードン、“だいもんじ”! ブラッキー、“どくどく”!」

 

 攻撃をさせるまいかと、捲し立てるように指示を飛ばすライト。

 一番早く動いたのはハッサム。その鋼鉄のような拳をジガルデに振りかぶろうと一気に肉迫する。

 

「ッ!」

 

 だが、振るった拳を軽く躱したジガルデは、ハッサムの体を踏み台に近くの岩壁に飛び移った。

 そこへ続けざまに、リザードンの“だいもんじ”とブラッキーの“どくどく”が襲いかかる。

 ハッサムの攻撃をカバーするかのようなタイミングで放たれた攻撃は、連携としてはかなり洗練されていたものであったが、それでさえもジガルデは岩壁を足蹴にすることによって回避した。

 

 直後、足元の岩壁で爆発が起こるものの、逆にそれを推進力にして大きく飛びあがったジガルデは、再び大空を仰いで翡翠色の光を上空に向けて解き放つ。

 降り注ぐ緑色の光の雨を前に、すぐさま身構えるライトとその手持ち達。

 

 そうして怯んでいる間に、今はもう使われなくなったトロッコの線路の上に降り立ったジガルデは、悠々と邪魔者を見下ろす。

 トロッコが通ることだけを予定して組み立てられた鉄骨が剥き出しの足場から。

 

「―――真下」

 

 煌々と照っていて、真面に相手を視認することができない視界。

 その中で、ライトは帽子のつばの陰にある瞳をギラギラと光らせていた。

 同時に、ジガルデの足元でも閃光が爆ぜる。

 

「がら空きだよ」

「ッ!!?」

 

 ジガルデの放った降り注ぐ攻撃とは違い、地上から空に向けて放たれる竜の形をしたエネルギー。

 完全に油断していたジガルデは、真下の草むらから放たれた“りゅうのはどう”に直撃して吹き飛ばされる。

 

 何が起こったのか未だに理解できないジガルデは、攻撃が放たれた場所である線路の下の草むらに目を遣った。

 すると次の瞬間、背の高い草が刀で切られるように一斉に刈られていき、草むらの中に姿を隠していたジュカインの姿が露わになるのを目にする。

 隠れていた相手を認識したところで、受け身もとれないまま落下するジガルデ。

 

 そこへ、先程まで息を潜めていたジュカインが驚異的な脚力で降り立つ。更に、次々とライトの手持ち達が降り立ってジガルデを包囲する。

 バッジを七つ集めたトレーナーが手塩にかけて鍛え上げたポケモン達。

 それらに囲まれたジガルデは、一瞬動きを止めた。

 

「……?」

 

 襲撃を諦めてくれたのかと考えるライトは、身を乗り出して動かないジガルデの様子を観察しようと試みる。

 

―――このまま帰ってくれればいいのになぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼドァァアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……な、なに!!?」

 

 突如、咆哮を上げるジガルデ。

 するとジガルデから煌々と瞬き、景色のあちこちから伸びてくる翡翠色の光が、そのようなジガルデの下に集まって来るではないか。

 まるで何かを吸収するかのようなモーションを見せるジガルデに、ライトの頬には一筋の汗が流れる。

 

(これって……ピンチになったらパワーアップ的な感じの!?)

 

 テレビアニメでもよくあるような展開。ポケモンでも、体力が少なくなれば技の威力が上がる特性があるように、危機を感じたジガルデが何かを試みようとしているのではないか。

 そうであるとしたら、只でさえ厄介な相手がパワーアップして、手に負えなくなるのでは―――。

 

「わわわっ……! リ、リザードン! “ドラゴン―――」

 

 今繰り出している手持ちの中で最もパワーのあるだろうリザードンで何とかしようと考えたライト。

 だが、その思考を遮断するかのように奔っていく影が一つ。

 

 ライトの手持ち達の間を縫って、光をその身に収束させていくジガルデに肉迫するポケモン―――ライコウの口腔には、途轍もない大きさの紺碧の光弾が出来上がっていた。

 “きあいだま”にも負けずとも劣らない大きさの“はどうだん”。

 それを、何かを試みようと無防備になっているジガルデに、

 

「グルォォァァァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 解放した。

 

「い゛ぃいいいいっ!?」

 

 カッと何かが爆ぜると同時に吹き荒れる爆風。それはライトの体が一瞬浮いてしまうほどのものであり、バランスを崩したライトはそのまま後方に後転し続け、川の中へと落水してしまった。

 

 この時、『(ライコウ)の主人の為に気を遣って洞窟から離してたのに、なにそんな馬鹿みたいな威力の技出してるの?』と思ったのは秘密である。

 

 まるで地震が起きたのではないかと言う程の地響きがなること十数秒。

 漸く揺れと音が治まった頃、ずぶ濡れになったライトは川から身を乗り出した。

 

「う゛ぇっほ!? げほっげほっ! うぅ~……なにがなんだか……はっ!」

 

 余りの出来事に暫し放心してしまったライトであったが、視界の一部に映り込む土煙を目の当たりにし、正気に戻った。

 急いで川から這い上がり、水を滴らせながら爆心地―――ジガルデが居た場所へと駆け寄っていく。

 駆け寄っていく内に土煙は晴れ、砂埃を身体中に纏う手持ちのポケモン達の姿を見ることができる。

 しかし、

 

「……いない?」

 

 ライコウが見下ろす先にあるのは抉れた地面だけであり、ジガルデの姿は一切見当たらなかった。

 一瞬、消し炭が残らない程の攻撃を受けたのかと嫌な想像が頭を過ったが、ライコウの顔を窺えばそうでないことを理解する。

 

「逃げられた……の?」

 

 コクン。

 無言で頷くライコウ。恐らく、ジガルデがああいった行動をとることを予見して、ライトのポケモン達とジガルデの戦闘には手を出さず、虎視眈々と隙を窺っていたのだろう。

 それでも仕留めるには届かなかったらしいが、今は相手が逃げ出した―――つまり、撃退できたという事実があれば十分だった。

 

 肩の荷が下りたライトはホッと胸をなで下ろし、その場に尻もちをつくようにへたり込む。

 同時に、リザードンのメガシンカも解け、緊張の糸が切れたようにライトのポケモン達もホッと息を吐いた。

 

「はぁ~~~! 野生のポケモンであんなのと戦うなんてこりごりだよぉ~~~もぉ~~~!」

『おい! あっちの方で凄い爆発があったぞ!』

『ああ! なにかあったのかもしれない! 行くぞ!』

「ん? ……ポケモンレンジャーの人かな?」

 

 文句を垂れていたライトの耳に届く、何人かの大人の声。恐らく先程電話して要請したポケモンレンジャーなのではないかと考えたライトは、一気に蕩けた顔になって、近くのブラッキーに身を委ねる。

 びしょびしょの体で申し訳ないと思うものの、緊張の糸が切れた今、上手く体に力を入れることができないライトはそうすることしかできなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――あぁ~、あいよ。レンリタウンの病院ね。はいはい、そこに入院してると。そういうことかい」

 

 ポケギアを耳に当てながら気怠そうに話す中年の男性。黒いハットとコートに対し、下足がサンダルという非常に不釣り合いな格好をした白髪の男性は、猫背のままベンチに座って電話を続ける。

 

「おう、じゃあ明日見舞いに行ってやるよ、土産付きでな。……あ? いらない? まあまあ、そう遠慮しなさんな。大層なモンを持ってっても困るのは分かるからよ」

 

 部下と思しき人物と通話を続ける男は、ニヒルな笑みを浮かべながらこう告げる。

 

 

 

「ま、軽くね」

 



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第八十七話 良心があれば落書きは水性ペンで

 ペラペラと紙を捲る音が響く室内。忙しなく動く瞳は、文字の羅列を捉え、次々と視覚情報を脳へと送り込んでいく。

 しかし、近くから聞こえてきた安らかな寝息に気付き、徐にライトはポケギアで時刻を確認した。

 

(うわ……十時かぁ)

 

 時刻は深夜の十時。まだまだ成長期の子供であればもう布団に入り、明日の為の休息をとるべき時刻だ。

 昼間のジガルデとのバトルに触発されたライトは、コルニの所有物である本を借りて熟読していたが、どうやら普段よりも真剣に読み耽っていた。

 そろそろ自分も寝なければならないとばかりに、ベッドの上で胡坐をかいて読書していたライトは、ウンと背伸びをした後に本を返そうものかとコルニの方を一瞥する。

 

(……お腹出てる)

 

 基本、寝間着も薄着であるコルニ。只でさえ寒そうな寝間着で眠っているのにも拘わらず、布団を脚で退け、尚且つポリポリと手でお腹を掻いているときた。

 眠気で暫し茫然と眺めていたライトであったが、余りにも無防備なお腹を鼻で笑い、たどたどしい足取りでコルニのベッドまで歩み寄り、退けられた布団を被せる。

 

「う~ん……」

 

 ガバッ。

 

 しかし、良心で被せた布団は、ものの数秒でコルニの足で退けられる。

 暑いのだろうか。そのようなことを考えながらライトは、再び退けられた布団を掛けるが、

 

「むにゃ……」

 

 すぐに退けられる。

 それはそれはとても幸せそうな寝顔を浮かべながら、良心で掛けてあげた布団は退けられたのだ。

 少々カチンと頭にきたライトは、再び被せる。

 だが、

 

 バサッ。

 

 ガバッ。

 

 バサッ。

 

 ガバッ。

 

「……」

 

 起きていて意図的にやっているのではないかと思われるほどの反応の速さ。何度被せても、すぐに布団が退けられる。それのローテーションだ。

 次第に笑っていない顔になったライトは、目元に影を浮かべながら、無防備に晒されているお腹を一瞥した後に、部屋を見渡す。

 そして徐に歩み出し、部屋に備え付けられている筆記用具の内、水性マーカーを手に取った。

 

 キュポ。

 

(何描こうかな)

 

 

 

 ***

 

 

 

「ねえライト。アタシのお腹にコイルが描いてあるんだけど……」

「おはよう、コルニ」

「あのさ、コイル……へその部分が目に」

「ブフッ……あ、朝ご飯に」

「ちょっと!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「すみません、クチナシさん……私が不注意だったばかりに」

「んや、足の甲に罅が入ってる奴に言われてもよ。それにお前さんが苦戦する相手だ。国際警察(ウチ)でもお前さんをどうこう言う奴ぁいねえだろうよ」

「……買いかぶり過ぎですよ」

「謙虚で結構、っと……」

 

 異なり連なる町、レンリタウン。高低差がこの町では、近くの山から流れてくる澄み切った川が至るところで流れている。

 特に『ホテル・レンリ』の近くにある滝壺では、水中を泳いでいるポケモンの姿がはっきりと見えるほどだ。

 そのような街に佇む病院の一部屋に、終の洞窟から救助されたリラは居た。

 軽い切り傷や打撲の他に、足の甲の骨に罅が入っている彼女は現在、白く清潔なシーツが敷かれているベッドの上で上体を起こしたまま、上司であるクチナシと話している。

 

 年季の入った黒いコートはくたびれており、どこか哀愁を漂わせているが、逆にそれが彼の厳格そうな雰囲気を錯覚させていた。

 しかしクチナシと呼ばれた男は、頬杖を突きながら溜め息を吐く。

 

「だがよ、最後の案件だから指揮だけじゃなくて現場に行かせろって上に言って、着いてみたら部下が怪我だから病院って、おい」

「う……すみません」

「冗談だよ」

 

 至極申し訳なさそうな顔を浮かべるリラに対し、冗談であると口にするクチナシはニヒルな笑みを浮かべてみせる。

 

「それよりも、お前さんをどーにかしたっつーポケモンの話だが……」

「あ、それについてでしたら手帳にまとめておきました」

「ん、そーかい。どれどれ……」

 

 徐に机の上にあった手帳をクチナシに差し出すリラ。

 普段は、捜査のメモに使っているであろう手帳は、既にかなりくたびれてしまっている。その手帳を開いて、リラを襲ったというポケモンについて書かれているページを見たクチナシは、数秒沈黙し、こう告げた。

 

「芸術的だな」

「はい?」

「……分かった。ほら、返すよ」

「あ、はい……」

 

 意味深長な言葉を口にしてリラに手帳を返すクチナシはこの時、『こいつに人相を描かせる役目は絶対に押し付けないようにしよう』と考えていた。

 それよりも気になっていたのは、

 

(……やっぱり、臭いってモンが分かるのかねぇ)

 

 余りにも芸術的な絵であった為、何に襲われたのかを解らぬまま終わってしまうものかと思っていた。

 だが、案外特徴は描き出されていた故に、何が彼女を襲ったのかはすぐに理解できた―――理解できてしまったのである。

 忘れようにも忘れることのできない、あの日に現れた緑と黒のポケモン。

 もし本当にあのポケモンが狙ってリラを襲ったのであれば一大事だ。

 

「……なあ、リラよぉ」

「はい。どうかしましたか?」

「お前さんを助けたあんちゃんってどこに居るんだ?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 レンリタウン・村営バトルコート。住民のみならず、旅や観光で来ているトレーナーに解放されているバトルコートで、二人のトレーナーがポケモンバトルを繰り広げていた。

 石畳のバトルコート一面には水が薄く張られており、絶え間なく水のせせらぎが鼓膜を優しく揺らす。

 その中で二体のポケモンは、水飛沫を上げながら激しい攻防を繰り広げる。

 

 互いにヒットアンドアウェイを主とするバトルスタイルで、バトルコートのあちこちを飛び交いながら、虎視眈々と隙をどうやって作ろうかと思考を巡らせる二体。

 そしてふと思い立ったコジョフーが“スピードスター”をジュカインの足元に放つ。

 すると水の張られた足元に放たれた“スピードスター”は、狙い通り着弾の衝撃で大きな水飛沫を上げ、ジュカインの目を眩ませることに成功する。

 

 一瞬動きが止まるジュカイン。

 そこへコジョフーは畳み掛ける様に飛び掛かり、凄まじい勢いで膝蹴りを喰らわせた。

 

「よっし! “とびひざげり”が成功した!」

 

 その一部始終を眺めていたコルニは嬉しそうに拳を握り、見事“とびひざげり”を成功させたコジョフーに笑顔を見せる。

 主人の嬉しそうな顔に、同じような顔を浮かべながら頭を掻くコジョフー。

 すると次の瞬間、コジョフーの体が光に包まれていき、刻一刻と小さな体が華奢でスラリとした体へと大きくなっていく。

 

 『おおっ』と声を挙げるコルニは、コジョフーを包み込んでいた光が晴れると同時に、中から姿を現した藤色の体毛を靡かせるポケモンを目の当たりにし、感嘆の息を漏らす。

 

「進化したぁ!」

「おぉ~! コジョフーの進化形……っと」

『コジョンド。ぶじゅつポケモン。腕の体毛をムチのように扱う。両腕の攻撃は目にも止まらぬ速さ』

 

 カイリキーやハリテヤマを剛とするのであれば、柔の戦いを主とするらしいコジョンド。進化してどこか妖艶な雰囲気も漂わせるコジョンドは、進化した嬉しさからか、その長い腕の体毛をコルニに巻きつけるようにして抱きしめている。

 どこかの地方には、トレーナーを抱きしめて背骨をクラッシュするポケモンもいるようだが、コジョンドはそういったことはない。

 ペロペロと頬を舐められながら抱きしめられているコルニは、擽ったそうな表情を浮かべながらこう言い放った。

 

「さらもふ~♪」

「体毛の話?」

「うん!」

「へ~」

 

コルニは、コジョンド最大の特徴を撫でまわしながら、愉悦な顔を浮かべる。そこまで気持ちいいのなら自分も触ってみたいと思ったライトであったが、ボールの中から放たれる重圧(プレッシャー)を感じ取り、ブンブンと頭を振って『撫でてみたい願望』を振り払う。

それは兎も角、こうして互いに高め合う存在であるコルニのポケモンが進化したことは喜ばしいことだ。

特に、よくコジョフーを相手取っていたジュカインにしてみれば、より一層特訓の質を高められることに繋がるだろう。

 

「ようし……コルニ! 続き―――」

「お~、成程な~」

 

 ふと、背後から響いてくる声。

 反射的にスッと振り返ってみれば、黒いコートを羽織った猫背の男性が、横に淡藤色の体毛を靡かせる猫のポケモンを連れて佇んでいた。

 距離にして、約二メートル。ここまで近づかれていて何故気付かなかったのか。ライトは自分に対してそのような問いを投げかけながら、口をあんぐりとさせたまま男性を見つめる。

 すると男性は、訝しげな瞳で自分を見つめてくる少年を見かね、気だるげな挙動で懐から手帳のようなものを取り出した。

 

「国際警察、って言えば分かるか? 俺はクチナシって言うんだがよ、部下が世話になった」

「あ……い、いえ!」

 

 据わった目つきのまま礼を言われたライトは、耐えかねて『こちらこそ』と軽くお辞儀を返す。

 その時、クチナシがサンダルを履いているのが視界に入り、コートにサンダルとは如何なものかと心の中でツッコんだ。

 国際警察―――その彼が口にしたことを察すれば、昨日救助に関わったリラの上司ということになるのだろう。

 彼女は物腰が柔らかそうで話しやすい人物であったが、どちらかと言えば裏の組織に通じてそうな風貌の男性。まだ十二のライトにしてみれば最初からフレンドリーに話すことなどできない存在だ。

 だが、それ以上にライトが気になっていたのは―――。

 

(ペルシアン?)

「ニャーゴ」

「なんだ、あんちゃん。ペルシアン見るの初めてかい?」

 

 顔を上げた後、ジッと凝視してくるペルシアンに目が点になりながら立ち尽くすライト。

 彼の知っていたペルシアンは体毛が白く、額に輝く宝石のような物体が赤い。しかし、クチナシがしっかりとペルシアンと言った個体は、体毛が淡藤色で、額の宝石が青い。

 そしてなにより、顔の形が、

 

「……お饅頭」

「そりゃあペルシアンの顔のこと言ってるのか?」

「ニャーゴ!!」

「わッ!?」

 

 ぷっくらと、まるで饅頭のように丸い。

 それをライトが口にした途端、気に障ったのかペルシアンが目を光らせてライトに飛び掛かる。

 その光景にあっと口を開く周囲の者達だが、唯一クチナシは動く様子も見せずに溜め息を吐くだけだ。

 驚いて身構えるライトに飛び掛かるペルシアンだが、傷付ける考えは毛頭ない。

 代わりに、バッグの中に煌めく物体に目を光らせ、俊敏な動きでバッグの中を漁ろうとする。

 

「あぁ! ちょ!」

「悪いなあんちゃん。ウチのペルシアンは手癖が悪くてな」

「いや、『手癖が悪くてな』じゃなくて!」

 

 あっという間にバッグの中を漁られ始めたライトは、大焦りでペルシアンの主であるクチナシに抗議する。

 そうしている間にも物色は終了し、ペルシアンの口には一枚の虹色の羽が咥えられているのが周囲の者達の目に留まった。

 しかし、ライトのバッグの中から持ち出された虹色の羽に驚いたのはクチナシだ。

 体は微動だにしないが、先程までの気だるげが見開いたのだから、分かりやすいというものである。

 

(成程。これでライコウがねぇ)

「あの……それ、僕の」

「おう。悪かったな。ほらよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 一人勝手に納得したクチナシは、ペルシアンが物欲しそうな顔で咥えたままの虹色の羽を取り上げ、持ち主であるライトにすぐ返した。

 光の反射で虹色に煌めく羽を取り上げられたペルシアンはショックを受けた顔を浮かべるが、警察の手持ちが子供の持ち物を盗んだとあれば大問題だ。

 それが世界を股に掛ける国際警察であれば尚更。

 だが、そろそろ退職するクチナシにしてみれば、それほど自分に降りかかる問題でもないので動揺はしていなかった。

 

 兎も角、虹色の羽を返してもらったライトはホッと安堵の息を漏らし、大事そうに羽をバッグの中のポケットにしまいこむ。

 『綺麗な羽だね』と声を漏らしながら歩み寄るコルニに対し、『ジョウトで拾ったんだ』と答えるライト。

 

「あんちゃん。ジョウトから来てるのかい?」

「え……あ、はい! 今は留学でカロスに……」

「成程。確かに向こうじゃペルシアン白いもんな。このペルシアン、おじさんの地元の―――アローラ地方のペルシアンなのよ」

「……リージョンフォームの!」

「お、物知りだねぇ」

 

 徐に地面に腰を下ろし胡坐をかき始めたクチナシは、そのままペルシアンの喉元に手を伸ばして撫で始める。

 以前も聞いたことのある、アローラ地方の自然環境に適応して変わった姿。それを学会では『リージョンフォーム』と呼ぶが、世間一般には未だ広く知られてはいない。

 それを知っている事を単純に感心したクチナシは、先程の虹色の羽を取り上げられたことによるペルシアンの傷心を癒す為、長年連れ添って知っているツボを絶妙な力加減で撫で続ける。

 

「カントーとかジョウトは【ノーマル】なんだろ? このペルシアンは【あく】なのよ」

「タイプがですか?」

「おう。だから、泥棒みたいに手癖が悪くてな」

「は、ははっ……」

 

 つい数分前に実感したことを口に出されたライトは、引き攣った笑みを浮かべながら饅頭のような顔のペルシアンを見遣る。

 

「まあ、地元じゃポケモンの盗みは寛容だけどよ」

「へ?」

「……言い方まずかったな。あ~、アレだ。ポケモンを盗むって訳じゃなくて、野生のポケモンが店に並んでる木の実を盗んだりって事だ」

「はぁ……」

「自然の恵みは分かち合うものだとかだってよ。まあ、食べ歩きの時に横取りに気を付けろってことよ」

 

 そう言ってからニヒルな笑みを浮かべるクチナシ。

 一瞬、地元のイメージダウンにつながる変な誤解が生まれるところであったが、なんとかそれは阻止できたようだ。

 もし、観光業が盛んな地元のイメージダウンにつながる事などを口に出したりすれば、『土地神』に仕置きを貰うかもしれない。それはクチナシとして避けたい所であった。

 しかし、このままではどこか変な雰囲気で終わってしまいそうな気がある。

 そこで汚名返上したいクチナシは、『そうだ』と付け足すように口を開く。

 

アローラ地方(ウチ)、観光業が盛んなのよ。あんちゃんがデカくなって結婚でもしたら、ハネムーンにでも来な」

「急な話過ぎません?」

「的確なツッコミだな。いいね。そういうの、俺結構好きよ」

 

 まるでコガネ出身の者のように早いライトのツッコミに、ヘラヘラとクチナシは笑いを返して見せる。

 

「……あぁ、でも最近地元のチンピラが派手に暴れてるからな。カツアゲにも気を付けといた方がいいな」

「えぇ~……」

 

 『ハネムーンに来てくれ』と言った傍からの、『カツアゲに気を付けろ』。カツアゲに気を付けた方がいい場所にハネムーンに行くなど堪ったものではない。

 子供ながらにそう思ったライトは、先程から解けない引き攣った笑みに呆れのオーラも纏わせる。

 しかし、次にクチナシが口にした言葉に笑みは解けた。

 

「まあ、あんちゃんがポケモンバトル強いなら、話は別だけどよ」

「じゃあライト大丈夫じゃん! ジムバッジ七個持ってるんだし!」

「バッジ? ……ああ、あれか。缶バッジみたいなの」

 

 コルニの言葉に何やら凄いアバウトな認識を口に出すクチナシ。

 

「えっと……ジムバッジは、八個集めたらポケモンリーグに出れる、その……証明みたいな?」

「資格みたいなもんか」

「はい、そんな感じです」

 

 まるで親戚の叔父とでも話しているかのような雰囲気で会話するライトとクチナシ。

 

「悪いな。地元じゃポケモンリーグなんてないもんでよ」

「そうなんですか?」

「まあ、造ろうって話は出てたような出てなかったような……まあ、どうでもいいか」

(どうでもいいんだ……)

 

 観光業が盛んなのであれば、多くのトレーナーを呼び込めそうなポケモンリーグ建設は大きな話だと思われるが、クチナシにとってしてみればどうでもいい話のようだ。

 ここまで長々と井戸端会議のような会話を広げたものの、そろそろ間が持たないと感じたライトは、灰がかった白髪が生える頭を掻いているクチナシの瞳を見据える。

 

「あの、すみません……どういった用事で僕の所に?」

「用事? 単純に部下が世話になった礼を言いに来ただけだがよ。あ~、なんか持ってきてやってればよかったか?」

「いや、そんなつもりじゃ……」

「そうだなぁ。俺にできることねぇ~……あ~」

 

 なにか言葉以外にできる礼はないものかと考えだすクチナシ。そんなつもりじゃなかったと口にするライトの言葉にも反応せず、蟀谷をトントンと指で叩きながら出した彼の答えはこうだ。

 

「そうだ、おじさんとポケモンバトルでもするか? ポケモンリーグに挑戦するなら、チャンピオンってのを目指してるんだろ? チャンピオンになる為の経験ってのをやるからよ」

「ポケモンバトル……ですか?」

「おう。嫌なら、そこら辺で菓子でも買ってやるけどよ」

 

 どっちを選ぶ?

 そう問いかけるクチナシであるが、既に腰にボールに手を掛けている辺り、どちらが乗り気なのかは容易く窺える。

 だが、ライトにしてみてもバトルか菓子かと問われれば、選ぶのは決まっていた。

 

「バトルでお願いします!」

「おっ。意気がいいな、あんちゃん」

 

 終始ニヒルな笑みを止めることがない男は、少年から返ってきた答えを聞いてすぐ、懐からボールを四つ取り出した。

 それらを軽く放れば、中に納められていたポケモン達が姿を現す。

 最初から場に出ていたペルシアンの後ろに付くように出てきたのは、ヤミラミ、ワルビアル、アブソル、ドンカラスだ。

 全てが【あく】タイプ。とても警察官の手持ちのようには思えないタイプで手持ちを組んでいる。

 

「【あく】タイプが好きなんですか?」

「まあ、一応な。なんだ、あんちゃんは嫌いか?」

「いえ、手持ちにブラッキーが居るんで、そんなことは全然ないです」

「そうかい。ま、駄弁るのはこんくらいにしとこうか」

 

 どっこいしょと言いながら胡坐の状態から立ち上がったクチナシ。

 サンダルで石畳を踏みしめながら向かうは、ライトが居る場所とはバトルコートを挟んで正反対の場所だ。

 

「うし……じゃあ、始めるか」

「はい、お願いします!」

「おーおー、元気がいいね」

 

 クチナシがチラリと一瞥すれば、見られたドンカラスが黒い羽を数枚舞わせながらバトルコートに降り立つ。

 

 

 

「ま、久しぶりだからお手柔らかにってね」

 



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第八十八話 笑顔が可愛いって素敵

 

 ドンカラス。

 【あく】・【ひこう】タイプで、ヤミカラスの進化形。黒々とした羽毛は、まさに首領(ドン)を思わせるかのように膨らみがあり、見る者に威厳を感じさせる。

 その相手に対し、何を繰り出そうかと思案を巡らせるライト。

 コルニとの特訓の時からずっと出ているジュカインは、生憎ドンカラスとの相性が悪い。ここは素直に交代を行った方がいい筈。

 

(でも、もしも【ひこう】タイプとバトルする時に、ジュカインしか手持ちが残ってなかったら……)

 

 やや時期尚早かもしれないが、ポケモンリーグでの事を考えれば、苦手な相手に対してのバトルの経験を積んでおかなければならないという考えが、ライトの頭に浮かんだ。

 絶対に勝てない訳ではない。問題はどう立ち回るかだ。

 

「ジュカイン。相手の動きをよく見て、できるだけ避ける方向で……イケる?」

 

 どういった風に立ち回るのかを簡潔の伝え、今や今やと自分の番を待ちわびていたジュカインに微笑みを見せる。

 始めの頃のオドオドした様子が嘘のようだ。

 だが、この意気込みであればあのドンカラスにも―――。

 

「準備オッケーです!」

「おう、そうかい。じゃあ、そっちから仕掛けていいよ」

「そうですか? よし……」

 

 先攻を譲るクチナシ。それに素直に従うライトは、ジッと自分の瞳を見つめてくれていたジュカインに一度頷き、腕を前に突きだす。

 

「―――“りゅうのはどう”!!」

 

 直後、反動に備えて四つん這いになったジュカイン。同時に、次々と点灯していく背中のタネ。

 それらが輝きを強めた瞬間、ジュカインの口腔から竜の形を波動が発射され、地面にドンと構えているドンカラスへと爬行していった。

 

「お~、こりゃ派手だね。“こごえるかぜ”」

 

 バトルコートに満ちる水を跳ねあげながら進む“りゅうのはどう。それに対してドンカラスは、悠々と毛繕いするのを止めて、大きく翼を一度だけ羽ばたかせる。

 次の瞬間、羽ばたきによって噴き上がった水の壁が、ドンカラスの繰り出した“こごえるかぜ”によって凍結した。

 一瞬の内に出来上がった氷の壁。それはすぐ目の前にまで迫っていた“りゅうのはどう”を受け止める。

 

「いっ……!?」

 

 その光景に驚きの表情を隠せないライト。

 それもそうだ。バトルコートに満ちている水など、足の甲が浸る程度の量。それを巻き上げて凍らせた所で、出来上がる氷壁の厚さなどたかが知れている。

 しかし現実は違った。

 氷壁とぶつかる“りゅうのはどう”。それらは一瞬の拮抗の後に爆発し、氷の結晶を周囲にまき散らしながら相殺した。

 

 噴き上がる水柱は、ドンカラスが居た場所よりも前。

 つまり、ドンカラスには命中していないことを意味する。

 

(どこだ……!?)

 

 水と氷が宙に舞うことによって伴う光の乱反射は、ライトの視界を大いに妨げる。だが、ふと自分に掛かる影に気付き見上げれば、大きく黒々とした翼を羽ばたかせる影を捉える事ができた。

 

「上だ、ジュカイン! “きあいだま”!」

 

 ジュカインから斜め上。そこでこちらを見下すように羽ばたくドンカラスに向けて、ジュカインはすぐさま“きあいだま”の発射に取り掛かる。

 瞬く間に収束されていくエネルギー。橙色をした光弾は、ジュカインの両掌の間でドンドン大きくなっていく。

 

「“ブレイブバード”だ」

(正面から!?)

 

 今まさに発射されようとする“きあいだま”に対し、クチナシがドンカラスに出した指示は“ブレイブバード”。

 強力な【ひこう】タイプの物理技であるが、その分自分にも反動が降りかかる技である。

 

「正面から受けて立つよ、あんちゃん」

「むっ……!」

 

 あからさまな挑発。

 その言葉に少しだけ頬を膨らませるライトは、発射準備が終了したジュカインの様子を窺って小さく頷いた。

 

「ジュカァァアア!!」

 

 合図を確認したジュカインは、咆哮を上げながら両手を前に突きだして、“きあいだま”を青空に浮かぶ黒い点目がけて繰り出した。

 するとドンカラスは大きく体を捩じり始め、ある程度回転し始めた頃を見計らって“きあいだま”に突撃する。

 まるで弾丸のように黒い点となって落ちてくるドンカラス。

 

 そのようなドンカラスの行く手を阻むのは、自分の体よりも大きいエネルギーの塊だ。

 余程パワーが無ければ突破することはできない。そう、余程――――。

 

「ッ!?」

 

 ジュカインの瞳が大きく見開かれる。彼の瞳に映っていたのは、“きあいだま”の中心を貫き、自分の懐へと一直線に向かって来るドンカラス。

 “きあいだま”を放った反動で一瞬の硬直に陥っていた―――それだけではなく、自分の技をいとも容易く突破されたことに対しての驚愕で動けないジュカインに、ドンカラスの“ブレイブバード”が直撃する。

 鈍い音が一瞬響けば、ジュカインの体は一度大きく飛び跳ね、宙で錐もみ回転しながら水が張られているバトルコートへと着水した。

 

「ジュ、カイン……!?」

拳銃(チャカ)と一緒さ。弾道を安定させるにも、突破力を付けるにも回転が大事って事よ。ほら、戦闘不能だ。ボールに戻してやりな」

「っ……」

 

 グッタリとして動かないジュカイン。戦闘不能であることは一目瞭然だ。

 苦渋に満ちた顔でジュカインをボールに戻すライトは、大きくとんぼ返りしてクチナシの前へと舞い戻るドンカラスを一瞥する。

 

(強い……!)

 

 たった二撃で理解した。

 あのドンカラスは―――否、クチナシは強い。考えてみればそうだ。国際警察という世界を股に掛ける組織で働いているのだから、トレーナーとしての実力も相当であることは容易く想像できたはずだ。ライコウなどという伝説のポケモンを所有しているトレーナーを部下にしているのなら、尚更であるかもしれない。

 

(っていうか、勝たせてくれる気が全然ない……)

 

 今の一連の流れを見る限り、どうやらクチナシは自分を勝たせる気など毛頭ないらしい。確かに全力で戦ってくれた方がライトとして嬉しいことは事実だが、余りにも一方的に敗北すれば手持ちの士気に関わる。

 只でさえ、最後のジム戦が近付いてデリケートな時期に、それは避けたいところでもあった。

 

(まあ、そうさせないのが(トレーナー)の役目であって)

「どうしたあんちゃん。次のポケモン出さねえのかい? それとも、もう止めるかい?」

「まさか……リザードン!」

「おっ、リザードンかい」

 

 クチナシの挑発に対し強がった笑みを見せながらライトが繰り出したのはリザードン。若々しく猛々しい炎を思わせる火竜の姿に、故郷のライドポケモンを思い出したクチナシは『おぉ』と感嘆の息を漏らす。

 【ひこう】ポケモンには【ひこう】ポケモンを、といった考えで出したのだろう。

 

「いいね。そういう素直な判断も大事だと思うよ」

「……馬鹿にしてます?」

「いんや。そこまで厭味ったらしいつもりはないよ」

「そうですか。じゃあ……」

「?」

 

 徐に左手を空に翳すライト。その挙動に訝しげな表情を浮かべるクチナシであったが、ライトがメガリングのキーストーンに触れると同時に、その顔は驚愕の色に染まる。

 

「光と結べ、メガシンカ!」

「グォォォオオオッ!!!」

「なんだいなんだい、こりゃあ?」

 

 キーストーンとメガストーンから放たれるX状の光が結べば、みるみるうちにリザードンの姿が変貌していく。

 数秒もすればリザードンはメガシンカを果たし、

 

「―――これが、メガリザードンです」

「……初めて見てびっくりしたよ。虚仮威(こけおど)しって訳でもなさそうだ」

「強いて言えば……パワーアップです!」

「結構まんまだな」

「はい!」

 

 メガシンカを初めて見たクチナシに、具体的にどういった現象であるかを説明しようとしたライト。

 だが、話せば長くなると考えてはぐらかす。

 勿論そこには、出来るだけ相手に情報を渡したくないという心理が働いたということもあったのだが、結果的にパワーアップであるということは伝わってしまった。

 問題なのは、どの程度パワーアップしたのかだが―――。

 

「まあ、様子見といこうか」

「リザードン、“だいもんじ”!」

 

 再び凍てつくような冷たい風を吹きつけてくるドンカラス。それに対しリザードンは文字通り大の形をした蒼い爆炎を解き放ち、前方から迫りよる“こごえるかぜ”を迎え撃つ。

 【こおり】タイプと【ほのお】タイプ。更に元の威力から、“こごえるかぜ”程度では“だいもんじ”を突破すどころか、相殺することも出来ない筈。

 だが、クチナシのドンカラスが繰り出した“こごえるかぜ”は、メガシンカしたリザードンの“だいもんじ”を相殺した。

 氷と炎。それらが、水の満ちているバトルコートで激突した後発生するのは、凄まじい量の白い水蒸気。

 先程とはまた別の方向で悪くなる視界に、ライトの顔は少しばかり歪む。

 

(また……でも!)

「“かみなりパンチ”を―――」

 

 指示を耳にしたリザードンの右拳に、バチリと青白い雷光が閃く。

 直後、白い水蒸気を突き破って突撃してくる黒い弾丸(ドンカラス)

 

「振り下ろせぇぇぇえええッ!!!」

「グォォォオオオッ!!!」

「ッガァ!!?」

 

 一直線に向かって来るドンカラスを叩き落とすかのように振り下ろされた“かみなりパンチ”。

 渾身の一撃は見事回転を掛けた“ブレイブバード”で突進してくるドンカラスを捉え、石畳のバトルコートへと叩き落とした。

 

 その光景を、ドンカラスが突き破った水蒸気の奥から眺めていたクチナシはといえば、

 

「……へっ」

 

 笑っていた。

 効果が抜群である【でんき】技を喰らったドンカラスは一たまりも無かったようであり、目をグルグルと回してバトルコートで伸びている。

 それを見たクチナシはゆったりとした挙動でドンカラスをボールに戻し、待機していたワルビアルとアイコンタクトを取った。

 

(次は……ワルビアルか)

 

―――カタカタッ

 

 ふと揺れる一つのボール。

 だがライトは、そのポケモンではワルビアルの相手はできないのではないかという考えが頭に過り、そのままボールの揺れを無視した。

 

「ビャウッ!」

「ひょっ!?」

 

 ワルビアルがコートに出てきたと同時に顎に手を当てて考え込もうとするライトであったが、ワルビアルの威嚇のような鳴き声に頓狂な声を上げてしまう。

 一方リザードンはというと、出てきたワルビアルの“いかく”によって少々動揺している顔を浮かべていた。

 

「ほら、先攻いいぞ」

「っ……リザードン、“だいもんじ”!」

 

 クチナシの声で我に返ったライトは、すぐさま“だいもんじ”を指示する。

 “いかく”で【こうげき】を一段階下げられた今、物理攻撃はさほど相手にダメージを与えられないだろうという判断の下だ。

 しかし、水上を奔る蒼い爆炎は、石畳を突き破って飛び出してきた“ストーンエッジ”に阻まれ、ワルビアルに命中することはなかった。

 

(さっきのドンカラスの“こごえるかぜ”もそうだけど……指示も出されないで動くなんて!)

「ふぅ~……どっこらしょ」

「えっ……ちょ!?」

 

 ライトがワルビアルの動きに歯噛みしていると、徐にクチナシはその場で胡坐をかき始めた。

 バトル中に座り込むなど、余程舐められているのではないか。

 その考えが一瞬頭を過ったライトは思わず一歩前に歩み出すが、バトルコートで激しい攻防を繰り広げる二体を目の前に、指示の方が先だと“ドラゴンクロー”を指示する。

 指示を出されなくても動くワルビアル。

 そして、メガシンカして尚且つトレーナーの指示を仰ぐリザードン。

 どちらがバトルを優位に進めているのかと問われれば、前者(ワルビアル)なのだから、ライトにしてもリザードンにしても堪ったものではない。

 

「……はぁ。中の下ってトコだな。あんちゃんのバトルの腕」

「ちゅっ……うの下!?」

「ああ。アレだろ? ポケモンリーグって予選もあんだろ? あんちゃんの腕だと、予選突破できれば上々ってトコだろ」

 

 容赦ないクチナシの評価。

 同時に、バトルコートの中央で二体のポケモンが両手を組んで、ピタリと動かなくなる。勿論、両者共にかなりの力を込めており、二体の立っている場所の水面から小刻みに波紋が広がっていく。

 先程の熾烈な攻防とは打って変わっての膠着状態。

 ちょうどいいとばかりにクチナシは、膝の上に肘をつくようにして頬杖をつきながら、充血しているかのように真っ赤な瞳を狼狽えているライトに向ける。

 

「この地方のポケモンリーグ出場者がどんくらい強いのかってのは知らねえが……あんちゃんはよぉ、心構えが駄目だ」

「心構え……ですか?」

「おうよ。俺が座った時、『舐められてるんじゃねえか』なんて思ったんじゃねえのか?」

「それは……!」

「駄目だねぇ。バトルしてんなら、バトルに集中しなきゃよ。チャンピオンみたいに強者でもないんだからよ」

 

 バゴンッ!

 直後、リザードンがワルビアルに押されて後方にのけ反ろうとしたが、寸での所で石畳を踏み砕き、何とか踵の部分にストッパーを作る。

 

「あんちゃん、なんでポケモンリーグに出場するんだ?」

「ッ……優勝して、ポケモンと……皆と一緒にチャンピオンに―――」

「それは、恥じらうことなく他人に宣言できることかい?」

「はっ……?」

「大声で他人に宣言できないような夢なんて叶わないのが大抵だ。あんちゃんは、その夢を全力で丘の上から叫ぶくらいのことはできるかってことよ」

(えっ? だって僕……この旅だって……)

 

 畳み掛けるような言葉に少しばかり錯乱してしまうライト。

 まるで、今迄のカロスの旅の目的を問い直すかのような質問だ。

 

「中途半端な覚悟でやるくらいなら、もう一度鍛え直して来年挑戦することを勧めるよ。そっちの方が良い」

「そ、そんなこと!」

「おじさんは、半端に夢を追いかけた挙句、途中でへばってやさぐれた連中を何人も見てる」

「僕はそんなやさぐれるつもりなんてありません!」

「そうかい。終わった後にそう言えたらいいんだけどねぇ」

「うっ……!」

 

 思わず息が詰まる。

 

(なんで、だろう……?)

 

 弱気になってしまう。

 背中に圧し掛かる重圧に圧し潰れそうになってしまう。

 この重圧の正体は一体なんなのか。

 

(急に不安になって……心臓が締め付けられたみたいに……!)

 

 例え途中で負けてしまっても、『次があるよ』と笑って手持ちのポケモン達に笑いかけてあげられる余裕はあったはずだ。

 それなのに、いざ言葉として目の前に突き付けられてみたら、負けて泣いている自分一人の姿しか頭に思い浮かべられなくなる。

 

(どうして―――)

「ライトのバカァ―――――ッ!!!!!」

「いっ!?」

 

 バッと振り返るライト。

 ほぼ反射的に振り返った少年の視線の先に居るのは、オニゴーリのような形相で仁王立ちしているコルニだった。

 

「なに色々言われて弱気になってるのさ!! っていうかアタシは、ライトがチャンピオンになりたいから、アタシもその特訓に付き合ってあげようって毎日バトルしてるんじゃん!!」

「そ、それはコルニがジムリーダーになる為の特訓でもあって……」

「そうだもん!! だから本気で付き合ってあげてるのに、そんなさぁ……ライトが本気でチャンピオンになりたいって思ってないとか……本気でやってるアタシがバカみたいじゃん!!」

「っ!」

「根性見せろォ―――!!! バカライトォ―――ッ!!!」

 

 レンリタウン全域に響き渡るのではないかと思う程の声量で叫ぶコルニに、クチナシは『元気がいい嬢ちゃんだな』とニヒルな笑みを浮かべて呟く。

 一方ライトはというと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ……そっか。

 そうだよね。僕だけの夢だったら、多分ここまでプレッシャーなんてないんだろうけど、違うもんね。

 皆の夢、だから。

 コルニとの。

 姉さんとの。

 レッドさんとの。

 ハッサム、リザードン、ヒンバス、ブラッキー、ジュカイン、ギャラドス……ハクリューとロトムは分からないけど、ポケモンの皆との。

 あと―――

 

 

 

『頑張ってね』

 

 

 

 カノンとの。

 僕だけの夢じゃないから、重く感じてしまうのかもしれない。

 でも、それは多分違うよね。僕だけの夢じゃないだけであって、僕だけが頑張る夢じゃないんだ。

 皆で頑張る夢だから。

 だからここまで足並み揃えてこれたんだ。

 ポケモン達が居てくれたから、今迄無意識に本気でやって来れた。僕の言葉を信じて付いて来てくれた。

 その結晶がジムバッジなんだ。

 その集大成がチャンピオン―――殿堂入りなんだ。

 まだ途中なんだ。

 

 僕の夢はまだ途中なんだから、立ち止まってなんかいられない。

 我武者羅に。

 でも、歩みは一緒に。

 

 ……ごめん。

 歩みは一緒のつもりの筈だと思ってたんだけど、君だけを置いてったかもしれない。

 でも、安心して。

 すぐに……迎えにいくから。

 

 

 

 ***

 

 

 

「戻って休んで、リザードン」

「ん?」

 

 徐に振り返ってリザードンをボールに戻すライト。突然組み合う相手を失ったワルビアルはよろめくも、すぐさま体勢を立て直す。

 

「ありがと、コルニ」

「ふぇ?」

「僕……コルニみたいな友達が居て、ホンットに良かったと思うよ!」

「そ……そう?」

 

 突然満面の笑みで褒めてくるライトに、思わずコルニは頬を赤らめる。思えば、こうして面と向かって褒められたことなど旅の途中ではなかった。

 どこか新鮮な気分と同時に愉悦、最後に羞恥心を感じたコルニは、頬をポリポリと掻きながら『どういたしまして……』と尻すぼみな答えを返す。

 そして次にライトが視線を向けたのはクチナシだ。

 

「クチナシさん、ありがとうございます! やっぱり僕の夢ってチャンピオンです!!」

「おー、元気がいいね」

「だから、僕達の今のゼンリョクでクチナシさんと戦います!」

「そりゃ、楽しみだ」

 

 先程とは打って変わって清々しい顔で宣言するライト。

 心の中で『吹っ切れたか』と呟くクチナシは、ライトがやさぐれる性質の人間でないことをはっきりと理解し、ライトが手を掛けたボールに目を遣った。

 

(何を出すのかな、っと)

「よーし……ヒンバス!!」

「……おお」

 

 繰り出されたのは、予想とは百八十度違う貧相な魚ポケモン。

 勿論、見た目が貧弱そうでも実際強いポケモンなどごまんといる。だが、クチナシは繰り出されたポケモンの正体を知っているからこそ、何とも言えない声を漏らさずにはいられなかった。

 水の張ったバトルコートに、前ヒレで上手く体を起こしたままで佇むヒンバス。

 ポロックを食べて美しさのコンディションがかなり上がったとはいえ、素人目には解らない変化だ。

 

 その素人に該当するクチナシが狼狽えていると、どこか寂しげな顔を浮かべているヒンバスに、ライトは膝立ちになって近寄った。

 するとポンッと優しく、そして力強くヒンバスの頭に手を置く。

 

「……ごめんね、ヒンバス」

「?」

「大好きクラブの会長からヒンバスが進化するって聞いてから、僕は心の中で『ヒンバスをバトルに出すのは進化してからでいい』って思ってたんだ。それが、ヒンバスを必要以上に傷付けなく済むって思って……でも、ヒンバスは違ったんだよね?」

「……ミ」

「他の皆だけ駆り出されて、自分だけいつもボールの中なんて……自分が信頼されてないみたいで辛かったでしょ?」

 

 ヒンバスの顔を見つめながら話すライト。

 しかし、ヒンバスは一向に顔を合わせようとはしない。だが、それは無理も無い話かもしれないと、ライトはそのまま話を続けていく。

 

「……初めて会った時に、サイコソーダを飲ませてあげたよね。あの時のヒンバスの笑顔、とってもかわいかった」

「……ミ?」

「ホントだよ。その後さ、ギャラドスがヒンバスを驚かせちゃって……ふふっ。でも、だからなのかな。あの後、またヒンバスに会いたいって思ったの」

「ッ!」

「捕まえた理由は……結構適当かもしれない。半分責任感みたいな? でも、旅に連れ出したのは責任感とかそんなんじゃない。ホンット、聞いて呆れちゃうかもしれないけど、ごめんね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、君や他の皆と一緒にチャンピオンになってる光景を夢に見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、『キミに決めた』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今更だけど……こんな僕に付いて来てくれる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 不安だった。

 苦しかった。

 何時か、ジュカインがキモリだった頃のように、弱いという理由で捨てられるかもしれないと。

 でも、貴方は優しいからそんなことはしないって分かっていた。

 だから、苦しかった。

 その優しさが辛かった。

 

 だから私は、他の皆にも負けない力が欲しいって思っていた……でも、今分かった。

 

 欲しかったのは、その言葉。

 

 その一言の為だけに、私は……。

 

 でも、良かった。

 貴方に付いて来て。

 貴方の―――パートナーになれて。

 

 

 

 ***

 

 

 

 頭に乗せていた手を、徐に頬の方へと撫で下ろす。その時、自分の掌に熱い雫が触れるのをライトがしっかりと感じた。

 その時だった。

 

―――神秘の光がヒンバスの体を包み込み始めたのは。

 

 言葉を失う周りの者達。それは主であるライトもだ。

 頬に添えた手が、次第に高い位置へと動いていく。それは魚の形をしたフォルムが、次第に細く長い竜のようなフォルムへと変わっていくからであった。

 膝を石畳から離し、半ば背伸びするかのような状態まで動いたライトの目の前に佇む影。

 それは光を弾けると同時に、完全に姿を露見した。

 

「わぁ……」

 

 しかし、光が弾けても尚、目の前のポケモンから放たれる輝きは衰えない。

 空から燦々と降り注ぐ太陽の光。それが水面に反射された光。二方向から放たれる光をその体目一杯に浴びるポケモンは、凛とした瞳を主人に向ける。

 ルビーのように紅い瞳。水に浸る尾にもルビーのような紅色とサファイヤのような青色の鱗が輝いている。

 

「……綺麗なもんだなぁ」

 

 ライトをジッと見つめるポケモンを視界に映すクチナシは、故郷で何度か見たことのあるポケモンを目の当たりにし、何時ものニヒルな笑みもどこか鋭さを失う。

 まるでこの場だけが時間がゆっくりと進んでいるのではないかという空間。

 しかしそこへ、良いタイミングでロトム入りの図鑑が起動した。

 

『ミロカロス。いつくしみポケモン。最も美しいポケモンと言われている。怒りや憎しみの心を癒して争いを鎮める力を持っている』

「ミロ……カロス?」

「ミ~♪」

「は、ははっ! そっか……水族館で見た図鑑のポケモンは……君だったんだね」

 

 笑顔で頬ずりしてくるミロカロス。進化して自分よりも何回りも大きくなってしまった体のミロカロスの頬ずりに少し戸惑いながらも、精一杯の甘えを見せてくる彼女の頭を撫でる。

 

「さ、てと……あんちゃん達が両想いになったところで、バトルを再開といこうか」

「両想い?」

「おう。そのポケモンは、あんちゃんの為に頑張りたいんじゃねえのか? あんちゃんも、そのポケモンを活躍させてあげたいんじゃねえのか?」

「……やれる? ヒン……じゃなかった、ミロカロス」

「ミ!」

 

 力強い頷き。

 ならば、後の問いは必要ない。

 

 

 

 

 

「よし……ミロカロス、キミに決めた!!!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「それで、夕方近くまでバトルを?」

「おう。中々楽しかったぜ」

「はぁ~……一応捜査で来ているのをお忘れになってるんじゃないんですか?」

「……まあ、アレだ。ブランクを取り戻すためのウォーミングアップってところだよ」

 

 西の空に陽が落ちて、あちこちでヤミカラスが鳴く時間帯。

 病院のベッドの上で体を起こすリラに、一応の弁明を口にするクチナシ。

 らしくもない上司の姿を見たリラは毒気を抜かれ、クスクスと微笑んで見せた。

 

「……うふふっ、まあ仕方ないと思います」

「おう? なんでだ?」

「だって……ポケモンバトルって楽しいじゃないですか」

「……そうだな」

 

 窓辺に寄りかかるクチナシは、ジッと夕日を眺める。

 

 

 

「……ま、録画ぐらいはしとくか」

 

 

―――今年のポケモンリーグの。

 



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第八十九話 普段から汗掻いてる人って臭わない

 19番道路―――通称『ラルジェ・バレ通り』。カロス地方の中でも特に広い湿地帯と知られている通りだ。

 ジメジメとしたイメージのある湿地帯。しかしこの19番道路は高低差がある地形であり、レンリタウンから最短でエイセツシティに向かう場合、沼を通らなければならない状況になることなどない。

 寧ろ、高所であれば吹き上げてくる風が運ぶ潤いを全身に感じることができ、雨が降っていれば御伽話の中にでも居るかのような幻想な風景を望むことも可能だ。

 

 そんな道路から少し外れた場所で、昼食を摂り終わった少年達が片付けに勤しんで居ると―――。

 

「う~ん、僕のパーティーってバランスどうなのかなぁ……」

 

▼ミロカロスの ほっぺすりすり!

 

「一応ロトムは除くとして、【ひこう】が多い気もするけど、リザードンはメガシンカしたら【ひこう】がドラゴンになるし……そうすると、今度はドラゴンタイプが多くなるのかな?」

 

▼ミロカロスの したでなめる!

 

「っていうか、僕の手持ちって【ひこう】とか【みず】が被るから、【でんき】に弱いのかな。なら、【じめん】タイプのポケモンが欲しい所だけど」

 

▼ミロカロスの まきつく!

 

「……ミロカロス、流石に巻きつかれると苦しぃょ……」

「ミ!?」

 

 胴を結構な力で締め付けられ顔面蒼白になるライト。そのような今にも気絶しそうな主人の姿に漸く気が付いたミロカロスは、咄嗟に締め付けを緩めてライトを解放した。

 中々ハードな昼の時間だ。

 ギャラドスとほぼ同じ体長のポケモンに巻きつかれたとあれば、流石のマサラ人も無事と行かないという訳である。

 

「進化して嬉しいのは分かるけど……ね?」

 

 まだまだライトと戯れたいオーラを放つミロカロスであるが、ライトの言葉を聞いてシュンとしてしまう。

 涙目になるミロカロスに罪悪感を少し覚えるも、身動きの一つもとれない状態では何をすることもできない。

 

「ホント、ギャラドスみたいに大きくなっちゃって」

「ミ?」

「ううん、気にしないで。片付け終わるまで皆と遊んでて」

「ミ!」

 

 クネクネと体を動かして、食後のブレイクタイムに入っている他のポケモンに混ざるミロカロス。

 図鑑の説明では6.2メートルあるミロカロスは、もれなくライトの手持ちの中で最長の巨体となった。

 つい最近まで一番低い視点から眺めていた仲間たちを、今や見下ろす形で眺めている。

 ジュカインの時もそうであったが、進化したことで自信がついたのか、以前よりもハキハキとした様子だ。

 更に、本人は『大きい=強い』と思っているのか、『どう!? 強くなったでしょ!?』と言わんばかりに巨体を踏ん反り返らせている。

 踏ん反り返り過ぎて見上げているが、それをツッコむことはまた今度。せっせと敷いていたブルーシートを畳みながら、自分の手持ちに対しての考えに頭を切り変えた。

 

「どうしよう。ロトムは捕まえた訳じゃないから、ちゃんとした戦力として数えちゃ駄目な気がするんだよなぁ~。でも、そうすると残りの一体はギャラドスかハクリューになる訳であって……」

 

 アルトマーレでの時間を長いこと共にしたギャラドスは兎も角、ハクリューは捕まえて以降全くといっていいほど顔合わせをしていない。

 更には世話をカノンがしてくれていることもあり、最早カノンの手持ちといった状況になっている。

 となると、必然的にギャラドスを六体目に選ぶことになるのだが、【ひこう】はリザードンが、【みず】はミロカロスと被ってしまっているのだ。

 どちらも【でんき】に弱いタイプ。比較的素早いポケモンが揃っている【でんき】タイプに弱いポケモンが三体も揃っているとなると、流石に手持ちのバランスが悪くなるのではないか。

 

「となると、やっぱり【じめん】タイプかな」

 

 片付けが終わったライトは徐に図鑑を取り出し、19番道路に生息しているポケモン達の一覧を画面に映しだそうとする。

 が、ここでふとしたライトの子供心が出た。

 

「……ロトム。19番道路。【じめん】タイプ」

 

 ピピピ……ピロン。

 

「あ、できた」

 

 音声認識紛いのことができるかと考えたライト。

 できたら面白い程度の事を思ってやってみたことだが、図鑑の中に居たロトムが律儀にライトの口にした言葉で検索をかけていく。すると、十数秒程度で19番道路に生息する【じめん】タイプを画面に映しだされる。

 

「ふむふむ……ヌオーにグライガー。あとはマッギョとかドジョッチかぁ」

 

 湿地帯である所為か、【じめん】タイプは比較的多く生息しているようだ。

 中でも目を引くのは【じめん】・【でんき】タイプであるというマッギョ。水生のポケモンであるにも拘わらず、【みず】タイプを苦手とする希有な複合タイプのポケモンだ。

 他にも【ひこう】でありながらも【でんき】を喰らわないグライガー。

 【くさ】タイプしか弱点のないヌオーなども居り、よりどりみどりである。

 

「でも、別に捕まえなくても大丈夫かなぁ」

「なんの話?」

「っぉ……びっくりさせないでよ、コルニ!」

 

 突然、肩に顎を乗せてきたコルニに、肺から空気が絞り出されたような声を出してしまうライト。

 

「背後をとられるなんて、まだまだだね」

「一回正座しておこうか」

「ごめん! こちょこちょだけは止めて!」

「……はぁ」

 

 長い期間一緒に旅をして距離感が近くなるのは構わないが、近過ぎる―――というよりも無遠慮なのは如何なものか。

 身構えたままのコルニを一瞥して溜め息を吐いた後は、雲一つない空に目を移し、爽やかに吹き付ける風をその身一杯に浴びる。

 

(もう……少しなのかぁ)

 

 留学の期間が終わるのも、ポケモンリーグが始まるのも既に一か月を切った。

 後はエイセツジムを攻略し、自身の全力を尽くすのみ。

 そして優勝し、チャンピオンに挑むための権利を得て―――。

 

(コルニとの旅も、もうちょっと……)

 

 寂しい感覚が、胸を締め付ける。

 その様子に気付いたのか、心配そうな瞳でコルニがライトの方を見つめてきた。だが、声を掛けられる寸前でハッと我に返り、『次の街に行こっか』と屈託のない笑みを浮かべてみせ、離れた場所で遊んでいる手持ちのポケモン達を呼び戻す。

 笑顔で駆け寄ってくるポケモン達を順々にボールに戻すライトは、同じくポケモン達をボールに戻すコルニを見て、ある問いかけをしてみる。

 

「コルニはジムリーダーになりたいんだよね?」

「ん? そーだよ。急にどうしたの?」

「……ううん、別に」

「別にって言われるのが一番気になるんだけど……」

「さ、エイセツシティに行くにはおっきな吊り橋渡らないといけないらしいから、コルニは早めに覚悟決めとかないとね」

「うぇ!?」

 

 吊り橋などという足場が不安定な高所が苦手なコルニは、あからさまに嫌そうな顔を浮かべる。

 後でリザードンの背に乗せて飛ばせ、吊り橋を渡らなくとも済むようにしようものかと考えるライトは、子供らしい腕白な笑みを浮かべて足を進めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 日を一度跨ぎ、次の日。

 19番道路を踏破した二人は、最後のジムがあるエイセツシティに辿り着いたのであったが―――。

 

「さぶい」

「コルニみたいな薄着には堪えるね」

「同じ感じの服の人に平気そうな言われても、茶化されてる気にしかならないんだけど」

「実際、平気だから……うん」

「申し訳なさそうな顔で言わないで!」

 

 19番道路の湿地帯とは打って変わり、真冬を思わせるように雪が降り積もる風景。そんな銀世界に対して比較的軽装のコルニはかなり堪えているようであり、両腕を組んで手を脇に挟めて温めるという行動をとっている。

 一方ライトは、鼻先が少し赤くなっている程度で、それほど寒そうな様子は見せていない。

 

「さて、ジムはどこかなっと……」

「ねえ、ライト! もっとこう……ないの!?」

「いや、何が?」

「『寒そうだね。温めてあげるよ』……的な何か!」

「そんなこと言われても僕にできるのは、ポケモンセンターに先に行くように言うことか、自販機で売ってる温かい飲み物買ってあげることだけだよ? あ、ジャージの上着なら貸せるけど……」

「お願いします!」

 

 即、頭を下げるコルニ。

 その様子に仕方なしにショルダーバッグを開けるライトは、普段寝間着に使用しているジャージの上着を取り出し、半袖のコルニに手渡す。

 青い生地に白い線が入っているスポーツ店で売っていそうなジャージ。防寒機能が高い訳ではないが、半袖で居るよりはマシだとすぐさま着こむコルニ。

 

「うぅ……ポリエステルの生地の隙間から冷たい風が……」

「もう動いて温まった方が早いんじゃない?」

「言えてるかも……」

『わっはっは! それならお前さん達、ちょっと雪かきを手伝ってくれないか!』

「「ん?」」

 

 19番道路とエイセツシティを繋ぐゲートを出たところに居る二人は、真上から響いてくる声に同時に反応して見上げた。しかし、それだけでは声の主は見えない。屋根の上に居るであろう人物を確認するため二人は、少しばかり前に歩み出す。

 するとゲートの屋根には、雪かき用のスコップを担いでいる恰幅のよい男性が大きい白熊のようなポケモンと佇んでいた。

 ポケモンは兎も角、男性に関しては水色のダウンジャンパーの下にタンクトップ一枚と、見るだけでこちらが震えあがりそうな薄着だ。

 

「えっと、どちら様で……?」

「あ? オレか? オレはええと、アレだよ……ウルップってモンだ! 今日はいつにも増して雪が降る日だからよ、屋根に雪がてんこ盛りなんだ!」

「……だってさ、コルニ」

「雪かきってそんなに体温まる?」

「運動量による」

「そっか。じゃあ、バリバリ動いて体を温めてみる!」

(単純だなぁ~)

「お、手伝ってくれるのか!? 助かるよ!」

 

 雪かきを手伝う意思を口にするコルニに、ウルップと名乗った男性は快活な笑みを浮かべる。

 対して張り切るコルニは、ブンブンと腕を振って軽い準備運動を終えた後、ゴウカザルばりの軽快な動きで屋根に上る為に立てかけられていた梯子を上り、瞬く間に屋根に辿り着いた。

 

「ほら、ライトも上りなよ!」

「うん。今から行くよ」

 

 コルニが上り終えたのをしっかりと確認したライトは、『漸く』といった様子で梯子を上り始める。

 何故『漸く』と思ったのかと言えば―――。

 

(幾らスパッツを穿いてるからって、スカートの女子の下はちょっと……)

 

 そういう訳だ。

 冷え切った梯子を上り終えた後は、キョトンとした顔で佇んでいるコルニを見て苦笑を浮かべ、二人分のスコップを用意して近付いてくるウルップを見遣る。

 

「ほれ、スコップだ。雪はゲートの脇の方に落としてくれ」

「はい、分かりました!」

「お前さん達は見たところ、旅の途中ってところかい? 旅先でボランティアを手伝ってくれるなんて偉いな!」

「あれ? ウルップさんってゲートの管理人さんじゃないんですか?」

「うん? いんや、違うよ。オレは……あ~、あれだよ。ジムリーダーだ」

「へ?」

 

 スコップと共にやってきた驚きの発言に、一瞬ライトの体が固まる。

 その様子にウルップは、『言ってなかったか?』と頭を掻きながら念押しにもう一度口を開く。

 

「オレがエイセツジムリーダーのウルップだ。リーグの奴等は『熱く厚い堅氷』とかも言ってくるな」

(この人が……)

 

 思わぬ場所で出会った最後のジムリーダー。

 驚くライトとは打って変わり、飄々とした様子で雪かきに移るウルップとコルニ。そんな二人を見て『自分も』と急かされる気分で雪かきに勤しむ。

 そんなライトのスコップを握る手、腕―――否、体全体は震えている。

 寒さ故の震えではない。

 これはまさしく武者震いというものだ。

 

(この人に勝って、僕は―――!)

「おぉ! お前さん雪かき速いな! オレも負けてられないな! お前さんもそうだろ、ツンベアー!」

「ガウ!」

 

 ウルップが相棒のツンベアーに言うように、ライトの雪かきはまるで急かされているように速い。

 誰に急かされている訳でもない。

 強いて言うのであれば、先日から昂ぶるに昂ぶっている胸の内の想いに。

 すぐ近くに居るリーグ出場のための最後の関門を前にして、ライトの心は焚き付けられ、それに呼応するように体がじんわりと熱くなっていく。

 

(早くバトルしてみたい!)

 

 

 

 ***

 

 

 

「あれだよ、ありがとさん。お蔭で雪かきも早く終わったよ」

「アハハ、雪かきって結構体温かくなりますね! もうポッカポカで!」

 

 襟を掴んでパタパタと煽るコルニ。

 その横では雪かきを張り切り過ぎたライトが、スコップを杖代わりに突いて息を切らしている。

 

「お前さんは頑張り過ぎたみたいだな! わっはっは!」

「はぁ……はぁ……はい! あの、ウルップさん!」

「ん? どうかしたのか?」

「僕、ポケモンリーグに出る為にカロス地方を旅してました! エイセツジムが最後のジムなんです!」

「おぉ、そりゃすごいな」

「なので、ジム戦明日お願いできますか!?」

「おう、いいぞ。ちょうど明日は挑戦が一つもないしな」

 

 突然のジム戦の申し込み。

 普通は驚きの一つ程度はあっていいものだが、ウルップはあっけらかんとしてライトの申し込みを承諾する。

 ここまでは特に当たり障りもない流れ。

 だが、ここで徐にライトは左袖を捲りあげ、隠れていたメガリングをウルップに見せつける。

 するとウルップは瞠目し、キラリと煌めくキーストーンを凝視した。

 

「お前さん、そりゃあ……」

「明日のジム戦、全力でお願いします」

「……おう、考えとくよ。だから今日の所はゆっくり休むといい」

「はい!」

 

 綺麗に腰を九十度曲げてお辞儀するライトに、それだけ告げて踵を返して帰路につくウルップ。

 大股で去って行くウルップは、建物の角を曲がった辺りで、首から下げているロケットペンダントを手に取ってみた。

 開けてみれば、妻と子供が映っている写真が収められているロケットペンダント。

 しかし、横に備わっているボタンを指で押してみれば、写真を飾っている部分が上がり、奥に埋め込まれていたキーストーンが露わになった。

 

「……久し振りにキーストーン(これ)の出番かねぇ。あと―――」

 

 徐に腰のベルトから取り出すハイパーボール。

 その中に入っているのは、

 

「全力でって言ってたからな。場合によっちゃ、お前さん(フリーザー)にも出番が回ってくるかもよ」

 

 手に余る新入りだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「宣戦布告?」

「ん? 何が?」

「何がって……さっきの」

「ああ、アレ? う~ん、別に宣戦布告って訳でもないし、気合いを見せようかと思って」

「気合い……あははっ、何それ!」

 

 ポケモンセンターのエントランスで会話するライトとコルニの二人。ポケモンをジョーイに預け、回復してもらっている間はこうして談笑するのが常だ。

 今日もまた、いつものように。

 暖房のお蔭で暖かい空気に包まれるエントランス。その中で笑い合っていると、ふとコルニが思い出したかのように『あっ』と声を上げた。

 

 何かをしでかしてしまったかのような様子。

 その様子に訝しげに眉を顰めるライトは、コルニの恰好を見てから同じく声を上げた。

 

 何かに気付いた二人は咄嗟に目を合わせる。するとコルニは、何とも得も言えない表情でジャージのファスナーに手を掛け、上げたり下げたりと落ち着きのない挙動を見せた。

 

「……ライトのジャージ着たまま雪かきやっちゃってた」

「……だね」

「確か寝間着だったよね、これ?」

「うん」

「凄い汗搔いちゃったけど」

 

 途轍もなく申し訳なさそうにジャージを脱いで手渡してくるコルニ。

 唯一の寝間着を手に取ると、じんわりと湿っているのが掌に伝わってくる。すぐにでも乾きそうな程度の湿りであるが、問題はそこではない。

 

「……どうして欲しい?」

「あの……洗濯してから着て頂ければと」

「了解」

 

 ライトから洗うと告げれば、まるでコルニの汗が臭うとでも言っているに等しい。

 だが、女子が汗を掻いた寝間着をそのまま着て寝るのも、色々と問題だ。

 そこでコルニに指示を仰いだライト。そして返ってきた答えに引き攣った笑みを浮かべて応える。

 

「コルニ」

「ん?」

「別に嫌な臭いはしないよ?」

「言わなくてもいい!!」

 

 顔を真っ赤にされてツッコまれたライトなのであった。

 



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第九十話 冬の布団ほど恋しいものはない

「布団が恋しい」

「ブラッキーを持ちながら言う事?」

 

 真顔でブラッキーを抱きながら歩むライト。その横に並ぶコルニは、鼻水を啜りながらしんしんと雪が降る中を足早に駆けていく。

 一日経ってジム戦の日となった今日。ライトにとっては最後のジム戦(になるかもしれない)日だ。

 並々ならぬ想いを抱いて挑戦することは確かだが、不思議なくらい落ち着いているライトの様子に、コルニは怪訝な表情を浮かべる。

 それともう一つ、コルニが不思議がっていたのは―――。

 

「ギャラドス送ってもらったみたいだけど、必要だった?」

「なんで?」

「だって、ミロカロスが居るじゃん」

 

 ライトがアルトマーレに置いてきたギャラドスを、以前のシャラジムの時のように今朝送ってきてもらっていた事だ。

 しかし、同じ【みず】タイプならミロカロスが既にいる。

 その強さは、ある程度コルニは知っていた為、わざわざ【こおり】に優位を誇る訳でもないギャラドスを連れてくる必要はなかったのではないか。

 コルニはそう考えていたのである。

 

「う~ん……僕、昨日全力でお願いしますって言っちゃったしさ、もしかしたらフルバトルになるかもしれないし」

「フルバトルのジム戦なんてよっぽどじゃないとやらないよ? アタシの時はちょっと特殊だっただけでさ……」

「でも、ミロカロスよりギャラドスが有利な相手も居ない訳じゃないし、用心に越した事は無いと思うよ」

 

 至極最もな意見だ。

 ロトムを正式に捕まえた訳ではないライトの現在の手持ちは五体。つまり、一体分枠が余っていることになる。

 なら余った一枠に信頼に足りる相棒を入れて置き、バトルに臨機応変に対応できるようにしておくのは間違っていない筈だ。

 その意見に一瞬口を噤むコルニ。

 だが、

 

「……ねえ、ライト」

「なに?」

「背、伸びた?」

「……ふふっ、急にどうしたの?」

「いや、何となく……だけど」

「背が伸びたのかって言われても分からないけど、一応成長期だからね。初めて会った時より伸びててもおかしくはないんじゃない?」

 

 他愛のない問いかけ。

 返されるのは屈託のない笑顔だ。その笑顔も、以前よりどこか大人びているような気がしてならない。

 何度も見たことのある笑顔だが、今日の笑顔は一味違う。

 

「……ジム戦頑張ってよね!」

「いだっ!? 背中叩かないでよ……」

「気合注入! ってね!」

「はぁ……はいはい」

 

 ブラッキーを片腕で抱えながら器用にジンジンと痛む背中を擦るライト。

 弾む会話のように軽快に進んでいた歩みをふと止めれば、目の前には水色の屋根の巨大な建物が佇んでいるのが視界に入った。

 本来は鮮やかであろう屋根の水色も、降り積もった白い雪によって美しいグラデーションを創り上げている。

 そして何より、入り口である自動ドアの上に掲げてあるモンスターボールのシンボルマーク。

 見るだけで、先程まで氷のようにシンと落ち着いていた鼓動が、熱く、速く動き始める。

 

「おう、来たか! お前さん!」

「ウルップさん! こんにちは! 今日はよろしくお願いします!」

 

 突然開く自動ドア。その奥から現れる影は、昨日も見た恰幅のよい男性のものであるのは言うまでもないだろう。

 昨日と同じように見るだけで寒くて震えあがりそうな格好だ。

 

「わっはっは! 元気そうでなによりだ! 今日は……あれだよ、ジム戦だよな。まあ、入り口で駄弁っても仕方ないから、中で話し合おうや」

「はい!」

「それとそっちのお前さん。中は暖房ついてないから、そんな薄着じゃ凍えちまうぞ?」

「へ?」

「でも、コートは貸し出してるからな。それを着るといい」

「あ……ありがとうございまぁす!」

 

 『中は暖房がついていない』。

 その言葉に一瞬表情を凍らせたコルニであったが、コートは貸し出しているとのこと。ホッと胸をなで下ろしたコルニは、そそくさと外よりも幾分か気温がマシな室内へと入っていく。

 

「あれだ、お前さんはどうする? コート着るか?」

「いえ」

「そうか? 結構寒いぞ?」

「大丈夫ですよ。バトルしてたら自然と体が火照ますし」

「おっ、分かるかい。そうだよな。本気のバトルってのは体が熱くなるもんな。今日もそんなバトルができるといいな」

 

 徐に差し出されるウルップの手。ライトの手よりも何回りも大きい手は、ガッシリとした力強さを窺うことができる。

 そのまま握手をした後は、招かれるがままにジムの中へと入っていく。

 最小限の電灯だけ点いている通路は薄暗く、暖房もついていない為体感以上の寒さを覚える。

 今頃コルニはコートを借りて観戦席に向かっているだろうと考えながら進んでいると、一際大きい扉が現れた。

 

「ここが―――」

「おう、バトルフィールドだ。オレは慣れてるが、お前さんには少し寒いかもしれないが……まあ、あれだよ。さっさと熱いバトルを始めようや」

 

 丸太のように太い腕で扉を押しのけるウルップ。

 すると扉の隙間から溢れる光が通路に挿し込み、ライトは思わず目を瞑ってしまった。通路とは違って明るくしているのだろう。

 

「おぉ……」

 

 扉の隙間から吹き付けてくる冷たい風。吐く息が白く、前髪も靡く程の冷気を含んだ風を身体中に受け止めたライトが目にしたのは、何時ぞや訪れたフロストケイブの内部を彷彿とさせる氷のフィールドだ。

 勿論天然の氷ではなく、スケートリンクのように毎日手入れして出来た代物であろうが、バトルフィールド外にできている氷壁や氷柱は自然にできたものに迫る程、美しい出来栄えである。

 白と青を基調とした空間は、天窓から差し込む日光が乱反射して、華々しく挑戦者を迎え入れてくれる。

 

「綺麗、ですね……」

「ん、そーかい? 大抵のチャレンジャーは口頭一番に『寒い』って言うんだけどな」

「はははっ、確かに寒いですけど」

 

 言われてみれば、と引き攣った笑みを浮かべる。ふと観戦席を一瞥すれば、コートを着ていても尚寒さで身を震わせているコルニの姿が見えた。

 『そんなに寒いならバシャーモを出せばいいじゃないか』とも思ったが、ちょっとした悪戯心で黙っておく事にしたライトは、既に審判がスタンバイしているバトルフィールドをもう一度眺める。

 

(氷のフィールド……飛べるポケモンがいいかな)

 

 足場が不安定になりそうなフィールド。踏ん張ることのできないフィールドでは、物理攻撃を主体とするポケモンは普段よりも動きが鈍くなることは必至だ。

 とすると、選択肢としてあげられるポケモンは一体。

 

 そのようなことをライトが考えながらバトルフィールドの端に立っていると、何時の間にやらウルップが反対側に移動し終わっていた。

 

「おーし、じゃあ始めようか! ポケモン出そうや!」

「はい!」

「あ、あの御二方……ルール説明を……」

 

 ウルップが声を上げてボールを構えるライト。

 だがそこで、オドオドした様子の審判である男性がか細い声でストップに入る。自然にバトルを始めようとしていたが、未だにどのようなバトル形式であるかは説明を受けていないライト。

 『あぁ~』と声を漏らしながら審判の説明を待っていると、

 

「ルール? バッジ七個集めてるし大体分かってるよな! 一先ず三体使用のシングルバトルってことにしとこうや!」

(ウルップさんが説明しちゃうんだ)

 

 審判が今まさに説明しようとした時、ウルップが自分の口からあっさりとしたルール説明を行う。

 一応公式戦であるというのにも拘わらず、このアバウトさ。

 見た目や噂に違わぬ大物であることには間違いなさそうだ。

 すると、ウルップが徐にボールを取り出して放り投げる。

 

「出で来い、フリージオ!!」

 

 ウルップが繰り出したのは角ばった氷の結晶のようなポケモン。コイルなどのように無性のポケモンであることは間違いない。

 そして地面に足を着けることなくフヨフヨと宙を漂っている姿に、ライトが繰り出す最初の一体は決まった。

 

「リザードン キミに決めた!!」

 

 フリージオに対してライトが繰り出したのは、【ほのお】・【ひこう】のリザードン。

 ボールから飛び出し、着地すると同時に凍った足場に少しばかり慌てふためくも、なんとか体勢を立て直して転ばずに済んだ。

 その姿に快活な笑い声を上げるウルップ。

 

「わっはっは! 成程、リザードンか! いい選択だ。セオリー通りでな」

「……それは、どうでしょうね」

 

 【こおり】に対して【ほのお】。

 傍から見ればタイプ相性に鑑みた合理的な選択だ。あえてそれを口にすることで挑戦者を煽るウルップであるが、真意は挑発ではない。

 本当にタイプ相性だけに鑑みた選択なのかどうか。

 だが、ウルップの挑発に気が付いたのか、ライトは不敵な笑みを浮かべるばかりで本心を見せようとはしない。

 そしてここで、遂にバトル開始の宣言が審判の口から放たれた。

 

「これより、エイセツジムリーダー・ウルップVS挑戦者(チャレンジャー)ライトのジム戦を執り行います! それでは、バトル開始!」

「フリージオ、“れいとうビーム”だ!!」

「空に逃げて!」

 

 ゴングを鳴らしたのはウルップ。

 彼の指示に伴って眼前に冷気を凝縮させるフリージオは、数秒も経たぬ内に冷気のエネルギーを直線状に佇んでいるリザードンへと解き放った。

 対してリザードンは指示通りすぐさま空へと逃げるという回避行動を取り、“れいとうビーム”の直撃を避けることに成功する。

 普段であれば真正面から“だいもんじ”で迎え撃つところだが、足場が不安定な状況で“だいもんじ”など反動の大きい技を使えば、足を滑らせるなりで隙を作ってしまうことになるだろう。

 それを考慮した上での空戦への移行。

 

(あの“れいとうビーム”……かなりの威力だな)

 

 フィールドに出来上がった連なる氷柱。その巨大さが、フリージオの“れいとうビーム”の威力の高さを物語っていることは言うまでもないだろう。

 

「“こおりのつぶて”だ!」

「“ドラゴンクロー”で防いで!!」

 

 照準を合わせられないようにと天窓付近を旋回するように飛行していたリザードン。そこへフリージオが、空気中の水分を瞬時に凝結させて作り上げた小さな氷を放つ。

 まるで拳銃の弾丸のような速さでリザードンに放たれる“こおりのつぶて”。それを“ドラゴンクロー”で打ち砕こうと奮闘するリザードン。

 しかし、次々と放たれる“こおりのつぶて”を全て打ち砕くことは叶わず、次第にリザードンの体に礫が当たり始める。

 

「……リザードン! フリージオの真上に移動して!」

「グォウ!」

 

 指示を聞いた途端、“ドラゴンクロー”を展開したままの腕を大きく振るい、次々と向かって来る“こおりのつぶて”を一蹴するリザードン。

 そして、その勢いのままにフリージオの真上へと移動する。

 追撃するように“こおりのつぶて”を繰り出し続けるフリージオであったが、既に真上では口いっぱいに紅蓮の炎を溜めるリザードンの姿が―――。

 

「リザードン、“だいもんじ”!!」

「おっと、そりゃ危ないな! “ふぶき”だ、フリージオ!!」

 

 直後放たれる爆炎と強烈な冷気。

 二つは激突し、爆音を上げた後は夥しい量の白い水蒸気で室内を覆っていく。瞬く間に悪化する視界に、ライトはリザードンの姿を見失う。

 降りるよう指示はしていない為、恐らくその場に留まるように滞空しているのは確かだ。

 

(……まだだ)

 

 真面に状況把握できない中、耳をそっとすませるライト。

 その時を淡々を待つ。

 

(まだ……まだ―――)

 

 

 

 

 

――――ピキッ。

 

 

 

 

 

「今だ、リザードン! 背後に“アイアンテール”ッ!!!」

 

 轟く指示。

 次の瞬間、室内を覆っていた水蒸気が何かに巻き取られるように上昇する。それはリザードンが背後に“アイアンテール”を繰り出すために後方宙返りした際の気流によって起こった現象だ。

 鋼鉄のように硬くなった尾は、背後で体を再生させていたフリージオの脳天に命中する。

 氷を穿つ音。

 それが室内に轟けば、青白い結晶のような体は線となって地面に激突した。

 

 視界を悪化させていた水蒸気を切り裂くほどの勢いで地面に叩き付けられたフリージオは、言わずもがな―――。

 

「フ、フリージオ、戦闘不能!」

 

 漸く状況を判別できた審判が、恐る恐る、といった様子でライト側の旗を上げる。

 それを確認したリザードンは地に降り立ち、ウルップは戦闘不能になったフリージオをボールに戻した。

 

「……ほお。背後からデカいのをぶちかまそうと考えたが、どうやら読まれてたみたいだな」

「―――フリージオ。けっしょうポケモン」

「?」

「体温が上がると体が水蒸気になって姿を消すが、下がれば元通りの氷になる。リザードンの炎攻撃で攻め立てれば、【こおり】タイプエキスパートの貴方はそれを利用して奇襲する筈だと思いました」

 

 凛とした佇まい。

 帽子のつばの陰から覗く美しいサファイヤのように蒼い瞳は、直線上のドンと構えているウルップを力強く見据える。

 

「……成程なぁ。事前に生態を把握しといたのかい。だが、オレが生態を利用して奇襲を仕掛けるという保証はどこにもなかった筈だが?」

「勘です」

「勘?」

「僕だったらその手を使う、という勘です」

「―――ほぉ。こりゃ、面白い展開になってきたな」

 

 二体目のポケモンのボールに手を掛けるウルップ。

 メガストーンを装飾として首にぶら下げているリザードンを前に、早々と対処しておきたかった。

 【とくぼう】の高いフリージオであれば、例え効果が抜群な技であったとしても特殊攻撃であれば耐えられる自信があり、相手がこちらを仕留めたと錯覚している内に一撃必殺の技でも喰らわせようとしたが、生憎奇襲は既に見越されていたようだ。

 

「お前さん、随分ポケモンに詳しいようだがなんだ? あれだよ、学者志望なのか?」

「そういう訳じゃないですけど……プラターヌ博士からポケモン図鑑を預かったトレーナーです!」

 

 証拠に。

 そう言わんばかりにポケットから取り出した図鑑を、ライトはウルップに見せつける。

 

「ポケモン図鑑に載っている【こおり】タイプのポケモンの生態は、昨日一通り予習しておきました!」

「成程、だからかい。対処が早いのは」

 

 とは言ったものの、【こおり】タイプは数が少ないと言えど、その種類は四十以上居る。それを昨日だけで覚えてきたのだというのであれば、どれだけ頑張ったのだろうか。

 はたまた―――。

 

「……ま、それは戦ってみてからのお楽しみってことだな。ほら、次のポケモンだ! クレベース、出てきな!」

(ッ、クレベースか……!)

 

 放り投げられるボールから飛び出す氷山のようなポケモン。着地と共に室内全体に轟音が鳴り響く程の体重を有したポケモンは、鋭い眼光で悠然と佇んでいるリザードンを睨みつける。

 

(ひょうざんポケモン……凄い堅いポケモンだってことは知ってるけど……)

 

 チラリとリザードンを見る。まだまだ戦えるという闘気は有しているようだが、如何せん息が乱れている。

 矢張り気温が低い中では体力の消耗が激しいのだろうか。

 

「リザードン、戻って休んでて。ブラッキー、キミに決めた!」

「ほう、ブラッキーか!」

 

 外から中に入るまでずっと抱きかかえられていたブラッキー。しかし、寒さに耐えかねてボールに戻していたが、意外と早く出番が回ってきたようだ。

 凍りついた空間に似合わぬ漆黒の体を露わにするブラッキーは、ブルッと一度身震いし、自分より何回りも大きいクレベースを視界に入れる。

 しかし、臆する様子は見せず、寧ろ昂ぶってきたのか全身の毛を逆立たせて威嚇し始めた。

 

「わっはっは! 粋がいいな! それでこそ、倒し甲斐があるってもんだな!」

「じゃあ、早速いかせてもらいます! ブラッキー、“どくどく”!」

 

 インターバルの旗が振り下ろされたのを確認したライトは、クレベースに対して速攻を掛けるべく、すぐさま“どくどく”を指示する。

 ライトが狙うは持久戦。幾ら物理耐久が高いポケモンだと言えど、状態異常にまで強いとは限らない。じわりじわりと体力を削っていけば勝機は見える筈だ。

 

 指示を受けたブラッキーの体の模様が輝くと、口腔に毒々しい色の液体が凝縮される。それを地面に吐き出せば、毒の奔流が氷のフィールドを爬行し、あっという間にクレベースの足に到達を、その巨体を猛毒で犯していく。

 

「そう来るか。ならこっちは“ジャイロボール”だ、クレベース!」

 

 ウルップの指示が飛んだ直後、クレベースがその巨体に似合わぬ速度で回転をし始める。

 体の大きさも相まって迫力満点の光景だ。威力も凄まじいらしく、クレベースが回転している地面の部分はガリガリと削れ、辺りに氷の破片がバラバラと散らばっている。

 

(威力もそうだけど……速い!)

 

 相手より遅ければ遅いほど威力が上がる【はがね】タイプの技“ジャイロボール”。ここでライトが思った『速い』とは、回転の速度のこと。

 あれだけの巨体で、どうしてあそこまでの回転力を生み出せるのだろうか。

 

「くっ……ブラッキー! 攻撃に備えて“まもる”だ!」

 

 受ければブラッキーと言えど一たまりもないだろう。

 そう考えたライトは素直に防御体勢に入ろうとするが、

 

「“ゆきなだれ”だ、クレベース!」

 

 “ジャイロボール”で回転しながら近付くクレベース。そんな氷の弾丸のような物体から、瞬く間に夥しい量の雪が辺りを呑み込むように放たれる。

 ブラッキーを呑み込まんばかりの雪崩。

 辛うじて事前に“まもる”を指示していた為、寸でのところで雪崩に呑み込まれることは免れるが、これで解決に繋がることはない。

 

「“つきのひかり”と“まもる”を交互に!」

「あくまで持久戦に持ち込む気か! なら、こっちはドンドン攻めないとな、クレベース!!」

 

 じりじりと迫りながら“ゆきなだれ”を繰り出し続けるクレベース。

 一方、ブラッキーは言われた通り“まもる”と“つきのひかり”を交互に繰り出して、相手が先に【もうどく】で倒れるまで耐える体勢に入る。

 だが、余りの猛攻にブラッキーの表情は優れない。

 今にでも脚を雪崩にとられて呑み込まれそうに―――。

 

「ッ!」

「ブラッキー!?」

「そこだ、クレベース!」

 

 氷のフィールド。そして前方から絶え間なく襲ってくる雪崩というシチュエーションの中、とうとう脚を滑らせてしまったブラッキー。

 その隙につけ入るようにクレベースは“ジャイロボール”を止め、全身に橙色の闘気を纏ってブラッキーに飛び掛かってくる。

 

「“ばかぢから”だ!!」

(ッ、【かくとう】技―――!!)

 

 直後、フィールドの氷が砕ける音が鳴り響く。クレベースが先程まで繰り出していた雪は勿論、フィールドを形成していた氷まで天井に跳ね上がるほどの衝撃。

 跳ね上がる物体の中には、ブラッキーの姿も混じっている。

 ドシャ、と力なく雪の上に落ちる音が響けば、ライトが歯軋りをする音と氷が散らばる音だけが室内に響き渡った。

 

「ブラッキー、戦闘不能!」

「……お疲れ様、ブラッキー。次には繋がるから、ゆっくり休んでて」

「これで二対二……あれだよ、一矢報いたってとこだな」

 

 愉悦に満ちた笑みを浮かべるウルップ。

 対してライトは、ブラッキーの労いの言葉を掛けた後、次なるボールに手を掛けてすぐさま放り投げた。

 

「ハッサム! キミに決めた!」

「ほぉ……ハッサムか!」

 

 ライトが繰り出したのはハッサム。【こおり】に対しての【はがね】はセオリーと言えばセオリーだが、エキスパートであるウルップに力押しで勝てる道理はない。

 

「【はがね】タイプ……あれだよ、オレ等には有利だな。だが、熱く厚い堅氷と言われるオレ等を砕ける硬さは持ってるかね」

「芯は貫いてるつもりです。絶対勝って、バッジは貰います」

「……おう、いいな! ますます熱くなってきた! もっと白熱したバトルをしようや!」

「望むところです!!」

 

 

 

 巨大な氷壁を打ち砕くのは、鋼の剣か。それとも―――。

 



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第九十一話 ボスは大抵第二形態とかある

 

「“つるぎのまい”!!」

 

 すぐさま剣の形をしたオーラを周囲に躍らせるハッサム。

 並ではないクレベースという砦。それを崩す為であれば、“つるぎのまい”を何度か繰り出さなければ容易でないことを、ライトは理解していた。

 だが、それをウルップが易々と見過ごす訳はない。

 

「クレベース、“ストーンエッジ”だ!」

「ルォォォオオオ!!」

 

 咆哮を上げるクレベースは、その巨体の前足を振り上げ、そのまま地面を踏みつけた。次の瞬間、ハッサムが居る場所へ向けてクレベースの眼前の地面から、次々と尖った岩石が隆起してくる。

 轟音が二、三度連なるように響けば、ハッサムの足元から隆起した岩石が真紅の胴体を穿った。

 かなりの威力であったのか、それなりに体重があるハッサムの体は宙を舞い、放物線を描きながら地面に落ちる。

 だが、“ゆきなだれ”でフィールドに積もっていた雪がクッションの代わりとなり、着地の衝撃は和らいだようだ。

 

 すぐさまハッサムは雪の上に立ち上がり、“ストーンエッジ”の直撃を受けても尚消えることのない闘志を瞳に宿し、クレベースを睨みつける。

 

「わっはっは! あれだよ、一合で分かっちまう。そのハッサムはお前さんの手持ちの中でも特に戦い慣れてるな!」

「そうですね! 今も昔も、僕のエースです! ハッサム、“はねやすめ”!」

「うおっ!? 回復技かい!」

 

 クレベースの攻撃を受けても、しっかりと二本足でフィールドを踏みしめるハッサム。

 その堅牢さを素直に賞賛するウルップであったが、更に回復技も所有しているということには、完全に不意を突かれたようだ。

 瞼を閉じ、精神統一を図るハッサム。みるみるうちに、先程の“ストーンエッジ”のダメージも癒えていく姿に、ウルップは難しそうに唸る。

 

「こりゃ、難敵だな! クレベース、“ゆきなだれ”だ!!」

「ハッサム、“バレットパンチ”!!」

 

 【もうどく】に冒されている以上、クレベースがフィールドで戦う時間は残されていない。

 ならば少しでも相手の体力を削る事ができれば上々といったところか。

 その意思を指示と共に受け取ったクレベースは、全身全霊をかけて“ゆきなだれ”を目の前のポケモンに繰り出す。

 

 同時に、氷のフィールドに罅が入る程の脚力で駆け出したハッサムは、眼前の津波のような雪に飛び込む。

 普通であれば呑み込まれて何も出来ずに押し返されるのが関の山。

 だが、姿勢を低くして雪崩の下を潜るようにして特攻したハッサムは違った。

 

「そのまま……跳べっ!!」

「なんとっ!?」

 

 “ゆきなだれ”がハッサムを覆い尽くそうとしたその瞬間、文字通り弾丸のような殴打を振り上げるハッサム。捩りが咥えられた鋏は、目の前の雪崩の一部に穴をあけ、ハッサムはそのまま穴からクレベースの下へと跳躍した。

 

―――拳銃(チャカ)と一緒さ。弾道を安定させるにも、突破力を付けるにも回転が大事って事よ。

 

「これなら……!」

 

 リフレインするクチナシの言葉。

 以前なら、ただ真っ直ぐ突きだすだけであった“バレットパンチ”も、当てる直前に捩りを加えるだけで威力が変わる。

 これもハッサムが“テクニシャン”であるが故に、短期間で習得できた技術だろう。

 

 しかし、ウルップのクレベースも黙ってハッサムの襲撃を許す訳ではない。

 

「クレベース! “ジャイロボール”で迎え撃ってやりな!」

「っ……雪が!?」

 

 飛び掛かるハッサムに対して“ジャイロボール”を繰り出そうとするクレベース。

 すると、回り始めるクレベースの周りに積もっていた雪が、まるで除雪機から排出される雪の如く、周囲にまき散らされるではないか。

 これでは視界も充分に確保することができない。

 尚且つあれほどの回転。単純に鋏を繰り出すだけでは、容易に弾かれてしまうのが目に見えている。

 

(どこを狙う……下手に体を狙っても……!)

 

 考える時間の猶予は残っていない。

 ハッサムが回転するクレベースに攻撃を当てるまで―――そして、当てられるまで、あと数秒。

 

―――ピカチュウ! “アイアンテール”!

 

「っ、頭!」

「―――!」

 

 たった一言。

 しかしその意図をくみ取ったハッサムは、鋏を横に振るった。胴体に当てるには些か速過ぎるタイミングだ。そう、胴体に当てるには。

 

「ッルェ!?」

 

 直後、回転していたクレベースの頭部がハッサムの鋏に激突する。自分で回転している勢いと、ハッサムが振るった勢い。二つの勢いが生み出す衝撃というのは並みのものではない。

 顔面に攻撃が命中して脳を揺らされ、平衡感覚を失ったクレベースは回転の軸を一定に保つことができなくなり、そのままグワングワンと左右に揺れた後に、大きな音を立ててフィールドに崩れ落ちた。

 

「クレベース、戦闘不能!」

「よし……! ナイス、ハッサム!」

 

 指示に従い、見事クレベースを打ち取ったハッサムに賞賛の声を上げるライト。

 彼の脳裏に先程過ったのは、三年前のカントーポケモンリーグでの試合だ。今のトーナメント形式とは違い、三年前のポケモンリーグは決勝リーグに四天王四人を混ぜるという、他地方に比べれば異例なトーナメント形式をとっていた。

 そんなカントーリーグの第八試合、四天王シバVSレッドの試合で、レッドのピカチュウが見せた技―――四本の腕で拘束されながら“じごくぐるま”を喰らう中、“アイアンテール”でカイリキーの頭部を狙い、相手の拘束を緩めるという神業。

 録画したビデオテープが擦り切れるほど見た白熱のシーンだ。

 相手が技を繰り出している時に限って、案外大事な頭部が護られていないということを裏付けるシーンでもある。

 

 クレベースが“ジャイロボール”を繰り出している間、クレベースは頭部を守るモーションなどは一切見せていない。寧ろ頭部も攻撃部分の一部だと、そのままにして回転を続けていた。

 それは、カメックスのように甲羅の中に頭部を仕舞いこむことができない体構造が理由だ。

 頭部に当たれば脳が揺れる。さすれば、平衡感覚を失って隙が生まれる。

 そう考えて出した指示であったが、どうやらハッサムは隙を生むどころか、止めをさしてくれたようだ。

 

(つくづく、キミはエースだって思うよ……!)

 

 ライトのパーティの大黒柱だけのことはある活躍だ。

 

(……ウルップさんの最後のポケモンはなんだろう?)

 

 こちらに残るポケモンは二体。

 対してウルップが残すポケモンは一体であるが、リザードンもハッサムも若干疲労しているのに対し、ウルップの最後の一体は体力が満タンだ。

 ジムリーダーは交代することができないというルール上、必然的にそうなることが当たり前なのかもしれないが、やはり最後の一体が分からないということになると緊張はするものである。

 だが、

 

(心が、躍る―――!)

 

 これこそがポケモンバトルと言わんばかりに、ライトの心は躍るに踊っていた。

 確かに、相手の手持ちを全て把握していた上で対策を練ることも一興。しかし、何が来るのか分からない上で、それを仲間と打ち倒していくのも、ポケモンバトルの醍醐味だ。

 そのように昂ぶる中で浮かぶ笑みを咎める者などは、誰一人としていない。

 

「わっはっは! いいぞ! 熱くなってきやがった! そうら、オレの最後のポケモンだ! 出て来い、ユキノオー!」

「ユキノオー……あのポケモンか!」

 

 クレベースよりは一回り小さい。それでもハッサムより大きい体を有すポケモン。

 フロストケイブでも戦ったことのあるじゅひょうポケモン―――ユキノオー。

 

「……ッ!」

 

 以前同じ種族と戦ったことがあるだけ、冷静さを保っていたハッサムだが、突如として自分の体に降りつける霰に驚く。

 

「“ゆきふらし”……ですか。ハッサム、霰で体力が減るから速攻で決めるよ!」

 

 ユキノオーの特性“ゆきふらし”。天候が霰状態になることによって、【こおり】タイプを持たないポケモンは降り続ける霰によってダメージを受け続ける。

 だが、今迄に何度かあったことのある状況だ。

 

(“ふぶき”には気を付けないと……!)

 

 副次効果であるが、霰の時は【こおり】タイプの特殊技の最高峰“ふぶき”の命中率が、必中といっても過言ではないほど上昇する。

 下手に守れば、身体中を氷漬けにされることは間違いなし。

 今は“つるぎのまい”で上昇した【こうげき】を無駄にすることなく、攻勢に転じるのが無難だ。

 

「“バレットパンチ”!!」

「“ウッドハンマー”で迎え撃ってやりな!」

 

 再び肉迫するハッサム。

 それに対してユキノオーは、丸太のように太い腕を振るい、ハッサムの“バレットパンチ”を迎え撃った。

 周囲に降り積もった雪が舞い上がる程の衝撃。それだけで、両者の膂力がどれだけ凄まじいものかは理解できるというものだ。

 

 その後から、一歩も退くことなく鋏と腕を振るい続ける二体。最初の方はハッサムがやや優勢であるように思えたが―――。

 

(? なんだか動きが―――?)

「鈍くなってきたんじゃねえか? そろそろ」

「ッ!! ハッサム! 下がっ―――」

 

 

 

 

 

「―――――“ぜったいれいど”」

 

 

 

 

 

 体感としては、周囲の気温が五度ほど下がった気分がしたライト。

 ほんの一瞬。ほんの一瞬の内に、フィールドには見慣れぬ一本の氷柱が出来上がっている。

 その中には一体のポケモンが閉じ込められていたが、直後氷柱が砕け散ることにより、辛うじて自由は得る事ができた。

 しかし、動くだけの体力は残されていない。ピクリとも動かないハッサムの姿に、審判は持っていた旗を大きく振り上げた。

 

「ハッサム、戦闘不能!」

「……お疲れ様、ハッサム」

 

 よくやってくれた。

 そう言ってボールに戻し、最後の一体であるリザードンのボールに手を掛ける。

 すると、ウルップが腕を組みながらライトの向かって口を開く。

 

「あれだよ。お前さんのハッサムは強敵だ。ジムリーダーとして……それとトレーナーとして相手に敬意を払うのは勿論だが、流石に悠長に事を進めるのは危ないと思ったんでね。ちょっとした賭けに出させてもらった」

「……褒め言葉、ですかね?」

「おうよ」

「“バレットパンチ”と”ウッドハンマー“のぶつかり合いの時、霰に紛れて”こごえるかぜ“を放っていたのは中々気付けなかったんですけど……」

最初(ハナ)っから気付かれてたら、オレの立つ瀬がないってことよ。オレのユキノオーの“ぜったいれいど”を使わせたことは、他の奴等に誇っていいぞ」

(それって今後も“ぜったいれいど”を使うっていうフラグじゃ……)

 

 文字通り、絶対零度の冷気で相手を凍らせ、一撃で戦闘不能に陥れる【こおり】タイプの技“ぜったいれいど”。

 何度も使える技でもなく、命中率も不安定であるが、その分威力は絶大。

 幾ら残りのポケモンがリザードンで、タイプ相性でユキノオーより優位を誇ることができようとも、油断はできないということだ。

 無論、油断をするつもりなど最初からないが、今迄以上の細心の注意を払わなければならなくなった。

 トレーナーへの精神的圧迫という点でも、一撃必殺技の存在は強大だ。

 

「だけど……何度も困難は乗り越えてきた!! リザードン、もう一度キミに決めた!!」

「グォォォオオオ!!!」

「光と結べ、メガシンカ!!!」

 

 最後の最後まで来て出し惜しみはしない。

 そう言わんばかりにメガシンカを発動するライト。

 

「ほう……こりゃあ、あれだよ」

 

 白い空間に現れる、漆黒の火竜。

 その姿にウルップは、徐にロケットペンダントを取り出し、中に埋め込まれているキーストーンを見えるように出した。

 

「こっちも、全力だしてやらんとな! あれだよ、失礼だもんな! 牙を剥け、凍てつく力よ! メガシンカ!!」

「ノォォォオオオ!!!」

(ッ……やっぱりメガシンカを!)

 

 リザードンに続き、光の殻に包まれて姿を変えていくユキノオー。次第に肥大化していき、只でさえ巨大であった体はまるで巨木のようになる。

 自重に耐え切れなくなったのか、腕を前脚代わりにして四つん這いとなったユキノオー。

 その背中からは、メガシンカの溢れ出るエネルギーを表すかのように、二本の太い氷柱が

 

「これが……メガユキノオー!」

「おう! それじゃ、始めようか! “ふぶき”!!」

「“だいもんじ”!!」

 

 霰が降り続く中、ユキノオーの口腔から放たれる極寒の冷気。それを迎え撃つべくリザードンも青色に変わった爆炎を吐き出す。

 炎の色の変化は温度の変化。赤から青へと変わっただけで、その温度変化はかなりのものだ。

 例え、霰の中吹き荒れる“ふぶき”を真正面から相殺できる程度には―――。

 

「リザードン、直ぐ来るよ! 横に逸れながら“アイアンテール”!!」

 

 フリージオ戦の時のように、冷気と炎の激突でフィールドに水蒸気がはびこる。

 相手すら見えなくなった視界の中、水蒸気を掻い潜って丸太の様な腕を振り下ろしに肉迫してくるユキノオー。

 だが、事前の指示を出していただけあって、リザードンはすぐさま“ウッドハンマー”を回避することに成功した。それに留まらず振り下ろされたユキノオーの腕に“アイアンテール”を命中させることにより、自分が横に回避するために加速にも利用する。

 以前までのメガシンカのパワーに頼り切った戦いとは一線を画す立ち回りだ。

 

「相手は足が遅い! 近付かれないように気を付けて!」

「ほう、それも良い考えだ! だが、それで霰の中いつまで持つかな!?」

「くッ……!」

 

 腕を脚代わりに使う程体重が増えているのだから、足は決して速くはない。

 ならば遠距離で地道に体力を削っていくよう立ち回るのが無難のように思えるが、それでは霰のダメージがどんどん蓄積していき、こちらが不利な状況になる可能性は否めない。

 

(だから隙を見つける! あの技を確実に決める、大きな隙を!)

 

 功を焦れば、その隙を突かれる。

 焦らずその時を待つライトは、最小限のダメージで済むようにリザードンとユキノオーの距離感を図る。

 

(向こうに隙ができるとしたら、あの瞬間しかない……!)

 

 チラリと天井を一瞥するライト。

 未だ振り続ける霰も、最初にユキノオーが現れた時よりかは勢いが弱まっている。

 そうしてライトが天候を確認している間にも、リザードンとユキノオーは激戦を繰り広げていた。

 ライトに言われた通り、距離をとってユキノオーの猛攻に応戦するリザードン。時折ギリギリまで肉迫された時は、“ドラゴンクロー”や“アイアンテール”で受け流すような立ち回りを見せる。

 

 その巨体あってか、肉迫された際はかなりの迫力だ。しかしリザードンは臆することなく、ライトが指示を出すその時まで耐え忍ぼうとする。

 

「ユキノオー!」

「リザードン、離れて!」

「“ぜったいれいど”!!」

 

 刹那、再び天井まで届きそうな氷柱がフィールドに出来上がる。

 しかしその氷にリザードンは囚われることなく―――しかし、頬に冷や汗を垂らしながらライトの目の前まで舞い戻ってきた。

 矢張り一撃必殺技は肝が冷える想いをする。

 そう言わんばかりに『ふうっ』と息を吐くライトは、バッと天井を見上げた。

 

(霰がもうすぐ止む……)

「良く避けたな! 良い動きだ!!」

(チャンスは―――)

「なら今度はこいつでどうだ!!」

(―――その時だ!!)

「“ふぶき”!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リザードン―――……“フレアドライブ”ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リザードンの口の端から溢れ出る青い炎。それが螺旋を描きながら、黒い体を瞬く間に覆っていく。

 そして一つの炎の弾丸となったリザードンは、力強く羽ばたき、眼前から押し寄せる“ふぶき”に臆することなく突っ込んでいった。

 リザードンの体を凍てつかせようとする氷も、身体中に纏う青い炎に溶かされ、思う様なダメージを与えることはできない。

 その光景に、ウルップは驚きの色を隠せない。

 

「なッ……!!」

(ウルップさんは【こおり】のエキスパートだ……霰が降っている時の【こおり】タイプの優位性も、“ゆきふらし”からどのタイミングで霰が止むのかも把握してる筈……!)

 

 降り積もった雪と霰。それらを溶かし尽くしながら突き進むリザードン。

 

(なら、霰が止む直前は“ふぶき”を確実に当てる機会をむざむざ捨てない為に、“ふぶき”で仕掛けてくる……僕ならそうする!!)

 

 ユキノオーに近付く程強烈になる冷気。

 しかし、止まることはない。

 

(逆に、“フレアドライブ”を仕掛けるなら、そのタイミングだ!!)

「進めッ!」

 

 ユキノオーの眼前まで肉迫することができたリザードン。

 しかし、ユキノオーは“ふぶき”を繰り出すだけに留まらず、自重を支えるためについていた腕を持ち上げ、リザードンの翼を抑えつけようとする。

 しっかりとつばさを掴みこんだユキノオーは、そのまま拘束しようと力を込めた。

 このままでは受け止められ、“ふぶき”の反撃を喰らう。

 観戦するコルニはそのような光景を脳裏に過らせてしまったが、彼女の耳にリザードンを信じ続ける少年の叫びが轟いてきた。

 

「進めェェェエエエ!!!」

「グォォォォオオオオ!!!」

 

 

 

―――あっ……

 

 

 

 思わず漏れてしまった、吐息のような呟き。

 その呟きを口にしたのはコルニ。

 

 少女の瞳に映ったのは、ユキノオーの腕を振り払い、胴体にその身を叩きつけるリザードンの姿。

 天井に向かって突き上がる二体。

 そして、リザードンが身に纏う炎によって溶かされる雪と霰が水となって宙に散って、描き出される―――

 

 

 

 

 

―――七色の虹

 

 

 

 

 

 我に返ったのは、ユキノオーの巨体がフィールドに叩き付けられた際の振動と轟音が響いてきた時。

 精根尽き果てたユキノオーはメガシンカが自動的に解除され、元通りの姿に戻るが、目はグルグルと回って戦える状態ではないということを如実に示していた。

 

「ユ、ユキノオー、戦闘不能!! よって勝者、挑戦者ライト!!」

「……そうか。オレが負けたか」

 

 フィールドに横たわったユキノオーを見ながら、ウルップはそう呟く。

 どこか呆けたような。しかし、納得したような。だが、まだ物足りないような様子だ。

 

「……はは、わっはっは!! あれだよ、お前さん!! ちょっといいか!?」

 

 突然笑いながら声を張り上げるウルップに、勝利の余韻に浸る時間もなかったライトは呆気にとられたように瞠目する。

 ライトが目にしたのは一つのボール―――プロ仕様のハイパーボールだ。

 

「えっと……それは?」

「ジム戦はお前さんの勝ちだ!! だからこっからは公式戦外に……あれだよ、オレの我儘になるな!! 出て来い、フリーザー!!」

(フリーザー!?)

 

 ウルップが叫んだ名に、ライトは驚きの余り声に出さずに心の中で声を上げる。

 放り投げられたボールを視線で追い、そのまま中から飛び出してきたポケモンを瞳に写し、ヒュッと息を飲んだ。

 確かにウルップが繰り出したポケモンは、伝説のポケモンであるフリーザーであった。

 まるで氷の結晶のように儚げで煌びやかに輝く羽毛。羽ばたく度に氷の破片のようなものが散っていき、光を反射する。

 驚きの余り声を出しかねていると、ウルップが続けるように叫ぶ。

 

「どうだい!? こんなに熱いバトル、まだ終わらせたくはないだろう!! お前さんは残りの手持ち全部使用していい!! オレはこのフリーザーだけだ!! どうだ、二回戦を始めるか、始めないか!? どっちにする!?」

「っ……!」

 

 このまま続ける道理はない。

 しかし、こちらをジッと見つめてくるリザードンの瞳に宿る闘志。

 そして何より、自分の胸で昂ぶる想いに嘘を吐く事などできはしない。

 

「―――お願いします!」

「よし来た!」

 

 バチンと上腕二頭筋を掌で叩くウルップ。

 それに対してライトは、かつてない程拳を握って目の前を華麗に飛行するフリーザーを見据える。

 ミアレで戦ったことのあるサンダーと同等のポケモン。

 あの時は勝てなかったが、今は違う。

 

 

 

 

 

「サンダーじゃないけど、相手にとっては不足無し……リベンジだ!!」

「グォウ!!」

 

 

 

 

 

 エイセツジム戦は、佳境に入る。

 



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第九十二話 雨垂れ、石を穿つ

『フリーザー。れいとうポケモン。伝説の鳥ポケモン。空気中の水分を凍らせ、吹雪を作りだす事ができる』

 

 何時の間にやら起動したポケモン図鑑が、優雅に宙を舞うフリーザーの情報を読み上げる。

 淡々とした文章。しかし、実物を目の前に聞いてみると、一文字一文字が重く鼓膜に圧し掛かるように錯覚してしまう。

 伝説のポケモンと戦うのはこれで二度目。

 

 しかし、不思議と心の中に不安はない。寧ろ、この関門を潜り抜けてこそポケモンリーグに向かうという考えが生まれてくる。

 これが本当に最後のカロス地方のジム戦。

 

「リザードン。作戦があるんだ。だから、一旦ボールに戻ってくれていい?」

「……グォ」

 

 すぐさまフリーザーとバトルしたくてうずうずしていたリザードンだが、ライトの言葉に不承不承といった様子でリターンレーザーを当てられる。

 勢いに任せるのもいいが、バトルするなら勝つ。

 相手が格上である以上―――例え、対策を考えるだけの時間が限りなく少なくとも、作戦は必要になってくるだろう。

 それは経験であり、機転でもあり―――。

 

「ジュカイン、キミに決めた!」

「お? ここで【くさ】タイプか?」

 

 ウルップや観戦していたコルニの予想とは裏腹にライトが繰り出したのは、【こおり】タイプに不利な【くさ】タイプのジュカイン。

 単純な【すばやさ】でならフリーザーを上回るものの、相手が空戦主体である以上、持ち前の一撃離脱戦法を繰り出す機会は少なくなってしまう。

 それでも出したと言う事は、

 

「……あれだよ、何か作戦でもあるんだろうな」

 

 『捨て駒』という訳でもない筈だ。

 しかし、ゆるやかに進んでいた時間は途端に速く加速する。

 

「ジュカイン! “めざめるパワー”を目の前の地面にぶつけて!!」

 

 第二回戦のゴングを鳴らしたのはライトの指示。

 狙いはフリーザーではなく、フィールド。クレベースの技のお蔭でこんもりと積もった雪がある場所だ。

 

(目を眩ませるっつー寸法か)

 

 “めざめるパワー”が地面にぶつかれば、爆発の衝撃で雪が舞い上がる。

 空中で羽ばたいているフリーザーに届く程舞い上がる雪は、確かにフリーザーやウルップの目を眩ませるに足り得るだろう。

 

「だが、それじゃ少し壁が薄いんじゃねえか? フリーザー、“れいとうビーム”!!」

 

 次の瞬間、フリーザーの口腔に冷気が凝縮され、瞬く間に発射される。

 フリージオの“れいとうビーム”とは比べ物にならないほどの、発射までの時間。耳を劈くような音が響いたと思えば、青い線の残光だけが人の目に映った。

 

「う……うっそ……!?」

 

 舞い上がった雪が地面に落ちることによって露わになる光景に、コルニは青褪めた顔でジュカインが居た場所を見つめる。

 そこに存在していたのは、ピクリとも動かない―――否、動けないジュカインの氷像だった。

 

 ビキッ……ガシャン!

 

「ひぃい!?」

「うぉおう!?」

 

 氷像の頭部に罅が入る。

 そのまま中のジュカインが出てくるものだと思ったコルニであったが、氷像の頭部が真っ二つに砕けたのを目の当たりにし、悲鳴を上げた。

 流石のウルップも予想外の光景であったのか、瞠目してジュカインの氷像をよく眺めるが、矢張り【こおり】のエキスパートは気付く。

 

「あれだよ、“みがわり”かっ!」

「ジュカイン、“きあいだま”だ!!」

 

 刹那、フリーザーが飛んでいる下の雪の中から、一つの緑色の影が出現する。

 紛れもないライトのジュカインは、既に“きあいだま”を繰り出せる寸前までエネルギーの充填が完了しており、あとは数メートル上のフリーザーの体に当てるのみだ。

 

「フリーザー、“とんぼがえり”を決めてやれ!」

「っ……速い!」

 

 確実に当てられるであろう射程に入った瞬間、ジュカインは両腕を突きだして“きあいだま”を発射する。

 だが、その瞬間にフリーザーは“とんぼがえり”を繰り出し、“きあいだま”の直撃から逃れることに成功した。

 外れた“きあいだま”は僅かに尾に触れるだけ。ジュカインの瞬発力を以て接近しても、当たらないとは。

 

 しかし、そのことに呆けている余裕などありはしない。

 “とんぼがえり”を行ったフリーザーは、そのまま宙で無防備となっているジュカインの背中に嘴を突き立て、凄まじい勢いで急降下していく。

 

「そのまま“れいとうビーム”だ!!」

「“めざめるパワー”!!」

 

 このままジュカインに止めをさそうと、フリーザーの口腔に再び冷気が凝縮されていく。

 だが、その間にジュカインは右掌をフリーザーの胴体に沿え、最後っ屁の攻撃を繰り出す。

 僅かにジュカインの技の出が早かったのか、【ほのお】タイプの“めざめるパワー”がフリーザーの胴に直撃する。

 しかし、次の瞬間にはフリーザーの“れいとうビーム”がジュカインに放たれ、同時にジュカインの体はフィールドに叩き付けられた。

 

 衝撃と共に、有り余る冷気がジュカインの墜落地点に雪の結晶の様な六花を描き出す。

 “とんぼがえり”と“れいとうビーム”のコンボ。どちらも【くさ】タイプに効果が抜群な技だ。

 

「ジュカイン、戦闘不能!」

「……ナイスファイト、ジュカイン。なら次は、ギャラドス! キミに決めた!」

 

 休んでいる暇はない。

 畳み掛けるべくライトが繰り出したのは、きょうあくポケモンのギャラドスだ。体の大きさであればフリーザーを上回る。

 しかし当のフリーザーはというと、体格の違いを臆することなく凛とした瞳でギャラドスを睨みつけるだけだ。

 美しく優雅なフリーザーから放たれる“プレッシャー”は相当なものであり、あのギャラドスでさえ一瞬竦んだような様子を見せる。

 しかし、お返しとばかりにギャラドスはフリーザーを“いかく”した。

 

 ビリビリとひりつく空気。室内が冷えていることもあり、肌が痛くなってしまう程の緊迫感だ。

 

「ギャラドス、“りゅうのまい”!!」

 

 その中で先に動いたのはライト達。

 シャラジム戦以来の再会であるというのにも拘わらず、ギャラドスの指示を受けてからの動きは俊敏だ。

 激しい舞を行い、周囲の雪を巻き上げて目を眩ませながら、自らの【こうげき】と【すばやさ】を一段階上げていく。

 だが、それをウルップがみすみす許すはずもない。

 

「お前さん……あれだよ、ちょっと単調じゃないか!? フリーザー、“みずのはどう”からの“れいとうビーム”だ!」

 

 動きは激しいが、一か所に留まって舞を続けるギャラドスを―――その巨体に狙いを定めることは造作もない。

 大気中の水分を口腔に凝縮させたフリーザーは、ギャラドスの巨体目がけて“みずのはどう”を繰り出す。

 

「尻尾で弾いて!!」

 

 一方ライトは、それを尻尾で弾くよう指示する。

 その巨体に比例して大きくなっている尻尾。尾びれも広く巨大である為、受け止めるにはもってこいだ。

 球体の“みずのはどう”を尾で弾こうとするギャラドス。

 しかし、

 

「ギャオ!?」

 

 ギャラドスの尾に当たろうとする寸前で“みずのはどう”が、繰り出した張本人であるフリーザーの“れいとうビーム”によって氷漬けにされ、巨大な氷塊と変貌する。

 氷塊が尾に当たれば粉々に砕け散った。

 だが、その破片はギャラドスの身体中を襲い、まるで霰のようにギャラドスの巨体に小さな擦り傷を刻み込む。

 

「くっ……“アクアテール”で雪を巻き上げて!!」

「それを何度も喰らう程、オレも甘くはないぞ! もう一度“みずのはどう”からの“れいとうビーム”だ!!」

「こっちのセリフです! “かみくだく”で砕いて―――」

 

 瀑布を纏った尾が雪や水を巻き上げるも、それを“れいとうビーム”で凍らせられた“みずのはどう”の氷塊が突破してくる。

 しかし、その氷塊をギャラドスは強靭な顎で噛み付き、砕く。

 『他愛もない』と言わんばかりに、ギャラドスは唾代わりに氷を吐き捨てる。

 それを一瞥したライトはと言うと、

 

「“ぼうふう”で返してあげて!!」

「なんとっ!」

 

 先程の意趣返しとばかりに、芭蕉扇のように大きい尾びれで巻き起こした風で、氷の破片をフリーザーの下へと吹き返す。

 只の暴風。そして只の霰であれば、フリーザーにとっては容易く対処できる事象であったものの、狙って放たれる氷の破片や暴風は話が別だ。

 ギャラドスの巻き起こす“ぼうふう”に翼をとられ、共に襲いかかってくる氷の破片にフリーザーは眉間に皺を寄せる。

 

「よし、今だ! “アクアテール”!!」

 

 今がチャンスとばかりに、ギャラドスの得意技である“アクアテール”を指示するライト。

 考えていたことはギャラドスも同じであったらしく、『待っていました』と言わんばかりにギャラドスは跳ね上がり、フリーザーに向けて巨木のように太い尾を振るおうとする。

 当たれば大ダメージを期待できる一撃。否応なしに見ている者は固唾を飲む。

 

「―――少し、詰めが甘いと思わないか?」

 

 まさに直撃しようとしたその瞬間、フリーザーがギャラドスの尾を掻い潜り、一気に眼前まで飛翔した。

 

「フリーザー! “フリーズドライ”を決めてやれ!!」

 

 凍りつく音。

 その音がライトの鼓膜に響いた時に視界に映ったのは、全身が薄氷に包まれる凶竜の姿だった。

 

「っ……ギャラドォ―――――ス!!!」

「ギャ……ォォォオオオ!!!」

「なに!? まだ動けるか!?」

 

 薄氷に包まれていく体。それにも拘わらずギャラドスは咆哮を上げて自らを鼓舞し、そのまま眼前のフリーザーの翼に噛み付く。

 そして、そのまま首の筋肉を捩じってフリーザーをフィールドへ叩き付けようと放り投げる。

 同時にギャラドスを覆っていた薄氷は完全に体を覆いつくし、ギャラドスは身動きを取れなくなり、一足遅れてフィールドに墜落した。

 

「ギャラドス、戦闘不能!」

「……キミの頑張りは無駄にしない。戻ってゆっくり休んで、ギャラドス」

 

 “フリーズドライ”の一撃で倒されてしまったギャラドスをボールに戻すライトは、凄まじい眼力で少しだけよろめくフリーザーを眺める。

 どうやら、今迄降り積もっていた雪がクッションとなり、思ったよりも墜落のダメージは受けていないようだ。

 まだ体力を半分も削れていない。

 しかし、着実にダメージを与えることはできている。

 

「……あれだよ」

「?」

「お前さんのギャラドスの執念……久し振りに冷や汗搔いちまった」

 

 ニヤリと口角を上げるウルップ。

 対してライトは何も発さず―――笑った。

 

「……リザードン!」

「ほお……ここでか」

 

 ギャラドスに次にライトが繰り出したのはリザードンだ。疲弊していることは間違いないが、その疲れを感じさせぬ程の気迫をリザードンは発している。

 場に現れただけで、周囲の雪や氷が少しだけ溶ける程の熱量。

 どのような相手であるのかはフリーザーにも分かるのか、ジュカインやギャラドスの時よりも眼光は鋭くなっている。

 

「よーし、フリーザー……まずは―――」

「ヒュォォオオオ!!」

「って、おい! はぁ~、まったく……」

 

 リザードンを前に端的な作戦を口にしようとしたウルップであったが、フリーザーが先行してしまうことにより、作戦を伝えることができなくなってしまった。

 こうして先走ってしまうことは懐いていないことを如実に示しているととれるが、果たしてまだ手持ちに入れて時間がそれほど経っていないのが原因か。

 はたまた、フリーザーのレベルが高いのが原因か。

 

「いや……性格だろうなぁ。あれだよ、お前さんにも譲れない誇り(プライド)ってモンがあるんだよな!」

 

―――ならば、その性格を上手く生かしてやるのもトレーナーの役目

 

「フリーザー! リザードンの足元狙って“れいとうビーム”だ! 動きを止めてやれ!」

「リザードン! 足元に“だいもんじ”を撃って飛んで!」

 

 リザードンを拘束すべく足元に“れいとうビーム”を放つフリーザー。

 一方リザードンは、クノエジムでも見せた方法―――炎の上昇熱を空に飛ぶための推進力にする方法で空中に逃げると同時に、フリーザーと同じフィールドへ移行する。

 空戦。

 同じ翼を持つポケモン同士でも、鳥と竜では空での戦い方が違う。

 しかし、両者が出した指示は同じだった。

 

「「上をとれ!!」」

 

 空での優位性を得る為、リザードンとフリーザーはほぼ同時に天窓へ向けて翼を大きく羽ばたかせる。

 その結果、相手の上をとる事ができたのは、

 

「リザードン、“だいもんじ”!!」

「フリーザー! “みずのはどう”で牽制してから回避だ!」

 

 フリーザーの上をとったリザードンは、すぐさま真下に迫っているフリーザーに向けて、青い爆炎を解き放つ。

 対して、『炎を消すなら水』と言わんばかりに繰り出される“みずのはどう”だが、如何せん技の地の威力が違い過ぎた為、焼け石に水だった。

 “だいもんじ”と拮抗した“みずのはどう”は数秒経てば蒸発して消え、そのまま“だいもんじ”はフリーザー目がけて降り注ぐ。

 しかし、“みずのはどう”で稼いだ時間で“だいもんじ”の射線上から逃れたフリーザー。

 標的を逃した炎はそのままフィールドへと降り注ぎ、積もっていた雪の一角を溶かし尽くす。

 

「リザードン! ドッグファイトを仕掛けて“だいもんじ”!」

「成程な。ならフリーザー! こっちは追っかけてくるリザードンに、土産代わりに“れいとうビーム”で障害物を作ってやれ!」

 

 途端に急降下し始める二体。フィールドの床スレスレを滑空するように飛行する二体は、まさしく戦闘機が行うようなドックファイトを繰り広げる。

 リザードンが背後から“だいもんじ”を放ち、それをヒラリヒラリと蝶のように躱すフリーザーは、進行方向に“れいとうビーム”を放つことにより、一瞬で巨大な氷柱を作り上げる。

 まさしく、伝説のポケモンだからこそできる速さだ。

 

 自分が作り上げた氷柱を躱しながら飛行するフリーザーに対し、フリーザーよりも一回り大きいリザードンは相手程氷柱を上手く回避できない。

 時には“だいもんじ”が氷柱に当たり、時には“ドラゴンクロー”で無理やり砕いて突き進むという始末だ。

 次第にフリーザーに突き放されていくリザードン。このままでは、折角掴みとった優位性を利用することなく時間だけが過ぎるだけ。

 

「なら……“フレアドライブ”!!」

「グォォォオオオ!!!」

 

 刹那、青い炎を身に纏ってフリーザーへと特攻するリザードン。

 爆炎を纏っているに等しいリザードンには、先程まで障害物であった氷柱も意味をなさなくなる。

 そのお蔭で先程までの差をどんどん埋めていく。

 

「だが……何時まで持つかな?」

「……」

 

 ウルップの問いに無言になるライト。

 “フレアドライブ”は【ほのお】タイプの物理攻撃の中でも特に強力な部類に入るが、反動が大きいという欠点がある。

 まさに諸刃の剣。

 そう何度も繰り出せる技ではないのだ。

 フリージオ、ユキノオーといった相手をした上で、どこまで体力が持つのか。

 

(フィールドは……)

 

 リザードンの体力にも気を掛けながら、フィールドへと目を移すライト。

 クレベースやユキノオーによって積りに積もっていた雪だが、リザードンの炎によって大部分が水へと溶けている。

 最早氷のフィールドというよりは、水のフィールドだ。

 

(そろそろ―――)

「悠長に考えてる場合か? フリーザー、“とんぼがえり”!」

「っ、リザードン!! 後ろ!!」

 

 突如、大きく翼を広げて“とんぼがえり”するフリーザー。

 余りの動きの滑らかに“フレアドライブ”で特攻していたリザードンは動きに反応することができず、みすみす背後をとられてしまった。

 何とか反転してフリーザーを受け止めようと腕を構えたリザードンであったが、それよりも早くフリーザーが懐へと飛び込み、嘴を突き立ててくる。

 効果はいまひとつと言えど、残り少ない体力の中ではキツイ一撃。

 

「そのまま“れいとうビーム”だ!!」

 

 更に畳み掛けるべく、ゼロ距離での“れいとうビーム”を敢行するフリーザー。

 

「ッ……!?」

「グルゥッ……!」

 

 確実に仕留めようとして放つ“れいとうビーム”だが、中々相手を凍てつかせるには至らない。

 それもそうだ。

 まだリザードンは、“フレアドライブ”を繰り出すのを止めていないのだから。

 

「グォォォオオオオオオオオオ!!!!!」

「ヒュア゛ッ……!?」

 

 胴体に嘴を密着させたまま“れいとうビーム”を放つフリーザー。

 その喉元を狙って、リザードンはエメラルドグリーンに輝くエネルギーを纏った爪を振り下ろした。

 そのまま振りぬけば、フリーザーは跳ねる様にして後方に吹き飛んでいく。途中で何とか体勢を立て直し、宙に留まることはできたものの、思わぬ一撃にかなりの体力を持っていかれたようだ。

 一方リザードンは、受け身無しで地面に横たわる。すぐに立ち上がろうと体に力を込めているのが見えるが、流石に疲労が限界を迎えたのか、メガシンカが解けてしまう。

 本来、戦闘不能になってからメガシンカが解けるのが常だが、今回はメガシンカが解けても尚意識を保っているという稀なケースだ。

 闘志は消えていない。しかし、これ以上のバトルは危険だ。

 

「……すみません! リザードンは棄権で!」

「……そうか! なら、早く戻してやりな!」

「はい!」

 

 未だに立ち上がろうと必死になっているリザードンをボールに戻すライト。

 リザードンは納得しないかもしれないが、トレーナーとしては正しい決断であろう。

 

「……慰めになるか分からないけど、キミは本当に頑張った。相手が伝説っていうのもあるし、その前に二体も相手して疲れてるのもあるし、指示を出してるのがジムリーダーっていうのもあるからね」

 

 サンダーの時とは違う要因を口に出しながら、リザードンのボールに語りかけるライトの表情は、至って穏やかだ。

 

「キミが意地っ張りっていうのは分かるけど、今日は祝勝会でポロック一杯用意してあげる。その時、奮発して高いコーヒーも用意するから、それで手打ちにしといて」

 

 このままでは拗ねてしまうであろうリザードンのご機嫌をとるような言葉を投げかけながら、そっとボールを腰のベルトへと戻す。

 そして、最後のボールに手を掛け、地面にそっと置きながら開閉スイッチを押した。

 

「……絶対に勝つ。勝ってみせる。ミロカロス、キミに決めた!!」

 

 最後のポケモンは言わずもがな―――ミロカロスだ。

 ギャラドスに迫るほどの巨体を誇りながら、荒々しさや猛々しさは一切なく、寧ろ神々しささえ覚えるほどの美しさを魅せるポケモン。

 ミロカロスが繰り出された瞬間にウルップや審判が『おぉっ……』と声を漏らしたのが何よりの証拠だろう。

 

 地面に置かれたボールから飛び出してきたミロカロスは、ライトを中心にとぐろを巻く。

 そして、ライトが差し出した右手に頭を垂れれば、ミロカロスの鼻先へライトは軽くキスする。

 洒落た登場の仕方だが、これはライトがミロカロスに強いられていることであり、特に深い意味は無い。

 要するに、ミロカロスが顔を近付けて来た時は『チューして』のサインだということだけだ。

 

「よし……任せたよ」

 

 闘魂注入は充分。

 意気揚々とフィールドへ乗り出すミロカロスは、フリーザーへと視線を泳がせた。

 

 相手もかなり疲弊しているだろうが油断は禁物だ。

 しかし、言わなくても理解しているのか、ミロカロスは既に臨戦態勢に入っていつでも動けるようにしている。

 

 役者は整った。

 

「……あれだよ。始めようか! まずは“れいとうビーム”だ!!」

「水を巻き上げて!!」

「おおっ! 面白い戦い方だ!!」

 

 小手調べに“れいとうビーム”を放つフリーザー。

 一方ミロカロスは、扇子のように美しく彩られた尾ヒレでフィールドに満ちた水を巻き上げる。

 すると、巻き上げた水に“れいとうビーム”が直撃し、あっという間に巨大な氷壁が出来上がった。

 

 そのお蔭で“れいとうビーム”はミロカロスに命中することなく、寧ろミロカロスを護る為の盾を作ってしまう。

 ライトやコルニにとっては、ほんの数日前に似たような戦法を使うトレーナーが居た為、見慣れている。

 

 そうレンリタウンの時のような。

 

「……リザードンのお蔭で、フィールドに水が満ちました」

「! ……成程なぁ。してやられたぜ」

 

 ボソッとライトが呟いた言葉。

 それを聞いた途端、ウルップは先程までの攻防が只のドッグファイトでないことを知った。

 表面的には単純にフリーザーに【ほのお】攻撃を仕掛けるだけに見えるが、裏ではフィールドに積もっていた雪や霰を溶かすという目的を有していたのだ。

 それは何よりも、最後に控えるミロカロスの為に―――【みず】タイプのポケモンが最大の力を発揮する為に。

 

 するとライトは徐に天井に指差す。

 他の者達が指先を追えば、先程まで晴々とした太陽の光が差し込んでいた天窓付近に、黒い暗雲が立ち込めているのが見えた。

 

「―――“あまごい”」

 

 次の瞬間、その暗雲から豪雨がフィールドへと降り注ぎ始めるではないか。

 ザアザアとフィールドに居る者達を打ち付ける雨。ミロカロスやフリーザーのみならず、トレーナーであるライトやウルップまでだ。

 【みず】タイプに恩恵をもたらす恵みの雨。しかし、フリーザーにとっては羽毛を濡らし、翼を重くする悪夢のような雨である。

 鳥ポケモンにとっては非常に苦しい状況だ。

 

「……ミロカロス」

「……フリーザー」

「“ハイドロポンプ”ッッッ!!!」

「“れいとうビーム”ッッッ!!!」

 

 刹那、激流と冷気が激突する。

 本来であれば後者が押し勝つ筈だったが、ここまで後ろ盾を得れば互角まで持って来ることはできたようだ。

 いや、それだけではない。

 今までの分を全て吐き出すかのように激流を口腔から解き放つミロカロスの鬼気迫る様子。

 フリーザーは圧倒されていた。

 

「もう一度、“ハイドロポンプ”ッ!!!」

「右に旋回ッ!! 躱すんだッ!!」

 

 一回分のエネルギーを全て吐き出した両者。

 続けざまにもう一度“ハイドロポンプ”を繰り出すミロカロスだが、ウルップはフリーザーに回避行動をとるように指示する。

 理由は二つ。一つは強力な“ハイドロポンプ”を繰り出せる回数を減らす為。特性が“プレッシャー”であるフリーザーであれば、平均五回と言われている“ハイドロポンプ”の発射回数を三回程までに減らすことができる。

 つまり、三回耐え凌げばフリーザーは優位性を確保できるのだ。

 

 二つ目は、“あまごい”によって作りだされた相手が優位な状況の中で、下手に攻勢に出れば押し切られる可能性が存在する為である。

 

(ライト君……あれだよ、お前さんはユキノオーが相手の時に天候の変化が終わるのを見計らって攻勢に出た。ならオレもそうさせてもらうぞ!)

 

 “ハイドロポンプ”を回避するフリーザー。

 薄皮一枚という所で躱した為、若干体勢が崩れるもののすぐに立て直す。

 

「もう一度、“ハイドロポンプ”だ!!」

「躱せぇ!!!」

 

 最後の一発。

 爆発に似たような轟音が轟けば、雨に伴って威力が上昇した“ハイドロポンプ”がフリーザーの体を穿とうと発射される。

 

「ヒュッ……ォア゛ッ!!」

 

 ギリギリ当たる位置。

 しかし、咄嗟に機転を利かしたフリーザーは、放たれる“ハイドロポンプ”に“れいとうビーム”を放つ。

 すると“ハイドロポンプ”の先端の一部分だけが凍りつくが、あろうことかフリーザーはその凍った部分を足蹴にして“ハイドロポンプ”の射線上から逃れた。

 

「ようし!!」

「なっ……!?」

 

 思わずガッツポーズが出るウルップと、驚きを隠せないライト。

 

「ミロカロス、“まもる”!!」

「フリーザー、“みずのはどう”をぶっかけてやれ!!」

 

 どうやら“ハイドロポンプ”の残弾は把握していたライトは、無難に“まもる”で防御に転ずる。

 そこへウルップは“みずのはどう”を繰り出すものの、“まもる”によって阻まれた。

 しかし、ここで―――。

 

(雨が……晴れたか……!)

 

 ミロカロスの優位を保障するに至っていた雨が止んだ。

 立ち込めていた暗雲が天窓から退いていき、燦々と輝く日光がフィールドへと降り注ぐ。その日光はスポットライトのように、宙を舞うフリーザーの体を照らしつける。

 空気中の水分を凍らせるフリーザーを日光が照りつければ、羽毛や氷の結晶に反射して周りが煌々と煌めく。

 

「フリーザー! 【みず】にキツ~イ一撃喰らわしてやれ!! “フリーズドライ”ッ!!!」

「ヒュォォォオオオオアアア!!!」

 

 次の瞬間、ミロカロスの体を潤していた水分が、フリーザーの技によってみるみるうちに凍りついていく。

 本来【みず】には効果がいまひとつな【こおり】タイプの技―――にも拘わらず、【みず】の弱点となり得る【こおり】技。

 それが“フリーズドライ”。

 

 瞬く間に凍りついていくミロカロスの体。

 数秒もすれば、数々の彫刻家や画家がモデルにしたというミロカロスの氷像が出来上がる。

 六メートルを超える体が全て氷に包まれピクリとも動かなくなった。

 

 シンと静まりかえる室内。

 

(……あの時と同じだ)

 

 唯一聞こえてくるのは、フリーザーの羽ばたきによる音だけ。

 

(僕はあの時みたく、キミを信じられてる)

 

 日光が、ミロカロスの生き氷像を照らし上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今だ、ヒンバス!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今だ、ミロカロス!!」

 

 氷が砕ける。

 瞠目するフリーザー。その紅い瞳に映し出されるのは、体全てを覆っていた氷を砕き、その氷によって受けたダメージを一枚の壁へと収束するミロカロスの姿だ。

 

最初(ハクダン)がそうだった)

 

 あの時より、彼女の背中は大分大きくなった。

 

最後(エイセツ)もそうなったみたいだね)

 

 力強く、美しく。

 

(だから……これで決めよう!!)

 

 

 

 

「“ミラーコート”ッッッ!!!!!」

「ミ―――ッ!!」

 

 

 

 

 

 一条の光がフリーザーを呑み込む。

 

「オ、オレの氷を……」

 

 爆ぜる光に、一瞬何が起こったのか思考が追いつかなくなった。

だがウルップは、自分の目の前に倒れているフリーザーを目の当たりにし、はっきりと理解する。

そして悔しそうに、どこか嬉しそうに言い放った。

 

「砕きやがった……!」

 

 

 

 

 

「フリーザー、戦闘不能!! よって勝者、挑戦者ライト!!!」

 

 

 

 

 

 氷を砕いたのは―――否、貫いたのは力強く、そして美しく育った水だった。

 



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第九十三話 Sの人ほどガラスのハート

「ん……んん……?」

 

 重たい瞼を開けてみれば、カーテンの隙間から朝の陽ざしが差し込んでいるのが見えた。

 薄暗く照らされる部屋の中、寒そうに布団をかぶっていたライトは欠伸を一つした後に、上半身を起こして周りを眺める。

 ふと横を見れば、上半身がベッドから落下しているコルニの寝姿が見えるものの、寝起きである為ツッコもうという気分になれない。

 

(なんか……頭重いなぁ)

 

 熟睡していた所為か、いつもより寝起きが悪い。

 何故こうなってしまったのか思い出そうとするも、ぼんやりとしか昨日の夕方や夜の場面を思い出せなかった。

 夢現で暫しボーっとしていたライトであったが、突然ハッとした様子で自分のショルダーバッグを探し始める。

 電灯も点けずに探していたライトであったが、探し物はすぐに見つかった。

 

 バッジケースの一番端に埋め込まれているバッジ。

 六角形の頂点から、それぞれ雫が垂れているバッジ。寒色を基調としたそのバッジは、朝の冷え込みによってキンキンに冷えている。

 だが、そのバッジ―――アイスバーグバッジを取り出し、しっかりと握りしめたライトの表情は、非常に穏やかなものであった。

 

(そっか。そう言えば僕……勝ったんだった)

 

 ぼんやりと昨日の出来事を思いだす。

 ウルップに―――そしてフリーザーに勝利し、バッジを手に入れたこと。

 その後、ポケモン達を回復してから祝勝会を開いたこと。

 更に、全員を休ませた後に自分だけが起きてレポートを書き綴っていたこと。

 

(何時ベッドに入ったんだっけ?)

 

 レポートを書いていたことまでは思い出したが、どうにもどのタイミングでベッドに入ったのかを思い出せない。

 それだけ昨日のジム戦が激しく、心身ともに疲労するものであったということだろう。

 

 感慨深くなりながらアイスバーグバッジをケースに戻し、八つバッジが揃ったケースを凝視する。

 

 初めてのジム戦だったハクダンジム。

 

 ヒトカゲがリザードに進化したミアレジム。

 

 キモリが勇気を取り戻したショウヨウジム。

 

 コルニとの本気のバトルを繰り広げたシャラジム。

 

 絆の証を身に着け、心機一転して挑んだヒヨクジム。

 

 メガシンカ使いとしての経験の差を見せつけられたクノエジム。

 

 意外な乱入者も活躍し、辛くも勝利したヒャッコクジム。

 

 そして、全員の力を合わせてバッジを勝ち取ったエイセツジム。

 

 このバッジケースの中には、ライトとポケモン達の旅の証と思い出が仕舞い込まれている。

 

(後は……)

 

 徐に振り返れば、外から差し込む朝日が明るくライトを照らしつける。

 落ちてはまた昇る太陽。今日もまたいつも通りに顔を見せているが、不思議といつもとは一味違った気分になれた。

 

(ポケモンリーグ……!)

 

 資格は得た。

 後は駆け上がるのみ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ほい! これがポケモンリーグ案内のパンフレット!」

「ありがと、コルニ。これどこにあったの?」

 

 朝食を終えた二人は、ポケモンセンターのエントランスでゆったりとしながら、ポケモン達と触れ合っていた。

 そんな中で、コルニはどこから持ってきたのか、カロス地方のポケモンリーグについての事が描書かれているパンフレットを手渡してくる。

 

「ポケモンセンターのカウンター辺りに置いてあった!」

「へ~」

 

 大会が近付いていることもあり、カウンターの分かりやすい場所に置いてあったようだ。

 夢にまで見たポケモンリーグ。その概要をあっさりとだけ書かれているパンフレットを開き、中に目を通してみる。

 

「参加資格として必要なのはカロスポケモンリーグ認定バッジが八つ……まあそうだと思うけど」

「予選が確か……人数にもよるけど、四、五次予選ぐらいまであった気がする」

「……つまり、予選で四回とか五回バトルするってこと?」

「うん。毎年大体出場者が三百人いかないくらいだから、回数的にはそのくらい。それで三十二人まで絞ってから、決勝トーナメントに移るって感じ!!」

「ほぉ」

 

 中々バトルする回数は多いらしい。

 勿論、それはライトの感覚であって、他のポケモンリーグでも予選は大体五次予選程度まである。

 一度でも負ければ決勝トーナメントからは落選となる為、リーグ戦のように後で巻き返しというのもできないと言う。

 

 敗者はすぐに去り、勝者だけが勝ち残る。

 

 それがポケモンリーグだ。

 

「……予選のバトル形式とか分かる?」

「予選? う~ん、確か……手持ち二体使用で入れ替え有りのシングルバトルだったと思うけど……」

「それじゃあ決勝トーナメントは?」

「決勝トーナメントは、途中まで三体使用の入れ替え有りのシングル! そんでもって、準決勝からは六体使用のフルバトル! 勿論、シングル……だったはず」

「そっかぁ」

 

 予選と準決勝以前はこれまでのジム戦に似たようなバトル形式であるらしいが、準決勝からはフルバトルだとコルニは言う。

 準決勝まで勝ち上った手練れのトレーナーが、手塩にかけたポケモン達を総動員してバトルするのだから、大会でも盛り上がり所であることは間違いないだろう。

 

 しかし、フルバトルは滅多に行うものではない。

 ライトも辛うじて数回体験している程度であり、フルバトルに慣れているといえば嘘になる。

 

「う~ん、でも今考えてても仕方がないか」

「え、なにが?」

「色々。とりあえず、エイセツシティを出たらミアレに行こうかな」

「ミアレ? よし、じゃあ早速出発進行ォー!」

(気が早いよ……)

 

 バッとソファから立ち上がってポケモンセンターから出ようとするコルニ。

 ライトは、気が早いコルニに対して引き攣った笑みを浮かべながら追いかけていく。

 目指すは、カロス地方の旅の出発点であり終着点であるミアレシティ。ポケモンリーグはミアレシティに存在する巨大なバトルスタジアムで執り行われるのだ。

 到着は早いに越した事は無い。

 そう考えて外に出た二人であったが、思わぬ光景を目の当たりにする。

 

「ん? ジュンサーさん達と……ウルップさんだ」

「何話してるのかな、ライト?」

「さあ……訊いてみよう!」

 

 ポケモンセンターの外で神妙な面持ちで会話しているジュンサーとウルップ。

 軽快な足取りで歩み寄っていくライトとコルニだが、二人が話しかけるよりも早くウルップが二人に気付き、『おう!』と声を掛けてきた。

 

「昨日振りだな! よく眠れたか?」

「はい、それはもう……それより、どうしたんですか? ジュンサーさんと話して……」

 

 チラリとジュンサーの方を見つめるライト。

 するとジュンサーは凛とした佇まいを崩さぬまま、真摯な表情でライト達に口を開いた。

 

「実は、20番道路で異変が起こっていて通行ができなくなっているんです」

「異変?」

「はい。街から真っ直ぐ進んでいたのに拘わらず、何時の間にやら街に逆戻り……といった具合にですね」

「え?」

 

 『まるで狐につままれたように』とジュンサーが最後に付けたすと、ウルップが一歩前へと歩み出す。

 

「お前さん、ゾロアークってポケモンを知ってるか?」

「ぞろあーく?」

 

 聞いたことも無いポケモンの名前。

 ライトもコルニも知らなかったのか、二人はきょとんとした顔でウルップが言い放った名前を反芻する。

 すると何を思ったのか、コルニが凄まじい勢いでライトの尻ポケットに手を突っ込んできた。

 

「にゃ!? 急になに!?」

「こういう時の図鑑でしょ!? ほら!」

 

 ピピピ。

 

「「ん?」」

『(UoU)。。。zzzZZZ』

「ほら、ロトムが急に起こされて『眠い』って顔文字で訴えてるよ!」

「ロトム、あったま良いー!」

「そうじゃないでしょ!」

 

 閑話休題。

 

『ゾロアーク。ばけぎつねポケモン。いっぺんに大勢の人を化かす力を持つ。幻の景色を見せて住処を守る』

「へぇ~。幻の景色……っていうことは?」

「あれだよ、なんかしらの原因でゾロアークが20番道路を幻覚で包んでるんだろうっていう話になってるんだよ」

「あらまぁ」

 

 まるで、どこぞの奥さんのような声を出したライト。

 しかし、道路全体を包み込むような強力な幻覚を見せていると聞けば、誰でもそういったリアクションをとってしまうものだろう。

 

「まあ、あれだよ。20番道路も道路って名ばかりの迷いの森だからな。わざわざ出向く奴も少ないから、それほど困るって訳でもないけどよ。でも、昔ゾロアークの幻覚の所為で迷子になった子供も居るって言うのも事実だ」

「それは……怖いですね」

「おう。だから、付近のジムリーダー……つまり、あれだよ。オレがなんとかするっていう感じだよ」

 

 あっけらかんとした様子で言い放つウルップ。

 その様子から、以前にも似たようなことがあったのだろう。見る限り、自分の父親よりも年上でありそうな見た目から、エイセツでの暮らしも長く、周辺の出来事に関しても深い理解があるだろうという勝手な想像だが。

 それは兎も角、『う~ん』と唸るライトは何か決心したような顔でウルップを見つめる。

 

「あのう、僕にも何か手伝えませんか?」

「おう? そりゃあ、お前さんは実力はあるとオレも分かっちゃいるが、流石にゾロアークの化かされた森ん中を進むのは危険だぞ? あ~、アレだよ。化かされないポケモン……そうだな、波動が使えるルカリオ辺りがいりゃあ話は別だ―――」

「はいはいはい! アタシ、ルカリオ連れてま~す!」

 

 食い気味に手を上げて名乗りだすコルニ。

 徐にボールを放り投げれば、彼女の相棒であるルカリオが軽やかな身のこなしで出てきた。

 が、寒かったのか、コルニの腰に抱き着いてブルブル震え始める。

 微笑ましい光景を見せてくれるルカリオだが、その実力も波動の力も本物。

 

「アタシのルカリオだったらきっちり波動も使えるし、幻覚なんかに騙されないよ!」

「おお、そりゃ心強いな! それだったらアレだ。お前さん達は20番道路の入り口辺りで、ゾロアークを探してくれ。普通に迷いそうなくらい込み入った森だからな。オレは……あれだよ、心当たりがある方に向かってみる」

「分かりました!」

「よっし、それじゃあ……あれだよ。二時間くらいたったら、とりあえず進展なくてもポケモンセンターの前に集合ってことにしとくか」

「はい!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 20番道路―――通称『迷いの森』。

 道路とは名ばかりの入り組んだ森。陽の光も届かない程に鬱蒼と葉が生い茂った森は、ポケモン達にとっては人間と余り触れる機会もなく、自由気ままに暮らせる場所といったところか。

 勿論、それなりの生存競争は行われているものの、とある理由により余り大事になるような戦いはしない場所でもある。

 しかし、それを差し引いても自然が多く、ポケモン達が好んで食べる木の実も、喉を潤す為の川や湖も多い。

 

 そのような森の中を歩く女が二人。

 

 一人はオレンジ色の髪で、ニーソックスを着用する女。

 そしてもう一人は青色の髪で、スカートの下にTスパッツを着用する女だ。

 どちらも怪しげなゴーグルを目に当て、横に各々の手持ちであろうポケモンを連れて歩いている。

 

「アハハ! モミちゃん、本当ゾロアークの幻覚ってウザくない?」

「あたしはどうと思わないけれど、任務に支障が出るのは考え物だわ。あとアケビ。その『モミちゃん』っていうの止めてくれない?」

「ええ~? いいじゃん! 『モミジ』呼びより『モミちゃん』呼びの方が可愛らしくてさ!」

「そういうのはコレアとバラだけで充分よ、まったく……」

 

 陽気に笑う『アケビ』という女に対し、『モミジ』という女は呆れたように溜め息を吐きながら、右手に持っている計器を確認する。

 ホロキャスターのようにも見える計器だが、周辺の地形が事細かに映し出されていることから市販されているものよりも高性能であることは間違いないと、傍から見ても分かるものであった。

 その計器の画面には、チカチカと点滅する点が一つ映し出されている。

 

「折角遠出してくれてまでカロスに来てくれたラティアス……捕獲しない訳にはいかないでしょ」

「あれでしょ? ()()()なんでしょ? しかもメガストーン持ちの。超激レアじゃない?」

「だからこそこうしてあたし達が動いてるの。下っ端を大勢動かして、変に周辺地域の住民に勘繰られない為に、ね?」

「アハハ、でももう足パンパン! こんなに面倒臭くしてるゾロアーク見つけたら、ズタボロにしなきゃ気が済まないかも!」

「一度目の戦闘でラティアスの体力を減らす事には成功したけど、その所為で住処を荒らされたと勘違いしたゾロアークが幻覚で20番道路全体を化かして……イレギュラーね」

 

 現在、この20番道路全体を包み込むゾロアークの幻覚。その元凶となったのは、彼女達のポケモンと野生のラティアスの激しい戦闘だ。

 余りにも激しい戦闘は、野生のゾロアークに自分の住処が荒らされているのではないかという恐怖心を煽り、結果として現在のような迷宮のような森とへと変えてしまった。

 

「幸い向こうがメガストーンを持っていてくれているから、こうして計器を辿って追いかけることはできる。不幸中の幸いってことね」

「でも、逃がさない為にわざわざクセロシキのクロバットを借りてきたのに逃げられるってどういうこと!? アハハ!」

 

 笑ってはいるものの、ゴーグルの奥の瞳は笑っていない。

 長年の付き合いで分かる。アケビは今、憤怒しているということだ。

 

「仕方ないでしょ。幾らクロバットの“くろいまなざし”を使っても、ラティアスの技でクロバットが倒されちゃ“くろいまなざし”が解除されちゃうんだから」

「なっさけないポケモン! 多勢に無勢って感じでリンチにしたのに、自分だけやられちゃうなんて! あたしのポケモンだったらキツ~イお仕置きしたげるところだったわ!」

「まあ、体力を減らした上で【まひ】にしたんだから、そう遠くには行けないわよ。―――ほら……」

 

 モミジがスッと計器の画面をアケビに見せつけるように差し出す。

 そこには、すぐ近くにメガストーンの反応があることを示す点がチカチカと点滅していた。

 すると先程まで大声を上げ続けていたアケビが口角を吊り上げ、目の前に佇んでいる巨木に目を移す。

 それはモミジも同じで、途端に無言になった二人が指でサインを出し合い、互いのポケモンを散開させるように巨木の方へ仕向ける。

 そして―――。

 

「グラエナ、“かみくだく”! クリムガン、“げきりん”!」

「ヘルガー、“あくのはどう”! マニューラ、“こおりのつぶて”!」

 

 四方向から仕掛ける攻撃。

 それらは巨木にぶち当たり、呆気なく巨木の幹を砕いた。ミシミシと軋むような音を立てて倒れていく巨木は、辺りの木々を巻き込みながら倒れていく。

 その瞬間、巨木の陰から一つの影が凄まじい速度で飛び出してくる。

 

「逃がさない! ヘルガー、“おいうち”!」

「グルァ!!」

「クァ!!?」

 

 風を切る速度で二人の間を駆け抜けようとした影―――ラティアスであったが、その喉元にヘルガーの牙が襲いかかる。

 獲物の仕留めるようにラティアスの喉元に噛み付いたヘルガーは、既に傷だらけのラティアスを地面に叩き付けた。

 勢いよく地面に叩き付けられたラティアスは涙目のまま、最後の力を振り絞って逃げようと試みる。

 だが、その体に追い打ちをかけるよう、“さめはだ”であるクリムガンが踏みつけて動きを止めた。

 

 何とかじたばたして抜け出そうとするラティアスであったが、今度は喉元を無骨な手が襲いかかる。

 胴も首も押さえつけられたラティアスは、最早逃げ出すことなどはできない。

 

「アハハ! どうする、モミちゃん!?」

「捕獲でしょ。ボールはアケビに渡してるわよ」

「はいは~い♪ まずは手始めクイックボール……って行きたいけど、念には念をってね。モミちゃん、マニューラに“みねうち”指示してぎりぎりまで体力削っちゃおうよ! その後タイマーボール使ってさ!」

「……まあ、それでもいいわ。じゃあ、マニューラ。“みね―――」

「あ、タンマ!」

「……今度は何よ、もう?」

 

 ふぅっと溜め息を吐くモミジ。

 その横をスッと通り過ぎるアケビは、ラティアスの翼に撒かれている黒いバンダナを手に取った。

 

「こんな襤褸切れがモミちゃんのマニューラの爪に引っかかっちゃったらいけないもんね! 捨てちゃお!」

「!? クゥァア! クゥ!!」

「あ~、もうなに!? うるさい! はい、モミちゃん! ゴー!」

「はいはい。マニューラ、“みねうち”」

 

 次の瞬間からマニューラの鋭い鉤爪がラティアスの体に襲いかかる。

 既に満身創痍の体に次々と命中する“みねうち”。幾ら、相手を戦闘不能寸前に手加減することができる技といえど、攻撃技である以上喰らう側には痛みが伴う。

 頭に手を乗せて必死の抵抗を見せるラティアスだが、焼け石に水。

 

「クァ!! クァァァアアア!!」

「助けなんて呼んだって無駄無駄~!」

「クァァァアア!!!」

「アハハ! そろそろボールで……ん?」

 

 ふと、近くで茂みが揺れた。

 その音に手を止めるマニューラ。そして、目を向けるアケビとモミジたち。

 すると、揺れた茂みの奥から二つ程人影が現れた。

 

「なに、子供?」

「……見られちゃったかしら?」

 

 現れたのは帽子を被る少年と、金髪をポニーテールにまとめている少女。二人の前にはルカリオが立っており、アケビたちを威嚇するように低いうなり声を上げている。

 だが、そんなルカリオを腕で制止して前に歩み出してくる少年。

 よく見れば、少年が握っている右拳は震えている。

 

「貴方達は……いや、お前たちは……っ」

 

 少年は、徐にボールに手を掛け、一体のポケモンを繰り出す。

 

 リザードン。

 

 そのリザードンは心なしか、少年と同じように拳が震えているように見えた。

 

 そして、だんだんと尻尾の先に点る炎が赤から青へと―――。

 

 

 

 

 

「なにをしてるんだぁぁぁあああっ!!!!!」

「グォォォォォオオオオオオオオオッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

―――助けにきてくれた

 

 

 

 

 

「リザードン、メガシンカッ!!!!!」

「キシャアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 

 

 

 

―――あの時助けてくれたリザードンだ

 

 

 

 

 

 メガシンカしたリザードン―――メガリザードンXの咆哮は、森全体を揺らす。

 その尾に怒りの炎を灯して。

 



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第九十四話 話せば分かる。話さないで分かる訳がない

 

 話は十分前に戻る。

 

 20番道路の入り口辺りで、道路全体を包み込む幻覚を作りだしている主であるゾロアークを捜索するライト達は、鬱蒼と木の葉が生い茂る森の中を当てもなく歩き続けていた。

 ルカリオの波動を頼りに探しているものの、もしゾロアークが奥の方に居るのであれば、それだけ入口から離れてしまう。

 出来るだけ迷うリスクを減らしたいと考えている二人は、はぐれないよう一定の距離を保ちながら、歩んでいくが―――。

 

「あっ……オーロットだ。どうしたんだろう?」

 

 ふと横に目を向けたライトが、群れのオーロットを目撃した。

 ろうぼくポケモンであるオーロットは、根っこを神経のようにして森を操るというポケモンであるが、あれほど焦って一体何から逃げ出そうとしているのか。

 う~んと唸って考えるライトだが、すぐに答えが出る筈もなく、バッと前に視線を戻す。

 

「わっ!?」

「……」

 

 先程まで無かった木に驚くライト。

 顔のすぐ近くまで近づいていた木を避けるようにして、少し前を進むコルニ達を追おうとするライトであったが、木の後ろ側に回ってようやく気が付いた。

 

「あっ、ウソッキーか」

「……ウソッ」

「……ごめん、気にしなくていいよ」

 

 呆気なく正体を見破られてしまったウソッキーは、哀しそうな泣き声を上げる。

 思わず申し訳なくなってしまったライトは、一言謝罪を入れてからコルニ達の下へとたどり着いた。

 ライトが追いついたとき、ルカリオは掌をあちこちに翳して何かを探っているようであったが、

 

「……バウッ?」

「ルカリオ、どうかしたの?」

 

 何かに気が付いたルカリオが、バッと顔を上げて鬱蒼と草が生い茂った森の中を軽快な動きで突き進んでいく。

 そんなルカリオを目の当たりにし、思わず見合ってしまったライトとコルニは、同時にルカリオの後を追うべく駆け出す。

 

 暫く歩いていると、遠くの方から大きな音が響いてきた。

 大木が倒れたように重く、鈍い音だ。振動も響いてきた為、音が鳴った場所では相当の衝撃があったのだろう。

 

「これって……ポケモンがバトルしてるのかな?」

「どうだろ? ルカリオ! なにがあるって言うの!?」

「クァンヌ!」

 

 主人の問いかけに対し、切羽詰った表情で無我夢中に前へ突き進んでいくルカリオ。

 余程、焦るような事態に陥っていると言う事は、主人であるコルニのみならずライトでさえも分かる。

 

(―――声? ポケモンの……)

 

 ガサガサと草を掻き分けて進む音で聞こえていなかったが、どうやら前方ではポケモンが鳴き声を上げているようであった。

 誰かに助けを求めるような悲痛な声。聞いているだけで胸が締め付けられるような、甲高い鳴き声だ。

 しかしその鳴き声をどこかで聞いたことがあるように感じたライト。

 今までに会ったことのあるポケモンなのか。

 

「……ッ! バウッ!」

「ルカリオ!? ここ……ッ!」

「……はっ?」

 

 徐にルカリオが立ち止まった場所。

 その先に広がる光景に、思わずライトとコルニは絶句してしまった。

 

 二人のポケモントレーナーと思しき女性。そのどちらも森の中で見るには、目が痛くなってしまいそうなほど赤い服を身に纏っており、普段の生活では絶対に見かけないようなゴーグルまで着用している。

 それだけであれば、ここまで絶句などはしないだろう。

 

 問題はここからだ。

 

 彼女達の手持ちであろう四体のポケモン。その内の一体、マニューラが執拗にとあるポケモンに攻撃を繰り出していた。

 しかも、そのとあるポケモンは既にボロボロであるにも拘わらず、クリムガンによって押さえつけられて真面に抵抗できないという状態だ。

 

 捕獲であるとしても、余りに行き過ぎた攻撃であることには間違いない。

 しかもそれを見ている女の一人は、楽しそうにニヤニヤと笑っていた。

 

(なにしてるんだ……この人達は……?)

 

 今迄見たことのない悲惨な光景に、ライトの胸の内でとある感情が沸々と湧き上がってくる。

 すると、ライトのポケモンが入っているボールの一つが、激しく揺れ始めた。

 

 途端に頭の中がクリアになり、自分で自分が何を考えているのかすら分からなくなる。

 何かを叫んだが、その内容もおぼろげだ。

 気付いた時にはリザードンを繰り出し、メガリングに嵌められているキーストーンを触れ、リザードンをメガシンカさせていた。

 

 そのように夢現な中でも、はっきりとしていた考えは一つだけある。

 

―――ラティアスを助けなきゃ

 

 

 

 ***

 

 

 

「げっ……メガシンカ使い……! どうする、モミちゃん?」

「……完全にイレギュラーだけど、ここは逆転の発想でいきましょ。あの坊やとポケモンが持ってるキーストーンとメガストーン……奪っちゃいましょうよ」

「どうやって?」

「決まってるでしょ―――……実力行使よ! ヘルガー、“あくのはどう”!!」

「そうこなくっちゃ! アハハッ!! クリムガン、“げきりん”!!」

 

 リザードン一体に対し、ヘルガーとクリムガンの二体で襲いかかるよう指示するアケビとモミジ。

 接近戦を仕掛けてくるクリムガンに対し、リザードンは瞬時に“ドラゴンクロー”を展開して、クリムガンの“げきりん”を受け止めた。

 

 そこへヘルガーの“あくのはどう”が襲いかかろうとするが、リザードンの後方から飛来してきた光弾によって阻まれ、相殺されながら爆発を起こす。

 リザードンを援護した光弾―――“はどうだん”を放ったのは勿論ルカリオだ。

 怒髪天を衝く様子のルカリオ。そしてコルニ。

 

「……アンタ達が何してるのか理解し兼ねるけど、ソレ……人として恥に思いなよね!!」

「アハハ! 子供にそんな事言われたってね! ほら、グラエナ! アンタも加勢!」

「邪魔な坊やとお嬢ちゃん達には、即刻退場をお願いしたいわね。アレを倒したらご褒美上げる! マニューラ、“れいとうパンチ”!」

「ッ……四対二だなんて!」

 

 ライト側がリザードンとルカリオの二体であるにも拘わらず、更にグラエナとマニューラを嗾けて四体で襲いかからせようとする二人。

 フェアプレー精神の欠片も感じさせない所業に、顔が歪むコルニ。

 何とか数を揃えようと他のポケモン達が入っているボールに手を掛けるコルニであったが、間に合わないことは直感で理解できた。

 リザードンはクリムガンと。ルカリオはヘルガーの対処で動けない。

 

 このままでは攻撃を受ける。

 

 そう思った時であった。

 

「バウァ!!?」

「マニュァ!!?」

「ッ……何!?」

「上から……!?」

 

 突如、グラエナとマニューラの上から落ちてきた緑と赤の影。

 緑の影はグラエナに橙色の巨大な光弾をゼロ距離でブチ当て、赤い影は鋭利な鋏を拳のように振るってマニューラをなぐりつけた。

 完全に不意を突いた上で命中した強力な攻撃。

 それらを繰り出したのはポケモンの正体は、土煙の中から颯爽と出現してきた。

 

「ジュカインと……ハッサム!?」

「バカな! 20番道路に生息なんかしていない筈……はっ、まさか!!」

 

 現れた二体のポケモンを前に、何かに気が付いたようにライトへ視線を送るモミジ。

 するとライトは、帽子のつばの陰に隠れている瞳で睨みつけながら、ドスの効いた声で語り始める。

 

「……昔、姉さんから話を聞いた。洞窟や森は悪い人に会うから、何かあった時の為に、できるだけ手持ちは外に出しておいた方がいいって」

「ッ……!」

「お前たちがその『悪い人』だ。早くラティアスから退いて下さい」

「……くっ! 任務を遂行―――」

「“バレットパンチ”」

 

 刹那、タイマーボールを取り出したアケビにハッサムが肉迫する。

 半ば突進するような形でアケビに襲いかかったハッサムは、ボールを取り出した腕を鋏で掴み、もう片方の鋏でアケビの顔を挟み込む。

 所謂アイアンクローでアケビを拘束したハッサムは、次第に顔の方を挟む鋏の力を強めていく。

 

「えっ、ちょ……止めてよ! これ! モミちゃん!!」

「止めるったって……ポ、ポケモンが……!」

「ポケモンが何!?」

「もう……倒されて……くっ!! なんてイレギュラーなの!!」

「はぁ!? ホント使えない奴―――……ヒィ!!?」

 

 次の瞬間、悲鳴のように軋む音を奏でていたアケビのゴーグルが砕け散る。

 それと同時にアケビの素顔が晒されるが、生憎ハッサムの鋏の陰となってみる事は叶わない。

 すると今度は、鋏の鋭い部分がジャキンと音を立てて、アケビの蟀谷に刃を立てるではないか。

 このままサクッと行けば―――そう考えるだけで、アケビの顔はモミジの髪の色のように蒼く染まっていく。

 

「あ、あぁ、あの……」

「ここ、迷いの森って言われてますよね」

「は、ひ?」

「人の一人や二人、行方不明になってもおかしくはないと思いませんか?」

「―――ッ!?」

 

 この子供、今とんでもない事を言わなかったか?

 

 そう考えるアケビやモミジと同じように、コルニも信じられないといった顔でライトの顔を窺おうとする。

 しかし、余りに恐ろし過ぎる為、顔を直視することなど出来る筈も無い。

 

 すると、横にリザードンを連れたライトがスタスタと軽い足取りで、ハッサムに拘束されているアケビの眼前まで歩み寄る。

 

「……尻尾を巻いて逃げるか、行方不明になるか。どっちがいいですか?」

「は……あの……」

「キシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「はいはい逃げます!! ここでドロンしま~す!! モミちゃん、命あっての物種!! さ、行こ!!」

 

 最後のリザードンの咆哮が効いたのか、捲し立てる様に敗走宣言するアケビは、何時の間にやられたポケモン達をボールに戻し、どこへとも知らぬ場所へ走っていく。

 その背中を追うモミジは、『あなた達、イレギュラーね!』と捨て台詞を吐いて、同じように森の奥の方へと消えて行った。

 

「……ん?」

 

 突然、ライトが体をビクッと跳ねさせて辺りをキョロキョロと見渡し始める。

 その途中で怯えた様子のコルニと目が合い、ライトはこのような発言を口にした。

 

「僕、何か言ってた?」

「へ?」

「なんか……ちょっとの間の記憶がないんだけど……」

「し、知らなくていい!! すっ、そ、それよりも!!」

「あ、ラティアス!」

 

 慌てふためくコルニの様子にどこか納得いかない表情を浮かべるライトであったが、それよりも優先すべき事項を前に、動きが俊敏になった。

 傷だらけのラティアス。

 瀕死寸前のラティアスに近付けば、こちらに怯えるように体を竦めるラティアス。だが、ライトの後ろに佇んでいるリザードンと目を合わせ、逃げようなどという様子は見せようとしない。

 

「よ~し、イイ子イイ子……こんなこともあろうかと、傷薬は一杯あるからね。傷薬が嫌だったら、木の実もたくさんあるから!」

「クゥ?」

「大丈夫。僕はキミをいじめたりなんかしないから」

「クゥ……」

 

 優しく頬を撫でながら、傷の部分に傷薬を吹き付けるライト。

 染みるのか、ラティアスの目尻には涙が浮かぶものの、ジッと我慢してライトの治療を受け続ける。

 その間ラティアスは、既にメガシンカが解けて元の橙色の皮膚の姿へと戻ったリザードンの足をギューっと掴んでいた。

 困ったような顔を浮かべるリザードン。しかし、特に振り払う様子もなく、寧ろ心配そうに涙を浮かべるラティアスを見守り続ける。

 

「……ふぅ。傷薬でどうにかなるのはこのくらいかな? 後はポケモンセンターに連れてってあげたいんだけど……」

「クゥ?」

 

 スチャ。

 

「クゥ!?」

 

 ライトが空のボールを取り出してみると、途端に怯え竦むラティアス。

 どうやら、先程の二名の所為で『ボールを掲げる=ヒドイことをされる』という図式が頭の中で出来上がってしまったのだろう。

 その様子に溜め息を吐いたライトは、仕方なしと言わんばかりの表情でラティアスを背負い始める。

 

「ちょ、ライト!? なにしてるの!?」

「なにって……おんぶ」

「おんぶは分かるけど!」

「だって……出来ればボールに入れて連れてった方が早いし楽だけど、怖がってる物に入れるのもねぇ」

「それは確かにそうだけど……」

「クゥ?」

 

 二人の会話を聞くも理解し切れていないラティアスは、クリンとした瞳を輝かせながら首を傾げる。

 

「あと、ラティアスって結構軽いよ?」

「え? そうなの?」

「うん。そうだねぇ……コルニくらい?」

「アタシくらいって、そんなアバウトな感じで……」

 

 徐にポケモン図鑑を取り出すライト。

 調べるのは勿論、

 

「え~っと、ラティアスの体重は四十キ―――」

「言わないでいい!!」

 

 その日、森に一際響く渇いた音が鳴るのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日。

 昨日よりも更に冷え込む中、ポケモンセンターの中に在るポケモン専用の病室に、一体のポケモンが収容されていた。

 白いシーツの上で横たわる彼女は、体の至る所に包帯を巻いていたり絆創膏を貼っていたりと痛々しい姿を見せている。

 しかし、

 

「クゥ♪ クゥ~♪」

 

 意外に元気であった。

 ライトが差し入れにと持ってきたポロックを頬一杯に詰め込んでいる姿は、育ち盛りの子供のように見えてしまう。

 そんな微笑ましい光景を、ライトとウルップはガラス越しに眺めていた。

 昨日遭遇した怪しい二人組の事はすでに伝えたが、20番道路を幻覚で包み込んでいた原因と、今の所因果関係が認められない為、警察が動くかどうかは分からないとのことらしい。

 しかし、既に幻覚は晴れ、20番道路は普段通りに戻っている。

 

 それが逃げ去って行った女達に関係するかどうかは、ライト達にとっては今では知る由もないことだ。

 

「それは兎も角よ……アレだよ、お前さんはどうするんだ?」

「? なにがですか?」

「あのポケモン……ラティアスとか言ったか? 野生に帰すのか、そのまま引き取るのか……ってことだ」

「……少し考えさせてください」

「そうか。まあ、退院まで時間があるだろうし、たっぷり考えればいいだろう」

 

 そう言ってウルップはポンとライトの肩を叩いて、通路を去って行った。

 逞しい背中を見送った後は、再びガラス越しにラティアスに目を向ける。どうやら、ポロックでお腹が一杯になったのか、幸せそうな顔で眠りに入ろうとしていた。

 涎を口の端から垂らし、モゾモゾと腕を動かす仕草は非常に愛らしく、思わずクスりと笑ってしまうライト。

 

―――アルトマーレのラティオスやラティアス達と会せたら、どのような反応をするだろうか。

 

―――あれだけひどい目に遭わされて、彼女は人間が怖くないのだろうか

 

―――どんな性格で、どんな事が好きで、どんな食べ物が好きなのだろうか。

 

 考えれば考える程、知りたいことが増えてくる。

 しかし、病室の前でジッと待っていて何かが進展する訳でもない。ライトは胸の中のわだかまりを吐き出すように溜め息をして、『自分もまた』と言わんばかりにエントランスへ向かう。

 

(確か、あのラティアスって……)

 

 随分前に見たことのある写真を思いだすライト。

 その写真を見せてくれた女性は、レンリタウンの病院からそろそろ退院しているころだろう。

 ライトはこのような事を考えた時、頭の中に浮かんだ一つの選択肢にキュッと胸が絞まるような気持ちになった。

 

(……国際警察の電話番号ってなんだろう)

 

 ジョーイやジュンサー辺りに訊けば教えてもらえるだろう。

 しかし、今はそのような気分になれない。気分転換に表に出て深呼吸でもしようと、外へ足を運ぶ。

 今頃、ポケモンセンターに隣接するように存在するバトルコートでは、ライトの手持ち達とコルニの手持ち達がバトルしている筈。

 

 自動ドアを潜れば激しいバトルの音が響いてくる。

 

「……くしょん!」

 

 冷え込みが激しい所為か、自然とくしゃみが出る。

 『あ゛ぁ~』と中年男性のような声を出してから鼻水を啜ったライトは、今頃どうなっているのだろうかとバトルコートへ進んだ。

 すると、バトルコートの中央辺りに立っているコルニが、一匹のクマのようなポケモンに抱き着いているのが見えた。

 体毛の柄でヤンチャムが進化したのだろうと予測をつけながら、ライトは図鑑を開く。

 

『ゴロンダ。こわもてポケモン。気性が荒く喧嘩っ早いが、弱い者いじめは許さない。葉っぱで敵の動きを読む』

「……ゴロンダが転んだ。なんちゃって、ははっ」

 

 

 

 ビュ~……。

 

 

 

「……くしゅん!」

 

 柄にもなく駄洒落を言えば、一際強い風が吹きすさぶ。

 寒くなったところで、ヤンチャムが進化したことに伴う小休憩に入っている皆の下へ向かう。

 すると、ミロカロスがライトに気付き、凄まじい速度で近寄ってくるではないか。

 六メートルを超える巨体の地上での全力疾走。迫力は満点だ。

 

「ミ~~~!」

「わっぶ!?」

「ミ~♪」

 

 圧し掛かるようにしてライトに寄り添うミロカロスは、満面の笑みを浮かべながら冷たく冷えた少年の頬をぺろぺろと舐め始める。

 控え目で、今迄甘えられなかった分を取り戻すかのように、ここ最近スキンシップが激しいミロカロス。

 流石にこれ以上強烈だと、何時か骨折でもするのではないかと心配になってくるライトは、舐められている頬を引き攣らせた。

 

「まあ、でもさ……」

「ミ?」

「ちゃんと訊けば、分かることだもんね」

「? ……ミ~♡」

「はははっ、くすぐったいよ!」

 

 首を傾げていたミロカロスだが、とうとう理解しないまま頬舐めを再開する。

 絶え間なく頬の上で動く生温かい舌に、ライトは耐え切れず笑い声を上げてしまう。すると、楽しげな雰囲気を察知したブラッキーが電光石火の如く速さで近寄り、地面に寝そべっているライトの胸元へダイブしてきた。

 二体分の重み(その九割はミロカロス)を胸に受け止めるライトは、流石に苦しくなってきたのか顔を真っ赤に染め上げていく。

 

 

 

 その数十秒後、ライトがダウンしたのは言うまでもないだろう。

 



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第九十五話 ひとりぼっちじゃない

 

 エイセツシティのとある広場。

 そこでは二人の子供と彼等の手持ち達が、楽しげに雪だるまを作っていた。昨日に引き続きかなり気温が低く、外を歩くには厳しいものとなっているが、お構いなしに雪だるま作りに精を出す子供とポケモン達。

 

「ふんふ~ん♪」

 

 上機嫌に押し固めた雪の形を丁寧に整えていくコルニ。

 比較的力持ちなポケモン達が多い為、それなりに大きな雪だるまを作ろうとしていた彼女達の作品とは、

 

「できた! カビゴン!」

 

 丸いフォルムに気の抜けた顔のカビゴン。

 主観的に見てもそれなりにいい出来の雪だるまだと感じたコルニは満足げな顔を浮かべる。そのまま隣の雪だるまを作っているライトを見遣ったコルニ。

 自分達とは違って、手を扱えるポケモンが少ない彼等は一体何を作っているのだろう。

 デキの良い作品を仕上げた後の高揚を胸に秘めたまま、彼女が目にしたのは、地面にべったりと広がる雪の塊。

 

「……ベトベトン?」

「メタモン」

「……うそ」

「信じられない顔で僕を見ないでよ! これでも真剣にやってるんだからさ!」

 

 一見ベトベトンやベトベターのように見える雪の塊の正体は、メタモンを模して形作っているものだったらしい。

 しかし、どうにもメタモンにしては横に平らな気がしてならない。

 引き攣った笑みを浮かべるコルニに、ライトは寒さ以外の理由で顔を赤くしながら雪だるま作りを進めていく。

 

 比較的造形が簡単なポケモンを選んでいたにも拘わらずコレだ。

 

 恐らくそういった類の事が苦手なのだろう。

 コルニはそのような事を考えながら、カビゴンに続く別の作品に取り掛かろうと振り返る。

 

「クゥ?」

「きゃあ!?」

「どうしたの、コルニ―――……って、ラティアス!? どうしてここに!?」

 

 コルニの眼前に居たポケモン。そのポケモンとは、一昨日からポケモンセンターの病室に収容されている筈のラティアスであった。

 可愛らしい鳴き声を上げながらフヨフヨと漂う体は、この雪だらけの銀世界では非常に目立つ。

 普通の個体とは違う体色―――所謂色違いである個体である彼女は、悪質なポケモントレーナーに襲われて傷だらけであったが、どうやら傷は既に治っているようだ。

 

 あれだけの事をされていても、ここまで人間に近寄ってくるとは、どこまで人懐っこい性格なのだろうか。

 

「もう……どうして病室を抜け出して来たのさ?」

「クゥ~」

「え? なに?」

「クゥ!」

「ちょ、ポロックケース!」

 

 呆れた顔で歩み寄ってくるライトに対し、【エスパー】タイプらしく“サイコキネシス”を繰り出すラティアス。

 勿論攻撃の為ではないが、ラティアスは器用に“サイコキネシス”でライトのバッグの中にしまわれていたポロックケースを取り出した。

 

 そこには、ライトが手持ち達の為に作りおいているポロックケースが入っているのだが―――。

 

「クゥ~♪」

「あっ、コラ!」

 

 自分の手元に手繰り寄せたポロックケースの蓋を開けたラティアスは、ポロックが出てくる部分に直接口を付けてシャカシャカと振り、中のポロックを口に入れ始める。

 ラムネ感覚で食べているようだが、そのようなペースで食べ進めれば直ぐに底を着く。

 しこたまポロックを口に入れ込んだラティアスは、頬を餅のように膨らませながら咀嚼をしてからゴクンと呑み込んだ。

 ライトが『今日の分のポロックが……』や、その後ろでブラッキーやミロカロスがショックを受けた顔を浮かべているがお構いなし。

 余程ポロックを気に入ったらしく、まだポロックがないのかとライトの服の肩辺りを摘んでクイクイと引っ張る。

 

「ダ~メ! そんなに食べたら栄養が偏るから!」

「クゥ~!」

「怒ってもダ~メっ」

 

 ポロックをこれ以上食べさせないと謳うライトに、腕をじたばたさせて抗議するラティアス。

 しかし、いくら原料が木の実であると言えどお菓子。

 食べ過ぎれば糖分過多で体に悪い影響が出るのは目に見えていた為、ライトは一歩も退く事は無い。

 

 そんなライト達の向こう側に居るコルニは、雪の中で眠りに落ちそうになっているヘラクロスを起こそうとしたり、雪玉を食べようとしているゴロンダを止めたりと、非常に忙しなく動いていた。

 

「グオ」

「クゥ?」

 

 ライトの頬を摘んで引っ張っていたラティアスであったが、横からリザードンが歩み寄り、何かをラティアスに差し出してくる。

 白いコップの中で揺らめく深い琥珀色の液体。

 何やら心安らぐような香りを発する液体に目を輝かせたラティアスは、どんな物であるのかを味見しようともせず、一気に口の中へと流し込む。

 

「……クゥ」

「グォ?」

 

 苦々しい顔を浮かべるラティアスは、静かにコーヒーが入っていたカップをリザードンに返す。

 幸い苦いのはそこまで苦手ではなかったラティアス。

 寧ろ木の実などは苦い方が好みであるが、流石にブラックコーヒーは速過ぎたのだろう。

 

 ポロックはない。代わりにと渡されたコーヒーも好みではない。

 まだお腹が空いているラティアスは、美味しい物を持っていそうなライトの肩を掴み、前後にゆすり始める。

 

「うぅ~、わ、わかったよぉ!」

「クゥ?」

「今から作ってあげるから、少し待ってて」

「クゥ~♪」

 

 このままでは埒が明かないと察したライトは、本当に少しだけポロックを作ろうとポロックキットをバッグから取り出す。

 そして適当な木の実をキットのミキサーの中へと放り込み、ポロックを作り始めた。

 『ガガガッ』と木の実を削る音が軽快に鳴り響き、その音に合わせてラティアスは右へ左へとフヨフヨと漂う。

 

 翼は持っているものの、リザードンのように羽ばたいて飛ぶのではなく、エスパー的な能力で浮かんでいるラティアス。

 アルトマーレでも見たことはあるが、矢張り翼がある以上羽ばたいていないと不思議な気分になってしまう。

 

(まあ、それはいいんだけど……)

 

 ポロックが出来上がるまでの間、ポケギアで現在の時刻を確認する。

 

(そろそろだと思うんだけどなぁ)

 

 時刻を確認したライトは徐に空を見上げる。

 もしかすると陸路で来るかもしれないが、わざわざこのように広場を指定したのだから空を飛んでやってくるかもしれない。

 そのような想像を抱きながら見上げたライトであったが、どうやら当たっていたのは後者であった。

 

 遠くの方からこちらへと向けて近付いてくる影。

 次第に大きくなる影はボーマンダだ。凶暴な性格が多い【ドラゴン】タイプ―――その最終進化形を従えてやって来た人物は、雪が降り積もっている広場の中央へ降り立った。

 

「お疲れ様です、ボーマンダ」

 

 ボーマンダの着地の際に巻き上がった雪を背景に、こちらを見つめてくる薄紫色の髪の女性。

 早々何度も会えるような人物でもないが、こうして短期間で何度も会う事を思ったら、得も言えぬような笑みを浮かべるしかない。

 

「えっと……この前振りですね」

「こちらこそ。以前のことは本当にお世話になりました……それと昨日のタレこみは―――」

 

 国際警察の一員・リラ。

 レンリタウン以来見る事は無いだろうと考えていた人物だが、どうにも人生というのは奇妙な縁で繋がっていたりするらしい。

 昨日の内に国際警察に色違いのラティアスの事をタレこんだライト。

 国際警察が―――もとい、リラが色違いのラティアスの事を捜索しているのは、写真を見せてもらって以降知り得ていた事である為、こうして保護した以上伝えておいた方が良いのでは、と考えたのだ。

 

 ポロックキットの前で、いつポロックができるのかとウキウキした様子で待機しているラティアスを見たリラは、にこやかに微笑んだ後にライトを見つめる。

 

「ライト君が捕獲を?」

「いえ。僕はポケモンセンターに連れて行っただけで、捕獲は……」

「そうですか。では現段階ではまだ保護しているだけと」

「はい。それで話があるんですけど……コルニ! ちょっと席外していいかな!?」

「うん? 別にいいけど……」

 

 なるべく此方に関わらない方が良いと気を遣っていてくれたコルニに一声かけ、近くのベンチの方へと歩んでいくライトとリラ。

 昨晩まで雪が降り積もっていただろうが、燦々と降り注ぐ太陽の熱で一応乾いていたソレに腰掛ける二人。

 年端もいかない少年と、黒いスーツを身に纏う美女。傍から見ればどのような状況なのか見当もつかない組み合わせだが、ライトは神妙な面持ちでリラの方へと顔を向けた。

 

「あ、あのっ! ラティアスは僕が引き取っても―――」

「構いませんよ」

「大丈……へ?」

「ライト君が手持ちに加えたいのであれば……加えたのであれば、上にはそう報告するだけですので」

 

 あっけらかんとしたリラの応答に、拍子抜けしたような顔を浮かべるライト。

 てっきり、『ラティアスは国際警察が保護する』と一蹴されるだけの願い出だと考えていたが、杞憂だったらしい。

 しかし、余りにも呆気なさ過ぎた為、ライトは少し混乱し始める。

 それを見かねたリラは、ポロックキットを凝視し続けるラティアスに目を向けながら語り始めた。

 

「あの子はまだ野生のポケモンですので、善意ある人物の……そして優秀な力を持つトレーナーの庇護の下に入るのであれば、私達国際警察はあれこれと言うつもりはありません」

「ゆ、優秀な力を持つトレーナーって……その、僕なんかで大丈夫なんですか?」

「ええ、勿論!」

 

 『優秀な力を持つトレーナー』の定義とは一体なにか。

 ジムリーダーや四天王のようなポケモントレーナーを想像したが、そのようなライトの考えを否定するかのように、晴々とした笑みを浮かべるリラ。

 

「私達にとって大事なのは、優秀な力というよりも善意であるかどうかです。例え優秀な力を持っていたとしても、悪意ある人間に渡してしまえば、渡ってしまったポケモンは悪意に染まってしまう……それだけは絶対に阻止しなくてはなりません」

「でも、だからこそ奪われないようにジムリーダーみたいな強いトレーナーに―――!」

「謙遜するんですね。でも分かりますよ。初めて会った時と、今のライト君が纏う雰囲気は違う、と」

「えっ……?」

「ライト君の実力は、ライト君がよく一番理解しているんじゃないんですか?」

 

 真っ直ぐ見つめてくるリラ。

 彼女の瞳を目の当たりにしたライトの右手は、自然とバッグの中に納められているバッジケースへと向かっていく。

 ジムバッジをコンプリートした今、その実力は旅を出た時とは比べ物にならない程強くなっている。

 確かにリラが言う通り、自分の実力の成長は自分で理解しているライトであったが、自分より強いトレーナーがごまんといる事も理解していた。

 だからこそ、あのラティアスに相応しいトレーナーが自分であるのかと、自問自答を繰り返しているのだ。

 

 引き取って、広い世界を共に見渡していきたい。

 

 だが、もし悪意ある人間に遭遇した時に、彼女を守り切れるのか。

 

「……一日二日一緒に過ごしただけですけど、あのラティアスって凄い人懐っこいんですよ」

「……」

「だから、正直言えばどんな人にでも付いていけるような気がして……僕なんかよりあの子を幸せにできる人が居るんじゃないかとも思います」

「成程。だからライト君は、私にあの子を引き取るのは貴方しか居ないという一押しを欲しているんですね」

「お恥ずかしながら……」

 

 苦笑を浮かべながら頬をポリポリと掻くライト。

 引き取るとは言っても、本当に自分でいいものかというモヤモヤした感情を胸に秘めており、それを晴らす為にもリラの最後の一押しを欲している。

 

「……才能」

「へ?」

「物事を巧みにこなす能力……人はそれを『才能』と呼びます。ですが、ライト君がラティアスを幸せにするのに才能はいりません。必要なのは『努力』。築いていくのは『絆』です」

「努力……絆」

「仮にもキーストーンをコンコンブル氏から受け取ったライト君であれば、すぐに理解できることでしょう。キーストーンが結ぶ光は、ポケモンとの絆なのですから」

 

 コンコンとライトのメガリングを指で叩くリラは、柔和な笑みを浮かべる。

 徐にメガリングを見つめるライトは、今迄の旅の事を走馬灯のように思いだす。その中で強烈であったのがメガシンカだ。

 クノエジムでリザードンをメガシンカさせてメガクチートに対抗しようとした時、メガシンカの力に振り回されたリザードンは一方的にやられてしまった。

 それをエイセツジムにおいて、同じメガシンカポケモンを相手に勝利を掴みとれる程までにしたのは一体何だったか。

 

 紛れもない。それは努力。

 

 努力を続けて絆を深め合い、トレーナーとポケモンの絆の象徴であるメガシンカを使いこなせるようになったのだ。

 生まれつき使えたものではない。

 努力の結晶というべき結果なのだ。

 

 そのことを示唆されたライトは、ポロックが出来上がったのにも拘わらず、開け方が分からなくてポロックキットをシャカシャカと振っているラティアスを目にし、クスリと微笑む。

 あのような無邪気な子に、深く考えすぎるのは馬鹿馬鹿しかった。

 

 ただただ愛情を注いであげれば、それでいいのだ―――。

 

「……ありがとうございます。お蔭で自信がつきました!」

「いえいえ」

「それじゃあ、行ってきます!」

「ふふっ」

 

 バッグの中からモンスターボールを一つ取り出したライトは、依然ポロックキットを振り続けているラティアスの下へと駆け寄っていく。

 ライトに―――そして手に握るボールに気付いたのか、ラティアスは一瞬体をビクッと跳ねあがらせる。

 だが、森の中の時のようなあからさまな嫌悪感を見せることはなく、笑顔で歩み寄るライトの瞳をジッと見つめていた。

 

 ラティアスはテレパシーで人間と気持ちを通い合わせることができる。

 

 既にライトの心の奥から発する『共に歩みたい』という気持ちを感じ取っていたのだろう。

 ずっと一人で歩んできたラティアスへの想い。

 悪い人間から逃げる生活を強いられていた彼女が感じ取った、ライトの心の声。

 

 

 

 

―――君は、ひとりぼっちじゃない

 

 

 

 

「ラティアス。僕達と一緒に来てくれる?」

 

 ふと少年の周りも見渡してみれば、彼と共に歩んできたポケモン達が笑顔で彼の下へ歩み寄っていくではないか。

 明るく、楽しく、温かい気持ち。

 

「クゥ♪」

 

 恐れる必要など、とうになかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 エイセツを西に出れば、21番道路―――通称『デルニエ通り』がある。豊かな自然が溢れるその道を過ぎて行けば、チャンピオンロードに入る為のゲートに辿り着く。

 しかし、チャンピオンロードを踏破した先にあるカロスポケモンリーグ本部では、大会を行うことがない。

 バッジを八個集めた者が向かうのは、カロス地方の中心都市であるミアレシティ。

 ミアレの街のシンボルとして第一に挙げるのはプリズムタワーであるが、第二に挙げられるのはカロス一の規模を誇るバトルスタジアムだ。

 

 ポケモンリーグはそこで行われる。

 

 予選も本選も。

 バッジを集めた猛者たちは、そのバトルスタジアムへ向けて足を進め、一年に一度開かれる大会の頂点を目指して激闘を繰り広げるのだ。

 頂点に立つことができれば、このカロス地方最強の座を賭けて四人の番人―――四天王と戦い、最後にチャンピオンと戦うことができる。

 カロス地方は大会と四天王への挑戦の間に六か月の期間を設けているが、その理由とは―――。

 

「エンターテイメント、だ・か・ら」

 

 氷と酒の入ったグラスを傾ける四天王の一人パキラ。

 小洒落たバーで呑んでいるのかと思いきや、彼女が居るのは酒とは無縁の場所であるカフェだ。

 『フラダリカフェ』と呼ばれる内装や外装まで真っ赤な彩のカフェで酒を口に含むパキラは、サングラス越しに天井の電灯を見つめる。

 

「幾らその年のチャンピオンと言えど、大体は四天王との実力は隔絶している……だからこそ六か月の猶予期間を挑戦者に与える。いい勝負ができるようにね」

「ふっ……テレビ局も大変だな。カロスでは年末の特番にその年のカロスリーグチャンピオンと四天王のバトルを流すが、生放送じゃないのもそれが理由なのか?」

「ええ。生放送は枠を事前に決めなきゃならない……結構な時間をね。それなのに無様に一人目で負けたりしたら、時間が余っちゃうもの。だからこそ撮影した後は良い感じの時間になるように編集するのよ、フラダリ」

 

 カフェのカウンターの向かい側に座る男―――フラダリに、そう語ったパキラ。

 オスのカエンジシの鬣のように逆立つ赤い髪は、一目見れば二度と忘れないであろうビジュアルだが、フラダリは至って真面目な顔でパキラの話を聞き続けた。

 名前で分かる通り、このカフェのオーナーは彼だ。

 更に彼は、カロス地方でも有数の大企業『フラダリラボ』のトップでもある。カロスで連絡手段などに使用されている機器『ホロキャスター』を開発したのも、彼が経営するフラダリラボだ。

 その売上げは、一部の優秀なトレーナーやポケモン研究に支援金として送るなど、トレーナーや学者の界隈では有名になっている。

 

 優秀なトレーナーに支援金を出す。

 故に彼が目を付けるのは必然的にポケモンリーグに出場し、良い成績を残すトレーナーだ。

 つまり毎年開催されるポケモンリーグは、彼にとって宝石―――若しくは、原石の採掘場のようなものである。

 

「……パキラ。今年は、私達が望むようなトレーナーが現れると思うか?」

「どうでしょう。実際に見なければ分からないものです」

「ふっ、それもそうだな。年に一度の王者の祭典―――……私も、公私ともに楽しませてもらうつもりだ」

「うふふっ、そうなることを期待しましょう」

 

 パキラが傾けてきた酒の入ったグラス。

 それに対してフラダリもまた酒を入れたグラスを傾け、パキラのグラスと合わせ、室内に響き渡る甲高い音を奏でるのであった。

 

 

 

―――そう。もう直ぐ、ポケモンリーグ(王者の祭典)が開催される

 



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番外編 教えて!レッド先生!②

 

『成程……サマーキャンプの予定にあるバトル大会で勝って、皆と思い出づくりをしたいってことだね?』

『はい!』

 

 ポケモン協会公認ポケモントレーナー特別養成学校『トレーナーズスクール』。ポケモントレーナーとして実力を上げる為、数々の子供達が集う学び舎―――というのは堅苦しい建前は置いておき、授業が終わって放課後となった今、ポケモン達の飼育小屋の前で座り、話をしている教師と生徒。

 教師、といってもバイトで講師を務めているレッドは、このトレーナーズスクールでそれほど大きな権限を持っている訳ではない。

 だが、生徒の『頑張ろう』という気持ちを尊重したいのは、かつて自分がそうであったということも踏まえ、しっかりと向き合おうとしている。

 

 そんなレッドが、ミヅキという少女から受けた相談。

 内容は、自分は一か月後にカントー地方から引っ越してしまう為、それまでに思い出を作りたいというものであった。

 具体的に言えば、三週間後にトレーナーズスクールの行事の一つであるサマーキャンプのバトル大会で、優勝するというものだ。

 三人一チームに別れて、一人一体のポケモンに指示を出して戦うという至ってシンプルなルール。

 

 そのバトル大会で勝ちぬき、是非カントー地方での良い思い出として心に残したいとミヅキは口にする。

 

 是非、快く手伝ってあげたい案件であるが、レッドの中ではとある考え方が生まれてしまっていた。

 自分は現在、バイトであるといっても講師的な立場。

 出来るだけ平等に生徒達に接してあげるべきではないのか。

 バトルの特訓相手になることは幾らでもしてあげられるが、それでは他の生徒達と平等かどうかという点で問題になってくる。

 

(どうしたものか……)

「ピィカァ?」

「ほら、ピカチュウちゃん。ほっぺにケチャップついてるわよ」

「チャァ~」

 

 無言で悩むレッド。

 その目の前では、レッドの母親がピカチュウの頬についているケチャップを拭ってあげていた。

 現在、一般的な家庭であれば夕食である時間帯。

 久し振りに自宅での夕食に花を咲かせようとも思っていたが、案外喋ることも無かった為、こうしてバイトに関する思考に入るのであった。

 しかし、久し振りの母親の手料理。懐かしい味に、料理を口に運ぶ箸の速さは留まる事を知らない。

 

「……母さん、おかわり」

「あら? 珍しいわね、レッドがおかわりなんて」

「美味しいから、ごはんが進む……」

「ふふふっ、嬉しいこと言ってくれるわね」

 

 表情筋をほとんど働かせないまま言い放つレッドに、彼の母親は気恥ずかしいのか、紛らわすかのように笑いながら、手渡された茶碗にご飯をよそう。

 ホカホカのご飯がよそわれた茶碗が手に戻れば、食卓に並ぶおかずを少し口に入れてから、白く艶々とした米を口に運ぶ。

 米を甘く感じる程噛んだ所で飲み込んだレッドは、補給した糖分をフル活用して、ミヅキの願いをどのような形で叶えるかを再び考え始める。

 

(う~ん……そう言えば、あの子の持ってたゴンベって―――)

 

 ピンポ~ン。

 

「ん?」

「あら? 誰かしら? 私ちょっと玄関に出てくから、レッドは食べてていいわよ」

「ん~」

 

 気の抜けた返事をして、玄関の赴く母親を見送るレッド。

 ふとテーブルに目を向ければ、既に夕食を終えたピカチュウが第五匍匐前進のような動作で近寄ってくるのが見えた。

 料理にぶつかって零れるといけないと考えたレッドは、徐にピカチュウの胴体を掴んでテーブルから下ろそうとする。

 

『レッド~! ナナミさんが来てるわよ~!』

「ナナミさん……?」

『お菓子持ってきてくれたわよ~!』

「……は~い」

 

 お菓子と言われて立ち上がらない訳にはいかない。

 下ろそうとしたピカチュウを、まるでラグビーボールを抱えるように持ちながら、玄関へ颯爽と向かって行く。

 ピョコっとダイニングルームから廊下の方へ顔を出せば、お菓子が入っているであろう箱を持っている母親の姿と、幼馴染の姉である女性の姿を窺うことができる。

 その女性―――ナナミはレッドに気付いたのか、レッドの方に小さく手を振った。

 

「レッドくん、久し振り。元気だった?」

「はい。それはもう……」

「あ、きのみクッキー焼いたから、後でお母様と一緒に食べてくれると嬉しいな」

「ありがとうございます……」

 

 小さい頃、何度も味わったきのみクッキー。バリエーションが豊富であったが、全て薄味であったことを覚えている。

 箱の大きさを見る限り、結構な量を焼いてくれたのだろう。

 人間二人で食べる分にしては多そうである為、恐らくレッドの手持ちのポケモン達の分も焼いてくれたということは直ぐに理解できた。

 ポケモン達の分まで深々とお辞儀するレッド。

 すると、腕の中に納まっていたピカチュウが途端に抜け出し、ナナミの下へ駆け寄った。

 

「ピッカァ!」

「ピカチュウも久し振りね!」

「チャァ!」

「そういえばナナミちゃんって、夏休みにわざわざオーキド博士の所に来てお手伝いしてるんですってね。ホント、感心しちゃうわぁ~!」

「いえいえ、そんな……卒論の為ですから」

 

 母親の視線を感じる。

 レッドは冷や汗をダラダラと流しながら、必死に別の方向へと視線を向けているが、ナナミの言う『卒論』も気になる為、意を決して視線を戻した。

 

「卒論って……何を書くつもりなんですか?」

「ポケモンのなつき進化のことよ! 例えばレッドくんのパートナーのピカチュウも、学会ではピチューがなつき進化した個体ってことにされてるの」

「? ……でも、俺が会った時にはもうピカチュウでしたよ?」

「そ。『なつき』って一言に言っても、学者が掲げる定義は結構ばらけてるからね。でも私がテーマにしてるのは、なつき進化はなつき進化でも、他の要因も含んだりする場合の種族とその要因に関することだから。例えば、エーフィもなつき進化だけど、時間帯が日中じゃなければ駄目だっていう研究結果も出てるから―――」

 

 流暢に語っていくナナミであるが、レッドはその大半を理解し切れていない。

 所謂感覚派のレッド。基本、『考えるな、感じろ』で勝利を勝ち取ってきたレッドは、専門的な知識には疎い。

 それは兎も角、ナナミの話を聞いたレッドは、先程までの胸のわだかまりが解けたのを感じ取った。

 

「……ナナミさん。ゴンベって進化しますか?」

「ゴンベ? 進化するも何も、ゴンベが進化してカビゴンになるのよ。因みに、その条件としてなつきが挙げられてるから、私の卒論テーマの範囲内と言えば範囲内ね」

「……成程。ありがとうございました」

 

 ゴンベの進化形がカビゴン。

 ならば、自分があの少女にできることといえば一つ。

 

「すみません、ナナミさん。グリーンって今―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ワイワイ、ガヤガヤ……。

 

 そのような擬音がピッタリのトレーナーズスクールのバトルコート。燦々と太陽の光が降り注ぐ中、バトルコートの両端に佇むのは、レッドともう一人。

 

「行け、バンギラス!」

「……カビゴン、お願い」

 

 重量級の二体が場に現れると同時に、観戦しようとしている生徒達の歓声が一層大きくなる。

 すると、特性の“すなおこし”でバトルコートが砂嵐に包み込まれ、少々視界が悪くなった。

 だが、二体のポケモンの主である二人は吹き荒ぶ風を気にもせず、ジッと直線状に佇む姿を見合う。

 

「レッドォ! 幾ら授業だからって手加減しねぇから覚悟しやがれ」

「グリーンこそ……手加減したら逆エビ固めをかけるよ」

「俺に対しての直接攻撃は止めろ!」

 

 今日、生徒に見せる為のバトルを繰り広げるのは、レッドとグリーンの二人だ。言わずもがな、グリーンはこのトキワシティのジムリーダー。地元の住民からの知名度はかなり高く、わざわざこうしてトレーナーズスクールにジムリーダーがやって来たことに、生徒達の興奮は最高点に達していた。

 何故、トキワジムリーダーであるグリーンがやって来たのかと言うと、昨日の晩にレッドがグリーンに対してバトルするよう持ちかけた為であるが、それまでに至ったレッドの理由がこれだ。

 

―――ゴンベってカビゴンの進化前だから戦い方も似てるんじゃない?

 

 つまりこのマッチは、ミヅキに見せる為にレッドが組んだものである。

 生徒全員が見る為であれば、あからさまな不平等になることはない。カビゴンのような重量級のポケモンを持つ生徒も居る為、ミヅキ以外にも参考にできる生徒達も少なくないのだから―――。

 あと単純に、身近にいる人物の内、本気でバトルができる相手がグリーンぐらいだったというのも、グリーンを選んだ理由の一つだ。

 

「バンギラス、“ストーンエッジ”をブチかませ!」

「“じしん”」

 

 重量級のポケモンらしく、互いに高威力の技を繰り出し合う二体。

 その激しい攻防を観戦する生徒達は、まるで公式戦を生で見ているかのような興奮で昂ぶっていき、子供らしい甲高い歓声を上げる。

 そんな中、女子生徒の一人がボーっとバトルを眺めているミヅキに目が留まった。

他の生徒のように歓声を上げている訳でもない。何か参考にできる部分がないものかと熱心にメモ書きをとるような素振りも見せない。

 どこか上の空のミヅキに女子生徒は、具合でも悪いのかと不安になって声を掛ける。

 

「どうしたの、ミーちゃん? お腹でも痛いの?」

「え? ……ううん。バトルすごいなぁ~って」

「だよね! でも、ミーちゃんどこか上の空じゃない?」

「……えっとねぇ」

「うん?」

「すごすぎて、なにしてるのか全然分かんないの」

 

 ガクッ。

 

 どうやらミヅキにはまだ理解しかねるバトルであったらしいことをレッドが知るのは、もう少し後だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから十数日後。

 

「ゴンベ、“たいあたり”~!」

「ゴン?」

「“たいあたり”! た・い・あ・た・り!」

「ゴ~ン……」

 

 野生のコラッタとバトル(しようと)しているミヅキと相棒のゴンベ。しかしゴンベは言う事を聞かず、呑気に腹をポリポリと掻くだけだ。

 腕をバタバタと動かすミヅキは、顔を真っ赤にさせながら、近くの木の枝にとまっていたポッポが逃げ出す程の声量で指示を出し続ける。

 

「チュ~!」

「あっ、逃げちゃった……」

「ゴ~ン」

「……戻って、ゴンベ」

 

 しかし、そうしている間に遭遇したコラッタは草むらの中へと逃げていった為、ミヅキは仕方なしとばかりにゴンベをボールに戻す。

 呑気な性格であるのは昔から知っているが、流石にそろそろ指示を聞いてバトルしてもらいたいと思っているのが現状だ。

 

「こんなんで、サマーキャンプ大丈夫かなぁ」

 

 トレーナーズスクールの授業が終わった後の放課後、こうしてわざわざトキワシティの北側に存在する2番道路に赴いてバトルの練習をしようとしたが、どうやら無駄に終わりそうだ。

 スクールの皆と最後の思い出を作るに打ってつけのイベント―――サマーキャンプ。

 そのサマーキャンプの中で催し物として開かれるバトル大会で優勝すれば、まさしく有終の美を飾ってカントーとサヨナラバイバイできると考えていたが、これではその夢も絵に描いた餅。叶うことはないだろう。

 

「はぁ~~~……ぶにゃ!?」

 

 トボトボとした足取りでトキワに帰ろうと歩んでいたミヅキであったが、足元に転がっていた小石に躓き、前方へ派手に転ぶ。

 俯いて前を見ていないのも相まって、ミヅキは顔面を木の幹にぶつけるという痛々しいコンボを喰らう。

 

「いたたたっ……もうやだぁ~!!」

 

 ブンッ。

 

 ガンッ。

 

 ドサッ。

 

「ん?」

「スピィィィイイイ!!」

「に゛ゃあああああああ!?」

 

 転んで顔を打った腹いせに小石を上へと投げたミヅキ。

 その際、投げた小石が木の枝に止まっていたスピアーに直撃したようであり、小石をぶつけられたスピアーは怒り心頭といった様子で、腕の針をキラリと光らせる。

 次の瞬間、スピアーは背中の翅を羽ばたかせて自分を攻撃してきたミヅキを追うが、ミヅキは悲鳴とも言えない声を上げながら全力疾走でトキワ方面へと逃げていく。

 

「ゴ~ン!」

「ッ、ゴンベ!?」

 

 すると、突然ボールの中から勝手に飛び出してきたゴンベ。

 まるでスピアーからミヅキを守るように間に佇むゴンベは、針を向けて突進してくるスピアーに臆する様子もなく仁王立ちする。

 

「スピィ!」

「ゴ~ン」

「スッ!?」

 

 針でゴンベの腹を刺そうとするスピアー。

 だが、厚い脂肪にキャッチされた針は、埋もれるようにしてゴンベの腹に食い込んだ後、ボイ~ンと後方へ弾き飛ばされた。

 自身の針攻撃が通らなかったのを目の当たりにしたスピアーは、形勢が不利だと考え、すぐさまトキワの森の方へと撤退していく。

 

(ゴンベ……まさかあたしを助けようとして―――!)

 

 見事スピアーを撃退したゴンベの姿に、ウルウルと涙を潤ませるミヅキ。

 しかし、

 

「ゴ~ン♪」

「……やっぱり違かったかぁ」

 

 徐に歩き出したゴンベは、先程ミヅキが転んで顔を打った木の根元まで赴き、転がっていた木の実を座って食べ始めた。

 ボールから出てきたのは、ミヅキがぶつかった衝撃で落ちてきた木の実を拾い食いする為。つまり、スピアーを撃退したのは成り行きという訳だ。

 

 辛うじてバトルに至る経緯が食に関することなど、流石おおぐいポケモンのゴンベといったところか。

 

「ゴンベは呑気でいいよね……」

「ゴ~ン?」

「……ううん。食べてていいよ」

「ゴ~ン!」

 

 最早呆れることしかできなくなったミヅキは、木の実をバクバクと食べ進めるゴンベをジッと見つめるだけだ。

 暫く眺め続け、ゴンベが落ちている木の実を食べ終えたのを見計らったミヅキは無言でゴンベをボールへと戻し、帰路につく。

 

(……色々教えてもらったけど、結局身についてない気がするよぉ)

 

 意気消沈するミヅキ。

 臨時の講師としてきてくれたレッドに、授業中様々な事を訊いたミヅキであったが、感覚派であるレッドの教えは余りミヅキには理解しがたいものであった。

 それでも教える側の厚意を無駄にしない為にも必死に特訓したつもりだが、言う事を聞くのがまばらなゴンベでは、耳にした知識の実践が上手くいかないのがほとんであったのだ。

 

(サマーキャンプ、みんなに迷惑かけたくないなぁ)

 

 催し物のバトル大会の組み合わせは当日のくじ引きできまる。

 その時、同じチームになった生徒達の足を引っ張らないかという不安で、ミヅキは心が押し潰されそうになってしまった。

 昔からドジで間が抜けていると言われ、頑張って張り切ってもそれが裏目に出て失敗することが多い。

 そこを友人は愛されポイントと言ってくれるが、本人としては失敗したくないのが本心だ。

 

「……はぁ」

「どうしたの?」

「みゃあ!?」

 

 突然茂みの奥から出てきた人影に驚いたミヅキは、思わず尻もちをつくように倒れてしまう。

 先程のスピアーに続き、心臓に悪い出来事が多い今日。

 一瞬、不審者が出てきたのではないかと不安になったミヅキであったが、茂みから出てきた人物が知っている者であることに気付く。

 

「レ、レッド先生……ここでなにしてるんですか?」

「……強いて言えば、帰郷?」

「き、ききょう……?」

「……トキワの森はピカチュウの故郷だから、久し振りに帰ってきた」

「ピッカァ!」

 

 ピョコっと肩に身を乗り出すレッドのピカチュウ。

 その愛くるしい姿に、ミヅキの引き攣っていた笑みも明るいものへと変わっていく。

 

「触っていいですか!?」

「……大丈夫?」

「チャァ」

「……オッケーだって」

「やったぁ!」

 

 承諾をとったミヅキは、レッドの肩に乗っているピカチュウの頭を優しく撫で始める。森の中では草原の中に咲き誇るタンポポのように目立つであろう黄色い体毛は、非常にさらさらとしているが、若干の空気を含んでいてフワフワとした触り心地。

 

「気持ちいい~!」

「ッ、ピカァ!」

「しびゅん!?」

 

 しかし、頬を撫でようとしたミヅキは、直にピカチュウの電気袋に触れてしまい、体に突き抜けるような痺れを覚え、体をビクッと跳ねさせる。

 

「……ピカチュウのほっぺを触ると痺れるから気を付けて」

「は、始めに言って欲しかったです……」

「……ゴメン」

「でも、ピカチュウってとっても気持ちよかったです!」

「それならよかった……けど、2番道路まで来てなにしてたの? バトルの特訓?」

「はい! でも、上手くいかなくて……」

 

 先程の満面の笑みからは打って変わり、シュンとしてしまうミヅキに、下手なことを訊いてしまったかと反省するレッド。

 だが、こうして生徒が悩んだ様子でいる以上、何か助言しなければならないのではないか。

 

「……具体的にどんな感じで?」

「ゴンベが言う事を聞かなくて……」

「……食べ物で釣るといいよ」

「えっ!? そんな感じでいーんですか!?」

「まあ……多分」

 

 食べ物で釣ると良いという発言に『あたしの努力が……』と膝から崩れ落ちるミヅキ。

 カビゴンを捕まえて育てた経験から口にする言葉であって、その信用性は極めて高い。そうでないとしても、一応講師という立場である人物からそう告げられれば、信じざるを得なくなるだろう。

 

「……でも、もっと懐いてくれれば食べ物なしでも動いてくれると思う」

「それって、今のあたしがゴンベに懐かれてないってことですか?」

「……それは答えかねるけども……たくさん懐いてくれたらカビゴンに進化すると思うよ」

「カビゴンに……?」

「うん。まあ、それは大分先の話になるとは思うけど」

 

 指でピカチュウの喉元を擽るレッドは、終始淡々とした口調で語る。

 レッドの持っているカビゴンは、捕まえた時には既に進化していた状態であった為、無責任なことを伝えられないとは思いながらも、まだ言う事を聞かないゴンベの事を進化できるほど懐いているとは言い難い。

 そのことを感情を込めて言い放つのも、意気消沈している彼女に伝えるのは酷そうであった故に、レッドは普段通りの抑揚のない喋り方で事実を伝えるのであった。

 

「……ミヅキちゃんが最初にしなきゃいけないのは、ゴンベのことを分かってあげることじゃないかな?」

「ゴンベのことを?」

「例えば、どんな味の食べ物が好きなのかとか、どんなことをするのが好きなのかって……分かってあげていることが多ければ多い程、自然と向こうも懐いてくれる……と、思う」

「……そっかぁ」

 

 自分はゴンベのことを理解できていなかったのではない。

 レッドの言葉でそう考え始めたミヅキは、シュンとした様子で俯き始める。

 だが、

 

「ようし! おウチに帰ったら、何味が好きなのか調べよっと!」

「……その意気その意気」

「先生! それじゃあ、さようなら!」

「……転ばないようにね」

「は~い!」

 

 そこはやはり子供。立ち直りがかなり早い。

やらなければいけないことを明確に示されたことによって、寧ろミヅキの心に火が点ったようだ。

勿論レッドはそこまで見越していなかったが、元気を出させることに成功できたのだから御の字といったところか。

 

『ふにゃ!?』

(……転んだ)

 

 夕焼けに照らされる中、街の方へと駆けていくミヅキであったが、遠くからでも分かるほど派手にこけたのがレッドの目に映った。

 

「……大丈夫かな?」

「チャァ?」

「……俺達ももう帰ろうか」

「ピカッ!」

 

 もう母親も夕飯を作ってくれている時間だろうと、レッドはピカチュウを肩に乗せたままマサラへ帰る為に立ち上がる。

 すると、夕飯の事を思った所為か『グゥ~』とビブラートの効いた腹の音が主張を激しくした。

 

「今日の夕飯なんだろね」

「ピカッチュ!」

「……ピカチュウはケチャップ好きだもんね」

「チャァ!」

 

 ピカチュウと意思疎通するレッドは、ゆったりとした足取りで南に下っていくのだった。

 



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番外編 教えて!レッド先生!③

「いやぁ、レッド君のポケモン達が力持ちで本当に助かります」

「……ありがとうございます」

 

 Yシャツを腕まくりして、キャンプに必要な機材を外に運ぶトレーナーズスクールの教師。

 その中に混ざるレッドは、中々重い機材を効率よく運ぶために自分の手持ち達を動員させていた。

 

 現在彼らが居るのはオツキミ山の麓にあるキャンプ場だ。今回のサマーキャンプはこのキャンプ場で開かれる。

 

「今頃生徒達はニビシティをバスで回ってるんでしょうね」

 

 額に汗を滲ませる男性教師はYシャツの袖で汗を拭いながら、今キャンプ場に居ない生徒達の動向を口に出した。

 朝早くからトキワシティからバスで出発し、次にニビシティの博物館を巡ったりしてからキャンプ場に着く手筈となっている生徒達。このキャンプ場に到着するのは昼過ぎといったところか。

 

「ふぅ……あっ、レッド君。ちょっといいかな?」

「はい?」

「キャンプの機材を全部運んだら、ちょっと他に手伝って欲しいことがあるんですが、大丈夫かな?」

「どんなことでしょうか?」

「いやぁ……生徒達に頼まれてしまったことでね。ははっ、でも大したことはないさ」

「……?」

 

 生徒達に頼まれたこと。

 一体それはなんなのか気になるが、百聞は一見にしかず。とりあえず頷くよりほかに選択肢はないだろうと考えたレッドは、『わかりました』と告げるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『今日は天気にも恵まれ、絶好のキャンプ日和ですね。元々このサマーキャンプは、我が校の先々代の校長が―――』

 

 校長の話というのはいつの時代になっても長いものだ。

 芝生の上に体育座りになって聞く体勢に入っている生徒達だが、実際真剣に聞いている生徒がどれだけいるか。

 バスで長時間揺られ、生徒によっては既に疲労がMAXの者もいるだろう。

 しかし、そのような彼等もトレーナーであるが故に、校長の最後の一言で一気に眠気が遥か彼方へと吹き飛んでいく。

 

『それではサマーキャンプ恒例、ポケモンバトル大会を開会することを宣言します!』

 

 正直このバトル大会をメインと思っている生徒も少なくなく、その一言で多くの生徒達が歓喜の声を上げる。

 

「はぁ~い! じゃあ皆、バスで配ったクジの人とグループになるようにね~!」

『はーい!』

 

 女性教師が手を叩き、早速グループに別れるよう知らせる。

 すると生徒達は、俊敏な動きをしながら自分のクジの番号を口にし、パーティを組むことになる生徒を探し始めた。

 仲が良い友人と組むことになる者達も居れば、普段はそれほど関わりを持たない者と組む者達も居る。

 しかし、これを機にどんどん仲良くなっていってもらいたいというのも、このバトル大会の主旨の一つだ。

 

(あの子は……)

 

 ミヅキを気に掛けざるを得ないレッドは、ワラワラと集まっている生徒達の中から、特徴的な赤いニット帽を被る少女をすぐに見つけることができた。

 

「えっと、よろしくね……」

「う、うん」

「よろしくね……」

 

 会話がぎこちない三人だ。

 恐らく今迄接点がなかったのだろうというのが丸わかりな会話。ミヅキと組むのは、おさげの女の子と、眼鏡を掛けた至って真面目そうな男の子。

 

(……不安だ)

 

 コミュニケーションが苦手なレッドから見ても、不安な三人組だ。あれでチームとしてのコミュニケーションがとれるかどうか不安だが、条件としては他のチームも同じだ。

 気にし過ぎであると自分に言い聞かせながら、レッドは昼間に用意した物の事を思いだす。

 

(まあ、ここは第三者として見守ってあげよう……)

 

 出来るだけ隔たりなく接する立場を貫きたいレッド。

 今日は黙って観戦しようというオーラを身に纏いながら、和気藹々としている生徒達を眺める。

 

『それじゃあまずは1番のチームと6番のチームからバトルを始めま~す!』

「……あっ、6番ってあたし達だ!」

 

 始めの試合のマッチングが自分達のチームだと分かったミヅキは、驚いたように声を上げながら、同じく驚いた様子の1番のチームの生徒達を見遣る。

 校長の開会宣言から興奮冷めやらないままのミヅキは鼻息を荒くしたまま、ゴンベの入っているボールをギュッと握りしめてバトルコートのある方へと突き進んでいく。

 勇み足でコートへと向かう彼女の背中を追っていくチームメイトは、若干オドオドした様子だ。

 

 最後の思い出作りに気合いを入れている彼女に気圧されたといったところか。

 

 しかし、そんなプレッシャーをチームメイトに与えているとはいざ知らず、ミヅキは逆にチームメイトに迷惑を掛けないよう内心ドキドキしている状態だった。

 

「よーし、頑張ろう!」

 

 他人が思っていることなど眼中に入らない程。

 

「皆、並んだね? じゃあ、コートの線に並んで……よろしくお願いします!」

『よろしくお願いします!』

 

 スポーツを始める前の整列のように並んで始まりの挨拶を交わす二つのチーム。

 子供らしく元気且つ大きな声を発した後は、誰からポケモンを繰り出すかのかを決める為に話し合う。

 といっても、相手がどう出てくるのかなど知った事ではない為、大抵はじゃんけんできまる場面だろう。

 実際生徒達はすぐさまじゃんけんを行い、先鋒をすぐさま決定する。

 

 順番も決まり、先鋒のポケモンも繰り出された所で、審判を務める教師は見計らうかのように一歩前へ歩み出して張りのある声を上げた。

 

「決まった? じゃあ、これより1番のチームと6番のチームのポケモンバトルを行います! それでは、バトル開始!」

『いぇーい!』

『いっけー!』

「イシツブテ、“たいあたり”!」

「ニョロモ、“あわ”攻撃!」

 

 生徒達の歓声が山中にも響く中、バトル大会の初戦の幕が切って落とされた。

 

「がんばれっ! がんばれっ!」

 

 自分のチームの応援をしっかり努めようとするミヅキ。

 じゃんけんの都合上、最後になってしまったミヅキは若干の安堵を心に覚えながら応援に励む。何故安堵を覚えているのかと問われれば、それは勿論、自分の前二人がもしかしたら自分が出るよりも早く相手を倒してくれるのではないかという希望的観測を抱いたからだ。

 しかし、現実はそう甘くない。

 

「イシツブテ、戦闘不能!」

「あっ……ド、ドンマイドンマイ!」

 

 自分のチームの一人が負けたことにあからさまにシュンとした表情を浮かべる。

 だが、まだ巻き返せると普段以上に張り切って声を上げて、応援に徹しようとした。

 

「ファイト! ファイト! ファイ、ト……」

 

 我武者羅に声を上げ続けるが、次第に自チームのポケモンが劣勢に陥っていくのを前に、声が尻すぼみしていく。

 そして―――。

 

「ロコン、戦闘不能!」

(うあぁ……残りがあたし一人……)

 

 味方が二連続ニョロモ相手に敗北を喫したことに、ミヅキの表情はどんどん険しいものへと変わっていく。

 そして心なしか、キリキリと胃が痛み始めるのを感じた。

 自チームがゴンベ一体であるのに対し、相手はまだ三体健在。ここから巻き返すのは至難の業だろう。

 

(はぁ、これじゃ勝てないよ……ううん! ダメ、ミヅキ! ここでへこたれちゃ!)

「ゴンベ! 出てきて!」

「……ゴ~ン?」

「ゴンベ! 勝てたら、ご飯大盛りにしてあげるよ!」

「ゴンッ!? ゴ~ン!!」

(よし! ご飯作戦成功!)

 

 数日前、サラッと教えられた言う事を聞かせる方法を実践するミヅキ。

 反応は上々。これであれば言う事を充分に聞いてもらえるだろうとミヅキの期待は膨れ上がってきて、『もしかしたら』という場合も脳裏を過る。

 

「行くよ、ゴンベ! “たいあたり”!」

「ニョロモ、“さいみんじゅつ”!」

「ふぁっ!?」

 

 やる気十分なゴンベに“たいあたり”を指示する。

 しかし、次に瞬間にゴンベは、ニョロモが繰り出した“さいみんじゅつ”によって夢の中へと落ちていく。

 期待を胸に抱いた状態からの【ねむり】だ。この落差はミヅキをメンタルブレイクさせる足り得るインパクトを有していた。

 まだバトルは終わっていないにも拘わらず、ミヅキの目尻にはじんわりと涙が溜まっていく。

 しかし、これも授業の一環。投げ捨ててはいけないという責任感を一身に背負い、腹をボリボリと掻きながら眠っているゴンベに声を投げかける。

 

「ゴンベ~! 起きて~!」

「チャンスだ、ニョロモ! “おうふくビンタ”!」

 

 必死に呼びかけるも、ゴンベが起きる気配は一向にない。

 その間にもチョコチョコとした足取りで、ニョロモがゴンベの下へ駆け寄っていく。

 

「えっと、あぁ~……あっ、そうだ! ゴンベ、“ねごと”!」

 

 何か対抗する手立てがないか。

 今迄授業で習ったことのある知識を掘り起こしていたミヅキは、【ねむり】状態でも繰り出すことのできる技を思い出し、藁にも縋る想いでゴンベに指示を出す。

 【ねむり】状態の時、覚えている技をランダムで一つ繰り出すのが“ねごと”だが、一体ゴンベが何を繰り出すのか―――。

 

「グ~~~ッ!」

「ニョロッ!?」

「あぁ、ニョロモ!?」

 

 徐に飛び上がりニョロモの“おうふくビンタ”を繰り出すための尻尾を避けるゴンベ。それだけに留まらず、ダイブするかのようにニョロモに全体重を掛けて“のしかかり”、周囲に激震を走らせる。

 

「ニョロモ、戦闘不能!」

「おおっ! やったね、ゴンベ!」

「グ~……グ~……」

「……まだ寝てる」

 

 依然【ねむり】のままのゴンベだが、今迄のことを鑑みると相手を一体倒せただけでもかなりの健闘だと言える。

 できればこの勢いのまま勝ち進んでいきたいと考えるミヅキであったが、次に相手が出してきたポケモンを前に目を点にさせた。

 

「やっちゃえ、ムウマ!」

「あっ」

 

 察し。

 【ゴースト】タイプであるムウマには、先程ニョロモを一撃で伸した“のしかかり”が喰らわない。

 もしかしてもしかすると詰んでしまったのではないか。

 

「ムウマ、“のろい”!」

 

 そんなことを考えている間にも、相手はゴンベに“のろい”を掛けてくる。使用したポケモンのタイプが【ゴースト】タイプかそれ以外で変わる“のろい”だが、【ゴースト】であるムウマが使った場合には、自分の体力を半分削って相手に呪いを掛けるという効果になる。

 呪い―――時間が経つたびに体力が減る状態変化の一つだ。その体力の削り幅は【どく】や【やけど】の比ではない。

 

 自チームが残り一体となった時に、こうして呪いを掛けてくるのは戦略的に正しいことなのだろうが、やられている側からすれば堪ったものではない。

 一刻の猶予も無くなってしまった今、ミヅキにできるのは攻撃の指示を出すのみだ。

 

「ゴンベ、“ねごと!」

 

 心の中で【ノーマル】や【かくとう】以外の技が出る様に祈り続ける。

 もしかすれば、“のろい”を繰り出したことにより既に体力が半分削れているムウマを一発KOできるかもしれない。

 淡い期待だが、今はそれに賭けるしかないのだ。

 

「グ~! グ~!」

「!?」

 

 徐に走り出したゴンベがムウマの眼前まで迫ったかと思えば、大口を開けたゴンベが厚く広い舌を出し、ムウマの顔をベロリと一舐めした。

 

―――“したでなめる”

 

 【ゴースト】タイプの技だが、【ドラゴン】に【ドラゴン】が効果抜群であるのと同じように、ムウマに効果抜群な技だ。

 飴を舐める感覚でムウマを舐めるゴンベは、夢心地なままムウマを掴み、ベロベロと舐め続ける。

 呪いで体力を削られ、若干苦しそうに顔を歪めることもあるが、夢の中で巨大な飴を舐め続けているのだろう。ムウマをがっちりと掴んだまま舐めるのを止めない。

 暫しゴンベがムウマを舐め続けるというシュールな光景が続き、途端にムウマがぐったりと首を垂れる。

 

「ムウマ、戦闘不能!」

『わぁ~~~!』

 

 相手チームの二体目をも倒すという大健闘を見せたゴンベに、観戦している生徒達の歓声が一層大きくなる。

 それに伴い、ミヅキの心の昂ぶりも最高潮へと達した。

 

(あと一体……もしかしたら―――)

 

 しかし、その希望的観測はすぐに潰えた。

 

「ゴ~ン……」

「……あれ? ゴンベ?」

 

 ムウマが倒れると同時に、ドサリと前のめりに倒れ込むゴンベ。

 まだ寝ているのかと思い『ゴンベ~』と呼びかけるも、いびきさえも帰ってこない。

その様子にどうしたものかと審判の女性教師がゴンベの下まで歩み寄り、うつ伏せになっているゴンベの顔を覗き込んだ。

 

「……ゴンベ、戦闘不能!」

「……えっ?」

 

 教師の言葉が信じられず、思わず駆け出してゴンベの下まで近づくミヅキは、うつ伏せになりながら目を回しているゴンベの姿をはっきりと目の当たりにした。

 

―――あぁ、“みちづれ”かぁ……

 

 ふと辿り着いた答えが脳裏を過り、どこか達観したような気分になる。

 これで自チームのポケモン三体が全員倒れたことにより、ミヅキ達の敗北が決まった。しかし、余りにも呆気ない終わり方にミヅキはどこか茫然としながら、倒れたゴンベをボールへと戻した。

 横で教師が『よく頑張ったね』と笑顔で励ましてくれるも、ミヅキはどこか上の空だ。

 

(そっか……これで、終わっちゃうのかぁ)

 

 

 

 ***

 

 

 

 バトル大会は滞りなく進行した。勝てば喜び、負けては悔し涙を流し、最終的には最も勝ち進めた組を褒め称えるところまでやってきて、漸く終了する。

 メインともいえる催し物が終了すれば、時刻はもうそろそろ夕方といったところ。

 頑張った分腹を空かせた生徒達が、自分達の力で夕食を作る為懸命に励んでいる頃、レッドはバトルコートの整備をしていた為何を作っているのかは窺えなかったが、漂ってくる香りでカレーであることは予測できた。

 

 子供であれば大好きであろうカレーの香りを嗅ぎながら、手持ちのポケモン達とバトルコートの地ならしをするレッド。

 終わった頃にはカレーも出来上がり、美味しそうな香りに誘われるようにレッドも食卓の席に着く。

 

 そして代表の生徒が『頂きます』のコールをすれば、他の生徒達も一斉に復唱し、目の前に並ぶカレーにがっつくのであった。

 自分にもこのような頃があったようななかったような―――と考えるレッドは、生徒達が一生懸命作ったカレーを頬張る。

 

(……甘口だ)

 

 甘口のカレーなど久しく食べていなかったレッドは、小さい頃好き好んで食べていた味をもう一度味わい、自身の成長に伴う好みの変化を実感した。

 

(今ならわさびを食べられる気がする)

 

 そのような他愛の事のない考え事をしながらどんどん食べ進めながら、生徒達の様子も窺う。

 相当腹を空かせていたのか、ほとんどの生徒がレッドよりも早くカレーを食べ進め、既に食器を片づけようとする者達も多く見受けられる。

 その中、ゆっくりと食べ進めている者は目立つものであり―――。

 

「ミーちゃん、具合悪いの?」

「……え? う、ううん! すっごいお腹減ってるよ!」

「そ、そう……?」

 

 カレーを口に運ぶためのスプーンの動きが止まっていたミヅキに、友人の一人が心配そうに声を掛ける。

 対してミヅキは、ハッと我に返りニカッと笑みを浮かべ、残ったカレーを一気に口の中へかきこむ。

 ミネズミのように頬を膨らませたミヅキは、熱々のカレーを数度咀嚼し、ゴクンと音を立てて飲み込んだ。その食べ方には見ていた友人たちも唖然とした。

 

「ふぅ……お腹一杯! 皆、食べ終わった? あたし食器係だから洗いに行くよ?」

「じゃあお願いね!」

「うん、まかせて!」

 

 食べ終わった者の食器を自分の食べ終えた食器に重ね、洗い物をする為の場所へと向かって行くミヅキ。

 手際よく集めた食器を抱えて走る彼女の背中はどこか寂しげで、何かを急いでいるように見える。

 

「(―――ッド先生。レッド先生)」

「……ん?」

「(先生! 委員の人がもう準備に行ってるので、先生もお願いします!)」

「ああ、なるほど……じゃあ、行ってくるよ」

「(よろしくお願いします!)」

 

 この一か月何度も見たことのあるクラス委員の生徒が声を掛けてきた事に対し、レッドは『よっこいしょ』と年寄りのように呟いて立ち上がり、コテージがある方向へ駆け足で向かって行く。

 準備といってもバトル大会が始まる前には大方終わったことから、最終チェックといったところだ。

 

 チラッと遠くの方を見れば、食器係の生徒達が洗い物をしているのが見える。勿論、ミヅキの姿も―――。

 

(よし……全く気付いて無さそう)

 

 肝心の人物がこちらに全くといっていい程気付いていないのを確認したレッドは、忍び足でコテージの中へと入り込む。

 これから始まる大事なレクリエーションを開くための部屋を目指して。

 

 

 

 ***

 

 

 

「お皿はここに戻してっと……あれ? 皆は?」

「ん~? 七時からレクリエーションがあるから、コテージの107号室に集まってるはずだよ? 私達も急ごっ!」

「レクリエーション?」

(そんなのあったっけ……?)

 

 夕食の後のレクリエーションなど耳にしていないミヅキは、自分がサマーキャンプのしおりに書かれている日程を確認し忘れたのかと考える。

 しかし、さほど気にした様子を見せないミヅキは、『早く早く!』と声を高らかに自分の事を呼び寄せる友人の後を笑顔で追いかけていく。

 

「ちょっと早いよ~!」

「こっちこっち! ほら、急いで!」

「廊下走ったら先生に怒られるよ~!?」

 

 こんな他愛のない会話を交わせるのも数える程度しか残っていないと思うと寂しくなる。

 だが、それを表情に出してしまえば、友人達の思い出の中の自分が黒く塗りつぶされてしまいそうで、必死に堪えて笑顔を取り繕う。

 

 そのような事を考えている間にも、軽快な足取りで皆が集まっているという部屋の前までたどり着いたミヅキ。

 友人に『ほら、開けて!』と何故か扉を開ける様催促されたミヅキは、首を傾げながら灯りのついた部屋の扉を開ける。

 すると―――。

 

 

 

 パァン!

 

 

 

「ふぇ!?」

 

 突然鳴り響くクラッカーの音と、自分の頭に降りかかる色とりどりの紙に驚く。

 部屋中を見渡せば、撃ち終えたクラッカーを手に持ったクラスメイト達の姿と教師達の姿があり、全員がニコニコとソーナノのように目を細めて笑っているのが見えた。

 何が何だか分からないとミヅキがオドオドしていると、クラス委員の一人である女子生徒が、四角い色紙のような物をミヅキに差し出す。

 そこには、小さかったり大きかったり細かったり太かったりと、個性豊かな文字体で書かれた文章が所せましと書かれていた。

 

「あ、え、これ……」

「皆で引っ越しちゃうミヅキちゃんの為に、色紙に寄せ書き書いたの! 受け取って!」

「えっ……あ、ありがとう……」

「そしてこれから始めるのは、ミヅキちゃんとの最後の思い出を作る為のお楽しみ会でーす!」

 

 呆けるミヅキの片手を手に取って、バッと掴んだ手を上に掲げてみせる女子生徒。

 次の瞬間、教室は大歓声に包まれ、余りの歓声に部屋全体が揺れるような感覚さえ覚えることができる。

 その部屋の隅に佇むレッドは、自分なりに盛り上がりを表現しようと腕を掲げていた。

 因みにレッドやクラス委員がしていた準備とは、ミヅキのお別れ会兼お楽しみ会を開くために必要な椅子やテーブル、部屋の飾りつけなどなどキャンプの機材運びに続く力仕事のことである。

 かなり体力を使う準備であったが、今この和気藹々とする雰囲気を見れば、報われたような気分になることができたレッドは柔和な笑みを浮かべた。

 

「うっ……みんなぁ、ありがとう~~~……!」

「ほらほら泣かないで! これから楽しいお楽しみ会の始まりなんだから!」

「う゛んっ!」

 

 自分と最後の思い出を作る為の場を、わざわざこうして作っていてくれていた。

 自分がバトル大会で必死に思い出を作ろうとしていたのが、次第に馬鹿馬鹿しく思えてきたミヅキは、泣きじゃくった顔を浮かべながら皆の輪の中へと入っていく。

 

 温かく迎え入れてくれる友人達の下へ。

 

 最後の思い出を作る為に。

 

 

 

 ***

 

 

 

 後日、トキワシティのとあるファミリーレストラン。

 とある席に座る三人組は各々が頼んだ料理を口に運びながら、とある話をしていた。

 

「……で、お前がその観戦する為のチケットを手に入れたから俺たちに来い、と」

「ええ、そうよぉ~! こうして三人分ね!」

「ほ~う……」

 

 面倒くさそうに頬杖をつくグリーンの向かい側の席では、つい先日カントー地方に帰ってきたブルーがチケット握りしめて熱く語っていた。

 はぁ、と溜め息を吐くグリーンの横では終始無表情でジュースをストローで啜るレッドが居る。

 彼女が手にしているチケットとは、今年のカロスポケモンリーグの観戦席のものであるが―――。

 

「あのなぁ、ブルー。まだ予選も始まってねえんだろ? 幾らバッジ八つ集めたからって、本選のチケット買うなんて馬鹿じゃねえの?」

「あ゛ぁ?」

「悪い」

「……まあ、許してあげるわ。ねえ、レッドは来るでしょ!?」

「バイト期間が終わってフリーだから……行けるはず」

「ほら! レッドもこう言ってるんだから、グリーンも来なさいよ!」

 

 幼馴染をどうしても弟が出場する大会に呼びたいブルー。

 レッドは行けると口にしたが、グリーンは難色を示したままだ。

 

「俺も仕事がなぁ……ジムリーダーも暇じゃないんだぜ?」

「えぇ~!? 買ったんだから来なさいよ! あと、あんたが昔カロスに行ったの知ってるんだからね!? 向こうを案内してよぉ~!」

「お前だってこの前行ったっつってたじゃねえか。お前らだけで行きゃあいいだろうがよ」

「チケットだって安くないのよぉ~!? 来てよ~!」

「行かねえって」

「来てったらぁ~!」

「行かねえ」

「来い」

「頑張ってスケジュール合わせるわ」

「もう、素直じゃないんだからぁ~♡」

(女って怖ぇ~……)

 

 最後のドスが効いた声に屈したグリーン。

 グリーンが行くとしったら打って変わって『きゃぴ☆』と笑顔を浮かべるブルーであるが、幼馴染にしてみれば恐怖の対象でしかない。

 現にレッドは、今の声で啜っていたジュースが気管に入り、勢いよく咽た。

 

「げほっ……ねえ、ブルー。カロスって飛行機で行くの?」

「勿論でしょ! なぁに? もしかして飛行機が怖くて乗れないとか?」

「……そんなんじゃないけど」

「けど?」

 

 

 

 

 

「……元気かなって」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 一年中燦々と降り注ぐ太陽の光によって温暖な気候となっているアローラ地方。

 主に四つの島から成り立つアローラ地方の内に、『カプ・テテフ』と呼ばれる土地神が住んでいるアーカラ島がある。

 観光名所となっているのは、ミルタンクやケンタロスが大量に飼育されている『オハナ牧場』。そして活火山の近くに存在する『ヴェラ火山公園』だ。

 他にも『せせらぎの丘』や『シェードジャングル』と呼ばれる場所もある。

 

 これらのように自然溢れるアーカラの土地において、首長―――島キング・ライチが住むコニコシティに、今日一人の少女とその家族が引っ越してきた。

 赤いニット帽を頭に被り、ゆったりとしたシャツを身に纏い、パステルカラーの緑のホットパンツを穿いた少女は、新居に運ばれる段ボールを遠目から眺める。

 

「わぁ……おっきいおうち」

「ミヅキ~?」

「ん? は~い! なあに~!?」

「ちょっと荷物運ぶのに時間かかるから、近くの広場で遊んで来たら~!?」

「わかったぁ~! ようし、行こ! ゴンベ!」

「ゴ~ン」

 

 母親の言葉にグッと拳を握りしめて、この新居にやって来る途中に見かけた広場へダッシュで向かうミヅキ。

 

(あそこでピカチュウ踊って可愛かったなぁ~!)

 

 その広場では、三体のピカチュウがトレーナーが指示するテンポに合わせて、愛らしい踊りを見せていたのだ。

 願わくば、近場でそのピカチュウ達の事を眺めたいと思うミヅキであったが―――。

 

「あっちゃぁ。もう居ないよぉ……ん?」

「ゴン?」

 

 ダンスを踊るピカチュウたちが居ないのを確認したミヅキは肩を落とすが、その代わりにとある場面に遭遇した。

 自分より少し年上に見える子供達が広場でポケモンバトルをしているという場面だ。

 一人は筋肉質で半裸の少年。

 一人は釣竿を片手に持つ青髪の少女。

 最後に、緑髪で褐色肌の少女だ。

 

 彼等が行うポケモンバトルに目をとられていると、その視線に感じたのか、観戦していた緑髪の少女がスタスタと近寄ってくる。

 

「君、ここら辺じゃ見かけない顔だね。どうしたの?」

「あっ……今日、この街にカントーから引っ越してきて……」

「えっ、ホントッ!? カントーから来たんだぁ~! 遠かった!?」

「それなりに……」

「ほおほお! ねえ、カキ! スイレン! こっち来なよ! ……あっ、そう言えば名前訊いてなかったね。名前は?」

「ミ……ミヅキ!」

「ミヅキちゃんって言うんだぁ! アタシ、マオって言いまっす! まあ、引っ越してきたのに色々訊くのもあれだと思うけど、これだけ言わせて!」

「へ?」

 

 

 

 

 

「―――アローラ地方へようこそ!」

 

 

 

 

 

 こうして、とある南国の島の一角で少女の新しい生活が始まるのだが、それはまた別の話。

 




次回からポケモンリーグ編、開幕です。


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第九十六話 夏休みは入る前が盛り上がりのピーク

「ここがスタジアムかぁ……!」

 

 眼前に佇む巨大なバトルスタジアム。近くに寄れば、その巨大さ故に全貌が窺えない程だ。

 彼―――ライトの眼前に佇むのは、今年も行われるカロス地方ポケモンリーグが開催されるミアレスタジアムだ。

 

 八つのジムバッジを集め、紆余曲折あったがなんとかミアレシティまで戻ることができたライトは、地図を頼りにこのスタジアムまでたどり着くことができた。

 

「……あれ、コルニは?」

 

 ふと、今迄旅を共にしてきた少女が居ない事に気が付いたライトは、辺りをキョロキョロと見渡す。

 今日は大会に出場する為だけの日であるにも拘わらず、スタジアムの周囲には移動式の売店などが多く立ち並んでいる。

 大方どれかの店に並んで食べ物でも買っているのだろうと呆れながら予想していると、ふと近くから香ばしい香りがライトの鼻腔を擽るように漂ってきた。

 

ふぁいほ(ライト)! ひはへふぁへっほ(ミアレガレット)!」

「……何個買ってきたの?」

ふぁふふぁん(たくさん)!」

 

 口にミアレガレットを詰め込みながらやって来たコルニは、手元にガレットがたくさん入った紙包みをライトに差し出す。

 明らかに二人分ではない量だが、ポケモン達の分も入っていると思えば適量(のはず)だ。

 厚意に甘えて一つ口に頬張ったライトは、久し振りに食べたガレットに舌鼓を打ちながらスタジアムの方へと向かう。

 

「受付って何時からかな……」

ほひふはははふぁふぁひ(お昼からじゃない)?」

「飲み込んで。お願いだから飲み込んで」

ふぇんふぅ(川柳)?」

「川柳じゃないから! はい、お水!」

「んっ……んっ……ぷはぁ! ふぅ……お昼からじゃない?」

 

 自身の水筒を手渡して、無理やりコルニの口の中の物を流し込ませたライト。

 コルニ曰く『お昼から』だが、

 

「まあでも、早いに越したことはないよね」

「そうだね! それじゃあ早速受付に行ってみたら?」

「うん。受付はどこかなぁ……」

「―――あっ、ライトじゃないか」

「ん? この声は……」

 

 聞いたことのある声。

 徐に振り返れば、金髪を靡かせて穏やかな笑みを浮かべる少年が、隣にカメックスを連れて佇んでいた。

 

「デクシオ! 久し振り!」

「久し振りだね、ライト」

「ここに来たって事は、デクシオも?」

「勿論、僕もバッジを八個集めたよ……言うなれば、ポケモンリーグの出場権を得たという事だね。一先ずは予選だけだけれど」

「そうだね」

 

 共に旅を始めた友人もバッジを八個集めたという事実に、ライトもデクシオも互いの健闘を讃えるかのように握手を交わす。

 グッと握りしめた手は、初めて握手を交わした時よりも逞しくなったように感じる。

 柔和な笑みは、好戦的な笑みへ。

 頂点を目指す以上、友人であれどライバルの一人だ。

 

「……もしバトルすることになったら、手加減無しでね」

「言われなくても」

「へへっ」

 

 デクシオの左腕に嵌められている白いメガリング。予選か、それとも本選か。いずれかでメガシンカさせるというのは目に見えているが、恐らくメガシンカさせるのはカメックスだろう。

 だが、ここで既にデクシオの対策をするのは早計か。

 

「デクシオはもう受付は済ませたの?」

「いいや、まださ。折角だから一緒に行くかい?」

「そうしよっか」

「―――お待ちなさいな!」

 

 聞いたことのある声(テイク2)。

 振り返る三人の視線の先には、ゴーゴートの背中に悠々と座りながらライト達の方へとやって来るジーナが居た。

 よくあの場所から自分達の所まで澄み渡る声を発することができたものだと、半ば呆れ気味で苦笑を浮かべるライト。

 

(速度が遅い……)

 

 思っている以上に距離を詰めてこないゴーゴート。焦らされているような気分はライト達だけではなく、乗っている当人であるジーナさえもだったらしく、我慢ならず途中で降りてこちらに早歩きでやって来た。

 

「ごほん……ボンジュール! あなた方は元気でやっていて?」

「ジーナ、久し振り。調子は?」

「まあまあですわ! ジムバッジもこの通り!」

 

 鼻を鳴らしながら、自信満々にバッグからバッジケースを取り出し、中に納められている八つのバッジを見せつけてくるジーナ。

 こうして同時に旅に出た三人全員がバッジを集め切れたということになる。

 どこか感慨深くなりながらスタジアムの方へ視線を向ける三人は、スタジアムの外側からでも窺えることができる聖火台を見つめた。

 

 あの聖火台に火が点った時―――それはつまり、

 

「お互い、本選まで残れるよう頑張ろう」

「そうだね」

「勿論ですわ」

『ポケモンリーグに出場なさる方~~~! 受付、残り三十分となっていま~す!』

「「「っ!?」」」

 

 この後、全力疾走で受付にいったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ホロキャスター……ですか?」

「はい。今回の大会から大会用のホロキャスターが貸出されることになっています。予選の組み合わせや、スタジアム内の地図、予選や本選開始前にアラームが入って選手の方々にお知らせするなど、便利な機能がたくさんついています」

 

 受付の女性からホロキャスターを受け取ったライトは、メガリングを嵌めていない右腕に手渡されたホロキャスターを装着した。

 どうやら今回の大会からスポンサーにフラダリラボが入っているという理由から、商品宣伝も兼ねて選手の者達に主力商品であるホロキャスターを貸出しているということらしい。

 カロス版のポケギアといったところだが、性能だけで言えばホロキャスターの方が数段上だ。

 最先端を行ったような気分になるライトは少々愉悦な表情を浮かべながら、早速電源を入れてみる。

 

「おぉ~」

「抽選が終わり次第、何時何処に居ても対戦相手を確認できるようになっていますので、是非ご使用なさってください」

「あのう……使用ポケモンの登録とかは?」

「試合に使用するポケモンの登録についてですね? そのことについてでしたら、大会に伴って配布されるパンフレットに詳しい事が記載されています。手短に説明致しますと、本大会では予選開始前に手持ち六体を登録することになっております」

「六体だけですか?」

「いいえ。登録した六体を入れ替えは何時でも可能となっております。本大会では使用ポケモンの上限に関する規定はございませんので、何体入れ替えをしても大丈夫です。それと一つ注意点を。予選、そして本選準決勝以前の試合では登録した六体の内、使用ポケモンを事前に選択する必要がございます。予選等で、使用ポケモンの変更をする場合には、予選毎の間の時間にスタジアムに設置されているパソコンで選択の変更をお願いします」

「成程……分かりました。ありがとうございます!」

 

 それなりに掻い摘んで説明してくれたであろう女性にお辞儀をしてから、スタジアムのパソコンへと向かうライト。

 パソコン台の下には、通常転送装置として使用されるボールを置く場所が存在するが、使用ポケモンの登録は其処から行われる。

 

(……ようし)

 

 腰のベルトに装着していたボールを取り出し、六個全てを台の窪みに装着する。

 それからパソコンを少々弄り、トレーナーパスを翳して大会用のホームページへと画面を移行させ、登録に取り掛かった。

 登録自体は数十秒ほどで済み、パパパッと六体の顔の画像が画面に映しだされる。

 

「よしッ! これで予選に使うポケモンを選択するんだっけか……」

 

 タッチパネル式の画面を指で触れ、直感で二体のポケモンを選んだライト。

 これで先程の慌ただしさから解放されたことになり、ホッと安堵の息が漏れる。

 人とは、本当に焦っている時は涙が出そうになるということを知った時間であった。グッと背伸びをして緊張をほぐし、先にスタジアムの外で待っていてくれているであろうコルニの下へ戻ろうとしたその時、

 

「おや、君は……?」

「あっ、シトロンさん!」

 

 ミアレジムリーダーである少年・シトロンが、パソコンから離れるライトの事を見つけ、軽快な足取りで近寄っていく。

 

「ここでどうしたんですか?」

「ジムリーダーはポケモンリーグの開催期間は、一時期ジムの仕事を止めてポケモンリーグの警備やフィールドの整備をするんですよ。因みに僕は、この大会のネットワークに関することなので、こうしてここで困っている方がいないかと……」

 

 『てへへ』と頭を掻くシトロンは、そう言って手をパソコンへの方へ向ける。

 確かに若き天才発明家と呼ばれる彼であればコンピュータにも詳しく、こうして電子機器の扱いを他人に教授・手助けすることも可能だろう。

 更にシトロンの話を聞く限り、他のジムリーダー達もこのポケモンリーグの警備などに関わっていそうだが、仕事中の彼らにわざわざ会いに行くのは仕事を邪魔している様な気がするライトは、シトロンの話を聞いて存在を把握するだけに留めようと考える。

 

「……あれっ? ユリーカちゃんは?」

「妹ですか? 流石にユリーカを公務に連れてくることなんてしませんよ」

「それもそうですね、ははっ」

「それと、こんな広い場所にでも連れてきたら、あの癖を止めるのが大変でしょうし……」

(……あぁ、あれか)

 

 幼女とは思えぬナンパの申し子を連れて来れば、一体どうなるか。

 以前、その癖を垣間見たライトは確かに連れてこない方が賢明だと、シトロンに憐れみを込めた苦笑を浮かべてみせる。

 互いに一癖強い姉や妹を持つ者同士、シンパシーのようなものを感じているのだろう。

 

 それは兎も角、シトロンはライトが右腕に着けているホロキャスターに目をつけ、キラリと眼鏡から光を放ってみせた。

 

「ふふふっ、それは本大会で貸出されているホロキャスターですね?」

「はい。さっき受付で貰って説明は聞いたんですけど……」

「彼を知り己を知れば百選危うからず。本大会では、そのホロキャスターを使って出場者の情報を得ることができますので、積極的に使うといいですよ?」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。例えば、予選でどのようなポケモンを使ったのかや、これまでポケモンの大会に関する経歴などですね」

 

 そう言ってシトロンは手際よくライトのホロキャスターを弄り始める。

 すると、画面にはずらりと番号と名前が映し出された。ポケモンリーグの出場者の名簿であると思われる画面をスワイプで操作するシトロンは、『おっ』と声を上げて一人の名前を指し示す。

 

「このテツヤという方は、去年のホウエン地方のポケモンリーグで優勝した方ですね」

「―――ッ!」

「そういった事前情報もホロキャスターで調べられますので、是非活用してみてください」

「……はい。ありがとうございます」

「それでは、僕は仕事に戻りますので!」

 

 笑顔で去って行くシトロン。彼の背中を見送ったライトは、すぐさま『テツヤ』なるトレーナーの情報をホロキャスターで調べてみる。

 ホウエン地方のキンセツシティ出身のトレーナーで、18歳でホウエン地方ポケモンリーグを勝ち抜き、優勝した男性。

 他にもホウエン地方の各所で行われているバトル大会でも優秀な成績を収めるホウエンの麒麟児といったところか。

 

「ホロキャスター便利だなぁ」

 

 スワイプタッチ方式の操作にはまだ慣れないものの、機能性はポケギアよりも数段上だ。

 

(でも、姉さんが買ってくれたポケギアを使わないって訳にもいかないし、僕は必要ないかなァ)

 

 しかし、機能よりも思い出。

 補足すればまだ三か月程度しか使用していないポケギアを使わないというのも気が引ける為、まだ暫くはポケギアユーザーで居ようと考えるライトは、今度こそスタジアムの外へと向かう。

 大会参加者と思われる者達が屯する人混みを掻い潜りながら、燦々と日光が照りつける外に出れば、中と違って吹き渡ってくる爽快な風をその身一杯に浴び深呼吸する。

 

「おー、ナイスモチーフ!」

「へ?」

 

 出た途端、右側から聞こえてくる抑揚のない声。

 徐に振り返れば、金髪を長く伸ばし、それを後頭部で一まとめにしている少女が、手でカメラの形を作ってこちらを向いている姿が見えた。

 それだけであれば特に何も思わなかったが、目の下に歌舞伎で言う『隈取』のように塗りたくられたピンクの絵の具の後に驚いたライトは、何者であるのかを詮索するかのように少女をジッと見つめる。

 

「おっと、ごめんごめん。今の気にしないで」

「はぁ……」

「あ、ちょっと失礼。受付ってスタジアムの中?」

「受付ですか? リーグ参加の受付なら、スタジアム入って真っ直ぐ奥に向かうと大きなカウンターでやってますよ。もうすぐ締め切りだったと思うので、急がないと……」

「え、ホント? ヤバ……君、アリガトね。そんじゃ」

(……ずっと無表情でレッドさんみたいだったなぁ)

 

 ゆったりとした服―――絵画用のスモックを靡かせながら走っていく少女。

 喋り方は比較的今時な雰囲気であったが、抑揚がなく、少女の表情に変化がほとんど見えなかった為、知っている人物の中に一人が思わず脳裏を過ってしまった。

 あの子も参加者か、とポケモンリーグの参加者の多さを体感したところで、踵を返して歩み出す。

 

「コルニー」

ふぁひふぉ(ライト)ふへふへほはっはほ(受付終わったの)?」

「今度は何食べてるの?」

ふぁん(パン)

「……これからコルニの事『小麦』って呼んでいい?」

ふぇ()はんへ(なんで)!?」

「ガレットとかパンとか小麦製品たくさん食べてるから」

「ッ……んっ、んっ……聞き捨てならないよ! ガレットはそば粉で作ってるんだからね!」

「ツッコむ所そこ?」

 

 と、今度はパンを頬張り、それを胃袋の中に水で流し込んだコルニと他愛のない会話を交わし、辺りを見渡す。

 活気づく広場にはポケモンを外に連れ出して歩いているトレーナーたちが多く見受けられる。

 

「折角だしね。ブラッキー」

 

 自分も、と思ったライトはブラッキーをボールの外に出す。

 活気づいてはいるものの、バッジ八個を集めた者達が多いこの場所では、肌がピリピリとひり付くような感覚を覚えてしまう。

 そんな空気に自分も慣れる為にも、手持ちのポケモン達にも慣れさせる為にこうして外に連れ出すのは決して無駄なことではないだろう。

 

 コルニから受け取ったガレットを一つ食べさせた後は、半ばお祭り騒ぎとなっているスタジアム周辺を散策することに決める。

 

「あっ、ヒウンアイスだって」

「……」

「……まだ食べるって言うの?」

「そこまでお腹は減ってない……一口くらいは食べたいけど」

「じゃあ、一つ買ってくるから一口食べていいよ。残りは僕が食べるから」

「ホント!?」

 

 食に貪欲なコルニの為にヒウンアイスを買いに行くライト。

 ヒウンアイスは今イッシュ地方で大人気のアイスであるらしく、旅の途中でもポケモンセンターのテレビで観たライト。

 こうして稼ぎ時を見計らってやってきたのだろうが、折角こうしてやって来たのであれば食べてみたいと思うのが人の性。

 

 ヒウンアイスを販売している店にできていた行列の最後尾に並び、ブラッキーと少し戯れながら待ち時間をつぶす。

 すると、ピンポーンというチャイムのような音がスタジアム周辺に響き渡る。

 

『これより、カロスポケモンリーグ予選の組み合わせを発表します。参加者の皆さまは、お手元のホロキャスター、若しくはスタジアム前電子掲示板をご覧になり、予選の試合場所及び開始時間をご確認するようお願いします。一次予選は、三十分後より開始します』

「あ、今からか……どれどれ」

 

予選の組み合わせが決定したというアナウンスを耳にし、すぐさまホロキャスターの電源をつける。

ずらりと並ぶ名前の中から自分の名前を見つけるのは面倒―――と思いきや、案外すぐに見つけることが叶った。

 

「えっと、第三試合で会場はCコートっと。相手はコトブキシティのトモ……シンオウ地方の方かぁ」

 

 シトロンに勧められた様に相手の情報をホロキャスターで閲覧するライト。

 コトブキシティというと、ポケッチという腕時計型のアプリケーションツールを販売している会社の本社がある街だ。

 これまでの経歴をあっさり確認すると、シンオウリーグベスト16という好成績を残しているのが確認できる。

 一戦目からそれなりの強敵との組み合わせになってしまったが―――。

 

「……スタートはこれくらいの方が燃えるよね」

「ブラッ!」

 

 

 

 三十分後、カロスポケモンリーグ一次予選開始。

 



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第九十七話 ニックネームは呼んでも恥ずかしくないものに

 

(試合は……Fコートか)

 

 ホロキャスターで自分の予選会場がどこか調べる少年―――アッシュは、歩きながら予選会場であるFコートへと足を進めていた。

 予選が始まっただけあって、スタジアム周辺は熱気が凄まじいことになっている。

 一年に一度の祭典だ。これだけ盛り上がるのも無理はないだろうとも思いながらも、余り得意とは思えないアッシュは足早に目的地に辿り着こうと急ぐ。

 

(―――アイツ)

 

 だが、ふと通りかかったコートでバトルを繰り広げている少年とジュカインに目が留まり、同時に足も止めた。

 そんな主人の反応に、隣を歩いていたゲッコウガも思わず足を止め、熱心な眼差しで少年達のバトルを観戦する。

 

 ジュカインとバトルしているのは、【ドラゴン】・【ひこう】タイプのポケモンであるチルタリスだ。

 タイプ相性だけで言えばジュカインが不利だが、今Cコートで行われている試合では、ジュカインが優勢に事を進めている。

 

「おちるちる! “りゅうせいぐん”!」

 

 一方、劣勢であったチルタリスに指示を出す男性は、【ドラゴン】タイプの技の中でも究極と謳われる程強力な“りゅうせいぐん”を指示する。

 空を仰ぎ、口から光弾を解き放つチルタリス。

 放物線を描くかと思いきや、光弾は最高点に達した時に分裂し、文字通り流星群のようにバトルコートに降りかかる。

 

 絨毯爆撃かのようにバトルコートに降り注ぐ“りゅうせいぐん”。これを喰らえば、耐久力が低いジュカインは一たまりも無いだろう。

 

「今だ、ジュカイン! “りゅうのはどう”!」

「なにっ!?」

 

 しかし、“りゅうせいぐん”によって巻き起こった土煙を切り裂くようにして現れたジュカインが、チルタリスの前で四つん這いになって身構え、口腔から“りゅうのはどう”を解き放った。

 【ドラゴン】に効果抜群な【ドラゴン】技。

 それをゼロ距離で喰らったチルタリスは、煙の尾を引かせながら墜落し、目をグルグルと回して伸びている姿を審判に見せる事となった。

 

「チルタリス、戦闘不能!」

「よっし、ナイス! ジュカイン!」

「くっ、でも次はそうはいかない! 行け、いけめん!」

(ニックネームの癖が濃い……!)

 

 対戦トレーナーの使用ポケモンのNN(ニックネーム)を心の中でツッコむライトは、相手が繰り出したいけめんを前に、すぐさま気持ちを切り替える。

 【はがね】・【くさ】タイプのナットレイは非常に【ぼうぎょ】が高いポケモンだ。その代り動きが鈍重という欠点があるものの、物理攻撃を主体とするポケモンには特性の一つである“てつのとげ”も相まって、非常に厄介なポケモンとされている。

 

「でもジュカイン! このまま行くよ!」

 

 しかし、突破できない相手ではない。

 非常に耐性の多いナットレイではあるものの、弱点が無い訳ではない。そこを突いていけば、要塞のようなナットレイでも倒すことは可能だ。

 

「ジュカイン、“きあいだま”!」

「甘い! “パワーウィップ”で受け止めろ!」

 

 一体目を倒した勢いのまま攻めたいと考えたライトは“きあいだま”を指示する。

 だが、それに対してナットレイは通常壁や天井に張り付く為に用いる触手を突出し、ジュカインが繰り出した“きあいだま”を真正面から受け止めた。

 

(回転が弱かったか……!?)

「よくやった! そのまま“ステルスロック”だ!」

 

 命中することなく拡散したエネルギーの奥には、既に残りの触手を地面に突き立てるナットレイの姿を垣間見ることができる。

 次の瞬間、バトルコートのあちこちに罅が入り、地震のような重低音を響かせると同時に、コートの表面がバキバキとはがれていき、無数の尖った岩石が宙に浮遊し始めた。

 自身の周囲に突如として浮かび上がった岩石にジュカインは戸惑いを覚えたように挙動不審になるが、今繰り出された技の効果を知っているライトは眉間に皺を寄せながら声を上げる。

 

「大丈夫! “ステルスロック”は交代した時だけ襲ってくる岩だ! 今君を襲わない!」

「それはどうかな! ナットレイ、“ジャイロボール”!」

(なっ……!?)

 

 声に出さないものの、驚愕の色を浮かべるライト。

 彼が見た光景とは、ナットレイが触手を次々と“ステルスロック”に突き刺しながら、ターザンロープのように伝ってジュカインへ肉迫する姿だった。

 思いもしない“ステルスロック”の使い方に驚くライトであったが、思考を止めることはない。

 

「ジュカイン! 上に飛んで躱して!」

「させるか! 追え!」

 

 驚異的な脚力で“ステルスロック”を掻い潜って上空へ逃げるジュカイン。

 それを追うために、自身を大きく振り子のように扱って上空に身を放り投げるナットレイは、標的を射程距離に捉えて体を高速回転させる。

 何とか体を捩じって回避しようと試みるジュカインであったが、遠心力によって飛び込んできたナットレイの速さに対応し切る事ができず、“ジャイロボール”を喰らってしまう。

 

「浅いかっ!」

 

 攻撃を喰らって吹き飛ぶジュカインであったが、その飛距離を見た対戦相手は攻撃が浅かったことを瞬時に把握する。

 それを証明するかのように、吹き飛ぶ途中で体勢を立て直したジュカインは、身軽にコーチに着陸した。

 そのまま、直線状に佇んでいる主人の瞳を一瞥する。

 彼の目はこう訴えていた。

 

―――攻勢に転じる準備は万端だよ

 

「ジュカイン、相手の着陸を狙って“きあいだま”だ!!」

「しまっ……ナットレイ! “ジャイロボール”で弾道を逸らせ!」

 

 隙が生じやすい着陸を狙っての技の指示に対し、対戦相手は攻撃を攻撃で逸らすよう口にする。

 先程は“パワーウィップ”で相殺されたが、今度は違う。

 しっかりと“きあいだま”に回転を掛け、突破力を通常のものよりも付加した上でナットレイに解き放った。

 その甲斐あってか、始めの時のように相殺されることなく、数秒の間“ジャイロボール”を繰り出すナットレイと拮抗した後に漸くエネルギーが拡散する。

 

 これで一旦の危機は回避できた―――が、

 

「“めざめるパワー”!」

「“パワーウィップ”で捕まえるんだ!」

 

 ナットレイが“きあいだま”を弾こうとしている間、既にナットレイの眼前まで迫っていたジュカインが、掌に溜めた“めざめるパワー”を解放しようと身構える。

 そうさせない為、自重を支えられるよう強靭に鍛えられている触手をジュカインに突きだす。

 が、着陸の為に一度地面に突き刺した触手を抜くために、一瞬のタイムラグが生まれる。

 

 ジュカインには、その隙だけで充分であった。

 

 白―――しかし、秘めたる【ほのお】のエネルギーが込められている“めざめるパワー”を、ゼロ距離でナットレイの顔面に叩き込む。

 掌打を繰り出すかのように叩きこまれた“めざめるパワー”は、一瞬眩い閃光を放った後に爆発した。

 

 見事攻撃を直撃させることができたジュカインは、反撃に備えてバックステップで距離をとる。

 だが、相手からの反撃は一向にやってこない。

 トレーナーが指示を出していないのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、ある程度育てられたポケモンは事前の指示で既に動いている可能性もある。それを考慮しての退避行動であったが、爆発による土煙が晴れ、既に必要のない行動であることを認識することができた。

 

「ナットレイ、戦闘不能! よってライト選手、二次予選進出です!」

「よっしっ……! やったね、ジュカイン!」

 

 緊張の糸が解けたライトはキレのいいガッツポーズを決め、嬉しそうに駆け寄ってくるジュカインとハグを交わす。

 その間に対戦相手であるトモは、悔しそうな表情を浮かべながらナットレイをボールに戻す。

 

「……はぁ、完敗だよ。君のジュカイン、とっても強いな! いいバトルだったよ!」

「ありがとうございます!」

「残りの試合も頑張ってくれよな!」

「はい! 勿論です!」

 

 しかし、すぐに清々しい笑顔を浮かべて見事勝利を勝ち取ったライトに歩み寄り、握手を求めるように手を差し出す。

 快く応じたライトは、がっちりと対戦相手と握手を交わし、礼儀正しくお辞儀を返す。

 試合の後の儀礼的なものを終えた両者は、次なる試合の為に待機しているトレーナーにバトルコートを明け渡すべく、颯爽とコートから去って行く。

 

 笑顔で空を仰ぎながら去る者。

 俯いてトボトボと去る者。

 

 どちらが勝者でどちらが敗者かは一目瞭然だ。

 これがポケモンリーグ。勝者が勝ち進み、敗者は去るだけの王者の祭典故の光景である。

 

(……勝ち進んだのか、アイツ)

 

 Cコートで行われていたライトの予選試合を眺めていたアッシュは表情を変えぬまま、ジュカインと嬉々とした様子で去って行くライトの背中を見送る。

 

「……コウガ」

「っ、どうしたゲッコウガ?」

 

 隣にジッと佇まっていたゲッコウガの鳴き声を耳にして我に返ったアッシュは、腕を組んでいるゲッコウガの顔に視線を映す。

 するとゲッコウガは手首の辺りを指でちょんちょんと叩いた後に、顎で別の方向にあるコートを示して見せる。

 

「……そうだったな。俺達も予選があるんだったな」

「コウガ」

「すぐ行く。急かすなよ」

 

 予選の時間を心配してくれているゲッコウガ。

 そんな彼の気遣いを理解しながら、わざとぶっきらぼうに応えて自分達の予選が行われるバトルコートへ向けて足を進めるアッシュ。

 

(……やっぱりか)

 

 ポケットに突っ込んでいた手。

 武者震いでも緊張によるものでもない震えに襲われる手に、アッシュはとある日の事を思い出した。

 いっそ清々しく思える程の豪雨だった日だ。

 

 出会った日がそうだった。

 

 挫折を味わった日がそうだった。

 

 決心した日がそうだった。

 

 そして、彼を捨てた日も―――。

 

(もし試合で当たったなら、その時証明させてくれ。あの時の俺の判断が正しかったってことを)

 

 

 

 ***

 

 

 

 カツカツとヒールが床を踏む音が鳴り響く廊下。活気あふれるスタジアムの外と違い、関係者以外立ち入り禁止である廊下は閑散としたものだ。

 そのような廊下を凛とした佇まいで歩む女性―――カルネは、廊下の奥にひっそりと在る部屋に向かって足を進め続ける。

 

「失礼します、タマランゼ会長」

「おおっ、カルネ君。久し振りだのう」

 

 軽くノックしてから入った部屋の奥には、豊かな白い髭を蓄えた小柄の老人が、厳かな部屋の内装に似合わぬラフな格好で椅子に座っていた。

 

 ポケモンリーグ委員会最高責任者・タマランゼ。

 

 ポケモンリーグ本部が設置されているカントー・ジョウトリーグを始め、各地方に存在するポケモンリーグ委員会のトップとも言える人物が、このタマランゼという老人である。

 カロス地方チャンピオンであるカルネは、忙しい時期にやって来てくれたタマランゼを歓迎するべく、こうして部屋までやって来た訳だ。

 

「お忙しい中、よくカロス地方へいらしてくれました」

「いやいや。熱いバトルを観る事ができる場所であれば何処へでも……と言いたいのですが、カロスに来るとどうも畏まってしまう。不思議なものだ」

「うふふっ、お気楽になさってくれればいいのに」

「はっはっは。おっと……そう言えば、四天王の方々は?」

「四人集まってから、と考えているんだと思います。日中は会場警備等ありますし、落ち着けば追々来ると思います」

「おお。それは楽しみですのう」

 

 パキラはスタジアムの各所でトレーナーに取材を。

 ズミはリーグ関係者に振る舞う料理の準備を。

 ガンピは会場警備を。ドラセナもまた然り―――といった具合だ。

 

 四天王にすぐ会えない事を少し残念がるタマランゼの様子に、クスクスと微笑むカルネは徐にタマランゼの背後にある窓辺に歩み寄り、外の様子を窺う。

 そこから覗けるのは、本選出場を掛けて激闘を繰り広げるトレーナーとポケモン達の姿だ。

 

「カルネ君は気になっているトレーナーは居るのですかね?」

「うふふっ、まだ初日ですよ? 少し気が早いですよ、会長」

「はっはっは! だが、もし居たら教えて欲しいものですぞ」

「そうですねぇ。他の地方で優秀な戦績を残しているトレーナーの参加も確認されていますし……あぁ、そう言えば、プラターヌ博士からポケモン図鑑を託された子達も出場するみたいですよ」

「ほぉ! ポケモン図鑑を……成程、それは楽しみですな」

「ええ。友人のご兄弟も出るようですし―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 現在、最も盛栄を極めているリーグはどこかと問われれば、トレーナーは揃ってカントー・ジョウトリーグを挙げるだろう。

 二地方を合併したリーグは、それだけトレーナーが流れ込む訳である為、必然と言えば必然かもしれない。

 しかし、そのようなカントー・ジョウトリーグに負けないよう、他の地方では交換留学等で数多くの新人トレーナーを迎え入れ、リーグの発展に貢献させようと試みている。その甲斐あってか、今年のカロスポケモンリーグでは過去最高の出場者数を誇り、更には新人の出場割合も過去最高となった。

 

 同時に、今年の本選出場枠を巡る試合は、熾烈と極めるものとなったのは言うまでもないだろう。新参者に負けじと立ちはだかる中堅の壁に、為すすべなく敗北を喫してスタジアムを前に立ち去るのを余儀なくされる者も多い。

 だが、その壁を打ち砕いて前に進む者も当然いる。

 

 他地方のリーグで優秀な戦績を残す強者。

 

 各分野で名を轟かせるエキスパート。

 

 そして、そのどちらでもない超新星(スーパールーキー)

 

 更に今年は例年になく『メガシンカ』の使い手が出場し、巷で話題となっている。カロスの伝承―――トレーナーとポケモンの絆の体現。練達となれば、通常のポケモンとは一線を画した力を得ることになるメガシンカだが、意外にも予選でお披露目する者は多くなかった。

 

 それはライトにも言えることであり、一度もメガシンカを使わずに現在まで予選に勝ち残っている。

 

 予選初日に、シンオウリーグベスト16の相手に勝利を掴むという金星を上げたライトは、その勢いのまま二次、三次予選へ着々と駒を進めていた。

 

 二次予選では、カバルドンとダイノーズを使うトレーナーと当たり、砂嵐下で起こる【いわ】タイプの【とくぼう】の上昇と、ダイノーズの特性“すなのちから”に伴う技の威力の上昇に苦しめられるライト。しかし、その威力を逆手にとってのミロカロスの“ミラーコート”が決まり、見事突破する。

 

 一方、三次予選ではソーナンスを使ってくる相手を前に読み合い合戦となったものの、最終的にはブラッキーの“どくどく”による【もうどく】で体力を削り切るという形で対決を制した。

 

 ポケモンリーグの予選のレベルの高さを身に染みて感じながら、それでも勝ちを掴みとる。

 

(次は最終予選……これで勝てば本選に出られる!)

 

 残るは本選を賭けた最終予選のみ。

 本選に出るトレーナーが決まるとだけあって、予選試合を行う各所のバトルコートには一次予選を超える観客が集っている。

 

「ピジョット、“ぼうふう”!」

「あぁ! ネオラント!?」

 

 Dコートではたった今決着が着いたようであり、審判がピジョットのトレーナーが佇む方へ旗を掲げ、高らかに声を上げた。

 

「ネオラント、戦闘不能! よってフウジョタウンのガーベラ、予選突破!」

「やったー! ピジョット、よくやったです!」

 

 フウジョタウンのガーベラ。カロスにおけるスカイトレーナーの中でも屈指の実力を誇る彼女は、ポケモンリーグでもその実力を存分に振るっていた。

 その光景を移動するがてらに見物していたライトは、以前少しだけ手合せした時の事を思い出しながら、自分の試合が始まるコートまで早足で歩いていく。

 

「ねえ、ライト。緊張してる?」

「してないけど……」

「けど?」

「その手に持ってるのなに?」

「これ? チアリーダーが持ってるボンボンしてる奴!」

「ポンポンね。どこで買ったの?」

「売店!」

(なんで買ったのかなぁ)

 

 後ろから付いてくるコルニは、両手に握るポンポンを掲げてみせてくる。別名『玉ふさ』と呼ばれるそれを掲げれば、楽しそうな物を見つけたと言わんばかりにブラッキーがピョンピョンとじゃれつこうと跳ねた。

 

「どう?」

「ドヤ顔で言われても……」

 

 普段の恰好が恰好であるから、ポンポンを持った状態でもさほど違和感はない。寧ろ、本職ではないかと思う程似合っているとは思うが、そんなコルニの応援対象が自分達であると考えると、複雑な気分になったライト。

 

「正直に言えば、恥ずかしいから止めて欲しいかな」

「んなっ……!?」

「だって、ねぇ……」

「……分かったもん。ルカリオに持たせるから」

「それはそれでどうかと思うけど、あ~、う~ん……それでいいっか」

「バウッ!?」

 

 ライトの羞恥心を解消するために、ルカリオは犠牲となったのだ。

 

「それでライト。最終予選はどの二体選んだの?」

「ハッサムとミロカロス」

「へぇ、その二体なんだ。どうして?」

「対戦相手……確かベテラントレーナーのタイガって人だったと思うけど、その人が予選で選んでたポケモンに有利かなって思って」

「成程! じゃあ、勝てるよね!」

「……バトルするのは僕達なんだけど」

「気にしない気にしない! ほら、ファイト!」

 

 溌剌とした様子でライトの背中を叩くコルニ。

 結構な力である為、ライトは痛そうに顔を歪めながらコルニに止めるよう声を掛けながら、正念場である最終予選を行う会場へ足を向ける。

 

 

 

 

 この時は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 これから始める試合の所為で、あのような事になるなど。

 



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第九十八話 立つ鳥跡を濁さず精神を大事に

「これより、タイガ選手対ライト選手の最終予選を開始します! 両者、ポケモンをバトルコートへ!」

「行け、クロバット!」

「ハッサム、キミに決めた!」

 

 本選出場を賭けた大事な試合。

 観客も大勢いる中、二人のトレーナーは互いに信頼するポケモンの一体をバトルコートへ繰り出す。

 イッシュ地方では名の知れたベテラントレーナーであるタイガが繰り出したのは、こうもりポケモンのクロバットだ。

 素早い動きで相手を翻弄するスピードが売りのポケモン。

 

 対してライトが繰り出したのは、全ジム戦選出を果たしたパーティの大黒柱。

 新参者を寄せ付かせぬオーラを身に纏うクロバットに負けず劣らずといった雰囲気を醸し出すハッサムに、タイガの口角も自然と吊り上る。

 

「おう! 中々強そうなポケモンじゃねーか!」

「ありがとうございます! ハッサム、“バレットパンチ”!」

「躱して“エアスラッシュ”!」

 

 お世辞かどうか分からない言葉に礼を口にしたライトは、すぐさま先制攻撃を仕掛けるよう指示する。

 刹那、風を切るようにしてクロバットに肉迫するハッサムが、鋼鉄の如き鋏を捩じりを加えながら前に突きだす。

 

 並みのポケモンでは避けられない一撃であったが、クロバットは紙一重の所で“バレットパンチ”を回避し、そのままハッサムの背後に回り込む。

 そして四枚の羽を羽ばたかせ、地面に裂傷が刻まれる程の空気の刃を繰り出してきた。

 

 だが、それを予見していたかのように、ハッサムは先程空振った鋏をそのまま振りぬくようにして方向転換し、背後に迫る“エアスラッシュ”を粉砕する。

 たった数秒の間に行われる激しい攻防に、観ていた観客たちボルテージはグングン上昇していく。

 

 その後もクロバットとハッサムの攻防は暫く続くものの、中々決定打を見いだせない。

 しかし、タイプ相性的に不利なクロバットで攻め続けるのは不利だと判断したのか、タイガが先に動く。

 

「“とんぼがえり”だ!」

(退く……!?)

「頼んだぜ、カビゴン!」

 

 “とんぼがえり”を防御姿勢のハッサムに喰らわせ、ボールに戻っていくクロバット。

 代わりに出てきたのはいねむりポケモンのカビゴンだ。着地しただけで地震ではないかと思われる程の振動を起こすことのできる体重。その重さもさることながら、覚える技の種類も多い【ノーマル】ポケモンの代表格といえる存在のポケモン。

 

「ハッサム! こっちも“とんぼがえり”! ―――……ミロカロス、キミに決めた!」

 

 カビゴンがバトルコートの出てきた瞬間、クロバットと同じ技を繰り出すよう指示するライト。

 【ノーマル】タイプ故の技の種類の豊富さを警戒しての交代だ。

 

「“かみくだく”!」

 

 しかし、ミロカロスにノッシノッシと駆け寄ってきたカビゴンが繰り出したのは、【あく】タイプの“かみくだく”。

 

(【ほのお】技を持ってないのか? なら……)

「足元に“れいとうビーム”!」

 

 カビゴンに噛み付かれているミロカロスは、そのしなやかな体をくねらせて拘束から抜け出し、只でさえ動きの遅いカビゴンの足元を狙って動きを止めようとする。

 一瞬閃く水色の線はカビゴンの右足に当たり、そのままミロカロスが空を仰ぐように顔を上へ上げた為、カビゴンの右半身には大きな氷の結晶が出来上がった。

 

「ゴーン!」

(効いてない!? ということは、“あついしぼう”か……!)

 

 動きを止められるかと期待した矢先、ダブルパイセプスのポーズをとって氷をバラバラに粉砕してみせるカビゴン。

 【こおり】技の効果がイマイチということは、相手のカビゴンの特性が“あついしぼう”であるということ。

 

 そのことを理解したライトは、すぐさま指笛でバトルコートに響き渡る音を放ち、何かをミロカロスに指示する。

 だが、ライトが指示を出している間にも相手のカビゴンは動いていた。

 

「“ワイルドボルト”をブチかませ!」

 

 次の瞬間、カビゴンの体から眩いばかりの青白い閃光が閃く。

 

「“ハイドロポンプ”で押し返して!」

 

 電光を放ちながらミロカロスの下へ全力疾走するカビゴン。

 喰らえば只では済まない【でんき】タイプの技に、ライトは血相を変えながら“ハイドロポンプ”で押し返すよう指示する。

 消防車による放水の何倍もの威力を誇る瀑布は、迫りくるカビゴンのふくよかな胴を捉えた。

 

 それにも拘らずカビゴンは一切勢いが衰えることなく、ミロカロスの下へ直進してくる。

 

「くっ……横に逸れて躱すんだ!」

「もう遅い!」

「あぁ!?」

 

 押し返すことが不可能だと判断するも、後の祭り。

 “ハイドロポンプ”を突破してきたカビゴンは、全体重をかけてミロカロスの巨体へと激突する。

 余程の威力であったのか、ミロカロスは轟音を奏でながら後方へ吹き飛び、ライトのすぐ後ろに建てられているコンクリートの壁にぶち当たった。

 

「ミロカロス、戦闘不能!」

「ゴメン、ミロカロス……ハッサム! もう一度お願い!」

 

 あえなくミロカロスを戦闘不能にさせてしまい、自分の判断の遅さを悔いる様に歯を食い縛りながら、エースであるハッサムをバトルコートに繰り出す。

 

「“つるぎのまい”!!」

「カビゴン、コートに“ヘビーボンバー”だ!!」

 

 カビゴンという壁を突破するべく、【こうげき】を上げる戦法に打って出たライト。

 一方、タイガのカビゴンはその体からは想像もできないほどの跳躍力で飛びあがり、ふくよかな腹が下に向くよう、まるでスカイダイビングのようにバトルコートへ落下してくる。

 ハッサムに直撃する軌道ではない。

 しかし、次の瞬間目の当たりにした光景に、誰もが信じられないような表情を浮かべた。

 

 ボールから繰り出された時以上の高さからバトルコートへ着地―――もとい、“ヘビーボンバー”を繰り出したカビゴンだが、攻撃がコートに決まった瞬間、コートに亀裂が入っる。

 亀裂は瞬く間に全体に広がっていき、ハッサムが“つるぎのまい”を終える頃には、着地の衝撃で地面が割れ、岩地の如く足場が悪いコートへと変貌していた。

 

「っ……“バレットパンチ”!」

「正面から受け止めろ!」

 

 それでも驚異的な脚力で地面を蹴って飛翔するハッサム。

 “つるぎのまい”によって【こうげき】が上昇した状態での“バレットパンチ”は非常に強力だが、相手はあえて正面から受けるよう指示する。

 

 弾丸のように速い鋏。

 ライトの瞳に映ったのは、ハッサムの鋏がカビゴンの厚い脂肪の中へと吸い込まれる光景であった。

 

「なっ……!?」

「そのまま“のしかかり”だ!!」

 

 思いもよらない攻撃の防御方法。

 脂肪に包まれるよう吸い込まれた鋏をすぐに抜くことができなかったハッサムは、そのまま前のめりに圧し掛かってくるカビゴンから逃れることができなかった。

 地面が悲鳴を上げるようにバキバキと音を立て、何とか膝を着いて堪えるハッサムも次第に地面へめり込んでいく。

 

「―――ッ!!!?」

 

 突如、目を見開いたハッサム。

 だが、ハッサムの背中しか見ることができないライトはその様子を窺うことができない。

 

 ライトが打開策を捻出しようと考えている間、焦燥の汗を頬に垂らすハッサムは、左の鋏に全身全霊の力を込める。

 そして、

 

「ゴッ……ゴンッ!!?」

「~~~!!!」

 

 『退けろ』と言わんばかりに殺気に満ちた瞳を浮かべるハッサムが、徐にカビゴンの腹に左鋏も突き立て、あろうことかカビゴンの巨体を両腕で持ち上げた。

 ミシミシと軋むハッサムの体。だが、あのまま“のしかかり”を受け続けても同じ結果になると判断したハッサムは、無理にでも突破口を開く為、賭けに打って出たのだ。

 

 

 

―――まだだ……

 

 

 

 そのまま両腕を前に動かし、カビゴンを放り投げるハッサム。

 

 

 

―――まだ、始まってすらいないのに、ここで負けてたまるかッ!!

 

 

 

「―――ハッサム! “かわらわり”!!」

 

 この時、トレーナーとポケモンが考えていた事は同じだった。

 ハッサムが無理を推して切り開いた活路を前に、ライトは“かわらわり”を指示する。そしてハッサムも無防備なカビゴンを前に繰り出そうとしていた技が“かわらわり”であった為、指示から攻撃までほぼタイムラグなしで繋がった。

 

 直後、バトルコートが割れる音が鳴り響く。

 カビゴンの顔面に叩き込まれた“かわらわり”の威力が凄まじく、そのまま衝撃によってカビゴンの体がコートにめり込んだ為である。

 

 攻撃が決まると同時に、打って変わって静まり返る観客たち。

 スッとハッサムが鋏をどければ、目をグルグルと回しているカビゴンの姿が露わになった。

 よく見るとカビゴンが顔面蒼白となり、状態異常に陥っていたのが周囲の者達に知れ渡る。

 

「カビゴン、戦闘不能!」

「【どく】……いや、【もうどく】をいれられてたか。でもよくやってくれた、カビゴン! 次はお前だ、クロバット! イケるな!?」

「ハッサム! ここが正念場だよ!」

 

 カビゴンが戦闘不能になったことより、最初の対面に戻る。

 しかし、体力的にはハッサムの方が少ない。長期戦は厳しく、ハッサムのメガシンカは体力の消耗が激し過ぎる為、今の体力で行使すれば後の試合に響く筈。

 後を見越しながらも、今出来る最善の方法は何か模索するライトが見出したのは、

 

「コートに“かわらわり”だ、ハッサム!!」

「なにっ……これは!?」

 

 カビゴンが先程行ったように、バトルコートへの攻撃を指示する。

 ハッサムが左鋏を振り下ろし、コートに“かわらわり”を叩きこんだ瞬間、既にひび割れていたコートの表面がとうとう剥がれ、無数の破片が宙へと舞い上がった。

 それには、忙しなく翼を羽ばたかせて宙を飛ぶクロバットも、思わず回避行動をとらざるを得なくなる。

 

 俊敏な動きで飛び回り、跳ね上がるコートの破片を回避するクロバット。

 そんなクロバットの目の前に、跳ね上がる破片を物ともせず肉迫してくる一つの影が―――。

 

「“エアスラッシュ”で牽制だ!」

「翼を掴んで!!」

 

 “エアスラッシュ”で肉迫するハッサムを止めようとするクロバットであったが、技を繰り出すため後ろに広げた翼を、両腕を突きだしてきたハッサムの鋏によって挟まれる。

 基本、翼と牙が主な攻撃手段となるクロバットにとって、翼を拘束されるということは攻撃手段の一つを封じられる事と同じと言っても過言ではない。

 

 そして何より、飛行できないクロバットなど移動手段を封じられたに等しいのだ。

 

 翼を掴んだハッサムは、徐に右の翼―――ハッサムからすれば左鋏で挟んでいる方を放す。

 しかし、依然右鋏で挟んで拘束していることに変わりはない為、クロバットは現在宙ぶらりんの状態だ。

 そこへ、

 

「“バレットパンチ”!!!」

 

 サンドバッグを殴るかのように振りぬかれるハッサムの鋏。

 同時に、顔面を殴打されたクロバットが放物線を描きながら宙を飛び、タイガの目の前に墜落する。

 

「~~~……はぁ、負けか」

「クロバット、戦闘不能! よって、アルトマーレのライト、予選突破!」

「っ……しゃ!!!」

 

 眉間を指でつまんでうなだれるタイガ。その直線状に佇むライトは、自身の勝利を意味する審判の言葉を耳にし、グッとガッツポーズを決めた。

 観客たちも大いに盛り上がり、見応え抜群の激戦を繰り広げてくれた二名へと惜しみない拍手を送る。

 

 勝敗が決した後は、互いの健闘を讃える握手をがっちりと交わし、それぞれの場所へと去って行く。

 

「ふぅ~~~! ギリッギリだった……お疲れ様、ハッサ―――」

「~~……ッ」

「……どうかしたの?」

 

 険しい表情を浮かべるハッサムに、ライトはどうしたのかと顔を覗き込む。

 するとハッサムは、『何でもない』と言わんばかりに首を横に振り、試合後の木の実を求めるように左腕を差し出してきた。

 

(あれ?)

 

 得も言えぬ違和感が、ライトの胸の中に込み上がってくる。

 しかし、その違和感がどういったものかすら分からない程の微妙な違和感であったが故に、深く考えるよりも先に労いの意味を込めたオボンの実をハッサムに差し出した。

 それを受け取って頬張ったハッサムは、口の中に広がる酸味にブルッと身を震わせながら、栄養補給に勤しむ。

 

 違和感は拭えぬまま、彼が木の実を食べ終えたのを見計らってボールの中へと戻す。

 

「おっつかれ、ライト!!」

「いっづ!?」

「本選進出おめでとー!! いやー、予選なのに迫力満点だったね!!」

「ははっ、ありがと……」

「どうしたの、浮かれない顔して? これから本選だっていうのに、そんな辛気臭い顔してたら運気が逃げちゃうよ!」

 

 背中を勢いよく叩いてやって来たコルニ。

 今迄共に旅をしてきた友人が漸く夢を叶える上での大きな一歩を進めて興奮しているのか、ギュッとハグをしてくる。

 慣れない挙動に苦笑を浮かべるしかないライトは、暫し為されるがままにしていようとも思ったが、公衆の面前で少女にハグされているのも恥ずかしいと、途中でやめるよう口にし、ポケモンセンターを目指して歩く。

 

 やや疲労した顔を浮かべながら歩むライトに対し、満面の笑みで本選進出を喜んでくれるコルニ。

 ちょっとカワイイと少しだけ思ったところで、近くのスピーカーから大音量でアナウンスが流れ始める。

 

『現在をもちまして、本選進出者三十二名が確定致しました。開会式は、本日午後七時からとなっております。本選出場者は開会式に遅れぬようご注意ください。詳細につきましては大会用ホロキャスター、及びスタジアム前電子掲示板に記載しておりますので、ご確認の程をお願い申し上げます』

「へぇ~、開会式は七時……夜なのかぁ」

「おっ、遂にって感じ?」

「うん……まあ」

 

 とうとう本選出場者が確定した。

 そのアナウンスを耳にしたライトの表情がキュッと引き締まるのを、コルニは見逃さなかった。

 するとコルニは、ゴッとライトのわき腹に肘うちを入れる。

 かなり不意を突いたようであり、ライトは『うっ!?』とうめき声を上げながらヨタヨタとたじろぐ。

 

「きゅ、急になにするのさ!?」

「もっと気楽に! 今から体に力入れてたら疲れちゃうから!」

「そうだけどさぁ……」

「それじゃ、アタシお爺ちゃんトコ行ってくるから!」

「お爺ちゃんって……コンコンブルさん?」

「うん! ライトはその間、ポケモンセンターに頑張った皆を元気にしてあげなきゃね! それじゃ!」

「あっ……行っちゃった」

 

 捲し立てるように喋ったコルニは、ローラースケートを用いてスィ~っと人混みの中を駆け抜けていく。

 

(そう言えば、初めて会った時もコルニってローラースケートしてたなぁ)

 

 自分達の出会いは、ミアレシティの街角。

 当時、ジム戦を終えたばかりの自分と、ローラースケートで滑っていたコルニが曲がり角で激突したという、余り良い出会い方とは言えないものだった。

 しかし、今となってはそれも思い出。感慨深ささえ覚えてしまう程、このカロスにおいてコルニと共に過ごす時間は多かった。

 

「……よし」

 

 ライトは何かを決意したかのように頷き、ポケモンセンターへと駆け出していく。

 

 

 

 ***

 

 

 

「おまちどおさま! 貴方のポケモンは元気になりました!」

「ありがとうございます、ジョーイさん!」

 

 ボールが二つ入ったケースを受け取り、ベルトに装着することなく手に持ったままポケモンセンター―――もとい、スタジアムの外へ駆け出していくライト。

 人にぶつからぬよう気を付けながら外に出たライトは、ちょうどいい広さの広場を見つると同時に、手持ち六体を全員外へ繰り出す。

 

「皆出てきて!」

 

 次々と姿を現す六体のポケモン。

 そろそろ日も沈み始め、空が明らみ始めた時刻に外に出てきた六体は、全員が赤い太陽の光に照らされている。

 しかし、そのように眩しい中でもジッと自分の事を見つめてくれる六体にライトは、少しばかり気恥ずかしくなり、柄にもなく咳払いをした。

 

「ごほんっ! えっと……最終予選ではハッサムとミロカロスが頑張ってくれて、僕達は本選に進むことになりました」

 

 どこか白々しい言葉に、リザードンは呆れた顔を浮かべるも、ジュカインやブラッキーなどは素直に本選進出を喜ぶように笑顔を浮かべる。

 

「……旅の途中、色々あったよね。ホント色々……良い思い出も、悪い思い出もね。でも、それは全部このポケモンリーグの為にあったと思うんだ!」

 

 今一度、手持ちのポケモン達の結束を固めようとするライトの言葉。

 否応なしに、六体のポケモンの表情が真剣なものへと移り変わっていく。

 

「漸く、皆で目指してきた夢のスタートラインに立てた! これからどんなことがあっても……負けて泣いたとしても、勝って笑ったとしても、それは一人のものじゃない! 皆のもの!」

 

 徐に右手の甲をポケモン達の前に差し出すライト。

 その意図を理解した六体が、順々に手を重ねていく。因みにブラッキーはリザードンに首根っこを掴まれた状態で手を重ねているが、誰もそこにはツッコまない。

 

「ここまで来たなら、後は全力で駆け抜けるだけだ! 思い出今はしまっておこう! あの場所(チャンピオン)目指してスパートかけよう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポケモンリーグ本戦開幕までもう少し。

 



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第九十九話 常時無表情の狂気

 ミアレシティ郊外部に建てられているミアレスタジアム。

 今年も開催されるポケモンリーグの開会式三十分前とあって、スタジアム周辺は数多くの観客たちが屯していた。

 

 一年に一度の祭典であるのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、一部の人間にとってはこの人混みが苦行として感じられない場合がある。

 例えば、普段これほどまでの人混みの中へ行かない人物などだ。

 

「……帰りたい」

「なに言ってるのよ? 席までもうすぐなんだから踏ん張んなさい!」

「あははっ……」

 

 レッドの首根っこを掴んで行列を進んでいくブルー。その後をグリーン―――ではなくカノンは引きつった笑いを浮かべながら付いていく。

 

「あっ。大丈夫、カノンちゃん?」

「はい、お構いなく。でも、本当に私なんかを連れて来て大丈夫だったんですか? 迷惑かけそうで……」

「気にしなくていいのよぉ~! あの馬鹿(グリーン)が『やっぱ仕事と被って無理だわ』って断ってチケット一枚余っちゃったんだから! それにカントーとかジョウトじゃカロスのポケモンリーグの中継なんてやってないから、ライトの応援できないしね。きっとカノンちゃんが来てくれた方がライトも喜ぶわよ!」

「そ、そうですかね?」

「もっちろん! 私が保障してアゲル♪」

(なんか俺が蚊帳の外みたいな……)

 

 ブルーとカノンの会話を聞いていたレッドは、得も言えぬ疎外感のようなものを覚え、少しさみしい想いをするのであった。

 そんなやり取りもあり、数分。漸く三人はスタジアムの観客席に辿り着き、ブルーが購入したチケットに記載されている座席番号まで歩んでいく。

 

「……真ん前」

「当然よ。S席なんだから」

「……何時買ったの?」

「三か月前。ライトのカロス留学が決まった時に、マネージャーに頼んで買ってもらったんだから」

「流石にソレは気が早いと思うんだけど」

「別にいいじゃない。結果的にこうして本選に出場できたんだから。流石、私の弟ね!」

 

 留学とほぼ同時にリーグの観戦チケットを買ったと豪語するブルー。

 そこまでいくと、ブラコンと言うよりも何か別の執念のようなものさえ感じとれてしまうが、レッドはあえてツッコまなかった。

 

 スタジアムは屋根がなく、既に日も落ちて黒の帳に覆われている空が露わとなっている。

 しかし、このスタジアムに夜の静けさなどは存在せず、開会式を今や今やと待ちかねている観客たちの熱気に包まれていた。

 開会は七時。手首に嵌めた腕時計を確認したブルーは、開会がもうすぐであることを悟り、微笑を浮かべながら巨大なバトルフィールドを見下ろす。

 

 弟の晴れ舞台まで、あとちょっと。

 

 時の進みが遅いと感じながらも暫し待っていると、突然バトルフィールドがスポットライトに照らされた。

 多方向から放たれる光。

 やがてその場所に辿り着く三十二人を照らし上げる為の光は、思わず瞼を閉じてしまいそうな程の明るさだ。

 

 突然のスポットライトに騒然とする会場。

 

『―――ただいまより、第28回カロスリーグ開会式を始めます!!』

 

 そこへ響き渡るアナウンスに、会場のボルテージは鰻登りに上昇した。

 余りの歓声の大きさに、会場全体の空気が震えるほどだ。

 

 上空には色とりどりな花火が打ち上げられ、『漸く』といった感慨深さを感じる中、続くようにアナウンスの声が響き渡る。

 

『歴史ある携帯獣闘技大会のルールが整備され、現在の名称となり早28年。今年もやって参りました、カロスリーグ。まずは、厳しい予選を勝ち抜いてきた三十二名の精鋭たちの入場に入らせて頂きます! 盛大な拍手をもってお迎えください! それでは選手入場!』

 

 アナウンスの合図と共に、スタジアムの壁の一部がスライドするように開いていく。

 すると、開いた扉の先から本選出場者が一列になってフィールドの中央へゆっくりと進んでいった。

 そうそうたる顔ぶれと言ったところ。

 固唾を飲んで幼馴染を探すカノンであったが―――。

 

「キャ~~~、ライト~~~!! お姉ちゃんよ~~~!! こっち向いて~~~!!」

 

 隣でどこからともなくデジカメを取り出し、最早奇声に達するような高い声を上げながらシャッターを切るブルーに圧倒される。

 するとフィールドに並ぶトレーナーの内、帽子を被った一人の少年らしき人物が、徐に帽子のつばを持って俯いたのが見えた。

 

「……運動会じゃないんだからさぁ」

「はははっ……」

「元気なお姉さまですわね」

 

 観客席から大分離れた所に立っているライトにさえ聞こえる姉の声。

 恥ずかしさの余り俯くライトを、両隣に立っていたデクシオとジーナが慰めるように声を掛ける。

 

 そのようなこともありながら、三十二名のトレーナーたちが出揃う。

 歓声もより一層大きくなったところで、スポットライトがトレーナーたちの立っている場所に重なる。

 

『選手入場も済みまして、ここで聖火ランナーの入場です! 聖火ランナーを務めますは、今なお花を咲かせる老樹……ヒヨクシティジムリーダー・フクジ!』

 

 軽快且つ重厚な足音が、歓声の中を潜り抜けてフィールドへとたどり着く。

 ゴーゴートの背に乗ったフクジが、トーチを片手に聖火台の方へ向かって行くが、会場にどよめきが奔る。

 

「炎が点っていませんわね」

「ん? なんか先の方にボールが嵌ってるけど……」

 

 ジーナが炎の点っていないトーチを見て呟くが、隣にいたライトがトーチの先端に嵌められているボールを認識した。

 どよめきの理由は、フクジが手に持つ炎の点っていないトーチ。本来カロスリーグの聖火は、マウンテンカロスに位置する『アルドル山』と呼ばれる活火山―――その頂上に点るファイヤーが残した炎を採火するのだ。

 だが、トーチに炎は点っておらず、代わりにボールが埋め込まれている。その意味とは何か。

 

 すると、別に用意されたスポットライトが別の場所に立っていた一人の人物を照らし上げる。

 そこへフクジが辿り着くと同時に、スタンバイしていた女性がトーチを受け取り、会場に居る観客全員に見えるよう、トーチを掲げてみせた。

 

『そしてこの聖火台に聖火を点火しますは、僭越(せんえつ)ながらわたくしめ……四天王パキラが務めさせていただきます!! お出でなさい、ファイヤー!!』

 

 トーチの先に嵌められていたハイパーボールを手に取り、上空へ高く放り投げたパキラ。

 次の瞬間、ボールから飛び出した一つの影が、スポットライトの光を掻い潜ってスタジアムの上空へと舞い上がった。

 そして影は大きく翼を広げ、煌々と煌めく火の粉を撒き散らし、その存在をスタジアム全体へと知らしめる。

 

「キュォォァアアアア!!!」

 

 伝説の鳥ポケモン・ファイヤー。

 その登場に、会場全体が湧き上がる。

 

 紅蓮の炎を翼と為す炎の鳥は、魅せるようにスタジアムの周囲を飛行していく。時には観客席スレスレまでに舞い降りるなどの、サービス精神を魅せつけてくる。

 一分ほどに渡るファイヤーのパフォーマンス。

 最後にフィールドスレスレまで舞い降りたファイヤーは、そこから一気に聖火台の方へ舞い上がり、嘴に既に溜めていた紅蓮の炎を吐き出し、直接聖火台に炎を灯す。

 

 圧倒的パフォーマンスに、観客のみならず本選出場者たちも目を丸くして聖火台への点かを見守っていた。

 そして役目を終えたファイヤーはパキラの真横へと舞い戻り、パキラが丁寧にお辞儀するのに合わせて首を垂れる。

 

 これだけで会場のボルテージはMAX近くまで上がるが、まだ始まりではない。

 聖火の点火という大役を果たしたパキラは、再びアナウンスの仕事へと切り替えて、ある場所へ手を差し伸ばす。

 その先に佇んでいたのは、現カロスチャンピオン・カルネだ。

 

 スワンナを思わせる白い衣装に身を包み、凛と佇む彼女の姿に男性のみならず女性すらも目を奪われてしまう。

 

『ここでカロスチャンピオン・カルネより、皆さまへのご挨拶と開会宣言をして頂きます』

『―――皆さま、こんばんは。カロスチャンピオンを務めさせていただいております、カルネです。今年も無事に一年に一度の祭典、ポケモンリーグを迎えられたこと、本当に悦ばしく思います』

 

 パキラからカルネへと移動したスポットライトの光は、カルネ、そして彼女の代名詞とも言えるパートナー・サーナイトを照らし上げている。

 まるで舞台の演劇の一場面を見ているかのような光景。

 女優として活躍しているだけあって、明瞭且つ流暢な語りを続ける彼女の言葉に、会場はシンと静まりかえる。

 

 夜空には雲ひとつ浮かんでおらず、満天の星を望むことができる中、透き通るようなカルネの声が空を伝わり響いていく。

 

『一か月ほど前には、ミアレ都市部において伝説の三鳥が暴れるという事件もあったということは、皆さまの記憶にも新しいと思われます。しかし、リーグ関係者及び市民の皆さまの尽力により、少しずつ復興が進んでおります』

 

 ファイヤー、サンダー、フリーザーが暴れたという事件。

 カロスにおいて今年一番ではないかと思われる事件の傷は、未だ各所に残っている。

 

 始めはその事件について辛く、哀しそうな表情を浮かべるカルネであったが、復興を語る時は希望に満ち溢れんばかりの笑みを浮かべた。

 

『……ファイヤーの炎は古の人の伝承より『試練』、そして『再生』を意味すると言われております。古において、天災とまで言わしめた伝説のポケモンの被害は、古を生きていた人々にとっても、現代を生きる我々にとってみても、ある種の試練と言えるかもしれません。ですが、それを乗り越えた先に今より良い明るい未来があると、私は信じております!』

 

 一際響くカルネの声。

 その声に、会場に居る者達の顔には自然と笑みが浮かび上がってくる。

 

『そしてこのカロスリーグも、今より美しいカロスの……世界の未来を創り上げる祭典と成り得ることを、私は願っております! これをもちまして、私の挨拶を終えさせていただきます。そして―――!』

 

 フッと右腕を掲げるカルネ。

 同時に、より一層輝きを増すスポットライトが、彼女を明るく照らし上げる。

 

 

 

 

 

『カロスリーグ開幕を、ここに宣言します!!』

 

 

 

 

 

『わぁぁぁあああ!!!』

 

 待ちかねた言葉に会場のボルテージは最高潮に達する。

 興奮の波が会場全体に伝わっていき、誰もが立ち上がってカロスリーグの開幕に心躍らせた。

 

 それはフィールドに佇んでいた本選出場者たちも同じである。

 高鳴る鼓動を抑えず、夢の始まりに熱い想いを昂ぶらせるライトは自然と笑みを浮かべていた。

 

 三年前、始めて観戦したポケモンリーグ。あの時は観客席からの景色であったが、今は違う。

 挑戦する者としての視線から全てを見渡せるのだ。

 この状況に心奮えない者など居るだろうか。

 

『続きまして、一回戦の組み合わせが発表されます!』

 

 カルネの開幕宣言から数十秒後、興奮冷めやらない会場にパキラの声が、盛り上がりにブーストをかけていく。

 スタジアムの一角に佇む超巨大モニター。そこに本選出場者の顔が一斉に映し出され、瞬く間にシャッフルされる。

 充分シャッフルされたところで、規則正しく並べられていく顔画像。間には『VS』という文字が浮かび上がり、誰が誰と戦うのかを分かりやすくしている。

 

(僕は……ん? あの子って確か、受付の日の)

 

 自分の組み合わせを探し出したライト。

 堂々と映し出される顔画像に少々の羞恥心を覚えながら見つけ出したのは、受付の日に場所を尋ねられた無表情の少女だった。

 

(『MATHURIKA(マツリカ)』……どこ出身の人だろう?)

『それでは一回戦の組み合わせの発表が終わったところで、次はエキシビジョンマッチへと移らせて頂きます』

「エキシビジョンマッチ?」

 

 相手の少女―――マツリカが何者か考えていると、エキシビジョンマッチが始まるというパキラの声が聞こえてきた。

 先程入場してきた扉から係員が出てきて、本選出場者を手招いて退場を促す。

 

「エキシビジョンマッチ……言うなれば、公開試合だね」

「誰が戦うんだろう?」

「去年は四天王のガンピさんとズミさんでしたわよ」

 

 係員について来てフィールドから帰ってきた三人は、そのまま通路を通って選手専用の観戦席まで進んでいく。

 すると、通路に設置されているスピーカーから、ライトの聞き慣れない曲が流れ始める。

 

『おヒマやったらよってきんしゃい♪ 退屈やったらみてきんしゃい♪ 思う存分たたかいんしゃい♪ 勝負するなら♪ バトルハウス♪』

「こ、この曲はまさか……!」

「ジーナ知ってるの?」

「バトルハウスのキャンペーンソングですわ! ということは!」

「え、え、なに?」

 

 何やら興奮した様子で観戦席に向かうジーナ。

 何が何だか分からない表情で首を傾げるライトに対しデクシオは、『行ってみればわかるよ』と一言言ってから、突っ走って行ったジーナを追いかけていく。

 ライトも二人を追いかける事数十秒、戦うトレーナーとほぼ同じ目線で観戦することができる席までたどり着いた三人は、フィールドを照らす黄・青・赤・緑と四つの色のスポットライトを目にした。

 

『―――今年のエキシビジョンマッチを務めるは、四人のトレーナー。キナンシティにあるポケモンバトルの施設・バトルハウスより参ったCoquettish four sisters(艶やかな四姉妹)!! バトルシャトレーヌです!!』

「バトルシャトレーヌ?」

「『女城主』って意味だよ。言うなれば―――」

「凄くバトルが強い女性のトレーナーの方達ですわ!」

 

 セリフを途中で奪われるデクシオ。

 彼のセリフを奪った当人であるジーナは、以前カフェでカルネに会った際と同じぐらい興奮した様子で、フィールドに佇む四人の女性を凝視する。

 すると、四つのスポットライトの内、黄色以外の三つが灯りを落とす。

 

『ぺろぺろりーん! ラニュイだよー!』

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 割と素の『は?』が出たライト。

 彼の視線の先には、マジシャン風の黄色いドレスを身に纏い、器用にステッキをクルクルと回してパフォーマンスを魅せる少女の姿があった。

 次の瞬間、今度は黄色のスポットライトが消え、青の光が点る。

 

『ル、ルスワールです! よろしくお願いします……

 

 尻すぼみな声で自己紹介する青髪でおかっぱ頭の少女。

 青が消え、次に点る光は赤。

 

『わたくしがラジュルネ! どうぞよろしくお願いしますわっ!』

 

 先程の気弱そうな少女とは打って変わり、勝気そうな性格が見受けられる口調の少女。お嬢様口調ということもあり、ライトは既視感を覚えるがままにジーナの背中を一瞥する。

 すると最後に、赤の光が消えて緑のスポットライトが煌めいた。

 

『バトルシャトレーヌ四姉妹、長女のルミタンと申します。本日はこうして栄えあるカロスリーグのエキシビジョンマッチを、ウチら四人が務めさせていただく事になりました。ふつつかもののウチらですが、真心込めて精一杯おもてなしさせてもらうけん。よろしくお願いしますね』

 

 四人の内、唯一淑女という雰囲気を漂わせる女性・ルミタン。

 彼女の言葉に、会場から歓声(主に男性の)がワッと上がる。

 

(……ドリル)

 

―――キッ

 

「ッ!?」

「どうしたんだい、ライト?」

「い、いや……なんか寒気が」

 

 ルミタンの髪型を見た上での感想を心の中で唱えた瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えたライトは、一先ず彼女の髪型の事は考えまいと心に誓う。

 

『今年のエキシビジョンマッチは、バトルシャトレーヌ四人によって行われるマルチバトル! 皆さま、ジムリーダー……いえ、四天王にすら匹敵すると言われる彼女達が繰り広げる白熱のバトル! どうぞその目でご覧になって下さい!!』

 

 響き渡るパキラの前口上。

 ドッと沸き上がる会場の震えをその身に感じ取りながら、エキシビジョンマッチを観戦する体勢に入るライト達。

 するとそこへ、ホロキャスター片手に一人の少女がやって来る。

 

「あのー、すみませーん」

「はい?」

「第二ホールって何処かわかります?」

「第二ホールですか?」

「なんか、本選出場者にだけ四天王のズミって人が作った料理が振る舞われるって聞いたんで……あ」

「え? ……あっ」

 

 道を尋ねてきた少女。

 どこかで見たことがあるという既視感を覚えた二人の脳裏を過ったのは、初日のスタジアム前での出来事。

 そして同時に、先程発表された第一回戦の組み合わせだ。

 

「マツリカさん、ですよね……?」

「おー、マツリカの名前を覚えてくれてるなんて感激ー!」

 

 握手を求めるように手を差し伸ばしてくる少女。

 彼女こそ、ライトが決勝トーナメント第一回戦で戦う相手だ。

 

「あたし、アート留学っていう名目でカロス旅行にきたマツリカ。初戦はよろしくねー!」

 

 

 

 

 

 相手は、後にフェアリー風来坊と呼ばれる若き天才画家であった。

 



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第百話 姉弟の在り方

 

(マツリカ……アローラ出身のポケモントレーナー。数多くの絵画コンクールで表彰されている若き天才画家、かぁ)

 

 エキシビジョンマッチも終わり、次第にスタジアムから人が去って行く時間帯。

 ライトはデクシオとジーナの二人と別れた後、スタジアム内のパソコンで対戦相手の情報を調べていた。大会用のページだけではなく、普通に検索した場合での情報なども調べ上げ、相手がどういった人物なのかを入念に。

 

 他のポケモンバトル大会での表彰成績などはないが、代わりに絵画コンクールなどの表彰の検索結果は山ほど出てくる。

 先程出会った時も『アート留学』と口にしていたことから、芸術家としての道を歩んでいることが窺えた。

 

(それでもって、予選で使用していたポケモンが全部【フェアリー】タイプ……)

 

 学会でも話題となっている新タイプ・【フェアリー】の使い手と見ていいだろう。

 予選で使用していたのはグランブル、プクリン、クレッフィの三体だけだが、他にも別の【フェアリー】タイプを所持していると見て間違いない筈。

 

(それならハッサムは確実として、他の二体は……)

「愛しき我が弟よ~~~!」

「ぶっ!?」

 

 後ろから飛び掛かって来た何者か―――十中八九(ブルー)であるが、彼女に飛び掛かられたライトは額をパソコンの画面に強打した。

 

「いだだだっ……」

「あぁん、久し振りね! 調子はどう!? あっ、まずは本選進出をお祝いしないとね! おめでとう、ライト! お姉ちゃんはきっとできると思っていたわ!」

「気持ちは嬉しいけど、出来れば離れてほしい……苦しいから」

 

 ジンジンと痛む額を抑えながら振り返るライト。

 するとそこにはブルーの他に、久しく見ていない者達の姿が居た。

 

「レッドさん! ……と、カノン!? なんでここに?」

「ブルーさんに連れてきてもらったの。応援にね」

「……同上」

 

 酷く疲弊した顔色のレッドに、いじらしく微笑を浮かべるカノン。

 意外な人物が来てくれた事に驚きを覚えながらパソコンの電源を切ったライトは、徐に立ち上がってはにかむ。

 姉が、憧れの人物が、そして幼馴染が応援に来てくれたとなると、気恥ずかしいものがあったのだ。

 

 すると何かを思い出したのか、カノンが肩から下げるポーチから一つのボールを取り出した。

 

「これ、ギャラドスのボール! もしかしたらって思って……」

「わぁ、ありがと!」

 

 カノンが手渡してきたギャラドスの入ったボールを受け取る。

 エイセツジム戦の後、アルトマーレに再び返したまま、カロスの方には送ってもらっていなかった。

 しかし、相手の手持ち構成や怪我などのトラブルに備え、控えは居た方が確実だ。

 

「ハクリューはギャラドスの代わりにお留守番だけど、大丈夫だった?」

「うん。いきなり息を合わせるのも難しいと思うし」

「そっか、良かったぁ……!」

 

 ライトの言葉に、華の様な笑みを咲かせるカノン。

 

「あらやだ、青春」

「……青々しい」

「姉さんたちは何を言ってるの?」

 

 会話していた二人の後ろで、コソコソと喋っていたブルーとレッドに引き攣った笑みを浮かべながら睨むライト。

 途端に背筋を伸ばして口笛を吹き始める(レッドに至っては吹けていないが)二人を呆れた顔を見せた後は、ポケギアで時間を確認する。

 あっ、と声を上げたライトは申し訳なさそうな顔を浮かべながら、両手を合わせて謝る態度を見せた。

 

「ごめん、姉さん。この後友達とご飯食べに行く約束だから……」

「あら、そうなの? ざ~んねん……でも、それなら仕方ないっか。また明日、時間見つけて会いに来るわね」

「うん。アリガトね」

「じゃ、明日の試合頑張ってね」

 

 ひらひらと手を振って去って行くブルーに続き、レッドもまた小声で『ファイト』とエールを送ってくる。カノンについては、何かを言うかのような挙動を見せてくるも、最終的にはいじらしく笑って手を振ってくるだけだ。

 なにか悪いことでもしてしまったかという考えに苛まれるライトであったが、ここ最近連絡をそれほど取れなかった事が原因か。それとも、暫く会っていない幼馴染はこのような反応を見せるのが普遍的なのか―――と考えたところで、そろそろ先に待ってくれているデクシオやジーナに申し訳なくなり、とりあえず駆け足で進み始めた。

 

 現在第二ホールでは、四天王ズミが本選出場者に料理を振る舞ってくれているらしい。わざわざ夕飯を我慢してきたにも拘わらず食いはぐれてしまっては、これから頑張ろうという意気を削がれてしまう。

 

 更に言えば、プロの料理人が作る至極の一品を一般人が食べられるまたとない機会。カロス留学の思い出の一枚にもなると考え、第二ホールに向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ファイヤーによる聖火台への点火。

 そしてバトルシャトレーヌによるエキシビジョンマッチと、例年にない盛り上がりを見せたカロスリーグ開会式の次の日。

 

「ひゃっふ~! ここ良い景色~!」

「あんまり燥ぐな、コルニ……全く」

 

 関係者以外立ち入り禁止の観戦席の柵から身を乗り出し、スタジアムのバトルフィールドを見下ろすコルニ。

 これから激戦が繰り広げられるであろうフィールドを前に興奮することは解らなくないものの、余りにも子供っぽいコルニの様子に溜め息を吐くコンコンブルは、そんなコルニの態度を咎めようとする。

 

「無理言って用意して貰ったんだからな」

「分かってるって、お爺ちゃん!」

「分かっとらんだろ、はぁ~……」

 

 お転婆は昔からだが、もう少し女の子らしくしてもらいたい。

 そんなコンコンブルの悩みが垣間見えているところで、スタジアム上空に花火が打ちあがる。

 

「おっ、始まったか……で、ライト君の番はいつなんだ?」

「えっと、ライトはねぇ……あぁっ!!?」

「な、なんだっ!? どうかしたのか!?」

 

 コルニが大声を上げたことにより、心臓が縮み上がる想いをしたコンコンブルは、自分が孫に貸したホロキャスターの画面を覗く。

 同時に、スタジアム全体に鳴り響くパキラのアナウンスが、初戦のカードを声に出した。

 

『カロスリーグ第一回戦は、マツリカ選手VSライト選手です!!』

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ……」

 

 コツコツと通路を歩く。

 前方より挿し込んでくる明るい陽射しが、温かく自分を迎え入れているようで悪くない気分だ。

 いつもより早起きして念入りに準備は整えた。

 

 特に意味も無く俯きながら通路を進んでいく途中、徐に視界に入ったブーツに、足を止める。ブルーに購入してもらった時とは比べ物にならないほどボロボロになっているブーツは、踵がすり減ったり、若干色が褪せていたりと散々だ。

 しかし、そのボロボロ具合が今は誇らしく思えてきた。

 

 このカロス地方を歩んできた証なのだから。

 

 深呼吸して、今一度呼吸を整える。

 バッと顔を上げれば、出口から既に多くの観客たちの姿が窺えるが、ライトが見ていたのは観客ではない。

 

 今は枠組みだけのバトルフィールド。

 

「よしっ……行こう!」

 

 走らずに居られなくなったライトは、駆け足で出口に赴いてから雲一つない青空を仰いだ。

 ドッと押し寄せる歓声に、身も心も震えていると、向かい側の扉から対戦相手がぎこちない動きで歩んでくる。案外、こういった場所には慣れていないようだ。

 勿論慣れていないのはライトもであるが、この晴れ舞台を前に、そのような緊張など些細な物である。

 

『両選手が出揃いました! そして、期待の第一戦を繰り広げるフィールドは!』

 

 ライトとマツリカの二人がやって来たところで、漸く虚のような枠組みの内側から、バトルフィールドがせり上がってくる。

 

 所々に背丈草が青々と生い茂っている草原。

 

 これが初戦を飾るバトルフィールドだ。他のバトルフィールドに比べ、遮蔽物が少ない草原のフィールドは、トレーナーとポケモンの純粋な実力が試されるフィールドだ。

 無論、【くさ】タイプが有利といった側面も存在するものの、激しい戦いであればあるほどフィールドは荒れていく為、唯一の遮蔽物の背丈草も後になくなるだろう。

 

(草原なら、とりあえず……)

「それでは、一体目のポケモンをフィールドに!」

「ジュカイン、キミに決めた!」

「お願いねー、アブリボン!」

(アブリボン?)

 

 【フェアリー】には可もなく不可もなくといった相性のジュカインを繰り出したライトは、相手が繰り出した見たこともないポケモンを前に瞠目した。

 クリンと丸い瞳。薄い二枚の翅。小さいものの、人型を思わせる体形は妖精といったところか。

 

(【むし】……なのかな?)

 

 薄く透き通った翅を見て、【むし】タイプではないかという推測を立てる。

 相手が予選で【フェアリー】タイプを多用していることから、【むし】・【フェアリー】の複合タイプの可能性が高い。だが、【むし】・【ひこう】の可能性もあれば、【フェアリー】・【ひこう】という可能性もある。

 

(まずは相手の出方を窺おう)

 

 しかし、幾ら考えた所で予測の域であることを理解し、逞しく成長したジュカインの背中を見遣りながら、爽やかに吹き付けてくる風を浴びる。

 ポケモンリーグの風。厳かなような、初々しいような不思議な風だ。

 

 その風に靡く旗が振り上げられれば―――。

 

「それでは、バトル開始!!」

 

 初戦の始まりだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

(なんかノリで来ちゃったけど……いい経験かなー)

 

 表情筋が働かぬ顔でフィールドを見つめるマツリカ。

 フヨフヨと風に流されるように飛ぶアブリボンは、ジュカインが繰り出した“めざめるパワー”を紙一重のところで回避する。

 

(元々旅行気分で来て、ついでって感じで目新しいバッジを集めて……こんな緩い気分で来ちゃって申し訳ないというか)

 

 素早い動きで攻撃を仕掛けてくるジュカインであるが、それ以上に素早い動きでアブリボンは攻撃を回避し、フィールド上を踊るように飛び回る。

 

(んー、目新しいといっても島巡りに似てるし、そんなにインスピレーション受けることないかなーっても思ったけど……)

 

 直後、アブリボンが繰り出した“ムーンフォース”とジュカインが繰り出した“きあいだま”が激突し、フィールドに爆風を奔らせる。

 ここまで指示を出さず無表情であったマツリカは、ふとニヤリと口角を吊り上げた。遠目から見た場合、全く分からない程の微妙な笑み。

 しかしそれは表情の変化が乏しいマツリカにとってしてみれば、かなり大きな変化だ。

 

「題名を付けるとするなら『熱闘・ポケモンリーグ』……うん、いい感じ。“ちょうのまい”!」

 

 直後、爆風に煽られていたアブリボンが体勢を立て直し、ヒラリヒラリと不規則且つ美しい舞を踊り始める。

 【とくこう】、【とくぼう】、【すばやさ】の三つの能力ランクを一段階上昇させる補助技“ちょうのまい”。覚えられるポケモンが少ない代わり効果は非常に強力なものとなっており、その効果を認知していたライトは厄介者を見る様な瞳でアブリボンを見つめた。

 

「ジュカイン! “みがわり”!」

「おっ、ちょうどいい。アブリボン、“バトンタッチ”」

 

 相手の攻撃に備えるライトは“みがわり”を指示したが、マツリカにとっては良いタイミングだったらしく、すぐさま能力変化を受け継ぐ交代技である“バトンタッチ”を指示する。

 

「おいでー、キュウコン」

(キュウコン……っ、リージョンフォームの!?)

 

 名前だけを聞いて反射的に【ほのお】タイプの方を思い浮かべたライトであったが、実際は違った。

 新雪を思わせるような柔らかさを有す体毛。その色は通常の黄金と白の中間色のものではなく、何時かのフロストケイブ内を思わせる青白いものであった。

 

 すると途端に草原のフィールドに霰が降り始める。

 大振りの霰がジュカインの“みがわり”をゴツゴツと穿つ。幸い、“みがわり”のお蔭で本体に攻撃は及んでいないが、時間の問題だ。

 

(“ふぶき”が来るか!?)

 

 どうやら特性が“ゆきふらし”と思われるキュウコン。

 天候が霰に変わったのであれば、強力な【こおり】タイプの技“ふぶき”が必中となる。【くさ】タイプのジュカインには如何せん厳しい天候ではある。

 となれば、

 

「戻って、ジュカイン! ハッサム、キミに決めた!」

「おっ。そう来るなら……“オーロラベール”!」

 

 突っ張ってもキュウコンを崩すことができないと判断したライトは、素直に交代を選択してハッサムを繰り出した。

 対して相手が繰り出したのは、ライトが聞いたことのない技。

 

 直後、霰を降らせている暗雲の下あたりに色彩豊かな光が揺らめき始める。極光(オーロラ)のように煌めく光は、キュウコンの体毛に反射して更なる煌めきを観客たちに見せつけた。

 

 十中八九、キュウコンに何らかの恩恵を分け与える技だろう。

 

(……どうする?)

 

 効果も分からぬ技を前にライトが出した決断とは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――“オーロラベール”。相手の物理技と特殊技のダメージを半分にできる技……“リフレクター”と“ひかりのかべ”のいいとこどりな技かと思いきや、天候が霰の時にしか出せない、と」

「ええ。逆に言えば特性が“ゆきふらし”のポケモンとは相性がいいと言えますね」

 

 スタジアム上部に存在する特別観戦席に座っているタマランゼとカルネは、現在フィールドを覆っているオーロラについて語り合っていた。

 チャンピオンであるカルネは“オーロラベール”を認知していたようであり、『これは女の子の方が有利かしら?』と微笑を浮かべながらフィールドを見下ろす。

 

「本当にそう思っていますかな?」

「うふふっ、どうでしょうね」

 

 しかし、言葉とは裏腹に期待に満ちた瞳でハッサムを見つめるカルネは、タマランゼの問いをはぐらかす。

 

「逆に会長はどう思います?」

「そうですなぁ……相性だけで言えばハッサムが有利だとは思いますが、キュウコンは万全といった状態になっとりますし……」

「ええ、その通りですけれど、あたしが一番気になっているのは……あらっ、早速」

「おやっ?」

 

 突如、オーロラが発しているものではない光が、会場を照らし始める。

 身を乗り出して確かめようとする会長の目に映ったのは、ハッサムのバンダナとライトの腕輪から放たれる光が結び合い、ハッサムの甲殻が西洋の騎士の甲冑を思わせる形状に変貌する光景であった。

 

「これは……成程。確かにこれは、カロスリーグの醍醐味といったところですな」

「ええ、本当に……」

 

 

 

 ***

 

 

 

「おぅっふ? ……なんか、やばそ~な雰囲気」

 

 変身したハッサムに、柄にもなく瞠目するマツリカ。

 第一に胸に込み上がってきたのは驚愕。第二に込み上がるのは、初めて目の当たりにする謎現象に溢れ出るインスピレーションだ。

 最早試合そっちのけでスケッチに没頭したいところであるが、呆れた瞳で見つめてくるキュウコンに気付き、ハッと我に返る。

 

 姿が変わったとはいえ、相手がハッサムであることは変わらない。

 【こおり】・【フェアリー】のキュウコンにとって、【はがね】を有すハッサムは最悪の相手ではあるが、生憎他の手持ちではハッサムを相手することはできない。

 ここは無理にでも突破し―――というよりも、突破できる手段があるからこそ、相性が最悪なキュウコンを場に残らせたのだ。“オーロラベール”の恩恵を受けられる今こそチャンスとばかりに、『キュピーン!』というエフェクトがマツリカの脳裏を過る。

 

「“ぜったいれ―――」

「“バレットパンチ”!!」

「―――いど”ぅ……?」

 

 一瞬、自分の横を何かが通り過ぎた感覚を覚えたマツリカは、ゆっくり自分の背後を見遣った。

 するとそこで伸びていたのは、先程までフィールドに悠然と佇んでいた筈のキュウコン。

 

「キュウコン、戦闘不能!」

 

 予想の斜め上をいった。

 【すばやさ】はキュウコンが上だと確信していた。勿論、先制攻撃のことも考慮していたから、その様子があればすぐにでも指示を出そうと考えていた。

 仮に攻撃を喰らっても、一撃は耐えると踏んでいた。

 

「……マジでか」

 

 現実は、目にも止まらぬ速度で繰り出された攻撃で、キュウコンが一撃で伸されるというものだ。

 半ば唖然としながら戦闘不能になったキュウコンをボールに戻した後、フィールドに佇むハッサムに目を向ければ、関節動作を確かめるように右腕を忙しなく動かしている姿をみることができた。

 

「おおっ、これは絶体絶命というやつ。主ポケモンぐらい……んや、それ以上かな?」

「あのう、マツリカ選手。次のポケモンをフィールドに……」

「あ、すみません。それじゃ、次いってみよー。マシェード、おいでー!」

 

 審判に促されて繰り出したポケモンは、キノコのような外見をしたポケモン。

 キノガッサの頭のかさを大きくして、少し体を細くしたような不思議な雰囲気を漂わせるポケモン。

 これまたライトが見たことのないポケモンだが、当の本人は一切焦っている様子は見られない。

 

「ハッサム。あと何発で倒せそう?」

 

 小声で問う。

 

 するとハッサムは左腕の鋏を掲げ、カチカチッと鳴らして見せた。

 

 

 

―――二発で決める

 

 

 

「……オッケ。じゃあ、一発で倒せるようにタイミング見測るから、そこんとこよろしくぅっ!」

 

 拳を突きだして、傍から聞けば適当な指示を出すライト。

 しかし、それが虚仮威しでないということは、追々分かる事実であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ライトたちが凄く強くなってて驚いちゃいました」

「そうねぇ。私もびっくりしちゃったわ。でも、男の子って結構そういうもんだしね~」

 

 既に始まっている第二試合を眺めながら語るカノンとブルー。

 ついさっき終わった幼馴染の初戦。そして彼の勝利に感慨深くなったカノンは、自然と笑みが浮かび上がって来てしまう。

 一方ブルーは、どこか寂しそうな瞳を浮かべながらカフェオレを啜る。

 

 何時の間にやら大きくなった弟の背中。

 どこか頼もしいような、自分の下を離れて行ってしまうようで寂しいような複雑な気持ちに陥るブルーであったが、心中は意外と穏やかであった。

 

 元より自分に、彼をトレーナーとして導いていけるほどの技量は持ち合わせていないと確信していたのだ。

 適任は他に多くいる。

 だから引っ張るのは最初だけで、後は時折背中を押してあげるのみ。

 

(お姉ちゃんは応援してるからね)

 

 

 

―――二回戦も頑張れ! ライト!

 



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第百一話 両手に華って要するに修羅場

 

「お待ちどおさま! 貴方のポケモンはすっかり元気になりましたよ!」

「ありがとうございます、ジョーイさん!」

 

 ケースに収まっているモンスターボールを手に取り、笑みを浮かべてみせてくれるジョーイに礼を言うライト。

 初戦は無事に突破した。幸先がいい―――とは言い難い。

 

 試合運びとしてはそれほど悪くなかった。一体瀕死にされるものの、メガシンカのパワーを存分に発揮したカロスリーグに相応しい幕開けを披露したといっても過言ではない。

 それでも、得も言えぬ不安感というのがライトの心の中には在った。

 引っ掛かりとでも言おうか。普段とは違う何かが、徐々に広がりを見せているような感覚だ。

 

(ハッサムって左利きだったっけ……?)

 

 初戦、【フェアリー】タイプを愛用するマツリカに対し、獅子奮迅の活躍を見せたハッサムであったが、全ての“バレットパンチ”を左腕で放っていたのだ。

 思いだす限りハッサムは右利き―――だったような気がする。しかし普段からどちらの腕で攻撃しているかは非常に曖昧な部分だった。状況に応じて左右を使い分けるハッサムの性格が、ここで裏目に出ようとは思ってもいなかったのだ。

 単に左で攻撃した方の効率が良かっただけか、はたまた別の理由か。

 

―――もし右腕に痛みを感じているのであれば

 

「……ハッサム、出てきて!」

 

 徐にボールの中で休んでいたハッサムを外に出す。今日の功労者に向けてニッと笑顔を見せるライトであったが、そっと右腕を触れながら問いかける。

 

「正直に言って。体のどこか痛い? 例えば、右腕とか……」

 

 具体的に問いかけた。

 真正面から問えば、ハッサムならば応えてくれるだろうという考えからだ。これでも長年連れ添ってきた仲。ポケモンリーグまで来て隠し事などナンセンスだ。

 だからこそ、正直に話してくれると思った。

 

 五拍。

 

 ハッサムはライトの瞳を真摯な眼差しで見つめながら、首を横に振る。

 

「……そっか。僕の勘違いだったかぁ……でも、怪我とかしたらすぐに言ってね? ポケモンリーグだからって張り切っても、後に響いちゃったら大変だから。まあ、ハッサムが大丈夫って言うんだから大丈夫だよね?」

 

 勘は外れたようであり、ホッと胸をなで下ろすライト。

 彼が自分のパーティの中核を為す存在であることを、ライトは十二分に理解している。それが顕著に表れているのが、全てのジム戦でハッサムを選出しているという事実だ。

 しかし、怪我をしていないのであれば執拗に問いかける必要もない。

 仮にこれからの試合で怪我をしたのであれば、その時その時の最善の対処をとればいい筈。

 

 信頼する相棒にフッと微笑みかけたライトは、『ちょっと外のお店見て来ようか』と語りかけて歩み出す。

 

 その後ろ姿を見つめるハッサムは、どこか遠い場所を見つめるような瞳を浮かべながら、右腕の関節をそっと撫でた。

 

 この大舞台(ポケモンリーグ)だからこそ譲れないものがある。

 例え、嘘を吐いたとしても―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……あっ、ライト!」

「あれ、コルニ? どうしたの?」

「どうもこうも……初戦突破、おめでと!」

 

 エントランスを出たところでジュース両手に待機していたコルニが、徐にジュースを差し出してくる。

 初戦突破祝いといったところか。

 若干の照れくささを感じるライトは、頬をポリポリと掻きながらジュースを受け取った。渡されたのはサイコソーダ。ライトの好きな飲み物だ。

 

「ありがと! お蔭さまでね」

「流石、アタシのルカリオの“バレットパンチ”をラーニングしただけのことはあるね! キレが良かったよ!」

「そっかぁ……じゃあ、尚更お礼言わないとね」

「いいったら! アタシとライトの仲じゃん! それに……」

「それに?」

「未来のチャンピオンと高め合った仲ってなんかカッコいいし、ライトには是非チャンピオンになってもらいたいなぁ~……なんちゃって!」

「……ノリが軽くない?」

 

 願望丸出しのコルニの言葉に、少々呆れた様子を見せるライト。

 試合直後で疲れている所為もあって、ツッコみに普段の勢いがない。それを自覚するや否や、糖分補給の為にサイコソーダの蓋を開け、グビグビと飲み始める。

 先程まで悶々としていた心中も、喉を通っていく炭酸の弾ける感覚と爽やかな甘みによって、少しばかり無くなっていく。

 

「ふぅ、お昼どうしよっかな」

「ここで買ってけば? それでさ、選手専用の席で食べながら他の試合観て……」

「う~ん……そうだね」

 

 緩い声色で語り合う二人は、昼食を求めてスタジアム周辺に構える店を周ることに決めるのであった。

 これまで旅をしてきた仲。気兼ねなく談笑する二人は、建ち並ぶ露店をサッと見回しながら歩み始める。

 そして、その光景を建物の陰で眺めていた少女が一人―――。

 

(ラ、ライトが女の子と話してる……!)

 

 カノンであった。

 ブルーに『折角だし、ライトとお昼食べに行ったら?』と言われ、やって来たのはいいものの、完全に出遅れたのだ。自分の知らない少女と仲睦まじく談笑する幼馴染の姿に、カノンの心中が穏やかでないのは言うまでもないだろう。

 金髪のポニーテール。活発そうな格好は、カノンとは違ってスポーティな印象を他人に与える。

 

(あと、普通にカワイイし……)

 

 女子目線から見ても、端整な顔立ちであることは認めざるを得ない。

 友人か、はたまた別の関係か。どちらであるかは分からないが、仲睦まじく話している所に横入りするのは気が引ける。

 そう考えたカノンは深く溜め息を吐いて、トボトボと観戦席の方へ戻ろうとした。

 

 だが、彼女の気配に気づくポケモンがこの場に一体。

 ライトの後ろに付いて歩いていたハッサムが、憂鬱そうな雰囲気を身に纏うカノンを発見し、トントンと主人の肩を叩いた。

 何事かと振り返ったライトは、ハッサムが鋏で指し示した方向に居たカノンを見つけ、『あっ』と声を上げるや否や、

 

「コルニ、ちょっと待ってて!」

 

 コルニに一声かけてカノンの下へ駆け出す。

 

「カノン、どうしたの?」

「え!? あ、ちょっと……ね?」

「ふ~ん……ねえ、ちょっと来て!」

 

 徐にカノンの手を取ったライトは、カノンの戸惑う様子に構うことなくコルニの下へ引っ張っていく。

 カノンとしては堪ったものではない。

 しかし、抵抗することもできずに幼馴染に手を引かれるがままに、金髪の少女の目の前まで連れてこられた。

 どのような相手なのかも解らないカノンは、一先ず愛想笑いを浮かべるが、あからさまに頬が引き攣っている。

 

「……なんで緊張してるの?」

(ライトの所為でしょ)

 

 首を傾げながら問いかけてくる少年に、カノンは額に青筋を立てた。こんなに憤りを感じたのは、まだ会って間もないころに特徴的な髪型を弄られ続けた時以来だろうか。

 憤りやら戸惑いで口を噤むカノンであったが、話の口火をコルニが切る。

 

「ライト、この子って……」

「幼馴染のカノン。アルトマーレに住んでるんだ」

「へぇ! よろしくね! アタシ、コルニって言うの!」

「あ……よろしくお願いします。カノンって言います」

 

 実はカノンの方が年上だという事実を知らぬまま、二人は握手を交わす。

 一先ずの挨拶を終えた所でカノンは、意を決してとある疑問を投げつけてみる。

 

「あのう、ライトとはどういった関係で?」

「……アタシとライトの関係? ……旅仲間? いや、特訓仲間?」

「ん~、どっちも合ってるんじゃない?」

「……ライト、ちょっと来て」

「へ?」

 

 今度はカノンがライトの手を引く。

 グイグイと女子ならざる力で連れて行かれるライトは、コルニが話を聞くことができない位置まで移動された。

 そのままカノンにグイッと顔を近付けられ、耳打ちをするように問いを投げかけられる。

 

「(旅仲間って、その……寝食を共にする感じの?)」

「(そうだけど……)」

「(じゃあさ、一緒の部屋で眠ったりもしたの?)」

「(そりゃあ……まあ)」

「(留学に行って、他の地方の子に手を出したりしてないよね?)」

「(なんの話をしてるの?)」

 

 コソコソと話す二人の背中を眺めるコルニは、何事かと首を傾げているが、長くなりそうだと感じたのか、顔を上げて日和見し始める。

 その間にも、幼馴染による密着しながらの話は続く。

 

「(てっきり……その……お付き合いでもしてるのかと)」

「(してないよ!?)」

「(えっ!?)」

「(なんで驚いてるの!?)」

「(いや、女の子と旅するなんて、よっぽど仲良くなきゃしないんじゃないかって……)」

「(僕に留学先で……その……彼女を作ろうなんて気概はないからね?)」

「(そ、そう……?)」

「(うん……まあ、納得いかないなら本人に訊いてもいいけど……)」

 

 何故、こんなに赤面してこそこそと小声で話さなければならないのか。

 二人はその考えで頭が一杯だった。

 

 昔はよく互いの家に泊まりに行ったり、食事をとったり、風呂に入ったりする仲の二人であったが、そろそろそういったお年頃。

 特別な理由もなしに、相手の恋愛事情が気になってしまうお年頃のカノンであったが、自分で口火を切った割には話が続かない。寧ろ、この話題を振ってしまったことに後悔を感じている最中であった。

 

―――なんだ、この居心地の悪さは

 

 久し振りの気兼ねなく話せる相手と会ったにも拘わらず、この話のし辛さ。

 暫し無言になる二人であったが、ライトはなんとかこの雰囲気をどうにかしようと、とある話題を振ってみる。

 

「(あのさ……旅先でラティアス捕まえたんだけど、後で見る?)」

「(えっ、ホント?)」

「(ホント。レモン味みたいな見た目だけど)」

「(レモン味?)」

「(見れば分かるから)」

「(そう? なら、後で見せてね)」

「(オッケー)」

 

 ポケモントークでなんとか場を納める。

 そのまま百八十度回転した二人は、日和見に徹していたコルニの下に戻るように歩み寄っていく。

 のほほんとしているコルニとは違って、二人は未だ頬が紅潮したままだ。

 思えば、面と向かって恋愛に関する話などはしたことがない。

 

 慣れないことを話した後、意識するなと言う方が無理というものであるが、それでも二人はチラチラと互いの横顔を見たりする。少年の姉が見れば、『あらヤダ♡』とからかうように高笑いするのが目に見えている光景だ。

 

 兎にも角にも、一先ず微妙な雰囲気を切りぬけた二人はコルニの下に戻り、早速本来の目的であった昼食探しに向かう。

 如何せん、手軽に食べることのできる軽食が多い。

 カントーやジョウトであれば縁日のような盛り上がりを見せるであろうが、ここはカロス地方。賑わっているといっても、大分雰囲気が違う。

 散々悩んだ挙句、最終的には持ち運びが容易いパンに決定した。焼きたてのメロンパンを販売している店が見つかり、香ばしい香りに釣られた結果だ。

 

 パリッとした表面。もちもちと弾力のある中身。そして表面の角砂糖の仄かな甘みを感じながら食べ進めるライトであったが、ついさっきサイコソーダを飲んでいたことを思い出した。

 甘い物続きは少々栄養が偏ってしまったか。

 今度からはしょっぱい系統の物を選ぼうと決心したライトであったが、スタジアムの戻る最中に、現在の試合を生中継しているスタジアム外のテレビジョンが目に入り、足を止める。

 

「今、三試合目かぁ……」

 

 実際は生で観ることができる席があるのだが、どうしても気になって足を止めてしまうライト。

 画面では、メタグロスとメガシンカしたアブソルが激しい攻防を繰り広げている。

 重厚な身体を有すメタグロスに対し、羽が生えたアブソルは素早い動きで翻弄しつつ、巨大化したツノを振り回し、着々とメタグロスの体にキズをつけていく。

 

 大迫力で息を飲んでしまうかのような光景だ。

 

「ライト、サイコソーダ一口頂戴」

「ん」

「ありがとっ」

 

 ライトがメロンパンを頬張りながら真剣にバトルを観戦している途中、サイコソーダを飲ませるよう催促するカノン。対してライトは、特に悩む様子なく缶を手渡した。

 さっきの今で間接キスはどうなのかと思う者も居るかもしれないが、二人は一切気にしていない。線引きがかなり曖昧な二人であるが、そんな二人を近くで見ているコルニもまた、他人が口を付けたモノを食べる事に対して抵抗を持たないタイプの人物である為、特に何も言わない。

 

 暫し無言で試合観戦に勤しむ三人。

 

 気になる試合の決着は、メタグロスの“コメットパンチ”を躱したアブソルが、“つじぎり”で急所を突いて倒すという圧巻のものであった。

 三人も自然とパチパチと拍手する。

 周囲で棒立ちになって観戦していた者達も、激戦を制したアブソル、メガシンカポケモン相手に健闘したメタグロス、そして素晴らしいバトルを魅せてくれたトレーナーに対して惜しみない拍手を送った。

 

『アヤカ選手、二回戦進出です!』

 

 インタビューやアナウンスだけでなく実況も務めるパキラの声が響く。

 才色兼備の化身とも言える彼女も、いずれは戦うのかもしれないのかと考えながら、二回戦進出が決定したトレーナーの顔を覚える。

 メガシンカを扱うということは、それだけ強敵ということ。

 今更ではあるが、メガシンカの使い手は警戒すべきトレーナーの一人として数えられるだろう。

 

「……そう言えば、僕の二回戦の相手って誰?」

 

 ふと思い出した重大な疑問。

 ポケモンを回復させる為、試合の後は直行でスタジアムに併設されているポケモンセンターにやって来たが、そのお蔭で第二試合の勝者が誰なのかを確認していないのだ。

 ホロキャスターで調べればすぐに出るのだが、自然な流れでカノンの方に顔を向けるライト。

 

「ねえ、カノン。第二試合って誰が勝ったか覚えてる?」

「第二試合? 確か……ビリリダマみたいなアフロした人だったけど、名前はなんだっけかな……」

「ビリリダマ……アフロ……?」

 

 なにやら凄まじく特徴が濃い人物が次の試合の対戦相手になりそうだ。

 

 思わず顔が引き攣るライトは、素直にホロキャスターを起動させ、次なる相手の情報を調べる。

 暫し検索をかけていると、調べていたライトの目が点となった。

 その様子に、両隣りにいた女子二名はグッと身を乗り出して、ホロキャスターによって映し出されたホロビジョンを見つめる。

 

「次の相手選手は『ミラーボ』。出身は……オーレ地方?」

「オーレ……あっ、イッシュ方面じゃない?」

「カノンは知ってるの?」

「そんなにだけど、砂漠が多い地方じゃなかったかしら?」

「砂漠が多い地方かぁ。だったら【じめん】タイプを使いそうだけど、そう単純でもないだろうしなぁ」

 

 聞いたことのない地方の名に、顎に手を当てて『うーん』と唸るライト。

 砂漠が多いとなれば、その環境に適応したポケモン―――つまり、【じめん】を初めに【いわ】、【はがね】などが多く生息している筈。ならば、その地域出身のトレーナーであれば、必然的にそれらのタイプのポケモンに偏っていそうだが、あくまで予想に過ぎない。

 

(……でも、予選だと全然【じめん】使ってない。辛うじて【いわ】が入ってるアーマルドを使用しただけで、他は【みず】とかだ)

 

 予選と本選で使い分ける作戦か。それとも、元よりそういうタイプを好んでいるのか。

 しかし、確かなのは【みず】タイプを多く扱っているという事。

 

(ということは、二回戦もジュカインは選出しておこう。他二体は誰にするかな……)

 

 【みず】には【くさ】。

 基本中の基本、“相性”を考慮してジュカインを選出することに決めるライト。

 

 残り二体に悩むところであるが―――。

 

(折角だしね)

 

 二体目は早々に決まった。

 対人戦での経験を積ませたいポケモンが一体、ライトの手持ちの中には居る。彼女に慣れてもらうためにも、二回戦という早めの段階で実戦に投入すべきと考えたライト。

 残りは一体。

 

(【みず】を以て【みず】を制す……よし!)

 

 最後の一体も決まった所で、ちょうど良くメロンパンを食べ終える。

 ニッと笑いながらホロビジョンを見終えたライトを隣で観ていたカノンは、どこか楽しそうに見える少年に釣られ、思わず頬を緩ませてしまう。

 

 旅をして何か変わってしまったかと思えば、この少年は良い意味で変わっていない。

 

 昔からそうだった。

 

 ポケモンバトルを純粋に楽しむ、どこにでも居るような普通の少年だ。

 

 

 

(―――だけど、どこか眩しく感じちゃう)

 

 

 

「……カノン。なに笑ってるの?」

「別にぃ~……ふふっ!」

 

 ふと少年の声に我に返るも、焦った様子も見せずに振る舞ってみせる。

 屈託のない笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

ついつい笑ってしまうのは、どうしようもなく嬉しいからだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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第百二話 程良いふくよかさは気持ちいい

 

「あらあら、初戦は何時になく大盛り上がりねぇ」

 

 柔和な笑みを浮かべながら、現在バトルフィールドで繰り広げられている激戦を見下ろしている女性。鋭い牙を模した耳飾りを始め、首飾り、腕輪といった装飾品を身に纏う彼女の後ろには、大きな円形の耳が特徴のドラゴンポケモン―――オンバーンが佇んで居る。

 他のタイプに比べて凶暴な性格が多いと知られる【ドラゴン】を手懐ける彼女は、カロス四天王の一人・ドラセナだ。

 

「うむ。メガシンカを扱う者の多さが、この盛栄の理由だろう」

 

 ドラセナの背後から歩み寄る一つの影。ガシャガシャと騒がしい音を立てる影は、時代遅れにも程があるとツッコみたくなるような甲冑を身に纏っている。

 しかし、彼もまたドラセナと並ぶカロス四天王の一人・ガンピ。後ろには【はがね】タイプであるギルガルドを連れているが、彼自身の恰好と合わせてみると、これからどこかに決闘しに行くのかと言いたくなる。

 だが、彼は四天王の中でも最強と謳われる程の実力者であり、騎士道を重んじる人格者だ。

 

「ですが、メガシンカもあくまで戦略の一つ……素材を生かすか殺すかはトレーナー次第。メガシンカを扱えるからといって、勝ち進める訳でもない」

 

 スッとドラセナの前に、丁寧に盛り付けられたプティングが差し出された。艶々と照っているプティングには、細く垂らしたカラメルソースが掛かっており、更にはプティングの傍に添えられているミントの葉が彩を華やかにしている。

 見るにしても食べるにしても美味しそうなデザートの登場に、『あらっ♪』と嬉々とした声を上げるドラセナ。

 

「ありがとう、ズミ」

 

 ミアレで高級レストランのシェフも務める四天王・ズミ。

 三白眼が少々キツイイメージを他人に与えるものの、二枚目な彼は女性のファンが多いと言われている。

 

「厳選したラッキーの卵とモーモーミルク……そしてカラメルソースにはシンオウ地方で栽培されたサトウキビから精製される極上の―――」

「ん~、おいし~♪」

「……」

「あら、そんな目で見ないでよ。説明を聞いて欲しいんだろうけど、貴方はいつも『早く食べないと風味が落ちる』って言って催促する癖に、説明途中に食べると怒るじゃない。だったらあたしは、説明を聞きながら食べるっていう選択肢をとるわよ?」

 

 何やら言いたげな表情を浮かべるズミであるが、ドラセナの言う事が最もである為、押し黙った。

 食に対して並々ならぬ信念を抱いているズミは、料理を一種の芸術と捉えている。

 それが故に、食に対して軽率な行為を働く者に対しては、修羅の如き形相で怒ることも少なくない。

 更には食に対して深い理解を求めるが故に材料の説明を延々と話すのであるが、これがまた長い。例えるならば、熱々だったスープが冷たくなってしまう程に。

 だというのにも拘わらず、説明途中に食べてしまえば怒りを露わにすることも多々あるのだ。

 

 しかし、四天王の中でも年長者に入るドラセナに怒りを露わにするのも気が引ける。それに料理の食べ頃を逃されるよりかは、自身の説明もまあまあに料理に手を付けられた方がマシだ。

 そう言い聞かせるズミは、美味しくプティングを頬張るドラセナの後ろで、説明を程々語った後に試合観戦に移った。

 

 現在、バトルフィールドではフシギバナとハハコモリが激突している。

 素早い動きでフシギバナを翻弄するハハコモリは、相手の懐に潜り込める隙を狙っているが、鈍重な動きのフシギバナの隙を見つける事ができない。

 暫し、激しい攻防が繰り広げられていたが、業を煮やしたハハコモリがフシギバナに突貫したことで流れが変わる。

 

 肉迫しようとするハハコモリの足元から突如飛び出してきた蔓が、ハハコモリの四肢を拘束した。

 身動きの取れなくなったハハコモリ。彼を拘束するフシギバナ、そしてトレーナーである少女はニッと口角を吊り上げる。

 

 次の瞬間、フシギバナの背の華の中心から繰り出された“ヘドロばくだん”が、無防備なハハコモリに直撃した。同時に拘束を解かれたハハコモリであったが、受け身もとることができずに墜落する。

 勝敗は火を見るよりも明らかだ。

 

『ジーナ選手、二回戦進出です!』

 

 勝利を掴んだ褐色肌の少女が、パートナーのフシギバナと共に盛大な拍手に応える様、ヒラヒラと手を振っている。

 

「あらあら、彼女もポケモンもホント嬉しそうだわぁ~」

 

 その様子に、観戦していたドラセナは小さく拍手しながら呟いた。

 これこそポケモンリーグ、といった一場面。しかし、握手し終えた後にトボトボとした足取りで帰っていく相手選手の後ろ姿も窺える。

 彼が来年もポケモンリーグに挑戦するか否かは、神のみぞ知る事だ。だが、願わくば更なる成長を遂げて再挑戦してくれることを、ドラセナは願った。

 

 ここで一息。

 

「ねえ、貴方達は気になる(トレーナー)は居た? ズミ」

「今の所は」

「つれないわねぇ。じゃあ、ガンピ。貴方は?」

「我は最初の試合のハッサムを連れたトレーナーに惹かれた。今の少女のギルガルドも、中々だった! まあ、我のギルガルドにはまだ遠く及ばぬがな」

「あらまあ、やっぱり【はがね】タイプが好きなのね。まああたしも【ドラゴン】を連れてる子ばっかりに目がいっちゃってるから、人の事は言えないんだけれどね」

 

 朗らかに微笑むドラセナ。矢張り、自分がエキスパートとしているタイプを連れているトレーナーを贔屓目で見てしまうと言ったところか。

 

「あたしはそうねぇ……アッシュって子が気になるわぁ。あの子のガブリアス、よく育てられてるもの」

「おお! 我は彼のルカリオに心惹かれていた所だ!」

「あら、奇遇ね」

 

 共に同じトレーナーに目を付けていたことに盛り上がる二人。

 やや疎外感に苛まれたズミは、引き続き行われている試合に目を向けながら、大会日程を思いだしてみる。

 一日目は、第一回戦の半数―――つまり前半の八試合を消化する段取りだ。二日目は残った後半を執り行う。三日目については、第二回戦合計八試合を全て執り行い、四日目は第三回戦と準決勝を終わらせる段取りになっている。

 そして最終日である五日目は、決勝戦と閉会式。

 もう少し詰め込むことも可能と考えられるが、試合が進んでいく度にバトルフィールドの損傷が激しくなり、試合毎のフィールド整備に時間が掛かるが故、安定して日程を進めるには五日が適当なのだ。

 

 トレーナーもポケモンも生き物。詰め込み過ぎれば疲労で最大のパフォーマンスをできなくなってしまう。

 彼等が自身のベストを発揮できるように配慮するのも、運営の仕事ということだ。

 

 と言っても、ズミはそれほど運営には関わっていないのだが―――。

 

「皆、お疲れ様。大会はどう? 楽しんで観てる?」

 

 ふと入口の方から聞こえる声。

 澄んだ声に引きつられて振り返れば、白い衣装を身に纏うカルネの姿が目に入った。指をチョコチョコと動かして挨拶してきたカルネに、四天王の面々は立ち上がり、各々に声をかけていく。

 パキラ以外のカロスポケモンリーグ最高峰トレーナーが揃ったところで、全員がゆっくりと席に座る。

 こうして後進のトレーナーたちの戦いぶりを眺めるというのも、れっきとした仕事の一つだ。

 

 それを抜きにしても彼等は楽しんでいるが。

 

 楽しい時間というのは、あっという間に過ぎていくもの。

 第一回戦前半が消化されるまで、彼等四人は試合に魅入っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カロスポケモンリーグ・二日目。

 初戦突破を賭けて、今日も予選を勝ち抜いた精鋭たちが激戦を繰り広げていく訳であるが、一日目に突破した者にとってはフリーな日だ。

 体を休めるもよし。今日の試合を観て戦力調査するもよし。ストイックに自主トレーニングに奔るもよし。観光に出掛けるもよしだ。

 そんな中、ライトが選んだのは―――。

 

「ギャラドス、“りゅうのまい”!!」

 

 無機質なトレーニングルームのバトルコートで激しく踊り狂うギャラドス。

 暫し、踊り終わるまで待っているライトは、隣に佇んでいるリザードンと共にジッと“りゅうのまい”を眺めていた。

 

「どう? できる?」

「……グォ!」

 

―――できるかどうかじゃない。やってみせる

 

 そう言わんばかりの気概を見せるリザードンに、ニッと笑ってみせたライトは、早速リザードンに“りゅうのまい”を指示する。

 ギャラドスの技を見よう見まねで行うリザードンであったが、そう易々と成功する筈もなく、只疲れるだけの舞となってしまった。

 

 今日、ライト達が行おうとしているのは、見ての通り自主トレーニングだ。中でも特に気合いを入れているのは、リザードンに“りゅうのまい”を覚えさせること。【こうげき】と【すばやさ】の能力を一段階上昇させる“りゅうのまい”は、物理攻撃を主体とするライトのリザードンにとって、強力な武器となり得る技だ。

 メガシンカし、極端に【こうげき】が上昇した後であれば尚更。一度舞っただけで、並みの【ぼうぎょ】のポケモンでは止められない程のパワーを発揮するだろう。

 

 そして狙いはもう一つ―――。

 

「クゥ~……」

 

 ふと背後から頬を摘まれ、ムニュ~と横に引き伸ばされるライト。

 先程までの雰囲気が台無しになるほどの間の抜けた声を上げるのは、最近手持ちに入った新入りだ。

 

「ラティアス……どうしたの?」

「クゥ~」

「お腹減ったの? でも、さっきカノンにポロックたくさん渡したんだけどなぁ~……」

 

 昨日ラティアスと会わせると約束した幼馴染に、自主練の間、面倒を頼むと同時におやつ用のポロックを手渡したのだが。

 

「全部食べちゃったのよ、その子」

「うぉう……そんな食べたらポヨポヨになっちゃうよ?」

「クゥ~!」

 

 後ろのベンチに座りながら苦笑いするカノンが、両手を開いて受け取ったポロックがないことを示す。

 この食いしん坊が、と思いながらライトはラティアスの腹部を撫でる。ガラスのような羽毛が生えているラティアスの撫で心地は、そこら辺の高級な毛布よりも触り心地が良い。

 サラサラと、しかしフワフワと。ここにポヨポヨ感が加わるとなれば、若干触りたい気持ちにもなってくるが、贅肉がつくというのは健康面から見て頂けない事だ。

 

 『もっと食べたい!』と両腕を上げてじたばたするラティアス。

 手持ちに加わってまだ一か月も経っていない彼女の性格を完全に把握できている訳ではないが故、上手く手懐けられてはいないものの、大体はこうすればよいというのは分かってきている。

 

「ポロックあげてもいいけど、その代り夕飯は無しにしなきゃダメになるよ?」

「クゥ!? クゥ~……」

 

 お菓子ばかり食べてはイケません。子供の頃なら、誰でも母親に言われたセリフであろう。

 ポロックも原材料が木の実だとは言え、結局はお菓子だ。食べ過ぎは身体に良くない。

 バランスを考えた時、食べ過ぎたポロックの分は他の食事から差し引かなければならなくなる。となれば、最も食事量が多い夕飯から差し引かれる訳だが、ラティアスは味はまあまあでたくさん量を摂りたい性質だ。今の一粒の為に、夕飯のポケモンフーズを差し引かれる―――彼女にとっては地獄の選択だ。

 暫し悩んだ挙句、やはり夕飯は食べたいと思ったのか、憂鬱そうな雰囲気のままカノンの下へ戻っていく。

 

 会って数時間だが、ラティアスはすっかりカノンに懐いてしまった。これもカノンが、生まれた時からアルトマーレでラティオスやラティアスと戯れてきた経験から成せる技か。

 そのようなことを思いつつ、ギャラドスとリザードンの方に目を戻すライト。

 未だリザードンは“りゅうのまい”を覚えることはできず、四苦八苦しているが、あくまで『覚えられたらいいな』という気概で挑んでいるが故、それほど切羽詰った表情をしていない。

 

 練習もほどほどに、彼らの為におやつを用意しよう。

 そう考えた時だった。

 

「……ギャラドスがリザードンに“りゅうのまい”を伝授しようとしてるね」

「はっ!? この声は……!」

「……精が出てるね」

「レッドさん!」

()()()()()の、()()()()()()か?」

「……」

 

 憧憬を抱く人物の登場からの駄洒落。

 表情の落差が激しいライトが、次に口にした言葉は。

 

「……六十八点で」

「……やった」

 

 よく分からない基準で言い放たれた点数に、分かり辛い表情で喜びを表現するレッド。久し振りの駄洒落に何とも言えない点数を付けたライトは、一先ずリザードンとギャラドスにリターンレーザーを照射してボールに戻す。

 

「ピッカ!」

「うわっと!? はははっ、ピカチュウは元気?」

「チャァ~!」

 

 突然、レッドの肩からライトの頭上に飛び乗ったピカチュウ。どうやら、ライトが被っている帽子を気に入ったようであり、勝手に帽子を外して自身の頭に乗せる。

 サイズが合っておらずブカブカの帽子を被るピカチュウは、ノペッとライトの頭上に圧し掛かった。大した重さではない為、ライトはそれほど気にせず『はははっ』と苦笑を浮かべるだけだ。

 まだブラッキーがイーブイだった頃が懐かしいと言わんばかりにピカチュウを撫でた後、気だるげな雰囲気を纏ったレッドに視線を向ける。

 

「あの、レッドさん。どうしてここに?」

「……なんとなく?」

「な、なんとなく……はぁ。ははっ」

「……邪魔だった?」

「いや、今からちょうど休憩にしようかななんて思ってたところなんで、大丈夫です!」

「……そっか。なら―――」

 

 楽しげに会話を始めるライトとレッド。

 二人の姿を遠目から眺めるカノンは、ふぅと一息吐く。

 

「なぁ~にぃ~? もしや、妬いちゃってるぅ?」

「ひゃあ!?」

 

 突如、横から頬を突かれたことに驚いたカノンは、ピョンとベンチの上で飛び跳ねた。

 咄嗟に突かれた頬の方向に顔を向ければ、にんまりと笑みを浮かべているブルーが佇んでいる。

 『よいしょ』とカノンの横に座り込んだブルーは、そのまま手を差し伸べてラティアスの頬を流れるように撫でた。

 

「流石我が弟。こんなにかわいいポケモン手持ちに入れるなんて、センスあるわぁ~♪」

「ブ、ブルーさん……驚かさないで下さいよぉ」

「ゴメンね、カノンちゃん。カワイイしてたから、つい」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべるブルー。

 彼女の行動に慣れることはないだろうという諦観を抱き始めたカノンは、愛想笑いを浮かべる。

 すると、その瞬間ブルーの瞳がキラリと光った。

 何事かと肩を跳ねさせるカノンの眼前に顔を近付けたブルーは、サングラスのテンプルに指を掛け、クイっと下げて青い瞳を露わにする。

 

「ねえ、カノンちゃん」

「は、はいっ?」

「正直、ライトのことどう思ってる?」

「え……?」

 

 随分と直球な質問に、思わず茫然としてしまう。

 その様子を見かねたブルーは、『じゃあ』と再び問いかけてくる。

 

「幼馴染として、ライトのことどう思ってる?」

「幼馴染ですか? それは……夢に一生懸命でカッコいいと……」

「そうよねぇ~♪ 私もそう思うわぁ~」

 

 なんだ、只のブラコンか。

 今に始まった事ではないが、ライトがこうしてポケモンリーグまでやって来た事を踏まえれば、感慨深ささえ感じてしまう。

 

「これ、持論ね」

「はい?」

「幼馴染って、結構特殊な間柄だと思うの。それこそ、親とか兄弟とか普通の友達とかにも言えないこと相談できたりね」

「はぁ……」

 

 途端に真剣な声色となったブルーの話に、カノンもまた真摯な態度を聞き手に回る。

 

「私の周りの幼馴染は馬鹿ばっか。強さ求めて山籠もりしたりとか、これまた強さ求めて戦略ばっか考えたりとか……ポケモンばっかり見て、人のことを見ようとしない感じなのよ」

 

 ふとレッドがピクリとした気がしたが、ブルーは構わず続けていく。

 

「まあ、強さ求めるって点だけならそれでいいかもしれないんだけど、夢を追って人間関係が希薄になっちゃうのはちょっといただけないかなぁ~、って。だからね、カノンちゃん」

 

 ガッとカノンの肩を掴むブルー。彼女の瞳は真剣そのものであり、その気迫にカノンは思わず息を飲んでしまった。

 普段とは一味違う雰囲気。

 

「―――もしもの時は、ライトの事を振り向かせてあげてね」

 

 やけに澄んで聞こえた言葉。

 息をするのも忘れてその言葉の意味が何か思慮を巡らせていると、途端にブルーはニッと白い歯を見せつけるように笑う。

 

「その時、ついでにライトの事盗っちゃってもいいわよ♡」

「と、盗るって何をですか……?」

「もう、言わなくても分かるでしょっ♪」

 

 弾んだ声で『オホホホ!』と高らかに笑うブルーに、レッドと話し込んでいたライトが『何事か』とブルーの様子を遠目で窺ってきた。

 もしや姉が幼馴染を困らせているのではと疑ったが、カノンが気にするなと言わんばかりに手を振ってきた為、ホッと胸をなで下ろしてレッドとの談話に戻る。

 

 その様子に、ああして幼馴染を気にする辺り、まだ人間関係を希薄にする様子はないだろうと、ブルーも安堵の息を漏らす。

 夢を追いかけることは結構。だが、そのお蔭で置いていかれる人達の事も考えて欲しい。ブルーが常々考えていることだ。

 

 レッドは強さ―――頂点を目指し突っ走って行き、頂点に辿り着いたと思ったら己とポケモンだけの世界に逃げ込むようにシロガネ山に山籠もりを始めた。

 グリーンは勝利を求める余り、ポケモンバトルにおける感情を否定して、レッドとは真逆の強さを求めてしまった。彼のパートナーであったラッタの死は、それを悪い方向に助長したが、決勝ではあと一歩のところでレッドに敗北を喫した。

 二人共、今は良い方向に進んでいるものの、弟には出来るだけそういった道を進んで欲しくは無い。姉として、切に願っていることでもある。

 

(でも、そんな真っ直ぐな男子に惹かれるんだから、女子も大概よね)

 

 クスりと嘲笑したブルー。

 その対象は己か、はたまた―――。

 



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第百三話 雨の日に『ブルルッ』てやる身震いの被害は大きい

 

 ざわめく会場。彼等はこれから始まるポケモンバトルを今や今やと待ちかねている。

 カロスリーグ三日目。初戦を勝ち抜いた十六名が、更なる高みを目指して激突する第二回戦が繰り広げられる予定だ。

 天気は快晴。これ以上のポケモンバトル日和はないだろう。

 

 暫し待っていると、スタジアム全域にアナウンスが響き渡る。同時に観客たちの盛り上がりも最高潮に達し、拍手と歓声がスタジアムからミアレシティの街中まで轟いていく。

 ゆっくりと開かれる、選手入場用のドア。

 無機質な通路を歩み、姿を現すのは二人のトレーナーだ。

 

 一人は帽子を被る少年。

 もう一人は、奇抜な色合いのアフロの男性。

 

 しかし、彼らはどちらも初戦を勝ち抜いた強者だ。今更、『あんなトレーナーが勝ち抜くなんておかしい』とのたまう者は居ないだろう。

 現に、鳴り止まぬ歓声が二人のトレーナーを歓迎している。少年は歓声に対し、ぎこちない笑みで手を振りかえしてみせ、一方男性の方は慣れた様子で佇まっていた。

 華奢な体格の男性は、紫を基調としているピッタリとしたスーツの胸をはだけさせ、黄色のマフラーを首から靡かせている。キラリと日光を反射させるサングラスも目を引かせるが、厚底の靴も中々―――。

 

 要するに奇抜な格好だ。

 

 何故かリズムを刻むように足踏みをしている彼は、恐らくダンサーか何かなのだろう。誰もがそのようなことを考えている最中、早速フィールドが出現する。

 荒野のようなフィールド。フィールドの両端に二メートル程の岩がドンと構えており、他には中央に川のような水場が用意されているのみ。

 

 そんな戦いの場を一瞥した二人のトレーナーは、徐にボールを取り出して宙に放り投げる。中から飛び出してきたのは、ジュカインとマルマイン。

 ジュカインは兎も角、マルマインを目の当たりにした観客は一斉にして、マルマインを繰り出したトレーナーの髪型に目をくぎ付けにする。右半分を赤、左半分を白に染めている彼のアフロはマルマインとお揃いなのか。そのような想像を駆り立てる髪型を櫛で弄る男性は、にんまりと笑みを浮かべながら、少年の方に人差し指を突きだした。

 

「んっん~♪ レッツ、ダンシングターイムッ!」

 

 直後、試合開始の合図がスタジアムに響き渡った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「マルマイ~~~ン、“あまごい”!」

 

 リズミカルにステップを踏みながら指示を出すミラーボ。するとマルマインは、上下逆様になってブレイクダンスのように回転し始める。

 

(あれ“あまごい”なのっ!?)

 

 そのダンスが“あまごい”であることを心の中でツッコんだライト。

 同時に、マルマインが雨という天候で得られる恩恵はさほど大きいものではない事に思慮を巡らす。【でんき】タイプの技の中でも強力な“かみなり”も、【くさ】のジュカインには効果がいまひとつだ。

 となれば、対戦相手であるミラーボが狙っていることに想像はつく。

 彼は予選で【みず】を好んで選出していた。雨中の【みず】タイプの強さは、ライトもよく理解している。

 

(後続に雨の恩恵を受けるポケモンを控えさせているって所か……)

 

 ここで頭に浮かんだ選択肢は二つ。

 一つ目は、“あまごい”の効果が切れる寸でのところまでジュカインに耐え凌いでもらうか。

 二つ目は、速攻でマルマインを倒すことにするかだが―――。

 

「……ジュカイン! 速攻、“リーフストーム”!!」

 

 刹那、どこからともなく現れた木葉がジュカインの両腕に纏わりついていく。渦巻くように収束していく木葉を確認したジュカインは、その驚異的な脚力を以てマルマインに接近していった。

 “あまごい”を終えて、無防備になっているマルマインの眼前まで迫ったジュカインは、両腕を地面に突き立てる。瞬間、二つの渦巻いた木葉が混じり合い、一つの巨大な竜巻を生み出すではないか。

 

 目が点になるマルマインは、木葉入り竜巻に捕らわれ、グルグルと風に攫われるように暗雲立ち込めるフィールドの空へ吹き飛ばされていく。

 

 【くさ】タイプの特殊技―――“リーフストーム”。木葉吹き荒れる嵐で相手を攻撃する【くさ】の大技であるが、繰り出した後は【とくこう】が二段階下がるというデメリットを孕む。

 本当であれば後続に控えているであろう【みず】タイプにとっておきたかったが、何せ相手が相手だ。マルマインは少しの刺激で大爆発を起こす危険なポケモンとして知られている。

 “あまごい”の効果を長らえる為に、自ら“じばく”なり“だいばくはつ”なりで退場する可能性は少なくないと判断したのだ。

 故に速攻。“だいばくはつ”を起こされる前に、早急に対処すべきと考えた上での攻撃である。

 

「アァ~、ボクのマルマインちゃ~~~ん!」

 

 “リーフストーム”の直撃を喰らって宙に舞うマルマインに、悲痛な声を上げるミラーボ。

 これで一体―――かに思われた。

 

「なぁ~んちゃって……マルマイ~ン!」

「っ!? ジュカイン、後ろだ!」

「“だいばくはつ”ゥ!!」

 

 何かが閃いたと思えば、マルマインはジュカインの背後に回り込んでいた。

 ジュカインの反応速度を上回る速度で回り込んだマルマインは、好戦的な笑みを浮かべながら、体から光を発し始める。

 ライトが注意を喚起するも虚しく、次の瞬間にはフィールド上では文字通り大爆発が起きた。フィールドのみならず、スタジアム全体に震動が伝わる程の爆発。

 パラパラと岩の破片が零れ落ち行く中、次第に砂煙が晴れていく。

 

「マルマイン、ジュカイン、共に戦闘不能!」

 

 審判が、フィールド上で伸びている二体を確認して両腕の旗を上げる。

 その光景にライトは苦渋に満ちた顔を、ミラーボは計画通りにいったと言わんばかりの得意げな笑みを浮かべていた。

 

「チッチッチ、甘ちゃんだねェ~。アレ(リーフストーム)一発で倒したつもりだったんだろうけど……レベルが足りなかったんじゃないのォ~~~!?」

 

 煽られている。

 こちらが子供だからと、煽ればすぐに怒って冷静な判断ができなくなるとでも思っているのではないか。

 沸々とした怒りが込み上がってくるが、それよりもライトは“だいばくはつを指示したミラーボの態度が気に入らなかった。

 

(労いの言葉もないなんて……)

 

 別にライトは自爆系の技を嫌っているという訳ではない。ただ、後続のポケモンに勝負を託したポケモンに対しての扱いが、目の前のトレーナーは少々粗雑ではなかろうか。

 戦術に組み込むのは結構。それが見事であれば素直に賞賛に値する。だが、身を削る技はポケモンにとって、非常に辛い攻撃手段だ。そのことについて労う気概も無いのであれば、自爆技などは扱って欲しくない。

 これがライトの持論だ。カロスを旅した上で、人とポケモンの関係を見てきた少年の気概だ。

 

「……キミに決めた、ギャラドス!!」

「フゥ~♪ アーマルドちゃん、ヒアウィ~ゴ~!」

 

 凶竜(ギャラドス)を繰り出すライト。

 一方ミラーボが繰り出すのは、かっちゅうポケモンのアーマルドだ。甲冑のように硬い甲殻は、生半可な物理攻撃ではダメージが通らないが、雨中であれば話は別だ。

 

「雨ならギャラドスが有利だ!! “アクアテール”!!」

「ホントにそうかなァ~!? アーマルドちゃん、“ストーンエッジ”を決めちゃって!」

 

 反動を付けてアーマルドに襲いかかるギャラドス。雨の中であれば、“アクアテール”の威力も増加する為、【いわ】・【むし】タイプであるアーマルドには効果が抜群だ。

 しかし、大きく尾を振るうギャラドスに対してアーマルドは、その体に似合わない動きの速さで“アクアテール”を回避する。

 

「っ……“すいすい”かっ!?」

「ピンポーン!! からの~~~……ズッド~ン!」

「ギャラドス!」

 

 回り込んだアーマルドが地面から鋭くとがった岩石を隆起させ、ギャラドスの胴を穿つ。効果は抜群であったが、ギャラドスの特性である“いかく”が入っていた為、そこまでダメージは入らなかったようであるが、油断は禁物だ。

 “すいすい”のアーマルド。通常、アーマルドの特性は、相手の攻撃が急所に当たらない“カブトアーマー”とされている。

 これには、スタジアムのどこかで観戦していたザクロが『これは珍しい』と目を輝かせる程だ。

 

 想定外の特性のアーマルド。

 しかし、することに変わりはない。

 

「ギャラドス、もう一回!!」

「芸がないねェ~! 躱しちゃいな、アーマルドちゃ~ん!」

 

 跳ねるように飛び掛かってくるギャラドスに対し、またもや横に逸れて回避するアーマルド。

 攻撃の機会とばかりに、アーマルドの瞳はギラリと輝く。その両腕の爪を突き立てて、再び“ストーンエッジ”を繰り出そうと―――。

 

「“じしん”ッ!!!」

「ありゃりゃ!?」

 

 尾を大きく振るうギャラドス。てっきり“アクアテール”を繰り出すばかりだと考えていたミラーボは、サングラスの奥の瞳を大きく見開いた。

 直後、丸太よりも太い竜の尻尾が地面に叩き付けられ、マルマインの“だいばくはつ”よりも大きい震動がスタジアムを襲う。立っていたライトは思わず膝を着いてしまうほどの激震。それを間近で喰らえばどうなろうか。

 “じしん”の震動を貰ったアーマルドは、技を繰り出すどころではなくなっていた。

 『おっとっと』と言わんばかりに、自分の体勢を整えようと両腕を水平に広げている。

 

「そこだ、ギャラドス!」

「くっそォ~~~、小賢しいっ! “クロスポイズン”!!」

「“こおりのキバ”!!」

「おおんっ!?」

 

 ギロリと瞳をむき出しにするギャラドスは、両腕を毒に包み込ませるアーマルドに突貫する。

 間もなく組み合った二体。ギャラドスの巨体を真正面から受け止めるアーマルドの表情は、如何せん厳しそうな表情だ。同時に猛毒が染みだしているアーマルドの両腕ごと胴体に噛み付いているギャラドスも、【どく】を受けてしまったのか、辛そうな顔を浮かべている。

 暫し組み合う二体。軍配が上がったのは、ギャラドスの方であった。

 

「ッ……!?」

 

 驚愕に満ちた目を浮かべるアーマルドは、次第に凍てついていく自身の体を瞳に入れた。

 濡れていたが故か、如何せん体が氷に包まれるのが早い。甲冑のように重い甲殻を凍てつかされ、アーマルドの動きが阻害されることは想像に難くないだろう。

 

「そこだッ、“アクアテール”!」

 

 身動きが取れなくなった頃合いを見計らい、ライトの指示が飛ぶ。

 直後、とぐろを巻くようにして勢いを付けたギャラドスが、瀑布を纏った尻尾をアーマルドの胴体に叩き込んだ。

 岩石が吹き飛ばされるように重厚な音が響いたかと思えば、数コンマ後にフィールド端の岩石で同様の音が奏でられる。

 

「アーマルド、戦闘不能!」

 

 渾身の一撃を喰らったアーマルドは、ピクピクと痙攣しながら地面で伸びていた。それを残念そうな顔で見つめるミラーボは、さっさとアーマルドをボールの中に戻す。

 これで二対一となった訳であるが、状況は芳しくない。【どく】を受けて体力を消費しているギャラドスを見れば、一目瞭然だろう。

 

 どうしたものか、とライトが思慮を巡らせている内にも、ミラーボは最後のポケモンを繰り出す。陽気にリズムを刻んでステップを踏むのは、のうてんきポケモンのルンパッパだ。

 【みず】・【くさ】の複合タイプ。相性的には不利ではないが、ライトはギャラドスのボールを手に取った。

 

「戻って、ギャラドス! ちょっと休んでてね」

 

 突っ張ったとしても、それほど望むような結果は得られないだろう。

 そう考えたライトは素直に交代を選び、三体目のボールに手を掛けた。

 

(……よし、お披露目といこう!)

 

 カタカタ、と震えるボール。ライトの意気を感じ取った彼女は、出番を今や今やと待ちかねていることだろう。

 ならば、彼女を早々にこのフィールドに繰り出して、初陣を華やかに飾ってあげようではないか。

 

「ラティアス、キミに決めた!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「むげんポケモン、ラティアス……あらあら、珍しいポケモン捕まえてるのね、あの子」

 

 関係者用の部屋からフィールドを見下ろすドラセナは、ライトが繰り出したラティアスを目の当たりにして感心するように呟いた。

 祖父母が昔を司る町の生まれである彼女は、伝承などには詳しい一面を持つ。特に伝説の【ドラゴン】タイプなどには専らなのだが、御伽話に出てくるようなポケモン―――その色違いを手に入れているとなると、驚きを禁じ得ないようだ。

 

 だが、色違いだからとバトルに強い訳ではない。問題はラティアスに指示を出す少年の技量に掛かっている。

 

「見た感じ、そう長い付き合いには見え無さそうだし……新入りなのかしらねぇ?」

「どうかしら。まだ拙さは抜けてなさそうだけど、あたしは充分強そうに見えるわ」

 

 ドラセナの言葉に、隣で柔和な笑みを浮かべながら語るカルネ。

 確かにラティアスが移り気な様子で観客席を見渡している辺り、人が多い中でのバトルは慣れていなさそうであることは理解できるが、

 

「あらッ、動いたわね」

 

 カルネが、早速攻勢に出るルンパッパを目に捉える。

 嘴から解き放つ冷気の光線―――“れいとうビーム”。【ひこう】を苦手とするルンパッパに覚えさせるのは妥当な技だ。

 【ドラゴン】にも有効な技を繰り出すルンパッパに対し、ラティアスはその場に留まり瞼を閉じる。真正面から“れいとうビーム”を喰らうものの、精神統一を図るラティアスには思ったように攻撃が通らない。

 

「“めいそう”、ね」

 

 下手に攻勢に出るよりも、まずは自身の能力の底上げに回ったか。

 【とくこう】と【とくぼう】を上げる“めいそう”となれば、あのラティアスは特殊攻撃を主体とするのだろう。

 そもそもラティアスがどのような攻撃をするのかを知らないカルネにとっては、興味が尽きない試合展開だ。

 

 もう一度“れいとうビーム”を繰り出すルンパッパだが、またもや“めいそう”で精神統一を図っているラティアス。ここで、雨は途端に止んだ。

 先程まで陽気にステップを踏んでいたルンパッパも、思わず足を止めてしまう程ショックな出来事であったのか。

 

 しかし、自身の優位を創り上げる為にも、ルンパッパは指示を出されて“あまごい”を行う。既に水で溢れているフィールドに、再びザアザアと豪雨が降り注ぐ。

 するとラティアスの体は淡い光に包み込まれていった。

 度重なるルンパッパの攻撃で傷を負った体が、徐々に癒えていくことから、それが“じこさいせい”であると予想するのはカルネにとってそう難しいことではない。

 

 さて、既に“めいそう”を二回積んだラティアスと、“あまごい”下のルンパッパ―――どちらが有利だろうか。

 幾ら効果が抜群な“れいとうビーム”と言えど、【とくぼう】が二段階上昇した相手には思う様な効果は得られないだろう。【こおり】状態にすれば勝機は見えて来るかもしれないが、ミラーボのバトルテンポが崩されてきているのは火を見るよりも明らかだ。

 

 未だ“めいそう”を積むラティアス。恐らく、素の【とくこう】にそれほど自信がないのだろうかと、カルネは予測を立てる。

 いや、もしや―――。

 

 

 

 

 

「ラティアス、“アシストパワー”!!」

 

 

 

 

 

 刹那、光が爆ぜたかと思えば、ルンパッパに一条の光が突き刺さった。

 フィールドの上空に立ち込める暗雲を切り裂く程の攻撃。

 

(成程、そういう訳ね)

 

 “めいそう”の一点張りであったライトの指示に得心がいったカルネは、にっこりと微笑んで、ルンパッパを一撃で倒したラティアスにウインクを送る。

 蓄積したパワーで相手を攻撃する【エスパー】の特殊技―――“アシストパワー”。最初こそ、その威力は微々たるものだ。しかし、自身が高めた能力の分、段々と威力を増していくこの技は時に凄まじい威力を誇る。

 

 そんなラティアスの繰り出した“アシストパワー”は、暗雲を切り裂くのみならず、地面に溜まっていた水を宙へ巻き上げた。雲の隙間から差し込む日光が水飛沫に反射し、フィールドに美しい虹を掛ける様相は『見事』としか言いようがない。

 予想以上のパフォーマンスに、観客席は湧きに湧き上がる。

 

「勝者、ライト選手! 三回戦に進出です!!」

 

 盛り上がりが最高潮に達する会場。

 バトルを終えたラティアスは、主人の下にフヨフヨと帰るや否や、ブルブルと体を震わせて自身の体毛に付着した水を振り払う。辺りに撒き散る水滴に苦笑を浮かべるライトであったが、初陣で十二分の活躍をしたラティアスに満面の笑みを浮かべる。

 

 逆に敗北を喫したミラーボは、『キィ~~~!』と自身のマフラーを噛みながら悔しがっていた。すると通路の奥から見知らぬ二人組がやってきて、『覚えてろォ~!』と叫ぶミラーボの両腕を抱えて連行していく。

 

 その様子に苦笑を禁じ得ないギャラリーであるが、今は勝利した少年達に向けて惜しみない拍手が送られている。

 カルネもその内の一人だ。

 

「うんうん! あの子達、とっても素敵だわ!」

 

 そう呟いて、彼女は少年が勝ち進むことを仄かに願うのであった。

 

 

 

 



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第百四話 身内のドヤ顔ってイラつく

 

「はい、描けたよぉ~」

「わぁ~! ありがとう、お姉ちゃん」

「うんいい笑顔。ナイスモチーフだよ」

 

 ピースサインをしている金髪の少女に、たった今描き終えたキャンバスを差し出すのは、若き天才画家マツリカ。

 嬉々とした表情で喜ぶ少女が手にするキャンバスの下の隅には、小さく『ユリーカちゃんへ』と書かれている。一方、キャンバスの中心には短時間で描いたにも拘わらず、アクリル絵の具で味のある雰囲気に仕上がったユリーカの姿。

 

「これ宝物にするね!」

「うん、そう言ってくれるとマツリカも嬉しいよ」

「いやぁ~、娘のためにすいませんね」

 

 大事そうにキャンバスを抱きかかえる後ろから歩み出してきたのは、ユリーカの実の父であるリモーネだ。

 ワイルドな見た目のナイスガイに礼を言われるマツリカは、淡々として抑揚のない声色でこう答える。

 

「気にしないで下さい。暇を持て余した画家の遊びなので。それじゃ、アタシはここら辺でドロンします」

 

 ペイントを施した髪を靡かせて、颯爽と立ち去っていく後ろ姿は風来坊そのもの。

 風に流され漂ってくるアクリル絵の具の香りは、どこか赴きを漂わせる。(一応)アート留学に来ている彼女は、またカロスのどこかに赴いて各所の観光名所のみならず、アローラ地方の感性を擽られる題材をキャンバスに描いていくのだろう。

 

 そんな彼女を見届けた二人は、仕事をしっかり務めているだろうシトロンの下へ歩んでいくのであった。

 

 一方その頃、コロシアムの観客席では―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さっすが、私の弟よねぇ~!」

 

 弟の勝利に踏ん反り返る姉が一人。

 もしこれでサングラスなどをして外見を多少なりとも隠していなければ、コロシアムに来ている観客たちが“女優ブルー”のイメージを崩していたところだろう。

 だが、当の本人はそんなことはいざ知らず、上気する顔を隠す様子もなくブラコンを全面に押し出している。

 

「ほらほら、リビングレジェンド的にはウチの弟はどうなのよォ~?」

「……俺に訊くの?」

「もっちろんよ! バトルに関しては私より詳しいでしょ?」

「買いかぶりだと思うけど……」

 

 隣でストロベリーシェイクを啜っていたレッドは、にじり寄るブルーに少々困ったような表情を浮かべているが、啜りながら言う内容を頭の中で整理し始めた。

 

「……サイクループ?」

「なにその造語」

 

 突拍子もない言葉に、流石のブルーも頬を引き攣らせる。

 

「……ライト君の戦い方は、相手に対して有利なタイプのポケモンを出す。居なければ、対応できるポケモンを出すっていう、言っちゃえば基本の忠実な感じ」

「そんくらいは私も分かるわよ。それよりも、さっきの変な造語は?」

「……サイクルとループで、サイクループ」

「ほうほう。……あ、カノンちゃんも聞く?」

 

 一人で頷くブルーは、隣でソーダを手に持ちながら観戦しているカノンに尋ねるが、『お構いなく』とやんわり断られた為、そのままレッドの説明に戻っていく。

 

「で? 続きは?」

「……ライト君の手持ちは堅いポケモンが多いから、比較的後出しも簡単に出来たりする」

「まあ、そうよねぇ~」

 

 レッドの言葉に、ブルーも『それは理解している』と言わんばかりに相槌を打つ。

 ライトのが使用しているポケモンを確認してみよう。

 ハッサム、リザードン、ミロカロス、ブラッキー、ジュカイン、ラティアス、ギャラドス。この内、【ぼうぎょ】に秀でているのはハッサムだ。だが、“いかく”という特性を考慮すればギャラドスも充分【ぼうぎょ】に秀でていると言っても過言ではないだろう。

 更にそこからミロカロス、ラティアスだが、この二体は【とくぼう】に秀でている。更には回復技である“じこさいせい”を兼ね備えている為、長丁場にはその堅さを存分に発揮できるであろう二体だ。

 そして最後にブラッキー。このポケモンは【こうげき】や【とくこう】がいまいちである代わりに、【ぼうぎょ】と【とくぼう】どちらをとっても優れている。

 

 このように比較的受けが優れているポケモンが多いライトのパーティでは、他の選手よりも後出しで交代する回数が多いとレッドは見ているのだ。

 

「……だけど、やっぱりライト君の手持ちの要はハッサム。“とんぼがえり”で相手のサイクルを潰しつつ交代っていうのが結構刺さってる」

「やっぱり?」

 

 うすうす気づいていたようにブルーが応える。

 

「【ほのお】しか弱点が無いっていうのがミソね」

「というより、ハッサムが居ないとライト君のパーティって案外バランスが悪い」

「あ~……うん、確かにねぇ」

「結構なダメージソースを担ってるし……」

 

 言わずと知れた、【はがね】・【むし】という優れた組み合わせの複合タイプを有すハッサム。彼がライトのパーティで担っている役割は非常に大きい。

 リザードンとギャラドスの弱点である【いわ】を始め、ブラッキーが苦手とする【むし】やラティアスやジュカインが苦手とする【こおり】を受けられ、ミロカロスの弱点【くさ】も受けられる。

 つまり、パーティのポケモン達が苦手とするタイプのどれか一つは確実に受けられる耐性を有しているのだ。肝心のハッサムが苦手とする【ほのお】は、物理・特殊のどちらも受けられるような面々が揃っている為、素直に交代させれば何も出来ずやられるといった事態になり得ることはまずない筈。

 

 そんなハッサムが倒れれば、否応なしにライトは劣勢に持ち込まれるであろう危険性を孕んでいる―――レッドが言いたかったのはこうだ。

 

「……でも苦手なタイプで相手を倒しちゃうことってよくあるし、そこはライト君の腕次第ってところ……」

「実際、レッドもリザードンでカメックスをごり押しで倒したしねぇ~」

「……戦略的突破と言って欲しい」

「“ほのおのうず”でチマチマ削ってから、“もうか”で火力上げた“だいもんじ”? あれはごり押しって言うのよ」

 

 あっけらかんとした物言いに、レッドは唇を噛んで何か言いたそうな表情でブルーを見つめる。

 ライトのリザードンが物理攻撃を主とする一方、レッドのリザードンの技構成は特殊寄りだ。となれば、苦手な【いわ】や【みず】に対抗すべく“ソーラービーム”辺りを覚えさせるのがセオリーなのだろうが、当時のレッドは覚えさせていなかった。故に、カントーリーグ決勝戦でとった手段が、今ブルーが言ったものだ。

 

 最早戦略やへったくれもなさそうな力のぶつかり合いに、当時のブルーも半ば呆れた笑みを浮かべつつ観戦していた記憶があった。その横で、幼少期のライトは目を輝かせていてそれらを観戦していたのだが、それは兎も角―――。

 

「なんだっけ? 今ライトってリザードンに“りゅうのまい”を覚えさせようとしてるんだっけ?」

「……だった筈」

「んもう、山に籠って記憶力低下してる訳じゃないわよね? 私、そこんところ心配になってきたんだけど」

「……流石にそこまで衰えてはいない……筈」

「まあいいけど。“りゅうのまい”って、完全にリザードンを抜きエース用に育ててんじゃないの?」

「……多分」

「あ、あの……質問いいですか?」

「オッケーよぉ~! じゃんじゃん聞いちゃって!」

 

 二人が色々と話している間、時折チラチラと横目で様子を窺っていたカノンが、何かを尋ねたそうな瞳を浮かべながらブルーに問いかけてきた。

 

「その……抜きエースってなんですか?」

「抜きエースって言うのはねぇ、言うなればエース的な? 今のライトのリザードンで言えば、余裕があったら“りゅうのまい”で能力上げて、相手を一気に倒しちゃおー! 的なね」

「へぇ……」

「こういうのって足が速い且つ火力があるポケモンが適任なんだけどね。そうねぇ……ライトの手持ちで挙げるならジュカインかなぁ。でも、先制技持ってるハッサムも該当する筈ね。でも、“りゅうのまい”は【すばやさ】だけじゃなくて【こうげき】も上げるから、積み業として優秀なのよね」

「は、はぁ……?」

「よーするに、なにかされる前に上からドンドン叩いちゃおうっていうのが抜きエースってコト!」

 

 かなりざっくりとした説明に、カノンの目は点となっている。

 強ちは間違っていない。強ちは。

 尤も、ポケモンバトルにそれほど詳しくないカノンが聞いたところで、直ちに『成程』となる訳がない。

 後で直接ライトに聞けば話が早いだろうと思うカノンは、ブルーの説明もほどほどにバトルの観戦に戻る。

 

 素人目から見ても激しいバトル。地形を崩すほどの大技を繰り出すポケモンも居れば、逆に地形を利用して相手を翻弄するポケモンも居る。

 それぞれがトレーナーのバトルスタイルなのだろうが、カノンが思うことは只一つ。

 『凄い』。

 全員がジムバッジを八個集めた者達なのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 しかし、心の奥底に訴えかけられるかのような気迫を感じさせるポケモンバトルの数々は、芸術肌のカノンのインスピレーションを充分に刺激していた。キャンバスなどの画材があればすぐにでも描き出してしまいたいカノンだが、それは幼馴染が優勝した時の為にとっておこうと自制する。その度に笑みが浮かんでしまうのは、最早脊髄反射と言っても過言ではない。

 

(でも、ライトのポケモン大丈夫かな?)

 

 脳裏を過るのはマルマインの“だいばくはつ”を諸に喰らったジュカインの姿。

 ポケモンの技とは思えないほどの爆撃を真正面から受ければ、これからの試合に支障が出てしまうのではないかと危惧するカノンは、今すぐにでもライトの元に駆け付けたい衝動に駆られるものの、まだ敷地内を把握していないにも拘わらず飛び出ていくのは迷子になるフラグ以外の何物でもない。

 

(後で訊きに行こっと……)

 

 一方その頃、当の本人はと言うと。

 

 

 

 ***

 

 

 

「コルニ、僕がラティアスのマッサージをしている件についてみて考えて」

「トレーナーは頑張ったポケモンを労わなきゃ!」

「そうだけど。うん、確かにそうだけど」

 

 コロシアム内ポケモンセンター前のソファにて、ライトはラティアスのマッサージをしていた。硝子のような体毛のラティアスの背中を、ツボを押すようにギュッと指で押す。良いツボに入る度に、ラティアスは『クゥ~♡』と身悶える。

 第二試合で大健闘を見せてくれた彼女への労いと言う意味では、この程度のマッサージをすることなど訳はないが―――。

 

「クゥ~♪」

(ドヤ顔がイラってする……)

 

 普段温厚なライトでも、少しばかりイラッとするドヤ顔を見せてくるのだ。

 例えるならば、『アタシ偉いでしょ!』と踏ん反り返る妹を見るような気分だ。可愛らしいと思うかもしれないが、実際目の当たりにしてみると腹が立つ。

 しかし、頑張ってくれたのもまた事実。後ろの席では回復を終えたジュカインがポロックを摘みながら、露店で売っていた木の実ジュースを飲んでいる。“だいばくはつ”の傷も癒えた。ポケモンセンター様様と言っておこう。

 

「クゥ~」

「……どうしたの?」

「クゥ~!」

「……まさかポロック?」

 

 片腕を差し出してきて、何かを要求するラティアスの挙動にすぐに察したライトは、目を光らせ―――。

 

「さっき食べたでしょうがぁ~~~!」

「クゥ~~~!?」

 

 マッサージから、全力の擽りにジョブチェンジ。

 一度味わったことのあるコルニは、顔面を蒼白にして息も絶え絶えとなって泣き笑うラティアスを、一歩下がった場所で眺める。

 思いだすだけで身震いしてしまいそうだ。

 

 触れるか触れないかという絶妙な掠り具合と焦らし具合。空気が撫でているかのようなその感覚で体を捻れば、待ち構えていた指にチョンと触れてしまい、また身を捩らせる。それらの繰り返しとなる地獄―――一度味わえば、彼の指を見てしまうだけで体が反応してしまうだろう。

 

「太っちゃうでしょうが! 丸くなって浮いてるって、それはもう風船だからね!?」

「ク、クゥ~……」

「太って辛くなるのは自分なんだから……美味しくたって程々にしないと、栄養バランスっていうのが―――」

(トレーナーって言うよりお母さんみたい)

 

 一人と一体のやり取りを眺めるコルニはそう思った。

 

 折檻も済み、バトル後のケアも程々済んだところでライトは、このエントランスに備わっている中継テレビに目を遣った。

 今頃、次にライトが戦う相手が決まっている頃だ。

 見れば今は、カエンジシとウインディが砂上のフィールドで激しい攻防を繰り広げている所であった。

 

 互いに【ほのお】タイプを有す二体は、得意とする技で相手を圧倒することはできない。となれば、おのずとサブウェポンである技で仕掛けていくのが普通の流れ。

 現に二体は、【ほのお】ではない技を繰り出し合いながら、砂塵を巻き上げている。

 ウインディは砂場を物ともせず“しんそく”でフィールドを駆け巡り、カエンジシを圧倒していた。すると途中で砂場に向かって炎を吐き、砂塵を巻き上げて視界を不良のものとする。

 

「“みがわり”?」

「うん、多分……」

 

 コルニが今のウインディの動きを“みがわり”か尋ねれば、同じことに思慮を巡らせていたライトが頷く。

 “みがわり”は自身の体力を四分の一削らなければつくることができないという欠点こそあるものの、相手を嵌めた際のメリットは非常に大きい。そのメリットを手に入れる方法の最たるものとして、相手の目を眩ますという戦術がある。恐らく、今のウインディの行動もソレだろう。

 

 しかし、カエンジシのトレーナーの方が一枚上だった。

 

『カエンジシ、“ハイパーボイス”よっ!!』

 

 エリートトレーナー然とした少女が声を上げれば、山彦の如くカエンジシが咆哮を上げる。

 その音波は巻き上がる砂―――さらには作り上げられた“みがわり”を突き抜け、衝撃波としてウインディの体を貫く。

 

 既に満身創痍であったウインディはその一撃を喰らった後、力なく砂上に叩き付けられるように墜落した。同時に試合の勝敗も決したようであり、審判が旗を上げる。

 

『ウインディ、戦闘不能。よって、アヤカ選手第三回戦進出!』

 

 巻き起こる歓声の中、駆け寄り合うアヤカとカエンジシは、喜びを分かち合うかのように抱き合う。

 

「“ハイパーボイス”……かぁ」

「う~ん、確か音波系の技って“みがわり”貫通するんだったんだよね?」

「そうだね。だからジュカインの“みがわり”戦法も使えないと思う……というより、カエンジシを相手にするんだったら、“きあいだま”を叩きこんだ方が無難だと思う」

 

 ライトのジュカインは“みがわり”を使える為、音波系の技を繰り出す相手には気を付けざるを得ないが、元よりタイプ相性的に不利であるが故、余程追いつめられることがなければそのような対面にはならないだろう。

 問題なのは、相手のトレーナーが何を繰り出してくるか、だ。

 

 アヤカとはバトルシャトーで一度相対したことがある。

 あの時は互いに駆け出しのトレーナーであった筈だが、よくここまで駆け上がれたものだ……という感慨深さは置いておき、対策を講じることにしよう。

 

(あの人の手持ちはアブソル……しかもメガシンカする。他にはニャオニクスと、今使ってたカエンジシ。他はまだ分からないけど、一番危険なのはアブソルだ。なら、【あく】の弱点を突けるハッサムを選出しておくべきなんだろうけど……)

 

 得も言えぬ不安感が胸の内からせり上がってくるような感覚を覚えるライトは、その額にじっとりとした汗を浮かべる。

 

(四日目は正念場なんだ。第三試合と準決勝……しかも準決勝はフルバトル。一番ハードな日程の日なんだから、少しでもハッサムの負担を……)

 

 自覚はしていた。

 自分はハッサムに依存していることを。心の拠り所にしていることを。

 長い付き合いから生まれる信頼感は、例えどのような相手を前にしても、心のどこかに余裕を抱かせてくれていた。

 いわば、ライトの精神的支柱とも言える彼を失えば、どれだけ自分が試合で揺らぐか推し量ることができない。それはカロスジム攻略において、八つのジム戦すべてにおいて選出したことから分かるだろう。

 それは他の手持ちが増え、実力が付いてきた今でも変わりはない。所々でタイプ相性などを理由にして選出しなかった時こそあれど、正念場においては絶対に必要とも言える存在にまで昇華している。

 

(でも、なんだろう……負けるんじゃないかとか、そういうのじゃない。もっとこう……全部をごっそり持っていかれそうな、そんな不安が……)

「―――ライト? どうしたの? すっごい怖い顔してるけど……」

「え? あっ、う~ん……いや、ちょっと」

「まあ試合で緊張するのは分かるけど、こういう時こそリラックスリラックス! ポジティブに行かなきゃ!」

「コルニのをなんていうか知ってる? 楽観的って言うんだよ」

「はうっ!? なんか急に毒が……」

 

 歯に衣着せぬ物言いに、若干ショックを受けたが、自分に毒を吐けたことによって友人の緊張が解れるのであれば本望だ。

 

「くっ……なんならもっと罵って!」

「……きゅ……急に何に目覚めたの?」

「そういう意味じゃなくって!」

 

 ドン引きする余り声が裏返るライトに、すぐさま訂正を入れる。

 張り切れば張り切るほど悪い方向に向かう例だ。

 

 閑話休題。

 

「ほらさ、ライトには優勝してもらわなきゃね! チャンピオンになったら、まず最初にアタシがバトル申し込むのっ!」

「気が早くない?」

「早くない早くない! 寧ろ遅いくらいだって!」

「そうかなぁ……?」

「なぁ~に言ってるの! 三回戦で勝って、準決勝で勝って、決勝で勝てばチャンピオン!」

「ノリが軽くない?」

「あぁ~~~、もうまどろっこしいなぁ~~~!」

「っつ!?」

 

 二回戦を勝った後だと言うのに、やけにしおらしい様子のライトに業を煮やしたコルニは、神妙な面持ちのままライトの肩に手を置いた。

 ロビーに響き渡る程に強く置いた手には熱が籠っている。それは紛れもない、コルニの心中の熱なのだろう。

 手を通して伝わってくるコルニの熱にギョッとするライトであったが、真っ直ぐな彼女の瞳から目を逸らすことができない―――否、させてもらうことを許されない。

 

「ライトはもうここまで来たの」

 

 肩に置かれる手が、ギュッと服を握りしめる。

 

「振り返る暇があったら、テッペンまで走れ」

「っ……!」

 

 少し突き放すかのように肩から手を放したコルニは、メガグローブを嵌めている左手を突きだしてきた。

 その拳に、ライトも迷わず拳を突きだす。

 

「最初っから、走ってるつもりだよ」

 

 コツンとぶつかり合う拳。

 

 そうだ、天辺まで振り返らずに登り切った後、後ろに佇む自分の“軌跡”という名の光景は格別なものだろう。

 後三回。されど三回。

 だが、手を伸ばせば届く。そして自分の横には共に走って来てくれていたポケモン達が。後ろには、自分を応援してくれている人たちが居るのだ。

 

 少年は今ここで新たに固く誓う。

 

 頂点をとると。

 



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第百五話 必殺技は子供のロマン

 白熱した会場を包み込むのは、フィールドで繰り広げられているバトルを観戦して昂ぶる人々、そしてポケモンの歓声。既にポケモンバトルから引退した者達、今もポケモンバトルに熱中している者達、そしてこれからの将来においてポケモンバトルを担っていくかもしれない者達。

 だが、共通しているのは彼等が須らくポケモンを愛しているということだ。

 

 相棒、家族、戦友、職場での同僚、ペット、はたまた恋人か。

 

 そんなポケモン達を戦わせることを非人道的と謳う者も多いかもしれない。しかし、月並みかもしれないが私はこう思う。

 ポケモンバトルとは、太古の昔より築き上げられてきた人とポケモンの絆を確固たるものにするべく生まれた儀式の一つなのではないか、と―――。

 

「姉さん、もう少しで次の試合始まっちゃうわよ?」

「はーい」

「ん、何書いてたの?」

「今度の雑誌のコラムに載せようかなってね。まあ、落書きみたいなものだけど」

 

 コロシアムの一角に点在する、記者などの報道関係者たちのみが立ち入ることのできる部屋。熱心に物書きに耽る姉・パンジーに一声かけたのは妹のビオラであった。

 会場警備を任せられているジムリーダーの一人であるビオラは、普段通り涼しげなタンクトップ姿で姉の下に駆け寄る。その健康的な姿に、他の取材陣の男性は鼻の下を伸ばしているが、当の本人は全く気にしていない。

 

(この子も、も~ちょっとそこら辺に気を遣えたらいんだけどね……)

 

 余りの不用心さに苦笑いしか浮かんでこない。

 

「ほら、次の出場者が出てきたわよ!」

「ええ、そうね」

 

 興奮するビオラが指差す先では、入場口から堂々とした佇まいで歩み出てくるトレーナーたち。

 まだまだポケモンリーグは始まったばかりだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

『さあ、ポケモンリーグ二回戦の試合、いずれも白熱した様相を見せている―――ッ! 例年になく本選への新人トレーナー出場率が多い今年、どのような番狂わせが見えるか楽しみとなっております! 続きましては、同郷対決! 互いにカロス出身の新人トレーナー同士のカードだァ―――ッ!』

 

 実況者の煽りを受けて盛りに盛り上がるコロシアム。青空を衝かんばかりに轟いた実況者の声が消え入るよりも前に、二人のトレーナーがバトルフィールドへ向けて歩み出してきた。

 一人は金髪の落ち着いた風貌の少年。

 もう一人は、褐色肌で溌剌とした笑みを浮かべる少女。

 

『二回戦第四試合……共にミアレ出身のデクシオ選手対ジーナ選手! 彼等は彼の有名なカロスのポケモン研究の権威・プラターヌ博士の助手を務める将来有望株! さあ、どのような試合を見せてくれるのでしょうか!?』

 

 実況者がそうこう話している内に、コロシアムの巨大モニターにはバトルフィールドを選択する為のルーレットが映し出されている。

 ピピピッ、と規則的に点滅し始めるルーレットは、十秒ほど経ってから荒野の画像のところで止まった。

 

 次の瞬間、大きな振動がコロシアムに伝われば、二人の中央にぽっかりと空いていた空洞から巨大なバトルフィールドが出現する。

 荒れ果てた赤土に、切り立った岩壁。そして中央に流れる河川。

 

 一見、【いわ】や【じめん】などに有利そうなフィールドに見えるかもしれないが、中央の河川は無視できるものではない。

 

『フィールドは荒野! さあ、如何に中央の河川や両端の岩壁の高低差を生かすかが重要のフィールドで、両選手は一体どのようなポケモンを繰り出すのでしょう!? まずは―――……デクシオ選手が先攻に決まりました!』

「……頼んだよ、バンギラス!」

「グァアアアアアッ!!」

『デクシオが繰り出したのは、なんとバンギラスだ―――ッ!!』

 

 ポケモンを繰りだす順を決めるルーレットがデクシオを指示した瞬間、デクシオは一つのボールを放り投げた。

 次の瞬間、飛び出してきたのは怪獣を思わせるような、緑の皮膚を有す巨体。同時に涼やかな風が吹いていたフィールドには、轟々と砂嵐が舞い始める。肌や衣服を擦るような砂嵐に、ジーナは思わず顔を顰めた。

 それは砂嵐によって自身が汚れることと、出てきたポケモンが一筋縄ではいかないことを示している。

 

 『よろいポケモン』バンギラス。ヨーギラスの最終進化形であり、その強靭な皮膚を揶揄して『よろいポケモン』と呼ばれている。

 極めて好戦的なポケモンであり、常に戦いを求めて住処である山を彷徨うのだが、一度バンギラスが暴れまわれば周辺地域の地図が書き換えられるほどの惨事となるのだ。そのはた迷惑なパワーも、ポケモンバトルにおいて味方となればこれほど心強いものはないというほど頼りがいのあるものとなる。

 

 “すなおこし”。バンギラスの特性の一つだ。文字通り、天候を砂嵐に書き換えるというものなのだが、砂嵐の天候下では【いわ】タイプの【とくぼう】が上昇するという研究結果が学会で謳われている。

 【いわ】・【あく】タイプであるバンギラスは、この恩恵を受けられるのだ。

 自ら砂嵐を起こし、それによって自らの【とくぼう】も上昇させる。

 『よろいポケモン』の名に恥じない鉄壁さを誇るという訳だ。

 

 そんな岩の城塞を前にジーナが繰り出すのは、

 

「お願いしますわ、ドサイドン!」

「ドサァアアアアア!!」

『ジーナ選手も負けじと繰り出したのは、ドサイドン! これは荒野のフィールドでは映える、迫力のあるバトルとなりそうだァ―――ッ!』

 

 バンギラスを超す巨体を有す怪獣。

 額から生えるツノはドリルの如く溝が掘られており、身体中の至るところにはプロテクターを思わせる突起物が並んでいる。

 『ドリルポケモン』ドサイドン。カロスではポピュラーなサイホーンレースに用いられるサイホーン―――その最終進化形である。

 進化前のサイドンですら圧巻と言われるほどの巨体であったにも拘わらず、更にその上をいく個体。迫力を覚えないという方が土台無理な話だ。

 

『両選手のポケモンが出揃いました! 共に【いわ】タイプ! 荒野に佇む二体の巨獣は、一体どのような激戦を繰り広げてくれるのか!? 選手共々、心躍る対戦カードです!』

 

 怪獣映画さながらの光景を前に、興奮した様子の実況は、砂嵐の音によってノイズが混じっているかのような音質でコロシアムに響き渡る。

 視界も不良。

 まさしく実況者泣かせの状況であるが、

 

「バンギラス、“あくのはどう”!!」

 

 砂嵐を跳ねのけながら、一条の漆黒の光線が奔る。

 蠢くように疾走する“あくのはどう”は、山の如く佇むドサイドンの胴を捉えていた。しかし、黙って受けるほどジーナもドサイドンも馬鹿ではない。サイホーンの頃は猪突猛進で頭が悪かったが、二足歩行となって脳が発達したとか、そういう揶揄ではなく―――。

 

「“アームハンマー”ッ!!」

 

 鉄槌のように振り下ろされた巨腕が、向かって来た“あくのはどう”を叩き潰す。更には攻撃のみならず、振り下ろした先の地面を圧砕した。

 地面の破片が飛び散り、中央の河川も揺れ動いて水飛沫を上げる。

 

 初撃から大技の応酬であるが、これはまだ挨拶程度の攻防だ。

 

 二体とも【こうげき】と【ぼうぎょ】に秀でたポケモン。最も得意とするのは接近戦。

 故に―――。

 

「ギャォオオオオ!!」

「グァアアアアア!!」

 

 共に咆哮を上げながら突進していく二体は、苦手である水をものともせず河川に飛び込み、すかさず取っ組み合いになる。尤も、バシャバシャと水飛沫を巻き上げながら暴れ回る二体は、【いわ】であるにも拘わらず“なみのり”を覚えるというポケモンだ。攻撃としての水は兎も角、こうして水中に入る程度のことはお茶の子さいさいと言った所なのだろう。その為、こうして臆することなく水中に身を投げながら取っ組み合いができる。

 重機が岩を砕くかのような轟音が轟く間に、何度も二体は技を繰り出す。

 

「“れいとうビーム”だ、バンギラス!」

 

 その中で、バンギラスが口腔から解き放った強烈な冷気が、ドサイドンの巨体を襲いかかる。

【じめん】を有すドサイドンにはキツイ一撃……かと思いきや、ドサイドンは平然とした顔で“れいとうビーム”を耐えていた。右手を盾にし、不敵な笑みを浮かべるドサイドン。

 

「ふふんっ、この砂嵐の中で“ハードロック”のドサイドンに【こおり】技は効かなくってよ!」

 

 得意げにジーナが言い放つ“ハードロック”とは、自身に効果抜群な技のダメージを軽減するという特性。そこに砂嵐の恩恵による【とくぼう】上昇も加えれば、ドサイドンにとってはさほど驚異の威力にはならないという寸法だ。

 

「それはどうかな?」

「なんですって……はっ!」

 

 デクシオの言葉を受けた次の瞬間、得意げな笑みを浮かべていたジーナはハッとした様子でドサイドンの下半身に目を遣った。

 彼女の瞳に映ったのは、凍った河川の水面。ドサイドンの体を拘束するかのように凍てつく水面は、厚い氷を張っていたのだ。

 

 『そっちが狙いでしたのね!』とジーナが思うや否や、バンギラスはその場で大きく振りかえり、鋼鉄のような金属光沢を放つ尻尾をドサイドンに振るう。

 

「“アイアンテール”だっ!」

「くっ……ドサイドン、“がんせきほう”発射スタンバイ!!」

 

 このままではドサイドンに“アイアンテール”が命中するという時、ジーナは“がんせきほう”を指示した。

 次の瞬間、“れいとうビーム”を防いだ腕とは逆の腕の筋肉が膨れ上がるドサイドン。

 ゆっくりと持ち上げられる左腕は、今まさに振るわれるバンギラスの尾を目がけて―――。

 

「ファイアッ!!」

 

 爆音。耳を劈くほどの音が鳴り響けば、大多数の観客が驚きの余り目をつぶり、耳を塞いだ。

 更には砂嵐の流れを崩すほどの衝撃に、コロシアムの上層階に位置する観戦席の窓は震え、今にも割れそうな様相を見せる。

 

 【いわ】タイプの物理攻撃において、最強と謳われる威力を誇る技―――“がんせきほう”。一部のポケモンしか扱えないその技は、文字通り岩石を大砲のように繰り出す技であり、命中すればどのようなポケモンでも大ダメージは必至だ。

 反面、威力が高い技には付き物の反動も大きいが、その余りある威力はロマンそのもの。

 ……お嬢さま口調のトレーナーが口にするには、余りにも無骨過ぎる技であるのかもしれない。

 

『―――っと、申し訳ありません! 凄まじい技の衝撃に、一瞬マイクの音声が途切れてしまいました! 今、フィールドでは“がんせきほう”を尾に受けたバンギラスが後方に吹き飛び、ドサイドンが技の反動で動けなくなってしまっているという光景が広がっています!』

 

 ブツリ、という音が鳴った瞬間、実況が再び開始され状況説明がなされる。

 今言ったように、バンギラスは尾に受けた衝撃だけでデクシオが立っている場所の方へ戻ってしまい、ドサイドンは未だ水の中に佇みながら反動の回復を待っていた。

 効果はいまひとつであるにも拘わらず、かなりのダメージを受けた様子のバンギラス。だが、絶好の攻撃の機会を逃すまいと力を振り絞り立ち上がる。

 

「よしッ……バンギラス、もう一度“れいとうビーム”だ!」

 

必死の形相のバンギラスに応えるべく、デクシオもすかさず指示を出す。

 再び口腔から解き放たれた冷気が宙を爬行すれば、身動きのとれないドサイドンの体に命中し、瞬く間に二メートルを超える巨体を氷漬けにしていく。

 いくら“ハードロック”があると言えど、氷漬けにされるのはよろしくない。そう言わんばかりにジーナの眉間には、少女ならざる量の皺が刻み込まれていく。

 

 若干引くデクシオ。だが、ここで情けを掛けるほどデクシオは優しくない。というよりも、情けを掛ける方が相手を侮辱しているに等しい行為だ。認めているからこそ全力で、攻めることができる時は徹底的に攻める。

 そのようなことを考えている内に、砂嵐も止む。

 

「そのまま“れいとうビーム”だ!!」

「グォォォォォオオ!!」

 

 決して低くない【とくこう】の能力値から放たれる“れいとうビーム”が、本来に近しい威力でドサイドンに連続して突き刺さる。

 ビキビキと音を立てて成長していく氷柱は、留まることを知らない。

 

(このまま削り切れれば……!)

 

 状況は優勢。

 これで先に相手の数を減らせることができるという確信にほくそ微笑むデクシオであったが、軸線上に佇む少女が放つ覇気にハッとした。

 

「余り……舐めないで下さいましィッ!!」

「ドサァアッ!!」

「なッ……!?」

 

 ジーナが咆哮すると共に、氷を砕いて飛び出してくるドサイドンは、腹の底に響くように重い足音を響かせ、真っ直ぐにバンギラスの下へ駆け出す。

 最初は驚きを隠せなかったデクシオだが、こちらが攻撃を続けていることには変わりない。このまま“れいとうビーム”を繰り出し続け、体力を削り切るか、若しくは再び【こおり】状態にさせられれば一本先取である。

 

 しかし、そのような考えが甘かったと、後の彼は語った。

 

「ドサイドン、“つのドリル”ゥッ!!」

 

 意気揚々と鼻を鳴らしながらジーナが指示すれば、途端にドサイドンの額に生えている二本のツノが軋む音を奏でながら回転し始める。

 工事現場に鳴り響く削岩機のソレだ。空気の渦が巻き起こるほどに回転するツノを突出しドサイドンが突進すれば、ドサイドンを止めるべく放たれていた“れいとうビーム”がたちまちに“つのドリル”の回転に呑み込まれていく。そして、凍てつかせられるよりも早く、冷気を自身の体から逸らしたドサイドンは、そのまま迷うことなく、サイホーンの頃を思い出すかのように猛進するではないか。

 

 “れいとうビーム”を止めさせ、回避に専念しよう。その選択は既に除外されていた。

 

 強烈な冷気の光線を突き破り、ツノはバンギラスの胴体に突き立てられる。

 岩よりも硬い皮膚を有すだが、岩を容易く削り取るドリルを堪えることはできなかったのだろう。途端に『カハッ』と息を漏らしたバンギラスは、“れいとうビーム”を放てられなくなり、そのままドサイドンに突き上げられ、放物線を描きながらデクシオの目の前に落下した。

 

「一☆撃☆必☆殺……ですわッ!」

 

 ツノを突き上げた体勢のドサイドンの後方では、戦隊ヒーローさながらのポーズを決めているジーナの姿が窺える。

 同時に審判がバンギラスの戦闘不能を示す旗を上げた瞬間、観客たちは大いに湧き上がり、ありったけの歓声をジーナとドサイドンに注ぎ込む。

 その様子を見ていたデクシオは、苦笑いを浮かべながらバンギラスをボールに戻し、

 

「……清々しい程のごり押し……言うなれば、脳筋戦法だね」

「うっ、うう、ウルサイですわよッ! そんなの負け惜しみですわ!」

 

 やれやれと首を振れば、それをジーナが図星を付かれて慌てふためく。

 彼女の目標としている現カロスチャンピオン・カルネと比べれば、余りにも優美さに欠ける戦法。しかし、やや荒っぽい戦法ではあるものの、それを執り行える程にジーナのポケモンは鍛えられていると、デクシオは内心冷や汗を掻く。

 “つのドリル”は、所謂一撃必殺技にカテゴリーされる大技。長所があれば短所があるのが世の常というべきか、一撃必殺技は須らく、技を繰り出すポケモンよりも相手のレベルが高ければ通用しないという特性がある。

 

 つまり、ジーナのドサイドンはデクシオのバンギラスよりもレベルが上。バンギラスは、その凄まじいポテンシャルに比例して、進化するまでの道のりが【ドラゴン】タイプに比肩するほど険しいものとなっている。

 野生のポケモンについては、人が育てるよりも早く進化するという例も存在するが、それでもバンギラスはポケモンの中でも進化が遅い方だ。そのバンギラスよりもレベルが高いというのは、単純に厄介。

 幸いであったのは、ドサイドンの【すばやさ】はかなり遅い方であるということと、バンギラスとの戦闘でかなり体力を削れたということ。

 

(砂嵐が切れたのは幸か不幸か……)

 

 思慮を巡らせるデクシオが手に取ったボール。

 そこに収まっていたポケモンは、

 

「頼んだよ、フライゴン!」

「フリャアアッ!」

 

 忙しない羽音を響かせて宙を舞う、別名『砂漠の精霊』のポケモン。

 

「成程……フライゴンで来ましたのね」

 

 相性で言えば、ドサイドンが不利になる対面にジーナはどうしたものかと眉を顰める。

 

「……戻って休んでてよ、ドサイドン。お行きなさい、ギルガルド!」

『ジーナ選手、ドサイドンとギルガルドを交代だ―――ッ!』

 

 ドサイドンという巨獣がフィールドから消えるのと入れ替わって繰り出されるのは、大きな盾に一本の剣が突き刺さっているかのようなフォルムのポケモン。

 柄の中央には目と思しく丸い球体が埋め込まれている。

 

(『おうけんポケモン』ギルガルドか……厄介だな)

 

 フィールドを吹き抜ける風によって運ばれる、禍々しい空気。それは違うことなき、ギルガルドの放つ威圧だ。

 ギルガルドは【はがね】・【ゴースト】タイプであり、相性ではフライゴンに軍配が上がる。しかしデクシオが危惧しているのは相性ではない。

 

 ギルガルドは、彼のカロス四天王の一人・ガンピの有しているポケモンであり、カロスのトレーナーの間ではギルガルドの強さは周知のものとなっている。

 その強さの根源たる特性こそ―――。

 

(“バトルスイッチ”……ここからは読み合いですわよ、デクシオ!)

 

 不敵な笑みを浮かべるジーナ。

 “バトルスイッチ”とは、現在ギルガルドのみに確認されている特性であり、繰り出した技によってフォルムが変わるという希有な特性なのだ。

 攻撃技を繰り出せば、【こうげき】と【とくこう】に秀でた“ブレードフォルム”に。

 そしてギルガルドのみが覚える“キングシールド”と呼ばれる防御技を繰り出せば、【ぼうぎょ】と【とくぼう】に秀でた“シールドフォルム”に。

 

 このように攻防一体のギルガルドであるものの、片方の能力が秀でた形態にフォルムチェンジした時には、もう片方の能力が下がるというデメリットを有する。その為、フォルムチェンジ―――つまり、技を繰り出すタイミングを間違えれば一気に形勢が傾いてしまうという、諸刃の剣的な一面を有す。

 

 持ち合わせた技を繰り出すタイミングで、勝敗の分かれ目を左右するのがギルガルドというポケモン。巷では、ポケモンの中でも比較的上級者向けと呼ばれる部類に入っているらしい。

 

 

 

 心理的圧迫をかけるにはもってこいのポケモン

 

 

 

『さあ、デクシオ選手、手持ちの数で一歩リードされているが、挽回できるかァ―――ッ!?』

 

 響き渡る実況の声も相まって、コロシアムの熱気は高まりに高まっていく。

 同郷対決は、まだ続くのであった。

 



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第百六話 真実は、いつもひとつ!

 

「よっと……ふぅ、ここなら見晴らしがいいね」

「ドンッ」

 

 バッと階段を駆け上り、コロシアムの観客席の最上席に位置する場所の上。安全の為に設置された鉄製の手すりに摑まりながら、ライトはフィールドでバトルを繰り広げているポケモンとトレーナーたちを見下ろす。

 デクシオとジーナ。

 初めてミアレで会った時から、意気がピッタリでお似合いの二人だとは思っていたが、こうしてバトルしているのを見るのは案外初めてであった。

 

 冷静沈着なデクシオ。

 

 猪突猛進型のジーナ。

 

 各々のバトルスタイルでバッジを八つ集めた彼等の実力を疑う訳ではないが、実際どれほどのものであるのかは気になって仕方がない。

 それは隣に居据わるリザードンも同じようであり、紙コップに入ったレギュラーコーヒー片手に、食い入るようにして彼等のバトルに目を遣っている。

 

 何故なら、あの二人の手持ちの中には、自分と同期のポケモンが居るのだから。

 

 やはり、他のポケモンとは一線を画すような感覚を覚えるようだ。その意思を汲んで、ライトはリザードンと一緒にフィールドを見下ろすのだが、

 

「ギルガルドかぁ……」

 

 【ゴースト】タイプは滅法苦手なライトは、遠くのフィールドに漂っている禍々しい雰囲気に当てられて身震いする。

 

「ガンピさんも持ってるのでゆーめいだよねッ、と」

 

 そこへカフェオレの入った紙コップを携えてきたコルニが、バシャーモと共にライトが掴まっている手すりに手を掛けた。

 ジムリーダー志望の少女が、四天王のエース的存在であるポケモンを把握していない訳がないと言ったところか。

 

「コルニはギルガルドのこと分かってるの?」

「んー。【かくとう】使いなら、相手にしたくないポケモンの一体だもん」

「【ゴースト】だから?」

「確かにそれもあるけど……やっぱり、“キングシールド”があるからかな」

 

 ギルガルドの特性“バトルスイッチ”を遺憾なく発揮する為に、ギルガルドのみが覚えるとされている防御技。その存在を仄めかすコルニは、横に佇むバシャーモに『ねー』と同意を求めている。

 

「“キングシールド”かぁ……」

「ケテケテケテ!」

「っと、ビックリしたぁ! え、なになに? 検索してくれたの?」

「ケテ~♪」

 

 突如としてポケットからポケモン図鑑ごと飛び出してくるロトムは、ギルガルドの項目を画面に映しだし、更には大々的に“キングシールド”の技の項目も検索してくれたようだ。

 助手的な仕事に手馴れてきた様子のロトムに、一先ず『アリガト』と感謝の言葉を述べるライト。なんというか、最近ロトムはこういった類のことに手馴れてきているように思える。

 

「それは兎も角っと……“キングシールド”は、直接攻撃してきた相手の【こうげき】をガクンと下げる……?」

「そっ! だから、物理が得意な【かくとう】にはイヤ~な相手ってことなの!」

「ほ~」

 

 合点がいく様子のライトの横では、バトルフィールドに釘づけとなっているリザードンが、コーヒーを飲むのも忘れて試合観戦に勤しんでいる。

 現在は、荒野のフィールド上でフライゴンとギルガルドが、一進一退の攻防を繰り広げているところだ。どうにも攻め手に欠けている様子のフライゴンは、出来るだけ近づかれまいと“いわなだれ”や“じしん”を放って様子を見ている。

 

(あの様子だと、補助技は持っていないみたいだなぁ)

 

 図鑑片手にフライゴンの攻撃を観察するライトは、“キングシールド”について述べられている項目の最後の文章に目を遣っていた。

 “まもる”や“みきり”のように相手の攻撃を防ぐ“キングシールド”であるが、一つ弱点がある。それは前述した二つの技のように、攻撃技以外を防げないという点だ。

 故に、“なきごえ”や“にらみつける”などといったステータス下降の技を防げず、タイミングによっては自ら隙を晒してしまうことにも繋がる。

 

 だが、デクシオのフライゴンについては補助技を覚えている気配はない。物理技と特殊技、どちらもある程度使いこなせるフライゴンであるが、その実は器用貧乏なところがある。

 『万能』と称さず『器用貧乏』という所以は、物理か特殊か、どちらかに特化しなければ技の威力が痒い所に手が届かないものとなるからだ。

 

 そういった傾向があるフライゴンだからこそ、デクシオは物理特化で育て上げたのだろうが、些かギルガルドには相性が悪い。勿論弱点をつける【じめん】タイプの技を繰り出してはいるものの、『シールドフォルム』のギルガルドに対しては決定打足り得ていないのが現状。

 

(僕だったら、手持ちの選択にもよるけど一旦下げるけれど……)

 

 ライトがそう思った時だった。

 デクシオのフライゴンが、どっしりと構えているギルガルドの盾に向かって突撃し、そのままボールの中に戻っていくのが見えたのは。

 

 

 

 ***

 

 

 

 流石はジーナ。自分の思考をよく読んでくる。

 

長い間、研究所で一緒に助手をしてきただけのことはあるとデクシオは素直に感心した。やや直情的で我の強いところはあるが、しっかりと戦略を練ってバトルに出向いている。

 ポケモンリーグなのだから、それが当たり前だと言われたらそこまでではあるが。

 

(このまま突っ張ったらジリ貧だからね……)

 

 引き所を見極めてフライゴンに“とんぼがえり”を指示したデクシオは、三体選出した内の最後の一匹を場に繰り出す。

 

『デクシオ選手、ここでカメックスを繰り出したぁ―――ッ!!』

 

 最初に選んだポケモンの最終進化形。カメールの頃のふさふさとした耳と尻尾の毛はなくなったが、遥かに図体は成長し、要塞のような威圧感を放つ個体へと進化した。

 肩から覗く砲塔は、まさに攻撃するために備わった部位。外から補給した水は甲羅の中のタンクへと溜められ、攻撃の際にはこの砲塔から放出される。その威力は岩石を砕くほど。

 一方、それだけの放水に耐えうるだけの体重によって、機動力は落ちてしまっているという一面もあるが、他方では放水を利用して移動するという離れ業をやってのけるカメックスたちも居る為、一概に【すばやさ】が下がったという訳でもない。

 

 そんなデクシオのカメックスであるが、額に巻かれているベルトには、水色と茶色が基調の宝石が、陽の光を反射して燦然と輝いている。

 

「カメックス、メガシンカだッ!」

「ガメェェエエエッ!!!」

『おぉっと! ここでもまたやメガシンカぁ―――ッ! 一体、どのようなシンカを見せてくれるのでしょうか!!?』

 

 デクシオが、左腕に身に着けていた白のメガリングを掲げれば、嵌められていたキーストーンと、カメックスのメガストーンが呼応し、幾条の光が結び合っていく。

 このカロスポケモンリーグの名物とも呼べるメガシンカ。実況者や観客たちのボルテージも最高潮に上がっていく中、カメックスの体はどんどん変わっていく。

 

 背中の甲羅が肥大化したと思えば、二門あった砲塔が一門の巨大な砲塔へと変化していく。更には手の甲にも甲羅らしき手甲が出現し、小さいながらも重厚さを漂わせる砲塔がそれぞれ一門ずつ生える。

 合計三門に増えた砲塔。さながら機動要塞のような見た目にも似たカメックスの姿は錚々たるものであった。

 

 攻撃面、防御面のどちらにおいても強化されたカメックスは、『ガシャリ』という効果音が付きそうな挙動で、三つの砲塔の狙いをギルガルドに定める。

 

「―――“ハイドロポンプ”ッ!!!」

「させませんわ! “キングシールド”!!」

 

 【みず】タイプの代表格の技である攻撃に、即座に防御を指示するジーナ。瞬時にギルガルドの前に張られていく水色の防御壁は、三門の砲塔から鮮烈とした勢いで放たれる水流を受け止める。

 が、余りの威力に逸れた水流はギルガルドの周囲の地面をどんどん削り取っていく。地面に跳ね上がる水飛沫は、ギルガルドの後ろに佇んでいるジーナの視界さえも奪って行き―――。

 

「もうっ、レディーの扱いがなってなくて!? ギルガルド、“かげうち”!!」

 

 刹那、ギルガルドの影がぬらりと伸びていって地面を颯爽と駆けたと思えば、カメックスの前に出てきた一本の剣らしき影がそのまま袈裟切りにする。

 影を縫うかのような不意を突く攻撃に一瞬怯んだカメックス。それに伴い弱まる水流を見て、ジーナは畳み掛ける様に指示を出した。

 

「今ですわ! “せいなるつるぎ”!!」

 

 剣そのものが本体であるギルガルドの身に、青白い光が包み込む。どこか神々しさを醸し出す闘気を身に纏ったかと思えば、その闘気が瞬く間に伸び、鋭い剣の形へと形作られる。

 自身が技自身となったギルガルドは、ブーメランの如く横回転しながら、未だ宙を奔る水流を横に切り裂いていく。

 このままいけば、“かげうち”による袈裟切りを喰らったカメックスの胴体に一文字が刻まれる。

 

 が、

 

「拙速だね」

「む……なにか仰いましたか!?」

「功を焦るのが君の悪い癖だ、ジーナッ!」

「はっ、まさか……!?」

 

 この時を待ち望んでいたとでも言いたげに口角を吊り上げるデクシオに、『嵌められたのでは?』とハッとした顔になるジーナ。

 だが時既に遅し。

 跳ね上がったり切り裂かれることによって宙に舞い散る水飛沫は、霞の如く視界に白い靄を発生させている。

 そんな霞の先には、水とは思えぬ黒い物体が窺えた。

 一体何事かと思った瞬間、土砂のように轟々とした漆黒の波動が“せいなるつるぎ”を繰り出すギルガルドの体を包み込んでいく。

 

「ギ、ルガルドッ!?」

『ジーナ選手のギルガルド、カメックスの“あくのはどう”の直撃を受けてしまったァ―――!! 効果はばつぐんだが、勝敗は如何に!?』

 

 禍々しい色の波動が色を潜めれば、“ハイドロポンプ”によって泥水のように濁った水溜りに力なく体を浮かばせているギルガルドの姿が見えた。

 【ゴースト】タイプのギルガルドに、【あく】タイプの“あくのはどう”は効果が抜群。更に言ってしまえば、『ブレードフォルム』に変化することに伴う防御面の低下があったので、耐えているという望みは薄かった。

 

「ギルガルド、戦闘不能!」

「お疲れ様でしたわ、ギルガルド。ゆっくり休んで」

 

 バトルの熱で自然と紅潮し、一筋の汗が流れる頬の筋肉を行使し笑みを作り上げるジーナ。

 

(なんていう威力でしたの……)

 

 しかし、内心は今のカメックスが繰り出した技の威力に驚愕していた。

 バンギラスも“あくのはどう”を繰り出していたが、それと同等―――否、それ以上だったかもしれない。【とくこう】がカメックスより劣っていることを差し引いても、余りにもメガシンカしたカメックスの放つ“あくのはどう”の威力が納得できないのだ。

 

 『メガシンカして極端に【とくこう】の能力値が上昇した』。それもあり得る可能性ではあるが……

 

(なにはともあれ、バトルを続けるに越したことはありませんわね)

 

 今の絡繰りをはっきりさせるべく、未だフィールドに出していない一体が収まっているボールに手を掛ける。

 

「頼みましたわよ、フシギバナ!」

『ジーナ選手の最後の一匹はフシギバナだァ!! 相性ではカメックスに有利だが、果たしてメガシンカポケモン相手にどれだけ立ち回―――』

「メガシンカを使うのはデクシオのカメックスだけではなくてよッ!」

 

 大きな花を背負った蛙のような外見のフシギダネの最終進化形―――フシギバナを繰り出したジーナ。

 そんなフシギバナの登場に実況者は声を荒げるも、遮るようにジーナが誇らしげに声を上げ、左腕のメガリングを掲げる。

 

「薔薇のように絢爛に、刺々しい立ち回りを見せますわよ! メガシンカッ!!」

「バァナァァアア!!」

 

 直後、傘と見間違えるほど巨大な花弁の影に隠れていたメガストーンが露わになり、ジーナが持つキーストーンから放たれる光と結び合う。

 

『ななな、なんとジーナ選手のフシギバナもメガシンカだぁッ!! これは激しいバトルになりそうだぁ!!』

 

 先程のカメックスのメガシンカ時から興奮冷めやらない実況者。

 更なるメガシンカポケモンの登場に鼻を鳴らし、その変貌を瞳に焼き付ける。

 

 その変化は『成長』という表現が正しい例えだろうか。やや肥大化した肉体は逞しい印象を与え、背中から生える花の幹も太く長く変化した。他にも花弁の陰に蔓が垣間見えるようになったり、額の部分に六花をあしらったような花が一輪咲き誇る。

 想像していたよりは大きな変化は見当たらない。それはバトルスタイルにも大きな変化を来さない程度とも取れるが、実際のところは如何なるものか。

 

 観客などがそのような考えを抱いている最中、二体の鋭い睨みあいは続いている。

 共に同じ研究所の出で、主人の初めてのポケモンに選ばれたという自覚から、他の手持ち以上のモチベーションを抱いているということは想像に難くないだろう。

 数多くのポケモントレーナーが居るが、矢張り最初の一体というものは思い入れが強く、大抵の者は『エース』として育て上げることが多い。

 この二体の場合、その要因に『メガシンカ』出来るという事実も加わっているのであるのだから、その身から放つ気迫は並々ならないとだけ言っておこう。

 

 【でんき】タイプが否にも拘わらず、ビリビリと張りつめているフィールド。

 先手を仕掛けたのはデクシオであった。

 

「カメックス、“れいとうビーム”だッ!!」

 

 【みず】タイプであれば定石とも言える技。苦手な【くさ】に対抗するべく覚えさせる“れいとうビーム”をカメックスは、三つの砲塔で三角形を描く、その中心に巨大な冷気の塊を収束させる。

 直後、大気に満ちている水の一部が溢れ出した冷気で六花に変貌したかと思えば、鮮やかな光が閃き、フシギバナに一条の光線が襲いかかった。

 

『あぁ―――ッ、カメックスの“れいとうビーム”がフシギバナを直撃したぁ!! これは流石のメガシンカしたフシギバナでも耐えられないかぁ!!?』

「ふッ……メガシンカしたフシギバナだからこそですわよ。氷を振り払いなさい!!」

「バァナァッ!!」

 

 冷気によって身体が氷に包まれていくフシギバナであったが、ジーナの指示を受けた後に体を大きく振るわせ、纏いついていた氷を砕きながら振り払った。

 【くさ】タイプを有すフシギバナが堪えた様子を一つも見せずに、氷を振り払う姿。観客の誰もが信じられないように瞠目する。

 

(タイプが変わったのか? いや、特性のお蔭という可能性も……)

「考えてる時間があって!? “はなふぶき”!!」

「ッ、“あくのはどう”で迎撃!!」

 

 思慮を巡らせていたデクシオに畳みかけるよう“はなふぶき”を指示するジーナ。

 一瞬にして百花繚乱が宙を奔りカメックスに襲いかかろうとすれば、それを撃ち落とすべく三門の砲塔を向けるカメックスが、三つの黒い波動を繰り出す。

 光を反射しない黒い衝動が、華やかに乱れ咲く“はなふぶき”を呑み込み、僅かに撃ち漏らしはあるものの、フシギバナを捉える。

 

 相手に技を繰り出させ続けない為の攻撃。同時にそれは、自身にも攻撃が届くことを認めることを意味していた。

 細かい花弁がカメックスに襲いかかり、思わず怯んで“あくのはどう”の照準がフシギバナから逸れる。

 

「くッ……カメックス、大丈夫かい!?」

「ガメッ……ガメェ!?」

「ッ、それはッ!?」

 

 無事だと応える為に腕を掲げようとするカメックスであったが、何かが自身の腕に絡みついており、上手く動かくことができない。訝しげな色を顔に浮かべていたカメックスであったが、自身を縛る正体が何かを把握し、驚愕の色を浮かべた。

 

『おぉっと、デクシオ選手のカメックスに細い寄生木が幾つも絡みついているゥ―――ッ!!』

(今の技の隙間にし掛けられていたのか……)

 

 “やどりぎのたね”。時間ごとに体力を吸い取られる技は、長期戦においてはこれ以上厄介なものはないと言わせしめるほどのいやらしさだ。

 

「ふふッ、何時放ったかお分かり?」

「いいや、正直感心したよ。ジーナがこんなに細かいことができるなんてね」

「……褒められてる気がしませんわ」

 

 デクシオの言葉にむくれるジーナ。

 だが、すぐさま気を取り直してピンと立てた人差し指をカメックスの方へ向けるジーナは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて独白を始める。

 

「あたくしの麗しい名推理を聞きたくて? ええ、構いませんわ」

「え? いや、急になに……」

「フシギバナが“はなふぶき”を繰り出した時、咄嗟に貴方は“れいとうビーム”ではなく“あくのはどう”を指示しましたわね。これは直前にフシギバナが苦手なはずの【こおり】技を喰らったにも拘わらず、大してダメージを受けた様子が見られなかったから……違くて?」

「……」

 

 ジーナの推理を聞いてデクシオが返したのは『沈黙』。

 

「肯定、という訳ですわね。では続きを……大してダメージがなかった。それはつまり相性が等倍と見た。等倍の攻撃を繰り出すのであれば、素直に元の威力が高い技がいいですわね」

 

 若干演技めいた振る舞いに観客たちは騒然としているが、意外にも似合っている為、誰もが釘付けになってジーナの推理を耳にしている。

 すると次の瞬間、ジーナは頬に指をピトリと当て、ぶりっ子めいた態度で続けた。

 

「あら、おかしいですわ~? 元の威力でしたら、“あくのはどう”よりも“れいとうビーム”が高いですもの。もし後に残っているドサイドンに対処したくて、という理由があったとしても、【みず】タイプの“ハイドロポンプ”がありますもの。“れいとうビーム”を使わない理由には足りませんわね」

「……筋は通っているね」

「でしょう? であれば、何故【みず】タイプであろうカメックスが通常の威力よりも強力な“あくのはどう”を放てるか……それはメガシンカしたことによる特性の変容。その答えは、メガカメックスの姿と“あくのはどう”という技のセレクトに出ていますわ!」

 

 どこぞの名探偵のように指を再び突きだすジーナは、迫真の演技をした上で声高々に叫ぶ。

 

「メガカメックスの特性……ウデッポウやブロスターの有す特性“メガランチャー”と見ましたわよ!!」

 

 『デデーン☆』という効果音が付きそうだ。

 それは兎も角、“メガランチャー”という特性は今の所ウデッポウとブロスターというポケモンに確認されている特性であり、“はどうだん”や“みずのはどう”などといった波動系の技の威力を高めるものだ。

 具体的にはタイプ補正が付いていると同等の威力を波動技限定で発揮できるものだが、もしその通りであるのならば“れいとうビーム”で迎撃せず“あくのはどう”で行ったことに理由がつく。あくまで『その可能性が高い』という程度のものであるが、観客席の者達のほとんどはジーナの推理に納得してしまっている。

 

 『おぉ~!』と巻き上がる歓声と拍手は、ジーナの高揚を煽るには十分足り得た。

 フフンと鼻を鳴らすジーナは、沈黙していたデクシオに向けて言い放つ。

 

「さあ、続けましょうか」

「……ふふッ、イグザクトモン(その通り)! 流石はジーナだね。じゃあ、こっちからも一言……」

「え?」

「メガフシギバナの特性は“あついしぼう”だね」

(結構早くバレましたわ―――ッ!?)

 

 ショックを受けたような表情を浮かべるジーナであるが、ここで気圧されてはいけないと何とか持ち直して冷や汗ダラダラの顔のまま問いかける。

 

「な……なな、何を以てそのような答えに辿り着いたんですの?」

「【こおり】技が効いていないのと、メガシンカ前よりぽっちゃりした体形からかな?」

(あたくしよりも数倍短い説明で結論を導きだしましたわ―――ッ!?)

 

 先程の自分の演技がバカバカしく思えてきた。今なら頭頂部からやかんのように湯気が出てきそうだ。

 だが、そんな羞恥心を押し隠すように強がってみせる。

 

「バ、バレてしまっては致し方ありませんが、それでも“やどりぎのたね”で体力を徐々に奪うことはできましたわよ! あたくしの作戦通りですわ!」

「狡猾……言うなれば、セコイというか……」

「黙らっしゃい!」

 

 どこぞのカップルの痴話げんかの一部始終を見ているようだ。

 後に、眺めていたライトはそう語るのであった。

 

 のほほんとした空気。しかし、バトルは終局へ向かっていく。

 

 



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第百七話 人それぞれのステップアップ

 

 “あついしぼう”。文字通り、厚い脂肪によって【ほのお】と【こおり】タイプの技の威力を半減にするという特性であり、【くさ】タイプを有すフシギバナにとっては耐久面を強化できる特性だ。

 故に、【みず】ポケモンが【くさ】ポケモンへの対抗手段として覚えていることの多い【こおり】技も、メガフシギバナにはそれほど効かないという訳だ。

 

 だからこそ、普段はできないような無理も通る。

 

「ガメェッ……!」

「バナァ……!」

 

 フシギバナが繰り出す蔓が、カメックスの両腕を拘束する。それぞれ一門ずつ備わっている砲塔を封じられるというのは、攻撃手段を封じられることと同義である為、非常に痛い状態だ。

 残りの一門は首裏から伸びている為、攻撃に転じるには少しばかりしゃがまなければならない。これも、しゃがんだ際に地面に叩き付けられ、そのまま為す術なく甚振られる可能性も出てくるので、好ましい戦法ではない。

 

(どうしたものか)

 

 このまま何もしなければ“やどりぎのたね”によって体力を吸い尽くされる。

 もしそのままカメックスが倒されれば、残りのフライゴンに全てを任せることになってしまう。物理攻撃を主体に育てているデクシオのフライゴンであるが、メガフシギバナ相手には少々荷が重い。

 これでは詰みとなってしまうのだろう。

 

―――砲塔だけで攻撃すると仮定していたのであればの話だが

 

「カメックス、“ラスターカノン”ッ!!」

「“ヘドロばくだん”で迎撃ですわっ!」

 

 砲塔ではなく、口腔から銀色の光線を解き放つカメックス。眩い光を放つ攻撃に対し、フシギバナもまたフリーになっている口腔から毒々しい色の塊を吐き出し、“ラスターカノン”を相殺する。

 ちょうど河川が流れている場所で起こる爆発に、少しばかり蔓による拘束が緩んだ。

 

「よし、カメックス。左の砲塔だけで“ハイドロポンプ”!」

「ガメェッ!」

 

 照準定まらぬ砲塔が放った水流。穿ったのは、フシギバナの右側にそびえる岩壁だ。轟音を奏でながら放たれる水流は瞬く間に岩壁を削り取り、凄まじい土砂を生み出してフシギバナを呑み込まんとすべく流れる。

 右側からの激流に踏ん張るフシギバナ。相手を拘束している以上、そう簡単に放す訳にはいかないと踏ん張り続けるも、溺れさそうとする意図の感じられるほどの激流にどんどん体力が奪われていく。

 水に冷やされ、体温が奪われていくというものは思っているよりも疲労を招くもの。

 

「もうっ! このままじわじわ体力削られるのも性に合いませんわ! フシギバナ!」

「バァナッ!!」

「―――“ハードプラント”ッ!!!」

 

 蔓の数本を地面に突き立てるフシギバナ。するとコロシアム全体に激震が奔る。

 

『こ、この技は―――ッ!?』

「不味い! カメックス、地面に“ハイドロポンプ”!」

 

 ビキビキと罅が入っていく地面に危惧を覚えるデクシオの指示を受けたカメックスは、すぐさま拘束が緩んだ腕の砲塔で地面に“ハイドロポンプ”を放つ。

 真下に攻撃を放つことによる衝撃で、少しばかりカメックスの巨体が浮かび上がる。

 直後、隆起した岩を砕きながら極太の木の根が蛇のようにのたうち回りながら、カメックスの体を突きあげた。

 

 しかし、直前に放った“ハイドロポンプ”によって体を浮かしたことにより、直撃ではなく僅かに掠るだけに留まる。

 

 カメックスを捉えきれなかった木の根はそのまま天高くうねりながら伸びていき、途中まで成長したところでバラバラと朽木へ風化していった。

 

「くッ、外しましたか……」

 

 悔しそうに顔を歪ませるジーナであったが、それ以上にデクシオは冷や冷やと焦燥の念を覚えていた。

 “ハードプラント”―――【くさ】特殊技の中でも最高峰の威力を有する技であり、“はかいこうせん”の【くさ】版とでも言うべき技だ。しかし、“はかいこうせん”とは違って特定のポケモンしか覚えることができず、更には覚えさせるポケモンがトレーナーに全幅の信頼を置くほど懐いているのが条件。

 しかし、ジーナのフシギバナは“ハードプラント”を用いてきた。どこで覚えさせたのかは知る由もないが、当たればカメックス―――否、フライゴンさえも即瀕死は免れない威力の攻撃に、デクシオの頬には一筋の汗が流れる。

 

「とんでもない隠し玉だね……言うなれば、秘密兵器かい?」

「もう隠していませんけれどねッ!」

「揚げ足とらないでくれるかい」

「うるさいですわよ!」

 

 バトル開始時よりもどこか攻撃的な口調になっているジーナ。

 その変化はバトルスタイルにも変化をもたらし、終にはフィールドさえも変えるほどとなっている。

 【くさ】の究極技が用いられた荒野のフィールドは、度重なる激しい攻防によって見る影がなくなっていた。どこかで整備士を務めているショウヨウジムリーダーが『また仕事が……』と呟いている気がする。

 それは兎も角、只でさえ荒れていた荒野のフィールドは、“ハードプラント”を皮切りに土砂崩れに呑み込まれた後の地域のように変わってしまった。

 

 じわじわと体力を削られることを良しとしなかったジーナが発破をかけた結果であるが、これはデクシオにとって好都合であった。

 

(土砂だけれど、フィールドに水が満ちているね……相手に【こおり】が効かなくても、これならやりようはいくらでもある)

 

 全体に満ちる濁った水。

 これほどに水が満ちていれば、【みず】タイプの本領をいかんなく発揮できるというものだ。

 

「よし、“れいとうビーム”をフシギバナの足元に発射!」

「ガメッ!」

 

 瞬時に精密に狙いをつけ、フシギバナの動きを鈍らせるべく“れいとうビーム”を解き放つ。【こおり】技は相手を凍らせることによって動きを止める&鈍らせることに真髄がある。例え“あついしぼう”によって体内が守られていようと、外側からの負荷をゼロにすることはできない。

 そう結論付けたデクシオであったが、ふととある事に気付く。

 

(動かない?)

 

 “ハードプラント”を放って以降、一向にフシギバナが身動きをとらないのだ。

 てっきり迎撃するものとばかり考えていたが、答えに辿り着くにはそう時間はかからなかった。

 

(成程、威力が高過ぎる弊害だね。反動で動けないのか)

 

 “はかいこうせん”並みの威力であるならば、放った直後に攻撃の反動で動けなくなるのは容易く想像できる。

 均衡を崩すために攻勢に出たとはいえ、流石に拙かったのではなかろうか。そう思いながらデクシオはほくそ笑む。

 

 だが、余裕綽々といった訳で居る訳にもいかない。

 直撃を免れただけであり、完全に避けきれた訳ではない。“やどりぎのたね”のこともある故に、楽観できる状況ではないことは確かだ。

 

(【こおり】状態を狙いたい……!)

「もう一度“れいとうビーム”ッ!!」

「“ヘドロばくだん”!」

 

 再びフシギバナを凍らせるべく放たれる光線は、“ヘドロばくだん”に遮られる。毒々しい色の塊は一瞬にして凍りつき、そのまま周囲へと散らばり、溜まっている水をどんどん冷やしていく。

 泥水に毒が加わり、毒沼と称すべき光景に変貌していく荒野。

 

 ゴポポッ、と粘性を持った泡が弾ける音は聞く者皆を不快にする。しかし、カメックスを追い詰めていくという点においては、毒沼は理に適っていると言えよう。

 カメックスは一定量の水を甲羅の内側に備わっているタンクに貯蔵している。攻撃に用いる際はそのタンクの水を用いるのだが、空になった場合には周囲の水を汲みとって補給することも可能なのだ―――が、この毒が入り混じる水を補給すれば、体内からじわじわと毒が回り、“やどりぎのたね”も相まって即昇天してしまう。

 となれば、残るは賭けのような手段しか残っていない。

 

「戻れ、カメックス!」

「おっと、デクシオ選手ここでカメックスをボールに戻したァ―――!」

(ここでフライゴンを出すつもりなんですの? 一体なにを……)

 

 カメックスの代わりに飛び出してくるフライゴンであるが、直前にフシギバナが放った“ヘドロばくだん”を真面に受ける。効果はいまひとつといったところだが、ギルガルド戦の疲れも相まって、長くは戦えなさそうだ。

 

「なにをするか知りませんが、先手必勝! もう一度“ヘドロばくだん”!!」

「フライゴン、“おいかぜ”だッ!」

「ッ……“おいかぜ”!?」

 

 フライゴンが背中の大きな翼を羽ばたかせれば、デクシオ側に追い風が吹き始める。その直後、フシギバナの放った攻撃を受けて倒れるフライゴンに、審判が戦闘不能のジャッジを下す。

 入れ替わりで再び登場するカメックス。

 しかし、どことなく先程よりも俊敏な動きに、ジーナの表情が引き攣る。

 

(まさか……!)

「カメックス、“あくのはどう”!!」

「くッ、怯んではいけませんわよ! ここで決める……フシギバナ、お願い! “ハードプラント”ッ!!」

 

 各段に速くなった動きで照準を定めて“あくのはどう”を繰り出すカメックスに、フシギバナは後手に回ってしまった。

 “おいかぜ”は、少しの間味方の【すばやさ】を上昇させる補助技。カメックスはフシギバナよりも僅かに【すばやさ】が劣っている為、今迄先手をとることができなかった。しかし、“おいかぜ”があれば上から叩くことができる。

 

 先手を取れる+怯ませることがある技を有している=……

 

「“ハードプラント”を撃たせる前に決着をつける!!」

「ガァァアメェエエエエッ!!!」

 

 “おいかぜ”で背中を支えられているにも拘わらず、反動で後方へ滑っていくカメックス。

 一方フシギバナは、再び“ハードプラント”を放つべく身構えるが、それよりも早く黒い衝動が身に襲いかかる。ギリギリと歯を食い縛るフシギバナは、確実にカメックスを仕留めるべく―――そして、ジーナの期待に応えるべく全神経を集中させて蔓に力を込めた。

 

 

 

 

 が

 

 

 

 

「バナッ!?」

 

 ぬかるんでいた地面に足を取られ、それを機に後ろへズリズリと滑っていくフシギバナ。

 攻撃を放つための踏込もできないまま、フシギバナの一ターンが終了する。

 

 そして、一射目の“あくのはどう”を撃ち終えたカメックスは、第二射の照準を体が浮いて露わになっているフシギバナの胴体に合わせた。

 

「フシ―――」

 

 『フシギバナ』。

 そう呼ぼうとしたジーナであったが、瞬く間に緑色の巨体は黒い波動に呑み込まれ、見えなくなった。

 巻き上がる水飛沫を腕で防ぐジーナは、最後に最も派手に跳ね上がった水飛沫を体感した後に瞼を開く。

 

 彼女の視線が捉えたのは、五体投地で地面と口づけを交わすパートナーの姿であった。既にメガシンカは解け、戦闘続行するには不可能だということは火を見るよりも明らか。

 

『あぁーっと、フシギバナ、ここで戦闘不能となってしまったぁ―――ッ!!』

 

 実況の声と重なるようにして、審判も戦闘不能を示す旗を掲げてみせる。

 一瞬呆けたジーナ。しかし、すぐさま己の頬を両手で叩いて気を取り直す。

 

「まだ……まだ勝負は終わっていませんわよ! 頼みましたわよ、ドサイドン!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「凄いバトルだったね、デクシオ。見てて興奮したよ」

「ありがとう、ライト」

 

 選手入場口に戻って少し進んだ所にある休憩室。そこでバトルを終えたデクシオとライトは会話を交わしていた。

 結果はデクシオの勝利。流石にメガカメックスを疲弊したドサイドンで打ち倒すことは難しかったらしい。

 

 運要素の強い試合であったが、ポケモンリーグの名に恥じない激しいバトルであったことには間違いないだろう。

 

「えっと……あのさ」

「ん? どうしたんだい?」

「ジーナは? 慰めなくて大丈夫?」

「……うん。そっちの方がいいと思うよ」

 

 切り出し辛そうにしていたが、結局は口に出して問いかけるライト。

 気になっているのはジーナの様子だ。勝負に負けた今、どこで何をしているのだろうか。もし敗北を喫した相手が見ず知らずの他人であれば、すぐ隣に駆け付けて慰めの言葉なりなんなりを口に出せただろうか、生憎今回は訳が違う。

 絶対に負けたくない相手に負けたのだ。悔しくない方がおかしい。

 しかし、勝者からの激励ほど敗者の心にくるものはなく、非常にナイーブな問題となっている。

 

「……僕が出来る事と言ったら、彼女の分まで勝ち進むことだけどね」

「まあ、その彼女とは一体誰のことでして?」

「「えッ?」」

 

 扉側から聞こえる声に振り向けば、そこに佇まっていたのは缶ジュース片手に仁王立ちしているジーナ―――とコルニ。コルニに関しては『慰めに行く』と先程向かったばかりだが、途中で偶然会ったのだろう。

 鼻を鳴らして気丈に振る舞うジーナだが、目の下が若干赤く腫れている。しかし、こうして振る舞ってくれている以上、わざわざそこを尋ねるのは無神経という所だ。

 

 『来ていたんだね』。デクシオが乾いた笑いで口を開こうとした瞬間、スチール缶が凹む程手に力を入れたジーナが凄まじい睨みを利かせ、前へ歩み出てくる。

 

「なんですの? まさかあたくしが負けてメソメソ泣いているとでも思っていて? ふんっ、勝ちは勝ち。負けは負け。今回ばかりは素直に認めますわよ……でも次勝つのはあたくしですわ!! 覚えてらっしゃいっ!!」

「う、うん……オーケー、ジーナ……」

「分かっていたらよろしくてよ」

 

 心中の言葉を吐き出したジーナは缶の蓋を開けて中身の含み、一息吐く。

 

「ふぅ……さて。あたくしはこれからポケモンを回復しにポケモンセンターに行きますわ。でも、寛大なあたくしですから、デクシオのポケモンもついでに連れて行ってあげてもよろしくてよ」

「じゃあお言葉に甘えて……」

「ああ、それとコルニちゃんが次の貴方の相手のバトルをカメラで録画していたようですので、見せてもらったら如何? それでは、オ・ルヴォワールッ!!」

 

 颯爽とデクシオの手持ちを手に取り、俊足で部屋から去って行くジーナに、三人全員がぽかーんとした様子で呆けた。

 

「……ま、まあ、コルニが撮ってくれてたバトルビデオ見ようか」

「そう……だね。ありがとうございます」

「ううん、気にしないでいいよ! アタシも後で見てバトルの参考にしようかなーって撮ってただけだから」

 

 気を取り直して、と言わんばかりのライトが仕切る。

 デクシオとジーナの試合を以て第二回戦の前半が終了した訳だ。次の第三回戦はまずライトVSアヤカの試合に始まり、次にデクシオともう一人の試合が行われる。

 その時の相手というのが―――。

 

「アッシュって言う人。シンオウ出身のトレーナーで、リーグ出場経験もある凄腕トレーナーってところかな」

「相手は?」

「相手は……ほら、フウジョタウン出身の! ガーベラちゃんって」

「ん……ああ、メガピジョット使いの!」

 

 ふと『ですー!』という叫びが頭に響き渡る。

 それは兎も角、【ひこう】使いの彼女とアッシュが戦い、結果はアッシュの勝利に終わった訳である。

 その全貌がコルニが手に有しているカメラに収められているのだが……。

 

「ッ……これは」

 

 余りの光景に目を見開くデクシオ。その横では神妙な面持ちのライトとコルニが、映像によって蘇る激闘が瞳に映っていた。

 

 【ひこう】ポケモンを繰りだすガーベラに対し、ガブリアスを繰り出すアッシュ。【ひこう】らしく風の如き速さで森林のフィールドを駆けるが、マッハで飛ぶことのできるガブリアスに捉えられ、“ストーンエッジ”一撃によって沈む。

 その次もまた、暫しの攻防を経てガブリアスが相手を沈め、最後の砦であるメガピジョットも、同じくメガシンカを果たして姿を大きく変えたガブリアスとの競り合いに負け、地に堕ちた。

 

 俗にいう三タテ。

 

 【ドラゴン】タイプの圧倒的パワーを差し引いたとしても一方的過ぎる試合展開に、三人も息を飲まざるを得ない。

 

「完全に格上ってことか……」

「確か彼の手持ちは、今のガブリアスに加えて―――」

「ああ、大丈夫だよ。自分の相手の手持ちくらい、自分で調べるから」

 

 フッと柔和な笑みを浮かべたデクシオは、ビデオを見せてくれたコルニに『ありがとう』と声を掛けて席を立つ。

 

「格上でもやりようは幾らでもあるしね。そんなことよりライト。君も他人の心配してないで、次の自分の試合を心配した方が良いんじゃないかな?」

 

 去り際に、今のような言葉を吐いて休憩室から出て行くデクシオ。

 彼なりの激励なのだろうか。そんなことを思いつつライトは、こうしてはいられないと徐に立ち上がる。

 

(三回戦も勝ったら、次はデクシオかアッシュって人だ。先を見越して戦おうなんて気を抜いてるかもしれないけど、先も見越さないでバトルすれば絶対にボロが出る!)

 

 ライトが危惧するのは次の日の日程だ。

 三回戦、そして準決勝も行う四日目は熾烈を極める日となろう。準決勝はフルバトルということもあり、選出するポケモンの疲労も考慮しなくてはならない。

 トレーナー歴が短く、充分に育てたポケモンの控えが少ないとはいえ、それを理由に敗北してもいいという訳ではない。

 

 疲労していればミスを誘発するのは世の常。トレーナーとしてポケモンの精神的な体力も考慮するのは当たり前だ。

 

 バトルの時以外にもトレーナーとしての力量が求められる。

 ライトもまた、一人のトレーナーとしてステップアップを求められているのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 コロシアム前広場・噴水。

 噴水によって、他の場所よりも僅かに水気を含んだ涼やかな風が、バトル後の火照った体を癒してくれる。

 彼も―――アッシュもまた、自分のパートナーと共にひと時の休憩に身を委ねていた。

 

 空を仰げば、苛立つほどに清々しい青空が澄み渡っているのが見える。淀んだ自分の心境とは反対の様相に、アッシュは思わず溜め息を吐いた。

 

 

 

―――前はもっとバトルを楽しめたのにな

 

 

 

―――なあ、ゴウカザル

 

 

 

―――もし、俺がチャンピオンになったら……強いことを証明できたら、

 

 

 

―――もう一度俺と一緒に戦ってくれるか?

 

 

 

 今現在手持ちにいないポケモンのことを想う。

 アッシュにとって、そう、このポケモンリーグは取り戻すための場であった。あの忌まわしい記憶から、最愛だったパートナーを取り戻す為の……

 



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第百八話 小さい頃の夢は突拍子もないものが多い

 

 それはシンオウリーグで起こった。

 一人のトレーナー『アッシュ』は初めて手持ちに加えたパートナー・ヒコザルと共にシンオウ地方を渡り歩き、順調にジムバッジを集めまわっていた。

 彼は天才―――という訳ではなかったが、根っからの努力家で、自身が蓄えた知識と経験を以てパートナーを勝利に導くという、絵に描いたような素晴らしいトレーナーである。

 

 ヒコザルはそんな彼の下で順調に育っていき、最終進化形であるゴウカザルまでに進化した。

 それだけでなく、次第に増えていった手持ちも次々に進化していき、ポケモンリーグの本選にまで出れるほどに彼等は成長していったのだが……。

 

 彼の運命を変えた試合があった。

 

 それまでの試合は、厳しいものがあれどなんとか勝ち進めていたアッシュであったが、一人のトレーナーと一体のポケモンを前に、六体全員を瀕死にされて惨敗を喫してしまったのである。

 最初は信じられる筈がなかった。

 あれだけ共に信頼し、頑張ってきたポケモンたちが、たった一体のポケモンだけに打ち砕かれていく様が。

 

 『あんこくポケモン』を前に惨敗を喫したアッシュは、失意のままに暫くの間ポケモンバトルに興じるのを止めた。

 残酷な今を見まいと自分の殻に閉じこもってしまった。

 故に、彼の最愛のパートナーもまた己の殻に閉じこもってしまう。

 

 その事実に気付いたのは半ば引きこもりの状態になってから三か月後。ロクに食事も摂らなくなって痩せ細ったゴウカザルを見かねたアッシュは、知り合いに世話を任せるようになった。

 そうなってしまった原因はなにか?

 あるとするのであれば、あの敗北が原因だ。

 

 ならばどうすればいい?

 次は逆だ。圧倒的な力を以てして相手を打ち倒していけばいい。

 

 どれだけ信頼を重ねようとも圧倒的武力を前にすれば塵芥になるのだから、信頼などよりも各個人の力を高めていけばいい。

 そう考えてから彼は笑わなくなった。

 

 最愛のパートナーが自分に見向きもしてくれなくなったのは、自分がトレーナーとして未熟だと信じて疑わなかったから。

 もう一度振り向いて欲しい。

 もう一度、もう一度だけ。

 もう一度だけ自分にチャンスが欲しい。自分の敗北が原因なのであれば、それを塗り替えるほどのできる栄光を手にして見せる。だから、もう一度振り返って欲しい。

 

 その想いのままにカロスへやって来た彼は、残った手持ちのポケモンたちと共に旅をし始めた。

 シンオウから共に旅して来たルカリオ、トゲキッス、ガブリアスと共に。この三体は、シンオウチャンピオン・シロナに憧れ、泥まみれになりながらゲットした三体であった。

 彼等もまた、ゴウカザルの無念を晴らすべく、バトルの鬼となった彼と共に新天地を渡り歩くことを心に決めたのである。

 

 その中で見つけたポケモンが居た。

 

 雨天の中、ひっそりと木陰で雨宿りしている二体のポケモン。

 ケロマツとキモリだ。

 身寄りがない二体が互いの体を温めるべく身を寄り添っている姿を見かね、アッシュは『ポケモンが好きな少年』として二体を保護した。

 保護し、体力を回復させた後は再び野生に戻そう。そう考えていたアッシュであったが、自分らを拾ってくれた彼のことに大層懐いてしまい、すぐさま捨てるに捨てれなくなってしまったのだ。

 

 そのことに後悔するのはもう少し後。

 

 ケロマツはバトルのセンスがあった。持ち前の頑張り屋な気質で、スパルタとも言えるアッシュの特訓メニューにもついていき、みるみる内に力を付けていってしまった。

 

 しかし、キモリはそうでなかった。

 臆病で弱気な性分。緊迫した重苦しい雰囲気に耐えかねて、些細なミスを連発することが多々あった。周りには自分よりもずっと強いポケモンたち。自分もなんとか強くならねばと思うほど、重圧はキモリの心を蝕んでいく。

 

 見ていられなかった。

 ポケモンたちはキモリを見かねて慰めるも、その慰め自体もキモリの重圧となり得てしまう悪循環が。

 バトルに出しても、緊張からロクに攻撃を当てることもできない。

 今考えれば、後続に自分よりも強力な味方が居るのだから、心の奥底で負けても大丈夫という負け犬根性が身に付き始めている証拠だったのかもしれない。

 

 そんなキモリに対し、歩み寄る事も歩み寄られる事も無かったアッシュ。

 どれだけ頑張っても成果が出ない姿が、腹立って仕方が無かった。まるで、己の姿を暗示しているかのようで。

 

 だからこそ、手遅れになる前に突き放した。

 

 自分とキモリは、相性が合わない。

 きっと他のトレーナーの下で頑張った方が上手くやれる。

 

 そう結論付けて、キモリが納得する形で別れることをしなかった。

 

『さよなら』も何も、告げることなく。

 

 

 

 出会った日のようにザアザアと雨が降る中、アッシュはキモリを捨ておいた。

 

 

 

 共に拾われたケロマツが憐れみの瞳でキモリを見遣る中、彼は瞳を合わせることもなく、足早にその場から去っていく。

 

 どんな表情をしていたのだろう?

 怒っていたのだろうか。

 悲しんでいたのだろうか。

 憎んでいたのだろうか。

 寧ろ、こっちから見限ってやったのだと嘲笑っていたのだろうか。

 

 それを知っているのは、ケロマツだけであった。

 そんなケロマツも今や、最終進化形のゲッコウガ。【みず】タイプではあるが、奇しくもゴウカザルと同じ足の速い両刀のアタッカーの気質があるポケモン。

 旅を進めて順調にバッジを集め、新たなる手持ちも加えていく最中、彼は見てしまった。

 

 別のトレーナーと共に居るキモリの姿。その時はジュプトルではあったが、こちらを怯えたような瞳で見る目つきはキモリの頃から変わっていなかった。

 新しいトレーナーは、優しそうな少年。

 

 

 

 あの時の自分の判断は正しかった。そう思えた。

 

 

 

 自分の所よりも、別のトレーナーの下に居た方が上手くやれる。その判断はクノエシティのジムバトルを見て正しいものだと確信した。

 どれだけ育ててもロクに戦えなかったキモリが、あのトレーナーの下でメガシンカポケモン相手に勝利を掴み、あまつさえ最終進化形となった光景を見て。

 

 心がストンと軽くなったような気がした。

 だけれども、空腹になった時のように腹中に沸々と不快感を覚え始める。

 

 間違いない、これは嫉妬だ。あのトレーナーの手持ちを見る限り、実力では圧倒的に自分の方が上であることは分かる。例外としてハッサムだけはかなり育っているが、それでも鍛えられているのは自分のポケモンたちだ。

 明らかにトレーナーとしての格は自分の方が上だというにも拘わらず、あのトレーナーの方がキモリを上手く育てられたのか。

 

 ポケモンバトルは結局のところ勝った方が強いのだ。ならば、いくら進化させたところで負けては意味がない。

 勝利が全て。

 そして今自分が立っている場は、地方最強の座を賭けて戦うポケモンリーグ。

 

 優勝すればいい。

 勝ち進めれば、誰よりも自分の優位性を他人に知らしめることができる。あのトレーナーも、自分のプライドをズタボロにしてくれたトレーナーにも。

 

「あのアルトマーレのトレーナーに当たるとしても準決勝(セミファイナル)か決勝か……まあ、三回戦で負けたんなら、バトルすることもないだろうがな」

 

 彼は言う。

 自らの手持ちの前で。

 

 シンオウから連れて来た三体にも。カロスで手に入れた三体にも。

 このカロスリーグの為に一から鍛え直したポケモンたちは、フィジカル、モチベーションのどちらをとっても高い水準に留まっている。将来のジムリーダー候補でさえ圧倒する力は、“運”などという要素で辛うじて勝ち進んできた木端トレーナーたちを軽く打ち払う。

 そのような彼等がモットーとは……

 

「残りの試合、やることは同じだ。―――全身全霊を以て圧倒する。それだけだ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 空も橙色に染まりゆき、ヤミカラスが鳴き始める時間帯。

 

 デクシオとジーナの試合を観戦し終えた後、ライトはコロシアム前の噴水前でポケモン達とボーっとしていた。

 所謂、大事な日の前日ほど、何をすればよいのか分からない状態だ。

 受験前日であったり、スポーツ大会前日であったり、前日に何かをした方が絶対にいいという事柄をライトは持ち合わせていなかった。無論、ポケモンの体調のチェックや出場選手の情報などは一通り確認した。してしまった。故に、今なにをすればいいのかわからないのである。

 

 早寝するといっても早過ぎる。

 もう一度対戦相手の情報をチャックするにしても、パソコンの画面をずっと眺めてそろそろ眼が疲労してきた。

 ポケモン達の特訓をするにしても、夕方に何を今更……といった状況。

 

「……何しよう」

 

 ゴロゴロとうたた寝気分のブラッキーの喉元を撫でながら、赤く焼けている空を眺めて『綺麗だなぁ……』と呟く。

 そんな主人に感化されたポケモン達もグデーっと噴水近くで涼むだけ。

 変に気負った様子もなく、リラックスしていると言われればしているのだろうが、如何せんリラックスし過ぎなのではなかろうか。

 

「お腹減ったかなぁ?」

「なんで疑問形なの?」

「ん~?」

 

 聞き慣れた声に、反射的に振り向くライト。

 瞳の先には『ふぅ』と呆れたような様子で溜め息を吐くカノンが佇んでいた。

 

「姉さんとレッドさんは?」

「ブルーさんがショッピングに行くって、レッドさんのこと連れてっちゃった」

「……カノンは置いてけぼり?」

「そう言われればそうだけど、ライトとどこかに食べに行ったらってブルーさんに……」

「あ~……だからかぁ……」

 

 つい先程、ブルーから『夕飯食べに一緒に行きましょ♪』とメールが届いたのだが、『カノンと』という言葉が抜けていたのだろう。意図的かどうなのかまでは知る由もないが。

 

「ま、いっか。折角だし、ミアレの観光ついでに行こっか」

「いいの? 明日も試合だし、夕飯食べたらすぐホテルに戻った方がいいんじゃないの?」

「トレーナーならまだしも、カノンはバトルだけじゃ見飽きちゃうと思うし、試合も午前の一番初めだったからイマイチ疲れてなくて……確か、ミアレに美術館があったと思うから一緒にどう?」

「美術館? へ~、そうなんだぁ! いいね、一緒に行こッ!」

 

 絵描きとしての性なのか、美術館に興味を示すカノン。とりあえずこれからの予定が出来たライトは、夜にぐっすり眠る為の程よい疲労と、幼馴染とのちょっとした思い出を作るべく立ち上がる。

 ブラッキー以外のポケモンをボールに戻し、歩き出そうとするが―――。

 

「クゥ~」

「……ラティアス?」

 

 リターンレーザーをひょいひょい避け回るラティアスに、思わず頬が引き攣る。

 

「一緒に歩きたいの?」

「クゥ!」

「……まあ、いいけど……」

 

 徐に辺りを見渡すライトは、周囲の目線を気にしているようだ。

 そのことに気が付いたカノンは何事かと質問を投げかけてみる。

 

「どうしたの?」

「いや……だってラティアスはほら、色違いだから……人目に付きやすいというか……」

「あぁ……それは確かに」

 

 ライトの言葉に納得するカノンもまた、彼と同じように頬を引き攣らせる。やはりどの地方に行っても色違いは目につくものであり、元の色からそれほど変わって居なければ目につきにくいが、元の色から丸っきり違う―――尤も、その種族自体が非常に珍しいことも相まって、ライトのラティアスは傍目に付きやすいのだ。

 悪意ある人間が強奪を狙っているかもしれないという可能性も無きにしも非ず。

 夜目が利き、気配にも敏感なブラッキーがいるとは言え、プライベートの最中に襲われてはたまったものではない。

 

「なんとかならないかなぁ……」

「う~ん。あッ、ほら! アルトマーレのラティアスみたいに、人に変身してもらえばいいんじゃない?」

「あっ、そっか」

 

 盲点だった。散々幼馴染の姿に化けられて茶化された記憶を思い出し、少々頬が紅潮してしまうライトであったが、名案とばかりにラティアスに『誰でもいいから人に変身してみて!』と指示してみる。

 するとラティアス、頬に指を当てて空を仰ぐような仕草を見せてから、思いついたとばかりに手を叩いて変身し始める。光の屈折によって見せる変身は、このマジックアワーの時間も相まって極めて幻想的な光景を生み出す。

 僅か数秒の変身。ラティアスが化けたのは―――。

 

「♪」

「いや、コルニは止めてっ!」

 

 間近で何度も見た女友達の姿であるが、幼馴染の前で化けられると嫌なプレッシャーがかかるという理由で、ライトは即刻別の人物への変身を求めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 結局は、コルニっぽい金髪少女に変身することによって収まった。

 金髪ポニーテールなのは変わらないが、服装はやや落ち着いた物へと変わり、雰囲気的には体育会系から文系へと変わった感じである。

 

 閑話休題。

 

 とりあえず街に繰り出した二人+αはカフェ・ソレイユで夕飯を済ませ、ミアレ美術館に訪れていた。

 入場料は無料。しかし、音声ガイドをつけるのであれば缶ジュース二本分の金額を出す事になる。

 となれば、二人は音声ガイドを付けることなく静々と美術館を徘徊し始めた。

 

「見てよ、これ。エンジュシティのだよ」

「あ、ホントだ……」

 

 瓦屋根が古風な趣を薫らせるエンジュシティの絵画。スズの塔と焼けた塔が収まる位置から町全体を描きあげたであろう絵画は、技術が進歩していく現代においても失われない懐古の情を感じ取れる。

 一方、その隣には対比であるのか、天を衝かんばかりのビル群が立ち並ぶイッシュ地方・ヒウンシティの絵画が飾られていた。

 進歩、発展、人間の文明などを思わせるビル群には圧巻の一言しか出てこない。

 

「う~ん……でも、どっちかって言ったらエンジュシティの方が好きかな」

「私も。都会の方が便利なのはあると思うけど、人酔いしそうだし……」

(そういう理由なんだ……)

 

 絵画を見ての感想の方向性がやや外れてきた二人。

 一方、人に変身しているラティアスは、土産コーナーのお菓子に食いついている。夕飯も食べたばかりだというにも拘わらず、変わらぬ食欲。食欲の減らないただ一体の―――。

 と、このようにラティアスがお菓子を凝視している間にも、二人の会話は淡々と続いていく。

 

「ライトの将来の夢ってなに? チャンピオン以外で」

「チャンピオン以外で? ……そう言われるとなぁ。って、そういう風に訊くカノンはどうなの?」

「私は―――」

「アルトマーレから出て仕事とかしたりするの?」

「ううん。言わなかったっけ? 私の一族は秘密の庭を護って行きゃなきゃいけない一族だから、ずっとアルトマーレに住むの」

「あ~……言ってたような、言ってなかったような……」

「とりあえず、私はずっとアルトマーレに居るよ」

 

 『一族』と口に出されると、カノンの言葉がやけに重く聞こえてくる。

 

「キツイと思ったりしない? 他に住んでみたいと思う場所に住めないっていうの……」

「まあ、小さい頃はそう思ったりもしたけど……」

「けど?」

「私、アルトマーレが好きだから」

 

 ニッと屈託のない笑みで笑うカノン。

 何気ない心からの言葉は、シンとした美術館の中に響き渡る。特に気にする者も居なければ、気にする者も居る。

 ライトは気にする者の一人であった。

 何故か気恥ずかしくなったライトは『ちょっとテラスに出よ』と提案し、土産コーナーに喰いついて離れないラティアスを引っ張りながら、既に日も沈んだミアレの街を望むことができるテラスに出る。

 

 涼しい風が頬を撫でる中、テラスにはそれほど人は居ない。

 ここであれば先程の話を続けてもさほど気にならないだろうと思うや否や、徐にカノンがライトの手を引く。

 

「ねえ、ライト」

「ん……なに?」

「ライトはさ、お父さんの仕事で引っ越すついでにアルトマーレに来たんでしょ? だったら、お父さんの仕事が終わったらマサラに帰る?」

「それは……」

 

 溢れ出る好奇心を押さえられず無理やり付いてくるように住み始めたアルトマーレ。父の海洋研究の仕事が終わったのであれば、留まる理由はさほどない。以前のように一家団欒で住むのも悪くはないだろう。

 正直なところを言えば、ライトをアルトマーレに縛る理由がさほどないのだ。普段アルトマーレを住処にしているギャラドスも、マサラ近海を住処にするようボールで引っ越してあげればよい。友人や知己も多く居るが、その気になればいつでも訪れることが距離。

 マサラとアルトマーレを天秤に掛ければ、今の所はマサラが優勢だ。

 

 しかし、だからといって素直に『マサラに帰る』とも言い辛い。

 

(そんな寂しそうな顔されたらなぁ……)

 

 目尻を下げて寂しそうに表情を俯かせるカノンに、ライトは上手く言い出せずにいた。

 

(大体、僕の夢自体“チャンピオンになる”以外は曖昧だし……)

 

 頂点は目指したい。しかし、その後のことは何も考えてはいない。

 そのままチャンピオンの座に座り続けることも可能だろうが、やや大人な思考も併せ持っているライトは、それだけでは食い繋げないだろうという考えも有していた。

 

(う~ん……何になろう?)

「ねえ、ライト。聞いてる?」

「え? なにを?」

「マサラに帰るかを」

「そのことについてだけど……未定。時期によると思うし……」

「……そっかぁ」

 

 どこか期待外れかのようにフンと鼻を鳴らす。

 そのまま再び顔を上げ、

 

 

 

 

 

「―――私はライトに居て欲しいな」

 

 

 

 

 

「そっかぁ……ん?」

「う、ううん。なんでもない」

 

 慌てふためき始めるカノン。その様子にどこか違和感を覚えるライト。

 

(居て欲しいっては聞こえたけど……どういうポジションで?)

 

 友人?

 仕事仲間?

 それともこのまま幼馴染?

 はたまた恋人や、それ以上の―――。

 

(考えてたら恥ずかしくなってきた……)

 

 さまざまなパターンを思い浮かべるライトであったが、一先ずは『アルトマーレに在住してほしい』ということだけを念頭に置いてみることにする。

 となれば、アルトマーレに住みつつ出来る仕事に絞るべきだろう。

 

(……駄目だ、思い浮かばない)

 

 意外にも思い浮かばない。

 うーんと頭を捻らせて何かいい仕事がないものか考えるライトは、テラスで呑気に涼んでいるラティアス(人の姿)に目を留めた。

 

「あっ」

「えっ? どうしたの?」

「あ、いや、ううん。気にしないで気にしないで」

「そ……そう?」

「うん! じゃあ、美術館の回ってないところ見に行こうか!」

「……ふふっ、そうだね。ほら、ラティアスも一緒に行こう!」

「っ!」

 

 カノンの呼び声を受けて、テトテトと歩み寄ってくるラティアス。

 一応水の都の護り神と同じ種族のラティアスだが、威厳などは一切感じられない。そこがギャップがあって可愛らしいところだが―――と、余計な話は兎も角。

 

 

 

(いい感じの職業が一つあるかも!)

 

 

 

 ラティアスを見て思い浮かべた将来の新たなる夢に、ライトは今から心躍らせるのであった。

 



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第百九話 いうことを きかない

 

 カロスリーグ四日目。

 一回戦、二回戦と勝ち進んできた精鋭たちの中から、最終日に花を添える決勝進出者を決める重要な日でもある。

 四日目だというのにも拘わらず、コロシアムの観客席は満員御礼と言わんばかりの盛況ぶりだ。なにより今日の準決勝からはフルバトル。六体を用いてのバトルは、公式戦の中では余り行うことがなく、大抵の人々はポケモンリーグにおいてフルバトルを初めてみることとなる。

 

 更にはこのカロスリーグ、準決勝のみシャッフル形式で出場者の選出が行われるのだ。正直にトーナメント表だけ見ていると痛い目に遭うというトラップ。しかし、説明書や要綱をしっかり読むタイプのライトは、その心配はなかった。

 尤も、準決勝に勝ち進むためには、まず三回戦で勝利を掴みとらなければならない。

 

 そして、今まさにその戦いの幕が切って落とされようとしている。

 

「これよりカロスリーグ第三回戦第一試合を開始します!」

 

 高らかに響く審判の声も何度聞いた事か。

 天候には恵まれ、今日も晴天。程よく乾いた空気が、歓声の迫力が一割ほど増しているかのように錯覚してしまう。

 一番に試合を始めるライトとしては、頭を覚醒させるのにちょうどいい目覚まし代わりだ。

 

(相手はカロス出身の人……一度は戦ったことがあるけど)

 

 以前、バトルシャトーで戦ったことのあるアヤカ。

 しかし、ここまで勝ち進んできた以上、以前と実力や戦法が同じであることは考えづらい。

 そしてなによりも脅威なのは、メガシンカできるアブソルを有しているということだ。これまでの試合を観る限り、圧倒的な攻撃力と俊敏な動きで相手を圧倒するスタイルで戦ってきている。

 物理と特殊、どちらにおいても隙の無い相手ではあるが、反面防御面はメガシンカ前と同じ程度脆いとライトは予測を立てて挑んでいるのだが、

 

(実際バトルしてみなくちゃ分からないよね)

 

 フッと口角を吊り上げてボールを手に取る。

 

「ミロカロス、キミに決めた!」

『ライト選手、一体目はミロカロスだぁ―――!』

 

 先攻に決まったライトが繰り出したミロカロスは、森林のフィールドに舞い降りる。大よそ似つかわしくないフィールドに降り立ったミロカロスであるが、特段焦った様子もみせることなくライトに信頼の視線を向けてからウインクしてみせる。

 対してアヤカが繰り出したのは、

 

「ガルーラ、お願い!」

(ガルーラ……【ノーマル】タイプか)

 

 『おやこポケモン』ガルーラ。カントー地方でも見かけるポケモンの一体だが、生息数は非常に少なく、ライトも生で見たのはカロスに来てからだ。

 

 そんなガルーラには【かくとう】タイプで攻め込みたいところだが、生憎ミロカロスは【かくとう】技は覚えていない。

 対してガルーラは【ノーマル】タイプらしく多種多様なタイプの技を習得することが可能だ。どのような手で攻めてくるのかは予測し難い。

 

 が、

 

「“ねこだまし”!」

「“まもる”!」

『お―――っと! ライト選手、ガルーラの“ねこだまし”を完全に読んでいたようだぁ!!』

 

 凄まじい速度で肉迫し、ミロカロスの前で両手を叩こうとするガルーラに対し、防御壁を展開するミロカロス。

 やはり、と不敵な笑みを浮かべるライト。

 “ねこだまし”は【ゴースト】以外の相手であれば、ほとんどのポケモンに対し有効な初手だ。覚えているのであれば、様子見に一発撃つのは定石だろう。それを読んで“まもる”を指示したライトだが、例え“ねこだまし”が来なくとも相手の技を一つ明かすことができるという算段での指示であった。

 結局のところは読み通りになった訳だが、勝負はここからである。

 

「ミロカロス、“ハイドロポンプ”!!」

「ガルーラ“ふいうち”よっ!」

 

 口腔に水を凝縮させるミロカロスに襲いかかる、俊足の一撃。

 ドスンと腹の底に響き渡るような鈍い音が響けば、ミロカロスの巨体がわずかに宙に浮く。

 まさに不意を突く攻撃に苦悶の表情を浮かべるミロカロスであるが、それだけの攻撃で怯む彼女ではない。進化前であったのであればこの一撃で沈んでいたかもしれないが、今は違う。

 

 カッと奔る眼光。

 すると、拳を振りぬいた後のガルーラの胴体に、ミロカロスが放つ“ハイドロポンプ”が直撃し、ガルーラの体は木々の群れの中へと飛ばされていく。

 

「追撃! “れいとうビーム”!」

「させない! “いわなだれ”よ!!」

 

 水浸しとなった体に追い打ちをかけるべく、“れいとうビーム”を繰り出すミロカロスであったが、直前にガルーラの前に降り注いだ岩石の壁に阻まれ、攻撃を阻止された。

 

(くっ、“れいとうビーム”をいいように使われて……!)

 

 即席の岩壁をたちまち凍らせていく光線。しかしそれはアヤカの予測の範疇なのだろう。

 これが“ハイドロポンプ”であったのならば岩の群れ共々ガルーラを吹き飛ばせたであろうが、“れいとうビーム”では岩と岩を凍りつかせて補強してしまっている。

 遮蔽物に遮られるというのは“れいとうビーム”の弱点の一つ。

 そして、攻撃回数の制限に怯えては、功を逃がすという例の一つと言えるだろう。

 

 そのようなことを考えるや否や、凍りついた岩壁を叩き壊して姿を現れるガルーラが―――。

 

「いっ!?」

「ガルーラ、投げ飛ばしちゃいなさい!」

 

 意気揚々と指示を出すアヤカ。一方、ガルーラはその脇に抱えた枝付きの丸太をブンブン振り回して勢いを付けた後、サイドスローでミロカロスに投げつけてくるではないか。

 まさかフィールド上のオブジェクトを武器に変えて、あまつさえ飛び道具にしてくるとは思いもよらなかった。

 しかし、幸いにも茫然としていなかったライトは、刻一刻とミロカロスに迫る丸太の対処を反射的に口走る。

 

「“ハイドロポンプ”で吹き飛ばして!!」

 

 ゴゥ、と唸るような音。

 次の瞬間、ミロカロスよりも少し細い程度の丸太が、ミロカロスの放った激流によって中央から真っ二つにへし折れる。

 そのまま滂沱の如き放水は、投げ飛ばした後の体勢のままであったガルーラの胴を再び穿つ。

 

(あれ……?)

 

 その時、一瞬思考が止まったライト。

 

―――何かが足りない

 

―――……足りない?

 

「はっ……子供は!?」

「ッ……ミッ!?」

 

 ライトが感づいた瞬間に、視界が暗転して動揺するミロカロス。

 彼女の瞳を覆うのは、何時の間にかミロカロスの頭部に乗っていたガルーラの子供であった。

 ガルーラが『おやこポケモン』と呼ばれる所以を、どうも失念してしまっていたようだ。

 

 一体どのタイミングでとりつかれたのだろうか?

 最初の“ねこだまし”? それとも次の“ふいうち”? はたまた、さきほど“ハイドロポンプ”で吹き飛ばした時だろうか?

 

「分からないけど……一旦落ち着いて、ミロカロス!」

「いいわよ、そのまま! 特大のを決めてあげて! “ギガインパクト”よっ!!」

 

 子供がミロカロスの視界を防いでいる間、しっかりと地面に足を踏み込んで助走体勢に入っていたガルーラ。

 刹那、爆発音にも似た轟音が轟いたかと思えば、地面がめくれ上がるほどの勢いで走るガルーラが、ミロカロス目がけて突進していった。

 

 “ギガインパクト”は【ノーマル】タイプの物理技の中でも特に強力な技。喰らえば、ミロカロスと言えど一たまりもない。

 しかし、

 

「ミロカロス、頭を差し出して!」

 

 咄嗟の指示にも拘わらず、主人の声で平静を取り戻して言われた通り頭をたれる様に、ガルーラが向かってきている方向へ頭を差し出すミロカロス。

 すると先程まで鬼のような形相で走って来ていたガルーラの動きがピタリ、と止まる。

 

 このまま“ギガインパクト”で突っ込んだとすれば、真っ先に攻撃を喰らうのは自分の子。過保護として知られているガルーラにすれば、今ミロカロスがしているのは鬼畜の所業と言わんばかりの行動だ。

 『私を攻撃したくば、まずは己の子から手に掛けることだな』。そんなセリフが聞こえてきそうな行動に、思わずガルーラは怯んでしまった。

 

 ……指示をしたのはライトだが。

 

(動きが止まった! これなら―――)

 

「そのまま顔を振り上げるようにして“ハイドロポンプ”だ!!」

「攻撃中止! 横に飛んで避けて! 子ガルも撤退!」

 

 “ギガインパクト”を放つのを止めたガルーラは指示通り横に退避し、なんとか“ハイドロポンプ”の直撃を免れる。同時に、子供のガルーラもミロカロスの妨害を止めて、軽やかな動きで親の下へちょこちょこと戻っていく。

 その間に噴水のように放たれた技の影響でフィールドに水飛沫が降り注ぎ、雨天の後でもないにも拘わらず虹が掛かったのを目の当たりにした観客たちの感嘆の声が漏れたのは、果たして虹への感動か。それとも咄嗟のライトの指示に対する感嘆か。

 

 一方、ライトはと言うと。

 

(実質一対二みたいなものだけれど……どう攻略しよう)

 

 親と子。その生態故に二体で一体としてみなされているガルーラは、他のポケモンよりも戦術の幅が広い。

 その戦術の幅を広げているのは、何よりも腹部にある袋に佇まっている子供のガルーラだ。しかし、子供のガルーラは同時に親の個体にとっての弱点となり得る存在。

 尤も、ガルーラは子供の危機が迫れば逆鱗を触れられた竜のような恐ろしい一面を見せるポケモンでもある為、素直に子供を狙うというのも得策ではない。

 

(“ハイドロポンプ”の残り回数も少ないし、もしカエンジシが出てきた時の為にとっておきたい……)

 

「ミロカロス」

「ミ?」

 

 技ではなく名前だけを呼ぶ。

 すれば怪訝な表情で振り返ったミロカロスは、主人の表情で何かを察したのか、すぐさま相手の方へ振り返ってグッと身構える。

 

「ミロカロス!」

「ガルーラ、“ふいう―――」

「戻って!」

「ち”……ッ!?」

 

 身構えた様子から攻撃が来ると踏んで“ふいうち”を指示したアヤカであったが、その予想は外れ、見事にガルーラの拳は空を切るだけに終わった。

 次の瞬間、ミロカロスに代わって飛び出してきたのは、

 

「ハッサム……メガシンカ!!」

『ライト選手のハッサム、今大会で何度も見せているメガシンカを、ここでも披露だぁ―――!』

 

 戦意に満ちた瞳で降り立つハッサムは、瞬く間に眩い光に包まれていき、鋭角的なフォルムに変貌した体を見せつける。

 早い段階でのメガシンカに、アヤカの表情は強張る。だが、相手が功を急いでいるのか余裕がないと考えているのかと思えば、自分の方には僅かばかり心的な余裕が生まれてきた。

 しかし、ハッサムを倒しきるだけの攻撃手段をガルーラは有していない。

 “いわなだれ”で怯むのを狙うか。

 いや、あのハッサムの得意技は“バレットパンチ”であることは調査済み。先制技を繰り出されようものならば、ミロカロスとのバトルで疲弊したガルーラに厳しいものがあるだろう。

 となれば、“ふいうち”が妥当か。“つるぎのまい”ですかされる可能性も無きにもし非ずだが、このまま優柔不断で居れば先手を取られる。

 

「ウダウダしても仕方ないわね……“ふいうち”よ!」

 

 再び“ふいうち”を繰り出すべく突進するガルーラ。

 一方ハッサムは避ける素振りを見せない。

 すると、そのままガルーラが振るった拳はハッサムの顔面に吸い込まれるようにして叩きこまれた。

 

「―――“バレットパンチ”ッ!」

 

 代わりに、インファイトに持ち込んだガルーラの顔面にも、弾丸のように捩りが加えられた鋏が叩き込まれたが。

 

「ガルーラッ!?」

 

 アヤカの悲痛な声で名を呼ぶも、良い軌道で叩きこまれた一撃には耐えかねたのか、親のガルーラは目を回して倒れ込み、子供のガルーラはその周りで狼狽するのみ。

 リーグ協会では、ガルーラの戦闘負について親の方が戦闘不能になれば、子供の方も戦闘不能扱いにされる。

 その為、審判は親ガルーラが戦闘不能に陥ったのを目の当たりにして、すぐさま旗を掲げた。

 

「ガルーラ、戦闘不能!」

「……ふぅ、お疲れ様。子ガルもゆっくり休んでね。なら次はこの子よ、アブソル!!」

(ッ……漸く)

 

ガルーラを戻したアヤカは、“ふいうち”の一撃を喰らったにも拘わらず堪えていないハッサムの姿を目の当たりにし、意を決したように息を吐いた後、首からネックレスを下げるアブソルを繰り出した。

 彼女の切り札とも言えるポケモン。その登場にライトのみならず、観客たちも息を飲んで、次の行動を見守ろうとする。

 

 すると、彼らの視線―――ある種の期待のような眼差しに応えるように、アヤカは右耳に着けているイヤリングを指で触れ、薄い桃色の唇で弧を描くように笑みを見せた。

 

「見せてあげる! アブソル、メガシンカッ!!」

 

 目には目を、歯には歯を―――メガシンカにはメガシンカを。

 

 神々しい光を放ちながら本来はない翼を生やし、特徴的であったツノが肥大化したアブソルが姿を現す。

 二体のメガシンカポケモンが揃って登場したために、観客も歓声を上げてバトルの行く末を見守ろうとする。

 

 忙しなく背中の翅を羽ばたかせるハッサムとは打って変わり、全く翼を動かす様子のないアブソル。

 しかし、共通するのはどちらも隙を見せまいと身構えたまま動かない事。じりじりと睨みあい、フェイントをかけつつも相手の動向から目を離さない。

 

 吹き渡る風が草むらを揺らす。

 木葉が騒ぎ立てる。

 そして、凍りついた岩壁の一部が砕けて転がり落ちた。

 

 刹那、両者が肉迫する。

 風を切る音の次に聞こえたのは、激しい激突音。“バレットパンチ”と“つじぎり”が衝突したために起こった音だ。

 相変わらず左で“バレットパンチ”を繰り出すハッサムに対し、鋭利且つ巨大なツノを突出すアブソル。

 

「もう一度“つじぎり”よ、アブソル!」

「こっちも“バレットパンチ”だ!!」

 

 互いに退く気がない二人は、攻めの一手を指示する。

 ハッサムはそのまま左の鋏のみでアブソルを攻撃し始める。が、アブソルは自身の防御面の薄さを自覚しているのか、飛翔するようなステップで攻撃を回避しながら、時折攻撃を仕掛けるというヒットアンドアウェイの戦法をとった。

 風を切る音。

 互いの攻撃が衝突し合う音。

 尚も激しい攻防を繰り広げる二体を凝視し、相手の隙を窺う二人のトレーナーであったが、同時にとあることに気が付いた。

 

 ハッサムが左の鋏でしか攻撃していないこと。

 

 まるで右腕を庇うかのような立ち回りをしていること。

 

 一方はゾクリと悪寒を感じ取り、一方は勝機を見つけたかのように口角を吊り上げた。

 

(ハッサム……まさか君は―――!?)

 

 ふと、ライトの頭でフラッシュバックしたのは、予選での試合。カビゴンを持ち上げて投げ飛ばした後に、“かわらわり”で止めを刺した光景であるが、それ以降ハッサムの様子にはどことない違和感を覚えていた。

 

 記憶では、ハッサムは右利きであったのにも拘わらず、本選では左しか用いて攻撃していないことに。

 

 訊いた筈だ。どこか悪いところはないか、と。

 もしもその時、痩せ我慢で嘘を吐かれていたとするならば。自分に弱い部分を見せまいと、怪我していることを必死にひた隠しにしていたのであれば―――。

 

「ッ……“とんぼがえ―――!」

「“くろいまなざし”よ、アブソルッ!!」

 

 すぐさま交代するべく指示を出すライトであったが、それを見越していたかのように“くろいまなざし”がハッサムを射抜く。

 

(しまった! 素直に交代すれば……!)

 

 思いもよらぬ事態に動転していたライトは、普通の交代ではなく“とんぼがえり”での交代を指示してしまった。しかし、アブソルの【すばやさ】はハッサムよりも上。共に同じ攻撃の手であれば、速い方が先に動けるのは自明の理。

 逃がす気はない。

 ここで確実に仕留める。

 アブソルは髪のような体毛の陰に隠れている瞳を歪ませ、明確な弱点を持ち合わせているハッサムの隙を今や今やと待ちかねているようであった。

 

 眼差しに射抜かれたハッサムはというと、交代はできないながらも攻撃を決めるべく、軽やかな動きでアブソルへ向かっていく。

 

「アブソル、時計回りに避けるのよッ!」

 

 しかし、ハッサムが庇っている右腕がある方へ避けるよう、アヤカが指示し始めた。

 それに伴い、俊敏な動きで時計回りに避けはじめたアブソルに付いていくことができず、ハッサムの攻撃は見事に外れてしまう。

 

「ッ……ハッサム! 森の中に隠れて!」

 

 漸く我を取り戻したライトは、アブソルがハッサムに対して有利な位置取りをし始めたのを見て、そう易々と動き回ることができ難い森の中へ逃げることを指示した。

 ハッサムが自身に隠し事をしていたのはショックだが、それに気が付くことができなかった自分への情けなさも相当なものとなっている。

 

 だが、何故彼がひたすらに怪我を隠してまで試合に出ることを了承していたのかは想像に難くない。

 

 夢を語った仲だ。

 初めてのパートナーだ。

 自慢のエースだった。

 

 ここまで来て、怪我を理由に引き下がることを、彼は良しとしなかったのだろう。

 

(君は……バカだよ、もうッ!!)

 

「アブソル、“かえんほうしゃ”!!」

「木を盾にして避けて!」

 

 木々の中に逃げ込んだハッサムを見かねて、接近ではなく遠距離からの攻撃に戦法を変えるアブソル。ハッサムの進化前であるストライクは、森の中において忍者のように動き回ることができる。進化後のハッサムであっても、木々の中での戦闘を得意とするのは変わらない。

 だからこそ、無理に森の中へ突っ込んで接近戦を挑むよりは、安全圏からの攻撃が有効とみたのだろう。

 

 紅蓮の炎が瞬く間に緑色を赤に―――そして黒色に変えていく。

 【ほのお】のみを苦手とするハッサムには、一撃喰らうだけで瀕死ものの技だ。

 

 どうしたものか。思慮を巡らせている間にも、隠れ蓑になってくれている木々は焦げてしまい、逃げ場が無くなってしまう。

 なんのアクションも見せないのは敗北宣言と同義だ。

 

(どうする? このまま木を盾にしても……盾に……木を盾に?)

 

 沸騰しそうな脳に浮かび上がった作戦にハッとしたライトは、森の中に隠れるように過ごしているだろうハッサムに聞こえるよう、空高く響く声量で叫ぶ。

 

「ハッサムッ!! 木を盾に……突っ込めぇぇぇえええ!!!」

「? 一体なにを……えッ!!?」

 

 一瞬何を言っているのかと首を傾げるアヤカであったが、次の瞬間鼓膜を揺らした斬撃の音に瞠目した。

 アブソルが“かえんほうしゃ”を放つ木々の内で、尤も太くて立派な一本が音を立てて崩れたかと思えば、即席の丸太を盾のように構えながらアブソルに突っ込むハッサムを目にしたからだ。

 

 指示からの理解が早過ぎる。

 

 そしてもう一つ驚くことがあった。

 庇っていた筈の右腕の鋏で、丸太が軋むほどの力で挟み込んでいる。それでは庇っていた意味がないではないか。アヤカはそう叫びたかったが、現にハッサムは鬼気迫る表情でアブソルに肉迫している。

 幾ら“かえんほうしゃ”と言えど、丸太一本を丸々焼き尽くすには相応の時間を有する。このまま灰になるまで焼こうとしたところで、それまでにインファイトに持ち込まれるのは目に見えていた。

 

「くッ、アブソル! “つじぎり”よっ!!」

 

 炎を吐くのを止めたアブソルは、全神経を右側頭部から生えているツノに集中させる。

 やることは只一つ。

 

 

 

―――盾に用いている丸太ごと、ハッサムを切り裂く

 

 

 

「グ、ルァァアアアアアッッッ!!!」

 

 直後、風のように奔るアブソルが一瞬にしてハッサムの目の前まで駆け寄り、その刃物のようなツノを振るった。

 しかし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕はくれてやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう聞こえたような気がした。

 次の瞬間、アブソルのツノが丸太を切り裂くよりも前に丸太が軋んで折れたかと思えば、万力のような力でツノが右の鋏に挟まれる。

 

 刹那の剣戟だった。

 

 丸太を一瞬にして裂くほどの力で挟まれたアブソルが動くことは容易くなく、軽くパニックに陥ったような面持ちになるも、すぐさま真っ赤な業火を口腔から解き放ち、自分を拘束している右腕に追い打ちをかける。

 

 それでも右腕が離れることはない。

 

 ふと視線を横に向ければ、瞳孔が開いているのではないかと思う程開かれている瞳が自分を射抜いていることに気が付いたアブソル。

 同時に少年の声が響き、呼応するようにして振るわれた左の鋏を視界の端に入れた瞬間、アブソルの視界は暗転した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 後は残りの奴に任せてもよさそうだ。

 

 無理を推して出たからには勝利は掴む。

 

 だから、相応の仕事はしたつもりだ。

 

 お前の語る夢と一緒に歩みたいと思った。

 

 その一心でここまで来た。

 

 初めてのポケモンリーグ……出来れば一緒に優勝してみたかったよ。

 

 済まない、ライト。

 

 お前にそんなつもりはなかったんだろうけど、右腕が勝手に動いてたんだ。

 

 だから、散々庇ってた右腕であんな無茶な真似をしたんだろうな。

 

 その所為か、痛みか痺れかよく分からないんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕が、言うことを聞かないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 済まない。

 



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第百十話 バトンタッチ

 

「ニャオニクス、戦闘不能! ライト選手、準決勝進出だぁ―――!!」

 

 湧き上がる歓声。

 だが、勝利の実感が湧き上がってこない。それよりも心を埋め尽くすのは言いようのない喪失感。

 訳も分からないまま相手方と握手を交わした後、後ろ髪をひかれることもなく一心不乱に駆けだす。

 

(なんで……?)

 

 もしかすれば今の内であれば。

 それが甘い考えであることを知るのは、もう少し後。

 

 

 

 ***

 

 

 

「え?」

 

 頓狂な声を上げるライトの目の前には、神妙な面持ちのジョーイが佇んでいる。

 三回戦を勝利した後に訪れたポケモンセンターで、アブソルとバトルした後すぐさまボールに戻したハッサムと他のポケモンたちを預けたのだが、バトルに出たミロカロスとブラッキーはボールで返ってきた。しかし、ハッサムは一向に返って来ていない。

 事情は話した。右腕に怪我をしていると。

 しっかりと検査するにはある程度の時間が必要なことは分かっていたが、冷静ではないライトは一分一秒をやけに長く感じてしまい、黙っていられる状態ではなかった。

 

 そして一時間後―――すでに他の試合が終わってしまっているかもしれない頃合いに、ライトがジョーイに連れられてきたのはガラス張りの部屋。

 ガラス越しに見えるのは、寝台に腰掛けて外を眺めているハッサム。

 

 首から三角巾を下げて、動かない右腕をぶら下げる力ない姿。

 

「あ……あのう、もう……一度お願いしま、す」

 

 震えた声でライトが問いかける。

 自分がどのような表情をしているかは把握していないが、ジョーイの悲痛な面持ちを見る限り、平静ではないことは窺えた。

 

「貴方のハッサムは、右腕の節に酷いダメージを負っていまして……。大きな病院で精密検査も必要です。もしかすると、後遺症も残るかもしれません。以後のバトルに選出するのは―――」

 

 憶測でものを言わないでくれ。

 そう言いたかったが、ライトの唇は震えるばかりで言葉を吐き出すことができない。

 

 一先ず理解できたのは、準決勝は勿論、その先挑めるかもしれない決勝にも選出できないという事実だ。

 誰よりも自分と共にチャンピオンという頂きを目指したがっていたパートナーが、今ここで抜ける―――それがライトの動揺を誘うことは想像に難くないだろう。

 

「え、と……その、中に入ってみても……」

「はい、大丈夫です。試合に出れないことは、貴方の口から直接……」

「……分かりました」

 

 まだ心ここに在らずのままのライトであったが、居ても経っても居られずにハッサムとの面会の為に部屋に踏み入る。

 ポケモン専門とはいえ病院らしく消毒の臭いが鼻をつく部屋。小ざっぱりとした空間は厭と言う程の空虚感を煽る。

 一歩一歩が重く感じられた。

 

 なんて言えばいいんだろう。

 

―――なんで黙ってたの?

 

―――怪我は大丈夫?

 

―――後は僕らに任せてよ

 

 いくつもの慰めの言葉を思い浮かべるも、しっくりくる言葉が見つからない。

 思慮を巡らせながら近寄ろうとしていたライトであったが、あと一歩というところで立ち止まってしまう。

 

 ハッサムがこうなってしまったのは、自分が彼の負傷に気付いてあげられなかったからではないのか。

 自分がトレーナーとして不甲斐無かったから、これからのバトルにも支障が出てしまうような傷を負ってしまったのではないか。

 

 己の至らなさ故にパートナーを傷付けたのではないかという考えばかりが浮かび上がってしまい、臆病になってしまう。

 何時まで経っても踏み出せないライト。

 すると、徐にライトの足元へ一枚の布が舞い落ちてきた。

 

 銀色のバンダナ。

 ヒヨクシティで贈ったプレゼントだ。絆を深める一環として参加し、その際手渡した一品。これを手渡した時の彼の照れた顔は、今でも鮮明に思い出せる。

 手前に落ちたバンダナを拾いながら、勇気を振り絞って声を掛けた。

 

「ハッサム?」

 

 振り返らない。

 

「ねえ」

 

 黙って外を眺め続けるだけ。

 

「こっち向いてよ」

 

 ピクリとも動かない。

 

「ねえったら」

 

 拳を握る軋んだ音が部屋に響く。

 

「……ハ……っ!!」

 

 喉の奥から絞り出そうとした声を止め、踵を返して部屋を飛び出す。

 此処がどこだとしても構わない。普段なら、施設内で走らないようにという注意書きに沿うよう、どれだけ急いでいても駆け出すことなどなかった。

 だが、この時ばかりはどうしようもなくハッサムから離れたい気分に駆られて仕方が無かったのだ。

 

 照明の光を反射するほどに磨かれた廊下を走り数十秒。しどろもどろな様子で走り続けていた為か、途中で足を絡ませてしまい、派手に転んでしまった。

 痛々しい音が響く。

 同時に、足音が聞こえなくなった為に漸く聞こえるようになった音がもう一つ。

 

「~~~……っ!!!!」

 

 声とは言い難い、絞り出すかのような息遣い。

 嗚咽にも似たような音が吐き出すのは、怒りのような、悲しみのような、寂しさのような―――さまざまな感情が入り乱れ、形容しがたいライトの胸中を表現していた。

 先程拾い上げたバンダナを握りしめる。

 それこそ、裂けて破れてしまうのではないかという程。

 

 暫し、廊下に四つん這いとなって歯を食い縛るだけのライトであったが、遠くの方からコツンコツンと足音が聞こえてきた。

 他人の目など、最早どうでもよかった。

 最愛のパートナーに拒絶されたかのような態度をとられたのに比べれば―――。

 

「……!? ライト、どうしたのッ!?」

 

 曲がり角から出てきた人影が、焦った声でライトの下へ駆け寄る。

 徐に駆け寄った人物は四つん這いになったライトの前で膝立ちとなり、肩に手を掛けた。

 

「カ、ノン……」

「ッ……」

 

 幼馴染の登場に漸く面を上げたライトであったが、瞬時にカノンが息を飲んだ。

 

 彼が泣いているところなど、久しく見ていなかった。いつも明るく振る舞い、誰かに心配はかけさせまいと気丈に振る舞っているようなライトが、これだけ顔を歪ませて目尻に涙を浮かべている様など。

 余程のこと―――十中八九、ハッサムのことだと理解したカノンは、なにも言わずにそっと寄り添う。正直に言えば、なにをすればいいのか分からなかったということもある。

 

 だが、下手に慰めてもなんの解決にもなりはしないことは理解していた。

 

 そのように何も言わず寄り添ってくれる幼馴染―――ふわりと香る落ち着いた匂いに、僅かに我を取り戻したライトは顔を俯かせたまま、ポツリポツリと言葉を紡いでいく。

 

「……ショックだったんだ。怪我を伝えてくれなかったのが、僕らを信用してくれてないみたいで。そ、そんなにハッサムに気負わせちゃってたのかって……同じ夢、見てたはずなのにって……」

「ライト……」

「僕はハッサムの思う所なんて、これっぽっちも分かってなかった……勝手に、ポケモンリーグに賭ける想いは一緒って思ってた。でも……でもッ……泣くほど出られないのが悔しいなら、それこそ言って欲しかったよぉッ!!!」

 

 カノンの手に乱雑に手渡すハッサムのバンダナ。

 じんわりと濡れているバンダナに染み込んでいるのは、それを身に着けていた本人の悔恨の念だ。

 

 小刻みに震えるライトが吐き出したのは、仲間たちを信頼していないかのような素振りを見せたハッサムへの怒り。彼の異変に気付かなかった自分の情けなさへの怒り。そして、肝心な所で抱いていた想いのすれ違いに対する悲しさだった。

 初めてのポケモンリーグ。例え優勝できなかったとしても、次がある。ライトはそう思っていた。

 しかしハッサムにとって、初めてのポケモンリーグはたった一度しかこないチャンス。是が非でも主人を優勝に導きたいという執念が、彼をある種狂った方向へ導いたのかもしれない。

 それこそ、自分のこれからのバトル人生を犠牲にしたとしても。

 

 

「っ……ゴメン。ちょっと外に出てくる」

「あ……うん」

「それも少しの間持ってて」

 

 バンダナをカノンに預けたまま、ライトは小走りでコロシアムの外へと駆け出して行った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 初めてストライクが言うこと聞いてくれたの、何時だったっけかな?

 ……ああ、そうだ。ヨシノシティの、子供バトル大会だ。あの時の優勝賞品のお菓子の詰め合わせ、皆で食べたんだったなぁ。

 

 懐かしい記憶を思い出しながら、ライトは空を仰ぐ。

 心中とは打って変わって、澄み渡った空だ。ヤヤコマやポッポも元気に空を飛び交っていて、平凡な一日の一場面に自分が混じっているようで、少しばかり平静は取り戻せてきていた。

 柄にもなくカノンに色々言ったライトは、後でもう一回謝っておこうかななどと呑気に雲の軌跡を追う。

 

 すると、徐にポケットのボールから一体飛び出してくる。

 視界に映る橙色の巨体。出てきただけで周囲の気温が二、三度上がりそうな熱を尾に帯びている火竜は、普段と変わらない瞳で呆けているライトに視線を遣った。

 

「グォ」

「……リザードン、どうし―――」

 

 勝手に飛び出してきたリザードンに問いかけるや否や、結構な勢いの炎がライトの顔に襲いかかる。

 

「んあ゛ぁッづいッ!? なに、反抗期!?」

 

 突如として自分を襲いかかった暴力に取り乱す。

 本気を出せば岩石をも溶かす炎―――尤も、炎を顔面に受けただけで大抵の者は取り乱すが、ライトはハッサムのことも相まって意気消沈していた為、リザードンの突拍子もない行動に反射的に驚愕してしまった。

 煤けた顔に、第二回戦で戦った相手のようなアフロヘアーとなってしまったライト。ジト目で真意を探るようにリザードンへ視線を向ければ、リザードンは天を仰ぎ―――。

 

 

 

「―――グォォォォオオオオオオオオッッ!!!!!!」

 

 

 

「いッ……!?」

 

 辺りに地響きが轟くほどの声量で咆哮を上げる。

 思わず耳を塞ぐライトの後方では、木の枝にとまっていた鳥ポケモンたちが大慌てで逃げ出す。

 離れた街に響くのではないかと思われる咆哮を暫し耳にすれば、気が済んだらしいリザードンは鼻を鳴らして、ライトに顎を差す。

 

「グォウ」

「……なに? もしかして……イライラしてる?」

 

 尻尾の炎の色で気分を察したライト。

 咆哮を上げている最中、リザードンの炎は青色だった。青色―――つまり、怒りを示す態度であったリザードンは、一体何に怒っていたのか?

 

「僕に?」

「……」

「……じゃあ、ハッサムに?」

「グォウ」

 

 即答。

 成程、互いに意地っ張りとして張り合ってきた二体であるのならば、リザードンがここまで怒っていることは納得いく。

 認めていたからこその怒り。

 沸々と燃え滾る感情が並々でないことは、ポケモンでないライトにも理解できた。

 

 そのようなリザードンの様子に思わずクスリと笑ってしまったライト。そうだ、リザードンは本選では余り戦っていないのだから、体力は有り余っていることだろう。

 ドンと胸を叩いてみせるリザードンの姿は、いつもに増して頼もしい。

 

「……そうだね。いつまでも引っ張ってらんないよね。まだ……―――終わってないんだから」

「グォウ」

 

 リザードンなりの激励を受けたライトの瞳の色が変わる。

 

 曇天のように曇っていた瞳が、晴天の如く澄み渡った青色へと。

 

「まったくさぁ、ハッサムもいまいち信用してくれてないみたいだけど……ここで一つ見せてやろうよ」

「ドンッ」

「準決勝と決勝……チームの大黒柱(エース)はキミに任せる。それで異存ないかい?」

「グォウッ!!!」

「いい返事! ……ぁぁあああああああ゛あ゛あ゛ッッ!!!!」

 

 リザードンの咆哮を真似るよう雄叫びを上げるライトは、体内の陰鬱な気を全て吐き出す勢いで続く限り叫ぶ。

 

 

 

―――持ち帰るべき切符(挑戦権)は持ち帰る

 

 

 

―――それでいいでしょ? ハッサム

 

 

 

「絶ッッッ対、勝ぁぁああああああつッ!!!!!!」

「キシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 日も上り、一層気温が上り詰めた昼。気を抜いてしまえば熱中症にかかってしまいそうな天候の中、彼等は冷房の効いた選手用観戦室に居た。

 

「ゴメン……期待に応えられなくて……」

「あ~……でも、全力は尽くしたんでしょう? あたくしがどうこう言える立場ではないのはご存知でしょう。ここは、残ったライトに後を任せることにしますわよ」

 

 意気消沈したデクシオを慰めるのはジーナ。

 第三回戦第二試合でアッシュとバトルしたデクシオであったが、結果的には敗北を喫することとなった。

 互角―――とは言い難いが、傍目から見てもデクシオは善戦した方であった。

 だが、敗北という結果に変わりはない。

 

 こうして準決勝進出を逃した仲である二人は、観戦席から準決勝進出者たちが立ち並ぶ様を眺めている。

 まず一人目は、言わずもがなライト。

 次に、デクシオに圧勝したアッシュ。

 三番目に、ホウエンリーグで優勝した経験もあるテツヤ。

 最後に、ジョウトとホウエン―――二つのリーグで実績をもつハヅキ。

 

 この中で優勝候補と問われれば、一度他のリーグで優勝した経験のあるテツヤか、ここまで圧倒的な力で相手をねじ伏せてきたアッシュか―――この二人に絞られる。

 だが、ハヅキもトレーナーとして充分強者の部類に入り、爆発力ではライトも負けてはいない。

 結局のところ、戦ってみなければ分からないところではあるが……

 

「ライトは大丈夫なのかしら? ハッサム……恐らく戦線離脱ですわよね?」

「うん。彼のハッサムはパーティの重要な役を担っていた筈だから、抜けるとなるとこれからのフルバトルは相当厳しい筈だけれど……」

「どうしたんだい、二人共? そんなに神妙な顔で」

 

 ふと背後から聞こえる声に、二人は反射的に振り返った。

 

「プ、プラターヌ博士!?」

「学会でシンオウに行かれていたんではないですか!?」

「うん、そうだよ。でも、終わってすぐに戻ってきたからね! なんせ、僕がポケモン図鑑を託した子達が出場してるんだから!」

 

 学会の後、直で戻ってきてスタジアムに来たらしいプラターヌは、その髪型の荒れ方で忙しさを表現していた。

 目を燦々と輝かせて二人に笑顔を贈るプラターヌ。

 しかし、二人の表情は優れない。

 

「も、申し訳ありません、プラターヌ博士……あたくし達は……」

「ん? なんで謝るんだい? 君達はとても素晴らしい試合をしていたじゃないか!! 直接見れなかった分も、友人に録画を頼んでいたからね。後でじっくりプライベートの時に見直すつもりだよ!」

「博士……僕達は……」

「うん、僅かながらでも君達とポケモンの絆はしっかり見せてもらったよ。じゃあ、後はライト君の応援に勤しむとしようじゃあないか!!」

「「……はい!」」

 

 プラターヌに促された二人は、再びスタジアムのフィールドへと目線を移す。

 これから準決勝の組み合わせを発表し、一時間の休憩を経て準決勝へとプログラムは移行する。

 ポケモンリーグの日程の中で最も厳しい日にちであるが、この正念場を抜ければ残るは決勝のみだ。

 

―――彼は今、どのような気持ちであの場に佇んでいるのだろうか

 

 この抽選の為だけに召集された四人。その中に佇むライトの抱く想いは如何なるものなのか、二人には想像もつかない。

 しかし、三回戦以前と明らかに違う事象が一つ。

 

 ライトが身に纏う覇気が凄まじいということだ。鬼気迫っていると言うべきか、思わず見ている此方が委縮してしまうほどの執念の炎を背に背負っているように見える。

 

「うん、いい目だ」

 

 そのような少年を一瞥して、プラターヌはそう評す。

 

 するとスタジアムの大画面に映っていた四人の顔画像が途端にチカチカと入れ替わり始める。抽選が始まったようだ。

 どよめく会場。

 一体どのような組み合わせになるのかと、期待と緊張がスタジアム全体を覆う。実際に戦うこととなる選手は、それ以上の感情を抱いているだろうが―――。

 

『レディ―――ス、ァア―――ンドジェントルメェ―――ン!! お待たせいたしました!! ようやく……ようやく、このカロスリーグ準決勝を彩る組み合わせが決まりましたぁ!!! どうぞ、御覧下さぁぁぁあああいッ!!!』

 

 ド派手に映し出される選手の組み合わせ。

 そして、ライトが戦うのは―――。

 

「キンセツシティのテツヤ選手……ですわね」

「ホウエンリーグ優勝経験者……!」

 

 カードとしては最悪の組み合わせと言えるだろう。

 実績があるというだけで、新参者には只ならぬプレッシャーを与えることができる。

 そのように片や優勝経験者であるという一方、片やリーグ初出場者。幾ら同じステージに駒を進められたとはいえ、格の違いという現実が直面しそうだ。

 

「ええと、プラターヌ博士? ライトと相手の方……どちらが勝つと思います?」

「ん? う~ん、どうかなぁ~。ボクはバトルはさっぱりだからねぇ、ははッ!」

(か、軽いですわ……)

 

 飄々とした様子のプラターヌに、ジーナは頬を引き攣らせる。

 

「あぁ、でも……」

「でも……なんですか?」

「ボクとしては、ポケモンとより強い絆を深めている方が勝つ……そう思うよ」

 

 打って変わって真摯な面持ちに変わるプラターヌに、二人も思わず息を飲む。

 

 今、最も強い絆で結ばれていた筈のポケモンが傍に居なくなった少年は、果たしてチャンピオンになったことのあるトレーナーを超えられるのか。

 

 

 

 バトルが始まるのは、泣いても笑っても一時間後。

 



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第百十一話 オセロは後でじわじわ攻める方が強い

 

「一対……五……」

 

 シンとした雰囲気。

 その中でカノンが呟いた言葉は、信じられないという困惑によって震えていた。コロシアムの画面に映るトレーナーとポケモンの画像。その内、片方のトレーナーのポケモンは残り一体を除いて、全員が戦闘不能となってしまっていた。

 対して相手のポケモンは五体が健在。数の上では圧倒的な差がある。ここから巻き返すのは、いかなる手段を用いてもかなり厳しいものとなるだろう。素人目から見てもそうなのだから、長年トレーナーをやってきている者ならば尚更。

 

「……勝負あったね」

「ええ」

 

 神妙な面持ちで呟くレッドと、それに応えるブルー。

 観客全員が注目する最中、手持ちが残り一体となったライトが最後のポケモンを繰りだす。

 

「この勝負は―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は、十数分前に戻る。

 

『さあさあさあさあ、やって参りました! カロスリーグは佳境も佳境! とうとう準決勝! ここからは手持ち六体を用いてのフルバトルとなり、皆さまが御覧に頂くバトルもより激しいものとなります! 熱いバトルもさることながら、日差しが強くなってまいりましたので、こまめに水分を摂って熱中症にならないようお気をつけてください!』

 

 聞くだけで暑苦しい実況の声を聞き、ワッと湧き上がる観客席。

 黙っているだけでも汗が滴り落ちてしまいそうな天候の中、歓声を背に受けて入場してくるトレーナーは二人だ。

 

『ホウエンリーグ優勝経験者・テツヤ選手と、今回ポケモンリーグ初出場にも拘わらず準決勝まで上り詰めたルーキー・ライト選手の入場だぁ―――ッ!!』

 

 一度優勝していることもあり、堂々とした立ち振る舞いで歩み出てくるテツヤ。一方ライトは、やや緊張が窺える面持ちではあるものの、第一回戦よりかは落ち着いた様子である。

 順当に格上であるテツヤが勝つか。

 はたまた、ライトが下剋上するか。

 ジャイアントキリングというものは、何時の時代も心を奮わせるものだ。なにより、これからトレーナーを志す少年少女たちに、夢を与えることにも繋がる。一定数の観客がライトに声援を送るのは、この場面ではある意味普遍的ともいえる結果ではあった。

 その中でも、際立って声援を送る女性は一人居るが。

 

『決勝進出者を決める正念場……その舞台は―――これ! 砂地だッ!! 足を取られる砂場で、二人のトレーナーはどのような戦いを見せてくれるのでしょうか!?』

 

 ランダムで決まるバトルフィールドだが、今回は未だライトが経験したことのない砂地となった。今言ったように、砂に足を取られることにも加え、極めて平坦な土地は遮蔽物が少なく、これまでのバトルのようにフィールドのオブジェクトを利用するといった芸当ができない。

 尤も、飛行できるポケモンにはさほど影響が少なく、砂地には砂地の利点というものは存在する。

 それらをどう生かすかが、勝敗を別つ要因となろう。

 

『そして先行は……ライト選手だぁ!!』

「ギャラドス、キミに決めた!!」

「ギャラドスか……なら、ライボルト!!」

 

 砂地に似合わぬ二体が場に繰り出される。

 相性だけで言えばギャラドスが圧倒的不利な対面。

 【でんき】タイプに共通する【すばやさ】の高さが、この砂地においても発揮されるかが気になるところであるが、巨体であるギャラドスほど砂地の影響は受けない筈だ。ギャラドスは自重で埋まる。それが自身の動きの俊敏さを削る要因となっているのだ。

 だが、気合いは充分。特性の“いかく”を遺憾なく発揮する強面でライボルトを睨みつける。

 

『両者とも、ポケモンが出揃いました! それでは審判の方、宜しくお願いします!』

「これより、テツヤ選手とライト選手による準決勝を開始します! それでは……―――試合開始ッ!!」

「ライボルト、“ボルトチェンジ”!」

「ギャラドス戻って! ブラッキー、よろしく!!」

『おおっと!? ライト選手、いきなり交代だぁ!!』

 

 電光を放ちながら砂地を一直線に駆けるライボルト。砂地とは思えぬ果敢な疾走をみせるライボルトであったが、ギャラドスに命中するより前に交代してきたブラッキーに命中する。

 一撃でギャラドスを倒して、尚且つ交代する算段であったテツヤ。

 しかし、耐久に優れるブラッキーに受け止められ、思ったような試合運びをすることは叶わなかった。

 だが、“ボルトチェンジ”による交代は有効だ。

 

「ハリテヤマ、頼んだぞ!! “インファイト”!!!」

「ブラッキー、“どくどく”!!」

 

 轟音と砂塵を巻き上げて登場するのはハリテヤマ。シャラジムで戦ったコルニの個体よりも覇気ある眼差しに、思わずブラッキーも一瞬たじろいでしまう。

 直後、砂を巻き上げるほどの踏み込みでブラッキーに肉迫するハリテヤマは、そのまま怒涛の突っ張りでブラッキーを攻撃した。その際、意趣返しと言わんばかりに相手を【もうどく】にする“どくどく”が入るが、

 

「それは悪手だッ! 止めだ、“からげんき”!」

「ッ、“ふいうち”!!」

 

 状態異常の際、与えるダメージが大幅に上昇する“からげんき”。

 直前に最後っ屁と言わんばかりの“ふいうち”がハリテヤマに命中するが、思う様なダメージを与えることもままならないまま、ブラッキーは“からげんき”を喰らい、地面に叩き付けられた。

 爆発でも起こったかのような砂煙が巻き上がる。

 数秒もすれば、目をグルグルと回して戦闘不能になっているブラッキーの姿が露わとなった。

 

「ブラッキー、戦闘不能!」

「お疲れ様、ブラッキー……ギャラドス! もう一度、キミに決めた!!」

「ハリテヤマ、イケるな!?」

 

 再び場に現れるギャラドス。ブラッキーが倒されたことにより義憤に燃えている彼の瞳は、格上のハリテヤマを僅かに怯えさせる。

 だがハリテヤマもまた、テツヤの声に応えて力強く頷いた。

 

「“からげんき”だッ!」

「“ドラゴンテール”ッ!!」

 

 再び“からげんき”を繰り出すハリテヤマ。しかし、攻撃はギャラドスに命中したものの、思ったようなダメージを与えることは叶わない。

 “いかく”で【こうげき】を下げられていることは重々承知だったとはいえ、一撃で倒せなかったことにテツヤの顔は歪む。彼のハリテヤマの特性は“あついしぼう”。状態異常の時に【こうげき】が上昇する“こんじょう”ではなかった。

 

 それはライトにとっては幸運。

 反撃と言わんばかりに、砂を巻き上げるようにして振るわれた極太の尻尾は、ハリテヤマの胴を捉えてそのまま強制交代させる。

 

『“ドラゴンテール”が決まったぁ―――ッ! 代わりにテツヤ選手の手持ちから引き出されるのは……ヨノワールだぁ!!』

 

 下半身がない霊のような姿のポケモン―――ヨノワール。

 砂地の影響を受けなさそうなポケモンが出てきたところで、途端にライトの目の色が変わった。

 

「ギャラドス!! “アクアテール”だぁッ!!」

「仕方ない……“かみなりパンチ”で反撃!!」

 

 血相を変えたライトの指示によって、ギャラドスはヨノワールに接近する。

 一方ヨノワールは、のらりくらりとした挙動のまま、右腕に電気のエネルギーを溜めはじめた。

 次の瞬間、頭上から叩き付けるようにして振るわれた滂沱を纏う尻尾と、閃光が瞬く右拳が激突する。

 

 拮抗―――否、僅かにギャラドスが押し勝っていた。

 身体中に奔る痺れに構うことなく尾を振るい切ったギャラドスは、ヨノワールをそのまま砂地に叩き付ける。

 が、

 

「“かげうち”!!」

 

 砂のフィールドであるが故、叩き付けた際の二次的なダメージは望むようにはいかなかった。

 攻撃し終えて硬直していたギャラドスの腹部に、影からヌッと飛び出してきた拳が突き刺さる。ギャラドスほどの巨体が一瞬浮かび上がるほどのアッパー。直前の攻撃も相まって、ギャラドスの体力は削り切られてしまい、そのまま巨体は砂地に埋もれるように倒れた。

 

「ギャラドス、戦闘不能!」

「ナイスファイト、ギャラドス。ゆっくり休んでて」

『ライト選手の二体目も倒されてしまったぁ! 今の所、テツヤ選手が優勢か!?』

「……ミロカロス! キミに決めた!!」

『三体目はミロカロスだぁ!! 何度見ても美しい!! だが、この流れを変え得るだけの力は有しているのでしょうか!?』

 

 既に二体瀕死。且つ、相手は六体健在。

 その状況下でライトが繰り出したのはミロカロスだ。燦々と降り注ぐ日光の光を反射する鱗の艶やかさは流石と言ったところか。

 思わずヨノワールもたじろぐ反射光ではあるが、ギャラドスの続く【みず】タイプ。“かみなりパンチ”を見ても尚【みず】タイプのポケモンを繰りだす真意は、如何なるものなのか。

 

(ミロカロスの特性は……“ふしぎなうろこ”か“かちき”。下手に“おにび”を撃って【ぼうぎょ】を上げられれば、物理技が主体のヨノワールには厳しいな)

 

 ホウエン出身のテツヤにとって、ミロカロスはジム戦関係で一度戦ったこともある相手。

 優秀な【とくぼう】に加え【ぼうぎょ】も上昇したとなるのはあまり好ましくない状況だ。

 

(となれば、やはり無難なのは―――)

「“かみなりパンチ”!!」

 

 電光が爆ぜる。

 肉迫したヨノワールの拳は、寸分の狂いもなくミロカロスの胴を穿つ―――かに思えた。寸でのところでヨノワールの動きは鈍くなり、みるみるうちに拳に纏う電光は収まっていく。

 

「ヨノワールッ!?」

「“ハイドロポンプ”ッ!!!」

 

 刹那、膨大な量の水飛沫がフィールド上に巻き上がった。零距離で放たれた“ハイドロポンプ”はヨノワールの胴に直撃し、そのままヨノワールを後方へ吹き飛ばす。

 暫し宙を走っていたヨノワールの体は、主人であるテツヤが立っている場所さえも通り過ぎ、フィールド外の壁に叩き付けられるも、尚も放水は続く。

 鬼気迫る表情で“ハイドロポンプ”を放ち続けるミロカロスは数十秒続いた後に、漸く終了する。

 

 終わった頃には、ヨノワールが叩きつけられていた壁には蜘蛛の巣のように巨大な亀裂が無数に入っていた。それだけで彼女の攻撃がどれだけ強烈なものなのかは、容易に想像できよう。

 

「ヨノワール、戦闘不能!」

『ライト選手のミロカロス、その鮮烈な攻撃で流れを変えたぁ!! これでライト選手の手持ちが四体、テツヤ選手の手持ちが五体! まだまだ逆転のチャンスはあります!!』

 

 興奮する実況に伴い湧き上がる観客。

 その間にもライトとミロカロスは互いに微笑み合い、コミュニケーションを図っている。

 一方テツヤはと言うと、倒れたヨノワールに『グッジョブ』と労う言葉をかけた後に、次なるボールへ手を掛けた。

 

(まさか、“メロメロ”を喰らっていたなんて……全然気が付かなかった。幼い顔して強かだ)

「だけど……このまま流れを持っていかせる訳にはいかないな。ニャース、頼んだぞ!」

『テツヤ選手、まさかのニャースを繰り出した!! 進化前のポケモンだが、その実力やいかに―――ッ!?』

 

 テツヤが繰り出したのは、乳白色の毛色のニャースだ。要するに普通のニャースであるが、恰好が普通ではない。まるでポケモンコンテストにでも出すかのように、長靴と帽子で着飾った姿に、観客席からは一部『可愛い~!』と声が上がる。

 しかし、そのような声に『くだらない』と言わんばかりの目つきで佇むニャースは、鋭い眼差しで自分より遥かに巨大なミロカロスを睨む。

 

「ナ~ウ……」

「調子は良さそうだなっ」

 

 機嫌はよくなさそうだが。

 彼等の会話を聞いていたら、こう突っ込みたくなる光景だ。

 

「ミロカロス、“ハイドロポ―――」

「“いばる”だ、ニャース!」

 

 文字通り、そこへ水を差そうとしたミロカロスであったが、寸前にニャースの煽りを受けた。

 ニヒルな笑みを浮かべて鋭い爪の生えた指をクイクイっと。

 

 その威張りを受けたミロカロスは、途端に血が上ってしまい、繊細なコントロールを欠いてしまった。対してニャースは、そのコントロールを欠いた放水での狙撃を身軽な動きで掻い潜り、一瞬にしてミロカロスの懐に入り込む。

 小さい体故、砂地に足をとられることは早々ない。そう言わんばかりの軽いフットワークだった。

 

「そのまま“とんぼがえり”だ、ニャース!!」

「逃がさないでッ! “れいとうビーム”!!」

 

 混乱しているミロカロスに、軽やかに蹴りを入れたニャースは、そのまま宙返りしてテツヤの下へ戻っていく。

 そんなニャースを逃がすまいと、【こんらん】しているにも拘わらず“れいとうビーム”を放つことに成功したミロカロスであったが、小さい猫の代わりに出てきたのは―――。

 

『テツヤ選手、ここでメタグロスに交代だぁ―――ッ!!!』

 

 鋼の巨体で冷気の光線を受け止めるメタグロス。

 金属光沢を放つ縹色の巨体に命中する“れいとうビーム”だが、【はがね】タイプを有すメタグロスには決定打になり得ず、表面を少しばかり凍らせるだけに終わる。

 すぐさま体を動かして薄氷を剥がすメタグロスの様子から、欠片もダメージを受けていないことは一目瞭然だった。

 

 しかし、ライトにとって幸いであったのは、ここでミロカロスの【こんらん】が解けたことか。先程までの焦点が定まらなかった瞳から一変、元の凛とした瞳に移り変わる。

 

「ッ……“ハイドロポンプ”だッ!」

 

 再び放たれる滝のような放水はメタグロスの巨体に命中する。

 しかし、そのような攻撃を受けても尚、メタグロスが後方に下がる事は無かった。

 爪の生えている四本足―――確実に一歩ずつ前へ進めていき、ミロカロスへと近づいていくではないか。

 柔らかい砂地でも、放水の勢いに圧されないようにと。

 

 そして水の流れが弱まった一瞬の隙を見て、メタグロスが飛翔する。

 

「“しねんのずつき”だッ!!」

 

 念を纏った頭部で、まるで圧し掛かるようにしてミロカロスに攻撃を仕掛けるメタグロス。

 鈍い音が鳴り響き、ミロカロスの体が大きくうねったと思えば、そのまま体から力が抜けて後ろ向きに倒れた。

 

「ミロカロス、戦闘不能!」

『ライト選手、三体目も倒されてしまったぁ!! そしてテツヤ選手のメタグロス、強い!! あれほどの“ハイドロポンプ”を受けても尚健在なそのタフネスは圧巻の一言!!』

「……休んでて、ミロカロス。ジュカイン、キミに決めた!」

『ライト選手、ミロカロスに続いて繰り出したのはジュカインだぁ!』

「戻れ、メタグロス……行け、ジュカイン!!」

『おぉっと、テツヤ選手もジュカインを繰り出したぁ!!!』

 

 ミロカロスに代わってジュカインを繰り出したライトであったが、不敵な笑みを浮かべたテツヤもまたジュカインを繰り出す。

 ジュカイン同士の対決。

 同族とのバトルであれば、地力が高い方が有利であるが……。

 

「ジュカイン、メガシンカだッ!!」

『テツヤ選手、ここでジュカインをメガシンカさせたぁ―――ッ!!! これはライト選手、不利かッ!?』

 

 即座に見せつける様にジュカインのメガシンカを披露するテツヤ。その光景に苦心に満ちた表情を浮かべるライトは、不安そうに見つめてくるジュカインにニッと笑ってみせる。

 そうしている間にもテツヤのジュカインは、みるみるうちに変貌していく。

 各部位が針葉樹林に生える葉の如く尖っていき、腕に生えているブレードのような葉も鋭さを増す。更には尻尾の先端も肥大化し、全体に刺々しさを増したメガジュカインは勝ち誇ったかのような瞳でライトのジュカインを睨みつける。

 

「―――“めざめるパワー”!」

「“リーフブレード”で切り裂けッ!!」

 

 先手必勝を言わんばかりに“めざめるパワー”を指示するライト。ライトのジュカインは【くさ】であるため、メガシンカによるタイプの変化がなければそのまま効果が抜群の筈だ。

 一方テツヤのジュカインは、両腕の葉を一瞬にして肥大化させ、飛来してくる光弾を一閃した。

 真っ二つに切り裂かれた光弾は、テツヤのジュカインの体を避ける様にして後方へ着弾する。その際、着弾した光弾はミロカロスの“れいとうビーム”によって出来上がっていた氷を溶かしている様を見て、テツヤが気付いたように瞠目した。

 

「成程、【ほのお】タイプの“めざめるパワー”か……」

「ッ……もう一度“めざめるパワー”ッ!!」

「“ドラゴンクロー”で弾きながら肉迫!!」

 

 一瞬で“めざめるパワー”のタイプに気付かれたライトは、眉間に皺を寄せながらもう一度同じ技を指示した。

 するとテツヤはほくそ笑み、肉迫を自身のジュカインに指示を出す。すると両腕にエメラルドグリーンのエネルギーを纏わせたテツヤのジュカインが、迫りくる光弾を弾いて砂地を疾走する。

 

 まるで攻撃を恐れていないさま。

 それを見かねたライトは別の技を指示した。

 

「“りゅうのはどう”!!」

「ッ! 避けろ、ジュカイン!!」

 

 四つん這いとなって口腔から竜の形をしたエネルギーを吐き出すジュカイン。しかし、それさえも体を捻って回避するテツヤのジュカインの身体能力は流石と言うべきだろう。

 

「くッ、“めざめるパワー”!!」

「“シザークロス”だ!!」

 

 今の一連の流れに勘付いたライトは、すぐさま“めざめるパワー”での迎撃に指示を変える。

 手掌から解き放たれる光弾。それはテツヤのジュカインに当たるも、大して効いていないような様子で、そのまま両腕を振りぬく。

 

 直撃。格上が放つ効果が抜群な技を受けたジュカインは、元の耐久の低さも相まってそのまま前かがみに崩れ落ちていった。

 

「ジュカイン、戦闘不能!」

『ジュカインも倒れてしまったぁ!! ライト選手、残り二体だが巻き返せるかぁ!?』

「……ふむ。うん、お疲れ様ジュカイン。よし……ラティアス、キミに決めた!」

 

 五体目はラティアス。

 言わずと知れた伝説のポケモンに分類される個体の色違いの登場に、スタジアム中から歓声が巻き起こる。

 しかし、珍しいことと強さが比例する訳ではない。

 ライトのラティアスはレベル的には手持ちの中で最も低い。技の練度的にも、トレーナーとのコミュニケーション的な意味でも他のポケモン達には及ばない。

 

 だが、そのようなことは知る由もないテツヤはラティアスを警戒して、切り札的な存在であるジュカインを戻す。

 

「よし……メタグロス、頼んだ!」

『ジュカインを一旦退き、テツヤ選手が繰り出したのはメタグロス! この移動要塞を相手にラティアスはどう立ち回るのか!?』

「“コメットパンチ”を決めろ!」

「“でんじは”!!」

 

 鉄骨の如き剛腕を振るい、ラティアスを殴ろうとしたメタグロスであったが、寸前に喰らった弱い電撃に痺れてしまい、動きがピタリと止まってしまった。

 

(ッ、【まひ】を貰ったか……だが、このくらい)

 

 しかし、すぐさまメタグロスは動き出す。

 鉄の塊と言うべきメタグロスは【すばやさ】が【まひ】で落ちた状態であっても、その剛腕を存分に振るってラティアスを追い詰める。

 余りの気迫に気圧されているラティアスは、時折放つ攻撃もメタグロスに全く通用せず、更に怯えた様子になってしまう。

 “リフレクター”も張り、メタグロスの物理攻撃を防ぐ手に打って出たが、望むような効果は得られない。

 

「そこだッ! “コメットパンチ!!」

「“―――――――”」

(なんだ? なんの技か聞こえなかったが……)

 

 最後に呟くように発したライトの指示は、メタグロスがラティアスに叩き付けた“コメットパンチ”の轟音に掻き消され、テツヤの耳に届く事は無かった。

 そのままラティアスは目を回して戦闘不能となってしまい、とうとうライトの手持ちは一体となってしまう。

 

 観客の一方はテツヤの強さに湧き上がり、もう一方は余りの呆気なさに落胆したかのような溜め息を吐く。

 そしてライトは最後のポケモンを繰りだす。

 

『ライト選手の最後のポケモンはリザードンだぁ!! とうとう一体になってしまったが、ここから巻き返す可能性も充分あります!!』

「……リザードン、メガシンカ」

 

 半ば慰めに近い実況の声を聞きながらリザードンはメガシンカする。

 代々の皮膚は漆黒へ。紅蓮の炎は蒼炎へ。

 砂地のフィールドも相まって、陽炎さえ視えそうな熱を持った漆黒の竜がフィールドに誕生する。

 

 しかし、勝負が決まったような試合に盛り上がる観客は少ない。

 

(これ以上試合を長引かせても彼が可哀相だな……速めに勝負を決めてあげよう)

「メタグロス、“しねんのずつき”だ!!」

「―――“りゅうのまい”」

「ッ!!」

 

 痺れた体を動かしてリザードンに突っ込むメタグロスであったが、リザードンはそれを舞うようにして回避した。

 

「ッ……“バレットパンチ”!!」

「“りゅうのまい”」

(当たった……けど!?)

 

 空中で激しい舞を見せていたリザードンに、今度は弾丸のような拳をお見舞いしようとするメタグロス。命中はするものの、リザードンはてんで効いていないような瞳でメタグロスを睨む。

 おかしい。

 先程までの呆気なさが息を潜め、一気に焦燥がテツヤの心を支配する。

 

 相手はメガシンカポケモン一体。

 それに対してこちらは同じくメガシンカポケモンを一体控え、尚且つ四体が健在なのだ。

 

 だと言うのに、だと言うのに……。

 

 二体のポケモンが、地上に足を着ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“じしん”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あわわわっ、すすす、凄まじい震動がフィールドをぉぉおおぉぉ!!!?』

 

 地上に降り立った瞬間、地に爪を突き立てて“じしん”を引き起こすリザードン。

 地を伝わって爬行するエネルギーは、確りと大地を踏みしめるメタグロスの体に伝わり、あろうことかその巨体を宙に跳ねあげた。

 

「メタグロス!!?」

「~~~ッ……メ、メタグロス戦闘不能!!」

 

 収まった“じしん”を確認し、そのまま跳ね上がった後、仰向けになるようにして砂地に埋もれたメタグロスの戦闘不能を宣言する審判。

 その声に、口角を鋭く吊り上げるトレーナーが一人。

 

 

 

―――ギャラドス直伝の“りゅうのまい”は二回積めた

 

 

 

―――メガジュカインのタイプも、予測の域を出ないが把握できた

 

 

 

―――“みちづれ”を使えるかもしれないヨノワールもしっかり処理した

 

 

 

―――万が一の為に張った“リフレクター”と“しんぴのまもり”も杞憂に終わった

 

 

 

(一番怖かったのはハリテヤマが来て、“からげんき”が急所に当たることだったけど……今さらか)

「リザードン」

「……グォウ」

 

 面を上げるライト。

 彼の瞳に映るのは敗北ではない。

 蒼い炎に照らされて煌々と煌めく勝利への道筋だ。

 

 

 

 

 

「―――ここから……ここから反撃開始だよ」

 

 

 

 

 

 そう、作戦は既に始まっていた。

 



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第百十二話 青天の霹靂

 準決勝が始まる前の選手控室において、ライトと手持ちのポケモンたちは円陣を組む形で作戦会議をしていた。

 その内容とは、

 

『リザードンのワントップ戦法でいく』

 

 というものだ。

 戦略として割とポピュラーな部類に入るワントップ戦法は、基本的にエースを事前に決めておき、そのエースが相手のポケモンたちを次々打ち倒して行く為、他の手持ちで相手を弱らせるという手順を踏む。

 つまり、この準決勝においてはブラッキーもギャラドスもミロカロスもジュカインもラティアスも、リザードンを立てる為の踏み台となる訳だ。

 

 しかし、ワントップ戦法で重要となってくるのは、如何に相手の攻撃を喰らわずに倒していくかである。その為にはかなり【すばやさ】が高いポケモンに任せるべきなのであろうが、ジュカインでは決め手に欠けやすく、何より“リーフストーム”を放った後は【とくこう】がガクッと下がってしまう為、主力技をほいほい連続で放てないことがネックとなっていた。

 そこでライトは積み技に目を付けたのだ。

 

―――“りゅうのまい”

 

 【こうげき】と【すばやさ】を一段階上げる【ドラゴン】タイプの技。物理攻撃を主体にするポケモンにとっては、覚えているだけで心強い補助技だ。

 それを大会中ギャラドスからラーニングしていたリザードンは、遂に実を結んで“りゅうのまい”を習得した。

 メガシンカに伴う爆発的なパワーに合わせ、“りゅうのまい”による火力と速力の上昇で、他のポケモンたちが奮闘して体力が減った相手を圧倒する―――それが準決勝においての作戦。

 

 【ほのお】・【ドラゴン】タイプになるメガリザードンXは、弱点が三つと少なく、一撃で倒されるほど防御面も貧弱ではない。

 一度……されど一度。

 一回でも“りゅうのまい”を積めれば、勝利への道筋が見えてくる。

 

 

 今回のバトルは、ある種の賭けに近かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……リスクが大きすぎる。これまでの三対三の試合だったなら兎も角、こういったフルバトルの場で全抜きは、かなり思い切った作戦に出たね」

「それなりに作戦は立ててたみたいだけど、それでも私だったらやらないわねぇ~」

 

 レッドとブルーが呑気な声色で会話しているのを、カノンは頭に『?』がつく様子で首を傾げている。

 

「えっと……どういうことですか?」

「ん~? あぁ~、つまりこの状況はライトの作戦通りってことね。今迄倒された五体で、リザードンの猛攻を阻止できそうなポケモンとか、苦手なタイプは予め弱らせといて……」

『うぉぉぉおおおッ!!! ライト選手とリザードン、猛追!!! ライボルトを一撃で瀕死にしましたぁ!!!』

「あんな感じで、後からドンドンぶっ倒してく感じ?」

 

 裏返りそうな声で叫ぶ実況に思わず視線をフィールドに向ければ、再び放った“じしん”で繰り出されたライボルトになにもさせずに倒したリザードンの誇らしい背中が見える。

 テツヤの残りポケモンは三体。

 ここに来てライトたちの猛追が始まったが、これでもまだまだ序の口といったところだろう。

 今度はハリテヤマが出てくるが、倒されるのは時間の問題といったところか。

 

 その光景に、頬を赤らめニヤケ顔となるブルー。

 

「んん~、爽快♪ 私は状態異常とかでネチネチじわじわ弱らせていくのが得意だけど、ああいうのは見てる側としてはいいわぁ~! 下剋上要素もプラスしてねッ!」

「……凄い」

 

 圧巻。

 まさにその一言が似合う光景だ。

 

 本来、格上である相手に序盤から押され気味にバトルを進め、残り一体のエースが番狂わせと言わんばかりにこれまで仲間を倒してきた相手を屠る。

 これを見て燃えない者など居るのだろうか。

 

 “りゅうのまい”を二回ほど積んだリザードンの爆発力は凄まじく、“からげんき”を繰り出そうとしたハリテヤマを“ドラゴンクロー”の一閃で吹き飛ばす。

 山のような巨体が爪の一振りで宙に跳ね上がる光景に、またもや観客席は沸騰した湯のようにワッと湧き上がる。

 

『凄まじいです、リザードンッ!!! 一撃!! たった一撃で、相手を粉砕していくその様は圧巻としか言いようがない―――ッ!!!』

 

 リザードンが敵を屠って昂ぶる感情と共に吐き出す咆哮。

 地を揺るがし、空も震わせるような猛々しい雄叫びはテツヤを怯ませ、更なる勢いを自分たちに与えていく。

 

「……作戦っていうのは勿論あったと思うけど、多分ライト君は気持ちを優先したんじゃないかな」

 

 ふとしたレッドの呟きに、ブルーとカノンの二人が振り向く。

 普段、能面に等しいほど表情変化に乏しいレッドであるが、ライトとリザードンの戦う姿を見る彼の顔には、僅かな笑みが浮かんでいた。

 

「俺はライト君とハッサムの関係がどれだけ深いものかは知らないけど……多分、精神的な支柱を失うくらい、ハッサムを失うことの意味は大きかったと思う」

「ピカァ?」

「……今迄皆を引っ張ってきたエースが倒れて、戦えなくて……彼等のチームには、その代わりを担う絶対的なエースが必要になったんだ」

 

 首を傾げるピカチュウの喉元を撫でるレッド。

 自分の場合であったら、小さい頃からの付き合いであるこのピカチュウが戦えなくなるくらいの大きな出来事である筈だと考えた故の言葉だ。

 

「それがリザードンって訳よね」

「うん……意思表明も兼ねてると思う。意地っ張りなんでしょ? あの子」

「そうねぇ~。そりゃもう、ハッサム張りの」

 

 よくハッサムの事を知っているブルーは、初期の懐いていない頃のストライクの姿を思い浮かべ、懐かしむようにしみじみと声に出す。

 それがいつからか、ライトに全幅の信頼を置くようになったストライクの姿も。

 

 俺はライトのエースだ。

 どんな相手が出てきたとしても、俺がライトを勝利に導く。

 ライトが諦めさえしてくれなければ、俺はどんなことになっても戦える。

 

 そう言わんばかりに猛っていた彼の前に現れたのは、一匹の小さな蜥蜴。

 同じ位意地っ張りで、コーヒーが好きで、小生意気なヒトカゲだ。

 

 それがいつしか進化して大きくなっていき、リザードンとなった頃にはハッサムに進化した彼と同じ身長へと成長していた。

 メガシンカも得て、確実に主力へと化したリザードンに信頼をおくようになったライトの姿を見て、ハッサムはどのように思っていたのだろうか。

 

 ハッサムにとってライトは特別であった。

 ライトにとってもハッサムは特別だった。

 

 しかし、その関係がない今、ハッサムを担えるほどの役回りができるポケモンは一体だれか。

 他でもない。ハッサムをライバル視していたリザードンに他ならないだろう。

 好敵手と見ていたからこその信頼がある。

 互いに尻を叩きあい、頂点を目指して走ることのできる仲であった二体。もしその片方が諸事情で動けないとしたなら―――無念のままに、足を止めなければならなくなったならば。

 

 

 

 代わりにエースを背負っていこう。

 

 

 

 仲間の御膳立てもある。

 

 

 

 自分だけの夢じゃない。

 

 

 

 これは意思表明だ。

 

 

 

 お前の代わりに、俺が皆を引っ張っていくと。

 

 

 

 俺だけじゃない。ライトが、お前が居なくとも勝てることを示す為にも。

 

 

 

 ここでは、止まれない。

 

 

 

「グォォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 

 けたたましい咆哮が天を衝く。

 一体、どこに向かって啼いているのか。

 

(聞こえてる筈だよ。ちゃんと、ハッサムにも……)

 

 他人の与り知らぬ事情を察したレッドは、様々なものを背負い、前しか見えていない彼等の姿にじんわりと熱くなっていく心を感じる。

 

 戦えなくなった友。

 代わりに背負う夢。

 

「ファイト、ファイト……」

「ピッピカチュ! ピッピカチュ~!」

 

 レッドの声援に合わせて腕を振るピカチュウに、見ていたカノンは思わず微笑んでしまう。

 一方、フィールドはというと……。

 

 

 

 ***

 

 

 

『メガシンカポケモンの激突だぁぁぁああああ!!! 互いに繰り出す“ドラゴンクロー”で切り結ぶ二体だが……あわわ、わたくしの目にはまったく見えないほど速いですッ!!』

 

 興奮と焦燥が混じった実況の声。

 彼の瞳に映っているのは、両腕にエメラルドグリーンのエネルギーを纏い、高速で切り結びあっているリザードンとジュカインだ。

 砂塵を巻き上げながらの激突。彼等の爪が結び合う度に“ドラゴンクロー”の残光が周囲に散る。更に、それだけにはとどまらず俊敏に動き回ることによって、両者の爪が宙に鮮烈な線を描く。

 

 それだけの攻防だが、圧しているのはリザードンだ。

 これがなんの能力の向上もなしであったのであれば、ジュカインが持ち前の【すばやさ】を生かして翻弄していたことだろうが、生憎今のリザードンはパワーにおいてもスピードにおいてもジュカインを上回っていた。

 辛うじて経験で直撃を凌ぐジュカインであるが、それも時間の問題だろう。

 

(メガジュカインのタイプは、恐らく【くさ】と【ドラゴン】……一撃でも……一撃でも与えられたらッ!!)

 

 歯を食い縛り、食い入るように二体の攻防を眺めるライト。

 彼は、先のバトルを見てメガシンカしたジュカインのタイプに【ドラゴン】が加わっていることを予測している。

 理由の一つ目として、ジュカインが放つ“めざめるパワー”を【ほのお】と見抜いた後も、弾くという選択肢をとったこと。

 二つ目は、“りゅうのはどう”に対しては回避を指示したことだ。

 

 【ほのお】を喰らわず、【ドラゴン】を忌避するのは【ドラゴン】タイプであること他ならない。

 

 同じくメガシンカして【ドラゴン】が加わったリザードンとしては、警戒に値する敵ではあるものの、

 

「グルァッ!!」

「ジュルァッ……!!」

 

 両腕を突きだしたリザードンの攻撃を真正面から受け止めるジュカインであるが、余りある勢いであると同時に、足場が砂と言う事も相まって後ろに滑ってしまう。

 険しい表情のジュカインは頬に汗を垂らし、続いて繰り出されるであろう攻撃に備えようとする。

 

(小細工なんて使わせない……使わせる暇は与えない!)

 

 リザードンが、アンダースローのような体勢で地面に爪を突き立てながら前へ疾走し、身構えるジュカインの少し手前で思い切り振り上げた。

 案の定、二体の間には視界を奪う砂塵の壁が出来上がる。

 

(流れに乗るんだ! 相手に息を吐かせるな! このチャンスを逃せば、勝ちはないと思え!)

 

 続けざまにもう片方の腕で横に一閃するリザードン。

 砂煙は上下真っ二つに裂けるが、その先にジュカインの姿は見当たらない。

 すると、僅かにリザードンの体に影が掛かった。

 

「上ッ!」

 

 端的な指示が飛ぶ。

 すると、ノールックでリザードンが両腕を上に突出し―――、

 

「なッ!?」

『こ、これはぁ―――ッ!!?』

 

 重力に引かれるがままに降りてくるジュカインの縦の一閃を、リザードンが両手で挟み込む様にして受け止めた。

 風を切る勢いで振り下ろされた筈の攻撃を完全に受け止められたジュカインの体は硬直する。

 

『白刃取りだぁぁぁああああああ!!!!』

「“フレア……」

「ジュカイン、“ドラゴンクロー”!!」

「―――ドライブ”ッ!!!」

 

 宙で無理やり体を撓らせ、勢いを付けようとするジュカイン。

 しかし、彼が腕を振り下ろすよりも前に、全身に蒼い炎を纏ったリザードンが翼を羽ばたかせ、そのままジュカインに突進するようにして飛び立った。

 

 燃え盛る炎を帯びた体でジュカインを空の旅へ連れて行くリザードンは、十数メートル上昇したところで体を翻させ、ジュカインの体が下になるような形で下降し始める。重力に加え、リザードンの羽ばたきによる加速は凄まじいものであり、あっという間に二体は地上へと戻ってきた。

 

 そして、地面に叩き付けられる寸前のところでリザードンが離脱し、ジュカインのみが砂地に激突する。

 

「ッ……ジュカイン、戦闘不能!」

『ライト選手、とうとう同数まで持ち込んだぁああ!! 怒涛の快進撃による巻き返しは、近年まれに見る熱い展かッ……げほッ、ごほッ!!?』

 

 砂地に埋もれるようにして瀕死になっているジュカインに、旗を掲げる審判。

 その光景に鼻息を荒くして実況する男性であったが、思わずむせ返ったようだ。

 

(ようやくここまでっ……!)

 

 一対一。

 一対五からここまで持ち込むのは相当なものだが、まだ試合は終わってはいない。流石に疲弊の色を見せるリザードンであるが、その瞳に宿る闘志は、寧ろ更に燃え盛っている。

 百二十パーセントの力で戦っているようなもののリザードンの身に降りかかる疲労はかなりのものだ。

 だがもう少し。もう少しだ。

 

「イケるね、リザードンッ!?」

「グォウッ!!」

 

 力強い返答だ。

 この流れならば、決勝進出も夢ではない。

 

 そう考えるライト達の前には、テツヤの最後の一体であるニャースが姿を現した。明らかにメガシンカポケモンには不釣り合いなポケモンであるように見える。

 だが、ここまで四体を倒した相手を前にしても、ニャースは余裕そうな態度を崩す事はない。

 

「済まない、ニャース……俺が油断したばかりに」

「ナ~ウ……」

「……そっか。そうだな、相手も本気だもんな」

 

 なにやら会話しているテツヤとニャース。

 申し訳なさそうな顔をするテツヤとは打って変わって、ニヒルな笑みを浮かべるニャースは、主人を見ることもなく片方の手の爪をむき出しにし、もう片方の手で帽子を深く被り込ませる。

 

 一瞬だけ、爪をむき出しにしている方の手でサムズアップしてみせるニャース。

 

 負けるつもりなど毛頭なのは互いに同じ。

 先程までの激しい攻防が嘘のように静まり返るフィールドで、二体のポケモンは身構え始める。

 実況も喋ってはいけない雰囲気を感じ取り、ゴクリと固唾を飲みながら戦いの行く末を見守ろうとしていた。観客もまた同じ。

 

 静寂(しじま)の砂地に吹き荒ぶ一陣の風。

 目に砂が入らないようにと細める瞳だが、視線は相手を射抜いたままだ。

 

「……」

「……」

 

 炎の熱で、陽炎のように揺らめくリザードンの漆黒の体を見誤らないように、確りと眼光を光らせるニャース。

 一方、帽子を深く被ることによって視線がどこを向いているのか悟らせないニャースの動向を熱心に見定めようとするリザードン。

 

 数秒……十数秒……数十秒……数分。

 

 息を止め過ぎ、顔が真っ赤になる者。

 間が長すぎて、だんだん瞼が下りてきた者。

 いつ動くのか気になって自然と貧乏ゆすりをしてしまい、隣のルカリオに白い目を向けられる者。

 

 そのような者達が現れる間にも、二体は一切動かない。そしてトレーナーも動かない。

 

 リザードンにとって、ニャースはなにをしでかしてくるか分からない相手。

 ニャースにとって、リザードンは絶対に攻撃を貰ってはいけない相手。

 下手に動けようもなく、互いに全幅の信頼をおける主人の指示をじっと待ち続ける―――その時が来るまで耐え忍ぶ。

 

 風が吹く。

 砂が舞い上がる。

 溶けた氷が割れる音がする。

 

「ニャースッ!」

「リザードンッ!」

「“ねこだまし”!!」

「“ドラゴンッ……!」

 

 名前を呼ばれた時には、既に駆け出していた二体。

 そのまま激突するかと思いきや、リザードンと交錯する寸前のところで両手を叩き、“ねこだまし”を繰り出すニャース。

 反射的に目をつぶってしまったリザードンの攻撃は外れ、ニャースもまた背後に回り込み、その爪を閃かせようとする。

 

「ニャース、“イカサマ”で攻撃だ!!」

 

 リザードンの力の強大さを逆手にとった攻撃。

 喰らえば、リザードンでも只では済むまい。

 

 軽やかに飛び掛かってくるニャースに対し、リザードンは未だ背を向けたまま。

 しかし、ここで素直に尻尾を巻いて帰るように、なんの抵抗も見せずに攻撃を喰らうつもりなど毛頭ない。

 “ねこだまし”で怯んだものの、指示を途中まで聞いていたリザードンの爪にはエネルギーが纏いかけている。

 ならば、と言わんばかりにライトはカッと見開いた。

 

 リザードンから見て、太陽に重なる位置取りで飛び掛かるニャース。

 影がかかるリザードンであるが、ニャースの額の小判に蒼炎の光が反射している。瞼の皮膚を透過するほどの光だ。

 

「太陽を……狙えぇぇえええッ!!!!」

「ッ!」

 

 すぐさま振り返るリザードン。

 その右腕にはエメラルドグリーンの閃光が瞬いており、爪先は迷うことなくニャースの方へ奔った。

 

 切り結ぶ二体。

 鳴り響く斬撃音。

 

 やけに時間の流れが遅く感じられる中、ニャースが地に足を着ける。数秒遅れで、攻撃の余波で舞い上がった帽子も、砂に埋もれるように落下した。

 

「ッ……ルゥ……!!」

 

 直後、リザードンのメガシンカが解け、そのまま膝を着いてしまう。その光景にハッと息を飲む観客たちだが、リザードンは依然として崩れることなく場に佇む。

 そして歯を食い縛りながらなんとか立ち上がった。

 しかし、体力は限界寸前―――否、既に限界を超えている筈だ。

 

 それでも尚立ち上がる執念は凄まじい。

 

 一方ニャースはというと、着地した後は一切動かず、その場に立ち尽くすだけだ。振り向く事もしなければ、指先を動かすことさえもしない。

 既にリザードンは戦える状態ではないことを見越しての行動か。一部の観客はそのような予想を立てて見守るが、リザードンが執念を以て振り返った後も、動く気配がないことに違和感を覚えた。

 

 リザードンが息を荒くして立ち続ける最中、ニャースの様子を確かめるべく審判台から降りた審判は、駆け足でニャースの目の前まで移動する。

 そして、ニャースの顔の前で二、三度手を振った。

 

 

 

 

 

―――反応は無い

 

 

 

 

 

「ニャ……ニャース、戦闘不能っ!! よって準決勝、ライト選手の勝利!!」

 

 審判の声が木霊する。

 それから五秒ほど遅れ、観客たちが歓声を上げて立ち上がった。

 同時に実況者も我を取り戻し、あらんばかりの声で叫ぶ。

 

『ライト選手、決勝進出ゥ―――ッ!!!!!』

 

 

 うぉぉぉおおお!!!

 

 

「は……ははッ」

 

 直後、ライトが膝を笑わせながらその場に尻もちをする。同時にリザードンも同じ様子で腰を下ろし、乾いた笑みを浮かべる主人へ呆れた笑みを向けた。

 心臓を握り続けられるような緊張感から解放された後は、そうそう立ち上がることはできない一人と一体。ただ今は、実感できない勝利への歓びを辛うじて分かち合うだけだ。

 

 そのような彼等にあらんばかりの喝采を向ける観客たちを傍目に、テツヤは立ったまま気絶しているニャースの下まで歩み寄り、『アリガトな』と一声かけて抱き上げた。

 リザードンに勝るとも劣らない執念を見せたニャースにも、観客たちは拍手を惜しみなく送る。

 

 パチパチと鳴り響く拍手を背に受けるテツヤは、地面に落ちる帽子を拾い上げ、自分の頭にポンと乗せ、力が抜けて動けないライトたちを見遣った。

 

(そうだよなぁ……俺だって、同じ立場だったら絶対に諦めないもんな)

 

 どこか慢心していたのかもしれない。

 一度、優勝したことがあると。

 相手の執念の底を見るよりも前に、油断をしてしまった。

 

(初心忘れるべからずって言うのに……一から出直しだな)

 

 準決勝第一試合。

 結果は、執念の差でライトたちが勝利を掴みとったのだった。

 



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第百十三話 楽しくなければやってらんない

「やったじゃん、決勝進出! あとちょっとじゃん!!」

肩叩痛(かたたたた)たたたいっ!」

 

 試合終わりのライトの肩を力強く何度も叩くコルニは、興奮気味に鼻を鳴らしている。

 前半の流れから、後半の逆襲。たった一体のポケモンで五体を突破するというのは、公式戦においても中々ない展開だ。

 

 ワントップ型のバトルスタイルというのは、奇襲に向いているものの、周知のトレーナー―――公式戦で結果を残している者には早々できる戦術ではない。というのも、名のあるトレーナーほど絶対的なエースであるポケモンを知られてしまっている。

 今回のリザードンでのワントップは、ライトがトレーナーとしてビギナーであったこと。更に、本選でリザードンのメガシンカを見せていなかったことにより成功したと言っても過言ではなかった。

 

 しかし、小難しい話は別とすれば、見る側としては気分爽快。エンターテイメントとしてはこれほど熱くなる展開はないというものだ。

 コルニもその一人。長くライトと旅していたからこその考えもあり、興奮は観客よりも二割増しだ。

 

 肩の痛みを訴えるライトに手を退かれつつも、コルニは上気した顔で喋り続ける。

 

「うんうん、最初はみんなやられちゃってどうしたのかな~って心配したんだけどさっ! それからズダダダッって倒して!!」

(悲しい語彙力……)

「とにかく凄かったよ! あの調子で決勝も勝ってさ!!」

「……うん」

 

 決勝。

 その言葉にどこか影を落とす様子のライトに、思わずコルニの興奮も冷めていく。

 

「あっ……やっぱり、まだハッサム心配? これから会いに……」

「会いには行かないよ」

「え?」

 

 怪我をしたハッサムがまだ気がかりかと思ったが、それを否定するように捉えられる言葉を発するライト。

 戦えないポケモンを切り捨てるという非情な選択肢はとらない少年であるが、彼が発した言葉の真意を探るようにコルニは、ズイッと顔を寄せてみる。

 

「いやっ、心配じゃない訳じゃないんだけどさ……何言えばいいのか分からなくて」

「分からない?」

「うん。準決勝勝ったってだけ言いに行くのもあれだし、慰めに行くのもなんか違うんじゃないかって。それで結局は全部終わった後―――決勝戦の後でいいんじゃないかなって思ってさ」

「そういうモンかなぁ?」

 

 やや納得していない様子。

 彼女であれば、どれだけ険悪な雰囲気になろうとも、自分のパートナーが怪我すれば見舞いに行かずには居られないだろう。

 しかし、これはライトとハッサムの問題。そして一番互いを知り合っているのも彼等。他人がどうこう言える口を出せる案件ではなかった。

 

 むぅ、と口を尖らすコルニ。

 すると、途端に声色が明るくなったライトが驚愕の一言を発する。

 

「僕達って、ズルいよね」

「……へ?」

「あぁ、いや……さっきの試合、ほとんど無我夢中で戦ってて。今になったらほとんど覚えてないんだけど、心臓張り裂けるんじゃないかってぐらい緊張してたのに……どうしようもないくらい楽しかったんだ」

「アドレナリンがドバドバってコト?」

「ん~……それは遠からず近からずだと思うけれど」

 

 途端に、メガリングを嵌めた腕の拳を握るライト。

 その拳には、今迄に見たことのないような闘志の炎が宿っているように見えた。

 

「―――夢中だったんだ。それがどうしようもなく楽しくて……夢に向かってポケモン達と走るのが凄い楽しくて。それなのにハッサムも連れて行けなくてさ……僕達だけ楽しんでズルいんじゃないかなぁ、って」

「おぉッ、バトルジャンキー的発想」

「バトルジャンキーって……まあ、否定はできないけど。兎も角、なんでこんなに頑張ってたのかを思い出せた気がするんだ」

 

 ポケモンが好き。

 そんなポケモン達と共にバトルするのが好き。

 その上で、勝利の歓びを分かち合うのが好き。

 

 好きな者達と共に夢を追い求めている最中が、この上なく至福な時間であったということを理解できた気がした。

 

「それだけじゃない。コルニや他の皆の応援にも応えたいっていうのもある。僕らは周りの人にも恵まれた」

 

 旅の途中で出会った数多くの人達。

 超えるべき壁として立ちはだかったジムリーダーは勿論、それ以外にも数多くの出会いや別れを経験して、今『ライト』というポケモントレーナーは此処に存在しているのだ。

 全ての出会いは繋がっていると、今ならば言える。

 

「だから僕らは決勝戦で、全力の僕らのバトルを見せて、『ありがとう』っていう感謝を皆に伝えたい。『これが僕らだ』、『これが旅の全部です』って……」

「……なんか堅苦しいっ!」

「痛ッ!!? 急に肩パンっ!?」

 

 異様に肩を攻められる今日、ライトはやや動揺した様子で拳を振り切ったコルニに抗議するような視線を送る。

 だが、その視線を跳ねのけるような満面の笑みを浮かべて少女はこう言う。

 

「要するに、一生懸命頑張ります! ってことでしょ?」

「まあそれも含まれるけども! なんて言うか……納得いかないなぁ」

 

 要約され過ぎた決意表明に不満げな呟きを漏らすライトであったが、今更シリアスな雰囲気になど戻れる筈もなく、呆れたような笑みを浮かべる。

 

「はぁ……じゃあ、明日も頑張るから応援よろしく」

「オッケー! あっ! あとさ、一ついい?」

「ん、なに?」

「チャンピオンになったら、一番最初にバトルするのアタシで!」

 

 グッとサムズアップを決めるコルニ。

 遠回しに『絶対優勝して』と言っているようなものだが、それもまた彼女らしい。下手に気を遣われるよりも、こうして溌剌とした様子でドンドン発言するのがコルニらしいというものだ。

 旅は道連れ世は情けと言わんばかりのノリで旅を共にした少女の願い出。早々断る事も出来まい。

 

「了解。でも、即日っていうのは止めてよ。皆疲れると思うし……」

「アタシがそんなに鬼畜に見える? 怒ってる時のライトに比べれば……」

「……」

「ひゃん!」

 

 突拍子もないことを口に出そうとした少女の目の前にスッと手を掲げてみれば、反射的にびくりとコルニの肩を揺れた。

 ライトが激おこスティッ……etc.の時は実姉に匹敵するほどの鬼畜さが垣間見えるのだが、当の本人は肝心の怒っている時の記憶が無い為、コルニの怯え様に釈然としていない。

 

 それから軽い挨拶を交わして別れた二人であったが、数歩も歩かぬ内に、また別の人物に遭遇する。

 

「やあ! ライト君、決勝進出おめでとう!」

「プラターヌ博士!」

「キミ達のバトル……ん~、実に素晴らしいバトルだったよ! あ、この言葉は決勝の後にとっておいた方がよかったかな?」

「いえ、応援してくれるだけで嬉しいですから」

「そうかい? なら良かったよ!」

 

 通路の先から現れたのは、このコロシアムに似合わぬ白衣姿のプラターヌであった。

 ポケモン図鑑を授けてくれた人物を目の前にバトルを褒められ、少しばかり照れた挙動を見せるライトに、ウンウンと頷くプラターヌは言葉を続けていく。

 

「ボクはバトルはさっぱりだから、キミ達の試合を観てそれほど込み入ったことは言えない……だけれども、一つだけ言わせてくれ。あの時、ポケモンと心を通わせて戦うキミとリザードンの姿は、ボクの目に燦然と輝いて見えた。あの時の輝きを、決勝でもう一度見せてはくれまいかい?」

 

 ニッと爽やかな微笑を浮かべるプラターヌ。

 メガシンカを研究している彼にとって、メガシンカを―――人とポケモンの絆の結晶を以てして相手を倒していく姿は、他の観客よりも特別に見えたのだろう。

 確かに、先程の試合はこれほどにないまでリザードンとの息が合っていたような気がする。様々な要因があるだろうが、何よりは掲げる目標の一致に他ならない。

 

 何を失い深め合った絆かは言うまい。

 しかし、一つの出来事が彼等の絆を更なる高みへ昇華させたのは紛れもない事実であった。

 

「……頑張ります!」

「うん、いい笑顔だね! あぁ、それとデクシオとジーナが―――」

『ケテケテ―――ッ!』

「うおっ、なんだい!?」

 

 突然のロトム登場に驚くプラターヌ。

 ライトも驚いては居るものの、度重なる同様の事態を何度も受けたことがあるため、傍目からすれば大して驚いていないような様子でジッと佇んでいるだけだ。

 

「すみません、ウチの居候が……」

「居候?」

「あの……預かったポケモン図鑑に……ハイ」

 

 ライトは、言い辛そうに託された図鑑を差し出す。するとそこへ、二人の周囲を元気よく飛び回っていたロトムがスッと入り込み、画面いっぱいに自身の顔を映しだしたではないか。

 その様子に感嘆の息を漏らすプラターヌは、興味津々といった様子で、図鑑の中に居るロトムに視線を釘づけにする。

 

「へぇ~! ロトムも捕まえたのかい? プラズマ状の体で、電化製品に入り込んで悪戯するポケモンだね!」

『ポケモン、フシギダネ。フシギダネ、ギダネ……ダネ』

「んんっ!? 喋れるのかい、この子?」

「え? いや、ポケモンの名前を組み合わせたりすることはありますけど……」

「ほうほうっ! 中々興味深い子だね!」

 

 図鑑の音声を操って会話もどきを行うライト。

 彼からすれば大して珍しいことでもないが、プラターヌにとっては研究者魂に火を付けられるほどのことであったらしく、図鑑の画面とにらめっこして『他の言葉は喋れるかい?』とロトムとの対話を試みている。

 それにロトムもノッているのか、次々と覚えている単語を、音声機能を駆使することによって発音していた。

 

 かつて学会で喋るニャースという個体が話題となったが、こちらはそのような特異個体とは違い、いたって普遍的な個体が音声機能のある電子機器に潜り込んで話しているだけだ。

 

(『ポケモン言えるかな?』は大体歌えるくらいだったし……意外と凄い子なのかもしれないなぁ)

「うんうん! ライト君、少し図鑑と一緒にこの子を預かってもいいかい!?」

「へ?」

「あ、いや……ボクは昔からポケモンと話すことが夢でね。今も研究の際に、どうして鳴き声の違うポケモン同士が意思疎通を図れるのかといったことも論文の題材にすることもあるんだ。もしかしたら、人間が取り得ない手段での意思疎通を図っているのかもしれない……」

「は、はぁ?」

「でも、少し人間とポケモンのコミュニケーションの取り方に光明が見えたよ! 新たなる道への第一歩として、キミのロトムが必要なんだ!」

「あの……一応僕の手持ちではないんですけれども」

 

 興奮しているプラターヌにおずおずと物申すライト。

 第一前提としてこのロトムは、面倒を見ているとはいえ捕獲したポケモンではなく、社会的にはまだ誰のポケモンでもない個体だ。

 要するに、今ここでロトムを差し出すのもしないのも、各人の合意の下に執り進めるべき事案であるのだが、

 

「決めるのはロトムですし……」

「う~ん、それはそうだったね。済まない、ライト君。先走り過ぎてしまったよ」

「い、いえ……。じゃあロトム、プラターヌ博士がこう言ってるけど、君を博士に預けても大丈夫―――」

『タブンネ』

「―――だそうです」

 

 かなり曖昧な返事だが、了承したような返事にプラターヌの顔はパァッと明るくなる。

 

「そうかい! それじゃあ有難く預からせてもらうよ!」

「はい。ロトムをよろしくお願いします」

 

 丁寧にお辞儀をしてロトムを託すライト。

 ここでロトムが離脱するとは思いもしなかったが、当人が了承するのであれば引き止める余地は介在しない。

 少しばかり口惜しさは残るものの、ここは博士に恩を返すという意味でも、ロトムを託すべきだろう。

 

 そのようなことを思い浮かべながら、その後も会話を続けたライトは、また一人離れていく仲間に背を向けて歩き出した。

 

(寂しくないって言ったらウソになるかな)

 

 トン、と腰のベルトに下がっているボールを指で突く。そのボールに入っているのは、最もロトムと仲の良かったブラッキーだ。よく夜に悪戯してきたものであるが、今となっては懐かしい思い出。

 

「大丈夫だよ。だって……」

『ファイヤー! ファイヤー!』

 

 ふと背後から聞こえてくる音声に振り返るライト。

 視線の先では、燃える火炎の画像を映しだすロトムが伝説の三鳥の内、火を司るポケモンの名を連呼しているではないか。

 『ファイト!』と激励を送っているつもりなのだろう。

 

 その微笑ましい光景に唇で弧を描いたライトは、グッと親指を立てて、離れていくロトムに応える。

 

「離れてても一緒なのは、分かってるから」

 

 振り返らずとも、背を押し、激励を送ってくれる者達が居ることは理解している。

 だからこそ今は、ただ一心不乱に前へ進むことができるのだ。

 

 抱く想いに差異はあれど、(ライト)が目指す頂に昇り詰めるという目的は確固たるものへと固まっていることは、言わずとも知れるだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「トゲキッス、“でんじは”」

「ッ……ミルタンク! “ミルクのみ”で回復―――」

「“エアスラッシュ”で畳み掛けろ」

『あぁ―――っと!! 【まひ】したミルタンクに、トゲキッスの“エアスラッシュ”が炸裂ゥ―――!!』

 

 準決勝第二試合、アッシュ対ハヅキの試合は佳境を迎えていた。

 ハヅキの手持ちが残り二体であるのに対し、アッシュの手持ちで瀕死になっているのは二体だけ。

 無論、瀕死になっていないだけで疲労しているポケモンは居るものの、数の上ではアッシュが優勢を誇っていた。

 

 彼等の前の試合で一対五からの逆転劇を見せた少年も居るのだから、その流れに乗って攻勢に出たいと考えるハヅキであるものの、相手はそれを許してはくれまい。

 今もこうして、【まひ】したミルタンクに絶え間なく“エアスラッシュ”が飛んできている。

 

(くそッ、“てんのめぐみ”か!!)

 

 【まひ】は勿論、空気の斬撃(エアスラッシュ)の付加効果である怯みが厄介。

 しかし、立て続けに怯むことなどハヅキは今迄経験したことがなかった。そこから導き出した答えが、トゲキッスの特性である“てんのめぐみ”だ。

 “てんのめぐみ”は技の付加効果の発生確率を各段に上昇させることができ、元々はそれほど確率が高くない“エアスラッシュ”も、凶悪な攻撃になり得ている。

 

 【まひ】そのものにも【すばやさ】を下げる効果があり、こちらが動こうとしても“エアスラッシュ”で怯まされるか、【まひ】で痺れて動けない―――。

 

(なんて凶悪なコンボなんだッ……!!)

「ミルタンク、戦闘不能!」

「済まない、ミルタンク……任せたぞ、ハガネール!!」

『ハヅキ選手、最後の一体はハガネールだぁぁぁあああ!! その鋼の巨体を揺らしながらの登場は威圧感満載ッ!!』

 

 イワークが進化したポケモン―――ハガネール。金属光沢による輝きを放つ体は、並大抵の物理攻撃では歯が立たない防御力を有している。

 【はがね】・【じめん】のハガネールに【フェアリー】・【ひこう】のトゲキッスでは不利と考えたのか、すぐさまアッシュはリターンレーザーをボールから照射した。

 

「よくやった、トゲキッス。行け、ゲッコウガ」

『アッシュ選手、トゲキッスを戻し、ゲッコウガを繰り出したぁ!! タイプ相性ではハガネール、不利か!?』

 

 代わりに繰り出したのは、華奢な肢体を有す忍者風のポケモン。

 ハガネールと比べれば些か小さい体ではあるが、あれほどの巨体を前にしても怯まぬ胆力から、揺るがぬ自身への自信を持っていることは想像に難くないだろう。

 

「ハガネール、“かみなりのキバ”!!」

『あぁ~~~っと、ゲッコウガに効果が抜群な【でんき】技を覚えていたハガネール! これはアッシュ選手、ポケモンの選択を見誤ったか!!?』

「……関係ないな」

 

 電光が爆ぜる牙を剥いて爬行してくる鋼の巨体を前に、ゲッコウガはアッシュのフィンガースナップを耳にして四つん這いとなる。

 すると、グルグルと巻きついてマフラーのようになっていた長い舌が解け、

 

 

 

 

 

「―――“ハイドロカノン”」

 

 

 

 

 

 言い表すのであれば、ダムが決壊するような爆音。

 大量の水が一斉に溢れだすような震動と轟音が響いたかと思えば、ゲッコウガの口腔から解き放たれた途轍も無い量の水がハガネールの巨体を吹き飛ばし、フィールド外の壁に叩き付けていた。

 舌を螺旋状に渦巻かせており、その中央を通るように“ハイドロカノン”を放っていたゲッコウガは、数メートル後方へずり下がった所で技を放つのを止めた。

 

 森林であったフィールドは、豪雨によって引き起こった土砂崩れに巻き込まれたかの如く、泥水で溢れ返っている。

 そのようなフィールドの外で転がるハガネールは、一切動くことはない。

 今の技の威力を物語るかのように、ダイヤモンドのように硬い鋼の体の一部には罅が入っている。

 

 ハヅキがその事実にゾッと背筋を凍らせている間にも、審判はハガネールの状態を確認し、携えていた旗を掲げた。

 

「ハガネール、戦闘不能! よってアッシュ選手、決勝進出!!」

『アッシュ選手、圧倒的な実力で決勝進出を決めたぁぁああああ!!!』

 

 湧き上がる歓声に軽く手を振りかえしたアッシュは、無愛想な顔でゲッコウガに『よくやった』と告げてボールに戻す。

 それから茫然と佇まっていたハヅキと軽く握手を交わし、颯爽と選手出入口から去って行った。

 

 その後ろ姿を見送ったハヅキは、ハガネールをボールに戻しながら、困惑した表情を浮かべる。

 

(あのトレーナー……なんで試合に勝ったのに、あんなにも寂しそうな顔をしてるんだ)

 

 彼が気がかりだったのは、アッシュが最後まで浮かべていた不満げな顔。

 まるでバトルを楽しめていないと言わんばかりの表情にハヅキは、相手の試合に臨む心意気を疑うと同時に、そのように感じさせてしまう自分の不甲斐無さに歯噛みした。

 

 全力で戦っていたのはアッシュの気迫から理解できたが、どこか煮え切らないような様子に、陰鬱な気分となってしまう。

 

「彼は、バトルを楽しんでいないのか?」

 

 ふとした直感がそう告げたが、彼の真意をハヅキのような他人が知る由はなかった。

 



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第百十四話 最高に『ハイ』ってやつ

「漸く……漸くここまでこれたね」

 

 闘志を滾らす炎が燃え盛る。

 

「まずは『ありがとう』」

 

 宝石のような瞳が少年の頬を撫でる。

 

「そして『これからもよろしく』」

 

 額の月の輪が、淡い輝きを放つ。

 

「これからもたくさん苦労かけちゃうと思うし、逆にかけられるかもしれないけれど……」

 

 硝子のような羽毛が、風によって靡く。

 

「ここが僕たちの一つのゴールで、これからのスタートにもなるんだと思う」

 

 丸太のように太い尾を動き、扇のような尾びれが風を起こす。

 

「だから今は……我武者羅にゴールを目指そうっ!!」

 

 ドンと少年が足を踏めば、それに呼応して周りの六体も咆哮を上げて気合いが十分であることを示す。

 ビリビリと肌を撫でる震動が今は心地よい。

 昔はそうではなかったのに。

 少しばかりの緊張感に当てられただけで腰が引けたのが、今や人生大一番と言っても過言ではない局面で、沸々とやる気が滾ってくるのだ。

 これを進歩と言わずしてなんと言うか。

 

 一人と六体の円陣が終わり、一体一体がボールの中へ戻されていく。

 その最中、ジュカインは普段から隠していた木葉を取り出し、何とも言えない複雑な感情の籠った瞳で見つめ始める。

 

「……」

 

 ここで草笛を吹けば、少しでも心が安らぐだろうか?

 

―――いいや、違う。今だからこそ、草笛を吹いてはいけない

 

 控室のベンチの上に、そっと木葉を置く。

 まるで奉るかの如く置かれた木葉は、ピクリとも動くことなくベンチの上に佇むだけ。

 

「……終わった?」

 

 主人の声が聞こえ、コクリと頷く。

 その面には、若干の緊張の色は窺える。が、緊張以上に窺えるのは、これから始まるポケモンバトルへの高揚。

 つられるように微笑みを浮かべたジュカインは、そのままボールの中へ戻っていく。

 

「―――行こう。頂点に!」

 

 力強い声で呟き、扉を開けて戦場へ向かう少年。

 

 その後ろでは、扉を開けた際に入り込んだ風によって、一枚の木の葉が舞い上がっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

『レディ―――ス、アァ―――ンドジェントルメェェン!! 五日の日程を予定していたカロス地方ポケモンリーグも最終日っ!! 華々しい最終日を飾るのは勿論決勝戦だッ!!! そんな決勝戦まで勝ち進んできたトレーナーはこの二人……どうぞ、入場して下さいッッ!!!!!』

 

 白熱した実況の声に対し、波打つように反応して歓声を上げる観客。

 彼等の声援を背に受けながら同時に現れるのは、年端もいかない二人のトレーナーだ。

 

『一人は、シンオウリーグ出場の経験もあり、今大会は圧倒的な力で相手を打ちのめしてきたトレーナー―――アッシュ選手!』

 

 鋭い眼光を奔らせ、周囲をざっと見渡すアッシュ。

 只ならぬ威圧感を放つのは、それだけこのカロスリーグに賭けているという信念故のものなのか。

 一方、屈伸で足を延ばしてストレッチする少年は、今日の晴々とした空に見合うような清々しい笑みを浮かべてフィールドに赴いた。

 

『もう一人は、ポケモンリーグ初出場にも拘わらず怒涛の快進撃を見せてくれたルーキートレーナー―――ライト選手!』

 

 観客席から際立って響く甲高い声援が聞こえてくるが、ライトは何とも言えない気まずい表情で声の聞こえた方へ手を振る。

 屈託のない笑み。緊張で強張っているものの、迷いが断ち切れた清々しい笑みだ。

 

 彼等二人が出揃った時点でコロシアムのボルテージは最高潮に近いほど盛り上がっているが、本番はこれからである。

 

『今年のチャンピオンを決めるバトルフィールドはァ~~~……荒野だぁ!!!!! 比較的アクの少ないフィールドで、どのような激しいバトルを見せてくれるのでしょうかぁ!!? そして先攻は……アッシュ選手!!!』

 

 次々とバトルの用意は整っていく。

 徐に腰に手を伸ばすアッシュ。その動作に迷いはない。恐らく、『先攻であれば最初に繰り出すのはコレ』という手がきまっているのだろう。

 

「行け、トゲキッス」

(トゲキッス! かねがね予想はしていたけど……)

「なら……ラティアス、キミに決めた!!」

 

 相手が繰り出したトゲキッスに対し、ライトが選んだのはラティアス。

 そのチョイスにアッシュは少々驚いたかのように瞠目する。

 

(確かラティアスは【ドラゴン】だった筈だが……)

 

―――なにか誘っているのか。それとも、トゲキッスに対抗しえる手段をラティアスが持っているというだけか。

 

 準決勝、ラティアスは“しんぴのまもり”を使用していた。

 これはつまり、アッシュのトゲキッスが最も得意とする戦法である、【まひ】にしてから“エアスラッシュ”で怯みを狙う戦法が狙えないということだ。

 そう考えるのであれば、必然的に後者である可能性が高い。

 

(だが、どちらにせよトゲキッスの方が有利であることは変わりないな)

 

 タイプ相性上、【フェアリー】は【ドラゴン】の天敵。そう易々と相性を覆させる訳にもいかない。

 そう決心したアッシュの眼光はより一層強くなり、呼応するようにトゲキッスが身に纏う威圧感が跳ねあがる。

 

 威圧感を纏う一人と一体。反対側ではプレッシャーで若干涙目になっているラティアスが、救いを求めるようにライトに視線を送る。

 『大丈夫だから……』と苦笑を浮かべてなんとか宥めるライトであるが、とても決勝まできた者とは思えない穏やかな雰囲気だ。

 

 しかし、審判の催促する視線で一変、ライト達も張り詰めた空気を醸し出し、バトルフィールドへと目を向ける。

 第三回戦で酷い有様だった荒野も、今はすっかり元通り。整備の者の苦労が憚れるところだが、フィールドに気を遣って勝てるほど生ぬるいバトルではないことは承知済みだ。

 

『さぁ―――ッ!!! いよいよ、チャンピオンを決める試合が始まりますッ!!! 最後までどうぞ!! どうぞ、繰り広げられるであろう激しいバトルをその目でご覧になって下さいッ!!!! それでは……』

「―――これより、アッシュ選手対ライト選手による決勝戦を始めます!!! バトル……開始ッ!!!」

 

 旗が振り下ろされる。

 次の瞬間、風を切る音と共に電光が爆ぜ、中央の川から水飛沫が跳ねあがった。

 

『おぉ~~~とッ、バトル開始早々“10まんボルト”と“エアスラッシュ”が激突したぁ!!!』

 

 “10まんボルト”を放ったラティアスに対し、それを相殺するようにトゲキッスが“エアスラッシュ”を放ったことによる激突。

 結果はどちらにもダメージが入らないというものであったが、閃光のように速い試合展開に観客は盛りに盛り上がる。

 

 しかし、そのような彼等の声が耳に入らないほど、試合に臨んでいる二人は神経を研ぎ澄ませて集中していた。

 

(思ったよりも早い! 迎撃する時に使用する技はもう決まってるのか……なら!)

(てっきり“しんぴのまもり”を使ってくるモンだと思ってたが、攻勢に出るか。なら)

 

「「飛べッ!!!」」

 

 シンクロするように重なる二人の声。

 反応した二体は、途端にグンと勢いを付けて飛翔し、舞うように螺旋を描きながらフィールド上空を旋回する。

 フィールドに留まることのない空中戦に移行した二体は、互いに技を繰り出して牽制しあうが、

 

(速い……“しんそく”か!)

 

 まるでラティアスを攪乱するかのように空中を飛び回るトゲキッス。

 空気抵抗がないのかと疑ってしまうほどの滑らかな飛翔であり、余りの速度にトゲキッスの動きに目が追いついていかず、辛うじて白い線が見えるだけ。

 

 “でんこうせっか”の上位互換と言うべき技―――“しんそく”。文字通り神速の速さで相手を攻撃する技であり、早さに比例するように威力も高い。

 目で追えない程の速さの相手にできることは限られる。

 当てずっぽうに“10まんボルト”を放った所で回避されるのは目に見えている―――故に、

 

透明になって!!

 

 心で指示を念じるライト。

 刹那、ラティアスがコクリと頷いて、周囲から視認されぬように体を透明にした。途端に姿を消した相手に、先程まで悠々と飛び回っていたトゲキッスの表情にも、若干の驚きが垣間見える。

 

『ライト選手のラティアス、姿が見えなくなったァ!!? これは一体ィ!?』

「ラティアス、“10まんボルト”!!」

「後ろだ、“マジカルシャイン”!」

 

 実況の声に答えることもなく、ラティアスは奇襲をかけるように電撃を解き放つ。対してトゲキッスも、アッシュの声に即座に反応し、後方へ眩い閃光を解放した。

 “10まんボルト”は“マジカルシャイン”を、“マジカルシャイン”は“10まんボルト”を避けるような軌道を描き、両者の攻撃は相手に直撃する。

 

(あの奇襲にも反応できるのかッ……!)

(なんだ? “ちいさくなる”じゃない……“ほごしょく”でもないな)

 

 互いに思慮を巡らせる。

 ラティアスの元々の能力である、声を出さずして意思疎通ができる“テレパシー”。そして、光の屈折によって周囲の景色と同化させる能力を用いての奇襲であったのだが、それさえも相打ちにしか持ち込めなかった。

 

 あわよくば【まひ】してもらえればと願っていたライトではあるが、そう都合よくは行く筈もない。

 

「“でんじは”だ、トゲキッス!」

 

 攻撃を喰らって墜落する二体であったが、途中で持ち直したトゲキッスが、墜落するラティアスに向かって弱い電撃を放つ。

 命中して【まひ】になるラティアス。これで持ち前の【すばやさ】は削ぎ落されたことになるが、

 

「―――それを見越してのラティアスだッ!!! “サイコシフト”!!」

「ッ!」

 

 刹那、ラティアスの体が光ったかと思えば、トゲキッスの体に光が乗り移り、あろうことかスパークが奔る。

 

『ここでラティアス、トゲキッスに【まひ】を移したぁ!!! これも作戦の内なのでしょうかぁ!!?』

 

(……あんまり同じ戦法ばかりとるモンじゃあなかったな)

 

 しっかり対策されている。呟きはしないものの、眉間に寄った皺が彼の心中を如実に表していた。

 自分と相手の状態異常を交換するという特殊な【エスパー】タイプの技である“サイコシフト”。使いどころが難しいものの、状態異常戦法を好んで使うポケモンには有効な技だ。

 今回はトゲキッスが“でんじは”を使うことをあらかじめ想定し、優先的に試合で使う技とし、数多くある技の中から抜粋して覚えさせてきたのだろう。

 

 だが、

 

「“しんそく”」

 

 旋風の如き突進が、ラティアスの腹部に突き刺さる。

 肺の空気が押し出されるかのようにせき込むラティアスは、驚愕の眼差しで麻痺している筈のトゲキッスを見遣った。

 

 状態異常と言えど、【まひ】は動ける状態異常に入る。【ねむり】や【こおり】であるなら兎も角、凡そ七割の確率で動ける【まひ】状態の相手を『動けない』と断定するのは無理があったということだ。

 しかし、その程度のことはライトも承知している。

 

―――【まひ】のお蔭で“しんそく”にもキレがない!

 

「“10まんボルト”ォ!!!」

 

 腹部に頭部を埋め込んだままのトゲキッスに激しい電撃を解き放つラティアス。覚えたてといえど、元より高いポテンシャルを持つポケモンだ。威力は充分―――ましてや、効果が抜群なのだから、例え格上であっても大ダメージは免れない。

 カッと電光が閃いた後は、煤けた体のトゲキッスが地面へ向けて墜落する。

 

 しかし、依然ライトの表情は険しいまま。

 

「もう一度……“10まんボルト”ッ!!!」

「“しんそく”だ!」

 

 地面に激突する寸前で翻るトゲキッスは、眼前で電光を爆ぜさせながら猛追してくるラティアスへ狙いをつける。

 が、

 

「ッ!」

「ヒュァァアアン!!」

 

 ビクリと体が痙攣したトゲキッスは、動くこともままならずその場に留まり、直後に咆哮を上げながらラティアスの放った電撃を真正面から受ける。

 二度にわたる効果抜群の攻撃。流石に堪えたトゲキッスは、グラリと体をのけ反らせ、そのまま近くの水中へ着水する。

 

「トゲキッス、戦闘不能!」

「っし!!」

「……戻れ、トゲキッス」

 

 先手を取れたことにガッツポーズを決めるライト。

 一方、アッシュは至って冷静な表情でトゲキッスをボールに戻す。まるでこの程度の事態は予測済みと言わんばかりの表情であるが、実際は“半分”その通りなのだろう。

 先攻とは、どうしても相手がこちらに対処できるポケモンを繰りだしてくることが多い。となれば、一体先に倒される事は必然とも言える展開だった。

 

 しかし、流れまでは無視できない。一体倒されたことにより流れを相手にもっていかれ、そのまま負けてしまう事例は数えきれないほど存在する。

 故に、アッシュが次に繰り出すのは流れを変えることのできるポケモン。

 

「ゲッコウガ、頼んだ」

「ッ……戻って休んで、ラティアス。ジュカイン、キミに決めた!!」

 

 アッシュが繰り出したのはゲッコウガ。【みず】・【あく】タイプのポケモンで、華奢で細い体つきで分かる通り、【すばやさ】がかなり高いポケモンだ。

 対抗するべくライトが繰り出したのは、その【すばやさ】に対抗できるであろう足の速さを有すジュカイン。フィールドが森林でないことが憚れるものの、自慢の脚力は遺憾なく発揮できる筈だ。

 

『ライト選手、アッシュ選手が新たに繰り出したゲッコウガに対し、タイプが有利なジュカインを繰り出したぁ! 先に一体倒されたアッシュ選手ですが、まだバトルは序盤!! これからの巻き返しが気になるところです!!』

 

 アッシュの狙いは、ここからの巻き返し。

 ライトの狙いは、このまま流れに乗って攻勢に出ること。

 

(まずは牽制!)

 

「“めざめるパワー”!!」

 

 相手の動きを阻害するべく放ったのは、ジュカインの技の中で最も隙の少ない“めざめるパワー”だ。他にも“リーフストーム”、“きあいだま”とあるが、如何せん隙が多く、反動も大きい。もう一つの技もあるが、あの技を繰り出すのは今ではない。

 となれば、必然的に“めざめるパワー”を放ったのは決定事項的な行動であった。

 

「―――“みずしゅりけん”」

 

 しかし、宙を疾走する光弾は、一枚の手裏剣によって切り裂かれるようにして爆散した。

 

(は)

 

 刹那、ジュカインに影が掛かったかと思えば、掌にもう一枚の“みずしゅりけん”を構えているゲッコウガが、今まさに繰り出さんと腕を振り下ろそうと―――

 

(やいッ!!?)

 

 そのまま繰り出された“みずしゅりけん”は、ジュカインが佇んでいた場所に広範囲の霞を巻き起こす。僅かばかりの砂や塵も巻き込みながらの霞は、高速戦闘を主体とする二体にとっては充分過ぎる目隠しとなり得る。

 

「ジュカインッ!!?」

 

 咄嗟に安否を確認するべく叫ぶライト。

 すると霞の中から軽快な動きで飛び出してくるジュカインが、ライトの目の前にアクロバティックなバク転で戻ってきた。

 臆病な性格が幸いし、咄嗟の攻撃にも反応できたのだろう。

 完全に回避―――とまではいかなかったらしい。僅かに腕に掠ったように見える傷が窺えることから、本当に紙一重で躱したといったところか。

 ジュカインの苦心に満ちた表情から、かなり危ない攻撃であったことは容易に想像できる。

 

 予想以上の俊敏な動き。格の違いという事実を愕然と突きつけられたような気がした。

 

「だけど……だからって今更止まるつもりは、ないんだッッ!!! “リーフス―――」

「“つばめがえし”だ!」

「トーム”……ッ!?」

 

 長引けば不利になると判断したライトの指示に、即座に反応するジュカイン。

 しかし、そこへ霞を振り払ってゲッコウガが疾走してくる。

 

 真正面から突撃してくる相手。このまま放つことは容易いが、回避されることは容易に想像できる。

 

「引きつけてから攻撃ッ!!」

 

 確実に仕留める為、危険を承知で引きつけることを指示する。

 

―――あと三メートル。

 

―――あと二メートル。

 

―――あと一メートル。

 

 やけに遅く感じる時の流れ。その中で、ギリギリ引きつけたと判断したジュカインは、“リーフストーム”を放とうと腕を掲げた。

 しかし、その瞬間にゲッコウガが足を振り上げる。

 しなやかな動きから放たれる蹴り上げは、ジュカインの腕を青く澄み渡る空が広がる方へと弾き、直後に放たれた木の葉の嵐を“弾く”という形で回避した。

 

 常人ならざる技に驚愕する人・ポケモンが居る中で、ゲッコウガは静かに闘志揺らめく眼で瞠目するジュカインを睨む。そして、返す刀の如く蹴りの遠心力のままバク転し、もう片方の足でジュカインの顎を捉えた。

 かなりの衝撃だったのか、小さくないジュカインの体が宙に浮かび上がり、放物線を描くようにしてライトの眼前に戻る。

 

『“つばめがえし”が華麗に決まったぁ―――ッ!!!』

「ッ……ジュカイン!!」

 

 急所に当たったと言っても過言ではなかった攻撃に、心配するように声を掛けるライト。

 気絶してもおかしくない威力。しかし、辛うじて瀕死になっていなかったジュカインは、悔恨に顔を歪めながらなんとか立ち上がる。

 だが、安堵の息を吐く暇はない。

 

「ゲッコウガ、“れいとうビーム”!」

「戻って、ジュカイン! ミロカロス、キミに決めた!!」

 

 瀕死寸前のジュカインに代わり、艶やかな体を撓らせて“れいとうビーム”の射線上に降り立つミロカロス。

 真面に凝縮した冷気の筋を受けるものの、【とくぼう】に優れた能力は伊達ではなく、全く堪えていないかのような表情で耐え切る。そして余裕の笑みを浮かべ、自身の体に張り付いた氷を振り払った。

 

 【みず】同士のバトル。決定打に欠けやすい対面だ。

 勿論、自分にとっても相手にとってもという意味である。

 

 ミロカロスの覚えている技では、【みず】・【あく】のゲッコウガに対して必殺級の威力をもたない。搦め手である“ミラーコート”も、【あく】タイプにはそもそも効かないという弱点がある故、決定打がないことに拍車をかけている。

 

 一方、ゲッコウガは見る限り物理・特殊技をどちらも覚えている、所謂両刀型。

 今迄の試合を分析する限り、“れいとうビーム”、“みずしゅりけん”、“つばめがえし”、“ハイドロカノン”の技構成となっていそうだが、決勝戦へ向けて多少の変更が加えられているかもしれない。

 その考えを加味しても、ゲッコウガはミロカロスに対して決定打を持たないこととなる。

 

 どうにも不毛なバトルになりそうな予感だが―――。

 

(なぜだかどうしてか……今は楽しくて仕方がないんだ!!)

 

 かつてない程に好戦的で晴々とした笑みを浮かべるライト。

 この晴れ舞台に相応しい全力の様相に、ミロカロスも呼応して口角を吊り上げる。

 

 一方、ゲッコウガは佇まいを崩す事なく、ミロカロスを見据えるのみ。

 しかし、

 

―――気に入らない……

 

 ライトの笑みに、嫌悪感を覚える者が一人。

 他でもない、今まさに相手をしているアッシュだ。満面の笑みを浮かべるライトに対し、嫌悪感の余り歯軋りを立てるアッシュは、殺気が含んでいるのではと疑ってしまうほど鋭い眼光で、向かい側を見据えた。

 

 

 

―――気に入らない

 

 

 

―――その『逆境が燃える』や『ピンチがチャンス』とでも言わんばかりの目が

 

 

 

―――気に入らない

 

 

 

―――挑戦者魂が垣間見える様子が

 

 

 

―――気に入らない

 

 

 

―――その全部が……

 

 

 

(昔の俺に重なって、気に入らない……!!!)

 

 同族嫌悪。これが一番当てはまる言葉だろう。

 ライトが、昔の自分に―――むざむざ一体のポケモンに惨敗してプライドを踏み躙られた自分と重なり、どうしようもなく腹が立ってしまう。

 過去の自分は、“弱さ”そのもの。

 そう断じて信じてやまないアッシュからすれば、ポケモンバトルを楽しもうという心意気が感じられるライトは、受け入れがたい存在だった。

 

 かつて、『ポケモンバトルが好き』と言った。

 

 だが、それは『ポケモンバトルが楽しい』とイコールではないのだ。

 勝ってこそ―――勝利こそ全て。

 敗北を刻む過去の自分に決別し、次なるステップへ踏み出す為に、今こそ勝利を掴まなければならない。

 

 だからこそ、彼は深く誓う。

 

 

 

―――この勝負、必ずや勝つ

 

 

 

 しかしそれは、ライトもまた同じ。

 

 

 

―――この勝負、絶対勝つ!

 

 

 

 二人の負けられないトレーナーのバトルは、始まったばかり。

 熾烈なバトルへの幕は切って落とされたばかりなのだ。

 




活動報告
『ポケモンやBLEACHの二次創作だったり色々…… 』を書きました。今後の『ポケの細道』についてなど書いておりますので、気軽に読んで頂ければと思います。


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第百十五話 一念岩をも通す

(素早いゲッコウガの足を止めるには……!)

 

「ミロカロス、“れいとうビーム”!」

 

 意趣返しと言わんばかりに溢れ出る冷気が、ゲッコウガへ向かって襲いかかる。

 カチカチと空気中の水分が凍る音を響かせながら爬行する“れいとうビーム”の速度は、圧巻の一言だ。

 しかし、ゲッコウガも黙って喰らう筈がない。

 

「躱して“れいとうビーム”」

 

 紙一重という所まで引きつけてからの回避。

 結果、ミロカロスの初撃はなんのダメージを与えることなく終わる。

 

 対してゲッコウガは翻るような軽快な動きで、反撃の“れいとうビーム”を放った。十中八九【こおり】状態を狙っての攻撃だ。

 互いに決定打がないのであれば、素直に交代するのがベストに近い手段。だからこそ、その隙を作る為の状態異常狙いといったところか。

 

 だが、ライトの危惧するのは状態異常ではない。

 

(なんていう動体視力なんだ!?)

 

 余りにも速いゲッコウガの動き。

 こうして思慮を巡らせている間にも、絶え間ない冷気の光線がミロカロスに襲いかかっている。ミロカロスも負けじと“れいとうビーム”を放ち続けてはいるが、それらもまた紙一重で避けられたり、“れいとうビーム”で作り上げられた氷壁を盾にして躱されていた。

 

 冷気に次ぐ冷気。

 

 フィールドの気温は一気に下がっていき、夏とは思えないほどの極寒の風景を創り上げていた。

凍った傍から、日光によって溶ける氷。湯気のように氷から立ち上る白い靄。

 

 ライトも鳥肌を立たせながら打開策を頭に浮かべる。どうにかしてゲッコウガの足を止めなければ、と。

 その為の“れいとうビーム”であるのだが、如何せん成果を得ることはできていない。

 相手の攻撃を受けたところで“じこさいせい”による回復はできるものの、数には限りがある。

 

―――後手に回るのは危険

 

「戻って、ミロカロス!」

「戻れ、ゲッコウガ」

『両選手、フィールドのポケモンを退かせたぁ!!』

 

 示し合わせたかのようにライトの交代と同時に、アッシュもゲッコウガをボールに戻す。

 刹那の逡巡。ピタリと動きの止まった二人であるが、ポケモンの交代は原則としてすぐ行わなければならない。

 こちらの交代に合わせて相手が何を繰り出してくるか想像するかなど、考えている猶予はないということだ。

 

「リザードン!!」

「ブーバーン!!」

『おぉ―――ッと!! 先程とは打って変わって、紅蓮の炎をその身に宿す熱いポケモンが繰り出されたぁ!!!』

 

(……リザードンだと?)

 

 訝しげな表情を浮かべるのはアッシュだ。

 てっきり、ゲッコウガに有利なタイプのポケモンを繰りだすものばかりと思っていた。

 【くさ】を始め、【むし】、【フェアリー】、【かくとう】、【でんき】など―――それらすべてにオールラウンドに対抗できるブーバーンを繰り出したのだが、まさか【ほのお】・【ひこう】タイプのリザードンが出てくると思っていなかったのだ。

 準決勝で“じしん”を使っている場面を思い返せば、リザードンが出てきたことにも納得はいくものの、意外であったことに変わりはない。

 

(警戒するに越した事は無いな……)

 

 そう思うや否や、ライト達が動く。

 

「リザードン!! “ドラゴンクロー”で氷を弾いて!!」

「ブーバーン、“だいもんじ”で迎撃だ!」

 

 準決勝で見せた、地面を抉るようなフォームでの“ドラゴンクロー”は、ゴリゴリと地面の氷塊を削り取ってブーバーンへ向けて弾く。

 技としては疑似的な“こおりのつぶて”に近いが、特性が“ほのおのからだ”であるブーバーンにとっては些細なダメージにしかならない。それでも目くらましとしては充分。

 準決勝でのリザードンの活躍を思い返せば、目くらまし程度でも脅威と判断すべき事象である。

 

 故の、咄嗟な迎撃であったのだが―――

 

 爆音。

 

『な、なんということでしょう!? 突然、ブーバーンの目の前で爆発が起こったァ―――ッ!!?』

 

 氷塊を迎撃すべく腕の発射口から爆炎を放ったブーバーンであったが、その瞬間にけたたましい爆音と地響きが鳴り響いた。

 爆心地はブーバーンのすぐ目の前。黒煙が立ち上る訳でもなく、白い靄が逃げ場を求めて空へ立ち上っていく様を見て、一瞬だけ唖然としていたアッシュが察する。

 

(空気の熱膨張か……)

 

 先程までの“れいとうビーム”の嵐で冷蔵庫の内部のようにキンキンと冷やされていたフィールド。そこへ鉄をも溶かす温度の爆炎が放たれたのであれば、冷やされた空気が急激に熱され体積が膨張し、今のような爆発のような熱膨張が起こってしまうことは、自明の理であった。

 足元にまで漂ってくる温い水蒸気に顔を歪めるアッシュは、熱膨張の衝撃を真面に受けてしまったブーバーンの無事を確認し、すぐさま指示を口に出す。

 

「“10まんボルト”」

「“ドラゴンクロー”ォッ!!」

「ッ!」

 

 白い靄を切り裂く電光。

 しかし、それよりも速く羽ばたき、突撃してくる漆黒の火竜が一体。迫りくる電撃を受けても尚、メガリザードンXは肉迫することを止めず、その右手の強靭な爪を以てブーバーンの巨体を薙ぎ払った。

 

『ライト選手のメガリザードンの攻撃が決まったぁ!!!』

 

(もうメガシンカしていたのか)

 

 空気の熱膨張による目くらましから、止まることなくメガシンカし、そのまま攻勢に転ずる―――若さゆえの勢いが感じられる猛々しさだ。

 御世辞にも【ぼうぎょ】が高くはないブーバーンは、特性である“ほのおのからだ”で【やけど】を以てして物理攻撃の威力を下げる戦法をとっていた。だが、【ほのお】タイプのリザードンには通用しない。

 

(これは素直に出し負けたか……が)

 

「“クロスチョップ”!」

 

 大砲の砲塔のように太い腕をクロスさせ、リザードンの胴体に攻撃するブーバーン。

 乾いた音が響けば、首元に直撃した攻撃に顔を歪めるリザードンが膝を着く。重量級のポケモンによる重い一撃。当然と言えば当然の反応だが、

 

「“じしん”!!」

 

 次の攻撃への予備動作へ繋がるのであれば、話は別。

 リザードンが荒野の地へ硬い爪を突き立てれば、あっという間に蜘蛛の巣を描くように、地面に、そして氷に罅が入っていき、激しい震動がフィールド全体を襲う。

 すると地面に弾かれるようにブーバーンの体が跳ねあがる。

 それだけで凄まじい威力の“じしん”であることは容易に想像つくであろうが、尚もブーバーンは反撃に出ようと体勢を整えた。

 

「―――“ドラゴン」

 

 その瞬間に、右腕を振りぬかんと身構えるリザードンが追撃に来た。

 

「クロー”ォオッ!!!」

 

 叩き付けるように爪を振り下ろしたリザードン。

 度重なる強力な攻撃を身に受けたブーバーンは何も出来ずに墜落し、砂塵を巻き上げた。直前の“じしん”によって巻き上げられた塵や埃も相まって、視界不良のフィールドであるが、数秒もすればリザードンが纏う炎による空気の流れで、あっという間に晴れていく。

 

「ブーバーン、戦闘不能!」

『ライト選手、トゲキッスに続いてブーバーンも倒したぁ! これはアッシュ選手、不利になってきたか!?』

 

(……数の上ではそうかもしれないけど……油断なんて一切できない!)

 

 実況の言葉を心の中で否定するライト。

 確かに六対四で、数の上では勝っている。しかし、ライトの手持ちの内、ラティアスとジュカインは戦闘不能寸前。実質、こちらも四体で戦っているようなものである。

 更にミロカロスやリザードンがダメージを喰らっていることを加味すれば、戦況的に有利であるのはアッシュだ。

 

(いつ()()を出すべきか……少なくとも、今はまだ―――)

 

「行け、ガブリアス」

『アッシュ選手、ここでガブリアスを繰り出したぁ!! 今大会中、破格のパワーで相手を圧砕するドラゴンが、今ここにッ!!』

 

 明らかになる四体目はガブリアス。カロスリーグ中、他の出場者のポケモンを悉く薙ぎ払ってきた要注意ポケモンの一体だ。

 

(確か、あのガブリアスは“さめはだ”だった! 物理主体の僕のリザードンじゃ、攻撃するだけでも体力が減る……なら、一撃で倒せるまで能力を高めるッ!!)

 

「リザードン、“りゅうのまい”ッ!!」

「ガブリアス、“ドラゴンダイブ”をかませ」

 

 短期決戦を狙うべく、“りゅうのまい”を指示したライト。

 一方、“ドラゴンダイブ”を放つべく飛翔したガブリアスは、全身にドラゴンの形をしたオーラを身に纏い、滑空するようにしてリザードンへ向けて突撃する。

 

(メガシンカしない? ……いや、待てよ!?)

 

 リザードンの動きを見て、何かを察したライト。

 一向に“りゅうのまい”を行おうとしないリザードン。そこへ、流星のような軌道を描いてガブリアスが突撃してきた。

 図鑑の説明によればマッハ2で飛ぶことのできるガブリアス―――そのようなポケモンから放たれる突進の威力の凄まじさが途轍もないということは、想像に難くない。

 

 激突した二体を中心に砂煙が舞い上がり、フィールドの破片がパラパラと散らばり、あろうことかライトが立っている場所にまで弾き飛んできた。

 それらを腕で防ぎながら、自身の見落としに歯噛みする。

 

(“ちょうはつ”か……! たぶん、ブーバーンの時に……それを分かってて攻撃してきたんだろうけど)

 

「大丈夫!? リザードン!」

「グルァ!!」

 

 巻き起こる砂塵から飛び退いてくるリザードン。しかし、かなりのダメージを受けたのか、息遣いは荒いものとなっている。

 

(……いや、おかしいぞ? 僕が“ちょうはつ”に気付いていなくて“りゅうのまい”を指示するにしないにしても、パワーアップするメガシンカをしてた方がいいんじゃないか?)

 

 一つの疑問が、心に引っ掛かる。

 緊張、焦り、高揚―――全てが噛み合い加速する思考は、すぐさま一つの答えを導く出す。

 

 『メガシンカをしない方が、()()都合がいい』という結論。

 

 聞くところによれば、これまでの試合のほとんどでアッシュのガブリアスは即座にメガシンカしていた。

 となれば、何故今メガリザードンに対してメガシンカ形態で戦わないのか。

 

(メガシンカしたら特性やタイプが変わる? もしくは……―――下がってしまう能力値がある! これかもしれない!)

 

 人とポケモンの絆によって起こり得る現象・メガシンカ。

 それに伴いポケモンは通常よりもパワーアップする訳だが、考えとしてはバトル中にのみ発現する進化だ。

 進化であれば話が早い。ストライクがハッサムに進化する際、重厚な甲殻によって【ぼうぎょ】が上がる半面、【すばやさ】が下がるというデメリットがあるように、メガシンカにも能力値の変化に伴うデメリットがあってもおかしくないのだ。

 

(僕のリザードンの技は大体把握されている……なら、物理攻撃で来る事は分かってる筈なんだ。となれば、メガシンカすることによって下がる能力値は【ぼうぎょ】? それとも……【すばやさ】か!?)

 

 強大なパワーを持つ相手を前にして怖れるべきは、上から叩かれること。つまり、為すすべなく戦闘不能にされることだ。

 裏を返せば、

 

(今はリザードンの方が遅いっていうことなのか……!)

 

 だからこそ、【すばやさ】を上げさせない為にも“ちょうはつ”を最後っ屁のように放ったという訳か。

 合点がいったライトは、すぐさまボールを取り出す。

 

「ガブリアス、“ストーンエッジ”だ」

「戻って、リザードン! ギャラドス、キミに決めた!!」

 

(“いかく”で攻撃を下げる算段か……)

 

 ガブリアスが両腕の爪を地面に突き立て、無数の岩を隆起させる。

 その際に、リザードンと代わるようにして繰り出されるギャラドスは、持ち前の強面でガブリアスを威嚇し、僅かばかり“ストーンエッジ”の勢いを衰えさせた。

 しかし、リザードンの二倍以上ある巨体で避けきることは難しく、一つの尖った岩がギャラドスの胴体に食い込んだ。

 

「ッ……ゴメンね、ギャラドス!」

「“つるぎのまい”だ、ガブリアス」

「させない! “ドラゴンテール”!!」

「ッ!」

 

 あと一撃でノックダウンされそうなほど体力を削られたギャラドスを前に、“いかく”で下がった【こうげき】を賄うべく激しい舞を始めるガブリアス。

 しかし、そこにつけ入るようにギャラドスが宙を奔り、極太の尻尾をガブリアスに叩き付けた。すぐさまガブリアスの体はアッシュの下へ戻っていき、強制的に新たなポケモンが飛び出てくる。

 

『“ドラゴンテール”で戻されたガブリアスに代わって出てきたのは……―――エレザードだァ!!』

 

 襟巻が特徴的な【でんき】・【ノーマル】タイプのポケモン。

 ギャラドスとの相性は最悪だ。

 

「っ、戻ってギャラドス! ブラッキー、キミに―――」

「“ボルトチェンジ”だ、エレザード! 行け、ルカリオ!」

 

 交代を選択するライトであったが、それを読んでいたようにアッシュは“ボルトチェンジ”をエレザードに指示した。

 耐久に秀でたブラッキーは、“ボルトチェンジ”を喰らったとしても、さほどダメージを喰らうことはない。だが、ルカリオの攻撃はどうだろうか。

 

 後続に、ルカリオの攻撃を耐えられ、確実に反撃できるポケモンは―――いない。

 となれば、必然的に相性が悪いブラッキーで一撃でも喰らわさなければならない。【はがね】を有しているルカリオには、得意の“どくどく”も効かない。

 

 回復技を使ったとしても、それを超えるだけの威力の技を叩きこまれる。

 積み技を積むだけの隙もない。

 素の【すばやさ】も相手が速いことを鑑みれば、残る選択肢は限られている。

 

「ルカリオ、“きあいだま”だ」

「“しっぺがえし”!!」

 

 掌を重ね、瞬時に膨大なエネルギーを収束し始めるルカリオ。

 周囲に砂塵が渦巻くほどのエネルギーの収束が終われば、狙いを直線状の黒い獣に定める。

 

 両腕を突出し解放。

 

 荒野の地面が抉れるほどの光弾の疾走は、一直線にブラッキーへ向かっていく。

一方ブラッキーは、ライトの指示を受け、踏ん張るのでも回避するのでもなく飛び込んでいく。

 そして黒い体が光弾に呑み込まれれば、途轍もないほど眩い光が瞬き、爆発による轟音を響かせる。

 

 巻き上がる黒煙に、ブラッキーの姿は見えなくなった。

 もしや、今の一撃で既に地に伏しているのではないかという考えがアッシュの脳裏を過るが、

 

「―――まあ、そうはいかないな」

 

 黒い煙の尾を引かせながら、ブラッキーが黒煙を突き破ってルカリオに飛び掛かる。

 元の倍ほどの威力となった“しっぺがえし”がルカリオに叩き込まれようとするが、事前に波動で気配を感じ取っていたルカリオは、なんら焦る様子もなく左腕で防御した。

 ミシッ、と鈍い音が聞こえた。

 それだけ今の一撃が重かったのだろう。効果がいまひとつであるにも拘わらず、ルカリオの表情は険しい。

 

「“ラスターカノン”で迎撃」

「“ふいうち”ッ!!」

 

 残った右手に白銀のエネルギーを収束させるルカリオであったが、同時に顔面にブラッキーの前足が叩き込まれた。

 最後っ屁と言わんばかりの一撃。

 だが、それだけでルカリオの体力を削り切れる筈もなく、迎撃の“ラスターカノン”がブラッキーの胴を穿った。

 

 そのまま放物線を描きながら地面に墜落する体が、受け身をとることもなく重力に身を委ねる。

 

「ブラッキー、戦闘不能!」

「お疲れ様、ブラッキー。ゆっくり休んでて」

「……」

 

 地に伏せるブラッキーをボールに戻すライト。

 その光景に、何故かアッシュは眉を顰めていた。

 

(……やられたのに、なんでヘラヘラしてる?)

 

 ボールに戻される直前のブラッキーの表情。

 まるで全てを出しきったかのように安堵した表情だった。傍目からしても、ブラッキーはルカリオ相手にほとんど何もすることもできずにやられたのにも拘わらず、だ。

 

 それがアッシュには理解できない。

 理解したくもないような気がした。

 

『ライト選手、再びラティアスを繰り出したぁ!』

 

 悶々と黒い靄が渦巻くような心中のアッシュを差し置いて、ライトは瀕死寸前のラティアスを繰り出す。

 アッシュは交代する必要はないと考え、そのままルカリオでバトルを続行する意思を審判に目で訴えかける。

 

「“10まんボルト”!」

「“あくのはどう”だ!」

 

 攻撃を指示しようとするライトであったが、すぐにルカリオによる攻撃がラティアスを呑み込む。昼間にも拘わらず、新月の夜を思わせるような漆黒が、硝子のような色艶の体を一瞬で覆い尽くし、残り僅かな体力を削り切る。

 黒い波動が通り過ぎた後は、グッタリした様子のラティアスが浮遊することなく墜落した。

 

「ラティアス、戦闘不能!」

「……よし。ありがとう、ラティアス」

「?」

 

 聞こえないライトの呟き。

 はたまたラティアスの様子か。

 

 訝しげに眉を顰めるアッシュは、得も言えぬ違和感を覚えつつ、ライトがリザードンを繰り出したのを確認した。

 ガブリアスの“ドラゴンダイブ”を一発喰らったリザードンの体力は、三分の二まではいかないとしても、半分は確実に削り取れている筈。

 

「戻れ、ルカリオ。―――もう少しだ。やれ、ガブリアス」

『アッシュ選手、再びガブリアスを繰り出したぁ!!! ここまで追い上げをみせているアッシュ選手は、このままライト選手の残り三体を倒し切るかぁ―――ッ!!?』

 

 数の上では既にアッシュに軍配が上がっている。

 手持ちのポケモンの基礎スペックは、元よりアッシュの方が上だ。トレーナーとして旅をしている期間、自他ともに厳しいストイックなトレーニングから、想像は難くないだろう。

 体力が軒並み少ないライトの手持ちを倒し切ることは、非常に容易い。

 

(準決勝の奴は情けで隙を見せて負けたみたいだが……俺は違う。徹底的にやる。どんな相手にも全力で相手をしてやる……!)

 

 トレーナーとしての腕前の強弱は関係ない。

 ただ全力で打ち倒す。それがアッシュというトレーナーの信念だ。

 

 一つのことをただ全力でやり遂げる。純粋なまでの信念は、実力として他のトレーナーと一線を画していた。

 

(ゴウカザル、もう少しだ……もう少しだ! もう少しで頂点に―――!)

 

「ガブリアス、“ドラゴンダイブ”ッ!!!」

 

 再び天空を舞うように飛翔するガブリアスは、リザードン目がけて一直線に滑空する。

 風の壁を突き抜けるほどの勢いでの滑空は、ミサイルのようにリザードンに激突した。今日何度目か分からない轟音と震動がコロシアム中に響き渡り、観客のみならず、審判や実況までもが息を飲む。

 

 ここでリザードンが倒れれば、ライトの勝利は絶望的。

 勝敗の分かれ目ともとれる一瞬に、誰もが固唾を飲むことは必然的と言えることだったろう。

 

「“ドラゴン―――」

「ッ!?」

「クロー”ォォオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 健在。

 刹那、巻き上がる砂塵を切り裂くほどの勢いで振るわれた爪が、ガブリアスの胴を穿つ。

 

 直撃を喰らったガブリアスは、ボールのようにフィールド上を数バウンドしてから体勢を整え、なんとか立ち上がるが、その表情は優れていなかった。

 それだけリザードンの攻撃が強力であったということだが、アッシュが焦燥を見せる理由はソレではない。

 

(気のせいか、リザードンが元気そうに見えるが……なんなんだ?)

 

 タラりと嫌な汗が頬を伝う。

 

―――“リフレクター”で物理攻撃を半減させた? ……違う

 

―――“はねやすめ”のような技で体力を回復させた? ……違う

 

―――ラティアスが“ねがいごと”で、リザードンを回復した? ……違う

 

(いや、奴は繰り出された時にはもうピンピンしていた……一体なにを―――)

 

「もう少し……もう少しなんだ……ッ!」

 

 脳をフル回転させて答えを導こうとしているアッシュの向かい側で、好戦的な笑みを浮かべたライトが、胸の前で拳を握る。

 

「皆の夢がもう少しで叶う……なにがなんでも勝とうとする願いを込めるのは僕だけじゃない! 皆で叶える! 皆で願う!」

「急に何を……」

「キミが僕より強いことなんてバトルする前から分かってる! でも、だからって負けのヴィジョンを思い浮かべていい理由にはならない! そして今―――最高のタイミングでも、最良の選択でバトルを進められた訳じゃないけれど……最善の手はとった!! 勝利への道筋に、光が差す選択を!!」

「グルァアアアアアアアアアッ!!!」

 

 猛る。猛る。

 少年の心に宿る闘志が伝播し、リザードンが纏う炎の苛烈さも一層激しくなる。

 

 

 

 

 

―――……願い?

 

 

 

 

 

(ッ―――まさかッ!!!?)

 

 導き出された答えが、電撃のようにアッシュの脳に衝撃を与える。

 そうだ、伝説上のポケモン―――個体の絶対数が少ないポケモンのデータなど、普通にトレーナーをしている者にしてみれば、目や耳にする機会などほとんどない。

 リザードンもギャラドスもジュカインもミロカロスもブラッキーも、大体の戦法や使って来る技の予想はつく。

 だが、ラティアスだけは予想がつかなかった。

 

 ライトのラティアスは、この大会中、試合に用いる技の変遷が激しかった。

 それは攻撃技と補助技のどちらも。

 手持ちに加えてからの期間が短いということも相まってバトルスタイルが決まっていないことの弊害であったが、今大会に限っては相手に使用する戦術を悟らせないことが叶った。

 

 最大―――とまではいかなかったが、この負の流れを断ち切り得るだけの効果を発揮する技。テレパシーによって、口頭とは別に伝えられていた。

 

(“いやしのねがい”か……ッ!!!)

 

 その名は“いやしのねがい”。自身が瀕死になる代わり、次に出てくるポケモンの状態異常と体力を全回復させる、破格の回復技だ。

 瀕死のポケモンを回復させるのは不可能だが、それでもエース(リザードン)を全快させた。

 

 格上の相手。普通にバトルを進めれば、ポケモンの基礎スペックでも戦術でも及ばないであろう相手に対してできる、最大限の奇襲。

 

「ここから……ここから、勝ってみせる!!!」

「……やって……くれたな」

 

 改めての宣戦布告。

 対してアッシュは、自分より年下のトレーナーを前に、口角を歪めた。

 

 フィールドの氷は彼等の熱にあてがわれ、じわじわと融け始めている。

 



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第百十六話 少年たちのORIGIN

『リザードンとガブリアス、両者共に退く気配がない―――ッ!!』

 

 実況者の興奮した声が響く中、荒野のフィールド上ではリザードンとガブリアスが、互いの腕を押さえつけ合うような形で取っ組み合いをしていた。

 リザードンは勿論、今はガブリアスもメガシンカしている。その理由は言わずもがな、先のラティアスが繰り出した“いやしのねがい”によるものだ。残り四体の手持ちを全快させられたアッシュの胸中に浮かび上がってくる焦燥が、ガブリアスをメガシンカさせるという選択を選ばせた。

 

 元々のポテンシャルが高いガブリアス。

 同じメガシンカ形態であるのならばリザードンと互角以上のパワーを発揮するが、如何せん喰らった“ドラゴンクロー”のダメージが大きかった。

 

「リザードン! 負けるなぁ!!」

 

 ライトの月並みの応援。

 だが、今のリザードンにとってこれ以上活力となる言葉はない。

 

 信頼されていると一口に言っても、その形は様々だ。無論、元より信頼されているという自覚はあるリザードンであるが、実際に“声”という形で肌身に感じ取れれば、湧き上がる力は僅かに違ってくる。

 

 押し合う二体の力の拮抗が崩れる。

 

 足元の地面に罅が入るほど踏み込んでいた両者であるが、途端にリザードンが地から足を離し、ガブリアスを後方へ押し込んでいくではないか。

 

「ガブリアスっ!!!」

 

 しかし、同時にアッシュの叫びも響き渡り、ガブリアスの後退は数メートル程で終了した。無理やり足の爪を地面に突き立てるという危うい状態ではあるが、それでも主人の想いに応えるべく、射殺さんとばかりに眼光を眼前のリザードンへ奔らせた。

 

―――『勝ちたいのがお前だけだと思うなよ』

 

 退けぬ理由は相手にもある。

 これは示威なのだ。

 絶対に敗北できないという彼等の想いが、時に格上を打ち倒し、時に塵芥であるかのように相手を薙ぎ払ってきた。

 

「グルォォオオオッ!!!」

「ガブァアアアアッ!!!」

 

 咆哮を上げながら地を踏み砕く二体。

 抑え込む腕のみならず、全身の筋肉に力が入っている彼等の体表には猛々しい筋肉が隆々と浮かび上がるほどであった。

 メリメリと筋肉が軋む音が鳴り響くこと数十秒。

 

 先に動いたのはガブリアスであった。

 

「“ドラゴンテール”!!」

 

 一瞬腕を引いて相手の体勢を崩したガブリアスが、そのままエメラルドグリーンのエネルギーを纏った尻尾を胴体に叩き付けた。メガシンカする前のようにザラザラとした鮫肌ではないが、それでも岩石を容易く打ち砕けるだけのパワーを持つ尾の薙ぎ払いは、リザードンほどの巨体を弾き飛ばすに十分。

 

 ポーンと放物線を描きながら戻っていくリザードンの代わりに出てきたのはミロカロス。

 

「“れいとうビーム”ッ!!!」

「ガブリアス、“じしん”!!」

 

 鎌のような腕を地面に突き立て、リザードンが繰り出すものよりも激しい震動を生み出すガブリアス。

 だが、そこへミロカロスの口腔から解き放たれた冷気の光線が一直線に走った。

 

 直撃は同時。

 

 ガブリアスの体が氷に包まれ、ミロカロスの体に衝撃が奔ったのはほぼ同時であったが、若干の疲弊を匂わせるミロカロスを一撃で倒し切るには至らなかったようだ。

 弱点の攻撃を喰らったガブリアスは、リザードンとの攻防の疲弊も相まって、崩れ落ちるように倒れ込む。

 

「ガブリアス、戦闘不能ッ!」

「―――よくやった、ガブリアス。戻れ」

 

 顔を俯かせ、ガブリアスをボールに戻すアッシュ。

 

 チラリと垂れる髪の隙間からミロカロスの様子を窺う。ガブリアスの一撃を喰らい、残りの体力は三分の一と言ったところだ。

 

―――熱い

 

 ジクジクと心臓の辺りが熱を帯びていくことを感じる。

 

(なんだ? 焦ってるのか? いや、まだそんな時でもないだろう)

 

 答えの見つからない熱はさておき、次なるボールを放り投げた。

 

「エレザード、“ボルトチェンジ”!!」

「ミロカロス、引き寄せて“れいとうビーム”!!」

 

 刹那、一塊の電光となってミロカロスに突進するエレザード。

 元の【すばやさ】はエレザードに分がある。当てずっぽうに放ったところで回避されることが目に見えていたライトは、足場を不安定にするという狙いで“れいとうビーム”を指示した。

 

 瞬く間に凍りついていく地面。

 技の練度はそれなりに上がってはきているものの、それでも覚えてから一か月にも満たない。

 付け焼刃のソレでは矢張りエレザードの動きに付いていくこともできず、まんまと回避されて懐に潜り込まれたミロカロスは、顎に“ボルトチェンジ”による突撃を喰らった。

 

「ミロカロス、戦闘不能!」

「ありがとう、ミロカロス! ゆっくり休んでッ……!」

 

 俊敏なエレザードに対して有効打となるような一手を思い浮かべ切れなかったライトは、自身の戦略の浅さに歯噛みしつつ、“ボルトチェンジ”による交代で出てきたルカリオを見据える。

 

 繰り出されたのはルカリオ。物理と特殊、どちらの攻撃手段も強力なポケモンであるが、コルニの相棒である個体とは違い、特殊攻撃主体の個体だ。

 目にすることが叶った技は“きあいだま”に“ラスターカノン”、そして“あくのはどう”。

 残りの三体の内、これらの攻撃を最小限のダメージで耐えられるポケモンは―――。

 

「ギャラドス、キミに決めた!!」

「ルカリオ、“あくのはどう”で畳み掛けろ! 反撃を許すな!!」

「させない!! “アクアテール”で弾いて!!」

 

 例えるのであれば、滝のような墨汁。

 それほどまでの量と勢いの漆黒―――どこか澄んでいて、どこか濁っているような―――がギャラドスへ向けて解き放たれた。

 だが、牙を剥き出しに“いかく”するギャラドスが、対抗するべく滂沱を纏った尻尾を振り払い、“あくのはどう”を蹴散らす。

 

(ギャラドス、分かってるよ……!)

(分かってるぞ、ルカリオ)

(ハッサムが出れなくて、キミがいつも以上に張り切ってること!)

(今ガブリアスがやられて、感情を昂ぶらせていることを)

 

 観戦している者達を圧倒する気迫を放ちながら怒涛の攻防を繰り広げている二体。

 彼等を眺める二人のトレーナーは、拳を堅く握って次の一手に思慮を巡らせつつ、彼等が抱いているだろう想いを考える。

 

 単純に付き合いの長さであればハッサムよりも長いギャラドス。

 反抗期真っ盛りであったストライクの頃から知っているからこそ、エースとして主の隣に並び始めた強さに信頼を置いていた。

 シャラジム戦を経て、彼のエースの地位は絶対のものと確信に変わったのだが、今ハッサムは居ない。

 隣に並べなくなった(ハッサム)の代わりにできることは、その分自分が活躍することだ。

 自分にそう言い聞かせるように奮闘するギャラドスは、例え格上が相手だとしても怯むことは一切ない。

 何故ならば、その姿勢を教えてくれたのは他でもない。ハッサムなのだから。

 

 一方ルカリオは、これまたアッシュと長い付き合いだ。

 アッシュと苦楽を共にし、シンオウリーグで奈落の底に叩き付けられたかのような挫折を味わっても尚、再び戦意を宿し旅に出ることを決めたアルジに付き従うと心に決め、ここまでやって来た。

 共に挫折を味わった仲であるトゲキッスもガブリアスも、今や相手に伸されてしまっている。であれば、己が張り切らなければ―――そのような思いがないと言えば嘘となってしまう。

 残りの仲間を信用していないとは言わないが、それでも長い付き合いを経て、新参者よりは主の信頼を得ているという自負があった。

 だからこそ立ち上がる。勝利を渇望する。

 

 しかし―――。

 

「ゴァァアアッ!!」

「ッ―――!!」

 

 振り下ろされた尻尾がルカリオを襲う。

 辛うじて両腕で受け止めたルカリオであったが、余りの攻撃の重さに腕が悲鳴を上げる。

 

「……グルゥ!」

 

 だが、ルカリオの口角は吊り上っていた。

 相対しているポケモンとトレーナーに当てられていたのだ。

 

 決勝戦という場も相まって、ルカリオの波動を感受する感覚は鋭敏化していた。それこそ、些細な感情の変化さえも読み取れてしまうほどに。

 そのようなルカリオがギャラドスやライトから受け取っていたのは、“焦り”、“緊張”、“覚悟”などといった赤く濃い感情。だが、その深淵から湧き出る感情が―――彼等の本質がルカリオを否応なしに笑みを浮かべさせていた。

 

 

 

 

 

『楽しい』

 

 

 

 

 

 ジワジワと、何かが融けていくような感覚を覚えた。

 色で表すのであれば、黄色と白が混じり合ったような明るさと温かさを感じさせる柔らかな色合い。

 燃え盛る闘志の本質である享楽に、ルカリオは思いだしていた。

 

 

 

―――忘れてしまっていた

 

 

 

―――バトルが楽しいことを

 

 

 

―――何故、自分たちが一心不乱に勝利を求めていたのかを

 

 

 

―――そうだ。自分たちが目指していたトレーナーは、どんな時でも笑っていた

 

 

 

「バウァァアアッ!!!」

 

 突如咆哮を上げるルカリオは、残り少ない体力を絞り出しながら、ギャラドスの尻尾を横にずらすようにして弾く。

 限界が近いと体が悲鳴を上げているが、ハイになっているルカリオには最早どうでもよかった。

 背後から飛んで来る指示に、自然と体が動く。

 

 “きあいだま”

 

 瞬くようにして現れる特大の光球は、ギャラドスの眼前で煌々とした輝きを放っている。

 白のような、黄のような、そして橙や赤が混じり合ったような輝きを放つソレは、まさしく今のルカリオの心中を表していた。

 これだけの技を放つだけでも、疲弊が溜まっている体には堪える。

 だが、頭が理解するよりも先に、体が動いてしまっているのだ。

 

 気付いた時には腕を突出し、“きあいだま”をギャラドスの顔面に叩き込んだ。

 気付いた時にはそのまま宙返りし、水色の巨体から数メートル離れた所に着地した。

 

 息が上がる。

 鼓動も高鳴る。

 筋肉も引き攣れば、自然と笑みも深くなる。

 

「キシャァァアアアアアッ!!!」

 

 愉悦した表情を浮かべるルカリオの前方では、凄まじい肺活量によって行われる咆哮で砂塵を払うギャラドスが佇む。

 特大の攻撃を喰らっても尚、健在しているギャラドスだが表情は優れない。

 しかし、すぐに痩せ我慢でもしているのか、強面な顔で凶悪な笑みを浮かべてみせる。

 

『やるじゃないか』

『貴様もな』

 

 言葉はなくとも、思っていることは通じている。

 強気なギャラドスを前に、右腕をクイクイッと曲げ、挑発的な態度をとるルカリオ。

 

 一方、ギャラドスと同様に強気な笑みを浮かべるライト。

 そしてアッシュはというと、久しく見ていない好戦的な態度のルカリオに少々困惑していた。無論、表情や挙動には出さないものの、理解できない物を目の当たりにしたかのように目を見開いている。

 

―――()()()()()()()()

 

「ギャラドス、地面に“アクアテール”!! 氷を弾き飛ばしてッ!!」

「“ラスターカノン”で迎撃だ、ルカリオ!」

 

 既に、戦法の一つとして板がついてきた砕いた氷を飛ばす牽制技。あくまで、味方や相手が作ってくれた氷を使い回すだけだが、それでも初見相手にはそれなりの効力を得る。

 しかし、かつて受けたことがあると言わんばかりの対応速度を見せるアッシュ。すぐさま指示を飛ばし、ルカリオもまた出力を絞った“ラスターカノン”で次々と氷塊を撃ち落とす。

 

 そしてあろうことか、迎撃と回避をしつつギャラドスへと肉迫していく。

 並大抵の動体視力ではできない動きだが、波動を操れるルカリオであれば話は別だろう。だが、それでもここまで俊敏に三つの事柄を行うのは、至難の業だ。

 

 驚くように目を見開き、矢張り強いと歯噛みし、だからこそ勝ちたいと笑うライトは、すぐさま大声で叫ぶ。

 

「“アクアテール”で迎え撃ってッ!!」

「“あくのはどう”で怯ませろ!」

 

 最初の対面の再現。

 ルカリオの右手からゴポゴポと溢れだす波動に対し、ギャラドスもまた渦潮のように渦巻く水流を纏わせた尻尾を振るい、真正面からルカリオを迎え撃とうとする。

 

 遠距離攻撃と近距離攻撃であれば、余程のことが無い限り前者が相手に届く方が早い。

 濁流のようにギャラドスの巨体を呑み込む黒い奔流は、そのまま何もさせまいと全身を絡め取ろうとするが、

 

「キシャアッッ!!!」

 

 気合いの一喝。

 纏わりつく力の奔流を、己の力を以てして無理やり剥がし、そのまま“あくのはどう”を放った直後で硬直しているルカリオに“アクアテールを振り払った。

 

 そして、渾身の一撃を真面に受けてしまったルカリオ。

 鞠のようにフィールドを跳ねていき、アッシュが立っている場所辺りでようやくバウンドが終わった。

 パラパラと降ってくるフィールドの破片を、腕で防ぎながらルカリオの様子を窺うアッシュ。その表情はどうにも優れない。

 

「ルカリオ、戦闘不能!」

 

 ワッと湧き上がる観客。

 そしてライトとギャラドスもまた、お互いを励まし合うかのように視線を合わせて頷く。

 

 そのような中で、アッシュはやられたのにも拘わらず笑みを浮かべているルカリオの姿を目にした。

 まるで、つい先程見たブラッキーのようではないか。

 負けたにも拘わらずヘラヘラと―――しかし、不思議と怒りは湧き上がってこない。以前であれば、嫌悪感を表情に浮かべていただろう。

 なのに何故だ。

 心なしか、ルカリオの表情に安堵を覚えてしまっている自分が居る事に気が付いた。

 

(―――……ッ)

 

「……大丈夫か、ルカリオ」

「クァ……ンヌ」

「無理はするな。まだ二体も居る。お前は黙って休んでればいい」

「……バウ」

「あと―――」

「?」

「そんなにギャラドス(アレ)とのバトルは楽しかったか?」

 

 自分でも気持ち悪いほどに言葉がスラスラと出てきたと思う。

 そして、気持ち悪いと思った問いかけをされたルカリオは、目元を綻ばせ、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「……そうか。戻れ、ルカリオ」

 

 驚くほど、優しい声が出た。

 そのままルカリオをボールに戻したアッシュは、再びエレザードを場に出す。

 

 するとライトは相性が悪いと思ったのか、すぐさまギャラドスを交代してジュカインを繰り出してきた。

 ジュカインもまた、笑みを浮かべている。

 

「―――はッ」

 

 鼻で笑った。

 ジュカインをではない。ライトでもない。はたまた、エレザードではない。

 

「エレザード!」

「ジュカイン!」

 

 二人のトレーナーの声が重なる。

 

「「“きあいだま”!!!」」

 

 直後、二体のポケモンが同時に橙色の光球を放った。

 フィールドの地表を抉りながら進む光球は、ちょうど中央の水が溜まっている場で激突し、バリバリとスパークを発しながら拮抗する。

 しかし、その拮抗も長くは続かない。

 

 

 

―――拳銃(チャカ)と一緒さ

 

 

 

(弾道を安定させるにも、突破力を付けるにも回転が大事―――……クチナシさんの受け売りだけど、今は効果覿面だ!!)

 

 ジュカインの放った()()()()“きあいだま”が、エレザードの放った光球を歪ませ、拡散させ、そのままエレザードの胴体に直撃した。

 【ノーマル】タイプでもあるエレザードに【かくとう】技である“きあいだま”は効いたのか、そのままエレザードは爆発に巻き込まれた後、口からケホッと煙を吐き出し、崩れ落ちる。

 

「エレザード、戦闘不能!」

「っし!!」

 

 王手。

 ライトの残りが三体であるのに対し、アッシュの残りは一体。例え、相手が凄まじく強いゲッコウガであったとしても、かなり勝利に近付いてきている。

 

 楽しい。

 

 楽しくして仕方がない。

 

 わくわくして血が沸騰するようなこの感覚。

 

(これだから、ポケモンバトルはやめられない!)

 

 原点(オリジン)は思いだした。

 もう迷うことはない。

 

 このバトルを楽しみ、そして勝つ。

 シンプルだが、それ以上ないほど明瞭な目的だ。

 

「戻って、ジュカイン! ギャラドス、キミに決めた!」

「……ゲッコウガ!」

 

 一旦ジュカインを戻し、再びギャラドスを繰り出す。

 最早交代することもできない相手に対し、真っ先に“いかく”で【こうげき】を下げることは有効な手であると判断した。

 他にも“れいとうビーム”を警戒したという理由もあるが、一切の油断もせずに、考える限りの最善を繰り出し、勝利を掴んで見せようとする気概が感じられる一手だ。

 

 一方、ゲッコウガを繰り出したアッシュはというと―――

 

「……ははッ……!」

 

 鋭い弧を描く口。

 しかし瞳は獣のようにギラギラとした眼光を放っており、自身の劣勢を思わせない程の威圧感を身に纏っていた。

 

 実況も、歓声も、果てしなく遠い場所から聞こえているかのような曖昧さで現実味がない。

 

(久方振りの感覚だ)

 

 このバトルフィールド以外の場所が、現実世界からバッサリと切り取られたかのような感覚は何時振りだろうか。

 

 バトルにだけしか心が向かない。

 自分の息遣いが淡々と聞こえる。

 ゲッコウガの姿の輪郭も、やけにはっきりと見えた気がした。

 

 そして現実味のない世界の中でも、ギャラドスとライトの姿だけは色濃く存在感を放っている。

 “自分たち”と“相手”しか存在しないこの感覚。

 

 

 

 

 

 そうだ―――この感覚を“夢中”と言うのだ。

 

 

 

 

 

「―――ゲッコウガ」

「……コウガ?」

「俺の見通しが甘かった所為で、あと三体をお前に任せることになったんだが……俺は勝てると思ってるぞ」

 

 やや俯き気味で告げるアッシュに、ゲッコウガは豆鉄砲を喰らったポッポのように目を見開いた。

 しかし、すぐさま凛とした佇まいに戻るところは、普段のアッシュの教えの賜物か。

 

 だが、内心は依然として、面と向かって信用されていると口に出されたことに驚いたままであった。

 自分らの主人は、余り精神論を用いないような人間だと思っていたのだが、この大一番で自身の固定観念を崩しにくるとは思わなんだ。

 

 そして続けざまに、面を上げたアッシュが好戦的な笑みを浮かべつつ、こう口走った。

 

 

 

()()()()()()()、ゲッコウガ」

 

 

 

「……コウガッ!」

 

 御意。

 そう言わんばかりに頷くゲッコウガは、すぐさま臨戦態勢に入る。

 

 彼等が纏う雰囲気が変わったことを、今まさに相対しているライトたちはひしひしと感じ取った。

 最後の一体となった相手ほど、油断できない相手は居ない。

 

 狙うは先手必勝。

 

「ギャラドス、“アクアテール”!」

「躱せ!」

 

 巨体を大きく撓らせて尾を振るうギャラドス。

 命中する寸前で跳躍したゲッコウガは、大の字になるよう手足を広げ、ギャラドスの下へ滑空していく。

 このまま行けば、流れに従いギャラドスに直撃する訳なのだが、ゲッコウガはマフラーのように巻いていた舌を解き、ギャラドスの額のツノ目がけて伸ばした。

 

「ッ……ギャラドス、“ぶんまわす”!!」

「ゲッコウガ、舌を放せ! 着地地点に“れいとうビーム”!」

 

 このまま掴まれたままでは攻撃しづらいと考えたライト。

 文字通り“ぶんまわす”技でゲッコウガを振りほどこうと画策するが、ここではアッシュが一枚上手をいく。

 体を撓らせてゲッコウガをぶん回そうとするギャラドスであったが、勢いが最高潮になるよりも前に舌を放したゲッコウガが、宙を翻りながら地面に一条の冷気を放つ。瞬く間に凍る地面―――そこへゲッコウガが滑走する形で降り立ち、着地と移動を同時に行ったではないか。

 

 ギャラドスの周りで弧を描くように滑るゲッコウガ。

 彼を捉えようと、ギャラドスは極太の尾を背後に振るうが、これまた寸前でゲッコウガは驚異的な跳躍を見せ、ギャラドスの頭上へ回る。

 そして、

 

 

 

「“あくのはどう”」

 

 

 

 ルカリオが放つソレよりも遥かに強力な“あくのはどう”が、ギャラドスの体を覆い尽くした。

 途端に衝撃で砂塵が舞い上がり、視界が一面茶色に染まっていく。

 

「くッ……ギャラドス!?」

 

 予想通り―――否、予想以上の威力に驚き、やや上ずった声でギャラドスの安否を確認しようとするライトであったが、何かが倒れるような地響きが、視界が開けるよりも先に聞こえてきた。

 自然と砂塵が晴れていけば、ギャラドスの安否は否応なしに確認できる。

 が、

 

(? ……なんだ、あれ?)

 

 次第に渦巻き始めていく砂塵に違和感を覚えたライト。

 内部で何か起こっているのだろうか。もしギャラドスが依然として健在で、今も尚ゲッコウガに抗戦しているのであれば幸いだが、どうにも雰囲気が違う。

 

 刹那、水が弾けた。

 

「ッ……渦潮!?」

『おぉっと、何だこれはァ―――!!!? 突如、巨大な水の竜巻が天を衝かんばかりに出現したァ!! これはゲッコウガの技なのかぁ!!?』

 

 実況の白熱した声も、今のライトには届かない。

 

「は……ははッ!」

 

 捩れ渦巻く流水に、砂塵も呑み込まれ、数秒も経たない内に視界は明瞭になると同時に、ライトは込み上がってきた笑いをそのまま声に出した。

 

 同時に確認できたのは、倒れて戦闘不能になっているギャラドスの姿と、轟々とうねる渦潮の中に堂々佇むゲッコウガ。

 しかし、どうにも様子がおかしい。

 どうにも、()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

 フォルムチェンジ?

 メガシンカ?

 

 どちらにせよ、何かしらの事象に伴った形態変化を起こしたようだ。

 そのことに観客は勿論、このバトルを見ていたほとんどの者達が騒然とし、極め付けにはゲッコウガのトレーナーであるアッシュさえも驚愕したように瞠目していた。

 

「……ははッ」

 

 そして笑う。

 今、自分の間の前では想像もしていなかった“進化”が起こっているのだ。笑わずには居られないだろう。

 

 そうこうしている間にも、ライトはリザードンを繰り出す。

 目の前で起こる激流に対抗せんと、リザードンはその身に纏う炎を轟々と燃え盛らせる。

 突然劣勢に追い込まれてしまったような錯覚さえしてしまうが、それでも尚、ライトの表情から笑みは消えない。

 

 笑っている。

 両者、共に。

 

(そうだ。どんな時も、何が起こるか分からない……!)

(逆境こそ好機っては、言ったモンだ。驚いたぜ……)

 

 

 

「「これだから、ポケモンバトルは止められないッ!!!!!」」

 

 

 

 最後の最後で“進化”を魅せつけてきた最大の関門が、今、ライトの目の前に立ちはだかる。

 この歓声渦巻く最中、最高潮の心の昂ぶりのままに。

 

 

 

 いつの間にかフィールドの氷は融けていた。

 彼らの熱にあてられて。




備考
 Ash(アッシュ)は、アニメ・ポケットモンスターの主人公サトシの英語名です。
 お気づきになられた方はいらっしゃったでしょうか?

 次話、決着です。


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第百十七話 タイプ:ワイルド

『“ドラゴンクロー”と“つばめがえし”の激突ゥ―――ッ!! P-1グランプリを彷彿とさせる激しい攻防だぁ!!!』

 

 【かくとう】ポケモンのチャンピオンを決める祭典であるP-1グランプリ―――それを彷彿とさせるほどの肉弾戦を披露するのは、リザードンとゲッコウガだ。

 使い慣れた“ドラゴンクロー”で身軽なゲッコウガを捉えようと試みるリザードンであるが、巨大な水を身に纏うゲッコウガはスイスイと鋭い一閃を躱していく。

 

 ビュッと風を切る爪を掻い潜りながら、合間を縫って華麗な足技での反撃を喰らわせる。

 地のスピードで劣っているリザードンは無理に回避するのではなく、肉を切らせて骨を断つ精神で、カウンターを狙っていた。

 どうにかして、ゲッコウガのスピードを少しでも削れないか。

 思慮を巡らすのはライト。手持ちの中で最も早いジュカインですら劣るのだから、正面突破は悪手だろう。

 

「なら……“じしん”!!」

「飛んで躱せ、ゲッコウガ!」

「今だ! “ドラゴンクロー”で岩を飛ばせッ!!」

 

 地表に爪を突き立て、轟音響かせる揺れを生み出すリザードン。

 ゲッコウガはその攻撃を見切り、すぐさまとんぼ返りするかのようにバク転して宙に逃げるが、それこそライトが狙っていた隙。

 宙であれば、ゲッコウガ持ち前のスピードは生かすことができない。

 

 そこへリザードンが、突き立てていた爪をそのままスライドさせて地面を抉り、無数のフィールドの破片をゲッコウガへ放り投げた。

 

「“みずしゅりけん”で迎え撃て!」

 

 しかし、太腿に掌を添えたゲッコウガが、特殊な粘性の液体を用いて手裏剣を生み出す。

 次の瞬間には、放り投げられた数々の“みずしゅりけん”が、襲いかかる破片を次々に撃ち落としていく。

 当たっては弾け、また当たっては弾け―――燦々とした太陽の陽が降り注ぐ今、弾け飛ぶ水飛沫は光を乱反射し、幻想的な光景を次々と生み出していく。

 

 一方、実際に戦っている二体はと言えば、幻想的な光景には似つかわしくない表情だ。

 今も、ゲッコウガが放った“れいとうビーム”を、リザードンが“フレアドライブ”で無力化しながら肉迫しようとしている。

 

「くッ……“ハイドロカノン”を当てて回避しろ!!」

 

 螺旋するように回転して飛翔してくるリザードン。

 効果はいまひとつと言えど、喰らえば致命傷は免れないだろうという判断から、最高火力を以てして迎え撃つことに決めたアッシュ。

 

(ああ、楽しいな……この限限(ギリギリ)の感覚!)

 

 まるで、今まさにリザードンと相対しているゲッコウガのようになった気分で、事の顛末に目を向ける。

 真正面から突っ込んでくるリザードンに狙いを付けるべく、マフラーのように巻いていた舌を解き、がま口を露わにした。喉の奥からは、ゴボゴボと水が湧き出る際に浮かび上がる泡のような音が響いてくる。

 

 刹那、激流という言葉でも足りないほどの流水が、蒼い爆炎の塊目がけて放たれた。

 

 一瞬にして水気が満ちるフィールド。

 それほどまでに膨大な激流を正面から喰らうリザードンであるが、一切の速度減衰が見られない。

 

「イ……ケぇぇえええええええッッ!!!」

 

 ただ信じることしかできない。

 この一瞬ではそれしかできないライトは、あらんばかりの声でリザードンへ声を届ける。

 

 その想いが届いたのか、【みず】の究極技と謳われる攻撃を前にしても、リザードンの進撃は留まる事を知らない。

 当たった傍から、ある程度の水は蒸発していく。それだけでも相手の攻撃の威力を減らすことができている。

 

 相手は、リザードンのように翼が無ければ、特別空中を飛び回れるような手段を持ち合わせていない。

 そんなポケモンが宙で凄まじい反動のある技を使えば、その後どうなるかは容易に想像できる。

 

―――ここが正念場

 

 この一撃さえ凌ぐことができれば、限りなく頂点に近付くことができる。

 それを理解しているリザードンは、軋む自分の肉体に気にすることもなく前へ、ただ前へ進むことだけを意識していた。

 

 体力はゴリゴリ削られている。

 今進めているのは、ほとんど並々ならぬ気力があるからこそ。

 

 繋いでくれた。

 仲間が繋いでくれたからこそ、今この一瞬がある。

 そして、この一瞬こそが勝負の分かれ目だ。

 

「グォォォオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 

 最後の力を振り絞るかのように咆哮を上げるリザードン。同時に、“フレアドライブ”に伴う体に纏う蒼炎も、一層苛烈さを増す。

 そして―――視界が晴れた。

 

 水しか映らなかった視界に、攻撃を放った反動によって無防備のゲッコウガが、宙に佇んでいるではないか。

 あと少し羽ばたけば、ゲッコウガの胴体にこの一撃を決めることができる。

 その想いのままに羽ばたく―――

 

 

 

 

 

「ゲッコウガぁッ!!!」

 

 

 

 

 

 アッシュの叫ぶ声が響く。

 同時に、技の反動で気力を失っていたゲッコウガの瞳に光が戻った。

 するとゲッコウガは、ダランと垂れていた舌に力を入れ、鞭のように撓らせるようにして、迫りくるリザードンに叩き付ける。

 

 ジュワっと舌の水分が飛び、潤いが消えていくような音が聞こえるが、ほんの僅かにゲッコウガの体は横にずれた。

 

「―――ッ!!?」

 

 それが決定的だった。

 結論で言えば、リザードンの“フレアドライブ”は当たった―――のだが、僅かに攻撃の軸から逸れたことにより、攻撃はゲッコウガの左半身にしか命中しなかった。

 左半身に走る衝撃に目を細めるゲッコウガ。反動で体が横回転するが、持ち前の体幹ですぐさま体勢を整え、近くの岩壁に着地する。

 

 そんな相手を追うべく、再びその身に炎を纏おうとするリザードン。

 だが、ふとした瞬間に視界がグラついた。

 暗転する視界。身体中の力が抜けていく感覚に抗うことができず、そのままリザードンは墜落し、フィールド中央の川へ落水する。

 

 派手な水柱を上げて落水したリザードン。

 観客の中には、準決勝で見せたタフネスによって、まだ立ち上がれるのではないかと考える者も居たようだが、現実はそう甘くはない。

 

 水柱が上がったことによる霧が晴れれば、メガシンカが解け、元の橙色の体色となったリザードンが、眠っているかのように安らかな顔で倒れているのが、全員の目に映った。

 

「リザードン、戦闘不能!」

「……お疲れ様、リザードン。ゆっくり休んで」

「よくやったゲッコウガ。まだいけるな?」

 

 倒しさえできなかったが、それでも執念でゲッコウガの体力を削ったリザードンを労うライト。

 一方、執念の一撃を僅かに貰ったゲッコウガは、息を荒くしつつも戦闘続行の意思をアッシュに伝えるように頷く。

 

 残りは一体。

 疲弊したジュカインのみ。

 状況はよろしくはない。寧ろ、こちらが劣勢と言っても過言ではない状況だが、依然としてライトは笑みを浮かべている。

 今更恐れ戦いた所で状況が好転しないことは重々承知していた。

 しかし、そのような考えよりも、今は『楽しい』という感情が先行している。

 

「―――行こう」

 

 感情の変遷。

 辿り着いた先は原点。

 

 敗北は怖れていない。

 

 勝利を信じている。

 

 今こそ、決めるのだ。

 

「ジュカイン、キミに決めたッ!!!」

「ジュルァァァアアアアアアッ!!!」

『ライト選手、最後の一体を繰り出したぁ!!! 正真正銘、最終決戦です!!! 果たして今年度のカロス地方ポケモンリーグチャンピオンに輝くのは、どちらの選手かぁ!!? 目が離せません!!』

 

 現れる若草色の体。

 己を鼓舞するかのように咆哮を上げる様は、リザードンの姿が重なる。

 

「……」

 

 その姿を一瞥するアッシュは、何を思っているのか、数秒瞼を閉じる。

 

「―――勝つぞ」

「コウガッ!!」

 

 透き通った水がゲッコウガの体を再び覆う。

 

「“あくのはどう”!!」

「“きあいだま”!!」

 

 漆黒と光弾が激突する。

 

 複雑な色合いの波動とエネルギーは混じり合い、絡み合い、互いを呑み込むかのように喰らい、刹那的に弾け飛んでいった。

 

「どっちも負けるなぁ!!!」

「ライトォ!! お姉ちゃんは信じてるわよォ!!」

「行けぇ、ゲッコウガァ!! ジュカインもだ!!」

「負けたら承知しませんわよぉ!!」

「野暮かもしんないけど……頑張れぇ!! それしか言えねぇ!!」

「ファイト! ファイトォ!!」

「ピッカァ!! チャァア!!」

 

 熾烈なバトルに呼応するように、歓声もヒートアップしていく。

 これこそが王者の祭典(ポケモンリーグ)決勝戦(ファイナル)の熱というものだ。夏の暑さにも負けぬ、人とポケモンの昂ぶりは留まることを知らずに、胸の内を焦がしていく。

 このバトルは、今コロシアムに居る者のみならず、電波を通じて世界に発信され、多くの者の目に映る。

 

 彼等に伝播する熱は、次第に広がり、新たなトレーナーたちの心に火を熾す。

 聖火の如く次世代に引き継がれ、弱弱しく、やがて激しく燃え盛る炎となりえる種火を!

 

 互いにヒットアンドアウェイを得意としているのか、刹那の剣戟を交えては離れるといった動きを見せる二体。

 この試合中、一度はゲッコウガに為す術なく退いたジュカインであったが、自分の背に全てが掛かっているという自覚から、普段の数倍以上もの集中力で、辛うじて直撃を免れていた。

 

 迫る“れいとうビーム”は、最小限の動きを以て、紙一重で躱す。

 牽制に放たれる“みずしゅりけん”は、“めざめるパワー”で相殺する。

 止めを刺そうと繰り出される“つばめがえし”は、普段滅多に使わない腕の鋭利な葉で防ぐ。

 

 一挙一動に、二択三択を迫ってくる。

 

 今も、辛うじて防ぎ、反撃の隙を窺うことしかできない。

 だが、予想していたことだ。

 こうでなければ意味がない。

 

 ジュカインの瞳には、氷のように燃え盛る闘志が宿っている。

 

 冷静に、且つ情熱的に。

 後ろから聞こえてくる指示に、ほぼ反射的に体が動く。以前であれば、極度のプレッシャーから、体が動くことすらままならなかったことだろう。

 それでも今は、落ち着いて相手の動きを捉えられている。

 

 

 

―――遥か前方を歩いていたように思えていた背中を

 

 

 

―――今は、もう少しで追い越せる場所まで

 

 

 

―――手を伸ばせば、届く!

 

 

 

 カッと目を見開いた瞬間、ほぼ零距離で“みずしゅりけん”が放たれる。

 一直線に繰り出される一撃。

 

「ッ!?」

 

 だが、ゲッコウガの繰り出した攻撃を完全に捉えたジュカインは、首を傾げるように倒し、“みずしゅりけん”の一閃を回避した。

 相手が疲弊したことによる攻撃速度の低下か、はたまたジュカインの極限の集中によるものか。

 

 だが、千載一遇の好機(チャンス)が訪れたことには変わりはない。

 

「ジュカイン、“きあいだま”ぁあ!!!」

 

 すかさず良く通った声が響く。

 

―――ショウヨウジムでも聞いたことがあるような気がした

 

 怒号にも似たような声。

 だが、そこに赤黒い感情は窺うことはできない。

 寧ろ、全幅の信頼を以て願っているかのような、全力で背中を押してくれるような空気の震え。

 

 気付いた時には、バリバリと限界まで収束し切った光弾を、零距離で地面に叩き付けていた。

 ゲッコウガはと言うと、寸での所で跳ねて回避し、今は宙に留まっている。

 

「追撃!!」

 

 今こそ、決着の時。

 ライトはパチンとフィンガースナップを慣らしつつ、追撃の指示を出す。

 

 太腿に力を込め、ギャロップ顔負けの跳躍でゲッコウガへ肉迫するジュカイン。だが、彼の顔面へ影が掛かる。

 

「―――“つばめがえし”ッ!!」

 

 ムーンサルトキックの要領で放たれる“つばめがえし”が、跳躍したジュカインの顔面に叩き込まれた。

 跳躍した筈であるにも拘わらず、数秒後には真下の川へ叩き込まれる。

 間欠泉の如き水柱が上がった。霧散する水は日光で虹を描く。その中を滑空するゲッコウガは、今や今やと水面に注意を向けていた。

 

 そして、

 

「ジュカインッ!!!」

「ゲッコウガッ!!!」

 

 健在であったジュカインが、水面から顔を覗かせた。

 その瞬間、ゲッコウガは俊敏な動きで印を組み、狙いをジュカインへ定める。

 

「“リーフ―――」

「“れいとうビーム”ッ!!!」

 

 一条の光線が、水面目がけて放たれた。

 バキバキと宙に霧散する水さえも凍らせる“れいとうビーム”は、瞬く間にジュカインへ命中し、その四肢を氷結させていく。

 

 五秒もすれば、立派なジュカインの氷像が出来上がる。

 

 漂う白い冷気。

 動かない氷像に、観客の誰もが言葉を失った。

 

(―――勝った)

 

 時間の流れがやけに遅く感じられる。

 ゲッコウガの着地が、コマ送りのように見えてくるほどに。体操選手のように翻るゲッコウガが、滑らかな動きで地に足を着けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、氷像が砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジュルァアアアアアアアアッ!!!!」

 

 咆哮、旋風。

 一瞬何が起こったのか、アッシュには理解できなかった。

 

 だが、辛うじて目に見えたのは、砕け散った氷像の真下から飛び出してくるジュカインが、両腕に木の葉渦巻く旋風を纏わせている姿。

 

「ッ、“みずしゅ―――!!?」

 

 迎撃の指示を出そうとするアッシュであったが、予想よりも素早い動きで肉迫するジュカインに、間に合わない事を直感してしまった。

 よく見れば、ジュカインの体の至るところから水が尾を引いている。凍っていたのであれば、体が濡れていることなど有り得ない。

 

 つまりジュカインは、飛び出す直前まで水の中に身を潜めていたということ。

 

(囮を―――“みがわり”を使って隙を……ゲッコウガの着地を狙ったのか!?)

 

 他人の知る由もない事象。

 ライトは、自身が指を鳴らした時は“みがわり”を使うようにとジュカインに教え込んでいる。

 しかし、ライトが指を鳴らしたのはジュカインが跳躍する前。

 『水の中に身を潜めろ』とはこれっぽちも口にしてはいない。

 

 だが、ジュカインは主の意思を汲んだ。

 直前のリザードンの戦闘を見て学習し、自分に順番が回って来た時にソレを生かした。

 

 これを成長と言わずとしてなんと言うのか?

 

 そして、ライトたちの狙いはもう一つ。

 ジュカインが体に帯びている淡い緑色のオーラが―――“しんりょく”が理由だ。

 

(この一撃に全てを賭ける!!!)

 

 皆が繋いだ努力によって実が結ぶように、少年は叫ぶ。

 

 

 

 

 

「―――ストォォォオオオム”ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 木の葉状のエネルギーが吹き荒ぶ。

 ゲッコウガの肢体を、彼が身に纏う激流さえも振り払うように、木の葉は天を衝かんばかりに巻き上がっていく。

 

 

 

―――舞い上がる

 

 

 

―――切り裂いていく

 

 

 

―――全部、晴らしていく

 

 

 

 あの日、悲しさと寂しさを代弁するかのように降り注いでいた雨。流れる涙もはっきり窺えない中、独りトモダチを見送ることとなった自分の不甲斐無さへの怒り。

 

 濛々と心の中に立ち込めていた湿気った感情は―――たった今、消え去った。

 

 フィールドを呑み込まんばかりに巻き起こった旋風は、何時しか止んでいた。

 代わりに、依然二本足で大地に立つジュカインと、大地に手足を放り出して倒れているゲッコウガの姿がはっきり見える様になっている。

 

 静まり返るコロシアム。

 

 嵐の前の静けさと言うべきか。

 

 

 

 

 

「―――ゲッコウガ、戦闘不能! よって勝者、ライト選手!!!」

『き……決まったぁぁぁあああ!!! 今年度カロスリーグチャンピオンの誕生ぉぉぉおおおッ!!!!』

 

 

 

 

 うぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

 

 

 

 ビリビリと肌を突き刺す震動が、水面の波紋のように広がっていく。腹の底に響く轟音が、二人のトレーナーを現実世界へと引き戻す。

 

 一人は未だに呆けている様に口をあんぐり開け、一人は目の前の結果に満足したかのように息を吐く。

 

「勝った……? 僕―――」

「ジュカァァァアアア!!!」

「ぐぇほぉッ!!?」

 

▼ジュカインの すてみタックル!

 

▼きゅうしょに あたった!

 

「う゛ぇっほ!! う゛ぇ……おぉぉお……み、鳩尾……!」

「……大丈夫か?」

 

 もんどりうつように倒れ、腹部に手を当て暫し悶絶しているライトに、ゲッコウガに肩を貸すアッシュが心配するかのようにやって来た。

 些か場違いなのほほんとした空気に呆れ顔のアッシュだが、ライトの横で滂沱の涙を流して喜んでいるジュカインを一瞥し、フッと微笑んだ。

 

「ジュカイン」

「ッ? ……ジュカ?」

 

 突然声を掛けられたことにより、ジュカインがビクッと肩を跳ねさせて、アッシュの方へ顔を向けた。

 涙でぐしゃぐしゃの顔だ。

 だが、自分が育てていた時には垣間見ることもなかった強い表情に、アッシュは呼吸を整えから告げる。

 

 何を言うべきか?

 

 謝った方が良いか?

 

 褒めた方が良いか?

 

 それとも―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――強くなったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たったそれだけ。

 それだけ告げて、アッシュはゲッコウガと共にフィールドから去っていった。

 

 そんな彼の背中を見送る形になったジュカインのダムは決壊する。

 

 

 

―――どれだけ頑張っても、期待されるような結果を出すことができなかった

 

 

 

―――最後の最後には見限られるようにして置いていかれた

 

 

 

―――にも拘わらず、最高の場で相手として打ち負かし、成長を称賛された

 

 

 

―――ただ単純に、一言で

 

 

 

「ジュ……ジュァ~~~!!!」

「ジュ……ジュカイン?」

「ジュァァアアアア~~~~~……ッ!!!」

 

 勝ったことへの歓び。

 仲間たちの夢を代わりに果たせたことへの安堵。

 忌まわしき過去を払拭せしめる、元主の一言への感慨。

 

 様々な感情が入り乱れたジュカインは、ただただ涙を流し、空を仰ぎながら声を上げる。

 

 一方、ジュカインとアッシュの因縁など知る由もないライト。喜びに打ち震えつつも、子供のように泣き喚くジュカインにそっと腕を回し、『ありがとう』と小さく呟いた。

 

 それによって更にジュカインの涙腺が決壊するのだが、こう言わずには居られなかったのだ

 

 

 

 

 

 彼等を称賛し、新たなるチャンピオンを歓迎する声は何時までも響き渡っていく。

 何時までも、何時までも―――。

 



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第百十八話 そうだ、ジョウト行こう

 閑静とした病室に一人、ハッサムは一人無言で佇んでいる。

 負傷した右腕はいまだギプスがとれないままだ。進化したばかりの頃も、一度このような感覚に違和感を覚えた記憶がある。

 

 まだ鋏の重さに慣れていない頃……今思えば、とても充実していた時だ。

 自分たちの上は幾らでも居る。だからこそ、一日一日を大切に、仲間たちと共に精進していかなければならないと考えていた。

 

 しかし、何時頃だっただろうか。他の仲間たちが自分と肩を並べるようになってきて、負けては居られないという思いと共に、どこか安堵の念を覚えていた。

 憮然に振るおうとしていても、心のどこかでゆとりが生まれたのかもしれない。

 

―――自分でなくとも、他の仲間がどうにかしてくれるのかもしれないと。

 

 信頼と他力本願が表裏一体になったような不思議な感覚。

 旅に出た始めの頃は、己が一番強いという自負があった。だからこそ、ライトの為に最も奮闘し、活躍しなければならないのは己だという責任を抱き、常に慢心することなくバトルに臨めたのだが―――。

 

 そのような考えが何度も頭の中をグルグルと周り、酷い自己嫌悪に陥っては、このまま居なくなってしまえればという自暴自棄な考えが幾度も浮かんでくる。

 

 今頃ライトたちは何をしているのだろうか?

 

 あのまま勝ち進め、優勝しているかもしれない。

 

 もしくは、惜しくも敗れて涙を飲んでいるかもしれない。

 

 主人には是非とも勝ち進み、栄光の頂に輝いて貰いたい―――だが、一方で自分無しで勝ち進んでは欲しくないという複雑な気分にもなる。

 それからまた自己嫌悪に陥っては、動かそうとする度に激痛が走る右腕を鬱陶しそうに睨みつけた。

 

「ハ~ッサム」

「!」

 

 突然開く病室の扉。

 反射的に顔を上げたハッサムが視界に入れたのは、少しばかり疲弊した顔色を覗かせるライトと手持ちのポケモンの数々であった。

 流石にギャラドスやミロカロスは病室に入らないとボールにしまっているのか、二体の姿は見えないものの、ほとんどの手持ちが勢揃いで見舞いに来たようだ。

 

 心なしか嬉々とした雰囲気を漂わせる彼等に『まさか』と思ったハッサム。

 直後、目が眩まるばかりに輝く巨大なトロフィーを、背中から取り出してバッと見せつけるライト。

 

「勝ったよ」

 

 端的に、しかし歓喜に満ちた声で告げる。

 

「……これで、半年後の四天王戦。勝ち抜けたらチャンピオン戦に挑めるよ」

 

 既に先を見越すような物言いで話を進めるライトは、持っていたトロフィーを一度リザードンに託し、メガリングを着けている右手を差し出す。

 

「行こう。一緒に」

「……?」

「僕、レッドさんと少し話したんだ。半年の間に何をするべきなのかって。それで決めた。レッドさんに稽古つけてもらおうって」

 

 突拍子もない計画に、ハッサムの目は点となる。

 一方ライトは、賞賛を讃える歓声と拍手を送られる最中、表彰台の上でカロス地方チャンピオン・カルネにトロフィーを渡された時のことを思いだす。

 

 

 

―――この六か月後の時間でどれだけ変われるかで、自ずと結果は変わるわよ

 

 

 

 チャンピオンはおろか、四天王の腕にも今の自分は及ばないことを理解していたライト。

 そんな彼が頼った人間こそ、一度チャンピオンになった生ける伝説であった。

 

「大体のプランはこう! まず入山許可を取る為にカントーとジョウトのジムバッジを全部集める! そうしてから、シロガネ山に入って野生のポケモン云々とのバトルもしながら、レッドさんとバトルして鍛える! どう!?」

「……」

「チャンピオンに勝つには、元チャンピオンを打ち負かせるぐらいにならなきゃいけないと僕は思ってるんだ。だから、それには君も必要なんだ」

 

 徐に差し出した手を、ハッサムの怪我した右腕に添える。

 そんな少年の言葉に、未だベッドに腰掛けるハッサムの瞳にはじんわりと涙が浮かび始めた。

 

―――まだ彼は、自分を必要としてくれている。

 

 今ここで立ち上がるには十分すぎる理由に、ハッサムの心はこれ以上ない程に震えあがる。

 自己嫌悪や己への怒り、そして求められたことに対する歓喜で、かつて涙を流したことのないハッサムの目尻からポツリと一粒雫が零れた。

 その様子を見て微笑むライトは、更に言葉を紡ぐ。

 

「シロガネ山には、湯治にもってこいの秘湯があるんだってさ。きっと、そこでならハッサムの怪我もよくなる」

「……ッ」

「一緒に行こう。君なしでチャンピオンになれたとしても、きっと心の底から喜べないと思うから」

「―――!」

 

 次第に肩が揺れ始めるハッサムは、面を俯かせたまま、ライトの言葉に黙って頷くだけだ。

 

 ぽつりぽつりとベッドに染みを作っていく雫。

 それは、信頼する仲間たちだからこそ見せることができた、彼の弱さであった。

 

 もう一人で気張ることはない。

 この場に居る全員が、既に掛け替えのない仲間だ。

 今はただ、優勝したという喜びを分かち合えばいい。

 ひたすらに、ひたすらに……。

 

 

 

 ***

 

 

 

『それでは、今年のカロスポケモンリーグの優勝を飾ったライト選手へのインタビューです! ライト選手、今のお気持ちは如何ですか!?』

『え、あー……と、とても嬉しいです! その、夢に一歩近づけた感じで……』

 

 派手な装飾がなされた部屋の中、一人ポケギアをニヤニヤと眺める姉が一人。言わずもがな、ライトの姉であるブルーだ。

 

 昨日の表彰式・閉会式を終えたばかりでトロフィーを持つライトにマイクを向けるのは、記者であるパンジーである。『私の目に狂いはなかった!』と言わんばかりに、目を燦々と輝かせて迫ってくる彼女に気圧されるライトの声は、やや上ずっていた。

 そのような緊張しまくりな自分の声など聞きたくはないライトは、恍惚とした表情のブルーに歩み寄る。

 

「……姉さん。その……人前で昨日のインタビューを見るのやめてくれない?」

「あら、なに言ってるの!? 弟が折角頑張って優勝したっていうのを喜んで何が悪いのよ~! うふふふ、家で録画予約した奴、ちゃんと録画できてたらいいんだけど……出来てたら、しっかり円盤に焼かないと! 保存用と観賞用、そしてご近所に配る分も……」

 

(永久保存版にするつもりなのっ!?)

 

 DVDに焼いて永久保存するつもりの姉に、驚愕の色を隠さないライト。

 暴走列車の如く、弟の活躍に興奮するブルーを止めるのは、最早不可能。それを悟ったライトは、周りでガヤガヤと談笑している者達へ目を向けた。

 

 ここはプラターヌ研究所。さらに細かく言えば、大広間に位置する部屋だ。

 プラターヌを始めとし、ジーナ、デクシオ、コルニ、カノン、レッド、果てには大会の運営の為に出向いてきたコンコンブルも、ライトの優勝を祝うべく、この細やかな祝勝会に集まってくれている。

 

 昨日頑張ってくれたポケモンたちも、今は彼らの手持ちたちと戯れており、広間は非常に賑やかだ。

 

「ピッピカチュウ!」

「あ、ピカチュウ。お祝いしてくれるの?」

「チャア!」

 

 徐にライトの足元にやって来たピカチュウ。

 何やら、得意げな笑みを浮かべてふんぞり返っているが……。

 

「……『やっと半人前だな』、的なニュアンスなのかなぁ」

「どうだろうね……」

「ぅレッドさん!? あぁ~吃驚したぁ……あ、昨日は湯治の提案してくれてありがとうございます!」

 

 ヌッと幽霊が如く背後に忍び寄って来たレッドに驚きながらも、ハッサムの湯治を提案してくれたことに対し感謝を述べたライト。

 だが、レッドはいつものような能面のまま、ゆっくり首を横に振る。

 

「いや、山の頂上で自堕落な生活を送り続けるよりかは、誰かのパートナーの療養っていう大義名分があれば、罪悪感が減るから……」

「えぇ……」

「でも、君のハッサムを良くしてあげたいのはホント。昔から連れ添う子と一緒にバトルできなくなったら、凄い淋しいもんね……」

「……はい」

 

 足元のピカチュウを抱き上げ、擽るように喉元を指で撫でるレッド。

 気持ちよさそうに『チャァ~♪』と声を上げるピカチュウは、至極幸せと言わんばかりの表情だ。

 

 穏やかなレッドの微笑み。それを向けられ、彼の指に体を委ねるピカチュウの姿が、彼らの付き合いの長さを窺わせる。

 

「……四天王とチャンピオン。凄く強いと思うよ」

「っ! はい」

 

 不意なレッドの呟きに、ライトの表情が険しいものとなる。

 元チャンピオンが言うだけあって、ライトの未来に立ちふさがる五つの壁は、並みでは超えられる高さと堅牢さがあると、否応なしに感じざるを得ない。

 だが、そんなことは百も承知。今更尻尾を巻いて逃げるつもりなどはない。

 

 ライトはただ口を結んで、次の言葉を紡ごうとするレッドを待つ。

 

「でも、今まで積み重ねてきた分と、これから積み重ねていく分。全部合わせれば、きっと……」

「きっと?」

「きっと……あの……あれ。あれだよ。うん。やれる、きっと。諦めないで」

「ここにきての語彙力低下!!」

 

 突然の語彙力低下。ウルップを思わせる語彙に、ツッコまざるを得ない。

 大事なところで抜けている。今に始まったことではないが、レッドは中々天然な部分があるようだ。

 

「……まあ、恰好はつかなくなっちゃったけど、諦めないのが肝心。決勝でわかったと思う」

「はい! どんな逆境でもパートナーを信じて、パートナーが信じる僕を信じる……あの時はひしひしと感じました。だから、あの時の感覚を僕は忘れない―――」

「俺より全然語彙あるね……なんか自信なくしちゃった」

「レッドさん、僕の所為ですか? 僕の所為なんでしょうか」

「ううん、気にしないで。色々と打ちひしがれているだけだから」

「大丈夫じゃないですよ、それ」

 

 ここに来てのグダグダである。

 年下に心配される生ける伝説は、心に(勝手に)負った傷を癒すべく、抱き上げたピカチュウへのモフモフを敢行し始めた。

 

 先輩のモフモフタイムを邪魔するべきではない。そう考えたライトは振り返り、他の場所で談笑している者達の下へ向かおうとする。

 

 背後で『ヂュゥウウ!!』と鳴き声が聞こえるが気にしない。

 電撃がバリバリ爆ぜている音も響いているが気にしない。

 若干の悲鳴も混じっているように聞こえるが気にしない。

 

 というか、気にしてはいけない。気にしたら負けなような気がする。

 

 不思議な力で振り返ることを制止された気分になりながら、ジュース片手に『こっち来なよー!』と手を振るコルニやカノン、ジーナ、デクシオに気が付く。

 ライバルとして、時には友達として支えてくれた者達。

 感謝の言葉を告げれば、どれだけの時間がかかってしまうだろうか。

 だが、今はそのようなしんみりとした空気になる必要もない。

 

 にっこりと笑顔を浮かべ、すぐにコルニたちの下へ向かう。

 

「あぁ、待ってくれ」

「え……あ、コンコンブルさん!」

「まずは、優勝おめでとう。君とポケモンとの“絆”……確と見届けさせてもらったよ」

「~……ありがとうございますっ!」

 

 声をかけてきたのは、キーストーンを託してくれた継承者のコンコンブル。

 メガシンカの力なくば、本選に勝ち進めていたかも疑わしいところだ。自分の夢を後押ししてくれた人物の一人として、きちんと礼を言わなければならない人物。

 

しっかり腰を折り曲げて感謝の言葉を述べれば、何やら含んだ笑い声が聞こえてきた。

 すると、床の方へ視線が向いていたライトの視界に、一つのモンスターボールが割り込んでくるではないか。

 

「ライトくん、これを……」

「ボール……ですか?」

「ああ。中には、ディアンシーが入っている」

「ディア!? えっ、なんで僕に……?」

「おや、前に言っとらんかったかな? まあ、些細なことだ。前々から、君がチャンピオンになったらこの子を託してもいいと考えていたんだ」

 

 唐突なディアンシーを託す旨の発言。ライトは驚きを隠せぬまま、差し出されるボールを凝視する。

 ディアンシーは幻のポケモン。ポケモンマニアにしても、研究者にしても喉から手が出るほど欲しいポケモンの一体とも言える。

 

 そのようなポケモンを子供に託すのは、些か危ないのではないだろうか? 心無い大人が、隙を見て無理やりにでも奪うのでは……そんな考えがライトの脳裏を過ったが、コンコンブルの顔を見たライトは、グッと真摯な眼差しを浮かべる。

 

 彼は、自分を一人前のポケモントレーナーとして見てくれているのだ。

 晴れて『カロスリーグチャンピオン』という称号を得た今だからこそ。そのような考え方も出来なくはない。

 

「……コンコンブルさん」

「どうだい? 受け取ってみる気にはなったかな?」

「受けとるのはちょっと……だって、主を決めるのはディアンシー自身ですから」

「……なるほど」

「だから、この子が本当に付いていきたいって思えるトレーナーと出会うまで、預かります!」

 

 思わぬライトの言葉に、コンコンブルは眉を顰める。

 

「預かるとな?」

「はい! 折角向こうに帰るんだったら、その子にも別の世界を見せてあげたいなぁ~……って。本当のパートナーに出会えるその時まで、世界が広いってことを一緒に旅して教えてあげたい。仲間と一緒に旅することの楽しさも教えてあげたい。そう……思います」

「ほう……うむ、それが君なりの考えか。はっはっは、結構結構! なら、君の考えを尊重しよう」

 

 快活な笑い声を上げ、『ほれ!』とボールをライトに押し付けるコンコンブルは、非常に清々しそうな表情を浮かべている。

 彼の笑顔が伝播したように破顔するライトは、渡されたボールの開閉スイッチを押し、中に納まっていたディアンシーを繰り出す。

 

 突然出されたディアンシーは、周囲の状況をよく理解しておらず、キョロキョロと辺りを見渡した後に、『くぁ~』と呑気に欠伸をかいた。

 そんなディアンシーに手を差し出すライト。

 徐に差し出された手に、ディアンシーはきょとんと首を傾げるだけだ。

 

「―――これからよろしく!」

「……♪」

 

 しかし、笑顔で握手をすれば、もう友達だ。

 がっちり握手を交わした後は、飛びついてくるディアンシーを抱きかかえ、再度コルニたちの下へ―――と思いきや、駆けるライトの下へ彼の手持ちがなだれ込んだ。

 

「おぎゃあ!? ちょっ、みんな! 重い重い重い!!!」

 

 ディアンシーを抜きにしても、約724キロの体重。それらが一斉に、一人のマサラ人にのしかかる。

 

 マサラ人でなければ死んでいた。

 

 必死に皆をどかそうとするライトの形相を、カメラに憑いているロトムが『ケテケテ♪』と笑いながら、何度もシャッターを押して、その混沌とした場をデータに残していく。

 ワーワーと一層騒がしくなる広間。

 だが、そこに広がっているのは優勝の喜びを改めて分かち合うヒトとポケモン、そして彼らを祝う者達の温かさで溢れかえっている。

 

 晴天の日に大地を照らす日光のような温かさが。

 

「さて、皆さん! 改めて、彼の優勝を祝うとしましょう!」

 

 そこでグラスを片手に持つプラターヌが、爽やかスマイルを浮かべ、グラスを高く掲げて見せた。

 

「ライト君と彼のパートナーたちの健闘を称え、そして掴んだ栄光を祝って、乾杯っ!!!」

『かんぱーい!!!』

 

 カラン、と連なるようにして響く氷がガラスと触れあう音。

 それと同時に広間に響く祝福する声は、その後も惜しみなく、一人の少年と彼の手持ちたちへ向けられていった。

 

 長い時間。

 それこそ、日が沈むまでだ。否、沈んだ後も。

 

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎる。それは何処でも言われていることかもしれないが、この時ほどライトがそう思う時間はなかった。

 興奮冷めやらぬまま、ブルーがとってくれたホテルに泊まり、そして夜が―――

 

 

 

 ***

 

 

 

「もう少し、ゆっくりしていけばよろしいのに……」

「駄目だよ、ジーナ。ライトにもライトの都合があるんだから」

 

 ここはミアレ空港前。

 地方を行き交うべく集う者達で溢れかえっている建物内では、少々淋し気な表情を浮かべるジーナとデクシオが、キャリーケースを手に持っているライトたちを見つめていた。

 

 そう。ライトとブルー、レッド、そしてカノンは今日中にカロスを発ち、ジョウトへ帰る予定なのだ。直行便で行けば半日。ゆとりをもって家に帰る為にも、午前中にはカロスを発たなければならない。

 

「うん、ごめんね。でも、半年後にもう一回来るからさ」

「ああ、そうだよ二人とも。ライト君、でも偶には電話してくれると嬉しいな。その方が、ロトムも喜んでくれるからね!」

「はい、プラターヌ博士! ロトム、あんまり博士に迷惑かけちゃダメだよ?」

「ケテッ♪」

 

 ジーナたちの保護者とも言うべきプラターヌは、ライトから研究の為に受け取ったロトムと共に見送りに来てくれていた。

 短い間だが、ロトムもライトの旅の仲間として、時間を共にしたポケモンだ。

 面白可笑しく笑っているロトムだが、どこか別れ行く仲間の背に、名残惜しさを覚えているような色が窺える。

 

 そんなロトムに微笑みかけ、自分達が乗る便まで、あとどのくらいの時間があるかをポケギアで確認した―――その時だった。

 

「ライトォ―――っ!」

「ん……あっ、コルニ!」

「寝坊したぁ!!」

「そんな鬼気迫った表情で言われても……ッ!」

 

 自動ドアを潜り、こちらを見つけるや否や、ルカリオと共に全力疾走で近づいてくるコルニ。

 余りの威圧感に、ライトのみならず他の者達、果てには赤の他人さえも引きつった笑みを浮かべる。

 

「いや、うん……焦る気持ちは分からなくもないと言うか、なんと言うか……」

「はぁ……はぁ……ッ! いや、アタシはライトが思ってるより焦ってるから! はぁ……ライト、あと飛行機乗るまでどのくらい時間ある!?」

「時間? 割と一時間くらいは……」

「はぁ……なるっ、ごほぉっ!」

「時間あるから、一旦呼吸を整えて!」

 

 咳き込むコルニ。余程急いできたのだろうが、傍から見れば必死過ぎて引きそうだ。

 暫く、コルニの呼吸を整える時間を挟む一同。その間、ライトは延々と彼女の背中を擦っていた訳であるが、突然勢いよく上体を起こした彼女に『おぉっ!?』と驚くハメになってしまった。

 

「ライトっ!」

「ど、どうしたの?」

 

 改まって名前を呼ばれ、目が点となるライトに対し、コルニは一拍呼吸を置いてからこう言い放った。

 

「―――バトルしようぜっ」

 

 風を切る音を響かせ、拳を突き出す。

 真っすぐな瞳が捉えるのは、栄光に掴んだ一人のチャンピオンだ。

 

 

 

 

 

―――約束を果たすべく、彼女は此処に赴いた。

 

 

 

 

 

「……うんっ!」

 

 断る理由など、無い。

 

 突き出された拳に対し、固く握りしめた拳をコツンとぶつけて見せた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ルールは1対1! どう、シンプルでしょ!?」

「うん。どの子で来るの?」

「ふふっ……アタシが繰り出すのはこの子! バシャーモ!!」

 

 空港の敷地内の端の方にあるバトルコート。

 そこにライトとコルニたちはやって来ていた。

 

 雲一つない、まさにポケモンバトル日和。いや、例えどんな天気だったとしても、この一戦を取りやめることなど出来はしない。

 

 静かに高鳴る鼓動を抑えつつ、チャンピオンへの挑戦者を見遣るライトが目にしたのは、彼女の相棒とも言うべきルカリオではなくバシャーモだ。

 意外なチョイスに、何事かと眉を顰めるライトであったが、次に彼女が起こした行動ですぐに得心が行く。

 

「命ッ!! 爆・発ッ!!! バシャーモ、メガシンカッ!!!!」

 

 爆ぜる絆の光が迸り、コルニとバシャーモの二人を繋いでいく。

 そして瞬く間にバシャーモの姿は変貌し、頭から生えていた羽毛は天を衝かんばかりにV字に逆立ち、手首から噴出していた炎も、一層その苛烈さを増す。

 

 心なしか、気温が上がったように感じる。

 それほどまでに、彼女たちから感じる熱気が凄まじいということであった。

 

「そっちがバシャーモなら、こっちは……リザードン、キミに決めた!!!」

「グルァッ!」

「―――メガシンカ!!!」

 

 メガシンカには、メガシンカを。

 

 否、約束のバトルなのだ。例え相手がメガシンカできないポケモンであったとしても、ゼンリョクを尽くすべく、始めから漆黒の火竜の姿を露わにしていただろう。

 

 一昨日の疲労を感じさせぬ威圧感を放つリザードンは、空と大地を揺るがすほどの雄叫びを上げる。

薄っすらと漂う王者の風格。それは一度優勝した故の慢心や傲りなどではない。ただただ挑戦者を寄せ付けず、相手を圧し潰すかのような重圧だ。

 己の立場を自覚し、それだけの風格を見せつけるとは、自分のパートナーながらすさまじいことだと感慨にふけるライト。しかし、すぐさま相手に意識を向ける。

 

「ふぅ……手加減なしだからね!」

「モチのロン!」

 

 役者は揃った。

 徐にライトはバトルコートの横で立っているブルーを見遣る。そんな弟の頼みを受けて審判を務めることになったブルーは、茶目っ気たっぷりにウインクを送った後に、右手を高々に掲げた。

 

「よーし。それでは、ライトVSコルニの試合を開始します!! それでは―――……始めッ!!!」

「リザードン、“ドラゴンクロー”!!!」

「バシャーモ、“ブレイズキック”!!!」

 

 躊躇うことなく相手へ肉迫し、己が武器を振るう二体。

 激突する爪と脚は、辺りに衝撃波を伝わらせ、思わず観客であるカノンたちの表情を歪ませるに至るが、そこまで意識の向かない二人と二体は遠慮のない激突を続ける。

 

 雄たけびと共に空を裂く“ドラゴンクロー”。

 

 空気を焼き焦がさんと燃え盛る“ブレイズキック”。

 

 目が眩まんばかりの電光を発する“かみなりパンチ”。

 

 岩石をも容易く砕く脚力で放たれる“とびひざげり”。

 

 “かそく”する相手を打ちのめさんと、自分を鼓舞するような“りゅうのまい”を繰り出すリザードンに対し、トドメの一撃の為に己を高める“ビルドアップ”を行うバシャーモ。

 

 

 

 そして、

 

 

 

「「“フレアドライブ”!!!!!」」

 

 二つの灼熱が、青空の下で激突した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――……バトル、凄かったね」

「うん。お互い、会ったばっかりの時から成長してるからね」

 

 唸るようなエンジン音が鳴り響く機内で、他の乗客に迷惑がかからない声量で談笑するライトとカノン。ブルーとレッドはと言えば、バラエティで使うようなデザインのアイマスクをかけ、昼寝に勤しんでいるところだ。

 

 そんな彼らを起こさない為にも、細心の注意を払って先程のバトルを思い出す二人。

 心躍る熱いバトルとは、まさにあのこと。ポケモンリーグ決勝戦にも負けじと劣らない熱さが、あの時は皆の心を確かに奮わせていた。

 

「寂しい? カロス離れて……」

「ううん……って言ったら、ちょっと嘘にはなるけどね。でも、大丈夫。みんな夢に向かって頑張ってるんだから、僕だけ立ち止まってる訳にもいかないしっ!」

「……そうだね」

「うん……まだ夢の途中なんだ」

 

 少し儚げな微笑みを浮かべるライトが窓を覗けば、何か月も旅して歩いたカロス地方が、眼下に広がっていた。

 最も美しいと謳われる地方―――カロス。

 

 確かにあの場所には、美しい出会いがあった。

 美しい人間が多く居た。

 美しい自然がたくさんあった。

 美しい建物がたくさんあった。

 そして、美しい思い出がたくさん出来た。

 

「……僕、頑張るよ」

 

―――でしょ? コルニ

 

 声に出さぬものの、ライトは友の名を呟きカロスを後にするのであった。

 もう一度戻ってくる約束の場所へ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 飛行機雲の尾を引かせている飛行機が、明後日の方向へ向かって飛び立った。

 それを見上げるコルニは、隣で寝転ぶルカリオやバシャーモ、他の手持ちたちと共に拳を掲げる。

 

「……さよならは言わないよ、ライト。また―――」

 

 新たな約束は交わした。

 

 殿堂入りした彼と、もう一戦交えるという約束を。

 別れの言葉はいらない。

 再会の時まで、己を高める。

 それが、今自分の為すべきことだ。

 

 コルニは、高く掲げた拳に誓うのであった。

 



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第百十九話 Ready Go!

 吹き渡る潮風が、火照った体の熱を奪っていく。

 どこか懐かしいようで、しかし新鮮な気分になれる潮風に迎え入れられ、少し苔むした石畳を踏みしめれば、もう第二の故郷とも言える街に到着だ。

 

「アルトマーレ……水の都……!」

 

 燦々と輝く日光に照らされ、カノンやブルーと並び立つライトは、そう言わずには居られなかった。

 グッと伸びをして、故郷の空気を吸い込むライト。

 そんな彼を一瞥するカノンは、フフッとほほ笑んだ後、囁くように呟く。

 

「うん……おかえり、ライト!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ライドォォオオオ!!! おめでどぉおおお!!!」

「近い近い! 父さん、あとウルサイ!! ご近所迷惑だから!!」

「そう言ってもだなぁっ……!」

「はいはい……」

 

 キャリーケースを引き摺って帰路につき、自宅の扉を開けるや否や飛び出してきた父・シュウサクに、呆れた笑みを浮かべるライト。

 

「ハァ~イ、パパ♪ 弟と一緒に、貴方の娘が帰ってきましたよぉー」

「おぉ、ブルーも帰って来てくれてたのか! いやぁ~、お父さんは果報者だな! こんな凄い娘と息子を持つんだからっ!」

「どいたまー! じゃ、ライト。まずは荷物部屋に置きましょ」

「うん」

「あれ!? やけにあっさり!?」

 

 感涙するシュウサクを余所に、長旅の疲れを癒したいと言わんばかりの動きを見せる子供たちに、ショックを隠せないシュウサク。

 色々と成長した子供たちだ。父としてベタベタできる時間も、残り僅かかもしれない。そんな懸念がシュウサクの脳裏を過った!

 

「ねえ、姉さん」

「んー? なーにー?」

「レッドさん、今頃どの辺かな?」

「あ~、レッド? なんやかんやで、もうシロガネ山には着いてるんじゃない? 人のポケモン預かって湯治に行くのに、あっちゃこっちゃに寄り道する訳にもいかないだろうし」

 

 荷物を部屋の隅に置きながら、ハッサムを預けたレッドの居場所を問うライト。

 『んー』と人差し指を顎に当てるブルーは、幼馴染の勘を生かし、彼が既にシロガネ山に到達していることを口にする。

 カロスからの便に乗り、コガネシティに降り立ったライトたちは、すぐにアルトマーレに帰る組とレッドに分かれたのだ。コガネからシロガネ山へは、それなりの距離があるハズだが、彼のポケモンを鑑みて既にシロガネ山に到達していてもおかしくはない。

 

 納得するように頷くライトは、『そっか』と穏やかな笑みを浮かべる。

 早速相棒は、再びバトルの場に出てこれるよう治療に専念しているハズだ。そう考えるだけで、自分も負けてはいられないといった興奮が、心の奥から滲み出るような感覚を覚える。

 

「どうしよう……明後日には発つかな」

「なに!? 明後日にまた旅に出るつもりなのか!?」

 

 徐に呟いたライトの一言に、我が子の帰還によって喜びに打ち震えていたシュウサクが、声を荒げた。

 そういえば言ってなかったな。

 しまった、と言わんばかりに引きつった笑みを浮かべるライトは、すぐさま自分が本気でそう考えていることを告げる為、真剣な顔を浮かべて応える。

 

「うん。ジョウトとカントーを回る予定……」

「はぁー、我が息子ながらアクティブだ。そこは姉さんとそっくりだな、ははっ!」

「……あれ、イイ感じ?」

「ん? イイも何も、息子の見聞を広める為にも、お父さんはライトを止めるつもりはないぞ! 寧ろゼンリョクで応援する! 頑張れ! 半年後には、四天王戦があるんだろ?」

「……うん! ありがとう、父さん!」

「ああ!」

 

 息子の背中を押していく様子のシュウサクは、笑顔でライトの感謝の言葉に対して頷く。

 

「うふふ、久々の親子水入らずねっ♪ あ、でもライト。ボンゴレさんとかにも挨拶してきなよ?」

「分かってる! 後で皆と行くつもり」

「そ。ならいいんだけど」

 

 カノンの祖父・ボンゴレへの挨拶など、今日はやることが多い。

 遠い地方とは言え、ポケモンリーグで優勝したライトは、一躍アルトマーレの有名人だ。既に彼の帰還の噂はご近所伝いに広がっていき、軽く家の外は凱旋ムードで小さな騒ぎが起こっている。

 

(嬉しいと言うか、こっ恥ずかしいと言うか……)

 

 トホホ、とため息を吐くライト。

 祝福されるのはありがたいが、そういった空気に慣れていない。齢十二の子供なのだから、当たり前だと言えば当たり前なのだが……。

 

(あ、そうだ。ボンゴレさんの挨拶の帰りに、本屋寄らなきゃ……売ってるかな?)

 

 ふと、とある用事を思い出す。

 新たな旅路へ向かう準備として、一冊欲しい本があったのだ。

 

 絶対必要かと言われれば頷きかねるが、将来の為には欲しい一冊。

財布の中身を確認し、その本が買えるだけの金額があるかどうかを確認した後、『じゃあ行ってきます!』と元気のいい声を上げ、ライトは家の外へ出ていく。

 

 『聞いたわよ~、ライトくん。おっきな大会で優勝したんだってねー!』と話しかけてくるおばさんや、『ライト兄ちゃん、サインくれー!』と色紙を渡してくる小さい子供を何とか突破し、少し開けた場所でリザードンを繰り出したライトは、颯爽とその大きなオレンジ色の背中に飛び乗った。

 

「よしっ、リザードン! 空を飛んで行こう!」

「ガウッ」

 

 初めて訪れた時は叶わなかった、空から望むアルトマーレの景色。

 入り組んだ水路に、レンガ造りの家の数々。活気に溢れる大きな通りでは人々が行き交い、開けた水路では、水上レースの練習をしているトレーナーも居る。

 

「気持ちいいー……そう言えば、僕もこうして空から眺めるの初めてかも」

 

 旅立つ以前は、こうして空を飛べるポケモンを有していなかったことから、街を真上から見下ろすことなど、考えもしなかった。

 しかし、改めて違う視点から望むアルトマーレは、水の都の名に違わない清らかさに満ちているように見える。

 

「……うん」

 

 一つの決意が固まったとでも言おうか。

 濛々と立ち込めていた水蒸気が凝結して水になるように。そして、形の定まらなかった水が、ようやく氷へと凝固したように、ライトの中で一つの決意が固まった。

 

 心機一転。新たな“目標”が出来たところでの深呼吸は格別の味だ。

 このアルトマーレの潮風に吹かれながらの深呼吸は、一度味わったら忘れることができない。

 

 清々しい気分になりながら、雲が行き交う空を暫く見上げるライト。

 高揚し、温度が上がった体温を風に晒して冷ましたところで、再びアルトマーレを見下ろす。

 

「……リザードン、カノンの家はあっちだよ。行こッ!」

「ガウッ」

 

 ライトの指示を聞いたリザードンは軽く頷いた後に、力強く翼を羽ばたかせ、主が指し示した場所へ向かう。

 フワリと臓器が浮かぶような感覚。始めこそ慣れず、気分を悪くしてしまったものだが、今になってみればジェットコースター気分で楽しめるものだ。いや、パートナーへの信頼があるからこそ、心から非日常的な感覚を楽しめるのだろう。

 

 そう考えた途端、この三か月間の間にパートナーとの間に築き上げたキズナを、実感できるような気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カノンの家に挨拶に出向いた後の帰り道、ライトは街の書店に立ち寄り、一冊の本を購入していた。

 

『毎度ありがとうございました~』

「あったあった……♪」

 

 凡そノートではない分厚さの本。

 ましてや、雑誌などの大きさでもないソレを大事そうに抱えるライトは、意気揚々と帰路につこうと考えかけたが―――。

 

(……少し、あそこに立ち寄ろうかな)

 

 虫の知らせのような、はたまたそうでないような予感がライトの足を“秘密の庭”へ向かわせる。

 カノンの家に出向いた際、『カノンなら出かけてしまっているな』とボンゴレに告げられたのだ。となれば、恐らく彼女が居るのは其処しかない。ラティオスやラティアス、ハクリューなど、挨拶したいポケモンはよく庭園で戯れているのだから。

 

(皆もあそこならくつろげるだろうし……)

 

 もうすぐ夕暮れ時ではあるが、カロスで手持ちに入った仲間たちと庭園のポケモンたちを対面させるのも一興だ。

 特に、ライトが勝手にレモン味と考えているラティアスも、代々アルトマーレを護ってきている個体とも仲良くなれるだろう。

 

(うん! それがいいな!)

 

 即断即行。

 軽快な足取りで、一部の人間とポケモンしか知らない領域へ向けて歩き出す。

 

 日暮れが近くなり、次第に赤らみを帯びていく街並み。赤い水の都というのも、また趣があっていいものだ。

 美しいカロスの街並みを観てきても尚、このアルトマーレが持つ美しさというものは見劣りすることがない。それだけ、愛着が湧いてきたと言ってもいいだろう。

 

「あ、ライト。散歩?」

「あれ?」

 

 ふと横から聞こえる声に、足がピタリと止まる。

 スッと振り向けば、秘密の庭に居ると踏んでいたカノンが、画材が入った袋を片手に画材店から出てきたではないか。

 

「あ……ううん。庭に行こうかなぁ~、って……」

「そうだったの?」

「カノンは? これから帰るの?」

「う~ん、画材買って帰るつもりだったんだけど、折角だしもう一回行こうかな」

「そっか」

 

 カノンの話を聞くに、既に帰って来てから一回は秘密の庭に赴いたようだ。

 少し申し訳ないような気持ちにもなるが、本人が乗り気である以上、帰らせる方が失礼というもの。

 

「あ、じゃあアイス買ってこうよ」

「うん、いいよ」

 

 日が降りてきて気温が少し下がったとはいえ、季節は夏。

まだまだ暑い中、ここで一発キンキンに冷えた食べ物で体の内側から冷やしたいものだ。そう言わんばかりにアイスクリームを買って向かうことを提案するライトに、カノンは笑顔で応えてくれる。

 

 ライトはソーダ味、カノンはストロベリー味を購入し、チロチロと舌で舐め取るように食べながら、二人並んで秘密の庭へ向かう。

 

 舌から伝わる清涼感。そして、ほどよい甘みと酸味は、半日にわたる移動で疲弊した体に染み渡るというものだ。

 

 それからほどなくして、見たことのある場所を潜っていけば、隠された庭園が姿を現す。

 

「ようし、皆出てきて!」

 

 腰のベルトに着けられているボールを次々に開き、中に入っていたポケモンたちを繰り出す。

 リザードンやギャラドス、ミロカロスは、何度か来ていることもあってか心落ち着いた様子で庭園を歩き回るが、他のポケモンたちは初めて見る場所に興奮し、辺りを駆け回るなり飛び回るなり、活発な動きを見せ始める。

 かねがね予想していた事態だが、移動で疲れた自分とポケモンたちとの疲弊の差に、何とも言えない気分になってしまう。自分はまだポケモンリーグの疲れも完全に抜けきっていないというのに、ポケモンたちはこれほどまでに元気なのだ。そんな気分になってしまうのも、致し方ないことと言えよう。

 

「皆元気だなぁ……」

「ブラッ!」

「あ、アイス食べたいの? はい、あんまり食べたらお腹壊しちゃうからちょっとだけね」

 

 自然な呟きを口にすれば、喜んだガーディのように庭園を駆け回っていたブラッキーが、全力疾走後の体の火照りを冷やさんが為に、ライトの食べかけのアイスを求めて近寄って来た。

 特にあげない理由もない為、食べすぎだけは注意して差し出したが、その時一陣の風がライトとブラッキーの間を吹き渡る。

 

「あッ」

「ヒュァアアン♪」

 

 手から忽然と姿を消すアイス。

 一方で、噴水近くに浮遊するライトのラティアスが、ぺろぺろとアイスを貪るように舐めていた。

 

 その光景に愕然とするブラッキーだが、逆鱗に触れられた【ドラゴン】タイプのような形相でラティアスを追いかけていく。食べ物の恨みは恐ろしいとは言ったものだ。ボールから出てものの数分で、アイスを賭けた全力の鬼ごっこが始まってしまった。

 

「……ははッ、元気すぎるなぁ」

「ふふっ、無いよりはいいんじゃない? 違う?」

「まあ、そうなんだけどね」

 

 乾いた笑い声を上げるライトに、穏やかな笑みを浮かべるカノンが応えてくれた。

 元気である方がいいことは、ここ一週間でよく理解した事実だ。今頃ハッサムは、シロガネ山の秘湯から、夕日を眺めているのだろうか。それだったら少し羨ましい気持ちにもなるが、敢てハッサムのことは口に出さず、依然として鬼ごっこを続けるラティアスとブラッキーを見遣る。

 

 リザードンはいい木陰を見つけて昼寝に入り、ジュカインもまた、ちょうどいい木を見つけては、その木の枝の上で腰かけてすやすやと眠り始めた。

 ミロカロスやギャラドスはと言えば、噴水近くで水浴びしていたハクリューと意気投合したようであり、文字通り体を絡ませるようにして派手な水浴びを続ける。

 そしてディアンシーは、人一倍新しい景色に興味が湧いているようであり、庭園の隅の隅まで見回りに向かっていた。

 

 大分賑やかになってしまった庭園。

 その原因であるポケモンたちの主であるライトは、好き勝手やるパートナーたちを、優しい瞳で眺めるだけだ。

 

 そんな幼馴染の横顔を眺めていたカノンは、次第に融け始めてきたアイスを一瞥し、ライトの目の前に差し出す。

 

「ほら、私のアイス食べる?」

「あ、いいの?」

「いいよ。ちょっと融けてるけど―――」

 

 カノンがライトにアイスを手渡そうとした瞬間、再び似たような風が二人の間に吹き渡る。

 アイスが手元にないことに気が付いたカノンは、宙にふよふよ浮遊して、アイスをとても美味しそうに舐めているラティアスを見上げた。

至福な様子。見る者癒す恍惚とした表情を浮かべているラティアスだが、長い付き合いであるカノンは彼女の悪戯に憤慨し、甲高い声を上げる。

 

「~~~、コラー! 勝手に人のモノ盗らないの!」

「ま、まあ暑い日だし……こっちのラティアスもアイス食べたかったんじゃない?」

「そういう問題じゃないからっ!」

「?」

 

 プンプンと怒るカノンに、イマイチ彼女が怒っている理由を理解しかねるライト。

 それからほどなくしてカノンの怒りは収まり、二人の話す話題は変わる。それは勿論、これから再び旅に出るライトの話だ。

 

「また旅に出るんだ……一週間くらいゆっくりしていけばいいのに」

「うん……でも、ジッとしてられないって言うかなんて言うか」

「……ま、それもライトらしいよね。あとさ……その手に持ってるの何? ずっと気になってたんだけど……」

「あ、これ? 資格の本」

「資格?」

 

 ライトが携えていた紙袋が気になって問いかけてみれば、ライトは特に躊躇う様子もなく、中に入っていた資格の本とやらを取り出した。

 資格と言っても、種類は千差万別。

 一体彼はなんの資格を取りたいのやらと首を傾げるカノンであったが、予想外のタイトルに目を見開く。

 

「……『ジムリーダー資格 研修テキスト』……え、ジムリーダーになりたいのっ!?」

「うん、将来的にはなろうかなって」

 

 ケロッとした様子で言い放つライトに対し、カノンは依然として状況が呑み込めずに困惑した様子である。

 彼は『チャンピオンになりたい!』とは昔から常々に言っていたが、『ジムリーダーになりたい!』と口にするのは、彼女さえ一度も見たことがない姿だったからだ。

 

 驚愕と戸惑いで暫し混乱状態になるカノンだが、そんな彼女の意識を覚醒させるような一言を、ライトは言って見せた。

 

「―――……僕、アルトマーレにずっと住もうかなって」

「え……」

「この街が好きだからさっ。大人になって……ううん、早い内からアルトマーレに貢献できるようなお仕事がなんなのかって考えた時、真っ先に浮かんだのがジムリーダーだったんだ」

 

 第二の故郷を守り、そして時間を共にしていきたい。

 それがライトの考えであり、決意であった。

 

 言わずもがな、彼に『ジムリーダーになる』という選択肢を浮上させるに至ったのは、数か月に渡り彼の横に並んで歩んできたコルニが影響している。

 街を守るのであれば、ジムリーダーより適任な仕事はない。

 無論、警察や観光ガイドなど、他にも街に携わって貢献できるような仕事は数多くあるが、その中でもライトはジムリーダーになりたいと考えた。

 

「いっぱい旅して気が付けたことがある。そんな僕の旅の経験を、何よりバトルって形で旅する人たちに伝えてあげたい。今だからそう思えるんだ」

「……そっか」

「……んまあ、今ジョウトのジムリーダーって八人ピッタリだから、どこかに空きが出ないとイケないし、それなりに先の話になると思うんだけど……」

「ううん、凄い良い考えだと思う」

「そ、そうかな? あははっ、なんか恥ずかしい気もするけど……」

 

 カノンの背中を押してくれるような発言に、頬を上気させて照れるライト。

 そして、そんな羞恥心を隠すように勢いよく背伸びし、既に赤一色の空を見上げる。

 

「その前に! まずは殿堂入りだぁーっ! 名前も声も知らないトレーナーたちが、僕を待ち受けてる!」

「プッ、ふふっ! なにそれ」

「気合い!」

「……うん、ライトなら大丈夫。きっとできるよ!」

 

 朗らかに笑うカノン。

 またもや幼馴染の後押しを受け、次なるステップへの気合いは満タンだ。

 

 “夢”を語る少年。彼を見つめる少女の瞳には、淡い赤色が宿っていたことに、この時見つめられているライトは気が付かなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして、新しい旅立ちの日もあっという間にやって来た。

 天気は快晴。波も穏やかで絶好の船出日和。これほど新たな旅立ちに適した日はないと言えるほどだ。

 

 これからジョウトとカントーを回る予定のライトは、少し大きめのリュックを背負い、すっかり履き潰してしまったスニーカーを新調し、新たなスニーカーを履き、ヨシノシティまで向かう船が出る桟橋に立っている。

 彼を見送るのは、家族は勿論、ボンゴレや仲の良いご近所などもだ。

 だが―――

 

(あれ? カノン居ないけど、どうしたんだろ……?)

 

 この場に来てもおかしくない幼馴染の姿が見えない。

 

「あのう、ボンゴレさん。カノンは……」

「うむう、中々見えないな……。朝はしっかり起きとったんじゃが、どこで道草を食ってるのやら」

 

 カロスよりは近場とは言え、旅の期間はカロスよりも長い予定だ。

 ここで別れを告げなければ、しばらく直接会うことはできない。となると、流石のライトも寂しい気分になってしまうものだ。

 

「あらあら、も・し・か・し・て♪」

「……なに、姉さん?」

「ライトとお別れ言うの寂しいんじゃな~い?」

「それで来ないって言いたい訳?」

「おほほほ、ライトは乙女心分かってないわね。って、言ってる傍から……♪」

「ん? あっ……カノン!」

 

 茶化すようなブルーの後ろから、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

 もしかしなくともやって来たのはカノンだ。ゼェゼェと息を切らし、『遅れてゴメン……ッ!』と軽く謝罪して口火を切ったカノンは、やや赤らんだ頬を浮かべながら、ライトの海のように青い瞳を真っすぐ捉える。

 

 こうして、間近で面と向かわれて見つめられるのは余り機会がない。

 何事かとやや引け腰になるライトであったが、カノンの真摯な眼差しに、自然と彼の表情も真面目なものとなる。

 

「あの……カノン?」

「ライト、その……えっとね……色々言いたいこと考えたんだけどさっ」

「う、うん」

 

―――旅をしている間に、いつの間にか自分と幼馴染の身長が同じ位に伸びたな

 

 そんな呑気なことを考えているライトの顔に、次第にカノンの顔が迫ってくる。

 潤った瞳と唇が、視界の端に映ったのもつかの間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが私の気持ちだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬に、暑い体温が迸った。

 

(柔らか……良い匂いもして、温かい。あれ、これって……)

 

「キ―――」

「頑張ってね」

「カノ、ン……?」

 

 頬に刻まれた熱が逃げぬよう、自然と口付けされた部分に手を当てるライト。

一方、オクタンのように真っ赤な顔になったカノンは、いじらしい笑顔をライトにだけ浮かべた後、ピューッとその場から逃げ去っていく。

 

 幼馴染へ一大決心からの、勇気ある行動に出た少女へ、ライトの見送りに来ていた者達からの熱烈な煽りが止むことはない。

 だが、ライトにしてみても、現在他人が何を言っているかなど聞こえない状態だ。

 冷やかすように、ベルトに着けられているボールも絶え間なく揺れているが、今は頬に残る熱と色香に、意識のすべてが向けられている。

 

(『これが私の気持ち』って……え、じゃあ―――)

 

 やっと正気に戻り、去って行ってしまったカノンの姿を探すライト。

 しかし、既に幼馴染の姿はこの場にない。

 

 色々と悟ってしまった瞬間、羞恥も興奮も戸惑いも全て消え失せ、温もりだけがライトの表情を綻ばせていく。

 

(……帰ってきた時までに答えはとっておくから。だから、待ってて)

 

 あれは、“夢”に向かって一直線に駆けていく自分に対しての、カノンなりの激励だったのだろう。勿論、想いを伝える意味を込めて。

 

「……よしっ! じゃあ、そろそろ行くよ」

「うん、体には気を付けてね。カノンちゃんを心配させたらダ・メ・よ?」

「わ、分かってるって……じゃあ、姉さん。父さん。ボンゴレさんや他の皆も、見送りに来てありがとう!!」

 

 朗らかに笑う者達へ、精いっぱいの感謝を伝えるライト。

 そして太陽のように明るい笑顔を浮かべ、こう告げた。

 

 

 

「―――いってきます!」

 

 

 

 ここはゴールではない。

 新しいスタートラインなのだ。

 

 だから、彼の歩みが止まることはない。

 例え目の前に困難が立ちはだかろうとも、順風満帆な旅路とは程遠い道を歩むことになったとしても―――彼の隣にはポケモンたちが居るのだから。

 

 

 

「よーし、まずはキキョウのジムへ向けて出発だァー!!!」

 

 

 

 ライトとポケモンの旅は、これからも続いていく。

 続くったら続く!

 

 

 

 To Be Continued...?



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Epilogue ~10 years later~

 朝の閑散とした時間帯。

 窓からは、思わず目が眩んでしまうかのような明るい朝日が差し込んできており、同時に小鳥ポケモンたちの囀りも入ってくる。

 

 心地よく鼓膜を揺らす囀りに合わせるように、とある一軒家のキッチンでは、小刻みに野菜を切る音と何かを焼く音が奏でられていた。

 台所に立つのは、腰まで届く長い髪を揺らす女性。動き易いラフな装いで、尚且つ視力が衰えているのか、眼鏡をかけている。だが、その眼鏡が一層女性に大人っぽさを醸し出していた。

 

 朝食を作る女性の傍らでは、リザードンが器用にコーヒーポッドを扱う。

 かなり手慣れた様子だ。三人分のコーヒーを淹れ、その図体に似合わず、室内のモノに接触することなくリビングのテーブルへ、コーヒーの入ったコップを運ぶ。

 その様子をキッチンから眺めていた女性は、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ありがと、リザードン」

「ガウッ」

「ついでだけど、ライト起こしてきてくれる? 私、今日早く出ていかなきゃいけないから……」

 

 少し困ったように眉を顰めれば、リザードンは有無も言わずに二階へ続く階段へ向かって歩いていく。

 

 暫し待てば、足音が二人分響いてくる。

 

「―――おはよ……カノン」

「うん、おはよ。ちょうど朝ごはん出来たトコ」

「ありがと……ふわぁ……」

「ふふッ、お疲れ?」

 

 降りて来た青年―――ライトに向かって、茶化すような口振りで朝の挨拶を交わす女性―――カノンは、出来立てのトーストやサラダを手にし、テーブルを朝食で彩る。

 向かい合う形で椅子に座る二人。さらに、ライトを起こしに向かったリザードンは、さも当然と言わんばかりに、部屋の一角に置かれているテレビに面と向かう位置取りの椅子に座る。そこから流れるような動きでコーヒーを片手に、リモコンを操ってテレビの電源を入れる姿からは、貫禄が溢れていた。

 

 そんなリザードンが電源を入れたテレビには、麗しい美貌で茶髪の女性が映っている。

 傍らに立つのは、宝石のドレスを纏っているかのような美しい姿形のポケモンだ。まるで、御伽噺に出てくるお姫様のような姿は、トレーナーと思しき上品な身なりの女性と相まって、映像を華やかに彩ってくれる。

 

『―――それでは、昨日行われたカロスチャンピオン防衛戦で、見事挑戦者を退き、カロストップの座を守りぬいたセレナさんと、バトルのフィニッシュを飾ったディアンシーにインタビューです!』

「あ、防衛成功したんだね」

「うふふっ、ディアンシーも元気そうよ」

「うん……ホント、元気で何よりだよ」

 

 にこやかにほほ笑むカロスチャンピオンと、そのパートナーにマイクを差し向けるパンジーの映像を眺める二人は、トーストを齧ってからコーヒーを啜り、温かな雰囲気のままに食事を進めていく。

 

 ディアンシーを見つめるライトの瞳は、子供を見る親の瞳のような優しさが宿っている。

 

 “彼女(ディアンシー)”とは1年半の付き合いだったが、10年近く経った今でも鮮明に覚えているほどの思い出があった。

 しかし、それでも尚“彼女”をセレナに託したのは間違っていなかったと、今なら断言できる。ライトはそんな誇らしさを覚えながら、欠片ほどに小さくなったトーストを口へ放り込んだ。

 

 一度は自分も立った頂点の座。

 その座に立つべく、まずはジョウトとカントーを、初心に立ち返る思いでバッジを集め回った。

 新たなる数々の出会いがあり、時にはバトルで敗北もした。特に、トキワジムの攻略は困難を極めたが、三度の挑戦で掴んだ勝利。

 そしてシロガネ山に足を踏み入れ、レッドと送るバトル三昧の日々。

 コテンパンに負けては戦略を練り直し、個々の基礎スペックを上げるべく、山の周辺に生息する強力な野生ポケモンたちと繰り返すバトル。

 さらには、共にレッドに勝つべくやって来たヒビキと偶然再会し、飽きることなく対人戦も試みた。

 

 自分でもよく飽きなかったものだと感心するレベルでバトルを続けた後、息抜きにジョウトに出来たバトルフロンティアにも赴き、特訓の成果を実感するべく、五つの施設の攻略にも奔ったものだ。

 

 最終的にレッドに勝てたかどうかは、今はもう覚えていない。

 しかし、あの特訓の日々があったからこそ、後にカロスで挑戦した四天王戦を潜り抜け、カルネとの激戦も制し、殿堂に名を刻むことが出来た。

 

(殿堂入りした後は、チャンピオンは辞退して……それから色んな地方回って……それからヤナギさんがジムリーダー引退したから、試験受けて……―――あの時の倍率凄かったなぁ)

 

 チャンピオンの座に居続けることは辞退し、見聞を広めるためにシンオウやイッシュも渡り歩いたライト。

 そして、旅をする間に風の噂でジョウトジムリーダーに空席が出ることを知り、急いで故郷に帰り、アローラ’sナッシーの首の如き高さの倍率を突破し―――

 

「じゃあライト。私、そろそろ出かけなきゃいけないから……」

「あ、コガネに行くの今日だったっけ? 折角だし送ってく?」

「うふふっ、大丈夫。リューちゃんに乗ってけばひとっ飛びだもん。気持ちだけ受け取るから」

 

 話ながら食器を片付けていたカノンは、恥じらう様子も見せず、コーヒーに口をつけるライトの頬へ口付けする。

 そんなカノンの様子の反面、ライトは慣れていないのか、若干頬を上気させていた。

 

 同棲して数年経つが、まだ挨拶感覚のキスには慣れていない。

 

 恥じらいと興奮に笑みを引きつらせていれば、窓がコンコンと叩かれる音が室内に響いてくる。

 反射的に振り返れば、昔のカノンとお揃いのベレー帽を被る『リューちゃん』ことカイリューが、挨拶代わりに帽子を脱いで一礼していた。昔の青い体は見る影もなくなってしまったが、【ドラゴン】タイプに相応しい重厚感を有すカイリューは、今はすっかりカノンのパートナーだ。

 仕事で遠い場所に赴く場合が多い彼女にとって、地球を16時間で一周してしまえるほどの飛行能力を持つカイリューは、移動手段としてまさにうってつけ。

 

「おはよっ、リューちゃん。今日はカノンよろしくね」

「リュー!」

「ガウッ」

 

 主の伴侶の言葉に力強く頷くカイリュー。

 そこへ、リザードンが朝の世間話にと歩み寄っていく。

 

(……今更だけど、コーヒーカップが似合うなあ)

 

 リザードンとは十年を超える付き合いにもなったが、未だかつて彼ほどコーヒーカップが似合うポケモン―――否、ヒトにも会った事がない。

 豆のブレンドから焙煎なども行うなど、余りにも人間味が溢れているリザードンは、ここアルトマーレでしか見ることができないだろう。

 

 そんな呑気なことを考えている内に、大きなショルダーバッグを担いできたカノンが姿を現す。

 

「じゃ、行ってきます!」

「うん、気を付けてね」

「ライトも。今日、予約入ってるんでしょ? 挑戦者待たせちゃダメなんだからね、ジムリーダー殿♪」

「―――うん、わかってるって!」

 

 笑顔のまま、顔をそっと近づけ―――を交わした後、カイリューに乗って空へ飛び立っていくカノンを見送るライトは、ジムへ向かう用意を進めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「え~っと、ジムの方向は……う~ん、ここら辺は入り組んでてよく分からないよぉ~!」

 

 アルトマーレの街の一角。一人の少女が、地図を手に携えながら、涙目で入り組んだ細道を歩き回っていた。

 手にしている地図は、街にやって来た時に無料で配布されていたモノだ。入り組んだ道の多いアルトマーレを歩くには必需品と言っても過言ではない代物。しかし、少女はそれを携えていても尚、歴史を感じさせる細道にて彷徨うハメになっていた。

 

「もう三十分も遅刻しちゃってるし……はわわっ、どうしよう……!」

 

 怒られる!

 昨日予約を入れたにも拘わらず、こちらが遅刻するとは一体何事か。『マナーがなっていない!』と怒鳴られるやもしれないと、少女は只でさえ感じていた焦燥がより一層強くなる。

 建物の陰となり、日光も余り差し込まない細道は、『自分はここから目的地へ着くことも、ここから抜け出すこともできないのでは?』という考えも浮上させた。古より栄えてきた水の都の、古き良き街並みなど、今は見ている暇はない。

 

―――ザパッ

 

「ん?」

 

 背後から聞こえた、水中から何かが姿を現すかのような音に振り返る少女。

 そこに居たのは、凶悪な顔つきをしている青い凶竜だった。

 

 少女の背丈の何倍もある巨体が、水面から突き出るようにそびえ立ち、鋭い瞳は涙目の少女を射抜いている。

 

 食べられる。少女の直感がそう告げた。

 

「みゃあ゛あ゛ああああ!!?」

 

 気づいた時には、悲鳴を上げて全力疾走していた少女。

 来た道とは真逆―――さらに入り組んだ細道の奥へと向かっていく形で、走ってしまっていた。

 しかし、そんなことを考える余裕のない少女は、ただただあのギャラドスから逃げるようにと、足を必死に動かして、迷宮のような細道の奥へ奥へ……。

 

「はぁっ……はぁっ……ここ、どこ?」

 

 結果、本格的に迷ってしまった。

 無我夢中のまま走ってしまった為に、現在地まで辿り着くまでの道のりは一切覚えていない。詰んだ。迷子だ。知らない街のどこかで絶賛迷子中だ。

 

「う、うぅ……!」

 

 本格的にジムにたどり着く目途も、この細道から抜け出す目途もなくなってしまい、泣くことを憚らなくなった少女。

 玉のような涙の粒を頬に伝わせる。

 

 だがその時、伝った涙の痕を乾かすような穏やかな風が、細道を吹き渡っていった。

 

 長い金糸のような髪を靡かせる少女は、背後から吹き渡った風を存分に背に受けた後、徐に後ろに振り返ってみる。

 するとそこには、先程まで居なかった街の住民らしき少女が立っているではないか。

 自分よりも一、二歳ほど年上と見受けられる落ち着いた佇まい。赤茶色の髪を生やす頭のサイドには、翼を思わせるような癖っ毛が伸びており、一度見れば、端正な顔立ちも相まって中々忘れられそうにないインパクトがある。

 

 第一街人発見。

 

 いや、ここに来るよりも前にアルトマーレの住民たちとは何度もすれ違ったが、この迷宮にも似た細道の中で出会う人というものは、ある種の感動的な遭遇と言える感覚を覚えるのだ。

 この機を逃せば、自分は永遠に細道から抜け出せない。

 そう思い至るや否や、少女は震えた声で、現れた謎の少女に声をかける。

 

「あ、あのっ……ジム知りませんか……!?」

「? ……!」

 

 無言のまま、問いかけに首を傾げていた謎の少女は、合点がいったようでポンと手を叩く。

 そして、『私に付いてきて』と言わんばかりの立ち振る舞いをして、細道の奥へと駆けていくではないか。

 

 すかさず、あの謎の少女を見失わぬように、再び足を動かす少女。

 仄かに潮風の香りが立ち込める通りを、謎の少女に先導されながら駆け巡る。

 

 右へ、そして左へ。

 そして直線の道も、時折出っ張っている石畳に躓きながらも、軽快な足取りで進んでいく。

 

 ハッサムが庭師のように植え込みの木を剪定している横を。

 

 リザードンが悠々と飛び回る空の下を。

 

 ミロカロスが優雅に泳ぎ回る水路を股に掛ける橋を。

 

 ブラッキーが幸せそうな顔で喉の渇きを癒している水飲み場の横を。

 

 ジュカインが安らいでいる木陰の傍を。

 

 数分細道を駆け抜ければ、はちみつ色のポニーテールを靡かせる少女が、花壇に水を遣っている姿がうかがえる、開けた場所に出ることができた。

 

 青い空を望むことができ、花壇の周りには澄んだ水が流れる水路が通っており、心なしか空気が潤っているように思える。

 一瞬息をすることを忘れるような光景の先には、モンスターボールの紋章が刻まれている石造りの建物がそびえ立っていた。アルトマーレジムが完成したのはここ最近の話と聞いていたのだが、築数年とは思えぬほどの歴史と荘厳さだ。

 

 思わず生唾を飲む少女。

 大分遅刻してしまったが、これが人生で初めてのジム戦となるのだろう。だが、無事にたどり着けたことに一先ず安堵し、ここまで連れて来てくれた謎の少女にお礼を言おうと、辺りを見渡す。

 

「……あれ?」

 

 姿が見当たらない。

 先程まで確かに居たハズの謎の少女が、今や影も形もなくなってしまっている。加えて、花壇に水を遣っていた少女も見当たらなくなっているではないか。

 

―――この時、少女は知らなかった。彼女の頭上を、赤と白の羽毛を靡かせる護神が飛翔していったことを

 

 少しの間辺りを見渡しても、案内してくれた謎の少女を目にすることが叶わなかった少女は、お礼を伝えられなかったことに少々の罪悪感を覚えつつ、目の前にそびえ立つジムの門に手をかける。

 

「た、たのもォー!」

 

 柄にもなく、ノリで門を叩く際の台詞を口にしてみせる。

 か細くも、それなりの声量で言い放たれた言葉は、淡い照明が付いている室内を反響していく。

 すると、反響した声に呼応するかのように、天井が開き始め、溢れんばかりの日光がバトルコートを満たす。

 

「ようこそ、挑戦者(チャレンジャー)。アルトマーレジムへ!」

「あっ……」

 

 コツコツと、バトルコートの奥から姿を現す人影。

 同時に、バトルコートの両端にあった池のように広い水場から、天井を突かんばかりの勢いで水柱が巻き起こり、その中からギャラドスとミロカロスが現れた。

 更には、ついさっき開いたばかりの天井から、ハッサムとジュカインが軽快な身のこなしで降り立ち、一拍遅れてブラッキーを背に乗せたリザードンが舞い降りる。

 

 瞬く間に集まるポケモンたちを前に、呆気に取られてしまう少女。

 

 そんな彼女を眺める透明な三体は、空の一角でアルトマーレジムを―――水の都の護神とはまた別の守り人と、やって来た次世代を担うかもしれないトレーナーの戦いの行く末を見守らんと佇む。

 彼らの視線を知ってか否か、六体のポケモンに囲まれる青年は、朗らかにほほ笑んで少女を見遣る。

 

「僕は、アルトマーレジムリーダーのライト。ポケモンリーグ公認のジムバッジ……クリスタルバッジを手に入れたいなら、キミとポケモンの絆を全力で見せてきてね!」

「―――……はいっ!」

 

 熱い語りに応えてみせる少女は、緊張しつつも、どこか楽し気な表情でボールに手をかけた。

 そして、自分にとって一番のパートナーを繰り出さんと、全身全霊を以てボールを放り投げる。

 

 

 

ヒトとポケモンの絆の物語は、これからも続いていく。

ヒトとポケモンが居続ける限り。

彼らの間に、目に見えない繋がり―――絆が存在する限りだ。

 

 

 

 ポケットモンスター、縮めて『ポケモン』。この星の、不思議な不思議な生き物。海に、森に、街に、この細道の奥でも彼らは暮らしている。

 

 そしてまた、幾多の試練を乗り越え、ポケモンリーグのチャンピオンになる為に旅するトレーナーの物語の一頁に記憶される出来事も起こるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

~Fin~

 



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