ワンパンマン ~機械仕掛けの弟子~ (Jack_amano)
しおりを挟む

味覚

 その日もいつものように兄さんと学校から帰る途中だった。

 いつものように、テストの結果や友達のこと、学校であった他愛のない出来事を話しながら、いつものように同じ道を帰っていく。

 

 いつものように、いつものように、

 いつもと同じはずだった。

 あの黒い厄災に出くわすまでは―――

 

 

 強制的に、突然夢から引き戻され、視覚が外部モニターに接続される。

 睡眠時間を一時間に設定しておいて正解だった。これ以上寝ていたら、確実に、いつもの悪夢に引きずり込まれていた。

 安堵のあまり、ため息を付きたくなる。が、今の俺にはそんな機能はない。

 今の俺はどんな顔をしてるんだろう?不安も何も感じさせない。澄ました何時もの顔なんだろうか?

 

 現在位置確認、Z市近郊の廃墟の中。近くに生体反応なし。

 膝を抱えて体育座りの態勢から、静かに立ち上がる。

 エネルギー残量85%。視覚の隅に表示されたゲージに、俺はガレージにオイルがあったことを思い出し、移動を開始した。

 

 災害レベル鬼、各地で起こっている大量の蚊の発生事項と対峙するには、この両手に仕込まれた焼却砲が有効だろう。

 蚊といっても侮ってはいけない。現にこの家の住人は蚊の群れに襲われてミイラ化していたのだから……… エネルギーは多いに越したことはない。

 

 オイルは、思っていた通りかなり酸化していたが、それでも通常の食物より熱効率が高かった。

 味覚のスイッチはOFFにしてあったが、底に溜まっていた錆の澱がざらりとした感覚を口の中に残す。

 ふと、この体を作ってくれたクセーノ博士が脳裏に浮かぶ。

 博士は俺が有機物を取り込む代わりに、手っ取り早くオイルを飲むのを嫌がった。

 なんで博士が味覚なんてものを俺に取り付けたのか解らない。強さをもとめ、サイボーグになった俺には、人間らしい機能なんて必要ないのに………

 

 遠くから、ヒーロー協会が発令した避難警報が聞こえる。

『避難警報です。災害レベルは鬼。住民は絶対に外に出ないようにして下さい。繰り返しますZ市の住民は絶対に外に出ないようにして下さい』

 エネルギーチャージ終了。

 さあ、狩りのはじまりだ。

 

 

 俺が現場に辿り着いたとき、Z市はすでにもぬけの殻だった。

 もともとこの辺りは怪人多発地帯の無人街、俺がいくら暴れようと文句を言う奴はいない。

 ドス黒い砂嵐のような蚊の群れは、まるで集合を掛けられたかのように唸りを上げながら同じ方角を目指していく。聴覚の広域範囲を下げよう。モスキート音が神経に触る。

 

 上空、ビルの谷間を埋め尽くすほどの蚊の群れの中に、俺が探し求めていた物は女王栫とそこにいた。

「ぷはぁ~なによアンタ達、こんだけじゃ全然足んないわよ。もっと吸ってらっしゃい」

 蚊を模した人なのか、人を模した蚊なのか、空に浮かぶ蚊女は、蚊の群れから噴き出した赤い霧を吸い込み妖艶さを増す。

 人サイズのあの体を、蚊のようなあの羽でフォバーリングさせているのだから重量は軽い筈、装甲も薄いだろう。

 念のため周囲500メートル内の生体反応を確認する――――――反応なし。

 俺は右腕に仕込まれた焼却砲にチャージをしつつ、敵の注意をを引くために口を開いた。

 

「なるほど、蚊の大群に血を吸わせそれをお前が独り占めしていたのか。お前が蚊に信号のようなものを送り、操っていたとすればこの不可解な集団移動にも説明がつく。主人であるお前を排除すればこの目障りな群れもいなくなるのか?」

 蚊女が俺の存在を認め微笑むと、一気に嵐のような蚊の渦が押し寄せてきた。

「食事が来たわ。吸い尽くしてあげなさい」

 無駄だ、鋼鉄の身体の俺には、そんなものは効かない。

 リミッター解除とともに、掌から放たれた火柱は差し向けられた蚊の群れを粉塵爆発のように粉砕した。

 ちっ、群れが邪魔して怪人にまで届かなかったか。まぁいい。ここなら遠慮なく吹き飛ばす事ができる。

「排除する。そのまま動くな」

 

「ふふふっ私を排除するですって?やってみなさい!」

 言葉を聞くより早く、俺はビルの壁を駆け上がり、蚊女に向かってジャンプした。

 鋼の拳を振り上げる。が、女の鎌のような腕に弾かれた。意外に硬い。

 ならば、女の腕が俺の腕を掴んだ瞬間、モーターの回転数を上げ、ブーストを図って拳を捻じ込む。が、空中であったこともあり、俺は地面に叩き付けられそうになった。

 想定内だ。両腕の焼却砲を最小モードで噴射し、回転しながら地面に降り立つ。これを最初に博士が見た時「ガメラだ」とか言って喜んでいたな。

「焼却」

 流れるような動作で焼却砲につなげ、撃つ、撃つ、撃つ!

 だが、全弾躱され、蚊女はもう目前に迫ってきていた。

 額から生えた女の角が勢いよく伸び、構えていた俺の左腕を引きちぎる。

 

「ふふっ次は足かしら?え?」

 これも想定内だ、俺の戦術は肉を切らせて骨を切る。こんなものは負傷のうちに入らない入らない。

「あれ…私の足は…?」

 首をかしげる蚊女に見せつけるように、俺はすれ違い様にもぎ取った女の両足を打ち捨てた。

 

「無駄だ俺からは逃げられない」

 戦術を変え、空高く、俺と距離をとった蚊女に、再度焼却砲を撃ち込む。

 だが、素早く間に入った蚊の渦にはばまれ、閃光は届かなかった。

「無駄だ」

 言いながら最大出力で焼却砲を撃とうとチャージを開始する。

 女の周囲には(おびたた)しい数の蚊が集まり、ドス黒い繭のようになって空を覆い隠していた。

 あの数……この町全体…いや、もっと広範囲で血を集めていたならば………奴にとって血液は単なる食料ではないのか…

 考えている間にもまだ蚊は集まってくる。これは早急に終わらせた方がよさそうだな。

 ターゲットロックオン、最大焼却砲―――

 

 撃とうとしたその瞬間、俺は近くに人が残っている事に気が付いた。

「待てコルァ―― 俺との決着がまだ着いてねーぞ!!」

 路地から走り出してきたのは、一人の普通な男だった。いや、普通のハゲた男だった。

 なんだあいつは。ここは無人街だぞ?

 

「!?何だあの雲。いや何かうごめいて…蚊?うわぁぁ…」

 蚊の塊をみて硬直している。どうやら本当に只の一般人らしい。

「そこのお前、避難していろ。あの群れは意思を持っている。こちらに気づけばすぐ襲ってくるぞ」

「……まじで?やべーじゃん早く逃げ… 」

 突如、蚊女の高笑いが響き渡った。

 と、ともに巨大な蚊の塊が、決壊したダムの濁流のように押し寄せてくる。

 俺は反射的に焼却砲を撃ち出した。

 辺り一面…どころが町一つ潰す勢いで火の手が上がる。事態は粉塵爆発の様相を呈していた。

 

「言葉を話すから人間程度の知能は持っていると思ったが…所詮は虫か。わざわざ焼却しやすく蚊をまとめて俺に向けるとは

 お前を発見時に周囲500メートル内に生体反応が無い事は確認済みだった。ここなら遠慮なく吹き飛ばす事が…」

 そこまで言って、俺は後ろにハゲがいた事を思い出した!

「しまった!一人巻き添えに…」

 慌てて振り向く俺に、何事もなかったかのようにハゲた男は声を掛けてくる。

 

「いやー助かったよ。すごいなお前!今の何?」

 !? 洋服は焼け焦げて強制猥褻物陳列罪のようになっている。だが、逆に言えば、ハゲた男には傷一つない。

 アスファルトも溶ける温度だって言うのに。

「あれがホントの蚊取り線香なんつってな」

 ハゲた男の、上手い事言ったみたいなセリフに、俺は一瞬フリーズを起こしかけた。

 

 またもや女の高笑い。

 しまった、フリーズ起こしている場合ではなかった!

 見上げると、女の姿は一変していた。俺が引きちぎった足は生えそろい、蚊娘から、妖艶な色気の蚊女に変わっている。

 血液を吸収して成長?蚊の癖になんかムカつく。

 

「その子達は必要なくなったのよ。バカねぇだって」

 女の姿が残像を残して消えさる。

「こんなに強くなったんですもの」

 いきなり、脇腹が鉤爪に引き裂かれた、反撃しようと拳を上げる。が、かすりもせずに姿が消える。

 

「そんなパンチじゃ蚊も殺せないわよ」

 目視出来ない!なんて速さだ!!

 顔にも、足にも斬撃を喰らい、空中に蹴り上げられる。

「ほっほっほっ脆いわねー 次は頭捕ったげる 」

 猫に甚振られる鼠のように切り刻まれていく俺。

 女はスピードだけでなく、攻撃力も格段にupしていた。

 血液を吸収するほど身体機能が進化する仕組みだったのか。

 完全に油断した。もう勝機は無い…もう自爆するしか…

 俺は覚悟を決めて、俺の心臓部、内部コアの圧力を上げる。鮮やかな青白い閃光が俺の身体を染め上げていった。

 

 すまない…博士…

 ごめん兄さん…(かたき)を取れなくて―――

 

 その時、一発のビンタの音が廃墟と化した町に響き渡った。

 

「蚊………うぜぇ」

 

「!!!」

 おそらく蚊女も自分の身に何が起こったのか分からなかっただろう。

 それぐらい、鮮やかにハゲた男のビンタは蚊女にきまっていた。いや、ビンタなんてもんじゃない、ハゲの掌が触れた途端、蚊女はビルに弾き飛ばされ、爆散した。

 サイボーグの俺でさえ目視出来ない、あの速さで飛ぶ蚊女を狙って平手打ち、しかも爆散?!あり得ない!

 ショックのあまり、俺のコアの暴走は解除されていた。

 

 平然と手の汚れを払うハゲた男。細マッチョ体系で筋肉は引き締まっているが、見た目だけではそんなにパワーがあるようには見えない。いや、でもおれの焼却砲で傷を負わないのだから、彼もサイボーグなのか?

 

 知りたい。彼の強さの秘密を知りたい。

 俺の強さはもう限界にきている。今回の事でも分かった。このままでは俺はみんなの(かたき)をとれない。

 

「待ってくれ、俺は単独で正義活動をしているサイボーグ。ジェノスという者だ!ぜひ名前を教えてほしい」

 俺は意を決して男に声をかけた。クセーノ博士以外、俺から話しかけるなんて滅多にしない。

「え サイタマだけど? お前…大丈夫か?身体千切れてケツが前向いてんぞ。救急車呼ぼうか?」

 男は心配そうに倒れた俺に近付いてきた。でも全裸。俺が焼いてしまった訳だが。見てはいけないと思いつつ、無駄のない綺麗な大胸筋や腹直筋に目が行ってしまう。俺より細い。それに、ヒューマノイドボディだ。これでサイボーグなら、合成皮脂や合成筋肉はクセーノ博士より優れているかも。

 

「大丈夫です。病院では治せないので。携帯で連絡すれば迎えが…あれ?」

 携帯電話がズボンの後ろポッケにない。不味い。落したか?

「携帯ないの?あ、これか?」

 サイタマと名乗った男は、周りをきょろきょろ見回し、見つけたらしい携帯を持って近付いてきた。

 あぁ、でも全裸。全裸でそのポジションに座るのは止めていただきたい。俺だって、父さんと兄さん以外見たことがないのに。

「ありがとうございます。」

 俺は取り敢えず礼を言って、目線を逸らし、クセーノ博士に連絡をいれた。

「迎え、すぐくるって?」

「はい、一時間ほどでくるそうです。」

「一時間?その間に怪人きたらどうすんの?」

「大丈夫です。自爆という手がまだありますから―――」

「バカかお前。ちょっと待ってろ」

 サイタマさんは、俺が混乱してる間に何処かに走って行ってしまった。まぁ、今ここに誰かが来たら強制猥褻物陳列罪で警察に捕まってもおかしくない。ちょっと待ってろ言っていたからにはまた帰って来るかもしないし、こないかも知れないが…

 それにしても凄い強さだった。あの力を測る計算式がまるで思いつけない。

 

「おい、」

 何か冷たい物を額に押し付けられて我に返る。危ない危ない。損傷が激しくてスリープモードになっていたらしい。

「チューペット喰うか?」

 シンプルな服に着替えたサイタマさんが、顔をのぞき込んでくる。額に当てられていたのは、二つに分けて食べるサイダー味の氷菓子だった。

 懐かしい。学校帰り、兄さんとよく食べたっけ。何時もならそんな気にならないけど―――

「…頂きます。」

 気が付くと、おれは場所を日陰に移動され、瓦礫に背をつけて座らされていた。俺の体重は軽く大型バイク一台分はある。それをこの人は俺が気付かない位軽々とやってのけたのだろう。

 アイスの蓋を契り、残った手に握らせてくれる。契取った方のアイスを躊躇(ちゅうちょ)なく自分の口に入れるサイタマの姿に、何だか兄さんを思い出した。

「懐かしい。昔、よく学校帰りに妹と食べました… 」

 五年ぶりか?こんなものを食べるのは。恐る恐る口に運ぶ。

 サイタマもアイスをくわえたまま、俺の隣に腰を下ろした。

 

「そうか。喰ったら寝ててもいいぞ。迎えが来るまで見ててやる。どうせ今日はもう特売もないだろうからな」

 氷菓子の容器をくわえたサイタマの横顔は、どう見ても俺より強いようには思えなかった。

 この人の強さを知りたい。どうしても知りたい。

 

「弟子にしていただきたい」

「あ…うん」

 

 朝飲んだオイルのせいで、アイスはオイルの味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はじめまして、jack amanoです。ワンパンマンが好きすぎてとうとう二次作品まで読み出し、とうとう自分でも書いてみたくなって書いてしまいました。

初投稿です。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弟子入り志願

 サイタマ先生の住まいを特定するのは、思っていたよりもずっと簡単だった。

 たぶん先生と出会った付近だろう。と、推測はしていたが、夜、無人街で明かりが付いていたのはサイタマ先生の住むマンションの一室だけだったからだ。

 俺はサイタマ先生の強さの秘密を知るため、リサーチを開始した。

 

 先生の部屋を覗けるベランダに面した、封鎖された高速道路にベースキャンプを張り、今日で三日目。カモフラージュテントに望遠カメラ、長丁場(ながちょうば)に備えて、オイル(しょくじ)も灯油缶で用意する。

 が、以前、何の手がかりもないまま時間だけが過ぎて行く――― 秘密を探られまいと警戒しているのか?そろそろ何かヒントを掴みたいところだ。

 何が先生の強さの秘密につながるか判らない為、俺の手元のキャンパスノートには、先生の行動を時系列で記しておいた。

 

 

 6時。起床。

  定職に就いてはいないようだが、毎日規則的で意外に朝は早い。

  ジャージ姿に着替え、軽い運動。

  内容は、ストレッチに10キロ程のロードワーク、腕立て伏せ100回、上体起こし100回、

  スクワット100回。

 

  帰宅後朝食。

  この日のメニューはバナナにヨーグルト。

  口一杯に頬張り、よく噛んで食べる姿は、ハムスターのようで大変微笑(ほほえ)ましい。

 

 8時。テレビを点けたまま読書。

  好きな番組は災害チャンネルに教育番組。

  先生は漫画がお好きらしい。

  そのまま昼寝。

 

 12時。昼食。

  メニューは月見うどん。

  あれだけのパワーを生み出す割に摂取量は少ない。

  昼食後、またもやテレビを点けたまま読書。

 

 15時。黄色いヒーロースーツに着替えてパトロール。

  の途中で買い物。(※ヒーロースーツのまま。先生は神経も太い。)

  近所のムナゲヤにて、特売品の白菜と鶏肉、長ネギ、牛乳を購入。

  どうやら夕方のタイムセールに合わせて出掛けているようだ。

 

  帰宅途中、獣混合型怪人と遭遇も軽々と一撃で撃破。

  反動もつけない軽いパンチで上半身が吹き飛ぶあたり、底知れぬパワーを感じる。

 

 18時。夕食。

  メニューは長ネギとワカメの味噌汁、白菜と鶏肉とニンジンの中華風炒め物、それにご飯。

  煮干しと昆布を揃えてあるあたり、どうやら先生は出汁(だし)にこだわりがあるようだ。

  食材は余すところなく使い、出汁(だし)を取った昆布まで佃煮にして食べていた。

  が、それが強い身体を作ることに繋がっているかは疑問。

  夕食後、またもやテレビ。

 

 20時。近所のコインランドリーで洗濯。

  どうやら毎日ではなく、溜まったら洗濯に行くらしい。

  洗っている間、置いてあった漫画で時間を潰す。

 

  帰宅後、直ぐに外干し。

  先生のヒーロースーツである、某、子ども向けヒーローアニメのモブキャラ衣装のような黄色い

  つなぎと白いマント、赤いグローブはどうやら家で手洗いしている模様。

 

 

 

「 ……… 」

 傍から見たらまるでニートのような生活。読み直してみても、どこがどう先生の強さに直結しているのかまるで解らない。

 朝の運動も、洗濯物干しにかかるスクワットも、全然たいした事ではないし、食事だって、男の自炊の割にはきちんと3食食べてるなとは思うが、ごくごく普通に見える。

 サイタマ先生は、歩いている姿もヒーローと聞いた時にイメージするような颯爽(さっそう)としたものではなく、猫背で、どちらかというとヤル気がないような脱力系だ。

 だがその脱力した、どう見ても力のこもってない、ぬるいパンチで簡単に敵を爆砕する。

 俺が焼却砲を打ち込みながら本気でパンチを繰り出しても、決してあそこまではならない。

 自分がまるで歯の立たなかった蚊の怪人を一撃で倒すあの姿をこの目で見ていなかったら… ただの冗談だと思うだろう。

 それほど本来の能力と見た目とのギャップが激しい。それにハゲだし。

 

 しかし、何であんなデザインのヒーロースーツなんだろう? 実に勿体ない。

 本当はあれほど強いのだから、もっとこう――― 筋肉を際立たせるような衣装にすればもっとヒーローっぽく―――

 例えばGATの編み上げブーツに腰と太腿のラインに余裕のあるカーゴパンツ、上は鎖骨と上腕筋、胸筋、背筋を主張させる深めのタンクトップ。で、グローブは指ぬきの革とかに着替えれば、もっとそれらしく見えるのでは?

 そして、(はげ)はともかく、せめて姿勢をこう――――― いや、待て。それとも、あの衣装にも何か秘密があるのか?

 

 携帯のバイブが振動する。

 見なくても分かる。相手はクセーノ博士だ。博士に撮り貯めていた映像と、先生が食べていたメニューを分析してもらっていたのだ。

「結果が出ましたか? ありがとうございます博士。では一旦戻ります」

 ヒーロースーツの素材を調べるのはまた後だ。

 俺はどうするべきなのか、そろそろ本気で決めなければならない。ここでモタモタしていては暴走サイボーグとの闘いが遠ざかるばかりだ。

 

 

 

 

「結論から言うと――― 彼の食事もいたって普通で常人と何も変わらんわい」

「 ……… 」

 クセーノ博士から手渡された分厚いプリント用紙をパラパラとめくる。そこにはサイタマ先生が食べていた全ての食事においての摂取栄養素、総カロリー、栄養バランスが記載され、クックパッドに類似したメニューがある事まで記載されていた。

 ……結局、何も解らなかったか。

「やはりサイタマ先生は、俺と同じサイボーグという事なのでしょうか?」

「いや、映像を見た限りではそうとも言えん。彼の体重は踏み込み具合からしてもせいぜい70㎏がいいとこじゃろう。その重さであのパワーはありえんよ」

 とすると強化型義手(パワードスーツ)

 いや、でも、俺は先生の産まれたままのお姿を拝見してしまったが、そんな継ぎ目はどこにもなかった。

 では、一体何処からあのパワーが生み出されるというのだろう?

 まさか本当に只の人間なのか?

 あのあり得ないような強さは、サイボーグだと言ってくれた方がまだ()に落ちる。

 

 サイボーグの開発技術は、生き馬の目を抜くような過酷な世界で作られる。俺が、俺の身に何かあったら、クセーノ博士の技術が流出しないよう自爆を考えているように、サイタマ先生もサイボーグである事を隠し通しているのだろうか?

だとすれば、いつまでも外から見ているだけではらちがあかない。

 

 これは―――然るべき手段をとるしかないようだな。

 

 

 

 

 調査5日目。俺は無人街にある、築20年の鉄筋コンクリートマンションの玄関前に立っていた。

 大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせる。

 この時間、いつもと同じなら、先生はテレビを見ている筈だ。

 俺は腹を(くく)った。

 

「先生!!」

 俺の呼びかけに、しばらく間をおいてからドアノブが回り―――ヒーロースーツ姿のサイタマ先生があらわれた。

 今日も先生は輝かしい。特に頭の装甲は素晴らしい映り込みだ。

「……………マジで来やがったか」

 少し迷惑そうな顔をされたが、俺は自分の言った事を覚えてもらえていて嬉しかった。

「 え―――っと」

 だが、流石(さすが)に俺の名前は忘れられていたようだ。

「ジェノスです サイタマ先生!!」

「……その先生っていうのやめてもらえる?」

「師匠!」

「師匠はやめろ」

 文句を言いながらも部屋に通してくれる。俺はサイボーグなので表情に出づらいが、内心ほくそ笑んだ。

 脈はある。本当に弟子入りが迷惑だったら、玄関先で追い払えばいいのだから。

 上げた時点で俺の勝ち。(かたき)の暴走サイボーグを何年も追いかけている俺の執念で、弟子入りを勝ち取ってみせる。

「飲んだら帰れよ弟子なんか募集してねーし」

 そう言いながらも、先生は俺に上座の席を勧め、修学旅行で絵を描いたような『果報は寝て待て』と書いた湯呑にお茶を入れてくれた。

 サイタマ先生、言ってる事とやってる事が逆です。

 

「あれ?お前ケガ治ってね?」

「はい、体の大部分は機械なのでパーツさえあればすぐに」

 俺の故障をケガとは―――そう言えば、修理と言われた事はあったが、救急車を呼ぶ―――と言われたのは先生が初めてだったな。

「変わってんなお前」

 変わってるなで済まされるのは、やはり先生もサイボーグだからですか?先生?

 俺は意を決してずっと聞きたかった事を口にした。

「先生はどのようなパーツを使っているのですか?」

「使ってねーよ」

 はぁ??

「え?じゃあその頭部の肌色の装甲は?」

「いやこれ肌だから」

 肌? その美しい映り込みの頭が肌?!

「いや しかしそれでは先生が若くしてハゲているという事に… 」

「ハゲてんだようるせーな!! 何なんだテメーは!!」

 やっぱりハゲを気にされていたのか。堂々と世間に(さら)されていたから気付かなかった。

「俺?俺の話を聞いてくれますか?」

「いや… いい」

 いいと言われたが、俺は有無を言わさず話を続けた。ここは押し切った方が後々有利だろう。

 ここは俺のターン!だ

「4年前…

 俺は15の頃まで生身の人間でした。

 こんなしみったれた世の中でも家族と共に平穏にまぁまぁ幸せな毎日を送っていました。

 しかしある日、暴走してイカレたサイボーグが俺の町を襲ってきたんです。

 暴走サイボーグ…おそらく身体改造を失敗して異常が発生したのでしょう。

 奴は全てを破壊し尽くしていきました。

 公園、学校、ビル群、俺の家…

 そして…家族の命までも…

 奇跡的に生き残った俺は当時まだ15歳で弱く、廃墟の町でたった独り、力尽きる寸前でした。

 そこに偶然通りかかったのがクセーノ博士。

 クセーノ博士は町を襲った暴走サイボーグの凶行を止めるため旅を続けている正義の科学者でした。

 そして俺はクセーノ博士に頼み込み、身体改造手術をしてもらったんです。

 そして俺は正義のサイボーグとして生まれ変わり、いつかあの暴走サイボーグを破壊する事をクセーノ博士と約束したのです。

 あれから4年の月日が経ち、19歳になった俺は悪を排除しながら町から町へと旅を続けていました。

 これまで倒した怪物や悪の組織は数知れず…しかし例の暴走サイボーグにつながる手掛かりは全くすかめず苛立ちと焦りの日々を過ごしていました。

 いつからか俺は暴走サイボーグの虚像を追いかけて悪と対峙していたのです。

 そして一週間前…あの蚊の化け物が現れたとき、俺は完全に油断していました。

 もはや、あの暴走サイボーグ以外には負ける訳がないと思い込み、敵のデーター分析もせずにただ正面から攻撃を開始していました。

 結果はご存知の通り、底力を見せた化け物に返り討ちにされ、サイタマ先生がたまたま通りかからなかったら確実に破壊されていました。

 俺はサイタマ先生に命を救われたのです。

 クセーノ博士に一度救われたこの命、サイタマ先生に再び救済された事によってさらに重く責任の増したものになりました。

 こうなったらなんとしても暴走サイボーグを破壊するまで死ぬ訳にはいかない。

 そのためには再び奴が俺の前に現れるまで正義のサイボーグとして悪と戦い続けなければならない。

 ……強くならなければならない!

 先週、サイタマ先生の一撃を見たとき、俺はこの人の下で学ぶしかないと思いました。俺もこれほど強くなれたら…

 サイタマ先生、俺には倒さなければならない宿敵がいるんです!

 これは俺一人の戦いじゃない

 俺の故郷やクセーノ博士の想いも背負っているんです。

 自分が未熟なのはわかっている…しかし今は何としても巨悪を粉砕する強大な力が必要なのです!

 クセーノ博士は俺に―――   」

「バカヤロウ 20文字以内で簡潔にまとめて出直してこい!」

 え?!先生、 20字以内ですか? 漢字は一字に入りますか??

 

 ………

 

「先生言葉をまとめてきました」

 俺はよくよく考えて厳選した20字を先生にぶつけた。

「先生のように強くなる方法を教えてください」

「ふむ……」

 先生は腕を組み、考え込むようなポーズをとった。

「ジェノス」

「はい!」

 名前を呼ばれ、勢いよく返事をする

「お前いくつだ」

「19です」

「若いな…お前ならすぐに俺を超えるだろう」

「本当ですか」

「俺は今25だけど トレーニング始めたのは22の夏だった」

「!!?」

 たった3年間で?! どれだけ厳しい鍛錬を積んだらそこまで強くなれるんだろう?

「教えてやってもいい……だが辛いぞ ついてこれるのか?」

「はい」

 強くなるためなら、(かたき)を討つためならばどんなこともする覚悟はある。そうでなければ自分を犠牲にして俺を助けた兄さんにあの世で合わせる顔がない。

 

 

 その時―――頭の隅でアラームが鳴った。

 何かが物凄い速さでジグザグに近づいてくる

 この反応は―――どこからだ?! 窓か? 玄関か??

 俺は、訳がわからないサイタマ先生を放って戦闘の構えをとった。

 

「高速接近反応………来る… 」

 何かが、激しい音を立てて分厚いコンクリートの天井を打ち抜く!!!

 

 ……だが敵の出現ポイントは、俺の予想していた場所ではなかった。(/_;)泣き

 

 

 

 

 

 

 




進化の家にまで行けるかと思ったら行けませんでした。

表情変えずに黙っているジェノスの、脳内垂れ流したらどんなだろうと思ったのが、この話を書こうと思ったキッカケです。
でも、そままじゃなんなので捏造ぶっこんでます。

~ショートショート~の二人とは別物だと思ってください。
私的にはあっちの方がかなり楽です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲撃

「ケーケケケ 俺の名は」

 天井をぶち破って飛び込んできた、人間サイズの蟷螂(かまきり)に、口上を述べる間も与えず、拳を叩き込む先生。

 蟷螂(かまきり)は勿論、爆砕。先生、その容赦なさが素晴らしいです!

 

「天井 弁償しろ」

 怒るポイントはそこですか、先生?

「まだ外にもいるようです」

 俺の接近アラームは、まだ複数のレッドゲージを点灯させていた。

 外に出る。と、そこには間抜け面をしたマペットのような蛙とナメクジの怪人がいた。

 名誉挽回のチャンス!

 こいつらを平らげて、俺が先生の弟子に値すると分かってもらわなければ!

「先生 ここは俺が…」

 俺が言い終わるより先に、後ろにいた筈の先生が、怪人たちを地面に沈める。

「人んちの天井を… 」

「あ 何でもないです」

 やはり先生は襲撃を受けた事よりも、家を壊された事の方が気に障るらしい。

 案外、玄関から呼び鈴鳴らして入っていたらここまで怒っていなかったのではないだろうか?

 

 ブツブツ文句を言い続けていた先生の足元が、突然、大きな音を立てて崩れた。

「おお」

 先生は体が土に埋まり、辛うじて頭だけが地面から出ている。

「せ、先生!」

「大丈夫 大丈夫。なんつーか つくしになった気分だ… 」

 のんきに自虐ネタ言ってる場合ですか先生!

 先生を助け出そうと、走り掛けた俺の背後に―――

 

「高エネルギー反応アリ オ前モ サイボーグナノカ?」

 メタリックな装甲を付けたサイボーグが現れた!

 人型?いや、脚の造りからしてサルか?!

 サイボーグ… まさか―――

 サイボーグの犯罪者は数が少ない。

 犯罪が出来るほどのパワーを持つ擬体を造れる科学者が少ないからだ。

 こいつが暴走サイボーグとつながっている可能性は十分にある。

 俺は一先(ひとま)ずサイボーグに向き直った。

 

「ターゲット ハ オ前デハナイ

邪魔ダ」

 敵の目が光った途端、俺のいた場所に巨大な腕が打ち込まれる。

 俺は軽々とジャンプし、焼却砲でブーストをかけた回し蹴りを叩き込んだ。

 硬い!!

 反動で後ろに飛ばされる。

 が、敵が攻撃体勢に入る前に懐に飛び込む!

 振り降ろされる丸太のような腕、俺は渾身(こんしん)の力を込めてアームで受け止めた。

「お前にいくつか聞きたい事がある」

 相手のパワーに、軸足の地面が割れたが、クセーノ博士がくれた新しい腕はびくともしない。

「!」

 敵は自分より体が小さい俺に阻まれたのが信じられないというように硬直した。

 いける!

 こいつはパワーこそあるが、蚊娘より遅いし、切れ味がない!!

 あとは防御の隙をつけば―――

 

 戦闘体制に入った俺の後ろで、突然、野太い笑い声が響き渡った。

「がははははは」

 見ると、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)なライオンと土竜(もぐら)の様な怪人が、埋もれたままの先生を取り囲んでいる。

「手も足も出ないとは正にこの事だな よくやった!グランドドラゴン!」

「暴れられるのも面倒だしな」

 

「先生!!?」

 動けないのか?!

 土に埋もれたときの圧力は、自分の体重の何倍にもなると聞く。

 ターゲットは俺ではないと言っていた、ならば目的は先生?!

 奴等はサイタマ先生をどうしようと言うのだ?!

 

「ヨソ見ヲスルトハ イイ度胸ダ!!」

 !

 目をそらした隙に、拳を打ち込んでくる敵。

 俺は反射的に、その攻撃を右手でイナし、空いた顔に思い切り左手の焼却砲を撃ち込んだ!

 大炎上!!

 博士のくれた新しい腕は、確実に進化している!

 

 だが、炎の壁の向こうから猿のサイボーグは炎に包まれたまま、そんなものは効かぬとばかりに飛び出してきた。

 降り下ろされた両腕に、躊躇(ちゅうちょ)なく宙に飛ぶ。

 猿は俺のいた場所に大きなクレーターを作った。

 

「我ハ『進化の家ノ』英知ノ結晶 アーマードゴリラ ダ!! オ前ノ攻撃ナド効カヌ」

「何? 進化の家だと? それが先生に何の用だ」

 進化の家は新興宗教だったはず。こいつ等の目的は何だ?!

「オ前ニハ関係ナイ事ダ ソシテ刃向カッタ者ハ必ズ消スノガ我ラノ決マリ…

オ前ハ破壊セネバナラン」

 

 横目でチラリとサイタマ先生の方を伺う。

 大丈夫、先生はご無事だ。

 無敵の先生がこんな奴等に負ける筈はない。

 ならば―――こいつを倒し、先生の負担を少しでも減らす!!

 

 俺は身体機能にブーストをかけ、敵の懐に飛び込んだ。

 

 馬鹿の一つ覚えの様に、殴りかかってくるアーマードゴリラ。

 俺はすかさず左手で受け、リミッターを解除していた焼却砲を、装甲の薄そうな肘関節に叩き込んだ!

「GA!!」

 ゴリラの悲鳴と共に奴の腕が抜ける。

 思った通りだ、装甲のないこいつの関節部分はかなり弱い。

 

 目暗滅法(めくらめっぽう)に残った腕を振り、押し寄せて来るゴリラ。

 俺は一瞬の隙を突き、その腕を掴み――― 巴投げ、からの腕関節への膝づき。

 決まった!

 アスファルトにめり込むゴリラの肩関節に、続けざまに、ブーストをかけた拳を打ち込む。

 マシンガンブロー!!

 

 ジャンプして回避。

 奴の腕は両方とも破壊したが、まだどんな機能があるのか分からない。

 だがゴリラは、俺の警戒をよそに、唯雄たけびをあげながら突っ込んで来る事を選んだ。

 腕もないのに。それともまだ隠し玉があるのか?

 取り敢えず、連続キック!

 カウンター!

 あっさり決まって、奴は盛大にぶっ飛んだ。

 もうひと押し!!

 両腕の焼却砲にチャージをかけながら走る。

 ゴリラが起き上がる前に懐に飛び込み、両脚の関節に向かって―――撃つ!!

 これで終わりだ。

「焼却!!」

 撃った途端に回避。

 圧力の逃げ場がない地面に向けて撃ったせいで威力が跳ね返り、辺りは大爆発を起こした。

 

 焼けて炭になった街路樹、ぶち抜かれたアスファルト、砕けた下水道。

 やれやれ、先生のお宅の周辺を少しばかり破してしまったな。

 しかし、フルチャ-ジでなくてもここまでいくのか。

 やはり前より性能が上がっている。今ならビル一つぐらい、簡単に抹消できるかもしれない。

 

 掲げた焼却砲にチャージをかけつつ、手足を失い、芋虫のようになったアーマードゴリラに近づく。

 ゴリラは動こうとしたが、モーターを(きし)ませるだけだった。

 どうやら、飛び道具の(たぐい)はなさそうだ。

 俺は、奴の頭を蹴り上げ、フルフェイスのヘルメットを脱がした。

 現れた顔は、正にゴリラそのものだった。

 

「質問に答えるか このまま消滅するか――― 選べ」

 俺が焼却砲を(かざ)しても、アーマードゴリラの態度は変わらない。

 

「消滅スルノハ オ前ダ 愚カ者メ 我ノ実力ハ 進化ノ家デハナンバー3 ソノ程度デハ 今モ来テイル ナンバー2ノ獣王二ハ勝テヌ! 破壊サレルガイイ」

「!」

 獣王? 先生と戦っていたライオンか?!

 

 と、俺の横に、ゆっくりと、誰かが並ぶ気配。

「それコイツじゃね?」

 先生は、その手に、倒した獣王のものであろう眼球をぶら提げていた。

 先生、やはり獣王(ごと)きでは、貴方の敵ではありませんでしたか。

「…………だそうだ」

 俺は、威嚇の為に焼却砲のチャージ音を上げてみた。

 

 

「あの… すいません。全部話しますんで勘弁して下さい」

「なんだお前 さっきまで片言だったじゃねーか」

 急に饒舌(じょうぜつ)となったゴリラに、先生が突っ込む。

「すいません 格好つけてました」

「 ……… 」

 ゴリラの気持ちは解らなくもない。

 俺も『焼却』とか言うしな。音声入力でもないのに。

 

 

 

 




進化の家まで行けませんでした。
これ以上行くと長くなりそうだったので、今回はここまで。

アーマードゴリラの手足がもげた理由はこんなとこかな~と。
もっとシーン入れたかったけど、この戦闘シーンはある意味芸術だと思うので諦めました。
(特にアニメ版)

もうちょっとしたらジェノスのオリジナルシーン入れるつもりなのでお付き合いください




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

急襲

 一昔前に 一人の若き天才科学者がいた。

 彼は圧倒的な知力を生かし世界中に様々な貢献をしてきた。

 しかし、彼は世界に絶望した。

 人々は彼の天才的頭脳には賞賛の言葉を惜しまなかった。

 しかし彼が常日頃(つねひごろ)吐き出す思想について認める者は誰一人いなかった。

 人類の文明ではなく、人類という種の人工的進化。

 それが彼の実現させたい唯一の夢であったが協力しようとするものは出てこなかった―――

 

 ―――そんな出だしで始まった、アーマードゴリラの『進化の家』ジーナス博士の話は、思った通り、途中で短気を起こしたサイタマ先生にさえぎられた。

「話が長い! 俺に関係ないだろ! 要点を言え要点を!!」

 確かにアーマードゴリラの話は、このまま行くと日が暮れるまで掛かりそうだ。

「先生は忙しいんだ。20文字以内で簡潔にまとめろ!」

 俺は少し八つ当たり気味に、部屋の中で先生に言われた台詞を投げつけた。

 あの時こいつ等さえ現れなければ…話しの流れ的にもそのまま弟子にしてくれそうだったのに。

 そう思うと、(かか)げていた焼却砲にも力が入る。

「す、すいません」

 輝きを増す焼却砲に、怯えながらアーマードゴリラが続けた。

「え~ つまりですね。我々のボスが、あなたの体に興味を持ったようです」

 !

「俺、オトコに興味ねーぞ…」

 先生、それ真面目に言ってますか? それとも場を(やわ)らげようとしてるのですか?

 凡人の俺には判りかねます。

「違います先生。先生の人類を超越した肉体を、進化の研究に利用しようと企んでいるようです。放っておけば、おそらくまた刺客を送ってきますよ」

 進化の家といえば、俺も噂は聞いた事がある。

 新世界の到来を唱える、排他的な宗教団体と聞いていたが……

 蚊の怪人やお前たちを見ると、もっと危ない事をしているようだな。

 

「先生! 野放しにする訳にもいかないし、今度はこっちから攻め込みましょう!!」

「よし行くか」

 気合の入ったマジ顔になった先生は、白いマントをひるがえし、スタスタと繁華街の方に歩いて行く。

「はい…… え、今!?」

「ああ、明日は特売日だから行くの無理だから」

 事も無げに言う先生。先生にとって、特売とはそれ程に大事な物なんですね?

 俺は慌てて先生を追いかけ―――

 危ない、一番大切な事を聞き忘れるところだった。

「おい、お前」

「あ、ハイッ」

 振り返ると、ゴリラは頭から出していたアンテナを慌ててしまったところだった。

 …こいつ脳みそどこに入ってるんだ?

 まぁいい。たとえ何処に連絡をとろうと、サイタマ先生に勝てる者はいない。

「最後の質問だ。進化の家は4年以上前からサイボーグ開発をしてきたのか? 他に何体いる? 過去に数々の町を破壊させた事はあるか?」

「? わからないが進化の家で戦闘型サイボーグは俺だけだ」

 …嘘を言っているようには見えないな。

 では俺の町を破壊したのはこいつ等ではなかったわけだ。

 (きびす)を返し、先生の後を追うとした俺は、一つの事に気が付いた。

 

 アジトの場所――― 聞いてない。

 最後の質問は、もう一つ追加された。

 

 

 

 

 

「まさか走って現場まで向かうとは」

 4時間後、俺と先生は山の中を走り続けていた。

「他にどうするんだよ」

 先生のヒーロースーツには、足元まで届きそうなぐらい長い純白のマントが付いている。

 だから―――

「てっきり先生なら空もとべるものかと」

「人間が空飛べるわけねーだろ」

 単なる飾りだったのか。

 あのスーツのおかげで特殊効果が付く訳ではないらしい。先生のヒーロースーツに対する認識を改めなければ。

「いつもよく徒歩で間に合っていますね。さすがはヒーローです」

「いや大体いつも間に合ってないけど」

 先生の走り方は、お世辞にもいいフォームとは言えない。まるで小学生の子供のようだ。

 なのに、最速で走る俺に易々とついてくる。フォームを改善したらどれだけ速くなるのか―― 全く見当もつかない。

 

「着きました。ゴリラの言っていたポイントです」

 山の中腹に、不似合いなビルが建っていた。

 1・2・3・4……8階建てか。どうやってこんな山奥まで資材を運び込んだんだろう?

「ここが 進化の家……!!」

 ビルに向かって生体サーチをかける。1階から8階まで、人間の反応はない。

 つまり――――――罠か。

 俺は、大きく振りかぶったモーションから、最大出力の焼却砲を両手でビルに撃ち込んだ。

 思った通り、ビルは後ろの山をも巻き込んで簡単に吹き飛ぶ。

 危ない仕掛との誘爆があったからか、爆炎が晴れた後にはビルはもう跡形も残っていなかった。

 

「いや  いきなり何やってんのお前」

「はい? これが一番効率よく一網打尽にできると判断したのですが」

 別に相手が仕掛けた罠に、わざわざ掛かってやることもない。まだ帰りの道も4時間かかるのだから。

「いやそうだけどさぁ… 相手も色々準備してただろうにえげつないな お前」

 そうですか? 攻撃は最大の防御と言うではありませんか。

 もしかして――― どんな仕掛けがあるか楽しみにしてましたか? でしたら申し訳ありませんでした。

「ん? 地下へのふたっぽいな」

 先生の声に目をやると、床の方隅に畳半畳(たたみはんじょう)ほどの大きさの、鋼鉄で出来た頑丈そうな扉が見える。先生は扉の隙間に指を入れ、蝶番(ちょうつがい)を無視して、缶詰の蓋を開けるかのように易々と引き開けた。

 それも親指と人差し指だけで。

 

「階段…ですね」

「行くか」

 周囲を警戒しながら階段を下る―――とそこは延々の続く地下通路だった。

 配管ががむき出しの天井に、規則的に連なる蛍光灯。規模は違うが、クセーノ博士の研究所(ラボ)と少し似ている。

「地下めっちゃ広いじゃん。テンション上がるな」

 そうですか先生? あまり表情は変わらないようにお見うけしますが…

 不意の攻撃に備えて起動していたセンサーに、生体反応が現れる。

「この奥に生体反応… ! 先生! 二体ほどこちらに近づいてきます」

 急速接近!

 光の帯に照らされて明るかった通路が、連続した破壊音と共に奥から徐々に暗くなっていく。何かが蛍光灯を破壊しながらやって来る?!

 巨大なカブト虫の様な姿を認識した途端、俺は、強烈な打撃を受けた。

 視覚モニターに砂の嵐が走る。

   『system error』

 

 画面表示と共に、俺の世界は暗転した―――――

 

 

 

 

 

   『修正プログラム正常終了』

 

 起動音と共に、視界がクリアーになる。

 周囲の生体反応は、床に倒れた見知らぬ男が一人。サイタマ先生の姿はない。

 俺はめり込んだ壁の中から抜け出しながら、画像検索をかけた。

 油断した。敵が近付いているのは分かっていたのに。

 くそっ、一体何があった?

 記憶が途切れる前後5分間の映像と音声をサブモニターで早送りする―――

 

 飛ぶように走って来るカブト虫のような男―――――― の強烈な一撃。

 画面が消える。そして―――

『ジェノス!?』

 先生の声だ。

『俺は阿修羅カブトってんだ。戦闘実験用ルームがあるからよぉ そこでやろうぜ~』

 こっちは俺を殴った奴の声か?

『ジェノスを現代アートみたいにしやがって 上等だ!』

 現代アート――― 情けない。

 先生にはみっともない姿を見せてばかりだ。こんな事ではますます弟子への道は遠のいてしまう。

 まだ時間はそれほどたってない。

 先生をサーチ――― いた、地下の大きなドーム! あいつと一緒!?

 先生を追わねば!

 俺は床に倒れている男を放って、(きし)む脚に力を込めた。

 

 

 

「広いだろ~ この施設で一番でけえ場所だ 戦力として使えるかどうかここで戦わせて実験してんだ」

 通路の奥から、野太い阿修羅カブトの声が反響して聞こえてくる。

 良かった、まだ戦闘は始まってない。

「んじゃ 殺し合いますか」

 させるか!!

 不意打ちで、チャージしてあった焼却砲を撃ち込む、阿修羅カブトは平然と振り返った。

「まーだ生きてやがったのか」

 効いてないだと?!

 ならば――― 接近戦だ。

 加速! 俺は、敵が攻撃してくる事を想定して、ジグザグに走行しながら拳を―――

 だが、阿修羅カブトは余裕の表情で俺を見ているだけだった。

「ブァ~~~カ」

 ふざけやがって!

『マシンガンブロー!!』

 加速をかけた連続パンチを、息をつく間も与えず打ち込む、打ち込む! 打ち込む!!

 おかしい! これだけヒットしていて、何故奴はさがらない?!

 と、突然、敵の重い右フックを頭にくらい、俺は、バウンドして空中に放り出された。

   『 Camera-eye:L ▶lost 』

 

 視界にレッドアラートが表示される。くそっ、左目が破損した?!

 地面にぶつかると思った寸前に、サイタマ先生の手が柔らかく俺を受け止めた。

 歯を食いしばっていた口から、逆流したエネルギーが焦げた煙となって噴き出す。 

「不覚」

「顔壊れてんぞ!」

 サイタマ先生の心配そうな声。

 このままで終われるか、俺は、まだ奴に何のダメージも与えてない。

「あいつは…… 俺が」

「もう無理すんなって」

 急速チャージ! 全てのエネルギーを左手に!!

『焼却!!』

 俺の渾身の焼却砲は、光の渦となって、阿修羅カブトを完全に捕らえた。――― 筈だった。

 だが阿修羅カブトは大きく息を吸い込むと、俺の渾身の焼却砲を――――――

「息で吹き返された!? そんな―――」

 勢いよく返された炎の渦を浴び、化学繊維が焦げる臭いがする。

「ジェノス!! 大丈夫か!?」

「は……い… 」

 死ぬかと思った。

「いや大丈夫じゃないだろその頭」

 …?その頭…?

 

「くっくっくっ」

 余裕な表情で嗤う阿修羅カブト。ダメだどうすればこいつに勝てる? こいつはアーマードゴリラとは格が違う。

 俺を床に横たえ、ゆっくりと…サイタマ先生が立ち上がった。

「野郎~~ずいぶんと俺を期待させる演出してくれるじゃね―――か!!」

「そーかい。んじゃとっとと来な、全力でなぁ」

 奴の挑発に、先生の表情が――― 変わった。

 白いマントを(ひるがえ)し、阿修羅カブトに対峙する先生。照り付けるライトに、その頭は神々しいほどに輝いている。

 本気だ。こんな先生は今まで見た事がない。

 

「お、わかる…わかる!! おめー強えなあ」

 強者には強者が分かるのか、嬉しそうに阿修羅カブトが叫んだ。

「ガッカリさせんなよ? お前ここの最終兵器なんだろ? 今朝の奴らと明らかに違う、自信に満ちた表情してっからな」

 先生の言葉を聞くなり、阿修羅カブトの姿が掻き消える。

 ―――速い! 

 瞬時に先生の背後に現れる阿修羅カブト、大きく拳を振り上げ―――

 ?! 殴らずに大きく後ろに跳んだ?! 何故?

 奴の体温が一瞬にしてさがっている。恐怖?! 逃げたのか?? あの阿修羅カブトが?!

「何してんだ? おい?」

 先生の呆れたような声が、委縮している阿修羅カブトに追い打ちをかけた。

 

「貴様ァアア それほどまでの力!! 一体どうやって手に入れたんだよォォォ」

 奴は拳を振るうあの一瞬で何を感じとったのだろう?

 

「お前も知りたいのか? いいだろう。ジェノスもよく聞いとけ」

 気がつくと、俺の隣には廊下に倒れていた眼鏡の男が、満身創痍という感じで立っていた。

 この男も進化の家の関係者なのだろう、地下にいたところを見ると、かなり上の地位の者かも知れない。

 

 この場で教えてもらえるのか?

 先生の 強さの秘訣を…

 危険だ

 止めなくていいのか!? こいつらにそんな事を教えていいのか!?

 

「いいか、大切なのはこのハードなトレーニングメニューを続けられるかどうかだ」

 だが聞きたい、これを逃したら何時教えてもらえるか分からない。

 先生は、俺の苦悩などお構いなしに先を続けた。

「いいかジェノス、続ける事だ。どんなに辛くてもな。俺は3年でここまで強くなった」

 だが、その後に続いた言葉に俺も、阿修羅カブトも、眼鏡の男も、全ての者が驚愕した!

 

「腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そしてランニング10㎞これを毎日やる!!!」

 はぁ??!

 

「もちろん 一日三食キチンと食べろ。朝はバナナでもいい。

 きわめつけは、精神を鍛えるために、夏も冬もエアコンを使わない事だ。

 最初は死ぬほど辛い。一日くらい休もうかとつい考えてしまう。

 だが俺は強いヒーローになるためにどんなに苦しくても、血反吐をぶちまけても毎日続けた。

 脚が重く、動かなくなってもスクワットをやり、腕がブチブチと変な音を立てても腕立てを断行した。

 変化に気付いたのは一年半後だった。俺はハゲていた。そして強くなっていた。

 つまりハゲるくらい、死に物狂いで己を鍛えこむのだ。それが強くなる唯一の方法だ。

 新人類だの進化だのと遊んでいる貴様らでは決してここまで辿り着けん。自分で変れるのが人間の強さだ!」

 

 先生……あなたという人は――――――

「ふざけないでください!」

 俺は思わず立ち上がっていた。

「それは一般的な筋力鍛錬だ、しかも大してハードでもない通常レベルだ! 俺は……俺は強くならなければならないんだ、そんな冗談を聞くためにアナタのもとに来たのでは断じてない!!  サイタマ先生の強さは明らかに体を鍛えた程度のものではない! 俺はそれが知りたいのです」

 なんで俺が怒っているのか分からないと言う様に、サイタマ先生が口を開いた。

「ジェノス。んな事言われても他に何もねーぞ」

「!」

 先生、冗談ですよね? その他に何かあるでしょう? 冗談だと言ってください!!

 

「そーかい」

 今まで蚊帳の外に置かれていた阿修羅カブトが怒りを押し殺した声を上げた。

 俺の隣で、眼鏡の男が怯えたように後ずさる。

「おい阿修羅カブト!? よせ… また暴走っするつもりか!?」

 暴走?! 突然、部屋の中にアラームが鳴り響き、警戒ランプの点滅と共に、隔壁が下りていく。

 阿修羅カブトはメキメキと音を立てて、気味の悪い紫色に変色しながら何倍にも大きく膨れあがっていった。

「秘密を教える気がねえなら構わねえぜぇ!! どうせ俺よか強くはねぇんだ!! ただしムカついたからテメェは(なぶ)り殺す!!」

「阿修羅モード!!」

 明らかな筋肉の増加! 角は鋭さを増し、牙はめくれ上がり、見るからに凶暴さが増し、より化け物じみた姿に変化している。

 

「ふぅううう…こうなるともう丸一週間は理性が飛んで闘争本能が静まる事はない。お前を殺した後は町へ降りて来週の土曜までは大量殺戮がとまらねぇぜ」

 阿修羅カブトの台詞に衝撃を受けたのか、サイタマ先生はただ茫然と立ち尽くしていた。

「強いヒーローだったら俺を止めてみろ」

 重い一撃をノーガードで受けてしまう先生、先生の姿が宙に舞い、そこをすかさず連打で狙い打ちされる。

 先生………!?

 先生でもこいつには敵わないのか?

 だが、その時俺は気付いた。

 壁にぶつかろうと、床にぶつかろうと、先生は普通の生き物のように、潰れたトマトみたいになっていない。

 

「死死死死死死死死死死死死死ィィツ」

 気合と共に阿修羅カブトの乱打が飛び、先生はそのまま地面に打ち付けられ――― 大破する床。

 俺が喰らった一撃より、あきらかに先生の喰らった阿修羅モードの方が破壊力が大きい。それは床の壊れ方を見ても一目瞭然だ。

 それを何発も受けているのに先生にまるで損傷はない。

 なら何故―――― 反撃しない?

 (とど)めだとばかりに阿修羅カブトは先生に殴りかかった。

 

 "ひらり" 先生の白いマントが優雅に(ひるがえ)る。 

「今日が―――スーパーの特売日じゃねーか!」

 先生の軽いアッパーカット、 阿修羅カブトが瞬時に弾け飛んだ。

 

「うおおおおお しくじったああああ」

 どう戦うかではなく――― スーパーの特売日の事を考えていらしたのか。

 サイタマ先生はなんて大物なんだ。

 阿修羅カブト如きでは、最初から敵として認識するレベルではないという事か。

 悔しいが、事実として、俺は阿修羅カブトに勝てなかった。

 たとえ、最初は先生の言う通り、さっきのトレーニングが始まりだったとしても、先生の桁外れの強さは本物だ。

 きっと何か――― 本人も気付いていない何か秘密がある筈。

 やはり俺は、サイタマ先生について行こう。 

 

「先生、スーパーの閉店は22時です。片道4時間かかる道のりです。かなり急げばまだ間に合いますが」

「かなり急げば間に合うんだな?!」

「はい」

「行くぞジェノス!」

「はい、先生」

 分厚い隔壁を一撃でぶち壊し、夕焼けに染まった外へと飛び出した俺達は、スーパーへとひた走った。

 

 

 4時間後――――

 スーパーの鏡張りの鮮魚売り場で、俺は自分の髪がアフロヘア―になっていた事実を知り驚愕した。

 

 

 

 

 




すいません。今回はかなり長くなっちゃいました。

やっとここで『進化の家』編終わりです。原作沿いもいったん終わり。
次はやっとオリジナル編です。

ここまできっちり書こうか迷ったのですが、「腕立て伏せ100回、上体起こし100回―--- 」
なんて言われて、どうして弟子入り止めなかったのか?と思ったら書いた方がいいかな?と。

「腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そしてランニング10㎞これを毎日やる!!!」の下り、書いて超辛かった!

 サイタマ先生!そのメニュー、部活でやりました!でも、なりませんでした!それどころか、部活引退したら太りました!!
 私に残されたのは黄金の太腿だけです。もう戻りません。あぁ、何書いてるんだろう自分。

次回もジェノスの弟子入り奮闘記続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

味覚2

今回、バトルはありません。


「クセーノ博士、折り入ってお願いがあるのですが」

 阿修羅カブトとのバトルでガタがきた(からだ)を直してもらいながら、俺は、この数日間考え続けていたことをクセーノ博士に切り出した。

「サイタマ先生との手合わせを想定して、新しいパーツを開発してもらえませんか?

 短期間だけの使用予定なので多少、生体に負担が掛かっても構いません。

 俺は日頃“肉を切らせて骨を断つ”というバトルスタイルをとっていますが、サイタマ先生が相手では、一度当たれば致命傷になりかない。

 ですから一秒でも長く手合わせしてもらえ、サイタマ先生の秘密に迫れるようにるようにするために回避を重視し、速度向上の為に装甲を減らして、確実に攻撃するために火力をもっと上げて欲しいのです」

 

()る気満々じゃなぁ」

「そのくらいで()れるものなら最初から弟子入りなど望みません」

 俺の焼却砲を至近距離からフルに打ち込んでも、先生が倒れるイメージが全くわかない。

 蚊娘(モスキートムスメ)の時の様に、せいぜい全裸になるくらいだろう。先生に対して遠慮なんて、思うだけでも烏滸(おこ)がましい。

 

「まぁ… オヌシが"突撃"以外の戦術をためそうと思うのはいい兆候じゃな。じゃが、まだ弟子入りは認めてもらっとらんのじゃろ?」

「俺は、何が何でも絶対にサイタマ先生の弟子になるつもりです。弟子になってから作ってもらうのでは遅すぎますから。

 それと、カメラアイと録画機能の性能を上げられませんか?サイタマ先生と阿修羅カブトとの闘い、フレーム落ちしてよくわからないところがありました」

「ふむ、確かに改良せねばなるまいな。じゃが… 脳への負担が増える事になるぞ?」

「構いません。何もできずに死ぬより、俺は闘って死にたい」

 あの時の様に――― 冷たくなっていく兄さんの手も握りながら、唯々(ただ)、何もできずに死を待っていたあの時の様になるのはゴメンだ。

 今の俺は違う、暴走サイボーグを倒すために、足掻(あが)いてでも前に進んでやる。

 

 新しく取り付けた部分との抵抗値をチェックしていた博士が、機材を置いて頭を振った。

「やれやれ、もっと自分を大事にせんか。薬があるからと言って安易に頼るのは良くないと言っておるじゃろう」

 これ以上ここにいると説教タイムになりそうだな。

 修理も終わった事だし――― 俺は手早く服を着た。

 

「出かけてきます」

「サイタマ君のところかい?今日は夜には戻れるかのう?たまには一緒に食事でもせんか?」

「俺には必要ない物なので」

 エネルギーはチャージしたばかりだ、急げば午前中のうちにサイタマ先生のお宅に着ける。

 玄関に向かう俺に、クセーノ博士がサンダルをパタパタ鳴らしながら追いついて来た。

「待ちなさいジュ―――ジェノス。お前が復讐以外の事に目を向ける事はいい事じゃ。これを持って行きなさい、サイタマ君には世話になったし…男の心を掴むにはまずは胃袋を掴むことじゃよ」

 台所からやってきた博士の手には、紙袋に入った箱が握られていた。

「はぁ」

 胃袋? そう言えば、先生はいつもタイムセールで必要最低限の食品を買っている。

 食べ物を持って行くというのは、先生の態度を軟化させるうえでもアリかもしれない。

 饂飩(うどん)好きのサイタマ先生ならきっと気に入ると博士が言うので、俺は勧められるがままに荷物を受け取った。

 

 

 

「先生!」

 玄関向かって声を掛ける。

 午前中のこの時間なら、先生はテレビを見ながらの読書中な筈だ。

「開いてるぞ~」

 "失礼します"と声をかけて扉を開けると。

 と、案の定、先生は(くつろ)ぎながら漫画を読んでいるところだった。

 

「おう、勝手に入れ。でも弟子にはしないぞ」

 …言いたかった事を先に言われてしまったな。

 でも、こうして足しげく通っていれば、きっと気持ちは動くはず。

 先生は、俺の顔を見るなり、

「お前、頭直ってんじゃん。いや~あんな(アフロ)でも、イケメンだと結構みれるから笑ったわ」

 と言った。

「はぁ」

 あの爆発頭(アフロ)、クセーノ博士のツボにハマったみたいで、まだ研究所に飾ってある。

 俺にとっては黒歴史でしかないので処分してもらいたいのだが…

 

「…イケメンですか?」

「何?お前、鏡見ないの?それともその顔、もとと似てないの?」

「デザインは15才の俺達をベースに、博士が経年劣化(けいねんれっか)を計算して作っているのですが… 自分的には目に違和感があって、あまり鏡を見ませんね」

 俺の知ってる兄さんとも俺とも違う顔。兄さんの目はもっと明るくて優しかった。

経年劣化(けいねんれっか)とか言うな。俺がいくつだと思ってるんだ」

 すいません。俺より上の25才でしたね。

 

 気を取り直して、先生の前に正座、箱を差し出す。

「先日はありがとうございました。これはクセーノ博士からのお礼の品です」

 先生は起き上がり、箱と俺とを交互に見た。

 

「弟子にはしないぞ」

「それとは別です。クセーノ博士おすすめの手延半田めんです。饂飩(うどん)好きにはたまらない逸品だと言っていました」

 博士は、俺がいらないといっているのに、『食べる楽しみが無いのはつまらない事だ』と言って勝手に味覚センサーを取り付けてしまう程の人だ。

 この素麺は、そんな博士が夏になるとお取り寄せする程お気に入りの品だった。

 

「へ~ 俺がうどんが好きってよく知ってたな」

 ………… 外から観察していたとは口が裂けても言えないな。この事は墓場まで持って行こう。

 

「丁度いい、昼にするか。お前、食べたことある?」

「いえ――― 俺はサイボーグなので」

 毎回進められてはいたが、食べた事はない。

 普通の食事はサイボーグの俺にとって非効率的なエネルギー摂取方法だと拒否していたからだ。

 先生は箱を受け取り、冷蔵庫から長ネギを取り出して台所に向かった。

 

「手伝います」

「いーよ座ってろ。お前は客だし、そんな大層な事しないから」

 確かに、素麺は茹でるだけだ。

 それに、家事に慣れない俺が狭い台所に入るのはかえって迷惑かもしれない。

 俺は、先生のお言葉に甘えてそのまま座っている事にした。

 

 しかし… この部屋、今までとなんだか感じが違う。なんだろう?

 そう言えば蟷螂(かまきり)が壊した天井―――

「天井、直されたんですね」

「あー、俺、色んなバイトやったから」

 え?!先生自ら修理されたんですか?

「以外に器用ですね」

「以外にって、なにそれ?!」

 ?何か言い方を間違っただろうか?

「見た目とは違うという事ですが」

「フォローになってねぇぞ おい」

 話しながらも部屋中を見回し、前回入った時と映像を照合する―――

 あ、部屋の違和感の理由が解った。綺麗過ぎるんだ。

 何時もと違って、布団が綺麗に畳んであるし、脱いだ服も散らかってない。畳んだ洗濯物も出ていない。ゴミも落ちてない。

 

「もしかして… 来客のご予定がありましたか?」

「?ねぇよ。悪りぃけど、マンガどけて机空けて」

 言われるがまま、漫画を本棚に戻す。

 五日観察してる間――― この部屋がこんなに綺麗だった事なかったな。

 掃除が終わっても、畳んだ布団の角とか合ってなかったし―――

 

 先生が、素麺を持って現れた。

 …普段よりも作る量が多いな。いつもは省エネモードなのか?

 ネギ、ショウガ、ワサビ、あれ? つゆが二つ? 箸が二つ??

 

「先生、俺の事は気にしないで下さい」

「?あれ?もう飯食ったの?いいじゃん食えば?持ってきたのお前だし」

 先生は『頂きます』とちゃんと頭を下げてから割り箸を割る。

 そう言えばいつもそうだった。

 この人は、一人の時もちゃんと食べ物に感謝してから食べていた。

 

「うま。素麺より太いけど弾力あんな」

 口いっぱいに頬張って―――まるで子供かハムスターのようだ。

 

「そんなに美味しいですか?」

「お前も食ってみればいいのに。喰えんだろ?アイス食ってたし」

 言いながらも続けざまに麺をすする先生。

 シンプルな素麺なのに、先生が食べると、なんだかすごく美味しそうに見える。

 

 

 俺は………食べる事には興味がない。

 俺にとって非効率的だし、そんな事に時間を費やすぐらいなら暴走サイボーグの探索に向かう。

 

 興味がない… 筈だったんだが―――

 幸せそうに… 食べている先生を見ていると何だか――――――

 ……………………………

 

 

「やっぱり……… 俺もいただいていいですか?」

 なんだろう?この気持ちは

 

「いっぱいあるから気にすんな」

「いただきます」

 先生を真似て手を合わせてから、コンビニで貰ったであろう割り箸を袋から取り出す。

 箸を割るなんて何年ぶりだろう? 最近の割り箸は細いのだな。俺の武骨な指では割り辛い。

 左右の指に均等に力を入れて引っ張れば… 

 あ、真っ直ぐに割れなかった。

 そう言えばこの体になってから、箸を使う反復学習(リハビリ)はしたが、割り箸を割る反復学習(リハビリ)はしなかったかもしれない。

 少し練習しよう。俺はそう心に決めながら素麺をつかんだ。

 素麺か。それこそ生身の時以来食べてないな。

 恐る恐るつゆにつけ、口に―――

 

 あれ?

 何だか思っていたものと違う。

 美味しいのかもしれない。弾力も確かにある。でもなんだかこう――― 微妙に何かが欠けているような…

「旨いだろ?」

「はぁ」

 先生が貧乏舌な訳じゃない、クセーノ博士も美味しいと言っていた。メンテナンス直後だから、俺の味覚センサーに狂いがある筈もない。

 じゃぁ、なぜ?

 俺と先生とではどこが違うのだろう?

 俺は先生周囲にスキャニングをかけた。

 冷たいつゆ、冷たい麺、つゆの、濃さも量も何ら変わりがない。

 俺のものとサイタマ先生のもの、赤外線サーモグラフィーも結果は一緒だ。

 

 なんだろう?

 俺がいらないと思っていじった機能に、何か関係あるのか?

 ダメージセンサー、触覚センサー、限界アラート、温感センサー、あと何があった?

 いらないと思ったもの―――いらないと思ったもの… ねぇ。

 確か食味は 味覚のほか、嗅覚や触覚、温度感覚、記憶などで拡張された知覚心理学的な感覚だったはず。

 

 もしかして―――

 温感センサー?

 口の中の温度が反映されないから、美味しく感じないのか?

 俺は、今気づいたことを踏まえて、もう一度麺をすすった。

 …………………

 

 そうかもしれない。

 こんな小さな事で食べ物の味は変わるのか。

 瞬間的に、こんな複雑な情報処理が出来る。今まで深く考えた事もなかったが、人間の身体とは凄いものだな。

 そして、その凄い機能を人工物に転嫁出来るクセーノ博士はやはり物凄い科学者だ。

 

「食った食った。誰かと喰う飯は久しぶりだ」

 満足そうに床に転がる先生。

「俺もです」

 味覚、嗅覚、触覚、圧力、温度―――そんな膨大な情報処理をしてまで、博士は俺に味が分かるようにしてくれていた。

 それなのに―――俺はその機能を使った事がなかった。

 

 今まで博士の誘いを頑なに拒否して…申し訳なかったかもしれない。

 もしかすると――― クセーノ博士も、誰かと一緒に食事をしたかったのだろうか?

 俺は自分の事に精一杯で、そんな事を考えもしなかった。

 …………………

 

 

「先生――― 俺、急用を思い出したので今日は帰ります」

「そっか、またな」

 先生は転がったまま手を振った。

「ご馳走様でした。弟子の件。考えといて下さい」

「ん、ダメ」

 即答ですか。

 でも、もう来るなとは言いませんでしたよね?

「また来ます」

 

 

 …今日はなにか博士の好きな食べ物でも買って帰ろうか。

 そして帰ったら、博士に頼んで口腔内の温感センサーを元に戻してもらおう。

 そうすれば、サイタマ先生の『旨いだろ?』という言葉に、素直に返事が返せるかもしれない。 

 

 

 

 

 




この後、ジェノスは100円ショップに行って割り箸をたくさん買った。
無駄にたくさん割って博士に呆れられた。
絶対にそうだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弟子入り

 あれから何度もサイタマ先生のお宅を訪ねたが、先生は『他人なんだから帰れ』という割には、俺を家に上げてくれ、お茶を飲みながら雑談をし、パトロールがてら一緒に買い物に行って、共に食事までしてくれる。 

 

 だがそこまでは行っても、弟子入りとなるとどうしても首を縦に振って下さらない。

 理由を尋ねると、『筋トレだけで強くなった俺から学ぶ事なんて何もないだろ』と答えが返ってくるのだが――― そんな事はない。

 ここに通って先生と行動するだけで、ストレス値が下がって義体とのバランスが上手く行っているとクセーノ博士が言っていた。

 事実、俺はこのところ、生体と義体をの接続を安定させるアンプルを必要としていない。

 先生と頂く食事は、俺に、自分が切り捨ててきた物にも意味がある事を教えてくれた。

 

 

 

『先生!』と、何時もの様に扉に向かい声をかけようとして、俺は部屋の中に生体反応が無い事に気が付く。

 ―――? いない?

 珍しい。昨日、何処かに行くと言っていたか?

 先生との会話をリプレイしてみても、該当する項目はない。

 もしかして―――しつこく通い過ぎただろうか?

 

 そう言えば、昨日先生が…『お前ね、三国志の"三顧(さんこ)の礼"じゃないんだから、何度来ても弟子にはしないよ?』と言うので『先生、"三顧(さんこ)の礼"は目上の者が格下の者の許に三度も出向いてお願いをすることで、俺と先生は当てはまりません』と言ったら『お前は"三国無双"マニアか?』って()ねてたな。

 俺が読んだのは『吉川 英治』のですけど…いや、まさかそれ位の事で怒らないですよね?

 

 なら――― 携帯を取り出し、webニュースでヒーロー協会が出す警戒警報を開く。

 先生が災害報道番組を見て、何かを退治しに行ったかもしれないと思ったのだ。

 

 F市でテロリストの暴動か… 大した事はないな。Z市(ここ)からは離れすぎているし、先生が行かれるほどの事ではない。

 閉じようとしたその時、ヘッドラインの注意喚起(ちゅういかんき)が目に入った。

 そこにはご丁寧に、"桃源団(とうげんだん)の構成員の頭は、スキンヘッドで統一されています。外出された際にスキンヘッドを見かけたら、すぐにその場を離れて下さい"とあった。

 

 ――――――これだ。

 先生は、ご自分とテロリストのハゲが(かぶ)る事を気にされて退治しに行かれたのだろう。

 俺も行くか、上手く行けば新型バトルスーツのテロリストと先生との闘いを見れるかも知れない。

 

 

 

 

 F市――― 広大な林に囲まれた大きな神社と、歌にまでなるほど有名な川が流れている都市だ。

 ここまで来れば、騒ぎでテロリストがいる場所が判明するかと思ったが… 聴覚レベルを上げて広域音を拾ってみても、そんな様子はない。

 もう決着は付いてしまったのか?

 さてどうしよう、ツイッターででもつぶやいてみるか?

 

 そう考えていると、突然、上空で大きな破壊音がした。

「うんこが爆発した!!」

 誰かの叫び声。

 見上げると、高層ビルの屋上に設置してあった、大きな金色のモニュメントが落下してくるところだった。

 事態に気付いた人々が、パニックになって逃げまどっている。

 一人の女が、転んだ。その上に落ちてくるモニュメント。

 

 危ない!

 俺は女を(かば)う位置に飛び込むと、両腕のリミッターを解除した。

『マシンガンブロー!』

 

 後で知ったが、金色のモニュメントは、大富豪ゼニールが金運を呼び込むために自宅に設置した、金のう〇こ型開運グッツだったらしい。

 それを俺が破壊したからかどうかは知らないが――― その日を境にゼニールの株は暴落した。

 

「ありがとうございました」

「気にするな。それより、桃源団がどこにいるか知らないか?」

 女は林の方を指さした。

 …モニュメントを壊した岩が飛んで来たのもそっちの方だな。もしや、これは先生達の戦いの流れ弾か?

 何度も繰り返して礼を言う女を残し、俺は急いで林に向かった。

 

 

 

 

 無残に転がる男達の死体――― 20人ほどいるだろうか? 

 臭気センサーに反応した血液の臭いに導かれ、現場にたどり着いた時、そこには生きているものはいなかった。

 全員がニュースで言っていた新型バトルスーツを着込んでいる。

 ()ったのは先生ではないな。先生は刃物は使わない。いや、使う必要がない。

 

 きれいな切り口だ… すべて装甲がない首を切断している。

 ―――という事は、バトルスーツごと殺れるパワーはないが、それなりにスピードがある者の仕業だろう。

 武器は多分、日本刀。力で押し切る西洋刀とは明らかに切り口が違う。

 

 まだ近くにいるのか?

 スキャン範囲を広げて生体サーチをかけても、それらしき反応は無し。

 

 俺は相当出遅れたらしい。

 死体の中に、主犯格の男の姿がないのは気にかかるが――― 先生は追って行ったのだろうか?

 

 …………探すだけムダだな。

 俺は死体の見分を終えて立ち上がった。

 もし先生が追っていたとしても、もう一撃でケリが付いているだろう。

 

 携帯を取り出す――― 注意喚起はまだ解除されてなかったが、この様子ではもうじきだ。

 やれやれ、無駄足だった。

 でも、まぁ一人は救えたからヨシとするか。

 

 …どうやらこの界隈(かいわい)では、神社の参道で売っている"雷おこし"と"人形焼き"が定番の土産(みやげ)らしい。

 明日の手土産はこれにしよう。

 

 

 

 

 机の上にはお茶と、俺が持参した人形焼。

 いつもならすぐに手をつけるのに、今日のサイタマ先生はロダンの考える人の像の様に(こぶし)を口元にあてたまま動かない。

 

「音速のソニック? 誰ですか? その頭痛が痛いみたいな名前の人物は?」

「わからん なんかいきなり現れてライバル宣言して去っていった」

 先生の話では、桃源団のボス"ハンマーヘッド"と戦い改心させた後、そいつを追って突然現れた忍者に勝負を挑まれ、成り行きで股間に拳をヒットさせてしまったそうだ。

 先生の拳ならさぞ痛かっただろう。もしかしたら女になってしまったかもしれない。

 まぁ、自業自得(じごうじとく)なんだが―――

「先生がお困りなら俺が消しますが」

「お前も厄介だな」

 何処の馬の骨かは知らないが、ただの忍者(ごと)きで先生のライバルを名乗るとは10万年早い。

 弟子志願のこの俺にボロボロにされて、身の程を思い知るがいい。

 

「てゆーか何でまた来たんだよ。帰れよ他人なんだから」

 そう本当に思うなら、家に上げてお茶まで出すのは間違ってますって先生。

「先生、俺は強くならなければ――― 」

「うるせええええええ」

 どうしたんだろう? 今日の先生は本当に何時もの余裕がない。

 

「俺は重大な問題に気づいてショックを受けてる最中だ! 今日は帰ってくれ! 頼むから!」

「重大な問題? 先生程の人が抱える重大な問題とはなんですか? 教えて下さい」

 これほど完璧な強さを誇る先生に、今更(いまさら)ながらの金欠とハゲ以外に何が問題あるというんだ?

 

「知名度が低い」

 

 あっ!

 

「俺が趣味でヒーローを始めてからもう3年たつ…… 今まで色んな怪人だの地底怪獣だのテロリストだの悪の軍団だのを退治してきた…

 他のヒーローが俺くらい活躍をしてる現場なんて見た事がない…!

 もはや誰もが俺の存在を知ってていいんじゃないか? もっとファンとかいても不自然じゃないだろ…! むしろこんなゴーストタウンで細々と暮らしてる現状がおかしいだろ!」

 

 確かに――― 俺もヒーロー活動を4年も続けているが、先生のようなヒーローの話は聞いた事もなかった。

 これ程までに強いのだ。都市伝説のような形ででも、噂になっていてもおかしくはない。

 

「昨日なんて言われたと思う?『お前など知らん』だってよ。あの街の住人も俺の事を完全にテロリストだと思い込んでやがった。前に怪人が出た時にやっつけたのは俺だというのに誰も覚えていなかった…!」

 

 何故だろう? ハゲに黄色いヒーロー・コスチュームなんて、一度見れば忘れないと思うのに。

 

「今朝のニュースだってそうだ。桃源団をやったのは"無免なんちゃら"ってやつと、名も告げず去っていった"金髪のサイボーグ"って事になってる」

 ……そう、今朝のニュースをみたら、桃源団を撃退したのはサイタマ先生でも音速のソニック(笑)でもなく、『無免ライダー』というヒーローと『金髪のサイボーグ(たぶん俺)』だという事になっていて驚いた。

 女に桃源団の居場所を聞いたのが不味(まず)かったらしい。

 

「…お前――― 本当に桃源団の手下ども、全員なで斬りにしたのか?」

 ?

「この菓子、あそこの神社の名前だよな?」

「確かに行きましたが――― 俺が行った時にはもう終わってました」

 どうしたんだろう? 先生がマジ顔だ。

「絶対だな?!」

「俺にブレードは装備されていません」

 あからさまにほっとした表情でサイタマ先生が目を()らした。

「ならいい」

「あの、それはどういう…… 」

 俺が先生の手柄を盗った形になるから怒った? いや、そんな小さい事にこだわる先生では―――

 

「怪人はともかく、人を裁くのはヒーローのすることじゃないだろ。勝手に死刑執行するような奴なら2度とうちに来んな」

 まさか、俺が人を殺したと思って怒った?!

 

「先生、お言葉を返すようですが、悪人は、高確率で怪人になります。犯罪被害を減らすためには――― 」

「人は変われる。それを信じなくてどう自分を信じるんだ。勝手に決めつけて終わりにすんな」

「!!」

 今の言葉、しっかり胸に刻んで、後でノートに写しておこう。

 

 

「わりぃ… ちょっと八つ当たり入った」

「いえ…」

 先生は間違っていません。確かに俺は、そうやってすべての悪を排除してきました。桃源団にはしていないというだけで―――

 今回も、出会っていたら、確実に殺る気でいました。

 

 …先生のお話は納得できます。

 ですが――― そんな状況になった時、俺は自分の腕を止められる自信がありません。

 でも努力します。それが弟子入りの条件ならば。

 

 ……………………

 

「先ほどの件ですが、先生」

「先生はヒーロー名簿に登録されてないんですか?」

「ヒーロー名簿?」

 俺は、先生にノートパソコンをお借りして『ヒーロー協会』のホームページを検索してみせた。

 

 『ヒーロー名簿』とは、全国にあるヒーロー協会の施設で体力テストや正義感テストを受けて、一定の水準を超えれば正式にヒーローと名乗る事を許され、登録される名簿だ。

 そうして協会に認められた者は、職業(プロ)ヒーローとして協会の募金に寄付された金額が、働きに応じて支払われるのだ。

 世間一般でいうヒーローとは、名簿に登録された職業(プロ)ヒーローの事であり、いくら個人で活動していても自称ヒーローでは妄言(もうげん)を吐く変態としてしか認識されず白い眼でみられる。

 俺は後者なのだが――― 幸い、まだ変態扱いされたことはない。

 

「………しらなかった」

「プロのヒーローが出てきたのは丁度3年前からです。大富豪アゴーニの孫が怪人に襲われたとき通りがかりの男性に助けられたらしく、その話を孫から聞いた時にこの制度を思いつき、私財を投じてヒーロー協会を設立したんだとか」

「ジェノスは登録してんのか?」

「いえ、俺はいいです」

 組織に組み込まれるのは面倒だ。

 正義活動だって、自分がやりたいからやっているだけで、別に人様に認めてもらいたい訳でもない。と言うか、俺にとって、見も知らぬ人間と馴れ合うのは苦痛でしかない。

 第一、俺にとっては復讐が目的で、正義活動は経験値稼ぎを兼ねた自己満足だ。

 

「登録しようぜ! 一緒に登録してくれたら弟子にしてやるから!」

 弟子に?!

 先生の鶴の一声。

「いきましょう!」

 俺は、一も二もなく賛同した。

 

 …あれ? このノリ、何かに似ているな。なんだろう?

 昔――― 高校時代にこんな光景を何度か見た事あるような―――

 そうだ。休み時間にトイレに行く女子高生だ。

 

 

 

 後日――――――

 先生と俺が、ヒーロー認定試験(ごと)きに落ちる筈がない。

 俺がS級、先生がC級認定というどうしても納得できない腹立たしいこともあったが、とにかく、俺達は職業(プロ)ヒーローになった。

 

 そして――― 俺はとうとう念願叶い、晴れて正式にサイタマ先生の弟子となったのだった。

 ようやくスタートライン、これからは気兼(きが)ねなく先生の強さを探る事が出来る。

 

 まず、手始めにサシでの手合わせをお願いしてみよう。クセーノ博士にお願いしていた、対サイタマ先生仕様のパーツはもう出来ている。

 

 先生。今後も指導のほどよろしくお願いします!

 

 

 

 

 




ジェノス君、着々と先生を餌付け中です。
きっと、毎日毎日毎日やってきてるんでしょう。
人慣れしてなかった奴が、毎日毎日手土産持って弟子入りさせてくれって尊敬の眼差しで言われたら心も動くってもんです。

先生ちょろいです。

そう言えば、村田先生のマンガだと、「うんこが爆発した!!」って言ってるのはキングですよね?チャランコもいて、何しにわざわざF市まで行ったんだろう?
秋葉原でドキシスのイベントでもあったのかな?


次回、先生と手合わせになります。よろしく~




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

手合わせ

 映像は唐突に始まる。

 場所は石切場、ヒーロー物のロケで使われるような人里離れた山奥だ。

 

 『今日は無理な頼みを聞いてくれてありがとうございます』

 

 俺の声が入る。

 中央に映るサイタマ先生は、白いマントを風に棚引かせながら、画面から距離を取るように遠ざかっていく。

 

 『弟子にするとか約束しちゃったからな。でも手合わせっていってもガチじゃないんだろ?』

 『俺はそのつもりです。………先生の本気を引き出せるよう全力でぶつかっていきます』

 

 先生が止まった。一陣の風が砂ぼこりをたて、それに誘われたかのように振り向く。

 と、画面に入る邪魔な文字。

 

  ▶アンプル投入確認。これより6時間、再投入しないで下さい。

 

「博士、この警告文、入らないように出来ませんか?」

 俺は、隣で一緒にスクリーンを見ていたクセーノ博士をちらりと見た。

「だめじゃ」

 博士はこちらを見るでもなく、いつもの様に拒否をした。

 

  ▶リミッター:解除

 画面のシステムゲージがグリーンからイエローに変わる。

 

  ▶エネルギー制御:解除

 軽い音を立てて起動音が鳴る。

 

  ▶最大出力:展開中

 ブースターが予備動作に入る。

 

  ▶TARGET:捕捉中

 サイタマ先生を中心に、ターゲットスコープが現れる。

 

  ▶TARGET:LOCK ON

 『お願いします』

 

 俺の声。

 俺が構えても先生は直立不動のまま動かない。

 構えても…と言っても、俺の目に仕掛けられたカメラ映像だから俺自身は映ってない。

 俺はたまに末端が映るくらいだが、画面が少し下がった事で行動の察しが付く。

 ここまでは自立型機動カメラ(ドローン)の方も、ちゃんと俺達を追っていた。

 

 肩に備えたブースターが限界音を出す。

 俺の脳内に響くGOの合図とともに、一気に加速し、一瞬にして先生との間が詰まった、だが、先生は俺の蹴りを簡単に見極め、マトリクスの様に仰け反(のけぞ)ってかわす。

 必殺の一撃が外れ、両手を反射的に進行方向に突き出し、焼却砲を撃ってブレーキをかけ、そのまま回し蹴りに持ち込む―――が、これも先生には簡単に見極められる。

 そのまま予備動作に入り十分に加速、フルパワーのまま踵落(かかとお)としのコンボに持ち込むが―――

 

「すまんがジェノスや、少し前に戻して、スローでの再生にしてくれんかの? ワシの目では追いきれん。酔いそうじゃ」

「あ、ハイ」

 俺には補助電脳があるから映像の補間が出来るが、生身で年寄りのクセーノ博士にはキツかったか?

 取り敢えず、×1/8ほどでいいか。

 脳内で巻き戻しスイッチを意識し、スロー再生。

 

 戦闘はまだまだ続く、俺が間を詰める時、キックを入れる時、様々な場面でちらりとサイタマ先生の顔が視界に入る。が、どの表情も戦いをしているって感じじゃない。

 俺を見ている目は、なんかこう――― 超合金の玩具を見ているような感じで――― SF映画を見ている時の兄さんもこんな顔していたな。

 

 上半身をひねり、大きく振りかぶった足を躊躇(ちゅうちょ)なく先生の頭上に叩き付ける。…踵落(かかとお)としはダメだ。溜めの時間が長すぎて、先生にかすりもしない。

 ジャンプして攻撃を避けた先生の着地点を瞬時に計算し、焼却砲を打ち込む。

 威力の反動で、俺が踏みしめていた大地は飴のようにヒビ割れた。

 流石、対サイタマ先生仕様のアームだ。素晴らしい破壊力。一瞬にして地面が溶ける。が、やはり(かわ)され、マントにすら当たらない。

 …戦っている時は必死で気付かなかったが、どれもこれも、すべて先生は予備動作すらせずに(かわ)している。

 つまり――― 先生は全然本気じゃなかったって事だ。

 

「サイタマ君は体が柔らかいのう。腰が強いから、どんな態勢からでもすぐに復帰する」

 これの攻撃をかわし続けている先生に、感心したようにクセーノ博士が言った。

 その通りだ、どんなに無茶な態勢からでも、先生がバランスを崩して地に這う事はない。

 

「やはり、開始直後に自立型機動カメラ(ドローン)が落ちてしまったのは痛かったですね。タイムラインと突き合わせてみないと俺の行動が判りづらい」

 自立型機動カメラ(ドローン)は開始早々に、俺達の戦闘の(あお)りを受けてリタイヤしていた。

「残っておっても追いきれんかったじゃろう。オヌシから話には聞いとったが、正直、生身の人間がここまで速いとは思わなんだ」

 クセーノ博士は(おとがい)に手をやり、食い入るように戦闘を見つめていた。

 やはり、今までの俺の話は信じて貰えていなかったらしい。当然だろう。体験した俺ですら事態を把握するのに時間が掛かった。

 

 『あぶね――― まーた服が燃えるとこだった』

 

 空中で飛んできた岩を蹴り、方向転換して地面に降り立つ先生。

 何事にも動じない、平熱系の先生の声に、俺はまるで自分が相手にされていない様な気がして臍を噛んだ。

 ダメだこんなスピードではダメだ――― そう痛感したのを覚えている。

 出力をメインの焼却砲に絞り、圧力を上げて空に浮く、刹那、摩擦を0にして最大出力で飛び込む。

 音が後ろに流れるほどのスピードなのに、先生は易々と後ろ走りで俺の拳を避けた。

 そのまま崖際にまで追いつめ、崖が崩れるほどに、連続でパンチを繰り出す。

 岩が飛び散り、砂煙で何も見えなくなる中、俺は逃げる先生を追ってひたすら拳を繰り出し続けた。

 だが、いくら殴っても、先生に当たっている感覚がない。

 

  『?』

 手を止める。そこにサイタマ先生の姿は何処にもなかった。

 

  ▶TARGET:LOST

  ▶BIOLOGICAL REACTION:LOST

 

 画面に続けざま表示される、赤いLOSTという文字。

 

「ふむ、崖際に追い詰めてすぐに、BIOLOGICAL REACTION(せいぶつはんのう)LOST(なし)になっておるな。オヌシのレーダーをこうも簡単に出し抜くとは… 」

 

  ▶BIOLOGICAL ANALISIS:ON 

  ▶BIOLOGICAL REACTION:HIT

  ▶TARGET:LOCK ON

 

 思いも掛けなかった方向に現れたサイタマ先生の反応を追って、瞬時に先生の前に飛び降りる。

 

 全出力をこの一撃にかける!

 

 最大出力、拡散焼却砲!!

 出力を最大まで上げた焼却砲! すべての砲門を開き、サイタマ先生に向けて一斉掃射する!

 今までの焼却砲と違い、2次被害など考えない、この戦いの為だけに付けられた、半径100mの生命反応を溶解させる凄まじい威力の武器だ。

 

 完全に捉えた。

 もとより、これでも先生に危害が加えられるとは思っていない。まぁ、服くらいは無くなるかもしれないが―――

 だが、これで先生も少しは本気になってくれる筈。その時は本当にそう思った。

 後ろから肩を叩かれ、振り向いたところを、頬に指プニされるまでは―――

 

 『はい、俺の勝… 』

 

 俺の頬を指で突きながら、笑顔でそう告げる先生に、俺はこんなにも本気なのに! 先生も真面目にやっているのにくれ! と無性に腹が立った。

 反射的に殴りつけるが、空に溶けるように逃げられて、やはり先生には当たらない。

 

 『先生』

 『へ?』

 『この手合わせのルールを忘れたのですか?』

 

 先生は腕を組み、俺の話を黙って聞いていた。

 

 『回避可能な攻撃はちゃんと回避する事、ふざけずに真面目にやる事、俺に気を遣わない事、

 そして……… 俺が戦闘不能になるまで続ける事』

 

 サイタマ先生本人でさえ説明できない純粋な強さの秘密…… この戦いで何か掴めるならば、俺が破壊される事ぐらいなんて事はないと思っていた。

 俺は人間じゃないのだ。頭さえ残っていればどうにかなる。

 

 いきなり、先生の反応が直前に現る。脊髄反射的に回し蹴りを入れる――― が、そこにもう先生の姿はない。

 

 不意に画像が歪んだ。

 なに?! ×1/8のスローでも先生の動きを追いきれないだと?!

 

 突如、背後に膨れ上がる巨大な気配!

 システムゲージが俺の感覚に反応し、一瞬にしてレッドに変わり、エマージェンシーコードが鳴り響く。

 

 あの時の恐怖を思い出し、俺は生身の時の様に首筋の毛が逆立つ感覚に襲われた。

 勿論、錯覚だ。俺はもう、ただの機械なんだから。

 

「死を――― 意識しました。4年前のような緩慢な死ではなく、激情のような一瞬の死を… 」

 思わず呟やく。

 気が付くと、クセーノ博士がこちらをじっと見つめていた。

 

「…すまんが、もう一度今のシーンを」

「はい」

 

 振り返った途端、俺の目に写るのはサイタマ先生の振り上げる拳――――――――――死。

 

 情け容赦なく膨れ上がる闘気。圧倒的な力が俺の全身を擦り抜けて行った。

 死ぬ!と思った瞬間、額の前で拳がぴたりと止まる。

 

 先生の拳が裏返り、やさしく俺の額を叩いた。

 

 『腹へった メシだメシ! うどん食いに行こうぜ』

 何事もなかったかのように、先生が笑う。

 

 『……………………行きましょう』

 俺はふらつく頭でそう答える事しか出来なかった。

 

 強くなるためなら、どんな事でもやる覚悟はある。だが――――

 俺が先生の強さに近づけるイメージが全く湧かない。

 

 もうもうと立ち上がる砂煙。背後を振り返ると、先生のたった一撃の拳でゴッソリと山肌が削れ、渓谷の様に景観が変わった山々が目に映った。

 

 ―――――次元が違う。

 

 

 

 首のコネクターから無造作にケーブルを引き抜く。目の前のスクリーンに映っていた映像はぷつりと消えた。

 これ以上の映像は戦闘とは関係ない。先生と俺とで饂飩を食べるところが映っているだけだ。

「ふむ… オヌシの背後の山は削れても、オヌシは無傷―――か。サイタマ君の能力は、身体能力の向上だけでは済まなさそうじゃな」

 眉を寄せて考え込むクセーノ博士。

 そう、俺も気づいていた。先ほどの攻撃、俺の背後に壊滅的なダメージを与えているのに、中心の俺には傷一つ付いていない。

 それはどう考えても不自然だ。

「えぇ、ですが画面をご覧の通り、SAIエネルギー反応は現れていません」

「オヌシの言う通り、彼の強さは紐解くことは新しい力の発見に繋がりそうじゃ」

 クセーノ博士の台詞に、俺はほっと息をついた。

 よかった。これで先生の素晴らしさを知る理解者が一人増えた。しかも相手はクセーノ博士だ。

 

「今の段階で何か推論出来ませんか?」

「無理じゃな。今の状況では材料が少なすぎる」

 やはり、地道にデータを集めて行くしかないのか。

 明日からサイタマ先生の家の前に作ったベースキャンプを復活させて、朝から晩まで先生に付き従おう。

 

「ところでジェノス、オヌシの脳波と行動パターンを照らし合わせてみたかね?」

「いえ、まだですが… 」

「ふむ、接続速度が上がっておるよ」

「えっ?」

 なぜ? この一年間、タイムラグが増えた事はあっても、減ったことはなかったのに。

 

「サイタマ君のところに通いだして一か月、その間何があったかね?」

「…何でしょう? 取り立てて特別な事をした記憶はないのですが… 」

 俺の戸惑いに、博士は穏やかに微笑んだ。

「食事じゃよ。それと―――ワシ以外の人間とのコミュニケーションじゃな。人間の脳は聴覚、嗅覚、記憶や言語的知覚が側頭葉の大半で、頂頭葉の体性感覚野で口唇感覚を、体性感覚連合野で味覚を、認知しておる。つまり、口に関する機能は、脳の1/3に関係していると言っても過言ではない。今まで疎かになっていた機能を使う事によって、衰えていたシナプスが活性化されたんじゃな」

 

 !! それはつまり、戦闘訓練だけではなく、食事にも――― サイタマ先生との繋がりにも意味があると―――

「ワシは嬉しいよ。オヌシが外の世界に目を向けてくれて。それだけでも、サイタマ君には感謝しとる」

 数値にも表れている、博士も効果があると言ってくださっている。

 第一、彼は強い。今まで俺が見た、何処の誰よりも。

 サイタマ先生ならば、強くなりたいと言う思い以外の、俺の切実な願いも叶えてくれるかも知れない。

 そのためには片時も彼から離れないようにしなくては―――

 一体どうすれば?

 

「クセーノ博士、俺、サイタマ先生の内弟子になろうと思います」

「なんじゃと?!」

 内弟子とは、外から通うではなく、拝する師匠と寝食を供にし、師匠のお世話をさせていただきながら、その教えを受ける者の事だ。

 昔見たアクション映画では、家族を皆殺しにされた青年が、自分の固い決意を示すために全財産を処分して師と崇める人物に手渡し、内弟子となっていた。

「いゃ、じゃがしかしオヌシは―――」

「関係ありません。俺、は男ですし、生殖機能はついていません。それにサイタマ先生は男には興味ないと仰っていました。大体、今までだって放浪生活で野宿してたじゃありませんか」

「じゃ、じゃが、サイタマ君は25才なんじゃろ?オヌシがいたら彼女と上手くいかなくなって――― 」

「先生に彼女はいらっしゃいません」

 いれば何かしら部屋に遺留物がある筈、携帯電話も固定電話もない、可愛い食器一つもない家の家主に彼女など絶対にいないと断言できる。

 あんなに強く優しく美しい、料理まで出来る素晴らしい先生が独り身とは… まったく世の女共は人を見る目がない。

「全く、オヌシは身も蓋もないのう… 師匠に従事するならば、もう一寸歯に衣を着せんか」

「はぁ… 」

 ? 俺は何かおかしなことを言っただろうか?

 

「ともかく、ワシは反対じゃ未成年で預かりもののオヌシをよmei…

「博士!」

 クセーノ博士の毛髪はとても多い。サイタマ先生がみたら羨むほどの髪をたたえた"きのこの山"のお菓子のような頭をふって、博士は俺の決意に猛反対した。

 けれど、俺だって後には引かない。俺にとってもうこれは決定事項だ。

「だが、ジュ―――

「ジェノスです!俺の名前はジェノスです!!」

 困ったように、博士は黙ったまま俺を見つめている。俺を心配してくれているのはわかる。わかるが―――

 

 クセーノ博士。俺、知ってるんです。

「博士、俺、博士が過去に発表された論文を読みました。日々休まずに使用し続けている補助電脳の寿命は長くて10年なんですよね? しかも、交換するときに記憶障害が出る事も多いとか… フル・サイバネティクについても書かれていましたね? 脳以外を全てサイボーグ化した場合、精神を病む者が多く、長生きする者は少ないと―――」

 博士が息を飲むのが判る。

「あれを読んだのかね? あれは共通語で書かれとったじゃろう?」

「えぇ、戦闘以外の正しい補助電脳の使い方をしたと思います」

 クセーノ博士は黙って目を伏せた。

 

「ジェノス、技術は日々向上しておる。それにオヌシはワシ自ら定期的にメンテナンスしておる。論文の被検体とは状況が違う―――」

 まだ何か言いたそうだったクセーノ博士を押し止め、俺は口を開いた。

「博士。俺は希望的観測にすがるのは止めたんです。そんなものは役に立たないと4年前に気付かされましたので―――」

 ため息をついて、博士はとうとう同意した。

 

「…わかった。好きにしなさい。何かあったら直ぐに連絡するんじゃぞ」

 心配する博士に頭を下げ、俺は軍用リュックに荷を詰め込んで研究所を飛び出した。

 

 

 何時もの様に先生のお宅に伺うと――― 何時もの様に先生は読書に勤しんでいた。

 が、俺の背負う荷物に何かを感じたのだろう、何気ないふりをしているが、先生の体温は一気に一度も下がっている。

 

 ここが正念場だ。

 俺は背負っていた荷物を投げ出し、先生に決断を迫った。

「ここに住んでもいいですか?」

「うん、絶対ダメ」

 …俺は自分の決意を見せるため、持ってきた帯のついたままの新札、一千万円を先生の目前に投げ出した。

「部屋代払います」

 部屋の中に静寂が広がる。こう言うの、天使が通り過ぎたっていうんだっけ? 昔、母さんが言ってた気がする。

 …………………

 

「…ちゃんと歯ブラシ持ってきたか?」

「はい!」

 なにかを諦めたようなサイタマ先生の声に、俺は勢いよく返事をした。

 

 

 

 

 




あぁ、やっとここまできました。

アニメ版のこの回、とても好きなんです。戦闘シーンが凄くカッコいい!
文章で戦闘シーンを表現するのは難しいですよね~。永遠の課題です。

さて、少しずつ、少しずつ、原作と分岐させていっているのですが、ジェノサイに持ち込む気は毛頭ありません。それっぽいところは感じるかもしれませんが。
気のせいです。よほど筆が滑らない限り、その展開はないと思います。

それと、何度か書いていますが、短編集~日常ショートショート~の師弟とは別時空で考えて下さい。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

味覚3

「じいさん こいつを任せるぞ」

 強靭(きょうじん)な脚力で弾丸のように我が身を打ち出した先生は、一発の拳で易々と巨大な隕石を打ち砕いた。

 そんな先生を、俺の横でただただ驚きを込めて見つめるS級ヒーロー3位の老人バングに優越感を持ちつつも、フルパワーで焼却砲を撃ち続けた為にエネルギー切れになりかかった俺は、身動きも出来ずにZ市が打ち砕かれた隕石の破片によって崩壊していく様を見ているしかなかった。

 

 先生が破壊した隕石の破片は、容赦なく俺達にも降り注ぐ。

「ジェノス君、動くな。まぁ言われなくてももう動けんじゃろうが守っちゃる」

 事態を予測していたバングは静かに俺の前に立ち(ふさ)がった。

 く、悔しいがバングの言う通りだ。

 先ほどまで好好爺(こうこうや)の面持ちだったバングは、打って変わった鋭い目付きになっている。

 先生程の素晴らしい破壊力はない。だが、流れるような手刀の動きは、確実に俺達目掛けて落ちて来る隕石の欠片(かけら)を打ち砕いていった。 

 

 ビルの群れが―――崩れる。町全体に崩壊の波が広がっていく。

 巨大隕石の直撃を免れ、Z市消滅という危機を免れてはいても、その破片による二次被害は計り知れなかった。

 情けない。もう少し俺に余力があれば、落ちて来る隕石の欠片を処分する手伝いが出来たのに。

 今の俺は自分の指すら動かす事もままならない。

 俺達が足場にしていたビルに隕石が突き刺さり、土台が壊れる。

 緊急の事態、バングは老人の癖に、200キロは有にある俺を軽々と(かつ)いでビルの屋上から飛び降りた。

 S級ヒーローの実力者ともなるとこれが普通なのか。先生がS級10位以内を目指せと言っていた意味に気付き、自然と眉間(みけん)にシワが寄る。

 ―――つまり、俺は先生に追随(ついずい)する只一人の者ではなく、17人もいる内の一人でしかない。

 先生と会うまで、もはやあの暴走サイボーグ以外に負ける訳がない。と思いこんでいた俺は、なんてことはない、ただの井の中の蛙だったと言う訳だ。

 

「さて、これからどうしたもんじゃろうな」

 人の好い年寄りの顔に戻ったバングは、俺を地面におろし、肩が()ったとでもいう様に腕を回す。

「本体に故障はない… このまま置いて行ってくれ。1時間程すれば自力で動ける」

 本体の損傷率は5パーセントにも満たない。この程度なら研究所に救援要請のビーコンが送られる事もないだろう。

「そうはいかん、彼から頼まれたんじゃからのう」

 バングはここから移動すべきかどうか悩んでいるようだ。

 先生。

 サイタマ先生はご無事だろうか?

 生体アラートに回せるエネルギーがなかったので、先生がどこ無事に着地したのかすら掴めない。

 俺のモニター内ではエネルギー切れを警告するアラートが点滅し、システムダウンまでのカウントを始めている。

 本来ならば速やかにスリープモードに移行し、生体維持エネルギーの回復に努めなければならないのだろう。が、それは先生の行方が気になり過ぎて、俺には行動に移せなかった。

 

 サイタマ先生が、まるで散歩でもしているかのように、のんびりと俺達の前に現れたのはそれからすぐ後の事だ。

「サンキュー、じいさん助かった」

 俺達を見つけ、何事もなかったかのようにやって来た先生は、バンクにそう声を掛けると軽々と俺を担ぎ上げた。

 あの高さまで宙を跳び、足場のない空中で隕石を破壊し、尚且つ着地を決める。一体、先生の運動エネルギーはどれ程だったのだろう?

 ――――――流石(さすが)です先生。

 

「行くぞジェノス」

「 …はい…」

 モニターが徐々に暗くなっていく――― 不味い。とうとうブライトネスがマイナス値の判別し辛い値にまで移行し始めた。

「 …不甲斐ない…弟子…で申し訳ありません… 」

「? 良くやったと思うぞ。お前の焼却砲のお蔭で距離感つかめたし、お前が何処にいるかも分かったんだ。気にすんな」

 いえ、先生だけならばもっと素早く行動出来ていたでしょう。

 こんな事ならヒーロー協会から呼び出された時、先生に一緒に付いて来て下さいとお願いするべきでした。

 全くもって油断した。俺は協会の押し付けて来る厄介事のレベルを甘く見過ぎていた。

 

「えぇっと――― なんとかって博士に連絡するか?」

「いえ… 単…なるエネルギー不足なの…で 休めばなんとか… 」

 "そうか"なんて答えながらも、先生の足はサクサクと前に進んで行く。

 重量のある俺が乗っている先生の肩はメカである俺よりも薄い。なのに楽々と俺を乗せているそれが、単なる人間と同じ構成物質とは到底思えない。

 先生の強さは本当に筋力的な物だけなのか、それとも他にも理由があるものなのか?

 後者ならばまだ俺にも強くなるチャンスはあるかもしれない。

 けど――――――――――――

「じゃあこのまま家に帰ろう。俺が付いてるから寝とけ」

「申し…訳…ありません…オチ…ます」

 帰ろう――― 今、先生は帰ろうと言っただろうか?

 

 『帰ろう』

 

 それだけの言葉なのに、なんだか頭の中が暖かく感じるのは何故だろう?

 無機質なラボではなく、今の俺には普通の人のように帰れる場所がある。

 帰ろうと言ってくれる人がいる。

 暗いモニターに吸い込まれるように、そこで俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 『システムダウンより5分経過。"GENOS(ジェノス):β(ベータ)" 起動します』

 

 サイタマが担いでいたジェノスから小さな電子音が響いた。

 と、ともに、力なく俯いた頭に意志が灯り、人形の様に無表情な顔がサイタマを見上げる。まるでそうなるのが判っていたかのように、サイタマは聞きたかった事を訊ねた。

「おい、本当に怪我はないんだな?」

 サイタマがこの男に会ったのは、前回の蚊の怪人の時と合わせてこれで2回目だった。

「はい。損傷は外付けパーツのみ。本体に損傷はありません」

 ジェノスの口から出る声は、いつものそれとは違い若干低く、そしていつもにまして平坦だ。

 だが―――――

「 …お前はジェノスの補助電脳なんだよな?」

「はい。俺はジェノスの生存率を上げる為の緊急AI。"GENOS:β" です」

 サイタマが聞きたかったのは、そういう答えではない。

 電脳なんて物にはとんと(うと)いサイタマだが、なんとなくこいつは自分の知ってる人工知能(AI)とは違う感が鼻につく。まぁ、クセーノ博士と言う人が天才だからかもしれないが。

 だが、今はこの疑問を解決するよりも、緊急AIが起動するほど疲弊(ひへい)したジェノスの事が優先だった。

 

「で、これからどうすりゃいいんだ?」

 無人街に向かいつつ、その肩に担ぎあげていたジェノスだがジェノスではないモノに訊ねる。

「はい。有機物を分解出来るだけのエネルギーが溜まれば再起動します。後、燃焼効率のよい物を口径摂取させて下さい」

 口径摂取? つまり、なんか食わせろって事か? いちいち小難しい言い方しやがって。と、思いながらサイタマは口を開いた。

「燃焼効率のいい物って――――― 」

 おかゆとか? とサイタマが続ける前に平坦な声が割り込む。

「ガソリン等の油成分が推奨されます」

  !

「いやいやいやいや!ダメだろそんな悪食!味覚あるんだろ?普通の飯じゃダメなのか?!」

「はい。代用出来ます。が、効率は落ちます」

 そう言えば、初めてあった頃、"自分には必要ない"とジェノスは頑なに食事を拒んでいた事をサイタマは思い出した。

 サイタマは遠慮して断っていたのかと思っていたが――― どうやらそれは違ったらしい。

 

「お前―――うちに来るまで一体何食ってたんだ?」

「 ……主にオイルを摂取していました」

 サイタマが気になっていた一つがこの間だ。この、気不味くなった時の会話の間すらAIに組み込まれているとでも言うのだろうか?

 だがサイタマは少し安心した。どうやら"GENOS:β"もオイルを食べる事には否定的らしいという事に。

「時間かかっても普通の飯がいいだろう。人間なんだから」

 サイタマはあのガソリンスタンドの臭いが嫌いだ。深夜は時給がいいし、バイトをしてみようかと考えた事もあったが、空きっ腹の時にあの臭いを嗅ぐと眉間に皺が寄る。そしてサイタマは大抵食べる事に苦労していた。

 あんな臭いモノ、絶対クソ不味いに決まってる。

 嗅覚は人よりずっと感度が高いと言っていたジェノスが、効率の為だけにかんど嗅覚を切ってまでガソリンを飲み干す図は、彼には容易に想像がついた。

 

 最近、ジェノスは旨そうに飯を食うようになった。とサイタマは思う。

 サイタマを手伝おうと、料理もするようになった。

 最初は、米を洗おうとして力を入れ過ぎ、粉々にしてしまったり、食材を切ろうとして包丁の刃を潰したりなんだりと散々だったが、黙々と努力して… 今は玉子も綺麗に割れる様になった。(まぁその練習の為に卵料理が続いたりしてしまったが―――)

 お世辞にもけっして上手とは言えなかったが、バカ真面目に取り組む姿勢には感情が薄れてきたと思っていたサイタマにも思うところがある。

 ここでまた効率重視に戻ってしまうのは何だか良い事ではないような気がした。

 

「何か――― 好きな食べ物はないのか?」

「 …ジェノスは――― オイルサーディンが好きです」

「え? 酒のつまみじゃねぇのアレ」

 イワシのオイル漬け、マイナーな食べ物だが、サイタマは飲み屋でバイトしていた頃に扱った事はある。

「両親の故郷の特産です」

 そう告げるAIのジェノスの言葉に、微かに感情が入っている事にサイタマは気付いていた。

 そして彼は聞き逃していた。AIが、質問してもいない事に答えているという事実を。

 

 

 

 

 

 『再起動終了:プログラム正常作動確認』

 

 起動音と共に、視界がクリアーになる。と、博士の研究所とは違う、見慣れない白い天井が目に入った。

 

  ▶現在位置:Z市無人街・サイタマ先生宅

  ▶現在時刻:――――――

 どうやら俺はサイタマ先生の布団をお借りしていたらしい。

 何時もは横にならず、片膝をついた状態でスリープモードに入っていた為に先生のお宅の天井をまじまじと見たことがなかったから、ここが何処だか気付くのが遅れたのか。

 あれから一時間以上たっている。

 メンテナンス中の培養槽の中でもないのに悪夢も見ずにこんなに長時間寝るなんて――― 久しぶりだ。

 強制終了だったから夢を見ないですんだのか?

 こんな状態になった時は何時も検査台の上で目覚めていたから考えた事もなかった。

 

「起きたか?」

 俺の気配に気付いたのか、フライパンを(あお)る音が高くなり、部屋中にいい匂いが広がる。

 

 ――――――サイタマ先生。

「申し訳ありません。先生のお手を(わずら)わせてしまいました」

「今飯にするからちょっと待ってろ」

「いえ、お気になさらずに。食用油か何かを頂ければ事足りますので。しかし先生の身の回りのお世話は弟子の仕事だと言うのに、厨房に先生を立たせてしまうとは… 」

「気にすんな。家事なんてその時出来る奴がやりゃぁいいんだ」

「はぁ」

 情けない… 言いたくはないが、先生は俺よりずっと料理が上手い。

 こんな事なら人であった時に部活動などに(うつつ)を抜かさず、もう少し家の手伝いをやっておけば良かったかもしれない。

「もう出来る。動けるか?」

「はい」

 動きはぎこちないが動作に不備はない。

 起き上がろうとして、頬から剥がれ落ちる基盤の欠片に、俺は腕に装着していた外付け拡張アームズモードが取り外されている事に気が付いた。

 先生が力付くで解除したのだろうか?

 テレビの不具合でさえ叩けば直ると豪語する先生にかかったら、こんなロック解除のスイッチなぞ意味をなさない物なのかもしれない。

 後で密かに起動チェックをしなければ… まさか初めての実戦使用で最大出力のデータを取る羽目になるとはクセーノ博士も思わなかったろう。

 

「…なんですかこれは?」

 目の前に運ばれてきた料理に、思わず心の声が漏れてしまう。

 香ばしい良い香りだ。

 ざく切りのキャベツに、イワシのオイル漬け、味にインパクトを与えているであろう鷹の爪は、美しいコントラストで白い麺にトッピングされている。だがその"ヤマザキ春のパン祭り"で手に入れたであろうワンプレートの白い皿には、フィットチーネの様に太く、その皿の様に白い麺が――――――

 

「なにって… オイルサーディンとキャベツのペペロンチーノ・饂飩(うどん)だけど」

「 …… 」

 饂飩。オイルサーディンにうどん。

 先生がうどん好きとは知ってはいたが、まさかオイルサーディンにうどんとは…

「仕方ねーだろ。隕石でライフラインが止まってるんだ。何時復旧するか分からないし、スパゲッティ()でる水ケチって冷凍うどんにしたんだよ」

「は、いえ、先生の手料理にケチをつけるんて…そんな…」

 濡れタオルが手渡され、手を拭く様に(うなが)される。

 確かに。

 この建物は屋上に貯水タンクがある物件だが、無人街の中だ。早急なライフラインの復旧は望めないだろう。必要ならば自分達で直さねばならないかも知れない。

 先生は机の上にグラスと牛乳を置くと、俺の前にどっかりと腰を下ろした。

「お前は本当にバカ真面目だな。ちよっとは冒険してみろよ。大体、主食に合うもんはメインが麺だろうと米だろうとパンだろうと合うもんなんだよ。食いもん屋で出る(まかな)いなんてそんなもんだぞ」

 なるほど。

「つまり、良い素材は相手を選ばず活躍できる。戦いにおいても、何時もの攻撃方法に頼るのではなく、応用を考えよと先生はそう(おっしゃ)りたいと言うのですね?」

「そこまで言ってないんだけど」

「勉強になります先生!」

 急いでノートを取り出し、今の教えを書き込もうとして先生に止められる。 

「食事中にノートはとるな。熱い物は熱いうちに、冷たいもんは冷たいうちに食わなきゃ美味しくないだろうが」

 はっ! それはつまり―――

「どんな攻撃も機を逃せば効果は半減という事を仰りたいのですねですね?! 流石(さすが)です先生!」

 これもしっかりと覚えておいて、後でノートに書かねば。今日は先生の素晴らしい活躍と教えとでノートが一冊埋まるかもしれない。

 先生は何か遠くを見るような目つきで口を開いた。

「うん、もういいから。さっさと食おう。こんな時でもお前は通常運転なんだな」

 二人でどちらからともなく『いただきます』と声を掛け、箸を取る。

 オイルサーディンのペペロンチーノか… 考えてみれば久しぶりだ。人だった時に食べたきりだから4年ぶり、か。

 昔はよく二人して、母さんに頼んで作ってもらったっけ。

 ……………

 

 先生の作って下さったオイルサーディンとキャベツのペペロンチーノの饂飩は、なんだか優しい味がした。

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。
更新遅くなってすいませんでした。

なんかジェノスの家族構成、サイボーグの設定、捏造もりもりですがお許しください。
これからもっと捏造します。
時期に狂サイボーグにも会う予定。
もう少し長くなりますがお付き合いの程宜しくお願いします。


ところで!
村田先生版103話!かっこよかったですね~!
駆動騎士やべぇ!!番犬マンもすげぇ!なんだ豚神~!

やべぇよ・・・やべぇよ! はやく!はやく続きを!!
うおぉぉぉぉぉぉ!

あ、アニメ化二期決定おめでとうございます!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意

 
投稿遅くなりました。深海王の回です。




 

 

 

 雨が降っていた。

 

 思いもかけない敵の一撃を受けた俺は、片腕をもぎ取られ、叩き伏せられて災害避難所の壁に大きなクレーターを作り上げた。

 また油断…… 俺も学習が下手だな。

 外部破損は37%。モニターにアームRとカメラアイRの接続エラーが表示されるが行動に支障はない。

 オブジェの様に埋め込まれた瓦礫から抜け出し、ジョイントの具合を確かめる。大丈夫、俺はまだ闘える。

 

「シェルターから逃げ出せるものは今すぐ行け! 俺が勝てるとは限らない!」

 優勢だと思っていた俺の突然の惨状に、今まで俺に喝采(かっさい)を浴びせていた民衆たちは蜘蛛の子を散らすように逃げだして行った。

 そうだ、それでいい。

 写メなんか撮ってネットに上げてる暇があったら、とっとと逃げろ、自分で生き残る努力をしろ! 俺の時には誰も助けに来やしなかったんだから!!

 だが、お前たちには助けようとしてくれた者達がいた。この幸運を自分達でモノにしろ!

「俺が奴の相手をしているうちに行け!」

 俺の故郷の様には絶対にさせない! お前達には先生が必ず来る。それまで俺は―――――――――全力を尽くす!

 

 ビキビキと音をたてて、俺の渾身(こんしん)の左フックで空いた風穴が(ふさ)がっていく。 海人族――――――(すさ)まじいほどの回復力だ。

 傷を治し終えた巨体が、弾けるように民衆の向かって走り出した。

「一匹もぉおおおおおおおおおおおおおお 逃がさなぁあああああい」

 

 させるかっ!!

 

 雄たけびを上げながら民間人に襲い掛かる怪人に、飛び込みざまブーストを掛けた蹴りを入れる。

 体格の差でこっちもカウンターを喰らうが、俺は構わずラッシュをかけた。

 痛みの信号は一瞬だ。ダメージを喰らった警告のためにあるだけで、サイボーグの俺には戦闘に不要な感覚は遮断出来る。

 

 確実に俺の連続蹴りが決まっているのに、敵は一向に怯む様子はない。

 ちっ! 本当になんて回復力だ! 俺の与えたダメージは出来るそばから回復していっている!

 俺が奴を削り切るのが先か、俺のエネルギーが切れるのが先か!

 

 強い!

 

 だがコイツといい、進化の家の連中といい、これくらいの奴等を独りで倒せない様では、あの狂サイボーグに太刀打ち出来る筈がない!

 どうする?! スペック的に俺のパワーは限界だ、水系の怪人に焼却砲は有効だろうが、いかせんエネルギーを充填(じゅうてん)する間がとれない!

 

「が……がんばれお兄ちゃ――――――ん!!」

 逃げて行く人々の中なら、小さな少女の声が聞こえる。父親に手を引かれ、こちらを振り返りながら走る少女の応援は、しつこく食い下がる俺にイライラしていた化け物の気を引いた。

「うるさい、ガキは溶けてなさい!」

 鉄砲魚の様に勢いよく何かを吹き出す海人族、

 

 な!?

 

 いけない! 俺の体は考えるよりも先に動いていた。

 少女をかばい、背後から浴びた液体に、装甲が“じゅぅぅぅっ”と音を立てて溶けて行く。

 重いモノが落ちる音に視界のすみで床を見れば、足元には残された俺の唯一の腕が転がっていた。

 まるでスプラッタの様な俺の姿に、目の前の少女の瞳は恐れと驚愕(きょうがく)に見開いている。

 俺をかばってくれた兄さんもこんな俺の表情を視たのだろうか?

 最後に視た俺の顔がこんな表情だったとしたら… 兄さんはどんな思いで死んでいったのだろう。

 

 もう俺には焼却砲もブースターも人工筋肉も残ってはいない。

 ――――――――――――俺は全ての攻撃力を失ったのだ。

 

 頭を鷲掴(わしづか)みにされ、壁に叩きつけられる、そして喰らう重いパンチ。

 災害レベル竜に対応する強度計算で造られた筈のシェルターの壁はあっさりと抜け落ち、俺は雨の中アスファルトに叩きつけられた。

 

「あなた一人ならあんな溶解液かわすくらい簡単だったでしょうね」

 敵が近付いてくる。

 

 うごけ! うごけ俺の体!

 

「まさかガキをかばって自滅するなんて私も考えつかなかったわ」

 立たなければ! 立って生き残らなくては、あの少女に俺と同じ思いをさせてしまう!

 モニターに次々と展開されていく警告文。赤い文字の警告文が怒濤(どとう)の如く羅列(られつ)されていく。

 

 くそう再起動だ! 動け、動け、動け! オートバランサーをマニュアルに切り替えろ!

 

 だが(あせ)りとは裏腹に、俺のモーターは軽い上滑りな音を立てるだけでギアが噛み合うことがなかった。

 

 その間にも流れていく警告文。急接近アラートが点滅、否応なく脳内に警戒ブザーが鳴り響く。

 (しず)まれアラート! 言われなくたって今の自分の状況が絶望的だってわかってる!

 

「あなたバカだけど私に軽傷を負わせた事は高く評価するわ。もう治ったけどね」

 なにか、何か対処方法は?!

 

「死ね」

 兄さんの最後の姿が脳裏に浮かんだ―――――――――――

 

 

 

「ジャスティスクラッシュ!」

 叫び声と共に 誰かが自転車を投げ付けられたらしい。怪物の攻撃はキャンセルされた。

 あの男は――― C級トップの……

 

「正義の自転車乗り無免ライダー参上!!!」

「いけ…な…い」

 俺が勝てない相手に、普通の人間がどうこう出来る訳がない。

 逃げるんだ、俺のことは放っておけ!

 

「とうッ」

 俺の思いも知らず、掛け声と共に躊躇(ちゅうちょ)なく拳を突き出す無免ライダー。

 その姿は俺を助けようとして無謀(むぼう)にも狂サイボーグに立ち向かい、倒れた兄さんをおもいおこさせた。

 

「もう飽きたのよ」

 無免ライダーは怪物の冷たい声にもめげずに立ち向かっていく、だが一向に彼のパンチが効く様子もなく、逆にそのコブシを握りつぶされて、何度も地面に叩きつけられてしまう。

 ボロボロになったC級1位を無造作に投げ捨てると、深海王は俺を振り返り、残忍な笑みを浮かべた。

 

「あー ごめんね。トドメ刺すの遅れちゃって」

 くそぅ、俺はまた何も出来ずに終わってしまうのか?

 

「ジャ… ジャスティス タックル」

 

 無免…

 

「はぁ?」

 怪訝(けげん)そうに振り返る海人族に、(すが)りつくように無免がしがみ付いていた。

 

「うう… 期待されてないのは わかってるんだ… 」

 なぜ何度も立ち上がれるんだ? 足掻(あが)いても無駄だと解っているのに。

 なぜ? なぜだ?

「C級ヒーローが大して役に立たないなんてこと 俺が一番よくわかってるんだ!」

 それでも無免は立ち上がるのをやめない。

「俺じゃB級で通用しない 自分が弱いって事は ちゃんとわかってるんだ!」

 

「な~~にボソボソほざいているの 命乞い?」

「俺がお前に勝てないなんて事は 俺が一番よくわかってるんだよぉツ……!!

 それでも やるしか ないんだ 俺しか いないんだ

 勝てる勝てないじゃなく ここで俺は お前に立ち向かわなくちゃいけないんだ!」

 

 逃げる事も忘れて、ただただ見入っていた人々が、さざ波のように無免に応援をし始める。

 その声は徐々に大きくなり、怒涛(どとう)の歓声となって押し寄せた。

 

「訳わかんない事言ってないで 早くくたばりなさい」

 

 あいつは俺だ。

 

 自分の弱さに歯軋(はぎし)りをしながら、自分の大切なものを守れずに、狂サイボーグに倒された俺。

 くそっ! 動け俺の身体!! あいつの勇気を無駄にするな!

 あの時とは違う! ヒーローは―――――――――必ず現れる!

 

「ウオォ」

 人々の期待を背に受け、無免は拳を振り上げた―――――――――

 

「無駄でしたぁ」

 

 無免の体が宙を舞う――――――――― だが彼が地面に叩きつけられる音は、いつまでたってもしなかった。

 

 

「よくやった ナイスファイト」

 動かない無免ライダーを抱き抱えているのは… 黄色いヒーローコスチューム・白いマント・赤いグローブ、そして肌色に輝くその頭――――――――― 

 

 先生!!

 

「ま~た またゴミがしゃしゃり出てきたわねぇ」

 来た、来てくれた、先生が!!

「お おいジェノス!おま… 生きてんのかそれ!?」

「先… 生…… 」

 無免をそっと地面に横たえると、サイタマ先生はゆっくりと立ち上がった。

 

「まぁちょっと待ってろ、いま海珍族とやらをぶっ飛ばすからな」

「聞こえてるのよ!」

 先生の相変わらずな空耳っぷりに、怒りも(あらわ)に殴りかかる海人族。

 だが、重量級なサイボーグの俺がふっ飛ぶ程の威力にもかかわらず、生身のである先生は微動だもしない。

 

「あなた… 私の殴打(おうだ)で倒れないなんてやるわね…  今までのゴミとは明らかに違うわ」

「なぁに… テメーのパンチが貧弱すぎるだけだろ」

 目の前の異様な光景に、無免ライダーの敗北に悲嘆にくれていた人々が、信じられないモノを見るようにザワメキ始める。

 

「私は深海王 海の王…海は万物の源であり母親のようなもの。つまり海の支配者である私は世界中全生態系ピラミッドの頂点に立つそんざいであるという事。その私に楯突いたという――――――― 」

「うんうんわかったわかった。雨降ってるからはやくかかってこい」

 下らないと言わんばかりに、やる気のない態度で先生は耳に入った雨水を指でかっぽじった。

 

 ドン!

 

 突然の攻撃、だか深海王の拳は先生に当たらず、逆に敵の身体に大きな風穴が空いている。

 先生の振り抜いた拳の風圧で、海人族の背後の雨がモーセの“出エジプト記”の海のように引き裂かれていた。

 

 流石です… 先生。

 

 いきなり現れた救世主に、人々はまるで映画のように大歓声を上げる。

 そうだ、これこそが先生に相応しい。今までの扱いが間違っていたんだ。人々はやっと現実に気が付いた。

 今やっと世界は先生の素晴らしさに気が付いた!

 

 

『そうかなぁ 実はあんまり強い怪人じゃなかったんじゃね?』

 鳴り止まない歓声を、一人の下卑た男の声が切り裂く。

 

 ?

 

『いや でも色んなヒーローが負けてるぞ…… 』

『負けたヒーローが弱かったんじゃね?』

『それは… 確かに今の見ると敵が弱く見えたけど』

『そこにいるC級ヒーローが一発で倒しちゃったんだぜ(笑)負けたヒーローってどんだけ…』

 

 な…んだと?

 

『A級とかS級とか、ぶちゃけ肩書だけで大した事ないんだな』

『おい やめろよ一応命張ってくれたんだぜ』

『命張るだけなら誰でもできるじゃん やっぱ怪人を倒してくれないとヒーローとは呼べないっしょ 今回たくさんヒーローに重傷者が出たらしいじゃん? そんな人達を今後も頼りにできるかっつーと疑問だよね』

 

 深海王の強さは本物だった。俺が弱すぎるから…先生の桁外れの強さを信じてもらえないのか?

『ま 結果的に助かったからいいんだけどさ ほとんど一般人と変わらないみたいな弱いヒーローは助けに来られても困惑するだけだからできれば辞めてほしいな。やっぱヒーローを名乗るからには確実に助けてくれないとさ』

『おい! お前いい加減にしろよ』

『なんで? なんでオレが怒られないといけないの? ヒーロー協会の活動資金は皆の募金が元になってるんだよ? お金払ってるからにはちゃんと守ってもらわないと困るよね。実際 今回はあのハゲてる人が一人で解決しちゃったわけだし他のヒーローは無駄死にだったよね』

『やめろって!』

 

 おれが… ここまで無残に負けた俺が何を言ってもこいつ等は信じないだろう。俺が弱いばっかりに、先生や他のヒーロー達の評価まで下がってしまうとは・・・・・・不甲斐ない。

 

「あつはつはつはつはつはつはつはつ 」

 先生の―――――乾いた笑いが雨の音を打消す。

「いやー ラッキーだった」

 

 ……? 先生?

 

「他のヒーローが怪人の体力奪っててくれたおかげで スゲー楽に倒せた~ 遅れて来てよかった。俺何もやってないのに手柄を独り占めにできたぜ~」

 

 !先生!!

 

「あ! お前らちゃんと噂をまいとけよ! 漁夫の利だろうが何だろうが、最後に怪人仕留めたのは俺だからな! 本当はただ遅刻してきただけとかバラしたらぶっ飛ばすぞ!」

 

 あなたって人は―――――― なんていうことを言うんですか!!

 

『え…? どういう事』

『あの怪人よわってたのか?』

『ヒーローとの連戦でかなり体力を奪われてたのかも』

 

 先生への好意の歓声は、あっという間に悪意に塗り替えられていく。

 

『あいつサイタマだ…Z市でインチキ呼ばわりされて話題になってたヒーローだよ…間違いない』

『さっきも漁夫の利? それで順位が上がるのか?』

『横取り?』

『何それずるくね?』

『インチキ?』

 

「おいお前ら 倒れたヒーロー達をちゃんと看てやれよ。死なれたら困るんだよ俺が利用できなくなるだろ」

 

『やっぱインチキか?』

『うわぁ…ずるいな』

『やっぱ比べると他のヒーローの方がヒーローらしいな… 』

『怪人を弱らせてくれたヒーロー達がいなかったら今頃は…… 』

『ああ ヒーロー達に心から感謝だな』

 

 …サイタマ先生。それでいいのですね?

 それが先生の進む道だというのなら、俺は何も口を出しません。

 しかし大衆を敵にまわしたとき・・ヒーローとして果たして活動できるのか―――――――――――俺はそれが心配です。

 

「お、雨やんだな」

 海人族を倒したときに拳圧で切り裂いた雲から、徐々に青空が広がっていく。

 

 先生の素晴らしいハg… いや頭部は太陽光が差し込み、神々しく光り輝いてまるで後光のようだ。

 あぁ、俺はまたあなたに命を救われた……

 

 

 

「みんなと一緒に救急車でヒーロー協会の病院に行くか? ジェノス」

 先生が―――――― ボロになった俺を覗き込む。

 こんな…メタルフレーム()き出しの顔を見ても、先生はまだ俺を人間扱いしてくれる。

「い・え・・機密保持のため・・研・究所に戻ります」

 それが… 嬉しいのか、悲しいのか… 俺にはよく判らない。

 

「そっか、研究所どっち?」

「い・・え、ビーコンを送り・・まし・た 先生の・・お手を・(わずら)わせるまで・もあり・・ません」

「そっか、んじゃヘリが来やすいように人の少ない広いとこまで移動すっか。海辺りがいい?」

 騒ぎ立てている人々をよそに、先生はいとも容易く俺を抱き上げた。

 部品が少なくなったとはいえ、この金属の塊の俺を易々と抱える先生を見ているのに、それでも奴らは先生の偉大な力に気付く事はない。

 常識を超える力とは… こうも人の目を曇らせるものなのか。

「背骨、大丈夫か?」

「は・・い・申し訳・あり・・・ません」

 ダークヒーローがS級ヒーローを連れ去ろうとしようとしているようにでも見えるのだろうか? こっちを指差して何か叫んでいる者もいる。

 

 …五月蠅(うるさ)い。黙れ。お前等の考えは間違っている。

 ここは… 世界で一番安全な場所だ。

 

「頑張ったな。自爆しようとしなかったもんな」

 俺に掛ける先生の声は、平熱に見えて、実は温かい。アーカイブに記録していた先生の映像を何度も繰り返すうちに・・微妙に音声パラメータが他と違うことに気が付いた。最初に出会った頃と今とでも少し違う。本当に微妙だけど。

 

「あの・子を・・・俺と同・目に・・合わせたくなかったの・で・・・」

「そうか・・・」

 先生はきっとあの一声を投じた男でさえも… 危機に(おちい)っていたら助けてしまうのだろう。それが当たり前だとでも言うように。

 ・・・俺には到底マネ出来ない。

 

 もしサイタマ先生が追い詰められるような事があったら・・・・・・

 その時は俺が・・・

 

 

 

 

 

 ヒーロー協会の警備員に手を振り、立ち入り禁止の黄色いテープを潜り抜けてランドセルを背負った少年が、壊れたシェルターの中に入ってきた。

 彼のヒーローネームは"童帝"こう見えてもS級5位、協会内でも1・2を争う頭脳派の神童だ。

「あれ? ボフォイ博士!」

 彼は先に来ていた遠隔操作型のスリムな探索タイプのロボットを認めると、嬉しそうに駆け寄った。

 探索機の持ち主はボフォイ、同じくS級ヒーローで、ヒーローネームは"メタルナイト"童帝の尊敬する数少ない大人で、師匠でもあった。

「博士にもヒーロー協会から避難所の強化要請がきたの?」

「アァ」

 10歳ほどに見える天才少年は、ジェノスが突き破って侵入した明り取りの窓を見上げた。

「やっぱり、いくら強く作ったとはいえ強化ガラスじゃ弱過ぎるよね。壁もC級が倒したレベルの敵に、S級が叩き付けられたくらいで貫通してるし… 誰が設計したのか知らないけど怪人舐めてるよね? 根本的な事で言えば、避難所のクセにトイレがないのもダメでしょ」

マシンガンの様に一人で喋る童帝を無視して、ボフォイの操作する探索ロボは目当ての物を探し、程なくそれを見つけ出した。

 

 鈍く光る金属の腕――――――― それは深海王に引き千切られたジェノスの腕だった。

 

 密かにそれを探索機の収納スペースにしまい込む。

「用ハスンダ。先二帰ラセテモラウゾ」

 少年の返事も待たずに、探索機はボフォイの許に帰って行った。

 

 

  

 

  

 




辛かった。書き上げるのに二ヶ月かかった。

深海王の回は、サイタマ先生を語るうえで外せない! と思ってはいたものの、先生のあまりに理不尽な扱いに筆が進まなかった。

フツーの人間が、拳で巨体に穴あけられる訳ないじゃんねぇ~!
オメーラ目が腐ってる。

最初に文句言ったガキは、ジェノスがきっと声紋記憶してると思う。
暗闇では背後に気をつけるべし。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

温度


 何時もの事ですが、サイボーグ設定、捏造モリモリです。


 意識が戻ると、目の前にキノコがあった。

 もとい、キノコのような髪型のクセーノ博士の頭があった。

 ここは… 保護溶液の入った培養槽の中か?

 

『 ハカセ 』

 外部接続コードから外付けスピーカーに流れた声が、まるで自分のものでないように聞こえる。

「気が付いたかのうジェノス?」

 見上げる博士と目が合う。博士の向こうには、処置台の上に完装予定であろう、俺の新しい義体が横たわっていた。

 

『 くせーの博士・・・アレカラ何日タチマシタカ? 』

「まだ5時間程しかたっとらんよ。“β(ベータ)”仕様の外装が出来ておったからのう、プログラムを入れ換えて融通(ゆうずう)する事にしたんじゃ」

 “β(ベータ)”… まだあのゴーストを使う気なのか…

 

『 ・・“β(ベータ)”ヲ破棄スルトイウ選択ハナイノデスカ? 』

「まぁ彼との約束じゃからなぁ」

 死ぬ前に兄さんが博士とどんな契約をしたのかは知らない。知りたくもない。

 …大体想像はついてしまうけれど……

 ともかく俺は、4年前、その契約のせいでこうして一人生き残った。

『 俺ハ 後ドノ位デ復帰デキマスカ 』

「2日は脳を休ませて―――――― それから接続後、動作チェックと調整じゃな」

 では少なくともあと4日―――――― まだそんなにかかるのか。

 …先生は今頃どうしているだろう?

 あんな事があったのに、いつもの様にただ漠然と一人であの部屋にいるのだろうか?

 寒々しい光景が脳裏に浮かび、心がざらつく。

 なんとなく今、先生を一人にしたくない気がした。

『 デハコレカラ接続・動作チェックデ、オ願イシマス 』

「ムチャをいうな。ちゃんと眠れとらんのだろう? 脳の疲労を軽減させなければ限界が早まってしまうぞ。月に一度のクールダウンでは少なすぎるくらいじゃ」

 

『 オ願イデス博士。弟子タル俺ガ不甲斐ナイバッカリニ、さいたま先生ニ多大ナ負担ヲ負ワセテシマイマシタ。先生ハ気ニスルナト仰ッテ下サイマシタガ、俺トシテハ直チニ修行ヲ積ミ、強クナッテ、俺ノ為ニアンナ理不尽ナ扱イを引キ受ケテ下サッタ先生ノ―――――― 』

「ジェノスや落ち着きなさい」

 いけない。先生にいつも話は簡潔に20文字以内と言われているんだった。

 

『 早ク先生ノ元ニ帰リタイデス 』

「・・・」

 

『 博士? 』

「・・お前が復讐以外の事を優先するとはのう・・・ 善処(ぜんしょ)しよう。だがアラートが付く前に必ず休むこと。安易にクスリに頼ってはならんぞ」

 

『 ハイ 』

 

 

 博士は急いでくれたが、結局あれから2日もかかってしまった。

 サイタマ先生はどうしているだろう? 何事もなければ… この時間、もう風呂も夕飯も終わってゆっくりと(くつろ)いでいる筈だ。

 俺は手土産(てみやげ)に途中で買い求めた煎餅(せんべい)を手に、全速力で家を目指した。

 …そう言えば… Z市無人街周辺では、朝、凄まじい黄色い突風が吹き抜けるという都市伝説がある。絶対に早朝ランニング中のサイタマ先生だ。賭けてもいい。

 何故なら、最近ネットでその都市伝説に、黄色い突風の後に黒い突風が続くと書かれたからだ。

 俺の事に違いない。

 街灯すら()かない真っ暗な無人街に、ひとつだけ小さい光がぽつんと(とも)る。

 あぁ、サイタマ先生は御在宅中だ。夜の招集は無かったらしい。

 扉の前で少しばかり髪を直す――― 2日ぶりの対面だ。見苦しい姿を(さら)したくない。

 俺は大きく息を吐き、心を落ち着かせると、声を上げた。

 

「先生、只今帰りました!」

「おー、おかえり~」

 涅槃像(ねはんぞう)の様に横たわって(くつろ)ぎながらテレビを見ている先生に、俺はほっとしたような残念なような… 何となく釈然(しゃくぜん)としない気分を味わう。

 何だろう? 俺は先生の弱った姿を期待していたというのだろうか?

 

「わりぃ、もう今日は帰らないかと思って飯喰っちまった」

「いえ、お気になさらずに。研究所帰りなのでエネルギーは満タンです」

 へらりと笑い座り直す先生にそう告げると、先生は微妙に片眉を上げた。何かが先生の気に(さわ)ったらしい。

 なんだろう? 会話を振り返っても該当する箇所が判らない。こうやって微細な変化に気付けるようにはなったが、理由が判らないという事は、俺の努力がまだまだ足りないという事だろう。

 もっと精進せねば。

「・・・ま、いっか。お前が今日帰ってきてよかったよ。明日は特売日だからな」

「はい、先生のお好きなヒジキが最安値でしたね。お供します」

 先生のためにお茶を煎れ、何時もの様に先生の教えを書いているノートを取出して卓袱台(ちゃぶだい)の前に正座する。

 卓袱台を正方形と仮定した場合、先生の座席が底辺としたならば、俺のいる位置は高さに当たる垂直位置だ。 初めて来た時は斜向(はすむ)かいに座り、目も合わせてもらえなかったのだが… 最近では意見を交換したりする事もあり、なんとなく先生との距離が縮まったようで嬉しく思う。

 

 さて、ノートは前回から二日も空いているので、先生がお休みになる前に少しでも深海王との戦闘を書いておかねば。

 先生と討伐に出掛けた経緯(けいい)、先生とはぐれてしまった詳細。闘ってみて得た深海王の戦闘解析。それを―――――― 一撃で(ほふ)った先生の常識を超越した戦闘力―――――――――

 もともと悪かった世間からの先生に対する評価は悪化の一途(いっと)辿(たど)った。

 ネットは炎上。

 インチキヒーロー(俺の前でそんな事を言う奴がいたら、直ちに焼却してやる)に対するヒーロー協会へのクレームでサーバーは落ち、新聞や雑誌は、隕石の事件も踏まえて、面白おかしく先生への罵詈雑言(ばりぞうごん)を書き立てている。

 

 勿論、先生の力量を認めた者もいた。

 だが、そんな人物の書き込んだ反論は多くの人々に罵倒され、追求されてネットで(さら)され、擁護(ひご)するものもいなくなってしまった。

 

 …ヒーロー協会は深く調べもせずに、それを見て見ぬふりをしている。

 もし先生の強さが本当ならば… あのムカつく男が言った通り、ヒーロー協会への支援金は減り、協会は弱体化するだろう。真実はどうであれ、C級の先生が(この判定自体が間違っているのだが)あっさりと倒してしまった敵に、S級ヒーローが無残に二人も大敗した事実は(くつがえ)せない。

 サイタマ先生はその事実から目を逸らすの生贄にされたのだ。 

 

 

 

 

 

「まだかかる? 俺、そろそろ寝たいんだけど」

 気が付くと、サイタマ先生は歯も磨いて寝巻に着替え終わっていた。

 

「あ、はい。直ぐ片付けます」

 もうこんな時間か! 先生の教えを書いていると何時もいつの間にか時間がたっている。

 そそくさとノートを片付けると、俺は卓袱台を壁際に押しやった。

 朝食用の米を()ぎ、タイマーをセットし終える。

 先生はもう布団を整え終えていたので、俺は何時もの様に部屋の隅で片膝をつき、待機状態をとった。

 ここに来たばかりの時、どうせ眠れないし――― と一晩中先生を観察していたら、バレて表情の少ない先生にしてはものすごく嫌な顔をされたのだ。仕方なくそれから形だけでもスリープ状態にする事にしている。

 

「・・・お前さ~ その野戦で補給中のガンダムみたいな寝方やめろよ。夜中起きるとなんか目が光っててびっくりするんだけど」

「はぁ」

 …補給中のガンダム?

「あれ? ガンダム知らない?」

「・・・後で調べます」

「いや、そんな大事な事じゃねーから調べなくていいから」

 なんだろう? 知っていて当たり前の知識なんだろうか? これはすぐにでも調べなくては。

「俺のことはこういう形のナイトランプだとでも思ってくだされば・・・」

「無理だから。たまになんかザクの起動音みたいな音してるし」

 ハードに接続する音だろうか? 身体機能の高い先生の事だからもしかすると耳もいいのかもしれない。俺の活動音もエアコンの排気音の様に不快に聞こえるのだろうか?

「お気に(さわ)る様でしたら、今日から廊下かクローゼットの中ででも休むことにします」

「何?! 俺、何処の鬼師匠?! そうじゃなくて、普通に布団で寝れねぇの?」

「寝れますが・・・サイボーグなのであまり睡眠は必要ありませんし、いつ狂サイボーグが現れても対処出来るように待機モードで休んでいます」

「? 身体は機械でも脳は生身なんだろ? 休ませないと効率落ちるんじゃねーのか?」

 あぁ、全く! この人は博士と同じことを言う!

「ですが、眠っている間に敵が現れた場合、迅速(じんそく)に対応するには――― 」

 本当はそれだけが理由じゃない。

 俺は寝ると十中八九、悪夢をみる。

 自分が15歳の時の夢――――― 全てを無くしたあの時の夢だ。

 だから俺は義体を待機モードにし、急激な脳波の変化が起こると強制的に覚醒出来るようにセットしている。博士がメンテナンスの度に培養槽の中に俺を長時間置きたがるのも、慢性的な睡眠不足による脳の疲労を懸念しての事だ。

「平気だろ。ここには俺もいるんだし、一晩中セコムやアルゾックなんて必要ないだろ」

「・・・ですが」

「ですがじゃねぇ。ちゃんと休めるときに休まないと、いざという時に動けねぇぞ」

 先生は卓袱台を壁に立て掛け、俺の寝るスペースを確保し始めた。

 どうしよう、このままでは押し切られてしまう。夜中に何回も再起動してしまう俺が先生の隣にいては、先生も眠れなくなってしまうだろう。何とか理由を考えねば。

 

「先生! 俺の身体は金属の塊です。もし寝ぼけて動作不良を起こした場合、先生は無事でも周りに多大な被害が出るかと思います!」

「お前、寝相悪いのか? お互い様だ。なんかあったら俺が止めてやる」

「ですが、 」

 あれ…? ちょっと待て。お互い様??

 それではもしかして俺の方がリスクが高いのでは… 先生は寝ている時もパワフルだし、目覚まし時計を止めようとして床板を叩き割るのは何時もの事、寝返りを打って拳を落とされでもしたら俺の命の保証はないのでは?

 

「師匠命令。今日から普通に布団で寝ろ」

 滅多にお目にかかれない先生のビシッとしたキメ顔での最後通告に、俺は論破を諦めるしかなかった。

 …もしやこれは、時代劇でよくある"不意の攻撃に対する精神力の鍛錬"と言うやつなのだろうか? くっ! これも修行の一環という訳か。

 

「暖かい時期でよかった。今日は俺の掛布団引いて、タオルケットでも掛けとけ。んで、明日布団を持ってこい」

「そんな、先生の唯一の布団をお借りするなんて! それに俺はサイボーグですから布団なんて物は必要ありません!」

「床に直寝(じかね)なんて何処の殺人現場だ、パワハラみたいでこっちが嫌なんだよ。布団持ってこなかったら俺が買ってくるからな」

「そんな! 貧乏な先生にこれ以上お金は使わせられません!!」

「・・・お前もっと気ぃつかってくれる? 金がないのは本当だけど」

  ………………………

「分かりました。明日にでも用意します」

 

 

 

 

 

 眠れない… 白い天井は、生死の狭間を彷徨(さまよ)い、身動ぐ事もできず只々じっと見つめていたあの病院の天井を思い起こさせる。

 あの時と違うのは… 俺に繋いであった延命装置がない事と―――――― 俺は一人ではなく… 隣から生きた人間の気配がするという事だ。

 

 先生はもうすでに眠っている。

 サーモグラフィでチェックしたら、体温が一度下降してからまた上昇したので、もうレム睡眠に入ったのだろう。

 先生の安眠のために、薬を使ってでも強制的に休もうかとも思ったが、それでは修行にならないと思い直し止めておく事にした。朝起きたら隣で大破していたなんて事になったら弟子として不甲斐なさ過ぎる。

 

 

 

 全くもって眠気は降りてこない。

 色々とありすぎてアドレナリンが過剰に出ているのかもしれない。

 

 眼光(サーチアイ)が先生の睡眠を浅くさせてしまうといけないので、俺は目蓋(まぶた)を閉じる事にした。

 何処に先生の強さの秘訣が隠れているか解らないからずっと観察していたいところだが… これも鍛練ならばここは“我慢”だ。

 

 視界(モニター)を遮断し、真っ暗な世界に意識を漂わせる―――――― つい脳裏に浮かぶのは、この前の深海王戦での出来事。

 人々の罵声。

 雨に濡れた何かを諦めたかのような先生の顔。

 そして―――――― 半壊する俺を見詰める、あの少女の恐怖をあらわにした瞳――――――

 この体になって、あるはずのない心臓がどくんと飛び跳ねる。

 

 ・・・いけ・ない、く・る。

 

 何時の間にか俺は眠りかけていたのか?

 突然起こる、頭が締め付けられる様な感覚。

 素面(しらふ)になってから何時も思う。脳と脊髄の一部しか生身ではないというのに、痛覚のないはずの頭が痛むのは何故だろう?

 

 フラッシュバックの様に脳裏に浮かんでは消える短い映像。

 ナイフで斬られたかのように破壊される街、瓦礫の中、物言わず横たわる人だったモノ、

 俺達は悪夢の様な世界を只々走った。

 家族に会いたい。家に帰りたい。俺達の頭を占めるのは唯それだけだった。

 兄さんが俺より早くあいつに気付いたのは、俺の手を引いて先を走っていたからだ。

 

『逃げろ!』

 

 兄さんが俺を突き飛ばす。コンクリートに体を打ち付けた俺の上に、一瞬にして紅く染まった兄さんが折り重なった。

 

 ずっと一緒だった。

 産まれた時から。ずっと一緒に育ち、死ぬときまでずっと一緒にいるんだとお互いに暗黙の了解で思っていた。

 

 あの時、自分たちの考えていた世界が音を立てて崩れていった――――――

 

「う゛っ」

 

 叫びたい。叫べない。

 臓腑を(えぐ)る痛みに、四肢を穿(うが)つ痛み、それよりも目の前で動かなくなった兄さんに自分の身体は硬直してしまった。

 あの時、もしも叫べていたら狂サイボーグは止めを刺しに戻って来てくれただろうか?

 

「おい、ジェノス! どうした?!」

 遠くで先生の声がした。

 

 

 

 

「おい、ジェノス! どうした?!」

 突然起こったジェノスの異変に、サイタマは慌てて起き上がった。

 ジェノスは頭を抑え、苦しそうに体をくの字に曲げて(うずくま)っている。身体の震えと連動するようにスリットから光を()らすジェノスに、サイタマは途方にくれた。

 やべぇ、どうすりゃいいんだ?! テレビみたいに電源抜けば直るとか45度の角度で殴れば直るとか… いや、そりゃないない。

 自問自答しながらも、兎に角、ジェノスの顔を見ようと肩に手をかける。

 その掴んだ体の熱さにサイタマは絶句した。

 風邪か?! あ、でもサイボーグは病気にならないか、じゃあ熱暴走?! か~っ、パソコンじゃねぇーんだぞ?!

 

「おいジェノス!」

 取り敢えず、博士に連絡か? あ、でも俺、連絡先知らねぇ。やべぇ、仮にも師匠だっていうんなら緊急連絡先くらい聞いとくんだった。

 頭を抱え、呻き声を上げながら丸まって震えるジェノスを、サイタマはただ背中を(さす)ってやる事しか出来ない。

 痙攣(けいれん)するように体を震わせ続けるジェノスの口から対処方法は望めそうもなかった。

 どうしよう。病院に運んだ方がいいだろうか? 救急車を呼ぶよりも、俺が運んだ方が絶対に早く着く。でも病院で何とかなるのか?

 

 その時――――― 暗闇の中、枕元に置いてあった携帯電話にライトが点った。

 電話? こんな真夜中に?!

 ジェノスのガラ携だ。

 日々の生活に余裕もなく、また連絡を取る相手もいないサイタマは、携帯電話も固定電話も持っていない。

 

 携帯のウインドウディスプレイは非通知、どうする? 出るべきか否か?

 オーソドックスな呼び出し音と共に連動して携帯電話は光り続ける。コールは15回以上にもなっているのに切れる様子は全くなかった。

 

 えい、どうとでもなれ! サイタマは携帯電話を取り上げた。

「もしもし」

 

『 俺です。サイタマ先生 』

 オレオレ詐欺か! なんて突っ込む余裕のないサイタマは、携帯から聞こえてくる、目の前で苦しんでいる人物によく似た声に一瞬戸惑った。

『 “β(ベータ)”です。緊急事態なので電話回線を経由して話しかけています―――――― ジェノスにフラッシュバックによるバグが発生しました。今から言う事を実行してください 』

 

 β(ベータ)? こいつはジェノスじゃないのか。β(ベータ)はジェノスに内蔵されている緊急プログラムだったんじゃ――――――?

 まぁいい、今はジェノスの苦しみを止める方が先だ。

 

「どうすればいいんだ?! え? それを言えばいいのか?」 

 “ジェノスβ(ベータ)”からの指示に一瞬戸惑うが、サイタマは直ぐ様、声を張り上げた。

 

 

「シャットダウン,ジェノス! 緊急停止だ!!」

 

 

 暗闇に響き渡る電子音。そして――――――

 

『・・・さいたま先生ノ声紋、及ビ身体的特徴ガ一致シマシタ。緊急停止ヲ受ケ入レマス 』

 

 ガシャン! と音を立てて、糸が切れた様に動かなくなるジェノス。

 スリットから漏れていた光も、人を射抜くように光っていた眼光も消え… 辺りは闇に吞まれた。

 

 人が倒れているのとは違う――――― 微動だもしないジェノスの姿に、サイタマは漠然とした気分の悪さを覚えながら部屋の電気を点ける。

 明かりを点けて見るジェノスは益々ただの人形の様に見えた。

 

 なんかムカつく、俺がジェノスを人からモノにしちまったみてぇじゃねぇか。

 

「で、どうすればいい?」

 つながったままの携帯に、サイタマは苛立ちながら次の行動を求めた。

 

『・・・脳が極度の興奮状態にあります。ループに入っていて俺が起動できません。指南しますので、ジェノスを深く眠らせる処置をお願いします 』

 …こんな状態なのに、ジェノスはまだ苦しんでいるのか。サイタマは苦々しく思いながら次の指示を待った。

 

『 まず、ジェノスのベルトに付いているブレッドホルダーから――――― 弾丸を差し込む波型の形状の物です。筒状の薬品を一つ取ってください。取りましたか? 次にジェノスの首の黒いカーボンスキンを後ろから(まく)っ下さい。力の加減を間違えて破らないようにお願いします。そして第6頚椎(けいつい)をスライドさせ、そこにある認証ウインドウに指を押し当ててアクセス・ライトがグリーンに変わったら、薬品のキャッ――――― 』

 

「なげえよ」

 ジェノスといい“β(ベータ)”といい、こいつ等はどうしてこんなに話が長いのか?

 

『・・・薬品をプラグに刺しこんで下さい 』

 差し込んだとたん、電話が切れる。 …これでよかったのか?

 

『 緊急AI。"GENOS(ジェノス):β(ベータ)" 起動します 』

 

 ジェノスの瞳に光がともる。

 ゆっくりと頭を(もた)げ、起き上がったジェノスに、サイタマは彼が“β(ベータ)”である時にいつも感じる違和感を捉えようと目を細めて見守った。

 

「どうしましたか?」

 声は若干(じゃっかん)、ジェノスより硬くて低い。だが、同じ身体のはずなのに、ジェノスとβ(ベータ)では受ける感じが何だか違う。

「お前とジェノスじゃまるで違うと思って」

 

「あぁ、成程。俺が起動する時は活動限界が近い事が多いんです。ですから、少しでもエネルギー消費を押さえるよう、生命維持を優先し、見せ掛けの機能は全部切ってあります」

 サイタマの疑問に答えながら、ジェノスβ(ベータ)は首に刺さっていた薬管を引き抜いた。

「見せ掛けの機能?」

「そうです。例えば―――――― 音声に合わせた口角(こうかく)の動作,俺の声は声帯を震わせて出している訳ではないですからね。呼吸に似せた微妙な胸部の運動,肺で酸素を取り入れている訳ではありませんから、これも必要ありません。静止中に起こる微かな揺らぎ。あぁ、瞬きもそうですね。そんな細かなプログラムが人形を人らしく見せているのですよ」

 ジェノスβ(ベータ)が一言一言いう度に、その機能のスイッチが入って行く。

 

 人型の置物だった固まりは―――――― 息を吹き込まれたかのように人となっていった。

 

「は――――――! スゲェな」

「えぇ、全く。人が異質なモノを見分ける能力は素晴らしい」

 

 ―――――――――――えっ?

 

 サイタマは素直に博士の技術力に対する感想を述べたのだが―――――― サイタマを見詰めるジェノスβ(ベータ)の表情は氷ついた様に固まったままだった。

 …こいつは違う。

 サイタマは唐突に理解した。こいつはAIなんてモノじゃないし、見せ掛けの機能なんてモノのせいだけじゃない、こいつの言葉にはあきらかに人の感情がのっている。こいつとジェノスとは見間違えようがない。

 

 俺の弟子は確実に二人いる。

 

 

「それにしても、先生のデータをエマージェンシー・コードに組み込んでおいて正解でした」

 何でもないとでも言うように、軽く個人情報の流用を語るβ(ベータ)に、サイタマは、お前らは本人に了解も取らず何をやってるんだ。と、ちょっぴり気が遠くなる。

「で、どうしてこうなったんだ? サイボーグは布団で寝かしちゃいけなかったのか?」

 そんな訳あるか。青い耳なし猫型ロボットだって、加速装置の付いたジョーだってちゃんと布団で寝てたじゃねーか、と心の中で自分にツッコミを入れつつも、サイタマはβ(ベータ)を見据えた。

 ジェノスは普通に寝るのを嫌がってはいた。が、その理由にしていたのはこんな事じゃなかったはずだ。

 

「いえそんな・・・(むし)ろクセーノ博士はジェノスが人の暮らしをなぞる事を推奨しています。

 今回の事はジェノスの個人的な理由―――――― 4年前の暴走サイボーグの事件と深海王との事件の類似性によるものです」

「あん?」

「ジェノスは4年前、彼の兄に(かば)われ、(から)くも生き残りました。それと今回、自分が人を庇って戦闘不能になった事が重なって心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発作を引き起こしたんです」

 

「あぁ、小さい女の子を助けたってやつか」

 ジェノスも――――― あの子を自分と同じ目に合わせたくなかったって言ってたっけな。

 あの時のジェノスは――――― 生死の判別もつかないほどひどいケガを負っていたが、少女を守れた事実に、柔らかい表情を浮かべていた。

 

「ご存知でしたか」

「テレビつけたらやってた」

 嫌な事まで思い出して、サイタマは苦い顔をした。偉そうなコメンテーターが、『一人を助けるために大勢を犠牲にするような行動は馬鹿げている。ヒーローとしてあるまじき行為だ』とかほざいていたのを思い出したのだ。

 

「ジェノスは緊急移植を受け、奇跡的に助かりました。が、目が覚めた時には全てが終わっていて、家族の死体を確認することすらも出来なかったんです。それ以来――――― ジェノスは寝る事を拒否するようになりました」

 起きたら全てを失っていた――――― そしてその事実すら人から聞いた事で、自分で確認させてはもらえなかった。そんな事を受け入れるのは並大抵な事ではなかっただろう。

 サイタマはジェノスから、“昔の事はよく覚えてない”と聞いた事がある。覚えていないのではなく。覚えていられなかったのだろう。辛すぎて。

 

「で、兄はどうなったんだ?」

 おそらく死んだんだろうな。ジェノスを庇った時に。

 そうは思ったサイタマだったが、ジェノスには聞けないから今のうちに確認しておこうと口を開く。兄には悪いが、彼の死を確認できた事は、ジェノスにとって大事な事だったろう。現実を受け入れるために。

 だが、その答えはサイタマの予想は遥か斜め上を行っていた。

 

「本人の希望で、ジェノスを救うための生体パーツになりました」

 

「はぁっ?!」

 つまり、さっきサラッと言っていた移植って――――――――――

 

「都合が良かったのです。彼等は双子だったので。病院側は喜びましたよ。技術向上の貴重な体験が出来、もし何かあっても血縁者はいなく、文句も言われない。その上スポンサーがいて赤字にはなりえなかったのですから」

 

「ふざけんな! そんなんだからジェノスは今も苦しんでんじゃねーのか!!」

 サイタマの剣幕に――――― (ようや)くジェノスβ(ベータ)の表情が動いた。

「・・・かもしれません。それを知ったとたん、ジェノスは重度の拒絶反応を起こして生身を捨てざるをえませんでしたから」

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると―――――――― すぐ目の前にはサイタマ先生の顔があった。

 一瞬、兄の最後に見た顔を思い出しかけたが… 大きく口を開け、幸せそうに眠っているサイタマ先生の寝顔に、思わず安堵の吐息が漏れる。

 

 大丈夫。

 先生は死んでない。寝ているだけだ。最強の先生が死ぬ訳がない。

 サーモグラフィーから判る体温は平熱、脈拍も正常。

 念の為に触って見ようと思いついて――――――― 手をタオルケットから出そうとし、俺は両手を先生に掴まれていることに気付いた。

 

 あれ? これも修行の一環か? この(いまし)めから逃れろという事か?

 フリーズしたまま動けないでいると、先生の目が薄っすらと空いた。

「あ?」

 まだ寝ぼけているらしい。

 

「・・・おはようございます。先生。これは修行の一環でしょうか?」

 先生はまるで力を入れている様子もないのに――――― その手から抜け出すことが出来ない。

 本当に不思議だ。

 アスリート系とはいえ、この一般人と同じ様に見える筋繊維で、どうしてメカである俺よりも高いパワーを生み出すことが出来るのか。

 

「あー、スマン。うなされてたから手を握ったら、なんか落ち着いたみたいだったから・・・」

 先生が手を外すと――――――― サーモグラフィーで見た俺の手は、そこだけ先生の体温で明るい色に染まっていた。

 

 そうか… 俺の手は今、温かいのか。

 

 俺の体感温度センサーは今、OFFになっている。

 博士は付けてくれようとしたが… 焼却砲を使う俺には必要ないと断ったのだ。

 …今の俺にはサーモグラフィーを起動しなければ、隣で寝ている人の温度も判らない。血が抜けて冷たくなるなっていっていても判らない。

 そう言えば… 昨日、悪夢を見たのに、今は珍しく頭がすっきりしている。これも先生が手をつないでくれた効果なのだろうか?

 サーモグラフィーで見る義手の色は、じんわりと青く変化していく。先生のくれた熱は、熱伝導率の高い俺のアームからあっという間に消えていった。

 

「・・・俺の街は4年前――――――― 俺が15歳の時、狂サイボーグに襲われました。瀕死の重傷を負った俺はなす術もなく、隣に倒れた兄が冷たくなっていくのを只々感じるだけでした。あの時・・・俺に先生の様な強さがあれば――――――― 」

 いつも話が長いと怒る先生が、黙って俺の話を聞いてくれている。

 

「今の俺には体感温度センサーが付いていません。先生の手が温かいのか冷たいのか、それすらソフトを起動しないと分からないんです」

 それなのに、どうして悪夢を退ける効果があったんだろう? 生き物独特の弾力だろうか? それとも―――――――

 

 

「・・・お前さ、温度分かるようにしてもらえ。色分けされた世界より、自分の肌で温度を感じる方がいいよ。その方がヒーロー活動にもいかせる」

「・・・そうでしょうか?」

「うん、視界の範囲だけ温度が判るより、空気の変化を感じる方が絶対いい」

 

「・・・考えてみます」

 そう、後でよく考えてみよう。

 取り敢えず、今は布団の入手と、先生と参戦する特売が先だ。それにガンダムとザクとやらも調べなくては。

 

 俺は、朝食を準備すべく布団を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。インフルエンザで死んでました。

トラウマの話でちょっと長くて暗くなりましたが、ジェノスにはこれから頑張ってトラウマを克服して、心身ともに強くもらおうと思っています。

早く戦闘パートに入りたいとは思ってるんですが・・・


(注意はしてるんですが、誤字とうありましたら申し訳ありませんが、連絡お願いします)





目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。