東京レイヴンズ 〜もっと夏目と仲良しで、夜光の記憶が戻っていたら〜 (かんむり)
しおりを挟む

かき氷は食べてるとすぐ飽きるよね

一応まだ春虎は覚醒してはいません。
しかし、夏目愛は滲み出ています。

では、どうぞ。


何年も前の話

 

大人たちがいっぱい集まって会議をしている時、春虎と夏目はいつも二人で遊んでいた。大きなお屋敷の中にある大きな庭でいつも遊んでいた。

人見知りの激しかった夏目は友達が出来ず、唯一の友達であった春虎がお屋敷に来るのをいつも、まだかまだかと待ち続けていた。しかし、春虎が来ればいつも顔を真っ赤にして、それも時間が経てば春虎と一緒に笑顔で遊んでいた。

 

二人で遊んでいる時、夏目が泣きながら春虎にしがみつく時があった。

夏目が言うには何かが私を見ているらしい。

しかし、春虎にはそれが見えなかった。春虎は見間違いと言うが、夏目は首を振り絶対にいると言う。

春虎が一人で遊ぶと言うと、夏目は泣くのをやめて無理やり笑顔を作って春虎と一緒に遊んだ。

 

その事を春虎は父に言うと、夏目は「見える子」だという事を教えてもらった。

次の日、春虎は夏目に謝りに行った。

夏目はいいよと許してくれた。

それからは夏目が恐がると春虎はそこに向かって石を投げたり、大声を出しながら突っ込んだりした。

 

「はるとらくんは、わたしのシキガミになってくれるの?」

「シキガミ?」

「うん、わたしもよくわからないけど、わたしのことをずっと守ってくれるひとのことみたい。」

「ぼくそんなことしらないよ。」

「いえのしきたりなんだって。」

 

必死に春虎に伝える夏目。

 

「なってくれないの?」

「…いいよ、なってあげる。」

 

夏目はパァッと笑顔になった。

それから春虎と夏目は約束をした。

絶対にシキガミになるという約束を。

 

それから時間が経ち、春虎も高校生になっていた。

ベッドで目を開け、眠気の残る頭で今見た夢を考えていた。

そして、口を開いた。

 

「…夏目、可愛すぎだろ。」

 

この高校生。

土御門春虎は幼馴染の土御門夏目にデレデレだった。

春虎はベッドから出ると、ぐーっと体を伸ばした。

スマホを点け今の時間を確認する。スマホのロック画面には当然のように夏目と一緒に笑顔で写っている画像が登録されていた。

 

メール画面を見れば一通メールが着ていた。

『春虎くん、もう直ぐそちらに帰省します。』

 

春虎は笑みを浮かべながらそれを見ていた。

そのメールを保護してから数分、時間をようやく確認した。

 

「っ!やっべぇ!?」

 

春虎は急いできがえて学校へと向かっていった。

 

 

 

 

 

うどん屋でお昼を食べながら、テレビで映っている修祓の映像を見ていた。

 

「見ろよ冬児。すげーぜ。」

「流石は国家一級陰陽師だな。」

「国家一級?じゃああれが十二神将ってやつか。」

「おっ?流石の春虎も十二神将は覚えていたか。」

「馬鹿にしすぎだ!」

 

ズズッとうどんを啜るがむせてしまった。

涙目になりながら手前にある紙で口元を拭った。

 

「っはぁ〜。最近この手の中継増えてるよな。」

「そうだな。最近は霊災が増えてるらしいしな。しかもテレビ写りもいい。テレビ局は万々歳だろうよ。」

「そんなもんかな。」

 

再びうどんを啜る。

 

店を出てから、アイスを買って坂道を下りていく。

 

「こんな日にも夏期講習なんてな。」

「ほんとそれだ。」

 

額から流れてくる汗を拭いながら歩いていく。

 

「そういえば愛しの陰陽師の彼女から何かきたか?」

「彼女って誰のことだよ?」

「お前がいつも言ってる土御門夏目のことだよ。」

「夏目は彼女じゃねーよ。」

「そんなスマホ画面を女と二人で写ってるのに説得力ねーよ。」

「こんなの普通だろ。」

「普通じゃねーよ。」

 

冬児は頭を押さえながら、春虎の方を見ていた。

しかし、今日は暑い。

アスファルトの熱は履いている靴の底から熱さを足裏に無理やり感じさせてくる。

肌を焼くような暑さは春虎と冬児を蝕んでいた。

 

「…冬児。」

「…なんだ。」

「お前暑くないのか?」

「名前の通りでな。俺は冬の方が合ってるみたいだ。めちゃくちゃ暑い。」

 

ふと、目の端に何かが見えた。

 

「なあ、冬児。」

「奇遇だな春虎。俺も多分同じことを考えている。」

「「かき氷食おうぜ!!」」

 

見事に俺たち二人の息は合った。

 

 

「くぅ〜っ!美味い!」

「そうだな。」

 

ガツガツとかき氷を口に入れ込んでいく。

冬児も同じように食べている。

くおっ!頭が!

特有の痛みを感じながらも、食べていった。

 

「今日の修祓は凄かったな。」

「ん?ああ。どうした?やっと陰陽師になる気になったのか?」

「そんなわけねーだろ。」

「お前は血筋だけは良いんだからよ。」

「土御門っていっても俺は分家。本家の方には天才がいるからな。俺なんかが出て行っても良いところじゃねーよ。」

「ふん、そうか。俺は意外と合ってると思うんだがな。」

「合ってるも何も俺は『見鬼』の才が無いんだからまずスタートラインにも立ってねーよ。」

「でも、昔はなりたかったんだろ陰陽師。」

「………」

 

冬児の言う通り、俺は昔は陰陽師になりたかった。鏡の前で札を素早く抜いて投げるという。正にごっこというものだった。

しかし、段々と時間が経つにつれて俺には陰陽師としての才が全く無いことに気がついた。陰陽師として必要不可欠な『見鬼』としての才が欠如していた。

それから夏目と遊ぶ時はしきたりの話をしないようにしていた。約束してしまったからだ。その約束をぶり返さない為にも俺は夏目と陰陽師のことが考えられないくらいいっぱい遊んだ。

それはとても楽しかった。けれど、どこか胸の淵に寂しい何かを飼っているような気分だった。

 

「…悪い。言いすぎた。」

「いや、大丈夫だ。久しぶりに陰陽師なりたかった時の俺を思い出してたよ。」

「どうだ?なりたくなったか?」

「ふん、どうだか?」

 

手を広げおどけてみせた。

 

夕方になり、駅まで冬児と一緒に歩く。

 

「そういや明日、花火大会があるらしいぜ。」

「ああ、そうだな。」

「冬児は初めてか。」

「去年はどうしたんだ?」

「誘う相手も居なくて一人で家で寝てたよ。」

「寂しいやつだな。」

「うっせ。」

「まあ、俺も明日暇だしな。行ってやらないこともない。」

「なんで上から目線なんだよ!」

 

 

冬児と明日、花火大会に行く約束をした。

適当に駄弁っている間に駅前に着き、冬児と別れる。

俺の家は駅を挟んだ向こうだ。

 

そして、家に向かおうと歩道橋を登る。

すると、前の方から一人の女の子が歩いてきた。

その女の子は黒いワンピースを着ていて、大きな帽子を被り歩いてくる。

春虎は立ち止まりその女の子を見ていた。

その女の子も気がついたのか、立ち止まり俺の方を見た。

そして、慌てた様子で、でも何処か安心したような口調でこう言った。

 

「お、お久しぶりです。は、春虎くん。」

 

これが土御門夏目との再会だった。

 

 




ここまでは原作と同じ流れ。
次回からはもう少し春虎の夏目愛が滲みでてきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お祭りの時のくじ引きって当たる気しないよね

 

 

「…夏目…」

 

俺は目の前にいる美少女に見惚れていた。

しばらく会っていなかったからだろうか、夏目から出るオーラと言って良いのだろうか、雰囲気が大人の雰囲気が加わったような気がした。

うん、可愛い、そして、綺麗だ!

 

「あぅ…その、ぁぃた…です。」

 

何を言ったのか聞こえなかったが、まあ何か言ったのだろう。

 

「夏目、久しぶりだな。」

 

頭を撫でながら言うと、夏目はむすっとした表情になった。

 

「こ、子ども扱いしないでください。これでも私は土御門家の次期当主なんですよ!」

「それでも、夏目は夏目だろ?」

 

夏目の髪をくしゃくしゃと乱暴になでながら、笑う。

 

「そ、そうですけどぉ…」

 

顔を赤く染めて、横を見ながらまだ春虎の撫でを受けていた。

 

「陰陽塾はどうだ、楽しいか?」

「いえ、その…」

 

少し顔に雲がかかる。

 

「やっぱり難しいのか?」

「いえ、勉学の方はそれほど、しかし、家のしきたりが…」

「なんかしきたりがあるのか…」

 

面倒くさそうだな。

 

「それにしても、まさか今日だとは思わなかったぞ。」

 

夏目の頭を撫でていた手を離しす。

夏目はあっといった表情になったが直ぐに普通の顔に戻った。

 

「ふふふ、ドッキリですよ春虎君。」

「見事に引っかかったな。」

「どうです?驚いたでしょう。」

「なら、そのお返しもしないとな。」

「えっ?」

 

俺は夏目をぎゅっと抱きしめた。

夏目の小さい体は春虎の体に普通に入ってしまう。

うーん、良い匂い。

夏目は口をパクパクと開きながら顔を赤くしていた。

 

「春虎君!?こ、ここ、こんな所で誰かに見られたら…!!」

「大丈夫だよ。誰も見てないって。」

「そそそ、そんなこと言っても!!」

 

グイッと春虎の胸を押して春虎から離れる。

 

「別に春虎君に抱きしめられるのが嫌なわけじゃなくて!ただやっぱり場所を考えて欲しいというか…」

「じゃあ夏目はどこだったらいいんだ?」

「そ、それは…!」

 

夏目は気づいたようにコホンと一つ咳払いをしてから、冷めた目で俺の方を見てきた。

 

「春虎君、からかいましたね。」

「ごめんごめん、久しぶりに会った夏目が可愛かったからさ。」

「か、可愛いっ!?」

 

コロコロ表情を変える夏目を見ていると、やっぱり楽しくなってくる。

 

「夏目、この時期花火大会があるの覚えてるか?

「この時期で花火大会…あぁ、あれですか。」

「そう、よかったら一緒に行かないか?」

「花火大会…春虎君と一緒…二人きり…行きます!!」

「そうかじゃあ明日夜、あの神社の前でな。」

「はい。では私はこれで。」

「家まで送っていくぞ?」

「そんないいですよ。」

 

遠慮するように手を横に振る。

 

「そう言うなって、俺だって土御門の分家だからな。未来の当主様を送るのは当然だ。」

「…春虎君は陰陽師はもう目指さないんですか?」

 

夏目は手を胸の前で握って俺を見ていた。

 

「…ごめんな夏目。」

 

そう言いながら夏目の頭を撫でる。

 

「俺はまだ、陰陽師になりたい。でも、お前の横には立てないんだ。それに俺は陰陽師になるんならお前の横に立ちたいんだ。」

「…春虎君らしくないです。」

「そうだな、俺らしくないな。」

「…春虎君!実は父から「夏目」」

「帰ろうぜ?」

 

そう笑う。

夏目はワンピースの裾を握りしめ、はいと返した。

 

 

 

 

「そうかそうか。なるほどよくわかった。それで俺たちは今こういう状況になっているのか。バカ虎。」

「バカ虎って言うな。」

「春虎君なんて知りません!!」

 

今日の夏期講習も終わり、そのまま夜になり神社の前で待ち合わせをしていた春虎と冬児。

待ち合わせ場所に一番早く着いたのは春虎でその次に冬児だった。冬児は春虎に中へ行こうと誘ったが、春虎がまだくる奴が居ると言った時点で少し嫌な予感がしていた。

数分後そこにやって来たのは、浴衣を着たとても綺麗な女の子だった。その女の子は春虎を見つけた瞬間とびきりの笑顔になって春虎に駆け寄った。冬児も何処かで見た顔だと思い、記憶の中を探ってたどり着いたのが春虎のスマホの壁紙に写っている女の子だった。

冬児は冷や汗が出てきた。そのままバカ虎と呟きながら頭を押さえた。

 

「は、春虎君、その人は…」

「こいつ?冬児っていうんだ。俺の親友。今日は三人でまわろうぜ!」

 

夏目は手に持っていた小袋を落とした。

 

「花火大会…二人きり…デート…」

「…すまん。」

「ん?なんだ二人とも?祭りなんだから楽しまなきゃ!」

「…春虎君なんか知りません!!」

 

夏目はプンスカ怒り始めた。

 

「うわっ!なんだよ夏目!?」

「春虎君のバカバカバカバカ!」

 

胸をポンポン叩いてくる夏目。

 

「な、どうしたんだよ夏目。なあ冬児?」

「自分の心に聞け。」

「冬児まで!」

 

春虎のそばには胸を叩く夏目、春虎の少し横で頭を押さえながら呆れる冬児がいた。

春虎はわけがわからないといった感じで夏目を受け止めていた。

 

 

「もう!期待した私がバカでした!」

「なあ夏目、機嫌なおしてくれよ、何に怒ってるんだよ?」

「知りません!」

「夏目ぇ〜」

「春虎。なんかしたらどうだ?ほら、金魚すくいあるぜ。」

「おっ、いいな!夏目、一緒にしようぜ!」

 

夏目の手を引き、屋台の方へ向かう。

夏目はあっ春虎君そんないきなり!とか言っているがそんなことは無視して夏目と一緒に金魚が入っている青い箱の前に座った。

 

「おいちゃん!一回頼む!」

「おう、らっしゃい!一回三百円だ!」

 

お金と交換してポイを受け取る。

 

「よしっ!とってやるぜ!」

「彼女にいいとこ見せてやれよ!」

「か、彼女!?」

 

泳ぐ金魚を見てどいつがいいか考える。

そして、ノロノロ動いているやつを見つけた。

こいつだ!

そいつを取ろうとポイを入れた。

しかし、乗りはしたのだが最後の金魚の頑張りが光り、ポイを破って水槽へと戻っていった。

 

「くぁ〜…」

「惜しかったな兄ちゃん。」

「惜しかったですよ春虎君!」

「まあ、こんなもんか。」

 

そのまま俺たちは金魚すくいの屋台を後にした。

それからは、りんご飴を食べたり、焼きそばを食べたりと祭りを満喫していた。

ふと、夏目が射的の前で立ち止まった。

 

「どうしたんだ夏目?」

「えっ!?あ、いや、何も…」

「ん?あれか?」

 

夏目の視線の先にあったのは、ピンク色のリボンで包装された箱だった。

 

「よし、一回頼む!」

「は、春虎君!?」

 

店員から弾をもらって、おもちゃの銃を構える。

何発も撃つが、当たりはするが倒れない。俺の財布の小銭もどんどん減っていた。

 

「春虎君、もういいですよ。」

「いいって、俺がお前にあげたいんだ。」

「っ!そんなの…反則です…」

 

夏目が顔を赤くしながら俯く。

そして銃を構えている春虎の顔の側へ行き、そっと呟いた。

 

「…春虎君。」

「…夏目、今話しかけんな。」

「あ、あれ、と、取ってくれたら…」

「だから夏目。」

「き、きき、きす…してあげても…いいですよ?」

「っ!?」

 

放たれた弾は春虎の狙った場所とは違う方向へ飛んでいったが、上手いことに箱の方に飛んで行き、軽い音をたてながら箱は落ちていった。

冬児はたこ焼きを食べながらおーっと声を上げた。

 

「な、夏目!?」

「な、なんです春虎君!?べ、別に私は何もしてませんが!!」

「嘘つけ!お、お前、俺にさっき、き、きす…!」

「な、なんのことでしょうか?私は知りません!」

 

顔が赤いまま店員から箱を受け取っていた。

 

「夏目、お前どこでそんなこと覚えたんだ?」

「さっきから何を言ってるのかわかりません!」

 

景品の中身はシャボン玉のキットだった。

 

「中身はそれだったのか。」

「いいんです、欲しかったのはこっちですから。」

 

夏目は箱に付いていたリボンを取って自分の髪の一部を結んだ。

 

「に、似合い…ますか?」

「ああ、可愛いよ。」

「そ、そうですか…」

 

結んだリボンを手で弄りながらそっぽを向いた。

 

「春虎、そろそろ俺たちも移動しようぜ。」

「春虎君。私行くところがあるので少しそちらへ行ってきます。」

「あっ、ちょっと夏目!」

 

夏目はそのまま駆け足で神社のある方向に走って行った。

 

「なんだあいつ?」

「しらね。」

「神社の方に行ったけど。」

「追いかけるか彼氏?意外と他の男と逢いびきかもしれねーぜ?」

「そんなわけないだろ。」

「どうだか?俺はまだ土御門夏目ことは全然知らないからな。」

「…行ってみるか。」

「気になったか?」

「そんなんじゃねーよ。」

 

冬児の言葉を流しながら夏目が走って行った方向に向かっていった。

夏目は神社の絵馬を飾る場所の前にいた。

 

「何してんのお前?」

「春虎君!?どうしてここに!?」

 

夏目は隠そうとしたが、石灯籠の明かりでもその文字ははっきり見えた。

 

『春虎君が陰陽師になれますように』

 

「……」

「ご、ごめんなさい。でも、私、春虎君がどうしても陰陽師になるのを諦めてると思えなくて!」

「夏目…もう、やめてくれ。」

「春虎君!!」

「もう俺に期待しないでくれ。お前が願ってくれるのはわかってる。でも俺は陰陽師にはならないんだ。」

「でも!」

「夏目!!」

「っ!!」

「もう…やめてくれっ…」

 

俺は絞り出すように声を出した。

夏目は絵馬を落として、何処かへ走って行った。

 

「よう、モテ男。彼女はもう行ったぜ?」

「…見てたのか?」

「お前と一緒にここに来ただろうがよ。まあ、話してる時は居なかったがな。」

 

冬児は俺の側に立ち、俺の背中をポンと叩いた。

 

「俺は…ダメだな。」

「確かにな。」

 

グッと背筋を伸ばして、夏目の向かって行った方向を見た。

 

「追いかけるのか?」

「…心配だからな。」

「景気付けに一発殴ってやろうか?」

「なんでだよ。」

 

そして俺が夏目の方へ向かおうとした瞬間。

 

「どうも、こんばんわ。」

 

二人は振り向き声のした方向を見た。

 

そこには中学生にしか見えない妙に大人ぶった長いツインテールの少女がそこにいた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファーストキスってレモンの味らしいけどしたことないからわからないよね

 

 

目の前にいるツインテールの少女はりんご飴を食べながら俺たち二人を見ていた。

 

「ーお前、見たことあるな。確か国家一級陰陽師『十二神将』の【神童】大蓮寺鈴鹿だったか?」

 

その言葉に俺は言葉を失った。

目の前にいるこの中学生くらいの女の子が十二神将だと!?

その女の子は今の言葉に賞賛するかのようにうっすらと笑った。

 

「へぇ、詳しいじゃん。まあ、土御門の人間なら当然か。その通り、私が『十二神将』の大蓮寺鈴鹿よ。」

 

鈴鹿はニヤリと冬児を見る。

 

「こんばんわ。一度会ってみたかったの、あなたに。」

「あいにく、俺はただの一般人でな。土御門は横にいるこいつだ。」

 

冬児は俺の方を指差し、鈴鹿に伝えた。

 

「えっ?こっちが?」

 

そのまま鈴鹿は俺を値踏みするような視線を送ってきた。

見られ、そして『視られ』ているのである。

それにしても、こいつの格好は奇抜だなあ。どこもかしこも穴だらけだ。夏だから良いが秋冬になると凍え死んでしまいそうな服装だ。

 

「ふーん、なんだか意外ね。あんた私以来の天才児って呼ばれてるのよね?そうは見えないけど。あの噂…もしかしてデマだったのかしら。」

「お、おい、天才児ってだれのこ…」

「いやまあまあ、落ち着けよ。よかったな、お前は業界では有名人らしい。十二神将まで知ってるくらいだ。なあ、夏目?」

「はあ、何言って––––そうか…」

 

俺はそこでようやくわかった。

こいつ…俺を夏目と勘違いしてるな?

じゃないとわざわざ俺に話しかけないし、今までの口ぶりからしても俺を夏目と間違えてるのは確かだろう。

 

「あんた、俺に何か用でもあるのか?」

「当たり前でしょ。でなきゃ、わざわざこんな田舎に来るわけないじゃん。でも、ラッキーだったわ。どうやって土御門邸からあんたを引っ張り出そうか考えてたのよ。まさかこんな田舎のショボイ祭りに出てくるとは思わなかったわ。」

「その割には、堪能してんじゃん。」

「う、うるさいわね!こういうの初めてなの!単なる知的好奇心よ!髪の毛むしるぞ!」

 

鈴鹿はほおをわずかに赤らめていた。

 

「…それで、用っていうのは?」

 

冬児が鈴鹿に向かってそう聞いていた。

 

「そうね、簡単なこと。そこの土御門にちょっと私の実験に付き合ってもらいたいの。」

 

それから鈴鹿は色々なことを話し始めた。

夜光の事、汎式陰陽術のこと、帝国式陰陽術のこと、そして帝国式陰陽術の中にあると言われる、魂に対するメソッドのことを。

 

「話はわかった。でも、どうして俺なんだ?」

「はあ?まだとぼける気?」

「な、なんのことだ?」

「土御門家次代当主土御門夏目」

 

鈴鹿はそう言った。

 

「噂通り、前世の記憶はないみたいね。でも、試してみる価値はある。何しろあなたは、この呪術–––『泰山府君祭』の成功者であり経験者なんだから。」

 

鈴鹿はゆらりと俺たちに近づいてきた。

ヤバイと思った瞬間、何処からか青い鳥が一羽鈴鹿の上に飛んできた。

蒼いツバメ。鈴鹿の上を悠然と飛んでいた。

そう思った次の瞬間、そのツバメの翼が鞭のように伸び始め、鈴鹿に向かって伸びていく。

 

「な、なん!?」

「捕縛式っ!」

 

驚いている俺の横で冬児は叫んでいた。

しかし、その伸びた翼は鈴鹿を捉えることがなく、空中で止まった。

そして、鈴鹿の後ろからぬっと現れる歪な影。

その姿はまさに阿修羅。

体は機械のようで硬質で、無機質で、感情を感じさせないが、確かに俺たちを威圧していた。

 

「ま、また式神!?」

「おいおい、あれは、陰陽庁製の人造式、多目的型汎用式、『モデルM3・阿修羅』だ!」

 

阿修羅はツバメの翼を引きちぎり、何処かへ捨てた。

 

「そこまでだ!」

 

鈴鹿を包囲するようにスーツ姿の男たちが鈴鹿に銃口を向け、さらには、呪布を構えていた。

 

「今度は呪捜官か。」

「あいつ十二神将なんだろ!?ならなんで呪捜官に追われてるんだよ!」

 

鈴鹿は面倒くさそうに呪捜官をみた。

 

「ちょっとマジウザいんですケド。もう追いついて来たワケ?」

「大蓮寺鈴鹿!陰陽法に基づき、お前を拘束する!もし抵抗するなら射殺も許可されている!」

 

射殺するという言葉は冗談に思えないほど緊迫とした雰囲気だった。俺は青ざめて、冬児は口笛を吹いていた。

 

「はっ、誰があんたらみたいな雑魚に射殺されるって?冗談は寝てから言いなさい。」

「十二神将といえど、実戦経験は皆無のはずだ。無駄な抵抗はやめるんだな。」

 

鈴鹿はその言葉を鼻で笑い、すっと空を見上げた。

 

「…ねぇ、今日は暑いわよね?なら、少し涼しくしてあげましょうか。」

 

そう言うと鈴鹿は呪布を取り出し投げた。

水行符。

そこから大量の水が溢れ出た。その水が俺たちと呪捜官たちを飲み込んだ。

 

「な、なんだよ!」

 

水に飲み込まれる中で俺は水の流れに揉みくちゃにされていた。

しかし、それも一瞬のことで急に身体が軽くなったように持ち上げられた。

 

「ごわっ!つ、次はなんだ!?」

「あんたはこっち。」

 

「歪な水気を堰き止めよ!土剋水!喼急如律令(オーダー)!」

 

呪捜官は地面に呪符を叩きつけ地面を隆起させて、水を堰き止めた。

しかし、呪捜官はいつの間にか鈴鹿たちを逃してしまった。

 

「くそっ!探せ!」

 

呪捜官たちは分かれて鈴鹿を探しに向かった。

 

 

 

 

「離せよっ!」

 

阿修羅に囚われている俺はひたすら阿修羅の腕の中で暴れていたが、阿修羅は放す素振りをまったく見せなかった。

 

「あんた落ち着きなさ過ぎ、本当に土御門の次代当主なわけ?」

「うるさい!だったらなんだよ!」

「つーか、あんた護符くらい持ってないの?まあ別に私にとったら関係ないけど。」

 

鈴鹿はまたりんご飴を食べだした。

 

「鈴鹿、お前魂の呪術で一体何をするつもりだ?」

「いきなり名前呼びかよ。いいわよ、教えてあげる。」

 

鈴鹿はりんご飴飴を齧って飲み込んだ後、俺の方を見た。

 

「…お兄ちゃんを生き返らせるのよ。」

 

鈴鹿はそう呟いた。

 

「い、生き返らせるって…お前…」

 

鈴鹿は怒ったように春虎を見上げたが、そこに一人走ってくる少女がいた。

 

「春虎君!」

 

俺の顔はサァッと青ざめているだろう。

鈴鹿も振り返り、その少女のことを見ていた。

 

「なにあれ?あんたのカノジョ?それにしては霊気が…」

 

鈴鹿は何か考えているようだが、俺には関係ない。

鈴鹿が狙っているのは、夏目だ。

夏目がこの場にいるというのは俺にとっては最悪だった。

 

「馬鹿!早く逃げろ!」

「嫌です!春虎君を離してください!」

 

「…春虎君?あんた、土御門夏目じゃないの?」

「そ、それは!」

「答えろ!」

 

凄い迫力だった。しかし、夏目がここにいる以上、目の前にいる女の子が夏目だと気付かれるわけにはいかない。気づかれてしまったら、夏目も危険だ。

 

「な、夏目は俺の親戚だ。俺は土御門春虎。分家の息子さ。」

「ぶ、分家ぇ!?ふざけんな!」

 

鈴鹿は俺の胸ぐらを掴んで、怒って皺の寄った顔を近づけてきた。

 

「…騙したわね。」

「先に勘違いしたのはお前の方だけどな。」

「うるさい!ぶっ殺してやる!」

「や、やめてください!土御門夏目はこのわた「黙れ!今しゃべんな!」っ!?」

 

俺は自然と口が動いていた。

夏目に向かってこんな声を出したのは初めてだった。

夏目の方も俺の声に驚いたのか、一歩後ろに後ずさりした。

 

「…あんた、そんな声出すのね。びっくりしたわ。」

 

鈴鹿の方も驚いた様子で俺の方を見ていた。

 

「穏便に済ませようと思ってたけどやーめた。」

 

鈴鹿は俺の側でゆっくりと告げた。

 

「本物の土御門夏目に警告しな。あんたを見つけて捕まえるって。–––いい?絶対に伝えるのよ?本人に、直接会って。」

「…わかった。」

 

鬼気迫る鈴鹿の表情に俺は辛うじて頷いた。

その鈴鹿の視線は俺から夏目へと変わった。

 

「…まだいるわね。あんたのカノジョ。」

「だから彼女じゃない!」

 

また夏目に興味がいったと思い俺は焦って鈴鹿の言葉を返していた。

 

「ウソ。あの様子、ただのトモダチって感じじゃないけど?」

「本当だ!あいつはたまたま一緒に祭りに来ていただけだ!何の関係もない!」

 

その俺の表情に、鈴鹿は悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「もう騙されないっつーの…ねぇ、春虎?これは報酬の前払いだから。」

 

そして、胸ぐらを掴んでいた鈴鹿の腕が急に強まり、俺を引き寄せられ、同時に鈴鹿の顔が接近した。

唇に、柔らかな感触。

俺は目を見開き、夏目は息をのんだ。

胸ぐらを掴んでいた腕は首へと移動し、もっと深くへと誘うように春虎を引き寄せていた。

 

「んっ…」

 

見せつけるようなキス。

鈴鹿も息を漏らしながら深く、そしてずっとキスをしていた。

どれくらいだったのだろうか、三十分?一時間?それだけ経っているように思える長いキスが終わった。

鈴鹿が放れる。春虎と鈴鹿の間には透明な橋がまだ二人を繋いでいた。

阿修羅が俺を離し、俺は地面へと落ちた。

 

「…私のファーストキスだから。ちゃんと伝えてよね、ダーリン?」

 

鈴鹿はそう言い残して、空へと飛び去った。

空には花火が打ちあがっている。

残されたのは唇に残る感触。

そして、呆然と立ち尽くす一人の少女だけだった。

 

 

 

俺は鈴鹿が去っていった空を見上げていた。

俺は一度首を振って、口を拭う。

立ち上がり、夏目の方へ駆け寄った。

 

「大丈夫かっ?」

 

鈴鹿と式神が去った後でも、夏目は呆然とそこへ立ち尽くしていた。まるで、魂の抜けた人形みたいに。春虎は「なんで式神に捕まってるんですか!?」と怒られるような気がして内心構えていたが、夏目のその反応は春虎の予想を裏切った。

 

夏目はポロポロと春虎の顔を見て泣き出した。

 

「ど、どうしたんだ!?なにかされたのか!?」

 

春虎が何かあったのかと聞いても何も答えない。

けど、夏目も止まらない。

ポロポロと声もなく涙をこぼして、次第にしゃっくりを上げ始める。

そして、ついに、

 

「うえぇ…」

 

と本格的に泣き始めた。それも、子どもの時にも見たことがないほどの大泣きだった。

 

「ほ、ほら!もう鈴鹿はいない!それともやっぱり怪我してるのか?俺なら大丈夫だ。だから落ち着けって、な?」

 

こんな夏目を見たことがない、春虎はどうしたらいいのかわからず右往左往していた。花火はまだ上がっている。綺麗な花火は泣いている夏目を簡単に照らしている。

夏目の涙が花火の光が当たり、何度も輝いていた。

 

「春虎君の、バカぁー」

 

ひっくひっくとしゃっくりを上げながら、一つ一つ途切れさせながらも夏目は喋りだした。

 

「酷いですよ、春虎君…あんなに怒鳴っておいて、追いかけてこないし…待っててもメールも来ない、ずっと待ってても春虎君は全然来ないし、そしたらなにか大騒ぎになってて、冬児君が来たと思ったら春虎君が捕まって何処かに連れ去られたって言うし…」

「と、冬児と会ったのか?」

「そうですよ!それで心配で…凄く心配で、心配で心配で、必死に探して追いかけてきましたっ。それでやっと春虎君を見つけて、なのに、それなのに…」

 

「どうして春虎君は!あんな子とキスしてるんですか!そんなのって…ないよ。…酷い。そんなのって酷いですよぉぉ……」

 

うわああと夏目はまた泣き出した。棒立ちになり、息を切らせて、溢れ出る涙を拭いもしない。

大きく口を開けて、身も蓋もなく泣き続ける。

春虎はどうすることもできなかった。

 

「春虎君のばかあ。春虎君のことなんて嫌いです。大嫌いです。もう、知りません…ひっく…しりません…」

「わ、悪かったって…ごめんな謝るから。」

「何ですか…何が謝るですか。ひとの気も知らないで…ひっく…あ、あんなキスして…」

「さっきのあれは鈴鹿の嫌がらせだ!お前だって見てただろ?つうかキスされたのはお前じゃなくて俺だろ?なんでお前がそんなに泣くんだよ。」

 

泣く夏目の前でまったく働かない頭を働かせる。

しかし、最後の一言を口にした瞬間、夏目の泣き顔が大きく歪んだ。

歩道橋の上で押した時よりも強く、夏目は春虎を突き放した。

 

「バカ虎!」

 

夏目が絶叫した。

 

「好きな人が他の子とキスしたら、そんなの嫌に決まってるじゃないですか!哀しくて、寂しくて、辛いに決まってるじゃないですか!」

 

大きな花火が夏目の後ろで咲いた。

春虎は絶句して立ち尽くした。

夏目は涙目で春虎を睨みつけていた。

夏目の澄んだ瞳の輝き。

その瞬間の夏目ほど、誰かを見て『綺麗』だと思ったことがない。

しかし、夏目はうーっと涙を堪えるように唸り、浴衣の袖で自分の顔を拭いながら春虎の前から離れるように走り出していた。

 

「な、なつ…!」

 

手を伸ばし、夏目を追いかけようとするが、脚が追いつくのを恐れるかのように動かない。

春虎の伸ばされた腕はダランと下げられた。

 

そして、春虎の頭上に大きな花火が上がり、そして、消えた。

 

 




もし、北斗が居なくて、祭りに来たのが夏目だったらこんな感じになっていたのかな?
夏目、かわいそうだな。←おい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏の雨ってなんだか儚い気持ちになるよね

 

花火大会の次の日の空は色んな色が混ざったような濁った色をしていた。

台風がくるらしい。夕方から夜にかけてが一番近づくようだ。

すでに俺たちの上に浮かぶ分厚い雲は大量の水を含んだスポンジのような気がしていた。

 

空席が目立つファーストフード店。

二階にある窓側の席で俺と冬児は話をしていた。

こんな日でも補習はある。しかし、早々に学校を抜け出してこの店に来ていた。

俺たちの周りに佇む重い空気は、周りの客にも伝わっているだろうか。空席が多いことに俺は少し安心していた。

 

「それで?」

 

冬児は腕を組み春虎を見据える。

 

「お前、まだ土御門夏目と連絡が取れていないんだって?」

「…ああ、メールを送っても返信してこないし、電話をしても繋がらない。いつもは直ぐに返してくれるのに、こんなことは初めてだ。」

「それじゃあ今土御門が無事かどうかもわからないわけだ。」

「っ!夏目は無事だ!」

 

俺はテーブルを叩き、冬児を睨みつける。

 

「どうして言い切れる、相手は十二神将だ。例え土御門が天才だとしてもそれは陰陽塾内での話だ。そんなやつ、十二神将の相手には手も足も出ないだろ。」

「そんな!…そんな…ことっ…!」

「…あくまで可能性の話だ。俺だって親友の友達が死んだなんて思いたくねえよ。それに大蓮寺が夏目を捕らえてんなら何か動きがあってもいいはずだ。でも今は呪捜官たちは余り動いていないようだ。」

「なら、夏目は!」

「多分まだ大丈夫だ。あくまで今の段階ではだがな。」

「…よかった…」

 

俺は崩れるように椅子に座る。

天井を見上げ、手で覆うように顔を隠す。

はあと溜息が出てきた。

 

「それにしても、昨日は嵐みたいな夜だったな。台風が来るのはこれからだってのによ。」

「……」

 

冬児の言葉に俺は顔を覆ったまま黙っていた。

確かに、酷い夜だった。運の無さに定評のある春虎の人生の中でもダントツで一位を取る夜だった。

夏目と喧嘩をして、追いかけようと思えばそこに十二神将が現れて、呪術戦に巻き込まれた。とどめは、悪夢のような仕打ち。しかも初めてのキス。それを夏目の前で見せつけるようにした。そして、それを見て泣きじゃくる夏目の告白。

俺がいったい、何をしたっていうんだ。

俺のまぶたの裏には泣きじゃくる夏目の顔が鮮明に残っている。

俺は恋愛ごとに疎いというのは自覚していた。それは、あの夏目の告白を受けた後でも、どうやって受け止めればいいのかわからないでいた。

 

俺はもちろん夏目が好きだ。でも、それは恋愛感情とは違うものだと思っていた。随分と前から一緒に遊んでいた夏目。色んな事もしたし、色んなところにも行ったりした。それで二人して怒られたり、二人して泣いたりしていた。

それでも俺たちはいつも一緒にいた。それが当たり前のように。

俺は夏目を親友の一人だと考えていた。

 

でも、夏目はそうは考えていなかった。

夏目は俺を好きと言った。

その言葉は衝撃的だった。今まで友人としてしか見てきていなかった夏目からの突然の告白は俺と夏目の関係をいとも簡単に崩れさせた。

いつから夏目はそう想っていたのだろうか。あの時か、あの時かと考えても答えは遠くなる一方だ。

なら、俺は夏目に離れて欲しいのか?答えは否だ。やはり俺はどんなことになっても夏目には側にいて欲しいと願った。

 

「心配なら家にでも行けばいい。土御門も自分が狙われている状況は察しているだろう。そんな時に家を出るなんてヘマはしない。」

「…そうだな。俺は後で本家の屋敷に行くよ。」

「それがいい。」

 

当然、俺と鈴鹿が話した内容はメールでいっしょに送っていた。しかし、返信がこない以上、夏目がどう思っているかもわからないままだった。

 

そして静かな時間が流れる。

窓を雨が打ちつける音がBGMとして流れる。

ふと、春虎は思い出したように冬児に話した。

 

「あいつ、大蓮寺鈴鹿にさ、どうして夏目を捕まえるのか聞いたんだ。その時に漏らしたんだ。『お兄ちゃんを生き返らせる』って。」

 

冬児は顎の下に手をやり、少し考えた。

 

「…春虎、実は俺もあの後少し調べた。」

「なにを?」

「あのガキが言っていた『帝国式陰陽術』についてだ。『汎式』と同じで、『帝式』って略されることが多いらしい。『帝式』には禁呪指定されているものが大半らしい。まあ戦時中だからな、強力なものが多かったんだろう。それでもまだ、現役で使われるものも少なからずあるらしい。」

「魂の呪術ってのもその中に入ってるのか?」

「いや、それは『別格』だ。」

 

それから、冬児は魂の呪術に関すること、そして土御門夜光が行った儀式について、そしてそれが夜光の転生に関わっていること。

 

「じゃ、じゃあ夏目は…」

「そうと決まったわけじゃないが、大蓮寺はそう考えているらしい。」

 

また二人の間に重苦しい沈黙がたちこめた。

夏目は天才だ。現に、今だって陰陽塾内で天才と呼ばれているほどだ。しかし、それが夜光の転生だというのなら。

春虎は外を見た。雨の降る空を見た。

 

「…俺、行くよ。」

「…そうか。」

 

俺は傘を持って店を後にした。

 

 

 

久しぶりに本家の屋敷に来た。

傘の上を雨粒がバタバタと叩いている。

屋敷に行くための階段がある。

そこではいつもジャンケンでどっちが先に屋敷に上がれるかという遊びをしていた。何故か俺が勝っていたので夏目にわざと負けているんじゃないかと問い詰めた時もあった。夏目は泣きながら「私が勝ったら春虎君、遊んでくれなくなると思って」と言われた。俺はそんなことないと夏目に言った。それから夏目は泣き止んで、また最初から遊んだ。それからは一度も夏目には勝っていない。なんでも出す手がわかるらしい。

階段を上がると池が見えた。そこではいつも鯉が泳いでいて、度々俺と夏目は一緒に餌を与えていた。俺が夏目が止めるのを無視して、一度に餌を大量に池の中へ入れた。すると、夏目の父が鬼のような形相で俺たち二人を叱ってきた。俺たち二人は目に涙を浮かべながら二時間も正座をさせられたまま夏目の父に説教された。

 

庭が目に入ってきた。あの庭は俺たちが約束をした場所だ。

 

俺は屋敷の扉に手をかけた。

当然鍵はかかっていて扉を横に引くがかたい感触が手に伝わってきた。

ふと、俺はあることを思い出した。

俺は屋敷の裏へ行き、一つの扉に手をかけた。

そこは俺と夏目が二人で見つけた屋敷への秘密の入り口。そこの扉だけ鍵が緩くなっているようで少しいじるだけで簡単に鍵が開いてしまう。

夏目をびっくりさせようとして何度もそこから入ったり、夏目の父に二人で怒られて外に出された時もこの窓から屋敷の中に入っていた。

俺は扉を少しだけ叩いた。するとゴンとなにか金属の落ちる音した。

今でも、ここは変わっていないのか…

俺は扉を引いて、中に入っていった。

 

屋敷の中に入るのは久しぶりだった。

けど、どこに何があるのかは手に取るようにわかる。

俺は真っ直ぐ、そして何度も一緒に遊んだ夏目の部屋へと向かった。

 

夏目の部屋の前に立ち、俺は夏目の部屋の中へと入った。

部屋は荒れ果てていた。物は散らかり、色々なものが床にぶち撒けられていた。

その奥で一人、寂しそうに膝を抱えて座る夏目がいた。

 

「…って…さい…」

「えっ?」

「帰ってください!!」

 

夏目から聞こえてくる拒絶の声。

春虎の心を酷く締め付けていた。

あげられた夏目の目の端には赤く、泣いた後がしっかりと残っていた。

 

「…どうして、どうして来たんですか。あの女に言われたからですか。」

「ちがう!」

「じゃあどうして来たんですか!!」

 

廊下にも響くような大きな声。

夏目が出したとは思えないような声だった。

 

「俺は…お前が、心配で…」

「なら大丈夫です!祭壇は私自身で守ります。」

「そんなことできるわけねぇ!相手は十二神将だぞ!?お前でも敵うはずがない!」

「じゃあ誰が守ってくれるっていうんですか!?祭壇を守ってくれる人も私を護ってくれる人も、もういません。あっちにもここにも!!」

「そんなことない!お前を護ってくれる人はいる!」

 

夏目の肩を掴んで顔を見た。

 

「誰なんですかその人は!」

「それは…!」

 

俺は答えられなかった。夏目を守ってくれる人は沢山いるだろう。しかし、夏目の父も俺の両親も今はここにはいない。

俺も、夏目を守れるとは

 

思えなかった

 

「…ほら、やっぱり…いないんじゃないですか。」

夏目(・・)!」

 

ドクンッ!!

この言葉の直後、春虎の体内に異変が起きた。

な、なんだ…これはっ!?

春虎の自覚がなくとも、呪術は察知する。

身体の中で眠っていた意志が、急速に目を覚ます。

夏目を掴んでいた手はズルッと外れ、春虎は胸を押さえていた。夏目も思わず顔を上げた。

込み上げる強烈な吐き気。床に這いつくばったまま、胸をかきむしった。身体の中で何かが暴れている。

 

「…は、春虎君!?い、いやぁ!春虎君!!」

 

夏目はまた泣き始め、俺の身体を揺する。

また泣かせちまったと頭の中で思う。

そして

 

「ガハ––––!?」

 

春虎の口から何かが飛び出してきたのだ。

それは、ぐしゃぐしゃに丸められた紙だった。しかし、それが体外へ出た瞬間、だんだんと形を形成していく。

蜂。

春虎は目を見開いた。

 

「えっ?」

 

と夏目は抜けた声を出してその蜂を見た。

その隙を見逃さないかのように蜂は夏目の死角に潜り込んで夏目の首筋に針を刺した。

 

「っ!」

 

夏目は反射的に払ったが、蜂はそれをスルリと避けてあっという間に部屋の外へと逃げていった。

すると、入れ替わるように夏目が崩れ落ちた。

 

「夏目!」

 

顔は蒼白になっており、瞳の焦点は合っていない。

 

「夏目!しっかりしろ!」

「…春虎君…」

 

小刻みに痙攣している夏目。

まさか、あの蜂、毒でも持っていたんじゃないか!?

 

「…霊力を…吸い取られました…」

「夏目っ!れ、霊力ってどうすればいいんだ!?」

「あ、あの式神は?」

 

夏目も答えは既に分かっているのだ…

春虎はまんまと鈴鹿に出し抜かれたのである。

 

 

 

 

俺はすぐに言われる通りに夏目を抱え桔梗の間に運んでいる。

 

「ちくしょう!」

「…見抜けなかった…私の…ミスです。」

「夏目っ!」

「私は…大丈夫です…」

「すまない、俺のせいで、こんな…」

「十二神将に、呪をかけられても、わかるはずがありません。」

 

桔梗の間に着いてから、俺は色々な準備をした。よくわからない掛け軸や、よくわからない呪具を夏目の言う通りに並べ飾った。

箪笥の中にある巫女装束も引っ張り出してきた。夏目は震える手でゆっくりとした動きで巫女装束に着替えていた。

俺は蝋燭に火をつけ、その後に香を焚いた。

夏目はいつの間にか着替え終わっており、身体をひこずるように祭壇の前へと向かう。

そして祭祀が始まった。

 

 

 

 

俺はどうすることも…できないのか!!

 

春虎は桔梗の間から出て、縁側で座っていた。雨の降る庭を見ながら歯ぎしりした。拳を血が出ると思うくらい握りしめていた。

あんなに苦しそうにしている夏目の後ろで俺はどうすることもできない!!

俺は何しにここに来たんだ!!

なのに俺は、また夏目を怒らせて、泣かせて、挙げ句の果てには霊力まで奪われてしまう。

俺は、夏目を護りに来たんじゃないのか!

俺はどんよりと浮かぶ雲を見上げた。

 

雨の降る外。

その雨がいつの間にか消えたような気がした。空も明るく、青空が透き通っていた。蝉の鳴く声も聞こえ、夏特有の暖かい風も感じているような気さえした。

そして、春虎の目の前に、庭の中心で小さなあの時の春虎と夏目が指切りをしていた。

あの約束が鮮明に春虎の頭の中に広がった。

 

「はるとらくんは、わたしのシキガミになってくれるの?」

「シキガミ?」

「うん、わたしもよくわからないけど、わたしのことをずっと守ってくれるひとのことみたい。」

「ぼくそんなことしらないよ。」

「いえのしきたりなんだって。」

「…なってくれないの?」

「…いいよ、なってあげる。」

 

 

「それでずっといっしょにいて、ずっとなつめちゃんをまもってあげるよ。」

 

 

…祭祀が終わったのだろうか、桔梗の間の中は急に静かになった。

俺はゆっくりと障子を開けて中へ入る。夏目はゆっくりとこちらに振り向き、スッと春虎を見つめた。

春虎はそんな夏目に近づいた。

もう、心は決めた。今更、後になんか引けない。いや、引こうとは思わない。

 

「…私は祭壇へ向かいます。」

 

夏目はゆっくりとそしてはっきりと春虎に言った。

 

「土御門の祭壇は次代当主であるこの私が守らなければなりません。それが土御門としての義務ですから。春虎君はここで待っていて下さい。」

「…霊力は戻ったのか?」

「戻ったといっても一晩くらいでしょうけど、十分です。」

 

そして、夏目は祭壇の上に置いてあった式符を手に取り、懐へと入れる。

これから戦いに行く用意をするように夏目は立ち上がろうとする。

しかし、俺はそれを遮るように夏目に声をかけた。

 

「夏目、頼みがある。」

「祭壇へは向かいます。止めても無駄ですよ。」

「ちがう、そうじゃないんだ。それがお前の決めたことなら俺は止めたりはしない。」

「…ど、同行も駄目ですよ!し、心配してくれるのはあ、ありがたいですが、素人の春虎君を連れてくことなんて…」

「夏目」

 

俺は、もう、逃げない。

 

「俺を式神にしてくれ。」

 

 




なんか最後走った気がします。
もっと夏目は春虎を大切にすると思うんですけどね…うん、俺の文章力!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女の子っていつも甘い匂いがするよね

 

 

夏目は言葉を失った。

春虎はもう一度、息を吸い、夏目を見る。

もう、言わないだろうと思っていた言葉。それは意外とすんなりと口から出ていた。

 

「俺を式神にしてほしい。いま、ここで。」

 

俺は頭を下げた。

夏目はど素人の俺を呪術戦に連れて行くつもりはないだろう。でも、夏目が土御門としての義務を持ち出すなら、この分家の『しきたり』を簡単には無視できないはずだ。

これが俺が夏目を護れる唯一の手段なんだ。

夏目が生唾を飲み込む。

身体も少しだけ震えていた。

そして、春虎に向けていた視線を床へと移した。

 

「…覚えてたんですか?」

「…忘れたことなんて、一度もない。」

「っ!ならなんで!?」

 

夏目は急に床を鳴らし立ち上がり、春虎はその夏目を静かに見上げた。

夏目は綺麗な黒髪を振り乱し、春虎を睨みつける。

 

「なんで!…そんな今更ぁ…」

 

また泣き出したのだろうか。

夏目は後ろを向き、身体を小刻みに震えさせている。

 

いまさら。

この言葉が、俺の胸をえぐる。

夏目はずっと土御門の次代当主として生きてきた。しかも、夜光の生まれ変わりだとささやかれながら暮らしてきた。そして春虎はそんな夏目の式神になると約束していたのに、その約束をずっと破っていた。

子供の頃の約束、そう軽く思っていたことがないとは嘘になる。

けど、夏目は違っていた。俺を信じて、そしてずっと待っていたのだ。周りの重圧から護ってくれる自分だけの存在を。

 

「夏目、俺はお前に憧れてた。才能のあるお前に。それにひきかえ、俺は見鬼の才は全くない。陰陽師になる資格があるお前にいつも嫉妬してた。俺にあったのは土御門の分家っていう血筋だけだった。だから俺は逃げてたんだ。お前から。土御門夏目っていう陰陽師の存在から。」

 

夏目の背中に向けて、訥々と話す。

 

「でも、それは違うんだってわかった。俺はお前を護れる自信がなかったんだ。しきたりがあることを知って俺は恐くなったんだ。夏目と俺の関係がこれで全部壊れるんじゃないかって。」

 

夏目に泣かれてやっと気づいた。

 

「俺は、土御門春虎としてやるべきことをやるべきなんだ。逃げるのは…もうやめる。俺はずっとお前を護る。」

 

『それでずっといっしょにいて、ずっとなつめちゃんをまもってあげるよ。』

 

「だから夏目、俺をお前の式神にしてくれ。」

 

夏目の背中に訴える。

夏目は春虎に振り返った。

春虎の前に片膝を突いた。

 

「…いいんですね?」

「ああ。」

「これから先、春虎君は土御門の、私の式神として、生きていくことになります。その覚悟はあるんですね?」

「ああ。」

 

もう、約束は破らない。

 

「もう、嘘はつかない。」

 

夏目はその言葉にふっと笑う。

 

「…当然です。嘘をつくような式神にはお仕置きなんですから。」

 

子供の頃には見たことがないような表情をした夏目に俺はドキッと心臓が跳ねた。

 

「わかりました。では、春虎君。あなたを私の式神に任じます。」

 

夏目は懐から小刀を取り出した。

鞘を払い、刃を抜いた。

その刃を唇に寄せて、そっと横に刃を滑らした。

 

「な、夏目!?」

「…目を閉じてください。」

 

俺は言われた通りそっと目を閉じた。

夏目が近くにくる気配がする。

顔の近くで、何か声が聞こえる。

呪文だ。

夏目の声が俺の側で聞こえてくる。

 

「–––祖霊安倍晴明の名において。汝、土御門春虎、我、土御門夏目の式神とす–––」

 

俺の両頬に夏目の指が添えられた。

そして、夏目が迫ってくる気配がした。

反射的に目を開けてしまう。

左目のすぐ前に夏目の顔は迫っていた。夏目は唇の切り傷を舐め、舌に血をつけ、俺の左目の下に舌先をつけた。そして、柔らかい感触とともに温かい感触がきた。

夏目は舌先を器用に動かし、紋様を描き始めた。

そして、書き終わった時、夏目は目を開けた。その視線が俺と合った。

夏目は顔を真っ赤にして、春虎から直ぐに離れた。

 

「…終わりました。」

「…ど、どうも。」

 

まさか、こんな儀式があろうとは。土御門家って変態じゃないのかと内心思った。夜光もよくこんな儀式を考えたなおい。

しかし、目が合ってしまったことで、夏目の顔がまともに見られない。

 

「…春虎君。」

「はい!」

「これであなたは、私のものです。」

「…そうか。ここまで来るのに長かったな。」

「はい、長かったです。それで『視』えてますか?」

 

俺はやっと、感じ取ることが出来た。

初めての感覚。

見ることはできない。でも感じ取ることができるのだ。わかるのだ。霊気がそこにあると。

 

「…これが陰陽師の世界…」

 

春虎は目の前に広がる世界に魅了されていた。

 

 

 

 

 

雨はもう止み、月が見えていた。

台風は思ったよりもはやく抜けたらしい。

 

「泰山府君祭は危険な儀式です。早く止めないとどうなるかわかりません。」

「泰山府君祭ってのは死んだ奴を生き返らせる儀式だよな。」

「はい、しかしそれは真摯な祈りがあったからこそ効果があったとされているのです。だから今の現代ではそれは成立しません!」

「じゃあどうなるんだ?」

「えっと、その、えーっ、とにかく!なんか凄いことになるんです!!」

「なんだそりゃ!?」

 

『雪風』の背中に乗りながら夏目と話す。

俺は夏目に聞いておきたいことがあった。

 

「夏目、お前は夜光の生まれ変わりなのか?」

「なっ!?」

 

夏目は持っている手綱を強く握った。

 

「…春虎君。私が夜光の生まれ変わりかどうかは、私にもわかりません。」

「夜光の記憶みたいなのもないのか?」

「はい。…春虎君は私の噂をしっているのですね。」

「今日初めて知ったんだ。」

「その噂も私が生まれる前からあったんです。だから、私の才能の有無に関係なく、私は夜光の転生として扱われていたんです。」

「…そうか、辛かったな。」

 

夏目の頭を撫でる。

夏目はくすぐったそうに目を細める。

 

「でも、これからは大丈夫です。」

「なんで?これからもっと酷くなるかもしれないだろう?」

「だって、春虎君がずっと側にいてくれるんですよね?」

「…ああ。そうだな。」

 

もう一度、夏目の頭を撫でる。

 

「そ、それでですね。は、春虎君。昨日の夜の、あ、あれなんですけど…あれは本当のことで、それで、その、春虎君の返事というものを…」

「夏目!見えた!あそこに大蓮寺鈴鹿がいる!」

「ふ、ふぇ!?う、ううぅ…何処ですか!その空気の読めない嫌な女は!?」

「お、おおう。」

 

俺の指差した方向にあの女はいた。

 

「鈴鹿ぁ!!」

「ちっ、邪魔なんだよ!」

 

下から鋼鉄の杭が飛んできた。

雪風はそれを華麗に避けて回避する。

 

「あれは『装甲鬼兵』!あんなものまで持ち出していたのですか!?」

「雪風、距離を取ってくれ!」

 

俺の言葉を聞くと、雪風は急いで距離を取った。

 

「夏目!これだと祭壇へは行けない!」

「わ、わかってます!」

「逃すな土蜘蛛!」

 

どんどん放ってくる鋼鉄の杭を雪風はひらりひらり躱すが、段々森から離されていってしまう。

おおよそ、鈴鹿が土蜘蛛に森へ近づけさせないようにとしているのだろう。攻めてくるならまだしも、守りに徹している土蜘蛛を倒すのは容易ではない。

祭壇で準備をしている鈴鹿を見れば、祭壇の中央に細長い大きな包みがあった。

まさか!あれが!

 

「鈴鹿!こんなことをしてもお前のお兄ちゃんは幸せになんかなれない!いい加減にしろ!」

「うるさい!誰がなんと言おうと、あたしはお兄ちゃんを生き返らせてみせる!」

 

下の方から阿修羅が飛んできた。

雪風は下から飛んでくる阿修羅を回避するが、阿修羅は高く舞い上がり、その高度を維持したまま、頭上から攻撃を仕掛けてきた。

夏目は思わず雪風を下降させてしまった。

 

「馬鹿!止せ夏目!挟み撃ちにする気だ!」

 

夏目は慌てて手綱を引くが、それが雪風の行動を妨げてしまった。

当たる!!

俺はそう思った瞬間、腰にある剣に手をかけた。

下からくる土蜘蛛の脚目掛けて力任せに剣を叩き込んだ。

身体中の霊気が剣に吸い取られ、霊気で収斂された剣は土蜘蛛の脚を火花を出しながら弾き返した。

 

「すっげぇなこの剣!!」

「『護身剣』です!中でもそれは、特別に鍛えられた年代物の霊剣です!」

「マジで?でも、今ので刃が欠け––––」

「うそっ!?」

「で、でも!ちょっとだけ!ちょびっとだけだから!」

「ふえぇぇ…ひ、非常事態です!この際、お、折っても構いません!」

 

夏目は少し涙目になりながら怒鳴っていた。

これ、何円だろ?

しかし、相手の攻撃はまだまだ続く。何度も護身剣に刃こぼれを作りながら相手の攻撃を防いでいく。

夏目、頼むから刃こぼれ作るたびに悲鳴を上げないでくれ。

 

「夏目!俺だけじゃ埒があかない!」

「そんなことはわかってます!」

「お前も応戦してくれよ!」

「今話しかけないでください!」

 

…こいつ、意外と修羅場に弱いぞ。

 

そこにトーンという空気を割る音が祭壇の方から聞こえてきた。

音そのものに呪力が込められ、春虎は鳥肌を立てた。

 

「いけない!祭祀を始めるつもりです!」

「待て夏目!上だ!」

 

雪風は咄嗟に回避するが、俺は空中に投げ出されていた。

 

「北斗!お願いっ!」

 

そして夏目の横に光が生まれ、生じた光はスルリと伸びて、宙を泳ぐように翻った。

黄金の体。竜だ。

 

「なんだそりゃあ!」

 

春虎は護身剣を放り出して、竜の胴体に抱きついた。

春虎の腕の下で強靭な生物が躍動している。

し、式神!?

 

「その子は私の切り札です!代々の当主に仕えてきた、由緒正しき使役式。土御門の守護獣で、今や数少ない本物の竜です!」

「ほ、本物って…」

 

こいつ、人造式じゃなくて霊的存在なんだろ!?そいつを式神にしちまうなんて…やべぇな!

 

「なんでこいつを最初から出さなかったんだ!?」

「まだ御し切れてないんです!式神にはなってくれましたが、ちゃんと言うことを聞いてくれないから!」

 

夏目はそのまま北斗を睨む。

北斗はというと、興味とワクワクで尻尾が左右に振られていた。

 

「…確かに、迫力の割には緊張感がないな。」

「北斗!命令です!敵の式神を倒しなさい。」

 

北斗はうーん、どうしよっかな?敵ってどいつ?と首を捻っているようだ。

そしてその敵はまた俺たちに攻撃してきた。

雪風はまた回避するが、北斗はその攻撃に驚いたようにすごい勢いで回避した。その凄い勢いに春虎の身体は引っ張られる。遂には落っこちてしまった。

 

「どわあぁ!?」

「コラ!北斗!」

 

北斗はというと夏目の怒る声が聞こえてないようで、阿修羅と一騎打ちしていた。

落ちている俺は下にいた雪風と夏目に抱きとめられた。

俺を必死に抱き止める夏目。夏目は手綱を放しているので一緒に落ちそうになる。

 

「春虎君!春虎君〜!」

「夏目、わかったから。腕を放せって、俺にしがみついてどうするんだよ!」

 

そこへ土蜘蛛の脚が来た。

護身剣は今は持っていない。

なら!

俺は呪符ケースへ手を伸ばし蓋のスナップを指先で弾き、流れるように護符を取り出した。

昔、ごっこで終わっていた呪符の早打ち。身体はまだ覚えていた。

 

喼急如律令(オーダー)!」

 

光の障壁を作った。

脚はその障壁を貫いたが、雪風に時間を作ってくれた。地面スレスレまで降下し、雪風は地面を颯爽と走る。

俺は夏目を背後から抱きすくめるように、両腕を前に伸ばした。

 

「夏目っ。手綱は俺が持つ。お前は敵を攻撃してくれ!」

「は、はい!」

「雪風、頼むぜ!」

 

雪風は見違えるような動きを見せて土蜘蛛の攻撃を回避していく。夏目は口を開けて雪風の動きに驚いている。

 

「は、春虎君!何かしたんですか!」

「なんにもしてないんだよ。」

 

一番頼れるのはこの雪風だ。任せるところは任せてしまおう。

 

「春虎君、弓を。」

「ん?ああ、矢は?」

「大丈夫です。矢は要りません。敵に向かって鳴らすだけで良いんです。でも、牽制にしかならないでしょう。」

「なら、正面突破だな。雪風は祭壇まで駆け抜けるんだ!」

「りょ、了解です。でも、春虎君?春虎君は私の式神なんですから…指示というのは私が…」

「はいはい!じゃあ行くぞ!」

 

夏目は弓を構えて、土蜘蛛に狙いをすませる。

しかし、土蜘蛛もそれに気がついたのか糸を吐いてきた。

 

喼急如律令(オーダー)!」

 

俺は再び障壁を作って糸を弾き返した。

 

「鳴らせ!」

「はい!」

 

夏目の呪力が土蜘蛛へと放たれる。

土蜘蛛が大きくラグったのがわかる。

 

「雪風!」

 

俺の声とともに雪風は土蜘蛛の脚をすり抜け、土蜘蛛を抜いていった。

しかし、土蜘蛛もすぐに方向を変えて俺たちの方へ追いかけてきた。

そこへ、金色の光が滑り込んだ。

阿修羅を噛み砕き、土蜘蛛に強烈な霊気を浴びせる。土蜘蛛も流石に動きを止めた。

 

「すげえ!やるじゃん北斗!」

「当たり前です。そこいらの式神とは格が違うんですから!」

 

そして、祭壇への階段を駆け上がっていく。頂上へたどり着き、鈴鹿が見えた。

思わず身を乗り出す。

 

「…舐めすぎ。」

 

直後、兄を覆っていた呪符が一斉に剥がれ、俺たちに襲いかかる。

呪符に飲み込まれた俺たちは雪風の背中から下へと落ちた。

 

「くそっ!」

「駄目です!抜け出せません!」

 

春虎たちを縛っている呪符に目を移す。

それは全て、血で書かれていることに気がついた。

祭壇の上には一人の少年の遺体が横たわっていた。

 

「陰陽師、大蓮寺鈴鹿。謹んで泰山府君、冥道よ諸神に申し上げ奉る–––」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜光ってやっぱり天才だよね

 

呪力は祭壇を包み込み、ついには、御山の頂上から溢れ出した。

読み上げられる祭文に呼応するように、周囲が劇的に変化していく。空気は冷たくなり、地面は地震のように揺れ始める。

まるで世界が今、呼び出されているものを恐れているようだ。

そして、春虎もそれを感じていた。

人間の生死を司る神–––泰山府君。

目に見えたわけでもなく、耳に聞こえたわけでもなく、春虎はその存在を間違いなく感じ取っていた。

 

「こ、これは!?」

「…わかりません!でも、こんなの神様なんかじゃ…」

 

祭壇は空から降り注ぐ霊気に満ちている。

和紙が鈴鹿の前で広がり、そして青い炎を出して燃えた。

そして、

 

「…ああっ!お兄ちゃん!!」

 

祭壇に横たわっていた少年がゆっくりと身じろぎしていた。

春虎は息を飲み、夏目は目を見張る。

鈴鹿の兄はそっと瞼を持ち上げた。

 

「お兄ちゃん!」

「…鈴鹿。」

 

ゆっくり少年は体を起こした。

 

「おにぃちゃん!!」

 

鈴鹿は兄を抱きしめて大粒の涙を流しながら泣き出した。

春虎はガクガクと震えていた。夏目も信じられないという表情で二人を見ていた。

見方によっては兄と妹の感動の再会であるが、それは言いようのない恐怖に満ち溢れていた。

絶対に踏み込んではならない領域。何かが春虎に警鐘を鳴らしている。それなのに、春虎は今の光景から目を離せられないでいた。

 

これが…失われた魂の呪術。

天才、土御門夜光の…咒。

 

「お、お兄ちゃん?」

 

鈴鹿の抱きしめていた腕は兄によって外された。

兄は鈴鹿に顔を向け

 

「鈴鹿。」

「な、なに?」

「足リナイ。」

 

鈴鹿の首を両手で握りしめた。

 

「足リナイ…」

 

どんどんと鈴鹿の首筋に食い込んでいく。

鈴鹿は息を漏らしながら、兄を涙を流しながら見つめる。

 

「待って…あげるから…あたしの命、あげるから…だからもう少しだけ…」

 

涙を流しながら、兄の腕に手を添える。

しかし、兄の力はどんどんと強くなっていく。添えられている手もだんだんと震えてきた。

鈴鹿は涙を流した。

 

「待って…お願い…」

「っくそがあぁぁぁぁ!」

 

自分に怒鳴り、鼓舞する。

立ち上がれと、体を動かせと、身体に訴える。

暴れまわり、髪を振り乱し、がむしゃらに身体を動かした。

先程までビクともしなかった呪符がメリメリと剥がれ始めた。

 

「っおっらあぁぁぁ!」

 

身体を持ち上げた。

呪符と一緒に皮膚が裂ける。あちこちから血が流れ始めた。

 

「息を止めてください!」

 

夏目の声に即座に息を止めた。

 

「邪符を焼き払えっ!喼急如律令(オーダー)!」

 

ついに自由になった春虎は急いで鈴鹿の方へと走り出し、兄へと体当たりをする。しかし、それは兄から出る霊気によって阻まれていた。

春虎は近づいてやっと見えた。

兄に流れている霊気。それは全て、空から注がれていた。兄を動かしてるのはこれだ。

断つしかない。

でも、どうやって…

そんなのっ!

 

「知るかボケェ!!」

 

背負い続けていた笈をその霊脈目掛けて叩きつけた。

箱の中身は土御門秘蔵の呪具。

泰山府君祭は代々土御門が取り仕切ってきたのならこの霊脈を断ってくれ。妨害してくれてもいい!

だから!

 

「頼むっ!」

 

新しく土御門として名を連ねた未熟な式神のために。

そして、笈が当たった瞬間、巨大な光が春虎を包み込んだ。巨大な霊気。神々しい、霊気の波紋。

春虎の左目の下にある五芒星が熱く熱く、そして輝いていた。

 

パリンと何かが割れる音がした。

 

身体に、脳に、細胞に、全てに電流が走るような感じがした。

そして、全てを理解した。

夏目は俺の側に来た。

 

「バン、ウ––」

「バン、ウン、タラク、キリク、アク!五行連環!喼急如律令(オーダー)!」

「は、春虎君!?」

 

夏目が俺の方を見て驚きの声を上げた。

頭上に五枚の呪符を投じる。呪符は光で繋がり、空中に綺麗な五芒星を描き出して、障壁を作り出した。

俺は即座に夏目を押し倒した。

 

「は、春虎君!?」

「見るな!魂を持ってかれるぞ!」

 

力の波動が遠ざかっていく。

俺と夏目は互いに抱き合ったままずっと耐えていた。

永遠とも思える一瞬を俺たちは二人で。

神よ、御無礼をお赦しください。

 

 

 

霊気が消えているのを確認すると、俺は身体を起こそうとするが、身体に重みを感じた。

夏目がまだ俺にしがみついている。俺はその夏目の頰をゆっくりと撫でた。

夏目はんんっと息を漏らしてからゆっくりと目を開けた。俺と目があうと、夏目は顔を赤くして、飛び起きようとしたが

 

「痛っ!」

「痛い!」

 

おでこがぶつかって二人して悶えていた。

目の端に涙を浮かべながら、夏目はゆっくりと起き上がった。

 

「…終わったんですか?」

「…ああ、終わった。」

 

夏目の疑問に春虎は答えた。

その端で鈴鹿は身を起こした。

夏目はギクリと身構えるが、春虎は優しい目で鈴鹿を見ていた。

 

「…どうして…」

 

鈴鹿は泣き始めた。

春虎はそっと鈴鹿から視線を外した。

もう、戦う意思はない。

空には、綺麗な月と金色に輝く竜が空に浮かんでいた。

 

 

 

春虎は携帯に電源を入れ、冬児に連絡した。

まあ、本気で怒ってるみたいだから、本当に怖い。

 

『春虎。』

「ん?なんだ?」

『ちゃんと護れたのか?』

「…ああ、護れたさ。」

『ふん、ならいい。俺も呪捜官と一緒にそっちへ向かうから待ってろ。』

「了解。」

 

プツッと電話を切る。

ふぅと息を吐き出すと、俺の横にいた夏目が疑問を顔に浮かべながら俺を見ていた。

 

「なんだ?」

「…あの時の『五行連環』はなんです?」

「…あれか?あれは親父の部屋に入った時にたまたま見つけた本にこの呪文?呪術?が書いてあったんだよ。」

「…本当ですか?」

「ああ、本当だ。信じてくれ夏目(・・・・・・・)。」

「…わかりました。信じます。春虎君の言うことは信じてあげましょう。だって私の式神ですからね!」

 

夏目は笑顔でそう言った。

俺はそんな夏目をこちらへ寄せ抱きしめた。

 

「は、春虎君!?いきなりそんな…」

「ごめん、ごめんな夏目。」

「ど、どうしたんですか!?」

 

今は謝ることしかできない。

そんな俺を許してくれ。そんな式神を許してくれ。

夏目、お前に信じさせて(・・・・・)しまった俺を許してくれ。

俺は強く、夏目を抱きしめた。

 

 

 

 

夏目は俺を置いて御山を降りて行った。なんでもしきたりらしい。

そして俺は鈴鹿の近くに立っていた。

 

「なによ…」

「起きてたのか。」

「寝てねーよ。」

 

鈴鹿は膝を抱えた姿勢のまま答えた。

俺は鈴鹿の頭に手を乗せた。

 

「兄貴の葬儀、ちゃんとやってやれよ。」

「…うん。」

 

また鈴鹿は泣き始めた。

春虎はなにも言わず、ただ鈴鹿の頭をずっと撫でていた。

 

 

 

呪捜官達と冬児が一緒にやって来てから、また慌ただしくなった。鈴鹿は拘束され、俺も一緒に呪捜官に連行された。

冬児は俺が連行されるのに何か言っていたが、俺が仕方がないと言うと黙って俺を見送っていた。

そして、朝になってやっと俺の両親が俺を迎えに来た。拘束されていた俺を引き取りに来たらしい。そして、親父はなにも言わず俺を殴った。凄く痛かったが、俺の左目の五芒星を見ると母は突然泣き出し、親父も絶句していた。

この二人はこの五芒星の意味を分かっているらしい。

 

俺は家に帰ってから、両親と向かい合って話をしていた。

親父は胡座をかいて座り、母は正座をして座っていた。俺もその二人の前で正座をして座っていた。

 

「…記憶が戻った。」

「…そうか。」

 

親父は目を瞑り、息を一つ吐いた。

 

「春虎。お前に渡したい物がある。」

「渡したい物?」

 

それは突然の再会だった。

 

 

 

 

そして、時間が経ち。

俺はガヤガヤとした都会の中心街にいた。

人の多さに目が回る、というか回っている。

俺の後ろの忠犬ハチ公もさぞ目を回しているだろう。

 

「にしても、遅いな夏目のやつ。」

 

あの後、電話やメールで何度も連絡を取り

 

「いいですか?春虎君は私の式神なんです。式神は常に主人の側にいるものなんです!わかりましたか春虎君!」

「…あいあい。」

「なんですかその返事は!」

 

ということがあったのだ。

まあ、夏目らしい照れ隠しってやつだろう。スマホを見る。スマホにはいつ撮ったのか。夏目の巫女服の姿が映っていた。

似合うな。

それを眺めながら待っていると。

 

「春虎!」

 

と高い声で名前を呼ばれた。

そして、歩み寄ってくる人物は、優れた容姿もさることながら、着ている服が烏羽色をしたそれは陰陽塾の制服だった。

 

「ひ、久しぶり!といっても二週間くらいだけど…まあぼくもちょっとね、ああ、そのね。でも、もう大丈夫。覚悟は決まったからね。」

 

春虎の前に立っていたのは、頰を紅潮させた土御門夏目だった。

春虎の幼馴染。

その幼馴染が着ている制服は男子の制服だった。口調も男性のようだった。髪の毛も祭りの日に取ったピンク色のリボンで纏めていた。

 

「なにやってんの?」

「なにとはなんだよ。春虎を迎えに来てやったんだろ?」

「…なにその喋り方。」

「その喋り方って…まさか!?ご両親から聞いてないんですか!?」

「うい。」

 

頷くと夏目は信じられないといった表情をして俺を見た。

 

「『土御門家の跡取りたる者、他家に対しては、男子として振る舞うべし』。本家に伝わる『しきたり』です!」

「はあ?そんなの作ったというか、あった記憶も…」

「なんですか?」

「っ!?な、なんでもない!!」

「小父様と小母様にお願いしたのに!」

「…多分、忘れてたと思う。」

 

この数日間はバタバタしてたし、俺のこともあって凄く忙しそうだった。というかそんなしきたりあったかな?俺が生きている時代にはなかったしきたりだな。

まあ夏目にとったらここでは俺が態度を合わせる筈だったのに全然そんなことなかったからびっくりしただろうな。

夏目もなんかどうしたらいいかわかってないようだし。まあ、そんな事より

 

「夏目はなんでも似合うな。可愛いぞ。」

「か、可愛い!?」

 

写真を撮っておく。

写真を撮ると、夏目が気づいたようで俺のスマホを取ろうとしてくる。

 

「な、なんで撮ってるんですか!?消してください!!」

「やだよ。なんでだよ?こんな可愛いのに。」

「可愛い可愛い言わないでください!春虎君は私の式神なんですから主人の言うことは聞くものですよ!」

 

夏目も素に戻って、春虎のスマホに手を伸ばす。

春虎もスマホを上に持って行き、取らせないようにする。

 

「なに朝っぱらからいちゃついてるんだバカ虎。」

「ん?おお。冬児、お前も遅かったな。」

「…えっ?」

 

夏目は冬児を見て、頭の上にハテナマークを浮かべている。

 

「どうして冬児君が?」

「あれ?言ってなかったっけ、冬児も一緒に陰陽塾に入るんだよ。」

「えっええ!?」

「久しぶり、土御門夏目さん。面倒だから夏目でいいか?俺も冬児って呼んでくれ。冬児君なんて言われるような奴じゃないんでな。」

「で、でも冬児く…冬児は素人じゃ。」

「俺はもともと、見鬼なんだ。」

 

夏目がまたも絶句した。

 

「霊災に巻き込まれてな、その影響で。いまも陰陽医に通ってるんだが、良い機会だから、テメェの面倒はテメェで見られるようにってな。それで陰陽師を目指すことにした。」

「そ、そうなんだ。」

「夏目、男のふり。」

「はっ!…ごほん、春虎に冬児は陰陽塾じゃぼくより後輩なんだからな!敬えよ!」

「へーい。」

「うーっす。」

「なんだその返事は!ったく、もう行くぞ!」

 

夏目は東京の街を歩いていく。

俺は急いでそれを追いかける。

 

こうして土御門春虎の新しい陰陽師としての歴史がまた始まった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

都会に行くと自然に上を見ちゃうよね

遂に2巻突入!
がんばりますよぉ!


 

 

「デケェな。」

「ああ、デカイ。」

 

春虎と冬児は国内有数の陰陽師育成機関、陰陽塾の前にいた。

その陰陽塾は春虎の思っていた古臭い建物とは違い、都会に合った無駄のないデザインビルだった。窓とかピカピカ。

 

「歴史のある塾の筈なんだけど。」

「陰陽塾自体は、半世紀近い歴史があるが、こいつは去年完成したばかりの新塾舎だ。」

「中の設備まで最新式か?今の陰陽師って実は儲かるのか?」

「さあ。」

 

春虎はやや引き気味に、冬児は気のない様子で返事をした。

二人は共に陰陽塾の制服を着ている。

今日から二人ともこの塾の塾生となるのだ。

 

「…まさか俺がここに入るなんてな。」

「いい加減腹くくれ。」

 

春虎の言った意味は違う。

まさか自分が作った塾に自分が塾生として入るとは思ってもみなかった。なぜか変な気分になる。

 

あの日、土御門夜光としての記憶が蘇った日から二週間。両親には記憶が戻ったことは伝えたが、冬児や夏目にはこの事は話していない。

どうしてかと言われれば、答えにくいが、これを言うことによって色々なことがこう、ぐちゃぐちゃになるからだ。

だからもう少し、落ち着いてから話すことにした。

 

「凄く遠くから来たもんだな。」

「まだ来ただけだけどな。」

 

春虎は実は冬児の霊災の後遺症を治したいと思っていた。

けど、冬児が陰陽塾に入り、自分でどうにかすると言ってからはその考えを改め、力になることだけにした。

 

「やっとスタートラインに立ったわけだが、春虎。」

「ん、なんだ?」

「やけに静かだな。もう少し怖気付くと思ってたのに、ちゃんと冷静なんだな。」

「まあ、なんだ。一周回ってってやつだよ。もう、周りの目が怖い。この塾の時だけ土御門って名前を捨てたい。」

「それは無理な話だな。入ってすぐ自己紹介だろうよ。」

「最悪だな。」

 

二人でそう言いながら、春虎と冬児は塾舎の入り口へと向かった。

学校っていうより、オフィスだなこりゃ。

塾舎内に入ると霊気が安定した。

こりゃあまた手の込んだ呪術だな。塾舎全部に施してるんだろう。

そして、目の前に置かれている式神。

冬児がもの珍しそうに狛犬を見ていた。

 

「こりゃあ、陰陽塾らしいな。動くかもしれないぜ。」

「うむ。その通りだ。」

 

冬児はぎょっとした様子で目を丸くした。

春虎はわかっていたので、それほど驚かない。

つーかそれ、俺が作ったやつじゃん。

 

「我ら、塾長自ら呪力を吹き込まれし高等人造式、アルファとオメガである。主の命により、陰陽塾開塾以来、その番を司っておる。」

 

それ俺の命な。

と心の中で相づちを打ちながら話を聞いている。

 

「汝らのことはすでに聞き及んでおるが、我らの任を全うせねばならぬ。まずは己が名を、名乗るがよい。」

「はいはい、俺は土御門春虎。」

「阿刀冬児だ。」

 

アルファとオメガは一瞬石像に戻り、動きを止めた。

それも一瞬のことで再び口を開く。

 

「よろしい。お主ら二人の声紋と霊気を確認し、登録した。」

「我らは汝らを歓迎する。良い陰陽師となるために精進するがよい。」

 

その後にアルファはこう口を開いた。

 

「汝の式神も共に登録した。次からは、そちらから申告せよ。」

「ん?ああ、すまない。次からはそうするよ。」

「春虎、お前式神なんか持ってたのか?」

「ああ、親父から。」

「親父さんからなら凄い式神なんだろうな。」

「そうだな。すごい(・・・)式神だ。」

 

そのまま塾舎へ入ろうとするとオメガが俺たちを呼び止めた。

 

「待て、我らが主が、汝らをお呼びだ。直ちに塾長室へ向かうがよい。」

 

 

 

 

塾長室があるのは最上階。

エレベーターで上へ登り、エレベーターを降りると壁の横に色々な呪物や呪具が飾られていた。

その一つ一つを観察しては、ここに置いておいて大丈夫かと思っていたが、よく見ればしっかりと取れないように『封』をされてあった。ならここに飾るなよ。

廊下を渡れば塵ひとつなく、完璧な廊下だった。

 

「…向こうの俺の部屋も式神に掃除してもらおうかな。」

「やめとけ、お前の趣味がバレるだけだ。」

「そ、そこは触らせねぇし!」

 

俺のベッドの下は誰にも触らせねぇ!

 

「もう掃除や洗濯の上手い家事専用の式神なんてのもいるかな?」

「用途を限らない汎用式なら市販されてるな。もっとも甲種呪術は資格がいるからな。プロ専用だ。家事専門の家事式なんて作ったって、売れないんじゃないか?」

「…そうか、今はまだなのか。」

「まあいつかは生まれるだろう。」

「そうだな。」

 

話している内に塾長室の前に辿り着いた。

素っ気ないドアには塾長室と書かれているプレートが付けられていた。

ドアをノックするが返事はない。

もう一度しようとするが、

 

「どうぞ。」

 

その返事が足元からした。

春虎と冬児は驚いてドアから離れた。

足元には一匹の三毛猫が座っていた。

 

「開いていますよ。お入りなさい。」

「…これって今の塾長の趣味か?」

「しるか。」

 

そう答える冬児をみて、春虎はドアノブを掴んだ。

 

「失礼します。」

 

入ってすぐに春虎は妙に懐かしいような感じがした。

部屋の中の雰囲気が、外の廊下とは違い、まるで大正時代のカフェのような落ち着いたレトロな雰囲気だったからだ。

 

その部屋の奥に椅子に腰掛ける品のよい老婆が座っていた。その老婆は本を閉じて眼鏡を外し、春虎たちを見た。

 

「ようこそ。お待ちしておりましたよ。」

 

春虎はこの老婆を何処かで見たことがあるように思えた。

 

「土御門春虎さん。それに、阿刀冬児さん。初めまして、塾長の倉橋美代です。」

 

そこで春虎は気がついた。

いつも自分の横で座っていた小さな少女のことを。いつも将棋をして負けていた。あの少女のことを。

倉橋、美代。こんなにも老いてしまったのか。あの時のあんな小さな少女が。

 

「なるほど。あなた達が夏目さんの飛車丸と角行鬼なのですね。」

 

物思いに耽る間に塾長がそう言ってきた。

 

「夏目さんから聞いていますよ。あの子は律儀ですから、あなたの入塾が決まった時に、土御門の式神になっていることを、報告してくれましたよ。それに、私はこの夏の事件についても知っています。大蓮寺鈴鹿さんとのことを。こちらは陰陽庁にいる知り合いからですけど。」

「ということは、今回入塾出来たのは、確実な口止めが出来ることが一番の要因ってことですか?」

 

冬児が挑発的な口ぶりで尋ねた。

 

「そういう一面があることも、否定はしませんよ。」

 

塾長は悪びれることもなく認めた。

 

「だからといって、あなた達に素質がないというわけではありません。たとえば春虎さん。あなたは霊力のコントロールが素晴らしい。あの平均を超える霊力をあそこまでコントロールしているのは凄いです。」

「あ、ありがとうございます。」

 

教え子に褒められるとは妙なことになったもんだ。

とはいえ、俺が生きている時に使っていた呪術は大半が今は使えないらしいので、どれを使っていいのかわからないから適当にやっていただけである。

筆記のテストは散々な結果だった。夜光としての記憶がある訳だが、今の時代の呪術の解釈と、俺が夜光として生きていた時代との解釈に完璧な差があった。

時代が進んだことを痛感させられた。

 

「あなた達の入塾を認めたのは、あなた達が立派な陰陽師になる素質があると判断したからです。これからどんな結果になるかは、あなた達次第です。」

「…そうですか。」

 

いい老婆になったもんだな。

随分明け透けに言う老婆に育ったが。

 

「あと、これは老婆心からのアドバイスです。」

「なんです?」

「お二人は夏目さんに対する噂はご存知ですね。」

 

ああ、夏目が夜光だっていう噂か?

なわけねぇだろ。

俺だ俺。

そんなことも言うわけにもいかず、塾長の話を聞いていた。

 

「あの噂のせいで夏目さんは特別な関心を持たれているわ。そしてそれは、あなた達へも向かうでしょう。何か困ったことがあれば相談に乗ります。私に言いにくいことであれば担任の先生、これから紹介する大友先生という方に相談してください。」

「大丈夫ですよ。」

「…どうしてですか?」

 

塾長が春虎のことを見る。

春虎は胸に手を当て

 

「俺が夏目を護りますから。」

 

そう言って春虎は笑った。

塾長はその笑顔を見て、少しだけ目を大きくした。

そしてふっと笑った。

 

「そうですか。なら大丈夫ですね。」

「はい。」

「ところであなた達は土御門夜光に対してどのような印象を持っていますか?」

 

本人も前でそれを聞きますか。

俺と言われても、あまり頭に浮かばない。

 

「天才でしょ。やっぱり。」

 

横で冬児が言った。

そ、そんなこと言われても、て、照れるだろおい。

 

「–––将棋が好きだったんですよ。」

 

塾長は唐突にいった。

俺は思わず塾長の方を見た。

 

「でも、弱くてねぇ。ヘボ将棋っていうのかしら。弱いのにしようしようって、負けたら拗ねるもんですから。みんな迷惑してましたよ。」

「そ、そうですか。」

 

そ、そんなに言わなくても、いいじゃないか塾長。へ、ヘコむぞ!拗ねるぞ!

 

「…でもね、私は感謝しているんですよ。」

「どうしてです?」

「だってあの人が無理矢理教えてくれなければ、たぶん生涯将棋なんてわからなかったでしょうから。」

 

笑いながら塾長は言った。

 

「…そうですか。それはよかった。」

「ええ、よかったです。」

 

塾長は遠くを見ながらまた話し始めた。

 

「夜光はあなたたちと同じ普通の人間なんですよ。笑もするし、泣きもする普通の人。」

「普通の…」

「でも、夜光を英雄視して、神格化している人達もいるんですよ。いわゆる、夜光信者たちです。」

 

そんな名前初めて聞いた。

たぶん俺のファンってところかな。

 

「夜光を盲目的に祭り上げ、夏目さんにまで接触を試みようとした人までいるんです。」

「夏目に!?」

「春虎さんは先ほど夏目さんを護ると言いましたね。あなたはそういう人達からも夏目さんを護らなければならないんです。色々大変だと思いますけど、頑張ってくださいね。」

 

塾長の話が終わったのと同時にドアのノック音がした。

部屋へ入ってきたのは妙に枯れた雰囲気のある野暮ったい眼鏡をかけて、着古したワイシャツとネクタイに、安物のジャケットをよれよれのスラックス姿だ。

右足からは木製の義足が伸びていた。

隻脚とは陰陽師としては良いことの一つだな。

 

「かっちょええやろ。塾講師とはいえ、僕も陰陽塾の端くれやさかいな。」

 

うん、この陰陽師。信用出来へんな。うさんくさい。

体から出ている霊気は本物だからな。実力は確かだろうけど、うさんくさい。

 

「大友陣先生です。あなた達のクラスの担任をしてくださいます。こう見えてとても優秀なのですよ。」

「こう見えてって、それはないでしょ塾長。まあ、ええです。そういうわけやから、二人ともよろしゅうな。仲良くやっていこうやないか!」

 

胡散臭さが増した。

どうにも信用出来ないんだよな…

 

「とにかく行くで。失礼します。」

 

 

 

 

「おっかなかったやろ〜、あのバア様、あんな形してこの業界の裏の元締めやさかいな。気いつけえよ。」

「そうですか。」

 

あいつがそんな所にまでいるのか。

歳は食えば食うほど、上にいけるもんだねぇ。

 

「ほら着いたで。ここや。」

 

一つのドアの前で立ち止まった。

同年代の陰陽師がここに集まっているのである。まあ俺にとっては雛鳥のようなものなのだが。

大友先生がドアを開けた瞬間、生徒達の騒めきがドアから溢れてきた。

 

「転入生をつれてきたで〜。ほら、入って入って。」

 

言われるがまま教室に入る俺たち二人。

視線が俺たちを包み込んだ。

ていうか、視線が痛い。やめて、そんな見ないで。

 

「土御門春虎クンと、阿刀冬児クンや。ほな、自己紹介頼むわ。」

「…土御門春虎です。」

「阿刀冬児です。」

「…そんだけかいない。もっとなんかあるやろ。ほらアピールせな。」

 

そう言われてもな。

別に何も言うことはないし、そう思いながら周りを見ると、目の端に心配そうに俺たちのことを見つめる奴がいた。

…夏目。

ここには俺の幼馴染がいる。俺の護るべき存在が。

春虎は待たせたなと言わんばかりの笑顔を夏目に見せた。

夏目はそれを見るとボッと顔を赤くして、顔を下げた。

というかあれでよく女って分からないもんだな。周りのみんな目が腐ってるんじゃないか?あんな可愛いのに。

 

「とにかく、色々教えてやってや。仲良うするんやで〜。」

 

大友先生はニコニコしながら話を終えた。

これでやっと席につけると思っていたが、突然真っ直ぐに挙手された白い腕があった。






ぐふふふ…式神ってなんなんでしょうね。ぐふふふ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転校の挨拶って何を言っていいのかわからないよね

春虎は手が挙がった場所を見た。そこは教室の中ほどの場所で春虎の視線も夏目からそこへと吸い寄せられていた。

–––可愛い。

静かに手を挙げているのは、白い制服に身を包んだ女子生徒だった。

緩やかにウェーブする栗色の髪。決して派手ではないが、いかにもキュートな感じがした。

夏目とはまた違った可愛さで、こちらは完全に可愛い女の子という感じがした。

 

「大友先生。質問があります。」

「なんや、京子クン?なんでも聞いたってや。スリーサイズは…野郎のはどうでもええか。カノジョとかおるんですかとか。」

 

この女の子は京子というらしい。

 

「この時期に突然入学するなんて、おかしくありませんか?本来なら来期の募集まで待つべきでしょう。」

 

春虎は顔をしかめ、冬児はうっすらと冷笑を浮かべていた。

楽しそうだなおい。

 

「それがな、ちょっと難しい事情があってな。こんな半端な時期になってしもてん。」

「その事情ってなんですか?」

「事情は事情や。」

「言えないことなんですか?」

「実はその通りやねん。」

 

横にいる大友先生はニカッと笑ったが、京子はそれを見て顔を赤らめた。

 

「私たちは必死の思いで試験を突破して、陰陽塾に入ったんです!なのにその事情であっさりと入塾したっていうんですか?」

「こいつらも試験は合格してるで?」

「それも、こんな時期にわざわざ二人のために用意した試験でしょう!?公正ではありません!」

「うん、まあ、テストの内容はな…」

 

そう言って春虎を優しい目で見る。

やめろ、そんな目で俺を見るな!

現代の陰陽術はわかんねぇよ!

 

「まあ、運も実力のうちやし」

「ふざけないでください!」

 

京子は大友先生を睨むが、一度大きく息を吐き出して落ち着きを取り戻した。

それから一瞬、俺の方を見た。

しかし、それは本当に一瞬で気がつけばすでに大友先生を睨んでいた。

 

「…彼が土御門の人間だからですか?」

 

教室の空気が張り詰める。春虎も少し舌打ちをしたい気分になった。

 

「土御門は特別待遇なんですか?それって贔屓じゃないんですか?」

 

…まだまだ子どもだなと春虎は思った。

冬児の方を見れば、楽しそうに京子を見ていた。だから何が楽しいんだよ!

さて、この状況をどう切り抜けようか。つーか大友先生ももっと否定して下さいよ。ほら贔屓なんてないでしょ?

 

「–––言いがかりも甚だしい。」

 

夏目が立っていた。

周りの生徒や大友先生まで仰天した顔で夏目のことを見ていた。

夏目はそんなことは関係ないように話を続ける。

 

「倉橋京子。君は、何の根拠があって、土御門の名を出している?土御門が陰陽塾に特別な便宜を図るようなことは一度もしていない。ただの思いつきで言ったのなら、それはぼくや春虎に対する侮辱だ。取り消してもらおう。そして彼に謝れ。」

 

うわー、強烈だな。みんな黙っちゃったじゃん。

京子も顔色を無くしていた。

というか倉橋?

 

「か、彼は夏目君、あなたの式神だっていうじゃない。あなたが自分の式神を側に置くために、彼をわざわざ入塾させたんじゃないの?」

「さっきの話を聞いていたか?確かに春虎はぼくの式神だが、だからといって陰陽塾がわざわざ特別な便宜を図るわけないだろう。少しは考えたらどうだい?」

「だったら、今回の不自然な入塾は、どういう裏があるのよ!?」

「先生も言っていただろう?事情があるって。」

「それじゃあ納得できないのよ!」

「それは君個人の事情だろ。君が納得しようがしまいが、春虎たちの入塾はもう決まったことだ。君が知る権利は一切ない。」

「なっ!?」

「これ以上講義の邪魔をするのなら、君の方こそ教室を出て行くがいい。ここは陰陽術を学ぶ場所であって、君個人の感情を満足–––」

「夏目、もういいだろ?」

 

俺は夏目に向かって声をかけた。

クラスメートが一斉に春虎の方を見る。

 

「は、春虎?ぼくは春虎を思っ–––」

「夏目。」

「……」

 

夏目は黙って席に着いた。

たっく…だから友達が出来ないんだよまったく。

春虎は頭を掻いた。

 

「…大友先生。」

「ん?おお、すまんすまん、うっかりしとったわ。」

 

前途多難。

まさにこの言葉に尽きるだろう。

春虎は一つ大きなため息をついた。

 

 

 

 

「とにかく、彼女のことは気にしなくていいからね!春虎は堂々としてて!」

「…いや、無理だろ。」

 

午前の講義が終わって三人で話していた。

まったく、誰のせいでこんなことになったのか。

夏目の方を見ると

 

「?」

 

首を傾げた。

お前だよお前。

夏目があんなことしたせいで俺にちょっかいを出したら土御門の本家が出てくるみたいな話になっていた。

やめてくれよ。

まあ、それより…

 

「土御門君。あっ、夏目君の方だけど。」

 

一人の塾生が話しかけてきた。

眼鏡をかけた男子生徒だ。

 

「あの、呼んでるよ、例の担当の人。」

 

廊下には若いスーツ姿の男が立っていた。

春虎は妙な気配をその男から感じていた。

 

「いけない!忘れてた!ごめん春虎。ぼく行かなきゃ。」

「そうか。」

「じゃあ、お昼ご飯食べてて。午後の講義が始まるまで戻れないから。」

 

夏目はそのまま廊下へと出て行った。

 

「…冬児はあの男どう思う?」

「ん?気になるのか?」

「ああ。」

 

変な気がしたからな。という前に冬児は適当なことを言ってきた。

 

「案外、こっちで作った恋人かもよ。」

「はあ!?なんだよそりゃ!」

「ありえない話じゃないぜ?」

「そんなわけねーだろ。はあ、もういい。」

 

春虎はまたため息をついた。

 

「ともかく、夏目が消えたのはありがたい。春虎、隠密偵察といこうじゃないか。」

「なにを?」

 

冬児は一人で席を離れた。

 

「よっ、さっきはどーも。」

 

さっき夏目に話しかけていた男子生徒に話しかけていた。

彼は弁当組らしく、蓋を開けたところで止まっていた。

 

「俺の名前は覚えた?阿刀冬児っていうんだ。よろしく。」

「あ、はい。百枝です。百枝天馬。」

「天馬。覚えやすい名前だな。俺も冬児でいいぜ。」

「ど、どうも。」

 

どこからどう見ても、ヤンキーがパシリを見つけた時にしか見えない。

冬児、絶対『カモ』って思ってるだろ。

 

「これからメシだったか?邪魔か?」

「そんなことないよ。」

 

天馬は無害な笑顔で答えた。

うわぁ、尚更かわいそう。

 

「よかった、俺、来たばっかで何にもわからなくてさ。聞きたいことがあるんだけど。」

「そ、そうなんだ。僕でよかったら。」

「悪いな。あ、俺のことは気にせず食ってくれよ。」

 

お前、元武闘派ヤンキーだったんじゃねーのかよ。

春虎も冬児たちに近づいた。

机から顔を出す形で天馬の前に現れた。

 

「俺も、いい?」

「うわっ!?土御門君!?」

「そ、そんなに硬くなるよ。俺は人畜無害。俺のことも春虎でいいよ。」

 

まさか…冬児以上に怖がられるとは…夏目、後で説教だな。

 

「天馬、知ってる範囲でいいからクラスの事情的なのを教えてくれないか?–––今朝の女、倉橋なんだって?」

「ああ、そうだよ。彼女、倉橋の令嬢なんだ。令嬢って言ってもお高くとまったわけじゃないんだ。僕なんかとも普通に話してくれるし。」

 

やはり彼女は倉橋の人間か。

倉橋もちゃんと受け継がれているんだな。

 

「のわりには、今朝はなかなかだったな。」

「そうだね。夏目君が絡むとね。…彼女、夏目君をライバル視してるみたいなんだ。」

「倉橋なら呪術の手解きを受けているのは普通だろ。」

「春虎、今俺は無性に驚いている。」

「ん?何に?」

「お前が倉橋家を知っていたことにだ。」

「に、入塾する時にちょっと調べてな。」

 

春虎は冷や汗をかきながら、言葉を濁す。

 

「まあ、一回生は座学が中心だからね。たまにの実技じゃ、二人とも完璧だよ。護法式を持ってるのだって同期じゃあの二人だけなんじゃないかな?」

 

すると、春虎の後ろで少しだけ霊気の揺れを感じた。春虎はそれを感じ取ってコラと怒っておいた。

 

「にしても驚いたよ。」

「なにが?」

「夏目君があんなにみんなの前で熱弁を振るうところなんてすごく意外に思ったんだ。今朝倉橋さんがやたらむきになってたのも、そんな夏目君の反応に驚いたからだと思うよ。」

 

俺に言わせればあっちの夏目が本当の夏目だからな。そんなに違和感はなかった。

けど、男装をしているからか、こっちではクールな生徒を演じているらしい。まあ男装したからといって本当の夏目が隠れるといえばそれはありえない話だが。

 

「よっぽど大事なんだろうね。夏目君は、君のことが。」

「………」

 

また春虎の後ろで霊気が大きく揺れた。うまく隠れているが、冬児は怪訝な目で霊気のある場所を見ている。

しかし、すぐにそれも収まっていた。

…こいつも後で説教だな。

 

「…ま、これからも一緒に頑張ろうぜ。」

 

春虎は重々しく頷いた。

 

 

 

 

「屈辱だ…なんてざまだ。バカ虎!」

 

春虎の頭からはブスブスと煙が出ていた。

冬児もそれを見て何処か遠くを見ていた。

 

「バカだバカだと思っていたけど、まさかここまでバカだとは!よく陰陽塾に入れたね!」

「バカバカ言うな。知らないだけだ。」

 

本当に知らないのだ。現代の陰陽術は。なんだよ汎式って。前に冬児から説明してもらったけど、勝手に人の陰陽術を改良してんじゃねえよ。

記憶の戻った春虎であるが、その記憶は所詮戦争の真っ只中。汎式など作られていなかった時代である。

 

「『汎式』における式神の種類は?霊災の規模とフェーズの関係は?」

「うん、まあ、そうだね。」

「君は一体なにをしていたんだ。」

「高校に通ってました。」

 

ぐあーっと夏目は唸り声を上げた。

 

「これほどの恥辱を受けたのは、生まれて初めてだ。」

「よかったな。初めてが俺で。」

「そんなことが言える立場か!?」

 

夏目が本気で怒ってきた。

 

「特訓だ。地獄の猛特訓だ。半年分の遅れを、いや、生まれてこの方十六年分の遅れを取り戻すぞ!まずは–––」

 

夏目がどんどんと言ってくるが、耳から抜けていく。

 

「…古典もいるな。」

「あっ、古典は大丈夫。『伝金烏玉兎集』とか『占事略決』は暗記してる。」

「えっ?そうなの?」

「ああ。ハルトラウソツカナイ。」

「な、なら古典はいいや。」

「どうした春虎。頭でも打ったか?」

「うるせえ、あれはもともと知ってんだよ。」

 

古典は戦時中でもあったからな。完璧に読める。暗唱だって出来るぜ。

 

「夏目、昼間のあいつ、また来てるぜ。」

 

冬児が廊下を見ながら夏目に告げた。

 

「しまった。そういえば放課後も予定があった。」

「そうか、じゃあ早く行けよ。」

 

春虎は夏目を早く行かそうと必死だ。

 

「…これ、図書館で全部借りておいて。」

 

紙にサラサラと書いていく。

その量に春虎は顔をしかめた。

 

「ちゃんと勉強しておけよ。命令だからな!」

 

夏目はそう言い残し、教室を出て行った。

春虎はそれを見た後、その紙で飛行機を折った。

 

「…腹減ったな。」

「そうだな。」

「…帰るか。」

「だな。」

 

窓の外に投げた飛行機は意外にもスーッと遠くへと飛んで行った。

 

 

 

 

寮に戻り、部屋へと入った春虎は制服のままベッドの上に転がった。

今日は最高に疲れた。

先生たちのあの顔は忘れられないな。本気で怒られた。確かに現代の陰陽術はわからないけど、今の陰陽術の元を作ったのって俺だからな。

 

「結構、キテんな、おれ。」

 

講師たちの呆れ顔はまだいい。だが、そのあとの春虎など居ないかのような態度は正直キツかった。

見知らぬ生徒たちの蔑みの目や含笑い。以外とダメージを受けていた。

春虎のカバンの中には夏目に言われた通りの本が沢山入っていた。もともと夜光は勉強熱心だった。だからあのように天才として後世にまで語り継がれているのである。

 

「…疲れた。」

「お、お勤めご苦労様です。は、春虎様。」

 

急に横から声がして、スーッと姿を現した。

春虎の横へどうみても小学生にしか見えないおかっぱ頭の女の子が立っていた。

 

「ああ、コン(・・)お疲れ様。」

「い、いえ、わたくしはなにもしておりません。春虎様の方がわたくしなんかより断然お疲れのはずです。」

「ああ、そうだな。今日はキツかった。」

「あやつら、春虎様にあのような無礼を。春虎様の厳命がなければ何度斬りかかっていたことか。」

「命令しておいてよかったよ。」

「春虎様!一度、あの者たちに春虎様の本当の力を見せるべきです!」

「いや、それよりも、もっと努力するべきだろう。みんな頑張って現代の陰陽術を理解しているんだ。その中でおれ一人だけ逃げちゃ駄目だろ。」

「は、春虎様がそうおっしゃるなら。ひ、飛車丸は、な、なにも言いませぬ。」

 

コン、本当の名を飛車丸。

かつて俺の側にいた護法の一人である。

最初は親父に式神を貰った時に「おおお、お初にお目もじ致しまする–––」とか言いながら出てきたときは、めちゃくちゃ笑った。

それから飛車丸の封印を解いて現在まで側に付けているのである。

ついでに、飛車丸自体凄い霊力を持っているので、隠すためにコンになってもらっている。

飛車丸的にはこの姿は嫌らしい。本来の姿はもっと大人びていてこう胸も大きく、凄く綺麗な大人の姿だ。

 

「…でも、現代の陰陽術…難しい。」

 

春虎はカバンの中にある本を一つとって眺めた。

 

「は、春虎様、お気を確かに。」

「コン…汎式ってなんだと思う?」

「ぞ、存じ上げませんが、実際、そんなことを理解しなくても陰陽術は使えますゆえ。」

「…そうだよな。でも今の世の中は使えるだけじゃ駄目みたいだ。」

「はは、春虎様は悪くはございません!い、今の世の中というものがわ、悪いのでございます!」

 

春虎はコンを見ると、コンの後ろでひっきりなしに動いている尻尾を見つけた。

 

「…コン、こっちへ来て。」

「は、はい。」

 

春虎はベッドの上に座り、膝の上にコンを乗せた。

ちっちゃいコンの尻尾や耳をもふもふと撫でていた。

 

「相変わらずコンの尻尾は気持ちいいなあ。」

「…おお、お気に召しましたのならば、恐悦…至極。」

「そういえばこれって、自由に動かせるんだよな。どうなってるの?」

「ど、どうとは––」

 

コンは春虎の膝の上で立ち上がった。

そして、おもむろに紐を緩めはじめると

 

「こここっ、こんっ、こんなですっ!」

 

穿いていた指貫を下ろした。

 

「ちゃんと借りたんだね春虎。でも、あの時に書いた本以外にも見ておいた方がいいのがあったから持ってきた–––」

 

凍てつくような、一瞬の沈黙。

コンはすぐに指貫を上げ直そうとして、足を引っ掛けた。

そのまま春虎の胸の中へと倒れていった。

春虎もそれを抱きかかえるように支えた。

そして、大きく息を吸っておもむろに何か言おうとした矢先。

 

「……………春虎?」

「いや––––」

「……………なにしてるんだい?」

「違うんだ––––」

 

夏目の聞いたことがない声に俺はビビっていた。

夏目の手にはいつの間にか何枚もの夏目の手製らしい呪符が握られていた。しかも、その呪符には『危険』の二文字が書かれていた。

 

「………たい」

「な、夏目?」

「………ばい」

「や、やめろって。な?」

 

「変態、成敗!喼急如律令(オーダー)!」

 

冬児が言うには、俺が行った時には心臓は止まっていたらしい。

もちろん、冗談だと思う。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やめろって言われると余計にしたくなるよね

 

 

陰陽塾では特に席順というものは決まっておらず、皆好きなところにいつも座っている。

そこで春虎は昨日同様に生徒からの注目を浴びていた。なぜなら、春虎の顔中に治癒符や絆創膏が貼られていたからだ。

夏目には事情を説明してなんとか誤解を解いておいた。そのせいか、今日は夏目の視線が凄く痛い。いかにも心配していますみたいな感じだ。

そんなことは無視して、俺は大友先生のする授業を受けていた。

自分の知識と大友先生が教えてくれる知識、夏目の本とで今の陰陽術がどのようになっているのかを理解する。

それでも、この塾で半年も学んでいる塾生とはまだまだ差は開いている。

この差を早く埋めるためにも、俺は授業に集中することにした。

 

「おお、今日はえらい気合入っとんな。新入生。春のつく方。」

「えっ、あ、ああ。ありがとうございます。」

「昨日はどないしよかと思ったが、まあその態度見とったら安心したわ。」

「ど、どうも。」

 

大友先生は笑いながら春虎を見ていた。

 

「でも、いくら勉強熱心でもいきなり講義についてこいって言うんも、難しい話かもしれんな。うちのカリキュラムって無駄がない分、一回やったことは見直したりせぇへんからな。本に載ってないことだって当然やっとるし。」

「そ、そうなんですか。」

 

大友先生は手にしていた本を音を立てて閉じた。

 

「…そやな。ちょうど新入生も二人入ったことやし、一回ここらで前期分のおさらいしてみよか。」

 

突然の大友先生の発言に教室がざわめく。

だが、

 

「冗談はやめてください!」

 

机を叩きながら立ち上がった塾生がいた。倉橋京子だった。

 

「先生自ら『無駄がない』と仰ったカリキュラムを、たった二人の転入生のために、捩じ曲げるっていうんですか!?」

 

大友先生は困ってないのか困っているのかよくわからない顔をしていた。

 

「ちゃんと聞きぃや、京子クン。これはみんなの復習も兼ねてるんやで?」

「復習なんか、個人でやればいいことじゃないですか!講義に遅れている自覚がある人が、自分の責任で復習するのが当然です。」

「けど、その論法やと、ついて来れへん者は切り捨てるべきやと、そう言うてるように聞こえるな。」

 

大友先生は何かを試すような目を京子に向けている。

京子も、それに臆することなく即答した。

 

「無駄のないカリキュラムって、そういうことだと思いますけど?」

「うん、そやな。」

 

大友先生は否定することなく、逆に肯定した。

塾生もざわつき、言った本人の京子まで驚いた顔をしている。春虎はそんな方針作ったっけな?と首を傾げている。

 

「陰陽師というんは、めちゃめちゃ特殊な職業やからな、ちょっとやそっとでなれるもんじゃない。陰陽塾にしても、先のわからんもんを、わざわざすくい上げたって意味ない。『ぬるい』連中は、さっさとご退場願った方がええ。それが陰陽塾の方針なんや。実は。」

 

おそろしく素っ気なく、大友は言った。

春虎は考えていた。自分の考えた陰陽塾が現代では違うようになっている。夜光の考えていた理想の陰陽塾とは掛け離れていた。

春虎は今の陰陽塾にがっかりした。

しかし、

 

「…でもな、僕はこの方針はあんまり好かん。」

 

春虎は顔を上げて大友先生を見た。

 

「す、好かんって。」

「矛盾しとるよな。でも、そうやねん。しかも陰陽塾は、僕がここの方針に反対してることを承知の上で、担任に据えとるんやで?矛盾を矛盾と承知で容認してるんや。なんでそないなことしてるんか、君らにはわかるかな?」

 

にこやかに尋ねる。

大友先生が得意げに答えようとすると、一人だけ、それに答える者がいた。

 

「それが、呪術だから。」

 

春虎は自然と答えていた。

大友先生や塾生、夏目と冬児までもが意外そうに春虎を見ていた。

 

「…そうや春虎クン。それが呪術というもんやからや。」

 

カツンと、義足が鳴った。

彼はこの中で唯一、プロの、本物の陰陽師なのである。春虎はそのことを理解した。

 

「まあ、そういうわけやさかいに、ここは陰陽塾で、僕は君らの担任講師や。僕の指示には従ってもらうで。」

 

気がつけばいつ間にか大友先生のペースだった。

–––あの先生、ただの陰陽師じゃないな。

春虎はそう確信を持って、大友先生を見ていた。

だが、大友先生が、披露した長口上も、すべての塾生を化かしきれたわけではなかった。

 

「納得、できないわ。」

 

またしても京子だ。

 

「どう言ったって、これは転入生二人に対する–––いえ、土御門家の転入生に対する贔屓じゃないですか!納得できません!」

 

頑として京子は言い張る。

まるで昨日の再現だ。

 

「倉橋京子!昨日言ったことをもう忘れたか!」

 

バンと机を叩いて夏目も京子に反論する。

ああ、もう。

 

「夏目君は関係ない!あなたの事を話しているのよ!土御門春虎!」

「倉橋京子、いい加減にしろ!」

「どうなの!?土御門春虎!」

 

教室にいる塾生みんなが春虎の方に注目していた。

俺の後ろでコンが動いた。俺は動くなと念じ、京子の方を見た。

夏目は何も言わなくても言いと叫ぶがそうはいかない。あそこまで倉橋京子が自分を出して聞いてきたのだ。

それに応えないでなんとする。

 

「俺はまだ、確かに講義について行けてない。先生が復習をしてくれるのなら、それは凄く助かる。」

「そのために、他の塾生が迷惑を被っても平気なわけ!?」

「いや、悪いと思う。」

「だったらなんで!」

「悪いとは思う。けど、遠慮はしない。先生が決めたことなら、俺はありがたく講義を受けさせてもらう。…まあまだ理解できるかはわからないけど。」

 

春虎は肩をすくめながら答えた。

それに付け足すように春虎は話す。

 

「それに、昨日も言ったろ?土御門がそんな贔屓とか、あり得ないから。実際、あんたらが勝手に恐れ入ってるだけだぜ?」

「なっ!」

「俺はあんたと同じ塾生だ。だから。」

 

春虎は京子の方を見て静かに告げる。

 

「自分が陰陽師になることを、俺は、第一に優先させてもらう。」

 

夏目が感動したように目を潤ませていた。

おいおい、こんなところで泣くなよ。冬児がひゅーと口笛を吹く。

京子の肩が小刻みに震えている。

–––これは、完璧に怒らせたな。

 

「…土御門春虎。あなたには自主退塾をお勧めするわ。」

「退塾?ここをやめろっていうのか?」

「そうよ!あなたがここの講義に付いてこれないのは昨日の講義で明らかだわ。あなたみたいな才能のない人は、お門違いだわ!」

 

ダンと机を叩く。

春虎は冷静だった。

逆上している京子に向かって

 

「ま、大目に見てよ。」

 

と、微笑んで見せた。

京子の顔が深紅に染まった。

京子が春虎に一歩踏み出そうとした瞬間。

 

 

「そこまでだ、痴れ者。」

 

 

京子の首筋には刀が添えられており、京子は自分の首筋に当てられている刀を見て、冷や汗を流していた。

 

「厳命ゆえ大人しくしておれば、春虎様に対してなんという非礼の数々。その愚行、もはや看過できぬ。我が愛刀の錆にしてくれる!」

 

そう言いながら刀をキラリと光らせる。

京子は呆然と立ち尽くしていた。

 

「大人しくそこに–––」

「コン!」

 

春虎が怒鳴る。

コンはビクッと尻尾をピンと伸ばして、春虎をみた。

明らかに春虎は怒っていた。

 

「は、はは、春虎様!コンは春虎様のことを思い!」

「–––コン。」

 

次は静かに言う。

 

「戻れ。」

「か、かしこまりました。」

 

有無を言わさぬ声にコンは京子から離れ、春虎の側へと戻る。

教室には奇妙などよめきがあった。

 

「…ほう、こら驚いたな。護法式やないか。」

 

大友先生が呟く。

 

「すみません先生。」

「かまへん、かまへん。可愛らしい健気な式神やないか。許してやり。」

 

すると、大友先生は顎に手をやり少し考え始めた。

 

「ちょっと驚いただけや。まさか君が護法式とは…僕も、他の先生方から君の評判を聞いて、先入観を持ってたみたいやな。反省せんと。」

 

そこまでコンを出したことが驚きだったのか?

春虎は少し考えた。

 

「まあ、席に座り。」

 

春虎も席に座ると、塾生からの視線が今までのものとは違うものになっていた。

しかも、

 

「白桜!黒楓!」

 

京子の鋭い召喚に応じ、彼女の前後に二体の式神が現れた。

人型の鈴鹿の操っていた阿修羅を彷彿とさせる姿だ。

陰陽庁製の護法式『モデルG2・夜叉』だ。

 

「よくも騙してくれたわね!大した演技だったわ!」

「……」

「黙っても無駄よ!わざわざ無能を演じるなんて、ずいぶん迂遠なやり方じゃない。いったいどういうつもり!?」

「……」

 

春虎の前には刀を逆手に構え、式神を睨みつけている。

近くにいた塾生は慌てて春虎たちから離れた。

 

「落ち着け。確かに俺が悪い、謝る。」

「ふざけないで!先に仕掛けたのはあんたの方よ。上等じゃないっ!受けて立つわ!」

 

春虎はどうしたらこの状況を切り抜けるか考える。しかし、どうしてもコンとあの京子の式神がぶつかる未来しか見えない。

目の端には呪符ケースに手を伸ばす夏目の姿も見えた。

冬児も椅子から立ち上がり、いつでも止められるようにしている。

 

「よっしゃ、わかった!」

 

大友先生は活気な声でこの静かな雰囲気を壊した。

 

「やる気と元気は、大いに結構。二人ともそこそこ式神は操れるみたいやし、ここはひとつ、二人に実技の手本を見せてもらおうか。」

 

「「は?」」

 

春虎と京子の声が重なった。

 

「どうせ今日の講義はここまでや。二人とも今から呪練場に移動して、式神勝負と行こうや。」

 

 

 

 

 

「…なるほど、実技はここでやるのか。」

 

アリーナの観覧席に座った冬児は辺りを見渡していた。

隣に座るのは天馬である。

 

「相当大きな呪術やフェーズ3の霊災でも破られない仕様なんだよ。時々、陰陽庁の人も利用しに来てるし。」

「そんな大層な場所で喧嘩か。贅沢な話だな。」

 

冬児は観覧する塾生たちの中に、ひとつ後ろでぽつんと一人で座っている夏目を見つけた。

夏目の表情は今にも泣き出しそうな顔をしている。多分、春虎が怪我をしないか心配なのだろう。

–––いや、昨日あんだけ春虎に怪我させたのお前だろ。

 

アリーナには京子一人だけが夜叉を解いた状態で立っていた。

 

「このクラスって、いつもこんなノリなのか?」

「そんなことはないんだけどね。」

「我らが担任も適当すぎやしねか?」

「そんなこと…なくはないかも…」

 

ハハハと苦笑いする天馬。

 

「しかし、春虎が式神出したくらいで、やけに敏感に反応したよな。なんでだ?」

「ああ、あれね。春虎君の出した式神、護法式だったから。」

「そういや、昨日も言ってたな。護法式を持ってるのは夏目と倉橋だけって。」

「護法式とか使役式は二十四時間召喚してなきゃいけない式神だからね。霊力が強い人じゃないと扱うことが出来ないんだ。」

「ああ、要は霊的にタフでなきゃ難しい。」

「そう、だから陰陽師にとって護法式や使役式を使役することは、一種のステータスなんだよ。」

 

天馬は冬児の方へと体を寄せてきた。

 

「本当のところ、春虎君ってどうなの?てっきりど素人だと思ってたけど。」

「ああ、丸っ切りのど素人だ。」

 

しかし、冬児はニヤリと笑った。

 

「だからって、あいつを侮ると、痛い目見るぜ。この夏にも一人、前例がいるからな。」

 

 

 

「夏目クンは大変優秀な生徒や。」

 

一緒に移動している時に大友先生はそんなことを言った。

 

「特に彼の使役式、流石は土御門家の守護獣というべきか、たとえプロでも並大抵の陰陽師は太刀打ちできへんわ。」

「大友先生、さっきから何を言って–––」

「けど、それだけじゃ十二神将の相手は無理や。」

 

春虎は立ち止まり、大友先生を見た。

大友先生も振り返って春虎の方を見る。

 

「春虎クン。君は確かに素人かもしれへんがあまり自分を卑下したらあかんで。塾長も言うてはったやろ。素質のないものはとらんって。やからもうちょっと安心しいや。」

 

大友先生は優しい口調で話し、また歩きだす。

 

「大友先生。」

「ん?なんや?」

「少し、欲しいものがあるんですけど。」

 

 

 

アリーナに春虎が出てきた。

その手には一本の錫杖が握られていた。

 

「…ほんまにそないなもんでええんか?用具庫から引っ張ってきただけのやつやで。」

 

大友先生は、春虎の近くに行き、声を潜めて春虎に改めて聞く。

 

「十分です。ありがとうございます。」

「は、はは、春虎様。そ、その錫杖は一体?」

 

コンも恐る恐る聞く。

 

「よし、作戦を言うぞコン。しっかり聞けよ。」

「は、はい!」

お前は手を出すな(・・・・・・・・)。」

「はい!かしこまりまし…ええ!?」

 

コンが困惑した顔で春虎の方を見る。

 

「春虎様、あ、あの、仰ってる意味がコンには少し分かりかねま–––」

「いいから見てろ。」

 

そして京子の前に一本、足を出す。

 

「馬鹿じゃないの?」

「何が?」

「式神同士の戦いなのよ。戦うのはあくまで互いの式神。…まあそれでも怖いなら、好きにすれば。」

「おのれ、無礼者!春虎様にまたしても!」

「コン。」

「ひうっ!」

 

コンはビックリしながら春虎の方を恐る恐る見る。

さっき怒られたので、まだ少し怖いようだ。

 

「そんなにあたしの式神が恐いの?」

「まあな。刀とか薙刀とか持ってるし。素手で喧嘩するよりは、これ一本持つだけで凄く変わる。」

 

京子はやっと春虎の言うことを理解した。

春虎は自分も式神として戦う気なのだ。

 

「は、春虎様!そんなにもこのコンは不甲斐ない存在でしょうか!?それでしたらこのコンが全身全霊をもってあの式神なと一瞬で倒します!ですから!ひしゃまぐぼぼっ!」

 

コンが飛車丸と言いそうになったので、慌てて手で口をふさぐ。

 

「馬鹿。別にお前を信用してないわけじゃない。」

「ならなぜ!」

「いいから見てろって。」

 

再び京子を見る。

 

「術者が直接式神と戦おうなんて馬鹿げてる!これは式神勝負よ!?式神で戦いなさいよ。」

「だから、俺だって式神じゃん。」

 

京子は信じられないと首を振った。

 

「それに、先生の許可は取ったぜ。」

「本当ですか先生!?」

「ホント。」

「頭おかしいんじゃないの!?」

「キツイな。でも元気があってよろしい。」

「いいのかよ。」

 

京子は不意に観覧席を見上げ夏目を見つけた。

 

「夏目君!これが土御門のやり方なわけ!?あなた、止めなくていいの!?」

「…っ。」

「いい加減にしろよ、てめー。勝負すんのは俺であって夏目じゃねーだろ。」

 

春虎は京子を睨む。京子も無言で春虎を睨む。

そして、再び夜叉が京子の前に現れた。

 

「どうなっても知らないわよ。」

 

京子は霊気を強めていく。

周りで見ている塾生も

 

「おいおい、まじで?」

「やばいって…本気なの?」

 

つぶやきが大きくなっていく。

夏目もぎゅと手を握りアリーナを見る。

そして、春虎はコンの方を見て言った。

 

「コン。」

「は、はは、はい!」

「久しぶりに、見せてやるよ。主人のいいところをよ。」

 

そう言い春虎はコンにニヤリと笑った。

 

「では–––始め!」

 

式神勝負は始まった。

 

 

 

 

「どうしたの、こないの?」

 

京子は挑発するかのように、春虎に言い放つ。

 

「いや、お前から来ると思ってたんだ。」

「先手はあなたにあげるわよ。」

「それはありがたいな。そっちからこないなら好都合だ。」

 

リィン!

春虎は左手で印を結び、右手で錫杖を振り錫杖の先端で床を叩き、音を鳴らした。

 

リィン、リィン、リィン、リィン、リィン

 

何度も音を鳴らす。

 

「なにしてるの?」

「…ここからは俺の時間だ。だれも手出し出来ないぜ?」

「ふん、ほざいてなさい。」

 

京子は吐き捨てるように春虎に言った。

 

リィン、リィン、リィン

 

ここで春虎はひとつ、京子に問いた。

 

「なあ、倉橋さん。これなんだと思う?」

「………」

 

春虎は手に持つ錫杖を見せた。

京子は答えず、黙ったままだ。

 

「これはな大友先生が俺にだけ作ってくれた錫杖なんだ。それも、俺が土御門だからっていう理由で特別製のな。」

「なっ!?」

「意外と簡単に作ってくれたぜ?やっぱり先生も土御門だから作ってくれたのかな?」

「そ、そんな!?」

「元呪捜官が作った特別な錫杖だ。どんな効果なんだろうな。」

「そ、そんなのハッタリに決まってるわ!!」

「おいおい、さっきまで自分で言ってただろ?陰陽塾は土御門に贔屓してるって。自分の言葉を否定するのか?」

「それは!?」

「…この錫杖、今九回鳴らしてるんだ。」

「それがどうしたのよ!?」

「あと一回鳴らしたら…」

 

 

「どうなると思う?」

 

 

京子は自分の背中に悪寒が走るのがわかった。

すぐさま、自分の後ろに控えている式神に命令を与える。

 

「白桜!黒楓!いきなさい!!」

 

だが、

京子の式神はピクリとも動かない。

 

「ど、どうして!なんで動かないの!?」

「だから言ったろ?だれも手出し出来ない(・・・・・・・・・・)って。」

 

春虎はニヤリと笑い、京子の頰に冷や汗が垂れた。

 

「甲種…言霊…」

「正解。」

 

春虎はニコッと笑い、錫杖を肩に担いだ。

それからまた違う印を結んで、

 

「ごめんな–––オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ」

 

春虎は呪文を唱えて京子を拘束した。

不動明王の縛り。

京子は簡単に捕まってしまった。

京子は必死に抜け出そうと暴れるが、呪術の前ではそんなことは無意味だ。

春虎はそんな京子に近づいていく。

春虎は京子の前に立って、京子を見ていた。

 

「…なによ。殴るんなら殴りなさいよ!」

 

京子は叫ぶ。

春虎はそんな京子に勢いよく、頭を下げた。

 

「悪かった倉橋さん!」

「…は?」

 

殴られると思っていた京子は春虎の意外な行動に驚いていた。

 

「俺の式神が悪いことをした。謝る、この通りだ。」

「え、ええ、なに?」

「…この機会逃したら、謝る機会が無くなると思ってさ。それにやっぱり式神の失態は主の失態じゃん。それならやっぱり俺が謝らないと。」

「そ、そうかも、しれないけど。」

「さっきの錫杖のくだりも全部嘘だぜ。だから安心してくれ。」

「安心しろって…言われても…」

「だからさ。仲直りしようぜ、倉橋さん。ほら、そんな顔してると可愛い顔が台無しだぜ?」

「なっ!?」

 

京子の顔が真っ赤になる。

 

「はいはい、そこまで〜。」

 

大友先生がパンと手を叩いて試合を止めた。

 

「勝者は土御門春虎クン。ほらみんな拍手。」

 

観客席からはパチパチとまばらに拍手が聞こえた。

 

「春虎クンも早く縛りを解いてあげな。」

「あ、はい。」

 

春虎はブツブツと呪文を唱えて京子の身体を解放した。

 

「…ふん!」

 

京子はそのままアリーナの外へと歩いて出て行った。

 

「…仲直り、出来なかった。」

「あほ、あんな状況でなんで仲直りなんかするねん。どう考えても逆効果やろ。」

「そ、そうですかね。」

「そうや、春虎クン。」

「はい?」

「式神勝負で術者への甲種言霊はOKでも縛りの呪文はあかんで。」

「ということは?」

「あとで先生のところに来てや。反省文やで。」

 

春虎はがくりと膝から崩れた。

結局、春虎は運が悪かった。

 

 

 







今回はここで終わりです。
中途半端で申し訳ないです。
次回もよろしくね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友だちを作るのって難しいよね

 

試合後のロッカールームにて、春虎はゆっくりとベンチに腰を下ろした。

ふぅと一つ息をはいた。コンはタオルを持ちながら駆け寄ってくる。

 

「は、春虎様、この度はわたくしの至らなさが起こした事、誠に申し訳ございません。」

「…そうだな。」

「ひぅっ!」

 

コンも反省しているようで、春虎の言葉に涙目を浮かべながら返事をしていた。

 

「さ、さらに!私事でありながら、主人である春虎様が解決されるという始末!この飛車丸、我が命を差し上げても足りぬ思いにございまする!ですので、何なりと後処罰を…」

 

ズラズラと話すコンの頭に春虎はポンと手を置いた。

 

「誰にでも失敗はある。だから気にすんな。」

 

春虎はそう微笑んだ。

 

「は、春虎様ぁ…」

 

コンはグジュグジュと目を潤ます。

そうしていると、急にロッカールームのドアが開いた。

 

「はるとらぁーーーー!!」

 

満面の笑みの夏目がロッカールームのドアを開けて飛んできた。

その後ろにはやれやれといった表情の冬児も入ってきた。

夏目は顔を俺に近づけてくる。

 

「すごい!すごいよ!春虎、まさか倉橋さんに勝っちゃうなんて!しかも、圧勝!完全勝利ってやつだよーーー!!」

 

腕を振りながら力説してくる夏目。夏目の目もキラキラしている。

 

「たっく、さっきからずっとこんなんだ。試合が始まった瞬間はずっと祈ってたくせに、最後の方はキャッキャ喜んでそりゃあもう。」

「と、冬児!?わ、わた…僕はそんなことしてないぞ!春虎、本当だからな!」

 

顔を赤くしてまたも力説する。

 

「まあ、要するに応援してくれてたってことだろ?ありがとよ。」

 

夏目の頭を撫でる。

すると、赤かった顔がさらに赤くなっていく。

ん?どうしてだ?

 

「は、春虎くん!?こ、こういうのは、その、へ、部屋にか、帰ってから…」

「はあ…、ほら春虎。もう直ぐ下校時間だ。」

「おっ、そうだな。帰るか。」

 

夏目の頭に置いていた手を離す。

 

「あっ…」

「ん?どうかしたか?」

「…いや、なんでもないよ!うん!全然!」

「じゃあ帰ろうぜ夏目。」

「うん!」

 

帰りは三人と一匹で仲良く帰りました。

 

 

 

翌朝。

今日も昨日と同じように教室に入った。しかし、その教室からは妙な違和感があった。別に呪術的なものは一つも施されていないのだが、春虎は確かにその違和感を感じ取っていた。

 

夏目は既にいつもの席にいた。俺もいつもの席に座る。すると夏目が俺の方へと歩いてきた。

 

「はると「つ、土御門君。」…」

「ん?」

 

俺の前には三人組の女の子がいた。同じクラスなので顔はわかるが、名前まではわからない。挨拶も交わしたことがない。

 

「あのさ、いま、ちょっといい?」

「ん?ああ、全然いいけど、どうしたの?」

「あ、あの…」

 

はっ!これはまさか、遂にクラスメイトが俺のいじめを本格化してきたのではないか?––––チョット、あんたマジでウザいんだけど。とか言われたらどうしよう…

 

「え、えっと…き、昨日の怪我とか大丈夫?」

「ああ。あれくらいどうってことないから。」

「よかった。でもびっくりしちゃった。まさか生身で式神と戦うなんて…」

「そ、そうかな?」

 

春虎がたどたどしく答えると、後ろに控えていた女の子二人が身を乗り出してきた。

 

「そうだよ!凄いよ!しかも倉橋さんの護法式でしょ?しかも勝っちゃうんだよ!」

「うん、本当凄い!もしかして土御門って生身でも式神と戦う修行とかあるの!?」

「ま、まあ。場合にもよるよ。」

「しかもあの不動明王の縛り!凄い綺麗だった!あそこまで無駄を省いた不動明王の縛りは見たことないよ!」

「ど、どうも。」

「うんうん、まさに洗礼されたっていう感じだった。」

 

まさにベタ褒めである。

春虎自身も夜行としての記憶があるためにあそこまで綺麗な縛りが出来るのである。

 

遠巻きにいた男子二人も春虎の席に寄ってきた。

 

「よう、土御門。昨日は災難だったな。」

「よく逃げ出さなかったな。」

「ま、まあ、俺の護法がしたことだからな。主人である俺がどうにかしなきゃだし。」

「だからって生身でやるかよ。」

 

男子二人はニカッと笑う。

それにつられて春虎も笑う。

 

「あれ?春虎君?」

「ああ、天馬ぁ…」

 

天馬は春虎の涙ぐんだ目を見て察したのか、少し噴き出しながら近寄ってきた。

 

「春虎君お疲れ様。どう調子は?」

「いや、なんともねーぜ?」

「そうよかった。でも春虎君、護法式持ってたんだね。しかもあれ、市販のじゃないよね。」

「ああ。」

「土御門君、あの護法式もう一回見せてくれない?」

「私も見たい!」

 

俺は戸惑いながら天馬を見た。

天馬は笑って頷いていた。

 

「……コン。」

 

ポンと音を出してコンは現れた。

するとたちまち

 

「きゃあああ!可愛いーーっ!」

 

女子たちは大はしゃぎし、コンをもみくちゃにしていた。突然のことでコンもどうしたらいいのかわからないといった表情だった。

 

「ははは、春虎様ぁ!?」

「…許せ、コン。我慢だ。」

 

春虎は手を合わせ祈っていた。まるで生贄を捧げるように。

 

「改めて見ると、すごい子どもだな。もしかして土御門こういうのが好み?」

「違うよっ!」

「…そういや、高等式だったっけ?なるほど。こういうのに、奉仕させてるわけだ。」

「だから違うって!」

「慌ててるとことかあやしー」

「もしかして、お風呂も一緒に?」

「きゃー犯罪だー!」

「…お前ら、少しは俺の話を聞けよ」

 

慌てふためく春虎が可笑しいのか、春虎を囲んだクラスメイト達は笑っている。昨日まで感じていた同じ塾生の得体の知れない無表情ではなく、どこにでもいそうな同世代の笑顔だった。

からかっているのだろう、でも言葉の根底にあるのは確かな春虎への好感だった。

 

「納得いかねーよ」

 

突然、教室の後ろから言葉が降ってきた。振り返ると、顔は見たことはあるのだが、名前の知らない男が机に脚を投げ出し、春虎たちを見下していた。

 

「勉強も碌に出来ない奴が、倉橋に勝つ。どうせ先生になんかしてもらったんだろ?これだから名門様はよぉ。」

 

嫌悪感丸出しの口振りに、教室がシンとなった。

コンは動きだす。

 

「コンっ!」

 

ピタッも空中で止まる。

顔もくうっーといった表情でおあずけを食らうような不満げな声をだしている。

 

「…たっく、お前は反省という言葉を知らないのか」

「で、ですがぁー」

 

春虎はコンを睨みつける。コンはしゅんとなり尻尾を垂らした。

嫌味を言った塾生はまさか式神が飛んでくるとは思っていなかったようで、投げ出していた脚を机の下に戻していた。

男子のその慌てた行動に皆が忍笑いをする。男子は怒りと羞恥で顔を赤くする。

しかし、

 

「すまん」

 

春虎は立ち上がって謝罪を入れた。

クラスメイトたちはポカンとし、謝られた男子までポカンとしていた。

 

「騒いで悪かった。俺、目障りだよな。一応自覚はしてるんだぜ?でも」

 

春虎は頭を上げ、男子を見た。

 

「俺は、なるべくみんなと仲良くしたいんだ。昨日、倉橋さんにも言ったけど、大目に見てくれないかな?俺も空気を読むところは、そうすっから。」

 

今度は完全に教室が静まり返っていた。

だが、これでいい。少し嫌味を言われたくらいで仕返しなどに相手に恥をかかせるのはよくない。第一、彼が不公平を言いたくなる気持ちはわからなくもない。

 

「…てゆっか、あんたこの前先生が作った簡易式も操れてなかったじゃない。護法式だってどうせ使えないでしょ?」

「う、うるせえな!あ、あの時は、調子が悪かったんだよ。自立系なら操作も全然違うだろ。」

「とか言って、実技の後はへろへろだったよな。」

「最初はあんなもんだろ!お前だって終わったら立ててなかったじゃねーか!」

 

教室の空気はだんだんと軽くなっていった。

女子と男子が彼を交互に茶化す。

 

「とにかく、土御門!俺はお前が倉橋に勝ったのは納得してないからな!それにお前のことも気にくわない!それだけは言っておく!」

 

さっきのように大きな声で言うが、前のような棘々しさはなくなっていた。

 

「覚えとく。それと俺のことは春虎でいいぜ。」

「………」

 

彼は鼻を鳴らして顔を背けた。

こういうやりとりは嫌いじゃない。無理に仲良くなろうとは思わないし、嫌味を影で言われるよりもずっとマシだ。

俺はフォローを入れてくれた女の子に対して感謝の眼差しを捧げた。

 

「俺まだみんなの名前を覚えてないんだ。この機会に教えてくれないか?俺の事は春虎でいいから。」

「それじゃあ、ツッチーね。」

「…話を聞いてますか?」

「おのれ春虎様をそのような呼び方!断じて許すまじ!」

「きゃー!コンちゃん可愛いいい!」

 

コンが手を振りながら改名を求める。そして、それを見て楽しんでいるクラスメイトたち。天馬がもう一度気を利かせて自己紹介をし、それから他の塾生たちも順番に名乗り始める。

教室の後ろで彼は「けっ」と毒づいたが、口元は綻んでいる。

コンも自己紹介をする人に「うむ、春虎様のために頑張るのじゃ」とか言って一人一人に頭を撫でられるということになっている。

 

教室に出来た新しい光景。

 

その光景を一人、取り残されたように眺めていた。

 

「こいつは、予想外の展開だったな。」

「きゃっ」

「お、わるいわるい。」

「ん、んんっ。冬児……」

「狙ってやってんのなら大したもんだが…あいつは天然だからな。さらっとああいうことが出来るところが、出来ない奴からすると妬ましい。」

 

冬児は夏目をニヤリとみやり

 

「なんて、思ってたりするか?」

「…そんなこと…思ってない…」

 

夏目は自然と春虎の方に目がいく。

春虎は今やクラスの中心にいた。

半年、共に過ごした「はず」のクラスメイトたち。そして、子どもの頃から知っている「はず」の幼馴染の分家の少年。

その自分が知っている「はず」の者同士が、自分の知らないところで交友を繋げていく。

夏目はそれを見ることしか出来ない。

 

「…主の命令で他と馴れ馴れしくするなとでも言うか?」

「…そんなこと、言わない。」

 

春虎から顔を背け苦虫を噛んだような顔をする。

冬児はそんな夏目を見て、苦笑する。

 

「ふん、そんな顔すんな。今でも春虎の携帯の壁紙はお前の写真さ。」

「は、はぁっ!?」

「なんでも巫女の夏目が撮れたんだってな。」

「そ、そんなの他のみんなに見られたらバレてしまうじゃないか!!即刻削除を要請する!!」

「俺に言うな。直接言ってこい。」

 

冬児は夏目の席から離れる。

ふと、教室のドアを見ると倉橋京子が入ってきた。京子も教室の雰囲気に愕然とした。冬児は笑いそうになる。春虎は大分苦手意識を持っているようだ。

 

「こっちもそろそろ、仕掛けるか。」

 

春虎が聞いていれば顔をしかめただろう。冬児の楽しげな声だった。

 

 

 

午前中の講義を乗り切り、食堂へ向かおうと教室を出ようとすると

 

「……ちょっと顔貸してくれない?」

 

後ろから声をかけられ、振り向くと京子がいた。

教室内も変にざわつく。「やべー」や「リンチだ」とか様々な声だ。

コンといえばいつでも出られるように霊気を揺らしている。

京子もその霊気の揺れを感じ取っていて呆れ顔で見ていた。

 

「わかった。いいぜ。」

 

春虎は黙って京子の後をついて行った。

着いた場所は塾社の裏手にある非常階段の踊り場だった。人気がなく、周りからも見えない。

 

「それでどうした?」

 

昨日の試合のことだろうが、春虎が京子を負かしたことに何かあるのだろう。

正直、しつこい女は嫌いだと思う春虎。

 

「……昨日は悪かったわね。」

 

耳を疑った。

京子は髪をクルクルしながら横を向く。

 

「…成り行きでああなっちゃったんだけど、あたしも別に式神まで持ち出そうとは思ってたわけじゃないの。文句をつけたのは大友先生になんだし…謝るわ。」

「いや、そんな。元々は俺の式神がやったことなんだし、謝ることはないよ。」

 

京子が謝ってきたのは予想外だ。しかし、いい機会である。京子とは一度話しておきたいと思ってたんだから。

 

「…あんたさ、俺が嫌いっていうより、俺をダシにして夏目に突っかかってるだけだよな?」

 

京子は迷惑そうな顔をした。

 

「なんか理由でもあるのか?」

「…個人的なことよ。」

「なんだよ、個人的なことって。」

「あんたっ、デリカシーっていうのがないわね。女の子が個人的なことって言ったら普通は聞かないっていうのが礼儀じゃない?」

「その個人的なことに俺も巻き込まれてるだろ?あんたは夏目のことが嫌いなのか?」

「………」

 

京子はため息をつき、口を開いた。

 

「…昔、夏目君と会ったことがあるの。ずっと昔に子どもの頃。」

「ま、まじ?」

 

京子は急に女の子らしくなり、恥ずかしいのか身体を揺すった。

 

「別に珍しくはないでしょう。あたしは倉橋の嫡流なんだし、夏目君だって土御門の本家なんだから。」

「ま、まあそうだけど…」

 

京子と春虎は親戚である。元々倉橋は土御門の分家だ。皆が集まる祝い事で会ったのだろう。

 

「それで、大喧嘩でもしたのか?」

「…覚えてないの。」

「へ?」

「忘れちゃってるのよ。昔会ったこと」

 

京子はぽつりとささやいた。春虎はその京子の寂しそうな表情を見て何も言い出せなかった。

そういえば、春虎は京子の怒った顔しか見たことがなかった。しかし、今見ている顔は憂いを帯びた顔。春虎は妙に落ち着かなくなっていた。

 

「…仲は良かったのか?」

「一回会っただけ。」

「うぉっい!そんなの覚えてなくて仕方ないじゃん!子どもの時なんだろ?」

 

第一、夏目とそんなに親しいのなら春虎も知っているはずである。

 

「あたしは覚えているわ。」

 

京子はどこまでも真剣だった。

 

「だって、『約束』したんだもの。」

「な、なにを…」

「………」

 

これ以上は答えてくれないみたいだ。

 

「夏目君のあのリボン、夏期休暇が終わってから急にあれで髪を結ぶようになったんだけど、あれは…」

「あれは土御門家伝来の呪具らしいぞ。まるで女だよな。あ、あははは…」

 

適当に誤魔化す。しかし、京子は何故かショックを受けている様子だった。

 

「やっぱり、そうよね。わかってたわよ。そんなこと。」

「そんなことって?」

「決まってるわ。結局、夏目君にとっては、自分と土御門のこと以外は、どれも大したことじゃないってことよ。彼にとって大事なのは土御門の名声だけなんだわ。」

「おい、それは…」

「ちがう?彼だってあなたが土御門の式神だからあなたをかばってるんでしょ?」

 

夏目が心配してくれているのはわかる。夏目が恥をかかされたって言って震えていた。式神勝負に本気で心配してくれていた。

でも、どうして心配してくれているのかと聞かれれば、即答することが出来ない。

 

「阿刀君から聞いたわ。」

「冬児から?なにを?」

「あなたが式神として夏目君に仕えているのは『しきたり』なんですって?それで腑に落ちたわ。結局は夏目君も土御門の決まりに従っただけなんだって。」

 

京子は春虎に同情の眼差しを向けていた。

 

「待てよ。それは違うぜ、倉橋。」

 

今度は躊躇わなかった。

 

「……えっ?」

「式神にしてくれって頼んだのは、俺の方なんだ。」

「うそ。」

「嘘じゃない。俺から頼んだんだ。あいつだって最初は反対したよ。危険だからって。」

 

京子にちゃんと伝わっているだろうか。

 

「あいつは確かに土御門の看板に色んな感情をもってるよ。誇りとかプレッシャーとか。時々そんなのに振り回されるけど、それが全部あいつじゃない。信じてやってくれないか?」

 

ひょっとすれば、夏目と京子は仲良くできるかもしれない。それでやっと夏目の居場所を作ることができるかもしれない。

 

「なによ…それ…」

 

京子はよろけるように後ろに下がった。

 

「結局あたしの独りよがりってこと?あたしはただ単に、忘れられてたってこと?」

「いや、別に…」

 

そういうことが言いたいわけじゃない。

しかし、春虎がそういう前に、第三者の声が二人の注意を逸らした。

 

「…何をしている?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。