千年王国は偏執狂 (蝿声)
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千年王国は偏執狂

 千年王国――唯一絶対神の祝福の下、安寧と幸福が約束された世界。かつて勃発した天使と悪魔の最終戦争。人類をも巻き込んだその大戦の末、勝利を収めた天使によって主導される世界だ。

 しかし、そこに生きる全ての存在が天から齎される安楽を享受しているわけではない。かつての戦争で敗れながらも未だ燻る悪の意思、真なる法を掲げ歪んだ正義に抗う善の意思、善悪の区別なくあまねく飲み下さんとする中庸の意思――様々な思惑が時に争い、時に手を取り合って千年王国の裏側を跳梁跋扈する。

 当然ながらそのような存在を容認する天使たちではない。暗躍するそれらを駆逐し、変わらぬ安寧を民に与えるため、神の意思を代行する戦士たちを送り込む。その戦士こそが、貴方たち『デビルバスターズ』である――。

 

 

 澄み渡る青空、麗らかな日差し、厳密な計算のもと設計された自然と人工物のコントラスト。道端のベンチに腰掛ける者、道を行きかう人々のいずれもが笑顔を湛えており、こここそが楽園だと言わんばかりの平和な空間。そこに突如、人々の不安を掻き立てるようなサイレンが鳴り響き、無機質な男の声が続いた。

 

「二級市民、円治、蔵人、御堂、良也は直ちにセントラル第四ブリーフィングルームへと参上せよ。該当者以外のものは最寄りの避難所へ退避せよ。繰り返す。二級市民、円治、蔵人、御堂、良也は直ちに――」

 

 放送が終わるとともにその場にいた人々は直前の行いを止め、列を成して避難所のある地点を目指して歩み始めた。その間も人々の顔には笑顔が浮かんでいる。

 そしてその流れから外れる四つの影が、列が途切れるまで待機したのちに示し合わせた様に各自の中心地点に集まり顔を合わせた。全員が全員の顔を見渡し終えたタイミングで、その中の一人が声をかける。

 

「私の名前は円治と言います。あなた方も召集されたものだとは思いますが、自己紹介をお願いできますか」

「蔵人だ」

「御堂といいます」

「良也だ、よろしく頼む」

 

 自己紹介を兼ねた点呼を終えると、円治は一つ頷いた。

 

「それでは早速指定されたブリーフィングルームへと向かいましょう。天使様をお待たせするわけにはいきません」

 

 その言葉に異論があるはずもなく、四人は足早に目的の場所へと向かった。

 

 

- Citizen, Happiness is mandatory - Are you happy? - Trust no one - Keep your sma-pho -

 

 

「よくぞ集まりました、敬虔な信徒たるデビルバスターたちよ。事は急を要するゆえに端的に指令を告げます」

 

 羽の生えた人型にクリアブルーのゲルを流し込み固めたような天使ヴァ―チャーが、跪く四人に向けて無機質な声で語りかける。

 

「ファクトリーセクターにあるデミナンディ牧場近辺で喰奴と思しき存在が確認されました。喰奴はその存在が許されざる大罪ですが、奴らを放置すれば甚大な人的被害が発生すると予想されます。諸君らの任務はこれ早急に処分することであり、またこの個体に関連する情報を集めることです」

 

 喰奴とは、簡潔に言えば悪魔化能力を有した人間である。カルマ協会と言われる様々な分野のエリートで構成される集団の驚異の技術により生み出された悪魔化ウイルス。これによって悪魔化したものは“喰奴”あるいは“アバタールチューナー”と呼ばれる存在となる。

 彼らは悪魔の姿と人の姿を自在にとることができ、高い戦闘力を有するというメリットを持つが、その存在を維持するために必要とする生体マグネタイトは通常の悪魔と比べ物にならないほど多く、不足を満たすためには生体マグネタイトを多く有する存在――人や悪魔――を喰らわねばならないというデメリットが存在する。

 喰らうことで強くなれるという一面もあるが、不足を満たせなかった者――飢えを満たせなかった者は飢えに狂い自我を失い、衝動のままに全てを喰らうという、悪魔にも劣る畜生となる非業の宿命を背負った存在だ。

 また喰奴は人の姿の時は体のどこかに“アートマ”と言われる刺青の様な痣が浮き出ているため、これを隠さないとすぐに討伐対象となる。

 

「彼の存在を討つためにあなた方に力を貸し与えましょう」

 

 ヴァ―チャーがそう告げると同時に、跪く四人の前にスマホが現れた。手に取りなさいという天使の言葉に従い各々が目前のスマホを手に取る。スマホには相互に連絡が取れるよう連絡先が登録されている以外は、悪魔召喚アプリのみがインストールされている代物だ。そのアプリを起動し、全員が己に貸し与えられた悪魔を確認する。

 

「それが今回の任務であなた方に与えられる悪魔です。――確認は済ませましたね。ならば直ちに行動を開始しなさい。あなた方に主の祝福があらんことを……」

 

 言い終えたヴァ―チャーが光に包まれ姿を消すと、跪いていた四人が立ち上がり互いに顔を見合った。

 

「さて、さっそく行動と行こう……と、その前に今回の任務でのリーダーを決めようか……」

 

 

- Citizen, Happiness is mandatory - Are you happy? - Trust no one - Keep your sma-pho -

 

 

 これは円治、蔵人、御堂、良也の四人が召集を受ける前日の話。夜も更け、善良な市民たちならすでに寝床に入っている時間。

 

 ガイア教団ユリコ派センター支部

 悪魔との共存を掲げ、力を信奉する組織ガイア教団――天使が統治する現状に最も反する集団であり、その中でも最もその理想を体現していると言えるユリコ派の抱える秘密基地の一室で、ガイア教徒の修行者と蔵人が対面していた。

 

「さて、蔵人……おそらくだが、貴様は明日、天使より任務を与えられるだろう。その内容は喰奴の調査と討伐だ」

 

 修行者の言葉に蔵人は言葉を返さず、ただ静かに続きを待つ。

 

「そこで貴様には我々から極秘任務を授ける。まず一つ、その喰奴を捕獲しろ。奴はカルマ協会からの脱走兵だが未だどこにも属していない。戦力とするためこちらに取り込め。そしてもう一つ」

 

 そこで修行者は蔵人の右手を見る。そこには普段は化粧で隠されているアートマが刻まれていた。

 

「貴様の飢えを満たして来い。当然、貴様が喰奴であることが露見しては貴様が討伐対象になるからな、よく考えて動くことだ。……尤も、この任務の意義は貴様の力を見定める以上のものはない。仮に失敗したところで失うものなどない。貴様の我々からの評価が落ちるか、貴様が討たれるか。それだけだ、気楽にやれよ」

 

 修行者はそれだけ言うとこれ以上話すことは無いというように、蔵人から背を向けて隣の部屋へ向かう。蔵人は少しの間無言でその背を見つめて居たが、やがて蔵人も踵を返してその部屋を後にしようとした。

 

「……いずれお前も喰ってやるさ」

 

 そんなつぶやきを聞いた修行者は楽しげな笑い声をあげると、思い出したように足を止め蔵人を振り返った。

 

「ああ、そうそう。明日は天使どもから悪魔を渡されるだろうが、どうせそれはつかえないだろう。代わりの悪魔を登録したスマホを明日部屋に届けさせるから、それで上手く誤魔化せ」

「……ふん」

 

 そう言って今度こそ、二人とも部屋を後にするのだった。

 

 

 同時刻、邪教の館センター支部

 邪教の館は悪魔の研究にいそしむ中庸の組織だ。悪魔合体と言われる邪法を用いてより凶悪な悪魔を生み出すことができる。

研究材料を効率良く得るために、善悪中庸問わず人を招いては悪魔合体を行い深淵へと辿りつこうとしている。当然ながら彼らにとっては天使もまた研究材料に過ぎず、天使たちからは蛇蝎の如く嫌われている。

 その研究施設の一室で、青衣の男と御堂が席に座り対面していた。

 

「さて、御堂。お主に新たな任務を与える。ファクトリーセクターのデミナンディ牧場で喰奴が確認された。おそらく明日、天使どもよりこれを討伐するよう指令が下るだろう。これを捕らえよ」

 

 喰奴のサンプルは少ないからな……そう言った蒼衣の男に、御堂が疑問をぶつける。

 

「ならば今のうちに捕らえにいけばいいのでは? 何故わざわざ天使からの指令を待つのです」

「指令が下れば天使からもサンプルを得られよう……お主に与える二つ目の任務は、天使より預かるスマホを持ち帰ることだ。お主の同行者の分も含めてな……無論、その天使そのものを持ち帰っても構わんぞ」

 

 蒼衣の男の言葉に御堂は得心したように笑みを浮かべると、席を立って一礼した。

 

「その任務、確かに承りました。ええ、必ずや十分な数のサンプルを持ち帰って見せますとも」

 

 千年王国の闇は深い。

 



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2話

当然ながらこの話はリプレイとかそんなんじゃないです


「それでは不肖ながらこの円治、此度のチームのリーダーとして場を仕切らせていただきます」

 

 天使ヴァ―チャーが去ったブリーフィングルームで四人は幾つかの問答を交わし、その末にリーダーとなった円治が慇懃な挨拶を述べる。残りの三人は一つ頷き、リーダーの号令を待った。

 

「それでは早速ファクトリーセクターへと向かいましょうか。……ターミナルで」

 

 しかし、三人は今度はすぐには答えず曇った表情を作る。それは提案した円治当人も同じだった。むしろ、己の提案を覆してほしいような雰囲気すら醸し出している。

 

 ターミナルとは、この千年王国の各地に散在する様々な機能を含んだ転移装置の名称である。ターミナルはプログラムを使って転移魔術を描き出し、異なる二点間を瞬時に移動できる。

これは無知で無垢であることを望まれる一般市民には使用を許可されていないが、迅速な行動を要求される――今回のような――デビルバスターズや上層部は使用が推奨されており、円治の提案もリーダーとして当然のものである。

 ではなぜ、四人が暗い顔をしているのか? それはターミナルがあまりにも事故を起こすからだ。目的地に無事に着けば奇跡、目的地と異なるターミナルに着けば御の字。ほとんどの場合が魔界のような場所に落ちたり、体の一部だけが転移先に現れたりと、致命的なミスが起きたという報告が絶えない……なんて事実は一切ない。

 なぜならこの千年王国は全知全能である唯一神の加護を受ける世界であり、管理するのはその意思を代弁する天使である。故にここにある全てのものは完全完璧であり、エラーなど起きうるはずもなく、前述の世迷言は蔓延る反逆者どもの流言であると切って捨てるべきである。――反逆者の存在が完璧でないことの証左、などと言ってはいけない。

 だからこそ彼らデビルバスターズは迅速に現場に向かうためにターミナルを使用するべきであり、正当な理由なくしてその使用を拒むことは出来ない。……そう、正当な理由をなくしては、である。

 

「俺は反対だな」

「私も同じく、反対です」

 

 場を包んでいた奇妙な沈黙を破ったのは、蔵人と御堂だった。円治と良也の視線が二人に向けられ、言葉の続きを促す。

 

「喰奴は強い。天使様に悪魔を与えられたとはいえ、無策で挑めば泣きを見ることもあるだろ。道中で目撃者でも探して情報を得るべきだ」

「道理だな」

 

 蔵人の提案に飛びつく様に良也が同意する。しかしリーダーである円治が水を差した。

 

「事前に情報を得るべきという点は素晴らしいですが、我々は喰奴がどこから現れ、どういったルートでファクトリーセクターに辿りついたのかを知りません。これが無くては目撃者の探しようもありませんし、現状ほとんどの市民は避難所へ退避しています。そもそも、ターミナルを使ってファクトリーセクターへ行ったとしてもすぐに目標と接敵するわけではなく、情報を集めるのなら現地の人に聞くのが一番だと思いますが」

 

 円治の反論に蔵人は言葉を詰まらせるが、横から良也が援護に入った。

 

「いや、ファクトリーセクターに直接行ってからではせっかく集めた情報から対策を立てようにも、現地での準備がままならずとんぼ返りする可能性もある。こちらで情報を集め対策を立て、それに必要な準備をし、向かうべきだろう。市民が避難所に集まっているというのなら好都合だ。避難所の数も多くはない。各地から避難所に集まっているのだから、ファクトリーセクターに近い場所にあるいくつかの避難所を巡るだけで情報は十分だろう。何より、喰奴についての情報を集めるのも与えられた任務の一つだ」

 

 良也の捕捉に今度は円治が口を噤む。反論しようと思えば、まだ穴はある。市民程度から得られる情報の有用性の如何、それは迅速な対応が求められる現状に合った行動なのか、そもそも完璧であることを望まれる……いや、であると目されている自分たちが天使の助力を得てなお不足と考えるのは、信仰心が足りないのではないか……などだ。

 とはいえ、ターミナルをできるだけ使用したくないというのは円治も同じ。ならばここで折れるべきだろうと判断した円治は、頷くことで提案を受理する意思を示す。

 そこで、ターミナルの使用に反対したきり喋っていなかった御堂が口を出す。

 

「では、お互い与えられた悪魔を確認しあいませんか? 準備をするにもそれを知らなくては」

「ええ、その通りです。……ですが、その前に御堂。あなたがなぜターミナルの使用に反対したのか、その理由を述べてください」

 

 スマホを掲げながら話していた御堂に、円治がやや強い口調で詰問する。問われた御堂はスマホを下ろし苦笑いしながら答える。

 

「いえ、なに……相手が喰奴だというのならリターナーを探せば、と思ったのですよ」

「リターナー?」

 

 良也が疑問の声を上げるが、円治も分からないのか続きを目で問うている。それを受けて御堂答えることには、リターナーとは悪魔に変身した喰奴を強制的に人の姿に戻す機械であり、これはカルマ協会が力に溺れ暴れ出した喰奴を鎮圧するために生み出した技術だそうだ。

 そんな説明を聞き終えた三人はやや腰を落とし支給品のレーザー銃に手をかけ、鋭い眼光とともに御堂に殺気をぶつけた。

 

「なるほど、確かにそのようなものがあれば、事態を非常に有利に運べるでしょう。で、そのような異教の技術を、敬虔な信徒であるはずの貴方が、なぜ知っているのですか」

 

 しかしその問いにも、御堂は笑みを崩さず答える。

 

「それはもちろん、私がかつて受けた任務でその機械を持つカルマ協会の人間を捕縛したからですよ。彼が持っていたそのリターナーは技術開発局に送られ解析されています。確実ではありませんが、解析が終わり試作品が作られているかもと思いましてね。技術開発局に寄ってみるのもいいのでは、と思ったのです」

 

 そう締めくくる御堂に対して、鋭い視線を向けていた三人はレーザー銃から手を放し体勢を整えるとリーダーである円治の方に顔を向けた。

 

「では今後の行動を決めましょう。二人の提案を受けて目的地は二つ……技術開発局と避難所です。まあ避難所は複数か所ありますが……これを全員固まって回るのはさすがに非効率的。そのため手分けして各場所を回り、各人で準備を整え、然る後にファクトリーセクター……そこのターミナルで集合としましょうか」




書いたはいいけどなんだか冗長だあ。いや文字数が多いわけじゃないだけど


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3話

今回は冒頭に少しですが残酷な表現があります。おかしいなあ、当初はもっとほのぼの()とした話になるはずだったのになあ
それもこれも全部喰奴が悪いんだ! ということでご注意ください
あと話が飛び過ぎィ! と思われるかもしれませんが許してください。間の話を書けなかったんです。
相変わらず少ない文量ですが、よろしければどうぞ


 その日のデミナンディ牧場は普段の労働環境とはかけ離れた様相を呈していた。いたるところに血の痕が残っているのだ。その量や飛び散り方を見ると、そこで起きた出来事の凄絶さをいやでも想像せずにはいられないほどだった。一方で、その血の元となったものが肉片の一つも残っていないのは、まるで几帳面な掃除人が通った後かのようで、放置されている黒ずんだ血痕と合わさり異様な雰囲気を醸し出している。

その中を御堂が一人、足音を消しながら歩いている。周りの凄惨な光景にも眉を顰める程度で、警戒はしつつも怯えた様子もなく黙々と進んでいく。

 やがて辿りついた区画は、デミナンディが収容されていた畜舎だった。そこは他のところと違い、まるでつい先ほどついたかのような鮮血で濡れている。

 

(ここだけ血が新しい……何故?)

 

 疑問に思いながら辺りを見渡すと、存外早くヒントとなるものを見つけることができた。それはデミナンディを繋いでいた鎖や器具の周辺に落ちている衣服の切れ端だった。御堂がそれを摘まみ上げてみると、引っかかっていた固まっていない肉片が血と共にドロリと零れ落ちた。そんな切れ端がいくつも床に散らばっている。

 

(一人分や二人分の衣服ではない。おそらく、件の喰奴はここで従業員らを拘束して生かしたまま保存していたのでしょう。ただ食い荒らすだけでなく後のことを考えた行動をとっていることから、まだ暴走はしていないようですね。しかし今はこうして全て喰われている。血が固まっていないことからつい先ほど、しかも道中にあったものと違い肉片が残っていることからひどく焦っていた様子。デビルバスターが来たのに気づいて、急いで食べて逃げたということか……)

 

 御堂は頭の中で推理を並べ立てる。

 

(しかし解せない。デビルバスターが来たことに気付いたとして、私が一人で来たことには気づかなかったのか? 一人なら向こうから襲い掛かってくると期待していたのですが……伏兵を警戒した? それとももっと別の理由が……)

 

 御堂は単独でデミナンディ牧場に来ていた。彼は自らが提案したリターナーの回収に名乗り出て技術開発局に行くと言って別行動を取っていたのだが、そこへは本当に申し訳程度に顔を出しただけで何もせずに退出し、すぐにデミナンディ牧場へと赴いていた。彼が邪教の館から受けた任務の性質上、他のデビルバスターズと一緒にここに来ることは好ましくなかったのだ。

 一人で強力な喰奴に立ち向かうための秘策は、彼の懐の中にあるリターナーだ。これは技術開発局で再現された物ではない。そもそも本当に開発が試みられているかなど彼は知らない。ならばこれは何かと言えば、彼が元々持っていたものに他ならない。これによる喰奴の無力化と天使から与えられた悪魔によって、彼は件の喰奴を捕らえようと考えていた。

 

(だというのに、肝心の喰奴が現れないとは……)

 

 若干の苛立ちを滲ませながら部屋を出て、施設をさらに探索する。そしてそろそろ最後の部屋へ到達するかという頃、先の方から何かを殴り、壊し、引き千切るような暴力的な音が響いてきた。

 御堂は息を潜め足音を消して音の聞こえてきたほうに歩みを進める。目の前のドアは荒々しく抉じ開けられたのか蝶番が壊れ傾いており、中の様子が徐々に見えてきた。

 そこに居たのは二体の悪魔――喰奴だ。一瞬、目標は二体居たのかと驚愕する御堂だが、それは直ぐに解かれた。二体の喰奴は互いに苛烈な喰らい合いを繰り広げていたことから協力関係ではないことが窺えたからだ。片や濁流のような体を持つ竜王――イルルヤンカシュ――が相手に巻きつき頭蓋を喰らわんとすれば、対する三面六臂の破壊神――アスラ――がその多腕を以て竜の体を引き離し爪と牙を立てる。

 

 喰奴たちは互いに目の前の敵に集中し、陰に潜む御堂に気づいた様子はない。御堂はこれ幸いと気配を消し、リターナーを構え機を待った。貴重な喰奴のサンプルを二体同時に得るチャンスを前に舌なめずりする御堂だったが、その喜色を凍りつかせる意表をついて電子音が鳴り響いた。

 御堂が咄嗟に懐に入っていたスマホを取り出せば、液晶には良也からの着信を知らせる画面が呼び出し音とともに現れていた。焦燥とともに顔を上げた御堂の視界には、興奮のためかわき目もふらずに破壊神に襲い掛かる竜王と、そんな竜王を抑えながら腰辺りから御堂と同じく電子音を鳴らし、御堂を見つめ硬直している破壊神がいた。

 

 御堂と破壊神の視線が数瞬の間交錯し固まったが、その硬直を先に破ったのは破壊神の方だった。破壊神は腕の一本で腰から鳴っていないスマホを取り出し何か操作をすると、それを御堂の方に投げて捨てて鳴り続ける電子音と共に部屋の窓から飛び出して去って行った。竜王がその後を追い御堂のみが残されると、破壊神が投げたスマホの液晶から光があふれだし、新たに二体の悪魔が現れた。

 御堂はいつの間に呼び出しが切れているスマホの悪魔召喚アプリを操作しながら武器を構え、未だ混乱の残る頭で今すべきことを実行する。即ち目の前の悪魔の排除である。

 

「まあ……一先ずはこの悪魔どもを滅し、あのスマホを回収させてもらいましょうかね。考えるのは後です」

 

 

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 デビルバスターズが集合場所と決めていたファクトリーセクターのターミナル前で良也がスマホを耳に当てて話す傍らで、円治が何をするでもなくその会話が終わるのを待っていた。二人は取り決め通り避難所を巡って情報を得たのちに集合場所で待機していたのだが、いつまでたっても姿を現さない蔵人と御堂にしびれを切らし、それぞれスマホで連絡を取ろうとしたのだ。

 御堂に連絡を入れた良也は二度目で通話が繋がったが、蔵人と繋がらなかった円治はスマホを懐に入れ、良也の方を窺っていた。その良也の通話が終わるのを見計らって円治が声をかける。

 

「どうでした? まあ、漏れ聞こえていた内容でおおよそ予想は尽きますがね」

「ああ……どうやら御堂はリターナーを受け取ると単身、牧場へ向かったらしい。理由は、情報は俺たちに任せて、逃げ遅れた人がいないか確かめるため……だそうだ」

 

 そう言うと良也は一つ、大きなため息をついた。反対に円治は朗らかともいえる表情をしている。この絵だけを見れば人命救助に向かった御堂に対して円治が喜び、良也が苛立っているように見えるが、真実は全くの逆である。

 

「なるほど……つまり御堂、そしていまだに姿を見せない蔵人はリーダーの命令に反し勝手な行動をとる反逆者ということ。主と天使様の敬虔なる信徒として、反逆者は処刑しなければなりません。ねえ? 良也」

「はあ……」

 

 喜々として語る円治に対し良也はやはりこうなったか、と渋い顔で大きなため息をついた。今回与えられた任務は喰奴の討伐と情報の収集であり、人命救助は含まれていない。含まれていない以上、人命救助の優先度ははるかに低く、それを理由にした勝手な行動など処刑されて当然なのだ。ましてや理由もない行動はなおさらである。それが千年王国のデビルバスターズなのだ。

 そして反逆者の速やかな処刑もまたデビルバスターズの責務である。つまり良也と円治は御堂と蔵人を処刑しなければならず、これに異を唱えることもまた反逆者として処刑される。

 

「おや……どうしました良也、そのような溜め息を吐いて。幸福は市民の義務です。溜め息を吐いては幸せが逃げると言いますが、あなたは市民の義務を怠る反逆者なのですか? それとも、まさか、反逆者の処刑に気が乗らないとでも言うつもりですか。どうなのです、市民良也」

 

 喜色満面の笑顔で剣呑な雰囲気を醸し出すという器用な真似をする円治に対し、良也は渋面を止めて真剣な顔で見返す。どんな言い訳をしようと処刑するという意思が見える円治を見て、良也は決意と共に口を開いた。




遅くなりました。言い訳としてはTRPGのような主人公が複数いるいわゆる群像劇において、各自の行動を一人で考えるというのが予想外に難しくて投げてました
しかも行動を隠匿しながらの対立型の物語って普通に難しいと思うんです。何で俺はこれを題材にした


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4話

短いし話進んでないけど別にいいやと言う暴挙


 ニュートラルという勢力がある。手前勝手な秩序を押し付ける天使に寄らず、自由という名の混沌をばら撒く悪魔にも寄らず、人の世は人の手で拓いていくという思想のもと戦う人たちのことだ。良也が所属している組織である。また極端に偏らず良くも悪くも人と近しい悪魔もニュートラルと呼ばれる。

 よく言えば中立中庸、悪く言えばどっちつかずなこの勢力は、千年王国において最下位と言って差し支えない組織力しか持たない。かつて東京で起きたハルマゲドンでは秩序・混沌に喰らい付く第三勢力として、ともすれば本当に両者を駆逐し人の世を拓けるのではという希望を持てる程だったのだが、今は見る影もない。

 その理由は大きく分けて3つある。まず、ニュートラルの指導者として人々を導いた救世主がハルマゲドンにおいて死亡し、彼の後を継げるほどの傑物が現れないこと。次いで、戦う力を持たないながらもニュートラルの世を夢見て戦う者たちを支えてきた弱き人々が、天使たちの洗脳によって自我の薄い操り人形のようになったこと。最後に、そんな洗脳を跳ね除けるほど強い者たちの中からニュートラルに賛同する者が極端に少ないことだ。

 

 天使の統治に心から賛同し積極的に千年王国に殉じるもの、賛同はできないまでも今ある安寧を壊せば人の血が流れるからと消極的なもの、持てる力を人々のためではなく我欲に費やすことを選ぶもの、そもそも関わりあいになりたくないと隠居するものなど。

 洗脳を受けず、我欲に走らず、しかし人々に痛みを与えることを覚悟して動けるものは決して多くはない。当然ながらそんな彼らでは十分な情報網を敷けず、千年王国内の異変を事前に察知し、場に適した密命を帯びるなどできるはずもない。

 ゆえに、良也がいつも己に課す使命は二つ。

 

「もうそんなことは止めにしないか? 人を助けに動くことのどこに咎ある。小さな罪を罰するために死刑など馬鹿々々しいと思わないのか」

 

 それは人の命を一人でも多く助け、そして同志を増やすこと。いずれもこの千年王国においては決して容易いことではないが、良也は任務を受けるたびに少しずつ命を救い仲間を増やしてきた。

 そしてそんな言葉を受けた円治はあまりの衝撃に言葉を失い固まっていた。言い訳を並べるとばかり思っていたところに返って来たのは現体制を真っ向から否定する言葉。主を、天使を否定することは最大の禁忌だ。

 

「お前は幸福がどうこうと言ったな。この千年王国のどこに幸福がある! シェルターでお前も見てきたはずだ、悪魔の脅威を知らされながらも笑みを浮かべ祈ることしか出来ない人たちを! 彼らはきっと目の前に飢えた悪魔が現れても逃げることも笑みを絶やすこともせず、ただ膝を折って祈るだろう、『神よ』と!」

 

 硬直していた円治が、目の前の反逆者を罰するべく動き出す。しかし、動揺と怒りから彼の動きは鈍り、逆に言葉を吐いた時から覚悟を決めていた良也の動きは速かった。

 円治が良也に銃を向けるが、それを撃つよりも早く良也がその腕を捻り上げ銃を落とさせる。円治がさらに動くより前に良也が円治を押し倒す形で押さえつけた。そして言霊をこめて説得を行った。

 

「ぐっ、放せ……!」

「祈ること自体を否定はしない。困難に突き当たったとき、救いを求めるのは人として当然だ。だが彼らの祈りは救いを求めてのものじゃない、ただ神への信仰の形として押し付けられた祈りだ! 脅威に対して自らの意思で抗うか逃げるかも選べない彼らが、人として正しい姿であるはずがない!」

 

 千年王国に生きる人々は天使によって歪められている。そんな状態で幸せなど掴めるはずがない。そもそも幸せとは何かも理解できないだろう。だから、力ある者たちが彼らを解放しなければならない……そんな思いを言の葉に込めて伝える。

 それが伝わったのか、徐々に円治の抵抗は弱まり、やがて良也が離れてからも暴れることなく、ゆっくりと立ち上がって良也と向き直った。

 

「……ええ、まったく貴方の言う通りです、良也。私は今まで何をしていたのか……自分が恥ずかしい」

「分かってくれたならそれでいいさ。さあ行こう円治、デミナンディ牧場に行って人を救って、勝手な行動をした二人に少しばかりのお説教をしてやろう」

 

 虚ろな目をした円治とともに、良也はデミナンディ牧場へと向かった。

 

 

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 デミナンディ牧場の一室で、全身に傷を負った喰奴が人の姿に戻り倒れていた。瀕死と言うほどではないが、まともに動けるようになるにはしばらくの時間か回復魔法を必要とするだろう。

 そんな喰奴を後目に蔵人と御堂が向かい合っている。蔵人は無手のまま苦い顔をしている一方で、御堂はリターナーとスマホを両手に持ち、余裕をもって対峙している。蔵人が舌打ちを一つ着いたところで、御堂が先に口を開いた。

 

「私たちは運がいい。そう思いませんか? どうやらあなたもそこの喰奴に用があった様子ですが、おかげで当初の予定を変更できそうです。ねえ」

 

 その言葉に蔵人はどうだかと小さく返す。それぞれ異なる組織から喰奴を連れてくるよう密命を受けている蔵人と御堂は競合する立場にある。ある点を見れば確かに運がいいと言えるだろう。

 蔵人達はリーダーである円治に告げることなく牧場へと先んじて訪れている。この時点で処刑を免れない状態だ。抵抗しようにも自分以外の三人が相手となれば敗色は濃厚、不意を狙うのも難しいだろうと考え、最悪の場合ターゲットに殺されたと偽装し姿をくらますことも考えていた。だが自分以外の一人が増えたことで数の上での不利が無くなり、しかも片割れは強力な喰奴だ。うまくやれば良也と円治の方がミッション中に死亡したと報告し、大手を振って歩くことができるようになるだろう。

 しかし蔵人にとって現状は面白くない。理由は御堂の手に握られているリターナーだ。あれがあるかぎり喰奴であり、手持ちの悪魔が使えない蔵人は御堂に対して強く出ることは出来ず、二人を排除した後にどうなるかわかったものではない。それでも現状、御堂と協力することが最善と考えた蔵人は渋々と言った様子で返事をする。

 

「ああ、そうだな。それに、使えそうな駒はもう一つ増やせそうだしな」

「……ああ、なるほど。確かにそうですね」

 

 そう言った二人は、部屋の隅で呻いている喰奴の男を見る。

 

「とりあえず説得から入りますか。命が惜しければ私たちを手伝え、ということで」

「俺とお前、どっちが残ろうともその約束は果たされないだろうけどな」

 

 微笑を浮かべ回復アイテムを手に取りながら近づく御堂を、蔵人は腕を組んだまま見送った。

 




新・女神転生IV デビルサバイバー NOCTURNE FINAL
みたいなクロス作品を妄想する日々

ナオヤ「クククッ……サムライは神に選ばれし戦士。本当にそう思っているのか? だとすればとんだお笑い草だ」
ヨナタン「なっ……!」
イザボー「なんですって……!」
ナオヤ「幾万年経とうと変わらぬ天使共の思考を読むなど、人間のそれより遥かに容易い。断言してやる、お前たちサムライは上の奴らにとって害悪でしかない」
ワルター「そいつはどういうこった!」
フリン「……」

オーディン「どうやらベルゼブブやべリアルは王位争いに主眼を置いて動くようです。ただのバアルではなく、ベルの王となったものを我らの陣営に引き込むのは難しいでしょう。……ルシファーめ、ベルの王ともなれば奴にも手綱を握れるものではないというのに、何を考えている」
クリシュナ「混沌の盟主としては、認めざるを得ないのさ。ベルの王になられたら自分よりも力を持つかもしれないからやめてください、なんて言えるはずもないしね。まあいいさ。バアルがいなくても、ベルの王が生まれても、僕の計画に揺るぎはない。……それでミロク、君が連れてきたそれはなんだい」
ミロク「ユリコ派の元人間ですよ。貴方の誘いに乗った時点で私の経典は必要なくなりましたが、さりとてこの力まで捨てるのは惜しい。まあ、貴方の神殺しのスペア程度に考えていただきたい」
クリシュナ「それなら余計なものを混ぜないで欲しかったね。……中に溶けているのはマロガレか。まあ有効に使わせてもらうとするよ」
人修羅「……」

ダグザ「この世界は今、数多の可能性が集う特異点となっている。間薙、フリン、アベル……この3人程ではないが橘、新田、氷川、ワルター、ヨナタン、カイン……。今挙げた奴らは異なる世界において、世界そのものを己の望む形に変えるだけの力を持つ存在だ。それだけの可能性が一つの世界に収束している。……分かるか? こいつらを纏めて味方に引き込む、あるいは敵として敗北の烙印を押し付けることができれば、それは平行世界においてもはかり知れない利となる。天使も、悪魔も、神も、そして一部の人間もそのことを知っている。故に奴らはこの世界での戦いを、尋常ではないほど重視している。心しておけ、小僧。この世界の戦争は、アマラ宇宙において類を見ないほどの規模になるだろう。……だが案ずるな。いかなる障害が現れようとも、俺がお前を勝たせてやる。それを忘れるな、俺の神殺し……」

みたいなのを考えた。10年後に書くかもしれない


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