俺は竈の女神様 (真暇 日間)
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プロローグ
竈の女神、産まれる


基本的に短めです。


 最近の小説では、よく『転生』ってのが出てくる。一度死んでしまった主人公が、神様だったり悪魔だったりの頼みや命令で今まで住んでいた世界とは全く違う世界に赤子として生まれ変わったり、あるいはどこかの作品の世界に行くことになったりするわけだ。

 俺はそんな小説を割と好んでよく読んでいたし、時々主人公の行動に違和感を感じて読み進んで行ったら最後の最後にネタばらしでそれらの違和感がまとめて解明されたり、あるいは投げっぱなしのまま放置されてモヤモヤしたりするのが好きだった。

 そして、そんな俺が今、ようやく気づいたことがある。

 

 ……そういった作品は、自分の身に降りかかることがないと言う保証のようなものがあるからこそ楽しめるのだ、と。

 

 

 

 まずは名乗ろう。俺は■■■■。西暦1994年に日本と言う国で生まれ、そのまま日本で暮らしてきた。今では一応大学生やってるが、成績はあまりよろしくない。遊び重点だったからそれについては仕方ないし、後悔も全くしていないが、それでももう少し勉強を頑張ればよかったとテストの度に思いながらも喉元過ぎてすぐにまた遊び始めるタイプの人間だった。そこまで本気でやっていなかったのは、そのやり方で一応何とかなってきていたからだ。地頭はよかった方なので、大体テスト前に一度ノートと教科書を見返せば最低限の点数は取れた。

 そんな俺だったが、今俺は神話の世界に居る。理由はわからない。原因も不明。だが少なくとも今の俺が日本に住んでいた俺とは一線を画する存在だと言うことは間違いない。何しろ俺は元々男だったのだが、なぜか身体が女になってしまっている。それだけではなく、なんか身体の中に妙な力のようなものを感じるし、しかもその力をかなり自由に使うことができ、まるで魔法のような現象を起こすことができるのだ。

 これだけなら神話の世界に居るとは言わない。生まれ変わりなんて言う事が起きたんだから魔法の実在くらいで驚いたりはしないし、異世界でありかつ魔法のある世界ならばこのくらいの事ができてもおかしくはない。身体は子供かもしれないが中身はもう20行ってるのだから当然のこと……かどうかは置いておくとして、できている。

 問題は、俺や両親の名前だ。俺はついさっきも言った通り、元は日本に住む大学生で性別は男だった。名前は思い出せないが、数人の友人達と馬鹿話をしたり少々嗜好の腐った知り合いに┌(┌^q^)┐<ホモォ…な想像をされて付き合い方を考え直そうとしたこともあった。しかし今では間違いなくこの身体は女のもので、しかも名前はヘスティア。

 ……うん、ヘスティア。しかも両親が大地と農耕を司り、ティターン神族の長でもあるあのクロノス(時空の神とは別物)と、同じく大地を司る女神であるレアー。香ばしくも懐かしい厨二病時代に調べたのがまだ頭に残っていたと言うことも驚きだが、その内容に驚くべきだろう。

 はい、俺は竈の女神様です。

 

 ……なんでこうなったし。マジでなんでこうなったし。

 いや、確かに俺はよく怪物扱いされていた。人間かどうか怪しいとよく言われていたし、怪物らしさを隠そうともしていなかった。スタプラごっこと称して自分に向かって飛んでくる輪ゴムパチンコの弾(消しゴムの切れ端)を親指と人差し指でつまんで止めて見せたりしたし、かめはめ波の練習でかめはめ波は出せないにしても両手で撃ち出した空気の圧で5m先の蝋燭の火を掻き消すくらいのことはできていたし、バスジャックされたバスに跳ねられた時に消力(シャオリー)つかって力を全部受け流して結局着地に失敗した時の痣一つで済ませたこともあるが、だからって神様扱いされるようなことはしていないはずだし、仏教的に輪廻転生がマジであったとしても神になれるほど徳を積んだ覚えもない。

 だってのに何で俺はオリンポス12神にも数えられるような滅茶苦茶偉い神様に生まれ変わろうとしてるんですかね? 意味がわからない。マジで。

 

 とは言え、なっちまったものは仕方ない。俺なりに女神ヘスティアとして行動させてもらうとしよう。まずは……成長することからだな。精神的に成長することで外見も成長させることができるらしいし、できる限りはやってみよう。どこまでできるかは知らないが。

 

 



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※はらのなかにいる
竈の女神、成長する


 

 クロノスという神は、ある予言を受けていた。その内容は、いつの日にか自身の子によって立場を奪われるというものであったらしく、性交を好み、妻であるレアーとの間にヘスティアー、デーメーテール、ヘーラー、ハーデース、ポセイドーン、そしてゼウスといった神を作っていたにも関わらずその予言が実現しないようにと自身の子を飲み込み、成長させないようにしていた。

 しかし、妻であるレアーによって末の子であったゼウスの代わりに石を呑み、ゼウスは隠されて成長し、そして成長したゼウスは父であるクロノスを打倒して兄弟たちを呑まれた逆順で吐き出させた。

 その際、クロノスの腹の中で何の経験もすることができなかった兄弟は赤子のまま再びこの世界に産まれ直し、世にも珍しい『産まれた順番と年齢が真逆の兄弟』と言うものができたわけだ。

 

 ……そんなわけで俺は今、クロノスの腹の中にいる。別に時間が止まっているわけではないが、代わりに時間の流れ以外の物がほぼ何も存在しない。(ヘスティア)から見て祖父に当たるウラノスの司る宇宙そのものに放り出されたかのようだ。

 確かに何も知らない赤子がこんなところにいきなり放り出されれば何の経験も積むことができないまま時間だけを浪費することになるだろう。自身の力の事などを知っていれば色々と鍛えたり考察したりができるかもしれないが、普通は無理だ。

 

 さて、ここでひとつおさらいをしよう。

 俺は今、ヘスティアと呼ばれる女神の身体と力を持っている。精神的に円熟しているとは言いがたいが、それでもある程度成長していることは間違いない。つまり、ある程度ヘスティアとしての力を扱うことができるわけだ。

 ヘスティアは()の女神であり、祭壇と祭祀の女神。そして家の守護神であり、国家統合の守護神でもあり、あまねく孤児の庇護者でもある。神としての面は、俺の覚えている限りではおよそこんなものだったはずだ。

 

 今回使うのは、炉の女神としての一面。燃え盛る炉を、神の力で顕現させる。これには正確なイメージが必要で、余程の天才か馬鹿であった方がやりやすいのを確認している。だからこそ力の強い神はちょっと人間的に見るとおかしい奴ばかりなんだなと納得できてしまうほどに。

 (ヘスティア)の父、クロノスは大地と農耕の神。五行で現せば土の属性。水に強く、木に弱く、火によって強化される。そんなところに火を加えたらより強くなるだろう。……が、それはまともな規模ならばの話だ。

 

 世界最大の炉。俺が人間であった時には非常に身近な存在であり、同時にけして手の届くようなものではなかったが、俺はその存在をよく知っている。

 

 質量にして地球の万倍以上。体積にして億倍以上。熱量は地球を千度塵に変えても有り余るほどに有る、太陽系の中心に位置する超巨大な核融合炉。

 

 太陽を(・・・)この場(・・・)()招く(・・)

 

 クロノスは巨神だ。しかしそれは地球の大きさを越えはしないし、太陽に比べればダニやミジンコとそう変わらないサイズでしかないだろう。

 まあ、当然だが竈の女神だからと言って太陽の完全再現なんぞできる気はしない。と言うか現状でわざわざ完全再現なんかする意味もない。したら多分俺も死ぬ。未熟だからな。

 しかし、それでも太陽は太陽だ。大きさが万分の一であろうと、宿す熱量が千分の一も無かろうと、地球を焼き払うに困ることはない。ただ、いくら体内から焼くとしても距離や頑丈さの問題で外側のクロノスが焼けるよりも俺が焼け死ぬ方が早いだろう。

 さあ、こんな時こそ昔とった杵柄。数多くの小説や漫画を読んで得た知識と、厨二病的な感性の使い所だ。

 

 まず、俺は竈の女神様。竈が竈であるためには、内側で燃える炎の熱に負けないようになる必要がある。じゃなければ崩れ落ちて竈じゃなくなるからな。その神だと言うのだから、俺は自身の作った竈の中の熱には耐えられるだろう。無傷で済むとは限らないが、それでも耐えられて当然だ。耐えられないようなものは炉とは言わないからだが、だからこそ俺は耐えられる。今は無理かもしれないが、今すぐに成長して実行するつもりだ。ここ、なんか臭いし。

 次に、神としての力を自覚し、自身の意思でより効率的に使いこなし、より強くなることが必要だ。今のままでは外側のを殺しきるような火力を出すのは苦労するだろうし、ある程度法則があるならそれを使った方が扱いやすい。神が存在するなら悪魔だっているだろうし、そういった存在がいるならば魔法もあっておかしくない。まあ、ここがクロノスの体内だということもあって使うのはかなり難しいことになるだろうが、逆に言えばこの場所でそれだけの事ができるようになれば十分な実力を持っているに等しいと言える。

 

 よし、それじゃあ早速成長するとしようか。外側のクロノス(クソオヤジ)を殺せる年齢まで。

 

 



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竈の女神、焼き払う

 

 呑まれてから……どれくらいの時間が経ったのかは俺も知らないしわからない。ただ、眠くなったら寝て、そして目が覚めたら神の力や魔法らしきものの力の源泉に色々とアプローチを加えていた。身体はすっかり成長したが……なんと言うか感覚的にはかなり短い間に一気に成長した上に前世の身長とかなり違い、ついでに胸に以前は無かったものがついていたり股の間にあったはずのものが無かったりで非常に奇妙な感覚だ。慣れるために身体を動かしてみたが、地面が無いのに崩拳が打てるくらいの勁をどこから持ってきてるんだろうな? あれは確か地面から持ってきてたはずなんだが。

 

 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。重要なことは他にある。

 まず、俺の属性だ。父は大地と農耕の神であり、属性は土。母親もまた大地の神で、属性は土。どちらも土を属性として持つが、父は土以外にも農耕を司る。生物が生きるには五行の全ての属性が必要となるし、有る意味では父は全ての属性の片鱗を持っていると言うわけだ。

 では、ヘスティアとして産まれた俺はどうなのか。竈の女神と言うからには当然ながら火の属性が強いが、同時に土の属性も持っている。火を強くするためのふいごから風の適正もなくはない。竈が何で作られているかを考えれば土の属性を持っているのも納得できる話だし、ギリシャ神話においても一応火の女神としての側面も持っているのだから火の適性があるのは当然だ。

 さらに、孤児の守護神として闇を照らして見せるために光の属性も持ち、安らぎを与えるための闇もある。神の力は全ての代用になるが、神の力を考えない適正で考えればこんなものだろう。

 

 ───十分だ。十分すぎるほどだし、足りなけりゃまた新しい解釈で持ってくればいい。

 

 太陽を作る。まずは核からだ。太陽の核は水素と、それを核融合させて作るヘリウム。炉に付き物のふいごの要領で圧縮してやれば、水素とヘリウムの核融合炉、通称『太陽炉』の出来上がり。中身だけだがな。

 これの外側に闇を纏わせる。一切の吸熱を行わないように内側に光を反射するような仕掛けを作り、無駄な排熱を行わないようにする。調整が難しかったができたので問題ない。できなかったら暴発するが、ある程度離れたところで作ったから被害はない。少し前ならともかく、今ならそもそも暴発させないしな。お陰で闇属性と光属性が強くなってナイト的に最強に見えるようになってしまった。

 そして闇のなかで太陽を作り上げた後は、その反応速度を加速させて熱量を溜め込む。最終的に超新星爆発を起こさせて、その熱量とエネルギー、そして融合されてできあがったヘリウムガスを核にまた太陽を作り上げる。ヘリウムは更に核融合を起こし、原始配列表においては一つ下に位置するネオンへ。合計の質量がほんの僅かに減るが、減った分の質量は純粋なエネルギーとして存在しているため世界の法則に違反している訳ではない。

 神としての力である程度無視できるが、当然ながらできるだけ違反しない方が疲れないため出来る限り法則にしたがって行動する。

 そうしている間に余裕が出てきたのでもう一つ水素を圧縮して核融合炉を作る。質量をエネルギーに変えている都合上、徐々に質量が失われていくので少しずつ追加していくわけだ。

 初めは水素。そこからヘリウムとなり、ネオンへ。一つ一つの分子は重くなり、結合できなかったものは崩壊してエネルギーに。最終的には全ての質量をエネルギーへと変え、それらを纏めて解放する。一点に纏めることができれば今でもクソオヤジ(クロノス)の腹をぶち抜くことくらいできるかもしれないが、まだ調整が難しい。俺が死なないようにするためにも指向性をつけるのは必要不可欠だし、やることは多い。

 竈の調整。追加する元素の生成と選別、そして圧縮。温度管理に強度と圧力の兼ね合いに放射線などのことも考えなければいけない。やることもできることもまだまだ尽きそうにない。

 よし、とりあえず今出せる限界まで竈を増やして───

 

 ピシッ!

 

 ……あ。

 

 




 
 焼き払われるのがクロノスだとは言ってない


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竈の女神、炉を作る

 

 能力の限界を見極め損ねた結果、ちょっと火達磨になったが火から土を生み出して自身を再生した結果、髪の先がちりちりに焦げたくらいで無事に生きている。突然圧縮状態を解除された結果、擬似的な超新星爆発が目の前で起きた時は本気で死ぬかと思ったが、俺はまだまだ無事に生きている。本気で死ぬかと思ったけどな。

 ……しかし、太陽炉を作るのはいいが、失敗の度にあんな爆発に巻き込まれていては大変だ。最終的には意図して暴走させてやることにしたが、やはりきつい。肌がまだチクチクする。あと髪が焦げて変な臭いがする。

 

 それはそれとして新しい太陽炉だ。一度暴走させたのをなんとか制御を取り戻したら、なぜか俺が考えていた以上の火力が出るようになったのでそのまま続けている。今では中心部が水素とヘリウムの混合気体から重金属にまで成長している。神の力と言うのは筋肉のように少し無理して使えば超回復するらしい。なるほど、神に脳筋が増えるわけだとこっそり納得。

 そして重金属を核にした太陽炉を作れるようになったので、今度はクロノス(クソオヤジ)の持つ大地の権能から抽出した金属を核に太陽を作る。少々やりにくいが、これでまた一つ俺は成長することができた。

 だが、最近は権能ばかり鍛えている気がする。もう少し肉体や魔術なども鍛えておいた方が良いかもしれない。相手は巨神。戦闘においてはあちらに一日の長がある以上、こちらはその経験をひっくり返せるだけの自己鍛練の密度を実現しなければいけない。なんとしてでも。

 

 ……そこで役に立つのが知識……と言うか、思い込みの力だ。厨二病的な解釈やそれに対する思い込みで神は強くなれる。竈の女神である(ヘスティア)が太陽を作れてしまうと言うことからもその事がよくわかるだろう。

 俺は竈の女神。竈は家の中心であると考えられていたことから家庭の守護者とも扱われている。この場合の家庭とは、同じ家に住む家族やその財産を指しているため、竈自体も家に含まれる。つまり、俺は俺自身に対して守護の加護をつけることが可能と言うわけだ。これで直接的な防御力は確保した。

 次に、相手の攻撃を逸らしたり受け流したりと言う間接的な防御力を得る。技術としては中華拳法の化勁や聴勁、消力(シャオリー)等が当てはまる。化勁は基本動作だけなら練習できるし、消力も炉の暴走による爆圧等を受け流す際に練習できるが、聴勁だけは相手がいなければ練習できない。仕方ないので保留しつつ、化勁と消力だけは練習しておく。

 そして攻撃。竈は動けないが、その内部の熱量は凄まじい。つまり、そのエネルギーを極力無駄にしないように当てる技術が一番竈の女神には合っているだろう。つまり、寸勁あるいは無寸勁などの隣接距離からの重い一撃が一番だと思われる。これも要練習だが、恐らく化勁の練習に合わせる事ができるだろう。力の流れを操る技術の総称が化勁だからな。できるはずだ。多分。

 最後になるが、何より逃亡力。速度だけでは足りない。体力があれば良いと言うわけでもない。あらゆる場所を踏破する方法が無ければいけない……のだが、何しろ俺は竈の女神。動かないことが得意な俺が逃亡するには、自身の足で走るよりも魔術等を使った方がいい。もちろん体力はつけるし逃走の練習もするだろうしぶっちゃけ仙術系統の縮地に似た技術を覚える予定だが、なんにしろ体力は大事。ゲーム的に表せばHPではなくスタミナの方。HPもHPで大事だが、普段から何かをするならばスタミナの方が重要になってくる。

 まあとにかく、基礎力を上げていくことにしよう。神の力なしで純粋に魔法を使うための下準備として神の力と魔力の区別はつけたし、その次に気とも区別をつけることができた。残念なことに太公望や大上老君はいないので仙術は完全に独学となるが、今のところ時間はまだある。なにしろヘスティア()の次に飲まれるはずのデメテルすらいないのだから、時間はまだまだたっぷりとある。ヘスティア()の属性は土を基礎とした火。そして光と闇をほぼ等分に持ち、金属などの化工や料理などにも使われることから製作系統の適正はあるはずだ。つまり、万能型に近い存在になれると言うことだ。

 流石に水を直接扱うのは属性と本質的に難しいと思うが、蒸気としてならば扱えるだろう。今更だが、非常に殺害に特化しているとしか思えない。土に火を混ぜれば溶岩になるし、水を使おうとすれば灼熱の水蒸気。工夫を重ねれば生産にもなるが、武器に薬物の製作などなど……実に恐ろしい神だなヘスティアは。一番怖いのは厨二病の無駄に高いリーディングスキルかもしれないが。

 

 さて、それじゃあそろそろ良い頃だろう。本番用の太陽炉の核としてクロノス(クソオヤジ)の使う武器にも使われているアダマス(多分アダマンタイトとか呼ばれているアレ)を使う。神話の解釈によると実際にはただの鋼鉄だったらしいが、ここのアダマスは違う。ダイヤモンドの硬度と鉄の柔軟性を併せ持ち、砂鉄を引き付ける磁力を帯びた謎金属。それがアダマスだ。こいつを使って不滅の太陽炉を作り出してやろう。そしてクロノスは殺す。

 

 

 

 

 

 神器【ヘスティアの炉】

 神世にて作り上げられた連なった炉。その温度は太陽と等しいとされ、ありとあらゆる金属を溶解させることができると言う。

 中心部にはヘスティアの父親であるクロノスの使う武器でもあったアダマスが使われており、アダマスの名の通り、この炉の炎は永久に落ちることがない。

 この炉を十全に使いこなすことができるのは、製作者である竈の女神ヘスティアのみであるとも言われている。

 



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竈の女神、武器を打つ

 

 目指すはAC北斗○拳のフルメンバー合成。使えそうな技は使えるようになり、使えない技は別のもので埋める。基礎はトキ。発勁や無想流舞、当て身を基本としてちょくちょくレイや聖帝等の技も使っていきたい。打撃斬撃射撃を全体的に修め、可能ならば有情拳も使いたいところだが神の経絡が人間のそれと同じかどうかはわからないし、同じだったとしても効果まで同じかわからないし、そもそも秘孔がどこにあるのかわからないので難しいだろう。残念だが諦めることにした。残念だが。

 

 そう言うわけで無想流舞、通称ナギッを習得。移動が楽になるのはとても良いことだ。逃走にも使えるしな。腹の中から一撃するのは良いが、それであのクロノス(クソオヤジ)が死ぬとは思えない。なにしろゼウスが生まれて育つまで、ギリシャ神話においてウラノスを去勢して主神の座を奪って座り続けていた怪物だ。天空の化身であるウラノスを相手にたかが大地一つ分で一体どうやって勝利したのかはわからないが、どう考えても勝てる勝負ではない。

 しかし、クロノス(クソオヤジ)は勝って見せた。ならばそこにはそれなり以上の工夫や策略があったわけで、今の俺に対してそういった策もなしに居てくれているならばなんとかできそうだが、何もなしで真正面からあたるのはどう考えてもバカのやることだ。俺自身、かなり無茶苦茶やってなんとか不意の一撃を最大限の威力で叩き込めるようにしてはいるが、それで終わるかどうかはわからない。終わってくれれば嬉しいんだが、そんな簡単に終わるようならウラノスを相手にして勝てるわけもない。

 ……太陽炉、もういくつか連結しておくか。高温炉と低温炉、中温炉の三つを用意して、用途別に使えるようになればいいなと思う。流石に太陽炉で料理なんてしたら、あっという間に炭に変わって食えたもんじゃなくなるだろうしな。噴き出したフレアが何故か一番温度が高く、黒点が最も温度が低い。低温炉は全体が漆黒の黒点太陽炉。中温炉は通常の太陽炉。そして高温炉はフレアとして出てきた高温高エネルギーの炎を結晶化して核として使えれば理想的。高出力のアダマスの太陽炉の特に高温な部分だけを使うことができれば役に立つはずだ。何にかは知らないが。

 ……ついでに自分用の武器でも作ってみるか。幸いにして材料はいくらでもあるし、時間だってたっぷりとある。体格に合わせて短剣二刀か、あるいはクロノス(クソオヤジ)と同じような鎌に鎖でもつけるか? 運命な聖杯戦争の五次ライダーみたいな釘剣を短剣に変えるのもありだろう。その場合には拳を振るう邪魔にならないようにナックルガードなどはつけないで、簡単に投げ捨てられてすぐに回収できるようにしておきたい。

 ……数がいるか? なら作ろう。明らかに目に見えるだろう鎖のついた短剣と、よほど注意しなければ見えないような細い細い糸のついた短剣と、何もついていない短剣。隠し場所は……まあ、あてがある。漫画的表現で言えば、四次元谷間とでも言うのだろうか? 武器の隠し場所には良いと思われる。

 ……中国拳法と言えば暗器は付き物だからな。細い針のような暗器も良いが、通常の武器を暗器のように隠し持つと言うのも良い。特に鎖分銅や鎖鎌等のトリッキーで練習なしでは使いにくくて仕方ないような武器が好みだ。その点で言えば大鎌なんて言う実用性ほぼ皆無の厨武器を使うクロノス(クソオヤジ)はよくわかっているが、クロノス(クソオヤジ)は絶対に殺す。武器の趣味が似ていようが何だろうが殺す。最低でも再起不能までは持っていく。絶対だ。神話で語られていたように自分の鎌で去勢させてやる。ついでにその鎌の柄で掘ってやる。ありがたく思うが良いさ。

 

 さて、それじゃあまずは簡単なものから作っていくとしよう。何にも繋がっていない短剣だが、アダマスと言う超硬度の金属を使うとなればそれだけで難易度が頭おかしいレベルまではね上がる。まず人間が作ることのできないものだが、俺は神だ。時間はたくさんあるし、材料も数多い。大地の神の中に居るのだから、適当に持ち出せばそこそこいい鉱石に変わるのだ。使わない理由が存在しないな。

 まあ、初心者が完全に独学でやっていくのだから、初めからいいものが作れるなどとは思わない。この身体が神の物でなかったらそんな非効率的なことはできなかっただろうが、今の俺は神だ。不可能ではない。

 だが、まずはそのための道具を作ることから始めよう。初めに必要なものは、鎚と金床。その二つがあればある程度加工することはできるようになる。初めは作りたての炉にアダマスを放り込んで溶かし、焼いた土で作った分厚い器に注ぎ込む。上手くいけば簡易な金床はできるだろう。

 そして同じように鎚を作り、さて、製作開始と行こうか。

 目指すは未だ存在しないヘパイストス。かつては雷と火山の神であり、その後に権能を変えて炎と鍛冶を司るようになった、ヘスティアの甥。届くかどうかは努力と気合次第。やるだけやろう。どこまでも。

 



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竈の女神、妹を拾う

 

 これはあくまで人から聞いた話であり、必ずしも俺自身の意見であるわけではないと言うことを先に伝えておくとしよう。

 

 この世界には順番と言うものがある。例えば俺が今世に生まれ変わったヘスティアの存在するギリシャ神話において、初めに存在していたのは何も存在しないという概念のような物のみだったと言われている。空間すら存在せず、時間の流れもなく、ただ何も存在しないと言う事実のみ。

 しかし、ある日そこにひょっこりと突然存在が現れた。正確には存在したのかどうかもわからない。なぜならその存在は『空隙』と言う、いわゆる空間そのものと言う存在だからだ。

 今まで何にも存在することのなかった世界に何かが存在し始めたことで、世界は急速に新たな存在を生み出していく。

 先に現れた空隙そのものが世界に初めて生まれた神であり、原初神とも呼ばれることとなったカオスと呼ばれる無限の神。何も存在しない、果てすら存在しない世界に突如現れたそれは、文字通りの意味で果てのない世界の全てを覆いつくす存在となった。

 そしてそのカオスの中に、新たに大地(ガイア)が生まれ、冥府(タルタロス)が生まれ、原愛の神エロスが生まれた。

 そして地母神ガイアは自身の力のみで天神ウラノス、海神ポントス、暗黒神エレボスを産み、原愛の神エロスの働きの下で天空の神ウラノスと婚姻を結び、夫婦となってさらに多くの子を成した。

 ガイアがウラノスとの間に成した子は、オケアノス、コイオス、クレイオス、ヒュペリーオーン、イーアペトス、クロノス、レアー、テイアー、テミス、ムネーモシュネー、ポイベー、テーテュースの十二柱。総じてティターン十二神と呼び、それぞれが大きな力を保有していた。

 

 ……ここまでの事でわかるだろうが、ティターン十二神の中にはヘスティアの父親であるクロノスがおり、さらにクロノス(クソオヤジ)は自分の父を去勢して追放したうえで自分の姉を妻として迎え、さらにそうして産ませた子供を飲み込んで神々の王としての立場を奪われないようにしたのである。実に下衆い考えだ。

 そんな中でわかるのは、神々の王が移り変わっていく中で、一番初めはともかくとして主神が変わる時には常に当時の主神の末の息子がその座に座っていると言うことである。

 つまり、このギリシャ神話の中では末の息子になることが主神に成り代わるために必要なことの一つだと言えよう。順番が大切とはつまりそういう事でもある。

 しかし、兄弟、あるいは姉妹であると言うことは、ギリシャ神話の中では特に珍しいことでもない。なにしろギリシャ神話における神々の中で血縁のない神など文字通りに数えるほどしか存在しないのだから。近親婚を平然と繰り返すし、浮気はするし、本当にギリシャ神話の神々と言うのは人間臭すぎるほどに人間臭い。

 だが、だからこそ順番が大切と言う事にもなるのだ。

 

 父としての役割は、多くが子供たちの目標となることだ。クロノス(クソオヤジ)もそういう意味では末っ子のゼウスに倒されることでその役割を全うしたと言ってもいいが、それでは姉、あるいは兄の役割とは何だろうか。

 そう聞かれた時、とある男はこう答えたと言う。

 

「弟や妹の恥ずかしい黒歴史を集めて脅迫するために兄や姉と言うのは先に産まれてくるんだよ」

 

 と。これもまた何ともクズの言う事らしいが、ある意味では間違ってはいないと思う。完全に正しいと言う気もないが、ある意味でそれは実に正しい。早く産まれれば確かにそういう事だってできてしまう。早く産まれると言うことは得なことだが、同時に一つの責任を負わなければいけなくなる。

 

「兄貴と言うのは、普段弟や妹達を弄っていい代わりに、何かあった時に弟や妹を守ってやらなくちゃならない」

 

 ……つまり、私が何を言いたいのかと言うと、だ。

 

「ぅああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あーはいはいよしよしよしよしいい子だから泣き止んでおくれデメテル。悪いけど俺は乳も出なけりゃ食事も作れないんだよ。ここ生き物は何もないから材料もないしな」

 

 ……経験皆無で殆ど成長できないまま新しく腹の中に送り込まれてきてしまった妹のおしめでも替えてあやしてやればそういったのはもう弱みカウントにしてもいいよな? と言うことだ。

 神だから食事はいらないにしても、流石にこれは酷い。酷すぎる。俺がクロノス(クソオヤジ)に呑まれてから一体どれだけの年月が流れたのかは知らないが、なんで俺が面倒を見てやらなきゃならんのだ。まあ、五月蠅いし緊急事態でもあるのは間違いないから面倒くらい見るけどさ。俺は一応デメテル(こいつ)の姉ってことになるんだし。

 ……とりあえず、鉄を集めてほっそい糸にして布編んでおんぶ紐でも作るかな。金属系統しか材料が無いのが本当に嫌になるね。クソオヤジ殺す。ケツの穴に暴走寸前の小型太陽炉突っ込んでカエル爆竹みたいにしてやる。俺は執念深いんだ。覚えてろ? やると言ったらやるぞ? 俺が出て行った後に原形留めてたらの話だがな。

 



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竈の女神、母になる

(母親になるとは言ってない)


 

 先日拾ったデメテルだが、俺と触れ合っているうちにすくすくと大きくなっていき、今ではもう人間で言う三歳から四歳児くらいの体格になっていた。しかも頭の方もそのくらいまで成長しており、既にガイアからレアーへと続いてきた正当なる大地の女神としての権能を見せ始めていた。

 

「ねえ、お母さん」

「お母さんじゃないよ―お姉さんだよー。で、どうしたね?」

「おなかすいた」

「ここには食料が無いからねぇ……実は俺も産まれてから何かを食べた記憶がない。神じゃなかったら死んでるなこれは」

「……ないの?」

「残念なことにね。俺たちを呑み込んだクロノスって奴のせいなんだが、ここには生物が存在しない。動物もいなければ植物もない。あるのは大地だけのつまらない世界だよ」

「……そっか……クロノス、ってやつのせいなんだ……」

「そうさ。みんなあいつのせいさ。お姉さんはなんとかしてここから出ようとしてるんだけど、周りは中々頑丈でな。もう少し溜めないと止めがさせないと思うから、我慢しててくれるか?」

「……わかった。がまんする」

 

 ……いい子だろ? この子、俺の妹なんだぜ? 信じられるか?

 以前の俺がこのくらいだった時は、我慢しなさいと言われても我慢なんてできないでよく怒られていた覚えがある。それに比べてデメテルは本当に聞き訳がいい。まあ、普段大人しい奴ほどキレたら怖いって言うが、デメテルはその中でもとびっきりだろうな。なにしろ自分の愛娘が冥界に攫われた時に思いっきり世界を脅迫するような無茶苦茶やらかしたわけだし、主神となったゼウスでさえも本気でキレたデメテルに意見しようものなら凄まじい視線で睨みつけられていたらしいし。おお、怖い怖い。

 ……ゼウスと言えば、デメテルはゼウスに無理やり迫られて子供を作ることになるんだったか。ゼウスのことは嫌いだったが、自分の娘には愛情を注いでいたはずだ。護身術の一つや二つ覚えさせた方がいいだろうか。具体的には一夫多妻去勢拳あたりを。

 ちなみに俺はできる。一夫多妻去勢拳と言う名前だが、要するにあれは凄まじい威力の金的だからな。玉天崩などの個別の技名はあまり多くなく、基本的に男の玉を潰したり棒をへし折ったりすることに特化している。踵で踏みつけたまま体重をかけつつくるっと一回転すれば簡単に潰れて役に立たなくなるが、早々そんな機会は来ない。やはり蹴り潰させるのが一番だろう。

 ……肉体的にはもう違うとはいえ俺も元は男。あの痛みに関してはよくわかっているし、文字通りの最終手段と理解してはいるんだが……しかし力で劣る女性としては非常に効率的かつ有効な手段であることは間違いないわけで。

 ……炉の改良に、武器作りに、武術の修練に、魔法の鍛練。そして妹の面倒を見る。やることが多くて困ってしまうな。日常生活に混ぜ込んでも全てを並列して行うのは不可能だ。特に妹の面倒を見るのと炉の改良を同時にするのが難しい。以前に暴走させた時には私一人の髪の先端が焦げただけで済んだが、デメテルまで居るとなると暴走したら耐えられるかどうかわからない。今の俺なら外気功と内気功を合わせて硬気功に内養功を同時発動させて怪我を防ぎつつ僅かな火傷や爆圧による怪我を即座に直したり力に逆らわないように受け流すようにしているから怪我をしないで済むようになっただけで、そういったことができない奴は炉の暴走には耐えられないだろう。

 確かに、デメテルはガイア、レアーと続いてきた大地の化身の正当なる後継者とでも言える女神であるが、その器はガイアほど大きいものではない。ギリシャ神話において原初の神というカテゴリに入るガイアは、大地の化身とも言える神だ。しかし、ガイアの大地というのは人間や動物の生きることができる地上だけではなく、ギリシャ神話における冥界と天界以外の場所の全てを指す。天も、地も、全ては大地と言う一括りにされる。だからこそ、この世界に存在している、あるいは存在することになる神の殆どがガイアの血を引き、ガイアの治めていた数多くの『大地の一部』の権能を得ることになっているわけだ。

 その僅かな例外と言えば、ガイアを産み出したカオスより産まれたエロスとタルタロス、そしてその血を引く存在くらいだ。その他の殆どの神はガイアの血縁にある。一番濃いのはまず間違いなくガイアが単独で作り上げた天空の神ウラノスと、海神ポントス、暗黒神エレボスの三柱だろう。

 以前も考察したような気がするが、ウラノスはガイアと婚姻を結び、多くの神を産み出した。だから、ガイアの血が強く出れば大地や水、海などの権能が強く、ウラノスの血が強ければ風や雷等の天空に関わる権能を得るのだろう。

 

 ……ここで、面白いことがある。

 今の理論でいくと、ヘスティア()は大地の権能がやや強いが、実際には太陽や他の恒星の権能も保持している。最近では炎と雷がどちらも同じカテゴリ内に入る存在であることがわかっている。つまり、プラズマだ。

 

 

壁|ワ●)ジー

 

 

 違う、なんか変なものが脳裏をよぎったがお前じゃない。つーかこっち見んな。

 

 

壁|ワ●)ナノデスゥ…

 

 

壁|彡サッ

 

 

 よし消えた。最後に呪詛吐かれた気がしたが、とりあえずその呪詛も太陽炉にくべておこう。

 




 
 これを書いていて、ふと思ったことがあります。
 ヘスティアがどうしてロリ巨乳なのか、と言う事なのですが、これはきっと産まれに関係あると思うんですよね。
 ヘスティアはクロノスとレアーの間に一番初めに産まれた子であり、しかし同時にクロノスの体内から一番遅く吐き出された存在です。つまり、ヘスティアは長女であり、末っ子であるわけです。

 長女成分→巨乳
 末っ子成分→ロリ

 多分こんな感じなんじゃないかと思いました、まる


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竈の女神、妹を育む

 
 今日は二話できたから早めの投稿。


 

 デメテルはまだまだ子供だ。そもそも神には寿命はなく、殺されない限りは死ぬこともない。北欧神話や日本神話等では神同士や大妖との戦いでよく神が死ぬが、ギリシャ神話では戦争でも起きない限りは神が死ぬことは殆ど無い。なにしろ神だからな。

 ちなみに戦争があったとしてもギリシャ神話の神はそう簡単には死なない。と言うか、その神を殺せば殺した神の司るものが凄まじく衰退してしまうからだ。

 俺の場合、クロノス(クソオヤジ)を殺したとすれば、それはすなわち大地と農耕の権能を持った神が死ぬことになる。するとその権能はあっと言う間に力を失い、どんどんと寂れていってしまう。

 クロノス(クソオヤジ)の持つ農耕と大地の権能が失われた場合、人間達がどれだけ畑を耕し、種を植え、水をやってもそれはうまくいかなくなる。耕した畑はあっという間に固く引き締まり、植えた種は虫にかじられ、水をやれば腐ってしまうようになる。だからこそ、ギリシャ神話で神が死ぬと言うことは非常に稀な出来事なのだ。むしろほぼ無いと言っても良い。

 かつてメソポタミアの王が言っていたように、あらゆる存在には役割があり、そこに無駄なものなど一つとしてあり得ない。ギリシャ神話においては、それが例えガイアとウラノスの間に産まれ、その醜さからタルタロスに封じられたキュクロプスやヘカトンケイルですらもある種の役割を持っている。それは憎しみの種であったり、あるいはただただ殺されるための出典であったとしても、その存在は絶対に必要なものであるのだ。

 

 ……まあ、何のために出てきたのかわからないまま消えていくような存在もいるが、それも別の視点で見れば役割が見えてくるものだ。その多くが神と言う存在の理不尽さを見せつけるものであったり、某三代目の神々の王の三人目の妻の嫉妬深さや性格の悪さを印象づけると言う目的で行われているので、そういった被害者はもう少し減らしてもいいとは思う。部族一つを滅ぼさせるとか、色々と悲劇が多いからな。特に英雄譚の討伐される側には。

 

 ……ヘラクレスは偉大な英雄だが、同時に結構なクズでもある。また、可哀想な英雄でもある。

 彼がこなした十二の試練。ネメアの獅子の討伐。レルネーのヒュドラの討伐。ケリュネイアの鹿生け捕り。エリュマントスの猪の討伐。アウゲイアスの家畜小屋の攻略。ステュムパリデスの鳥の討伐。クレーテの牡牛の生け捕り。ディオメデスの人喰い馬の生け捕り。アマゾンの女王の腰帯の入手。ゲリュオンの牛の生け捕り。ヘスペリデスの黄金の林檎の採取。地獄の番犬ケルベロスの生け捕り。本来は十の試練であったが、ヒュドラの討伐の際に他者の手を借りたと言うことでノーカンになったり、アウゲイアスの時に周囲に被害を出しまくる力技で解決したためにノーカンになったりして結局十二個の試練を受けることになったらしい。

 特に、ヘスペリデスの黄金の林檎の採集やゲリュオンの牛の生け捕りは本当に酷い。ヘリペリデスの黄金の林檎を得るために、その場所を知ろうとして水の神を力尽くで従わせている。その上、林檎を守るという使命を持っていた百の頭を持つと言うラドンを殺害し、凱旋している。いくら神話の時代において強い事こそが正しいと言われるような状態であったとしても、やっていることは強盗と変わらない。むしろ、この時代においては強盗こそが英雄であり、強者こそが正義であるのかもしれない。

 強ければ全てが許される。あらゆる縛りをその力のみで打ち払えるのならば、それは世界の王になれると言うことと同義ですらある。まったく、世紀末でもないのに恐ろしいことだ。

 

「つまり自分の身を守るなら強くなければいけない。そう言うことだから、デメテルも何かできるようになっておいた方がいい」

「……なにか、って?」

「さてね。それは自分で考えるべきことだ。少なくとも俺は自分で考えて今こうして鍛えている訳だしな」

「……ふぅん……そっか」

 

 デメテルは何かを考え始め、そして自分の中に存在している力に集中し始めた。これでデメテルが大地の権能に目覚めれば、太陽炉の暴走の直撃を受けて即死するようなことは無くなる。ギリシャ神話においては基本的に神は不死の存在なので死ぬことはほとんど気にする必要は無いんだが、それでも痛い物は痛いし腕や足が消滅してしまえば新しく生えてくると言うことはよほどの例外を除いてあり得ない。そしてよほどの例外とは、そうそう起きることが無いからこそよほどの例外と言われることになるのだ。つまり、ありえない。

 さて、それじゃあ俺も本格的に修行を再開するかね。

 



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竈の女神、完成させる

14:30頃に一話投稿しています。まだ読んでいない方はそちらからどうぞ


 

 北欧神話では、神々の持つ武具には名前がついていることが多い。それは最高神であるオーディンの神槍グングニルであったり、雷と戦争の神トールの持つ雷槌ミョルニルであったりと名前も形も様々だ。

 また、別の神話においても神の持つ特別な武具には固有の名称が与えられる。ヒンドゥー教の主神、インドラの持つ金剛杵ヴァジュラ。日本神話の武の神、建御雷の持つ十握剣。ケルト神話の主神、ルーの持つ魔弾タスラム。その他にも多くの神々の持ち物に名が存在する。

 しかし、ギリシャ神話において神々の武器に名が付くことは殆どない。後に主神となるゼウスの武器である雷霆はそのままゼウスの雷霆と呼ばれているし、クロノス(クソオヤジ)の武器である大鎌もただアダマス製の鎌としか呼ばれていない。名が無いからこそその武器が敵に奪われても戦いに赴くことができるのだろうが、その前に個人認証機能の一つや二つは作っておけと言いたくなる。

 そういった点では、某作品の宝具と呼ばれるそれは非常にいいシステムだと言える。武器を奪われようともその真名を発して最大の性能を発揮するには本人である必要があり、それを覆すには非常に特殊な事例を作らなければならない。そんなセキュリティを用意しておくのは、専用の武器の一つの在り方としてはありなのではないかと考える。

 そして、今回俺が作った武器は間違いなく俺専用の、ほぼ俺以外は使うことのないものだろう。大きな鎌や投槍や弓矢を武器とする中で、わざわざ短剣を使おうとする神は存在しないだろう。人間なら話は別だが。

 

 そう言うことで、俺用の武器の試作品が完成した。炉の温度の調節を権能で行いながら、太陽炉の熱で解けたアダマスをある程度の形に整えてから丁寧に打ち上げていく。アダマスは残念ながら刀のように加工することはできなかったが、それでも十分に固く丈夫な物を作ることができた。真金と刃金を作り分けることができなかったのだから仕方無い。正式な日本刀の作り方も知らないし、仕方ないと言えば仕方ないんだが。

 作り上げたのは、ただひたすらに頑丈なだけの短剣。取り敢えず作れるだけ作ってみたが、よくよく考えればわざわざいくつも作り上げるよりも作った武器が分裂増殖を繰り返すようにできれば早かったんだよな。個数も一つで済むし。次回作ることがあったら、近接用の物と投擲用のを作ろう。投げたら手元に戻ってくるようにするよりも、相手に刺さったら抜けにくくしたい。具体的には細くて鋭い返しが刀身に何十何百とある棒状のやつがいい。切れ味は求めないからとにかく刺さりやすくてついでに刺さった先で先端だけ残して折れるように工夫したい。それができれば相手にいつまでも痛みを与えられる。殺せない存在を相手にするなら殺すのではなく壊すか狂わせればいい。封印するのも一つの手だが、俺は竈の女神様ってこともあって封印すると中身が保存できない。なにしろ俺が封印しようとすると封印の中身が炉になるからな。困ったもんだ。

 まあ投擲用のはともかくとして、近接戦用に作ったのはそれなりに良い出来だ。折れず曲がらずよく斬れると言うのが日本刀の真価と言われているが、この武器は本当に折れないし本当に曲がらない、だからこそいつまでもよく斬れる、と言ったところか。

 ……どこかで聞いたことがあるな、このフレーズ。まず間違いなく前世で、刀の類が良く出てきた作品だったと……刀語か。一本目の鉋とかいう刀のキャッチフレーズだったか。丈夫さをとことんまで突き詰めた、ただひたすらに頑丈なだけの刀だったはずだ。

 刀ではないが、目指している先はこの短剣と同じだったようだ。俺はそこにさらに増えると言う能力を付加させたいのだが、流石に難しいところがある。竈の女神が未来の知識の逆輸入とか、まあ無理だ。そういったことができるのは、ギリシャ神話においてはアポロンと、そもそも神託を出すことができるガイアだけ。それにアポロンの場合は自身で未来を見るのではなく、ガイアからの神託を受けることによってでしか未来を知ることはできなかったはずだから、事実上ガイアのみと言うことになる。ヘスティアの実の祖母ってことになるな。

 …………可能性としては、ありえる……のか? 未来予知はガイアの権能にははいっていないはずだが……ギリシャ神話には時間神はクロノス(NOTクソオヤジ)しか存在しないはずだし、そのクロノスも存在はしているものの誰から産まれたとか誰との誰の間の子だとかそういった話がないために、もしかすると原初神カオスから産まれた存在であるかもしれないと言われている。

 もしそうだとすると、ガイアやタルタロス辺りと同じように有名になっていておかしくない筈が、ギリシャ神話においてクロノスと言えばクソオヤジの事として語られていることが非常に多いほど知られていない。

 となれば……未来にてカオスから産まれ、時を遡って来ていると言う可能性があるわけだが、それは俺には関係のないことだ。時を遡っていようが未来の神格だろうが知ったことではない。時を操られるのは正直に言ってきつすぎるが、クロノスと言う神はクソオヤジと違って非常に理性的だ。同時に引きこもりでもあるがな。神話に全然エピソードがないと言うだけでもその引きこもりっぷりがわかる。まあヘスティアもヘスティアで相当あれだが。

 

 ……まあ、なんにしろ今の俺には関係のないことだ。仮の武器は完成したことだし、本番といこう。

 



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竈の女神、また拾う

 

 ヘスティアは孤児を守る神であり、同時に家庭を守る守護神である。これに厨二病的な解釈を加えると、家族を支える大黒柱としての役割と、子供を守る役割の二つから、孤児達の父親であり母親であると言う表現をすることができる。

 だからなんだと思うかもしれないが、これは意外にもかなり有用な解釈であったりする。

 

 孤児とは、親のいない子供を指す言葉だ。親はすでに死んでしまっているのか、それとも親は生きているが捨てられてしまったのかはわからないが、どちらにしろそういった事情によって庇護者のいないままに生きている者たち。それが孤児だ。

 重要なのは、子供であることは孤児であるかどうかにおいて重要な事ではないと言うことだ。ただ、本人の意思とは関係なく親と呼べる存在がいなかったり、死に別れていたり、捨てられていたりしていればそれは孤児だと言える。本人の認識がどうあろうと、だ。

 そして、クロノス(クソオヤジ)の腹の中にいる俺たちにとって、親とは当然だがクロノス(クソオヤジ)とレアーであり、クロノス(クソオヤジ)の顔もレアーの顔もほぼ覚えていない。むしろ覚える前にクロノス(クソオヤジ)に飲まれてしまったために親の顔も覚えていないありさまだ。

 つまり、だ。

 

「……おかーさん?」

「お母さんじゃないよーお姉さんだよー名前はヘスティアだよーこっちはデメテルだよー君のお姉さん二号だよー」

 

 俺がヘラにお母さん扱いされるのも全部クロノス(クソオヤジ)のせいだ。とりあえずあいつは胃潰瘍にしてやる。後の事はそれから考える。みんなクロノス(クソオヤジ)のせいだ。いつか燃やしてやる。

 新しく妹が入ってきて、面倒を見なくちゃならない相手が増えた。武器の改造改良はある程度目処が立っていて後は実際に作るだけなんだが、新しい妹に色々と教えるのに時間をとられてしまう。

 とりあえず大切なこととして、食事はこの場所には存在しないこと。俺の作った竈や武器には近付かないこと。欲しいものがあったら材料さえあって作れそうなものだったら作るから言うだけ言ってみること。それだけは伝えておいた。

 ちなみにだが、俺達はクロノス(クソオヤジ)に呑まれているが、ここは胃袋ではない。胃袋とは別の、クロノス(クソオヤジ)が作り上げた封印のための世界であるようだ。

 繋がりはクロノス(クソオヤジ)の口であり、恐らく最も手を出されることが無い場所であり、かつ手を出されればすぐにわかるようにしていたかったのだろうが……残念ながらそのせいで色々と面倒なことになってしまう。元々長女だったヘスティアが末っ子扱いになってしまったり、逆に末の弟だったゼウスが主神になってしまったり。

 まあ、少なくとも俺が出るときにはしっかりと入った順番に出ていくことにしよう。腹を開くようにして進んでいけば、いつかはちゃんとした外に繋がるだろう。時間や場所はわからないが、それでもヘスティアが産まれてからヘラが産まれてすぐまでの、神からすれば本当に短い時間。恐らく百年は過ぎていない……と思われる。神の感覚に馴染む前にこうして腹の中に納められてしまったので、実際にはどれだけ時間が過ぎたのかもわからないがな。

 

 それはそれとして、子供は教育せねばならない。特にヘラはギリシャ神話におけるメンヘラとして割と有名だ。嫉妬しても実力行使がゼウスに通じないせいでゼウスの浮気相手やその子供にばかりえげつない試練やら何やらを押し付ける。それはどう考えても問題がある。もしもヘラクレス辺りが本気でキレたら、神話のヘラでは勝ち目がない。ガチの戦闘脳とアグレッシブな引きこもり系女神ではその戦闘力に差がありすぎる。だからこそ、今のうちに矯正できるところは矯正しておきたい。

 やることは簡単。単なるお勉強だ。実利と感情を切り分けて、感情が実利を無視できないほど膨れ上がれば感情を優先しても良い。そして、浮気男に対して効率的なお説教の方法。これについては前世の俺の父親がエロゲ主人公かと言いたくなるくらいにモテていたし、父の友人たちも同じようにモテまくる系統の人間だったので……まあ、やり方はよく知っている。俺はむしろそうやって説教されている奴らを肴に香りのキッツイ酒を飲むのが好きだった。ちなみに未成年だったので俺も怒られる側に回った。酒は美味かったけどな。

 ただ、この怒り方を完璧に実行できるようになると惚れた相手のほとんど全員がM属性持ちになると言うのが欠点らしい。ヘラがそうしようとするのは恐らくゼウスだけになると思うので、未来ではゼウスがMになる可能性があるわけだ。

 

 ……主神がドMか……救えねぇな、この神話。

 



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竈の女神、遊んでみる

 

 武器のガワはできた。刻み込む術式もできた。青銅で試作して問題ないことも確認できた。そうなれば後は実際にガワに術式を刻み込むだけなので難しくはない。増える投擲用短剣(無数の返し針付の串)に、同じく無数に増える接近戦用の短剣三種(普通の・見えない糸付き・鎖付き)。しばらくはこれで俺の武器はいらなくなるだろう。

 そういう事なので、妹たちと遊んでやることにした。最近はかなり放置気味だったので寂しい思いをさせてしまっている。それは良くない。小さな頃に愛情を受けずに育った子供がまともな大人に成長することは殆ど無い。あくまでそれは人間での話だが、精神の基盤が人間のそれとよく似ている神々の在り方を考えれば人間と同じように愛情を受けずに育てばどうなるかはわかり切っているようなものだ。

 つまり、これは武器製作などと言う非常に疲れる仕事から逃げ出したいから妹達を理由にしているなどと言う事実は一切なく、純粋に家族の精神の健全性を守るための思いやりなのだ。

 

 ……しかしデメテルもヘラも美人だなオイ。美人と言うか美神なんだが、なんにしろ超絶美人だ。ゼウスが当時の妻と別れてまで抱きたいと思った理由もわからなくはない。

 そんな可愛らしい妹達のために、完全金属製のピアノを用意してみた。外枠、打鍵、機構、弦の一本一本に至るまで全てが金属製のそれは、アダマスを使おうと思ったんだが外の枠部分にしか使えなかった。打鍵槌で叩いてもアダマスの弦だと音が鳴らなかったり、鳴ってもめっちゃ高い音しか出なかったりで使い物にならない。アダマスでトリッキーな武具を作ろうとするとやっぱり鎖のような構造が必要になってくると再確認した。曲がらんし折れんし頑丈すぎるからな。

 作るのは滅茶苦茶苦労した。蠢動するミミズの体表を参考に、隙間を開けつつ外れない構造にした細くて短い筒を一体何十万作ったことやら。失敗含めれば一千万じゃ利かないほどに作った気がする。そして、術式でも歪められないのだから本当にふざけているよなこの謎金属は。原子配列とか組成とかが凄まじく気になる。

 

 まあ、家庭の守護者と言うのなら音楽ぐらいできた方がいいだろうと思ってやってみたんだが、これが結構いけるもんだ。子守歌補正でもついているのか静かな歌なら大して練習もしないで行けたし、応用すれば元気な歌やらうるさい曲までなんでもござれ。アメイジンググレイスが弾けたのは嬉しかったね。楽譜とかよく覚えてないからうろ覚えのを適当にコピっただけだけど。

 だが、そんなんでも名曲は名曲。デメテルもヘラも喜んで聞いてくれた。壊さないようにすれば好きに触っていいと言っておいたし、簡単な楽譜は置いておいたからたまに練習に使ってくれたりするんじゃないかと期待している。次はピアノじゃなくてバイオリンでも作ろうかと思ったが、ピアノのよりも弦がやばい。叩けば音が出るピアノより数倍難しい。金属製の弦を擦り合わせたところで音なんざ出ねえんだよ!と、言うことで諦めた。無理です。できなくはないけど絶対やんない。ここから出たら普通に自然物使って作ることにする。いくら合成しても錬金しても金属と金属を混ぜたところで金属系統しか出てこない。しかもこの場にあるのはほぼ全てが金気を宿した土塊ばかりで土から石に、石から金属に錬金していったとしても最終的に出てくるのはアダマスばかり。一番手軽で効果的な食事と言う娯楽が味わえないのは非常に辛い。元人間としては発狂しそうなほどに辛い。

 

 ……まあ、そんな状況にあるんだったら、ちょっとした禁忌くらい犯したところで何かを言われるようなことは無いだろう。神としては同族の肉を食べることは本格的にやばいことだし、そんなことをしていたら宗教と言うか神話体系によっては悪魔扱いされたり周囲の神々に本気で討伐されそうになっても仕方のないことだが、それについてはもう全部クロノス(クソオヤジ)が悪いと言うことで納得してほしい。

 と言うことで、今日も元気に剥ぎ取りをする。ここはクロノス(クソオヤジ)によって作られた通常空間とは全く別の場所だが、それでもその中には金気以外の物も存在している。金気を抜けば普通に土になるので植物も育てられるようになるし、種についてはデメテルの髪を細かく切った物を錬金することで作ることができた。水気が無いせいでなかなか育たないが、金気からの五行相生でなんとかなる。金気がありすぎるとその金気で植物である作物が剋されて芽が出ないし、金気を完全に無くすと金気から変えることのできる水気を持って来ることが難しくなる。錬金術と陰陽道、基本の基本だけでも覚えておいて本当によかった。お陰でもうすぐデメテルやヘラ達にお腹いっぱいに食べさせてやることができる。

 ……空腹なのは、悲しいからな。本当に。

 



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竈の女神、極めてみる

 

 一日一万回、感謝の正拳突き。そんな頭がおかしいとしか思えない修行の結果に馬鹿みたいに強大な力を得た一人の拳法家がいたらしい。会長と呼ばれることになったその拳法家がいったいなんでそんな修業を始めたのかは、たしか武術に対しての恩を返すためにとかどうとか描写されていたはずだ。記憶はまだまだ薄れないのは神としての肉体能力のなせる技だろうか。長く生きてもボケが無いってのは嬉しいことだ。

 さて、そんな頭のおかしい修行だが、ある意味ではとても正しい。筋肉は使えば使うほどに鍛えられていくのだから、一日に一万回も同じ動きを繰り返していればたとえそれが全力でなくとも、全力でやるならば間違いなく身体はその動きのために効率化されていくだろう。前世の筋トレとそう変わらない。

 実は、そうした繰り返して鍛え上げられるのは筋肉だけではない。その筋肉を動かすための神経もより洗練され、効率的に、高速で動かすことができるようになる。職人の技術は時折人間の感覚を超えることがあるが、それは人間の筋肉だけではなく神経などの発達によりまともな人間には感知できないような微細な歪みや僅かな傷などを感知できるようにと一代の中で可能な限りの進化をして行く。そんな進化を何代も続けていくと、その進化が必要なことだと認識した人間の身体は少しずつそういった機能を特化していく。指先の触覚が鋭くなったり、熱した鉄の色をより詳しく見分けるために見える範囲がやや赤色の方に傾いたり、針先が何かに引っかかっていることに気付けるようになったりする。剣術道場を何代も続けているような家系であったならば、その身体はもしかすれば剣を振ることに適した進化を遂げるかもしれない。人間にはそういった機能が備わっているのだ。

 

 ならば、元が人間であり今は神である俺にはどうなのだろうか。その答えは簡単。備わっている、だ。今まさに実感している所だしな。所詮は慣れによるものらしい。むしろ人間のそれよりもより早く進化していくような気もする。

 俺は自分の意識があることに気付いてからはそのほとんどの時間を自分を高めることに使ってきた。神としての力の扱い方についてもそうだし、神の力とは関係のない魔法や気功、と呼ばれる技術もそうだし、拳法や家事、某ゲームのキャラクターの技の再現などもその一環だ。正直一部は再現とかできるわけねえだろと思いつつもできたら面白いなとやってみたらできちゃったようなものもあるし、鍛冶で作ったあれなんかは何でできたのか今でもわからないような出来になっている。見えないほど細い蛇腹状の筒の糸って何なんだ。作った本人だがまったく理解できない。何をどうしたら鍛冶で筒が作れるんだ? しかもあの細さの。誰かに教えてとか言われても再現できる気がまるでしない。あの時の俺には何か妙なものが憑いていたとしか思えないんだよな。

 

 それはともかくとして、できたものはできた。そして成長速度は非常に速いと思われる。非常に長い時の中を生きる神の身体に短い時の中を生きる人間が入ったせいで人間のせっかちさのようなものが出て神としての身体がそれに合わせてどんどんと成長していってるような気もする。じゃなかったらいくら何でもギリシャ神話の世界で五行相生とか再現するのはおかしいし。と言うかできちゃった時点でもう科学に真正面から喧嘩を売っているようにしか思えないし、宗教的にアウトなことをしちゃった気もする。アダマスって『炉』から派生した『核融合炉』から派生した『太陽』から派生した『黒の太陽』に含まれる『腐食』の概念を五行相生の金生水で強化してやればアダマス自体が水に変換されて最終的に錆び付いてしまったし。

 ……ギリシャ神話的にはアダマスは完全金属だから錆びたり折れたり欠けたりしないはずなんだが、できちゃったからなぁ……困った困った。こんなのがバレたらどこかの誰かさんが持っているアダマスを無力化する方法ができてしまうじゃないか。困ったなぁ(クロノス殺す)

 ちなみに腐食したアダマスは『太陽』の概念に含まれる『完全』を乗せてやればその概念が外れたり剥がれたりしない限りはいつまでも完成形のままで置いておけることが分かった。やっぱり一番便利なのは概念系統だが、神としての俺の在り方的に土やら金属やら炎やらはできても水とか風は難しい。風なら太陽風があるが、太陽風は放射線と熱量の嵐であって大気の流動ではないから威力がおかしいし、そんなものを使うくらいなら相手に重なるようにして太陽そのものを作り上げた方がよほど強いし早い。

 

 ただ……現状一番強いのは、それらの概念やら何やらを全部呑み込んだ上で体術に合わせて一撃で全てを開放する拳なんだけどな。无二打(にのうちいらず)って奴になるんだろうか。

 



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竈の女神、料理する

 

 やっと野菜が採れた。鉱物資源の多すぎるここでよく作れたと自分でも感心する。一部の土を隔離して、金気を抜いて、種を錬金して、水撒いて、小さな太陽で光を当てて……苦労の連続だった。農家の皆さんありがとう。テレビ番組ありがとう。義務教育ありがとう。本当に助かった。

 ただ、できたのは野菜だけ。デメテルの性質がそうなのかどうかわからないが、穀物系統はあまりできていない。豊穣ではなく飢餓を操る神だからなのか、あまり腹にたまらないものしかできないのが予想外だった。

 ……ちなみに俺の髪からは太陽炉を積んだ熱線照射機ができた。何故だ。せめて炉の単体だったら納得できなくもないが、これには納得できそうもない。納得しようがしまいが関係なく事実はそこにあるのだから理解するしかない。仕方無い。

 ……問題は、塩がないことだ。料理をするのに塩がないのは致命的すぎて泣ける。錬金術を使って金気からナトリウムを作り、塩素と化合させて塩を作れないことはないんだが、旨味がないから舌が馬鹿になりそうだ。塩辛ければ美味いわけでもないし、野菜以外に物がない。肉でもあれば出汁を取ってトマトスープでも作れるし、そう言う時に使うなら旨味も苦味もないただの塩の方がいいこともあるんだが、元とは言え日本人なら食事に拘る理由もわかってくれると思う。

 

 ちなみにだが、デメテルの髪は野菜や穀物に。俺の髪は太陽炉搭載型熱線発射装置に。ではヘラの髪は何になったかと言うと、クッソ甘い果実になった。あまりに甘すぎて舌がおかしくなりそうなほどに甘い、ぶっちゃけキチガイかと思わせてくれるほどの甘味。人間だった頃ならあまりの甘味はむしろ苦味に変わるはずなんだが、神としてのこの身体では甘味は甘味のまま感じ取り続けるらしい。

 だが、せっかく作った物なので植えて増やすことにした。味としては葡萄の渋味を取り去った後に桃と僅かなレモンを加えて濃縮したような味だった。死ぬほど甘い。ついでに概念的にも恐ろしい。

 結婚と母性、貞節を司り、神々の女王として知られるヘラ。結婚とは繋がり、母性とは受容、貞節とは拒絶とも受け取ることができ、それはつまり関係すると言う事実を司ることとなる。

 ヘラが本気で嫌えば誰もがヘラと出会うことはできなくなり、あるいは会いたくもない相手にばかり何度も出会うことになる。出会いと別れ、何かと何かの間にある運命の力。運命の赤い糸を切り張りできる権能。それがヘラの権能だ。

 そんなヘラの髪からできた種が普通であるわけもなく、見事に異常な作品ができそうだ。

 まず、ヘラの髪からできた果物の樹に咲いた花に、別の神の髪から作った種から咲いた花の花粉をつける。するとヘラの花はその花粉を受けて実をつける。そこまでならよくある話だが、なんとヘラの木の実は受粉に使った相手の神の権能をほんのわずかに受け継いだ実をつけるのだ。だから何だと言うかもしれないが、これが受粉に使った本人の味覚を非常に喜ばせる。ヘラの木の自家受粉によってできた実はヘラが喜んで食べるし、デメテルの花粉で受粉した実はデメテル好みの味になる。

 ……あ゛? 俺の実? 花が形そのままレーザービットになったよ。なんかふわふわ浮いて俺の後をついてきたから一纏めにして俺の髪留めに使ってる。そろそろ大分伸びてきて邪魔になったからな。切ろうとも思ったんだが、何かに使う時には直前まで繋がっていた方がいいと思い直して切らずにいる。ちょうどいいと言えばちょうどいい。いつか何かに使おうと思う。

 

 ……さて、野菜は取ったし、取った後の茎や葉は腐敗させて肥料にしておく。実の方は、本当に塩の味しかしない塩と合わせて鍋に放り込み、トマトベースのラタトゥイユでも作ってやろう。俺もそうだが、妹達が初めて食べるまともな食事だ。できるだけ良い物を食べさせてやりたい。そう思うのは姉としておかしいことではないはずだ。

 ラタトゥイユなら肉も魚もないままにそれなりに美味しく作れるし、ついでに言うとしばらく放置していても問題ない。自作の低温太陽炉(全面黒点の上そもそも小型)を使ってじっくり煮込んでいこう。

 本物の太陽なら全面黒点でも4000度くらいはあるんだが、俺がわざわざ料理用に作った超小型太陽炉は高くても1000度程度しか出ない。それも中心部がその程度で、実際に触れる炎の部分は恐らく300から400度程度になっているはずだ。これなら焦がさないようにできるし、遮蔽物を置くことによってさらに温度を低くすることもできる。いいもの作ったもんだ。

 



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竈の女神のステータス(クトゥル風)

 
 現在のステータスみたいなものができたので投稿。クトゥルフ動画が好きなので何故かこんな感じになりました。


 

 竈の女神ヘスティア

 年齢:???

 STR:8+28 CON:6+28 POW:18+81

 DEX:15+28+23 APP:15 SIZ:8 INT:15+22 EDU:21+72

 HP:22 MP:99 SAN:0 db:2D6

 

 技能(戦闘系)

 武道(中華拳法):99

 こぶし:99

 キック:99

 組み付き:99

 投擲:99

 短剣:99

 回避:99

 

 技能(探索系)

 目星:99

 跳躍:99

 オカルト:99

 

 技能(行動系)

 製作『炉』:99

 製作『鍛冶』:99

 製作『料理』:99

 製作『薬品』:99

 製作『農業』:99

 製作『爆弾』:99

 製作『楽器』:99

 製作『服飾』:88

 芸術『演奏』:99

 芸術『歌唱』:99

 神学:99

 物理学:99

 化学:99

 

 特殊

 魔術(ギリシャ神話系):99

 魔術(西洋系):99

 魔術(東洋陰陽道基礎):60

 魔術(道教基礎):50

 魔術(付加):98

 錬金術:95

 概念操作(表出):89

 概念操作(希釈):89

 異界拳法:75

 

 

 持ち物

 ヘスティアソード(短剣。アダマス製。増える。)

 ヘスティアチェインソード(鎖付き短剣。アダマス製。増える。)

 ヘスティアストリングソード(糸付き短剣。アダマス製。増える。)

 ヘスティアパイク(返し針付きの投擲用の細い杭。アダマス製。増える。)

 ヘスティアハンマー(主に鍛冶用。アダマス製で欠けても直る。欠けないけど。)

 ヘスティアピック(主に採掘用。アダマス製で欠けても直る。)

 ヘスティアバンド(元はおんぶ紐。伸縮自在。大体いつでも体に巻き付いている。)

 ヘスティアクロス(服。ヘスティアバンドと同じような方法で作られている。原子一つ一つの原子間力に強弱をつけることで伸び縮みさせることが可能となったアダマスの糸で織られている。飾り気は無いが実用的。着心地ははっきり言ってよくない。)

 ヘスティアスモールソード(包丁。アダマス製で欠けても直る。)

 ヘスティアボード(すごいまな板だぜこれ!アダマス製だぜ!しかも欠けても直るぜ!)

 ヘスティアの釜×2(料理用と製薬用。多分いつの間にか増える)

 ヘスティアの炉(低温、中温、高温の三つの炉。調理製薬錬金用、鍛冶用、特殊鍛冶用。暴走するとやばい)

 ヘスティアの大竈(クロノス(クソオヤジ)殺す)

 ヘスティアピアノ(YAMA○Aのそれに良く似ているが、ロゴはヘスティアのサイン。アダマス製。弦は別)

 ヘスティアの畑(クロノス(クソオヤジ)から栄養を搾り取って作られる野菜は最高品質。ギルガメなんとかさんが下さいお願いしますと頭下げそうなレベル)

 ヘスティア農具(鍬だったり熊手だったり鋤だったりする農具。アダマス製。増える。)

 ヘスティアボム(別名:密閉型小型核融合炉。割と広範囲がやばい。)

 ヘスティアブラスター(太陽炉搭載熱線発射装置。畑の側にて案山子の代わりに立っていて、近付く害獣にガンマ線を撃ち込む)

 ヘスティアビット(髪留め替わりになっている自動迎撃用ビット。最近花の中心から新しいのが増えた)

 ヘスティアレコード(弟妹達の黒歴史)

 

 

 備考

 まごう事なき神格。オリュンポス十二神の一角であったこともある、竈と祭儀の神……に、なんかヨクワカラナイモノがくっついてできてしまった神様。実はこっそり修羅技能が80ほどあるが、何故かSANの最大値が減っていない。

 なお、このステータスは神としてのステータスではなく神としての力を封印した結果残った自力習得したステータスとスキル群。ステータスのSTRなどの+は主に鍛えまくった結果。ダンまち式のLvで言えば3くらいはある。人間なのかな? 神様だった。

 神様状態だった場合、技能ロールに失敗した時に25回までロールし直すことができる。もう人間じゃないね? 神様だからね。しょうがないね。

 

 CV水瀬いのり。ガラの悪い巨乳ロリはきっと  (*´ω`*) ハヤル

 




 
 なお、クトゥルフ神話においては人間のステータスの最大値はEDUを除いて18。EDUは21で、SANはPOW×5、HPは(CON+SIZ)÷2で端数切り上げ、MPはPOWと同値、dbはダメージボーナスでSTRとSIZの合計によって変わる。
 つまるところ、このヘスティア様は間違いなく人外です。


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竈の女神、未来のために

 
 午前九時ごろに一話投稿していますが、別にそちらは読まなくても全く問題ありません。


 

 作ることに時間がかかるものと言うのが存在する。それは主にひたすら待つという工程が関わる料理だったり、あるいはそれを作ることができる時期が決まっていて否が応にもその時期まで待たなければいけない物だったりする。

 鍛冶仕事も、事前に材料を集め、竈に火を入れ、適温まで調節し、熱し、何度も打ち付け、急冷し、再び熱してゆっくりと冷まし、形を整え、物によっては刃を付けるために何種類もの砥石を使って刃を付け、柄を作って嵌め込み、鞘を作り……それこそ無数の行程を経て一つの物ができる。それには数日ほど付きっきりでいる必要があることもあるし、アダマスはその性質上非常に削りにくいと言うこともあって数日どころではない時間が必要なこともある。

 だが、それよりも遥かに時間がかかって当然と言うものがある。そう、酒だ。

 酒は普通に作っても数日どころではできないし、美味く作るなら年単位の時間がかかるのも当たり前だ。自然界における細菌の動きなどは早々扱いきれるものでもないし、腐敗の権能を持つものが居たとしても酒を作るためのプロセスがしっかりと頭の中になければ美味い酒など作れるはずもない。

 

 ……さて、ここにクッソ甘いヘラの樹からできた果実がある。そして俺は竈の女神で、熱を操るのは得意分野だ。

 それと、太陽には二つの面がある。普段の姿、輝ける炎と熱の塊。正しさや正義、清廉潔白等を象徴する赤き太陽と、ある時突然現れる日中にあって夜をもたらす暗黒の塊。第一物質、悪意、絶望、腐敗などを象徴する黒き太陽。

 後者に関しては俺は単に皆既日食だろうと思っているが、それを知らない者にとっては凄まじい衝撃だったろう。天に輝くことが当然である太陽が、突然削られていくように光を失い、辺りも夜が来たように暗くなる。太陽のあった場所には金色の円環と黒く染まった太陽が浮かび、まるで闇と光が激しくせめぎ合うように明滅する。

 古代の人間は、殆どの場合旅をするようなことはなかった。一度その地に根を張れば、よほどのことが起きない限りはその地から動くことは無い。だからこそ噂話や風の噂を運んでくる商人や吟遊詩人と言う職業が存在することができたのだし、そういった方法で話を広める王や領主もいたわけだ。

 

 だが、今はそんな伝承はどうでもいい。重要なことじゃない。重要なのは、黒い太陽は腐敗を司ると言うことと、俺には酒作りの知識が多少あると言うことだ。

 さて、酒を作ろう。ここには余計な菌はいないし、果汁の糖をアルコールに変えていけばいい。必要な菌もいないが、そこは俺が酵素の代わりに分解再構築してやればいい。口噛みの酒と似た作り方だな。権能で分解するか唾液の酵素で分解するかの違いはあるが。

 菌で作るとアルコールの濃度がある程度以上に高くなると菌が死ぬからそれ以上濃度が高くなることは無くなるが、俺がやるとどこまでも濃度が上がる。酒作りは確かバッカスが有名だが、ギリシャ神話においてのバッカスはディオニュソス。ヘスティアの代わりにオリュンポス十二神の座に座る事になる存在だったはずだ。

 ……まあ、未来の話だ。今は酒の神は存在しないのだし、俺が作ったところで文句を言うやつは……ああ、ヘラが言うかもしれないが、ギリシャ神話の神は基本的に酒好きだから大丈夫だろう。寝かせるために時間がほしいし、そもそもこの酒はクロノス(クソオヤジ)の腹から脱出できたときの祝い酒のつもりだから存在そのものを教えるつもりが無いんだが。

 その時にしらけるようなことが無いようにこの酒はしっかりと美味く作ろう。ああ未来のディオニュソス、あるいは既存のバッカスよ。とりあえず、今はこの言葉を贈ろう。

 

 おめーの席ねーから! 使わせてもらってるから! 美味い酒を造るのは早い者勝ちじゃないが、酒の神としての名声は早い者勝ちなんだよぉ!

 

 と言う訳で仕込みは完了。後はこの酒をばれないように寝かせておいて、ここからの脱出時に持って行けばいい。しまうための場所を用意しておこうかね。流石に神として空間までは網羅していないが、ちょいとばかり血を遡れば世界に存在するありとあらゆるものを内包した神がいるんだ。ほぼあらゆることを人間以上にできて当然なのだ。この辺りは流石に感謝だな。便利なもんだ。

 じゃ、作ろうか。

 



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竈の女神、弟が増える

 

 クロノスとレアーの間には、三柱の男神と三柱の女神がいる。女神三柱が先に生まれ、男神三柱が後から生まれた。

 初めに産まれたのはご存知ヘスティア、つまり俺。竈と祭儀の神であり、永遠に処女であることを決められた女神。

 次に産まれたのはよくできた妹ことデメテル。豊穣の神であり、大地の権能を受け継ぐ正当な女神。本来のヘスティアはかなりおおらかであったのが俺みたいなやつが代わりに入っているせいか、ヘスティア本来の分までぽわぽわしているように見える。ただし怒ると非常に厄介だが。

 そして三女、結婚と貞節の女神にして、神々の女王ヘラ。嫉妬深い性格は直せなかったが、その嫉妬の方向をある程度コントロールすることができるようになったと思われる。ついでに聖鳥に鶴がいたので南斗紅鶴拳でも教えようかと思ったが、流石に自重した。デメテルと一緒に一夫多妻去勢拳は教えておいたが。

 

 この三柱の女神の次には男神が入る。よくもまあ女三柱男三柱と続けたものだ。狙ってできるようなものなのかどうかわからないが、もしも狙っていたのだとすれば称賛の言葉と顔面に硝酸を与えようと思う。死ねクロノス(クソオヤジ)

 

 姉弟の中では四柱目、男神の中では最も早く産まれたのは、後に冥府の神となるハデス。冥府は地の底にあるとされたせいか地下の鉱物資源などの守護神でもあり、豊穣神としての一面も見られるようになった。

 ただし、クロノス(クソオヤジ)の子供の中で唯一オリュンポス十二神に一度も入ったことが無い。だからと言って力が弱いと言う訳ではないし、むしろ力だけならギリシャ神話ではゼウス、ポセイドンに次ぐ強さを持っている。ギリシャ神話においては人間の精神から見てもかなりまともな精神をしている非常に珍しい神で、ある意味ギリシャ神話の灰汁の強い神々に辟易しているところに現れた清涼剤のような存在ともいえる。俺は本気でそう思った。ちなみに女性ではヘスティアが精神的な癒し担当になる。俺は癒し枠は無理そうだがな。

 五柱目。海神にして大地を揺るがす神でもあるポセイドン。実際には武器がすごいのであって本人の力ではない。だがしかし、こういった神話では基本的に武器も本人の力として数えられるため問題は無いのだろう。本人が寝ている間にでも武器が盗まれてしまえば残るのは力自慢の脳筋好色オヤジと言うところには目をつぶろう。実際、純粋な武器としてしか三叉矛の能力を使わずに島を一つ叩き割ったり、山をぶん投げて大地の底に敵対者を封印したと言う逸話もある。間違いなく実力があるのがある意味逆に問題だ。

 そして最後。我らが主神様、雷神ゼウス。全宇宙を崩壊させることができるほどの強大な雷を放つことができる、文字通りギリシャ神話において最大級かつ最強級の神格。どいつもこいつも頭おかしいとしか思えないギリシャ神話の中において、頭のおかしさ2トップの片割れ。もう片方はギリシャ神話最大級の怪物であるテュポーン。どちらもが世界を軽く破壊できるだけの実力を持つ化物ども。こいつらと比べると他の存在は十把一絡げの存在になり下がるような、ギリシャ神話世界における最強のキチガイ。そして面倒なことに俺の弟として産まれる事になるだろうある意味可哀想な神だ。

 

 かなり話がそれたが、まあ本題。今この場には四柱の神がいる。話の流れからしてもうわかり切っているとは思うが、俺、デメテル、ヘラ、そして俺の弟一号、ハデスだ。

 どうせならそろそろ子供ができた時のために練習台になってもらおう。一番初めはデメテル。そして次はヘラ。恐らく失敗も多くなるだろうがそれでもよほどのことが無ければ死んだり大怪我するような事もないだろうし、人数もちょうどいい。デメテルはヘラが育てられているところを見てきたわけだし、多少ならばできるだろう。できなかったら手伝いはしてやるし、聞かれたらだいたいのことは答えるつもりだ。それに料理や炊事は俺がやるし、片付けなどは場所のことを考えればほとんど必要ない。成長は遅くなるかもしれないし、逆に早くなるかもしれないが、それは俺のせいじゃない。みんなクロノス(クソオヤジ)のせいだ。俺は悪くねぇ。

 

 



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竈の女神、弟で遊ぶ

 

 アダマスは非常に硬質でありながら、同時に異常なほどの強度を併せ持つ。金剛石、つまりダイヤモンドと同じ硬度と、鋼と同じ延性展性を併せ持つキチガイ金属。それがアダマスだ。

 しかし、その欠点は硬すぎることにある。確かに錆びず、欠けず、そこそこの重さがあるため手持ちで振ってもそれなりの威力になると言う武器としては非常にいい物なのだが、武器以外としては本当に役に立たない。弁当箱としてなら役に立つかもしれないが、わざわざそんなものをアダマスで作ったらヘラに怒られてしまう。

 ヘラは最近、自我が強くなってきていた。言ってみれば生真面目な委員長タイプ、と言ったところだろうか。家計簿をつけさせたりすればそれなりにいい感じの結果を出してきそうだが、そんなものを神々の女王に教えるつもりもない。玉天崩は教えたが。

 

 そして今、ここにはアダマスに代わる金属が一つあった。アルミのように軽く、形状を保っているにもかかわらず水銀のように柔らかくもあり、竹のようにしなり、変形しても簡単に元の形に戻るが、ある程度以上伸ばされたり変形させられると異常に硬くなってそれ以上伸びなくなる。こんな金属があるなら俺の短剣に使ったほっそい糸を作る苦労がほぼ必要無い物になっただろう。物凄く損した気分になった。

 

 そしてその柔らかな金属で何をしているのかと言えば―――

 

「……はい、それじゃあ反対向きな、ハデス」

「は……はい……」

 

 ―――耳かきだった。

 ハデスは俺の膝枕に頭を乗せ、顔を真っ赤にしながらも素直に右を向いていた顔を今度は左に向ける。神の身体は別に垢などは出ないためそういう所では汚くはならないのだが、一種のマッサージのような効果もあるためやりすぎなければ気持ちがいい物だ。

 ちなみにデメテルとヘラにもやってみたが、外見だけならそこそこ大きくなってきたにもかかわらず普通に膝枕に頭を乗せ、普通に耳かきを受けて気持ち良さからか安心したからか眠ってしまった。

 そこで暇になった俺は、唯一残ったハデスにも同じように、ただし外見の年齢からしてかなり小さな子供の状態であるため先程以上に優しく、耳かき兼マッサージを始めたわけだ。

 

 ……デメテル達の時も思ったんだが、こいつらの耳がすっげえもっちもちしてる。肌触りもいいし、ふにふにしてるし、とにかくすげえ。服が俺の作った飾り気皆無なそれじゃあなければもっと良かったかもしれないが、材料が用意できなかった。農作物の茎で作った粗い布のようなものなら用意できたし、それを錬金術であーだこーだすればちゃんとした布は用意できたんだが、流石に作りが簡単なワンピースとかそんなの以外は興味が殆ど無かったから覚えていない。むしろワンピースだけでも覚えていたこと自体が奇跡みたいなもんだ。

 ちなみに俺の服は、さっき言った伸縮するが切れることは無い不思議な金属(仮称ハデスメタル)で作られている。デメテル達の服以上に機能性しか追及していないため、もしもヘラやデメテル達がお洒落に目覚めていたら色々と言われていたことはまず間違いない。量があまり用意できなかったから上は半そでのポロシャツ、下は太ももがほぼ全部隠せてない短パンみたいな形してるしな。量が増えたら錬金しなおして面積を広げる予定だが、今はこれぐらいの量しかない。ハデスの髪を丸刈りにする訳にもいかんしな。

 そう、この仮称ハデスメタルはハデスの髪を錬金したらできたものだ。非常に便利に使わせてもらっているが、今のところ一番喜ばれているのはこの耳かき棒だろう。流石に梵天までは作れなかったが、それは諦めるしかない。残念だが。

 

 ハデスの耳をもにもにしながらゆっくりと耳の内側を観察。汚れらしい汚れはなく、やや埃が入っている程度。これなら左耳と同じように簡単に綺麗にすることができるだろう。よくしなる耳かき棒を使い、ゆっくりと奥へと進めていく。こうやって弟をからかうことができるのも、また姉の特権と言うものだろう。その分弟や妹のことを気にかけなければいけないんだが。

 

 ……よし、大体綺麗になったな。耳の内側で変形させて鏡のように内側を覗けるから汚れの有無もわかりやすくていい。

 それじゃあ仕上げに……

 

「……ふっ」

「ほぁあっ!?」

「おぉ?」

 

 驚いた。わっ、とかそういうのなら予想できてたんだが、ほぁあ、は予想していなかったからな。びっくりした。

 急に起き上がろうとしたハデスの頭を片手で押さえて再び膝枕にご招待。いきなり起き上がられるといくら耳かき棒が柔らかいと言っても怪我をするかもしれないからな。大人しくしておけ。

 ……よろしい。それではデメテル達のところに運んで子守歌でも歌ってやるとしよう。溶鉱炉の燃える炎の音こそ我が子守歌、とか言う気は無いし、静かに歌うのも昔から嫌いではない。では、ピアノでも弾きながら歌おうか。

 




Q.服の背中は開いていますか?
A.開いてるわけねえだろいい加減にしろ


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く付気、神女の竈

 

 術式の逆走。概念的な裏返り。白の太陽と黒の太陽を見て思いついたこれは、非常に便利に使わせてもらっている。

 竈、あるいは炉。それは熱を生むものであると言う理解をしていた。実際にそうであったし、温度を低くする炉など聞いたこともない。炎は発熱するものであって吸熱するものではない。そういった認識があった。

 

 だが、俺はあることを忘れていたのだ。前世で生きていた時には時々その存在は聞いていたし、思い出した今ならそれのことも思い出すことができる。

 思い出したそれとは、タロットカードだ。主に占いに使われていて、嘘かほんとか知らないが未来を知ることもできると言うカード。俺がそのカードを見て思い出したのは、正位置と逆位置の存在だ。

 正位置とは、カードの絵柄が見る側から見て正しい向きで描かれているもの。カードの図柄に暗示される意味をそのまま受け取ってよい位置。

 逆位置とは、正位置とは逆に見る側から見て逆の向きで絵柄が書かれているもの。カードの図柄から暗示される内容の多くが逆転される位置だ。

 ここで重要なのは、いくら逆転していても元のカードは同じだと言うこと。つまり、元々持っている概念自体は同じだが、向きを変えるだけで真逆の性質を持たせることができると言うことである。

 

 つまり……俺が持っている概念や権能も、やろうとすれば逆転させることで全く別の効果を得る事ができるんじゃないかと言う予想だった。

 竈の権能は、その内側に熱の概念を持つ。正確には、竈は内に火を持っているからこそ竈と言えるのであり、そこから人がいなくなり、竈の火が絶えてしまえばヘスティアの守護も届かなくなってしまう。熾火や伏火として、どんな形であっても火が残っていれば守護することもできるが、空の竈ではなにもできない。

 そこで竈の概念を逆にしてみよう。何度か挑戦して少々失敗して、狙ったところを逆転させることに成功したが、なんと言うかえらい失敗をした気がする。具体的にはわからないが、なんと言うかレッテルというかラベルと言うか、そんな感じのものを裏返してしまった気がする。

 まあ、直ちに影響があることではないだろうし、問題らしい問題は恐らく無いだろう。

 

 結果。俺は果実水を凍らせてシャーベットを作ったり、水を凍らせたものを削ってかき氷にしたりすることができるようになった。炉の権能の一部をひっくり返したまま使用した結果、温度を下げたり凍結したりと言うことができるようになったようだ。

 菌はいないため野菜などをどれだけ放置していても腐るようなことは無いが、これで豆乳を使った冷製ポタージュスープを作ることができるようになった。牛乳で作るのが一般的なんだが、ここには牛がいない。だったら豆乳を生クリーム状に仕立てて裏ごしした豆と一緒に火にかけ、ポタージュ状にしたものを氷温炉(ついさっき作ったアレ)に入れてしばらく待てば、夏の日にちょうどいい冷たくておいしいスープの出来上がりだ。

 ここには四季が無いが、全体的にじめじめしているので蒸し暑いこともある。そんな時に飲む冷たいスープはさぞ美味かろう。ハデスは少食だから、たくさん食べなくてもある程度栄養の取れるものを食わせてやらないと。

 昔、デメテルに空腹を訴えられても我慢させることしかできなかった時には凄まじい無力感を感じたものだ。だが、今では好きなものをいくらでも食べさせてやれる、と言うほどではないにしろ少なくとも飢えを無理に我慢する必要は無くなった。いくら神であり、不死であるとはいっても美味い物を食べるのは幸せなことだし、娯楽として以外にも少しではあるが意味はある。身体の回復や精神の回復などにほんの少し、少しだけ、いいのだ。

 

 そして俺は、デメテルやヘラ、ハデス達と一緒に食事をする。デメテルは土いじりを手伝ってくれるようになったし、ヘラは花嫁修業と言うことで料理や皿洗いなどを手伝ってくれるようにもなった。ハデスは流石にまだ体も小さいので仕事らしい仕事は任せていないが、とりあえず自分にできることは率先して手伝ってくれるようにもなった。

 ……よくできた奴らだろ? 信じられるか? こいつら、俺の弟妹なんだぜ……?

 

 そんなわけで俺はここしばらく、充実した時を過ごしている。クロノス(クソオヤジ)への殺意は他の誰にも察せないように、静かに蓋をしながら。

 

 

 




 ※サブタイはヘスティアさんの失敗でひっくり返りました。


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竈の女神、服飾する

 

 漸くハデスメタルが十分な量集まったので、中途半端なところまでしか作っていなかった服を再錬成して作り直すことにした。デメテルやヘラ、ハデスたちの分の服飾を作り、大きくなっていく度に少しずつ布を足してサイズを合わせていたのだが、漸く成長が遅くなったために俺の分にまで回ってくるようになったのだ。

 半袖のポロシャツ&短パンから、男物の執事服へ。ピッチリしたのは苦手なので肩回りや袖回りを緩くして、大分大きくなってきた胸がちゃんと収まるように形を整え、ついでに袖口に投擲用の杭を仕込んでおいた。短剣はまた別の場所に仕込んだが、改造した執事服がどこか中華風になったような気がするのは……間違いなく袖がだらんとなっているからだろうな。事実は知らん。

 ……しかし、少し大きく作りすぎたか? 袖口が所謂萌え袖のなり損ないみたいになっているし、色々と折り畳まなければ歩く度に引っ掛かりそうだ。

 ……手袋と靴も用意しようか。暗い昏い青に似た色の金属で作られたそれは、動かすことに殆ど抵抗がないので非常に便利だ。応用すればストッキングなども作れるかもしれないが、正直面倒臭いのでいつか誰かがやってくれるだろうと言う期待をして作るのをやめ、存在すると言うことも教えないようにした。

 

 ……ちなみに、話題として軽く出たからついでに話をするのだが、俺とデメテルとヘラの三柱の中では俺が一番大きい。次点でデメテルで、最後にヘラ。この辺りは見事に年齢順になっているようだ。

 そして身長だが、今この瞬間ではデメテルが一番背が高いだろう。俺は精神が人間のまま無理矢理一瞬で成長した上になにも食べないまま生活してしまったから、ある程度伸びて恐らく中学生辺りの身長で止まってしまった。それ以降は背が大きくなることはなく、食事をし始めてからは背の代わりに胸が大きくなっていく。正直、あまり大きすぎると邪魔なんだが、育ったものは仕方ない。面倒臭いがな。

 で、次点のデメテルとヘラはつい最近まで小学校高学年から中学入りたてと言った容貌だったのが、食事をするようになってから急激に成長していた。中学生くらいの背から大人の身長へ。ハデスがかなり驚いていたがそれについては俺にどうこうできることじゃないから知らん。慣れろ。と言うかハデスが一番健康的に育ちそうなんだがな。今から驚いていたら色々と大変だぞ?

 さて、後の問題と言えば……靴だ。正直に言うとこの服装ならば革靴のような形の方が似合うのだが、闘いになるならば間違いなく裸足の方がやり易い。防具としてならともかく、武器として扱うのなら素足の方が凶悪だ。

 ……まあ、基本的に動きやすい格好の方が好きなのだ。だからこそ俺はわざわざ執事やらバーテンダーやらが着ているような服を改造したわけだしな。靴底にアダマスとハデスメタルの合金を使えば俺が前世で生きていた頃に使っていたゴムの靴底のような感触になるだろうか? ある程度柔らかくないと動きにくいが、柔らかすぎては靴を履く意味がない。靴に仕込み刃でもつけて南斗列脚斬陣ごっこでもするなら余計にある程度の固さが必要だ。やるならだが。

 ともかく、これで俺の服はできた。靴については暫くは簡単なもので済ませよう。本来はそれぞれの足の形に合わせた靴がいいのだが、素材に使った合金の柔らかさにものを言わせて誰でもそれなりに履ける靴を作って使う。前世の靴の大半はこうやってできているのだから、使えないと言うことはない。完全なオーダーメイドに比べれば格が落ちるのはまあ仕方ない。諦めるしかない。

 

 そしてハデス。この時代の服と言えばぶっちゃけて言えば身体に布を巻いて帯で止めたような簡単なものだが、それでは色々と困るだろう。姉三柱がそれなりにお洒落(?)な格好をしているにも関わらずそれでは、まるで苛められているかのようだ。少なくとも俺にはそんなつもりは全く無いので本神(ほんにん)の意見を聞いて作ってみたら何故かスカートをはいているようにしか見えない服を要求してきた。

 しかもその時に言った言葉が『僕はいつかお姉ちゃんのお嫁さんになるんだ!』だった。一瞬あっけにとられて、次の一瞬で思いきり笑ってしまいそうになったが無理矢理笑いを噛み殺し、どやっという表情を浮かべているハデスの頭を撫でつつこっそりとそんなやり取りを見て笑いを堪えていたヘラとデメテルの料理を泰山麻婆と呼ばれる地獄のように赤い麻婆にすることを心に決めた。作るには唐辛子や山椒、その他の香辛料がたっぷりと必要になるが、今の俺の感情を糧にして錬金すれば香辛料くらいなら簡単に作る事ができそうだ。

 

 ついでに怒りを大竈にくべてみたら火力が上がったので、もうすぐ出ようとすれば出る事ができそうだ。実際にはゼウスが産まれてから出ることにしているので、この場所にゼウスの代わりに石が入ってきたら出ていこうと思っている。じゃないと俺が主神なんて面倒極まりない仕事をさせられかねないからな。

 



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竈の女神、眠りゆく

昼間に一話投稿しています。まだの方はそちらからどうぞ。


 

 必要な物の多くを作った。衣服を作り、食料を作り、料理を作り、武器を作り、調理器具を作り、畑を作り……少なくとも、ここで暮らしていくには十分すぎるくらいの物を作ってきた。正直ピアノとか必要なかったような気もする。たまに使っているから無い方がいいとまでは言わんけど。

 そして、そうやって作ってきたもののいくつかを弟妹達に引き継いでいった。

 デメテルには畑を。ヘラには楽器と料理を。ハデスには金属の扱いを教え、俺がどうしてもやらなくちゃならないことはどんどんと減っていっている。

 

 だからだろうか。今まで張りつめていたものが急に緩んで、なにもする気がしなくなっている。

 と言うか、今思い出してみたらこの世界にヘスティアとして産まれてきてから一度もまともに寝た覚えがない。消力に失敗して炉の爆発をもろに喰らって気絶したり、太陽炉の前でずっと金属を扱ってたせいで熱さで気絶したり、神としての力やそれ以外の力を使いすぎて回復が追い付かなくなって気絶したり……ろくな意識の失い方をしていない。駄目だこれ。

 

 そう言うわけで、俺は眠ることにした。いったいいつ振りかと思ったが、気絶なら割としてきたがこうして安らかに眠るのは本当に久し振りだ。前世の記憶で最後に眠ったのが……ああ、うん、思い出せない。知識はあるが記憶と呼べる類の殆どが消えているんだった。少なくとも自分がどこの誰だったのかを判断できそうなものは殆ど無い。

 つまり……これが俺の初めての睡眠、と言う所か。デメテルやヘラはちゃんと眠らせていたし、ハデスにはちゃんと昼寝の時間も取らせているが、俺はそうしている間も大概何かをしていたからな。鍛冶やら錬金術やら薬学やら魔法や魔術、道術に方術等々、俺の知識にある雑多な記憶から使えそうなものを引っ張り出して使えるように練習したりな。最近は結界系の術をある程度使えるようになったから空中に見えない炉を作ることもできるようになった。

 ……もしかしたら、俺の背が伸びていないのは成長する時に眠っていなかったのも原因のひとつかもしれないな。精神的にはデメテル達より年上である自信はあるが、外見的には明らかに俺が年下に見られてしまう程度に差があるし。

 さて……考え事はこの辺にして……寝るか…………。

 

 おやすみ。

 

 

 ~時間経過中~

 

 

 ……かっ、は、ぁぁぁ……ああ、まったく、よく寝た。どれだけ寝たのか見当もつかないくらい良く寝た。普通に考えれば寝ている時の時間経過がわからないと言うのはごく自然なことなんだが、それはどうやら神になっても同じことであるらしい。

 感覚的には九時間ほどがっつり寝た感じなんだが、あくまで人間だったころの感覚と照らし合わせているからな。神としての感覚と人間としての感覚を一緒にしてはいけない。ちょっと寝るだけのつもりが一週間過ぎていた、と言う事なんて、神話の世界にはごくごく当たり前のことだからな。

 さて、それじゃあしっかり休んだことだし、またできることをできるだけやっていく生活に戻るとしようか。不眠不休でやっていたから疲れが溜まったのであって、適度に休みを入れながらならばそう言う生活をするのは吝かではない。むしろ結構好きなのだ。

 しかし、そうなると俺は求道側と覇道側のどちらになるんだろうな? 適性は間違いなく求道側だと思うが、神としての在り方は求道と覇道が混じり合っているんだよな。

 自身の道を歩み、進むことを目的とする求道。

 他者の道を飲み込み、巻き込んで大きくなることを目的の一つにする覇道。

 俺自身は割と求道側。しかしヘスティアと言う神の適性はやや覇道に寄る。孤児や家族のために様々なものを巻き込み、その道を自分の道へと一時的にであろうが束ねて進む。無論、ヘスティアの在り方として一度纏めていたとしても本人達が自分の力で歩いて行けるようになったらあとは当人たちの意思に任せることになりそうだが。

 

 求道と覇道……まあ、俺は俺の道を進んでいく事にしよう。助かりたい奴は気が向いたら助けてやるとして、基本的には自分達の努力によって自分を助けようとしてくれた方がありがたい。

 自立は大事だからな。うん。

 



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竈の女神、妹を纏う

 

 俺は嘘をつくのが苦手だ。演技と言う形で感情などを隠すのは苦手じゃないんだが、相手に嘘をついて動かそうとするのは苦手だ。

 何かが変わったものを今までと何も変わらないように見せるのはできるが、今までと変わらないものをなにか変わったと見せるのは苦手、と言い換えれば分かりやすいかもしれない。結果的に騙すことになるのは変わりないし、いったい何が違うのかわからないと思うかもしれないが、個人的には大分違う。俺も理由はわからないが、違うものは違う。説明はできないがね。

 人付き合いのやり方で言えば、俺は嫌いな相手に対してどうとも思っていないように振る舞うことはできても、そこから一歩踏み込んで好意を持っているように見せることはできない、と言うことだ。

 基本的に嫌いな相手には真正面から嫌いと言うタイプだし、好きな相手には好きだと言えるタイプでもある。まあ、流石に人前で言うのはこっぱずかしいがな。

 

 それはそれとして、俺は今、少し自分の行動の結果によって起きたことを後悔している。ヘラの実使って作り上げた酒だが、少々力を使いすぎてその糖の殆どがアルコールに変換されてしまった。非常に強く、同時にかなり美味いそれは妹たちに好評だったのだが―――ちょっと飲ませすぎた感がある。

 ちなみにまだ小さいハデスには酒になる前の果実水に水を加えて薄めたものを飲ませている。ハデスも喜んでくれているし、これに関しては作ってよかったと思った。

 

 だがしかし、べろんべろんに酔って顔を真っ赤にして潰れてしまったデメテルとヘラが纏わりついてきていて動けないのは困る。非常に困る。片付けをしたいのにできないし、体格から見れば俺よりはるかに大きいからくっついたまま無理やり運ぼうとしたり、引きはがそうとすれば恐らく怪我をさせてしまう。困った困った、本当に困った。

 今はハデスが苦笑しながら恐らく死んだ眼をしているだろう俺の代わりに片付けをしてくれているが―――ああもう酒臭い。何で飲めないのに無理やり飲もうとしたんだ? 強いと言ったのに。

 ……ああ、そう言えば酒を飲ませるのも酒と言うものに触れるのも初めてか。だったら自分の限界がわからないのも仕方ないし、酒に酔うとどうなるのかわからないのも仕方ないと言えば仕方ない。ギリシャ神話において、神と言うのは全知でもなければ全能でもない。全体的に人間を超越した存在ではあるものの、できないことや苦手なことは当たり前のようにあるし、何かをする時に面倒に思ったり、出来心でやってはいけないことをやってしまったり、気紛れに妹の産んだ自分の娘を自分の弟に攫わせて嫁にさせたりすることもある。人間だったら色々とおかしいとしか思えないのだが、ギリシャ神話において近親婚はごく自然に行われていることだし、この時代的に考えれば略奪婚と言うのは自身の力を見せることで相手の親に対して『私はこれだけの力があり、あなたの子供を守ることができます』と言う意思を行動で示すと言う意味もあったため、相手と合意に至った結果としてそういったことをするのであれば神でなく人間であったとしても時によっては無罪とされることさえあったと言う。ギリシャ神話すげぇ。

 

 しっかし、本当にこの妹たちは俺から離れない。いったい何がこの妹達をここまで駆り立てているのやら。乙女としての思考回路が俺に備え付けられているのならば俺にもわかったかもしれないが、残念ながら俺の乙女回路はオミットされているためよくわからん。

 

「姉さん。終わったよ」

「お、ありがとうなハデス。今はちょっとこいつら剥がせないから口で言うしかできんが」

「あはは、いいよ別に。僕にはまだできないことを姉さんにやってもらってるんだし、できることくらいやりたいからさ」

 

 ……いい子だろう? 信じられるか? こいつ、俺の弟で、しかもクロノス(クソオヤジ)の息子なんだぜ?

 

 ハデスはニコニコと笑顔を浮かべ、俺に纏わりついているデメテルとヘラを避けるように俺に身体を預けて眼を閉じた。

 

「……おい」

「……zzz」

 

 寝やがった。それと今気づいたが、こいつも少し顔が赤い。匂いだけで酔ったらしいな。

 まあ、酔ってしまったなら仕方ない。酔っぱらいに理屈は通じないのだから、このまま放置しておくしかない。目に余るようならば実力行使とさせてもらうが、このくらいなら問題ないしな。

 



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豊穣の女神、姉を想う

弟妹視点第一弾、デメテル視点です。


 

 産まれてすぐのことはよく覚えていない。ただ、それまでいた暖かな場所から突然追い出されたかと思ったら、様々な物がたくさんあるところに居て、それからすぐにまた何もないところに置いて行かれた。

 ただ、自分がどういった存在なのかはわかっていた。ただわかるだけで、自分では何もできないと言うことはわからなかった。何もできないままに泣き、何もできないままそこに居た。移動することもできず、ただただ泣き続けていた。

 

 そこに手を差し伸べてくれたのが、姉であるヘスティアであった。

 

 あの姉がいつからこんなところに居たのかはわからない。ただ、自分と同じようにあの暖かな場所から突然追い出され、たくさんの物があるところからまた何もないこの場所に放り出されたのだろうと言うことは分かった。

 ただ泣くことしかできなかった自分をあやし、優しく抱きしめてくれた。神としての性能のいい頭は、たとえ自分の意思では何もできないような幼い状態であったとしても受けたものを忘れるようなことは無く、きっとこの存在こそが自分の母親なのだろうとその時は思っていた。

 だから、話すことができるようになって真っ先にそう呼んでみた時に、何とも名状しがたい表情を浮かべられたのは驚いた。彼女は自分の母親ではなかったのか。自分を守ってくれて、育ててくれたのに、母ではないのか。

 彼女は、自身を姉だと言った。私、豊穣と大地の神デメテルの姉であり、私の父である大地と農耕の神クロノス、母である地母神レアーの間に私より先に産まれ、私より先にクロノスに呑まれたものだと。

 

 そんな説明を受けたが、あの姉は何も変わらなかった。いつもと変わらずに理解できないことをしていて、いつもと変わらずに私では到底できない、それどころかやろうとも思わないようなことを平然と実行していた。

 竈の女神であるはずなのにこの狭い大地に太陽を作り上げ、竈の女神でしかないはずなのに金属から強力な魔法の武器を作り上げ、竈の女神以外の何者でもないはずなのにこれまでに存在していた戦いの神より戦いが上手そうでもあった。

 私は、そんな姉に育てられた。私の知る『産まれた当時の神の世界の常識』は、姉の行動の前に脆くも崩れ去っていた。力の有無を真正面からひっくり返すようなその在り方、完成した神としてはありえないような能力自体の上昇。普通、神と言えば完成した存在であり、よほどのことが無ければその力が上下することは無い。その神を信仰する存在がこの世界から完全に消えてしまったり、異なる神と同一視されるようになったりすれば力は上下することになるはずだけれど、この場所……我が父クロノスの腹の中ではそういったことが起きるはずがない。そして、姉の身体は既に成長を終えているようで成長していくところは見たことが無い。私が成長する度、少しずつ身長差が無くなっていくのは面白いような残念なような奇妙な気持ちにさせる。

 そうしているうちに、私の妹がここにやってきた。ヘラと言う名の妹は、私にとって可愛い妹であった。私はできるだけ姉が私にそうしてくれたように、妹に対して接するようにしていた。

 家族間に発生する、性欲を伴わない愛情。それをたっぷりと与えられた私とヘラは、あっという間に姉の身長を追い越すほどに成長した。それでも姉は姉らしく、私やヘラのことを妹として、守るべき相手として扱ってくれたし、ときどき私が甘えてみたりすると必ずその手を止めて私を甘やかしてくれた。

 それは暫くの時が過ぎて、新しい弟ができても変わらなかった。その頃には姉はどうやったのか畑を作り、種を植え、多くの植物を育てて食事ができるようにしていた。昔、私が姉に甘える口実として口にした『お腹空いた』と言う言葉を覚えていたらしく、初めての食事の時に『遅くなってすまなかった』と謝られてしまった。本当に謝らなくてはいけないのは、そんな物が無いと知っているにも拘らず甘えるためだけにそんなことを口にした私だと言うのに。

 

 私は、姉に守られている。私は、妹を守り、そして同時に守られている。私は、今はまだ幼い弟を守っている。

 こんな小さな世界の中で家族として過ごしている時間は、恐らくもうそこまで長くは無いだろう。きっと、今まで過ごしてきた時間よりは短くなるに違いない。それは姉の行動を見ていてもわかる。

 けれど、だからこそ、私はここで姉と共に過ごす時間を大切にしたい。きっと、この狭い世界の外に出た後では今と立場は変わってしまうだろうから。

 

 だから、少し前。姉が倒れているのを見て血の気が引いた。幸い、そこまで長く眠り続けていた訳ではなかったけれど、私は今まで一度もあの姉が伏せているところなど見たことが無かった。精々が一緒に寝てほしいと甘えてみた時くらいだろう。今ではヘラやハデスの眼もあるし、恥ずかしくてお願いすることなんてできないけれど、姉はその時でも私より早く眠ることは無かったし、私より遅く起きることもなかった。

 そんな姉が、倒れていた。私は焦り、半狂乱になり、眠っていた姉の身体を無理やり起こしてガクガクと振ってしまったほどだ。そのすぐ後にただ眠っているだけだとわかって、腰が抜けてしまった。姉が作ってくれたベッドに姉を寝かせ、私たちはゆっくりとその場を後にする。

 

 ……今まで、私は姉に甘えてばかりだった。だから、これからは少しずつこれまでの分を返していこう。私は一人、そう思いながらその手を握りしめた。

 

 

 

「……酔ってると口が軽くなるってのは知ってたが、ここまで軽くなるもんなんだな」

「んみゅ? ……ふへへ……」

「あーよしよしなんでもねえよ」

 



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竈の女神、弟を増やす

別にハデスが増えるわけではありません。


 

 海。それは地球に住む人間たちにとって身近な危険地帯であり、同時に神秘の塊でもあり、一部の者にとってはロマンや夢を探すための道であり、謎に満ちた場所であると同時にその謎を覆い隠すベールでもある。

 海に触れた人間はその広大さに驚き、あるいは憧れ、時にその存在と一つになろうと身を投げ、または海からの恵みを食み、海と共に過ごしていた。

 前世の21世紀においては恐らく最も身近な自然の謎のある場所であり、深海などはいまだに人間の知らない事実で満ちている。人間自身が人間のことを全て知っているわけでもないのだから人間以外に謎が残っていることは全くおかしくもなんともないが、生物分野において深海の生物はその他の場所に生息している生物とは見た目も機能も全く違う独自の進化を遂げているため、とても珍しく、貴重な研究材料とされてきたこともあった。

 日本人的に考えれば……グロい魚は大概美味い、と愛されてきた存在でもあるな。同時に、非常に重要な塩の産地でもあった。いくら取っても取り切れないほどにそこにある塩気のある水は、恐らく古代の日本人たちには喜ばれたことだろう。俺はにがりとかが取り切れていないえっぐい塩はご免被るがね。

 しかし、そのえぐみこそが海水塩の特徴。量が多ければ食えたもんじゃないが、ある程度までならむしろ風味や旨味となる。日本の料理はそう言った旨味を扱うのが多いのか、実に塩の扱いや製法が上手だ。と言うか、何より誉めるべきは日本人の食い意地だろう。本当にありがたい。日本万歳だ。だがクロノス(クソオヤジ)は死ね。

 

 と言うことで、海と地下水の神であるポセイドンがクロノス(クソオヤジ)の腹の中にやって来た。これで海水を呼び、太陽光と風で蒸発させ、煮詰めてにがりを取り除いてやれば海水塩とついでににがりで作る化粧品も作れる。最近美に目覚め始めたデメテルやヘラが喜ぶだろう。俺も岩塩のただひたすらに塩辛いだけの味には飽きてきたところだし、ちょうどいいだろう。

 

 ……ちなみに俺はそう言うことにはあまり興味がない。度重なる爆発や高熱の環境によって肌には普通に傷が沢山付いているし、両手は最近少し良くなってきたが一時期は(あかぎれ)のようになってぼろぼろだった。鍛冶仕事によって火傷した痕だって残っているし、武術の修行中や魔法系統の練習中に暴走した魔力などを押さえ込むのに失敗して腕や足にも傷がある。この時代、傷物になった女に興味を持つような奇特な奴はいないだろうさ。

 まあ、実は薬品製作によって作ったポーションのようなものやポーションのようなものを混ぜて作ったクリームでも塗って大人しくしていれば古傷も残さず綺麗になったりするんだが、都合がいいので傷は残したままにしているのだ。無いとは思うが、この身は竈の女神であるヘスティアだ。アポロンとかに婚姻を迫られても面倒臭い。無理に迫られたりしたら対クロノス(クソオヤジ)用に編み出した必殺技、浸透無寸纏絲勁を叩き込んで内臓破裂を起こさせてしまう可能性が大。と言うか、多分やる。死にはしないと思うが……と言うかギリシャ神話において神を殺せるかどうか怪しいが、まあ、殺っちゃったらすまんと謝るくらいはしておこう。聞こえないだろうけどな。

 

 しかし、いったいどんな遺伝の仕方をすれば大地と農耕の神と地母神の間に海神が産まれるんだ? ギリシャ神話において地母神は大地だけではなく人間の住む世界と物理的に繋がっていればその場所も司れるらしいから変ではないのかもしれないが、俺の感覚からするとやはり奇妙で仕方がない。それを言ってしまうと大地と農耕の神と地母神の間に天空神が産まれるのもおかしいのだが、同じ理由でおかしくは無いのだろう。何しろ当時は遺伝の法則なんてものは発見されていなかったし、発見されていたとしても神の場合でも同じ法則が適用されるとは限らないからな。だからこそ神なわけだし。

 それに、海と言うのは広大だ。ポセイドンの場合は海神と言う一面が最も有名だが、地下水や河川の水も司れるし、地震を起こすこともできる。

 つまり、ポセイドンがその気になればいつでもどこでも天然の温泉を沸かすことができると言う訳だ。超絶便利な権能だとしか言いようがない。暮らしに密着したある意味最高の権能だ。俺も水系統に干渉できうる権能が欲しかったが、今のところできそうにない。水ではなく冷気なら何とかなるし、権能以外なら水だって使えるんだが、権能があるとないとじゃ大違いだからな。 

 



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竈の女神、少し怒る

 

 ギリシャ神話に限らず、多神教の神話では好色な神が多い。特に神同士だけではなく神と人間の間に子供を作ることのできる神話だと、一部の神が人間を浚って子を仕込んだり、英雄の多くが神の血を引く存在であったりするのも珍しくは無い。

 ギリシャ神話において特に好色であるのはゼウスであるとされている。しかし、ギリシャ神話において最も子供の数が多い神格は、ポセイドンなのである。

 ポセイドンの子の数は3000と記されている。しかし、古代のギリシャにとって3000と言う数の持つ意味はそれだけではない。日本で言うところの八百万と同じように、無数であると言うことを表す数字であり、実際の数を表しているわけではないのだ。ポセイドンの血を引く子供の数は世界中に存在する川の数に等しいとされ、それぞれの川に一人ずつが宿り、治めているらしい。

 子供の数だけで言うならば原初神の一柱でもあるガイアも相当なものだが、世界そのものを司る神としての一面を持つ原初の地母神を相手に子供の数で張り合えると言うのはもうすでに頭がおかしいとしか言えないだろう。

 

 そして、ギリシャ神話においても子作りの儀式は変わらない。男神女神関係なしに時には単独で子を作ることもあるが、そうして産まれた神よりも男女の交わりによって成された子の方が多いのも確かだし、ポセイドンの子はほぼ全てがそうして作られている。

 そして当然、それだけ子作りができるほどの精力を持っている存在がいて、子供のように自重することを知らない状況で、綺麗なお姉さん(主にデメテル)と長いこと過ごしていればどうなるか……予想するに難くない。

 確かギリシャ神話の中で、デメテルはゼウスとの間だけではなくポセイドンの間にも子を作っていた。それもゼウスと同じように無理強いする形で、だ。

 

 何が言いたいかと言えば……

 

「ヤり捨て前提で女を抱きに走るならせめて相手の同意を得た上でやれって言うすっげえ簡単な話なんだが、わからねえ訳ねえよな?」

 

 実行しようとしやがった馬鹿が涌いたわけだ。ちなみに相手はヘラ。ポセイドンを任せようとしてしまった俺にも責任はあるんだが、本当に襲われる前に気付けて良かった。

 

「えー? 女ってのは子供を作るのが仕事みたいなもんなんだろ? いいじゃん」

「当人の感情やら状況やら相手の能力やらを鑑みた上で当人同士がいいと思えばの話だよ。それもできてねえのにいいわけあるか」

「でも俺も我慢できねえし? じゃあ何か? ロリ姉貴が相手してくれんのか? 俺はそれでもいいぜ?」

 

 …………。

 

「……いいだろう、相手してやる」

「お、マジ? 言ってみるもんだ」

 

 

 

 

「お前にやる気が残ってたらな」

 

 

 

 

 ※以下の音声はイメージです

 

 バトーワンデッサイダデステニー セッカッコー ペシッペシッペシッペシッ コイツハドウダァ ホクトセンジュサツ ナントバクセイハペシッフハハペシッペシッフハハヒカヌッ ムソウインサツジョイヤードゴォペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッ シバッテアゲルドゴォペシッペシッペシッキィンキィンペシッペシッペシッキィンィキィン ソコダッフゥゥザシュッペシッペシッペシッペシッペシッキリサケッソコダッ ナントハクハザンフハハハハクラエィ ホァタァアチョホアタァアチョーテンハカッサツホクトウジョーモーショーハ K.O アンシンシロ、マダヒコウヲツキキッテハイナイ(意訳:こんなもんじゃねえぞ)

 バトートゥーデッサイダデステニーホクトスイブゲキナギッホクトサイハケンミエルハズダアノシチョウセイガナントコウカクケンオウギケッショーシッ マダマダヒヨッコダァ

 

 

 

 

「で、ポセイドン(クソガキ)。ヘラに何か言うことはあるか?」

「ヴぉめんあはいおぇがわゅはっはりぇひゅゅうひえくぁはいゃんれもひまぅ」

「なぁ~にぃ? 聞こえんなぁ? なるほど。謝る気は無いと。じゃあもう一回通しで殺るぞ」

「ヒィィッ!!?」

 

 

 

 ※以下の音声はイメージです

 

 バトーワンデッサイダデステニー トベウリャッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッK.O.ベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッベシッ――――――

 

 

 

 お仕置き無限ループは文字通りデメテルが身体を張って止めるまで続いた。

 そしてこれ以降、ポセイドンは俺を見るたびにびくびくするようになり、ついでにデメテルに本気で惚れるようになったようだ。

 




 
 少し(白目)


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竈の女神、殺り過ぎる

本日は17時頃に一話投稿しています。まだの方はそちらからどうぞ


 

 火雲邪神。それはある小説から生まれた人物の名であり、そして同時に一つの伝説の名でもあった。それは非常に強い力を持った拳法家であり、同時に異常なほどの悪意をその身に秘めた者でもあり、その小説においては主人公に倒されるまで一度も負けたことが無いと言われるほどの絶対的強者であった。

 立ち位置で言うならばラスボス。一度主人公はその男に倒され、仲間の命と引き換えに救出され、そして仲間の命が失われたと知って怒り、悲しみ、修行を繰り返してついには火雲邪神を打ち倒す。そんな王道展開は昔からあったらしい。

 そこで少し考えてみてほしい。これが小説や漫画ならば主人公が悪の親玉を倒してそれで終わり。めでたしめでたしで幕が降ろされてその先のことは語られることは無いだろう。だが、もしもその話が現実で起きていたとしたらそれだけで終わるようなことは無いと言えるだろう。俺が今こうして存在している世界はギリシャ神話と言う空想の可能性の高い世界だが、それでもそう簡単には終わらないはずだ。

 まず、個人の力で世界を支配すると言うこと自体が荒唐無稽なことである。特に前世では武器が発達し、姿を見せないままいついかなる時でも殺せるようになってしまったために余計にあり得なくなっている。

 しかし、武器の発達が無かったとしても金属製の剣や槍、弓矢によって武装した軍勢を一人で殺し尽くすことができるかと言われればそれこそ無理だとしか言えない。それを実行できるものこそ、伝説の武闘家、最強の拳法家、絶対強者、火雲邪神である。

 そんな者が存在していたとすれば、主人公が倒すまでに一体どれだけの存在がその手にかかったことだろうか。主人公の視点で見れば『数万の軍を一方的に虐殺し、城を落とし、国を崩した最強最悪の拳法家』。読者からしてみれば『主人公の前に立ちはだかる壁にして、最強と言われている敵』。それまでに数多くの人間を殺していると書かれていたり、国をいくつも滅ぼしたと書かれていても、そこに実感が備わることは無い。

 

 だがしかし、俺はここに存在する。俺はここにいる。殴れば痛みを与えることもできるし、作った物を使うこともできる。食事をすれば感想の一つや二つを引き出すこともできるし、相手の攻撃に当身を合わせて反撃したりすることもできる。躾のなっていないクソガキにハメ技ぶち込んで半死半生にした挙句手足の筋腱を切り取ってホルマリンによく似た薬の入った瓶に漬け込んだり燻製にしたり塩漬けにして保存してやることだってできなくはない。今まさにやっている所だしな。

 

「……姉さん。まだ許してあげないの?」

「ん? ちゃんと改造(なお)してやったはずだが? また動きが悪くなったか? 修理しようか?」

「いやなんと言うかもうその字を使ってる時点で治してないと言うか治療じゃなくて修理って言ってるしもう隠す気ないよねまだ怒ってるよね許す気なんて初めから欠片もないよね」

「許す気が無かったら手足の筋腱を瓶詰めや燻製やら塩漬けやらにして保存してたりなんてしないっt……ハデス、その辺りにあったと思うんだがポセイドン(クソガキ)の大腿二頭筋の燻製知らないか? 塩漬けにしてから燻製にしてあったやつ」

「……そう言えば、ヘラ姉さんがお酒と一緒に何か食べてたような……」

「……肉らしい物だったか?」

「……たしか」

「……そうか。俺はここで肉を使った料理は一度もしてないはずなんだがな。塩漬けと燻製を保存処理としてやったから料理には含めないとするんなら、だが」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 ……ギリシャ神話・オリュンポス十二神の強さランクの上から二番目。海神ポセイドン。姉に大腿二頭筋を食われて立てなくなり、リタイア!

 …………流石に洒落にならんな。神の身体は切り落とされたりして一部を失ったとしても切り落とされたそれがあれば治せるが、流石に食われたら治せんなぁ……。

 

 しゃーない。ちょいと拡大解釈が過ぎるような気もするが、ほんの欠片でもあればそこから培養するなりなんなりすれば作り直せるだろうし、最悪IPS細胞的なものをポセイドン(クソガキ)から引っこ抜いてやれば部位別に作り直せるだろうよ。ちょいと骨髄引っこ抜かれて死ぬほど痛いを通り越してガチで死にかねないが、麻酔が無いから仕方ない。大丈夫だ、俺も昔耐えたからな。修行の時に拳の威力に耐え切れないで肘が後方脱臼して皮膚を突き破った時でもそこまで痛くなかったし、位置を直して傷薬一発ですぐ治ったしな。流石は神の身体だ。人間のそれよりずっと便利だ。

 

 ……培養槽、用意しとくか。錬金術は便利だなまったく。

 



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竈の女神、肉を作る

 

 ハデスが急いで取り返してきたポセイドン(クソガキ)の大腿二頭筋だったが、デメテルの手によって綺麗に切り分けられ、そのうちの七割以上が消えていた。どこに消えてしまったのかを言う気は無いが、まあ、酒にジャーキーは合うから仕方ないな。

 だが、ハデスによってその肉がポセイドン(クソガキ)の物だと理解した途端に一気に酔いが醒めたらしく顔を真っ青にしてジャーキーになってしまった肉を持って俺のところまで走ってきた。

 まあ、人間で言うDNAやRNAが破壊されてない部分が大半だったので問題ない。刻まれた肉にポセイドン(クソガキ)から引っこ抜いた神の力を浸透させて蘇えらせ、さらに培養槽に放り込んで培養液で満たす。栄養に関してはクロノス(クソオヤジ)からの直通で持ってこれているので問題は無い。マジで便利だわぁ。

 まあ、神の力を引っこ抜かれたせいでポセイドン(クソガキ)はいまだに半死半生な上に傷も殆ど癒えないと言う状態で半分発狂しかけているような状況だが、安心しろ、神の精神と言うのは思いのほか頑丈だ。人間だったころに色々あった俺が言うのだから間違いない。交渉人式拷問法ほどエグくも残虐でもないし効果も無いからな。人間は恐ろしいねぇ。

 ……教育は初めが大事だとよく言うが、神相手となるとここまでやっても喉元過ぎれば熱さ忘れるが通るような奴らだからな。神ってのは本当に理不尽な生き物だ。そもそも本当に生きているのかも怪しい。

 

 さて、新しく作った電解炉を使い、ポセイドン(クソガキ)の肉片に電気を加えて再生速度を上げていく。一瞬、これを使えばここの中でも普通に肉が食べられるようになるよな? と言う妙な閃きのようなものが脳裡を過るが、さくっと無視しておく。流石にそれを実践するのはまずいなんてレベルで済むものじゃない。確かに海神の力の宿った肉を食えば海を操ることもできるようになったりするだろうし、海難事故なんかに遭うこともまず無くなるだろう。塩だって簡単に作れるようになるかもしれないし、それがポセイドン(クソガキ)の物だと考えればもしかしたら力の格そのものが上がると言う可能性すらある。しかしこのジャーキー美味いな。とにかく作っては食べ作っては食べするのは良くないことだ。それが知られたりしたらマジで滅ぼされかねん。

 ……なに? 食ってる? 大丈夫だ、DNAとかが壊れたところしか食べてないし、そもそも神の肉体と言うのは同じ部位が二ヶ所以上存在することは無い。つまり、この状態で治そうとするならDNA等の死んでいない部位は全部纏めるとして死んだ部位は別のなにかに変えなければいけない。一番手っ取り早い方法が、壊して食うことなのだ。だから問題ない。これでちゃんと元の形に戻ろうとするだろう。

 直す時にはちゃんと手助けをしてやろう。プライスレスのトラウマがいくつか植え付けられるかもしれないが、俺はいっこうに構わん。大丈夫、多少の解剖学的知識なら持っているから左右を間違えることはあるかもしれないが上下を間違えることは多分無いだろう。間違えないだろう筋を選んで抜いたわけだし。

 少々アミバのように間違えてしまうかもしれないが、絶対に間違えない存在は早々いない。間違えないように注意しているからこそ失敗しない存在はいるだろうが、失敗を全く考えないまま行動して全てを成功させ続ける怪物など、まともな存在ではない。

 ……とは言え、間違えようとして間違えている訳でもないのだし、何度も同じ間違いを繰り返すかあるいは一度目の間違いが取り返しのつかない物でもない限りは特に何かするつもりは無い。

 

 だがクロノス(クソオヤジ)ポセイドン(クソガキ)にはこのくらいの罰は必要不可欠だと理解している。何しろ俺はあまねく孤児の庇護者であり、現状この場所にいるデメテルを始めとした子供たちは全員がある意味で孤児のようなものだからな。守ってやらなきゃならん。

 ポセイドン(クソガキ)は……まあ、もしも孤児カウントじゃなかったら楽器か工芸品にでもなってもらってただろうよ。俺は責任を取らずに子供を作る奴は大嫌いだからな。いっそ死ねとも思う。ポセイドン(クソガキ)は実に的確に人の逆鱗を撫でまわしてくれたもんだよ。人じゃねぇけどな。

 



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竈の女神、教育する

 

 この世界、と言うより俺の前世には数多くの神話が存在している。例えば俺が今居る世界であると予想できるギリシャ神話や、それと同一視される神々の多いローマ神話。共通点は多いが同一視されることは多くない北欧神話。数多くの英雄たちの話が大半を占めるケルト神話。ある意味最も身近にあった日本神話。最も早く作り上げられたと言うバビロニアの神代の物語でもあるギルガメッシュ叙事詩。世界を完全に悪性と良性に分けたゾロアスター神話。西暦1900年代において最も栄えた聖書からなるキリスト、あるいはユダヤ教の神話。インドにおけるヒンドゥー教の神話等々、その内容も数も計り知れない。

 様々な神話の中にはおよそある共通点が存在する。不思議なことに、まるでひっそりと何者かが口裏を合わせたようにある存在が現れるのだ。

 

 神ではない。神と言う存在は神話を語る上では確かに必要不可欠の存在であることは間違いないが、しかしそれは『人間には理解できない超越存在』としての自然の一側面でしかないことが殆どだからだ。だからこそそういった存在は神と言う名で呼ばれることもあれば悪魔と呼ばれることもある。立場が違えば同じ存在を神とも悪魔とも言うのだから、それが共通した存在だとはとても言えないだろう。

 共通する存在。それは、龍。西洋と東洋、その他の地域においてはその姿形こそ違えども爬虫類を基準とした鱗を持つ存在がまず間違いなく出現している。それは悪性の存在であったり良性の存在であったり、時にはどちらでもない自然そのものの化身であったりするのだが、多くの神話にその存在が語られている。

 そうした存在の多くは多淫であり、多くの子や眷属が存在する。しかしそういった存在を抑えるようなものもいる。つまるところ、やり方次第で動物ですら性欲を押さえることができ、動物にすら抑えられるような欲を抑えられないクロノス(クソオヤジ)はその点において動物に劣ると言うことだ。龍をただの動物として扱っていいかは置いておくが。

 

 そして今、俺はポセイドン(クソガキ)に教育を施している所だ。この結果次第で俺はこいつを動物未満かそうでないかを把握するつもりでいる。

 

「……と言うことで、子供を作ると言うのはこれだけの工程を経て完了するものであり、けっして作ってそれで終わりとすることではない訳だ。理解したか?」

「……姉貴ィ……姉貴は処女だよな?」

「その通りだがそれがどうした?」

「……なんでンなこと知ってんだ?」

「答えてやる義理は無い……が、答えてやろう。俺は孤児の庇護者としての権能を持っている。孤児と孤児から成長した親を見極める一つの目印としてそういった知識が初めからあるんだよ。お前にもあるだろう? 自分の権能の知識と、権能を使うにあたって最低限必要な知識が。お前だと……海、水、大地と言ったところか」

「……ある。たしかにある。なるほど、だから姉貴は処女なのにいろいろ知ってんのか」

「そう言うことだな。でだ、ポセイドン。―――俺が言いたいことはわかるな?」

 

 なんで俺がポセイドン(クソガキ)に性教育をしているか。まあ、こいつは子供を産む時に母体にかかる負担と言うものを理解していなかったからな。人間のそれで説明したが、少なくとも人型の神ならば大体変わらないようだからそう問題は無い。人型でなかったり、あるいは既に何度も産んでいて慣れている存在ならばともかく、初産が大変なものだと言うのは人間も神も変わらない。

 だが、男と言うのはそれを理解できていない。俺も人間だったころは理解していなかったが、ヘスティアとなってからは権能関係で少し理解できるようになった。

 そして、ポセイドン(クソガキ)は獣よりはましな頭をしているらしい。それが本心からの物かはわからないが、少なくとも形だけでも見せる頭はある。反省していなくとも、暫くはちゃんと俺の言うことを聞いて無理矢理に襲ったりはしないだろう。

 

 ……もし襲ったら、今度こそ去勢だな。去勢すると闘争本能を失って大人しくなるそうだから、やんちゃが過ぎるなら―――

 

「……姉貴。なんかすげぇ嫌な予感がしたんだが」

「大人しくしておけ、と言う危機察知本能だろう。よかったな、割と当たるらしいぞ」

 

 ポセイドンはガタガタと震え出した。不思議な事もあったもんだ。

 



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冥府の神、姉を想う

今回はハデス君視点です


 

 初めに目に入ったのは、真っ暗な世界だった。光がなくて、ただただひたすらに暗くて、自分がどこにいるのか。自分がどんな姿なのか。自分とはいったいなんなのか。何もわからない、とてもとても恐ろしい世界だった。

 けれど、そんな真っ暗な世界は長くは続かなかった。

 真っ暗だった世界の中、僕の目の前に突然現れたのは、とても明るい光の玉と、そんなものがくすんでしまうくらいに明るい綺麗な笑顔だった。

 

 僕は何もわからないままに、神として知り得る情報を集めた。

 ここは、父であるクロノスの腹の中にできた封印の中。この封印の中には僕を除いて三柱の神がいて、暮らしているらしい。

 

 一柱目。僕の姉三号ことヘラ姉さん。僕のことをよく弄ってくるし、ずっと意識を向けないでいると勝手に拗ねる。三柱いる姉の中で一番中身が子供っぽいのがヘラ姉さんだろうと思う。

 

 二柱目。僕の姉二号ことデメテル姉さん。直接的に面倒を見てもらった回数では一番多いかもしれない。とってものんびり屋でとてもおおらかで、そしてこの中では怒ると二番目に怖い存在。普段怒らないものほど怒ると怖いと言うけれど、そういった話はそのほぼ全てがヘスティア姉さんに持っていかれてしまうため、普段ならもしかしたら一番目立たないかもしれない。

 

 そして、一番上の姉さん。ヘスティア姉さん。きっと僕達の中で一番強くて、一番優しくて、けれど怒ると一番怖い。けれどヘスティア姉さんが怒る時には毎回原因があって、理不尽に怒ることは一度もなかった。行動は理不尽なことが多かったけどね。

 そんな三柱と一緒にここで過ごしているうちに、僕以外の三柱の中では一番子供に見えるヘスティア姉さんがこの中で真ん中にいることが分かった。そして、僕達をちゃんと育てるために色々なことをしていると言うことも。

 

 ヘスティア姉さんは畑を作っていた。その畑は今はデメテル姉さんが使っているけれど、デメテル姉さんがちゃんと使えるようになるまではヘスティア姉さんが使っていた。

 ここの硬い土地を耕して柔らかくして、そのままでは植物が絶対に芽を出さないようになっていたのを解決して芽を出させるようにして、水をやって、太陽を作って光を与え、植物たちが成長するのにちょうどいい温度を保つように太陽の距離と火力を調整し、何をどうやったのか竈の神様なのに水を出していた。

 ヘスティア姉さんは服を作ってくれた。成長したときに伸びた僕の髪に何かをすると髪が金属に変わり、その金属を糸のようにして服の形に布を織り上げた。

 けれど、金属はそう多くない。だからはじめの内はヘスティア姉さんの服は本当に必要最低限の場所が隠れていればいいと言うような服で、僕はそんなヘスティア姉さんを見て恥ずかしいやら申し訳無いやらと複雑な気分だった。

 材料に余裕ができてヘスティア姉さんが自分の服をちゃんと作ったあとに僕の服がどんなのがいいかと聞かれたので、ドレスを頼んでお嫁さんにしてほしいと言ったらなんだか複雑な表情をされた。後で聞いてみたら、男の人はお嫁さんじゃなくてお婿さんになるんだって。ヘラ姉さんが辛い辛い料理を食べていた時にそっと体温より少し温度が高い水を渡しておいた。

 

 ヘスティア姉さんは食事を作ってくれた。ヘラ姉さんが作る料理も嫌いじゃないけれど、ヘスティア姉さんの料理はまた一味違う。使っている材料は同じなのに、出来上がるものが全く違うのだ。

 味は好みが別れるだろうから明言はしないでおくが、ヘラ姉さんの作った料理は何故か甘味が強いものが多く、ヘスティア姉さんの作る料理は塩気を少し感じる程度の薄味であることが多い。ただ、ヘスティア姉さんの場合は塩気や甘味、苦味や辛味と言う分かりやすい味のかわりに、確かにそこにあるにも関わらず何と表現していいのかわからない複雑な味がある。ヘスティア姉さんはそれを『旨味』と言っていた。デメテル姉さんがウマニと聞き違えたところ、餡掛け固焼きそばをたっぷりと口の中に流し込まれてお腹一杯になってトドのようにぐったりと転がるはめになっていた。美味しくはあったらしい。

 そして時々、ヘスティア姉さんは変になる。竈の前でひたすら何かを呟きながら金属を素手で叩き続けていたり、人の形をした人形に拳や蹴りを叩き込みながら何かを呟き続けていたりしている。

 

 一体なんだろう……?

 

『これはデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分───5000。よし次はヘラの分、これもヘラの分、これも───』

 

 ……怖い。と言うか、よく見てみたら人形の顔に『クロノス(クソオヤジ)』って書いてある!? 凄く恨んでる!

 

 ……ちなみにヘラ姉さんの分の5000回が終わったら僕の分が一回入ったところで人形がダメになってしまった。見た感じアダマスなんだけど……拳でアダマスって砕けるのか。神秘だね。

 

 



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竈の女神、石を拾う

 
 あとがきのはアンケートではありません。いわゆる『言ってみただけ』です。これだろうと思う者は在ったら気楽にどうぞ。ご新規さん大歓迎です。


 

 時が来た。ポセイドンが入ってきてから少々。一応ポセイドンを調教して立派な好青年に仕立てあげ、全身の肉と神としての力を綺麗に元通りに見えるように直すくらいのことはできるくらいの時間が過ぎた頃、俺は待ちに待ったその時が来たことを理解した。

 

 この場所に新たに存在するようになった石。それはつまり、ゼウスが産まれ、もう自分の子が呑まれるのが嫌になったレアーがゼウスの代わりにクロノス(クソオヤジ)に飲ませた、反逆の狼煙。

 クロノス(クソオヤジ)はゼウスを呑めなかったことにより、後に神々の王としての座をゼウスに奪われることとなる。その際、自身の使っていたアダマスの鎌でナニを切り落とされ、二度とクロノス(クソオヤジ)は子を作ることができなくなった。そんな未来を作り上げるには必要不可欠であるこの石は、同時に俺に『ゼウスが産まれている』と言うことを明確に教えてくれる指針ともなる。

 

「さて、持てる物は持ったか? 服は持ったか? 武器は持ったか? キッチンや畑は? ちなみに俺は酒の貯蔵庫も研究施設も全部持ってるからな。忘れ物があるなら今のうちに言えよ。出発したら戻ってこれないからな」

「妹一号デメテル、準備万端です隊長!」

「妹二号ヘラ、準備OK、いつでも出れるわ」

「弟一号ハデス、持って行けるものはいらないもの以外全部大丈夫だよ」

「弟二号ポセイドン、準備完了でっせ」

「ポセイドン?」

「サー!準備完了です!サー!」

 

 よろしい。それでは脱出しよう。

 

 俺は目の前にある巨大な太陽炉に触れて、外殻を少しずつ削り取る。安定させながらの作業は中々骨が折れるが、それでも必要があるならやるしかない。やってやるさ。

 俺は竈の女神。今までは竈の方からしか派生してこなかったが、今度は別のところからの派生。

 『女神』。それは神であり、女であることを示す言葉。それは単なる記号であり、種族であり、それ以上の意味がない……と言う事ではない。

 女神と言うのは、受容と拒絶を同時に体現する概念の結晶でもある。男を受容し、子を作り出すと言う点だけを見ても、女神は男神に比べて生産や製作に優れていることが多い。また、他の存在を自らに受け入れると言うことを当然の物として行い、新たな物を作ることすらしている。

 では、俺がこれから何をするか。俺は外殻が外れて膨大な熱量を発する太陽を、そのまま身体に取り込んだ。

 

 熱い。身体が焼けそうに熱い。しかし同時に力が溢れ出す。その力の流れを操り、集束し、クロノス(クソオヤジ)の体内の封印の壁に手をついた。

 瞬間、俺は大地を強く踏みしめる。

 大地を踏みしめた力は、全身の肉からの力を受けて増幅しながら足元から身体を登る。太陽のエネルギーを受け、その力を熱量として駆け上る。足元から始まり、ふくらはぎを登り、太腿を経由し、脊柱を駆け上がり、肩で方向を変え、肘で再び加速し、手首で踏み切り、手掌から回転と共に放出される。結界は容易く消し飛び、代わりに肉が焼け焦げる匂いが立ち込める。大きな悲鳴のような声が聞こえ、炭化していた分厚い肉の壁が再生を始めている。急がないとまた閉じ込められるな。

 デメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドンの四柱に伸縮自在のおんぶ紐だったものを巻き付け、夢想流舞で走り抜けていく。しかし、クロノス(クソオヤジ)は腐っても巨神。山より巨大なティターン神族だけあって、身体の真ん中にある胃から外までの道を一息に踏破するのは難しい。別に嫌がらせで後々に爆破させるためにクロノス(クソオヤジ)の身体中に太陽炉や縮退炉、対消滅炉を結構な数ばらまきながら走っているから遅いと言う訳ではない。

 ちなみに太陽炉はともかくとして対消滅炉や縮退炉は弟妹達がいるところで使うには少々どころではなく危険すぎるため使用を自粛していたものだ。何しろ対消滅炉は質量を完全に何らかのエネルギーに変換することができる。質量とエネルギーの変換と言えば、とても有名なE=mc^2と言う数式が出てくるが……これを実際に計算してみたことがあるものはどれだけいるだろうか。

 光速度はm単位で299792458m/s、およそ三十万km/sと言う圧倒的速度で突き進む。この数値を二乗した場合、その数値は8.9875518e+16。要するに89875518000000000と言う数値となる。もしも1kgの物質が完全にエネルギーとなった場合、実に89875518000000000Jと言う頭がおかしいとしか思えないエネルギーに変わるわけだ。

 ちなみにだが、有名な広島原爆の実際のエネルギーは5500000000000J。たった1kgの質量を完全にエネルギーへと変えるだけで広島原爆の1600倍もの威力になるわけだ。

 

 ……まあ、俺は一つ一つの質量を1kg程度に抑えた覚えは無いし、個数も一体いくつ置いてきたかも忘れてしまった。最悪半死半生の重体くらいにはなってくれるだろう。神だから死なないだろうしな。

 

 では、脱出だ。やれやれ、娑婆の空気は美味いね。

 

 

 




 
 太陽のように熱い指で
 神様が
 相手を貫く

 そんな時の掛け声募集中(笑)。この後出てくるポセイドン視点で出てきます。
なかったらこっちで勝手に決めます。何か来ても使うとは限りませんが。いいネタ在りますし。



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神話の時代
竈の女神、外出する


 

 クロノス(クソオヤジ)の腹を必殺技でぶち抜いて出てきた俺達が初めに見たのは、俺たちの母となる存在、レアーだった。突然クロノス(クソオヤジ)の腹を突き破って見知らぬ奴が何人も飛び出してきたら普通驚く。俺だって驚く。

 だが俺はそんなことは気にせず弟妹達を腹の中から引っ張り出す。早く出してやらないと出口が閉じるかもしれんからな。閉じきるまではまだもう少しかかるだろうが、余裕を持って行動することは大切だ。

 

「……え……あー……え?」

「んー……久し振り、でいいのかね。見覚えはあるんだが……レアー、だよな?」

「そうだけど……え、何もしかして貴女ヘラ!?」

「おうどこ見て俺をヘラだと認識した言ってみろ」

「身長だけど」

「ティターン神族のあんたから見ればそりゃチビだろうよ。俺はヘスティアだ。ヘラはこっちでこっちがデメテル。この可愛い方の弟がハデスでこっちのえらいエロい方の愚弟がポセイドンだよ」

 

 そう言いつつひょいひょいとクロノス(クソオヤジ)の腹に空いた穴から弟妹達を引っ張り出して見せれば、レアーはその目をキラキラ輝かせながら喜んだ。まあ、もう会えないかもしれないと思っていた愛し子(自分で言うのもあれだが、ギリシャ神話の母親と言うのは子供にたいしての愛情が非常に強いのが多いためこう言う表現になる)が突然現れて元気そうにしていればそりゃ喜ぶのが母親ってものなんだろう。俺もわからなくはない。

 

「ここが、外の世界……」

 

 デメテルがキョロキョロと周囲を見渡す。クロノス(クソオヤジ)の腹の中には存在しなかった植物や風、そして鳥などの動物達を見ては驚いている。ヘラもデメテルと同じように辺りを見渡しているが、こちらはデメテルに比べて緊張感があるように思える。ヘラが慎重なのかデメテルがおおらかなのか……どちらもか。

 

「……あー、えー、と……ハデスです。お久し振りです」

「あらあらまあまあ、可愛く育っちゃって……過程が見れなかったのが残念ね」

 

 ハデスはレアーに向けて挨拶。レアーは一瞬だけ少し寂しげな表情を浮かべるが、すぐに取り繕って見せた。普通に考えて自分の子供に今みたいな他人行儀な反応をされると傷つくんじゃなかろうか。そうなるとアテナ辺りに嫌われていただろうゼウスは結構なショックを受けていそうな気もするが、自業自得だと言うことで諦めてもらおう。

 そしてポセイドンは―――

 

「姉貴ィ!仕掛け終わりやしたァ!」

「そうか、よくやった。今夜の飯はカレーにしてやろう」

「Yahoooooooooooo!!!」

 

 カレーで釣って一仕事してきてもらった。基本さえ理解していればちょいと調合するだけで簡単に美味い味が出せるカレーは実にいい料理だな。肉が無くともある程度までなら野菜でコクは出せるし、野菜カレーを一日置いておくとこれがまた美味い。確かギリシャ神話で言う黄金時代……クロノス(クソオヤジ)が統治していた時代にはまだカレーは存在していなかったし、それどころか人間に耕作と言う概念が無かったはずだ。行うのはもっぱら狩りで、山の幸を取ったり獣を狩ったりして暮らしていたはずだ。

 要するに、俺のこの料理はまだ存在すらしていない料理と言うことだな。ついでに無数のスパイスには薬膳的な効果を持つものもあるから、量を間違えなければ身体にもいい。神は別に食わなくとも死ぬことは無いんだが、美味い食べ物は心を豊かにしてくれる。食育と言う言葉もあるくらいだし、間違っちゃいないだろう。

 

 さて、それはそれとして―――以前俺がした約束を果たさなければならない。誰との約束かって?

 

 ―――俺自身さ。

 

 雰囲気がそれっぽくなるからと言う理由で作った外見だけのハリボテ核発射スイッチのカバーを開けて、押し込む。すると俺達が出てきた肉の山の一部が吹き飛んで、同時に凄まじい絶叫が響き渡った。

 スイッチを押すと同時に暴走させたのは、持ち運びできる程度の大きさの太陽炉。それをポセイドンに頼んでクロノス(クソオヤジ)のケツに叩き込ませた上で暴走させれば、当然ながらクロノス(クソオヤジ)の股間は消し飛ぶわけだ。

 ……あ、いた。アフロディテ。本当にクロノス(クソオヤジ)のナニについてた泡から産まれたんだな。どんな産まれ方だよと思ったが、人間でも人間の腋から産まれたような奴がいるって伝説があるんだしおかしくは無い……はずだ。知らん。

 

 目標は達成した。クロノス(クソオヤジ)は殺せないがどてっぱらに風穴を開けてやったし、ケツに太陽炉を入れて爆破するのもやったし、去勢もした。ちなみに吹き飛んだタマには精力がたっぷり籠ってるだろうし集めて畑の肥料。クロノス(クソオヤジ)は最後まで俺の役に立ってくれるいい奴だよ。残念ながら殺せないがな。

 



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竈の女神、家を建てる

 

 今まではクロノス(クソオヤジ)の腹の中に居たので作る必要もなかったし、作ったところで雨も降らない風も吹かない日差しもないようなところで何の役に立つかと言われれば何の役にも立たないとしか思えなかったので作ってこなかった家を作ることにした。

 と言ってもそこまで大したものでもない。俺の家と言えば、そこまで大きくない物でいい。クロノス(クソオヤジ)の腹で作った畑の一部と、自作の竈。竈から火が消えない程度の広さの小屋があればそれで十分だ。あまり広いと俺も使いどころに迷うしな。

 しかし、未来においてゼウスを主とするオリュンポスの神々はクロノス(クソオヤジ)を主とするティターン神族と争うことになる。それに巻き込まれて家などが壊れてしまっても困るし、頑丈に作っておくとしようか。

 

 材料はたっぷりと持ってきたアダマス。アダマスの持つ磁性を最大限活用することで周囲に磁界のバリアを張り巡らせる。この磁力は常に変動し、電撃や炎などを跳ね返し、あるいは受け止めることができるように作ってある。触れるとそいつに電気が流れ、こっちにも何かが来たことがわかるようにもなっているが、それはおまけ程度の効果しかない。

 素人の手作りの家なんて普通に考えれば住めたものじゃないんだが、細かいところならば一度建ててからでも形を変えてやることができるので必要な条件は満たしていると言える。雨風が入ってこないように継ぎ目を消し、変な所に力がかかって歪まないようにいくつか柱を組み替えてやればすぐに終わる。ゼウスがオリュンポスで一旗……あ。

 

 ゼウス忘れてた。クロノス(クソオヤジ)を去勢してやる気も元気も失わせたのに満足して完全に忘れてた。と言うかクロノス(クソオヤジ)がもうヘタレになってるからティタノマキアとか起こるかどうか怪しいわ。このまま王権が移るかもしれない。

 ……あれ、もしかしてその場合神々の王になるのって俺か? んな七面倒くさいことはやってらんねえんだが。俺の権能的に国家があれば俺はそこに干渉できるし、家族が居ればそこに干渉できるし、家があればそこに干渉できるし、竈があればそこに干渉できる。支配領域にゼウスが治めていた天空とかを貰ったとしても正直何の役にも立たなそうだ。

 ……よし、そういう面倒な仕事は誰かに押し付けるに限るな。

 

「と言うことで誰か神の王になるつもりは無いか?」

「私は面倒だから嫌~」

「私は仕事多そうだから嫌」

「僕は……体格とかその辺りで軽く見られて戦争することになりそうだから嫌かな」

()りゃあ遊ぶ時間が無くなるから嫌でっせ」

「おうお前ら正直に言えばいいってもんじゃねえぞ」

 

 いやまあ面倒だから他人に押し付けようとした俺が言えるセリフじゃないんだがな。

 

「……んじゃあ……おーい、おふくろさーん」

「私はこうして浮気する元気もなくなったこの(ひと)とイチャイチャして過ごすからやるつもりは無いわよ。ねぇ、あなた」

「……そう、だな……」

 

 クロノス(クソオヤジ)……腑抜けたな。ざまぁみさらせダボが。原因は俺を呑み込んだことだ。俺を呑み込んだせいでお前は俺の恨みを買った。それがなければ俺がお前を恨むようなこともなかったろうに……。

 まあそれでもゼウスが産まれてしっかり育つまでの王座だっただろうがな。ちゃんと教育して、しっかり王としての在り方と仕事の面倒臭さを教えておけば王なんてなりたくないと思わせておけたかもしれんのに。

 

 ……そうだ、ゼウスに押し付けよう。仕事の内容をしっかりと仕込んで、王として教育したうえで……誰がすんだよそんなもん。しかも人間国家の王と違って神々の王は一度争い始めるとマジで世界がやばいレベルの奴らの仲裁やら何やらをしなくちゃならない。きつそうだなまったく。俺は全くやる気が起きないね。

 しゃーない、適当にそれらしいことやって適当に何とかするっきゃねえか。できるかどうか怪しいが、やらんよりはいいだろう。

 

 それに俺はヘスティア。遍く孤児の庇護者であり、竈の女神。捨てられた子供を無視するのは在り方に反するからな。

 



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竈の女神、一つ学ぶ

 

 サッカーと言うスポーツがある。十一人を一チームとして扱う球技で……実は俺もよく知らん。知っていることと言えばオフサイドと言うめんどくさいルールがあるとか、必殺シュートで人を吹き飛ばす高校生が居たりするとか、自分の身体より大きなタイヤとのぶつかり稽古でゴールを守る神の手を生み出したりする英雄的なプレイヤーがいるとか言うことくらいだ。多分アニメや漫画の知識が混ざってるが、日本の国技であるSUMOUのことを考えれば普通かもしれない。まあ冗談だが。

 だが、そんなことを言うと本気にしてしまう者達もいる。日本びいきで忍者がまだ存在していて、アニメで見るような魔法じみた忍術を使えるのが忍者だと思っているような奴らにこういうことを話してしまうと、色々話した末に納得してしまうのが多いのだ。

 例えば、相撲と言うのは本来國津神と呼ばれる日本の土着の神にその年に取れた一番いい作物などを奉納する際の演武から来ているものであり、一昔前では人間でありながらその身に神を降ろしていたRIKISHIが存在していたとか、現代に残る相撲において審判役である行司がなぜ宮司に似た姿で現れるのかと言う理由に神の前で行われることなのだから大きく動く必要のない行司は正装で、同時にRIKISHIは神々に隠さなければいけないようなものは一切所持していない、これは正々堂々と行われる儀式であると周知させ、同時に神の歓心を買うためにも最低限隠すべき場所以外は隠さないあの姿で現れるようになったのだとか、正式な記録は残っていないことになっているが大昔に戦いの神と闘争の神が互いを高め合うためにしていた武器を使わない稽古を見た人間がそれをSUMOUとして広め、年に一度の収穫祭で祀る神に『貴方様の庇護の下、こうして今年も生きていられます』と見せると言う役割にも変化していったと言われているだとか……まあ、そう言った冗談のような事でも本気にしてしまう者はいる。

 そして何が怖いって、できて当然とばかりにちょっとした非常識な技術を見せてやるとそれを熱意でクリアしてくることがたまにあると言う点だろう。思い込みの力は凄いと言うこともあるが、いくら思い込みが凄いからと言って当然のように無音無動作からの寸勁とかできるようになってるってマジでどうなんだ。確かに俺は普通にできたし教えたのも俺だけどさ。

 

 何が言いたいかと言うと……冗談でも『カレーには中毒性があるから一月に一回は食べないと身体が腐るよ』とか言うもんじゃないってことだな。神々の場合、思い込みでマジで身体が腐り始めやがる。精神生命体相手に本気で騙す感じの嘘は良くない。一つ賢くなった。

 そして俺は月に一度、カレーを作って弟妹達に食べさせている。そうしないと弟妹達の指先がマジで一度腐りそうになってしまったからだ。以前言ったのは冗談だと言ったはずなのに、一番驚いたのは俺だと言う自信がある。冗談だったはずなのに、なんでそんな冗談を真に受けて本当にするくらいまで思い込んだのやら……。

 

「カレー……かれぇ……かるぇぇぇぇぇぇ……」

「……よく食うなぁ……おかわりは?」

 

 六つの皿が俺に差し出される。多い分はヘタレたクロノス(クソオヤジ)とおふくろさんの分だ。ポセイドンへのご褒美としてカレーを作った時、色とか形態が気持ち悪いと言われてつい『カレーは若返り効果がある』と言ってみたらおふくろさんが全力で食べたいと言い始め、いつの間にかこうなってしまった。ゼウスがこの光景を見たらいったいどう思うんだろうなぁ……などと考えつつ、俺はぱぱっと皿に白飯を盛り、ルーをよそっていく。俺はまだ一口も食べていないのに何故だろうな。作っておいたカレーが無くなりそうだ。クロノス(クソオヤジ)もおふくろさんも俺たちの体格に合うように化けているってのに、本当によく食う奴らだ。

 ……と言うかデメテル、こっち来い。口の周りが凄いことになってんじゃねえか。まったく、いつまで子供気分なんだよ。飯くらいちゃんと食べられるようになってくれ。材料がもったいないだろ。

 それとハデス。お前何をどうしたら顎の先に飯粒がくっつくんだよ。箸で食わせてるわけでもないんだからそんな所についたらわかるだろ普通。

 

 やれやれ、結婚もしていないのに図体ばかり大きな子供が増えた気分だ。

 

 

 

 オリュンポスの神→カレーを食べないと死んじゃう病(マジ)患者

 



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竈の女神、出会う

 

 先祖と言う言葉は、主に何代も前の血族に対して使われる。言葉の定義としては、対象と自分の間に血縁関係が存在し、そして対象が何らかの原因で死んでいること。つまり、先祖と言う言葉は死者に対してしか使われないと言うことになる。

 そう考えれば、俺の目の前にいるこの女神……俺の神としての知識が教えてくれるが、俺の血縁上の祖母にあたる神、原初神の一柱、地母神ガイアは先祖や祖先と言う表現はされない存在であると言えるだろう。

 

「……初めまして、でいいのかね。少なくともこうして直接顔を合わせて言葉を交わすのは初めてだと思うんだが」

「……そうね。初めまして、異様なるジンガイ」

 

 ……その呼ばれ方は久しぶりだな。まあ、前世の呼ばれ方とは少し違う気もするが、それは別に構いはしない。

 しかし、忘れていた。地母神ガイア。それは世界を司る神。カオスに現れたその時に、タルタロスとエロスの司らなかった権能の全てをその身に収めた、権能の種類と幅においてギリシャ神話の中では誰よりも幅広い物を司っている偉大なる神。

 だからこそ、ガイアは未来を読んで予言を行い、運命を操って破滅を齎すことができる存在。ギリシャ神話の最強の怪物であるテュポーンにオリュンポスの神に対して絶対的な勝利の運命を与え、ギガントマキアにおいてもギガンテスと呼ばれる巨人たちに神からの攻撃では死ぬことが無いと言う運命を与えると言う非常識なことを実現して見せた。

 実力においては全盛期のゼウスと比べてしまうと一段も二段も落ちるが、その権能や子供の能力を加味すれば決して荒っぽく扱うことができるような存在ではない。そもそも実力を測る際に出てくる比較対照にゼウスが上がると言うだけで十分すぎる実力を持っていると言えるだろう。

 そしてその権能は、カオスから原初神として産まれ落ちた際に他の二柱の司らなかったもの全てを保有している。

 空隙・空間を司る、原初神を産み出した無形の神。カオス。

 冥界よりさらに深い奈落そのものであり、同時に生命でもある原初の神、タルタロス。

 性愛と恋心を司る有翼の男性であり、最も崇高で最も偉大で、どの神よりも卓越した力を持っていたエロス。

 それらにガイアを加えた原初神の中で、最も多くの権能を保有しているのがガイアなのだ。なにしろ、世界の全てから空隙と奈落と性愛と恋心を除いた全てを司るのが彼女なのだから。

 

「……で、何用だね? 世界を司る地母神が、竈の神なんて言う木端神にさ」

「婆が孫の顔を見に来るのがおかしいことかね?」

「事前連絡が欲しかった。心の準備もそうだが歓迎の準備もできてないぞ」

 

 ちなみに今日は俺しかいないので適当に野菜を切って盛っただけの料理とも言えないものだ。野菜が良いのでなかなか食えるものになってはいるが、客に出せるようなものじゃない。手を抜けるところでは抜くのが俺だしな。

 

「構わないよ。別に絶対に食べる必要があるって訳でもないんだ。無いなら無いでいいのさ」

「……いいってんならいいけどよ……まあ、晩飯くらいは食ってきな。時間はあるだろ?」

 

 無いと言われても知ったことじゃないけどな。勝手に作るさ。

 俺のそんな思いが伝わったのかどうなのか、ガイアのばーさんは適当な席に座って暇を潰す態勢に入った。まあ、この家には暇潰しの道具は山のようにある。俺自身が暇を嫌うタイプなんでな。弟妹達との時間を取るためにリバーシを作ったり、自身の暇潰しのために作ることを目的としたものを作ってみたり、ついでに拾ってきた水晶を製錬して皹などを消してレンズにして双眼鏡もどきを作ってみたりもした。便利だ。

 まあ、どうやらガイアばーさんは俺のことを見極めに来たようだから、いつもの飾らない俺を見せることにしよう。これで敵対することになったとしても知らんがな。

 

 ……だが、敵対するとなるとやりにくいことは確かだ。何しろ相手は地母神ガイア。実際の戦闘になったとしても厄介極まりないだろうし、それ以上に俺の在り方からして親からの愛情を一度も受けずに身体だけが育ち、母として愛情を与えることに慣れてしまった存在は……俺から見れば十分に『孤児』のそれだからな。争いとなるとやりにくいと言うのはそういう所から来るのだ。

 それさえなければまあある程度なんとかなる。世界全てを権能の範疇に収めると言っても、その世界そのものを燃料とする縮退炉を作ってやれば削り切ることはできる。まあ、その場合俺も死ぬと思うがな。そんなことにならないように注意していきたいもんだ。

 



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竈の女神、見付ける

 

 歌には様々な種類がある。簡単に出てくるものだけでも、ロックやらバラードやらなにやらかにやらともう鬱陶しいと言いたくなるほどに多くの種類がある。

 俺は短調系統の曲を聞いたり弾いたりするのが好きだが、特に好きなのが『旧支配者達のキャロル』だ。響きに混じる絶妙な気持ち悪さと美しさ。歌詞の内容とリズム。非常にいい曲だと思っている。

 前世の俺は人並み程度にしか英語を話すことはできなかったが、歌の歌詞と言う形で覚えることはできたのでよく歌っていた。流石にデメテル達の子守唄にこれを歌ったことはないがな。しないと思うが発狂したら困るし、変な神の存在を信じてしまったらそれが作られてしまう可能性もある。神の思い込みとはそういう風に現実にも影響を及ぼすのだから恐ろしい。そして面倒臭い。さらに同時に便利でもある。

 

 そんな音楽だが、人間にはそれぞれ好みと言うものがある。自分が聞いてもどこが良いのかわからないような音楽を楽しんで聞いていたり、逆に自分がとてもいいと思った音楽が他の人に理解してもらえなかったり、そう言ったことは日常茶飯事だと言える。

 当然それは個人差であり、精神的な成長の仕方の違いやそれまでの経験、聞いている時の気分でいくらでも変わっていくものだ。

 さて、そんなわけで暇潰しに始めたちょっとした演奏会は、たった一柱だけの観客とも言えない相手に大受けしている。世界の全てを司ると言ってもその世界が作られた当時に音楽と言うものは体系化されていなかった。人間が音楽として体系化するまでは、音楽と言う概念は存在すらしていなかったのだ。

 だからこそ全てを司る地母神は音楽を司ってはいないし、音楽の神としての権能は宙ぶらりんになっていた。そこを俺がひょいとかすめ取っていったわけだな。

 同じように料理や鍛冶といった『不自然な物を作り上げる』と言う行為に関してはそれを現す概念が存在していない以上一番初めにそれを行ったもの勝ちだ。つまり、俺は今様々な製作系の権能を保有していると言うことになる。

 クロノス(クソオヤジ)がアダマスの鎌なんてものを使っていた時点で鍛冶辺りは誰かが使っているものだと思っていたが、どうもあれは大地と農耕を司る神として作り上げた農具としての扱いだったようで、武器としても使えるが武器として作ったわけではないらしい。

 作り方も鍛冶ではなく、農具を作り出すと言う権能で作った物。それでは鍛冶の権能は得られるはずもないだろう。

 こうやって行動次第で権能を得られると言うことを知ってから、俺は色々と権能を習得していった。それは音楽だったり、作曲だったり、鍛冶であったり、魔術であったり、数学であったりと幅広く。何しろ時間はたっぷりとあったし、多くの神は自分の権能を得るとそれ以外のことをあまり極めようとはしなくなるのがある意味では幸いした。デメテル達でさえ趣味として色々やってはいるが権能を得ようと行動することは無いし、実際に新しく権能を得ていない。自然に存在しない物を存在させるようにするのは発想の転換が必要となるが、俺はその辺りを色々と反則的な未来の知識で覆しているからな。

 ……まさか電子回路を作って超簡易的なパソコン作って核融合炉で電気作って動かしてみたら電子の神としての側面を得るとか予想外にもほどがある。やってみた俺も馬鹿だったとは思うが、できてしまったこの世界がある意味では一番馬鹿かもしれない。

 ちなみに電子の神としての権能でパソコンなどを使って作る絵や文章にかかる製作時間が減ったし、電子機器を作る時の労力が一段減った感覚がある。発電機が作れたことだし、今度はバイクでも作ってみることにしよう。エンジンはもちろん太陽炉で。

 

 ちなみにだが、料理の神の権能も俺の物だ。農耕の神の権能はクロノス(クソオヤジ)の物だが、作った物を俺が一番うまく扱えると言うのが中々に気分がいい。美味い食事は心を豊かにしてくれる。権能など無くとも農作はできるし、俺の作った家の近くにはクロノス(クソオヤジ)の睾丸が埋まった畑があるからな。農耕の神の祝福(笑)があるんだろう。持ってきておいてよかったよ。

 



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竈の女神、調理する

 

 犬を飼っていると、時々犬がこちらのことをじっと見つめてくることがある。その時にこちらもじっと見つめ返してやると、だんだんと相手の伝えたいことが分かってくるものだ。

 例えばいつも使っている餌皿の近くに座り、こちらの方にじっと視線を向けてきたり、こちらと餌入れを交互に見つめて眼を細めたりしていれば、恐らく餌が欲しいと言う合図だと言うことがわかる。目は口程に物を言うと言う言葉があるが、言葉の通じない犬が相手ならば眼と行動から会話のようなことを行うことも十分に可能なことであるのだ。

 

「……」←空の皿の前でナイフとフォークを持って席に着くデメテルの図。

「……」←空の皿の前でナイフとフォークを持って席に着くヘラの図。

「……」←空の皿の前で(ryポセイドンの図

 

 どうやら食事を要求されているらしいので、とりあえずひたすらに煎り豆を皿に流し込んでから料理に入る。しばらくそれ食って凌いでろ。

 ちなみにハデスは俺の作業を手伝ってくれている。流石にもう俺の嫁になりたいと言ったりはしないが、料理は作れる方が色々と便利だぞと言うと納得するところもあったのかちょいちょい手伝いをしつつ俺の手元を見て技術を盗もうとするようになった。

 いつか俺に美味い料理を食べさせてくれることをこっそりと期待しつつ、茹でた大豆を均等に擂り潰した後に清潔な目の粗い布で濾す。篩があればそれでもいいんだが、無いからな。

 牛乳から分離させたクリームについさっき作った擂り潰して濾した大豆を加え、混ぜて火にかける。後ろからポリポリポリポリポリポリと音が響いているが、あまり食べ過ぎて入らなくなっても俺は知らん。そこまで面倒見切れん。

 

「豆ッ!食わずにはいられないッ!」ポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリッ!

「豆を喰いたい、等と言う言葉を使うなッ!喰いたいと思った時には既に行動を終わらせていろッ!『豆を喰った』ならば使ってもいいッ!」ポリィッ!

「ヘラもポセイドンも顔が濃くなってるわよ?」ポリポリ

 

 今日もあいつらは元気なことだ。まったく、誰に似たんだか。

 

「姉さん、できた」

「お、どれ……よしよし、中々上手くできてるな」

 

 とりあえず今日は豆がたくさんあるので豆尽くしにするつもりでハデスには豆乳を搾った後に残るおからに卵と香辛料と挽き肉を混ぜておからハンバーグのタネを作って貰っていたんだが、しっかりと教えた甲斐もあって十分なものができていた。完全に肉なハンバーグなら牛や豚の脂を引くか、あるいはオリーブオイルを使うんだが、豆腐が主体となるとどちらも匂いが強すぎる。胡麻油はあれはあれで美味いが、できれば今回はおからや豆腐に特有の仄かな甘味と風味を味わってもらいたかったので、あえて油を使わず蒸し焼きにしてみた。大きな葉っぱに包んでやれば少し混ぜた肉から出た脂が流れ出すようなこともないし、香辛料や仄かな豆の風味なども殺さずに済む。

 味については、畑で採れたトマトを煮詰めて作ったデミグラスソース。蒸し焼きにした物に後からお好みの量をかけることができるようにしておいた。こいつらは大概たっぷりとかけて風味やら何やら皆殺しにするんだが、それはそれで悪くない。個神個神が美味いと思えるやり方で食べるのが一番だ。

 

「ポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリ───」

「ボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリ───」

「───ポリィッ!」

「───ボリィッ!」

「匂いだけでお豆が美味しいわぁ~……」ポリポリ

 

 ヘラとポッセはいったい何をやっているんだか。あんまり食べると以下略。

 

 さて、スープは豆のポタージュ。

 前菜にはにんにくと唐辛子を炒めた油で焼いた豆腐の醤油炒め。

 メインは肉料理のように見えるおからと挽き肉のハンバーグ。

 サラダのように見えるのは豆のサラダ。別に全てが豆な訳ではない。八割程度は豆以外の野菜だ。

 ドリンクは搾りたての豆乳を氷温炉でキンキンに冷やしたもの。希望があれば温かいのも用意できるし、酒と混ぜてカルーア擬きにすることもできなくはない。

 デザートには豆乳プリンと、暇潰しに作った飴細工。鍛冶で熱に強くなったのか、飴程度では火傷も負わないこの神の身体に感謝した。一度失敗して素手で触ってしまったが、補修して今ではそれぞれの聖獣の形の飴細工としてプリンと一緒に氷温炉で冷やしてある。

 お土産用に豆乳バウムも用意した。しっとりしていてほんのり甘い。美味いぞ。

 

 ほれ、貪れ。

 

 



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大海の神、戦慄する

 

 俺が産まれて初めて惚れた相手は、太陽のような女だった。

 親父に呑まれた先に居た、一人の女。傷だらけでバサバサになった黒い髪を適当に金属の輝きを持つ花の形をした髪留めで後ろに纏め、手にも足にも傷がたくさん付いた、外見だけならどうして惚れたのかわからないような女。近場には他にも美しい女神が居たし、そんな背も小さい傷だらけの女を気に入るとは思っていなかった。

 名前はヘスティア。俺の一番上の姉貴にして、一番小さく一番大きな姉だ。

 

 ロリ姉貴の傷は日々増減していた。それは火傷であったり、切り傷であったり、恐らく自分の骨が内側から貫いたのだろうと思わせる傷もあった。どうすればそんな傷になるのかわからないような傷すら存在していた。

 まるでアダマスの鉱石でも触っているかのような硬質な感触に、しかし肉がついていることを表すような弾力性を持ち合わせたその手は、常に俺達のために振るわれていた。

 

 畑を耕し、水をやり、太陽の調子を整え、熟れたものから収穫し、その日の献立を考える。

 料理に使う包丁やまな板、鍋にフライパン。それらは全てロリ姉貴が自身の手で作り上げた物。俺達が使う皿やスプーンやフォークも、全部ロリ姉貴が作り上げていた。

 どんどんと大きくなっていく身体に合わせた服や靴も作ってくれた。

 ロリ姉貴は、親父に呑まれた中でもこうして俺達の事を想っていてくれていた。

 

 そんな生活をしているうちに、俺は少しずつ変わっていった。ロリ姉貴の手足についた傷を見ても醜いと思うようなことはなくなったし、それどころか絶対に嫁にもらってくれる相手なんていないだろと思っていたロリ姉貴にかなり本気で惚れそうになっていた。

 だが、ロリ姉貴の性格は知っているし、俺はショタ兄貴のように可愛がられるような性格はしていない。可愛がられるショタ兄貴ですらロリ姉貴には軽く袖にされてしまっているし、俺でも同じように袖にされるだろうことは間違いない。

 だからこそ俺は、姉貴達に相談することにした。ロリ姉貴に惚れたんだが、きっとロリ姉貴は俺の想いもはいはいと受け流しちまうだろうから、どうにかしてロリ姉貴と結ばれたい、と。

 姉貴達の協力を得て作戦を実行。姉貴たち……今回は上姉貴に協力してもらったんだが───ロリ姉貴の逆鱗だったらしく、トラウマ刻み付けられた。

 ああ、確かにロリ姉貴はアダマス砕いてたよ? だからってあの拳でモツ抜きパンチとか洒落にならない。モツの代わりに筋肉を持ってかれたし、暫く傷が治らないまま放置までされた。超痛かった上にロリ姉貴がなんかやったようで怪我が全く治らない。顔はぼっこぼこになったしまぶたが腫れて暫く前を見るのにも苦労したし、呼吸するだけで衝撃通しでズタボロにされた内蔵が軋むような感覚。正直やばい。

 発狂しそうでできないままの時間。神であるがゆえに意識を失うこともできないまま激痛に苛まれる中、俺は心に決めた。

 

 ───二度とロリ姉貴を怒らせるようなことはしねえ。例え主神に逆らうようなことになっても、絶対怒らせねえ。

 普段からあまり怒らない奴ほど怒った時には怖いって言われているらしいが、少なくともロリ姉貴に関しては間違いない話らしい。正直言ってやばい。素手で皮膚を切り裂かれて肉抜かれた。マジでどうやってんのかわっかんねえな。

 

 ……まあ、誰が相手でも許される範囲と許されない範囲があることを学べた。それに、あまり知識として持っていなかった女から見たそっち系統の知識も貰った。あんなきついもんだとは思ってなかったし、最終的にはロリ姉貴も許してくれたし『やって良かった』とは言わないがやる意味はあった。そうでも思ってないとやってられない。

 何しろロリ姉貴は俺が上姉貴と仲良くしていたり、上姉貴にロリ姉貴のことでからかわれてるのを見て俺が上姉貴に惚れてると本気で思ってるからな。泣けるぜ……。

 

 そんな俺達も、この場所から出る日がやって来た。今まで作ってきた物や必要な物を全員で持って、準備完了。どうやって出るのかと思っていたんだが……

 

「俺の右腕が輝き燃えるッ!クロノス(クソオヤジ)を殺せと輝き吼えるゥ!」

 

 ロリ姉貴が突然一番でかい竈をぶち壊したかと思うと、中にあった太陽を取り込んで輝き始めた。

 

「灼!熱!」

 

 そして、その輝きが右腕一本に集まったかと思うと、おもむろにそこにあった壁に手を触れさせ……

 

「サンシャイン・フィンガーァァァァァァァァァッ!!!」

 

 竜巻のように渦を巻きながら突き進む金色の槍が顕現した。イミガワカラナイ。

 ロリ姉貴は竈の女神。そう聞いていた。で、なんで竈の女神が太陽を作ったり太陽を取り込んだりしてんのかを考えていたら、いつの間にか身体が引っ張られて外に居た。……まあ、考えるのは後回しだ。ロリ姉貴に言われた通り、親父のケツに太陽炉を突っ込んでこなくちゃならない。カレーが俺を待ってるぜぇ!

 



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竈の女神、弟と会う

 

 いつも通りに飯を作っていたら、突然見知らぬ男が現れた。

 

「……誰だあんた」

「儂か? 儂はゼウスと言う。この辺りにクロノスがいると聞いてきたのじゃが……」

「……ゼウス? マジか。なるほど。わかった、ちょっと待ってろ」

 

 俺はその場で振り向いて、レアーに世話を焼かれているのを大人しく受け入れている二柱に視線を向ける。

 

「おーい、おふくろさん!ゼウスが来てクロノス(クソオヤジ)出せってよ!」

「説明よろしくー!」

「おいコルァ!子供にそんな面倒事を押し付けんのは母親としてどうなんだオイ!」

「ヘスティアならできるわ!」

「できるだろうけどめんどくせえって言ってんだよ!」

「待った。少し待ってくれ。聞きたいことができた……ヘスティア?」

「あん? なんだよ」

「……もしや、私の姉か?」

「その通りだがそれがどうした」

 

 ゼウスは俺の言葉を聞いて固まってしまった。面倒臭いのでとりあえず家に上げて、そのままリビングでいちゃついているおふくろさんとクロノス(クソオヤジ)の前に放置。俺は飯を作るのを再開することにした。今日は月に一度のカレーの日。今日のために世界の様々な所で思い思いに過ごしている兄弟たちが全員集まることになるのだが、まさかゼウスがこの日に来るとは思ってもみなかった。

 少々面倒だが追加で材料を用意し、作り始める。色々と手間ではあるが、そんな手間もまあ悪くは無い。説明? 固まってる相手に何を説明しろと?

 

 と、そこでゼウスが再起動した。

 

「どういう状況だ!? まるで意味が分からんぞ!? 兄姉達を吐き出させるためにネクタルまで用意してきたと言うのに何がどうしてこのような事態に!?」

「あ、俺が内側からクロノス(クソオヤジ)の腹をぶち抜いてついでに股間も吹き飛ばしておいた。戦闘意欲とか全部失ってるから、主神になりたいならなれば?」

「訳が分からんぞ!?」

 

 やれやれ、五月蠅い奴だ。いったい誰に似たのやら。

 それに、訳がわからないからと言って現実に起きていることが変わる訳も無し。意味がわからないと嘆いている暇があるならその時間でまた別の事をしてみた方がいいと思うんだがな。

 理解できないことと言えば、なんでゼウスは老人とも言えるような年代の姿をしているんだろうな? ギリシャ神話が全盛の頃の平均寿命と言えばおよそ40程度。人間の最盛期がおよそ25から35程度までと思われていた時期なのだから、今のゼウスの年齢は結構な年だと扱われるはずだ。

 ついでに身体がある程度以上老いると、感覚が鈍ったりすることもあるはずだ。飯を食べても繊細な味を感じることができにくくなったりするし、老いることに意味があるとすれば威厳を出すくらいの理由しかないと思うのだが……。

 まあ、良い。別にゼウスが威厳を出すためにあのくらいの年代の姿でいようが、実は趣味であろうが、なんであろうが構いやしない。俺はいつも通りにカレーを作って弟妹達の来訪を待つだけだ。

 

 ……ゼウスの分の椅子や食器も用意しておく必要がありそうだ。陶器や磁器を作るには時間が無さすぎるし、錬金術でそれらしいものをでっち上げてやればいいか。本番はまた今度と言うことで。

 で、食事のついでにこれからどうするつもりなのかを聞いてみるか。流石に今の状態のクロノス(クソオヤジ)をどうこうしたりはしないと思うが、もしもやる気なら自分一柱でやってくれと言うつもりだ。俺は別にギリシャ神話がいつまでたってもオリュンポスの神々が支配する神話にならなくたって構いやしない。むしろそんなもんになったら仕事が増えて面倒なことになりそうで嫌だ。面倒臭すぎる。畑の雑草を引き抜いてまとめて肥料になりやすいように切り刻んで微生物が活動しやすいように温めている地面に埋めに行くのを毎日毎日繰り返すのより遥かに面倒臭い。

 

 はぁ……。まあ、なった物はなったで仕方ない。現実を変えるなんてことはそうそうできやしないのだから、なんとかして平和的に話が終わるようにしとかないとな。

 



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竈の女神、家族会議

 

「来たわよ~……誰?」

「来た……誰?」

「来たよ……誰?」

「アァァァァァネキィィィィィィ!かるぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇヲォォォォォォォクレェェェェェェェェェ!」

 

 約一名以外がゼウスが誰だかわかっていないようだった。残りの約一名はそもそも視界に入ってすらいなかった、あるいは視界に入っていたかもしれないが認識を全くしていなかったので無効票扱いとするが、まあ、そりゃあ実際に顔見知りでもないしわからないのも無理はない。

 

「これでも食ってろ」

「カレェっ!匂いがするぅ……カレェェェェっ!うめぇ!カレーゼリーうめぇ!」

「ほんとに食いやがったよ罰ゲームのつもりだったのに」

 

 せめて一瞬くらい躊躇いを見せろ。ゼウスとか引いてんじゃねえか。

 

「あ、ちなみにこの見た目おっさんはゼウスな。俺らの弟だそうだ」

「へー……あ、私デメテル。よろしくね~」

「……ヘラ。よろしく」

「ハデスだよ。よろしくね」

「冷えたカレーもうめぇぇぇぇ!!」

「……そこのカレー馬鹿はポセイドン。僕の弟で、君のすぐ上のお兄さんだよ」

「……あ、うむ、ゼウスだ」

 

 ちょうど自己紹介も終わったところだし飯にしよう。……しかし、ゼウスとクロノス(クソオヤジ)だけおっさんで他の奴等が全員若い見た目だと、一番歳食ってるのがゼウスかクロノス(クソオヤジ)のどちらかに見えるな。実際一番歳食ってんのは……確か、ウラノスとガイアの間にできた子供の末っ子がクロノス(クソオヤジ)だったはずだから、レアーが一番歳上なのか?

 まあ、どうでもいいこった。とりあえず食うとしようか。

 

「……なんだこの気味の悪いものは? 食物なのか?」

「おいゼウス。次カレーを馬鹿にするような言葉をその口から垂れ流してみろ。その口を三叉矛でかっ捌くぞ」

「ゼウスは面白いことを言うね。石榴食べる?」

「……」

「あははははは───餓えに苦しめ」

「怖っ!? ちょ、疑問を呈しただけでなんでそこまで!?」

「そうだぞ。ゼウスはただ聞いただけだろう。と言うか確かポセイドンにはそれ以上の事を言われたような気がするんだがな」

 

 一応止めると食卓の空気はいつもと変わらない物になる。しかし、どうにもゼウスは圧力を感じているようでそれを誤魔化すようにカレーを一口。

 

「───なんだ、これは……ッ!?」

 

 ───その瞬間、ゼウスの脳裏を電流が走り抜けた。

 

 舌に走る辛味。濃厚な野菜の風味。米の甘味。全てが混然一体となってゼウスの舌を直撃した。

 

 ゼウスは言葉を発することもなくひたすらに匙を動かし、自身の口にカレーを運び続ける。その姿を周りからにやにやと眺められていることにも気付かず、ひたすらにがつがつと、まるで砂漠で遭難し、水も食料も無くしてから数日間ずっと彷徨い続けていた旅人が偶然見つけたオアシスで脇目も降らず水を口にするように、他の一切に視線を向けようとせず一心不乱にカレーを貪った。

 

 ゼウスの意識が戻ったのは、自分の皿からカレーが姿を消してから。まるで舐めるように皿の上のカレーを綺麗に平らげてしまったゼウスが顔を上げると、そこにはにやにやと自分を見ながらカレーを頬張る顔が並んでいた。

 

「……なんだ」

「得体の知れないものは美味いか?」

「いやいや、得体の知れないものが美味しいわけないって」

「なるほど、心情的に得体の知れないものは食べたくないよな」

「そうそう、得体の知れないものなんて食べたがる奴いないって」

「「そう言うわけでお代わりは代わりに食べといてやる」」

「ごめんなさい儂が悪かったですお代わりさせてください何でもします」

 

 言質とった。神相手の約束を破れると思うなよ? しかも結婚と言う限定的な形ではあるが契約の神の目の前での出来事だ。破るならゼウスは間違いなく永遠に結婚相手が見つからなくなるだろう。

 主神が結婚できない神話……それも面白そうだが、結婚しなくとも子供は作るのがギリシャ神話の神々なんだよな。面倒なことに。

 

 まあ、何でもするといっているんだし、ティターン神族と争いになるかどうかは怪しいが主神になってもらおうか。仕事はしっかりしてもらうぞ?

 

 



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竈の女神、押し付ける

 

 契約と言うものは、時に理不尽な物である。本人にはそんなつもりは無かったと言うものでも、一度契約として結ばれ、効力を持ってしまった物を撤回させるのは物によっては非常に難しい。それが法に則って作られた物ならばなおさらのことだ。誰もがその法の効力の下に生き、その法が当然の物として存在している中で、効力を有する契約が結ばれたにもかかわらずそれを無視していたならば、よほどのことが無い限りその契約を無視した存在はそうした社会からはじき出されてしまうものだ。

 そう言った法がしっかりと作られていなかった頃では、力さえあれば契約などはいくらでも破ることができた。当然、破る度にそもそも契約を結んで関わり合いになろうとする者は減っていくのだが、それでも力さえあればどうとでもなる範囲。前世では武器が発達し、個々の能力における殺傷能力の差が縮めやすくなったことから数こそが力となり、そう言った力によって契約が一方的に破棄されることこそ減ってきていたが、それでも権力次第で破棄したと言う事実を……否、契約の内容そのものを書き換えてしまうと言う事すらよくあることとなっている。

 神代における契約でも同じことが言える。契約を守るのは、契約を守らせようとする存在が契約している者よりも強いからこそ契約による拘束力が産まれるのだ。では、今回の場合。成人し、主神と呼ばれるに相応しいだけの実力を有しているゼウスが、姉とは言え畑違いの結婚と言う権能しか保有していないヘラが証神(しょうにん)となる契約など、態々守ろうとするだろうか? それも、ギリシャ神話の神格と言うことで相手は相当奔放な性格をしている。力も強い。ゼウスが力任せにそう言ったことをすると言うならば、いったい誰がそれを止める事ができるだろうか。

 

「解答.俺」

「がっはぁ……ば、かな……」

 

 対消滅炉と言う炉がある。それは内側に取り込んだ物質を完全にエネルギーへと変えることができる炉で、最大効率の縮退炉と同じ効率を誇る、人間だった頃の俺の時代では理論的に可能であると言うだけで実際には技術が追い付いていなかったために使われていない炉だ。

 これの良いところは、質量を純粋なエネルギーに変えると言うところ。つまり、敵を燃料に質量分のエネルギーを放出することができると言うことだ。

 

 ……さて、ここで古代のギリシアにおける世界観を説明しよう。

 世界とは、大地、海、空を含むものであり、天界と冥界、そして冥獄とも呼ばれるタルタロス等から構成されている。

 しかし、ギリシャ神話的に世界と言えば、神々の住むオリュンポス等を含めた神界と、人間や数多くの生物の生きる人界、そして海と星々の浮かぶ空を指し、同時に空とは一枚の天盤に幾つも小さな星がくっついているような物だと思われていた。

 その空の果ては、大地からタルタロスの底に着くまでと同じ距離と言われ、銅の板を九日間落とし続けた距離と言われている。

 

 つまり、世界を焼き払ったゼウスの雷やテュポーンの炎は、それだけの範囲を焼き焦がす程度のエネルギーをもってすれば相殺できるわけだ。

 そんなエネルギーをどこから持ってくるか? それは実に簡単だ。

 まず、雷とは電子の放出現象だ。マイナスの電荷を持った電子が、プラスの電荷を持った別の何かに向けて走ることで電気的平衡をとろうとする自然現象なのだ。

 つまり、対象がマイナスの電荷を帯びていれば雷は自分から避けるように走り抜けていくし、プラスの電荷を持つものが近くにあればそちらに向けて誘導される。また、電子とは物質であるがゆえに質量を持つ。

 そこで自身にマイナスの電荷を帯びさせながらプラスの電荷を縮退炉なり電子炉なりに帯びさせれば、相手の雷は勝手に燃料になってくれるわけだ。しかも電気のな。

 

 そうなれば、雷撃を操る天空神はその雷撃を無力化されて生身での戦闘を余儀なくされるが、こっちは電子炉や縮退炉、対消滅炉からのバックアップを受けて強化された状態で望むことができる。ついでに言えば相手は成長して力は強くなったものの経験は全く足りていない、いわば逆コナ○君状態と言うわけだ。

 そんな状態でぶつかり合えばどうなるかの答えが、今の俺とゼウスの状態と言うわけだ。

 

 さて、こいつには約束通りに『何でも』やってもらうとしよう。具体的には主神の座についてもらってから仕事をしっかりとやらせる。ギリシャ神話の神に仕事らしい仕事は無いから、そこまで忙しくはならないだろうがな。

 

 



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竈の女神、言祝ぐ

 

 冠婚葬祭。日本にて古くから行うことが多い四つの行事を集めたものをそう呼称する。

 冠。それは成人の義のことであり、成人した瞬間から冠位を得るための資格を持つことができることからそう呼ばれる。また、成人の義において人生で初めて冠を被る者が大半を占めることからもそう呼ばれていた。

 婚。言わずと知れた婚姻のことである。冠婚葬祭として纏められた四つの行事のうち、自身の事で複数回行われる可能性のある行事である。

 葬。葬式であり、自分以外の家族の物ならば数多く参加したり主催したりする可能性があるが、自身のものは一度きり。あるいはその一度すら開かれることなく終わる可能性もある。家族にどう思われているのかが決め手となる。

 祭。祖先の祭儀を行うもので、開きたくなければ開かなくともいい。ただし、自身の分が開かれなくとも良いならば。

 だが、現代においての祭りと言えば、そう大したことのない事でもよく起きるもの。だが、この時代において、祭りと言うのはある種の特別な物であったことは間違いない。

 

 例えば―――主神の代替わりが起きたりすればそうした祭りが開かれると言うことになる。

 

 今までの古い神々から時代は移り、新たな神々の王が君臨する。時代は生まれ変わり、新たな時が始まる。そんなことがあれば、この神代でも祭りと言うものが起きてもおかしくないわけだ。

 神代の祭は中々に派手なもので、様々な物が用意される。神食と呼ばれるアンブロシア。神酒と呼ばれるネクタル。そんな中では俺の作った料理など埋もれてしまうだろう。それは実に当然のことだ。

 

「ビーフシチュー!」

「ホワイト!ホワイト!」

「カレーだルォ!?」

「ポトフもいいよ」

「みんな美味しいで良いと思うのだけど~?」

 

 不思議なことに超人気。何故だし。

 それに祝い酒も出したんだが、酔い潰れる奴多数。確かに口当たりは良くて飲みやすいのに異様に強い酒だが、神なら平気だと思ったらそんなことは無かった。クロノス(クソオヤジ)が主神の座を降りてゼウスが新しく着くと言った時に反発したティターン神族のほぼ全員が酔い潰れている。やっぱり平和的な勝負と言えば飲み比べが一番だ。

 ジョッキで飲もうとする馬鹿もいたが、一口目で急性アルコール中毒になりそうだったそいつに錬金術と調薬技術で作り上げた凄まじく苦いアルコール分解剤を飲ませて事無きを得る。この酒は強いと言っておいたのに、何でジョッキで飲むかね。馬鹿なのか? 最悪死ぬぞ? ギリシャ神話の神だから死なんだろうが。

 

 祭りとも宴会とも勝負とも戦争とも言えない、しかし同時にその全てであるとも言える一度きりの行事はこうして続く。気付けば酔い潰れた者も復帰し、そしてまた酒に溺れたり料理に溺れて潰れていく。作る側は大忙しだ。

 

「……やるねえ、異様なるジンガイ」

「ん? ああ、ばーさんか。飲んでる?」

「少しずつね。……いやしかし良い酒だねこいつは」

「自信作だよ」

「そうかいそうかい」

 

 ガイアのばーさんは明るくカラカラと笑いながら俺のとなりに座る。逆隣には俺に飲み比べを仕掛けて酔い潰れたティターン神族が山になってると言うのに、まったく豪胆なばーさんだ。

 

「……ほんとはね。あんた達の弟が主神になるには、とても大きな戦争が起きるはずだったのさ」

 

 ……そう言えば、予言の神はガイアの血族だったな。現在過去未来の三つの時を司る三女神もそうだった気がする。司る神がいるなら、ガイアがその権能を持っていてもおかしくはない。

 俺は黙って先を促す。周囲は未だに五月蝿いが、この場所だけは少しだけ周囲から切り離されたような奇妙な状態にある。

 

「本当は、もう少し後になってから……オリュンポスの神々が十二柱揃ってからのことさ。私の子供たち(ティターン神族)と、あんたたち(オリュンポス神族)の戦争が起きて、それから今みたいに主神が交代するもんだと思ってたよ」

「そんな面倒事をやるわけないだろうに。負ける気はしないがまともな方法じゃ時間がかかりすぎる」

「だろうね。あんたは面倒なことは嫌いな性格だろうよ」

「よくわかってんな」

「……狙ったね?」

「一番楽だからな。争うにも後腐れの無い方が良いし───ばーさんを相手にするのは正直面倒だ」

 

 ……まあ、面倒事を初めから無かったことにできるんだ。多少はやるさ。神話からは大分離れたが、それは大して重要なことじゃない。平和が一番だ。

 そう言うわけだ。平和に、乾杯。

 



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竈の女神、相談される

 

 以前にも言った気がするが、子供を作ると言うのは大変なことだ。特に母親となる者からすれば、自身の体内に一つの命を宿したままそれなりに長い時間を過ごさなければならない。それは非常に労力のかかることであり、同時に新たな命を産み出すためには絶対的に必要なことでもある。

 それには愛情が必要だ。けして俺がロマンチストだからそんなことを言っているわけではなく、単に愛情を持っていなければそんな苦行をしているうちに身体も心も参ってしまう。子供と言うのはある種の宝だ。子供が居なければその生物は減っていくのみ。そうでないのは一部の神だけだと言える。

 不老。不死。そんな力を持つ存在の多くは神か、あるいは神の血を引く存在である。怪物の中には神の血を殆ど引いていないにもかかわらず不死に限りなく近い存在もいるが、しかしそう言った存在は不死であり、不老であっても不滅ではない。やはり不死不老にして不滅の存在と言えば、神しかいない。

 ギリシャ神話の神々は全てが不死にして不滅の存在だ。つまり、封印して表舞台に出ることを禁じることはできても、その存在そのものを消滅させることはとてもとてもできはしないと言うことだ。子供を作れば作るだけ増える。それが神と言う存在なのだ。

 

「……で、もう一度言ってくれ。―――なんだと?」

 

 俺の前にはゼウスとヘラ。二柱はどうにも後ろめたそうな表情のまま俺を見ている。そして、代表してゼウスがもう一度口を開いた。

 

「……宴会で酒に酔って、つい勢いで……子供、作った」

「それはいい。重要なのはその次だ」

「…………育て方が、わからないから……手伝いが欲しい」

「一つ飛んだな。その前だ」

「………………堕ろすための方法を―――」

 

 ゼウスの首から上が消し飛んだ。否、正確には消し飛んだとしか見えないほどの速度で拳に殴り飛ばされ、文字通りに頬の肉が弾け飛ぶ。一部に血が飛び、大地が赤く染め変えられるが、しかしゼウスはその両の足で未だ立っていた。

 

「はっはっはっはっは。まさかそれを俺に聞いてくるとは―――実に良い度胸をしているじゃねえか。なぁ?」

 

 いやいやまったく、確かに俺はこいつにまだそっち方面の教育はしていなかった。だがもうこいつには妻がいたし、子供はできていないにしろすることもしていたはずだ。本人から聞いたのだから間違いない。

 しかし、孤児の守護者たる俺に向かって堕胎の方法を聞いてくるとは、何とも度胸のある話だ。

 

「……堕胎させる方法は確かにある。色々と薬を作ってきたし、そのせいで権能も得た。自分で作った薬も、そうでない物も、一目見ればおよそどんな効果があるかはわかるし、自分がこれから作りたい薬を思い浮かべればどんな材料が必要になるかもわかる。だが……堕ろさせるつもりは欠片も無い」

「……姉さんなら、きっとそう言うと思ってた」

「極当然の話だな。想像できていたなら止めろと言いたいところだが……何故だ?」

「酔っててうまく動けなかったし、判断もできなかった。私には今のところ、ゼウス相手に男としての魅力は感じていないし、愛情も持っていない。だから、きっと私は姉さんが私たちにしてくれたようにこの子に愛情をもって接してあげることはできない。産まれてきて不幸になるくらいなら、産まれてこない方が良いかもしれないとほんの少し思ってしまったから……相談しに来た」

「……成程。理解はした」

 

 理解はした。理解『は』、な。

 だが、全く欠片もこれっぽっちも納得はできんな。やってることはクロノスのそれよりよほどどうかと思うがね。

 

「まあ、話は分かった。だがさっきも言った通り、堕ろさせるつもりは無い。薬はやらないし、ゼウスに暴力を振るわせて無理やり流産させると言う方法を取らせるつもりもない」

「そんなつもりは無い」

「そう信じるよ。さて、そこで代替案だが―――」

 

 その子供、俺に寄越せ。

 




 
 はいこの展開予想してた人挙手~
 居たらすごいと本気で思います。


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竈の女神、子供を預かる

 

 責任と言うものは、権力者であろうとなんであろうと付いて回る言葉だ。行動の結果として起きた出来事に関して、そのきっかけとなる行動を取った者にはいつであろうと責任と言うものがついて回る。それは人間などの知恵のある生命体に限ったことではなく、所謂獣と呼ばれる存在にとってもついて回るものなのだ。特にある程度の数で群れ、そこに社会を作り上げて生活をする動物たちにとっては。

 そう言った責任を果たせない存在は仲間と認められることは無くなり、群れを追い出される。群れを成す生物と言うのは、逆に言えば群れを成さなければ自然の中で生き抜くことは非常に難しいと言う事でもある。そんな生き物が群れから追い出されることになれば、結果はもう見えているようなものだ。

 行動して起きる結果は、行動する者の力が強ければ強いほどに大きなものとなる。要するに、主神が子供を作るなどと言うことになれば、それは大分大きな事になると言うわけだ。

 

 とは言え、ギリシャ神話における神とは、精神面において人間とさほど変わらない。人間と同じように喜び、人間と同じように怒り、人間と同じように哀しみ、人間と同じように笑い、人間と同じように恐怖し、人間と同じように逃避し、人間と同じように失敗と成功を繰り返す。できることの桁が違うだけで、精神面においては人間も神も変わらないのだ。

 だからこそ、今のようなことが起きるわけなんだがな。

 

 ヘラはあれからしばらくの間、俺の家で生活している。腹もそれなりに大きくなり、多少ならば動いても問題ない程度まで安定した。胸が張って痛いとか言われたが、それに関して有効な手立ては知らん。俺に言わせればそれは自然なことだからな。

 神がいったいどの程度の早さで子を産むのか、正確にはどのくらいならば産んでも問題ないのかはわからないが、どうにもあまり良い予感はしない。なにしろ神話的に考えればゼウスとヘラの第一子はヘパイストス。両の足が奇形として産まれ、その顔は非常に醜かったとされる男神だ。俺から見ても美しいものが好きだとわかるヘラからすれば、自分から産まれたとは思いたくない存在となるかもしれない。

 そんな風に思わないよう気を付けて育てたつもりではあるが、残念なことに絶対にそうならないと言い切れるほどに信用できはしない。ヘラの性格をよく知っているからな。

 普段は無口で穏やかに見えるが、実際には非常に気性が荒い。短気であり、自分の気に食わないことがあればすぐに機嫌が悪くなる。自分の容姿に自信があるが、同時に他人にあって自分に無い物を探すのを得意とする。そして、それに嫉妬心を覚えるのだ。

 デメテルならばおおらかさから来る懐の広さに。ハデスならば可愛らしさと素直さに。ポセイドンならば力と行動力に。そして俺ならば、何でもやってみせる万能さに。嫉妬を覚え、また憧れ、そして届かないならば目の届かないところにやろうともする。

 誇り高く、自身の失敗をできる限り無かったことにしようと全力を傾ける。だからこそ、俺が堕胎させるつもりが全く無いだろうと理解していてもゼウスが俺に堕胎剤が欲しいと言うのを止めようとしなかったし、薬が貰えなかったとしても俺に孤児として引き取られるのならば自身との血縁関係などは無かったことにできる。少なくとも俺はそれを追求することもしなければ誰かに言いふらすようなこともしない。それをよく理解しているとしか言いようがない。

 一つだけ問題があるとすれば、これから先に俺のところには来にくくなると言うことくらいだろう。何しろ、俺の元には自身が産むだろう子供がいる。もしもその子供が産まれたばかりでもわかるほどに美しければ自分で引き取ると言うかもしれないが───神話の事を考えればそれはまずあり得ないだろう。時期が違い、吐き出された精と受け取った卵が違ったとしても、それでも恐らく醜い部分だけは残るだろう。それが神話であり、予言と言うものだ。

 もしかすれば、両の足の奇形は無くなる可能性もある。それは後にヘパイストスが自身の力で両足をまともな形にすることができたからである。

 もしかすれば、ヘパイストスが女として産まれてくる可能性もある。ヘパイストスには子供はいないし、男であろうと女であろうとその点はそう変わりない。

 だから、俺はどんな状況になろうとその結果を受け入れるつもりでいた。ヘラが俺に子供を預けるのをやめて、自分で育てると言い出そうが協力してやるつもりでいたし、逆に心変わりを起こさず俺に預けてきても、どちらにしろ受け入れられるように。

 

 ……だが、ヘラが産んだ子供をヘラ自身から預かった時に俺の予想を外されたと言うことが理解できた。

 全く。この間までまだまだ子供だったのに───一端の母親の顔をしやがって。子供の成長は早いと言うが、本当だな。

 





 ※まだ名前を正確に聞いていないため『ヘパイストス』と表記しています。


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竈の女神、赤子を育てる

 

 子供を育てるのは難しい。何も知らない人間の子供を一から育て上げるのならばともかく、一度見聞きしたことを忘れない神の子供を育てるとなるとそこにはいろいろと厄介なことがある。例えば、自分の初めて見た存在と俺との違いを感じ取ってしまえば人間の子供と変わらず泣きわめくし、成長は人間よりも大分早いとは言え数年単位でかかるものだ。ギリシャ神話においてヘラが大人になるのにかかったのが、クロノス(クソオヤジ)の腹から出てきておよそ九年。それまでクロノス(クソオヤジ)の腹の中で僅かに成長していたとしても、十年以上はかかる計算だ。

 それと同じだけの時間が、ヘラの子供を育てるのにかかるだろう。ヘラが産んだのが人間から離れた姿をした怪物系統の存在だったならば話は別だが、こいつは完全に……と言っていいかどうかはわからないが人間と同じ形をしている。

 ……まあ、とりあえず赤子用のミルクでも作るか。デメテル達の時には作ってやれなかったが、成長にはそこまで関わることは無いのだろうが……できることはやっておかなければ。義理であり、預かっているだけであり、実際には産みの親の姉と言う立場になるのだが、それでも今は俺がこいつの母親と言うことになっている。しっかりと育ててやるつもりだ。

 だから、今は安心して眠るんだな。ヘファイストス。

 

 久し振りにおんぶ紐を使ってヘファイストスを背負いながら料理を作る。俺用と、ヘファイストス用の二つ。ヘファイストスが産まれてくる頃に合わせてちゃんと子供用の食器も用意したし、形態が犬や蛇だったとしても問題ないようにいくつか種類は作っておいた。久し振りに竈で金属を打ってみたが、感覚としてはあまり変わらない。まるで自転車のように、一度染みつけた動作はそうそう忘れてしまうようなものではないらしい。

 アダマスは金属アレルギーのそれには引っかからないらしいので、安心して使うことができる。酸やアルカリにつけても解けないし、イオンを放出することもない。形態が変わらない金属なのだからある意味当然と言えば当然のことだが、やはりこれを武器だけに使うのはもったいないことこの上ない。俺のように自前で作って何にでも使ってしまえばいいのだ。

 今朝の食事はかなり薄めのスープ。ただし、野菜も肉も出汁を溶け出させられるだけ溶け出させた淡麗系の濃厚スープ。塩気は無いが出汁はたっぷりなので、この頃の贅沢品とされる塩塗れの料理に慣れさせる前にこの食事に慣れさせてしまおう。

 肉や野菜の栄養も溶け出しているので成長にはもってこい。自分で作っておいてあれだが、自分でもかなりいいものを作ったと自負している。

 

 そうして用意したスープをヘファイストス用の皿に注いで、おんぶ紐を伸ばして前に持ってきたヘファイストスに少しずつ飲ませていった。

 

 ……紅の髪に、紅の瞳。萎えた脚。そして、顔の右半分が二度以上の火傷を負ってから膿んだような凄まじい状態の娘。それが、ヘファイストス。個人的には正直外見とかはそこまで気にしないんだが、右半分と左半分の差を考えるともったいないとも思ってしまう。

 脚に関してはギリシャ神話でヘファイストスが作っていた自分で移動できる三脚なりなんなりを作ればいいし、薬についてはこれから時間がある。作れなければ作れないでまあ仕方がない。どんな状態であろうが、ヘファイストスは今は俺の娘だ。義理だがな。

 ヘファイストスに食事を与え終えると、顎を俺の肩に乗せて背中をトントンと叩く。げっぷをさせてやらないと、スープと一緒に呑み込んだ空気が腸の方にまで行ってしまうとそれだけで消化が上手くいかなくなるのが赤子と言うものらしいからな。気を付けなけりゃならん。

 けぷ、と言う軽い音を聞いてからもう一度顔を見てみると、無邪気に笑って俺に触りたいと言うように手を伸ばす。俺はそれを受け入れ、そして……愛情を伝えるように右の瞼にキスをする。

 

 ……子守歌を歌うのは久しぶりだが……まあ、構うまい。そもそもそこまで上手さを求めるような歌ではないからな、子守歌と言うのは。

 

 では、おやすみ、だ。ヘファイストス。よい夢を。

 



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竈の女神、子を育てる

 

 御伽噺と言うのは、色々と無理のある設定から始まるものが多い。例えば、桃太郎と言う有名な御伽話が存在するが、あれば主人公である桃太郎が川から流れてきた桃から産まれると言う凄まじい産まれ方をしている。

 実際には桃から産まれてきたわけではなく、原典においては川から流れてきた桃は西王母の畑の仙桃であり、それを食べて若返った老婆と老爺の間に産まれたのが桃太郎だと言う。

 しかし、子供に聞かせる話としては不適切な表現だと判断されたようで、俺が人間として生きていた時代においては桃から産まれたとされている。

 まあ、垢を固めた人形を作ってみたらいきなり動き始めたと言う始まり方をする垢太郎に比べればまだましな産まれ方かもしれないが。

 彼らの成長速度は非常に早く、一升分の米を食べれば一升分、二升食べれば二升分、どんどんと大きく、そして強く成長していったらしい。

 

 そう言った作品の中の登場人物程ではないが、ヘファイストスはすくすくと成長していった。今まではヘパイストスと呼んでいたが、ヘラのつけた名前を正確に発音するならばヘファイストス。日本ではどちらかと言えばヘパイストスの方が有名だったような気がするが、ヘファイストスと言う呼び名も十分に広まっていたのでそこまでの違和感はない。

 しかし……可能性としては考えていたものの、本当に女として産まれてくるとは。ヘラに聞いた時にはこっそり驚いたし、色々とやることが増えたとも思った。

 とりあえず、昔のように金属資源しかない訳ではないので服は植物の繊維を織って作る。近場には麻があったが、麻では肌に良くないので綿の木を錬金術で作り上げてから急速成長させて綿を取る。紡いで、糸にして、織って、縫って、布おむつと産着、そして服を作り上げた。

 皿は木を削って作ったが、匙やナイフ、フォーク等は金属で。流石に陶磁器は間に合わなかったので暫く使えなかったが、それでも数日後には使わせることができていた。神と言うのは成長が早いし、俺が使っているのを見て勝手に覚えることもするだろう。

 事実、ヘファイストスは産まれてから一月程度。人間で言えば2歳から3歳程度にまで成長し、物珍しそうに俺を見て、そして俺の真似をして食事を取っていた。

 今まではスプーンを使ってヘファイストスに食べさせていたのだが、自分で食べるのは初めてである以上、目の前にいる俺の真似をするのが一番早いと判断したのだろう。デメテルやヘラ、ハデスやポセイドンを見ていて神の成長速度には慣れたが、そろそろやることやっておかないとヘファイストスの足が萎えたままになってしまう。

 

 用意したのは薬。ただ、まともな薬ではない。酒と薬を混ぜ、痛みを感じることなく狙った部位を正しい形に作り替えるようにしておいた。具体的には、脚を普通に歩くことができる形に作り替える。元々の形が奇形となってしまっているので少しばかり手がかかるが……義理とはいえ娘が自分の脚をしょぼくれた目で見つめては何度も叩いたり無理矢理曲げようとしているのを見るのは心が痛む。できることが何も無いならともかく、できることはあるんだからやるしかないだろう。

 ……ちなみに、ちょっとしたサプライズと言うことでヘファイストスには何も言っていない。今日の夜、ぐっすりと眠ることができるようにといつもと何も変わらない食事を用意して、いつも通りに抱き締めて眠る。まだまだヘファイストスは幼い。愛情を感じることが必要な時期だ。裏も表もない、純粋な愛情。俺がそれをちゃんと与えていられるかどうかは少し不安だが、少なくともヘファイストスは今日まで健やかに成長してくれている。俺はこれまで通りにヘファイストスと付き合っていくつもりだしな。健やかに育ってくれるならばそれでいい。

 

 ……近場に生えているとは言え、効果の高い薬草の在庫が根こそぎ消し飛んだがな。一時的に骨やら筋肉やらを柔らかくして、しかし柔らかくなったもの同士でくっついたり融合したりすることはなく、ある程度の時間が過ぎると再び固くなる薬なんて早々できる様なものじゃないからな。失敗もそれなりにしたし、古くなった薬草を一括で使いきれたのは逆に良かったかもしれないが……まあ、時間さえあれば替えはいくらでも生えてくる。のんびりしているとしよう。

 

 



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鍛鉄の女神、光を抱く

今日はもう二話できたのでさっさと更新。もしかしたらもう一話更新するかもしれません。


 

 産まれて初めて見た顔は、とても綺麗な歪んだ顔だった。

 複雑な感情がその瞳に浮かび、怒り()喜び()悲しみ()憎悪()愛情()守護欲()と言った感情()がその瞳の中で混じりあっているのがわかる。

 彼女……恐らく私の母親は、私をそんな複雑な目で見つめると、ふいと目を逸らしてしまう。まるで汚い物を覆い隠そうとするように手早く、しかし同時に宝物を守ろうとするように厳重でありながらも手厚く、何度も布を巻き付けていく。

 そして、私は―――捨てられた。否、正確には預けられたと言うのが正しいのだろうか。今では顔も覚えていないあの母親から、この見知らぬ誰かに。

 

 母親の顔は覚えていない。顔よりもその瞳の感情に目を引き付けられ、顔よりも意識に残っていたからだ。だから私は、私を抱き上げる彼女に顔を知らない『母親』を求めた。愛情を求めた。

 彼女は、ただ預かっただけの私をしっかりと愛してくれた。本来必要は無くとも食事を作ってくれたし、服も作ってくれた。いつでも一緒にいてくれた。私の醜い顔に、唇を落としてくれた。

 私は試した。夜に時間を考えず泣いたし、大小便も漏らした。まあ、流石に後者の方は私も気持ちが悪かったのでほんの一、二回しかしなかったが、彼女は私のためにたくさんのことをしてくれた。

 私を置いて行動することは殆ど無かった。身体を洗おうとするときに服を脱ぐ。その時以外には身体から離れることは無かった。どんな時でも、私を抱きかかえていてくれた。

 眠る時には優しく歌を歌ってくれた。食事は手ずから食べさせてくれた。そして、私にちゃんとした足をくれた。

 

 私は、彼女を信じることにした。私の中に存在する神として必要な最低限の知識に彼女の存在はなかったし、本来一番に私を愛して守ってくれるはずの母は私を捨てた。知識の中で一番であるはずの母すら私を捨てたのだから、私は誰にも好かれることはないと思っていたのに、彼女は私の事をちゃんと愛してくれた。

 だから、もう一度……もう一度だけ、誰かを信じてみる事にする。きっと彼女なら、私を捨てるようなことはないはずだから。

 

 私はもらった脚を撫でる。柔らかくて、自分で動かすことができて、立つことのできる脚。彼女と同じ、自分の力で歩ける脚。

 きっと、私は歩く度に思い出すだろう。こうして歩けていることが、彼女のおかげであると言うことを。

 

 私が見る世界には闇がある。醜い顔と、萎えた脚。そしてそれを見て笑う多くの神。憎々しげな表情の母の瞳。私に向けられる数々の悪意。そして私自身の嫌悪感。そんな闇が私の周りにはいつだって存在している。

 けれど、私の世界には光がある。目を開いてみれば、私の前には優しげな笑顔を私に向ける彼女がいる。

 

「……どうした。眠れないのか?」

 

 私はその言葉に答えず、ぎゅっと彼女に抱き着いた。

 

「やれやれ。身体は大きくなっても、まだまだお前は子供だな」

 

 彼女は苦笑を浮かべながら、私の頭を優しく抱きかかえるように撫でる。

 傷ついて少しだけごつごつした手が、私の髪を梳く。抱き寄せられた私の鼻に、彼女の香りが満ちる。とくん、とくん、と彼女の心音が微かに鼓膜を震わせる。そんな温かな場所で、私の意識は少しずつ暗闇に落ち込んでいく。

 しかし、私に恐怖は無い。以前は恐れた暗闇も、彼女がこうしていてくれるのならば怖くない。

 

「―――おやすみ。ヘファイストス」

 

 おやすみなさい。

 

 ―――『お母さん』

 



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竈の女神、伝承する

 

 滅びとは、およそあらゆるものに存在する出来事だ。かつての俺のような人間の眼から見れば永遠にも思えるような膨大な時の流れによって滅びたものは数多い。

 物質の結晶は風や温度変化、水滴や水流、あるいは接触によって起きる酸化などによって変質し、削られ、元の形を失ってしまう。生きる者はその膨大な時間によって老化し、死に絶え、朽ち果て、残した子も同じように子を作り、死に、朽ち果てる。それを繰り返す間に、環境によって種そのものが変質することさえもある。それを人間は進化と呼ぶが、それについていくことのできないものは死に絶え、あるいは自分達が生きていくことができる環境に移動していく。それさえできなければその種は死に絶えることになり、文字通りの絶滅が起こると言うわけだ。

 

 ギリシャ神話の神にとって、そんな生物の理論は通用しない。およそあらゆる場所で生きることができ、およそあらゆる状況でも死ぬことはなく、自身が不老不死を返上することがなければ死ぬこともできない。神とはそういう存在である。

 だからこそ、神は自身の持つ能力や権能について他の神に教えることはまず無い。それは自身の権能を削ぎ落として力を失い、他の神に力を与えることと同じこと。争いの多いギリシャ神話の中でそんなことをするのは自殺行為以外の何物でも無いのだ。

 

 だが、それでも俺はやらなきゃならない。ヘファイストスの今の権能は火山と雷。そこに鍛冶の権能を加えてやれば、色々と面白いものができるようになることだろう。俺もできるが。

 

 火山→地球を炉とした場合、内側の熱の噴射口

 雷→プラズマ→火と同じ→太陽と同じ

 

 つまり、現状ヘファイストスにできることはおよそ俺にもできるわけだ。身長の問題でヘファイストスの方が向くこともあるがな。高い所の物を取るとか。

 

 そしてヘファイストスがヘファイストスである以上、鍛冶とは切っても切れない縁がある。現在の権能から考えても、鉱石を見つけて純化することが簡単にできるだろう。鍛冶をやるのに向いている。

 もちろん本神(ほんにん)の意思や適性もある。やりたくないなら無理強いはしないし、権能以外の適性が良くなければまた別の物を勧める。適性が無い物をいつまでも続けるよりも適性があるものを続ける方がよほど効率的だし、意味がある。適性が無い物を続けることに意味が無いとは言わないし、それで得ることができる物もあるだろうけれど、あまりに非効率的すぎる。まあ、孤児を救うなんて非効率的にもほどがあることを権能と在り方と趣味のためにやっている俺が言える話じゃないがな。

 

 さて、そんなこんなでヘファイストスにちょっとした鍛冶仕事を仕込んでみることにした。俺もこうして鍛冶仕事をするのは暫く振りだが、やはり身体は覚えているらしい。そこそこ思い通りの物を作ることができる。

 作り上げて見せたのは、一振りの剣。俺がいつでも持っている短剣のような剣ではなく、それなりに身長のある者達にちょうどいいサイズだと思われる普通サイズの剣。まあ、どこにでもあるような普通の剣だ。外見上は。

 

「―――すごい」

「ん? そうか?」

「……」

 

 だが、どうやらヘファイストスにはそうは感じられなかったらしい。俺としては武器を作るのは久し振りと言うこともあって及第点は出せるが傑作とはとても言えない出来なのだが、それでも何か感じるものがあったらしい。きらきらとした目でじっと作られたばかりの剣を見つめている。

 まあ、とりあえず基礎から行こうか。俺は教えてくれる奴がいなかったからかなり無茶な知識と我流で何とかしてきたが、ヘファイストスにはもう少し正道のやり方を学んでほしいところだ。俺のように迷走を続けてきていたら時間がいくらあっても足りなくなってしまう。気が付いたら人間達が刀剣から離れて銃を持ち出してきたりミサイルぶっぱしているなんてことにもなりかねない。多少急ぐとしよう。

 

 まずは、金属を熱した時の色と叩いた時の感覚を覚えるところから始めよう。俺には外見とか飾りとかのセンスは無いからその辺りは我流で何とかしてもらうしかないがな。

 



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竈の女神、発見する

 

 予想外の事態と言うものは得てして知らないうちに進行しているものだ。むしろ、知らないうちに進行しているからこそ予想外の事態につながると言ってもいい。

 予想外のことが予想しているうちに入ってこなければそれは予想には関わらないと言える。しかし、予想外の動きが広がって予想した範疇に入ってくるからこそ、予想は崩れて予想外が代わりに見えてくる。

 それは視野を広げてやればある程度予想外が予想に入ってきても落ち着いて行動することができるが、時にはいくら視野を広げても突然に現れる予想外と言うものも存在する。具体的には、二次元的に物を見ていたら実は三次元の方にも軸があって下から予想外が現れて塗り替えられる、とかな。

 

「で、お前ら誰」

「お、おでたつか?」

「そう、おめーら」

 

 数日ほどヘファイストスに鍛冶の基礎の基礎だけを叩きこんで寝かせてから畑に行くと、なんか居た。ティターン神族と同等かそれ以上に大きく見えるそいつらは……恐らくギガース、あるいは複数形にしてギガンテスと呼ばれる類の奴だろうと思われる。日本語的に言うと巨人あるいは巨人族だな。

 確か、こいつらギガンテスはティタノマキアが起きてゼウスに地底から引っ張り出されるまで地の底に存在するタルタロスに封じられていたはずだが……どうしてこんなところにいる? あと、言葉が訛りすぎていて聞き取りづらい。タルタロスに長いこと封印されていたのだろうから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、聞き取りにくい物は聞き取りにくい。

 だが、そんな聞き取りにくい言葉をなんとか聞き取ると、次のことがわかった。

 

 元々こいつらはタルタロスで暮らしていたらしい。太陽も無く、そんな中で植物が育つわけもなく、植物がなければ動物もいるはずがなく、真っ暗な中で暮らしていたそうだ。

 神の血を引いているこいつらギガンテスはそんな劣悪な環境下でも何とか生き抜き、数を増やしていったそうなんだが……最近、とある神にタルタロスから出してもらったそうだ。

 その神の名は、ガイア。何でもゼウスが新しく主神となった時に半ば酔い潰れたゼウスを相手にギガンテスたちをタルタロスから出すと言う話をして許可を得たそうだ。俺はそんな話まったく聞いていないんだが、まあゼウスがそうすると決めた事なら別にどうでもいい。後悔するかもしれんがな。

 で、出てきたはいいものの何をどうすればいいのかわからず途方に暮れていたところ、ガイアに言われて俺のところにまで来たらしい。確かギガンテスってのはガイアとウラノスの血液でできた子供のはずだから、ガイアが気に掛ける理由もわからなくはないんだが……なんで俺に押し付けてくるのかね。自分で救ったのなら自分で最後まで面倒見てやれと言ってやりたくなるが、それも俺の我儘なんだろうか。

 

 ……まあ、とりあえずこいつらはもう家庭がある。親がいて、子がいて、妻や夫がいて、一つの社会を構築できている。だったら俺はこいつらに対して孤児の庇護者としての顔ではなく、家庭や国家など、つまり社会の守護者としての顔で対応するとしようか。

 

「……まあ、俺は別にお前らが何しようと構わんが……ここに住むならそれなりの対価は貰うぞ? ここは俺の農園だからな」

「のーえん? って、なんだべ?」

「食える物を自然に頼るのではなく、自分で作る場所、だな。意訳だが。ここらに生えているのは全部俺が食べることのできる物だ。だから、ここの物は勝手に持って行かれると困る。俺以外にもここの食材を食べる奴はいるしな」

「だども、おでたつでぎるこどなんでねぇし、なぬすりゃえぇがもわがらんのす」

 

 ……なら、とりあえずしばらくはここで面倒を見つつ適正やら好みやらを把握してそれに合った仕事を割り振っていくとするかね。その前にある程度小さくなってもらわないと食事量とかが大変だが。

 



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竈の女神、世話をする

 

 適正と言うものは、時に人を苦しめる。自身の好みと適性が一致するようなことはとても少なく、それ故に求めた結果が付いてこないと言うことなど掃いて捨てるほどにありふれている。

 例えば、もしもヘファイストスが農作をやりたいと言い出したとしよう。産まれた時に元々持っていた権能を考えれば、ヘファイストスに向いているのは間違いなく鍛冶であると言ったが、逆に農作には全くと言っていいほどに向いていない。

 火山と雷。方や高熱に侵され形を崩すところまでいった溶岩を吐き出す灼熱の大地。方や膨大なエネルギーを孕んだ天空の火。どちらも植物を育てるのに全く向いていないどころか邪魔にしかならない権能と言える。俺の場合は権能ではなく性質から属性を当てはめてでっち上げたが、ヘファイストスにそれを実行させるとヘファイストスと言う神の存在が怪しくなってくるだろう。火山の権能から火の性質を抜いて、山から来る土の性質を意識的に強化してやればできなくはないだろうし、山と言うのは禿山でもない限り植物や動物の糞などで肥えた土があり、ある程度の高さまでは植物の育成にはそれなりに優れた性質を持っているが……火山は良くない。ほんの僅かな火の性質が植物を糧に燃え盛り、いつの間にやら全体が燃えてしまうことになるだろうからだ。いくら育てようとしても、育ち切る前にすべて燃え尽きてしまう。それでは俺でもどうしようもない。

 まあ、神としての権能を一切使わないならできなくはないだろうが、文字通りに人間が行うそれと全く同じになってしまうためお勧めはしない。俺は神の権能を使ってるから無茶が効くが、そう言った人間から見て反則と言えるものが無い農作業はやっていないからな。魔術で代用できるが。

 

 そう言う訳で、巨人達には本人の意思と適性を見て開拓及び農作業組と鍛冶手伝い組に分かれてもらう事にした。開拓が必要な理由は……まあ、人数が増えれば食べる量が増えるため今までの畑では面積が足りなくなってしまうからだ。

 ガイアとウラノスの血を引く巨人達は、大地と天空の権能を得る下地を持っている。しかし巨人はあくまで人間に近いもの。いくら神の血を引いていたとて、神ではない。神でないからこそ権能を得ることはできない。もしも権能を得ることができたとすれば、それは神々に存在を認められ、神として神界に招かれた時だろう。

 神の権能が欲しいと言われてもそれを俺が渡してやることはできない。だから、俺はこいつらがせめて飢えで苦しむことのないように、何かを食べたいとふと思った時に最低限の物だけはその手元にあるように、畑の作り方と維持の仕方を教えるとしよう。

 鍛冶の方は、手に職をつけておけばくいっぱぐれることは無いと言うのと、ちょうど鍛冶の助手をつけてやりたいと思っていたからちょうどいいと言う二つの理由があってのことだ。向き不向きで言えば、植物に対して燃料として燃え盛る火と、切り倒し、成長を阻害する金属の属性を強く持っているものはあまり農作業に向かない。ただ、金属の中にはほんの少量ならばむしろ植物の生育を促進する物もあるため、地の属性と地から僅かに生まれる金の属性ならば問題なく農作に励むことができるだろう。

 

 ……しかし、こいつらを全員食わせていくとなると相当な広さの農園が必要になってくる。地上でそんなことをしていては色々と面倒だし、何か良い場所は無いだろうか。

 具体的には、植物が生育できる大地があって、大気があって、勝手に開墾しても誰にも責められる事のない、広大な土地。そんな場所かあればすぐさまそこを手に入れに行くんだがなぁ……。

 

 ……ん? 大地と、大気があって、開墾しても問題ない場所……。

 

 あるじゃん。

 



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竈の女神、開拓する

 

 アメリカ大陸。人間として俺が生きていた時代でそう呼ばれていた大陸が発見された時、発見したとされる男はその場所をインドだと心の底から思い込み、そしてその思い込みは解かれないままに死んでいくこととなった。だからこそ今ではネイティブアメリカンと呼ばれている原住民たちはインディアンと呼称されたし、現代でも時折そう呼ばれることもあるわけだ。

 だが、発見したものたち、ヨーロッパにて覇権を競うい合うことの多かった彼らは、新大陸を自分たちの物とすべく侵攻し、開拓し、脅迫し、自分たちの好きなように作り替えていった。だからこそ最終的には彼らは反乱を起こされてしまったわけだが……では、どうすればよかったのだろうか。

 ヨーロッパに住む者達は新たな土地が欲しかった。先住民たちはそれまで通りに暮らしたかった。ならば、ヨーロッパに住む者達がアメリカ大陸に移住する時には文明の利器を捨てて行けばよかったのではないだろうか。

 まあ、そんなことをしてもちゃんと生活できるかどうかはわからないし、むしろ送れば送るだけ死にゆく人間が増えたことだろうが、少なくとも人間同士の争いは減っていたことだろう。

 

 開拓とは難しい。自分の意思を通そうとすればそこに以前から住んでいた者の意思を無視することとなるし、そうなれば争いは避けられない。かといって、自分の意思を通せないままで終われるほど人間の欲望は弱くない。争って勝てば欲しい物を手に入れる事ができ、かつ勝率が高ければ殆どの人間は躊躇わずにそうすることだろう。特に、自分達の団体にとって関係のないことならばよりその傾向は強くなる。

 そうならないようにするならば、相手もこちらも損をしない、所謂win-winの関係を作ることが一番手っ取り早い。お互いに儲けたと思える関係ならばその関係は長く続くし、内心はともかくお互いに接している時には好意的な態度をとるようになる。

 

 だが、もしも本当に誰もいないところがあって、何も生きていない場所があって、そこを支配している存在から『好きにしていい』と言う言質を取っていたとするならば……それは最も早い救いとなりえる。

 

 要するに、タルタロスに小さめの太陽と月を作って天動説を実行させながら適当に植物を植えてやればいい感じにタルタロスに緑が増え、畑をつくって一大農場になりえるだろうと思いついたわけだ。

 それを実行するためには、まずはタルタロス(神)に話を通さなければならない。タルタロス(場所)を支配する神としてタルタロス(神)が居るのだが、ある意味ではガイアが支配している大地のことを大地(ガイア)と表すのと同じような物だろう。

 そしてタルタロスに話を通すためにまずはガイアを探す。ガイアはタルタロスとの間にテュポーンを儲けることができる程度の間柄。つまり、タルタロスの居場所や性格を知っていると言うことだ。ガイアをカレーで釣ろうとしたら入れ食いレベルで釣れたのでとんとん拍子に話は進み、タルタロスと話し合って『暗き地底の世界に太陽を作り出して楽園にしようぜ計画(プロジェクト)』(命名タルタロス)を実行するに至った。ちなみにタルタロスもカレーで釣った。入れ食いだった。

 

 ……いつかこのギリシャ神話の世界をカレーで制覇してみようかと思ってしまう。まあ、実際には好みもあるだろうし一つの味では難しいだろうけどな。甘口、中辛、辛口の三種くらいは用意しておきたい。個人的にも。

 

 さて、それはそれとして適当に植物の種を蒔いて行く。畑として決めたところには丁寧に。そこからある程離れた場所には作物ではなく樹木を植える。植物の神とか植生の神とか植物系統の権能は殆どがガイアに抑えられているが、植樹と言う行為にはまだ唾が付いていなかったので俺が貰っていく。農耕はクロノスが持っているので、少し変えて農作を俺が貰っている。植樹や農作のできる竈の女神と言うのも、きっと珍しいだろうな。世界で俺ぐらいしかいないんじゃなかろうか。どうでもいいが。

 



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竈の女神、別荘を建てる

 
 今日は朝7時くらいに一つ投稿しています。
 それと、この話の投稿と同時、活動報告でのアンケートを終了します。


 

 俺が人間として生きていた頃、最も日本語が通じる外国と言えば間違いなくハワイであった。あそこは一応アメリカの領地なのだが、日本人の観光客や旅行客がひっきりなしにやってきていたために現地の人間も日本語を話せた方が便利で、何かを売ったりする時にも財布の紐が緩くなっている日本人を相手にするなら日本語を話せないと後れを取ってしまうことを理解していたのだろう。

 まあ、時々『沖縄は日本じゃないから。琉球王国だから』とか言う屁理屈をこねる奴もいるが、はっきり言おう。琉球語は日本語ではない。わからん。こちらの言葉は通じるかもしれないが、あちらからの琉球語は正直わからない。無理だ。

 だが、それもある程度過ごしていればわかるようになるとわざわざそこに別荘を建てて年に数か月ほど過ごす猛者もいる。頭がおかしいとは言わないが、あれに慣れるのにはいったいどれだけの時間が必要になることやら。

 

 まあ、それもやってみなければわからないので、俺も真似てタルタロスに別荘を建ててみることにした。霧が立ち込めているため大抵暗いが、まあ問題は無い。太陽によって蒸発量を上げれば霧などと言う小さな水滴ではなく雨のような大きな水滴に変わる。沼のようにじっとりと湿った場所も乾燥し、特に低いところには海のような、あるいは湖のような水の溜まり場が出来上がることだろう。

 そうなれば太陽が昇り降りしてやるだけで風が吹き、植物は風に乗せて花粉をばらまいて受粉し、交配が進む。進化のためには自家受粉だけではなく他者との交配が一番だ。

 まあ、本来ならば虫や動物によっても受粉は起こるのだが、ここ、タルタロスにはそういった動物は存在していないため不可能と言える。ここの植生がある程度完成したら、俺の家の周りに暮らす動物たちに事情を話して移住してもらう事にしよう。まあ、動物たちにとってはある意味楽園のような場所だろう。後々に新しい住人が来るかもしれないが、それは俺の知ったことじゃない。

 

 俺の別荘だが、材料は今の家と変わらずアダマスだ。いろいろと便利だが、こいつでなにかを作るとなると武器しか思い浮かべないような奴ばかりで嫌になる。武器以外にもいろいろと便利な金属だってのに。特に磁性を持つってのが良い。雷撃や放射線に対して僅かではあるが防壁になってくれるし、非常に頑丈だから細かいチェックも必要ない。使いたい時に使える物臭御用達だ。

 ……ある程度樹が増えたら、ここで炭や何かも作ってみようか。俺と一緒にいる間ならともかく、ヘファイストスが独立する時に竈の火を保つにはそういうのがあった方が初めのうちは楽だそうだしな。火や火山の権能があるならそこまで難しいわけではなさそうだが。

 

 できればここに魚も欲しい。確かヘファイストスは生きた宝石を海に放してやったと言う話があるのだから、多分俺でもできるだろう。生きた宝石とはいかないまでも、生きた黒曜石とか生きた輝石だとかそういうのだったらセンスのない俺でもまあ作れないことは無いだろう。

 美的センスは俺に求めてはいけない。残念ながら俺は元々男で、ついでにファッションにはとんと興味が無かったからな。指輪やら宝石やらにも興味はなかった。まあ、中二病的に珍しい宝石とか物質界における硬度の高い物、柔らかい物、強度の高い物、低い物などはある程度調べてはいたが、本職と言う訳でもないしそこまで詳しいわけでもない。

 作るとしても、まあ味のいい魚とか地味だが捕まえにくい魚とかそんな感じだろう。どう命を吹き込むかだが……その辺りはいろいろ工夫してみよう。工夫は俺の十八番だからな。できる物は何であろうとやって見せるとも。

 

 ……そう言えば、ヘファイストスはゼウスの雷を鍛冶で作り上げていたな。もしかしたら、俺なら自分の権能の一つである竈から派生させた太陽を武器として作ることができるんじゃなかろうか。もし作れるならば、太陽の光を槍に仕立て上げたい。接近戦用の短剣や投擲武器ばかりで、中距離戦用の武器は無いからな。

 光線銃? 面白そうだが危険すぎるので却下。γ線を撃ち出す目に見えない光線銃とかやばい。

 



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竈の女神、二つを結ぶ

 

 空間転移。それは人間が古代から夢見る移動方法で、ほんの一歩しか動いていないように見えるのに実際には到底一歩では届かないような遠距離まで移動していると言うものである。縮地やワープと言った名前で知られていたり、あるいは空間跳躍や時空転移などと表現されることもある。

 それは科学的、あるいは魔法的に行われる技術であるが、どちらにしろ俺が人間として生きていた時代ではアニメや漫画など、創作の世界にしか存在していない。実現するには生まれ変わった今、神としての力や魔法を駆使して0から作り上げていかなければいけない訳だが……やればできる、と言うのはやはり至言だな。できる物だ。

 

 俺が作ったのは一つの部屋。その部屋は地上の俺の家にも同じものを作っておいて、二つの部屋を魔力を用いて同期させることで一時的に位置情報を重ねて転移に似た現象を起こす。その性質上、部屋の前と後ろに二つの扉を用意して両方同時には開けられないようにしてある。両方が同時に開いてしまうと術式が壊れてしまい、部屋の中身は不安定な世界に放り出され……たりはしないが、かなり面倒なことになる。わざわざ九日間も落下し続けて地面に激突しなければ行くことのできない別荘など使い物にならない。常識的に考えればすぐわかることだ。

 そう言う訳で作った転移部屋を通って家に戻ってみると、ヘファイストスがカンカンと金鎚で鉄を叩いている所だった。その隣ではギガース達が何人か並んで同じように鉄を叩いているが、その巨体からしてあまり細かい作業は得意ではないらしい。一応神の血を引いているのだから小さくなることくらい簡単なはずなんだが、どうしてこいつらはそうしないんだろうな。不思議だ。

 

 凄まじく集中しているらしいヘファイストスの邪魔をしないように鍛冶場を出て、台所に移動する。十日ほど家を空けてしまったので少し心配だったが、どうやらヘファイストスも少しは料理を覚えたらしく冷蔵庫の中身が少し減っていた。何を作ろうとしたのかは……いや待て、本当に何を作ろうとしたんだ? 減ってるものの種類が少なすぎるし毎食食べていたにしては減りが少ない。と言うか減ってるものを総合して見てみると……調理せず食べられるものしか減ってなくないか?

 家から少し離れたゴミ捨て場を見に行くと、最近捨てられたものの中にトウモロコシの皮やら歯形の残ったキャベツの芯やらが捨てられているのを見て悟った。ヘファイストスが料理を覚えたようだと言うのはどうやら気のせいだったらしい、と。

 

 とりあえず食事を作るべく家の周りで老衰を迎えようとしている動物たちを眠らせて肉を貰う。動物たちはまだまだ元気な時はともかく、自身の死期を悟ると俺の下にやってきて肉を提供してくれる。勿論それ以外で、例えば事故や肉食動物に狩られたりして死ぬこともあるが、それは自然の摂理だ。そうあるべきだ。俺は肉が無くとも……正確には肉どころか食べ物すらも何もなくとも生きて行けるのだから、そういうものに関しては地上の動物たちを優先するのは当然のことだろうよ。

 そしてその肉の筋を切ってから肉叩きで叩いて柔らかくして、摩り下ろした玉葱に漬け込んでさらに柔らかく。所謂『シャリアピンステーキ』と言う奴と同じだな。あれは本来牛の肉を使うんだが、今回使うのは牛ではなくて猪。神代において猪は龍より強いようなものもいたりするが、それはごく少数だ。ケルト神話には無数のルーンを背負った猪が暴れまわっていた時期もあるそうだしな。

 

 ……そう言えば、俺は今までギリシャ神話的な神の権能、日本や中国的な陰陽道や道術、陰陽五行を応用したりする物、仙道や方術を用いた結界術や空間に関わる術、非常に原始的な概念を引き出し、増幅し、時に希釈して使う魔術を使ってはいるが、北欧神話的なルーン魔術やブードゥーのような呪術は使ったことが無い。まだまだ伸ばせそうなところはあるじゃぁないか。

 できる限りはやって見せよう。結果、どうなるかは知らんがな。

 



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竈の女神、喧嘩を売る

 

 漢字とは、非常に多くの使い方をされる文字である。そもそも音読みと訓読みと言う二つの読み方が存在するどころかその音読みと訓読みがいくつもあり、しかもその読み方の違いが文脈から判断しなければならない物があると言うどうにも難しい物である。

 しかし、それはつまり自由度が高いと言う事であり、自由度が高いと言うことは色々な場所で使い道があると言う事でもある。

 また、本来ならばそうは読めないような組み合わせの漢字で様々な物を表現したりすることもある。そう言うのはよく当て字と言われているが、そう言うものが無ければ日本好きの外国人に『私の名前を漢字で書いてみてくれないか?』とお願いされた時に何とか無理矢理に当てはめてやることもできない。

 まあ、だからと言って『仏恥義理』だとかそういうのはどうかと思うんだがな。

 

「つまるところ自分が産んだ子供をタルタロスから出しておいて何もしないで放置に加え他神(たにん)に面倒を押し付けるとか本当にどうかと思うってことなんだがその辺りどうよ」

「はてさて、何の話やら? 押し付けた覚えなんて全くないねぇ」

「ほうほうそうかそうか。あえて俺の家の方向を指してそっちに楽園があると教えておいてそう言うのか」

「見捨てればいいじゃないか」

「孤児の庇護者が孤児を見捨ててどうするよ」

 

 目の前にいるのは原初神ガイア。俺からすれば妙齢の。この時代的に考えれば子供を産むのに最適な年代の女の姿をしているその神は、どうにもギリシャ神話の神らしい性格をしているようだ。

 基本的に自分本位。そして同時に母親として子供の幸せを願っているが、それで自分が何かをするのは最後の最後。俺の知るギリシャ神話で言えば、この神が動いたのは神話の開始時に少しと神々の時代の終盤に少し。カオスに突如現れたこの神は、自身の力で多くの神々を産み、自らの子でもあるウラノスと婚姻を結んでさらに多くの神を産んだ。これが神話の開始時のガイアの動き。

 そして神々の時代の終盤に、ギガンテス達を唆したりタルタロスとの間にテュポーンをもうけて当時神の世界を支配していたオリュンポス十二神に喧嘩を売る。これがガイアの起こした大きな二つの出来事だ。

 

 はっきり言って非常に迷惑だ。自分の子供を救いたいならまずは自分の力で何とかして見せろと言いたい。ガイアには難しいかもしれないがな。

 何しろガイアは世界そのものを司る存在ではあるが、実のところその『世界』には大きく抜けたものがある。

 まず、空間。これはガイアより早くから存在するカオスの権能で、ガイアは空間に干渉することはできない。

 また、ガイアの産まれた当時にはガイア以外の生命はカオスしか存在せず、その時点でガイアの権能から生物に関わるものや生物の行動によって行われることが抜ける。ガイアの権能は文字通りに世界を司るものであるが、しかしその世界とは完全なる自然物。人や動物の関わった物には一切触れることができないのだ。

 つまり、動物が産まれてから発生した食事や健康、生存。動物が群れ始めるようになって構築され始めた社会や統率、争い、継承、植物の繁栄、密集、そして人間が産まれてから一度に概念が生まれ始めた鍛冶や木工、裁縫などの技能や文化に関わるもの、数学や碩学、魔術や工学などの全てがガイアの権能から零れ落ちているのだ。

 その多くを俺は拾い上げてきた。今俺が上げた権能の殆どは俺が確保しているし、鍛冶はヘファイストスに継がせているが俺ができなくなるわけではない。現在には存在しない電子工学なども俺が持っているし、いまだ知恵のある存在が神及びその血族以外に存在しないため使われることは無いが商売や法律なども権能として持ってはいる。ある意味では俺は文化の女神とも言えるな。名乗る時にはまず間違いなく竈の女神としか名乗らないだろうが。

 

「……まあ、言いたいことは言ったし、さっさと始めるか。準備はできているんだろう(・・・・・・・・・・・・)?」

「勿論。私は予見者でもあるんだよ? わからない訳がないじゃぁないか」

 

 俺とガイアはお互いに向き合い、同時に拳を振り上げる。そして―――勝負は始まった。

 



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竈の女神、喧嘩は強い

 

 喧嘩の際にはお互いの中でやってはいけない暗黙の了解と言うものがある。それは物理的な方法で行われる目潰しであったり、金的などの急所攻撃であったり、刃物の使用の制限であったりと様々だ。何でもありと言う規則(ルール)があったとしても、そこには最低限の常識と言うものが存在している。

 それはお互いに取り返しのつかないようなことのないように、殺し合いに発展することのないようにと取り決められたことであり、人間にとって、あるいは生命にとっての最大限の禁忌とも言える同族殺しを避けることを目的としたものでもある。

 そんなことを考えつつ始めた俺とガイアの喧嘩の第一手は、踏み込んできたガイアの膝に対するストンプ+踏み砕いた膝を足場にして行う顎への飛び膝蹴りだった。膝が砕け、その直後に顎が下から跳ね上げられたことで舌の先端を噛み切ったらしく僅かに口から血煙を散らし、無理矢理に勢い良く噛み合わせられた上下の歯が砕ける。脳が揺らされ、一瞬にして半ば気を失ったガイアだったが、その身体は倒れることなく途中で止まった。

 当然だ。俺がガイアの腕を引いて倒れないようにしているのだから。

 とは言っても、気絶してしまった相手に追撃をかけるつもりは少ししかない。少なくとも積極的にそれをするなら何らかの理由が必要だ。かつてのポセイドンのような感じだったら躊躇いなく追撃できるが、ガイアの場合は子供の事を考えて一番幸せに暮らせる方法を取ろうとしただけだからなぁ……難しい。

 ちなみにここまでやっても神の身体ならば割と簡単に元に戻る。人間ならば再生能力が一切ない手足の腱を元々あった場所に入れるだけですぐ治るのだから、砕けた歯も適当に集めて口の中に入れてやればあっという間に元通り。実に手軽だ。

 

 ちなみにだが、このように怪我などを治す時には神の力(アルカナム)を使う。神としての力の塊であり、権能を使う時にも消費するが、信仰を受けることで回復することができる。俺の信者は……実のところ、まだ人類が存在しないため人間以外の動物や植物からの信仰が主なものとなっている。それも、個々の神ではなく神という種族。生ける者には追い付くことのできない偉大な存在に対しての信仰であるがゆえにその範囲は非常に大雑把であり、同時に俺のような神ではない存在……ケルト神話で言う所の精霊や、あるいは自然そのものの作り上げた山や大河、風などに対する畏敬も含まれているため、全てが俺たち神の下に来るわけではないが……まあ、普通に暮らして行くぶんには十分だ。

 何しろ俺の権能は多岐に渡る。何者かが俺の権能にかかるものに畏敬を抱けばその畏敬は信仰として俺に流れ込む。特に俺はそう言った感情を受けやすい物については結構な量を抑えている。太陽もそうだし、自然の中で成長した大樹や作物もそうだ。巨大な岩も、一部の山も、この大地さえも、俺の権能にはかかっている。雷も持っているが、これは持っている者が多い権能のため細分化されている。

 天候を支配する天空神であるゼウスの雷は天候としての雷であり、正確に表そうとするならば雷ではなく雷霆。天を覆いつくすように激しく動き回る無数の雷を指す。

 鍛冶神であり火の神、しかしそうなる以前、つまり雷と火山の神であったヘファイストスの持つ雷の権能は、光を伴うことのない雷。いわゆる雷鳴だ。古代ギリシャの存在にとって雷とは天の火であり、火を噴く山こそが火山であった。火山の噴火を見てみれば、轟音と共に火を噴くその姿を見ることができただろう。煙で噴き上がった火は隠れてしまい、何も見ることはできない。だからこそ、ヘファイストスの持つ雷の権能は姿を見せない雷鳴なのだ。

 では、俺の雷の権能はと言えば……電気のエネルギーそのものである。電子の神の一面にも通ずるが、扱うには最も簡単な形態であり、同時にゼウスのように天を覆う雷霆にもなるし、ヘファイストスのように雷鳴のみを轟かせることもできる。とても便利なものだ。

 そう言う訳で、俺が他の神に比べて多くの力を扱うことができるのはこうして広く浅く様々な所から信仰を集めることで神の力の補給量を上げているからだったりする。その点で言えばガイアのばーさんも相当なもんだが、天の星々まで網羅している俺とはほぼ同量か俺の方がやや少ない程度。戦闘に関しての扱い方なら俺の方がよほど上。こうした喧嘩で負ける事なんざ態々考えるような事でもない。

 

 特に、わざわざ俺に喧嘩を売って殴らせて、自分がどうなろうと子供の面倒だけはしっかり見てもらおうと考えている馬鹿な母親を相手にして、負けるなんてことははっきり言ってあるわけがない。やれやれ、ケジメとは言え面倒な茶番に付き合わされたもんだ。

 



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竈の女神、妹を弄る

 

 別荘と自宅を行き来して、新しく野菜を作ることに成功した。そうした野菜を使って、カレーに合うサラダを作る訳だが、俺のカレーは基本的に実家で食べたい優しい味を基本としている。いわゆる『三口目で美味しいと感じる味』と言う奴だ。

 『一口目で美味しいと思わせる味』を出すのもできなくはない。人間だった頃は色々な所で短期のバイトを繰り返していたし、そのくらいのことはできる。拉麺を正式な作り方で作ることもできなくはない。何の意味があるのかは置いておいて。

 

 まあ要するに何が言いたいのかと言えば、結婚式で作る料理は家庭で作るような三口目で美味しいと感じる料理より、一口目で美味しいと思えるような料理の方が求められる。いわゆるよそ行きの料理と言う奴だが、この時代において料理という文化が発達していない以上、美味い物を食べたいならば俺が納得するまで試行錯誤を続けるしかない訳だ。

 

「しかし前に『男としての魅力をほんの少しも感じない』と言ってたヘラがなぁ……」

「……ほっといて」

「ドレスはいらんのか?」

「…………いる」

 

 まったく、母親としての自覚が出てきたと思ったら、次はちゃんと女として惚れた相手ができるとはなぁ。まあ、相手はゼウスなんだが。

 一度関係を持ってから、少しずつ相手のことを知っていく。とても正当な恋愛とは言えないが、そうしてはいけないという理由は無い。やるのは自由だし、結果的に納得できればそれで問題は無い。ゼウスはもう結婚していたはずだがどうやら以前にも別れていたらしいし、今回の離婚と結婚でバツ2と言うことになる。

 正直、俺にはゼウスが男として魅力的にはどうしても見えないんだが、それをわざわざヘラの前で言う意味もないし、ヘラを怒らせる趣味もない。からかって恥ずかしがっている姿を見るのは悪くないが、それもやり過ぎると怒られるしな。

 

 ……さて、問題はヘファイストスだ。ヘラに会わせていいものか、会わせない方がいいのか、非常に難しい問題だ。親子の間に入り込むのは血族だったとしても非常にやりづらい。ヘラはどうにもヘファイストスに対して罪悪感を抱いているようなのでヘファイストスと会わせても無言を貫くだろうし、ヘファイストスはヘファイストスでヘラが目の前に居てもいないように扱うことが多い。

 ヘファイストスの脚や顔について馬鹿にしたり嘲笑ったりした奴は少々痛い目を見てもらったが、それでもそれまで受けた心の傷はそう簡単に癒えるわけもなし。子供心に付いた傷は深い。

 ちなみに大爆笑したポセイドンはもう一度心に傷を負ってもらった。まさか一度しかやってないのに催眠の権能を得られるとは思わなかった。この権能は夢や記憶の権能にも多少干渉できる便利な権能だ。とりあえず軽く悪夢を見てもらうことにしたが、まさか泡まで噴くとは。

 

 だが、俺は別にどうだろうが構わないんだが、ゼウスに離婚させられた方はどうなんだ? あっちもちゃんと納得しているのならいいんだが、もしも納得していないのに無理矢理にゼウスが別れ話を押し付けたりしたのならもうそれは色々とまずい。俺が知る人間の戦争で最も下らない戦争の理由は『呼ばれて出たパーティーで出された料理の盛りが仲の悪い国のそれよりほんの僅かに少なかった』と言うものから始まった戦争だが、婚姻を結んでいたにも拘らず男の方が別の女に惚れたからという理由で突然女性側の意思を無視して離婚した、ということになれば戦争の一つや二つ起きたとしてもおかしくはない。

 それが起きなかった理由は、ゼウスがギリシャ神話の主神であり、ギリシャ神話の神々の中で最も強大な神だからだろう。つまり、力任せに黙らせると言うまるで躾のなっていないやくざの下部組織のような有様だ。まったく、俺にはそれはどうにもできんぞ? 恋心やらはエロースあたりの権能だからな。

 



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竈の女神、作り上げる

 

 箱を用意する。その中に土や水、植物、虫などを入れてやる。蓋をして、それらの中身の増減をなくした状態で、しかし中の生物の数が早々増減を起こさないようなもの。それをビオトープと呼ぶ。

 地球とは、ある意味では巨大なビオトープのようなものだ。ガラスでできた透明の蓋の代わりに目では見ることのできない重力が蓋をして、無数の動物や植物が食物連鎖を起こしながら進化や退化を繰り返し、時に突然変異し、時に環境に適応するようにしながら生き続けている。

 キリスト教……正確にはユダヤ教と呼ばれる宗教ではそれらの始まりは全てが唯一神と呼ばれる神によって現在の形で作られたということになっているが、もしもその記述が正しいとなるとキリスト教における世界では『世界五分前説』が実際に使われているということになる。実際に五分と言う訳ではないが、唯一神が世界を作り上げた時に化石や進化の過程を示す全ての物を作り上げたと言うことになり、年代的に世界が作られるより以前の物は死んだ状態で生まれ出でたということになる。

 そして恐らくそうして作られた時代は、25万年から3万年ほど過去。これはおよそだが旧人と新人の転換期であり、現在の姿で人間が作り上げられたというのならばどれだけ遡ったとしてもそれ以前にホモ・サピエンスを見付けることはできなくなる。つまり、最大でその程度までしか時代が存在しない訳だ。もう少し深く考えるとすれば、全ての人間が神によってこの姿で(ホモ・サピエンスとして)作られたとするなら、全てのネアンデルタール人は絶滅した後でそう作られていたということになる。となると、人間どころか宇宙の歴史が最長二万と数千年程度しか無いことになるのだが、そうであったとしてもそうでなかったとしても面倒なことだ。

 それに比べて今、俺が生きている時代で地上に生きる生物の多くは人間ではなく知恵を持たない動物だ。一部の動物は知恵を持ち、永く生き、魔力などを身体に宿し、時に神の座にまで成り上がりそうなモノすら存在するが、大半の動物たちはそう言った強力な群れの長に率いられたりして何とか命を繋いでいる。時代的に見れば……間違いなく億年単位で過去の事だろう。

 

 それだけの時間があれば俺は様々なことができる。例えば十万を超える権能を掻っ攫って人間や獣人など(居ればの話だが)によって作り上げられる文化の権能を手に入れたり、くじ引きの結果ハデスが支配する事となった冥界よりもさらに地下深くに存在するタルタロスに太陽と月を浮かべて川と海のように巨大な湖と植物とちょっとした動物を放してビオトープを作り上げたり、ギガンテス達を連れてタルタロスで祭りを開いて漸く祭儀の神としての一面を見せることができたり、鍛冶神の技能をヘファイストスに叩き込んで鍛冶神としての座をヘファイストスに譲ったりすることだってできる。

 ちなみにだが、ヘファイストスが雷を投槍として打ち上げることができるようになった頃には俺も太陽の光そのものを槍として形作らせることができるようになっていた。鍛冶を真似させていたギガースやタルタロスを命溢れる世界にしている途中で見つけたキュクロプスを助手として鍛冶仕事をするヘファイストスの姿は、昔の姿からは考えられないほどの成長と言う形で俺の記憶に残されている。

 初めの頃は金属を抑えていた金鋏を間違えて叩いて熱い銅と融合させちゃったりしていたヘファイストスも、本当に大きくなったもんだ。子供の成長は早いと聞くし、何度も実感しているはずなんだが、それでもやっぱり予想以上に子供の成長は早く感じるもんだ。まだ俺は若いつもりなんだが、もしかしたらこれが歳を取ったって感覚なのかもしれんな。少なくとも身体はまだまだ若いんだがなぁ……。

 

 まあ、いいさ。俺はこれからものんびり生きて行く。争いとかそういうのがあったら話は別だし、もしも他の神話体系の神々に喧嘩を売られたりしたらよほどのことが無い限り喧嘩を買って後悔させてやるつもりでいるが……平和は掛け替えのない物だ。それさえ理解していれば日常に戻ることが十分できる。

 それに、他の神話体系に積極的に喧嘩を売ってきそうな奴らは限られてるしな。

 



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竈の女神、考える

 

 喧嘩を売るにも作法がある。まず、これこれこういう理由で喧嘩を売りますと言うことを相手に伝え、そして時間と場所を指定し、喧嘩の結果によって払う物をお互いに決める。文句があったり拒否する場合にはその旨を相手に伝え、受ける場合には受けるということを同じように伝える。それがよくある喧嘩であり、最も好まれる『正々堂々の喧嘩』と言われるものだ。

 だが、時々そう言った作法をすべて無視していきなり殴りかかってくるような奴も存在する。具体的に言うならアレスだったり、ヘラクレスだったり、人間にとって身近な所で言えば十字軍と呼ばれるものであったりする。そう言った存在はその多くが自分達は正義であり、自分達の行いの全てが正しい行為であると信じていることが多い。いわゆる狂信者と言う奴だが、狂信とは時に人間の身体の限界を超える力を与える事すらある。信仰とはそう言うものであることはわかっているのだが、人間の思い込みの力とはやはり恐ろしいものだ。俺も元は人間だがな。

 だが、同時に宗教で救われる者もいる。その違いは、宗教を心の支えとした時の依存の強さにある。

 例えば、宗教を杖のようなものとした場合、依存の弱い者はちょっとした支えだったり、あるいはファッションとして持っているだけで歩いていくのに必要はない、ステッキのような杖だ。しかし依存の強いものの杖は松葉杖や、あるいは義足と言った『これがなければ歩けない』と言うレベルの杖。そもそもの目的が違えば形態も重要度も格段に違ってくるものだ。

 逆に考えれば、そう言った大切なものに触れさえしなければそうそう喧嘩を売られるようなことは無い。神にとって最も大切な物は、自身の信者の信仰。信仰を奪われれば生きて行くことができず消えるしかない神にとってそれが最も大切で、最も失ってはいけない物。愛の女神から愛情を奪ってはならないように、別の神話に接触するにしても権能が重なる相手の既得権益ともいえる信者を奪ってはいけない。基本的にそれさえ守れば恐らく他の神話世界を歩き回っても文句は言われることは無いだろう。

 

 問題は、俺の抱える権能が多すぎると言うこと。ギリシャ神話の中なら持っている権能は多ければ多いほど便利になるが、他の神話体系の神と色々と付き合いをしようとすると権能が被るだけでライバルとなりえる。つまり、神話体系を超えての付き合いをしようとすればこちらにそのつもりが無くとも相手から敵視されることもあり、敵視されることがあれば喧嘩を売られることもあるだろう。面倒だがそう言った問題は付いて回る。

 ああ、全く、本当に面倒臭い。とは言え今さら集めに集めた権能を捨てるのも勿体無いし、できていたことができなくなるのはストレスに繋がる。まあ、俺は元々できていたこと、あるいは努力の結果としてできるようになったことが権能として認められた結果司るものが次々に増えただけだから権能が無くなったところでできなくなるわけではないんだが、それでもやりやすさが違う。

 そうして自分の司るものに関わることなら大きな力を振るうことができるからこそ、多くの神は自身の権能を手放すことを嫌がる。雷と火山を司っていたにも拘らず雷の権能を放り捨てた挙句に火山の権能を分解して、火と山から出る鉱物を用いた鍛冶を司るようになったギリシャ神話の原典のヘファイストスは超特殊例だと言える。

 まだ人間がいない時代の地上。それは恐らくあまり楽しい物ではない。人間がいない以上できることはあまり多くは無いだろうし、地上の観察をしようにも動物しかいないならすぐに飽きる。知恵を持つ動物たちはお互いの縄張りから出ようとしないためにお互いが出会って家庭を作ったりと言うようなことは殆ど無いし、万が一であったとしても起きるのは恋物語ではなく殺し合い。それに、俺の見たことのない生き物が大量に地上を駆け回っている今、俺が下界に降りたらどうなるかわからん。と言うかまず間違いなく何人かついてくることだろう。それははっきり言ってまずい。

 

 ではどうするか。ここで思い出してほしい。

 

 俺の権能。いくつか組み合わせると……面白い物ができると言うことについ最近気が付いた。

 



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竈の女神の持つ権能

 
 そろそろ自分でもわからなくなってきたので権能一覧。問題は、これが全部じゃないと言う所なんですけどね。


 竈に関する権能(概念含まず)

 

 竈(炉)

 ├原子炉───────太陽────────星─惑星─────────衛星

 │ └錬金術─錬成  ├太陽風─風    │  └地球─火山─溶岩  └月

 │  ├科学─電子  ├光─極光     └恒星-磁力 └鉱脈─鉱石

 │  ├魔術─術式  │└幻─幻覚      └銀河

 │  └料理─カレー └熱─陽炎

 ├縮退炉─重力─反重力 └炎

 │ └分解

 ├対消滅炉─反物質─ダークマター

 │  └消滅

 ├相転移炉─流動─変化

 │  ├気体─風(※1)

 │  ├液体─波

 │  └固体─振動─衝撃

 │   ├物質 └音─音楽

 │   └存在   ├演奏

 ├家庭─国家─社会  └歌唱

 │ ├守護─結界─空間─時間

 │ │ │  │  └虚数空間

 │ │ │  └境界

 │ │ └孤児

 │ └財産・家畜

 ├人間─細胞─生物─進化

 ├鍛冶─金属加工

 │ └製作

 │  ├製糸─服飾

 │  ├植樹─農作─開墾

 │  ├料理(※1)─漬物

 │  ├酒造─炭酸

 │  ├製薬─毒

 │  │ └医療

 │  ├爆弾─ミサイル

 │  ├楽器─演奏(※1)

 │  ├魔術道具─お守り(※2)

 │  ├機械─人造物(※3)

 │  ├文字─ルーン

 │  │ ├梵字

 │  │ └漢字

 │  └生命─成長─進化(※1)

 ├防壁─壁

 ├土─石─岩─星

 ├灰─滅び

 │

 └祭壇─祭─祝い

  └贄

 

 

 

 

 

 竈とか関係なく自力で手に入れちゃったもの

 

 武術─伝説─伝統

 ├破壊─滅亡

 ├侵略─戦い(※4)

 │ └反撃

 ├治療(※5)─解体

 ├合一┬融合

 │  └分割

 └無境

 

 

 

 復讐─暴力

 ├反逆─逆転─減速─過少

 ├運命─順転─加速─過剰

 ├法─裁判─狂気─歪み

 │└基準 

 ├追跡

 └正当

 

 

 

 

 ※1 被っているが気にしてはいけない

 ※2 種類は豊富。主に守護、幸運などがご利益。

 ※3 人造もそうだが神造も守備範囲内。

 ※4 戦争の狂気とも言える乱戦をアレスが。戦争の理性とも言える戦略をアテナが司っているため、主に個人技を司る。

 ※5 修理にも使える。

 

 なお、忘れてはいけないのがヘスティアはこれらの権能を逆転させ、他の権能と混ぜたり必要な部分だけ抜き出すことでいくらでも増やすことができると言う点である。

 また、今回は権能を見たが、実際には権能から概念を抜き出してその概念を使うことも可能である。むしろそうすることの方が多いレベルである。例として『太陽炉』から得られる概念を下に書いときます。

 

 

 太陽炉から抽出できる概念

 【太陽】から『光』『熱』『火』『正しさ』『公明正大』『潔白』『永遠』『巨大な力』『再生』『情熱』『裁き』『プライド』『虚栄心』『希望』『男性』『女性』『上位』『完全』『雷』『昼』『空』『日食』『月』『虹』

 【黒い太陽】から『滅び』『腐敗』『混沌』『闇』『悪意』『土星』『第一物質』『大災害』『死』『苦痛』『絶望』『復活』『母体』『救済』『恐怖』『狂気』『女性』『男性』『破滅』『完全』『日食』『月』『終末』

 【炉】から『製作』『鍛冶』『熱』『狂気』『創造』『破壊』『種』『器』『八卦』『意思』『金属』『土』『太陽』『核』『死』『祭壇』『祭』『剣』『刃』『金鎚』『技術』『鉄火場』

 




 
 つかれた。


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竈の女神、創造する

 

 聖書。それはとある宗教における神の行いを記したものであり、同時に神と人との関わりを、あるいは神と悪魔の、人と悪魔の関わりを記した本でもある。

 しかし、知っている者はそうはいないだろうが、一番初めに書かれた聖書において、悪魔と言う存在は聖書に記されていなかった。聖書には文字通り、神の行いのみが記され、人間に対しての道徳的な意味などまったく存在しない、いわば神自身が付けた日記帳のようなものでしかなかったのだ。

 それがいつの間にか信者の中で大流行りし、いつの間にか世界で最も多く出版された本として一大ベストセラーに。恐らくその本を書いた神、あるいはその神の行動を記録した者も、そこまでの大事になるとは考えずにそんなものを書いたのではないだろうか。

 結果的に聖書は多くの人間を救うこととなったが、同時に多くの人間を戦場へと送り込み、多くの人間を殺す切っ掛けにもなった。俺に言わせればどいつもこいつも愚か極まりないことだ。血を流すような争いなど無い方が良いし、あったとしても後味が悪くなるようなことにはならないようにするべきだ。

 だがまあ、それで済むはずがないのが人間であり、人間に信仰されるようになった結果として人間味を増してしまった神々である。オリンピックはそんな中でもかなり出来のいい戦争の代替手段であり、殺し合いに発展しない程度に、あるいは代表を選出することによって死者を最小限にすることができ、かつ多くの者が納得することのできると言う点において非常に効率のいい手段と言えるだろう。

 

 しかし、そう言ったゲームをする時に、二十世紀のゲームのように画面に映ったキャラクターがゲームの中で敵を倒すのをただ見ているのと、俺が人間であった頃にライトノベルであったようなVRゲームと呼ばれる体感型のゲームで自分の身体を動かすようにするのでは恐らく楽しみ方や楽しいと思う感覚は大きく違ってくることだろう。

 オリンピックも、ただ見ているだけでも楽しめるが、もしも自分がオリンピックに参加できるだけの実力があるにも関わらず、あるいはオリンピックに参加する方法があるにも関わらず、自分が参加しないで誰かが競技をこなして行くのをただ見ているだけと言うのは物悲しいものだ。

 

 そこで俺がやるのが、錬金術の権能を使うことによって俺の細胞から俺の人形を作り出し、電子の神の権能や生命の神の権能によってその身体をゲームのキャラクターのように動かすと言う方法だ。

 ただ、神としての俺の身体はここにある俺の分しか存在できないので、俺が作ったのは純粋な神としての身体ではなく、半分は神としての俺だがもう半分は人間としての俺のデータを入れて作り上げた。ヘスティアとしての俺の存在は薄まらないまま、俺の人形のようなものが出来上がったわけだ。

 しばらく時間が過ぎて地上に人間と言う種が生まれ始めたら、この身体を使って色々な場所を見て回るのも面白い。出力はともかく、完全に技術として確立されている物で俺にできる事ならばこの人形も同じことができる。流石に神としての権能は持っていないし、もしも俺がこの身体を使って地上を歩くことになったら名乗る名前は『ヘスティアの巫女』と言うことになるんだろうが……それはそれで面白い。

 ただ、キリスト教やその前身であるユダヤ教が広まり始めるとヨーロッパ辺りは歩きにくくなる。俺は黒髪で、黒髪は悪魔の印。黒子は悪魔の口付けの痕。黒い瞳は魔に魅入られた邪眼。そんな風に言われているような所に態々行きたいとは思わないし、キリスト教の奴がちょっかいを出してきたりしなければ俺だって態々喧嘩を売ったりする予定はない。もしかしたら神の子を殺したいと言う理由で国中の三歳以下の子供を皆殺しにするとか言う頭の悪い命令をする王が居たりするかもしれないが、それも知ったことじゃない。孤児が居たら拾ったりもするかもしれないが、他の神話体系に近付いて痛い目を見るのは嫌だ。俺は痛いのは好きじゃないしな。我慢しなくちゃいけないなら我慢することはできるが。

 



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竈の女神、思い出す

 

 神話の武器と言って、最も早く頭に浮かぶものは恐らく剣か槍のどちらかだろう。剣ならばエクスカリバーやガラティーン、アロンダイトやアスカロンやデュランダルと言った聖剣からグラム、バルムンク、ティルヴィング、フルンディングにレーヴァテインと言った魔剣まで様々だ。これらの剣は神話において多くは接近戦で使われることが多く、同時に人型の敵と戦った際に止めをさすのにも使われることが多い。

 槍ならば、グングニルやブリューナク、トリシューラ、ロンゴミアント、ピナーカ、ゲイ・ボルグと言ったものが有名だが、その多くは投擲用に使われる。無論、手に持ったまま使う者も居るが、そう使うこともできると言うだけで実際には投げ槍と言うことも普通にある。ゲイ・ボルグが有名だが、ゲイ・ジャルグやゲイ・ボウも実際には投げ槍である事はあまり知られていない。

 その他にも、兜、鎧、靴、盾と言った防御用の武装や、鎌、棍棒、杖、弓矢、投擲具、鞭、ハンマー等の武具。そう言ったものが神話に武器として描かれる。

 だが、殆どの神話において武器でありながら神の手に握られる事が非常に少ない武器がある。非常に扱いにくい鞭や、投げるか握ってメリケンサックくらいにしか使えないチャクラムでさえ神に握られると言うのに、世界のほぼあらゆる場所に存在しながら世界の殆どの神話にて神が握ることのない武器。

 それは、短剣。あらゆる神話に一度は出現し、しかしそのほぼ全てが暗殺用であり、神が使うようなものではない。言い方を変えれば、実力のある神であれば自身と拮抗するほどの腕を持つ短剣使いとの戦闘経験は早々積むことはできないと言うことでもある。まともな戦闘は短剣使いが苦手とするところだが、まともじゃない戦闘と言うことなら話は別だ。

 暗殺が筆頭になるが、それ以外では投擲や真正面からの不意打ち、心臓の上に入れておいて偶然にも刃を防いでくれたりなど、使い道は色々ある。武器でありながら武器として使わない方法もあるし、特に俺の短剣は態々トリッキーに使えるように見えないほど細い糸や鎖をつけておいたりしているわけだし。

 鎖の場合、相手に刺さっていれば電撃を流して行動不能にしたり、そのまま絡め取ったりすることもできる。糸の場合は主に罠を張る時に使うことになるだろう。見えないほど細い糸で作り上げられた糸の結界。それは神の身体すら容易に切り裂けるはずだ。そういう風に作ったのだから。

 

 近接戦闘において短剣の小回りは防御に非常に効果的。特に相手が槍などの長柄の武器を使っていればそれはより顕著になる。某運命な名前に出てきた赤い弓兵のように、相手の攻撃を凌ぐことだけを考えるならば理想的だ。

 勿論現実はそう上手くいく物ではない。いくら耐えることができても、相手を倒すことができなければじり貧。数に押されて少しずつ体力を削ぎ落とされて最後には首を取られてしまう。だからこそ俺はそう言った数の暴力を武器の数でひっくり返せるように短剣に増える能力を付加したのだが、他の神話の神の武器には必中の概念が付いている物もある。躱せず、防げず、受けるしか無い物を投げられてはこちらも困る。数任せなら何とかなるし、力任せでもある程度いなすことができるが、そう言った武器の性能ばかりはひっくり返せそうにない。

 俺が地上を旅することがあるならば、それはそう言った出来事に対して耐性をつけることができるようになってからにしよう。何らかの方法で無傷、あるいは軽傷で済むようになってから行くことになるはずだ。

 

 しかし困った。太陽光の槍ならば全力状態の俺が使っても壊れないと思ったのだが、縮退炉を使っていると光も呑み込まれるし、対消滅炉では放射線によって干渉されて形を保つことが非常に難しい。これをどうにかするにはもう少し研鑽と研究が必要となりそうだ。

 とりあえず、人間や神の目にも見えないような波長の非常に短い光で投槍を作ろう。光速度で動き回る神は割と存在するし、そういった神ならば自身で持っている物理的な武器を振るう方がよほど速いだろうが、殆どの神の場合その動きの比較対象として出てくるのは音や風や雷であって光ではない。まあ、これなら何とかなるだろう。多分。

 



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竈の女神、肉を焼く

 

 タンドリーチキン。それはインドでよく食べられている鶏肉料理の一種で、ポセイドン的に重要な所を上げるとカレーに非常によく合う食べ物だ。いくつかの香辛料とヨーグルトに鶏肉を漬け込んで、串に刺してから特殊な窯で焼き上げることでできるそれは、カレー好きにはたまらない味となるだろう。

 そういうことで俺はまず牛を飼い、乳を搾り、チーズとヨーグルトを作ってから香辛料をヨーグルトに混ぜ込んだものに俺の家の裏庭で老衰していた鶏をさばいて血を抜き、骨を取って一口大に切った肉を漬け込んだ。ちなみにタンドリーチキンはその多くが骨付きであり、骨の無い物はタンドリーチキンではなくチキンティッカと呼ばれることが多い。正直そこまでの差ではないため気にしないでもいいような気はするが、骨は今回は別のことに使おうとしているため取り除いているのだ。

 鶏ガラ。塩。小麦粉。とりあえずラーメンは美味い。未来では化学調味料がそこらのスーパーで簡単に買うことができるのでそんなに拘ったことは無いんだが、自分で食べるならともかく他人に食べさせるなら少しは拘りたい。一人で自分のためだけに作る料理はよっぽど嬉しいことでもないと適当に済ませてしまいたくなるから、せめて他人に食べさせる時くらいは……なぁ?

 

 さて、チキンティッカだが、試食役を買って出たヘファイストスとギガースの一人であるエウリュトス、そしてキュクロプスの代表者としてアーウルガースがもっしゃもっしゃと食べ続けている。本来の身体の大きさからするとエウリュトスが一番食べそうなものだが、現状一番食べているのはヘファイストスだ。太るぞ? いや、神なら太らんか。太ろうとすれば太れるだろうが、わざわざ自分から太ろうとする女はよほどの物好きかあるいは格闘家くらいしかいないと思っている。

 中世の農民にとっては太っていると言うのは裕福の象徴であったから少しくらい太っていたかったかもしれないし、日本においてはそこそこ昔までは少しくらいぽっちゃりしていた女性が好まれたと言う。恐らく、人間と言う動物が最大限健康に生きた時に出来上がるのがそう言った少しぽっちゃりした姿なのだろう。だからこそ本能的に健康な者と番ってより優秀な子を残そうとするのだろう。

 また、あまりにも太りすぎるのは良くないが、ある程度太っていた方が子供の身体を作るのには有利になる。痩せすぎていると子供をしっかりと育てることができなかったり、あるいは子供の分まで栄養を取ることができずに流産や死産することになったり、母親の方も命が危険にさらされることもある。だからこそ、子供を産もうとする妊婦は少しくらい太っていた方が良いのだ。

 ちなみにチキンティッカは肉を使っているが鳥肉、それも老衰間近あるいは老衰してから俺の冷蔵保存庫に運び込まれたような老鳥ばかりで、脂がほとんど無い代わりに骨からの出汁がたっぷり出たり歯応えが良かったりする。若鳥の方が肉汁がたっぷりで美味しいと言う奴もいるし、実際にその方が美味しいと思う奴は多いだろうが、食わなくても生きて行ける奴が道楽で食うためにこれから生きて子供を作って増えていくやつを殺して食うのはちょっとなぁ……と思う訳で。

 

「はぐっ!はふはふはぐっ!んくっ……はむっ!」

「これうんめぇなぁ」

「んだんだ、歯応えもばっぢりでんめなぁ」

 

 まあ、俺としては自分で殺した奴や自分に身を捧げてくれた奴はその全てを使い尽して安らかに眠ってもらいたいと思う訳だ。自然の摂理として、肉も骨も皮も羽毛も、使えるところは余すことなく。可能なら、その魂さえも。

 ……ああ、魂は食べるわけではない。ハデスに持ってってもらって綺麗に洗って冥界の住人として過ごしてもらうのだ。ちなみに冥界で生き、そして死ぬと人間界でもう一度産まれ直すシステムになっているらしい。ここでも輪廻転生システムがあったとは。

 



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竈の女神、地を眺める

 

 恐竜が滅びた大きな原因は、氷河期によって起きた大寒波と言われている。寒波によって本来なら大量に生育していた植物が失われ、植物を食べて生きていた草食竜が死に絶え、肉食竜も飢えて死に、地上には恐竜と後に呼ばれることとなる生物のほどんどが居なくなった。

 居るのは、小さな哺乳類や爬虫類のような環境適応能力の高い種。それと、巨大な群れを率いていた幻獣と呼ばれる類の種のみだった。まあ、ごく一部の龍の中には深海に潜って冷気から身を守ったり、元から空高くの寒い場所を飛び回っていたことで寒冷に耐性が付いていた種はそこまで被害を受けていなかったりもするが、殆どの種は死に絶えてしまっている。

 そして、原因の原因。時期としての氷河期だけではなく、その氷河期がより酷くなった理由。それは未来においては巨大な隕石の直撃によって起きた地殻変動と粉砕された地殻の霧によって太陽光からの熱を受け取ることができず、氷河期がより酷く、より長くなったと言われている。

 

 それは、ある意味では正しい。実際に隕石のようなものが地表に衝突し、地上の土が噴き上がって霧状になったせいで断熱効果を強く持ってしまい、地球の生態系は無茶苦茶なことになってしまった。

 

「……で、何か申し開きがあるなら聞くぞ」

 

 聞くだけな。聞いたからと言って処理が変わるわけじゃないが、もしかしたらどちらかが完全に悪くてもう片方がなんとかそれを止めようとしていたんだとすれば、止めようとしていた方には情状酌量の余地くらいはあるだろう。

 まあ、無いのは知っているが。

 

「まずはポセイドン。なんでこんなことをした? 言え」

「ゼウスが俺の分のカレーを食べたのが悪い。ヒートアップしすぎて地球がやばくなったのは俺も悪いが原因についてはゼウスにあると言わせてもらおう」

「そうか。まあ安心しろ。ゼウスについては向こう三十年貞操帯をつけてそのカギをヘラに管理させることになってるからな」

 

 ちなみにアダマス製。だからいくら雷ぶち込んでも溶けない壊れない。鎌なら何とかなるかもしれないが、失敗したら自分のを切り落とすことになる上に傷つけてしまったら自分で何とかしない限り治らない。まあ、代わりに金的に対しての耐性を得ることができるが、金的されたらされたでやばいんだがな。内側の針が刺さるようになっているし。

 

「で、ゼウス。言いたいことは?」

「儂は主神じゃぞ」

「今までのことを考えると主神を去勢すると新しく主神になれるみたいなんだが、ポセイドン辺りに譲ってみる気は無いか?」

「ごめんなさい儂が悪かったです何でもするから去勢は勘弁してください」

 

 まあ、こいつはあと三十年はそう言った行為ができないようになっているから今去勢してしまうと罰が罰じゃなくなるんだよな。

 ちなみに、ヘラに渡した鍵は本物だが、貞操帯の鍵穴の方に仕込みをしておいたのでヘラが持っていないと開けられなかったりする。俺でも開けられないことは無いし、やろうとすればピッキングで開けられる程度のちゃちな鍵だが、今の神に鍵開けの神や盗賊の神は存在しな―――あ、うん、俺だわ、鍵開けの神。今なった。盗賊の神にはなってないが、今回のことを考えると盗賊の神はゼウスが相応しいような気がするな。天空と盗賊の神、ゼウス。主神にはさせてられない権能だな。

 

 まあ、懲りずに『何でもする』と言ってくれたことだし、今回の罰もしっかり受けてもらう事にしようか。なぁに、神の精神は人間のそれに比べてよほど強靭であることが多い。しっかりできるかどうかはともかく、少なくとも気を強く持っていれば壊れる事だけは無いだろうさ。人間だって三十年以上精を漏らさないで生きていられる存在がいるんだし、大丈夫大丈夫。

 ……まあそいつらは仙人だとか呼ばれてる類いの『世界に自分一人きりだったとしても平然と何も変わることなく生きて行くことができる精神破綻者』だったりするんだが、問題ない。精神破綻者と言う点では神の精神も似たようなものだ。どちらかと言うと精神破綻者と言うより性格破綻者と言う言葉の方が合っている気もするけどな。

 



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竈の女神、時を進める

 

 空間と時間には密接な関係があると言うことは、2016年代以降ならば小学生でも知っていることだろう。算数で習ったり、漫画で出てきたり、様々な形でそう言ったことに触れることができるはずだ。

 それを初めて知った時には何の話か分からなくなったかもしれない。時間と空間。その二つに共通するものなんて『間』の字しかないとすら思う者もいる。漢字が同じと言うだけで、他には何の関わりもない。そう言うものだと認識してしまうものは、後々に詳しい説明を聞いた時に納得するまでに少し時間がかかってしまうものだ。

 俺もそうだった。空間と時間。その二つに関わりがあることを知っていたとしても片方を少しだけ扱えたところでもう片方に繋げることなど無理だと勝手に考えていた。

 

 だが、逆に考えてみればいい。家庭とは、父と母、そして子による人間社会における社会の最低単位でもあるが、同時に家を中心とする場所、つまり空間そのものを指すことでもある。だからこそ俺は家の敷地と外の境界に結界を張ることができるのだし、家の中と言う小さな空間においては俺は様々なことをすることができる。

 では、家庭と言う僅かな空間そのものを、大きさはそのまま(・・・・・・・・)縮めることができたら(・・・・・・・・・・)どうなるか(・・・・・)。それはつまり空間の圧縮であり、時間の短縮。本来一の距離を移動するのにかかる時間が一であるところを、一の空間を移動しているのにも関わらず、速度も変えず、時の流れを一よりも短くすることができる。

 つまり、俺は極僅かではあるが時間を扱うことができる。同時に、空間を捻じ曲げて広げることができるわけだ。

 

 そしてもう一つの発見。カオスと言う空間を司る神と、クロノスと言う時間を司る神が存在していることは有名だが、時間ではなく時刻を司る神としてカイロスと言う神がいることはあまり知られていない。クロノスの司る時間とはカオスの司る空間と対になって世界を成立させるものであり、同時に常に流れていく時のある一点から別の一点までの流れの事を言う。カイロスの司る時刻は、そうして流れていく時の中のほんの一点、無限に連続するたった一点だけを司る。言ってしまえば、空間を広げたり縮めたりすることはカオスに。時間を進めたり巻き戻したりはクロノスに。そして時間を止める事に関してはカイロスにやってもらうのが一番だと言う訳だ。

 さて、ここでもう一つ。空間を数字で表すにはいくつかの方法があるわけだが、ユークリッド空間だとかリーマン空間だとか言われてもわからないものが多いだろうし、俺もあまり詳しく覚えていないから割愛させてもらうが、カオスが司る空間、そしてクロノスが司る時間にはある一部が欠落している。アニメとかを見ていれば時々出てくるのだが、流石にそう言った物は言語化されていないどころかそもそもこの現実世界、俺がまだ人間として生きていた頃の科学では一度も観測されたことのない物だ。

 それは、虚数空間。そしてクロノスの司っていない時間とその境界だ。

 虚数空間に関しては、まあ現実的には存在できないが理論的には存在する空間であり、普通の空間から接続する方法は無いと思ってもらっていい。そしてクロノスの支配していない時間とその境界と言うのは、クロノスと言う神が産まれるより以前の時間と、クロノスと言う神が産まれた時間との境界面。カオスと言う神が存在したと同時にカオスから生まれた神で、しかし時と言う存在を認知することのできない存在であったからこそ多くの神がその存在を全く知らない神である彼の産まれる以前に、ほんの僅かではあるが時間が存在するはずなのだ。

 だから俺は、その境界を司ることにした。元から家庭とその外側、国家とその外側などの境界と言うものに注意してきたからか、それなりに難しくはあったができない物ではなかった。そして同時に、俺は存在する空間と存在しない空間を境界で繋げてやることができるようになってしまった。

 確か、こんなことができる妖怪がどこかの作品に居たような気もするが、もう気にしないことにする。気にしたところでできると言う事実は変わらないのだから、気にするだけ無駄と言うものだ。

 

 



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竈の女神、字を学ぶ

 

 ギリシャにはもう文字がある。そして神と言う存在は文字のことを誰に習うでもなく知っているし、読むことも書くこともできる。それは当然俺も同じことで、やろうとすればまだ存在していない文字すら書き、読むことが可能だ。

 ただし、それには結構な量の神の力が必要となることが多い。何しろ過去の物ならばともかく、未来にしか存在しない文字となると時間の権能を持っていないと読むことができないし、超越者たる神の身であれば読むことも可能だろうが、その知識を得るために世界の未来の中から文字を見つけ出して覚えて読めるようになってから読まなければならないので非常に面倒なものだ。

 なので、普通の神は必要な時にしかそういうことはやらないし、やったとしてもその場で読んだ物がよほど大切な物でなければさっさと忘れてしまう。思い出そうとすれば簡単に思い出すことができるが、逆に言えばそれは思い出そうとしなければ思い出せないと言う事と同義。だからこそ、普通は自分達の使う文字を流行らせようとするわけだ。

 

 そんな中で、俺は恐らく異質な部位に入るのだろう。自分の普段使いの文字とは別の、力ある文字を覚え、その意味を使って概念を表出させようとしているのだから。

 俺がやろうとしているのは、所謂ルーン魔術。魔力を生み出す鉱石や魔力を含む媒体などに働きかけ、魔力を現実の事象に変えると言う効果を持った文字を使った魔術だ。こう言うのはある程度文字の形が決まっている物だと思っていたが、確か楷書だの行書だの草書だので形はかなり変わっていたはず。つまり、漢字のように大本が象形文字から始まるようなものでも全く問題なく使うことができる可能性はあるわけだ。

 ただ、俺はまだ始めたばかりなので基本に忠実に。

 俺が使えそうなのが、家畜や財産を表す『F』。神を表す『A』。氷を表す『I』。太陽を表す『S』。水を表す『L』。土地を表す『O』。昼間を表す『d』。と言ったところだろう。恐らくこの辺りが相性がいい物だと判断できる。まあ、狙った効果だけを発揮させるためには文字が持つ元々の意味を削って必要以上の方向に向けさせないでおく必要があるから、精度を増せば増すだけ文字そのものの力は削られてしまう。自然を元にした文字の力は大きなものだが、それは神が権能を削られれば力を失うのと同じように、文字が意味を失えば力も失われていくのは実に自然なことだ。

 神の力。文字の持つ力。人間は繁栄のために力を手放し、同時に力を得るために未来を削る。未来を削ってでも力を得ることができなければその場で未来に続く道が絶たれてしまうこともあるが、初めから繁栄はある程度までで収めて力を手放すことが無ければよかったものを、と思ってしまう。

 まあ、力だけあっても俺の家の軒先に蓑虫状態で吊るされているポセイドンのように馬鹿をやって怒られることも普通にあるのだが。

 ちなみにポセイドンの下では今、ヘファイストスがカレー風味のベーコンを燻製している。煙が目に沁みて涙を流し、げほげほと咳き込みながらもくんかくんかと鼻の穴を広げて匂いを嗅いでいるその姿は何とも情けない。それでもこの世界の海の全てを支配する神かと言ってやりたくなる。

 

 さて、意訳やこじ付けは得意分野だ。なにしろ権能すらもこじ付けで増やし続けてきたのだし、ルーンも共通点やこじ付けを使って適当に解釈を増やしていくと、無理矢理ではあるもののそう言った効果が出るようになる。実際、太陽のルーンから放射線を発することもできるし、神のルーンを使って以前作った身体に意識を乗せることもできるようになった。骨や肉などに無数のルーンを付加し、強化に強化を重ね、ただの……と言っていいのかどうかはわからないが、少なくとも俺が手を入れたと言うだけのただの人間としての身体はいつの間にかかなりの力を振るうことができるようになっていた。もしもステータスとかそんな感じのがあったら、きっとその身体は『神造人間素体』と言う種族になっていて人間に比べて非常に強い力を持っていたことだろう。どの程度かは知らないが。

 

 ……いや、知れるな。知れるだろう。知るために必要な知識は既にある。知るために必要な技術は今まさに得た。

 刻むのは神、贈り物、野牛、太陽、人間のルーン。『神』からの『贈り物』として力を与え、その『代償』に『隠し事をできなく』する。対象を『人間』としかとらないこのルーンを刻むことで現れるのは―――

 

 

 神造人間完成型試作一号機『神子』

 Lv.0

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

《魔法》

【】

《スキル》

【】

 

 

 かつて、ゲームの世界で見飽きるほどに見たステータス画面そのものだった。

 



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竈の女神、流れを見る

 

 進化。退化。繁栄。衰退。繁殖。絶滅。繰り返される命の連なり。産まれ、育ち、食い、食われ、生き、死に、いつかの様に地球は生命で満たされた。

 大量絶滅と、それを生き延びることができた種の繁栄。それは既に既定の路線であり、同時にただ眺めるだけでもそれなりに楽しめる神々のアトラクションのようなものでもあった。

 畑で取れた硬いトウモロコシを炒めて弾けさせたポップコーンをつまみながら、砂糖水に二酸化炭素を溶け込ませた物を飲む。残念ながらコーラのような風味は無いが、これもそれなりに神々の間では好評だ。まさか炭酸の神とか言う権能まであるとは思わなくて驚愕してしまったがな。

 ……もうちょっと味に深みが欲しいんだよな。炭酸とか作るにしてもそう言った上はいくらでもあるわけだし。

 

 まるで映画を楽しむかのように長い時は進んでいく。様々なことがあったし、面倒なこともあった。失敗もしたし、成功もしたし、もう本当に色々とやり過ぎなんじゃないかと言うこともやった。

 例えば、ゼウスの浮気によってヘラが怒ってゼウスと閨に半月ほど籠っていたことがあった。俺はちょくちょく料理を運んで休憩させてやっていたんだが、二柱が出てきた時にはゼウスは本格的にガリガリに痩せ細り、ヘラも少し腰のあたりが辛そうではあったがゼウスとは逆に満たされたと言う顔をしていた。何があったのかは察したが、自業自得と言うものだろう。神でも腹上死することがあるのかどうか知らないが、まあ残念なことになっている。具体的にはカレー味のポップコーンを貪りつくし、炒めていたフライパンからカレーの匂いがすると顔を突っ込んで舐めたせいで舌に火傷をしたギリシャ神話の二代目海神くらい残念だ。

 ちなみにだが、ギリシャ神話において初代の海神はポントスと言う名前であり、二代目の名前はポセイドンだ。今ではポントスは表に出ない深海の支配をしており、ある程度表層部分の海はポセイドンが治めると言う分担作業をしている。深海は静かで大きな事件が起こるようなことは早々なく、気楽に治められていいと言う理由だったが、ポントスはきっと枯れているに違いない。

 

 ……ちなみにだが、ギリシャ神話の世界観では大地は平面であり、海の果てでは水が常に流れ落ちていると言う描写がなされているが、それはあくまでも人間がそう言うものだろうと予想して書き上げた世界の図であるためこの大地は球形である。

 つまり、世界に西の果てなど存在せず、西の果てが存在しない以上そこで天球を支えるアトラスはおらず、むしろアトラスはその体格から宴会芸として行う手品がバレバレすぎて大笑いされつつ最後に行う手品では『なんで他のでもそうやって上手くやらなかったの』と聞きたくなるような芸術的とも思える技術を見せつける不思議なネタを持ちネタとしている気の良い神だ。体格が大きすぎるために用意が色々と大変だが、だいぶ前からまともな人間程度……いや、まともな人間の中でもかなり大きい部類に入るだろうが、ともかく人間として存在しないことは無いだろうとギリギリ思えるくらいの身長になってからはよく宴にも参加している。

 いつになれば人間が産まれるのかはわからないし、わざわざ未来を読んで楽しみを減らすようなことはしない。代わりに、それまでの過程をのんびりと楽しませてもらう事にする。

 最近は権能の増加も緩やかになってきていて、そろそろ拡大解釈のネタも尽きてきた。文字の神としての権能や文化の神としての権能をひっくり返すと文字通りに世界を滅亡させることができてしまうと言うことが分かってから安易に試してみると言うことができなくなったし、実験するにもちゃんとある程度の予想を立ててからじゃないと最悪神殺しすらできるようになる可能性がある権能すら持っているのだから気軽に試せない。

 それに関しては、薬を作る権能をひっくり返して毒を作る権能にして、上手くいけば神をも殺せる毒を作ってみたらそれを飲んだ蛇が奇妙な変化をして凄まじいことになったりしたし、予想ができてもそこから派生した出来事に関しての予想まではできないので本当に注意が必要だ。

 



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竈の女神、甘やかす

 

 子供と言うのはいくつになっても可愛らしい物だとよく言われるが、それはあくまでも元々可愛らしい子供だったらの話だ。三つ子の魂百までと言う言葉の示す通り、三歳程度の赤子の頃にはもう我儘全開でこちらの言う事なんてまるで聞こうとしない憎らしい子供であった場合、その子供は恐らくいくつになっても憎らしい我儘全開の者となることだろう。

 では、三歳の頃に俺に甘えることが大好きだった子供ならばそれはどうなるだろうか。その答えは、俺に抱き着いたまま眠ってしまったハデスの姿を見ればわかると思う。

 

 初めはまあ、仕事の愚痴のようなものだった。ハデスはギリシャ神話の神の中でも非常に珍しい性格で、非常にきっちりとしている。私生活もそうだし、仕事でもそうだ。仕事のことを私生活に持ってこようとはしないし、しかし仕事で必要以上に手を抜くことはしない。勿論抜くべきところは抜くが、抜かないでいいところは抜こうとしない。死者の名前や何年現世に生き、死んでから回収されるまでにどれだけの時間漂ったのか。そう言った非常に細かいがあった方が良いことはほぼ全て網羅しており、世界に存在する生き物の死後を支配すると言うことで舐められたらその仕事が上手くいかないと姿に見合わぬ覇気を出す。そんな風に仕事を続けていては、疲れてしまうのも当然と言ったところか。

 ハデスは大して強くもない酒を飲み、いつもは食べないつまみをちびちびとつまみ、ぽつぽつと今の仕事の大変さを語る。酔いが回ってかその言葉は支離滅裂な物が多いが、それでも言いたいことは伝わってくる。

 仕事の量についてははっきり言ってもう慣れたそうだ。なにしろ微生物を含めれば一秒間に数兆では足りないほどの命が失われているのを、死者の魂を扱う権能で魂の大きさや罪の量による色で自動で振り分けることができるのである程度分別し、時々混じる違う大きさの魂を部下が取り除いてもう一度流し、その魂の大きさに合った存在に転生させていく。

 もしもハデスが面倒臭がりならここで適当に数字も見ないで書類を認可するだろうが、ハデスは真面目だ。真面目すぎると言ってもいいほどに真面目だ。だからこそ、魂から罪を取り除き、罪を取り除いた魂の大きさや罪の取り除きそこないが無いかを部下任せとは言え最低二回は確認させるし、混じっていた場合には正しい位置に回す。そうした結果としてどんな種に転生することになるかを確認し、転生させるには惜しい存在を見付けたら拾い上げて適性や思想を確認し、それらを組み合わせて必要な所に回す。中間管理職とは言わないが、まるで工場の監督官のような職場だ。続けていればさぞかし疲れが溜まることだろう。

 だから、ハデスが俺に抱き着いたまま眠ってしまっても俺はその頭を優しく撫でてやるだけにしているし、撫でてほしそうに視線を向けてきたら撫でてやっている。そうすることでとても癒された顔をするハデスは次の日には元気を取り戻して、しかしとても名残惜しそうに冥界での仕事漬けの日々に戻っていく。

 場所を支配すると言うことはそういうことだ。支配したらその場所がある程度以上健全に回されて行かねばならず、健全に回していくためには仕事をすることが必要だ。俺はそう言った必要以上の面倒事が嫌でどこか広かったりある一定以上の役割を持つ場所を治めると言うことはしていない。畑や箱庭は趣味の範囲だ。

 一番の趣味は料理だが、それも最低月に一度家族でカレーを食べたりする以外はあまり研究らしい研究もしていない。つまり、どこまで行ってもそう言うのは趣味の範囲内でしかないと言うことだ。

 

 趣味は趣味。他人に理解してもらえなくとも、趣味以外の何物でもない。

 だから、ハデスを甘やかした後にいつも以上に甘えようとして来るヘファイストスを甘やかすのも、母親としての仕事であると同時に趣味の一環でもあるわけだ。

 



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竈の女神、確信する

 

 人間が産まれるには、どれだけの時間が必要となるか。恐らく人間の前身となるだろう猿のような生き物は生まれてきているし、長くともあと数百万年程度だろう。

 そうなると、そろそろ出てくるはずだ。俺のいるギリシャ神話と言う神話体系の他に、神々のいる神話体系。

 例えるならばインド神話。例えるならば日本神話。宗教名で言うならユダヤ教や仏教など、世界の様々な場所で神話が産まれてきてもおかしくないはずだ。むしろ、俺のいるギリシャ神話よりも遥かに昔に作られた神話すらも存在するかもしれない。

 俺は未来における知識から科学的に考えてユダヤ教の唯一神ヤハウェが世界を作ったのはせいぜい十数万年程度と予想したが、インド神話ではそうした予想ができない。そう言った情報が無かったし、もともと存在していた最古の書から考えて紀元前1500年ほどにはすでにある程度形ができていたことはまず間違い無いだろうが、だからと言ってその世界の始まりがその頃であるとは言えない。

 

 インド神話にも創造神話はあるが、元々世界とも言えない何かが存在していて、そこから生まれた一番初めの神格が世界を作り上げたと言う話になっていたはずだ。つまり、インド神話において世界そのものを作り上げたのは神ではない。もともと存在していた世界の中に形ある物を作り上げていったのがインド神話における『世界創造』なのだ。この時点で世界と言う空間そのものであるカオスが産まれた事で宇宙が産声を上げると言う所から始まるギリシャ神話より早く産まれたとは考えにくい。

 

 北欧神話では、世界が九つあると言われている。アースガルズ、ヴァナヘイム、ミズガルズ、アルフヘイム、スヴァルトアルフヘイム、ニダヴェリール、ヨトゥンヘイム、ムスペルヘイム、ニヴルヘイム。この九つだ。

 それらは神が住む世界、人が住む世界などと完全に分けられていて、それらは世界樹ユグドラシルによって結ばれているが、重要なのはそこではない。創世の部分だ。

 まず、北欧神話において初めは世界は灼熱の世界であるムスペルヘイムと極寒の世界であるニヴルヘイムの二つしか存在せず、その二つの世界の灼熱の空気と氷が触れ合ったところから始まる。つまり、神は世界より先には存在してはいなかったのだ。これによりインド神話と同じように北欧神話が実在したらまず間違いなくギリシャ神話より発生は遅いことになるだろう。

 もしかしたら、世界樹ユグドラシルに生った実の一つがカオスと言う神による世界なのかもしれない。そして、ユグドラシルと言う世界樹の、北欧神話とは違う枝に存在しているのかもしれない。もしそうだとすると、俺が北欧神話に遊びに行った場合、マジでヘイムダルがギャラルホルンを吹き鳴らしてラグナロクが起きる可能性もある。そうなった場合、恐らくこちらの言い分は聞いてもらえないだろうし間違いなく面倒事になるので向こうから関わってこない限りは放置させてもらおう。

 ただ、俺がそんなことをしないでも十字軍辺りが来て同じようなことが起きそうな気がするんだがな。そうなったら多少の手伝いはしてやるつもりだ。なにしろ相手が十字軍となれば放置しておいた場合こっちにまで被害が来ることは間違いない。某ナイトの言葉を借りるならば『確定的に明らか』と言う奴だ。放置しておくより叩ける時に叩いておくのが一番だろう。

 

 そしてケルト神話では、そもそも創世神話が伝えられていない。原因はローマ帝国の侵略とキリスト教への改宗強制によるもので、俺が知っているケルト神話はその大部分が削がれて消えてしまった物でもある。

 ちなみに有名なアーサー王物語に出てくるエクスカリバーはこのケルト神話の英雄であるフェルグスの持つカラドボルグを元にしている、あるいはそのものを使っていると言われている。エクスカリバーではなく、アーサー王が王になる時に抜いたとされるカリバーン、あるいはコールブランドがカラドボルグだとも言われているが、カラドボルグとコールブランドの二つの剣がどちらも王が使った剣であると言う点で共通しているので王を選定するにはぴったりだと言える。

 

 まあ要するに、ギリシャ神話は古代ヨーロッパにおける宗教の中では確立された時期が非常に速い部類にある物だと言う確信が持てる、と言うことだ。ちなみにギリシャ神話とケルト神話には間接的にだが繫がりがあるので、もしもケルト神話が確立しているのなら一度見に行ってみるとしようか。



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竈の女神、己を知る

 

 自己を知ると言うことは高みを目指すことにおいて非常に重要なことだ。自身にできることとできないこと。得意な事と苦手な事。経験則でもできることとできないことを理解し、出来ない事をできるように、できる事はより上手くできるようにと進んでいくことが必要だ。

 停滞とは、退化と変わらない。進化し続けていなければ、何であろうと置いて行かれてしまう。どんな物であってもそういうものなのだ。

 

 そう言うことでいろいろと書き出してみたのだが、やはり俺の持っている権能の種類が非常に多い。多すぎると言っても良いほどに多い。はっきり言おう。多すぎる。

 まあ、少なかったり全く無かったりするよりはずっといいんだが、ここまで多いと自分を鍛え上げて行くだけであと数億年は暇しないでいけそうだ。神にとって数億年と言う時間がいったいどれだけの物かはよくわからんが、少なくとも俺にとっては打ち込めるものがあれば一瞬とそう変わらないと言う事だけはわかる。むしろ打ち込みすぎて時間が足りないことはあっても時間が有り余ると言う感覚はよくわからん。

 

 ……そうそう、それと面白い事実が見つかった。具体的にどう面白いのかと聞かれると困るが、個人的にはちょっと涙が出てきてしまいそうな面白さだ。

 ギリシャ神話において、割と男性同士の同性愛は普通に存在することは知っているだろう。実は、女性同士で愛を育むと言うのも普通とは言わないが存在しないことは無いらしい。男性同士の愛情はそれがそれなりの歳の男と年若い少年の間に結ばれるものならば普通と言われるのだが、その理由は年長者が若者を導くためと言うもの。つまり、年長者が子供を導くために愛情を向けるのは正しいと言う形であるために非生産的な形の愛も許されていたと言うことだ。

 では俺はと言うと、どうにも男であると言う意識が抜けない。三つ子の魂百までとはよく言うが、二十幾つを超えて生きていたのだからある意味では仕方ないのかもしれない。それに、女として振舞おうと言う意識も全く無いのだからこうなるのも仕方ないし、俺が恋愛の対象に男を入れられないのもまた仕方がない。そして、女相手にも本気で恋をすることはどうにも出来なさそうだ。

 はい俺処女神決定。別にそういう行為をしないでも子供ができるのがギリシャ神話の神だし、やろうとすれば女同士だろうが関係なく子供を作ることくらいはできそうだが、しかしどうしてもそう言う気分にはなれそうにない。子供は嫌いではないし、嫌いだったらそもそもデメテルやヘラ、ハデス、ポセイドンと言った癖のある子供たちを育てようとはしなかっただろうが、自分が子供を作るよりも誰かが勝手に作って捨てたり、残したりしている子供を育てるので精いっぱいだ。子供を育てるのなら、世界から俺以外の生き物がいなくなることがあったら自分一人で作ってみようと思わなくもないが、それまではなぁ……。

 

 無数の権能。権能から派生する概念。そう言った物を組み合わせれば俺だけでも新しい世界を作ることくらいならできそうではあるが、わざわざ新しく世界を作るのも面倒臭い。今あるものに不満があるわけでもないし、満足かと言われれば首を傾げるが不足している物は無い。あっても大概のものはその場で少し作ってしまえば終わる話だし、その機会自体が早々あるものではない。

 そう言うことで、とりあえず俺は恐らく誰かと結婚をすることは無いだろうし、子供を作ることもまずないだろう。それは俺の知るギリシャ神話ではヘスティアが処女神だったからと言うだけではなく、俺自身が結婚したり子供を作ったりする気が全くないからだ。未来では考えが変わっているかもしれないが、変わったならその時また考えればいい。きっとその時なりの考えが浮かぶだろうさ。

 



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竈の女神、人を見る

 

 ようやく人間と言う存在が産まれてきた。まあ、俺から見るとまだ猿のようだし、他の神から見ても猿とそう変わらないように見えるようだが、それでもその猿が道具を使い始めたと言うのは大きな進歩と言えるだろう。それもある個体だけが使っているのではなく、その種のほぼ全ての個体が使っているとなればそれはまさに種族としての進化に他ならない。

 そして進化は続く。樹の上で生活するために発達して枝を掴むことができるようになった足は地上を歩くのに適した形に変わっていく。手先はより器用に。目は遠近間を認識できる範囲を広げるように前に移り、少しずつ人に近いものへと変わっていく。

 数万年、あるいは十数万年と言う時間をかけてゆっくりと変化していくそれは、まるで蝶の羽化のビデオをゆっくりと見ているかのようだった。人間的に考えればそんなもの面倒で見ていられないだろうし、神からしてもただひたすらにそれだけを見続けると言うのは苦痛に違いないが、俺の場合は他にもやることがあり、できることがある。

 例えば飲まず食わずで炉に向かって鉄を打ち続ける義娘の口にサンドイッチをねじ込んだり、月一で集まるオリュンポスの神々+αにカレーを作ってやったり、畑を耕すことに生きがいを感じ始めたギガースを緑あふれるタルタロスに招待したら嬉々として耕し始めたのを見てそいつらの家を作ってやったりとか、非常に多くのやることがある。

 それ以外にも、例えば老衰時にここに来る動物の肉を使ってベーコンや鳥ハムを作ったり、某料理漫画で出てきた料理の再現をしてみたり、自分にできることを確認しようとして色々やったら何故か新しい権能が入ってしまったり、やるべきこともやりたいことも山のように存在する。

 最近では、人間によって親が狩られてしまった動物の子を拾ってタルタロスに放したり、そう言った動物を食べるものも少しずつ増やしてバランスを取るようにしている。恐らく暫くするとある程度のところでバランスが取れて自然と弱肉強食の世界が作られることだろう。

 俺は孤児の庇護者だが、だからと言って何もしないで守ってもらう事だけを望む奴を救ってやるほど暇じゃないし、そのつもりもない。孤児である存在が努力して、必死に生き抜こうとして、それでも力が及ばない時に少しだけ力を貸してやる。その力でどうするかはその子供に任せているし、それでも駄目なら残念でした、でおしまいだ。子供だからと言って自然の掟に逆らわせるような真似はしないし、俺が守る相手は理不尽からだ。人間や動物の力ではどうにもならない理不尽、天災や戦争など、子供にはどうにもならないようなものに対してしか俺は守ってやることをしないし、同時に俺が守っているからと戦争を吹っ掛けに行くような奴まで守ってやるつもりは無い。俺は平和主義者だからな。

 ただ、こんな時代だ。平和主義者だからと言って力を持たないでいては色々と面倒事に巻き込まれかねない。面倒事を処理するにはほどほどの力も必要になってくるわけだ。まあ、今の俺の力くらいなら程々と言えるんじゃないかね。インドには喜びの舞を踊ってたらその余波で世界が崩壊しかけたなんて逸話を持つ頭おかしい神がいるわけだし、俺は踊ってみてもそんなことはできないしな。

 ちなみに、前世で見たことのあるMMDな動画の踊りを真似てみた。食って飲んで乱れ咲くだけな男たちの真夜中の歌なんだが、あれかっこいいんだよな。学校で何人か集めて文化祭で踊ってみたこともあった。その時一緒に何曲か踊ったが、一番は何故か某ただの人間に興味のない女子高生の出てくるアニメのダンスだった。まさか学校のほぼ全員が踊れるとは思ってもみなかった。俺の通っていた高校にはオタクが多いとは思ってたが、まさかそう言うネタが通じる率100%だったとは。

 ちなみに、先生方も踊れていた。いい年して何やってんだと言うツッコミはしないでおいたが、いい年して何やってんだろうな、ほんと。

 



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竈の女神、宙を作る

 

 宇宙の始まりはビッグバンと呼ばれる大爆発であったと言うのが近年の定説だ。ギリシャ神話においては恐らくそれこそがカオスの出現にあたり、カオスの中でガイアが、タルタロスが、エロスが産まれたのだと思われる。

 さて、そんなビッグバンだが、あれは様々な物質にひたすら圧をかけて行った結果として反応を起こし、爆発を起こしたものだと考えられる。凄まじく多量の物質が、凄まじい圧力によって体積を縮められ、原子核同士が触れ合って反応して爆発する。物は少し違うが核の反応とよく似ている。

 

 さて、ここに核の権能と圧力の権能と物質の権能を持った女神がいるだろう? 箱として竈を用意して、それに結界と虚数空間による隔離を行うことで場所を作るだろう? その中で物質を作り出し、圧力を加え、じっくりと核反応を起こさせてやると―――

 

 ……ほぼ無限遠に存在する虚数空間によって減衰して音は聞こえなかったが、ここに小さな宇宙が出来上がった。原子核そのものが圧力によって縮小し、俺のいるこの世界から見てもさらに小さな世界。箱の中だけで完結する宇宙はゆっくりと広がりを見せているが、箱の中を無限遠とする虚数空間で満たすことで問題なく拡張されている。

 虚数空間が使えなかったら、恐らく箱の縁に届きそうになる度に箱の中身の大きさを縮小していく術式を組まなければいけなくなるところだが、虚数空間とはやはり便利なものだ。そんな面倒なことをしなくても十分にできているのだから。

 これで俺も創造神だ。そしてこの世界をぐしゃぐしゃっと混ぜ合わせることで混沌の権能を、混ぜ合わせた世界を綺麗に整頓することで調和と秩序の権能を得る。そして最後に文字通りに外側の箱である竈ごと壊して消滅させれば破壊神の権能を―――あれ、俺もう破壊神の権能持ってるじゃん。いつ取ったっけなこんな権能。クロノスの腹をぶち抜いた時か? ガイアに思いっきり蹴りかまして顔面崩壊させた時か? ガイアは世界そのものだから、ガイアのツラをぶち壊せたら世界が壊れるってことで破壊神になったのか? よくわからねぇな。

 

 さて、こうして俺も創造神になったわけだが、とりあえず今まで材料不足で作れなかったカレーライスを作ることにした。カレーと言えば単体で食うのも美味いしパンで食うのもなかなか行けるが、やっぱり個人的には米だと思う訳だ。これについての反論は随時受け付けるが、これはあくまで俺個人の意見であって、最大限ぶっちゃけてしまえば個人的な好みの話だ。ナンで食べるのが最高だと言う奴もいるだろうし、単体で行くのが好きな奴もいる。そこを否定するつもりは全くない。

 ただ、俺は米でカレーを食うのが好きだ。個人的な好みとして、そう思っている。

 スパイスはある。だが、必要最低限の物であって全てがあるわけではない。今食わせている物でも一応日本で売り物になると思われる程度の物を作れてはいるが、しかしそれは最高の一品でもなければ究極の一品と言う訳でもない。あくまで最低限の味。最低限家族と思える大切な相手に食わせてもいいと思うことができる味。それが今のカレーだ。

 と、言うことで、俺はこれからカレーの改良を行うことにする。最終的にはどこぞの漫画のように口からレーザーを……いや、確かポセイドンは普通に口からレーザー出してたな……食った時にあまりの美味さに服が弾け飛ぶような……クロノスが食った時には全身の筋肉が盛り上がって内側から弾け飛ばしてたなそう言えば……リアクションと言うのは難しいもんだ。

 それに、スパイスだけじゃなくて他にも色々と必要になるものはある。ヨーグルトやら蜂蜜辺りも欲しいところだが、なりたて創造神の俺に作ることができるか? 確かに日本蜜蜂は蜂球と言う方法で敵であるキイロスズメバチやら何やらを蒸し殺したりすることで竈の権能と繫がりがあるし、一つの群れが巣を作って国家とも家庭とも言える社会を作り上げることから家庭の守護者である俺を信仰している種の一つでもあるし、実際にタルタロスに放した蜜蜂の古代種は俺のことを信仰して年一で俺のところに蜜を届けてくれたりするし、関係が無いわけじゃないんだが……あ、作れた。よしこれで練習用のは作れるな。他人に食わせる時には自然からできた蜜を使って、練習時には味を同じにした自作の蜜で頑張ってみるとしようか。

 ……鶏肉を焼く時、表面に蜂蜜を塗り付けて香辛料を振りかけると、非常に香ばしい匂いがするんだよな。やっぱり蜂蜜は料理に必要不可欠だ。



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竈の女神、酒を造る

 

 ハブと言う蛇には毒がある。これはとても有名な話だが、間違いなく事実である。

 そして同じように有名なのが、ハブ酒と言う酒の存在だ。この酒は強いアルコールにハブを漬けて数年ほど寝かせることで毒などをほとんど気にすることなく飲むことができると言うものだ。

 勿論飲み過ぎれば気分が悪くなることも十分に考えられることだし、同時にあまりちゃんと準備していないハブを使っても美味い物は作れないと言う問題点はあるのだが、それでも実在する酒ではある。

 

 ギリシャ神話には、ヒュドラと言う毒蛇がいることは非常に有名だ。少し調べればこのヒュドラの毒によって多くの巨人が命を落とし、ギリシャ神話においては不死身とも言えるある神の命すらも奪っている。その神はヒュドラの毒が身体に回ったことで起きる激痛に耐え切れずに神性を天界に返上したせいで死んだのだが、それでも神を殺すことができたと言う点において間違いはない。

 しかも、頭を切り落とすと切り落としたところから頭が倍になって生えてくると言う。そんな頭を使えば毒を大量に集めることもできるし、酒に漬け込んでおくことで酒に滋養強壮効果が付く可能性もある。勿論毒性が付くことも十分に考えられるが、それについては仕方がない。ハブ酒であってもつけておく期間が短ければ毒が消えきっておらずに少し飲んだだけで腹を壊したり体調を崩したりする可能性もある。万が一、もし、ヒュドラを酒にするような日が来るのなら、絶対にその中身は飲むなと言っておくとしよう。死んでも知らんからな、と。

 実際に死ぬかどうかは知らないし、そもそも酒で解毒できるかもわからん。だが、ヒュドラの毒の解毒薬は存在しない。ならば何でも試してみるべきだ。最悪、製薬と創造の権能をフルで回せば多分行けなくともないだろうしな。

 まあ、時間を置くと言ってもそのまま放置し続けるのでは時間がかかりすぎるだろうし、時間を遥かに速く進ませるようにしてやれば待つ時間も相当縮めることができる。便利な権能を得たもんだ。

 その場合、酒も選んだ方が良いかもしれん。ただの酒ならわからないが、神の力や魔力などをたっぷりと含んだ酒なら解毒の可能性は十分にある。まずはその酒を造るところから始めなきゃならんかもしれんな。

 

 材料はいつもの実やら世界の果ての黄金の実を使う。そうして作った酒を蒸留し、酒としての純度を上げる。純度を上げた酒はその効果をより強くする。これでまあ何とか中和くらいはしてほしい物だ。毒性を反転させて滋養強壮効果でも持たせてやればそれが一番手っ取り早いんだが、そう言った短絡的な手段を取らず、できれば神としての権能を使うことなく酒を完成させてみたいところだ。

 ただ、現状権能を使わずに権能を使ったのと同じことができるのはカレー作りと一部の鍛冶仕事のみ。それを考えるとある意味動作の正答を導き出して身体を動かす役目を持つ権能を使わずに全てにおいて解答と全く変わらない動作をするのは非常に難しいと言わざるを得ない。例えそれが神であろうと、だ。

 言ってみれば権能とは司る物に対しての知識や動作のアシストであり、アシストが無くともその水準まで持って行くことができるようになってこそ司ったと言えるのではないだろうか。それに、一度完全にものにした技術は神の身体である以上染み付いて取れることは無い。一度完全に思い通りの物を作り上げることができたのなら、いつでも思い通りに物を作り上げることができるのだ。勿論、自身の技術の届く範囲で。

 なお、権能のアシストによる正答とは無数に存在するものの一つでしかない。アシストされたもの以外にも正答は存在し、それを導き出すには自身で試行錯誤を続けるのが一番である。そうしてようやく権能が成長を始めるのだからな。

 



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竈の女神、地に降りる

 

 人間が集落を作り、柵で村を囲って野生動物から身を守るようになった。そこで俺はそろそろ人間と言う種族に一度顔を見せておくことにした。

 一度顔を見せておけば、少なくとも俺と言う存在を認識するものが産まれる。信仰すると一言にいっても、信仰には様々な種類があるのだ。

 その一番初めの段階こそが、知ると言うこと。あるいは、知らない物を知らないままに恐れると言うこと。それなりに物を知ってしまったが故に自身の知らない物を恐れると言うのは人間ならば、あるいは自意識と理性を持つ存在ならばおかしい事ではない。極自然なことだ。俺だってわからんものにわざわざ触れたいとは思わない。ある程度分かって安全だと言うことを確認できてから触れるだろう。

 それはそれとして、神としての姿を見せるのならばそれなりの姿をしていなければいけないが、今は神代。神が神として地上に降りても地上が崩壊することが無いほどに強力な神秘に満ち満ちている時代だ。直接降りなくても巫女や司祭のような才能を持つ者が当然のようにいるのがこの時代なのだ。

 

 そう言う訳で、適当な場所の適当な人間を探してみれば、居るわ居るわ神との交信の端末を持った人間が。こういうのを見ていると、俺が人間として生きていた時代に居た神子とかそういうのが本物だったのかもしれないと思えてくるな。実際に本物なのかどうかは知らないが。

 その中から俺に相性の良い奴を選んで……俺が処女神だからか年端も行かない娘が多いが、それはそれだ。昔の俺ならともかく、今の俺は間違いなくヘスティアだからな。そう言うもんなんだろうよ。

 

 そしてその娘とちょいと話をして、身体を一時的に借りて、言葉を話す。周りにいる成人はこの娘の言葉を聞こうともしなかったが、俺の言葉になると途端に聞き訳が良くなる。これはいったい何なんだろうな? 見た感じではどうも委縮しているように見えるんだが……これが神威と呼ばれるものなのかもしれないな。知らんが。

 まあとりあえず、いくつかの村を回って俺の存在を知らしめて、ちょっとした加護を与えておく。加護の内容は、『この場に住む者の守護の意識や俺に対する畏敬や信仰が強ければ強いほど頑丈な結界を柵の周りに張る』だ。勿論それは自分達が攻め入った時には解除されるし、信仰や意思が弱ければ大した結界は作れない。自分達が攻め入るなら攻め入られる覚悟もしてあるだろうから当然解除されるのはわかるだろうし、もしもの話だがそう言った村がいくつも作られ、俺を祀る場所が増え、そう言った村や町が集まって国家となれば国境にそう言った結界を張ることもできるようになる。

 ただ、国境に結界を張る場合にはちょっとした獣や魔獣は通してしまう。なぜなら国境と言うのは人間が定めた物であって獣にはそんなものまったく関係のない話だからだ。代わりに獣は家の周りや村の周りに張られた結界を通過することはできない。人間と共存するようになったなら話は別だが、暫くはそういう話は出てこないだろう。今の人間にとって獣は敵であり、同時に食料であり、天敵でもある存在だからな。

 

 まあ、こうしておけば人間がこの世界に少しずつ増えていくことだろう。毎年秋に小さな祭を開いて俺にちょっとした供え物をしておくように言っておいたから信仰が無くなることもないだろうし、その祭ももう本当に小さなもので良いし、俺への捧げ物も大したものでなくとも構わない。何かを俺に捧げることで俺とその場所との間に繫がりを作ることが目的の物だからな。捧げたと言う事実そのものが大切なのだ。

 また、なぜ祭を開かせるのか。祭とは、奉りであり、祀りである。祭を行うことで祀る神、この場合は俺への信仰を見せることができ、祀っていると言う事実そのものを形として表すのに非常に便利であるわけだ。

 それに、俺の加護には作物の実りを良くする物もある。勿論毎年毎年実らせ続けるならばそれなりに手を入れることが必要だが、そのくらいのことは自分達でやってもらおう。人間、仕事が無いと腐るからな。

 



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竈の女神、村を見る

 

 村とは人間にとってかなり小さい社会である。最も小さな社会は家庭であるが、家庭の次に出てくる社会と言えば村か町、この時代には学校や国が無いためにそれ以上の社会の単位が存在しない。もう少し大きくなれば町が都になり、国が産まれることもあるかもしれないが、それに関しては是非とも人間達に頑張ってもらいたい。俺が直接手を出すとまた面倒なことになりそうだし、俺はあくまでも信仰を受け、加護を渡すだけの存在になっているべきだろう。日本で言う天皇の『君臨すれども統治せず』みたいなもんだね。元々俺は人間を支配するつもりなんてさらさらありゃしないんだし。

 世界は神が居なくとも進んでいく。少なくとも、神の存在を信じない人間が世界の大半だったとしても世界は変わらず動き続けることは前世でよく理解している。前世でももしかしたら神が実在したのかもしれないし、実は普通に神として関わりがあったのかもしれない。当時の俺には何もわからなかったがな。

 だが、俺が言えることは一つ。神とはあくまで人間より強大な力を持っているだけの一個体であり、最強と言うわけでもなければ無敵と言うわけでもない。ましてや人間を支配したり、導いたりしなければならないと決まっているわけではないと言うことだ。

 例えば、仏教において破壊を司ることなく災いをもたらす黒闇天。ありとあらゆるモノを玩弄し愉悦するナイアーラトテップ。神と呼ばれるものの中には、ただ強大な力を保有しているだけでそう呼ばれるものも少なくはない。実のところ、俺も似たようなもんだ。

 俺は孤児の庇護者。それは俺の神としての在り方だから変わることは無いが、それは人間のみに当て嵌められるものではない。動物や魔獣、龍、幻獣と言った人間以上の存在であろうと俺は孤児であるならある程度守ろうとするし、しかし孤児であったとしても自分から何も行動を起こそうとしないのにただ守られたいと言う存在まで守ってやるつもりは無い。神を信仰する存在と言うのは人間に限るわけではない。動物、植物、魔獣、幻獣、悪魔、他の神なども信仰してくる対象となる。つまり、人間が他の生物を全て殺してしまうようなことがあるなら、人間を滅ぼしてしまう方が信仰の面では良かったりする。ついでに地球の環境面でもな。

 

 俺が適当な巫女を立てて加護を与えた村は、年々大きくなっている。俺が守護していると言うことから村の敷地の外に出ようとしなければ危険もなく、危険があるとすれば畑や村を囲う柵を広げようとする時くらい。年に一度の俺への捧げ物は少しずつ豪華な物となり、肉の入ったスープが焼き物の鍋ごと捧げられるようになった。

 だが、いくつか潰れてしまった村も存在する。俺の加護があると言うことで調子に乗って動物の群に襲い掛かり、野生動物を殺害し、食うこともなく打ち捨てる者が居たその村は、その者が嬲り殺した動物たちの怨念によって呪われた。

 俺は一応復讐の女神でもある。そして同時にこの動物達の行為は正当な物だと認識した。もし、動物たちの親兄弟を殺したものが殺した動物たちの肉を全て、あるいはできる限り持ち帰って食べたと言うのならばそれは自然の掟として誰もが受け入れるべきものでしかないためにその獣は結界に弾かれてしまうが、その時のように明らかに殺すためだけに殺した結果復讐されるのならばそれは自業自得と言うもの。俺がどうこうと言うつもりは無いし、守ってやるつもりもない。

 自分より強い物に守られているからと言って、自分達が強くなったわけではない。そのことを理解せずに自分達が強くなったかのように行動し、まるで自分達が世界の支配者になったかのように振舞うのなら、それなりの報いがあるのは当然のことだろう。

 ただ、そうして死んだ魂は俺が燃やしてハデスの下に運ぶ。生き残った者がいるならそいつは自由にさせる。孤児なら加護をやったりもするし、加護がいらないと言うなら返してもらう。俺は俺を嫌う存在を守ってやろうと思うほど懐が大きくないからな。ただ嫌うだけならまだしも、行動に移そうとするのはもうだめだ。

 

 だが、できる事ならばどうかそう言った村や人間がなくなってくれることを望む。不幸になる存在は多くない方が良いからな。

 

 



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竈の女神、麺を打つ

 

 カレー。それは神秘の食べ物。

 無数の香辛料を砕き、焙煎し、乾燥させ、あるいは生のまま潰して混ぜ合わせ、一つ一つの香辛料の味からは考えられないほどの美味を作り出す神秘の料理。俺がヘラに教えた嫁入り必須技術108式にも入っていたが、ヘラはどうにもそう言った細かい料理をするのが得意ではないようで挫折してしまった。ヘファイストスも作ることはできるが、それはあくまで最低限。どうも鍛冶にのめりこんでしまっているために料理にはあまり興味が無いらしい。実に残念だ。

 そんなカレーには数多くの食べ方があり、無数とも言える種類が存在する。

 カレーの味が同じだったとしても合わせる物の味によって相当食感は変わってくる。米、ナン、そして麺。米は炊く時に混ぜ物をしてやれば風味を付けられるし、ナンも果物の果汁を使ったり塩の種類を変えてみることで味を変えられる。麺も同じように、幅広にしたり細目にしたり、麺を捏ねるときに混ぜ物をしてみたり、小麦粉以外の物を使ってみたりとできる工夫には限りが無い。

 当然ながらカレーのルーへの工夫もあるし、それに合うように主食を作り替えるのならばその数は数十億では足りなくなることは間違いない。物によってはほんの僅かな量でも味の感覚をガラッと変えることがある香辛料。そして香辛料以外に使われる材料。スープストックに使われる出汁の強さや種類、具として入れられる肉や野菜、魚などなど、それこそ文字通りの意味で無数と言えるほどの種類の工夫がある。

 

 それをどうするか。それを考えるだけで日が変わるくらいの時間は簡単に過ごせるし、時には年単位で時間を過ごすこともある。今回は香辛料を練りこんだパスタカレーを作ってみたが、もう少し工夫を重ねることができそうだ。

 麺に練りこむ香辛料を変えてみたり、あるいは俺が人間だった頃に漫画だったかアニメだったかで見たカレーの再現も面白い。確か、カレーの隠し味に醤油を使い、麺を三層構造にして真ん中の空気に触れない層にチーズを練りこむんだったか。それでチーズのコクが出て美味いとかそういう話になってたな。

 後はあれだな。えび尽くしのカレー。旨味成分が多量に含まれているエビの殻を乾燥粉砕して麺にもスープにもたっぷり練りこんでやるとか? 美味いのかどうかは知らんがな。

 

「…………」ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ……(カレーは飲み物とばかりに汁ごと麺をすするヘラ)

「…………」ジュルジュルジュルジュルジュルジュル……(うどんは飲み物とばかりに麺ごと汁をすするデメテル)

「…………」チュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル……(うどんもカレーも食べ終わってジュースをすするハデス)

「…………」トォゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル……(食べ終わって卵を掴もうとするも逃げ回られるゼウス)

「うまい」(完食してご満悦なポセイドン)

「麺ッ!おかわりせずにいられないッ!」(どこかで聞いたことのあることを言いつつ麺のおかわりを要求するタルタロス)

「ルー!おかわりせずにいられないッ!」(同、ルーのおかわりを要求するクロノス)

「おつけもの~」ポリポリ(付け合わせの福神漬けを美味しそうにかじるレアー)

「…………」モッシャモッシャモッシャモッシャモッシャ(ピタパンに野菜とカレーを入れて食べ続けるヘファイストス)

 

 それはそれとしてこいつらのカレ中どうにかしないといけない気がしてきたが、どうすりゃいいんだろうな。中毒を軽減させるにはそれを摂取させないようにすればいいんだが、こいつらにそれやると身体が溶けるんだよ。しかも一回溶けた所が治るのにかかる時間は普通の怪我の数百倍。どうにもならん。

 ほんと、どうすっかね。こいつら。

 



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竈の女神、少し驚く

 

 神々にとっての王権とは、血によって受け継がれるものではない。なにしろ元々殆どの神に血縁関係があるのだから、もしも血縁で決まるのならば現在に存在する全ての神格にその権利が存在することになる。……勿論、ギリシャ神話の神格に限るが。

 それはつまり、ギリシャ神話の神格の多くは自分の血族に恋をすると言う俺が生きていた頃の倫理からしてみると相当あれなことになるわけだが、当時からしてみればそう問題のある事でもないのだ。

 しかし、それは本当に何も問題が無いわけではない。と言うか、問題があったからこそゼウスとヘラと言う近しい血族の間に産まれた子供が奇形として生まれてきたのではなかろうか。要するに、ヘラがヘファイストスを産んだのはある意味では必然とも言えるのかもしれない。

 

 ……さて、ここからギリシャ神話と言う神話の話になるのだが、ヘファイストスはギリシャ神話の中で最も美しいとされる女神、アフロディテと婚姻を結んだ。その方法は、ヘラに罠を仕掛けて動けなくし、その姿を多くの神に見られたくなければ自身を子供であると認め、更に最も美しいと言われているアフロディテと婚姻を結ばせろと無理難題を吹っ掛けたら即答されてしまい、結ばれることになったと言う。

 それからギリシャ神話ではそこそこ有名なアフロディテと戦神アレスの不倫話やマジギレしたヘファイストスによる報復話へと繋がっていくことになるのだが……。

 

「なにしとん」

「……つい、カッとして……」

「カッとして……何やった」

「……あの()の椅子に細工して、椅子から立てないように……」

「……で?」

「…………外してほしければ、ちゃんと認知しろと言って……」

「ふんふん。それから?」

「…………調子に乗って、別に欲しくもないけれど結婚相手に一番の美人だと言うアフロディテを要求して……」

「要求して?」

「……………………通っちゃった」

 

 通ったのか。通したのか。と言うかお前そっちの趣味か。否定はしないがどうかと思うぞ。まあ、確かに片親で子供が作れるだけじゃなく父親が子供を産むことができるような神の集まりだ。女同士でも子供を作ることくらいできるだろうが……。

 

「で、俺に何を求めるんだ?」

「えっと……独立して、新しく自分の住む場所を作りたいの。協力してほしいのだけれど……」

「いいぞ。ちょっと待ってろゼウスに連絡入れるから」

「えっ」

 

 なんか驚いているようだが、俺は基本的に来るものは多少選別するが基本的には拒まず去る者は追わず、ただし傲慢な者は蹴散らすってのがスタンスなんでね、ヘファイストスが独立したいってんならこれまで育ててきた親代わりとして応援させてもらうとも。

 それに、ここは俺の家だ。俺の家はつまり処女神の家で、ここでそう言ったことをされるのははっきり言って非常に困る。個人的にはともかく、一般的な意見として自分の娘が妻を作って子作りまでした布団のシーツを替えるってのはなぁ……。

 それに、俺はアフロディテって奴の名前は聞いたことがあるが顔を合わせたことも無ければ会話をしたこともない、まさに赤の他神と言える関係でしかない。そんな奴を何日も俺の家に置いておく気にはならない。

 

 ……多分他の男を連れ込んで浮気してきたりするだろうからな。俺が関わらないんだったらともかく、その男がこっちにちょっかいを出して来たらもう本気でぶん殴るくらいはしてしまいそうだ。

 昔はクロノスの腹をぶち抜くくらいしかできなかったが、今の俺の全力なら時も空間も飛び越えて内臓に直接威力をお届けできるだろう。見事にトラウマを植え付けてやるから覚悟するんだな!

 

 そう言えば、アフロディテで思い出したんだが……ゼウスはまだアテナを産んでないし、ヘラとの間にアレスも作ってないよな。いったいいつごろ作ることになるんだ?

 神は作った神の意思によって生まれた時の姿が変わる。アテナは母親であるメーティスの意思によって成熟した姿で生まれてきたし、俺は成長していない姿で生まれてきた。特殊な産まれ方をした場合は成熟した姿で生まれる事が多いようだが、どっちの方が神として自然な姿なのかね。

 



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竈の女神、未来を読む

 

 ヘファイストスが一つ黒歴史を作り、俺の家から出て行ってから暫くしてからの事。ヘラが俺に相談をしに来た。

 その内容は、ヘファイストスが男を相手にするより女を相手にするようになってしまったのはどうしてだろうかと言う物だったが、そんなもの俺に聞いてどうするんだよ。本神に聞け本神に。

 だがまあ、予想するだけなら十分できる。ヘファイストスがここで暮らしている間、あいつは様々な男に出会ってきた。ほとんどは俺の弟妹達だが、一部父親や母親、それに加えてそう言ったところから話を聞いたのか様々な神が俺のところにカレーを食べに来ている。そしてその時、ヘファイストスはそいつらと顔を合わせていると言う訳だ。

 だが、ヘファイストスの顔にはまるで顔に火でも着けたのかと思わせるような痕がある。それを見た神の多くが顔をしかめ、眉を顰め、見たくも無い物を見たと言う反応をしたのだ。その多くは男であり、更にそう言った男神はその感情を全くと言って良いほど隠そうとしない。そうなれば当然、ヘファイストスにもその感情は伝わる。俺が一応そう言った感情は隠す努力くらいはしろと言ってから口に出す者はいなくなったが、それでもどういった風に思われていたのかはわかっていただろう。

 そんな中で、男神に比べて大分そう言った感情を隠すのが上手いのが女神だ。男神には出来ない内心の隠し方は女神特有のもの。俺の場合は自分の保護下にある子供に対して嫌悪感を抱くことは殆ど無いし、外見だけで相手に対する感情を決めることもそうそうない。だからこそ、男神よりも女神を相手として選んだのではないか、と、そう俺は思う訳だ。

 

 まあ、その相手にある意味で百戦錬磨のアフロディテを選んだのは趣味が悪いと言うか色々と問題が出てきそうな気もするが、それは俺の業務範囲外だ。俺は今回のことでヘファイストスをある種大人になったと思っている。孤児カウントからは外すことにして、これからはヘファイストスが誰かを愛していけるようになればいいと願っている。

 

「……で、それだけじゃねえだろ。具体的には……そうだな、ゼウスとの間に新しく子供ができたけど育て方は良いとして教育がちゃんとできるかわからないし、どんな子供になるか不安だから相談に乗ってほしいってところか?」

「……そう、だけど……よくわかるね」

「妹のことだからな。集中して顔を見てればだいたいわかるぞ」

「……」

「腹の中に子供がいるのに酒は飲ませんぞ」

 

 驚かれた。わかると言ったのをあまり信じられていなかったようだ。まあ、普通は冗談だと思うよな。実のところ冗談じゃなく、なんとなくわかる程度の物なんだが。

 まあ、時間的に考えるのならば今回産まれてくるのは戦争の神アレスだろう。次が青春の神ヘーベー、そしてお産の神エイレイテュイアの順だ。青春の神ヘーベーは本来神の若さを保つ神酒ネクタルや神食アムブロシアを生み出す役割を持っているんだが、実のところそんなものなくとも神は老いないし死にもしない。もしも俺がカレーの権能を持っていなければ生粋のカレーの女神になっていた可能性もあるが、それももうなくなった。

 で、アレスだが……恐らくヘラは成人の状態で産むだろう。その方が色々と楽ではあるし、やろうとすれば人間のように産むのではなくもっと簡単にポンと産むこともできるのだから。

 ただ、それだと代わりに教育の機会は失われるし、ついでにアレスと言えばアフロディテとの不倫がとても有名だ。産むのは構いはしないし、どんな形態で産むのかも構わないが、とりあえず今の状態ではあまり良いことにはならないような気がする。そうなったとしても今回のことはヘファイストスの黒歴史レベルの大失敗が元になっているわけだし、助けを乞われたら多少の手助けはするだろうが基本的に自分の力で頑張ってもらう。俺から独立したのだから、それくらいはな。

 ちゃんと大人として、自分のとった行動の責任くらいは取れるようになってもらわなくちゃ困る。無責任なのは良くないからな。

 

「そう言えば、ヘファイストスがお前になんかやったらしいな。何やったんだ?」

「……言いたくない」

「わかった、じゃあいいや」

 

 どうやらよほどのことがあったらしい。ほんと、何やったんだか。

 



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竈の女神、見渡す

 

 さて、人間の集まりである村が街になり、ポリスと呼ばれる都市国家となった。ここまで来れば俺が何かをしなくとも、つまりある程度守ってやるだけで普通に過ごして行けるようになるだろう。

 それに、俺以外の神格……つまりゼウスを始めとするオリュンポス十二神の多くが地上に目を向け始め、自身が気に入った国に加護を与え、ある種の支配を行っている。非常に原始的な王権神授のようなものだが、それぞれがある程度上手くやっていると思える。加護と言う力を得たことで増長した結果、神の怒りを買って滅ぼされたり、あるいはのんびりと必要な分だけ畑を耕し、必要な分だけ自然から糧を得て慎ましく暮らして行く村もあった。

 

 凄まじく今更の話だが、人間達はこの世界において俺よりも後に産まれている。ギリシャ神話の本編では、黄金時代、つまりクロノスが世界を支配している頃から人間は存在していたと書かれている。その頃の人間は不死でこそ無かったが不老長寿であり、争いも犯罪もなく、自然はどんな時でも常に実りを生み出し、誰であろうと全く働く必要もなく生き、そして誰もが争うことなく安らかに死んでいったとされている。

 実際にはそんなことは無かったのだが、そう描かれている以上は後の世界ではそう信じられるのだろう。人間の認識など所詮はその程度の物だ。人間がかつて知恵を持たぬ動物であり、より大きな獣に食われるだけの獲物でしかなく、植物でも死肉でも喰らうことができなければ簡単に死に絶えてしまうような弱い生物であったなどと認めたくはなかったのだ。

 

 そんな人間達がいくつもの国を作り、時に和平を結び、時に争いながら数を増やし、あるいは減らしている。今の俺からするとまるで実験室のモルモットでも見ているかのような気分になれるが、それもまあおかしくは無いだろう。人間は俺から見ればこの世界において最も愚かで最も価値が無く最も進化した生命でしかない。

 まあ、そんな愚かな生命だからこそ。自分達の首を自ら絞めに行くような愚か者だからこそ、人間と言う生き物は愛おしいのだがな。どこぞの無貌の神、あるいは月に吠えるもの、あるいは顔の無い黒いスフィンクスが言っていた。人間が自身の意思で作り上げたあの神は、人間の愚かしさをこそ慈しむ。言ってみれば、手のかかる子ほど可愛い、と言う奴の亜種なのかもしれない。実際にどうなのかは知らんがな。

 

 そんな中で地上を見渡してみれば、当然ながらギリシャ神話ではない神話の世界が存在している。近場で言えばローマ神話であったり、あるいは北欧神話やケルト神話もそれなりに近い場所に存在する。だが、この時点で最も近い場所と言えば、間違いなくシュメール神話を主とするメソポタミア神話群だろう。

 今が西暦に直して何年になるのかは知らないが……いや、知ろうとすれば知れるだろうが、知ってしまうとこうして生きて行くのが億劫になってしまうのでやらないようにしているだけなのだが、今の俺はともかくそれを知らない。恐らく紀元前だろうとは思うが、少なくともまだユダヤ教は存在すらしていない。確かそう言った物が確立され始めるのが紀元前1300あたり。メソポタミア神話群として存在している現在、恐らく紀元前にして五、六千年と言ったところだろうか。文字が存在していないのでその辺りだと推察するが、もしかしたらもっと昔かもしれない。

 日本では一万二千年ほど昔は縄文時代の草創期。その頃から名前は無くとも自然の中の大きなものに祈る習慣はあったようだし、神と言う名前が定着しているかどうかはわからないし、神話体系として成り立っているのかはわからないからまだ手を出すことはしないでおくが……まあ、それなりにしっかりと神話体系が出来上がるまで、恐らく一万年もかからない。億より長く、兆にすら届きえる時の中で生きてきた俺にとっては、一万年などちょっとした時間でしかない。人間で言ってしまえば、昼寝するには少し短い程度の時間、と言う感覚だろうか。まあ、何にしろ大したことは無い。

 

 もう少し。もう少し……と。

 



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竈の女神、泣き付かれる

 

 性癖としてよく聞かれる言葉に、『ホモ』と言うものがある。これはよく男同士の恋愛観において使われるのだが、実際には『ホモ』とは男同士に限らず『同じ物』と言う意味を持っているのだ。

 ちなみにだがこの言葉の語源はギリシャ語。『同一の』あるいは『よく似た物』と言う意味であり、対義語はヘテロ。俺が人間として生きていた頃に恐らく一番よく見かけた物で言えば、人間の血液型だろう。

 人間の血液型は、一部の特殊な物を除いて四種。A型、B型、AB型、O型の四つ。実際にはこの血液型と言うのは二種類の優性の物と一つの劣性の物の組み合わせで表され、AAとAOがA型とされる。同じようにB型はBBとBOの物が。AB型はABが二つ揃って初めてAB型とされる。Oは少々特殊で、どちらも劣性であるOOでしか存在しない。

 この中で言えば、AA、BB、OOがホモ接合型であり、AO、BO、ABはヘテロ接合型と呼ばれる。

 なお、人間を表すホモ・サピエンスにもホモと言う言葉が使われているが、こちらの場合は語源はラテン語であり、人、と言う意味を持っている。この二つの間には何ら関係があるわけではない。そもそも片仮名で書けば同じように見えるかもしれないが、実際には発音が違う。同音異義語ですらないのだから、意味が同じであるわけもない。

 ……しかし、不思議なことに人間の細胞……正確には遺伝子の中には、なんと男同士、あるいは女同士で恋愛関係になりやすくなる遺伝子が存在するようだ。だからだろうか。古今東西で男色の話が存在するのは。

 人間にそう言う細胞が存在する。ならば神にはそう言ったものが存在するのか。それは神の身体をしっかりと調べ、いくつも並べて比較してみないことにはわからないが───細胞を司る神として断言しよう。そういった細胞は『神にも存在する』と。

 そして恐らく、所謂美の神と呼ばれる神にはそういった遺伝子が含まれていると思われる。そう思った理由は簡単だ。ヘファイストスがアフロディテと同衾したら美味しく頂かれたと泣き付いてきたからだ。どうやらアフロディテは男も女も行けるクチらしい。そしてアフロディテは、ヘファイストスが自分を結婚相手に指名してきたのだからてっきりヘファイストスも同じ趣味なのだろうと思っての事だったらしいが、残念ながらヘファイストスにはそう言う事への知識が足りていないからな。そんな気は全く無かったわけだ。

 だが、まあ、実際には色々と美味しく頂かれてしまい、アフロディテに連れられて俺のところにまで来たわけだ。と言うか、アフロディテはよく俺の家を知ってたな?

 

「ゼピュロスに聞きましたの」

「そうかい」

 

 まあ、俺としては俺の目の前でじゃなければこいつが誰と何やっていようが構いやしないんだが、そもそも俺はこいつのことがあまり好きじゃないからな。まあ、ヘファイストスの嫁と言うことだし、軽く茶くらいは入れてやろう。

 

 俺より図体が大きくなったにも拘らず俺の胸に顔をうずめてかなり本気で泣いているヘファイストスの頭を撫でつつ、適当に茶の準備をする。この時代で言えば酒の方が一般的で茶なんてものは実は存在しなかったり、あるいは薬として美味くも無い物を飲むくらいでしかないんだが、俺がそんな不味い物をそのまま飲むわけもない。ちゃんと品種改良してそれなりに飲みやすい茶葉を作り、好みで砂糖も入れられるように甜菜も育ててみた。まさか甘味の権能なんてものまであるとは……おかげで高品質な砂糖が良く取れるから構わないがな。

 紅茶もいいが、俺は緑茶も好きだ。番茶も悪くないし煎茶だって普通に美味いと思える。安い舌を持ってんだよね、俺。

 どうにも高級食ってのは理解しがたい。安く、それなりに上手く作れればそれでいい気もするんだが、どうにもそうはいかないらしい。どこまでも美食を求めるが故にいくらでも金をかけ、いくらでも手間をかける。俺はかけた時間と金額を味と天秤にかけてしまうから、どうしてもそこそこの料理しか作る気にならんのだ。そこそこの料理でも美味い物は美味いしな。

 

「あ、新作の甘味食ってくか?」

「いただきますわ」

 

 よし、それじゃああんみつ出すか。程よく冷えたあんみつの美味さは異常。

 



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竈の女神、案を出す

 

 アフロディテにあんみつを出してみた結果、作り置きしていた分のあんみつのほとんどがアフロディテの腹の中に消え、ついでにヘファイストスの腹には天麩羅が消えて行った。俺の今日の飯は無くなったが、まあこれも基本的には腕を衰えさせないようにやっている惰性のようなものだ。そこまで問題らしい問題は無い。

 あるとするなら、今日は個人的に天麩羅の気分だったので少しばかり欲求不満になってしまうと言う点だが……まあ、そもそも食べないでも生きていけるのがギリシャ神話の神なのだから問題は無いだろう。

 ちなみに原作のギリシャ神話では神の老いを止めるための食べ物としてアムブロシアが存在しているのだが、どうやらカレーで代用できてしまうらしい。たまに若返りすらする神もいると言うのだからもう驚きだ。ある種、薬膳料理の到達点とも呼ばれるカレーには、まさかそんな効果まであったとは……驚きだ。

 

 そうして食事が消えた代わりにアフロディテとヘファイストスが落ち着いた所で、色々と話し合うことにした。アフロディテとしては、ヘファイストスは顔の右半分がかなりあれではあるがそんなものは隠してしまえば気にならないし、ついでにそういうことをした時の反応やら何やらで気に入っているらしい。ただ、結婚はしたものの男遊びをやめるつもりはさらさら無いようで、その辺りの事も普通に話してくれた。

 ヘファイストスはもうアフロディテが怖くて仕方ないようで俺の後ろに隠れたり俺に抱き着いて胸に顔を埋めたりしながらちらりとちらりとアフロディテに視線を向け、時々視線が合うと素早く逸らしたり隠れたりしてしまうと言う、もうなんと言うかどこの小動物だと言いたくなるような行動を繰り返している。

 そんなヘファイストスの行動はどうやらアフロディテの琴線に触れるようで怪しい目をしながらじゅるりとよだれを啜るような真似をする美の女神がここにいる。

 別に他神の趣味についてどうこう言うつもりは無いが、強引な行為はよろしくないと言う事だけは伝えておいた。あくまでも合意の上でそういうことをやってくれ、と。

 

 ちなみに、俺は合意の上でのことならそれこそ命のやり取りすらしてもかまわないと思っている。その後に色々と周りの奴が騒ぐかもしれないが、その騒ぎに俺は関与しない。あくまでも『合意の上での命のやり取り』の話であって、もしも合意もなく、一方的に襲い掛かり、殺害を繰り返すようなことがあれば俺も黙っているつもりは無い。後悔させてやろう。例え相手がインド神話の神格であったとしても、だ。

 ……正直、できるかどうかは怪しいが……まあ、やるだけやるさ。本神に届かなくともそいつを苦しませることができない訳じゃないしな。

 

 で、ヘファイストスとアフロディテのことだ。俺の知っているギリシャ神話ではアフロディテはアレスと不倫して、そしてそれに気付いたヘファイストスに罠にかけられて離婚しているんだが……ここの世界じゃどうもそんなことにはならなさそうに思える。仲良さげに見えるしな。

 それに、ヘファイストスはあまり独占欲が強くないと言うか、自分の物であると言う意識の上であればそれが誰と一緒に居ようがあまり気にしない質のようだし。どうしてそういう風に考えるようになったのかは……俺にはわからんな。俺は俺の物に手を出されるのは基本的に嫌だし、どうしても触れられたくない物はそもそも他人に見せたりせずに存在そのものを隠し通すようにしている。コレクターと言う訳ではないが、わざわざ自慢しに行くと言うのはよくわからん。

 そんな感じで二柱の感情などを考えれば、結婚関係はそのままにしておいてその時の空気でやることやるなりやらないなりを決めればいいんじゃないかと思う。俺は処女神だが、そう言うことに忌避感を抱いているわけではない。単にそういうことをしてもいいと思える相手が居なかったり、居たとしても相手が俺にそう言った感情を向けてこなかったりするだけだ。

 なお、俺の意識が男である以上、身体は女神でも性の対象として見る相手は女神となる。しかしギリシャ神話の神にそう言う行為を女同士で行おうと思う者は多くないようなので、相手はそうそう見つからないと言う訳だ。

 元々そう言う行為に興味が無いわけでもないんだが、不老不死である以上どうにも子供を残さなきゃならんと言う本能が薄いらしく、そういう気分にならないのだ。

 

 だからと言う訳ではないが、是非ともヘファイストスとアフロディテは仲良くしていてほしいと思う。子供は宝だからな。

 



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竈の女神、一柱きり

 

 誰もいない。ヘファイストスは新しく作った新居に帰って行ったし、ギガース達はタルタロスで畑を耕している。キュクロプス達はヘファイストスの鍛冶の助手としてついて行った。

 つまり、今、この家には俺しかいないと言う訳だ。

 今までずっと一緒に暮らしていた相手が突然居なくなると、どうにもこの家が広く感じるようになって仕方がない。寂しい、と言う気持ちを久し振りに思い出した気がする。

 まあ、人間だった頃から割と人外染みていたので一人でいることには慣れているんだが、突然だとやっぱりな。

 

 いつまでも寂しがっていても仕方ないので、今日はまた色々と作ってみることにする。暇潰しの技術に長けているとも言えるかもしれないが、要するに単なる一人遊びのようなものだ。

 今回は、鍛冶、製作、そして電子の神としての権能を使って物を作る。具体的に何を作るかと言えば、昔のゲーセンなどによくあるアーケードゲームの一種だ。俺の知っている物で言えばストリートΦターやバーチャ□ン、そして一番はまったのは世紀末バグゲーと名高いえ~C北斗の拳だろう。

 そう言ったゲームを再現するのだが、正直かなり昔のことで全てを覚えているわけではない。覚えている限りはバグまで完全再現するつもりだし、極一部のバグではないが連発すると喧嘩になる仕様も再現予定。具体的にはバグ昇竜だな。あれ仕様なんだよ実は。悪用すると落ちてこなくなるだけで。

 

 まあ、それだけだとつまらないだろうからmugen方式であとからキャラクターや戦場を突っ込めるようにしておこう。きっとその方が面白くなる。

 基本のキャラクターは……やっぱカンフーマンか。mugenと言ったらカンフーマンは絶対に必要だよな。少なくとも俺はそう思う。それから他にも色々とキャラクターを追加して、基本は北斗だが隠し要素の開放でmugenにするのも面白い。最終的には画面の中のキャラクターではなく、立体映像でも出せるようにすればより面白いことになるだろう。オタクを量産することになるかもしれないが、平和が一番だ。

 なお、万が一オタクを量産したとしよう。そうなると、いつか宗教関係で争いが起きることはわかり切っていることであるわけだ。その際、大切にしている物を馬鹿にされ、壊されでもすれば―――それはそれは恐ろしいことになるだろう。切れたオタクは怖いぞ? 何するかわからないからな。

 

 ……オタクの量産のためにはサブカルチャーが必須。いや、必須かどうかはわからないがとにかくあった方が良いのは間違いない。今の時代、はっきり言ってできることが非常に少ない。暇潰しの方法が食う寝るヤるくらいしかないほどだと言えばその時間の有り余りっぷりが理解できるかもしれない。とにもかくにも、ひたすら暇なのだ。

 だからこそ、こういったサブカルチャーは恐らく広まっていくことだろう。残念なことにその内容は俺が今まで読んだことがある小説や見たことがあるアニメ、漫画などに限られるが、それでも何もないよりはましだろう。内容は今ならすべて思い出せるしな。

 ただ、俺の場合名作も駄作も山のように読んでいる。そして、基本的に現代の一般人の知識量は一部この時代の神の知識を遥かに超えている所がある。それも、神である以上早々死なないので人間なら死んで当然という所でも平気で生きて帰ってくるから退場させるのにはそれなりの理由が必要で……やっべほとんど使えねえな。

 となると、ここはやっぱり恋愛系か? この時代だと男同士の恋愛と言うのは割と普通に存在するからネタとしてガチな物になってしまうから難しいんだが……それでも異世界転生物とかそう言う事前に最低限の知識が必要な物に比べればまだ気軽に楽しむことができるだろうか。

 

 いや、その前にやることがある。飯だ。食わなくても死なないし食っても太らないが、美味い物はストレスの軽減に大いに役に立つ。サブカルは良い物だが、料理もまたいいものだ。

 



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神話世界漫遊記(なんかFate/っぽいメソポタミア神話編)
竈の女神、移る


 

 古代バビロニアには偉大な王が居たと言う。その名はギルガメッシュ。人類史に残る最古の伝記であるギルガメッシュ叙事詩に描かれた王であった。

 神に作られ、人間を統率するために産まれた王。母に愛され、父に愛されて産まれてきた、王になるために産まれた王。傲慢であり、尊大であり、誰よりも人間と言う存在を愛した王。軽く調べた限りではそんな感じの情報のある相手だったが……どうやら色々と誇張があるらしい。まあ、物語や伝記と言うものはそう言うものだろう。

 だが、今は神代。神が実在することが当然とされ、しかも俺自身が神であることからして間違いなく実在しているような世界。そう考えれば、神の実在を示すギルガメッシュ叙事詩の内容もまた事実である可能性が出てくる。

 

 そう言う訳で、お隣、バビロニア・アッカド・シュメール神話群……所謂メソポタミア神話と呼ばれる神々のところに顔を出してみることにした。神話として成立した年代はあっちが先。つまり、ある意味では先輩ともいえる存在だ。

 だが、同時に舐められるわけにもいかない。舐められると言う事は、神話その物の格が下がると言うこと。俺の行動の結果としてギリシャ神話全体の格が下がると言うのは良くない。非常によろしくない。しかし態々喧嘩を売りに行くのも馬鹿らしいし、怪我をするのはもっと馬鹿らしい。

 

「と言う事で、初仕事だ。しっかり動けよ?」

 

 神造人間完成型試作一号機に命の火を入れ、起動する。意識を割いてラジコンのように動かしてみれば、ある程度俺の思った通りに動くことが確認できた。

 だが、こうして起動した以上はいつまでも神造人間完成型試作一号機、などと言う記号と変わらないような名前で呼ぶのはよろしくない。こいつに名前を付けようか。

 そうだな……よし、それでは俺はこいつのことを『ベル』と呼ぶことにしよう。どこの言葉かは忘れたが、『神』とか『(あるじ)』と言う意味であったはずだ。暗示させるものとしては上出来だろう。

 それに、発音の問題もある。発音次第では鈴と言う意味になったり、鐘と言う意味になったりする。だからこの名前を使っていたとしてもまあ問題は無いはずだ。問題があってもその問題がよほど大きなものでもなければ無視するがな。

 

 起動したベルの身体を動かしてみれば、なんとも不思議な気分になった。神としての権能はそのほぼ全てが使えず、俺が産まれた時から持っていた竈の炎と社会守護、そして孤児の庇護の権能以外はどうやら持ち込みはできないらしく、基本的に権能はそれで何とかしなければならないようだ。

 だが、権能外の魔術や方術、道術や陰陽術などの自力で覚えた技術に関しては全く問題なく扱うことができそうだ。人間として得た人間の技術がまさかこんなところで役に立つとはな。

 久しく忘れていた。これが人間の身体の感覚……神の身体と違って不自由極まりない。神のそれと違って限界値が明らかに低い。不便で不自由で面倒な身体だが……悪くない。暇潰しには使えそうだ。

 

 まず、ベルの身体に服を着せる。そしてベルの身体でも使える武器を作り上げ、ベルの身体に持たせて待機する。そしてベルの身体に入って、ようやく出発だ。神ならぬ身でどこまでできるかわからんが、どこまでもやって見せるとしようか。この身体でできる事と言えば、護身術を少々に道具と仕掛けを少々。

 武器は、自在に刃の形や数を持ち主の意思の通りに変えるヘスティアウェポン。名称についてはまあ、所詮は俺と言う事だ。名前はかなりあれだが便利なことには変わりない。欠点は、意思の通りに形を変えると言ってもその変化には僅かにではあるが時間がかかると言う事だ。その隙を突かれたら面倒なことになるのは必然だし、恐らく戦闘で相手と打ち合っている最中に変えることはできないだろう。相手次第だが。

 また、総重量も変わらない。中身を空洞にすれば大剣として振るうこともできるが、バランスが良くないためそうやって使うことは恐らく無いだろう。仕方ないな。そう言うものだ。

 

 では、行こうか。

 



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竈の巫女、地上を歩く

 

 地上に降りてしばらく行動していると、この身体のことについて色々なことが分かってきた。

 まず、休息は必要だが睡眠は不要であること。これは恐らく精神が神の物であると言う事が関係しているのだろう。神が睡眠を必要としないのだから、神が動かす身体も睡眠を必要としない。無論、睡眠が取れない訳では無いのでその辺りは臨機応変に、と言ったところだ。

 また、睡眠中でも周囲に何かが近付いて来ればそれに反応できる。獣であったり、人間であったり、魔獣であったりするが……まあ、問題ない。殺そうとすれば殺せるし、相手がよほど飢えていない限りは敵対的な感情を向けられることもない。

 そして、人間として作ったためにこの身体は食事を必要とする。これには少々困ったが、ヘスティア()が作り上げた神器をベル()に下賜することで解決した。

 ちなみに、俺が作った神器には原典が存在する。原典と言っても、案はそこから出したと言うだけで実物はまだ存在していないのだが……『ダグザの大釜』だ。

 ダグザの大釜はケルト神話に存在する、無限に食料が湧き出てくる神器である。これを使えば権能が増える以前のやや中途半端な腕でしかなくなってしまった人間の俺の技術でも魔力と呼ばれることの多い力を流せば料理が溢れ出してくるようになっている。これで飢えて死ぬことは無くなった。

 ちなみに名前は『へす印の大釜』だ。まるへすマークがついているため、俺の物ならすぐわかる。このマークを削って無くそうとしたり、全体を土か何かで塗り固めたり、新しく印を刻もうとしたりすると全体が自壊して土塊になるので奪われても安心だ。

 こう言うのを奪って自分達の神話に組み込んで自分達を上げつつ他を貶めるのが大得意な神話があるからな。そう言う奴らに使わせてやる気は無い。向こうから『お願いします』と頭を下げるのならともかく、無理矢理武力で奪い取ってしかもそれを自分たちの神が作ったとか平気で言うからな。

 まあ、その宗教も今は確立されていない。だからもしも本気でやるならその宗教が確立されないようにそう言った思想を作ろうとしている奴が自立しないうちにさっさと殺してしまうのが一番手っ取り早いんだが、流石にそれは未来への影響が大きすぎる。それに、その思想を広めようとした存在は恐らく本気で世界の人類の救済を求めていた狂人か、あるいはそうして広めた結果としてお布施やら何やらで楽に暮らそうとするクズかの二択。そして広め始めたばかりの頃にお布施なんてもらえるはずもなく、まず間違いなく前者であると思われる。

 勿論他にも可能性はある。神と呼ばれるような存在、あるいは悪魔と呼ばれる存在が自身の力を増すために人間にとって唯一の神であると吹聴し、それを力を持って人間達に信じさせ、信仰されることによって神になり上がる。神とは信仰を受けて存在を変えるものだ。つまり、元が悪魔であろうが神であると思われ、神として信仰されれば元の存在から乖離したそう言う神が産まれてしまう。

 要するに、やろうとすれば俺がヤハウェの神官と名乗ってヤハウェの奇跡として様々な救済を行っていけば、俺自身がヤハウェとして立つことも可能となるわけだ。

 ……後々の被害を抑えるためだとするならここでそうやって俺が一神教の神になって細々と過ごしていくのが一番である気がするが、そうなると色々面倒な事がついてくるんだよな。俺自身はあまり人を率いるとかそう言うのは得意じゃないし、正直言ってやりたくない。そもそもできるかどうかわからないし、やったとしてもしっかりと管理していなかったらその信仰だけ別の存在に取られてしまうと言う事すらあり得る。別口で信仰を受けている俺は、そう言うのに鈍いからなぁ……。

 それに、俺のスタンス的にはどうしようもないやばい失敗でもしない限りはできる限り人間相手に神として振舞うことはしないつもりだし、加護を与えたとしてもそれはあくまで理不尽に対する防壁のようなもので、自業自得な出来事に対しては反応しないようにしてある。つまり、人間相手にガンガン加護を与えたり、天使を使わしたりすることは俺の性に合わないと言う事だ。絶対どこかで破綻するだろう。

 



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竈の巫女、国を見る

 

 笑顔で満ち溢れた国。誰もが暗い顔をしている国。古代バビロニア、ギルガメッシュの治める時代では、その二つの顔のどちらも持っている。

 ギルガメッシュは暴君であり、そして同時に賢王でもあった。その二つの顔の境界に存在していたのは、やはりと言うか彼の唯一の友、エンキドゥとの出会いであったことは間違いない。

 その出会いの際、国の様々な物を粉砕して回るほどの大喧嘩となったと言うのは有名な話だが、その喧嘩が無ければ恐らくギルガメッシュがエンキドゥを友として認めることもなく、同時にギルガメッシュが賢王として国を治めたと言う話もなくなっていただろう。

 

 ……だが、その戦いが起こるのは恐らく今から見れば未来の話。ざっと数十年……数百年? 以上も未来の話だ。俺の意識からすれば、ここは過去。およそ三十六万……いや、一万四千年だったか? まあいい。俺にとっては過去とは全てが昨日の出来事であり、未来とは全てが明日の出来事だ。無限の寿命を持つ存在にとっては、明日も一年後も百年後もそう変わった物じゃない。少なくとも俺にとっては百年なんてのはあっという間の事だったし、千年でも変わらない。それはきっと俺が生きている限りは変わりゃしないことだろう。

 そう考えれば、現在のこの国の状態にも納得は行く。俺が暮らしていた頃の日本の首都と比べるとあまりにも少ないが、それでも現在の国の中では非常に多くの人間が暮らしている。ここには黒髪の人間も金髪の人間もそれなりの数が存在するから俺が居てもそう目立たないし、ついでに二つの河に挟まれ、更に海まで近くにあるためか現代からすれば非常に進んだ文明を持っているように思える。良い国だと言えるだろう。

 しかし、この国を治める神は何を考えているんだろうな。この国の守護神は……イシュタルか。いったい何がどうすればこんな歪んだ国ができるのやら。神と言う上位者が存在しながら、神から王権を受けることの無い王が立ち、そして人間を治めて国家を運営する。そこまでは未来における国家と同じようなものだ。

 しかし、神は時に人間の国家に対して要求をしたり、少々無理難題と言われる類の無茶振りを行う。ちなみに俺はそう言った無茶振りはしたことが無い。人間達に対して要求しているのは、自身の行動に責任を持つこと。喧嘩を売って、反撃されたからと言って守ってやる気は無いと言う事。そして俺に対しては年に一度の祭りでその年に取った材料を使って作る最高の料理を一つ提出すること。それくらいだ。

 ただ、そんな僅かな物でも出した結果飢えて死ぬ者が出ることもある。そう言う事にならないようにするために俺は少々科学的なアプローチに入る。今の俺に豊穣神の権能は無いからな。だからデメテルに頼むかガイアのばーさんに頼むかしなくちゃならんのは仕方のないことだ。できねぇんだもの。

 ……絶滅の権能を反転させても繁栄になって種類が増えたりはしても絶対数はあまり増えないし、破壊の権能をひっくり返しても再生とか再誕とかにはなっても豊穣とかにはならないからなぁ……。

 農作の権能は持ってるから少しのブーストを付けることはできても、それはあくまで農業に関わる作業についての加護であって作業に必ず結果をついてこさせることはできない。本当にただ農作を行うだけの権能だ。

 だからこそ自身で農作を行うことができるし、農作に関しての技術改革やら何やらが行われる機会も増えることになる。技術はそのまま、作る奴の勝負になるわけだ。

 

 なお、バビロニアにも都市の守護神である神は存在する。どの都市、ではなく、あらゆる都市の守護神だ。立ち位置としては俺と似ているかもしれないが、実際には俺とは全く違うものとなるだろう。相手は創造神で、俺はちっぽけな竈の神。ついでに俺は女神だがあっちは男神だ。同じ事と言えば、権能に都市の守護が入っていると言うところくらいなものだ。

 ……神殿を見付けたら挨拶に行くかね。

 



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竈の巫女、神に会う

 

 神と言う存在には、大きく分けて三つの種類がある。一つは男神。一つは女神。そして最後に異形の神だ。

 当たり前だがこれはかなり大雑把に分けたものだし、性別以外にも分ける方法は存在する。例えばその神の性質として破壊や悪逆などを是とするようならば邪神や悪神と呼ばれ、秩序や平和、守護などを是とするならば善神と呼ばれる。あるいは人間の都合や他の神との兼ね合い、戦いの勝敗によっても善神悪神邪神などの呼ばれ方は変わってくる。

 古代バビロニアにおいて、知られる神の殆どは善神である。しかし、同時に善ならぬ一面も併せ持っていた人間らしい神でもあった。

 基本的には人間に乞われ、崇め奉られ、加護を与えて国を守るような神も、時には人を滅ぼすような事を平然と行う。有名どころで言えば、イシュタルとギルガメッシュの話が分かりやすいだろう。イシュタルはギルガメッシュに惚れ込んで婚姻を持ちかけるがギルガメッシュに手酷く振られ、腹いせに父親を脅して天の牛(グガランナ)を作らせ、その牛をけしかけて多くのウルクの人間を殺した。

 神の怒りとは大きなもので、大概の場合多くの人間が巻き込まれることとなる。俺は神として産まれてから今までにそこまで大きな怒りに呑み込まれたことは無いのでわからないんだが、もし俺が本気で後先考えずに怒り狂うことになったら同じように関係の無い物まで巻き込んでしまうかもしれないな。

 

 だからと言って俺はその未来を無くそうとは思わない。ここは俺の治める地ではなく、ここは俺の加護の届く地ではなく、ここは俺の加護を受ける者の地ではない。この国、古代バビロニアにおいて孤児の庇護者とされる神は存在しないが、多くの都市にそれぞれその都市を守護する神がいたとされている。

 ここ、ウルクの都市神はイナンナと呼ばれる金星の神であり、基本的に理不尽なことをすることはあまりない神であったと記憶している。怒った時の話が『自分が死んで喪に服している時期であるにも拘らず夫が着飾って遊びまわっていた時』くらいにしか怒っていないのだから、その気の長さが察せると言うものだ。

 気弱であったと言う訳では無い。もしそうであったなら、世界の創造者でもある知識の神エンキから文明の術の根幹でもあるメーを奪って逃げたりはしないだろうし、追手から逃げきって自身の国まで持ち帰ることもできなかっただろう。

 

 ……で、ここで一つ俺とイナンナの間に関係がある話がある。

 イナンナは、アッカド期にはイナンナではなくイシュタルと呼ばれ、ヴィーナスやアフロディテと同一視されることもある女神であるのだ。

 

 アフロディテと、同一視、されることもある、女神なのだ。

 

 まあ、だからと言って本当にアフロディテと同一であるわけではない。後世でそう言われるようになったと言うだけで、実際にはアフロディテとはまた別の神である。

 ただ、同一視されることもあるだけあってそれなりに似ている所も多い。性別や司る物もそうだし、食事の好物も似ている部分がある。そうでなければ―――

 

「ほめめえぅひぁをも、うぃっはいももうぃゃんもょうま」

「無くならないから食いきってから言え」

「……(モグモグモグモグ……ごっくん)。それでヘスティア殿、ここにいったい何の(パクリ)ょうまあっれ(モグモグ)」

「途中で口ん中に追加すんな何言ってるかわからなくはないが聞き取りが死ぬほどめんどいだろうが」

 

 と言うかなんで追加した。会話の途中でなんで思いっきり口ん中に頬張った。まるで意味が分からないんだが。アフロディテですらここまで自由(フリーダム)じゃなかったぞ? 理解できん。そんなに美味いかこれ? 俺からするとある意味型落ち状態だからそこまでの物じゃないと思うんだが……。

 毎回進化させることもなく、進めていくこともなく、ただそれまでと同じものを作り続けるだけの道具をどうしてそこまでいい物だと思うのかがよくわからん。人間なら無限に食料の出てくる釜を後生大事にしたいのはわからなくもないんだが、神がわざわざ大事にする理由がわからん。

 

 ……だが、利用できるものは利用するのが俺のやり方だ。ウルクをカレーで染め上げてやろう。

 



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竈の巫女、技を極める

 

 人間の身体とは脆い物だ。一般的にだが、人間の身体の最も硬い物は歯であり、次点が骨だと言われる。

 しかし、その最も硬いはずの歯ですらこの自然の中においては容易に折れるようなものでしかなく、また人の作る武器の中で歯を折ったり割ったりすることのできない物ははっきり言って非常に少ないと言わざるを得ない。

 そんな中で、人間が自身の身体より硬い物を自身の身体のみで壊す技術が存在する。それこそが格闘技であり、技術である。

 

 例えば、一人きりで美味い飯を楽しむことに定評のある男のアームロック。あれは人体の関節を痛めつける技であり、上手くやれば骨折、脱臼、捻挫などの損傷を与えることができる。人型相手ならば基本的に関節技は効果があるし、まともな人の形をしている相手ならばそう簡単に一度極まった関節技を外すことはできない。外れるときは極めた側が技を外すか極められた側が強引な力技で外すか、極まった関節が外れるかのどれかである。

 ちなみに、有名なコブラツイストと言う技があるが、あれは外そうとすれば結構簡単に外せたりする。脚のフックを外してから腰投げと言うのが一般的な方法だが、プロレスならともかく普通の戦闘なら反則など無いのだから片手に持った武器を使って相手の肋骨と肋骨の隙間に刃を差し込んでやればいい。色々な意味ですぐ終わる。

 まあ、そう言ったことができないような固め方として卍固めってのもあるんだが、その辺りはもう適当でいい適当で。面倒だし。

 

 まあ何が言いたいのかと言えば、人間の身で神に対して痛みを与えようとするならば、その神格に匹敵するだけの神性あるいは霊格の保持、神格に通用するだけの武器、神格であろうがなんであろうが関係なく通用する技術のどれかを持っていなければならないと言う事であり、そのどれも俺は一応持っていると言う事だ。

 ……まあ、一応霊格についても人間でありながら神の一面も持っていると言う事で無いことは無い。純粋な神に比べれば低い物だし、と言うかそもそも霊格は低くなるようにわざと作ったのだから当然の話なんだがな。

 

「でもだからって一応中に神格が入っているのを理解した上で献上品を求めるってのはどうかと思うんだが?」

「がぁぁぁぁぁ!?」

「ん? なんとか言ってみたらどうなんだ?」

「な……なんとかぁぁぁ!」

 

 違う、そうじゃない。なんで俺がツッコミに回らなくちゃいけないんだ。

 まあ、なんとか言われたわけだし技を変えよう。アームロックから腕を持ち替え、パロスペシャルに移行する。同じ固め技だと結構簡単に外されてしまうことが多いからな。一番多いのは変えなくてもいいところで変えようとして外されることだが。

 そしてパロスペシャルから腕を絡め、チキンウイングアームロックに。あまりパワーが無いからこういった関節技しかできないんだが、そこそこ効いているようで何よりだ。この身体は人間の物だからな。大事に使わないとすぐに駄目になる。再生機能は取り付けておいたが、それでも大切に使うべきだろう。

 

「このままお前の身体の筋と言う筋を伸ばしてどんなきつい体勢でも取れるような柔らかい関節と筋肉を作ってやる!」

「うわぁぁぁぁぁ!身体の筋がのびるぅぅぅぅ!痛いけどちょっと気持ちぃぃぃぃぃ!」

「あ、痛い? 加減しようか?」

「あ、いい感じに伸びてて痛気持ちい感じだからこれ以上伸ばそうとしないでくれれば」

「わかった。……ほぉ~らどんどん体の筋が伸びていくぞ!どんな気持ちだ!言ってみろ!」

「ひぎぃぃぃぃ!きもちいれしゅぅぅぅぅ!」

 

 なんか色々やっていたら結構あれな感じに落ち着いた。ノリがいい神もいたもんだ。ポセイドンもこんな感じだが、まさか女神にこういう性格の奴がいたとはな。ヘファイストスやアフロディテはここまでノリ良くないし、結構楽しいかもしれん。

 

 ……男子高校生のノリだな。マジで。

 



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竈の巫女、買い漁る

 

 イナンナ……いや、イシュタルか。イシュタルと程よく遊んでから神殿を辞してまたウルクの国を歩き回る。それなりに人気があり、それなりに活気があり、この時代の都市としてはかなり良い雰囲気なのではないかと思う。

 通貨として使われているのは主に銀であるようだが、純度はそこそこ高くはある物の流石に純粋であるとは言い難い。冶金技術の限界と言うか、色々と困った物があるのだろう。紋章などもついていない、いわば延べ棒のようなものであるにも拘らず純度にばらつきがあると言うのは困るんじゃないかと思わせられるが、それも仕方ないことだろう。古代だし。

 せめて硬貨として使われるように鋳型でも作っておいてやればいいんじゃないかね。あるいはその作り方や理念を人間の王に伝えてやるとか。

 

 ……この時代、金銀は通貨としても使われることが合って非常に高価であったが、白金は非常に高い融点と酸にもアルカリにも溶けず非常に安定していると言う性質から使い道を見出されていなかった。何しろ融点が1700度を超えているので、この時代の炉を使った冶金技術ではどうにもできないのだ。酸に溶けないと言う性質を生かして大量の酸に叩き込んでやればプラチナだけ溶け残ると言う事もあるかもしれないが、そんなことをしてまで作るようなものではない。それにこの方法では金と混ざることも考えられる。

 なので、そう言った理由でほとんど使われず、価値もない白金は俺が集めて貰っていくことにする。俺の炉なら簡単に精錬できるし、ぶっちゃければ元があれば増やせてしまう。錬金術の権能の本領発揮と言う訳だな。

 錬金術は鉛から金を作り上げる技術であると言われるが、それはつまり原子核の改変によって行われる物質の合成。質量をエネルギーに変え、またそのエネルギーを質量を持つ物質に戻し、体積を固定してその元素を安定させることになる。上手いことやれば鉛を同質量の黄金に変えることもできるし、白金や銀を作ることも決して不可能ではなくなる。俺は料理や鍛冶、そして報復行為によくこの権能を使っていたが、錬金術の目的は完全ならざる物を完全な物質へと変えること。錬金術において完全な物質とは金であり、また雌雄同体の存在であり、太陽と月であり、世界そのものであった。

 

 と、言うことで俺は暫くこの都市国家でのんびりと材料集めをすることにした。目的は……まあ、そうだな。賢者の石の精製、と言う事にしておこうか。神としての権能を使うなら割と簡単にできるんだが、人間としてそれを作るならまずは非常に高温を出せる竈を用意しなければならない。正確には、高温を出しても壊れない竈、か。

 ……耐火煉瓦の材料は耐火煉瓦の欠片で、耐火煉瓦の欠片を作るには耐火煉瓦が必要で……まあ、実際には耐火煉瓦が歪まないようにするために必要なだけなので耐火煉瓦以外の材料を使えば一応作ることはできる。

 ……アルミナがこの時代に手に入ると思ったら大間違いだ!入らねえよ!

 

 そう言うわけで、一応この状態でもなんとか使うことのできる竈の権能と、魔術系の技術でなんとかするしかない。

 竈の権能は炉の権能。炉は精練や冶金に使われる。混ざりものをより純粋にしていく行程には一家言持ちと言える。派生させれば原子炉に特化させることもできるが、特化させなくとも炉の権能は炉の権能だ。使い道はいくらでもある。

 手始めに石を拾って、両手を合わせ、その間に石を挟み込んで、俺の手を竈として錬金術を行う。元になるエネルギーが大分足りないが、そのあたりは手の中にある石の質量をそのままエネルギーに変えてやれば十分間に合う。

 そして、石をエネルギーに変え、再び物質に。その際に以前より小さくして圧を高め、一つの原子核に対して電子がくっつく数を増やしてさらに原子核にプラスの電荷を加えてやれば……ある程度狙った物質の出来上がり、と言う訳だ。

 今回は銀を作ったが、いつかまた別の物を作ってみたいものだ。賢者の石が作れるようになれば、およそあらゆる物を作ることができるようになっているだろう。その位になるまで、頑張ってみようかね。

 

 ……その前に、買い物だ。まずはこの土地に別荘のような家でも建てて、そこで適当にカレーでも売って過ごそう。たまには人間の舌を相手にしてみるのも面白そうだしな。

 



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竈の巫女、繁盛する

 

 新装開店、ヘスティアカレー。場所はウルクのとある場所。ちょいと銀を作って家を建ててもらった後、そこでカレーを売り始める。

 材料はへす印の大釜からいくらでも湧いてくる。カレーを沸かせることもできるが、それでは暇潰しにならない。できるだけ自分の手で作ってこそいい暇潰しになる。

 

 まあもちろん、今のように阿保みたいに大入りで手が空かない時は例外だがな。

 

 始めたばかりの時は大した人数は入ってこなかった。一度入ってきた者も、カレーの色や見た目から敬遠していったが、とある一人が一口食べてからは凄まじい勢いで売れ始めた。

 ちなみにその一人、正確には一人ではなく一柱。その正体は、ウルクの守護神であるイナンナであった。

 

 今日もイナンナ、つまりイシュタルは朝一番に俺の店に並び、列を作る。最近は人間以外の神の客が増え、イシュタルだけではなく水神エアや都市神マルドゥク、天神アン、地神キ、数々の神が俺のカレーを求めて店に並ぶ。

 その神の威光に人間達は恐れを抱き、中々店に入ろうとしなかったものだが……神のために店を増築し、二階に神々のための席を作り、一階を人間達の席としてやることで神の客も人間の客も普通に俺の店でカレーを楽しむことができるようになっていた。

 まあ、恐らく最もカレーを楽しんでいるのはイシュタルだろう。イシュタルは自身の感情を隠そうともせず、はくはくとカレーを頬張っては幸せそうにその目を細める。まるで年頃の娘のようだ。これで食べている物がカレーではなくパフェなどの甘味であったら、間違いなく甘い物好きの女子大生にしか見えなかったことだろう。中々面白いことになっている。

 

 残念な事と言えば、メソポタミアの料理だ。まず、塩が不味い。岩塩があればそっちを使った方が良い。しかし、メソポタミアには海に面した場所がある。海から塩を取り、そしてそれはかなり安く売られている。塩に砂が混じった、はっきり言って使い物にならない塩だ。よくこんなもので料理をしようと思える。俺は無理。

 ちなみに、日本の塩と違ってにがりが取れていないため非常にえぐい。そして砂が混じり、はっきり言おう。不味いとかそう言うレベルの話ではない。論外だ。

 野菜については割といいものがそろっている。品種改良はされていないためまあ使いにくいとこともあるが、それでも十分食えるし扱える。中々だ。

 ギリシャよりも南にあるし、海に面しているから季節によっては十分な雨も降る。某円卓の騎士を率いる騎士王からすれば、何が何でも欲しい土地に見えるかもしれんな。

 そして肉。香辛料の使い方が荒く、保存食として見るならともかく普段使いにするには少しあれだと言う品質の物が多い。塩は岩塩か、前述したあれ。岩塩で作られたものは値段が高く、海水塩の物は食えたものじゃない。やはり、食事に関しての努力が足りないと言わざるを得ない。日本人としては発狂しそうな気分だ。

 

 と、言うことで多分それなり以上に儲かるだろうと思って始めてみたのが、俺の店であるヘスティアカレーウルク店。結果は上々。今では基礎のカレーだけではなく、三倍辛いカレーや五倍辛いカレー、辛さ控えめのミルクカレーなどなど、様々なカレーを取り扱っている。ほぼ毎日全てのカレーが売り切れ、毎日材料から作ることになっているので、まあ、思った以上の人気が出てしまった。

 今ではこのウルクで過ごす者達の中でカレーを食べたことが無いのはこの国の王であるルガルバンダくらいだろう。

 ルガルバンダと言えば、ギルガメシュの先代の王であると言われている。ギルガメシュ自身はニンリルとリルの息子であり、ルガルバンダの息子ではないとされている文献もあるそうだが……詳しくは知らん。神がいるのだからニンリルが母親である可能性は十分あるが、風魔リルが父親なのか、それともルガルバンダが父親なのか……大穴でニンリルは力を貸しただけでリルとルガルバンダが神として子供を作ったと言う可能性もある。無いと思うが、可能性としては皆無ではない。

 どうなっているのか、楽しみであり恐ろしくもある。未来の事だし、実際に見てみるとしようか。

 



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竈の巫女、気付く

 

 ベルと名乗る俺の背中には、ヘスティア()の加護としてルーン文字が刻まれている。このルーンは神としての俺の力を人間としての俺の身体で多少なりとも振るえるようにと作り上げたもので、身体能力の向上や能力値を視覚化する効果などがある。いわゆるゲームのステータスのような扱いだ。

 ベル()の背中に入っている物は未だ実験中の物で、まともな人間にこのまま刻んだらどうなるかはわからない。俺は神の作った身体だから平気なのかもしれないし、別にそんなことは無く普通に人間に刻んでも問題ないかもしれない。それはまだわからない。

 

 だが、もしもこれを人間に刻むとしたら、問題になるだろうことがいくつか予想できる。

 一つ目は、こうして加護を刻んだ人間と刻んでいない人間の間にできる圧倒的とも言える差。刻んだ人間の中でも、レベルが上がっていく度にどんどんと差は開く一方。これでは間違いなく差別が起こる。

 二つ目に、加護を刻んだ後の話だ。加護を刻まれた人間に、もう神は用済みだとばかりに行動されては困る。一度刻まれただけで後は勝手に強くなられると、最悪その力で世界がやばい。実際、ベル()の身体に刻まれたステータスは上昇し続け、もう本当に大変なことになっている。元々の身体能力が高かったこともあるが、今では初めの頃のは話にならないほどだ。イシュタルに関節技極めた時に一気にステータスとレベルが上がっていたな。

 

 そう言う訳で、解決策を用意してみた。

 まず、一つ目の方。これはステータスやレベルが上がるのに必要な『経験値』の量を上げればいい。それでも差は間違いなくできるだろうが、同時に努力が報われる微妙なラインだ。差別している暇があるなら鍛えろ。きっとひっくり返せる。

 そして二つ目。ステータスの成長やレベルの上昇を、神の監視下でしか行えないようにすればいい。アークTheラッドのように戦闘中でも行動で経験値が入ってレベルが上がる方式ではなく、経験値を溜めてからその経験値を肉体の方に反映させるかをこっちで決める方式にすれば、少なくとも強くなるためには神から離れることはできなくなる。

 この方法を取れば、まあ少なくとも神が自分を信仰あるいは信奉する眷属に殺されると言うことは無くなるだろう。勿論この方法に問題が無いと言う訳では無いが、それでも今のよりは大分ましになるはずだ。

 

 俺は自分の背中を見ることはできないが、(ヘスティア)(ベル)の背中を見ることはできる。遠見くらいなら、八百万の神の中でも相当弱い部類であったり、あるいは完全な一芸特化型の神でもない限りは出来て当然の技術。勿論竈の女神である(ヘスティア)だってできる。

 そうして見てみたステータスは、結構な物になっていた。

 

 

 

 

 神造人間完成型試作一号機『ベル』

 Lv.32

 力:S980 耐久:F324 器用:SSS3288 敏捷:H138 魔力:SSS3012 幸運:SS 耐異常:SS 疑似神格:B 料理術:SSS

 

《魔法》

【カマドガミ】 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 

《スキル》

竈神の言う通り(ヘスティア・ミィス)】 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。反転、調整しようとすると反動あり。

 

カレーの神様(カーリー・カリー)】 ・カレー作製技術に大幅な補正がかかる。カレー以外にはかからない。

 

 

 

 

 世界はどうやら俺にとことん美味いカレーを作らせたいらしい。良いだろう、その喧嘩買ってやろう。とことん美味いカレーを作って世界をカレーで埋めてやる。

 ……まあ、それは流石に冗談として、最近どうも身体能力が上がってきてやばいと思ってたらこんなことになっていたらしい。……32、と言えば……確か、俺が店を開いてからここにきてカレーを食べ、常連となった神の合計数が32だった気がするな。なんだ? もしかして神が常連になるとレベルが上がるのか? まさかそんなことは無いと思いたいが、とりあえず今度見てみよう。常連を増やしてその結果レベルが上がったら、もしかするともしかするかもしれない。

 まあ、流石に無いだろうけどな。

 



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竈の巫女、呼ばれる

 

 俺のカレーの名声はどうやらかなり広がっているらしい。何しろわざわざ王が王宮に呼びつけてカレーを食わせろと言ってくるくらいなのだから、その有名さがよくわかる。

 ただ、俺が王宮に行くとなると店には誰もいなくなってしまう。店に誰もいないとなると今日も腹をすかせた奴らにカレーを食わせてやることができなくなってしまう。それは孤児の庇護者で……は、無いんだが、孤児の庇護者であるヘスティアを祀る巫女としては少々見逃すことのできないことだ。

 なので、俺は王からの呼びつけに対してこう返した。

 

「神すら来て食っているんだ。王だって来て食え」

 

 ちなみに、その時カウンター席に座っていたのは最近少々太ってきたことを気にしつつもカレーから離れられなくなってしまったイシュタルだった。そんなイシュタルのための特製の薬膳カレー、具体的には物を食べ、食べた物を消化するのに使うカロリーを数十倍にまで上げる効果を持ったダイエットカレーだが、人間には劇薬にしかならないだろうカレーを食べ、滝のように汗を流しながらカレーと水をどんどんと腹の中に流し込んでいく。

 みるみると張っていたお腹がへこんでいくのを見て、ある程度のところで効果を中和するカレーを食わせるようにしたのだが、やはり急激な変化は身体によくなかったらしく数日は空腹を抱えていることになったらしい。まあ、あくまで俺は『いくら食べても太らないカレーを食べたい』と言う要求に応えて痩身薬膳カレーを作って食わせただけだ。俺は悪くない。

 ……痩身薬膳カレーだが、実は混ぜる物の比率を変えることである程度永続性を持たせた上でどこから落としてどこは残すかを決められたりする。例えば、気に入らない相手に対して相手に合った物を盛ることができると言う事だ。

 貧乳で悩んでいる相手に対して、胸からつけて腰から落とすようにすることもできるし、逆に腰からつけて胸から落とすようにすることもできる。俺の胸先三寸だ。

 今回イシュタルに食わせたのは、まず腹と内臓から落とすようにしたもの。この二つが落ちるのはそう悪い事でもないし、基本的にはそこから落としていくことになるだろう。もうわざわざこんなものを作ることが無いといいんだがね。節制節制。できないから太ってるんだよな。また作ることになりそうだ。

 

 それで、王に対してそう伝えたのが三日前。そして今日。

 俺の前には、カレーを貪るイシュタルと、イシュタルの紹介でやってきたニンスンと言う女神、そしてこの時代の王であるルガルバンダが並んでいた。

 

「ルガルバンダ……」

「ニンスン……」

「なあ、イシュタル。なんか俺の店に来て突然メロドラマ始めた女神と王がいるんだが」

「むぐむぐ……どうでもいい。むしろそろそろ結婚した方が良いだろうと思って社会見学のつもりで連れてきたからこれでいい。おかわり」

「いいならいいけどな」

 

 毎日のようにカレーを食べているイシュタルだが、毎日カレーばかりで何故飽きないのかよくわからん。普通は二三日続けば飽きるだろうに、半年以上もよく飽きずにいられるものだ。一応ある程度味は変えているが、基本の味は同じなんだから飽きが来るのも早いと思うんだがなぁ。

 と言うか、そこでいちゃついている王と女神。店に来たからには何か頼め。カップル用に特別メニュー作ってやるから頼め。少々割高だがな。

 

 そして、カップル用の物を食べているのを見て甘ったるくて仕方のない奴にはこっち。苦み走るコーヒーのようなもの。実際にはコーヒー豆が手に入らなかったのでそこらの野草を選んで焙煎してから煎じたものだが、それでもまあ飲むことはできる。飲めないほど苦くしても、隣の奴らが甘ったるい空気を振りまいていれば不思議と飲めてしまう一品だ。

 

「で、いる?」

「あー、いらないよ。ちょっとイケメン見つけてくるから」

 

 そう言ってイシュタルはさっさと消えてしまった。金払いは良いんだが、この性格がな。なんと言うか、未来で同じ美の女神に『品性が足りない』とか言われてしまいそうな性格をしている。その辺りで損することになるんだろうな。知ったことじゃないが。 

 



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竈の巫女、王と会う

 

 ルガルバンダとニンリルは、俺の店での逢瀬を続けた。俺は俺でこの一人と一柱に対して色々と便宜を図ったりもした。わざわざ俺の店に来て一杯のカレーを一つのスプーンでお互いに食べさせ合ったりするのを見てもスルーしたし、その光景を見てイギギギギギと歯ぎしりをする独身者に異性を紹介して平和にしたり……その結果、まさか俺が縁結びを司るようになるとは思ってもみなかった。しかも正式にメソポタミア神話に神として登録されるとは……今の俺は人間のはずなんだがなぁ……。

 まあ、問題は無い。ちゃんと神格は本体であるヘスティアの方に献上と言う形で譲渡しているし、この身体自体は人間のままだ。Lvは上がったが。

 

 そう言った感じで人間と女神の交流は続き、なんとこの度、子供が生まれる事になった。名前はビルガメシュ。俺の居た時代の日本で有名な発音で言えば、ギルガメッシュ、と言う事になる。

 できればどこぞの作品の世界のギルガメッシュのように子供の頃は賢君だったのに大人になって暴君になるようなことにはならないでほしい。ギルガメッシュ叙事詩では子供の頃は割と暴君で、大人になってエンキドゥと大喧嘩してから賢君になったはずなのに、どうしてあの作品ではああいう風になったかなぁ……面白いしキャラが立ってるから悪くは無いんだが。

 だが、妊娠中にもカレーを食べに来て、しかもそれ以前よりも親密度が増しているってどうなんだよ? はっきり言って色々キッツいんだが。

 

「誰か男でも紹介しましょうか?」

「いらね。それに俺、この近くで襲われそうになってそいつの玉袋蹴り潰してから畏怖と恐怖の目を向けられることも増えたから余計に肩肘張ることになりそう」

「……」

「ついでに、こういう仕事をやる前は色々と無茶しててな。服で隠れちゃいるが肌には大量に傷跡が残ってるんだよ。あんまり男受けしない訳だな」

「消せないの?」

「消せるが消すつもりは無い。男避けにはちょうど良くてな」

「なに、男嫌いだったりするの?」

「恋愛対象には無いな。男も女も関係なく、だが」

 

 わかる。俺は別に心を読む権能を持っているわけじゃないが、今イシュタルは『それって絶対今まで恋をしたことが無いだけだろ……』とかそう言う感じの事を思っているのがわかる。

 だがな。一応俺は恋をしたことはあるぞ。人間だった頃だがな。

 ちなみにその恋は叶わなかった。何しろ人間だった頃から人外染みていたもんで、女からそういう目で見られることも無かったわけだ。残念無念、と。

 

 そうそう、Lvだが、ニンリルが常連となったことで一つ上がった。まさか本当に上がるとは思ってなかったんだが、上がるもんだな。

 だが、これを人間に刻むなら簡単にLvが上がってしまってはつまらない。何かLvが上がるのに必要なフラグのようなものを用意しておいた方が良いかもしれない。

 そうだな……何らかの偉業をフラグとすればいいかもしれない。鍛冶師ならば画期的な武器の作成であったり、強力な武器の作り方の確立であったり、今まで使い道のなかった金属の使い道の発見などが当てはまる。他にも料理人としてならば今の俺のように有名な人物を常連に引き込んだり、商人ならば莫大な売上金などもフラグとして作ることができるかもしれない。

 勿論、戦闘者としての偉業も忘れてはいけない。戦争において無数の敵を打倒する事であったり、強大な敵を倒すことであったり、武芸を極めて王となることでもいい。善であろうと悪であろうと偉業であれば内容は問わない。

 ……と言うか、善悪で偉業かどうかを分けていたら敵対する神か味方の神かで大きく結果が変わってしまう。ついでに神にも善神悪神が存在するのだから、わざわざ分けていられない。

 どのくらいなら人間に刻んでも問題が出ないのか、マイナーダウンを繰り返して行かなきゃならんってのは少々面倒だな。ゲームの運営ってのは面倒な物だと相場は決まっている物だから仕方ないんだが。

 



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竈の巫女、告白される

 
 復活!
 ……ごめんなさい嘘ですまだ無理してます。でも頑張ってちょこちょこ上げていきます。忘れられそうですし。


 

 神と人間が結ばれることは神話の中ではそれなりに多い。ギリシャ神話では愚弟(ゼウス)が何十人と言う人間の乙女と浮気していたし、半神半人や半神半魔と言う存在もそれなりに居る。人間と神との間に子供が作れると言う事は、それはつまり人間と神との間に遺伝子的な繫がりがあると言う事を示す証拠の一つになるわけだがそれはもうどうでもいいのでぶん投げておく。正直どうでもいい。心底どうでもいい。

 今重要なのは、ルガルバンダとニンリルが結ばれたせいで神と人間との結婚が少々流行っていると言う事だ。

 神と王の婚姻。それも何の策があったわけでもない純粋なる恋愛結婚となれば、そこには当然様々な憶測が飛びまわることとなる。ついでに、様々な国の王が二匹目の泥鰌を取ろうと群がってきたりもする訳で。

 

 で、国家間の付き合いになると言う事は当然ながらルガルバンダが惚れ込んでいると言う噂の食べ物を食べに俺の店に来ることもよくある。それで、俺を引き抜けば交渉で有利に立つことができると思われるのもある意味では当然。人間とは実に欲深な物だからな。

 そして古来から、女を連れて行く方法と言えば限られている。合法な物から違法なものまで、手口は変われど内容は全く変わらない。

 誘拐か、婚姻か。究極的にはこの二つに絞られるものだ。

 

「お前の料理を気に入った。我が国の料理人として召し抱えてやろう。光栄に思う事だな」

 

 俺の目の前にいるこいつもそう言った類の奴だ。権力だなんだと人間社会ってのはもう本当に面倒な物だ。

 だが俺は今のところ神だ。人間社会の事なんざ知ったことじゃない。つまり、俺はこう答えるわけだ。

 

「帰れ。後お前ら出禁な」

「なっ!?」

「『なっ』じゃねえよ。帰れって言ってんだ。わかるか? か・え・れ、だ」

 

 と言うか新参とは言え神相手にその口の利き方はどうなんだ? 俺がヘスティアだったからまだいいものの、キレやすい奴だったら速攻殺されてもおかしくないぞ? と言うか殺す。神相手に嘘が通じるわけがないだろうが。

 飯が気に入ったのは本当のようだが、それ以外の部分が多すぎる。ルガルバンダを含む他の国の王に対する札として使えると思うのはまだいいが、顔と体格を見て自分の娘を犯しているような気分に浸れそうで興奮するとか、気持ち悪いんだよ。そう言うのはギリシャだけで十分だ。

 

 ……俺、ギリシャの神格なんだよなぁ……近親相姦バッチコイな神話の生まれでよくもまあ処女神なんてのが出来上がるもんだ。

 無礼だなんだと剣を突き付けてくる馬鹿の剣の腹に裏拳を当て、青銅の剣をへし折る。呆然としているその男の横っ面にも裏拳を叩きこんでおく。肉を削ぎ飛ばす威力になると店の中が汚れるからな。ゼウスにやったのの万分の一以下で、狙う場所も顎先で脳を揺らすに止めている。まあ、それでも人間相手には威力が大きすぎるようで振動で脳の一部が砕けたりすることもあるようだが、この時代の王と言うのは神の加護を得ていることが多いと言うか、加護を得ていない王は存在しないレベルなので大概の傷なら治ってしまうのだ。

 まあ、即死した場合には生き返らせるのは無理だが、逆に言えば即死さえしていなければ大概の場合は治ってしまう。俺の知っている人間と違って人外染みているもんだ。

 

 ぶっ倒れてビクンビクンと痙攣を繰り返すどこぞの国の王を店から蹴り出し、さっと拭き掃除。顎の先端しか殴っていなくても意識を飛ばしたから涎を垂らしたりとかもあるし、必須と言える。へし折った剣も拾って放り出す。俺の店の食器は基本セラミックだから青銅なんて使わないんだよな。そもそも青銅に含まれる錫は人体には毒だし、食器にするには向かない。調理器具としては最悪だ。やっぱり銅か鉄だろうよ。

 その点セラミックは中々に頑丈でかつ材料を選べば毒性もない。消毒さえしっかりしておけばかなり長いこと使うことができる実に便利な物だ。一部の神からも注目されて……陶磁器の神ってなんだよ。竈の権能から派生したせいで(ベル)でも使えるってどういう事なんだ? いいのか?

 まあ、便利だし、別にいいんだけどな。

 



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竈の巫女、奢る

 

 ルガルバンダの事はよく覚えている。なにしろ純粋な人間の身でありながら神にまで成り上がった奴だからな。ニンリルの奴と結ばれてから暫くは人間のままだったが、関係を続けているうちに少しずつ人間の部分が神へと変わって行き、気付けば本当に神になってしまった。

 その報告に俺の店に現れ、またイチャイチャと睦み合っては店にたむろする独神に舌打ちされているのは……もう一種の恒例行事のようなものだと思っていいだろう。一部からは『爆発しろ』と言う言葉も聞こえてくるが、その言葉を教えた身としては有効活用されていてとても嬉しい。言っている方も本気で言っているわけじゃないようだしな。

 

 そんな感じで色々とやることをやって来たルガルバンダだが、この度子供ができたらしい。ふっくらと膨らんだ腹を撫でるニンリルを連れてカレー屋に来るかね普通。ムードってもんが欠けてると思うんだが。カレー屋だし。

 連れてきてもいいが、一応王なんだから護衛の一人や二人連れて来い。ニンリルが神だからと言って、絶対に堕胎しないと決まったわけじゃないんだぞ? 何か事故や事件でも起きたらどうする。確かに俺は孤児の守護者であると同時に孤児の数が増えることを良くないことだと思う神としては変わり者だが、孤児が減るからと言って流産や堕胎が増えるのは良くない。まったくもって良くないことだ。

 子供の名前は……まあ、まず間違いなくギルガメッシュだろう。この辺りの発音に近くするならビルガメシュと言うのだったか? 何にしろ良いことだ。ここは一つ祝いの席でも設けてやるか。具体的には今日食べた分の金は貰わないってだけだが、神から物を貰うって時点で結構なことだ。俺は神じゃなく神に動かされる人形のようなものだが、中身に関しては同じだ。そう変わらんだろう。

 

「あら、おめでとう。いい男の子だったら私が筆卸ししてあげてもいいわよ?」

「お前、男に対しての理想が高すぎるんだよ。お前の理想の男とか、全ての神話世界を十万年巡ってもそういないからな? 自覚しろ?」

「どうせ老いない身なのだから、別にいいじゃない」

「俺は別に構いやしないが、お前の理想であるかどうかを確かめようとして無数の試練なんて出されたら大概の男は面倒くさくて離れてくっての。俺には見えるぞ、お前の昔の所業を知ったルガルバンダの息子が結構本気でそいつに惚れたお前の告白をにべもなく振り払う姿が」

「おいやめろ。お前が言うと本当に起きそうで怖いだろうが」

「確信している。まず間違いなく起きるだろう」

「やめろ

 

 やめろ」

 

 二度も言われてしまったのでやめることにする。まあ、俺には予言の権能は…………あ、うん、そう言えばガイアから貰ってたか。慰謝料代わりに。

 やばい、どうしようか。マジで起こるかもしれん。本当は起きない未来があったかもしれんのに、その未来を塗り替えてしまったかもしれん。これはまずい。

 

 ……仕方ない。(ヘスティア)の方で予言の権能をひっくり返して、今の言葉を無かったことにしておこう。それに加えて遊戯の権能で今の言葉を言葉遊びとして意味の無い物に変えて、これで良し。未来が変わったかもしれないと言う可能性の存在を限りなく薄くした。これでも振られたらもう偶然としか言いようがないな。八当たってくるかもしれんが。

 その時のために美味い酒でも作っておくとしようか。酒造の権能が無くとも酒は作れる。自然界で作れるくらいなのだから、その作り方を知っている俺が作れない理由は無い。それに、(ベル)はともかく(ヘスティア)は酒造の権能持ちだ。知識だけなら持ってこれる。技術についてはまあこっちで何とかしよう。

 ……蒸留酒を美味くするためには樽が欲しいんだが、この近くには森が無い。一番近くの森にはフンババとか言う神獣が住んでいて木を使えないし、どうしたもんかね。

 



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竈の巫女、子を抱く

 

 神格を持つ子供とは、非常に聡い生物だ。神として人の嘘を見抜く事ができ、人として神の嘘を見抜くこともでき、人と神の良いところと悪いところを同時に持つ。人としての視点で見る世界と、神としての視点で見る世界。二つの価値観を同時に持ち、そのどちらにも従いながら生きて行くことは相当な苦しみを持つことになるだろう。俺だったらそんな人生は御免被る。

 俺はよく自分自身の在り方として、と言うが、それはあくまで今の俺、つまり神格であるヘスティアとしての在り方を指している。そうしなければ人間としての顔を出してしまい、神としての在り方と人間としての在り方のギャップによっていろいろと頭の中が面倒な事になるので口にしているのだ。

 人間としての俺だったら、別に孤児を救おうだとかそんなことは考えやしない。孤児が居ました、あっそう、で終わりだ。

 だが、そういう生き方をしてきた前世では、基本的に俺の周りに居た奴らは人間としてどこかおかしくなっていた奴ばかり。だから、今回の生では生き方を変えてみようと思ったわけだ。ちょうどいいことに、今生の俺の身体は神格である竈の神ヘスティアだった。だからこそ、神話に残るヘスティアとしての生き方を取り入れて生きてきているわけだ。

 

 そうした努力の結果か、あるいは俺以外にも神と言う超常的な能力を持つ者が周りに多かったせいか、今の俺の周りには多くの存在がある。前世でも後悔の無いよう楽しく生きてきたつもりだが、今生も方向性こそ違えどそれなりに楽しく生きていく事ができている。

 それに、今生では妹の子を抱き、育て、そして嫁にいくところまでを見届けた。また、知り合いの子を抱くこともできた。若くして死んだ前世ではできなかった事だ。

 そして今も、知り合いの王の子を抱いている。生物としての格は今の俺の方が高いが、この子は約半分……いや、確か三分の二だったか? それくらいが神であり、残りの三分の一が人間であると言う存在だ。神の腕に抱かれる資格は無いとは言えないだろう。

 

 ……しかし、どこかで見た覚えのある顔だ。具体的にどこかと言われると困るが、恐らく前世だろう。前世で金髪に紅い瞳の奴なんて知り合いにはいなかったが、それでも知っている気がする。どこだったかね?

 …………いや、待て。そうだ、こいつはギルガメッシュだ。だったら俺が知っているギルガメッシュの中から何人かピックアップして、それを三次元に引っ張り出してやると……ああ、なるほど、知っている気がするわけだ。

 ギルガメッシュ。古代ウルクを、そして世界を支配した最古の英雄王。俺が人間として生きていた時代では、そう言った英雄や偉人を題材に様々な話が作られた。その中の一つに、このギルガメッシュとそっくりな存在がいる。某運命の名前を冠した作品だな。昔過ぎて即座に出てこなかった。

 最近使っている人間だった頃の知識は、なぜか食事のことに関連する物ばかり。身体が変わってもやっぱり俺は日本人なんだなと心の底から認識し直した。

 

 それはそれとしてギルガメッシュだが、外見は運命のまま性格を某最後の物語のようにしてみると言うのはどうだろうか。流石にパチモン聖剣の件まで再現することは無いだろうが、中々楽しそうなことになるかもしれん。やるかやらないかはまだ決めていないし、本当にやるとしても実際にそんなことができるかどうかはわからんが、考えるだけならタダだ。面白そうだと言う意見については間違ってないしな。

 しかし……神の血の混じった人間か。しかもそれがギルガメッシュとなれば荒れることは間違いない。常連の一柱がこっぴどく振られてグガランナを地上に降ろして凄まじい被害が出るはずだから、今のうちにそれに耐えられるだけの準備はしておこう。

 とりあえず、変形と走行、飛行機能はつけておきたいな。機動店舗か……ロマンだな。うん。

 



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竈の巫女、改装する

 

 劇的ビフォーアフターにより、俺の店は生まれ変わった。見た目は全くと言って良いほどに変わっていないが、中身は凄まじく変わってしまっている。

 神としての権能を魔法と技術でいくつか再現し、結果的にはかつて神の身体で作り上げた別荘には及ばないものの、人間の作ることができる物とは思えないものを作り上げる事に成功した。

 

 まず始めに紹介するのは店の内装。これは一見何も変わっていないように見えるが、実際には術式が練り込まれることで耐久性を増し、喧嘩っ早い神が殴り合って吹き飛ばされて壁に直撃しても早々壊れず、また例え壊れたとしても材料さえあれば簡単に修復できるようにもなっている。

 これは清掃時にも活用され、油汚れや塵はあっという間に材料として壁に取り込まれて再利用されることになる。

 

 次に調理場だが、水を生む術によりお冷やのサービスができるようになっている。水のついでに氷も生むことができるし、氷を使った原始的な冷蔵庫も作ってみた。これでアイスが食べられるよ!やったねイシュタル!

 ……どこからか『おいやめろ』と言う声が聞こえてきた気がしたが、気のせいに違いない。気のせいでないわけがない。そういうことにしよう。

 

 竈などはほとんどそのままだ。へす印の大釜に自作の竈。燃料が魔力と言うところ以外は普通の竈と全く変わらない。

 

 それから二階だが、一階部分の壁や天井を頑丈にすることで多くの神が入っても問題ないようにした。空間を拡げてあるが、それについても問題はない。少なくとも今は神話の時代。魔力はそこら中に溢れているのでそれを使えば俺に負担はかからない。俺自身の魔力を使っても負担はほとんど無いが、在ると無いとじゃ大分違う。1と2には大差はないかもしれないが、0と1には圧倒的と言う言葉すら霞むほどの差が存在する。

 日本語的に考えれば、『差』とは引算の答えの事を言うので1から2を引いたものも0から1を引いたものも同じ-1でしかないが、俺が言いたいのはそう言うことではなく概念の話だ。

 概念的に考えれば、ほんの僅かであっても存在するならばいくらでもやりようはある。たとえば、月を司る女神が太陽光を司ることは可能だし、重力を扱うことも可能だ。月の光は太陽光を反射したものなのだから当然太陽光を使えるし、月自体にも重力は存在するので使えないわけはない。

 しかし月では植物は育たないため豊穣の権能は得られないし、月自体に破壊の権能は持ちようがない。だが、無理矢理に繋がりを作ればいくらでもどうにかなるのが概念だ。

 月の光は太陽から来るもの。太陽光は植物を育てる。だから月でも豊穣の権能は取れるし、破壊の権能についても直接的には取れないと言うだけで間接的にならばいくらでもやりようはある。竈と言う凄まじく限定されたものからでもあれだけの概念が持ってこれるのだから当然の話だがな。

 

 さて、そして最後の改装だが、この店は変形して船になる。これでノアの大洪水の元ネタとも言われるエンリルの裁きも怖くない。転覆しても問題ないように潜水艦にもなるようにしたし、やろうとすれば竈ロケットで空も飛べる。燃料? そんなもの石でも何でも放り込んで対消滅させれば簡単に賄える。最悪俺の魔力でもいいしな。

 まあ、流石にこの機能を使うようなことには早々ならないだろうし、本当に使うことになったら色々やばいが少なくとも俺は生き延びる事はできるだろう。神ならぬこの身体では普通に死ぬからな。ギリシャ神話の神は死なないが、ギリシャ神話では半神程度なら割と簡単に死ぬ。メソポタミア神話では神すら死ぬ。気を付けなければならない。

 

 改装も大体終わったし、装い新たに開店するとしよう。どうなるかはまだわからんがな。

 

 




へっ様、『絶対魔獣戦線バビロニア』参加決定(嘘)


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竈の女神、認識する

 

 現状の認識において、恐らく俺が一番理解しているだろう。この事は、恐らく少々不味い。

 俺が(ベル)としてメソポタミア神話世界に向かった結果、ほんの僅かではあるがメソポタミア神話世界とギリシャ神話世界に繫がりができた。それは神話と言う大きな隔たりがあり、概念的には別の世界として扱われていた二つの世界が共通点を得て一つの世界として成り立とうとしていると言う事だ。

 はっきり言ってこれはあまりいいことではない。いや、個神的には全く構わないんだが、ギリシャ神話的にもメソポタミア神話的にも自分たち以外の体系の神格との出会いはまだ早い。早すぎる。これが原因で戦争にでもなったらそれこそたまった物じゃない。

 だからこそ、俺はひっさしぶりに本気を出すことにした。使う権能は境界。出力はほぼ最大。溶け合おうとしているギリシャ神話の世界とメソポタミア神話の世界の境界をはっきりと作り直し、統合までいましばらくの猶予を作り出す。

 

 今回の事で俺はどうやら思い違いをしていたことに気が付いた。俺の住むギリシャ神話の世界。それはもちろんここにあるが、同時にメソポタミア神話の神々によって作られた世界や日本神話と後に呼ばれることになる神話によって作られる世界、また、一神教と呼称される唯一神によって作られる世界などが存在し、それぞれが近付き合い、時に離れ、安定していない。

 だからこそ、多くの神話で世界を巻き込むような戦争があってもそれが他の世界をも巻き込むことは無く、同時に世界を作り上げたと言う神話がいくつも存在していたと言う訳だ。

 しかし、今回の場合は少々話が違う。すでに出来上がった世界同士がくっつき、融合を始めようとしていた。俺はそれを一時的にだが抑え、少しずつ馴染ませながら行おうとしていた訳だ。急な変化には被害がつきものだ。その被害は少ない方が良いだろう。

 

 だが、この動きは止められない。やがていくつも作りあげられた世界は統合され、俺の知る世界に近付いていくことだろう。世界の中には神の作った世界の他にも、神が関与していないまま偶発的に作り上げられた世界も存在する。そういった世界もまた統合の余波を受けることだろう。

 小さな世界が統合に巻き込まれれば、その世界の枠組みは圧砕されて中身が溢れ、粉々になった構成材料の一部を失いながらも新たな世界の一部として存続していくことになる。巨大な世界と統合すれば、その巨大な世界の内部に直接的に世界のまま取り込まれ、巨大な世界の中に浮かぶ小さな世界として存続していく可能性もある。そしてそれまで巨大な世界では起きなかった出来事が、突如起こるようになることもある。

 俺の知っている出来事で言えば、それまでは世界中のあらゆる場所で研究されていたにも拘らずまったく固まろうとせず、慎重に運ばなければ即座に爆発するグリセリンが、ある日を境に突然世界各地で結晶化するようになったと言うものがある。これはそれまであった世界に突如現れた新たな概念や物質によって世界がほんの僅かに変質した結果、今までではありえなかったことが全世界で同時多発的に起きたのだ。世界では、たまにそう言う事が起きるのだ。人間が知ることばかりではなく、人間が知らないところでも。

 

 まあ、世界と言うのは少しずつ変わって行かなければ衰退するものだ。急激な変化は破滅を呼びかねないが、完全な不変と言うのもまた自然ではない。言ってしまえば破滅もまた自然の一つでもあるのだが、それはまあ俺の居ないところで勝手にやってくれ。俺の居るところには、そう簡単には破滅は起こさせん。

 ……よし、終わったな。帰ってカレーの匂いのするシチューでも作るとしようか。カレーではなくシチュー。美味いもんだぞ? シチューもな。



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竈の巫女、流し込む

 

 ギルガメッシュと言う子供は、神の血が混じっているだけあって人間がかかるような病には一切かからずすくすくと成長した。週に一度は両親と一緒に俺の店に来て、俺はその度に子供でも食べられてかつ腹を壊さないようなカレーを作ってやったし、両親の方は相も変わらずいちゃいちゃしながら周りに甘ったるい空気を振り撒いていた。

 いや、夫婦仲が良いことは悪いことではない。特にこの一人と一柱は自身の仕事はきっちりやっているし、やらなければいけないことをやらないままにすることも殆どない。たまに忘れてるが、そう言うのは誰にでもあることだ。わざとではなくかつ致命的でもない失敗にいちいち目くじらを立てるようなことはするつもりはない。やるのも面倒だし、店の雰囲気を壊してしまう。

 だが、ギルガメッシュを間に挟んでいちゃつくのはやめてやれ。カレーは美味いのになんか空気が甘いから味が微妙って顔をしてるだろうが。精神的なものだから見逃してるが、実際に甘くなったら蹴り出すぞ。

 

 ……比喩表現が現実になるのは神話では日常茶飯事だ。いつ空気が甘くなるのかと正直戦々恐々している。ヘスティア様、ヘスティア様、文字の権能を司る神よ。どうかこの比喩表現が現実にならないように抑えといてくれや。

 OK~、抑えるぜ~超抑えるぜ~(自演)。まあそう言う訳で俺はそこまで甘い空気は感じない。物理的に甘くないのだから甘いわけがない。そう言う事にしておこう。面倒だし。

 

 それはそれとしてギルガメッシュ……型月ユーザーなら『子ギル』の方がわかりやすいかもしれんな。子ギルはすくすくと成長し、いつの間にか自分の足で立ち、そして歩くことができるようになっていた。某親バカは初めてギルガメッシュが立って歩いた日を祝日として公布しようとして部下に思いっきり蹴りを入れられていたが、まあよくある光景だ。この時代の、王権が文字通りに神授されている王朝で、王を足蹴にするのが日常に存在していいのかどうかは気にしないことにした。気にしても現実は変わらん。

 子供と言うのは本当に成長が早い。いつの間にか目を開き、いつの間にか言葉を話し、いつの間にか立って歩き、いつの間にか大人になって、いつの間にか死んでいく。……いや、それは人間か。多くの神が人間を子供として呼ぶ理由が分かった気がするな。

 

「まあ、父さんと母さんは置いておいて、カレーくださいカレー。お勧めで」

「激辛と超辛と痛いのとどれが良い」

「お勧めで」

 

 にっこり笑顔と共にそう言われてしまったら、普通にお勧めを出すしかない。選んでくれりゃあかっらいカレーを食べさせることもできたんだが、上手いこと回避しやがる。

 仕方ないので烏賊墨カレー。真っ黒だが味は中々だ。ちなみに具は海鮮系。シーフードは良い物だよ君。

 

「ふむふむ……」

「冷めそうになったら流し込んでやるから安心してゆっくり食うといい」

「安心できない……!あ、でも普通においしい」

 

 そりゃそうだ。客に不味い物出すわけにはいかんだろうよ。そんなことをしたら店としてやってけないっての。

 いや、時には不味い事をアピールして食い切れたら賞金とかやってるところもあるが、不味いのじゃなくて多いのとかで勝負してもらいたいもんだね。この時代だと割と普通にフードファイターが居るからそういう店は相当の盛りにしないと稼げないどころかあっという間に採算取れずに潰れるだろうけど。

 

 ……しかし、本当に最近客が多くなってきた。このままだといつかパンクするな。店は広がったがスタッフが足りん。食品を扱う店だからそこらに居る奴を適当に雇う訳にもいかんし、かといってこのままの状況が続くのはきついしなぁ……。

 

 ……ああ、いや、なんとかなるかもしれんな。ちょっと出かけてくるとしよう。

 その前に、バカップルの口の中にやや冷めたカレーを流し込まなきゃな。有言実行有言実行。

 



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竈の巫女/女神、雇う/創る

 

 エンキドゥは創造の女神アルルの手によって作り出された土人形である。

 ↓

 エンキドゥは創造の女神によって作られた土人形である。

 ↓

 創造の女神は土を捏ねてエンキドゥを作った。

 ↓

 創造の女神は土から命を作れる。

 

 これを式①とする。

 

 

 ヘスティアは竈と火と祭壇と祭と鍛冶と薬剤と錬金術と魔術と言霊と文字と創造とetc.etc……の神である。

 ↓

 ヘスティアは創造の女神である。

 

 ここに①を代入すると

 

 ヘスティア=創造の女神は土から命を作れる。

 ↓

 ヘスティアは土から命を作れる。

 ↓

 ヘスティアは土を捏ねてエンキドゥを作れる。

 

 となる。

 

 つまり、ベルとして動いている俺にヘスティアが本格的に降臨して土を捏ねればエンキドゥを作ることくらい訳は無いと言う事だ。

 そう言う事で、俺は本格的にヘスティアとしての俺を降ろして土を捏ね、人型を作る。このまま命を与えてやれば……ほら、できた。名無しの土人形、所謂ゴーレムの試作品ってところかね。真理とか書かれてないけども。

 で、作った後は基本的に俺に従うように教え込んで、カレーを始めとした食べ物のことについても教え込む。産まれたばかりだからか吸収力が凄い凄い。これならあっという間に戦力になるだろうな。

 

 ……ああ、そう言えば名前を決めていなかったか。じゃあ、元ネタそのままエンキドゥで良いだろう。まだエンキドゥは作られてないはずだしな。確か本来エンキドゥが作られるのは、ギルガメッシュが圧政を行い続ける暴君であったから。それを諫めるため、あるいは殺すために神がエンキドゥを作ると言う事だったはず。そして今のギルガメッシュは暴君ではない。だったら作られるのは未来になるはずだ。

 と言う事で、俺はエンキドゥを作り出してバイト代わりにすることにした。正史……と言うか叙事詩のエンキドゥは作られてから暫く野獣と共に過ごしていたからこそ野性味があったのだろうから、初めからしっかり教育してやれば問題なく人間に馴染むことだろう。

 一番の目的は間違いなくカレー作りの後継者を作ることだが、残念なことに俺のカレー作りは難しいらしいからな。ポセイドンが食いたい時に食えるよう付き人に教えようとしたんだが、配合比率や味付けや合わせる材料にスパイスその物の調理法に加えて水やら産地やらにも拘ってみた結果、なんとびっくり泣きながら逃げ出してしまった。簡単に作る物だったり、自分で適当に食べる分ならともかくとして、他人に食べさせるために美味い料理を作るんだったらこれくらいは最低限必要だと思うんだがな?

 

 さて、叙事詩では獣と化していたエンキドゥは六日ほど愉しんでから人間の事を学んでいったようだが、俺が今回作ったエンキドゥはその六日間で様々な知識を頭に詰め込ませていくとしよう。まずは料理だ。別に何かを食べる必要は無いだろうが、それでも食べることは悪い事ではない。必要以上に食べるのは正直どうかと思うこともあるがな。

 料理と言ってもいきなりカレーを教えたりはしない。まずは簡単な焼くだけの料理。焼くだけと言っても材料を切ったりはするが、そのくらいは当然の事として調理手順から省くとしよう。最悪千切ってもいいし、エンキドゥなら自身の身体の形を変えることもできるはずだから刃にすれば切ることもできるだろう。加減を覚えてもらうためにまずは道具を使わせるがな。

 

 さあ、勉強の時間だ。きっちり戦力になってもらうために、ここでの勉強は欠かせんよ。と言うかギルガメッシュ叙事詩でエンキドゥが神に逆らった理由はそこにあるんじゃないのかと思うぞ俺は。教育ってのは一種の洗脳みたいなもんだ。しかも合法のな。だったら普通に考えて教育しない理由がわからん。違法ではあるが少年兵みたいな存在もあるんだし、どうしてやらんのかね。まったくわからん。

 



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竈の巫女、帰還する

 

 三週間後。そう、三週間もかかってしまった。エンキドゥに基礎の基礎と、基本の味を覚えさせるところまではできた。逆に言えば、そんな基礎の部分にすらそこまで時間がかかってしまったと言う事だが、それでも俺にとって、そしてエンキドゥにとっては大きな進展だと言える。

 結果的に完全とは言わないがエンキドゥにも理性や感情と言った人間らしいものが芽生えたし、言葉を覚えさせることもできた。実際には言葉を覚えさせるのが先だったんだが、そう考えれば三週間で言葉と最低限の調理を覚えたエンキドゥの頭は実に吸収が良い物だと言えるだろう。人間の物じゃない。まあ実際人間ではないが。

 

 そう言う事で最低限必要なことは頭に入れたはずなので、次は実践するために店に戻って来た……のだが。

 

「カレー……カレーが足りねぇ……力が……でねぇ…………」

「……」ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ

「かれーかれーかれーかれーかれーかれーかれーかれーかれーかれー」

 

 なんか凄いことになっていた。おかしい。このカレーには別に中毒を起こすような成分は入っていなかったはずなんだが……どうしたんだ?

 と言うか『カレーが足りなくて力が出ない』とか、どこのカレーパン男だ。あんパン男と一緒に黴菌男殴り飛ばしてろ。

 

 ……ん? なんかあそこでかれーかれー呟いてる奴……イシュタルじゃね? その隣で虚ろな目をしてる奴はこの国の未来の英雄王じゃないか?

 

 …………いや本当に何があったし。俺は今回は口には気を付けてたから変な副作用とかは出ないはずなんだが……。

 

 ……まあ、いいか。俺はこれからいつも通りカレーを作るだけ。このカレーが何とかしてくれるだろう。きっと。

 なんとかならなかったら? 何とかするんだよ決まってるだろ。

 

 そう言うわけでヘスティアカレーを再開したら、五秒で全席埋まった。そして凄まじい量の注文が舞い込んできた。

 

「一番席中辛3甘口2プレーンナンとサラダのセット5つトッピングチーズたっぷり、二番席中辛ライス8甘いナン2プレーンナン2辛いナン4アイスハーブティーピッチャー、三番席メガ盛りカレー丼サラダセット1、四番席唐揚げカレー風味定食1───」

「ハイハイお待ちどう、どんだけカレーに飢えてんだこいつら」

 

 呆れたようにぼやいてみるが返事がない。……そう言えば、カレーに使うスパイスの多くがメソポタミア世界では取れないのか。だったらカレーは作れないだろうし、そもそも真似して作ってみようとしても材料もない訳で……まあ、飢える理由もわからないではない。

 現代人だった頃の俺もたまにカレーが食べたくて食べたくて仕方無くなることもあるし、美食の限りを尽くそうとしても基本的に材料がないなら無理。つまり、カレーに飢えるのはある意味で当然のことだと言えるわけだな。

 

「……」ハムッ、ハクハクハクハク……ムグッ!?

「お水です」

「ゴキュッ、ゴキュッ……ぷはぁ。ありがとう」

「……いえ。ごゆっくり」

 

 お、エンキドゥもそういった気遣いができるようになったか。成長が早くて結構結構。できることならいつか友達でも作って家に呼んでくれや。歓迎してやるからよ。

 だが……名前は同じでも存在は違うはずだし、ギルガメッシュと親友になって盗んだバイクで走り出す的なことにはならないと思うんだが、少し不安だ。エンキドゥは純粋だからな。作りたてだし、精神の未熟さで言えばそこらの五歳児とそう変わらん。

 成長して、できることなら大成してほしいものだ。ならなくても構わないが、なってくれるのならそれは嬉しい。友人を沢山作る必要は無いが、親友と呼べる相手を作れるのなら作っておくべきだとも思う。

 それもまだ少し早いか? 成長が早くともできることとできないことがある。できないことを無理強いはしたくないが、できることならば自由にやらせてやりたい。

 作った俺が言うのもあれだが、エンキドゥは優秀だからな。

 

 



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竈の巫女、証人になる

 

 ギルガメッシュが暴君になった。三十秒後、エンキドゥがその左の頬に右拳を叩き込んで喧嘩が始まり、暫く国が荒れた。

 ただ、暴君になってから初めにしたことが『カレーを毎日昼に献上しろと命令する』ってのはどうかと思う。そうなる可能性があるのは知っていたが、まさか本当にそんな風になるとはな。

 予想外だったのはそんなギルガメッシュに対してエンキドゥが速攻殴りに行ったこと。暴力が良くないだとかそんなことを言うつもりは無い。少なくともこの時代においては暴力と言うのは立派な力の一つで、社会的にもよく使われるものでしか無い。国家間では戦争と言う形になるが、今のように個人の間でかつ周りの迷惑にならないような状態ならば問題ないだろう。

 

 つまり、周りに被害が出たら問題だ、って話なんだが。

 

 ギルガメッシュの頬に突き刺さるエンキドゥの拳。

 弾け飛ぶように首を逸らしながらもエンキドゥの脇腹に撃ち込まれるギルガメッシュの蹴り。

 吹き飛ばされた二人に巻き込まれて倒壊する家屋。

 

 瓦礫の中から同時に飛び出し、拳をぶつけ合っては衝撃波を撒き散らすギルガメッシュとエンキドゥ。

 衝撃波に巻き込まれて砕け散る露店や商店。

 

 ……まあ、これは完全に周りに被害出してるよな。止めるか?

 

「イシュタル。止めんのか?」

「敗北を知ること。あるいは同格の存在が居ると言う事を理解すること。それはギルガメッシュにとって成長に繋がるわ。しばらく放置」

「そうか。じゃあ俺もお前の注文しばらく放置することn」

「何をしている!住民を神殿内に避難させなさい!」

 

 掌返しの早いこと早いこと。そんなにカレーが欲しいのかこのいやしんぼめ。

 そんなことを考えつつも顔に出さずにイシュタルの前にカレーを置いてやれば、ぱくぱくもぐもぐとそれはまた結構な速さでカレーが口の中に消えていく。代金は払ってもらってるから構わないんだが、もしも俺がここからいなくなったらそれはマジで不味い事になるんじゃないか? カレー的な意味で。

 住民の避難は着々と進み、しかし暫く喧嘩は続く。少しずつずれていった結果、喧嘩の中心は町の外に移動しているが……そうなるまでの被害の大きい事大きい事。流石は神話時代の人間と、神格に作り上げられた人形だ。俺が生きていた頃の人間からするとどうにも考えられないな。完全に人外だ。

 

 さて、これは最終的にどっちが勝つことになる? できる事なら最後の最後にまでもつれこんでから全力の一撃をぶつけ合って引き分けてくれるのがこれからの事を考えると一番なんだが……。

 ギルガメッシュが勝ってしまうと暴君のままになってしまう。エンキドゥが勝ってしまうと世界がカレーに侵されてしまう。侵してるの俺だから後者に関しては何とも言えないんだが、少なくとも仕事が増えると言うのは間違いない。せっかくそれなりに戦力になる奴を作って来たのにそれでも間に合わなくなるのは困る。結構ギリギリな事をやってたしな。

 地平線の果てから聞こえてくる轟音を聞きつつ、俺は帰って来た時のためにカレーを作る。材料は出したが、俺がこうして手作りするのは最近では中々無いぞ? 客が多くなってからは材料ではなくできあがったカレーを出してる事が多いからな。

 これが必要な事なのか、それともそうでもないのかはわかりゃしないが、わざわざこっちの神のやることに首を突っ込んだりはしない。人間同士の争いや関係に神が首を突っ込んできたり、あるいは神同士のいさかいの代理戦争を人間を使ってやろうとしてたりするならば止めようとも思うが、基本的にそう言ったことにはならないからな。

 神が力を貸していた人間同士が争ったり、あるいは神が寵愛を与えていた者が個人的に争いを起こすのは……良くはないがままあることだし、神が手を出してそうしたわけじゃないから構わないんだが……人間が争っている所に神がしゃしゃり出てきて気に入らない方に一方的に不利な条件を飲ませたりとかは、俺としてはもうアウトと言って良い。多分そんなことがあったらこっそり殺しに行くだろうよ。できるかどうか、そして知れるかどうかは別として。

 

 ……終わったようだな。引き分けか。個神的にはよかったよかった。

 



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竈の巫女、叱りつける

 

 右を見る。視界に入る風景はまさに廃墟と呼ぶに相応しい物である。

 左を見る。視界に入る風景の殆どは廃墟としか言いようの無い物である。

 ゆっくりと周囲を見渡せば、建物の多くが倒壊し、それを何とか立て直そうとしている者達が見える。だが、恐らくそのほとんどはもう一度初めから立て直すことになるだろう。

 

 そして目の前を見下ろせば、そこには瓦礫から拾い出してきたギザギザになった石の板の上で正座をしているギルガメシュとエンキドゥの二人が座っていた。

 

「……俺が何を言いたいのかわかるか?」

「ここは(オレ)の国だ。我が何をしようと問題は―――」

「そこじゃねえよ馬鹿」

 

 とりあえず脳天に踵を落とす。ギルガメッシュを中心に数十センチほどが陥没し、クレーターとなった。加減したとはいえ威力が大分散らされているな。しかもそれが無意識のうちの物だから叱るに叱れん。どんな状況でもできる限り被害を小さくすることを考え、実行するのは王としては非常に正しい行動だからな。

 下腿が地面に埋まり、「ぬおぉぉぉぉ……」と呻き声をあげて悶え苦しむギルガメッシュの声が聞こえるが、自業自得と言うことで一度スルー。今度はエンキドゥに向き直る。

 

「何か言いたいことはあるか?」

「周りを見ないで始めたこと以外に後悔も反省も無い」

「なるほど。つまり三日間も食事を抜いて反省も後悔も無いと言うことはいらんと言うことでいいな。明日から主食は豆サラダにするか」

「やめてくださいしんでしまいます」

「大丈夫だ。カレーが食べれなかったせいで死んだ奴は今のところいないからな」

 

 死ぬ前に食わせたからだと言うのは黙っておく。本当にゼウス達に言ったあれは痛恨だった。冗談だったのに本当になるとは……と言うか思い込みで身体が腐るようになるとか予想できるか。当時はまだ神のことについて詳しく知っていた訳じゃないから仕方ないと言えば仕方ないことかもしれないが、まさかなぁ……。

 ……まあ、もしかしたら腐るだけで生き続けるかもしれんしな? 全身の骨肉が腐り落ち、神経と言う神経が腐敗菌から来るガスによって内側から弾けるようなことになっても、神であるならば生き続けることはできるかもしれない。保証はないがな。

 

 さて、俺は別にこの国の神って言う訳じゃないし、メソポタミア神話群の神とされてはいるがはっきり言って外様の神だ。ギリシャ神話の出身だしな。

 だから、この国がいくら壊れようとも個神的には全く問題ない。問題は無いが、だからと言って何をしてもいいと言う訳じゃない。やっていいことと悪い事ってものがある。あくまで個神の意見だから聞き流してくれて構わないが、何の力もない奴を自分だけのために争いに巻き込むと言うのは良くないことだろう。絶対に駄目とは言わないし、力が無いのに自分から巻き込まれに来たりすることもあるのだ。そう言う時には止めなくてもいいと思っている。自業自得だ。

 で、今回こいつらはそう言った者達の多くを巻き込んだ。国は確かに王の物だが、しかし民の全てが王の物と言う訳では無い。民にも好みがある。意思がある。心がある。そう言った物まで侵す権利は王には無い。

 ……そう言った物を侵した結果、暴君ではなく魔王と呼ばれた者もいる。魔王はいつの時代においても勇者と言う名の極少数の反乱者に殺されるものだ。不思議なことに、その多くは魔王が信頼してそばに置いていた者による毒殺と言うものが非常に多いんだがね。

 

 その点こいつらは恐らくもう大丈夫だろう。暴君ではあるが魔王ではないギルガメシュに、やろうとすれば暴君を殺すことのできるエンキドゥ。暴君として民を愛することができるようになった今ならば、そうそう問題らしい問題は起きないはずだ。いや、問題は起きるかもしれんが、致命的な物にはならないだろう。多分。

 



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竈の巫女、帰る

 

 ギルガメッシュは人であり、同時に神である。神であるがゆえに不老であったが、しかしその不老は神の呪詛によって打ち消され、人間のそれと変わらない程度まで削られた。

 だからこそ、不老であるはずのギルガメッシュは再び不老不死になるために薬を求めて旅をしていたわけだ。

 

 では、この世界のギルガメッシュはどうなのかと言うと……。

 

「はぐっ!はぐはぐっ!がふっ!」

「……もう少し味わって食べてほしいんだけど? せっかく僕が作ったんだからさ」

「……はむ……もぐもぐ……はく………………ガツガツガツガツ!」

「二口が限界かよぉ……君らしいけどさ」

 

 カレーに魅了された。そしてカレーを食べると若返るようになった。意味がわからない。カレーにそんな効果は無いはずなんだが……どうしてこうなった。むしろ何がどうなればこうなる? 意味がわからん。

 

「ふも、ふももっふもぐもぐむぐっ」

「口にカレーが入ってるのに喋るの辞めようね。と言うか喋れてないよ」

「ふも? もぎゅっぐもぐ?」

「いや、わかるよ? 僕はわかるよ? でも僕がわかるのとギルが喋れてるのには関連無いから。ギルは喋れてないけど僕がわかるってだけの話」

「もっぎゅ!」

「はいはいありがとね親友」

 

 こいつらが何言ってるのかわからない。と言うかあんだけもぎゅもぎゅしながら喋ろうとして失敗してるにも拘らずカレーが全く溢れてない。何を極めようとしてるんだよこいつは?

 

「……で、俺の予言通り振られたイシュタル。何か言いたいことは?」

「まだ振られてない!結婚するならエンキドゥより美味いカレーを作れる奴とじゃないと嫌だって言われたから努力してるところだ!」

「…………その論理だと現在あいつと結婚できる可能性があるの俺だけじゃね? しないけど。……しないって言ってんだろうがそんな目で俺を見るな」

「もぐっぐもぐもぐもぎゅもぐ!」

「何言ってるかわからねえ。エンキドゥ」

「『漸く(オレ)に毎日カレーを作ってくれる気になったか!』だってさ」

「毎日食いに来い。そうすれば毎日作ってやる。客としてだがな」

 

 俺はいつものようにそう返す。いつも通りと言うだけあって、もうこの台詞も百や二百では効かないほど口にしてきた気がする。実際に気のせいではなさそうだが。

 

 それに、俺は結婚する気は無い。相手が男であろうと女であろうと、どうにも合わんのだ。男だから、女だから、人間だから、神だから。理由はよくわからないが、どれもこれも俺とは違う存在に見えて仕方ない。

 そう言う理由もあって、ギルガメッシュを相手に婚姻を結ぶようなことはまずありえない。よほどのことが無い限りな。

 それに、もしも本当に『よほどの事』が起きてしまったら、俺は多分さっさとこの世界から出ていくだろう。万が一そうなっても大丈夫なように、材料を生み出す大釜とその材料から物を作れる存在を作り出したのだ。今ではそれに加えてこの世界出身の神格の一柱も努力しているようだし……今、俺が居なくなったところで何も問題ないような気もする。

 そうだな……この世界にも結構長居したことだし、そろそろ新しい世界に行くか、あるいは一度元居た世界に戻ってみるのもいいかもしれん。それなりの時間をこの世界で過ごしたし、もしかしたらこの身体にも調整が必要になっているかもしれん。メンテナンスとして帰ってみるか。

 

 そうと決まればやることは単純。竈を置いて、手紙を書いて、ヘスティア()から直通で大釜のスペアを送ってもらってそれからこの国を出る。竈があればヘスティア()は大体どこからでも見ることができるし、大体どこにでも物を送ることもできる。人を送ることもまあできなくはない。つまり、この店が存在している限り、来ようとすればいつでも来れるわけだ。

 では、こっそりと。

 



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竈の女神、調整する

急遽実家に帰ることになり、遅くなったことをお詫び申し上げます


 

 戻って来たベルを一度眠らせ、精査する。すると動かしていた間は気付かなかった様々な問題が浮かび上がってきた。

 

 まず、身体について。人間として作ったはずのその身体は、背に刻んだステータスの効果かそれとも神器で出したものばかり食べていたせいか神のそれに近くなっていた。これについてはベルに宿りつつある神格を分離して吸収すれば問題ない。俺がベルの集めた分の信仰を受けることになるが……カレーの女神として凄まじく信仰されているな。俺は確かにカレーの女神ではあるが、それ以前に竈の神の筈なんだがなぁ……。

 

 そして出てきた問題その2。ベルの身体に刻まれたステータスだ。

 

 

 

 神造人間完成型試作一号機『ベル』

 Lv.2058

 力:S912 耐久:C655 器用:SSS5209 敏捷:E495 魔力:SSSS10557 幸運:SSS 異常無効 疑似神格:B 料理術:SSSS カレー製作:SSS 薬膳:SSS

 

 

 《魔法》

 【カマドガミ】 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 

 【マジックキャスター】 ・ヘスティアの使える魔法を使用できる。

 

 

 《スキル》

 【竈神の言う通り(ヘスティア・ミィス)】 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。反転、調整しようとすると反動あり

 【カレーの神様(カーリー・カリー)】 ・カレー作成技術に極大の補正がかかる。カレー以外には若干の補正。

 

 【武神(ウエポンマスター)】 ・近接戦闘及び武器使用時に特大の補正。

 

 【創造者(ナイナラツクレ)】 ・今まで存在しなかったものを製作する際に極大の補正。

 

 

 

 おかしい。俺は竈の神だと言うのになぜカレー神や武神の扱いをされているんだ? 流石に創造神の扱いはされていないようだが、それにしてもおかしい。

 ベルの身体は人間のそれであるように作った。だと言うのに出てきたスキルには『神』の文字。人間の中ではかなりのものであるようにしたが、それでもまだ人間である筈なのだ。

 

 最後の問題は、寿命についてだ。カレーを食べれば問題ないが、どうも元々の寿命を大きく超過したが故の反動のようなものを受けているようだ。

 身体能力や精神状況には何も影響はないが、使い続けた身体に全体的にガタが来はじめている。今のうちに治しておけば問題ないだろうが、少々時間が必要だ。具体的には一月ほど。上手いことやれば数日でも行けそうだが、初めての試みであるわけだし慎重にやった方がいいだろう。

 ……それに、ステータス自体の調整もしないといけない。神の力はそれぞれの神によって多少違うもの。それを利用すれば俺の刻んだステータスを他の神が利用することはできなくなる。参照するだけならできるだろうが、それも後々変えてしまおう。やろうとすればできないことではないからな。

 具体的にはパソコンの暗証番号的なやつ。長すぎると面倒だが短すぎると簡単に使われてしまうような物だが、それを弄っているのがこちらにわかるようにすれば暫く時間を稼ぐだけでなんとかなるしなんとかできる。

 いつの時代も個人認証は重要だ。それを怠ると面倒なことになる。それもちょっとした面倒ではなく、社会が一つ崩壊するような大きな面倒に繋がる可能性も0ではない。

 それは人間の社会に限らず、神格の作る国にも当てはまる。要するに、でかい上に致命的になりうる面倒を回避するために、普段のちょっとした面倒を続ける訳だ。必要ではあるが、その必要性を理解しにくい。しかもその必要性を理解できるのは、致命的な状況となってから。無くしてからその必要性に気付く物は、大概そこに存在するのが当たり前となってしまうほどに大切な物であることが多い。

 ……まあ、失ってからもう一度得ようとするのは何であろうと非常に難しいものだ。それが大切なものであればあるほどにその傾向は顕著である。

 例えば、平穏な生活などはその筆頭とも言えるだろう。俺にはもう期待できないものだな。



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土人形、友と共に

 

 人形として作られ、にも拘らず意思を持ち、人として動く。そうやって産まれた僕が、こうしてちょっと手のかかる友達と、そんな友達に惚れてしまっている神様と、楽しく過ごせるようになったのは……きっと僕を作り、様々なことを教え込んだあの人のお陰なんだろうと思う。

 

 よくわからないようで分かりやすくて、けれどやっぱりよくわからない人だった。

 人間同士の争いに、直接的に神が手を出すことをよしとしない。けれど、人間の方から神に助けを求めてきたり、あるいは戦いが始まる前からある神が加護を与えていたり、契約によって決められていたことを実行する分には何も言わない。まるで子供の喧嘩を眺める大人のような、もしくは虫同士の戦いを見て楽しむ観客のような、そんな雰囲気を持つ不思議な人だった。

 僕に料理を教え、意思を与え、知恵を与え、人間と同じように、あるいは人間よりも幾分優れているよう作り上げたかの神に仕える巫女。あるいはその神に使われる、僕と同じ人形。あるいは神が地上で人間として動くために作り上げた化身。あの人はそう言う存在で、同時に何物でもない存在。

 神の視点と、神の思考。人の視点と、人の思考。神であり人であり、神でなく人でない。何者であるかもわからず、何者でもないと同時に何者でもある。あの人を一言で表すならば、よくわからない人、としか言いようがない。

 

 僕のこの言葉を聞いて、あの人は『どこの這い寄る混沌だ』と笑っていたけれど……這い寄る混沌、と言う言葉にはなんと言うか、恐ろしい物を感じてしまった。

 その這い寄る混沌と言う存在について聞いてみると、割と簡単に教えてもらえた。とある世界、少なくともこの世界ではないどこかの世界において、世界の万物を生み出し、その中心で呪詛の言葉を吐き散らす古き神に仕える眷属神の一柱とされる架空の神、であるらしい。精神の拠り所を失った人間達を上手く操るために数人、もしくは数十人の人間達が作り上げた架空の神話の存在であるそうだ。

 まあ、どんな存在であろうとも僕とギルがいればこの国を守ることくらいはできるはずだ。ギルは王だし、僕は神造人間。そしてここにも多くの神が存在している。勝てないとは思わない。

 

 だから僕は今日も、いつもと変わらずカレーを作る。あの人に教わったカレーを僕なりにアレンジして、国の人達に、神々に、ギルに振舞う。誰もが夢中になって頬張り、店をやっている最中は大体いつでも竈はフル回転だ。

 イシュタルも、僕のカレーを食べに来ては悔しそうに僕の事を睨みつけて去っていき、そしてまた暫くしてカレーを頬張っては僕を睨みつけると言うのを繰り返す日々。材料についてはこちらから都合をつけているし、僕はイシュタルに恨まれるようなことはしてないはずなんだけどなぁ……。

 

 あ、そうそう、そう言えばなんだけれど、僕は中性だ。男にもなれるし女にもなれる。両方同時にもなれるしどちらにもならないと言う事もできる。

 そんな僕の身体の事を知ったギルから、結婚を申し込まれることになった。あの人風に言ってみるなら、どうしてこうなった、だね。

 

 ……僕、土人形なんだけど、子供って作れるのかな? 多分無理だと思うんだけど、もし次にあの人に会えたら聞いてみようかな。ギルにプロポーズされたって言うのも併せて。

 あ、もしかしてイシュタルに睨まれる理由ってこれ? 僕悪くないよね? カレー作りが上手で毎日カレーを食べさせてほしい的な理由でのいわば友達付き合いから一歩進んだ感じの結婚だろうし僕は悪くないよね? 悪い物があるとしたら僕の腕と比較した時のイシュタルのカレー作りの腕くらいだよね? イシュタルって基本美神だし、性格……は、あれだけど、貞操観念…………も、かなりあれだけど……まあ、とにかく僕は悪くない!はず!

 



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竈の女神、整える

 

 いくつかのセキュリティと制限の付け直し。根本的な見直しとしてスキルの数の制限にレベル上げの方法の変更。流石にベルの場合は俺から離れて行動することが前提となっているので直接触れなくても弄れるようにするが、基本はほぼ接触状態でなければ弄れないようにする。

 それからレベルだが、今までのような細かく上げる方式ではなく一つ一つのレベルの間に大きな差をつける。差が一つならやり方次第でひっくり返せなくもない程度として、二つ離れれば絶望的と思えるくらいの倍率に。

 また、成長によって得ることができる経験値に差をつける。自分と同格だったり自分よりも強い相手と本気で戦った時や、一体一体は強くないが凄まじい数の群れと戦った時など、自分の限界に挑戦しているような状態では得られる経験値も多く。集中できていなかったり、余裕がある相手をわざと嬲り殺したりしても経験値は殆ど得ることができないように。基本はレベルで決まるが、ステータスの高さも多少考慮に入れる。

 レベルは既に十分に高くなったと言えるだろう。メソポタミア神話の神は総数およそ2100。そのうちの殆どがベルの作るカレーの虜となった。結果がこのレベルであり、ステータスであり、スキルである。

 だが、新しく作り上げたステータスではそうはいかない。レベルを一つ上げる度に必要な経験値の量が遥かに多くなり、さらに日常を過ごしているだけでは上がらないようにもしておいた。

 何らかの偉大な行い、つまりは偉業を成さなければレベルが上がらないようにしてある。代わりにレベル一つ分の役割が大きくなり、レベルの差が戦闘能力における重要な位置を占めるようになった。誰もが全く同じように成長するわけではないが、それでも誰もが英雄として成り上がっていくための基礎を作り上げることができるようになるわけだ。

 そこで、ベルに刻んだステータスのα版をαⅡ版に移行し、それまでのレベルとステータスを新しい物に差し替えた。レベルが非常に上がりにくくなっているαⅡ版で、一体どの程度になるのかを少し楽しみにしている。

 

 さて、結果は……?

 

 

 

 神造人間完成型試作一号機『ベル』

 Lv.13

 力:S912 耐久:C655 器用:SSS5209 敏捷:E495 魔力:SSSS10557 幸運:SSS 異常無効 疑似神格:B 料理術:SSSS カレー製作:SSS 薬膳:SSS

 

 

 《魔法》

 【カマドガミ】 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 【マジックキャスター】 ・ヘスティアの使える魔法を使用できる。

 

 

 《スキル》

 【竈神の言う通り(ヘスティア・ミィス)】 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。反転、調整しようとすると反動あり

 

 【カレーの神様(カーリー・カリー)】 ・カレー作成技術に極大の補正がかかる。カレー以外には若干の補正。

 

 【武神(ウエポンマスター)】 ・近接戦闘及び武器使用時に特大の補正。

 

 【創造者(ナイナラツクレ)】 ・今まで存在しなかったものを製作する際に極大の補正。

 

 

 

 ……レベルが一気に下がったが、まあ、悪くはない。神の常連の数が1、5、10、25、50、100、250、500、777、1000、1500、2000柱になった時に上がっているようだ。

 ステータスについてはそのままだが、レベルの換算方法が変わったのがいったいどの程度の違いとなるか。その辺りを理解することから始めなければならないな。今までの身体とそう変わらなければいいんだが……。

 

 それじゃあ後はこの身体のメンテナンスだな。しっかりやってやらないと変なところで壊れるかもしれん。そうなったらもう一度作るのは面倒だし、大切にしてやらなきゃならん。

 ……そうだ。背中のステータス自体を隠せるようにしておいた方がいいな。その辺りも調整しよう。読めるやつがいるかもしれんしな。

 



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竈の女神、改造する

 

 ベルの身体のフルメンテナンスを終え、ステータスを最新型に書き換え、今までのデータを移行し、結果として出た数値を調整し、ようやくそれなりにまともに身体を使えるようになった。これで暫く使い続けても問題なく動くようになっただろう。メソポタミア神話世界では数百年程度の時間は過ごした。同じ程度の時間ならば全く問題なく動かし続けることができるだろう。

 ……いや、以前の最高を今でも最高だと言うのは進歩をしなければいけない一生物として少々恥ずかしい。なんとか手を加えてみるのも面白いかもしれない。

 そもそも、人間が完成すると言うことはまずあり得ないのだ。ならば進化と言う形ではなく、調整や改造と言う形で行えばなんとかなりうる。時代や土地に対しての最適な進化には時間とその場所での生活が必要だが、調整や改造には必要な物は多くない。用意するのも難しくない。

 まあ、改造するのは簡単だ。ステータスという形で加護を与え、成長できる幅を広げているのだから多少無茶な改造でも問題はない。流石にどこかの00なサイボーグのように膝からマイクロミサイルを撃ったり奥歯を噛み締めて加速したりは難しいが、筋肉の繊維の数を増やして質も変えて更に大きな力が出るようにしたり、それに合わせて骨の成分を変えてより頑丈にすることくらいはできる。

 

 ……改造の権能か。今更新しく権能を得るとは……やはりまだまだ伸びると言うことだな? ここ最近伸び悩んでいたから少々嬉しい。伸ばしていこう。

 まずは骨の強度を上げる。物質としての強度をそのまま上げるのは難しいが、術を使えばやりようはある。以前は骨の内側を通る管を使ってルーンを再現したが、今回は同じことを筋肉や皮膚、神経でも行う。

『停止』、『氷』、『死』等を表す『I(イサ)』を使うことで皮膚をより強固にし、筋肉の遺伝子配列から『力』を意味する『U(ウルズ)』を作ることでより筋肉の出力を上げ、神経とその周囲の細胞から『情報』、『信号』、『神』を表す『A(アンサズ)』を組み上げることで伝達速度を上げる。

 また、そうして作り上げた無数のルーンを取り巻くように『空白(ブランク)ルーン』を配置することでそれぞれのルーンの効果を増幅し、同時にブランクルーンの持つ『未知』と『新たな可能性を導く』と言う効果によって更なる拡大解釈をすることができるようになる。

 そして『変化』と『成長』と言う意味を持つ『E(マンナズ)』、『創造性の強化』と『闇を照らす導きの光』の『W(ウンジョー)』、『大切な物を守る』効果のある『N(ナウシズ)』、『継続した努力を実らせる』効果もある『収穫』のルーンである『J(ジェラ)』、『幸運や運命を味方につける』『P(パース)』、『実力を発揮』し『完全』となる『S(ソウェイル)』。様々なルーンを刻み込む。文字の神として多少成長している今ならば、昔のように一部のルーンしか刻むことができないと言う事はない。どのルーンであろうとも十分な効果を発揮できるように、上手く組み合わせていく。

 

 ……ミクロ単位での作業を続けていたせいか、また色々と得る物があった。権能そのものはともかく、今持っている権能のうち使っている物の深みが増した。そう言えるような状態だ。

 文字の権能。生体の権能。創造の権能。破壊の権能。芸術の権能。その他諸々。自分で言うのもあれな気がするが、いったい俺はどこに向かっているんだろうな。

 

 ……まあ、どこであろうと構うまい。俺は俺としてしか生きれないのだし、俺の行きたい方向に行くとしよう。

 まずは……そうだな、これが終わったらベルをケルト方面に……いや、ローマ神話の方に行かせてみるのも面白いかもしれない。時期的にはローマ神話の方が古いが……確か、ケルト方面の最大の英雄、ケルト版ヘラクレスことクー・フーリンは一世紀ごろの英雄だったはず。それならローマ神話方面か、あるいは北欧神話方面を先にした方が良いかもしれんな。

 絶対に行きたくない場所と言えば……インド神話方面だな。あそこの神とは性格が合わん。エジプト神話方面ならギリシャ神話と多少の共通点があるから悪くは無いんだが……やれやれ、迷う迷う、と。

 



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竈の女神、籤を引く

 

 現在、西暦にして紀元前1800年ほど。そう考えると、これから行ける神話は限られる。何しろまだ文明が始まっていなかったり、確立していない神話もあるからな。神話として確立していなくとも神の存在する神話だってあるんだが。

 まず、日本神話。神は生まれている筈だし、国産みもそろそろできているはずだ。あれは時代考証が難しいが、少なくとも神が産まれ、国が産まれてから数百年ほどして人が産まれている。日本において古事記として残っているのが西暦にして七百年代頭によるものだとされているから、とりあえず神はいるはずだと予想する。

 次に、ローマ神話。建国神話はもう少し先の筈だが、それ以前の神話が存在している。ギリシャ神話の神格と同一視されることも多いが、同一視されない神も存在する。近場ではあるし、割と簡単に行き気ができそうなのが売りだな。

 そしてケルト神話……だが、これについてはパスしたい。一番面白そうである大英雄の時期がまだ来ていない。1800年ほど早い。それに、ケルト神話はその多くの口伝が失われ、文字が無かったせいで残っている物が神話のほんの一部しかないことで有名な神話だ。なにが起こるかわからないと言うのは面白くもあるが、あそこの神話には神殺しの英雄がいる。具体的には影の国の女主人などだな。

 あとインド神話。行く気無いからパス。まず間違いなく性に合わない。

 中国神話……これは正直宛にならないから無視する。自分を必要以上に大きく見せようとしないと生きて行けない文化とか本当に怖すぎる。お隣の泣く子は貰いが多いを実践する国並みに怖い。

 あと……そうそう、現代まで続いていなかったアステカ神話やマヤ神話辺りも面白そうではある。なにが起きるのかわからないと言うのもまた旅の楽しみと言えるだろう。

 

 と言う事で、ここに籤を作ってみた。日本神話、ローマ神話、アステカ神話、マヤ神話、そして出してはいなかったが北欧神話とエジプト神話の六本の籤がここに入っている。次に行くところをこの籤で決めようと言う訳だ。

 ただ、この籤は俺が作った物だ。だから、俺は柄だけでもどの籤に何と書いてあるかがわかってしまう。そこで一度目を閉じ、祈り、構え、引く。引いたもので一度中身をかき混ぜ、戻し、もう一度引く。これでまず間違いなくランダムになるはずだ。

 

 ……何だったか、確かこんな感じのネタが一つ……ああ、そうだ、感謝の正拳突き一万本だ。毎日一万回、感謝の正拳突きをしてみたらその拳は音を超え、おっそろしい魔拳が出来上がっていたとか言う話だったはずだな。

 流石に今回までそれに肖るつもりは無いし、そもそも意味が無い。態々一回のために一万回とか、間違いなく狂気の沙汰だ。しかもそれで加速されるのがくじ引きの速度とか、役に立たないにもほどがある。

 そう言う事で、俺は普通に引くことにする。まあ、結局のところどこもそれなりに面白そうだし、どこになっても問題は無い。……いや、まあ、北欧神話だけは若干問題があるような気もするが、門など使わず直接転移すれば大丈夫なはずだ。あの神話でギャラルホルンが吹き鳴らされるのは世界の外側から敵の軍が大挙して押し寄せてきた時だけの筈だからな。

 がしゃがしゃとかき混ぜて、一本取って、またがしゃがしゃとかき混ぜて、戻して、もういちどがしゃがしゃとかき混ぜて、それからようやく一本を選ぶ。

 それから目を開けてみてみれば、俺の手の中には一本の籤。さて、今度はいったいどこに行くことになるのかね?




そう言う事で、活動報告にてアンケート実施


















しません。


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竈の女神、矢が立つ

(白羽の矢的な意味で)


 

 金色の林檎。ギリシャ神話において、不和の神より最も美しい女神へと贈られたその実。それがなぜか俺の目の前においてある。

 その林檎から視線を上げれば、三柱の神格が俺を見つめているのがわかる。

 ゼウスの現在の妻である婚姻と契約の女神ヘラ。ゼウスの娘である知恵の女神アテナ。そして俺の義理の娘の妻である美と性愛の神アフロディテの三柱。この三柱が金の林檎を受けるに相応しいと名乗りをあげたのだ。

 そして、その場において最も偉かったが故に林檎の所有者を決めることになったゼウスは本当に焦ったようだ。

 なにしろ一柱は自身の妻であり、普段はあまり表に出さないものの怒ると口に入るもの全てに凄まじい量の砂糖を使うことで抗議してくるヘラ。もしもヘラを選ばなければ、それから暫くの間食べるもの全てが比喩ではなくゲロ吐くほど甘い味付けになることは間違いない相手。

 一柱は自身の娘であり、ガイアの予言のせいで自身が勝てないことが運命付けられてしまっているアテナ。彼女を選ばなければ、その勝気で徹底的な性格からどんな報復が飛んでくるのか分かった物ではない。ゼウスがゼウスではなくオーディンだったのならともかく、ゼウスはゼウスだからな。

 そしてアフロディテ。美の神であるだけあってひたすらに美しく、同時に性に奔放な性格のためゼウス自身も何度も世話になった関係にある相手。けして選ばなければならない理由はないが、しかし同時に選ばなかったときの反応が最も理解できない相手。選ばなかったのに次に閨に呼んだりすれば、もしかすると次の日には全裸で縛り上げられて門の前に吊るされた主神の姿が曝されることになる可能性すら存在する。

 ゼウスは迷っただろう。凄まじく迷ったことだろう。そして迷いに迷った結果───俺に決断を押し付けてきやがったと言うわけだ。

 

 まあ、とりあえず今度の月一カレー日にはゼウスが食べるカレーにだけヤバイもの混ぜておくことにして、俺は俺でさっさとこいつらの中から黄金の林檎を受け取ることができる奴を選ばなくちゃならない。

 ……さて、どうすっかなぁ……。

 

 ヘラ。俺の妹で、年に一度、身も心もリフレッシュするという言葉がこれほどに合うだろうかと思うくらいに化ける。その時の美しさは、それこそ手を触れがたい程の物。美を司るアフロディテですら、その時のヘラには及ばないだろう。

 逆に、常に美しく在り続ける存在がアフロディテだ。ヘラの特に美しい時期を除けば、アフロディテは最も美しい女神。それは誰もが認めることであり、同時に誰もがそう認めるからこそアフロディテは美しい存在として居られる。概念的にもそう言うものなのだ。

 もしも、美しさを数字で正確に表すことができるならば、年間の平均値が最も高いのは間違いなくアフロディテだろう。

 

 さて、ここで言及されるのがアテナだが……正直なところ、俺はアテナという女神のことをよく知らないのだ。

 ゼウスの頭をヘファイストスがカチ割って産まれてきたと言う事は知っている。ヘファイストスから『なんかうちの親父が「頭痛いから割って中見てくんね?」って言ってきたんだけど……』と相談を受けたからな。ちなみにその相談には『あいつは昔自分の権力を絶対的な物とするために当時の妻と自分の間に生まれる子供が生まれてこないように妻を水に変えさせて飲んだんだよ。今その子供が頭の中に居るから、割ってやれ』と答えておいた。ガイアから貰った予言の権能をこっそり使ってゼウスから産まれる子がゼウスと争った場合、ゼウスは何やかんやあって最終的に負けると言う予言をしておいたので、俺にとってアテナは対ゼウス用の最終兵器扱いだったりするが、それでもよく知らん。知ってることと言えば、やや頭が花畑と言うことくらいだ。天真爛漫さ、美しさと言うより可愛らしさで言えば三柱の中では断トツなんだが……美しさでは、なぁ……。

 ちなみに予言については俺が勝手に一人でやったので、俺以外に知ってる奴はいない。そう言う事を広く知らせると面倒だからな。

 

 さて、誰を選ぶかね。

 



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竈の女神、竈に向かう

 

 もう色々と面倒になったので、正確に三分の一ずつに切り分けて三柱の口の中にねじ込んで終わらせた。はっきり言って美しさなんて個人の趣味の範疇だ。俺に聞かれてもそんなものわかるか。

 美しさを数値で表す? その数値はどう決める? そして、その数値は絶対の基準となりえるのか?

 感情は形の無い波のようなものだ。何度見ても全く同じだけの感動を得ることができる物などそうは無く、また同時に全く同じものを見ていたとしてもその感情の方向すら同じものであるとは限らない。例えるのならば、どこかの英雄王と外道神父、そして正義の味方になれなかった男と正義の味方になってしまったものが全く同じものを見たとして、片方はその光景に愉悦を覚え、片方はその光景に嫌悪を抱く。あるいは同じ物を見ても喜びと怒り、悲しみと喜悦、無感動と感心などなど、見る物によっても様々に変わる。

 そんなものを数値化するとなれば、相当な労力が必要となることだろう。俺はそんな面倒臭いことは御免だ。

 なので林檎はさっさと三等分して食わせ、種だけもらって畑の一角に撒いてみた。流石に黄金の林檎は取れないだろうが、普通の赤い林檎でいいから欲しい。果物はカレーに合う物が多いし、ナンに混ぜる果汁も今までは柑橘系が多かったが林檎の風味を付けられるようになると言うのは大きい。

 ここである程度大きくなったらタルタロスに植樹して、蜂たちに受粉を任せつつ蜂蜜と林檎を作るとしよう。きっと子供舌な連中によく合う甘口カレーが作れるようになることだろう。俺は中辛ぐらいが一番好きだが、辛口や甘口も嫌いではない。

 

 ……とまあ、ここまでは良い。俺もここまでは望んでやったことだ。だが……

 

「でかくなるの、早いな」

 

 目の前には巨大な林檎の木が聳え立っていた。このままだと少しばかり……いや、正直に言おう。かなり邪魔なのでさっさとタルタロスに丸ごと転移させ、植え直す。空間置換は事前に少しばかり手間がかかるが、直接持って行くのに比べればかなり楽でいいな。

 そして予定通りに蜂たちにこの木の世話を頼み、木の方にもあまり変な形態進化はしないように言っておく。林檎の木が突然に蜂を食べる食虫植物になったりしたらいろいろ困るからな。蜂たちからの蜂蜜の供給が止まれば、中々甘い菓子が作れなくなってしまう。この時代において甘味と言うのは非常に貴重な物だからな。

 そうならないように注意しておいたが……もしかしたら言うまでも無かったかもしれないな。きっと仲良くやってくれることだろう。

 

 まあ、これで暫くすれば林檎が取れるはずだ。林檎の季節になったら取りに来るとしよう。その時のために、林檎を使った料理や菓子のレパートリーを増やしておこう。今のところ、カレーに使ったり糖蜜付けにしたものをケーキに使ったりとかしか思いつかないからな。

 竈からかなり派生したものではあるが、俺はこれでも料理の神で、菓子作りの神でもある。林檎を使った料理の一つや二つ、作れないでどうするっての。

 ……確か、林檎と林檎ジュースを使ったリゾットなんてものがあったな。どっかの漫画で。今度作ってみよう。

 それに、酒だ。林檎の酒。それに蜂蜜酒に林檎を漬け込んだりしてみれば、また少し違った風味が楽しめることだろう。考えることはいくらでもあるし、できることもいくらでもある。黄金の林檎は知恵の果実とも言うが……どうせだ、その『知恵の果実』をふんだんに使ったパイでも焼こうかね。

 今は残念ながら林檎が無いから、代わりにミートパイでも作るか。鴨肉を使ったミートパイ。鴨の油を一滴も逃さず作り上げれば、しっとりとしたいい風味になるもんだ。

 

 ……ああ、やばい、考えてたら鴨肉使ったカツとカレーを一緒に食べたくなってきた。作るか。

 



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竈の女神、新作料理

 

 ラー油。中華料理によく使われる調味料であり、唐辛子の辛味を油に溶け込ませて作られる。唐辛子以外にも多くの香辛料を使い、風味を変えたりすることもあるが……大概は唐辛子の味しかしない。そう言うものだ。

 だが、俺はこう考える。辛くないラー油があったっていいじゃないか、と。ただの香味油になる気もするが、気にしない。ついでに某辛いような辛くないようなやっぱり少し辛いと言う商品名のラー油も普通にあるが、現在のこの世界には存在しない以上俺がそれを作ることに些かの問題もないことは明らかだ。

 

「で、俺達に作った料理の試食をしてほしいと」

「そうなるな。嫌ならいいぞヘファイストスに頼むし」

「Q1、カレーですか」

「A1、カレーではない」

「帰る」

「わかった。マーボーカレーの試食は別の奴に頼m」

「いやだなぁロリ姉貴俺が試食を受けない訳ないじゃあねえかよぉげっへっへ」

 

 ちなみに俺の中ではマーボーカレーはカレーではなくマーボーだ。特に今回のはマーボー寄りに作ったから余計にな。

 で、辛いのが比較的行ける奴らを集めた結果、面子はこんな感じになった。

 

 1、我らが主神ゼウス。

 

「林檎を渡す相手を決めないで姉に決定権を渡したら次の日から料理がみんな死ぬほど甘くなった。ボスケテ」

 

 2、海神ポセイドン、通称ポッセ。

 

「マーボーカレーはマーボーの入ったカレー。つまりカレー。マーボーが何かは知らんが楽しみにしてる」

 

 3、冥界神ハデス。俺の弟の中で一番年上で一番ショタ。

 

「ヘスティア姉さんの新しい料理を食べないとかちょっとあり得ないですね」

 

 4、俺の義娘、火山と鍛冶の神ヘファイストス。若干炎と雷の権能もあり。

 

「普段のカレー、美味しいけど辛さが物足りなかったの……凄く、楽しみ」

 

 5、英雄王ギルガメッシュ&エンキドゥ。

 

「……カレーを注文したら突然神界に飛ばされて見知らぬ神と共に食卓を囲んでいる件について」

「諦めるといいんじゃないかな。ベルさんの本体だし」

 

 以上、六名によって俺のマーボーカレーの試食会が開かれることとなった。ちなみにだが、今はこの家の中の時間をかなり弄ってメソポタミア神話世界の地上と同じ程度にしているのでギルガメッシュの治世に問題は無いだろう。多分だが。

 ちなみに、ギルガメッシュはあれから結構な時を過ごした。具体的には数百年ほどだが、まだ生きている。このまま中世まで生きていてくれれば、侵略してきた某宗教とか返り討ちにできるんじゃないかね? エンキドゥもいるし。

 

 まあそれはそれとして、調理開始と行こうか。マーボーとカレーに共通の具はあまり多くないが、共通のスパイスはかなり多い。これを適当にバランスをある程度取りつつ、そこからちょいちょい変えていく。それで納得できる味になったので、こういった場を設けている訳なんだが……後ろからの視線が凄まじい。ただのカレーが好きな奴にはマーボーカレーが嫌だと言う奴もいるが、その辺りはまた今度考えていくことにする。好みを知ると言うのも大切だからな。

 鍋は三つ。辛い物が特に好きなヘファイストス用の極辛。そこそこまでのを美味しく食べることのできるポセイドン、ハデス、ギルガメシュ、エンキドゥのための中辛用。そして少し前のお仕置きとして甘いのをゼウス用に。まあ、ちゃんとスパイスは効かせたし、甘いと言っても『普通の物に比べればほんのりとした甘みを感じることができる』と言う程度だから普通に食えるはずだ。ヘラと違って辛い物がどうしても食べられないと言う訳じゃないはずだし、甘い物が嫌だと言ってもほんのりとした甘さは必要だ。まったく無いのも悪くは無いが、ほんの少しだけあるのもまた良い。

 ……よしできた。食わせに行くか。



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竈の女神、安価する

 

「はいそれじゃあカレーラーメンでも食べながら話を聞いてくれ。あとギル坊、鎧に汁が跳ねてるから拭いとけ」

「ぬぅっ!? おのれぇ……!」

「はいはいこっち。動かないでね」

 

 カレーうどんやらカレーラーメンやらの汁は布系の服にとっては天敵だな、マジで。

 

「おいゼウス。跳ね散らかしてんじゃねえよポセイドンを見習え。あんだけの速度で麺をすすりながら一滴も汁を飛ばしてないポセイドンを見習え」

「いやいやあれは無理じゃろ」

「ポセイドンにできている→できない訳では無い→できる可能性はある→できる→やれ」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

「チュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルゴックンカレーうめぇ!おかわり!」

 

 ポセイドンの器にもう一杯カレーラーメンを盛り付けて、それから全員と向き直る。これはマーボーカレーについての意見を聞いて次回までにフィードバックするための意見交換会のようなものだ。

 

「では初めに、絶対評価を決めようか。まず、今回のマーボーカレーだが、カレーと比べてとかそう言う言葉を付けず、美味かったか不味かったかを聞きたい」

 

 こうして始まった意見交換だが、基本的には好意的な意見が多かった。一部『辛さが足りない』と言うのもあったが、十分に人気が出ていると言ってもいい出来だったようだ。

 ただし、今まで食べたことの無い味だ。食べ慣れたカレーと一緒に食べているためそれなりに受け入れられそうではあるが、もしもマーボー単体で食べていたならばここまで受け入れられていたかどうか怪しいところだ。俺は多分無理だったんじゃないかと思っているが。

 勿論、時間をかければマーボーや他の料理も広がっていくことだろう。しかし、突然出したのでは時間が足りない。人間は古い物から新しい物に移り変わる時にはそれなりの時間が必要だ。それは神も例外ではない。古い物を排して新しい物を受け入れるのは、それなりに時間の必要な事であるのだ。

 だが、進もうとしなければ進まない。流されようにも、まずはほんの小さなものであったとしてもそちらに流れを作るところから始めなければ流されることすらできはしない。自身にできることをして、自身の思うように動くためには力が、あるいは数が必要だ。それを何とかしようと、俺はこうしてこういう場を作っているわけだ。

 

「じゃあ次。と言ってもこれはメソポタミアの方にしか関係ないことかもしれんが、マーボーカレーもメニューにあった方が良いか?」

「うむ!あればたまには食べるぞ我は!」

「作り方教えてもらえれば作るよ僕が!」

 

 仲がよろしいようで結構結構。そう言えばこいつら結婚してたな。子供はできたのだろうか。俺の知っているギルガメッシュ叙事詩では、最終的にギルガメッシュは自身の子供に国を継がせている。そう考えれば国を次世代に継承すると言う非常に正しい事をやっている筈なんだが、この世界ではギルガメッシュは不老不死のまま。わざわざ次の世代に継がせる意味は無いだろうが……どうなんだ? 自分にもしもの事があった時のために一応教えてはいる感じか?

 まあ、その辺りの事は正直どうでもいい。人間のことはできるだけ人間の中で解決してくれ。ギル坊は人間が混じってて自称は王だから多分人間。エンキドゥは土人形だが自称はギル坊の嫁らしいので人間でいいんじゃないかね。人間か人間じゃないかなんて本人次第でいいと思うんだがね。人間だったのに思い込みで竜になる女とか、純粋に人間だったはずなのに人の噂で鬼にされたらいつの間にかマジで鬼になってた男とか、恨み辛みを藁人形にぶつけていたらいつの間にか鬼になっていた女とか、それはもう色々といるからな。

 ちなみに一番酷いのだと、元々ただ普通に生きていただけの人間だったのに何があったのか女神に生まれ変わっていた元男の話だな。いやほんと、何があったのかねぇ?

 



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竈の女神、求婚される

 

 俺の知る限り、ヘスティアは処女神である。その原因となったエピソードを知っているだろうか。

 ギリシャ神話において、母と子が婚姻を結ぶことはそれなりにあることだ。と言うか、父と娘が子を成したり、腹違いの兄弟姉妹が子供を作ったり、そんなことが当然のようにまかり通るのがギリシャ神話の世界だったりする。

 そんな世界の中で、アテナとアルテミス、そしてヘスティアはギリシャ神話の三大処女女神と呼ばれている。原典では戦うことを好まず、同時に極めて美しいと評されることも無いヘスティアだが、そんな女神に婚姻を迫った男神が存在する。

 

 それが、今俺の足の下で血まみれになって転がっているアポローン、またの名をアポロンであり、そしてもう一人がかつて俺に『女は子供を作るのが仕事なんだからヤらせろ』とぬかしたポセイドンである。……なんかどちらも血だるまにしてしまったが、まあ後悔は無い。今回は非常に腹が立ったので未来でこいつが持つことになる太陽の権能を俺が盤石にして、ついでに文字の権能から作詞、音の権能から音楽や楽曲、いくつかを合わせて芸能や芸術の権能を得て、薬学から転じて医学の権能、毒から転じて病の権能も一部奪い取る。

 ちなみにだが、俺は今まで太陽の権能のうち熱の部分と目に見えない光の部分……要するに紫外線よりも波長の短い光と、赤外線よりも波長の長い光しか司ってこなかった。威力だけを求めるならそれで十分だったし、目に見えない光と言う時点でもう暗殺にも使えて便利だったからだ。

 それに、俺は元々竈の女神。原典であるギリシャ神話では俺以外に太陽を司る神格が居たことを知っていたから遠慮してきていたのだが、それがこいつならもう遠慮する気は無い。太陽に関わる権能は丸っと貰っていくことにしよう。

 熱と不可視光線が今の権能だから、後は可視光線に炎に磁力に、根源として燃える水素なんかも権能としてもらっていこう。今までは態々水素やら何やらを集めたり作ったりしていたが、これで空気の無いところで材料集めをしないで直接太陽を作れるようになったと言う訳だ。

 

 いやまあ、俺もただ結婚を申し込まれるだけならここまでしない。結婚を申し込まれただけで南斗水鳥拳奥義飛翔白麗とか南斗鳳凰拳奥義天翔十字鳳とか激震孔叩き込んだ挙句に権能を奪い取って晒したりはしない。ただ切り捨てて終わりだ。

 だが、夜中に俺の家に忍び込んで俺のベッドに潜り込もうとするのはアウト。絶対に許さない。

 

 ぜったいにゆるさない

 

 まあそう言う事もあってちょいとハムになってもらおうと血抜きをしている所だ。中々死なないのは流石神格と言うか、ゼウスの息子だなと思う。

 ……いやいやいや、待とうか。流石にゼウスの息子を何も言わずにハムにするのはまずいか。報告はしといた方が良いな。

 

 使うルーンは『情報』や『関係』を意味する『A(アンサズ)』と、『感受性を上昇させる』『L(ラグズ)』、さらに『移動』を意味する『R(ライゾ)』と『流転』を意味する『D(サガズ)』で情報を離れた位置まで飛ばし、そして対象の位置の情報を持って来るようにする。対象を取るのは、まずは範囲を限定させるために俺の『故郷』であるギリシャ神話を表すものとして『O(オシラ)』。さらに限定して『神』、特に北欧神話の主神であるオーディンを意味することの多い『A(アンサズ)』を使うことで『主神』、『雷の神』、であるゼウスに固定。そしてそれらを増幅する空白(ブランク)ルーンで埋めれば……ゼウスへの直通会話ルートの出来上がりだ。ルーンは便利。

 

「そう言う訳でアポロンをハムに加工したいんだが構わんか?」

『構うぞ!? と言うか何があった!?』

「真夜中に俺の家に押し入ってきて犯されそうになったから反撃した。もう二度と女を襲おうと考えないように生きるのに必要ない肉体を全部削ぎ落としてやろうかと」

『もう一度!もう一度だけチャンスをやってくれんか!? 一度の失敗じゃろう!?』

「流石一度の失敗で未だに甘ったるい食事を続けているゼウスが言うと説得力が違うな」

『ゴファ!?』

 

 通信の向こうから血反吐を吐いたような音が聞こえたが、まあいい。とりあえず今回だけは見逃してやることにしよう。次は、殺す。絶対殺す。

 



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竈の女神、また気付く

 

 中国の拳法小説と言うのは、中々面白い。普通じゃ考えられない拳法が当然のように使われていたり、拳法家の使う気の力で即座にとは行かないものの凄まじい速度で傷が治ったり、あるいは人間には到底出来なさそうな技術を当然のように使っていたりする描写に満ちていて、そう言った物を見ていると人間の想像力の凄さを理解できるからだ。

 だが、基本的にパターンは決まっている。市井の少年が偶然に拳法と出会い、師匠に鍛えられ、力をつけ、そしてその小説に存在する悪役を倒す。するとその少年は皇帝から呼び出され、実は少年が皇帝の血を引いていたことが明らかになって、皇帝の娘の一人を嫁に貰って皇帝として暮らす。基本的にはそう言う流れで終わるのだ。

 

 ワンパターンと言うかなんというか、だが、そんなワンパターンの中でも変わるものと変わらないものがある。

 変わる物は、主に主人公の使う拳法の名前だ。無数に存在している拳法のうち、自身の使う拳法を広めるためなのか何なのかは知ったことではないが、主人公はその話によって無数の拳法を使い分ける。ある話では北派の豪拳を。また別の話では南派の武器格闘を。武器も袖に隠せるような小さなものから、明らかに人間の体躯を超えるような巨大なものまで、数え切れないほどだ。

 そして、同じように敵の使う拳法も、その話によって変わる。策や好み、あるいは実益などを考えられて当時のもっとも広く使われている拳法や、あるいは秘伝とされている拳法を適当にでっち上げて使ったりもしている。

 

 そうして変わるものの多い中で、変わらないものがある。地名、人名、立場、等々、様々な物がその作品によって変わるが、多くの作品の中で変わらず存在している物があった。

 ラスボスの名前である。

 時には小国をいくつも滅ぼした拳法の達人であり、時には鳥よりも速く、馬よりも長く駆け続けることができた仙人であり、無数の人間を殺した悪鬼であり、悪逆の限りを尽くすだけのただの人間。小説の山場。最後の戦闘において、彼はこう呼び続けられる。

 

 ―――火云邪神、と。

 

 ……さて、それはそれとしてベルのステータスを見てくれ。

 

 

 

 

 神造人間完成型試作一号機『ベル』

 Lv.13

 力:SS3224 耐久:S1490 器用:SSS6671 敏捷:S1820 魔力:SSSS13027 幸運:SSS 異常無効 疑似神格:B 料理術:SSSS カレー製作:SSS 薬膳:SSS 拳法:SS 殺害術:SS 魔導:SSS

 

 

 《魔法》

 【カマドガミ】 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 【マジックキャスター】 ・ヘスティアの使える魔法を使用できる。

 

 

 《スキル》

 【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)

 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。反転、調整しようとすると反動あり

 ・カレー制作時及び今まで存在しなかった物の製造時に極大の補正。この補正は重複する。

 ・死亡時、ヘスティアの場所に肉体が転移する。

 

 【火云邪神(ラスボス)

 ・近接戦闘及び武器使用時に特大の補正。

 ・魔法及び魔力使用時に特大の補正。

 ・定められた『主人公』以外に敗北しない。『主人公』は世界及び時代によって変動する。

 ・性質が『善』の者とそりが合いにくくなる【隠し効果】

 

 

 

 ……俺、どうやらラスボスになったらしい。いやまあ俺と言うかベルがなんだが、なんでこうなった。俺はもちろんベルとして動いていた時もラスボスらしいことは何もしてないはずなんだが……むしろ裏ボスの方が近いぞ? ラスボスと違って放置しておけば基本的に平和な所とか、物語的には倒さなくてもエンディングを迎えることができる所とか。

 だと言うのに、何故俺がラスボス扱い? 訂正を要求する。

 

 ……おや?

 

 

 【火云邪神(ラスボス)

 ↓

 【華雲邪神(ウラボス)

 ・戦闘能力を悟られにくくなる。

 ・近接戦闘及び武器使用時に絶大なる補正。

 ・魔力及び魔法使用時に絶大なる補正。

 ・定められた『主人公』以外に敗北しなくなる。

 ・定められた『主人公』と出会いやすくなる。関係がどうなるかは不明。

 ・ステータスの伸びが良くなる。ただしレベルの上りは遅くなる。

 ・自身についての隠匿能力を身に着ける。

 ・このスキルは神ヘスティア以外には表示されない【隠し効果】

 ・あらゆる状態異常を無効化する【隠し効果】

 ・敗北から再起した場合、全てのステータスが二倍になった状態でレベルを一つ上げる。ただし、全力で戦って敗北した時のみこの効果は発揮される。【隠し効果】

 ・神の力を無制限に使用可能【隠し効果】

 

 

 ……いや、うん、違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 



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竈の巫女のステータス(Fate/風)

 
 皆さんが『Fate/っぽい』って言うから……。


 

 

 

 

 クラス:グランドルーラー

 マスター:なし

 真名:ベル

 性別:女性

 身長:140cm(くらい)

 体重:40kg(自称、多分そんなもん)

 出典:ギリシャ神話、メソポタミア神話、日本神話、ローマ神話、ケルト神話、ユダヤ教及びキリスト教

 地域:世界各地

 属性:混沌・善

 血液型:ねえよんなもん(本人談)

 誕生日:知らね(本人談)

 特技:料理を始めとする製作系統

 好きなもの:本能的に生きる者、動物

 苦手なもの:自然の摂理を都合良く無視する物

 イメージカラー:燻し銀(服の色)

 天敵:ヘスティア(自分)

 

 

 

 ステータス

 

 筋力:EX

 耐久:EX

 敏捷:EX

 魔力:EX

 幸運:EX

 宝具:EX

 

 

 

 クラス別スキル

 対魔力:EX

 基本的に魔術で傷をつけることは不可能。

 

 

 真名看破:A

 直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が明かされる。 幸運判定はEXのため自動成功。

 

 

 神明裁決:-

 持ってない。持っていれば某グランドキャスターに自害を命じて実行させられる。

 

 

 

 保有スキル

 

 道具作製:EX

 道具作製と言いつつ道具以外も作れる。カレーも作れる。【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)】の効果によるものの一部。

 

 

 陣地作製:B

 ヘスティアカレー古代メソポタミア店はこのスキルで作られた。【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)】の効果によるものの一部。

 

 

 神格降臨:-

 ヘスティアが常にその行動を関知している。死亡時、その全ては神ヘスティアの物となる。【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)】の効果によるものの一部。

 

 

 華雲邪神:EX

 気配遮断スキル、女神の神髄スキル、魔導スキル、無窮の武錬スキルを併せ持つ。【華雲邪神(ウラボス)】の効果を表したもの。

 

 

 原初のルーン:EX

 ルーンは便利。仕方ないね。なお、最もよく使われるルーンは空白(ブランク)ルーン。

 

 

 宝具

 

 へす印の大釜

 ランク:EX

 種別:対飢宝具

 レンジ:0

 最大補足:0人

 へすじるしのおおがま。許された者が使うことで無制限に食材あるいは調理済みの料理を生み出すことができる。ただし、食器は出ないので自分で用意しないと困ることになる。一応神造であるのでランクは高い。と言うか内容的に第一魔法を使ってるのと変わらないので高くて当然。

 

 

 神冥鋼の服

 ランク:EX

 種別:対人宝具

 レンジ:0

 最大補足:1人(自分自身)

 しんめいこうのふく。ヘスティア作、ハデスメタルとアダマスの合金を糸状にして織った服。一応神造なのでランクは高い。おんぶ紐付き。

 

 

 萬形神具

 ランク:EX

 種別:対人・対軍・対城宝具

 レンジ:0~

 最大補足:0~1000人

 ばんけいしんぐ・へすてぃあうえぽん。千変万化、無形にして有形。要するに様々な形をとる神の武器。一度決まった形を取れば壊すことは基本不可能。万が一壊れたとしても、破片が無形になって集まってくるので大丈夫、欠けてもすぐに直るよ!

 

 



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神話世界漫遊記(どことなく東方っぽい日本神話編)
竈の女神、送り込む


 
 ちなみにサイコロで決めました。


 

 日本神話。前世の俺が産まれ育った国の神話であり、そして色々とカオスな神話でもある。何しろ同じ神格が全く違う名前と権能を持ったままどちらも信仰され、しかも時に同じ神格の違う面同士で戦争まですることもある神話だ。

 また、非常に珍しいことに名前の存在する神を崇めると同時に名前の存在しない神も信仰し、一つの神のみを信じると言う事をしない珍しい宗教でもある。

 俺の生きていた頃の日本では、キリスト教の祝祭であるクリスマスと仏教の祝祭である春分・秋分、ケルトの収穫祭であるハロウィン、神道の大晦日と正月等々、非常に多くの祭日が様々な宗教から集められていると言う、宗教の都合の良い所だけを抜き出して使っているような状態だ。

 もしもこれで理不尽に嘆く者がいるなら問題だが、誰にとっても都合が良いのなら俺は見逃す……と言うか、むしろ乗るようにしている。俺も精神だけなら元は日本人だ。日本人としての祭り好きの魂が騒ぐ。宗教の無理な押し付けは駄目だが、宗教的な祭日に合わせてとりあえず祭り上げてばらして一部だけ受け入れてしまうのは悪い事とは言えない。

 と言う事で、少々どころではなく早い気もするが西方の神との顔合わせをしてしまおう。籤の結果は絶対だからな。

 

 それと、最近気付いたことがある。どうもどの神話の世界もある時期に近付くに従って時の流れが遅くなっているようだ。

 それが何時ごろになるかはまだわからないが、俺の知る世界の未来の姿に近付くにつれて時の流れが遅くなるように見える。世界が完全に同一化されるのは、恐らく西暦で言う1500年より少し前……マゼランが世界一周を果たすほんの僅か前だろう。

 それまで世界の空間は様々な形で歪んで繋がっていた。ギリシャ神話の世界も同じように、空間が平面としてではなく多層構造としていくつも折り重なり、歪んで繋がっている。そうでなければアルゴナウタイの各員が数年にもわたってギリシャ神話世界と言う狭い領域を船で進んで行くと言う事ができるわけもない。

 確かに当時の船の速度から考えれば世界一周するならその程度かかってもおかしくはないが、それは同時に世界一周でもしなければそれだけの時間はかからないということでもある。アルゴー号は当時の技術力からすればかなりふざけた性能だったようだし、そのくらいのことはできないとな。

 まあ、要するに、だ。小さな世界だの大きな世界だのと色々言ってはきたが、現在存在する世界の多くはほとんど同じ大きさだということだ。密度の高い低いはあるし、全く同じ大きさであるというわけでもない。しかし、ある程度共通している部分もまた多い。質量的には誤差程度だろうしな。

 

 そんな中で日本神話は、他のものを受け入れる地盤ができている。ありとあらゆる存在に中身が宿るという考え方もそうだし、神というのが人間に全く手の届かないものではないと言う在り方も、元々存在していた土着の神以外に別の場所から神が来て居着いたと言う神話の形態も、どれもが他の神話を受け入れる土台となりうるものだ。

 ……流石に一神教をそのまま受け入れると言うのは無理だがな。むしろ一神教を広めようとすると失敗するそうだし、時々一神教の信者からはされないような質問をされて答えられず、自身の信仰すら揺らぎ始めると言う事もあるそうだ。日本は宗教家の墓場と言われることもあったそうだが、墓場扱いする宗教の殆どが一神教の物だっていうのは少々笑えてくる。

 ちなみにだが、ギリシャ神話系の神に対する信仰は日本ではほとんど存在していない。多くの者がその存在を知ってはいるものの、心の底から信じている者は非常に少ない。ほとんどがゲームや漫画、小説などで読んだり書いたりするくらいだったはずだ。

 

 ……まあ、ギリシャ神話と言うものが日本に入って行ったのが遅かったから仕方ないと言えば仕方ないか。今から入って行けば仏教に成り代われたり……よそう。面倒臭い。

 



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竈の巫女、日本に立つ

 神秘の濃い国。しかし、同時にその神秘を全て表に出すことを良しとしない国。それが俺の感じた日本と言う国だった。……いや、今の呼び方をすると大和と言うんだったっけか? 近場過ぎて正直あまりよく覚えていないんだよなぁ……。

 だが、わかることはある。土着の神と、後に来た神。俺はその中でならば後者に入るが、同時に天津神とはまた別の分類を受けると言う事。

 そして、日本の米は美味いと言う事だ。

 

 焼き鮭。そして醤油。鮭は塩焼きも美味いが、醤油で作ったたれをかけて香ばしくなったものを少しずつ食べるのも悪くない。主食はやっぱり米だ。

 そして味噌。豆味噌と米味噌、主に作られていたのはこのくらいで、俺も詳しくは知らないんだが……まあ、美味けりゃそれでいい。美味いからこれでいい。

 カレーはカレーで美味いが、日本人としてはやっぱり醤油に味噌が一番だ。日本人じゃない奴らには理解してもらえないだろうから口に出したことは無いがな。

 籤という形で俺は日本に来たんだが、実の所そうしなかった場合まず間違いなく日本に来ていただろう。やったところで日本に来てしまったんだが、ただの偶然だ。全部日本神話になっているとかそういうことはない。確認した。偶然以外の何物でも無い。

 しかしあれだな、何かしたわけでも無いのに突然こうやって言い訳のような言葉を重ねると何故かより怪しく感じる。実際にしていないのにな。

 

 さて、それはそれとして、俺はこの日本で日本食を再現しよう。この近くに村や神の住処がないのは確認した。八百万の神と言われるだけあって砂一粒にすら神が宿る可能性のある国だが、それはある程度存在が確立しており、かつ認識されていなければ存在することは難しい。一度認識されてしまえばそう簡単には消えてしまうようなことはなくなるが、一度認識されるまでが長いのだ。

 ちなみに俺は作られ方が違うからな。日本の八百万の神格のように認識されずとも存在できるが、代わりに俺のような神はいつの間にか増えるようなことはない。増えるにはそれなりの理由が必要になる。言ってみれば、人間や動物と似た性質の神であるわけだ。

 完全に信仰や認識などから生まれた神格は、精神的な認識の集合体、別の言い方をするならば概念的な存在だ。肉体を持たなかったり、肉体があったとしても簡単に崩れてしまったりする。日本の神格のうち、その存在に名前がついてはっきりとしている神格の殆どは人間のように神格同士が交わって生まれてくる。天照、月夜見、素戔嗚などと言った天津神がそうだ。

 なお、天津神ではなく国津神の中には八百万の神格が含まれることもある。特に有名なものは、あらゆる土着神の頂点であるミジャクジ、またはそのミジャクジと同一視されることとなった洩矢神がそれだ。

 俺の場合、日本で広まるとするなら神としてより妖怪として広まりそうな気がする。妖怪として広まったからと言って妖怪らしく生きて行くつもりは無いが、結果として妖怪のように語られてしまうことはあるかもしれん。何しろこの世界に俺を信仰する存在なんて居やしないし、ついでに目的が美味い飯だからな。神として振る舞う気とか全く無し。

 だが、神として振る舞わないとは言ったが、巫女として振舞わないとは言っていない。ヘスティアの巫女であるベルとして、一人でも祭り上げて行くとしよう。

 ……それに、日本神話では神が降りてくるということが珍しく無い。人間の身体を使えば割と自由に振る舞える。俺がヘスティアとして動いたところで問題らしい問題はありゃしない。

 そう言う事で、村と畑……日本では畑よりも水田の方が多いんだったか。麦畑よりも効率がいいし、悪く無いな。

 ただ、この世界でも獣は出るし、蒔いた種を食べる鳥もいる。そう言った存在から守らなければいけないし、それに稲として育てる前に米粒を畑に植えてからにしなければ、ただ米が腐るだけで終わってしまう。芽が出てある程度育つまでは畑で育てる必要があるからな。

 現在の状態から考えると、恐らく水田という形で米を育てるのは方法として確立していない。何故か持っているスキルによるブーストを試してみる絶好の機会だと言えるだろう。失敗した所で食事に困ることはないしな。



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竈の巫女、住処を作る

 

 雨風の吹き込んで来ない家というのは重要だ。人間の身体でいるとその重要さが身に染みる。物理的に。

 そう言う事で周囲の木を切り倒して家……家、と言っていいのかどうかは微妙だが、まあ家を建てることにした。材料はもちろん木、そしてそこらの土を細かく細かく砕いたものを竈で焼き上げた煉瓦だ。正直、ここまで俺が竈の神でよかったと思ったことは無い。いや、無いことは無い。クソ親父の方のクロノスの腹の中で核融合炉を作れた時はそれはもう嬉しかった。良い報復の方法が見つかったわけだしな。

 だが、今はそれより大事なことがある。なにしろ煉瓦が作れるし、ついでに製鉄までできるのd……ああ、うん、そう言えば製鉄段階から金属を作ることはしてこなかったな。巫女としての身体でできたからか、本体の方でももう少し頑張れば取れそうだ。製鉄の権能。

 だが、製鉄の権能が本当に必要なのは俺ではなく、ギリシャ神話の筆頭鍛冶師であるヘファイストスだと思うんだが……むしろ俺としてはヘファイストスが製鉄の権能を取ってなかったことの方が驚きだ。普通なら、鍛冶を始めるならそこから習うと思うんだがな?

 

 ……製鉄、か。そう言えば、日本においてまともな鉄が武器として普及し始めたのはいつごろになってからだ? むしろ今が西暦に直して何年あたりだ? 時間軸のずれやらなにやらのせいで正確な時間が推測できないんだが、とりあえず俺が知っている時代よりははるか昔の筈だ。年代的にいつごろかの推測は……日本の形からして日本から人間が滅ぶほどの未来ではないと推測できるし、ついでに非常に森林が多く、かつ民家が非常に少ないが猿人が存在しないように見えるという点から……まあ、紀元前の事ではあるが、同時に昔過ぎるということも無いだろう。紀元前で千から千五百と言ったところだろうか。

 それぐらいなら近場の見所までそう時間があるわけでもない。俺が興味があるのはあくまで神話の世界、神話の時代であって、人が神話を排し始めた頃の話にははっきり言って興味がない。人間が、当然のように神を信仰していた頃。その時代のみに興味があると言ってもいいだろう。

 言ってしまえば、中世まではそれなりに見ておきたい場所が多い。第二次世界大戦に干渉するのも面白そうだとは思うが、あれは神の争いではなく人間同士の争いだ。先に他の神が手を出してこない限り、俺はそう言ったことに手出しをする気は無い。人間の争いは人間が始末をつけるべきだからな。

 

 そうこうしている間に家の土台は完成した。地震の無い地域なら適当に固めておけばいいんだが、地震の多い日本でただ頑丈なだけの家屋は簡単に壊れてしまう。

 そこで、方向としては二つある。一つは現代日本方式。地震の振動を柔らかく受け流し、建物自体が揺れを吸収するような作りにすること。もう一つが少々どころではない無茶な方式。簡単に言えば、地震で木が倒れる? 鉄でやれ。鉄でも駄目? ならアダマスだ! 作戦。別の言い方をするなら神の金属の硬度を活かした単なるゴリ押し。流石に地殻のエネルギーを全部ぶち込まれちゃあきついだろうが、大概の地震だったら平気だろう。

 ……まあ、両方活かそうか。材料に神の金属を使いながら、しかし衝撃を吸収するような作りにしよう。その方が頑丈に作れるだろうしな。

 

 ……ちょっとした小屋を作るつもりだったが、よそう。塔でも建てようか。威風堂々とした巨大な塔を。どうせ味噌や醤油その他を作るのに場所は必要になるんだし、周りに何にもない場所じゃあ客に気付かれない。一階はいつもの通り料理でも出すようにして、二階より上に住んでいればいいだろう。鉄でも作ることのできない高い塔。はてさて、何日で作れるかね?

 



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竈の巫女、塔を建てる

 

 三日で86階まで作った。ただし、それは上にばかり伸ばしていた訳では無い。下にも伸びているのだ。

 地上72階。地下14階。上にばかり伸ばしていたら地盤が耐えきれなくなってしまったため、急遽一階として作っていた部分の入り口を塞いで地下に捩じ込み、なんとか倒れないようにしたわけだ。力業にも程があるな。

 だが、そのお陰で塔が倒れることはなくなった。素材の強度的に少々どころではない強度はあるが、だからと言って倒れても大丈夫かどうかは別問題だからな。少なくとも塔本体は平気かもしれないが、中に置いてあるものは倒れるなりなんなりするだろう。非常に困る。

 そう言うわけで地盤の強化は必須だった。今ではしっかりと塔を支えることができているし、問題ないとは思うのだが……横からアホみたいな力が加えられなければ問題ないだろう。恐らく。

 

 さてそう言う事で住居はできた。地下の部屋は醗酵や醸造用の部屋として運用するつもりだが、まずはそのための元が必要だ。

 豆!米!ついでに果物!重要重要!

 畑を作り、畝に等間隔に豆を蒔く。米もいくつかまとめて土に埋め、発芽を待つ。

 撒いた豆や米をほじくり返されてはたまらないので、畑の守護者として髪止めの代わりに使っていた太陽炉搭載浮遊型レーザービットの種からレーザービットの樹を育てる。

 ……自分でやっててあれだが意味がわからんな。なんだよレーザービットの樹って。花が咲くとその花が樹から離れて飛び回り、害鳥害獣を撃退するとか、もう本当に意味がわからん。便利だから使うが、本当に意味がわからん。

 まあ、訳が分からないものだがそれでも使うことはできる。それに俺の事は襲ってこないし、基本的には俺の思った通りに動く。そしてたまに畑の豆をほじくり返そうとしてやって来た野鳥にレーザーを当てて追い払う。今は殺さない程度まで威力を絞っているが、もしも本格的にここで群れるようなら畑の肥料になってもらおう。

 ちなみに畑を作る際に切り倒した樹だが、本当なら小屋を作る時にでも使おうと思っていたのが何故か神の金属を使った塔になってしまったので、樽や桶、柄杓などを作るのに使おうと思う。味噌や醤油を作るのには必須とも言える物だからな。

 

 今は準備段階。材料として豆と米を育て、俺の手から離れてもこの技術が保たれるように麹を見つけ出し、よりその調味料に合った種に改良して行く。上手いこと弄ってやればできなくはないだろうが、俺の本職じゃないからできるかどうか……まあ、やって行けばいつか権能として得ることができるだろう。この時代に品種改良なんて言う物が権能として確立しているとはとても思えないしな。少なくともギリシャ神話において品種改良の神は存在していない。

 準備こそが最も大切なものの一つだ。実際、準備も無しに行動しては成功率は大幅に下がる。子供でも分かる当然のことだ。

 ついでに言えば、準備している時が最も忙しい時であったりもするし、準備こそが最も楽しい時であるという者すら居る。しっかりと組み上げられ、しっかりと進めていける準備とは中々に楽しい物だったりする。俺も今、それなりに楽しくやっているしな。

 

 ……まあ、米と豆だけではつまらない。芋と麦も作るとするか。酒にしてもいいし、味噌にしても美味い。レーザービットを酒にする訳にもいかんしな。範囲はそこまで広くないからあまり効率がいいわけではないが、輪作もどきでもするか。クローバーの代わりに大豆などを育てることで土に窒素を取り込ませることもできるし、後は……リンか。錬金術で何とかなるが、一般化させるならば硫酸に骨を漬け込んでリン酸カルシウムとして使わせるのが一番だろう。硫酸がどこにあるのかは知らんが、硫黄を燃やして水に混ぜ込めば行けるんだったか? 硫酸の湧き出る泉でもあれば話が早いんだが、日本には存在しないからな。硫黄ならたっぷりあるからそれを使わせてもらおう。

 



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竈の巫女、収穫する

 

 豆は比較的早めに収穫することができる穀物だが、それは神代においても変わらず最も早く収穫できる穀物とも言われている。豆が大地に地力を与えることは知られていないが、しかし貧民の間でそれなりに広まってはいる。もしも米などの実りが良くなかった時に何とか食べて行くために、そして狩りの結果が芳しくない時のためにも豆も作っているのだ。勿体無い勿体無い。

 豆をただ生きるためだけの物としてしか使わないと言うのは本当に勿体ない話だ。ただ、そうでもしないと生きることができないと言う理由もわかるためどうこう言うことはできやしない。余裕がないとそう言う事もできないからな。仕方ない。

 

 仕方ないので現実に嘆きつつも豆を収穫する。とりあえず塔には天気をある程度操る機能を付けたから、少なくとも旱魃になっても問題はないだろう。雲を作って雨を降らすと言う事はできるようになったから、次は雲を散らす方だな。思いっきり高気圧を作ってやればできるんだろうが、思いっきり高気圧を作りすぎると育てている植物にも影響が出る。すでに若干妖怪化しているから大丈夫そうだとも思えるんだが、それでも多少気にかけておきたい。俺の育てた植物たちだしな。

 ……レーザービットの樹? 最近自力で移動するようになった。ただ、俺に言われたことを覚えているのか畑の周りから移動しようとはしないし、あまり畑の方から栄養を持って行こうともしない。そもそも俺がしっかり栄養をやっているからな。あまり多いとむしろ腐る。

 それと、レーザービットが進化した。花になると枝から外れてその辺りを飛び回っているのはそのままだが、夜になると太陽炉を乗せているのをいいことにスポットライトのように光を太くして照射し、光合成を促進するようになった。太陽炉と言っても限界はあるのでエネルギーが切れそうになると、樹に戻ってエネルギーと言うか燃料を補給するようにもなったしな。凄まじく今更だがなんなんだこの樹。

 

 ちなみに、神界でヘスティアの髪留めをやっているレーザービットはヘスティアの神気に中てられてか植物でありながら数秒だけならゼウスの雷を防ぎきるレーザーバリアを張ることができるようになっている。天空と雷の神性の最大威力の雷霆の槍を受け止める植物の花って、なんなんだろうな。しかも受け止めた後はまた髪留めに戻るし。使い捨てじゃないんだぜ? 信じられるか? ちなみに俺は信じられなかった。

 なお、愚弟一号との大喧嘩で雷霆まで持ち出してきた挙句に誤射してきた愚弟二号には暫く腐ってもらった。一月ほどして臭いから治してほしいとヘラが言ってくるまで、全身の肉が腐り落ちた状態と言う北欧神話のロキの娘もびっくりな状態のまま過ごしてもらったが、身体の状態よりも精神の状態の方がダメージでかそうに見えた。普段はそうでもないが、それでもやっぱりカレー中毒なんだなと納得はしないまでも理解した瞬間だった。ちなみにカレーを食べ始めたらみるみる修復され、三十秒後、そこにはおかわりと大声をあげながら空になった皿を俺に向けてくる愚弟二号の姿があった。その隣にはすでに三杯目に突入している愚弟一号が居たのは言うまでもない。カレー中毒者がカレーを食べている時に騒いではいけない。また、食事中に賑やかにするのは構わないが、食事中に騒がしくするのはアウト。カレー中毒者(と俺)から思いっきり折檻される覚悟があるなら構わないがな。

 

 ……しかし、そういう所で考えるとやっぱり俺はインド神話系統と相性が悪い。マジの殴り合いとか、あるいは完全に何でもありの戦争とかだったら俺が勝つ自信はあるが、俺の知ってるギリシャ神話の神とインド神話の神ってのはどいつもこいつも理不尽だったり外道だったり下衆だったり我儘だったりするもんで戦争において一方的に常識とか良識を意識させようとしてきたりするだろうからな。

 まあ、そんな感じに戦闘力において多くのギリシャ神話系の神格を上回っているインド神話系の神格だが、その不死性においてはギリシャ神話系の神格に劣っている。ギリシャ神話系の神格はマジモンの不死。しかしインド神話系の神格はけして不死ではないからな。

 ……ガルーダだけは例外。あれはもう存在そのものが反則だから。概念的に『敵対者の十倍強くなる』ようになっている奴をどうやって殺せばいいのやら。……百倍だったか?

 まあ、敵対することになったら敵対しないように殺すか、あるいは完全な相性ゲーに持ち込んで一方的に何もさせずに勝つけどな。

 



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竈の女神、無駄に気付く

 

 場所が分かった。と言うか、気付くべきだった。不覚だ。

 日本には湖がそれなりの数あるが、俺は日本のできるだけ真ん中に降りたのだ。本州の、東と西のちょうど中間あたり。日本の真ん中にある湖と言えば、それは一つ。諏訪湖、だ。

 そして、古代日本には諏訪湖の付近に神がいた。日の本の国の西と東を分ける境界の神にして、日本と言う島国の龍脈を統括し、あらゆる土着神を龍脈から支配した土着神の頂点。龍脈を通じてあらゆる願いと怨嗟を喰らい、怨念と希望を喰らい、畏怖と信仰を受ける神。

 そして俺のこの世界での自宅は、地上数百メートル、地下でも百メートルと少しと言う長大な物であり、その下端は龍脈の本体ともいえる地下水脈と接し、二枚のプレートの境界の上に存在している。つまり、俺の自宅となった塔自体が、龍脈に触れているのだ。

 ちなみに、地下最深部では地熱で暖められた湯を取り込んで源泉かけ流しの温泉を作っている。男湯と女湯は分けてあるが、無論混浴も作ってある。俺は混浴の方にはまず入らないだろうがな。

 その温泉はもしもどこぞの神がこの場所に遊びに来た時にでも使わせるつもりで作った物で、いつもは俺の貸し切りだ。ここの湿気とほど良い熱は、上の味噌蔵を適温に保つのに一役買っている。

 

 ……まあ、何が言いたいのかと言えば……俺は竈の女神の巫女だ。竈の女神の巫女だが、俺の信仰する……とは少し違うかもしれないが、ヘスティアと言う神は竈の女神であると同時に家を守る神であり、なぜか境界の神でもある。

 ミシャグジと呼ばれる日本神話の土着神の頂点の神は、祟り神であり賽の神と呼ばれる境界の神でもあったとされている。

 

 …………偶然だな。そう言う事にしておこう。俺は祟りとかを司っては……神に対しての抑止力として阿保やらかした奴に制裁と言う形で呪いをかけたりしたことはあったが祟りは関係ないし、龍脈を操ったりも……この塔を作って龍脈に直接触れる機会ができるまではできなかったし、願いや怨嗟、呪詛なんかを喰らって強化するようなことも……神としての性質が変わるからあまりやろうとしてないし?

 ほら、偶然だ。そうに決まってる。境界を保つ神だからと言って今までそんなことをやって来た覚えは……メソポタミア神話世界とギリシャ神話世界がくっつかないようにした時くらいで他には殆ど無いし、賽の神としての権能は……村の守護、家庭の守護、外からの外敵を防ぐとかそういう所以外は共通していないし、後に賽の神と同一視されることになる道祖神及び猿田毘古神のようにだれかを導いたりとかは……弟妹に道を説いたり、義娘に相談を受けたりとかそういうちょっとしたこと以外はしていないし、偶然以外の何物でもないな。

 

 そう、だから、俺がここにいたせいでミジャグジが神として産まれなくなるとかそんなことがあるわけが無いに決まっている。そうとも、大丈夫だとも。日本の歴史が物理的に変わるとか、無い無い。問題ない。はず。

 

 ………………さて、うむ、よし、大丈夫だ。問題ない。現実逃避もそろそろ終わりにするとしようか。

 

 俺が、ミシャグジだ。同時に俺の御神体と呼ばれるものは、この塔だ。俺が作ったこの塔が俺の御神体であり、この塔に住む者に龍脈へのアクセス権が与えられる。

 つまるところ、(ベル)は人間でありながら神に、現人神になってしまったわけだ。俺を信仰したのは、この近くに巣を作って居た蜂や、この塔が視界に入る位置にいた獣たち。まあ、獣に信仰される神も普通に存在するし、ヘスティアだって聖獣としてロバを宛がわれたりしている。何もおかしくはないだろう。多分。

 だが、俺が居なくなった後のこの塔の行く先が心配だ。いったいどうなることやら。

 



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竈の巫女、奉られる

 

 嵐。地震。噴火。洪水。旱魃。様々な天災が降りかかる中で、そんな自然の猛威をものともせず存在し続ける不変の存在。それは人間ばかりではなく動物、植物の畏敬すらも集め、神へと至ることがある。同時に、それに関わる存在を巫女と言ったり、あるいは巫覡と表したりもする訳だ。

 そして、そう言った存在に対して人間を含む動植物が望むことは、その庇護を受けること。その巨大な塔の周囲に村落を作り、狩りで取った獲物や農作によって作られた収穫物を捧げることで、その存在の歓心を買い、自分たちが平穏に生きて行くことを望むのだ。

 

 だが、そうするためにもまずは順序と言うものがある。いきなり周囲に人間が住み着くと言うのは、恐らくその存在の不興を買うことになるだろう。ならば、そこに住む前に住むための許可を得ること。それが必要不可欠となる。そのためには、まず自身が用意できる物のうちで最もいいものを献上し、地に伏して許可を願う。話しかけられないうちから口を開くことは許されず、話しかけられたことにのみ答えること。

 そして、そこで暮らせるようになった時に自分たちが用意できるものを提示し、相手がそれに満足するようであればそれを対価にその場所に住む。そういう話であるわけだ。

 だがしかし、それは同時に神の側も縛られると言う事でもある。契約は絶対のものだと言う認識はこの神話世界においては成り立たない。嘘をつく神もいるし、妖怪もよく嘘をつく。むしろ、嘘をつかないと言うようになっている悪役と言う方が珍しいのだ。

 キリスト教圏の悪魔は契約について嘘をつくことは無いし、一度結ばれた契約は命ある限り何があろうと守る。それはそういう風に作られたのか、それともそうしないと力を失ってしまうなどのデメリットが存在するのかはわからないが、そう言った珍しい存在であることは確かだ。まあ、あくまでも嘘をつかないのは契約に関しての話であり、それ以外の所では虚言を吐くこともあるだろうし、自身の本音を隠すこともあるだろう。

 まあ一番えげつないのは間違いなくキリスト教圏の天使だがな。悪魔は契約において嘘はつかないが、天使は嘘をつくかつかないかを相手を見て決めるからな。嘘をつかない相手の前では絶対に嘘をつかないが、代わりに嘘をついていいと認識している相手の前ではそれこそ息を吸って吐くように、自然に嘘をついてくる。はっきり言ってえげつない。

 まあ、その天使を作った神があれだから仕方ないと言えば仕方ないのか、それとも神が子供ともいえる天使の育て方を間違えたにも関わらずそのことを認めてない有害な親馬鹿なのか、あるいはその神や天使自体が欲深い人間の創作から生まれた一種の妖怪なのか……キリスト教圏では神が悪魔になることも多いし、日本と同じような形で神が作られたとするならばそれは十分あり得るような気がする。敬虔なキリスト教徒の前でこんなことを言ったら某神父のやるように『エ゛ェェェェェェェイメン!』されそうだから、当人の前ではあまり口にしないようにしておこう。面倒だし。

 

 ……そう言えば、メソポタミア神話はユダヤ教の布教と言う名の侵攻によってどんどん衰退していったらしいが、もしもその時代までギル坊やエンキドゥが生きていたら……布教に聖人や天使がグロス単位で付いていたとしても返り討ちにされるだろう。武器だけなら対神宝具とか割と揃ってるらしいし。

 

 まあ、それについては俺の知り合いが今日も元気でやっていると言う事だから問題ない。今一番問題なのは、俺の建てた塔の周りでひたすらに祈りを捧げている見知らぬ人間達の集まりだ。今では塔の中の空間を広げて畑や水田を移し、自作の太陽(小さめ)を浮かべてレーザービットの樹を植えて階層ごとに育てているから別に外で何されても邪魔ではないが、いったい何を求めているのやら。

 仕方ないので、会いに行ってみるかね。

 



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竈の巫女、崇められる

 

 村ができた。繁栄した。崇められている。どうしてこうなった。

 ……いや、それはいい。些細なことだ。精神的には元々神だし、崇められる事にはそれなりに慣れている。崇めてくる対象の九割が蜂だがな。数が多いから仕方ないっちゃ仕方ないんだが。

 近場に塩の取れる所が無いが、日本自体が縦長で狭い島。少々移動すれば簡単に海岸まで移動することができる。

 そして、海水から塩を取る方法はそれなりに覚えているし、竈の神としての権能が使える俺ならば多量の海水を煮詰めるのも造作なくできる。それを人間が再現するには少々難しいところもあるがな。まずは鉄の大釜を作らねば。竈は三十秒あれば簡単な物が作れるしな。

 

 俺の塔の周りの村は、少しずつ大きくなり始めている。初めは大して大きくもない……どころか、廃村寸前の村からなんとか着の身着のまま逃げ出すことができたが食べるものもなく、水はなんとかなったものの食べるものを得るために無理をして少しずつ数をすり減らして行った村人たちと言うような状態だったのだ。無論、雨風を凌ぐ場所などあるわけもなく、塔の根元で震えていたものだが、数日のうちにとりあえず全員が風雨を凌ぐ場所だけ作り、あとは勝手に開拓しろと放置した。

 結果としてその数少ない村人たちは家を増やし、平野を拓いて田畑を作り、俺の用意した種を蒔いて野菜や穀物を育てている。そうして作られた作物のうち、それなりの量を献上されることになっている。加護を与え、土地を貸し、田畑の作り方を教え、外敵から身を守ってやる。そこまでやっているんだから税のように毎年そこそこの量を巻き上げても問題ないはずだ。俺が改良した種だから、ちゃんと蒔けば蒔いた量の大体500から600倍は収穫できるはずだ。2000年代の米に届いたか? そこが目標なんだが。

 届いてなかったら届いてないで届くまでやる。一度決めた目標はちゃんと達成しておきたいしな。

 

 ちなみにだが、どうやらこれまでその村人たちが育てていた米はそこまで効率は良くなかった上に蒔くと言うより撒いていたために鳥獣に持ってかれる量も中々多く、俺の教えたとおりにしっかりやらせたら一年後に信仰の量が凄まじいことになった。ギリシャ神話生まれの竈の神である俺が日本神話で豊穣の神として崇められるとは、神生何が起こるかわからんもんだな。

 あと、人手ってのはやっぱり多い方が色々と楽ができるもんだ。このまま俺一人でやろうとしていたら多分いつかエンキドゥと同じような存在を作るか、あるいは核融合炉もしくは太陽炉を搭載したコンバインでも作ってたかもしれん。

 まあ、コンバインについては人手が多くなったから作る気は無いんだが、代わりに旅行用として大型バイクでも作ろうかと思っている。必要か必要でないかで言えば全く必要ではないんだが、必要ないから要らないと言っていてはこの生に潤いがなくなってしまう。水陸空宇全用機では楽しめない光景というものがこの世界には存在するのだから。

 勿論、そう言った光景を壊さないように加減はする。周囲への影響を考えて放射線は完全に抑えるし、廃棄物は対消滅等に使うため無駄もない。初めから対消滅炉だけ乗せておけば放射線の問題も無くなるんだが、太陽炉は最悪暴走させて突っ込む時のエネルギーにして、対消滅炉が爆薬代わりになるのだから無駄にするわけにもいかんだろう。

 予備は必要。予備の予備辺りまでは在っても困らない。予備の予備の予備まであると少し邪魔になってくるから、予備の予備として空を飛ぶバイクじゃなく空を走るバイクでも作っておこう。ついでに武装も載せておこう。ミサイルあたりでいいかね。

 弾頭は……周囲への影響を鑑みて核弾頭はやめておこう。中性子爆弾も少々危うい。となると残るのはバンカーバスターのような超質量弾か。質量が高くて放射性元素でなく、ついでに硬質な金属と言えば……タングステンだな。超質量タングステン弾か。面白いな。空間を弄って直接重量がバイクにかからないようにしつつ、超高速で発射する機構をつけておかないとな。できるかどうかはわからんが、わからんからこそやる価値がある。

 



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竈の巫女、馬を作る

 

 古代。戦争において最も時間がかかったことと言えば、軍団を軍団のまま指定された場所に移動させることであったと言われている。よく理解できるし、当然のことだとも思う。現代と違って高速で兵を送るための乗り物も無ければ、そもそも国を守るため、あるいは領土を広げるためだと言われて集められるのは、普段は戦うことをしない農民ばかり。命が最も大事で、戦争なんかしたくなく、父親母親と共に長生きして、子供を作って、一般的な幸せと、一般的な苦労を繰り返しながら生きて行きたいと願う者達を、無理矢理に戦争に繰り出して戦わせるのに苦労をしないわけがない。

 そう言うことで作ってみたのは自作のバイク、ロードローヴァー。これは俺、つまりヘスティアの聖獣がロバであることから少しもじって名前をつけた物だ。バイクは道を走る物だからロードと頭につけたが、地上だけでなく水上や空中も走ることができるのだから付けなくっても良かった気もする。

 このバイクを使って相手を跳ねて止めを刺す時の台詞は当然『ロードローヴァーだ!』にする予定だが、残念ながら時間を止めた場合ロードローヴァーも止まってしまう。非常に残念だ。

 まあ、そんな風に使うことなど早々無いだろうがな。相手もいないし、居たとしても神相手に効果があるような物ではないだろうさ。神秘が……材料、神鉄。燃料、太陽。最高速度、完全光化で光速になるのに加えて時間停止でさらに速くなる。時間を扱えるようになったのは予想外だったが幸運だったと言わざるを得ない。

 

 ……やりすぎだったと思ってはいる。だが俺は後悔しないし謝らない。空間を広げすぎて塔の中でも使えるようになったからな。実際に使えるなら何も問題は無いだろうよ。あれだ、自分の家の庭が広いから自転車を使ったり車を使ったりするのと同じだ。何もおかしいことはない。

 おかしいものがあるとすれば、それは時代くらいなものだろう。バイクがこの時代にあると言うのは間違いなくおかしいが、以前作ったえ〜C北斗◯拳では出て来ているしいいんじゃないだろうか。俺はよく知らないが。

 

 これで移動のための足はできた。なくても変わらないと言うか自分で走った方が速いが、人間だった頃を思い出して少しばかり懐かしくなるものがある。バイクで馬鹿騒ぎといえば、あの峠を思い出す。警察の皆さんごめんなさい。

 ちなみに怪我人はいない。怪我人が出るようなことはよくないからな。気を付けて遊んでいた。気を付けて改造したバイクを、気を付けて乗り、気を付けて運転し、気を付けて警察の追跡から逃げ切るためにナンバープレートのナンバーを削って薄い磁石でナンバーを付け、実際に警察から逃げる時にはちょっと入り組んだ所に入ってから派手な上着を着てナンバーを適当に入れ替えるだけでいける。

 なお、これは普通に犯罪だったりするのでよい子は真似しないようにしてくれ。今俺のいる古代日本ではそんな法は存在しないがな。

 

 さて、それじゃあロードローヴァーも作り終わったことだし、二号機のメタルローヴァーの製作を始めるとしようか。旅行用のロードローヴァーと違って準戦闘用兼レース用に作るつもりだから、求められるものはともかく速度と頑丈さ。火力は正直俺が乗っているだけで十分だから無しにして、まず速度。とりあえず時速で十分の一光年出せるようにしたい。そしてその速度で大気圏に突入しても問題ない耐摩耗性能と耐熱、耐冷性能。操作ミスで頑丈な物にぶつかっても平気なよう耐衝撃性能もつけて、そしてそれらの性能を十全に活かせるだけの操作性とブレーキ性能を持たせなければ危なくて使えやしない。

 いやしかし、物作りは楽しいな。今の俺の身体には日本人の血は流れていないはずなんだが、それでも楽しいもんだ。



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竈の巫女、神を作る

 

 ヘスティアには眷属神と言える存在が無い。多くの神は自身に仕える小神を眷属神として持っているものだが、俺にはそう言った存在がいない。いなくても今まではどうにかなっていたと言うこともあるし、そもそも誰かを支配すると言うのは苦手なんだ。支配と言うより見守ることが主体だったしな。

 見守ると言っても状況次第で手も出すし、こっちに非がない状態なら守ってやったりもする。大概の場合は完全にこっちに非がない訳じゃないから手は出さないが、村の穀物に手を出す動物相手だったら大概なんとかしている。

 だが、村が大きくなり、いくつもの他の村が恭順してくるようになって、加護は届くが目が届かない状態になってしまった。やろうとすれば届かせることもできなくはないが、それだと俺の趣味の時間が取れなくなってしまう。仕事ばかりではあっという間に擦り切れてしまうのは人間でも神でも変わらない。適度に休みや趣味の時間を取った方が最終的に効率が良いと言うことは往々にしてあるのだから。

 

 そこで、俺は俺の目として、そして多少の裁量権を与えた眷属のようなものを作ることにした。俺の目であり手であるそれの元々の材料は、まず村にいてもおかしくない存在であり、ある程度の数がほしかった。そこで目をつけたのが、蛙だ。

 村には田と畑がある。畑があるなら虫も出るだろうし、田があるなら蛙くらい出る。田畑は村の近くにあるのだから、蛙が村に入り込むことも多々あるだろう。だからこそ、蛙だ。

 俺がこの蛙の神に渡してやるのは、ヘスティアとしてはほぼ全く使わない呪詛や怨念を扱う権能。俺の場合はそれに耐える方ばかり使っているし、耐えなくとも竈に放り込んで炎で浄化してしまえば基本的に俺に効果は出ない。出るより速く焼き尽くせる。

 だが、この呪詛の権能は神にとって大切なものではあるが、同時に権能として保有していなくともある程度使えるものなのだ。何しろ脳筋極まっているアレスですら使えるのだから、よほど弱くなければ使えるものだ。

 

 天罰、あるいは神罰と呼ばれるそれは、一言で纏めてしまえば単なる悪意。強大であるが故にただ思うだけで、悪意を向けるだけで勝手に呪われてしまう。それが神の行う呪いの正体だ。

 つまる所、まともな神ならわざわざ呪詛を司る必要などありはしないし、わざわざ司らなければ存在を保てないような神だと思われてしまう可能性もある。

 だが、俺にとってはそれは非常に都合のいい話だ。わざわざ俺の持つ権能を渡したり、分割したりすることもなく神を一つ作ることができる。

 基本として、俺の塔が視界に入る場所にある村は俺が直接守ってやることができる。だが、それ以上離れるとそれも難しい。一応俺の社が置いてあるのだが、俺は一般的な自然信仰から生まれた神ではないため分霊というのを作るのに慣れていないのだ。

 だからこその眷属神の製作。一度の産卵で同時に生を受けた卵から生まれた兄弟姉妹を全て神にすることで、同一の神でありながら無数の判断基準と無数の体を持つことを可能とした、呪詛と神罰の神。同じ顔。同じ声。男か女かは50:50。そう言ったとても特殊な神格だ。

 ただ、俺との繋がりを示すためにそいつらにある物を用意した。俺がいつも身に着けているおんぶ紐……だったもの。最後におんぶ紐として使ったのは、ヘファイストスが泣き止まなかった時だったかね。伸縮自在のそれを長く伸ばして、独立して村に行く奴らにリボンとして渡しておいた。普段使いと予備とで二本渡したつもりだったんだが、どいつもこいつも二本とも一緒に使っている。まあ、似合っているしいいんじゃないだろうか。

 

 そう言う訳で、より広い範囲の村に加護を届かせるようにすることができた。まあ、俺が加護を与える時の基準と、加護が効かない時の基準はわかりやすいだろうから、そこまで問題らしい問題は出ないと思うがね。

 



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蛙の禍神、生を受ける

 

 周りには、同じ顔が並んでいる。()であったり()であったりと違いはあるけれど、それ以外は何も変わらない。

 金色に輝く太陽のような髪。童女のような顔立ち。紫を基調とした上着に、白の内着。緩く腕を蔽う袖に、脚を包む白の長足袋。私達は同じ神として、同じ存在として、群体にして個体の神として、ミシャグジ様に作り上げられた。

 蛙は特に大きな社会を作ったりするわけでもないはずだけれど、ミシャグジ様にとってはそれは関係のないことだったらしい。むしろ、ある程度の違いを出すためにはそうあってくれた方がよかったとか。

 ただ、ミシャグジ様には感謝している。ただ生きて、ただ子を残して、そして死ぬ。そんな生に比べれば、今、こうしてミシャグジ様に仕えて生きる方がずっと良い。人間を支配して生きる。元はただの蛙でしかなかった私にしては、なかなかいい生き方ではないだろうか。

 

 そして私たちを作り上げたミシャグジ様は、私たちの中から何柱かを選んで二本の髪紐を与えてくれた。これが、私たちがミシャグジ様の意思を受けて行動をしている最中だと示す物になるらしい。それは私たちの中でも選ばれた者にしか渡されず、同時にこれを渡されたからには失敗は許されない。

 私たちは天罰の神。ミシャグジ様に仕える災害の神。人間達が神への敬意を忘れ、あるいは神の守護を当然の物と思うようになれば、容赦なくその守護を取り上げ、罰を与える。

 ミシャグジ様は守護の神。大地を貫き、天を支える塔の神。龍脈を鎮める土地の神。穢れを払う浄化の神。境界を示す賽の神。祭儀の炉の炎の神。田畑の豊穣の神。蜂を率いる虫の神。天候を操る風雨の神。傷を癒す治療の神。薬や道具を生み出す知恵の神。

 私たちは天罰の神であると同時に、そんなミシャグジ様の権能に似たものを自身で得ることができている。

 私は神の怒りを表す天罰の神であると同時に、大地より生まれた鉄の神。別の私は風雨を。また別の私は炎を。また別の私は雷を。また別の私は薬を作ることができるし、また別の私は境界を扱うことができる。私たちは私たちと言う一つの神であると同時に、私たちと言うまったく別の個体でもある。それを表しているのが、天罰の神でありながらその天罰には様々な種類があると言う事だ。

 例えば、突然に沸き立つ炎に焼かれて命を落とす。例えば、天より降り注ぐ雷に打たれて死ぬ。例えば、突如広まった病にて落命する。私の場合は、身体に流れる鉄の水を蒸発させることで天罰を行うだろう。それが私たちの在り方だ。

 

 私はこれから生まれたこの地を離れ、離れた場所にある小さな村に向かう。そこで小さな塔を建て、ミシャグジ様の眷属であると知らしめながらその村を守護し、あるいは裁く立場に立つようになるだろう。

 ミシャグジ様の用意してくれた青黒く輝く金属のような髪紐をつけ、ミシャグジ様が一つ一つ作ってくれた『錆びない鉄の輪』を縮めて手に通し、私は塔を後にする。

 

 兄弟姉妹たち、そしてミシャグジ様が見送ってくれている気配を背中に、私は歩き始めた。

 




 
 なお、名前は皆さんの予想の通りだと思われます。『洩矢神』です。


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竈の巫女、人を裁く

神様やってればこういうこともあると思います。


 

 罪には罰を。社会と言う名の集団において、それがどんな物であろうとも必ず規律と言う物が存在する。それが明文化されているかされていないかは問わないが、もしもそれを破った場合には間違いなく何らかの報いを受けることとなる。

 例えば、獣の集団を想定したとしよう。その集団は一つの群れとして存在している時に、間違いなくその群れを率いるリーダーとも言える存在がある。そのリーダーの指示に従って群れは行動することになるのだが、ここでリーダーの言う事が聞けない存在はその集団からはじき出されることになる。

 集団と言う形で狩りをする動物は、その多くが個体で狩りをするのに向かない存在である。狼ならば小さな兎などを狩ればいいのだが、そもそもそこに兎のような小さな動物がいるとは限らないし、小さな動物と言うのは食べても腹が膨らまないし動きも素早い。巣などの狭い場所に逃げ込まれればもう手出しはできなくなってしまう。

 だからこそ、そういうことをさせないために集団での狩りをする必要があるし、ある程度意思の統一をするために、リーダーの方針に従わなければいけないと言う法が生まれる。

 

 動物ですらそう言った原始的な規律が存在するのだから、人間にはより多くの規律が存在したところで驚くことは無い。

 

 一つ。ミシャグジを神として崇める者同士での殺害を禁ずる。喧嘩に関しては傷一つなく治る範囲ならばよし。

 一つ。ミシャグジを神として崇める者同士での窃盗を禁ずる。貸し借りは個人で許せる範囲、返せる範囲に止めること。

 一つ。病や怪我をしていない者が自身に与えられた仕事を終わらせずに遊びに耽ることを禁ず。息抜きは適度に。

 一つ。俺の庇護下に居たいのならば、理不尽に命を奪うことなかれ。狩りを行うならば、自身が狩られる可能性も考慮すべし。

 一つ。願いには対価が必要。願いの大きさや難易度によって必要な対価は変動する。

 

 ……こう言った『必要なこと』と『最低限俺の在り方を理解できる内容』を法として一般に広めた。文字に残し、石板を削って条文を作り上げた。

 俺の法はあくまで最低限。あまりにも細かいことまで決める気はないし、そんなことをしていったら面倒事になる未来しか見えてこない。

 

 だが、最低限だからこそできることもある。最低限だからこそできることがある。

 人間が、いつか自分達の手で細かなことを決めて行き、いつの日にか法など無くとも誰もが良心に従って生きていけば生活が回るような国にしていきたい。

 ……まあ、それが難しいことはわかっているんだがな。それでも目指すことに意味がある。

 

 しかし、今この時に起きた罪には、俺がそれに見合った罰を与えなければならない。それが俺の法の一つであり、俺の仕事の一つでもあるのだから。

 

 今回の裁きは、殺人一歩手前の大怪我を負わせたことによるものだ。どちらも酒が入っていたこと、また怪我を負わせた方もそれなりに傷ついている点、さらには単なる物理的な打撲しか無かったことで時間はかかるが酷い傷跡は残らないで完治する事が予想できる点から多少情状酌量の余地はあるにしても、全く何の沙汰も無くそのまま過ごさせるわけにはいかない。

 本来殺人には殺人を。大怪我には大怪我で報いさせるのが俺のやり方なんだが、この時期に大の男二人が消えるのは収穫的に痛い。

 なので、今回は怪我を負わせた相手の田畑の方も世話をすること、と言うことで落ち着いた。喧嘩をする元気があるのならその元気は働く方に回してもらうとしよう。

 それがずっと続くと身体を壊すことになりかねないが、それでもしばらくは持つ。

 

 まあ、あくまでこれは一度目だからこの程度なのだ。次回からは反省の色が見えないと言う事で、罪は重くなっていく。具体的には、空腹を感じたまま何も食べなくとも生きて行けるようになり、しかし食事をすることができないようにする。空腹を抱えたまま、ひたすらに働き続ける。そう言った罰も用意してある。

 人間には間違いなく辛い罰だが、それでも死なないようにはしてある。精々罪を犯さないように生きてゆけ。

 

 



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竈の巫女、増築する

 

 地上72階層。地下14階層。計86階層の俺の塔。慣れてきたせいか、なんか最近低いような気がしてきた。

 たかが72階。それじゃあサンシャインシティビルとそう変わらないし、俺の知っている現代ではそれよりはるかに高い塔もできていた。つまり、現在の俺の住処は何千年か未来で人間の作り上げたそれに追い越されることになるのだ。

 

 ……まあ、それに関してはどうでもいい。そんなことを気にしているならギリシャ神話世界の俺の家が低かったりすることをもっと気にすると言うか、色々と仕込みはしてあるからまず間違いなく塔自体の強度はこっちの方が上だろうしな。

 だが、塔を高くするなら下にも伸ばさなくてはならないんだが、これ以上下に伸ばすと龍脈が寸断されて色々とまずいことになる。具体的には某白面の者が飛び立った後のようになる可能性が微粒子どころではないレベルで存在する。最終手段だな。

 

 そこで、下の方はまず横に棒を伸ばすように広げて龍脈を回避し、避けた所で再び下に伸ばすようにする。計八本の根が大樹を支えるような形にする訳だ。

 その上で、上向きに塔を伸ばしていく。階層ごとの高さは変えることなく、階層その物を増やしていくのはまさに増築と言えるだろう。増築の結果、文字通りに雲を貫くような高さになってしまったがそれはそれ。より遠くまで見渡せるようになったと言う事で俺には損が無い。

 そもそも今、俺以外にこの辺りに居を構えている神格は俺が作った洩矢神くらいであり、そのほかの多くの神格はここから離れた場所に住んでいる。これは俺の支配する距離が広がっていると言う事でもあるが、それまで存在していた村の守り神もあまりいないと言う事だ。

 この塔を建てたのも今回増築したのも俺の作っている物を置いておくための場所を用意するためであって他者の信仰を奪うつもりなど全く無かったのだが、奪ってしまったものは仕方がないのでもう一度配り直すことにする。

 支配とは、支え配ると書く。支配する側は支配される側に対して命令をし、服従させることができるが、同時に支配している側は支配される側に対してそれなりの物を与え続ける必要がある。俺の現状で言えば、俺が支配している存在から得ている物は信仰、つまり日本式の神格として存在し続けるためのエネルギー。代わりに俺が与えている物は、傲慢でなく過ごしている限り与えられる安全と言ったところか。

 だからこそ、俺は周囲には基本的に気を配ることにしている。見えない所が増えれば目と頭を増やして代用したりもするし、何か問題があれば解決しようとも思う。それが元人間の霊から成り上がり、神として村を守護してきたような存在ならば尚更だ。俺は人間が無理に仕事を引き受けて破滅してしまうのはあまり好きではないが、それを自分から、自分のできない範囲を何とかしつつ行っているならそれを止めるようなことはしない。無粋だし、面倒だ。そういう輩は基本的に人の話を聞かないからな。

 

 そう言う事で、俺は新しく臣従してきた村の者に聞く。これまでの神が治めてきて、何か不満はあったのか、と。多くの者は迷いながらも不満は無いと言い、極一部の者は俺の支配していた村に比べると米などの実りが良くないだとか色々なことを言っているが、それはつまり俺の村の事を知らなければ不満は生まれなかったと言う事を意味している。

 だから俺は、その村の事を良く知っている者……つまり、その神にその村から得た信仰を与え、同時に僅かではあるが俺の作った作物を与え、今までと同じように、しかし俺の意思を組むように村を治めるようにと告げる。これで問題は出てこなくなるはずだ。

 人から生まれた神。その信仰を得ることで俺は神としての存在をより強くすることができる。まあ、別に神になりたいわけじゃなかったし、神で居続けたいわけでもないんだが……まあ、どうせならこの神格、上手く使ってやろうと思ったわけだ。

 

 まあ、安泰安泰。戦争でも起きない限りはのんびり暮らして行こうかね。

 




 
 Q.何階建て?
 A.地上245地下14+21×8階層。


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竈の巫女、戦火を見る

 

 戦争だ。それも侵略戦争だ。あちらが攻める側でこちらが守る側。信仰が欲しいのはわかるがわざわざ戦争なんて起こすかね普通。命がかかっているわけでも……いや、あちらからすればかかっているのか。命が。

 だが、命がけで戦いを挑んでくると言う事は、逆に言えば負ければ命を奪われることを享受すると言う事でもある。命のやり取りってのはあまり好きじゃないんだが、あっちがそれを望んでいると言うのならば致し方あるまいよ。こっちだって死にたいわけじゃあないんだ。迎え撃たせてもらおうじゃないか。

 

 まあ、まずは防衛だ。俺の支配する場所には俺の神気を撒いてあるから、基本的にあっちはこちらの領域の中では術や権能などの一部が使いづらくなっているはずだ。全ての神気を散らして逆に自身の物で満たすことができるのならば状況は一変するだろうが、神気が残っている限りは信仰も失われにくい。

 俺の、そして洩矢神の神威は大地に根差した物。塔の神であり豊穣の神としても祀られている俺と、大地の化身としても扱われる事のある蛙から生まれた天罰神。大地を丸ごと入れ替えない限り、俺への信仰は早々失われない。

 こちらの神性の防御ができたのなら、次はこちらの飯の種……要するに人間を含んだ俺の信者たちに防御を行わなければならない。人間が失われてしまったら、俺はともかく俺に従うことで生まれ、俺の眷属として周知されているからこそ神として存在を保っていられる洩矢神は消滅してしまう可能性がある。まあ、俺と同じように洩矢神も天罰として人間に対しての抑止力となっているし、同時に理不尽に罰されることも無い代わりに理由があれば間違いなく裁きがあると言う事を理解されている。つまり、裏切りは裁きの対象ととられる可能性があると怖がって改宗を拒む可能性も十分に考えられると言う事だ。

 だが、そうなった場合にはあちらの神が何をしてくるか分かった物じゃない。何しろ信仰のために他の神の領地に侵略戦争を仕掛けてくるような奴らだ。見せしめとして集落の一つや二つ焼き払ったところで良心の呵責も何も感じることは無いだろう。死ねばいいのにな。

 そう言う事なので、昔取った杵柄、ルーンで対神装備を整える。本来は主神を表す『A(アンサズ)』のルーンを中心に、神格を表すルーンを集めて共通する部分だけを抜き出し、それを逆位置で繋げる。フレイ神を表す『F(フェイヒュー)』、トール神を表す『U(ウルズ)』、オーディン神を表す『A(アンサズ)』、フレイヤ神を表す『G(ゲーボ)』、イング神を表す『ing(イングス)』、ノルンの三女神を表す『P(パース)』、マルス神を表す『T(チュール)』、そしてそれらを増幅する『空白(ブランク)』のルーンを組み合わせ、効果を逆転させれば……周囲に存在する神格を威圧し弱体化させる効果のある道具が作れると言う訳だ。

 この道具で結界を張り、外からやって来る害意のある神格を弱体化させる。『Y(エイワズ)』のルーンを使って方向性を防御に固め、同時に俺に関係のある神に向かう力を同じく『Y(エイワズ)』で方向転換させてやれば、こちらの神格には影響を出さないまま侵入してきた神にだけ効果を与えることができる。

 ただ、その効果を持たせるためにいくつもルーンを刻む必要があるが、それはもう必要経費と言う事で諦める。ルーンを刻んだ道具は即座に送り届け、俺の支配する村々に配置し、洩矢神やそれ以外の俺に臣従した神に『Y(エイワズ)』のルーンを刻んだ石を持たせて効果範囲から外す。

 

 ……これだけやれば、まあ、相手が神や神に仕える存在ならば早々手出しはしてこないだろう。何しろこちらの支配領域に入った途端に神の力が凄まじく減衰するのだから。

 出して来たら? 緑髪のエレアのようにしてやれ。

 

 



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竈の巫女、殴り返す

なお、実際に殴っているのはケロちゃんの模様。


 

 さて、戦争において大切なものはいくつかある。まず上げられるのが、糧食だ。兵は食わなければ動けない。食わないまま無理矢理動かせば、待っているのは死ぬ未来。それがわからない人間など存在しないはずだ。

 食わなければ死ぬ。極々当然のことで、同時に誰もが理解していることだ。

 次に数。この場合の数とは戦力の数であり、総数ではない。勿論継続的に糧食を用意するためには総数も必要になってくるのだが、こと神の戦にはあまり関係ない。食わねば弱るのは人間と変わらないが、実際に食事をとるのではなく信仰を得ることの方が遥かに大切だ。そうしなければ文字通りに消えてしまう。

 だからこそ戦を挑んでくるような神が出てくるわけだが……やはり、世界には様々な神がいるようだ。日本神話では、基本的に神とは概念的な存在であり、肉の器を持って人と触れ合う事ができてもあくまで基本は精神的なものに依存する。だからこそ、日本神話の神格は死んでいても気が付いたら甦っていたり、腕をもがれても気が付くと治っていたりするわけだ。

 まあ、一番頑丈なのは神よりも形の定まらない妖怪の方なんだろうが、それこそ頑丈さは千差万別、どれもこれもが同じだけ頑丈である訳じゃない。人間に違いがあるように、神や妖怪にも当然違いがある。

 

 だからこそ、種族は神として一貫しているにも関わらず、これだけ大きな差が付くわけだ。

 

 俺に戦争を吹っ掛けてきた天津神、建御名方が俺の眷属である洩矢神の一柱と互角に渡り合っている。洩矢神が使うは鉄の輪、対する建御名方は巨大な柱と藤の蔓を使って戦っている。

 だが、なぜ藤の蔓? なにか効果でもあるのか?

 

「……何故だ?」

「ん? 何が?」

「なぜ、錆びぬ」

「あ、あーあーはいはいそう言う事ね。教えるわけないだろ馬鹿じゃないの?」

 

 洩矢神はそう言いながら建御名方の振るう藤蔓を鉄輪で切り払う。俺の方も今の言葉で理解した。あの藤蔓で鉄の輪を錆びさせようとしていた訳か。まあ、錆には強い材料で作ったからな。早々錆びんよ。

 しかし、本気でこの地の信仰を奪いに来たならわざわざ一対一での決闘に拘ることをせず、適当に軍をもって神を滅ぼしてから成り代わればいいと思うんだが、そうしない理由は何かあるのかね。あの軍神は戦うのが好きであるようだが、今のように侵略を行うのは嫌いだとかそんな理由か? あるいは、侵略だとかそういうのを除いた純粋な喧嘩の方が性に合っていて精神的な理由で本気を出しにくいとかかね。

 

 だがまあ、今回の戦はそっちから挑んできたものだ。反撃喰らって何が起きても俺は知らん。もしもここで追い返されて上の方に泣き付いて、上の方が本腰入れてきたならば……俺にも考えがある。

 具体的に言えば、太陽を取り換えて、月を取り換えて、あっちの最高神の力を激減させて、その上で高天原まで出向いてやって、高天原ごと重力の檻に放り込んで封印する。そんな事ができるのかと聞かれれば、まあできるとしか言いようがない。実際できるわけだし。

 とは言っても疲れることには変わりないし、太陽の権能を二つも持っていても使い道がないからやりたくないんだがね。

 

 ……そろそろ決着がつく頃だろうか。負けることは無いと思うし、負けそうになったら無傷の別の洩矢神と入れ替われば相手が疲れた状態でもう一度初めからと言う事ができる。一対一の戦いだが、そもそも洩矢神は群体にして個体の神として作り上げたのだから、何十何百居ようと一体だ。問題ない。

 ずるい? そもそも不意打ちで喧嘩を仕掛けてきたやつが言える立場だと思ってるのか? 喧嘩を仕掛けてくるんだったら当然こっちのことだって調べてあるんだろうから、予想して禁止しない方が悪い。と言うか、それをやらせるような隙がある方が悪い。

 喧嘩においては何でもやるぞ? 試合だったら話は別だがな。

 



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竈の巫女、流石に驚く

 

 八坂刀売神と言う女神がいる。日本の神格と言うのは複雑で、何を司るわけでもなく、何の権能も持たないのに神になることができる。必要なものはただ、人に信仰されると言うことだけ。日本神話ほど雑多な神が多く、日本神話ほど多くの神が生まれ、そして死んでいった神話は存在しないだろう。

 さて、それはそれとして八坂刀売神だが、八坂刀売神と言う名前以外に『八坂神奈子』と言う名があるらしい。普通は敵対していた相手に教えるような事はないんだそうだが、俺は何故か知らされた。

 そして、何故か俺の左前には白無垢を着た八坂神奈子と、男物の婚礼衣装に身を包んだ洩矢諏訪子が座っていた。

 

 ……ちなみに、何故男も女もいる洩矢神が諏訪子と言う名になったのかと言うと、実際に数を数えてみたら女の方が一柱多かったので多数決でそう決まったのだ。男の方が多かった場合には洩矢諏訪御神となる予定だった。

 

 そう、今日はうちの洩矢諏訪子と八坂神奈子の婚礼の義。戦が終わり、手打ちと言うことであちらから諏訪子に嫁として送られてきたのだ。

 なお、どうやらあちらは諏訪子がこっちの最大戦力だと思っていたようで、俺の存在を知ると顔を真っ青にしていた。まあ、普通そういう風に認識されるのは神として実力を落とすことになるから嫌だろうし、そんな風に言われたら軽く仕置の一つや二つはあるもんだよな。

 しかも、そうやって言ってしまった相手が自分より強い神を眷属として作った存在だと知ってしまえば、顔色の一つや二つ簡単に変わる。しかも、そもそもこうなっている原因として俺がやったちょっとした報復行為が関わっているとなれば余計にだ。

 

 何やったか? 大したことは無い。ちょいと全員呪って信仰から来る力の一部をこちらにバイパスさせるようにしただけ。ついでにかなりの喪失感と原因の隠蔽をしてやった上で、何人かからっからに干からびさせて、その上で諏訪子、つまり今回喧嘩を売った相手が天罰神だったと言う事を建御名方を通じて伝えてやっただけの話だ。

 原因は諏訪子ではなく俺の方にあるが、そもそも諏訪子にできることの大半は俺にもできるし、今回は諏訪子がやったように見せかけたんだから反応自体は間違いじゃないんだがな。

 その辺り諏訪子に押し付けたことは悪かったと思っている。だが俺は謝らない。本人には伝えていないし、そもそも俺は天津神がそうだと思い込むような状況を作っただけで、諏訪子がやったなどとは言ってない。勝手にあっちが勘違いしただけだ。俺は悪くない。

 

 俺は、悪くない。

 

 まあそれはそれとして、こういう形ではあるが一応頭も下げに来たしけじめもつけた。となればこちらも多少は譲歩しなければならんだろう。

 日本神話その物に繋げていた経路を一時切断し、神からの収奪も止める。つけっぱなしにしていては気付かれる可能性もあるので向こう側の方も外して、回収する。境界の神であり、世界の外側を認識しているからこそできる行為だ。

 多くの神は、世界の内側に籠っている。あのインド神話の神格ですらそれは例外ではない。恐らく、現状で最も世界の外側について知っている存在は俺なんじゃないだろうか。

 ……カオスが意識を持っているのならば別かもしれないが、あれはあくまでも始原の混沌であり、不定形をこそ定型とする存在だ。意識を持ったとしてもその意識が保たれるようなことは無く、一度崩れた意識が再び構築されたとしてもその意識はそれ以前の意識とは全く違うものになっているだろう。

 あるいは文字通りの創造神であるならば行けるかもしれないが、世界を作った創造神と宇宙を作った創造神では格が違う。宇宙を作った創造神ならば数多く存在するし、作った世界とも言える宇宙の事ならばおよそ何でも知っているだろうが、自分の作った世界の外までは理解できないし認識できない。だからこそ、現状、様々な世界が繋がり始めていると言うのが色々と危険でもあるわけだ。

 

 ……まあ、危険になったらその時だ。世界的に隔離されている訳では無いからタルタロスに行っても変わりはしないだろうが、この世界そのものから脱出すればインド神話の神が暴れて世界が崩壊しても問題なく活動できることだろう。

 その際は、俺に関係した存在はできるだけ連れて行くことにしよう。頭数で言えば、主に蜂になる気がしないでもないがな。

 



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竈の巫女、妖怪を生む

 

 諏訪子と神奈子の二柱の初夜……なのだが、俺はそれを覗き見しようと思うほど無粋ではない。どっかの美の神は嬉々として見せつけようとしてきた気もするが、姪とその妻の絡みを見せられた俺はいったいどんな反応をすればいいのかわからない。

 とりあえずその場は顔を真っ赤にして俯いてしまったヘファイストスの頭を軽く撫でてその場を後にしたが、ついでにヘファイストスの動きを止めていた縄と猿轡も取ってしまえばよかったかもしれないとあの後少し考えて思うようになった。

 そして実行しようと戻って扉の前に立ったらお盛んのようだったので自室に戻って寝た。仲良きことは美しきかな。人前でそれはどうかとも思うがね。俺は人じゃないから人前と言う言葉が正しいのかどうか微妙な所だが。

 

 ちなみにだが、男でも女でもある諏訪子は、どちらでもあるが故にたとえ元が女の身体であったとしても女相手に子を作ることができる。勿論、男の身体が元であったとしても男相手に子を作ることもできる。そういう風にした覚えは無いが、神としての在り方からそう言うものだと認識された結果、そういう形に落ち着いたのだろう。

 また、どうやら自力で増えることもできるらしい。これも信仰の形から、無数の存在がいると認識され、そしてそれが実現してしまった物だと考えられる。日本の神格とはこうしていくらでも形を変える物だから付き合い方が難しい。しばらく目を離しているうちに、国津神であった大国主とインド神話で言うマハカーラ、つまり大黒天が同一化され、宝船に乗る大黒様と呼ばれるようなことにもなっている。

 

 そして、それは俺にも言えることだ。ギリシャ神話に所属する俺、つまりヘスティアは変わることが無いが、代わりに日本神話にてミシャグジ様として存在している俺は信仰によって形を変える。今までは治めていた村々から信仰を受け、そして時に畏怖を受け、存在を認識され、ミシャグジとして形作られた。

 だが、今は少し違う。天津神から恐怖の感情を向けられ、恐れられ、俺は神でありながら妖怪としての一面も持ってしまった。それも、ミシャグジとして最も有名な、賽の神としての部分。境界の力を持つ妖怪として。

 

 俺は、正確には俺が今動かしているこの身体は、竈の女神ヘスティアの手で作り上げられた人間としての身体。神造人間であるがゆえに年を取ることは無いが、それでも摩耗する。

 その摩耗した部分に入り込んできたのが、神としての、そして妖怪としての俺。つまりミシャグジであり、境界の妖怪。

 俺は神として純粋であろうとは思わない。しかし、人間として純粋でありたいと思う。ヘスティアの身体に妖怪としての力が宿っていたのなら、俺は嬉々としてその力を使っただろう。しかし今のベルの身体には、人間以外の存在の力を宿す訳にはいかない。次以降、この身体を使う時に魔物として討伐される可能性が出てきてしまうからだ。

 

 だから、俺はこの際、妖怪としての自分と今までの人間としての自分を分け、妖怪としての部分を自由にすることにした。仮にも神から生まれた妖怪だ。それなり以上の力を持つことだろう。

 それに合わせて元々の神が堂々と表に出ている割に事前の準備や策を練る方が得意と思われている事もあって、黒幕として色々動く事が多いくせに何故か様々なところに顔を出しつつ真意には欠片も触れさせない胡散臭い性格になる事が予想できる。実際の俺とは凄まじく違うな。所詮信仰と言う移ろいやすい物から生まれた神だ。そんなものだろう。

 

 ……そう言えば、八坂神奈子は諏訪子の相手を一人でするつもりだろうか? 最低千柱の相手をするのだから、身体が持たないんじゃないかと思うんだが。特に、男から女に変わったばかりの身体では。

 

 




ケロちゃんとガンキャナコの初夜とか需要あります?


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竈の巫女、男と会う

 

 俺が人間として過ごしていた頃の日本では、蒸留酒と呼ばれる類いの酒がその辺のスーパーでも手に入った。一日に24時間開いているコンビニでも同じように手に入ったし、チェックの甘いところでは18歳くらいでも買えてしまったりする。

 で、俺は死んだ時には二十歳を越えていたし、酒くらい普通に飲んでいた。

 

 俺は日本神話世界に来て村を一つ支配し、捧げ物を受け取る立場になってからと言うもの様々なものを作ってきた。醤油、塩、味噌、麹、酵母、そして酒。毎日の生活に必要な物だったり、生活を彩るものだったりと様々だが、俺はただ捧げられるだけではなく、返すものは返してきた。基本的には村に危険な動物や妖魔が入り込まないようにしたし、作った様々なものをそれなりの値で市場にも流した。

 だが、思い出すべきはこの時代の酒の強さだ。はっきり言って、水とそう変わらない。昔の人間は一升飲んでも酔わない奴が居たと言う話も、酒自体がここまで弱いんだったら十分にあり得る話だと思わせられるほどに。

 だからこそ、と言うわけではないが、俺の売る酒はそれなりに人気がある。ほんの一舐めで大盃に並々と注がれた酒を飲み干すのと変わらない程に酔えるのだから、睡眠導入剤として、あるいは女殺し、男殺しの秘薬としても用いられた。

 

 そんな酒が手に入るのは現在ここしかないと言う事で、酒好きの神が結構な頻度で来ていたりする。そして一気飲みしてぶっ倒れては塔の傍の村にある宿で一泊していくのだ。

 ただ、どうにも神と言うのは支払いと言う感覚が薄い。特に人間相手に何をされても捧げ物として受け取ってしまうため、その辺りを周知させるために結構な苦労をすることになった。特に女好きの神は宿で働いている者を寝所に引き込もうとすることも多いからな。まったく、いったいどんな神経をしているのやら。

 だが、そうしない奴もたまにはいる。我儘ではあるが、女を抱くよりも自身の力を磨く方が好きだと言う武神の類にそう言う事が多い。ただ、武神にはそういう奴が多いが、戦神には火照った身体の熱を治めるために女を抱きたいと言う奴が多いのでとりあえずぶん殴って意識を消し飛ばしてから海中に放り込むこともたまにある。

 

 で、そのあまり多くない脳筋の中に、俺でも知っている有名な神である建御雷がいる。素戔嗚の方は不能の呪いをかけて放置した結果発狂して呪詛を振りまくようになったが、知ったことじゃない。自業自得と言う言葉の意味をよく理解してもらいたいもんだな。

 

「その辺りお前は優秀だよ。一回で改めるんだから」

「はっはっは……いや、初回は済まんかったな」

「三回目までは厳重注意で済ますが、四回目以降は無いからな」

「ここの酒が美味すぎるせいだ。ついつい飲み過ぎてしまう」

 

 それが本当に悪いんだったら酒の味を落とすかあるいは売りに出す量を制限することもやぶさかではない。と言うか、色々と考えてみればそっちの方が効率的であるような気がする。

 

「まあ、俺は別に構わんが……精々後ろから刺されて死なないように気を付けろよ?」

「は? 俺がそんなことで死ぬとでも?」

「試してみていいか? 俺ならたぶん殺れる」

「勘弁してくれ」

 

 建御雷はそう笑いながら酒を呷る。まったく、日本の神は酒好きで困る。そんなんだから酒で騙されたり、人間達に酒で騙すような戦法が広まったりするんだよ。俺にとっては利用できるものを利用しない方が愚かなのであって、それに引っかかったからと言って文句を言うのはお門違いだとも思うがな。

 まあ、個人的には酒や食い物に毒を入れる事だけはしたくないとも思うが……そのことを相手の方が理解してくれるかどうかは知らん。まあ、信用しないだろうな。神相手に効果のある毒だとしても作るには面倒な手順に貴重な材料が必要だったりするし、簡単に作れるようなものじゃない。一番楽なのは、死ぬほど不味い料理を食わせて悶絶させることだそうだが……間違ってないのかもしれないな。

 



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竈の巫女、実家に帰る

 

 色々やった結果、俺の存在が無くとも諏訪子と神奈子は立派にこの地を治めて行けると思うようになった。少々危ういところもあるが、それはそれだ。危ういからこそ成長することができるのだろうし、不完全だからこそ人が付いてくる。完全な存在は個で完成し尽くしてしまっている。それはそれ以上の成長もなければそれ以上の広がりもない、やがて衰退する存在でしかなくなってしまう。そう言うものだ。

 俺も、そろそろ身体がいい感じに経験を取り入れたところだし、新たな場所に出発したい。常に同じ場所にいては入ってくる経験も少なくなってくるから、新たな経験をしてみたい。この世界ではベルとしての俺が神になり、眷属を生み出し、妖怪という形で分けただけとはいえ子まで作ったのだ。なかなかいい経験になったと言ってもいいだろう。

 一番の収穫と言えば、やはりまともな陰陽術の習得だろうか。基礎の基礎である陰陽五行の理解は多少あったし、基礎と言うのはどこまで行っても使えるからこそ基礎だからそれなりに使っても来た。なにしろルーンの属性強化にも使えるのだから驚きだ。

 だが、何よりもこの世界に一度とは言え根を張った俺は、恐らくこの世界の神として理解されているはずだ。諏訪子はあの在り方からして早々負けることは無いし、ついでに諏訪子が存在している限りは俺の存在が完全に忘れ去られるようなことも無い。ああ、全く便利な世の中になったもんだよ。

 

 それに、醤油に味噌に酒。米や豆から作ることのできるこれの製作ノウハウを得られただけでも十分だ。自分で作っただけでなく、村の人間達に命じてそれを作らせ、更に作ったそれを使って料理をさせるようにしてから病気も減ったし、俺に対しての信仰も多くなった。

 これから相当に時間が過ぎて、やがて神の存在が忘れられたころ。あの塔の内部が空洞だとされ、中への入り方が探られるようになったなら、俺はあの塔と、そんな時代になっても神の存在を心底信じ続けた奴を一度俺のところに招待するかね。

 多分だが、その頃になっても諏訪子は生きているだろうし、あの塔の高さを超えることのできる人工建築物は西暦にして2000年代に入っても作られてはいないだろうから……まあ、そのくらいの力は残されているだろう。少々無理矢理な形で手に入れた境界の力だが、今回の事でしっかりとした地盤ができたのもまた嬉しい。地盤ができたからこそ、そうした無理も効くかもしれないと思えるわけだし。

 

 そう言えば、俺が居なくなったら天津神はいったいどうするだろうかね。俺の塔を壊しに来るなら、一応対応策は作っておいたがいつしか攻略されるかもしれない。ゲームの様にバランスを考えて作ったわけではないが、人間の進歩の速度ってのは侮れないからな。神にも同じことが言えるだろう。

 だが、流石に自動で自身を強化し続けると言う訳にもいかない。そもそも、硬度や強度の強化ならば作り上げた時の波紋を使ってルーンを何万何十万と仕込んであるから何とかなる。『成長』を意味する『B(ベルカナ)』と『変化』を意味する『E(エワズ)』を主体として、『硬化』を意味する『I(イス)』と『木』と『再生』から『強化』と言う意味を抜き出した『Y(エイワズ)』を用い、そのどれもがより強く効果を増幅させるように『共存』を意味する『M(マンナズ)』で纏め上げる。当然、それらを『空白(ブランク)ルーン』で強化して、常時効果を発揮するようにもしてある。

 ……ここで陰陽五行論が役に立つんだが、塔の周囲に円を描くように『B(ベルカナ)』、『Y(エイワズ)』、『M(マンナズ)』、『E(エワズ)』、『I(イス)』の順に密度の高い位置を作る。すると、一度力を込めれば順々に効果を発揮しながら増幅し、半永久機関として稼働するようになる。

 ああ、やはりルーンは便利だし、五行論もまた便利だ。これからもいろいろと学んでいくとしようか。

 




すわかなの方で、諏訪子がドSになりました。誰かたすてけ


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神話世界漫遊記(ダンまちの気配がしないこともないギリシャ神話編)
竈の女神、再調整


暫くギリシャ神話やります。


 

 まあ、今さら何を言う事でもない。無いが、とりあえずこれを見てみてくれ。

 

 

 

 神造人間完成型試作一号機『ベル』

 Lv.18

  力:SS6443 耐久:SS5790 器用:SSSS15487 敏捷:SS6787 魔力:SSSS18728 豪運:S 異常無効 神格保有 料理術:SSSS カレー製作:SSS 薬膳:SSS 拳法:SSS 滅殺術:A 魔王:S

 

 

 《魔法》

 【カマドガミ】

 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、得た神格及び権能を捧げる。自動発動。

 

 【マジックマスター】

 ・ヘスティアの使える魔法を使用できる。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、それまでに自作した魔法及び習得した魔法技術をヘスティアに捧げる。自動発動。

 

 

 《スキル》

 【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)

 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。

 ・カレー制作時及び今まで存在しなかった物の製造時に極大の補正。この補正は重複する。

 ・死亡時、ヘスティアの場所に肉体が転移する。

 ・境界の神ミシャグジとしての力と権能を使用できる。常時発動。

 

 【華雲邪神(ウラボス)

 ・戦闘能力を悟られにくくなる。

 ・近接戦闘及び武器使用時に絶大なる補正。

 ・魔力及び魔法使用時に絶大なる補正。

 ・定められた『主人公』以外に敗北しなくなる。

 ・定められた『主人公』と出会いやすくなる。関係がどうなるかは不明。

 ・ステータスの伸びが良くなる。ただしレベルの上りは遅くなる。

 ・自身についての隠匿能力を身に着ける。

 ・このスキルは神ヘスティア以外には表示されない【隠し効果】

 ・あらゆる状態異常を無効化する【隠し効果】

 ・敗北から再起した場合、全てのステータスが二倍になった状態でレベルを一つ上げる。ただし、全力で戦って敗北した時のみこの効果は発揮される。【隠し効果】

 ・神の力を無制限に使用可能【隠し効果】

 ・変身能力を得る【隠し効果】

 

 【神物語(カミモノガタリ)】【隠しスキル】

 ・神を作り上げることができる。また、作り上げた神は眷属神となる【隠し効果】

 ・神を()すことができる。()した神は復活及び再生・再起しない【隠し効果】

 ・神話を削除することができる。削除した神話を語る存在及び知る存在も同時に削除される【隠し効果】

 ・神話を作ることができる。作りたくない場合は事前に『架空の神話である』と明言しなければならない【隠し効果】

 ・神話を作る際、世界が創世されることもある【隠し効果】

 ・作った神及び神話に存在する神格の権能を一部壊れた上でヘスティアに献納する【隠し効果】

 

 

 

 ……まあ、予想はしていたが予想以上だった。想定しておきたかったが、こんなもの想定できたらそれこそ人を超えた神の所業すら超えた恐ろしい何かでしかない。

 それまでのスキルにも色々増えているのはもういい。諦めた。後、あれだけ色々やったと言うかやらかしたにも関わらずLvがあまり上がっていないは華雲邪神スキルが関わっているんだろうからこれもいい。その他のスキルに色々と追加されていたり、消えていてはいけない所が消えていたりするのももういい。

 最後のスキル。これが一番の問題だ。

 

 まず、隠しスキル。つまり、今の俺はデバッガー的な立ち位置だから見えているんだが、普通に使っている分にはまず存在していると言う事がわからない。隠し効果があった時点でこういうスキルや魔法があるようにもなっているだろうと思っていたから別にいい。便利だし。

 だが、その効果がやばい。やばいなんてものじゃない。駄目だ。

 神を作る。実際やった。やってしまった。諏訪子、確かに作ったよ。神。しかも罪を犯した存在に対する特効持ちである天罰に特化した天罰神。

 で、消した覚えもなくはない。あの世界には様々な物に神が宿るし、物によっては行為にすら神が宿る。初めのうちはそう言った物に対して色々とやらかしたから、消した可能性もある。塔を作った時とかな。

 神話については、恐らく無数に存在していた地方の神話が俺の塔に信仰を吸われる形で消え、新たに俺の塔の方で神話を作ったからだろう。納得はできないが理解はできる。

 

 ……世界創造ってなんだよ。作った神話の権能を得られるってのはどうなんだよ。いくら俺にも受け止めきれないものはあるんだぞ? 今回は受け止めるが。

 だが、これで本格的にクトゥルフ神話を語れなくなった。あれ、結構面白いんだがなぁ。残念だ。

 



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竈の女神、英雄を知る

 

 ギリシャ神話における最強の英雄と言えば、まず間違いなくヘラクレスだと言われている。十二の試練を切り抜け、神々と共に巨人を撃退し、英雄の集うアルゴー船に乗り、数々の伝説を残し、ついには半神ではなく文字通りの神にすら上り詰めた。それほどの英雄は、少なくともギリシャ神話の中には他に存在しない。

 勿論、一部でヘラクレスを上回る存在は確かに居る。英知で言うならば半人半馬の賢者ケイローン。速度で言うならば最速にして最優の英霊とも言われるアキレウス。より早く名を挙げたことで言えばペルセウスがそれに該当するだろう。

 ……まあ、そのうちの誰もが純粋な実力勝負においてヘラクレスに勝てないことはわかりきっている。なによりも、相手に対して有効な手段を取ることに対しての躊躇いというものが一切存在しない点で、ヘラクレスは戦士というよりも勝利者として名を上げられるのだから。

 それに、不老不死のケイローンを殺したのはヘラクレスの撃った弓矢と、その鏃に塗りつけられていたヒュドラの毒だと言われている。俺がその場に居れば毒だけ焼き払って浄化することで命を救うことができたかもしれないが、残念ながら俺はそこにはいなかった。救うことなどできるはずもない。

 

 さて、そんな非常に有名なヘラクレスだが、そいつはこの世界でも十二の試練に挑んでいる。ガイアが敵対しないようになっているためヘラクレスは狙って作られたわけではなく単純にゼウスの浮気性が出ただけらしいが、それに関してのヘラの嫉妬心はしっかりとゼウスに向かっている。本来のギリシャ神話ではヘラに呪われた結果、ヘラクレスはよく正気を失って暴れまわるようになってしまうようになったのだが、この世界においては違う。

 まあ、原因がヘラにあるということについては間違いない。嫉妬からくる呪詛というのも間違っていない。違うのは、そうして呪った結果が故意であるか事故であるかの違いだ。

 故意で呪ったからこそ、俺の知るギリシャ神話でのヘラクレスはあれだけの被害を受けていた。しかしこの世界においては故意ではなく、ゼウスに対しての嫉妬心からくるものをゼウスがその神威をもって弾き飛ばした残滓の一部がゼウスの血という繋がりからヘラクレスにかかったものだ。ヘラクレスに対しての直接の呪いでなく、それも自身の愛する相手に対しての物であるために大した効果が得られるものではない。

 ただ、浮気性がなくなり、自分だけを見るようになる。ヘラの呪いの本来の効果はそういうものであったはずなのだ。

 しかし、その呪いは砕かれ、散らされ、残滓がヘラクレスにかかった結果、奇妙な効果が現れた。

 本来ならばヘラが婚姻を結んだ相手だからこそ成り立つ呪いが、ヘラではない相手を愛し、結ばれたヘラクレス……いや、ヘラクレスと言うよりはアルカイオスと呼んだ方がいいだろう彼に降りかかった結果、浮気をする、あるいはヘラ以外の女性と結ばれると一時的に発狂すると言うものに変わってしまっているのだ。

 おそらく、そのことを知っているのは俺くらいだろう。なにしろかけた本神であるヘラですらアルカイオスに呪いをかけた自覚がなく、実際に呪いの方がゼウスの血縁をたどってアルカイオスにかかったと言うものだから把握できていないのも仕方ない。

 だが、この呪いは人間としては致命的なものだ。なにしろ、ヘラ相手にしか血を残す行為を行うことができなくなり、しかしヘラがアルカイオスを相手に体を許すわけがなく、しかも解いてもらおうにも本神がかけた覚えのない呪詛だ。解くのは苦労することだろう。

 

 まあ、どうせならアルカイオスにはそのまま英雄になってもらおう。恐らくそうして様々な英雄としての行動を行なっていけばいつしか狂気が神によるものであると察することができるものと出会うだろうし、そうなったら呪いを解ける存在を探すようにもなるだろう。俺に辿り着いたら、解いてやろう。求められもしないのにこっちから人に関わっていくのはあまり良い事とは言えないからな。

 



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竈の女神、妹に告げる

 

 アルカイオスの旅路と課せられた難題は、どうやら相当に難しいものとなったようだ。正直に言って俺はギリシャ神話にてヘラクレスの行なった十二の試練の事は触りくらいしか覚えていない。ネメアの獅子を絞め殺し、レルネーのヒュドラを退治し、ケリュネウスの鹿を捕らえ……と言った事は覚えているが、どのように退治したのか、どのように集めたのかと言った事は覚えていないのだ。

 だが、アルカイオスの試練の話はギリシャ神話の神にとってはたいそう面白いものに映ったようで、神界ではそれなりの集まりがあれば毎回と言っても良いほどアルカイオスの名が出てくる。

 俺のように世界の壁を乗り越えることに何の苦労もしない存在ではないこいつらは、自分達の居る世界の中でしか楽しみを見つけることができないのだから仕方がないのかもしれないが、最近どうにも全てに飽き始めているようにも思える。

 それはただ生きると言うことにも適用され、何かをしていなければ全てがつまらなさすぎて死にたくなってくると堂々と口にした者すら居る。だからこそ、英雄が現れた際にちょっかいや難題を出し、いかにそうしたものを掻い潜り、達成するかで無聊を慰めていると言うわけだ。

 これも、長い長い生を持つが故の苦労であり、悩みなのだろう。長く生きると言うことは様々な刺激に慣れると言うこと。初めは感動していたものでも、何度も何度も繰り返し見ていてはそうした感情は薄れるものだ。人間ですらそういった物があるのに、神と言う人間より遥かに寿命の長い存在ならばそう言ったものは顕著に現れる。

 

 ……カレー? 月一でしか食わせていない上に味自体もちょいちょい変えているから飽きられるまでは遠そうだ。やっぱりそれぞれに好みがあり、時々不評になったり逆に大ハマリしたり、同じカレーの評価が真っ二つになったりしたが……まあ、良くある事だ。ポセイドンとゼウスあたりがその差異から喧嘩に発展して俺の家の周りに植わっているレーザービットに撃ち落とされるまでがテンプレだったりする。

 基本的に兄弟仲良く。流石に家族でもないのに仲良くすることを強要する事はしないが、せめて家族くらいはな?

 クロノス? あれは糞だから問題なし。そもそも今ではそこまで恨んでいるわけでも無いし、仲が良いかと聞かれると怪しいが、仲が悪いかと聞かれるとそうでも無いと返すだろう。

 

 ……そう言えば、一応聞いておくか。

 

「ヘラ。お前最近ゼウス呪ったろ」

「……?」

「……ゼウスが最近また浮気したらしいが、その時どうした?」

「…………お仕置きした。絞って、体力削って、またアレつけた。今もついてる。……外したら、多分ヘファイストスでも襲われる……かも?」

「ゼウス飢えすぎクソワロタ」

「おいこらポセイドンそれはどう言う意味だ? 主神相手に喧嘩売ってるのか? 買うぞ? 性欲を発散できない分戦闘意欲に回してぶっ殺すzブベラァァァァァ!!?」

「馬鹿が。『ぶっ殺すぞ』とか言ってる暇があるなら殴れっ!『ぶっ殺す』と言うより早く行動しろっ!『ぶっ殺す』などと言う言葉を使うくらいならさっさと殺して『ぶっ殺した』と言いやがれ!」

 

 まあ、もうゼウスは気絶してるから聞いてないだろうけどな。こいつ泊めたくねぇ……が、放置すると他のやつ襲いに行きかねないからな。ヘラに持たせて帰らせるか。

 そうそう、ヘラだ。

 

「で、ヘラ。お前がそうやってお仕置きしてた時にな? お前の意思に反応して『自分以外には勃たなくなる』ってのと『結婚相手以外に手を出すと頭がおかしくなって死ぬほどの痛みを股間に受ける』って呪いをかけてたんだが、意識してないのもあって簡単に弾かれて、しかしゼウスの血縁を辿ってアルカイオスに呪いが降りかかってるぞ」

「………………え」

 

 マジで知らなかったらしい。まあ、無意識だからな。仕方ないか。

 俺も無意識でそう言うことをしないように気をつけなきゃな。

 

 



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竈の女神、英雄を眺む

 

 アルカイオスの試練の中で最も難易度が高いものは何かと問われれば、俺は恐らくアルテミスのところから逃げたケリュネイアの鹿か、レルネーのヒュドラのどちらかだと思っている。

 ヒュドラに関しては不死身っぷりが凄いとかそれ以前に今は俺の住む家の庭の一角を陣取って水田作りに精を出してくれているし、鹿も同じように俺の住む家のすぐ近くの森で猪相手に縄張り争いして勝ったり負けたり世代交代したりしている。

 また、黄金の林檎の種から育てられた木が一本あり、その周囲には種を蒔いて増やした若木が並んでいる。若木はまだ実が成るほど大きく育っていないが、それでも黄金の林檎の大樹と同じ葉の形をしているし、しっかりと実を付けることだろう。

 

 要するに、アルカイオスがギリシャ神話で行なった偉業を全てやろうとするならば、俺と本気で敵対する可能性が出てくるからだ。アルテミスは鹿を捕まえられないなりに付き合うことができているし、黄金の林檎の採取は俺に許可を取ればカレーの隠し味やジャム作りに支障の出ない範囲でなら持って行ってくれて構わないからそもそも難易度自体がかなり下がりそうな気がするがね。

 難易度が下がれば試練扱いされないかもしれないが、それこそ知ったことじゃない。試練として出したからにはそれが試練としてカウントされるだろうさ。

 だが、そもそもヘラクレスが出された試練の数は十で、そのうち二つが数えられなかった為に二つ増えたと言う話を聞いたことがある。どれとどれがその数えられなかった試練なのかはよく覚えていないが、そういう話自体はあったはずだ。

 

 まあ、そう言った物も含めて神にとっては娯楽のようなものなのだろう。人間が、感情を大きく動かすさまを娯楽として楽しむのは神としては割とよくあることだ。それが不幸の方に傾くのは、恐らく幸福と言うのは誰しも似通っているものだが、不幸と言う物は感じる者次第で大きく違いがあるからだと思われる。

 アルカイオスのそれは……まあ、かつて人間であった俺からすれば凄まじく不幸な話だと思うし、俺が気付かなければ今でもまだ呪われたままだったと言うのはもう本当に涙なしには語れない。俺は涙なしで語るがな。

 

 そう、あの後いくら何でもとばっちりでこれは酷いだろうと言う事でヘラからの呪いは解いておいたのだ。正確にはヘラに解かせたのだが、アルカイオスはそのことを知らずにまだ試練に挑み続けている。

 知らないことは救いだと言うが、今回ばかりは知っていた方が良いんじゃないかねぇ? と思いもしたが、アルカイオスは俺の神殿に来ることが無いし話をする機会もない。わざわざこっちが出向いて教えてやるような気にはならないし、まあ、いつかアルカイオスが俺を祀る神殿に来て俺に祈りを捧げるのなら、そのことを教えてやってもいいと思う。

 年がら年中暇しているわけでもないが、常に忙しいわけでもない。特に最近は少々どころではなく無茶をさせたベルの身体を休ませ、更に一気に上がりすぎた能力を身体に馴染ませる大切な時期だ。確実にあと十年程度は暇なのだ。

 本当は半分程度でも問題は出ないだろうが、問題が出てから対応するのではなく、出そうな問題の芽をできるだけ潰しつつすでに出てしまった問題を何とかするのがいい。今はまさにそうしているわけだ。

 

 なんにしろアルカイオスには頑張ってもらいたい。何しろある意味ではギリシャ神話の顔のようなものだからな。ケルト神話で言えばクー・フーリン。ラーマヤーナで言えばラーマ。日本神話……は、長生きをしている存在は大概敵の方だから置いておくとしても、中国の神話で言えば殷の紂王を討った武王のような扱いにはなるんじゃなかろうか。そんな奴があまりに泥にまみれていては、正直困る。これから世界は合流すると言うのに、最強がこれではなぁ……。

 そう言う事で、頑張ってくれよ?

 



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竈の女神、強化する

 

 俺の住む家には広大な庭がある。具体的には空間が歪んで凄まじい広さを誇る森と、黄金の林檎や冥界の石榴、ヘラの実や太陽炉搭載型レーザービットの樹などが並ぶ果樹園に、秋になると一面を金色に染め上げる水田、そしてタルタロスに通じる扉の存在する家に、中の時を止める倉庫。更に収穫した果実や穀物から酒を作ったり蒸留したりする酒造場や蒸留所、毒物や薬の研究を行う研究所などが所狭しと並んでいる。俺が境界や空間を司る神じゃなかったらここまで並べるのは難しかっただろうな。

 それに、森には大猪や大鹿、熊などが跋扈し、水田にはヒュドラがのんびりと横になりつつ日中には水田や畑を荒らそうとする獣を殺すと言う番犬のような役割を果たし、畑にはついに自力で衛星軌道上に登って衛星砲ブチ込んでくるようになった最初のレーザービットの樹が存在しているため、あまり空を遮ったりすることができないし、動物達もこちらを襲ってこない限りは殺したりと言うことはしたくない。あちらもそれを理解しているのか、動物達が俺の前に姿を表すのは寿命が来た時だけと言う徹底っぷり。基本的には俺の畑や水田には入ろうとしない。

 ヒュドラの餌?基本的に神同士の間に生まれた存在には食事は必要無い。ヒュドラも食べることはできるが、食べることが必要かどうかと言われればそれは違うわけだしな。

 

 そんな状態で何を強化するかと言えば、俺が治めるこの土地の結界である。今の結界は主に電磁結界と概念結界の複合であり、散弾や呪詛、波濤などの細かいものや形の無いものが相手ならばともかく、一つ以上の巨大な質量を相手にするには荷が重い。

 だが、太陽光を取り込むためにも光を遮るような障壁は張りたくないし、張ってしまうと色々と問題が出る。具体的には作物の収穫量が減る。減ったところで作り出せるんだが、俺の創造神としての権能は主体がギリシャ神話のではなくメソポタミア神話のものだからギリシャ神話の世界ではあまり使いたくはない。少なくとも、人間が世界が球形だと認識するまでは。

 メソポタミア神話世界とギリシャ神話世界が一つになれば自由に使うことができるんだが、今はまだ世界同士を馴染ませている最中。今ここで自由に使ってしまうとギリシャ神話世界とメソポタミア神話世界が引き合って歪に融合してしまう可能性が高い。

 流石に俺の個神的な理由で世界の在り方を変えるのは今更だがどうかと思うので、創造の権能は使えない。同じ理由で境界の権能もだ。

 ベルと言う人間として使う分には問題ないのだが、竈の女神ヘスティアとして使うのは大問題となる。残念ながら。ギリシャ神話世界の境界の権能ならば使っても問題ないが、ヘスティアとして持っている境界の権能は時間の境界や空間の境界の線引きをするものとしての在り方が強い。それの応用で結界を作っているのだが、どうせならさらに強化したいと思うのが人情と言う物だ。俺人間じゃないけども。

 

 そう言う事で用意するのは結界を張るための起点となるもの。五芒星を描くように正五角形になるよう配置し、更にルーンを刻む。刻むルーンは原子核の周囲を回る電子程度の大きさの『空白(ブランク)ルーン』を無数にすることであらゆる力をひたすらに増幅し続けるもの。その中心には火の象徴である熱、水の象徴である水蒸気、大地の象徴である重力、金属の象徴である原子、木の象徴である電子を並べることでバランスを取り、無限に力を回し続ける。

 また、およそどこにでも存在しているものを使っているためにこの結界は壊しても壊しても即座にその場に再生する。それどころかおよそあらゆる物質を五行の力で分解し、吸収し、力として溜め込むことができる。溜め込んだ力は質量の形で保存し、大出力が必要となった時に放出することで巨大な質量を跳ね返すことも打ち砕くこともできるようになるわけだ。

 ついでではあるが、衛星軌道上に行ってしまったレーザービットを遠隔改造し、太陽光を浴びることでそのエネルギーを溜め込むことができるようにしておいた。最大出力で撃てば山の一つ二つ簡単に消し飛ばし、大災害を起こすこともできるだろう。

 ……よほどのことが無ければ、やるつもりは無いがな。

 

 



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竈の女神、追い返す

 

 アルカイオスの十二の試練。そのうちの一つに、俺の所から竈を一つ貰って来るようにと言う物が出されたらしい。俺の住むここは確かに地上に存在するが、だからといって簡単に来ることができるような場所には無い。ポセイドンはカレーを求めるあまり内陸の海を作ってそこに空間移動してくると言う荒業をやるようになったりもしたが、ポセイドンはいったいどこに行こうとしてるんだろうな。わからん。

 まあ、その空間移動も結界を張り替えてからは結界に阻まれるようになり、結界を歩いて越えてからもう一度内陸海に跳躍すると言う手段を取ってもらっている。ゼウスのように雷になって降りてくると弾かれてどこに落ちるかわからないからな。以前はタルタロスまで落ちて酷い目に遭ったそうだし。ギリシャ神話的に考えて酷い目と言うと痛め付けられる方向ばかりなんだが、基本的に男性同士の同性愛が文化として広まっている世界なんだからそういったことが酷い目として扱われないと言うのはおかしなことではない。

 勿論、基本は指導する側が指導される側を抱くのが一般的であり、抱かれる側は少年と呼べる年齢程度でなければきついと言われるらしいが、ゼウスももしかしたらそうして抱かれた経験があるのかもしれないな。無い方がどうかと言われる文化だし、無いとは思えないが……相手は誰だ? 育ての親か?

 

 ……これ以上はよそう。何か変な物が涌いてくる可能性もあるし、語ればそれが実現してしまう可能性もある。最悪、過去が変わってしまう事すらあると言うのだから恐ろしい。まったく、神物語と言うスキルの恐ろしさを垣間見た。

 実のところ、俺がベルを動かして得たスキルで俺ができないことは無い。神物語も、俺ができるからできるようになったわけだ。そう考えると華雲邪神のスキルも俺ができるからと言う事なんだが……できるのか? 俺に? インド神話系の英雄ならそこらの神格位なら簡単に消し飛ばせそうな気もするんだが、そんな奴を相手にしても勝てる自信はない。負けない自信はあるがな。

 ……いや、これか。スキルによって保証されているのは負けないと言う事だけで、勝てると言う事ではない。最終的に勝てればいいと言うのが俺のやり方だが、そんな俺でも最低限やってはいけないことくらいは心得ているからな。人間を利用して色々と企んだりとかは何しろ俺はただの竈の女神。そうしないとできないことは数多くあるかもしれないが、だからと言って俺を信仰している奴を利用するのはなぁ……。

 

 ちなみに、結界で弾いたり受け流したりすることができるようになり、結界そのものがより頑丈になったのであまり考える必要は無いと思いたいが、一応結界が破られた時のことも考えてある。

 結界が耐えられる最大威力を超えた威力を持つ大質量に対しては、以前の通りの高速修復によって修復しながら受け流したり吸収したりで何とかできるが、問題は超高速の連撃だ。結界が耐えきることのできるほんの僅かだけ上の威力で結界が修復するより早く叩き割られ続ければ、そしてそんなことができるのならばそれは光速度を超えて動くことができると言う証明になる。

 勿論予想はしてある。某神話には雷の速度で動き回る主神の百倍速く動き回るとかいう頭おかしい神がいる。雷の速度は先行放電がおよそ秒速250km、そして本体の方が光速の三分の一である秒速100000km。その百倍と言うのだから頭がおかしいと言うのも間違いではないだろう。どっちの百倍かはわからないが、できれば先行放電の方の百倍であってほしいところだ。

 そういった奴を追い返すために、破った対象を覆うように時間遅延空間を作り上げるようにしてある。停止した時間の中で動き回ることができるのは、時空に関連する神だけ。五百極分の一の速度では、秒速10000000kmであろうと時速1mmも動くことができなくなる。破壊神と言うのは時間などに関する権能は持っていないことが殆どで、多くは物理事象ばかりに傾倒しているからな。概念事象には強くない神が多すぎる。

 

 それに、アポイントメントもなしに入り込もうとはどういうことだ。余裕が無いと言う訳でもないのに礼儀を知らん奴に会ってやる義理は無いな。そうは思わないか?



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竈の女神、土下座される

 

 男にはやらなきゃならない時がある、という言葉はよく聞くが、そんなものは社会に出ればいつでもだれでも当然のことでしかない。ある程度以上昔の人類は多くが男が外に出て働き、女は家の中で仕事をしていたからこそそういう言葉が産まれたのだろうが、なんとも不平等な話だ。

 まあ、実際には女の方も家の中という社会を守っていかなければいけない以上、何らかの制約があったり仕事があったりするものだが、そんなものはそれを見ていない存在からすればわからないもの。男と女と言う大きな差があるのだから、お互いの事をしっかり知ろうとしなければ関係は進んで行かない訳だ。

 

 つまり。

 

「いきなり知らない女の家に上がり込んで竈を貰おうとしていたとか、相手が俺じゃあなければ大問題だぞ? 相手が俺だったからこそこんなことになっているんだが、一応言っておく。この程度で済んで本当に幸運だったと思っておけよ? 次やったらお前の身体から肉を削ぎ落として燻製にした上でヒュドラに食わせてやる。骨の方は出汁を取ってスープにしてお前の墓となるだろう虚数空間に放り込んでやるからな? 理解しとけ?」

「ハイモウシワケアリマセンデシタスベテワタシガワルカッタデスユルシテクダサイナンデモシマスカラ」

 

 今『何でもする』と言う言葉が聞こえたが、俺は別にホモではないので言及しないでおく。ここで言及すると変な物が涌きそうな気がするしな。

 

 まあ、何にしろ今話題の大英雄が色々とやってくれるようだし、だったら一つやってみてもらいたいことがあるんだよな。

 実の所、アルカイオスは武術面ではけして強くない。その類稀なる身体能力によってほぼあらゆる武と言う物を粉砕できるからだ。事実、アルカイオス……ヘラクレスとしての逸話の多くはその剛力や速度を称える物ばかりで、技術として素晴らしい物を持っていたと言う記述は極僅かな物にとどまるのだ。それも、主に弓の腕であり、弓自体もヒュドラの毒矢を用いていたためにほんの僅かな掠り傷でさえ他者を死に至らしめると言う話が多い。

 実質的に、ヘラクレスが持つ強さの大部分を占めるのは武人としての強さではなく獣としての強さであると言う事になり、それは同時に技術的な物を身に着けた場合にはさらなる強化を見込めると言う事でもある。

 

 そう言う事で今回紹介するのはこちら。『睡眠学習装置ゴ=ミ』。本人が寝ている間に頭の中に様々な情報を覚え込ませ、忘れないようにさせることができる優れものだ。

 ただし、使っている最中には使用者には凄まじい悪夢が降りかかるので使用はよく考えて行う事。現代日本で言えば富士の樹海に行くレベルだな。行くだけなら大したことは無いが、暫く彷徨うと本当に死ねる。一度かなり本気で大変な事になったからな。一番高い木のてっぺんから町が見えなかったらあそこで死んでいたかもしれん。

 とは言ってもそれはまともな一般人での話だ。神格、しかも最高神である天空の神ゼウスの血を引くアルカイオスなら全く問題なく使いこなすんじゃないかと思っている。アルカイオスは発狂癖があるが、発狂してもまだ誰も殺してないからな。男のシンボルが大変な目に合うだけで。

 

 ……今度同じような呪詛をゼウスにかけるか。ヘラがたまに愚痴りに来るし、仏の顔もってのはとっくに通り過ぎたし、やってもいい気がしてきた。

 ただ、ヘラはあれで結構ちょろいからな。何度も謝られたりしたら簡単に許してしまってお仕置きにならなさそうだ。そもそもヘラを相手にする分には全く問題の無い呪詛なわけだし、浮気がバレた時はヘラも普通に怒るからある意味では問題ないと言えばないのか? そもそも抑止力としての存在だし。

 

 流石に呪詛のルーンは存在しないと言うか知らんからな。新しく作るか、あるいはルーンは諦めて陰陽術やらで作るかのどちらかだ。魔術はヘカテーが抑えているからな。魔術以外で何とかしないといけないのが面倒だ。

 



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竈の女神、願いを聞く

 

 アルカイオスの旅の理由は、自身の妻との間に子を儲けることができるようになることだった。少なくとも一番初めはそうであったし、そのために十の難題を超えていくだけの決意もあった。

 実際には色々と我慢がきかなくなって妻を抱こうとしたら激痛が走って役立たずになりそうなほどに痛みを与えられ、我慢せざるを得なくなったからだと言う理由も多々あるのだろうが、ともかくその状態をなんとかしたいと言うものだったはずだ。

 だが、その原因であったヘラの呪詛の欠片はヘラ自身の手で一部取り除かれ、今では妻が相手ならば問題なく行為に及ぶことができるのだが、アルカイオスはそのことを知らないためかなり必死になって難題を踏破し続けた。

 その際、女人に興奮しそうになる度に痛みが走り、いつしか多くの女人に対しては全く興奮を覚えないまま行動することができるようにまでなった。ギリシャ神話の中では非常に珍しい……と言うか、他にいない女を抱かない英雄がここに一人出来上がったわけだ。

 そうしているうちにアルカイオスの身体は女人に興奮することを辞め、ほぼ枯れた状態になった。性欲を押さえつけられたその身体は、性欲に回されるはずだった欲を食欲や戦闘欲に回すことで均衡を保ったが、それでもやはり生ある存在の三大欲求を抑えきれるわけもなく、時に戦闘中に暴走するようになっていた。

 その暴走が俺の結界の前で起き、結界を破ろうと超高速連撃を叩き込んで、その結果時間の檻に囚われて一時間ほど固まっていたようだ。

 作り変えたばかりでまだまだ五行相乗によるエネルギー増幅が中途半端だったようで、そこまで頑丈でもなかったからできたのだろう。100年ほど未来を見据えておいたのだが、まさかたった数年程度であれだけの連撃を受けるとは。追い詰められれば人間もまたそれなりの力を発揮するらしいな。

 

 さて、そこで結界から俺に引っ張り出されたアルカイオスは、俺に対して頭を下げている。一応俺も神格であり、ついでに俺の周りに色々と危ない存在(主にヒュドラ)が居るため、力尽くという方法をとることは諦めたらしい。正しい判断だな。ヒュドラの毒はギリシャ神話におけるヘラクレスの死因だ。敵対してたら俺はそれを使っていただろう。

 ネメアの獅子の毛皮? そんなものが俺の前で役に立つとでも? 青銅程度の強度で止められる程俺の拳や武器は柔くねえぞ? そもそもいないしな。ネメアの獅子。

 

 で、最終的に実験台になってもらう事で俺がこの試練の達成に協力してやることになったのだが、少しやりすぎた気がする。

 俺は竈の女神。しかし、同時にギリシャ神話には存在していなかった武神でもある。戦神、軍神はギリシャ神話には居るが、個人の武そのものを司る神格は居なかったので俺がありがたく貰って行ったわけだが……その知識の一部、具体的にはアルカイオスの体格でも使えるような極一部の技を睡眠学習装置で流し込んでやったんだが、アルカイオスは数時間眠り続けた後、身体が動かなくなっていた。

 調べてみたら、新しく知識を植え付けた際にその知識と既存の知識の間に繋がりが存在しないため、植え付けた知識の中で身体を動かそうとしても全く動かず、知識を有効活用できていないようだった。

 そこで、間にケイローンの存在を挟む。その知識はケイローンに教えられたものだと上書きしてもう一度教えたら、今度は綺麗に今までの知識と混じり合って違和感なく身体を動かすことができるようになったらしい。

 本人は気付いていないようだが、寝たまま数日を過ごした直後の身体でそれだけの事が出来たということは、少し鍛えて元の身体に戻れば多少威力や効率が上がることを意味する。これで多少動きが良くなったはずだ。

 後は理合を教えてやりたいところだが、まあ、本人がいらないと言っているし構わないだろう。今まで力でなんとかしてこれてしまったからだろうが、残念だったが、昔々に作った持ち運びできる小さな竈をもたせて帰らせた。

 

 ……そう言えば、呪いの事は教えてないな。聞かれなかったし、いいか。

 



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竈の女神、創作する

 

 アルカイオスは大変なものを残していきました。あいつの技術です。

 まあ、記憶の範囲を弄るんだから当然弄る前の記憶をある程度理解した上でやらないと何がどう違っているのかわからなくなる。だからこそ、俺のところに来るまでの記憶を一度保存しておいたわけだ。

 まったく、アルカイオスは本当にいい奴だ。わざわざ俺にこれほど面白い物をよこしてくれるとはな。

 まあ、そういう訳でアルカイオスの持つ技術を解析し、今の俺に出来ないものを適当に引っ張り出して眺めていく。やった事がないから出来ない、と言うものが多いが、大体はやろうとすれば出来そうなものばかり。極一部、力技すぎてやるのに苦労しそうなものもあったが、ベルでも出来なくはなさそうだ。

 ただ、こんな所で星の白金の世界のような方法でのほぼ同時の攻撃を見ることになるとは思ってもみなかった。身体能力任せの超高速連撃。神代において光速と同速度で動くものは存在するが、しかしそれは大概雷として表される。そんな中で文字通りの光速度はほとんどいないだろうが、雷を両断すると言う逸話から雷速程度ならば実在できる可能性もある。

 しかし、アルカイオスの武器の先端はまさしく光速度。ほぼ止まった時の世界で武器とそれを振るう腕だけが凄まじい速度で動き続けていた。

 これと同じことをするには、今のベルでは少々反動が怖い。出来なくはないだろうが、その反動で腕あたりが痛くなりそうな気がする。それを考えなければ十分できるだろう。痛そうだが。

 痛ければ回復させればいい。おそらく筋肉が損傷するような、いわゆる筋肉痛のような状態になるだろうから、うまく治せばより強くなるだろう。俺自身が光になれば光速は簡単に出せるし、その状態で前に武器を突き出すなりなんなりすれば一瞬だけならほぼノーリスクで光速度を超えられるが、光になると体重が減るから一撃の威力は凄まじく軽くなる。鋭い武器でもあれば暗殺なんかには使えるかもしれないが、打撃主体の奴ならやらない方がいいだろう。

 

 ちなみに俺は武器も使うがあくまで無力化する時ばかりだ。関節壊したり筋肉貫いて動きを止めたりするなら潰したり千切ったりするよりは刺したり切ったりの方がいい。治しやすいし。

 そんで動きを止めてから話を聞いて壊すならちゃんと壊せばいいしな。どこぞの元太陽神のように。

 

 しかし、武器か。今の所持っている武器は接近戦用の短剣に投擲用の短剣に太陽の光の有害かつエネルギーの高い不可視の光だけを集めて打ち上げた槍にあらゆる形を取る金属塊。若干武器じゃない気がするがロードローヴァーとメタルローヴァーの二台のバイク。そしてたっぷりと用意してあるルーン用の石やら木片やらだな。平らな部分がないと刻みにくいからいくつか用意してある。が、暇ができたら内職ついでに作っているから足りなくなったことはない。

 近距離用に短剣と魔術。中距離に槍と投擲剣、そして魔術。遠距離に光槍ぶん投げるので一応できるのとあと魔術。移動用にバイクと魔術。防御用に何か実体のあるものを作っておいた方が良いかもしれんな。魔術は実体があるかどうかは微妙な所だし。

 ……魔術が便利すぎるな。どの距離でもどんな目的でも基本的に魔術が使える。だからこそ、魔術が封じられても問題なく機能する物を用意しておかなければ。全てを魔術でやっていて、魔術を封じられたり破壊されたりすればあっという間に壊れてしまう。それは困る。

 だからこそ、魔術無しでもある程度以上強度と硬度を併せ持つものを持って来なければならないし、無ければ作らなければいけない。

 新しい物質を作るのはそれなりに得意だ。そうやって作ったものが役に立つのか、あるいは役に立たないのかまでは作ってみなければわからないが、作り方さえわかるのならばいつか役に立つ可能性がある。作るだけ作って覚えておこう。

 



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竈の女神、作っちゃった

 

 アダマスは魔法金属であり、魔法が無くなればその強度や硬度は一気に落ちる。その強度はおよそ純鉄と同程度。普通に折れるし曲がる程度のものにしかならなくなってしまう。

 だからこそ俺は新しい物質の創造をしようとしているのだが、それがなかなかに難しい。硬いだけの金属ならばそれなりに作れるが、強度が追いつかない。硬いだけでは叩かれればすぐに割れてしまうし、だからと言って強度を求めれば硬度が失われてしまう。二律背反とはよく言ったものだ。あちらを立てればこちらが立たず。硬度と強度の両立を実現するなら、どちらもそこそこに抑えて中途半端なものを作るしかない。それが俺のいた時代における科学の限界の一つでもある。

 ではどうするか。どうすれば良いか。

 この世に存在しない物質を創れば良い。この世界に現存している物質が俺の希望を満たすことができないのならば、希望を満たすことができるだけの物質を創り上げればいい。それだけのことでしかない。

 創造の権能は一応ある。星を司るため、新たな物質を創り上げるための権能もある。司るものが多すぎる事で制限も増えることがあるが、どちらかと言えばできることが増える方が多い。権能とはそう言うものだ。

 存在しないものを無から作り上げる。メソポタミアの方で得た生物を作る系統の創造ではなく、ギリシャ神話的な無機物の創造ならばそこまで疲れることはない。なにしろ某神話の唯一神はたった六日で地球を作り上げたと言うのだからな。だったら俺もこうして物を作るくらい難しい事ではない。

 俺が作るのは金属。いや、実際には金属どころか鉱物である必要も無いが、金属として作った方が創造しやすい。

 ダイヤモンドよりも硬く、黄金よりも展延性に富み、白金よりも酸や塩基に強く、タングステンよりも熱に強く、イリジウムよりも重くありながらマグネシウムよりも軽い……となると流石に魔法的な要素が必要となるので、同位体次第で非常に重くも軽くもなる、そんな金属を作り上げる。

 数百穰度の大熱量の大竈。それをいくつも並べ、熱量を質量へと変換し、その質量を持つ何かの性質を俺が求める物質へと変えていく。少々どころではなく無駄の出るやり方だが、竈の女神である俺が正確さを最優先して創造を行う場合、これが一番やりやすい。また、存在しないものを存在させる場合、絶対に存在しないまま一度に作るよりも、少量作って存在を確定させておいた方が量次第だが結果的には楽になることが多い。世界の修正力のようなものが働くのだろうが、少しずつ慣れさせていけば、そして非常に希少であり絶対量が少ないと言うことならば認められることも難しくは無い。

 それを理解した上で、エネルギーを弄って質量に変換し、俺の思う物質に……お、できた。

 

 科学的に説明できると言う条件で作り上げた新しい金属。魔法的な効果を一切持たないまま、混ぜ込んで反応させた物質によってその重量が大きく変わる新金属。

 名前をつけてやらなければならないが……さて、どうする? 案がないぞ?

 ハデスの髪から作った金属にはハデスメタルと名をつけた。となるとこの金属は作ったのは俺で、材料は大量の熱だ。熱量を固めて作り上げた金属……そうだな、カロリックメタルとでも名付けるとしよう。熱量といえばヒートだとかそういったものもあるんだが、作り上げてからは熱いわけではないからな。ヒートメタルと名前をつけるのならば、できれば常時熱を発する金属にでもつけてやりたいところだ。

 常時熱を発する金属を作ったなら、次は常時熱を奪い続ける金属も作りたい。そしていつか右側は灼熱、左は極冷のゴーレムを作りたい。名前はフレイザ○ド。忠誠は誓いつつ非情かつ冷酷な奴な。

 どこかで見たことがある? そうか。俺もだ。なんのネタだったかね? よく覚えていないんだが、恐らく人間の頃もよく覚えていなかったんだろうな。神の記憶力は人間から神になった時にしっかりと覚えていたことは忘れないが、その時すでに曖昧になっていた記憶には適用されないようだからな。

 

 



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竈の女神、( ゚д゚)される

 

 ゼウスの雷と言えば、ギリシャ神話最強にして最大の威力を持つ武器にして権能である。

 その雷は世界を焼き、世界を生んだカオスをも焼き払うことができる程の物。文字通りの意味で世界を焼き払うことのできる技だと言える。

 まあ、そんな必殺技と同等の威力の炎を吐き出すことのできる怪物がギリシャ神話にはいたりするんだが、その怪物―――テュポーンは現在存在していない。当然だ。ティタノマキアにて自分の子であるティターン神族をタルタロスに封印され、巨人たちを率いてギガントマキアを起こし、それに負けて最後にテュポーンを産むはずのガイアは、今も普通に自分たちの子供と一緒に暮らしている。それどころか、最近と言うか一週間ほど前に第5803391回ティタノマキアにてデメテルと飲み比べをして勝ち名乗りを上げ、その次の瞬間に限界がきてぶっ倒れて後日まるでゾンビのようなうめき声をあげながらウラノスに背負われて帰って行ったのだから、テュポーンを産む理由がない。俺のいるこのギリシャ神話の神々は実に平和な暮らしをしている。

 ……黄金の林檎? アップルパイって美味いよな。カレーに入れるだけが能じゃないし、甘いカレーってのは時々ならともかく毎回は飽きる。風味付けには素晴らしい物なんだが。

 

 そんなゼウスの雷(本気)を、つい最近作った金属を使った先端以外は片刃の剣で受けてみたら、割と簡単に両断できた。そして雷を固めて作られていたゼウスの槍が綺麗に真っ二つになった。

 

「( ゚д゚)」←見物してたポセイドン

「( ゚д゚)」←見物してたヘラ

「( ゚д゚)」←見物してたデメテル

「( ゚д゚)」←見物してたハデス

「( ゚д゚)」←見物してたレアー

「( ゚д゚)」←見物してたクロノス

「( ゚д゚)」←見物してたガイア

「( ゚д゚)」←見物してたアポロン

「( ゚д゚)」←見物してたヘファイストス

「( ゚д゚)」←見物してたアフロディテ

「( ゚д゚)」←見物してたアテナ

「( ゚д゚)」←見物してたアルテミス

「( ゚д゚)」←槍を斬られたゼウス

 

 全員があっけにとられたと言う表情で俺の事を見ている。まあ、俺だっていきなり目の前で雷斬やられたらこうなる自信がある。雷の最も遅い先行放電の部分は秒速200km程度。だが、この先行放電によって電気の通る道が繋がった瞬間に起こる帰還雷撃は光速の1/3。凄まじく速いのだ。俺は追えるが。

 で、しかも俺はゼウスの槍の真ん中を切り裂いている。先行放電はゼウスの槍で言えば穂先の前で突き出された槍に押し出される空気のようなもの。それを切り捨てた所で大したことにはならないが、一度受けた上で凄まじい速度で走り抜ける帰還雷撃を切断すれば、今やった通りこうなるわけだ。少々痛かったが、できると言う事はわかったし儲けものだろう。

 ……それに、上手いことやれば武器である雷そのものを掴んで受け止められそうだと言う事もわかったし、その時にはいい感じに電子か陽電子を手に纏わせれば恐らく無傷のままでも行けると言う事もわかった。収穫だ。

 

 ちなみに、この後ポセイドンに頼んで津波とついでに海まで切り開き、ヘラに頼んで契約と言う結びつきを断ち切り、デメテルとレアーに頼んで大陸を叩き割り(そのあとすぐに戻してもらった)、ハデスに頼んで死の概念を切断し、クロノスの持っていたアダマスの大鎌と真正面から打ち合えることを確認し、太陽神であったがそうではなくなったアポロンにお願い(・・・)して音を切り裂き、ヘファイストスに頼んで降らせてもらった溶岩弾を切り捨て、アテナに射ってもらった矢を切り払い、アルテミスが落とした月の欠片を斬砕し、ついでにゼウスの槍を直してからカレーを奢った。最後の方になると全体的に空気がおかしくなり

( ゚д゚)

 

( ゚д゚ )

 

( д )

 

 と明らかに白目を剥いていたのが何柱かいたので、カレーでそれを元に戻すことにしたのだ。実際戻った。カレーはきっと万能に違いないな。

 



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竈の女神、祈られる

 

 アルカイオスが、俺に祈った。あの脳まで筋肉でできていそうなアルカイオスがそうしたと言うのならば、そこには何か理由があるはずだ。例えば、自身にかかる呪いの事を知り、しかしその呪いが見つからないと言うことになれば、その呪いは人間にはどうもできないと言うことになる。

 故に、アルカイオスは神に願った。実際にはすでに呪いが解けているにもかかわらず、そのことを知らなかったがために呪いが見付からなかっただけなんだが、ここで俺に祈ったのは実に正しいと言わざるを得ないだろうな。

 他の神格……例えばヘルメスに頼んだとすれば、色々と面倒なお題を出された挙げ句に知らされるのが『呪いはとっくに解けてるよ』の言葉。報われないにも程がある。

 それを理解していたのかそうでないのかはそれこそ知ったことじゃないが、アルカイオスは良い判断をしたと言うことだけは誉められるだろうな。

 

 さて、そう言うわけでアルカイオスに神託を送る。まあ、本人の頭の中に実際に起きていたことを送りつけるだけの簡単な作業だ。

 要するに、既にアルカイオスには呪いなどかけられてはいないと言うことを伝え、元々の理由がゼウスの浮気とヘラの無意識の嫉妬によるものだと教え、前回俺の元に来たときには既に解かれていたと言うこともついでに言っておいた。

 

 なぜその時教えてくれなかったのかと聞かれたが、俺は聞かれもしなかったことをわざわざ口に出すほど暇でも人間贔屓でもない。聞かれたのならば答えてもよかったが、聞かれもしないのに俺をあまり信仰していなかった男に心を砕いてやるのも馬鹿らしい。人間で言えば、特に親しくもない初見の奴相手に態々自分が知っているからと言う理由で何でも教えてやるかと言う話だ。普通は教えん。俺だって教えん。当然のことだろう?

 俺はその点聞かれさえすれば大体教えてやるんだから、どちらかと言えば有情な方だと思っているんだが……。

 とは言え有情ではあるが優しくはない。だから俺はアルカイオスの呪いは妻を抱くときにのみ無効で他の女を抱くときには有効になっていると言うことは教えていない。他の女に見とれて欲情する所までは許しても、他の女を抱こうとすると今まで通り痛い目を見ることになる。これは呪いではなく祝福扱いだからな。諦めるといい。

 童貞は卒業できるんだ。一応祝福させてもらうよ。処女神としては複雑だがね。

 

 ……そうそう、気が向いたらで良いから、メディアと言う名の女に出会ったら俺のところに顔を出すように伝えておいてくれ。気が向いたらで良いし、会わなかったからと言って探す必要も無い。

 理由? そいつもまた神の我儘に振り回されるだろう奴だからさ。しかも姪の嫁にな。恋と愛(ただしどちらも性欲絡み)の女神の企みってのは本当に怖いな。以前悪戯か本気かわからなかったが超遠距離からエロスに狙撃されたこともあり、その恐ろしさはよく理解している。

 ちなみにその矢は刺さらないように摘まんで鍛冶用の竈に放り込んだ。その次に作った鉄で打った武器に『刺した相手を自分に惚れさせる』と言う効果があっても仕方ないよな? 実験に協力してくれたエロスには本当に感謝している。ありがとう(死ね)。間違えた。ありがとう(消えろ)。違った。ありがとう。よし。

 

 さて、これでギリシャ神話におけるヘラクレスの十二の試練が終わったわけだ。ギリシャ神話では十二の試練となったわけだが、実際には十の試練だったのが二つほど無効扱いされて増えた結果だったな。では、この世界におけるアルカイオスの試練の内容はいったいどういうものだったのか。恐らくそれを見ていただろうポセイドンやゼウスあたりが次来た時に聞いてみるとしようか。

 



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竈の女神、道程を知る

 

 アルカイオスの道程は、それは険しい物であったようだ。だが、同時に様々なことが原因で多くの物が本来の物とはかけ離れてしまっている。

 理由として最も大きいと思われるものが、まずこの世界にはテュポーンが存在しないと言う事実によるものである。なにしろテュポーンは多くの怪物の父として描かれている。本来のヒュドラやラドン、ケルベロス、オルトロス、ネメアの獅子などはその全てがテュポーンの血縁として産まれてきている。そのテュポーンが存在しない以上、そういった怪物の多くが存在しなくとも全くおかしくはない。それどころか、存在していてはおかしいのだ。

 つまり、俺の庭に住んでいるヒュドラの存在はおかしい。なんでいるんだあいつ。しかも猛毒持ってるし。確かあいつを初めて見つけた所は―――あ。

 思い出した。俺が放射性元素の放射能を凄まじく強力にした奴を試行錯誤してる時に失敗して作っちゃったからそれを浄化するために空間的に隔離して浄化用に調整した草を植えて放置していたところで見つけたんだ。しかも浄化と言うか毒を引き受ける系の草だったのにそれを平然と食べてたから。多分突然変異なんだろうな。で、放射能のせいで細胞やら何やらがおかしくなったから頭が増えたり異様な細胞分裂速度による超再生能力や切った頭が再生する時増えると言ったことが起きていた訳か。触れずとも受ける猛毒も、放射能だと言うなら理解できるな。ゴジr、いやなんでもない。

 まあそう言う訳で俺の所にいるヒュドラは色々な意味で特別性だが、その皮膚がまるで鉛のように放射線を閉じ込めているのでまず問題ない。嚙まれたら死ぬだろうし、死ななくとも子供がほぼ100%奇形児になったりと言う事になったりもすると思うが、あいつに噛まれると言うことはあいつを襲った、つまり俺の所に不法侵入してきたと言う事なので問題ない。むしろ死ね。

 

 まあとにかく、そう言った訳で多くの怪物は存在していない訳だ。では、アルカイオスはいったいどんな難行を成し遂げてきたのか。聞いてみればそれはそれは難しいと思われる物ばかりだった。そして俺が思うことは一つ。男ども、少しは自重しろ。

 

 まずゼウスだ。追い詰められすぎてか何なのかは知らないが『どんな錠前でも開けられる鍵』を持って来いとか馬鹿じゃないのかお前は。それ絶対自分の股間についてる貞操帯を外すためだけに使うつもりだろ? 一応言っておくがそれそんなちゃちな作りしてないからな? 鍵さえあれば開くような作りじゃないからな? 持ってくアルカイオスもアルカイオスだが。

 

 そして次。ゼウス。神を小さくして、それから大きくする何か。薬でも何でもいいとか言ってるが、これも貞操帯から抜けるために言ってるだろ? 一回小さくなって抜け出してからまた大きくなって自由になるつもりだろ? 二回目になるがそれそんなことで外れるようなちゃちな作りしてないからな? しっかり大きさ変えてフィットするように作ったっての。

 

 その次。ゼウス。物質を透過する技術を持って来いと仰せだそうだ。だからお前それもまた貞操帯をすり抜けるための物だろ? 残念ながらそれ物質ではあるが同時に物質以外でもあるから物質をすり抜けられるだけじゃ抜けねえよ阿呆。霊体であろうと幽体であろうと精神体であろうと問題無くついたままだ。よかったな。後懲りろ。

 

 さらに次。ゼウス。ヘラの機嫌を取れるものを持って来い、だそうだ。どう考えてもそれを使ってご機嫌取りをして外してもらうつもりだとバレバレすぎてもういっそ泣けてくる。ちなみに機嫌は取れたが外してはもらえなかったらしい。実に正しい対応だ、ヘラ。

 

 そのまた次。ゼウス。いい加減にしろと言いたいところだが半分人間である以上神の頼みと言う名の命令のような物には逆らえない訳で。そして要求が俺、つまりヘスティアの機嫌を取れる物を持って来い、だったそうだ。ご機嫌取りをされた覚えが無いから多分失敗したんだろうな。

 

 六回目にしてようやく登場、ポセイドン。俺の所から古い奴でいいから竈を持って来い、ってのはこいつからの難題だったらしい。なんでも自作の海鮮カレーに手を出してみたそうだ。海の中でも消えない火を使っているのは俺の竈しかないからな。仕方ないっちゃ仕方ないか。本当は普通に言えばよかったそうだが、話は聞いていたし同情もあったので難題と言うには簡単な物(ただし方法によっては死ぬ)を用意してやったらしい。なお、カレーは失敗したらしい。鬱ってたのはそういう理由か。

 

 七回目、ハデス。ペルセポネとのデート場所に冥界中の掃除を頼んだらしい。あまりに広すぎて死ぬほど疲れたそうだ。

 ちなみにだが、ペルセポネはゼウスとデメテルの子である。ゼウスが俺に本気でぶん殴られ、股間の棒の方だけ俺の家で三百年ほど封印したのはいい思い出だ。出そうとしても出せないから溜まるだけ溜まるらしいな。それが嫌でゼウスは無理矢理貞操帯を外そうとはしていないようなんだが、まあ自業自得だと諦めろ。

 



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竈の女神、道程を聞く

 

 八回目。難題を出したのはポセイドン。いい感じの香辛料を持ってきてくれ、と言う物。カレーは諦められなかったらしく、とにかく調合を繰り返して行ける調合と駄目な調合を確認する作業に入ろうとしたらしい。だが、流石にギリシャ神話圏にスパイスは存在せず、泣く泣く諦めたと言う話だ。

 ポセイドン的には無ければ無いで俺に頼むつもりだったらしく、実際に頼まれてそれなりの量をくれてやった覚えがある。それを運んだのがアルカイオスで、それで代用としたそうだ。

 

 九回目。出題者はまたもポセイドン。デメテルとの間に子供を儲けたんだが、様子を見てきてくれ、との事だ。ちなみにだがこの子供はけして無理矢理の物ではなく、ぶっちゃけゼウスが強姦した後にめそめそしていたデメテルを慰めていたらいつの間にかそういう空気になって……と言う事らしい。一応しっかりと話を聞いておいてよかった。そうでなければポセイドンが人体標本の形になって釜茹でになっていたところだ。

 ……神の出汁ってどんな味なんだろうな? なお、子供たちは元気だったらしい。仕事が忙しいのはわかるがちゃんと顔出せ馬鹿者。

 

 十回目。出したのはなんとアポロン。ヘリオスとの同一視も無くなり、文化活動も殆ど俺が抑え、病と医術を俺に先取りされ、音楽ですら俺と権能を分け合って俺が曲そのもの、アポロンが詩の部分としているような状態で何を望むのかと思えば、花の植え替えだった。

 ただ、その花はアポロンが愛したヒュアキントスと言う少年の血から生まれたと言う花だったので、本気で大事にされていたらしい。花畑となっていたが、一部に樹の影がかかってあまり元気に育ってはくれなさそうだという事で、アルカイオスに植え替えを頼んだそうだ。

 まあ、アルカイオスは花ではなく樹の方を退かしたそうだが、それはそれでありだったらしい。

 

 五回目のゼウスの難題と八回目のポセイドンの難題を聞けなかったと言う事で二つの難題を追加され、十一回目。俺の親父からの出題で畑仕事の手伝いをしたそうだ。だが、農耕神の畑仕事に追いつくことができるまでという条件のもとで行われたからこその難題だったようで、三か月以上もかかったらしい。自分で野菜が作れるようになったと若干喜んでいたようだが、そのあたり本当にどうなんだろうな?

 

 そして最後。ゼウス。流石にもうふざけないだろうと思うだろう? ここで諦めるような奴がヘラが妻として居るのに浮気を繰り返す訳が無いんだよな。

 そう言う事で俺出陣。No.1愚弟が難題を出す前に黙らせて、そして出した難題が『アトランティスに行ってオリハルコン持ってこい』だった。アトランティスはもう既に海底に沈んでいたが、アルカイオスはこの難題を何とかクリア。そしてそのオリハルコンを使って俺がアルカイオスとその妻メガラーの左の薬指にちょうどいい大きさの指輪を作ってやったんだが、まあその辺りの事は蛇足でいいだろう。どう使うかはメガラーの方に神託として一方的に出しておいたから問題ないだろうしな。

 俺は竈の女神で、家庭の守護神。アルカイオスには是が非でも幸せな家庭を築いてもらいたいもんだよ。(こっち)の都合で色々と振り回しちまったしな。十二の難行をクリアしたんだし、そのくらいの特典はあっても構やしないだろう? 幸福は人によって形を変えるそうだが、まあ根元の部分はそう変わらん。平穏を好むような者と覇道を好むもの、自身の夢を叶えたいと思う者等々、方向は違えど自身の目的の叶った場所と言うのは好ましい物なのだろう。

 

 ちなみに俺は今の生活に満足している。ちょこちょこ起きる厄介ごともなかなかいいスパイスのようなものだし、ベルを使って行く散歩のようなものも中々楽しい。これで満足できないなら、それは恐らく日常の大切さを知らないのだろうな。

 




なお、アルカイオス的に一番辛かったのはへっ様の難題だった模様。


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竈の女神、魔女を知る

 

 コルキス。それは金の毛を持つ羊の皮の力により大いなる恵みを得た土地。本来のギリシャ神話ではその毛皮を守るために朝も昼も夜も全く眠らないドラゴンが居たのだが、如何せんテュポーンが居ないこのギリシャ神話ではそのドラゴンも存在しない訳で。

 ではどうなるか。それは実に簡単な話なのだが、毛皮を人の手で守るしかなくなるわけだ。誰もが簡単に手に入れられるような所に置いてあるその毛皮が奪われないようにするのは苦労するだろうが、それでもやらなければ最悪土地の恵みが失われかねない。ならばどれだけ問題があろうと間違いなくやるだろう。それが人間と言う物だ。

 そして、一度でも前例を作ってしまえばその行為に対するハードルが大きく下がりやすいのが多くの人間の性でもある。生贄や重税も、初めは悩みに悩み、自己嫌悪し、夢にすら見ることがあったとしても、それが続けば悩むこともなくただ事務的に生贄を捧げることを是としてしまう。だからこそそう言ったことに義憤を抱ける人間が英雄として立つことができるのだが、なんとも悲しいことに古来よりそうして成り上がった英雄は暗殺や毒殺などによって命を落とすと相場が決まっている。そして命を落とした英雄の子孫は何も知らないままに用意された椅子に座り、それまでの支配者と同じことを続けていくのだ。

 コルキスは金羊毛を持つ者こそが王として相応しいとされる。そして、その権力を手放さないようにするために魔術を使い、その地を守り続けていた。毎年、支配する土地の中から数人の生贄を用意して、魔術の触媒にして。

 そうして作り上げられた結界は、非常に頑丈な物だった。何しろ生贄になる者達は自分が生贄になることでコルキスの豊かな地が続いていくと思っていたし、家族のために、あるいは仲間のためにと喜んで身を捧げる物も少なからず存在していた。

 契約を結び、死した後の魂の権利の全てを魔術師に譲り渡すことで、本来ならば人間には出来るような物ではない魔術ですらも使用する事ができるようになる。魂とは触媒であり、燃料であり、制御装置でもあった。

 魂に残された意思が、それ以前に使われた結界の魂の意思と共鳴し、結界をより強固にしていく。数人分の魂で作られた結界は、年を追うごとにより強固に組み変わり、結界の内部は金羊毛と金羊毛の打ち付けられた木しか存在しない、ある種の異界として成り立つほどになっていた。

 

 人間がそうした術を使うことができた理由には、コルキスにて最も篤く信仰される神、ヘカテーの存在があった。

 ギリシャ神話にて魔術を司る神として存在しているヘカテー。その腕は一部ヘスティアすらも上回る……と言うか、そもそも竈の女神のくせに魔術を修めているヘスティアの方がおかしいのだが、ともかく西洋的な魔術の腕ではヘスティアよりも遥かに上を行く。(ただしルーン魔術だと負ける。東洋魔術でも同様)

 そんなヘカテーの加護を受け、特に才能のある存在をヘカテーの弟子として鍛え上げることで、コルキスは人知を外れるほどの魔術の使用を可能としていたのだ。

 

 だが、つい先日になって歯車が狂ってしまった。それこそがヘラによる後押しを得たイアソンの存在であり、コルキスの王女メディアがイアソンに惚れてしまったからでもある。

 神の呪詛とは非常に強い物だ。エロスの使う矢は、刺さりさえすればそれがおよそどんな存在であろうとも恋に落とし、あるいは嫌悪を抱かせる。俺の場合は刺さる前に横っ腹を摘まんで止めたからこそなんともないが、刺さっていたら何らかの影響があったことだろう。

 そして、つい最近、エロスのもう一つの矢である鉛の矢を使った短剣を作り上げた。この短剣で刺せば、刺された者はその瞬間に見ていた相手に対する嫌悪感が止まらなくなる。百万年の恋すらも一気に醒め、そうして恋と言う激情に満たされていた心は憎悪に染まる。加減すれば中和程度で止まるが、そこで止めてもそれまでの行為に対する感情で大概嫌悪に傾くんだがな。

 まったく、心を扱うというのは大変だ。

 

 



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竈の女神、魔女を見る

 

 コルキスの王女と言えば、裏切りの話や陰謀の話がよく描かれる。しかし、実際の所その起点となったのは神なのである。

 今回の事で言えば、初めはヘラからだと言える。イアソンと言う男に目を付けたヘラがイアソンを王にしようと動く。その事が予言されていて、イアソンは遥かコルキスにまで金毛羊の毛皮を取りに行くこととなるわけだ。

 そのために様々な存在が巻き込まれていく。例えば、ようやく呪いを解き終わって妻とイチャイチャできるようになったアルカイオスや、薪に命を移された結果薪を燃やし尽くされない限り死ねなくなったメレアグロス。アルテミスの義理の娘として育てられた狩人アタランテ。そう言った多くの英雄とも言える者達が集まり、ギリシャ神話においてある意味最大の英雄たちの集まりであるアルゴー船の集まり、アルゴナウタイが出来上がったわけだ。

 

 ……しかしまあ、それはあくまで本来、俺がヘスティアとして活動していない、ある意味ではとても平和で、しかしある意味では非常に荒っぽい世界での話だ。神同士の間で戦争が起こった世界では、神同士の間での権能のやり取りが上手く行かないこともある。そのせいで滅んだ神や消滅した神も多く存在しているが、俺のいるこの世界ではあまり神は死んでいない。神が死ぬとしたら、基本的にはネクタルやアンブロシアを食べなかったことによる老化か、あまりに暇で暇で暇すぎて仕方なかったせいで起きる不意に自殺したくなる衝動に負けての自殺と言う物しかない。少なくとも、俺の知る限りでは。

 最近、どこかの愚弟の愚息が大暴れして妻に折檻されて半死半生になったとかいう話を聞いたし、もしかしたら最近では珍しく神が神に殺されると言う事になるかもしれないな。

 後、最近甥が喧嘩を売りに来る。軍神で戦神と言うだけで満足しておけばいい物を、何故か俺の持っている武神の権能も欲しいと駄々をこねているのだ。まあ、俺は売られた喧嘩は億倍に()して返す質なので、次があるかどうかは知らん。ヘファイストスが作った便利で頑丈な紐で縛り上げて、アフロディテの土産にしてやったからな。ひたすら絞られまくって腎虚になり、その隙に妹に軍神の権能を持ってかれて悲しめばいいと思うぞ。

 

 なお、戦神の権能は個人の力量を示す物。軍神の権能は集団戦での力を示す物。どちらも自分以外の何かに勝利することを目的としているが、俺の持っている武神の権能は過去の自身を上回るようになるための権能だ。要するに、あくまで対象は自分でしかないため相手に勝てるかどうかがそれこそ自分自身と言う事になる。一対一なら多分勝てるがな。アレスだと決め手が無いから。

 槍は受け止めるし、雷は斬れることがわかってるし、アレスが俺に勝っているものと言ったら多分だが身長と体重と声の大きさと魔力や神威による強化無しでの純粋な筋力位なもんじゃないか? 何でもありなら俺は多分ゼウスに色々とあることない事話して噂好きの神(ヘルメス)にわざと聞かせて不評を滅茶苦茶広めてもらってから精神的に追い詰めてから折るけどな。

 まったく、噂ってものは本当に怖い。いつの間にか話したことの無いことまで話したことになったり、尾鰭どころか胸鰭腹鰭背鰭尻鰭に立派な翼までついて広まっていくことになるからな。

 

 そんな噂によって、在り方を変えられた存在。それがメディアと言える。本人はあくまで神の思惑に巻き込まれただけ。しかしそんな事は知らない民衆は彼女の事を裏切りの魔女と呼び、そうであることを事実であるかのように広めてしまった。そしてそれは信仰となり、日本で言う妖怪のような形で形を成してしまったのだろう。それも、本来のメディアの魂が失意に塗れ、力を失っているのをいいことにそれを取り込むようにして。

 ……恨んでいるかもしれないが、まあ、それでも俺が何もしない理由にはなりゃしないわな。

 



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竈の女神、解呪する

 

 恋心を失い、愛が憎悪に裏返る。よくあることだし、飽きるほど見てきたことでもある。人間同士の中でも何度も何度も繰り返されたことだし、神と人間、そして神同士でも何度も繰り返されている。何度か神界とでもいうべきオリュンポスにて大喧嘩の末様々な物が砕け散ったことがあり、その原因が神同士の痴話喧嘩から始まった物だと聞いた時にはあっけにとられたものだ。

そういう所では、神も人間も大して変わりはしない。いや、なまじ大きな力を持っている分神同士でのことの方が面倒かもしれない。

 

 だからこそ、俺はメディアの憎悪がヘカテーに……いや、正確に言おう。ヘカテーを一面として持つアテナに伝わった結果、その憎悪の炎を理性で無理矢理抑え込まれるという結果に終わることを看過できなかったのだ。

 メディアをこのまま放っておけば、世界に対して大きな害となるだろう。だがしかし、世界を守るためだけに憎悪と嫌悪の炎に理性と言う冷や水を叩きつけるようにぶちまけて無理矢理冷静にさせてしまうと言うのはあまりにメディアが報われない。

 その炎を、消さないように。怒りを怒りのまま、憎悪を憎悪のままに保持し続け、しかして牙を研ぎ続ける。そう言った理性的な復讐を行ってもらおうと思う。

 

 何しろ、俺は竈の女神として産まれたが、一番初めに持った思いは産まれたばかりの俺を呑み込んだクロノスに対しての復讐だ。正当な復讐ならば俺は肯定するし、そのために必要ならば色々と手助けくらいしてやるとも。

 勿論、正当な復讐の範囲内ならば、だがな。

 

 そのために、今こうして燃え盛っている魔女の感情の炎を消さないように鎮静化させなければならない。ただひたすらに荒れ狂うだけの真紅の炎から、鋭く一点に集中した静かな青い炎へと。そのために必要なのは燃料ではなく、その燃料をより効率的に燃やせるようにするための酸素……具体的な計画だ。

 より冷静に。より正確に。正当な復讐の範囲を超えない程度に被害を抑えながら、しかし同時に正当であると俺が認める範囲においては最大限。周囲ってのは要するに広さや数の事を言っているわけだからな。極狭い範囲を綺麗に焼き払うくらいだったら構いやしない。その位の事なら神にだって普通にやる奴がいるし、俺だって時々やる。あまりに木が大きくなりすぎたりすると周囲の若木が成長できなくなるから取り除いたり、病気になった木から病が広がらないように切り倒したりな。

 

 俺が作った鉛の短剣。黄金の矢で打ち抜かれた者の精神状態を元に戻すには、この短剣の腹を触れさせる。刺したら刺した当人……つまり俺が嫌われるという結果で終わるのだから、少々時間がかかってもこうしてやるしかない。あまり長いこと続けていると黄金の矢の効果が切れても続けてしまい、世界全てに対して嫌悪感を抱くようになってしまう可能性もあるから調整が大切だ。

 今はこうして眠り続けているが、それはメディアがイアソンに裏切られたと知った時の衝撃によるもの。そんな状態でも恋を忘れられず、憎悪を湧きあがらせても恋心が無理矢理に蓋をしている状態だ。この状態を何とかしてから、メディアとは話をすることにしよう。冷静に話ができないと色々と面倒な事になるだろうから、初めのうちは落ち着かせることに力を注ぐ。メディアほどの力を持つ魔術師は早々いないからな。メディアがもしも本気で人間社会を壊し尽くそうとして動いたならば、本当に国の十や二十は潰されてしまう可能性がある。本当にいい弟子を取ったもんだよな、アテナはよ。

 まあ、神だったとしても運だけはどうしようもならないもんだからな。俺にそう言った奴ができないのもまた運みたいなもんだ。最悪自作すればいいと言って実際に作っちまうような奴のところに来たがる奴の方が珍しいかね。

 

 ……ん? そろそろ、か。




次回、狂気回


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裏切りの魔女、狂乱する

 

 憎い。

 あの男が憎い。

 私を捨てたあの男が憎い。

 憎くて憎くて仕方ない。

 今すぐに殺してしまいたい。

 なぜ、あの時あの男を殺そうとしなかったのかわからない。

 憎い。ひたすらに憎い。

 私を裏切りの魔女と貶めた者が。

 そう言われる原因を作ったあの男が。

 私があの男に恋をする原因を作った神が。

 

 憎い。

 

 何をしていてもあの男の顔がちらつく。起きている時も眠る時も。何をしていても憎い男の顔がちらつく。

 声が聞こえる。魔術を編み上げる時も寝台に横になる時も、何をしていてもあの男の声に苛まれる。

 今では眠ることもできなくなった。眠りにつこうと瞼を閉じる度、あの男の顔が浮かび上がってくる。すると眠気は吹き飛び、かわりに憎悪と嫌悪感が溢れ出してくるのだ。

 眠れないままに呪詛を吐く。ゆっくりと滲み出すように、あの男に直接かけては神の祝福によって弾かれてしまう。腹立たしい。

 だから、あの男の周囲に不幸を招く。基点をあの男に。その周囲に不幸を集めれば、あの男の周りに居る者だけが不幸を受けるようになる。一度や二度ならともかく三度四度と続けば、あの男は死神のように扱われることだろう。不幸を呼ぶ男として、いつまでもいつまでも扱われ続けるだろう。

 

 そのために力が必要だ。ヘラに守られたあの男に呪いをかけるならば、その加護を貫くことができるだけの力が必要だ。何としてでも手に入れる。例え世界を敵にしても。例え全てが敵に回っても。例え私が私でなくなっても(・・・・・・・・・・)

 私は絶対に、あの男を殺してみせる。

 

『いい復讐心だ。気に入った』

 

 ナニカが聞こえた。あの男の物では無いナニカが語りかけてきた。それは、ヘカテー様と同じような、神格の存在を感じさせる声。私を恋に狂わせた神と同じ、神格の存在を感じさせる声。

 狂気の中で私は振り向く。私に魔術を与えてくださったヘカテー様。私を恋に狂わせたアフロディーテ。憎いあの男(イアソン)を守るヘラ。ただ、神格であると言うだけで襲い掛かり、罵倒するにはヘカテー様から得た恩は大きすぎるものだったし、気に入ったと言われた。そうだとすれば、それは私の目的に利用できるかもしれない、

 

『利用か。良いぞ、利用されてやる』

 

 ……何者? 私に利用される事を是とするなんて、変わり者ね?

 

『そうとも。俺は変わり者さ。なにしろ理性的な復讐の全肯定を行う神なんざ俺以外に聞いたこともない。狂気を肯定し復讐のためだけに生き、そして死ぬ。俺はそれを肯定しよう。なにしろ俺は変わり者だからな』

 

 ……そう。肯定するの。

 

『するとも。例え敵が誰であろうと、俺はその復讐を肯定しよう。かつて主神相手に復讐を遂げた俺が言うんだから御利益あるぞ?』

 

 なに? ゼウスを自称するわけ?

 

『いやいや、俺はあれより年上さ。まあ、俺が復讐を司っているなんてのは殆どの奴は知らんだろうし、仕方ないがね』

 

 へぇ? それじゃあ名前はなんて言うのかしら。私でも知ってると良いのだけれど。

 

『ヘスティア』

 

 ……。

 

 ……?

 

 …………え?

 

『ヘスティア』

 

 ………………??

 

『ヘスティア』

 

 ……………………え?

 

『……カラシニコフと名乗っておく。なんでお前ら神に関わった奴は俺に関わると意識が消し飛ぶんだよ。お陰で逸話が増えないんだが』

 

 ……………………はっ!?

 いけない、意識が飛んでいたようね……けれど、カラシニコフ……聞いたことのない名前ね……?

 

『そうだろうな。聞いたことある名前出すとお前ら止まるからな。お前らヘスティア神についていったいなに聞いてるんだ?』

 

 ……あなたには関係の無い事よ。絶対に礼を欠かしてはいけない存在筆頭として、ヘカテー様から何度も何度も聞かされてて、時には主神を蔑ろにしてでも怒られない存在だと言われてるだけよ。怒らせると関わった神が薫製肉にされるとも聞いているわ。

 

『そうかわかった。今度あいつらとは話をつけとく必要があるらしいな』

 

 ……もしかしたらやってしまったかしら?

 ヘカテー様、申し訳ありません。

 

 




狂気? 回。


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裏切りの魔女、呪福される

 

 力を得るために、私はカラシニコフから力を得る。カラシニコフは神と言うだけあって強大な存在であり、また人間を祝福することも多くあるようだ。

 そしてカラシニコフは気に入った特別な相手に対して、これまでには無かった方法で加護を与える。背に、無数の記号を刻み込み、焼き付ける。一瞬の熱が身体中を溶かすように走り、そしてすぐに消えると……私の身体は生まれ変わっていた。

 外見では何かが変わったわけではない。背中に文様を彫り込まれたくらいで、その文様も必要の無い時には消しているので外見は全く変わっていないようにも見える。

 しかし、生身は大きく変わっている。今までの私そのものを踏み台として、もう一度私と言う存在を作り上げたような、全能感にも近い物を感じることができる。試しに魔術を使ってみれば、今までと同じように使えるのと同時に何か得体のしれないものが身体の中に積み上がって行く感覚がある。

 その得体のしれないものは表に出ることはなく内側にこっそりと潜んでいるようなけれど、いったい何なのだろうか。奇妙な感覚で、慣れるまでには時間がかかりそうだ。

 

『そいつは経験値だな。お前が何かをする度に積み上がり、ある程度の量を溜めた状態で俺の所で更新すればそれまでに使ったステータスに相応しい値が追加される。数値が低いうちはすぐに上がり、高くなってくると上がりにくくなるが、まあ要するに成長の促進を齎すものだ』

 

 ……貴女、何者? 復讐の女神と言っていたけれど、こんなことができる物なの?

 

『実際にできている、と言うのが答えだな。認めたくないなら認めなくとも構わんぞ。現実は変わらないがな』

 

 ……それで、今の私の……その、ステータス? と言うのは、どういった物なの?

 

『初めて与えた時にはオール0だ。それまでの経験を踏み台にしているからスキルがある可能性はあるが、ステータスは誰でもそうなるようにしてある』

 

 そうなると、成長しやすい物やしにくい物もあるんじゃないの?

 

『当然、ある。お前の場合は魔法の伸びがいいな。他は…………よし、魔法を伸ばすことを考えるか』

 

 話を逸らすほどに悲惨なわけね。わかったわ。それと、スキルは無いの? 魔術スキルがあってもおかしくないと思うのだけれど?

 

『あるぞ。魔術スキル。あと魔導具作成や薬物作成なんかに使えるスキルもある。まあ、俺の加護は強大な能力を与えるわけじゃなく、単にその者の持ち味をより強く、より早く出させることができるくらいの物だからな。ちゃんと自分の意思で行動しないと結果は付いてこないようになっている』

 

 ……それは、何故? 貴女は私の復讐を全肯定すると言っていなかったかしら?

 

『そう。俺はお前の復讐を全肯定しよう。そのために多少は手も貸そう。標的がいる場所を教えよう。必要な材料も与えるし、実力をつけるにちょうどいい状況も作ってやろう。

 だが、お前がそれを実行するかは別の話だ。俺がいくら用意してもお前がやらなければ何も進まない。何も始まらない。だからこそ、俺はお前の力で得た物を使った復讐を見たいのさ。俺が与えられる物の中で最も価値があるものと言えば、精々時間くらいさね』

 

 ……私が、やるのね?

 

『そう、お前が、やれ』

 

 ……ふふ。

 

 うふふふふ。

 

 うふふふふははははははははははははは!

 ふははははははははははははははははははh

 

『所で俺ヘスティアって名前なんだが』

 

 ……?

 

『よし黙ったな。意外と使えるもんだ。ちょいと腰砕けにしたのはやり過ぎだったかもしれんな。反省反省、と』

 

 …………はっ!? いったい何が!?

 

『さあ、今日から修行だ。まずは俺の庭に生息してる猪を相手に戦ってみようか。なに、ちょっと頑丈なだけの普通の猪だ。恐れることなど何もない。突進で岩を砕くのも水面を走るのも空中を駆けるのも地中を地上と同じように走り回るのも普通だからな。恐れることはないだろう? トゥルッフ・トゥルウィスと言う名だが、勝てなくてもいい。負けなければな。

 その次は蛇を相手にしよう。少々身体が大きくて頭が八つあり、炎だけでなく猛毒や吹雪まで吐き出すような蛇だが、問題ない。普通だ。

 そしてそれから燕だ。音速どころか雷速をも超える燕を打ち落としてもらうだけの簡単な作業だ。空気の刃で斬られるかもしれないから防御はしっかりな。

 あとは―――』

 

 ……。

 拝啓、お父様。

 メディアは少し早まったかもしれません―――

 



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裏切りの魔女、倒れ伏す

 

 魔猪、トゥルッフ・トゥルウィスに追い掛け回され。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔蛇、ヤマタノヒュドラのそれぞれの頭から吹き付けるブレスを搔い潜り。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔鳥、TUBAMEの圧縮風刃の檻をすり抜け。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔猿、トメタマノオミの雨のように降り注ぐ大岩を弾き返し。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔犬、ガルムの炎を纏った突進と牙をなんとか躱し。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔牛、グガランナの雷と嵐を受け流し。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔鼠、ハーメルンの無数とも言えそうな軍をなんとか殲滅し。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔羊、バフォメットの出す難題を解き。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔馬、スレイプニルを従えようとして何十回と蹴り飛ばされ。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔獣、キメラの爪牙と猛毒から辛くも逃げ。

 魔兎、月兎に癒され。

 魔龍、へすてぃあどらごん(正式名称)から逃げられず何度も吹き飛ばされ。

 

 その全てを耐えきった私は今、こうして月兎のモフモフに囲まれて地に伏している。だいじょうぶー? と言うような声が聞こえるような気がするが、流石は神の眷属とでも言えばいいのだろうか。見た目はどこからどう見てもただの兎でしか無いにも関わらず、ここまで普通に話をすることができるとは。

 しかも、この兎たちは薬を作ることに非常に長けている。月兎に癒されたというのは精神的な話ではなく、肉体的な傷も含めての話なのだ。

 また、兎だと言うのに非常に強い。テーレッテー、と言う軽快な音楽と共にぴんと立てた耳から閃光が走り、その閃光に当たった者が笑顔のまま内側から破裂するところを見たことで、私は絶対にこの兎たちの機嫌を損ねる事だけはやめようと心に誓うほどだ。

 

 と言うか、へすてぃあどらごんとはいったい何なんだろうか。かのヘスティア様と何かしらの繫がりがあるのだろうか。とすれば、あれだけおかしい力を持っていたのにも納得できるし、ついでに私の事を殺そうとはしなかったことにも納得できる。

 あれは、間違いなく私の事を逃がさないようにするだけで殺そうとはしていなかった。口から無色透明の猛毒の光を吐き出してきたり、色々と危ない物もあったが対処法自体は教えてもらっていたし、最後には魔力任せに転移を使うことで何とか逃げ切ることができた。あれは反則だと思う。

 空間を歪める障壁を張ったのに、歪んでないかのように当たり前に貫通してきたり、物理的な障壁をすり抜けてきたり……まるでかのヘスティア神の持つ無色透明の猛毒の光槍のような……ああ、だからへすてぃあどらごんなのか。納得した。

 

『食事ができたぞ。これから兎に運ばせるが、おかわりが欲しかったら兎たちにな』

「わかったわ……」

 

 まるで人の手のように器用な兎の耳に、カレーがお皿に乗ってやって来る。―――ああ、今日もこの魅了に耐えなければいけないのか。

 神すらも魅了する神秘の食糧。食し続ける限り、その者に不老と不死の力を与えるとすら言われるそれは、味もまた素晴らしい。

 それを作ることができると言うだけでオリュンポスの神々を実質的に支配していると言われるヘスティア神の神饌。一月それを食さないだけで、神々の中には発狂して自分の身体が腐り落ちていく幻覚を見る者すらいると言う驚異の食物。

 それを、私はここ最近毎日のように食べている。一口食べるだけで疲労は消し飛び、気力も魔力も充実し、傷も怪我も全て治ってしまうこの食物は、しかし同時にそこに存在しているだけで魅了の力に近い物を振りまいている。

 見た目は決して良くはない。しかし、その見た目をどうでもいい物とすら思わせる香り。そして味。私の目の前に置かれたそれに、私は一瞬の躊躇もなくかぶりついてしまう。

 淑女らしくなく、まるで獣のよう。終わってから私は毎度のごとく自己嫌悪するが、それでも毎度変わらずかじりついてしまう。それほどに魅力的であり、人間である以上この魅力には決して逆らえないのではないかと思わせる。

 

 ……そして私は、今日もまたカレーをかじりつくように貪るのだ。

 

 



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裏切りの魔女、強くなる

 

 ステータスの更新とその内容を聞いて、どうしてあれだけの事をしたのに私の能力が全く上がっていなかったのかを理解した。つまり、更新をしなければ私のステータスは上がらず、ステータス以外の自力の部分は今までと同じかそれ以下の伸びしか見せないのだ。つまり、私が伸び悩むのは当然のことだと言う事だ。

 それを解消するために、私は背に刻まれた加護を示すそれをカラシニコフへと見せる。少女にしか見えない背の小さな、しかし胸だけは大きい男装の少女の指が私の背をくすぐるように撫で、同時に加護を受けた時のあの感覚と、私が今まで必死に積み上げてきた経験値が混ぜ合わさり、新しい物になって行くことに気が付いた。

 

 ほんの数十秒。それだけの時間で、私の身体は凄まじく変わり果てたような気がする。

 これで、いったい私はどこまで強くなることができたのかはわからないけれど……少しは復讐に近付くことができたのだと思う。

 

 

 

 名前 復讐系魔法少女メディア★リリィ

 Lv.1

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:SSS10002 魔導:SS

 

 

 《魔法》

 【神代魔術】

 およそあらゆる魔術を使うことができる。詠唱はそれぞれ変わる。

 

 

 《スキル》

 【復讐者(アヴェンジャー)

 ・復讐対象を相手にする時ステータス上昇

 ・復讐を諦めない限りステータス及びレベルが上がりやすくなる

 ・復讐を諦めない限り死ににくくなる

 ・復讐を諦めた時、および復讐を遂げた時、このスキルは消滅する

 ・復讐心を強く持つほど効果が上昇する

 

 【魔力を上げて物理で殴れ(マジカルノウキン)

 ・魔法系のステータスの伸びに対して絶大なる補正

 ・魔法系以外のステータスが伸びなくなる

 ・魔法系のステータスが全てのステータスを兼ねるようになる

 ・魔法系ステータスに補正

 ・あらゆる行為が魔法系ステータスの伸びに繋がるようになる【隠し効果・メディアには見えない】

 

 【呪詛(ヒトヲノロワバアナフタツ)

 ・他者に対して様々な呪いをかけることができる

 ・呪いが解かれた場合、呪いをかけた者に同種二倍の呪いが降りかかる。

 ・適切な方法で掛けなかった場合、効果は減少する

 ・穴二つを回避し続けていると時々凄いことになる

 ・負の感情を持っていると効果が上昇する

 ・このスキルを保有したまま無念の死を遂げた時、魂全てを燃料として呪詛を掛ける。【隠し効果・メディアには見えない】

 

 

 

 ……まあ、うん。初めが0だと言う事を考えればずいぶんと伸びがいいのね。もしかしたらもっと伸びは良いのがいるのかもしれないけれど……と言うか、アルカイオス辺りはきっともっと伸びがいいんでしょうね。

 

「……なかなか伸びたな。一月でオール10000と考えたらもうお前人間じゃないクラスだ」

「ふん……アルカイオスには負けるでしょう?」

「まあ、今のお前は生存特化だからな。戦いになったら勝てんだろうよ」

 

 ……わかってはいるけれど、まだ私は届かないらしい。それが悔しい。悔しい。悔しくて悔しくて仕方がない。

 アルカイオスはゼウス神の子。そんな存在でもオリュンポスの神には届かない。つまり、私が復讐の対象とするイアソンを守るヘラ神の守護を抜くことは出来そうにないと言う事だ。

 ああ、悔しい。ああ、憎らしい。神と言う存在はどこまで行っても憎らしい。本神でもないのにこうして私に劣等感を植え付ける。なんて憎らしい。殺したい。

 あ、いえ、ヘスティア様とヘカテー様は別です、はい。

 

「で、もう少しでレベルアップもできそうだが、もう一周行っとくか?」

「………………………………はい、お願いいたします」

「そんな絶望感と悲壮感溢れる表情を浮かべる必要は無い。安心しろ、今のお前は間違いなく強くなっているよ」

「本当ですか?」

「無論だ。ああ、ただし身体の使い方には気を付けた方が良いかもしれん。いきなり強くなると調整が難しかったりするらしいからな」

 

 私、魔力以外のステータスは上がってないんですけどね!

 

 



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裏切りの魔女、自覚する

 

 身体が、軽い。何をするにも魔力を消費するような感覚があるけれど、それも気にならないほどに身体が軽く、何でもできるような気がした。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 そして、そんな物は幻想以外のなんでもなかったことにも気付かされた。

 トゥルッフ・トゥルウィスは、どうやら一週目は手加減をしてくれていたらしく、二週目に入ってからは速度も力も凄まじく上昇していた。魔術で作った障壁? 一回目はともかく、二回目以降は一週目の時と同じようにほんの一瞬速度を緩めさせることができた気がしなくもない程度の効果しかなかった。まるで枯葉を数か月地面の上に置いておいたものを指でつつく程度の妨害にしかなっていない。死にそう。

 それでも何とか逃げ切ったと思ったら、次はヤマタノヒュドラの番。以前と同じように八つの頭を掻い潜り……と、思っていたら頭の一つが穴倉に入って行き、出てきた時には増えていた。頭数が。ちなみにこの場合の頭数と言うのは首の数ではなく、個体の数の事だ。しかも、そうして出てきた個体は実際にヤマタどころではない。頭の数が二百は超えていそうだ。後で聞いてみたらそっちの方はヤマタドコロジャナイヒュドラと言う名前だそうだ。死にそう。

 そしてTUBAME。一週目はその動きに追いつくことこそできなかったが姿を見ることはできたのだが、今回はできなくなった。透明になったわけではなく、純粋な速度で。勿論風刃も増し増しだ。死にそう。

 その他にもトメタマオミは岩ではなく山を投げてくるようになったし、ガルムは纏う炎が青白い物に変わり、大地に触れる度地面が溶けて溶岩となるほどの高温になっていた。グガランナは風と雷、雨を同時に使って雷雨を纏う竜巻で私の周囲を囲った上で上から雷光を纏って突進してくるし、ハーメルンは数が明らかに千倍くらいになっていたし、バフォメットの出してくる問題は明らかに難易度が上がったし、スレイプニルは額から角をはやしていてそれで思いっきり貫こうとしてきたし、キメラはもうそれぞれの生物の原形を殆ど留めていない不定形の状態で襲い掛かりながら適切な形に身体を変えてくるし、へすてぃあどらごんはもう本当にへすてぃあどらごん。死にそう。

 

 そしてなんと、今回からは月兎も私を狩りに来るらしい。傷を治してもらってからしばらくたってもいなくならないなと思っていたら、突然そこに座り込んでピンと耳を立てて耳からテーレッテー、と言う音とともにビームg

 

 ∩▂▅▇█▓▒░(’ω’)←私

 

 気が付いたら兎たちが私の身体を寄せ集めて薬を塗りこんでいるのが上から見えた。もう見事としか言いようがないほど見事に全身が吹き飛んでいてこれは笑うしかない。しかも私は私でどこかに行かないように糸のようなもので身体と繋がっていて、身体が綺麗に直ったら自然と体の中に戻っていた。あれはいったい何だったのだろうか……。

 

 そして二週目を終えた私のステータスがこちら。

 

 

 

 名前 復讐系魔法少女メディア★リリィ改

 Lv.2

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:SSSS16009 魔導:SSS 幸運:J

 

 

 《魔法》

 【神代魔術】

 およそあらゆる魔術を使うことができる。詠唱はそれぞれ変わる。

 

 

 《スキル》

 【復讐者(アヴェンジャー)

 ・復讐対象を相手にする時ステータス上昇

 ・復讐を諦めない限りステータス及びレベルが上がりやすくなる

 ・復讐を諦めない限り死ににくくなる

 ・復讐を諦めた時、および復讐を遂げた時、このスキルは消滅する

 ・復讐心を強く持つほど効果が上昇する

 

 【魔力を上げて物理で殴れ(マジカルノウキン)

 ・魔法系のステータスの伸びに対して絶大なる補正

 ・魔法系以外のステータスが伸びなくなる

 ・魔法系のステータスが全てのステータスを兼ねるようになる

 ・魔法系ステータスに補正

 ・あらゆる行為が魔法系ステータスの伸びに繋がるようになる【隠し効果・メディア改には見えない】

 ・このスキルの発動時、あらゆる行動に魔力の消費がかかる。【隠し効果・メディア改には見えない】

 

 【呪詛(ヒトヲノロワバアナフタツ)

 ・他者に対して様々な呪いをかけることができる

 ・呪いが解かれた場合、呪いをかけた者に同種二倍の呪いが降りかかる。

 ・適切な方法で掛けなかった場合、効果は減少する

 ・穴二つを回避し続けていると時々凄いことになる

 ・負の感情を持っていると効果が上昇する

 ・このスキルを保有したまま無念の死を遂げた時、魂全てを燃料として呪詛を掛ける。【隠し効果・メディア改には見えない】

 

 

 

 私、改造されてる。いつの間に改造されたのかわからないけれど、何か改造されている。ナニコレコワイ。

 

 




 説明しよう!
 復讐系魔法少女メディア★リリィ改とは!カレーをエネルギー源とする最強の脳筋魔法使いである!
 今日もにっくきあんにゃろうへの復讐のため、へっ様のペットにボられるのだ!いけ!ぼくらの魔法少女!





 ……すみません、久し振りに聞いたらつい……。


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裏切りの魔女、死にそう

 

 いっそ殺せ、と何度思ったことだろう。トゥルッフ・トゥルウィスの牙に腹を貫かれた時。ヒュドラの猛毒に全身を侵された時。TUBAMEに全身の皮膚が無くなるほど全身を切り刻まれた時。トメタマノオミの投げる岩塊に片腕と片足を潰された時。ガルムの纏う炎に包まれて全身が焼け爛れた時。グガランナの雷に打たれた時。ハーメルンに纏わりつかれ、生きたまま貪り食われた時。バフォメットの出す問題を解けず、魂をズタズタにされた時。スレイプニルの蹄が上半身と下半身を両断されない程度にめり込んだ時。キメラの毒爪を喰らって転げまわった時。へすてぃあどらごんの毒光に焼かれた時。

 毎回毎回そう思いながらも、こびりついているイアソンへの復讐心だけは忘れられなかった。そのせいで私は毎回毎回蘇り、そして何度でもカラシニコフのペット達に挑んでいった。

 恐らく、私から復讐心が失われていたならばその時には死んでいたのだろう。私の持つスキルにはそういう効果があると知っていて、その上で死ぬギリギリのところまで追いつめ続ける。効率だけ考えれば素晴らしく良いのだろうし、更に言ってしまえば効率を突き詰めてくれと言ったのは私だ。それなのにいまさらその方向を変えてくれなどとはとても言うことができない。なにしろ結果的に私の願いに近づき続けてはいるのだし、私が諦めさえしなければ早々死ぬことはないのだ。諦めず、全力で続けている間はカラシニコフ神も月兎に治療を続けさせてくれると言ってくれたし、気を抜きさえしなければ死ぬこともそうそうない程度に加減してくれる魔物を相手にできる場所などここ以外には存在しないだろう。

 

「怪物王という存在が居てだな」

「へすてぃあどらごんですか?」

「いや、真正面からやり合えば多分あっちの方が強いな。へすてぃあどらごんは半分遊び心で出来ているから戦闘には役に立たない機能とかもあるし」

「具体的には」

「変形合体して人型巨大ロボになってロケットパンチ撃ち込んでくるとか、ブレスを最弱まで弱くしてやるとドライヤーの代わりに使えるとか、燃料切れになりそうになると近場の物質を吸収して燃料補給攻撃してくるとかか」

 

 燃料補給が攻撃になるってどういうことなの……。まあ、食べていると考えれば齧ったところが攻撃されるというのも分からなくはない、か。

 ただ、どうしても嫌な予感しかしない。それ、まさかとは思うけれど私が相手をしている時にされたりしないだろうな、と。そう言った吸収系の技というのは元々あったはずの物を取り込まれてしまうから、魔術的な再生をやりにくいのだ。

 存在しているものが、ある意味では生きたまま全く別の場所にある。ただ切り取られただけならばくっつけるなり切られなかった可能性を濃くして持ってくるなりすれば簡単に再生できるが、食われたとなると本当にやりづらい。食った相手の魔術的防御やら何やらを抜いて、その上で色々とやらなければいけないから手間もかかる。

 

「燃料はたっぷり載せてあるから安心して挑め。本気かつ全力でやれば倒すことはできなくとも死にはしない程度まで手加減させているからな。必死に挑め」

「ええ、勿論よ」

「一応言っておくがあいつら今出してるのはいいとこ一割だから、舐めないように」

「……いち、わり?」

「いいとこ、一割だ。一割出してるのは今の所TUBAMEだけだな。速度特化だから当たりさえすれば倒せるぞ。止まった時間の中で速度を頼りに動き回り、平行世界からの斬撃を世界の壁を皮一枚剥がして潜り込むことで回避し、速度任せに時間を巻き戻すようなやつだが、当てれば勝てる。頑張れ」

 

 ……お父様。お母様。メディアは今、頑張っています。死にそうですが。

 



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裏切りの魔女、発狂する

 

 龍。それは最強の幻想種であり、存在しているだけで魔力を生み出す存在でもある。物によっては世界を打ち倒し、破壊しつくすことのできる程に強力な種族であり、天災等の人間の手に負えないものの象徴でもあった。

 だからこそ、龍殺しを成し遂げた人間は英雄として崇められる。たとえその方法が凄まじくえげつない物であったとしても、どんな手を使っていたとしても、それは変わらない事実である。それは同時に、その竜がそれほどまでに強大な存在であると言う事の証明でもあるのだ。

 

 そう、断じて。

 

「よしよし……何だ、大人しいな。子供の内はもっとはっちゃけてもいいと思うぞ?」

「……ぐるる」

「……まあ、それも自由だ。限度を超えない程度に自由を楽しめ」

「……」

 

 断じて、人の膝に頭を乗せてゴロゴロと猫のように甘えるような存在ではないはずなのだ。生まれたてだからと言って、これはいくら何でも夢が壊れてしまう。へすてぃあどらごんのようにあれとは言わないが、もう少し、こう、覇気を……ね?

 

「安心しろ。こいつは最終的にはへすてぃあどらごんとヤマタノヒュドラを超えるだろう。元気に育てばな」

「……その言い方だと、その二頭の子だと思われるのだけど?」

「はっはっは」

「…………え、否定は?」

「はっはっはっは」

「ぐるる」

 

 どうやら否定は無いらしい。と言う事は、本当に……?

 いや、否定していないと言うだけだ。否定していないからと言って認めたわけではない。以前もそうやって逃げられた。言葉遊びはカラシニコフの得意分野だ。騙されてはいけない。嘘を言う事こそないけれど、こちらが勘違いしていることを知りつつも本当のことを言わないまま煙に巻いて勘違いを助長させるような存在だ。しっかりと直接口にされるまで、信じてはいけない。私はそのことを学ぶことができた。

 

「……ん? ああ、首のこれは新しい頭か。最終的にはいくつになるんだ?」

「……ぐる?」

「まあ、そうだな。未来の事なんざわかるわけもなし、か」

「ぐるるる」

「そうだな。八つは欲しいよな」

 

 きっとこれも私を混乱させようとして言っているに違いない。平常心平常心。

 

「ぐる……ぐるる……くちからびーむだしたい」

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」

「どんなのが出したい?」

「みえない、やつ? だしたい」

「マタシャベッタァアアアアアアアアァァァァァァァ!!!」

「母親のと同じか」

「もっとつよいとうれ゛じ……ぐるる」

「モドッタァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」

「やかましい」

 

 ∩▂▅▇█▓▒░(’ω’)←私

 

 気が付いたら私の周りに月兎がたくさんいた。モフモフしているその毛皮がとても気持ちいい。昔触ったことのある金羊毛皮よりも気持ちがいいというのは、流石神獣と言う事なのだろうか。

 私も、使い魔にするのならこういうのがいい。竜の牙を使った竜牙兵と言うのも悪くはなさそうだけれど、癒しが無い。使い魔に癒しを求めると言うのはどうなのかと言う意見もあるかも知れないけれど、それも私の生き方だ。放っておいてほしい。

 それに、この月兎は非常に強い。私が使い魔を作ったとしてもここまで強くすることができるかどうかわからないから、多分一番初めに作るのはスライムのような魔法生物になるんじゃないだろうかと思う。

 ……なに? 液体金属の原子核一つ一つを使い魔として繋げた群体にして個体の使い魔? 何それ面白そう。壊されるより吹き飛んだり散ったりする方が早いだろうから、一度作ってしまえば早々減らない便利な使い魔になってくれそうだ。

 それに加えて、液体金属の性質的にある程度気体にもなりやすいだろうし、それなりの知能を与えれば助手としても十分に扱うことができそうだ。

 



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裏切りの魔女、泣く

 

 私は、強くなった。カラシニコフの拷m……修行によって、あの時とは比べ物にならないほどの力を手に入れた。今なら、目の前にイアソンが居たらとりあえず呪えるだろう。試してみたが、ヘスティア神が加護を与えた武具を呪えたのだから、ヘラが守っている男の一人くらい簡単であるはずだ。

 

 しかし、同時にその拷もn……修行によって失った物もある。それは私の時間と、そして……女らしさ、とでも言う物が。あるいは魔術師らしさ、とでもいうのだろうか。ともかく、何かとてつもなく大きなものを無くしてしまった気がする。

 私は魔術師だ。だが、最近私は魔術の研究よりもサバイバル技術に長けてきているような気がするし、外見にはまだ出ていないが腹筋が綺麗に割れてきているのがわかる。完全無欠の魔術師が、どうして割れた腹筋なんて物を持っているのか。正直理解できないし、理解したくもない。

 原因はわかり切っている。その原因に感謝してもいるし、やめるつもりもない。けれど、これだけは言わせてほしい。

 

 ―――私は、魔術師。グラップラーでもなければファイターでもない。ましてや武器を取って敵と真正面から戦うような脳味噌の中身まで筋肉でできて居るような奴とは違う。

 だと言うのに、見えないとは言っても腹筋は割れ、腕についていた脂肪はほとんど落ち切って代わりにしっかりとしたしなやかな筋肉がついていて、両脚もまるでガゼル(カモシカ)のような柔軟な筋肉の塊。魔術無し、神の加護などの強化無しだと言うのに大気の壁を拳で打ち抜くことができるような身体能力。はっきり言って、魔術師のそれとは思えない。以前会ったことのある魔術師も、今の私のように筋肉に覆われてはいなかった。

 ……ヘカテー様は、筋肉こそ見えなかったが、間違いなく引き締まった姿をしていた。もしかしたら、魔術とは筋肉なのでは……などと言う妄言が飛び出てきそうだったが、どう考えてもそれはおかしいのでなかったことにしておく。アルカイオスが私より魔術の腕が上だったら、私は泣く。いい年した大人が、ワンワンと周囲を憚らず大泣きする自信がある。それくらいショックだ。

 

 まあそれでも、得られたものはある。魔術の実力に関してはカラシニコフの元に来たばかりの時に比べて非常に上がっていると思われるし、生き汚さについても非常に上がっただろうと思う。戦闘においては転移を高速で繰り返し、その転移に相手の身体の一部を巻き込むことで回避と攻撃を両立させることもできるだろうと言われるようになった。

 なお、カラシニコフのペット達には全く効果が無い。どのくらい効果が無いかと言えば、湖に塩を入れて海と同じくらいしょっぱくしようとするくらい効果が無い。殆どの場合、各々が持つ魔力に対する耐性で弾かれてしまうし、唯一効果があると思われるTUBAMEは転移させようとしても逃げられる。あれは本当に速すぎる。

 そして最も新しく入った小さな龍は、基本的に暗殺してくるため対応できない。見えない、感じない、理解できない、対応できない。いったい何をどうすればこんなものが産まれてくるのか、本当に不思議に思えてくる。

 

「おーいメディアー。飯だぞー」

「あ、はーい」

 

 まあ、こういった悩みは仕方のない物だ。何かを得ようとするならば代償としてそれと釣り合いを取ることができる何かを失う。力を得るために時間を使う。短い時間でより多くの力を手に入れるためには命を天秤の上に乗せる。恐怖を乗り越え、痛みを押し殺して、それで力を得る。そうすれば私のように力を得ることができる。

 …………もしも、私の次にカラシニコフに……ヘスティア神に弟子入りして鍛えてもらおうとする存在がいるのならば、私は全力で止めるだろう。特に、意志薄弱な存在では修行の内容を聞いただけで心臓を止めて死んでしまう可能性すらある。流石にそれは可哀想だから……ね?

 



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裏切りの魔女、成し遂げる

 

 イアソンに12の呪いをかけた。ついに、私の魔力がヘラの魔力による守護を貫けるまで成長したようだ。

 

 

 

 名前 復讐系魔法少女メディア★リリィW(ダブル)T(ツイン)Mk-2(マークツー)セカンド

 Lv.5

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:SSS10529 魔王:S 幸運:N 復讐者:SSS 耐異常:B 狂化:D 暗殺:D

 

 

 《魔法》

 【神代魔術】

 およそあらゆる魔術を使うことができる。詠唱はそれぞれ変わる。

 

 

 《スキル》

 【復讐者(アヴェンジャー)

 ・復讐対象を相手にする時ステータス上昇

 ・復讐を諦めない限りステータス及びレベルが上がりやすくなる

 ・復讐を諦めない限り死ににくくなる

 ・復讐を諦めた時、および復讐を遂げた時、このスキルは消滅する

 ・復讐心を強く持つほど効果が上昇する

 ・神族に対して特攻効果を持つ【隠し効果・メディアWTMk-2セカンドには見えない】

 

 【魔力を上げて物理で殴れ(マジカルノウキン)

 ・魔法系のステータスの伸びに対して絶大なる補正

 ・魔法系以外のステータスが伸びなくなる

 ・魔法系のステータスが全てのステータスを兼ねるようになる

 ・魔法系ステータスに補正

 ・あらゆる行為が魔法系ステータスの伸びに繋がるようになる【隠し効果・メディアWTMk-2セカンドには見えない】

 ・このスキルの発動時、あらゆる行動に魔力の消費がかかる。【隠し効果・メディアWTMk-2セカンドには見えない】

 

 【呪詛(ヒトヲノロワバアナフタツ)

 ・他者に対して様々な呪いをかけることができる

 ・呪いが解かれた場合、呪いをかけた者に同種二倍の呪いが降りかかる。

 ・適切な方法で掛けなかった場合、効果は減少する

 ・穴二つを回避し続けていると時々凄いことになる

 ・負の感情を持っていると効果が上昇する

 ・このスキルを保有したまま無念の死を遂げた時、魂全てを燃料として呪詛を掛ける。【隠し効果・メディアWTMk-2セカンドには見えない】

 

 

 

 

 一つ。イアソンに呪いをかけてみた結果、一度弾かれはしたものの再び跳ね返して四倍にしてやったら貫通させることができた。毎日朝の目覚まし代わりに足の小指に激痛が走るようになっているが、どう言う形でそうなるかは分からなくなっている。何しろ四倍になってしまったしね。

 寝返りを打って寝台から落ちて全体重が右足の小指にかかることもあるかもしれないし、机で寝ていたらいきなり本が落ちてきて変な形に跳ねて右足の小指に衝突するかもしれないし、寝呆けて動いて扉の枠に右足の小指を叩きつけてしまったり、どこからともなくいきなり現れた蟹に足の小指を挟まれる可能性もある。

 何があるかは分からないが、イアソンは生きている限り右足の小指に何らかの形で痛みが走るようになっている。ギリシャの男は骨折の一つや二つで動けなくなる事はないだろうし、イアソンは一応英雄として扱われているのだから小指が三倍くらいの大きさになろうとも問題ないだろう。

 当然、そうして受けた痛みは自然な回復でなければ治らない。英雄の治癒能力は多くが神の加護に関係する。それを一切切り捨て、人間としての治癒能力しか働かせない。当然怪我は長引くし、長引いている間も毎朝何らかの形で激痛が走る。物理的かもしれないし、精神的なものになるかもしれないけれど、とにかく痛みを与えると言う事は変わらない。

 

 さあ苦しめ苦しめイアソンめ。貴様の悲鳴が心地よい。貴様の怨嗟を纏め上げ、ヘラへと届く呪いとしてくれよう。

 巻き爪になって爪の横の肉がグズグズになるまで痛めつけられろ。毒を持つ蜘蛛に噛まれろ。寝起きに針を踏んで刺され。爪を剥がせ。治りかけたところで指を踏まれなさい。無様に惨めに苦しみ抜いて生き恥を晒すがいい!

 



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裏切りの魔女、届かない

 

 自作の液体金属の使い魔は、作った五分後に欠点が見つかった。意志を持つが、判断能力が無い。そう作り上げたのはメディアであったが、あまりに判断能力が無さ過ぎていちいち指示をして使うよりも自分でやった方が数倍速いと言う物になってしまったのだ。

 まあ、それはそれでイアソニーに拳を叩きこむいい理由付けとなっていたのだが、問題は届くかどうかもわからないほどに遠い場所に挑むのにそう言った足を引っ張る物の存在は邪魔にしかならないのだ。ちなみに、イアソニーとは自身の使い魔につけた名前である。殴るのにいい名前を考えたらそういう類のしか浮かばなかったらしい。

 

 そう言う事で、次はどうにかして自分と同じようなことを考え、しかし自分に逆らうことの無い物を作るかを考えたのだが……いい案が出ない。自分の思考を分割して使うのでは一つ一つの思考速度や能力が落ちるため今でもギリギリの橋を渡っている修行では使えない。しかしそれでも手が欲しい。

 自分では作れない。手が届かない。そもそもどこに向かって手を伸ばせばいいのかもわからない。そういう時にはまず、誰か知っていそうな存在に話してみるという手段を取るべきだ。少なくともメディアはそうしたし、相談を受けた相手もそのことを知っていた。

 だが、もしかしたらそれは間違いだったのかもしれない。その事実は恐らく、未来でしかわからないことだろうが。

 

「……なるほど。いいだろう。一つあてがあるから待っていろ」

「あるんですか」

「ある。……居た居た」

 

 じーころろ、じーころろ、じーころじーころろろ、じーころじーこじーころろろ、じーこじーこじーころろ……ぷるるるるるがちゃ。

 

「もしもし。ガイアで合ってるか? ヘスティアだ。……ああ、無駄に元気にしているよ。それはそれとしてちょいと頼みごとがあるんだが……あ? キュクロプスとギガンテスだけじゃなく色々と押し付けたのはお前だろうが。貸しを返せ。早々難しいもんじゃないからよ。……お前の趣味に現在過去未来の英雄たちの収集ってのあっただろ。メディアってのは入ってるか? ……入ってるか。じゃあコピって寄越せ。原本は必要ない。全部コピって寄越せ。……よし、成立だな。待ってるぞ」

 

 なんだかすごい相手と話をしていたような気がするが私は何も聞いていないので何もわからないなーあー残念だなーいきなり耳が遠くなっちゃったからなー仕方ないなー聞こえなくてもー。

 

「成立だ。ガイアが英霊図鑑を持ってたからそこからお前の情報をコピーしてその使い魔に張り付ける。少なくともしっかりと話を付けた上で魔力を供給し続けていれば問題なく契約できるだろうし、いい助手にもなってくれるだろうよ」

「…………。

 はい、ありがとうございます、ヘスティア様」

「今の一瞬の沈黙は何なのかと問い詰めてやってもいいが、聞かないでおいてやる。

 まあ、時間はまだまだたっぷりある。ガイアが図鑑を持って来るまでに一周やっておくか?」

「やめてくださいしんでしまいます。と言うかその修業はそんな気軽にやる物ではありません」

「大丈夫だ。時間を圧縮しているからな。初めの頃、一体につき一月ほどかけていたが、二十四倍速の中では半月程度だ。今なら逃げ切るだけなら各々三日もあれば行けるだろう。やれ」

「け、けれど時間が」

「関係ない。やれ」

 

 あ、これあかんやつや。絶対やらせると決めてるやつや。

 よくわからないけれど変な方言のようなものが出てしまうほどのショックを受けつつ、私は頷いた。いや、実際には頷くしか選択肢が残されていなかっただけなのだけれど、それでもまあ頷いたことには変わりない。それに、使い魔を作るのはいつでもできる。特に基礎ができているなら仕事は早く終わるものだしね。

 

「ああ、そうそう。今回から一部魔術解禁してるから、バフォメット相手は本当に気を付けろよ。死ぬぞ」

「なんで今それを言っ―――

 

 

 

 結論から言うと、死なずに済んだ。

 



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裏切りの魔女、出会う

 

 目の前にいるのは、多分私、なのだろう。なんだかとても疲れているように見えるけれど、今ここで疲れるような事なんてあっただろうか。

 それに、なんだか私よりも少しだけ大人に見える。ヘスティア神は『現在過去未来の英雄年鑑』からこの私の情報を引っ張り出してきたと言っていたから、きっとこの私は未来の私なのだと思う。

 

「こんにちは。恐らく未来の私」

「……ええ、そうね。恐らく過去の私」

「私は未来でヘラに復讐できた?」

「…………それは、多分私には答えられないわ。だって私と貴女は別の存在だと思うから」

 

 同じなのに、別の存在。そう言うと言う事は、この私は私の並行世界の存在と言う事なのだろうか。並行世界から一つの存在のコピーを持ってこれるとは、流石は神格と言う事だろう。

 けれど、私のやろうとしていることを伝えたらきっとこの私も協力してくれるはず。だって、私は私なのだから。

 

「ねえ、私。私はイアソンに復讐したわ。生まれ変わっても止まない小指の痛みに悶え苦しんでいる筈よ」

「待って。待ちなさい。意味が分からないのだけれど」

 

 ? どうして意味が分からないんだろうか。私の未来の姿なのだから、少なくとも今の私にできることくらいなら簡単にできると思ったのだけれど。

 

「……憎らしいけれど、あの男にはヘラの加護があったはずよ。それがある限り、呪いなんてかけられないはずだけれど?」

「ネガキャンやってヘラの加護を弱めてからかけたら結構簡単に抜けたわ。流石は貞淑さと結婚を司る神ね。その事に関してのネガキャンは凄く効果的だったわよ」

 

 具体的には、婚約者がいるにもかかわらず出て行った先で妻を作った挙句に国王になろうとしているとか、妻として迎え入れる代わりに金羊毛皮を取ってくるという話だったのにそれを手に入れた途端に約束を破ってその人を捨てたとか、妻を作って国王になったにもかかわらず別の国の女王に手を出したとか、それこそ根も葉もない物から根も葉も花まであるような物まで色々と。

 ちなみに伝えた先は主にヘカテー様とヘスティア様。そこから神の集まりの中で何度か繰り返してヘラの中でのイアソンの印象を下げ、そうなれば加護も弱くなる。当然だ。加護とは守りたいという神の意志。その神が見放せば、加護は薄くなるものだ。実に当たり前のことで、当然誰もが考えることだ。

 ……どうして私は頭を抱えてるのかしらね? まさか思いつかなかったなんてことはないでしょうし……?

 

「……ええ、まあ、納得はできないけれど理解したわ。それで、いったいどんな呪いをかけたのかしら?」

「ひたすら小指が痛む呪いよ。小指が無くなっても幻肢痛がいつまでも残るわ」

「……うわ地味」

「地味だから効果が無いという訳では無いわよ? それに、今度はもっと凄い呪いをかけるつもりなんだから!」

「どんな物? ●●●が腐り落ちる呪いかしら? それとも全身が炎に包まれるような痛みを与える呪い?」

「眉毛が片方だけ何をやっても生えなくなる呪いと、髪の毛が一部三センチ三ミリ以上伸びなくなる呪いと、陰毛が全部抜け落ちる呪いと、いついかなる時でも酷い耳鳴りがする呪いと、凄まじく目が乾く呪いと、寝ようとした時に限って鼻詰まりが凄いことになる呪いと、人前に立って大事な話をしようとすると舌を噛む呪いと―――」

「なんであなたの呪いはどれもこれも地味なのにえげつないのよ!?」

「地味だけれどえげつない約束破りをされたから、地味だけどえげつない報復で返しているだけよ?」

 

 まあ、眉毛が片方だけ残っていたらあまりに変すぎて人前に立っても英雄として扱われることなんてなくなるだろうし、虎の模様に三センチ三ミリなんて言う中途半端な髪形は普通に笑いものだ。陰毛に関しては言うに及ばず。そして耳鳴りは人の話が聞こえなくなって注意されてもわからなくなるし、目が乾き続けるのは目を閉じていても痛くて痛くて仕方がない。それに寝ようとした時に起きる鼻詰まりは最悪窒息死することになるから上手くしないと死んでしまう。人前で大事な話をしようとして噛むと言う事は、英雄達を集めた時や臣民を集めての演説を大失敗すると言う事。これで上手く国を回すことなんてできないはずだ。

 私を裏切ったのは、そちらだ。だから、私がイアソンを呪ったところで文句を言われる筋合いはない。

 



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裏切りの魔女、共に在る

 

 並行世界の私は、私がイアソンに呪いをかけたのを見たら呆然として、それから私に協力してくれると言ってくれた。お陰で実験が捗ること捗ること。イアソニーなんかとは比べることがもうおこがましいくらいに働いてくれている。

 ちなみにイアソニーはもういない。イアソニーの原形となった液体金属の原子の集合体である使い魔達は、今では並行世界の私をこの世界に止める触媒として役に立ってくれている。

 それに、液体金属の集合体であるという使い魔の本能のようなものは残っているらしく、私が自覚していないらしいところで伸び縮みして物を取ったりしている。本能ってすごいと思った瞬間だ。

 

 さて、そしてお楽しみの修行(拷問)の時間。

 

「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「叫んでないで走って走って走って走ってもっと早く!」

「魔術使わせてよぉぉぉぉぉぉぉぉ! 私魔術師で体力無いのよぉぉぉぉぉぉッ!!」

「使うとその魔力を探知して優先的に狙ってくるけどそれでいいならどうぞ! あと今は私の魔力で目晦まししてるから追いつかれてないだけでもしそんな大声出してると―――」

 

「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

「ほら来た早く走ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「何でこうなるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 とにかく全速力で走る。体力無いとか言っているけれど、本来液体金属であるその身体は呼吸も必要としないし疲労もない。だからやろうとすれば私よりもずっと早く走れるのに、気付いていない。鈍いのか私に合わせてくれているのか、もしくは自分の身体がどんなものかをしっかりと掴めていないのか。きっと私に合わせてくれているのね。

 

「というかあれ何!? 何あの猪!?」

「ヘスティア神の飼い猪で、トゥルッフ・トゥルウィスっていう名前だったと思うわ。あとまっすぐ走ってると牙の先から稲妻走らせて来るからちょくちょく曲がらないと危ないわよ?」

「トゥルッフ……アーサー王と円卓の騎士をもってしても殺しきれなかった猪とかいったいどんな猪を飼って(バヂィッ!)ヒィッ!?」

「大丈夫! 全力でやれば少なくとも死なないように加減してくれてるらしいから!」

「魔術師に魔法禁止を強制してこれだけ走らせて手加減も何もあるわけないでしょぉぉぉぉぉ!!!」

 

 と、言いながらも走る速度は落とさない私。流石だと思う。世界は違ってもこういう事には慣れているらしい。これならちゃんと他の修行にも着いてきてくれることだろう。本当に頼もしい使い魔を得た。

 ……ん? なんだか後ろで凄い事をしているような気配g

 

 雷光。

 牙が迫る。

 身体。

 腹。

 狙い。

 反らす。

 無理。

 止める。

 超無理。

 逃げる。

 魔術回路起動。

 術式構築開始。

 魔力充填開始。

 術式構築完了。

 同時、魔力充填完了。

 即座に起動。

 空間転移。

 座標固定。

 空間掌握完了。

 転移開始。

 

 ―――転移完了。

 

 いつの間にか灰色に染まっていた視界に色が戻ってくる。回避は成功。けれどあれが走って来るのにちょうどいい道ができてしまった。草木は焼け落ち、大地が沸騰して溶岩になっている。

 その上を、魔猪は凄まじい勢いのまま走ってくるのが目に見える。私は回避できたけれど、私の隣を走っていた私は―――

 

「―――っ、かはぁっ!? な、何よ今の!?」

 

 あ、生きてた。流石は私の作った群体にして個体の使い魔の身体。熱で蒸発してもすぐに元に戻るのね。あの使い魔の性質上、存在そのものを消滅させられたり、封印されたりしない限りは壊れないようにできているはずだけれど、神獣の雷撃にも耐えられるのね。いい結果かしら?

 まあ、それより今は逃げないと。あの雷光は私の姿を隠してくれた。魔猪は私の姿を見失っているはず。しばらくすると姿以外の物……例えば匂いや魔力、魔術痕などで追いかけてくるだろうから、とにかく逃げないと。じゃないと死ぬ。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 ……逃げないと!

 



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裏切りの魔女、詰られる

 

「どうして私を置いて行ったの?」

「私が逃げ切れるんだから私なら逃げられるだろうと思って」

「死ぬかと思ったわよ!? 本気で! 死ななかったけれど!」

「まあ、その身体の作り方から考えればそうそう簡単に死ぬことはないはずだから、いいかなって」

「待って。待ちなさい。なに? 私の身体、どうなってるの?」

「人間の形をとった不定形生物に取り憑かせているような状態だから、文字通りの意味で消滅させられない限りは生き延びるわ。金属原子の単体を無数に繋げてるようなものだから、そうそう死なないはず!」

 

 私は頭を抱えて蹲ってしまった。あれ? 何か変な事を言ったかな? 死なない事はいい事だと思うのだけれど。

 むしろ死ねた方が幸せだと思うこともある事は否定しないけれど。実際あるし。

 けれど、私が使い魔のような立ち位置になってくれて助かった。そのおかげで修行にも少し余裕が出てきたし、できることも増えてきた。数は力だというのは間違いない。

 まあ、勿論限度はあるけれど。英雄の中には一人で無数の怪物の群れを倒した存在もいるらしいし、ヤマタノヒュドラなんかは毒さえ効けば相手が何億何十億だろうと関係無く殺し尽くせる。

 まったく、化物(比喩にあらず)に囲まれてると自分が小さく見えて仕方ない。確かに策を弄しはしたけれど、それでもヘラの加護を抜くだけの実力はあるのだけれど。

 

 まあそれはともかくとして、トゥルッフ・トゥルウィスから逃げ切る事に成功したのだから次はヤマタノヒュドラの相手をしないと。私が白目剥きそうだけれど、まあきっと大丈夫なはず。少なくとも、金属である私に毒なんて効果無いだろうし。

 

「そう言う事で今度はヒュドラ相手だから、頑張りましょう?」

 

 私は一瞬何を言っているのかわからないような顔をして、数秒後にその顔を真っ青に染め変えた。人間の顔色があそこまで一気に変わるのを見たのは久し振り。一回目は確か……この修行一週目が終わってやっと終わったと安堵している所に『じゃあ二週目行こうか』と言われた時にヘスティア様の瞳に移り込んでいた私の顔だったかな。

 

「……ヒュドラ? ヘラクレスに倒されたはずじゃ……」

ヘラの栄光(ヘラクレス)? 誰?」

「ヘラクレスを知らない? そんな馬鹿なことが…………いえ、ありえるのかしら。この世界なら」

 

 私は突然悩み始め、うんうんとひたすらに考え込んでいる。何をそんなに悩んでいるのかは知らないけれど、そんなにそのヘラクレスと言う存在は有名だったのだろうか。

 

「……十二の試練を成し遂げた、ゼウス神の息子。そう言う存在はいないかしら?」

「え? あー……アルカイオス、かしら。でもヘラの栄光(ヘラクレス)だなんて名乗っては無いわよ」

「……そう。そう言う事も、あるのね……これが私の世界との大きな違いなのかしら」

 

 ぶつぶつと呟き続けているけれど、いったい何のことなのやら。まあ、これで私が満足するならそれなりの事は教えてあげるつもりだけれど。

 さあ、そろそろ立って逃げないと。毒蛇の王の死の香りが近付いてきている。私はまだ死にたくない。少なくとも、ヘラの鼻の頭にニキビができる呪いをかけるまでは。ヘラはその美しさを誇る神でもある。その綺麗な面に傷をつけてやれば、いったいどれだけ嘆き、怒り狂う事だろうか。少なくとも、私に神罰を落とすことは間違いないだろうが、そんな物は知ったことではない。私が死のうと消えようと呪いは解けない。今の私の呪いを解くことができるとすれば、私自身かヘカテー様か、あるいはヘスティア様くらいのものだろう。

 そのためにも、もっと強くならなければ。もっと強く、もっともっと強く。

 

 この害意()が神に届くまで。私はどこまでも手を伸ばし続けよう。

 

 



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裏切りの魔女、勝てない

この後おまけ的なものを早めに更新します。


 

 さて、突然だけれど今の私のステータスをご覧いただこう。

 

 

 名前 地味型復讐系魔法少女滅泥亞★理裏威

 Lv.7

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:SS8601 魔王:SS 悪運:S 復讐者:SSS 耐異常:A 狂化:C 暗殺:B 逃走:D

 

 

 《魔法》

 【神代魔術】

 ・およそあらゆる魔術を使うことができる。詠唱はそれぞれ変わる。

 

 【英霊召喚(タスケテワタシ)

 ・自身が英霊となった存在を呼び出し、一時的に使い魔とする。

 ・使い魔となった英霊は触媒によって性質を変える。

 

 

 《スキル》

 【復讐者(アヴェンジャー)

 ・復讐対象を相手にする時ステータス上昇

 ・復讐を諦めない限りステータス及びレベルが上がりやすくなる

 ・復讐を諦めない限り死ににくくなる

 ・復讐を諦めた時、および復讐を遂げた時、このスキルは消滅する

 ・復讐心を強く持つほど効果が上昇する

 ・神族に対して特攻効果を持つ【隠し効果・滅泥亞★理裏威には見えない】

 

 【魔力を上げて物理で殴れ(マジカルノウキン)

 ・魔法系のステータスの伸びに対して絶大なる補正

 ・魔法系以外のステータスが伸びなくなる

 ・魔法系のステータスが全てのステータスを兼ねるようになる

 ・魔法系ステータスに補正

 ・あらゆる行為が魔法系ステータスの伸びに繋がるようになる【隠し効果・滅泥亞★理裏威には見えない】

 ・このスキルの発動時、あらゆる行動に魔力の消費がかかる。【隠し効果・滅泥亞★理裏威には見えない】

 

 【呪詛(ヒトヲノロワバアナフタツ)

 ・他者に対して様々な呪いをかけることができる

 ・呪いが解かれた場合、呪いをかけた者に同種二倍の呪いが降りかかる。

 ・適切な方法で掛けなかった場合、効果は減少する

 ・穴二つを回避し続けていると時々凄いことになる

 ・負の感情を持っていると効果が上昇する

 ・このスキルを保有したまま無念の死を遂げた時、魂全てを燃料として呪詛を掛ける。【隠し効果・滅泥亞★理裏威には見えない】

 

 

 

 ……Lvが一つ上がる度に、神格に近付くようになっているらしい。一体いくつまで上げれば完全な神格と等しいような状態にまでなるのかはわからない、と言うか、それを確かめるためにも私の復讐を手伝うついでに私にこのステータスを刻んだんだとか。

 そして、最低限想像できるどんな使い方をしてもおよそ問題なく効果を発揮できると確信できるまで使い続けたヘスティア様の地上用の身体に刻まれていた物がこちら。

 

 

 

 

 

 神造人間完成型試作一号機『ベル』

 Lv.19

  力:S977 耐久:SS1790 器用:SS8312 敏捷:SS2017 魔力:SSS11145 豪運:SS 異常無効 神格保有 料理術:SSSS カレー製作:SSS 薬膳:SSS 拳聖:S 滅殺術:SS 魔神:SS 覇道踏破:A 境界支配 教導:A 再生:B ハメ技:SSS 大殺界:A 剣帝:A 求道踏破:SS

 

 

 《魔法》

 【カマドガミ】

 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、得た神格及び権能を捧げる。自動発動。

 

 【マジックマスター】

 ・ヘスティアの使える魔法を使用できる。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、それまでに自作した魔法及び習得した魔法技術をヘスティアに捧げる。自動発動。

 

 

 

 《スキル》

 【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)

 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。

 ・カレー制作時及び今まで存在しなかった物の製造時に極大の補正。この補正は重複する。

 ・死亡時、ヘスティアの場所に肉体が転移する。

 ・境界の神ミシャグジとしての力と権能を使用できる。常時発動。

 

 

 【華雲邪神(ウラボス)

 ・戦闘能力を悟られにくくなる。

 ・近接戦闘及び武器使用時に絶大なる補正。

 ・魔力及び魔法使用時に絶大なる補正。

 ・定められた『主人公』以外に敗北しなくなる。

 ・定められた『主人公』と出会いやすくなる。関係がどうなるかは不明。

 ・ステータスの伸びが良くなる。ただしレベルの上りは遅くなる。

 ・自身についての隠匿能力を身に着ける。

 ・『本気モード』使用可能

 

 

 

 ちょっとよくわからないですね(白目)

 なぁにこれぇ(白目)

 あともう一つ。『本気モード』って何『本気モード』って。あと『ハメ技』。イミガワカラナイヨ。

 

「まあ、このくらいになれば神も殴れる。頑張れ」

 

 ヘスティア様はそう言って、その身体をしまった。

 ……とりあえず、目指すはLv10、と言う事にしておこう。うん。今見た物は忘れないけれど、精神衛生上よろしくない。

 



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ここの英雄たちがFGOに召喚されたら多分こんな感じ

 
 ちょっと前に一話投稿しています。そちらを見ていない方はそちらからどうぞ


 

 

 

 

 クラス:グランドルーラー

 マスター:なし

 真名:ベル

 性別:女性

 身長:140cm(くらい)

 体重:40kg(自称、多分そんなもん)

 出典:ギリシャ神話、メソポタミア神話、日本神話、ローマ神話、ケルト神話、ユダヤ教及びキリスト教

 地域:世界各地

 属性:混沌・善

 血液型:ねえよんなもん(本人談)

 誕生日:知らね(本人談)

 特技:料理を始めとする製作系統

 好きなもの:本能的に生きる者、動物

 苦手なもの:自然の摂理を都合良く無視する物

 イメージカラー:燻し銀(服の色)

 天敵:ヘスティア(自分)

 

 

 

 ステータス

 

 筋力:EX

 耐久:EX

 敏捷:EX

 魔力:EX

 幸運:EX

 宝具:EX

 

 元々の存在の格が違いすぎるため、基本的にステータスは全てEXである。

 

 

 

 クラス別スキル

 対魔力:EX

 基本的に魔術で傷をつけることは不可能。

 

 

 真名看破:A

 直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が自動的に明かされる。 幸運判定はEXのため自動成功。

 

 

 神明裁決:-

 持ってない。持っていれば某グランドキャスターに自害を命じて実行させられる。

 

 

 

 保有スキル

 

 道具作製:EX

 道具作製と言いつつ道具以外も作れる。カレーも作れる。【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)】の効果によるものの一部。

 

 

 陣地作製:B

 ヘスティアカレー古代メソポタミア店はこのスキルで作られた。【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)】の効果によるものの一部。

 

 

 神格降臨:-

 ヘスティアが常にその行動を関知している。死亡時、その全ては神ヘスティアの物となる。【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)】の効果によるものの一部。

 

 

 華雲邪神:EX

 気配遮断スキル、女神の神髄スキル、魔導スキル、無窮の武錬スキルを併せ持つ。【華雲邪神(ウラボス)】の効果を表したもの。

 

 

 原初のルーン:EX

 ルーンは便利。仕方ないね。なお、最もよく使われるルーンは空白ブランクルーン。

 

 

 宝具

 

 へす印の大釜

 ランク:EX

 種別:対飢宝具

 レンジ:0

 最大補足:0人

 へすじるしのおおがま。許された者が使うことで無制限に食材あるいは調理済みの料理を生み出すことができる。ただし、食器は出ないので自分で用意しないと困ることになる。一応神造であるのでランクは高い。と言うか内容的に第一魔法を使ってるのと変わらないので高くて当然。

 

 

 神冥鋼の服

 ランク:EX

 種別:対人宝具

 レンジ:0

 最大補足:1人(自分自身)

 しんめいこうのふく。ヘスティア作、ハデスメタルとアダマスの合金を糸状にして織った服。一応神造なのでランクは高い。おんぶ紐付き。

 

 

 萬形神具

 ランク:EX

 種別:対人・対軍・対城宝具

 レンジ:0~

 最大補足:0~1000人

 ばんけいしんぐ・へすてぃあうえぽん。千変万化、無形にして有形。要するに様々な形をとる神の武器。一度決まった形を取れば壊すことは基本不可能。万が一壊れたとしても、破片が無形になって集まってくるので大丈夫、欠けてもすぐに直るよ!

 

 

 

 

 

 

 クラス:セイバー

 以下略

 

 

 

 ステータス

 

 省略

 

 

 クラス別スキル

 対魔力:EX

 以下略

 

 騎乗:B

 技術的には大したことはないが、相手によっては竜にも乗れる。

 

 

 保有スキル

 

 中略

 

 例外:EX

 グランド位に無いクラスでありながらグランド位に勝利する可能性を持つ。グランド位を得た場合、このスキルは消失する。 ベルはどのクラスで召喚されようとグランドでない限りこのスキルを保有する。

 

 宝具

 

中略

 

 不在星剣(ヘスティアエッジ)

 ランク:EX

 種別:対存在宝具

 レンジ:1

 最大補足:1人

 実はヘスティア自身もよくわからない『科学的にこれ以上は存在しないほどの重量と強度を併せ持つ物質』を魔術的に剣に加工し、様々な魔術で朽ちることなくさせた物。技術次第で何でも切れる。なお、材料もヘスティアが星一つを材料に作り上げたもので、質量はその星に匹敵する。

 

 

 

 

 

 クラス:ランサー

 以下略

 

 

 

 ステータス

 

 省略

 

 

 クラス別スキル

 対魔力:EX

 以下略

 

 

 

 保有スキル

 省略

 

 

 宝具

 

 中略

 

 

 不可視の毒光(ヘスティアジャベリン)

 ランク:EX

 種別:対生物宝具

 レンジ:1~1000

 最大補足:1~100人

 太陽光のうち、不可視である粒子線を集めて作った光の槍。ヘスティア以外の存在が触れると毒を帯び、また触れた存在もやや弱くはなるが毒を振り撒く。

 毒の正体は放射能。しかし、それを知らない者にとっては恐るべき呪いに見えたのだろう。この槍を持つヘスティアは病の神、そして死の神としても扱われる。

 

 

 

 

 クラス:ライダー

 以下略

 

 

 

 ステータス

 

 省略

 

 

 クラス別スキル

 対魔力:EX

 以下略

 

 騎乗:A

 セイバークラスの物よりやや上がる。なお、内容自体はそう変わらない。

 

 

 

 保有スキル

 

 省略

 

 

 宝具

 

 中略

 

 

 道引く鉄獣(ロードローヴァー)

 ランク:EX

 種別:運搬宝具

 レンジ:1

 最大補足:1人

 ヘスティア曰く『旅行用バイク』。ちょっと何言ってるかわからないですね……。

 旅行用を自称するだけあって様々な魔所に空間を広げた倉庫と重量を緩和する機構が取り付けられている。

 

 

 吼え猛る鋼獣(メタルローヴァー)

 ランク:EX

 種別:対人・対軍宝具

 レンジ:1

 最大補足:100人

 ヘスティア曰く『戦闘用バイク』。旅行用では荷物を積んでいたところにミサイルなどの兵器が満載。様々な武器をばらまきながら走り抜ける。

 最大攻撃はエンジンである太陽炉を暴走させての突貫。放射能被爆で大ダメージ。

 

 

  

 

 

 

 

 クラス:キャスター

 以下略

 

 

 

 ステータス

 

 省略

 

 

 クラス別スキル

 

 保有スキルと被っているため、無し

 

 

 保有スキル

 

 省略

 

 宝具

 

 中略

 

 

 不可侵領域(ヘスティア・ザ・ワールド)

 ランク:EX

 種別:対陣宝具

 レンジ:50

 最大補足:1人

 ヘスティアの家の周りの結界である。無理に侵入しようものならば時の流れに置いて行かれ、精神だけは通常速度のまま身体を全く動かすことのできない状態で老いさばらえて行くのを眺めて死ぬことになる。 

 なお、物理的な防御性能も破格。隕石が2000個衝突しても、大丈夫!ただし月サイズが落ちてくるのは勘弁な!

 

 

 

 

 クラス:アサシン

 以下略

 

 

 

 ステータス

 

 省略

 

 

 クラス別スキル

 

 保有スキルに含まれるため、無し

 

 保有スキル

 

 省略

 

 

 宝具

 

 中略

 

 

 陽光の指(サンライトフィンガー)

 ランク:EX

 種別:対神宝具

 レンジ:1

 最大補足:1柱

 かつてクロノスの腹を内側から突き破った逸話の具現。太陽を宿したその指は、あらゆる物質を溶解させる。

  

 

 

 

 

 クラス:アヴェンジャー

 以下略

 

 

 

 ステータス

 

 省略

 

 

 クラス別スキル

 復讐者:A+

 復讐者を表すスキル。他者から受けた痛みや恨みを力に変える。

 

 

 忘却補正:A+

 受けた恨みは忘れない。恨みを返す時はより弱みを狙う。

 

 

 自己回復(魔力):EX

 身を焼く復讐の炎は未だ途切れず。憎悪を魔力へと変える。

 

 

 

 保有スキル

 

 省略

 

 

 宝具

 

 中略

 

 

 爆殺せよ、陽光の炉よ(ヘスティアクラスター)

 ランク:EX

 種別:対神宝具

 レンジ:1

 最大補足:1柱

 クロノス死ね。 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

 クラス:アーチャー

 マスター: ?

 真名:ギルガメッシュ

 性別:男

 身長:182cm(くらい)

 体重:68kg

 出典:メソポタミア神話・ギルガメッシュ叙事詩

 地域:バビロニア、ウルク

 属性:混沌・善

 血液型:不明

 誕生日:不明

 特技:お金持ち

 好きなもの:自分、権力、カレー、エンキドゥ

 苦手なもの:自分、蛇、イシュタル

 イメージカラー:金

 天敵:ベル、エンキドゥ、無銘

 

 

 ステータス

 

 筋力:B

 耐久:B~C

 敏捷:B~C

 魔力:A~B

 幸運:A

 宝具:EX

 

 

 クラス別スキル

 

 対魔力:E〜C

 対魔術用防具が充実してるため意味はほとんど無い

 

 単独行動:A+

 カレーさえあればどこまでも

 

 

 保有スキル

 

 黄金率:EX

 カレーが勝手に寄ってくる

 

 カリスマ:A+

 え? なに? カレスマ?

 

 神性:A+

 このギルガメッシュは神を嫌っているわけではないので高いまま。

 

 コレクター・バビロンの蔵:EX

 財宝はカレーの代金に支払うことが多い。

 

 

 宝具

 

 王の財宝

 

 天地乖離す開闢の星

 

 ヘスティアカレー直通会話機:C

 ヘスティアカレー古代メソポタミア本店への直通電話。出前を頼むと店ごと飛んできます。エンキドゥとへす印の大釜プロトタイプ付き。

 

 

 カレー色した英雄王。現代に召喚されるとカレーの味の劣化っぷりに嘆いてアンリマユを呼ぼうとするくらいにはカレー好き。大体みんなカレーのせい。

 なお、この世界ではギルガメッシュは死んでいないため、呼ぼうとするとガチギレされることもあるので注意。

 

 

 

 

 

 クラス:キャスター/バーサーカー/アヴェンジャー

 マスター: ?

 真名:メディア★リリィ

 性別:女

 身長:149cm

 体重:41kg

 出典:ギリシャ神話

 地域:ギリシャ

 属性:秩序・善

 血液型:?

 誕生日:?

 特技:模型作り、地獄を耐えること

 好きなもの:復讐

 苦手なもの:イアソン、ヘスティアの13ペット-1

 イメージカラー:薄い紫?

 天敵:ヘスティア

 

 

 

 

 ステータス

 

 筋力:E-

 耐久:E-

 敏捷:E-

 魔力:EX

 幸運:F

 宝具:EX

 

 

 

 クラス別スキル

 

 陣地作成:A

 作るのも解体するのも得意

 

 道具作成:A

 生きるためには必要だった

 

 

 保有スキル

 

 復讐者:A

 省略

 

 忘却補正:B

 省略

 

 自己回復(魔力):A

 省略

 

 狂化:EX

 復讐に狂う復讐鬼としての自分を表出させる。

 

 

 宝具

 

 令呪:A

 令呪を保有する。最大三画あり、消費した令呪は魔力を込めることで回復する。

 また、呼ぶことができるのはキャスタークラスのメディアのみ。

 

 

 指先一つで壊してあげる(北斗有情破顔拳)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ1~5

 最大捕捉:2

 指→∩▂▅▇█▓▒░(’ω’)←敵

 

 

 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー(物理))

 ランク:C+

 種別:対理宝具

 レンジ:0

 最大捕捉:1人(自分)

魔力を上げて物理で殴ればなんとかなると言う理論のもと作り上げられたスキルの一つ。魔力消費によって幸運を含む全てのステータスを魔力と同値にまで引き上げる。

 なお、ランクははっきり言って飾りであり、詐欺である。

 

 

 十二匹の試練(ゴッド・ハンド)

 ランク:EX

 種別:対存在宝具

 レンジ:50000

 最大捕捉:無制限

 一種の迷宮宝具。かつて自身が受けた修行の場を呼び出し、相手をそこに閉じ込める。

 なお、結界内は無限ループとなっており、某神格の12匹のペットがお出迎えする。全クリすると帰ってこれるが、全クリしない限り出られない。

 

 

 

 その復讐心につけ込まれて魔改造されてしまったメディアさん。何度も何度もくらった結果、有情破顔拳を習得。なお、有情破顔拳は拳法なので対魔力では防げません。

 

 

 

 

 クラス:キャスター以外の基本クラス/アヴェンジャー

 マスター:?

 真名:アルカイオス

 性別:男

 身長:253cm

 体重:311kg

 出典:ギリシャ神話

 地域:ギリシャ

 属性:混沌・善(あるいは狂)

 血液型:?

 誕生日:?

 特技:無茶振りをこなすこと、我慢

 好きなもの:妻との平穏な生活

 苦手なもの:浮気、呪い

 イメージカラー:鉛

 天敵:ギルガメッシュ、ヘスティア、ギリシャ神話の一部神格

 

 

 

 

 ステータス

 

 筋力:A+

 耐久:A

 敏捷:A

 魔力:B

 幸運:A

 宝具:A+

 

 

 

 クラス別スキル

 色々。

 

 保有スキル

 勇猛:A+

 勇敢と無謀は違うんやで……

 

 心眼(偽):B

 経験則で何とかできるものとできないものがある。

 

 神性:A

 半分神様。

 

 戦闘続行:A

 悪足掻きが上手い。

 

 紳士教育:B

 ヘスティアに『何でもします』なんて言うから……

 

 

 宝具

 

 射殺す百頭(ナインライブズ)

 ランク:D~A

 種別:対人・対城・対魔性宝具

 レンジ:1~

 最大捕捉:?

 アルカイオスはヘラクレスではない。そのため本来ヒュドラを殺すために使った技など存在せず、ヒュドラも殺せていない。

 そのため、本来ならばこの宝具も、ネメアの獅子の皮も保有していない筈が、ヘスティアの結界を相手に本気で命の危機を感じ取った際に編み出した無呼吸高速連撃。

 その速度は時を越え、全ての攻撃を同時に当てることができる技術として確立した結果の宝具である。

 

 

 切れぬ絆(エンゲージリング)

 ランク:EX(一応、神器であるため)

 レンジ:-

 最大捕捉:二人

 アルカイオスとその妻メガラー。死が二人を別つまで見守り続けたオリハルコンの指輪。苦しい時も悲しい時も、嬉しい時も幸せな時も、この指輪は知っている。

 なんの効果もない、ただ頑丈なだけの指輪であり、どんな時でもアルカイオスの左の薬指から外れることはない。それは呪いなどではなく、アルカイオス自身が、この指輪を外す気が無いからである。

 

 

 

 ヘラクレスとなることの無かった半神半人の大英雄。姿はほとんど同じだが、基本的に凄まじく温厚で喧嘩っ早くはない。大英雄となる可能性を持っていた存在であるためその実力は非常に高いが、それを振るう事をしたがらない。例外は、妻、そして子に危険が迫った時である。

 

 



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裏切りの魔女、負けない

 

 復讐のために私は生きてきた。けれど、復讐の成就が見えてくると今度はそれ以外の物も見える範囲でやりたくなるものだ。

 例えば、復讐を遂げた後の事だ。もしも復讐を遂げてからも生き続けることができたのならば、今度は私の好みの男性と幸せな家庭を築きたい。故郷に帰って静かに暮らすことも考えはしたけれど、既に私の悪名は広がりすぎている。イアソンとヘラ、そしてアフロディテに命じられたエロスのせいだと考えるとついそいつらに呪いをかけてしまいたくなるけれど、流石に神に直接呪いをかけようとしては弾かれ、跳ね返されて倍になって帰って来るだけだ。

 だから、今はまだ我慢。この恨みがもっと高く積み上がるまで。もっともっと積み上がるまで。噴き上がる溶岩のようなこの感情が、冷えて固まり鋭利に尖り、そしてその恨みの感情があの神に届くまで。

 

 が・ま・ん。

 

 けれどこの感情はそう簡単に抑えられるようなものではない。だからこそ私は何をしていても復讐を忘れられないでいるし、あの拷問のような修行にも耐えられる。普通なら一瞬も持たずに死ぬような怪我を負っても生き延びられるし、頭さえ弾け飛んでいなければどんな痛みの中でも意識を保って魔術を行使できるようにもなった。

 様々なことを学んだ結果、私にとっての魔法と言う物の基準が凄まじく上がっているけれど、それはまあ仕方のない事だ。人間であってもある程度以上に詳しく魔法の関わらない物質の構成などの知識を得れば、魔法を使わずに様々な物を作り上げることができる。

 空を飛ぶことができる。雷電を扱うことができる。火を出し、冷気を作り、風を操り、動力を得ることができる。ヘスティア様から得たこの知識、物理学と言う物は素晴らしい学問だ。

 物には物の理と言う物がある。魔には魔の理がある。それはどちらか片方を修めていればおよその事はできるようになるが、しかし同時にある程度以上の事は出来なくなってしまう。それをなんとかするならば、物の理と魔の理の双方を修めておくべきなのだと言う事も理解できる。

 多少の知識であっても、物の理と魔の理の双方を知っているのと知らないとでは効率が遥かに違ってくる。つまり、今の私は以前の私とは能力自体は同じだったとしても実際に発揮できる出力や継戦能力が格段に上がったと言う事に他ならない。

 

 ただ、私は能力を上げることもできたが召喚された方の私はどうにも合わないらしく、出力が上がることは今の所無さそうだ。少々残念だけれど、それでもまあ問題無い。今の所必要な条件は満たしているし、出力が上がらないなら上がらないでやりようはある。要するに、上手くなればいいのだから。

 ヘスティア様は英雄に技術を教えることを時々している。スキルとして昇華するかしないかは適正とやる気次第だと言っていたが、少なくとも絶対に身につかないだろう技術を教えようとすることはないらしい。私の場合は魔術と、そして逃亡術。周囲の状況を見極めて適切な場所に逃げ込み、隙を見て相手の手の届かないところにまで離れるもの。そして呪術という事になるのだろう。

 神の扱う呪術は、言ってしまえば凄まじい濃度と凄まじい量を両立させただけの原始的なものでしか無い。ただ、その原始的な物も出力次第で人間には解くことなど出来なくなるものも数多い。神にのみ許された特権とも言えるものだ。

 そんな神を相手に呪いをかけるならば、濃度と密度を上げてひたすら相手にこびりつかせる嫌がらせのようなものしか使えない。何しろ相手は神。その意思一つで簡単な呪いなど洗い流してしまえるからだ。

 それをなんとかするために、私は神でも洗い流せないように呪いを小さく小さく、それでいてしつこく剥がれないようにした。まるでお鍋の底にこびりついた油汚れのように。

  表現が地味だけれど、まあ仕方がない。地味でも効果は非常に高いことは確認してあるから、それで満足してもらわなければ。

 



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裏切りの魔女、叶える

 

 神とは、傲慢な生き物である。

 人間を見下し、自身の力で動かし、思うようにならなければ運命に干渉して壊すなり捨てるなりを繰り返す。

 神とは、高慢な生き物である。

 人間が自身の思う通りに動くことを当然だと思い、そしてその『当然』を破られることをひどく嫌う。

 神とは、愚かな生き物である。

 何の保証もないにも関わらず、自身を取り巻く今の環境が絶対不変の物であると無邪気に信じ込んでいる。

 神とは、そういった生き物である。

 

 そんな神の一柱であるヘラ。イアソンを祝福し、アフロディテに私がイアソンに恋をするように仕向けさせた、神々の女王の座に坐す存在。

 そして───

 

「お願いしますカレーの味がわからなくなる呪いを解いてくださいお願いします」

 

 ───私の目の前で九割以上本気で涙を流している存在である。

 

 苦労した。ここまでするのには本当に苦労した。

 鼻の頭にニキビができては潰れできては潰れする呪いはカレーを食べたら跡形もなく治ってしまうし、そもそも呪い自体がカレーで浄化されてしまう。何度も助けられたカレーだけれど、この時ばかりは憎くて憎くて仕方がなくなったものだ。

 だが、そこでふと考えたことが今の現状に繋がった。

 

 なぜ、カレーで傷が治り、呪いが解けるのか。カレーは言ってしまえばただの食べ物だ。確かに薬となる植物などを多く使っている薬膳とも言えるし、その薬を調合しているのはおよそあらゆることに長けていると言われるヘスティア神。それだけでおおよそあらゆることが説明できてしまうが、それは思考停止に他ならない。必ず、何らかの論理的な物があるはずなのだ。

 だから私はカレーと言う物について調べ上げた。その過程で私はカレー中毒になり、丸一日カレーを食べないでいると指先が震えだし、三日カレーを食べないでいると幻覚が見えるようになり、一週間カレーを食べないでいると肉体が崩壊し始めるようになってしまったけれど、後悔はしていない。

 その代わりに、私はカレーの神秘についての知識を得た。カレーはまず、その薬膳としての力による導入によって食べた物の身体をより完全な物へと近付ける。しかし、何を持って完全とするかと言うと、食べた者の認識を元にして完全と言う概念を作り上げるのだ。その際、ネガティブな気持ちであると完全な状態と言う物がどんどんと低くなっていってしまう。

 そこで重要になってくるのが、カレーの味だ。

 ただ一言。美味である。その一言でしか語れないその味により、ネガティブであった気分を全く別物に変えると同時にポジティブなままで固定する。要するに、カレーを食べる時に必要な物とは思い込みの力であったのだ。

 

 だから、私はヘラの味覚からカレーの味を感じ取る物だけを封じた。カレーを食べても何の味もしなければ、一度に気分は落ち込むだろう。そうなれば後は流れ落ちる滝のように落ちて行くだけ。まったく、良い報復方法を考え付いたものだ。

 そしてヘラはこの状況をなんとかしてもらおうとヘスティア様に頼み込んできたわけだが、その結果が今のこの状態。私としては私が殺されればその呪いはより強固にかかり、永遠にヘラを苦しめることができるし、私が生きている限りはたとえ解けたとしても何度でもかけ直すことができるようになっているのでどちらに転んでも問題は無かったのだけれど、まさかあのヘラが人間を相手に思いきり頭まで下げるとは……少々どころではなく驚きだ。

 

 ……いけない、指が震える。カレーを、カレーを摂取しなければ……

 




目標達成できてよかったですねメディアちゃん!
と言う事でちょっとした後日談の後、別神話入りですね。


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裏切りの魔女、気が抜ける

 

 復讐は完遂した。その内容を知り、その効果を知った未来の私は頭を抱えてうなり声をあげ最後にはどこか遠いところを見ながらすぅぅと消えて行ったけれど、まあ問題なく全ては終わった。

 私の嫌がらせはちゃんと実を結んだし、イアソンは王を辞めさせられてアルゴー船を眺めていたら転覆したアルゴー船に潰されて死んだそうだし、ヘラにはしっかりと思い知らせることができた。私はもう、満足だ。

 実行犯であるエロスはヘスティア様の実験に付き合わされて精神に異常をきたしたそうだし、エロスに命令を下したアフロディテもなんやかんやでお仕置きは受けることになったらしい。具体的にはポセイドンの試作のカレー漬けにされたらしい。はっきり言ってあまりおいしくなかったそうだ。

 

 そして、私の復讐は終わった。その結果、私の背に刻まれたステータスは大いに変動した。

 

 

 

 名前 メディア・リリィ

 Lv.7

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:SS8601 魔王:SS 悪運:S 復讐者:SSS【機能停止】 耐異常:A 狂化:C【機能停止】 暗殺:B 逃走:D

 

 

 《魔法》

 【神代魔術】

 ・およそあらゆる魔術を使うことができる。詠唱はそれぞれ変わる。

 

 【英霊召喚(タスケテワタシ)

 ・自身が英霊となった存在を呼び出し、一時的に使い魔とする。

 ・使い魔となった英霊は触媒によって性質を変える。

 

 

 《スキル》

 【魔力を上げて物理で殴れ(マジカルノウキン)

 ・魔法系のステータスの伸びに対して絶大なる補正

 ・魔法系以外のステータスが伸びなくなる

 ・魔法系のステータスが全てのステータスを兼ねるようになる

 ・魔法系ステータスに補正

 ・あらゆる行為が魔法系ステータスの伸びに繋がるようになる【隠し効果・メディアには見えない】

 ・このスキルの発動時、あらゆる行動に魔力の消費がかかる。【隠し効果・メディアには見えない】

 

 【呪詛(ヒトヲノロワバアナフタツ)

 ・他者に対して様々な呪いをかけることができる

 ・呪いが解かれた場合、呪いをかけた者に同種二倍の呪いが降りかかる。

 ・適切な方法で掛けなかった場合、効果は減少する

 ・穴二つを回避し続けていると時々凄いことになる

 ・負の感情を持っていると効果が上昇する

 ・このスキルを保有したまま無念の死を遂げた時、魂全てを燃料として呪詛を掛ける。【隠し効果・メディアには見えない】

 

 【(アッシュ・グレイ)

 ・気力を失う

 

 

 ……そう、私をこれまで支えてくれていた復讐者のスキルが失われたのだ。代わりに今の私の事を指示しているだろうスキル【灰】を手に入れたけれど、これはきっと何の得にもならないスキルだと思われる。

 目的で合った復讐を終わらせた結果、私は何かをしようと言う気力を失った。復讐の炎は消え、後に残るのは灰ばかり。まさに今の私の事を示しているスキルだと言える。

 この状態が、いったいどこまで続くのかはわからない。私にはまだこれからやりたいことも見つかってはいないし、どうすればいいのかもわからない。けれど私の身体は以前よりも神に近いそれになってしまっている。Lvを上げた副次効果としてそうなっている私の身体は、人間の物とは比べ物にならないほど長い寿命を私にもたらすことになるらしい。

 それだけの長い時を、私だけで生きて行くというのはあまりに辛い。いつか私の事を知る者もいなくなる。そうすれば、私は文字通りに一人きりだ。

 私は、裏切りの魔女。私が何と言おうと多くの人間達は私の事をそう呼ぶし、完全に消してしまうこともできないだろう。だからこそ私は国を追われたのだし、そう呼ばれるようになる原因が神と、そしてイアソンだったのだから復讐の道に走った。それに夢中になっている間は、ただそのことを考えるだけで済んでいたから。

 

 ……しばらくは、ヘスティア様を頼らせていただこう。それからの事は、また考えて行かなければいけない。何をするにしても、まずは休みたい。

 



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竈の女神、見納める

 

 人間と、神格。両者の間には、海溝よりも深く、山脈よりも高い隔たりが存在する。

 それは例えば物事に対する価値観であったり、そもそも保有する力の差であったり、あるいは存在としての強度であったりと様々だが、この場で最も大きなものと言えば『寿命』というものの存在であると言えるだろう。

 神には寿命など存在しない。およそ半分が神格である半神には、残りの半分である人間の身体の方に寿命が設定されているために時の流れに飲まれて死ぬこともあり得るが、その際に人間として死ぬか神として生き長らえるかを選ぶこともできる。ギリシャ神話のヘラクレスなんかは神として存在し続けるようにした例だな。

 

 要するに、神と人間の間に立ちはだかっている寿命と言う壁。これをなんとかしない限りは、大概の場合人間がどれだけ神を愛そうとも人間は神を置いて死んでしまい、神もまた慈しんだ存在を失うことで悲しむ。俺に言わせればそれもまた自然の摂理であり仕方のない事なんだが、それでも悲しい物は悲しい。割り切りができるかどうかと言うのはまた別問題だ。

 そして、アルカイオスやその妻であるメガラー、俺の最初の弟子となった人間のメディアにも、人間として終わりの時は来る。ガイアによって記録された中でも相当のイレギュラーとして喜ばれたが、それにしても人間の一生とは短い物だ。

 Lvを上げ、神にほど近い存在になり上がったとしても、それはけして神ではない。寿命は確かに長くなったし、身体自体はまだまだ動かすこともできるだろうが、残念なことに人間の精神は長い長い時を過ごすのには向いていないのだ。

 いつまでもいつまでも続く日常や、あるいはちょっとした驚きの続く日々。なんでもない事を楽しむことのできる心を持たなければ、長く生きることに耐えられはしない。そして、そう言った意思の燃え尽きたような状態で長く生き続けることを良しとできる人間もまたいない。

 時々、意思が自然に溶け込んでしまっているような頭のおかしい類の武人が居たりするが、そんな存在は早々いる物ではない。強さを求める英雄の多くは自然との調和を蹴り飛ばして自身の我をより強くする。それが最もわかりやすい力の付け方であり、わかりやすいが故に多くの存在から心服されやすい力でもあるからだ。

 英雄の中にはもちろん知識によって莫大な財を残したものや、発明や発見が人類に対して大きな影響を与えたとして歴史に名を残す存在も数多くいる。作家や音楽家、発明家に科学者。そう言った者達には当然のことながら戦闘能力はほぼ無いが、逸話や影響力によって様々な形の力を持つこともある。

 だが、やはりそう言った存在に比べて戦闘にばかり特化している存在は多すぎると言っていいほどに多いのだ。

 人間同士の関わり合いの中でも大きなものはやはり戦争だが、その戦争において多くの敵を殺し、名を上げる存在、あるいは絶対不利な状況をその智謀によってひっくり返した存在と言う物がより注目されるものであって、決して何の取柄もない一兵士が注目されることなどありえないのだ。

 

 益体もない事を考えながら、俺はメディアの身体を保存する。自身の身体、そして心の時を凍らせた魔女は、死んだように眠り続けている。

 眠れるメディアの身体から服を剥ぎ取り、ベルを入れておく筒状のベッドと同じ物に入れておく。目が覚めればきっと勝手に出てくるだろうし、内側から開けることのできる機構も取り付けてある。これで、起きたにもかかわらず外に出られずカレー摂取不足で身体が紫色の塵になって消える、などと言ったことは無くなるだろう。

 

 ……いったいいつになったら起きるつもりなのか、それは俺にはわからんが、とりあえず出てきた時に保存液を拭き取るタオルと、普段着ていた服だけはしっかりと用意しておこうと思う。これくらいしかやってやれることは無いしな。

 



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竈の女神、選び取る

 

 時空間転移。時を司る神性にのみ許された特権であり、そうした正攻法以外の方法でそれを行うとあらゆる場所に歪みができてしまう。それを世界の自浄作用や自己修復機能によって直すことのできる程度まで影響力を押さえる方法に魔法扱いされている技術や、前世にて俺が存在していた時期より遥か未来の科学などがあるが、科学的にどうにかするのは非常に難しいことだろう。

 だからこそ魔術や魔法によってどうにかするのだが、世界には時々そういった問題を力任せに解決してしまう頭のおかしい存在がいる。俺の飼っているペットの中にも、速度任せに時を越えて過去への攻撃をしたり、力任せに世界を区切る結界を突き破ろうとしたり、自身の存在そのものを二つあるいはそれ以上同時に存在させたりと世界の法則が乱れても仕方がないと思えるようなことを実行してしまっている。

 まあ、色々と危ないから程々にしておけと言っておいたし、世界の自己修復能力を高めるようにもしてあるから一応世界が危険になるような事にはなっていない。ギリギリではあるが、ギリギリでもなんとかなっているわけだ。

だが、最近TUBAMEに追われる方の虫達もどんどんと加速してきたし、あまり放置するのも難しくなってきた。放置しすぎると物理的に世界が危険になるので、世界と座標をいくつかずらして結界を張った中に放し飼いにしてある。TUBAMEにとっては世界中であろうと狭いだろうが、物理的に無限遠の世界ならば好きなだけ飛ぶことができるだろう。

 

 他のペット達の状況も確認し、住処の環境などを整えた世界を新しくいくつか作り上げてそこに放し飼いにする。ガラス製のビオトープのような作りであり、13箇所を繋ぐ転移陣を作ってあるので行き来するのも楽。物理的な繋がりは作っていないが、これまでも同じような状態だったし問題はないだろう。

 ちなみに、それらのビオトープは時計の文字盤の文字のような形で配置されており、その中心にはペット達のお気に入りのおもちゃでもあったメディアが安置されている。修行のついでにペットたちの運動の相手にもなってくれたのだから、メディアの身体をここに置いておくくらいの事はしてあげよう。夢でトラウマを刺激されるかもしれないが、問題はないはずだ。コールドスリープ状態で夢が見られるはずもないし。

 

 さて、メディアの面倒を見ている間にベルの身体に経験値を馴染ませることもできた。流石に人間が神格になるという膨大な経験値を即座に反映させることができなかったし、即座に反映させてしまうと身体が持たない可能性も十分にあったしな。ちょっとした手間で回避できるならその手間を取るさ。

 そんな訳で、ベル、完全復活だ。

 結構な時間留まったし、それなりに事件も起きた。そろそろ他の世界に目を向けてみることにしようか。

 ローマ神話、アステカ神話、マヤ神話、北欧神話、エジプト神話。これが前に引いた籤の中身だったが、時期的にそろそろケルトを入れてマヤとアステカを外すことにする。ついでにキリスト教……いや、正確にはユダヤか。そう言った方の籤も入れて、さあ引いてみるとしよう。

 適当に紙を放り込んだら混ぜ込んで、それから中身がわからないようになっている箱の中から一枚引く。さて、出たのは―――ケルト、か。今回入れたばかりで出てくるってのは中々だな。

 じゃあそう言うつもりで準備しておこう。ケルトのあたりは雪は降るし狼も出るし猪が龍よりやばいし全身の骨格や牙に無数のルーンを浮かべた頭のおかしい猪が一頭だけでなく湧くし、犬ではなくINUだし、猪ではなくINOSISIだし、この調子だとTUBAMEとか出てくるんじゃないかとひやひやしていたりする。

 もし出て来たら……掛け合せて増やせるかもな? などとは思っていない。うむ、思っていない。

 



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神話世界漫遊記(できればオリジナルっぽくしたいケルト神話編)
竈の巫女、戦い出す


 

 数々の神話には、様々な世界観が存在する。世界を樹に生った実のような物だとする世界や、泡沫のような物だとする世界。世界が存在していたところに神が産まれたとするもの。神が世界を作り上げたとするもの。様々な神話が存在している。

 またそう言った世界の中には、今人間が過ごしている世界とは違う世界が存在しているとする物もある。日本神話で言うならば高天原と黄泉の国。ギリシャ神話で言うならばオリュンポスとタルタロス、そして冥界。キリスト教などで言うならば神の居る天界と、悪魔の治める魔界。仏教ならば死者の国として地獄が。北欧神話などでは九つもの世界が存在していることになっている。

 だが、こういった様々な神話の中で、世界の外側についての事を語られているものは俺の知る限りではたったの二つしか存在しない。

 一つは北欧神話。九つの世界の外から世界全てを滅ぼす存在が戦争を仕掛けてくることまでは既に予言されており、その予言に縛られながらも神格はその時が来るまで享楽に耽り続けている世界がそれだ。北欧神話で世界の外についてはただそれだけしか語られておらず、実際にはどうなっているのかはわからない。ただ、そう語られている。

 そしてもう一つ。世界の外側に国を作り上げていると言われる存在と、その存在を産んだ神話が―――ケルト神話だ。

 かつてその存在は数多くの神を殺し、その武を神格に匹敵するまで高めた。同時にその智は、多くの神々の智を結集しても勝てるかどうかと言う所まで収集された。

 その結果、その存在は人間でありながら人間を辞め、死ぬことができなくなった。世界の外に弾き出され、死者を集めて国を作り上げ、その国を治める女王となった。

 その国の名は、影の国。影の国の王こそが、スカアハ。海獣の牙より削り出した無数の朱槍を振るい、人間であった頃より遥かに力を増している彼女は、影の国の女王でありながらも門番として立っていた。

 

 で、俺は世界の外側からケルト神話世界に向かっていたんだが、その影の国の女主人に槍を向けられている。世界の外側に暮らすスカアハからしても、世界の外側のさらに外からの来訪者と言うのは想定していなかったようで、大分警戒されているようだ。

 

 ……しかし、ケルトなのだから問答無用で襲いかかってくるものなのだとばかり思っていたが意外にも会話が続いている。これは『ケルトには脳筋しかいない』と言う認識を改める必要があるかもな。

 

「さて……では、戦おうか! 異界の神の巫女よ!」

 

 撤回する。やっぱりこいつら脳筋の集まりだわ。ケルトには脳筋しか居やしない。どいつもこいつも頭の中には戦と酒とエロい事ばかり。土地柄なのかね?

 問答無用で放たれる『因果を逆転させる』槍の一撃。俺がその因果に一文付け加えてやれば、その槍は俺に迫っていた時と同じ速度でスカアハの心臓に向かうように軌道を捻じ曲げる。俺が付け加えた一文は『スカアハの』。この一文により『心臓に突き刺さる』と言う結果は『スカアハの心臓に突き刺さる』と言う物に変わり、その槍の軌跡は捻じ曲がってスカアハに向かう。

 それを感知してかスカアハは一度停止させることで概念を打ち消し、即座にもう一度その場から俺の心臓に向けて槍を突き出す。ほんの一瞬の間に超高速の槍を一度止め、もう一度突き出すとかこいつ人間じゃねえな。いや、人間じゃなかったか。

 同じように概念に一文を付け加えつつ、俺も武器を槍に変えて突き出す。捻じ曲がったスカアハの槍に沿うように概念を纏わせ、このままの軌道で突き出せばスカアハの心臓を貫くと思えた瞬間、スカアハはその場から揺らぐようにして消えた。魔術の一種だろうが、これはまた面倒な事をしてくれたものだ。ここが元々世界の外側でなければ修正力が全力で排除しに来るだろうよ。

 さて、状態は膠着している。俺から攻撃してもあちらは避けるだろうし、あっちの概念攻撃は俺には通用しない。そして素の能力自体はほぼ拮抗している。力と速度は俺が上だが、技術は明らかにあっちが上。杖術ならともかく槍術なんぞ学んでないからな。本分は槍じゃなく拳だし。

 

 まあ、いい機会だ。この場で吸収できるだけ吸収して帰ってやろうじゃないか。

 



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竈の巫女、殺し合う

『スカサハ』を『スカアハ』に変えました。


 

 錯覚、と言う物がある。人間の目には、まるきり同じ物であるにも拘らず長さが大きく違うように見えてしまう事や、歪んでもいない直線が歪んで見えたりする事がある。

 多くの人間がこういった錯視と呼ばれる物に騙されたりするし、様々な形で世界にそう言った物が満ちていたりもする。

 例えば、縦向きと横向きの縞模様を付けるだけで全く同じ長さであった物がそれだけで長さが違って見えてしまったり、放射状の線を中心を通らないようにしつつ横切るように直線を引くだけで、その直線は放射の中心とは反対の方向に膨らんで見える。そう言ったことが色々と知られている。

 もしも、槍に横向きの縞模様を付けた場合、付けていない物に比べて短く見える。突然に長さが変わり、模様が変わる槍を相手にした場合、それを相手に戦うことは間違いなく面倒臭いことこの上ないだろう。

 だが、そんなもの知ったことかと俺の突き出す槍の穂先に穂先を合わせるマジキチが居る。しかも、俺の目の前に。そう、影の国の女主人、スカアハである。

 スカアハは人間だ。権能を持たず、知識と技術で騙し騙しやるしかない存在である。その筈が、はっきり言ってそこらの戦神並みに強い。少なくとも、うちのペットの一部は全力でやっても殺されかねない。

 一番相性が悪いのはヤマタノヒュドラだろうか。非常に強力な再生能力を持っているが、あの槍の呪いは再生を阻害する。不死性を持つ怪物だろうが関係なしに殺せるのがケルトの脳筋どもの基本だからな。ギリシャの脳筋よりもより脳筋だ。

 違うのは多分コノートの女王であるメイヴくらいだろう。脳筋しかいないケルトの中で、あの女王は知恵を使ってケルトの大英雄たるクーフーリンを殺害してみせたのだから。

 ディルムッドを猪……いや、INOSISIを使って殺したフィンも知略家と言えるのかもしれないが、あれは後に非常に愚かな行為だったと言われるようになったからな。含めないでいいだろう。もっと使い道はあったと思うんだが、勿体無いことをしたもんだ。

 

「戦の最中に考え事か。余裕だな?」

「おー余裕余裕。余裕過ぎて―――目ビーム!」

「ぬぅっ!?」

 

 ビームを出してみたが避けられた。まったく、普通この距離で避けるか? 人間じゃねえだろこの女。人間じゃないんだが。

 俺? 俺は人間だ。確かに一度神になったが神格は返上したし、今は元神格と言うだけの一般人だ。身体はな。

 ちなみに目ビームは竈の神の権能と境界の神の権能の合わせ技で、熱線を一時的に境界に閉じ込めながら重ねて威力を上げて撃ち出す技だ。一発撃つのに時間はかかるが、溜めれば溜めるだけ威力が上がる。竈の火入れに使っているという事実は無い。

 

 だが、あれだな。戦闘技術で俺の上にいる奴とは久し振りに会った。武神となってからはそれなりに鍛えてきたし、一度得た権能を失うのも馬鹿らしかったのでそこそこ練り上げてはきたのだが、人間の身でここまで鍛え上げる奴がいるとはな。驚きだ。

 突きの速さ比べでは身体能力が上の俺と技術でそれを補うスカアハの間ではほぼ互角。武器の格は俺の方が大分上で、威力は腕力や脚力が大きく上の俺と重心移動や上手く体重を乗せる技術などを用いるスカアハとでまたおよそ互角。動体視力は恐らく俺の方がかなり上で、それに伴う反射神経なども俺の方が上。でなければあっという間に貫かれてるだろうしな。

 しかし、身体能力では俺の方が大分上だというのにそれを感じさせない凄まじい技量。魔術での強化は俺の方が魔力の密度や量は上だが、術式の精密さや使い方でそれを補われてこれまた互角。確かにこれだけのことができるなら、小神の百や二百は簡単に殺せるだろうよ。実際殺したからこんなところにいるんだろうが。

 

 ……どうやって決着つけるかね? 簡単な囮やら何やらにはかからんだろうし、体力勝負も早々決着付かなさそうだし、かと言って何の策もなく打ち合うのはなぁ……困った困った。

 



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竈の巫女、本気になる

 

 あまりに続く千日手に少しイラッと来たので、武器を変え(・・)ることにした。肉弾戦闘における中距離戦とも言える槍の間合いから近接距離の殴り合いに移行するにあたり、槍の形を取らせていたヘスティアウェポンを手甲脚甲へ。するとスカアハもそれに合わせてか長槍から取り回しのいい短槍へと切り替え、額と額がぶつかり合いになりそうなほどに接近しながら拳と槍を叩きつけ、突き刺す。一応スカアハの槍よりも頑丈さだけで言えばこちらの方が勝っているので殴り合いを続けられるし、ついでに言うと武器を使うのは好みでやっているがこういった原始的な殴り合いの方が長い事付き合ってきたおかげで慣れている。

 ただ、当然あっちの方にも利点はある。手首から先だけで投げつけられる細く短い槍。それは小さく細く弱々しいが、しかしそれでも投擲術であるゲイボルグ。投げつけられた小さな槍は三十の棘に分かれ、それぞれが奇妙な軌道を描きながら俺の身体を無差別に貫こうと迫りくる。

 それを手甲と脚甲で弾き返し、時に捕まえて投げ返す。あの奇妙な軌道を描く投擲術は、中々に面白そうだ。手に入れたい。

 

「この距離でゲイボルグを打ち落とすか……化け物め」

「うるせえ戦闘狂、ネギぶち込むぞ」

「なぜネギだ?」

「風邪が治るらしい。今度弟子が病気にかかったらやってやったらどうだ?」

 

 そんな軽口を叩きつつ、もう一度棘を捉えて投げ返す。三十に分裂するのはあの槍の効果だから仕方ないとしても、せめて奇妙な軌道を描きながらも狙ったところに当たるあの技は身に着けておきたい。この神殺しには効かないだろうがな。

 何しろ自分の技の事だ。恐らく全て知り尽くしていることだろう。改良するにも改造するにもまずはその技の事を良く知っていなければできないし、アレンジを加えるにもそれは必要だ。俺はアレンジ以前にまずは投げて当たるようになる必要があるがな。

 

 掌に隠せる程度の小さな槍の投擲と、片腕よりもやや長い程度の短槍での斬突の合わせ技。それを弾き飛ばしながら迫り、腹部に一撃。スカアハの顔が歪に、同時に反撃の槍が飛んでくるがそれを受け止めて投げ返す。一度に三本の槍を投げてくるようになってからはこちらにもいくつか槍が当たるようになっていて、正直な話この服が無かったらやばかっただろう。顔への攻撃を防ごうとしても軌道が捻じ曲がって真横から飛んでくるような槍を相手にしていてはまともな方法で防ぐことはできない。なんつー悪辣な槍だ。

 防具にしっかりと拘っていて本当によかった。顔に関してはまたいつか考えることにして、今は戦いを続けよう。

 それに、スカアハもそろそろ気付く頃だろう。今使っている小さな槍では俺の着ている服を傷つけることはできないし、手に持っている短槍では傷つけられても血すら出ない程度のほんの僅かな物。俺を仕留めるためには大技を―――即ち、最初に使っていた長槍を全力で使った技が必要だと。

 そのためには距離を取らなければならないが、俺も当然その弱点は理解している。距離を取ろうと離れようとする、あるいは俺を弾き飛ばそうとすればそれに合わせて動くだけ。後ろに跳べば追いかけ、弾こうと力を入れれば受け流し、弾幕で離れさせようとしてもこちらは目から撃ち出すビームで邪魔を入れる。ビームの溜めは威力最低なら瞬き一回分の時間があれば十分だからな。勿論、溜めておいた物を小分けにして撃ち出すこともできるから少しずつ溜まってきてはいるんだが。

 

 俺としてはまだまだ続けたいところだ。投擲術は少しずつ形になってきたが不安定だし、空間転移を思わせる歩法に関しては俺の使う力任せな物とは違う流麗さがあるのが見て取れる。まだまだ学ぶことは多いのだ。

 ……ただし、こっちも決め手に欠けるから終わらせたい時にどうするか、非常に迷う所だが。

 



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竈の巫女、爆撃する

 

 離れようとするスカアハに対して、こちらは距離を取られないように接近する。その繰り返しの結果、お互いに致命傷にはならないだろう傷が増えてきた。

 ほんの僅かにしか通らないとは言っても短槍での刺突は俺に刺さるし、全く同じ場所を何度も攻撃されれば防御無しで受けているのとあまり変わらなくなる。そうさせないようにこっちも動き回るんだが、先読みやらなにやらの精度が高すぎる。これが戦闘経験の差って奴だろう。

 だが、こっちもただ一方的にやられているだけではない。熱量、要するにエネルギーそのものを固めて作った礫を、見様見真似で指先だけで擲ちながら拳だけでなく脚も振るう。身長差があるので色々と厳しいが、持って産まれたものだし仕方がない。懐に潜り込めば基本的に俺の方が有利になるしな。

 投擲する槍は、俺が投げ方を覚えていくにつれていくつかに分割するようになっていった。技術でこんな気違い染みたことができる人間はもう人間扱いしなくていい気がする。人間扱いされなくなった結果が今のスカアハなんだが、それにしても何をどうすればこう言うことを実行しようと考えるのかがわからない。結果がついてくるかもわからないってのに、よくもまあこんなことをする気になったもんだとつくづく呆れてしまう。

 それが呆れるだけで終わらないのは、間違いなくそれを実行した挙げ句に成功させたと言う事実があるからだろう。その事実さえ無ければただのおかしな奴で終わっていたはずが、なまじできてしまったが故にこんなことになっている。

 

「貴様……私の技を盗んだか」

「技は盗むものだと古今東西決まっているらしいぞ。それが事実かどうかは知らないが」

「まあ、良いだろう。私もお前の動きに慣れてきたところだ」

 

 じゃあ変えるか。

 

 最速の縮地で懐に潜り込んでからスカアハの腕を掴み、力任せに捻り上げる。スカアハはその捻りに合わせて腕を、身体を回転させ、更に蹴りまで放って来るが、俺もスカアハの身体の回転に合わせて回っているのだから当たるはずもない。

 そのまま腕を固め、頭を抑え、締め上げる。ミシミシと軋むような音が腕から伝わってくるが、俺は数瞬の痛みの後にスカアハの片腕を破壊した。固めただけだとこういう輩は腕を引きちぎってでも襲い掛かって来るからな。特にここはケルトだし、そういうことをやって来る頭のおかしい奴が多い。

 だが、流石と言うか相手はスカアハだ。空いていた脚で蹴り出した槍が奇妙な軌道で俺の延髄を貫くように飛んできていたため、俺はそれ以上の物を得ることができないままスカアハから離れて槍を掴み止めた。

 流石に、何十何百と見ていれば軌道も読める。中々意味の分からない軌道を描くこともあったが、その辺りも投げ方の問題だと言う事が分かった。真似できるだろう。それをやったスカアハも絞められた頭と壊された腕を庇うようにしているが、それもほんの数秒の事。魔術にも精通しているスカアハはあっという間に回復し、壊れていた腕で新しい朱槍を握っていた。

 

「……見慣れん体術だ。それに、ころころと変わる」

「まあ、色々と混ぜてるし我流で組み合わせたりもしているからな。基礎は修めてるから一本でやることもできなくもないが、混ぜて使う方が色々とできることが増える」

「なるほど、道理だn―――」

 

 言い終える寸前、スカアハは縮地で遥か後方に移動する。ここから俺が追い付くのは難しいし、流石にこの距離では俺の縮地だと荒っぽすぎて周囲がやばい。

 だが、そんな俺の考えを知ってか知らずか巨大な槍が数十、その数十が三十ずつに分かれて俺の元に飛んでくる。どうもどれもこれもが俺の避ける先に着弾する軌道を描いている所から、この絨毯爆撃によって俺をここから動かさないようにするのが目的なのだろう。もしも動いたら流石にこの服でも貫かれるだろうし、動かなかったら動かなかったでスカアハ本人が縮地で接近してから心臓穿ちをやって来るか、あるいは最大の投擲をぶち込んでくるかのどちらかだろう。

 

 ならば、俺はアレへの反撃としてやることは一つ。俺を中心とした全周囲を全て纏めて焼き払う。相手がインド系の神なら太陽くらい壊せないで戦神やら破壊神は名乗れるかと怒鳴りつけてくるレベルだからできなかっただろうが、打ち合った感触からしてあれくらいなら問題なく焼き払える。

 

 ―――さあ、臨界せよ、太陽の炉よ。周囲を文字通りに焼き払え!

 



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竈の女神、決着する

 

 俺を中心とした全方向の全てを焼き払う爆発。数百の、あるいは千にも届こうという必中の槍はその全てが蒸発し、世界の外側に存在すると言われる影の国の国土に巨大すぎるほどの傷跡が刻まれる。

 大地そのものではないにしろ、農耕と言う形で大地と密接に関わりを持つクロノス(クソオヤジ)を(男として)爆殺した太陽炉の輝きは、間違いなくその真価を発揮したと言えるだろう。あんな爆発に巻き込まれては、神だろうがただではすまない。それも、神格が当然のように存在し、神秘が地上に溢れていた頃の神格であったとしても、この爆撃を受ければ間違いなく相当の傷を受ける。

 

 ―――さて、ここで問題。俺は竈の女神ヘスティアで、臨界状態から暴走させた太陽炉の爆発を受けても問題なく耐えることができるが、普通ではないにしろ人間であるベルがそんな威力の爆発に巻き込まれた場合、どうなるだろうか。

 答えは、ベルの肉体がほぼ炭となった状態でここに送られてきたことから簡単にわかるだろう。耐えられるわけが無い。

 

 だが、得る物は得てきた。武術としての縮地の妙。投擲法であるゲイボルグ。僅かではあるが槍術に、対人戦闘のフェイント技術。権能までは得られなかったが、正直最近権能が多すぎて少々混乱している所があるし、問題ないだろう。

 しかしあの女、強かった。神格全開で戦えば恐らく勝てないことはないだろうが、それでもあの生き汚さと言うかしぶとさには間違いなく手を焼くことになるだろう。そんな戦いがまさか自爆で終わることになるとは、流石にあっちも思っていなかっただろうな。俺も思ってなかったし。

 実の所ここまでになっても無理矢理なんとかできる方法はあったりする。どこぞのTUBAME方式で、あるいは全く別の方法で時間を巻き戻すなりなんなりすればその場で戦いに戻ることもできたし、時間を止めれば問題なく離脱することもできるんだが、今回はもうこれでいいと思った。あのまま続けても戦いが数年ほど続きそうな勢いだったからな。

 それに一応対策はしていたんだが、まさか世界の皮を一枚剥がした次元違いの世界にまであの太陽の光が届くとは思わなかった。世界を次元ごと破壊できる太陽とか、それはもう太陽ではないな。少なくとも物理の太陽とは別物だ。

 

 ケルト旅行、また今度にするか。今はこの炭の塊を元の状態に戻してやらなくてはならない。時間を戻す方法だとせっかく身体に覚え込ませた投擲法であるゲイボルグやら何やらも失くしてしまう可能性があるし、時間はかかるがゆっくりと直していかざるを得ない。ここまで壊れているといっそ新しいのを作り直した方が早いかもしれないが、それではせっかく育て上げた肉体が台無しだ。どうせだし、これはこのまま綺麗に治してやりたい。初めて作って完成したものだからな。多少の愛着はある。

 それに、一度炭になってしまったのだから今の内なら改造しやすい。何もないのに手足を切り落として新しい手足を付けるとかは俺の趣味じゃないが、壊れている所に新しい物を付けるなら当人に合った物の中で最高の物を用意するのは問題ない。

 筋繊維や神経繊維などに刻んだルーン。骨を起点として描かれる魔法陣。血管を経路として複雑に描かれる術式。今ならそれらをさらに効率よく刻み込むことができるだろうし、それによって性能も多少は上がる。

 問題は手足だけ変わったことでステータスに手足が追い付いてこないと言う事だが、それも時間が解決してくれることだ。加護と言うのは身体が変わったところでそう失われる物ではない。だが、加護を受け続けていた場所と突然加護を受けることになった場所が同時に存在しているのなら、加護に生れていない場所が当然動きにくくなるものだ。

 大切な物は慣れだ。慣れさえすれば問題なく稼働できるだろう。そう言う風に作ったのだからな。

 




 
 なお、影の国はおよそ八割が消し飛び、スカアハも縮地を連発した結果、次の日の筋肉痛と大怪我だけで済みました。


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竈の女神、改良する

 

 ふと、考えたことがある。人間の骨の主成分はカルシウム、そしてリンであり、そうあるからこそ強度には限界がある。しかしそれは成長するという人間の特性上、どうにかして自然界の中から自分の身体を作り上げる物を取り込まなければいけなかったからこそカルシウムと言う身体に取り込みやすく、かつ自然界にそれなり以上に存在していた成分を使ったのだと思われる。

 では、もしも人間が初めから完成されていた生物ならばどうだろう。これ以上肉体的に成長する必要などなく、力を付けたり速度を上げたりするのには神の加護を頼るしかない存在だったのならば、わざわざカルシウムなどと言う大して強度があるわけでもない物を人体に取り込むようなことになっていただろうか。それどころか、筋肉を動かすのにもカルシウムが使われることにもならなかっただろう。

 骨はアダマス。筋繊維として使うのは、オリハルコンとハデスメタルを組み合わせることで耐摩耗性を極限まで上げた極細のワイヤー。皮膚は培養していた人間の皮膚と金属の繊維を掛け合わせることで強度を上げ、神経はより伝導速度を上げるために常温超伝導体のチューブを使う。

 結果として体重は重くなるが、関節などの摩擦は減るし筋肉の張力なども上がる。最終的に出すことのできる力や速度は上昇が見込めるはずだ。

 また、ベルとの存在的な繋がりを持たせるために血液に漬け込み、一種の式神のようにしておく。こうしておけば式神である以上、原型が完全に無くなったりしなければ魔力やら何やらを込めれば十分に直すことができる。それどころか最悪の場合切断され消滅させられたとしてももう一度作り直せば問題なく動かすことができるだろう。

 

 だが、これでは足りない。エネルギーの伝導がより速くなったのは悪くないが、生身の部分が無くなってしまうと色々と不都合が出てくる。料理を作る際にも感覚が人間と違うまま作ったりしては美味いと言われる物はそう作れないだろうし、感覚だけは同じものを用意しなければならないだろう。

 この身体を動かすのに必要な物は殆どが水だ。内部の熱を外に出す、あるいは冷やすためにも水が必要だし、エネルギーの元として分解されるのも水。水以外の物はその全てが一度分解されてから質量の塊として再構築され、重心の真ん中に設置されるようにして、一時的に大きな力を出す必要ができたらそこから放出するようにしておいた。これでおよそエネルギーに関しても問題ないだろう。

 そして脳。情報処理に関して人間を含む生物の脳は恐ろしいほどに優れている。一つ一つの脳細胞が処理できる情報量は大したことが無いというのに、その脳細胞の興奮及び鎮静の組み合わせによって人間は周囲の状態を把握することができる。それも、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などの無数の情報を同時に処理し、そして自分の身体を動かすという判断を瞬時に行っているのだから驚きだ。

 それではそれをどう再現するか。本当にただ再現するだけならば世界の裏側、あるいは世界の外側で行動している時に出会ったとある神性に教えてもらったからできなくはないんだが、今はそれを元に改造している所だからな。参考にはなるがそのまま使う訳にもいかない。そもそもそのまま使ったら神格持つし。

 だから、必要な所だけ抜き出して他の所はオリジナルで埋めていく。正直に言ってなかなか楽しい作業だ。後はゆっくり煮詰めて行くだけで新型は出来上がるだろう。それも、以前の身体よりも力を増したものが、な。

 

 ステータスは一度剥がしたが保存はしてある。作り終わったらこのステータスを張り付けて、ゆっくり馴染ませてからまた出発することになるだろう。いつになるかは正直微妙だが、まあ仕方ない。今回の失敗は俺のせいだしな。甘んじて受け入れるとも。

 

 



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竈の女神、完成させる

 

 形あるものはいつか壊れる。しかし壊れたからと言って直せないと確定したわけではないし、壊れたからこそ次にどうすればより効果が高く、あるいは頑丈に長く使えるのかがわかると言う事もある。

 それはおよそあらゆることに言えることだし、ついでに言えば生き物であっても適用される。神ですら一度完全に失われた物を取り戻すことはできないのだから、神が作り上げたというだけの不完全な存在や、神になることのできなかった物がそうでないというのかある意味ではおかしなことだろう。

 神が世界を作ったと言われているが、ある意味ではそれは正しく、ある意味では間違っている。神が人間も動物も世界すらも作り上げることは確かにあるが、人間に作られる神と言うのも間違いなく存在する。人間が二次元、つまり文章や絵などを使うことで世界を作り上げることができるように、神もまた人間より一つ高いところから世界を作ることができる存在がいる、と言うだけの事でしかないのだ。

 そして、一度世界を作ったからと言ってその世界は永遠に続くわけではない。漫画本は擦り切れ、小説は破れ、伝記は燃え、記録は改竄される。その度に世界は捻じ曲がることになるし、消えてしまうこともしばしばある。だが、その世界の出来が良ければその世界を元に新たな世界が作られることもある。世界は決して永遠ではないが、消え去った世界からも得る物があるし、世界自体が消えてしまっても残される物は確かに存在する。

 

 そう言う訳で完成だ。ベル・セカンド。身体の多くを肉などの脆い物から金属などに移行して頑丈に。かつ傷ついた時には修復が素早くできるように血管のような経路と、その中を通して運ばれる修復用の金属や生体部品。そしてそれらを運び、必要な所に宛がう小さな小さな作業員のような機械。脳は生体部品と超伝導体によって頑丈かつ素早い思考ができるようにして、その上体内には無限に膨張して質量を増し続ける一つの世界を搭載することで暫くの間エネルギーを得なかったとしても問題なく活動できるようにした。

 そして感覚の方だが、この辺りは人間と言うか動物と言う存在の完成度の高さを知ることになった。殆どそのままではあるが、神経などは超伝導体へ。また、超電導と言う事で文字通りにほぼ0秒で判断できるようになったことにより神経の周囲の絶縁さえしっかりしておけば全く問題なく一本で何とかなるようになる。いくつか纏めなければいけないから完全に一本にはしていないし、予備のような形で別経路も用意しているから実質二、三本になるんだけどな。

 

 そして試運転。とりあえずベルに入ってから料理を作る。作るのは久々に作る豆尽くしの朝食。クロノス(クソオヤジ)の腹の中に居た頃はよく作っていたが、出てからは色々と別の材料があったから作ることも少なくなったんだよな。

 初めからちゃんと食べて、飲んで、よく眠っておけばこの身長ももう少し伸びたんじゃないかと思うんだが、過去の事は変えようが無いし仕方のない事だから諦める。ベルの身体でもう少し伸ばしてもよかったんだが、そうするとバランスがおかしくなるから使いにくくなる。趣味なんだから動くことに不都合を感じるようじゃあよろしくない。ちゃんと動けるようにしておかないとと考えれば、まあこうなってしまう。残念だがな。

 豆乳とおからを使ったケーキのような主食に、豆乳そのものな飲み物。おからと三種の野菜、そしてとろろで作ったハンバーグ。硬めに作った豆腐を軽く湯がいて同じく茹でた野菜と一緒に盛り付ける豆腐の刺身のようなもの。よくもまあ、こんなものを考えて作ったもんだ。

 昔はこんなものでもそれなりに美味く感じたが、今ではどうか。とりあえず、醤油で食おうかね。いただきます。

 

 ―――ん、なかなか。

 

 



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竈の女神、揶揄う

 

 ヘファイストスは、実の所男相手でも女相手でも行けるクチである。今はどちらかと言えば女の方が好きであるようだが、アフロディテと結婚生活を送っていてはそれも仕方が無いように思える。何しろアフロディテは美の女神だ。そこらの男よりも何倍も魅力的に映るだろうし、同時に羨ましくもなる。男から見て魅力的に見える女と言うのは他の女から嫌われやすい物だと言うが、子供を残さなければいけない動物の本能としては非常に正しい物なのだろう。自分よりも魅力のある存在が自分の近くにいては、周りの雄が全部その雌に持って行かれてしまう。それも、自分の狙っていた優秀な雄ほどよりそう言った存在に惹かれやすい。そういった点でも優れていてこそ優秀な雄だと言えるからだ。

 だからこそ、飛びぬけて優秀な雌と言うのは他の雌から排除されやすいと言われるのだ。

 

 だが、それはあくまでも寿命があり、子供を残さなければいけないという本能を持つ動物の話。神の中ではそうなるとは限らないし、ギリシャ神話と言う不老不死の神格の居る世界ではさらに話は変わってくる。自分が死なないのならばわざわざ自分の遺伝子を次の世代に引き継がせる必要は無いし、逆に言えば子供がいるからと言ってそれが愛の証になるとも限らない。欲望の捌け口として使われているだけかもしれないし、自身の役割を継がせるためだけの器が欲しかっただけと言う可能性もある。

 

「つまり、アフロディテと子供を作ったところでそれは恐らく鎹ではなく楔となってより距離が離れる結果を招くんじゃないかと思う訳だ」

「う……そう言う物?」

「知らん。処女相手に何聞いてるんだお前は。単なる予想だ予想。ああいうタイプは自由が好きだからな。ただ、自由すぎてついてきてくれる奴が近くにいなくて寂しくなると絶対にそこに居てくれる奴の所にひょっこり戻っていくもんだと俺は思うぞ」

 

 アフロディテの生態なんぞ俺の知ったところではないんだが、ギリシャ神話の神は大概人間の悪い所をかなり肥大化させたような性格をしていることが多い。人間ならば自由奔放と言っても他人に致命的な迷惑をかけることは少ないが、神にはそれは通用しない。自由に振舞うことで周囲に被害が出るようなことになっても当たり前のように行動するし、そうして迷惑をかけられた神から断罪という形で罰を受けても反省しないで復讐しようとすることすらある。はっきり言って糞だな、ギリシャ神話の神格。ヘスティア以外まともな奴がいない。

 ちなみにだが、今言ったヘスティアは俺ではなく、元々のギリシャ神話のヘスティアの事だ。いくら面の皮の厚いことに定評のある俺でも、俺がまともな性格をしているとはとてもとても言う事ができない。世の中にはできることとできないことがあるのだ。

 ともかく、割とクズしかいないギリシャ神話の中でもそれなりに神同士の間には関係と言う物がある。ヘファイストスで言えば、妻であり旦那でもあるアフロディテ。実の親であるゼウスとヘラ。育ての親である俺。自分の弟子兼助手のような扱いであるキュクロプスたち。それなりに親しい付き合いのあるのはこのくらいだろうか。

 そいつらの中で、ある程度相手のことをわかろうとして、かつできるだけ自分の思った通りに相手を動かしたいとなれば、まずは最低限自分がどう動けば、あるいは自分が動かなければどうなるかを知っておく必要がある。その事がわからないから、ヘファイストスは俺の所に相談に来たわけだな。俺は処女だし恋愛もしたことが無いからそう言ったことには疎いというのに、どうしてみんな俺の所に来る。

 

「まあ、性的な愛情以外の愛情をたっぷりと与えてやることだな。アフロディテはそう言った物に弱いと見たね」

「……本当?」

「多分な。実際にそうかは知らん」

 

 まあ、揶揄うことのできる相手がわざわざあっちから来てくれるんだし、楽しめるだけ楽しむとしようか。

 



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竈の女神、作り上げる

 

 ステータスとスキルには様々な関連性がある。基本的にスキルの方向性は二つあり、ステータスの長所を伸ばすものと、短所を補うものに分かれる。勿論それ以外にも無いわけではないが、スキルの多くはそう言った効果を持つ。

 ただし、どうやら俺の場合は色々と例外らしく、ステータスを補うものよりも行動そのものに関わってくるものが多いらしい。

 

 

 

 神造人間改良型試作一号機『ベル』

 Lv.21

 力:SS1954 耐久:SS3580 器用:SSS16624 敏捷:SS4034 魔力:SSSS22290 豪運:SSS 異常無効 神格保有 料理術:SSSS カレー製作:SSS 薬膳:SSS 拳聖:SS 滅殺術:SSS 魔神:SSS 境界支配 教導:S 再生:A ハメ技:SSS 大殺界:S 剣帝:S 槍使い:S 求道蹂躙 TAS:B

 

 

 《魔法》

 【カマドガミ】

 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、得た神格及び権能を捧げる。自動発動。

 

 【マジックマスター】

 ・ヘスティアの使える魔法を使用可能。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、それまでに自作した魔法及び習得した魔法技術をヘスティアに捧げる。自動発動。

 

 【ツール・アシステッド・スーパープレイ】

 ・ステータス『TAS』の値に比例して行動を補正する。

 ・理論上このスキル無しでも可能なことでなければ補正されない。

 ・自身の行動を実現可能な範囲で理想の物にする。

 ・確率が0でない限り、理想の事態が起きるようにできる。

 ・行動によって確率を操作できる。

 ・確率を目視できる。

 ・未来を知ることができる。

 ・到達点に立つことができる。

 

 

 

 《スキル》

 【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)

 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。

 ・カレー制作時及び今まで存在しなかった物の製造時に極大の補正。この補正は重複する。

 ・死亡時、ヘスティアの場所に肉体が転移する。

 ・境界の神ミシャグジとしての力と権能を使用できる。常時発動。

 

 

 【華雲邪神(ウラボス)

 ・戦闘能力を悟られにくくなる。

 ・近接戦闘及び武器使用時に絶大なる補正。

 ・魔力及び魔法使用時に絶大なる補正。

 ・定められた『主人公』以外に敗北しなくなる。

 ・定められた『主人公』と出会いやすくなる。関係がどうなるかは不明。

 ・ステータスの伸びが良くなる。ただしレベルの上りは遅くなる。

 ・自身についての隠匿能力を身に着ける。

 ・このスキルは神ヘスティア神の関係者かつ許可した者以外には表示されない【隠し効果】

 ・あらゆる状態異常を無効化する【隠し効果】

 ・敗北から再起した場合、全てのステータスが二倍になった状態でレベルを一つ上げる。ただし、全力で戦って敗北した時のみこの効果は発揮される。【隠し効果】

 ・神の力を無制限に使用可能【隠し効果】

 ・変身能力を得る【隠し効果】

 

 【神物語(カミモノガタリ)】【隠しスキル】

 ・神を作り上げることができる。また、作り上げた神は眷属神となる【隠し効果】

 ・神を殺(消)すことができる。殺(消)した神は復活及び再生・再起しない【隠し効果】

 ・神話を削除することができる。削除した神話を語る存在及び知る存在も同時に削除される【隠し効果】

 ・神話を作ることができる。作りたくない場合は事前に『架空の神話である』と明言しなければならない【隠し効果】

 ・神話を作る際、世界が創世されることもある【隠し効果】

 ・作った神及び神話に存在する神格の権能を一部壊れた上でヘスティアに献納する【隠し効果】

 

 

 

 負けてから再起した時のLvアップとステータス倍加が恐ろしいことになっている。ついでにどこかで見たことのある文字列が並んでいるし、色々と恐ろしいことになってしまった。TASは使いこなすのにそれなりの苦労と努力が必要だし、中々難しそうだ。

 だが、得てしまったからにはやって見せよう。どうやって得たのかはわからないがな。



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竈の女神、試してみる

 

「ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ」

「……もう少し早くできるか?」

「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥエ」

「できるのか……できてしまうのか……やだわぁ……」

 

 とりあえずこのスキルは使わないでいた方が良い気がする。見た目からしてもうあれだしな。一言で言ってやばい。二言で言うとあり得ないほどやばい。三言で言うとYA☆BA☆Iだな。……最後のは何か違う気もするが、気にしない。

 ただ、この移動は極々短距離で使うと言う事を考えれば間違いなく速いんだよな。長距離なら転移や飛行、自作のバイクなどなどと言ったもっと速い物があるが、数m程度の範囲ならばこれが速い。理由はわからん。

 TASと言えばこれならできるかと思って試したものがまさか本当にできるとは思っていなかったし、できた所で普通ならば走った方が速いはずがこっちの方が速いとは。掛け声無しでやると遅くなるが、再現度が高ければ補正されるのかもしれないな。

 

「……」ズサーズサーズサーズサー

「やっぱりこれも走るより速い……まさか、できるのか?」

「ナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッナギッ」

「できたよ。しかも超速い上に一時的に上半身のある所を光やら空気やらが透過してるんだが、これはもしや当たり判定が存在していない扱いになるのか?」

「ゲキリュウゲキリュウニミヲマカセナギッツイテコレナギッカカッテクルガイイ」

「なんで今挑発した」

 

 しかもその挑発のせいか俺の身体にも何か宿った気がするんだが。今なら何かをする行動を無理矢理キャンセルして移動しつつ別の行動を取れそうな気がするんだが。ゲージか? ゲージ寄越したのか? 一本分か?

 

 ……。

 

 できた。いやまあ元々できたんだが、いつもより楽にできた。なにこれ怖い。ナギ無しトキの真似ができるとかマジ怖い。このスキル自分以外にまで影響するのかよ。

 まあ何にしろこれで確定。TASと【ツール・アシステッド・スーパープレイ】は封印だ。気が付いたら参加者全員TASとか恐ろしすぎて見てられない。道行く人々全員移動がスライディングあるいはドゥエドゥエ、または前転だったりZスライドだったりするのは耐えられそうにない。世界の法則が乱れるとかそう言うレベルではない。

 

 ……とは言え、実際には流石にそんなことにはならないだろうが。何しろ【ツール・アシステッド・スーパープレイ】はTASが無ければ発動しないし、万が一【ツール・アシステッド・スーパープレイ】とTASが揃っていたとしても実際にそれを使う奴に実力が無ければ大したことはできない。元々できる可能性のあることしかできないスキルなのだから。

 そう考えるとあの移動方法はスキル無しでもあの速度が出せると言う事になるが、どうやるんだろうな。一回だけならできなくはなさそうだが、それをタイミング良く繰り返させるというのは非常に難しい。と言うか正直無理。できるかもしれないがやりたくない。間違いなく精神的に疲れる。

 

 それはそれとして、いくつか存在する見覚えのないスキルやらステータスやらも全部試してみるとするか。求道蹂躙とか大殺界とか、内容がよくわからない物だらけだからな。一度使ってみて、使い勝手を確認してから使えそうな時に使えばいい。使い道があればの話だが。

 ハメ技? なんとなく意味は分かるし、効果もなんとなくわかる。ついでに言うと恐らく使ったこともある。そうじゃなければ古の神格相手に壁コンとかできなかっただろうしな。

 誰にやったか? ティアマトって女だ。世界の裏側でな。

 



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竈の女神、出掛ける

第四次聖杯戦争をカレー臭くしてたら遅くなりました。


 

 ケルトは脳筋の集まり。はっきりとそれがわかったので、できる限り近付くのはやめておくことにする。スカアハとかはっきり言って頭おかしいからな。なんだあの怪物。人の皮を被ってれば人間扱いされると思ったら大間違いだからな?

 そう言う訳でケルト神話の籤を除いてもう一度引く。しばらくはケルトに行きたくないし、行ったとしてもまた面倒な戦いが待っている。戦闘成分はもう十分に入ったからしばらくはいらんな。

 

 そして引いた紙を開いてみれば、そこには『エジプト神話』の文字が。エジプト神話はギリシャ神話とも普通に繫がりがあるし、一応菓子折りでも持って遊びに行ってみるとしようか。

 ただ、あそこの神は何十年かに一人二人増えて行くシステムだからな。王が神として扱われ、死した王は冥界にて修業を積んでから甦る。そう言う信仰があるから、王となった存在は基本的に神として召し上げられ、そして修行と称して様々な雑用を押し付けられるのだ。

 と言っても俺には関係の無い事だがな。俺はとっくに神だし、この世界においてかつて俺が人間であったという記録は俺の記憶の中にしか存在しない。ついでに言えばあそこの民は俺の神話の民ではないから俺の庇護下にあるわけでもないし、王と言うのはそう言ったことにも責任を持つものだ。

 

 菓子については、まあ手作りので良いだろう。ただ、あっちの神格は頭がジャッカルだったり猫だったり鳥だったりするからまともな物は食いにくいかもしれない。実際にはそう言う仮面を被っていたり、人前に出る時だけ姿を変えていたりするだけなんだが、俺も恐らく別の神話の神格として客扱いされるだろうから最低限頭を人間のそれから動物のに変えたりするくらいはやるだろう。

 ……そう言えば、例の神話にはバステト女神が居たな。エジプト神話からの出典だろうが、あの神話は本当に色々な所から物を取ってきすぎていて正確な来歴がわかりにくい。バルバドスとか言うのも確かそう言った別の神話からの出典だったはずだし、よくもまああの時代でそんな殆ど名前も知られていなかっただろう神格の名前まで取り込んだものだ。

 おっと、いかんいかん。クトゥルフ神話はフィクションです。実際に存在する神格を語る神話ではありません……と言っておかないと実現しかねないからな。名前を出す前でよかったよかった。

 

 エジプトの菓子ってのはそこまで甘くない物が多いらしい。砂糖はあるし、小麦だって作れるにもかかわらずそうである理由は、恐らくそうして作られた小麦のほぼ全てがパンとして消費されてしまうからだろう。あのあたりだったらパンを作るよりも米を育てた方が良い気もするが、水田を作ろうにも毎年毎年作り直す訳にもいかんだろうから仕方がないか。

 そう言う訳でタルトでも作ろうと思う。竈を使う物だし、竈の女神としては良いもんだろう。焼き菓子は得意だしな。

 小麦粉、バター、塩少々と砂糖、そして卵。生地の基本はこんなものだ。アレンジはまた今度するとして、今回はこれで生地を作ることにする。エジプトでは煉瓦が良く使われていたはずだし、煉瓦を使った竈もあるはずだ。その竈でも十分に作れる程度の物を作っていこう。

 

 



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神話世界漫遊記(どう見ても遊戯王なエジプト神話編)
竈の女神、決闘開始


 

 エジプト神話はギリシャ神話とそれなりに近い場所にある。なにしろ一部の神格が同一視されていることがあったりするし、ギリシャ神話の原典ではテュポーンとゼウスの戦いの際に多くの神格が西の果てまで逃亡したとある。つまり、ギリシャ神話の西の果てには別の場所が存在していると言う事であり、その場所の事を地図上で確認してみればわかることだが、ギリシャ圏の西にはエジプトが存在している。

 そう言う訳で割と近しい存在であるエジプト神話だが、今、そこではとあるものが流行している。

 

「私のターン! ドロー!」

「カウンター罠発動、強烈なはたき落とし。今のドローカードを墓地に送れ」

「くっ……」

 

 どっかで見たことのあるカードゲームだが、これは俺が考案したわけではない。確かに暇している所に色々と煽りを入れたりネタを出したりはしたが、まさか世界をそう言う風に改変するとは思っていなかったからな。

 そう、このカードは人間の魂の形を魔物として封じ、カードに押し込めた物を使っているのだ。人間界でも同じような方法で罪人から魔物を取り出しては石板に封じ、それを使って治安を守ったり王家の墓を守らせたりしていると言うのだから、ギリシャよりもよほどファンタジーな世界だと言えるだろう。

 ギリシャは最近はどんどんとおかしくなってきているしな。カレーがエリクサーのような扱いになっていたり、カレーがアンブロシアのような扱いになっていたり、ポセイドンが女よりもカレーに気があるようになったり……原因は全部俺だがな。全部俺のせいだ。

 なお、俺もここの世界のカードは持っていたりする。俺に捧げられた物に染み着いた意思やら信仰やらを使っているから回復だったりダメージ無効だったりと言うカードが多いが、物によっては攻撃用のカードも存在している。蜂の集まりをカード化してみたり、日本神話でやった天罰の話なんかがそれにあたるんだが、これがまたなかなか使い勝手がいい。効果は地味だが使い勝手のいいものが多く揃っている感じだな。

 その他にも攻撃禁止だったり魔法禁止だったり罠を張ろうとすると自分にダメージが入る物なんかもある。攻撃禁止、罠禁止、魔法も禁止して何もできないままデッキが切れて負けてしまう相手の涙目を見るのは、まあ嫌いではない。一部に涙目のとても似合うかつての女王が居たり、負けると頭を撫でさせてくれる猫頭の女神が居たりするし、このゲーム自体がかなり面白いしな。

 それに、人間は無数に存在しても全く同じモンスターを心に飼う物はほぼ存在しない。効果が違っていたり、種族が違っていたり、属性が違っていたり、攻撃力や防御力が違っていたりと様々な違いがあるのだ。

 

 まあ、そんな中にお邪魔するのだから、こっちもカードで語らなければなるまいよ。

 

 俺の言いたいことを察し、俺の前にトト神、クヌム神、ホルス神が立ちはだかる。なお、土産のタルトは涙目の似合う某女王に既に渡してあるので後でこいつらに振舞われることだろう。意見を聞かせてくれるのならばもう少しこいつらの舌に合った物を作ってやれるんだが、動物の頭してる時のこいつらはまともに話が通じないからな。残念ながら聞いてやれん。

 一部、玉葱を入れないとかそう言うのは気にしてやれるんだが、そもそも玉葱が大丈夫なのかどうかもわからんからな。会話ってのは本当に大切な物だと言う事がよくわかる。

 

 だが今はカードで語るべし。決闘盤を左腕に装着し、カードをある程度の枚数揃えたデッキを投入。シャッフルされたそのデッキの上から五枚のカードを手札として、決闘は開始される。

 

「「決闘(ディアハ)!」」

 

 初めの相手は創造神クヌム。相手にとって不足無し。だが、俺の八咫ロックデッキに勝てるかな?

 




 
 はいそう言う訳で遊戯王です。


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竈の女神、ハメる

 

 いきなり始まった決闘だが、ポケモンの世界で視線が合えばバトルするようにエジプトでは何か頼みごとがあったら決闘と言うルールがまかり通っていたりする。およそのルールは決まっていて、同じカードは最大三枚まで。デッキは最大60枚、最低40枚。決闘の結果に文句は言わず、内容についても文句を言わないこと、と言うルールになっている。

 なんでこんなルールになったかと言うと、最大枚数と最低枚数が決まっていなかった頃。俺はデッキを五枚にしてエクゾディアパーツ全部を速攻揃えて勝負が始まった瞬間俺の勝ちにした事があったせいで最低40枚と言うルールができたのだ。同じように、同じカードは最大三枚までと言うルールについてはエクゾディアパーツ以外を全て『強欲な壺』で固めた結果こっちにターンが回ってきた瞬間に勝利が確定するようにしてしまったことが何度かあったせいで作られた。

 要するに、大体俺のせいだ。そして多分、またこういうルールは増える。主に俺のせいで。

 

「先攻はどっちにする?」

「……」

 

 クヌムは静かに俺を指差す。どうやら俺が先攻であって欲しいようだ。あるいはレディファーストとでも言いたいのか。どちらにしても羊の頭のままでは人間の言葉はうまく話せないのだろう。そう言う事だと取って、決闘を開始する。

 ……しかし、これは酷いな。ハメ技:SSSのせいか、それとも豪運:SSSのせいか……まあ、どちらでも構うまい。

 

「俺は手札からモンスターを裏守備表示で召喚。さらに手札を三枚伏せ、手札から『時の飛躍(ターンジャンプ)』を発動。3ターン後のバトルフェイズとなったが、裏守備のままなので攻撃はできない。バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2。裏守備表示のモンスターをリバース。リバースしたモンスターは『メタモルポッド』。お互いのプレイヤーは現在の手札を全て捨てて新たに5枚ドローする。セットしていた『悪戯好きな双子悪魔』を二枚と『刻の封印』を発動。クヌムの手札のうち一枚をランダムに、そしてもう一枚をクヌム自身が選択して捨てる。それを二度繰り返し、『刻の封印』の効果によって次のターンのドローを封じる。そして手札からカードを一枚伏せ、即座に発動。『強引な番兵』。クヌムの手札を確認して一枚をデッキに戻す。……と言っても一枚しかないが、それを見てからデッキに戻す。ターンエンドだ」

「……」

 

 何もできねえよこの野郎と言う念がひしひしと伝わってくる。が、これ勝負なのよね。しかも禁止カードの無い奴。ちなみに手札からデッキに戻させたカードは『スケープ・ゴート』だった。

 

「では俺のターン。ドロー。手札から『八咫烏』を召喚。『八咫烏』と『メタモルポッド』で攻撃。『八咫烏』は相手のライフにダメージを与えると次のターンのドローを封じる効果がある。俺はこれでターンエンドだが、『八咫烏』は俺のターンのエンドフェイズに手札に戻ってくる。何かやることはあるか?」

 

 魂力(バー)……要するにLP(ライフポイント)だが、初期値であった4000から900減り、クヌムの魂力は残り3100。そして何もできないまま俺にターンが回り、俺はデッキからカードを引く。

 

「じゃあもう一度。ドローして『八咫烏』召喚から『メタモルポッド』と『八咫烏』で攻撃、ターンエンドで『八咫烏』は手札に戻り、クヌムのターン。何もできないまま俺のターンが来て、ドローしてまた『八咫烏』召喚から『メタモルポッド』と『八咫烏』で攻撃。カード二枚伏せてターンエンドで『八咫烏』手札に戻ってクヌムは何もできないで俺のターン、ドローして『八咫烏』召喚の『メタモルポッド』と『八咫烏』で攻撃、ターンエンドで『八咫烏』戻ってクヌム。何もできないまま俺で『八咫烏』召喚。『八咫烏』と『メタモルポッド』で攻撃して終わり、と」

 

 終わった瞬間殴りかかられた。避けたら更にキレられた。解せぬ。

 



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竈の女神、またハメる

 

 いきなり発狂して暴れ出したクヌムを(物理的に)静かにさせてからの第二戦。次はトキの頭を持つトト神との決闘だ。

 なお、トキの頭を持つからと言って突然ブッパッコーからの破顔拳してきたりはしないので安心していい。と言うかそもそもそのトキじゃないし、どちらかと言うと俺がやる側だ。トキの頭を持つ時の支配者。まったく、洒落が効いていると言うかなんというか、だな。そう思うのは日本人だけだと思うが。

 

「で、次はどっちから始める?」

「私だ」

「OK。それじゃあ始めようか」

 

 さっとデッキを変えてシャッフルし、新しい相手に向き直る。まあ、変えたと言ってもやはり八咫ロックなんだが、今回のは入り方が少々違う。恐らく一番有名な八咫ロックなんじゃないだろうか。

 ついでに、トト神は頭がトキのまま普通に会話ができる。長く生きていると出来るようになるらしいが、それなら大体の神格はできそうなものなんだがなぁ……。

 

「私のターン! 私はモンスターを一体、裏側守備表示で召喚! そしてカードを二枚セットし、ターンを終了する!」

「俺のターンだな。ドロー。『天使の施し』を発動。デッキからカードを三枚引いて、二枚を選んで墓地へ。そしてモンスターを裏守備表示で召喚し、カードをセット。セットしたカード『二重召喚』を発動。そして墓地に送った『マシュマロン』と『黒き森のウィッチ』を除外して『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)終焉(しゅうえん)使者(ししゃ)-』を手札から特殊召喚する。そして効果発動。魂力を1000支払い、手札と場の全てのカードを墓地に送り、この効果で墓地に送った相手のカードの枚数×300のダメージを与える。送った枚数は5枚。よって1500のダメージを与える。さらに、『クリッター』の効果を発動。デッキから『八咫烏』を手札に加える。そして俺は『二重召喚』の効果によってこのターンにもう一度通常召喚を行うことができる。『八咫烏』を召喚。そして攻撃だ。効果は言わなくていいな?」

「……ああ」

「では続けよう。『八咫烏』で攻撃。そしてターンエンド時に手札に戻る。何かすることはあるか?」

「……ない」

「では俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。やることは無いらしいからまた俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。手札が七枚を超えたので一枚墓地に送る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。手札が七枚を超えたので一枚墓地に送る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。手札が七枚を超えたので一枚墓地に送る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。手札が七枚を超えたので一枚墓地に送る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。手札が七枚を超えたので一枚墓地に送る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。手札が七枚を超えたので一枚墓地に送る。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。ターンエンド時に手札に戻る。手札が七枚を超えたので一枚墓地に送る。そしてラスト。俺のターン。ドローし、『八咫烏』を召喚し、そして攻撃。俺の勝ちだ」

 

 時間停止から本の角でぶん殴る攻撃をされそうになった。避けたが恨めしそうな目で見られ続けている。解せぬ。

 

 



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竈の女神、次もハメた

 

 ハメ技スキルは恐ろしいな。神相手にしてもここまで簡単に相手をハメることができるとは。いや、俺はベルじゃないから実際にはスキルもステータスも何もないんだが、ベルにできることで俺にできないことが存在しない時点でなぁ?

 

 まあそれはそれとして、相手は最後となるホルス神。隼の頭を持った太陽神にして最も偉大と言われる神格。太陽と月の眼を持つ天空の神。

 そんなホルス神は。

 

「……orz」

 

 図書館エグゾの前にあっさりと敗北していた。いや、今回のは図書館じゃなくても誰でも敗北するだろう。まさか何もしていないにも関わらずいきなりエグゾディア関連の五枚が最初から手札に揃っていたとか予想できん。冗談のつもりで言ったら偶然当たったとかそのくらいだろうよ。

 真面目にやれ? やなこった。真面目にやったら第一世代と第九世代のデュエルみたいになんだろうが。話にならねえよ。当然だが、こっちが第九世代であっちが第一世代な。

 

 それはともかくとして、エジプト神話の神々に決闘(ディアハ)で勝利した俺はエジプト神話圏をある程度自由に動くことができるようになった。自由に動くことができると言っても地上においては神格としての力は基本的に使えないんだが、それはおよそどこでも変わらんから問題ない。

 だが、どうもこの世界の地上は大分特殊なようで、人間の心の中にはほぼ例外無く魔物、あるいは精霊が住んでいるらしい。それは神ならば簡単に見ることができるし、人間であっても特殊な道具があれば問題無く扱うことができるらしい。ただ、心の中の魔物を抜き出されたり、あるいは殺されたりした場合、その人間は死んでしまう。傷付いただけならばゆっくりと治って行くようだが、死んだらそれまで、らしい。

 また、感情や実力によって魔物や精霊は強くも弱くもなる。俺の感情によって強くなったり弱くなったりと言うのはわかりやすいな。

 

 そして、この世界に行くにあたってベルにも魔物を仕込むことにした。と言うか、ベルの在り方から勝手に作られるようだが、そうして作られた魔物は……まあ、流石は神の依り代だと言いたくなる程度にはぶっ壊れた魔物だった。

 

 

 モウヤンのカレー屋

 MAHOUTUKAI族

 カレー属性

 攻撃力0

 守備力0

 この魔物は攻撃対象として扱われない。この魔物が場に存在している限り、自軍全ての存在の魂力はターン毎に現在の最大値まで回復する。上限が無い場合、バトル開始時の量が適用される。

 また、呪いや毒などの悪性の状態異常を全て回復し、そのターンに死亡した存在を蘇らせる。

 破壊あるいは除外された時、キレる。

 

 

 反則すぎィ。

 これ使ってどうやって負ければいいんだろうな?

 まともにやってたら早々負けんぞこれ。神同士でやっているテーブルゲームならまだやりようはあるだろうが、現実に魔物同士で戦うとなるとマジで攻略法が見つからん。

 

 そして、キレるとこうなる。

 

 

 怒れるモウヤンのカレー屋

 MAHOUTUKAI族

 カレー属性

 攻撃力500000

 守備力500000

 この魔物が場に存在する時、相手は攻撃できる魔物全てでこの魔物を攻撃しなければならない。

 この魔物は相手に攻撃された時、相手の攻撃力分攻撃力が上昇し、相手の守備力分守備力が増大する。

 この魔物の召喚者は自分のターンの攻撃を放棄することで、魔物ではなく敵召喚者を直接攻撃することができる。直接攻撃による減少値は怒れるモウヤンのカレー屋の攻撃力と同値となり、その攻撃は防御・減衰・無効化されない。

 

 

 カレー屋って強いんですね。つい敬語になるくらい驚いた。まったく、俺から何を読み取ればこんな化け物のような魔物が出てくることになるんだ? まったく理解できない。

 カレー屋……メソポタミアで開いたな。

 攻撃守備500000……これはわからん。

 カレー属性……カレーだし仕方ないか。

 MAHOUTUKAI族……魔法使いですし? 戦士でもあるんだがカレー作りは錬金術系だからやはり魔法使い系だろ。

 効果については……まあいくつか納得できるところもある。ってこれ何もおかしくなくね?

 

 



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竈の巫女、地上に降りる

やっとまともに始まりました。


 

 三度の決闘……あれを決闘と言っていいのかは置いておいて、決闘を乗り越えてようやくエジプト神話圏の地上に到着した。いやしかし砂漠が多くて非常に熱い。暑いではなく熱い。金属製の俺の服に温度変化を妨害する術式をかけていなかったら文字通りの意味で蒸し焼きになっていたかもしれない。

 それから、エジプトを旅するにあたって新しく一つ付け加えた旅装がある。

 それは、マントだ。直射日光を防ぎ、夜の砂漠の中で体温が失われるのを防ぎ、雨も防ぐ。そう言った便利なマントが一枚あるのとないのとでは大きく違う。非常に便利な旅装だ。

 それに、俺の場合は色々と隠さなければいけない物がある。エジプト人の一般的な瞳の色は黒か茶色で、肌の色は褐色だ。しかし俺はと言うと髪こそ黒だが肌は白で瞳は青。はっきり言って非常に目立つのだ。

 だからこそ姿をある程度隠すものが必要になって来るんだが、マントはここでも活躍してくれる。全身を覆うようにすれば肌の色など見ることはできないし、砂漠においてマントで全身を覆い隠すのはごく当たり前のこと。何もおかしいとは思われない。

 人間は自身が異常だと思うものを忌避し、排斥し、消し去ろうとするものだ。だからこそ偉大なことを成し遂げた英雄は何の力も持たない民衆に殺されるし、優秀すぎる存在は疎まれ排除される。

 自分の部下に非常に優秀な存在をおいておきたがる人間も中には居るが、それも相手が何をしようと自分の力で押さえ込むことができると心底から思っているか、あるいは反抗されて蹴落とされることなど一切考えていない愚か者かのどちらかだ。

 ……たまに、相手が優秀であるからこそ現状における状態がどれだけ理想的な物かを考えさせることで反抗させないようにするどころか自分から現状を守らせようとする奴も居るが、それは例外と思ってもらっていい。基本的にそこまで考える奴はいないし、考えたところで実行できるかどうかは話が別だからだ。

 

 そう言う訳で砂漠を歩く。乗り物? 残念、ロードローヴァーはまだ砂漠に対応してないんだよ。メタルの方なら行けるだろうが、あれは戦闘用のバイクだからな。こうしたただの移動に使うと燃費が大分悪いんだ。燃費とか考える必要があるのか怪しいバイクだが、五月蠅いしな。

 とりあえず、一旦砂嵐の無いところに行ってからロードローヴァーを砂漠対応装備に換装させないとな。そもそもバイクで砂漠ってのが間違っているかもしれないが、某南斗聖拳使いの聖帝のバイクのような幅広タイヤを使えば一応走れるしな。理想はキャタピラだが。

 キャタピラか……あれもあれでかなり五月蝿いんだが、こんな砂漠の中をひたすら歩き続けるよりはいくらかましだろう。

 そんなわけでまずは場所を作る。整備中に砂塵が入ってくるのは防がなければいけないのでそこら中にある砂を焼いて岩にした後、煉瓦なんかを作って圧力と熱を加えて圧着させ、簡易的な倉庫のようなものを作り上げる。窓もなく、出入り口すらないこの倉庫はあくまでも一時的な避難場所でしかないので終わったら壊しておくことにして、ここでロードローヴァーの改造をする。防塵と、雨以外の物に対する防御機構。そして砂漠にも対応させておかないと。

 具体的には不可視のシールドの展開と、走る時に前輪の前から後輪の後ろまでの間に道を作る機能。元々空を走る時には使っていたが、それを強化してどんな場所でも前輪と後輪の下を固めることで地形に左右されること無く走ることができるようにしたい。海面だろうが砂漠の流砂の上だろうが問題なく走行可能だ。

 それに、これならキャタピラほど五月蝿くもないし、キャタピラほど手入れが面倒でもない。電子工学系は権能の範疇だからヘスティアとして巫女であるベルの行動に指示をしていたと言う形で使うこともできるしな。

 

 改造が終わったら早速試運転といこうか。エジプト神話では今カードゲームのようなものが流行っているとは言え、人間の中にも自分の中にいる魔物を操ることができる奴もいる。そう言う奴とは戦わなければいけないからな。面倒だが。

 

 



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竈の巫女、駆ける

ソロモン〇しに行ってきます。


 

 砂煙を上げ、砂漠に直線を引くようにして駆け抜けていく一台のバイクがある。俺の乗っているロードローヴァーである。

 旅行用にと燃費と積載量をガン上げし、さらに何度も何度も手入れが必要になるようでは旅行を楽しむことができなさそうなので基礎部分は非常に頑丈に、かつ摩耗にも強くしてある。

 そして今回は砂漠を走らせるためにちょっとした特殊機構として、魔力を使って道を作るようにしておいた。周囲の魔力を取り込み、道として一時的に固めて、通ったら散らすと言うとてもエコな機構だ。燃料はやはり太陽炉からなので燃費は少々悪くなったが、無いまま砂漠を走らせると流砂でもないのに全体が沈みかねないからな。仕方ない。

 

 で、今正に走っているわけだが、どうにもおかしい。具体的には盗賊のようにも見える存在が多すぎるように見えるし、ついでにその盗賊らしい奴を追いかけて狩り尽くそうとしている人の顔と鷲の翼を持った獅子のような体をした怪物が追いかけ回し、ついでに人間の方もなんとかしようと魔物を出して戦っているように見える。

 エジプトってのはどうも非常に人外魔境じみているらしいな。こんな存在が街を離れると当たり前のように闊歩しているとは、ギリシャより危ないんじゃないだろうか。俺の庭は除く。

 で、そんな奴らは俺のことを見つけたのか、あるいはロードローヴァーの上げる砂煙でこっちの存在を見つけてあの怪物を擦り付けようとしているのかは分からないが、こっちの方に近付いてきている。明らかに助けを求めてと言う感じではないことは確かだな。

 

 そう言うことで俺はそいつらを無視してアクセルをふかす。速度が上がり、前輪が浮き上がれば後はそのまま後輪も浮かせて空へと駆け上がる。そんな俺のことをぽかんとした表情で見上げる盗賊らしき集団と、ポカンとして隙だらけな盗賊たちをその爪で削り飛ばすように振り払う怪物。……ああ、思い出した。確かあれはスフィンクスと言うんだったかね。王家の墓やら何やらを守っている聖獣だったはずだ。

 と言うことは、あの盗賊らしき集団は墓荒らしをしたってことかね。救いようがないな。死者を司る権能は無いが、死を司る者としては死は絶対的な安息でなければならない。メソポタミアにおける冥界の支配者たる神格も言っていたが、死とは元々そう言うものでしかなく、人間が考える生き物になってからというもの死に必要ないものまで概念的にポンポンと付け加えられていて正直なところ困ってしまうらしい。

 俺は元が竈の女神だからそうでもないんだが、どうやらあちらさんには元々死と冥界を司る存在として生まれたが故のプライドのようなものがあるらしい。そのプライドもカレーと天秤にかけるとしばらく悩んでしまうそうだが、一応プライドの方に傾くらしい。まったく、ポセイドンは守るべきもののためにカレーを犠牲にできるらしいというのにな。

 ……いや、あっちのほうも一応犠牲にできるのか。ただ、死ぬほどに悩み続けるだけで。

 

 そう言う訳で特に何も無いまま俺のエジプト旅行は続いていく。実際に何かあるかと聞かれれば特に何があるというわけでもない。飛び越した盗賊はスフィンクスに無残に蹴散らされ、盗賊を滅ぼしたスフィンクスは悠々と元居たであろう場所へと帰っていく。事実として、俺のこれからにかかわるような出来事は何一つ存在していない。

 つまり、俺がわざわざ気にするようなことも何一つ存在しない。そう言うことだ。

 

 ……別に、スフィンクスの上に跨る何者かを見てから全力でそこから離れようとしているわけではない。こんな状況で疑われるのが面倒だからさっさといなくなろうとしているわけではない。本当だぞ? だから、後ろから聞こえてくる声は空耳だ。問題ない。

 



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竈の巫女、調理中

 

 暫く走ってから一休みしていたら、遠くから見覚えのあるスフィンクスが走ってきた。見覚えがあるといっても俺はスフィンクスを見ること自体がこれで二度目なので、同じ個体なのかそれとも個体が違ってもこういう形態なのかがわからないのだが、まあおそらく違う個体なのだろう。知らんが。

 そのスフィンクスは俺が休んでいる前で止まると、その場でゆっくりと伏せの体勢になる。すると、その背中から頭の上を通って何かが……いや、見知らぬ誰かが転がり落ちてきた。

 

「……きゅう」

「……加速に耐え切れなかったのか、それとも必要以上に気を張っていたのか知らんが、まあご苦労なことだ」

 

 見知らぬ存在がいきなり目の前に現れるのはそこそこ経験があるが、今回のはその中では大して記憶に残るようなものではない。一番記憶に残っていたのはアポロンで、うとうとしていたところにいきなり顔が現れて身体をまさぐってきたのでついついかなり本気でぶん殴ってしまったのだ。掃除が大変だったが、適当にミンチになった肉を一か所にまとめて放置しておいたらいつの間にか復活していて、生命の神秘というものを久しぶりに味わった。

 ちなみにその後、アポロンは俺を認識すると半狂乱になるようになった。カレーを顔に叩きつけると治るから気にはしてないがな。

 

 そう言う事でそこまで印象に残ることもなかった見知らぬ誰かを放置して、少々疲れているらしいスフィンクスに水を飲ませてやる。スフィンクスの主食は人肉のはずだが、まあ別に構わないだろう。それに、一度食べれば数週間は持つと言う凄まじい燃費の良さを誇っていたはずだ。砂漠だし、そう簡単に餌が来るわけではないから仕方ないと言えば仕方ないかもな。むしろしっかりと砂漠と言う環境に適応していると言える。

 そんなスフィンクスを駆るこの人間に、少しばかり興味が出てきた。人間でありながらスフィンクスとそれなり以上の関係にあると言う事は、恐らく王族あるいは王族に由来する人間なのだろう。そうでなければただひたすらに美しいだけのなんでもない存在か。

 まあ、そんなクレオパトラのような存在が早々いる訳もないし、例えクレオパトラがここにいたとしてもそこでぐったりしているとは思えない。

 さて、それではカレーを作るか。このよくわからないどこかの誰かさんが起きる前に作っておいて、起きたら即行食べさせられるように。寝起きのカレーは胃に来るが、俺の作った場合はそんなものは関係ないからな。来たとしても即座に治る。便利なもんだ。

 

 砂漠のど真ん中でカレー……あまり良いとは言えないかもしれないが、食えるだけ幸せだと思ってもらおうか。実際にはそう言う立場にいるのかどうかは俺は知らんがな。

 砂が入ってこないように結界を張って、簡易的な竈を作ってその上に大釜を乗せて調理開始。出てきた材料を切って炒めて煮込んでいく。この辺りには生き物がいないから仕方ない。もしも何かいたりすればそれをご当地風として使ってもいいんだが、あいにくと蠍くらいしかいない。油で揚げれば美味いんだがな。蠍。量が居ないから大釜で使うには不適切だ。だからこれはサラダのような付け合わせにでも使うとしよう。少なくとも不味くは無い事を保証しよう。美味いかどうかは人それぞれだがな。

 本当にやばい料理と言うのは、美味い不味いでは無く食える食えないでの話になって来るからな。それは料理じゃないと言う話もあるが、そんなものは俺に言われても困る。作った本人に言ってやって欲しい。言えるなら、の話だが。

 

 ……ヘファイストスの初めて作った料理(?)は、あれは凄かった。少なくとも、俺はあの味は忘れないだろうな。何があっても。忘れたくとも。

 

 




 
 イアソンは追い詰めると英雄らしくなるらしい。それを初めて聞いた時、いつでも追い詰めておかなくちゃと思った私は悪くないはず。


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竈の巫女、食わせる

 

 結局、スフィンクスに乗ってきた見知らぬ誰かが目を覚ますのと俺がカレーを作り終わるのはほぼ同時になった。最後の味見をしたところで突然起き上がったのだから、同時と言って差し支えないだろう。

 そして辺りをキョロキョロと見回したところで、ぐぅぅ……と大きく鳴く腹の虫。ちょうど俺と目があったところで起きたそれに、見知らぬ誰かは赤面して俯いた。何やってんだか。

 まあ、空腹は良くない。腹が減っているというただそれだけで世界の多くは上手く回らなくなるのだから、間違いなく空腹は良くないことだと思える。俺はギリシャ神話一人間に近い思考回路を持った神格だからな。行動がそれに伴うとは言ってないから変に勘違いされることも多いんだが。

 腹の虫を黙らせるためにか両腕を使って全力で身体を抱きしめている誰かさんの前にカレーの皿を一つ置き、俺も食事に入る。ついでにスフィンクスから向けられる視線があれだったので食わせてやったら気に入られた。好みだったらしい。

 

「もむ、もむもぐもむ」

「口の中身が無くなってから喋れ。米一粒、ルー一滴でも零したら毎夜毎晩食材にされて食われる夢を見る呪いをかけてやる」

「……」モグモグモグ……

 

 よろしい。初めからそうしていれば俺も怒りはしない。せっかく作った物を無駄にすることは良くない。そうすることに何か意味があるのならばともかくとして、意味がないにもかかわらず無駄にされると殺意すら湧いてくる。

 ちなみに、俺の言葉に反応したのかスフィンクスの方も食べ方が丁寧になった。具体的にはスプーンを使い始めた。あの前足で一体どうやってスプーンを掴んでるんだ? 不思議なこともあるもんだ。

 ……蠍と言えば、黄道十二星座には蠍座が存在していたな。十二支は揃えたし、今度は十二星座も揃えてみるか。いくつか難しいのもあるが、その辺りは似たような別物で代用しよう。十二支の方も虎はキメラで代用したしな。今思えば白虎とかそう言うのでもよかった気がするが、まあそこはそれだ。

 名前についてはもう王道で、クリオス、タウロス、ディデュモイ、カルキノス、レオン、パルテノス、ジュゴス、スコルピオス、トクソテス、アイゴケロス、ヒュドロコオス、イクテュエス、で良いだろう。十三番目の蛇遣い座? 知らんな。ギリシャではオピコウスと言うらしいが、実の所この星座もいくつか存在していなかったりするんだよな。

 具体的に言うと、海蛇座と蟹座、獅子座、龍座は存在していない。それらの父親であるテュポーンが存在していないのだから、星座となるその物の前身が無い事となる。そんな物が星座になる訳もないと言う事だ。

 他にもいくつか存在していないはずだが、詳しくは知らん。天文に関しては俺ではなくアストレアあたりの領分だしな。

 

 それと、これはちょっとした豆知識だが、フォーマルハウトは水瓶座のすぐ近く、水瓶座が瓶から流している水(と言うか酒)を呑み込んでいる南の魚座に存在している。だからどうしたと言う話だが、ネタとして覚えていて損はない。そして、南の魚座はアフロディテ、あるいはヴィーナスの化けた姿だとも言われている。

 まあそう言う訳で、秋の日に呪文を唱えてはいけない。決して。創作とは言っても言葉とは力を持つ。人間一人一人の言葉に宿る力は弱くとも、数十数百と纏まれば何かの間違いで届いてしまうかもしれない。

 決して、口にしてはいけない。あの呪文を。

 

 ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ くとぅぐあ!

 

 決して、この呪文を口にしてはいけない。実際、俺も口に出してはいないしな。これで万が一にも本当に出てきたらいくら俺でも少々きついかもしれん。世界そのものをいくらでも焼き尽くすことのできる邪神とか、相手にしてられるかと。

 

 



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竈の巫女、騎乗決闘

 

 この世界、やや独立しながらも少しずつ他の世界との繋がりを持ち始めているエジプト神話の世界では、人間が心の中に精霊あるいは魔物を飼うことが当たり前のようになっている。精霊と魔物の違いなど、その存在を作る心の在り方が所謂善性の物か悪性の物かと言う程度の差でしかない。性質がプラスかマイナスかと言うだけで、絶対値をつけてしまえば変わらない。

 そんな魔物を封じるのは、現在では石板しか存在していない。神が使うような紙のカード等は、魔物や精霊を封じるのには力や強度が不足しているらしい。神から直接聞いたことだから恐らく間違いないだろう。しかも真実の眼と呼ばれるウジャト眼を持つホルス神の言葉だ。嘘を言っているのでなければそうなのだろう。

 つまり、この時代で決闘をするとなれば、手持ちに石板がなければ、あるいは石板が存在したとしてもその石板から召喚するには特別な道具と召喚対象である魔物が必要になってくるわけで。それが使えないとなれば、自分の精霊あるいは魔物を呼び出して戦わせるしかできないわけで。

 

 だがまあ、んな事俺の知ったことじゃない。俺を相手にまともにやろうってのがそもそもの間違いだ。石板も特殊な道具も持たないあちらさんがどこまでできるのか、楽しませてもらうとしよう。

 俺は普通にデッキからモンスター召喚するし、罠も魔法も使うさ。別に特殊な魔法以外の魔法カードを使うとダメージを受ける仕様があったりもしないし、使いたい放題だ。

 卑怯? 汚い? いやいや、対策もしないで喧嘩を吹っ掛けて来る方が悪い。特に、たった一度の勝負で相手に生涯の服従を強いるようなやつには加減してやる義理はない。

 ……と言っても、今のは言葉の綾だ。確かにそんなことを本気でする気でいるのならばほんの僅かの加減もするつもりはないが、ただ自分の力を知りたいと言うだけの、勝っても食事を腹いっぱいたかろうとするだけの相手にそこまではしない。精々、俺がエジプト神話圏に居る間の案内役にでもなってもらうさ。

 では早速、奈落の落とし穴を発動して相手は召喚した魔物を破壊し除外。ダメージを喰らって悶えている所を無視して先行。魔物が破壊されただけでダメージが行くのは、その魔物が自分の心から生み出した魔物だからだったな。召喚し、維持するのにもコストとして魂力が減るが、破壊されるとその分が一度に無駄になるらしい。そして召喚した魔物あるいは精霊が無傷のまま戻ってくれば魂力も回復するらしいが、破壊されると消費されたまま回復を待たなければならないらしい。

 しかしこのベル、容赦はしない。基準となるコーナーを先に曲がり、デッキからカードを引いてモンスターを召喚。『召喚僧サモンプリースト』を召喚し、手札のマジックカード『成金ゴブリン』を捨てることでデッキからもう一体『召喚僧サモンプリースト』を特殊召喚。さらに手札の強欲な壺を墓地に送って『レスキューキャット』を特殊召喚。『レスキューキャット』を墓地に送って『X(エックス)-セイバー エアベルン』を二体特殊召喚。即座にシンクロ召喚し、『ダーク・ダイブ・ボンバー』を二体特殊召喚。この決闘に先攻後攻の理念は無いため即座に攻撃。そして効果発動、死ぬがよい。

 

ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァァァァク)!!!」

 

 何か奇妙な悲鳴のようなものが聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。岩蛇ポケモン? 知らんな。

 そう言う訳でこの決闘は俺の勝利だ。『DDB』の効果で乗っていたスフィンクスも若干煤けてしまったが、まあ勝ちは勝ちだ。くしゅんくしゅんとくしゃみを続けているスフィンクスの顔を拭いてやり、乗っていた見知らぬ誰かさんを降ろして寝かせる。さて、後は目覚めるのを待つばかりだが……俺、そう言えばこいつの名前も聞いてないんだよな。教えてもらわなければ。

 



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竈の女神、願いを言う

 

「くっ、殺せ」

「わかった」

「ごめんなさい嘘です殺さないでくださいお願いしますなんでもしますから」

 

 手首にエンジン付きのモーターでも仕込んでるんじゃないかと言うほどの凄まじい速度の掌返し。というか起きてからの第一声がこれっていうのはいったいどこの誰に育てられたらこういう奴ができるのやら。

 顔だけ見れば十分美人だってのに、残念な奴だ。

 

「あっ、その顔はわかるぞ! さては私の事を残念な奴だと思っているな?」

「当然思ってる」

「手厳しい!」

 

 単なる事実だ。まったく、いったい何がどうなればこういう奴が出来上がるんだ?

 それに、さっきはあまり気にしていなかったがこいつの出した魔物はどっかで見たことのある姿をしていたしな。カードの中で。確か、ガガガガール? だったか? あの顔はいくつも似たような顔があるからよくわからん。そもそも一瞬で破壊して除外したからしっかりと見たわけでもないしな。

 まあ、じゃあ約束通りに言う事を聞いてもらうとしようか。

 

「ところで、決闘前にした約束は覚えているな?」

「……はい」

「では一つやってもらいたいことがある。拒否権は無い」

「ま……まさか、私の身体が目当てkいったぁ!?」

「阿呆。わざわざそんなことに絶対服従が確約された命令権を使うわけが無いだろうが。第一もしも俺がお前を抱いたら色々な意味で余計に離れなくなるだろうに。試すか? ん?」

「ほえんふぁふぁい! ふぉえんふぁふぁい!」

「何言ってるか聞こえんなぁ。と言うかそもそも名前を聞いてない。誰だお前」

「ふぁ! ふぉうひへばふぁもっへはい! ははひえー!」

「なに? 『抱いて』? そこまで言うなら仕方がないな」

「ひはうーーーーーー!」

 

 ああ、人を揶揄うのはとても楽しい。ほどほどにしておかなければならないというのはわかるが、それでもやはり楽しい。特にこういうからかい甲斐のある人間相手だと余計にそう思う。

 それに、今回の事はこいつの自業自得だしな。最悪、見ず知らずの奴に未来永劫絶対服従を要求されて奴隷商に売り払われたりと言う可能性もあるのだから、もう少し気を付けた発言をしてもらわないと困る。

 

「で、お前さんの名前は?」

「ひひはいははこえははひへ!」

「いや、このまま言え」

「ほひ! はふは!」

 

 なるほど。鬼か。悪魔か。なるほど。ではそのようにしてやろうではないか。

 

「わかった。ホヒ・ハフハだな。奇妙な名前だな。ホヒ」

「ファッ!?」

「自分で名乗ったんだろう。なあ、ホヒ」

「んぐっ……ぷはっ! 違うよ!? 私の名前はそんなのじゃなくて―――」

「聞こえんな」

 

 ということで、こいつの名前はホヒと言うことになった。どうしてこんな名前なんだろうな。

 と言っても、エジプトでの普通の名前なんてのは俺は知らないし、普通にこんな感じの名前があってもおかしくはないだろう。日本語で考えるからおかしいことになるんだ。そこの言葉で考えればそんなでも無かったりするはずだ。

 さて、名前も聞いたし決闘前から決めておいたお願いをするとしようか。

 

「それじゃあ、悪いんだがお前はこれから俺の旅の案内役になってもらう。この国は初めてでな。色々と見所がある場所を教えてくれや」

「……え、それでいいの?」

「ああ。ちなみに案内役をしている間は三食付くぞ」

「やらせていただきます! よろしくお願いします!」

 

 やはりこの娘の手首にはモーターが内蔵されているに違いない。本気でやればドリルナックルとかもできるはずだ。男のロマンにはドリルナックルとロケットパンチを合わせた技があるらしいが、それは普通にロマンだな。素晴らしい。

 ロマンの元になった言葉はローマらしいが、そのローマには俺も多少の関わりがある。ローマだからと言って忌避するようなこともない。一部はローマ大嫌いな奴もいるらしいが、俺は嫌いではないしな。

 人間の営みとして、必要な物だ。ある意味な。

 




 
 竈の女神様の番外編を投稿しました。前に言っていたすわかなです。
 あ、それと、『俺は竈の女神様』の原作はダンまちです。良いね?


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竈の巫女、探り当てる

 

 ホヒ(仮)の案内を一部スルーしてやってきたのは、どうやら盗賊たちの住む集落……だった場所、らしい。そこら中に死の気配があるのに、魂も怨念も死体すらも何も残っていない。まるで、何かの儀式の生贄にでもしたかのようだ。

 ……いや、実際に生贄にしたのだろう。そうでもなければこんなところから冥界の空気の匂いがするはずもない。バリバリ神代とは違うんだ。地面を掘れば冥府に繋がるような時代は既に過ぎ去り、世界は文字通りの意味で世界を遮る壁によって区分けされ、所謂魔法や魔術的なものを使わなければ繋げることもできないのだから、現世で冥界の空気を感じさせることができるとは思えない。

 いや、方法自体は勿論ある。やろうとすればかなり簡単だ。魔法カードにもあるが、冥府への穴を開けることなら割とできるし、そうでなくとも冥府と現世を逆転させることのできるカードも存在している。現実で使った時点でエジプト神話の神格から睨まれること間違い無しだがな。

 当然、カードとして効果を発動するだけならばなんら問題は無い。しかし、効果が現実に、あるいは名前を忠実に現実に持ってくると非常にまずい物の一つである。

 他にまずいものと言うと、『黄泉転輪』だろうか。生きとし生けるもの全てを世界から弾き出し、既に死んでいるものだけを黄泉より呼び戻す。あれははっきり言ってまずい。本当にまずい。

 ゲームで使うんだったら、使い道はまず間違いなく『黄泉転輪ホルアクティ』だろう。ホルアクティが墓地に無くとも手札にあれば、神のカードが三枚とも除外されている状態で『異次元よりの帰還』を使って三枚とも場に持ってきた上で生け贄に捧げればホルアクティを出せるし、まあ早々負けん。カードを書き替えると言う反則使いが相手でもなければな。

 

 ヨミテンリンガカッテニ!

 イワァァァァァァァァァク!

 

 ……何故か奇妙なものを思い出した。あれには笑ったが、実際にこの世界で食らうと笑えない。決闘で命がかかるのが当たり前の世界だからな。

 なんとかしてそう言ったルールを守らない行為に対する防御方法を確立させなければ、まともに決闘もできやしない。

 だが、よくよく考えてみればこの世界における王朝では似たようなことを常にやっている。具体的には白紙の石板に罪人達から抜き出した魔物を呼び出して召喚させたり、あるいは魔法や罠を使っていたりとやりたい放題だ。

 一応相手が使おうとした石板には干渉しないようにしているようだが、それもいったいどこまで持つことか。いつか相手の石板を使って自分の魔物を呼び出すとかそう言う事をする奴が出てきそうな気もするが、まあ俺には関係ないこった。

 とりあえず、俺も石板を使った魔物、あるいは精霊の召喚を行えるようにならなければいけないな。そこからカードの書き換えに繋がるかもしれないし、カードの書き換えを防ぐ技術にもつながるかもしれん。

 何でもやってみることだ。勿論、間違いなく失敗するだろうことだったり、周囲に与える害が大きすぎると判断された場合ならば話は別だが。

 

 そう言う訳で、まずは人間の心の中に潜む魔物を抜き取る方法と、それを石板に封じる方法を見付けておきたい。確かそれは裁判にも使われていたはずで、王宮のある町では割と普通にされていることだという話だからさっさと行ってみることにしようか。

 方向? ホヒ(仮)に任せる。こんなところまで来ていながら俺に案内ができるんだから王都の場所くらいはわかるだろう。ただ、どうも今は気分が悪そうだ。怨念がどうだとか死の匂いが何だとか言っているが、この程度なら珍しくもない。よくある光景をよくあるままに焼き直しただけでしかない。

 死の集まる所に冥界が近付く。戦地に死神が横行するように、墓地に死者が集うように、ごく当たり前のことだ。

 

 だがまあ、若い奴には辛いのかもしれんな。特に中途半端にそう言う物を感じ取れてしまう奴だと余計にな。

 



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竈の巫女、到着する

 明らかに盗掘で生計立てていますと言う感じの集落跡から離れ、向かった先はこの国の首都……と言うか、王の居る王都と言える場所。どうもホヒ(仮)はここから様々な所に出かけていたようで、この周囲の事についてはかなり詳しいんだとか。

 だが、いくら魔術師と言っても少女が一人であんな所に行くのはどうかと思うがな。実際スフィンクスに助けられていなければのたれ死んでいただろうしよ。

 ちなみにそのスフィンクスだが、俺の所に来た。カードとして。

守護者(ガーディアン)スフィンクス』。伏せた状態から反転召喚することで、相手の場のモンスター全てを手札に戻す。所謂バウンスカード。なるほど、除外と破壊以外にもバウンスがあったか。この世界の現実で言えば、魂力を消費して召喚した相手の魔物を召喚されていない状態にまで戻す、と言ったところかね。調停としては便利な奴だ。

 

 そして王都に着いたんだが、どうやらホヒ(仮)はそれなりに権力のある存在だったようだ。ついでに本名はマナと言うらしい。この王都にいる神官たちの中でも相当の腕を持つ魔術師であるマハードと言う存在の弟子であり、次期神官として注目される存在でもあるとか。

 だがしかし、俺がそう呼ぶと少々面倒な事になることがそれなりに多い旅の経験の中でわかっているため、名前を知ったとしてもそれを呼ぶのはしっかり関わると決めた後になる。今回の事で言えば、ホヒ(仮)の事を本名で呼ぶと色々と世界の比重がこちらに傾きかねないため、呼んでやれないのだ。

 こんななりでも一応神格持ちだった存在でな。それも、日本神話の神格となるとそれに関わった存在が神霊になりやすくなる。エジプト神話で人間から成り上がる神霊と言えば間違いなく王しかいない。王の妻であっても神ではなく、王の子であってもただそれだけで神となるわけではなく、王にならなければ神にはならない。エジプト神話においてはそう言うものだ。

 そして、俺が関わることで神となった存在は王であるならばまだしも、王でないならば間違いなく受け入れられることはない。だからこそ、俺はこいつのことを本名ではなくホヒ(仮)としか呼んでやることができないわけだ。呼んだらさっきの通り、歪んだ神格となって排斥されかねないからな。

 

 だが、どうやら俺はなかなか運がいいらしい。早速王都に来た目的の一つである神官による裁定が行われているのをこの目で見ることができたのだ。それが幸運なのかあるいは不運なのか、とても見やすい位置に陣取ることができた。

 

「……何をしてるの?」

「裁定の見学。魔物を引き摺り出し、封ずる方法は色々な事に使えそうだからな」

「あはは、無理だよそれは。石版から封じた魔物を出したり、石版に封印したりするにはお師匠サマ達が持っている千年アイテムが必要なんだ。千年アイテムが無かったらそんなことはできないよ」

「道具を使って人間ができると言うことは、少なくとも人の手で行うことは不可能というわけではないと言うことだ。できないならばできないと言うから気にしないでいいぞ。恐らくできるだろうからな」

 

 そう言って観察を続ける。封印の術式。封じるための石板の特殊性。様々な観点からあの状態を眺め、そして解析して行く。

 そうしてわかったのは、人間がエジプト神話内であれを実行するには魂についての優先権を得る必要があると言うことと、その魂についての優先権はあの道具によって仮免許のようなものが発行されていると言うこと。そして恐らく神格に近い存在ならばある程度の融通が効くだろうと言うことだった。

 要するに、王なら道具無しでも長いこと生きていれば不可能ではなさそうだと言うことであり、俺はちょいと手を回せば簡単にできそうだと言うことだ。

 

 よし、それじゃあ次は……

 

「貴様! ここで何をしている!」

 

 ……面倒な。

 

 



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竈の巫女、暴れる

 

 AC北斗の拳と言うゲームがある。修羅と呼ばれるキチガイ達が集い、人力でTASのようなプレイができて初めて上級者と呼ばれることを許されるという、はっきり言って頭がおかしいと言われても何も言い返せないユーザーの集まるゲームだ。

 通常の格闘ゲームにおいて強キャラと呼ばれるキャラ以外存在せず、その中において最弱と呼ばれるとあるキャラクターでさえ他のゲームに持って行けば当然のようにアーケードにおいてラスボスを張れるという文字通りの意味でキチガイじみたゲームだ。何しろ、全てのキャラにおいて相手の体力を全て削り切ることができる必殺技が存在しているだけでなく、その必殺技を使わない通常攻撃やゲージ技などを使いこなすことができればそれだけで体力を十割削れるコンボと言う物すら存在している。それも、多少相手キャラを選ぶことになるかもしれないが全てのキャラでだ。

……と言っても、そのゲームが今ここで何かしらの出来事に関わってくるという事ではない。ただ、そのゲームでは日常的に起きていたことが似たような形で起きているというだけの話だ。

 

「召雷弾!」

ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァァァァク)!!」

「お師匠さまぁぁぁぁ!?」

 

 ……まあ、なんと言うか、千年アイテムとやらによって召喚されたのを見て、自分でもやってみたらできてしまった。召喚したのは神の名を冠する存在で、オシリスの天空竜と言うらしい。ドジリス? 知らんな。なんだそいつ。

 特殊能力に相手の能力を下げ、下がった能力によって相手に傷をつけることができなくなった魔物は破壊されると言うのがあるらしいが、さっきから色々と召喚される魔物のほぼ全てが砕け散っているのを見ているとその下げ幅はだいぶ大きいようだ。近場から便利そうな奴を選んだ結果こうなるとか、凄まじいな。色々な意味で。

 

「ちょっ、あの、あの人私のお師匠さまで!」

「……つまり、苦しませようとしないで一息で殺してやれと?」

「違う! 違うよ!? 話を聞いてからにしてって言いたいの!」

「こんなか弱い女性に向かって武器を構えるような相手に手加減は必要ないかなと」

「か弱い女性? どこどこ? 全然見当たらないなー」

「……弟子の不手際は師の責任だったな。オシリス、あの魔術師に召雷弾を」

「やめて! 流石に直撃したら死んじゃう! いくらお師匠さまでも死んじゃう! 私が話をしてきますからしばらく大人しくしててください!」

 

 そう言ってホヒ(仮)はお師匠様(仮)に事情を説明し始めた。自分が王宮から抜けだしたらいきなりよくわからない物の効果で砂漠の真ん中に飛ばされて、そこでスフィンクスと会って助けてもらったはいいものの食糧が足りずに行き倒れていたところを俺に拾われて何とか生き延び、食料を提供される代わりにこの辺りの観光にいい場所を教えたり案内したりしながらやっと王都に帰って来たら、偶然お師匠様(仮)ともう一人の神官が裁きをしているのを見かけて、その見物をしていた俺が道具無しでできるかもしれんとか言いだして見ていたらお師匠様(仮)がやってきてそこで実行したらほんとにできてお師匠様(仮)の呼び出した魔物がほぼ一撃で打ち破られると言う事態に。

 ……うむ、正直何がどうなっているのかわからん。説明が上手くないのか、それとも単に起きていること自体が意味わからないことなのか……前者だな。間違いない。

 

 で、お師匠様(仮)の方の言い分としては、暫く前にいきなり姿を消して探し回っていた自分の弟子がよくわからん誰かに連れまわされているようだったから声をかけたところ、その相手が全身をマントで隠した小柄な不審者(俺)だった所為でこんな風になっていると言う事だった。

 

 まあ要するに、総合すると大体全部ホヒ(仮)の所為だと言うことになるな。

 



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竈の巫女、話し合う(バクラネタ開始)

 

 知性のある生き物であれば、およそ共通する行為と言う物がある。知性の無い生き物……例えば単細胞生物などにも共通するような物を除くと、それはコミュニケーションと言う一つの物に絞られる。それも、排他的なコミュニケーションではなく、友好的な物だ。

 植物プランクトン同士が酸素や養分などの限られたリソースを奪い合う事で起きる、他者を排斥するための行動。それが排他的なコミュニケーション。野生動物で言うならば縄張り争いが、人間で言うならば宗教戦争などがこれに含まれるが、こういったコミュニケーションはどれだけ進化した生物であろうとも関係なく行われている。

 そして友好的なコミュニケーションと言うと、人間では主に会話と言う物があげられる。無論、会話で行われる排他的コミュニケーションと言う物も普通に存在するのだが、動物であっても威嚇と言う形で存在しているのでおかしなことではないだろう。結局のところ、ツールが変わったところで使う側が変わらなければ結果的な違いとしてあらわれることは早々無いと言う事だ。

 

 だが、もしも会話に使うツールは同じであるにも拘らず会話に使う言語などに差異があった場合や、あるいは初めからお互いに好意的なコミュニケーションをとることを考えていなかった場合には、その間に立ってお互いの言葉を通訳したり、意思のすり合わせを行う存在を入れることで会話をし、好意的なコミュニケーションをとることができることもある。今回の出来事はまさにそれだろう。

 俺とお師匠様(仮)の間にホヒ(仮)が入ることで、お師匠様(仮)の誘拐されていたかもしれないと言う誤解が解け、いきなり悪意をぶつけられた事によって話し合いの余地なしと判断した俺の間に一時的であるが話し合いの場を設けることに成功した。まあ、それでも少々問題はあるが、それでも何もないよりはずっと良いだろう。

 

「申し訳ない。まさかこのような事故が起きていたとは思いもせず、弟子を救ってくださった方に非常に礼を失した行為を……」

「ああ、まあ、そんな気にしなくて構わんよ。色々と小言を言いながらも大切に思ってるのは伝わってきたし、原因はこいつだしな」

「ゴメンナサイユルシテクダサイ」

「なに? 『ごめんください死んでください』?」

「違いますよ!? と言うかそれわざとですね!?」

「わざとじゃない訳無いだろうに。俺は耳は良い方だし、基本的にからかう時かすっとぼける時くらいしか聞き返さんぞ?」

 

 例外としてふざけたことを抜かした相手に言葉として繰り返させてぶん殴ることはあるが、それにしたってけして多くはない。殴るのは昔はそれなりに多かったんだが、それはあくまでもあっちの方から手を出してきた時に限られた。

 ギリシャ神話の神格はなぁ……どいつもこいつも屑ばっかりでなぁ……屑過ぎて純粋に驚愕するなんて経験は早々できやしないと思うぞ。

 

 まあともかく、会話と言う形でお互いの意思の確認ができた以上、ある程度この都を自由に動く事ができるようになったのと、弟子を助けてもらった礼として多少の便宜を図ってもらえるようになった。

 この国の神官団の一人、それも魔物を使役できる千年アイテムを預かる存在に便宜を図って貰えるとは、望外の幸運だと言って良い。

 さて、これからどう動こうかねぇ……?

 




 
 今回のバクラ

バクラ「あん? なんで俺様はこんなNPC作ったんだ? バランスブレイカーも良い所じゃねえか。修正修正……」

 ザシュウッ!

バクラ「突然現れた蟹が俺様の右足の小指をォォォォっ!?」


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竈の巫女、泊まる

 

 さて、色々あったがなんとか泊まる所を確保することができた。明日からはここを拠点に王都の様々な所を見て回ることにする。情けは人の為ならずと言うが、まさか道案内でもしてもらおうと思って連れてきた娘がここまで役に立ってくれるとは思わなかった。

 

ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァァァァァァク)!」

「セトぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ちなみに今は決闘に混ぜてもらっている。相手が全部召喚を終わらせたところでクリボー→増殖→はさみ打ちでデュオスとか言う精霊を破壊し、そこから一体一体の攻撃力は高くないものの数十数百と言う数のクリボーによって一方的にボコられた結果が今の悲鳴だ。

 ちなみにだが、今この場は死屍累々だ。神官団と呼ばれるほぼ全員が一方的にボコられている。やはりルール無用のデュエルでデッキを使うのは反則臭いな。

 倒した相手は適当にその辺りに積んでおいたが、その所為で余計に敵意を向けられて居る気がする。気のせいかどうかは知らんがな。

 それと、ホヒ(仮)が白目を剥いている。少々荒らしすぎたかもしれないが、決闘を申し込んできたのはあっちからだし、俺には落ち度はない。あるとすればルールの方にある。

 ルール設定が少々どころでなく甘く、俺を相手に自由にやらせすぎた事がそもそも間違いだと言える。俺程度でもつけこめるんだから、俺より質の悪い奴ならもっと凄まじいことをやってのけるだろうさ。

 俺は基本的に善性だからな。性格が悪いと言われることも多いが、俺以上に質の悪い奴などどこにでも居る。俺の場合はとれる手段が一般的な奴より遥かに多いからこそそこらの奴よりえげつない手を取れるのであって、全く同じ量しか取れる手を用意できないのならそこそこ程度しかできはしない。準備こそ俺の本領だ。準備段階で差をつけないと勝てる相手は多くないからな。

 なにしろ、そもそも俺は竈の女神。天空やら大海やら冥府やらを司っている奴等と比べて神としての格は劣るし、一度に発することができる力の総量も多くない。多少の工夫で改善はしたものの、生粋の戦闘脳な奴等には敵いそうにない。

 はっきり言って俺は真正面から何の小細工も無しに戦いになったらインド以外であっても人間の英雄に負けかねない。スカアハも、油断したら普通に俺の敗けで終わるだろうし、そもそも受けに回らなければいけない状態になった時点で俺は凄まじく不利になる。

 だからこそ基本的に受けに回らないように気を付けて立ち回っているし、ついでにアポロンが俺のところに入り込んでこれたのもそれが原因の一つにあったりする。油断大敵、と言うやつだ。

 

 ……しかし、こいつら相手に究極封印神エクゾディオスを出したのはやりすぎだったかもしれんな。いや、正直なところ予想外だったんだが。

 エクゾディオスの効果は『自分の墓地にいる通常モンスターの数×1000ポイントの攻撃力を得る』だ。ここで注目してほしいのは『自分の墓地にいる通常モンスター』と言うところだ。

 

 ……俺は、ギリシャ神話の竈の女神であり、同時に死と病の神でもある。それは世界を越えたことで一部の権能が制限されている筈なんだが、日本神話で得た境界の神の権能が働くことでそう言った縛りを一部無効化してしまっている。

 要するに何が言いたいかと言うと、俺の事を信仰していた奴等の中に居る英雄やら魔術師やらを除いた一般人及び普通の働き蜂や働き蟻などの数×1000がエクゾディオスの攻撃力に常時加算されている訳で……。

 

 桁がな。やばい。一万とか十万とかそんなもんじゃない。二乗しても足りない。

 まさか、こんなことになるとは……正直思っていなかった。エクゾディオスの効果範囲が広すぎる。マジでどうなっているのか理解できん。ついでに少々どころではなく反則臭い。

 

 反則じゃあないんだがな!

 

 




 
 今回のバクラ

バクラ「クソが……だが俺は修正を諦めたりはしねえ! ゲームマスターとしての誇りにかk」

 ミチィッ!

バクラ「突然現れた30kgのダンベルが俺様の右足の小指をォォォォォっ!?」


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竈の巫女、相手する

 
 遅れてしまいました。


 

 ダーク・クルセイダーと言うモンスターが存在する。このモンスターは手札から闇属性モンスターを墓地に送ることで自身の攻撃力を永続的に400上げることができるモンスターであり、しっかり嵌れば凄まじい強さを発揮するモンスターでもある。

 ではここで現状を把握してみるとしよう。手札と言う物が存在せず、かつ召喚されるモンスターが既に全て理解できる上にどこからでもいつでもコストさえ払えれば召喚できると言う状況で、手札とはどこまでの事を言うのだろうか。

 まあ、そんなものは非常に簡単だ。召喚できる全モンスターが手札としてカウントされることになる。要するに、その中から闇属性を持つ魔物を全て墓地へ送ることによってダーク・クルセイダーの攻撃力は送ったモンスターの数×400ポイント上昇する。ついでに究極封印神エクゾディオスの攻撃力は×1000ずつ上昇する。

 さらにそこから『現世と冥界の逆転』を使った上でもう一度全モンスターを墓地に送れば更に上昇する。……エクゾディオスの場合は一度下がってから同じだけ上昇するので結局は変わらないし、ギリシャ神話の方で死人が蘇る訳でもないからそこまで大した能力ではないんだがな。

 それに、この効果によって墓地に送られたモンスターは残念なことに復活しない。墓地に送られたならそこまで。後には空になり、白紙になった石板が残るだけだ。要するに早々使えない。

 

 なお、使わないとは言っていない。

 

「カタパルト・タートルを召喚。ダーク・クルセイダーで攻撃後、ダーク・クルセイダーを射出。そしてそのままカタパルト・タートルも射出」

ぐわぁぁ(イワァァ)(ry」

「神官アクナディンが死んだ!」

「いや死んどらん! 勝手に殺すな! 死ぬかと思ったのは事実だが!」

 

 まあ、加減してなかったら死んでたのは間違いないだろうが、確かに死んじゃいない。だがホヒ(仮)。なんでお前がそのネタを知ってるんだ? この時代にはそのネタはまだ無いはずだぞ? 2000年以上もネタを先取りしよってからに。それについては俺がどうこう言える立場じゃないが。AC北斗の拳とか筐体ごと作り上げたりしたし。

 しかしこの片眼は復活が早いな。まるで世界がこれから先に進んでいくために必要不可欠な存在であるからと保護しているかのようだ。

 ……いや、もしかしたら本当に保護しているのかもしれんな。今までの神官達が大きな怪我を負うこともなく気絶だけで済んでいるのもそれが関わっているのかもしれない。しかし気絶すらしないと言う点ではこの片眼はより強く保護されているような気がする。

 もしもこの世界に世界意思と言えるものが存在し、ある程度決まった流れを作ろうとしているのならば、この場に居る多くの神官たちは物語の核心部に関わりはするが居なくともそこまで大きな問題が出るわけでもない程度の存在であり、片眼だけは物語の核心部の中でも根幹に近い部分に関わっているのだろうと予測できる……と言ってもこれは答えを既に知っているからこそのメタ読みに近いものだからわざわざ話すこともないだろうし、話したところで信用されるかどうか……。

 まあ、そう言う時には話さないのが一番だ。一番楽で一番角が立たない。ただ、何も言わないまま何が起きても問題なく対処できるように色々とやっておかなくちゃな。

 

 これまでの決闘で、無色の石盤に魔物を呼び寄せることには慣れた。次は呼び寄せた魔物を出さないまま一度返してから別の魔物を呼べるようにならないといけない。書き換えられたカードを書き換え直すためのスキルを得るために色々やって来たが、この場所は実に良い練習場所だ。ちょくちょく来よう。

 

 




 
 今日のバクラ

「ヒャハハハハァ!右足の小指には包帯を分厚く巻き!その上から安全靴を装着!これで俺の修正を防ぐ術はねぇz」

 ザシュウッ!

「左ィィィィィィィィ!?」



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竈の巫女、拾う

 

 白い肌に、青の瞳。ただそうであると言うだけで差別が起きるかもしれないと言う俺の予想はどうやら正しかったらしい。今、俺の前にはただそれだけの理由で迫害され、暴力を受けている娘が一人存在している。

 たったコップ一杯の水も、残り物の固くなったパンの一欠片すらもその娘に与えてやろうとする者はおらず、かわりに娘に向けられるのは投擲された小さな石と泥の混じった汚い水。そんなものばかりだ。

 だが、それでもその娘の心の内は輝いている。今は厚い雲に覆われていても、その奥底には白く輝く何かが存在していた。

 

 ……見ているだけと言うのも気分が悪いし、一応できることはやってやろう。神としての(ヘスティア)は人間を直接的に救ってやることはできないが、人間である(ベル)が他人を救うことにはなんら問題も条件もありはしないからな。

 さて、俺のステータスを確認した時、恐らくいくつか効果のわからないものがあったことだろう。俺自身使ってみなければわからなかったものがいくつかあったし、使ってみてすらわからなかったものもあったのだからおかしなことではない。

 これから使うのはそのうちの一つ。特殊アビリティ『大殺界』。その効果を一言で表すならば『威嚇結界』とでも言えばいいのだろうか。

 殺意やら何やらを総動員して行う威圧。人間の身でありながら一部の神すら凌駕しうる圧力をかけることで相手の行動を阻害する。

 問題は、俺を中心としてしかその結界を張ることができないために離れれば離れるほど効果が弱くなることと、範囲内ならば無差別に効果が出てしまうと言うことだが、現状ならばまあ問題ないだろう。

 ……強く張りすぎると植物が枯れたり小動物が発狂して自殺を始めたり、それどころか殺意を浴びただけで身体の方が死んだと勘違いして生命活動を止めてしまったりするが、人間ならば今のところ死んだと勘違いしても泡を吹いて気絶するだけで済んでいるし、大志を抱く存在や強い心を持っていたりすれば更に効果は下がる。もう少し使い慣れれば結界の形を変えたり俺を中心にしないでも結界を張ることができそうだが、今はこれが限界だ。出力ばかり上がってしまい、精密な動かし方はどうにもできそうにない。

 と言っても、現状それを気にすることはない。普通に使い、その場に居る奴等を丸ごと殺意で押し潰す。一部呼吸が止まって喉をかきむしっている奴も居るようだが、知ったことではない。

 ほぼ意識を失っているように見える娘を拾い上げ、マントの替えを着せて肌を隠す。俺より身長が大分高いようで、全身を隠すことはできていないのだが……太股辺りまでしか隠せていないさっきまでの姿よりは大分ましだろう。

 白人が、この太陽の下であの姿は辛かろう。俺は身体能力が一般人に比べて遥かに高いからよくわからんが、昔聞いたところだととにかく痛いそうだ。

 なにしろ日焼けってのは火傷とそう変わらない。そして白人は日焼けから肌を守るための色素が無いか、あったとしても非常に薄い。太陽光からの防衛機構が十分に働くことがないわけだ。そりゃあ痛かろう。

 

 そう言うわけで、暫くこの娘を預かることにした。流石にこの町の住人を皆殺しにする訳にもいかないし、かと言ってこいつらの差別意識をどうこうできるような権力も無いしな。

 洗脳すれば早いかもしれないが、俺にはそう言った技術も権能も存在しない。元々持っている感情を煽りに煽って肥大化させることくらいしかできはしない。この状況でそれをしたところで現状が良い方向に向かうことは考えにくいし、良い方向に向けるには労力がかかりすぎてはっきり言って面倒だ。

 そう言うことで、暫くこの娘を人目から隠す方向で動くとしよう。その後の事はまたその後考える。

 

 




 今日のバクラ

「右足包帯よし、左足包帯よし、両足安全靴よし……修正開始d」

 バシャアッ!

「アツゥィ!」


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竈の巫女、面倒を見る

 

 こういった娘の面倒を見るのは、実の所初めてではない。世の中には様々な形で差別や迫害が起きているし、それによって多くの孤児が生まれ、そして死んでいっている。

 そうして生まれてきた多くの孤児は、残念ながら俺の守備範囲ではない。他の神話体系が存在する場所であったりすると俺の力は届きにくくなるし、あっちが俺の事を知らなかったりすると力が届いても効果を発揮しないことが多くなる。要するに、俺の権能も決して完全ではないと言う事だ。

 

 かつてのギリシャ神話世界ならば、その全てを権能の範疇に収めることができた。しかし、神話的要素が削られ、多くの世界と融合を初めているこの時代においては全ての世界に適用させることは非常に難しい。かつては世界全てを焼くことができただろうゼウスの雷。踊るだけで世界を崩壊させるインド神話の神々。世界の裏側と表側を繋いでいることが前提として存在するケルト神話。そういった無数の形とそのギャップが、各神話の神格及び存在の力を減衰させるのだ。

 無論、例外はある。多くの神話に同時に存在しているような神格は、それぞれの領域において十分な力を振るうことができるようになる。日本神話において最大神格である天照大神。その天照大神と同一視される大日如来。その大日如来と同一視させることもあるインド神話におけるアスラ神族の王、ヴァイローチャナ。そう言った繋がりから力を得ることで、天照は日本神話の神格でありながらインドや中国でそれとほぼ同等の力を振るうこともできるのだ。

 ちなみに俺は元々が竈の女神。それも最大火力の出せるギリシャですら溜めやら事前準備やらがなければ大した火力も出せないような神なので、そのまま他のところに行っても大した事はできないままに終わる。初めから境界の神として産まれていた方が強かったかもしれんな。

 ……ただし、それは俺が竈の女神以外の何者でもなかった場合の話だ。境界の神。次元の神。恒星の神。滅びの神。死の神。病の神。そう言った様々な権能を持って居ると言うことを知るのは極僅かにしかいない。

 そして、単なる竈の神から全能に大分近い万能の神へと成り上がった俺に言わせてもらえれば、そんな存在にはなろうとしてなるもんじゃないと言うことだ。

 権能が全く重ならないものを司ってしまうと、しばしばそこには矛盾が生ずる。破壊を司りながら豊穣を司ってしまうと、その権能の方向性の差によって神としての在り方が歪むのだ。現に俺の在り方はかなり歪んでしまっている。元人間だと言う精神が柔軟に受け入れていなければ、変化できない筈の神格が変化したと言う事実で崩壊していてもおかしくなかった。元人間と言う在り方は悪いところもあるが良いところもあるな。

 ちなみに悪いところと言うのは、変化を受け入れてしまうところ、だ。要するに、ギリシャ神話における神格は基本的にはネクタル無しでも不死不滅なんだが、俺はネクタルやら何やらの力を借りなけれ不死でも不滅でもない。不老ではあるものの、殺されれば死ぬ。ギリシャ神話では恐らく俺だけだろう。いらんマイノリティーだ。

 と言っても、そのために死の権能を俺の懐にこっそり入れたんだがな。俺が死んだ時に、その死を遠ざけたりなかったことにしたりできないかと思って狙ってみたんだが、大成功だった。今回のように死にかけの娘から死を遠ざけたりすることもできるし、意外と便利なもんだ。普通は死を遠ざける方向ではなく、死を与える方向にばかり特化していくらしいが、要は使いよう。一方ばかりに特化してはもったいない。特化には特化のいいところがあるが、俺は広く浅く、余裕があれば深くってのが一番だと思っているからな。

 

 ……さて、消化にいい物作ってくるか。カレーリゾットでいいかね。

 




 
 今日のバクラ

「過去が改変されて行くゥ……俺様の記憶も捻じ曲がるゥ……修正しなければ……修正を……」
「右足よし、左足よし、右安全靴よし、左安全靴よし、両脚ビニール袋よし……ヒャッハー!修正d」

 デデーン! バクラ タイキックー!

「……は? いや待て、何、なんだおい、誰だお前? 石板の精霊ハサン? 何でここに、と言うかおま、やめ―――」

 パァァァァンッ!!

「アッーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?」


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竈の巫女、起こす

 

 出汁が強めのスープカレーを作り、その中に米を投入。林檎とマンゴーを使ってスパイスを纏め上げつつ糖質で中毒性を下げる。まあ、中毒と言っても身体に悪い成分は何一つ入っていないし、材料の殆どをこの場所、この時代で入手できるものに限定しているため最悪でも『なんとなくまた食べたいと思うようになる』くらいで済むはずだ。この時代は未だ神秘の濃い時代だが、この時代に生きる者からすれば大した事は無い。普段通りであり、いつもと変わらない世界だ。

 そんな世界の物なのだから食べても問題ないのだが、遥か過去、文字通りの神代における食物を遥か未来の人間が食べたらまず間違いなく様々な問題が起きることだろう。今、ここで取ることができる物で作ったとしても、千年、二千年も過ぎてから同じものを食べさせれば腹を壊す程度では済まない。最悪、文字通りに肉体が変質して怪物として変化してしまう可能性も十分に考えられる。

 ごくたまに、蜥蜴や蛇などが異様に魔力が集中した場所の空気を浴びて竜に変わってしまうことがある。そう言った存在は基本的に当時の生物の魔力など、神秘に対する耐性を貫くほどの魔力を浴びているためその時代の存在から見れば異様に強くも見える。実際に強いかどうかの話は別だし、俺が人間であった頃、西暦二千年代初頭においては魔力などの存在がほぼ全く認知されていなかったためにそう言った変化も殆ど起きなくなっていたが、もしかしたら海底などの人間の目の届かないところでは結構そういうことが起こっていたのかもしれないな。実際のところはよく知らないが。

 

 周囲から向けられる視線を全てスルーしながら作り上げられたカレーリゾットだが、作ってから割とすぐに食べなければ美味さが半減してしまう。そろそろ起きるころだと思ったんだが、俺が行った時にはまだ眠ったままだった。そろそろ起きてくれないとはっきり言っていろいろ困るんだが……まあ、それは仕方あるまい。人間なのだから神からすればちょっとしたことで簡単に死にそうになる。俺が人間だった頃も、ちょっと転んだだけで骨折した爺さん婆さんの話とか、ちょっとゲームのキャラの動きを真似しようとしただけで筋肉の一部に炎症を起こした男とか、普通に居たしな。

 ……ダルシムの真似をして肩を外した馬鹿も居た。いや、あれは普通脱臼程度では済まないと思うんだが、普通に脱臼だけで済ませていた。筋肉が柔らかいからそれで済んだらしいが、もう二度とダルシムの真似はしないと言っていたな。

 なお、その一月後、ウォッカを口に含んでから霧状に噴き出し、ライターでそれに火をつけて遊んでいたら失敗して口の周りを軽く火傷した馬鹿な男がいたらしいが、ダルシムの真似をしていた男との関連性があったかどうかは定かではない。そう言うことにしておいてくれ。思い出すだけで笑ってしまいそうだからな。

 

「……ぅ……」

 

 おや、そうこう言っている間に意識が戻りそうだな。ちょうどいい。カレーリゾットを食べてもらうとしようか。この娘のために作った物でもあるし。

 それと、服も用意しておいた方が良いかもしれん。俺はここで暫くヘスティアカレー古代エジプト支店を開くつもりだし、そこで働いてもらうのも悪くない。

 本当ならホヒ(仮)にも手伝わせようと思っていたんだが、ホヒ(仮)はどうもこの国でも非常に優秀な魔術師の一番弟子をしているらしいからな。魔術の修業の邪魔をしてやるわけにもいくまいよ。

 この娘は本来砂漠の中でもかなり辺境に暮らしていたらしいんだが、そんなところで暮らすと言うのはやはり相当な苦労がある物なのだろう。ここで普通に暮らすことができるのならば、恐らくここで過ごしてもいいと考えるはずだ。

 

 …………運命が見える。実に面白そうな運命だ。よし、やるか。

 




 
 今日のバクラ

「ケ……ケツが……だが鍵は閉めた。これで外から誰かが入ってくることもねえ……s」

 ガリッ!

「なんッ!? 何がッ!? 馬鹿な! 袋はしてある。安全靴も履いた! 包帯だって万全だ! これだけの装甲を抜いてくるものがあるだと……!?」
「あ、アリだと!? まさか、ビニール袋を破り、靴の革を食い破ってから酸で鉄を溶かし、包帯の繊維を噛み切ってから俺に噛み付いたとでも!? いきなりのタイキックはこのための時間稼ぎだとでもいうのか!?」
「クソがっ!踏み潰してやる!」

 ガリガリィッ!!

「左ィィィィィ!?」

 ガリィッ!!

「右ィィィィィ!?」


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竈の巫女、布教する

 

「カレーは最高、カレーは美味しい、カレーは最高、カレーの美味しさを知ってもらいたい、カレーは最高、カレー屋を探そう、カレーは最高、カレー屋で雇ってもらおう、カレーは最高、カレーは正義、カレーは最高、カレーは至高」

「カレーサイコウ、カレーオイシイ、カレーヤサガシテヤトッテモラオウ、カレーヒロメヨウ、カレーサイコウ、カレーハセイギ・・・・・・」

 

 ……よし、洗脳完了。弱った心に洗脳はよく効くな。ここまでこの娘を追い詰めてくれたエジプトの民には感謝してやらねば。髪形を変えやすいように一日一メートル髪が伸びるようにしてやろう。栄養や最大細胞分裂回数はそっち持ちだからすぐ禿げるようになるがな。その辺りはもう自業自得ということで諦めてもらうとしよう。あと死ね。

 

 さてそう言うことで俺のカレー屋でこの娘を雇うことになったんだが、国家が直接運営しているわけでもない以上、俺はこの国に税を払わなければいけない……のは、遥か未来の話。今ならばわざわざそんなことをしないでも普通に店を出すことができる。この国の神官団や王をカレー漬けにしてやればさらに簡単にそれができるようになるだろう。

 危険な薬物は入ってないぞ? 中毒性も今、この国に暮らしている人間ならば普通に問題なく受け入れられる程度だし、具体的にはまた食べたいなとなんとなく思うくらいにまで落ち着いている。

 まあ、もしも未来から何らかの方法でやってきた誰かに直接こういったカレーを食べさせた場合、どうなるかの保証はできんがね。

 

「俺はカレー屋だ。お前が探していたカレーを作り、そして売っている。カレー屋を見つけたお前はどうする?」

「カレーヤ、ミツケタ、ヤトッテモラウ」

「名前は?」

「ナマエ。ワタシ、ナマエ、キサラ。カレーダイスキ。ミンナニヒロメタイ」

 

 よし、じゃあキサラな。名前を呼ぶことによる弊害? ああ、あれは勘違いだ。むしろ名前をつける方がやばい。実は呼ぶのも世界の中での存在の重さが上がるからやばいと言えばやばいんだが、まあホヒ(仮)は俺がつけたんじゃなくて本人が言っていただけだから気にしなくていいだろう。

 本人は顔を真っ赤にして否定するだろうが、残念ながらまともに呼んでやることはできないんだよな。残念ながら。別に反応を楽しむためにいちいちそうやって呼んでいる訳ではない。結果的に楽しんでいることまでは否定しないが。だから俺が悪いわけではなく、本人が名乗った偽名を偽名だと理解した上で呼んでいるわけだから何が悪いかというとホヒ(仮)が悪い。

 万が一、ホヒ(仮)が英雄の座に召し上げられた場合、本名であるマナではなくホヒ(真)として登録される可能性もあるが、俺は悪くない。

 

 ……そうそう、言葉による重さが増すと言う話だが、この現象を上手く使うと言霊使いの真似事ができるようになるらしい。

 普段は重さが増さないように気を付けているんだが、逆に重さを増すようにしながら発言すると現実が言葉の通りにねじ曲がると言う現象が見られる。なお、ねじ曲げた後はその形が正しいものとして世界は続くし、その現象をあくまで物理的かつ表面的なものにしておけば世界そのものに大きな影響は出ないと言うところまで確認できた。

 これを使えば、割と簡単に様々なものを作り出せるようになる。細かく正確に作らなければいけない物だったり、あるいは材料が非常に稀少な物だったりしなければ、普通に作るより遥かに早く作れることだろう。

 まあ、これでカレーを作った場合、かなり残念なカレーになることはまず間違いない。最低限カレーと呼ぶことができる物ができれば御の字。実際にはカレー粉を水に溶かしただけの物ができる可能性も十分にある。まともに食えたものじゃあないだろうから、そういう使い方はまずやらんだろうな。

 

 




 
 今日のバクラ

「……」
「……ああ、わかってる。次は何が来るんだ?」

 ズラァッ!

「……湯の入ったカップ麺の群か。ほれ、一思いに右をやれ」

 スゥッ……←カップ麺のパッケージがNO!NO!NO! に変わる

「……なら、左か?」

 スゥッ←再びNO!NO!NO!

「……両方か?」

 スゥッ←YES!YES!YES!

「……オラオラか?」

 スゥッ←YES!YES!YES!YES! OH MY GOD!

 バシャァッ!バシャシャシャァッ!!

「アッツゥゥゥアアアェェェイ!!」


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竈の巫女、店を作る

200話です。やったぜ。


 

 舌を出し、魔力を込めて、そして世界に向けて囁く。

「『土塊よ、我が声に応えよ』」

 

 俺の言葉に応えるように、周囲の地面が蠢いた。うぞうぞと芋虫が這いずるように蠕動し、ぐにぐにと混ぜ捏ねられ、煉瓦として成形される。言葉だけ……と言うには大分他にも気を使っているが、実質的に言葉を発する以外のことは何もしていない状態で、このようなことができると言うのは中々に面白い。

 魔術、方術、道術等々、魔力や気と呼ばれるエネルギーを使って物理的な事象に干渉する技術とはまた違う。干渉するのは自分自身、そして自分の声とその意味の強化であり、その声を世界に聞かせることで世界の在り方自体を変える。ただし、世界の許す範囲の中で。

 もしも世界の外側でこれを使おうとするなら、恐らく負担の殆どが俺にかかることだろう。言葉の意味を具象化させるならば、ある意味でそれは創造と変わりない。世界の内側で、割とありふれているものであれば殆ど負担無く作り上げることができるだろうが、世界の外側ではそう言った後押しは期待できないからな。

 

「『組み上がれ。箱を成せ。二つに重なり箱を成せ』」

 

 言葉によって作り上げられた煉瓦はまるで焼かれたように硬質化し、組み上がって行く。煉瓦によって作られた壁は漆喰のようなもので塗り固められ、窓と出入り口となる穴がいくつか作られる。そのうち一つは換気扇代わりの通風口で、間違いなく通れないように目の荒い網のようなもので塞がれている。

 内部構造も同じように作るが、カウンター部分は全て石造りで調理スペースにはいつもの竈と大釜を設置する。まるで一枚岩から削り出したような形になったが、実際には一枚岩から削り出したのではなく元からそういう形の岩だったように作り上げたと言うのが正確だ。言霊……とは少し違うが、そうだな、『言葉の重み』とでもしておくか。言霊は言霊で別物だし、言霊使いの真似事ならかつて文字やら文章やらの権能を得たときからできていたしな。

 ちなみにだが、二つ重ねた理由はその間に金属を仕込む為だ。強度を上げつつ違和感を持たせないために内側と外側を見た目普通であるレンガと漆喰のようなもので固められ、ついでに魔力を遮断する金属と凄まじい強度を持つ金属の二つを混ぜ合わせて合金にしたものを使う。そうすることで精霊や魔術を相手にしても多少は持つようになった。

 物さえ用意しておけばある程度の精度で結果を出すことができる『言葉の重み』は便利な技術だ。ただし、これは即席で行うならば使いやすいと言うもので、極めようとするならば自身の手で行うか、あるいは凄まじく細かく指定して言葉を発さなければならない。文章を作ることを苦と思わなかったり、早口言葉が得意だったり、詩の朗読をするのが嫌ではないような奴でなければ使いこなすことは難しいだろう。

 逆に言うなら、それを苦としないならば、あるいは必要にかられればひたすら正確に描写することでおよそあらゆるものをその場に用意することができるわけだ。

 俺のやり方では凄まじく疲れるが、本物の言霊使いならばヘリだろうが列車砲だろうが空中都市だろうが何だろうが問題なく用意できることだろう。才能というのは中々に恐ろしい。

 まあ、だからこそ本物の言霊使いというのは非常に数が少ないのだ。言霊を使うだけならば、それこそ言葉さえ持っていればどんな存在であろうとも無意識ででも使っている。むしろ、言葉に力が宿っているからこそ他者に何かを伝えることができるのだ。完全に言霊の力を使わない存在がいるならば、それは一切の言葉を持たない存在であり、同時に何者とも関わり合いを持とうとしない存在であると言い切れる。

 ボディランゲージ、と言うものがあるように、言葉を使わずに言霊を扱う方法もある。道術や陰陽術、北欧でのルーンなどはある種の言霊を文字という形に落とし込み、それを組み合わせて効果を世界に出す技術だ。魔術の基礎の基礎と言える技術だな。

 

 ……ともかく、店はできた。これから隠蔽術式を込めて、悪意ある存在にこの店が見つからないようにしなければな。従業員を守るのも店主の役目だ。

 




 
 今日のバクラ

「俺様は無駄なことはしねえ。だからこのNPCの修正は諦めた」
「だが!諦めたのは修正することであってなんとかすることを諦めた訳じゃねえ!」
「逆に考えろ!どんなNPCを作っていようが、出さなけりゃいい!存在していようがいなかろうが『物語に出ていなければ』問題ない!」
「どれだけ有能な演者であろうが、出演していないドラマの内容には関われないように!」
「物語の勇者サマが問題があるその時に、その問題に関われないようにすりゃいい!」
「クハハハハハハハ!ヒャアハハハハハハハハァ!」





「……もう出てるから苦労してんだよぉ……」ズーン

 ズーン!

「六法全書ォォォォォォォゥ!?」


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竈の巫女、客を寄せる

 

 メトメガアウー……いやなんでもない。忘れてくれ。実際俺の目の前でそんな感じのことが起きているだけだ。

 片方はキサラ。その胸の内に強大なる白き竜の精霊を潜ませる白人の少女。

 もう片方はセト。神であるセトではなく、この世界に存在する神官セトだ。

 ラブコメ系の漫画だと、道の曲がり角でぶつかるなどの衝撃的かつ日常ではあまり無い出会いをしてからもう一度転校などと言う形で主人公の日常に現れる。

 つまり、日常と非日常のギャップこそが、相手を気にし始める第一歩と言えるのではないだろうか。

 

 そう言うことで、視察をしていたセトが俺の店の結界に気付き、悪意を持たないままキサラと出会い、見事に一目惚れしてくれた。きっといい常連になってくれるに違いない。

 ……美人局? 何の話やら。俺はちゃんと二人が互いに思い合うのなら祝福することもやぶさかではないぞ? だが、エジプト神話圏においてはおよそ全ての神格は自然の権限であり、婚姻などの人間の文化を司る神格はあまりいなかったはずだから、もしも結ばれたとしても加護をやることは出来んがな。

 

「……」

「……」

 

 メトメガ(ry

 

 しかし、こいつら一体いつまで見つめ合ってる気なのかね。神官セトの連れてきたシャダって奴も呆れた目で見てるんだが……。

 

「で、注文は?」

「……ああ、いや、我々はここに結界を感知してきたのだ。中に罪人が隠れているとも限らなかったのでな。だが、杞憂のようだな。貴方が居るのなら、隠れられるところなど無いだろう」

「仕方なかろう。キサラの奴がここの民に迫害を受けていたからこいつを守るために色々用意してたんだよ。結界も、悪意がある奴を優先的に弾くようにできているからキサラにどうこうしようとする奴はここに入ってこられないようになっているし、こんな国にも肌の色や目の色で人を判断しないような奴が居ると教えてやりたかったんだよ」

「……なるほど」

「まあそう言う訳だから、何か頼んでいきな。記念すべき初の客だし、安くしとくよ」

「ふむ……何を売っているのだ? 非常にいい香りがするが」

「料理だよ。恐らくこの国だと食べたことのある奴は殆ど居ないだろうがな」

 

 そうして出したカレーだが、シャダはその見た目に表情を歪め、しかし香りに惹かれて一口食し―――次の瞬間、カレーが消えた。

 この国に合わせて米ではなくナンでカレーを出してみたんだが、ドはまりしたらしい。しかしそこは育ちがいいのか非常に丁寧に、しかし凄まじい速度で食べ続けているその姿は、ポセイドンと同じような物を思わせる。

 ルーの一滴も残さないようにか、ナンを千切って綺麗にふき取って食べるその姿はもうどう見てもカレー狂。目が血走っていないことだけが救いと言える。

 とりあえず、お偉いさんの顧客をゲットだ。儲けは度外視と言うか、売れようが売れなかろうがある程度は儲かるようにできているから客相手にどうこうする必要は無かったりするんだよな。言わないが。

 

「……王宮に来て料理人にならないか?」

「ならない。めんどい。王相手にタメ口きくぞ俺は。場所は違えど一応神格の欠片だからな」

「……はゐ?」

 

 なんか発音が変だった気もするが、まあどうでもいいことだろう。一部では発音が違う所為で色々と困ることもあるらしいが、俺は基本どこの言葉でも理解できるし話せる。神格ならおよそどんな奴でも持っている基本技術だからな。

 

「……」

「……」

 

 メトメ(ry

 

 お前ら一体いつまで見つめ合ってるんだっての。さっさと働け。あと神官の方は客として来たならなんか頼め。客じゃないならさっさと帰れ。営業妨害でラー呼んで対処すんぞコラ。

 




 
 今日のバクラ

「よーしテストプレイだ」

 ~バクラテストプレイ中~

「……盗賊王が何もできないまま腹パンされて盗ぞ/く王になった……アクナディンが何もしねえで平和なまま終わるゥ……」
「……やっぱ修正だ。どうにかして関わらないようにバクラの性格を弄らねえと……」
「…………」
「記憶だから弄れねえんだよぉ……」ズーン

 スリーフリーズ!

「ズーンて来たァァァァ!!? 右足の小指だけズゥゥゥゥゥゥン!!?」


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竈の巫女、引き摺り込む

 

 毎日数人程度、この店に客はやって来る。かつてメソポタミアで店を開いた時と比べるとかなりの差があるが、そもそもここで店を開いたのはカレーを売るためではなく、拠点を作るためなのだから全く問題はない。問題があるとするならば、毎日のようにやって来る肌は褐色なのに脳味噌は桃色な神官と、同じく肌は褐色だが脳の中身はカレー色な神官のことだろう。

 毎日、昼にはこの店に現れ、カレーを注文して帰って行くシャダはまだいい。ナンと水を頼んでもそもそ食べながらキサラの事を熱っぽい目で見つめているセトは、本当にどうにかならないだろうか。あいつが来るとキサラの仕事が止まってしまう。他に客が居ない時ならまだ良いんだが、あいつらが来る時には大抵護衛として兵が十人単位で付いてきて、そいつらもついでとばかりに軽く食べて行くから人手がやや足りなくなるのだ。

 一応、キサラは自分の仕事を終わらせてから行動しようとするのだが、セトが視界に入るとあっという間に行動が鈍る。見惚れるのは構わないが、仕事はちゃんとしてくれ。本当に。仕事さえちゃんとしてくれれば文句は言わんから。

 なお、護衛の兵たちは基本的に外で簡単に食べられる物しか頼まないので客としては扱っていない。ちょいとスパイスを利かせたサンドイッチはそれなりに好評だが、俺からすればやや手抜き料理だからな。本気で作るとこの時代の奴だと中毒症状で常に食べ続けていないと発狂することになりかねないから自重しているが、できる限り味を保ったままどこまで手を抜けるかに挑戦するのも悪くない。と言うか、面白い。

 

 だが、この世界において客が増えないのには訳があるらしい。どうも、心の中に魔物を飼っている存在がおり、そう言う奴は俺の張った結界を越えることができないようだ。それどころか、結界の中を見ることも、結界に気付くことも、結界によってそこに何かがある、あるいは何もないことも気付けないらしい。認識阻害結界、とでも表すのだろうか。中々に、と言う言葉すらも陳腐に思えるほど便利な物だ。

 ただ、心の中に魔物が居なければいいと言う物ではないようで、心の中に魔物が居たとしても入れる奴は入れるし、魔物が居なくとも入れない奴は入れない。魔物が活性化していなかったり、あるいは魔物の影響を抑え込むことができたりする奴ならば俺の店を見付けることができるようだし、魔物が心の中に居なくとも性根の腐ったろくでなしはこの店を見付けることができないらしい。俺の店は路地の奥の方にあるからわからないまま流す奴も多いようだがな。

 

 と言っても、一度捕まえた客は離さない。まるで蟻地獄のように、引き込まれれば出る術は無い。飛べばいいだけ? それを言うな。羽蟻でもなければ蟻地獄に引っかかる存在の中に飛べる奴はいないし、その羽蟻も巣全体の一割程度しかいないのだ。大概は引っかかった蟻は死ぬ。

 それと、最近は衛兵の中に家族連れでここに来る奴もいる。一部は家族の心の中に魔物が居るせいでそいつだけ入ることができなくて別の所に行ったりもしたが、まあそう言う事もある。客は来なくてもなんとかなる店だし、仕事が多すぎるのは疲れるからこのくらいでいい。メソポタミアの時は正直失敗したと思っている。顔繋ぎとしてカレーを売ったのは悪い事ではなかったかもしれないが、苦労に見合っていたかと聞かれると少々困ってしまう。実際見合っていない気もするし。

 メソポタミア神話圏にて手に入れることができたのは、最古のカレーの女神としての権能と、それに付随する信仰くらいなものだ。未だにギルガメッシュが生きていてくれるお蔭で普通に信仰は途切れていないし、そのお蔭でちょくちょくエンキドゥとも会って現状について話を聞くこともできる。やや繫がりが不安定な今は中々会うことができないが、もっとしっかりと繋がればいつでも会いに行くことができるだろう。必要があるかどうかはわからんがな。

 




 
 今日のバクラ

「……何回やっても何回やっても結果がほとんど変わらねぇ……盗賊王が盗/賊王になるか盗貝/戒王になるかt/o/u/z/o/k/u/o/uになるかの違いくらいしかねぇ……」
「考えろ……どうにかして俺への勝ち筋を見つけ出せ……絶対に負けるゲームなんざ御免だ。このゲームだってちゃんとゾークを復活させる前にバクラとアクナディンを接触させずにバクラを殺せば何とかなるようにできてるんだ。俺にだって勝ち筋が……」

「…………! 閃いた!」

 バチィィンッ!!

「ヒラメ痛ァァァァァァァァァァァッ!!?」


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竈の巫女、両断する

 

 現在の王から見て一代前、つまり先代の王であるアクナムカノン王の墓を荒らした盗掘者が出たと言う話がホヒ(仮)から出てきた。ホヒ(仮)はいまだに俺の近くに時々現れては愚痴を言ったり苦労話を漏らしたりしつつ小遣い程度で頼めるちょっとした菓子をつまんでいく。他の神官が来たときのために全身を覆い隠すマントのようなものを着ているが、セトを除いた他の神官達が見て見ぬふりをしているのには気付いていないようだ。だからこいつは甘いと言うんだが、まあその辺りは俺が注意してやらなければいけないことではない。師匠であるマハードが何とかしてやらなければいけないことだ。

 注意力の欠如。魔術師としては割と致命傷な気がするが、この世界において多くの場合魔法陣を張って魔法を使うのではなく、なんらかの呪文を唱えることで魔法を使うらしい。だからこそ気を抜いている時であっても呪文の詠唱だけは気にするように習っているらしいが……俺がちょっと聞き齧って唱えてみた呪文にも警戒しなかったので完全に油断し、気を抜いているらしい。

 それと、この話はどうやら墓守の一人が外出していたところに偶然墓荒らしがやってきて墓守の一族の殆どを殺して行ったが外出していたそいつだけは難を逃れ、殺されていた一族の死体を見てから墓を見に行ってみたら荒らされていたと言う事が分かったらしい。

 そして、即座にその墓守は王宮に馬を走らせてこの事を伝えた結果、現在王宮は非常に騒がしいことになっているとか。

 

 心底どうでもいい。

 

「何で心底どうでもいいって顔をしてるの!? 大事件だよ!?」

「どうせあと三千年も過ぎたころにはピラミッドと言うピラミッドは盗掘屋の手で内部の黄金から外壁の化粧石まで丸ごと全部持ち去られて酷いことになるんだからこのくらいで大事件だのなんだのと言われてもな」

「そんなことになるわけない! 王の墓所は絶対に守られるんだから!」

「今回、その守りとやらが抜かれたわけだがその辺りはどうなんだ?」

 

 ぐっと押し黙るあたり、自覚はあったのだろう。ここでまだ騒いだり言い訳をしたりするようだったらここから先の話は聞き流していたところだが、こういう賢い奴なら話をしていて不快ではないから続けられる。俺の周囲にはこうした理性的な奴が多くて助かるな。

 それに、俺が言ったことは少なくとも俺の知る未来においては事実でしかない。俺の住んでいた世界においては盗掘者に襲い掛かる魔物の封じられた石板だとかそう言うのは存在していなかったんだが、それでもこれから神秘がどんどんと薄くなっていくことを考えればそう言った未来も現実味を帯びてくることだろう。

 結果としてはそう変わらない訳だが、もしも俺の知る西暦2000年代までギルガメッシュが生き延び続けたならば、俺の知っている世界に魔法あるいは魔術と言う物がねじ込まれる可能性もある。

 科学と魔術が融合し、人間の中の一部が魔術師あるいは魔法使いとして御伽噺では無く存在することになるかもしれない。

 国家的な資格に霊媒師や占い師と言うオカルトチックな物が入り込み、人間が生きて行く上で数度くらいはオカルト的な事件に巻き込まれたり、あるいは世界的な大事件に魔術師や霊媒師と言った存在が一枚かむことにもなるかもしれない。

 もしも、もしもではあるが、そんな世界が本当にできてしまったとするならば、それはそれでまた面白いことになりそうだ。どんな結果に終わるかは俺にもわからないが、大きな事件も小さな事件にも魔術や魔法と言った物が関わったり、あるいは神秘に触れ続けた人間の一部が変異を起こして超能力的な物を発現させたり、そう言った超能力者的な人間が人類の大部分を占めるようになったりする可能性も十分に考えられる。

 さて、そうなった時、極一部の優秀な人間によって守られている王家の墓の防衛機構と、無数の弱者による波状攻撃と、どちらの方が上回るのやら。

 

 ……まあ、そうなると決まったわけではないんだがな。

 




 今日のバクラ

「……よし、進んだ。このまま王宮に乗り込む日を少しずらして、こいつが王宮にいない日を狙えば記憶の通りに進むだろう。長かった……」
「……ファ!? シャダ強ェェェェェェェェェェェェェェェェ!!? ナンデ!? シャダナンデ!?」

 コユビツブスベシ、ジヒハナイ

「アイエェェハサン!? ハサンナンデ!?」

 パァァァァァン!!

「ケツがぁぁぁぁぁぁぁぁァァッ!!?」


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竈の巫女、ゲーム開始

(なお、ゲームは未だプレテストの模様)


 

 恐怖というものには鮮度がある。いつまでも続く恐怖や絶望といった感情は心を殺し、感覚は鈍くなっていく。それは負の感情だけではなく正の感情でも同じことであり、慣れはその全てから振れ幅を奪う。故に、大きな感情を利用するならば一度目にやるべきなのだ。

 だが、たまにその振れ幅が大きすぎ、何の反応も返せなくなる事がある。そういう時には何もできないので多少なれて行動できるようになるまで待った方がいいが、余裕がありすぎると色々と面倒なことになりかねない。例えば、権力を持っているものならば自分の惚れた女を無理矢理に自分の嫁にしようとしたり、金を持っているものならば金にものを言わせて無理矢理にでも自分の意思を通したりな。

 

 さて、俺は店をキサラに一時的に任せ、さらに『守護者スフィンクス』を番犬代わりに置いてきたんだが、俺の目の前では今まさに裁判が行われようとしている。こいつがアクナムカノン王の王墓を暴いた奴だと言うが、実際のところそんなことができる程の大物にはどうしても見えん。それはこいつの心の中に潜む魔物を見ても同じ意見だ。

 そうだな……神がゲームとして使っているカードで言えば、攻撃力はいいとこ800から1200程度。防御力についてはそれよりも低い400から700程度と言ったところか。それも特殊な効果を持っているわけでもない、はっきり言ってクズカードと呼ばれてもおかしくない奴らだ。

 まあ、そんなクズカードと呼ばれるような奴らでも使い方次第では凄まじい効果を得られたりするんだが、それは蛇足だ。態々この場でそれを言う必要は無いし、意味もない。それに、今まさに結構な強さを持った魔物が……いや、魔物と言うよりは精霊か。精霊がここに迫ってきている。それも、非常に独善的な心から生まれた精霊が。

 ……だが、独善的ではあるが間違いなく芯の通った存在だ。こういう輩の精神は間違いなく強い。復讐心によって身体を支えていたメディアのように。あるいは愛のために生き、神の試練をも乗り越えたアルカイオスのように。善であれ悪であれ、心の強さが実力に直結する精霊や魔物と言った存在とは非常に相性の良い在り方だと言えるだろう。

 

 まあ、相性が良いからと言って勝てると言う訳じゃないがな。強い魔物を場に出せたから勝てると言うわけでもないし、落とし穴で破壊されたり神宣で効果を無効化された上で破壊されたり、クロスソウルで生贄にされたりすればあっという間に引っくり返る。

 さて、ここで最近カレーに溺れつつある神官シャダとシャダの護衛としてよくうちにカレーを食べに来る衛兵達を見てみよう。

 

 神官シャダ

 魂力ゲージ6本(ラスボスであるゾークは3本。中ボスは2本)

 精霊

 カレー色したゼルア

 ゼルアチョップはパンチ力(攻撃力3800)

 ゼルアキックは破壊力(守備力4200を攻撃力に加算できる。守備力は減らない)

 ゼルアウィングは空を飛び(一部の地形効果を無視する)

 ゼルアビームは効果封じ(魔封)

 

 ……オベリスクは確か攻撃力4000だったな? 大分強いなこいつ。

 

 そして親衛隊のうちのカレー好きだが、こいつらは基本的に攻撃力よりも防御力の方が強いらしい。衛兵と言う防御型の兵だからかね?

 

 カレー好き衛兵(平均)

 攻撃力200

 守備力2400

 効果:攻撃力あるいは防御力を0にすることで逆の数値に減った数値分を加算する。また、守備表示のまま守備力で戦闘を行うことができ、この効果を使って戦闘した時には相手のモンスターは破壊されない。この効果を使って戦闘を行う場合、相手の攻撃表示モンスター以外を対象にとることはできない。

 

 ……中々のおかしさだ。しかもこいつら魔物で言えば(レベル)2か3。どう考えてもそんな低レベルモンスターの持つ能力値と効果じゃない。まったく、エジプト神話圏はまともだと思っていたのに、全然まともじゃない。どうなっているのやら。

 まったく、ギリシャ神話圏やケルト神話圏もそうだが、エジプト神話圏も中々に地獄だな。

 

 




 
 今回のバクラ(ゲーム内含む)

盗賊王「精霊獣(ディアバウンド)!毒牙連撃覇!」
衛兵A「究極!千撃螺旋突貫!」

 draw!

バクラ「衛兵の技と今のディアバウンドの必殺技第一段が引き分けるとかふざけんなよオイィィィィィィィ!!?」

衛兵B「奥義!ガトチュエロスタァイム!」
衛兵C「秘技!ヒテンミトゥルギスタァイルオトリヨセェェェェェ!」

バクラ「ディアバウンドが死んだ!? こいつら人間じゃヌェ!」

衛兵D「フタエノキワミアッー!」

バクラ「盗賊王が盗/z/o/k/u/王になって死んだ!? っざけんな!」ダン!

 ザクゥ!

バクラ「足踏みしたら画鋲が小指にイ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ェ゙ェ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」


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竈の巫女、物見遊山

 

 王宮内部で神官達による裁判が行われている中、その外、王宮の入り口付近にて激戦が繰り広げられていた。過去形だ。もう終わった。

 王宮を守護する衛兵達と、自称『盗賊王』バクラ。憐れなことに盗賊王は胴体を粉々に砕かれて屍を晒すことになったようだが……最近、この世界が何度か繰り返していることに気付いた。

 具体的には、王の顔が消えているのに誰もが気付かなくなってからの事だ。初めは確か、俺の店に盗賊王とか言う奴がやって来たとき、腹パンしたら死んだんだが即座に『そいつが俺の店に来なかった世界』に世界そのものが修正された。そう考えると、この世界そのものがある種の記録や記憶によって形作られている世界だと言う事に気付く。神々が治める世界がこうして簡単に剪定されるようなことはそう無いので、世界そのものは変えないまま記録を再生し、そこで色々と改造したり遊んだりしているのだろう。

 一種の箱庭とでも言うのだろうか。だが、どうにも実験施設のようにも見えてくる。

 この世界を加速させ、どんなことをするとどんな影響が出て、どんな結果になるのかを何度も何度も確認しているようにも見える。俺を放り込んでみたのもその一環と言う訳か。

 ヘスティアである俺は気付いていただろうから……情報制限してやがったな?

 

 まあ、これはこれでアリだ。中々に面白い。全てを上から知っている状態での行動もゲームらしくて悪くはないが、本格的に世界に入り込むならこうして自分で様々なことを試してみなけりゃな。

 それに、見た感じここはいくらか失敗できる世界らしい。失敗してもある程度まで無かったことにできると言うのは今さっきの流れを見てもわかるし、同じ顔で同じ力を持った盗賊王が何度も現れているにも関わらずこの世界の衛兵達が全くそれを気に止めていない。まるで鬼難易度のゲームの始まりをクリアできるようになるまで何度も何度も繰り返しているかのように。

 だったら俺も同じように色々と遊ばせてもらおうじゃないか。この世界がどうなるかはわからないが、一度面倒を見ることを決めた相手を見捨てるのは少々俺の精神衛生的によろしくないからな。色々と仕込ませてもらうとしよう。

 

 何度も同じところを見せられていると少々飽きてくるんだが、見ている限りではどうやら主人公役……と言うか、何度も繰り返す原因となっているのはまず間違いなく盗賊王と呼ばれている男の死だと言う事が分かった。もしかしたらこれは対戦系のゲームであり、顔の消えた王に新しく顔が入っていないのはプレテストのようなことをしているからかもしれない。あるいは、普通に顔が無い状態が普通、と言うかモブキャラのような状態になっているのかもしれないが、流石に神官たちには顔があるのに王にだけ顔が無いと言うのもおかしな話だろう。神官たちどころかそこらを歩いている明らかな町民Dのような存在にも顔があり、声が当てられている。この中で唯一顔の無い存在と言うのは、やはり不気味と言わざるを得ない。

 しばらく、この王都を見回ってみるとしようか。何があるかはわからないが、もしかしたら面白いものと出会う事ができるかもしれん。具体的に? 知らん。わからないから人生は面白いらしいぞ?

 

 そうそう、最近ホヒ(仮)が精霊を宿したらしい。めでたい話だが、その精霊と言うのがまた面白おかしい存在で、ほぼ自立して動き回ると言うのだから出した本人も少々困っているそうだ。

 そんなホヒ(仮)の精霊がこちら。

 

 カレー・マジシャン・ガール

 カレー属性 魔法使い族

 攻撃力2800 守備力2400

 効果

 カレーに影響された存在の攻撃力と防御力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と防御力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と防御力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と防御力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と防御力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 これらの効果は重複する。

 

 凄い精霊を手に入れたもんだな。よく店に遊びに来てカレー食って帰って行くんだが。

 




 
 今回のバクラ(ゲーム内含む)

盗賊王「螺旋波動!」
衛兵A「憤怒ぅ!」
衛兵B「あの螺旋の回転と逆方向に槍を回転させ、螺旋波動を打ち払った!」
衛兵C「今だ!」
衛兵D「我ら必殺の!」
衛兵A・B・C・D「囲んで棒で叩く!」
―盗賊王→「ギャァァァァァ!」

バクラ「こいつら強すぎィ! しかも最後刺されてるし!? 貫かれてるし!?」

 ツラヌイテホシイト モウシタカ

バクラ「帰れ。マジで帰れ。股間いきりたててないでほんと……おい、なんでこっちにじりじり近付いてきてんだ。俺様にはそんな趣味は―――」

 ヤ ラ ナ イ カ

バクラ「アッ――――――――――――――――!!!」




























(一応無事です。多分)


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竈の巫女、墓荒らし

 

 この世界はやり直しが効くから遊べるが、必ず遊ばなければいけないわけではない。遊んでもいいし、真面目に働いてもいい。今日もシャダとお付きの衛兵達がカレーを貪るように食べ、神官セトはようやくキサラと少し話ができるようになった。長かったな。

 そう言えば、キサラだ。キサラの内側には白い龍が居たんだが、最近なんだか白からカレー色に染まってきている。カレーの染みはなかなか落ちないし、恐らくこの変化も元には戻らないだろう。薄くはなるかもしれないがな。

 ブルーアイズターメリックドラゴン……まあ、単語のバランス的には悪くはないが、ホワイトとかブラックの方が合っているな。元々白だったわけだし。

 しかし、白かった頃よりも能力自体は上がっているように見える。本来持っていなかった効果も持っているようだし、他のカレー精霊との相性も悪くない。

 

 ブルーアイズ・ターメリックドラゴン

 カレー属性 ドラゴン族

 攻撃力4500 守備力3800

 効果

 場にカレー属性の存在が居る限り、この魔物は攻撃対象にならない。

 このカードが場に居るとき、自分の場のカレー属性の存在は戦闘で破壊されず、戦闘ダメージを受けない。

 この魔物が場に居る限り、フェイズ毎にカレー属性の存在は攻撃力・防御力・魂力(ライフ)が2000上昇する。魂力は上限ごと上昇し、上昇値分回復する。

 

 これはやばいな。最悪俺でも負けるぞ。主にターン毎ではなくフェイズ毎の上昇ってのがやばい。

 言ってみれば1ターンの間にドローフェイズで一回、スタンバイフェイズで一回、メインフェイズ1で一回、バトルフェイズで一回、メインフェイズ2で一回、エンドフェイズで一回、計六回効果が発動するだけでなく、相手ターンでもお構いなしに発動するからな。はっきり言ってやばい。

 これは俺も強化が必要だな。この世界では精霊あるいは魔物は人間の強い意思によって強化されるらしい。何らかの形で意思を吹き込めば更なる強化が見込めるわけだ。

 

 そう言うことで、精霊の強化のために最近カレー作りの腕が上がってきたキサラと偶然遊びに来ていたホヒ(仮)の精霊であるカレー・マジシャン・ガールに店を任せてアクナムカノン王の王墓へやって来た。ちなみにカレー・マジシャン・ガールは一日カレーの大皿8杯までの無料券で釣ったら釣れた。はっきり言ってちょろい。

 しかしそんなちょろいカレー・マジシャン・ガールだが、実力は確かだ。神官シャダや衛兵達も時々見回りついでに寄ると言っていたし、まあ問題なかろうよ。

 

 アクナムカノン王の王墓に来た理由は簡単だ。ここが荒らされていると言う話なので、ここに盗掘に入って死んでいった盗掘者達の魂を集め、怨念やら何やらを抽出してからエジプト神話世界……とは少し違うが、この世界の冥界に放り込むためだ。

 抽出した怨念や憎悪、恐怖や後悔などの無数の感情は炉に放り込んで分解し、純粋なエネルギーとして自作の精霊に吸収させる。結果的に俺の精霊は力を増し、冥界に行かずに現世に留まる霊魂は減り、ついでに罠もよりえげつなく改造するから新しく入ってくるのが難しくなる。一石三鳥か。

 アクナムカノンのが終わったら次は近場のピラミッドにでも行こうかね。どうせそこでも大量の罠で殺された盗掘者の死体と霊魂で溢れ返っているだろうし、その辺りのも纏めて頂いていくとしよう。どうせ本来捨てとく物だろうしな。資源は有限だ。有効活用有効活用。日本のもったいない精神は未だに俺の中に生きているからな。

 ……三つ子の魂百まで、ってのはよく聞くが、まさか億年単位の時間が過ぎても変わらないとは思わなかった。驚きだ。このままなら神として俺が死ぬまで変わらないかもしれないな。

 

 




 
 今日のバクラ

「クッソ……ケツは守りきったがなんかすげえ汚し尽くされた気分だ……必死になりすぎて進めた場所も忘れたし……」
「はぁ……また始めっからか……」
「……!? はぁ!? アクナムカノン王の王墓で盗賊王が死んだ!? 何があった!?」
「…………罠が近代化されてる……だと……!? この時代に赤外線照射装置とか無いだろ……どうなってんだよ……!?」

 Y<タイヨウバンザイ!

「徹夜明けの目に太陽光がァァァァァァァァ!!」


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竈の巫女、強くする

 

 王家の谷と呼ばれる場所がある。そこは名前の通りに王家に関わる場所であり、具体的には数々の王墓がそこに存在している。

 その近くに隠れるようにしてあるのが、盗掘者たちが集まってできた盗掘者の村、クル・エルナ村。今となっては廃村だが、そこでかつては虐殺が起きていたと言う。当時の王であるアクナムカノン王が命じた千年アイテムの製作。その製作のために九十九人の生贄が必要だったため、犯罪者であった盗掘者たちの村を襲って贄とした、らしい。

 とは言え、アクナムカノンがそのことを知っていたかどうかは定かではない。千年アイテムを作ることを命じはしたが、それを作るために贄を必要とするかどうかを知らなかった可能性は十分にある。責任が無いわけではないから何を言おうと無駄ではあるんだが。

 

 さてそう言う訳で、この場所には怨念が大量に存在しているわけだ。人間ってのは実に欲深く、厄介で、自業自得を認めたがらない我儘な存在だな。俺もだが。

 そうした怨霊から怨念を抜き出して、霊体は冥界へ送って怨念自体は純化して精霊の強化に使う。怨霊そのものを使えばそいつが存在している限り際限なくエネルギーの湧き出す炉を作り上げることもできなくはないと思うんだが、それをやると流石に切れられるかもしれんからな。オシリスあたりに。ここでは関係無いかもしれないが、事実上エジプト神話圏の冥界の支配者はオシリスだからな。

 効率は悪いが、それでも冥府を支配する神格を相手にするのは面倒臭い。それはかつてエレシュキガルを相手にした時にはわかっていたし、あの時も正直ギリギリだった。あっちが俺と同じように人間に降りていなかったら危ないところだった。あの時ほど色々と権能をかじっていてよかったと思ったことはない。死の権能のおかげでこっちもあっちの行動に対処できたわけだし。

 そこで、狂化強化された俺の精霊がこちら。

 

 Sin モウヤンのカレー屋

 カレー属性 幻想神族

 攻撃力0 守備力0

 この魔物は攻撃対象として扱われない。この魔物が存在している限り、カレー属性の存在の攻撃力と守備力、魂力の上限が現在値の二倍まで上昇し、最大値まで回復する。上限が存在しない場合、バトル開始時の二倍の値が適応される。

 呪い及び毒と言った悪性の状態異常を無効化し、そのターンに死亡した存在を任意で復活させる。

 破壊及び除外された時、『Sin 怒れるモウヤンのカレー屋』を手札・デッキ・墓地・エクストラデッキ・除外された中のどこかから特殊召喚する。

 

 Sin 怒れるモウヤンのカレー屋

 カレー属性 幻想神族

 攻撃力8000000 守備力8000000

 一度Sin モウヤンのカレー屋が召喚されていなければ召喚・特殊召喚できない。Sin モウヤンのカレー屋が一度召喚されているにも拘らず場に存在しない時、手札・墓地・エクストラデッキ・除外されている中から特殊召喚できる。

 この魔物が場に存在する時、フェイズ毎に相手の魔物は攻撃力と守備力が5000ずつ減少する。攻撃力と守備力のどちらかが0あるいは0を下回った場合、そのモンスターは破壊あるいは除外される。破壊か除外かはこのモンスターの所持者が任意で決定できる。

 この魔物が場に存在する時、相手は攻撃できる全ての魔物でこの魔物を攻撃しなければならない。攻撃しなかった場合、攻撃しなかった魔物一体ごとに魂力(ライフ)を4000支払わなければならない。

 この魔物は相手に攻撃された時、相手の攻撃力の二倍攻撃力が上昇し、相手の守備力の二倍守備力が増大する。

 この魔物は敵召喚者を直接攻撃できる。

 この魔物の攻撃時、相手は魔法・罠・効果モンスターの効果と発動を無効化される。

 

 わぁきょうかされてる。うれしいなぁ(棒)

 ……数千年の王族の妄執やら盗掘者の怨念やらを取り込んだ結果がこれか。まあ、目的は達したし、そろそろ戻るか。

 




 
 今日のバクラ

「……ん? んん? 盗賊王の強化用の怨念が……消えたぁ……!?」
「しかも元々やばい奴がさらにやばくなってやがる!?」
「……効果的にこれゾークよりやばくね? マジで。戦闘になったら負け確じゃね?」
「…………どーにかしてこいつに勝たなきゃならんのか……関わらないようにしても逃げ切れないんだよなぁ……無理くせぇ……」
「……うっ、胃が……」

 オコユビチョウダイ!(ザクゥッ!)

「伊賀ァァァァァァァァァァァァァ!?」


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竈の巫女、一時帰還

 

 カレー屋が凄いことになっていた。繁盛しているかと言われればそんなことはなく、まあいつもと変わらない程度に客が入っているようなのだが、その代わりにずいぶんと騒がしくなっている。

 何があってこんなことになっているのかと中を覗いてみれば、新しいバイトことカレー・マジシャン・ガールと、その主であるはずのホヒ(仮)が何故か接客をしており、更にキサラは厨房でカレーをコトコトと煮詰めているようだった。

 神官シャダは出されたカレーを一心不乱に貪り、神官セトはキサラの作った物であろうカレーを静かに食べている。

 何が騒がしいのかと言えば、仕事をしていない時のカレー・マジシャン・ガールとホヒ(仮)の言い合いだ。出したのは自分なんだから少しくらいこっちの言い分も聞けと言うホヒ(仮)と、一度出てからは自力で出続けているんだから知ったことじゃないと言うカレー・マジシャン・ガール。どちらにも言い分はあり、ある意味どちらも正しいのかもしれないが、そんなことはとりあえずどうでもいいから静かにしてくれ。

 食事をする時には、救われていなくちゃならないそうだ。静かでなくともいいし、豊かでなくともいい。だがどんな状況であっても、食事だけは救われていなくちゃならない。俺はそう思う。

 

「つー訳で正座」

「えっ」

「正座。はよ」

「あの」

「はよ」

「……はい」

 

 二人が正座をしたところで、ちょっと本気のカレーを出してみた。店の中に居る全員の視線が俺の持つカレーに集中した気がするが、俺はそれを無視してカレーを食べる。

 このカレーは、この時代からすればちょっとした奇跡の代物だ。何しろマジモンの神話の神が手ずから作り上げた神器から生まれた食材のみを作って作り上げた物。体質や口に合うかどうかはわからないが、神秘が大量に含まれているために一度喰らえば魅了されること間違いなし。好き嫌いはあると思うから間違いなしってのは言い過ぎかもしれんがね。

 だが、少なくともここにいる奴には効果抜群だったらしい。じゅるじゅると涎を垂らしてちょっと人には見せられない顔をしているお嬢さんが二人と、キリッとしているように見せかけてぼたぼたと滴を落とす神官が一人。そして涎を垂らしてはいないもののこの三十秒で八回ほど生唾を飲み込んだ男女が一組。衛兵達はじっと見つめつつもその香りをおかずにもそもそとナンをかじっている。

 とりあえず涎で床を汚し続ける奴らには後で掃除をさせるとして、俺は自分のカレーをみるみる減らしてしまう。食べさせる気は無い。これを人間が食べたらえらいことになるのはメディアでよーく理解したしな。

 カレー中毒になり、カレーを毎日食べなければ手が震え出して魔法陣すらも描くことができなくなってしまう。それどころか三日間食べずにいれば幻覚症状を。一週間食べずにいるとまるで自分の手が腐り落ちているかのように振舞うその姿には、哀愁を感じさせられた。

 幻覚症状とは言え、人間は心の底から信じ込んだことを身体に真実として映し出してしまうことがある。熱くもない火箸を当てられて肌に火傷をしてしまうように、腐ってもいない肉片が腐り落ちて行くようになってしまうかもしれない。

 だからこそ、このオリジナルは神格相手でなければ決して食わせることはできない。それも、神格の中でも特に格の高い奴でなければ戻ってこられなくなる可能性すらある。事実、ギリシャ神話と言う人類史においてはそこまで古くもない神話形態の中ではカレーに溺れた神格は何柱も存在しているのだから間違いではないだろう。

 ……いやまあ、ギリシャ神話自体は人類史の中ではかなり古い方に入るんだが、それ以前の人類史に残っていない神話の神格どもは本当に頭がおかしくなるほど厄介な奴が多すぎるからな。なんだあいつら。ババ抜きやってたらいきなり真実の瞳でこっちだけ手札全公開させられたような気分にさせてくれやがる。俺も存在が反則だろとはよく言われたが、あいつらほどじゃない。

 

 ……世界の裏側に落ちていたあいつらをなんとか俺だけで滅ぼした結果、色々とやばい権能が手に入ったしな。頭おかしすぎるだろうよ。なんだこれ。

 




 
 今日のバクラ

バクラ「……よし、信仰だ。こいつをゾーク・ネクロファデスの狂信者にしよう」
バクラ「そうすれば憎悪やら復讐心やらに加えて信仰でパワーアップできるはず。それに加えて俺様の目的のためにも動かしやすくなる」
バクラ「これでなんとか……できればいいんだがなぁ……神様邪神様ゾーク様!」

 キクガヨイ! バンショウハナンジノナヲサシシメシタ・・・・・・

バクラ「……あん? 鐘の音?」

 コクシノハネ、ユビヲタツカ! アズライール!

バクラ「小指がぁぁぁぁあああア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ェ゛ェ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!!」


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竈の巫女、捕縛する

 

 いやしかし、懐かしい。俺がこうして他人を縛り上げたのは、俺の義理の娘の妻が俺の家で致そうとしたのを止めた時以来だ。

 その前はアポロンハムを作ろうとした時で、さらにその前はゼウスの暴走を止めた時だった気がするな。まったく、ギリシャ神話の神々は暴走するやつが多すぎる。暴走するにしても他人に致命的な迷惑をかけないように気を付けつつの暴走ならまだしも、自分の安全すらも度外視した欲望の暴走が多すぎる。本能的すぎるのも困ったものだ。

 その欲望が生物的な物だったらまだしも、生きるのに必要のない欲の暴走と言うのもまた救えない点の一つでもある。俺が縛り上げるのも仕方無いだろう。

 

 それはそれとして、縛り上げたままぶら下がっているこの阿保娘二人をどうすればいいだろうか。流石に亀甲縛りはやり過ぎだと思い蓑虫のように縛り上げたのだが、その状態でぷーらぷーらと揺れて楽しまれてはなぁ……。

 

「むもむんむむぃ!」

「はふへぇ!」

「聞こえんな。カレーが美味くて何も聞こえん」

 

 楽しんでないだの助けてだのと言った言葉なんて全く聞こえん。全くもって聞こえん。さて、俺は食事も終えたことだし仕事に戻るとしようか。

 

「( ゚q゚)」←涎だらだらなシャダ

「( ゚ー゚)」←涎を呑み込むセト

 

 何と言うか凄く見つめられているが知らん。こんなものを現在の人間に食わせられるかと。神代の存在、それも神格すらも魅了したカレーだぞ? 今の人間なんぞが口にしたらカレーのために生きカレーのために死ぬ亡者になりかねん。

 俺はちゃんと色々考えているんだ。その時代の人間が食べても全く問題の無いように成分やら神秘の量やらを調整して、後遺症やら依存傾向やらを確認した上で『なくても死にはしないし生きる屍にもならない』と言う量を選んで作っている。

 ……考えないで作った結果が古代メソポタミアのあのカレーであり、あの現象だ。まさか三週間程度で神格が正気を失うとか、予想できるわけが無い。ギリシャ神話での依存については俺の口から出まかせが予言の権能を通じて真実になってしまったからそうなったんじゃないかと思っていたし、世界が違えば予言の効果も失われるはずだと思っていたからあの時には割と本気で驚いたものだ。

 それ以降はちゃんと実験やら何やらを繰り返して食べられる物を作ってきた。その時代に存在する神秘の濃度から逆算してある程度の試算はできるようになったし、そこまで難しい事でもない。昔は死罪が確定していた奴に何度も何度も食わせて影響やら何やらを確認したりしていたのだから、ずいぶんと効率的になったもんだよ。

 

 

 




 
 今日のバクラ

「小指……絶対切断されたと思ったのに、切れていない、だと……!? どうなってやがる……?」 ※魂だけ切られています
「だが、動かそうとしても小指だけが動かねぇ……いったい何が起きてやがる?」 ※小指だけ支配権がバクラから獏良に移っています。
「……まあ、痛みも感じなくなった。これなら後は左の小指を守れば」 ※フラグ成立

 ザバーニーヤ!(小指の神経を映し出して梳る)

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


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竈の巫女、発見する

 

 盗賊王と名乗っていた男がいる。だが、今回の盗賊王はこれまでの盗賊王とは一線を画する存在であるようだ。

 王都に来たばかりの盗賊王は、これまでは盗み出した黄金を身に纏い、先王のミイラを引きずっていたが、今回は明らかに違う。

 黄金の代わりに鉛でできている小さな千年アイテムのレプリカを纏い、ミイラを引きずる代わりに小さな千年アイテムの型となったのだろう石板を引きずって歩いている。

 ……今までの盗賊王は剪定されて無くなったのかもしれんな。となると、これまでより遥かに厄介なことになるかもしれん。

 恐らくだが、ここで殺すと即座に周回に入るだろう。こいつを放置した場合にどうなるかを確り見ておくとしようか。今回も王の顔が無いから恐らく成功しようが失敗しようが関係なくやり直しになるだろう。

 あえて今回だけは何の手出しもしないで簡単に事を運ばせておいて、本番になったら思いっきり難易度を上げていくのも面白そうだが、流石に辞めておくとしよう。あまりにも酷すぎる。ゲームで言えばクソゲー扱いすらしてもらえないクソゲーになるぞそれは。

 

 それはそうと盗賊王だが、俺はあいつの目に見覚えがある。具体的に言えば、狂信者だ。

 ある存在を信仰し、盲目的にその存在のためだけに行動する。その存在が実在するか等と言うのは狂信者にとってはどうでも良いことだし、そもそも存在ではなく自身の行動であったり自分自身の行動の全てが正義の名の元に赦されて然るべきだと本気で思い込んでいるような頭のかわいそうな誰かさんも狂信者の枠に入る。

 まったく、面倒な存在になりやがった。何が面倒って、こういう奴は自身一人分の信仰でそれまで存在していない神格を実在のものにしてしまうことがあると言うところだ。非常に面倒だし、はっきり言ってそう言う奴が考え出した神格は大概頭がおかしい。これは過言ではなく単なる事実であり、ついでに言うと体験談でもある。狂信者は面倒臭い。本当に。

 そんな面倒臭い盗賊王だが、今はかなり大人しくしている。今までは現れた途端に王宮に乗り込もうとして衛兵たちにボロカスにされていたんだが、今回はもう少し頭を使うように……いや、どちらかと言うと目的意識の違いかね。王を辱めて殺し、邪神を復活させて力を得ることで地上を盗むことを目的とする訳では無く、邪神を復活させることを目的として行動しているようだ。気配察知系の技術は非常に便利だな。中国拳法ではこういう技術を圏境とか言うんだったか? 華雲邪神スキルで武術やらなんやらの結果に補正がかかっているから助かる。

 どうやって復活させようとしているのかを見てみれば、千年アイテムを集めるのを第一候補として、第二候補として自分で千年アイテムを作り上げてそれで冥界への門を開けることも考えているらしい。鉛でできた千年アイテムはそのための意思表示のような物なんだろうな。

 

 ……記憶やら夢やらと言った非存在系の権能は持っていないが、魔術やら道術と言った技術で補うことはできる。人間の記憶を覗き込むくらいならばそれこそ指先一つをちょいと動かす程度の労力しか使わずに。できるようになったのは割と最近の事なんだが、それでもできることに違いはない。

 スカアハだとか、ギルガメッシュだとか、そういった人間かどうか怪しい奴を相手にそういうことをしようとは思わないがな。そもそもできるかどうかが問題だ。できないだけならともかく、俺がそれをやったとバレたら空間やら世界を越えて反撃してきてもおかしくないからな。

 まずは、自分の精霊獣を単体で王宮に突っ込ませて様子を見るつもりらしい。真正面から行くのではなく、自分の能力を使って一人一人暗殺していくつもりらしい。狂信者ってのはこれだから困る。復讐者だったら復讐に思考が凝り固まっているからまだ扱いやすいんだが、狂信者は何をやるかわからんからな。

 




 
 次回からちょっとベル視点を離れます。

 今日のバクラ

「……よっし!これならだいぶ楽に動かせる!しかもこっちの存在がバレなければ千年アイテムを集めるのもかなり楽になるぜ!」
「気分がいい。すっげぇ気分がいい。今なら小指を差し出してやれるぜ」

 ヒャク ヒク ナナハ…?

「……前言撤回。最悪の気分だ」

 ベリィッ!!!

「爪ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ッ!!!?」


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盗賊王、暗躍する

すわかな二日目、書いてます


 

 この身に宿る怨念が身体を灼く。家族を殺した兵を。兵を率いた将を。そしてその命令を下した王を。王の遺した全てを壊せと囁きかける。

 壊せ。壊せ。王の権威を示す王宮を。

 殺せ。殺せ。王に従う民草を。

 潰せ。潰せ。王に向けられる信仰を。

 

 壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊し尽くして。

 灰塵となった都に新しく都を作ろう。

 王となるのはゾーク様。偉大なる大邪神ゾーク・ネクロファデス。私はそれに仕える神官。

 冥界に封じられしゾーク様を、現世に解き放つために。冥界との契約により、ゾーク様に支配されない世界を灰塵へと帰すために。私はあらゆる難題を成し遂げよう。

 

 必要なものは、神官達の持つ千年アイテム。そして故郷にある石盤。七つの千年アイテムを石盤に安置すれば、冥界への扉を開くことが可能となる。

 その為には、神官を殺さなければ。神官から奪わなければ。クル・エルナの怨念の宿る宝物を纏う神官から、武器を権威を宝物を、全て奪い尽くさなければ。

 精霊魔獣(ディアバウンド)を大地に潜ませ、密かに王宮へと向かわせる。暫くは様子を見て、一度に奪える時を見計らって奪う。

 その為ならば、何年でも待とう。十年でも二十年でも待とう。じっと、虫のように気付かれぬよう。蛇のように静かに這い回ろう。

 未来のために。私のために。我が神、偉大なる大邪神、ゾーク・ネクロファデス様のために。

 

「……そこだぁッ!」

 

 突然、槍が地面に潜っていたディアバウンドを貫いた。幸運にも貫かれたのは腕だ。即座に槍から逃れるように地面深くへと潜っていく。

 ……ディアバウンドの壁抜けの能力を知らないはずなのに、あの衛兵らしき男はディアバウンドの存在を見抜いて見せた。流石は王の住む王宮を守る衛兵。王墓の仕掛けなど比べ物にならないほどの実力だ。

 だが、地下深くまで潜ったディアバウンドに追撃を行うことはできないようで、更なる攻撃は飛んでこなかった。

 

 この事は恐らく神官に報告され、そして警戒はより厳重になる事だろう。

 だが、やることは変わらない。今まで通りに、あるいは今まで以上に慎重にやることをやるだけだ。

 

 




 
 今日のバクラ

「……っし!王宮には入ったな……だが、10年も待たされちゃ堪んないんだが……」
「……仕方がない。色々と必要ない所はカットしつつ進めていくかね。実際に10年はかからないだろうし」

 バシャァッ!

「剥がれた小指に酢が滲みるぅぅぅぅぅッ!!!」


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盗賊王、失敗談

 

「今のは黒魔導爆裂波(ブラック・バーニング)ではない……魔導波だ」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

魔封(ゼルアビーム)! からの闘気拳(オーラナックル)!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「我が槍を右回転! 竜巻を作り出し!」

「我が槍を左回転! 逆向きの竜巻を産み出し!」

「「二つの竜巻が敵を引き裂く!」」

「「『衛兵激烈槍』!」」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「エネルギー充填120%! 撃て! 『滅びの威光』!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「北斗残悔拳! ……貴様の命はあと0.01秒d」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「我が精霊デュオスは生贄に捧げた者の数だけ力を倍加させる! 今までデュオスの剣によって消滅させた者は586体! 587倍の攻撃力を食らうがいい! 『念波導剣(オーラ・ソード)』! オーラ・クラッシュ!!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「詠唱全略パンチ!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「……」←ぺちっと前足でディアバウンドを叩き潰す『守護者スフィンクス』

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

 テーレッテー

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「ガットツガットツガットツガットツガットツガットツガットツガットツエロエロエロエロエロエロエロエロエロスタァイム! エロスタァイム!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「右手に冥界の魔力(ヘカ)!左手に天界の魔力(ヘカ)! 合成! そして消え去れ盗賊! 『相転移砲』!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

 シンクノソラー

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「人世界・終焉変生」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「天 来 変 幻

 からのパンチ!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「貴様に足りないもの! それはぁ!

 情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ! そして何よりも!

 速 さ が 足 り な い !」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「虹の防御壁は決して敵を通しはしない……二枚の防御壁に潰されよ!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「千年秤よ! ディアバウンドとダーク・ダイブ・ボンバーを融合せよ! そして融合したダーク・ダイブ・ボンバーよ! 自爆せよ!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「オベリスクの巨神兵を召喚! そしてゴッド・ハンド・クラッシャー! 相手が死ぬまで叩き込め!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「魔法カード発動! 『洗脳-ブレインコントロール』! ディアバウンド! 自分に毒牙連撃波だ!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

「罠カード発動! 『硫酸の溜まった落とし穴』!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」

 

 やり直し。

 

星を軽ぅくブッ壊す(スター・ライト・ブレイカー)!」

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」←盗賊王バクラ

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」←神官セト

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」←神官カリム

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」←元神官シモン

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」←王

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」←ゾーク・ネクロファデス

 

 やり直し。

 




 
 今日のバクラ

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」
「……畜生。また駄目だったか……」

 やせいの イワーク が とびだしてきた!

「……ファ!?」

 イワークの たたきつける!

ぐわぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァク)!!」



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盗賊王、侵入する

 

 深く、深く、大地に潜って移動する。気配を辿られないように。例え辿られたとしても攻撃を受けないように。深く、深く。

 第一の能力である壁抜け。そして新たに手に入れた闇迷彩の能力により、太陽光の届かない場所にて姿を隠すことができるようになったディアバウンドは、暗い地下からじっと神官たちを見つめている。

 見付かりそうになれば隠れ、攻撃されそうになれば隠れ、ひたすらに身を隠して逃げ回りながら必要な情報を得て行く。鼠のように、百足のように、蛇のように、密かに動く。

 

 ディアバウンドは強い精霊だ。だが、一部の神官共はディアバウンドを簡単に滅ぼすことができる程度の実力があるようだし、衛兵すら数人がかりでならばディアバウンドと対等以上に戦うことができるようだ。どう考えても人間じゃない。

 そうして到着した王宮の地下。恐らく、罪人達への拷問や処刑を行っていたと思われる場所にディアバウンドは到達した。

 その場所は、砕け散った人間の死体と怨念に溢れ返っていた。恐らく、元々存在していた地下の大空洞に死体を落としていたのだろうが、そこには既に先住民がいたようだ。

 暗黒の中で生き続けたが故に光を感じることはできず、食物と言えば同族か、時折落ちてくる人間の死体のみ。それらを喰らいながら、この小さな先住民達は怨念を浴び、身体を変質させながら生きてきたのだろう。

 ディアバウンドの存在は、魔力の弱い者や少ない者には感知できない。しかし、ここにいる存在の殆どはディアバウンドの存在を確認しているようだ。瘴気の中で生き、瘴気に適応した生きる屍。かつて人間だったと思われるそれらは、その多くが人間の形を失っていた。

 

 ───実に、都合が良い。

 王や神官に恨みを持つ怨念と、その怨念によって魔物へと変わった人間のなれの果て。使い道はいくらでもあるし、これが居なくなっても誰も気にも留めないだろう。

 残念ながら既に死んでいるこの存在を生贄とすることはできないし、これらの存在の事を今の王は知らないだろうからあの王の民を生贄として使って作り上げた千年アイテムでこの国を滅ぼしてやると言う小さな目的の一つを果たすこともできない。

 だが、それでもここにある怨念や先住民たちは、ディアバウンドに食わせればいい養分となることだろう。怨念を纏め上げ、吸収し、より強くなる。まさかこんなところにこんないいものがあったとは。かつての王に礼でも言ってやりたい気分だ。礼を言うためだけに墓荒らしをしてやろうか? 返事は墓の黄金で良いぜ?

 

 ただ、食欲と王族への恨みだけでできている存在などディアバウンドの敵ではない。むしろ、そう言った感情はディアバウンドにとっては味方になる。

 怨念を吸収し、その場に存在する亡霊、怨霊の一切を喰らいつくす。そうすることでどんどんとディアバウンドの力が上がり、最後の一体を喰らう頃には何百、もしかしたら千年以上も熟成された負の感情を取り込んで力としたディアバウンドはこの場所に来る時の数倍、もしかしたら十倍以上もの力を得た。

 この力で、まずはあの老いぼれ神官から千年アイテムを奪い取ってやる……!

 

 ディアバウンドに調べさせている間に気付いたことがある。この王宮には、異常なほど強いものと、そうでもないものの二種類が存在している。

 強い者の筆頭は、千年錠を持つ髪の無い神官、シャダ。まさか掌圧に魔力を乗せて放つだけで数十m離れた地下にいるディアバウンドに衝撃を当てることができるなど思ってもいなかった。

 次に、一部の衛兵ども。強い奴と弱い奴が混在しており、見ただけでは強い衛兵か弱い衛兵かを見抜くことはできない。

 だからこそ、奪えそうな時に、奪えそうな奴から奪い取って見せよう。一つ手に入れるごとに、千年アイテムに宿る闇の力、クル・エルナ村の人間達の怨念を吸収して俺様……私は強くなれるのだから。

 




 
 今日のバクラ

「おっ!記憶にこんなところがあったのか……ラッキー! これでディアバウンドの強化ができるぜ!」

「……」
「…………」
「…………? 何も、起きない……のか……?」

 トントン

「ん?」

「もっと! 熱くなれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

                     _,..、__,,_ 
                   _y'彡三三≧=、 
                 ,イミt彡三三三ミミヽ、 
                 、j'ミミシ'"`ー---=ミミミミt 
                 }ミミリ   、,    Vi|リ! 
                 '、ミ! -=、_,ハ、__,.=- lj州 
                 iV rtッュ; ゙';rtッュ V^i 
                 `゙! `¨,.´ ゙、゙¨´ jリソ 
                   、. /'-、,-'ヽ ... /´ 
                  _jl | rェェェュ | ,fに丶、 
                f"´ ∧ 、'、__ノノ∧:::}  ヽ 
            ,. - ―へ、 ∧ `ー‐ ' ハ/:/  ノ^>、_ 
           /      ヽ、__ ゝ--- 'イ::/  /   `丶、 
          /   、    i「 `ヾ ̄´::::::/ rァf´       ヽ 
        /   ;  :'|    ||   l:::::::::::ん'.//  ;  ;' /   ', 
         ト.,_ '、_ ', | ;    ||   |:::::,イて//   ' / /    '、 
        ,ハ `' 、ヾj |    ||   「レ'  {ソ     ,' / ,. -__,. } 
         / `   ヽヽ l|    ||   H           { l, '  ,. -_ '、  
      /      ソ! ;|    ||   iJ         l f_ / '´  '、 
_    ん- 、 、  ,ノ ', l!     ||   |||         l ト、'  _,. -__,.ヽ 
  `¨`ヽ'^'ー ミヽヽ ノ  ,};:'    ||   |||         | | ,ゞ彡'´ -‐ ーミi 



「耳がぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァ!!!?」


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盗賊王、強奪する

 

 強くなり、新たな特殊能力も得たディアバウンドを使って王宮の探索を続ける。壁や闇に潜んでいる際に自身の気配を限りなく薄くするディアバウンドの新たな特殊能力は、これからしようとすることに非常に役に立つことだろう。

 何をするかと言えば、当然だが暗殺だ。神官を殺し、千年アイテムを奪う。奪った千年アイテムから邪念と怨念を吸収し、そして故郷の石板に捧げる。そうすることで私は世界を全て盗み出すことができる力を得ることができる。

 ゆっくりと、ゆっくりと神官の一人に近付いて行く。狙いは、千年(リング)を持つ一人の神官。少し前の模擬決闘において、神官セトの精霊に手も足も出せずに敗北していたのを見たときから、こいつを狙っていたのだ。

 神官の中でも、弱い。特に能力らしい能力は敵を封じる術と、貧弱な単発攻撃のみ。なんでこんな奴が神官になれたのか理解に苦しむが、まあそれでも俺様……私には好都合。殺して奪えばそれで終わりだ。

 それに、どうやら特殊能力を発動している間はこの神官の精霊である幻想の魔術師は動くことができない上に、抑えるだけでもかなりのコストを必要とするらしく相手が強ければ強いほどに拘束できる時間は短くなる。それ以前にその能力はディアバウンドの特殊能力の一つである螺旋波動の前では何の効果ももたらすことはできないだろう。相性の上では最高に美味しい相手だ。

 

 姿を消したまま背後からゆっくりと忍び寄り、そして……首を刎ね―――

 

「危ないお師匠サ魔導波!」

 

 突然、どこかから飛んできた攻撃によって腕が消し飛ばされた。これは、名前こそこの神官の使う攻撃と同じものだが、威力は比べ物にならない。

 私は知っている。この攻撃を使うことができる存在を、ここ数日の調べによって理解している。

 

 神官マハード。その一番弟子である魔導士、マナ。魔術の修業などほとんどしないで、それなり以上の才能でのらりくらりとしていたが、最近になって突然にその実力をはね上げたと言う噂のある魔導士。その身に宿す精霊の名はカレー・マジシャン・ガール。しかしまさか、精霊が居ないにもかかわらずこれだけの威力の攻撃を行えるとは……!

 計算外だったことは認めよう。油断していたことも認めよう。だが、それでも目的は達成した!

 

「! 貴様、それは!?」

「千年輪を!?」

 

 私の操るディアバウンドは、奪う物を奪って壁の中に姿を消した。神官の首を取れなかったのは残念だが、それでも神官の首を取るより大切なことがある。

 偉大なる神、大邪神ゾーク様をこの世界に呼び出す。それこそが私の目的であり、神官の命を奪う事は副産物でしかない。

 そして、この事から神官の中には様々な形で私の事が伝わるだろう。そこからが勝負となる。

 さあ、狩りの始まりだ……!

 




 
 今日のバクラ

「うっしゃぁ!リングゲットぉぉぉ!!」
「ようやく一つ……長かったわぁ……」

 ニャーン

「痛ってぇ! ……あん?」

 ニャーン←千年リングを持って行こうとする背中側が黒、腹側が白い二足歩行する猫

「おいふざけっ、てめっ!!」

 ニャーン←穴を掘って逃げる猫

「……」
「……糞がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


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盗賊王、襲撃する

 

 千年(リング)を神官から奪い取り、そして邪念を吸収してディアバウンドを強化する。そうしている間に、千年輪の力についての知識がどこからか流れ込んでくることも感じ取っていた。

 千年輪は、使用者の意識の一部を封じ込め、ある程度操ることができる。そして、物に染み着いた悪意などを移し替えることもできるらしい。

 これを使えば、ディアバウンドが様々な場所に私の思念を仕込んでそれに触れた者に影響を与えることでこの街を邪念で覆いつくすこともできるのではないだろうか。同時に私はその邪念をある程度吸収し、行動に移させないことで神官たちの手で邪念が魔物として封印されることの無いようにすればどんどんと邪念が広がっていくことだろう。

 その邪念に紛れれば、俺様……私の行動もまた紛れることになる。神官どもも早々気付けないだろうさ。

 上手く行けば、衛兵達にも邪念を植え付けることができるかもしれない。そうなればこっちの物。ゾーク様を復活させるのに利用させてもらおうか。

 

 ……おっと、どうやら私の事が神官団に知れたらしい。千年アイテムを奪われたことを叱責されているあの神官と、それを庇おうとしているその弟子が居る。

 どうせなら、あの神官にはまだここにいてもらいたい。無能な敵はしっかりと殺すよりも利用できるところで利用しておきたいからな。

 となると、千年錫杖を持つあの神官を今ここで叩いておくべきか。あの男はかなり強引な事をする性格に見える。あの男を抑えることができればあっちの神官もしばらくはここに残ることもできるはずだ。

 ひっそりと気配を消し、あの神官の足元に蛇の口を開いてから即座に突撃させる。

 

「! セト!」

「ぐぁっ!?」

 

 ……最低でも腕ごと頂こうと思ったが、無理だったか。千年錠を持ったあの神官……厄介だな。

 神官団の中でもあいつはかなり強い。あいつ一人が抜きんでて強く、かなり劣る所に今狙った神官が居る。後はどいつも大したことはなく、千年輪を奪ってやった神官がかなり下に……ん?

 あいつ、魔力が増してないか? 今の私なら簡単に潰せる程度ではあるが、それでも多少増して一部の例外を除いた神官を上回る程度には強くなっているように見える。

 

 だが、それでも私には届かないし、関係もない。私は即座に蛇の頭を地面に引き戻し、その場を離れる。襲撃した以上、暫くは周囲に気を配るはずだからな。今やったように簡単にはできないだろう。

 また、力を増すことに集中しよう。千年輪からの邪念吸収もまだ終わってはいない。これが終わればまた俺様は……私は強くなる。世の中段取り八割だ。準備をして、実行できるときに実行する。それが大事だ。

 地上からは『逃げられた』と言う声やこの周囲を探し出そうとそれなりの魔物を呼び出す声がしているが殆どは足音にかき消されているし、そもそもかなり離れた位置まで退避しているディアバウンドを補足するならば迷彩を無視し、壁に潜ることのできる物を呼ばなければならない。そんな魔物が果たしてそう都合よくいるだろうか?

 まあ、いないからこそディアバウンドはこうして逃げきれている訳だが。

 

 ……さて、それではまた隙を見て千年アイテムを頂くとしようか。千年輪は手に入れた。弱い者から手に入れるならば、千年秤を持つ神官か千年首飾りを持つ女神官が良いだろう。手に入れるのではなく利用するなら、千年眼の老神官も狙い目だ。邪念を入れたからと言って俺様……私と同じ目的を持つわけではないが、それでもあちらの結束を乱して動くようになってくれることだろう。

 さあ、また虫のように、蛇のように、影に、闇に潜む時間の到来だ。

 




 
 今回のバクラ

「……あれぇ? 僕の千年リングどこだろう? またなくしちゃったなぁ」

(チキショォォォォォォォォォ!!!)


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ホヒ(仮)、案内する

マハード「マナ。お前がこれほどの力を得たのには理由があるはずだ。何をした?」
ホヒ(仮)「えっと……多分、あれだと思います!」


 

「うまい……うまい……」←お師匠サマ

「おいふぃおいふぃ」←カレマジガール

「……」モッシャモッシャ←神官シャダ

 

 お師匠サマが私の実力が急に上がった理由を聞いてきたので、とりあえずカレー屋さんに行ってみた結果、凄まじい勢いでのめり込み始めた。既にカレーの皿を六つほど積み重ね、七つ目に突入したと言うのに、食べる速度は下がるどころかむしろ上がっているようにも見える。

 そしてそんなお師匠サマの倍速で食べ続けているのが私の精霊カレー・マジシャン・ガール。三倍速で食べ続けているのが神官シャダだ。あの身体のどこにあれだけの量のカレーが入っているのかちょっと理解できない。食べすぎとかそんな話じゃない。明らかに体積的におかしい。しかも食べても食べても体に反映されないってどう言うことなの……?

 

「おかわりいただけるだろうか」

「ルーだけが残ってしまっている……もう一度ごはんいただこう」

「おいふぃおいふぃ」

 

 と言うか、精霊がごはん食べるってどう言うことなの? 精霊に食事って必要だったっけ?

 世の中理不尽なことばかりだ。この店のオーナーさんがその筆頭だけれど、最近は神官シャダもまた理不尽に染まってきている。私の周りに一般人が居なさすぎて辛い。千年アイテムの力を借りて魔物を操る神官たちが一般人なわけがないから当たり前と言えば当たり前なのだけれど。

 そう言うのもあって、よくわからないままにどんどんとカレーのお皿が積み上がって行く。一皿ずつ片付けないと油で裏側まで汚れてしまって手間がかかるだろうから私は気を付けているっていうのに、いい年した大人がどうしてそんな事にも考えが回らないのだろうか? これもカレーの魔力かな?

 カレーの魔力なら仕方ない。カレーは美味しくて正気を失ってしまうこともあるからね。初めて食べた私のように。

 ……でも、なんでかな。初めて食べたカレーの方が、今食べているカレーよりも美味しく感じるんだよね。思い出補正って奴なのかもしれないし、あの時は凄くお腹が空いていたからそのせいかもしれないけれど、

 ともかく、力を得る前と得た後の違いと言えば、私はここのカレーについてしかわからない。それ以外にもなんだかよくわからない罠に引っかかって砂漠の真ん中に飛ばされたりもしたけれど、あれの後に何かがあったって言う訳でもない。やっぱりカレーが一番怪しい。カレーと言うよりもベルさんが一番怪しい。

 

 そう言う訳で連れてきたんだけれど、どうやら当たっていたらしい。お師匠サマの魔力はどんどんと増強しているようにも見えるし、それに合わせて精霊も変わってきた。

 幻想の魔術師からカレーの魔術師(カレー・マジシャン)へ。幻想の呪縛以外にも様々な効果を得て、さらにお師匠サマの魂力も上昇しているような気がする。気のせいかもしれないけれど。

 




 
 今日のバクラ

獏良「どこに行っちゃったのかなぁ……千年リング」

バクラ(猫くせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)


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ホヒ(仮)、戦慄する

「うっ……ぉ、ぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「お師匠サマ!?」


 

 お師匠サマがなんだか大変なことになった。30杯目のカレーを食べ終えたと思ったら突然立ち上がり、魔力(ヘカ)を解放した。

 その魔力はこれまでのお師匠サマとは比べ物にならないほど強く、精霊もそれに合わせてか凄まじく強くなっているのが見てとれる。

 

「魔力が高まる……溢れるゥ……」

「フシュルルルルルル……」

 

 なにこれこわい。

 金髪白目になったお師匠サマと、顔は見えないけれど物凄い筋肉に身を包んだお師匠サマの精霊は、なんと言うかこれまで感じたことのない凄みに満ちているようだった。

 正直、何でこうなっちゃったかはよくわからないけれど、ともかくお師匠サマが強くなってよかった……かな?

 

 さて、それじゃあお師匠サマの精霊のチェックを……ふぁ!? なんぞこれぇ!?

 

 

 華麗なる魔術師(カレー・マジシャン)

 カレー属性 魔法使い族

 攻撃力3300 守備力2600

 効果

 カレー属性を持たない存在の特殊効果を無効化することができる。

 カレー属性を持つ存在の効果の対象を移し変えることができる。

 カレー属性を持たない存在の攻撃を相手への直接攻撃に変えることができる。

 カレー属性を持たない存在との戦闘に勝利したとき、ダメージステップの時のみ相手の攻撃力と守備力を0として計算し、自身の攻撃力が相手の守備力を越えていた数値分だけ相手にダメージを与える。

 相手の発動した魔法カードの効果の対象を自由に操ることができる。

 『カレー・マジシャン・ガール』が場に存在する時、『カレー・マジシャン・ガール』の効果を自軍全体あるいは敵軍全体に広げる。

 

 

 なぁにこれぇ(白目)

 あ、それとカレー・マジシャン・ガールも強くなったみたい。

 

 

 カレー・マジシャン・ガール

 カレー属性 魔法使い族

 攻撃力2800 守備力2500

 効果

 カレーに影響された存在の攻撃力と守備力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と守備力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と守備力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と守備力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と守備力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 カレーに影響された存在の攻撃力と守備力を倍あるいは半分にする。この効果は対象を選択した上でどちらかの効果を任意で選択できる。

 この効果は重複する。

 場に『華麗なる魔術師(カレー・マジシャン)』が存在する時、1ターン毎に繰り返し使うことができる。繰り返しても効果は重複する。

 

 

 もう本当になんなんだろうねこれ(諦め)

 わけがわからないよ(白目)

 落ち着くために神官シャダの精霊も見てみよう!(錯乱)

 

 

 Z・E・R・U・A

 カレー属性 超獣族

 攻撃力 今まで食べたカレーの数を覚えているのか?

 守備力 私は米粒の数まで覚えているぞ!

 効果

 このモンスターの攻撃力と守備力は今まで食べたカレーの皿数×1000となる。

 戦闘時のみ体重(攻撃力)×速度(星の数)×握力(守備力)破壊力(ダメージ)となる。

 1ターンごとに8回まで攻撃できる。

 攻撃力と守備力が増減しない範囲で変動させることができる。

 

 

 神官シャダは神官シャダでまた大変なことになっていた。知ってる。予想してた。なのになんで見たかって? 空気がそうしろって感じだったからかな?

 まあともかく、カレーってすごいね。

 




 
 今日のバクラ

「うーん、見つからないなぁ……」

(おい!埋めんな!おいコラ!ぶっ殺すぞ!)


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盗賊王、独白する

 

 千年輪の邪念と知識を吸収しているうちに、あることに気付いた。それは、千年アイテムそれぞれの特殊な効果のことだ。

 共通する能力には石板の神殿から魔物を召喚して使役することができる能力などがあるが、固有の物としては千年輪ならば意識を形あるものに込めることができるように、千年アイテムにはそれぞれ得意な能力がある。

 千年錠ならば他者の心の内を覗き、ある程度好きに書き換えることができる。

 千年錫杖ならば魔物を封ずることに長け、千年秤ならば二体以上の魔物や精霊を融合してより強い魔物を呼び出すことができる。

 千年首飾りは未来を見る力を与え、千年眼は様々なものを見通す能力を持ち、そして千年錐は唯一神と呼ばれる三体を召喚する権利を得ることができる。

 これだけ聞くと千年アイテムは素晴らしい物のように思えるが、便利な道具にはそれなりの反動が付き物だ。千年輪はそれが顕著で、物に意思を込める能力が常に発動して装着した者の心に悪意を植え付ける。それに耐えきれなければ邪念によって肉体は魂ごと焼け落ちる。

 それは、ゾーク・ネクロファデスが千年アイテムを作る時に始めに作り始めたのが千年輪だからだ。千年輪を作ることによってゾーク・ネクロファデスは冥界の外に自身の端末を作ることができ、さらに千年輪を通して自身の念を様々な物に与えることができる。他の千年アイテムも、様々な形でゾークの復活を助ける仕組みになっているのだ。

 錫杖は他者が召喚した魔物を問答無用で封印する能力を持つことで、持ち主を力に酔わせる。千年首飾りは未来を見通すことで破滅への未来による絶望を植え付ける。千年錠は他者の心を操ることで全能感を持たせ、破滅に導く。千年秤は自身の裁量に絶対の正当性を持たせることで真実を覆い隠し、嘘を真実と思わせることができる。千年眼は現在の全てを見通すことでまさに神にでもなったかのような全能感を植え付けると同時に、見たくない物までも見せつけることで心を壊す。そして千年錘は神と言う強力無比な存在を操ることで絶対的な力を持たせる。

 人間とは力を持てば腐るもの。どんな聖人であったとしても、自分に大きな力が宿ればそれを振るわずにはいられないものだ。

 それを振るう時に、大概の奴は理由を付ける。『人助けのため』だとか、『誰かのため』だとか、『力を持っているんだから、誰かが困っていた時には迷わず使う』とかな。たまーに『自分以外のためには使わない』なんてことを言う奴もいるが、そう言う奴に限って『自分がそいつを助けたいと思ったから』力を使う。極々たまにだが、『世界を救うため』なんて理由でそう言う力を振るう奴もいる。

 だが、結局そんなもん世界を救い終わったら存在自体が危険だと言われて殺されるか、飼い殺しにされるかのどちらかさ。やだやだ、人間ってのは怖いねぇ。

 

 だから、俺様は―――私は、力を振るうのに理由を付けない。逆に、力を振るわないことに理由を付ける。

 ここで振るえば面倒な事になるだとか、衛兵がかなり強くて真正面からだと押し切られて死ぬ可能性があるとか、そうやって振るわない理由を付けることで力を振るわない場面をできるだけ多く作っているわけだ。

 だから、私の力を見た者はできるだけ殺してきた。見られる可能性があるのなら、私とディアバウンドとの関わりをできるだけ外に出さないようにして来た。力があると思われなければ、わざわざ関わろうとして来る奴もいない。そして運のいいことに、神官共は私がディアバウンドを外に出している間は心を覗いたところでディアバウンドの存在には気付かない。近くにいればディアバウンドの存在だけはわかるのかもしれないが、私とディアバウンドをつなげて考えるには私がディアバウンドを出す所か、直接命令して操っている所を見る必要がある。

 まったく、良い世の中になったものだ。こんなにも仕事がやりやすい。

 




 
 今日のバクラ

「どこだー? どこだー?」ゴゾゴソ

(臭っ! 水に濡れたまま洗わずに自然乾燥に任せた結果三日ほど続いた霧雨でいつまでもじっとりと湿ったままだった獣の匂いがする!鼻がねぇのになんでだ!?)


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ホヒ(仮)、練習する

 

 最近、お師匠サマの模擬決闘での勝率が凄いことになっているようです。

 一番は間違いなく神官シャダ。全特殊効果封印からの連続攻撃は、反撃の余地の一切を奪い取る。その上あの攻撃力は最早反則に近い。

 神官シャダ対他5神官の戦いでもよほど上手くやらない限り神官シャダの精霊には勝てそうにない。そのため最近は模擬決闘で神官シャダは自分の精霊であるZ・E・R・U・Aを禁止されるほどだ。

 二番目に強いのが、千年輪を無くしたお師匠サマ。千年輪の邪念を封印していた魔力を精霊に回し、そしてカレーの力でさらにパワーアップした。精霊を出している間だけ髪が金色になって目が白目になるようになったけれど、その理由はわからない。

 ちなみに私はそんなお師匠サマの精霊との相性が抜群らしいので、王宮に普通に入ることを許されている。これからはこっそり入ってこっそり出るなんてことをしないでいいのは楽……かな?

 それから神官セト。結構カレーを食べているはずなのに、神官セトの精霊であるデュオスはカレー・マジシャンにもカレー・マジシャン・ガールにも、当然だけどZ・E・R・U・Aにも及ばない。カレーを食べるときにカレーに集中していないのかもしれないね。わからないけど。

 後はまあ、少し前までの私だったらきっと凄い強いんだろうと思っていたけど、今のお師匠サマと神官シャダを見ていると何となく物足りない感じがする。行きつけのカレー屋さんにいるキサラさんなんてもう本当に凄いからね。色々と常識がおかしくなっても仕方ないんじゃないかな? わからないけど。

 

 そして私は今、出せるようになったばかりの精霊と一緒にお師匠サマと模擬決闘をしています。

 

「魔導波!」

「魔導波!」

 

 カレー・マジシャンとカレー・マジシャン・ガールの間で魔導波が衝突して、あたりに衝撃波が広がる。威力はほぼ互角。少し前まで精霊を見ることもできなかった私の精霊が、こうしてお師匠サマの精霊の攻撃と相殺できるくらいの威力を出せるっていうのは中々凄いことだと思う。

 お師匠サマの精霊は高速で移動を続ける。その動きはしっかりと洗練されていて、お師匠サマが精霊をしっかりと使うことができているってことがよくわかる。

 けれど、半人前なら半人前なりにできることはある。動くことや反応の殆どを精霊自身に任せて、私は攻撃やどうしても必要な時に魔力を送ったり不意打ちを受けそうな時に念でそれを知らせたりすることで何とか渡り合うことができている。お師匠サマと違うのは、私はまだ精霊魔導士としては半人前で、ちゃんとした形で精霊に力を送ることができないと言う事。その辺りはまあ、これから何とかしていくようにする。

 

「暗黒魔連弾!」

 

 ! 連撃!? そんなことができるのか!

 なんとかカレー・マジシャン・ガールに避けてもらってから、私は今の攻撃を思い出して真似る。呪文の内容もよくわからないけれど、私は呪文以外で様々なことを行う魔術師のような存在を良く知っている。

 だから、ちょっとどころじゃなく複雑だけれど真似だけならできる!

 

「暗黒魔連弾!」

「ぬぅ……!」

 

 ……と言っても、真似できているのは『連射する』所だけ。一発ごとの威力は魔導波とそう変わらない程度だし、連発するせいで反動が大きくて狙いも定めにくい。これは私用に何とかしないと私が足を引っ張ることになりそうだ。

 けれど、知識が足りない。見様見真似ではどうしても限界が来るし、何とかしてたくさん知識を得ないと……。

 

「……今日はここまでだ。これ以上は結界が持たん」

「はいお師匠サマ!」

「……強くなったな、マナ」

 

 髪が金色になっている間は口調も少し乱暴になるけれど、そうでない時は普通に優しいお師匠サマ。私は、これからもっと強くなって、いつかお師匠サマの後を継いで立派な神官になってみせます!

 




 
 今日のバクラ

「あ、猫だ……いっぱいいるなぁ……よしよし」

(蒸す!すっげぇ蒸すぞここ!? あまりに蒸しすぎてちょっとどころじゃなく気分が悪いぜ……うぇっぷ、吐き気がしてきたぜ……身体ねぇのにな!)


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ホヒ(仮)、加速する

 

 自分に足りないものがわかった。私にはとにかく知識が足りない。経験が足りない。才能はあるって言われたけれど、その才能を活かすための道具がない。

 そういうことで今日は魔術書を沢山読むことにした。まずは眠気覚まし用にすっごく辛いカレー粉を練り込んだナンを作ってもらって、それから書庫に篭ってひたすら本を読む。今まではあまり真剣にやってこなかったこの作業だけれど、お師匠サマの千年輪が奪われてしまった以上、お師匠サマに千年輪がもう一度与えられることは無いだろうし、私が取り返さなければお師匠サマの意思を継ぐこともできなくなってしまう。

 千年輪には邪念が宿っている。らしい。その邪念は装着した本人だけではなく、周囲にまで影響を及ぼすくらいに強い。らしい。

 なので、千年輪だけは強力な魔術師がしっかりと封印しなければ危なくて使えない。らしい。

 

 ……実際にはお師匠サマが言っていたことだからわからないんだけど、とにかく強い魔力を持っていないと千年輪に操られるようになってしまうかもしれないらしい。怖い怖い。

 そんなことにならないように、ちゃんと強くならないと。最近はなんだか色々危なくなってきているみたいだし、力をつけること自体は悪いことじゃあないはずだ。

 力なんて物は使いよう。使い方によって善にも悪にもなる。きっとそんな感じなんだろうね。よく知らないけど。だって私、力を手に入れたのなんてかなり最近のことだし、力についてのちゃんとした考察なんてこれが初めてだもの。

 カレー・マジシャン・ガールおすすめのカレーパンを食べると、なんだか頭の回転が早くなって行く気がする。それに味もかなりのもの。これが私のお小遣いでいくつも買えるだなんて、あの人には頭が下がるね。ほんと。

 

 そんなわけでカレーパンをもぐもぐしながら本を読んでいるんだけれど、どうしてか周りが変に静かだ。それに、なんだかここに何日も何日もいるような気すらしてきた。

 理由? そんなもの、周りを見てみればわかる。私以外の全てが、とてもとても遅くなっていた。王も、神官セトも、神官アクナディンも、誰もが。

 

 ……撤回する。お師匠サマとカレー・マジシャン・ガール、そして神官シャダはいつもと変わらず見えた。身体の動きはゆっくりになっていたけれど、私が近くに行くとそれを目で追いかけたかと思ったら普通に動き出した。だから、多分これは周りが遅くなっているんじゃなくて、私が速くなっているんだと思う。

 つまり、この状態ならいつもの何倍もの速度で色々なことができるんだね。たくさんたくさん物を覚えることだって、きっとできるだろう。もしかしたら、カレー・マジシャン・ガールはこの効果の事を知っていてあのカレーパンを私に勧めたのかもしれない。

 色々と納得できたところで書庫に戻って、カレーパンを食べながら書を読み進める。カレーパンを食べている手は油で汚れてしまっているから、ページをめくるのも魔法でやる。……自分が速く行動しているってことを忘れて手でページをめくろうとしたら破きそうになったから慌てて魔法でめくるようにしたわけではない。

 ……そう言えば、この状態であのカレー屋さんに行ったらどうなるんだろうか。ちゃんと接客してもらえるんだろうか。普通に接客するどころか楽々と速度で追い抜かしてから慌てて速度を緩めて私と同じくらいの速度に合わせてきそうな気がする。

 

 ただ、この状態だと空気が身体に纏わりついてくるように重い。あまりに速く移動しているせいだと思うのだけれど、これももっと鍛えれば気にならなくなるのだろうか。あるいは、お師匠サマのようにそれ専用の魔術を作ってしまうというのも一つの手段ではある。

 ……どちらにしても、もう少し頑張らないとできないんだけれど。

 




 
 今日のバクラ

(ギャァァァァァァァァ!ナメクジが!全身をナメクジがああぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!!)


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ホヒ(仮)、減速不能

 

 加速しすぎて戻れなくなった。どうしよう。

 と言うか、そもそもこの加速自体が私の意思から離れた物であって最初から制御なんてできなかったんだけれど、本当にどうしよう。これ。

 このまま加速したままだと、いろいろ困ることがある。大人しく待ってるとかそう言う事ができなくなるし、走って移動しようとすると風の粘りが凄くて大変。そして服は風圧に負けて破れそう。今でもかなり気を使っているんだけれど、時々気を抜いて服の強化を疎かにして斑のできた所から嫌な音が……。

 さらに、呼吸する時も空気がなかなか入ってきてくれないからわざわざこっちの方から前に進んで空気を取り込まなくちゃいけないし、このままだとすごく困る。

 

 そう言う訳で、王宮を抜け出して原因と思しきカレーパンを作ってくれたカレー屋さんへ。物凄い加速している状態の筈なのに、実に当たり前のように対応してもらえた。嬉しいような悲しいようなありがたいことだ。

 

「かくかくしかじか」

「かれかれうまうま」

「どうすれば一般人程度の速度に戻れますか!?」

「1.慣れる 2.諦める 3.死ぬほど頑張る(not比喩) 4.修行」

 

 どうしようどれもこれも地獄が待っているような気しかしない。特に3番。絶対やばい。not比喩がもうね。

 ……まあ、結局頑張らなくちゃいけないんだけどね。じゃないと弊害が凄い。私だけ一般人の数十倍とか数百倍の速度で年を取るとかそんな風になっちゃったら凄く困るとかそんな言葉じゃ表しきれないくらい困る。

 そう言う訳で、死ぬほどではないにしろ頑張ってみることにした。具体的には、私に常時停滞系の魔法をかけることでゆっくりにしようと言う事だ。一般人と同じ程度まで反応速度を遅くすることができれば普通に生活することはできるだろうし、そうでなくとも気分は楽になる。楽になったからと言って解決しているという訳では無いけれど。

 まあそれはそれとして、最悪の場合でもあのカレーパンを食べさえしなければ少しずつ効果は薄れて行くため、戻れないことは無いらしい。

 ただ、そのために必要な時間は体感時間にしておよそ半年。私からするととても長い時間だが、実際に経過している時間は一日程度なんだとか。今の私がどれだけ加速しているのかよくわかる話だ。しかも少しずつ遅くなっていって、最後には相手がちょっと遅いかなと言うくらいまで遅くなっている時間も含めての事だから、今の加速は多分数千倍でも届かないんじゃないかと思う。いったいどれだけ加速すればいいの?

 それと、私が思ったような老化が速くなるだとか寿命が縮むだとかそう言うことは無いみたいだ。なんでも思考速度を無理矢理上げた上で肉体の物理的な速度を思考の速度に追いつくように加速させているだけだから問題ない、そうだ。生理的に加速させた場合や時間を加速させた場合は私の思ったようなことが起きるらしい。怖いね。

 まあ、とにかく待てばいいらしいので、今はこの状態を効率よく使って勉強しよう。時間は文字通りにたっぷりあるけれど、無限じゃないんだからね。

 今日一日で半年分かぁ……うん、頑張らなくちゃ。

 




 
 今日のバクラ

「……あ!あったぁ!」

(……酷ぇ目に合ったぜ)


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ホヒ(仮)、悟る

 

 戻った。元の時間軸に戻った。周りでは誰もが普通に動いているし、声もちゃんと聞こえる。癖でついつい服を強化しちゃうけれど、これもまあ不意打ちに対して効果があるだろうからこのままでもいいやと思ってそのままにしている。

 それと、これは予想外だったのだけれど十倍速くらいまでは自力で何とかできるようになった。十倍速で動くためにはいろいろ問題があるけれど、どれもこれも魔術で何とかできる範囲だ。むしろ思考の加速だけは何百倍単位でもできるんだけれど、そこまで行っちゃうと身体がついてこない。強化の魔術もそこまで万能ではないし、呪文を唱えるにもあまり早口すぎると呪文として成り立たなくなってしまうから加減が必要だ。なんとかそんな状態でも魔術が使えるようになりたいけど、超加速中は呪文詠唱がとっても難しいんだよね。何しろ思いっきり息を吐こうとしても実際に息が出てくるのが数秒後とかそう言う感じになっちゃうし。

 だから、今はそんな状態でも使えそうな魔術を開発している。呪文詠唱じゃなくて意思一つで発動できるようなのだと嬉しいんだけれど、流石にそれは難しいので事前に呪文を唱えておいて合図があるまで発動させないまま溜めておくか、あるいは呪文を他の何かで代用できる物がないかを考えている。今のところ溜めるのは短時間にしておかないと減衰が酷くて使い物にならない物しかできていないし、呪文の代用はまだ見つかっていない。

 ……いや、あることはある。踊りや演奏で代用することはできるし、一部は文字として詠唱の内容を紙や粘土板などに刻み込むことで呪文の詠唱をしないで魔力を流し込むだけで魔術と同じ効果を出すことができているけれど……そう言うのは踊りの長さや刻む文章の量に比べて効果がかなり小さい。ただ、正確に刻むことさえできるのならば誰が魔力を流しても全く同じ効果が出るようになっているから数さえ用意できればかなり使えるかもしれない。

 具体例を出すならば、王宮の城壁いっぱいを使って、かつそれだけの術式を動かすことができるだけの魔力を用意することができるのならば、神と呼ばれる存在の攻撃も防げる可能性のある防御用の結界を張ることだってできるかもしれない。もっともっと効率を良くすることができれば、王宮の竈に火を入れるのがとても楽になるかもしれない。

 魔術で世界を動かすって言うのも少しだけ面白そうかな、とは思うけれど、社会情勢を考えて多分駄目だと思う。魔術と言うものが特別だからこそ強力な魔術師は高い地位と責任を負うことで社会に溶け込むことができているのに、魔術が特別なものでなくなったならそこには色々な弊害が出てくるだろう。メリットがあることも否定しないが、そのメリットがデメリットに目を瞑ってもいい程の物かを判断するには私は色々と経験が足りなさすぎる。足りていてもあまりやりたいとは思わないけれど。

 そう言う事で、作った物は秘密にしておこうと思う。あるいは完全に私用にして他の誰かには使えないようにするか、最悪でも使用者が私の手から離れることが無いようにしておかないといけない。使わないようにするにはこの技術は便利すぎるし、そもそも元はカレー屋さんの壁の模様だ。この国では使われていない不思議な模様が異国における魔術発動の媒介となっていると聞いた時には目から鱗が落ちたような気分だった。呪文を使わずに魔術を発動しようという発想自体がこの国の魔術師には存在しなかったからね。仕方ないね。

 

 ……あ、そっか。あの人達に教えてもらえばいいのか。それに、誰でも使えると言っても魔力を送り込むのは魔力を理解し、認識できないと難しい。あまり気にすることもないのかな?

 




 
 今日のバクラ

「ふぅ……やっと戻ってこれたぜ……あんのクソ猫が。次見かけたら毛皮にしてやらぁ」

 ニャーン

「ッ!?」
「……なんだ、空耳か……」

 ゴッ!

「痛ッ!?」

 ニャーン

「テメッ!またっ! ……あ」




「……あれぇ? 見つけたはずなんだけど……」
(またかよぉぉぉぉぉ!?)


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バクラ、嘆く

 

 千年アイテムを奪われて逆に強くなる人間と言う意味が分からない存在を相手にしつつ、何度も何度も繰り返してすでに試行回数は千回を超えた。

 正直、辛い。小指は痛いしケツは痛いし未だに全身を蛞蝓が這い回っているような気がするし、最悪だ。これもみんなあの王のせいだと思うと腸が煮えくり返るような気分だ。絶対殺す。

 殺し終えたらどうしてやるか。この世界にゾークを復活させ、世界を闇に呑み込む。そうすればゾークはより強大な力を得て、そしていつしかこの世界とは異なる世界にも手が届くことだろう。

 融合次元。シンクロ次元。エクシーズ次元。様々な次元を支配し、自らの力の糧として闇で満たす。大邪神ゾーク・ネクロファデスは全ての世界をこの手に収めるのだ。

 

 だからこそ、こんなところで諦めるわけにはいかない。どんな困難が待ち受けていようとも、俺様はそれを越えて行って見せようじゃねぇか!

 

 千年輪にこびりついていた盗賊王の記憶と、闇の大神官アクナディンのミイラの記憶をジオラマとして焼き付けることで作り上げたこのゲーム盤。王様の記憶が無いから一部作りが甘いが、それでもおよその流れが変わらない以上実験するにはこれで十分だ。

 まあ、色々変わりすぎて本当に大丈夫か心配になって来たけどな。もう大丈夫じゃなさそう。と言うかまず大丈夫じゃないだろこれ。もうダメだろいろんな意味で。

 

 盗賊王が盗賊王じゃなく狂信者に。一番弱かった神官は凄まじいパワーアップを果たし、その弟子と揃えば色々とやばい事に。ハゲの神官は精霊が意味わからないことになっていたし、極めつけは訳の分からないカレー屋だ。入ろうとすれば弾かれ、押し入ろうとすれば見つからず、周囲一帯ごと壊そうとすれば脳天打ち抜かれて即死する。本当にもうどうすればいいのかわかったもんじゃない。仕方ないから放置しておくにもあの店がある限りどんどんと一部の神官や衛兵たちが強くなっていくのは止められない。手に負えなくなる前にあの神官共から千年アイテムを奪わなくっちゃならないってのに、無茶苦茶だ。

 仕方ないので、最終手段。盗賊王以外の存在の時間を無理矢理ゲーム開始前まで巻き戻す。そうすることでバクラは今の強さのまま他の奴らだけ弱体化する。上手くやれば一方的に殺し尽くすこともできるだろう。と言うか、上手くやらなければ勝ち目がない。はっきり言ってあいつらは色々と反則じみているのだから、こちらにもそうした反則は用意されておかなければ。

 時間の支配。一時的に時間を止めたまま行動することができるようにする特殊能力。こちらにとって不都合なことを、時間を巻き戻してなかったことにする能力。そして最後に、ゲーム盤を丸ごとぶち壊す世界崩壊の特殊能力。世界が崩壊する中でゾーク・ネクロファデスがあの王を殺害することができれば、ゾークはこちらの世界にまで手を伸ばすことができる。目的はまずはそこだ。

 世界を征服するための第一歩として、このゲームに勝利する。しなければならない。そうでなければ、ゾークの存在の一部であるアクナディンとゾーク本体はいつまでたってもこちらの世界に進出することができないのだから。

 

 ……しかし相手はあいつらだ、どうすっかねぇ……。

 

「ソッコウマホウハツドウ! バーサーカーソウル!」

「あん?」

「ドロー! モンスターカード!」

「ゼァァァッ!」

 

 ザクゥッ!

 

「なんでカードの精霊が現代に……ガフッ!?」

 




 
 今回の盗賊王

「祈らなければ……深き地の底、昏き冥界の覇者、ゾーク様……我が信仰をお受け取りください……ゾーク様……」











「ママー、あの人何してるのー?」
「しっ! 見ちゃいけません!」


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竈の巫女、最終周回

 

 王の顔が入った。どうやらやっと本番らしい。と言っても俺はこれから何かを変えるって訳でもなく、この世界に来てからのいつも通りの生活を続ける。

 カレーを作って、振舞って、代金を貰って、それでまた新しいカレーを作ってみる。俺にとってはやや神秘が薄くなってきたように感じるが、この時代からすれば十分だろう。この時代のエジプトは、当たり前のように魔物が居るからな。

 しかし、結局ここの主人公……と言うか、あの元盗賊王だった狂信者は何が目的だったんだ? これまで何十何百何千と繰り返してきて、結局目的は達成できたんだろうか? 俺にはわからん。

 一つ言えることは、一度この世界が崩壊しそうになったのを止めてからは何も起きないまま王に顔が入ったと言う事だ。あの股間から竜の首が生えた訳の分からないデザインをした自称大邪神を冥界に送り返した直後に冥界ごと焼き払った結果がこれなんだが、あれは何だったんだろうな?

 

 まあともかく、そこそこ続いたこの世界も恐らくこれで最後になるだろう、と言う事だ。俺が止めていたギミックも、恐らく実際に使うことになればこのゲーム盤を丸ごと破壊して余りあるものになる物だと言う事はわかっているし、退去の準備はしておくとしようかね。

 それと、キサラのためにこの世界のこの時代仕様の大鍋を置いておくとしようか。キサラの血族以外が触れたら爆散するようにでもしておけば、某宗教に奪われて自分たちの神が作ったことにして宗教の名を上げるのに使われたりはしないだろう。

 ……色々と、そういうことをする宗教もあるからな。ああ嫌だ嫌だ。宗教ってのは怖いねぇ。俺も宗教的な存在だけども。

 

 さてそう言う訳でそろそろこの世界が終わることが確定した以上、やらなくてはいけないことはままある。この店の保守。世界が崩壊しても結界によって形を保つことができるから問題は無いんだが、それでもあまりに大きい力がかかると壊れる可能性は十分にある。特に俺が居なくなり、神代から未来に進むにつれてそれはより顕著になる。

 神代ならば何万年経とうと一切摩耗しない金属があったりするんだが、遥か未来、西暦にして1800年代まで行けばそう言った神秘の影響が薄れて幻想金属は姿を消す。ミシャグジの塔については周囲の信仰を集め、地球の気脈と繋げ、星の一部として認識させ、さらに色々と手を加えているからこそ遥か未来まで形を保つだろうが、それでも限界はある。何しろ俺は建築については素人同然だ。地震や何かで崩れることも十分に考えられる。

 いくら結界を張ってその内部を神秘で満たすことによって幻想金属をそのままにして、かつ減衰し続ける神秘をルーンと五行の相乗によって増幅し続けていると言っても、ルーンその物の神秘が薄れてしまってはかなり問題が出てくるわけだ。

 どうせなら、俺も知らない未来において頭のおかしい科学者が魔法の科学的再現に成功でもしてくれれば魔法は科学では説明のつかない神秘として、しかし同時に間違いなく存在するものとして認識され、神秘の減衰に歯止めをかけることもできるかもしれないが……はてさて、そんな都合のいいことができるかどうか、怪しいところだ。

 

 まあ、どうしてもそう言う事をしたいのならば、新しく身体を作って西暦2000年頃に今の考えを実行してしまえばいいだけの話なんだが……神が神として人間の世界に深く関わるのはどうかと思うしな。人間としてならともかく、神としては深い関わりを持ちたくない。特に俺は一応ギリシャ神話の神格だからな。ギリシャ神話において女神と関わると大概不幸になるんだが、俺の知る知識においてはヘスティアだけは一応例外になっている。流石にヘラやアルテミスといった色々と迷惑な奴らと一緒にされるのはなぁ……はっきり言って、嫌だ。

 まあ、偶然に期待するとしようかね。

 




 
 今回のバクラ

アテム「貴様、バクラ! ……おい、大丈夫か?」
バクラ「大丈夫に見えるならゲームしてないで病院行け」
アテム「お前が行け」

 五分後、アテムによって救急車を呼ばれて病院に向かうバクラの姿が!
 なお、顔真っ赤、大汗、目が虚ろ、息が荒く、片腕ギプスで車椅子だった模様。


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竈の巫女、招き入れる

 

 戦いが始まる。それは邪神を信奉する狂信者と、生き神を信奉する神官たちの戦いだ。邪神の名はゾーク・ネクロファデス。生き神の名は……その代によって大分違うが、当時の(ファラオ)が生き神として奉られる。

 ある意味では宗教戦争のような物だが、現状ではどうやら神官団に天秤が傾いているらしい。王の召喚したオベリスクの巨神兵と対等に殴り合うディアバウンドと呼ばれる精霊獣に、突然横から魔導波が襲い掛かる。大きなダメージを受けたディアバウンドは壁をすり抜けて姿を消そうとするが、それを神官シャダの精霊であるZ・E・R・U・Aによって妨害される。

 うろたえている隙に叩き込まれたオベリスクの巨神兵の拳によってディアバウンドは吹き飛ばされたが、瞬間的に螺旋波動を放ってオベリスクからの攻撃の威力を抑えると同時にZ・E・R・U・Aの特殊能力を振り払い、そのまま逃走していった。

 その場に狂信者はいないが、狂信者がどんな顔をしているのかは簡単に想像できる。発狂するほど怒り狂い、その直後に神からの試練と自身を納得させて恍惚の表情を浮かべているだろう。狂信者と言うのは変態が多くて困る。極たまにではあるが、性的な意味以外の変態すらいるのだから救いようが無いな。本当に。

 そんな救いようの無い狂信者にいいように使われているディアバウンドと言う精霊獣に軽く残念な物に向ける念を送り付け、そして俺はいつもの通りに店を開く。

 

 ……だが、どうやら今日はずいぶんと変わった日のようだ。この世界に存在しているにも拘らず存在していない何者かが、俺の店にやって来たのだ。

 流石に俺の結界は超えられなかったようで壁をすり抜けてこようとして思いっきり頭をぶつけたようだが、それに関しては自業自得だ。

 人数は恐らく五人。声からして男が三人で女が……ん? どっちだこれ。女っぽい声の奴が二人いて、片方はまず間違いなく女だろうがもう片方が微妙だ。気配的には男四人の女一人ってところなんだが、俺にも読み違えは割と普通にあるからな。

 だが、ここまで近くなればまあまず間違いはないだろうと思われる。外にいるのは男が四人に女が一人、ついでにほぼ全員が時間軸的には未来の記憶を持っているのも会話の内容から聞き取れる。ついでに四人は日本人、あるいは相当長い間日本に暮らしている。

 どうやらこいつらも俺と同じように招かれてもいないのにこの世界に来た存在らしいが、力自体はそこまで強くないな。精神力だけはそれなりに強いようだが。

 

 ……まあ、悪意はないようだし、一応招き入れてはおこうかね。

 




 
 今回のバクラ

アテム「おいバクラ。本当に大丈夫なんだろうな?」
バクラ「たりめーだ。俺様を誰だと思っていやがる」
アテム「病人」
バクラ「 」


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竈の巫女、知った

 

 花拳繍腿。どれほど派手でどれだけ美しくとも、中身が無ければ使えない。花粉も蜜も持たない花は、どれだけ美しく、どれだけ人の目を惹こうとも、結局のところでき損ないでしかない。

 実のところ、日本刀もその部類に入ることが多い。美しく、そして技術を持つ者が振るえば鉄兜すらも両断することのできる日本刀だが、戦いとなれば日本刀よりも槍の方がよく振るわれた。その理由こそが、間合いの差と使いやすさであった。

 日本刀は確かに良いものだ。美しく、切れ味もいい。しかし、三人も斬れば血糊や人の脂がべっとりとこびりつき、切れ味は見る影もなくなってしまう。それに比べて槍ならば刃がなまくらになっても思いきり振り回せば十分に敵を殺すことができる。それに、刀よりも長いのでより効率良く敵を殺せるし、刀と向き合うことになっても相手をしやすい。戦場において刀を使うのは敵の首を切り落とす時くらいだと言われていた理由はそこにあるのだ。

 

 まあそれは兎も角、突然現れた恐らく二十世紀終盤あたり出身だろう少年少女+1に話を聞いてみたところ、この世界のどこかに彼らの友人が居るらしい。で、その友人の手助けをしに来たらしいが、恐らくそれは王の事だろう。一人顔がそっくりな奴が居るようだし。まず間違いなくこいつらはあの王の味方なのだろう。

 そう言う訳で、この世界の終了条件、つまりどちらかの勝利条件を聞いてみたが、王の失われた名前を知り、そしてあの王に伝えればいいらしい。ちょいと遠見の術で王の名の記された石板を覗いてみたが、古代エジプトの文字は読みにくいな。読めるが。

 ちなみにだが、日本語に無理やり当て嵌めて言うならば『アテム』と言うらしい。態々無理やり当て嵌めなければ発音もできない名前だが、これは恐らくエジプトの神格の名前から来たものだろう。少しだけもじった神格の名前知ってるし。

 まあ、これがゲームと言う事が分かったので俺は手は出さないようにしておこう。もう手を付けちゃった部分は仕方ないが、これ以上はな。

 だからと言って、目の前でカレーを食っている神官を追い出したりはしないぞ? 店をやるのはいつも通りだ。手を付けた部分扱いだから大丈夫。

 つい最近、ターメリックドラゴンがなんか分裂してクミンドラゴンが増えたし、キサラに任せたとしてもこの店はしっかり守って行けるだろう。もう少し待ったらまた新しいのが増えたりするかもしれないが、時間はあまりないからな。

 

 そんじゃまあ、遊びに行くとしようかね。

 




 
 今回のアテム

アテム「神の攻撃!ゴッド・ハンド・クラッシャー!」
狂信者「マ・ワ・シ・ウ・ケ……」
アテム「 」
狂信者「ガソリンはお好きかね?」ラセンハドー
アテム「ぐぅぅっ!?」

アテム「おい獏良こいつ強すぎだろ」
バクラ「お前んところのが言うな馬鹿野郎」


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竈の巫女、名残惜しむ

 

 斯くして世界は黄金となる。黄金とは錬金術における完全物質の一つであり、賢者の石によって鉛などの卑金属より変質して作り上げられるものでもある。つまり、この場合の『黄金となる』と言うのは『完成する』と言うのと同義であるわけだ。

 完成された世界とは、その内部だけで全てが完結しているものである。外界と内界を隔てる何かがあり、それが存在している限り内部は何も変わらずに世界が続く。生き物がある程度の数存在して、食物連鎖が起こった場合でもそれは変わらない。数は多少増減するが、一部が極端に増えてしまうようなことはまず無い。物にも依るが、基本的にバランスは取れているものなのだ。

 人間にとって最も近くに存在する世界とは、自身の身体だろう。外とは皮膚によって隔離されているが、体外から食物と言う形で栄養を取らなければ保つことのできない不完全な世界。だが、不完全であろうとなかろうと世界は世界だ。けして黄金ではないだろうが。

 

 この世界もまた黄金ではない。記憶の世界とでもいうのか、明確な終焉が存在している。ゲーム盤としては中々に優秀だと思うが、それでも完全とは言い難い。

 神の作った遊戯盤ですら完全なものなどありえないのだ。人間が作った物が完全であろうはずがない。完全でないからこそ入り込むことができた俺が言うのもあれだがな。

 

「要約してもらって良いですか?」

「このカレーはこの時代のこの場所において黄金」

「いただきます」

 

 キサラは凄まじい勢いでぱくぱくとカレーを食べ始めた。これもまかないとして出しているんだが、それを見ている神官シャダやカレマジガールの顔が凄いことになっている。明らかにカレーに飢えた者の目だ。このまま放置しておいても特に何がある訳でもないと思うが、しかしあいつらはここの店ができてからずっと贔屓にしてくれていた客だ。多少の我儘くらいは聞いてやろうじゃないか。

 ただ、神代マシマシカレーは絶対に駄目だ。あれはこの時代の人間だと中毒症状を起こしてカレーを食べなければ呼吸できなくなって死ぬ可能性があるからな。ここもかなり神秘は濃いが、神が当たり前のように地上に降りてきていた頃と比べてはいけない。むしろあれは神が世界を作り上げた頃の濃厚さだからな。世界の裏側に消えて行っている神秘がまだこちらの世界に存在していた頃の物だ。

 ちなみに俺は世界の裏側で慣れた。あと、神秘に関しては恐らくギリシャ神話圏でもかなり詳しい方だという自負もまああるからな。神秘マシマシカレーを食っても問題ない。

 

「それはそれとして黄金カレーだ。味わって食え」

「おかわりを」

「味わえって言ったろうが馬鹿野郎」

「おかわりを」

「お前は食ってから言え。冷めるぞ」

「(モッキュモッキュ)……ふぉふぁふぁい」

「口に物を入れたまま喋るなホヒ(精)」

「ホヒ(精)!?」

 

 まあ気にせずいつも通りだ。ただ、地下で蠢いている死霊共がまた静かになった。 世界を周回させる度に食っているのか。いつか発狂しても知らんぞ? もう狂ってるかもしれんがな。

 

 




 
 今日のバクラ&アテム

神官セト「王よ!是非神の力を見せていただきたい……」
王「俺が使うのはこいつだ!」クリクリー!
神官セト「オーラ・ストリーム!」
王「爆破!」
神官セト「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァァァク)!!」

アテム「ところでこれって実際にはどういう計算式だ?」
バクラ「分裂した数×300。1000000に分裂すれば300000000」
アテム「 」


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竈の巫女、心配する

 

 かつて世界は一つであった。そう言う奴が居るが、実際のところそんなことはない。多くの世界は確かに繋がっていたが、それでも繋がりを持たない世界も数多く存在していた。

 メソポタミア神話においては冥界も地上も神の居る天も全ては繋がっていたが、しかしメソポタミア神話とケルト神話には繋がりなど全くと言って良いほど存在しない。神話圏同士で独立している二つの世界は、触れることも交差することもなく終焉を迎えたのだ。

 だが、この世界においてはもしかしてもしかするとギルガメッシュが遠征と称してケルト神話圏を目指して進んでいく可能性もあるし、ついでに言うとモンゴルの大英雄であるチンギス・ハーンがギルガメッシュと戦うと言うことも可能性としては存在する。何が起きても全く以って不思議ではない。

 神秘が失われていくのは、ソロモン王が神から受け取った全てを神へと返還した時からだと言われているし、実際に王権を神から受けたとされる国はソロモン王以降には急激に減っていく。否、王権を神から受けたことにしなくとも人間の中で王を決めることができるようになったと言うべきだろうか。

 軍神マルスの子であり、ローマと言う国を作り上げた後に神にまで祭り上げられたロムルス。

 俺の知る歴史において最も有名な最後のブリテンの王、騎士王アーサー・ペンドラゴン。

 西暦2000年を越えても存在し続ける数少ない神授された王権を保有する国、日本。

 まあ、恐らくこの辺りだろう。歴史についてはあまり詳しくないからこのくらいしかわからないが、十分じゃないか? 知らんが。

 

 それはそれとして千年秤が奪われたそうだ。神官シャダがカレーをむしゃむしゃやりながらそう教えてくれた。千年秤を持っていると言う事は、魔力の限りに魔物を召喚できると言う事。そして同時に魔物同士を融合させる能力を使うことができてしまうと言う事でもある。

 元々それなり以上に強い狂信者の精霊と、狂信者が召喚することのできる中でもかなり強い魔物の融合。さて、それはいったいどの程度強くなるのかね。

 ……あと、選ばれた王だけが神の名前を知ってそれを操ることができるって話だが、名前を知ってさえいれば操ることができるなら狂信者が戦ったばかりのオベリスクを呼び出した上で千年秤の力で融合させたら凄いことになりそうな気がするんだがその辺りはどうなんだろうな? 王の持つ千年錘でなければ呼び出せないって言うのなら、逆に言えば千年錘さえ奪ってしまえば神を呼び出して融合できると言う事になる。そんな奴を相手にしたら、いったいどうなることやら。

 こいつらなら何となく勝ってしまいそうな気もするが、一応注意しておいた方が良いかもな。

 




 
 今回のバクラ&アテム

アテム「で、この世界だと融合って数値どうなるんだ?」
バクラ「消費量が二倍になるが数値は乗算だ」
アテム「おま、それ狙って奪ったな!?」
バクラ「リングから行かなかっただけよかったと思いやがれ!」


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竈の巫女、黄昏る

 

 思い切り殴れば道は開けると言った阿呆がいるが、それはある意味では間違いではない。あらゆる障害を殴り壊すことができるだけの力があるのならば、その言葉は真となるだろう。

 力は全てではないが、全てにおいて力は重要なファクターとなりうる。研究職ですらそうなのだから、この時代における様々な存在が力に傾倒するのもある意味では仕方の無いことだと言えなくもない。愚かだとは思うがな。

 力だけでどうこうできる物ではない。まずは力の使い方を学ばなければな。

 

 具体的に言うならば、世界を支配するという望みを持つのは構わんがそれを実行しようとするなら様々な障害によってその望みが妨害される事を覚悟するべき、と言う話だ。自分が意思を無理矢理押し通し、同時に他者の意思を踏みにじっているのだから、自分も同じように他者の意思によって踏みにじられても文句は言えない。勿論文句の一つ二つは言うだろうし足搔くだろうが、それもまあ当然のことだ。

 大邪神ゾーク。ヘスティアから見ると実際大したことの無い架空の神。だが、神が手ずから作り上げただけあって人間にとってはかなりの強大さを持つ。まあ所詮人間相手だが、それでも元々神格を相手にすることを考えていないのだから問題ないのだろう。

 この世界は神の作った疑似世界。人間も居れば他の生き物もいるが、基本的にこの世界の中の人間とは心の中で魔物や精霊を育てる養分のようなもの。そしてそうやって育った魔物は、宿った人間が死んだ時に神の手によって刈り取られてカードとして扱われることになる。

 そうしてできたのがこの世界に来る前に色々ルール的に許されていることを逆手にとって荒らしまわったあのカードゲームだ。同じカードなど一枚もなく、上位互換やら下位互換のカードが無数に存在する。人間の世界でそんなことをやったらかなりの物議があるだろうな。

 だからこそ、この世界をゾークが支配したところで特に神が困る訳では無い。この世界の人間も全てが死に絶えると言う訳では無いだろうし、一応それなりのカウンターは用意してある。だが、そもそもとして世界がある程度混沌としていた方が強い魔物が成長しやすいのもまた事実。そのためにわざわざゾークなどと言う存在を作ったとも言える。

 世界は悲しみに満ちていた方が魂は強く育ちやすい。絶望は駄目だ、あれは魂も意思も精神も腐らせる。希望があって、喜びがあって、それでも悲しみで満ちていた方がいい。

 さて、それではこの世界がいったいどんな終わりを迎えるのか、とても楽しみにさせてもらうとしようかね。

 

「黄金おかわり!」

「お前いつまで食ってるんだよ仕事しろ仕事」

 




 
 今回のバクラ&アテム

アテム「うぉぉぉおおおバクラぁぁァァァ!!」
バクラ「叫ぶな、傷に響く」
アテム「あ、すまん」
バクラ「マジでな」


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竈の巫女、準備させる

 

 Q.ディアバウンドが王宮の神官の一人を殺害して千年アイテムを強奪、逃亡しました。逃げる際に様々な場所に螺旋波動を撃ち込んで被害を出しながら逃亡しています。この時、適当に撃った螺旋波動が某カレー屋に当たった場合、何秒持つでしょうか?

 A.

 

「0秒だ」

 

 とりあえず両腕を引き千切って心臓を引き抜いたが、まだ生きているようだ。全く頑丈な奴だなこいつは。

 だがこれ以上は動けないようで、静かに地面をすり抜けて消えようとしているがそれも許さない。本体がどこにいるのかはわかっているが、ここはあえて本体ではないディアバウンドをひたすら嬲るとしよう。ディアバウンドの方が頑丈だからな。

 引き千切った両腕を逆に縫い付け、眼球の左右を入れ替え、それでも生きている。なんとも頑丈な奴だ。こういう奴は基本的に持ち主の意思によって強さが決まる。この生き汚さは本当に強い精神を持っているのだろうなと思わせる。

 だがそんなものは関係ない。潰す時には潰す。潰れないなら潰れるまで潰す。潰れたらもっと潰す。跡形もなくなるまで。

 

 まあそれはそれとして、作ってみた。ディアバウンドカレー。新鮮なディアバウンドを使ったカレーで、まるでまだ生きているかのような食感が特徴だ。ただし、食べられる奴と食べられない奴が居るから一般受けはしないだろうが。

 と言うか作ったはいいが不味いから他人には食わせん。こんな不出来な物を食わせることができるわけないな。店の中に居る奴にすら食わせられんわ。

 この世の中にはこんなにも不味い肉が存在したんだな。蠍ですら食えるって言うのに、煮ても焼いても揚げても漬け込んでも何をしても不味い肉があるとは思わなかった。どんな調理法でもどんな調味料使っても不味い。ここまで不味い物があるとは……。

 それに、作っているうちに消えられたしな。これ以上肉が取れなくなった。惜しくは無いが嫌がらせもできなくなってしまった。もう少し後悔させてやりたかったんだが……。

 

「あそこまでやってまだやる気だったの?」

「脳缶にするつもりだったんだよ」

「のう、かん? のうかん、脳……姦……?」

「何か違う気がする。主に意味と字が」

 

 俺にはそんな特殊すぎる性癖は無い。そう言うのがあるとしたらゼウスくらいだろうよ。流石に無いと信じたいが、あいつの守備範囲広いからな。男も女もいけるし、女なら年端も行かない少女からいい年した熟女まで大丈夫な奴だからなぁ……確信を持って『無い』と言い切ることができないのが怖い。

 実際にそう言う趣味があったら、次の脳を用意して取り替えて『前のゼウスは脳姦を性癖とする反逆者だったが今回のゼウスは完璧に幸福です』くらい言わせてやる。言わせなきゃならんだろうその時は。

 

 ……準備、しとくか?

 




 
ゼウス「流石に心外である」



 今回のバクラ&アテム

アテム「……おい、盗賊王バクラ死にそうなんだが」
バクラ「……」
アテム「おい、これ復帰できるのか?」
バクラ「……」
アテム「……おい、バクラ?」
バクラ「……」



バクラ「あびゃー(。∀°)」
アテム「 」


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竈の巫女、眺めてる

 

 狂気と言うものは、時に様々なものを産み出すことがある。失敗することも多いだろうが、失敗を恐れず行動することで逆に活路を開く可能性もあるからだ。

 特に、まともな神経をしていれば普通は考えないし、例え考えたとしても普通はやらないようなことを当然のようにやってしまう。なんとも恐ろしい事だ。

 だからこそ、あの狂信者はこんな手を使ってきたのだろう。千年秤の力を使い、老神官アクナディンの精霊と自身の精霊を融合させ、自身の悪意を、怨念を精霊を介して植え付けた。自身の怨念がアクナディンの意思より強いと確信できていなければ使うことなどできない手だ。普通は使わないし、俺だって使わない。

 しかし、実行した結果として狂信者は王宮内に手駒を作ることができた。これは狂信者が行動を起こさなければ決してあり得なかった結果であり、そして同時に狂信者にとっては非常に幸運だったと言わざるを得ないことだろう。ボロボロになっていた腕はアクナディンの精霊であるガディウスとダメージを均等化することで半分ほど元通りになったし、手駒を作り、更に千年眼も手に入れたと変わらない状況にまで持ち込めた。これで狂信者の持つ千年アイテムは二つ。後五つ集めれば大邪神ゾークがこの世界に現れる準備ができるわけだ。できたからと言ってそいつの思い通りになると決まったわけではないが。以前復活した時には股間の龍にめがけて放たれた魔法を喰らって悶え苦しんでいたところをボコられてたし。

 

 そんないいところなしのゾークだが、きっと家の中ではかなり威張り散らしているんだろう。内弁慶と言う奴だろうな。実力はそこそこ以上にあるようだが、使いこなせなければ意味は無い。使いこなせていないから、かつてマハードとホヒ(仮)、そしてシャダの精霊に囲まれて叩かれて倒れてしまったんだろう。実に愚かなことだ。ちゃんと鍛えないから……。

 鍛えていないゾークはただのゾーク。鍛えていても結局はただのゾーク。ちゃんと鍛えないとただのゾーク。ちゃんと鍛えてもただのゾーク。このゲームが終わって不要になったらゾークの意思を取り除いた力の部分だけもらって帰って何か作るかね。きっとそれなりの物が作れることだろう。力だけは十分にあるからな。

 

 ……あ、精神に狂信者が混じってることに気付かれて思いっきりアクナディンがボコられている。可哀想に、アクナディンが悪いんじゃないっていうのに。悪いのは大体ゾークの奴なんだ。

 だが、そんなゾークが正座で出待ちしてるとか誰も思わないだろうな。律儀な事だ。

 




 
ゾーク「……」マダカナー

 今回のバクラ&アテム

バクラ「加減無さすぎね?」
アテム「しねぇよ? 絶対しねぇよ?」


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竈の巫女、独白する

 

 正義と悪の話なんてのはよくある物だ。物語ではどちらかが正義でどちらかが悪だとしっかり決まっていることが多いが、現実においてそんな簡単に物事が進むようなことはありえない。お互いが正義だと思っていることもあれば、綺麗事を唱えるだけ唱えて多くの存在を扇動したにも拘らず自分は自分のやりたいように堕落するような存在もいるし、あるいはお互いに自分たちが悪だと認識している場合すらある。正義も悪も表裏一体であるという話もあるし、立場による見解の違いから同じものを見ても正義と悪と変わってしまうだけでこの世に悪など存在せず、無数の正義があるだけだと説くものもいる。

 

 心底、どうでもいい。態々そんなどうでもいいことを真面目に考えているやつとか、少々どころでなく理解できない。

 結局のところ、人間も神も自分のやりたいことをやりたいようにやるだけでしかないのだから、悪だの正義だのと考えている暇があるのならば行動した方がよほど建設的だ。やりたいことをやるために正義や悪について考えているんだったらそれはそれでいいと思うがね。

 例えば、民衆は正義と言う言葉が大好きだ。自分たちが絶対的な正義の中に居ると考え、敵が絶対的な悪であると感じたならば、敵に対してどんなことをしても心を痛めることもなく行動できる。そう言った物が差別やら何やらに繋がったりするんだが、特に酷かったのは人間だった頃の俺が知る範囲で言えばキリスト教とそれ以外の宗教の対立だな。キリスト教徒は自分達こそが正しき神に仕える存在であると考え、他の宗教の信者をひたすらに弾圧した。結果的に俺の知る2000年代までキリスト教が残ったことを考えれば当時の狂信者共にとっては万々歳だっただろうが、やられる側としてはたまった物じゃない。誰がどんな神を信仰するのも勝手だが、その信仰を他人にまで押し付けるのは良くないだろうに。俺だって誰かに信仰を押し付けたことは無いぞ? しなくてもかなり信仰されているせいもあるし、以前戦争の時に一人の巫女の祈りに応えて魂と存在を貰って一時的に俺の外部端末にしてその国を守ったりもしたせいだと思うがね。

 

 で、この国における正義の神官団はうち二人を欠いたが戦いを続けている。千年首飾りを使ってディアバウンドとその宿主を探し、千年錠で国民一人一人の心を覗き、千年錫杖で罪人になる前に魔物を抜き出して石板に封ずる。封じるのはあくまでも魔物であって精霊ではないため死人も出ないし、はっきり言ってディアバウンドを探すついでにやっていることなので手間と言う訳でもない。ディアバウンドを封じるにはさらに大きな封印石を用意しなければならないが、それももうすぐ完成する。

 次にディアバウンドが現れたのならば、恐らくすぐにでも捕らえられて封印されるだろう。これまでと何も変わっていなければ、の話だが。

 

 それと、このゲームの在り方もわかった。世界の枠の決まったTRPGのような物なのだろう。プレイヤーは恐らく狂信者と王、そしてよくわからないもう一人。誰かは知らないが、誰かが居る。誰かは知らないが。

 TRPGならではの戦略と柔軟性、そしてどんどんと予定と予想から離れて行くプレイヤー。ついでにNPC。さて、このゲームはいったいどこまで乖離していくのかね?

 




 
 今回のバクラ&アテム

バクラ「おいふざけんなもう少し予想通りに動けよ」
アテム「ふざけるな予想通りに動いたら死ぬだろ」
バクラ「死ねって言ってるんだよ」
アテム「誰が死ぬか」
バクラ「あ? やるか?」
アテム「やってもいいがお前その身体でやるのか?」
バクラ「死霊ゾーマ召喚!」キェェェェェ……
アテム「ブラックマジシャン召喚!先制魔連弾!」
バクラ「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァァク)!」


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竈の巫女、ぼやく

 

 狂信者が死んだ! この人でなし! 実際人ではないからもう何も言えんなこれは。

 そう言う事で狂信者が死んだ。どこかから血反吐を吐いたような、ストレスで胃に穴が開いて大出血した結果吐いた血液が床を叩くような粘ついた水の音が聞こえてくるような気がするが恐らく気のせいだ。気のせいでない訳が無いから気のせいだ。気のせいであることを気にしていては何も始まらないので最近強化されてターメリックドラゴンだけでなくクミンドラゴンとコリアンダードラゴンも宿した代わりに若干多重人格気味になっているキサラに新しいカレーを味見させつつ、現状を眺めている。

 死んだ一人と、一時的に投獄されている一人を除いた四人の神官と王の五人に対し、狂信者は一人で勇猛に戦った。しかし、やはりと言うべきか数の暴力には勝てずにその命を散らしてしまった。千年秤によって神官本人とも言える精霊を取り込んで一時的に手駒とすることを繰り返して神官セトを裏切らせ、さらに融合による強化に加えて周囲の怨霊を集めて魔力を使った攻撃を弾く盾を作り上げる。それによってシャダの精霊の効果を弾くようにもなった。

 それによって効果の制限を受けなくなり、精霊デュオスの効果によって今まで倒した魔物の数だけ攻撃力を倍加させる。正確には(倒した魔物の数+1)×(元々の攻撃力)となるらしいが、その元々の攻撃力が凄まじいことになっている以上、狂信者を相手に真正面から立ち向かう事の出来る存在などほぼ存在しない。例外除く。

 

 しかし、真正面から行けないのなら真正面から行かなければいいだけの話。こっそりと後ろに回って背中から心臓を貫くように短剣を突き刺したホヒ(仮)によって狂信者バクラは倒されることとなった。ホヒ(仮)は最近習得した精神加速を使い、かつ全速力で走ることによって誰も追いつくことができないほどの速度で動いた。その結果としてしばらく動けなくなるほどに疲労してしまったが、それでも何とか戦いは終わったのだ。

 その場にいなかった狂信者の背を何故貫くことができたのかと言われれば、そこにはマハードの命令があった。ディアバウンドを操る際に、遠隔で動かしているのならばその繫がりを辿って行けば操っている本人を見付けることができるはずだと。また、千年輪によっておおよその方向はわかることからディアバウンドの宿主は間違いなく王都のどこかに潜んでいることはわかっていた。

 それを探し出し、捕らえる、あるいは殺害することを命じられていたが、ホヒ(仮)は初めは捕らえることはしても殺すことはしたくなかったらしい。しかし戦いの場にいたホヒ(仮)の精霊であるカレー・マジシャン・ガールの目で状況が危険なことがわかっていたので問答無用で殺害したらしい。

 ディアバウンドを使った戦いに集中していたらしい狂信者はいとも容易く討ち取られ、そしてゲームは殆ど終わりとなったわけだ。

 

 ……しかし、終わらんな、このゲーム。勝負着いたんじゃないのか?

 




 
 今回のバクラ&アテム

アテム「おい、終わらないんだが」
バクラ「勝利条件満たしてないからな」
アテム「なんだそれ。そもそも勝利条件知らされてないんだが」
バクラ「お前の名前を知ること。この記憶の世界の中でな」
アテム「……どこで知るんだ?」
バクラ「それを知るところから始めるこった。ちなみにこのままだと俺勝つぞ。アクナディンが知ってるからな」
アテム「なん……だと……!?」


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竈の巫女、罵倒する

 

 どうやら主要なキャラクターである王と、どこからか入り込んだ未来人一行が出会ったらしい。その未来人達はどうやら王の名前を知ろうとしたらしいが、恐らく名前が刻まれているだろう王墓に行ったところ初めの方の罠に何度も引っ掛かって死にそうになって、なんとか帰ってきたはいいものの先に進めず、偶然出会った王に勝利条件を伝えて名前を知ろうとしたがゾークの力によって墓の中に書かれた名前を削られてしまい、勝利条件を満たすことができる可能性がかなり低くなってしまったらしい。

 プレイヤーである王はなんとか自分の名前を知ろうとして側近であるシモンと言うらしい老人や先代の王の頃から仕えているマハード等に聞いていたが、王の名前は秘されるものとして誰も知らないようだった。

 ……アクナディンは知っているようだが、答える気はないらしい。未だに邪念が残っているのか、それとも初めから敵なのか……はたしてどちらなのだろうな?

 

 それはそうと、あの未来の魂たちが王をつれてこの店にやって来た。この店のことはマハードかシャダ辺りに聞いたんだろうが、随分と数を引き連れてきたもんだ。周りの奴等の殆どが頭を下げている。

 俺? 下げる訳がないだろう。なにもしていないのに俺が頭を下げるのは客相手くらいだよ。相手によっては客でも下げんがな。

 

「なんで古代エジプトにカレー屋が……?」

「さぁ? でもあるんだよね」

「俺らに聞いたってわかるわけないだろ? さーてメシメシっと」

 

 そんなことを言いながら入って来たのは、やはりと言うかなんと言うかこの時代からするとかなりちぐはぐな存在だった。どうもこの未来の住人たちは見ることができる人間と見ることができない人間が居るらしく、そこらを歩いている多くの人間達は見るどころが触れることも存在を感知することもできないようだが王の周りにいる神官やごく一部の衛兵には見えているし触ることもできるらしい。

 だが、残念なことに俺はこいつらにカレーを作ってやる気は無い。と言うか、この時代の世界の料理を食わせたらこいつら死ぬ。急性神秘中毒的な物になって死ぬ。だから食わせるなら大分神秘を削ぎ落とした物にしなくちゃならないんだが、流石にそんな物の用意は無い。

 

 ……いや、待てよ? ここであえて食わせてその責任の全てをGMのせいにしてやるのも……やめておこう。俺が面白いからと言って特に俺に何をしたと言う訳でもない奴の人生を狂わせるのはどうかと思うしな。ゼウスとは違うんだよゼウスとは。

 いや本当にゼウスはクソ野郎だからな。女をとっかえひっかえ……ってのはまあ、まだいいとしよう。それだけだったら人間でもなくはない事だし、重婚やらハーレムと言った物を築く奴もいる。だからまあいいとしよう。そこに納得があれば、俺はその存在を歓迎はしないものの受け入れるくらいはしていたさ。

 自分の妻に内緒でそれを作るっていったいどういう事なんだ? しかも自分とは種族が違う相手にまで。神が人間を見初めることはまあいい。姿が大体同じならばそこに愛が芽生えることはままあるとも。獣相手に本気で発情できるってお前、それは本当にどうなんだ? 弟に獣姦の趣味があるとか本当に勘弁してもらいたいんだが。

 しかもそれを他人に強要する始末。自分が牛やら白鳥やらに化けて女を孕ませに行き、それがバレてヘラによって女の方が呪いをかけられるとか理不尽にも程がある。

 それどころか、年端も行かない少年を攫って抱いて孕ませるとか、頭に蛆でも涌いてるんじゃないかと本当に心配になった上に色々と情けなくすらなった。誰かこの馬鹿を止めてくれとも思った。

 

 まあ、結果的に誰かに頼るんじゃなくて俺が直々に止めたけどな。貞操帯使って。めっちゃ暴れられたがただただ電子を放出するだけの雷なんざ全部吸収してこっちの力に変えられる。その場で一度に使いこなせるエネルギーの量ならともかく、しっかりと準備さえしていればゼウスくらいなら止めるのは難しくないんだよ!

 ……疲れたけどな。

 




 
 ゼウスってほんとやばい(白目)

 今回のバクラ&アテム

バクラ「がんばって探せー、時間切れになったら死ぬぞー」
アテム「クッソォォォォォォ!」
バクラ「NDK? NDK?」
アテム「うるさい!ぶっ殺すぞ!」
バクラ「おお、こわいこわい」ドヤァァァァ……

 プチッ

アテム「ブラックマジシャン召喚!攻撃!」
バクラ「死霊ゾーマ召喚!反撃だぜぇ?」
アテム「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァァァク)!」


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竈の巫女、暴露する

 

 さて、この勝負の勝利条件は何だったか覚えているだろうか。忘れていても全く問題は無い。正直に言って私もあまり興味が無かったから忘れていたしな。

 ともかく、勝利条件は『本来の記憶において王が死ぬまでの間に隠された王の名前を知ること』だった。誰もがその名を知らないし、そもそもその名を付けた者は既にこの世からいなくなっている。

 だが、この王が入ってきたという石板には間違いなく王の名が記されていた。その名の部分だけが削り取られて分からなくなっていたそうだが、この『記憶の世界』には削れていないそれがあったのだと言う。問題は、そもそもその石板が安置されている所は罠が大量に仕掛けられているせいで入ることができず、当然そこに書いてある名前も読むことができないことらしい。

 ……俺からすれば、入れたところで恐らく日本人であろうこいつらがこの時代のヒエログリフを読むこともできなければ正確に発音することもできないだろうと言う懸念があるんだが、こいつらはそこのところをどうするつもりなのかね? 考え無しか? だとすると阿呆としか言いようが無くなってしまうんだが。

 

「あーあ、だれかもう一人の遊戯の名前を知ってる奴はいねぇのかよ?」

「もう一人の遊戯、とは?」

「ん? あー、王様の事だな。よくわからないが千年パズルの中にもう一人の遊戯が居てよ。遊戯がパズルを完成させた時に遊戯と入れ替われるようになって……あー、まあ色々あって本名を探してるんだよ」

「ほー」

「いろんな奴に聞いてみたんだがわからなくてよ。しかも名前が隠されているはずの場所には罠がいっぱいで入れねぇし、罠の内容を知ってる奴は教えてくれねぇしさ」

 

 まあ、普通に考えて教える奴が居るわけないわな。そもそも知っている奴が居るかどうかからして怪しい。石板から名前の部分だけ削り取ったのが未来のアクナディンらしいが、少なくとも現在はそのことを知る者はいない。未来から来ていると言う事は恐らくプレイヤーはあの狂信者とこの王、そしてさっき名前が出てきたミイラとなったアクナディンだろう。その結果、アクナディンは名前を知っていても伝える手段がなくなっているため勝利条件を満たしているものの相手の勝ち名乗りを聞かずに時間切れを待つ以外に勝利する方法は無くなり、更にこの記憶の中においてアクナディンは拘束されているため行動することもできない。

 だが、こちらの王の方も本当の名を知ることができないまま時間切れを迎えようとしている。真の名を知らずにゾークを倒すことを想定していなかったためにまだ続いているが、本当ならば時間切れはゾークが倒れ、ゾークに連なる者がこの記憶の世界から全て消えるその時までだったらしい。

 残された時間はあと一日。その間に真の名を知らなければもう一人の遊戯こと王は死ぬらしい。

 

 ……。

 まあ、聞かれたら返すってことでいいかね。

 

「でさ。ねーちゃんは何か知らないか?」

「知ってるが人の胸元をじろじろと見てくる小僧には教えん」

 

 まあ、背の割にでかいから見たくなる気持ちはわからんでもないが、それで不快にならないかはまた別問題な訳で。

 




 
 今回のバクラ&アテム

アテム「お、キーキャラクター見っけ」
バクラ「……」
アテム「悪いなバクラ。……バクラ?」
バクラ「……」

バクラ「ゴフッ!」
アテム「!?」


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竈の巫女、狂わせる

 

「お願いします教えてください」

「エロ小僧には教えたくないから嫌だ」

「城之内くんは外に出てもらうので!」

「結局伝わることになるだろうから嫌だ」

「お願いします!何でもしますから!」

「お前なんぞに何でもしてもらったところで大したことにはならんから嫌だ」

 

 ちなみに、城之内と呼ばれていた凡骨風の男は既に黙らされている。顔面が全体的にボコボコになっているのはついさっき杏と呼ばれていた紅一点によってギャグ空間でしか出せないほどの威力で殴り飛ばされたからだ。

 その上で色々と請われている。あのエロ小僧の事さえ無ければ普通に教えてやるところだが、今のところ教えたくない。

 厳しいかもしれんが、どうもそう言う目で見てくる奴には厳しくなってしまう。七割くらいはアポロンのせいだが、残りの三割程度は俺の在り方に関わる問題だ。元男だからな。仕方無いな。

 

 まあ、そうだな、神として試練の一つでも出してやるか。それを越えて見せたら教えてやろう。

 

 試練の内容は、カレーを食べてもらってその魅力に負けることなく会話して、俺にアテムの名前について聞くことができれば成功と言うもの。薬効は全く無くした代わりにかなり美味い。神としての立場でもかなり美味い。精神力の弱いやつなら身体には全く影響を出さないこのカレーを食べるだけで精神的な依存に陥ることだろう。

 まあ、こいつらがそこまで大事に思っている仲間に対しての事だ。問題なくクリアしてくるだろうよ。できなかった時の事は知らん。所詮そいつの思いはその程度だったと言う証明だ。

 俺は、評価するべき所は評価する。人間が難行に挑み、そしてそれを突破したならばそれに対する報奨くらいは用意する。他の神話体系ではどうだか知らないが、少なくともギリシャ神話においてはそう言う物だ。

 

 ……すまん、一部嘘ついた。ギリシャ神話でも時々理不尽に罰したり嘘ついたりするわ。主に神が。後英雄も。

 特に酷いのだと、ペルセウスとヘラクレスだな。ヘラクレスはヘラクレスであってアルカイオスではないことをここに明言しておくが、ともかく割と下衆いこともすることが多いのは間違いない。事実としてな。

 だが今回の事に関してはちゃんと約束を守るとも。俺はこういう事に関してはかなり律儀だからな。時々なんでわざわざこんな奴との約束なんて守ってるんだろうなと思っても、あっちから約束を反故にしない限りは守り続けるとも。

 契約はしっかり守るってところは、まるで某神話における悪魔のようだな。約束……と言うか、契約は絶対に遵守し、その契約を破ることで弱体するなり反動があるなりと言ったデメリットを持つ存在。まあ、俺にはそう言うデメリットは無いんだが、精神的にそう言うのは守っておきたいという意識はある。反故にされたら? どんな手を使ってでも報復させてもらうが、それがどうしたね?

 

「まあ、それじゃあこのカレーを食え。その上で今と同じようにオトモダチを思う言葉が吐けたら考えてやろう」

「カレーを、食べるだけ?」

「そうだ。安心しろ、毒やら薬やらは入っていない。ただただ美味いだけのカレーだ。人間が食ったらあまりの美味さにカレーを求める生きる屍になりかねないがな」

「なっ!?」

「実験でどうなるかを試した結果を見せてやろうか」

 

 そうして見せるのは、劇的ビフォーアフター。とても元気に快活に行動していた少年時代の英雄王が、薄汚れて濁った眼でひたすら『かれーかれーかれーかれー』と膝を抱えて座り込みながら呟き続ける姿を見せる。一人だけでは偶然と言う事もあるし、神秘の濃度と時代と場所が大分違うので何十だか何百だかは忘れたが前に盗賊王として襲ってきたバクラに食わせてカレーのためなら何でもするとまで言わせた映像。

 まあ、何故かドン引きされたが、俺は悪くない。いきなり襲い掛かって来たのは向こうだったし、ギルガメッシュについては不可抗力だ。

 

「さて、どうするね?」

 

 俺は目の前にいる未来の魂たちに語り掛けた。

 




 
 今回のバクラ&アテム

バクラ「ゴブフッ!」
アテム「バクラ! しっかりしろバクラ!」
バクラ「……だ、だが、最後に勝つのはこの俺様よぉ! 城之内にこの試練が突破でき……る…………」

 思い出される歴史~ラーのゴッドフェニックスを喰らっても生きていた城之内~
 思い出される歴史~ゴッドフェニックス直後にあと五秒あれば勝ってた城之内~

バクラ「……」
アテム「……」
バクラ「…………」
アテム「……いけんじゃね?」
バクラ「……………………」



バクラ「ゲボバァッ!?」
アテム「バクラァァァァァァァ!!」


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竈の巫女、ぶっちゃける

 

 城之内と呼ばれていたエロ小僧は、最後には男を見せた。一口食べた時点で顔が蕩けた時にはこれは駄目かもなと思ったが、最後の最後にはちゃんとカレーではなく友情を取った。美しい友情だな。尊敬するよ。なにしろ俺にはそこまでできる友はいないもんでね。

 そんな美しい友情に応えて、名前を教えてやることにする。言葉で伝えるのもありかもしれないが、あえて文章で教えてみるのも面白いかもしれない。読めない文字を出されてそれをどうするのか。まあ、読めるだろう本人に見せるのが一番楽だろうがな。

 言葉にしたところで古代エジプト語の名前を西暦2000年辺りの高校生が正確に発音できるとも思わないし、ここはやはり名前を紙かなにかに書いて見せるのが一番だろうか。

 そう言うことで名前を書いた紙をくれてやる。カレーのおかわりはやらないが、まあ苦しめ。

 そしてその紙が王に渡り、王がその名前を知った瞬間にこの世界に終わりが来た。

 ゆっくりと王の身体が崩れ始め、砂となる。遊戯盤から魂が弾き出され、未来の魂も元居た場所へと戻ろうとしている。なにも言わず、突然に消えていくその姿を見送るのは、数人の神官たち。約一名はカレーの皿を抱えている辺り既に手遅れと言えなくもない。

 

 ……そして、プレイヤーのいなくなったゲーム盤はその活動を止めた。動き回っていたキャラクター達はその動きを止め、砂となって消えていく。周囲に存在していたものが消え去り、そして光すら存在しない世界の狭間に溶けて消えた。

 ……まあ、未来の不安のほぼ全てが取り除かれたと同然の状況で消えたんだ。幸せとは言えないかもしれんが不幸ではなかったろうよ。

 死の恐怖に怯えることもなく、いつの間にか消える。まるで俺のような死に方じゃないか。いつか未来で神様になれるかもしれんぞ?

 

 俺も、そろそろ戻るかね。世界の狭間と言っても、何もない訳じゃない。空間さえ広がっていればそれを足掛かりに行動できるし、本体とも言えるヘスティアとの繋がりを辿れば簡単にとはいかないが戻れる。

 ちょいと場所がずれるかもしれないが、歩くなり走るなりで十分戻れる範囲だ。世界さえ違わなければできて当然。時間はかかるかもしれないが、今回のは今までの旅行に比べてかなり短かったからな。時間はまだまだある。

 それに、ケルト神話領域と他の神話領域は既に繋がり始めている。帰還ついでに行けなかったケルト神話圏に行ってみるのも悪くない。

 ただ、時代を間違えると大変なことになる。ついさっきまでエジプトを模した世界の複製品の中に居たわけだが、時間の流れが外の世界と違っている。一瞬にして数年、数十年が過ぎることもあるし、一年過ぎても中では数週間や数日と言うことも無くはない。

 言ってみれば週刊誌のようなものだ。修行のために数年過ぎた、と言う形でその数年を一瞬で過ぎ去らせたり、逆に戦闘などでは何週間も何ヵ月間もかけてたった三分の殴り合いの試合を描く事もある。

 それと同じように、時間の流れが早くなったり遅くなったりを繰り返していたのがさっきの世界であり、しかも何度も何度も巻き戻って繰り返されることすらあった。そんな世界が崩壊した時、それまでは在る程度整合が取れていただろう時間の流れがまともであるだろうか。否、まともであるはずがない。

 

 何が言いたいかと言えば、多少の時間のズレは仕方ないと見逃してくれ、と言う事だ。ではな。

 




 
 今回のバクラ&アテム(最終回)

アテム「勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
バクラ「イワァァァァァァァク(ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ)
アテム「逆wwバクラwwwwぎゃくwwwwww」
バクラ「……俺様は滅びねぇ! いずれ第二第三の俺様が……!」
アテム「そう言うのいいから」
バクラ「 」


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第二のバクラ、隠れ潜む

今日はバレンタインデーですね。リア充爆ぜてください。
そう言うわけでカレー回です。


 

 いつの日にか、第二第三の俺様が現れると言ったな。

 

 それは今だ。(ドヤァァァァ……)

 

 確かに、俺様は消えた。勝負に負け、千年パズルの中から怨念も魂も消滅した。それについては間違いない。

 だが、何のために千年リングに俺の魂を潜ませておいたのか。そしてその魂を分割して今の宿主の身体に刻み付けたのか。それこそ今のように俺様が万が一一世一代の大勝負に負けた時の事を考えての事だ。

 千年リングを失った以上、俺様はこれ以上魂を書き込むことはできない。だが、魂を書き込まなくともある程度自由に動く身体があればもう一度現代で千年アイテムを作り上げ、そしてゾークを復活させることも不可能ではないはずだ。負けた時の事を考えるなんざ俺様も随分と丸くなったが、あのゲームに関わることで色々と痛い目を見てきた。精神的・肉体的を問わずに痛い目ばかりを見てきたんだ。そりゃぁ多少はできるようになるとも。

 ただ、暫くは大人しくしているつもりだ。何しろ負けたばかりだし、俺様もまだ完全に定着できていない。定着して、俺様の意思で自由に外に出ることができるようになったら行動開始と行こうじゃないか。

 千年アイテムを作り上げるための本は、元々ゾーク・ネクロファデス、つまり俺様が作り上げたものだ。一度思い出した以上、もう忘れることは無い。よほど時間が過ぎなければ。

 そしてこの時代は人が多く、同時に人死にも非常に多い時代。この国では自殺が多いだの事故が多いだのと言われちゃいるが、この国だけだ。他の国ではそれこそ一日で千人以上死んでいる地域もある。

 そんな場所ならば、生贄も簡単に集まるだろう。99人程度の生贄ならばあっという間だし、生け贄と言いつつも99の魂と99の死体があれば千年アイテムは作り上げることができる。死体を焼く場所に行けば新鮮な死体がごろごろ転がっているだろうし、怨霊も大量に存在しているだろう。

 ……まずは、宿主に学校を卒業してもらう所から始めるとしようか。それから紛争地帯に出向いて死体を集め、石板を使って千年アイテムを作り上げる。

 今度は王様の邪魔も入らない。この時代には三幻神を封じた石板もないし、あったとしても呼び出すための千年アイテムは全てこちらが持っている。

 あの世界で起きたのは全てゲームでの話だ。本体であるゾークは死んでいないし、俺様もこうして存在している。油断したところで全てを奪い尽くしてやるぜぇ!

 

 

 

 闇バクラ

 未来にて、時々TRPGでGMとしてイカサマ無しで猛威を振るったり、表人格を考古学者としての道に進ませるために画策したり、なぜか現れた機械でできた蠍に尻尾から荷電粒子砲を撃たれて小指を火傷したり、なぜか現れた蝙蝠に呪われ全身の小指と言う小指が腐り落ちるほどの痛みに苛まされたり、突然現れた大剣を持った山の翁に首の代わりに小指をアズライールされたりといった小指にまつわる災難に会い続ける。

 

「突然現れた電気ウナギが超強力な静電気をォォォォォォォ!?」(なお、200万V)

 

 

 

 闇遊戯

 バクラがTRPGを開くとなぜか居る。そしてバクラと掛け合いをしつつの攻略は某ニコニコできる動画で話題に。

 

バクラ(キーパー)ァァァァァァァ!キッサマァァァァァァ!!」

「おい近所迷惑だろ何時だと思ってるんだ」

「あ、すまん」

 

 

 

 城之内

 あのカレーの味が忘れられず、カレーを極める旅に出る。15年後の再現率は7割。デッキにカレー属性モンスターが増え、世界中に支店を持つヘスティアカレーの支店を一つ任されるほどの腕に。

「フハハハハ!ここの店のカレーは中々だ!我が友のカレーには一歩譲るがな!」(某金ぴか王)

「いやぁ、味だけならわからないよこれ。味以外のところまで含めれば負けない自信はあるけどね」(神造泥人形)

「おふぁふぁひ!」(ホヒ(精))

 

 

 

 キサラ

 精霊と化してヘスティアカレーエジプト支店の店長に。食い逃げをするとどこからかカレー色の龍が現れてカレー色のビームを打ち込んでくるらしい。

 

 

 

 ホヒ(仮)

 本名マナ。カレーに染められたため、死後に精霊と合体してカレー・マジシャン・ガールとなる。世界中のカレー専門店に出没するが、老舗では『XX年前から姿の変わらない常連』として有名。

 

「お師匠サマ? 今日はどの店にいきます?」

「シャダが新しい店を見つけたらしい。そこにするのはどうだ?」

「いいですね! ……満足できる味ならもっといいんですけど……」

 

 

 

 ゾーク

 トラウマ植え付けられている。可哀想に……。

 

 




次回から新章


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神話世界漫遊記(どうも立川にいそうな聖書系神話+α編)
竈の巫女、海を割る


 俺は竈の女神様で繋がる未来一覧
 Fate/
 GS美神
 東方project
 ハイスクールD×D
 聖☆おにいさん

 そう言う訳で若干キリスト教に触れます☆


 

 物理的に海を割るなら、障壁系がいい。可能ならば無色透明にしておくとより幻想的な光景が拝めることだろう。幻想的だからよい、現実的だから悪いと言ったことは無いが、それでも多くの者が美しいと思える光景と言うものは大概どこかになんらかの法則と言うものが存在している。自然的であったり、逆に幾何学的であったりとその法則は様々な違いがあれど、基本的に絶対の基準などと言うものは早々存在するものではない。

 俺が人間だった頃に絶対だと言われていた物理法則や科学の原理等も様々な形で例外が存在したし、今の世界からすると物理法則以外にも魔術や魔法的な法則といったものが存在すると言うことはある種の自明の理と言える。現実に存在するもので、たった一つの法則に全て支配されている物などそう存在するものではない。だからこそ北欧のルーンを五行相克に当て嵌めるなどと言う真似ができるわけだが。

 エジプト神話圏を辞してギリシャ神話圏に戻ったヘスティアを追って俺も行動を始めたが、この時代の世界は繋がり部分が薄かったり歪んでいたりするので通り抜けしづらい。できないことはないので問題ないが、問題がなくとも面倒はある。

 そういった場所を刺激しないように走り抜けようとするが、大概そういった場所には何かがあったりする。天を衝く山脈であったり、深い深い地の裂目であったり、細長い海であったり、世界と世界の境にはなんらかの形で地形が存在していたりするのだ。

 そして、エジプトの存在するアフリカ大陸と、すぐ近くに存在するユーラシア大陸の間には二つの海が存在している。

 片方は大陸の内部に入り組んだ海であり、ポセイドンの支配領域でもある地中海。そしてもう一つは細長く、人間から見れば深いが海全体からすればそこまで深いわけでもない海。紅海だ。

 だが、何があったのかそこに多くの人間たちがいた。大半は襤褸を着ていて、はっきり言ってしまえばみすぼらしい。靴もなく、長く歩くのに苦労しそうだ。

 そんな人間たちが、必死に祈りを捧げている。どこの神にかは知らないが、少なくともギリシャ神話系の神格ではないと言うことはわかる。

 ……エジプトからの逃亡者たちが、紅海で、祈りを捧げて……ああ、なんとなくわかった。ユダヤ教系の前身だ、これ。このまま放置しておけば恐らくどこかの予言者だか奇跡を起こす者が現れて十の戒律を守ることを条件に海を割って逃げ道を作ってくれるやつだ。

 

 あと何年かはわからないが、しばらくすればユダヤ教の救世主とやらが生まれる可能性がある。正直それは面倒だし、それのおかげで色々世界が荒れたり魔術が衰退したりと様々な影響が出るわけだが、悪いのは当時の教会の権力者共な訳だし、その罪まで押し付けるのは―――ああ、そう言えば全ての人間の罪を背負ったんだっけか。じゃああいつが悪いわ。殺しとくか?

 

 それはともかくロードローヴァーを駆って海に突撃。海面をそのまま走るなり凍らせて走るなりと色々方法はあるんだが、今回は割ることにした。海底の光景とかなかなか見れる物じゃないからな。たまにはいいだろう。この辺りの海神って誰だったかね? ポセイドンでは無い事は確定なんだが、紅海あたりの海の神格……? 誰だ?

 ……地中海はポセイドンだが、ギリシャ神話的に言うのならば地中海以外はオケアノスの領域だ。まあ、わからないが割れないことは無い。それに、割れはしたが繫がりを断つことはしない。水は流れる物だからな。

 空中を水の帯が流れるように固定しよう。魚たちはこの水の橋を渡ると良い。落ちたら人間達に食われてしまうから、落ちないように気を付けな。俺はさっさと去らせてもらおう。この光景が持つのはあと七日。それまでに人間達が渡り切れなかったら溺れるのみだ。

 では、行こうかね。更なる果てに。

 



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竈の巫女、英雄に遭う

 

 ケルト神話。はっきり言って頭のおかしい連中しかいないようなバトルジャンキー共の巣窟だ。多いに喰らい、多いに戦い、そして多いに女を抱く。そんな戦士たちばかりの脳筋の世界。まったく、もう少しまともな世界にしておけと言ってしまいたいところだが、俺にも俺自身がかなり異端な神であると言う自覚がある。俺にできるからと言って他の奴にできるとは限らない。そう言うものだと認識し直した。大丈夫だ、問題ない。

 それに、そういった獣の論理ってのは分かりやすくて良い。強ければ生き残り、弱ければ死ぬ。戦場での生き死にを普段の生活に持ってくるような事をせず、死んだのはそいつが弱かったからと納得して見せる。

 ……納得できたからと言って復讐に走らないかと言うのはそれはまた別の話。復讐を行うこともまたそいつ自身の自由として行動してくるだろう。面倒なことに。

 

 ケルトと言って思い出すのは、やはりクー・フーリンだろう。ケルト版ヘラクレスと言われたりもする豪傑で、ヘラクレスと並び立てるほどの逸話を持っている。一部人間じゃないような物もあるが、それはまあ神話の英雄なら当然だ。人間らしい力しか持たない神話の英雄とかそういない。

 だが、時代的に未だクー・フーリンは産まれていない。あと三百から五百年ほど待たなければその時代にはならないのだ。俺のケルト神話の知識はクー・フーリンの事がほとんどで、後は世界の外側に存在する影の国のことやフェルグスと言うカラドボルグを振るう男の存在、フィン・マックールと言う騎士団の団長と当時の騎士団にて二剣二槍を使って最強と呼ばれていたディルムッドと言う男の悲恋の話くらいしか無いからな。

 ……ああ、あとアーサー王伝説も一応ケルト領域だから、ブリテンの赤き龍と白き龍のことも含めよう。なんにしろ大して知らないって事だが。

 

 そして、もう一つ重要なことがある。ケルト神話における数々の英雄の師であるスカアハは、ルーン魔術を得手としていた。それはつまり、北欧神話との関連を示す物でもあるのだ。

 世界を枝に成らせる大樹ユグドラシルと、その樹に住む神々の神話。それこそが北欧神話であり、その頂点に存在している主神オーディンが自らの片目と引き換えにして手に入れた知識の中に存在していたものがルーンである。

 そのルーンを何故ケルトのスカアハが使うことができるのかはわからないが、実際に使えているのだからなんらかの繋がりがあることは間違いない。どんな繋がりかはわからないがな。

 ……しかし実力のある脳筋ってのは厄介だな。さっきから撥ねても撥ねても沸いてくるし、猪が並走していなかったらもっと面倒なことになっていたかもしれん。どこから出てきたのかはわからんが、いい子だ。トゥルッフ・トゥルウィスの嫁に来ないか?

 ……来ないか。残念だ。

 

 数々のルーンを背負い、剣や槍といった刃物を防ぐ毛皮を持つ猪。トゥルッフ・トゥルウィスと十分に見合うだろう存在だと思ったんだが、一方的になにかをする相手は敵対者とアホなことをした身内だけでいい。見ず知らずの相手にそういった事をするのは気が引ける。

 無論、あちら側からやって来たら容赦はしないがな。ホヒ(仮)のように。

 

 ん? 今撥ねた奴、そこらの奴よりも大分頑丈だったな。有名な奴だったのかもしれん。撥ねられても原形を留めていたようだし、逸材かもな。

 

 




 
 撥ねたのが誰か? さぁ?


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竈の巫女、注意する

 

 聖四字の神格。この呼び名を出すと日本ではどこの神かを理解できない奴が多いんだが、聖四字の神とはユダヤ教やイスラム教等で信仰されている神格の事であり、俺の知る未来においては宗教人口はともかく知名度においては凄まじい事になっているキリスト教の本来の神でもある。イエス・キリスト、つまるところ救世主であるイエスが広めようとした宗教がユダヤ教であり、そこから分派したものがキリスト教なのだ。

 そんな聖四字の神だが、そいつは中々に人間らしい存在であったりする。全知全能にして世界の創造主でありながら悪魔や天使の一部に離反され、怒り、嫉妬し、怠惰を貪る事もあると言う。

 人間を愛しながらも試練を与え、世界を愛しながらも世界に終末と言う終わりを作る。そんな存在だ。

 だが、実のところ聖四字の神はかなり若い神格だったりする。人間を作り、動物を作り上げたと伝えられている通り、あの辺りの人間は猿から進化したのではなく初めから人間として作られている者がいた。未来では様々な形で血が混じっているために純粋な進化しない人間など全くと言っていいほど残らないが、少なくともアダムとイヴの直系の子孫はどこかに残っているのだ。どこかと言われても、そもそも俺はそのアダムとイヴに会ったこともないからわからんがな。

 そして、重要なのはこの『人間を作った』と言うところだ。人間はそもそもかなり新しい動物だし、ついでに言うと完成形として作られた人間と猿から進化していく最中の人間の間に互換性があることがおかしい。元々存在していたものを真似て作りでもしない限り、そういうことは無理だろう。

 要するに、聖四字の神は人間や他の生物を作る際に他の世界にすでに存在していた人間を含む動物や植物の姿形を真似て作り上げたのだ。確かにその世界に存在する全ての生物を作り上げたのかもしれないが、それも丸パクリだってのは頂けないよな。

 

「その辺りどう思うよ」

「……」←ガツガツとカツカレーを頬張る聖四字の神(若)

 

 返事が無いのでこちらの都合のいいようにとらせてもらうとして、この若々しい聖四字の神がどうしてここにいるのかと言うと、何とこいつは紅海を割ったことに対して文句を言いに来たのだとか。どうもあそこにいた多くの難民たちを自身の信者としておきたかったらしいが、そんなこと俺に言われたところで困る以外の選択肢が出てこない。ついでに言えば知ったことでもない。馬鹿じゃないのかこいつは。

 ……しかし、こいつが世界の創造者ねぇ……上手いことやれば俺にも世界の一つや二つ作れそうだし、かなり制限はあるが実際に世界くらいならもう作った後だから格の上では俺の方が上なんだが……どうもこいつは中々にえげつない事をやってきそうな気配がある。わざわざ滅ぼさなくてもいい街を滅ぼし、殺さなくともいい人間を殺し、自身のために疫病を流行らせて自身の手で治し、そうして信仰を得ていきそうな気がする。

 まさかとは思うが、こいつ天然痘の神じゃないだろうな? 正確には天然痘を振りまく神だが、まさかそんなことはせんだろう。そんな事をしたとバレたら、周囲の神格から文字通りの意味で袋叩きに合うことは間違いない。そんなことまでして信仰を得たいと……思う奴もいるか。意味が分からない理論で自身を正当化して周りに迷惑をかけまくる奴ってのはどこの時代にもいるもんだ。面倒な事に。

 

 一応、釘だけは刺しておくか。相当太い奴をな。

 

 



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竈の巫女、釘を刺す(物理)

 

 若さと言うのは厄介な物だ。経験不足から来る向こう見ずさや老いて権力を持つ者に対しての反骨精神、自身の自由が自身以外によって制限されていると言う不満などを、有り余るエネルギーに任せて爆発させることが多々ある。言ってしまえばヤンキー(死語)の理屈だな。

 俺に関係のないところで勝手にやる分には一向に構わないんだが、こういう場合は大概関係があるから面倒臭いんだ。実際にこっちに色々と被害や影響が出てくるし、自分の家の自分の部屋で周りに迷惑をかけないように行動してくれるんだったらともかく、そうしないからな、大概の場合。

 

 実際に何をしようとしたかと言えば、本当にヤンキーかケルトのような事だ。戦い、食い、そしてヤる。うむ、実にケルトだな。

 ケルトらしくない所と言えば、

 

「襲おうとして失敗して関節極められたまま尻に敷かれている所かね」

「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「やかましいぞ、静かにしろ」

「揺らすなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ん? 揺らすな? 揺らさないでください、だろう?」

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 いや実に五月蠅い。こいつ本当に何とかならんのかね。

 そう言う訳でこいつに釘を刺すことにする。上腕に一本ずつ、前腕に一本ずつ、大腿に一本ずつ、下腿に一本ずつ、両の足の甲から裏に貫通するように一本ずつ、両掌から手の甲に貫通するように一本ずつ、そして心臓に三本。

 突き刺した釘には様々な呪詛を刻み込む。神格を削ぎ落とし、体力を奪い、力の上限を引き下げ、回復速度を減衰させ、信仰の一部をバイパスして全く関係の無いところに放出させる。主神を意味するA(アンサズ)のルーンを逆位置で使う事によってその効果を反転させ、増幅ではなく減衰、強化ではなく弱体を呪いとして付ける。その上で、神としての我儘さや暴力性、悪意と言った悪性を根っこから切り離して神としての力の総量を真っ二つに割っておいた。これで全知全能の神は全知のまま全能ではなくなり、悪辣な手を取れば容易く解決できる問題を全て善性の方法によって行わなければならなくなった。

 全能ではない以上、全てにおいて善性であろうとすることは不可能だ。しかし悪性を無くしてしまった以上、心から救いを求める無辜の存在に対して無視を決め込むこともできなければ滅ぼすこともできはしない。そう言う事ができるとするならば、自身が全く手を触れていないところから生まれた悪意や悪性の存在に対してだが、そう言った悪性については自身と同量正反対の力を持ったもう一柱の自身によって司られている。そして、完全な善性の存在は悪性の事を行うことはできないが、完全なる悪性の存在はやり方次第で一見善性に見えることを行うことができる。勝手に食らい合い、善性の方が消滅することだろう。

 そうすれば、残るのは俺の紐付きの悪性神。善性を滅ぼした結果、その世界がどうなるかは俺は知らんが……まあ、少なくとも俺の所にちょっかいをかけてくることは無いだろうよ。ちょっかいを掛けようとしたら死ぬしな。

 

 ……そう言えば、結構前から大分静かになった。途中まではだいぶ悲鳴を上げていたような気がしたんだが……金色だった髪は白くなっているし、やり過ぎたかもしれんな。

 



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竈の巫女、困る

 

 聖四字の神も、しっかりと話をすれば丸くなるもんだ。ヤンキー(死語)も元はと言えば大人に自分の意思が通らないことを始めとする不満から様々な形で反抗しようとするからこそああなるわけで、しっかりと話をすれば分かり合えたりするものだ。今回は分かり合わざるを得ないようにしているからノーカンでもいいがな。

 聖四字の神というのははっきり言って面倒な存在だ。未来においてかなりの知名度を誇るが、同時に非常に敵の多い宗教でもあった。そりゃそうだろあんな風に宗教で軍団を作って遠征してほかの宗教を弾圧してたらそうもなる。そのあたりを理解していたのかしていないのか、あるいはどうでもよかったのかは知ったことじゃないが……まあ、止められそうなら止めるのが人情ってものじゃないかね? 俺は人間じゃないが。

 

 さてそれはそれとして、面倒なことはもう終わったといっていいだろう。結果的に神が一柱増え、全てを司る存在が全ての善性を司る存在と全ての悪性を司る存在に分かれただけだし。全ての悪性を司るって言うと、アンリマユを思い浮かべてしまうのは仕方のないことだろうか。完全な善と悪に分かれた神話ってのはなかなか少ないんだよな。普通なら二つ以上に分かれて戦っていた場合、どちらも善性を持ちどちらも悪性を持ち、様々な形で敵を騙したり策に嵌めたり味方を犠牲にして勝利をもぎ取ったりといった話があるからどちらが善でどちらが悪と言う形には当て嵌めにくいんだが、あの神話については根源から善性の神と悪性の神に分かれているからな。

 ……出てくる神出てくる神大体悪性って神話もあるからあの神話はだいぶましなほうなんじゃないかね? もしもあの神話が現実に世界として存在するようになったら全力で摘み取らせてもらうが。

 あー、だが摘み取るとその世界の神格に向けられてた信仰とか全部俺に来るし、神格の能力とかも一部こっちに来るからなぁ。炎については今更だからいいとして、冷気についても普通にできるからいいとして、風だって代替できるからまだいいとして、地はかなりできることが増えるだけだからまだましだとしても、水については正直専門外だぞ? 時間と空間はそこそこ行けるし、知識などの形のないものについても司ってこそ無いもののそれなりにあるほうだからいい……いやまあいいかどうかは置いといて悪くはない。やはり問題は水だ水。それも海。

 ポセイドンはまあ範囲が被らないからまだましだとしても、問題はオケアノスやら別の神話の神格やらだ。あいつらに無断でいきなりそんなところ陣取ったら邪魔ってレベルじゃ済まないし、喧嘩を通り越して大戦争にもなりかねない。

 かと言って潰さなければより世界が乱れて面倒なことになるのは間違いない。困った困った。珍しく本当に困った。

 

 ……いや、うむ、俺だけが頑張ろうとするから困るんだな。他の神話の神格にも話を通すことにしようか。どこの神格になるかはわからんが。

 



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竈の巫女、撥ね飛ばす

 

 かつて俺が人間だった頃、聖書を読んで始めに思ったのは『天使は悪辣』と言うことだった。

 神については語られていないからともかくとして、神の使いとされている天使のやり方が非常に嫌らしいものだ。神の名の元に怪物が支配する町を人間ごと焼き払い、人を救うと言って直後に殺害し、悪魔相手にした約束を積極的に破る。かつての民は恐らく自分達が死にたくないから信仰を始めたのだろうなと思わせる内容だった。

 

 だが、今考えてみたら実に当然の事かもしれないと思い始めた。

 天使と言うのは人間と思考回路が大分違う。天使にとっての幸福とは神に従っていられることであり、神の言葉を聞くことであり、神の命令をやりとげることであり、神の近くに侍ることなのだ。

 人を救うと言いながら殺すのは、人の身で自ら命を断つこと無くすぐにでも神の身元へ届けると言うことであり、それを天使である自身が行うことによって天国へ行くことを確定させる儀式のようなものと言う考えであり、天使からすれば間違いなく相手の幸福を祈り、願うものなのだ。

 

 ……生きている人間からすればいい迷惑でしかない事が多いのも仕方がない事だ。種族間の認識が違うのだから、そこに理解が及ばないまま行動に移せば様々な形の不幸が双方を襲うことになるだろう。実際にそうなった例があるわけだしな。

 

 そんなわけで人間の事を理解しようとしないまま魂を神の元に運ぼうとしている天使を撥ねる。思いっきり撥ね飛ばしたが流石は天使と言うだけあって非常に頑丈だが、撥ね飛ばした直後に轢き潰せば流石に堪えたようですぅっと静かに消えていく。

 まあ霊体となっただけだから普通にもう一度轢いて、散りそうになった霊格を集めて圧縮して宝石のような石へと変える。幽体物質(アストラルストーン)とでも名前をつけておくとして、他の神話の領域から人間と魂を持っていこうとか何考えてるんだこいつらは。悪魔よりも悪辣だなこいつら。それが完全な善意から来る物だって言うんだからまた恐れ入る。いったいどんな教育をしてるんだ?

 ……してないのか。してないからそういうことになってるのか。神が完成形として作り上げ、忠誠を刻み付けた結果できたのがこの天使という存在。狂信を胸に神の言葉のみを聞いてそれを叶えようとする存在。なんとも恐ろしいことだ。

 聖書に曰く、神は炎から天使を作り、土から人間を作った。熱や光という形で他に影響しやすいエネルギーを持っているから炎を天使としたのだろうが、実の所炎よりも土のほうが保有するエネルギーは多かったりするんだよな。質量という見えない形で蓄えられているから気付かないかもしれないが、事実質量とは最高に効率のいいエネルギーを蓄える方法だ。問題はあまりに安定しすぎているせいでそこからエネルギーを取り出すことにも難儀するということだが、まあそれについては仕方なかろうよ。普通わからん。それに、反物質と言うのは自然にはほぼ存在しない。存在しない物を発見することはあの神にはできなかったんだろうよ。俺自身、存在していると言う事実を知らなかったら態々そんな物を司ろうとか考えなかったしな。

 

 ……もう少し、話し合いが必要かもしれんな。上の方は抑えたが、それ以前に作られていただろう天使たちの意識改革も進めておかなければ周りに凄まじい迷惑がかかるだろうことは間違いない。なんで俺が見ず知らずの馬鹿共の尻拭いをしてやらなくちゃならんのだ。

 

 



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竈の巫女、事前準備

 

 感情。理論。立場。目的。状況。様々なものが折り重なることで社会とは出来上がるものであり、同時にそういった物が対立し、ぶつかり合い、否定し合い、時に和解し、受容し、様々な形状へと変化する。

 聖書の神が作り上げた世界がいつからの物かはわからないが、この世界も変わる時が来たのだろう。変えるために俺がここにいるのだから変わってもらわなければ困るしな。

 神とは基本的に傲慢なものだ。世界を作り上げたと言うのだったらそれもある意味当然だと言えるが、それでも人間から見れば傲慢に見えるだろう。

 だが、こう考えてみれば分かりやすいかもしれない。漬け物を漬けるための甕を作ったら、いつの間にか雑菌が沸いていた。放置しておくと漬け物が駄目になるので、雑菌の繁殖を押さえて必要な菌だけ選別して残してあとは殺菌する。つまりはそう言うことだ。

 人間ですら自身が作るもののためにそう言うことをしているのだ。神が同じことをしたとして、傲慢だと言えるだろうか? 俺は少なくとも、自分で作った世界の中で行う分には問題ないように思うわけだ。

 ……他の神が作った世界にまで手を出してくるのが問題なわけで。

 

 こういう時に初めにやるべきことは、意思の疎通を図ること、だ。お互いに相手が何を言っているのか理解できないようではそこから先に友好が結べるとはとても思えない。友好なんて結ぶ必要が無いと思うんだったらそれでもいいが、自分たちが最も進んでいる存在だと確信できているうちはそれでいいかもしれないが後々困るのは否定したそいつらだったりする。

 何しろ、どこまで進んでいるといっても所詮は人間だ。過去には神との混血や精霊との混じり物、妖怪との混じり物といった人間以外の存在でありながら人間と共に生活できる存在がいたかもしれないし、人間も神秘に慣れていたためにそれなり以上に差がついていた時代もあるが、未来において神秘が薄れた結果どいつもこいつも一定以上の力を出すことが難しくなっている。要するに、殺しても死なないような奴が王をやっていた時代に比べて組織を率いている人間を殺しやすくなっているということだ。殺せば死ぬような存在など、どれだけ組織が大きくなろうとも大して恐ろしくはない。何しろ殺せば死ぬのだからな。

 最も面倒臭いのは、殺したら死ぬが消滅しない存在だな。殺した結果俺に関わることができなくなるならともかく、殺しても後々俺に何らかの形で実害をよこしてくる奴ほど面倒な存在はいない。たまにいるんだよな、そういうやつ。生前に色々と残しておいたわけではなく、死んだ後に色々とやってくる奴が。

 

 ……まあ、そういう時にはその存在ごとエネルギーに転換して吸収してしまえばそれで終わるんだがな。

 



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竈の巫女、会話する(not物理)

 

 話してみたんだが、予想と大分違う。天使なんてものはどいつもこいつも狂信的な奴ばかりな上に神のためなら自身が死のうが消滅しようが関係ないと言うような輩の集まりだと思っていたんだが、どうやらそれぞれ個性があるらしい。

 神への忠誠心については基本装備らしいが、趣味やら個性やらがそれなりにあるようで意外と話せる奴も居る。勿論糞みたいな奴も居る。その辺りは本当に人間と変わらんな。良い奴もいれば悪い奴も居るし、過激な奴もいれば穏健な奴も居る。全体的に神に対して忠誠は示しているが、それ以外の場所だとかなり緩いのが多い。具体的に言うと趣味とかその辺りで。

 そのあたりで色々と釣ってやったんだが、意外とこいつら欲望に弱い。と言うか俺がわざわざ悪性の部分と分けたはずの聖四字の神まで釣れた。熱い風呂に入れてからのポテトチップとキンキンに冷やしたラガーを出しただけなんだが、こいつらこんなんで釣られて大丈夫なのか? 悪魔とかがいたらあっという間に騙されて素寒貧にされるんじゃないのか?

 ……まさか、もう何度か素寒貧にされているから悪魔達を全力で排斥しに行っているわけじゃないだろうな? まさかまさか違うよな?

 

 ……返事がない。しかも全力で目を逸らされている。こいつらというかここにいる奴らどいつもこいつもそんなことになってんのか? もしかして馬鹿なんじゃなかろうか。

 

「貴様! 我等が主に対して馬鹿とは―――」

「それはそうとこれを見てくれ」

 

 つい最近、俺はとある元天使と出会ってそこそこに意気投合したのだ。どんな内容かというのは置いておくが、ともかく中々話が合ったとだけ理解してくれ。

 で、その結果として目の前にいる大天使……ミカエルの黒歴史を一つ手に入れたわけだ。ヘッドホンで音楽を聴きながら歌っていて、踊りだしたところでコードが抜けてしまって慌てて入れ直すも部屋にルシファーが入ってきて声がうるさいといわれ、ついでに勝手に持って行ってシールまで張ったCDを持ってかれて喧嘩になったという映像だ。

 他人の黒歴史を抉るのに愉悦を感じるという倒錯した趣味を持つ奴が世の中にはいるが、なるほどこれは中々に面白い。流石に愉悦を感じるほどではないが、それでも話の起点とすることくらいは十分できそうだ。

 

「……あ、あの、これは……」

「さーてどうしたんだろうなぁ? ところでもう五、六十万枚ほどあるんだが、見てくか?」

「……」

「……いえ、けっこうです」

「そいつは残念」

 

 ミカエルが負けた! とかそんな感じの声が聞こえてくる気がするが気のせいということにしておこう。そもそも別に勝負していたわけでもないし。

 さて、まあ色々とこいつらのことも分かったし、もう少し真面目な話に入るかね。

 



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竈の巫女、見習う(?)

 

 全知にして全能の神がいる。しかし、実のところ神と言うのは権能が多いほどに存在に揺らぎができやすいものだったりする。権能に矛盾が起きると、信仰する人間に対しての対応が上手くできなくなってしまうのだ。

 例えば、破壊や破滅の権能を持つ神格が再生や医療を司るようになった場合、人間を殺すための戦争などで人間がなかなか死なないようになり、更に言えば様々なものが壊されても直ってしまうようになる。それではどちらの権能も完璧に扱いきることができなくなってしまう。

 権能を扱いきれない神格など、はっきり言ってかなり価値が無い。どのくらい価値が無いかと言うと、海辺の海水や岩山の石ころ、大気中の気体の水銀ほど価値が無い。気体の水銀とか価値が無いどころかむしろ邪魔でしかない。毒性強いわ体内に入ったらなかなか出ていかないわで非常に困る。使い道もそんなにないしな。

 ……まあ、復讐のために俺とカレーに魂を売った魔女が自分の可能性の一つを水銀を媒介にして呼び出していたり、水銀の分子一つ一つを使い魔にして大量に集めて群体にして単体の使い魔として運用していたりしたが、俺は態々そんな物を作りたくはない。熱で蒸発した物がカレー等々に入ったら大変なことになるしな。

 せめて悪性と善性を分けておけば早々矛盾を起こすことは無くなるのだ。互いに全能であるものの、破壊を担当するか再生を担当するかが分かれているだけで大きく違う。大理石を壊すことは破壊だが、その破壊を制御して狙った部分だけを壊して美しい像とするのは創造だ。ただ肉や野菜を切り刻み、炎で焼き払うのは破壊だが、一口サイズに切り分けた肉と野菜を炒めて肉野菜炒めを作るのは決して破壊とは言えないだろう。

 つまり俺の破壊の権能は料理にも応用できるんだよ!

 

『な、なんだってー!?』

 

 思った以上にノリが良くて俺は驚いている。なんでこいつらがこうなのに信仰している側はあんなにも無茶苦茶なことをやってるんだろうな? まだ時代的にやってないが。

 十字軍やら何やらと言うのは実に愚かな物だったと思っているよ。他の宗教を弾圧して、自分たちの宗教を広めるというのはねぇ……最初は自分たちが弾圧される側だったから相手にもやっていいとか思ったのかもしれないが、教義においてそれは認められているのか? 認められている訳もないよな? 『隣人に愛を』だもんな。

 そう言っても教会の奴らは自分たちに金が集まってきてほしいから『同じ神を信仰する者の中でも同じ派閥の者だけが人間である』とかいう理屈をつけて遠征を行い、先々で虐殺と略奪を繰り返したんだが。人間の欲は限りないって言う見本みたいなものだ。文字通りに限りが無さ過ぎて本当に厄介だが。

 ……こいつらの信仰する神がちゃんとしっかり裁いてくれればこんな事にもならなかっただろうに。それともあれかね、その神自体がそう言う認識だったとか言う救われない事実があったりするのかね。だったら困るねぇ。困って困って―――

 

 メディアを見習って呪ってしまうかもしれん。

 



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竈の巫女、忠告する

(なお、口には出さない模様)


 

 さて、俺の知るこの神格は様々な形で信仰されている。有名な物で言うとキリスト教にユダヤ教、そしてイスラム教も聖四字の神が信仰されている。一部のキリスト教ではキリストを神格として扱っている所もあるが、キリスト自身は神ではなく神の子であって信仰を向けられるような存在ではないというのが多くの派閥で言われる共通の意見であるらしい。

 まあそんなものは関係なくキリストも神として扱う教派もあるらしいが、はっきり言って俺には関係ない。関係なさ過ぎて引くくらいに関係ない。若干『キリストが生まれた時に祝福してやってギリシャに引き込んでやろうかな』とか思ったこともあるがそれやると後でもっと面倒臭いことになるだろうと冷静に考えてやめたしな。だからはっきり言って関係ない。

 

 ……そう言えば、最近とある悪魔に大天使ミカエルの黒歴史を譲ってもらった時に悪魔が人を堕落させるのに甘い菓子でも使えばいいんじゃないかと言う案を出して、そこで色々と教え込んだな。そう言う点では若干関係あるかもしれないが、関係あるのは悪魔側であって天使でも神格でもないし、信仰にも関係ないしいいんじゃあないかね。実際にいいのかどうかは俺にはわからん。甘いもので釣られる奴が居るのかどうかもわからんが。そもそも甘いもので釣られる奴よりも飢えをなんとかするためにカレーで釣られる奴の方がより多そうだしな。

 まあそれはそれとして、基本的に神が人間に関わろうとしない神話で、かつ自分達もあまり積極的には人間と関わらないタイプの存在だと色々と人間社会にはそぐわないものが出てきたりする。例えば、天使の中に調味料を司る存在が居ない割に、どの天使も本気でやれば塩だけは出せるとか。なおその塩は元人間だったり植物だったりが塩になる奴だから犠牲が不可欠。そのためあまりやらないらしい。

 

 ただ、未来において神の声を聴くことができなくなった奴が教皇とかそう言う席について、他の神話圏に遠征に出るようなことになったらまず間違いなく蹴散らされるから気を付けないとまずいだろうな。ケルトは大体の英雄は普通に人間程度にしか生きないし、人間以上に寿命があるだろう存在は多くがさっさと死んでしまったり、あるいは世界の裏側から出ることができない存在だったりするから割と簡単に滅ぼせるだろう。しかし問題はそれ以外の、具体的に言うと北欧神話とギリシャ・ローマ神話、そしてメソポタミア神話群だ。

 北欧神話については人間界までなら何とか潰せるかもしれないが、それ以上の世界にまで広げようとするとえげつない攻撃が飛んできたりするから非常に難しいだろうし、ローマ・ギリシャ神話では七日かけて作った世界を文字通りに一発でぶち壊せる存在が居たりする。俺じゃなくな。

 そしてある意味で一番やばいのがメソポタミア神話群だ。と言うか、そこに居るギルガメッシュとエンキドゥがやばい。何しろあいつらまだ生きているし、死ぬ気配が今のところ欠片も無い。ついでに未だにあの山脈を越えた先の世界だけ神秘が濃すぎるからまともな人間だと急性神秘中毒で全身の血管と言う血管、神経と言う神経が魔術的な意味を刻み込まれてその痛みに耐え切れず発狂して死んだりしそうだし、そこで死ななくとも血管によって描かれる魔術的な文様が起こす魔術を制御することができないで自爆して屍を曝すことになりそうだし、お勧めできない。

 さらに言ってしまうと、ギルガメッシュは神格に対して抜群の効果を持つ宝やら武具やらを大量に持っているし、エンキドゥはエンキドゥでその身体そのものが神を縛り付ける鎖と言ってもいい。そう言う機能も一応付けたからな。神話において神に近ければ近いほど、あの二人にはいいカモだ。

 俺? カレー食わせれば大人しくなるから問題ない。たまにカレーの新作コンペとかもやってるからな。カレーに影響された存在を集めて。

 



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竈の巫女、反撃する

 

 天使と言うのは基本的に成長することの無い存在だ。そもそも神が完成した形で作り上げ、そこに成長と言う機能を組み込まなかったが故にそうなってしまったという所もあるんだが、それでも成長していく、と言うより、変化していく天使たちもいる。それが所謂堕天使と言う存在であり、天使から悪魔へと変わったルシファーもそこに一応含まれる。

 しかし、そもそもどうして悪魔と言う物が存在するのかを考えたことはあるだろうか。それについては、有名な悪魔の名前を並べ、それと同時に西洋に存在していた様々な宗教の神格を調べてみれば簡単にわかる。

 そもそも、悪魔など初めからどこにもいなかったのだ。居たのは異教の神であり、他の世界を作った神格であり、悪魔として貶めたのが人間達であり、それを良しとした聖四字の神でもある。そして、そう言った邪教を信仰する者達を悪魔の使徒として襲撃し、殺害し、その場に在った物を略奪し、土地を征服し、宗教と信仰を奪い去ったのが十字軍。はっきり言って糞共の集まりである。

 ……人間の欲望とは恐ろしいものだ。動物であった頃ならばそういった思考は存在したとしても自分の身の丈以上の物を求めることは早々無いと言うのに、人間はどこまでもどこまでも上を求め続ける。欲の皮の突っ張った奴と言う言葉があるが、人間の中で不必要な物を求めることが全くない奴と言うのは存在しているのだろうか。俺の知る限りだと、存在していたらそれこそ人間ではなく動物のような物だと思うんだが。

 誰かを救いたいと思うのもまた人間の欲望で、誰かを蹴落としてでも自分の思い通りに事を進めたいと思うのもまた欲望。聖人も悪人もどいつもこいつも最終的には欲を捨て去ることなんてできやしないものだ。

 

 そして、それは神でも変わらない。自然の権化である神格だが、自然でありながら意思を持ってしまったが故に加減や理性と言う物を持ち合わせない。一部は無理矢理に後付けさせたが、それでも基本的にはそう言った物を持ちえないため、神と神の間で数多の戦いが起こっているのだ。

 一番そう言った物が多いのは、やはりインドだろう。次点で日本神話だが、日本神話の神格は自然以外からも神になれるというかなりの特殊例のため除外してもいい。日本神話を除外した場合、次点に来るのは拝火教、ゾロアスター神話と言う事になるのだろうか。

 ゾロアスター神話では常に善神と悪神が戦いを繰り広げているはずだが、決着がつくまでに非常に長い時間がかかっているようだし、回数で言えば一回だけだ。一回の戦いでどれだけ戦い続けているのかはわからないが、インドのように周囲に凄まじい被害を出さない分ゾロアスター神話系の神格は人間に優しい存在だと言えるだろう。

 

 ……ところで、ハサン・サッバーフという宗教団体の長を知っているだろうか。彼は暗殺教団の長として教団を恐怖と力で纏め上げていたが、その名前からアサシン、つまり暗殺者と言う言葉ができたのだ。

 そしてそのハサンの信仰する神は、イスラムの神。つまるところ聖四字の神格なのだ。

 ただ、イスラムとユダヤ、キリスト教の間には大きな違いがある。どちらかと言うと戒律が厳しい物が多いのがイスラムだが、特に厳しいところは偶像崇拝の禁止を極限まで極めているという所だ。また、イスラム教ではイエス・キリストは偉大な予言者の一人と言う扱いになっていたりするため、そういう所でキリスト教とは特に馬が合わなかったりする。

 まあ、それでも崇める神が同じと言う所ではお互いの事を認めているのだが、それ以外の神格に対して非常に扱いが悪いというのもこの宗教の特徴だ。

 

 何が言いたいかと言うと、そんな奴らが襲ってきた際に手加減とか必要無いよね、と言うだけの話なんだが。



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竈の巫女、鐶を描く

 

 甘い物としょっぱい物、そして喉を潤す水。この三つにより無限の連環が描かれ、溜まり行く美味さは連鎖する。

 ポテチとケーキ並べて両方をつつきつつたまにお茶で口のなかをリセットしているのと状況的には変わらないが、甘い物と言うのが非常に少なかった時代においてはこの程度の事でも夢に見るほど羨ましい状況だったこともあるそうだ。

 

「あまい! しょっぱい! あまい! しょっぱい! あまい! しょっぱい!」

 

 この男も、その連鎖に心を奪われた一人。甘い・しょっぱい円環はなかなか抜け出すことができないらしい。あまい! しょっぱい! あまい! しょっぱい! と何度も繰り返しながらクッキーとポテトチップスを交互に貪っている。

 だが、この無限とも思える円環にも終わりと言うものが存在する。所詮は短時間で作り出したものだし、そこまでの量がない以上はそれがなくなるまでの時間はそう長いものではない。人間の一生から考えても短い時間で消えてしまうものが、神から見て長い時間持つ筈もない。あっという間にポテトチップスとクッキーは姿を消し、僅かに残った水が寂しく光を反射するだけになる。

 元々、人間のような形で降臨したりしない限り食事を必要としないのが神格であり天使なのだが、必要としないだけで娯楽として楽しむことはできるらしい。ギリシャ神話のように食物に何か特別な効果があるわけでもないのに口にするのは、あくまでも娯楽のため。身体を栄養するだとか人間の食べるものを食べることで理解を深めようとするわけではなく、ただただ娯楽と信仰のためなのだ。

 

 娯楽のためと言うだけあって多くの神は自身の好みの物以外は敬遠する。好きでもないものを捧げられたところで見返りとして何かを渡すことはなく、捧げられたそれがどれだけ貴重であろうとも気に入らなければ加護を与えるどころか天罰を当てる事すら考える。それこそが神格だ。我儘であり、独善的である。初めから神格だった存在で、我儘でも独善的でもない存在がいるものだろうか。

 断言しよう。居ない。かつて地上に生きる動植物であったりすれば当時の記憶や意識によって対応が変わって来たりもするが、産まれたときから神であるならば人間の事だけを考えて人間だけを愛して、等と言う事はまずありえない。何しろ神の多くは自然の権化だ。最も多くの信仰を齎す人間をそれなりに愛することはあるだろうが、自然の中で同じように生きている動物や植物などの全てを滅ぼしてまで愛することはありえないだろう。

 信仰に関しては、そうやって捧げられる物がどれだけ自分の舌に合ったか、そしてそれを用意するためにかけた手間などを見る。信仰が無ければ手間をかけることをしたがらないだろうし、信仰があればどれだけの手間をかけてもそれを苦労と思うことは無いだろう。狂信者こそ神にとってはありがたいものであるそうだが、俺は狂信されるのは正直困る。すでに狂信者が数人知り合いにいたりするし、一番やばい奴が俺の弟子でカレーの狂信者をやっていたりするが、まあ誤差だ誤差。在るか無いかと言う所で既に誤差では済まない差があるような気がするが、気にしない。気にしても変わらないことは気にしない。気にしてどうにかなることで、かつ俺に都合の悪い事だったら何とかしたかもしれないがな。

 

 ……流石にこいつらにカレーを出して中毒にする気にはなれないからな。いくらなんでも……なぁ?

 




※描くのが巫女だとは言ってない


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竈の巫女、暗殺する

 

 未来ではヨーロッパと呼ばれる地域には、多くの国が乱立している。ギリシャ神話圏であれば俺を信仰している国の方が多いし、よほど馬鹿なことをしなければ国が廃れることがないせいもあるだろう。なにしろ俺は国家や社会の防衛にはかなりの力が出せるからな。神を馬鹿にしたり蔑ろにしたり、自分から攻め込んだくせに劣勢になった途端に頼ろうとしたりしなければ基本的にいつでも力は貸してやっているから、国の戦争では基本的に攻め込んだ方が敗北する。戦神の加護だのなんだのを受けていたりする奴もいるが、そういった奴等は基本的に気性が荒いからな。略奪やら強姦やらに走ろうとして、俺の加護を受けた奴に蹴り飛ばされて死ぬこともままある。

 ただ、兵同士が戦って死ぬのは構わないんだ。戦士や騎士と呼ばれる職業軍人の走りが戦場で死ぬのもどうだって良い。問題があるとすればそうした戦争に巻き込まれて死ぬ無辜の民の事であり、俺が守護するはずの孤児たちの事でもある。

 今この世界では、非常に濃厚な神秘が存在しているために神がかなり直接的に力を振るって物事を解決したり、人間社会に干渉したりすることができる。だが、問題はしばらく後になってからだ。

 ソロモン王。聖四字の神によって祝福されて王として生まれ、王として生き、王として死んだ。そこまでなら別にどうでもいいことだが、死ぬ寸前に世界に存在していた自身の持つ全てを神に捧げている。これが問題なのだ。

 ソロモン王が捧げたのは、知識や魔力、千里眼と言った物だけではない。自身が使うことができる魔術と言う神秘や、王として振るっていた権限、そして自身が支配していた世界の全てを献上したのだ。自分が支配していたからと言うそれだけの理由で、非常に多くの人間の魂が、未来が、聖四字の神の物となってしまった。しかも、それらの行動はソロモン王の意思ではなく聖四字の神の計画によって動かされていたというのだから、盛大なマッチポンプと言わざるを得ない。結果として聖四字の神は数多くの信者を手に入れ、さらに世界に存在していた神秘の多くをその身に取り込むようになったわけだ。

 

 ……で、そんなソロモン王がどのあたりの時代の存在かと言うと、丁度今現在なんだよな。

 

 そう言う訳で捧げ物とかされる前に暗殺しておく。何を考えてこんなことをさせようとしたのかは正直どうでもいいが、勝手に全部持ってかれるのはちょっとどころではなく腹が立つ。少し前に善性と悪性を真っ二つに分けたばかりだが、もう一度真っ二つにしてやろうかね? 今度は物理で。

 ソロモン王の最期は老衰だと言われているが、俺はここで一つ新しい説を出してみようと思う。

 

 ソロモン王は何者かに暗殺された。暗殺されたソロモン王の遺体は指輪に守られていて腐ることもなくそこにあり続け、神の手によって天上に持ち去られた。

 そんな終わり方をしたソロモン王が一人くらい居たって、罰は当たらんだろうよ。

 まあそう言う訳で、死んでくれや。面倒な事をされる前にな。

 



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竈の巫女、悔やむ

更新再開ー。二日に一回くらいまで速度落ちそう?


 

 暗殺はあまり良いものじゃない。だが、未来を考えればああした方が俺にとっては都合が良かったし、俺以外の神格の多くもそうした方が良かっただろうな。少なくとも、消滅までの時間はまず間違いなく延びているだろうし。

 ありとあらゆる自由意思を持つことを許されず、神の望むままに理想の王として在り続け、その最期の時、死すらも神によって決められた形で迎えることになる。俺が殺したのでその点においては変わらないが、殺したことによってソロモンの人生にレールを敷いた聖四字の神の思惑だけは外してやることができた。聖四字の神はあれでかなり思考がえげつないからな。二つに割ってもなかなかえげつない。世界の全てを作ったと言う自負がそうさせるのか、それとも子供のような無邪気さがそうさせるのか……。

 まあそんな訳でソロモンを暗殺したが、後の時代でよく知られていた72柱の魔神と言うのはどうやら存在していないようだ。まあ、ある意味では当然だ。この周辺の神格を悪魔に堕とした物が悪魔や魔神とされている存在の殆どを占めているのだが、多くはウガリット神話等の……簡単に言えばメソポタミア神話群の神格の物なのだ。

 ギルガメッシュはやろうとすれば神格殺しくらいならば十分に可能なだけの実力を持っているし、カレーによって健康を維持できる神格達は遊びではない戦争においては余程の事がなければ決着がつかないまま終わってしまう。要するに、全能と言ってもこの世界の中では若い部類に入る聖四字の神では衰退しきったメソポタミア神話群の神格ならともかく、未だギルガメッシュと言う偉大な王に率いられ、神格が衰退しなかったお蔭で神秘を色濃く残したままのメソポタミア神話群を押し潰すようなことはできなかったと言うことだ。

 その上、ソロモンのすぐ近くにはギルガメッシュが居た。ソロモンがどれだけ優秀であり、どれだけ神の援助を受けていたとしてもギルガメッシュから民を奪い取るほどの事はできなかったし、戦いとなればギルガメッシュとエンキドゥの二人を相手にするだけで国の全てをかけなければいけないし、そもそも凄まじい濃度の神秘に浸されたまま育ったウルクの民は、一人一人が天使にも匹敵しうるだけの実力があった。戦争を仕掛けて勝てるはずがない。

 だからこそのソロモンであり、神秘の奪取だったのだろうが……それをやられると俺も困る。だから殺した。復活すらできないように、跡形もなく。

 

 ……できることならば、神が手を出さないで済む世界がいいんだが、他の神が阿呆なことをすると手を出さざるを得ないから面倒臭い。もう少しなんとかならないかね? ……ならないからこうなってる? 知ってた。

 



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竈の巫女、話を変える

 

 ユダヤ教の旧約聖書と、キリスト教の新約聖書。どちらが優れているとか劣っているとかそう言う話は置いておくとして、この二つの大きな違いは語り手の違いであると言える。

 旧約聖書ならば、語る者は聖四字の神である。聖四字の神が何をしたか。聖四字の神によってどうなったか。聖四字の神に関わる事と、聖四字の神の言葉に埋め尽くされている。

 しかし、新約聖書の語り手はと言えば、基本的には救世主であるヨシュアである。視点こそ変われど多くの場合は弟子の視点から、救世主ヨシュアの行動や言葉が描かれている。

 そして、キリスト教においては多くの場合新約聖書が聖書として広まっているのに加えて旧約聖書も聖書として扱われているが、キリスト教の元となったユダヤ教では聖書として認められているのは旧約聖書のみ。そして同じユダヤ教から分裂したと思われるイスラム教では、紙に写したものは全て聖書ではなく、巨大な石に刻まれたコーランと呼ばれる聖典こそが唯一の聖書であるとされている。

 ……俺からすれば、書かれている内容が正確であり、しっかりと保存できて読みたい時あるいは読まなければいけない時にしっかりと読むことができるならば何に書かれていようと構わないような気がするんだがな。権威がどうこうって話もあるが、神格だったら権威の前に存在を知られることの方が大切な筈だ。存在すら知られていないものが信仰を受けたり崇拝されたりと言うことは余程の事がなければありえないのだから。

 今回の事はかなり洒落にならない嫌がらせになるが、同程度の規模で返すとなると聖四字の神に連なる存在を根切りにするとか、過去に遡って存在そのものを消してしまうとか、そういった少々どころでなくえげつない手をとらないと同程度とは言えなくなってしまう。なにしろかなり直接的に他の神話の神格の命を狙ったも同然の出来事だ。最低限その位やらなければ割に合わない。

 もしも成功されていたならば、それに他の神話の神格達が気付いた頃には時既に遅し。世界のかなりの神秘が聖四字の神に呑まれ、そして他の神話の神格達は弱体化していっただろう。それこそ、他の多くの神話の神格が手を結んで戦いを挑んだとしても勝利できないほどに。

 つまり、それをやられると俺ももしかしたら死ぬ可能性があった訳だ。聖四字の神を半分(物理)にしても仕方なかろう? むしろ殺し尽くさなかっただけ有情だと思っている。いつかこの甘さにつけ込まれて足元を掬われてしまわないか心配だ。

 

 まあそれはそれとしてイタメシ作ろうイタメシ。漢字で書くと炒飯(イタメシ)。なんか違う? 安心しろ、俺も何かが違うような気がしている。

 確か本来はイタリア飯でピザとかパスタがそれにあたるんだったか? 俺が生きていた頃にはもう使われなくなって久しい言葉だったからな。よくわからんのだよ。確かそんな感じの意味だったと思うが。

 で、作るのはピラフだ。カレーピラフじゃないからその辺り注意な。カレー以外にも美味いものはこの世界に溢れている。勿論不味い物も溢れているんだが、その辺りは経験しないとわからんもんだ。

 シュールストレミングも、臭い事ばかりが取り上げられているが食ってみれば多少は意見も変わる。臭いことには違いないし、不意にこの匂いが直撃したら死ぬだろうなと言う意見が新しく出てきたり、都心でやったら異臭騒ぎで警察が来たり消防が来たりすることにもなったりするが、まあその辺りに気を付ければ問題ない。

 ピラフと言ったらエビだよなエビ。アレルギーで食えない奴もいるみたいだが、非常に残念だ。食ったら死ぬとかアレルギーはマジで怖いからな。甘く見てはいけない(戒め)。

 



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竈の巫女、貶される

 

 唯一神を崇める宗教にとって、他の神話の神格とは決して相容れぬ存在である。神とは自分達の崇める神ただ一つであり、それ以外の神は神を僭称する邪悪な存在。そうであると信者は思っているし、そうでなければならないと聖書が示している。

 だからこそ、俺のような他の神格を信仰している存在、あるいは他の神格そのものは異端であり、排除するべき存在だと言えるわけだ。魔女狩りや異端審問の最盛期はまだ訪れていないし、そもそもこの時代において聖四字の神を信仰する一神教はちょっとした地方の宗教でしかなく、異端だなんだと騒げるほどの力をつけてはいないのだ。

 

 だが、そういったことを理解していない小さな集団内においては十分に異端審問などが起こりうる。外の集落や町と関わりを持たない村落などではよく起きることで、その内部の掟によって人が裁かれると言うことは珍しくない。

 しかし、時にそういった決まりを無視して旅人を嵌めようとする村落もある。生贄を用意しなければならない時に村の中から出すのではなく旅人を使う、と言うのは少なからずあることだし、機会があればむしろやらない場所の方が少ないとすら言える。

 

 だがまあ、押し付けられたその役割を受け入れるかどうかはこちらにも意思があるわけで。そいつらの言葉に唯々諾々と従って生贄にされるとか頼まれても嫌だし、捧げる相手がヘスティア()ならともかく、聖四字の神じゃ贄にされてやる気も失くすってもんだ。初めからありゃしないんだが。

 北欧神話のオーディンは自分自身に自分自身を生贄に捧げることでルーンの秘奥を知ろうとしたし、俺自身も生娘の寿命と身体を生贄に護国を願われてそれを叶えたことがある。ちなみに生娘を捧げられた理由はその身体を俺が直接使って敵を一掃するためであり、その時には一人の娘の未来と魂が失われた代わりに国は守られた。その娘の魂は俺に捧げられた物だし、大事に大事に取ってある。いつか何かの時に使うかもしれないので精神が壊れないように夢すら見ない深い眠りに落としてある。

 オーディンが自身に自身を捧げた理由は、自身の持つ知識を二重に習得することで自身の理解できていない知識を埋め、さらに多角的かつ客観的に見ることができるようにするためだと思われる。

 俺も同じようなことをやってみたこともあるしまず間違いはないだろうが、そうして得た知識を勝手に捧げられるとかマジふざけ。

 

 まあそんなわけで、異邦の神格の宿る肉体を別の神格に捧げようとした村には消えてもらうことにした。村に火を放ち、周囲を太陽の黒点と同じ程度の熱量の炎で覆うことで逃げる道を無くし、村の住人を一人一人殺していった。

 しかしあれだな、宗教ってのは恐ろしいもんだ。自分達がやろうとしたことは棚にあげて、俺の事ばかり責めてくる。悪魔だの魔女だの鬱陶しいし、こんな子供まで殺すのかとか言われたところで当然殺す以外の結果はない。若かろうが年老いていようが男だろうが女だろうが関係はない。

 ただ、殺す時にはしっかりと子供から殺すようにしている。孤児は守らなくちゃならないからな。親が生きていて、捨てられた訳じゃないのなら孤児じゃない。だからこそ親が死ぬ前に子を殺してしまえばヘスティアの神としての在り方に影響は出てこない。

 それに、有害な放射能をばらまいておいたから例え生きていたのが居たとしても結局死ぬ。何しろヒュドラの猛毒と変わらんものだ。この時代の人間が耐えられるようなものじゃない。

 だが、それでも念には念を入れてしっかりと周囲を焼き払っておく。縁を辿り、この村に関係のある存在の魂にも呪いを仕込んでおく。この村に近付くだけで皮膚に火傷を負い、離れれば治るように。この村から逃げ出そうとした存在は、魂から焼かれるような痛みに悶えながら野性動物に食い殺される事だろう。

 これで、報復は終わりとしておこうかね。

 

 ……しかし、悪魔か。また変な属性が着いたな。焼き捨てておこう。

 

 



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竈の巫女、大樹を見る

 

 北欧神話についての話をしよう。

 北欧神話とは、主に北欧を中心として広まる神々に対する信仰である。ただし、世界は終わるものであると規定され、神々すらもその事実を知っていると信仰されているために非常に享楽的な神格や我儘な神格が多い。……ギリシャ神話と比べたらどうか? 神の性格のアレさにおいてギリシャ神話と比べることが間違っていると断言するがとりあえず言わせてもらおう。多くのギリシャ神話の神格の方が人間との関わりが多い分かなりアレな逸話が多く残っている、と。

 ちなみに俺的ギリシャ三大アレ英雄は、ヘラクレス、ペルセウス、アキレウスだ。ギリシャ三大英雄と見事に被っている? 知らんよ。あと、ヘラクレスとアルカイオスは別存在と認識しているためこの並びになったわけだ。

 ともかくとして、北欧神話と言えば有名なものは世界樹ユグドラシルだろう。

 幾つもの世界をまるで実のように枝にぶら下げる巨大な樹。世界と世界の間には虚空が広がり、その虚空が何よりも厚い壁となってそれぞれの世界の緩衝材として存在していたために他の世界からの侵略を受けるようなことはあまりなかったのだ。

 だが、北欧神話において世界の終焉とされる出来事はある。神々の黄昏と呼ばれることの多いラグナロクがそれにあたるが、それは世界の内側でのみ起こる出来事であってそれ以外に全く原因が無いかと言うとそうでもない。

 世界樹と呼ばれる樹は、あくまでも一つの樹でしかない。その樹を一つの世界群とした時に、北欧神話はユグドラシル以外の世界樹の存在を暗に示しているのだ。

 世界の外側から軍が来る。それが来た時に即座にそれを見付ける役目を持っているのが未来においてロキと相打って死ぬ定めにあるというヘイムダルであり、ヘイムダルによってそれが知らされた時こそが神々の黄昏の始まりの時だと予言されているのだ。

 

 で、今俺はその世界樹をじっくりとっくりと眺めている。

 美しい樹だ。とてもとても美しい。様々な動物を内包し、様々な生命を宿すその大樹に、俺は久方振りに自然の偉大さと言う物を感じ取った。人間だった頃にはよく感じていた物だったが、神になってからと言うもの自然は俺自身と言う感覚が強かった。権能が増えて様々な物を司るようになってからは余計にそうだった。

 だが、今の俺はそんなことを一切感じることなく世界樹を眺めていられる。これは恐らく世界樹と言う存在が俺が権能を持つ世界とは大きく違った根源からできあがった物だからなのだろう。自分の事を間接的に褒めるような物ではなく、自分とは全く違う存在を眺めて楽しむ。かなり久し振りの経験だ。

 様々な世界を纏めて統合する時に、できるだけ無理が出ないように色々と手を回し過ぎたせいか俺に地母神の権能が若干生えてきたせいなんだろうな。実の子供もいないのに。と言うか俺処女なのに。散らす気もないけど。地母神の権能ができたもう一つの原因でありそうなことと言えば、恐らくティアマトだろうな。殺しても殺しても物理的に消滅させても概念的に消滅させても存在していたという事実ごと消滅させても何故か復活してきやがったから喰うって形で封印したんだよな。

 そしたら復活はしなくなったんだが、代わりに俺の存在の密度が増した。ついでに神秘の濃度も増したしできることも増えた。竈の女神であり火の女神であり、孤児の守護神である俺が、まさか処女のまま他の存在を産めるとか考えてもみなかった。まあ、俺は元が元だから自分以外の存在をわざわざ新しく生み落とそうとは思わなかったし、できることが増えるのはもういつもの事だったから流したんだよな。ティアマトの身体はバビロニアあたりの大地になってるし、精神はかなり脆かったからさっさと食い潰したし。

 

 まあ、だからこそこうして俺に起因しない世界なんかを見るのは楽しいと思えるわけだ。俺に起因する世界もまた面白くはあるんだが。

 



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竈の巫女、道化と会う

気付いた方はおられるだろうか。前回、カレーな聖杯戦争の話を挙げた際に、その一つ前に一話投稿されていたことに……!(意訳:見てない人はそれを見てから読んでください)


 

 ロキ。北欧神話におけるトリックスター。自分の気分次第で残酷なことも平然とやるし、約束を破るも守るも気分次第。戦乱を引き起こしたかと思えば調停し、破壊の限りを尽くすかと思えば様々な物を作り上げる。愛に生きる者を馬鹿にし、他者の守りたいと願った物を壊すこともあれば、自身が愛によって様々な難行を乗り越えることもある。

 男でもあり女でもあり、人型であり動物型であり、神であり巨人でもある厄介な存在。そして最後にはヘイムダルと相打って死ぬことが予言されている神格。それがロキだ。

 そう、それが俺の知っているロキと言う神格であり、決して―――

 

「っかー! チビっこいくせに乳はでっかいのー! いや、羨ましいとかそんなことは無いで? ほんまやで? ただー、なんでそんなおっきゅうなったんか教えてくれたりすると嬉しいかなー、とは、な? いや、うちのためとちゃうで? あーその、そう、知り合い、知り合いに胸がちっこいことを気にしとる奴がおってなー? うちやないで? ほんまやで?」

 

 ―――決して、このような似非関西弁のわっかりやすい言い訳を重ねるような女ではないはず、なんだが……俺はこの女に対して一体何を言ってやればいいんだ? 俺は正直胸が大きくなった理由とかわからんぞ?

 産まれてすぐにクロノス(クソオヤジ)に呑まれ、それからあまり物を食べないまましばらく過ごして、畑作って色々育てて食って……ああ、もしかすると豆かね。大豆。あの頃はよく大豆を主体にした料理とか作ってたからな。カレーとか作ってる余裕はなかったし、スパイスもなかなか取れなかったし。

 

「……つまり、あれか? 大豆をたくさん食えばそんなおっぱいになるんやな?」

「あー……一応言っておくが、農耕の神であり主神でもあった俺の父親の体内で神気と潤沢な栄養を得て育った大豆だからそこらの大豆で同じ効果が出るかどうかは保証しないし、と言うか多分無理だと思うが、まあ、恐らくそうなんだと思うぞ?」

「……その豆、残っとらん? 言い値で買うわ」

「先に言っとくが、同じような物を食べて育った奴でも胸があまり大きくない奴もいるから遺伝かもしれんぞ? ……あ、いや、すまん撤回する。よくよく考えてみたら弟と妹の子だから遺伝したところで胸でかくならないのはおかしいからまずあの頃喰った物が関係してると思うぞ。場所かもしれんが」

 

 なにしろ父は農耕の神、母はギリシャ神話における地母神の正統な後継者。そして祖母はギリシャ神話のほぼ全ての神格と血縁を持つ大地の神だ。見た感じ胸が大きくならない遺伝子とか無かった。地母神は基本的にどいつもこいつも胸でかいからな。

 ……戦争を司ってると胸が小さくなりやすいとか聞いたことがあるな。あと炎とか司ってると体脂肪が燃えやすいから胸にも胸以外にも肉が付きにくいとかそういう都市伝説な話だが。

 

「弟と妹が結婚て……大丈夫なん?」

「残念なことに大丈夫なんだよなこれが。ちなみに浮気した場合なんでか俺の家が駆け込み寺みたいになっててな。その場合様々な罰則が出てきたりするという不思議な状態になってる。……飲むか?」

「もらうわ。……で、その罰則ってのは具体的にはどんなんや?」

「ナニ切り落として保存して百年とか、十割コンから一撃必殺の二十割とか、次回以降食べる物の味が全部無味無臭になるとかそんな感じだ」

「えげつなぁ……あんた怖いな」

「よく言うよ。面白そうだからって言う理由で俺に媚薬の香を嗅がせてる奴がさ」

 

 和気藹々としていた空気が凍る。まあ、そうしているのはあっちだけだから俺は別に気にしていないんだが、なんでこれに気付かないと思ったのかね。俺、一応薬とかも守備範囲内だぞ? 竈の女神だが。

 

「……よくわかるな。酔ってないんか?」

「水で酔うほど弱くないんでな」

 

 この時代の酒は基本的に水と変わらん。大酒飲みが酒の入った大樽をいくつも開けるとかそう言う逸話が割とよくあるが、確かにこの程度の酒精ならそんなこともできるだろうなと納得できる程度の物しかない。これなら俺が人間だった頃でも胃が満杯になるまで飲んだとしても酔うことは無かっただろうと思える。

 ……空気が悪いな。空気と言うか雰囲気だが、こんな中で酒を楽しむ気は無い。変えるとしようか。

 



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竈の巫女、乳を盛る

 

 俺が人間であった頃には様々な情報が溢れかえっていた。本当かどうか怪しい情報も多かったが、間違いなく事実だろうと思えるもの。試したら事実だったものなど、物は様々だ。

 そんな中で、俺は一つ事実らしいと思える情報を持っている。

 

「ぁ……んんっ!」

「はい次これ飲んでー」

「な、なんや、これぇ……っ」

「豆乳にまあ色々と混ぜた特製の飲み物? 結構エネルギー高いのに吸収がいいから脂肪がつきやすくなるんだが、マッサージで血行を弄ってちょいちょい手を加えれば脂肪がつく位置を限局することができる。簡単に言うと腰回りには脂肪を付けないまま胸とか尻にだけ脂肪を付けて大きくできる訳だ」

「はぁんっ!?」

 

 悶えるロキ(関西)の口にストローを近付けると、ロキはなんとかそれにぱくりと食らい尽く。粘度の高い特性ドリンクをちゅうちゅうと吸い込もうと頑張っているが、マッサージ(意味深)のお蔭か力があまり入らないらしく吸い込めていない。仕方ないので若干水を加えて混ぜてもう一度渡すと、今度はちゃんと飲んでいく。今度からはこのくらい薄めた方が良いらしい。俺は学んだ。

 さてマッサージマッサージ。何で俺こんなことできるんだろうな? もしかしてこれも地母神とか豊穣神とかの権能のうちなのか? 植物とかの成長だったら豊穣で間違いないと思うんだが、胸の成長まで豊穣の権能として扱っていいのか微妙なところだ。別の権能なのかもしれんが、じゃあ実際にはどれが働いてるのかと聞かれても俺にはわからん。考えたこともないからな。

 ……しかし、揉んでてあれだがかなり板だな。胸とか乳と言うより肋骨だ。前後のわからない服を着ていたら普通に前と後ろを間違えそうだ。男でも女でもあるせいか態度がかなりボーイッシュだし、男物の服を着ていたら性別を間違える奴が続出するんじゃなかろうか。

 と言っても、こうしてそうした現状の改善に協力してるんだからちゃんと『男っぽい服を着た女』として認識されるようにそれなりの努力を払おうと思う。背中と胸の見分けの付け方が顔の向きとか足の指がどっちを向いているかとかそういうのじゃなくてもわかる程度には。

 

 ……ただ、神格と言う存在は自身の司るものを完璧にこなすために自身の身体を司るものを十善に行えるように固定する。戦争や戦乱を司るならば、筋肉が多く脂肪が少ない身体になりやすい。ロキは戦乱こそ司らないものの、名前からして終焉を司る存在ではある。要するに、何かを作る側か壊す側かで言えば間違いなく壊す側であり、そう言った存在は男性であるならば筋肉の鎧で全身を覆った逞しい男であることが多く、女であるならば司る物が軍略などでもない限りは脂肪は薄く、代わりに筋肉が付きやすい物なのだ。極一部例外はあるが、戦いと美の両方を司る女神などそうはいない。そしてロキは美を司ってはいない。つまり、燃料として大量に食べても通常は筋肉になるばかりであり、脂肪がついたとしても真っ先に燃やされることになる腹部に集中しやすいと言う事だ。俺とは逆だな。俺は筋肉は付きにくいし脂肪が乗る時には胸から乗って腹回りから落ちる。勿論落とそうとすれば胸からも落とせるがな。

 そんな考え事をしつつも手は止めず、ロキの……胸腹部をマッサージしつつ脂肪がつきやすい物をどんどんと取らせる。腹回りに付くはずの物を胸に持ってきてそこで止めるのは自分の身体でないと少々難しいが、まあできなくはない。暫く続ければちゃんと胸に多少は肉のついたスレンダー美女になるだろう。今だとまな板だとかロキ無乳とか言われても何の反論もできないレベルだからな。比較対象にドラム缶出されても涙を呑むしかできない。胸から腹にかけては特にな。

 ……腰はほっそいんだが、尻も胸もうっすいんだよな。馬に化けた時によくもまあ誘惑できたもんだと思わせられる。

 

 ……あ、ビクンビクン身体が跳ねた。ではもう少し続けるとしようか。オイルマッサージ系のエロAVのような光景だが、求めているのがそっちの方向だからな。仕方ない。

 やろうとすれば本当にそっち系に堕とすのもできなくはなさそうだが、こいつを相手にそれをやると後々面倒事が降りかかってきそうで気が引ける。と言うかやりたくない。今だけの関係とさせてもらおうか。

 




 
 ロキのヘスティアに対する呼び方がドチビからおチビに変更されます。


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竈の巫女、祈られる

 

 数日後。若干膨らんだ自分の胸を信じられないとでも言いたそうな顔でもみもみもみもみもみもみもみもみとエンドレスもみもみしているロキをガン無視してさっさと支度をする。何の支度かと問われれば、当然のことながら帰り支度だ。それ以外無い。

 だが、そろそろ言っておいた方が良いだろう。

 

「もう手遅れだと思うが、体質をかなり無茶して誤魔化した結果そこに脂肪を貯めてるから、あんまり揉みすぎるとまた別のところに脂肪が貯まるようになるぞ」

「何で先に言うてくれへんのん!? めっちゃ揉んでしもたんやけど!?」

「じゃあこれは先に言っておくが、特性ドリンクはもう手持ちに材料が無いから作れんぞ。どうしてもと言うならまた胸に脂肪が貯まりやすくなるよう調節してやr」

「お願いしますやってください何でもします!」

 

 言質取った。取ったからと言って何をするわけでもないから取らないでもいいんだが、ここは特に意味もないままとっておくことにした。何度も繰り返すが意味はない。ロキだしな。

 帰り支度を中断して持ち出すのはとっても不思議な豆乳飲料(改)。まあ、脂肪分を増やして吸収率を上げたものだが、食った物が皆々筋肉になってしまう奴にはこういうものが必要になってくる。ヘファイストスは鍛冶師を目指して色々やってたから胸の大きさにはこだわらなかったし、ヘファイストスの妻であるアフロディテはヘファイストス公認で浮気を繰り返してはいたが女で相手にするのはヘファイストスだけと言うなんとも歪んだ関係を持っている割には自分の身体に対しての誇りは並み以上に在ったのでこういうのに頼ったことは無いが、必要な奴には必要だからな。戦いの前のエネルギー補給としても役に立つし。

 で、やること自体は前とそう変わらない。飲ませて揉んでを繰り返すのみ。あまり一気に大きくし過ぎると皮膚が裂けて赤色皮膚線条になったりすることもあるから慎重に慎重に。さらに(アンブロシア)と各種のスパイスを混ぜ合わせて蜜蠟に混ぜ込んだクリームをしっかりと塗り込む。酒によって肌から直接の吸収量は上がるし血行が良くなっていくから効いてるような気になってくる。

 実はこの『そんな気になってくる』と言うのが神格にとっては結構重要で、その時の気分によって効果に変動があったりするのだ。効いている気になっていると、より大きく効果が出たり、反対に全く信じていないと最低限しか効果が出なかったりする。神の身体ってのは面白いもんだな。

 

「ところで腹のは胸に持ってくるとして、背中のはどうする? 尻に行っとくか?」

「ぁ、んんっ! ぁ、なん、の、はなしやぁ……っ?」

「脂肪の話だが……あー、わかった、余裕無さそうだからこっちで勝手にバランス見てやっとく」

「ん……任せたでぇ……」

 

 はい任されました、と。

 しかしこれは本当に難物だな。体質だけでなくなんか概念的な物にまで『ロキは貧乳である』と規定されているような感じだ。世界の意思とかそういうのも多少はわからなくはないが、ロキの胸の大きさが世界の形を変えるとか早々無いだろうし、多少盛るくらいはしていいだろう。

 ……待てよ? 確かロキは妊娠経験があったはずだな? 名前は忘れたが相手は馬で、産んだ馬の名前がスレイプニルだったはずだ。

 で、産んですぐにスレイプニルはオーディンに持ってかれた筈だから、ロキはスレイプニルに乳をやっていないだろうということが予想できる。すると、そういうのが必要ないと判断された結果胸が小さくなるということは十分考えられる。ロキが妊娠したのはそれだけのはずだし、そのほかの子供は男親として産ませたはずだから乳が関係するのはそのくらい。で、その機会がなくなったから胸が育たなかった、と。

 

 つまり、ロキの胸が板とか俎板とか洗濯板とかロキ板に水とかロキ無乳とか言われてしまうほどに小さかったのはオーディンのせいだったのか。なるほど。

 ……おや? ロキから凄まじい殺気がどこかに向けて放たれている。何があったのやら。

 



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竈の巫女、引金を引く

 

 北欧神話だが、外から来た相手に対して非常に厳しい神話だということは理解できると思う。何しろ外敵から自分たちを守る事から内乱が始まって最後にはみんな死ぬような神話なのだから、外敵にはそりゃあ厳しくなるというものだ。

 ただし、外敵かどうかわからないまま誰かが来るということもたまにあるらしい。基本的には軍勢で来たら敵、個体で来たならば一時的に状況を見てから決めるようになっているらしく、俺のお目付け役として立候補したのがロキだったらしい。

 初めはただ面白そうという理由だったらしいが、今ではそれなりに俺のことを気にかけてくれるつもりでいるらしい。ただ、呼び名はおチビだが。

 

 ……実際、俺は背が小さい。兄弟の中でもそうだし、両親まで含めるとさらに小さくなる。いやまあ両親は巨神だから仕方ないんだが、なんで巨神が親にいるのに俺の背はここまで小さいのかね? 遺伝って知ってるか? 知ってるからヘファイストスがああして足が不自由な形で産まれてきた? いらんところばっかり遺伝の法則に則ってるんじゃねぇよクソが。

 

 まあともかくとして、俺は北欧神話の中をそこそこ歩き回ることができる立場にはなった。外に出て世界樹の根を齧る巨大な蛇の鱗を剥ぎ取ってみたり、世界樹の皮を食べるヤギの抜け毛を集めてみたり、世界樹に住むワタリガラスのような形の鳥の羽を集めてみたりまあ色々と自由に過ごしている。この時代にしか採れなさそうな素材も多く採れるしな。

 ただ、周囲にいる動物はこれまで世界樹を僅かずつとはいえ喰らってきたせいかかなり頑丈で且つ生命力も強い。そのため肉を採るのは一苦労というレベルでは済まないほどに疲れるんだが、女神状態ではない今の身体なら人間らしく卑怯に小狡く立ち回れば何とかできる範囲だ。何度か逃がしてしまったし、学習されて同じ罠にはかからなくなっていたり、逃亡のやり方を学ばれてしまってあっという間に罠から抜けられたりと困ったことは起きていたが、それでもまあ諦めなければ何とかなる。何とかする。それでこそ人間というものだ。今の俺は人間じゃないが。神の作り上げた人間の身体に神の精神が宿っていると言う状態だが。

 

 それとどうでもいいことだが、ロキが『オーディンコロス』とブツブツ呟いていたんだが、ついに行動に移したらしい。自分の子として神をも食らう狼、所謂フェンリルを産ませて育てることに。自分の子供に愛情を注げるのか、注げたとしてもその愛情は歪んだ物ではないか、といった不安はあるが、まあそのあたりまで俺が関わる事は無いし、他の宗教圏の事にまで首を突っ込みに行くことはそう無い。無いように心がけるようにしている。聖四字の神? 知らんな。ソロモン? 可哀そうなことをしたとは思うがあれ以外に方法はない。少なくとも俺には思いつかない。存在していたという事実ごと消滅させなかっただけ有情だったとすら思っている。

 だが、オーディンを殺すためにはラグナロクを起こさなければならないということだ。北欧神話の世界は非常に強力な予言によって守られているし、予言の通りの死に方でなければ死なない代わりに予言の通りになれば必ず死ぬという面倒なことになってしまっている。こればかりは俺にもどうしようもない。俺にできるとしたらせいぜい予言がされていたという事実を滅ぼして新しく俺の予言の権能を使って一部を書き換えた上でもう一度予言するくらいのことしかできないが、残念なことに俺の予言の力は基本的に借り物みたいなもんだからな。本家本元であるガイアのばーさんならともかく、俺じゃあそこまで強力な予言の保護はできそうにない。できないことはないが命を懸ける必要が出てくるだろう。それはお断りだ。

 ……いや待て、逆に考えるんだ。オーディンの死因のところだけ予言をなかったことにした上で、転んで頭を打って死んだと一か所だけ改竄すれば行けるんじゃないだろうか。やらんが。絶対にやらんが。

 

 ……ロキに教えてやろうかね。うん。この世界のことはこの世界で生きる奴に任せるのが一番じゃて。

 



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竈の巫女、荒野を駆ける

なお、バイクである。


 

 世界樹の枝をいくらか拝借し、植樹できることに確信を持った上でさっさと帰ることにした。そろそろこの世界に最終戦争、神々の黄昏、ラグナロクが起きそうな気配があるんでね。巻き込まれるのはごめんだよ。

 まあ、世界樹については植樹するとそこに新しい世界の種のような物ができてしまうので今いるこの世界と隣接しないようにある程度離した上で植えなければならない。せっかく世界同士を馴染ませながら綺麗にくっつけている最中なのにそんな風に新しい世界がぽこじゃか出てきて割り込んでくるのは非常に困る。多少の余裕は持たせてあるが、だからといってどんどん詰め込まれたら壊れてしまう。それを何とかするのが面倒なので初めからそう言うことが起きないようにするわけだ。

 だが、逆に言えばこの樹を使えば新しく作り上げた世界を安定させやすくなるということでもある。少し離す必要はあるかもしれないが、そのあたりはまあ別荘のようなものとでも思えばいい。それに、俺が作った箱の中の宇宙にこれを使えばかなり安定するはずだ。いまだに膨張と縮退を繰り返しているあの宇宙だが、安定すればそこに銀河を作ることもできるだろう。それより先に今いる世界の外宇宙でも確認したほうがいいかもしれないが、もしもそこにあの神格どもが実在していたら流石にまずい。と言うか精神が人間な俺にとっては他の神格よりやばいかもしれない。……と言っても現段階では存在していないことを確認しているし、エジプトに行った時に見たバステト女神が吐き気を催すような見た目だったり正気度を失わせるような存在だったりしていなかったからそこまで心配はしていないんだがな。

 今はそれよりもこの風を楽しもう。火の神性であり大地の神性であり風の神性である俺だが、ギリシャ神話世界においては基本的に竈と孤児の守護以外は大々的にはやっていないから、たまにはこうして風を浴びておきたい。じゃないと忘れる。感覚的に。

 使っていない権能は錆び付いてしまう。人間が暫くその道から離れているとそこそこまではできるままだがある程度以上の作業ができなくなるのと同じように、神であっても同じようなことが起きる。

 それを何とかするためにも俺は自分の世界を作り、その中で権能をフル活用して世界を回しているんだが、俺が作った世界は完全に俺の支配下にある以上権能無しでも回せてしまう。それでは権能を錆び付かせないようにするのだけならともかく、鍛え上げるのは難しい。

 ……ちなみにだが、地母神の権能によって俺は吐息と唾液を作り上げた土と混ぜ合わせて命を作り上げ、作った世界の中で生活させている。土は地、吐息は天、その二つを混ぜ合わせることでちゃんとした命を作ることができたわけだが……普通できないはずなんだがなんでできたんだろうな? あのティアマトですらできないはずなんだが。

 

 まあ、できてしまったものは仕方ないのでそのままにしておいて、そろそろ到着する頃だ。エジプトから紅海を渡り、中東で聖四字の神と出会い、分割し、嵌めて、ケルト領域を抜け、北欧神話の神と出会い、そしてようやくギリシャ神話圏へと戻ることができた。

 ……ついでにロキから男と女の境界を越える方法も教えてもらえたが、これは恐らく俺自身が使うことは永遠に無いだろう。面倒だし。

 と言うか、使ったら姪の嫁に襲われそうな気もする。それはお断りだ。ヘファイストスと女の取り合いを演じる気は毛頭無い。アフロディテを男にしてみるのはありかもしれないが、俺の方に来られると困るから止めておこう。言わなければできるかどうかは知られないだろうし、知られない以上は頼まれないだろうからな。

 



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竈の女神、混ぜ込む

 

 ……さて、覚えているだろうか。聖四字の神を真っ二つにした際、陰と陽に分けたうちの陽の部分で新しく聖四字の神を作り、残った陰の部分は持ち帰ったことを。

 陰の部分も聖四字の神にしようと思ったんだが、そうすると結局またあの面倒臭えげつない行動に繋がることが理解できてしまったので少々方向を変えることにした。

 今、聖四字の神を崇める宗教には悪魔と言う存在は殆どいない。何しろ悪魔扱いして信仰を奪ってしまおうとすると凄まじい勢いで反撃をくらい、信者ごと消滅してしまう可能性すらあるのだ。俺の知る未来において凄まじく権力を増した頃ならばまだしも、今すぐにとなるとできるはずもない。

 そう言うわけで、この陰の権能と力の塊。極細分化して悪魔に仕立て上げてしまおう。何、困るのは俺じゃないし、ついでに悪魔と貶められようと根元は聖四字の神だ。名前に関しては色々と回りから持ってきた方がいいかもしれないが、それをやるとパクリだなんだとか、あとは同一視されることによる変容とかが少々怖い。神を悪魔にするのと変わらないからな、それ。

 まあそう言うことでできるだけオリジナル色強い名前がいいな。ホニョペニョコとかどうだろう。どこかで聞いたことがある? だが少なくとも俺はこんな名前の神格は知らん。

 ふむ……アズライールとかどうだろうか。これもどこかで聞いたことがある気がするが、神格ではなかったはずだからな。天使だった気はするが、死の天使なのだからそれぐらいは良いんじゃなかろうか。

 

 ……死の天使はアズライールではなくサリエルだったかな? サマエルは違ったはずだから、どちらかだと思うんだが……どっちだったかね?

 

 まあ冗談はこのくらいにして、適当に権能をより分けて動物を混ぜ合わせた形に成形しよう。名前についてはあえてつけない方向でやっておけばだれかがつけてくれるだろうよ。つけられなくとも存在を続けて認識され続ければ消えることはないし、何度も繰り返すがこれは分かたれて変質させられたとしても紛れもなく聖四字の神なのだ。聖四字の神が信仰されている限りは滅びはしない。逆にこいつらが存在している間は聖四字の神が死んだとしても復活できる可能性があるわけだが。

 ……しっかりと自滅機構を仕込んでおくとしよう。こっちの害になるようなことがあればすぐさま死滅させられるようにしておかなければ、あそこまで性格の悪い奴の力など使えない。自称全知全能だが、結局苦戦したり敗北したりもするのだから本当に全知な訳でも全能な訳でもない存在が、より本物に近付こうとしてなったのが聖四字の神の根源だからな。なにも司っていないが何でもそれなりにできると言う物の究極点に立ったのが全知全能だ。器用貧乏の到達点とも言えるが、結局は近づくことはできてもそのものにはなれない。愚かなことだ。人も神も、それ以外には……ああいやすまん、なれるな。人が神になることはままあるし、神が人になることもそこまで多くはないにしろあることだ。特にこの時代では。

 ……しかし、なんだろうな、これは。これは闇とか影とか負とかの方面の権能なんだが、思いの外人間にとっては善となる行動が多い。完全に公平無私な神格だとは思っていなかったし思うわけもなかったが、まさか人間にとっての行動として見ると善行として取られるものが多くあるとは思っても見なかった。

 勿論善行と言っても度が過ぎれば悪行になる物が多いが、それでも間違いなく一部は善行だ。

 自分以外の誰かを愛する。守るために誰かを支配し、力を得る。そんな行動を取る力が、まさか聖四字の神にとっては悪であり、負であり、陰であるなど予想していなかった。

 恐らくだが、聖四字の神にとっては愛とはすべからく博愛であるべきなのだろう。自身でそれができているかは置いておくとしても、そうあるべきだと定めているし、それができていない奴に対しては、仕方ないなと言って許しつつも無言で評価を一段下げる。そして勝手に評価したそれを絶対視して行動に移すタイプだと見た。なんとも分かりやすい面倒臭さだ。

 

 ……まあ、俺は何でもいいがね。

 



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竈の巫女、調整される

 

 オリュンポス山の麓。多くの神が山のより高い場所に自身の神殿を作ろうとする中で、初めからそこに自身の過ごす神殿を作った女神がいる。

 当然ながら俺、つまりヘスティアの事だが、理由はまあ色々ある。

 態々高いところに作ると人間の身体をよそにやるときに面倒だとか、畑の作物が山の上だと育ちにくいのが多いからだとか、山だと広い平地を作りにくいからだとか、ともかく様々な理由があって俺はここに暮らしている。

 時々弁えない奴が俺を襲いに来たりするが、大概は外側の防壁によって焼き焦がされたり重力結界に押し潰されてゴルフボール大の球体になったり空間結界に囚われて何もできないまま凄まじい時間を過ごすことになってそのうち考えるのをやめたところでやっと見つけられて放り捨てられたりと様々な方法で退けられている。

 だが、この結界は俺には作用しない。なにしろ作ったのが俺だからな。俺と言うかヘスティアだが、まあ俺と言うことでいいだろう。実質的には同じような物だし。

 

 結界をすり抜ければ畑が広がる。小さな働き蜂が様々な花から花へと飛び回って花粉を集め、そして受粉も行う。料理に使った骨や使わなかった端材の端材、そして土に鋤き込まれた作物の茎などを食べた蚯蚓がそれらを栄養豊富な糞に変えて地を富ませ、そこに畝を作って種を植える。そこには様々な作物が成るが、もっとも多くの種類があるのは間違いなく数々のスパイスだろう。世界中の様々な土地から集めたスパイスには、薬として使われるものや神聖なものであるとして神に捧げられる物すら存在しているが、俺は空間を一応扱うことができるので様々な場所から採取し、栽培し、増やすことに成功している。

 また、スパイスの花から取れた蜜はそのスパイスとの相性も中々に良い。問題はスパイスの花からはあまり蜜が取れない事だが、元々俺に献上するためだけに集められる花を選んで取る蜜の分は消費されないことを考えれば必要以上に使わない限りは十分な量だと言える。

 ……料理に使い続ければあっという間になくなってしまう程度の量でしかないが、年に一度、かなり小さい俺の掌にも収まるような小瓶一つ分の蜜が俺に献上されるのだ。使わなければもったいないと言うこともあり、使った方が美味いと思えたならすぐに使う。お蔭で大概の場合で品切になっているんだが、仕方ないな、美味いんだから。

 

 畑を越えて進んでいけば、そこには俺の家が見えてくる。その裏手にはペット達や眷族達が住む森や沼地等が広がっているんだが、今回はそこに用はないので行かないが、家の中には用がある。と言うかそれこそ俺にとっては本題だ。

 なにしろ世界の境界を越えながらの旅に、数百年ほどの時の流れ。そういったものがこの身体にずっしりとのし掛かってきているわけだ。ステータスによる強化もあって初めの頃より大分強くなったが、それでも人間の身体だ。限界はある(限界だとは言ってない)。そろそろ一旦外的刺激の殆ど無い状態での休息がほしい。無くてもあと数百年程度はいけそうだが、いけるからと言ってやる必要があるかどうかはまた別の話だ。

 

 扉を開ければ、そこには当然(ヘスティア)が居る。(ベル)が来ることを知っていた(ヘスティア)は、すぐに必要なものを用意して研究室へと俺を誘う。

 さて、次に俺が起きるのはいったいどれだけ未来になることやら。

 

 



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カレーっぽいFate/Zero
第四次聖杯戦争をカレーっぽくした結果


 
 なんかできた。なんか書いてしまった。なんか上げてみる。


 

 聖杯戦争。それは魔術師たちによる万能の願望器、聖杯の奪い合い。

 七人の魔術師がマスターとしてかつての英雄をサーヴァントとして呼び出し、戦わせることで行われる戦争である。

 七人の魔術師たちは様々な思惑をもってこの戦争に参加する。

 富。名誉。根源への到達。自己満足。自身の探求。届かぬ夢の実現。そして享楽。無数の意思が絡み合い、そして潰されて行くこととなる。

 

 同時にサーヴァントとして呼び出される英霊も願いを抱いて呼び出される。

 ある者は救えなかった物を救うために。ある者は自身の覇道をもう一度現実にするために。ある者はかつて失った者を蘇らせるために。ある者はただ請われたが故に。ある者は裁かれるために。ある者は今度こそ忠義を通すために。ある者は満足の行く戦いをするために。あるいはただ裁定のために。

 無論、その願いの大半は磨り潰され、消えて行く定めにある。最後に残った者の意思すらも無視されることすらある。しかしそれでも、人間の欲のある限りこの戦争は続いて行く。

 

 これは、様々な世界の中で行われた様々な聖杯戦争の中の一つ。たった一つの因子が絡んだことによる聖杯戦争の崩壊の物語である。

 

 

 

 -Fate/Currys Hero-

 

 

 

【CLASS】

 セイバー

【マスター】

 衛宮切嗣

【真名】

 アルトリア・ペンドラゴン

【性別】

 女

【属性】

 秩序・善

【ステータス】

 筋力A+ 耐久A 敏捷A 魔力A+ 幸運D 宝具A++

【クラス別スキル】

 対魔力:A

 騎乗:A

【固有スキル】

 直感:A

 魔力放出:A

 カレスマ:A

 信仰の加護(カレー):A

【宝具】

風王結界(インビジブル・エア)

 ランク:C

 種別:対人宝具

 レンジ:1~2

 最大捕捉:1人

 剣を覆う風の鞘。ちょっとカレーの匂いがするのはご愛嬌。

 

約束された勝利の剣(エクスカリーバー)

 ランク:A++

 種別:対城宝具

 レンジ:1~99

 最大捕捉:1000人

 カレー色のビームが出るらしい。金色? そうとも言う。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)

 ランク:EX

 種別:結界宝具

 最大捕捉:1人(自身)

 そのままのため説明無し。

 

 備考

 へっ様が当時のブリテンに行き、カレーが無限に出るへす印の大釜を与えたことによって歪んでしまったアーサー王の可能性。

 基本的なステータスは上昇している上にカレスマ:Aによってカレーから得ることができる魔力量が上昇しているため擬似的な単独行動スキルとしても扱えるが、代わりにカレーを蔑ろにすると狂化がEXランクで付与されそいつが死ぬか過ちを認めるまで暴走を続ける。暴走時は令呪による縛りを無効化する。

 カレーに国を救われたため、カレーとそれをもたらしたヘスティアの狂信者である(白目)。

 聖杯戦争に参加した目的は現代のカレーを食べるためであり、聖杯戦争にも聖杯自体にも価値を見いだしていない。なにしろ未だに本人は生きているので(発狂)。

 

 

 

【CLASS】

 アーチャー

【マスター】

 遠坂時臣

【真名】

 ギルガメッシュ

【性別】

 男

【属性】

 混沌・善

【ステータス】

 筋力:B 耐久:B 敏捷:B 魔力:A 幸運:A 宝具:EX

【クラス別スキル】

 対魔力:C

 単独行動:A+ 

【固有スキル】

 黄金率:EX

 カレスマ:A+

 神性:A+

【宝具】

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 ランク:EX

 種別:対界宝具

 レンジ:1~99

 最大捕捉:1000人

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 ランク:E~A++

 種別:対人宝具

 レンジ:-

 

全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)

 ランク:EX

 種別:対人宝具

 

『ヘスティアカレー古代メソポタミア店直通会話機』

 ランク:C

 種別:通信宝具

 レンジ:-

 

 

 

 備考

 カレー色した英雄王。現代まで生き残っているガチの神代の英雄。美味しいカレーを捧げると呼ばれてないのにやって来ることがある。

 なお、本体であるギルガメッシュ本人が見てるので裏切ろうとしたらゲート・オブ・バビロンで消し飛ばされます。時臣ィ……。

 

 

 

【CLASS】

 キャスター

【マスター】

 メディア☆リリィ

【真名】

 メディア

 

【性別】

 女

【属性】

 中立・悪

【ステータス】

 筋力:E 耐久:D 敏捷:C 魔力:A++ 幸運:C 宝具:C

【クラス別スキル】

 陣地作成:A 道具作成:A

【固有スキル】

 高速神言:A 金羊の皮:EX 天性の肉体:B

 【宝具】

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 ランク:C

 種別:対魔術宝具

 レンジ:1

 最大捕捉:1人

 

 備考

 本来召喚されたのはキャスター・メディア☆リリィであったが、マスターだった龍之介が外道過ぎたために指先一つで倒され、マスターを失いながらもカレーを作って食べてを繰り返して魔力を補給しながら召喚された。メディアにとってはいい迷惑だが仕方無いと諦め気味。実はこっそり冬木の聖杯をまともに使える可能性を持つ唯一のサーヴァント。ただし身体は液体金属だ!

 メディア☆リリィの場合、聖杯の呪いを浄化するのではなくカレーで塗り替えるためまともには使えない。英雄王(カレー)は喜びそう。

 

 

 

【CLASS】

 キャスター

【マスター】

 雨生龍之介

【真名】

 メディア☆リリィ

【性別】

 女

【属性】

 混沌・善

【ステータス】

 筋力:E- 耐久:E- 敏捷E-: 魔力:EX 幸運:F 宝具:EX

【クラス別スキル】

 陣地作成:A

 道具作成:A

【固有スキル】

 復讐者:A

 忘却補正:B

 自己回復(魔力):A

 狂化:EX

【宝具】

『令呪』

 ランク:A

 種別:対サーヴァント宝具

 レンジ:-

 最大捕捉:1

 

指先一つで倒してあげる(北斗有情破顔拳)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ:1~5

 最大捕捉:2人

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー(物理))

 ランク:C+

 種別:対理宝具

 レンジ:0

 最大捕捉:1人(自分)

 

十二匹の試練(ゴッド・ハンド)

 ランク:EX

 種別:対存在宝具

 レンジ:50000

 最大捕捉:無制限

 

 備考

 ヘスティアに封印されているにも関わらず出てきた理由? 出てきてません、ただの英霊です。ご安心を。

 なお、雨生龍之介は二秒で死にました。腸ぶちまけられて。

 

 

 

【CLASS】

 アサシン

【マスター】

 言峰綺礼

【真名】

 洩矢神

【性別】

 男女

【属性】

 秩序・善

【ステータス】

 筋力:EX 耐久:EX 敏捷:EX 魔力:EX 幸運:EX 宝具:EX

【クラス別スキル】

 気配遮断:-

【固有スキル】

 神性:EX

 専科千般:EX

【宝具】

『洩矢の鉄の輪』

 ランク:EX

 種別:対人宝具

 レンジ:1~10

 最大捕捉:1人

 

 備考

 本気で戦うとキレイキレイが血を吐いて死にます。本気じゃなくても割と死にます。増えると死にます。増えなくても割と死にます。魔力消費量トップのサーヴァントです。神霊だからね。仕方ないね。

 更に、気配遮断が息してません。可哀想にね。

 

 

 

【CLASS】

 バーサーカー

【マスター】

 間桐雁夜

【真名】

 ランスロット

【性別】

 男

【属性】

 秩序・狂

【ステータス】

 筋力:A 耐久:A 敏捷:A+ 魔力:C 幸運:B 宝具:A

【クラス別スキル】

 狂化:EX

【固有スキル】

 対魔力:E 

精霊の加護:A 

無窮の武練:A+ 

信仰の加護(カレー):A

【宝具】

騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 ランク:A++

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大捕捉:30人

 

己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ:0

 最大捕捉:1人

 

無毀なる湖光(アロンダイト)

 ランク:A++

 種別:対人宝具

 レンジ:1~2

 最大捕捉:1人

 

 備考

 アルトリアと同じような理由により狂信者と化している。狂化による狂気も全てカレーとヘスティアへの狂信へと変わっているため、カレーについての暴言を聞くと暴走を始める。普段は雁夜のために省エネを心がけているが、キレると当然その制御は外れる。雁夜は死ぬ。ついでに雁夜の体内の蟲も死ぬ。あとラインを伝って臓硯も死ぬ。

 

 

 

 

 ランサーとライダーは変わらないので省略。

 

 




次回!カレーを馬鹿にして切嗣死亡!





























































































































































     *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *


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カレー混じりの聖杯戦争初日

 

 この二人とはわかり合えない。何があろうとどんな理由があろうと関係無くわかり合うことはできない。私がそう認識したのは、私の目の前で二人がカレーを残した時だった。

 パンで拭えば、あるいはライスを使えば全てを食べ切ることができるのにも関わらず、この二人はそれをしなかった。

 その事を告げたが、男、衛宮切嗣はその言葉を無視し、女、アイリスフィールはそうすることができていなかった。

 

 だから私はとりあえず、男の顔を殴り飛ばした。

 アイリスフィールの方はまだ良い。食器の扱いが苦手だから残してしまう存在は私の時代にも居たし、今もいる。ガウェインは自分で作ったマッシュポテトを使わなければ食べきることもできなかったし、他の騎士達もなんとか全てを食べ切ることができるようになるまでそれぞれ試行錯誤を続けていた。

 だが、この男はそういった努力を見せようとも、そもそもそうしようとする意思すらも見せずに無視をした。私とは相容れない存在だ。許しがたい侮辱だ。

 

 私が殴り飛ばした勢いのまま壁に衝突して空中に浮いた男の鳩尾に抜き手を叩き込む。第一間接までが皮膚を突き破った感覚があったが更にそのまま抉り込み、心臓を握り潰して引っこ抜く。生暖かい血が顔にかかるが、知ったことではない。

 男の右手が光り、刺青が一つ姿を消した。だが私はそれに構わずひたすらに男を殴り続ける。右、左、前、後、上、下。この状態に成っているときの私の動きは獣のそれで、身体能力や魔力放出に任せた力だけの暴行にすぎないが、それでも最低限の理性によるブレーキはかかっているためかこの行為で相手が死ぬことは無い。実際、罰として顔の直径が通常時の三倍近くまで腫れ上がるほどに殴り続けたランスロットやモードレッドも死んではいなかったし、全身の皮膚が青黒くなるよう均等に内出血を起こさせたトリスタンだって呼吸すら苦しそうではあったが死んでいない。

 ただ、それを見ていたギャラハッドやベディヴィエールは死んだような目で見ていたが。

 

 男はやがて動かなくなる。アイリスフィールは私を止めようとしたが振り切られて気絶している。そして、私の右手には令呪が収まっている。理由はわからないが、竜の因子が魔力を求めでもしたんだろう。これで私は私の魔力を使って魔力を生産できるようになった。

 

 ……金目の物でも貰って目的を遂げよう。この世界の私は既に死んでいるようだし、ブリテンも滅びて久しいようだ。

 

 

 

 衛宮切嗣。カレーを残したせいで裏切られ、リタイア!

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。暴走したセイバーの余波を受け気絶。体内のアヴァロンによって一命を取り止める。

 騎士王アルトリア・ペンドラゴン。マスターである衛宮切嗣の心臓を抉りとることで無理矢理経路を繋ぎ、令呪を奪って去る。以降、フリーのサーヴァントに。

 

 

 

 英雄王(カレー)は、異なる世界のカレーを食べるためにこの世界、この時代の聖杯戦争に参加していた。

 しかし、出されるものはどれもこれもが満足できないものばかり。確かにこの世界のギルガメッシュが召喚に答える前にその日の夜に時臣が食べていたカレーを二つ目の媒体として無理矢理に召喚された身ではあったが、それでもギルガメッシュから見れば『用意できるものは用意する』と言った時臣の言葉は嘘としか取れないものとなっていた。

 故に、こうなったのは必然とも言える。

 

「時臣」

「は、何でございましょう」

「死ね」

 

 

 

 遠坂時臣。美味いカレーに釣られたからこそやって来た英雄王(カレー)を満足させられず、リタイア!

 英雄王ギルガメッシュ(カレー)。契約の履行が不可能であるらしい時臣に罰を与え、去る。以降、フリーのサーヴァントに。

 

 

 

「言峰綺礼。生きておるかの?」

「ぅ……ぐぁ……」

「ふむ、死にかけか。よくやっている方だとは思うが、よくもまあその程度の実力で儂を呼ぼうと思ったのぉ?」

 

 言峰綺礼は何も答えない。答えることができるほどの余裕もないし、例え答えられたとしても魔力の回復のために休んでおきたかった。自身の魔力消費量を知っているが故に洩矢神もその態度を許していたし、ただ呆れたように溜め息をつくだけで流していた。

 洩矢神は常に霊体化しているが、それでも凄まじく魔力を持っていく。霊地に隠っていなければ数時間も持たずに綺礼は干からびていただろう。

 ただ、洩矢神は聖杯を求めているわけではない。自身が一ヶ所に身を置く土地神の一種であるために普段は見ることのできない様々なものを見ようとしたためである。

 しかし、洩矢神もまさか異教の神の僕に召喚されるとは思っていなかった。初めのうちは合わないかと思っていたが、言峰綺礼が自身にとっての愉悦を知らない求道者であるところから、異教のものではあるが神として多少の導きを与えた。

 異教の神を信仰するものであり、異世界の神である洩矢神。この世界においてはあまり知られていない神格だが、元々の世界では非常に有名な存在であった。

 こちらの世界で言うところの西暦2000年代に入っていても数々の神格が実在している上に権能すら保有している事が証明されている世界で、非常に強大な神権を保持し続けている一柱。その神格を見せ付ける古代の塔は、様々な異教の神格の影響を跳ね退けてきた。

 実際には洩矢神はその塔の神格の代行神でしかないのだが、代行であろうとも代行に足るだけの力を持っていることがかつての大戦によって証明されているし、人間同士の戦争によって大地が焼けそうになった時に土地を守り、攻撃を跳ね返したと言う現代の逸話まで存在している。

 

 そんな神格を千分の一とは言え顕現させているのだから、綺礼にかかる負荷も相当なものだ。綺礼は殆ど動くことができず、洩矢神も気配遮断が使い物にならないので偵察に行くこともできず、教会の地下にひっそりと隠れ過ごしていた。

 

 

 

 言峰綺礼。魔力消費が凄まじすぎて暫く行動不能。代わりに洩矢神との問答により答えに指先をかける。

 洩矢神。テレビやラジオで様々な情報を得て中々に楽しんでいる。

 

 

 

「……何でこうなってるわけ?」

「私が召喚したから?」

「そうじゃないわよ。いえそうなのだけれどそうじゃなくて……」

 

 メディアは頭を抱えていた。最古の英雄王、ギルガメッシュ。ブリテンの騎士王、アーサー・ペンドラゴン。世界の半分近くを領土とした征服王、イスカンダル・ズルカルナイン。アーサー王の円卓の騎士、湖の騎士ランスロット。そして本来のキャスターであり、メディアを召喚した復讐者。メディア☆リリィ。正直、あまりにも意味がわからないことになっている。

 まず、キャスターがキャスターを召喚していると言う時点で意味がわからない。キャスターが存在していると言うことはキャスターの席は埋まっていると言うことなのに、なぜかそこに自分と自分(?)の二人が座っている。

 それだけならお互いに協力していけばいいところだが、他の召喚された顔ぶれが凄まじいことになっている。先程名前をあげた四人に加え、魔術を無効化し魔力を両断する槍を持つディルムッドと、気配を察知させずにマスターを狙うアサシン。どいつもこいつも魔術師にとっては非常に相性が悪い。聖杯戦争に負けたとしても失うものは何もないが、色々と反則染みた身体で召喚されている以上はなんとか勝利を掴みたい。

 私には願いらしい願いは無い……と言うより、私が願いを叶えるためには聖杯には頼れない。聖杯よりも私の努力が必要だ。

 目的は、神や自称英雄と言った私以外の存在に影響されずに、幸せな生活を送ること。もう一人の私(?)は何を思っているかはわからないけれど……と言うか正直わかりたくないけれど、少なくともカレーに関連するものだと思われる。

 

「美味しいカレーを食べたい」

「心を読まないでちょうだい」

「水銀分子の集合生命体に命を与えて使い魔にしているのだから、読もうとしないでもわかるのよ」

 

 ……紀元前に水銀の分子の一つ一つに命を与えて群体の生命にするとかどう考えても頭がおかしい。そんな頭のおかしい私がどこかの世界に存在するとか認めたくない。意味がよくわからないわ……。

 

「あ、私もカレー食べるかしら?」

「……遠慮しておくわ」

「そうそう、この聖杯戦争ではカレーに魅せられた英霊が他にも居るようだから、食べておけばそれに気付いた英霊なら見つかっても戦闘より先に会話から始まるかもしれないわ」

「……頂きます」

 

 ……なにこれ美味しい!?

 

 

 

 メディア、カレーに溺れ始める。

 メディア・リリィ、カレーに溺れて手遅れ。

 

 

 

「主よ。今日の夕食は蟲カレーにございます」

「なんで蟲を入れた!? いくらカレーでもわざわざ不味くする必要はないだろ!? と言うか気分的に嫌なんだが!?」

「大丈夫です。少なくともガウェインが作るより美味くできましたし、蟲といっても所詮は蛋白質の塊です。ちゃんと火を通したので菌も毒も問題ありません。むしろ魔力がみなぎりますよ」

「……おいしい、よ?」

「桜ちゃん!?」

「はっはっは、子供はたくさん食べるのが一番です」

「…………ああ、わかったわかった、食べるよ」

 

 雁夜はスプーンでカレーを掬うと……蟲と目があった。

 

「……タスケテクレェ……」

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「おや、まだ息がありましたか。生命力ばかり豊富な蟲けらです、ね!」

 

 雁夜の目の前で蟲が宝具となったスプーンで両断される。触れた物をなんであれ自身の宝具にする宝具により、濃厚な神秘を纏ったスプーンに魂ごと磨り潰されて消えた。

 

「ふぅ……失礼をいたしました、主。今すぐお取り替えを」

「……あ、ああ、頼んだ」

 

 ランスロットは笑顔を浮かべ、新しいカレーをよそう。

 この光景を見ていれば、まさかこのランスロットがバーサーカーのクラスで現界しているとは誰も思わないだろう。

 間桐家の夜は、ゆっくりと更けていく。

 

 

 

 間桐雁夜、なんやかんやあってツッコミに疲れながらもカレーによって寿命が残り一月程度から六十年近くに延びる。しかも魔術回路も86本生える。蟲が自滅して魔術回路としての機能だけを残して死んだ模様。ランスロットが暴走しても三十分くらいなら死なないでいられるようになった。それを越えたら? もちろん干からびて死ぬ。

 間桐桜、雁夜と同じような理屈で魔術回路が500本くらい増える。カレーに嵌まる。あと魔術の属性が虚数から水に変化していたのがさらにカレーに変化した。

 間桐臓硯、ランスロットがそこそこの味でいただいた結果、死亡。

 ランスロット、現代にてカレーライフ。ただし料理はブリテン式のためそこまで上手くない。カレーだけは人並み(王、騎士、兵、民に至るまでカレーの狂信者共で、成人までにある程度美味いカレーが作れないと処刑と言う制度すらある国家内での人並み)にできる。

 

 




マスターが脱落したのがすでに三組……意味がわからないね。


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カレー臭のする聖杯戦争二日目

 

 ───不味い。

 この世界、この時代のカレーには期待できない。三つの店を回ってカレーの食べ歩きをして得た結論がそれだった。

 初日に食べたレトルトのカレー。アインツベルンの城を滅ぼして金目のものを無断で拝借したものを換金してからこの周囲で食べたカレー。どれもこれも不味い。私の国ならば金を払わせることなどできそうもない出来だ。むしろ成人する前に処刑しているだろう。

 だが、ここは私の国ではないし私の時代でもない。仕方無いので、とりあえず聖杯戦争が行われると言う日本の冬木と言う都市に行くことにした。走って。

 湖の乙女の加護により、水面を地面と同じように走ることができる。魔力放出を行わなければ、正確には放出量を多少抑えれば呼吸によって自力で魔力を生産できる以上、ずっと現界し続けることもできる。

 地図を買い、日本に向けて出発する。……大分遠いが、まあ問題ない。一番の問題は私が霊体化できないことによって移動中の姿を見られてしまうことだが……海上ならば早々見られるようなことはないだろう。

 

 では、出発だ。

 

 

 

 セイバー、この後魔力放出と風王結界を使ったジェットによって数時間後に日本に到着。そして日本のカレーはそれなりの味はあると言うことに喜ぶ。

 

 

 

「───不味い」

 

 ギルガメッシュは不機嫌だった。以前食べた城之内と言う男のカレー。日本で産まれて日本で育ったその男のカレーは、味だけならば神代のカレーに届きうるほどの美味だった。

 故に、この国のカレー文化には多少の期待を寄せていたのだが、その期待は今のところ常に裏切られ続けていた。

 

「ええい、何が有名カレー店か!同じ時代のあの凡骨にも及ばぬではないか!」

 

 ギルガメッシュは文句を言いながら店だった場所を後にする。つい先程までそこにはカレーを売りにしている店があったが、今は瓦礫の山になっている。

 満足できないカレーばかりを出され、ギルガメッシュはストレスを溜め込み続けていた。自身を縛る令呪もなく、行動するだけならば全く魔力を消費しない今の状態ではあるが、美味いカレーを食べられないと言うだけでギルガメッシュにとっては極大のマイナスに振り切っていた。

 ただ、ギルガメッシュは気付いていた。この国に、自身と同じカレーを愛する存在が居ること。そしてそういった存在がいる以上、絶対に美味いカレーを手に入れることができる方法があると言うことだ。

 だからこそ、ギルガメッシュはまだこの国を沈めてはいなかったし、不興を買った店だけを潰して他の店には手を出してこなかった。

 

 ギルガメッシュはゆっくりと、新たな美味いカレー屋を探して歩き回っていた。これから目的の物を見つけるまで、ギルガメッシュは止まらないだろう。

 

 

 

 ギルガメッシュ、単独行動スキルを活かして活動中。これまでに物理的に潰した店の数、32。見逃された店の数、2。

 

 

 求道者は問いかける。目の前にいるのは異教の、それも異世界の神ではあるが、数多くの人間を裁き、見定めてきた古き神格だ。

 唯一神を信仰する宗教の神父ではあれど、魔術に関わり、様々な神話の英雄達を呼び出して戦いを行う聖杯戦争の参加者である以上は他の神格の存在を認めざるを得ない。

 しかし、綺礼にとってそんなことはどうでも良かった。何よりも、自身の求めるものの答えを知っている者への問いかけにこそ、より大きな意義を見出だしていた。

 

 私は、なぜ生きている。

 私は、なぜ他の人間と違う。

 私は、いったい何なのか。

 私の願いとは。

 

 洩矢神はそれらの問いに一つずつ丁寧に答えを返した。

 

 お前が生きているのは、お前が生きたいと願い、そしてそれを妨害する力がお前の対処する力を越えなかったからだ。そこに意味はない。

 お前が他人と違うのは、お前が他人ではないからだ。個性と言うものなのだろう。

 私から見れば、お前は母とはぐれて何もわからない中でも必死に歩き回る子供のようなものだ。

 お前の願いは、お前が人間らしく生きること、だ。感情を揺らし、様々な事に心を震わせる。そうして生きていくことだろう。

 

 理解に苦しむ答えがあった。理解しようとしなくてもすとんと落ち着く答えがあった。その神はあらゆる問いに答えを返してくれたが、答える度に綺礼から魔力を持っていった。

 結局、一日のうちにできる問いは10にも満たずに終わってしまう。綺礼は外のことを何も知らずに、教会の中で問い続ける。

 

 

 

 言峰綺礼、少しずつ問いの答えを得ていく。

 洩矢神、問いに答えを返していく。

 

 

 

 私の占いと水晶を利用した擬似的な千里眼の結果、今回の聖杯戦争に参加している英霊のうち、私達を除いた六綺をヤバい順に並べた中で、一位、二位、四位のサーヴァントがカレー大好きだと言うことがわかった。

 美味しいカレーを求めてドイツの北からソビエト連邦まで走り抜け、北極海を渡って日本に向かってくる騎士王。

 美味しいカレーを求めて日本中のカレー専門店を回り、気に入らなかったり成長の余地がないと感じた店を物理的に潰している英雄王。

 大人しくしているように見えるが、自身の触れている館と土地を宝具化してスパイスを高速で育ててカレーを作り上げている湖の騎士。

 どいつもこいつも頭がおかしい。こいつらが頭おかしいうちに入らないならば、世の中の狂人の九割以上は間違いなく狂人の枠から外れるだろう。

 

 ……ちなみに、教会の地下にいるアサシンらしき存在は私が覗いていることに気付くと『めっ』てやってきた。

 私の目が『滅ッ!』てなった。具体的には外側はそのままに内側だけ蒸発して爆散した。勿論頭蓋まで弾け飛んだ。この身体じゃなかったら即死だった。

 

 そんな頭のおかしい存在を相手に聖杯を勝ち取るには、あちらの英霊たちがこの時代で食べることができないような美味しいカレーを作って釣るしかない!(カレー脳)

 そう言う訳で、カレーを作ろうとしているのだけれど……

 

「駄目ですね。作り直してください」

 

「駄目です。作り直して」

 

「駄目、作り直し」

 

「駄目」

 

 私があまりにカレーに厳しすぎる件について。

 いえ、理解はしているのよ? 確かに今の私が作る程度の味ならその辺りでも売っている。そうやって売っている店の殆どを潰しているあの英雄王の舌を満足させるには、この程度では駄目だと言うことくらい。

 でも、私はカレー初心者なのだから、もう少し甘く見てくれても───

 

「駄目。それ以上考えると騎士王および湖の騎士の粛清対象になるわ。あとそれに気付いて円卓の騎士を全員呼び出して会議が起きて取り敢えず宝具を最低13は真名解放で食らうわ」

「なにそれ怖い!?」

「無心に作りなさい……無心にね……」

 

 とりあえず、命がかかっていることは理解した。

 

 

 

 メディア、カレー作りに挑戦。

 メディア☆リリィ、カレー作りを監督。

 

 

 

「カレーは世界を救います。カレーは飢えを根絶します。カレーは病を駆逐します。カレーは人に安寧を与え、カレーは死を恐怖の対象ではなく安らぎを与える隣人とします。カレーを信じましょう。カレーこそが我らを救い、カレーこそが汝らを救い、カレーこそが救済の光となるのです。さあ祈りなさい。カレーこそが救世主。カレーこそが我らが希望。カレーこそがこの世の真理となるのです。

 されど全てをカレーに頼ってはなりません。カレーとは救いを与えると同時に我々に試練を課す存在でもあります。全てにおいてただ一つで解決していくのは楽でしょう。しかし、カレーに頼り続けていては人が前へと進む意思が失われてしまうのです。カレーはあくまでも我々に光を与え、我々に救いを与え、我々に力を与え、我々の道標として存在しています。しかし、いくらカレーが闇を照らし、力を与え、道を示したとしても、その道を歩むのは我ら人間でしかないのです。カレーと共に我々は歩み続けなければなりません。カレーに示された道を行くのみが正しいとは言いません。時には目を背けたり、寄り道をしていくのもけして悪いことではありません。しかし、全ての道がローマへと繋がっているように、全ての出来事は現在過去未来のどこかで必ずカレーと交わります。進んでいるうちにカレーと再び出会い、そしてまたカレーを楽しむことをしてください。我々はそれを望みとしています……では、両手を合わせ、復唱してください……いただきます」

「「いただきます」」

 

 ……長い、と思うのは悪いことなのだろうか。ただ、空腹なのに目の前に美味そうなカレーを置いたまま話を聞き続けるのは中々辛いものがあった、とだけ言っておこうか。

 

 ……やっぱ美味いなこれ。

 

 

 

 ランスロット、カレー布教中。

 間桐桜、新人カレー教信者。

 間桐雁夜、新人カレー好き。

 

 




へっ様のいる世界で万が一にもFGOな感じになったら特異点は多分こんな感じ。


特異点F 炎上汚染都市冬木
第一特異点 狂信咖喱幻想島ブリテン(初手からカレー狂信者供と一緒に蛮族狩り。聖杯はおそらくモルガンかヴォーティガーンあたりが持ってる。マシュの英霊の名前がもうわかる)
第二特異点 主神暗殺道化ユグドラシル(ロキがオーディンを殺害しちゃった。敵対者はロキ。神々と戦えるよ!やったね(白目))
第三特異点 石版決闘騎士エジプト(王様達と一緒に狂信者バクラを始めとするゾーク一味と戦う感じ。聖杯はもちろんゾークが持ってる)
第四特異点 影の国(シャドウワールド)ケルト(修行期間。スカアハを納得させると聖杯をくれる。マシュの格が上がる。ついでにマスターに新しく礼装ができる)
第五特異点 天衝不変神塔諏訪(神奈子が聖杯を手にして暴走したが即行鎮圧されてお仕置き(意味深)。聖杯は洩矢神が持っていて、いろいろな試練を超えたらくれる)
第六特異点 極限魔獣防衛線ウルク(絶対魔獣戦線バビロニアとよく似ている。違いはカレーの有無によって人間の死者数が凄まじく違うこと。あとなんか普通に勝てそう)
第七特異点 始原処女母神オリュンポス(ベルが他の時代から持ってっちゃったやつ。が、竈と一体化してなんだか凄いことに。具体的に何が凄いかというと、カレーの味が良くなる感じで)
終局特異点 冠位時間神殿ソロモン(ほっとくと魔神柱がいつの間にかどんどん倒されて素材が取れない。協力者が強すぎるからね。仕方ないね)
亜種特異点 邪神降誕異界アーカム(本編では書くつもりがないクトゥルフな世界。なお、GMバクラ。協力NPCアテム)
イベ特異点 秋のヘスティアカレー祭り(スパイスを集めてくると種類や量に応じていろいろなものと交換してくれる。カレーと交換するとAP全快したり、令呪が増えたり、カレー用コックコート礼装で一部のサーヴァントに凄まじいバフかけたりできるようになる。もちろん素材もある)


多分こんな感じ。


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カレー混じりの聖杯戦争三日目〜その1〜

 

 直感スキルが働いた。直接冬木に上陸するのではなく、下水道から侵入して路地裏のマンホールから地上に上がる。私の服装では現代にはそぐわないようだが、それに関してはアインツベルンから拝借してきた金品がある。

 残念ながら金に関しては様々な法があるようなので合法的な方法では手に入れられないようだが、非合法ならばいくらでもやりようはある。

 犯罪者はどこの町にも存在する。死んで構わない人間から金品を回収し、その金で適当に現代風の衣装を買い付ける。それまでは死んでいい人間が保有していた男物の服でやり過ごすとする。

 ……しかし、なんとも罪人の多いことだ。人間が必要以上に集まって余裕が出てくると必ずこういったことが起きる。人間同士で争うことができるほどの余力があるからこそ、こうして罪人が増えていくのだろう。

 もしも、人間以外に強大な敵が外に居たならば。そしてその敵を何とかしなければ間違いなく人間が滅ぶと言うことを全員が実感していたならば。人間同士で争うような愚かな真似はしなかっただろう。

 まあ、そんな中でも余裕を見出だしてしまえば妙なことを考え始めるのが人間だ。特にある程度以上権力を持った裏方の者はかなり余裕を持ってしまうことが多い。自身から関係が遠いと思ってしまうと余計にそう言うことが多くなる。

 魔術師が、自身以外の存在を踏み台にすることを一切躊躇わないのも、自分の破滅と関係の無いことだと本気で考えているからだ。魔術師は屑。はっきりわかる。マーリンはマーリンでまた別の意味で屑。半分人間だがどちらかと言うと夢魔としての在り方の方が強いし、何考えているかわからないし、夢の中で様々な女に手を出していたりと、人間的に見ればかなりの屑だ。

 ……む? 直感が働いた。こっちに行くか。

 

 

 

 騎士王、地下水路の工房にてカレーの試作をしているキャスター組と出会うまであと二分。

 

 

 

 ふと思い至った。そもそも神代の動植物から取ることのできる食料と、現代の食料では内包する神秘の濃度が違う。それはつまり、現代の食料は味の格差が非常に小さいと言うことだ。

 神秘に満ちた場所で育った動植物は、様々な形で異常をきたす。強度が上がったり、耐熱性や耐冷性、耐刃性に優れたり、光に弱い代わりに再生力が凄まじく強くなったりと形は様々だ。

 しかし、共通するのは『人間が理解していなかった場所を神秘が埋めていた』と言うことであり、神秘は様々な形で現実を塗り替えることもあった。

 だからこそ神代の存在は様々な形で常識から逸脱していたし、常識から逸脱していたからこそカレーに使われるスパイスなどは様々な効果を持ち、現代のそれとは格の違う味や香り、効能を発揮していたわけだ。

 

 つまり、この時代のスパイスを使ったところで神代の味には到達できない。全く同じスパイスでも神秘による強化や変化を受けていない物では、まともな味にはならないと言うことだ。

 ましてやこの世界には自分がおらず、他の様々な神格も姿を消して久しい。そんな世界に神秘が満ちている筈もなく、ひたすらに平均化されたスパイスであれだけの味を出そうと言う方が無理なのだ。

 

 だがしかし。だがしかし、である。だがしかし、この世界のどこかに自分が満足しうるカレーが存在すると、ギルガメッシュのスキルの一つである黄金率(カレー)が告げていた。

 ギルガメッシュの黄金率(カレー)は、直感(カレー)、黄金率(財宝)、天性の肉体(カレー)などのスキルの複合スキルである。美味なるカレーを察知する直感(カレー)。代金を用意する黄金率(財宝)。そしてどれだけ食べても太るようなこともなく、むしろカレーに限定すれば身体を完全な状態に保持する天性の肉体(カレー)。それらの効果により、この冬木の町の近くに自身が納得するカレーの作り手がいると言うことを確実に認識していた。

 

 何処だ……(CV譲治)

 何処だ……!(CV譲治)

 何処だっ!(CV譲治)

 

 この英雄王の目から逃れられると思ったか……!首を出せ!

 

 ……いや、本当に首を出されても困る。美味いカレーを出せ。

 ……こっちか!?

 

 

 

 英雄王、地下水路の工房にてカレーの試作をしているキャスター組と出会うまであと五分。

 

 

 

「カレー食べるかの?」

「……いや、恐らく今食べたら吐く。あと三十秒以上実体化されると干からびて死ぬ」

「そうか。残念よな」

 

 もぐもぐとカレーを頬張る姿はとても神とは思えない。あと、カレーを食べた瞬間だけ凄まじい勢いで魔力が逆流してきて内側から魔術回路が引き裂かれそうになる。なんだあのカレーは。

 

「洩矢神……そのカレーはいったい……?」

「これか? ミシャグジ様のカレーの不完全な複製よ。食らえば魔力がみなぎり傷や欠損も直る」

 

 消化できればの話だがの、と洩矢神はカカカと笑う。だが、そのお蔭で一瞬ではあるが魔力は回復し、即座に枯渇し、再び回復しを繰り返している。

 

「……死にそうなのだが」

「逆流を止めたらそれこそ死ぬがどうする? 残念ながら儂は大食いでな。お前一人の魔力でこうしているだけでもかなり破格なのだぞ?」

「……では、食べている間も私の問いに答えてもらいたい」

「構わんぞ。答える度にお前から向けられる信仰はこの世界のこの時代の者にしては中々だ。信仰に見合うだけの答えはくれてやろう。なにしろ儂は今はお前の『サーヴァント』なのだからの?」

 

 カカカと笑う洩矢神に、綺礼は質問の内容を考えながら向き合う。かなりだるくはあるが、ようやく身体を起こすことくらいはできるようになった。立ち上がることができるようになるのも時間の問題だろう。

 

「……では、求道者よ、何を問う?」

 

 言峰綺礼は、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 言峰綺礼、信仰心を抱き始める。

 洩矢神、カレーは薬膳扱い。

 

 

 

 メディアは白目を剥いた。目の前にカレーの香りを纏った剣を持つ騎士王と、カレー色の鎧を纏った英雄王が舌戦を繰り広げているのだ。

 

「……ふむ、成程。この香りに闘気、しかしてその信仰に満ちた瞳……ブリテンにて信仰で国家を治める円卓を率いる者、アーサー・ペンドラゴン(カレー)と見た」

「……そちらこそ、目に美しいカレー色の鎧に髪。放たれる神性、そして全身に染み付いたカレーの香気……原初の英雄、英雄王ギルガメッシュ(カレー)ですね?」

「ふ……弁えているではないか。よかろう、存在を許すぞ騎士王。彼の神を信仰する存在ならば我の後輩のようなものだ」

「そうか。ではここの払いは後輩である私が持とう。先輩に対しての敬意くらいは私にもある」

 

 ……どうなっているのかわからないけれど、とりあえず出すカレーが不味かったら殺されることが確定した気がする。

 

「ここは私が行くわ」

「……大丈夫なの? 相手は……」

「私だってあの方にカレーの基礎を叩き込まれた一端の料理人で、巫女よ? それなりの物は作れるし、作って見せるわ」

 

 ……色々と規格外な存在である私のマスターだけれど、そもそもあの神もまた怪物じみていたのね。ギリシャ神話の神格がメソポタミアに居るとか理解ができない……。

 

「ほぉ……? どうやらここは期待できるようだぞ?」

「ええ、そのようですね」

 

 ……どうなることやら……恐ろしいわね、まったく。

 

 

 

 メディア、ガチでビビる。

 メディア☆リリィ、やる気になる。

 

 

 

「……! マスター、少々時間をいただきます」

「お、おう、どうした」

「私に作れない美味さのカレーが作られようとしていますので、買って参ります。お土産を期待してください」

「……お、おう。よくわかるなお前……」

「カレー信仰の賜物です。それでは」

「……いってらっしゃい」

 

 

 

 ランスロット、美味なるカレーに気付く。

 間桐桜、見送る。

 間桐雁夜、かなりマジで驚く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………我が誘いに応える猛者はいないのかっ!」

 

 

 

 ディルムッド、嘆く。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、やることがない。

 ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ、恋に盲目。

 

 

 

「……おらんのぅ」

「……どーすんだよライダー」

「何もできんわ。探しても見つからないのだから見付かるまで同じようなことを繰り返すのみよ」

「……はぁ……仕方ないかぁ」

 

 

 

 イスカンダル・ズルカルナイン、敵を探し続けるも見当たらない。

 ウェイバー・ベルベット、割と諦め空気。

 

 



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カレー混じりの聖杯戦争三日目~その2~

 

「美味い!」

「美味い!」

「「この世界に来て初めて美味い!!」」

「それはよかったわ。お代わりもあるけれど、いかが?」

「無論、頂こう!」

「我もだな」

 

 次々に作り上げられるカレーと、そのカレーを飲み物のように消費していく二人の英霊。どちらも鮮やかな金の髪を持つが共通点と言えばそれくらいで、性別も瞳の色も異なっていた。

 そんな二人はおかわりとして出されたカレーもあっという間に食らい尽くす。まるで冬眠から醒めた熊が獲物に食らいつくように。あるいは沸騰する鍋の水が角砂糖を一瞬にして跡形もなく溶かしきるように、カレーはどんどんと飲まれるように消えていく。

 だが、それでも二人がカレーを掬う速度は変わらない。いや、むしろ少しずつ早くなっているようにも見える。召喚されてから僅か三日。その程度しか過ぎていないにも関わらず既に枯渇寸前だったカレーのエネルギーを受け、ゆっくりとしか回っていなかったエンジンがどんどんと回転数を上げていくように、二人はカレーを貪っていた。

 

 かたやカレーに国と命を救われてカレーの信者となったが故に、覚悟も信念も情熱も愛もなにも無いカレーを食べることに苦痛を受けるブリテンの王。

 かたや美味なるカレーを食べることがライフワークとなってしまっている英雄王。

 この二人の間に入れる存在は、この二人と同じかそれ以上にカレーを愛する存在だけだと言える。

 

「これは美味い!ブリテンの王都にて店を出せる味ですな!」

「ランスロット卿か。貴方もこの聖杯戦争に参加していたのですか」

「異界のカレー等早々口にできる機会はありませんから。無駄にはできません。……そして、どうやらそちらの方は彼の名高き英雄王ですか。お目にかかれて恐悦にございます」

「良い、全く見知らぬ顔と言うわけでもないのだ。楽にするがいい」

「……待て、ランスロット卿。どういうことだ? 私は知らぬぞ?」

 

 突然現れた男に対し、何故かどちらも見知っているように対話を始める。しかし、話を聞いていればわかる。騎士王の円卓に居る、湖の騎士ランスロット。王の妻を寝取って円卓を割ったと言う知識が頭の中にあるのだけれど、どうやら私(カレー)の世界においては大分違う道を進んでいったらしい。

 けれど、余計にわからない。どうして湖の騎士が彼の英雄王と顔見知りなのだろうか。時代も何も違いすぎるような気がするのだけれど。

 

「おや、我が王はご存じ無い? 私がカレーの聖地ウルクへとツアーガイドとして向かった時に、ヘスティアカレー古代ウルク本店にて出会ったのです。あの時は一口食べたカレーについて数時間もの間語りそうになり、カレーを冷ましてしまわぬようになんとか信仰の発露を押さえていたところで声をかけられたのが始まりでした」モグモグ

「中々凄まじい気配を醸し出していたのでな。名前だけは覚えておいたのだ。……まさか、こちらの世界においては主の妻を寝取った挙げ句に国を割るような男だったとは思ってもみなかったが」モグモグ

「ええ、それは私も驚きました。まさか彼がそのようなことをする可能性があったとは……やはりカレーは偉大だ」モグモグ

「私自身も驚きました。まさか私がそのような罪を犯す可能性があったとは思いもしませんでしたからね。不思議なこともあったものです」モグモグ

 

 私としてはスプーンでカレーを口に運び、咀嚼して飲み込むと言う動作をかなりの速度で繰り返しているにも関わらずどうしてライスの一粒、ルーの一滴も溢さないままこちらまで聞き取れるようなはっきりとした会話ができるのかと言う方が不思議なのだけれど。

 ともかく、どうやら私の知識にある情報と彼らは大きく異なっているらしい。とりあえず区別をつけるために、ここでカレーを食べ続けている騎士王は騎士王ではなく騎士王(カレー)、ここでカレーを食べ続けている英雄王は英雄王ではなく英雄王(カレー)、ここでカレーを食べ続けている湖の騎士は湖の騎士ではなく湖の騎士(カレー)と表すことにしよう。つまり、別人だと言うことだ。

 

「ありがとう、ご婦人。我々ブリテンの騎士にとって、(あざな)の後ろに(カレー)と付けられることは何よりの誉れとなるのだ」モグモグ

「ただし『カレーの騎士』と名乗る事は許されません。カレーの名を冠として戴くことができるのは、唯一あのお方のみ。詐称する存在が現れたのならば───」モグモグ

『我ら円卓の騎士総出で全てをかけて潰して見せよう』モグモグ

 

 いきなりカレーを食べながら私を睨む幻影がいくつも現れた。カレーを食べながらでなければ殺気だけで即死だったかもしれないと思わせるほどの濃厚すぎる殺気。恐ろしい……。

「はいそこ、店員には手を触れないでくださいね。この世界における貴方の逸話的に、孕みそうなので」

「ごはぅっ!?」モグモグ

「ランスロットが死んだ!」モグモグ

「このひとでなし!」モグモグ

「魔女ですもの」

 

 どちらかと言うと血は吐いているのにカレーを吐き出していない湖の騎士(カレー)とか、倒れておきながらスプーンにカレーを盛っての皿と口の往復運動をやめない湖の騎士(カレー)とか、湖の騎士(カレー)がそんな状態なのに当然のようにカレーを食べ続けている騎士王(カレー)とか、ひとでなしとか言いながらカレーを食べるのを止めない上に愉悦顔している英雄王(カレー)の方が人でなしだと思うのだけれど……この人達の場合、『人でなければなんだ! カレーか!』とか言い出して喜びそうだから困る。

 ちなみに私が言った『ひとでなし』と言うのは文字通りの意味だ。口の中にカレーがたっぷり入っているのに器用に血だけを吐き出す男や、飲み込む時に気道は間違いなく一時的に閉鎖されているはずなのに当然のように途切れることもなく会話を続けている男女は人間ではないと思われる。英霊だから人間ではないだとかそんなちゃちな理由ではなく、人間の身体の構造的におかしいことを当然のようにできていると言う時点でどう考えても人ではない。そういう意味での『ひとでなし』だ。

 

「私もできるわよ?」モグモグ

「なんで!?」

「ヘスティア様の直弟子だもの。できない方がおかしいわ」モグモグ

「できる方がおかしいわよ!?」

「貴女もできるわよ」モグモグ

「できないわよ!」モグモグ

 

 できた。私どうやらひとでなしらしい。……あ、私は今液体金属の群体生物に憑依して降りてきているんだった。それなら普通にひとでなしか。

 

「やーいひとでなしー」モグモグ

「人でなくともカレーがあればそれでよい」モグモグ

「この我が許すぞ」モグモグ

「そうそう、今回は私が作ったけれど、早くこのくらいには追い付いてね?」モグモグ

 

 このカレー狂い共……!

 

 

 

 騎士王、ご満悦。

 湖の騎士、ご満悦。

 英雄王、愉悦愉悦。

 報復の魔女、応援中。

 裏切りの魔女、発狂しそう。

 

 

 

「私の求めるものとは……何なのだ」

 

 綺礼の言葉に、洩矢神はカレーを食みながら答える。カレーを食べるのを止めないのは、止めたら数秒で綺礼の意識は失われ、数十秒で干からびて死ぬと言うことを理解しているからだ。

 

「ふむ……その答えは儂から見れば正答であっても、お主にとっては否定したくなるものやも知れん。それでも聞きたいか?」

「無論だ。私はそれを知るために生きてきた」

 

 綺礼の言葉に、視線に、洩矢神はしっかりとした意思が宿っているのを確認した。そして洩矢神は語り始める。

「お主が求めるものを言葉にするならば───それは『愉悦』となるだろう。

 人は様々な形で愉悦を得ようとする。何かを作り上げること。作り上げたものに対して何者かが様々な反応を見せること。誰かが積み上げたものを取り返しのつかないほどに台無しにしてしまうこと……様々な形での」

「馬鹿な……それは、許されざることだ」

「否。愉悦を得ようとすること自体はけして問題のある行為ではない。愉悦を得る際に起きる出来事の一部に問題があるだけでの。

 他者の破滅を愛し、涙を啜り、悲哀を食らい、絶望を枕にし、慟哭を寝物語に過ごした者も、それを得る相手を選びさえすれば社会の中で堂々と胸を張って生きていくこともできる。お主もそうだぞ? 言峰綺礼」

 

 

 

 洩矢神、語る。

 言峰綺礼、愉悦覚醒までのカウントダウン開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇい、まだ他のマスターは姿を見せぬのか!」

「は。サーヴァントの方も影も形もなく……」

 

 

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、待ち惚け。

 ディルムッド・オディナ、探索中。

 ソラなんとか・なんとかザレ・なんとか、出番なし。

 

 

 

 イスカンダル・ズルカルナイン、出番なし。

 ウェイバー・ベルベット、出番なし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? なんか呼ばれてるような気がするな? ルーラーとして。参加してみるか?」

 

 

 

 ??、参戦フラグが立つ。

※スキル:単独行動が単独存在に書き換えられます。

 




 スキル:単独存在
 単独行動スキルの上位互換であり、単独顕現の下位互換。自力で顕現することはできないが、一度顕現してしまうとマスター不在のままでも存在し続けることができるようになる。宝具の真名解放などによって魔力を消費しても魔力を自力で生み出すことが可能。


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カレーたゆたう原因になった聖杯戦争-21915日目、そしてカレー溢れる聖杯戦争3652日目

 

 時間は60年ほど遡る。聖杯を得るための戦争は既に三回目となり、しかしただの一度も聖杯が降臨することはなかった。

 それに業を煮やしたアインツベルンは、禁じられた方法に手を出した。英霊しか召喚できない聖杯戦争に、英霊より遥かに強力な神霊を呼び出そうとしたのである。

 そうして呼び出そうとした神霊は、拝火教とも呼ばれるゾロアスターの最強にして最大の悪神、アンリ・マユ。その力をもって他の参加者を蹂躙しようとしたのである。

 

 ───しかし、いくつかの出来事のせいで、アインツベルンはアンリ・マユを呼び出すことはできなかった。そもそも術式として聖杯戦争には神霊をそのまま降ろすようなことはできなかったと言うこと。加えてそういった無茶な召喚を実行した事によって対象が異常なほど広く取られてしまったこと。そして最後に、召喚した日の最後の食事がカレーだったこと。

 それらの縁によって呼び出されたのは、ゾロアスターの悪神ではなく異界の神格の分霊を納めた神造人間だったのだ。

 問題はそのクラスと実力にあった。

 そのクラスは救世主(セイヴァー)。そして全ステータスが評価規格外(EX)と言う恐ろしいもの。令呪の縛りを無効化し、膨大な魔力を搾り取りながら活動するそれは、名を『ベル』と名乗った。

 

 しかしベルは戦うことなく聖杯にくべられることになった。いや、マスターであるアインツベルンのホムンクルスが、あまりの魔力消費量に耐えきれず、中身の小聖杯ごと自壊してしまったことによってベルは聖杯に宿ることになった。

 だが、その程度でベルが消えることなどあり得ない。ただでさえ意識は神格のそれであり、身体は神格が手ずから作り上げたものを何度も繰り返し改修され、神や魔獣の血を浴び、ひたすらに鍛え上げられた物である。たかが聖杯にくべられた程度で───超抜級の魔力()に入ったところで、何かしらの影響が出るわけもない。

 

 結局第三回の聖杯戦争では小聖杯が砕かれて聖杯は降臨せず、第四回に向けて聖杯戦争は動き出す。

 

 ───その中に、取り返しのつかない歪み(カレー)を内包して。

 

 

 

 

 

 これは、記録である。冬木にて行われる聖杯戦争の、歪みの始まりの記録である。

 

 そしてその歪みはより大きくなり、より致命的になり、第四次、そして第五次聖杯戦争へと続いていく。

 

 

 

 

「問いましょう。貴方が私のマスターなのはわかりますので、とりあえずカレーはお好きでしょうか?」

「え、あ、まあ、好きっちゃ好きだけど……」

「よし。それでは少々お待ちを。あちらのランサーをすぐに片付けて参りますゆえ」

 

 セイバー/ガウェイン(カレー)

 マスター/■■士郎

 

 

 

 

「やれやれ、なんと荒い召喚だ。まったく……美味いカレー三杯で許してやろう」

「……なにこいつ」

「『なにこいつ』とはご挨拶だな。私を召喚したのは君だろう? 私の心は傷付いたぞ。慰謝料としてカレーをさらに二杯要求する」

「……え、あんたサーヴァントよね? 物食べる必要あるの?」

「なんと酷い主人だ。奴隷として呼びつけた男を侍らせるのに食事も与えないとは。地獄に落ちろマスター」

 

 アーチャー/無銘(カレー)

 マスター/遠坂凛

 

 

 

 

「自害せよ、ランサー」

「ごへぁっ!?」

「ランサーが死んだ!」モグモグ←アルトリア

「いいぞ!もっとやれ!」モグモグ←子ギル

「てめぇらいいかげんにしやがれ!と言うかなんで令呪を使った一つ目の命令が『『自害せよ、ランサー』の声に合わせて毎回死んだふりをしろ』なんだよ!馬鹿じゃねえのか!」

「くっ……私が令呪を奪われたばっかりに……申し訳ありません、ランサー……!」モグモグ

「食いながら言ってんじゃn」

「自害せよ、ランサー」

「ゴゲバァッ!?」

「ランサーが(ry」モグモグ

「このひとで(ry」モグモグ

 

 ランサー/クー・フーリン

 マスター/ダメット・フラガ・マクミレッツ→言峰綺礼(マーボーカレー)

 旧セイバー/アルトリア・ペンドラゴン(カレー)

 旧アーチャー/ギルガメッシュ(カレー)

 

 

 

 

「今日のカレーはワカメカレー♪ 明日のカレーはチキンカレー♪ 明後日のカレーはトマトカレー♪」

「たまにはカレー以外も作れよ! もうカレーには飽き」

「カレーとは人生……人生に飽きたと言うならば、その素っ首撥ね飛ばしてくれよう……!」←ランスロット

「……カレーはともかく、ワカメは嫌いなのですが……」

「諦めろ。昔の蟲カレーより万倍ましだ」モグモグ

 

 

 

 

 ライダー/メドゥーサ

 マスター/間桐桜(カレー)

 旧バーサーカー/ランスロット(カレー)

 旧マスター/間桐雁夜(カレー)

 

 

 

 

「ねぇ、バーサーカー」

「どうかしましたか? お嬢様」

「……え、あの、貴方、バーサーカー……よね?」

「もちろん私はバーサーカーでございます。どこに出しても恥ずかしくないバーサーカーですよ?」

「…………バーサーカー、なのよね?」

「ええ、バーサーカーです」

「………………ヘラクレス、よね?」

「? 私はアルカイオスですが……まあ、似たような存在ですな。世界は少々違いますが。カレーでもいかがです?」

「 」←ガチャで家賃溶かしたような顔のイリヤ

 

 

 

 

 バーサーカー/アルカイオス(カレー)

 マスター/イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 

 

 

 

「私がいる」

「私がいる」

「私もいる」

「十年前に正規の方法で召喚されたのが貴女のマスター、メディア☆リリィ」

「十年前にキャスターに召喚されたのが私、キャスター、メディア」

「今回の聖杯戦争で召喚されたのが貴女、キャスター、メディア」

「カレー屋の前で倒れていた貴女を拾ったのが私」

「今話を聞いているのも私」

「カレー食べます?」

「「話の腰を折らないで!」」

「あ、アサシン召喚しておきますね☆」

「「ヤメテ!」」

「我、ハサンの中のハサンなり……」モグモグ

「「遅かったぁぁぁってか怖っ!?」」

 

 

 

 

 キャスター/メディア

 旧キャスター/メディア

 旧キャスター/メディア☆リリィ(カレー)

 アサシン/山の翁(カレー)

 

 

 

 

 なんか色々狂いに狂った第五次聖杯戦争にして大惨事聖杯戦争、始まります。

 

 (ナレーション:帰った洩矢神)

 

 

 

 




エイプリル!にはちょっと遅いですが、嘘予告です。


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カレー香る聖杯戦争四日目

 

 カレーについて語れば、それはそれは長くなる。円卓においてカレーの最も美味なる点について議論すれば、間違いなく数ヶ月はかかるだろう。そして対話から胸ぐらの掴み合い、そして料理勝負を経て最後には『それぞれ人には好みがあるため画一的に決めるのは不可能、むしろカレーを定義するなど不敬極まりない。』と言う結論に達し、お互いの作ったカレーを食べてその言葉に納得する、と言う終わりになるだろう。

 だがしかし、それはこの世界ではなく私達の世界での話だ。私達の世界ではそうだったとしても、こちらの世界においてはカレーを知らなかったが故に円卓は割れ、砕け、国は滅び、消え去った。諸行無常と言う言葉がこの国にはあるが、この世界におけるブリテンと言う国はまさにそれだ。いや、英雄王のウルクもそうだし、ここにはいないが極東の洩矢神や彼の神格ですらこの世界では衰退してしまっている。

 この世界が私の世界でない以上、歴史がそうなっていようが私には関わりの無いことだ。彼の神は無理矢理に思想を広げることを良しとしないため、私がこの世界にカレーに対する信仰を広めることはない。積極的に広めることはしないが、広まってしまう分には仕方の無いことだ。

 信仰は空気のようなものだ。密度の高いところから低いところへと拡散するように広がっていく。拡散してしまうと元の部分の信仰は薄れてしまうが、信仰と言う形の無いものではそれは当てはまらない。要するに私達が生きて、信仰を抱き続けていれば、カレーに対しての信仰は永遠のものとなる。

 

「ああ、私、広めてまいりました。人間を食い物にする気色の悪い蟲がおりましたので、カレーに仕立ててみたところそれなりの味にはなりました。新人ですが一名確保です」モグモグモグ

「そうか。ではお前が最低限私の前に出してもよいと思えるようになったならつれてくるが良い。カレーを愛するものとして妖精郷(アヴァロン)の祝福を授けよう」モグモグモグ

「人理が乱れます。おやめください我が王」モグモグモグ

「ではこの我が見定めてやろう。結果次第で我が宝物庫より見合ったものをくれてやろう」モグモグモグ

「人理が乱れます。おやめください英雄王」モグモグモグ

 

 しかし、困った。手が止まらん。不味い物ばかり食べていたせいだろうか。私の身体がカレーを求めて仕方がない。恐らくそれは英雄王も同じなのだろう。先程からカレーの消費が止まらない。止まるところを知ろうとしない。止まりたくない。

 

「あ、もう材料がないので今日はおしまいです」

「今日と言うか昨日から食べっぱなしだったわよね……」

 

 その声が聞こえた瞬間、私達の時間は間違いなく止まった。

 

「……冗談だとしたら笑えないのですが」

「無いものは無いのだから仕方無いわ」

 

 ……。

 

「英雄王。私が代金を出すのですから優先権は私にあるのは当然ですね?」

「何を言うか。我が初めの一杯を食べ、我が終わりの一杯を食べる。それは我が定めた法だ。何人たりともこの法を破らせぬ。最後の一杯は我が物となるのは必然よ!」

「ふむ、どうやら争いになるようですね。それでは私が預かっておきましょう。胃に」

「「させるか愚か者!」」

 

 だが、この状況はまずい。特に三人と言うのがまずい。一人を相手にしようとすればもう一人が自由になる。それはつまり体力を温存させてしまうと言うことでもあるし、隙を曝すと言うことでもある。邪魔されるにしろされないにしろ、非常に良くない事態になること請け合いだ。

 それになによりここでは宝具を使えない。と言うより武器を使うとカレーに埃が入る可能性がある。魔力放出すら最低限しかできないだろう。カレーに埃を入れるような奴は死ねばいいと思う。

 

「カレーに埃を入れるような奴は死ねばいいと思う」

「同感だ」

「同意します」

「ここは一つ、埃の立たない決闘を行おうではないか……!」

「いいだろう!我の『図書館エクゾ』に勝てるものかよ!」

「ふっ、私の『デミスドーザー』が火を吹きますよ」

「いやいや、私の『インフェルニティ』こそ最強のデッキ。負けるものですか」

 

 決闘(デュエル)!!

 

 

 

 騎士王、デュエル開始。

 英雄王、デュエル開始。

 湖の騎士、デュエル開始。

 

 

 

「そうそう、私の知り合いにはああいったカレーに命をかけた手合いが結構いるから、カレーを馬鹿にすると死ぬわ」オレノターン!ドロー!オウリツマホウトショカンヲショウカン!ゴウヨクナツボハツドウ!チェーンシテクジュウノセンタクハツドウ!コノシュンカンテフダニエクゾディア

「死ぬの!?」イワァァァァァァク!

「死ぬわ」イワァァァァァァク!

「どのくらい死ぬの!?」フハハハ!キョウジン!ムテキ!サイキョウ!

「どのくらいって……そうね……図書館エクゾに先手を譲るくらい死ぬわ」フンサイ!ギョクサイ!ダイカッサイ!

 

 あ、それは死ぬわね。普通に死ぬわ。今みたいに。

 

「あるいはライフ4000環境でサモサモキャットベルンベルンDDBDDBからの効果発動されるくらい死ぬわね」

 

 それもそれで死ぬしかないわね。

 

「もしくは苦渋施し現世と冥界の逆転か、黄泉転輪ホルアクティくらい死ぬわ」

 

 さっきからどれもこれも致命傷ばかりなのだけれど、どう言うことなのかしら。そこまで死ぬってことなのね?

 

「ふむ、それでは支払いは任せたぞ騎士王!フハハハハハ!」

 

 英雄王は上機嫌に笑いながらカレーを食べつくし、霊体化しながら私達の魔術工房を後にした。一応神殿と呼ばれるに相応しいだけの物だったはずなのだが、あの英雄王には関係の無いことだったようだ。

 

「くそう……英雄王め……あ、これが代金だ」

「現代の金銭でもよろしいですか?」

「構いませんよ。……金の地金と札束ですか。まあ、全員が一般人の千倍以上は食べてましたし、いいでしょう。支払いを確認しました、またのご来店をお待ちしていますね。……次回からは魔力払いでも結構ですよ?」

「私はそれをすると消える。単独行動がないからな」

「私もですね。申し訳ありません、レディ」

「フン!」

「ウボァ!」

 

 ……まあ、この世界では寝取りによって円卓に皹を入れたランスロットだけれど、元の世界でも王妃にこそ手を出さなかったけれど色々と下半身でものを考える性質は変わっていないようね。

 そんな騎士が極上のカレーの作り手に手を出すことは許されないのでしょう。そう考えておこう。

 

 メディア、困る。

 メディア☆リリィ、腹有情猛翔破を見る。

 

 

 

「儂、ちょっと用事ができたから出掛けてくるの?」

「……どちらへ?」

「なぁに、ちょいと───ミシャクジ様の所までの」

 

 洩矢神、立つ。

 言峰綺礼、復活が遠退く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様……何者だ?」

「……ふん、この俺の尊顔を拝してなお理解せぬ……そのような無知蒙昧はこの世に要らぬ」バビローン

 

 槍兵、絶体絶命。

 

 

 

 



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カレーより成る聖杯戦争五日目

 

 聖杯戦争。俺が参加してしまった時には色々あって聖杯をカレーポットにしてしまったわけだが、そのカレーポットを使って召喚した英霊がなんか知り合いだらけだった。

 飢餓はよくないので国家的に飢餓に満ちていた所に無限に食料を出すことのできる大釜をくれてやったら凄まじい勢いで信仰されるようになったブリテンの王、アルトリア・ペンドラゴン。

 同じくブリテンの円卓の騎士、湖の騎士ランスロット。ちなみにだが、他の世界はどうだか知らないが俺のいた世界では飢餓による死は俺が司っているためどうするかは俺次第だったりする。流石に豊穣やら狩りの方までは……豊穣はともかく狩りの方は司っていないのでそっちはまた別の神の手助けが必要だったが、まあともかく餓えるのはよくない。救えてよかった。

 問題は国家的に神秘とカレーの中毒症状が出てしまっていることだが、ブリテン島も神秘の濃い地域であり、かつ食料がカレー以外にあまり無い事からあまり問題はないと判断……していいのかどうかはまた別として、ともかくそういうことにしておいた。

 

 それから初めての旅行先で国王をやっていた、ウルクの英雄王、ギルガメッシュ。加えて神格は召喚できない筈がなぜか召喚できてしまった日本神話の禍津神、洩矢神。そして寝ていたまま異世界に引っ張っていったのが『死んだ』と認識されたらしく座に登録されたメディア☆リリィ。そういった知り合いが大量に現れたのだ。後の二人は知らん。

 

 で、そろそろ地脈からの魔力も貯まった。俺がこの場に降りてもいいだろう。神格は無いままだが救世主(セイヴァー)として……ん? 救世主でなく調停者(ルーラー)? 俺ほど調停者が似合わない奴もそういないと思うんだがな? 基本的にブースターだし。

 まあ、調停者と言っても俺は俺だ。未来では水着で拳を振るう調停者や旗で殴り付けてくる調停者が出てきたりするかもしれないが、俺の調停と言えばカレーくらいしかできん。この聖杯戦争ならそれでいいかもしれないが、普通はそんな調停者には意味がないだろうに。

 

 まあどうでもいいな。何を言おうとやることは変わらん。俺は基本的にはカレーを作るのみ。殴ったり蹴ったりってのは得意じゃないんだ(苦手だとは言ってない)。

 と言うことでカレーポット……じゃない、聖杯からさっさと出ていく事にする。初めの頃はそんなことはなかったんだが、最近はどうもカレーの臭いが染みついてきているような気がしてならない。カレー臭のする奴とかどこのコックだと言う話だ。

 まあ、知り合いには喜びそうな奴もいるが、喜ばれてもなぁ。

 

 ……ん?

 

「……洩矢神か。久方振りか?」

「左様ですな。あなた様は全てを儂らに任せていなくなってしまいましたからな……ミシャクジ様」

「元々日本神話の神格ではない俺がいつまでも居たら問題だろう? だからこそ俺の後を継げるものとしてお前を作ったんだから」

「理解しております。……が、母に会えないのは寂しいと言う子の心も理解していただければ」

 

 洩矢神はそう頭を下げるが、俺の場合親があれだから気持ちはよくわからん。母親であるレアーの方は俺たちを愛していたようだが、父親の方はなぁ……殺しこそしなかったが、愛されてるかと聞かれるとなぁ……。

 まあそう言うことで俺には親子の情と言うものがよくわからないが、まあ本来ならいいものなのだろう。俺も一応いい親として、あるいは良い支配者として行動していた時期もあるから親としてならなんとかなるんだが、子供としては人間だった頃の遠い記憶しか残ってないからな。洩矢神の気持ちはよくわからん。

 だが、何となく寂しくなるときがあると言うことは理解したのでたまには日本神話圏にも行く時間を取るとしよう。ある意味じゃあ俺の子供みたいなものだってのも間違いじゃないし、気にかけるくらいはしようかね。

 

「ではまず食事にするとしようか。何がいい?」

「ではカレーを」

「肉じゃがな、わかった」

 

 俺は肉じゃがを作るために出せるものを出して……あん?

 

 ……反転が付与されている。俺はどうやらただのベルではなく、英霊となった後に性質を反転させられているらしい。

 基礎が俺だからこそそう変わっていないようだが、今の俺は恐らく大分好色で理不尽だ。俺の元々の性質は神としての在り方を重視している時には秩序・善、俺と言う存在をそのまま出すと混沌・善といったところだが、何故か今の俺は混沌・中庸だ。ある意味一番厄介な状態とも言える。なにしろ一貫性があまり無い状態なのだから。急ぎの仕事の最中に迷いまくる上司とか害悪でしかないからな。マジで。

 

 まあ、その辺りは自覚しとけば問題ない。とりあえず肉じゃが作るか。

 

 

 調停者ベル、召喚。

 洩矢神、謁見する。

 

 

 

 ピキィーン!

 

「!? この気配……彼の大神の眷属か……!」

 

 直感(カレー)により新たなサーヴァントの出現に気付いた直後に、信仰の加護(カレー)がその正体を看破する。

 そう、かつて国を救ったカレーの神。無限に美味なるカレーの湧き出す大鍋を巫女へと持たせて送り出した、ヘスティア様。その濃厚な神秘の香り(カレー風)が漂い、冬木の町の大気を塗り替える。

 

 冬木に住む人間達の本能を刺激し、暴走させかねないこの香り。誰もがこの香りの元を求めて町中を徘徊するようになるに違いない。

 そうなる前に、彼の神の眷属へとご挨拶に行かねば!

 

 

 

 騎士王、速度が三倍を越える。

 湖の騎士、速度が三倍を越える。

 英雄王、気付いた瞬間に瞬間移動していた。(本人どうやったか理解してない)

 

 

 




 
 世界にカレーを広めよう。誰もがカレーを好きになるよう、カレーを世界に広めよう。
 その夢は世界を蝕む。あらゆる食材がカレーによって駆逐され、あらゆる味はカレーより劣るものとされた。
 始まりは美味を伝えたいと言う願いであり、幸福を分け合いたいと言う願望であり、戦いを終わらせたいと言う希望であった。
 その願いは人類から選択肢を奪い、文化を蹂躙し、やがてカレーを食せぬものを世界から駆逐し、やがてカレーの中毒により人類は絶滅する。

 以上の願いをもって彼の存在のクラスは決定された。
 転生者なぞ偽りの立場。其は人間が造り上げた、人類史を最も平和に塗り替えた大災害。

 その名をビースト■。
 七つの人類悪のひとつ、『カレー』の理を持つ獣である。






























勿論嘘です。


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カレーが織り成す聖杯戦争最終日

最新話から来た方へ。Fate/zero編を纏めたので、最新話は9話ほど前になります。


 

 身体はカレーでできている。

 血潮はルーで心はライス。

 幾度の厨房を越えて美味い。

 ただ一度のお残しもなく、

 ただ一度の完成もなし。

 料理人はここに一人、食材の山でカレーを作る。

 故に、この人生に理由は要らず。

 この身体は、無限のカレーでできていた。

 

 ……みたいな詠唱をすることで食材なしのまま無限にカレーの試作ができる弓兵募集中。

 

「いませんよ」

「いませんな」

「おらんぞ」

「いないわよ」

「肉じゃがおいしい」

「「「誰だお前!?」」」

 

 洩矢神が肉じゃが(かつて日本でカレーを再現しようとした結果できたと言う噂があるもの)を頬張っているところに現れた知り合い三人に突然のダメ出しをされたが、可能性としてはある気がするんだよなぁ……今は居なくとも未来で生まれている可能性はあるわけだし。むしろこの世界には居なくとも平行世界にはカレー好きの吸血鬼だとかカレー好きの埋葬機関だとかがいてもおかしくないと思う。昔の戦隊物のイエローのような感じで。

 あと、さっき言った弓兵のような奴が本当に居たら雇いたいところだ。連絡先はヘスティアカレーオリュンポス事務所まで。ただし直接来ようとすると蜂やら蛇やら猪やらが襲いかかってくることもあるから注意な。

 客は襲うなと言ってあるんだが、客は月に一度か二度見慣れた奴等が来るくらいでそれ以外には殆どいないし、そいつら以外は敵として認識している奴も居るほどだ。

 実際には極希に客も来ないことはないんだが、ギリシャだからな。自業自得を認めようとしない奴も結構多いし、考え無しにとりあえず殴って見るような奴も少なからずいる。アキレウスとかは自分から攻め込んでおきながら敵国を守っていた英雄が自分の親友を殺したって理由でその相手の死体を戦車で引き回すような奴だからな。死んでいいと思うぞ? 実際死んだが。

 

「そう言えば、その後ろの物は……?」

聖杯(カレーポット)だ」

聖杯(カレーポット)ですか」

「俺を召喚しようとした時に色々あってな。カレーにしてやった」

「なるほど……もしや、これを手に入れれば農業用のスパイス屑を減らし、さらに美味いカレーを広めることが……!?」

「残念ながらこれは人間が作ったやつだからな。俺が作った大釜の方がまだ効果高いぞ? それにブリテンに持っていったところで何かが変わるようなものでもないしな」

 

 非常に残念そうにしているが、俺の知ったことじゃない。俺を呼び出したアインツベルンやこんなものを作ったアインツベルン、企画したアインツベルンを恨むんだな。ついでに遠坂とマキリも。

 

「……はぁ。やる気なくなりました。つまりこの世界にはまともなカレーなんてないと言うことじゃないですか。クソですね」モグモグ

「はぁ……昔の我に任せるか」モグモグ

「カレーが広まっていない世界とか存在する価値あるんですかね?」モグモグ

「無いな」モグモグ

「無かろうよ」モグモグ

「ですな」モグモグ

「儂はあってもいいと思うがの。『全ての料理はカレーに通ず』とも言うし、もしかしたらカレーが無いからこそ儂らの常識を打ち砕くような料理が出るかもしれん」モグモグ

 

 こいつら思考がカレーから始まりカレーに終わるようになってやがる。俺のせい? そうかもしれんが知らんな。ちゃんとカレー以外も食わせてきた筈なんだがなぁ。

 ちなみについさっき作った肉じゃがは日本で自然に取れるものしか使わないと言う縛りをつけて作ってみたため、かなり和風な感じになっている。なにしろ香辛料の種類が少ないし、香り高い物もあまり多くない。それにその少ない香辛料も舌に感じる刺激や味が似通っている。カレーのような複雑にして精妙な味を作るのは、はっきり言って難しすぎる。だからこそ肉じゃがと言う別の料理になった訳だが……まあ、カレーと同じだと思わなければ十分な味だと思っている。山椒やらなにやらが割と強めだが、それはまあカレーを目指していた頃の名残とでも思っていてくれると嬉しい。事実そうだし。

 

「……だったらカレーポットの中に溜まったカレーの概念をこの町にぶちまけてみるか? もしかしたら影響されて美味いカレーを作ろうとする奴が出るかもしれんぞ」

「やりましょう!」

 

 凄い即答だ。目がキラッキラしている。ではさっさと……ああ、いや、こいつらを受肉させてからの方がいいかね? じゃないとこいつらのマスターの負担が……あれ、こいつらマスター持ちが半分いなくね?

 まあ、受肉はさせよう。はいどーん。

 

 

 

 騎士王、カレーに溺れて受肉。

 英雄王、カレーに沈んで受肉。

 湖の騎士、カレーにまみれて受肉。

 裏切りの魔女、カレーに侵され受肉。

 復讐の魔女、カレーに浸されて受肉。

 洩矢神、カレーと気合いでなんか受肉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 199X年。冬木市はカレーの波紋に包まれた!

 特に破壊が起きることもなく、何かか死ぬようなこともなく、あらゆる存在はなにも変わらぬままに続いていくかに思えた。

 しかし運命は、あまりにも大きく変動していた!

 

 正義の味方を目指す事になっていたかもしれない少年は、正義の味方の代わりにカレー専門のシェフになることを志すようになり。

 地獄を生き続けることになっていた少女はカレーに目覚めた。

 ついでになぜかここにはいない筈の埋葬機関第七位は即座に日本への渡航を決め、カレーに命を売り渡した死徒は最悪海を泳いででも日本に渡ることを決意した。

 

 これより始まるのは、空白の時間。始まりから終演に至るまでの、ほんの僅かな空白期(ブレイクタイム)

 

 ……なんか後ろで『カレータイムにしろよ馬鹿野郎カリバー!』とか言う声が聞こえて来る気がしたがきっと気のせい。

 そして、10年後。もう一度世界は動き出す───。

 

 

 




「おい、余はどうなった」

聖杯が無くなったので消えました。

「おい!そりゃ無いだろう!?」



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カレーらしきFate/Apocrypha
カレーなる聖杯大戦


 

 聖杯戦争。それは魔術師たちによる万能の願望器、聖杯の奪い合い。

 七人の魔術師がマスターとしてかつての英雄をサーヴァントとして呼び出し、戦わせることで行われる戦争である。

 七人の魔術師達は様々な思惑をもってこの戦争に参加する。

 富。名誉。根源への到達。自己満足。自身の探求。届かぬ夢の実現。そして享楽。無数の意思が絡み合い、そして潰されて行くこととなる。

 同時にサーヴァントとして呼び出される英霊も願いを抱いて呼び出される。

 ある者は救えなかった物を救うために。ある者は自身の覇道をもう一度現実にするために。ある者はかつて失った者を蘇らせるために。ある者はただ請われたが故に。ある者は裁かれるために。ある者は今度こそ忠義を通すために。ある者は満足の行く戦いをするために。あるいはただ裁定のために。

 無論、その願いの大半は磨り潰され、消えて行く定めにある。最後に残った者の意思すらも無視されることすらある。しかしそれでも、人間の欲のある限りこの戦争は続いて行く。

 

 ……だが、そんな戦争にも様々な例外が存在する。全ての英霊とマスターが一つの陣営として固まった時、聖杯戦争を終わらせるためにもう一組、七体の英霊が召喚される枠が作られることがある。

 この世界において、かつて冬木において行われた第三次聖杯戦争。その際、超抜級の魔術炉心であった大聖杯はユグドミレニアの当主であるダーニックに奪われた。

 その無色であるはずの聖杯に、既に黄色い魔の手が伸びていたことも理解せず。

 

 

 

 

 

【CLASS】

 黄色の(多分)セイバー

【マスター】

 ベル

【真名】

 アルトリア・ペンドラゴン

【性別】

 女

【属性】

 秩序・善・カレー

【ステータス】

 筋力A++ 耐久A+ 敏捷A+ 魔力A++ 幸運A+ 宝具EX

【クラス別スキル】

 対魔力:A

 騎乗:A

【固有スキル】

 直感:A+

 魔力放出:A

 カレスマ:A

 最果ての加護:EX

 信仰の加護(カレー):A

【宝具】

風王結界(インビジブル・エア)

 

約束された勝利の剣(エクスカリーバー)

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)

 

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

 ランク:A++

 種別:対城・対粛正宝具

 レンジ:?

 最大捕捉:500人

 500人までなら入る店にもなる。やったね獅子王!平和利用だ!

 

遥か遠き理想の城(ロード・キャメロット)

 ランク:B

 種別:城塞宝具

 レンジ:0

 最大捕捉:1000人

 生前持ってた宝具とか、最後まで仕えた騎士団とかがいる。円卓の騎士も呼べる。

 

 備考

 マスターが変わるとステータスが変わると言う典型例。切嗣と比べるともう完全に別物。

 

 

 

 

【CLASS】

 黄色の(恐らく)ランサー

【マスター】

 ベル

【真名】

 クー・フーリン

【性別】

 男

【属性】

 秩序・麻婆

【ステータス】

 筋力A 耐久A+ 敏捷A+ 魔力B 幸運F 宝具A

【クラス別スキル】

 対魔力:C

【固有スキル】

 戦闘続行:A

 仕切り直し:A

 神性:B

 矢避けの加護:B

 ルーン:B

 天性の肉体(麻婆):A

【宝具】

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ:2~4

 最大捕捉:1人

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)

 ランク:B+

 種別:対軍宝具

 レンジ:5~40

 最大捕捉:50人

 

猛犬の居城(ダンドーク・カスラーン)

 ランク:A

 種別:結界宝具

 レンジ:0

 最大捕捉:2人(自分含める)

 内部に敵を閉じ込め、1対1の決闘を強制する。ちなみに投げることもできる。居城であるため、昔持っていた武器の数々も備え付け。剣、戦車含む。

 

大神刻印(オホド・デウグ・オーディン)

 ランク:A

 種別:対城宝具

 レンジ:1~80

 最大捕捉:500人

 

灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)

 ランク:B

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~50

 最大捕捉:50人

 

 

 備考

 ランサーとして召喚された……筈なのに、何故かアイルランドで召喚された時のように剣も槍も戦車も城も持っている上に変身もできる。ちょっと意味がわからない。

 ちなみに『天性の肉体(麻婆)』は、身体の一部が麻婆でできているためついた。麻婆を食べると魔力と肉体の傷が治る。なんでこうなったし……。

 

 

 

【CLASS】

 黄色のアーチャー

【マスター】

 ベル

【真名】

 アルカイオス

【性別】

 男

【属性】

 混沌・善

【ステータス】

 筋力A+ 耐久A+ 敏捷A+ 魔力A+ 幸運A 宝具A

【クラス別スキル】

 単独行動:A

 対魔力:

【固有スキル】

 戦闘続行:A

 心眼(偽):B

 勇猛:A+

 神性:A

 紳士教育:B

【宝具】

十二の試練(ゴッド・ハンド)

 ランク:C+

 種別:対人宝具

 レンジ:-

 最大捕捉:1人

 十二の偉業が由来だが、内容がアレなため若干弱体化している。それでもかなりキチガイ染みてはいる。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)

 ランク:D~A

 種別:?

 レンジ:?

 最大捕捉:?人

 持つ武器によって変化する。本来はヒュドラ殺しなどの攻撃技術の結晶だったが、ここでは精々『ちょっとリミッターを外して全力で暴れるだけ』といったところ。

 なお、全力で暴れる場合はその反動は『十二の試練』で無効化されはするが無ければ自爆になりかねないレベル。

 

切れぬ絆(エンゲージリング)

 ランク:EX

 種別:?

 レンジ:-

 最大捕捉:2人

 

 

 

【CLASS】

 黄色のライ……ダー?

【マスター】

 ベル

【真名】

 アテム

【性別】

 男

【属性】

 秩序・善

【ステータス】

 筋力E 耐久E 敏捷D 魔力EX 幸運EX 宝具A

【クラス別スキル】

 騎乗:E-

【固有スキル】

 決闘者:EX

 伝説の決闘者(デュエリスト)。幸運に補正。

 カード生成:C

 生前持っていたカードを作る。ちなみにAIBOのカードは作れない。古代エジプトの石板のモンスターも召喚可能。

 魔物召喚:A

 生前持っていたカード、および古代エジプトの王宮に存在する石板の安置室に存在している魔物を召喚できる。Aランクでは神と呼ばれる存在も召喚可能。ただし、千年錘がなければ石板の魔物は召喚できない。

【宝具】

『千年錘』

 ランク:A

 種別:召喚宝具

 レンジ:1~100

 最大捕捉:100人

 千年アイテム。これがないと石板からの召喚ができない。

 

決闘盤(デュエルディスク)

 ランク:E

 種別:召喚宝具

 レンジ:1~5

 最大捕捉:4人

 機械でできているため神秘とか殆ど無い。カードの精霊が関わるから多少はある。

 

 備考

 エジプトで王様やっていた、名前の失われていた男。ライダーというよりキャスターの方があっている気がするが何故かライダー。おそらく宝具の中に乗れるドラゴンとかいるせい。ちなみにちょっと気を抜くとどこからともなくバクラが出てきて勝手に闇のゲームに巻き込んできて色々カオスになる。

 

 

 

【CLASS】

 黄色のキャスター(のようなもの)

【マスター】

 ベル

【真名】

 マナ(ホヒ(仮))

【性別】

 女

【属性】

 秩序・カレー

【ステータス】

 筋力D 耐久C- 敏捷C(A+++) 魔力A+++ 幸運E 宝具B(EX)

【クラス別スキル】

 陣地作成:E-

 道具作成:E-

【固有スキル】

 黒魔術:A+

 お師匠様から習って鍛えた黒魔術。冥府の魔力を使ったり、魔力を炎に変えたりもできる。

 高速神言:EX

 神言を文字として刻むことができるため、実際に唱えることなく大魔術が一瞬で発動できる。準備が必要。実際に唱える場合は最速でB、しかし最速で唱え続けると時々噛んで失敗する。

 精霊召喚:-

 自身に宿る精霊を召喚する……のだが、既に魂となって精霊と融合しているため使用不可。

 魔物召喚:

【宝具】

『千年輪』

 ランク:

 種別:宝具

 レンジ1~100

 最大捕捉:100人

 千年錘と同じく魔物の召還に必要な宝具であり、これがなければ魔物召喚スキルは何の意味もない産廃になる。また、千年錘などの千年アイテムの位置を探ることができ、使用者の精神を物に込めて操ることができるようになる。

 

『カレーパン』

 ランク:B(EX)

 種別:分類不明

 レンジ:0

 最大捕捉:1人(自分、あるいは食べた当人)

 カレーパンである。美味しい。ただし、食べると精神と肉体が加速して時の中に取り残されることになりかねない。しかも肉体の限界などはそのままであるため、加速しすぎると身体が耐え切れずに崩壊して死ぬ。一度食べると定期的に摂取しないと禁断症状で全身が腐敗して発狂して死ぬ。腐敗しても食べるとなぜか治る。脳まで腐敗してもなぜか生きているので、とりあえず食べさせてみないと生きているか死んでいるかの区別はつかない。

 宝具としてはBランクだが、神の分体が作ったことを考えるとEX。

 

 備考

 カレー・マジシャン・ガールである。元人間であり、へっ様の世界では未だに普通に生きているとかなんとか。

 今回の聖杯大戦にはカレーを求めてやってきた。

 

 

 

 

【CLASS】

 黄色のアサシン

【マスター】

 ベル

【真名】

 حسن صباح(ハサン・サッバーフ)

【性別】

 不明

【属性】

 秩序・悪

【ステータス】

 筋力B 耐久A+ 敏捷B 魔力E 幸運E 宝具A

【クラス別スキル】

 気配遮断:A

 対魔力:B

 単独行動:B

 境界にて:C

【固有スキル】

 戦闘続行:EX

 信仰の加護(カレー):A+++

 晩鐘:EX

【宝具】

死告天使(アズライール)

 ランク:C

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大捕捉:1人

 

 捕捉

 初代様です。信仰がカレーにまみれていらっしゃいますが、初代様です。

 なお、グランドサーヴァント状態ではなくお若いころのただのアサシンでの召還であるため、『境界にて』のスキルが大きく下がっている。代わりに気配遮断スキルがちゃんとお仕事いたします。

 イスラム系統なのにへっ様は大丈夫なのかって? 聖四字の神を二つにして悪魔を作ったりカレー浸けにしてるのに何を今更。

 それに、カレーは堕落から非常に遠いと思われているようなので問題はありません。多分。

 

 

 

【CLASS】

 黄色の■■■■

【マスター】

 ヘスティア

【真名】

 ベル

【性別】

 女

【属性】

 混沌・善

【ステータス】

 筋力EX 耐久EX 敏捷EX 魔力EX 幸運EX 宝具EX

【クラス別スキル】

 獣の権能:B

 単独存在:A

【固有スキル】

 塔の権能:A+++

 日本神話・諏訪の尖塔の権能。陣地・神殿作成と同じような効果を持つ。

 カレーの権能:EX

 カレーである。

 対神特攻:A

 神殺し。

 カレー召喚:EX

 カレーを触媒に様々な場所から関係者を呼び出せる。物を変えると本来呼べない相手も呼べる可能性がある。黄色のサーヴァントたちはこれで呼ばれている。

 竈神の代行者:EX

 竈神の代理人。人でありながら権能を振るう事のできるヘスティアの作品。

 TAS:A

 元がバーサーカーであるため持っていたはずの狂化スキルが転じた。時々頭がおかしくなったような行動をとるが、大概それが最適解。時々更新がある。

【宝具】

『ヘスティアカレー』

 ランク:EX

 種別:不明。強いて言うなら対生物粛正宝具。

 レンジ:0(香りは20)

 最大捕捉:1人

 カレーである。それ以外の何物でもない。完全無欠のカレーである。ただ美味く、香り高く、一口食べればあまりの美味さに中毒症状や禁断症状が出る程に美味いだけの、ただのカレーである。

 なお、傷を治したり呪いを消し去ったり魔力を充填したりすることもできる。

 

 備考

 神造『人間』であり、人類史にも深く関わっているために産まれた新たな獣。獣とは言っても精神はへっ様のままなので積極的に滅ぼしには来ない。ただし放っておくと気付いた時には世界がカレーに染められてしまうので要注意。(注意していればなんとかなるとは言ってない)

 なお、クラス的にはバーサーカーから■■■■に変性している。放置しておくとカレーが世界に広がるが、気にしなくても大丈夫。

 たまに移動がドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエになってたりするが、気にしてはいけない。同じく挨拶で『こんにちは、死ね!』と殺しにかかってくることもあるが、客として店に行った時なら客らしくしていればそんなことはまずないから大丈夫。

 



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カレーとしか言えないFGO
第一特異点 炎上汚染都市冬木(カレー)


うちのさとりんフォーリナー!なんて考えていたらなぜかこんなものができていた。何故だ?


 

 藤丸立香は転生者であった。正直(転生するにしてもFateは辞めときゃよかった……)と思っていたが、それでもまあ転生しちゃったものは仕方がないし一応転生特典らしき物として『使えば使うほど魔力量が上昇する体質』と言うものを持たされていたため必死にやればなんとかなると言うがなんとかなってくれないと困ると思いながら、カルデアと呼ばれた場所で目覚めた時にそこに居た少女───マシュ・キリエライトと話をしていた。

 ついでに比較の獣もいたが、自分から逃げようとしないので恐らくなんとかなるんだろうと思いつつ会話を楽しんでいた。

 

 そしてそこから暫くは藤丸立香の知っている通りに話は進み、レフと出会い、所長に怒られ、ロマンと出会い、カルデアが爆破され、マシュを探し出して手を繋ぎ、レイシフトした。

 ───そこからは、何もかもが違いすぎる英霊達の戦いがあったのだが。

 

 炎上汚染都市冬木と呼ばれていたその地にて行われた聖杯戦争は、いまだに続いていた。それも、多くのサーヴァントが生き残った上でそれぞれの形で戦いが起きていた。

 

 脱落者、0人。サーヴァント数、12体。意味がわからないことにグランドアサシンがこの特異点に召喚されており、ちょっとどころではなく発狂しそうになっていた。マシュが隣に居てくれなければ、間違いなく叫び出していただろう。

 あと、一人若いけれど同じ顔が三つ並んだキャスターや、『自害せよ、ランサー』と言われると赤い槍で心臓を貫いたふりをしつつ血糊を吐いて倒れるランサー、身体はカレーでできていると言う詠唱により相手の骨や肉を使ってカレーを作るアーチャーに、宝具の名前がエクスカリーバーやらエクスカリーバー・ガラティーンやらに変わっているセイバー、普通に会話が成立する超理性的なバーサーカーが二人に、子供とはいえ英雄王。まともに見えるのはライダーだけと言う頭がおかしいんじゃないかとしか言い様の無い状況。あと、マシュはカレーを食べてから凄く元気になっていたり、宝具の名前がわかったり、所長は死んでいたけどこちらでカレーを食べたら肉体が蘇ったり、原因と思わしき場所に行くと前回の聖杯戦争での敗北者である二体のサーヴァントと戦うことになってなんかよくわからないうちに熱砂の平原がカレーに侵食されて大変なことになったり、鮭跳びの秘技でランサーと技を競っている最中に現れた死んだ目をした神父が『自害せよ、ランサー』したせいで前のランサーが血の涙を流しながらこっちに文句言ってきたり……。

 ちなみに、最後のに関しては俺は悪くない。それだけは言わせてもらう。俺は、悪くない。

 

 ちなみに『自害せよ、ランサー』と言った所で自害したふりをしたランサーの前で前回のランサーが自害したところ、ランサーが起き上がったせいで起きた悲劇なので悪いのはランサー。間違いない。

 なんか「俺か!? 俺が悪いのか!? 言峰の野郎が原因だろうがよ!?」とか言う声が聞こえたけど、きっと気のせい。疲れた。

 

 そんなこんなで召喚されていたサーヴァント達と一緒に冬木の大聖杯を守っていたサーヴァントを倒して大聖杯に向き合ったら、いきなり現れたモジャ髪緑教授。そして直後に現れたどっかで見たことのある帽子を被ったどこかで見たことのある少女……と言うか洩矢諏訪子が、突然のセッカツぶっぱからのナギで追いかけてからの壁コンを始めた。なんかさっきから視界にHPバーと七星ゲージが出てきててなんだと思ってたら、なるほどこれか。

 しかしレフも流石は魔神柱と言うべきか、反撃をしようとするもそれを読んでいたかのような1F当て身。そしてなぜか突然流れ出すテイルズオブジあべし。なんでだ(白目)。どこから流れてきてるんだ(発狂)。

 せんぱーい!と可愛い後輩の声が聞こえるが、ちょっとなかなか戻ってこれそうにない。なぁにこれぇ(白目)。

 さらに体力を削り終わったと思ったらレフが魔神柱になって第二ラウンド開始。直後にブーバニブーヘヴィブーテンショーナギセッカツ破顔拳で一撃決めた。星取り上手すぎんだろ一瞬で五個溶けるとか意味がわからないよ(過呼吸)。

 まあ、一番訳がわからなかったのは間違いなくレフだと思うけどな。魔神柱状態でラウンド開始二秒で『ちにゃっ!』されるとか予想してなかっただろう。できてたまるかって話だが。

 そして決め台詞。

 

「せめて安らぎを知らず痛ましく死ぬがよい……」

 

 逆ぅぅぅぅぅぅ!? 全てが逆ぅぅぅぅぅ!?

 あ、ちなみに頼んだら聖杯は貰えました。やったぜ(白目)。

 ちなみに所長はレフが自分を殺したと言う事実に放心して、立ち直って、レフがボコされていると言う事実に放心して、立ち直って、レフが変身したと言う事実に放心して、立ち直って、変身したレフが一方的にボコされていると言う事実に放心して、立ち直ろうとしたところに現れた麻婆神父に愉悦されてなんか大変なことになっている。助けてあげたいのは山々だけど、今はむしろ俺を助けてほしい。でも所長ヘタレかわいいから頑張って助けてあげなきゃ(使命感)。

 

(自分も余裕があるわけではないのに所長を慰めて……さすが先輩です!)

 

 俺の可愛い後輩がなんだか可愛いことを考えている気がする。誉めなきゃ(使命感)。

 

 あ、それとライダーさんから触媒もらいました。

 

 



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幕間の物語1

結構前に書いていたやつ。なんで書き上げた時に投稿しなかったかは不明。今では理由も思い出せない。
まあ多分『次のがまだできてないから』とかそんな理由。


 

 カルデアにやって来たライダーさん曰く、美味しいカレーを作れるとこの先の特異点で役に立つらしい。俺の知ってるFGOじゃない気がするがそれはもう今更だと柔らかく受け流しておく。

 ただ、この身体に引っ張られているのかなんなのかわからないが、時々妙に眠くなることがある。元々俺はこの場所(カルデア)に来てからの間借りみたいなものだし、仕方無いと言えば仕方無いのかもしれない。なにしろ本人じゃないわけだし。

 そんなわけでカレーを作る練習をしようと思ったんだが、カルデアには材料があまりにも足りない。

 

「所長」

「何よ!今忙しいのだけれど!」

「食材の心配と電気の心配を無くしたいのでサーヴァントを二体ほど呼んで良いですか」

「はぁ!? そんなことできるの!?」

「能力的にできそうで、かつ触媒を割と簡単に用意できそうな英霊を二体ほど知ってます」

「……名前は」

「ニコラ・テスラと俵籐太。雷を人の手に扱えるよう落とし込んだ人間と、無限に穀物や山海の幸を出すことのできる無尽俵を持つ英雄です」

 

 ……まあ、こんな風に言えばエネルギーやら食料やらが供給できない孤立した組織の長なら全力で召喚しようとするよな!

 そう考えた俺の思考は間違っていなかったようで、すぐに召喚のための準備が整えられた。

 用意するのは、まず弓。これはクラスをアーチャーに固定するためのものだ。俵籐太がセイバーで呼ばれた時に無尽俵を持ってないなんて落ちになるのは困るから、まず間違いなく持っているだろうアーチャーで召喚する。

 あと、ニコラ・テスラはあれで一応バーサーカーの適性もあるらしいからできるだけアーチャーで召喚したいから弓だ。実際には弓は使わないんだろうけど。

 それから、俵籐太の方は藁で編んだ俵と空の鍋を。テスラの方は交流電源とテスラコイルを準備すれば、召喚準備は完了だ。

 

 ……本当だったら人員不足を何とかするためにも百貌のハサンが欲しいところだけど、人員以前に施設がなければ死ぬから仕方無い。次の機会があったら百貌のハサンは絶対呼ぼうと思う。二次創作とかでは鉄板だし、そもそもウロブッチー公認で反則一歩手前とまで言われている百貌のハサンは、カルデアの仕事以外、つまり特異点に連れていっても情報収集においては最高級だ。その一点においてはハサンの中でも最高級だろう。

 ……空想電脳? 知らんなそんな面倒なハサン。狂信者? もっと知らんなあんな騎士道精神旺盛な暗殺者。

 

 さてそう言うわけで召喚してみるが、とりあえず食事を優先して俵籐太を召喚する。冷暖房もこの場所だと間違いなく必要だが、食事も間違いなく必要だ。

 あと、餓えを根絶したい英雄だと言うことなので二食抜いてから召喚してみた。その上で『お腹が空いたよーはやくきてーはやくきてー』と思いながら召喚してみることにした。

 

「召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターと言う奴なのはわかるが、それはともかくカレーは好きか?」

 

 あんたじゃねえんだよなぁ(白目)。エンゲル係数が阿呆みたいに跳ね上がるぅ……。腹ペコ繋がりじゃねぇんだよぉ……。あ、カレーは好きです。

 

「問おう。貴方が私のマスターなのはわかるのでスルーさせてもらうが、カレーは好きか?」

 

 だからあんたじゃねぇって言ってんだよなぁ(白目)。なんで今来て欲しくない奴が一気に来るかねぇ(発狂)。あ、カレーは好きです(二回目)。

 だが、これで食費がやばいことになるのは確定した。全力で俵籐太を呼ばなければ、カルデアが内側から死ぬ。マジで。

 

「うむ!サーヴァント、アーチャー。召喚に応じた!さて、まずは何はともあれ腹拵えだ。カレーで良いか?」

「キターーー!!」

 

 俺的にはとても嬉しい。十連で引いたんだがちゃんと来てくれるもんなんだな!ヤバい嬉しい。あ、カレーでいいです。

 

「私はニコラ・テスラ。天才だ」

 

 用意はしてたが二人目来た!天才来た!

 そしてここですかさずこの言葉を!

 

「交流凄いなー直流より凄いなー」

「ぬぁぁぁぁぁんだとぉぉぉぉぉ!?」

 

 はい交流の虫を餌に直流の猫が釣れた。ちょろいわぁ。この二人を一緒にするならできればブラヴァツキー女史が欲しいところだが、流石にこれ以上レア度の高い奴は来てくれないよなぁ……来てくれると嬉しいんだが、難しいかねぇ……。

 

「ブラヴァツキー女史、来てくれねえかなぁ」

「良くってよ!」

 

 来てくれた。ガチャ運はあんまり良い方じゃなかった筈なんだが、なんだろう、もしかしたらアラヤとかから後押しされてたりするんだろうか、俺。

 じゃあ後は、こっちの言うことに割と従ってくれる奴なら誰でも良いや。あ、メフィストは無しで。確かに割と従ってくれるが、裏切り前提なのは勘弁。それからケルトのフィンとかフェルグスはちょっと困る。いやマジで困る。

 だから、そんな感じでこっちをあまり困らせようとしない奴とかが欲しい。

 

「怯えるな契約者よ。山の翁、召喚に応じ姿を晒した。我に名はない。呼びやすい名で呼ぶがよい」

「キャスター、ソロモンだ。君が私のマスターかな?」

「……あ゛~……だっるい……どんだけ削ぎ落としたよお前……かなり無茶やらかしやがって。あ、これ礼装な。カレスコ」

 

 ……はい? え、ちょ、まっ……え? あ、カレスコ頂きます。

 ……ん? え、あれ?

 

 ……え?

 

 …………なんか今呼んじゃ不味いお方とそもそも呼べちゃ不味い奴と、あと見知らぬ誰かさんが来た!? あとカレスコ。

 

 落ち着け。落ち着くんだ。確かにちょっとどころではなく凄まじい面子が来ちゃったが、多分大丈夫……と言うか、大丈夫であってくれないとかなり困る。落ち着け。平常心じゃなくていいからともかく落ち着け。

 

「せん……ぱい…………」

「……大丈夫だよ、マシュ。確かに顔が怖かったり雰囲気が完全に死神だったりハサン絶対殺す系ハサンっぽい人がいたり思わぬ援軍的な人が来たり自己紹介もない上にちょっと知識にない方が来たり予想外のビッグネームの連発で驚きはするけど、大丈夫だ。少なくともこうして召喚陣を通して来てくれたってことは協力の意思があるってことの筈だから大丈夫だ。少なくとも、魔術王と……キングハサンとお呼びしても?」

「好きに呼べ」

「キングハサンはわざわざ召喚されないでも来れるから、殺す気ならスッと現れてさっと殺してそれで終わりだ。令呪で縛れるような存在じゃないのは間違いないけど、余程の事がなければ大丈夫なはずだ」

 

 ……しかし、あまりに予想外すぎる。なんでここでソロモン……キングハサンにも驚いたけどそれ以上にソロモン……!? お前いるだろ!? お前じゃなくてロマンだけどさ!?

 まあともかく、目的だった俵籐太とテスラも来てくれた。できれば料理がちゃんとできるサーヴァントも来てほしかったところだが、いくらなんでも目標が高すぎるだろう。ある意味今回の結果もあり得ないくらいに高い存在だけども。

 

「……あ、とりあえず皆さん、カルデアへようこそ。まずは皆さんの部屋に案内したいと思います」

 

 この後きっちり案内した。ついでにキングハサンに宗教的に食えないものとか聞いておいたが、牛肉豚肉は基本アウトらしい。確か山の翁ってイスラム系だからね。仕方ないね。

 ただ、そういった信仰を他人にまで押し付けたりはしないと言う理性的なところもある辺りは助かる。

 

 ……あと、カレー好きが結構な数居た。具体的には騎士王二人とキングハサン。食べるならば毎食カレーが一番だと言うが、人間だったら身体を壊して死ぬんじゃないかね。マジで。

 

「……せんぱい……怖かったです……」

「……ああ、うん、実は俺もだ。めっちゃ頑張って案内したけど気が抜けたら腰も抜けた。やばい」

 

 めっちゃ怖かった。本気で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラス:セイバー/ランサー/ライダー/キャスター/アサシン/ルーラー/アヴェンジャー/アルターエゴ/ムーンキャンサー/■■■■■

 マスター:藤丸立香

 真名:??? 仮名:カレーのサーヴァント

 性別:???

 

 ステータス

 

 筋力:EX

 耐久:EX

 敏捷:EX

 魔力:EX

 幸運:EX

 宝具:EX

 

 

 

 クラス別スキル

 

 クラスにより変化

 

 

 

 保有スキル

 

 クラスチェンジ:- チャージ3→1【共通】

 自分のクラスを変更する。ただし、アーチャーとバーサーカーは選択できない。変更した場合、クラススキルと宝具を含めたステータスが変動する。

 

 華雲邪神:EX チャージ9→7【共通】

 自分の攻撃力上昇(5ターン)&自分の防御力上昇(5ターン)&自分のスター発生率上昇(5ターン)&自分のクリティカル威力上昇(5ターン)&自身に状態異常無効を付与(5ターン)&自分の攻撃力大上昇(1ターン)&自分の防御力大上昇(1ターン)&自分のスター発生率大上昇(1ターン)&自分のクリティカル威力大上昇(1ターン)&自身に無敵貫通状態を付与(5ターン)&体力を回復(1500→3000)&相手の攻撃力ダウン(5ターン)&敵全体の防御力ダウン(5ターン)&敵全体のクリティカル発生率ダウン(5ターン)&敵全体のクリティカル威力ダウン(5ターン)&敵全体の攻撃力大ダウン(1ターン)&敵全体の防御力大ダウン(1ターン)&敵全体のクリティカル発生率大ダウン(1ターン)&敵全体のクリティカル威力大ダウン(1ターン)&敵全体に状態異常耐性弱体を付与(5ターン)&NPチャージ(20→30%)&このスキル以外の自分のスキルチャージを2増やす。

 

 竈の外壁:A チャージ5→3【セイバー限定】

 自身にダメージカット(1000→2500)を付与(3回)&防御力上昇(3ターン)

 

 竈の転向:A チャージ5→3【ランサー限定】

 自身に回避状態を付与(3回)&自身に回避状態を付与1ターン

 

 竈の灼熱:A チャージ5→3【ライダー限定】

 自身にダメージ増加(1000→2500)を付与&通常攻撃に火傷を負わせる効果を付与(3ターン)

 

 竈の薬湯:A チャージ5→3【キャスター限定】

 自身の状態異常を全て解除&体力を回復(2000→5000)

 

 竈の陽炎:A チャージ6→4【アサシン限定】

 自身に回避状態を付与(3ターン)

 

 竈の立法:A チャージ5→3【ルーラー限定】

 敵全体にスキル封印状態を付与(2ターン)&敵全体に宝具封印状態を付与(2ターン)&敵全体にスタン状態を付与(1ターン)

 

 竈の呪詛:A チャージ8→6【アヴェンジャー限定】

 敵全体に呪い状態を付与(1000→1500ダメージ・5ターン)&敵全体に毒状態を付与(1000→1500ダメージ・5ターン)&敵全体にやけど状態を付与(2000→3000ダメージ・5ターン)&敵全体にスタン状態を付与(1ターン)&敵全体に強化無効状態(5回)を付与。

 

 竈の外身:A チャージ7→5【アルターエゴ限定】

 自身に無敵状態を付与(1ターン)&バスター・クイック・アーツカードの性能を上昇(1ターン)

 

 竈の魔薬:A チャージ21→19【ムーンキャンサー限定】

 敵全体の体力を50000回復(デメリット)&敵全体の体力の最大値を毎ターン削減(15ターン・10000→30000)

 

 ■の■■:■ チャージ1(■■■■■限定)

 敵全体の即死無効効果を無効&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与&敵全体に高確率で即死付与。

 

 

 カード

セイバー Q×1 A×2 B×2

ランサー Q×3 A×1 B×1

ライダー Q×2 A×1 B×2

キャスター Q×1 A×3 B×1

アサシン Q×3 A×1 B×1

ルーラー Q×1 A×4 B×0

アヴェンジャー Q×0 A×1 B×4

 

 

 

 宝具(ランクは全てEX)

 

 不在星剣(ヘスティアエッジ) (Buster)

 敵単体に超特大ダメージ。【セイバー】

 

 不可視の毒光(ヘスティアジャベリン)(Quick)

 敵全体に特大ダメージ&猛毒付与(5000ダメージ・10→15ターン)。オーバーチャージで猛毒の持続ターン数増加。【ランサー】

 

 吼え猛る鋼獣(メタルローヴァー)(Buster)

 Baster威力上昇(オーバーチャージで上昇率増加)&敵全体に特大ダメージ【ライダー】

 

 不可侵領域(ヘスティア・ザ・ワールド)(Arts)

 味方全体の防御力特大上昇(5ターン)&味方全体にダメージカット(7500)を付与(5ターン)&敵全体の攻撃力を特大ダウン(5ターン・オーバーチャージで効果上昇)【キャスター】

 

 陽光の指(サンライトフィンガー)(Quick)

 高確率で即死効果&神性が相手だった場合さらに高確率で即死効果(オーバーチャージで確率アップ)&敵単体に特大ダメージ【アサシン】

 

 へす印の大釜(Arts)

 味方全体の状態異常治療&味方全体に弱体無効を付与(5ターン・20回)&味方全体にガッツ付与(10ターン・20回)&味方全体に回復効果(全快)&味方全体に自動回復付与(12000・5ターン・オーバーチャージで回復量アップ)付与【ルーラー】

 

 爆殺せよ、陽光の炉よ(ヘスティアクラスター)(Buster)

 対神特効。敵一体に超特大ダメージ(オーバーチャージでダメージ増加)&やけど付与&即死付与&クロノス相手だった場合確定即死。【アヴェンジャー】

 

 俺の名を呼べ(コール・オブ・ベル)(Arts)

 敵全体に小ダメージ(オーバーチャージで威力アップ)&味方全体にNPリチャージ(50%)&味方全体の攻撃ヒット回数を五倍にする。【アルターエゴ】

 

 お前の全てを俺にくれ(ドロップアウトストーリー)

 宝具発動から1ターン以内に倒された敵からのドロップ率を1500%上昇する。【ムーンキャンサー】

 

 

 ■■■■■■■

 人理が崩壊します。使わないようにね。

 



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漸く来た気がするダンまち世界(なお超古代)
竈の女神、均す


気が付いたらFGO編を書いていた恐怖。
そして既に炎上汚染都市は終わっている驚愕。
ついでにそのせいで某グランドアサシンがカルデアにやって来ていると言う意味不明さ。
あと主人公君の鬼引き。(酒呑も茨木も関係ない)
ありとあらゆる意味で、カオス……!


 

 神と悪魔の境界を曖昧にした上で、とある神の権能から作った悪魔を放ってから暫く。俺は久し振りに自分で作った世界を見ることにした。

 

 ……そして、放置しすぎたことを若干後悔した。

 俺の作った人間や動物達はあえて不完全な形に作り上げておいた。失敗するし怪我もする。病になったらあっという間に死ぬし、時間の経過だけでも老いて死ぬ。そう言う存在を作ったはずだった。

 それはそのままだったのだが、なんとその生物達は加速された長い年月の中で自分達の身体を作り替え、生きていくのにより適した形に構成を変えていた。

 例えば、森ではなく平原に住むようになった猿のような生き物の一部は俺のよく知る人間のような形に。他の様々な獣も、元の獣としての特徴を残したままに人の形に近づいた。森の深部に暮らす者はその多くが強く獣の形を残した半獣人のような形であったり、狭いところを通ることが多い者は種族的に背が小さかったりと、様々な特徴を持った様々な種族に変わっていた。進化していた、と言うのが最も正しいだろうか。

 ともかく、知らぬ間に俺の世界がファンタジーになっていた、と言う話だ。

 

 そしてもう一つ。力も弱いし権能も無いが、この世界から生まれた神がいる。自然が力を得て形を取った精霊も生まれる可能性があるように整えたからそこまではあり得る話だと思ってはいたが、まさか自然に対しての信仰が全て俺に入ってくる中で新たな神格が生まれるとは。人間はこれだから面白い。

 

 ……しかし、人の住み家は地上、精霊の住み家は世界そのものと定めたが、神格の住み家は定めていなかった。まあ、新しく作るとしようか。

 それと、食材になる動植物を放している世界も覗いておくとしようか。あっちはこっちと違ってかなり精密かつ厳格に作っておいたから進化や退化はあまりしていない筈だが、一応な。

 元々が地球の変わり行く気候などに適応できずに死に行く定めだった種族を集めた場所だ。老衰を迎えた者や種族毎にあつめた物を食物として俺に捧げることでその世界で生活し、生き抜くことが許される世界。ぶっちゃけると自然界において老衰で死ぬような事はまず無い。老衰を迎える前に捕食される事が非常に多い。なにしろ自然界の出来事だからな。仕方無い。俺が欲しいのは信仰であって生贄ではないからこそできる取引だな。その点テスカトリポカとは仲良くできそうにない。あいつは信仰を生贄と言う形にして表すようにさせている。仲は悪くはないがけして良くはない。お互いに関わらないようにしているだけだ。

 ……いや、ギリシャでも生贄を捧げる系の話はいくらでもある。と言うか宗教的に生贄がない宗教の方が珍しかったりするんだが、俺は生贄として人間を捧げられるくらいなら料理された牛でも出される方が好みだ。エロ方面にはあまり興味ないし、食人の癖など持ち合わせは無い。見せしめ以外に生贄を求めるとすれば、それが間違いなく必要な時に限定される。かつてのトロイアのようにな。

 ……まあ、俺の作り上げた世界に新たな文明が現れたと言うのは悪いことではない。少々俺の意思が強めに出てしまっているようで、知性のある存在は大体人間に似た形をしているんだが……まあ、それは問題とは言えない単なる事実だ。悪いことではない……と、思いたい。

 

 さて、それじゃあ適当に拾ってくるか。何の権能も持たない未熟な神格だろうと、鍛えてやれば力は着く。俺はこの世界においてはおよそ全能だが、完全に全能な存在にはなるつもりはない。ほぼ自動で世界の運営はできているから全能になる意味もない。必要ないならやらないのが俺のやり方だが、やった方が後々楽になるならやっておくことにしている。俺には向いていない権能もそれなりにあるからな。その辺りは押し付ける感じでな。

 

 



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竈の女神、教育する

 

 この世界で生まれた神を集めて情報を集める。まずは周知させることとして、俺がこの世界を作った存在であると言うことを知らせる。

 面白いのは、俺の作ったこちらの世界には地球との共通点はあっても繋がりはない筈なのだが、同じような名前の同じような存在があったりすることだ。

 例えば地形。地球と同じような地形と名前があったりするし、国の名前にもいくらかの共通項がある。その他にも、地球の神話に語られる集団や軍団がこちらの世界にも同じような名前で集団が作られていたりする。

 当然ながら共通しない物もあるが、驚く程度には多いのだ。

 

 さて、そんなわけで適当に集めた訳だが、やはりと言うかなんと言うか跳ねっ返りも多い。俺がこの世界を作り上げた存在だと名乗る前に攻撃してきたり攻撃準備を整える奴がそれなりの数存在していた。

 まあ、そういった奴はとりあえず全員叩き落としてしばらく動くこともできないようにしておいたが、その次にはひっそりと逃げようとする奴や暗殺しようとでもしているのか気配を消したまま俺の背中に回り込んでいる奴もいた。当然全員目の前に引っ張り出したが、流石はかなり弱いとは言っても神格だ。それなりの力は持っているようで、なかなか諦めない。こっちはまずは会話したいんだが、襲ってくるなら基本的に戦う質なので相手はしてやる。

 

 そして、頭の中身が強くなることで埋め尽くされている戦闘狂がやたらすっきりした顔で倒れ伏し、俺を憎々しげに睨み付ける奴はいてもしばらく騒がれることがなくなっただろうと判断した時点で俺は戦闘の気分を解いた。解いたところでいつでも戦闘に入れてこそ武術家なので弱体は精々リーチが縮む事くらいしかない。武器なしの方が強いってことはないが、まあ多対一だとか距離だとかで色々変わるから仕方ないわな。

 

「突然だが、お前達にはこの世界の運営の一部をやってもらおうと思う。嫌なら別に構わんぞ。既に肉体を失って精神的な存在になっている以上、ここで仕事をしなければ精神が磨りきれて消滅するだけのことだ。俺に仕える小神と言うことになるが、俺は基本的に表に出ることはないからお前達への信仰が薄れることは無いだろう」

「……質問があります」

 

 俺に問いかけるのは小人の女。その影に無数の騎士を宿らせる、騎士団を率いる女神……らしきもの。名前は確か……フィアナ、だったか?

 

「どうした? 答えるに値する問いなら答えてやるぞ」

「この世界の運営とはいったいどのようなものなのですか?」

「簡単に言えば歪みを直す仕事だな。世界は広がり続けているんだが、外の壁が一部薄くなったり分厚すぎたりすると歪んで膨らむから、それを直す必要が出てくる。ちなみに放置すると世界の寿命が縮むこともあるから気を付けろ? 俺は基本的に世界の外に住んでいるから関係無いが、内側に住む奴は世界の壁が砕けたらまず間違いなく死ぬぞ。なにしろ作った世界自体がかなり小さい世界だからな。外の世界と触れたら即効で砕け散る」 

 

 まあ、正確にはそうなるように作ったんだがな。世界が広がりすぎて他の世界を蝕むのは不味いだろうと思って、製作段階でそう作った。なかなか面倒だったが、力の制御を試すには十分だった。

 

 俺は軽く答えたが、どうやら連中にとってはかなり大きな出来事だったらしい。まあ、この世界で神として崇められるような存在の多くは誰かを守った逸話の持ち主ばかり。地球の反英雄のような逸話の持ち主はかなり少ないと言うか皆無と言って良いレベルだ。そんな奴等が『やってくれないと世界滅ぶかも?』と言われたらそりゃあやる気にもなるだろう。

 ……実のところ、よほど大きな事がなければ放置していても歪みは拡散されて消えていくんだが、その辺りは言わぬが花と言うやつだ。嘘は言っていないぞ? 本当の事を言っているわけではないというだけで。

 



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竈の女神、書き上げる

 

 さて、この世界で産まれた神格達を俺の眷属、小神とするわけだが、そのために必要なのが俺が今までちょいちょい改造を重ねて漸くβ版にまで仕上げたステータスだ。

 ただ、これまで通りの呼び名だと色々混ざってしまって分かりにくいと言う声があった。刻むのもステータス、数字もステータスではどれを指しているのか迷うと言う言葉だな。

 なので、まず背中に刻む全体の事を『恩恵』と改名することにした。Lvやスキル等、全てを包括するのが『恩恵』だ。

 次に『ステータス』だが、これは力や耐久などの数値とIやらBやらと言った文字で表されるものを全て纏めた物を指すようにする。また、文字と数字を両方持ち、誰もが初めから持っている五つのステータスを『基礎アビリティ』、それ以外の文字しかないものや文字すらもないものを『特殊アビリティ』とする。

 そして『スキル』と『魔法』だが、これははっきり言って変わらない。ただ、あまり多すぎるとこっちが困るのでいくつかの禁止事項や数の制限も組み込んでおいたが、両方5個ずつと言うのはちょっと多かったかもしれんな。

 

 まあそんな訳で小神達の背中にステータスを刻み込んでいくわけだが、本来ならばあり得ないサービスをしておく。

 本当ならば、恩恵を刻んだ時点ではどうしようとステータスは全てI0から始まるし、Lvも1からだ。だが、既に神になるほどの功績を上げたのだからと言うことで、それまでの人生の経験を全て経験値として書き込んでいった。

 それにより、ここにいる多くの神のLvは最低でも5、高いと9と言う高水準になった。

 特に高かったのは、小人のフィアナだろう。恐らく彼女の率いる騎士団員全員分の経験値が彼女一人に集約されているからだろう。一人で千人以上の経験値を持てば、まあそうなるのは予想できることだった。

 

 ん? (ベル)の今のステータス? こんな感じだ。

 

 

 

 神造人間改良型試作一号機『ベル』

 Lv.22

 力:SS1884 耐久:SS2903 器用:SSS18311 敏捷:SS4022 魔力:SSSS21947 豪運:SSS 異常無効 神格保有 料理術:SSSS カレー製作:SSS 薬膳:SSS 拳聖:SS 滅殺術:SSS 魔神:SSS 境界支配 教導:SS 再生:S ハメ技:SSS 大殺界:SS 剣帝:SS 槍術師:S 二道踏破(求・覇) TAS:A 理外 単独存在

 

 

 《魔法》

 【カマドガミ】

 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、得た神格及び権能を捧げる。常時発動。

 

 【マジックマスター】

 ・ヘスティアの使える魔法ならば使用できる。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、それまでに自作した魔法及び習得した魔法技術をヘスティアに捧げる。自動発動。

 

 【ツール・アシステッド・スーパープレイ】

 ・ステータス『TAS』の値に比例して行動を補正できる。

 ・理論上このスキル無しでも実現可能なことでなければ実現できない。

 ・自身の行動を実現可能な範囲で理想のものとする。

 ・確率が0でない限り、理想の事態が起きるようにできる。

 ・行動によって確率を操作できる。

 ・確率を目視できる。

 ・未来を知ることができる。

 ・到達点に立つことができる。

 ・自動でこの魔法は隠蔽される。

 

 《スキル》

 【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)】

 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。

 ・カレー制作時及び今まで存在しなかった物の製造時に極大の補正。この補正は重複する。

 ・死亡時、ヘスティアの場所に肉体が転移する。

 ・境界の神ミシャグジとしての力と権能を使用できる。常時発動。

 

 

 【華雲邪神(ウラボス)】

 ・戦闘能力を悟られにくくなる。

 ・近接戦闘及び武器使用時に絶大なる補正。

 ・魔力及び魔法使用時に絶大なる補正。

 ・定められた『主人公』以外に敗北しなくなる。

 ・定められた『主人公』と出会いやすくなる。関係がどうなるかは不明。

 ・ステータスの伸びが良くなる。ただしLvの上りは遅くなる。

 ・自身についての隠匿能力を身に着ける。

 ・このスキルは神ヘスティア神の関係者かつ許可した者以外には表示されない【隠し効果】

 ・あらゆる状態異常を無効化する【隠し効果】

 ・敗北から再起した場合、全てのステータスが二倍になった状態でレベルを一つ上げる。ただし、全力で戦って敗北した時のみこの効果は発揮される。【隠し効果】

 ・神の力を無制限に使用可能【隠し効果】

 ・変身能力を得る【隠し効果】

 

 【神物語(カミモノガタリ)】【隠しスキル】

 ・神を作り上げることができる。また、作り上げた神は眷属神となる【隠し効果】

 ・神を殺(消)すことができる。殺(消)した神は復活及び再生・再起しない【隠し効果】

 ・神話を削除することができる。削除した神話を語る存在及び知る存在も同時に削除される【隠し効果】

 ・神話を作ることができる。作りたくない場合は事前に『架空の神話である』と明言しなければならない【隠し効果】

 ・神話を作る際、世界が創世されることもある【隠し効果】

 ・作った神及び神話に存在する神格の権能を一部壊れた上でヘスティアに献納する【隠し効果】

 

 

 

 

 まあ、前回とあまり変わってないな。華雲邪神の効果が高すぎるせいでアビリティは上がるんだがLvがなかなか上がらない。神をぶったぎって二つにした上でその片方で悪魔まで作ったんだからもう一つ二つ上がっても良い気がするんだがなぁ……。

 



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竈の女神、写し取る

 

 世界の細かな調整を任せ、ついでに極一部の権能の欠片を渡しておいたところ、その力を使って反抗しようとする者や他の神格を殺害して権能を奪おうとするものが増えた。実際にはそんなことをしようとすると勝手に身体が動かなくなったり恩恵が消えたりするから殺し合いにはなかなか発展しないんだが、それでも厄介なものがある。

 だがまあ、それもまた人間だ。元人間の神ならばよくある話のひとつでしかない。なにしろ俺自身も他の神から権能を奪ったりしたしな。具体的に言うとアポロンとか、まだ存在していなかったと言うかいまだにいないがデュオニソスからな。

 ちなみにデュオニソスがいないのは俺が酒の系統の権能を持ってったせいで権能がないからだ。すまんな。アポロンからは音楽も太陽も病気も持っていった。すまんな。ヘファイストスには持ってた鍛冶の権能を渡したし、これに関しては謝る気はないし必要ないと思っている。

 

 まあそれはともかくとして、そんなやつらに世界の運営を細かいところとはいえ任せるのは若干不安になったのでバックアップを取ることにした。

 世界の現状をそのまま写しとり、複製し、動かさないまま凍結保存する。水の権能は無いのに凍結の権能はあるってのもおかしな話だが、できるものはできるんだから仕方がない。

 ……あ、ちなみに権能を反転して使うってのを繰り返していたら、ついに反転の権能なんてものを手に入れた。権能そのものが概念的な物ではあるが、その中でも特に概念的なものを手に入れてしまった。

 ……この権能を使うと男を女にしたり女を男にしたり、相反する権能を矛盾なく保有することができるようになったりする。便利なもんだ。

 ちなみに魔術でやる性転換とは違って永続的なものだから勝手に戻ったりはしない。今度ゼウス辺りにやる予定。最近は浮気性も鳴りを潜めて来たと思いたかったが隠すのが上手くなっただけと言う悲しい状態だからな。もういっそ女にしてやれば浮気もなくなるだろう。と言うかなくなってくれないと困る。女になっても女相手にするのか男を相手にするのか、あるいは両方か……とりあえずヘファイストスに手を出そうとしたら殺す。

 

 世界のバックアップを取った後は、まあそれまでと変わらないように管理を続ける。バックアップの方には手をつけないようにしつつ、世界を眺めるだけの作業だ。

 ……基本的にはどいつもこいつも自分の産まれた種族を贔屓したがるようだが、その辺りは自由だ。贔屓するにも力が必要だ。あまりやり過ぎれば自身が磨耗しきって消えるのみ。そうなったら消えた神に対して向けられた信仰は俺に来るし、渡しておいた権能も戻ってくる。しかも権能そのものがちゃんと使われて周知されることでよりしっかりと使えるようになったものが、だ。帰ってきても来なくても得があるように作るのが一番のやり方だと思う。

 その上で、相手にも自分にも十分な利益を得られるようにしておけば、早々関係が切れることはない。突然に反抗されることはあっても、突然に関係が完全に切られるようなことはないのだ。

 日本神話を経験していると余計にそう思う。関係にも存在にも正と負の二面があり、そのバランスやギャップによって色々と変わってくるものだ。良いも悪いも関わりなくな。

 

 あと、どうもこの世界にはあまり学者として名を馳せた存在は多くないらしい。学者としての知識だけで崇拝されるようなことは早々無く、そういった知識を現実に持ってくるための実力が必須となるようだ。

 地球で言えばアリストテレスあたりはほぼ学者としてのみ有名だが、それも教会によってその説が正しいとされてきたためだ。つまり、アリストテレス本人はともかく、アリストテレスの後ろに巨大な力があったからこそ広く名を残すことになったと言うことだ。

 ……頭のいい脳筋はいるんだが、頭が良くても脳筋は脳筋だからな。最終的に力任せと言う結論に達する事が多すぎる。そしてそれでなんとかなってしまうことの多い我が世界よ……。

 これはあれだな。『是非もないよネ!』とでも言っておけばいいところか。

 



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竈の女神、新作する

 

 さて、世界を作って様々な種族を住まわせている訳だが、中には存在しているだけで害になるような存在もいないわけではない。

 が、そんなもの基本的にどんな種族にだって居ないわけではないのだ。立場が違えば害になるものが変わるように、種族が変われば生きていくのに必要な行為も変わる。世界の魔力は基本的に無尽蔵だし、世界の内部での総量は変わらない。魔法として消費した分は現象として散った後に魔力に還元されるし、魔力を食って生きるものは存在しているだけで魔力を自身から散らし、死んだ時に魔力の結晶を残すか純粋な魔力として散っていく。

 だが、俺がいるとついつい世界の裏側から持ってきた神秘を魔力に変えてガンガン流し込んでしまう。あまり濃すぎると変質が怖いし、ちょっとばかりやり方を変えることにした。

 あれだ。こう言う世界において魔力が大量に集まってできるものと言えば、魔境かダンジョンのどちらかだろう。なお、異界はダンジョンに含めるとする。

 そう言うわけで俺から供給される魔力を一ヶ所から出るようにして、さらにそこの空間を歪めてダンジョンを作る準備だけはしておく。今のところ送り込んだら即座に同じ場所から再吸収できるようにしてあるが、再吸収をやめるとあっという間にダンジョンが出来上がる。

 ……そうだな、世界を作り上げた神としては俺の世界に住む者達がちゃんと生きていけるか試しておきたいと言う思いもある。子供を愛するだけでなく試練も与えるのが神の在り方だと言うのは理解していたし、これまでもそういったことはやってきたが、ここまで一方的な試練は出したことがない気がする。下手したら普通に全滅するしな。

 ……ああ、うん、そうだな。どうせだったら色々と利用してやるか。丁度ゲームのような設定もあるし、それを少しばかり調整してマトモな存在にも付けられるようにしておこう。

 α版はかなりの肉体的な強度か精神力がなければ刻んだ瞬間に器である肉体がまるで一瞬にして血圧が一千万倍になって内側から弾け飛ぶように爆散してしまうようだし、今まで地球で使ってきたのは使えない。β版をこの世界で生まれた神に使ってみたが、どうやらこれなら問題なく使えるらしい。ただ、それでもある程度鍛えていたり、何らかの功績をあげていなければ難しいものだと言うこともわかった。少々面倒だが、やはりその辺りもきっちりとしなければ。

 

 ……ああ、そうか。そうだな。そもそも本物でやる必要はないわけだ。バックアップの方から更にコピーしたものを使えば、例え潰れてしまっても全く問題はなくなる。本当に潰されたら潰されたで後の処理やら復旧やらが面倒なことになりそうだが、ちょくちょくバックアップを取って何か致命的な問題が出たら破棄して巻き戻せばいいか? なんとも悪役な考えだが、全知でも、ましてや全能でもない俺ではこのくらいが限界だ。完全に神格だったら他にも色々と思い付いたかもしれないが、俺は元人間の神格だからな。かなり神としての在り方やら視点やらに染まってはいるが、いまだに人間らしい思考回路は残ったままだ。ギリシャ的思考に馴染めないのもそのせいだな。

 だが、平和ボケした日本人的思考は大体消えた。だからこそこういった人を人とも思わないことができるわけだ。

 世界一つを使った、神々(俺達)の遊技場。どうせあと数千年もすれば神が世界の運営に必要な時代は終わる。そうした時代になれば暇をもて余した馬鹿共が面倒なことをし始めるに決まっているのだから、今のうちに暇潰しになるものを用意しておかないと面倒なことになるのはまず間違いない。

 具体的に言うと北欧神話とか危ないな。ロキがマジでオーディン殺すついでに神界を破壊し尽くしかねない。あの時ロキに『胸が小さいのはオーディンのせい』とか言わない方がよかったかもしれん。

 



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竈の女神、Ctrl+C→Ctrl+V

ヒロアカ、なんでか書けてます。なんでですかね。


 

 バックアップから新しい世界をひとつ作り上げる。今まさに俺の手を離れて管理されようとしている世界と同じ、しかし別の世界だ。

 それはつまり、神となった世界の住人達が関わらなかった場合の世界と言う形で新しく形成される世界となるわけだが、こちらの世界を娯楽施設として使おうと思っている。

 作っておいた神秘の吹き出し口をダンジョンに。様々な存在に非常に弱い恩恵を刻むことで他の神格からの恩恵を受け止めることができる身体を作り上げ、同時にダンジョン内において魔力を溜め込むことで様々な生命体に見えるなにかが活動を開始することができるようにと世界そのものを作り替える。

 これはメディアがやっていた方法に似ているのだが、世界に存在する全ての原子及び電子、そして魔力素子等の全てに俺の恩恵を刻み込むことによって強度そのものを上げると言うものだ。

 ただし、あくまでも恩恵を刻むのは粒子の一つ一つであるためにその粒子が集まった生命体や無機物に恩恵を刻み込んだ場合には恩恵の効果が上書きされる。そうしなければ俺の作ろうとしている遊技場として使えないからな。

 ……いや、むしろ生命全てに俺の恩恵を根底として付加しておいた方がいいかもしれない。魔物を作るにしてもそういった高い可変性を持たせておいた方が色々やりやすい。環境を変えれば勝手に強くなったりしてくれるだろうしな。

 そして手に負えなくなったら恩恵を消せば重力や大気圧その他によって死ぬ、と。完璧だな。何がどう完璧なのかは言ってる俺自身にすらよくわからないんだが。

 

 さてそう言うことで世界に満ちているモンスターと呼ばれる怪物共を元にして迷宮を作る。海に程近い場所に穴を開けて、そこに迷宮の元となるものを埋め込む。あくまで現実によく似た遊びなのだから、あまりゲームバランスを崩壊させるような事はしないようにしつつ作り上げる。スライムは弱いと言われているが、実際にはそんなことはない。打撃は殆ど効果無しで斬撃も分裂させるばかりか武器を侵食してくる。強酸の体液に強靭な生命力。魔法がなければ詰むような奴が簡単に出てきたら困るしな。

 それに、迷宮系のゲームと言えばドロップアイテムが必要だ。確率が関わってきたり乱数がどうだとか言う話もあるが、俺の乱数は文字通りの乱数だ。ドロップアイテムはかなり渋らせてもらう予定だ。レアのは特にな。

 ともかく、階層を越えてモンスターが移動することはあまり無いようにしなければいけない。そうするためには上の階層の道を狭くして下から来たモンスターの移動を制限したり、生態系を著しく変えてしまえば移動してきたとしてもすぐに戻っていくことだろう。

 だが、ダンジョン外にも魔物は居た方がいい。ダンジョンを完全に抑えてしまうのはよくないし、そもそも世界にダンジョンを一つしか作らないと決めたわけでもない。神の遊び場とするのだったら、海底神殿のようなダンジョンも悪くない。大陸一つにつき一つか多くて二つと言うところだろう。特に大きな所を一つ作っておいて、その大陸に初めに神を降ろす感じでいいだろう。

 ダンジョンを作るのは難しい。ゲームでもバランスを考えて作るのは難しいのに、現実に作るとなるとより難しくなってくる。バランス考えなくていいなら楽なんだが、流石にそうも行かないだろうしな。

 ……ああ、いや、バランスは考えなくともいいのか? 底の方の神秘を濃くしておけば、基本的には自動で底の方のモンスターは強く、表層のモンスターは弱くなる。その辺りはまあファジーにしておこう。完全に決められていることなど世界にはそうは無いからな。コンピューターゲームじゃあるまいし。神にとって不測の事態ほど面白いものは無いだろう。長く生きた神ならば当然全知にして万能であるため、そういった事態ほど好ましい。

 つまり、ある程度は決まっていても、上限や下限は基本的にはつけない方がいいと言うことだ。なにもしないとは言わないがな。

 

 



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竈の女神、最低基準

 

 だが、俺が作った世界に他の神を呼ぶとなると、最低限の制限は必要だ。

 基本的に神として権能を使うのは制限しなければならない。特に俺と範囲が被っている権能では、そいつが使うだけで世界が歪む。それは流石にまずい。本当にちょっとしたことならともかく、派手に使われたらそこから世界が捻れて砕け散るなんて事もあり得るしな。

 しかし、神の力を使わない範囲で行うこと、例えば魔術の神が権能無しで魔術を使ったり、武の神が武術を使ったりするのにまで制限をかけることはない。当神がそれまでに得た経験や知識に差があるのだから、それらを全て排除してしまってはつまらないし、自分が動いていると言う感覚が鈍くなってしまう。

 ……そうだな。全知全能に近い神々だからこそ、無知零能と言う人間とそう変わらない状態で世界を楽しむと言うのは悪くないんじゃなかろうか。

 一般的な人間にできることしかできない身体で、ほんの僅かにしか使えない神の権能をもって人間達と共に生きる。……まあ、悪くはないだろう。特に暇を持て余している奴等には喜ばれそうだ。

 不老不死と言うのはなってみればわかるが面倒なものだ。死なないからこそ危険なことでも簡単にできてしまうし、いつまでも存在し続けるからこそ日々に潤いがなくなっていく。退屈こそ不死者を殺す毒だと言うが、間違いない。退屈すぎて神を全て巻き込むような戦争を起こされたりしたら非常に困る。態々退屈しのぎをするための物を用意しているのだから、せめてそれにも飽きるまでは待ってもらいたいものだ。

 ともかく、様々な形で迷宮を作ろう。まずは一つ大きな物を作って、あとから追加するかどうかを決める。どうせなら何も言わずに二つに分けて競わせるのもありかもしれないが、どうするか。

 星を貫通して作られている迷宮を、両側から攻略させるのも……作るのが面倒だな。却下。と言うかいくつも迷宮を作るのは手間がやばい。何がやばいって保全やらゲームバランスやらを考えるのがやばい。俺はワーカーホリックじゃないんだ。やっぱり作るダンジョンは一つでいいか。一つで延々遊べるようにしてやる。元は日本人だ。変なところで凝るのもまた日本人。カレーに凝るのもその一貫だったりしてな。

 なんで『やらなくちゃいけないこと』だと面倒臭いのに『やらなくてもいいこと』だとこうもやる気になるのか。実に不思議なことだ。それこそが娯楽だと言ってしまえばそれで終わりだが、精神活動についても色々と知っておきたい。人間が相手ならそこそこ読めるんだが、神相手だとちょっと経験が足りない。

 ロキのように数々の神を相手に様々なことをやらかしてきたわけでもないし、俺はギリシャ神話圏内なら知らない者がいないレベルで有名だと言う自信はあるがその外ではイマイチを通り越してかなり無名だ。弱々しい竈の女神、しかも特筆して美しい訳でもない奴なんて有名になるはずもないし、有名でないなら声をかけられる頻度も下がる。そう言うものだ。

 ちなみにカレーに関してはそこそこ有名で、インドの方にも知られているらしい。

 そろそろ世界もしっかりと融合する頃だし、神界の行き来も楽になるだろう。北欧神話と繋げると神々の黄昏(ラグナロク)に巻き込まれないか若干怖いところがあるんだが、まあ恐らく大丈夫だろう。防ごうとすれば防げないわけではないし、気を逸らす方法もなくはない。なくはないが……これと平行するのは面倒だ。

 どうするかね。

 



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竈の女神、刹活孔

 

 世界に存在していた魔物を元に迷宮のモンスターを作り、迷宮自体に自動修復機能やモンスターの自動生成機能を追加する。バランスとかは初めのうちは考えず、迷宮としての天井を作らずに後から後からばらまいていく。そうすることで世界中にモンスターが広がり、人間は追い詰められていくことだろう。

 そして追い詰められて全体的に絶望感が広まったところで時間を止めて、開始の時を待つ。神々の間に暇をもて余す空気が広がった辺りで、俺の世界にご招待、と言うところだ。

 そうすることで神々の存在価値を深く刻み付けることができるし、神々も娯楽を追い求める事ができる。神々に実際に力がないからと言って雑に扱えば神は消えてしまう。そう周知できれば神を一方的に拒絶することはできなくなるはずだ。

 そして、俺の世界に行く神の数を多くすることで神からの理不尽も通しにくくできる。なにしろ不満があればその神ではない別の神の所に行けばいいのだから、神の方も人間から一方的に搾取するようなことは無くなるはずだ。無くなってくれなければ困る。

 

 ……ただ、身体の性能を人間のそれと変わらない物にするために神が入るための身体を作り、肉体を持つ精神生命体である神はその身体に入って行動してもらう。神の力については身体の方で放出口を絞り、極少量しか使えないようにすれば世界が歪むようなことはなくなる。ついでにその身体から出たら俺の世界から弾き出されるようにして、かつあまり強い神威を使ったら身体が弾け飛ぶようにすれば自動的に違反者を放り出せる。

 ……よりリアルにするために、賄賂だとかそういうのも多少は通じるようにしてある。なんで俺はそんなところばかりリアルにしようとしているんだろうな。自分のことだってのにマジで意味がわからん。

 

 意味がわからないと言えば、こいつだ。いったい何をしに来たんだろうな、デュオニソス(こいつ)。カレーに関わることではないようだし、友好的ではあるものの打算的な目。ついでに俺を見た時に瞳に侮りと欲望が見えた。俺のことはそれなりに知られていると思っていたんだが、突然手の甲にキスしようとするのはどうなんだ? 反射的に刹活孔を突いてしまった。AC版だから寿命を削ったりはしないと思うが、カウンターで入ったから星は三つほど消し飛んだだろう。あからさまに反則技だなこれは。便利なのは間違いないし、必要なら使うが。

 さらに反射的に無想流舞で追いかけて壁コン決めそうになったがそれはなんとか抑えた。流石に挨拶に対して驚いたから壁コンは無い。驚いたからと言う理由でやっていいのは一発までだろう。そう何発も何発も叩き込むのは間違っている。ダンジョンに出会いを求めるのよりも間違っている。

 まあ、ダンジョンである出会いは強敵との出会いやら宿敵との出会いといった全く甘みの無いものが殆どだが、たまに甘いのもあるから問答無用で間違いだと言う気はない。その前に大概死ぬだろうが。

 だからこそ運命的とも言えるが、この世界における運命の神は俺だ。まともな運命が残っていると思うなよ?

 

「で、それはそうと何の用だ?」

「うぐぅ……お、オリュンポス、十二神の座を、譲っていただけないかと思い、推参した次第……!」

「俺は十二神に入ってないから譲るもなにも無いぞ」

 

 この世界においては俺の代わりにハデスがオリュンポス十二神に入っているからな。一時期入っていたこともあったが譲った。

 まあ、カレーとかをより上手く作る時間がなくなるからと言ったら満場一致で離れることができたあたり色々あれだよな。カレー中毒怖い。

 

 



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竈の女神、時間調整

 

 遊技場の状態を色々と弄ったが、地上にいる精霊や英雄達がかなり頑張ってくれているため人間たちはまだ追い詰められてはいない。

 精霊は刻まれてはいるものの最低限の効果しか発揮していない俺の恩恵を活性化させたり、時に自身で戦うことすらある。そして英雄達は、精霊に受けた加護によって俺の恩恵を活性化させ、モンスターに対抗する。そういった英雄と精霊の協力がなければ、もっと簡単に追い詰められていただろう。

 精霊からの加護による活性は、恩恵の常時顕在化とも言えるもの。鍛えれば鍛えるだけその場で強くなれるが、まあ色々と制限もある。スキルや魔法は発現しても二つまで。特殊アビリティも早々発現しないし、そもそもそういうのが発現したかどうかもわからない。そういったものがなければ素直に精霊の加護から神の恩恵に移ってくれないだろうから、仕方無い。

 亜人を含めた人類種が滅ばないように。しかし全ての人類に危機感を抱かせるように。そうした調整はかなり難しいが、しないとゲームが成り立たなくなってしまう。開始まではかなり余裕があるようだし、開始できそうな頃になったら時間を止めてから参加したいと言う神を呼び、降臨させると同時にダンジョンの穴に蓋をする。そして先行した神格にはいくつかの役割を与えると共に、世界ではなく社会の運営の一部を任せたりする予定だ。言ってみればゲームマスターの補佐をするサブマスターのようなものか。やっていることはゲームマスターと言うよりはゲームキーパーに近いが、権限的にはゲームマスターなんだよな。何しろ俺が作るわけだし。

 

 ……時間が来るまで何年かかるかはわからない。仕方がないし、何か適当な暇潰しでもしておこう。

 そうだな……この世界で起きた様々な英雄譚を纏めて本にしてみるか。原本は保存用観賞用布教用貸し出し用写本用と最低五つほど用意しておくとして、まずは俺の世界で産まれた神の過去を見るところから始めよう。

 文字の権能を持つ神である俺だが、残念なことに芸術や詩文の才能も権能もない。あくまで書くだけなら上手く出来るというだけだ。だからこそ、きっちりとあったことを正確に書き出す事ができる。

 当人にとっては知られたくないことがあるかもしれないが、それに関しては諦めてもらおう。どうせ中の奴等にも様々な形で語り継がれているんだろうしな。

 エルフ。ドワーフ。パルゥム。ワービースト。ヒューマン。アマゾネス。精霊。様々な種族から産まれた様々な英雄の話題だ。語り継がれない方がおかしい。

 ただ、種族贔屓等によって様々な場所が歪められているだろうが、それもまた伝説や神話にありがちなものだ。感情と言うものは色々と面倒なものだが、ある意味では感情こそが人となりを確定させるものなのかもしれない。ゼウスに感情がなかったら、もう少し人間のそっち系統の被害は少なくなっていただろうしな。

 ただし、本当にゼウスに感情が無かった場合、色事関係でなく命に関わる被害はむしろ増えていただろう。ギリシャの神の殆どは天災及び天変地異の生まれだからな。川の神でさえ洪水等を引き起こすことから奉られている。俺? 俺はほら、竈の女神で国家及び家庭と言った社会そのものの守護者だから、そんな天災相手に真正面からどうこうできるような力はない。真正面からでなければやりようはいくらでもあるが、技術面を考慮しない純粋なスペック勝負だと勝ち目がない。竈の女神だからな。虚弱貧弱処女神だからな。

 それをどうにかするために他の細々とした権能を片っ端から手にいれようとしてまさかまさかで太陽の権能とか手に入れてしまったりもしてな。今では立派な武闘派女神だ。俺の場合は襲われたり阿呆な事をされなければそうそう呪ったりしないからかなり穏健だがな。

 

 しかし、時間まで暇だ。完成するまでちょっと出掛けてみるか。

 



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神話世界漫遊記(Fate/にしか見えないアーサー王伝説)
竈の巫女、再挑戦


 

 以前ケルト神話領域に向かった際に、世界の裏側を通って行ったせいでスカアハ相手に戦闘をするはめになった。概念を歪ませる投擲術を手に入れたものの結果は俺の自爆で負けたようなものだし、もう一回あれと本気でやりあうとか勘弁だ。神殺し及び魔獣殺し、不死殺し等々の概念が常時付いている奴との殴り合いとか嫌すぎる。

 なので、ケルト神話ではあるがケルトっぽくない所に行こうと思う。そう、アーサー王伝説の舞台、ブリテンだ。

 あそこは間違いなくケルト神話の領域で、しかし俺の知っている歴史というか伝説ではキリスト教の扱いもあるという不思議な立地。実際には恐らく時の権力者(特に教会)が権力の範囲を広げるために聖書的な扱いでアーサー王伝説を翻訳したのが原因だろう。聖四字の神の宗教は本当にそう言うことばかり上手いよな。なんでその労力をもっと別のものに使えないのかね? 外に広げるより先に内憂を消せと言いたくなる。

 ……内憂を消すために外から略奪するのか。その辺り人間も動物だということだな。一回滅べばいいんじゃないか? 地球の環境ごと。そしたら俺が保存しておいた各種の生物達の一部を解放してもう一度世界の環境を作り直してやるさ。

 まあ、実際にやるなら俺以外にもそう言うことをしそうな奴は数多い。神々にとってもいい暇潰しになるだろうよ。

 

 それはそれとして、海をバイクで渡ってブリテンに到着。そこら中に飢餓と貧困の気配が漂っているが、土地が悪いな土地が。魔力は豊富……と言うか、竜穴のごとく魔力の吹き出し口になっているが、その魔力の大半が飢餓や貧困などから来る負の感情に曝されることで色がつき、負のスパイラルが出来上がってしまっているようだ。

 このスパイラルをぶったぎるには、相当の力か必要になりそうだが……まあとりあえずは食事にするとしよう。無しでもしばらく活動できなくはないが、やっぱり無理に我慢することもない。こう言うところの飯は正直期待できないので、自前で用意するとしよう。

 用意するものは……普段なら周りから色々持ってくるんだがそれをやると飢える奴が増えるだろうから、自前で全て用意する。つまり、自作の大釜一つだ。

 竈の神の権能をもってこの場に簡易な竈を作り、そしてその竈を使って大釜を火にかける。するとあっという間にカレーが産み出される。

 ちなみに別に火にかけなくても出せるが、火にかけた方が食事をしていると言う気分に浸れて俺好みだ。

 そんな時間を邪魔するやつは、死んでいいと思うんだよな?

 

 武器を持って俺の背後から近付いてきた奴に、殺気を叩き付ける。特殊アビリティの【大殺界】により、殺意と殺気を結界として張り巡らせることでその内部において自分以外の存在にいくらか制限をかけることができる。

 軽いものでは恐怖による金縛りや畏縮による行動阻害、そこそこで刃や弾丸、魔法などの自身を殺しうるものによる自身の殺傷を幻覚として身に受ける。酷くなると殺意に耐えきれずに即死する。今も、近場の草や虫がひっそりと息を引き取り、枯れ始めている。菌すら殺したのか腐敗は始まらなさそうだが、あまり広くやり過ぎると周囲一帯が砂漠になってしまいそうだ。

 まあ、今回は恐怖で萎縮し硬直するくらいに抑えてはいるが、それは人間に対してやった時の話だ。もっと意思の弱いやつなら死ぬし、人間の中でも意思薄弱ならば気絶する可能性はある。

 逆に言えば、意思が強い奴ならこの中でも普通に動けると言うことに他ならないんだが。

 

「食事中だ。話があるなら後にしろ」

 

 返答として放たれるのは斬撃の一閃。剣で受け止めるとあっちの剣が耐えきれずに斬れて結局防げないだろうし、指で挟んで受け止める。今度頑丈な楯を作ることにしつつ後ろを振り向くと、そこには全身甲冑で姿を隠した騎士がいた。

 

 



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竈の巫女、撃ち落とす

 

 全身甲冑の騎士に大殺界を集中させる。根本的には威圧と変わらないこれに多少動きは鈍るが、しかしそれでも騎士は動きを止めない。中々に良い騎士なんだろうが、動きから見て戦場で鍛えた邪道剣術。正統派の騎士からは受けが悪いだろうな。

 だが、実のところ神格に正統剣術使いってのは殆どいなかったりする。基本的に騎士と言うのは王を守るためにどっしりと構えて先に進ませないようにするもの。王が使う剣術は、自分を守る騎士が来るまでの時間を稼ぐための守備に向いたもの。武神だとか戦神だとか言われる奴は基本的に多数に切り込んでいく方だ。王宮の防御型の剣術は、使えないことはないだろうが性に合わないと言う奴が多いんじゃなかろうか。

 

 そんな邪道剣術騎士は、俺のようなか弱い少女(見た目)に自分の剣が受け止められたことが信じられないのか、もう一度切りかかろうと剣を振り上げるべく力を込める。だが俺も放す気はないし、食事の邪魔をされるのも良くない。そう言うわけで邪道騎士を水平線近くまでぶん投げる。

 ……つもりだったんだが、投げている途中で剣から手を放して魔力放出で戻ってこようとしたので、海岸線から200m辺りで掌圧叩き込んで落としておいた。鎧を脱げば戻ってこられるだろうが、着てたら沈むんじゃないかね、あれ。

 まあ沈んだら沈んだで俺は構わないがな。直接的に剣振ったのはあっちが先だし、その原因になっただろう大殺界の使用についても理由は恐らく食料を奪うため、要するに強盗を相手にした反撃であり、この時代ならば間違いなく合法だ。

 つまり、俺は悪くねぇ。悪いのは俺を後ろから殴りかかろうとしたやつであり、斬りかかってきた騎士。俺ではない。しかも俺は手を出してないしな。俺が悪くないことは明らかだ。

 まったく、こんなか弱い少女に対していきなり殴りかかってきたり斬りかかってきたり、どれだけ世紀末なんだこの国は。モヒカン共を率いて征服してやろうか?

 ……やっぱいらね。征服して赤字が増える国とか超いらない。あと食事ではなく餌を食って何の感慨も持たないような奴等の巣窟はちょっとどころでなく嫌かな。嫌だな。同族かと思われるのも本当に勘弁。ないわー。

 

 だが、食料が足りていないと言うのならば俺が用意してやれば信仰を得ることもできそうな気がする。この領域はケルト神話圏だが、土地が本土から離れているためか神への信仰と言うのが盛んではない。なにしろ余裕がないようだからな。神に捧げるよりも自分が食わなければ死ぬような土地柄、宗教は神と言う自身には見えないものよりも自身にも見ることができるものへと向かいやすい。それが『物』なのかあるいは『者』なのかはその時次第だろうが。

 そんな中で俺がこのカレーを使って飢えた奴等を釣ってやれば、しっかりと信仰を向けてくれるだろう。無限に食料の出る大釜など、この時代のこの場所に住む者からすれば喉から手が出るほど……立場や本人の性格によっては物理的に喉から手を出してでも欲しがるものだろう。どうやって物理的に喉から手を出すかはわからないが、恐らく首を半分斬って食道あるいは気道の断面に手を突っ込み、喉やら顎やらの骨を砕いてでも出すんじゃないかと思われる。

 ……流石にそこまでやられたら試練的にくれてやってもいいとは思う。俺は試練をやりとげた存在に対しては基本的に寛容だぞ? 基本的にはな。

 だからまあ、とりあえず飯を終わらせたらちょっと散歩にでも行ってみるとするか。

 目指すは王城。正確な場所はわからないが、それもまた旅の醍醐味のようなものだろう。自力で調べて探し当てるとするさ。

 

「ぶぇは!ゲホッ!ゲホッ!」

 

 ……なんか海から上がってきたが、あれ中身女か。思いっきり喧嘩剣術と言うか力自慢の傭兵の戦い方だったんだが、マジか。

 確かに力だけならかなり強い女もいなくはないからな。あれは魔力放出で筋力にブーストかけてるようだが、あれ燃費悪いんだよな。放出じゃなくて滞留にすれば鎧にもなり筋力も上がり一石二鳥だと思うんだが、やる奴少ないんだよな。不思議だ。

 




 少し前に『やべえ洩矢神の逸話見てえ』みたいな感じの感想をいただき、『全盛期のイチロー伝説みたいになりますがいいですか』と問い返したら快諾されたのを思い出したので作ってみた。





全盛期の洩矢神神話

 一戦して15勝は当たり前。一戦40勝も。
 宣戦布告したと思ったら宣戦布告の使者が直後に降伏する事態が頻発。
 洩矢神にとっての戦争は裁判のやりそこない。
 宣戦布告した瞬間負けていたことも日常茶飯事。
 大和の神々に本拠地目前まで攻め込まれ、仲間もいない状態から一人で天照の首をへし折りにいって成功させる。逆の手には月詠が。
 内乱を起こさせるためにスパイを送ったら情報抜かれて兵士になってた。
 猫だましで相手の目を破裂させるのが特技。
 戦場に来ただけで敵軍の大将が泣いて謝った。心臓発作を起こす兵士も。
 敵軍を殲滅(10割)しても納得がいかなければ全員蘇生してまた殲滅してた。
 あまりに勝つので武器を持ってくると卑怯者扱い。
 武器持ってなくても勝つ。
 敵軍の大将を一睨みしただけで月詠が天照に向かって飛んでいく。
 戦争の無い書類仕事でも天照の胃が痛む。
 自分の代行で奥さん出したことも。なお勝つ。
 自分の撃った弾幕を全て鉄の輪で打ち返してさらに打ち返す。
 奥さんとの夜の戦争のついでに一つ戦争を終わらせることもザラ。二つ終わらせることも。
 風祝と世間話していたら見知らぬ神が降伏してきた。
 鉄の輪を受け止めようとした天照と、それを受け止めようとした月詠、須佐之男、手力男もろとも天岩戸に叩き込んだ。
 見ていたアイヌの神のヤジに流暢なアイヌ語で反論しながらカウンターを決める。
 キッと睨んだだけで敵が20くらい内側から弾け飛んだ。
 弾幕で湖ができたことは有名。
 元寇が終わった原因は洩矢神のくしゃみによる台風。
 第二次世界大戦時、赤城に落ちようとしていた爆弾を処理してアイオワの主砲の砲身に放り込んだ。
 鉄の輪の代わりに土星の輪を投げつけてきたことがある。
 いつも自分を見つめてきていた風祝にカレーを奢ってあげたことがある。
 世界大戦時にホワイトハウスで大統領を絞め落とした。
 昨日馬鹿にしたら背後に現れてレバーブローしてきた。
 あなたの後ろに洩矢神。



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竈の巫女、中毒者量産

 

 カレーを海から上がってきた騎士の顔面にシュゥゥゥッ!超!エキサイティンッ!

 

「がっはぁっ!? てめ、なにしやがっ───」

 

 間髪入れずに二発目をシュゥゥゥッ!即座に三発目もシュゥゥゥッ!直後に四発目をシュゥゥゥッ!すかさず五発目もシュゥゥゥッ!おまけに六発目もシュゥゥゥッ!

 超!エキサイティンッ!

 

 ……エキサイトしたのは俺だけで上がってきたヤクザ騎士は顔面をカレーまみれにして倒れている。海から上がるために鎧を脱いだのが敗因だったな。脱がなかったら死んでたかもだが。

 ……と言うか、誰だこいつ。この時代のブリテンで女性騎士とか、ボーマンが可能性があるくらいであとはどいつもこいつも男だったはずだ。男なのが確定してるのがランスロットとトリスタン、あとガウェインか。こいつらは恋のエピソードがあったはずだからまず間違いなく男のはずだ。

 ……日本製エロゲ的な男女逆転円卓でもなければの話だが。無いよな? 流石に無いよな? 嫌だぞ現代日本から転生あるいはトリップしてきた主人公が円卓の騎士に拾われて料理やら知識チートやらで円卓の中で一目おかれるようになって色エロするゲームとか。

 多分ルートが色々あって騎士王ルートがトゥルー系、モルガンルートがダーク系の話で、騎士王ルートだと正道を歩む騎士達と仲良く(意味深)なったり軍師で一番疑り深いアグラヴェインに探り(意味深)を入れられたりマーリンの実験(意味深)に巻き込まれたりする話が主体でラスボスはアーサー王を殺そうとするモードレッド。モルガンルートだと円卓の騎士の食事に薬を持ったりして裏で調教したり懐柔(意味深)したりしながら円卓を分裂させてブリテンを滅ぼす感じでラスボスは正気を失ってブリテンの守護竜である赤き竜(ウェルシュ・ドラゴン)と一体化したアーサーと、アーサーを制御するマーリン。そんな感じのゲームみたいなのとか絶対嫌だぞ。暇してる神々には売れそうだとか考えてないからな?

 

 大殺界で止めておいた他の奴等の顔にもカレーを叩きつけ、全員の顔がカレーで見えなくなった頃。海から上がってきた騎士が立ち上がった。

 その表情は恍惚としたもので、目は瞳孔が開いて焦点があっておらず、口は半開きの上よだれすら垂れている。完璧な中毒者(ジャンキー)の出来上がり。流石はカレーだ、実績が違うな。

 

「あ……ぁあ…………」

 

 さて、この中毒者の前に実験としてカレーを出すと、目の色を変えて飛びかかり一瞬で食いつくした。これだけでもカレーの虜になっているのがわかる。そこで何で俺を襲ってきたかを聞いてみた。

 だが、なんか会話が脇道にそれるわ行動原理が感情的だわ擬音が多すぎるわですっごい分かりにくい。これは上司には絶対にしたくないタイプだ。現場の責任者くらいならともかく、一番上には立っちゃ駄目なタイプ。この時代のこの場所で一番上とは当然国王になるわけだが、王にはしたら駄目だなこいつ。一年目ならともかく、二年目にはもう排斥されていそうだ。向いていない。

 こいつが王位を継ぐとなると、この国の未来は真っ暗だな。ありえん話だが。

 ……そういえば、こいつの名前を聞いていなかったな。

 

「もーど、れっどぉ……」

 

 ……マジか。少々洒落にならなくなってきたな。流石にうろ覚えなんだが、モードレッドと言えばアーサー王伝説においてアーサー王を殺した騎士の名前だったような気がするんだが、どうだったかね。しかも確かアーサー王の子供だったという話もあったはずだ。愛されてはいなかったようだが。

 それも今のあの言葉を聞いたらまあわからんでもないな。これが自分の後を継いで王になるとか、それは全力で避けたいだろうよ。俺でも避ける方向に頭を回すわ。

 よし、それは兎も角として、出発するか。後ろからゾンビみたいな中毒者共が死にそうな面で付いてきているが、まあ問題は無い。俺には問題は無い。この国にとって問題があるかどうかは知らんがな。

 

 



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竈の巫女、ジョインジョインヘスゥ

 

 この国、問題も問題児も多すぎる。問題児筆頭はこのファザコン娘だが、問題の筆頭はこの国を襲う蛮族達だそうだ。俺から言わせれば問題なのは蛮族ではなく世界の修正力なんだが、実の所その修正力はかなり弱くなっていたりする。何しろもっとも修正されなければならない古代ウルクの英雄王が健在で、しかも神に作られた兵器がウルクでカレー屋開いているんだから神秘は早々消えてはいかない。それに加えて神秘が一極に集中しすぎる原因になった聖四字の神による神秘収奪計画の鍵とも言えるソロモン王は背後から殺してしまったし、世界が全力で神秘を消し去りに来るような状況にない。

 しかし、これだけの数の蛮族達がいったいどこからやってきているのか。倒しても倒しても、殺しても殺しても、後から後から湧き出してくる。それもおよそ同じだけの武装で同じだけの実力を持つ兵士だ。こんな兵を用意できるとしたら、インドくらいな物だが……。

 その答えだが、この世界は宇宙であって地球ではないと言う物になる。簡単に言うと地球外からの侵略。セファールと言う巨神が居たが、それと似たような物だ。ただしセファールと違うのは、強靭に過ぎる個体ではなく無限にも等しい数を持つという点か。あまりに弱ければ問題ないところだが、そこまで弱くも無いから困る。むしろ一般的な兵では三人がかりでなければ負ける可能性の方が高いと言う、なんとも軍略家泣かせな集団だ。

 そんな奴らをどうすればいいかと言えば、実の所結構簡単だったりする。

 

 星の意思ごと一刀両断にすればいいんだよ。適当にそこら辺の遊星でも捕まえて刃物に打ち直して地球外から送り込んでいる原因と、ついでに修正力とか星の意思だとか言われている奴らごとまとめて両断。これで良し。ただし地球の聖剣だと自身を斬らせるわけが無いから別のを用意しないといけないのが少々面倒臭いな。

 さて、そこで俺が持っている剣をご覧いただこう。Xothと言う星を権能で作り出し、圧縮と鍛造によって形を成した星の剣。星一つをそのまま圧縮したせいで滅茶苦茶重いが、十分使うことはできる。使うことができるようにしっかりと鍛えたからな。なんでXothかは覚えてないが、なんとなく作った星に名前を付けたらそうなった。なんかそう言う感じの星があった気がして付けたと思うんだが、元ネタは何だろうな。流石に覚えていない。なんかやばい名前だった気もするんだがな。

 まあ、とりあえずは話をするためにいい物を持ち込むとするか。この時代のこの場所においては食料が圧倒的に足りないはずだからな。魔力を込めれば無制限に料理及びその材料の出る大釜など、欲しくて欲しくてたまらんだろうな。ただそれだけのために円卓総動員して俺を討ち取りかねないほどに。

 そうなったらもちろん反撃させてもらうがね。星の重量をそのまま保持した星の剣、何回落とせば島が消えるか試すようなことにはならないでくれると嬉しいね。ケルトの神格、ダーナ神族に知り合いはいないから話がでかくなると少々困るし。

 



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竈の巫女、企む

 

 ぞろぞろとカレーの亡者共を引き連れて、王の居るロンディニウムへと進んでいく。先頭は俺。続いてモードレッド。そして通ったついでにカレーを振る舞った奴等が全員俺の後に続いている。

 ハーメルンの笛吹きにでもなったような気分だが、こいつらがついてくるのは曲ではなく飯のため。それも恐らくこれまで食べたことがないほどの美味のため。一応神の手料理だからな。味わって食えよ。

 

「うめぇ!うめぇ!!びゃぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛ま゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!」

『びゃ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛ま゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!』

 

 ポセイドンよりヤバいリアクションをとる奴がこの世界に居たとはな。やはり世界は広い。なかなか楽しめそうで何よりだ。しかし顔の緩み具合がもういっそ気持ち悪いと言うのが適切なレベルだ。ポセイドンも同じだが。

 あと、完全にジャンキーと言う状態からようやく抜け出して普通に会話ができるようにまで回復したようだが、カレーを目の前にしたりカレーの匂いを嗅ぐとまたジャンキー状態に戻ってしまう。犬に餌をやっている気分だ。人懐っこい餓えた犬に。

 実際こいつは餓えているように見える。食事と言う点ならば食べることはできていても楽しむことはできていないようだし、それ以外にも愛情に餓えているようにも見える。

 産まれてからのことを聞いてみたが、父親は自分の存在すら知ることはなく、母親も自身を道具としか見ていない。風土は違えど流石はケルト、頭のおかしい奴等が揃い踏みだ。

 つまり、こいつは俺的には孤児カウントになる。そうじゃなければ何もないのにカレーなど食わせはしない。後ろの奴等のように、回復するそばから魔力と信仰を吸い上げているところだ。こいつは魔力がかなり多いようだしな。

 ただ、どう見ても女にしか見えないモードレッドは女扱いされるとなぜか怒る。理由はわからないがなぜか怒る。何をどうしようが男は男で女は女だと言うことには変わりないだろうに、実に不思議なことだ。

 ……今夜男にしてやるか。少々疲れるが不可能ではないし、反転の権能を上手く行使すればできることだ。最近ゼウスにやってやったらなかなかの美女になって驚いたが、なんとかなるだろう。多分。

 カレーで直るか? 反転した結果元々の性別が変わるんだから直ったところでそのままだ。残念だったな。

 

 ロンディニウムまで歩いていくと、まああと三日ってところか。走ればもっと短いんだが、わざわざ走らなければいけない理由はないし、元々作った世界が取り返しのつく範囲で追い詰められるまでの暇潰しだ。暇潰しに使う時間で急ぐってのもおかしな話だし、走る予定は今のところ無い。

 俺には無いが、モードレッドは大丈夫なんだろうか。色々とやらなくちゃならないことがあると思うんだがな。具体的には蛮族狩りやら報告やら。

 

「それより重要なことができたから大丈夫だ!それに関しての報告なんかも出してるしな!」

「俺か?」

「そうだぜ」

 

 隠し事をほとんどしないやつは話していて楽だな。最近は色々と契約の隙間を突いて来ようとする奴ばかりと関わってきたから癒される。

 



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竈の巫女、教える

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁあああ!!?」

「うるさい」テンショーホンレツゥ!

「ごっへぇぁ!?」

 

 ちょっと身体が男になっていただけだろうに。ちなみに鎧も合うように作っておいてやったから格好については問題ない。俺も逆だが同じような事になったが問題はなかった。だから多分こいつも大丈夫だろう。知らんが。

 ちなみにゼウスは気付いてから暫く発狂した。俺がゼウスを男に戻すまで、ゼウスはほぼ全ての記憶を失って無垢な少女のようになっていた。あれが無垢とか笑わせる話だが、ヘラはそんなゼウスに対してとても良い笑みを浮かべていたな。

 ゼウスは戻したら記憶も戻ったし、最悪モードレッドも戻せば良いと思っていたが、これなら戻さなくても大丈夫そうだな。

「ぐふぅ……な、なんでこうなった……」

「お前が騒ぐからだろう?」

「俺が騒いだところで性別は変わらねえよ!?」

 

 それはそうだろう。騒いだのが原因なのは天将奔烈叩き込まれたことであって性別が変わったことではないからな。指し示す対象がずれているのだからその間に齟齬が生まれるのは仕方の無いことだ。つまり何が言いたいのかと言うと、この件についてモードレッドと話をする気は無いと言うことだ。

 まあ、どうしても戻りたいと言うんだったら明日辺りには元に戻っているんじゃないか? 俺からすればもう一度権能を呼び出して行使するだけのこと。大した難易度ではないし、ついでに言うと原因である俺がその気にならないと恐らく戻るのは難しいんじゃないかと思うがね。

「……どーすりゃいいんだよこれ」

「逆に考えるんだ。その顔なら兜無しでアーサー王に会えると考えるんだ」

「……いや、でもよぉ」

「口答えして今日のお代わりがなくなるのと素直に従っておくのとどっちがいい?」

「いやー今までずっと顔を隠してたのがなんとかなって嬉しいぜ!」

 

 ちょろいなこいつ。カレーで釣ってみたがちょろすぎるだろういくらなんでも。ポセイドンでもここまでちょろくないぞ。多分。

 さて、それじゃあ早速約束通りにカレーを作ろうか。作り方を教えてやれば勝手に作り始めるだろうから教えてやろう。

 まず適当(意味:状況や状態、性質などによく合い、ふさわしいこと)に材料を用意します。材料は大釜に魔力を込めれば出てくるのでそれを使いましょう。

 そして適当(意味:条件や目的、要求などにうまく当てはまっていること)に材料を切り、適当(意味:ほどよい加減)に炒めてから適当(意味:良い塩梅)の量の水に放り込んで煮込みます。

 後は適当(意味:適している状態)にスパイスを焙煎するなり砕くなりしてから混ぜ合わせ……ってのが基本だな。

 

「出来たか?」

「………………すまん、俺には無理だった」

「そうか。お前のカレーへの想いはそんなものか。まあ良いんじゃないか? 所詮はその程度の想いだった訳だし」

「すまん、もう一回、もう一回作らせてくれないか……!」

「お前が今作ったのを食い終わったらな」

 

 極当然の要求だと思うがね。自分の失敗作くらい自分で処理しろっての。俺だって料理が上手くなかった頃には失敗作を自分で食っていた。まあ、失敗作と言ってもよほど凝ったものを作ろうとしない限りは普通に食べることのできるものになる。漫画や小説などのような『失敗する理由の無い大失敗』などそう起きるものではない。失敗するには必ず何らかの理屈が存在する。

 洗剤を入れるとか、里芋の皮を剥かないで使うとか、明らかに古すぎる材料を使っていたとか、その辺りに生えていたキノコを使ったとか、そういったものだ。

 飯マズ嫁は本当に何とかして欲しいと言う声があったりするが、だったら何が悪いのかをしっかりと教えてやればいい。それには知識がある程度必要になるが、死ぬよりはましだろう。

 




モーさん(♂)の容姿はプロトアーサーの髪を少し長くした感じと考えています。だからなんだって話ですが。


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竈の巫女、土下座される

 

 俺の目の前にあるものを挙げていこう。

 まずロンゴミニアド。ロンの槍とも言われる槍であり、世界の最果てを示しあらゆる粛清から国を守る槍であり、世界の表と裏を繋ぎ止める神造兵器。

 続いてモルデュール。魔法を無効化し、鉄でも石でも防ぐことができないとされる宝剣。

 さらには二つのプリドゥェン。美しく無駄の無い船と、女性の描かれた楯。

 そしてラムレイ。灰色の跳躍者とも呼ばれる漆黒の巨馬。

 そうした宝物の数々が並べられ、加えてずらっと並ぶ後頭部。その前には各々が持つ武装の数々。

 

「お願いします!どうかその大釜を譲ってください!」

 

 信じられるか? これ、へす印の大釜一つの代金として差し出された物の一覧なんだぜ? 騎士一人二人くらいなら首ごと持っていって良いとすら言ったし、王すら抱きたければ抱いて良いとまで言われた。必死すぎてもう笑えないよなこれ。

 しかし、民のためにここまでのことができるとは、なんとも人間味の無い王様だこと。『王は人の心がわからない』と言われたことがあるって逸話も現実味を帯びてきたな。ここまで滅私できる奴が相手なら、その言葉もかなり痛かっただろう。天秤に人はついてこない、ってのも事実ではあるわけだし。

 だが、俺は必要なものは大体自分で作ってしまうし、形が残る芸術にも興味がない。音楽や歌なら俺が楽しむために多少はたしなんでいるが、形に残すのは俺の趣味じゃない。陶器とかなら作ることもあるが、基本的にどれもこれも実用するものだ。遊び場まで作っちゃったわけだしな。まだ本格的な起動はしてないけども。

 

「……二つ、欲しいものがある」

「言ってくれ。なんでもしよう」

 

 だからまあ、興味があるとすれば……形の残らないものを残していくことや、後は誰もが何も失うこと無く器量の一つで全てが納められるようなものが望ましい訳だ。

 

「一つ目。王になりたいわけではなく、権力が欲しいわけでもなく、ただ玉座と言うものに座ってみたい。認めろとは言わないから、目を瞑れ」

「……座る、だけか?」

「座るだけだ。誰もが何も失わず、アーサー王と円卓の騎士達の器量の問題でしかない。命令することもないし、例え命令したとしてもそれを聞く必要もない。ただ座るだけだ」

「……」

 

 アーサー王は無言で立ち上がると、俺の手を取って玉座の前へと歩み始めた。

 そして俺を玉座に座らせると、まるで侍従のようにすぐ横に立つ。

 

 …………あー、うむ、正直なところこの場に座っても何の感慨もないな。上に剣がぶら下がっているわけでもなし、拘束されて拷問が始まる訳でもなし、責任もなければ意味もなし……やっぱりこれは義務があってこその権威であって自負な訳か。

 

「……ありがとよ。堪能した」

「この程度の事ならばいくらでも。貴女が感じた通り、玉座などただの椅子でしかないのです」

「ああ。それがよくわかった。まあ、やっぱり王なんて人間がなろうとしてなるもんじゃないってこともな。……尊敬するよ、キングアーサー」

 

 あんなものを全部背負おうとするとか、人間の身には余るだろうに。見た感じ龍が混じっているようだが、それでも精神構造は人間のそれだ。よくもまあそんな無茶をするもんだ。

 

「……さて、二つ目だが……カレーを作ってやるから、作り方を覚えろ。俺の知る限り完全食だ」

 

 いや、どちらかと言うと俺が完全食にしたんだが。概念的に完全食になってしまったんだよな。勝手に。やっぱアンブロシアやネクタルのある意味上位互換として扱われ続けたのが問題か。

 あと、この国だと食料が少ない上にそもそも土地が痩せていてかつ様々な物の北限ギリギリだから肉も野菜も魚もあまり取れない。人間もギリギリ生活できる領域だが余裕はない、と言うことであり、恐らく使う材料はそのほぼ全てが大釜に依存することだろう。

 

 ……そう言えば、ボーマンと言う騎士は一時期厨房で働いていたらしいな。即戦力に───ああ、ここはブリテンだったか。しかも余裕が欠片もない時期の。

 



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竈の巫女、教え込む

 

 なんだろうな。俺はどうすればいい? こいつらの面に思いっきり拳を叩き込みたいんだが、許されるだろうか。

 食料が足りないと言っているくせに、食えるものを見つけようとも食えないものを食えるようにしようともしない。余裕がない以上は美味くしようと言う意思が無いのは仕方がないかもしれないが、だからと言って余裕を作ろうとしていないというのは非常に腹立たしい。

 余裕がないなら作れ。作ることもできないなら持ってこい。その努力を怠るようなやつに未来は無いぞ。

 

「そう言う訳だ馬鹿共。お前らが捨てていた物は上手くやれば食える。しかも栄養価も高い。動物は基本的に捨てるところがないんだと理解しろ。あとガウェイン。次具材を全部問答無用にマッシュしたらお前の全身を同じようにしてやる」

『はい!』

 

 まあ、この辺りは素直で助かる。最悪千里眼に似た物で黒歴史をつつきにつついて心を一度ぺきっとへし折る必要があるかもしれないと思っていたが、やらずに済んでよかった。ランスロットはアーサー王の妻であるギネヴィア妃との浮気問題についてをつつけば行けただろうし、トリスタンは『人は天秤に付いていくことはない』という言葉に対してアーサー王がどれだけ自分を捨てざるを得なかったかという話やそれをさせた実に無能な騎士についてをつついてやったり、まあいくらでもつつける場所はある。なにしろここ、場所は離れていてもケルトだからな。しかも中途半端にキリスト教の混じった。

 要するに、精神攻撃が殆ど効かない脳筋の国に精神的な脆さを加えた奴等の集まりだと言うことだ。本場のケルトと比べれば相手をするに非常に容易い。一部においては効果的すぎてやばいが。

 ちなみに完成品をこいつらに食わせてあるから、どうにか再現しようと必死になってくれている。材料はいくらでもあるとはいえ、失敗作は全て食わせるようにしている。ブリテンの状況のせいでやばい失敗しても普通に食べてしまう辺りもう貧乏と貧困がみんな悪いよな。

 飢餓での死は病死の領域にギリギリ入る。正確には豊穣の権能を持つデメテルの本領なんだが、食っても吸収できない病気による飢餓なら俺の守備範囲だからな。そこまで詳しくやると面倒なんだが、できなくはない。ブリテンの飢餓は普通に食うものがないから起きる飢餓だが、ほんの少しでも被っていれば拡大解釈でなんとかできるのが権能やら何やらといった概念系の技術だ。

 あと、調理技術を一から教え込んだモードレッドが一番始めにまともなカレーを作れるようになった。ご褒美に女に戻したんだが、顔がアーサー王と殆ど同じと言うことで一瞬荒れそうになったが、王位よりカレーのお代わりが欲しいとマジな顔でモードレッドが言ったお蔭で空気がもうぐっだぐだになってしまった。本来の歴史のことを考えるとあれなんだが、平和な方がいいと言うことで流すことにした。平和が一番だからな。

 

 ちなみに許された理由の一つに短命で放っておいてもすぐ死ぬと言うのがあったんだが、残念だが俺のカレーを食べた時点で不老不死は確定している。ネクタルの上位互換だからな。仕方無いな。

 それに、一度カレーを食べたせいか食文化の目覚めが凄いことになっている。ガウェインは菜食主義者らしく野菜たっぷりのカレーを作ろうとしているし、アグラヴェインはスパイスの刺激で脳が活性化した事からひたすら辛さを求めたカレーを作ろうとしている。刺激臭が凄かったので敬遠されているが、まああれなら食べられないことは無いだろう。俺は願い下げだが。

 さあ、これでブリテンはマズメシの国とは言われなくなるな。よかったよかった。これから未来がどうなっていくかはわからんが、飯が不味い国と言われるよりは飯が美味い国と言われた方が良いだろうよ。

 



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竈の女神、新作する

 

 毎日カレーでは飽きると言う意見があった。まあ、それを言った奴は今、円卓に縛り付けられて真名開放寸前の聖剣三本に囲まれているが、まあ正直なところその気持ちはわかる。俺もそんな毎日毎日カレーは飽きる。普通に飽きる。当然飽きる。だからこそギリシャでも月一な訳だし。

 そこで用意したのは、カレーで使う数々の香辛料の大半を使わないまま醤油で味を付ける……まあ、肉じゃがのような何か。肉じゃがではない。あくまでも肉じゃがのような何か、だ。しらたきとか糸こんとか入ってないしな。

 

「このようにカレーを作らなくてもいろいろとできる物はある。だが、焼くのと煮るのを両方一度に覚えられるカレーを先に覚えてもらった方が楽だからカレーを教えている。よほど酷い失敗をしない限りはカレーは食える物になるしな」

『はい!』

 

 実に元気のいい返事だ。それにカレーに飽きたと言っていた騎士も今のでまたやる気を取り戻したようだしな。自分で作った料理を誰かに食べてもらって喜ばれるのは中々に嬉しいものだぞ? この時代のこの場所じゃあそんなことをする余裕なんて無かっただろうからわからなくても仕方ないがな。

 まあともかく、円卓にカレーを広めることには成功した。自分の手で作る方法を先に教えたのは、大釜を使えばカレーの完成品が簡単にできてしまうからだ。苦労を知らずに完成品だけを出せてしまうと言うのはあまりよくない。苦労があるから、不幸があるからこそ幸福を感じることができる。

 それに、完成品は液体だから持ち運びは難しいが、材料ならある程度簡単に持ち運びができる。穀物系も出せるし、材料があれば簡単にカレーライスが作れるのだ。

 食べ物が無いからとにかく食べる事だけを考える。しかしある程度以上食べ物が供給され始めると、今度は美味いものが食べたくなる。それは人間であるなら当たり前のことで、欲ではあるかもしれないが悪いことではない。神だって、食うなら美味いものの方がいいからな。むしろ不味いと食わないし。

 ちなみに神にとっての料理の味には判断基準が二つある。

 一つは普通に美味いかどうか。もう一つはその料理に込められた思いの量や質だ。

 信仰や畏怖と言った感情は、神格にとっては存在を続けるための重要なエネルギーだ。だからこそ神格に捧げる物はただ珍しいものであったり高価な物ばかりではなく、それを手に入れるまでに苦労する物であったり努力の末に作り上げた物であったりしなければならない訳だ。そのために試練を与えたりするわけだし。

 まあそんなわけで、食文化が消え去ったブリテンに新しくカレーと言う食文化を叩きこむことには成功したわけだし、俺はそろそろ帰ろうかと思っている。スカイ島はとうの昔に世界の裏側に移動しているから、世界の表側を歩いて行く分にはスカアハと再会して戦闘になるようなこともないだろう。あるとしたらクー・フーリンだな。

 伝説上で死んでから結構な時間が過ぎているにも関わらず当時の騎士団の団長に会っていると言う話があったし、時代的にはもう死んでいるが俺の前に出てこないとも限らない。しかも伝説上では音より早く走ると言う馬の王より遥かに速く走ることができるって話もあるし、本当に恐ろしい。しかも神殺しだし不死殺しだし獣殺しだしで俺の天敵とも言える存在だ。不死で神でペットが居るしでな。

 

 ……まあ、流石に光速を超えることは無いだろうし、もしも出会ってしまったら時間停止して全速力で逃げるとしようか。スカアハと引き分けた身としては、スカアハ以上なのが確定しているあいつと本気で戦うようなことにはなりたくないし。

 



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神話世界漫遊記(何故かクトゥルフ砕きに行くアステカ神話・精霊信仰)
竈の巫女、フラグ成立


 

 ギリシャ神話は、主体が神格や神の世界である黄金時代、神と人間が混じって描かれる白銀時代、そして神がほぼ舞台装置のように扱われ人間が主体として描かれる青銅時代の三つの時代に大きく分けられている。出来事で言えば、まあティタノマキア以前がおよそ黄金時代であり、ティタノマキア以降でかつギガントマキア以前が白銀時代、ギガントマキア以降が青銅時代と言えるだろう。

 そして、ケルト神話にも似たようなものとしてサイクルと呼ばれるものがある。人間ではなく神を主体とするものが神話サイクルとされ、大英雄クー・フーリンの活躍を主体として描かれる物がアルスターサイクル、フィン・マックールとフィオナ騎士団を主体として描かれる物をフェニアンサイクル、そして歴代のアイルランドの君主を扱うのが歴史サイクルとされる。

 

 現在はおよそ5世紀。そしてアルスターサイクルは紀元前一世紀から一世紀頃。フェニアンサイクルが三世紀から四世紀にかけてであり、クー・フーリンは何故かアルスターサイクルから数百年未来であるフェニアンサイクルに現れたりしている。つまり、フェニアンサイクル以降である現在に現れたりしてもおかしなことは……あるが、絶対にあり得ないことではない。

 

「よう」

 

 だからってマジで出てくることはないだろうよ。さっさと帰れ。

 

「ひでえなオイ。せっかく会えたってのに」

「スーパーケルト人に良い思い出が無いもんでな。飯は食わせてやるからはよ帰れ」

「おっと食事に誘われちまったか。犬は出ないよな?」

「出してもいいが今回のは猪だな。食ったら帰れ」

「つれねえな」

 

 俺はスーパーケルト人と違って戦闘大好きでもなければ性欲に非常に素直なわけでも無いんだよ。クー・フーリンもどっかの誰かに『死ぬか犯されるか好きな方を選べ』とか言ってた筈だし、本当にケルトはなぁ……。

 まあ、性欲云々に関してはギリシャがどうこう言える話ではないんだが、ギリシャの中でも俺とアテナとアルテミスは一応言えるはずだ。処女神だしな。アルテミスはオリオンと出会ってから色々あれだが、それでもまあ言えなくはないはずだ。

 

「お、うめえなこれ」

「一番の得意料理ではないが、一応料理の権能を持つ神格だからな。このくらいはできるとも」

「ほぉ? やっぱり神格か」

「ただし、人間の身体に入っているから本体よりは弱いし、そもそも戦闘系は得意分野って訳じゃ無いんだよ。何を期待しているのか知らんがな」

 

 なにしろか弱い竈の女神様だ。軍神アレスやら戦神ヴァハグンなんかと一緒にされちゃあ困る。筋肉モリモリマッチョマンの変態は映画の中だけで十分だ。この時代に映画とか存在しないが。

 ……映画と言えばハリウッド。ハリウッドはアメリカ。アメリカ……アメリカ…………あ。

 

 思い出した。Xothってゾスじゃねえか。やべえアメリカ成立させないようにしないとアーカムシティにミスカトニック大学やらができたりインスマス面の奴等が溢れてくる可能性が出てきた。時代的にまだ間に合うと思うが、できるだけ急がないと不味い。

 そうだな……名前を借りるとしよう。確かどっかの神話の太陽神が神話から蹴り出されて『私は再び帰ってくる』的なことを言い残してきたって話があったから、そいつの名前を借りてアメリカ先住民に力を貸してさっさと追い出してもらおう。名前は確か……テスカトリポカ、だったか。赤だの青だの白だの黒だのがあって、それぞれ別の神格と同一視されてるはずだが、確か追い出されたのは白いテスカトリポカ、別名をククルカンとか言う神だったはずだ。

 だが、太陽神で繋がりがあるとは言ってもククルカンは男神で俺は女神。その辺りをどうするかと言えば……なに、都合の悪いところまで同一視されるようにはならなければいい。

 つまりあれだ。赤青白黒と四色揃っているなら、そこにもう一つ混じったところで問題なくね? と言うことだ。そして竈に付き物の色と言えば灰。灰のテスカトリポカと名乗って植民地にしようとする奴等を綺麗に解体してやろう。

 



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竈の巫女、無駄足

 

 ブリテンからギリシャに帰るための道すがら、ケルト版ヘラクレスことクー・フーリンと出会ってしまった。食事に誘うことで時間稼ぎには成功したが、稼いだ時間でもっとヤバいことを思い出してしまった。そのヤバいことを何とかするためにロードローヴァーに飛び乗り、海を渡って北アメリカ大陸に向かう俺だったが、なんでかクー・フーリンも付いてきた。なんでやクー・フーリン関係ないやろ。音より速い馬の王より速いってのは聞いてたが、まさか第一宇宙速度に追い付けるとは思わなかった。秒速7km越えだぞ頭おかしいんじゃないかケルト。しかも陸上じゃなく海上だぞ頭おかしいなケルト。

 

「帰れよ。アイルランドに帰れ」

「おいおい、面白そうな戦の空気を纏って走り出されたら、アルスターの戦士なら追いかけるに決まってんだろ?」

「だからって普通は海は越えねえんだよ頭おかしいだろお前」

「師匠だって俺と同じことを言うだろうよ」

 

 頼んでやるから帰れよマジで。ゲッシュ全部破らせんぞコラ。俺は一応詩人にもなれるからマジで破らせようとすれば破らせることもできるんだが?

 ……死因は確か、ゲッシュを破らせるだけ破らせて武器を全部奪って軍団で圧殺したんだっけか。剣も槍も戦車も城も、全部奪い尽くした上で数十万……いや、メイヴと言う女の能力の特性上、文字通りに時間さえあれば無限にかなりの実力を持つ兵を用意できる以上、最低でも千万は見ておくべきだろうな。その九割を磨り潰してようやく勝利できたと言うのだから、もう本当に意味がわからないな。継続戦闘能力だったらヘラクレス以上かもしれん。なにしろ完全な状態なら一年以上飲まず食わず眠らずで一対一の決闘を何百何千何万何十万何百万何千万と続け、最終的に勝利を納めると言う頭のおかしい奴だからな。マジで意味がわからない。馬鹿じゃないのかこいつ。

 ともかくとして、北アメリカ大陸に到着した訳だが、思い出したことがある。

 ……ついさっきまで俺はブリテンに居た。そして北アメリカを初めに征服するのはスペインだが、スペインはどうしてもイギリス……いや、ブリテンを無視することはできないだろう。なにしろローマに恐れられたアーサー王が治めるブリテンが、神秘をそのままに存在し続けるのだ。無視して行くには危険すぎるだろうし、敵対するにしても相手が悪すぎる。魔力をほぼ無限に供給されつつ海上を高速で走り回りながら聖剣の真名解放を連発してくる奴等を相手に海上戦とか死ぬしかないだろう。そもそもウルクのギルガメッシュのことを考えれば南のことも考えなければならないしな。

 要するに、北アメリカの原住民に力を貸したりしなくとも恐らく征服しに来ることはまず無いと思われる。と言うかギリシャ圏で他の国に喧嘩を売ったらその時点で国家から俺の庇護が失われる事は有名な上に実際にそれで数多くの国が消滅しているし、今の今まで神が実在し、姿を見せているためにそういった庇護がかなり重要になってくることを理解している国しか残っていないのでスペインができるかどうか怪しいし、できたとしても戦争を仕掛けて来た時点で死亡がほぼ確定する中で侵略国家が成立するとは思えない。

 ちなみに、アレキサンダー大王は征服しに行こうとして失敗してあっという間に死んでいる。征服王などと呼ばれることもなく、ただ死んでいる。

 ……フランスとかスペインとかドイツとかイタリアとか、できないんじゃないかね。マジで。ケルトも普通に生き残っているし、聖書やら聖四字やらの宗教も俺の知る世界に比べればかなり小規模ではあるが続いている。そんな世界なんだから、色々と歴史が変わりそうだ。マジで。

 ……いや、変わらないわけがないか。色々と変えている原因は……まあ、俺にも一因があるだろうしな。もう色々と遅いし。

 



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竈の巫女、灰の神格

 

 灰のテスカトリポカ。そんな風に名乗って北アメリカ大陸で神様始めてみたんだが、やらなきゃよかったと若干後悔している。

 いや、なんと言うか、実行してから歴史が根本から違っていると言うことを思い出した。そもそもアメリカに来る以前に跳梁跋扈する魔獣をなんとかできるかどうかと言うレベルであり、同時に魔獣の多くは地上にいると思われているようだが、残念なことに知られていないだけで海の方が絶対量は多かったりする。有名所で言えばリヴァイアサンやクラーケン等だが、それ以外にも海には数々の魔獣がのんびりと食物連鎖を重ねている。

 ちなみにだが、海の魔獣の中には個体にして群体とでも言うような巨大な群れを作るものもいる。そういった存在は一体一体は強くなくとも群体ならではの知恵を使ってきたりするので、小さいからといって弱いと決まったわけではない。基本的に海の中と言うのは大きく育ちやすいものだが、弱肉強食と言う自然の摂理を回すためにはそうした小魚も必要だ。生態系を壊そうとした場合は神から圧力がかかる仕組みだ。

 そんな魔獣が大量にいる中で海を渡ってちゃんと北アメリカ大陸まで行けるかは非常に怪しいし、そもそもそんな余裕を持てるかどうかもわからない。ウルクとブリテンに挟まれた国とか……あ、ギリシャにも触れてたか。可哀想になぁ……。

 

 まあそんな可哀想な成り立つかどうかもわからない国の事は置いておくとして、なんと言うか……やってしまった感が凄い。現在の北アメリカの宗教観と言えば、主に自然信仰であり、自然と同一視される様々な動物の形をした精霊信仰だ。俺のような竈の神はあまりお呼びではないが、太陽の神として、あるいは祭儀の神としてなら立場を取れる。太陽の神であり、祭儀の神である。だからこそ祭儀には火が用いられ、様々な形で火が使われる。

 ……で、一番やっちまった感がある事なんだが、クー・フーリンが槍をしまって杖に持ち替えて俺についてきていることだ。何考えてんだこいつ。

 

「あ? 良いだろ別に。夜に手を出そうとしてるわけでもなければ命を狙ってるわけでもないんだからよ」

「でもお前ケルトだしなぁ……」

「ケルトを問題児みたいに言うのはやめてもらえませんかねぇ?」

「脳筋と戦闘狂を足して二乗したような性格の奴しか存在しないくせになに言ってんだこいつ」

 

 しかもこいつ神を殺した師匠より強いってのが確定してるし、ついでに言えばやろうとすれば自力で自分が生まれた後の時代だったらいつでもどこでも現れることができるから逃げようにも逃げ切れるか怪しいし、ゲッシュも正確には『自分よりも位の低い相手からの食事の誘いは断らない』だから神の分体のようなものである俺の誘いを受けなければいけないかどうかは微妙なところだし……マジでなんでここにいるのか理解できない。

 ともかく、そんなドルイド状態のクー・フーリンを連れて北アメリカ大陸に神格を広めようとした結果、色々と問題が起きたわけだ。

 それまで崇められていた精霊達には割と顰蹙を買いそうになるし、その土地の存在はこれまで通りの生活にそれなりに満足しているようで新しい神格に対しての信仰とか期待できないしで、仕方無いから基本的に自然災害なんかで滅んだ集落から生き残りを集めて新しく集落を作ることで何とかした。精霊に関してはある意味では偶像崇拝とそう変わらないのでその辺りで色々とこじつけてやった結果、不満は出なくなっているし顰蹙を買うようなことにもなっていない。今のところ、ではあるが。

 

 ちなみに。そんな集落を作って暫くして、俺の呼び名が『大婆様』に固定された。なんだろうな。盲たふりでもしながら黒いローブに身を包んでいた方がいいのかね。確かにそれまで無かった農耕技術を与えて、自然の動物達と対話し、時にクー・フーリンと一緒に狩りに行ったりもしたが、なんでよりによって大婆様なんだろうな。実に不思議だ。

 



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竈の巫女、大仕事

 

 この時代、荒野と言うのは中々に過酷な場所だ。そもそも生物が少なく、水も無く、生命活動を続けていくだけでも苦労する。そんな場所だ。

 まあ、神秘の残る世界においては荒野よりも遥かに生きるのに苦労する場所も普通にあるが。

 例えば高山。多くの山が仙郷や天界等に繋がっているが、そのせいもあって山の環境と言うのは非常に過酷であることが多い。

 物理的にはあり得ないほどに広く感じるのは、仙郷等から漏れ出る魔力によって異界化し、空間が広げられているためであったり、そんな魔力に触れて育った動植物は様々な変異を起こしていることもある。だからこそ山籠りによる修行が効果的だとも言われているんだが。

 荒野と言えば西部劇を思い浮かべるかもしれないが、別に北アメリカ大陸西部でなくとも荒野はある。荒野には微生物があまりいないため畑には向かないんだが、逆に言えば微生物がいれば畑にすることも不可能ではないというわけだ。

 ただ、微生物がいない場所には微生物がいなくなるだけの確固とした理由が存在する。水がないことや、異様に暑いこと、放射能に汚染されていることなど、理由は多岐にわたるがどれも生きていくには過酷であるということが理由になっている事に変わりはない。

 では、どうすればこの近くに畑などを作ることができるのか。それはとても簡単だ。水を持ってくればいい。だが、俺は水の権能は持っていない。どうするかと言えば、無いなら持ってくればいいだけの事だ。権能が無くとも物理事象ならどうとでもなる。

 まずは周辺の調査。そして必要な所に必要な物を用意して、周辺状態の改造。精霊を扱う魔術のようなものがこの大陸には広がっているし、ついでにそう言った精霊への信仰は紀元前の3000年頃にはあったとも言われているのだ。確証は無いようだが、それでもかまわん。重要なことは、今この時代のこの場所において精霊の力を借りる魔術がかなり広く認知されて使われていると言う事だ。

 そして俺、と言うか『灰のテスカトリポカ』は、この時代のこの場所で初めて語られるようになった神格だ。この土地において神格とは精霊とそう変わらない存在であり、多くの集落で精霊を崇める祭りなどを行っている以上何もしないでもそれなりの力を得ることはできるようになる。特に太陽の神であり、祭儀の神である俺はそうした祭によって得ることができる信仰が非常に多く、太陽神として存在している以上は太陽を崇められれば俺にも信仰が入ってくる。自然信仰ってのはある意味超原始的な偶像崇拝だからな。人間が作った物ではないものを信仰するか、それとも人間が作った物を象徴として信仰するかの違い程度しか無い。俺からすれば小さな差だ。

 

 そうして手に入れた信仰の力で、水を持って来る。この場所では雨はそうそう降ることは無いが、代わりに地下深くまで掘れば水が出てくる。水が出てくるところを狙って集落を作ったのだから当然だが、こうなると本当に水に関わる権能が欲しくなってくる。ギリシャだと水に関わる権能は殆どポセイドンが抑えているし、抑えていない一部も雨やら外海やらと言った物ばかり。こっそりと雪の権能は貰っておいたが、ギリシャって雪降らねえから持ってるだけ無駄に近いんだよな。使える雨はゼウスが抑えてるし。

 だが、高山近くなら大雪を降らせてから溶かすことで湧水を用意することができる。四季のある地域ならば冬に雨季を持って来ることで雪を降らせてそれを溜め込み、夏に水にすることもできる。

 まあ、本当に最終手段になるがルーンで水を用意できるからあまり困らないし、五行を使って増幅すれば火と金属と水と植物と土があればほぼ無制限に出せたりもする。植物の代わりに同じ木属性の雷、電気でもいけなくはないし、空気も一応属性は木。水が少しでもあれば増幅に増幅を重ねてなんとかなるな。

 

 



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竈の巫女、大規模工事

 

 頑張りすぎた結果、森ができた。ちょっと意味が分からんな。だが意味がわからなくとも理由はあるし理屈も通る。その理屈は道理ではなく無理かもしれないが、神代においては無理なんてものは英雄や神の意思の前に割と押し通されてしまうものだ。結果として最後に通すことができさえすれば無理は無理ではなくなる。

 よくある『無理は嘘つきの言葉、途中で諦めるから無理になる』と言う言葉だが、それは根性論ではない。確率論だ。

 人間の想像しうる全ての出来事は現実に起こりうる事象だが、想像できたところで確率が低ければそう起きるものではない。それを起こさせるには、試行回数を増やしてやればほぼ0の確率であっても完全に0でさえなければいつかは現実に起きる可能性はある。

 ……と言っても、現状起きているこれは俺にとってはそこまで難しい理屈でもなければ不可解なことでもない。少々やり過ぎた自覚があるから現実逃避はしていたが、そもそも俺が主体になってやったことだ。理解できないことを実行するならその前に小さな実験室で同じような状況のミニチュアでも作って実験してから実行するだろう。

 

 で、話は戻ってこのそれなりに大きな森はなにかと言えば、植樹の権能を使って樹を植えてからクー・フーリンのルーンで水と金属を概念だけ引っ張ってきて、火を起こして五行相生で増幅を続けてやった結果、出来上がったのがこの森だ。ちなみに水は湖に、火は水と混じって温泉に、土は微生物がたっぷりの畑に、木はご存じ森に、金属は土と合わさり鉱脈になってしまった。いったいどれだけ規模が大きくなるんだろうな。

 と言っても、ちゃんと調整は加えてあるから火の力を大きくしすぎて火山を作ってしまったりはしていない。湖だって妙な魔獣が住み着いたとしても問題なく狩ることができる程度の大きさにしかしていないし、森の方もウルクにあったフンババの住む森と同じ程度のもの。温泉は色々と種類ができたが、源泉は一つである以上あまり大きくはできないし、鉱脈については地下深くに押し込んでマントル内に対流させることで散らしてしまう。ちょっと世界的に鉄が多くなってしまった感じだが、この場所にあまり多くの物を集中させると言うのもあまりよろしくない。水に森に豊かな土、これがあると言うだけでかなりの好条件だと言うのに、鉱脈に加え冬でも簡単に暖を取ることができるとなれば、人間だったらこの地を奪おうとしてもおかしなことではない。人の欲とは限りないものだと言うのはよく理解しているし、それで破滅した人間も多く見てきた。流石ギリシャだよな、色んな意味で。

 だから、俺が率いるこの民族は生きることと代を重ねることを何よりも優先できる奴を多く呼び込んでいる。まるで獣のような在り方だが、人間も動物である以上獣とそう変わるものではない。結局は育て方の問題だ。

 ただ、人間と獣の大きな違いは何かと言われれば、人間は今の限界を越えるために訓練をすることができること、だろう。獣は必要にならなければそんなことはしないし、数度で大概諦める。しかし人間は必要になるかどうかもわからない事に備えて自身の限界をより高くすることができる。その点だけは俺も認めている。

 ちなみに神格はそう言う点では獣寄りだ。自身のできることを増やそうとする神格などそうは居ない。俺が知っている限りで言えば、俺だけだ。

 ちょっと珍しいくらいだと自分では思っていたんだが、なんで自分にできないことをそのままにしておくんだろうな。自分以外に遥かに上手い奴が近くにいるからそいつに任せればいいとでも思っているのかもしれないが、それだといつか破綻が来るかもしれない。そんな時のためにも自分で多少はできるようになっておくべきだと思うんだが。

 



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竈の巫女、森の大賢

 

 森ができて、畑ができて、湖ができて、ここで過ごす者達は農耕民族となった。と言っても農耕だけで過ごすわけではない。確かに農作業はするが、狩りもするし魚も取る。俺が作った湖には魚はいなかったんだが、水草が豊富に存在し、溢れだした水が川として別の川に流入したとこらから逆に入ってきた様々な小魚などが少しずつ新たな生態系を作り上げている。

 今はまだ人間が食べるような大きさの魚は少ないが、この調子で増えていくならば恐らく十年程度で豊かな湖となるだろう。今でも植生だけならば十分に豊かと言えるものがあるのだが、残念ながら植物以外があまりにも少ない。なお、植物プランクトンは植物に含めるものとする。

 後、森に蜂を住まわせ始めた。これによって受粉が行われるようになり、より植生も豊かになっていくことだろう。雀蜂? あれはいない。俺の主観で言えばあれは害獣だからな。うちの蜜蜂は雀蜂よりいくらか強いが、居るよりいない方が良い。はっきり言って邪魔だ。積極的に獣を殺しに行くし、植物の受粉を助けることもしない。発展させていかなければいけない時だと邪魔以外の何物でもない。

 

 で、森と言えばちょうどいいところに森の賢人と謳われるドルイドさんがいらっしゃるではありませんかこれはなんという偶然。運命的ですらあるな。

 

「なぁにが運命だよあほらしい」

「安心しろ、俺もそう思いながら戯れに言ってみただけだ」

 

 運命か。運命だったらある程度大きな流れだけなら予言の権能を貰った時から読めてしまっているから、あれだ、どんな本でも読む前から粗筋がなんとなく読めてしまっているような感じであまり心の底から楽しむと言う事ができなかったりする。それに、俺の前では確率とかあまり役に立たないからな。必要なら俺が求めた未来を持ってこれるし、時々必要でなくとも勝手に持ってこられる事すらある。まったく、なんて厄介な権能だよ。

 とは言っても、そういった権能を普段から利用している俺がどうこう言えるような事じゃないんだがな。

 

「だが、森についてはお前が一番だと言うのは間違いないだろう? 俺に任せると森が変な方向に進化して内側の空間が歪んで変な所に繋がったり、スカイ島への直通経路ができたり、ギンヌンガの淵より深い渓谷ができる可能性すらあるしな」

「なんだそりゃ、おっそろしいねぇ」

「冗談じゃないってのが一番恐ろしいところだよな」

 

 俺の言葉に一瞬顔をひきつらせたが、それでもある程度はこちらの意をくんで動いてくれるあたりなんともありがたい。一部は冗談だと思っているようだが、残念ながらそう言う確率がほんの僅かではあるが存在するのは間違いなく事実だし、そしてほんの少しでもあれば引っ張ってこれるのが俺だ。俺についてきた当時の自分の判断を恨むんだな。

 



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竈の巫女、フラグ折り

 

 神話を破棄するためには、大きな力が必要となる。それこそ、神話全てを跡形もなく破壊するのだから、最低限物理的にその神話を知る者もその神話を伝える物も消し去ることができる程度のエネルギーは必要となる。

 幸運なことに、俺が作ってしまったかもしれない神話は未だ誰にも知られることの無いままであるため、概念的にも非常に脆く、そもそも神格の形成されていない状態なので概念を補強する存在もない。この状態ならば、恐らく問題なく破壊することはできるはずだ。

 

 問題があるとすれば、やるのが(ヘスティア)ではなく(ベル)だと言うことだな。要するに、人間の体で神話を一つ破壊し尽くす出力が出せるかって事だ。

 いや、出すだけなら出せないことはない。ただ、出した結果この身体が崩壊する可能性が高いのが問題で、それを何とかするために現地に協力者───信者を作っているのだ。

 信者から贈られる信仰をヘスティアではなく俺が外部装置に溜め込み、そして必要量が溜まったら全てを使って神話を砕く。そう言う策な訳だが……アメリカが成立するまでおよそ千年。さて、間に合うかどうか。

 そも、俺は神話として作り上げたわけではなく、神話から一部を抜粋した形で遊星を作り上げ、剣を打った。ただそれだけの繋がりから神話全てが実現するにはそれなりに時間がかかる。間に合うとは思うし間に合わなかったら最終手段も取るつもりだが、まあ間に合うはずだ。

 神話生物も居なければ邪神もいない。旧支配者さえも居ないのならば、ただ神話を破壊するだけで済む。旧支配者が出てくる前に、そして外なる神が現れるよりも早く、存在しているかどうかも怪しい神話を崩壊させなければならない。

 と言うか、そもそも俺は神物語で神話を作り出した覚えは無いんだよな。もしかしたら現れている可能性が無きにしも非ずって程度で、それでももしも本当に現れていた時の被害があまりに大きすぎるから準備だけはしておくことにしたと言うだけで。

 結果的にアメリカ合衆国が成立するかどうか怪しくなったし、ネイティブ・アメリカンと呼ばれることが無くなるかもしれない彼らに農耕技術と文字が与えられてしまったし、俺の知っている未来とはかけ離れてしまいそうだ。第二次どころか第一次の世界大戦すら起きるかどうか……ああ、いや、起きていたな、第一次は。様々な神話が繋がり始めたせいで、神々の住む場所、天界などと呼ばれる場所も一つになり始めている。その領地争いが神々の間で起きていたはずだ。

 ちなみに俺は速攻でインド神話のガルダをカレーで手懐けて本能に任せて暴れまわってもらいつつ自分は身を隠したから被害はない。他の多くの場所は被害でまくったらしいが、喧嘩を売ってきた相手のことまで考えてやれるほど俺は強くは無いからな。上手くはあるかもしれないが、それも力任せで貫かれる可能性がある程度の物だ。俺は確かに武神ではあるが、俺以外にも武神や戦神は多くいる。破壊神なんて奴らほど厄介ではないが……いや、どっちもどっちか。単一の戦闘能力が高いか、最終的に目的を果たすことを優先するかって違いだからな。厄介さではそう変わらない。

 

 ……最近、創造神としての権能で作れるものが増えた。以前から別の権能で代用できていた物だが、何と運命その物を作れるようになったのだ。

 要するに、絶対にありえないはずの未来の可能性を作り上げ、予言の権能によって強固にしてやれば、ありえない未来を実現させることができるようになると言う事だ。

 と言ってもそこまで無茶が効くのは俺の世界の中だけだ。普段から過ごしているここではそこまでの能力は流石に出せない。他の神も多いし、運命の神や未来を見通す神ってのは結構どこの神話にもいる物だからな。そいつらの権能に邪魔されてはそうそううまくいく物じゃない。

 逆に言えば、それさえ無ければいくらでも使えると言う事なんだが。

 



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竈の巫女、神話崩壊

 

 神話崩壊。数十年ほどの時間をかけた結果、あの神話を崩壊させることに成功した。出現しかけていた脆い世界を崩壊させるのはそこまで難しい事ではなかったし、そもそもあの神話の生みの親が俺だと言う事も功を奏した。

 

 ……だが、まあ、これを見てくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 神造人間改良型試作一号機『ベル』

 Lv.24

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0 天運:S 異常無効 神格保有 料理術:SSSS カレー製作:SSS 薬膳:SSS 拳聖:SSS 滅殺術:SSS 魔神:SSS 境界支配 教導:SS 再生:S ハメ技:SSS 大殺界:SS 剣帝:SS 槍術師:S 二道踏破(求・覇) TAS:A 理外 単独存在 殺神:I

 

 

 《魔法》

 【カマドガミ】

 ・ヘスティアの意思を受けて行動する。常時発動。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、得た神格及び権能を捧げる。常時発動。

 

 【マジックマスター】

 ・ヘスティアの使える魔法ならば使用できる。

 ・ヘスティアの元に帰還した時、それまでに自作した魔法及び習得した魔法技術をヘスティアに捧げる。自動発動。

 

 【ツール・アシステッド・スーパープレイ】

 ・ステータス『TAS』の値に比例して行動を補正できる。

 ・理論上このスキル無しでも実現可能なことでなければ実現できない。

 ・自身の行動を実現可能な範囲で理想のものとする。

 ・確率が0でない限り、理想の事態が起きるようにできる。

 ・行動によって確率を操作できる。

 ・確率を目視できる。

 ・未来を知ることができる。

 ・到達点に立つことができる。

 ・自動でこの魔法は隠蔽される。

 

 《スキル》

 【竈神(?)の言う通り(ヘスティア・ミィス)

 ・竈神ヘスティアが竈神としてできることに関すること限定で神の権能の一部を使用できる。

 ・カレー制作時及び今まで存在しなかった物の製造時に極大の補正。この補正は重複する。

 ・死亡時、ヘスティアの場所に肉体が転移する。

 ・境界の神ミシャグジとしての力と権能を使用できる。常時発動。

 

 

 【華雲邪神(ウラボス)

 ・戦闘能力を悟られにくくなる。

 ・近接戦闘及び武器使用時に絶大なる補正。

 ・魔力及び魔法使用時に絶大なる補正。

 ・定められた『主人公』以外に敗北しなくなる。

 ・定められた『主人公』と出会いやすくなる。関係がどうなるかは不明。

 ・ステータスの伸びが良くなる。ただしLvの上りは遅くなる。

 ・自身についての隠匿能力を身に着ける。

 ・このスキルは神ヘスティア神の関係者かつ許可した者以外には表示されない【隠し効果】

 ・あらゆる状態異常を無効化する【隠し効果】

 ・敗北から再起した場合、全てのステータスが二倍になった状態でレベルを一つ上げる。ただし、全力で戦って敗北した時のみこの効果は発揮される。【隠し効果】

 ・神の力を無制限に使用可能【隠し効果】

 ・変身能力を得る【隠し効果】

 

 【神物語(カミモノガタリ)】【隠しスキル】

 ・神を作り上げることができる。また、作り上げた神は眷属神となる

 ・神を殺(消)すことができる。殺(消)した神は復活及び再生・再起しない

 ・神話を削除することができる。削除した神話を語る存在及び知る存在も同時に削除される

 ・神話を作ることができる。作りたくない場合は事前に『架空の神話である』と明言しなければならない

 ・神話を作る際、世界が創世されることもある

 ・作った神及び神話に存在する神格の権能を一部壊れた上でヘスティアに献納する

 

 【■気神話(ク■ゥル■・ミィス)】【隠しスキル】

 ・ヘスティアの作り上げた神話『ク■ゥル■神話』の神格及びその眷属の権能や能力を一部使用できる。ただし、『不在星剣』を発動の核としなければ発動できない。

 ・発動時、剣を視界に入れた者はSANチェックを行う。成功1D10、失敗1D100。

 ・敵対する属性同士の能力は使用できない。例外あり。

 ・権能・能力は一部崩壊しているため、予想外の効果が表れることがある。

 

 

 

 

 

 ……酷いものだろう? まさかこんなことになるとは少ししか思っていなかった。

 まず、レベルだ。22から24に上がっているのがわかるだろうか。神話を一つ崩壊させた結果、レベルアップにつながったと言う訳だな。お蔭で基礎ステータスは軒並み0だが、ステータスはすぐ上がるから問題ない。何よりも問題なのは、新しく出てきたスキルだ。

 一部文字化けしているのは、神話を破壊した結果権能や能力などが一部壊れたためだ。壊れたせいで完全に扱う事は出来なくなったが、壊れたお蔭で色々と組み替えるのが楽にもなった。まあ、その辺りは後日、な。

 



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竈の巫女、祭り奉る

 

 年に一度の収穫祭。ちょうどいいところにケルト出身のドルイドが居るからそっちの方から引っ張ってきてみたんだが、中々に好評だと言えるだろう。

 ハロウィーンと呼ばれる収穫祭だが、収穫以外にも安産や一家の健康などを祝い、祈る場でもある。俺は家庭の守護神だからな。それに死のうちの病死も司っている。家庭を守るにはこれだけあれば十分なはずだ。

 だが、十分と完璧はまた違うもの。そして俺は基本的に十分なものは作ることはあるが完璧なものは作ったことがない。作ろうとも思わない。作りたいとも思わない。そう言うのは結局幻想であった方がいいものだ。

 完璧を求めすぎると人間味を失うし、人間味を失った人間の集団が向かう先は例外なく衰退だ。人間が滅ぶのならば衰退ではなく絶滅であるべきで、そこには必ず何らかのストーリーがあってしかるべき。どれだけつまらないものであっても、どれだけ短いものでも、必ずあるものだ。

 だからこそ俺は完璧に守ることはしない。完璧に守ってしまっては、人間らしさというものが薄れてしまう。強欲でありながら謙虚で、愚かであると同時に賢しく、自身を騙し続けながらも自身に正直な、そんな人間模様というのが俺は好きだ。その辺りは邪神でもない限りはどの神も同じなんじゃないかね?

 

 祭りでは、数々の精霊と俺に対して捧げ物がされる。農業によって作られた作物や、狩りによって得られた水牛や魚。そういった食物を中心として、動物の骨を削って作り上げた装飾品や美しい石を研いで穴を開け、紐で繋いだ首飾り。そういったものがところ狭しと並んでいる。

 大人も子供も笑いながら収穫物を食し、様々な形で調理を施された料理に舌鼓を打つ。

 

「うまっ。最初の頃のあれとは比べ物にならねえな」

「最初は余裕がなかったからな。食わなければ生きてはいけないが、美味いものを食わなくても生きてはいける。余裕がない奴等が一番に削るのが食事だ」

「分かりやすいこった。ところでよ」

「殺すぞ」

「毎年の事だが駄目か」

「毎年の通り駄目だ。そもそもお前選り取り見取りだろうがそっちで我慢しとけや」

「いい女がいれば口説くだろ?」

「ケルトめ」

「ケルトを問題児と同じような意味で使うのはやめてもらえませんかね?」

「割とあってると思うがね」

 

 ギリシャが言える立場かどうかはまた怪しいが、俺はできる限り矯正はしたから言える立場だと思いたい。と言うか例えギリシャ全体から言うことができなかったとしても俺は言うことができるはずだ。ヘスティアと言えばギリシャ神話界の良心と言われることもあったそうだからな。

 俺が良心かはまた置いておくとして、少なくとも俺は性に奔放ではない。その事に限れば間違いなくケルトにケルトめとかケルトだし仕方ないとか言えるはずだ。

 ただ、俺は他人の性事情にまで関わろうとは思わない。向こうから『助けてあの馬鹿浮気してるの』とか言われれば、まあ近しい間柄だったら関わりにいくかもしれないが。

 

 あ、ただ、基本的に性的な接触は却下な。

 



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竈の巫女、分霊体

 

 一度作り上げておきながら必要なくなった、あるいは興味がなくなったからと投げ捨てるのは俺のポリシーに反する。最後まで付き合うことこそしないにしても、俺が離れても問題なく回るようにするくらいのことはしておかなければならないだろう。それが責任と言うものだ。

 まあ、実際には神にそういった責任は一切存在しない。神に責任があることは、それこそその神が司ることに関してのみだ。それ以上は問えないし、問うたとしても意味はない。それこそ自己満足程度の事であり、自己満足のために動くのが神の基本的な在り方だ。

 要するに俺もよく居る神と変わらないと言うことだが、わざわざ変えたいとも思わないし変えなければいけないと言うわけでもない。それこそ『そうしなければいけない理由はない』。

 

 だがまあ、俺は人間にかなり寄ってる神だからな。後の事も多少は考えるさ。

 さて、問題はどんな形で残すかと言う事だが、ここで新しい神格を作ることはしたくない。せっかく壊した某神話がもう一度作られてしまう可能性があるからな。あれはちょっとしたホラーが混じってさえいれば簡単に混ぜ込めてしまうからできるだけここで神格は作りたくない。

 ならどうするかと言えば、神格が作れないなら巫女でも作ればいいって話になる。神官でもいいが、残念なことに俺の神官は処女でなければいけないって決まりがあるらしい。実際にはそんなことは無いし、普通に産めよ増やせよ地に増えよ、ただし限度はあるから守れよ? って感じなんだが、まあその辺りを気にしつつ権力が集中しすぎないように気を付けながら色々と教え込んでいくことにする。知識は大事な物だからな。誰もが知っていなくとも、誰かが知ってさえいれば狭い範囲の組織なら十分だし、そうした知識はしっかりと継承していけば小さな集落程度なら問題なく続けていくことができる。所謂物知り婆さんとかそう言う存在になるわけだな。

 ちゃんと知識の継承さえできていればいいんだが、こういうのは中々難しい物だからな。正確に物事を伝えていくには、やはり文字が必要だ。一般で使われなくとも、必要な所で使われてさえいればそれでいい。

 しかし、それを一体どうやって伝えていくか。今この場で突然に文字を与えると言うのもおかしな話だし、そもそも覚えられるかどうかも怪しい。覚えられなくはないだろうが、しっかりと記憶にとどめておけるかどうか。そこが一番の問題だ。

 

 で。考え付いたのが俺の分霊を何かに憑依させておいて行くことだ。(ヘスティア)の象徴と言えば竈の炎なんだが、今の俺はヘスティアではなく灰のテスカトリポカ。テスカトリポカの象徴と言えば、間違いなくこれだろう。

 そう、鏡だ。それもただの鏡ではない。テスカトリポカの名が示す通り、煙を吐く鏡、黒曜石を磨き上げた物であるべきだ。実際にはテスカトリポカ……赤や青ではなく、黒のテスカトリポカには、それ以外にも多くの二つ名があったりするが、まあ気にすることは無い。ついでに気にする意味もない。気にしようが気にしまいが、結局現実にやることに変わりはないんだからな。

 

 さて、できるだけ大きな黒曜石を一枚鏡にするように磨き上げなければ。中々大変そうだが、仕方あるまい。

 



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竈の巫女、設定完了

 

 一枚の大きな黒曜石が見つからなかったので一度粉々になっていたり破片になっていたりした黒曜石をすべて溶かしてから冷まして一枚板を作り上げ、そしてその一枚板を片面しっかりと磨き上げて鏡を作り上げ、額に嵌め込んで彫金を施す。

 鍛冶の一環として多少の彫金はできるが、かなり久し振りで腕が落ちていることが自覚できる。これは鍛冶の方も慣らしが必要かもしれないと思いつつ、今は鏡の方に集中する。

 鏡には術を込める。しかしここで一つ思い付きが頭を過っていったので、それを実現するために意匠の同じ黒曜石の鏡をもう一枚作る。ただし、一枚目の大鏡と違って二枚目は手鏡だ。

 

 二枚の鏡にかける術は基本同じ。対象を選定し、選定をクリアした対象に知識を刻み込む。大きな鏡は祭壇に飾られることも考えてしっかりとセーフティを作っておいたが、手鏡の方はある程度緩くしておいた。と言っても分霊を憑けてそいつが判断するから基準をどうするかの違い程度しかないんだが。

 そして、大鏡と手鏡を向き合わせて合わせ鏡をすると、その間にいる存在に分霊の意識を一時的に憑依させる。そして身体を動かして敵対者を葬り去って……まあ、身体の持ち主はよほど運がよくないと死ぬかもしれんが、全体が死ぬ瀬戸際ならやる奴はいるだろう。勇気ある選択と言うべきか、はたまた哀れな生贄と呼ばれるか……実際にはしっかり鍛えていれば助かる可能性もあったりするんだが、気付く奴はそういないだろう。巫女に身体能力を期待する奴なんて早々いない。ゲームじゃあるまいし。

 巫女に求められるのは戦闘能力ではなく神との相性。それも、できるだけ多くの人間の役に立つ神との交信能力だ。戦闘とはかけ離れている。それが必要だと、いったい誰が気付くだろうか。

 

 ……居るんだよなぁ、そう言う奴。なんだかわからんが様々な方法で検証を続けて、僅かにしか残されてない情報の断片のそのまた断片を組み合わせた物から正確に状況を理解した挙句に解決策まで思い付く、生粋のキチガイが。人間だった頃から思うんだが、そう言う奴ってどんな頭の作りをしているんだろうな。神になって性能が阿呆みたいに上がった俺でも、情報が足りなかったらわからないことがあるんだが、普通は足りない情報を推測と推理でおよそ正確に引っ張り出してくる。マジで気狂いだわあいつら。

 まあ、そう言う奴らに解明される前に、一応巫女になる奴には『体を鍛えておくように』と言っておくか。そう言うのがあるだけでもこっちとしては言い訳が立つもんだし。

 

 はい、インストーラーの構成完了。これでよし。

 



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竈の巫女、置き去る

 

 鏡の中の分霊だが、実のところ分霊と本体とは何も変わらない。変わるとしたら最大出力程度だろう。分霊とは基本そういうものだ。

 俺の出力は元々そう大きい方ではない。権能や技術を使って増幅することに長けている自覚はあるが、それでも神の中ではかなり小さい方だ。

 流石に小神やら従属神、八百万の神の中でも小さい方の奴等と比べれば強い自信はあるが、他の神話の有名どころと比べればかなり弱いはずだ。なにしろ元々竈の火の神だしな。今でこそ太陽だとか星の運行の一部だとかを司っていたりもするが、どれも本領ではない。慣れと技術でそれなりには出来るようになっているが、専門でやっている本職には届くかどうか。

 

 そう言う事で、分霊だけに任せて去るのもあれだと思ったからドルイド状態のクーフーリンも置いて行くことにした。かつてメディアにやったように、英霊記録に記録されたクーフーリンの影のようなものをあの形にしてからだ。槍と剣を主に使う戦車乗りで、投擲用の城を持っているとかもう意味が分からん。城は投げる物ではないはずなんだが、あいつ『知ったことか』と投げてきやがる。頭おかしいんじゃないか?

 あ、ケルトで頭おかしくない奴は居ないか。そうだな、すまんすまん。

 

「だから何であんたはケルトにそこまで辛辣なんですかねぇ」

「うるせぇ犬肉ぶつけんぞ」

「おいやめろ」

 

 だってケルトだから仕方がない。この身体を初めてぶっ壊す原因になったのがケルト出身だからな。仕方ないな。とりあえずケルトは逝っていい。

 まったくこれだからケルトは。

 

「風評被害が凄いんですけど!?」

「突然現れて『抱かせてくれ』って言ってくる奴と、それを見て『俺も混ぜて』って言葉が初めに出てくる奴らの集まりだろ? 言われても仕方ないと思うぞ?」

「畜生何も反論できねぇ」

「反論してもいいぞ。暴論でも肉体言語でもいい。やったら殺すが」

「できねぇじゃん!」

 

 死を覚悟すればできるぞ。可能か不可能かでもできないことは無い。ただし、実行に移すことができたとしてもそれを俺が素直に受け入れることはまず無いが。

 ちなみに、死を覚悟すればできる事ってのはただの人間でも相当ある。『パンはパンでも食べられないパンってなんだ?』と言うなぞなぞがあるが、色々と答えがある。フライパンだの腐ったパンだのパンダだのパンツだのと、それこそただのパンでなければ無数にだ。

 だが、実際の所フライパンはそれを構成する鉄分子がほんの僅かずつ炒め物などによって混じるし、腹を壊したるする覚悟があれば腐ってようがカビが生えていようが食べることはできる。パンツはあれ、ただの繊維だ。胃酸で解けるし食えないことは無い。俺は嫌だが。パンダだって、中国やら国際条約やらで守られていると言っても殺してその場で喰らいつけば食べることはできる。バレたら死ぬが。鉛弾によって自分の体重が三倍とか五倍とかになって死ぬが。

 ……いや、今なら行けるか。自然保護とか全くないし。

 

「……麻婆食いたくなった」

「はぁ? まー、なんだって?」

「麻婆」

「なんだそりゃ。食い物か?」

「美味いぞ。作り手の腕にもよるし、人の好みにもよるが」

 

 せっかくだし、作るか。うん。

 

 



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竈の巫女、おかわり

 

 麻婆を麻婆して麻婆の麻婆を麻婆が麻婆に麻婆ゆえ麻婆と麻婆なのが麻婆なる麻婆きたりて麻婆を麻婆に麻婆が麻婆ゆえ麻婆は麻婆し麻婆な麻婆を麻婆で麻婆なりて麻婆ゆえに麻婆く麻婆る麻婆で麻婆は麻婆。

 麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆。

「おいやめろ。つーかどうしたなんかいきなりまーぼーまーぼー言い出して」

「気にするな。カレーばっかり作っててスパイスの配合間違えたから戒めに麻婆麻婆してただけだ。今度は失敗せん」

 

 最近麻婆作ってないし、作ったとしてもマーボーカレーだったからな。ちゃんとした麻婆とマーボーカレーでは使うスパイスや比率が違う。共通するものも多いが、25辺りからそれぞれのスパイスの風味がぼやけてしまう。適切なものを抜いていかなければ美味いマーボーカレーは作れないし、麻婆にしてもカレーとは大分違う。美味い麻婆を作るならその地に暫く居ないと作れない物なんだが、人間の舌ってのは大概地元の味こそ一番に感じるものだ。一部除いて。

 まあそう言うわけで、ケルトによくいる猪を材料にする。ケルトにおいて竜より猪の方が強いということがままある。竜を殺した戦士が猪の牙に突き殺されるという話もよくあるものだし。

 ただ、ケルトの竜は一部を除いてあまり強くはないのだ。かなり北の方で寒いため、竜の動きが鈍かったりするのもその原因の一つだったりするんだろうが、それより何より猪がやばい。

 

「そしてそんなやばい猪を狩って捌いていい感じに調理した麻婆がこちらになります。豆腐がないから麻婆豆腐じゃなくて馬鈴薯から取ったデンプンを細い麺状にした春雨モドキを入れている。さあ食え」

「……めちゃくちゃ赤いんだが」

「そういう料理だ」

「……めちゃくちゃ目に染みるんだが」

「そういう料理だ」

「……なんか蠢いてるんだが」

「熱いからだ。生きているわけではないから安心しろ」

「……え、なに、これ食えるの?」

「口に入れて飲み込み、胃に納めてから消化できることは保証する。味については好みが別れるからなんとも言えないが」

「……不味かったら不味いと言うぞ?」

「不味いものを美味いと言わせるほど性根が曲がった覚えはない。安心しろ」

 

 この後滅茶苦茶おかわりされた。

 

 



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竈の巫女、囁祈唱念

 

 クー・フーリンが麻婆の食べ過ぎで死んだ。途中から食べ過ぎで死ぬんじゃないかとは思っていたんだが、クー・フーリンは自分の体温で巨大な風呂桶いっぱいに張られた水を全部蒸発させた挙句に追加で水をかけてそれも蒸発させたって逸話の持ち主だから新陳代謝もかなり良いんだろうと思って気にしないで食わせ続けたんだが、それでもどうやら限界があったようだ。愚かなことだ。ここまで愚かなことはポセイドンでもやらなかったぞ。

 麻婆を食べ過ぎて限界が来ても食べ続けて体に入りきらなくなって内圧で弾け飛ぶとか、馬鹿だとかそんな言葉で済ませることができないレベルで馬鹿すぎる。こういう死に方はいったい何死とすればいいんだ? 弾け飛んでいるから爆死か? それとも使った物から考えて麻婆死? 原因は食べすぎだから(ショック)死というのもありかもしれん。

 

 ……カレーで殺したことは俺の知る限り一度もないが、麻婆で人は殺せるのか……確かにかなり辛めではあるが、ごく普通の麻婆なんだがな。なんでこうなった。

 いや、それはいい。あまり良くはないんだが、いい。とりあえずこいつの上半身と下半身、そして麻婆にまみれた腸を並べて、陣に置く。

 

「……なに、してんだ……?」

「お前身体が上下で真っ二つになってるんだから死んどけよなんで生きてんだお前」

「あんしん、しろ。すぐ死ぬ……」

「いや、死ぬな。死んでなければそっちのほうが楽だ」

 

 ささやき、いのり、えいしょう、ねんじれば死んだ人間でもある程度の確率で復活できるんだ。死んでないやつが相手ならささやき、いのり、えいしょう、ねんじればまず間違いなく復活することだろう。

 失敗したら? 灰になる。そして人理からも焼却される。まあ死んでいなければおそらく問題ないだろう。ちゃんとやれば成功率も上がるし。

 

「えーと詠唱文は何だったかな、あー、まあ、適当でいいか。カレー、マーボー、シチュー、ストロガノフ~」

「雑だなオイ!?」

「あまり叫ぶな、せっかく集めた腸が飛ぶだろう」

 

 せっかく治り始めているんだから、おとなしくしておけっての。

 ただ、これどうも完全に治りきるかどうか怪しいところだ。はっきり言うと完治は無理じゃないかとも思う。まともな人間だったら―――訂正しよう。きっと治るなこいつなら。あんまりにも阿呆すぎる死に方したから忘れていた。こいつまったくもってまともじゃなかった。なにしろこいつ、投薬とか一切なしでただ本気で切れただけで瞳が重瞳になる上に光彩ではなく瞳の色が変わるとかいう頭おかしい奴だし、しかも切れた後しっかり暴れまわってすっきりすると瞳の色も重瞳も元通りになるとかいう世界の様々な法則その他に喧嘩売っているとしか思えない体質だし。

 まあ、身体の吹き飛んだ部分と血がかなり足りていないから若干麻婆が混じるが、別にいいよなそのくらい。

 



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竈の巫女、出て行く

 

 クー・フーリンを治す際に若干ではあるが体組織に麻婆由来のものが混じってしまったが、ちゃんと調整はしたので影響は出ていないはずだ。味覚が麻婆を最高級に美味いと思うようになってしまう程度だろう。多分。

 概念的には麻婆が身体になっているわけだから変調が起きないということこそありえないが、それでもその変調を最低限に押さえ込むのが俺のやり方だ。

 残念なことにクー・フーリンは麻婆の虜となってしまったが、多分大丈夫だ。クー・フーリンは早々死なん。死んでもなんでかなんとかなる。実際今も死んでから数百年ほど過ぎているのになんでかここにいるしな。なんでか。

 

「そう言えばお前なんでこんなところにいるんだ? お前もう死んだだろ? 影の国に───」

 

 あ、そうだ、そうだったな。ケルト神話における冥界の立ち位置にあるのは、スカアハの居る影の国だった。生者が死者の国に生身で行けるんだから、死者が道を逆に辿って生者の国に出てくることもあるか。なるほど。

 理解したし納得もできた。なにしろ死者が生者の居る世界に出ようとする話はギリシャ神話にも日本神話にも存在する。その辺りの事を理解できない筈もない。

 どちらかと言えば俺はクー・フーリンが上と下の真っ二つのまま数分生き長らえた挙げ句に俺の行動にツッコミまで入れたと言う方が色々おかしいと思う。普通に考えれば神でも死ぬぞそんなことになったら。俺が死ぬかどうかは知らんがな。

 まあともかくとして、こいつは本当に激流に身を任せ頭がどうかしている。普通死者が生者の世界に来るときには外から連れ出されなければいけないはずだってのに、なんでこいつは当然のように自力で出てきてるんだか。あれか? 影の国の女王を手籠めにしていろいろと頼み事とかしている感じか?

 だが、正直あいつの伝説のことを知っているとよくもまあそんなことができるもんだと思ってしまう。あいつ、自分が見逃した奴に対してクー・フーリンが不快そうな顔をしたというだけで即座にそいつらの後を追いかけて皆殺しにした挙句、殺すのに使った武器を血まみれのまま『これが私の気持ちだ』と笑顔で渡してきたり、クー・フーリンがほかの女に特に意味もなく視線を向けているだけでその女を殺しに行くようなヤンデレ気質。俺、ヤンデレは苦手なんだよな。苦手というか嫌いでもある。

 だってほら、怖いじゃないか。自分のことを何でもかんでも全て調べに調べ尽くしてる奴とか、もう本当に何を考えているのかわからなくて怖い。だからスカアハもできれば関わりたくない。

 

 ……あ、もしかしたらやばいかもしれんな。さっさとこの身体はマーボーでできている男をケルトの影の国に返してやらないと、俺が襲われる可能性がある。あー怖い怖い。

 



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竈の女神、更新する

 

 ようやく帰ってきた俺の身体に刻まれた恩恵を更新する……が、今回は大して成長していないようだ。まあ、仕方がないな。長く動かしていたとは言っても山もなく谷もなく極平穏な生活を続けたのだから、以前のように頭のおかしい女王に殺されかけたりした時に比べれば成長率が悪くて当然だ。

 スキルも増えていないし、魔法も新しく増えていない。アビリティ自体は増加しているが上がり幅は大きくない。まあ、平穏な生活を続けた結果と言われてしまえばそこまでか。

 

 それと、作っていた世界がちょうどいい感じにできあがったので、この時点で一度時間を止めて保存しておく。失敗した時の事を考えるとこうしていくつかバックアップを取っておかないと不安になるからな。作ろうとすればまた作れるが、流石に面倒臭い。

 世界をコピペして増やすことは問題ないんだが、それを保存するのは少々面倒臭かったりする。それでもやっておこうと思うのは、俺が未来の面倒事を回避するために今面倒な事をやっておこうとするタイプだからなんだろうな。お陰で家に世界を入れた箱が増える増える。うち一つはそれらしく見せるために透明度の高い水晶の筒に入れてあったりするが、これがこれから使う世界になる。失敗したらすまんな。

 

 この世界に恩恵を広めるためにやることは、まずはダンジョンを塞ぐことだな。完全に塞いでしまうと問題しか出ないので入り口などは作るつもりだが、入り口以外からは外に出てこないようにしなければいけない。

 ……まあ、入り口を一つにすると決めたわけではないがな。

 

 それに、力を封印したままではどうしても俺だけだと無理が出てくる。そのために色々と根回しと言うか、ベータテスターのような存在を作ろうとしたわけだ。

 まあ、俺が貸しを作ってあってかつ世界の破滅を望んでない奴らを集めてダンジョンに対処させてから、そのまま本番を開始するって感じか。

 ちなみに使用料として権能の一部を置いて行ってもらって仕事の肩代わりを権能そのものに染み着いている本神の残留思念から式神を作ってやらせる方式を取っている。俺もそこそこ仕事は多いからな。仕事が完全に滞ってしまうと問題だとかそう言うレベルではなく普通にやばい。世界が文字通りの意味で上手く回らなくなってしまう。

 まあ、そのあたり了承できない奴は恐らく早々いない。なぜなら神ってのは基本的にどいつもこいつも暇を持て余しているんだからな。権能の欠片で暇潰しができるんだったら間違いなく乗って来るだろうよ。それも、自分たちの仕事を放り出した挙句その仕事を他ならぬ自分の分身がやるってんだから、自分の心に嘘をつく必要も全く無いわけで。これで乗らない奴は、恐らく仕事が大好きなんだろうな。日本人のようだ。

 

 ちなみに日本の神格の多くは仕事が嫌いだ。そのあたり、人間が作った神格に似なくてよかったと思う。島国で怠惰に暮らしていたらあっという間に生存圏が縮小してまともに暮らせなくなるから怠惰になろうとしてもなれない事情があるんだが。

 



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ようやっとダンまち本編(なお古代)
竈の女神、送り出す


ようやっと始まりじゃオラァ!


 

 ベータテスターとして俺が呼んだのは、ギリシャ神話の黄金時代の土台を作り上げた旧き主神、ウラノス。毎日毎日あまりにも暇で暇で変わらないはずの神格なのに呆けそうになっていたから無理矢理引っ張り出して説明したら一気に元気になった俺の爺さん。婆さんのガイアは来ていないが、正直俺あの婆さんとあまり性格が合わないからお互いに触れない方が幸せに過ごせるんだよな。

 それから日本神話から洩矢神の一柱と、すでに役割とかが殆ど無くなりかけている神格をいくらか集めてきた。

 ギリシャ最古の海神ポントスや既に死んだ神格の残滓から生まれた神格などのいなくなってもあまり問題の無い奴を筆頭として……いたはずが、何故かゼウスが紛れ込んでいる。

 

 ……なるほど、ようするにヘラの眼の届かない所で浮気したいと、そう言う訳か。ほんとこいつ一遍殺しておいた方が良いかもしれんなマジで。いや殺そう。

 

「ちなみにだが俺が行くまでカレー食えないからそのつもりでなそれじゃあ行ってらっしゃい」

「ちょま」

 

 とりあえず三柱を送り込んだが、権能の欠片に残された残留思念を活性化させて式にしつつヘラに連絡を入れる。お前の夫が俺の作った世界でお前に知られない間に多種族の綺麗所を集めてハーレム作ろうとしているぞ、と言う内容だが、連絡を入れたら五秒後には家のドアが叩かれた。

 

「詳しく」

「お前本当にこの事に対しての対応が速いよな」

 

 まあそれも仕方ないか。なにしろこいつ基本的に甘えたがりだし。色々あって依存傾向強めのヤンデレ的な思考してるし。俺もできるだけ矯正したんだが、それでも完全に治すことはできなかった。

 と言っても被害者は基本的にゼウスだから俺はそこまで困りはしないんだがな。時々ゼウスに手を出された側にも行くことがあるが、それについてはできるだけ抑えるようにしてあるようだし、行ったとしても気付けばすぐに何とかするようにしているのも知っている。よく頑張っていると言えるだろう。

 人間もそうだが、神は人間以上に自分と言う物を変えるのが苦手だ。何しろ神とは信仰の生物。信仰によって自身が変わってしまえば、それまでの自分とは全く違う存在となってしまう。複数の神が同一視されて融合してしまったり、同じ神の違う側面が分かれて別の神格として奉られてしまったり、そうしたことはまあそれなりによくあることなのだ。

 例えば、中国神話において神に最も近い人間である皇帝を誑かした最悪の妖怪、白面金毛九尾の狐と、仏教における如来の一人である大日如来、そして日本神話の太陽神である天照大御神とインド神話のダーキニーは、語られる地域も所属する神話も違いながら同じ神格であるとも言われている。神格でありながらも妖怪であると言ったことは日本では割とよくあることだし、インド神話においても割と簡単に神格の血が手に入る。しかし中国神話において神の血が入った存在として認められているのは皇帝くらいなもので、それ以外は神の血が流れていたとしてもあくまで妖怪として扱われてしまう。

 まあ何が言いたいかと言うと、信仰によって性格や姿が変わってしまう以上は『嫉妬深い』と思われれば実際に嫉妬深くなってしまうのが神格と言う物なのだ。そしてヘラは何度もそう言われてきたために、嫉妬深い神格であるとある程度固定されてしまっている。

 

 ……ちなみに俺は何でかそんなことは無い。信仰されている奴らには心優しいとか罪人に厳しく只人に誠実だとか色々と言われていたりするが、それはあくまでも俺としては普通の在り方であって何かが変わったと言う訳では無い。

 それに、優しいと言われたからと言っても契約は間違いなく守らせるし、厳しいところは普通に厳しいはずだ。

 

「で、行くか?」

「……」

 

 愚問かね。

 



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竈の女神、対処する

 

 あいつらの置いて言った権能を核に残留思念を式として動かし、さらに俺自身も内部の監視と様々な調整を行い、中に送り込んだ俺の人間用の身体からさらに式を作ってその世界の中の俺として動かし始めた。それにかかった時間は二月。

 ゼウス達の身体が色々おかしくなっていたが、まあ仕方ないな。忙しかったんだ。

 そのため即座にカレーを食わせたんだが、甦りの速度もまた凄まじかった。カレーの匂いを嗅がせた途端、普通に見ているだけであっという間に再生したからな。しっかりと調きょ……躾けたおかげかカレーに飛び掛かってくることは無かったが、それでも引くほどの勢いでカレーを食べ続けていた。

 

 だが、この世界の人間達にはこのカレーは早すぎる。何しろ基本的にレベルが低いし、精霊の加護を受けてレベルを上げていてもそう高くないし、それ以前に人数が非常に少ない。そうなるように調整した挙句に割とぎりぎりまで時間を進めておいたのは俺だが、まあ元々の世界は何の手も加えられずに極ありふれた普通の日常が過ぎているが、まあ気にしなくていい。

 ただ、あの世界はその世界生まれの神格で俺の眷属神となった奴らが運営しているからちょっとばかし世界の調整が拙いんだよな。速度も遅いし綻びができて慌てて直していることもある。それを何とかしてほしいと俺に連絡が来て、やってやる代わりにまあ色々と貸しを作っているわけだ。

 本来なら貸しとかそう言うのが無かったとしても眷属神は俺の言う事を聞かざるを得ないんだが、俺は強制力のある命令は『直接間接問わずこの世界を崩壊に導くことを行わない』と言う物のみに限定している。それ以外はおよそ自由にさせているが、自分の行動によって起きた問題は自分で解決しておくことも一応言ってある。

 守らなかったらこうなる、と、カレー漬けにしてから半年ほどカレー断ち(させ)た後のとある神格の映像を見せたらしっかりとその辺りを守ってくれるようになったし、守らなかった奴に実際に一度やってからは二度と守らない奴は出なくなった。一罰百戒とはよく言った物だが、厳しくするんだったらそれは必須だよな。

 そして俺は何故か怖がられる。カレーに漬け込んだ奴を縛り付けて永遠であるはずの神の身体が腐敗していくのを見せられながらも痛いとも苦しいとも言わずにひたすらにカレーを求め続けるとある破壊神の姿を見せただけだってのに、なんとも酷い奴もいたもんだ。創造神としては悲しくて仕方がない。

 

 さてそんな訳で、塞がれたダンジョンの穴と塔の神格の代行神の建てた巨大な塔のあるその場所で、俺はこの世界の材料と俺の技術だけで作れるカレーを作ろうか。

 ……勿論、神格相手には今までと変わらない味を保証するがな。

 

 まずは材料の収集だ。材料が無いと流石に作れないからな。世界を回っていいものを引っ張ってくるとしよう。

 



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竈の女神、眷属を作る

 

 この世界にはつい最近までモンスターが跋扈していたため、孤児が非常に多い。そうしたのは俺だが、代わりに産まれてくる数も多い。死人が多い世界だと、それに伴って生まれてくる人数もまた多くなってくるもんだ。

 ただ、いくら生まれる数が多くてもそれ以上の速度で死んでいけば当然減っていく。殺されるだけでなく、病や事故、そして寿命でも人間は死んでいく物だからだ。

 

 だからこそ生物界においてはかなり弱い存在である人間達は、自分達以上の存在の庇護を受けようとする。そう言った存在はできるだけ大きく、そして自分たちにとって親身に接してくれる存在であればあるほどにいい。つまり、自分たちの種族から生まれた英雄、そして英雄から生まれた神格と言った存在が最も当てはまるわけだ。

 英雄と言っても大概は既に死んでいる存在であり、実質的には英霊と呼ばれる物となる。なかでも信仰を受けて英霊神と呼ばれる存在は、自身が生きていた頃に行ってきた様々な史実によって嗜好が変わるし、守ろうとする範囲も変わる。無辜の民草を守ろうとするもの。勇気ある者に加護を与えるもの。無力な者が蹂躙されるのを楽しむもの。人間に様々な奴が居るのと同じように、神にも様々な存在があると言う訳だ。

 

 そんな世界の中では、様々な町や村では捨て子や身売りと言う物が割とよくある。食べる物が足りなかったり税が重かったりして一家の全てが死んでしまうよりも、一人や二人を金にしたり口減らしを行う事で社会を保つ。動物のそれと何ら変わらないものではあるが、そう言った物は生物としては実に効率的な判断だと言える。

 要するに、そうして自分から売られる奴や自分の子供を売りに出してしまう奴の前に現れてそれなりの金で買ってやると、不思議なことに感謝すらされることが多い。なんとも不思議な事だな。

 そうやって買い集めた様々な種族の子供たちを、冒険者としてオラリオのダンジョンに放り込む。だが、そのまま放り込んでは何の成果もあげることなく死ぬことになるのは確定しているのでその前に本人達の意思確認と適性調査、そして訓練を付ける。

 まずは意思確認。ここでずっと生きて行くことになる訳だが、どうやって生きて行くか。例えばダンジョンに潜ったり、俺の作った畑で様々な作物を育てたり、畜産に手を出してみたり、あるいは俺の店で売り子をやってみたりとその道は様々だ。ダンジョンに行きたい奴もいるだろうし、ダンジョンで取ることができる様々なアイテムはそれを素材に様々な道具を生み出すこともできる。そう言った物を作る鍛冶師や薬師、道具作製師等も俺が教えられる範囲であれば道を用意してやることもできる。

 意思の確認が終われば、次にやるのは恩恵を顕在化させること。何もなかったところに新しく恩恵を刻んでいるようにも見えるから基本的には『恩恵を刻む』と言われることも多いが、実際には刻むと言うのは不正確だ。どうでもいい事かもしれんが。

 そしてそれぞれのやりたい事や適性に合わせて仕事を振り分け、知識を与えていく。ダンジョンの探索者となろうとする者にはダンジョンのモンスターと戦い、生き延びる術を。地上で暮らす者達には畜産や農耕と言った生活の術を。ダンジョンから出てくる物を加工する道に進んだ者にはそれぞれの道具と技術を。金が無いし、金があってもできる奴が居ないもんだから久し振りに作りに作った。その際、見本として打って見せた武器に魅せられる奴とかが出たりもしたが、まあ些細な事だ。

 だが、武器に関しては俺が権能を独り占めしていた頃に作った物の方が大分いい物だったりするんだがな。実際に人の身でこんな武器が打てるのかと思ってた奴に神としての力をフルに使って打った一振りを見せたらかなり驚いていた。まあ、人間の身体で人間にもできる技術だけで作った剣は、十分に凌駕できる可能性はある訳だ。武器の細かい性質とか、そう言うのが人に合うかどうかってのも重要だし。

 



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竈の女神、町作り

 

 少しずつダンジョンのある地が回るようになってきたので、俺は少しずつ手を引いていく。鍛冶も、調薬も、どんどんと俺の手から離れている。実に良いことだ。

 俺はのんびりとやりたいことをやって、そして眷属たちは同じ眷属を家族のように扱い、家を守る。

 まあ、俺のファミリアはホームが狭いが、新しく裏手にもっと大きいのを建てようとしている最中だから今以上に増えても問題ない。実際に増やすかどうかはまた別の話だが。

 

 で、今使っているホームが旧ホームになったら、そこを完全に食事処にでもしようと思っている。魔法を使って空間を少々弄って、時間も多少偏らせて早く過ぎる場所と遅く過ぎる場所の二つを作って食料の保存及び発酵などの調理を進める場として使う予定だ。結界で区切ってからその一部を減速、別の一部を減速させた分だけ加速させることで、結果的に結界内での時間的な齟齬を調整していたりする。このようなちょっとした工夫で世界に対しての誤魔化しをかなり楽にできたりするんだが、神の中でも研究者気質な奴でもない限りはそんなことは知らんとばかりに力任せにやっていたり、元々時間を司る神格でそんなことを考えなくとも時間が意思に従うような奴だったりするから必要のない思考だったりするからな。俺みたいに無駄に長生きしているくせに妙に密度の濃い神生送っているとそういったことも知れてしまう。何でも知りすぎてしまうと世界から色が失われてしまうとか言われることもあるが、世界の何を知った気になっていると俺からは言わせてもらいたい。

 知っても知っても後から後から知りたいことが出てきてしまう。賽子で狙った数字を出す方法からダーツやカードなんかの賭け事関連の物、実際の戦闘にも使えるちょっとした豆知識、武術と舞踊などの共通項から導かれる人を魅せる行動。知ろうとすれば本当に様々なことが知れるし、知るための努力にも果てはない。神であろうと技量で成長することはできるし、それまで全く知らなかったことを自身の権能に関することとして取り入れられるものであれば取り入れていけば、さらに成長していくことができるだろう。

 生きてさえいれば……否、存在さえしていれば、その存在は未だ途中の存在だ。それが完了する時は、それが存在しなくなった時だけだ。成長のためにはそういった自覚が必要だ。

 

 そんなことを考えつつ、俺は久し振りに布を織っていた。ダンジョンから採れたドロップアイテムの糸を織り、布とする。魔物由来の糸から作られた布は頑丈で、鎧下としては非常に良い物となる。下着としてもな。

 ここに刺繡やら何やらをすることで布に魔法的な効果を込めることもできたりするんだが、迷宮に入り始めたばかりのひよっこに良すぎる装備は命のやり取りを忘れさせ、無謀な行動を取るようになりかねない。だから俺は基本的にそいつらの実力に見合った装備をくれてやっている。

 本当ならそいつとの間に契約を結び、持ち主と共に成長していく装備が一番ではあるんだが……まあ、そういう装備は無茶をしやすい新米にはあまり合わないからな。

 あと、ダンジョンを中心として少しずつ街を作っていこうと思う。ダンジョンから手に入れたものを、すぐに受け取って加工し、道具へと変えていく探索者の町。そういう町が一つか二つあったほうが色々とやりやすい。

 今はまだ規模も小さく、町というより村……どころか集落と言えればまあ良い方という程度だが、それはこれからに期待することにしとこうか。

 ちなみにだが、ゼウスはヘラから逃げ回っているためにこの場所にはなかなか寄り付こうとしない。月一でカレーを食べにくる以外はできるだけ来ようとしないし、その月に一度のカレーも時期が少々不規則になっている。浮気なんてするからそうなるんだと言ってやりたいが、言ったところで何も変わらないだろうしまあどうでもいいか。いつものことだ。

 

 いつものこといつものこと。いつもどおり、この場所を豊かにしていくとしようかね。

 



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竈の女神、町作り~2

 

 最低限必要なものは、食事だ。住む所ははっきり言えばテントのようなものでもなんとかなるし、着る物は無くても死にはしない。ただ、食わなければ間違いなく死ぬ。だからこそ、食事だけは絶対に必要になるわけだ。こうなるならダンジョンから食料になる物を持ってこられるようにしておくんだったと思わなくもないが、今更だし仕方がない。

 そこで俺はまず畑を作った。耕して、種を蒔き、ついでにダンジョンの奥深くに住んでいた白い竜を手懐けて食事を不要にしてから畑の守りとしておく。まあ、番犬代わりと言ったところか。あるいは本来のギリシャ神話においてコルキスで黄金の毛の羊の皮を守り続けたと言われる眠らずの竜か。

 畑の次は簡単な、しかし数十人が余裕を持って暮らせる大きな家を作り、それから世界の様々な場所から様々な種族の子供たちを集め、教育していった。

 その頃にはゼウスやヘラ、ウラノスもそれなりに名が知れており、多くの種族がこの迷宮都市に集まろうとしていた。

 

 人が集まればそこには集落ができ、町となり、そして法が生まれる。ある種の法の守り手としてウラノスのギルドが生まれ、ゼウスとヘラの作り上げた集団……『ファミリア』が成り立ち、少しずつ町として出来上がっていった。

 ちなみにだが、洩矢神はモンスターの方をどうこうしていることの方が多かったりする。モンスターには基本的に本能しか存在しないが、ダンジョンの中で死んだ存在の魂を持ったモンスターを作り上げるとたまに生まれ変わる前の知識などを持ったモンスターが生まれる事がある。魂が人間寄りなので周りのモンスターに襲われたりするが、まあモンスターがモンスターを襲うと言うのもままあることだ。何もおかしくはない。

 

 そんな感じで人が勝手に増えていく環境を作ってからは、俺はあまり大きなことはしないようになった。孤児の守護者の権能を使って孤児になりそうな子供、つまり貧困から売り飛ばされたり、両親が病気で死んでしまった子供、そう言った存在を集めて自分の力で生きて行けるようにしてやるくらいだ。

 そして、町は少しずつ大きくなっていく。人が増えれば金の流れが生まれ、金の流れが生まれればどんどんと大きくなっていく。経済とかは俺の本業じゃないんだが、今の所金貨やら何やらを作れるのは俺しかいないからとりあえず貨幣を鋳造していく。金銀銅と分けられている印象が強いが、実際に使うとなるとそれ以外にも必要となってくることが多い。石とか鉄で作られたもので、ついでに言うと石で作られているものは偽造しても問題ない程度の価値しか無く作る。そうすることで少しずつ俺の負担も減っていく。

 と言うか、なんで俺が大陸中の貨幣を作らなきゃなんねえんだよやってられるかクソが。銀行システム作って不労所得でのんびり暮らすのも悪くないが、そう言うシステムを作ったとしてももっとダンジョンに潜って死んでくれる奴が増えないとそう言う生活はできないんだよな。金やら何やらを預けたまま死んだら遺書とかそう言う物が無い限りこっちの懐に入れてもバレないからな。

 ……まあ、不労所得があったとしても俺は今まで通りのんびり働くけどな。暇潰しにもなるし。

 



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竈の女神、広める

 

 俺たちがこの世界に来て、様々な物が形を持った。町ができ、ウラノスによってギルドが出来上がり、ヘラとゼウスによってファミリアが作られ、洩矢神によってモンスターの生成と転生が上手くいっている。

 最低限の形を手にしたところで、俺は第二陣の募集を始めることにした。

 

 この時代、暇を持て余している神格はどこにでもいる。かつては神が行っていた裁判も基本的には人間によって執り行われるようになったし、今最も忙しい神格は恐らく農耕神と狩猟神くらいだろうな。太陽や月などを司る神格は基本的に存在しているだけでその仕事ができてしまうし、その他の星を司る神格も同じくだ。

 そんな訳で忙しくなくなってきた神格を中心に声をかけていくわけだが、基本的には俺、つまりヘスティアに近しい神話の神格から話をしていく。ギリシャ神話ではそれなりに有名だと胸を張って言える俺だが、世界中の神話に存在を知られていると言うほど有名ではないからな。

 まずはギリシャ神話の神格から声をかける。雨の神格、北風や西風の神格、山の神格、川の神格、海の神格、植物の神格……有名所から無名な奴までかなりの数に声をかけた。

 そして、ひたすら続く日常に飽き飽きしていた神格達は、俺の言葉にホイホイと乗ってくる奴ばかり。何しろ厳格公正で知られる正義の女神たるアストレアすらも割と乗り気になるくらいだからな。やはり不老不死の存在にとっての天敵とは退屈と倦怠なんだとよくわかる。

 

 だが、俺はそこにさらに爆弾なりなんなりを放り込むつもりでいる。具体的に言えば、悪性の神格を放り込むことで混沌を作り出そうと言う話だ。

 今はまだこの世界は黎明期。神と言う存在がもう少し世界に馴染むまでは神と言う存在を否定されては困る。絶対的な正義ではないにしろ、人間のように善性の神格と悪性の神格が存在すると言う事実は知らしめておかないとな。

 そうしなければこの世界に降りてきて基本的には何の力もない人間と同じような状態になった神が、多くの人間の手によって殺害されてしまう可能性もある。それに神と言うのは基本的にどいつもこいつも美しい。エルフが捕らえられて性奴隷とされるように、神すら捕らえられる可能性がある。

 ……まあその辺りは既に考えてあるのでそう問題は出ないだろう。神の力の大半を封じてあると言っても、ちょいと漏らすくらいなら大した罰がある訳では無い。特に自分の身を守るためとなれば、ほぼ全く無いと言ってもいい。そもそもこの世界は数多の神格が存在していることを前提として作り上げられた世界だ。実際は思いっきりぶっぱされても早々壊れないようにしたつもりではあるが……これから先にインドやシュメールが混じってくる可能性があるからな。流石にあのあたりのキチガイじみた神格に全力で暴れられたら世界を持たせる自信がない。ついでに俺が切れない自信もない。ガルーダ手懐けてぶち殺しに行かせてやろうと思う。

 と言っても、本当に世界がぶち壊されるようなことになったらの話だがな。流石に無いと思う……と言うより、あってもらっちゃ困る。この世界を作るのにどれだけ苦労したことやら……。

 



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竈の女神、増やす

 

 暇神多すぎる。いや、多いのは知っていたが、仕事を投げ出そうとするのは本気でどうかと思う訳だ。遊びってのはしっかり仕事をするからこそ許されるんであって、ただ遊ぶだけの神格とか早々いない。存在することが仕事になると言う神格もいないではないが、そう言う奴は基本的に自分が全力で死なないようにしているものだ。

 様々な神格の作り上げた世界が一つとなって合わさったこの世界。全ての神格が全ての命を愛している訳でもなく、全ての神格に完全に共通することもないと言うのに、何故かどいつもこいつも暇をしていると言う現状だけは変わらないらしい。

 ギリシャ神話に属する神は、仕事を自分と同じ程度の能力と権能を持った式神に任せてバカンスを楽しむことができると聞いたら即座に話に乗った。それも数千単位で。

 いやほんとね。こいつら馬鹿じゃなかろうかと。ふつうこんな怪しい話にホイホイ乗るか? いやまあ確かに俺はギリシャ神話圏内じゃかなり有名だし、騙すことはあっても嘘を言うことは無いってことでも有名だから俺が口にしたことだけは間違いなく実行できると踏んだのかもしれないが、だからって俺でもそれだけの数の神の仕事を代替できる式を用意するのは少々時間がかかる。これからそいつらを送り込む世界の中には俺の分体とも言えるベルが居るからあまり問題ないかもしれないし、説明はしっかりとしてかつ初めのうちにやってはいけない事とそれをやった場合の罰則は提示するし、一応権能の欠片からできた式は本神に確認させてから運用することになるから大きな問題は出ないと思うんだが、それでもお前ら暇しすぎだろ何か自分の趣味とか作れよ。

 ……あ、女漁りと男漁りは除いてな。特にお前だ、おい聞いてんのかゼウス。お前だよ。男も女も関係なく美しければとりあえずヤりに行きやがって。正直これからの時代では後処理の方が面倒になるからお前を真っ先にあの世界に放り込んだって言う裏側があるくらいなんだぞ少しは反省しろ。反省すらできないなら死ね。できてないから死ね。

 

 まあそれはそれとして、暫くはこの作業で忙しくなりそうだ。式の動作確認とかそう言うのもしないと途中で無理矢理引っ張って帰らせることになると伝えたら全員しっかりと自分の動作確認とかはしてくれるようになったし、一度戻るともう一度一番後ろに戻って並び直しになるから行くまでに相当時間がかかると言う事とかもあったし、あとカレーを食べたくなったら中にある俺のファミリアでそれなりの値段で売りに出していると言う事も伝えておいた。最後のが一番喜ばれてたんだがそれはいったいどういうこった。

 

 



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竈の女神、さらに増やす

 

 暇神多すぎる(二回目)。まさかギリシャ神話の外には広めていないにもかかわらずやって来る神格が居るとは思わなかった。来たのは俺が行ったことのあるメソポタミア神話からだが、結構な数が志願と言うか突撃してきた。ただ、どうにもエアの視線に訝しげなものが混じっているのは恐らく気のせいではないだろう。恐らくだが、エアがかつて殺害して世界の裏側に放逐したティアマトの権能を感じ取っているんじゃないかと思う。

 実際には裏側に放逐されていたティアマトを殺害して分解して吸収したんだが、そんなものはあっちにはわからないだろう。それに、竈の女神でしかない俺から地母神の香りがすればそりゃあ訝しみもするはずだ。

 だが、俺も多少言い訳ができる。俺はギリシャ神話における地母神の家系、それも直系だ。地母神でこそないが、妹に母から地母神の権能の一部を継いだのが居ると言う時点で言い訳としては十分だろう。事実、地母神から血を引いてなかったらティアマトの権能の吸収とか相当難しかっただろうと言う事は間違いないわけだしな。

 

 そんな感じで、俺の持つ地母神の権能は割と不完全だったりする。元々ティアマトの持っていた権能である地の権能を半分に分割した物のうち、陽の部分を世界の表に置いたまま大地とし、陰の部分を世界の裏側に放逐した。その放逐された地の陰の権能しか持ち合わせていない訳だ。

 地の権能を完全に保有していたティアマトですら天の権能を持つアプスーと共同でなければ完全な命を作ることができなかったのに、地の権能の半分しか持たない俺が完全な命の創造を行うのは非常に骨が折れた。

 だが、俺は女神、つまり陰の存在でありながら司る物は炎や太陽と言った陽の物が多い。ついでに精神は男と言う陽の物。さらに炎ではなく竈そのものの属性は地だ。元から持っていた陽性の地とティアマトから得た陰性の地、そして太陽から得た陽性の天の気と、ギリシャではほとんど降らないせいで神格として形を持っていなかったので無断で乗っ取った雪の権能からくる陰性の天の気。それら全てを混ぜることで規模は小さいが生命の創造を行うことができるようになったわけだ。マジできつかった。陰性の天の気とか殆どポセイドンとかそういう奴らが持ってたからそういうところを侵す訳にもいかないし、神にとっての権能ってのは自身をこの世界に留め置く楔のようなもの。それを侵されれば文字通りに存在をかけて戦いを挑んできてもおかしくはない。だからこそ、俺がヘファイストスに一部とはいえ鍛冶の権能を渡したことが驚かれたりしたんだが。

 

 まあともかくそうして暇していた奴らから権能の欠片を貰って式神を作り、仕事ができるかを確認してもらい、契約を結んで世界の中に送り込む。ちなみに、極一部ではあるが既に世界の中で神としての力を表に出して使ったために強制送還を食らった奴がいたりするが、そいつには『残念でしたまたいつか』ということになっている。なにしろ自業自得だし、俺もかなり忙しい。こういった世界の運営はそれなりに慣れているし、小神に対してマニュアルを渡せるくらいには知っているが、何でもできるってわけにはいかないからな。仕方ない。

 後、破壊神に対してはかなり細かく決まりごとがあったりする。なにしろ破壊神だ。町とか国くらいまでだったらともかく、世界丸ごと壊されてはたまらない。一応対策はしてあるが、それもどこまで通用するか怪しいところがある。俺に破壊神とかそういう系統の権能についての知識がないから細かく調整ができないって理由もあるが、破壊神の権能って何をどうすればとれるのか未だに理解できない。俺の破壊は基本的に別の何かにつながっているから、ただ無為に壊して回ればいいのかもしれないが……それをやるにはいろいろとこの世界には大切なものが増えすぎた。

 

 まあ、とりあえずもう一度世界を新しく作って壊してみるか。どういう行為をすれば権能が働くのかを調べればまあ何とかなるだろ。

 



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竈の女神、排除する

 

 知らないものを我慢するのはたやすいことだ。なにしろその行為、あるいは物の事をそもそも知らないのだから、我慢しているという認識すらないまま我慢を続けることができるだろう。

 しかし、一度知ってしまうとそれを我慢するのは難しくなる。その行為、あるいは物が魅力的であればあるほどに欲は募っていくものだからだ。それは人間であろうと神であろうと変わらない。美味い物を食ったことのない神格が初めて本当に美味い物を食うと、それをひたすら求めるようになったりもする。人間も同じく。

 それはつまり、俺の作った世界の中で初っ端から神の力をかなり強く使ったせいで世界から弾き出された目の前の神格は、これからどれだけ急いでも数百年は俺の作った世界には入れないということになる。せっかくなかなか面白いことをやっていたのに、残念だったな。

 

「頼む!俺をまたあの世界に入れてくれ!」

「何度も言っているがあと二百年は見てもらうぞ。権能の欠片から作った式はその権能の元の持ち主がこちらの世界に戻ってきたときに情報と一緒に持ち主に戻るようになっている。要するに、もう一度作るのには時間がかかるし、短期間に何度も引き剥がしてくっつけてを繰り返すと権能が本格的に剥がれ落ちて縮小するからお勧めできん」

「それでもいい!だから頼む!」

「それに、お前は自分の失敗で戻ってきたんだろう? 残念ながら俺にはこれから新しい客を入れていかなくちゃならんのだ。横入りはだめだぞ?」

「うぐ……わ、わかった。もう一度並べば入れてくれるんだな?」

「ただ、次は時間がかかるぞ? なにしろお前は一度違反をしているわけだから、そのあたりのことを調べておかないと入れることもできん。まあ、俺の世界のことだし当然の話だと思うが」

「……わかった。並ぶ。整理券をくれ」

「はい毎度」

 

 いやはや全くぼろい商売だ。式を作るときにやってる権能の解析でいくらか使い方が増えたし、ついでに権能の欠片から出る波動その他を使ってちょっとしたいたずらもできる。具体的には人除けとかそういうのだが、最近の人間はちょっとした試練なら結構超えてくるからな。ちょっとしたとかそういうレベルじゃない試練を用意しないといけないんだが、それをやると周りに被害が出る。ただでさえゼウスから『アタマオカシイヨ・・・』と言われるようなペットがそこそこいるんだから、そいつらに任せればいいのかもしれないが……あまり生き物に任せるのは好きじゃないんだよな。

 ここはやっぱりゴーレムか。あるいは昔にヘファイストスが作った青銅の巨人みたいなものを俺が作るってのもありかもしれない。俺が作るとなんでか奇妙に性能が上がるんだが、鍛冶神と太陽神、電子機器の権能なんかがかかわってるのかね?

 



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竈の女神、発展する

 
 Fate/のアニメがあるじゃろ?
 二つの陣営に分かれて戦っておったじゃろ?
 カレー共を第三勢力にして放り込みたいとか思ってしまった。
 その結果がこの遅筆である。スマソ


 

 俺のファミリアは基本的に捨て子とかそういう奴の集まりでできている。捨て子を拾ってきたり、貧乏で食うに困ったところの子供を買ってきたり、まあそういうのはこの世界では割とありふれている……と言うのは何度か言った気もするな。

 だが、そういう子供の数が増えるたびに色々と何か言われたりもする。特に、この世界に来たばかりの神格に色々とな。

 なんでも自分のところに来てくれる奴がいないとか、そういう話が中心なんだが……お前、この世界には色々と神格がいるんだから何もしないでも信仰してくれるわけがないだろう。お前と同じような権能持ちで、かつお前よりも早くこの世界に来て信用を勝ち取っている神格だって割と多い。この世界においては神は長く生きることができる人間とそう変わらないんだから、そのことをしっかりと頭に入れてその上で行動した方がいいと思うわけだ。

 

 それと、最近少しずつダンジョン攻略が進んでいる。まだまだ浅い階層だが、停滞していないだけいいだろう。実はこっそりファミリアのホーム兼店として使っているの建物の地下でダンジョンと繋がっているところがあったりするが、そこから入ると今の強さではまあ大概死ぬからおすすめはしていない。繋がってはいるもののしっかり塞いであるから入れないし出てこないがな。

 なお、なぜそんなものを用意しているかというと、ダンジョンならばいくら壊しても一日もすれば元通りになるからだ。いくらでも壊せる上に後から後から敵を呼び込める鍛錬場だ。

 まあ、鍛錬場と言っても使っている奴はあまりいない。なにしろこれは俺基準で本格的なので、よほど強い意志を持っていなければ最悪死ぬ。ちょっとやりすぎたかもしれないと思っている。本格的ではない鍛錬場もあるので、軽く身体を動かしたい程度の場合はそちらを利用することを強く強く勧める。

 本格的な方では、俺の眷属の中でも特にやばい奴らが相手をしてくれる。具体的にはギルガメッシュの影やエルキドゥの影、メディアの影、アルカイオスの影といった俺に関わってきた英雄の影や、フィアナを始めとしたこちらの世界で生まれた俺に仕える小神、そして俺(なお『ベル』の方)。そんなとっても優秀でスパルタンな特訓が待っているから、まあ恐らく大丈夫だろう。油断したら殺すし。肉体を殺さなくとも精神に恐怖をたたきつけて死んだと思わせたりするのは基本スキルだし。神格だったら神としての力を使えば人間相手に同じようなことが簡単にできるんだが、人間でも実力が離れていればできなくはない。上手くやればレベルが同じ相手でもできるしな。

 

 まあそんな感じで鍛錬を繰り返していれば、いくらダンジョンといえども浅い階層で不意を突かれるような無様を晒すことは無い。晒したら死ぬし。俺が殺さなくとも人間として一番初めに生まれた王が殺すし。

 



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竈の女神、動かす

 

 世界を回すには、完全な物質を作らないようにすることが重要だ。なんらかの形で全ては変質、あるいは弱点となるものを作らなければ遥かに面倒なことになるのは、これまで何度も作っては壊しを繰り返した事から得た経験則だが、完全物質を作ってしまうと最終的に全てが完全物質に収束してしまう。世界に完全物質が存在しなければそうはならないんだが、ほんの僅かにでも存在しているとなぜかそっちに寄っていってしまう。

 完全物質。何をもって完全とするかによって色々と種類があるが、まあここでは『あらゆる状況において変質しない物』を指すことにしよう。すると、残念なことに魔法の混じらない純粋科学では作れないものになってしまう。なにしろ魔力を大量に叩き込めばおよそあらゆる物が変化してしまうからだ。まあ、視点が足りないから変化したことにすら気づかない場合が多いんだがな。

 そして、そんな完全物質は何らかの形で作られてしまうとそれそのものを触媒として増えていってしまうことが多い。全く存在しなければ確率的には億どころか兆年単位で存在し続けてもできることはまず無いと言っていい。自分で作った世界の時間の流れを加速させるくらいなら割と簡単にできるからそれで確認した。まず間違いない。

 と言うか、世界を作るというのは権能を作るというのとそう変わらないことだというのを知った。それが権能と一緒に子供とか自分以外の神格まで作っていれば作られた権能は割り振られていくようなんだが、俺には子供もいなければ神格も自分で成り上がったやつ以外はいないから全部俺のものになってるんだよな。困ったもんだ。

 それに、完璧なんてのはつまらないものだ。どんなものであっても、完璧でないからこそ面白い。完璧ということは、逆に言えば全ての行動が完璧以外ではなくなるということだ。それは先読みがしやすくなるし、見ていて楽しいとは思えない。暇潰しのための世界がそんなつまらないもので侵されるのは俺としては喜ばしいことではない。

 

 そういうわけで、俺の作った世界には完全な存在というのは存在しない。異様に硬いものであったり、異常に硬くできる物はあったとしても、絶対に壊れないわけではないし永遠に変化しないものでもない。例えば、概念的に折れない武器を作ることはまあ可能ではあるだろうが、いくら折れなくとも切れ味は下がっていく。形が変化していないにもかかわらず切れ味が落ちていくのだ。物理的な現象ではありえないことだが、概念的な付加術を扱える者であればそれなりにできる者もいる方法だ。できるように作ったのだから当然だが。

 まあともかく、そういった把握しきるのも面倒なことが多いこの世界。人間のスペックでその全てを知ることなど基本的に不可能ともいえる圧倒的な情報量。そういったものから自身が必要としているものを的確に抜き出し、運用できる奴らを育てているわけだが……もしかしたら少々やりすぎたかもしれない。

 ……生きているし、問題ないな。うむ。

 



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竈の眷属、死にそう

 

 ヽ(゜∀。)ノ アビャー

 

 ……はっ!? お、俺はいったい何を……?

 確か、俺はいつも通り地下の鍛錬場で修業をしていたはずだ。そこで―――

 

『新しい修行だ。受けてみろ。本気でやれば強くなれるぞ?』

 

 そう、神様に言われて新しい修行をしてたんだ。

 ……そこからの事を思い出そうとすると、頭痛がする。思い出してはいけないことのような気がする。手が震える。膝が笑う。

 ただ、それでも内容だけはしっかりと頭に入っているし、身体に染みついている。いったい何がどうなったのかはわからないが、ともかく神様の言うことに嘘はなかったということだろう。

 それに、いつ更新したのか覚えがないが手に握っていたステイタスを写した紙の内容が覚えていた最後の物より遥かに進んでいた事からもそれが伺える。

 

 一番伸びたのは耐久。次が敏捷でさらに次が器用だ。魔力と力はそれらに比べれば伸びていないが、それでも暫くダンジョンに籠ったくらいには延びている。

 ……それと、発展アビリティが何故か伸びている。発展アビリティってのはレベルが上がらないと伸びないって聞いてたんだが、なんだこれ。伸びる物なのか? いや、伸びてるんだから伸びるんだろうが、ここまで一気に伸びるのか。いや、ここまで一気に伸びたからこそ発展アビリティも伸びたのかもしれないが。

 

 しかし、耐久が一気に伸びる修行か……どう考えても相当痛めつけられたとしか思えない。敏捷が伸びていることからして、物凄い速度と量で小型の魔法でも撃ち込まれたんだろうか。そうすればよけきれない分は耐久が伸びる方に働いて、よけるのに敏捷と器用が必要になるんだろうが……いったいどんなものを撃ち込まれたんだろうか。貫通されたような痕は無いし、火傷の痕も無い。まあ、エリクサーがあれば簡単に治ってしまうんだが、あれは値段が値段だし修行で使うようなことは無いだろう。回復魔法なら……まあ、あり得るか?

 ……回復魔法が使えるような奴がこのファミリアにいただろうか? いなかった気がするが、まあ神様が自ら使ったのかもしれんな。

 神様はおよそ何でもできる。なにしろ自称ではあるが『およそ全能』と言っていたのだから。あの神様は決して嘘はつかない。嘘のようなことを言っていたとしてもそれは別の方向から見れば真実であり、かつ何らかの形で言い逃れの言葉を用意しているのだ。

 例えば、枕詞として使われる『あくまでも可能性の話ではあるが』という言葉。『可能性』という言葉は嘘をつくときに非常に便利であるらしい。何しろ人間に想像できるあらゆる現象はその全てが実際に起こりうる出来事であり、可能性としてまったくもってあり得ない、つまり完全に0であるとは言えないのだとか。そして完全に0でなければ無いとは言えず、どれだけ微量の可能性だとしてもそれは『ある』として扱われる。つまり、『可能性がある』と言われればそれは嘘にはならないわけだ。かなり卑怯臭いが、それでも隠し事をするのと嘘をつくのは違う。嘘をついていることや、隠し事があるということは大体の神にはわかってしまうが、内容についてごまかせないわけではない。

 この世界においては、神とは完璧な存在ではない。特に、人間と変わらないように能力を抑えている状態では。

 

「考え事は終わったか? 昨日の続きだ。今回は少々辛いかもしれんが、まあ今なら死にはしないだろう。気を抜かなければ」

 

 目の前に鉛色の巨人が降り立ち、岩のような武骨な大斧を振り回す。

 

「『尋常なる十二の試練』。互いの命を合計十二として命を削りあう。最終的に命のストックが0となった時、より多く相手の命のストックを減らしていた方の勝ちとなる。……『非情なる十二の試練』はまだ早かったようだからな。こっちに切り替えた。さあ頑張れ」

 

 ………………………………。

 

  ヽ(゜∀。)ノ アビャー

 

 



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竈の眷属、半死半生

 

 ヽ(゜∀。)ノ アビャー

 

 ……ハッ!? い、生きてる? 俺、生きている……?

 生きて……いる……っ!

 

 やったぜ。俺は生き延びた。死ぬかと思った……と言うか、まず間違いなく死んでいたはずだし、死んでから蘇った記憶すらある。俺は死んでいたのだろう。

 だが、それでも今の俺は生きている。呼吸もしているし、心の臓も脈打っている。それに、目の前にいる鉛色の巨人の姿もしっかりと見える。

 

 ……ヴェ!?

 

「……」

「……」

 

 な、なんか凄い見られてる……めちゃくちゃ見られてる……穴が開くほど見られてる……!

 あっ、斧剣が、斧剣がこっちを向いて……!

 

「安心しろ。そいつは問答無用で襲ってこないように教育してある。戦闘的な意味でも性的な意味でも合意の上でなければ襲わんよ」

「……あの、俺、男ですけど」

「知っているが?」

「…………その人、男ですよね?」

「こいつは両刀だ。ただ、基本的に妻一筋だがな」

 

 基本的にってことは例外もあるってことじゃないですかやだー!

 あ、でも別に大きくなっては無いから問題はないのか? 武器がこっち向いてるから死ぬことはあるかもしれないが。

 とりあえず死にたくないので起き上がってからじりじりと距離を取る。あっちがその気なら一瞬で距離を詰められるだろうが、どうもその気はないらしくじっと俺を見つめるだけだ。

 

「先に言っておくがそいつは敵になったら容赦はしないし、味方でも邪魔だと思ったら容赦はしないし、酒に酔って自分の恩師を矢で撃ち殺しそうになったこともある奴だから気を付けた方がいいぞ。その恩師が死ななかったのも神格持ってて不死だったからだし、ちょっと間違えて殺すとかちょっと間違えて蹂躙するとかちょっとイラっとしたから殺戮するとかあるタイプだったし」

 

 なにそれこわい。え、待って、なにそれほんと怖い。

 

「まあ気にするな。それじゃあお前も回復したところでもう一戦だ。尋常なる十二の試練、非情なる十二の試練、無情なる十二の試練、そして異常なる十二の試練。ついでに十二匹の試練。好きなものを選ばせてやろう。これを生き延びることができればお前の望んだ通り強くなれるぞ? 生き延びることができた奴は今のところ一人しかいないが、まあ一人いたということは不可能ではないということでもある。必死になって生き延びろ」

「え、あの、一番簡単な奴で……」

「じゃあ尋常なる十二の試練だな。死ぬがよい」

 

 …………。

 

 ヽ(゜∀。)ノ アビャー

 

「アビャーしても無駄だぞ。さあ、始めろアルカイオスの影よ」

「■■■■■■■■!!!」

 



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竈の眷属、生きてる

 

 何とか生き延びることができてからしばらく。俺は身体を休めるために神様がやっている店で働く事にした。

 そして後悔した。特訓はともかく普段の鍛錬よりきつい。具体的には三倍きつい。

 働いていて気付いたが、接客している奴ら。よく見たら奴らではなくて奴だった。一人が分身して複数人に見えていただけだった。怖いわー。

 あと料理している奴ら。どこからどう見ても毒物としか思えないような色の液体を複数混ぜ合わせて笑いながら大鍋をかきまぜたと思ったら中身がカレー色になり、それを客に出していた。俺今まで当たり前に食ってたんだが、大丈夫なのか? 大丈夫な色じゃなかったんだが。紫と青と金色が混じらずに同居してたんだが。本当に大丈夫なのか? めっちゃ怖いわー。

 それに外で掃除をしている奴ら。ナンパされそうになったらやんわりと断るようだが、無理矢理付き合わされそうになった瞬間どうやったのか穴に嵌めて埋めて首だけ出して蹴り続けていた。店の制服は神様の意向もあってズボンだからためらわず蹴りを出せるってのは良いよな。超怖いわー。

 

 そんな中で俺は何をしていたかってーと、主に皿洗いだ。この店(ヘスティアカレー)に来る客はかなり多い。出される食事は種類が多く、飽きさせない。手ごろな物から非常に高級な物までそろった値段。そして値段に見合っていると十分に言える味。そして若干の中毒性。めっちゃ怖いわー。

 ともかく、客が多くなれば使われる皿の数も増えるというのは当然のこと。そして皿を一度使ってそのまま廃棄なんてことをしていたら商売にならないので、当然ながら洗う者が必要になるわけだ。俺はそれをやっている。

 普段はしない動きをするためまだあまり慣れないが、少しずつ早く正確になっていっているのが自分でもわかる。早さと丁寧さは必須の条件であり、そこに更に何を加えるかが重要になってくる。ちなみに隣で皿を洗ってる奴は腕だけ六本になって速度を上げると言う離れ業をやっていた。怖いわー。

 こうしてちょっとした手伝いをしながら体を休めつつファミリアに貢献していく。レベルが上がることによって強くなった身体は、こうしたちょっと考えられないような動きにもしっかりとついてきてくれるからありがたい。時々ついてこようとして変な方向に曲がったりすることもあるが、その場合も大概痛める程度で何とかなる。マジで痛いが転んで岩にぶつかった程度で傷つくようなことは無くなるしな。加護ってのは便利なもんだ。

 

 ……こういう時間があると、ちゃんと生きていきたいという思いが湧いてくる。なんでもない日常があるうちは、自分から死にに行きたいと思うことは無いだろう。俺の知る中にはなんでか死にたがりって奴もいるんだが、命は捨てるのは簡単だが保つのは難しいものだ。どうせなら一つの挑戦と思って保てるだけ保ってみるのも悪くない。それがどうしても苦痛になったら簡単に捨てられるしな。

 おっと新しい皿だ。洗わんと。

 



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竈の女神、運営する

 

 権能の欠片と残留思念から式神を作って、作った式神をその神格が元居た神話領域に返して今までやっていたのと変わりないように世界の運営をさせる。それを一体どれだけの数やってきただろうか。世界のことを考えると暴走させたり失敗することは許されるものではない。だからこそ暴走しそうになった時のために安全装置は必ずつけておいたし、元となった神格が求めればすぐに記憶と経験を含めて同化するように仕立てあげたんだが、かなりきつい。何がきついって本来やらなくてもいいことを口に出すだけで使命と取られてしまったり、そもそも本職じゃないのを使えるもので無理矢理ごまかして来た結果が今のこれだ。

 力はより強い力によって捻じ曲げられる。法則にも強弱があり、その全ては計算によって導き出すことができる。これは当然のことだし、そのことを利用して今現在の全てを理解することができれば何らかの形で未来の予測ができるのと同じこと。神の視点と思考があれば、その程度は実は容易い。それはかつてギンヌンガの淵より一滴の混沌が溢れ、混沌から大地と天空が別れるより以前から決まっていることだ。

 と言っても、流石に神同士でその思考を読むことはできないのでそのあたりから徐々にずれて行ったりはするんだが、それでも人間相手に限ればかなりの精度を誇るのが神としての在り方の一つだったりする。

 

 ……そして、式神と言っても欠片ほどではあるが権能を持っている以上は神格として扱われる。欠片ほどであるために大本の権能を持っている神が戻ってきたら吸収されてしまうんだが、吸収させない方法もなくはない。そして、仕事を代行させることができるその式神をおとなしく吸収するかと言われれば大概の神格は仕事なんぞやりたくないからできる限り押し付けようとすることは間違いない。

 だが、この式神は決して独立させてはいけないものだ。独立させてしまえば本体との繋がりから権能を吸い出して自在に振るうようになるだろうし、出力も地図の上から消し去るくらいの力は出せるようになっているのではっきり言って人界がやばい。そのくらいの出力が出せないと地上の管理やら調整やらに影響が出るから仕方ないんだが、それを説明してもやろうとする奴が多くて非常に困っている。今のように。

 というか、なんでこいつらは自分の権能が一部とはいえ他の奴に握られている状態でのんびりできるのかがよくわからん。あくまでも自身の権能のかけらから作られた分体だと思っているのかもしれないが、あまり長いこと使い続けていると意志を持ってしまう。そうなれば新しい神格のできあがりだ。そうなったら本当にどうするつもりなんだか。

 日本の神格だったらまだ救いようがある。なにしろ日本の神格と言えば『元々海の神だったけど山の神と統合されて海と山の神になったあと権能が分割されて元とは別の海の神と山の神が生まれ直してそこから海の神が潮風の神と水の神に、山の神が山間を流れる川の神と岩の神と谷の神と山彦に別れた後谷の神が谷風の神として山彦と合流し、潮風の神と合わさって風の神に、川の神と水の神が合わさって川の神になる』なんてことが当たり前のように罷り通る神話だからな。今更神格の百や二百増えたところで大した問題ではない。

 だが、そんなことが早々起こらないような神話ではどうなるか。ギリシャ神話だったらまあ問題は少ない。神と神の間に子が産まれて増えていくし、大概の神話ではそうなる。

 しかし、まずいのは一神教の神格や多神教の中でも眷属の多くない神だ。一神教で神が増えるのは言わずもがなまずいし、眷属の多くない神と言うのは眷属自体がそれなりに大きな役割を持っているものだ。それが本体のいない間に合流してしまえば、それはもはや別の神。吸収するのは難しくなってしまう。

 ……その場合は恐らくその眷属との間に作った子供と言う扱いになるんだろうが、そうなると信仰の合流やら分散やらが面倒臭すぎる。

 

 まあ、それでも俺はこの行動をやめはしないんだけどな。世界の運営ってのは、これがまたなかなか面白い。

 

 ああ、困ったもんだ。

 



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竈の女神、再開発

 

 久し振りにロキに会ったが、やはり以前増やした最大値より少し縮んでしまっていた。

 だがそれでも僅かな膨らみは視認できるし、童女のような寸胴ではなくなっている。具体的には、膨らみと膨らみの間に谷間を見てとれるようにはなった。頑張れば、だが。

 そして、以前に作り替えて脂肪が薄くなった場所に再び脂肪がつき、また胸に脂肪を寄せることができるようになったと思ったので来たらしい。

 なるほど、確かにしっかりと定着しているし、他の部位の脂肪もやや厚めになっている。術と技術で身体の脂肪を胸と尻に寄せているわけだが、ないものを増やすのは無理だからな。ぽっちゃりしていれば胸や尻に回してやることもできるが、全く肉が無いと……なぁ?

 と言いつつ今回はできそうなのでロキを施術室に誘い込み、全裸にしてから施術用の服を着させる。どうせ後で脱がせるんだが、特殊な油やら薬品やらで着てきた服をドロドロのぬちゃぬちゃにするわけにもいかないからな。

 あと用意するのは、擂り潰した豆のスープと一時的に術を受け入れやすくする薬を混ぜたオリーブ油。薬のせいか何故か薄桃色をしている上にやや甘い匂いがするし、薬の副作用で一時的に触覚が敏感になるようになってしまっているが、あった方が楽なのは間違いない。

 ちなみに実験は俺の信徒の一人を拾い上げて行った。胸が小さいのが悩みだったらしいが、今では結構な胸を持っている。それ以降、不思議なことに熱心に俺に祈る奴が増えたんだが……まあ、ちょくちょく拾い上げては練習台にして地上に返している。

 そしてさらに胸を大きくしたいと願う者が俺を熱心に信仰するようになっているんだが、これに関してはある意味で無限ループのようなものだろう。神と違って人間には俺の薬と術はよく効くし、変動しやすい人間なら定着率もかなり高い。当然ながらその体形を保つ努力をしなければどんどんと体形は崩れていくんだが、一度整えた以上は再びその体形になりやすくなる。つまるところ、太りにくく痩せやすくなるわけだ。限度はあるが。

 

 そんなわけでロキには脱いでもらい、薬のたっぷり混ぜられた潤滑油を塗り付け、鳴いてもらった。初めて会った時のロキの胸の大きさを1ロキ、ロキの理想の大きさを100ロキとすると、今回の施術前のロキの胸は15ロキ、施術後は45ロキと言ったところだろうか。以前に比べてかなり技術が確立されたから効率よく施術ができるし、恐らくだが定着率も上がっているだろうと思われる。まあ、こういったものは基本的に秘術に分類される。なにしろ不老不死であったりする神格に対して外側からその形を変えることができるのだから、そう言われたところで何らおかしい事はない。実際秘術ではあるわけだし。

 なお、しっかりと全身揉み解されたロキはちょっと他人に見せられなさそうな顔で荒い息をついている。俺が男だったらちょっと襲いたくなっていたかもしれないと思う程度にはエロいし、もしもここにアフロディテがいればじゅるりと生唾を飲み込んで少し拗ねたヘファイストスにつねられていただろうと思わせる程度の色気がある。

 まあそれもここにそいつらがいればという仮定の話だし、実際にそいつらがここにいない以上はそんなことは起きるはずもない。

 とりあえず、ロキが起きたら色々と食っていってもらうとしよう。全身のかなりのところから脂肪を持って行ったから、さっさと食わせないとせっかく集めた脂肪がまた分散されかねん。それはいくらなんでももったいないからな。

 



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竈の女神、見つかる

 

 ちょっと人には見せられない顔をしていたロキを叩き起こして飯を食わせていると、ふとロキが何かを思い出したように話しかけてきた。

 

「なーなーおチビ。なんかおもろいことやっとるらしいな?」

「俺としては面白いだろうとは思うが、誰もが面白いと思うかは話が別だぞ?」

「もー!とぼけとるん? なんやおもろそうなことやっとるて聞いたで?」

「その内容が『力を封じた状態で人界に降りて英雄を作ったりしながら人間のように暮らしていくゲーム』ってんならやってるがね。楽しいかどうかはそれぞれの感覚次第だからわからんぞ」

「ちなみにおチビは楽しんどる?」

「かなり苦労はしているが楽しんではいるぞ」

 

 神格の仕事を代行できる式を作るのはかなり面倒臭いからな。苦労はしているぞ。

 それにベルを使ってではあるが人間の中で過ごすことは割としてきたし、中々楽しめるだろうとも思っている。当然ながら神の身でありながら人間と同じところまで堕ちるのは嫌だとか言う奴もいるが、嫌なら参加しなければいいだけの話。参加しないなら俺には関係のないことだからな。

 楽しんでいる奴もいるし、一度作ってしまった世界でもあるし、まあ自動的に消滅するまでは面倒を見てやるつもりではある。本来作った方は、その世界生まれの神格に世話を任せているから俺が手を出すようなことはまずないだろうがな。

 

「それで、そう言いだしたってことはお前も参加したいってことでいいのか?」

「せや!そんな面白そうなこと見逃せんやろ?」

「それで苦労するのは俺なんだがな……まあ、かまわん。ただ、こっちでの仕事に使う権能の欠片は置いて行け。置いていかなかった場合、神話に席がなくなって忘れ去られて消滅しても責任はとらん」

「え、マジで?」

「流石に相当しっかり語られている存在なら早々忘れられるようなことは無いと思うが、祈りに対して何らかの形で応えなければ別の神格にとってかわられる可能性だってある。特に可能性が高いのは聖四字の奴だな。なんでもできるからどんな存在にでも成り代われるから隙を見つけられないように気をつけな」

「……それ、他の奴には?」

「言ってない」

「……マジで?」

「聞かれなかったからな。お前はそれなりに良い付き合いをしていると思っているからちょっとしたサービスだ。あっちの世界には俺の意識が乗り移った神造人間が店をやっているから、まあ贔屓してくれ」

 

 さて、これからロキの式神を作らにゃならんのか。ロキ……と言うか北欧神話系の神格にはこれと言った象徴がないから式神の核として置いていかせる権能やら増幅率やらに困るんだよな。ギリシャ神話系なら雷霆の神やら雲の神やら大地の神やら豊穣の神やらといった特定の権能があるが、北欧神話だと大体の神が大体同じ事ができるから困る。なにしろ大概の場合で出る差異が武器によるものだからな。トールはミョルニルがなければ雷を使えないらしいし、スルトもレーヴァティンがなければ世界を焼き払えない。権能を武器という形に収めているのかも知れないが、それだと武器を奪われたら権能が移動してしまうと思うんだが、そのあたりのことはどう考えているんだろうな?

 ……考えていなかったりするのか? まさかな。

 

「ところでおチビ。あっちでも豊胸マッサージとかはできるか?」

「人間相手なら簡単に。神格相手だと少々難しい。あっちの世界は残念なことに神の力があまりないからな。大本が俺という竈の神一柱だ。大したことはできんと思え」

「太陽神で暗黒神で氷河の神で星を幾つか司り実存と非実存の境界を踏み越えるギリシャ神話の裏番が言っても説得力がないで? 聞いたで? セファール相手に真正面からやりおうたんやろ?」

 

 俺がそんなことするわけがないだろう。ちょっと時間を圧縮して星が聖剣を作るまでの時間を作ってぶっ放させただけだ。星を一つの世界として、セファールが他の星から来た存在であることから世界の外と認識し、その状態で世界の時を数劫倍ほどに加速させる方法でな。

 ……星の寿命が若干削れたが、セファールは除けられたんだからまあよかっただろう。多分な。

 



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竈の女神、King Crimson

色々新しいの書いてたら遅れました。オリジナルのとか今更需要あるかな?
……無いね。知ってた。


 

 時は過ぎる。どれだけ名残惜しくとも時間は過ぎ去る。

 神ならぬ人は老い、死んでいく。しかし人は子を残し、育て、遺志を継いで成長していく。百代、二百代、千代と続き、やがてかつての経験を忘れて生きていく。

 俺の知るかつての世界では、神と定めた存在を自然現象と切り捨て、数字と物理で全てを説明しようとするようになっていた。当時の俺はそんな世界の中で生きたものだから、神話なんてものは興味がわいたものを触り程度にしか知らないし、忘れにくい体質ではあるが全てを覚えているわけではない。神になってすぐに一度頭から思い出そうとしてみたが、その時思い出せた分以外は未だに思い出すことができないままだ。

 人間の頭から神の頭に写せた分は覚えたままだが、それ以前のものはなんらかのきっかけがなければ繋がらない。面倒だがまあそういうものだとわりきった。

 

 時の流れは残酷だ。俺が作った世界で生き、そして死んでいく様々な人間達。人間を襲うように作られた怪物(モンスター)。俺の力を届けるのに役立つ中継機のような扱いの精霊。そして俺が作った世界のコピーに降り立ち、人間のような不便な身体で人間と同じような生活をする様々な神格。

 既に俺がこの世界をアトラクションにするためにコピーを作り、怪物を産み出してから数千年。神が人間の元に降り立って、力を引き出して戦わせるようになってからおよそ二千年。俺の知るほぼ全ての神格……聖四字の神と仏、観音などの仏教系の存在、及び日本に居る八百万の神格といった極小さな神などは別にして、大体の神は既にあちらの世界を一度は体験している。出戻りになった神格は、一度戻ってきたらあちらの世界にそいつを知る存在がいなくなるまで再び降りることはできないようにしてあるし、事前にそう契約しておいたので……まあ、あちらに一度でも関わった神格や俺の分体が居る以上基本的にもう一度行かせるつもりは全くなかったりする。

 死んだせいで戻ってきたり、神としての力を使って戻ってきたりされるのは色々と世界に歪みが出る上にその調整がなかなか面倒なので、一回死んだら早々もう一度行けるようにはしてやらない。代わりに自分が関わっていたものの未来をいくつかまとめて記録として見せてやったりはする。それをやるととてもいい反応をしてくれるから結構お気に入りだったりもするが……今は重要ではないので置いておこう。

 

 多くの神が俺の世界に渡り、元の世界の様々な部分で縛りが弱くなったことで時間遡行軍とか言う歴史修正主義者が徒党を組んで歴史を自身にとって都合が良いように改竄したり、それを神としては末端も末端、妖怪扱いされることすらある付喪神のうち刀剣の付喪神を率いて修正されようとしている歴史を元に戻そうとする審神者とか言う集団が現れたり、まあ現代も少々面白くなってはいるが、実のところ歴史を修正しようとしたところでその時点で平行世界が新しく一つ産まれるだけで元の世界には一切何も変わりは無かったりするが……よく言われている通り政府と言うのはブラックなのだな。まったく。

 神が居ることは常に知られてきたものの、力の弱い神や妖怪は科学の発展による神秘の減少によって力を失ったり消えたりしてきたが、こういった形で再び神の力が必要になるとは。時間遡行軍とやらが日本の境界の神に時の境界を越えて過去に行くことができるように交渉したのを見逃した甲斐があったと言うものだ。

 ちなみに、その境界の神は日本ではミジャクジと呼ばれていたりするが、些細な問題だ。

 

 現代も面白くしてやった。これで俺の世界と言うアトラクションから弾き出されてしまった奴等も多少は気力を取り戻すのが早くなるだろう。神なんてのは基本どいつもこいつも暇をもて余しているようなやつばかりだしな。

 そろそろ、俺も本格的にあっちの世界で遊んでみるか。最近は色々と仕事も多かったが、一段落ついたしな。信徒の中でもより深く祈りを捧げている奴をランダムで選び出して魅惑のシェイプアップ8時間スペシャルコースとか、あとは信徒が襲われそうな所を守ってやったりとかまあそのくらいしかやることがないしな。

 

 



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やっと入ったダンまち編
竈の女神、本格参戦


 

 カレー屋として凄まじく有名になった俺のファミリアだが、残念なことにオラリオにおいては中堅ファミリアに位置付けられている。ギルドに登録しないまま冒険者活動をさせることが黙認されている時点で本当にそれは中堅という扱いでいいのかと物言いがついてもおかしくない気がするが、知らん。興味がない。

 だが、他の奴ならともかくゼウスより下だと思われるのは腹が立つ。未だに股間の使用権はヘラに握られてるくせにな。

 天空のうち、雷霆の権能を保有しているのは紛れもなくあいつだが、雷鳴の権能は既にヘファイストスに移行している。雷霆に必要不可欠とも言える雨雲に関してもまた別の神格が司っているし、ゼウスだけなら結構どうとでもなったりする。

 天空の権能といっても、今から見れば遥か古代の人間たちによる天空とは、主に大気圏内の天気と天に輝く無数の星の二つに集約される。そしてギリシャには基本的に雪が降らないため、ギリシャ圏には雪の神格が存在しなかったところを俺がかっさらっていったのである意味俺も天空の神の一柱ではある。

 そして太陽を司るため、星の権能も一応ある。天空そのものの神格であるウラノスと、ありとあらゆる物が混じりあった混沌そのものとも言えるカオス、そして世界そのものであるガイアを除けば二つの天空のどちらも司る神格は他にいなかったりする。

 

 そう言うわけで、色々あったが俺も割と本格的に動いてみる事にした。

 具体的には、今まではカレー主体で行動していたところをダンジョン攻略にも多少振り分けるようにした。こうすることでダンジョン内にカレーショップを作ることができるのだ。

 それから俺の権能である国家守護の炎を規模を小さくしたマジックアイテムで再現。専用の燃料と火種が必要になるが、一時的に魔物避けの結界のようなものを作れるようにした。

 ちなみにだが、非常に良い値段がする。ダンジョン内で一時的にモンスターを一切気にしないで休むことができる場を作るアイテムなんだから相当な値段がついていても文句はないだろう。むしろ売っていると言う事実だけで平伏されてもおかしくない。実際売り出して少ししたらされた。

 ちなみに、このマジックアイテムは名称を『守護の灯火』と言い、文字通りに守護の力を宿している。守護の力を宿している以上、その光の届く範囲内での暴力は禁じられる。具体的に表すならば、結界の中での剣や魔法、弓矢を含むあらゆる攻撃は意味をなさず、毒物なども無効化される。またこの場合の守護には暴力だけでなく性的な意味を含む暴行からも守る効果があるため、同じ冒険者から襲われることもない。残念ながら光の届かない場所に運ばれてしまえば効果を失うため見張りは必須だが、まあその辺りは諦めてもらうしかない。神の悪意も恐ろしいが、人間の悪意もなかなかに悍ましい。

 だがまあ、少なくとも俺のところで使うならダンジョン内でのカレーショップを二十四時間営業にすることでカバーできるし、材料を俺以外に用意できる奴がいないだけで作り方自体は非常に簡単だからな。その作り方も俺以外にはできないからあくまでも俺にとっては簡単って話だが、俺の独占販売ってことで。

 ちなみにだが、ダンジョン内でのカレーの値段は深くなっていくにつれて加速度的に高くなっていく。材料などは勝手に生み出せるが、戦闘などによって死ぬ可能性を考えればかなり高くなってもまあ仕方ないわな。

 だが、ダンジョン内で金を持っている奴はそう多くはないだろう。少なくとも、大半は自分のファミリアに保管してあるはずだ。何か理由がなければ。

 そこで便利な魔石払いだ。モンスターから採れる魔石を代金にすることができるという、ある意味では画期的なシステム。それを導入することで客は増えるだろうし、俺も命の代金として十分にぼったくれる。迷宮の奥地でのカレーはさぞかし美味いことだろうよ。

 



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竈の女神、大儲け

三騎士ガチャ引いたらおっぱいタイツ師匠だったので只今FGO編フランス類制作中


 

 守護の灯火。俺が作り上げたマジックアイテムだが、ちょっと生産が追い付かないほどに売れている。はっきり言ってやばい。効果を考えればそれなりの値段でも売れると思って原材料と手間を考えても相当なぼったくり価格にしたつもりだったんだが、どうもぼったくりが足りていなかったようで様々なファミリアの冒険者たちが後から後から買いに来る。

 それと、迷宮内に開いたカレー屋も好評だ。階層ごとに様々な特色を出しておいたから地上との差別化もできているし、ついでに言うと迷宮のカレー屋については深い所に行けば行くほど美味いカレーが食べられるようになっている。材料が迷宮産だからな。仕方ないな。

 

 そんなこんなで使いきれないほどに金が貯まってしまっている。俺のファミリアは基本的に自分たちで使うものは自分たちで作るタイプのファミリアだからな。外から物を買うということが殆ど無い。そのため外の奴らが俺たちのところの物を買って金を落としていくことはあっても、俺たちが外に金をばらまくことがほぼ無いと言ってもいいのだ。

 つまり、このままずっと続くと経済が死ぬ。だから使わなくちゃならないんだが、使い道をどうしようか検討中。武器防具を作るのは自分たちでできる。その材料を集めるのも自分たちでできる。商材も自分たちで作っているし、料理も自分たちでやっている。薬も自分たちで作っているし、その材料も自分たちで集めている。

 ……となると、土地か。よし、土地を買おう。今現在もかなり広大な農地があるし、鍛冶場や製紙、服飾もやっている。服飾材料も迷宮で取れるが、流石に製紙の材料である樹はそこらへんのを切り倒して砕いて繊維にして作っていたからな。これから紙にする樹を育てる山でも買うとしようか。

 羊皮紙と言うのは中々使いづらいからな。書き損じを消すには表面を削りとらなければならないし、羊と言う存在そのものに『贄』系統の概念が染み付いている以上魔法の発動媒体としてはそれなりに優秀な物なのは間違いなく、結果的に用途が広がりすぎて値段が高くなるわけだ。

 だったら魔術に関わらない、記録するだけの物にはまた別の紙を用意してやれば多少値段を下げられると思われる。

 それに、量が増えればそれだけで価値は下がる。貴重でもないものに大金を払うことなどそうはない。あったとしても技術料によってどうしても高価くなってしまう物くらいだろう。紙は作るのはそこまで難しくないが、手間がずいぶんとかかるのでそこそこに高価になってしまう。工業が発達していないから仕方ないと言えば仕方無いんだがな。

 

 ……元々俺の世界だってのに、俺が使うのにわざわざ金を払う必要があるってのも面白いもんだ。社会情勢ってのは厄介だが、悪くない。

 

 さて、決めたんだったら即行動。近場の山か平地でも買い取って、紙にするのに向いた樹を育て始めるとしよう。昔のウルクを思い出すな。樹を伐ってはそこに新しい苗を植えて、増えはしないが減りもしない程度に植林していってたんだっけか。植林の権能を得たのもそこだったか。

 ギルドはオラリオ内とダンジョン内の事には関わっているが、オラリオの外の土地問題には関わってこないからな。オラリオの壁のすぐそばならともかく、離れたところではギルドの力は及ばない。

 

 ……ついでに、ギルドの奴が来れないようなダンジョンの奥深くにもギルドの権力は及ばない。当然ではあるがな。

 要するに、ギルドの権力の及ばないオラリオのすぐ近くに土地がほしいならばダンジョンの奥深くに潜れば無料で手に入ると言うことだ。交通の便ははっきり言って最悪の一言だが。

 俺ならダンジョン内転移をやろうとすればできるから問題ないが、俺以外をつれては行けないから効率も悪いし、それ以前に俺が作った世界に住む子供(ガキ)どもと、客である他の神格どもの夢と希望を奪うのもよろしくないしな。

 多くの人間たちはダンジョンに夢を持っているからあまりそういったものを砕いてしまうのはよくないし、夢を失い活力をなくしてしまうと神が暇潰しとして遊ぶこともできなくなってしまう。それはよくない。

 

 俺だけで遊ぶんだったらありなんだがなぁ……上手く行かないものだ。

 



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竈の女神、信者増加

 

 守護の灯火によって命を護られた者達や、ロキからの紹介で胸を大きくしてほしいと言う女達が新しく俺の信者となった。他のファミリアの奴でもある程度の金を払うと胸や腰回りの肉付きを弄れるので、かーなーり真剣に信仰されている。全身コースだと時間もかかるし、俺以外には現状できないから仕方無いな。

 ただの美容液だったら一応作って置いてあるんだが、何故か知られていない。時々買い占めて行く奴もいるんだが、大体同じ奴が買っていく。特に多いのがイシュタルのところのアマゾネスだ。娼館勤めと言うこともあってか美の追求に余念が欠片もない。

 女はいつまでたっても女だって言葉があるが、そのお陰で儲けさせてもらっている以上はそれについてどうこう言うつもりはない。こっちからすればありがたいしな。

 ちなみにだが、ロキはカレーもそうだがエステの方の常連でもある。この世界では俺が主神と言うこともあってか他の神の身体を大分弄りやすいからな。全体的に脂肪がついていないせいで寄せようがない場合にはまず多少太ってもらう必要があるが。

 それに、あまりにもだらしなかったりすると土台となる筋肉を持ってこれなかったりして身体全体のバランスを整えるのに苦労することになったりするから、あまりやりたくないと言うのもある。

 ……あと、簡単なものだったら眷属にもできる奴がいるが、美の女神とかを相手にやらせることはできない。なにしろ相手が悪い。身体を使わず声だけでも魅了できる奴が、普段より多く肌を見せてかつ触れさせるなど、魅了してくださいと言わんばかりだ。恋をするのは勝手だが、魅了にかけるのはどうかと思う。神とはそういうものだし、こと美の神はなにもしないでも勝手に惚れられることの多い存在だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、呼吸と違って抑えたら死ぬわけでもないし、できれば抑えてもらいたいものだ。

 ……時々呼吸も抑えてもらいたいと思ったりもするが、基本的にそこまですることでもないしな。意訳で『死ね』だし。直訳で『死ね』とはならないのが残念だが。

 ちなみに、以前にとある神格が俺の真似をしてカレーを売り出し、そこに薬物を混ぜ込んで中毒者を大量に出した事もあるが、その時はギルドからクエストが出て店は潰され、その神は神界に還された。そしてその後俺に文句を言ってきたから綺麗に解体して揃えて並べてやった。神界だと解体して揃えて並べてやっても生きてるんだから驚きだよな。ポセイドンを解体した時点で知ってはいたが、久し振りに見てみると神と言う存在の無茶苦茶さがわかる。

 なお、そんなことがあったお陰で俺の店にもギルドから調査が入ったが、ちょっと神秘が濃いだけの普通のカレーしか出していない以上、何の問題もありはしない。

 そんなこんなで美を求める者やカレーに魅了された者が、自分の主神に向けるそれとは別種の信仰を向けてくるようになった。実にありがたいことだ。この世界に存在しているだけで俺に信仰を向けているのと変わらない所に意識的な信仰を向けてくるのだ。信仰の二重取りとか本来許される許されない以前に不可能であるはずなんだが、なぜかできている。なんでかはわからん。俺にだってわからないことくらいある。ポセイドン肉の美味い調理法とか、あとはゼウスの美味い部位くらいだったらわかるがな。

 

 ちなみにゼウスはちゃんと下処理をしないと精液臭くて食えたもんじゃないため、お勧めしない。それをわざわざ食べたがるんだからヘラも怖いわ。ヤンデレの気があると思ってはいたが、マジで食うとは……。

 まあ、協力したがな。ゼウスの方もちゃんと治してやったし。元々この世界に来てまでやってくれやがったゼウスの浮気が原因の事件だったし。まさか白子持ってくるとは思わなかったが……自業自得と言うことで。

 ちなみにそれが原因でゼウスはオラリオを捨てて全力で逃げ回り、ヘラはそれを追いかけ回している。結果的にゼウスとヘラのファミリアが事実上崩壊したが、流石にそれをなんとかはできん。事実としてゼウスは逃げたし、ヘラも消えて、その際あいつらの身体の一部を貰ってステータスの更新は俺の方でできるようにしてやったとはいえ主神が消えたファミリアがそう長く持ちこたえる筈もなく、哀れ二つの巨大ファミリアは崩壊。残った奴等の大半は俺のファミリアに移籍し、それまでとあまり変わらない日々を過ごしている。

 

 ……なんでこうなったかねぇ。

 



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竈の女神、剣鬼に遭う

 

 ある日。オラリオの路地裏で、完全に目が死んでいる金髪の少女に出会った。

 だが、目が死んでいるくせに内側では炎が沸き立っているようで、強さを求めて徘徊していたらしい。なんで徘徊かは知らんがな。

 で、そんな埃と土と垢にまみれた少女を引っ張ってきて風呂に放り込み、ちょいと世話をして色々と話を聞いてみたんだが……予想通りと言うかなんと言うか、この少女は孤児だった。

 両親は冒険者だったらしいがある日から帰ってこなくなり、復讐だかなんだかはよくわからんが力を求めているらしい。

 ……だが、こんな少女を入れようとする純粋な戦闘系ファミリアは非常に珍しく、大概の場合は叩き出されてきたらしい。叩き出されなかったこともあるようだが、どうにも空気がよくなかったから逃げてきたらしい。

 まあ、こいつは運が悪かったが勘は良かったらしいな。犯罪系だったり、新入りを色々と使い潰したり、恩恵すら与えず所有物にしたりする所もあると聞くし、そういったところに引っ掛からなくて良かった。

 まあ、そういった類いのファミリアはアストライアの所のファミリアが主体となって狩って回っているようだし、アストライアの所には俺も薬やらマジックアイテムやらを融通しているのでなかなか良い仲だったりする。

 ……で、この娘はどうするかな。孤児だし俺の庇護下に置くのは問題ないんだが、こいつの目的は強くなることらしいしな。どうするか。

 

「……強くなりたいんだったらまあ鍛えてやってもいいが、どの程度全力でやる? 力以外のあらゆる物を捨ててでも力が欲しいか?」

「……うん。欲しい」

 

 よしよし、だったらくれてやろうか。命も時間も美しさも感情も人としての幸福も、全てを失うことになるかもしれんが、本人の希望ならば仕方がないな。ちょっと死ぬかもしれない程度のものから始めてやろう。見たところ気力と血縁以外は一般的なヒューマンの少女と変わらないようだし、いきなりメディアにやったようなのをやらせたら強くなる前に死ぬだろう。そこで死なないようなするのが俺の役割なんだが。

 それに、この娘を放置しておくのもあまり良くはなさそうだ。このままダンジョンに挑んで勝手に死ぬだけならまだしも、ダンジョンに呑まれて魔人となったら色々面倒だし、そうなったら真っ先に俺が狙われるだろうしな。

 手っ取り早く、重力を増した空間で筋トレ兼歩法の特訓だな。体力作りと歩法による重心移動、加えて負荷をかけながらでも身体を動かす根性と正確に動かそうとする集中力を一度に鍛えられるから、よほど魔術特化でもない限りはまずこれからやらせている。魔術特化だったら魔力を運用しながらのランニングからだ。前衛だろうが後衛だろうが体力は必須だからな。

 じゃあ鍛練場にそれなりの機材を用意しておこうか。俺がいないと鍛練できないのは効率が悪いし、ついでに鍛えたがり共も使えるしな。あいつらが欲する重力になるかは俺の知ったことじゃないが。

 

 まあ、基本はあの娘に合ったものになるだろう。そこからどれだけの早さで強くなっていくかはあいつ次第。心の底から強くなることを望んでいれば、スキルの一つや二つは勝手に生えてくるだろう。かつてのメディアのように。

 問題は死なないかどうか。この一点に限るな。死んだらそれまでだが、必死になって食らいついてくれば良い買い物と言うことになるだろう。『買って嬉しい花一匁』だ。俺からすれば出費らしい出費がないまま優秀な人間一人と人生の大半を得ることができる可能性があるわけだし、まあ単勝馬券でも買った気分でな。

 

 ……本当に『ありとあらゆる力をつけさせる』なら女としての魅力やその使い方も学ばせた方がいいのかもしれないが、今学ばせたところで使い道を見つけられなさそうだし良いとしよう。実際にはあまりよくないが、もう良いとする。

 ちなみにそういったことを学ばせるならイシュタルかアフロディテ、フレイヤ辺りに頼むのが良いのだろうが、神と言うのはどいつもこいつも享楽主義者の集まりだ。まともな教育など望めないだろう。機会があったら俺が……無理だな。諦めるか。

 



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