英語ができない魔法使い (おべん・チャラー)
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賢者の石と、英語ができない魔法使い
0話


※オリジナル設定として主人公がホグワーツに留学しています。


オーシャン・ウェーンには、悩みがあった。

 

オーシャン・ウェーンには苦手なものが、この世に二つあった。

箒に乗って空を飛ぶ事と、英語である。

 

前者は、動物の中で一番仲良くできるカラスを使用する事によって解決できた。後者も、リラックスしている時以外、つまり気を張っている内には、自然とそれが自分にとって耳慣れた言語の様に聞こえるので、理解ができた。

 

オーシャン・ウェーンは、魔女だった。

 

同時に、生粋の日本人でもあった。

 

オーシャン・ウェーンとは彼女自身がつけた英名であり、本名は上野海という。(笑)

 

英語は苦手だが英国への強い憧れがあり、先学期に日本の魔術学校から、魔法界ではその名も高いホグワーツ魔法魔術学校へと留学して来たのだった。

 

もう一度言おう。

 

彼女は生粋の日本人であり、英語が苦手である。

聞こえてくる英語は先天的な魔法能力である程度補えるが、自分の言葉はそれを補ってくれない。

 

 

 

 

「…いっっっ…た……」

マダム・フーチの飛行訓練で、箒の操作を誤って高所から落ちて校庭で呻きながら伸びているオーシャンを、マダム・フーチは駆け寄って助け起こした。

「Ms.ウエノ、あなた、苦手にも程があるでしょう。私は箒でアクロバット飛行するようにとは言っていませんよ」

助け起こされて、先生に早口で捲し立てられたオーシャンは、

「…え、なんですか?」

と聞いた。マダムは肩を竦める。

 

「ああ…まただわ。Ms.ウエノ、休んでいなさい」

先生は校庭の隅を指差して、英語が通じない状態になっているオーシャンに休んでいるようにとジェスチャーで示した。オーシャンはシュンと落ち込んで、先生が指差した辺りで丸くなった。

 

英国への強い憧れのお陰で開花した、「英語を聞き取って理解する」という地味な能力でホグワーツでの授業をなんとか凌いでいたオーシャンだったが、箒から落ちるなどの痛みを伴ったアクシデントや、パニックに陥ったりしている場面でなどは、能力はその機能を失っていた。そんな時は、オーシャンの精神が落ち着きを取り戻すまで、彼女だけ授業を中断しなければならない。これというのもその能力が開花したお陰で英語の勉強を怠っていた彼女自身のツケである。

 

オーシャンが数分休んだ後、マダム・フーチが寄ってきて聞いた。「もう大丈夫ですか?」

その言葉は、慣れ親しんだ日本語の様にオーシャンの耳に聞こえてくる。先生が言った意味を理解したオーシャンは「オーケー」とだけ答えて、箒を握って立ち上がった。

箒にまたがり、「飛べ」と念じて上昇すると、上昇するにはしたが今度は止まってくれない。他の生徒を軽々抜かして更に上を目指したオーシャンの箒が急制動をかけたのは、マダム・フーチが呪文をかけた時だった。急制動がかかったことによって箒から投げ出されてしまったオーシャンが落ちてくるのには、数分を要したという。

 

 

オーシャンが青アザだらけで昼食をとっていると、アンジェリーナ・ジョンソンとケイティ・ベルが隣に腰かけた。二人とも同寮のグリフィンドールで、クィディッチのチェイサーだ。

「オーシャン、そのアザ、大丈夫なの?」

聞いてくる二人にオーシャンはニコリと笑いかけて、手でオーケーサインを作った。友達は本名上野海の事を、オーシャンと呼んでくれる。

 

そんな三人の真正面にどかりと座ったのは、有名な双子のウィーズリー兄弟だ。二人とも同じグリフィンドール生である。

「見事な転落ぶりだったぜ、オーシャン」フレッド・ウィーズリーが言い、ニヤリと笑った。

「ああ、あんなキレイな放物線はクアッフルにも描けないさ」とジョージ・ウィーズリーもフレッドと全く同じ笑顔を見せた。

アンジェリーナは「からかわないで!」と二人を怒鳴り付けるが、オーシャンは青あざの残る顔で大人の余裕たっぷりに微笑んで見せた。今でこそ「聖母の微笑み」という二つ名のついたオーシャンの笑顔だったが、実際は英国語の会話にうまくついていけない申し訳なさと自分の不甲斐なさから、曖昧に微笑んでいるだけなのは、本人以外知るよしもない…。

 

片言英語で道を尋ねる事は、なんとかできるオーシャンだが、ネイティブの会話についていく会話力は現時点で皆無だった。

「Ms.ウエノ、貴女は英語を勉強しなくてはいけない。それは分かっていますか?」

ある日マクゴナガル先生からの呼び出しを受けてオーシャンが会いに行くと、先生はおよそ魔法学校の先生としてらしくない発言をしたのだった。オーシャンは頷いた。

「あなたの「呪文学」や「妖精の呪文」の成績は壊滅的です。しかし「魔法薬」やその他の呪文を使わない授業では優秀な成績を修めている。そこでわたくし、考えたのですが、英語を話す事が難しい者だからこそ、呪文の発音も難しいのでは?いかがでしょう?」

 

オーシャンはびっくりして、また頷いた。それはここ数年、オーシャンが考えた末に出した結論だったからだ。

英語は耳で学ぶと聞く。英語を聞くことで「聞きなれた言語の様に意味が理解できる」オーシャンにとって、それは英語を上手く話せない事へと、少しなりとも繋がっているのではないか、とマクゴナガル先生は考えたのだった。

 

「恐らく、日本語だと呪文を使うことも問題ないはずです。ここに置いてあるペンを、浮かしてご覧なさい。ホグワーツで学んだ呪文ではなく、日本でのやり方で」

マクゴナガル先生の机の上に置いてあるペンを見つめて、オーシャンは日本で習った呪文を唱えた。

 

「浮遊せよ。天翔る浮舟となれ」

オーシャンが呪文を唱えると、ふわん、と、マクゴナガル先生のペンがその場に浮かんだ。日本で学んでいた時以来、上手く使えなかった浮遊術にオーシャンが飛び上がって喜んだ反面、マクゴナガル先生は困った顔をしていた。

「思った通りですね」と、マクゴナガル先生が浮かび上がったペンを手に取る。オーシャンは首を傾げた。

 

「本当は、英語を勉強してくださいと貴女に申し上げたい所ですが、英語を「聞いて理解する」能力は貴女の先天的能力であって、恐らく貴女自身の語学力の問題では無いのでしょう?」

マクゴナガル先生は、気遣わしげにオーシャンに聞いた。オーシャンはまた頷く。オーシャンの頭は英語が彼女の耳に入る前に勝手に翻訳しているので、オーシャンがどれだけ勉強をしようとも、会話での意思の疎通は絶望的に不可能である。

 

しかし、オーシャンは考えていた。英語を聞くのが先天的能力であるように、英語を話せる様になるという後天的能力も、(勉強以外の方法で)発芽するのではないかと。

なんと言ったって、「魔法」というのは内に秘めた力だ。本人の意図せずガラスを砕く事だってあるし、瞬間移動することだってできる。

 

そこでオーシャンは、彼女自身の精一杯の語学能力で、マクゴナガル先生に言ったのだった。

「プリーズ、3デイズ。アイ、キャン、スピーク、イングリッシュ!」

マクゴナガル先生は一瞬呆けた顔をした。「…は?」

数瞬の沈黙の後、マクゴナガル先生は合点がいったように頷いた。

 

「…必ず英語を話せる様にするから、3日くれ、と…?」

こくこく、と頷くオーシャン。マクゴナガル先生は面白い物を見る目でオーシャンを見ると、言った。

「よろしい。3日で話せる様にするという貴女を信じましょう。ただし特別扱いはいたしませんよ?3日間授業にもちゃんと出て、宿題もみんなと同じようにこなすのです」

その言葉にオーシャンは少し怯んだが、それでも、コクリと一つ、頷いた。言葉が話せなくても受け入れてくれる友人達、アンジェリーナやケイティと、ついでにウィーズリーの双子達と、楽しく笑い合いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、3日3晩寝る間も惜しんで、授業中も念じ続けた結果、皆と会話が出来るようになったというわけ。魔法って無限の可能性があるわよね」

新学期の宴の席で、オーシャンは隣に座った新入生、ハリー・ポッターにそう話していた。今学期最大に有名な新入生は、オーシャンの話を聞きながら、ポークチョップに舌鼓を打っている。

 

分厚いポークチョップを飲み下してから、ハリーは言った。「僕、日本人に初めて会った。キレイな黒髪ですね」

そうハリーが誉めたオーシャンの髪は、烏の濡れ羽色と言うに相応しい、青みがかった黒髪だった。オーシャンは髪を撫で付けてやんわりと笑った。

「ありがとう。でも、例の3日間でちょっとだけ青く染まっちゃったのよ。その前はもう少し黒が濃かったの」

 

その会話を聞き付けた双子のウィーズリーが乗り出して、「誉めても何も出ないぜ、ハリー」と言った。オーシャンはムッとする。

「それは私が言う事よ。でもハリー・ポッターに誉められたら悪い気はしないわ。今度クッキーを焼いてあげるわね、ハリー」

にっこりとハリーに笑いかけるオーシャンを見て、フレッドが呻いた。

「そりゃないぜ、オーシャン!お前の手作りクッキーだなんて、俺たちも食べた事無いぞ!?」

「アンジェリーナとケイティには食べて貰ったわよ?」

オーシャンの回答を受けて、ジョージが叫んだ。「あの二人が食べてて何で俺たちに当たらないんだよ!?」

「あげようとしたけど、何か二人で怪しい研究してて忙しかったじゃない。アンジェリーナが全部食べてくれたわ」

「あぁ、あいつはお前のファンだからな!」

「お前の髪がその色になってからは、特にお前に夢中だよ!」

 

「どうしてくれるんだ!」といった表情でいきり立つ双子。オーシャンはそ知らぬ顔で、グラスに入った飲み物を、底に手をついて音を立てずに啜った。

ハリーがおろおろしていると、双子の弟ロン・ウィーズリーが口いっぱいにポテトを詰めたままオーシャンに質問した。

 

「じゃあ今は、完全に言葉を喋れるんだ。授業はどうしているの?」

オーシャンはロンを向いた。

「今でもアクシデントやパニックで能力が一時的に使えない状態になる事はたまにあるわ。それでも昔に比べて、大分減ったけど。言葉が話せない状態の私でも授業にはついていけてたんだから、貴方達も大丈夫よ。頑張ってね」

 

最後の励ましは、「授業」という言葉を聞いて少し顔を曇らせたハリーと、ネビル・ロングボトムにかけた言葉だった。ネビルはオーシャンの微笑みを見て、顔を赤らめている。

ロンが呟いた。「せ…聖母の微笑み…」

 

ジョージが頷いた。「ああ、お前らは、ホグワーツの聖母様の御前にいるのだ」

フレッドも頷いた。「今学期中に聖母様を怒らせた者には、大いなる栄誉が与えられるであろう」

「もう。フレッドもジョージもやめて」オーシャンは困った顔で双子を見た。「そんなこと言うから、先学期が大変だったんじゃないの。私を怒らせようとイタズラを仕掛けるバカみたいな子達が、毎日山ほどいたんだから」

 

双子はもはや、伝説の語り部の様に語っていた。

「それが何人かかろうが、我らが聖母様は怒りもしない」

「それどころか、微笑み一つで全てを許しなさる」

「あんなに憎たらしいスリザリンの生徒にまで笑顔で対応するんだから、恐れ入ったぜ。あれは」

「代わりに全部アンジェリーナがぶちのめしてたな」

「ああ、あんな恐ろしい彼女は初めて見たぜ」

 

結果的に、ホグワーツの聖母の噂はますます広がり、一部では尾ひれがついて「戦乙女」として恐れられているそうな。

「へえ…」そう呟いたハリーの様子を見て、オーシャンは申し訳なさそうに笑うのだった。

 

 

 





何とか気合いで英語を話せるようになった主人公ですが、ホグワーツで無事に学校生活を送れるのでしょうか…?



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1話

「おい、フレッド。今日こそ四階の廊下の秘密をあばこうぜ」

「おうとも、ジョージ。今日こそはフィルチに見つからないようにしないと」

 

朝食の時間、フレッドとジョージウィーズリーが額を付き合わせてコソコソ話しているのを横目にみて、オーシャンはおにぎりと塩鮭が食べたいと思いながら、ベーコンにかぶりついた。

英国への強い憧れはあったが、オーシャンはホグワーツに来るまで、朝食は絶対的に白米派だった。

味噌汁に沢庵、それに納豆まで出てきたら、その日は一日調子が良い。英国文化は好きだが、日本食という文化は次元を越えて愛していた。

 

さて、フレッドとジョージがコソコソ話しているが、それを横目で見ていたのはオーシャンだけではない。

双子の兄、パーシー・ウィーズリーと、新入生で成績優秀だともっぱらの噂の、ハーマイオニー・グレンジャーだ。

 

双子が二人の視線に気づくと、パーシーは席を立ち、ジョージの背後に立って言った。

「お前達、聞き捨てならないな。四階の廊下は立ち入り禁止だ。本当に行くというのなら、ママに手紙を書くからな」

ハーマイオニーはフレッドの後ろに立った。

「お言葉ですが、四階の廊下には立ち入っては行けないって、学期の始めにダンブルドア先生が仰ってたのを二人とも聞いていなかったのかしら」

 

同時に背後から挟まれた双子は、それぞれ振り向いて言った。「「さあ、なんの話?」」

惚けかたも息ぴったりだ。

 

パーシーが詰問した。「惚けるなよ、さっき聞こえたんだからな。四階の廊下には絶対行ったらダメだ」

フレッドは言い返した。「大体、学校の中に立ち入り禁止の場所があるって時点でおかしいんだよ」

 

ジョージが賛同した。「そうだぜ。俺たちみんな、ここで生活してるんだぜ。ちょっと階が上に上がっただけで立ち入り禁止って、今まであったか?おかしいだろ」

ハーマイオニーが熱くなって言った。「おかしかろうがなかろうが、先生が禁じた場所だからダメなのよ!」

 

オーシャンは純日本人で、朝は低血圧気味であった。

「ちょっと。貴方達」

凜とした声で呼び掛けられて、四人とも開いていた口を閉じてオーシャンを見た。

 

「しーっ」

 

オーシャンは人差し指を唇に当てる。場は一瞬静まったが、ウィーズリーの三人はすぐ口を開いた。

「何だよ、オーシャン。子供扱いしないでくれるか」

「子供じゃないんだから、やめてくれよ」

「俺たちをいくつだと思ってるんだ」

 

そして朝食に戻りながら、その三人に笑顔を向けた。

「これ以上子供扱いされたくなかったら黙って食べなさい」

 

三人は顔を見合わせると、食事に戻ったのだった。

 

 

 

オーシャンが大広間を出ようとしたとき、女の子の声に呼び止められた。

「あの、Ms.ウエノ…。さっきはごめんなさい。気分を害してしまったかしら…?」

ハーマイオニー・グレンジャーだった。元凶の双子は朝食の残りを流し込むやいなや逃げていったというのに、ご丁寧に謝罪しにきたのだ。

 

そんなかわいい後輩のいじらしい姿に顔がにやけるのをごまかすために、オーシャンはいつもの笑顔を作った。ハーマイオニーのふわふわのブロンドの髪に長い睫毛は、オーシャンが幼少の頃に憧れた英国のお姫様そのものである。

 

「貴女は正しい事を言ったまでじゃない。何を謝る必要があるの?あの二人のやることは気にしない事よ。さもないと貴女が貧乏くじばかり引いてしまうわ」

ハーマイオニーの頭をふわりと撫でると、やはり予想通りの髪の毛の感触に、オーシャンは思わず我を忘れそうになった。綿菓子みたい…!

 

オーシャンに頭を撫でられながら、ハーマイオニーは笑った。

「Ms.ウエノって、とっても大人っぽいのね!それに貴女の言葉はとっても不思議…!まるで言葉の魔法みたい!」

 

「え」恥ずかしいやらビックリしたやらで、オーシャンがハーマイオニーを撫でていた手をパッと放すと、それと同時にハーマイオニーの顔がみるみる赤くなった。どうやら自分の発言の恥ずかしさに気づいたらしい。

 

気まずい沈黙が降り立ってしまった。オーシャンは「女子に告白された男子みたいなシチュエーションよね…」と、自分の立場を客観的に捉えつつ、気まずい思いをしている新入生に代わって口を開いた。

 

「…英語は出来ないけどね」

言って、フフッと笑うと、ハーマイオニーもへにゃりと弱々しい笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、夕食にはハロウィーンのご馳走が出るらしい。どこからか漂ってくるパンプキン・パイの香り、廊下を飾る色とりどりのジャック・オ・ランタン等に目を奪われながら、「ハロウィーンって、具体的にどういうお祭りなのかしら」と、ハロウィーンに馴染みの薄い日本出身のオーシャンが歩いていると、ジャック・オ・ランタン以上に目を奪われる光景とすれ違った。

 

ハーマイオニー・グレンジャーが、俯き顔で涙を隠しながら歩いていく。

オーシャンは、先を歩いているフレッドとジョージに忘れ物をしたと言い残し、ハーマイオニーの後を追った。

 

角を曲がって見失いかけたが、すぐそこのトイレの中からすすり泣きが聞こえてきて、オーシャンは足を止めた。嘆きのマートルのトイレは一つ上の階のはずだから、これはハーマイオニーの鳴き声だろう。

 

キィ、と細くドアを開けて滑り込む。「…グレンジャー…?」ハーマイオニーの姿は見えないが、鳴き声がピタリと止んだ。

「私よ、オーシャン・ウェーン」

「…Ms.ウエノ…?」

聞きなれない名前に一瞬戸惑ったらしいハーマイオニーだが、声で誰が入ってきたか分かってくれた様であった。だが、その涙声は弱々しい。

 

「…独りにして」

声が聞こえてくる個室の前に立ち、オーシャンは語りかける。

「貴女、私に「言葉の魔法使いみたい」って言ってくれたわね…。私は魔法使いだから知っているんだけどね、女の子の「独りにして」は、大概「独りにしないで」って意味なのよ?」

 

その言葉の後、たっぷりと時間をかけて、すすり泣きの後に一つ微かに笑い声が聞こえたかと思うと、個室の扉が開いた。目を真っ赤にしたハーマイオニーが、オーシャンを迎える。

 

「…やっぱり、貴女、言葉の魔法使いね」

「英語は出来ないけどね」

ハーマイオニーの言葉にオーシャンは合言葉の様に返し、彼女が「入ってもいいかしら?」と訪ねると、ハーマイオニーは無言で招き入れた。

 

それからオーシャンは涙の訳も聞かず、ただ、胸をかして、ハーマイオニーは彼女の胸で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、フレッド。オーシャン知らない?」

「いや、知らないな。変身術の前に忘れ物を取りに行くって言って、それっきりだ」

「むぅ…。じゃあ、ジョージ!知らない?」

 

「フレッドが知らないんだから俺が知るわけないだろ?っていうか、そんなにあいつのこと気になるのか、アンジェリーナ?」

「もちろんよ!また誰かさんにけしかけられたバカの集まりに困った目にあってるんじゃないかって…」

「誰かさんって誰の事だろうな、フレッド?」

「皆目見当もつかないな、ジョージ?」

「…あんた達、シバき倒す…」

「「何で!?」」

 

 

きらびやかに飾られた大広間でハロウィーンの宴会が始まった時、そこへ慌ただしくクィレル先生が駆け込んで叫んだ。

「トロールが…地下室に…!」

 

その場に倒れて気絶したクィレル先生を気遣う者は誰もいなく、生徒達は皆叫び、大広間はパニックになった。

ダンブルドア校長の一声で全員が落ち着きを取り戻すと、彼の統率に従って、各寮の監督生が生徒の先頭に立ち、寮への帰路を辿った。

 

 

 

 

ハーマイオニーの声がすすり泣きが弱くなって来たことに気づいて、オーシャンは彼女に声をかけた。

「…もう大丈夫そう?」

ハーマイオニーはゆっくりと顔を上げた。

 

「はい…ごめんなさい。Ms.ウエノ。こんな、」

「何故貴女が謝るの?私は、可愛い後輩を独りぼっちにしたくなかっただけ。…それと、私の事はオーシャンって呼んで?友達はみんなそう呼んでくれるわ」

ハーマイオニーはきょとんとした。

 

「ocean…?」

オーシャンはふわりと笑った。「ええ、私、本名は上野海っていうの。海だからオーシャン。安直でしょう?」

するとハーマイオニーが、初めて楽しそうな笑顔を見せた。

「ええ、全然、言葉の魔法使いじゃないわね…」

 

ハーマイオニーが笑顔を見せて、オーシャンはホッとする。

「ええ。…じゃあ、夕食に行きましょうか。いっぱい泣いたから、お腹空いてるんじゃない?」

そう言って個室から出ようとドアを開けるのと、巨大なトロールが棍棒を振りかざしたのは同時だった。

 

「伏せて!」

オーシャンは叫びながらハーマイオニーの頭を掻き抱き、床に伏せた。同時に頭上をトロールの棍棒がさらっていく。個室が全てなぎ倒され、瓦礫と化した。配管は曲がり、亀裂から水が吹き出す。

 

「トロール…!?何で!?」

突然の珍入者に目を白黒させながら、オーシャンは四メートルもあるその巨体を見た。トロールの目は確実にこちらを捉えている。オーシャンは冷静を保とうと、トロールを睨み付けながらハーマイオニーに声をかける。

 

「…過激に動かないで。ゆっくり逃げるのよ。トロールを刺激しないように、ゆっくり壁づたいに…。」

言い終わらない内に、ハーマイオニーが部屋の隅に走って逃げていくのが見えた。

 

「ダメ!急に動かないで!」

案の定、トロールはハーマイオニーの後ろ姿目掛けて棍棒を叩きつけた。オーシャンが叫ぶ。

「グレンジャー!」

 

幸い、ハーマイオニーは叩き潰されなかったが、足を怪我したようだ。床に転がったまま身を起こすと、トロールを睨みながら壁に背をつけた。

オーシャンはハーマイオニーに駆け寄った。「聞いていなかったの!?急に動かないでって!急に動いたらトロールの標的にされるのよ!」

 

オーシャンの言葉を聞いて、ハーマイオニーは恐々とこちらを見た。その様子を見て、オーシャンは悟った。通じていない事を。

どうやらオーシャン本人は冷静になっているつもりでも、少しパニック状態になっているらしい。言葉の能力が遮断されてしまった様だ。

 

と、その時トイレのドアが勢いよく開いて、ハリーとロンが入ってきた。

二人に呼ばれたハーマイオニーがハッとそちらを向くと、直後に頭を抱えてうずくまった。頭に怪我をしている。オーシャンの好きなブロンドの髪が、赤銅色に染まっていた。

 

オーシャンの中で、何かが切れた音がした。

 

オーシャンがゆらりと、その場に立ち上がり呟いた。

「私の可愛い後輩に、何て事をしてくれるのよ…」

そして棍棒が三度振り上がった時、オーシャンが怒りに叫んだのと、ロンが杖を振ったのはほぼ同時だった。

 

「死んで詫びなさいっ!」

「ウィンガ~ディアム・レヴィオ~サ!」

 

トロールが雄叫びを上げて獲物を振り下ろそうとした手に、すでにそれはなかった。空中にひとりでに浮かんでいる。その現象を不思議そうにトロールが見上げたとき、オーシャンの懐から取り出された杖が、まるで刀のように振り下ろされた。

 

「切り裂け!断罪せよ!」

 

オーシャンの魔法はまっすぐにトロールを捕らえ、刀で切り裂かれた様な傷を負ったトロールは、落ちてきた自身の得物に頭を打たれて、ずぅん、とその場に崩れ落ちた。

 

 

 

その直後にやって来た先生達にグリフィンドールは5点を与えられ、一年生の三人はそうそうに返されたが…。

 

「…Ms.ウエノ。トロールのこの傷は、日本の術式でやったのですか?」

マクゴナガル先生にそう聞かれ、精神の落ち着きを取り戻したオーシャンは「はい」と答えた。

 

マクゴナガル先生は少し考えている様な顔つきになったが、やがて「Ms.ウエノ」と言った。

「ホグワーツで学ぶ間、日本術式の魔法は禁じます」

「…」

オーシャンが沈黙していると、マクゴナガル先生はトロールの傷口を悲哀の眼差しで見つめ、こう言った。

 

「この術式は強すぎます…。闇の魔法に近すぎる。分かってください、この術は危険なのですよ…」

 

 







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2話

全生徒達が熱狂するクィディッチシーズンがやってきた。今年はハリー・ポッターがグリフィンドールチームのシーカーに就任したという「極秘」事項もあり、学校内はにわかにさざめいている。

 

当の本人はといえば、凍てつくような寒さの中庭で、いつもの三人組になってぴったりと身を寄せ合っていた。

先日のハロウィーンの一件以来、可愛い後輩のハーマイオニー・グレンジャーがハリー・ポッターやロン・ウィーズリーと仲良くなれたのは、オーシャンにとって我が事の様に嬉しいことだった。

 

中庭の三人の姿を見ながら、オーシャンは身をぶるっと震わせた。こちらはといえば身を寄せ合おうにも、手の届くところにいるのはフレッドとジョージの二人っきりだ。

 

いたずら双子と身を寄せ合おうというものなら、こちらが気づかぬ内にポケットにいくつ「ドクター・フィリバスターの長々花火ー火無しで火がつくヒヤヒヤ花火」を入れられるものだか、知れたものではない。

 

オーシャンがくしゃみをすると、先を歩く二人は声を揃えて「「何だよ、寒いのか?」」と振り返った。

オーシャンは笑って「ええ、いつもの貰えるかしら?」と言った。

 

するとフレッドがポケットから袋を出して、オーシャンに放って寄越した。

オーシャンは受け取りつつそれを両手で揉む。すると両手から足の先まで、じんわりと暖かさが広がってくるのだ。ろくでもない双子の発明の中で唯一役に立つものといえば、この「永久カイロ」だけだとオーシャンは思っていた。「永久」と銘打ちつつ、一週間も経てば手がぼんやりとしか暖まらない様になるのがたまに傷だが。

 

じんわりと広がってくる暖かさにオーシャンが目を細めると、フレッドとジョージは嬉しそうに笑った。じゃあこうすればもっと暖かいだろう?と言って、二人はオーシャンを真ん中に据えて肩を組んだ。

 

「フレッド、ジョージ…」

オーシャンが感動したように言うと、二人は照れたように笑った。オーシャンの次の一言で雰囲気をぶち壊すまでは。

「横一列になるより、中庭から吹き込んでくる風を防いでくれる方が嬉しいのだけれど。」

 

次のクラスに着くまでの間、フレッドとジョージの二人はオーシャンの隣でカニ歩きをして、彼女に襲いかかる寒風から彼女を守らねばならないのであった。

 

 

 

 

 

その夜、みんなが明日のクィディッチの試合について精神を昂らせている談話室で、ハーマイオニーは一人の生徒の教鞭を取っていた。

一年生であるハーマイオニーが教鞭をとる相手とは、オーシャン・ウェーン。授業の内容は英語である。

英語を聞くのと喋るのについて、当面の問題は無くなったオーシャンだったが、最近また新たな悩みが出来ていた。読み書きである。

 

読む事については、もともと簡単な英文であればオーシャンはそれなりに読めていた。問題は「書くこと」である。読んだのと同じ内容をノートにとろうとしても、ノートに向かった端から言葉が溢れ落ちていくのだ。

 

「貴女、本当に英語が苦手なのね、オーシャン。自分の名前のスペルが間違っているわ」

目の前でオーシャンが書き取っているところに彼女の間違いを指摘しながら、ハーマイオニーは自分の宿題もこなしていた。それどころか、赤毛の友人の宿題の面倒まで見ている。彼女は生半可な優等生ではないらしい。オーシャンは舌を巻いた。

  

 

そこに明日の主役の一人であるハリーがすっ飛んできた。

そこに上級生がいることも忘れて、友人二人に衝撃的な話をするものだから、他の二人と同じく、オーシャンの手も止まってしまった。「何の話?」

 

ハーマイオニーは「何でもないわ」と言ったが、時すでに遅し。不穏な単語で彩られていたハリーの話は、すっかりオーシャンの興味をひいてしまった。

仕方なくハリーは、「誰にも言っちゃダメだよ」と前置いて、四階の廊下に何があるか、そして自分の立てた仮説をオーシャンに話した。

 

オーシャンはハリーの話を聞いて「なるほどね…」と息をついた。

「絶対スネイプは、あそこにあるものを狙っているんだ…」とハリーは真面目な顔で呟くと、ハーマイオニーが避難がましい声を出した。

「ハリー、そんなことあり得ないわよ…」

「君は、先生はみんな聖人だとでも思っているのか?」ロンはハリーの唱える説に一票。

オーシャンは三人の口論に口を挟んだ。「問題なのは、」

 

「そこにあるものを守る事よ。スネイプがやっていようが無かろうが、私には関係ないし興味無い。でももし、四階に守らなければならないものが隠されているとして、そこに魔の手が及んでいるかも知れないとしたら、まず大切なのは、それが侵されないように守ることだと思わない?」

 

オーシャンが頼り甲斐のある笑顔をニッコリと見せると、三人は頷いた。微かに芽生えた連帯感を胸に、オーシャンは言った。

「でもまず、みんなが興味のあるクィディッチの試合から片付けないと。ハリー、もう寝た方がいいんじゃない?」

 

ハリーが見ると、選手達はもうみんな寝室に引き上げた様だった。四人はそこでお休みを言い合い、各自談話室を後にしたのだった。

 

 

 

次の朝、ハリーはひどい顔をしていた。緊張で眠れなかったのに違いない。

選手が連れだって競技場へと向かうとき、オーシャンは全員に声をかけた。「みんな、頑張って」

その一言だけで、アンジェリーナが「頑張るわ!見てて、オーシャン!」と意気揚々と競技場に駆けていった。チーム全員ビックリして、「待ってよ、アンジェリーナ!」と追いかけた。

 

キャプテンのウッドだけは、追いかける前にオーシャンを見て、

「わざとやってるだろ」

と言った。オーシャンはゴブレットからジュースを音を立てずに啜る。

「大事な試合前には適度に体を解してリラックスすることで、いい結果が得られるものよ」

 

ふむ、と、ウッドは腕組みして笑った。

「この試合に勝ったら、君をうちのチームのマネージャーとして引き入れようか」

オーシャンは笑った。

「それは楽しそう。でも私、クィディッチってあんまり興味持ったこと無いの。貴方が今日、私がクィディッチに夢中になるような面白い試合にしてくれたら、考えてもいいわ」

 

ウッドは、オーシャンがまるでけしからん言葉を口にしたとでも言うように、眉をひそませた。そして「ようし、見てろよ!」ずかずかと大広間を出ていく。

「みんな単純ね」

オーシャンは隣のハーマイオニーと、声を潜ませて笑った。

 

 

 

 

 

オーシャンがクィディッチにあまり興味を持ったことが無いというのは、本当だった。「怪我の多いスポーツ」というイメージがあり、どうにも好きになれない。

ビーターである双子のウィーズリーがよく青あざや擦り傷などの怪我を負って寮に帰ってきていたので、それで余計に苦手意識があるのかもしれない。

 

ロンとハーマイオニーと一緒に最上段に陣取って試合を観戦する。出場しているのが友達でなければ、こんな試合は見に来ない。

後から森番のハグリッドも応援に駆けつけた。

「おう、今日はみんないつになく張り切ってるな。オーシャン、何かしたんか?」

ハグリッドが言うので、ロンが聞いた。

 

「どうして、Ms.ウエノが何かしたかと思うの?」

当然という様にハグリッドは答えた。「他はともかく、お前さんの兄貴達のあんなに張り切ってる姿は、オーシャンが影で糸を引いている以外に理由が無いじゃろうが。で、何かやったのか?」

実際はアンジェリーナにより効いているのだが、と思いながら、オーシャンは人差し指を唇に当てて微笑んだ。

 

「ちょっと、言葉の魔法を、ね」

首を傾げるハグリッドとロンを見て、ハーマイオニーも笑った。

 

観客のどよめきに気付き、四人は試合に目を戻した。ハリーの箒が、制御を失っている様だ。ハリーが振り落とされかけて、辛うじて片手で箒にしがみついた。観客が悲鳴を上げる。スリザリンから、野次が飛んだ。

 

「箒がどうかしちゃったのかしら」

「そんなバカな。箒には闇の魔術以外いたずらできん」

ハグリッドから「闇の魔術」という言葉を聞いて、ハーマイオニーはロンから双眼鏡を引ったくった。双眼鏡から観客席を見つめ、そして言った。「思った通り、スネイプよ。箒に呪いをかけてる。任せて、いい考えがあるわ」

 

ハーマイオニーはスネイプの方へと駆けていった。そうこうしている間に、ハリーの箒の揺れが一層大きくなった。いつハリーが落ちてもおかしくない。

オーシャンはすっくと立ち上がった。ハグリッドが声をかける。「何をする気だ?」

オーシャンは、薄く笑った。

 

「闇の魔術には、闇の魔術でしょ?」

 

オーシャンは指を立てて印を切った。杖ではなく印を使うのは、日本では呪いではなくまじないと呼ばれる。

ロンとハグリッドの耳に、聞きなれない言葉が聞こえてきた。

 

「防ぎませ、防ぎませ。悪しき力を防ぎませ。拒絶の意を持ち、断固の気を持ち、汝が力喰らい尽くさん」

 

「喝!」の一声で、ハリーの箒がピタリと止まった。向こう側の観客席で、スネイプのマントが赤々と燃えているのを視界の端に捕らえ、オーシャンはハリーが何かを見つけて急降下していくのを見た。

 

オーシャンは静かに椅子へと座り、次いで観客がどっと沸いて、リー・ジョーダンの声が聞こえた。「170対60でグリフィンドールの勝利!」

 

 

 

 

 

次にオーシャンが目を覚ましたのは、医務室のベッドの上だった。マクゴナガル先生が、怖い顔で覗き込んでいる。オーシャンは少し、現実感の無い声でポツリと呟いた。

「…お腹空いた。…おにぎりと塩鮭が食べたい…」

オーシャンが思いの外元気な事を確認すると、先生は今まで息をしていたのかを問いたくなるくらい長く、息を吐いた。

 

「また日本術式を使ったでしょう。ダンブルドア先生に伺ったところ、日本で「まじない」と呼ばれるものは術者本人に還ってくるということ。貴女があんまり苦しそうにしているから、「磔の呪文」にかかったのかと思いましたよ」

「どうして使ったのです?」問いただす口調のマクゴナガル先生を前に、オーシャンは身を起こした。

 

「ハリーが危険にさらされていたから。あのまじないは、ハリーの箒にかけられた魔法を吸収するものです。闇の魔術を吸収したことで、体に負担がかかってしまってそんな醜態をさらしてしまいました」

オーシャンは「ご迷惑おかけしました」と、マクゴナガル先生に頭を下げた。

 

マクゴナガル先生は何か言いたそうに口を開いたが、瞳を潤ませ手で口を覆い、飲み込んでしまった。しばらくして出てきた言葉は、先程までの口調が嘘のように静かだった。

 

「Mr.ポッター、Ms.グレンジャー、ハグリッド、Ms.ジョンソンにMs.スピネット、Ms.ベル、Mr.ウッドも、みんな心配していましたよ…」

オーシャンは「みんなに謝っておきます」と微笑んだ。マクゴナガル先生は仕切りのカーテンを潜り際、最後に言った。

「貴女は何人ウィーズリー家の若者を、心配で殺す気ですか。よく反省しておきなさい」

 

 



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3話

ホグワーツ城はクリスマスムード一色だった。大広間には本物のもみの木のクリスマスツリーが飾られた。

 

明日からクリスマス休暇に入る。学期終わりのまとまった休みには日本に帰国するオーシャンだが、クリスマスの短い休暇でそれが叶う訳もなく、寮での居残り組に名前を書いた。

 

今年は双子のウィーズリーに加えその弟のロン、兄のパーシー、ハリーも寮に残る事になっていたので、思っていたより楽しい休暇になりそうだ。

 

すきま風で冷えている廊下をオーシャンが歩いていると、ハリーとロンとハグリッドが立ち止まっていたので声をかけた。するとハグリッドの影に隠れていた、スリザリンの生徒と目があった。

 

「あら、ごめんなさい。お邪魔しちゃったわね」

オーシャンがそう言うと、そのスリザリン生が慇懃な態度でオーシャンに言った。

「お前は…グリフィンドールにいる日本人だな。日本では未だに洞穴で暮らしているんだろう?グリフィンドールに集まる連中はみんな飛んだ田舎者だな」

 

「なにをっ…」とハリーが声を荒げたのを制して、オーシャンはスリザリン生に言った。「だからどうしたというの?」

もちろんオーシャンは日本で洞穴になど暮らしてはいないが。

 

「私たちの生活レベルを心配してくれているのね。でも大丈夫、心配ないわ。だって貴方達には関係無いんですもの」

ね、とハリーとロン、ハグリッドに目配せして、オーシャンは笑った。

 

「日本には「嫌よ嫌よも、好きのうち」という言葉があってね?」

「それが何だと言うんだ?」

スリザリンの少年はいきり立ったが、オーシャンは「さぁ、それ以上は自分で考えて?」と言い残して、他の3人を連れて大広間へ向かった。

 

ロンはオーシャンの隣を歩きながら憤懣仕方がない様だった。

「マルフォイって、ほんと嫌なやつ!」

「マルフォイって、さっきの子?」オーシャンが聞くと、ハリーが補足した。

「ドラコ・マルフォイ。この学校で一番憎たらしい奴さ。いつも僕たちに突っかかってくるんだ」

オーシャンが「貴方達と友達になりたいんじゃない?」というとハリー、ロンに加えてハグリッドまでもが「まさか!」と言った。

 

「Ms.ウエノ。気持ちが悪くなる冗談は止してくれよ」とロン。

「僕たちをこきおろして、楽しんでるだけなんだ」とハリー。

「オーシャン、アイツはただ根性がネジ曲がっとるだけよ」とハグリッド。ハグリッドがここまで言うのは、珍しい。オーシャンは英国流に、肩をすくめた。

 

大広間に着くとハグリッドが持っていた大きなもみの木をマクゴナガル先生とフリットウィック先生に渡し、オーシャンとハリー、ロンは席について本を読んでいたハーマイオニーに近づいた。

 

ハリーがハーマイオニーに言った。「ニコラス・フラメルについて、何か分かった?」

ハーマイオニーが振り向くのと、オーシャンが口を開いたのが同時だった。

「ニコラス・フラメル?貴方達、錬金術でも始めるの?」

 

その一言で、三人全員がオーシャンを期待を込めた眼差しで見つめた。

「Ms.ウエノ、知ってるの!?」

「え、えぇ。日本にいた頃の授業で少し習ったから。日本では、魔術以外に錬金術や陰陽術、それから忍術についても初等教育で教えてくれるわ。…まあ、浅く広くといったところかしらね」

「えぇ!?それってすごい!私、日本の魔術学校に行ってみたいわ…」と声を弾ませて言ったのはハーマイオニーだ。ハリーは「そんなことより!」と声を大きくしてハーマイオニーの意識を戻させた。

 

「Ms.ウエノ!何をした人なの、ニコラス・フラメルって…」

オーシャンは古い記憶を引っ張り出した。今ではほとんど使われなくなった所の記憶だ。

「えぇと…あれよね、「賢者の石」を作り出した人よね…」

「賢者の石?」

「!…そうよ!賢者の石よ!」ハリーとロンが首を傾げる中、ハーマイオニーだけがピンと来た様で二人を引っ張って、荷物をそのままに大広間を出ていってしまった。

 

「…忙しい子達ね」

オーシャンは笑って一人言うと、ハーマイオニーが残していった荷物をまとめ始めた。

あの三人があんなに真剣になっているという事は、もしかして例の四階の件だろうか?一瞬授業の関連の質問なのかとも思ったが、ハリーとロンがあんなに前のめりに質問してくるなんて、授業の事ではあり得ないだろう。

…であれば、禁じられている四階にいるという番犬は、まさしくそれを守っているのだろうか?

 

「…まさか。確かめるまで、何とも言えないわ」

オーシャンが思案を打ち消すと、フレッド、ジョージ、アンジェリーナが姿を見せた。昼食の後は、みんなで「魔法生物飼育学」である。外は寒いだろうから、双子にまたカイロを貰わねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス休暇一日目は、オーシャンはゆっくり過ごす事を決めていた。

朝は少し寝坊して、毛布にくるまって談話室の暖炉で暖まってから、天気が良ければ少しだけ外を散歩しよう…ハーマイオニーと約束している英語の書き取り練習も、今日だけは午後からにさせてもらおう…。

 

例年のクリスマスならばその計画がうまくいったかもしれないが、ここは住み慣れた日本ではないうえに、寮にフレッドとジョージが居残っている段階でそれがうまくいくはずもなく、今朝は窓にぶつけられる雪玉の音に起こされてしまった。

 

「うぅ~っ…」

外がうるさい、でもまだ寝ていたい…布団にくるまって身をよじり、最後の抵抗をしたオーシャンだったが、バスッ、ボスっ、と窓にぶつかる雪玉の音でたまらずに身を起こした。

 

窓の外を見ると、やはり双子が寝室の窓に向かって雪玉を投げて遊んでいた。窓辺にオーシャンが姿を現した事で外の二人は指を差して喜んだ。

 

「まったく…人の事を指差さないって、お母様に教わらなかったのかしら」

そう一人ごちながら、次に飛んで来た雪玉を、ちょい、と窓越しに指でつついてみせた。

雪玉は一旦空中に制止し、直後にフレッドとジョージ目掛けて帰っていった。

 

オーシャンはベッドの毛布を引ったくり、談話室の暖炉を独占するために寝室を出たのだった。

 

 

 

次に起こされたのは、英国人が自分の名前を呼んだ時だった。「HEY!ocean!」と呼ばれるが、そのあとは全く聞き取れない。

暖炉の前に置かれたソファに横になっていたオーシャンだったが、起床して自分を呼んだ犯人を見ると、またもフレッドとジョージだったので、ぷるぷるっと頭を振った。

 

「え、ごめんなさい、何ですって?聞けなかったわ」

寝起きのオーシャンに双子は声を揃える。「「だからぁっ…」」

要するに何故雪合戦に来ないのか、ということだった。どうやら、さっき雪玉を投げ返したのが、OKのサインだととられたらしい。

 

「…私、OKって言った覚え無いわよ」

「でも、投げ返しただろ!」

「だってゆっくり眠りたかったのだもの…」

「今何時だと思ってるんだよ!そろそろ昼食の時間だぜ!」

「…お布団って、魔法の道具だと思わない?」

「あー…」「まぁ、それは否めないな」

 

「また丸め込まれてる。ハリー、見ろよ」

そう声がして、見れば寝室から出てきたロンが、ハリーと一緒に笑っていた。

「おっと、ロニー坊や」「聞き捨てならないな。今、何て言った?」

双子がロンを向いたところで、オーシャンのお腹の虫が鳴った。

 

ぐう。

 

みんながビックリしてオーシャンを向いた。ところが当のオーシャンは「お腹空いた…おにぎりが食べたい…」と、ボサボサの頭で最近の口癖を唱えるのだった。

がちゃりと扉が開いた音がして、上の階からパーシー・ウィーズリーが降りてきて言った。

「何をしている。みんな食事に行かないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスの朝は、オーシャンはいつもの時間に起きて英語の書き取り練習を片付けようとしていた。

やはり苦手なものは億劫になってしまうものである。ハーマイオニーに約束した練習目標まで、まだ半分たりないのだ。

 

ベッドから起床し、一つ大きく伸びをして、どてら(日本の受験生御用達の羽織もの)を着込んだ時、足元に置かれたクリスマスプレゼントに気づいた。

アンジェリーナからは、新しい羽ペン。メッセージカードがついていて、「貴女によく似合うわ」的な事が書かれているらしいのが、辛うじて読み取れた。細かいニュアンスは違うと思うが、今のオーシャンにはこれを読み取るだけでも精一杯だ。

 

ケイティからは白いマフラー、アリシアからは大きなお菓子の包みだった。ハーマイオニーからもメッセージカードと、おしゃれな懐中時計が贈られてきていた。高かっただろうに、オーシャンが英国大好きと豪語しているのを聞いて、わざわざ彼女の好みそうなものを選んでくれたのか。

 

そして「クィディッチ今昔」を贈ってくれたのは、誰あろう、オリバー・ウッドだった。メッセージカードには無骨な字で「君も興味を持ってくれ」の様な事が書かれていた。先月の対スリザリン戦直前のやり取りを思いだし、オーシャンは思わず吹き出してしまった。後から双子に手伝ってもらって、読んでみよう。

 

その双子からのプレゼントらしきものが、紙切れ一枚だった。「階下」らしき文言が読み取れる。プレゼントは談話室に隠したぞなんて、双子が仕掛けそうな下らないいたずらだ。

 

最後に、父と母、そして妹からは手紙が届いていた。懐かしい日本語で書かれた宛名に、思わず涙腺が緩む。

 

 

さて、では手紙は後でじっくり読むとして、先に双子からのプレゼントを片付けるか。そう思ってオーシャンが談話室に下りると、そこにはプレゼントを手にはしゃいでいる、みんなの姿があった。

 

「メリークリスマス」みんなが言うのでオーシャンも微笑んで返した。「メリークリスマス」

すると早速フレッド。「オーシャンって編み物も出来たんだな」フレッドとジョージには、手編みのマフラーを贈ったのだ。

 

「貴方達のお母様には叶わないけれどね」

とオーシャンが言うと、ロンが「いいなぁ」と言った。

「栗色のセーターより、そっちの方が絶対いいよ」

ロンは辟易とした声を出した。

「あら、私はそっちの方が素敵だと思うわよ、ロン。ところで貴方達、私に何か、渡すものがあるんじゃない?」

オーシャンがロンから視線を移して双子に聞いたので、フレッドとジョージは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。

 

「こりゃ驚いた。かのオーシャン・ウェーンが俺たちに物をねだるとは」

「ああ、ジョージ。俺は腰が抜けそうだ…」

二人がふざけるので、オーシャンは腰に手を当てる。

「まったく。その様子を見ると、随分自信がありそうじゃない?」

「そうともさ。…オーシャン、涙の準備はいいかい?」

「涙?」

フレッドの言葉にオーシャンが訝しげな顔をすると、ジョージがナフキンのかかった皿を捧げ持ってやってきた。

「これさ!じゃーん!」とジョージが皿に被せてあったナフキンを取り除くと、なんということだろう、そこには二つのおにぎりが載せられているではないか!

 

「えっ!嘘!?ジョージ!フレッド!」

ずっと食べたかったものを目の前に出されて、オーシャンは感動でパニックになりそうだった。…というか、なっていた。

ジョージが「お前がずっと食べたいって言ってたから、俺たち頑張って調べ…」と説明したオーシャンが理解できる言語は完全にフェードアウトして、途中からジョージの何を言っているのか分からない英語が続いた。

 

ジョージが説明を終えると、オーシャンは恐る恐るジョージに近づいて、おにぎりの持った皿を指差し、「イート、オーケー?」と双子に聞いた。

どうやらパニックになるほど喜んでくれたオーシャンを見て、二人は「オーケー!」とはにかんで答える。

 

オーシャンが恐る恐るおにぎりを手に取り、口に含むと、何故か全員が「oh…!」とどよめいた。

オーシャンは涙に濡れながら、久々の白米を咀嚼する。お米の炊き加減がイマイチでも、時々塩の固まりがじゃりじゃりと音を立てても、塩の加減が所によりまばらでも、双子が頑張って作ってくれたおにぎりだ。美味しいと言わずになんと言おう。

 

おにぎりを感動しきりで食べていたオーシャンだったが、おにぎりの中ほど、大体は具が入る辺りで、更なるパニックに陥った。

お米の中にある、程ほどの弾力がありながらも柔らかい、プニっと弾けるものを見つけたのである。

 

ものには、「食べ合わせ」というものがある。

そして「ご飯」と「バーティ・ボッツの百味ビーンズ」は、「あり」か「なし」かで言われれば、完全に「なし」だった。

あまりの衝撃とパニックにオーシャンは気を失ってその場に崩れ落ちたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は一日オーシャンのパニックは静まることがなく、彼女にとってある意味で忘れられないクリスマスとなった。

 

休暇が開けたときにおにぎりの中身の理由を二人に問いただしたところ、「だって調べたら、中身の具材は色々な種類がある、って書いてあったし」「それなら、百味ビーンズもありかなと思って」

 

クィディッチの練習が始まった日に、オーシャンは取り寄せた具材で本物のおにぎりを作り、グリフィンドールチームに、差し入れとして持っていった。

 

それを食べた双子は、心底反省した顔でオーシャンに謝ったのであった。

 

 

 

 




今回はギャグ?回でした。
グリフィンドール生の、仲の良いところが大好きです!



UA 629 お気に入り4件、感想1件、ありがとうございます!感涙です。


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4話

ある朝、グリフィンドールの点数が150点も減っていたらしい。 

「…はぁ。」

オーシャンは自寮の点数が一夜で消失したという一大事件の顛末を聞いているにも関わらず、口から間抜けな音を出した。

 

憤りながら事の顛末を話してくれたのは、アンジェリーナだ。話によれば、ハリー・ポッターとその仲間の一年生が、深夜に寮を抜け出して探険していたのが原因らしい。

 

「150点よ、150点!今年こそは寮杯を取り返せると思ってたのに…!よりにもよってハリーが!」

アンジェリーナの声を聞きながら、オーシャンはぼんやりと、「あぁ、それでグリフィンドール生の雰囲気が殺伐としているのね…」と思った。

 

しかし、アンジェリーナには悪いが、オーシャンは寮杯の行方などに元々興味は無かったので、何でみんながそんなに怒るのかと首を傾げた。それを言うと、アンジェリーナは「だって、寮杯だよ!?」とよくわからない事を言うのだが、

 

「確かクィディッチでは、シーカーがスニッチを取れば150点だったわよね?この間のハッフルパフ戦で、ハリーがスニッチを取れなかった様なものよ。そんなに大したことじゃないわ」

 

オーシャンの言葉を聞いて、アンジェリーナはきょとんとする。その後腕組みして考え込んでしまった。「あれ?、そう考えると…でも…」と、口から漏れている。混乱させてしまった様だ。

 

オーシャンは笑って、次のクラスで使う教科書を開いたのだった。

 

 

 

 

 

ある日、オーシャンはハーマイオニーから、今夜の勉強は見てあげられないと宣言された。今夜の勉強とは、もちろん英語の授業の事だ。ハーマイオニーはほぼ毎日、オーシャンの英語力の向上のために教鞭をとっていた。

「それは構わないけど、どうしたの?」

何の気なしにオーシャンが理由を聞くと、今夜十一時から処罰なのだという。夜の十一時とは、随分遅い時間の処罰だな、と、オーシャンは違和感を抱いた。

 

ところで、日本の魔術学校では、初等教育で魔術だけではなく錬金術から忍術まで、広く浅く基本を教えている。

オーシャンは忍術の授業で、隠れ蓑術と遷し身の術は得意中の得意だったのである。

 

 

そんなわけで、可愛い後輩が遅い時間から処罰を受けると聞いて心配したオーシャンは、得意の隠れ蓑術で処罰に向かう彼らの後を尾行したのだった。

すると彼らが玄関ホールにいたフィルチに出迎えられ、何と城を出て行くではないか。オーシャンは更に後を尾けた。

 

 

 

 

するとハグリッドの小屋の前で一行は止まり、これから禁じられた森に入ると言うのだから、オーシャンは隠れながら面食らってしまった。

フィルチだけが城へ向かって去っていくのを見届けて、オーシャンはハリー達の前に姿を現した。

 

「ハグリッド。私も行って良いかしら?」

突然現れたオーシャンに、全員が目を丸くする。声を上げたのはハグリッドだ。

「オーシャン、こんな時間に何しとる!しかもこんなところで!」

「それは、この子達にも言えるんじゃない?」

オーシャンは、ハリーから順に、ハーマイオニー、ネビル・ロングボトム、ドラコ・マルフォイへと視線を移した。

 

ハグリッドはしょぼくれた声を出した。

「仕方ない…処罰なんだから、仕方ないんじゃ…」

「何故、貴方がそんなに落ち込んでいるのよ?」

「今回の事は俺のせいだ…みーんな俺が悪い…」

肩を落としたハグリッドを見て、埒が明かないといった調子でオーシャンは口を開いた。

 

「とにかく。この子達が森に入らなければいけないのなら、私もついていくわ。心配ですもの」

「ダメだ!ならん、ならん!」ハグリッドは声を荒げた。

「お前さんがここにいるだけでも十分問題なのに、森に入るとなったらただじゃすまされんわい!」

「でも、この子達は行くのでしょう?」

 

数瞬のにらみ合いの末、軍配はオーシャンに上がった。ハグリッドは項垂れて、「どうなっても知らんからな…ついてこい…」と言って歩き出した。みんながそれに続いてぞろぞろと歩きだす。

 

 

今日の目的は、森の中で傷ついたユニコーンを見つけ、保護、もしくは楽にしてあげるのだと言うことだった。二手に分かれて捜索を行うと言うことだった。

ドラコ・マルフォイとネビル・ロングボトムとファング、ハリーとハーマイオニーとハグリッドとオーシャンの二手に組が別れたが、それをオーシャンが制した。

 

「ハグリッドがついているならハリーとハーマイオニーは安心だわ。私はロングボトム達とこちらの道を探すわね」

オーシャンの申し出にハグリッドは一瞬心配そうな顔をしたが、一年生二人とファングだけより、上級生のオーシャンがついていた方が安心だと判断したらしい。何かあったら光を打ち上げて知らせる事を約束して、オーシャンは二人と一匹を引き連れて森の中に分け入っていった。

 

 

 

 

しばらく一行は無言で歩いたが、怯えているネビルが気の毒になり、オーシャンは口を開いた。

「ロングボトム、大丈夫?手を繋ぎましょうか?」

 

ネビルは、「だっ、大丈夫…」と震えつつも、オーシャンが差し出した手をぎゅっと握った。

それを見てドラコ・マルフォイは鼻で笑った。

 

「ふんっ。ロングボトム、良かったな。洞穴暮らしに慣れてる日本人がいて。いっそお前も日本で暮らしてみたらどうだ」

「何を無駄口叩いているの。貴方もよ」

言って、オーシャンはマルフォイの手を有無を言わさず握った。マルフォイが悲鳴を上げる。

 

「野蛮人が僕に触るな!汚らわしい!」

するとオーシャンの手を振りほどこうとしたマルフォイが、バランスを崩して泥濘に派手に倒れ込んだ。

オーシャンは「だから言ったでしょう」とクスクス笑った。

 

 

 

 

後はユニコーンの捜索所の騒ぎではなかった。

オーシャンが気になるものを見つけて二人の下級生から目を離した隙に、マルフォイがネビルにいたずらをして、ネビルが杖で赤い光を打ち上げて、ハグリッドがやって来る騒ぎになった。一旦、三人と一匹は、ハグリッドについていき、ハリーとハーマイオニーと合流した。

 

ハグリッドはカンカンに怒っている。

「ようし、組分けを替えよう。ネビルとハーマイオニーは俺と、ハリーとそこのバカもんとオーシャンは、ファングと一緒にそっちの道を行ってくれ」

 

再度二手に別れて歩いた。すると、三十分も歩いた頃に、目的のものに行き着いた。

ハリーもマルフォイを立ち止まらせて、呟いた。「見て…」

 

ユニコーンの屍だった。

 

オーシャンが近づこうとすると、森の中で何かが動いた。黒いローブ姿がぼんやりと浮かび上がり、ユニコーンにするすると近づいて覆い被さると、その血を啜り始めた。

 

 

「ぎゃあああ!!」

 

オーシャンの背後でマルフォイが叫び、振り返るとマルフォイもファングも、今来た道を駆け戻って行った。

謎の影がこちらに気づき、するすると近づいてきた。オーシャンは杖を抜き、ハリーを謎の影から庇う。ハリーがよろよろと倒れかかった時、二人の頭上を飛び越えて、ケンタウルスが現れた。

 

ケンタウルスが後足で立って威嚇すると、影は消えていった。

 

「Are you OK?」とケンタウルスが聞いた。オーシャンは「ええ、ありがとう…」と辛うじて返事をする。ケンタウルスが眉を潜めた。

 

オーシャンはハリーに駆け寄って、「ハリー、大丈夫?」と聞くが返事は無い。助け起こそうとして、彼から訝しげな瞳で見つめられている事に気づき、オーシャンはやっと、言葉が通じてないという事に気づくのだった。

 

 

 

 

ケンタウルスのフィレンツェは、背中にハリーとオーシャンを乗せてハグリッドの所へ連れていってくれた。

道中徐々に精神が落ち着いてきたのか、オーシャンにもフィレンツェの言葉が少し理解できた。

 

「ポッター君、学校に何が隠されているか、君は知っているかい?」

フィレンツェに聞かれて、ハリーが「「賢者の石」…!」と呟いた。オーシャンも声には出さずに、やはりそうだったのかと合点する。

 

「でも一体誰が…」と不思議がっているハリーに、フィレンツェが言った。

「力を取り戻すために、機会を窺っていたのは、誰ですか?」

ハリーがハッとした。オーシャンにも心当たりはある。

海を隔てた遠い危険だと思っていた。倒されたのではなかったのか。オーシャンのすぐ隣にいる、一人の男の子に。

 

ハグリッド達と合流すると、フィレンツェは再び森に消えた。みんなが城へ戻り、グリフィンドールの談話室でオーシャンはハリー、ロン、ハーマイオニーと話し込んだ。

 

「ヴォルデモートが復活を狙っているとしたら、間違いなく、賢者の石には手を出すでしょうね…。誰も石を盗み出さない様に、一層注意が必要だわ」

オーシャンが言ったのをきいて、ロンが目を見張った。

「あの人の名前を言った!」

 

オーシャンは肩を竦める。

「まぁ、言い方は悪いけど、今世紀最大の闇の魔法使いも日本から見れば、所詮海の向こうの他人事、って感じだったからね…。日本人は、みんな割りと名前言うわよ?」

ロンとハーマイオニーが、驚いているような、呆れているような声を出した。

「…えぇ~…?」

「…日本って神秘の国ね…」

 

 

 

 

 









あっという間にUA900越えありがとうございます!


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5話

ヴォルデモートが復活の機会を狙っているからと言って、来るものは来るものである。ホグワーツ魔法魔術学校に、学期末の試験がやって来た。

実技も心配な部分があるが、問題は筆記試験である。問題を英語で回答を記入することもさながら、問題を読み違えてしまっては元も子もない。オーシャンは毎日の睡眠時間を削り、試験勉強に加えて英語の勉強にも力を入れていた。

 

試験まで一週間となった日の事、昼食の席で元気の無い様子のハリーを見て、オーシャンは「ハリー、どうしたの?」と声をかけた。ハリーが応じる。「え、何?」

「何となく、元気が無さそうに見えるけど」

オーシャンがそう言ったのを聞いて、ハリーは思いきって何か言いたそうに口を開きかけた。が、その声は突然入ってきたネビルによって遮られた。

 

「ハリー、それって、試験恐怖症だよ。僕もなんだ。試験の最中に頭が真っ白になる夢ばっかり見ちゃって、毎晩うなされちゃってるよ」

ハリーは喉の奥で曖昧な音を出した。昼食を終えたネビルが席を立って次のクラスに向かうと、ハリーはオーシャンに耳打ちした。

 

「実は、あの森の中であったことが、しょっちゅう夢に出てくるんだ…。おかげで夜、まともに眠れないよ…」

禁じられた森の中で遭遇した、ユニコーンの血を啜る謎の影…。その恐怖を共有しているのは、ハリーとオーシャンだけだった。

 

オーシャンはハッと息を飲むと、少し考えて一枚の紙を取りだしハリーに与えた。

「これは?」ハリーが聞く。

「これは「破魔の札」。日本の呪術師が作ったやつは抜群の効果をもたらしてくれるんだけど、私が作ったものだから、気休め程度の効果しか無いと思うわ。でも、無いよりは多分マシなはず。毎晩寝る前に、枕の下に入れなさい」

ハリーが破魔の札を両手で受けとってキョトンとしていると、オーシャンは微笑んで、次のクラスに向かって行った。

 

 

 

 

 

試験の最終日。オーシャン達の最後の試験は、変身術の実技だった。木のクローゼットを狼に変えるという試験だったのだが、オーシャンの狼は毛が一切生えていない、木の質感を残した狼になってしまった。狼の形が取れてはいるが、もしかしたらこれは落第ものかもしれない、と思いつつ、オーシャンは試験会場を後にした。

 

何はともあれ、これで試験は全て終わった。オーシャンが昼食前に散歩をしようと外にでると、日向ぼっこをしている湖の大イカの足を、赤毛の双子とリー・ジョーダンがくすぐって遊んでいた。

オーシャンが木陰に座ってその姿を眺めていると、左の方から早口に会話しながら近づいてくる声が聞こえた。ふとそちらに顔を向けてみると、酷く焦っている様子のハリー、ロン、ハーマイオニーの三人組だった。

オーシャンの目が先頭のハリーと合うと、ハリーが駆け足で近づいて来た。

 

「ハリー、そんなに急いで…。どうしたの?」

オーシャンが聞くと、ハリーは肩で息をしながら、早口で言った。

「Ms.ウエノ…大変だ…スネイプがフラッフィーを出し抜く方法を見つけてしまった…ダンブルドアの所に行かなくちゃ…」

 

 

オーシャンがハリー達と城に戻って、玄関ホールで出会ったマクゴナガル先生にダンブルドア校長にお目にかかりたい次第を伝えると、校長は魔法省からの緊急の連絡を受けて出掛けたとの事だった。

 

ハリーが「「石」が誰かに盗まれようとしている」と言うと、マクゴナガル先生は驚きはしたが、「磐石の守りであるから心配の必要はありません」と言った。

その直後、嫌に上機嫌なスネイプ先生に行き合った。

三人はスネイプへの疑いを強めた様で、夜に四階のフラッフィーの部屋に入る覚悟を決めた様だった。

 

「オーシャン、今夜貴女だけは残った方が良いと思うわ」

ハーマイオニーがそう言うので、ハリーとロンが顔を上げた。ロンは信じられないという顔をしている。唯一の頼りになる上級生なのに、何で彼女を残していくんだ!?と。

 

オーシャンはハーマイオニーの考えを見抜いた。

「ハリーの透明マントは一枚しかない。それに代わる手段として、夜中に見つからずにふくろう小屋までたどり着けるのは、私の隠れ蓑術だけ。そう言うことね、ハーマイオニー?」

 

ハーマイオニーはロンの兄達にどこか似ている笑いかたをした。

「そういうこと。何とかダンブルドア先生にふくろう便を送ってみて。今送るのは危険だわ。スネイプと、マクゴナガル先生にまで怪しまれてしまっているもの」

オーシャンも笑って頷いた。ロンが呆れた声を出す。「君たちのその顔、何か企んでいる時のフレッドとジョージにそっくりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、寮を出ようとすると、四人の前にネビルが立ちふさがった。

「これ以上グリフィンドールの点を減らさせる訳にはいかない!」

テコでも四人を通す気がないネビルを前に、ロンはオーシャンに「どうにかしてよ」と言った。上級生にかかられたら、無事ではすまないと思ったのだろう。ネビルがビクッとしつつ、オーシャンに向かってファイティングポーズをとった。

 

しかしオーシャンは動く気がない。

「私がここにいるのは「石」を守る為であって、ロングボトムに危害を加えるためでは無いわ。ロングボトムは貴方達を止めようとしているのよ。貴方達も、誠意を持って応えて上げなさい」

 

結局、ネビルは哀れにもハーマイオニーの魔法で石にされて、四人は寮塔を後にした。その場で三人は「マント」をかぶり、四階へ向かう。「Ms.ウエノ、頼んだよ」と、何もない空間からハリーの声が聞こえた後は、三人の気配は遠ざかって行った。オーシャンは「隠れ蓑術」でふくろう小屋を目指す。

 

 

何事もなくふくろう小屋で手紙を出したオーシャンはしかし、そのまま寮塔には戻らなかった。三人には言っていなかったが、初めから、手紙を出した後で三人を追いかける気だったのだ。オーシャンはその足で四階を目指した。

 

フラッフィーの眠らせ方は、昼間にハリーが教えてくれた。オーシャンはなるべく音を立てずに三頭犬のいる部屋へ忍び込んだ。後ろ手でドアを閉めた途端、フラッフィーが唸りで出迎える。

オーシャンは落ち着いてローブのポケットに入れていた篠笛を出すと、口元に当てた。笛の奏でた旋律を聴いて、三頭犬は瞬く間に眠ってしまった。

 

音楽が途切れない様に片手で同じ旋律を繰り返しながら、フラッフィーが守っていた、床の跳ね扉を開けた。中は暗く、何処に続いているか皆目検討もつかなかったが、後輩達の顔を思い浮かべつつ、オーシャンは身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何か柔らかい物に軟着陸して、立ち上がって先に進もうとすると、足首からゆっくりと何かが這い上がってきて、オーシャンに絡み付いた。オーシャンは突然の事にビックリしつつも、どうやらそれが「悪魔の罠」であるらしい事に気づいた。「悪魔の罠」の弱点は記憶によれば火。しかしオーシャンは、ホグワーツでの火を興す呪文を知らない。

 

「…あ~…」

火を興す呪文は一年生で習うらしいが、オーシャンはその時まだ日本にいた。日本でも初等教育で火炎呪文は習っている。それを使うしか逃れる術は無い。人の腕程もある太さの蔦が次々と絡まってくる中、オーシャンは何とか杖を出して、頭上で三角を描きながら、日本術式を唱えた。

 

「燃えよ!竜の息吹!」

 

オーシャンが描いた杖の軌跡が「悪魔の罠」に降り、結果的にちょっとした火災が起きてしまった。オーシャンはローブの裾を焦がしつつ「悪魔の罠」から抜け出し、次の部屋へと続くドアに手をかけながら、赤々と燃えている「罠」を振り返った。

 

「…ちょっとまずっちゃったかしら」

 

しかし鎮火作業などしている暇はない。しばらくしたら燃え尽きる事を祈りつつ、オーシャンは扉を潜ったのだった。

 

 

次の部屋は、羽根の生えた鍵が無数に飛んでいた。箒と扉があるから、箒に乗って扉に合う鍵を捕まえ、通って見せろというのだろう。しばらく鍵を観察していると、あれかな、と思うものを見つけた。左右の羽根が折れ曲がって酷く不格好な飛び方をしている。

問題があるとすれば、果たしてオーシャンの飛行技術で

それを捕まえられるのか、ということだけだった。

 

「……いけるかしら…?」

一人ごちるオーシャンが覚悟を決めて、箒に跨がる。「飛べ」と念じると、箒は天井に向かって急上昇した!

頭を守って、咄嗟に迫りくる天井に片手をついたオーシャンだったが、その手のひらに何か金属の感触がすることに気づいて、見てみると目的の鍵がオーシャンの手のひらでピクピクと、まるで痙攣を起こしている様だった。

 

「…ごめんなさいね」

自分はクィディッチ選手ではないし、飛行技術が下手でも今後の人生死ぬ訳ではないと、自分の飛行技術の拙さをそれほど関心を向けなかったオーシャンだったが、今初めて、もっと飛行の練習をしとくんだったと後悔した。

 

箒から降りて鍵を開けると、次の部屋には巨大なチェス盤があった。そして横には、死体のように塁塁と積み上がっている駒達。その近くに、傷ついて横たわったロンと、彼を抱えるハーマイオニーの姿があった。

 

「ハーマイオニー!ロン!」

オーシャンが叫んで近づくと、ハーマイオニーが肩を震わせた。

「オーシャン!ふくろう便はどうしたの…!?」

「大丈夫、ちゃんと飛ばしてからここに来たわ。…ロンは大丈夫なの?」

オーシャンはハーマイオニーに抱えられているロンを見た。気絶している様だが、呼吸はしっかりとしている。

 

ハーマイオニーを安心させるように、オーシャンは彼女の肩に手を添えた。

「ロンと貴女は大丈夫そうね…。ハリーはこの先ね?私はあの子を追いかけるわ。貴女達は、ゆっくり戻りなさい」

ハーマイオニーは首を振った。

 

「この先には行けないわ、オーシャン。魔法の炎が道を遮ってしまっている」

しかし、オーシャンは立ち上がった。

「大丈夫。ハリーだけを行かせはしないわ」

そしてハーマイオニーと気絶したロンを残して次の扉を開けると、すでに二体のトロールが床に伸びていた。

 

「あら。これ、あの子達がやった…訳無いわよね。だとしたら本当に…」

本当に、彼らの推理通りスネイプが「石」を盗みだそうとしているのだろうか。

疑念を胸にオーシャンが次の扉を開けると、中には豪々と、炎が燃え盛っていた。魔法による、紫の炎だった。

 

「ハーマイオニーが言っていたのは、これね…。もしもの時のために持ってきて、良かったわ」

言うとオーシャンは、ローブの袖口から「破魔の札」を取り出した。先日ハリーに与えたような偽物ではなく、日本から持ってきたたった一枚の本物であり、呪術師である彼女の父が作ったものだった。

 

「お父様、持たせてくれてありがとう」

オーシャンは右手の人差し指と中指で挟むようにして札を持ち、言いながら一つ、目礼をした。

そして燃え盛る炎を睨み付けると、札で炎を斬る様に、下から上へ静かに振り上げた。

 

途端、紫の炎が道を作る様に割れ、その後ろにあった黒い炎まで次なる扉への道を開けたではないか。

オーシャンがその道を渡り終えると、札は独りでに燃えて散ってしまった。

オーシャンは、次の扉に手をかけた。

 

 

 




賢者の石編佳境になります。
正義感は無いけど、三人が心配でここまできちゃったオーシャンさん。
ヴォルテモートとの対決は、果たして…?


あれよあれよという間にUA 1400越え、お気に入り24件、感想・評価2件ありがとうございます!


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6話

オーシャンが最後の扉を潜るとそこには、一つの鏡の前に立つクィレル先生とハリーの姿があった。二人とも、こちらに背を向けて鏡を見ている。

 

先生とハリーが一緒の姿を見て、オーシャンはホッとすると同時に違和感を感じた。何故クィレル先生がこんな所に?

オーシャンが一歩を踏み出すと、誰もこちらを見ていないのに、「おや、客人が来た様だ…」と言う、声が聞こえた。腹の底を冷やす様な、おどろおどろしい声だ。

 

その声の言葉に、クィレル先生がこちらを向いた。ハリーは、鏡越しにオーシャンを見た。「Ms.ウエノ…!」

 

「ハリー…これはどういう事かしら…?何故クィレル先生がここに…」

鏡の中のハリーを見つめて、オーシャンはハリーに尋ねた。困惑した様子のオーシャンを見て、クィレル先生が歪んだ笑顔を見せた。

 

「これはこれは…。日本の呪術師さまのおでましだ…。クィディッチの試合で私が折角ハリーの箒にかけた呪いを、きれいさっぱり消してくれたのはお前だな?」

そのクィレル先生の言葉に、オーシャンはハッとする。スネイプ先生ではなく、彼だったのか。

ということは、「石」を狙っている犯人もクィレル先生ということか。オーシャンの頭の中で、クィレル先生と「石」がどうしても結び付かなかった。どうやらハッキリしていることは、ハリーが危険だと言うことだけである。

しかし、オーシャンがクィレルを敵視するのには、その理由だけで十分だった。

 

「貴方だったのね。その節は、どうも」オーシャンはクィレルの注意をこちらに向けようと、一歩づつ近づきつつ、話しかけた。

「ここはとても陰気な場所ね。もっとも、トロールとお友達の貴方には、お似合いなのかもしれないけど」

クィレルが答える。

「陰気だろうが陽気だろうが関係無い…。あの方の望むものが手に入れば、それでいい…!」

 

そう言うとクィレルはまた鏡を向き、鏡の中のハリーを猟奇的な眼差しで見つめた。

「さあ、ポッター、答えろ!「石」はどこにある…!お前には何が見える!?」

ハリーは迷い、だけど鏡だけを真っ直ぐ見つめて、答えた。

 

「僕…僕のお陰でグリフィンドールが勝った。寮杯をダンブルドアから受け取っている…」

「嘘を吐くな…そいつは嘘を言っている…」

またクィレルが喋ってないのに、恐ろしい声が聞こえた。しかしどうやら、その声はクィレルから出ているように聞こえる。

「もういい…!俺様が直に話す…」

業を煮やした声が言って、クィレルがビクリと縮こまった様に見えた。

あなた様はまだお力が…。良い、それに使う力ならある…。一人二役の様な押し問答の果てに、クィレルが自分の頭に巻いていたターバンを、スルスルとほどき始めた。

 

ハリーは恐怖に叫んだ。オーシャンはハッと息を飲んだ。クィレルがハリーに、後ろ姿を見せるように立つ。クィレルの顔のちょうど真裏には、もうひとつの顔があった。蛇に似たその顔が語りだした。

 

「ハリー・ポッター…!この有り様を見ろ…!他者に体を借りることで、初めて形になることができる…俺様のためにユニコーンの血を啜るクィレルの姿を見ただろう…」

ヴォルデモートは、「命の水」を獲る為に、「賢者の石」を欲していたと語った。

 

「さあ、両親の様な目に遭いたくなかったら、「石」を寄越せ…」

「やるもんか!」

ハリーは叫んで、唯一の出口に向かって駆け出した。一方オーシャンは、ハリーが「石」を獲得したのか考えるよりも先に、ハリーに向かって駆け出した。「捕まえろ!」と、ヴォルデモートが怒りも露に叫んだ。クィレルが素早くハリーを追う。

オーシャンが「早くこちらへ」と言う様にハリーに手を延ばし、ハリーもオーシャンに手を延ばした。指先が触れあおうとした刹那、クィレルの右手がオーシャンのそれより早く、ハリーの手首を捕らえ、引き戻した。

 

途端、クィレルが叫び、その手を放した。クィレルの右手に、みるみる火膨れが出来ていた。

「捕まえろ!」尚もヴォルデモートが叫び、クィレルが今度は左手で、ハリーをまた捕らえる。が、しかし、またその手に火膨れが出来て、ハリーを放してしまった。

 

「ご主人様!私の手が!奴を捕まえる事ができません!」

クィレルが哀れに叫ぶと、ヴォルデモートは激昂した。

「それならば殺せ!殺してしまえ!!」

 

クィレルが杖を構えた。しかし、ハリーを狙ったその杖先を、オーシャンが遮った。

「…おっと。たった一人の男の子のために、闇の帝王に楯突くというのか、泣かせるな…。ハリー、この光景を俺様は知っておるぞ。お前のために俺様の前に立ちふさがった愚かな女は、これで二人目だ。…そうだ、愚かなこの女にお前を殺させるのも面白い…」

ハリーがハッとして振り返った時には、クィレルの呪文がオーシャンに炸裂していた。

 

「インペリオ!服従せよ!」

 

オーシャンはふわふわとした心地になった。天地がどちらか分からなくなる…。クィレルの声が遠くから聞こえた。何…?何を言っているの…?

 

 

オーシャンが杖を取り出し、ハリーを向いた。ハリーが絶望的な表情で、オーシャンを見つめる。「Ms.ウエノ…」クィレルが勝利を確信した顔で、ニヤリと笑った。

 

途端、オーシャンはクィレルに向き直ると同時に唱えた。

「貫け!怒りの神槍!」

空を突いたオーシャンの杖から光が迸り、一瞬でクィレルの胸を貫いた。

 

クィレルが、何が起こったのか分からない、といった顔でオーシャンを見つめ、その杖先から自分の胸へと視線を移した。彼のローブの胸に、魔法でできた焦げ穴が空いていた。

 

「何だと…?」

クィレルがガクガクと呟く。その声に、杖を下ろしてオーシャンが答えた。

 

「残念だったわね。どんなに命令しようと、私は貴方に服従できないわ。生憎私、アイ、キャンノット、スピーク、イングリッシュよ!」

 

「ば…バカな…!そんなことで…!」

ヴォルデモートが驚愕した声を出したと共に、クィレルが崩れ落ちた。ヴォルデモートがクィレルの亡骸から離れて、霧散する様に消えていく。それをオーシャンとハリーが共に見つめていると、二人の背後で声がした。「…まさか英語が話せない事が、こんなところで役に立つとはの」

 

二人が振り向くとそこにダンブルドア校長が、呆れたような笑顔を浮かべてたたずんでいた。二人が声を揃えて「校長先生…」と呟くが早いか、ハリーの力が抜けてその場に崩れ落ちる様に倒れた。危ういところで、オーシャンが抱き止める。「ハリー!」

 

大丈夫だ、息はある。ダンブルドア先生が何か言って、オーシャンは顔を上げて不思議そうに先生を見た。

返事が無いオーシャンの様子を見て、ダンブルドア先生は「oh…!」と言った後に一回だけ手を叩いて笑った。後程先生に聞いたところによると、「ヴォルデモートと対峙するより、後輩が気を失った事の方が、君にとってよっぽどパニックになる状況なのか」と感心して、泣いて笑ったらしい。

 

 

 

 

 

 

ハリーは気を失ったまま医務室に入院したが、オーシャンはマダム・ポンフリーの検査責めに遭った後、ロンやハーマイオニーと一緒に寮塔に戻る事を許された。

次の朝、朝食の席でダンブルドア先生は、全校生徒にこの事件の顛末を話し、「絶対に秘密じゃ。くれぐれも事件の当事者に、根掘り葉掘り聞こうとしてはいかんぞ」と言って締め括った。

 

それでもネビルはロンとハーマイオニーを心配したし、アンジェリーナに至っては「オーシャン!生きてて良かった!」と一日中泣いていた。

皆に質問を受けたので、オーシャンが「「服従の呪文」をかけられたの。でも私、英語で何を命令されてるのか聞き取れなくて…。何か…効かなかったわ」と説明すると、フレッドとジョージは嬉々としてそのシーンを熱演し始めた。

 

オーシャンが「ヴォルデモートの魔の手を逃れたんだから、もうちょっと尊敬を持ってよね」と双子に言おうとして、止めた。

 

「何か……端から見ると私、すごく情けないこと言ってるわね」

「アイ、キャンノット、スピーク、イングリッシュ」の件についてオーシャンが言って肩を落とすと、双子が声を揃えて言った。

「「いいや、これで「例のあの人」も、日本語を勉強するだろ」」

それを聞いて皆笑った。

 

ハリーを見舞いに訪ねると彼はまだ目を覚ましていなかったが、ダンブルドア先生がいたので、何故あの時「服従の呪文」が効かなかったのか、とオーシャンは聞いた。

 

「Ms.ウエノ、それはわしより、君自身の方がよく知っておるじゃろう」

とダンブルドア先生が言ったので、オーシャンは首を傾げた。

本当に分かっていない様子のオーシャンを見て、ダンブルドア先生は笑った。

 

「君は大した胆力の持ち主じゃの。こうした可能性を考えずにクィレルの前に立ちふさがったとは…恐れ入るわい。君が一時的に先天的能力を失うのは、確か精神的と外的なアクシデントによる事だと、わしは理解していたが?「服従の呪文」は、痛みは伴っていないがまさに「外的なアクシデント」じゃ」

 

オーシャンが目を丸くした。

「私、とても運が良かったのですね」

ダンブルドア先生は、目尻の皺を深めた。

「君が英語を話せるようにならん限り、そしてヴォルデモートが日本語を話せるようにならん限り、君に「服従の呪文」がかかる事は生涯無かろうて。もしかすると、今頃ヴォルデモードは勘違いしておるかもしれんの。君の存在が、ハリーの様に、自分の危険を招くと思って」

 

 

蓋を開ければ、やっぱり情けない話だった。しかもダンブルドア先生が言う様に、ヴォルデモートが勘違いして

いれば、今後命を狙われる可能性も出てくる。

「…ヴォルデモート、日本に旅行にでも行ってくれないかしら…」オーシャンはポツリと呟いた。日本に行けば日本人は英語が苦手な人が大半の民族だと分かって、オーシャンが特別ではない事に気づくだろう。

ダンブルドア先生は嗜めたが、やはり笑っていた。

「これこれ、故郷が破滅になってもよいのか」

 

「質問は以上かの?」と先生に聞かれて、オーシャンは気になっていた事をもう一つ問うた。

「クィレルがハリーに触れなかったのは、あれはどう言った魔法です?」

ダンブルドア先生は、「あれは、ハリーの母上がハリーに唯一残した、愛という魔法じゃ」と、端的に答えた。

それを聞くとオーシャンは、「ああ、それに勝る魔法は無いですね」とふわりと笑って言った。そして、眠っているハリーの胸の上に手作りのお守りを置いて、医務室を辞した。

 

 

 

 

 

 

 

次にオーシャンがハリーの顔を見たのは、学年度末のパーティの席だった。大広間でオーシャンがグリフィンドール生と共に開会を待っていると、ハリーが現れてハーマイオニーの隣に座りながら、「Ms.ウエノ、お守りありがとう」と言った。

 

「どういたしまして」とオーシャンがにっこりすると、ハリーはお守りを取り出して、そこに刺繍されている文字を指差しながら、「これ、何て読むの?」と聞いた。

 

オーシャンは頬杖をつきながら答えた。

「「無病息災」。病気も怪我もしません様に…って、もう遅いわね」

自分の言っている事に矛盾を感じて、オーシャンが笑うとみんな笑った。

 

ダンブルドア先生が壇上に現れると、一言の挨拶の後に寮対抗杯の点数と順位が読み上げられた。もちろん、スリザリンが一位、グリフィンドールはぶっちぎりの四位だ。スリザリンのテーブルが勝利に沸いていると、ダンブルドア先生は、「しかし、最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」と言った。

 

ロンがダンブルドア先生に名前を呼ばれ、地下で行われた魔法のチェスゲームの敢闘を称えられ、五十点を獲得した。グリフィンドール生、特に彼の他の兄弟達は、大広間の屋根を吹き飛ばさん勢いで喜んだ。

 

次にハーマイオニーの名が呼ばれ、あれほどの苦難にも冷静な論理的対処をしたとして、五十点を獲得した。グリフィンドールのテーブルがまた、喜びに揺れた。

 

次にハリーの名が呼ばれ、その精神力と勇気を称え、六十点が与えられた。今やグリフィンドールの点数は、スリザリンに並んだ。「しかしながら…」とダンブルドア先生は続けた。

 

「ウエノ・ウミ。類い稀なる幸運と、他者を守ろうとする勇気を称えるが…。やっぱり運が悪ければ死ぬ所だった考えなし加減に、十点を引こうと思う」

今度はスリザリンが沸き、グリフィンドールが悲鳴を上げた。「ウエノ!余計なことすんな!」と、同じグリフィンドール生から野次が飛んだ。

 

大広間が静かになったところで、ダンブルドア先生がまた語りだした。

「勇気にも色々ある。彼女の勇気は完全に向こう見ずのそれじゃったが、友人に立ち向かうのにも勇気が必要じゃ」

ダンブルドア先生は満面の笑みを浮かべて、ネビルに対して十五点を与えた。

 

ネビルは放心状態になったまま、グリフィンドールのみんなから抱きすくめられ、姿が見えなくなった。

 

ダンブルドア先生が一つ手を打つと、大広間の飾り付けがスリザリンの寮旗からグリフィンドールの寮旗に変わった。喜ぶ寮生達を他人事みたいに眺めながら、オーシャンはふてくされて呟いた。ダンブルドア先生は、最後の最後まで寮杯の行方が分からないこの展開を、楽しんでいたに違いない。

「私を、エンターテイメントに使わないで欲しいわ…」

 

 

驚いた事に、オーシャンは試験を全て合格していた。気になっていた変身術はギリギリだったものの、他の筆記試験も可もなく不可もない点数を採れている。ハーマイオニーとの英語の勉強が幸を然していた。ハーマイオニーに、日本のお菓子でも買ってこようと思った。

 

ホグワーツ特急の中で、「オーシャンは日本に帰るの?」とハーマイオニーに聞かれたので、オーシャンは感謝を述べてから言った。

「一時帰国ね。試験は合格だったし、来学期、また戻ってくるわ。お父様とお母様と相談して、こちらでホームステイ先を探そうと思っているの。ほら、私あの、飛行機が苦手なの。帰国の為だとはいえ、何度も乗りたくないわ」

ロン達ウィーズリー兄弟が聞いたので、オーシャンとハリーとハーマイオニーが飛行機について説明した。三人とも、「魔法を使わないで宙に浮くなんて、信じられない!」と、せっかくの説明を最後まで信じなかった。

 

キングズ・クロス駅に到着してプラットホームから出ると、それぞれの親、叔父、叔母が迎えに来ているのが見えた。そして、オーシャンの両親と妹も。

「お父様、お母様!空まで!」

オーシャンは思いもしなかった姿を見つけて、驚いて駆け寄った。彼女の母親は、彼女を抱き締めた。

「元気にしていた?海、たくさんお友だちができたのね」

母の視線に振り向くと、ハリー、ハーマイオニー、ウィーズリー兄弟が、優しい顔で彼女達を見ていた。海の母は、みんなに向かって会釈した。

 

オーシャンが、みんな、また来学期ね!と手を振ると、友達みんなが手を振り返す。親子がビックリして娘(又、姉)を見た。

母様、海ねえの英語がちゃんと通じてる!海、随分流暢な英語を喋れるようになったのね!海、頑張って勉強したんだな、偉いぞ!あ、これ魔法効果の一環なの。「服従の呪文」も効かなかったのよ。歩きながら話すわ…。えっ!何!?「服従の呪文」!?どう言うことだ、海!待ちなさい!

 

さっさと一人で歩き出した上野海(英名、オーシャン・ウェーン)を家族が追いかけていく姿を、ハリー達は見送った…。

 

 






これで賢者の石編終了になります!ご愛読してくださったそこのあなた!ありがとうございました!ヴォル様に小物感が出てしまいましたが、この物語はフィクションの中のフィクションです。



UA2000越え、お気に入り40件越え、評価4件感想2件、ありがとうございました!


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秘密の部屋と、英語ができない魔法使い
7話


 八月三十一日、オーシャン・ウェーン(本名・上野海)は、ダイアゴン横丁に降り立った。

 「-はぁ、一人でここまで来たのなんて初めてだから、緊張しちゃったわ。…ありがとう、貴方達」

 

 オーシャンが愛情込めて言って撫でたのは、真っ黒いからすだった。それも一羽だけではなく、途方もない数だ。

 彼らは、オーシャンの移動手段の一つだった。彼ら一羽一羽にくくりつけられた麻紐の中心地には、粗末な木の板が結びつけられている。その板に腰かけて空中を旅するのは、日本では割りと一般的な移動方法だ。

 

 しかしここはオーシャンの住み慣れた日本ではなく、彼女の憧れてやまない英国。そして、その中心のロンドンと魔法界を繋いでいるダイアゴン横丁には、今日も絶え間なく魔女や魔法使いが行き交う。道行く人達は、突然現れた謎の日本人と、彼女を乗せてきたからすの大群を、恐々見つめていた。

 

 「ままー。からすー」「しっ、見ちゃいけません!」

 そんな周囲の反応を一瞥して、オーシャンはペコリと頭を下げた。どうも、お騒がせしました。

 

 オーシャンはからす達が上空へ帰っていくのを見届けると、まずはグリンゴッツ銀行へと足を向けた。

 

 

 オーシャン・ウェーンは、ホグワーツ魔法魔術学校で魔法を勉強する魔女だ。そして生粋の日本人でもある。オーシャン・ウェーンというのは彼女自身が名付けた英名で、本名を上野海といった。

 先学期、ホグワーツへの留学準備を済ませにダイアゴン横丁へ来た時は、日本の呪術師である父が一緒に来てくれて大変心強かった。しかし、今回からは甘えは許されず、一人旅である。

 

 

 

 小鬼に招じ入れられた銀行の中で、同じ様な顔をした小鬼(大体、オーシャンに見分けはつけられないが。)とにらめっこしながら、日本の魔法紙幣を、こちらのガリオンやシックルに換える。魔法界非魔法界問わず、日本は数年前から不況と騒がれている。今年も、円安という洗礼がオーシャンを襲うのだった。

 

 全ての紙幣を金貨銀貨に換えたオーシャンが銀行を後にしようと踵を返した所で、懐かしい二人の声がオーシャンに猛烈なラリアットを食らわせた。

 

 「「オーシャン!久しぶり!」」

 「げはっ!」

 完全に不意打ちを食らったオーシャンは変な声を出して、双子の腕の中で締め上げられた。ウィーズリー夫人が二人を引き剥がしにかかる。「お前達、おやめっ!止めなさい!」

 

 オーシャンが息を整えていると、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーが、「「久しぶり…」」と苦笑いしつつ控えめな挨拶をした。ロンの影から、彼女の妹らしき小さな影が、怖々とオーシャンを覗いている。

 

 「ママ、前に言ったろ?こいつがオーシャン・ウェーンだ」フレッドが言った。

 「面白い奴なんだ。言葉は通じてるのに、英語が話せないんだぜ」とジョージが言って、オーシャンは深呼吸をした後、ウィーズリー夫人に挨拶をした。

 

 「初めまして、Mrs.ウィーズリー。フレッドとジョージの二人にはお世話になっております」

 オーシャンの日本流の月並みな挨拶に、当の二人は「よせやい」「照れるぜ」と、鼻の頭を掻いた。

 

 オーシャンだって、言えるなら「お世話したりお世話になったり」と言いたい。しかし純日本人の血が、初対面の人物にそれを言うのを拒むのだ。

 言った所で、それがどうしたと思っている自分もどこかに確実にいるのだが、要するに「日本人の人付き合いの上でのジレンマ」である。言わぬが仏。秘すれば華。日本人って、面倒くさい。

 

 「貴女がオーシャンね、初めまして。日本人と聞いていたけど、とても英語がお上手ね」

 ウィーズリー夫人に言われて、オーシャンが、これは言葉を補う魔法効果だと言うことを説明しようとした。しかし、金庫を開けるために彼らを待っていた一人の小鬼が、奥の方で不機嫌な靴音を出したので、ウィーズリー一家とハリーはそちらに飛んで行かなければならなかった。

 

 そこでウィーズリー一家と一旦別れた代わりに、非魔法族の父と母を連れて、ハーマイオニー・グレンジャーがやってきた。グレンジャー一家も、どうやら換金をしに来ていたらしい。

 

 オーシャンは、一家の財布の紐を握っているであろう母と一緒に来ているハーマイオニーがちょっぴり羨ましかったが、他人を羨んでいても仕方がない。他所様がどうであろうと、オーシャンの初等科魔法生時代の遠足では、必ずおやつは三百縁(読みは、えん。日本の非魔法界の円と同等の価値)だったのだ。

 

 グレンジャー一家と一緒にウィーズリー一家の帰りを待っていたオーシャンだったが、全員がヨロヨロと千鳥足で帰ってきたのには驚いた。地下の金庫はどれほど恐ろしい場所なのだろう。

 

 ポケットに金貨銀貨を唸らせた後は、みんな別行動を取ることになった。一時間後に、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で落ち合う事に決まったので、オーシャンは新しい羽ペンを買いに行くらしいパーシー・ウィーズリーに着いていこうとした。

 

 オーシャンは実は先学期、普段使いの羽ペンを無くした時に「破魔の札」を作る時用の毛筆で、何とか凌いでいた時期があったのだ。お陰で細筆の扱いは上手くなったのだが、後からノートが読み返せない箇所があり、やはり毛筆は、漢字を書くものだと悟ったのだった。

 

 そんな訳でオーシャンはパーシーに着いていこうとしたのだが、当のパーシーは酷く狼狽えた様子で、オーシャンが着いていく事を頑として許可しないのだ。

 

 そんな兄の様子を疑ったのが、双子の弟達だった。「おやおやぁ…?」「なぁんか、怪しいぞ、パース?」

 パーシーが一瞬たじろいだが、それでも胸を張って突っぱねた。「…何がだ?」

 

 双子は兄に疑惑の眼差しを向けつつ、オーシャンの手を取った。

 「ふうん…。まぁ、いいや。オーシャン、羽ペンは俺達と見に行こうぜ。こっちにこいよ」

 「あっちにリー・ジョーダンがいたんだ。みんなで見て回ろう」

 抵抗の言葉も虚しく。オーシャンは、二人にズルズルと引きずられていったのだった。「嫌よ、絶対貴方達、普通の羽ペンを選ばせてくれないもの…」

 「「夜の闇横丁」には入っては行けませんよ!」双子に厳しく言った母の声が、彼らに届いたとは思えなかった。

 

 ホグワーツではその名も高いフレッドとジョージ・ウィーズリーの悪戯双子と、彼らの悪友のリー・ジョーダンが揃えば、ろくでもないばか騒ぎになるのがこの世の常だ。三人はやはり、「夜の闇横丁」に入ろうと言い出した。

 「ねえ、貴方達のおば様は、入ってはいけない、と言ってらしたけど、何故入ってはいけないの?」オーシャンが聞くと、三人は順に答えた。

 

 「そりゃ、やっぱり、闇の魔法使いがいるかもしれないからだろ」とフレッド。

 「闇の魔法の商品が、うようよあるって話だし」とジョージ。

 「あそこで迷子になったら、一生出られないて言ってた奴もいたな」とリーが言って、双子が「「大丈夫だろ、ハリーは出てこれたんだし」」と声を揃えた。

 

 オーシャンは三人の話を聞いて、やれやれと肩を竦めた。

 「そこまで知っているのに、何故入ってみようという気になるのよ。ただの肝試し的興味だとしたら、呆れちゃうわね」

 「「「何だと」」」と三人の息が合った所で、オーシャンはフレッドの心臓のあたりを指差して言った。

 

 「いい?興味本意で闇の世界に足を踏み入れた貴方達は、突然背後から呪文をかけられても文句言えないけど、それでもいいの?」

 三人はオーシャンの言葉を噛み締めて青ざめた。するとオーシャンが、「でも、」とニッコリして言った。「仕方ないから、悪戯専門店にだったらご一緒してあげる」

 

 

 

 

 三人が悪戯専門店で「ドクター・フィリバスターの長々花火―火なしで火がつくヒヤヒヤ花火―」を大量に買っているのを眺めながら、オーシャンは羽ペンの事を思い出した。すると、買い物を終えた双子がオーシャンに羽ペンを差し出した。

 「「羽ペン、欲しかったんだろ?これ、やるよ」」

 「フレッド…ジョージ…」

 双子の言葉にオーシャンは感動したが、それでもここは悪戯専門店だ。

 

 「…今ここで買った奴でしょ?」

 双子が「「ばれたか!」」と笑うと、彼らが持っている羽ペンが消えた。まさしく、「消える羽ペン」だ。

 オーシャンは見えない羽ペンを受け取った。「折角の頂き物だから、ありがたく使わせていただくわ」

 

 

 そろそろフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に行く時間だと、オーシャンが双子に告げると、双子はリーも一緒に行くだろ?と彼を誘った。しかし悪友から帰ってきたのは、歯切れの悪い返事だった。

 「アー…いや、俺は教科書はもう揃えたから、これで退散するよ」

 

 そう言うや否やリーが早足で出ていった訳を、三人は実際に書店に到着して知ったのだった。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の中は、黒い人だかり(主に妙齢の魔女)でごった返しており、上階の窓に貼られた横断幕には、「サイン会 ギルデロイ・ロックハート 自伝―私はマジックだ―」と書かれていた。

 

 「「なんだこりゃ?」」フレッドとジョージがあんぐりと言って、オーシャンは横断幕に書かれている本のタイトルがダサいなあ、と思った。

 

 三人は「近づきたくないなあ」と言いつつ、学校指定の教科書を数冊引っつかみ、魔女達の並んでいる列の順序を守って並んだ。会計とサイン会場が隣り合わせているので仕方がない。

 

 列は緩慢とした早さで流れていき、双子は何か二人でヒソヒソと話し込み、オーシャンは双子の後ろで今日の晩御飯の事を考えていた。暇になったらとりあえず夕食の事に思考を巡らすのは、日本人得意の一種の逃避であると言える。

 

 すると上階から、オーシャン達がいる所までザワザワというさざめきが伝播してきたので、オーシャンは意識を現実に戻した。サイン会場を見ると、ハリーがロックハートに肩を組まれ、ツーショット写真を強要され、ロックハートの著書全巻という重たくもありがた迷惑な荷物を受け取らされていた。

 

 ハリーに著書全巻を渡す直前、ロックハートは、ホグワーツの「闇の魔術に対する防衛術」の担当教授職を引き受けたと、声高らかに発表した。

 

 民衆がワッと歓声を上げて拍手し、赤毛の双子は「マジかよ!」「あいつから教わる事なんて、あるのか!?」と悲鳴を上げ、オーシャンはただ、ふーん、と言った。ひと月近く日本に帰っていたので、それが喜ばしい事なのか、悲しむべき事なのかも分からなかった。

 

 ハリーは、受け取った本の重みでよろめいている。

 「有名人も大変だな」フレッドがその光景を眺めてニヤリと笑い、ジョージは「見ろよ、ハリーの顔。これ全部古本屋で売れば、俺達の教科書代が浮く上にお釣りがくるぞ、って顔してるぞ」と、ハリーの顔を指差した。

 

 オーシャンがジョージの後頭部をつついた。「私の可愛い後輩がそんな悪どいことを考える訳がないでしょう。冗談はよしこさんにしてちょうだい」

 

 「冗談は…何だって?」「よしこさんって誰?」と双子から口々に聞かれ、オーシャンの顔が赤くなった。父の口癖が移ってしまったからだ。

 もしオーシャンが自分の頭で考えてちゃんと英語を話せていたら、こういった現象は起こるはずもない。つまり、魔法効果で相手に言葉を伝えているが故の事故であった。

 というか、何故言葉通りに伝わってしまったのか、オーシャンも謎だが。

 

 その後やっとサイン会の(というより会計の)順番が三人組に回ってきて、ロックハートは「君達もホグワーツの生徒かい?」と聞いた。

 「ええ、まあ」と答えながら、オーシャンはロックハートの胡散臭い笑顔に「ああ、この人は面倒くさいタイプだ…」と悟った。しかしそれは、こちらも笑顔の裏に仕舞う事にする。

 

 するとフレッドの分のサインを書いていたロックハートが、手を止めてオーシャンを見た。「なんと!君は日本人かい!?海を越えて遙々学びに来ているなんて、感心な生徒がいたとは!―え~と…コニチワ」

 

 ロックハートが使えもしない日本語で自分に挨拶しているという事実が、オーシャンは無性に癪に障った。

 「…こんにちは、ロックハート先生。私、日本人なので、サインは「漢字で」お願いしますね」

 オーシャンが無理難題を新任の先生に押し付けると、彼のけばけばしい羽ペンの先が、すごい音を立てて折れたのだった。

 

 ぶるぶると震えながらスペアのペンを構えたロックハートを、オーシャンがにこにこしながら見ている。その状況を楽しみながら、フレッドとジョージはオーシャンが怒った(っぽい)所を、初めて目撃して震えている。すると、階下で騒ぎが起きた。

 

 オーシャン、フレッド、ジョージの三人が何事かと階下を見ると、ウィーズリー氏とドラコ・マルフォイの父親が取っ組み合っていた。

 「やっつけろ、パパ!」騒動の発端を見てもいないのに、双子のどちらかが無責任な発言をした。オーシャンは、杖を取り出し、二人の父親目掛けてそれを振った。一瞬で二人が引き剥がされる。

 

 「理由はどうあれ、大の大人が私達の前で、見苦しい見世物になろうとしないでくださいな」とオーシャンが上階から二人に言うと、会場はまたもや拍手に包まれた。

 マルフォイ親子は憎たらしい目で日本人を一瞥し、店を出ていった。

 

 ウィーズリー夫人が夫にカンカンに怒り、あらかたお説教を終えると、一家とハリーは「漏れ鍋」の暖炉から煙突飛行粉で帰路に着く事をオーシャンは聞いた。

 ハーマイオニーは両親と非魔法族の世界に戻るらしい。

 「お前は?」とフレッドに聞かれ、オーシャンは、ここからそう遠くない魔法族の村に、宿をとってあるので大丈夫だと答えた。

 

 「一人で帰れる?大丈夫なの?」と心配するウィーズリー夫人に、オーシャンはにっこりした。

 「ありがとうございます。からすを呼ぶので、大丈夫です」

 

 からす…?とみんなが首を傾げていると、オーシャンはおもむろに指を口にくわえて、空に向かって音高く口笛を吹いた。次第に空から、ぎゃあぎゃあとからすの群れの鳴き声が聞こえてきて、こちらに近づいてくる。ついには目の前に降り立ったそれに、両家の夫人が悲鳴を上げた。

 

 彼女達の恐々としている様子などものともしないで、オーシャンは群れの中心に設えた粗末な木の板に腰掛けた。

 「一日お世話になりました」と、オーシャンはそれぞれの両親に頭を下げて、仲間達に「じゃあ、明日。ホグワーツ特急でね」と声をかけて、そのままからす達と共に空へ舞い上がってしまった。

 

 

 みんなが小さくなっていくオーシャンの後ろ姿を呆然と見つめた。ハーマイオニーが呟いた。「日本って神秘の国ね…」

 ジョージが、唖然としている母親をつついて言った。「ママ、言っただろ。オーシャンって面白いんだって」

 

 

 

 




オーシャンとロックハート先生はなかなか絡ませ甲斐がありそうです…(笑)



賢者の石編の最終話から、評価が鰻登りな様子で何故か怖くなっているヘタレです(笑)
お気に入り130件越えたけど、何、これ大丈夫ですか!?評価10件・感想7件も!嬉しすぎて恐縮です。ありがとうございます!
秘密の部屋編にもお付き合いいただければ幸いです。


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8話

 「ハリーもロンも、遅いわね…」と、ウィーズリー夫人が心配を声に出して、9と4分の3番線のプラットフォームへ続く道を覗き見た。自分達の後続に来るはずの、息子とハリーが来ないのである。

 オーシャンも隣で心配そうに、入り口を見た。二人が姿を表す気配は無い。

 

 時計が、八時五十九分を指した。

 

 ウィーズリー一家とグレンジャー一家、それから見送りのいないオーシャンは、未だに来ないハリーとロンを待っていた。しかし二十秒を過ぎた所で、ウィーズリー夫人は他の息子達を向いた。

 

 「二人がどういうわけで現れないにせよ、貴方達まで遅れてしまっては、母さんはダンブルドアに見せる顔が無いわ!さあ、貴方達は心配してないで、早く列車に乗って」

 「でも、ママ…」と、今年新入生のジニー・ウィーズリーが言ったのを遮って、母は娘を抱き締めた。慌ただしい挨拶を済ませ、こども達は後ろ髪引かれる思いで列車に乗り込んだ。

 

 列車が動き出した。とうとうハリーとロンが来なかった。二人はどうしたのだろう?

 

 「体に気を付けて!先生方にご迷惑かけてはいけませんよ!」速度を上げていく列車に、ウィーズリー夫人が声の限りに叫んだ。列車はみるみる見えなくなっていく…。

 

 見送りの保護者達が続々と9と4分の3番線のホームを出ていき、ウィーズリー夫妻とグレンジャー夫妻も例に漏れずにプラットフォームを後にした。そこで四人とも、ハリーとロンの姿を探したが、影も形も見当たらなかった。

 

 「ああ、ロン…。どこに行ったの…」心配でさめざめと泣くウィーズリー夫人の肩をグレンジャー夫人が抱いて、二組の夫婦がキングズ・クロス駅の駐車場に出ると、今度はウィーズリー氏が叫んだ。

 

 「車!!私の車は!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ホグワーツ特急の中では、ロンを除いたウィーズリーのこども達と、オーシャンとハーマイオニーが空いているコンパートメントと見つけたのだが、

 「やあっ」

 扉を開けると、そこには先生となったギルデロイ・ロックハートがいた。

 

 ピシャンっ!一行の先頭だったオーシャンが扉を閉めると、ハーマイオニーが「オーシャン、ここしか空いてないのよ」と言って、扉をまた開けた。

 ロックハート先生が、オーシャンの苦手なあの笑顔を浮かべて、一同を招き入れる。

 

 「さあさ、遠慮しないで入りなさい。いやあ、実は、生徒達は誰も、私がここに座っていることに気がつかないみたいでね。おかげで少し寂しかったんだよ。おかしいよねえ、別に僕は「透明マント」を被っている訳でもないのに」

 ロックハート先生がおどけて、ハーマイオニーにウインクして見せた。ハーマイオニーはクスクスと嬉しそうに笑い、オーシャンの笑顔は凍りついていた。

 

 フレッドとジョージがオーシャンに声をかける。「おい…」「大丈夫か…?」

 ロックハート先生はオーシャンに気づいて、「ややっ」と仰々しく驚いた。

 「君はあの時の、日本のお嬢さんだね!私も日本に行ったことが一度だけあってね。とある村を悩ませる水龍との三日三晩に及ぶ死闘を制して、村人達に大変感謝されたよ」

 

 得意気に語りだしたロックハート先生に、オーシャンは水を差した。

 「…先生、本当に水龍を殺されたのでしたら、犯罪ですよ。彼らは水神様の御使いです。村に恵みを与える事こそあれ、村を困らせるなどとは考えられないのですが」

 

 ロックハート先生が言葉に詰まり、話題を変えた。

 「…今夜の宴会のメニューは何だろうね?」

 私と同じことを考えるな、と虫酸が走って、オーシャンは笑顔を保ったままひっそりと舌打ちした。

 

 

 

 

 

 

 次にオーシャンがハリーとロンに会ったのは、新学期の宴会が終わって、寮に帰った時だった。寮のみんなに囲まれて英雄扱いされてる割りには、二人の表情は優れなかった。

 

 聞いたところによると、二人は空飛ぶフォード・アングリアに乗ってロンドンからホグワーツまでの距離を飛び、到着の際には校庭の「暴れ柳」に突っ込んだとか。

 まだ学期が始まってなかったからグリフィンドールが点を引かれずに済んだものの、もしも減点されていれば、寮のみんなはこんなに友好的に迎えてくれなかっただろう。そんなことより二人が「暴れ柳」に殺されていたかもしれない。

 

 英雄の凱旋の様な歓迎を肩でかわして、二人は寝室へ向かっていった。オーシャンはその背中に、「無事で良かったわ」と声をかける。二人はオーシャンに、口の端をちょっとだけ持ち上げる事で応えた。

 

 「相当疲れてるみたいね」

 ハリーとロンを見送ったオーシャンが言うと、隣にいたアンジェリーナ・ジョンソンが言った。

 「そりゃ、疲れたんじゃない?何でホグワーツ特急に乗らなかったのか知らないけど、「暴れ柳」に散々殴られた後にマクゴナガル先生のお説教でしょ?私なら二日は眠っちゃうかも」

 「じゃあ私は今日から、四日は眠るわ」

 オーシャンがそう言ったので、アンジェリーナは「何よそれ」と言って笑った。ホグワーツ特急が学校に到着するまでの間で、オーシャンはロックハート先生のあの胡散臭い笑顔を一生分は見たのだ。

 

 次の日の朝食の席で、ロンに「吠えメール」が届いていたのをオーシャンは見た。ロンがネビルに促されて恐る恐る封を切ると、たちまち彼の母親の怒りの咆哮が、大広間に響いた。

 「お父様は魔法省で尋問を受けました。みんなお前のせいです…!」

 

 オーシャンはそれを聞き流しながら、配られたばかりの自分の時間割りを見て、ホッと安堵のため息をついた。「闇の魔術に対する防衛術」のクラスは、金曜日まで無い。ということは、あの構われたがりの先生に関わる事は、とりあえずは金曜日まで無いという事だ。オーシャンは、安心してトーストを頬張った。

 しかし早くも今日、思わぬところで彼女の期待は裏切られる事になる。

 

 

 

 

 

 昼食の後の中庭で、オーシャンはカメラを握りしめた小柄な一年生に捕まっているハリーを見つけた。何の気なしに声をかけたが、彼女に声をかけられたハリーが「助かった」という表情をしたところを見ると、どうやらかわいい後輩はお困りだった様だ。

 

 「どうしたの?」オーシャンが聞くと、カメラを構えた一年生が答えた。「写真を一枚貰いたいんです」

 熱心な様子の一年生に、ハリーが肩をすくめた。

 「ハリーの写真を?あらあら、随分可愛らしいファンが出来たのね、ハリー?」

 

 オーシャンが後輩の微笑ましい悩みに笑顔になると、カメラ少年は「それから、写真にサインして!」とハリーに言った。

 

 「サイン入り写真を配っているんだって、ポッター?」

 オーシャンの背後から気取った声が聞こえてきて、振り向くとドラコ・マルフォイが腰巾着を連れてニヤニヤ笑いで立っていた。

 

 マルフォイが中庭にいる生徒達に言った。

 「みんな、集まれ!ポッターがサイン入り写真を配っているぞ!」

 ハリーが「やめろ、マルフォイ」と言った。カメラ少年が「君、焼きもち妬いてるんだ」と言う。マルフォイが「妬いてる?僕が?」と聞き返したのを遮って、オーシャンはカメラ少年に優しく言った。

 

 「まさか、彼はハリーとお友だちになりたいだけよ」

 「ね?」とオーシャンに問われてマルフォイは、鼻で笑った。

 「この僕がポッターと友達になりたがってるだと?さすが日本人はおめでたい事を考えるな」

 

 そして「どうせ日本人の頭の中には藁と土しか入ってないんだろ?」と付け加えた。

 その言葉を聞いたハリーが怒りを顔に湛えた時、丁度ロックハート先生がやって来た。

 「何の騒ぎだね!?」その声を聞いたオーシャンの眉間に、深い皺が刻まれていく

 「サイン入りの写真を配っているのは誰かな?やぁ、聞くまでもなかった。ハリー、君だね!」

 

 ロックハート先生はハリーを強引に引き寄せると、カメラ少年に言った。

 「クリービー君、さぁ、最高のツーショットを撮りたまえ」

 カメラ少年―コリン・クリービーがわたわたと構えた。ファインダーが律儀に二人を捉えていたので、オーシャンは「もう少しこっちに寄って撮った方がいいわよ」とアドバイスする。コリンがシャッターを切った。オーシャンは満足気に笑った。うまくロックハート先生が見切れているであろう位置を狙って、コリンに撮影させたのだった。

 

 ロックハート先生はハリーと一緒に、二人でその写真にサインする事を勝手に約束して、少年を返した。マルフォイはいつの間にか、姿をくらましていた。

 

 ロックハート先生は「ハリー、私はあのお若いクリービー君から君を守ってあげたのだよ」と言った。曰く、「君の様な知名度でサイン入り写真を配るのは、まだ時期尚早と言えるね」

 オーシャンは肩をすくめた。何を言っているのか、この人は。この人の著書(全て読んでないが)を引っくるめても敵わない偉大な事を、ハリーはしたというのに。

 

 「あら、私は、先生の写真より、ハリーの写真の方がよっぽど欲しいわ」オーシャンの言葉に、先生が振り向いた。オーシャンはニッコリと追い討ちをかける。

 

 「少なくとも、ご自分でサインを入れて配り歩いてるものよりは、後世、価値も上がるでしょうし」

 ロックハート先生の顔がさっと青くなった後、みるみる赤くなっていく。オーシャンは「お加減でも悪いのですか?」と心配するふりをしながら、ハリーに小さく「もう行って」と合図した。ハリーが頷き、小さく礼を言って次のクラスに向かって走っていった。

 

 

 

 



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9話

 ハロウィーンがやって来た。

 去年はトロール騒ぎでそれどころではなかったし、オーシャンはいまだにハロウィーンが具体的にどういう祭りなのか調べてもいなかった。調べていなかったというより、「お盆みたいなものかな?」と自己完結してしまった(そして間違っている)のだが。

 

 今年はなんでも、宴の余興に「骸骨舞踏団」が予約されたとの噂も流れている。「骸骨舞踏団」がどの様な有名人なのか、オーシャンは知らなかったが、生徒達はみんなその日をとても楽しみにしていた。

 

 夜になり、みんなと一緒にオーシャンも大広間に降りていった所、浮かない顔で大広間を通りすぎて行こうとする三人組を見た。

 「三人とも、どこへ行くの?宴会が始まるわよ」

 何の気なしにオーシャンが三人を呼び止めると、振り向いたハリーとロンに恨みがましい目で見られた。

 

 「行けるものなら行きたいよ…」とロンが力なく呟いた。なんでも、グリフィンドールの幽霊「首なしニック」の、絶命日パーティに行くという約束をしてしまったらしい。いざ当日になって、楽しそうな大広間の雰囲気に後悔している、という所だろう。

 

 「命日にパーティを開くなんて面白そう。初めて聞いたわ」

 オーシャンは日本にいた幽霊達を思い出した。いずれも常に悲壮に溢れて陰気な顔をしたもの達ばかりで、そのくせ質の悪い悪ふざけは大好きだった。

 十年ほど前に亡くなったオーシャンの祖母などは、自分の命日になると自分の家族のもと―つまりオーシャンと家族が住む家に現れては、誰もいない部屋ですすり泣きしたり、不気味に笑ってみたり、暗闇で足首から下だけ見せてヒタヒタ歩いたりしてみたりしていたのだ。

 

 さすがに実の息子である父も長年続く嫌がらせ(祖母にとっては悪戯だっただろうが)に堪忍袋の緒が切れて、実の母親を封印してしまった程だ。

 それでも祓わないだけまだ愛がある。日本では死んだ者が家族によって祓われてしまうのは、ざらにある話だ。自分の命日にパーティを開くこちらのゴーストは、社交的の様だ。さすが、死んでも紳士淑女。

 

 「僕達、もう行かなきゃ…じゃあね…」

 ハリーがそう言って足を地下牢の方へ向けたので、ロンとハーマイオニーがそれについていった。ロンは去り際にオーシャンに、「パーティ楽しんでね」と付け加えたので、彼らの後ろ姿を見送りながら、オーシャンは思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 そんなやりとりをしたのが、遠い昔の事の様に思えた。

 今オーシャンは、三階の廊下にいた。ハロウィーンの宴会が終わり、みんなと寮への帰路についている途中だった。

 今、オーシャンの―彼女を含めた大勢の生徒達の視線の先には、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がいた。足下の廊下は水に濡れ、壁には禍々しい色の文字が光り輝いていた。そしてその文字の下、松明の腕木にぶら下がっているのは…。

 

 「お前らよくも私の猫を殺したな!」

 無惨な姿になって松明の腕木にぶら下がっている飼い猫を見て、フィルチが喚いた。「殺してやる…!」

 突然の状況に、オーシャンの心臓が早鐘を打とうとしている。ドラコ・マルフォイの声が、「次はお前達の番だぞ。穢れた血め」と嘲った。今ここでパニックになってしまったら、誰がかわいい後輩達を守るというのか。

 

 オーシャンは深呼吸して、手のひらに素早く「人」という字を三回書いて飲み込む真似をした。昔、緊張してる時にやると心が落ち着く、と母に教えてもらったまじないの一種だった。

 

 「よく状況を見てから物を言うことね、フィルチ。貴方は死んだ者と石化した者の区別も付けられないの?」

 

 オーシャンが声を張り上げると、周りの生徒達の波がさっと割れた。彼女は松明の腕木にぶら下がっているミセス・ノリスに近づく。

 「ほら、毛も逆立ったままだし、爪も出ている…それに何より、目から生気は消えていないわ。石化した者は限りなく死に近づいているから、少し分かりにくいけれど」

 

 ハリー達とフィルチが訝しげな顔でオーシャンを見つめた時、そこに数人の先生を従えてダンブルドア校長が現れた。

 「アーガス、ウミの言う通りじゃ。ミセス・ノリスは死んではおらん」

 彼の後ろに控えているロックハート先生が「私にもそう見えますね!」と訳知り顔で言っていた。

 

 ロックハート先生を無視して、校長は眼鏡の奥にある瞳を光らせてオーシャンを見た。

 「ともすると、この猫はどう言った原因で石化したと思うのだね、ウミ?」

 これにもロックハート先生が「恐らく「異形変身拷問」の呪いでしょうな!」と聞いてもいないのに答えた。ダンブルドア校長は彼を振り向きもせずに静かに言った。

 「ギルデロイ、わしはウミに聞いておる」

 

 オーシャンは答えに少し迷った。可能性として考えられるものがあるにはあったが、それはこちらにも存在するのだろうか?

 「…猫がこの様に威嚇した姿勢を崩していない所、尚且つこの、恐怖している様な表情を見てとるに、犯人は動物的恐怖を与える存在、かと。人間とは考えにくいかと思います。以前、同じ様な表情をした猫を、やはり石化した状態で日本で見たことがあります。…犯人は大蛇でした」

 大蛇の視線は、見たものを石化させるという。

 

 ダンブルドア校長が眉を潜めた。

 「オロチ…?日本のオロチが何故ホグワーツに…?」

 「あくまで可能性の一つです。或いはオロチに類するものであるかと。いずれにせよ、犯人は人間では無いはずです。彼女が人間にこんな表情を見せたのは、見たことがないもの」

 

 オーシャンの答えを聞いて、ダンブルドア校長は複雑な表情をした。「犯人が何者であれ、石化したのであればミセス・ノリスは治す事ができるだろう。幸運な事に、スプラウト先生がマンドレイクを手に入れておる。十分に成長したら、マンドレイク薬を作ることができるじゃろうて」

 

 ロックハート先生が「私が作りましょう。マンドレイク薬なんて何回作ったことか!眠ってても作れますよ!」と一人で息巻いている。スネイプ先生は彼に、「お忘れかと思いますが、我が校の魔法薬の担当教授は我輩だ」と言った。スネイプ先生の顔色を見てロックハート先生が少し青ざめたので、オーシャンは顔色一つ変えずに心の中で「ざまぁ」と嗤った。

 

 不意に周りの音が戻ってきた感覚だった。未だに動かずに先生達の会話を聞いていた大勢の生徒が、ざわざわと騒ぎ出した。マクゴナガル先生が前に出て皆を寮に帰すように監督生達に指示を出し、オーシャンやハリー達も程なくして寮に帰ることが許された。

 

 「Ms.ウエノ、庇ってくれてありがとう」寮に帰る道すがら、ハリーはオーシャンに言った。

 「どういたしまして。…おぞましい光景だったわ。それにあの壁に書いてあった文字、何と書いてあったの?」

 オーシャンの問いにハーマイオニーが諳じた。「秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気を付けよ」

 

 「意味が分からないわ。秘密の部屋って何?」

 オーシャンがそう言うと、突然ロンが「ちょっと待って、何か思い出しそう」と、こめかみに指を当てて記憶を探っていた。

 「ビルに聞いた事があるよ。ホグワーツには誰も入れない「秘密の部屋」があるって」

 

 「秘密の部屋って、一体何故「秘密」なのかしら…?誰が作ったの?」

 オーシャンに聞かれてロンは首を傾げた。「さあ、そこまでは…」

 「それに、他にも疑問はあるわ。貴方達は何故、あんなところにいたの?絶命日パーティが終わったのだったら、真っ直ぐ大広間へ来れば良かったのに」

 

オーシャンが真っ直ぐな視線で聞いてくるので、ハリーは「行こうとしていたんだけど…」と言葉を濁したが、ハーマイオニーが意を決したように言った。

 「ハリーが、声が聞こえるって言うの」

 「ハーマイオニー!」ロンがハーマイオニーを非難する様な声を出した。ハリーもさっと青ざめている。

 

 「オーシャンには言っても大丈夫よ。去年、どれだけオーシャンが助けてくれたか、二人とも忘れたの?」

 そう言われると、逆にオーシャンはこそばゆい思いがした。

 去年の一連の出来事は結果的にオーシャンがハリー達を助ける形になっただけで、実際はほとんど、彼らを心配に思ったオーシャンがお節介を焼いていただけだ。少なくとも、彼女自身はそう思っていた。

 

 ハリーには聞こえてロン達には聞こえない声を追いかけて、現場に居合わせてしまったという話を聞いたオーシャンは、合点がいった、という風に笑った。

 「ああ、なんだ。ハリー貴方、蛇使いなのね」

 私の推測通りに犯人が大蛇だとすれば、その声はハリーにしか聞こえなくて当然よね、と、オーシャンはさも当たり前の事の様に笑ったが、ロンとハーマイオニーは彼女の言葉に驚いて硬直していた。

 

 「は、ハリーがパーセルマウス!?君、それ本当かい!?」

 ロンが謎の言葉をハリー問いかけるので、ハリーは「僕が、何だって?」と聞き返した。ロンは間髪入れずに答える。「蛇語使いだよ!」

 「ああ、昔一度動物園で、従兄弟に大錦蛇をけしかけちゃった事ならあるよ」と、ハリーは事も無げに言った。

 ロンとハーマイオニーがあんぐりと口を開けたままなのを見て、ハリーは「そんな事、みんなできるんじゃないの?」と言った。

 

 「ハリー、そんな事できる人は、ざらにはいない」

 しかしロンのその答えに驚いたのは、ハリーではなくオーシャンだった。

 「えっ、そうなの?」

 「えっ?」

 「えっ」

 ロンがびっくりしてオーシャンを見つめた。キョトンとした二人が、数瞬見つめ合う。

 

 「…日本では、蛇使いと呼ばれる職業があるくらいで、割と魔法界ではポピュラーな動物なんだけど…?当然、会話ができる人も多いわ」

 「えっ!」

 「えっ」

 再び奇妙な間が流れた。

 

 「…みんな出来るんじゃないの?」オーシャンはハリーと同じ質問を再度口にしたので、ロンの口調は砕けたものになった。「だから、そうそういないって」

 

 




更新が遅くなりました。いつもお読み頂き、ありがとうございます。

どういう文章にしても、バジリスクについて推測しだした途端オーシャンらしくなくなってしまうという魔の「オーシャンスランプ」に陥ってました!
これからも満足の行く文章を探して、更新頻度が遅くなる事が予想されます。読者様には申し訳ないですが、暖かく見守っていただけると嬉しいです


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10話

 ミセス・ノリスが襲われた次の日、大広間の夕食の席は、生徒達の誰もがそわそわと落ち着かなかった。みんな隣り合った生徒とひそひそと話し込むので、いつもなら賑やかな夕食の席が、何やら秘密の集会めいた雰囲気を醸していた。

 

 「みんな、どうしたのかしら。ヒソヒソと話し合って」

 オーシャンが何の気なしに言った言葉を聞き付けて、隣に座っていたジョージがほとんど感心した様に言った。

 「昨日みたいなことがあったんだ。平然としているのはお前くらいなもんだぜ。興味無いのか?秘密の部屋について」

 「昨日は興味あったけど、然してもう無くなってきたわね。一晩寝たら割りとどうでもよくなるタイプなの、私」

 

 フレッドがオーシャンの図太さに嘆息した。

 「みんなお前みたいに図太くないんだよ。スリザリンの継承者は誰か、お前は気にならないのか?」

 「スリザリンの継承者?何、それ?」オーシャンが眉根を寄せて聞くので、双子はどこか得意気に、代わる代わる語りだした。

 

 「その昔、ホグワーツは四人の創設者の手によって創られた。ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ」

 「それからロウェナ・レイブンクローに、サラザール・スリザリンだ」

 「当時は、魔法使いはマグルから迫害されていた」

 「だから四人は、人里から遠く離れたこの土地に城を築いたんだ」

 

 双子は続けた。

 「数年間は、四人で和気藹々と魔法教育をやっていた。魔法の力を示した子供達をマグルの世界から見つけ出しては、この城で教えていたんだ」

 「所が、魔法教育は誰でも受けられるべきと唱えた我らがグリフィンドールに、スリザリンは異を唱えた」

 「曰く、魔法という秘術は、純血の中にこそ封じるべき。従って、入学するには純血であることを資格とするべきだと言い出したんだ。クソヤローめ」

 「そして二人は決別し、サラザール・スリザリンはホグワーツを去った」

 

 「へえ、創設者達にも、人間ドラマがあったのね」

 全ては「ホグワーツの歴史」という本の中に載っている知識なのだが、オーシャンは読んだことが無かったので、その話は初耳だった。

 

 感心した顔をしているオーシャンに、「本題はここからだ」とフレッドがウインクした。

 「スリザリンがホグワーツを去って一千年、伝説として語り継がれているのが、スリザリンの「秘密の部屋」だ」

 ジョージが言葉を接いだ。「伝説によれば、スリザリンはその部屋を密封して、ホグワーツにやっこさんの真の継承者が現れる時まで、誰も部屋を開けられないようにしたんだ」

 

 オーシャンは頷いた。「スリザリンの「継承者」とは、つまり、彼の「跡目」の事なのね」

 フレッドがニヤリと笑う。

 「ああ。そしてその「継承者」様こそが、「秘密の部屋」の封印と、その中に眠っている「恐怖」を解き放ち、そいつを使って学校に相応しくない者を追放するって話だ」

 

 フレッドが息を吐いて、今度はオーシャンに問いかけた。

 「オーシャン、お前昨日、フィルチの猫を石化させたのは日本のオロチ―つまり蛇だって言ってたな」

 「ええ、言ったわ」

 今度はジョージがにやっとした。

 「秘密の部屋の主、サラザール・スリザリンは、パーセルマウスだ」

 

 パーセルマウス。つまり、蛇語使い。

 

 「推理的中みたいだな?」

 双子は面白そうに笑ったが、いまいちオーシャンは納得出来ない。

 普通、日本の山奥を好んで住み処とする大蛇が、こんな英国の外れの、岸壁と湖に囲まれた土地にいるだろうか?しかも、一千年もの間、城の中に?

 

 「みんながそこまで突き止めた今となっては、我らがハリー・ポッターが「スリザリンの継承者」だって噂になってるよ」

 秘密の部屋の怪物より、そっちの方がオーシャンにとって大問題だ。

 

 

 

 

 

 談話室に戻ったとき、パーシーとロンが何やらお互いにぷりぷりしているのを見て、オーシャンは「何かあったの?」とハーマイオニーに尋ねた。ハーマイオニーは、三人で「嘆きのマートル」のトイレから出てきた所をパーシーに見られて、口喧嘩になったと言った。

 「ロンったら、余計に一言言うんだもの。おまけに減点までされちゃって…」

 

 オーシャンはクスクス笑った。

 「災難だったわね。減点までされて、収穫はそれだけ?」

 ハリーが「後はマートルに水浸しにされたくらいかな」と力無く笑った。オーシャンもいつものような笑みを見せたが、ハーマイオニーは難しい顔を見せた。

 

 「だけど、そうなると一体何者なのかしら?でき損ないのスクイブや、マグル生まれの子をホグワーツから追い出したいと願っているのは、一体どこの誰なの?」

 そこでロンが「それでは考えてみましょう」とおどけて言ってみせた。

 

 「マグル生まれを見下して、王様みたいに肩をそびやかして歩いてる嫌な奴は、だーれだ?」

 的確に揶揄しているその言葉に、ハーマイオニーがピンと来た。

 「もしかして、マルフォイの事を言っているの?」

 「もちのロンさ!」ロンは正解という様に、両腕を広げた。

 

 オーシャンが「マルフォイって、あのドラコ・マルフォイ?」と聞き、ハリーが「あいつの家系はスリザリン出身だよ?あいつがスリザリンの末裔だって、何もおかしいことはないよ」と言った。

 「あいつらなら、何世紀も「秘密の部屋の鍵」を預かっていたかもしれない。親から子へ代々伝えて…」

 

 ハーマイオニーが慎重に「その可能性はあると思うわ…」と言ったのを、オーシャンが遮った。

 「私はその可能性は薄いと思うわね。「秘密の部屋の鍵」なんてあったら、「スリザリンの継承者」じゃなくても部屋が開けられるってことになってしまうじゃない。「鍵」があっても、真のサラザール・スリザリンの末裔足る血筋的な物じゃないかしら」

 三人がオーシャンを見つめて、感嘆のため息を吐いた。ハーマイオニーは、考え直した様だ。「確かに、そうよね」

 

 「そうでなかったら、「スリザリンの継承者」の意味が無いわ。それだったら尚更、マルフォイ本人に確かめないとダメだわね」

 ハリーとロンが目を剥いた。「マルフォイに直接確かめるだって!?」「どうやって!?」

 ハーマイオニーが声を落として、三人は額を寄せあった。

 「方法が無い訳では無いの。でも危険な方法だし、ざっと校則を五十は破る事になるわ」

 

 ハーマイオニーは、ポリジュース薬が数滴あれば、スリザリンの誰かになりすまして談話室に忍び込み、マルフォイに真偽を問い質せると言った。

 「材料と作り方は「最も強力な薬」という本に書いてあると、スネイプが言っていたわ。多分その本は、図書室の「禁書」の棚にあるはずよ」

 司書のマダム・ピンスの厳重なセキュリティを抜けてその棚の本を持ち出すには、正規のルートで借り出すしかない。すなわち、先生のサイン入りの許可証を持って、その本を借りに行くのだ。

 

 「でも、薬を実際に作るつもりはないけど、そんな本が読みたいなんて言ったら、怪しまれるんじゃないかな?」

 ハリーが弱気な発言をした。ロンが「騙されるとしたら、よっぽど鈍い先生だな」と言った時、オーシャンに天啓が降りた。

 「…何にでもほいほいサインしてくれる、素晴らしい先生を一人ご紹介しましょうか?」

 

 オーシャンの一言を聞いて、ハリーとロンにもピンと来た。「それだ!」「いるな、一人うってつけの先生が!」

 誰の事を言っているか察しがついたハーマイオニーが、三人の盛り上がり様を見て顔をしかめた。

 「相手は先生よ。そんなに上手く行くと思わないで欲しいわね」

 ハリーは今度は自信たっぷりに「こればっかりは、上手く行くと思うよ」と言って笑った。

 

 

 果たして後日、その作戦が大成功を修め、三人が無事に図書館から目的の本を借り出せたとの報告をオーシャンは受けた。オーシャンはニッコリ笑った。

 「ほら、適任の先生だったわね」

 

 





UA15000越え、お気に入り400越え、感想15件、評価24件ありがとうございます!

謎解きシーン二次創作って難しい。でもキャラの性格から、真相との距離感を考える作業が面白いです。



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11話

 クィディッチシーズンが到来した。第一戦は、グリフィンドールとスリザリンだ。当日の朝、グリフィンドールのクィディッチ選手はみんな口数も少なく、緊張した面持ちだ。

 「どうしたの?今日は何だか皆、別人みたいじゃない?」

 オーシャンが言うと、フレッドが「当たり前だろ」と怒ったような表情で言った。「あんな奴らに、負けてたまるか」

 

 スリザリンは、新たなチームのシーカーにドラコ・マルフォイを入れていた。ハリー達が許せないのは、マルフォイの父親がスリザリンチームの全員に、世界最高の競技用箒であるニンバス2001を買い与えた事だった。まるで我が息子のために、金でチーム丸ごと買った様だ。

 

 試合開始の十一時が近づくと、学校中が競技場に移動を始めた。ハリー達選手は競技場に併設されている更衣室へ入っていき、オーシャンはハーマイオニーとロンと一緒に席を見つけに言った。

 三人がいい席を見つけて落ち着くと少しして、選手達がピッチに入場した。スリザリンは全員、ぴかぴかの箒を持っていた。

 審判のマダム・フーチが試合開始のホイッスルを高らかに鳴らす。重い雲が垂れ込めた空に、選手達が次々と舞い上がって行った。

 

 スリザリンの選手達は、世界最速の箒の力を見せつけて軽やかに翔んでいる。敵チェイサーの猛攻を、ウッドが必死に防いでいるが、それでも防ぎきれない様子だ。グリフィンドールチームのチェイサーのパスワークも、ニンバス2001の加速の前では手も足も出ない。グリフィンドールの防戦一方だった。

 その内、雨が降りだした。皆が傘を差したので、観客席には色とりどりの花が咲いた。

 

 「あれ?ハリーと兄貴達はどうしたんだ?」

 ロンが異変に気づいた。オーシャンとハーマイオニーも三人の姿を探すと、ハリーとウィーズリーの双子は、ウッド達の六メートル程上空にいた。

 一つのブラッジャーがハリーを追いかけている。双子のどちらかがスリザリンチーム目掛けて打ち返した。しかし、ブラッジャーはすぐに方向転換してハリーの所へ戻っていく。

 

 「何よ、あれ!?何であのブラッジャー、ハリーを狙っているの!?」

 ハーマイオニーが悲鳴に似た声を出した。あのブラッジャーがハリーを狙っているので、双子は試合に戻ることが出来ないという状況らしい。

 「またブラッジャーに魔法でもかけられているのかしら?」オーシャンは言って、立ち上がった。あのブラッジャーがハリーを殺そうとしているのであれば、多少の試合妨害だとしても助けなければいけない。

 しかし、オーシャンが印を切ろうとした所で、ウッドがマダム・フーチにタイムアウトを要求した。

 

 地上にグリフィンドールチームが集まり、雨が強くなる中、何事か話し合っていた。

 ハリーが殺人ブラッジャーに狙われているのだ。ここは試合を中止させるのが最も正しい判断のはず。だというのに、十分のタイムアウトの後、グリフィンドールチームは再び曇天へと舞い上がった。

 

 再び空へと戻った選手団を見て、オーシャンは絶句した。

 「何で試合の中止を申し出ないのかしら?ハリーが危険な状況なのに」

 ロンが豪雨に負けない声で、オーシャンに言った。

 「今ここで没収試合になるより、多少の危険を省みないでスニッチを捕る事を選んだんだよ、多分。今回、ウッドはハリーに、死んでもスニッチを捕れって言ってたみたいだし」

 

 ロンの言葉を聞いて、オーシャンは嘆息した。

 「ウッドは、一回死んでみてからそういうことを口にするべきだわ」

 

 フレッドとジョージの二人は、ハリーの側を離れて試合に戻っていた。ハリーは一人上空で、スニッチを捜しながらブラッジャーの猛攻を避け続けている。

 ハリーの様子をマルフォイが面白がって、からかっていた様に見えた。それに気を取られた一瞬で、ついにブラッジャーがハリーの腕を捉えた。

 

 「あぁ!もう…!」後輩の腕が折れたであろう瞬間を見たオーシャンは、杖を抜きつつ立ち上がった。その後輩が落ちるように急降下したので、ブラッジャーもそれを追いかける。

 追撃はさせるかと、オーシャンはブラッジャーに杖を向けて、殺意を持って唱えた。

 

 「爆ぜよ!灰塵となせ!」

 

 ハリーがスニッチを掴んだのと、その上空でブラッジャーが爆発したのはほぼ同時だった。ブラッジャーは粉々の火の粉となって、ピッチに倒れたハリーに降り注いだ。

 グリフィンドールが沸いた。実況のリー・ジョーダンがグリフィンドールの勝利を叫んで、試合は終了した。

オーシャンはロンやハーマイオニーと一緒に、ハリーの元へ駆け降りた。

 

 大勢の生徒に囲まれて、ハリーが横たわっていた。傍らには、白い歯を輝かせたロックハート先生がいる。

 「お願い、やめて…。医務室へ行かせて下さい…」と懇願している様子のハリーに、先生は不安を掻き立てる笑顔を向けていた。

 「大丈夫だ、ハリー。自分の言っている事が分かっていないのだ」

 

 倒れているハリーをファインダーに収めて、カシャッとシャッターを切っているコリンの肩に、オーシャンは手を添えた。

 「クリービー、貴方は骨折して倒れている所を写真に撮られたら、どんな気持ちがするかしら?」

 ハッとして振り返ったコリン・クリービーを押し退けて、オーシャンは前に出た。今まさにハリーの折れた腕に、ロックハート先生の杖が降り下ろされる所だった。

間一髪、オーシャンが唱える。

 

 「呪いよ、彼の者へ還れ!鏡の呪法!」

 一瞬、ハリーとロックハート先生の間に鏡が張られた様だった。ロックハート先生が唱えた魔法は、跳ね返される。「うわぁぁぁ!」

 情けない悲鳴を上げた先生の杖腕が、だらんと力なく垂れ下がった。ハリーは目を白黒させた。

 

 まるでゴム手袋の様になってしまった先生の腕に驚いたふりをして、オーシャンはわざとらしい声を出した。

 「失礼致しました、ロックハート先生!練習中の、呪いをそのまま跳ね返す呪文が当たってしまって…。それにしても、ロックハート先生は誰かの骨を抜いてしまうおつもりだったのですか?」

 

 ロックハート先生は、前に出てきたオーシャンに無理やり笑顔を作って見せた。オーシャンはハリーを立たせて言った。

 「さあ、ハリー。保健室へ行きましょう。先生も一緒にいかがです?」

 

 

 

 

 

 

 

 医務室へロックハート先生を置いてきて、ハリー達とオーシャンは談話室へ戻った。ハリーの骨折はものの十分で治ったが、ロックハート先生は入院しなければいけないらしい。マダム・ポンフリーがロックハート先生に「一から骨を生やすのですから、今夜は痛いですよ。覚悟してくださいね」と言って、ロックハート先生が青ざめたのを見て、ハーマイオニー以外が笑った。

 

 「おかわいそうに、ロックハート先生。オーシャン、いくらなんでもやりすぎだったわよ」

 寮への帰り道でハーマイオニーがそう言ったので、オーシャンはいつも通り柔らかく、だけどどこか冷ややかな笑顔を見せた。

 「では、ハリーの腕があのままペシャンコにされてた方が良かったかしら?」

 ロンはその言葉にニヤニヤしたが、ハーマイオニーはそれでもまだ納得がいかない様だ。二人が険悪になることを恐れたハリーが、突然話題を変えた。

 

 「オーシャンのあの魔法、スゴかったね!呪いを跳ね返しちゃう魔法があるなんて、僕知らなかった!」

 ハリーの言葉にオーシャンは「大したことないのよ」と笑い、あの呪文が出来上がった経緯について密かに思いを馳せた。

 

 実は「鏡の呪文」は、オーシャン自身が父親に手伝ってもらって作り上げた魔法だった。元はと言えば、幼い頃に近所に住んでる悪ガキどもがふざけて飛ばしてくる火花を跳ね返す為の、いわゆる「バリア」だったのだ。

 しかし火花を跳ね返せば返す程、悪ガキ達は調子にノって更に火花を飛ばしてくるものだから、その内面倒くさくなって使わなくなってしまったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、グリフィンドール塔のハリーの部屋に、ドビーという屋敷しもべ妖精が現れた。

 時を同じくして、医務室にハッフルパフの女子生徒が石化した状態で運び込まれた。トロフィー室の前でダンブルドア校長によって発見された彼女は、手に綺麗な花籠を携えていたそうだ。

 自分の見舞いに来ようとしたせいでファンの一人が襲われたというのに、次の日腕が再生しきったロックハート先生はケロッとしていた。それどころか、襲われたのが自分ではなかった事に、心底安堵した様子だった。

 

 

 






「鏡の呪法」はまじないにするか呪いにするか悩みました。
しかし、まじないにして印を使うと、悪魔の実の能力者みたいな感じになってしまうので、結局ボツにしました笑
もちろん他の真面目な理由もありますが。


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12話

 ハッフルパフの女子生徒が襲われた事を受け、校内はにわかに騒がしくなった。どこから仕入れたのか、うさんくさい魔除けやお守りなどの護身用のグッズが、生徒達の間で取引され始めた。

 

 「オーシャン、いつも怪しげな呪文を紙に書き付けてるだろ?」授業中、出し抜けにフレッドがそう言って来た。

 「怪しげな呪文とは失礼ね。怪しくない、ちゃんとした呪文よ」

 「破魔の札」の事を言われているのだと分かって、オーシャンはつっけんどんに返答する。そこに、反対隣からジョージも加わった。

 「怪しかろうが無かろうが実際どっちでもいいんだけどさ。…なあ、あれを今回の騒ぎで怖がってる連中に売り出してみようぜ」

 

 オーシャンが眉を潜めてジョージを見た。

 「何故?」

 双子は口々に言う。「だって日本の「お札」だぜ?」「効くか効かないかはおいといてさ、絶対売れると思うんだ。俺たちが窓口になるから」

 「効かない様な物を、お金をとって売り付けるというの?」

 「いや、お前の作るものが効かないって言ってる訳じゃないけどさ…」

 「残念ね、その通りよ。父が作った本物ならともかく、私が作ったものだったら、せいぜい悪夢を見なくなるとか、その程度の効果よ。秘密の部屋の「怪物」に襲われなくなるのは、到底無理な話だわね」

 

 「こらこら君たち。何を話していたのかな?」

 顔を上げると、ロックハート先生が三人を見下ろしていた。先日の「自分で自分を骨抜き事件」から完全復活したロックハート先生の、闇の魔術に対する防衛術の時間だった。

 

 フレッドが先生を巻き込んで「商談」を続けようとすると、頼んでもいないのにロックハート先生が語り出した。

 「護符の作り方の事だったら何でも聞いてくれたまえ。今までいくつ作ったか分からないくらいだよ。当時護符を渡した人たちからは、今でもお礼の手紙が来るね」

 「では、ロックハート先生に頼んではどう?フレッド、ジョージ?私の作る札よりきっとよく効くわよ」

 オーシャンが言うと、ロックハート先生はたじろいだ。「いや、残念だけど、私は忙しいからね…」と逃げようとする先生に対して、オーシャンは追い討ちをかけた。

 「まさか、教え子達が危険な状況に立たせられているというのに、忙しいを理由にお逃げにはなりませんよね、先生?」

 

 オーシャンに言われた先生だったが、とにかく授業中に私語は慎む様にとかなんとかモゴモゴ言って、踵を返して授業に戻ってしまった。

 「お前、ロックハートに対してなんていうか、明け透けになったよな」ジョージが言うと、オーシャンはニッコリ笑って首を振った。

 

 「私、あの人に歯に衣着せない事にしたから」

 

 ロックハート先生がハリーの腕の骨を抜こうとした一件以来、オーシャンはロックハート先生を敵視していた。今までは苦手意識だけだったが、ハリーに危険な術を使おうとした事によって、彼女の中でロックハート先生の警戒レベルは、格段に上がっていた。

 「あの人って、自伝に本当の事を書いているのかしらね?」

 ロックハート先生の講釈を右から左へ聞き流して、オーシャンは呟いた。相変わらずオーシャンは英語がからっきしなので、ロックハート先生の自伝を読む時はフレッド・ジョージやハーマイオニーに手伝ってもらっている。

 双子は肩を竦めることで応えた。

 

 

 

 後輩3人組は今朝から「嘆きのマートル」のトイレに籠りっきりで、ポリジュース薬と格闘している。三人が行こうとしているのが危険な道だというのは分かっている。それを止めるのではなく、見守り、本当に危険な時にだけ手を貸すのが、上級生としてのあり方かな、とオーシャンは思っていた。

 しかしさすがに、二角獣の角と毒ツルヘビの皮をスネイプ先生の戸棚からくすねる事までやってのけたと聞いた時は、少々肝を冷やしたが。

 

 「随分危ない橋を渡るのね。一刻の猶予も無いって感じじゃない?」

 そうハリー達に聞いたのは、夕食が終わり、談話室に向かう途中だった。後輩たち三人は、薬作りに直接参加していないオーシャンにもときどきこうして進捗を報告してくる。

 

 「昨日の夜、ドビーが僕のところに来たんだ。秘密の部屋は、前にも開けられた事があるんだって」

 「そう、ドビーが言ったの?」

 「直接的にそう言った訳じゃないけど。それで、ロンとハーマイオニーと話し合って、今すぐ取りかかろうって決めたんだ」

 クリスマス休暇に学校に残る生徒の中に、マルフォイの名前があったらしい。それで一層マルフォイへの疑いを深めているという訳だった。

 

 「秘密の部屋が過去にも開けられた事があるという事は、その時にも生徒が襲われたのかしら?」

 そのオーシャンの一言に、ハーマイオニーがハッとした。

 「以前にも開けられた事があるのなら、そうよね。その観点から調べてみるのもいいかもしれないわ」

 そして、一度開けられた扉が一旦閉ざされたその理由も、気になるところだ。

 

 次の週、玄関ホールの掲示板の前に生徒が群がっていた。

 「どうしたの?」

 掲示板に近づいたオーシャンだったが、その英語力はみんなが話題にしている掲示の見出しを読むだけで精一杯だった。本文はゆっくり一人で時間をかけて読めば理解できるだろうが、この騒がしい状態では難しい。

 見出しにはこうある。

 「…ドゥエリングクラブ?」

 「デュエリングクラブ。決闘クラブですって」

 惜しかった。

 

 後ろから教えてくれたのはハーマイオニーだ。惜しい、と思ったオーシャンの考えを見透かしている目で、こちらを見ている。全然惜しくないわよ。

 「普段使わない言葉だからスペルは教えてないけどね…」

 呆れた顔のハーマイオニーの隣にはいつもの通り、ハリーとロンがいた。二人とも苦笑している。

 

 「一体誰が教えてくれるのかな?」ロンが期待に胸を膨らませている中、ハリーが呟いた。

 「誰でもいいさ。アイツでなければ…」

 むしろこんな浮わついた企画はソイツしかあり得ないだろうな、とオーシャンは思った。

 

 夜の八時、大勢の生徒がクラブに参加する中に、オーシャンもいた。

 ハリーとオーシャンの予感が的中しているなら、可愛い後輩三人(ついでに悪戯好きな双子)を守るのは自分しかいないからだ。「ヤツ」なら決闘の真似事で血を見せるかもしれない。

 

 果たして期待している生徒が待っている中で、颯爽と壇上に現れたのはギルデロイ・ロックハート先生だった。

 

 「皆さん、こんにちは。最近物騒な事件が多い中、校長からありがたくもお許しをいただき、この決闘クラブを開催致しました」

 オーシャンはハリーとロンをチラリ見た。二人とも、この上ないしかめっ面だった。

 

 「本当はスネイプ先生に助手を頼みたかったのですが、先生はお忙しいという事で辞退されましてね…。代わりに、我こそはという方はいませんか?」

 これ幸いにと、オーシャンは真っ先に手を上げた。ロックハート先生を見張るなら、助手という立場は一番やり易い。被害も最小限に食い止められる。

 手を上げたオーシャンに、ハリー達はびっくりしていた。ロックハート先生の顔が一瞬ひきつった。

 「ーおや、留学生さんのお出ましですね。では、お願いしましょう」

 ロックハート先生は手を差しのべたが、オーシャンは会釈を返すと、自力で壇上に上がった。

 「ご指導よろしくお願いします。ロックハート先生」

 

 「エクスペリアームス!」

 壇上で実際の決闘の作法通りに、模範演技が行われた。先生が唱えた魔法で、オーシャンの構えた杖はその手から吹き飛ばされてしまった。武装解除の呪文だ。

 ロックハート先生は何処と無く嬉しそうに見えた。それはそうだろう。この間、オーシャンの日本術式で呪文を跳ね返されたばかりだ。

 

 「おやおや、失礼。Ms.ウエノはまだ反対呪文を知りませんでしたね。一方的な決闘になってしまった。失礼したね」

 ニコニコしながら言う先生に、オーシャンは杖を拾いながら答えた。

 「お見事です、先生。日本には武装解除なんて生易しい呪文は無いので、初めて体験できて感動致しました」

 

 日本術式には、最初から相手の武器を排除する魔法は無い。日本での決闘は、斬るか斬られるか。然らずんば死あるのみ。

 

 良い感じにロックハート先生の顔が青ざめたところで、生徒を二人組にさせて、相手の武装を解除する練習をした。ハリーとロンは組になったが、なんとハーマイオニーはスリザリンのミリセント・ブルストロードと組んでいた。

 

 三つ数えた合図で、相手に武装解除をかけるように、とロックハート先生は言った。しかし、やはり思い通りに行かない。一部の生徒は、武装解除ではなく思い思いの呪文を相手にかけている混迷ぶりだ。

 ロックハート先生が、強制終了呪文を使おうとしたので、オーシャンはそれより早く呪文を唱えた。

 「フィニート・インカンターテム!」

 全ての生徒の呪文を終わらせるのには、効果が足りず、オーシャンはこの呪文を三回ほどかけなければならなかった。

 

 それでも、ロックハート先生に呪文を使われるよりはずっと安心である。オーシャン以外の生徒が被害を被ったら最悪オーシャンがロックハート先生をどうにかしなくてはならなくなるかもしれない。(具体例は出さないでおくが。)

 

 因みに、ホグワーツ式の呪文の中でオーシャンが一番得意としているのが、この呪文だった。

呪文の発音が上手くないオーシャンの魔法が何か良からぬ事態を引き起こしそうになっても、自分で収集がつけられるようにと覚えて使っていたら、結構上手くなってしまった。やはり何事も、実践が大事である。

 

 生徒達の混迷が終わったところで、呪文の防ぎかたを先に教えるということになった。それが賢明だ。防御と攻撃は紙一重。防御あっての攻撃である。

 ロックハート先生のご指名で、ハリーとドラコ・マルフォイが壇上に上がった。ロックハート先生がハリーに防御の仕方を教えている。オーシャンは、ハリーを睨んでほくそ笑んでいるマルフォイに話しかけた。

 

 「貴方、意地悪そうな顔してるわよ。何を企んでるのか知らないけど、もっとポーカーフェイスの練習をした方がいいんじゃない?」

 マルフォイはジロリとオーシャンを一瞥して、顔を背けた。

 

 ロックハート先生が「ハリー、私の言った通りにやるんだよ!」と言って揚々とハリーを戦場へ送り出した。ハリーが振り向く。「えっ?杖を落とすんですか?」

 ハリーの質問が聞こえなかった先生が、始めの号令をかける。真っ先に杖を振り上げたのはマルフォイだった。

 

 「サーペン・ソーティア!」

 マルフォイが振り上げた杖の先から真っ黒い蛇が姿を現して、二人の間の空間にドスンと落ちた。

 周りの生徒は悲鳴を上げた。蛇が鎌首をもたげたのを見て、ハリーが身構えた。

 しかしそこに、気の抜ける様な声でロックハート先生が割って入ってきた。

 

 「ハリー、私に、任せたまえ」

 前に出てそうハリーにウインクしたロックハート先生は、蛇に向かって杖を振り回した。すると、バーンと大きな音を立てて蛇が宙を飛んだ後、また床に落ちてきた。床に叩きつけられた蛇は再び鎌首をもたげ、シャーシャーと不機嫌な声を出した。近くにいたハッフルパフ生の男子に、今にも飛びかからんとしている。

 

 その時、ハリーが不意に蛇の方へ一歩進み出た。「手を出すな、去れ!」

 すると蛇はハリーに従順に従い、その場に身を伏せてとぐろを巻いた。ハリーがハッフルパフ生に向かって微笑むと、そのハッフルパフ生は恐怖と怒りが入り雑じった表情を見せて言った。

 「いったい、何の悪ふざけをしているっていうんだ?」

 

 今にも襲われようとしていた所をハリーに助けられたというのに、ハリーが蛇を彼にけしかけようとしたと勘違いしている。その状況に「なんで分からないのかしら」と首を傾げつつ、オーシャンはとぐろを巻いてじっとしている蛇に歩みよってしゃがみこみ、友達に語りかける様に声をかけた。

 「ごめんなさいね。、乱暴なことして。もう帰って大丈夫よ。さようなら」

 

 オーシャンが言うと、蛇は二度頷く様な仕草を見せて、ポンと音を立てて消えてしまった。

 大広間全体が息を飲み、ハリーさえも驚いている中、オーシャンは立ち上がって言った。

 「実は私も蛇使い検定一級持ってるから、対話くらいは出来るわよ」

 







因みに、ヴォル様は蛇使い検定で言うと十段です。


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13話

 

 

 あの一夜限りの決闘クラブが終わってから、校内の噂は専ら、「スリザリンの継承者」はハリー・ポッターとオーシャン・ウェーンのどちらであろうというものだった。

 日本人であるオーシャンがサラザール・スリザリンの末裔であるなんて仮説はあまりにも馬鹿馬鹿しいもだったが、どうやら結構な数の生徒がそれを信じているようだ。

 

 「この学校の生徒って、突飛もない話でも信じ込んじゃうわよね。集団心理が働いてるのかもしれないけど。将来、詐欺に引っ掛からないか心配よ」

 噂されている当の本人は、暢気なものだった。ホグワーツの生徒が、電話口で「オレオレ!」と言われる様な詐欺にも引っ掛からないか、頬杖をついて心配している。双子のウィーズリーは呆れていた。

 

 「お前ってすぐパニックになるくせに、こういうことには心臓強いよな」

「ハリーを少し見倣えよ…相当気にしてるぞ、あれは」

 ハリーは決闘クラブの一件以来、常に浮かない顔をしていた。原因は、同学年でハッフルパフ生のジャスティン・フィンチ-フレッチリーがハリーを避ける様になり、同時にみんなから影で「スリザリンの継承者」呼ばわりされているからだ。

 どうやらみんな、あの時マルフォイが魔法で出した蛇を、ハリーがジャスティンにけしかけたと思っているらしかった。

 

 朝食の席で元気が無い様子のハリーを見遣り、しかしオーシャンはあっけらかんと言った。

 「可哀想だけど、ハリーはちょっと気にしすぎよ。あの時のハリーの行動は間違っていなかったのだし、もとはと言えば講師が要らんことしたのだから、蛇を鎮めたハリーは胸を張っていいくらいよ」

 確かに、何故蛇がジャスティンに攻撃しそうになったかと言えば、十中八九ロックハート先生のせいである。オーシャンは続ける。

 

 「それに、もしも実際、ハリーか私がスリザリンの末裔だとしても、それはそれで気にする事では無いわ。ハリーはハリー、私は私。一千年前の先祖なんて、実際ほとんど他人よ」

 そう言ってゴブレットの底に手を添えて音もなくジュースを啜るオーシャンだったが、数時間後には、そうも言っていられなくなった。

 

 一人で「魔法薬」のクラスに向かおうと階段を降りていて、突然その光景に出くわした。最初に目に入ったのは宙に浮かんでいる黒く煤けた物体。歪な形をしたそれは、よくよく見ると首が落ちかかっている「ほとんど首なしニック」だった。表情が恐怖に固まり、その場に身じろぎもせずに浮いていた。彼の後ろには、呆然としたハリーが立っていた。その彼の足元には、石化した生徒が一人、転がっていた。

 

 ハリーがオーシャンに気づき、二人の目が合ったが両者共に、言葉を無くしていた。ハリーの足元に転がっているのは、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーだった。

 

 直後ピーブズが現れ、ハリーとオーシャンと石化している二人を見つけて目を丸くした。そして、息を吸い込む様な仕草をした後に学校中に響き渡る大声で何事か叫んだ。もうその時には、オーシャンは言葉の能力を失っていた。

 

 ピーブズの声に、扉という扉が開いて生徒が集まってきた。皆ジャスティンとニックを見つけては口々に何か叫んでいた。教師も生徒も、皆怖い顔でハリーとオーシャンを見ている。オーシャンの心臓が早鐘を打った。マクゴナガル先生がその場をてきぱきと処理しているのも、どこか他人事の様に見えた。

 

 「ウエノ」

 先生に呼ばれてハッとした。オーシャンが先生を見ると、先生はパニックになっているオーシャンに分かる言葉だけを選んだ。

 「Come.」

 マクゴナガル先生についていくハリーについていくと、先生は大きなガーゴイル像の前で立ち止まった。

 「Lemon・candy.」

 先生の合言葉でガーゴイルがその場を退けると、背後にあった壁が割れて動く螺旋階段が現れた。先生が先へ進んだので、ハリーとオーシャンも螺旋階段に足をかけた。やがて階段は、見たこともない部屋へと三人を運んだ。

 オーシャンもハリーも、そこが校長室なのだと、直感した。

 

 音もなく扉が開いて、三人は部屋に入った。ダンブルドア校長は不在だった。マクゴナガル先生はハリーに待っていなさいと言い残して退出してしまった。ハリーと二人で部屋に残されたことで、オーシャンも心の落ち着きを取り戻してきた。

 

 部屋の中を珍しげに物色していたハリーが、組分け帽子の前で足を止めたのを見て、オーシャンは彼に近づいた。「組分け、やり直して貰いたいの?」

 パニック状態だと思っていたオーシャンが話し出したので、ハリーはホッと息を吐いた。

 

 「君って、たまにとっても不便だよね」

 「英語が出来ませんので。ご迷惑おかけするわ」

 「貴方は貴方でしょう。外野の言うことは気にしなければいいのよ」組分け帽子に手を延ばそうとしていたハリーに、オーシャンは静かに言った。ハリーが力無く微笑む。

 

 「これはロンにもハーマイオニーにも言ってない事なんだけど、去年組分けの時、僕の組分けで帽子が悩んでた」

 「どんな風に?」

 「スリザリンに入れようか、本気で悩んでた」

 「グリフィンドールに入れるか、スリザリンに入れるかで悩んでいたの?」

 「それは…」

 ハリーが言葉に詰まった。どうやら違う様だ。オーシャンは笑った。

 

 「考えすぎて、事実が見えなくなってるじゃない。組分け帽子は、他の寮に入れる可能性も悩んではいなかった?そして曲げようのない事実は、貴方は結果グリフィンドールの生徒となった事。大事なのはそれだけよ」 

 オーシャンの言葉を聞いたハリーの顔が、憑き物が取れた様に晴れやかになったようにオーシャンには見えた。悩みというものの答えは、大体が、他人ではなく自分の中にすでにあるものだ。

 

 二人の背後で醜い鳴き声がした。振り向くと、毛が所々抜けた鳥が、止まり木からじっとこちらを睨んでいる。

 「…校長のペットにしては、悪趣味に見えるわ」

 オーシャンが鳥に近づき、覗き込む様にそれを見た。ハリーは遠慮がちに答える。「きっと病気なんだよ」

 

 二人がそんな会話をしていると、突然目の前の鳥が燃え上がった。二人とも驚き、後ずさってハリーは机にぶつかり、オーシャンは腰を抜かして尻餅をついた。

 二人きりのパニックの中、ハリーが火を消すための水を探して右往左往している間に、鳥はみるみる炎に包まれ、一声鋭く鳴くと、灰となって燃え落ちてしまった。一瞬の静寂の後、前触れ無く校長室の扉が開いた。

 

 おもむろに入ってきたダンブルドア校長に向かってハリーが「Professor…」と呟いた。ハリーが必死の弁明をする間、オーシャンは立ち上がる事もできない。次から次へ訪れるパニックの嵐に、疲弊していた。

 ハリーの弁明を遮って、ダンブルドア校長は笑って何事か話していた。オーシャンにはさっぱり状況が読めない。

 

 ハリーがオーシャンを助け起こしている間に、校長は自分の事務机に落ち着いた。オーシャンが立ち上がりハリーに礼を言って、深呼吸をしていると、扉がまたバーンと力強く開かれたので、オーシャンはまたビクリと肩を震わせた。

 

 入ってきたのはハグリッドだった。小さい頭巾を頭に乗せて、何故か片手に鳥の死骸をぶら下げている。そしてそれを振り回し、ダンブルドアに何事か一生懸命伝えていた。ハグリッドが腕を振り回す度に、鳥の羽根が室内に舞っている。

 

 その後のやり取りは、オーシャンには全く理解が出来なかった。ダンブルドア校長とオーシャンが言葉を交わす事は無くオーシャンは拍子抜けだったが、ただ、校長が全てを見透かす様な目で見て来たのだけが、妙に気にかかった。

 

 

 

 



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14話

 クリスマス休暇に入り、寮に残ったのはハリー、ハーマイオニー、ウィーズリー兄弟、オーシャンだけになった。スリザリンに残っているのは、マルフォイ、クラッブ、ゴイルの三人だ。ハリー、ロン、ハーマイオニーはクリスマスパーティーの夜に作戦を実行した。

 

 練りに練り込んだはずの作戦だったが、一つの誤算が生じた。なんと、ハーマイオニーがポリジュース薬に入れた「変身する相手の一部」は、スリザリンのミリセント・ブルストロードの髪の毛ではなく、ミリセント・ブルストロードが飼っている猫の毛だったのだ。

 ポリジュース薬は、動物変身には使えない。ハーマイオニーは、見るもおぞましい毛むくじゃらの猫人間になってしまった。

 

 結果、作戦実行はハリーとロンの二人。ハーマイオニーはすぐさま医務室へ駆け込んでいった。ただ今入院、目下治療中だ。

 

 作戦で得た情報と言えば、マルフォイは秘密の部屋を開けていない、と言うことだけだった。

 

 

 

 「人間の毛か猫の毛かなんて、よく見たら分かりそうなものだけど」

 学期が始まってから初めて、ハーマイオニーのお見舞いに来たオーシャンだったが、ハリーとロンと一緒に医務室の前まで来たところで自分だけ突き返されてしまった。なんでもハーマイオニーが「オーシャンにはこんな姿見せられないわ!」と面会を拒絶したらしい。

 男性である友人達は差し置いて同性のオーシャンに見られたくないとは、よく分からない乙女心である。

 

 「そもそも、もうすっかり毛が抜けきっているって話だから、行ったのだけれど…」

 寮塔への帰り道を首をかしげて歩きながら、オーシャンは一人呟いた。ハーマイオニーが入院してからすぐ、オーシャンは何度か見舞いに赴いているのだが、今までも同じ理由で面会を謝絶されていた。

 毛が抜けきっているとハリーに聞いたので、もうそろそろ大丈夫だろうと行ってみたのだが、どうやら乙女心を甘くみていた様だ。

 

 乙女心は複雑だなとオーシャンが歩いていると、フィルチが怒りを爆発させている声が聞こえてきた。ミセス・ノリスが襲われた廊下だった。

 「また余計な仕事が増えた!モップをかけてもかけても足りやしない!もう我慢の限界だ、ダンブルドアのところへ行こう…」

 

 オーシャンが現場へ到着したのと、フィルチが清掃用のモップを放り出して校長の所へ向かおうとしたのはほぼ同時だった。「そんなにかっかして、どうしたの?」とオーシャンは聞くが、フィルチは答えずに顔を逸らし肩を怒らせて行ってしまった。フィルチに聞かなくても理由は一目瞭然、「嘆きのマートル」のトイレから溢れだした水が、止まる事無く廊下を濡らしていた。

 「あらあら、何事かしら」

 

 恐る恐るトイレのドアを開けたオーシャンは、窓の所で泣いているゴーストに声をかけた。

 「マートル、どうしたの?」

 マートルは呼ばれて振り向き、オーシャンをジロリと睨み付けた。

 「アンタ、誰?」

 

 「女の子が泣いていると、ついつい一人に出来ないのよ」

 「そんな事言って、また私に何か投げつけに来たんでしょう」

 「どうして私が、貴女に何か投げつけなくてはならないの?」オーシャンが聞くとマートルは激高した。「私に聞かないでよ!」

 

 「私はここで静かに暮らしたいだけなのに、私に本を投げつけて遊びたがる奴らがいるのよ!」

 聞いたオーシャンは、顔をしかめた。

 「随分楽しくなさそうな遊びをしている奴らがいるのね。酷い事するわ…」

 オーシャンが言った言葉を聞いて、マートルの啜り泣きが心持ち穏やかになった様に見えた。そして一つ哀れっぽく泣きながら、配水管に潜っていってしまった。

 

 残されたオーシャンは、床に落ちている一つの黒い本を見つけると、取り上げた。「投げつけられた本って、これかしら」

 濡れて張り付いたページを破かない様に慎重に開くと、インクが滲んでいるが微かに持ち主の名前が読み取れた。―T・M・リドル―。どこかで見たことある様な名前の気がした。他のページも慎重に捲ってみたが、それ以外の記述は見当たらない。

 持ち主の名前が書いてあるなら、本人に返すのは容易だろうと、オーシャンはそれをポケットに入れた。おまけに、嫌味の一つでも言ってやろう。

 

 

 寮塔に帰った時、オーシャンの足元がずぶ濡れだったので、ハリーとロンは何があったのかとビックリしていた。同学年の連中、特にフレッドとジョージは笑っている。(そしてアンジェリーナは二人に制裁を与えている。)双子に「嘆きのマートル」のトイレで起こった事を話すと面白がったし、アンジェリーナは幽霊にさえ優しい言葉をかけたオーシャンに惚れ直した、と言った。

 

 「そんな訳だから、その酷い事する奴にこれを返してやりたいのだけれど、T・M・リドルって、どの寮か分かる?私、この名前見たことある気がするのだけれど、どうにも思い出せなくって」

 みんなにトイレで見つけた本を見せると、意外にもロンが反応を示した。

 「この人、五十年前に学校から「特別功労賞」を貰った人だよ。トロフィー室にあったからよく覚えてる」

 言われて、思い出した。オーシャンもトロフィー室で、この名前が讃えられている盾を見たことがあった。

 「おっと、我らがロニー坊やが意外にも」「こりゃ一雨来るな」と双子の兄がからかった。

 ハリーさえも感心した顔をしていたので、ロンは「一時間もこいつの盾を磨いてりゃ、嫌でも名前を覚えるだろ?」と言った。どうやら、ナメクジの発作が止まらなかった時期に、処罰中に出会ったものらしかった。

 

 ウィーズリーの双子は愉快そうに笑い、そちらで大盛り上がり。一方オーシャンは考え込んでしまった。何故、五十年前にいた先輩の私物が突然、あんなトイレに捨てられたのか?

 

 二月の初めに帰ってきたハーマイオニーも、どうやら日記であるらしいこの本に興味津々だった。「何か隠れた魔力があるかも!」

 しかしハーマイオニーが何をしても、日記が秘密を語り出す事は無かった。しかし日記の持ち主が「五十年前の在校生」である事は、ハリーとハーマイオニーにある推論を与えた。

 

 「ロン、気づかないの?オーシャンまで」

 何も気づいていないロンとオーシャンを前に、ハーマイオニーは信じられない、という声を出した。「秘密の部屋が前に開かれたのは、五十年前よ。この日記の持ち主がいたのも五十年前。もしかしたらこの日記は、秘密の部屋の事件について、全てを知っているかもしれないの」

 なるほど、そういうことか。前にいつ秘密の部屋が開かれたのかなんて、オーシャンは全く気にも留めていなかった。

 だとすると、日記の中身が白紙である事が、殊更に残念である。

 

 

 春の気配が近づいて、日に日に暖かくなっていた。マンドラゴラも順調に成長しており、もう少しでマンドレイク回復薬が作れるだろうと、マダム・ポンフリーは明るく言った。

 校内ではまだハリーかオーシャンが「スリザリンの継承者」だと考える者半分、事態は収拾に向かっていると感じて犯人などほぼどうでもよくなっている者半分、しかし確実に、ホグワーツの雰囲気が明るくなってきていた。

 

 しかし、どうしてこう「アイツ」はお祭り騒ぎが好きなのか、謎である。

 

 二月十四日の朝、朝食を食べようとアンジェリーナと一緒に大広間に降りる道すがら、偶然ハリーと一緒になった。そして三人で大広間に入って、ハリーは呟いた。「部屋を間違えたんじゃないかな」

 

 大広間は、普段では考えられない様なごてごてしたリボンやけばけばしいピンクの花で彩られていた。席に着くなり、ハリーとオーシャンは声を揃えた。「これ、何事?」

 一緒に入ってきたはずのアンジェリーナは合点がいった顔で、ハーマイオニーと一緒にクスクス笑っている。ロンと双子の兄は、吐きそうな顔で座っていた。パーシーでさえ、目尻がピクピクと痙攣している。

 

 その内先生達のテーブルの方で、悪趣味なピンク色のローブを着たロックハート先生が、おもむろに立ち上がり、叫んだ。

 「バレンタインおめでとう!」

 その一言の後、オーシャンはテーブルに向かって「いただきます」と手を合わせて、サラダに手を伸ばした。こんなバカみたいな真似をするのはこの先生以外あり得ない。そしてこの先生の仕業だと言うのなら、聞くだけ時間の無駄である。朝食の味は、すでに砂の様な心地がした。

 

 朝食でロックハート先生の話をオーシャンは聞いていなかったが、状況から察するにロックハート先生のお手製「キューピッド」が、バレンタインカードの配達に校内を奔走しているらしかった。天使のつもりなのか、羽根を背負った厳めしい顔をした小人達が授業中休憩中構わず乱入しては、愛のポエムだのラブソングだのを歌い出した。

 ターゲットにされた人は気の毒だが、自分には関係ないと思っていた。しかし、まさかアンジェリーナがこれを利用するとは思わなかったのである。

 

 オーシャンが廊下を歩いていると、小人に呼び止められた。「あなた!そこのあなた!オーシャン・ウェーン!」

 「なぁに?」

 「あなたにバレンタインのカードが届いております。ここで読み上げさせていただきます」

 行き交う生徒達が、何事かとこちらをうかがっている。

 「自分で読むから、結構よ。誰から来ているのかしら」

 「アンジェリーナ・ジョンソン嬢からです。では…」と構えた小人に対して、オーシャンは杖を突きつけた。

 「黙れ!沈黙せよ!」

 

 途端小人はうっと言葉に詰まって、コテンと後ろにひっくり返った。その姿にオーシャンは杖を仕舞いながら声をかける。

 「貴方達を雇っているあの脳みそお花畑先生に言っておいてちょうだい。乙女の愛の告白を見世物にする様な真似は、英国紳士のすることではないわ、って」

 

 言って、小人を残して踵を返し立ち去ろうとすると、言葉の出ない小人は悔しそうにオーシャンの鞄に掴みかかった。その拍子に鞄が落ちて、中身を廊下にばらまいてしまった。オーシャンは素早く杖を再度抜いた。

 「言っても分からない様だから、次は足の一つでも折ってあげましょうか?何なら貴方達の雇い主の腕も、もう一度無くしてあげてもいいわ」

 

 小人に杖を突きつけていると、そこに一年生の集団が通りかかった。みんな恐々とこちらを見ている。その中にいたジニーが、廊下に散らばったオーシャンの鞄の中身を拾い集め始めた。

 視界の端にジニーを捉えたオーシャンは、「キューピッド」を放り投げた。最後に冷たい一瞥を浴びせてやると、「キューピッド」は逃げ帰って行った。

 

 一つ、息を吐くと、オーシャンは「悪いわね」とジニーに近づいて言った。ジニーの手は、リドルの日記の所でピタリと止まっていた。

 






(アンジェリーナの名字を間違っていたので訂正しました…。トゥー●レイダーしてる場合じゃないで!)



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15話

 異変に気づいたのは、闇の魔術に対する防衛術の時間だった。いつもの様に、ロックハート劇場(ロックハート先生が自分の著書の名場面を再現する時間。オーシャン命名。)が始まったので、オーシャンもいつもの様に紙に落書きをして時間を潰していた。今までは羊皮紙の切れ端を使っていたのだが、ちょうどいいところに白紙のリドルの日記があったので、それを使おうと思い立った。

 

 かなり力作の鶴の絵が描けたので、オーシャンは得意げな顔でそれを眺めた。すると、鶴は途端に明るく輝いて、ページに吸い込まれるように消えてしまった。

 オーシャンは驚いて、ハッと息を飲んだ。耳に入ってくるロックハート先生の言葉が、理解のできない言葉になる。隣のフレッドとジョージが「What?」と聞いてきたので、オーシャンはやっとの事で首を振って答えた。

 

 白紙に戻った日記に、今度はひらがなの「あ」と書いてみる。またしても文字は光って消えた。心臓がバクバクと鳴っている。

 オーシャンはふと我に返って、周りをキョロキョロと見回した。誰かに見られてはいまいかと、心配になったのだ。オーシャンは日記を鞄の中に滑り込ませた。

 

 

 

 その夜、一番早くに部屋に帰ったオーシャンは、ベッドに腰かけて膝の上に日記を広げていた。インク壺にペン先を浸して(双子の買ってくれた消える羽根ペンだ。)書いてみる。

 「アイ、アム、…オーシャン…ウェー…ン」

 ハーマイオニーの特訓のお陰でついに間違いなく書けるようになった自分の名前のスペルをゆっくりと書き終わると、その文字はまたしても光って消えた。その直後、信じられない現象が起こった。

 なんとオーシャンが書いた後から、誰かが日記に書き込んでいる様に、サラサラと文字が書き付けられていたのである。オーシャンは読み上げた。

 

 「こんにちは、オーシャン・ウェーン。僕はトム・リドル。…君は、この…日記、が、…を?―待って、早いわよ!」

 決して長文では無いのだが、オーシャンの読解能力では五秒以内に完璧に理解するには、少々難しかった。そんな事は露知らず、トムの言葉は消えていった。日記の事についての疑問系の文が書かれていたのだが、日記の何を聞きたかったのだろう。

 

 オーシャンが返事を書けないでいると、しびれを切らしたのか、トム・リドルの方から「Are you ok?」と聞いてきた。

 その文字が消えるまでに少し悩んで、オーシャンはゆっくりと「I can't write English.」と書いた。

 

 それからのやり取りはまるで手探りだった。オーシャンは英語が書けませんと言ったにも関わらず、トム・リドルは変わらない筆調で語りかけてくる。オーシャンは独りでに書かれてはすぐ消えていく文字を必死に追って、ほとんど単語で答えを返していた。

 そのやりとりの果てに、どうやらこの日記が秘密の部屋が開かれた当時の記憶を留めている事を知った。そしてオーシャンは、書いた。

 

 「Now happening Secret room.」

 

 ハーマイオニーが見たら卒倒しそうな言葉の羅列である。果たしてトム・リドルは意味を解ってくれるだろうか。

 

 すると、突然ページがひとりでにパラパラと進んで、あるページでピタリと止まった。

 そのページも白紙である。呆気にとられてオーシャンが白紙のページを見つめていると、訳もわからぬまま、ページの中へ吸い込まれてしまった。

 

 

 両足が固い地面を踏んで、オーシャンはハッとした。周りを見回すと、そこは寮室ではなく、校長室だった。しかし、机の向こうに座っているのはダンブルドア校長ではなく、不死鳥の止まり木も無かった。

 「…あのぅ、すみません…」

 恐る恐る近づいて、席に着いている老人に声をかけた。一瞬、言葉の能力が使えなくなっているのかと思ったが、それにしたって何らかの反応は返してくれそうなものである。

 

 オーシャンは思いきって机を回り込んで、老人の正面に立った。声をかけたり、手を叩いたり、杖で机を叩いたりしてみたが、まるで反応はない。そうしてよく見てみると、老人の顔に見覚えがあった。

 ダンブルドア校長の前任の、ディペット校長であった。留学前にホグワーツについて少々調べた時に、彼が写っている写真を見たことがあった。

 そして前に校長室で見た、歴代校長の肖像画がかかっている壁を見ていくと。前校長の肖像画があった所には何も飾られていなかった。

 

 どうやら、そしてどういう訳か、ここは過去のホグワーツ魔法魔術学校の校長室であるらしい。そして日記からここに繋がった事を考えると、五十年前当時であろう。

 トム・リドルはどういうつもりでここに自分を招いたのだろうか?もしかすると、秘密の部屋の事件の全貌を見せてくれるつもりなのか?

 

 その時ドアがノックされる音がして、オーシャンは振り向いた。ディペット校長が「入りなさい」と答える。

 

 そして静かにドアを開けて入ってきたのは、一人の生徒であった。監督生バッジが胸に輝いている。

 ディペット校長は「ああ、リドルか」と言った。トム・リドルその人であろうか。

 リドルは「ディペット校長。何かご用でしょうか」と、どこか尊大な態度で言った。

 ディペット校長はリドルに席を勧め、リドルがふかふかの応接ソファに腰を下ろすと、二人は話し始めた。

 

 「リドル君、今、君から貰った手紙を読んでいた所だ。残念だが、夏期休暇中に君をホグワーツに残すことはできない。休暇には家に帰りたいじゃろう?」

 ディペット校長の問いかけにリドルは「いいえ」と端的に答えた。

 

 ここから介入できないオーシャンには、ただ二人の会話を聞いている事しか出来ない。

 そこでオーシャンが知ったのは、リドルは休暇中にはマグルの孤児院に帰らなければいけないこと、リドルは魔女とマグルのハーフであり、両親はトム・リドルが物心つく前に亡くなってしまった事、そして、今まさにホグワーツで起こっている怪事件によって、女生徒が一人犠牲になってしまった事だった。

 

 「以前に秘密の部屋が開かれた時、死者が出ていたのね…。だから、先生達が揃って口を閉ざしていたんだわ」

 誰にも聞かれないのをいいことに、オーシャンは一人呟いた。

 「先生、もし、その何者かが捕まったら―もし、事件が起こらなくなったら…」

 矢継ぎ早にリドルが言ったので、ディペット校長が目を見開き、聞いた。「どういう事かね?」

 

 「今回の襲撃事件について、何か知っておるのかね?」

 ディペット校長の問いにリドルはまたも「いいえ」と答えた。校長は僅かに失望の色さえ見せたが、オーシャンはリドルの顔色を覗き込んで薄く笑った。

 「嘘が下手ね」

 開心術など使う迄もないくらいの、下手な嘘だった。表情筋の微妙な動きや若干の声のトーン、そして語気語調などから読み取れる程度の、その場しのぎの否定であった。

 

 その後リドルが校長室を辞して何処かに足を向けたので、オーシャンも彼の後についていった。途中、教職員時代のダンブルドア先生に声をかけられた。

 「おや、リドル。こんな時間に何をしておるのかね?」

 リドルが、校長からの呼び出しの帰りだという旨を伝えると、ダンブルドア先生は「では、早くベッドに戻りなさい」と言った。「この頃物騒なのでの…」

 

 リドルは一つ礼をして、先を急ぐように歩き出した。ダンブルドア先生は、決して厳しくはない眼差しで、リドルの姿が見えなくなるまでその背中を見送っていた。

 

 リドルは地下牢教室に入り、そのまま廊下に目を凝らして、じっと誰かを待っていた。

 しばらく経つと、誰かが地下牢教室の前を通りすぎていく足音がした。少しは足音を殺そうとしているが、それがぎこちなくて余計に目立ってしまっている感じの足音だった。リドルは標的が通りすぎるのを待って、サッと廊下に出た。そして少し間隔を開けて尾行を開始した。もちろん、オーシャンも音もなくついていく。

 

 そのまま五分も歩くと、標的は物置部屋に身を忍ばせた。

 「さあ、お前をここから出さなきゃなんねぇ…」

 そう何かに語りかけている声を聞いて、オーシャンは我が耳を疑った。少し若いが、それでもよく知っている声だ。

 

 リドルが物置部屋のドアを開けて中に踏み入った。「観念するんだ、ルビウス」

 若き日のルビウス・ハグリッドが、同級生に杖を突きつけられていた。

 「トム、こんなところで、何してる?」

 「僕は君を突き出すつもりだよ、ルビウス。襲撃事件が止まなきゃ、ホグワーツを閉鎖するって話まで出てるんだ」

 

 ハグリッドが背中に隠したものが、キチキチと妙な音を立てた。「こいつは何もしてねぇ!」

 しかしリドルは無情にも、「明日、亡くなった生徒のご両親が学校に来る。せめて娘さんの仇を確実に始末しておく事が、学校としてできる事だ」と言った。

 ハグリッドの背中から何か黒い巨大なものが飛び出し、リドルはそれに向かって杖を振るったが、ハグリッドに妨害されてそれは叶わなかった。

 そこでオーシャンが見たものは、巨大な真っ黒い一匹の蜘蛛だった。ドアの隙間をすり抜けて、蜘蛛は一目散に逃げていく。

 ハグリッドがリドルに「止めろ!止めろ!」と叫ぶのを聞きながら、オーシャンは自分の体が後ろに引っ張られていくのを感じていた。

 

 

 

 オーシャンは自分のベッドで目を覚ました。リドルの日記は開かれたまま腹の上に乗っていた。

 いつの間にか帰ってきていたルームメイトが、オーシャンの顔を心配そうに覗き込んでいた。オーシャンは自分が、悪夢でも見た後の様に汗だくになっているのに気づいた。

 

 「…Don't worry.」

 心配そうにしているルームメイトにそう言って、オーシャンは布団に潜った。

 

 

 次の日、ハリー、ロン、ハーマイオニーにこの話を聞かせると、三人とも目を丸くした。

 「五十年前に秘密の部屋を開けたのって、ハグリッドだったの!?」

 しかしオーシャンは首を頭を振った。

 「いいえ、ハグリッドは秘密の部屋など開けてはいないでしょうね。都合のいい生け贄にされたんじゃないかしら?」

 

 「私はむしろ、あの日の記憶を見せたトム・リドル自身が怪しいと思うわ」

 「何で?決定的瞬間を見せてくれたんじゃないか」とロンはオーシャンに反論した。

 

 「そう。犯人逮捕の決定的瞬間を見せてくれたわ。でも、何故その日を見せたのかしら?あんな、リドルがハグリッドを一方的に追い詰めている日の記憶を。女生徒が亡くなった日を見せてくれた方が役に立ったのに。もしかしたら、そちらの記憶は見せられなかった、あるいは見せたくなかったのかもしれない。でも何故、何も知らない第三者にハグリッドが犯人だと信じ込ませるには、ピッタリの記憶を見せてくれたのかは分からないけれど」

 「蜘蛛と秘密の部屋の間に関係性は無い様に見えたし。あれは誰でも入れる物置部屋に潜んでいた、ただの巨大蜘蛛よ」

 巨大蜘蛛という言葉を聞いて、蜘蛛が苦手だというロンがブルッと身を震わせた。

 

 「何より、蜘蛛に毒はあるけど石化能力が無いっていうのが、決め手よね。怪物は大蛇以外あり得ないの」

 そう言ってオーシャンはニコリと笑った。





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16話

 ジャスティン・フィンチ-フレッチリーと「ほとんど首なしニック」が襲われてから、四ヶ月が経過しようとしていた。次は誰か、と戦々恐々としている生徒は、もはや皆無だった。

 季節は三月になり、マンドラゴラの成熟も近く、二年生は三年生に取る選択科目を選ばされ、何者かによる襲撃事件はこのまま鳴りを潜めるのではないかと思われた。

 

 グリフィンドールは土曜日にクィディッチの試合を控えていた。対戦相手はハッフルパフだ。金曜の夕方、談話室は熱気付いていた。明日の試合は、学年末の寮対抗杯までかかっているという話だ。盛り上がっている寮生達の間を他人事の様にすり抜けて、オーシャンは鞄を置きに寝室へと戻った。

 

 ドアを開けると、そこには今朝方までの面影は無かった。オーシャンのトランクの中身がぶちまけられ、ベッド脇の小机の中身も、床やベッドの上に散乱していた。天盖付きベッドのカバーは乱暴に剥ぎ取られて、床の上にはマントが無惨な姿で広げられていた。

 

 地震が起きても慌てず騒がず、が鉄則の日本人である。寝室が大惨事に見舞われていても、さして驚きはしなかった。まず、大方室内を吟味する。結果、狙われたのはオーシャンの物だけだった。

 「…やられたわね」

 小机の引き出しがひっくり返されているのを見て、ピンと来た。調べてみたら、案の定である。

 「リドルの日記を盗るなんて、酔狂な真似をするのは、一体誰なの…?」

 

 

 

 

 次の日は気持ちの良い快晴だった。朝食の席では、グリフィンドールチームのキャプテンのオリバー・ウッドが、張り切って選手達の皿に料理を取り分けていた。

 

 オーシャンは朝食を食べながら、同じテーブルに着いている同寮の面々の様子を、チラリチラリと盗み見ていた。

 この中の誰かが日記を盗んだのは明白。グリフィンドール塔に入れるのは、合い言葉を知るグリフィンドールの生徒、その上、女子寮に入れるのは女子だけだ。

 しかも荒らされていたのがオーシャンの私物のみであるところを見ると、犯人はオーシャンの鞄やトランクを知っている、ある程度交流のある人物である可能性が高い。犯人はかなり絞り込めていた。

 

 リドルの日記が盗まれた事は、同じ女子寮のハーマイオニーだけに知らせていた。大事な試合前に、ハリーには余計な心配をかけたくなかったのだ。ロンに言うとハリーに漏れる可能性があるので、彼にも言っていない。

 

 リドルの日記はもはやオーシャンにとってそれほど重要なものでは無かったが、しかし、ああいった「意志」を持った書物は大変危険だと、呪術師である父親から常々聞かされている。日記を速やかに見つける事が肝要だった。

 

 競技開始の時間が近づいて、他の生徒達と共にオーシャンもクィディッチ競技場へ入った。

 キョロキョロと回りを見回して適当な席を探していると、上の方の席からロンが手を振って呼んでいたので、オーシャンはロンの隣に腰を下ろした。

 

 「珍しいわね。ハーマイオニーと一緒じゃないの?」

 オーシャンがそう聞くと、ロンは「図書室に行っちゃった」と肩を竦めて言った。ロンの顔には「クィディッチの試合を観ずに、図書館に行きたいなんて言い出す奴の気が知れない」と、ありありと書いてあった。

 「余程、急いで調べなきゃいけない事があったのかしら?」

 友達が出場する試合を観ずに調べものをしに行くなんて、余程の急務が出来たに違いない。

 

 ロンは、ハリーが城を出る前に、また「姿なき声」を聞いたという事を、オーシャンに話した。

 すっかり鳴りを潜めたと思っていた「声」が再び聞こえたというのを聞いて、オーシャンの表情が怪訝なものになる。何故今再び?

 

 二人が話している間に、ピッチには選手達が入場していた。ハリー達が箒に跨がり、今まさに試合開始のホイッスルが鳴ろうとしたその時、ピッチにマクゴナガル先生が現れた。

 

 「この試合は中止です」

 満員のスタジアムに響いたマクゴナガル先生の声に怒号が飛んだ。ウッドなどはこの世の終わりの様な顔をして、先生にすがり付いた。

 「先生!後生です…!お願いします…この試合だけは…」

 しかしマクゴナガル先生は取り合わなかった。

 

 「全生徒は急いで各寮に戻りなさい。談話室で寮監から詳しい話があります。急いで談話室へ戻りなさい!」

 「何があったのかしら」オーシャンは体を乗り出して、ピッチにいるマクゴナガル先生を見た。生徒達が先生の指示に従い、寮への帰路を辿り出すと、先生はハリーを振り向き何やら話していた。ロンも身を乗り出してその様子を見ると、ハリーはマクゴナガル先生の後に着いて歩き出した。

 

 二人が先生とハリーに追い付くと、振り向いた先生は「そう、あなた達も、一緒に来た方が良いでしょう」と言った。「少し、ショックを受けるかもしれませんが」

 医務室の近くまで来た時、オーシャンは悪い予感に打ちのめされていた。試合前にハリーが聞いたという「声」…突然告げられた試合中止…そしてこの三人が呼ばれたという事は、医務室に「誰」が横たわっているのか。心臓がうるさく脈打っている。

 

 マクゴナガル先生がドアを開けて、三人は医務室に入った。

 「襲われました…また、二人同時にです…。」先生が言いながら開けたカーテンの向こうでは、オーシャンの予感が的中していた。

 

 「「ハーマイオニー!」」

 ハリーとロンが叫び、冷たく固まった彼女に駆け寄った。ハーマイオニーの隣のベッドでは、レイブンクローの女子生徒が同じく石になって横たわっていた。

 

 無惨な姿となったハーマイオニーを見つめて、動かず一言も発しないオーシャンを、マクゴナガル先生は気遣わしげに見つめた。

 「ウエノ…大丈夫ですか…?言葉は通じていますか?」

 オーシャンはひとつ大きく息を吸うと、マクゴナガル先生を向いてしっかりと答えた。

 

 「…大丈夫です。ある程度予期した事態でしたので」

 そう言うオーシャンの手が固く握りしめられて震えているのを、ハリーとロンは見た。

 先生はベッド脇の小机に置いてあった丸い手鏡を取り上げた。

 「二人は図書室の近くに倒れていました。近くにはこれが落ちていたのですが、どういう事か説明できますか?」

 

 ハーマイオニーはそれほど自分の容姿を気にかけている人ではない。図書室の廊下で突然、彼女が手鏡を取り出して自分の顔を見る姿は、想像できなかった。

 数瞬考えたオーシャンは気づいた。鏡の真意に。

 

 「「スリザリンの怪物」が日本の大蛇だろうと私は思っていましたが、でも、どうして日本の大蛇がホグワーツに一千年もいるのかって、ずっと違和感を持っていました」

 いきなり「秘密の部屋」に眠るという「怪物」の話を始めたオーシャンに、先生は怪訝な顔をした。

 「ウエノ、今はそんな、根も葉もない噂話について話している時では…」

 「先生、今がそれについて話す時です!現に生徒がその「怪物」に襲われているんだもの!そして「怪物」は、日本の大蛇じゃない…バジリスクよ…!」

 オーシャンの鬼気迫る表情を見て、先生は口を閉じた。オーシャンは続ける。

 

 「日本の大蛇であれば、目を見ても石になるだけ…でも、バジリスクの目は、人を一瞬で死に至らしめるわ。ハーマイオニーはそれに気づいて、直接バジリスクの目を見ないように、手鏡を見ていたのよ、きっと。目を直接見なければ、石になるだけだもの」

 

 オーシャンの言葉を聞き終わった先生は、しばし彼女と見つめあった。彼女が正気かどうか見定めている訳では無さそうだ。

 しばらく二人は見つめあった後、先生がひとつ息を吐きながら言った。自分一人では到底抱え込みきれない…そんな吐息だった。

 「…その件については、ダンブルドア先生と話し合いましょう。三人とも、私が寮まで送り届けます。ついておいでなさい」

 

 三人が戻ったグリフィンドールの談話室で、マクゴナガル先生の口からまたも事件が起こった事が説明された。夕方の外出とクラブ活動の一切は禁止、クィディッチの練習と試合も全て延期、授業に向かう際は先生が必ず一人引率し、トイレに行くのも先生についてきてもらう様にとの事だった。

 このまま犯人が捕まらない限り、学校を閉鎖する恐れもあると言い残して、先生は談話室から出ていった。途端に生徒みんながさざめきあう。

 

 「これで四人やられた。グリフィンドール生一人、レイブンクロー一人、ハッフルパフなんて二人だ。なのにスリザリンの生徒は一人も襲われてない。なんで先生達は、スリザリン生を全て追い出しちまわないんだ?」

 リー・ジョーダンの演説に何人かから侘しい拍手が送られた。ロンはハリーとオーシャンに聞いた。

 「ハグリッドが疑われると思う?」

 オーシャンが答えてため息を吐いた。

 「そうなるでしょうね…。ハグリッドが本当に秘密の部屋を開いたのかは別にして、五十年前の前科があるかぎり、ハグリッドが一番疑われやすい位置にいるのは確かだわ」

 

 「ハグリッドに会って、話さなくちゃ」

 ハリーがすっくと立ち上がって、ロンと一緒に透明マントを取りに部屋へ上がった。マントを被って透明で降りてきた二人の足音に、オーシャンは声をかけた。

 「私は「嘆きのマートル」に会いに行ってくるわ」

 

 突然、ハリーとロンの目を丸くした顔が目の前に現れた。談話室の誰もが事件の話に夢中になっており、誰にもその瞬間を見られなかったのは奇跡と言っていい。

 

 「「嘆きのマートル」?何で今?」

 「マートルのトイレになんてもう用は無いじゃないか!」

 二人が口々に、ロンに至ってはマートルの嘆きの種を増やす様な事を言った。しかしオーシャンは首を振った。

 

 「五十年前に「秘密の部屋」が開かれた時、女子生徒が一人死んでいるの。マートルは何年前から、あのトイレにいるのかしらね」

 

 ハリーとロンは「透明マント」を被ってハグリッドの家に向かい、オーシャンは一人「隠れ蓑術」を使って「嘆きのマートル」のトイレに向かった。

 トイレ前の廊下にはいつものようにフィルチが陣取っており、犯人が再び訪れるのを今か今かと待ち構えている。オーシャンは静かにフィルチの前を横切って、トイレのドアにたどり着くと、フィルチが座っている椅子に魔法をかけた。

 

 「ロコモーター・チェア」

 発音がうまく行くか不安だったが、何とか呪文は効いたようだった。しかしオーシャンの計画では、椅子はフィルチを乗せて向こうの階段側へ移動していくはずが、何故かその場でひっくり返ってしまった。

 しかし一瞬だけでもフィルチの注意が削がれればよかった。計算通りとはいかなかったが、オーシャンはフィルチが床にキスをした一瞬の隙に、ドアを開けてマートルのトイレに入り込んだ。

 

 「マートル、いる?」オーシャンがそう囁くと、マートルはいつもの哀れっぽい声を出して「誰…?」と現れた。

 オーシャンが「隠れ蓑術」を解くと、マートルは「なんだ。アンタなの」と無感動な声で言った。オーシャンは彼女に「お話しましょう」と言った。マートルは答えず、そっぽを向いて窓の辺りでふわふわと漂った。拒否の意ではないと感じたオーシャンは、そのままマートルに聞いた。

 

 「貴女、何時からここにいるの?」

 マートルは答える。「分からない。もう年月の感覚なんてとっくに無いわ」

 オーシャンは「それもそうよね、ごめんなさい」と謝った。幽霊だって時間の感覚はあると思ったオーシャンだが(自分の命日にパーティを開いたりする程だから)、しかしマートルはこのトイレからほとんど外に出ないので、そういった感覚は無いらしい。

 

 「じゃあ、貴女の死んだ時の話を聞かせてちょうだい」

 この質問はマートルの心を動かした様だった。まるで誇らしい功績を語り出す様な口調に、オーシャンは少し呆気にとられた。

 「オォォー…恐かったわ…。そうよ、丁度この個室だったわ…オリーブ・ホーンビーが私の眼鏡の事をからかってくるものだから、私、ここで一人で泣いてたわ。そうしたら、トイレに誰か入ってきて、何か言っていたの。外国語、だったと思うわ。とにかく嫌だったのは、喋っていたのが男子だったって事。だから、出ていけって言うつもりで、私ドアを開けてそして-死んだの」

 

 オーシャンはマートルの話を聞きながら、その様子を思い描いた。マートルが個室で啜り泣いている様子、そして、少年がこのトイレに入ってくる-確証は無いが、その影はトム・リドルとピッタリ重なった。

 そして彼は「スリザリンの怪物」を呼び出し、シューシューと話しかける。そこに、マートルが個室のドアを開けた-そちらを向いた怪物の目が、マートルと合う…。

 

 「酷い最期だわ…」

 オーシャンは手を合わせて、拝礼した。マートルは不思議そうにオーシャンを見ている。

 数分で顔を上げたオーシャンは、マートルに再び聞いた。「辛い思い出を話させてごめんなさい。もう一つだけ教えて…。犯人がいたのは、具体的にどの辺りか覚えているかしら?」

 

 マートルはゆっくりと、忌まわしい思い出の場所を指差した。「確か…あの辺り」

 オーシャンはマートルが指差した辺りを振り向いた。そこは手洗い台だった。

 「ありがとう」オーシャンは手洗い台に近づいて隅々まで調べた。そして、蛇口に小さく彫ってある蛇の形に気づいた。

 

 「ここが入り口なのね…。これって、開けゴマ的な仕掛けなのかしら」

 日本で解錠の呪文と言えば、それだ。そんな日本式の解錠の呪文は、思春期の青少年・少女は恥ずかしいと感じる様で、年若い日本の魔法使いにはまるで禁呪扱いされている。

 それを、オーシャンは堂々と唱える。

 

 「開門!開けゴマ!」

 

 オーシャンの凛とした声がトイレに木霊した。疑惑の手洗い台はピクリとも動かない。マートルが失笑したのが聞こえてきた。

 

 「…やっぱり蛇語じゃないとダメなのね」

 オーシャンは一つため息を吐いて、出来るかどうか挑戦してみる事にした。蛇無しで蛇語を操るのは、蛇使い検定一級の時の試験の時以来だ。久しぶりなので出来るかどうか分からなかったが、ここまで来たらやるしかないと思った。

 

 頭を過ったのは、冷たく固まったハーマイオニーの姿。そして、これ以上仲間を犠牲にさせないという思いだった。

 

 扉が開くまで何度も挑戦するオーシャンの後ろ姿を、マートルは見つめていた。

 





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そろそろ秘密の部屋編佳境になります。ここで初めて、ハリー達の一歩先を行くオーシャンさん。トム・リドルとの対決は!?それより、扉は開くのか!?頑張れ、蛇使い一級生!


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17話

ホグワーツはにわかに慌ただしくなった。ついに行方不明者が出たのである。

 「誰か、ウエノの行方について心当たりのある者は、至急、私の所へ申し出てください」

 オーシャンの行方が分からなくなってから次の日の朝、マクゴナガル先生が朝食の席で言った。アンジェリーナがオーシャンの身を心配して泣いている。

 

 ハリーとロンは顔を見合わせた。二人が知るオーシャンの消息は、「嘆きのマートルのトイレ」へ行くと言っていた時が最後だ。今思えば、オーシャンがいなくなって丸一日経った時点で、先生に相談するべきであった。二人が額を付き合わせて話していると、そこにジニーが現れた。何やら思い詰めた顔をしている。

 

 「やあ、ジニー。どうかした?」

 そうハリーが聞くと、彼女は一瞬ビクッと肩を震わせたが、「ハリー、私…言わなきゃいけないことがあるの」と口を開いた。

 しかしそこにパーシーがクタクタの様子で現れて、ジニーは結局話し出す事なくその場を後にしてしまった。

 

 ロンが声を荒げた。

 「パース、邪魔するなよ!ジニーが話があるって言ってたのに!秘密の部屋と関係がある話だったらどうするんだ!?」

 「あー…いや、ジニーの話なら、大丈夫だ。秘密の部屋とは関係ないよ」

 パーシーがいやにきっぱりと言い切るので、ロンは顔をしかめた。「何でそんなこと分かるんだよ」

 パーシーは僅かにギクリとした。「まあ…その、うん」とかなんとかモゴモゴ言って、食事に集中しているふりをして会話を終わらせてしまった。

 思い切り不審なその様子に、ハリーもロンも肩をすくめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ジニー・ウィーズリーが廊下を音も無く急いでいた。真っ直ぐに向かうのは、「嘆きのマートル」のトイレだった。

 やや乱暴にドアを開ける。マートルが「誰!?何しに来たの!?」と声を上げたが、ジニーは彼女に目もくれない。

 

 秘密の部屋に通じる通路の入り口が開いていた。ジニーは冷ややかな目でその暗闇を見下ろすと、迷う事無くその穴へ身を躍らせた。

 

 暗い通路を歩くと、やがて蛇が彫ってある重厚な扉の前に来た。ジニーの桜色の唇からシューシューと言葉が発せられる。「開け」

 合言葉を聞いた扉が、独りでに鍵を開けてジニーを中へ招き入れた。が、そこには思った通りの先客がいた。

 

 出迎えたオーシャン・ウェーンの表情が、ジニーの姿を見て曇ったものになった。

 「何故、貴女が…?」

 そんなオーシャンの言葉に、ジニーはニヤリと冷ややかな笑顔を返す。オーシャンが見た事の無い、邪悪な微笑みだった。

 

 「これは驚いた。まさかここまで入ってくるとは…。一体どうやったんだ?」

 ジニーの口を借りて、知らない何者かが喋っている。それに気づくと、オーシャンはその口調に僅かに残していた優しさを捨てた。射る様な声で、知らない何者かに答える。

 

 「生憎と、蛇語を操れるのは貴方だけでは無いのよ。貴方は誰?ジニーではないわね。彼女から離れなさい」

 オーシャンが睨み付けると、ジニーに憑いていたものは銀色の幽体の様になって、ジニーの体から離れた。ジニーが力無くその場に崩れ落ちる。その手から、リドルの日記がこぼれて落ちた。

 

 オーシャンは彼女に素早く駆け寄り、脈と呼吸を診た。浅いが、息は僅かにしている。

 「その子はまだ生きているよ。辛うじてだが」

 ジニーの体から抜け出て、そこに立っていたのはトム・リドルだった。オーシャンが入り込んだ日記の中の記憶と変わらぬ姿で、しかし朧気な姿となってそこに存在していた。

 

 オーシャンは立ち上がって、ゆっくりと杖を構える。

 「貴方、ジニーに何をしたの?」

 「とんでもない。僕は何もしていない。ちょっと「お喋り」に付き合っていただけだ。尤も、その行為が、自分の魂を僕に与える事になるとは、彼女は分からなかったみたいだがね」

 

 「ジニーに力を分けてもらって徐々に彼女の体を操り、貴方がこの部屋を開けて生徒にバジリスクをけしかけていた…って解釈してもいいかしら?」

 「ご明察」

 「良かった。では…」

 オーシャンはリドルの日記を拾い上げた。

 

 「早いとこ消えて貰っていいかしら?ジニーから魂を分けてもらったとはいえ、まだ貴方は完全体では無いでしょう?呪詛を絶つには、元を絶たないとね」

 「そんな事で、僕が消えると思っているなら、好きにするといい」

 リドルは言ったが、言葉の魔法使いに嘘は通じなかった。

 「媒介している物が無くなったら、消滅するに決まっているでしょう?強がりは通じないわ。父の仕事を見てきたお陰で、呪術的な事に関しては些かの知識はあるのよ」

 

 日記を開き、ページを破ろうとしたオーシャンだったが、どんなに力を入れてもページは破けなかった。リドルがニヤリと笑う。

 「何を使えば破壊出来るかまでは、教えてくれなかったか?」

 

 

 その時突然、背後で扉が開いた音がした。一人分の足音に振り向くと、ハリーの姿がそこにあった。

 

 「オーシャン!ジニー!」

 ハリーは横たわっているジニーに駆け寄り、オーシャン、リドルへと視線を移した。

 「オーシャン、一体何があったの?」

 「ハリー、思ってたより早かったわね」

 「オーシャンがいなくなっただけで学校中大騒ぎだったのに、ジニーまで消えちゃったからホグワーツはパニックだったんだ。ロンとロックハートもそこまで来てる」

 「そう。こちらは、トム・リドルがジニーを操って、バジリスクをけしかけていた張本人だって事が分かった所よ」

 

 ハリーは「トム・リドル…?」とその名を呼び、オーシャンと並んでリドルと対峙した。リドルの目が興味深く、ハリーを見つめている。

 「ハリー・ポッター。ジニーから君の話は聞いている。どうやって闇の帝王の手から逃れた?」

 「何だって?」

 リドルがこの時を待っていた様に、ハリーに問うた。ハリーからすれば、初対面の人物である。話の流れから、オーシャンが日記の中に入り込んだというトム・リドルその人、そしてそれこそがスリザリンの継承者なのだという事は分かったが、何故このタイミングでこの質問なのか、理解ができない。

 

 「何故、そんな事気にするんだ?」

 ハリーがそう聞けば、「知りたいんだ。何の力も無い赤ん坊が、どうやって最強の闇の魔法使いの手から逃れたのか」と、リドルは熱病にでもおかされている様な、熱心な口調で問いかけてくる。

 「何故?ヴォルデモートは、貴方より後に出てきた人じゃないの」

 オーシャンが言うと、リドルはその言葉を噛み締める様に間を置いた。そして一言。

 

 「ヴォルデモートは私の過去であり、現在であり、未来なのだ。ハリー・ポッターよ」

 

 言ったリドルはジニーの杖を取り上げ、空中に文字を書いた。軌跡は毒々しい火花を残す。

 

 〈TOM MARVOLO RIDDLE〉

 

 リドルが杖をもう一度振ると、その文字は独りでに並びを変えた。

 

 〈I AM LORD VOLDEMORT〉

 

 邪悪な微笑みでリドルはハリーとオーシャンに向き直る。「分かったかね?」

 オーシャンは声を落として、ハリーに囁いた。

 「ごめんなさい、どういう事?」

 翻訳が必要なのであった。

 

 ハリーがヒソヒソ声で、オーシャンに説明する。

 「つまり、トム・リドルが後のヴォルデモートだってこと。トム・リドルの本名を並べかえたら、ヴォルデモートになるんだ」

 「L、O、R、D、は?」

 「卿、だよ」

 「卿って何?」

 「ミスターみたいなことかな」

 「ああ、「麿」的な感じのやつね?」

 「「マロ」って何?」

 

 「……ともかく、ヴォルデモートが本名じゃなかったのね」

 オーシャンがそう呟くと、リドルは語った。まるで溜めに溜めかねた台詞を吐き出す様だった。

 「俺様がいつまでも汚ならしいマグルの父と同じ名前を使っていると思うか?答えは、ノーだ。この名前は学生の時から使っていた。もちろん、限られた親しい友人にしか明かしていないが。というか貴様」リドルは杖でオーシャンを指した。

 「質問があれば、俺様に直接するのだ」

 

 「というか、友達にペンネームで呼ばせるなんて…恥ずかしい学生時代ね…」

 「その様な俗なものとは一緒にしないでもらおう。この名は父からの決別を現す名だ。やがて世界中が口にするのも恐れることになる、俺様の」

 

 「父からの決別を表したなら、「TOM」か「RIDDLE 」を使わなかった方が良いと思うわよ。結局は父親の名前の文字も使って別の名前を作って、I 、A、M 、だけ字余りになっちゃってるんだもの。カッコ悪いわ」

 冷静なオーシャンの指摘に、まだ(日記の中では)年若いリドルは唇を歪ませた。

 

 「貴様は世界一の偉大な魔法使いと言葉を交わす時の礼儀もわきまえていないらしいな…」

 「それは違うぞ」リドルの言葉にハリーが反発した。聞き捨てならない言葉を聞いた、とでも言いたげに、リドルの眉がピクリと上がった。ハリーは続ける。

 「世界で一番偉大な魔法使いは、アルバス・ダンブルドアだ。みんながそう言ってる」

 リドルの表情が醜悪なものに変わる。

「ダンブルドアは、俺様の記憶に過ぎないものによって追放され、この城からいなくなった!」

 「お前が思っているより、ダンブルドアは遠くに行っていないぞ!」

 

 すると突然、三人の頭上の空間で、炎が燃え上がった。ハリーもオーシャンも、何が来るのかと一歩下がって身構える。

 姿を見せたのは、赤々と燃えるような色をした、鮮やかな一羽の鳥だった。その歌声が不思議な響きで、ハリーとオーシャンの心を癒した。

 

 鳥はハリーの手に茶色の布の様なものを落とすと、そのままハリーの右肩で羽根を休めた。

 リドルが呟く。「不死鳥…!?」

 ハリーは肩に留まった鮮やかな羽根色をした鳥を見て、「フォークスなのか?」と声をかけた。それに答えてフォークスと呼ばれた鳥が、澄んだ瞳で見つめ返す。 

 

 オーシャンはハリーの手が握りしめているものを見た。「それは?」

 「組分け帽子だ」

 ハリーの手に収まっていたのは、新入生が組分けの時に使う、あの山高帽だった。リドルが高らかに笑いだす。部屋中に、リドルの笑い声が反響した。

 「ダンブルドアはさぞかし協力な助っ人を送ってくれたのだな!歌い鳥に古帽子か!」

 

 オーシャンもリドルに同感だった。不死鳥はいいが、組分け帽子はこの場において何に役立てればいいのかさっぱりだった。恐らくその点においては、ハリーも同じ思いに違いない。

 

 しかし、組分け帽子を握りしめたハリーの手がギュッと力を帯びた様にオーシャンには見えた。

 

 リドルはまだ笑みを浮かべている。「さて、思わぬ邪魔が入ったが…」とハリーに語りかけた。曰く、過去に二回もこの闇の帝王から、どうやって逃げおおせたか。

 「それに、貴様だ」

 

 そこでまたリドルは、杖先でオーシャンを指した。正直、ここで話がこちらに回ってくると思っていなかったオーシャンは、面食らっていた。

 

 「貴様は一体何者なんだ?服従の呪文を破り、聞いたことの無い呪いを操る。蛇語で閉ざされたこの部屋へ平然と入り込むと思えば、簡単な言葉も読めない。貴様は一体、何なんだ?」

 魔法世界ではごく一般的な日本人が、後の闇の帝王にここまで「理解不能」だと言わせるとは…と、オーシャンは複雑な気持ちになっていた。世界基準からみると、日本ってそんなにクレイジーな国なのかしら?

 

 ハリーより先にオーシャンが答えた。

 「私の名前はオーシャン・ウェーン。特にこれといって特別なところの無い、純日本人の魔法使いよ」

 「特別なところなど無い訳が無いだろう!蛇語を話せないと入れない、この部屋に入るんだぞ!「秘密の部屋」に!」

 「蛇使い検定一級持ってるのよ」

 「何だ、それは!?」

 

 取り乱しつつあったかの様に見えたリドルだったが、ここでオーシャンのペースに乗るのは、危険だと思ったらしい。急に一息ついて平静を装い、ハリーに向き直った。

 ハリーが「母親の愛」が自分を守ったと言った時、リドルは複雑な表情をした。やはり自分こそが偉大な魔法使いだったと勝ち誇っていいのか、という表情だった。

 「ほう…やはり、貴様には特別な力は何も備わっていなかった訳だ。「愛」は確かに強力な反対呪文だが…しかし…検定一級って…何だ、それは…」

 

 どうやら、後のヴォルデモートが混乱しているかなりレアな姿を、ハリーとオーシャンは拝む事が出来た様だ。

 少しの間、リドルは何事がぶつぶつ言いながら、行ったり来たりを繰り返していたが、やがて方針が決まると、一つ音高らかに手を打って、ハリーとオーシャンの二人に向き直った。

 

 「さて、二人とも、少し揉んでやろう。サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿の力と、有名なハリー・ポッターと哀れな日本人にダンブルドアが送って寄越したその武器とを、お手合わせ願おうか」

 リドルはまた向きを変え、今度は壁に設えられている巨大なスリザリンの顔の石像を見上げた。

 

 「スリザリンよ、ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ」

 リドルの発した蛇語を合図に石でできたスリザリンの口がゆっくりと開いた。不気味なシューシューとした息づかいが中から聞こえてくる。ハリーの足が震えていた。オーシャンの心臓の鼓動が速くなる。フォークスがハリーの肩の上から飛び去った。

 ズルズルと滑って、蛇の王が姿を現そうとしている。オーシャンもハリーも咄嗟に目を瞑ったが、バジリスクが床に降りてきた時の振動で、その巨大さを知った。

 

 リドルがまた蛇語で言う。「やつらを殺せ」

 それが聞こえた時、ハリーとオーシャンの二人とも踵を返して走り出した。まるで、事前に打ち合わせでもしたかのような呼吸だった。

 バジリスクが追ってくるのを気配で感じながら、オーシャンが叫んだ。

 「バジリスクってこんなに大きいの!?せいぜいツチノコくらいかと思ってたわ!」

 隣を走るハリーが「What's TSUCHINOKO!?」と聞くが、説明したところで最早言葉が通じなかった。

 

 壁に行き当たり、二人は追い詰められた。目を固く閉じているが、バジリスクがすぐそこへ迫ってきているのが気配で分かる。

 迫り来るバジリスクにオーシャンは身を固くし、ハリーは縮こまって組分け帽子を被った。今にも毒牙が襲ってくると覚悟したが、なかなかその攻撃は来ない。

 しかし、代わりに突然蛇の尾が脇を掠めた。蛇が苦しげにのたうち回り始めた様で、いてもたってもいられずオーシャンは薄く目を開けてバジリスクの様子を見た。

 

 バジリスクの片目から、紅の血が迸っていた。フォークスがその頭上を軽やかに飛んでいる。フォークスの嘴が、バジリスクの片目を潰したのだった。

 

 不死鳥と戯れているバジリスクに、リドルが命令する。

 「鳥は放っておけ、あいつらを殺すんだ!臭いで分かるだろう!」

 とりあえずここは逃げるため、オーシャンは蛇に背を向けた。ハリーの手を取り走り出すつもりで彼を見ると、ハリーはどこから手にいれたのか、見事な長剣を手にしていた。

 

 「何それ、どうしたの!?どこから出したの!?」

 言うが、まだ精神は絶賛混乱中である。日本語の質問は彼に届かなかったが、ハリーも剣を握りしめながら目を白黒させていた。

 剣を数瞬見つめたオーシャンだったが、突然呟いた。「あ、いいこと考えたわ」

 

 そしてあろうことか遮二無二杖を抜くと、バジリスクを向いて真っ直ぐに構えて呪文を唱えたのである。

 

 「呪いよ、彼の者へ還れ!鏡の呪法!」 

 

 バジリスクとオーシャンの間に、魔法で出来た鏡が張られた。辛うじて残っていたバジリスクの、片目の視線が跳ね返る。バジリスクは自分の姿を見て、一瞬で石化してしまった。

 

 「今よ、ハリー!」

 言葉は通じていなかったはずだが、オーシャンが叫ぶと同時にハリーは動かないバジリスクに斬りかかった。口蓋を貫くとどくどくとおびただしい血が流れた。リドルが怒りに叫んでいる。「おのれ、日本人め!」

 

 「やった、ハリー…!」しかしオーシャンが安堵の息を吐いたのもつかの間、剣を抜いたハリーがその場に倒れこんでしまった。手を貸しに近づくと、ハリーの腕が傷ついていることに気がついた。どうやら、蛇の口蓋を貫いた拍子に牙に掠めてしまった様だ。

 

 リドルは今度は愉快そうに笑い始めた。「詰めが甘いやつだ。バジリスクの毒を受けて生きて還れるものなど、この世にはいない。自分の不運を呪うがいい、ハリー・ポッター!」

 「いいえ、それは貴方よ」

 オーシャンはハリーが取り落とした剣を持つと、床に落ちていたリドルの日記に深々と突き刺した。リドルが叫んだ。日記からインクが血の様に流れ出す。

 長い長い悲鳴を残して、リドルは消えてしまった。

 

 リドルの消えた空間を見つめて、オーシャンは言った。

 「また、つまらぬものを斬ってしまったわ」

 鞘が無いのが残念である。




更新長らくお待たせ致しました!
色々迷いに迷って、煮詰めに煮詰めた結果の難産でした。
いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます!


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18話

 リドルが消えた直後、ジニーが目を覚ました。リドルに奪われていた魂が戻ったのだ。顔色は悪いが、瞳にはハッキリと生気が戻っていた。オーシャンは毒に苦しむハリーを支えている。

 

 少しの間、混乱して自分の置かれた状況が把握できない様子のジニーだったが、オーシャンに支えられているハリーを見つけて目を見張り、跳ね起きた。ただでさえ白い顔を今度は青くしながら、こちらに駆け寄ってくる。

 

 オーシャンの精神はまだ混乱していたが、ジニーがハリーに懸命に謝罪しているのは理解できた。ジニーの言葉はほとんど全て聞き取れないが、彼女は泣きながらハリーに謝っている。

 

 オーシャンの腕の中でハリーの顔色もみるみる白くなっていく。三途の川が近づいてきている心地がした。ハリーの目が空ろになっていくので、「ああ、ハリー、駄目、眠っては駄目…!」とハリーの頭を掻き抱いた。

 

 ジニーの鳴き声が部屋の中に反響する。その鳴き声に呼び寄せられたかの様に、フォークスが静かに飛んでくると、オーシャンの肩に留まった。悲しんでいる様に、ハリーの傷ついた腕に頭を預ける。その目から一粒、キラリとしたものが傷口に落ちた。

 

 「不死鳥の涙…!」

 

 オーシャンが驚きに目を見張る。ハリーの腕の傷はみるみる内に癒えて、顔色にも朱が戻ってきた。オーシャンに支えられながら、ハリーはパチパチと瞬いた。そしておもむろにむくりと起き上がり、傷ついたはずの腕を動かした。

 もう大丈夫。そう思って、オーシャンは詰めていた長い息を吐き出した。

 

 「僕、もう大丈夫みたい」

 ハリーが微かな笑顔を、オーシャンとジニーの二人に見せた。オーシャンの言葉の能力も、元通りに戻っている。

 「不死鳥の涙に癒せない傷は無い…文献で読んだ事あるわ。すっかり忘れていたけど」

 オーシャンが言ったのを聞いて、ハリーはフォークスに「ありがとう」と礼を言った。フォークスは一つ嬉しそうに鳴いて、オーシャンの肩から離れた。

 

 ハリーの無事な様子を見て、ジニーは一際大きく泣いた。

 「は、ハリー-ごめんなさい!わ、私、朝食の時にあなたに打ち明けようとしたけど…パーシーの、パーシーが来たから言えなくて-ハリー、私がやったの-リドルに乗っ取られて、私-…」

 咽び泣きながら訴えるジニーだったが、ハリーは「もう大丈夫だよ」と安堵の言葉をかけた。

 

 オーシャンはボロボロになった日記帳の残骸を、ジニーに見せた。

 「全てリドルのせいだったのよね?貴女のせいではないわ。さ、涙を拭きなさい。可愛い顔が台無しよ」

 そういいながら、オーシャンはポケットをまさぐってハンカチを取り出すと、ジニーに手渡した。

 

 ハンカチを受け取って目に押し当てながら、ジニーは尚も嘆き続ける。「わ、私、退学になるわ…」

 その呟きを二人は聞かなかった事にした。ハリーが「ここを早く出よう」と言って立ち上がると、オーシャンはジニーを助け起こした。フォークスが先頭になり、三人と一羽は秘密の部屋を出た。

 

 暗い通路をしばらく歩くと、遠くにロンの顔が見えた。

 「何あれ?何があったの?」

 歩きながら、オーシャンは隣を歩くハリーに目を向けた。ハリーは苦く笑っている。

 

 ロンは一行の中にジニーを見つけ、歓声を上げた。

 「ジニー!生きてる!夢じゃないだろうな!?」

 ロンは岩で出来た壁に開けた丸い穴から腕を突き出して、最初に妹を引っ張り出した。

 三人全員がロンの手で引っ張り出されると、最後にフォークスが悠然とそこを通り抜けた。

 「何だ、この鳥?」頭上に浮かぶフォークスを見て、ロンが首をかしげた。「それに、何で剣なんか持っているんだ?何があったんだ?」

 

 「ここを出てから話すよ。ロックハートはどこへ行った?」

 「あそこ。ちょっと調子が悪くてね」ロンがニヤッとして指差した場所に、ロックハート先生は夢うつつの状態で座っていた。ハリーとオーシャンが見つめていると、先生は視線に気づいてこちらを向いた。

 「やあ。何だか変わったところだね。ここに住んでるの?」

 ロンが、彼の状況を説明する。「「忘却呪文」が逆噴射しちゃったみたい。記憶をすっかり無くして、あんなに好きだった自分の事すら忘れちゃってるよ」

 

 ハリーはあんぐりと口を開け、オーシャンは堪えかねて笑い声を漏らした。「フッ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォークスにまとめて引っ張り上げられて嘆きのマートルのトイレに帰ってくると、またフォークスに先導されて五人はマクゴナガル先生の部屋へ向かった。そこにはダンブルドア校長と、マクゴナガル先生、そしてウィーズリー夫妻がいた。

 

 「ああ、ジニー!」

 ウィーズリー夫人は椅子から立ち上がると、戸口に立ったジニーを見つけてその姿に飛び付いた。ジニーが母に抱かれてまた泣き出すと、その二人をウィーズリー氏が抱き締める。

 ロンが三人を見ながら、入っていくタイミングを完全に逃して残念そうな顔をしたのを見たのは、幸いオーシャンだけの様だった。

 

 ジニーを抱き締めながら、ウィーズリー夫人は涙の光る目を、ハリー、ロン、オーシャンに向けた。

 「あなた達が救ってくれたのね、この子の命を!もう駄目かと思ってた!一体どうやって!?」

 

 ハリーは先生の机に「組分け帽子」と剣を、オーシャンは「リドルの日記」の残骸を置いた。

 安堵した様子のマクゴナガル先生にも促され、ハリーとオーシャンは全貌を語り始めた。まず、ハーマイオニーが石になった直後、オーシャンが「嘆きのマートル」のトイレから入り口を見つけ、そのまま「秘密の部屋」へ入った事。そしてリドルに乗っ取られたジニーが現れた事。

 

 途中、話を遮ったのはウィーズリー氏だった。

 

 「ちょ、ちょっと待って。ジニーが、自分の足で?つまり、生徒襲撃の犯人は、ジニーだったと?」

 「ジニーは体を乗っ取られていただけ。事件の犯人はリドルだったのよ」オーシャンがウィーズリー氏に返答する。

 「その、リドル、というのは…?」

 「貴方もよく知る人物よ。ヴォルデモート。50年前の記憶だけどね」

 

 ダンブルドア校長とハリー以外の全員が、驚きに息を飲んだ。(ロックハート先生は部屋の隅で天井を見ていた。)

 「「例のあの人」が!?ジニーに、魔法を!?しかし、何で…」

「こ、この日記だったの!」

 困惑する父親に向かって、しゃくり上げながらジニーは言った。

 

 「わ、私、今学期中ずっとこの日記に書いてたの!そしたら-そしたらリドルが返事をくれて…」

 夫妻がジニーの証言を聞いて、目を丸くした。

 「ジニー!!パパがいつも言ってるだろう、脳みそがどこにあるか分からないのに独りでに物事を考えるものは、信用してはいけないよと!」

 「わ、私、知らなかった!」

 

 「続けてもいいかしら?」

 父と子の会話に今度はオーシャンが割って入った。ジニーを責めるのは、話を全て聞いてからにしてちょうだい、と言外に含みを持たせて。ダンブルドア校長が「ウミ、聞きましょうぞ」と静かに言った。

 

 そしてオーシャンは続ける。フォークスが現れ、組分け帽子と剣をくれたとハリーが語る。剣をハリーがどこから引っ張り出したのかオーシャンも疑問に思っていたが、ハリーが帽子を被って必死に助けてと願った所、どうやら帽子の中から出てきたらしい。

 

 バジリスクの目を利用して「鏡の呪法」で石にして、その隙にハリーがバジリスクを絶命足らしめた事。ハリーがバジリスクの牙に倒れると、オーシャンが剣を持ってリドルの日記を貫いた事。

 「-バジリスクの毒には油断したわね…。お陰でハリーが死ぬところだったわ」

 「フォークスがいなければ、死んでたよ。校長先生、フォークスを送ってくれて、ありがとうございます」

 言ったハリーに、ダンブルドア校長は笑顔で答えた。

 

 「わしに対する君の信頼が、フォークスとグリフィンドールの剣を呼び寄せた。礼を言うのはわしの方じゃよ。よくぞ、ここまでの信頼を表してくれた」

 校長先生に逆に礼を言われた事で、ハリーは少し俯いた。照れているのかもしれない。

 

 「蛇を剣で斬って女の子を助けるなんて、あの時のハリーはスサノヲノミコトの様だったわ。格好よかったわよ、ハリー」

 「オーシャンの魔法が無かったらと思うと、ゾッとするよ。-スサノヲノミコトって?」

 「謙遜する事無いわ。-日本の昔話よ。今度教えてあげる」

 

 ジニーを見ながら校長が口を開いた。

 「過酷な試練をよう乗り越えた。大人の魔法使いでさえ、ヴォルデモートにはたぶらかされてきたのじゃ。Ms.ウィーズリーに処罰は無し。今すぐ医務室へ行って、温かいココアを一杯飲んでゆっくりと休むのじゃ」

 

 ジニーとウィーズリー夫妻が医務室へと向かい、マクゴナガル先生が宴会を準備するべく厨房へ向かうと、ダンブルドア校長はハリーとロンにホグワーツ特別功労賞を与え、更にグリフィンドールに200点ずつ与えた。

 

 「そして、Ms.ウエノには…」

 続く言葉を聞いて、ハリーとロンは目を丸くした。オーシャンに与えられたのは、ホグワーツ特別功労賞でも、はたまた200点の寮点でも無かった。

 ダンブルドア校長は、半月眼鏡の奥の瞳をキラッと悪戯っぽく光らせてこう言った。

 「新しい羽ペンでどうじゃ?授業の度に、鞄の中から見えない羽ペンを探し出していては、骨が折れるじゃろうて」

 

 オーシャンはいつもの微笑みを見せ、頭を下げた。

 「ありがたく賜ります、校長先生」

 ハリーもロンも「それでいいの!?」という顔をしている。

 

 「しかし、この恐ろしい冒険について、恐ろしく物静かな人がいるのぉ」

 ダンブルドア校長は部屋の隅に佇むギルデロイ・ロックハートを見た。「今日はどうした、ギルデロイ。恐ろしく無口じゃの」

 ハリー、ロン、オーシャンの三人は、ロックハートを振り返った。ああ、すっかり忘れていた。

 

 ハリーが「校長先生、実はロックハート先生は…」と説明しようとして、それをロックハート本人に遮られた。記憶が消える前とは打って変わった口調だった。

 「私が先生?それはそれは、私はさぞかし役立たずの先生だったでしょうね!」

 かつての面影を残さない人の良さそうな口調に、オーシャンは盛大に吹き出した。身を捩って笑い転げる。「ブフッ…フグッ、クッッ……駄目、もう限界…」

 オーシャンはロンの肩を借りて一頻り笑うと、ダンブルドアに命じられてロンと二人でロックハートを医務室に連れていくのであった。

 

 医務室に向かう途中、ロックハートは落ち着きなく辺りを見回しながら歩いていた。

 「ところで、ここは学校の中なんだね?皆勉強してる?」

 ロックハートの暢気な声に、ロンが答えた。「今は皆寝てるよ」

 オーシャンが人差し指を立てて、唇に当てる。「だから、あんまり大きな声出しちゃ、駄目よ?」

 

 素直になったロックハートは大きく口を開けて息を飲むと、オーシャンの真似をして「シーッ!」とやった。両脇を挟んでいる二人が、小さく笑った。笑っている二人を見て、ロックハートは嬉しそうだ。オーシャンの笑顔を見て、ロックハートはハッとした。

 「君は随分綺麗な笑顔をするなぁ…」

 

 ロンは一瞬ポカンと口を開けたが、すぐにオーシャンを指差して笑い始めた。

 「あんなに毛嫌いしてたロックハートに口説かれてら…ククク…」

 しかしオーシャンは、微笑んで見せた。

 「子供みたいな可愛い顔ね。最初からこの性格だったら、私もきっと貴方が好きになっていたわ」

 

 オーシャンの言葉を聞いてロックハートが「キャッ」と顔を覆うと、オーシャンは二人の先に立って医務室へと再び足を進めた。ロンが今度は口をガクンと開けて、オーシャンの背中を見ている。「「愛の妙薬」要らずかよ…」

 

 医務室に三人が着いて、マダム・ポンフリーは開口一番叫んだ。

 「またあなたですか!今度はどこの骨が無くなったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二週間ほどして、ついに待望のマンドレイク薬が完成して、石化した者達が目覚めた。ハリー達三人と面会したハーマイオニーは、マンドレイク薬より待ち望んでいた!という顔をした。

 「ハリー、ロン、オーシャン!三人とも大活躍だったそうじゃない!?詳しく聞かせてよ!」

 何でもマダム・ポンフリーは、「ポッターがバジリスクを倒したそうだ」という話はしてくれたが、それ以上は知らないとの事だったので、ハリー達が来るのを心待ちにしていたという訳だった。

 

 ハリー達が事の顛末を語ると、部屋中の患者、マダム・ポンフリーまでもが聞き耳を立てている様子で、部屋中が静まり返っていた。

 

 全てを語り終えて、ハーマイオニーは首を傾げた。

 「でも、分からないわ。そもそも、何故50年前の「例のあの人」の学用品を、ジニーが持っていたの?」

 「マルフォイの父親の仕業だよ」

 ロンとオーシャンが驚いた。二人がマクゴナガル先生の部屋を辞した後にあった事は、二人は聞いていなかった。

 

 「マルフォイの父親が?」

 「ほら、新学期の前の日に、ダイアゴン横丁で僕たち、あいつらに会っただろう?あの時だよ。あの時にマルフォイの父親が、ジニーの教科書の中にあの日記を滑り込ませたんだ」

 「何て事…」

 

 度々話に聞いていたドビーという屋敷しもべ妖精の主人は、マルフォイ一家だったらしい。ハリーは一策講じて、ダンブルドアに会いに来たルシウス・マルフォイからドビーを解放する事に成功したという。

 

 「屋敷しもべ妖精のドビーか…。私も見てみたかったわ」

 オーシャンがそう言ったので、ハリーが笑った。

 「僕も、オーシャンがロックハートを口説いてる所を見たかったよ」

 

 オーシャンの目の色が変わった。「…ロン?」

 その冷ややかな笑顔に、ロンは気圧されている。

 「面白かったから、つい…」

 「覚えていなさい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元通りのホグワーツの日常が帰ってきて、無事に学期が終了した。なんと学期末のテストは無くなり、あれよあれよという間に、ホグワーツ特急に乗って帰る日がやってきた。

 

 キングズ・クロス駅に着く直前、驚くべき真実がジニーの口から語られた。

 「パーシーに恋人がいるの!?」

 ジニーは「ええ」と頷いた。パーシー以外の兄弟達と、ハリー、ハーマイオニー、オーシャンが占領しているコンパートメントでの事だった。

 

 「レイブンクローのペネロピー・クリアウォーターよ。夏中、パーシーは部屋に引き込もってずっとその人に手紙を書いていたのよ。ハリー、オーシャンが行方不明になった朝、私、あなたに言いたい事があるって言ってたでしょう?誰もいない教室で、二人がキスしているのを見たことがあるの。パーシーったら、その話をされると思ってあの時私を追い出したのよ」

 

 ジニーがクスクスと笑うのを見ながら、オーシャンは隣の双子が相当悪どい顔をしているというのを気配で察した。「誰にも言わないさ」「ああ、この夏も楽しい事になりそうだ」

 片方から本音が漏れている。

 

 「貴方達、相手は思春期なんだから、あんまりからかいすぎたら駄目よ」

 オーシャンが双子に言い含めているのを見て、ハリーは思った。多分、注意すべきはそこじゃない。

 

 「あ、そうだ、オーシャン。スサノヲノミコトが何なのか、聞いてなかった」

 列車が止まり、皆が降りる準備を始める中ハリーが言い出したので、オーシャンが「ああ」と応じる。ロンもジニーも興味津々な様子だ。

 

 「日本の昔話で、ヤマタノオロチという恐ろしい蛇を切り伏せて、生け贄の女の子を助け出した人物よ」

 ハリーとジニーは、共に顔を赤くして列車を降りる事となった。

 

 人波に紛れて、9¾番線を出ると、キングズ・クロス駅にはそれぞれの家族が待っていた。

 皆の家族が優しい顔で出迎える中、オーシャンを待っていたのは父の雷だった。

 

 「海!また危険な事に首を突っ込んでいたそうだな!」

 「わざわざ出迎えありがとう、父様。知ってたの?」

 「当たり前だ、マクゴナガル先生から手紙がきたぞ!何の準備も無くバジリスク退治に赴くなぞ、何の主人公を気取っているのだ、100年早いわ!儂らがどれだけ心配したか…」

 「そうね、骨壺で帰国する事にならなくて、良かったわ」

 「大体お前は、危機感が足りん!夏は日本に強制帰国の刑!」

 「嬉しい、母様の握るおにぎりが食べたかった所なの」

 「お前もわかっておるではないか、母の愛に触れられる食べ物、それはおにぎり、ってやかましいわ!」

 

 下手なコントの様なやりとりをしながら去っていくオーシャン・ウェーン(本名・上野海)とその父親の背中は、やがて人波に見えなくなった。

 

 






これにて秘密の部屋編終了になります!お付き合いしてくださった読者様、ありがとうございました!

秘密の部屋編で二次創作難しかったです…じっくり時間をかけて納得いく文章で書かせてもらいました。
父様のキャラが少々ぶれ気味なのが気になりますが…笑

アズカバンの囚人編もお付き合いいただければ嬉しいです


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アズカバンの囚人と、英語ができない魔法使い
19話


 暗く、狭い空間で、一人の男の背中が見えた。何かを覗き込みながら、ボソボソと喋っている。壁の一面が格子となっており、外には人の様な影がある。しかし男の言葉は、誰に聞かせるでもない独り言の様だ。

 男の言葉は理解できなかったが、その気迫だけは感じ取れた。ずっと探し求めていたものを見つけた喜び、驚き、そして執念…。

 

 

 

 

 

 

 上野海(英名、オーシャン・ウェーン)は滝に打たれて目を覚ました。

 「ー…いけない、眠ってしまったわ…」

 滝には打たれていたが、不思議と溺れていない。海は普段通りの朝を迎えた。普通の人間であれば、溺れていた所であった。

 

 英国随一の魔法学校ホグワーツでの第五学年になる海だが、自ら大蛇を退治しに行くという危険な事をした咎で、先学期の終わりに父親に連れられて日本に戻ってきていた。その日以来、父の監視の下、修行漬けの毎日だ。

 

 居眠りしていたのがよく父にばれなかったものだと、海が額に張り付く髪をかきあげながら父を見ると、父も胡座をかいて舟を漕いでいた。

 「ー変な夢だったわね…。妙にリアルというか…」

 

 そのまま滝行を続けるべきか悩んだが、どうにも今見た夢の内容が気になる。海は無言で滝の作り出した川から上がると、幸せそうに居眠りしている父を残して妹の寝所に向かったのだった。

 

 

 

 海の妹の上野空は、ホグワーツでの海の後輩にあたるあの有名なハリー・ポッターと同い年であった。今年で十三歳になる。魔術の中でも占いの才が特に強く、日本の魔術学校生でありながら、すでに占いの依頼が舞い込む程だという。

 妹の寝所へと向かうと、彼女は縁側で朝日を浴びながら瞑想中であった。姉は声をかける。「空、少しいい?相談があるの」

 

 海の妹・空の毎日は早朝の瞑想から始まる。姉は父からそうとでも命令されない限り、瞑想などした事は無かったが、妹の方は占いに傾倒し始めた頃から、早朝の瞑想を日課にしていた。曰く、心を拡げる事が星の海の神秘に繋がるのだとかなんだとか。姉にはさっぱり意味がわからないが。

 

 姉の声に妹は深く息を吸い、また同じ様にゆっくりと時間をかけて吐き出した。そして目を開け、姉の姿を見つける。

 「海ねえ、どうしたの?父様とまだ滝に打たれてる時間でしょ?」

 海は濡れた修行着のまま、縁側に腰掛けた。「ちょっと、気になる夢を見たの」

 「夢?」空は正座で海に向き直った。

 

 海が滝の中で見た夢について一頻り話すと、空は少し驚いていた。

 「驚いた、海ねえがそんな夢を見るなんて。…そうね、予知夢でも無いし、どちらかというと、警告夢に近いのかしら…?夢の中の殿方は、何かを訴えていたの?」

 「いいえ、こちらに背中を見せて独り言を言ってた感じ。でも何を言っているのか、分からないの」

 「何を言っているか分からない?英語だったんじゃない?」

 

 海の目から鱗が取れた。そう言えば、そんな気もする。海が合点がいった、という表情をしているのを見て、空は驚いている。

 「驚いた。海ねえがそんな夢を見るなんて。神秘的な分野は全くダメダメだったのに…」

 「一言余計なんだけど。」

 「はいはい。―可能性としては、警告夢か、魂の共鳴」

 「魂の共鳴?夢でそんな事があるの?」

 「強い使命を持っている術者にはよく出るって聞くわよ。歴史書の中では語られてないけど、明治には革命の立役者、山本太助が、革命家、御堂筋乱丸の夢を見たのをきっかけとして明治革命に参加したと言われているし。夢の中に出てきた殿方と海ねえには、何か共鳴する部分があるのかもしれないわ」

 

 そうは言われても、海の知り合いの英語を操る者の中に、あんな後ろ姿を持っている者はいない。ホグワーツの先生にもあんな男はいなかった。と、そこまで考えて一つの可能性に思い当たる。地下牢教室。

 最早ぼんやりとしか記憶に無いが、そう言えばあの背景は地下牢教室に似ているかもしれない。

 では、夢に出てきたあの後ろ姿は、地下牢教室の主、スネイプ先生だったのだろうか?

 

 頭を捻りに捻っている姉の様子に、妹は無言で腰をあげる。すぐ後ろの自分の寝所に入っていったかと思うと、またすぐに出てきた。その腕には羽織がかけられている。

 「そんな格好のまま考え込んでたら、風邪ひくよ?」そう言って羽織を姉の肩にかけた。まったく気の利く妹に育ったものである。

 

 「ありがとう」海が礼を言うと、空は再び海と向かい合った。

 「警告にしろ何にしろ、心当たりが少しでもあるのなら、やっぱり今年もホグワーツで何かが起きるのかもしれないわね」

 「不安を掻き立てる言い方しないでよ」

 「そんなに不安なら、未来でも見てあげましょうか?」

 

 海は「いいえ、結構よ」と応じるとその日、そのまま姿を消した。それに父が気づいたのは、家族が揃う朝食の席での事であった。

 

 

 

 

 

 

 日本から遠く離れたイギリスの空で、オーシャン・ウェーン(本名・上野海)はいつものからすに揺られていた。

 

 妹の言う通りなのだとすれば、もしかすると今年もかわいい後輩の身に何かが起きるのかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられず、あれから一時間後には空港に瞬時転移して日本を出た。

 家族の誰にも言ってないが、言ったところで止めるのは父だけだろう。

 

 本当は飛行機ではなく優雅な船旅で海を渡りたかったが、そんな時間も惜しかったので意を決して苦手な飛行機を選んだ。耳がキーンとするのが嫌なのだ。

 英国の土(コンクリートだが)を踏みしめたオーシャンは、人気の無い場所を選んでからすを呼ぶ口笛を吹いた。一方の群れに腰を落ち着ける場所を設え、もう一方の群れにはトランクを結びつけて、飛び立った。そして今に至る。

 

 もう日が落ちて辺りは薄暗い。眼下の家々には、暖かな光が灯っていた。そういえば、お腹が空いたなぁ、今日の宿はどうしようかなどと考えていて、つい前方が不注意になってしまった。

 

 その事故は突然起こった。下から大きな風船の様なものが上昇してきて、オーシャンを運んでいたからすの群れにぶつかった。

 からす達は得体の知れないものにぶつかって、ギャアギャアと騒ぎだした。オーシャンの乗っているか細い板が、混乱しているからす達に揺られている。

 

 「ちょっと待って、あなた達…!落ち着いて―」

 オーシャンは自分とからすの間にある綱をしっかりと握りしめるが、駄目だった。からす達に振り落とされ、真っ逆さまに落ちていく。

 

 オーシャンは地面に激突する前に緩衝呪文を唱えようとしたが、杖がトランクの中にあるのを思い出した。もうだめだ。神よ、仏よ。

 

 

 

 

 墜落したのが住宅街で、余程庭師がいい仕事をしているらしい事が幸いした。

 オーシャンが落ちたのは、立派な生け垣の上だった。背後に立派な家が建っている。

 

 「―いたた…。…あの高さから落ちて生きてるのは、奇跡的ね…。このお家の人には悪いけど」

 見事だった生け垣は、オーシャンが墜落した衝撃でボロボロになっていた。オーシャンは生け垣から抜け出して身の回りを確認する。トランクは?

 ぐるりと見回して、探し物はすぐに見つかった。さほど離れていない街路樹に引っ掛かっていた。

 

 どうにかこうにか木の上からトランクを下ろして、オーシャンは一息吐く、と共に途方に暮れた。イギリスの見知らぬ街の真っ只中、独り取り残されたオーシャンは、ボロボロになったトランクを携えて、黒を増していく夜空を見上げて呟いた。

 

 「…さっきのは何だったのかしら…?」

 夜の彼方にもうからすの姿は無い。謎の球体は、影も形も見当たらない。

 一体なんだったのかと訝りながら、オーシャンは気を取り直して歩き出した。夜の非魔法族の住宅街で、ボロボロのトランクを携えた藍色のローブ姿の人間は、とても目立つ。

 

 しばらくとりとめもなく歩いていたが、やがてはたと立ち止まって考えた。これからの行程を、どうしよう。

 宿も決まっていない上に、移動手段も見当たらない。からすはこの時間、ねぐらに帰っている事だろうし、非魔法界のど真ん中である以上、瞬時転移は使えなかった。非魔法族は、移動にタクシーや人力車を使うそうだが、どちらにしろ日本縁(日本の魔法界の通貨)しか持っていない。そして何より、目的地も決まってないのに一体どこに行けと言うのか。

 

 そして、悩みは堂々巡りである。

 

 オーシャンは一つ深い深いため息をついて、トランクに寄りかかった。するとトランクが横滑りして、寄りかかっていたオーシャンごと倒れてしまっった。

 次の瞬間、バーン!とけたたましい音を立てて、一台のバスが現れた。オーシャンが目を点にしていると、ドアが開いて一人の青年が現れ、こちらに向かって深々とお辞儀をした。

 

 青年は長々挨拶の口上を捲し立てた後、地べたに倒れているオーシャンとトランクに気づいて「are you ok?」の様なことを言って手を差しのべた。オーシャンが今まで聞いた事の無い様な、独特な発音であったのだ。

 

 オーシャンは青年に助け起こされると、いつまで経っても上達しない片仮名英語で「サンキュー」と礼を言った。青年は笑顔を返すと、再び何事か捲し立てて来たが、生憎突然現れたバスに精神混乱中のオーシャンは、それを聞きなれた言葉として理解する事が出来ない。

 

 さて、どうしたものかと視線を泳がせて言葉を濁していると、青年の背後からひょっこりとハリー・ポッターが姿を見せた。

 「ocean!」

 呼ばれて、オーシャンも親しげに「ハリー」と呼び返す。青年は後ろのハリーを振り向き、英語で長々と話していたが、やがて話が纏まるとオーシャンのトランクを車内に運び入れた。

 オーシャンが状況を飲み込めずにキョトンとしていると、ハリーが車内に招き入れて自分の隣に座るようにすすめてくれた。車内には座席ではなく、寝台が並んでいた。

 

 オーシャンがハリーの隣に腰掛けるとまたバスが、バーン!と音を立てて走り出した。あまりの衝撃にみんな体勢を崩し、ココアを飲んでいた客は哀れにも顔面が思いきりココアまみれになってしまった。

 姿勢を直したオーシャンが窓の外をチラリ見ると、先程いた場所とは景色が違っていた。あのバーン!という音と衝撃の正体は、瞬時転移のものだったのか。

 

 

 決して安全な運転とは言えないバスの旅だったが、時間が経つに連れて慣れてきて、オーシャンの精神は平静を取り戻していた。

 彼女自身がそれに気がついたのは、よく見れば車掌風の服装をした青年が、ハリーに向かって「次はネビルの番でぇ。いってぇどこに行きてぇんだ?」と聞いた時だった。

 

 ハリーが「ダイアゴン横丁」と答えを返したのと、オーシャンが「ネビル?どうして貴方がネビルと呼ばれているの、ハリー?」と声に出したのは、ほとんど同時だった。

 

 車掌風の彼がオーシャンを向いた。

 「おっ。そっちの綺麗な顔した嬢ちゃんもようやく口をききなすった。いってぇ何で今まで喋らんかったんでぇ?」

 しかしその質問にオーシャンが答える事は出来なかった。何故なら、隣のハリーの手がオーシャンの口を塞いだからだ。オーシャンは横目でハリーを睨むが、ハリーは車掌風の青年に話していた。

 「オーシャンはちょっと…いや、かなりかな。英語が苦手で」

 「それにしちゃあ、さっきは流暢に喋ったよなぁ?」

 「気のせいじゃないかな」

 

 ハリーは手短に青年との会話を切り上げると、青年に背を向ける様にしてオーシャンに耳打ちした。

 「頼むから、スタンの聞いている所で僕の名前を呼ばないで!」

 オーシャンが「何故?」と聞くとハリーは「今は言えないけど。頼むよ」と言って、すぐ話題をそらした。車掌風の青年、スタン・シャンパイクが聞き耳を立てていたからだ。

 

 「―ところで、君はどこへ行くの?」

 何気ない風のハリーの質問に、オーシャンは素直に答える。

 「さあ、どこへ行こうかしら。宿の宛も無いまま、途方に暮れていたの」

 そう言うとハリーは、どこか勇気付けられたような顔をした。「あぁ、僕も同じだ」

 

 「何で?貴方には、少なくとも国内に帰る家があるじゃない」

 オーシャンが言うと、ハリーは再びスタンに背を向ける様にして、オーシャンに耳打ちした。

 「それが、帰れないんだ。まずいことしちゃって。まぁ、帰る気も無いんだけど」

 

 オーシャンが先を聞こうとすると、バスが乱暴に止まって、全ての寝台が三十センチほど前につんのめった。窓の外にはくたびれたパブ「漏れ鍋」がある。

 「ほい。到着だ、ネビルさんよ」

 スタンに声をかけられて、ハリーは降車の準備をした。「じゃあ、また」と別れていこうとするハリーを前にして、オーシャンが素直に送り出せる訳が無い。

 「私も降りるわ」

 

 バスから降りたハリーとオーシャンは、漏れ鍋の前に一人の人物がいるのに気づいた。じっとこちらを見つめて、歩み寄って来る。

 「誰かしら?」

 オーシャンの問いに、ハリーの声が物語っていた。悪い人物に見つかってしまった、と。

 「―魔法省大臣だ…」

 






やっと!やっとアズカバンの囚人編の更新でございます。いつもお世話になっている読者様、読んでくれてありがとう。

仕事が忙しくなり、健康で文化的な生活を過ごすのもギリギリの中、何とか執筆の時間を捻出しようと早起き練習の真っ最中でございます。(生活がだらけすぎ)

出来る範囲でゆっくり更新していきたいと思います。急いては事を仕損じる!
読者様には寛大な心でお付き合い頂ければ幸いです。


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20話

 

 あれよあれよという間にハリーは魔法省大臣、コーネリウス・ファッジに捕まってしまった。オーシャンはハリーにこの夏何があったのかは全く知らないが、ハリーの顔色から察するに喜ばしい出会いではない様だ。

 コーネリウス・ファッジは、ハリーと腰を落ち着けて話ができる部屋を「漏れ鍋」店主のトムに用意させた。ハリーがそこに通されるので、オーシャンは何食わぬ顔でハリーと大臣の後ろに着いていったが、敷居を跨ごうとした所で振り向いた大臣に止められてしまった。

 

 「おっと、君。Ms.―…あー、すまないが、ハリーと二人きりで話がしたいんだが…というか、君は?何故私たちについてくる?」

 オーシャンは何食わぬ顔で言った。

 「申し遅れました。わたくし、ホグワーツ魔法魔術学校の第五学年になるオーシャン・ウェーンと申します。私もハリーと二人きりで話がしたいのですが」

 部屋の中から、ハリーが大臣に申し出た。

 「お願いします。オーシャンも一緒に中に入れてください」

 

 片や慇懃な態度の女の子と、片や生き残った男の子。大臣はハリーがそこまで言うのならと、かなり渋々にではあったが、オーシャンの事も部屋の中に招き入れた。

 

 コーネリウス・ファッジとハリーは向かい合って椅子に腰掛け、コーネリウス・ファッジは二人が初めて会うように自己紹介をした。ハリーが知っている口ぶりだったからすっかり面識のあるものだとオーシャンは思っていたが、ハリーが一方的に大臣の顔を知っていただけだったらしい。

 

 コーネリウス・ファッジは、ハリーのおかげで大変な騒ぎとなったと言った。叔父、叔母の家から逃げ出したのだという。オーシャンは面食らってしまった。

 「逃げ出した?ハリー、一体どうしたというの?」

 オーシャンが言うと、ハリーは肩を竦めて縮こまった。コーネリウス・ファッジは続けた。「Ms.マージョリー・ダーズリーの不幸な風船事故は、我々の手で処理済みだ」

 「風船事故?」オーシャンがファッジの話を遮って言ったが、ファッジは無視した。「クランペットはどうだね、ハリー?」

 

 オーシャンがここ数年の英国生活で味を覚えた甘めの軽食パンを、ファッジはハリーにすすめた。しかしハリーもオーシャンも、手はつけなかった。

 ハリーは青白い顔をして食欲は無さそうだし、オーシャンはクランペットより今はカレーパンが食べたかった。

 

 オーシャンはさっぱり話についていけないが、とりあえず「終わった事故」の話であるらしい事は察する事が出来た。想像するに、ハリーが何らかのアクシデントで非魔法族である親戚の家で魔法を使ってしまい、「未成年魔法使いの制限事項令」を破ってしまった、というところだろうか。

 それなら、ハリーの若干不審な態度も納得できる。「未成年魔法使いの制限事項令」を破って逃亡中に、魔法省のトップである大臣が直々にお出まししては、肝も潰れるというものだ。

 

 ファッジは、ハリーの叔父と叔母は今回の事故に非常に腹を立てているが、ハリーがクリスマスとイースターをホグワーツで過ごすのなら、来年の夏にまたハリーを迎える用意があると説明した。

 対してハリーは、毎年クリスマスとイースターは必ずホグワーツで過ごしていると主張した。言われるまでも無い事である。

 

 ハリーは今か今かと自分の処分が言い渡されるのを待っていると、ファッジはついにハリーの処分を言い渡した。

 「残る問題は、学校が始まるまでの二週間を君がどこで過ごすかということなんだが、私はここ「漏れ鍋」に部屋をとるのがいいと思うが…」

 「ちょっと待ってください!僕の処分はどうなりますか!?」 

 ファッジの意見はハリー本人によって遮られた。「未成年魔法使いの制限事項令」を堂々と破っておきながら、処罰が無いというのはどういう事だ?

 

 ファッジはハリーに向かって優しい笑みを浮かべ、今日起こった様なちっちゃな事故で、魔法使いの監獄・アズカバンに入れる様な事はしないよ、と言った。しかしハリーは食い下がる。去年の夏、屋敷しもべ妖精のドビーが魔法を使った時には、公式勧告を受けた、と。

 

 ファッジ大臣は多少狼狽えた様に見えたが、「君は退学になりたいわけではないだろう?ならば、何をつべこべ言う必要があるのかね?」と言ってこの論争を終わらせた。

 

 その後大臣は、ハリーが泊まれる空き部屋があるか店主のトムに確認しに部屋を出た。室内にはハリーとオーシャンの二人きりだ。部屋に沈黙が訪れる。

 先に口を開いたのは、オーシャンだった。

 「貴方、何でまた非魔法族の前で魔法を使ってしまったの?」

 

 ハリーは詳しくは省いたが、ざっとしたあらすじをオーシャンに聞かせた。親戚のマージ叔母さんに、自分の亡くなった両親の事を有ること無いこと(全て無いことだったが)言われて自制心が利かず、マージ叔母さんを風船にしてしまったという。

 それを聞いて、一つオーシャンの謎が解けた。あの時オーシャンのからすにぶつかったのは、マージ叔母さんだったのだ。

 オーシャンがそれが原因で墜落したと伝えると、ハリーは申し訳なさそうな顔をしたが、オーシャンが「むしろ、よくあんな高度まで上がったものね。ハリー、貴方、風船を作るの上手いんじゃない?」と言うと初めて笑顔を見せてくれた。

 

 やがて、大臣がトムを従えて戻ってきて、ハリーに十一号室が空いていると伝えた。

 「私の分の部屋も空いているかしら?」

 オーシャンは何気なく聞いたが、トムは「残念ながら」と首を振って答える。

 

 ファッジが暇を告げて帰ろうとした時、ハリーは引き留めて質問した。「シリウス・ブラックはまだ捕まらないのですか?」

 ファッジは、魔法省の全力を挙げて行方を追っていると、まるで使い古された記者会見のコメントの様な事を言った。

 ハリーが次いで、ホグズミードの訪問許可証にサインしてくれないかと言うと、これは却下された。

 「私は残念ながら、君の保護者ではない」と、尤もな言い分だったが、その後にポロリと口から出た言葉が、オーシャンは妙に気になった。「君は行かない方がいいと思うが…」

 

 ファッジが部屋を出ていった後、トムはハリーを十一号室に案内すると申し出た。

 「あ、はい。でも、オーシャンは…」

 「仕方ないわね。では、夜明けまで店の方で休ませて貰えるかしら?今からフレッドとジョージに連絡をとって、何とか「隠れ穴」にお世話になりに…」

 「ロン達みんな、エジプトに行ってるよ。あと一週間は帰ってこないんじゃないかな」

 「ではハーマイオニーなら…」

 「フランスだって」

 「…所で、ハリー。何故私がこんな中途半端な時期に日本から戻ってきたのか、知りたくない?寝物語に聞かせてあげるわ」

 「添い寝する気!?」

 

 そして何とか、オーシャンは今宵の宿を確保した。ハリーの部屋の隅っこも隅っこに、店主のトムが椅子を二つくっつけた簡易ベッドを作ってくれたのだった。



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21話

さて、休暇が明けるまであと二週間というこの中途半端な時期にオーシャンが何故帰ってきたのか。それはあの夢に嫌な予感を覚えたからに過ぎない。

 

けれども、妹は魂の共鳴か警告夢であるという。どちらであっても、オーシャンにとって無視できるものではなかった。神秘的な事柄を見抜く眼は、オーシャンは妹の足下にも及ばない。

 

しかし、それを聞いたハリーは、どこ吹く風だった。確かに、魔法省大臣がたかが未成年の魔法使用の案件で出て来た事については、首を傾げていたが、オーシャンの見た夢の内容については、

「ただの夢じゃないか」

の一言で終わってしまった。そして、オーシャンが妹と話し合っていた内容を語っている内に、ハリーは疲れきって眠ってしまった。ハリーの真っ白なふくろう・ヘドウィグが、静かにしろ、とでも言いたげにオーシャンを睨んでいる。

 

オーシャンは深くため息を吐くと、日の出までの数時間を眠るために、店主のトムが急ごしらえしてくれた部屋の隅の寝床に潜り込んだ。横を向くと、背中に板壁が直接当たってヒヤリと冷たい。背中に固い感触を感じながら、オーシャンは眉を潜めた。

「…ちょっとこれ、隅すぎじゃない?」

 

 

 

 

 

ハリーは自由な毎日を、戸惑いつつも楽しんでいる様だった。ダーズリーとかいう非魔法族の家では、どんな待遇を受けているのだろうか。オーシャンは知る由も無かったが、ハリーが輝く様な笑顔でいてくれる事こそが一番だと思った。そう考えると、この夏に彼が家出してきたのは正解だったと言える。

 

ハリーが散歩に出掛けている間、オーシャンは店主のトムに用事があった。宿代についてだ。

ハリー・ポッターともなれば二週間宿代をタダにすることも出来ようが、英語のできない日本人相手にはそうもいかないだろう。生憎と、二週間も宿の一室を借りられる程の金は、持ち合わせていなかった。

 

例年ならば、日本から家族が送り出してくれる際に、少し多目にお小遣いを渡してくれる事もあるが、今回は両親にも黙って出てきたので、余分には持ってこれなかったのだ。

 

ハリーに聞いた話では、ウィーズリー一家は一週間後にエジプトから帰国するという。ハリーにヘドウィグを貸してもらい、ウィーズリー家にお世話になれるように連絡をとってみよう。

ウィーズリー家には悪い事をするが、そうすれば、考えればいいのは一週間分の宿代だけだ。それでも結構な金額であることに変わりはないが、倍の期間のそれよりは全然安いものである。

 

とはいえ、やはり一週間分の宿代は払えるものではないので、オーシャンは最終手段をとった。

「一週間、バーで働かせてくれないかしら。宿代分は労働で返す事にしていただけると、ありがたいわ」

店主はありがたくもこの条件を飲んでくれた。

その日の夕方、帰宅したハリーにその様に話がまとまった事を打ち明けると、彼は「そんなややこしい事しなくても…」と言ったが、決まったは仕方がない。

 

フクロウ便は長旅になるが、ヘドウィグなら大丈夫だろうとハリーは請け負った。ウィーズリー一家に宛てた手紙をヘドウィグの足に括りつけながら、「頼んだよ」と白いふくろうに声をかける。オーシャンもその暖かい羽毛をひと撫でして、ヘドウィグを夕暮れの空に送り出した。

 

次の朝から、オーシャンの一週間に渡る労働の日々が始まった。ハリーが目を覚ますより先に静かに一階のバーに降り、朝食の支度を始めている店主を手伝う。朝は断然に米派のオーシャンが果たして洋食の用意などできるものか、と内心不安に思っていたのだが、ありがたくも朝食は簡単なものだった。トーストにスクランブルエッグ、ベーコンを焼いただけのワンプレート。紅茶とミルクがついている。

 

出来上がった朝食を宿泊客の部屋へ持っていくのは、オーシャンが仰せつかった。オーシャンは張り切って杖を取り出そうとして、はたと思い立った。物を動かす呪文はホグワーツで習ったが、いざ実践では動かそうとした物体はひっくり返ってばかりだ。つい先学期も、フィルチが腰かけている椅子を廊下の端まで動かそうとして、その場で豪快にひっくり返してしまった。

 

自分のための朝食ならいざ知らず、ハリーの為の朝食、しかもこれが仕事となれば、失敗するわけにはいかない。オーシャンは静かに杖を懐に仕舞って、ごまかす様に柔らかく微笑んだ。

「店主、お盆はあるかしら?」

 

 

 

 

 

 

労働六日目、散歩から帰ってきたハリーの元気が無かったように見えたので、部屋に帰ったオーシャンは「どうしたの?元気が無いようだけれど」と聞いてみた。オーシャンの方も馴れない仕事に疲れが見えてきた頃だった。

 

ハリーは自分のベッドに腰かけていた。

「いや、何でもないよ。君も疲れているみたいだね」

ハリーに言われて、オーシャンは軽くため息を吐いた。「私の事はどうでもいいのよ」

実際オーシャンは疲れていたが、そんな泣き言を後輩の前で言ったところで、どうなるものでもない。

一週間限定の仕事であるからには、オーシャンの仕事は食器洗いと、決して広くはない店内での配膳に従事することだった。

日本の実家でのお茶運びならお手のものだが、狭い店内で飲み物(主に酒)を運ぶ作業が存外難しく、今日は一回お盆の中身を床にぶちまけそうになってしまった。因みに、一昨日は酒とつまみ各種を完全に床にぶちまけている。

 

本日の自分の仕事ぶりを思い返して、オーシャンは少しの間恥ずかしさで顔を覆ったが、すぐに気を取り直して「それで?」とハリーに聞いた。

 

「僕?何でもないよ」

「そうは見えないわ」

オーシャンが言って、ハリーの隣に腰かけた。ハリーはしばらく少し迷っている様にもじもじしていたが、オーシャンが聞く姿勢をとっているのを見て、やがて語りだした。

「今日、教科書を揃えに行ってきたんだ。それで、その…占いの本を見つけて」

「へえ?」

「それでーあの、オーシャンは死の前兆とかって見たことある?」

思いもしなかった質問にオーシャンは一瞬面食らってしまったが、何とか「-残念ながら、まだ無いわね」と返した。先学期にバジリスクと相対した時でさえ、そんなものは見られなかった。まあ、結果は死んでいないわけだが。

 

「僕、その占いの本の表紙に描かれていた犬を、マグノリア・クレセント通りで見た気がしたんだ」

オーシャンは質問する事をせず、ただ頷いて聞いていた。

「―気のせいだと思うんだけど」ハリーはそう、強調して付け足した。「でも…でもどうして僕の前に…」

ここでオーシャンはハリーの話を遮った。

 

「私も、不思議な夢を見てね。知らない男の人が独り言をブツブツ言っている夢なんだけど…」

「その話はもう聞いたよ」

「でも、そんな不思議な事があると気になるじゃない。ね?」

微笑を湛えて同意を求められて、ハリーはオーシャンの言っている事に気がついた。不思議な事象が自分に降りかかれば、気になってしまう。無視はできない。

 

「私は、あんまりに馬鹿馬鹿しいと思える様な事でも、自分の直感を無視するべきではないと思うわ。私の見た夢と、貴方の見た影にも関係性が無いとは言い切れないと思わない?」

「そんなこと、分からないよ」

「分からなくていいわ。貴方を見守るのは、私が勝手にやっている事だから。貴方はそのままでいてくれればいいの」

 オーシャンがそう言った直後、窓辺に真っ白いフクロウが一羽舞い降りた。ヘドウィグだ。足にウィーズリー一家からの返信が、しっかりと結えられている。

 

 ハリーは手紙を出す時、自分の詳しい現状は書いていなかった。世界一親切なウィーズリーおばさんに心配をかけたくなかったし、ロンに事情を知られればすぐにハーマイオニーにも知られるに決まっている。

 よって、ハリーは自分自身の事は一切書かずに、オーシャンがお金を持たずに宿を取れないという現状だけを手紙に記した。結果、少々不思議に思われてもおかしくはない文面が出来上がり、ハリーはオーシャンと一緒にヘドウィグを送り出しながら、帰ってくるであろう手紙の面積のほとんどは、自分を心配するものにならないだろうか心配していた。

 

 ところがオーシャンと一緒に返信を読んでみると、ハリーの懸念は杞憂となった。そこにはハリーの身を案じているという文章はどこにもなかった。ただ、騒がしい家だが、オーシャンが遊びに来てくれるなら喜んで歓迎するという旨の文章が、書いてあった。ハリーは拍子抜けしている。良かったような、

少し寂しい様な。

 

 「-よかった。どうやら大丈夫だったみたいね」

 ハリーの隣で、オーシャンが安堵のため息を吐いた。英語力は決して高いとは言えないオーシャン・ウェーンだったが、この文面を見て質問の答えがイエスかノーかを判断する力は、長いホグワーツ生活で身についていた。

 

 「オーシャンが来てくれるなら、喜んで歓迎するって書いてあるよ」

 「本当?嬉しいわ。おばさまとおじさまが迷惑がるんじゃないかって、内心心配だったの」

 文面から読み取れなかった情報をハリーが補填してくれて、オーシャンは肩の力がすっと抜けた心地がした。 

 

 

 

 翌日の早朝、オーシャンがすっかり旅支度を整えて一週間世話に

なった部屋を出ようとすると、背後でハリーのベッドがもぞもぞと動いた。気配に気づいてオーシャンは振り返る。ハリーが寝ぼけ眼で起き上がっていた。

 

 「ハリー、まだ起きるには早いわよ。無理しないで、もうひと眠りしなさい」

 オーシャンは言うが、ハリーは子供のように目を擦りながら首を横に振った。

 「-眠ってられないよ。オーシャンこそ、『隠れ穴』までの道は分かるの?」

 

 「からすに乗って行くから大丈夫。からすって、とっても頭がいいのよ。行き先を告げれば大抵の場所には行ってくれるわ。あと、万が一道に迷っても、森の蛇にでも聞くから大丈夫よ」

 二人で階段を下りながら、そんな会話をしていたところ、キッチンに人影が見えた。店主のトムである。

 

 「店主、おはようございます。仕事を始める時間には、まだ早いのでは?」

 オーシャンが言うと、トムは一つの包みを持ってキッチンから出てきた。そして店の出入り口に向かおうとしているオーシャンに、その包みを差し出したのだった。

 「朝と昼の分作ってある。どうやって友達の家まで行くのか知らないが、気を付けて行くんだぞ。君にもう店の備品を壊されないから、こちらとしては安心だ」

 「大変お世話になりました」

 オーシャンが包みを受け取って微笑むと、トムは仕事に戻っていった。

 

 



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22話

 ―チリン、チりン。

 玄関で呼び鈴が鳴り、モリー・ウィーズリーが出迎えるとそこにはオーシャン・ウェーンがいた。

 「まぁ、早かったわね!むさ苦しい家ですが、どうぞ!」

 「お邪魔します」

 オーシャンが言って外井をくぐったところで、バタバタとした足音が階段の方から聞こえてきた。まるで転げ落ちる岩の様な勢いだ。ウィーズリーおばさんがしかめ面で階段を振り返ると、そこに登場したのは長身の双子達だった。

 「おう、遅かったな、オーシャン!」

 「首を長くして待ってたんだぜ、早く俺たちの部屋に来いよ!」

 双子が口々に言う。その間を割って小さい姿が現れた。

 「昨日家に着いたばかりじゃない!二人とも冗談ばっかり言うんだから!」

 ウィーズリーの末娘のジニー・ウィーズリーだ。ジニーはオーシャンに挨拶して、元気いっぱいの笑顔を見せた。先学期に大変な事件に巻き込まれて死にかけたのは、もはや過去の事である。

 

 オーシャンがハリーに宣言した通り、からすは行き先を一回聞いただけで、オーシャンを『隠れ穴』に真っ直ぐ連れてきた。オーシャンはトムに作ってもらった朝食を、からすに揺られながら優雅に食べているだけで良かった。

 新学期が始まるまでの滞在期間、オーシャンはジニーと同じ部屋を使うように言われた。荷物を置くためジニーに案内されて部屋に入ると、そこは想像していた通りの女の子の部屋だった。一つだけある窓には、レースのカーテンがかかっている。少々使い古されている感じが、オーシャンにはアンティーク調で洗練されている感じに見えた。

 棚の上にはいくつもの人形がおり、その横には棚に仕舞いきれなかったのか、学習用品がいくつかむき出しの状態で置かれていた。壁には女性のバンドグループらしいポスターが張られているが、何というグループなのかオーシャンは知らない。

 

 「荷物、ここに置いとくのがいいわ。貸して」

 ジニーに言われて、オーシャンの荷物はベッド下に押し込まれた。ジニーは一仕事終えるとふう、と息を吐き、そのベッドの上に腰掛けてオーシャンを見上げた。

 「お世話になります」

 オーシャンが言うと、ジニーは首を横に振り振り、微笑んだ。

 「フレッドとジョージから、あなたがうちに遊びに来てくれるって聞いた時、とっても嬉しかったの!もちろんパパとママも嬉しがってたわ!」

 「そんなに歓迎されると、逆に恐縮しちゃうわ…」

 「あなたとハリーが私の命を救ってくれた事、忘れてないわ!来年の夏も、ずっとここにいてほしいくらいよ!ただ、―」

 

 ジニーが言いかけた時、オーシャンは誰かの視線を感じて扉の方を見た。部屋の扉が細く開いていて、そこから青い瞳が覗いている。また背が伸びた様だが、そばかすだらけの顔は相変わらずだった。ジニーも気づいてそちらを向くと、扉の外にいたロンは慌てて身を引き、階段を乱暴に上がって逃げた。ジニーがその様子にクスクス笑う。

 「あなたが遊びに来るって聞いてから、ずっとああなの。ビクビクしちゃって、変なの」

 「―ふーん…」

 思い当たる節があって、オーシャンはにやりとした。恐らく、先学期に「覚えておけ」と言ったのをちゃんと忘れてないのだろう。記憶を無くしたギルデロイ・ロックハートをオーシャンが口説いていたと、ロンがハリーに面白おかしく聞かせていた恨みをオーシャンももちろん忘れていなかった。「面白い夏休みになりそうね」

 

その日の夜は、オーシャンをウィーズリー家に歓迎するちょっとしたパーティが開かれた。全員が料理を前にして席に着くと、ウィーズリーおじさんが音頭をとるためか、グラスを持って立ち上がった。オーシャンはグラスを片手に乾杯の言葉を待っていたが、おじさんの口から出てきたのは感謝の言葉だった。

 「ありがとう、オーシャン。君が助けてくれなかったら、今頃ジニーはここに座っていないだろうし、私たちも悲しみに暮れて夏の休暇をこんなにも穏やかな気持ちで過ごす事は出来なかっただろう。改めてお礼を言わせておくれ、ありがとう、オーシャン・ウェーン」

 おじさんが言ってグラスを掲げると、みんながオーシャンの名前を唱和してグラスを掲げた。その光景を当のオーシャンはきょとんとして見ている。言われた事の意味が分かってくるにつれて顔が赤くなってくるのを感じた。

 「では、私からも改めてお礼を言わせてもらいます。私をこんなにも温かく歓迎してくれて、ありがとう」

 オーシャンは言い、世界で一番素敵な家庭であるウィーズリー家に、と杯を返した。みんな嬉しそうに笑っていた。

 

 

 食事をしながら、色々な話をした。一家がこの夏に旅行したというエジプトのピラミッドでの話、現地にいた不思議な魔法生物、魔法史の一幕であろうと思われる様な不思議な壁画の話。

 オーシャンはこの夏は何をしていたの、とジニーに聞かれて、彼女はこの夏に日本で父の監督の下に行っていた修行の話をした。日の出と共に起きて滝行、朝食を食べて体を整えてから父からみっちりと魔法授業を受ける。頭に知識を叩き込んだ後は、五キロメートルの走り込みをした。これは、忍術を扱うが上での基礎訓練であり、同時に精神鍛錬でもあり、事前の授業で頭に叩き込んだ内容を走りながら頭の中で復習するという過酷なものだった。

 過酷な持久走に耐えた後はつかの間の自由時間である。しかしそれも、ホグワーツから出ている課題に消えた。そして夕食を食べて、風呂で一日の疲れを洗い流して就寝、と思いきや、まだ一つやることが残っている。それは、一日の最後に本物の呪術師である父と、道場で手合わせをする事だった。体術と魔法が飛び交う、アクロバティックな一戦である。これでオーシャンは何度も死にそうになった。

 話を聞いていたみんなの顔が、一様にポカンとしていた。フレッドが言う。「一体お前の親父は、お前を何にさせたいんだ?」次に口を開いたのは、ウィーズリーおじさんだった。「君のお父上は、一体そのスケジュールのどこを使って仕事をしているんだね?」

 オーシャン自身もその二つの疑問は持っていた。多分であるが、父はオーシャンを何者にしたいか、など考えていないだろう。今回の日本へ強制帰国された理由は、先学期にバジリスクと戦って死にかけたから、という事である。このしごきの裏には、次また危険な事に巻き込まれた時に死にかける事が無い様にという意図を感じる。後者の疑問についてはオーシャンにも分からない。一体いつ仕事をしていたのだろうか。 

 

 「じゃあ、何でもう帰ってきたの?ホグワーツ特急にはまだ早いじゃない」

 ジニーに聞かれたが、これもオーシャンはその場で上手く説明ができなかったので、曖昧に誤魔化した。搔い摘むと、不吉と思われる夢を見たから、という事だけなのだが。

 まさか両親にも内緒で出てきて、こちらでの宿も決まっていない状態だったとは、この温かい空間では切り出しにくい話である。しかし幸い、それについて深く突っ込んで聞かれるという事は無かった。

 「それにしても、何でヘドウィグが手紙を持ってきたんだ?何でお前の手紙をハリーが代筆してるんだ?」

 ジョージが聞いてきたので、オーシャンはニッコリとして言い放った。

 「黙秘するわ」

 話せば長くなる事であるし、それを説明するには、ハリーの起こしてしまった不祥事について話さなければならない。本人が不在の席でこの話をしていいのかどうかは、オーシャンには判断できなかった。それに、ハリーならウィーズリー家に余計な心配をかけたくないがためにこの席では明かさないのでは、と直感的に思った。夕食が終わった後で、ロンにだけは話して聞かせるだろうが。

 オーシャンの思案を他所に、この件について口を開いたのは、意外なことにウィーズリーおじさんだった。

 「どういう事情かは知らないが、君はハリーと一緒にいたんだね?だからヘドウィグが手紙を持ってきたんだ」

 

 「どういう事?」

 

 フレッドが父を向いて質問した。オーシャンは少し驚いていた。ウィーズリー氏が魔法省に勤めているとは聞いていたから、ハリーが起こした不祥事の話は少なからず知っているとは思っていた。しかし、それを家族との団らんの席で言い出すとは思っていなかった。

 「親父、何でそんなこと分かるんだよ?」

 「それは…ハリーが、おばさんを膨らましてしまう事故を起こしてね。風船みたいに」

 「まあ、アーサー!」おばさんが息をのんだ。

 「それで―まあ、ハリーは今『漏れ鍋』にいるんだ。少しでも落ち着けるようにね。事故を起こしたときは、少し興奮状態にあったみたいで…。君は、ハリーと一緒に『漏れ鍋』にいたのかな?」

 ウィーズリー氏に聞かれたので、オーシャンは「ええ、その通りです」と答えた。すると、ウィーズリーおばさん、ジニー、そしてパーシーまでもが大きく息をのんだ。

 

 「成人前の男女が、同室で寝泊まりするなんて!」ウィーズリーおばさんは、なんてこと、という表情で天井を見上げた。

 「ハリーとオーシャンが…一晩中一緒…二人は、仲良し…!?」ジニーは顔を真っ赤にして涙ぐんでいる。まずい、失恋した乙女の顔だ。

 「何か間違いでもあったら、どうする気だ!」パーシーは顔を赤くして怒っている。間髪入れず、オーシャンは言い返した。

 「間違いが起こるとでも思っているの?」

 平然と言ってのけたオーシャンに、誰も言い返す者はいなかった。しかし、彼女が大粒の涙を溢しだしたジニーの誤解を解くのには、丸々一時間かかったのだった。

 

 

 

 

 ウィーズリー家での平和な夏休みが過ぎていった。オーシャンは毎朝キッチンに降りては、おばさんが朝食の用意をするのを手伝った。無事に誤解が解けたジニーとは、恋愛というには可愛いものだが、そういったいわゆる『浮いた話』をしたり、ジニーの部屋で宿題を見たりした。双子が悪戯をすれば、叱るのではなく諭すのがオーシャンの役目になった。長い付き合いで分かってきたのだが、双子は叱られるのより諭されるのが苦手らしい。双子を前に論じていると、よくおばさんからウインクが贈られてきた。

 

 パーシーは大体部屋にこもっていたのだが、食事の席ではよくオーシャンと話してくれた。話題は専ら、進路のことについてだ。

 オーシャンの学年になればそろそろ大まかな指標が見えてくるものだが、オーシャンは進路の事を何も考えていなかった。そもそもこちらに留学してきたのも、英国への憧れだけで大した目的があるわけでもない。就職をこちらでするか日本でするか、それともまた違う国でしたいのか、何の展望も持ってなかった。パーシーとそんな話をする事で、自分はもうそんな時期に差し掛かっているのかと、漠然と感じる事が出来た。我が事ながら、何とも呑気な話である。

 

 ロンはオーシャンに、まるで小動物が警戒心を解く様におずおずと接する様になった。その姿がいちいち可愛くて、そんなに心をくすぐられては、報復(大した事をするつもりは無かったが)をするのももうばからしい、とオーシャンは先学期の一件は水に流す事にした。

 

 オーシャンがウィーズリー家に世話になって五日目の朝、学校のフクロウが教科書のリスト等が入ったホグワーツからの手紙を持ってきた。パーシー宛の封筒中には、小さな首席バッジも一つ入っていた。おばさんはウィーズリー家二人目の首席の誕生を、諸手を上げて喜んだ。

 フクロウはオーシャン宛の手紙も持ってきていた。生徒がどこにいても、ダンブルドア校長はお見通しというわけだ。

 明日の朝、みんなでダイアゴン横丁へ出発することになった。ふと、手持ちのお金で学用品が全部買えるだろうか、という疑問がオーシャンの頭によぎったが、考えない事にした。人生はなるようになるのである。

 

 その日の夕食の席では、珍しくラジオがつけっぱなしになっていた。ニュース番組では、魔法使いの監獄・アズカバンを脱走した囚人のニュースを流している。オーシャンは数日前にもまったく同じ内容のニュースを聞いた気がした。進展が全くないのだろう。

 「まだシリウス・ブラックは捕まらないんですか、父さん」

 パーシーが大人ぶった様子で父親に聞いた。おじさんは、魔法省の全力を挙げて行方を追っている、と、オーシャンが最近どこかで聞いたのと全く同じ回答をしていた。

 

 その夜、おじさんとおばさんが話しているのをオーシャンが聞いたのは、全くの偶然だった。子供たちは全員就寝準備を済ませて自室に引き上げていた。オーシャンも一旦はジニーと一緒に部屋に戻ったのだが、部屋に教科書のリストが無いのに気づき、一階へ探しに階段を下りた。すると、おじさんとおばさんが何やら話し込んでいる声が聞こえてきた。夫婦の時間を邪魔しては悪いと引き返しかけたオーシャンだったが、おばさんが声を高くしたので足を止めた。

 「じゃあ、シリウス・ブラックはハリーを!?」

 「しっ!モリー、声が大きいよ。子供たちが起きて来たらどうする!」

 その時オーシャンの脳裏に日本で見た夢の記憶が蘇った。警告夢か、魂の共鳴。ハリー・ポッター。そして、アズカバンから脱獄したシリウス・ブラック。

 

 階段から姿を現したオーシャンに、おじさんとおばさんは肝を冷やしたに違いない。おじさんは突然現れたオーシャンに、話をどこまで聞いたのか確認を取ろうとした。「オーシャン、今の話、聞こえたかね?」

 オーシャンは答える。

 「いえ、ほとんど。お二人とも、少し私の話を聞いてくれませんか?日本で見た不思議な夢の話なんです」

 「夢?」

 オーシャンの言葉に二人は顔を見合わせたが、拒否する事は無かった。そしてオーシャンは、二人に日本で見た夢の話を聞かせた。そして、自分の妹によるその見解。今、彼女自身が導き出した答え。

 

 オーシャンの話を聞き終えたウィーズリー氏は、自身の知る情報をオーシャンに教えてくれた。シリウス・ブラックが、ハリーを狙っている事。ハリーを殺すために、アズカバンから脱獄した事。

 「奴は、ハリーを狙っている。『奴はホグワーツにいる』と、うわごとを繰り返していたらしい…。ハリーは今、危険に晒されている。今はダイアゴン横丁で大勢の魔法使いが見張ってくれているからいいが、ホグワーツではどうなるかわからない…」

 「『奴はホグワーツにいる』…?」

 「オーシャン、頼む。ハリーを見張って、守ってやってくれ。生徒である君に頼む様な事じゃないが、ハリーが危険な事に巻き込まれないように目を光らせておくれ」

 「ちょ…ちょっと待って。ブラックが意味深なうわごとを繰り返しているからって、それだけで何故ハリーを狙っていると分かるんです?」

 真剣に訴えた話の内容を根底から覆すようなオーシャンの疑問に、ウィーズリー氏は眼を瞬いた。しばし、二人は見つめあう事となる。オーシャンが質問を重ねた。「ただの寝言かもしれませんよね?」

 

 「アズカバンの看守達の前では、囚人は夢を見ない」おじさんが二回目の質問に答える。

 「そうなんですか。では、それは『意味深なうわごと』という事になりますね。しかし、ブラックの言っている『奴』がハリーであるといえるのは何故です?」オーシャンが更に質問を重ねる

 「…ブラックは例のあの人の腹心の部下だった。例のあの人を退けたハリーを狙うのは、当然の流れじゃないのかね?」おじさんが質問で返す。

 「では、それは何故『今』なんです?これまでだって、脱獄して殺しに行こうと思えば簡単だったはずです。ハリーがホグワーツに入学する前であれば、尚更」

 「それは…」

 ウィーズリー氏はオーシャンに言い返す言葉が無かった。言われてみれば、なるほど、そのとおりである。返す言葉もない。

 

 オーシャンは続けた。

 「もちろん、殺人者がホグワーツに侵入する可能性があるというのであれば、それは看過できる問題では無いです。シリウス・ブラックには、ハリーはおろか、ロンやジニーや、フレッド、ジョージ、パーシーにも、指一本触れさせる気は無いわ。でも、ブラックがハリーを狙っているというのは、正直、私には信用できない情報です。『奴』というのは、ダンブルドア校長かもしれないし、それ以外の先生方の誰かかもしれない」

 「うぅむ…」

 ウィーズリーおじさんが腕を組んで考え込んでしまった。その姿に、オーシャンは怪しい笑顔を湛えて言った。

 「何にせよ、ホグワーツに手を出すのであれば、私も手を抜かずにお相手します。安心してください」

 



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23話

 ホグワーツ特急に揺られながら、オーシャンは頭の中で情報を整理していた。

 まず、忘れもしない、日本で見た夢の件である。こちらに背中を向けて、ブツブツと独り言を言っている気味の悪い男の夢。

 オーシャンはある仮定を立てた。しかも、かなり的確だと思われる仮定である。

 

 あの夢に出てきた男こそ、シリウス・ブラックなのではないか。ウィーズリーおじさん達の話を偶然聞いてしまったあの時、オーシャンはそう思った。

 今でも鮮明に覚えている、あの夢の背景が、地下牢教室に似ていると思ったのも道理である。シリウス・ブラックの後ろにあった冷たい鉄格子こそ、本物の牢。魔法使いの監獄、アズカバンなのだから。

 あの夢からは、執念の様なものが感じられた。ウィーズリー氏は、シリウス・ブラックはハリーを殺そうとしているのだという。しかし、それ以外にもあの夢からは、喜びと驚きを感じ取る事が出来た。仮にハリーを本当に殺そうとしているのだとしたら、あの夢から何故驚きの感情を感じ取ったのか説明がつかない。何かしらブラック自身が見つけた事実に、驚きつつも喜んだのではないのだろうか?

 

 ウィーズリー氏によれば、ブラックはしきりに「奴はホグワーツにいる」といううわごとを繰り返していたそうだ。その言葉から、ブラックはハリーを殺そうとしているなどと何故言えるだろう。ハリーがホグワーツに入学して三年経っている。ハリーを抹殺しようというなら、殺しに来ようと思えば、彼の入学前にいくらでも時間はあったはずだ。

 ブラックはヴォルデモートの腹心の部下であったという情報から考えると、ヴォルデモートと敵対していたダンブルドアを狙った発言に取れない事も無い。しかしそれこそ、今更どうして、という疑問は残る。

 脱獄を『今』決行したという事を考えると、『今のホグワーツ』に何かがあると考えざるを得ない。ブラックはそれを知った。そして、それはブラックにとってずっと探し求めていたものである可能性が高い。

 

 もうひとつ、気になっている事がある。それは、妹の助言だった。

 妹の空は、あの夢を『警告夢』か『魂の共鳴』であると言った。

 『警告夢』であればいいが、『魂の共鳴』であれば、それはシリウス・ブラックとオーシャンの間に共鳴する『思い』があるという事を意味する。

 オーシャンは自分とブラックとの共通項になりそうなものを考えてみた。答えは簡単。ハリー・ポッターである。

 オーシャンは過去二年とも、ハリーを事実上『守って』いる。シリウス・ブラックと『共鳴』するのであれば、ブラックもハリーを『守ろうとして』いなければ辻褄が合わない。やはり、ただの『警告』なのか…。

 

 そこまで考えていると、フレッドとジョージの二人から声がかかった。同じコンパートメントにいたリー・ジョーダンも、頭上の荷物置きからトランクを下ろそうとしている。

 「おい、オーシャン。そろそろ用意した方がいいぜ。どうやら到着するみたいだ」

 「え、もう?早いんじゃない?」

 そう言い返した所で、列車の速度ががくんと急激に落ちた。

 「なんだって?着いたんじゃないのか?」フレッドとジョージが言うが、いつもの様に徐々に速度を落とさない列車に違和感を覚えた様だ。みんなでそわそわと成り行きを見守っていると、列車が完全に止まり、ふと、車内の明かりが落ちた。突然の事に、列車内が混乱に包まれる。

 あちらこちらから、人と人とがぶつかり合う音、パニックになっている生徒達の声が聞こえた。フレッド、ジョージ、リーも口々に「何があったんだ!?」「どうしたってんだよ!」などと叫んでいる。オーシャンは三人を嗜める様に言った。

 「貴方達、落ち着きなさい。何事にも不具合というものはあるわ」

 その冷静にお茶でも啜っている様な言葉に、ジョージが言った。「さすが日本人の言う事は違うよ!」

 続いてフレッド。「日本人は例え地震が起こってもその場から動かないって、本当か!?」

 「災害に発展する予感がしない限りは、みだりにその場を動いたりしないで状況を的確に判断する事よ。待ってて、運転手さんに何があったか聞いてくるわ」

 そう言ったオーシャンは夜目を利かせて立ち上がった。彼女は忍術の基礎訓練の一環で、突然の暗闇にもすぐ目が慣れる様に訓練されていた。

 

 オーシャンがコンパートメントのドアに手をかけて引くと、三人の人間が雪崩れ込んできた。オーシャンは危うく身をかわす。入ってきた三人は団子になって床に倒れこんだ。

 「あら、マルフォイじゃない。どうしたの?」

 床に転がっているマルフォイと腰巾着達は、今しがた入ってきたドアを指さしてあわあわと口から言葉にならない音を出していた。どうやら余程気が動転するような目にあったらしい。

 

 仕方ないわね、と呟いて同級生達に三人を頼むと言い残して出ていきかけると、喧騒に交じって、ガラガラという気味の悪い息遣いが聞こえた。程無くして辺りが冷水をかぶせた様にヒンヤリとして来て、異変に気付いた者から声を静めていき、水を打った様な気味の悪い静けさが、徐々に車両を支配していった。

 

 この感じはただ事ではない。オーシャンはこの夏の修行で身に着けた瞬発力を最大限に発揮して、運転手の元ではなくハリー達のコンパートメントを目指した。

 

 ハリー達のコンパートメントに近づくにつれ、辺りの闇が濃くなっていく様に感じる。到達したそこには、吸魂鬼が数人立ち入ろうとしていた。可愛い後輩達の魂を吸われてなるものか。オーシャンは杖を抜き、呪文を唱えた。

 

 「エクスペレォ―」

 噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「HEY?HEY?ocean?」

 ペチペチと頬を叩かれて目を覚ますと、フレッドとジョージが自分を覗き込んでいた。知らない間に仰向けに寝っ転がっていた様で、二人の後ろには天井が見える。双子は眼を開けたオーシャンにほっと安堵のため息を吐いて顔を見合わせ、オーシャンを助け起こした。

 

 オーシャンが倒れていたのは、ハリー達のコンパートメントの床だった。ロン、ハーマイオニー、そしてジニーやネビル・ロングボトムの姿も見える。頭がぼーっとしているが、次第に二人の言葉が理解できるものになった。後頭部がずきずきと痛む。

 「ロンが走ってきた時、何事かと思ったぜ、ほんと」とジョージ。

 「まさか、ぶっ倒れてるんだもんなあ。お前が死んじまったら、俺たちお袋にぶっ飛ばされちまう」とフレッド。

 「何故?」二人を見て、オーシャンはぽやぽやしている口調で聞いた。

 「そりゃあ、何故って」双子が口々に答える。

 「お前さんは俺たちのお袋のお気に入りだからさ。だろ?」

 「いや、待てよ、相棒。アンジェリーナを忘れてた」

 「まじかよ…彼女にもぶっ飛ばされないといけないのか」

 「いや、あいつなら余裕で殺しに来るな」

 「ああ、違いない」

 双子のそんなやり取りの隙間から、自分と同じように床に横たわっているハリーを見つけた。オーシャンは双子を押しのけてハリーに近づいた。ロンとハーマイオニーが双子と同じ様に心配そうにハリーの顔を覗き込んでいた。

 

 「ハリー、ハリー?どうしたというの?何てこと…」

 ハーマイオニーがハリーに何があったか説明してくれている様子だが、気が動転しているオーシャンにはその言葉は通じなかった。しかし、声をかけ続けている内にハリーは目を覚ましてくれたので、オーシャンはほうっと息を吐いた。

 ふと、コンパートメント内に見知らぬ大人の男性がいる事に気づいた。きょとんとして見ていると、彼は大きなチョコレートを割ってみんなに配った。チョコレートは、吸魂鬼に侵された人を癒す最良の薬である。オーシャンは礼を言って、チョコレートを口にした。冷え切った体が温まってゆく。

 

 「あいつらは何だったのですか?」

 ハリーが唯一の大人に聞いたが、答えたのはオーシャンだった。

 「あれは吸魂鬼と言って、人の魂を食らう、もっとも穢れた生き物よ」

 すると見知らぬ男性が口を開いた。少ししわがれた、くたびれた感じの声だったが、同時にどこか安心感を与えてくれる声だとオーシャンは思った。

 「その通り。君は果敢にも守護霊を呼び出そうとしていたね。実に惜しかった」

 ゆったりと微笑んで言った最後の一言に、オーシャンが返す。「こちらの守護霊の呪文は、発音が難しくて」

 「こちらの?」

 聞いた男性に、ハーマイオニーがわたわたと答えた。「あの、オーシャンは日本人で…」

 すると男性はパッと表情を明るくした。

 「ああ、君が日本からの留学生か!校長先生から聞いているよ。ちょっぴり好奇心旺盛な留学生が来てるって」

 それが校長の嫌味なのか評価なのかは、気にしないようにしておこう。しかしこの人にそんな事を言われると、何やら少々恥ずかしい。オーシャンの顔が初めて赤くなった瞬間を、フレッド、そしてジョージは見逃さなかった。

 

 男性は、みんなの顔色がよくなっていってるのを確認してから、運転手と話をしてくると言ってコンパートメントを出て行った。足音が遠ざかったのを確かめてから、オーシャンは誰にともなく「あの人だれ?」と疑問を投げかけると、ハーマイオニーがR・J・ルーピン先生だと教えてくれた。双子が、いけすかない奴、とか、頼りなさそうだ、とか何やらツンケンしているが、突然どうしたのだろう?

 

 オーシャンはハリーの体を心配したが、もう顔色も戻り、心配なさそうだった。彼自身は、吸魂鬼を前にして自分が倒れてしまった事実にショックを覚えている様だが、そんなことは何の問題もない、とオーシャンは言った。吸魂鬼を前にして悪影響を受ける者は沢山いる。気絶してしまう事くらいは、特段大したことじゃない。

 それより、何で自分まで気絶していたのかが謎だ。今まで吸魂鬼や悪霊を前にして、一回たりとも気絶した事は無かった。その疑問を投げかけると、ロンとネビルが代わる代わる教えてくれた。

 

 吸魂鬼に幸福感を奪われている中で、オーシャンの声が聞こえた、とロンが言った。うっすらと開けた目に、吸魂鬼に向かって呪文を唱えようとするオーシャンの影が、コンパートメントのガラス越しに見えたという。しかし呪文は失敗に終わり、(噛んだ事はバレていなかった)吸魂鬼がオーシャンに襲い掛かろうとしたので、彼女は一旦距離を置こうと飛び退った。後ろに飛び退いたその瞬間、すごい音が聞こえてオーシャンの姿が下に消えたという。要するに、滑って転んで頭を打って気絶したらしい。道理で頭が痛む訳だ。話を聞いて、双子が死にそうになるほど声を上げて笑っていた。

 

 オーシャンが倒れてしまうと、ルーピン先生が何やら呪文を呟いて、吸魂鬼に向かって銀色の光を杖先から飛ばしたそうだ。

 「それよ。吸魂鬼に唯一効くのは、守護霊の呪文なの。私も、それを使おうとしたのにね…」

 力無さげにオーシャンが呟くと、ロンが言った。

 「オーシャン、何で守護霊の呪文を日本の術で使わなかったのさ?いつもは惜しげもなく日本の術を使ってるじゃないか」

 

 「惜しげもなくって…一言多いわよ、ロニー坊や。守護霊というのはね、本来、常に自分に寄り添ってくれている霊の事を言うの。日本で守護霊の呪文と言ったら、守護霊そのものに形をとらせるか、自分に憑依させて使うものなのよ。降霊術とか、口寄せとかとも言ったりするわね」

 オーシャンに思わぬところで『ロニー坊や』と呼ばれてロンは唇を尖らせた。彼女の説明に、ジニーが身震いを起こした。「自分に憑依させるだなんて、なんか怖い…」

 「そう、怖いのよ。考えても見て?この世ならざる者を、自分の体に憑依させるのよ?日本の守護霊の呪文では、この世ならざる者と自分の肉体が交ざりあう事によって、自分でも気づかない内に体の中のあの世とこの世の境界線がどんどん曖昧になっていってしまうの」

 「ふぅん…?」

 「…回りくどくて分かりづらい説明をしてしまったわね。平たく言えば、三回くらい使えば限りなく死者に近づいて、四回目には連れていかれるわよ」

 「「「怖っ!」」」みんなの声が一つになった。唯一の例外として、日本には『イタコ』や『霊媒師』と呼ばれる者がいるが、その説明は割愛した。

 

 「一方、こちらの守護霊の呪文は術者の幸福なエネルギーに形をとらせる技なの。どちらの方がクリーンなエネルギーなのかは、一見してわかるわよね?」

 「うん。俺もこっちの守護霊魔法使う」「俺も」「僕も」「私も」満場一致だった。

 

 

 

 今度こそホグワーツに到着し、双子とリー・ジョーダンの三人と一緒に馬のいない馬車に揺られて学び舎の下に着いた。一番最初に降りた時に、近くで気取った声が聞こえて、振り向くとドラコ・マルフォイがハリーとロンをからかっているいつもの光景があった。

 「ポッター、気絶したんだって?」

 「うせろ、マルフォイ」

 その言い合いにオーシャンは足音を忍ばせて近づいた。

 「あら、貴方、良かったわね、喋れる様になって。もつれた舌は元通りかしら?」

 背後からマルフォイに声をかけると、マルフォイは怪訝な顔をして振り返った。オーシャンの顔を認めると、僅かに舌打ちをして、腰巾着のクラッブとゴイルに「行くぞ!」と声をかけて城に向かって行ってしまった。オーシャンはハリーの隣に立って、城への石段を上っていくマルフォイ達の背中を見送りながら言った。

 「あの子は、もう少しコミニュケーション術を学んだ方がいいわね。何でわざわざ人の神経を逆撫でする様な声のかけ方をするのかしら」

 

 ねえ?、とハリー達と顔を見合わせていると、双子とリーもこちらに歩み寄って来た。双子の顔は不機嫌に歪んでいる。リーは頭をかきかき、手に負えない、という顔をしていた。

 「去年から思ってたんだけど、お前、明らかにハリーの世話焼きすぎだろ」

 「ハリーだって子供じゃないんだから、そろそろいい加減にしとけよ」

 フレッドとジョージがツンとした顔で言うのが可笑しくて、オーシャンは笑った。

 「なら、今年は貴方達の世話を焼けばいいのかしら?」

 

 他の生徒達の波に乗り、一行は石段を上ってホグワーツの城内に入った。新学期の宴会が開かれる大広間に入ろうとした所で、不意に、厳格な声に呼び止められた。

 「ポッター、グレンジャー!私のところにおいでなさい!それから、ウエノ。あなたも」

 ついでの様な呼び方が気になったが、オーシャンはウィーズリーの兄弟たちやリーと別れて、ハリーとハーマイオニーと一緒にマクゴナガル先生について行った。

 

 三人はマクゴナガル先生の事務所に招かれた。椅子に座ると、マクゴナガル先生がハリーに向かって、列車の中で倒れたそうだが、大丈夫か、と聞いた。ノックして入ってきた校医のマダム・ポンフリーにも執拗な問診を受けたが、ハリーは、大丈夫です、の一点張りだったので、やがてマクゴナガル先生の矛先はオーシャンに向いた。気遣わしかった表情は鳴りを潜めて、オーシャンを見るその眼差しは厳しかった。

 「さて、ウエノ。一人で果敢にもディメンターに立ち向かおうとしたそうですね」

 「後輩達が危なかったので」

 オーシャンが当然とでもいうようにケロッと答えると、マクゴナガル先生の雷が落ちた。

 

 「去年の事といい、あなたには自分に対する警戒心がかけています!ディメンター一体追い払うのに、大人の魔法使いでも命の危険を伴うというのに、それを一度に三体だなんて!あまり自分を過信しない事です!」

 「いえ、過信はしていませんがー」

 オーシャンが言い返したのを遮って、マダム・ポンフリーがオーシャンの頭をぐいと乱暴に引き寄せて瘤の具合を診始めた。そして治癒魔法をかけて、あっという間に治してくれたのだった。

 「こんな瘤ひとつで助かったのは、奇跡としか言いようがありません!ルーピン先生がいらっしゃらなかったら、今頃魂を抜かれていたかもしれない!」

 「ようく反省なさい。今学期はあなたが危険を冒さない事を祈ります」

 オーシャンへのお説教はそれで終わり、ハリーとオーシャンへの用事は終わったので、二人とも扉の外でお待ちなさい、と言いつけられて、二人はマダム・ポンフリーと一緒に事務所の外へ出た。ハーマイオニーとマクゴナガル先生の二人は、少し話したい事があるらしい。ハリーとオーシャンの二人はその場でハーマイオニーを待ち、マダム・ポンフリーは「まったく、ディメンターなんて」とかぶつぶつ言いながら、医務室に帰っていった。

 

 その後程無くしてハーマイオニーとマクゴナガル先生が出てきて、四人で大広間へと向かった。宴会場に着き、着席している生徒達の視線を集めながらグリフィンドールのテーブルに向かうと、ハリーとハーマイオニーの席はロンが、オーシャンの席は双子がとっておいてくれた。すぐ隣にはアンジェリーナ・ジョンソンもいた。

 「一体どうしたってんだ?」

 双子が席に着いたオーシャンに聞くと、オーシャンは、ほんのお説教よ、と答えた。ふと、教員席のマクゴナガル先生を見ると、一瞬だけ、オーシャンに向かって厳しい視線が向けられた気がした。

 

 ダンブルドア校長の挨拶の段になり、校長はまず、ホグワーツが今吸魂鬼の警備を受け入れていると生徒に申し渡した。誰も許可なしに学校を離れてはならない、いたずらや変装、透明マント、それから隠れ蓑術でもディメンターは欺けない、と校長は言った。

 そしてひとしきりディメンターにおける注意事項を話すと、今度は新しい教員の紹介に移った。リーマス・ルーピン先生は『闇の魔術に対する防衛術』を担当するという。生徒のほとんどが、あまり気のない拍手をしているというのに、ルーピン先生は温和に笑ってひとつ礼をした。

 もう一人はルビウス・ハグリッドだった。退職したケトルバーン先生に代わり、『魔法生物飼育学』の授業を受け持つらしい。これには、グリフィンドール生全員が割れんばかりの拍手を贈った。

 

 「まじかよ、信じられないぜ!」

 「考えてみりゃ、あんな噛みつく本を教科書に指定するのはハグリッドくらいなもんだよな!?」

 双子の言葉を聞いたオーシャンは、「でもあの本、可愛くて私好きよ」と言った。

 双子は耳を疑った様で、口をあんぐり開けている。

 「日本人の感性は信じられないな…」

 






UA43000件、お気に入り登録680件越えありがとうございます!
守護霊呪文は、日本人術者は絶対一回は噛みそうだなあ…
英語が苦手だったら尚更噛むんじゃないでしょうか!笑
映画版を見ながらいつもそう思ってしまいます


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24話

 翌朝、大広間で朝食を摂っていると、しばらくして入り口にハリー達の姿が見えた。するとスリザリンのテーブルから、どっと笑い声が上がった。見ると、ドラコ・マルフォイが大げさに気絶する真似をして、周囲の笑いをかっさらっていた。

 「あの子、いつから魔法使いをやめてコメディアンになったのかしらね」

 ジョージの隣にどかりと腰を下ろしたハリーだったが、オーシャンの呟きを聞いてみんなと一緒に噴き出した。マルフォイはグリフィンドール生が楽しそうに笑っているのを見て、不機嫌に口元を歪ませている。目が合ったのでオーシャンが微笑みかけると、彼は面白くなさそうにプイとそっぽを向いてしまった。

 

 ひとしきり笑うと、ジョージはハリー達に三年生の新学期の時間割を手渡していた。「ハリー、マルフォイの事なんか、気にするな。昨日はあんなに気取っちゃいられなかったみたいだぜ?なあ、フレッド?」

 フレッドが相槌を打った。「ああ、俺たちのコンパートメントに駆け込んできた時は、すっかり怯えてほとんどお漏らししかかってた」

 オーシャンは尚もモノマネを続けているマルフォイを一瞥した。「それにしても、似てないわね。モノマネするのなら、せめてもう少しクォリティを上げる努力をするべきだわ。私の真似はしてくれないのかしら」

 ジョージがオーシャンに突っ込む。「いや、それやったら頭打って本当に気絶するから。…っていうか、怒ってるのか?」

 「いいえ、こんな事で怒ってないわ。ハリー、あれは『馬鹿の一つ覚え』というのよ。勝手にやらせておきなさい」

 フレッドが身の毛もよだつ、という感じで言った。「やっぱり怒ってるじゃん…怖っ」

 

 

 

 今日は午後から『闇の魔術に対する防衛術』だった。新しい先生は傍目に頼りなく見えるからか、他の寮生はあまり期待していないようだった。確かにルーピン先生の身なりは、他の先生に比べたらみすぼらしく見える。しかしオーシャンは、昨日の汽車での事もあって、この時間を楽しみにしていた。吸魂鬼を追い払ったという事から頼りになる先生である事は目に見えているし、(実際には見ていないが。)あの穏やかな笑顔を少し見たい気もあった。何より、去年の防衛術の授業よりは、ましなものをしてくれるだろうという期待があった。

 

 教室に入って着席して待っていると、なかなか現れない先生の姿が何故か気にかかって、背後にあるドアの方を見たり、そわそわと落ち着かなかった。たまらずに隣のフレッドが大きな声を出す。

 「いい加減にしろよ、そんなに『まだか、まだか』って言ってなくても、その内来るだろ!少し落ち着けって」

 「え…?私そんなに、声に出してたかしら?」

 オーシャンが度肝を抜かれた様子で問いかけると、フレッドの隣にいるジョージもうんざりした声を出した。

 「ああ、『まだかしら』ってブツブツブツブツ…。かれこれ三十回は言ってたな」

 すると前の席に座っていたアンジェリーナが「正確には、三十四回よ」と訂正した。怖い。

 

 アンジェリーナの隣に座っているリーが、苛立っている三人を宥める口調で言った。

 「まあまあ、そんなに目くじら立てるなって。ほら、来たみたいだ」

 その通りだった。「みんな、待たせたね」と言って現れたルーピン先生は、汽車の中で見た時よりも健康そうだった。去年の『闇の魔術に対する防衛術』の講師、ギルデロイ・ロックハートには遠く及ばない曖昧な微笑み方で笑っている。昨日の汽車で見た、あの微笑み方だ。

 

 その笑みを見た途端、不思議な事が起きた。オーシャンの体の中で、急に胃の腑がググッと持ち上がった様な、でもストーンと真っ逆さまに落ちて行った様な…そんなよくわからない無重力状態が起こって、彼女は何も考えられなくなった。

 先生が言っている言葉を、ちゃんと聞き取れない。周りのみんなは先生の言葉を聞いて、突然立ち上がり、教室を出て行こうとするが、何故出て行こうとしているのかオーシャンには分からなかった。

 

 立ち上がろうとしないオーシャンに仲間たちが気づいて、声をかけてくれるが、その言葉もオーシャンには分からない。心配そうに顔を覗き込みながら語りかけてくるアンジェリーナの言葉を、集中して聞こうとすると、少しだけ言葉の能力が戻ってきた。

 「-訓練だ、て」

 訓練?教室を移動するという事か?そう考えてオーシャンが立ち上がりかけた時、ルーピン先生が近づいてきた。「どうし―具合で、悪ー?」

 

 その瞬間また体の中が無重力に侵され、無意識の魔力によって周囲の机が次々になぎ倒された。仲間たちにもクラスメイトにも当たっていない様だが、みんなは突然の事に困惑している。英語が話せなかった頃の自分を見る目が、また自分に注がれているのに気づいて、オーシャンは怖くなった。違う、今のは、みんなに怪我をさせるつもりじゃなかったー。オーシャン自身も初めての事に困惑しているのだ。

 すると突然、ルーピン先生がオーシャンの手を握った。他の生徒達には何事か指示を与えて、魔法で立ち上げた椅子に座る様に促している。オーシャンは促されるままに、椅子に座った。

 

 誰もいなくなった教室で、先生は椅子をもう一つ杖で呼び寄せて、自分もそこに腰掛けた。そして、何も言わずに、ただじっと、オーシャンが落ち着くのを待っていた。

 オーシャンに何の声をかけるでもなく、また何をするでもなく、ルーピン先生はただ黙ってオーシャンの手を握って、オーシャンの目を優しいその瞳で見つめていた。

 

 しばらくして心の落ち着きを取り戻したオーシャンから、口を開いた。最後の仕上げに、ひとつ、深呼吸をして。

 「申し訳ありません、ルーピン先生。私ー」

 続けようとしたが、オーシャンは何故かそれ以上ルーピン先生の瞳を見つめながら話をすることができなかった。小さい頃から、人と話をする時は相手の目を見て話しなさい、と教育されてきたのに。オーシャンはそんなつもりはないのに、俯いて話を続けた。俯かなければ先生と話す事が出来ないと感じていた。

 

 「-私、ちょっとしたアクシデントがあると、言葉が通じなくなってしまうんです。それで…」

 そこまで言うと、ルーピン先生が明るい声を出した。「ああ、良かった」

 「え?」ルーピン先生の言葉に思わず顔を上げてしまったオーシャンは、また視線を外す為に今度は目を閉じてそっぽを向いた。何だか、顔がやたらと熱い。

 「突然具合が悪くなった訳じゃなくて、良かったよ」

 先生は続けた。「君の言葉の能力の事は、マクゴナガル先生から聞いているよ。…困難な問題があっても、友がいれば楽しいものだ」

 そう言った先生は、少し間を置いた。何かに思いを馳せている様な間だった。そして、「…私は何か…君に嫌われてしまったかな?」と聞いた。

 

 オーシャンはそっぽを向いたまま答える。何だか恥ずかしい。冷静に、落ち着いて。心を落ち着けるまじないをかけたいが、それをかけるための右手はルーピン先生の大きな掌に包まれている。

 「…申し訳ありません。先生相手に失礼な態度をとって。…で、でもあの、な、何故か自分でもわわ、分からないのですが…」

 「うん?」

 「せせっせ、先生の目を見てお話しす、する事が…困難であります…」

 オーシャンが言った言葉に、先生は優しく笑った様な気がした。彼の顔を見ていないから分からないが、そんな感じがした。

 

 「今日は実地訓練をする事にしたんだ。みんなには先に行ってもらってる。みんな待ってるよ。私たちも行こう。もう大丈夫かい?」

 ルーピン先生がゆっくりと立ち上がったのが分かり、オーシャンも彼の顔を見ない様に恐る恐る立ち上がった。そして、ルーピン先生の大きな手に引かれて、ゆっくりと教室を後にする。オーシャンの手を引きながら、ルーピン先生は杖を操って倒れた机や椅子を元に戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オーシャンがあんなに年上が好きだとは…思わなかったわ」

 夕食の席で隣に座っていたアンジェリーナが唐突に言った。自分の名前が出たのに驚いて、ミートパイを頬張っていたオーシャンは思わず喉に詰まらせる所だった。

 「-何ですって?」

 やっとの事で飲み下したオーシャンが聞くと、アンジェリーナは複雑な表情をしていた。

 「そりゃあ、だってオーシャンだもの!綺麗だし優しいし何でもできるもの!そりゃあ、オーシャンが見初める男性ならそれはそれは素敵な方でしょうと思ってたわよ!?確かにあの先生はいい先生よ!?いい授業をしてくれる、いい先生よ!?でも恋人になるっていったら、また別の話じゃない!」

 「え?え?ごめんなさい、訳が分からないわ。何の話?」

 

 ぐびりとジュースを飲み干したアンジェリーナは、まるで娘に彼氏を紹介された父親がやけ酒をしている様だ。オーシャンがオロオロしていると、アンジェリーナは今度は彼女に抱き着いてきた。

 「でもでも!オーシャンが決めたなら私は何があっても応援するからね!少し寂しいけど、でもオーシャンの幸せを祝福するから!」

 「いや、ちょっと待ってちょうだい、だから何の話!?」

 何とかしてちょうだい、と向かい合って座るフレッド、ジョージ、リーに助けを求めたオーシャンだったが、双子は何処か機嫌が悪そうにむっつりと黙って、黙々と食事をしていた。オーシャン、アンジェリーナの二人と双子を交互に見て、リーは肩を竦めていた。

 

 談話室に帰ると、二つの話題で持ち切りだった。一つは、マルフォイがあくどい手を使って、ハグリッドを辞めさせようとしている事。そしてもう一つは、日本人留学生、オーシャン・ウェーンが新しい『闇の魔術に対する防衛術』の教師、リーマス・ルーピン先生に恋をした、というものだった。

 

 「恋!?私が!?いつ!?」

 珍しく声を荒げるオーシャンの顔は、真っ赤になっていた。ケイティ・ベルが、面白そうに笑う。

 「いつって、今日の午後のクラスの時でしょ?見てるこっちがドキドキしちゃったわよ、オーシャンったら、分かりやすいんだもの!、で!?実地訓練に遅れて二人で来たでしょ!?どうだったの?どんな話をしたの!?」

 ケイティが目を煌かせて、にじり寄ってくる。あまりの顔の近さに、オーシャンは身を引いた。

 「どうって…」

 恋ー。そんなもの、恋愛ドラマか可愛い女の子にしか降りかからない、特別な事象だと思っていた。自分が、恋をしたというのか?あの時に感じていた変な感じは、そういう事なのか?午後の授業で起こった出来事が、オーシャンの頭の中に反芻する。穏やかな笑顔、大きな掌、自分をじっと見つめていた、あの瞳…。

 

 思い出すにつれて顔が熱くなる。両の手の平で包むと、赤くなっているのを実感できた。まずい。多分、自分はこういう事に疎いのだ。これが恋なのかどうかは分からないが、あの時突然言葉の能力が遮断されてしまった理由は理解できた。こんなに紅潮してしまっては、冷静でいられることなどできるわけもない。

 するとその時、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が談話室に入ってきた。オーシャンがはケイティの追及から逃れて三人に近づいた。顔色を気取られてはいけない。後輩達に、色恋沙汰で右往左往している情けない姿は見せたくなかった。冷静に、冷静に。

 

 「遅かったじゃない。何してたの?」  

 オーシャンは問いかける。ハリーはオーシャンの顔を見て曖昧な返事をすると、質問で返した。「オーシャンこそ、どうしたの?顔、赤くない?」

 ハリーの言葉を聞いて、ハーマイオニーもオーシャンの顔色を見た。「まあ、本当。熱でもあるのかしら?マダム・ポンフリーに診てもらわなきゃ」

 二人の反応にオーシャンは血相を変えると、素早く両手で顔を隠す様に包み込んだ。何でもない、と言おうとした言葉は、後ろから聞こえてきた、ジョージの棘のある言葉に飲み込まれる。

 

 「我らが留学生は新しい先生に夢中なのさ。ハリー、今はやっこさん、何を話しても聞こえちゃいねえぞ」

 初めて聞いたジョージの棘のある言葉に、オーシャンはびっくりして振り向いた。後ろにいたジョージと数時間ぶりに目が合ったが、その視線に冷ややかな物を感じて、ヒヤリとしたものが背筋を駆け抜けていく。

 数舜ジョージと見つめあうが、何故突然そこまで悪意ある言葉をかけられなくてはいけないのか、オーシャンは分からなかった。何故そのような冷たい瞳を向けるのだろう。

 

 オーシャンの狼狽が伝わったのか、ジョージは彼女がその名を呼びかけるより先に、プイと向こうを向いてリー達の元へ行ってしまった。あちらでは、楽しそうないつもの顔を見せている。

 

 「どういう事だ?何だっていうんだよ、ジョージの奴」

 ロンが意味深な事を言って去って行った兄に向けて言う。オーシャンは、おかげで冷静ないつもの自分が戻ってきた心地がした。一瞬血の気が失せるかと思ったが、何とかその場に踏み止まる。

 ハーマイオニーが、みるみるうちに変わっていったオーシャンの顔色を見て、再度聞いた。「オーシャン…大丈夫…?」

 「ええ、何でもないから、もう心配しないで。それより貴方達、こんな時間までどこに行っていたの?」

  

 聞こえてくる自分の声に、オーシャンは、もう大丈夫だと思った。心の中で安堵のため息を吐く。

 「アー…ちょっと…」

 オーシャンの質問をはぐらかそうとする三人に彼女は、まさかこんな時間にハグリッドに会いに行ってたんじゃないでしょうね?、と予想される三人の行動を言ってみた。三人がぎくりとする。図星か 。

 ハグリッドが大変だという話は、オーシャンも聞いている。オーシャンは三人の夕方の外出には何も言わず、次は私も誘ってね、という笑顔だけ残して寝室に向かった。その後ろ姿に、ハーマイオニーは心配そうに呟いた。「…本当に、大丈夫なのかしら」

 

 

 寝室のベッドに仰向けに横たわったオーシャンは、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。今日は精神的に、どっと疲れてしまった。

 

 あれがケイティの言うように恋なのだとしたら、恋とは何とも不自由なものだ。行動や思考までもが自分ではない誰かに支配され、思うように身動きをとる事が出来ない。何よりあの、突然体の内側だけが無重力状態の様になる感覚は、とても気持ちが悪い。

 あの時間の記憶に浸っている時、自分の思考はフワフワとして夢心地のようになる。その感覚は嫌いではなかったが、何故か双子はあの出来事以来目も合わせてくれない。

 

 先ほどジョージに初めて悪意ある言葉を向けられた時、背筋を何かが伝い降りて行った。氷の様な、水の様な、あるいはもっと、ドロドロしているかもしれない、冷たいゾクリとする何か。

 今まで大切にしてきた温かい空間が壊れてしまうのであったら…世界が終わってしまうのであれば、

 

 今日のこの思いなど、二度と感じたくはない。

 

 オーシャンは周囲に防音の魔法をかけるのも忘れて、久方ぶりに思い切り声を出して泣いた。

 その嗚咽を、隣のベッドの上で布団に包まれながら、アンジェリーナは聞いていた。




評価1200pt越え、お気に入り800件越えありがとうございます!
あのオーシャンがなんと初恋!ということで今回は初恋の甘酸っぱいお話でございました。
(賛否両論あるかと思いますが…汗)

実際おべん・チャラーも、アズカバン編をはじめて読んだ中学生の頃、ルーピン先生大好きでした。
それが故に最終巻で呆然となりましたが…いや、でも一番はドビーかな

そういえば、オーシャンもなんか大人好みそうだし、これで1話書けるんじゃね?って思った初恋の話…
書いてて凄い楽しかった!笑
乙女の心情書いてる時って、アクション書く時並みに楽しい!笑

しかし私がルーピンファンだったからといって、決してドリーム的な感じではなく、オーシャンというキャラとして淡い初恋を楽しんで欲しいと思います。
(結末大体決まってるけど)


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25話

 「-と、いう事なのよ!どう?可哀想だと思わない!?」

 「う…ウゥーン?」

 口から曖昧な音を出すハリーに対して、ハーマイオニーが積極的に発言した。

 「もちろんよ!男の子って、みんなして何でそうおバカなのかしら!そんな意地悪な事しないで妬いてるなら妬いてるって素直に口に出せばいいのよ!オーシャンが可哀想だわ!」

 「おーい」「聞こえてるぞー」

 目と鼻の先で開かれている会議場に向かってフレッドとジョージが声をかけるが、当の主催者達はそれを無視した。

 

 場所は大広間。全校生徒で賑わう朝食の席で、アンジェリーナとハーマイオニーはハリーを巻き込んでその会議を始めた。(ロンは巻き込まれては敵わないと、食事に集中しているふりをしていた)

 議題は、オーシャン・ウェーンについて。同室のアンジェリーナが言うには、いつも気丈なオーシャンが昨晩帰ってきた時に、声を上げて泣いていたらしい。オーシャンが泣いている所なんて想像がつかない、とハーマイオニーが口走った時、彼女はふと思い出した。

 そういえば、昨日の談話室では、ウィーズリーの双子とオーシャンが険悪なムードだったと口に出すと、たちまち会場は双子非難で轟々となった。(非難しているのは女子二人だけだったが)

 

 「可哀想に、オーシャン…叶うかどうか分からない恋だもの。泣きたいくらい不安な気持ち、分かるわ。その上あいつらにひどい事されて…それでも私にさえ愚痴一つ溢さないなんて、いじらしいにも程があるわ」

 アンジェリーナは頬に手を添えて桃色のため息を吐いた。ハーマイオニーも悩まし気に頬杖をつく。

 「相手は年上の教師…悩ましい事よね。ルーピン先生はオーシャンの事、どう思ってるのかしら」

 

 ハーマイオニーの言葉を聞いてアンジェリーナはピンときた。「それよ!」

 「ルーピン先生の気持ちを聞いて、オーシャンに教えてあげるといいんだわ!」

 画期的なアイディアだとでも言いたげなアンジェリーナだったが、あまりハーマイオニーは気が進まない。

 「え…それって、大丈夫かしら…。やったらやったでオーシャンにおせっかいとか言われそう」

 しかしアンジェリーナには火がついていた。自分が正しいと信じて疑わない。

 「オーシャンの不安を取り除ければ、それでいいのよ!」

 

 結局それ以外オーシャンに元気になってもらう方法が思いつかなかった二人は、その作戦に賭ける事にした。そしてルーピン先生がオーシャンをどう思っているかを聞く、重要な作戦実行者は、

 「じゃあ、ハリー。頼んだわよ」

 ハリーは二人にポンと肩を叩かれると、素頓狂な声を上げた。「え、僕?何で?」

 「仕方ないじゃない、直接聞く以外に方法が無いんだもの。相手が『闇の魔術に対する防衛術』の先生である以上、『開心術』を使う事も『真実薬』を使う事も出来ないわ」とハーマイオニー。

 「そもそも『開心術』なんて使った事無いしね。…先生も同じ男同士の方が、話しやすい事もあるんじゃないかしら」と楽観的なアンジェリーナ。

 

 「ちょっと待って、僕…」と反論しようとしたハリーの声はハーマイオニーに黙殺された。再び肩を叩かれて入り口の方に目を向ける様に促されると、そこにはオーシャンの姿があった。空いている席を探して歩いてくる。

 アンジェリーナが場所を開けようとしたが、オーシャンは三人に目を向け「おはよう」と朝の挨拶をするなり、通り過ぎて行ってしまった。彼女は少し離れた、ほとんど上級生ばかりの席に座ったのだった。

 

 オーシャンが着席したのを確認したアンジェリーナとハーマイオニーは、すかさず教員席で食事をとっているルーピン先生の様子を見た。しかし二人が期待していた様な反応(例えば、オーシャンを目で追っていたり、彼女の方をチラチラ見たり)は当然得られず、ルーピン先生は隣に座っている『呪文学』のフリットウィック先生と和やかに話していた。

 しかし双子のウィーズリーはその通りの反応を示した。いつもならもっと近くに席をとるはずのオーシャンの姿を、その場から動かずに穴が開くほど見つめている。

 

 「二人とも勝手な事言いやがって…」とジョージ。アンジェリーナとハーマイオニーの会話は全て聞こえていた。それとも、二人が聞かせていたのかもしれない。

 「なあ、相棒。俺たち二人とも、妬いてるんだと思うか?」フレッドが片割れに聞いた。

 「いいや、違うね」とジョージ。

 「断固として、違うね」とフレッド。

 しかし、あのオーシャンが泣くとは思っていなかった。その事実を知って、少し尻込みする気持ちと、昨日の顔を赤らめたオーシャンの様子が脳裏に蘇って、どうすれば良いのか分からなくなる。

 「…俺たち、謝った方がいいと思うか?」今度はフレッドから聞いた。

 「いいや、俺たちは別に悪い事はしてないだろ…そういえば、『女を泣かす奴は男じゃねえ』って、よく伯父貴が言ってたっけな」とジョージ。

 「ああ、よく覚えてる。ジニーを泣かせるとよく言われたもんだ」フレッドの視線の先で、オーシャンはキドニーパイをちびちびと食べている。

 「じゃあ、俺たちの方から謝ってやっても問題ないな?」ジョージが隣の相棒を見て笑った。

 「仕方ないな。俺たちは男だから」フレッドも吹っ切れた顔で笑い返した。

 

 

 

 一方、オーシャンは少し寝不足気味だった。

 昨夜は声を上げて思い切り泣くなんて幼児の様な情けない事をしてしまったが、おかげで気持ちは楽になった。慣れない色恋の考え事でごちゃごちゃした頭の中がすっきりとして、今後の事を考える事が出来た。

 今は色恋になど現を抜かしている場合ではない。そもそも、恋なんてするつもりもなかったし、あちらの方から舞い込んできた、言わば厄介ごとである。オーシャンはその問題をさて置いて、今年自分が成すべき事を考える事にした。今は、この居場所を守る事こそが大切なのだ。

 

 

 十月末のハロウィーンの日に、第一回目のホグズミード行きの日程が張り出された。ハリーはロンと思案して、何とか自分も行ける方法は無いかと考えている。ほとんど衝動的に親戚の家を出てきてしまったので、ホグズミードに行くために必要な許可証に保護者のサインが貰えなかったのだ。

 

 オーシャンは少し憂鬱だった。ホグズミードに行く時は、何だかんだ言って双子に引っ張りまわされていたから。

 しかし双子は今回、自分をいつもの様には引っ張りまわさないだろう。一人寂しく村内を回る位なら、今回は行かないという選択肢もある。そう考えていて、ふと気づいた。何故そう言う事になる?別に、双子に引っ張りまわされないならそれはそれで有意義な時間ではないか。別にホグズミードに行くのはオーシャン一人ではない。アンジェリーナもケイティもアリシアもいる。今年は後輩達だっているのだ。相手が双子ではないだけで、十分楽しめる筈ではないか。それに、思う存分一人の時間を楽しめるのだって、悪くはない。双子に引っ張りまわされて普段できなかった事を、ゆっくり楽しむチャンスである。例えば、一日中『三本の箒』に居座るとかだ。

 

 日は矢の様に過ぎて、ホグズミード行き当日が来た。

 ハリーは、お土産を約束してくれたハーマイオニーとロンを送り出して、自分は談話室に戻ろうと正反対に歩き出した。しかし談話室にいざ入ると、ハリーを熱狂的に慕うコリン・クリービーに見つかってしまった。コリンのおしゃべりに付き合わされる嫌な予感がしたハリーは、やっぱり図書室に行くと言って、談話室を出て歩き出した。

 

 それからフラフラ歩いていると鉢合わせしたフィルチに難癖をつけられて、談話室に戻れと言われたが、ハリーは談話室には戻らなかった。ふくろう小屋にでも行ってヘドウィグに会いに行こうかと考えながらまたフラフラ歩いていると、とある部屋から自分を呼ぶ声がした。

 

 「ハリー、どうしたんだい?ロンとハーマイオニーはどうした?」

 ルーピン先生が部屋から覗いている。

 「ホグズミードに行きました」とハリーが返すと、ルーピン先生は得心がいったという顔をした。

 ハリーは部屋に招き入れて貰うと、次の授業で使うという水魔を見せてもらった。とても大きな水槽に、気味が悪い緑色の生き物がいる。

 

 先生に紅茶を勧められたので、ハリーはご馳走になる事にした。どうせ、他にする事も無い。

 先生とお茶を飲みながら、お茶の葉の話や、ボガートの授業の事を話した。ハリーは、ルーピン先生がハリーを臆病者だと思っていると考えていたので、そうではなくて安心した。

 ハリーの心が軽くなって紅茶に口をつけた時、ふと、彼の脳裏にアンジェリーナからの命令が蘇った。「ルーピン先生から、オーシャンの事をどう思ってるか聞き出すのよ!よろしくね、ハリー!」

 「どうしたね?」

 「あ、ウウン…」

 先生に気取られるが、ハリーは躱した。こんな質問、面と向かって出来るわけがない。ほんの数回授業をした生徒相手に、先生が特別な感情を抱いているとはハリーには思えなかった。

 しかし任務を遂行するには、チャンスはこの時間しか無い。ハリーは苦肉の策で、少々でっち上げをかますことにした。

 「このお茶美味しいですね。オーシャンにも飲ませてあげたいなあ。彼女は紅茶が大好きなんです」

 本当にオーシャンが紅茶を愛しているかはハリーは知らなかったが、イギリスが大好きと豪語する以上多少は紅茶を嗜むだろうという憶測だ。こんな反則スレスレの一言が出てきた自分を、ハリーは逆に褒めてあげたい。

 

 ルーピン先生は、少し意外そうな顔をした。「へえ、そうなんだ。少し持っていくかい?」

 ハリーは少しティーバッグを分けてもらった。「ありがとうございます」

 ルーピン先生はいつも通り優しく笑った。「何で君たちは、ウミの事をオーシャンと呼んでるんだい?」

 ルーピン先生に聞かれて、ハリーは答える。「オーシャンがそう呼んでって。彼女自身がつけた英名だと聞いています」

 それを聞いてルーピン先生は笑った。どこか懐かしんでいる様な笑い方だった。

 「どうされたのですか?」ハリーが聞くと、先生は手を振って答えた。

 「いやいや…自分たちだけに通じるニックネームをつけるのは、みんな学生時代にはよくやる事だ。彼女はもしかすると、少し向こう見ずな所もあるんじゃないのかな?」

 「アー…」ハリーは少し悩んだ。この三年間を振り返る。そして、今学期ホグワーツに到着した夜に、マクゴナガル先生が言っていた言葉を思い出した。あなたには自分に対する警戒心がかけている。

 「少し…ちょっと…いや、かなりかな」

 

 「っぐじゅん!」

 「やだ、オーシャンったら。風邪かしら」

 「-いえ、ごめんなさい。何だか鼻がムズムズしちゃったの。誰か噂でもしているのかしら」

 『三本の箒』で、オーシャンはアンジェリーナや他の女友達とバタービール片手に女子会をしていた。オーシャンの言葉を聞いて、ケイティがニヤニヤする。

 「あら、誰が噂しているのかしらね?優しい年上の男の人かしら?」

 「そうね。もしかしたら、従兄の三郎かもしれないわ」

 そう返して、オーシャンは思い出した。そういえば、三郎に送ってほしいものがあったのだ。今から連絡を取らないと、間に合わないかもしれない。

 

 オーシャンの答えを聞いて、ケイティはつまらなさそうな顔で、ぷいと窓の外に顔を向けた。そこを、同学年の中でも有名な仲睦まじいカップルが腕を組んで歩いていく。

 「ほら、あの二人、きっとまたマダム・パディフットのお店へ行くんだわ。ホグズミードに来るといつもそうだもの」

 「有名なお店なの?」

 聞くと、ホグワーツのカップルの大半は、そこでデートをするのだという。内装やメニューがとても可愛らしく、恋する乙女のための様な店なのだとか。オーシャンも他人事じゃないわよ、と出し抜けに言われたが、完全に他人事である。

 

 「そうね…。ルーピン先生は大人だから、デートするとしてもそういう場所じゃないのよね、きっと」

 アリシアが言った。ケイティとアンジェリーナは大人のデートを想像して、桃色吐息を吐いた。そして三人とも、目をキラキラさせてオーシャンを見ている。彼に恋している当人としての意見を待っている様だ。

 

 「…ちょっと、郵便局に行ってくるわね」

 突然そう言い残して、オーシャンは席を立った。唖然とする友人達を振り返らずに店を出る。

 危ない所であった。またあの流れに引き戻されては、今年の目的は達成できない。

 

 オーシャンの目的は、今年もハリーを、果てはホグワーツを守る事だった。

 それもこれも原因は、シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄した事にある。どうやら魔法省は、ブラックがハリーの命を狙っていると考えており、今学期の吸魂鬼による警備も、ホグワーツの警備というよりは、ハリーの警備のためのものらしかった。

 つまりブラックはハリーに接触しようとする可能性が十分に高いということである。そしてオーシャンは、考えた。ブラックが誰かに危害を加える前に、捕まえれれば事は簡単。確実な方法として思いついたのは、ブラックがハリーに接触しようとした所を捕らえるという、一見難易度の高いミッションである。

 

 そこでさらに、オーシャンは考えた。日本でプロの忍者をしている従兄の三郎に頼み、忍具を貸してもらってブラックが必ずかかる罠を仕掛ける。よし、これだ。そう考えると、何やらワクワクしておちおち恋もしていられない。

 

 後ろから二人分の足音が近づいている。振り向くと、フレッドとジョージがこちらに歩いてきていた。同じ方向に歩いているというよりは、オーシャンに向かって歩いてきている様な歩き方だった。

 「尾行が下手ね。私に何か用?」

 声をかけると、フレッドが答えた。

 「お前こそ、隠し事が下手だよな。また何か面白そうな事考えてるのが見え見えだぞ」

 続けてジョージ。「俺たちにも一枚噛ませろよ」

 「駄目よ、危険だもの」と答えながら、郵便局のドアを開けると、フレッドとジョージの二人も続けて入ってきた。「その危険な事を、お前は何度もやっているじゃないか!」

 

 オーシャンはその場で従兄の三郎宛に手紙を書きながら、その様子を見つめている双子に話しかけた。

「貴方達を守るためにやろうとしているのに、貴方達がでしゃばってきたら何の意味もないじゃない」

 「え…?」二人が声を揃えたので、オーシャンは言い添えた。「『貴方達を』と言うより、『ホグワーツを』ね」

 すぐに手紙を出し終わり、三人は郵便局を後にした。双子はオーシャンとは並んで歩かず、常に三歩位後ろをついてきた。淑やかな武士の妻か、とオーシャンは頭の中で突っ込みを入れる。オーシャンはまた『三本の箒』に足を向けた。双子も黙ってついてくる。今日は何故だか、オーシャンが双子を連れまわしている感じになっている事に気づいて、彼女は小さく笑った。

 

 




皆さま高い評価をありがとうございます!(おべん・チャラ―の主観です)
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26話

 ホグズミードを訪問していた生徒達が帰ってきた頃には、ホグワーツの大広間はハロウィーンの宴会場に様変わりしていた。今年の宴会も大変楽しく、また、食事も美味しかった。オーシャンの目が一瞬、それも無意識の内に、ルーピン先生がフリットウィック先生と話している横顔を捉えてしまったが、すぐに自分でその事に気づくと下を向いて食べる事に集中した。おかげで今夜は、普段の倍は食べている。

 

 宴会が終わり、談話室の前まで来て、何故かみんなが隠し扉の前で立ち止まっているのに気づいた。何故、誰も『太った婦人』に合言葉を言わない?

 背伸びして生徒の頭越しに先頭の様子を窺っていると、隣にハーマイオニーが立った。ハリーとロンも一緒だ。

 「どうして誰も合言葉を言わないんだ?」と、ロンが同じ様に背伸びをして、先頭を見ようとしている。

 その時まさしく弟と同じ言葉を言いながら、パーシー・ウィーズリーが現れた。人波をかき分けて前方に向かっている。「通してくれ。僕は首席だ」

 

 それから、その場にいた全員が恐怖に凍り付く事態となった。普段『太った婦人』が納まっているはずの、談話室に繋がる隠し扉の絵はズタズタに切り裂かれ、『婦人』は絵からいなくなっていた。

 「誰か、校長先生を呼んで」とパーシーが言ったが早いか、校長先生がマクゴナガル先生と共に駆けつけた。ポルターガイストのピーブズが現れて、いつもの様なにやにや笑いでズタズタに切り裂かれてひどい顔にされた婦人が、五階にある絵の中を走っていくのを見た、と校長に教えた。

 校長が、婦人を傷つけた犯人を聞いた時、ピーブズはひときわ嬉しそうに笑った。

 「『太った婦人』が入れようとしないものだから、すっかり怒ってましたよ。シリウス・ブラックのような癇癪持ち、私めは初めて見ましたね!」

 

 チャンス、来た!-シリウス・ブラックが学校に入り込んだと聞いて、オーシャンはピーブズとは別の意味で喜んだ。従兄の三郎に借りようとした物は間に合わなかったが、それならそれで自分の力を信じるまでだ。きっと、この夏の修行の成果がブラック捕縛を手助けしてくれることだろう。

 

 「ブラックはどうやって入り込んだのかな?」

 「きっと姿現し術が使えるんだよ!」

 「ロン、ホグワーツでは姿現しは使えないのよ」

 首席二人が巡回する消灯した大広間で、生徒達は前代未聞の事件をひそひそと囁き合っていた。静かにしていてもブラック逮捕の報せが入るまでは、まんじりとして眠れないだろう。パーシーが巡回してはおしゃべりを止めて眠るように注意したが、それでもみんなの好奇心は止められないようだった。

 

 みんながウトウトしかかっていた深夜一時頃、突然大広間の扉が勢いよく開いた。目が覚めていたハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がそちらを見ると、不機嫌そうなスネイプが何か大きいものを放り出したのが見えた。それは入り口付近に寝ていたハッフルパフ生のお腹の上にもろに当たった。被害者二人分の悲鳴が聞こえる。「いてっ」「ぐえっ」

 「今学期の初めに君の寮監から注意があったと思うのだがね。自分の力を過信した正義の味方ごっこはやめる事だな、ウエノ」

 スネイプが、先ほど自分が放り投げたものに向かって言い捨てて、来た時の勢いそのままに扉を閉めて出て行った。聞こえてきた名前に、ハーマイオニーが体を起こしかける。「オーシャン?」

 

 すぐにパーシーが足早に様子を見に言った。「オーシャン、まったく何をして…おい、大丈夫か、ディゴリー!?」

 「うう…」という苦しそうな呻き声が聞こえて、ハリーが少し体を起こして様子を見ると、入り口近くがちょっとした騒ぎになっていた。オーシャンの下敷きになった男子生徒は、眠っていた所を突然オーシャンの体重に押しつぶされて、その上当たり所が悪かったらしい。ごめん、ごめん、としきりに謝っているオーシャンの声が聞こえる。パーシーが「マダム・ポンフリーを!」と言って、『ほとんど首なしニック』の銀色の姿が校医を呼ぶためにすうっとドアを通り抜けて行った。

 

 

 

 結局、シリウス・ブラック逮捕の報せは無かった。学校に侵入した夜の内にすでに姿をくらました様だ。ハリーは先生やパーシーに監視されるのを耐えなければならなかったし、オーシャンには特にマクゴナガル先生とスネイプ先生が厳しい視線を向けた。

 ブラック侵入事件の翌朝、マクゴナガル先生に朝食の時間に呼び出されたオーシャンは、隠れ蓑術を使ってブラック捜索に密かに加わっていた事を、しこたま怒られた。グリフィンドールは五十点減点と言った時のマクゴナガル先生の顔と言ったら、まさしく般若の形相だった。

 

 今季のクィデッチの第一試合を明日に控えた日、空は曇天で雨は横殴りに叩きつける様に降っていた。ほとんどの生徒はまだ気になるブラックの行方について想像を膨らまし、オリバー・ウッドは来たる明日の試合に向けて闘志を燃やしている朝食の席で、オーシャンの元にずぶ濡れのふくろうが舞い降りた。日本からの小包を届けてくれたのだ。麻袋に入れられた上から、雨を見越して頑丈に油紙で包まれていた。

 双子が目ざとくそれを見つける。「何だ?」「手紙にしては、大きいな」

 オーシャンはにやりとして答えた。「当たり。手紙ではないわ」

 麻袋の中には、時節の挨拶も無いぶっきらぼうな文面の手紙が一枚入っていた。恐らく三郎が愛用の毛筆で「健闘を祈る」とでも書いたのだろうが、達筆すぎて本当にそうかは判別できなかった。その後に袋の中からは、星の様な形をした黒い小さな物体が、コロコロと数個出てきた。

 

 「何だ、これ?」

 手を伸ばしかけたフレッドにオーシャンが注意する。「気を付けて。触ると痛いわよ」

 言われた瞬間、物体に触れた指先がチクリと痛んで、フレッドが飛び退いた。

 「何だよ、それ!?誰がこんなもん送ってきたんだ!?」

 大きな声を出すフレッドに、オーシャンは「シーっ!」と人差し指を立てた。この計画が先生方に知られては、減点だけでは済まされない。教員席を窺ったが、どうやら怪しまれてはいない様だ。

 

 オーシャンは額を双子に突き合せて、ひそひそと話し始める。

 「私の従兄に三郎というプロの忍者がいてね、その人に借りたのよ。これは忍者が仕事で使う『忍具』の一つで『まきびし』と言って、多くは敵の足止めに使うものなんだけど…」

 その先の言葉を言ったオーシャンの顔は、いたずら小僧の見せる笑顔だった。

 「これに『透明呪文』をかけて、寮の隠し扉前の廊下にでもばら撒いておいたら、シリウス・ブラックはかかってくれるかしらね?」

 聞いた双子は口をあんぐりと開けた。本当はトラばさみでもいいかと思ったんだけど…とぶつぶつ言っているオーシャンに、恐る恐る声をかける。

 「あ、あのさ、」

 「うん?」

 「それ、俺たちも寮に出入り出来なくなる」

 「あら」オーシャンは、盲点、という顔をしていた。

 

 その日は、ルーピン先生が体調不良で休んでいるとの伝達が、何故かハーマイオニーから来た。胸が少しザワリとしたが、オーシャンは「早く良くなるといいわね」と言って自分のざわつく心に蓋をした。

 「お見舞いに行っちゃえばいいのに」とアンジェリーナは言ったが、ここで決意が鈍っても困る。オーシャンがやるべき事は、大切な居場所を守る事なのだ。今はシリウス・ブラックを捕らえる事に、全力を注ぐのだ。

 その夜、ルーピン先生の部屋のドアノブに、オーシャンはひっそりと魔法で作り出した見舞いの花籠をかけた。ただし、メッセージは添えずにおいた。

 

 翌日は酷い雨だった。選手達が互いに掛け合う声やマダム・フーチの試合開始の号令や笛の音など、耳を澄まさなければ聞き取ることができなかった。

 オーシャンはロンやハーマイオニーと一緒に試合運びを見守っていた。強風が吹けば選手の箒が流され、応援の観衆は傘が吹き飛ばされない様にしっかりと支えなければいけなかった。

 「危ないっ!」

 ハッフルパフのビーターが打ったブラッジャーがハリーを叩き落としそうになったので、オーシャンは思わず叫んでしまった。すんでの所でハリーがそれを避ける。オーシャンはほうっと息を吐いた。

 

 「ああ、よくこんな天候の日に試合なんてできるわね。前なんて見えたものじゃないわ」

 オーシャンがハラハラしながら呟くが、熱狂しているロンには聞こえていない様だった。と、また強い風が吹いて、傘が飛ばされかけた。しっかりと傘を握り直したハーマイオニーを、オーシャンが支える。顔面に、強い雨が容赦なく襲い掛かった。

 「…こんな調子じゃ…眼鏡なんてかけてたら、スニッチ以前に何も見えないわ…」

 呆然とそう呟くと、ハーマイオニーもこちらを見た。意思の疎通。

 その時グリフィンドールチームがタイムをとったので、ハーマイオニーは杖を持ってハリーの所に駆けつけて行った。ハリーの眼鏡に防水呪文をかけて、ウッドにキスされそうになったところを素早く躱して戻って来る。オーシャンはその様子を見ながら、一人呟いた。

 「キャプテンなら、貴方が真っ先に気づいてあげなさいよ…」

 「え、何か言った?」独り言を聞きつけたロンが、こちらに顔を向ける。

 「いいえ、何でもないわ」

 

 

 グリフィンドールが五十点リードしてはいるが、油断は出来ない。ハリーは目が見えるようになり、チームは体制を立て直した様に見えた。ハリーはスニッチを探して、縦横無尽に飛び回っている。

 -これで少し安心して応援できる。そう思ったオーシャンだったが、次の一瞬、ハリーの箒を握る手が滑ったのか、彼を乗せた箒は突然高度をグンと下げた。意図的では無く落ちた様に見えたが、ハリーを乗せた箒は今までいた所より一メートル程下で止まった。

 方向転換をした一瞬の間の事だった。オーシャン以外は誰も気づいていない。一体、どうしたというのだろう?

 その時、今さっきハリーがいた場所をハッフルパフチームのキャプテン、セドリック・ディゴリーが猛スピードで駆け抜けた。シーカーである彼は、ハリーより先にスニッチを見つけたのだ。ハリーはウッドに声をかけられた事でそれに気づき、負けじとスピードを上げる。

 熱狂の一瞬は、突然何かのスイッチが切られた様に静まり返った。雨を降らせる雲は更に重苦しく垂れこめ、二度と日の目を拝ませないようにしているかの様に辺りの薄暗さが増した。ヒヤリとし気味の悪い感覚に気づいたオーシャンがグラウンドを見ると、そこには吸魂鬼の群れがあった。

 

 「-みんなが熱狂するクィディッチの試合だもの。吸魂鬼の大好物よね」

 オーシャンが呟いて杖を抜こうとした刹那、スピードを緩めない箒からハリーの体がズルリと落ちた。落下しそうになるハリーの体をチームメイトは受け止めようと手を伸ばすが、僅かに届かない。

 オーシャンがそちらに杖を向けようとした時、落下するハリーのスピードが緩んだ。グラウンドで、杖を操る人の姿が見える。ダンブルドア校長だった。

 

 オーシャンはグラウンドに飛び降り、着地と共に一回転して衝撃を緩和する。その勢いのまま立ち上がりざまに杖を抜き、再び吸魂鬼に構えた。また格好悪い失敗などできるはずもない。私は全てを守ると決めたのだから。

 「エクスペクト・パトローナム!」

 杖先から白銀の鶴が現れ、吸魂鬼に向かっていく。吸魂鬼がオーシャンの守護霊に怯むと、背後からまた別の守護霊が現れた。二体の守護霊に追われて吸魂鬼がグラウンドを出て行く。

 キョトンとして、もう一体の守護霊の出処はどこだろうとオーシャンが後ろを振り返ると、ダンブルドア校長がこちらに構えた杖を収めるところだった。

 

 ハリーはグラウンドに横たわっていて、空中から降りてきた仲間の手によって担架に乗せられている。得点板は、グリフィンドールの敗戦を表していた。

 

 



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27話

 医務室でキャプテンを除いたグリフィンドールチームとロン、ハーマイオニー、オーシャンは、ハリーが目覚めるのを待っていた。

 試合後、すぐにハリーは医務室に運び込まれた。あれから五分くらいしか経ってない様な気もするし、永遠の時が経っている様な気もする。

 ハリーは未だ目覚めなかった。後ろで男たちが何やら英語で話し合っている中、ハリーが眠るベッド脇の椅子に腰かけたオーシャンは雨で冷え切ったハリーの手を握った。そのまま両手で包み込むと、小さく、誰にも見えないような小さな動きで印を切った。そしてその手を自分の額に当てると、オーシャンは小声でまじないを唱えた。

 「活きませ、活きませ、汝が時を紡ぎませ。揺蕩う魂光を持ちて、誘う闇に抗いて、皆待つ此処へと戻りたまえ」

 

 そしてハリーの冷ややかな手にふっと息を吹きかけると、ハリーの瞼がゆっくりと開いた。みんながそれに気づいて、ハリーの名を口々に呼び、ベッドに詰め寄る。オーシャンはハリーが気が付かない内にその手をそっと放して、ベッドに詰め寄るみんなに紛れて自分はその後ろへと下がった。

 「僕、どうなったの?」

 ハリーが聞くと、フレッドが答えた。「落ちたんだよ。ざっと、二十メートルくらいかな」

 みんなの様子を見て、ハリーは自分がクィディッチの試合で始めて負けた事を悟った。フレッドとジョージが、ハリーが箒から落ちた後どうなったのか説明してくれたが、ハリーは混乱している中、キャプテンがここにいない事に気づいた。

 「ウッドはどこ?あと、オーシャンは?声が聞こえた様な気がしたんだけど」

 「ウッドはまだシャワールームの中さ。オーシャンはそこに…あれ?」

 そこで初めて全員が、さっきまで一緒にハリーの目覚めを待っていた友人の姿が見えない事に気づいた。「おかしいな、さっきまでこの椅子に座ってたんだけど」

 

 

 

 ウッドとハリーを除いたクィディッチチームが談話室に戻ると、そこはまるで葬式場の様に静まり返っていた。双子が歩くと、数人のクラスメイトはまばらに声をかけてくれた。「惜しかったな」「次があるさ」

 ふと、暖炉に向いている肘掛け椅子に見慣れた人影を見つけて、双子は声をかけた。

 「おい、何で先に帰ってきたんだよ。せめて何か言えよな」

 「ハリーが目を覚ましたぞ。お前がいないのを不思議がってた」

 その声にオーシャンは振り返った。「ああ、ごめんなさい。気分が優れないの。そっとしておいて」

 先ほどハリーにかけたまじないによって、彼に生気を少し分けたため、オーシャンの顔色は優れなかった。何故日本のまじないは、こちらの『元気呪文』の様でないのだろう。使い勝手が悪すぎる。

 

 肘掛け椅子の上でくたっと縮こまって、今まで学友に見せた事の無いだらしない姿勢をとるオーシャン。まじないをかけた事は、誰にも気づかれていないと思っていたのだが。

 「…お前もしかして、また日本のまじないでも使ったのか」

 ぎくり。フレッドの射る様な視線と言葉に、オーシャンの肩が震える。ジョージがフレッドに続いた。「自分の体で隠してこそこそ何かしてたのはしっかり見てるんだぞ。白状しろ」

 双子に指摘されながら、オーシャンの脳裏に二年前の出来事が蘇った。ハリーを助けるためにまじないを使って倒れ、医務室に運ばれた時の出来事。マクゴナガル先生に、みんなを心配させたからようく反省しておきなさいと言われたっけ。今の双子の声は怒っている様に聞こえるが、もしかすると、心配してくれているのかもしれない。

 そこまで考えると、何だか考える事も喋る事も億劫になってしまった。

 

 「…アイドントノー。少し眠るわ」

 一言逃げ口上を口にしてすぐ、オーシャンは寝息を立て始めた。双子は顔を見合わせ、仕方ない、と肩を竦めると、眠る友人目掛けてブランケットを乱暴に放り投げた。それは彼女の上半身を覆ってしまったが、当人はそれに気づくことなく、深い寝息を立てていた。

 

 

 十二月になり、降り続いていた雨はようやく鳴りを潜めて、ホグワーツの校庭には銀世界が広がった。校内にも段々とクリスマスムードが満ち満ちて、みんなが休みの計画を語り合っていた。今回のクリスマス休暇で寮に居残るのは、ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてオーシャンである。

 ちなみに、今回誰にも言わずに家出同然に日本を出てきた事が何故かマクゴナガル先生にバレていて、親御さんを心配させるのではない、と、オーシャンはまたまたこってりと絞られた。

 学期最後の週末にホグズミード行きの日程が張り出され、ハーマイオニーは、クリスマスショッピングが全部済ませられる、と喜んでいた。

 

 土曜日の朝、厚い防寒具に身を包んだロンやハーマイオニーと一緒にホグズミードへ出発しようとしたオーシャンは、旅支度バッチリなのにも関わらず、まだ城の中でぐずぐずしているフレッドとジョージを見つけて、声をかけた。

 

 「貴方達、どうしたの?早くしないと、門が閉まってしまうわよ」

 双子はその声に振り向いたが、手を振って、先に行けと促していた。「おう、すぐ追いつくよ」「弟よ、我らが聖母様を頼んだぞ」「いや、待て、戦乙女じゃなかったか?」「あれ、どうだったけ…」

 勝手に首をひねっている双子を一瞥して踵を返し、最早懐かしい二つ名で呼ばれたオーシャンは呟いた。「どっちでもいいわよ…」

 

 フィルチに見送られて三人で校門を出て歩き出すと、ごった返す生徒達の中でオーシャンに誰かの肩がぶつかった。どうやら相手の体格の方が勝っていたらしく、思わず雪道でよろけてしまう。

 「あら」「おっと…」

 咄嗟にぶつかった相手が手を差し伸べて、転倒からは免れた。「ごめん、大丈夫?」

 「私の方こそ、ごめんなさい」謝りながらオーシャンは、手を差し伸べた相手の顔に見覚えがある様な気がした。しかもごく最近。誰だったっけ?

 しかし相手の方はオーシャンに気づいたらしい。「あ、君は…グリフィンドールの」

 「あ」オーシャンも思い出した。それは、クィディッチの試合でグリフィンドールチームを負かした相手、ハッフルパフチームのキャプテン兼シーカーのセドリック・ディゴリーだ。

 そして、もう一つ。ブラック捜索のあの夜に、スネイプ先生につまみ出された時にオーシャンの石頭の犠牲になって鼻の骨をやられていた、あの不幸な青年だった。

 

 セドリックに引っ張られて体勢を立て直したオーシャンは、改めてあの夜の事を謝った。今の今まで忘れていたが、思い出すと恥ずかしい過去である。「あの夜は本当にごめんなさい。体は…大丈夫よね。クィディッチで颯爽と飛んでたもの」

 「試合を見てたんだね。あ、グリフィンドールだから、当然か。あの試合は、僕にとっても気持ちのいいものじゃなかった。ポッターは今日は?」

 「あの子、来られないのよ。だからみんなで一緒にお土産と、クリスマスプレゼントを、ね」

 二人が話し込んでいるのを、ハーマイオニーは呆気にとられて、ロンは面白くない、という顔をして見ていた。ロンからすれば、セドリックは愛するグリフィンドールチームと無二の親友をいっぺんに負かした人物である。

 

 「セド、どうしたんだ?行こうぜ」立ち止まってオーシャンと話し込んでいるセドリックに、友人達が声をかける。セドリックは顔をそちらに向けて、ああ、と返事をすると、またオーシャンに向き直った。

 「ごめんね、友達が待ってるから、行かなきゃ。本当に大丈夫?怪我は無い?」

 「ええ、大丈夫。これでお相子ね」

 前回はオーシャンがぶつかり、今回はセドリックからぶつかった。そういう意味では、これでお相子である。オーシャンが笑うと、セドリックは顔を赤らめてさっと逸らした。おや、その反応はいつだったかに覚えがあるような…。

 

 セドリックが速足で友達のもとへ向かっていくとほぼ同時に、双子のウィーズリーが追いついてきた。明らかに肩を怒らせている。

 「何を話してたんだ?あいつと」

 「ちょっとした世間話よ。貴方達こそ、何をしていたの?」

 オーシャンが問い返すと、双子は声を揃えて答えた。「「ちょっとした世間話さ!」」

 双子がなんだかぷりぷりしている背中をぼんやりと見つめながら、ハーマイオニーが言った。

 「今年って、オーシャンにとって波乱の一年よね…」

 「そう?」

 

 

 

 

 双子は悪戯専門店へと姿を消し、オーシャンはロンとハーマイオニーについて歩いた。多種多様のお菓子が並ぶ、ハニーデュークスへと足を踏み入れる。店の中はすでにホグワーツ生でいっぱいだった。

 見た目の可愛いお菓子から、宴会以外に用途が思い浮かばない遊び心の塊の様なお菓子を通り過ぎて、何やら看板がかかっているお菓子の棚へと一行はやってきた。ロンが臓物の塊の様なペロペロキャンディーを品定めしているのを見て、ハーマイオニーが気持ち悪そうに首を振る。

 「ハリーはこんなもの欲しがらないと思うわ。これって絶対バンパイヤ用よ」

 「じゃあ、これは?」ロンが「ゴキブリ・ゴソゴソ豆板」の瓶を取り出した。二人が親友の為に頭を悩ませているのを、オーシャンが微笑ましく見守っていると、隣に見慣れた顔が立ったのに気づいた。「あら?」

 

 「そんなの、絶対嫌だよ」オーシャンの隣に突然現れたハリーの声に、ハーマイオニーはこちらが腰を抜かしてしまいそうな金切り声を上げた。ロンは感心して言った。「わあっ、君、姿現し術が出来る様になったんだ!」

 確かに姿現し術か瞬時転移でも無いと、この現象の説明がつかない。オーシャンが「どうやったの?」と聞くと、ハリーは周りにいる生徒達に聞こえない様に声を潜めて、フレッドとジョージから貰ったという『忍びの地図』について話した。同級であるオーシャンでさえこんなものの話は聞いた事が無かったし、弟であるロンに至っては憤っていた。「僕にも教えてくれないなんて!」

 

 シリウス・ブラックという脅威が存在している中、この地図を使ってハリーが城を抜け出すというのは、あまり褒められた行為ではない。しかし、目に届く場所にいてくれれば守りやすいのも確かだ。ホグワーツに続く隠し通路は簡単に見つからない様な所にあって安全だ、とハリーも太鼓判を押しているし、話を聞いて『リドルの日記』の様な危険なものではないと判断したオーシャンは、それについて追及するのを止めた。

 

 四人でホグズミードを見て回った。来訪が初めてだったハリーは何を見るにも目を輝かせていた。

 寒風が吹いてハリーが体を震わせたのでオーシャンが自分のマフラーをハリーの首に巻いてやったが、結局寒さに敵わずに四人は『三本の箒』で温かいバタービールを飲むことにした。

 店に入り、四人でテーブルを独占して一杯やっていると、出入り口が開いて寒風と雪が店の中に舞い込んだ。雪と一緒に入店してきたのは、マクゴナガル先生、フリットウィック先生、ハグリッド、コーネリウス・ファッジ魔法省大臣の四人だった。

 

 親友二人に、無理やりテーブルの下に押し込まれたハリーだったが、ハリーの正面にはオーシャンが座っているので、四人のついた席からはハリーの姿は見えないはずだった。しかしそのまま隠れていてもらった方がバレる確率が少ないので、ハリーにはそのまま窮屈な思いをしていてもらう事にしよう。

 

 耳を澄ませて先生方の話を聞いていると、大臣はシリウス・ブラックがハロウィーンの日にホグワーツに侵入した件で、こちらに来ているのだと言った。マクゴナガル先生が口を開いた。「もし生徒に何かがあったら…恐ろしい事です。なのに、あのウエノときたら、日本の術を悪用して深夜に一人でブラックを捜索していたのですよ!愚かなことです!」

 思いもよらなかった自分の名前が出て、オーシャンはバタービールをテーブルの上に吹き出してしまった。ハーマイオニーが目を丸くし、ロンが声を殺して笑っている。「-失礼。ごめんなさい」

 

 マクゴナガル先生の話を聞いて、魔法大臣が言った。「日本の…?ああ、あの子だろう、留学生の。夏に一回、顔を合わせた。そんな無鉄砲な子には見えなかったがね」

 大臣が言ったのを皮切りに、マクゴナガル先生はどれだけオーシャンが危険な事をしているかを訴えた。一昨年はクィディッチの試合中にハリーが受けていた呪いを肩代わりして医務室に運ばれ、学期末には恐ろしい闇の魔法使いと対峙し、去年は自らバジリスクを退治しに出かけ、今年は吸魂鬼と戦おうとする事二回!しかも二回目は、百人規模の大所帯をである。

 

 興奮してまくしたてるマクゴナガル先生を、フリットウィック先生とハグリッドが二人がかりでなんとか宥めようとしていた。オーシャンとしては、こんなに先生に迷惑と心配をかけているとは思っていなかった。顔から火が出る思いとは、まさにこの事である。

 

 それから四人の話題は吸魂鬼の話を経由して、シリウス・ブラックの事になった。ブラックが元ホグワーツの学生で、しかもハリーの父親のジェームズ・ポッターと唯一無二の親友だった事を先生達の口から聞いたハリーは、驚きでジョッキを落とした。

 ジョッキが床に転がり、飲みかけのバタービールが床を流れたが、そんな事を気にする者は一人もいなかった。

 





個人的には女主がモテモテ展開好きじゃない。(書いておいて複雑)


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28話

 「ハリー、大丈夫かしら。だいぶショックを受けていたわ…」

 ホグズミードからの帰り道、ハーマイオニーが心配そうに呟いた。ロンもオーシャンも、ハリーの事が心配だった。隠し通路があるハニーデュークスの前で三人はハリーと別れ、今はホグワーツへ続く道を歩いている。

 

 『三本の箒』で聞いたのは、衝撃的な話だった。

 シリウス・ブラックは親友を裏切って闇の側につき、ポッター一家の隠れ家の場所をヴォルデモードに教えたというのである。

 結果、ハリーの両親は殺されてしまった。そしてブラックを追い詰めた、ハリーの父ジェームズとの共通の友人であるピーター・ペティグリューの事も、道路ごと吹き飛ばして殺してしまった。

 

 「でも、酷いよ…友達だったのに…。唯一の親友を裏切って…もう一人も、道路ごと吹き飛ばすなんて…」

 ロンが歩きながら呟いた一言を、オーシャンは指摘した。「そこよ。おかしいわよね」

 

 「え?何で?」

 「何故、人ひとり殺すのに道路ごと吹き飛ばす必要があるの?大規模の魔法って、不特定多数を殺すにはちょうどいいかもしれないけど、標的を一人殺すには不確実なのよね。それこそ、爆発なんて起こしたら土煙が起きるでしょう?私なら、それに紛れて命からがら逃げだすわ」

 

 「でも、それはブラックが狂っているって、」ロンは言いかけたが、オーシャンはそれを遮った。

 「現場を見ている訳じゃないから、もちろんそれも否定できないわ。でも私は、爆発術で吹き飛んだのに、残っていた死骸が指一本だけだなんて、あまりに不自然だと思うの。何で、そんな爆発で真っ先に吹き飛びそうなものだけが残っているの?」

 

 それともう一つ、とオーシャンは続けた。

 「ブラックを最初に追い詰めたピーター・ペティグリューが、『よくもリリーとジェームズを!』とか何とか言っていたそうだけど、実際、自分の身になって考えてみたらそんなこと言う暇ないのよね。でも、真偽はともかく、往来でそんな事を叫んでいたらとりあえず目撃者の記憶には残るわ」

 

 ロンとハーマイオニーが曖昧な相槌を打つ一方、オーシャンはやっと答えの一つにたどり着いていた。夏にオーシャンが早めに日本を出る理由となった、夢に出てきた男性は、やはりシリウス・ブラックだったのだ。

 

 魔法大臣は、吸魂鬼の看守付きの独房で、ブラックはまるで平静を保っていたと言った。吸魂鬼が四六時中監視している中でどうやって平静を保っていられたのかは分からないが、大臣はブラックと鉄格子越しにごく普通に話をして、読み終わった新聞を与えたという。

 

 オーシャンが夢の中で見た背中は、新聞を読んでいるブラックの後ろ姿で、そこから得た何らかの情報に驚き、また喜んで、その姿が何らかの理由で夢としてオーシャンの元に届いたのではないか。それとも、そう考えるのは、あまりにもこじつけすぎているだろうか?

 

 ホグワーツに到着して、三人は真っ先にハリーを探した。彼はいつも通り、談話室にいた。四人で夕食をとりに大広間に降りたが、食事中何も話す気にはなれなかった。

 

 

 クリスマス休暇の一日目、昼食の時間近くになって起きてきたハリーに、ロンとハーマイオニーは軽はずみな行動をしないべきだと言い聞かせていた。

 「ディメンターが近づくたびに、ヴォルデモードに命乞いをする母さんの声が聞こえるんだ!こんな思い、君たちには分からないだろう!」

 「ハリー、でもそれはーどうにもならない事よ。じきに、ディメンターがブラックをアズカバンに連れ戻すわ。そしたら…」

 ハーマイオニーが苦痛の表情で言うが、ハリーの興奮は収まらない。

 「ファッジの言った事を聞いただろう。ディメンターなんて、あいつはへっちゃらなんだ。ブラックにはそんなもの、刑罰にならない」

 

 「じゃあーどうするっていうんだ?」

 ロンが聞いた。ハリーは答えない。オーシャンは、ハリーの中に燻っている感情が見えた気がした。怒りと悲しみ、どうしようもないやるせなさと、悔しさ。

 やはり、ハリーの為に是が非でもブラックを捕縛しないといけない。

 

 三人がハグリッドの小屋に行くのを見送って、オーシャンは自作の大雑把なホグワーツ城の見取り図を広げて、ブラック捕縛の計画を練るのだった。

 

 しかし、それからいつまで経っても三人は帰ってこなかった。もしかして、何かあったのでは-そう思ったオーシャンが急いで外套を引っ掛けてハグリッドの小屋へ向かう為に玄関ホールに出た所で、ちょうどホールを横切って夕食に向かう三人の姿が目に入った。

 「どうしたんだい、こんな時間にマントをひっかけて」ロンが能天気な口調で言ったので、思わず言い返してしまう。

 「どうしたは、こっちのセリフよ。でも、ああ、良かった。貴方達がいつまで経っても帰ってこないから、心配になって」

 

 胸を撫で下ろしているオーシャンの様子に三人は少しばつの悪い顔をしつつ、図書館に行ってたんだ、と言った。

 夕食を食べながらオーシャンが三人に聞いた話では、ハグリッドの授業でマルフォイの腕を傷つけたヒッポグリフが裁判にかけられるので、勝訴を勝ち取るのに役に立ちそうな本を、図書館で片っ端から読み漁っていたそうだ。オーシャンも手伝いたいが、時間があまり無い中で英語が苦手な日本人が、洋書での調べ物を手伝って何の助けになるだろう。

 「私も手伝いたいけど、多分作業にかかる時間を倍にして足を引っ張ってしまうから、辞退しておくわ」

 

 それなら、日本ではこういった事例で勝訴になったヒッポグリフはいないのか、調べてほしいとハーマイオニーに言われるが、それも難しいだろう。

 「日本には天馬ならいるけど、ヒッポグリフってあまり見かけないのよね。そもそも、日本ではこういう事例の場合ほとんどが有無を言わさず殺処分になるの。あまり参考にはならないわ」

 三人とも残念そうな顔をしたので、オーシャンは申し訳ないと思った。

 

 

 三人は連日調べものに明け暮れ、オーシャンはどうにかシリウス・ブラックを捕縛する為の計画を秘密裏に立てて、あっという間にクリスマスの朝がやってきた。

 友人達から送られてきたプレゼントの中に、家族からの小包が埋もれていた。

 妹の空は、『神秘の海』というタイトルの占い学の本を送ってくれた。オーシャンはそれを手に取って、パラパラとページを手繰ってみる。「…ゴリゴリの専門書じゃない。もっと初級のやつにしてくれないと、ちょっと意味が分からないわ」

 母は得意の鯖の味噌煮を送ってきた。「冷えてる…。よく海を渡ってこれたわね」

 父はそうとう怒っているだろうと覚悟していたオーシャンだったが、父からは「精進せよ」という手紙と共に、少しの金子が送られてきた。オーシャンの懐具合を心配しての配慮であったのだろうが。「父様…。残念だけど、ここでは換金する手段が無いのよ」

 温かい気持ちの中に、少しのやるせなさが入ったのは、何故だろう。オーシャンは頭を抱えて呟いた。「…うちの家系って…いわゆる『天然』ってやつだったのかしら…」

 

 部屋の戸がノックされたので開けると、そこには夏にダイアゴン横丁で買った猫を腕に抱いたハーマイオニーが立っていた。お互いにクリスマスの挨拶を言い合うと、ハリー達の部屋に一緒に行ってみる事になった。

 

 男子寮の部屋の前に着き、ハーマイオニーはノックしたが、中から開くのを待たずにそのまま扉を開けた。部屋の中には、クリスマスプレゼントの包装で部屋をぐちゃぐちゃに汚して楽しそうに笑いあっている男児が二名。

 

 「二人とも、随分楽しそうね」オーシャンがそう言って、ハーマイオニーが声を上げた。

 「まあ、ハリー!一体、誰がこれを!?」ハリーの手にはピカピカの新品の箒が握られている。ハリーの箒『ニンバス二〇〇〇』が壊れたと聞いていたオーシャンも、首を傾げた。

 「新しい箒を買ったの?」

 するとロンが、自分のものでもないのに鼻高々に箒の説明を始めた。炎の雷、ファイアボルト。現存する最高峰の箒で、十秒で時速二百四十キロメートルまで加速する事の出来る素晴らしい最先端技術の結晶。スリザリンチームが使う箒『ニンバス二〇〇一』を全部束にしても敵わない位の高級品で、その柄には最高級のトネリコ材が使用されていて云々…。

 

 「こんなに高級なものを送ってくれる人物って誰?ハリー、カードには何か書いてあった?」ハーマイオニーが聞いた。ハリーが答える。

 「分からない。カードも何もついてないんだ」

 ハリーのその言葉に、ハーマイオニーは表情を曇らせる。オーシャンにも、彼女の考えている事は分かった。ハリーがシリウス・ブラックに狙われていると噂される今、その箒はブラック本人からハリーに送られてきた可能性があった。ともなれば、その箒には呪いがかけられているかもしれない。

 

 その時空いていたベッドの上に上がっていたハーマイオニーの猫、クルックシャンクスが、ロンの懐へ飛び降りた。クルックシャンクスの爪がロンのパジャマを引き裂いて、中からロンのペットのネズミがわたわたと逃げ出してきた。

 ネズミは素早くオーシャンの肩に登り、クルックシャンクスが追ってきた。ロンがクルックシャンクスを蹴飛ばそうとして、狙いが外れてハリーのトランクを蹴飛ばしてひっくり返してしまった。

 

 するとひっくり返ったハリーのトランクから使い古されたボロボロの靴下が飛び出て、中から何やら小さい機械の様な物が転がり出た。その機械がけたたましい音を立ててヒュンヒュンと鳴りだしたものだから、クルックシャンクスはそちらを見て唸り声を上げた。

 

 「これを忘れてた!」小さな機械を急いでたハリーに、オーシャンは「それは何?」と聞いた。答えたのはロンだった。

 「スニーコスコープ。怪しい奴が近くにいると、光って反応するんだ。-早くそいつを黙らせてくれ!」

 ロンがハリーに言い、ハリーはスニーコスコープを再び古靴下に入れて音を殺すとトランクに放り込んで蓋を閉めた。ロンはトランクを蹴飛ばした足の痛みに呻きながら、ハーマイオニーに叫んだ。

 

 「そいつをここからつまみ出せよ!」

 ロンのあまりの言いように、ハーマイオニーは猫を抱えてツンツンしながら部屋を出て行った。オーシャンは肩に乗っているネズミを一瞥する。オーシャンの射る様な眼差しに、ネズミのスキャバーズはぶるっと身を震わせた。

 

 その日の昼食は、大広間で先生たちとひとつのテーブルを囲むクリスマスランチだった。ハリー達の他に生徒は、緊張しきっている一年生が二人と、ふてぶてしい態度のスリザリンの五年生が一人だ。

 

 テーブルに並んでいる諸先生方の中にルーピン先生の姿は無かった。オーシャンはこれで良かった様な、残念なような、複雑な面持ちで席に着く。すると校長が悪戯っぽく目を光らせた。

 

 「ウミ、探し人はいなかったかな?」

  ダンブルドア校長の言葉に、先生方がオーシャンを見た。生徒達の間に流れる噂は、時置かずして先生の耳には入るだろう。マクゴナガル先生とスネイプ先生は普段からオーシャンに厳しい監視の目を向けているから尚更、オーシャンがルーピン先生を好きだと言う噂は先生方の耳に入っているのではないかと、オーシャンはとっさに思った。それにしても、何故この席でそれを口にする。面白がっているのか、釘を刺しているのか。

 

 「いえ、校長。慣れない席で、少々緊張してしまっただけです」

 オーシャンが否定したので、ハーマイオニーは一瞬気遣わし気な表情を見せた。

 その後、和やかなムードで昼食会は進んだ。オーシャンが少し箸休めをしている時、大広間の扉が開いて、『占い学』のトレローニー先生が音もなく入ってきた。ダンブルドア校長が嬉しそうに言った。「シビル、これは珍しい!」

 

 トレローニー先生はいつもの神秘的な演出を施した声で、水晶に映った運命に促されて、遅ればせながら食事会に加わる事にした、と言った。

 ダンブルドア校長がトレローニー先生のための椅子を魔法で出現させて、トレローニー先生はスネイプ先生とマクゴナガル先生の間に腰を下ろそうとしたが、思い直した様にぱっと立ち上がった。

 

 「いけませんわ、わたくしが加わると、十三人になってしまいます!その人数が一緒に食事をする時、一番初めに席を立った者が死んでしまいますわ!わたくし、とても座れません!」

 マクゴナガル先生はイライラした口調で言った。「シビル、その危険を冒しましょう」

 

 結局、昼食会はトレローニー先生が加わって進んだ。オーシャンはトレローニー先生の事は特段嫌いではなかったが、さして好きにもなれなかった。占いが得意な妹がいる分、どうしてもトレローニー先生が普段からしている事は、どうしてもプロの仕事に見えなかったからだ。人の死に関する予言は、むやみやたらに口にしない。少なくとも日本の常識として、それは定着している。

 

 トレローニー先生はテーブルに着いている顔を見渡して、誰にともなく尋ねた。「あら、ルーピン先生はどうなさいましたの?」

 ダンブルドア校長が答える。「ルーピン先生はまたご病気での。気の毒な事じゃ」

 そう言った校長の目が、一瞬オーシャンのそれとカチリと合った。何故、またこちらを見る。

 

 「でも、シビル。あなたはもちろんそれもご承知だったはずよね?」マクゴナガル先生は眉根を寄せてトレローニー先生を見た。

 トレローニー先生の声色が、僅かに冷ややかなものになる。「もちろんですわ、ミネルバ。わたくし、自分が『全てを悟る者』だという事をひけらかしたりはしませんの。皆さんを悪戯に怖がらせるだけですもの。どうしてもとおっしゃるなら、教えて差し上げましょう。あの方の命は、もう長くはありませんわ。あの方自身も先が短いと感じておられる様です。わたくしの水晶玉から、逃げる様になさいましたの」

 

 -ガタン。音を立ててオーシャンは立ち上がった。全員の視線が彼女に集まる。トレローニー先生が息をのんだ。

 「あ、あなた!」

 「十三人が食事を共にした所で、日本では一人も死にませんので。お先に失礼致します。皆様、良いクリスマスを」

 オーシャンはいつもの微笑みを絶やさずにその言葉を口にしたが、手が僅かに震えているのを後輩三人は見逃さなかった。トレローニー先生は、まるでオーシャンが破廉恥な事を言ったかの様に、口をあんぐりと開けている。明らかに先生相手に慇懃無礼な態度をとっているオーシャンだったが、他の先生は誰も咎めはしなかった。

 

 彼女は去り際に振り返り、トレローニー先生に向かって言った。

 「妹が、結構腕の立つ占い師ですの。先生もご自分の死期が気になったら、いつでもどうぞ」

 



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29話

 差出人不明の荷物の中身に呪いがかけられているかもしれないと考えるのは、ごく全うな事だ。ハーマイオニーがハリーを思ってやった事は、至極当然と言える。

 それなのに何故、新品のファイアボルトがマクゴナガル先生の手によって預かられた事を、ハリーとロンは怒っているのだろう。しかも、通報者のハーマイオニーにその矛先を向けるのは、お門違いというものである。

 

 「ハーマイオニーは貴方の事を思ってやっているのよ。本来は、貴方自身がマクゴナガル先生に通報すべきだったわ」

 「だって、無事に帰ってくるとは限らないじゃないか!」

 「本当に呪いがかけられていたとしたら、無事には帰ってこないでしょうね。でも、貴方の命は無事に済むわ」

 「でも…」

 「…ちょっと本音で話していいかしら?」

 「え?」

 「男がつまらない事でぐちゃぐちゃ言って女の子を悲しませるんじゃないわよ。ご自分の命が箒より重いと何故気づかないの」

 「酷い!」

 

 クリスマス休暇が明け、ホグワーツの日常が戻った、グリフィンドールの談話室。日本人留学生オーシャン・ウェーンは、可愛い後輩、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーの二人を目の前に正座させて説教していた。普段は温和なオーシャンが、これまた普段は猫かわいがりしている後輩を怒鳴りつけている姿を、同寮の生徒達は珍しがって遠巻きに見ている。

 

 「本音で話すって言ったじゃない。っていうか、貴方達の方がハーマイオニーに酷い事をしているのよ?今すぐ土下座で地べたに頭こすりつけて謝らなければ、箒が無事に帰ってきても私が塵も残さず粉々にしてやるから、覚悟していなさい!」

 オーシャンが声も高く言ったので、ロンは「冗談だろ?」とでも言いたげに笑った。

 「えっ、ちょっと、怖い事言わないでよ、オーシャン。今世紀最高の箒だぜ?」

 「その最高の箒が一本壊れた所で、私は痛くも痒くもないわ。私には箒の一本より、ハーマイオニーの方が大事だもの」

 

 事の始まりは、クリスマスの昼食後。ハーマイオニーは、ハリーとロンに相談無しにハリーの元に送り主不明のクリスマスプレゼントが届いた事を、マクゴナガル先生に報せたのである。ファイアボルトはマクゴナガル先生に事実上没収され、呪いがかけられていないか徹底的に分解して調べられる事となった。

 その出来事以来、ハリーとロンはマクゴナガル先生に通報したハーマイオニーを、ほとんど無視していた。最初はいつも通り成り行きを見守っていたのだが、あまりにも度が過ぎるのを見かねたオーシャンは、後輩二人をきつく叱っていた所だった。

 

 「おい、オーシャン、気は確かか!?ファイアボルトだぞ!?それを失う事が、我がグリフィンドールにおいてどれだけの損失になるか-」「なら、ウッド」割って入ってきたオリバー・ウッドの顔を見て、オーシャンは遮った。

 「貴方が試運転してみればいいわ。万が一箒にかかっていた呪いが原因で貴方が死んでも、ハリーは試合でスニッチをとる事ができるから問題ないわね?」

 ウッドは言葉に詰まっていた。

 

 「-とにかく、」オーシャンはハリーに向き直って言った。「貴方にあまり手荒な事はしたくないわ、ハリー。でも私にとって、大切なのは貴方だけじゃないという事をよく覚えておいて」

 寝室にオーシャンが去ると、フレッドとジョージが弟とハリーの肩に、ポン、と手を置いた。

 「これ以上あいつを怒らせたくなきゃ、さっさと謝った方が身のためだ」

 「ありゃ、箒の一本や二本どころか、トロールも一撃で倒せるな」「しかも、パンチで」ジョージの言葉に、リーが付け加えた。

 

 

 

 一月が過ぎ、二月になった。ハリーは夜に度々談話室から姿を消す事が多くなった。吸魂鬼対策として、ルーピン先生から守護霊呪文を教わる個人授業をつけてもらっているのだという。

 

ハリーとロンはまだ納得していない様だったが、ハーマイオニーに「とりあえず」という感じで謝罪したという。その話をハーマイオニー自身の口から聞き、オーシャンは一安心していた。

 「全く、男の子って本当に仕様がないんだから」

 そう言いながらもどことなく嬉しそうに宿題のレポートを書いている彼女に、オーシャンは相槌を打った。

 「そうね。男の子って、本当にどうしようもなく、どうしようもない時があるのよ」

 

 ルーピン先生はまた病気の様で、いつにも増して疲れ切っている様に見えた。授業で見せるあの穏やかな笑顔に少しの影がよぎっているのに気づいて、オーシャンは何とも言えない気持ちになり、胸がきゅうと締め付けられる心地になった。

 

 「ああ、ウミ。ちょっと待って」

 授業が終わり、みんなが続々と教室を後にする中で、オーシャンはルーピン先生に呼び止められた。友人達を振り返ると、アンジェリーナ、アリシア、ケイティは「頑張って」とオーシャンに向かって目くばせし、双子は明らかに嫌そうな顔をした。その場から動きそうにない二人を女子三人が無理やり引っ張っていき、リーは双子の鞄を持って退散した。

 

 「…何でしょう、先生」

 自分の気持ちを封じ込め、興味のない風を装うとどうしても声も表情もどこか冷たいものになってしまう自分の不器用さを、オーシャンは呪った。本当は少し嬉しい癖に。いやいや、これでいいのだ。私は恋なんてしないのだから。矛盾した二つの感情が交ざりあって、気持ちが悪い。

 ルーピン先生はそんなオーシャンに、花籠を取り出して見せた。いつぞやに、先生の部屋のドアノブにかけておいた、あの花籠だ。魔法で作り出した花は、まだ咲いたばかりの様に生き生きしている。

 

 「この花籠をかけてくれたのは、ウミだろう?校長先生が、この花は日本の花だと教えて下さってね」

 ルーピン先生はそう言いながら、籠の向かって右側から垂れ下がっている紫色の花を、そっと丁寧な手つきで持ち上げた。まるで、自分がそのように大切に扱われているかの様な錯覚に陥ってしまって、オーシャンは顔が赤くなるのを感じた。ルーピン先生は続ける。

 「この籠全体としてもとても綺麗なんだけど、とりわけこの花が気に入ったんだ。私は花の名前にはあんまり詳しくなくてね。教えてくれないかな」

 

 畜生、校長め。ますます顔を赤くしながら、オーシャンは心の中で毒づいた。だからクリスマスの時、あんなに面白がって色々言ってきたのか。

 「…藤。それは、藤の花です。先生」

 何だ、今の声は!?自分の口から出てきたのが、想像だにしない甘くて酸っぱい恋する乙女の声だったので、オーシャンはびっくりして口を覆った。その挙動にルーピン先生も目を丸くしている。オーシャンは両手で口を覆ったまま、逃げる様に教室をあとにした。

 

 

 

 その日の薬草学のクラスで、一枚の紙きれを見つけた。何かの単語の羅列が書かれているその紙切れを双子に見せると、書かれている言葉は全て、グリフィンドール塔に入る合言葉の様だった。そんなものを一体誰が温室に落としたんだろうと首を傾げていると、ピンと閃いた。これは、使える。

 

 その日の夜、修復中の『太った婦人』の代わりに置かれている絵画、『カドガン卿』の前で、困り果てているネビル・ロングボトムを見つけて、オーシャンは声をかけた。

 

 「どうしたの?」

 カドガン卿が喚いた。「内なる部屋に押し入ろうとしている、不埒者だ!」

 ネビルは泣きそうな顔で、オーシャンに訴えた。「今週使われる合言葉を書いた紙を、どこかに無くしちゃったんだ!」

 「もしかして、これかしら?」オーシャンが紙切れを懐から取り出すと、ネビルは天の助けが現れたかのように顔を明るくした。全く、表情がコロコロと変わる事。

 

 オーシャンが合言葉を言って扉が開くと、彼女はネビルを伴って談話室に入った。そして肘掛け椅子に彼を座らせると、相談を持ち掛けた。

 「ロングボトム、悪いけどこれ、私にくれない?」

 合言葉が書かれている紙切れを手に言うオーシャンに、ネビルはびっくりしていた。

 「けど、君には必要ないじゃないか!みんなと同じで、ちゃんと合言葉を覚えられるもの」

 「もちろん、タダでとは言わないわ。紙切れだと落としやすいでしょうし、同じものを腕に直接書いてあげる」

 

 腕に直接書いた所で風呂に入れば綺麗さっぱり消えてしまうのだが、ネビルはそれに思い当たらなかった。オーシャンの申し出を快諾したネビルの腕に、彼女は数週間分の合言葉を書き込むのだった。

 



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30話

 対レイブンクロー戦で大勝利を収めたグリフィンドールの宴は深夜まで続いた。

 皆が寝静まった時間、寮塔に通じる隠し扉がある廊下に、一人の男の影があった。

 扉絵に近づき、合言葉をどうしようと辺りを見回して、廊下の端に一枚の紙切れが落ちている事に男は気づいた。ゆっくりとそれに近づき、暗闇に慣れた目でそれを見ると、どうやら合言葉が書かれた紙であるらしい。かがんでそれを拾おうとして、指先に鋭い痛みが走った。

 「痛っ!?」

 飛び退く様に体を起こした時に反射的に足を引くと、何かを踏みつけた。靴底を突き抜けて、指先と同じ痛みが足の裏に走る。

 「いっつっ!!」

 

 足の痛みに悶絶していると、突然目の前に逆さの人の顔が現れて、男は驚いて尻餅をついた。一人の少女が天井に立っている。

 「なっ…き、君は…!?」

 男が絶句しているのを見て、オーシャンは笑った。「驚いた?簡単な『くっつき呪文』を足の裏にかけてみたの」

 男-シリウス・ブラックが立ち上がろうとして傍らに手をつくと、その手がまた鋭い痛みに襲われて、飛び上がった。オーシャンは逆さのまま、忠告する。

 「むやみに動かない方がいいわよ。そこらへんに『透明呪文』をかけた『まきびし』が散らばっているから。さて、シリウス・ブラックは再びホグワーツに何をしに来たのか、教えてもらいましょうか」

 

 その時、遠く階段の方から一人分の足音が聞こえてきた。見回りに来たマクゴナガル先生だろうか。

 「…一緒に来てもらおうか」

 目撃者に通報されたくは無い、しかし殺す気も無いので、口封じの為についてこいと言うわけか。オーシャンは従う事にした。恐るべき脅威が目の届く範囲にいれば、心配する事など何も無い。

 

 

 

 

 オーシャンは犬の姿に変化したブラックの後をついて、暴れ柳の下に隠されている通路を通り、古びた洋館の中に通された。階段を上がる黒い犬と、ベッドのある一室に入る。そこでシリウス・ブラックは変身を解いた。

 「貴方って、動物もどきだったのね」オーシャンが言うと、ブラックは事もなげに答えた。

 「未登録の、だけどね。私がアニメーガスである事は、私の友人達しか知らない。所で、君は随分と落ち着いているんだな。殺される、とか何とか、抵抗してみないのかね」

 「殺されるなんて思ってたら、そもそも待ち伏せなんてできるわけが無いじゃない。貴方は、無関係の人間は殺さない人よ?そうでしょう?」

 ベッドに腰掛けながらオーシャンが言うと、ブラックは驚いていた。「…何故、そう思う?世間のニュースでは-」

 「貴方がピーター・ペティグリューもろとも道路を吹き飛ばして、無関係の非魔法族を大量に殺した、って言われてるわね」ブラックの言葉をオーシャンは引き継いだ。

 「あれは、ピーター・ペティグリューがわざと起こした爆発でしょう?そうじゃなかったら、指なんて真っ先に吹き飛んでしまうもの。指が焼け焦げた腕が残ってたらまだ説得力もあったけど、残念ながら、裏工作が下手だったのね」

 

 「君は一体…?」

 不思議そうに言うブラックに、オーシャンは笑顔で答えた。

 「オーシャン・ウェーン。ちょっと好奇心旺盛な、ただの日本人よ」

 

 

 シリウス・ブラックから聞いた事件の真相はこうだ。

 最初、ジェームズとリリー・ポッターはブラックを『秘密の守り人』にしようと考えていた。そこにピーター・ペティグリューが名乗り出て、自分が『秘密の守り人』になる、と言い出した。結果ジェームズとリリーは幼いハリーを残してヴォルデモードに殺された。ピーターは、友人を裏切り、闇の陣営に付いたのだ。

 そしてピーター・ペティグリューはブラックに濡れ衣を着せて、自分で自分の指を切り落として爆炎に紛れて逃げた。ピーター・ペティグリューは、ネズミの動物もどきだったのである。

 

 「この夏に、『日刊予言者新聞』の紙面にあいつが写っているのを見て、驚いたよ」ブラックは言った。「何食わぬ顔をして、家族のペットを装っていたが、あの姿は間違いない。やつが変身するのを、学生時代に何度見た事か。私があいつの姿を見間違うはずがない。指が一本かけていたのを見て、私は確信したよ」

 「では、貴方はハリーを殺すためではなく、ピーター・ペティグリューを探す為に、ホグワーツに侵入したのね?」オーシャンが尋ねると、ブラックは、そうだ、と頷いた。オーシャンは頭を抱えた。

 

 「新聞に載ったネズミって言ったら、間違いなくロンの所のスキャバーズね…。何てこと」

 そんな名前で誰かのペットをやっている事に、ブラックは、まったくやつらしいな、と笑みを溢した。それをオーシャンが、笑い事じゃないわ、と叱りつける。

 「ハリーの親友のロン・ウィーズリーという子のペットよ。寝室まで一緒なんだから」

 「何てことだ…!こうしちゃおれん!」再び犬の姿に身をやつして出て行こうとするブラックに、オーシャンはそのまま動かずに声をかけた。

 「待て、お座り!」

 その言葉にもの言いたげにこちらに顔を向けたブラックに、オーシャンは笑顔を湛えてもう一度同じ言葉を口にした。

 「お・す・わ・り」

 

 

 

 夜が明ける前に、オーシャンは城に戻った。ブラックには、もう二度とホグワーツに侵入しないと約束させて。

 その代わりに、オーシャンがスキャバーズもといピーター・ペティグリューを捜索する事となった。どうやら、ハーマイオニーの猫、クルックシャンクスにも捜索を頼んでいるらしい。道理で事あるごとにスキャバーズを追いかけていた訳である。

 

 しかし寮に戻ると、スキャバーズは雲隠れしていた。ロンは酷く落ち込んでいて、クルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまったのだろう、とハーマイオニーを責めていた。

 「ハーマイオニー、根を詰めすぎるのはよくないわ。せめて食事休憩は、しっかり気を休めてとるべきよ」

 昼食をとりながら『数占い』の教科書とヒッポグリフの裁判記録二冊を広げて、食い入るように読んでいるハーマイオニーを心配そうに見つめて、オーシャンが言った。ハーマイオニーは目の下にくまを作って、今やいつでも何かに追われている様な顔をしていた。

  

 「大丈夫よ、心配しないで」言って、ハーマイオニーは食事を掻き込むと、裁判記録を鞄に詰めて、教科書をその手に開いたまま、次のクラスへ向かってしまった。オーシャンはその背中を見つめて、呟いた。「あーあー…ついに二宮金次郎に…」

 

 週末のホグズミード行きを控えた前夜、寮生が見守る中、オーシャンはまた、ひざ詰めでロンを説教していた。

 「クルックシャンクスがスキャバーズを食べたという根拠を述べなさい」

 「だから、何度も言ってるだろ!僕のシーツに血が付いてたんだ!見てよ、これ!」ロンは握りしめていたシーツを、オーシャンに広げて見せた。確かに、点々と血痕が付いている。

 

 発端は十五分ほど前、ロンがポケットに残っていたハエ型ヌガーを見つけて、ハーマイオニーに聞こえよがしにこう言った事だった。

 「スキャバーズにやろうと思って、とっておいたの忘れてた。あいつ、これが好物だったんだ。食べさせてやりたかったな…」

 この言葉にハーマイオニーは張りつめていた糸が切れてしまった様に泣き出して、寝室へと退散してしまった。これを見たオーシャンは、ロンの母親モリー・ウィーズリ―も顔負けの剣幕で、そこに直れ!と言ってロンをその場に正座させ、今に至る。

 

 オーシャンは、ロンが信じて疑わない証拠品をもぎ取って、ぐしゃぐしゃと丸めて投げ捨てた。「何するんだよ!」ロンが叫んだ。

 「これでは食べられた事の証拠にはならないわ。切り傷を負って、どこかに隠れちゃったのかもしれないじゃない」

 「…でも、オーシャンも、あの化け物猫が何度もスキャバーズを襲うのを見ただろう!?」

 「戯け!今は私が聞いておる!話をすり替えるな!」オーシャンの口調が激しくなる。

 

 オーシャンの今まで見た事のない剣幕に、ロンは縮こまった。聴衆は怖々と二人の様子を見守り、ついにオーシャンの怒気にこれまでにないものを感じた何人かが、先生を呼びに行くほどの騒ぎとなった。気が弱そうな一年生は、数名すでに泣いている。慌てて来たマクゴナガル先生が仲裁に入り、オーシャンとロンは寝室へ下がるように言われ、事は治まった。

 戦乙女の今までに見なかった一面に、談話室は静まり返っていた。

 

 オーシャンはベッドに寝転がって、ピーター・ペティグリューはどこへ隠れたのだろうと考えた。ブラックが逮捕された時には自分の指まで犠牲にした男だ。自分で切り傷を創る位の事は、訳なくやってのけるだろう。前回と同じ手法をとるとは、芸が無い。

 翌日、オーシャンはホグズミードへは行かず、牛乳がなみなみと入った瓶を持って、暴れ柳の下の通路を通ってブラックに会いに行った。ピーター・ペティグリューが寮から逃げた事の連絡と、ある目的のために。

 

 「…何でミルクなんて持っているんだ?」

 「校舎裏で秘密に飼っている犬には、残り物のパンと牛乳を持って行くのが定番じゃない」

 「私は犬では無いが、ありがたくいただこう」

 「ごめんなさい、今日の朝食にパンが出なかったものだから、パンは持ってこられなかったの」

 「パン以外のものでも、腹に溜まるものがあれば嬉しかったかな」

 

 そのやり取りが終わると、ブラックは瓶の栓を開けて牛乳をぐびりと飲んだ。一口で半分近くが彼の胃の腑に消えた。

 「…そのまま飲むのね」

 「他にどんな飲み方が?」

 ブラックに問われ、オーシャンは懐に忍ばせていた深皿を取り出した。ブラックの表情が凍り付く。「……何のつもりなんだね、君は」

 「最近、何だか怒ってばっかりで疲れているのよ。私、犬って大好きなのよね」

 

 深皿を床に丁寧に置いて、オーシャンはブラックを見上げた。「貴方はペティグリューを求めているでしょう?私は今日のところ、癒しを求めているの」

 「ペティグリューを捕まえたのか?」息せききって聞いてくるブラックに、オーシャンは頭を振った。

 「残念ながら、一歩及ばなかったわね。グリフィンドール塔にはいないみたい。でも、学校の敷地からは出られないわ」

 返答を聞いてあからさまに不機嫌な顔になるブラック。「それなら、どうして私が君の要望に応える必要がある?」

 「それはおかしいわ。貴方の要望に応えているのはこっちよ。厳重な警備で自由に動き回れない中、小さなペティグリューを自分で見つけるのは至難の業よ?まだ、校舎内にいるかもしれないのに」

 

 結局ブラックが折れて、大きな黒い犬は深皿から牛乳を飲み、食後はオーシャンにブラシで毛並みを整えられた。しばらくはされるがままになっていたブラックだったが、首輪をつける事だけは、断固として拒否した。

 

 




お気に入り登録888件!ありがとうございます!
ゾロ目を今か今かと待ってました!笑
いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます!

やっとブラックの登場です!お待たせいたしました。

そして分かる人には分かる(と思う)水戸黄門(ドラマの)ネタを仕込むおべん・チャラ―であった…。


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31話

 「日本の魔法界のシンガーに会った事があってね。彼女の名前を読みたくて、日本語を勉強した時期があった。美しい声の人でね、美空と言ったかな」

 「あら、それ、私の母様よ。人気の歌姫だったの」

 「…美空が結婚していたなんて…!あの時、割りと本気でプロポーズを考えていた私の立場はどうなるんだ!?」

 「知らないわよ…。母様のファンって、何でか熱狂的な人が多いのよ。罪な人よねぇ。え、何?母様と知り合いだったの?」

 「いや。しかし歌っている姿を見て、こう…体中に電撃が…」

 「主に心の臓辺りにだったら、私も電撃打てるわよ?」

 「そう、あれは歌という魔法…彼女の周りだけ別世界の様に見えた…」

 「あら、結構重症ね」

 

 世間を騒がせているシリウス・ブラックと何故か恋バナに花を咲かせていたオーシャンだったが、そろそろ城に帰らなくてはならない頃合いである事に気づいた。あまり留守にしていると、怪しまれる。挨拶もそこそこに、オーシャンは『叫びの屋敷』を後にした。

 

 城に戻り寮へ向かおうと階段を上がっていると、スネイプ先生が足音も高く玄関ホールを横切っていくのに気づいた。後ろに、しょぼくれたハリーを引き連れている。

 「待ってください、スネイプ先生。ハリー、どうしたの?」

 踵を返して先生とハリーに近づくと、ハリーが一層みじめな表情でこちらを見た。

 

 スネイプ先生はチラリとオーシャンを一瞥した。

 「ウエノ、君には関係の無い事だ。寮へ戻りたまえ」

 「でも…」

 「寮へ戻れと言ったんだ、ウエノ。過度なお節介は身を滅ぼすぞ」

 そう言うと、先生はハリーを連れて地下牢教室の方へ向かって行った。スネイプ先生の研究室に連れていかれるなんて、余程の事をハリーはしたのだろうか?例えば、また城を抜け出してホグズミードへ行っていたとか。

 オーシャンは二人の後を追って、地下牢教室へ降りて行ったが、かと言って自分ではハリーに何もしてやれない事は分かっていた。しかし、ハリーを心配する気持ちが、彼女の足をそちらに誘うのだった。

 

 スネイプ先生は、地下牢教室の奥の研究室に、ハリーを連れて入って行った。無情にもオーシャンの鼻先で扉は閉まる。扉に耳を当てて室内の様子を音で窺おうとしたオーシャンだったが、これまた無情にも防音魔法がかけられていた。

 まんじりともせず、その場を去る訳にもいかず、オーシャンは扉の前でハリーが出てくるのを待った。

 

 三十分も経った頃、突然地下牢教室の扉を開けて、ロンが現れた。大分走ってきたのだろう。息を切らして、喘ぎ喘ぎ彼は言った。「オーシャン?何で?-ああ、いいや。どいて!」

 オーシャンが脇にどけると、ロンは研究室のドアにかぶりついて、パッと開いた。そして前置きもなく、中にいるスネイプ先生にこう進言したのだった。

 「それ、僕がハリーにあげました。だいぶ前にゾンコの店で、それを買いました」

 「ほら、言った通りだ、セブルス」

 ロンの後ろから室内を覗き込んだオーシャンは、面食らった。そこには何故か、ルーピン先生がいたのだ。

 

 ルーピン先生に連れられて、ハリーはスネイプ先生の研究室を出た。その二人にロンとオーシャンの二人もついていく。忍びの地図が先生の手に握られているのを、オーシャンは見た。

 四人以外は誰もいない玄関ホールで、ルーピン先生はハリーを諫めた。

 「事情を聞こうとは思わない。でも、ハリー、君がこの地図を提出しなかった事に、私は大いに驚いている。そう、私はこれが地図だと知っているよ、ハリー。そして、これを君に返す訳にはいかない。以前、誰が城に侵入したのか、忘れたわけでは無いだろう?」

 地図を返してもらえないという事は、ハリーも予想していたのだろう。反論はしなかった。

 

 そしてルーピン先生は、何よりもハリーの心に刺さる言葉で彼を諫め、寮に帰るよう促した。後輩二人が階段を上っていく後ろ姿を見ながら、オーシャンは言った。

 「ハリーのした事は、確かに向こう見ずで愚かな行為だわ。でも今、貴方も随分愚かな行為をしていたように見える」

 今、不思議に恋心は冷めていた。封じられていた、と言ってもいい。今は、愚かで可愛い後輩の事しかオーシャンは考えていなかった。隣のルーピン先生に視線を移すと、彼も訝し気にこちらを見ていた。オーシャンはニッコリと笑って言った。

 

 「だって今、八つ当たりしていた様に見えたわ。ハリーが危険な道を渡って校外に抜け出した責任の一端が、まるで自分にあるかのように。自分にぶつけるはずの気持ちを、ハリーにぶつけている様に見えた。違う?」

 「…開心術は、使っていないだろう?」

 ルーピン先生は、これまでオーシャンが知らなかった冷ややかな表情をして彼女を見た。今はそれも、彼女の心には響かない。

 

 「日本人って割と、大事な事は口で言わないから、空気読むの得意な方だと思うのよね。貴方、意外に秘密主義なのね」

 「-君も、人の事は言えないだろう?」先生は気を取り直して、いつもの表情をオーシャンに見せた。そして、ポケットからハンカチを取り出して、それに包まれていた物を彼女に見せた。黒い星の様な形をしたまきびし。全部回収したと思っていた。

 「こんな事をしなくても、君たち生徒は先生達が守る。逆を言うと、あんまり危険な事に首を突っ込まれては、守り切れなくなるんだ」

 「守る権利は、こちらにもあるわ」

 

 オーシャンの答えを聞いた先生は、それを包んだハンカチごと、まきびしをオーシャンに返した。そして後ろ姿を向けると、そのまま去って行った。

 オーシャンは、今までの出来事を頭の中で反芻しながら一人で寮への帰り道を辿った。どんな馬鹿な事をしでかしたか知らないが、ハリーは十分に反省している事だろう。寮に帰ったら、少し甘やかしてあげようか。

 そして突然、ルーピン先生にあんな口をきいた事に対して、猛烈な自己嫌悪が襲ってきた。あんな生意気な口をきいて、先生は果たしてどう思っただろう。

 しかし、言った事に関しては間違っていなかったとは思っている。なら尚更、あんな言い方ではなくもうちょっとお得意のオブラートに包めばよかったのではないか。何にせよ、もう少し『言い方』というものがあったはずだ。初めての感情が、オーシャンの口を突いて出た。「死にたい…」

 

 満身創痍になりながら何とか手すりにしがみ付いて、オーシャンは階段を上り切った。壁伝いに廊下をフラフラと渡り、かすれた声で『太った婦人』に合言葉を言う。

 「ちょっとあなた、大丈夫なの?」扉を開く『婦人』にでさえ、心配された。

 談話室の中に入ると、いつもの三人組が固まって何やら話し合っていた。

 「どうしたの?」とオーシャンが聞く。振り向いたハリーは目を剥いた。

 「オーシャンこそ、どうしたの?酷い顔してるけど」「ああ、気にしないで」間髪入れずにオーシャンが答えると、彼女の質問の答えはハーマイオニーが見せてくれた。それは、涙に濡れたハグリッドの手紙だった。

 

 「バックビークが敗訴した」「こんな事って無いわ…」

 ロンとハーマイオニーが口々に言った。

 オーシャンは言葉を無くした。可愛い後輩の為にできる事は、できる限り力を尽くしたい。しかし、魔法省の決定事項はさすがにオーシャンではどうしようもできない。

 すっかり目を赤く腫らしたハーマイオニーは、ハリーに言った。

 「ハリー、クィディッチの決勝戦に絶対勝って!卑怯者のスリザリンが勝ったら、私、耐えられないわ…!」

 クィディッチ決勝戦は、因縁のグリフィンドールとスリザリンの対決だった。その出来事から数日の間に、城内での互いの寮の生徒の小競り合いが頻発した。その火の粉はオーシャンにも少なからず降りかかっていた。イースター休暇の頃には、廊下で闇討ちに遭った回数が、記念すべき十回目に達したのだった。

 

 「全く、クィディッチ如きで何で皆こんなに熱くなるのかしら。今日なんて、危うく耳から葱が生える所だったわよ」

 休暇が明けた日、授業の合間にブラックに餌付けに来たオーシャンは、頬杖をついて呟いた。ブラックはパンを頬張りながらもぐもぐと言った。「クィディッチはいつでもみんなの心を熱くさせる」

 「意味がわからないわ」ボロボロのテーブルを挟んでブラックの向こう側に座り、足を組みながら冷たく言い放ったオーシャンに、ブラックが手を伸ばした。「……ミルク」

 牛乳が入った大瓶はオーシャンの側にあった。「私は貴方の妻でも小間遣いでもないんだけど。だから、そんなにがつがつ食べたら喉に詰まるって言ったのに。言わんこっちゃない」

 

 駄目な大人なんだから、とでも言いたげに、栓を開けていない牛乳の大瓶をブラックの方に指先で押しやってやると、ブラックは魔法で栓を開けて中身をぐいっと呷った。

 「-酷いな、同じ食卓に座っている者が苦しんでいるというのに、栓も開けてくれないのか」

 「別に同じ釜の飯を食べた訳じゃないわ。私が運んできてあげた食事を食べているのは、いつも貴方だけじゃない」

 「なんて冷たい。しかも可愛げのない。これが美空の娘だとは、信じられん。嫁の貰い手が無くなるぞ」

 

 何の他意も無い、軽い口調で言ったブラックだったが、オーシャンは押し黙ってしまった。

 「ん、どうした。腹の調子でも悪いか」

 「…うるさいわね。どうせ私は可愛げのない生徒よ」ツンとして呟いたオーシャンの横顔に、ブラックがにやにやする。良からぬ事を企んでいる時の赤毛双子にそっくりだ。

 「そうかぁ。若いって事はいい事だなぁ」

 顔を赤くしたオーシャンに、ブラックが畳みかける。「しかも相手は、先生と見た」

 

 「しかし、私の通っていた時とそんなに顔ぶれは変わっていまい?あのおじさん先生達の中で、そんなに魅力的な人物がいた記憶は無いが…」

 髭をしごきながら、首を傾げるブラック。オーシャンはその言葉で、突発的に立ち上がって叫んだ。

 「ルーピン先生と貴方を一緒にしないで頂戴!」

 

 一瞬の、間。ブラックはオーシャンの反応に驚いて、目を白黒させている。

 「ルーピンって、リーマス・ルーピン…!?リーマスが君の先生!?」

 オーシャンはオーシャンで、ブラックの言葉を聞いていなかった。自分の反論が、恥ずかしさとなって返ってくる。一気に耳まで赤くなった。

 「…って、ん!?じゃあ、君のその相手って…!」ブラックの頭の中の整理が追いつくと共に、彼は笑い出した。次第に腰を折って苦しそうに笑い出し、その目に涙さえ浮かべている。

 パニックになりかけたオーシャンだったが、ブラックのその様子を見て落ち着きを取り戻した。リーマス…リーマスの事を…!?とか言いながら彼はまだ笑い転げている。

 

 「…私も、動物もどきになる勉強をしておけば良かったわ。そうすれば、馬に変化して貴方の側頭部を後ろ足で思い切り蹴ってやれるのに」

 オーシャンの呟きは、彼の笑い声の中に消えた。

 





どうでもいい設定。
オーシャンの母様、上野美空は、独身時代から清純派を地で行く歌姫でした。
引退した今でも、ラジオなどに残されたその歌声で、新たな若い層のファンを獲得するなど、作中日本での人気は根強いです
因みに父様は、元々美空の事などには興味が無く、結婚してから妻が元芸能人であるという事実を知ります。
結婚を機に芸能界を辞めた美空を奪って行った男を、心の中で恨んでいるファンは密かに多いです。年に一回、ファンによる『愛と呪いの会』が開かれています。

UA59000越え、感想51件、そしてなんとお気に入りが900件を越えました!読んで下さる皆様と愛すべき作品を作られた偉大な原作者様に心からの感謝を!!


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32話

 光陰矢の如し。日々は振り返る間も無い位、実に速い速度で過ぎて行った。

 まず、クィディッチ決勝戦はグリフィンドールの大勝利に終わった。スリザリンに五十点以上点数差をつけて勝ち、グリフィンドールは決勝戦の勝利とクィディッチ優勝杯を同時に獲得した形になる。一週間は、みんなが浮足立っている祭りの様な日々が続いた。

 しかし、次の現実は容赦なく生徒達に襲い掛かった。気づけば期末試験が数週間後に迫っていたのである。オーシャンや双子達五年生は、O・W・L試験-いわゆる、ふくろうと呼ばれる標準魔法レベル試験勉強に追われていた。

 

 オーシャンは双子と共同戦線を張った。オーシャンが持っている知識を双子達に教え-基い、復習させ、双子達は新たに読んだ参考書から得た知識をオーシャンに教えた。ふくろう試験までに読んだ方が良いとされる参考書の数は多くは無いが、今からオーシャンが読んでいたら、その間に試験が終わってしまうからだ。

 この作戦は我ながら上手くいっており、このまま順調に行けば、三人とも割といい成績を臨めるのではないかと思われた。

 

 バックビークの控訴審の日が試験の最終日に決まったと、後輩から聞いた翌日、いよいよ試験が始まった。オーシャンは毎回の試験を、知識と集中力を総動員して臨み、試験期間中は毎晩燃え尽きて真っ白になりかかっていた。

 「オーシャン、大丈夫?」

 夕食の時にアンジェリーナに声をかけられ、ハッとした。気づくと、フォークに刺さったソーセージが口元で待機していた。

 続けてアンジェリーナに問われる。「あなた、五分くらいそのまま動いてなかったけど、本当に大丈夫なの?」

 口元にあったソーセージをぱくりと一口で食べて、オーシャンは思った。確かに、それはちょっと大丈夫じゃないかもしれない。O・W・Lを受けている生徒の大半は、大体一科目の試験が終わると今のオーシャンと同じ様に燃え尽きていたが、夕食の頃合いにはすっかり元気を取り戻して栄養を採っている。しかしオーシャンは、食事もろくに進んでいなかった。

 

 「…今日はもう、帰って眠るわね。おやすみなさい」

 席を立ったオーシャンにアンジェリーナは気遣わし気な視線を送ったが、彼女はいつもの笑顔で応じた。「大丈夫よ」

 友人達より一足早く大広間を出て寮塔に向かっていたはずだったが、途中で何故か足が勝手にルーピン先生の部屋の方へ向かっている事に気づいた。歩く時に何も考えていないとこういう事になりがちだが、よりにもよって何処に向かおうとしているのだ、私は。

 「……」

 オーシャンは内心で舌打ちしながら、誰にも見られない内に踵を返した。そこでタイミングの悪い事に、ルーピン先生本人に行き会ったのである。

 

 「ウミ、どうしたんだい?」

 「-はっ…え、あぅ…」

 あまりの不意打ちで完全に挙動不審になるだったが、先生はそんな様子は気にもせずに、オーシャンの顔を覗き込んでくる。あの、一番最初のあ授業の時と同じ様な距離感がそこにあって、オーシャンはあの時と同じ様に顔を明後日の方向に逸らした。

 「顔色があまり良くないように見えるが…夕食はちゃんと食べたのかい?」

 「せ…先生こそ…」顔を逸らしているので、先生の顔色は見えなかったが、オーシャンはそう返した。先生が微かに笑った気配がした。「私は大丈夫。ちゃんと食べているよ」

 

 そういえば、面と向かってルーピン先生と話すのは、あの『忍びの地図』の一件以来だった。時間を置いたせいだろうか。恥ずかしさと、嬉しさの様な気持ちがない交ぜになって、前より大きくなっている気がする。

 

 「みんなはまだ大広間で食事をしている時間だろう?君も早く行って、きちんと食事を採った方がいい」

 ルーピン先生の優しい語調に心を揺さぶられながら、オーシャンは言葉も切れ切れに返答する。「いえ、あの…何というか、あまり食欲がなくて…」

 ルーピン先生は「それは大変だ」と言った。「しかし、それなら余計に、きちんと食べてちゃんとした休養を取らないと、明日の試験にも支障が出る。マダム・ポンフリーに相談しに行ってはどうだろう」

 「そうします」そう答えて医務室へ向かおうとした背中に、ルーピン先生が声をかけた。

 「最近の君はいくつもの事に気を取らすぎているんじゃないかな。自分の事に集中した方がいい」

 先生を振り返り、紅潮した顔で彼を睨みつけながら、聞こえない位の小さな声でオーシャンは呟いた。

 「…人の気も知らないで、よく言うわ」

 

 木曜日の午後、呪文学の実技が終わると、オーシャンは談話室へ戻るやいなやソファの上にばったりと倒れて動かなくなった。

 食事の時間になってもオーシャンが起きだす様子が無かったので、アンジェリーナや友人達が声をかけたが、それでも起きる気配は無かった。双子達に揺さぶられた時などは、その手を払いのけた上、魔法を使って二人を隠し扉の前まで吹き飛ばした。どうしても起きたくないという、意思の現れらしい。友人達は諦めて、夕食へ降りていくのだった。

 その時、透明マントを被ったオーシャンの後輩三人が、城を抜け出す姿を見た者はいなかった。

 

 

 一時間後、オーシャンが目を覚ますと、友人達は周りのテーブルに教科書や参考書を広げて明日の試験に取り掛かっていた。他の学年の期末試験が終わっても、五学年と七学年の試験はまだ終わっていないのだ。

 「あ、オーシャン。やっと起きた。お腹空いてない?」

 もぞもぞと動き出したオーシャンに気づいたアンジェリーナが、夕食の時にとっておいたチキンをくれた。ぼさぼさの頭で、もしょもしょと食べている内に、頭がハッキリとしてくる。明日は魔法薬学の試験だ。

 「-いけない。スネイプ先生に、聞きたい事があったんだったわ」

 

 試験の為の復習をしていて、初歩的な『縮み薬』の作り方の事で、先生に質問があったのを忘れていた。どの参考書にも載っておらず、友人達に聞いても分からない事だから、どうという事でもないのかもしれない。しかし、解決されないと、何かもやもやする。その程度の疑問だった。

 

 普段は夜遅くにわざわざ先生に質問などしに行かないオーシャンだったが、何故かこの時は、この問題を今解決しないと、明日の試験に心穏やかに挑めない気がした。

 そんな訳で、オーシャンは友人達に行き先を告げて、談話室を出た。気を付けてね、とアンジェリーナの声が追いかけてくる。オーシャンは手を振ってそれに答えた。

 

 夜の地下牢教室には、まだ明かりが点いていた。

 オーシャンがノックをして声をかけると、部屋の主は不機嫌に答えた。「このような時間に何の用だ。明日の我輩の試験を軽視しているのか」

 「いいえ、先生。『縮み薬』の事で質問があって参りました。夜分に申し訳ありません」

 オーシャンの言葉に、先生は端的に答えた。「入れ」

 

 静かにドアを開けてオーシャンが室内に入ると、一つの調合台の上で先生は薬を調合中だった。鍋の中で、何色とも形容しがたい色をした液体がぐつぐつと煮えている。鼻を突く臭いに思わずむせ返った。

 「お仕事中でしたか。失礼しました」

 オーシャンが恐る恐る近づきながら言うと、スネイプ先生は不気味ににやりとした。

 「構わん。もう完成する所だ。それよりも質問を聞こう」

 

 オーシャンが質問した内容は、やはり試験には関係の無い些末な疑問だったようだ。先生はその質問の答えを一応分かりやすい様に説明してはくれたが、「わざわざそんな事を質問する為に来たのか」とか、「それ位自分で考えてはどうだ」とか、散々な言い様だった。

 「ありがとうございます。夜分に失礼致しました」

 礼を言って頭を下げたオーシャンが帰りかけたその時、スネイプ先生が呼び止めた。「待ちたまえ」

 

 「何でしょう」

 先生に向き直ると、先生は作り立ての薬をゴブレットに注ぎながら言った。ニヤニヤ笑いを押し殺そうとしているのが、目に見えて分かった。

 「実は、我輩からも君に頼み事がある。この薬をある人に届けてもらいたい」

 夜の突然の訪問の代価がそんなものであれば、お安い御用だった。「わかりました。どなたに届ければいいのですか?」

 スネイプ先生は意地悪く笑った。「ルーピン教授だ」

 





人の恋路に興味は無いけれど、ルーピン先生に遠回しな意地悪をしちゃうスネイプ先生


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33話

 『叫びの屋敷』の中には、ハリー、ロン、ハーマイオニー、それにシリウス・ブラックとルーピン先生がいた。物音を立てるのは、ロンの手の中から必死に逃げようともがいているネズミのスキャバーズだけだった。

 ハーマイオニーの厳しい口調が、沈黙を裂いた。「でも、人狼と一緒に暗い中を走り回るだなんて!もし誰かに噛みついていたら、どうなったの!?」

 「ああ、それを思うと今でもゾッとする」ルーピン先生が答えた。

 「私たちは、若かったんだ。自分達の才能に酔っていた」

 

 その時、無造作にドアが開いて、みんながハッとなった。そこに立っていたのは、片手にゴブレットを携えたオーシャンだった。

 「オーシャン、どうしてここが!?」後輩達が声を揃える中、オーシャンは無表情に周りを見回した。土にまみれてボロボロになったハリー、ハーマイオニー。ロンはベッドに横たわっていた。脚が不自然な方向に曲がっている。

 

 「砕け散れ!巨人の一撃!」

 オーシャンが素早く杖を抜いて唱えた魔法を、ブラックはあわやという所で躱した。後ろにあったピアノが粉々に粉砕される。ハリー、ロン、ハーマイオニーがびっくりして目を丸くした。ブラックはピアノの残骸を見て、危ない所だった、と口笛を吹いた。

 「私の可愛い後輩に手を出すなんていい根性してるわね、馬鹿犬!」そう言うオーシャンが構えた杖は、今度はぴったりとブラックの顔を狙っていた。

 「悪かったと思っている。不可抗力だ。…というか、せめて馬か鹿か犬かのどれかにしてくれないか」

 「あら、ジャパニーズジョークで返ってくるとは思わなかったわ。ご丁寧にどうも」

 

 未だにブラックを狙っているオーシャンの杖先を、ルーピン先生は制した。

 「ウミ、落ち着くんだ」

 優しくそう言われたオーシャンは、ゆっくりと杖を懐に仕舞った。その様子にブラックはクスクス笑っている。ここに手裏剣の一つでもあったなら、額のど真ん中を狙えるのに。オーシャンはせめて、ポケットに入っていたまきびしを、彼に向かって力任せに投げた。見事に頭に命中する。「痛い!」

 

 「オーシャン…何で、シリウス・ブラックと仲良さそうにしているの!?それに、その人に気を付けて!」

 ルーピン先生を指さしたハーマイオニーの言葉に、オーシャンは冷静に答えた。

 「ハーマイオニー、その問題は間違いよ。第一に、私はこの駄犬と少しも仲良くない。第二に、私はルーピン先生を危険だと思った事は無いわ。だからこの人は危険ではない」

 そこで左手に持っていた物を思い出したオーシャンは、ゴブレットを先生に渡した。「あ、先生。これ、スネイプ先生から預かりました。薬です」

 「あ、ありがとう…」ルーピン先生は呆気に取られて薬の入ったゴブレットを受け取った。ハーマイオニーが愕然として言う。「先生が人狼だって…知ってたの…?」

 

 数舜の、間。

 「…嘘。私、人狼の人に初めて会ったわ。意外と、外見で分からないものなのね」

 先生は薬をぐいと飲み干して言った。

 「元は君達と同じ、完全な人間だからね。怖くないのかい?」

 「何故怖いと思う必要があるの?変身しない限り、先生は先生のままでしょう?危険は種族ではなく、その人の人格で判断されるべきだわ」

 今度はブラックが茶化す隙も無かった。理解しがたい現状に業を煮やしたハリーが、「どういう事か、説明してくれる!?」と怒鳴った。

 「良いわ。丁度私にも、説明が必要だった所よ。そもそも、貴方達が何故ここにいるの?そして-」オーシャンはブラックに、鋭い一瞥を送った。「何故、ロンがあんな怪我をしているの?」

 

 本をただせば、ハグリッドからバックビークが処刑される事の連絡が来たことが始まりだった。

 ハグリッド一人に死刑執行人を待たせる事が心配だったハリー達三人は、『透明マント』を使ってハグリッドの小屋へ向かった。そこで、ポットに隠れていたスキャバーズを見つけたのである。

 「それで-」「ああ、待って。大体察したわ」説明を続けようとするハリーの言葉を遮って、オーシャンは杖を再び取り出して弄び始めた。

 「要するにそこの馬鹿犬は、貴方達の危険も顧みずにスキャバーズに襲い掛かった。スキャバーズの危険に、ロンが黙っている訳ないものね。大方、スキャバーズごと強引にロンを『暴れ柳』の入り口に引きずり込んで、骨折させたんでしょう?馬鹿にも程があるわ。死んで」

 最後の一言はブラックに向かって発せられた。ブラックは頭を搔いている。

 「だから、本当にすまない事をしたと…。日本のハラキリは勘弁してくれ」

 

 今度はオーシャンが説明する番だった。クィディッチのレイブンクロー対グリフィンドールの試合があった日に、隠し扉の前でブラックを捕まえた事。そしてそれから折を見てはこの『叫びの屋敷』を訪れて、『餌付け』をしていた事。(「餌付けじゃない」とブラックは言ったが、オーシャンは無視した。)ブラックの目的を知っている事。スキャバーズというネズミが、本当は誰なのか知った事。

 「ここへはどうして?」

 ルーピン先生が聞いたので、オーシャンはテーブルに置かれた空のゴブレットを指さした。

 「スネイプ先生に聞きたい事があったのよ。質問と引き換えに、貴方の部屋にそれを持っていく様に言われた。貴方の部屋にあった『忍びの地図』で、貴方の名前がここに消えるのを見たわ。飼い主としては、先生に失礼があったら大変じゃない?それで追いかけてきたの」

 「誰が飼い主だ」と、ブラックが睨んだ。オーシャンは笑顔で応じる。「じゃあ、今日までに食べた牛乳とパンを吐き出しなさい」

  

 ブラックが黙ったのを見て、オーシャンはロンに微笑みかけた。

 「と、言うわけよ。ロン。貴方が今大切に守っているのは、実はこの駄犬と同い年のおっさんなの」

 その言葉に、おっさん二人が後ろで仲良く小突き合った。「言われているぞ。リーマス」「否定はしないが、シリウス、今のは君だ」

 「スキャバーズの無実を証明したかったら、さっさとその小汚い鼠小僧をこちらによこしなさい」

 鋭利な刃物でも孕んだかの様な視線に、ロンはぐっと怖気づいた。そこにルーピンが優しさを伴って出てくる。まるで、飴と鞭の様な二人。

 

 「ロン。そいつを渡すんだ。もし本当のネズミなら、この術で傷つく事は無い」

 ロンは一瞬躊躇ったが、先生の言葉についにスキャバーズを差し出した。しかし、手渡される瞬間にスキャバーズは先生の指を噛んで、拘束を潜り抜けた。思い切り噛まれた指に、先生は顔を顰める。「つっ!」

 床に鮮やかに着地して、出口に走るスキャバーズだったがオーシャンの呪文が一足早く、その姿を捉えた。

 「跳ねろ!月面宙返り!」

 呪文が当たり、天井近くまで跳ね上がったスキャバーズは、その意思とは正反対にそのままオーシャンの足元近くに戻ってきて、べちゃっと落ちた。その背中を、オーシャンはぎりぎりと踏みつける。

 「往生際が悪いわよ。大人しく正体を明かすのと、私の足にこのまま踏みつぶされるのと、どちらか選びなさい」

 

 どう足掻いてもオーシャンの足の下から逃げ出せないとふんだのか、スキャバーズは前者を選んだ。オーシャンの足の下で、ネズミは禿頭の小男に姿を変えて行った。

 「…意外に、根性無いのね」オーシャンが言うと、ブラックが汚いものを見る目でペティグリューを見た。「こいつはそういう男だ。自分の死は絶対に選ばない」

 「そう。小ネズミ。ご機嫌はいかが?」オーシャンは四つん這いになっている男の脇腹を足蹴にして、ペティグリューを転がした。小男の目がオーシャンを見、ルーピン先生、ブラックを見た。

 

 「やあ、ピーター」

 ルーピン先生が朗らかに声をかけると、ペティグリューは上ずった声で応じた。「り、リーマス…我が友よ…」

 ブラックが杖腕を上げようとしたのを、オーシャンが制した。「待て!」

 「せめて、躾のなってない馬鹿犬ではない所を見せなさい。待・て。」そう言い放つ自称飼い主を反抗的に睨んだブラックに、ルーピンは笑いかけた。

 「君もまあ、随分と聞き分けのいい飼い犬になったんだな」「飼い犬じゃない」ブラックがむすっとして答えた。

 ペティグリューは、ブラックを指さして叫んだ。「こ、この男はリリーとジェームズを殺した。今度は私まで殺そうとしている…」

 「誰も君を殺しはしないよ、ピーター。少なくとも、話の整理がつくまではね」

 「は、話など…何を話すと言うのか…」ルーピン先生の言葉にもぞもぞと返答しながら、ペティグリューは窓とドアをさっと目で確認した。

 

 「こいつが私を追ってくる事は、わかっていた。こいつが私を殺しに戻って来る事を、私は知っていた!」

 「シリウスがアズカバンを脱獄すると、分かっていたというのかね?未だかつて誰も破った事が無い、あの監獄を」

 「こいつは私たちが知る事の無い闇の力を持っている!そうでなければ、どうやってそんな大それた事が出来る!?『例のあの人』がこの男にその悪しき術を教えたに違いないんだ!」

 「ヴォルデモートが、闇の魔術を私に?」ブラックの口から出てきた言葉に、小さなペティグリューは身を震わせた。ブラックが声を上げて笑い出す。

 「どうだ、久々にご主人様の名前を聞いた気分は?お前はこの年月、私から逃げていたのではない。かつてのお前の仲間から逃げていたのだ」

 

 その後二度、ハーマイオニーがペティグリューの助け舟となりうる質問を口にしたが、どちらもブラックに論破された。三年間同じ寝室に寝泊まりしていたというのに、何故ハリーを殺さなかったかという質問に、ブラックはこう答えた。

 「お前は、自分の得になる事がなければ、誰の為にも何もしない奴だ。お前のご主人様は今や半死半生だと言われている。そんな不確かな存在の為に殺しをするお前ではあるまい。ウィーズリー家にペットとして入り込んだのも、情報がいつでも手に入れられる様にしたかったからだろう?ご主人様が復活し、またその下に戻る日を、お前は淡々と狙っていた」

 そもそものブラックがどうやって脱獄したのかは、オーシャンは聞いた事が無かった。特に知った所でオーシャンには関係の無い事柄だったからだ。ハーマイオニーのその質問にも、ブラックは答えた。

 「私が正気を保っていられた理由は、自分が無実だと知っていたからだ」逆に言えば、当時のブラックにはその思いしか無かった。幸福感など一切ないその感情は吸魂鬼からブラックを守った。魔法大臣から貰った新聞でペティグリューがどこに潜伏しているかを知ったブラックは、犬に身をやつしてアズカバンから逃げ出した。吸魂鬼は目が見えないのだ。

 

 ブラックはハリーを向いた。「ハリー、君のお父さんとお母さんを殺したのは、私も同然だ。あの日、こいつを『秘密の守り人』にしなければ…。だが、信じてくれ。一度だって私は、君の両親を裏切った事は無い」

 ブラックの言葉は、ハリーの心に届いた。信じる、と言う様に、ハリーはブラックに向かって頷いた。

 「駄目だ!」

 ペティグリューが叫んだ。二人の旧友に杖を向けられ、命乞いを始める。

 「シリウス…リーマス…懐かしい友人達よ…。殺さないでくれ…お願いだ…」

 

 二人へ命を乞うのが無駄だと悟ると、ペティグリューはロンに縋りついた。「君は優しい子だ。情け深いご主人様…二人に私を殺さない様に言ってくれ…」

 素早く駆け寄ったオーシャンは、ペティグリューの後ろ髪を乱暴にひっつかんで、ロンから引きはがした。その顔を床に容赦なく叩きつける。

 「私の可愛い後輩に近づかないで。貴方には地獄の業火がお似合いよ。鬼達に存分にいたぶられてから、釜でぐつぐつ煮込まれるといいわ」

 そのままオーシャンの足にしがみついて尚も命乞いをするペティグリューの顎を、オーシャンは容赦なく蹴り上げた。「貴方一人が死んだ所で、みんな痛くも痒くも無いみたい。恐ろしいお山の大将に怯えるより、死んで楽になった方がいいんじゃない?」

 最後の一言は、笑顔で発せられた。ブラックが呟く。「今のピーターより、今の君の方がよっぽど闇の魔法使いらしい」

 「誉め言葉として受け取っておくわ、ありがとう。あまり名誉ではないかもしれないけど」

 

 ペティグリューは、オーシャンに押さえつけられたまま今度はハリーの名を口にした。口の端から、唾が床に流れている。

 「ハリー…君はお父さんに生き写しだ。助けてくれ…ジェームズはこんなことを望まないだろう…」

 ブラックの怒号。「ハリーに話しかけるとは、どういう神経だ!?」そして、オーシャンがペティグリューの頭を持ち上げ、再び床に叩きつけた。脆い床板は、あと一撃で崩れ落ちそうだ。

 

 「友を裏切るくらいなら、死ぬべきだった」「ウミ、そこをどくんだ。-ピーター、さらばだ」

 ブラックとルーピン先生が口々に言い、オーシャンが腰を浮かした。二人の杖が今にも振り下ろされそうになった時、ハリーが叫んだ。

 「やめて!」

 止めに入ったハリーをみんなが呆然と見つめる中、ハリーは言った。「こんな奴の為に親友が殺人者になるのを…父さんは望んじゃいない」

 泣いて礼を言うペティグリューの手を、ハリーは払いのけた。「お前の為じゃない。こいつを城に連れて行こう。ディメンターに引き渡すんだ。こいつの居場所は、アズカバンがお似合いだ」

 

 「…ハリー、いいのね?」

 オーシャンが聞く。ハリーは頷いた。ブラックは感嘆の声を出した。「ハリー、君は…私が思っていた以上に、お父さんにそっくりだ」

 「分かったわ、ちょっとどいて。縛り上げるから」そう行ってオーシャンは杖を構え、唱えた。「緊縛せよ!混沌の鎖!」

 ペティグリューの両脇から、床板を突き破ってじゃらじゃらと鎖が現れて、彼に巻き付いた。ブラックが乾いた笑いを漏らす。「さっきも思ったけど…日本の術は何というか、こう、派手…だな」

 「そんなことないわ。対して変わらないわよ」オーシャンが言うと、ルーピン先生が堪えかねた様に噴き出した。ブラックとオーシャンは同時に彼を振り返る。

 

 「ごめん、あまりに君達二人の会話が面白くて、つい。…いい飼われっぷりだな、シリウス」

 くつくつと笑われながら、オーシャンは自分の顔が赤くなっていくのを感じた。ブラックがニヤリと笑う。

 「俺のご主人様は、怒ると手に負えないんだよ」

 「先生達から話には聞いていたが、あんなに勇ましいウミは初めて見たよ…」

 ルーピン先生の言葉に耳まで赤くなりながら、英語が利けなくなったオーシャンはにやにやしているブラックの顔に、平手打ちを往復で四回見舞った。

 

 そしてペティグリューを繋いだ一行は、ホグワーツに向けて歩き出した。

 







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34話

 ピーター・ペティグリューを手錠で繋いでおく役目をオーシャンが買って出たが、年上二人に一蹴された。先生に、君は生徒だし、女の子だから、そんな事はさせられないよ、と優しく言われればそれまでだった。

 そんな訳で、ペティグリューは旧友二人に手錠で繋がれてトンネルを歩く事となった。彼は歩いている間一言も話さず、口から漏れ出てくるのは嗚咽ばかりだった。

 

 オーシャンは一行の先頭のクルックシャンクスのぴんと立った尻尾を見て歩きながら、ペティグリューを魔法省に突き出せばかどうなるのかを考えていた。ペティグリューのアズカバン行きが決まれば、ブラックは晴れて自由の身だ。しかし、魔法省は誤認逮捕を認めるのだろうか?

 「何を考えているんだい、ウミ?」

 後ろにいる先生に声をかけられて、ハッとした。一瞬の沈黙。二人の後方を歩いているブラックとハリーの会話が、トンネルに反響して聞こえてきた。「僕、あなたと暮らせるの?」

 

 「魔法省は、すんなりと誤認逮捕を認めるものでしょうか?」考えていた不安を口にすると、ルーピン先生が聞いた。「不安かい?」

 「不安…ではないですが、怪しいと思っているのが正直な所です」

 「…確かに、時間はかかるかもしれない」ルーピン先生は答えた。「しかし、公正な裁判で裁かれれば、きっとシリウスの無実は証明できるだろう」

 先生の答えに「そうでしょうか…」と返すと、先生が笑い声を漏らした。

 

 「なんです?」

 「シリウスの事がそんなに心配なんだね。まるで、出来の悪い親を持った娘を見ているみたいだ」

 「-っ…」先生が言った一言が、何故そんなにも心を抉るのか、オーシャンはすぐには分からなかった。まるで、「君の事は娘としてしか見る事が出来ない」と言外に言われている様で、喉の奥から心の臓がせり上がって来ている様な心地がして、酷く気持ちが悪い。

 少し時間をかけたが、オーシャンはやっとの事で言い返した。「-心配なんかしていないわよ!あんな馬鹿犬、どこで野垂死にしたって構わないわ!」

 先生の背後から、ブラックの呟きが聞こえた。「二人とも酷い言い様だな…」

 

 

 トンネルを抜けて外に出ると、もう真夜中だった。一行は城に向かって歩いたが、その時ふと雲間が切れて、白い月が顔を覗かせた。

 背後の空気が変わった気がして、オーシャンはみんなを振り返った。ルーピン先生が立ち止まり、真っ白い月を一心に見上げている。ハーマイオニーが叫んだ。「いけない!満月だわ!」

 慌てている三年生達を、先生と手錠で繋がれたブラックが制した。「落ち着くんだ。今夜の脱狼薬は飲んでいる。ちゃんと効いていれば、こちらに危険は無いはずだ」

 

 オーシャンはじっとその場に立ち尽くして、先生が変身していく様を見ていた。ゴキゴキと鈍い音を立てて骨格が変わり手足が見る見る内に伸びて行き、全身から狼の毛が生えてくるのと同時に、長い尾が生える。手錠がねじ切れて、ペティグリューが情けない声を出した。その彼をブラックが押さえつける。

 完全な狼が姿を現し、ハーマイオニーが怖々声をかけた。「あの…先生…」

 ハーマイオニーの声に狼の目がジロリとそちらに走った。三年生達は身を縮ませる。ブラックはペティグリューを首根っこを捕まえながら、いつでも変身できる様に身を起こした。

 先生は三人に襲い掛かるかと思われたが、口から涎を垂らして、鼻息も荒く必死に耐えている様に見えた。ペティグリューだけではなく、ロンまでが情けない声を出した。「ひぃぃ…」

 

 「ロン、情けない声を出すものじゃないわ」その場を動かずに言ったオーシャンの声に、先生は反応してこちらを向いた。

 「先生は自分と戦っているのよ。その勇気は称えるべきで、畏怖するものじゃないわ」

 オーシャンはゆっくりと狼を刺激しない様に近づこうとしたが、そこに飛んできた魔法が、ルーピン先生に当たった。彼は叫んでよろめいた。出処を探ってオーシャンが振り返ると、そこには、杖を構えたスネイプ先生がいた。

 「これはこれは…人狼と凶悪犯がどこから入り込んだものやら…」

 

 ピタリとルーピン先生を狙っているその杖から、再び火花が放たれた。二度目の魔法が当たると、先生の口から耐えきれない様な唸り声が聞こえ始める。狼の本能と薬で保たれた理性が戦っているのだ。

 「やめて!」三度狼を襲おうとするスネイプ先生の杖を、オーシャンが遮った。「やめなさい!」

 「私に命令するな!」スネイプ先生の顔が怒りに歪んだ。

 狼の唸り声が高くなる。いつ人を襲うかもしれない興奮状態に陥っている事が見てとれて、ブラックはその身を躍らせた。ペティグリューを放り出したその体が、瞬く間に黒い巨大な犬に変わる。「落ち着くんだ、リーマス!」

 

 その隙にペティグリューがネズミに変化し、手錠から逃れた。ハリーが叫ぶ。「シリウス、ペティグリューが逃げた!」

 ブラックは、ルーピン先生を必死に落ちつかせようとしている。スネイプ先生が二人を狙って杖を振るったが、オーシャンがそれを阻止した。

 

 「何故邪魔をする、ウエノ!シリウス・ブラックを庇えば、貴様も罪を逃れられないぞ!」

 「誰が馬鹿犬なんて庇いますか!先生こそ、罪無き狼をいきなり攻撃するなんて、どういうおつもりで!?」

 「当然だ!生徒に何かあってからでは遅いだろう!もっとも、このままでは教師生命も危ういだろうがな!」

 最後の一言を意地悪く言った先生の呪文で、オーシャンの杖がその手から吹き飛ばされた。彼女はその一言が意味する事に気づいて、愕然とする。

 「…知っていたのね…!?知っていて、攻撃するなんて!」

 スネイプ先生はすんとすましている。「残念な事に、私はやつらとホグワーツでの同輩でな。もっとも、やつの正体を知っているのは、やつの仲間と我輩だけだったが」

 

 その時、ルーピン先生とブラックが、森の方へ駆けて行った。

 「待て、汚らわしい狼め!」スネイプ先生が叫んで追撃しようとしたが、それよりも一瞬早くオーシャンが杖を拾い上げて叫んだ。

 「緊縛せよ!混沌の鎖!」

 地面から現れた二本の鎖が、ジャラジャラと音を立ててスネイプ先生に巻き付いた。先生は身動きが取れなくなり、杖を取り落とした。

 「貴様、何のつもりだ!」

 「ちょっと大人しくしていてもらうわ」

 スネイプ先生の杖を拾おうとしたオーシャンだったが、湖の方からキャンキャンとした犬の鳴き声が聞こえて、即座にその方向に振り返った。ハリー、ハーマイオニー、ロンもそちらに気づく。

 

 「ねえ、今のって…」

 「シリウスだ」

 ハーマイオニーとハリーが呟き、ハリーはロンと顔を見合わせて頷き合った。次の瞬間、鳴き声の聞こえた方に向かって三人は走り出した。その後をオーシャンは追っていく。

 

 湖に近づくにつれて、鳴き声が徐々にか弱いものになっていくのを感じた。鳴き声が全く聞こえなくなった時、四人は湖にたどり着いた。人の姿に戻ったブラックが、湖のほとりにうずくまっていた。「やめろ…やめてくれ…」

 彼を取り囲んでいたのは、百人はゆうに超える吸魂鬼の群れだった。ヒヤリとした感覚、頭から冷水をかぶせた様な不気味な感覚が四人を襲う。ハーマイオニーは息を飲み、ロンは悲鳴を上げた。一部の吸魂鬼が、こちらに近づいてきている。

 ハリーは杖を抜いて叫んだ。「みんな、何か幸せな事を考えるんだ!オーシャン、何とか、シリウスを!」

 「分かったわ」オーシャンはハリーの頼みに応えて、何とか吸魂鬼をかいくぐってブラックに近づこうとした。行く手を黒い死神達が遮る。

 「イクス-エクスべくとー」

 

 ハッフルパフ戦の時にはうまくいった守護霊の呪文が、上手く唱えられない。たちまち幸福感が奪われていく。後方で二人の人間が倒れた音が聞こえた。心の臓が早鐘を打っている。振り返るとハリーが一人で戦っていた。杖先から、弱弱しい守護霊が現れている。ハリーに一番近い所にいた吸魂鬼が、フードを脱いだ。

 わが身のリスクと後輩の命。オーシャンは後者を取った。素早く印を切る。

 「来たりませ、来たりませ。その御力を授けませ。穢れを退け、この身に代えて、清浄なる光にて、我を守りたまえ」

 

 「破っ」の一声で、オーシャンの体に守護霊が舞い降りた。守護霊の発する光でその身は淡く輝き、吸魂鬼達が怯む。腕をひと薙ぎして彼女の周りにいた吸魂鬼を蹴散らすと、彼女は気を失いそうなハリーの元に駆け戻った。彼を囲っていた吸魂鬼を薙ぎ払い、ハリーを抱きかかえる。その時、湖の端から、聞きなれた声が聞こえた様な気がした。

 「エクスペクト・パトローナム!」

 途端に銀色の光がこちらに近づいて、ブラックに群がっていた吸魂鬼を全て追い払った。滑る様に湖を駆けていたのは、銀色に輝く牡鹿だった。

 「誰…?」静まり返った湖のほとりで気を失ったハリーを抱きかかえて、オーシャンは呟いたが、対岸にいるはずの術者を確かめる間もなく、膝から崩れ落ちてばたりと倒れた。

 




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35話

 気づくとオーシャンは、花畑に佇んでいた。周りにはハリーもブラックもいない。森も、湖でさえ見えなかった。

 目の前に一本の小川が流れ、その向こう岸には、白い装束を身に纏った、祖父の宗玄がいた。

 「お爺様」

 「海。よくぞ、お前の大切なものを守った」

 厳格だった祖父らしく、その口調は生前そのままだった。

 「ってことは、ここって三途の川ってやつかしら」

 「ご明察だのう。さすが、我が孫じゃ」

 この川を渡れば、冥土が待っている、という事か。守護霊のまじないを使った術者は、皆ここを通ってきたのだろうか。

 

 「私、まだそちらに行きたくないのだけれども、行かなければ駄目なのかしら?」

 祖父は言った。「好きな時に渡るといい。しかし、守護霊のまじないを四回使えば、奪衣婆がそちらに迎えに行くから、まだこの川を渡りたくなければ、守護霊のまじないは使わない事だ」

 「では、何故お爺様はそこまで迎えに来て下さったの?」

 「海。お前に伝言を頼もうと思っての」

 「伝言?誰への?」

 「宗二朗じゃ」

 「父様へ?どんな?」

 「うむ…。あのな…そのぉ-あぁ、んん~」

 「…お婆様の事?」じれったくなって、海から聞いた。祖母の事を自分の口から話そうとすると、祖父は昔からこうなる。照れくささの現れなのだろうか。生前、二人はご近所でも有名なおしどり夫婦だった。

 

 「そう、鶴の事なんじゃが…ほら、数年前に宗二朗が、あれを封印してしまったじゃろ?儂からもきつく言っておくから、もうそろそろこちらに帰してくれんかの…?」

 そういう祖父は死者らしからぬ振る舞いで、頬を赤く染めて頭を掻いた。毎年お盆の季節になると悪戯に来る祖母を数年前に封印した壺は、まだ実家の蔵にある。幽霊になってもお熱い事だ。

 「…母様に頼んでみるわ。母様の頼みなら、父様も聞いてくれるでしょう」

 「おおっ、美空さんにかかれば宗二朗など屁でも無いわい!頼んだぞ!」

 先ほど見せた厳格さはどこへやら、どうやら祖父は死んでから少し性格が柔らかくなった様だ。それにしても、これがこの状況で孫に託す伝言なのか。

 

 

 

 

 

 「オーシャン…お願い、目を覚まして…」

 「こんな事ってないよ…」

 「先生、オーシャンは、大丈夫ですよね?そうですよね、先生?」

 「ポッター、こればかりは分かりません…。本人の生命力に任せるしか…。」

 「生徒の尊い命を奪うとは…ブラックめ」

 「私が発見した頃にはすでに遅く…。被害を受けたのが一人だけだったのが、不幸中の幸いといった所でしょうな…」

 そんな会話が頭上で飛び交っている中、オーシャンはパチリと目を覚まし、息を吸って跳ね起きた。ハーマイオニー、ロンとコーネリウス・ファッジ魔法大臣が悲鳴を上げた。スネイプ先生は眉をピクリと不快そうに動かした。

 マダム・ポンフリーがオーシャンの名前を呼びながら何か言っているが、それに答えられない程苦しい。彼女は溺れた直後の様に、荒々しい咳を繰り返した。

 

 一分程でようやく落ち着く。オーシャンは涙目で呟いた。「-ああ、苦しかった…。死ぬのがこんなに苦しいなんて思ってもみなかった…。眠る様に死ぬってあれ、絶対嘘ね…」

 -安らかな死なんて絶対無いわ-そう思いながら周りを見る。どうやらここは医務室らしい。オーシャンはベッドに寝かされていた。ベッド脇にはハリー、ハーマイオニーに加えて校医のマダム・ポンフリー、スネイプ先生、コーネリウス・ファッジ魔法大臣がおり、隣のベッドでは、ロンが足を吊られて座っている。

 ハーマイオニーはオーシャンに飛びついた。泣いている彼女を受け止めながら、色々な記憶が戻って来る。オーシャンは乾いた唇で、ハリーに言った。

 「貴方達は無事だった様ね。よかったわ」

 「よかったはこっちのセリフだよ。あんなに嫌がってたのに、日本の守護霊術を使うなんて」

 「お陰で少しの間お爺様に会えたから、大丈夫よ。気にしないで」

 「気にしないでいられるものですか!」マダム・ポンフリーが物凄い剣幕で割って入った。ハーマイオニーを引きはがしてオーシャンに詰め寄る。

 

 「体がこんなに冷え切って、顔色なんて今にも死にそうに蒼白!ポッターから聞きましたが、日本の守護霊呪文は、術者が死に近づく恐ろしい魔法だそうじゃないですか!一週間、チョコレートを食べて絶対安静!いいですね!?」

 「一週間もチョコレートなんて食べていたら、歯が全部黒くなっちゃうわ」

 オーシャンのそんな反論を曖昧な笑顔で「まあまあ」と制して、コーネリウス・ファッジ魔法大臣が言った。

 「命が無事だった様で何よりだ。マダム・ポンフリーの言う事を聞いて、しっかりと休養を取りなさい」

 「休養なんて、とっている暇は無いわ。ブラックはどうしたの?」

 魔法大臣相手に強気に質問したオーシャンに、スネイプ先生が「口を慎め」と吐き捨てる様に言った。

 

 「シリウス・ブラックは我輩が確保した。案ずる事は無い。今頃大人しくディメンターのキスを待っている事だろう」

 「何ですって…!?」オーシャンが絶句したそこに、ハリーが割って入る。「だから何度も言っているように、逮捕する人を間違っています!あの人は無実です!」

 

 

 スネイプ先生は口の端を上げて、大臣を向いた。

 「-大臣。ご覧になっている通り、彼らはブラックの術によって錯乱しております。罪無き生徒に術をかけるとは、全く許しがたい」

 大臣が重々しく頷いた。ハリーが叫ぶ。「僕たち、錯乱なんかしていません!」

 「黙れ!我輩がマクゴナガル先生の要請を受けて、寝室を抜け出した貴様らを捜索してやらなかったら、今頃貴様らはまとめてブラックの餌食になっていたのだぞ!」「まあまあ、セブルス」捲し立てるスネイプ先生を、大臣が制した。

 「この子達には休養が必要なのだ。あまり興奮させてはいけない」

 「その通りです」大臣の一言にマダム・ポンフリーが賛同する。「この子達には手当てが必要なのです。ですから大臣、お願いですので、今日の所は出て行ってください-」

 

 その時、医務室の扉が開き、ダンブルドア校長が姿を現した。その姿を認めるなり、ハリーが声を上げた。「ダンブルドア先生!」

 マダムは患者たちを看病させてくれない事に苛立っていたが、校長は穏やかに言った。

 「すまないが、ポピー。少しポッターとグレンジャーの二人と話をさせておくれ」そして何か言いたそうに口を開いたマダムを差し置いて、ハリー達を向いた。

 「たった今、シリウス・ブラックと話をしてきたんじゃよ。ブラックは無実を訴えておった」

 「さぞかし、ポッターに吹き込んだのと同じ与太話をお聞きだったでしょうな?」スネイプ先生が不機嫌に嘲った。「ペティグリューとか、ネズミがなんだとか」

 「いかにも。ブラックの話は、正しくそれじゃった」ダンブルドア校長は事も無く肯定する。スネイプ先生の眉間には、これでもかというくらいに皺が刻まれていた。

 

 「校長は、我輩の証言をお信じになっていないと?」スネイプ先生は校長の鼻先に詰め寄った。そして、長年の怨嗟を吐き出す様に言った。「覚えておられませんか?奴はすでに十六歳の頃に人殺しの才覚を顕した事を。この我輩を殺そうとした事を?」

 校長はそれに、わしの記憶はまだ衰えておらん、とだけ答えた。「悪いが、皆出て行ってくれぬか。わしは生徒達だけと話をしたい」

 マダム・ポンフリーは事務所に引っ込み、魔法大臣はドアを開けてスネイプ先生にも出る様に促していた。しかし、スネイプ先生は動かない。ダンブルドア校長を睨みつけるばかりだった。

 

 「セブルス」校長が言った。「悪いが、事は急を要する」

 言われたスネイプ先生は憎しみを込めて校長を睨みつけると、荒々しい足取りで出て行った。校長の背後で扉が閉まる。

 「さて…」扉が閉まったのを確認した校長がハリー達に向き直ると、ハリーとハーマイオニーの口から洪水の様な言葉が溢れ出した。二人とも一生懸命に、シリウスの無実とピーター・ペティグリューが真犯人だった事を訴えた。

 「今度は君達が聞く番じゃ」二人の顔の前に手を上げて、校長が静かに言った。洪水が止まる。

 

 「シリウスの言っている事を証明するものは、最早何も無い。十代の魔法使いが何を言った所で、誰も相手にはせん。みんなスネイプ先生の語る真相を信じるだろう」

 「まだ、ルーピン先生がいます。ルーピン先生が真相を話してくだされば-」ハリーの藁をも掴む一言は、校長が首を横に振った事で途絶えた。

 「ルーピン先生は今、森の奥深くにいて話せる状態には無い。再び人間に戻る頃には全ては遅すぎるじゃろう。それに、我々の仲間内のほとんどは、狼人間を信用しようとはしない…」

 最後の一言に、オーシャンは人知れず心を痛めて俯いた。

 きっと彼は、子供の頃から誰からも信用されず、その体に持つ秘密に怯えながら暮らしてきたのだろう。この学び舎で得た無二の親友の一人を永遠に無くし、真相を知っても、彼の口から語られる言葉は世の魔法使い達の信用に値しない。それがどんなに悔しく、口惜しい事か、想像するのも恐かった。

 

 不意に聞こえてきた言葉が、オーシャンの意識を現実に引き戻した。ダンブルドア校長の言った一言に、ハーマイオニーが声を上げる。「必要なのは、時間じゃ」「-あっ!」

 何か気づいたハーマイオニーに校長は目くばせをして、ブラックの囚われている部屋の窓を教えた。そして、首尾が良ければ、また一つ命を救える事になるだろうとも。

 ハーマイオニーだけが事を理解したまま詳しい説明は無く、校長は医務室を出て行こうとしていた。ドアに手をかけた所で、ベッドの中のオーシャンが口を開く。

 

 「一体、どういう事-」しかしそれを遮って、校長はその場で振り返って言った。「君達を閉じ込めておこう。今は真夜中の五分前じゃから、ミス・グレンジャー、三回ひっくり返せばいいじゃろう。幸運を祈る」

 「「幸運を祈る?」」ドアを閉めて出て行った校長を見送ったハリーとオーシャンの声が重なった。さっぱり訳が分からない。オーシャンは隣のベッドのロンを見たが、彼も首を竦めていた。事はハーマイオニーだけが知っている。彼女はローブの中から金の鎖を引っ張り出して、ハリーにもう少し近くに寄る様に促した。鎖の先には、輝く砂時計が繋がれている。

 

 ハーマイオニーはハリーの首にも鎖をかけて、意を決した様に言った。「…じゃ、ハリー。準備はいい?」

 「準備って…」

 ハリーはそう言ったが、ハーマイオニーは自分の手先で何かをしている。砂時計をひっくり返した様に見えたが、見る見る間に二人の姿が溶ける様に消えて無くなった。

 

 二人が消えた場所を見て、ベッドの上にいた二人は目を丸くして腰を浮かせかけた。

 「…えっ!?」

 「何が起こったんだ!?ハリー、ハーマイオニー!」

 しかし次の瞬間、今さっき消えた二人が息を切らしてドアを開け、戻ってきた。背後に見えるダンブルドア校長が、にこやかな顔で言った。「今度こそ、鍵をかけておこう。ゆっくりおやすみ」

 目を丸くして状況が呑み込めていないロンとオーシャンとは対照的に、一瞬で帰ってきた二人は何かをやり遂げた清々しい顔をしている。ロンが言った。「一体何が起こったんだ?」

 ハリーとハーマイオニーは、顔を見合わせて微笑んだ。二人が成し遂げた事を知る時間は、事務所から戻ってきたマダム・ポンフリーに奪われた。

 「はぁ、もう!先生方には困ったものだこと!ほらほら、ベッドに戻りなさい!」

 




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36話

 ハリーとハーマイオニーが医務室の真ん中で消え、次の瞬間に息を切らしてドアを開けて帰ってきたその後、オーシャンもロンも訳の分からぬまま、マダム・ポンフリーの看病を受けていた。その最中に肩を怒らせたスネイプ先生が医務室に乗り込んで来て、ハリーに何をしたと詰問した。どうやら、ブラックが逃げたらしい。

 「セブルス、いい加減に落ち着くんだ」スネイプ先生の傍らにいる魔法大臣が言って、二人の後ろにいたダンブルドア校長は、オーシャンに向かってさりげなく片目をつぶって見せた。それを見てオーシャンは悟る。ハリーとハーマイオニーに起きた不可思議な現象は、ブラック逃亡と何か関係があるのだ。

 

 「アズカバンを逃げ出した男だもの。ホグワーツから抜け出すくらい、わけもなくやってのけるのでは?」

 そう言ったオーシャンを向いたスネイプ先生の顔は、もはや阿修羅像の様だった。オーシャンは続ける。

 「先生にはもう少し、生徒を信頼するという事について考えていただきたいと思うのですが?」

 「その生徒が頑強な鎖を持って我輩を縛り上げたりしなければ、我輩もそれに答えるだろう」微笑んだオーシャンにスネイプ先生はぶっきらぼうに答えた。

 「あの時、私は錯乱していたものですから。そうでしょう、先生?」

 しばらく前のスネイプ先生の発言を逆手に取ったオーシャンに、先生は侮蔑にも似た表情を見せた。

 

 結局、先生は自分の主張を正当化する事が出来ず、肩を怒らせて出て行った。魔法大臣と校長の二人も、今後の対策を話し合いながら程無くして出て行った。またブラックが逃げたと世間が知れば、魔法省ではふくろう便の洪水が起きるに違いない。

 先生達が医務室を出て行き、マダム・ポンフリーも事務所へ戻ると、ついにロンとオーシャンはハリーとハーマイオニーが成し遂げた事の全貌を聞く事となった。二人はブラックを逃がしただけではなく、ハグリッドの小屋に繋がれて処刑の時間を待つばかりだった、罪無きバックビークの命も救っていた。ヒッポグリフの背に跨って、フリットウィック先生の部屋からブラックを救い出し、二人を自由な夜空へと送り出したのだった。

 

 あの吸魂鬼に囲まれた時、湖のあちら側から完璧な守護霊を出現させて全員を救ったのは、現在のハリーだった。道理で、呪文を唱えた声に聞き覚えがあったはずだ。

 今、名付け親を救ったハリーの顔は晴れ晴れとしていた。そんな大それた事をやってのけた後輩二人に、オーシャンは感慨深いものを感じたのだった。

 

 

 

 翌日にオーシャン以外は退院の許可が下りて、三人はオーシャンに励ましの言葉をかけて医務室を出て行った。

 「どうして、私だけ?今日は試験があるのですけど…」 

 マダム・ポンフリーの診察を受けながらオーシャンが聞く。マダムは「一週間と言ったでしょう!」と、厳しい顔をしている。「そうそう。『魔法薬』の試験については、免除だそうですよ」

 校医が事も無げに言ったのを聞いて、オーシャンの声が裏返った。

 「…は?め、免除って…O.W.L試験ですよ!?」

 「前代未聞ですねぇ。O.W.L試験が免除されるなんて。スネイプ先生がいらした時、苦虫でも噛み潰したような顔で言う先生に、思わず聞き返してしまったもの」 

 

 マダムの言葉に、昨日の記憶が蘇る。夜の校庭で先生を縛り上げた事。深夜にベッドの上から、先生に挑戦的な態度を取った事。スネイプ先生は確実に怒っている。O.W.L試験を私情で免除できるのかは知らないが、確実に怒っている。生徒の将来に関わる大事な試験を受けさせないとは。これは然るべき所に訴え出る必要がありそうである。

 「何て器の小さい真似をするのかしら…」

 反抗的な態度を取った自分の事は棚に上げて、オーシャンは呟いた。マダム・ポンフリーが診療記録に何かを書き加えていると、突然医務室の扉が開いた。

 

 「Ms.ウエノ。調子はどうかね?」

 微笑みを湛えながら悠然と入ってきたのは、ダンブルドア校長だった。

 「校長先生、おはようございます。もう何も問題ありません。元気ですよ」

 「嘘おっしゃい。まだ顔色が戻ってないわ」マダム・ポンフリーの一言は、校長の耳には届かなかった様だ。「それは重畳。今日は天気がいい。どうだね、少しわしと散歩を楽しまんか?」

 確かに、窓から入り込んでくる日差しに誘われていた事は否めない。だからってわざわざ、校長先生が誘い出しに来るにはきっと何かあるに違いない。

 「少しの間、許しておくれ、ポピー。大丈夫、少し散歩に付き合ってもらうだけじゃ」

 マダム・ポンフリーはもの言いたげだったが、やがてマクゴナガル先生の様にぎゅっと口元を結ぶと、事務所に下がっていった。

 

 校長と二人で医務室を出た。「ついておいで」と言って歩き出した校長の足は、門にも中庭にも向いていなかった。その背中が階段を上がりかけた時、オーシャンは尋ねた。

 「…ルーピン先生はどうされていますか?」

 校長は、オーシャンの顔を見ずに答えた。「荷物をまとめておるよ」

 「何故です?」

 校長は悲しそうな顔で答えた。「スネイプ先生が、今朝の朝食の席でうっかり話してしもうての。今朝一番で、退職された。本人の意思じゃ」

 その後二人は無言で階段を上がり、ルーピン先生の部屋のドアを叩いた。そこには先生とハリーがいた。部屋の中の荷物は片づけられて、がらんどうになっている。

 

 「リーマス、門のところに馬車が来ておる」

 ルーピン先生は校長に礼を言って、トランクを携えて部屋を出た。

 「じゃあ、ハリー。またいつか会おう。君に教える事が出来て、嬉しかった」

 「生憎と、この後予定が立て込んでいてな。代わりの者を見送りに行かせるから、許しておくれ」

 そう言って校長は、後ろに控えていたオーシャンを手で示した。ルーピン先生は少し驚いていたが、すぐにいつもの笑顔を見せてくれた。

 

 

 トランクを片手に階段を下りて行く先生の隣を歩きながら、オーシャンはどう声をかけるべきか迷っていた。先生、辞めないで?行かないで?もっと貴方に教わりたかった?

 退職が本人の意思であるならば、今更覆しようが無い。では彼の未来を祈って、明るい言葉で送り出すべきか?恐らく自分の手の届かない所に行ってしまうであろう、彼の未来を…。

 「あの…」

 オーシャンがようやく絞り出した声に、ルーピン先生は足を止めた。彼女を振り向く。

 「か、体に気をつけて…」

 声が震える。全身を突き抜ける悲しみに、鼓動が速くなる。もう少し、あと少しで、ルーピン先生はここからいなくなる。

 か細いオーシャンの声に、先生は静かに答えた。「-うん、ありがとう」

 

 もう、この声が聞けなくなる。もう、あの笑顔が見られなくなる。

 「ウミ…?どうしたんだい?何で-?」

 先生の言葉は、もう聞き取れなかった。ボロボロと落ちてくる雫は、拭っても拭っても止められない。すると先生は、涙を手で拭うオーシャンにポケットから取り出したハンカチを握らせた。微かに古タンスの匂いのするそのハンカチにオーシャンは顔を埋めて泣いた。

 涙の止まる魔法は、無い物だろうか。先生はオーシャンが落ち着くまで、じっと待ってくれた。

 

 涙が落ち着く。悲しみはあるが、心の臓はとりあえず落ち着きを取り戻しつつあった。ハンカチから顔を上げたオーシャンに、ルーピン先生が言う。

 「何でそんなに、悲しいんだい?」

 「悲しいに決まってるじゃない。先生がいなくなってしまうなんて」

 「すぐ新しい先生が来る。私よりも、ずっといい先生がね」

 「…貴方以上の先生なんて、いるわけがないじゃない」

 「ごまんといるさ」

 ぽつぽつと話しながら、二人は歩を進めた。門に着くと、一台の馬車が待っていた。羽が生えた、馬には似ても似つかない生き物が数匹、車に繋がれて出発を待っている。

 

 「じゃあ、見送りありがとう。ウミも元気で」

 振り返ってそう言う先生の表情に、また涙が流れそうになる。先生はトランクを置いて、手を差し出した。別れの握手に応じたオーシャンは、彼の手をぎゅっと握った。先生の節くれだった手は大きくて、オーシャンは両手を使って包み込んだ。離したくない、と、彼女の中の誰かが言っている。

 「…君に貰った花籠、大事にするよ」

 その言葉を聞いた時、心の臓が一つ、どくんと跳ねた。彼の微笑みが、全身に染み渡っていく。今この時、その胸に飛び込んで行けたなら、どんなにいいだろう-そう思った時、オーシャンは初めてこの感情を理解し、向き合った。この人がずっと笑顔で生きていける様な、そんな世界で、彼を守りたいとさえ思った。

 

 「…またいつか会えたら、その時は-」彼の手を固く握りしめ、彼の目をしっかりと見つめて、オーシャンは笑った。「-もっと素敵な花籠を持って、会いに行くわ。真っ黒い犬に乗って」

 先生が最後に見せたのは、笑顔だった。

 

 

 

 オーシャンはきっかり一週間医務室に入院し、退院したその日に特別に魔法薬学のO.W.L試験を受けた。学期末に張り出された試験の結果は、可もなく不可もなくと言った所だった。

 ホグワーツ特急に乗ってみんなが家路を辿る日、同じコンパートメントにいたフレッドが言った。「おい、なんて顔してんだよ」

 「え?私、どんな顔してたかしら?」

 ジョージは砂でも吐き出しそうな顔をして、こっちを見ている。「何か考え事をしていたと思ったら、突然自分の手の平を見つめて気味悪く笑ってた」

 なぁ?とジョージがリーに聞くと、リーも面白そうに肯定した。

 

 「失礼しちゃうわね」

 そう言ったオーシャンがふいとガラス戸の方に顔を向けると、通路にロンが立っているのに気づいた。何やら手招きをしている。

 「お呼ばれしちゃったから、行ってくるわね」

 双子に野次られながらコンパートメントを出ると、ロンが声を潜めて言った。「シリウスから手紙が来たんだ」

 

 ロンと一緒にコンパートメントに行くと、嬉しそうに手紙を広げているハリーと、愛猫のクルックシャンクスを膝に乗せて毛並みを整えているハーマイオニーがいた。

 「手紙が来たそうね、ハリー?」

 そう声をかけられたハリーは、盆と正月がいっぺんに来た様な顔をしていた。ファイアボルトはシリウスが買ってくれた事、ホグズミード行きの許可証を送ってくれた事を嬉しそうに語ってくれた。手紙を届けてくれたすずめくらいの大きさのふくろうは、ロンにくれたそうだ。ふくろうは新しい主人の膝の上を、せわしなく歩き回っていた。

 「オーシャンの事も書いてあったよ」

 ハリーが言うので、あまりいい予感はしないが聞いてみた。「あら、なんて?」

 

 ハリーは手紙を広げて、ニヤッと笑ってその部分を読み上げた。「『自分の気持ちからは逃げちゃダメだ。幸運を祈る』」

 「うるさいわね、駄犬の癖に。逃亡したのは貴方の方じゃない」

 言いながら、オーシャンの手にはルーピン先生の手の温もりが蘇っていた。もう何日も前の出来事なのに、あの瞬間の空気、匂い、感情までが一気に蘇ってくる。

 「…オーシャン、大丈夫なの…?」

 ハーマイオニーにそう聞かれてハッと我に返ると、後輩三人が怪訝な顔をして自分を見つめていた。それと同時に、自分の頬が緩みきっている事に気づいたオーシャンは、顔を両手で包み込み愕然として呟いた。「…こういう事だったのね…!?」

 

 

 

 キングズ・クロス駅に到着すると、母と妹が迎えに来ていた。

 「海、おかえり」「どうだった?海ねえ」 

 「母様、ごめんなさい。勝手にいなくなったりして」

 「無事に帰ってきてくれたんだから、そんな事はどうでもいいわ。-それより、海。少し雰囲気が変わったわね」

 「え?」

 「何だか大人になったっていうか…うん、綺麗になったわね」

 母がまじまじと自分を見るので、海は照れくさくなって顔を背けた。「やだ、母様ったら」

 すると、妹の空までもが口を揃える。「本当よ、海ねえ。何かこう、磨きがかかった、って感じ」

 「空まで。からかわないで頂戴」

 誉め言葉を頑として受け取らない海に、空は口を尖らせる。「本当だって言ってるのに。それで、あの夢の件はどうだったの?今年は何かあった?」

 「ああ…そんなに大した事じゃなかったわ。ただちょっと、今年は母様のファンに会ったわ」

 母の美空は目を丸くして、嬉しそうな顔をした。「え、本当?」

 「本当よ。昔、歌っている姿を見たことがあるだとかで。プロポーズまで考えたっていう熱狂的なファンだったわ」

 「いやだ、あんな昔の事。でも、嬉しい。是非お礼の手紙を書かなきゃ」

 「やめて。そんな事したらあの駄犬、調子に乗るに決まってるんだから」

 「海、人の事をそんな風に言ってはいけないわ。-あ、その話、お父様には内緒よ?やきもち妬いちゃうから。うふふっ」

 

 嬉しそうに笑う母に、どのタイミングで祖父の願い事を切り出そうかと考えあぐねていた海は、駅を出る頃に重大な事態に気づいた。祖父に会ったと話せば、一回死んだ事がバレるではないか。

 





これにてアズカバン編終了になります。読んでくださった皆々様、ありがとうございました!
O.W.L試験については完全に想像で書いているので、見苦しい所が多々あったかと思います。
防衛術の試験風景とかも出来れば書きたかったなあ。

次はついにヴォル様が復活!炎のゴブレッド編にもお付き合いいただければ幸いです。


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炎のゴブレットと、英語ができない魔法使い
37話


ホグワーツ魔法魔術学校の六年生になる上野海(英名、オーシャン・ウェーン)は、この夏の休暇中、呪術師である父の書斎に閉じ籠っていた。

 

 先学期の終わりの出来事を経て、海は「狼人間」について自ら勉強を始めた。何と言っても「人狼」や「狼人間」についての文献は多く、またその中から「脱狼薬」の作り方を探すのは骨が折れる作業だった。

 「脱狼薬」はごく最近開発されたばかりの薬だというが、完全に狼人間を治す力はない。狼人間を完全に治す薬の開発を始める為には、まず「脱狼薬」の作り方をマスターしなければならない。

 

 それに加えて、父が連日修行だなんだと口うるさく言ってくる。

 去年、殺人犯を捕まえるためにまきびしに「透明呪文」をかけたり、足の裏に「くっつき呪文」をかけて天井に「隠れ蓑術」で隠れたりといった、忍法と魔法の合わせ技を父に話した所、とても誉められた。それは海にしか出来ない術であり、徹底的に伸ばすべきだと。そんなわけで、海は充実した夏の休暇を送っていた。

 

 脱狼薬についての複雑なノートを取り終えて筆を起き、一つ伸びをした所で突然目の前の窓がスパンと開いた。

 「やった…やったでござる!」

 「うわっ、三郎!?びっくりさせないでよ!」

 突然現れた従兄弟で忍者の三郎は、興奮した様子で懐から二枚のチケットを取り出した。

 

 嬉しいのは分かるが、英語で書いてあるチケットを目の前にされた所で、生憎海にはさっぱり意味がわからない。

 「何、それ?」

 首を傾げて聞くと、三郎は鼻息も荒く「クィディッチワールドカップの観戦チケットでござる!」と言った。「決勝戦の!」

 「あら、前に言ってたやつ、取れたのね」

 

 魔法使いの家系に生まれたにも関わらず魔法力が顕れなかった三郎は、魔法の中でも特に、箒で空を飛ぶ事に並々ならぬ憧れを持っていた。箒に乗る事が苦手な海でさえ、昔から羨望の眼差しで見られたものだ。

 そんな三郎は魔術学校の忍術部門を首席で卒業し、『十連吹き矢の三郎』として忍者界に名を馳せていた傍らで、『クィディッチ』という競技に出会った。箒で空を飛ぶ事だけでもすごい事なのに、それがさらにチームプレーのスポーツになるなんて!

 

 クィディッチのワールドカップが開かれるという情報を手に入れてから、三郎は何とか観戦チケットと休みを取得するべく、上司とにらみ合いを続けてきたという。

 最早これまでかと思われた時、決勝戦のチケットと有給の両方を獲得する事に成功したと言うのだ。

 上司に「有給をいただけなければ、退職する上にライバル組織に再就職してやる」と言った所、一発で有給を四日分貰えたという。

 

 「それでも四日しかお休みを貰えないの?忍者も大変ね」

 二人で書斎を出て居間に移動し、卓袱台を囲んでいると、母がお茶を淹れてくれた。お茶うけはお煎餅だ。

 「四日いただけただけでも十分でござる。皆が馬車馬の如く働いているのに、それ以上の休みを取るのは申し訳ないでござる…」

 

 「お休みを取るのは立派な権利よ。大手をふって、一週間くらい貰えば良かったじゃない」

 海がそう言った所で、三郎はもはや聞いていなかった。目をキラキラと輝かせ、両手で持ったチケットをしげしげと眺めている。ふとそのチケットを見て、母が会話に入ってきた。

 

 「二枚あるわね。誰と行くの?彼女?」

 聞かれて、三郎はハッとして背筋を正した。「それについて、物は相談なのでござるが!」

 「海に共に行って欲しいのでござる!本日はそのお願いに参ったのでござる!」

 チケットの一枚を海の方に差し出して三郎は言った。海はあからさまに嫌そうな顔をしている。

 

 「嫌よ、興味無いもの。他の人を誘いなさいよ」

 「そう言わず!開催地は英国であるからして、普段あちらで生活している海がいれば、鬼に金棒なのでござる!」

 昨今は英語ができる忍者も中にはいると聞くが、三郎は海と同じで英語などは全く出来ない。三郎は床に手をついて頭を下げた。「見知らぬ土地で独りは心細いのでござる!」

 

 土下座までされた所で、自分が興味の無いものに付き合うほど海はお人好しではない。どうしようか困っていると、襖が開いて風呂上がりの父が姿を現した。

 「おお、三郎ではないか。何をしている?」呼ばれて、三郎は顔を上げる。「叔父上」

 父は娘の隣に腰を下ろした。そこに母から風呂上がりの一杯が差し入れられる。

 「三郎君、クィディッチのワールドカップに海と一緒に行きたいんですって」

 それを聞き、父は娘の顔色も気にせずに膝を叩いた。

 「そうか。ならば行くぞ、海!支度をしろ!」

 父は、腰帯に挟めていた一枚のチケットを取り出した。

 

 

 

 

 

 「ポートキー」というものを使ったのは初めてだった。臍の裏側をぐいっと引っ張られるような感覚は、好きにはなれない。

 

 オーシャン・ウェーン(本名・上野海)とその父、従兄弟の三郎の三人は、クィディッチワールドカップ競技会場に隣接されているキャンプ場にたどり着いていた。キャンプ場の支払い等は全て、英国人と会話のできるオーシャンが済ませた。その間、おのぼり二人はキョロキョロとせわしなく辺りを見回していた。

 勘定をしてくれた主人は疑い深い性格らしく、今日はここで何かの集会でもあるのかと執拗に聞いてきたが、オーシャンは英語ができないふりをして(実際に英語はできないのだが)それを躱した。

 

 キャンプ場を歩いていて思ったのは、みんなテントの装飾が派手だという事だ。何故か煙突が付いていたり、噴水がある豪華な庭付きのものまである。三郎はまだ落ち着かない様子で辺りを見回していた。「すごいでござる!すごいでござる!」

 「ちょっと、止めなさいよ、三郎。ただでさえジロジロ見られるんだから、恥ずかしいわ」

 オーシャンが言った通りだった。彼女は袴に編み上げブーツと、日本においては特に目立たない『はいから』と呼ばれるスタイルだったが、父は服装には特に気を使わず呪術師の仕事着のまま。三郎なんて非魔法族に紛れる隠遁術は得意な癖に、何故か黄緑地に緑の三つ葉のクローバー柄のド派手な忍者装束を着ている。三人が通ると、テントから出てきていた人達のキョトンとした目がついてきた。

 

 森の近く、少し手前の所にテントに挟まれた空いたスペースがあり、「ueno」と書かれた小さな立て札があった。通り過ぎようとした二人に、オーシャンが声をかける。「ああ、父様、三郎、待って。どうやらここみたいよ」

 テントを立てるのは三郎に任せた。仕事柄野宿も多いので、こういう事には一番慣れている。テントが一つしか無いため父や従兄弟と一緒に寝泊まりしないといけないのがオーシャンは残念に思ったが、贅沢は言っていられない。そんなことを言い出したら三郎は進んで木の上ででも眠るだろうが、そこまでして自分の我を通そうとは思わなかった。

 

 テントが着々と出来て行くのを父と一緒に見守っているそこへ、赤毛の双子達が駆けてきた。

 「オーシャンじゃないか!」「何でワールドカップに!?クィディッチに興味無かったんじゃないのかよ!」

 「あら、二人とも久しぶりね。従兄弟がついてきて欲しいと言うものだから、仕方なく、ね」

 「何だ、海の級友か」

 言った父に二人の友人を紹介する。双子が会釈を返すと、出来上がったテントの中から派手派手しい色の三郎が姿を現した。「叔父上、出来上がったでござる」

 一瞬キョトンとした双子だったが、すぐに「おおーっ!」と声を上げて三郎に駆け寄った。

 「ゴザル!ゴザルだ!」「ニンジャだ!ニンジャがいる!」

 「んなっ!?なんでござるか!?」

 突然現れた謎の英国人に圧倒される三郎。そこにロン、ハリー、ハーマイオニーのいつもの後輩三人組が通りかかった。

 「二人とも、何をやっているんだ?」

 

 

 

 オーシャンはウィーズリー一家のテントに招待され、昼食を振舞われた。父と三郎は飯盒でご飯を炊く用意をしてくれたが、炊き上がるまで待てなかったオーシャンは、こちらでソーセージと目玉焼き、マッシュポテトをご馳走になる事にした。食卓を囲みながら、双子はウィーズリーおじさんに言った。「俺たち、ニンジャを見たんだぜ!」「オーシャンのテントにいたんだ!」

 おじさんは突然の話題に、目を丸くした。

 「ほお、ニンジャ。ご兄弟かね?」

 おじさんがオーシャンに聞いた。「従兄弟なんです。あれで日本では結構名前が知られている忍者なのよ」

 

 「ニンジャが来てるの?ああ、オーシャン、是非会わせて。会ってみたいわ」

 そう言ったのは知識欲に駈られたハーマイオニーだった。ウィーズリーおじさんがそれに首肯する。

 「ぜひ私も会ってみたい。本物のニンジャに会える事なんて、そうそう無いからね。どうだろう、夕食をご一緒出来るかな?」

 おじさんの提案に、オーシャンは笑顔を見せた。「是非、ご一緒したいわ。二人に聞いてみますね」

 フレッドとジョージがみんなより先に食べ終わったその時、森の方から手を振って歩いてくる三人組がいた。先頭は双子の兄のパーシーだが、後ろの二人に見覚えが無い。オーシャンが「誰?」とジョージに聞くと、彼はニヤっとして答えた。「何だ、俺たちの兄貴の顔も知らないのか?」

 

 パーシーはオーシャンがいる事に驚いていた。「オーシャンじゃないか。クィディッチには興味が無いんじゃなかったのか?」

 「兄弟して全く同じ事を言うのね」オーシャンは肩を竦めた。「誰だい?」と言う二人に、ウィーズリーおじさんが答えた。

 「二人はまだ会った事が無かったな。ほら、オーシャンだよ。お前たちの弟達が、大変お世話になっている」

 おじさんの言葉にオーシャンは謙遜の色を示した。ロンは曖昧に笑い、双子は反論している。「俺たちがいつお世話になったっていうんだ?」「さっぱり心当たりがないぜ?」

 「オーシャン、長男のビルと、次男のチャーリーだ。それと、パーシーは魔法省に勤め始めたんだ」

 おじさんの紹介で、オーシャンはビルとチャーリーに日本人らしい挨拶をした。パーシーにも祝いの言葉を口にする。二人の兄は兄弟から彼女の話を聞いていたそうで、笑顔で挨拶を返してくれた。

 みんなのお腹がいっぱいになった所で、何かに気づいたおじさんが立ち上がって手を振った。あちらの方から、恰幅のいい魔法使いが、ニコニコしながら歩いてくる。

 「これは、これは!ルード!」

 ルード・バグマンは、本日の三郎の衣装と負けず劣らずな服装をしていた。蜜蜂の様な色合いの縞模様のローブだ。昔はどこだかの国の何だかというクィディッチチームのメンバーとして活躍していたという話だが(オーシャンはほとんど聞き流していた)、現在は魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部で部長を務めているそうだ。

 

 「どうだい、この天気は!雲一つ無いこんなゲーム日和は、またとないな!」

 焚火に近づいて来たバグマンにパーシーが素早く近づき、握手を求めた。

 「全部君の子供かい?」

 目を丸くしたバグマンがウィーズリーおじさんに言った。おじさんは笑った。「いや、赤毛の子だけだ。その子はパーシーだ。魔法省に勤め始めたばっかりでね-こっちはフレッドとジョージ。ビル、チャーリー、ロン、そして娘のジニーだ。こちらはロンの友人の、ハーマイオニー・グレンジャーとハリー・ポッター」

 ハリーの名前を聞いて、バグマンは僅かにぎくりとした。ウィーズリーおじさんは続けた。「-それに、オーシャン・ウェーンだ。私の家族は、数えきれないくらいこの子に世話になってるよ」

 

 言って、おじさんは快活に笑った。バグマンは不思議そうにオーシャンを見ている。オーシャンは軽い会釈を返した。

 バグマンは一転して上機嫌に、「誰か試合の結果を賭けるかね?」と言い出した。ウィーズリーおじさんはアイルランドチームが勝つ方に一ガリオン賭けて、双子は父親に止められようがお構いなしに、四つのポケットの全財産を賭けた。

 

 その後、ウィーズリーのテントでは色々な役人に出会った。

 まず、バーティ・クラウチ。パリッとした背広を着こなした初老の魔法使いはパーシーの直々の上司で、彼はこの人物に心酔している様子だった。

 アーノルド・ピーズグッドは『忘却術士』で、『魔法事故リセット部隊』の隊員だった。先学期が始まる前に、ハリーが自分のおばさんを風船にしてしまった事故もこの魔法使いの手によって、おばさんの記憶から忘却されていた。

 最後に挨拶に来たのは、ボードとクローカーという名前の『無言者』だという。

 「え、なんですか?」

 ハリーとオーシャンが声を揃えて聞くと、ウィーズリーおじさんも首を傾げて答えた。

 「『神秘部』に所属している。一体あの部門は何をしているのやら、私たちにも分からん。極秘事項だ」

 

 夕方が近づくにつれて、人々の興奮が高まっていた。魔法の印や花火があちらこちらで上がり、その辺の至る所に行商人が「姿現し」して、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は買い物を楽しんでいた。背後から突然聞こえた三郎の声に、オーシャンは飛び上がった。「海、海!」「-ひゃあ!何よ、三郎。びっくりするから気配を消してまで近づかないで!」

 「拙者も!拙者も買い物したいのでござる!ついてきてほしいのでござる!」

 「…えぇ?お金は?」

 思い切り嫌そうな顔をしたオーシャンに、三郎は今までにない熱意を持って言った。

 「今日の為に、コツコツ貯めてきた金子を下ろしてきたのでござる!上野家の生活費半年分くらいは持っているのでござる!」

 「…換金した時、妙に多いと思ったわ。-で、何が欲しいの?」

 

 ため息を吐いたオーシャンが三郎と買い物をしていると、どこか森の方から重厚な鐘の音が聞こえてきた。人々がそちらを振り返ると、赤と緑のランタンが森の中でぽつぽつと灯って、競技場までの道のりを示していた。三郎の叔父が、テントからバッと飛び出してきて、オーシャンと三郎に向かって叫んだ。

 「さあ、行くぞ!」



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38話

 ワールドカップはアイルランドチームの優勝で幕を閉じ、上野家はウィーズリーのテントに呼ばれていた。みんな興奮冷めやらぬ様子で試合について話していたが、三郎と父までがその議論に加わっているのには驚いた。三郎やオーシャンと違って、父は少しだけ英語が出来る。ほとんど片言英語とはいえ、ネイティブの会話に交わる勇気には海も恐れ入った。

 

 「すっかり仲良くなっちゃって…さっきまで木陰に隠れて歩いてたのに…」

 眠る前のココアをご馳走になりながら、オーシャンは頬を紅潮させてクィディッチトークに花を咲かせている家族を横目に見て呟いた。競技が始まる前は森の小道を木立に隠れながら歩いていた癖に、今となっては大口を開けて笑っている。ココアに酒は入っていなはずだが。

 

 ジニーがもう眠気に眠気に抗えない時間になり、机に突っ伏した拍子にココアを床にぶちまけた。それに気づいたウィーズリーおじさんがお開きを言い、上野家も挨拶もそこそこに、テントに帰った。

 自分たちのテントに戻った時、父がオーシャンに言った。「良い若者たちであった。海、良い学友を持ったな」

 「ひ、人とクィディッチについてあんなに熱く語ったのは初めてでござる…。思い返すと、恥ずかしいでござる…」三郎は装束の上からでも分かる位に赤くなっていた。

 

 「そうね、みんないい子達なのよ」いそいそと寝床を準備しながら、友人を褒められたオーシャンは満足げに笑った。「それにしても、父様の介助付きとはいえよく喋ってたわね、三郎。英語なんて全然わからないのに」

 「クィディッチは、海を越えるのでござる」三郎がふんぞり返って言った。オーシャンは頷いて、出来たばかりの寝床に潜った。「ちょっと理解できないわね…。-おやすみなさい」

 

 

 ところが、数刻も眠れなかった。三郎に呼ばれて、もぞもぞと目を開ける。「-叔父上、海!起きるでござる!」

 「どうしたの-」「-何やら外が騒がしいでござる。どうも、穏やかではない様子…」

 まるで仕事をしている時の様に、三郎が周囲を窺う視線が研ぎ澄まされている。その様子に父もただ事ではないと感じた様だ。「二人とも、外に出るぞ」

 外は、まるで何かの戦いが起こったかの様な惨状だった。あちらこちらで火の手が上がり、色とりどりのテントはいくつもなぎ倒されていた。人々は森の方へと逃げて行き、その反対側、キャンプ場の向こうの方で不気味な緑色の光が閃いた。

 

 真っ黒い一団がこちらに近づいてきている。全員が杖を真上に掲げて、宙に浮かんでいる何かを操っていた。その中の一人に見覚えがある。ここへ入る時に勘定をしてくれた、キャンプ場の主人だ。

 「-ハリー」

 呟いたオーシャンがウィーズリーのテントの方を見ると、丁度ハリーやおじさん達も外に出てきた所だった。オーシャンはみんなに駆け寄る。

 「良かった、みんな無事みたいね。おじさま、あれは-?」

 「お祭り騒ぎにしては、少し度が過ぎると言った所だ。オーシャン、この子達と一緒に、森へ逃げなさい。私は魔法省を助太刀する」

 向こうでは、黒い一団を止めようとして役人たちが躍起になっていた。人質がいる手前、簡単に手が出せる状態ではない様だ。

 

 ウィーズリーの長兄三人が一団に向かって駆けだしたのと入れ違いに、オーシャンの父と三郎が追いついた。オーシャンが状況を説明すると、二人の怒りが爆発した。

 「なんたる理不尽!ワールドカップをめちゃめちゃにする気でござるか!」三郎が言えば、「罪もない女子供にまで手を出すとは、許しがたい所業!」と父が言った。そして二言目には、「参るぞ、海、三郎!」と来たものだ。「この上野宗二朗、許しがたき悪の権化を返り討ちにしてくれるわ!」

 ウィーズリーおじさんが止めるのも聞かず、三人は黒い一団に向かって走り出した。

 

 

 

 オーシャンは黒い一団に立ちふさがった。

 「悪趣味なお祭りね。英国紳士のする事じゃないわ。即刻、非魔法族を放しなさい。痛い目を見るわよ」

 一団は足を止めた。目の前に立ちふさがる日本人を、不思議そうに見ている。真っ黒いフードの中に仮面をつけていたのでその表情はうかがえないが、何人かがこちらを見つめて首を傾げた。少し距離を置いて、魔法省の役人が一団を取り囲んでいる。

 そして先頭に立っていた黒フードがゆっくりと杖を上げて、オーシャンをピタリと狙った。

 「アバダ-」「緊縛せよ、混沌の鎖!」

 オーシャンの魔法が一瞬早かった。地中から二本の鎖が飛び出してくるのと同時に、突然いくつもの球体が降り注いで、辺りに煙幕を張った。煙玉だ。そんな中で父の声が叫んだ。

 「浮遊せよ、天かける浮船となれ!」

 混乱に陥った黒フード達の呪縛から解放されたキャンプ場の主人とその家族が、宙を飛んで煙幕を抜け出した。安全な場所に降ろされると、すぐに魔法省の役人が駆け寄って怪我の具合を診始めた。

 

 煙幕が夏の夜気に散っていく。鎖に縛られた軍勢は、それでも半数は減っていた。どうやらほとんどが「姿くらまし」してしまったらしい。

 残っている半数は、オーシャンの術で縛られたまま、背後に忍び寄った三郎の手によって当て身を食らわされ、一時的に気を失ってしまった。残っている軍勢の間を縫って、華麗に舞う様に手刀を繰り出していく三郎の技に、何人かの役人が感嘆の声を上げた。本当は得意の吹矢で相手の意識を奪うつもりだった三郎だが、今の手持ちの矢は刃に致死量の神経毒を塗った、一撃必殺のものだったため、急きょ作戦を変更したのだ。

 

 残っていた黒フード全員に当て身を食らわせた三郎は、オーシャンの隣に立った。そこへ父が、手を叩きながら歩み寄ってくる。

 「よくやったな、海。三郎も。一度にこの人数を捕らえる事が出来る様になったとは、成長したな、海」

 一人の怪我人を出す事も無く事が済んで良かった。魔法省の役人たちに連行される黒フード達を尻目に、オーシャン達は改めて惨状を見渡す。つい数時間前までの姿が嘘の様に、キャンプ場は不気味に静まり返っていた。そこへウィーズリーおじさんが近づいて来た。

 

 「三人とも、助かったよ。こんなに早く事が済んでなかったら、きっともっと被害が拡大していただろうからね」

 その時、森の方角で強力な緑色の光が閃いた。直後に悲鳴が上がる。森の上空でギラギラと輝くのは、巨大な髑髏だった。ウィーズリーおじさんがそれを見て、息を飲んだ。

 「なんて事だ!-お前たち!」

 おじさんは、ビル、チャーリー、パーシーの三人を振り向いた。森の方を見上げて険しい顔をしていたビルとチャーリーが、こちらを向いた。

 「オーシャン達を連れて、先にテントに帰っていなさい」

 「父さん、あれは-」ぽかんとしていたパーシーが口を開いたのを、おじさんは遮った。「私はロン達を迎えに行ってくる」

 そう言うが早いか、おじさんはその場で「姿くらまし」した。ビルがみんなを見渡して言った。「さあ、行こう」

 

 ウィーズリー家のテントに到着してしばらくすると、オーシャンは誰にともなく聞いた。

 「あれは一体、何だったの?おじさんは何故あんなに急いで-?」

 質問の答えは返ってこなかった。その時、テントに駆け込む様にして、フレッド、ジョージ、ジニーの三人が帰ってきたのだ。

 「お前たち、無事だったんだな!」反射的に、椅子から立ち上がったチャーリーが言った。

 「チャーリー、あれ、親父は-?」ジョージが言うと、「貴方達、ハリー達はどうしたの?」とオーシャンが聞いた。

 フレッドの方が、「途中ではぐれちまった。そしたら、あれが-」と、夜空を指さす。混乱に終止符を打ったのは、長兄の一言だった。

 「三人とも、落ち着け。ハリー達は今、親父が迎えに行っている。心配しないでも大丈夫だろう。落ち着いて、みんなの帰りを待とう」

 

 オーシャンは落ち着いてなどいられなかった。あの夜空に浮かんだ髑髏にはどういう意味があったのかは、依然として分からない。しかし、みんなの顔色を見る限り、良いものでないことだけは理解する事が出来た。それがよりによって、後輩達が逃げ込んだ森の上空に現れたのだ。ハリーやロンに何か恐ろしい事が起きたかもしれないのに、じっと待っていられるわけが無い。

 ハリー達の元へ、今すぐにでも瞬時転移するべきか-そんな考えが頭をもたげたが、ハリー達が森の中のどこにいるかもわからないのに、安易な移動は出来ない。行き違いになってしまう可能性もある。

 まんじりともしないオーシャンの様子を見て、父が声をかけた。

 

 「海、落ち着くのだ。彼らはきっとウィーズリー氏が見つけ出して、無事に帰ってくる。我らに今出来るのは、無事を祈る事だけだ」

 「父様…。一体何が起こっているというの…?あの髑髏は一体…?」

 「何だ、お前。あれが何か気づかなかったのか」

 父は、そんなこと、とでも言いたげな顔をしていた。

 「父様は、あれが何かわかるの?」

 「三郎ならともかく、お前は話に聞いた事くらいはあるはずだろう。有名な話だから、日本にも伝わっている事だぞ」父は、そう前置いて言った。「あれはヴォルデモートが使う印だ」

 

 「ヴォルデモートの…?」

 『例のあの人』の名前を軽々しく口にした日本人二人の会話に、集まっていた赤毛の兄弟達はぎくりとしたが、当の本人達はそれに構わずに続けた。

 「うむ。奴が最盛期の頃には、奴が殺そうとする標的の家の空に必ずあれが浮かんでいたとか。ほれ、昔よく話していただろう。こちらの非魔法族の不良がやる様な事をするのよな、とみんなで笑い話にしたのを、覚えてないか?」

 「…ああ!あれがそうなの!」

 その話ならよく覚えていた。日本の非魔法族の不良は、塀や壁などに塗料を使って自分達の名を遺す。いわゆる「夜露死苦」的なものだ。

 

 「なんだ。自分の名を遺すサインみたいなものなのね。私はてっきり、あれ自体が質の悪い呪いなのかと」

 「あれ自体には、何の効果も無い」

 オーシャンは一旦は胸を撫で下ろしたが、すぐに気を引き締めた。「あの子達、無事でいるわよね…?」

 「心配なかろう。ああ見えて、これまでに幾多の苦難も乗り越えた猛者なのだろう?」

 父の言う通りだった。チャーリーが心配そうに、テントの入り口に顔を突っ込んで外の様子を窺っていると、待望の人物が現れたのだ。

 

 「父さん、何があったんだ?フレッド、ジョージにジニーは戻っているけど、ロン達が-」その言葉に、ウィーズリーおじさんが入り口を潜り答えた。「私と一緒だ」

 おじさんの後に続いてきたハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は酷く疲れた様子だった。オーシャンは反射的に立ち上がって呟いた。「良かった、無事だったのね」

 ビルが、あの印を打ち上げた犯人は捕まったのか、と聞いたが、おじさんは首を振った。

 「バーティ・クラウチのしもべ妖精が、ハリーの杖を持っているのを見つけたが…しかし、あの印を打ち上げたのが誰なのかは分からなかった」

 みんなが驚いて声を上げた。

 「ハリーの杖?」と聞くフレッドの声と、「クラウチさんのしもべ?」と言ったパーシーの声が重なった。バーティ・クラウチと言えば、確かパーシーの直属の上司の名前ではなかったか。

 

 森へ逃げ込んだハリー達と、ウィーズリーおじさんの話を総括すると、こうだ。

 森に入ってしばらくも経たない内に、ハリー達とフレッド、ジョージ、ジニーの三人ははぐれてしまった。その時にハリーは杖を無くしたという事に気づいたという。

 森の中の安全だと思われる場所で休んでいると、茂みから怪しい足音が聞こえ、その場所からあの闇の印が打ち上がった。印の意味に気づいたハーマイオニーに促されてその場から逃げようとしたが、すぐに「姿現し」してきた魔法省の役人に包囲されてしまった。四方八方から放たれた「失神呪文」を済んでの所で躱したそこに、ウィーズリーおじさんが間に合ったのだ。

 

 「ああ、その『失神呪文』を打った魔法省の役人たち、呪い殺してやりたいわ…」

 オーシャンが両手をワキワキとさせて言った。父が嗜める。

 「これ、滅多な事を言うものではない。耳に自然薯を詰まらせる程度にしておきなさい」

 

 闇の印を打ち上げた呪文が聞こえた場所を調べると、バーティ・クラウチのしもべ妖精のウインキーがハリーの杖を持ち、気を失った状態で見つかった。

 「復活呪文」を使って気付けさせ、そのまま問い質した。しもべ妖精が杖を操って魔法を使うなどという事はあり得ない。ウィーズリーおじさんは、何者かがハリーの杖を使って闇の印を打ち上げ、杖を捨てて「姿くらまし」した所で、たまたまウインキーが運悪く杖を拾ってしまったのだろうと結論づけた。

 ウインキーの主人であるクラウチは、ウインキーの肩を持つどころか、彼女をその場でクビにした。屋敷しもべ妖精にとっては、耐えがたい処罰であった。

 

 ハーマイオニーはウインキーが処罰された事に憤っていた。間の悪い所に居合わせただけで、彼女は何も悪い事をしていないのに、クビだなんて!

 パーシーはそれに対して、テントにいる様に言いつけたにも関わらず、それを守れないしもべは切られて当然だと言った。両者の意見が対立した所で、ロンが口を開いた。

 「ところで、あの髑髏は何だったの?」

 そこで、先ほどオーシャンに父がしてくれたのと同じような説明がなされた。唯一違うのは、事態を深刻に受け止めているという事だ。不良のサインみたいだなんて茶化す人間は、誰もいなかった。

 

 「『デス・イーター』の残党も、あれを見てすっかり怖がってしまったみたいだ。まるで意味の分からない話しかしないらしい」

 ビルが言った言葉に、ウィーズリーおじさんが顔を顰めた。「ビル、まだ奴らと決まったわけじゃない」

 ビルが、決まってるさ、と憎々し気に呟いた。ハリーが聞く。「『デス・イーター』って?」

 「『例のあの人』の支持者達が、自分達の事をそう呼んでいるんだ」

 その情報一つで、オーシャンの頭の中で先ほどの黒フードの連中が、「俺たちゃ『デス・イーター』!」と陽気に叫んだ。思わず吹き出してしまう。自称『死喰い人』とは、親分が親分なら子分も子分である。真剣な話をしている時に笑っているオーシャンを、みんなが見た。

 

 「-ごめんなさい。『死喰い人』って言う程強くなかったわ。あの程度の煙玉で完全に翻弄されていたし。完璧に名前負けね」

 ねえ?、と父に聞くと、父は隣で舟を漕いでいた。全く、お気楽なものである。後ろで胡坐をかいていた三郎も、そのままの姿勢で静かな寝息を立てていた。ウィーズリーおじさんが穏やかに笑った。

 「今日はすっかり働いてもらってしまったから、お二人とも疲れてしまったのだろう。良ければこのまま、休んでいきなさい。オーシャンも、ジニー達と一緒のテントで眠ってきてはどうだ?」

 ジニーが嬉しそうな声を上げた。「是非そうして!」

 

 おじさんは息子達を見渡して言った。

 「さあ、もうだいぶ遅い。何があったか話したら、母さんがうんと心配するだろう。今日はもう眠って、早朝の『移動キー』でここを離れるとしよう」

 





我等死喰人団参上!夜露死苦!!


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39話

 結局、眠ったのはたった数時間だった。全員慌ただしく出発の用意を済ませ、それぞれの『移動キー』の乗り場に急ぐ。ハリーやウィーズリー家は、「隠れ穴」からさほど離れていない集落にある、小高い丘に出る『移動キー』へ向かい、オーシャン達は日本の樹海行きの乗り場に向かわなければならない。

 「じゃあ、また学校でね」

 乗り場で一行と別れる際に、オーシャンは手を振った。双子が目を丸くする。

 

 「何言ってるんだよ。お前はうちに来るだろ?」

 「貴方こそ何を言ってるのよ。学校が始まるまでは、まだ日があるじゃない。折角ここから日本に帰れるのに、今、貴方の家に寄ったら、帰りは飛行機に乗らなくてはいけないじゃないの。それで日本に着いてからまた何日後かには、また飛行機に乗ってこちらへ来なくてはいけない。飛行機代も馬鹿にならないのよ?」

 「うちに泊まれば、少なくとも一回分の飛行機代は浮くだろ?」

 何を当たり前の事を、とでも言いたげなフレッドの言葉に、今度はオーシャンが目を丸くした。それを聞いたおじさんが、笑顔で頷いた。

 

 「それもそうだ。ウエノさん、どうでしょう?責任を持って、彼女を学校へ送り出しますので」

 オーシャンが父を振り返って顔色を窺うと、その提案の意味を理解した父は、快諾した。

 「実に親切なご家族で良かったな、海。ご迷惑をかけるのではないぞ。失礼の無い様に」

 「でも、学用品は家に置いてきたままだわ」

 「安心しろ。国際ふくろう便で届ける。新学期が始まるまでに間に合えばよかろう?」

 「飛行機の代金と思えば、安いものだ」と、父は付け加えた。確かに、不景気真っ只中の国にある一般魔法家庭において、毎回の渡英の代金は馬鹿になるものではない。魔法や、からすで海を越えられたらどれほど良いかと、オーシャンもしばしば思う。

 

 「ありがとう、父様!」弾ける様な笑顔で言った娘を、父と従兄弟はそのまま送り出した。同い年だという双子の青年に両側から肩を組まれながら、『移動キー』に乗って消えた娘を見送ってから、父ははた、とある事に気が付いた。

 「しまった…。手持ちの金子を少し渡しておくのだったな…」

 時すでに遅し。まあ、娘の手持ちもいくらかある様だったし、筆の墨くらいは買い足せるだろう。

 

 

 

 「ああ、良かった!みんな生きててくれた…!」

 「隠れ穴」に到着した時、そう言って出迎えたのはウィーズリーおばさんだった。朝露に濡れた芝生を駆けて、おじさんの首に腕を回してしっかりと抱き着いたおばさんの手には、新聞が握られていた。おばさんの手によってくしゃくしゃにされている紙面には、モノクロに印刷された髑髏が蛇を吐き出している写真が載っていた。

 「ああ…お前たち…」次におばさんがあらん限りの力で抱き寄せたのは、フレッドとジョージだった。二人の額が勢いよくぶつかる。おばさんはすすり泣いていた。「出かける前に、お前たちにあんなにガミガミ言って!-お前たちに言った最後の言葉が、『試験の点数が低かった』なんて小言になってしまったら一体どうしようって、ずっとそればかり考えていたわ!」

 どうやら、試験の結果の事でひと悶着起こしていたらしい。呆気に取られている兄弟達の代わりに、オーシャンがおばさんにやんわりと声をかけた。

 

 「落ち着いて、おばさま。みんな元気に戻ってきたのですから、とりあえず、座って落ち着きましょう」

 「ぐすっ-そうね…。あら、オーシャンじゃないの。嫌だわ、恥ずかしい所を見られてしまって」

 オーシャンは首を振って、何も恥ずかしい事なんかじゃありませんよ、と言って彼女が落ち着く様に背中をさすってあげた。小さい頃はよく、母がこうして元気の出る歌を聞かせてくれたものだ。

 

 全員が家の中へ戻り、オーシャンも、お邪魔します、と言って家にあがらせてもらう。おばさんを椅子に座らせてオーシャンが背中や肩を撫でてあげている間、ハーマイオニーは濃い紅茶を淹れてくれていた。おじさんはウヰスキーがたっぷりと入った紅茶を飲みながら、食卓に無造作に置かれた新聞を手に取って顔を顰めた。後ろから、同じ記事をパーシーが覗いている。

 「思った通りだ。魔法省のヘマ…警備の甘さ…闇の魔法使い、やりたい放題…一体、誰が書いてる?」記事の末尾まで目を通したおじさんが嘆いた。「やっぱり。またあの女だ」

 「あの女?」オーシャンが聞くと、パーシーが腕を組んで答えた。「リータ・スキーターだ。あいつは魔法省に恨みでもあるのか?」

 

 リータ・スキーターは先週の記事で、パーシーが今担当している仕事を「時間の無駄」とこき下ろした上で、もっとバンパイア撲滅に力を入れるべきと書いたらしい。バンパイアについては魔法省のガイドラインに、きちんと規定がされているのに、それをまるで無視した記事だった様だ。パーシーが息まいていると、長兄のビルが、「頼むから黙れよ」と、欠伸をして言った。

 「オーシャンの事が書いてある」

 出し抜けにおじさんが言ったので、オーシャンはおばさんの肩を強く握ってしまった。おばさんが悲鳴を上げる。「あいたっ!」「やだ、おばさま、ごめんなさい!」

 

 「おじさま、一体何て書いてあるの!?私、新聞に載る様な悪い事、してないわよ!?」

 オーシャンの問いかけに、おじさんは該当のお部分を読み上げた。

 「『マグルの一家を拘束していた闇の魔法使いに対し、魔法省の役人が手をこまねいていると、そこに颯爽と現れた謎の日本人が、いとも簡単に闇の魔法使いを捕縛した。他国の魔法使いに頼らなければ犯人を捕獲できない現状に、魔法省の意義を問わざるを得ない』…君が悪い書かれ方をしている訳じゃないよ」

 しかし、その内容を聞いてオーシャンは気が気じゃなかった。「そんな風に書かれるなんて!あの時、やっぱり私達が出しゃばるべきじゃなかったわ!」

 国際問題に発展してしまう!と、愕然としたオーシャンに対して、おじさんは、安心しなさい、と言った。

 

 「その心配は無いだろう。ただ、こんな情けない書かれ方をしては魔法省は今頃ふくろうの洪水になっていると思うが。私の事も書かれている。名前は出ていないが…『闇の印の出現からしばらくして、森から魔法省の役人が姿を現し、誰もけが人はいなかったと主張し、それ以外の情報の提供を一切拒んだ。それから一時間後に数人の遺体が森から運び出されたとの噂を、この発表だけで打ち消す事が出来るか、大いに疑問である』…こんな書かれ方をしたら、そりゃあ、噂が立つに決まってる!事実、けが人は誰もいなかったんだ!」

 おじさんはすぐに立ち上がり、ローブに着替えるために一旦自室へ戻った。パーシーも後を追う様にして立ち上がり、上司を手助けするために出勤する、と言った。

 

 あなたは休暇中じゃないの!と、声を大きくするおばさんに対しておじさんは、私が事態を悪くしたようだ、と、冷静に言った。バタバタしだした所に突然、ハリーがおばさんに声をかけた。

 「おばさん、ヘドウィグが僕に手紙を持ってこなかった?」

 突然の質問におばさんは少々驚いていたが、郵便は一つも来ていない、と答えた。

 すると、ロンがハリーに目くばせして、何気ない風を装って言った。「それじゃあ、荷物を僕の部屋に置きに行くかい?」ハーマイオニーも、それを手伝うふりをして立ち上がる。三人は二階のロンの部屋に向かい、階段を上がっていった。

 

 二階のロンの部屋のドアが開いて、また閉まった音を聞いて、オーシャンは飲んでいた紅茶のカップを静かに置いた。

 「じゃあ、私はあの子達が何か悪い事を企んでないか、覗いてこなきゃ」

 三人を追って階段を上がるオーシャンに、双子が言った。「出た出た。ハリーのお目付け」「ハリーも苦労するよな」

 拗ねた様なその口調に、オーシャンは笑って返した。「順番よ。次は貴方達の番だから、少し待っててね」

 双子は拗ねているような、少し嬉しがっている様な顔をしていた。

 

 ロンの部屋のドアに耳をつけて澄ますと、部屋の中の音は丸聞こえだった。聞かれたくない話なら、防音魔法をかけなくちゃダメじゃない-オーシャンがそう思っていると、部屋の中でロンが言った。

 「だけど、ハリー、それって夢だろ?ただの夢だ」

 返すハリーは、深刻な声を出した。「だけど、変じゃないか?傷跡が痛んだ三日後に、『デス・イーター』の行進…そして、ヴォルデモートの印がまた空に上がった」

 「その名前を言わないでったら!」ロンの金切り声。これで一階にいるみんなに聞かせる気が無いとは、笑ってしまう。

 

 「それに、トレローニー先生が言った事を覚えているだろ?」

 ハリーの言葉に、あの先生を目の敵にしているハーマイオニーが言った。「まさか、あのインチキババアの言う事を信じているの?」

 ハリーが首をふる様子が、ドア越しに見える様だ。「あの時だけは、-あのテストの日だけは、何だかいつもと違ったんだ。前にも言っただろう?本物の霊媒状態だったって」

 その情報は、オーシャンは初耳だった。ハリーが昨年末に受けた「占い学」のテストで、トレローニー先生が突然霊媒状態になり、本物の予言をしたそうだ。『闇の帝王』が、以前よりも強大になり復活をする事…彼の召使が戻り、その手を借りて立ち上がる。「その夜に、ペティグリューが逃げ出したんだ」

 

 オーシャンはおもむろにドアを開いた。三人の顔がハッとして、彼女を振り向く。

 「三人とも、私に隠れてどんな面白い話をしていたのかしら?」

 オーシャンの顔を見たハリーが、盲点を突かれた、という様な声を出した。

 「君の事を忘れてた!」

 「部屋の外で話は聞いたわ。ハリー、貴方、そんな予言を聞いたなんて私に一言も教えてくれなかったじゃない」

 「だって君、去年の暮れは何だか大変そうだったから」

 ハリーに冷静に言い返されて、オーシャンは去年の暮れを思い返した。去年の暮れといえば、医務室に入院したり、O.W.L試験の結果が出たり、ルーピン先生が退職したりと、色々あり、オーシャンはほとんど情緒不安定に近い状態だった。それは賢明な判断だったと言えよう。相談するだけ無駄というものだ。

 

 「…もう一度、最初から聞かせてくれる?」

 オーシャンの質問に、ハリーは頷いた。有難い事に、時系列に順を追って。

 昨年の暮れ、「占い学」のテストが終わって、ハリーが教室を去ろうとした時、突然トレローニー先生の雰囲気が変わり、恐ろしい予言をした事。その夜にピーター・ペティグリューが逃げ出した事。ダンブルドア校長が、トレローニー先生は本物の予言をしたと言った事。この夏、プリベット通りにいたハリーがヴォルデモードの夢を見て、傷跡が痛んだ事…。

 「でも、それはただの夢だ。そうだろ?」

 ハリーの代わりに青ざめているロンが、先ほどハリーに言った言葉をもう一度口にした。

 「そうとは限らないわ」オーシャンは鋭く言った。「現に私は去年、シリウス・ブラックの夢を見たから、早めにこちらに来たんだもの。ヴォルデモードの夢であれば尚更、軽視するのは愚の骨頂よ」

 

 「僕、何でこんな夢を見ちゃったんだろう何で僕、そんな夢を見たんだろう?」

 「-魂の共鳴…」

 不安げにハリーが言ったのに対して、口を突いて出たのは、去年の夏に妹から教わった言葉だった。その呟きを聞き逃さなかったハーマイオニーが、訝し気な顔をして聞いた。「魂の共鳴?何、それ?」

 「妹の空の受け売りなんだけどね。強い使命を持っている術者の間には、よく出るものらしいの。去年、ブラックの夢を見た時に、ブラックと私の間には何か共鳴する部分があるのかもしれないと、妹は言っていたわ」

 「僕とあいつとの間に共鳴する部分なんて、これっぽっちも無いよ!」全力で否定するハリーに、ロンが続いた。「そうだよ!きっと、ただの夢に決まってるんだ!すぐ悪い方へ悪い方へと考えるのは、君達日本人の悪い癖だぞ!」

 ロンの言葉に、ハーマイオニーが憤慨する。「ロン、そんな言い方はやめて!」

 

 「私の言える事は-」大きな声を出して、その場の注目を集めてから、オーシャンは静かに言った。

 「-私の妹が貴方達と同い年で、すでに多くの占いの依頼をこなしているプロだという事よ。占いの分野に関しては、私は妹の言う事を百パーセントで信頼しているわ。貴方とヴォルデモードの間には、貴方自身も見落としている様な繋がりが必ずあるはず」

 「繋がりなんて-」言いかけたハリーが、口を閉ざした。その隙を見逃さず、オーシャンは問い質す。「…あるのね?」

 

 「二年前、秘密の部屋が開かれた時…。ジニーを助けて、君とロンが部屋を出て行った後、ダンブルドアが言ってた。…僕が蛇語を話せるのは、ヴォルデモードが僕に、やつの一部を残してしまったからなんだって…」

 そんなものを、一体いつ残したのか、なんて事は誰も聞かなかった。代わりに、全員の目がハリーの額の傷跡を確かめる様に見たのだった。

 





UA73000件越え、お気に入り930件越え、ありがとうございます!

「魂の共鳴」の話がここに来て役に立つとは、正直びっくりしてます。割とこじつけで作った感じのシーンだったのに、今回のシーンの為の伏線みたいになっちゃってる笑
二次創作なので、お話は割と一話一話その場で考えて作っているのですが、ここまで綺麗に繋がっちゃうと書きながらむず痒い感動がある笑


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40話

 フレッドとジョージが「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ」なんて馬鹿げた事を始めて、おばさんは手を焼きっぱなしだった。学校に戻ったら、あの子達が変な事をしないようにきつく見張っていてちょうだい、なんて頼まれた。ハーマイオニーは何故か、急に「しもべ妖精」を擁護する様な発言を始めた。意見を求められたので、「文化の観点から調べてはどうか」としておいた。事実、日本の魔法界の文化では、家の雑用をするのは「しもべ妖精」ではなく「からくり人形」の仕事だ。今年の夏も、ウィーズリー一家との一週間はとても濃密なものだった。

 しかし、ウィーズリーおじさんとパーシーは、ほとんど家にいる事が無かった。

 

 「まったく、一週間ずっと『火消し役』だ。魔法省に大量の『吠えメール』が送られてきている」勿体ぶりながらそう話すパーシーに、ジニーが聞いた。「何故、みんな『吠えメール』を送ってくるの?」

 パーシーは答えながら、忙しく食事を採っている。「ワールドカップでの警備の苦情とか、私物の損害の賠償を請求してる」

 あのワールドカップの騒ぎで、テントを燃やされたという者や、あの出来事がショックで精神的に不安定になってしまい、聖マンゴ魔法疾患病院に通いだしたので、医療費を請求したい、という者が数多くいるそうだ。魔法省はもちろん、事実関係を確認した上で一つ一つ対処をしているというが、マンダンガス・フレッチャーとかいう人物の申し出に関してだけは、パーシーは、嘘だ、と突っぱねた。事実と違う申し出をして、賠償金をせしめようとしているのが見え見えだ、と言うのだ。

 

 その時丁度、ウィーズリーおじさんが帰ってきた。おばさんがいそいそと出迎る。「おかえりなさい、あなた」

 それから少しして、おじさんはくたくたな様子で居間に現れた。オーシャンが用意した食事の席に腰を下ろすと、食べる間もなく悪態をついた。「火に油を注ぐとは、まさにこの事だよ」

 おじさんはうんざりしていた。この一週間、例のリータ・スキーターが魔法省内をずっと嗅ぎまわっていたらしい。そしてついに、魔法省役人がひた隠しにしてきた一人の魔法使いが行方不明であるという事実を突き止めたのだ。名前はバーサ・ジョーキンズ。行方不明とされている彼女もまた、魔法省の役人である。

 

 おじさんはイライラした様子で、「明日の『日刊予言者新聞』のトップ記事だ」とか、「バグマンの奴、あれほど、早く捜索隊を出すべきだと言ったのに。言わんこっちゃない…」とかブツブツと言いながら、憎たらし気にカリフラワーを突っつきまわしている。どうもこういう時に、お役所仕事というのは傍から見ていて大変そうである。心労で病気になりそうだ。オーシャンは他人事ながら、絶対魔法省役人にはなりたくないな、とぼんやりと思った。

 おじさんが、リータ・スキーターがクラウチ氏のしもべ妖精の事を嗅ぎつけなかったのを、クラウチ氏は幸運だったな、と何気なく言った一言がきっかけで、ハーマイオニーとパーシーの間でしもべ妖精の人権について、議論が白熱しかかったが、そこにウィーズリーおばさんが割って入った。 

 

 「さあ、みんなもう二階へ上がって、ちゃんと荷造りしたかどうか確かめてきなさい!」

 渋々という様子のハーマイオニーを連れて、ジニーと一緒に部屋に入り、実家から国際ふくろう便で送られてきた荷物の確認をし始めたオーシャンは、早々に首を傾げた。

 「…振袖?」

 鍋の中に和紙で包まれた荷物があり、それを解いてみると、青地の華やかな振袖が出てきたのだ。ハーマイオニーとジニーが、感嘆の声を上げた。

 「まあ、日本の着物ね!?」「とっても綺麗!裾に描かれた花柄が、とっても素敵だわ!」

 「…え、ちょ、ちょっと待って、二人とも。荷物の中にこんなものが入っているのよ。おかしいでしょう?」

 オーシャンが二人を手で制して言うと、二人はきょとんとした。

 

 「それ、正装用のドレスローブとして送られてきたんでしょう?私の方にも、入っているもの」

 ジニーが言って引っ張り出したのは、アンティーク調の、フリルがついたローブだった。少々ジニーには大人っぽいかもしれない。ハーマイオニーは淡い青色のドレスを見せてくれた。ハーマイオニーのブロンドによく似合うだろう。

 対してこちらは、振袖である。確かに未婚女性の正装としては正しいが、袂が長い分動きにくいし、足元の自由が利かない。荷物を送ってくれた父は、多分、「正装用」という項目にしか目がいかなかったのだろう。何より、全員が華やかなドレスローブを揃えてきているであろう中で、一人だけ振袖で交じる事が不安でたまらない。

 

 「楽しみだわ!オーシャンがそれを着るのが」ハーマイオニーが荷物の整理を続けながら言ったので、オーシャンはため息を吐いて、着物を畳み、綺麗に鍋の中に仕舞い直して、和紙で厳重に包んだ。

 「それにしても、ドレスローブなんて何に使うのかしらね?」

 

 翌日は、気持ちのいい朝とはいかなかった。休暇が終わったという、みんなの心情が空に反映されたかの様だった。雲が重苦しく垂れこめて、激しい雨粒が窓を打っている。魔法省から緊急の連絡が入っている、とおばさんがおじさんを呼んで、おじさんはローブを正しながら慌ただしく階段を下りてきた。暖炉で燃えている炎の中に、男の首が座っている。おじさんはメモの準備をしながら、屈んでそれに話しかけた。

 

 聞こえてきた会話は、マッド‐アイ・ムーディだとか、ごみバケツがなんだとか、そういう内容だったので、オーシャンは気に留めずにお茶を啜った。ワールドカップの後処理の件だったら一枚噛んでしまっただけあって、少々気にも留めるのだが、それ以外の情報はさして気にならない。その件をリータ・スキーターが新聞記事にした所で、オーシャンには何の関係も無かった。

 暖炉の中の首が消えた後、おじさんはみんなの見送りをおばさんに任せて、また魔法省へと出勤していった。その慌ただしさといったら、日本の企業戦士も顔負けである。

 

 パーシーも、見送りに行けない事を鼻に着くくらい謝っていた。彼は、上司が本当に自分を頼りだした、と、胸を張って出省して行った。学生一行はウィーズリーおばさん、ビル、チャーリーの見送りを受けて、キングズ・クロス駅の9と3/4番線に入った。ホグワーツ特急は、もうホームで出発の時を待っている。みんなしばしの別れの挨拶をしたが、チャーリーはちょっと悪戯っぽく笑った。双子と似ている笑い方だが、彼の人の好さがにじみ出ている。

 「僕、君達が思ってるより早く、また会えるかもしれないよ」

 「どうして?」フレッドが聞いた。しかし、チャーリーは澄ました顔をする。

 「おっと、これ以上は『機密事項』だ。パースにどやされちまう」とぼけるその言い方は、双子に瓜二つだった。

 

 「ああ、僕も今年は何だか、ホグワーツに戻りたい気分だ」

 ビルが、ホグワーツに戻る弟達を羨む様にそう言った。兄二人の態度を、「だから何の事だよ!?」と、弟達が非難する。それを横目に見ていたオーシャンは、視線を移してウィーズリーおばさんに頭を下げた。

 「おばさま、お世話になりました。体に気を付けて。おじさまと、パーシーも」

 おばさんはニッコリ笑った。

 「こちらこそ、おかげで楽しい夏になったわ。クリスマスにもお招きしたいけど…まあ、色々あるでしょうし、きっとみんなホグワーツに残りたいと思うでしょうね…」

 「ママ!」

 おばさんが口を滑らせたのを、ロンが見逃さなかった。しかし母親を問い詰めるより早く汽笛が鳴ったので、みんなはおばさんの手で汽車に押し込まれてしまった。

 

 みんな窓から顔を突き出して、「ねえ、一体、何のこと?」と、ホームにいる三人に聞いたが、おばさんははぐらかした。

 「さあ、みんなお行儀よくするのよ。オーシャン、フレッドとジョージの事を特によろしくね」

 「任せて、おばさま」オーシャンは頼もしく笑って見せた。

 汽車が発車して、徐々にスピードを上げて行く。窓から身を乗り出して、「ホグワーツで何が起こるのか、教えてよ!」と叫ぶ息子達に、おばさんは手を振っていた。徐々にその姿も遠ざかり、汽車がカーブに差し掛かろうとした手前で、ホームの三人は『姿くらまし』してしまった。

 

 



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41話

 列車がホグワーツに着く頃には、外にはどしゃ降りの雨が降っていた。ずぶ濡れになった生徒達を、諸先生と温かい食事が出迎える。組み分けの儀式が終わって食事の段になると、ダンブルドア校長の一言を賜った。「思いっきり、搔っ込め」

 「いいぞ、いいぞ!」校長の一言を合図にしたかのように、目の前の金の食器に多種多様な食事が並んだ。腹ペコの生徒達が我先にと、自分の皿に料理を取り分けて行く。

 「ああ、やっと落ち着いた」

 マッシュポテトを口いっぱいに頬張ったロンが言ったので、オーシャンはやんわりと微笑みかけながら、彼に飲み物を差し出した。「そんなに急いで食べてたら、喉が詰まってしまうわよ。食べ物は逃げないんだから、落ち着いて食べなさい」

 

 そう言った彼女を、ロンは口を食べ物で膨らませたまま、ジト目で睨んだ。

 「もう僕たち、四年生なんだぜ?いつまでもママみたいに世話を焼かなくたっていいじゃないか」

 そう言いつつも、オーシャンが差し出した飲み物はしっかりと受け取っている。そんな風に言われると思ってなかったオーシャンは、面食らってしまった。反対隣りに座っている双子の兄が、ケラケラと笑っている。

 「おっと、坊やも言う様になったもんだぜ」「そういう事だ。オーシャン、残念だが、これも時間の流れさ」

 

 すると、グリフィンドールの幽霊「ほとんど首なしニック」が現れて、美味しそうに食べているロンの斜め迎えに腰を据えた。隣にはハーマイオニーが座っている。

 「気持ちのいい食べっぷりですな。実に羨ましい。-今夜はご馳走が出ただけでも、運が良かったのですよ」

 「先ほど、厨房でちょっと揉めましてね」言ったニックに、ハリーが聞く。「何があったの?」

 「ピーブズですよ、また。いつものやつです。自分も祝宴に参加したいと駄々をこねましてね。しかし、彼はあの通りの粗暴者でしょう?『ゴースト評議会』を開いて話し合ったのですが、ピーブズの主張は『血みどろ男爵』に却下されましたよ。バッサリと。私もその方が賢明だと思いましたね」

 

 「なるほど、ピーブズの奴、だからあんなことしてきたのか」

 ロンが言った。祝宴の前、生徒でごった返している玄関ホールに、ピーブズは水風船で爆撃を仕掛けてきたのだ。最初の一、二発が破裂した後は、オーシャンの手によって、落ちてくる前に全て回収されたが。

 「それで、ピーブズは厨房で何を?」

 「いつもの通りですよ」ハリーの質問に、ニックは、うんざりだとでも言いたげに答えた。

 「皿や鍋をひっくり返しての大暴れ。厨房の中はスープの海。屋敷しもべ妖精たちはソースまみれ-」

 

 ニックの言葉に、ハーマイオニーが愕然として、ゴブレットをひっくり返してしまった。

 「ホグワーツに屋敷しもべ妖精がいるっていうの?」

 「さよう。イギリス中のどこの屋敷よりもいるのではありませんかな?百人以上は」

 「私、一人も見た事無いわ!」さも当たり前に言ったニックに、ハーマイオニーが声を荒げる。

 「日中は滅多に厨房から離れません。夜中になると出てきて、掃除をしたり、火の始末をしたり…。生徒達に存在を気づかれない、優秀な屋敷しもべ妖精ばかりですよ。ここにいるのは」

 「でも、彼らはちゃんとお給料とか、お休みとか、貰っているのよね?」

 ハーマイオニーが確認する様に聞いたのを、ニックは笑って一蹴した。「屋敷しもべはそんなもの、望んでいませんよ!」

 

 ハーマイオニーは目の前の豪華な料理を見渡した。「そんなの、奴隷労働よ!」

 そう言ったきり、唇を真一文字に結んで、むっつりと黙り込んだ。

 「ほら、ハーマイオニー。プディングだよ!」タイミングを見計らった様に出てきた数々のデザートの類で、ロンが彼女を誘い出す様に言った。しかし、糖蜜パイを彼女にすすめようとした所で、その目が鋭い一瞥を投げかけてきたので、ロンもそれ以降はすっかり諦めてしまった。

 「あらあら」

 やりとりを見ていたオーシャンはころころと笑う。すっかり大人になった気でいるロンだが、そういう所は昔と全然変わっていないのだ。

 

 みんながデザートを食べ終えて皿が綺麗になると、ダンブルドア校長が再び立ち上がった。

 「みんな、よく食べた様じゃの。さて、今年もいくつか注意事項がある。ベッドに入る前に、しばしの間お耳を拝借しようかの」

 注意事項。これまでの校内持ち込み禁止の品に、何品かが新たに加わった事。(フレッドとジョージが目を見合わせた。)例年通り、『禁じられた森』には立ち入り禁止。ホグズミードにも、三年生になるまでは禁止。更に驚くべきは、次の事項だった。

 「寮対抗クィディッチ試合も、今年は取りやめになる。これをわしの口から伝えるのは、辛い事だがの」

 

 生徒達から、驚きの声と大ブーイングが起こった。グリフィンドールのクィディッチチームであるハリーと双子のウィーズリーは驚いて物も言えない様子で、口をあんぐりと開けている。

 ブーイングの嵐を制して、ダンブルドア校長は続けた。

 「この決定は、十月に始まり、今学期一杯続く一大イベントの為じゃ。先生方も、授業以外はほとんどこれの準備にかかりきりになる。-とはいえ、君達はそんなに肩を落とす必要はないぞい。君達も、大いにこの催しを楽しめる事だと思う。ではそのイベントとは何か、発表するとしよう。今年ホグワーツで-」

 

 その時、校長の言葉を遮って、突然大広間の扉が勢いよく開いた。

 生徒達がみんな、扉をいっせいに振り向いた。その視線の先には、真っ黒い外套を着た男が杖に寄りかかって立っている。

 全員の視線を集める様に、その男はゆっくりと教職員テーブルに向かって歩き出した。歩くたびに、片方の足がこつっこつっ、と高らかな音を立てている。木製の、簡素な義足がチラリと見えた。

 

 ダンブルドア校長は、その男の手を取って迎えた。固い握手を交わしながら、二人は二言三言、短い会話をした。

 「新しい『闇の魔術に対する防衛術』の先生を紹介しよう」

 握手を解いた校長先生が、生徒達に言った。「ムーディ先生じゃ」

 オーシャンは儀礼的な拍手をしたが、周りからは拍手の音が聞こえなかった。みんなムーディ先生の纏う、不気味とも言える雰囲気に中てられた様に、身じろぎ一つしない。ただ、教職員テーブルにいるダンブルドア校長とハグリッドの二人だけが、温かい拍手を贈った。ムーディ先生本人はといえば、そんなことには無頓着な様で、無言で席に着くと目の前の皿に出てきた料理を、自前の小刀を使って食べ始めた。ロンやジョージが、ひそひそと話し出した。

 

 「マッド-アイ・ムーディ?」

 「今朝パパが助けに行った人も、そんな名前だったよな?」

 新しい先生の事をひそひそと話し始めた生徒達の意識を咳払い一つでそちらに戻して、ダンブルドア校長は言った。「さて、どこまで話したかの?…おお、そうじゃ」

 校長先生はにっこりとした。

 「まさに百数年ぶりに、今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う」

 

 校長の言葉を聞いた途端、大広間に歓声が弾けた。フレッドが反射的に立ち上がり、「ご冗談でしょう!?」と叫んだので、オーシャンは思わぬ不意打ちに驚いて、肩を震わせた。

 「Mr.ウィーズリー。わしは冗談など言ってはおらぬ」ダンブルドア校長は壇上から、にこやかにフレッドに話しかける。

 「三大魔法学校対抗試合?なぁに、それ?」フレッドとは対照的に、不思議そうに首を傾げているのは、オーシャンとハリーの二人だ。ハーマイオニーでさえも、喜びを顔に出している。きっと、何かの文献で読んだに違いない。

 

 校長の説明によると、三大魔法学校対抗試合とは、ヨーロッパの三校の魔法学校、つまり、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの代表選手が、三つの魔法競技で競い合うという五年に一度のイベントであるらしい。三つの魔法学校の絆を深める事が目的とされる。百年前には夥しい死者が出て、それ以来開催していなかったが、この度魔法省の「国際魔法協力部」と「魔法ゲーム・スポーツ部」との協力の下、復活する運びとなった。

 「ボーバトンとダームストラングの校長が、各校の代表選手の最終候補生十人を連れて、十月にホグワーツへ来校する。ハロウィーンの日に、三校同時に代表選手の選抜を行う。選ばれた生徒は、優勝杯、学校の栄誉、そして優勝者個人に与えられる、一千ガリオンのために戦うのじゃ」

 

 双子は決意を固めて、「エントリーするぞ!」と、声を大にして叫んだ。隣に座っているオーシャンが、耳をふさぐ。「さっきも思ったけど、いきなり大きな声出さないでよ!私の耳をおかしくする気なの!?」

 

 「ただし、危険が伴う行事であるからして、今年の開催では、代表選手に年齢制限を設ける事にした。つまり、十七歳以上だけが、代表選手に名乗りを上げる事が許される」

 今度は一斉に、ブーイングが起こった。フレッド、ジョージも、期待に胸を膨らませた分、その落胆ぶりがすごかった。「そりゃないぜ!」「俺達は、あと何か月かで十七歳だぞ!こんな事ってあるか!?」

 

 少し声を大きくして、校長は続けた。

 「今回の措置は、各校の校長と、魔法省のお役人と決定した事項じゃ。課題は全てが困難を極め、六年生、七年生以下の者がそれをやりおおせるとは考えにくい」

 十七歳以下の者が、選手選考の審査員を出し抜こうとしたりしない様に、校長自らが目を光らせるとのことだった。その目がぶんむくれているフレッドとジョージを見た。

 十月にボーバトンとダームストラングから、代表選手候補団が到着するので、生徒達は皆、礼儀を持って温かく出迎える様に、との忠告をした後、宴会はお開きになった。

 フレッドとジョージは、代表選手にエントリーする事すら叶わずにプリプリしている。彼ら以外にも多くの生徒が、がっかり肩を落としたり、決意に拳を固めたりしている。

 

 「そんなにみんな、栄光が欲しいのね。何だか、この正直さが、時々羨ましいわ」

 アンジェリーナ達と歩きながら、オーシャンは言った。日本人には内向的な性格の人が多く、イベント事にも、あまり多くの人が立候補したりしない。あるいは、立候補したくても自ら早々に「無理だ」と判断して、その内情は口に出さない、いわゆる恥ずかしがり屋が多い。三校魔法対抗試合の代表選手なんて、日本では貧乏くじ的に押し付けられそうだ。

 

 「オーシャン、立候補したらいいのに!丁度十月で十七歳でしょう?オーシャンなら、絶対優勝よ!」オーシャンを半ば崇拝しているアンジェリーナが言った。

 「いやよ、面倒くさいもの…あれ?私、誕生日貴女に教えたかしら?」

 話したことは無い個人情報に首を傾げていると、アンジェリーナはにっこりして答えた。「あなた、私より一日お姉さんなのよ。知ってた?」

 



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42話

 翌日の朝食の席では、フレッドとジョージがリー・ジョーダンを交えてひそひそと話し合っていた。どの様にすれば、首尾よく三校対抗魔法試合に潜り込めるかを相談しているのだ。

 そんな面倒くさい思案をするくらいなら、腹を決めて諦めてしまえばいいじゃないか、とオーシャンは思う。他の理由で試合に名乗りを上げる事が出来ないのならいざ知らず、年齢制限だけはどうしようもない。恨むなら、遅く生まれた自分を恨む事だ。

 

 「『老け薬』か…。なかなかいいアイデアだ」

 舌なめずりして言ったジョージに、サラダを頬張っていたオーシャンが言った。

 「不正をしたところで、試合に出場できるメリットより、もし選ばれて命が危険に晒されるデメリットの方が大きいわよ。やめた方がいいわ」

 「さっすが。物事を悪い方向に考えるのが、日本人のいいところだよ」何回目かの忠告に、フレッドがうんざりしながら言った。

 「いいよな、年齢制限に引っかからない奴は。十月に誕生日なんだろ?アンジェリーナが言ってた」

 「あら、私、エントリーするなんていつ言ったかしら」

 言ってジュースを啜ったオーシャンを、双子とリーは目を丸くして見た。

 「エントリーしないのか!?」と、言ったのはフレッド。

 「したところで、代表選手に選ばれるとは限らないわ」

 

 「お前なら選ばれるさ!英語はできないけど、度胸だけは人一倍だ!」と、ジョージ。

 「じゃあ、課題に英会話が出て来たらおしまいだわ」返したオーシャンは愉快そうに笑う。

 「出るか?課題に、英会話が?」オーシャンの返事にリーが笑った。

 

 「でも、せっかくのチャンスなのに!」信じられない、という風に言ったジョージに、オーシャンはさも当然の様に返答した。「エントリーして、私に何のメリットがあるのかしら?」

 「「優勝したら、一千ガリオンだ!」」声を揃えて言う双子。オーシャンは笑った。「日本では使えないわ」

 「換金したらいいだけだろ」頬杖をついてリーが言う。

 「そんな手間をかけてまで、お金なんて欲しくないわ」オーシャンが言った言葉に、双子の目が妬ましそうに細まった。生涯でその様な台詞は言った事も、考えた事も無い。

 「…お前って実はお嬢様だったのか?」

 フレッドが言った言葉を、オーシャンは笑い飛ばした。

 「あら、私、日本なんて万年不況の国に生まれたのよ、そんな事あると思うの?」  

 

 

 

 

 午後の授業は『闇の魔術に対する防衛術』だった。新しい先生の出で立ちが出で立ちだったので、生徒達の間には様々な憶測や噂話が飛び交っていたが、今日の授業はそのなにものも吹き飛ばすものだった。

 教室に現れるなり、マッド-アイ・ムーディは開口一番に言った。「わしの授業で、そんなものは使わん。仕舞ってしまえ」

 ムーディ先生が、前の席に座っていた生徒の教科書を杖で指したので、みんな指示通りに教科書を仕舞った。

 

 「このクラスは、去年の授業で闇の怪物たちとの戦い方を満遍なく学んだ。防衛術の実習も少しやっている」

 ムーディ先生が言うのを聞いて、みんなの脳裏に去年の授業の様子が思い出された。ルーピン先生は、最初は頼りなく見えたが、今までのこの授業では最高の先生だった。

 「しかし、その前は全くダメ。何も進んでおらん」

 先生がきっぱりと言い切って、数人の生徒が堪えきれずに吹き出した。オーシャンの脳裏に、自慢の白い歯を過剰に強調した胡散臭い笑みが蘇る。

 

 「お前たちは六年生-魔法社会に出るその時は目と鼻の先だ。N.E.W.Tなんていうテストは何の役にも立たない。今まさに呪文をかけられようとしている時に、自分の身を守ってくれるのは自分だけだ」

 先生の義眼がぐるぐると回り、教室にいるみんなを眺めまわした。魔法の目だ。

 何が始まるのか、みんな怖々としている。先生は机の引き出しを開けて、ガラスの瓶を取り出した。中では真っ黒な大きい蜘蛛が三匹、ガサゴソと動き回っている。双子が目配りして、囁き合った。「ロンが見たら、発狂するな」

 

 その時、魔法の目がピタリとフレッドとジョージを見て、先生の本当の目も間を置かずにして双子を見た。「ただの蜘蛛がそんなにおかしいか」

 双子は声をかけられて、背筋を僅かに正した。「さて…一般に『許されざる呪文』と呼ばれている、魔法法律によって定められている、最も厳しく罰せられる呪文を知っている者は?」

 

 教室中のほとんど全員が、恐る恐るながら手を上げた。フレッドやジョージすらも手を上げているのを見て、オーシャンは少し驚いた。彼女が驚いた顔で二人を見るので、ジョージが声を潜めて言った。

 「お前も経験あるだろ、分からないのか?」

 「え?」

 フレッドが当たり、ボソリと答えた。「えーっと…『服従の呪文』」

 「ああ、その通りだ」先生は瓶から蜘蛛を一匹取り出して手の上に乗せると、そこに杖を向けて呪文を唱えた。

 「インペリオ!服従せよ!」

 

 「ああ、それね…」その呪文になら、覚えがある。一昨々年にクィレル(ヴォルデモート付き)にかけられたが、全く命令の内容が理解できなくてかからなかった奴だ。

 蜘蛛が先生に操られて、糸でぶら下がってブランコの様に遊んだり、タップダンスを踊る姿を見て、みんな笑って囃し立てた。

 「面白いと思うのか?これが蜘蛛では無く、お前たちであったならどうだ?」

 先生の一言で、笑いが止んだ。

 「完全な支配だ。破るには、強い意志の力が必要となる。誰にでも出来うる事ではない。だから、出来ない無駄な足掻きをしてみるより、呪文にかからない様に注意する事だ。油断大敵!」

 

 この呪文を受けた時を思い出して、オーシャンは身震いした。賢者の石をクィレルから守ろうとしたハリー達を追いかけて、隠された学校の地下室に単身で乗り込んだ時だった。あの時、クィレルの体に寄生していたヴォルデモートの命令によって、クィレルはオーシャンの手でハリーを殺そうとしたのだ。

 幸い、英語が喋れなかったおかげで呪文にかかる事は無かったが、もしもあの時服従させられていたら、どうなっていたか、考えるだけで恐ろしい。

 

 「他に禁じられた呪文を知っている者は?」先生の呼びかけに、アリシア・スピネットがおずおずと答えた。「は…『磔の呪文』」

 「ふむ…」先生は次の呪文を見せる為に、『肥らせ呪文』で蜘蛛を大きくした。蜘蛛が嫌いだというロンなら、真っ青で逃げ出す大きさだ。

 先生は肥大化した蜘蛛に杖を突きつけて唱えた。「クルーシオ!苦しめ!」

 途端に蜘蛛はひっくり返り、わなわなと痙攣し始めた。蜘蛛に声があったなら、きっと絶叫している事だろう。何人かの女子が悲鳴を上げた。

 先生は、呪文を十分に生徒に見せつけたところで蜘蛛から杖を放した。蜘蛛は息も絶え絶えな様子だったが、まだ生きていた。先生は蜘蛛を魔法で元の大きさに戻して、ガラス瓶に戻した。

 

 最後の呪文は、死の呪文『アバダ・ケダブラ』。

 ムーディ先生が瓶から取り出した新しい蜘蛛が、先生の杖から発せられた緑色の光に照らされて、いかにもあっけなく、ころりと死んだ。みんなが息を飲んだ。

 「よくない」先生が動かなくなった蜘蛛を片付けながら言った。「最後にして最悪の呪文。しかも、これに対抗できる呪文は無い。この世界のどこにもだ。そうだな、ウエノ」

 

 突然呼ばれて、オーシャンははっとした。「-はっ!?はあ…」

 何故かムーディ先生の両眼が、確かめる様にオーシャンを見ていた。突然のオーシャンへの質問に、双子や仲間たちもびっくりして彼女を見た。何故、先生は突然そんな質問を?

 

 先生は数秒の間、オーシャンの中の何かを見透かそうとしているかの様に彼女を見つめていたが、やがて踵を返して授業に戻って行った。

 「何だったのかしら?」『許されざる呪文』についての複雑なノートを取りながら、オーシャンはジョージの隣で声を潜めた。先生は何故、あんな質問をしたのか。まるで、死の呪文に対抗する呪文が無いという事を、オーシャンに確認している様な口ぶりだった。 「そりゃ、日本にも対抗呪文は存在しないだろ、って事じゃないか」ジョージが事も無げに言った。

 「でも、そんな事わざわざ何で聞いたの…?往年の闇払いだったら、知っていそうなものだけれど」

 「知るかよ、俺に聞くなって」ジョージはうっとうしそうに眉を顰めた。丁度、新しい説明の為に、最初に黒板に書かれた文字が見えないクリーナーを使って消えていくところだった。

 

 

 

 それから数日間、特に何事も無く過ぎた。夏の休暇中に猛勉強したおかげで、急激に『魔法薬学』の成績が良くなったオーシャンが、スネイプ先生を驚かせただけだった。

 「今年はやけにやる気があるな、ウエノ。何を企んでいるのか、気味が悪い」

 自分の授業で生徒がやる気を出す事は喜ばしい事であるはずなのに、スネイプ先生は口を歪めてそう言ったのだった。別に先生に褒めてもらう気でもないオーシャンだからいいが、もしもこれを言われたのがネビルであったのなら、きっと委縮してしまって成績が逆戻りしてしまうに違いないだろう。

 木曜日にオーシャンが談話室に戻ると、ハリーとロンの二人がテーブルに宿題を広げているのが目についた。

 何故それが目についたかというと、二人には珍しい事に、とても楽しそうに宿題に取り組んでいたのである。

 

 「二人とも、楽しそうね。何の宿題?」

 背後から声をかけると、二人は一瞬ハッとして振り向いた。しかし相手がオーシャンだとわかるとすぐに胸を撫で下ろした。

 「なんだ、オーシャンか」

 「ハーマイオニーだと思った?」オーシャンがからかう様に言うと、二人は少しばつの悪そうな顔をした。

 「あの子に怒られそうな事でもやっているの?」聞きながら二人の宿題を覗き込むが、一見した所、ちゃんと宿題をこなしている様に見えた。テーブルの上に散らかっている計算だのなんだのを殴り書きしている羊皮紙が、その証拠だ。

 

 『占い学』の宿題で、この先一か月の自分の運勢を占う宿題が出たという二人に、オーシャンは同情した。「私も『占い学』はさっぱりなのよ…。東洋占術だけでも小難しいのに、西洋占術の星とかお茶の葉だとかは、さっぱり分からないわ」

 「でも、妹が占い師なんだって、前に言ってたよね?」ハリーが意外そうに口を開くと、オーシャンは鋭い口調で返した。「妹と私は別よ」

 その後一時間、後輩達が自分たちの向こう一か月の悲惨な人生を羊皮紙にでっち上げている間、オーシャンも机の隅を借りて『魔法薬学』の勉強を始めた。「君も宿題かい?」ハリーが聞くと、オーシャンはいいえ、と端的に返した。二人は、二人の嫌いな『魔法薬学』の自習なんて、正気の沙汰じゃないと思ったに違いない。

 

 「宿題じゃないなら、なんで…」ハリーは言いかけて、言葉を飲んだ。オーシャンはその時、『人狼』についてのページを開いていたのである。英語で書かれた教科書の、行間にびっしりと日本語の訳を書いて、読み返す時に不自由が無い様にしておいたページだ。ロンが呟いた。「君、まだルーピンの事を?」

 オーシャンは教科書に目を落としながら、それに答えた。「野暮な事は言いっこなしよ。…私、『完全に狼を脱する薬』が作りたいの…まだ言ってなかったかしら?」

 教科書を読みながら、はらりと落ちてきた髪の毛を耳にかける仕草をするオーシャンの姿は、二人が思わずドキリとするほど、大人びて見えた。もしかするとそれは、彼女が口にした『目的』のためかもしれない。二人は突然に、でっち上げの運勢を懸命に作っている自分達の存在が、小さく感じたのだった。

 





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迫りくる三校対抗試合。双子に迫る白い悲劇!(ヒゲ)


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43話

 ハーマイオニーが「しもべ妖精福祉振興協会」なるものを発足させたらしい。会員はまだ三人。ハーマイオニー、ハリー、ロンのいつもの面子である。

 会長であるハーマイオニーに入会を勧められたが、オーシャンは断った。

 

 「私、しもべ妖精を見た事が無いもの。しもべ妖精と出会った事が無い人にいきなり入会を迫るのは、今後やめておいた方がいいと思うわよ、ハーマイオニー。しもべ妖精への福祉金と、お賽銭とは訳が違うわ」

 「サイ…?」

 後輩三人が難しげな顔で首を捻ったのを見て、オーシャンは言葉選びを誤った事に気づいた。神社で賽銭を投げた事が無ければ、その意味が通じるはずもない。オーシャンが日曜日に、礼拝堂に行ったことが無いように。

 

 「うぅんと…つまり、馴染みの無いものに同調を迫っても、理解は得られないって事よ。下手をすれば、意味の分からない入会バッヂを買わされたとか何とか言われて、非難の的になってしまうわよ」

 ハーマイオニーは言われた事の意味に気づいたが、彼女の中の熱意は治まらない。

 「じゃあ、どうしろっていうの?」

 「そうねえ、今のところの活動内容は、しもべ妖精の歴史を含んだ演説と、グッズを付けて校内を歩く事での地道な宣伝、あと、活動内容と実績の紹介ね。なんだったら先生方に、集会の席での会員募集や、朝食の席での勧誘活動を出来る様に、相談してみたらどうかしら。私たちは学生なんだから、出来る事は限られているわ。だったら学生の権限を最大限活用してキャンペーンを展開するには、学校側に認可をもらう事が一番早いのではないかしら?クラブ活動として認可されれば、今後の活動がうんとやりやすくなると思うけど」

 

 ほとんどが口からの出任せだった。オーシャンは今まで福祉活動などした事が無いし、ましてや会の立ち上げなんてした事は無いので、細かい事は分からない。とりあえずはっきりしている事は、可愛い後輩が無理な勧誘活動をして、クラスメイト達から鬱陶しがられない様にしてやりたい、という事だけだった。最初から入会して運営に手を出しては意味が無い。自分の運営姿勢を彼女に考えてもらう事が肝要だ。入会は、少し様子を見てからにしてもいいだろう。

 

 その時、背後の窓がコツコツと叩かれた。振り向くと、窓の外にハリーのふくろう・ヘドウィグがいた。

 「ヘドウィグ、待ってたよ!」

 嬉しそうにハリーが窓を開けると、ヘドウィグは部屋の中に入ってきて、テーブルの上に上がって、片足を差し出した。そこには手紙が結わえられている。

 ハリーは早速手紙を開けた。「こんな時間に。誰から?」オーシャンが訊くとハリーは、「シリウスに手紙を書いたんだ」と答える。しかし、返事に目を通す内に、段々と表情が曇っていった。

 

 ハリーの後ろから、紙面を覗き込んでいたロンとハーマイオニーも、眉根を寄せた。ハリーがヒステリックに言う。

 「シリウスに言うべきじゃなかった!戻って来るつもりなんだ、僕が危ないと思って!」

 ハリーがそう言いだした事に目を白黒させているオーシャンに、ハーマイオニーが手紙に何が書かれているのか説明した。その文面には、すぐに北に向けて発つという事が書かれており、何か良くない気配が近づきつつあるでろう事を匂わせる様な文章もあるらしい。

 

 「おまえにやるものは、何もないよ!」

 ブラックが自分のせいで帰ってくるというイライラをぶつける様に、ハリーは食べ物をねだってくちばしを鳴らしているヘドウィグに言った。真っ白なふくろうは悲しそうな目で主人を見て、入ってきた窓から再び夜空に飛び立った。餌を期待してふくろう小屋に行ったのだろう。

 期待していた手紙の返事に落胆して、ハリーは疲れた声でおやすみを言って寝室に戻って行った。

 

 

 翌日の早朝、ハリーはブラックに、傷痕が痛んだのは勘違いだったから、心配して戻ってこないようにとの手紙を出した。それを朝食の席で聞いたハーマイオニーは厳しくもハリーを心配した声を出したが、オーシャンはいつもの様に笑った。

 「そんな事しても、無駄だと思うわよ」

 「何で君って、そう、いつも知った風な事を言うんだい?」ハリーはイライラして言ったが、オーシャンは微笑みを崩さずにマッシュポテトを口に運んだ。

 「親ってそういうものよ、ハリー」

 ハリーは反論しようとしたが、言葉が出てこない様だった。口をパクパクとさせて、言葉を探している様に見える。あるいは、ブラックを自分の「親」と表現された事に、戸惑っているのかもしれない。実の親がいないハリーにとって、オーシャンの言った真意はまだまだ理解できないかもしれない。ハリーの様子を見て、ハーマイオニーとロンも微笑んだ。

 

 

 『闇の魔術に対する防衛術』の授業は、優しいものではなかった。ムーディ先生は、生徒一人一人に『服従の呪文』をかける、と言った。防御はさせない。自分達が戦うものがいかなるものなのかを、身をもって知る為の授業だった。

 先生に呪文をかけられた途端、フレッドはピルエットを舞い、ジョージは猫の真似を始めて顔を洗い、リーは腰を振って魅惑的な踊りを始めた。

 クラスメイトが次々に服従させられていくのを見ていると、オーシャンの名前が呼ばれた。

 「ウエノ。こちらへ」

 呼ばれたオーシャンが気乗りしない様子で前に進んだ。先生呪文を唱える。

 「インペリオ!服従せよ!」

 

 途端に、足元がふわふわとした心地に包まれ、訳もなく素晴らしい心地になった。自分に重くのしかかっていた枷が一気に外れた気分だった。

 先生の唸る様な声が聞こえた。英語で何かを言っている。聞き取れない。

 机に飛び乗れと言っているのにピクリとも足を動かさないオーシャンに、先生は段々と声を荒げて言った。「机に飛び乗れ!」

 どれだけ声を荒げられても、オーシャンには通じなかった。クラスメイト達の視線を集めながら、オーシャンはその場から動かずにムーディ先生と見つめ合っている。

 

 先生が、五度目に言った。「机に飛び乗るのだ!」

 それでもオーシャンは動かない。先生が困惑した状態で術を解くと、オーシャンは口を開いた。「もう、いいかしら」

 先生は驚きに空いた口がふさがらない様子だったが、しばらくののちに一言、「…素晴らしい」と言った。

 

 「見たか、ウエノがやってのけたぞ!」先生は他の生徒に、いかにオーシャンが素晴らしい偉業を成し遂げたか、語り掛けるように言った。

 しかし、先生の様子とは裏腹に、クラスメイト達の顔は鼻白んでいる。赤毛の双子が、乾いた笑いを漏らす。

 生徒達の様子を不審に思ったのか、眉を顰めた先生に、オーシャンはおずおずと手を上げた。

 

 「…先生、私の先天的能力について、ご存知でしたでしょうか?」

 「ふむ、ダンブルドアから聞いている。確か、英語を操る能力だったか」

 「ええ、英語を聞いて、理解する能力なんですが、外的、もしくは精神的ショックによって一時的に使えなくなってしまうのです。つまり、今のは呪文が効かなかったのではなく、呪文が当たった事によって、英語で出される先生の命令が聞き取れなかった状態になっていたのです」

 

 ほとんど変わらない先生の顔色に、僅かに苦渋の色が滲んだ様に見えた。ムーディ先生の本物の目が、理解しがたい物を前にしている様に僅かに泳ぎ、魔法の目はオーシャンの全てを見透かそうとしている様に、ギョロギョロとせわしなく動いている。その様子に、オーシャンは申し訳なさそうに笑った。

 

 

 

 数週間後、魔法生物飼育学の授業を終えたオーシャン達が玄関ホールへ到着すると、ホールの中は生徒でごった返していた。長身の双子が少し首を伸ばして、何事が起っているのか確認した所、階段の下に設置された掲示を見つけた。

 掲示によると、十月三十日、金曜日の午後六時、ついに三校対抗試合の選手団がボーバトンとダームストラングより来校するという。生徒は寮に勉強道具を置いて、城の前で「お客様」を出迎えるよう、指示されていた。そのために全ての授業が三十分早く終了すると知って、双子は飛び上がって喜んだ。

 金曜日は、そのまま代表選手団の歓迎会を開催するという。次の日は十月三十一日-ハロウィーンで、例年通りにいけば夕食の時間にはハロウィーンの宴が催されるはずだ。二日続けての宴会食に、オーシャンは不安を覚えた。「嫌だわ、太っちゃう…」

 

 「一週間後か…」

 背後でどこかで聞いた事のある様な声がして、オーシャンはそちらを振り向いた。そこにはハッフルパフのクィディッチチームのシーカー、セドリック・ディゴリーがいて、静かに、しかしどこか興奮した面持ちで、前方にある掲示を見つめている。

 「選手に立候補するの?」

 オーシャンが声をかけると、セドリックは「ああ、君か」と、爽やかな笑顔を見せた。

 「うん、名乗りを上げるつもりだ。…君は?」

 「残念ながら、興味が無いの」

 

 二人の会話に気づいた双子がこちらを向いた。あからさまに敵意をむき出して、セドリックを睨む。彼らはオーシャンの腕を半ば強引に引いて、次の授業が行われる地下牢教室へ向かうために歩き出した。

 「行くぞ」

 「痛いわ、そんなに引っ張らないで!…まったく、もう、すぐに拗ねちゃうんだから」

 

 来たる十月三十日の朝食の時、完璧に飾り付けられた大広間で食事を採っていると、ハリーの元へブラックからの手紙の返事が来た。屋敷しもべ妖精の労働環境について弁舌を振るっていたハーマイオニーが、一斉に届けられるふくろう便の羽音に口をつぐんだ。

 手紙によれば、ブラックはもう帰国していて、自分の事を心配しない様に書いてあった。ただ、ホグワーツで起こった出来事を、逐一報告してほしいという事、手紙を寄越す時は、ヘドウィグを使わない様にという事、緊急に、のっぴきならない状況になったら、すぐさまにオーシャンに助けを求める事が書き添えてあるらしかった。

 

 「勝手な事言ってるわね。私が、ハリーを助けない事があったと思うのかしら」

 「君ったら、すぐに僕たちの居所を嗅ぎつけてきちゃうんだものな」

 言ったロンに、オーシャンは微笑みを返した。「それが嫌なら、危ない事に首を突っ込まない事ね」

 「いつもトラブルの方が僕たちに首を突っ込んでくるんだ」

 ハリーが、心外だとでも言いたげに口を尖らせた。

 

 「でも、元気そうで良かったじゃない。何事もなく帰ってこられたみたいだし」

 ブラックの事だった。ハリーは複雑な表情をしている。名付け親が無事に帰ってこられた事を喜べばいいのか、自分の為に彼を危険に晒してしまっている事に責任感を感じているのか。

 あと時計が一周でもすれば、代表選手団が到着して歓迎会が始まるだろう。それまでには、ハリーの顔も晴れればいいが。

 





いつも読んで頂き、ありがとうございます!
夏になって更新ノルマが遅れている…!


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44話

 夕方の六時になり、みんなが城の前で出迎えた他校の生徒達は、ホグワーツの生徒達の誰もが想像もしなかった方法で現れた。

 

 ボーバトンの生徒達は、巨大な天馬に牽かれた、これまた巨大な馬車に乗って現れた。中から先頭を切って現れたのは、ハグリッド程に巨大な女性だった。後から降りて来た生徒達も大きいのかと、オーシャンは思ったが、彼らはホグワーツの生徒達とほとんど同じ様な身長だった。しかし先生や馬車との対比が凄すぎて、一瞬目が変になったかと思った。

 

 ダームストラングの生徒達は、ボーバトンの馬車より大きな船で現れた。突然水中から現れた帆船が湖に白波を立たせる。代表団を率いてきたカルカロフ校長はあまり信用がならなさそうな目をした男で、その後について降りて来た生徒達は、みんな分厚いコートを着込んでいた。

 降りてくるダームストラングの生徒達を見ていたロンと、数人の生徒達がにわかにさざめき合った。「ハリー、クラムだ!クラムがいる!」

 

 一瞬誰の事を言っているのかと思ったが、ロンの指が示す先を見て、オーシャンも気づいた。この夏のクィディッチワールドカップで一番に注目されていた選手で、三郎が隣で黄色い声を出して失神寸前になっていたのを覚えている。なんだかフェイントとかいう技で有名な選手だと三郎が熱を込めて説明していたが、悪いがさっぱり頭に入ってもいなかった。

 

 「クラムがまだ学生だったなんて、想像してもいなかった!」

 確かに、世界的に活躍するプロ選手がまだ学生だったことには、オーシャンも驚いた。ロンに負けず劣らずな興奮ぶりで、ホグワーツの女子達の会話が耳に入ってくる。「ああ、羽ペンを一本も持っていないわ-」「ねえ、あの人、私の口紅で帽子にサインしてくれると思う?」

 

 全ての生徒が、歓迎の宴の準備が整った大広間に入った。ボーバトンの生徒はレイブンクローのテーブルに座り、クラム達ダームストラングの生徒達は、スリザリンのテーブルに座った。

 

 「客人のみなさん、ようこそ。ホグワーツへのおいでを、心から歓迎致しますぞ」

 ダンブルドア校長の挨拶が始まった。「三校対抗試合は、この宴が終わると正式に開始される。それまで大いに宴を楽しんで下され!」

 校長が両手を広げて言ったのを合図として、歓迎の料理の数々で目の前の金の食器が満たされた。当然の事ながら、いつもの宴より豪華な品数だった。今までに見た事の無い料理も何品かある。

 「これ、何だろう?」

 自分でよそった貝類のシチューの様なものを口に運びながら、ジョージが言った。一口食べて、「うまいぞ!こんなの食べた事ない!」と、目を輝かせる。

 

 「何て言う料理なのかしら…。きっと、ボーバトンかダームストラングのお国の料理なのね。ああ、たまに塩鮭のおにぎりでも出してくれないかしら」

 『歓迎』の宴であるからにはこういったもてなしも必要だろうが、郷土の料理が夕食に並ぶのを、オーシャンは羨ましく思った。たまに元気の出ない朝には、納豆ご飯でも食べたいものだ。

 

 フレッド、ジョージ、オーシャンとは少し離れた所で、ハリー達がボーバトンの、美しい銀髪の少女に声をかけられていた。少女が何か言っているのに対し、ロンが大げさに首を振って、今さっきジョージが食べたのと同じ料理を差し出した。皿を両手で受け取って、少女は踵を返してレイブンクローのテーブルに戻って行った。

 「これ、きっと、ボーバトンの方の料理なのね。という事は、フランス料理かしら…聞いてる?」

 オーシャンの呟きを、双子は聞いていなかった。二人は、去っていく銀髪の後ろ姿を一心に見つめている。口がだらしなく半開きになっていた。

 

 「ちょっと、どうしたの?」

 オーシャンに再び声をかけられて、双子ははっと我に返った。顔を赤らめて、「違うんだ!」と、何かを否定し始めた。「そういうのじゃないから!」「あの子、きっとヴィーラだぜ!」

 「いえ、何も言ってないわよ…ヴィーラって、何?」

 確かに周りを見ると、何人かの男子生徒が、毒気にやられた様に見えた。夢見る様な顔で彼女の後ろ姿を見続けている生徒も、何人かいた。

 

 双子の説明によると、ヴィーラという魔法種族がいるらしい。生まれながらにして、魅了の魔法を会得し、ヴィーラが歩くだけで他種族の男性は一時的に魅了されて、正常にものが考えられなくなってしまうらしい。

 ワールドカップの時に、ブルガリアチームのマスコットがヴィーラの応援団で、観客の男性は大変な目にあったとか。

 そういえば三郎と二人で観戦していた時、ブルガリアのマスコットが踊り出すと、一緒になって踊っていた。余程楽しいのだな、とそんなに気にかけていなかったのだが、なるほど、そう言う事なら納得である。

 

 程無くして、教職員テーブルの空席に、ルード・バグマとバーティ・クラウチの二人が姿を現した事に、オーシャンは気づいた。「あら、あの二人、何でここに?」

 「魔法ゲーム・スポーツ部と国際魔法協力部の部長だぜ?ダンブルドアが言ってただろ。三校対抗試合は、この二つの部の協力あって実現したって」

 

 「時は来た。三校魔法学校対抗試合が今まさに始まろうとしておる」

 金の食器が空になって、みんなが満腹感とこれから始まる一大イベントへの興奮とに満たされている中で、ダンブルドア校長が話し出した。まず、クラウチ氏、ルード・バグマンの紹介。続いて、ボーバトンの校長のマダム・マクシームと、ダームストラングのカルカロフ校長を紹介した。

 「Mr.フィルチ。箱をこれへ」

 校長に呼ばれて、古ぼけた燕尾服に身を包んだフィルチが、宝石を散りばめられた木箱を捧げ持って来た。木箱は校長の前のテーブルに静かに置かれた。

 

 「皆が知っての通り、三校対抗試合は三人の各校代表選手によって行われる。代表選手達が取り組む課題については、すでにバグマン氏とクラウチ氏によって決められている。課題は三つ-一年間に渡って、間を置いて行われ、代表選手はあらゆる角度から試される事になる。類い稀なる勇気、卓越した技術、そしてどの様な状況下に置かれても、冷静に物事を見通す、論理と推理力…それらを駆使してどれだけ巧みに課題をこなすかで得点され、三つの課題の総合得点が一番高かった者が、優勝カップを手にする事になる」

 

 話を聞いているみんなの目が、キラキラと輝いていた。オーシャンは興奮より満腹感の方が勝ってしまって、次から次へ押し寄せるあくびの波をかみ殺すのに必死だった。

 「代表選手を選ぶのは、公正なる『炎のゴブレット』じゃ」

 校長が杖で箱を叩く。蓋が開いて、中から木製の、大きなゴブレットが現れた。その縁では、青白い炎が溢れんばかりに踊っている。

 代表選手に名乗りを上げる者は、これから二十四時間の内に羊皮紙に名前と所属校名をしっかりと書き、この中に入れる様に、との事だった。翌日のハロウィーンの日に、ゴブレットがその中から代表選手に足る人物の名を選ぶという。

 ゴブレットは二十四時間の間は玄関ホールに置かれ、代表選手に立候補する者は自由に近づいてよい。ただし、十七歳未満の者が近づかない様に、校長先生自ら周囲に『年齢線』を引く、との事だった。

 

 「『年齢線』か…。『老け薬』で何とか誤魔化せるかな…」

 「大丈夫さ、中に入ってしまえば、こっちのもんだ!」

 おやすみを言い渡された寮への帰り道で、フレッドとジョージが言い合った。

 「貴方達、本当にやる気なの…?」

 信じられない、という顔でオーシャンが言えば、ハーマイオニーがそれに同調した。

 「でもやっぱり、十七歳未満じゃ、誰も戦いおおせないわよ!まだ勉強が足りないと思う-ダンブルドアも言ってたじゃない。一度選ばれてしまったら、ゴブレットと魔法契約で縛られる、途中棄権は出来ないって。危険が多すぎるわ」

 

 「ハリー、君もやるんだろ?立候補するだろ?」

 ハーマイオニーの言葉を聞き流したフレッドが、ハリーの肩を抱いて聞いた。オーシャンが、やめて、と眉を寄せる。

 「ハリーを悪の道に誘惑しないでちょうだい」 

 「おいおい、よせよ。ハリーもそろそろ一人前の男なんだ。どの道を選ぶかは彼の自由だぜ」

 「だからって、可愛い後輩を自ら危険に送り込むような先輩にはなりたくないものね」

 オーシャンはツンとして言い返したが、双子はそれを誉め言葉として受け取ったのだった。

 





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焦ったら駄目なんだけど、早く第一試合を書きたいなぁー。と思いつつ。お待たせしていますが、もう少々お待ちくださいませ
それにしても、皆さまの感想の声が優しすぎて涙…


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45話

 ボーバトンとダームストラングの歓迎会が行われた翌朝から、玄関ホールは見物人でごったがえしていた。二校の代表選手団は全員名前を入れたらしいが、ホグワーツからは誰が立候補したかとの情報は、まだ流れていない。みんながゴブレットを遠巻きに見ていた。

 

 「やったぜ、飲んできた」

 「『老け薬』だ。一人一滴。ほんの数ヶ月歳をとればいいからな」

 現れて早々ハリーにそう報告した双子の後ろには、リー・ジョーダンと、呆れ顔のオーシャンが立っている。

 「君は興味無いって言ってたのに」

 意外そうに言ったハリーの言葉を、オーシャンは肯定した。「その通りよ」

 

 「先週十七歳になったけど、別に私は名乗りを上げるために来た訳じゃないわ。この人達が-」オーシャンは目で、浮かれた様子の双子を示した。「ゴブレットに名前を入れる所を見ていて欲しいって言うんだもの」

 呆れている様子のオーシャンに、フレッドとジョージは声を揃えて言った。「「見てろよ、歴史的瞬間だぞ!」」

 

 ゴブレットの置かれた台座を取り囲んだ金色の『年齢線』を、双子はそれぞれ片方の足でそろりと跨いだ。

 一瞬の沈黙。…しかし何も起こる気配は無かった。

 ほっと安心した様子で互いの顔を見た二人は、そのままもう片方の足も円の中に招き入れ、『年齢線』の中に立った。

 

 「やった-」

 勝鬨を上げる所だった二人は、次の瞬間に強い力によって、円の外に弾き出された。

 「うわっ」

 「ちょっと、大丈夫なの?-やだ」

 円から弾き出された二人の顔を見て、オーシャンは言葉を無くした。二人の顔に、見事な白い顎髭が生えているのだ。

 

 周りのみんながそれに気付いて大笑いしている。双子も、互いの顔を見て笑った。そこにダンブルドア校長が現れて、いつもの通り朗らかに笑った。

 「君達の前に、すでに忠告を無視してゴブレットに近づこうとした者がいるが、さすがに君達まで見事な髭は生やしてなかったのう。医務室で取ってきてもらうといい」

 オーシャンとリーがケラケラ笑う双子を引き連れて医務室に行くと、同じ症状の患者は、彼らですでに四と五人目だった。

 

 

 ハロウィーンの宴は例年より豪華だった。しかしみんな、浮かれっぱなしというわけでもない。生徒達-先生達ですらも、選手の発表を心待ちにし、緊張している様だ。ダンブルドア校長はいつもと変わらずにゆったりと構えているが、カルカロフとマダム・マクシームの両校長は緊張と期待感に満ち満ちていた。

 ルード・バグマンは人懐っこい顔で、生徒達に手を振っているし、クラウチ氏は何者にも興味が無い様子でただただそこに座っている。

 

 金の食器が空っぽになり、ダンブルドア校長が立ち上がった。生徒達のおしゃべりがさざ波の様に引いていく。

 「さて、そろそろ頃合いかと見える。名前を呼ばれた代表選手は、前に出てくるがよい。そして教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るのじゃ。そこで最初の指示が与えられる」

 そう言った校長は、杖をひと振りして大広間の明かりをほとんど消した。赤々と灯るのは、ゴブレットの中の炎だけとなった。

 

 みんなが固唾を飲んで見守る中、ゴブレットの中の炎がひと際大きく燃え上がって、その舌先から、一枚の羊皮紙が落ちて来た。高くに舞い上がったそれをダンブルドア校長の手が捉える。

 炎に照らされた明かりで、校長が紙面を読んだ。みんながごくりと唾を飲み込む。

 

 「ダームストラングの代表選手は、ビクトール・クラム!」

 「そう来なくっちゃ!」

 ロンが喜びに声を張り上げた。大広間中が拍手を贈り、ダームストラングの校長のカルカロフが、爆音の拍手の音に負けない声で叫んだ。「よくやった、クラム!」

 

 拍手が納まる頃に、二枚目の羊皮紙が吐き出された。それをまたダンブルドア校長が取った。

 「ボーバトンの選手は、フラー・デラクール!」

 レイブンクローのテーブルから、煌びやかな銀の髪が、さっと立ち上がった。ロンが興奮して、ハリーに囁く。「ハリー、あの人だ!」

 それは、昨日多くの男子生徒の視線を独り占めにしていた、ヴィーラの様な魅力を持った女子生徒だった。

 

 フラー・デラクールが小部屋に消えると、ゴブレットの炎が三度燃え上がった。ダームストラングが決まり、ボーバトンが決まり…これで残すは、ホグワーツの選手だけとなった。一体、誰が選ばれるのか…。

 羊皮紙が炎の舌先に運ばれてくると、ひらひらと落ちてくるそれをダンブルドア校長がしっかりと取った。

 「ホグワーツの代表選手は、セドリック・ディゴリー!」

 

 「駄目!」ロンが叫んだが、ハッフルパフのテーブルから上がる歓喜の声と拍手にかき消された。立ち上がったセドリックは喜びに溢れた笑顔を友人達に振りまき、他の二人と同じ様に小部屋に消えて行った。

 セドリックに贈られた長い長い拍手が鳴りやむのを待って、校長は満足そうに話し出した。

 「さて、三人の代表選手が決まった。選ばれなかった生徒は悔しいじゃろうが、その分、精一杯に自校の選手を応援してもらいたいと思う。そしてこの試合を、三校一体となって-」

 

 演説をしていた校長の気を逸らしたものは、誰の目にも明らかだった。役目を終えたと思われたゴブレットが、四度目の炎を吐き出したのだ。

 ダンブルドア校長がほぼ反射的にとった羊皮紙を、たっぷりと時間をかけて読んだ。信じがたい現象が起こった-校長の僅かに顰めた眉が、そう語っていた。大広間が、何が起こったのかと不安に揺れる。

 

 ダンブルドア校長が、四人目の名前を読み上げた。

 「ハリー・ポッター」

 

 

 

 

 

 「はぁ…何でこんなことになるのよ。仕組んだ奴には、絶対制裁を加えてやるわ」

 「じゃあ、オーシャンは僕が名前を入れてないって、信じてくれてるんだね?」

 「当たり前でしょう、何年貴方を見ていると思っているの?貴方がロンとハーマイオニーにまで秘密にしているなんて、あり得ないもの」

 ハロウィーンの宴が波乱に終わった、談話室で、オーシャンは頭を抱えていた。

 

 ハリーの名前がゴブレットから出てきた直後から、大広間は混迷を極めていた。ハッフルパフのセドリック・ディゴリーがすでに代表選手に決まっていたのに、何故またホグワーツの生徒の名前が出てきたのか?しかも、『年齢線』を越えられないはずの、四年生であるハリーの名前が、何故?

 

 「何が起こったのかしら?」明かりの灯った大広間で、ハーマイオニーがそう言った。ハリーは他の三人が消えた小部屋に入って行く。ロンは目を白黒させて、何も言えない様子だった。ゴブレットの炎は消えて、今の大広間に広がるのは、困惑だけだった。

 「もうセドリック・ディゴリーが決まっていたのに。何で、こんな事-?」

 「分からないわ。ハリー、中で意地悪されてなきゃいいけど…」

 オーシャンがチラチラと周りを窺いながら言った。ダームストラングやボーバトンの生徒はもちろん、他の寮の生徒でさえ不満顔でひそひそと囁き合っている。他の二校は一人だけなのに、ホグワーツだけ選手が二人とは、どういう事だ-?

 

 しばらくして校長先生も小部屋に消え、大広間には代表選手以外の生徒達と、教職員テーブルに座る先生方が残された。誰もが今の状況を飲み込めないでいる。

 しばし時間が経って、生徒達がひそひそと交し合う憶測の話のタネも尽きた頃、マクゴナガル先生によって解散が言い渡された。その場で生徒達が理解できた事は、ホグワーツからの代表選手が二人になった事。ただそれだけだった。

 

 

 ハリーがグリフィンドール寮に帰ってきた時、みんなはハリーがどんな不正を犯したのであれ、寮から代表選手が出た事を喜んで、まるで英雄の様な扱いで彼を出迎えた。ロンでさえも、ハリーがゴブレットに名前を入れてない事を信じていなかった。

 望んで代表選手に選ばれた訳ではないハリーと、それを妬むロン。二人の友情に初めてヒビが入ったのだった。ロンが先に寝室に引き上げたその後ろ姿を見送った三人は、今後の事を話し合った。

 

 「シリウスに手紙を書くべきよ」と、冷静にハーマイオニーは言った。

 ホグワーツで起こった出来事は逐一知らせる様にと、彼の手紙に書いてあった矢先の出来事だ。彼は、不吉な影が世の中に忍び寄っている気配を感じ取っているというし、今回起こった事は明らかに何者かの作為を感じるものである。オーシャンも頷いた。

 「確かに、今回の事は明らかに変だわ。ハリーが夏に見た夢の事もあるし、ハリーの命を狙う何者かが、危険に陥れるために仕掛けた罠でないとも言い切れないと思うの」

 オーシャンの推測に、ハーマイオニーは息を飲んだ。ハリー本人もそう言われると思ってなかったのか少なからず驚いている様子だったが、次には慎重に頷いた。

 「試合の最中には、私も貴方には近づけなくなる。貴方には細心の注意を持って、自分の身を守ってもらわなくては」

 

 

 

 学校中-それも三校の生徒全員が、ハリーが自分でゴブレットを出し抜いて、代表選手になったと思っている中での学校生活は、ハリーにとってこれまでになく厳しいものとなった。

 特にホグワーツ、ハッフルパフ寮の生徒の態度が、明らかにこれまでと違った。ハッフルパフは四つの寮の中で滅多に目立つ事は無い。生徒達は、我らがセドリックに当たるはずの脚光をハリーが横取りするつもりだと思い込んでいた。ハリーが、「薬草学」で一緒のジャスティン-フィンチ・フレッチリ―とアーニー・マクミランとは大概うまくいっていたのに、急に冷たく、素っ気なくなったと嘆いていた。

 そんなことが数日続いた。自分で望んだわけでは無いのに代表選手に選ばれてしまったハリーがそんな目に遭っているのが不憫でならなく、オーシャンはついついハリーの行く先々に現れて世話を焼きたくなってしまう。しかし、その行為がある時逆効果だと知って、その日からは心を鬼にして見て見ぬふりを決め込んだ。しかし、幾分遅かった様だ。

 

 「オーシャンって、ハリーと付き合っているの?ルーピン先生の事はどうなったわけ?」

 「は?」

 ケイティ・ベルがそう言ってきたので、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。

そこにいかにも不機嫌な顔のハーマイオニーが通りかかり、オーシャン達の会話を聞きつけて彼女に自分の持っていた日刊予言者新聞を突き付けた。

 「これよ。もう、いい迷惑だわ!」

 新聞をオーシャンの手に押し付けたハーマイオニーはそのままプリプリとしてどこかへ行ってしまった。新聞へ目を落とすと、三校対抗試合の選手が揃って白黒写真に写っていた。見出しを読むと、どうやら三校対抗試合を報じる記事である事が分かる。

 

 「これがどうしたの?試合が始まる事を報じる記事じゃないの?」

 「ただの記事じゃないわよ。あなた、中身読めないの?」

 「…全文正しい解釈で読もうとしたら、多分五時間くらいかかっちゃうけど、いいかしら?」

 ケイティはオーシャンの言葉に大仰なため息を吐いて、記事の趣旨を説明した。

 「この記事、代表選手四人のインタビュー記事になってるのよ。そしたら、ハリーのインタビューのところで、ハリーはハーマイオニーとオーシャンの二人と付き合ってるって書いてあるから-」

 「あら、まあ。本当?」

 

 オーシャンはそれを聞いて可笑しそうに笑った。

 「インタビュー記事って事は、ハリーがそういう風に言ったって事よね?でも、そんな事あり得ないわ。…だからハーマイオニーがあんなに怒ってたのね」

 後から、そのインタビューの事についてハリー本人に聞いてみよう-そう思っていたオーシャンだったが、事態は笑い飛ばせてしまうほど生易しいものではない事を思い知った。

 昼食に降りようとした時に、階段の所でハリーが双子とアンジェリーナに絡まれていたのだ。

 「あんまりハリーをいじめないでよ」

 「オーシャン!」

 双子に向けた言葉だったが、その声にこちらを向いたアンジェリーナが勢いよく抱き着いてきて、オーシャンは危うく窒息するところであった。

 

「オーシャン、何で私に言ってくれなかったの!?言ったじゃない、私はいつでもオーシャンを応援するから!悩んでいたら隠さないで何でも私に相談して!」

 早口でそう捲し立てるアンジェリーナの顔は、真っ赤になっている。その目には涙が溢れていた。 

 「げほっ…元気ね、アンジェリーナ。どうしたの?」

 「どうしたの、じゃないだろ!」「お前、ハリーといつからそんな関係になってたんだよ!?」

 怒りも顕にオーシャンに向かっていった双子だったが、次にはまたハリーに向き直った。「せめて、ハーマイオニーとオーシャンと、どっちなのかはっきりしろよな!」

 

 双子に迫られて、ハリーは困り顔だった。オーシャンも頭を抱える。まさか、仲の良いはずのアンジェリーナと双子が、ここまで新聞の記事を鵜呑みにすると思っていなかった。オーシャンは大きくため息を吐いた。

 





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46話

 ついに三校対抗試合の第一の課題を明後日に控えたの朝食の席で、ハリーは第一の課題が何なのかを知ってしまった事を、ハーマイオニーとオーシャンに報せた。ハーマイオニーは息を飲んで両手で口を覆い、オーシャンの手からはフォークが落ちた。

 「ドラゴンと戦うだなんて…貴方じゃなくても、学生には早すぎるわよ!?」「シーッ!」

 第一の課題をカンニングしてしまったと誰かに知られたら、これをハリーに見せてくれたハグリッドが大変な事になる。だから、誰にも言わないで、とハリーは二人に念を押した。

 「当然、誰にも言わないけど…ハリー、大丈夫なの?」心配そうな顔をするハーマイオニーに対し、ハリーは懸命に取り繕った表情で頷いて見せたが、心中穏やかでない事はオーシャンにはお見通しであった。

 

 しかし、本人が頑張るというのだから、それ以上は何も言わないでおこう。

 「ところで、ブラックの方はどうだったの?昨日はちゃんと会えた?」

 「ああ、うん」

 話題を変えたオーシャンに少しだけほっとした表情を見せたハリーは、昨日、談話室でブラックが教えてくれた事を二人にも話した。カルカロフが『死喰い人』だった事。行方不明の魔法省役人、バーサ・ジョーキンスの最後の足跡が、ヴォルデモートと一致する事。ヴォルデモートが試合が開催される事を知ってしまった可能性がある事。

 

 「じゃあ、『例のあの人』は試合に罠を仕掛けるために、カルカロフを寄越したっていうの?」

 「わからないよ」

 ハリーがシリウスに聞いたのと同じ質問が、ハーマイオニーから出た。名付け親と同じ様に、ハリーは答える。

 オーシャンは話半分に聞いていた。今さっき振り払ったはずの心配事が、また頭にもたれかかって来たのだ。

 ハリーがドラゴンと対峙するまでに残されている時間は少ない。それまでに、彼にしっかりとした対策が出来ればいいが。

 試合の安全対策はきちんと施されているとの事だが、それでも不測の事態は起こりうる。何かあった時の為に、自分も対策をしておかねば。

 

 

 

 あっという間に一日が過ぎ、当日の午前中が過ぎた。

 グラウンド-普段はクィディッチピッチが建つ所に競技場が建設され、瞬く間に観客席が三校の生徒で埋まった。審査員席には各校の校長達と、ルード・バグマンとクラウチ氏がいた。

 ハリーはハーマイオニーとオーシャンの二人と別れ、選手用のテントに行ってしまった。何故か、彼よりハーマイオニーの方が自信満々な顔をしている事に、オーシャンは気づいた。

 「可笑しいわ。貴女ったら、ハリーより自信たっぷり」

 観客席を上へ上がりながらオーシャンが言うと、前を歩いていたハーマイオニーがニッコリと笑った。「当たり前でしょう?ハリーならきっとやってくれるもの」

 

 「ここからなら、よく見えそうね」

 ハーマイオニーがそう言って選んだ席の隣には、むっつりと腕を組んでいるロンがいた。オーシャンがフフッと笑うと、ロンが視線をこちらに向けた。ジロリ、と睨み上げる様な視線に、思わずオーシャンは頭でも撫でてやろうか、と思ったくらいだ。

 

 和気あいあいと試合開始を待つ生徒達に囲まれて、三人は試合が始まるのをただひたすら無言で待った。しばらくしてピッチにバグマンが出てくる。

 「レディース・アンド・ジェントルマン!ここに百年の時を超えて、栄光の試合が蘇ります!」

 「そういえばあの人って、クィディッチワールドカップの時も司会をしてたわね…」

 楽しそうに声を張り上げるバグマンを見ながら、オーシャンは一人呟いた。

 「お仕事って事以上に、多分、こういう事が好きなのね…」

 

 「早速参りましょう!第一の課題、一人目の挑戦者は…セドリック・ディゴリー!」

 拍手と歓声に出迎えられて、セドリックが選手用テントから出てきた。拍手に応えてその場で手を振りながら、誰かを探している。一瞬、オーシャンは彼と目が合った様な気がした。

 

 「さあ、ディゴリーのお相手は、スウェーデン・ショート‐スナウト種です!」

 バグマンがスウェーデン・ショート‐スナウト種ドラゴンの情報を説明している間に、ズシン、ズシン、と重い足音を響かせてドラゴンが出てきた。首輪と鎖で繋がれており、鎖を何人かの魔法使いが持っている。

 「それでは、試合開始!」

 ピーッ、とホイッスルの音がして、ドラゴンが解き放たれた。バグマンが実況を始める。「さあ、ディゴリー選手。この試練をどう潜り抜けるのか-!?」

 ドラゴンの後ろには、金の卵が置かれている。ドラゴンを出し抜いて卵を獲得出来るか、それが第一の課題だった。卵獲得までにかかった時間や、どんな魔法を使ったか、怪我をする事無くどれだけ華麗に課題をクリアするかが、審査員の得点の判断基準になる。

 

 ドラゴンに睨まれたセドリックは一瞬怯んだ様に見えたが、杖を岩に向けて構えた。変身呪文がかかった岩がたちまち、立派なラブラドール・レトリーバーに姿を変えた。

 「うわぁ、もっふもふ!」

 見事な毛並みに、オーシャンはため息を漏らす。オーシャンが犬を最後に触ったのは、去年の事だ。それも、動物に変化した人間であって、厳密には犬ではない。久しぶりにあのもふもふ感触を味わうのに、変身術もきちんと勉強しよう、と思った。完全なる自給自足。セルフもふもふ。

 

 バグマンの声が、これは見事な変身だ、とかなんとか言っていた。犬があちらの方向へ走り出したのを見たドラゴンがそちらに首を伸ばしたので、そちらを追いかけるかに思われた。その隙をつき、セドリックが金の卵に向かって駆けだした。しかし急に動いたセドリックが、再びドラゴンの気を引いてしまった様だ。

 ドラゴンが標的をセドリックに変えたその時、セドリックの手が金の卵を捕らえた。瞬間、ドラゴンの口から炎が吐き出される。

 

 「危ないっ-」

 ハーマイオニーもロンも、思わず叫んでいた。間一髪炎を躱したセドリックだったが、ローブの右足が焼け焦げる。しかし両手には、しっかりと金の卵を抱えていた。

 わっと観衆が沸いた。試合終了のホイッスルが鳴り響き、待機していたドラゴン使い達は、ドラゴンに向かって一斉に失神呪文を放った。分厚い表皮を呪文が貫き、ドラゴンはたちまち失神してしまった。

 

 「見事に金の卵を取りました、ディゴリー選手!」

 割れんばかりの拍手と歓声に贈られながら、セドリックは先生に連れられて、マダム・ポンフリーの手当てを受けに行ってしまった。

 セドリックに拍手を贈りながら、ハーマイオニーが興奮していった。「本当に凄い!ドラゴンと一対一で対決する勇気だけでも凄いのに、卵を獲っちゃうなんて!」

 

 ドラゴンが競技場の外に運び出され、セドリックの点数が発表された後、再びバグマンの声が響いた。

 「お待たせいたしました!第一の課題、二番目の選手。ダームストラング魔法学校の生徒にして、ブルガリアクィディッチチームのシーカー!ビクトール・クラム!」

 

 クラムの相手は中国火の玉種という種類のドラゴンだった。

 彼は火の玉種に臆する事無く、冷静にドラゴンの目を狙った。目くらまし術なのか、目つぶしなのかは判別がつかなかったが、呪文は抜群に効いて、クラムはセドリックのタイムより速く金の卵を獲得する事に成功した。

 

 「三人目です!ボーバトン、Ms.デラクール!」

 フラーが相手にするドラゴンは、ウェールズ・グリーン種だった。試合開始のホイッスルが鳴るや否や、フラーは杖を取り出して聞いた事の無い呪文を叫んだ。呪文が効いて、ドラゴンが目をうとうとさせ始める。

 「おーっと、これは魅惑の呪文!てきめんに効いた様だ-」

 バグマンの実況が飛ぶ中、ロンが上ずった声で呟いた。「ねぇ、これ、まずくないか?」

 

 前列に座っていた生徒から、混乱が伝播してきた。フラフラしていたドラゴンの頭が意識を失い、力なくこちらの方向にもたれてくるのだ。

 バグマンの焦った声が響いた。「-これは、何という事!」

 生徒達が立ち上がり、こちらに逃げてくるのとは反対に、オーシャンはそちらに向かって走り出しながら杖を抜いた。ドラゴンの頭に容赦なく向け、叫ぶ。

 「墜ちよ、裁きの大槌!」

 目に見えない力がドラゴンの頭にドン、とぶつかり、その体がのけ反った。途端に、うとうとと眠りかけていたドラゴンの目が覚める。ぎろりとオーシャンを睨んだグリーン種が、大きく口を開いた。

 

 ドラゴンの口から炎が吐き出された瞬間、オーシャンは杖で三角を描く。「燃えよ、竜の息吹!」

 杖から噴き出した炎が盾となり、ドラゴンは一瞬怯んで炎を吐き出した口を閉じた。その一瞬を、オーシャンは見逃さない。観客席の前には競技場を囲む様にして、一区画に一つずつ、大きな水瓶が置いてあった。

 「アグアメンティ、水遁の術!」

 杖から生み出した水で水瓶の水を操って、競技場と観客席を隔てる水壁を立てる。この夏に編み出した、魔術と忍法の合わせ技だった。

 「凍てつけ、白雪の舞!」

 矢継ぎ早にオーシャンの呪文が飛んだ。杖で突かれた水壁がたちまち凍り付き、ドラゴンの姿が見えなくなる。

 

 観客席の後ろの方に逃げた生徒達の口から、「おぉ…うおぉ…」と、声が漏れて次第にどよめきとなる。氷に閉ざされた競技場から、試合終了のホイッスルと、拡声されたバグマンの声が聞こえてきた。

 「-あ…やりました、デラクール選手、金の卵を獲りました!」

 ロンが静かに呟いたのが聞こえた。「…全然、見えなかった」

 

 

 競技場の氷壁を取り除くのには、少しの時間を要した。その間オーシャンはマクゴナガル先生に呼ばれて、三人の校長とその他審査員達の前に立っていた。

 カルカロフ校長が疑わしそうに口を開く。「して、今のを本当に君がやったのかね」

 「はぁ…。一応」

 カルカロフ校長の質問に、オーシャンは曖昧に答えた。「あれはどこの呪文かね?」続けて聞いたカルカロフ校長に、ダンブルドア校長が柔和な顔で答えた。

 「イゴールには言っていなかったかの?ウミは日本からの留学生での。たまにこうして日本の術で-」校長は、溶かしている最中の氷壁を目で示した。

 「-少々やんちゃをするのが、玉に瑕なんじゃがの」

 

 校長の物言いは少々気にかかるが、カルカロフ校長とマダム・マクシームはどこか感心している様だった。

 「こんな事ができーるのに、何故ダンブルドア、隠しーていたーのですか?」

 マダムがダンブルドア校長に聞いた。オーシャンが答える。「私はゴブレットに名前を入れていませんので」

 「これは驚いた。これほどの芸当ができるというのに」カルカロフ校長だ。バグマンが追随した。「こんな芸当が出来たら、間違いなくこの課題は満点だろうに!」

 

 「ありがとうございます。でも、試合に勝つことには興味がありませんから」

 オーシャンがいつもの調子で返したのを見て、ダンブルドア校長は満足げに笑った。

 




マダムの喋り(ボーバトン生の喋り)が、難しすぎる。
音を伸ばすところの加減がわからなくなって、一言なのに何回も書き直しました(笑)


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47話

 三校対抗試合第一の課題、最後の選手のハリーの相手は、今回の試合で使われたドラゴンの中で一番凶暴なハンガリー・ホーンテールだった。

 すっかり氷の取り払われた競技場を心配して見守っていたオーシャンだったが、ハリーは見事な戦いを魅せた。『呼び寄せ呪文』を使って城から箒を呼び寄せ、ドラゴンに攻撃する事無く金の卵を獲得して見せたのだ。しかも最年少にして、今回の試合では最短のタイムである。

 

 ハリーが恐ろしいドラゴンと戦ったのを実際に観戦していたロンは、誤解していた事を謝り、彼と和解した。

 次の試合は、来年の二月。それまでに選手に課されたのは、今回獲得した金の卵の中に隠された謎を解き明かす事。次の課題のヒントが、卵の中に隠されているらしいのだ。

 

 試合後、ハリーにインタビューを試みたリータ・スキーターが、「一言あげるよ。バイバイ」と軽くあしらわれたのを見てオーシャンは笑ったが、まさか矛先がこちらに向いてくるとは思わなかった。三人の後ろにいたオーシャンを見つけて、リータがずずいと寄ってきたのだ。

 「あなた、Ms.ウエノざんすね。Ms.デラクールの試合中、あの見事な氷壁を作ったのは、あなたざんすね?」

 「何で知っているの?」

 対抗試合の会場にスキーター女史がいた記憶は無い。オーシャンが問い返すと、女史は「バグマンの実況が聞こえたざんす」と躱した。

 

 バグマンがそんな事を言った記憶は無い。あの男は職務を全うしていて、選手が戦う様子だけを実況していたはずだ。オーシャンが首を傾げていると、スキーター女史の持つペンの尻が、マイクの様にオーシャンの前に突き出された。彼女の顔の横の辺りには、別の羽ペンと羊皮紙がひとりでに浮かんでいる。

 「あたくしの情報によると、あなたは日本からの留学生であるんだとか。聞いたことない呪文を使ってらしたものねえ?日本の魔術かしら?」

 「随分詳しいのね。外から実況が聞こえたなんて嘘でしょう?どこで見ていたの?」

 再び問いで返したオーシャンだったが、女史のインタビュアースマイルは崩れなかった。オーシャンの質問など聞こえなかったかのように、女史は口撃を続けた。「-ときに、」 

 

 「この夏に開催されたクィディッチワールドカップには行ったのかしら?」

 「あなたが試合中、本当はどこにいたのか教えてくれれば答えるわ」

 にっこりと返したオーシャンの笑顔にスキーター女史のそれが固まった。オーシャンがみんなに、行きましょう、と声をかけてその場を立ち去った時、女史のペン先は空中で踊っていた。

 

 オーシャンはハリー達と一旦ふくろう小屋に寄ってから、談話室に降りた。名付け親に手紙を送ると言った後輩が親友の豆ふくろうに持たせた手紙は、優に三メートルを超えていて、ピッグウィジョンはあまりの重さにふらふらしながら夜空を旅立った。

 談話室に入ると、もうパーティは始まっていた。双子のウィーズリーがどこからか食べ物を大量にくすねて来た様子で、テーブルには色とりどりのケーキが溢れかえり、かぼちゃジュースの大瓶やバタービールの樽とジョッキが並んでいる。ハリーを迎えに来たフレッドにオーシャンが、「どうやって樽なんて持って帰ってきたの?」と聞いたが、フレッドはウインク一つ返しただけだった。

 

 部屋の中には何枚か大きな旗が飾られており、そのほとんどが試合でのハリーの活躍を描いたものだった。この短時間で、誰かが仕上げたのだろう。見事な仕事ぶりに、ハリーはにっこりしている。

 

 ジョージとリー・ジョーダンが部屋の中心で馬鹿騒ぎをしており、それにフレッドがすぐに加わって行った。オーシャンはいつものように、暖炉近くのソファに腰掛け、食べ物を食みながらその様子を眺めた。各々飲み物や食べ物を調達したハリー達も寄ってきて、近くに座って食べ始める。そこに、いつもの調子でアンジェリーナが現れた。

 

 「オーシャン、今日は危ない所を助けてくれてありがとう!あ、ハリーもおめでとう」

 まるでハリーではなくオーシャンがドラゴンをやり込めたかの様な感動ぶりである。とってつけた様な賛辞の言葉に、ハリーは笑った。「ああ、うん。ありがとう」

 飲み物を片手に、アンジェリーナはオーシャンの隣に腰掛けた。

 「あれだけの事が出来るんだもの、やっぱりあなたって凄いわ。何で選ばれなかったのか不思議なくらいよーあ、ハリーが選手に選ばれた事は、もちろん嬉しいわよ?」

 勘違いしないでね、とハリーに向けられた言葉に、彼はまた苦笑した。オーシャンも笑う。

 

 「何で選ばれなかったのかって、そりゃあ、私はゴブレットに名前を入れてないもの。選ばれる訳が無いわ」

 「いいえ、入れたのよ。私が」

 キョトンとして言い返された言葉に、一瞬時が止まったかの様だった。

 「酔ってるの?バタービールで?」オーシャンの言葉にアンジェリーナが笑う。「やだ、そんな訳ないじゃない」

 「だって、そんな、アンジェリーナ。じゃあ、あの時、自分の名前とは別に、オーシャンの名前も入れたって事?」

 言ったのはハーマイオニーである。どうも、三人はアンジェリーナがゴブレットに名前を入れる瞬間に立ち会ったらしいのだ。しかし、彼女は首を振った。

 

 「いいえ、あの時私が入れたのは、私の名前じゃなくてオーシャンの名前よ。絶対選ばれると思ってたのに-」

 「じゃあ、純粋に私、知らない間に落選してたって事!?」

 自分のあずかり知らぬ所で起きていた出来事にオーシャンが素っ頓狂な声を上げると、アンジェリーナもほとんど泣きついてきた。「そんな声上げないで、私だってショックなんだからー!」

 オーシャンはため息一つついて、さめざめとしている友人の頭を撫でた。「私が絶対選ばれるって、信じてくれたのね。ありがとう、アンジェリーナ。でも、今度同じような事があったら、先に相談してほしいわ」

 

 アンジェリーナはほとんどタックルの勢いで、オーシャンにハグをした。彼女の背をオーシャンがぽんぽんと優しく叩いていると、ハーマイオニーと目が合う。お互いに苦笑したが、二人とも、ある閃きにみるみる顔色が変わった。

 「これよ!」ハーマイオニーが大きな声で言って、アンジェリーナがその声の大きさに驚いてオーシャンの体から離れる。ロンが端的に聞いた。「どれだよ」

 「そう言う事ね…」オーシャンが呟くと、ハリーが聞いた。「どういう事?」

 

 「ハリーの名前をゴブレットにどうやって入れたのかが、分かったって事よ」

 「えっ!?」ハーマイオニーの言葉にハリーとロンの二人が驚いた。「一体、どうやって!?」

 「そうなると、犯人は自ずと限られてくるわね」

 「分かったのなら、僕たちに分かるように説明してよ!」一人でぶつぶつと呟いているオーシャンに、ロンが言う。

 「説明するも何も、単純な事だわ。私たちは、ゴブレットが自薦しか受け付けないものだと思ってたけど、他薦も出来たって事よ」

 「つまり、ゴブレットに名前を入れられる誰かが、ハリーの名前を入れたって事」

 オーシャンとハーマイオニーは交互に語りだす。

 「そう。そして、それが出来るのは『年齢線』を超える事の出来る七年生以上」

 「付け加えれば、十七歳以上ね」

 「そうよ。更に、生徒が自分の属する寮以外の生徒の名前を入れる事は、ほとんど考えられないわね。たとえ嫌がらせだとしても、むざむざライバル寮にチャンスを与える事はしないわ。そして、グリフィンドールの生徒なら、課題をクリアできるか分からない下級生の名前より、きちんと十七歳以上の生徒の名前を入れると思うの。つまり、ハリーの名前をゴブレットに入れる事が出来るのは、生徒以外の十七歳以上」

 

 「それって-」ハリーは息を飲んだ。彼も、部外者の存在を信じたいところであろう。しかし、それがあり得ない事である事は、長い学校生活で理解していた。

 オーシャンは、推測される犯人の姿を突き付ける。

 「大人よ。クラウチ氏か、ルード・バグマン。それに-」

 その先の言葉を彼女は言い淀んだ。できればこの可能性は考えたくはない。しかし、一昨々年のクィレルの件もあるから、可能性としては無視できないのだ。

 「先生達の誰か、よ」 

 

 ロンとハリーはあんぐりと口を開けていた。その時、二人の後ろの方でリー・ジョーダンが金の卵の重みを手で量っているのが見えた。「何かこれ、重いぞ」

 ハリーがテーブルに置きっぱなしにしていた卵を、リーやフレッド達が持って来たので、議論は一時中断となった。「ハリー、開けてみろよ!」

 ハーマイオニーが、選手は一人で課題に向き合わなければいけないルールだと咎めたが、そんなことはお構いなしにハリーは開けてしまった。

 

 途端にこの世のものとは思えない絶叫が卵から響き渡る。みんなが耳を塞いだ。ハリーが抱えている卵を何とか閉めた時、静かになった室内ではみんなが次の課題について囁き合っていた。

 「バンシーの声に聞こえた!今度はそれと戦うんだ」

 「誰かが磔にされてた!君は磔の呪文と戦うんだ!」

 すっかり犯人捜しの興は削がれ、オーシャンは一足先に寝室へ上がる事にした。何はともあれ、第一の課題を無事にクリアできたのだ。このまま何事もなく試合が全て終わればいいが。

 

 

 クリスマスが近づいたある日、寮監であるマクゴナガル先生の授業で、予期せぬ課題が降りかかった。

 クリスマス・ダンスパーティーを開催するというのだ。

 「ダンスパーティーには、四年生以上が参加する事を許されます。下級生を招待する事は可能です。クリスマスの夜の八時から開催され、夜中の十二時に終わります。皆さん、パーティー用のドレスローブを用意しているかと思いますが-」

 「おい、おい」「え?」

 マクゴナガル先生の話の途中、フレッドとジョージが声を潜めて話しかけてきた。オーシャンがそちらを向くと、彼らはこちらを向いて互いの顔を指さしていた。

 「「どっちと一緒に行く?」」

 

 瞳を輝かせて聞いてくる双子に、オーシャンはにべもなく言い放つ。

 「嫌よ。私、ダンスなんてできないもの」

 「ウィーズリー、ウエノ!」

 厳しい声で呼ばれてそちらを見ると、マクゴナガル先生の目がこれ以上ないくらいに細められた。それから大人しく先生の話を聞いて、授業は終わったのだった。

 

 三校対抗試合の伝統であるらしいクリスマス・ダンスパーティーの話題は、瞬く間に全校生徒の間で広まっていった。上級生はダンスのパートナー探しに忙しく、下級生は何とか上級生のパートナーとしてパーティーに潜り込みたくて必死である。すれ違った女子生徒が、四、五人できゃあきゃあと騒いでいる。

 「きっとセドリック、チョウの事を誘いに来るわ」「絶対ね。あなた達、仲良いもの」

 

 昼食の時、ハリーがやけに沈んでいた。どうやら、食事も喉を通らないらしくジュースが入ったゴブレットを目の前にして肩を落としている。

 「どうしたの?ハリー、具合でも悪いの?」

 オーシャンが近づいて声をかけると、彼の前に座ったハーマイオニーが口に入ったものを飲み下して言った。

 「レイブンクローのチョウ・チャンをダンスパーティーに誘いたいのに、なかなか話しかけられないんですって」

 ロンが隣で親友を気遣わし気に見ている。「ハーマイオニー、デリケートな問題だぞ!からかうなよ!」

 「あら、からかってなんかいないわよ」そう言うハーマイオニーの目が、完全に面白がっていた。

 「まあ、他の人に取られる前に、早く申し込むべきね。ほら、チョウって人気だから、こうしている間にも誰かが彼女の事を狙っているわよ。例えば、セドリック・ディゴリーとか」

 

 

 「カルカロフ校長先生が、どうしても日本の舞踊を見たいとおっしゃられてのう。なんとかならんかね?」

 「ですから、私はダンスも日本舞踊も踊れません」

 玄関ホールで、ダンブルドア校長とオーシャンが話し込んでいた。話題はやはり、クリスマス・ダンスパーティーについてである。

 ハリー達三校対抗試合の代表選手は、ダンスパーティーの夜に一番最初に踊るという責任重大な役割があるらしい。同じように、オーシャンにも一番最後に踊ってほしいというのだ。皆が見ている中心で一人で踊るなんて、例え踊れても絶対に嫌だ。

 「そう言わずに、そこを何とか…わしは日本のダンスだとあれが好きなんじゃが、それでも駄目かね?ほれ、『どっこいしょ、どっこいしょ』ってやつじゃ」

 「…何でよりによってソーラン節なのよ…」

 そっちの方が嫌だ。

 

 校長先生も、どうやら本気では言っていない様だ。ところどころ、オーシャンをからかっている様な節がある。ダンブルドア校長の事は躱したが、さて、もしもカルカロフ校長から直々に声がかかったらどう躱そうか、と思いながら歩いていた時、後ろから呼ばれてオーシャンは振り返った。「ウエノ」

 「あら、こんにちは、ディゴリー。何か用?」

 オーシャンが振り向いて答えるとセドリックの顔は少し赤くなったが、彼は意を決して、単刀直入に申し出た。

 「僕と一緒に、ダンスパーティーに出て欲しいんだ」

 

 絵に描いた様なスポーツマンシップで申し出たセドリックだったが、オーシャンの答えは変わらなかった。

 「ごめんなさい。誘ってくれたのは嬉しいけれど、私、ダンスなんてした事ないの」

 貴方に恥をかかせちゃうわ、と言えば、セドリックは何を勘違いしたのか、見当違いの事を言ってくる。

 「…気にしないで、もうパートナーがいるんだね。やっぱり、ポッター?」

 「え?違うわよ、あの子にはもう、お目当ての子がいるもの。私は本当に、ダンスができなくて…」

 そこまで言って、オーシャンは昼にハーマイオニーが言っていた言葉を思い出した。

 

 『チョウって人気だから、こうしている間にも誰かが彼女の事を狙っているわよ。例えば、セドリック・ディゴリーとか』

 『きっとセドリック、チョウの事を誘いに来るわ』『絶対ね。あなた達、仲良いもの』

 そう言ったのは誰だったか。すれ違いざまに聞いた言葉だ。そして分かっているのは、不安材料の芽は早めに摘み取った方がいいという事。

 

 

 

 「「なあ、オーシャン。やっぱりダンスパーティに俺達どっちかと行かないか?」」

 夕食の後、談話室で双子に声を揃えて聞かれたので、オーシャンは再び丁重にお断りした。

 「ダンスが踊れないなんて、気にするなよ-」ジョージが言いかけたが、オーシャンはそれを遮って言った。「私、ディゴリーとパーティーに行くの」

 数舜の、間。

 「「「はああっ!?」」」

 話を聞きつけたロンやハリー、アンジェリーナまで飛んできて、談話室は一時騒然となった。

 




お気に入り登録1100件越え、ありがとうございます!
ダンブルドア、ソーラン節(よさこいじゃない方)絶対好きだろうなー。

8/22
チョウの寮を間違えておりましたので修正致しました。ご指摘ありがとうございます


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48話

 自分がセドリックとダンスパーティーに行く事で、ハリーは無事にチョウ・チャンとパーティに行けるだろう。そう考えての事だったのだが、それ以来ウィーズリーの男子共が妙にツンツンしている。確かに双子の誘いを断っておいてセドリックの誘いに乗った事は今になってみればちょっと悪いかな、とは思った。しかし、何故ロンまでが怒っているのだろう。

 

 「ハーマイオニーを誘ったんだけど、『他の人と行く』って断られたらしいの。ロンったら、それが嘘だって怒っているのよ」

 「それが私に何の関係があるっていうのよ」

 事情を知るジニーに話を聞きながら、オーシャンは散らばっていた魔法のチェス駒を拾い上げた。最近やっとルールを覚え始めたので、こうしてたまにジニーに指導してもらいながら遊んでいるのだ。オーシャンが並べ直したところで、ジニーがキングとクイーンの配置を正しく戻す。

 

 「ロンに言わせれば、ハーマイオニーが自分に嘘をついているっていうのに、オーシャンまで、ハリーのライバルのセドリック・ディゴリーとダンスパーティーに行くって言い出すんですもの。純粋に面白くないのよ」

 先手をジニーに譲られる。オーシャンはポーンを前に進めた。

 「ほとんど八つ当たりじゃない。しょうがない子ね…。ところで、ハリーは無事にチョウ・チャンを誘えたのかしら」

 「本人に聞いたらどう?」

 ジニーの視線を追って振り返ると、ちょうどハリーとロンが談話室に入ってきた所だった。分かりやすく満面の笑みを浮かべている所からして、どうやら首尾よくいったらしい。ジニーがナイトを先へ進めた。

 

 

 

 

 クリスマスに学校へ残る生徒の数は今までよりずっと多かった。パーティーの為に四年生以上の生徒のほとんどが休暇を寮で過ごすのだと考えれば、それも当然だが。

 夜に控えているクリスマスパーティーまで男子共が雪合戦をして遊んでいるのを、オーシャンとハーマイオニーは少し離れた所で見ていた。寒さしのぎの対策として、ハーマイオニーはお得意の青い炎を瓶に入れて持ってきていた。

 「オーシャンがまさか、セドリック・ディゴリーと一緒にパーティーに行くなんて思いもしなかったわ。まあ、ほとんどそのおかげでハリーはチョウとパーティーを楽しめる訳だけど」

 

 ハーマイオニーがおもむろに言った。「オーシャンはそれでいいの?」

 「何故?」

 「あなた自身は、セドリック・ディゴリーと一緒にパーティーに行きたかったわけじゃないでしょう?」

 「ハリーが幸せであれば、それでいいじゃない」

 「…ハリーの幸せ、ねえ。その代わり、フレッドとジョージは幸せそうじゃないけれど」

 「それを言うなら、ロンもじゃない?」

 ロンが丁度、双子の兄達の雪玉に倒れた所だった。

 

 「ロンにもハリーにも言えない様な相手。少なくとも、あの二人がいい顔をしないであろう相手なのね。代表選手のライバルとか、他のクィディッチチームのメンバーとか」

 今夜のハーマイオニーのダンスの相手の話だ。彼女は少し頬を染めて、オーシャンを睨んだ。可愛い事この上ない。

 「…意地悪な言い方するのね」

 オーシャンはその反応を見て笑った。この可愛い後輩のダンスの相手は、今夜における最高の幸せ者だろう。

 「ごめんなさい。好きな子程、いじめたくなるの」

 

 夕方になると手元も暗くなってきたので、みんな寮へ引き上げた。談話室へ通じる隠し扉にかけてある絵画『太った婦人』は、別の絵画から訪ねて来た友人と一足先に盛り上がっていた様だった。

 ほろ酔い気分の婦人に合言葉を言って中に入ると、談話室は閑散としていた。多分みんな、寝室で今夜のパーティーの支度の真っ最中に違いない。ハリーやフレッドとジョージも寝室へ上がっていき、一人取り残されたオーシャンは押し寄せてくる不安にため息を吐いた。振袖でどうやってワルツを踊れと言うのだ。

 

 寝室へ上がり先にノックをすると、部屋の中からアンジェリーナの声が答えた。「いいわよ」と言うので、ドアを開けて寝室に入る。

 「オーシャン、遅かったじゃない。早くしないと間に合わなくなるわよ」

 そう言う彼女は、華やかなローブに身を包み、鏡を見ながら髪の毛を梳かしていた。部屋の奥にパーテーションが置いてあり、その上にはアンジェリーナが脱いだローブが置きっぱなしになっていた。

 「アンジェリーナ、忘れているわよ」

 黒い学用ローブをアンジェリーナに渡して、オーシャンはパーテーションの向こう側で荷物を解いた。襦袢に振袖、帯に小物が色々。

 

 そう言えば、足元の事を忘れていた。今持っている学用の履物と言えば革靴であり、振袖に合わせるには些かTPOに欠ける。

 どうしよう、と荷物をひっくり返した所で、夏の休暇で着た袴とブーツが出てきた。足元とダンスステップの問題が一気に解決する。

 

 着替え終わるやいなや、アンジェリーナの賛辞が止まらなかった。曰く、「今夜の主役はあなたよ!」とか、「私がディゴリーになりたいくらい!」とかだ。彼女の方は、鮮やかな赤色のドレスローブに身を包んでいる。情熱的な赤色だが、扇情的であり上品な所もあるそのドレスは、彼女のイメージにぴったりと合っていた。

 

 アンジェリーナと一緒に寝室を出て螺旋階段を下りる。階下にいるフレッドとジョージがその音に反応して、こちらを見上げた。フレッドはアンジェリーナとパーティーに行く約束をしている。

 「やっとかよ、アンジェリーナ。また白髭が生えちまうかと-」

 双子はこちらを見上げて、目を見開いて硬直した。 

 

 アンジェリーナが双子に言い返す。「乙女は時間がかかるものなのよ。黙って待てないの?」

 「じゃあ、行きましょうか」オーシャンが言い、四人連れ立って寮を出て玄関ホールへ向かった。ジョージのダンス相手であるアリシアと、オーシャンの相手のセドリックとは玄関ホールで待ち合わせている。

 

 待ち合わせ場所へ向かっている間も、双子は不思議な事に一言も発しなかった。これはホグワーツの悪名高い悪戯双子らしからぬ反応である。

 「二人共、熱でもあるの?さっきからやけに静かで気味が悪いわ」

 オーシャンが後ろを歩いている双子を振り返って言うと、二人は一瞬ぎくり、とした。「い、いや…」「何でもないよ…」それぞれ言って、オーシャンからパッと視線を逸らす。オーシャンの隣を歩いていたアンジェリーナが足を止めて、ははぁん、と目を眇めた。

 

 「アンタ達、あんまりオーシャンにばっかり見惚れてたら駄目よ。今夜はそれぞれ、相手がいるんだから」二人の顔を見て言ったアンジェリーナは、また前を向こうとして、再び振り返った。「ていうか!私の方がオーシャンの相手をさせてもらいたいわよ!」

 「もう、アンジェリーナったら」

 オーシャンの微笑みに、ふと、双子の表情がヴィーラにでも魅せられたかのようになった。

 

 

 階段を下りると玄関ホールだ。大勢の生徒がそこで待ち合わせをしていて、そこにはハリーとロンの姿もあった。ロンのローブの袖は、何やら少しボロボロになっている様に見えるが、果たしてどうしたと言うのだろう。

 セドリックの姿はすぐに分かった。ダンス相手を待っている人波の中で、明らかに女子の視線を集めている。自分のパートナーをそっちのけで、凛とした立ち姿に見入っている女の子もいた。

 

 「じゃあ、行ってくるわね」

 友人達に行って階段を下りると、セドリックはオーシャンの足音にすぐに気づいて振り向いた。

 「やあ-あ…」

 近づいたオーシャンの姿を見て、セドリックは一瞬口ごもったが、すぐに笑顔で言った。

 「とても素敵だ。綺麗だね」

 あまりにもストレートに褒められたので少し気恥ずかしかったが、オーシャンもいつもの笑顔でセドリックに賛辞を返す。

 「ありがとう、貴方もとっても素敵よ」

 

 セドリックが照れながら腕を差し出す。最初何を求められているかが分からずに首を傾げてしまったオーシャンだったが、周りの参加者を見てすぐに理解して、セドリックが差し出した腕を取った。日本ではそうそうエスコートなんてされない。彼に悟られずに歩調を合わせるのは、存外難しかった。

 

 大広間には色とりどりの花が咲き誇っている様だった。子供の頃憧れた、英国の舞踏会。その中に迷い込んでしまった一人の日本人。女の子たちのドレスの花びらが、オーシャンに一瞬この中に入ることを躊躇わせた。

 入り口で足の止まったオーシャンに気づいて、セドリックも足を止めた。

 「…私、やっぱり浮いているかしら」

 オーシャンの視線の先には、色鮮やかなドレスを身に纏った女子達が、自分のパートナーと楽しくおしゃべりをしている。セドリックが、腕を解いてオーシャンの手を引いた。

 「そんな事無いよ。行こう」

 

 「代表選手はこちらへ!」

 マクゴナガル先生の声が響いて、四人の代表選手とそのパートナーは審査員テーブルに近づいた。ハリーとチョウは、何だかムードが良くない様子だ。おまけに、一瞬目が合ったチョウ・チャンには何故か軽く睨まれた気がした。

 

 ビクトール・クラムの隣に立つのは、誰あろう、ハーマイオニーだ。

 夏に一度見せてくれた明るいブルーのドレスを着込んだ彼女は淑女然としていて、髪の毛を何とか美しくまとめて結い上げていた。こんなハーマイオニーを見れば、ロンの心臓なんて止まってしまうかもしれない。目が合うと、彼女はオーシャンににっこりと笑いかけた。そんな彼女は最高に可愛い。今夜の席では間違いなく一等賞だった。(オーシャン・ウェーン調べ)

 

 審査席のクラウチ氏の席には、何故かパーシー・ウィーズリーがいた。ハリーがその隣に座る。各校の生徒が自分達の校長の隣に座るので、セドリックとオーシャンもダンブルドア校長とルード・バグマンの隣に収まる。

 審査員と代表選手達の前には磨き上げられた金の皿が用意されている。フォークとスプーンまで用意されているが、肝心の食事はまだ出てきていなかった。おもむろにダンブルドア校長が、自分の皿に向かって「ポークチョップ」と言うと、次の瞬間には注文通りにポークチョップが出て来た。

 

 みんな合点がいって同じ方法で注文をしては、金食器は要望通りの食事を出した。どれも出来立ての状態で出てくるので、とても美味しそうである。

 セドリックがローストチキンを注文した隣で、オーシャンは恐れおののいていた。こんな事が起こるなんて…!このクリスマスディナーは、恋しい日本食に触れられるかもしれない、数少ないチャンスだった。

 「頼まないの?」セドリックが聞く。

 「これ…何でも注文していいのかしら…?」

 「好きな物を頼むがよいぞ」オーシャンの呟きを拾ったダンブルドア校長が、にっこりと言った。

 

 「では…お寿司を」

 ドキドキしながらこほんと一つ咳払いをして注文をすると、オーシャンの望み通りの握り寿司が出て来た。サーモン、赤身にはまちにえんがわ。うにの軍艦巻きまである。きちんと醤油もついてきた。

 オーシャンは感動に声を無くした。久しぶりの白いお米!ぷりぷりの新鮮なお魚と酢飯が奏でるハーモニー!赤身を口に運んでみると、丁度いい具合にツンと効いたわさびの香りが鼻腔を抜ける。その刺激と懐かしさは、彼女の目頭を熱くした。

 セドリック・ディゴリーは、ディナーを食べながら突然涙を流し始めたパートナーに、困惑の色を隠せないのだった。

 





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49話

 ダンスは心配していた程酷くは無かった。マクゴナガル先生が先日、授業が終わった後にみんなに軽く指導してくれたお陰もあるが、セドリックはダンスに慣れないオーシャンを優しくリードしてくれた。

 ゆったりしたスローテンポの曲が終わってホッと一息吐いたオーシャンだったが、すぐに少し速めのテンポの曲が始まった。踊り慣れていない身でこの曲についていけるか不安に思った彼女を察した様に、セドリックは「少し休もうか?」と言った。

 

 「少し、風に当たって話そう」

 二人は飲み物を持って外に出た。大広間から出る時に、テーブルに着いてつまらなさそうな顔をしているハリーと、悪鬼の様な表情でダンスホールを睨みつけるロンの姿をチラリと見つけたが、話しかける暇は無かった。二人のパートナーが見当たらなかったが、一体どうしたのだろう?

 

 玄関ホールを出ると目の前はまるで貴族の庭園の様だった。灌木の中にはいくつもの散歩道が伸びていて、至る所にバラの花が咲き誇っている。どこからか噴水の音が聞こえてきて、点々と置かれたベンチには彫刻が施され、腰掛けた恋人たちが愛を語り合っている(様に見えた)。

 

 ゆっくりと歩きながら、オーシャンは感嘆の声を漏らした。これは、夢にまで見たヴェルサイユ宮殿の庭(ただし想像)にそっくりだった。この素晴らしい庭園を、あの華やかなドレスで歩けたら、どれほど素晴らしかっただろう。

 「やっぱり、ドレスを新調してくるべきだったわ…」

 美しいバラのアーチを見上げながら呟いたオーシャンの横顔に、セドリックが言った。

 「キモノは日本のドレスだろう?そのままでも君は十分素敵だと思うけれど…」

 「違うの。そういう事じゃなくて…何て言うのかしら…わびさびの問題、というか」

 

 バラを見上げながら言い返したオーシャンに、セドリックは神妙な顔をして首を傾げた。ドレスと英国庭園の素晴らしい関係性は、きっと一夜では語り切れない。

 

 しばらく二人は無言で歩いていたが、やがてセドリックの方から話し出した。

 「君の魔法、凄いんだね。選手席から見てたけど、あんな魔法は見た事無いよ」

 「えっ…?-ああ、」

 突然言われて戸惑ったオーシャンだったが、すぐに、第一の試合の対ドラゴン戦の時の事だと思い当たった。今思えば、完全にやっちまったものである。

 

 「試合妨害をする気では無かったのよ…。でも、あの時は考えるより先に体が動いちゃって…貴方達の方がよっぽど勇敢よ」

 言ったオーシャンを遮って、セドリックが言った。「とんでもない!」

 「三校対抗試合の代表選手が、何だって言うんだ!一匹のドラゴンを出し抜くのにも精一杯だってのに、君はそれをいとも簡単にやってのけた上に、あの場で大勢の生徒を守ったんだ!勇敢なのは君の方だよ!」

 セドリックがやや興奮気味に言ったのに対して、オーシャンは首を傾げる。「さあ、どうかしら…」

 

 「火の魔法と氷雪の魔法は、日本では初歩の初歩よ。あの程度の氷壁は、水柱があれば誰でも作れるわ」

 「だ、誰でも?それ、本当?」

 「ええ」

 「へえ…」セドリックが感心した声を出した所で、空いているベンチを見つけた。彼に手で促されたので、初めてのレディーファーストに慄きながら、オーシャンは座った。隣にセドリックも腰掛ける。

 「もっと日本の事を話してよ。最近日本でのニュースとか、何か無いの?」

 セドリックに言われてオーシャンは少し悩んだ。そして、この夏に父から聞いた事っを思い出した。

 

 「最近で言うと…嫁小人問題かしら…」

 「嫁小人?」

 「ある錬金術師が、自分が好きなマンガのヒロインそっくりの生命を創ったの」

 「ホムンクルスってやつか」

 「問題なのが、ただの『小人』としてじゃなく、自分の『嫁』としてその生命を創り上げたって事よ。真似をして自分の『嫁』を作り出す錬金術師や、それに目をつけてビジネスまで始める人まで出てきて、日本では近年結婚率が下がっているのよ」

 術士達がこぞって『嫁』として創った『小人』なので、『嫁小人』と言われている。それは日本の魔法省でも話題に上がっていて、早急に何かしらの対応策を施すという話だ。それでも嫁小人を創り出す錬金術師は後を絶たず、ついに女性の錬金術師による『彼小人』まで出来上がったらしい。

 

 「結婚率は下がったっていうけど、出生率は変わらないんじゃないのか?『嫁』として創った小人ならもちろん、その-」

 その先はさすがのセドリックも言葉を濁してしまった。彼が聞きたかった事を汲み取って、オーシャンは笑顔で言った。

 「小人に総じて生殖機能は無いから、出生率はダダ下がりよ」

 「わお。とってもクレイジーだね」

 もちろん『生殖能力を持った小人を』と、恐れ多くも神の御業に挑戦しようとした錬金術師はもれなく逮捕されている。何が彼らをそこまで突き動かすのだろう。

 

 話に花を咲かせていた所で、セドリックが一つ、控えめにくしゃみをした。「ごめん」照れたようにこちらを見る。

 「いいえ。…少し風が出て来たかしら。中に戻りましょうか」

 オーシャンが言った言葉に遠慮がちに頷いて、彼らは立ち上がった。オーシャンが先に立って歩き出した所で、セドリックに呼び止められる。

 「ちょっと、聞いていいかい?」

 「なあに?」

 オーシャンが肩で振り向くと、セドリックは意を決した表情でこちらを見つめて立ち尽くしていた。オーシャンの方も彼にきちんと向き直る。

 

 「-君は去年、ルーピン先生の事が好きだったって聞いたんだけど、もしかして、今も…?」

 オーシャンは一つ笑って答えた。「ええ。敬愛しているわ」

 

 それからダンスホールに戻って、セドリックとダンスを楽しんだ。途中フレッドとジョージに見つかって攫われそうになったが、結果的にはアンジェリーナに手を取られて、女同士のダンスを楽しんだ。

 演奏が終わった頃には真夜中を過ぎていた。生徒達が寮へと帰っていく人波の中にハリーの後ろ頭を見つけて、オーシャンはセドリックに別れを告げようとした。すると、セドリックの方から「ちょっと待ってて」と言って、ハリーの背中を追いかけだしたのだ。

 

 残されたオーシャンはぽつねんと立ち尽くしたが、ふと視線を感じて振り返った。チョウ・チャンがこちらをじっと見つめていた。

 「こんばんわ」

 目が合ったのでこちらから声をかけたが、すぐにそっぽを向いて歩いて行ってしまった。何かを言いたげな顔をしていたが、何か気に障る事をしただろうか?

 程無くして戻ってきたセドリックとおやすみを言い合って、二人はそれぞれの寮へと帰って行った。

 

 

 次の日は、学校中がなんだかぼうっとしていた。夜が明けてみんながダンスパーティーの夢から覚め、現実に戻ってきて鬱々としている様だった。

 ハーマイオニーの髪はまた元通りになっていて、あの一夜の為になんとか言う魔法薬で直毛にしていたのだという事をオーシャンは教えてもらった。

 ハリーとロンは、昨日の夜に偶然に耳にしたという話を聞かせてくれた。ハグリッドとボーバトンの校長、マダム・マクシームがあの庭園で仲睦まじく話していたというのだ。二人は途中まで、非常に良い雰囲気だったという。

 

 「何だか意外ね。ハグリッドはもっと素朴な感じの人が好みかと思ってたわ」

 マダムの様な、どこかお高くとまった感じの人間とは馬が合わないのだろうと思っていた-オーシャンはそう言ったが、どうやら事情はもっと複雑な様だ。

 ハグリッドは自分の事を半巨人だと告白し、自分と同じ種族には初めて出会ったとマダムに語ったという。マダムはハグリッドの言葉に憤慨し、自分は常人より少し骨が太いだけだと言い捨ててその場を後にしたという。マダムとハグリッドの体格を見比べる限り、苦しすぎる言い逃れだ。

 

 それを聞いても、ハーマイオニーはさして驚いていない様子だった。

 「そうだろうと思っていたわ。そんな事でヒステリーになるなんて、マダムはどうかしてるわよ。全部が全部恐ろしい訳じゃないのに…狼人間に対する偏見と同じよ」

 最後の言葉を言った時、彼女はオーシャンの顔をチラリと見た。オーシャンの脳裏に、昨日のセドリックからの質問が蘇った。-「もしかして、今でも…?」

 

 光陰矢の如し。新しい学期が始まった。今回のクリスマス休暇はほとんどの生徒が学校に残っていたので、休暇が明けても校内はあまり変わり映えしなかったが、また勉強の日々が始まった。

 朝食の時間にふくろう達が手紙を運んできた。ハーマイオニーの所にも、日刊予言者新聞が運ばれてくる。食事を勧めながらペラペラと紙面を手繰った彼女は、突然、正面でパンを頬張るオーシャンに声をかけた。

 

 「ねえ、オーシャン。これ、見て!」

 「何が書いてあるの?読めないわ」最近みんなが(時には先生でさえも)、オーシャンは英語が出来ないという事を忘れているので、もはや読めない事に開き直ったオーシャンだった。ハーマイオニーはため息を一つ吐いて、紙面を読み上げ始める。

 

【今年、百数年ぶりに三大魔法学校対抗試合が催されているホグワーツ魔法魔術学校には近年、日本のとても可愛い女の子が留学に来ている。頭脳明晰にして笑顔がとてもチャーミングなウミ・ウエノは、同校の校長、アルバス・ダンブルドアに「少々やんちゃな所が玉に瑕」と評価されている】

 

 「笑顔がとってもチャーミングなんて、照れちゃうわ」

 ざっと聞き流したが、オーシャンがハリーとセドリックの二股をかけている上に、先学期に教鞭を取っていた狼人間とも関係があり、危険行動を繰り返す人物として書いた記事で、オーシャンが頭のおかしい要注意人物とされていた。

 隣に座っていた双子達がいきり立った。「何だよ、その記事!誰が書いてるんだ!?」

 非難の声を上げる双子を、当のオーシャンが宥めすかす。「貴方達、落ち着きなさい。らしくないわ、こんなことで大声を上げて」

 

 「お前、こんな風に言われて悔しくないのかよ!」二人は声を揃えたが、言われたオーシャンは牛乳をお茶の様に、音を立てずに啜った。

 「いつもの貴方達だったら、こんな記事くらい笑い飛ばすはずでしょう?でも、そうね-」オーシャンは一呼吸置いて、カップをテーブルに置いた。

 

 「浅い知識で狼人間の事をとやかく書いているのが許せないわ。事務所に、髪が伸びて絡みついてくる市松人形でも送りつけてやろうかしら」

 




皆さまご愛読、評価ありがとうございます!

どうでもいい設定
・日本アイテム【市松人形】
 一家に一台いる可愛らしい人形。嫌がらせをしたい相手の人形に呪いをかけると、もれなく真夜中に髪が伸びる。しかし深夜にひとりでに枕元まで歩いてくる奴が一番ヤバい


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50話

 二月二十三日の夕方、ロン、ハーマイオニー、オーシャンの三人は、校長室に呼び出された。

 「何で僕たち三人が?フレッド達じゃあるまいし」

 マクゴナガル先生の後ろ姿について歩きながら、兄である悪戯双子を差し置いて、自分が呼び出しを受けた事に不満を抱いた様にロンが言った。オーシャンが笑う。

 「どうかしら。あの二人でさえ、校長先生には呼び出された事は無いんじゃないかと思うけど」

 ハーマイオニーは身に覚えの無い呼び出しに、少々緊張した面持ちだった。

 

 やがて四人はガーゴイル像の前に到着し、マクゴナガル先生が口にした合言葉で道は開かれた。ガーゴイルの後ろに隠されていた螺旋階段を上ると、そこに校長先生の部屋がある。

 先生が扉の前に立つと、校長先生の声が中から迎えた。「お入り」

 「失礼します」マクゴナガル先生に先導されて三人が中に入ると、そこには先客がいた。三人が息を飲む。

 

 応接ソファでダンブルドア校長と話していたのは、人間では無かった。こちらを振り返ったその顔はしわくちゃで、恐ろしく厳めしい顔をしている。長く解かれた髪は少しべとついている印象を受けた。今しがた入室してきたのは何者か、とでも聞いたのだろうか、およそ聞き取れるものではないその言葉でダンブルドア校長に問いかける。水中人の長であった。

 

 校長は同じ言語を使って長の質問に答えた。その隣には、怯えている表情をした一人の少女が縮こまって座っている。

 銀色の髪がとてもきれいな少女で、ロンの妹のジニーよりも小さい。制服を着ていない事から、ホグワーツの生徒ではないのではないかと思われた。

 

 ダンブルドア校長がこちらを見て朗らかに笑った。「よう来た。三人とも」そう言って客人の隣を手で示すが、ロンとハーマイオニーは動かなかった。オーシャンが水中人の隣に腰を掛ける。「失礼します」

 長の隣は若干息が詰まった心地がした。水中人は普段、湖や川の奥深い所で生活していると聞くが、彼(もしかしたら彼女)からは魚と水の生臭い匂いがした。本人を前に失礼はできず、オーシャンは顔を顰める代わりに、日本人らしい愛想笑いをした。                                             

 

 「さて、早速本題に入ろうかの。-おっと、そんなに固くなるでない。Ms.グレンジャー」

 身に覚えの無い呼び出しに表情を強張らせていたハーマイオニーに、ダンブルドア校長は柔和に笑って見せた。もちろん、何かのお咎めで呼び出された訳では無い事は、女子達には察しがついていた。それでなければ、客がいる校長室に通される訳が無い。

 「三人を呼び出したのは他でもない。少々の間、人質になってもらおうと思うての」

 悪戯っぽく言った校長の言葉に、ロンの声が裏返った。「はあ!?-あ、失礼…」横に控えているマクゴナガル先生にひと睨みされて、彼は縮こまる。

 

 

 聞けば、三校対抗試合の第二の課題は、湖の底に住む水中人達の協力の元、行われるという事だった。

 代表選手が第一の課題で獲得した金の卵の中には、水中人の歌が封じられている。地上でとその蓋を開けるとこの世のものとは思えない様なが響き渡るが、水の中で開けると美しい歌となって聞こえてくる。その謎にたどり着くのが早ければ早い程、次の課題の準備に時間を費やせるという訳だ。

 「理屈は分かったけど、それで何故、私たちが呼び出されるんです?」

 「それはな、君達が代表選手の、それぞれ一番に大切な者たちであるからじゃ」

 

 わたしたちが、お前の大切なものを奪う。それを湖の底まで取りに来い。間に合わなければ、お前の大切なものの命は無い。-金の卵の中には、そんな歌が込められている様だ。

 「いっ、命が無い!?」

 「ほっほ…安心するがよい。ほんの遊び心じゃ」びっくりして腰を浮かしかけた下級生二人に、校長は愉快そうに髭を撫でた。

 

 「君達の安全はわしらが責任をもって保証する。少しの間魔法で眠ってもらう事になるが、安心するがよいぞ」

 そう言った校長は、おもむろに隣にいる少女の紹介を始めた。

 「この子はフラー・デラクール嬢の妹子での。ガブリエル・デラクール嬢じゃ。今回特別に、ご協力願える事になった」

 

 「じゃあ、ハリーが一番大切なのって…ハーマイオニー、君…」

 口をわなわなとさせてロンが言ったのを、ハーマイオニーが一笑に付した。

 「あなたに決まってるじゃない。消去法で考えなさいよ。あなたがセドリックや、ましてや…」

 そこまで言って、彼女は顔をさっと赤らめて口を閉ざした。最近暗黙の了解で、互いにクリスマスパーティでのいざこざは無かったことにしていて、ハーマイオニーはロンの前ではクラムの名を出さない様にしていた。

 しかし、ハーマイオニーの言う通り、ロンがクラムの大切な人であるという事などあり得ない事は、明白である。

 

 「じゃあ、ハーマイオニーはビクトール・クラムの大切な人という事ね。という事は、私は…?」

 オーシャンは声に出した事で、ハッとした。一瞬、また舞踊をねだられた時の様な用事で呼び出されたのかとも思ったが、ハーマイオニーの言う通りに消去法で考えてみると、そう言う事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時にオーシャンが思い出したのは、そうした一連の流れだった。

 ぼんやりと開いた目に入ってきたのは、曇天。耳にかすかに聞こえてくる歓声と、体に感じるのは規則的な揺れだ。少し顔を傾けると、セドリックの顔が、オーシャンの視線に気づいてこちらを見、やんわりと笑った。

 「-えっ、何、ちょっと待って…!」

 意識がハッキリし、オーシャンはセドリックの腕の中で激しく身を捩った。彼の腕に姫の様に抱きかかえられている自分の状況に、ついていけない。

 

 「うわ、ちょっと、落ち着いて…」

 「なにこれ!紳士的にも程があるわよ!」

 バランスを崩して二人は派手に倒れこんだ。慣れてない日本人の身には、不意のお姫様抱っこは恥ずかしすぎて耐えられない。

 セドリックを尻に敷いた所でマダム・ポンフリーが飛んできて、二人を温かい毛布で包んだ。

 

 二人はテントに通され、温かい魔法薬を飲まされた。「すぐに体の芯から温まるわ。全く、ドラゴンの時といい、こんな危険な課題を出すなんて、魔法省は何をお考えなんだか…」

 マダムはブツブツ言いながら、次の選手の為にテントの外に出て行った。

 

 「貴方が一番だったみたいね。おめでとう」

 セドリックに言ったが、彼は複雑な面持ちだった。「どうしたの?」

 「いや、僕より先に、ポッターが到着していたんだ」

 「まあ」

 聞くと、ハリーが一番最初に人質の元へ到着していたが、ロンだけつれてハーマイオニー、ガブリエル、オーシャンの三人を置いていく事が出来ずに、全員を助けようとしていたという。セドリックが先にオーシャンを助け出したので、すぐに後から来るはずだ。

 それを聞いて、オーシャンは魔法薬を飲んだ時よりも、温かい気持ちになった。

 

 そろそろ外に出て、試合の成り行きを見守ろうか。-そんな話をしていた時に、マダム・ポンフリーに連れられてテントに入ってきたのは、フラー・デラクール、それにビクトール・クラムとハーマイオニーだった。フラー・デラクールは取り乱していた。

 「わたし、もどらなくては!ガブリエル、ガブリエルが!」

 「落ち着いて。大丈夫ですから、あなたはこのままここで待つのです」

 マダム・ポンフリーがデラクールをそう諭している後ろから、クラムとハーマイオニーがオーシャンの隣に腰掛けた。最初はクラムとにこやかに話していたハーマイオニーだったが、一分、二分と時間が経つにつれ、表情に困惑の色が滲みだした。

 

 「ハリーはどうしたのかしら…!もう、三人の代表選手が帰ってきたというのに…」

 確かに、ここまで時間がかかるのはおかしい。セドリックが言うには、一番最初に到着したのはハリーだというのだから、尚更だ。ぞくり、と恐ろしいものが背筋を撫でる。

 「私、様子を見に…!」

 毛布を剥いで立ち上がったオーシャンだったが、それをセドリックが押しとどめた。何かを言っているが、聞き取れない。久しい事に混乱している自分に気づいた。

 

 「ハリー…!」

 セドリックの制止を振り切ってテントの外に出たオーシャンだったが、湖に入ろうとした所で、観客達のどよめきに気が付いた。みんな湖面を見て、息を飲んでいる。

 オーシャンも湖面に目を凝らした。静かな湖面に、一か所だけ激しくあぶくが立っている。

 次の瞬間、ハリーの頭が勢いよく湖面を突き抜けた。彼は目いっぱいに息を吸って、重そうに何かを引っ張り上げようとしている。未だ気が付かないロンと、ガブリエル・デラクールだった。

 

 ハリーが湖岸に二人を引っ張り上げ、グリフィンドール側の観客席から歓声が上がった。テントからフラー・デラクールが駆けだしてきて、ガブリエルの頭をしっかりと抱いた。ガブリエルの名前を言って、心底安心して涙を流していた。

 心の臓の鼓動が徐々に平常に戻り、ロンが水を吐き出して言った言葉はいつも通り耳慣れた言葉に聞こえた。「あーあ、びしょびしょだ。ハリー、何だって、この子を連れて来たんだ?」

 ロンの質問に、涙に濡れたフラーが答えた。

 「私、あの子の所までたどり着けませんでした!」そしてハリーを見て言った。「あなたが助けてくれた!自分の人質じゃないのに!」

 「置いていけなかった」ハリーが首を振り振り答え、オーシャンは誇らしく思って彼の頭を撫でた。「やめてよ」ハリーはその手を鬱陶しそうに払いのける。

 

 マダムがハリーを迎えに来た。審査員達は、水中人の長を交えて評議に入った。

 テントまでの道で、ロンはハリーの道徳的行為にそれこそたっぷり水を差して歩いた。校長が自分達を命の危険に晒す訳が無い、とか、歌を真に受けたのは間抜けだった、とかである。

 テントでハリーが魔法薬を貰った所で、オーシャンがロンに言った。

 「そんなに意地悪な言い方をするものじゃないわ。これがハリーらしさよ。貴方が私とハーマイオニーを見捨てる時に、自分の危険を顧みずに助ける-やだ、貴方に言ったわけじゃないわ、そんな顔しないでよ」オーシャンの言葉にセドリックが情けない表情をしていたのだった。

 

 

 点数が出た。

 フラー・デラクールが惜しくも人質の元にたどり着けず、得点は二十五点。

 ビクトール・クラムが二番目に人質を取り戻し、得点は四十点。

 セドリックは一番初めに人質を取り戻したが、制限時間の一時間を一分オーバーして、得点は四十七点。

 ハリーは水中において一番に効果的な鰓昆布を使ったが、制限時間を著しくオーバーした。

 しかし、人質全員の安全を鑑みた道徳的行為が評価され、得点は四十五点。

 

 全ての得点が出揃い、ハリーとセドリックが同点で首位に立った。歓声があがり、フラー・デラクールも妹と一緒にハリーに拍手を贈った。ハーマイオニーは、ロンと一緒に夢中になってハリーに賛辞を贈った。ハーマイオニーの隣でクラムが、彼女の心を取り戻そうと躍起になっているが、それでも彼女は振り向かなかった。

 

 最終の課題は六月の二十四日、夕暮れ時に行われる。代表選手はそれより一か月前に、課題の内容を知らされる、と歓声に負けじとバグマンが声を張り上げた。少なくともそれまでは、選手達はゆっくり出来るという訳だ。

 その夜、グリフィンドールは以前にも輪をかけたお祭り騒ぎだった。高得点で第二の課題をクリアした上に、セドリックと並んでホグワーツの生徒二人がトップに躍り出た。その事実が生徒達の高揚感を、最高に高めていた。

 

 「オーシャン、バタービール飲まない?」

 「ありがとう。悪いけど、今はいらないわ」

 アンジェリーナに誘われるが、オーシャンはやんわりと断った。考え事をしていたのだ。

 第二の課題は、久々に肝を冷やした。今回これだけ危険な課題が出たという事は、最終課題である第三の課題はもっと危険を伴うに違いない。今回の様に、もしもの時にすぐに助けに駆けつけられない状況であれば…。

 何事もなく試合が進めばいいが、もし、ハリーを試合に送り出した誰かの罠でも仕掛けてあれば…。

 ハリーが湖から上がってこなかった時の、恐ろしいものが頭をもたげた。

 

 せめて、彼らが確実に自衛できる手段を構築せねば、不測の事態も起こりえる。そこまで考えた所で、両脇を不機嫌そうな双子に挟まれた。ジョージがバタービールを無言で呷った。

 「どうしたの、二人共?」

 「おー、おー。見事な惚けっぷりだなあ?」

 フレッドがあまりにも酒飲みの日本人の様な絡み方をしてくるので、オーシャンは笑ってしまった。

 「何?どういう事?」

 「お前が好きそうな、見事な紳士っぷりだったものなあ?今も愛しの彼の事を考えていたのか?」

 

 「愛しの彼」という不意打ちに、オーシャンはさっと顔を赤らめた。「先生の事なんか、考えるわけないでしょう!」

 するとフレッドとジョージの二人は、何かに打ちのめされた様にのけ反った。まるで、第一の課題でオーシャンが杖を向けたドラゴンの様だ。しかし二人は、そのまま床に崩れ落ちた。

 

 「ちょっと、一体どうしたって言うのよ?貴方達、変よ」

 オーシャンは足元に崩れ落ちている双子に声をかけたが、二人はそれを無視して互いに声を掛け合っている。

 「おい、相棒よ。そろそろ、遠くにいる相手を呪う道具の研究に着手するべきだと思うが、どうだ?」

 フレッドの問いに、ジョージが答える。「無理だ…遠くにいるっていっても、どこにいるか分からなければ、さすがの俺達もそれは不可能じゃないか…?」

 

 とんでもない会話が交わされているが、オーシャンは「そんな事無いわよ」と会話に割って入った。

 「日本に伝わる『丑の刻参り』だったら、遠方にいる相手を呪い殺せるわよ。…まあ、見られたら呪いが返ってきちゃうけどね。相手の髪の毛と藁人形さえあれば、簡単に-」

 途端に、閃く。選手達を守るために、自分がするべき事は何か。

 「…これだわ」

 呟いたオーシャンは、双子を置いて寝室に駆け上がった。早速、父に国際ふくろう便を送らなければ。

 取り残された双子の姿を見て、リー・ジョーダンがげらげらと笑った。

 





フラーのセリフは、読みやすい様に標準の言葉で書いています。ルビとかの設定が分からないので…。(怠慢)
そこらへん勉強したら、修正しようかな

感想70件、お気に入り1165件、しおり389件ありがとうございます!


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51話

 「水中人なんか、本気を出せばやっつけられるんだ」

 「あら、どうやってやっつけてやるのかしら。いびきでもひっかけてやるつもり?」

 談話室で下級生に得意気に話すロンに、通りすがりのハーマイオニーが言った。

 今までハリーの陰に隠れて脚光を浴びることが無かったロンだったが、第二の課題で人質になった事で一気にみんなの関心を集める事となった。

 今では話に尾ひれもついて、(全て自分でつけているものだったが)さらわれる事に抵抗し大立ち回りしたが、水中人に卑怯な手を使われて無理やり眠らされてしまった-という事になっていた。

 

 気持ちよく話していた所をハーマイオニーに水を差されたロンは、その後は尾ひれを仕舞いこむ事となった。この所彼女はイライラしている。それと言うのも、ビクトール・クラムの大切な人だという事が学校中に知れ渡り、ホグワーツの生徒にからかわれまくり、ダームストラングの生徒からは後ろ指で噂話をされまくっているからだった。

 

 「ダームストラングの生徒達はともかく、ここの生徒の噂好きは今に始まった事では無いわ。いちいち気にするだけ無駄よ」

 昼食の席でジュースを飲んで、オーシャンが言った。彼女もセドリックの大切な人だという事-しかも、湖から出て来た時にお姫様抱っこをされていたのが、いい話のタネにされていた。

 何となくレイブンクローの女子生徒-特にチョウ・チャンの周りにいる女の子達から、時折それとなく嫌がらせを受ける事もしばしばあった。嫌がらせと言っても、実害はほとんどない可愛いもののため、好きにやらせているが。

 

 「私はあなたの様にできた人間じゃないの!全く嫌になっちゃう!」

 ハーマイオニーはプリプリ怒りながらパンを頬張った。その姿がとても可愛いくて、オーシャンは柔らかく笑った。

 「私は別に、できた人間じゃないけれどね。人の噂も七十五日よ。放っておきなさい-でも、もしも嫌がらせなんか受けた時には教えてね。相手の耳に自然薯を生やしてあげる」

 「うげっ…何なの、その呪い。ネギより痛そう…」

 

 

 

 三月に入り、ハリーの元にブラックからの手紙が届いた。

 「どういう事?シリウスはホグズミードまで戻ってきてるの?」

 朝食時に届いた手紙を早速、ハリー、ロンと一緒に読みながら、ハーマイオニーが言った。ハリーは声を荒げる。「そんなバカな!捕まったらどうする気だ?」

 「何が書いてあるの?」オーシャンの質問に、ロンが答えた。

 「土曜日の午後二時に、ホグズミードを出た所の、柵の所で待ってるって。食料を出来るだけ持ってきて欲しいって書いてある」

 

 「まあ、大丈夫だろ」まるでブラックが帰ってくることが迷惑だとでも言う様に眉を顰めたハリーに、ロンが軽く言った。「あそこはもう、ディメンターがうじゃうじゃしてるわけじゃないし」

 「そうね。あの犬もそこまで馬鹿じゃないだろうし、きちんと安全策をとっているのではないかしら」

 オーシャンも笑って同意する。ハリーの顔はそれでも晴れなかった。その時、オーシャンの元にも、小包をぶら下げた一羽のふくろうが舞い降りた。

 

 

 

 

 「では、そろそろ行きましょうか」

 翌日の正午に、オーシャンはハリー達と一緒にホグズミードに出発した。ハリーはシリウスが注文した食料を、昼食の席からたんまりくすね、オーシャンはその懐に、昨日届いた父からの返信と、同梱されていた母からの差し入れを忍ばせて来た。

 一緒に行こうとアンジェリーナから誘われていたが、ごめんなさい、と断った。彼女には言えないが、ハリーがブラックに会いたい様に、オーシャンも今日ばかりはとてもブラックに会いたいのだった。ただ、その種類は違うかもしれないが。

 

 ホグズミードでの用事は、ハリーの買い物に付き合って靴下を見る事だけだった。なんでも、厨房で働いている屋敷しもべ妖精のドビーが第二の課題の朝に鰓昆布を入手してくれたので、ハリーは課題をクリアする事が出来た。そのお礼に、今日は一年分の靴下を買って帰る予定らしい。

 

 一時半を過ぎたので四人が村のはずれに向かうと、そこには懐かしい姿があった。

 「久しぶり、シリウスおじさん」

 新聞を咥えた真っ黒な毛むくじゃらの犬に、ハリーが言う。ブラックは尻尾を嬉しそうに振って、向きを変えて歩き出した。ついてこい、という事らしい。

 左右に揺れる尻尾を見ながら三十分は歩いただろうか、やがて岩石で覆われた山の麓に出た。曲がりくねった道をブラックについて歩き、その姿が狭い岩の裂け目に消えた。ハリーを先頭にしてその裂け目に体を滑り込ませると、ブラックは変身を解いて本来の姿に戻った。中は薄暗い洞窟で、奥ではヒッポグリフのバックビークが待っていた。四人は礼儀正しくお辞儀をしてくちばしを撫でた。

 

 「肉!」

 逃亡した夜と同じローブを着たブラックが口に咥えていた新聞を口から離し、血走った眼で言った。彼がハリーの鞄を奪いに来る前に、オーシャンはハリーの肩から鞄を外して、さっとブラックに放り投げた。キャッチしたブラックはおもむろに鞄を開けて、中からチキンとパンを取り出して一心に貪り始めた。その勢い、野獣の如し。

 

 「まるで獣ね」オーシャンが見下す様に言うと、ブラックは肉で口を一杯にさせながら「そう言うな」と言った。

 「ほとんどネズミばかり食べて生きていたんだ。あまりホグズミードで食料を盗んで、注意をひくのは良くない」

 「その気になれば、山菜や魚なんかも採れるでしょうに。カエルなんかも意外に美味しいと聞くし、イナゴは佃煮にしたらもはやごちそうよ?」

 「おいおい、日本人の味覚と一緒にするなよ」

 

 ハハハ、と大げさに肩を竦めたブラックに、オーシャンはにっこりとして言い放った。

 「そう。折角、母が作ったイナゴの佃煮を持ってきてあげたのだけれど、必要なさそうね」

 「何!?美空の手作りだと!?」

 昨日、父からの返信と共に届いた小包を懐から出して見せるオーシャンに、ブラックは駆け寄り跪いた。

 「お手」

 足元に跪いた大の男に、オーシャンは優雅とも言える素振りで言った。彼女が差し出した右手に、ブラックは躊躇せずにそれを重ねた。

 いい子ね、と頭を撫でられる名付け親を、ハリーは複雑な面持ちで見ていた。

 

 「シリウスおじさん…。こんな所にいて大丈夫なの?」

 ハリーが聞くと、ブラックは恐らく初めての佃煮の味に慄きながら言った。

 「私の事は心配するな。これでも、愛すべき野良犬のふりはだいぶ上手くなった」

 佃煮をパンに挟んで食べながら、ブラックは先ほど口に咥えていた、汚らしく変色した『日刊予言者新聞』を顎で示した。ロンが拾いに行って、両手に広げる。

 「私は現場にいたいのだ。どうやら、事態はますますきな臭くなっている様だからな」

 

 その後、後輩三人と愛すべき野良犬が今回の事態の情報を整理している間、オーシャンはバックビークが繋がれている近くにあった、僅かに光が差し込んでくる箇所の岩に腰掛けて作業を始めた。

 懐から取り出したのは、父から送ってもらった魔法力が込められている藁と丈夫な糸だ。本職の父が魔法力を込めた藁だから、効果は抜群だと思われた。一応、耳だけはブラックの話を聞いている。

 藁を束にして糸でくくり、それを何か所か繰り返す事で、人形にする。仕上げにまじないをかければ、作業は完了だった。あとは-。

 

 「…それでも、ダンブルドアがスネイプを信用しているのは事実だ。しかし、もしもスネイプがヴォルデモートのために-っ痛い!」

 「あら、ばれちゃった」

 オーシャンは話に熱くなっているブラックの背後へ回り、その伸び放題になった髪の毛からめぼしい物を一本拝借した。こちらを振り向いて自分の頭をさすっているブラックの様子など気にもせずに、活きのいい髪の毛を藁人形の胴体にねじ込む。

 

 「何だ?何のつもりなんだ、君は?」

 言って目を白黒させているブラックの胸に、完成した藁人形を押し付けた。「実験よ。これをポケットに入れて、そこに立っていなさい」

 踵を返してブラックから少し距離を置き、「危ないから、貴方達も離れなさい」と言って、ハリー達にも後ろに下がらせた。ブラックを全員が遠巻きにしている状態で、オーシャンは殺意をもって杖を抜き、呪文を唱えた。

 

 「燃えよ!竜の息吹!」

 「ええ!?おい、ちょっと待-」

 続くブラックの言葉は音にならなかった。オーシャンの呪文で、一瞬の内に彼の体が燃え上がったのだ。「おじさあああん!?」ハリーが絶叫した。

 もしも一分待って期待していた現象が見られなければ、すぐに火は消す予定だった。しかし、それはハリーによって遮られる。

 「エクスペリアームス!」

 ハリーの呪文でオーシャンの杖が後方に飛んだ。「どういうつもりで、こんな事するんだ!?」

 

 ハリーがオーシャンに駆け寄って、彼女の首根っこに掴みかかる。その時、ロンが言った。「おい、待てよ。ハリー!シリウスは大丈夫だ!」

 ハリーが振り返る。ブラックにまとわりついていた火炎が燻って消えて行った。彼のローブは少し焦げたが、呪文をかけられる前と変わらない姿でそこにいた。オーシャンが詰めていた息を吐いた。

 「実験、成功ね」

 「実験?」 

 オーシャンはブラックに近づき、彼の状態を観察しながら、「さっき渡したものは、どうなったかしら?」と聞いた。

 自分に何が起こったか、理解が追いついていないブラックが無言でポケットをひっくり返すと、ポケットの中の藁人形が煤となってパラパラと出てきた。

 

 「全く。こういう事をやる時には、せめて事前に説明して欲しいね」

 呆れ顔で言ったブラックに、オーシャンは満足気だ。「仮にも学生の、ほとんど思い付きの実験よ?貴方に嫌がられると思ったの」

 「確かに」ブラックは呆れ顔だったが、笑っていた。

 「オーシャン、どういうことか、説明してくれる?」名付け親と上級生が和やかに話しているのを不満顔で見て、ハリーが言った。

 

 



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52話

 「ハリー。ハリーったら。…もう、そろそろ機嫌を直して頂戴」

 ホグズミードからの帰り道、いきなり名付け親に炎を浴びせて燃え上がらせたオーシャンに怒りが収まらず、ハリーは彼女と話をしない様にしていた。彼は親友二人とオーシャンを背中にして、一人で一歩前を歩いている。その肩が今までになく怒っていた。

 

 確かによくよく考えれば、説明してから実験をするべきであった。いきなり親に向けて杖を突き付けられて、愉快である子があるものか。それに加えて、いつまでも臍を曲げているハリーに向かって、「子供じゃないんだから」と口を滑らせてしまえば、ハリーの怒りはとどまるところを知らなかった。

 

 「悪かったと思ってるわ。あの『身代わりの藁人形』は、貴方の為に作ったのよ。次の試合では何があるか分からないんだから-」

 「いつまでも子ども扱いしてるのはどっちなんだ!?僕の事は放っておいてくれよ!」

 そう言ってハリーはすたすた歩いて行ってしまった。その後ろ姿とオーシャンを見比べる、ロンとハーマイオニー。オーシャンは頭を抱えて二人に言った。

 「…ハァ。私の事は気にしないで」

 僅かに迷った二人だったが、すぐに親友を追って行った。オーシャンは一人で歩きながら、尚も頭を抱える。結局、彼の為に完成させた人形は、その手に渡らなかったのである。 

 

 

 火曜の朝、ハーマイオニーが朝食の席で悲鳴を上げた。

 「あー!」

 大粒の涙を流した彼女の手は、手紙に入っていた液体でべとべとになり、赤くボコボコと腫れあがって痛々しいものになっていた。ハーマイオニーの手と手紙に残っている液体を見て、オーシャンが言う。

 「『腫れ草』の膿の原液ね。すぐに医務室に行きましょう。さあ、立って」

 彼女を介助し、オーシャンとハーマイオニーは大広間を出た。

 

 医務室に向かって歩きながら話を聞いている内に、どういう訳でこんな事態になったのかをオーシャンは理解した。『日刊予言者新聞』の、ハーマイオニーがハリーとクラムの心を弄んでいるとされた記事を信じた者達からの手紙が、溢れかえっているというのだ。脅迫文はまだ可愛いもので、中にはこんな嫌がらせの手紙もあったという。

 「手紙は捨てないで、取っておくといいわ。私が思いの丈を込めて、呪い返してあげる」

 

 しかしハーマイオニーは、ローブの袖で涙をぬぐいながら言った。

 「いえ、大丈夫よ。…それよりも、あの女がどこで情報を仕入れているのか気になるわ」

 「あの女って、リータ・スキーターの事?」

 「ええ」

 ハーマイオニーの顔が憎々し気に歪んだ。なんでも、元凶の記事を書いたのがあのリータ・スキーターであるらしい。

 しかも、クラムが夏の休暇にハーマイオニーを家に誘ったという事実は試合会場であった出来事で、会場に入れないスキーターが知りえる事ではない。何故その情報を知っているのか…。

 

 「あの女に、何とか目に物を見せてやりたいわ!」

 臍を噛む思いのハーマイオニーの隣で歩きながら、オーシャンは頷いた。

 「そうね…。私の記事でも人狼との交流がどうとか書いてたけど、どこから嗅ぎつけたのかしら」

 今までは好きにやらせてきたが、可愛い後輩に被害が及んだ以上、黙っている事はできない。さて、どう料理してやろうか。

 それから一週間、ハーマイオニー宛の嫌がらせの手紙は降り続いたが、彼女は何の悪態を吐くことも、手紙の主に呪いを送り付けるのをオーシャンに頼む事もしなかった。

 

 

 五月の最後の週、三校の代表選手が呼び出された。夜も暗くなってから、ハリーがマクゴナガル先生から呼び出しを受けてグラウンドへ向かった事を、オーシャンは後輩二人から聞いた。

 「全く、困っちゃうわ。あの子、そろそろこれを素直に受け取ってくれないかしら」

 『身代わりの藁人形』を片手に、オーシャンはさめざめと呟いた。ロンが「君もちゃんと謝らないから」とからかう様に言う。

 「私はちゃんと、あの時に謝ったじゃない」

 

 遅くまで談話室のテーブルでロンとチェス盤を囲んでいると、寮生が一人、また一人と寝室に上がって行った。そろそろ勝負をつけて自分達も寝室へ上がろうか、という所で、ハリーが隠し扉を通って談話室に入ってきた。何やら息が上がっている。急いで帰ってきたのだろう。

 

 「ロン、ハーマイオニー、聞いて-」

 親友二人に語り掛けるハリーに、オーシャンは席を譲ろうとロンの対面から立ち上がった。ハリーが動きを止めてオーシャンを恨めし気に睨んだ時、ハーマイオニーがうんざりした口調で言った。

 「もう、二人共いい加減にして!」

 

 

 

 

 

 

 「つまり、こういう事ね」

 ハリーが今しがた起きた出来事を全て語り終えると、ハーマイオニーが言った。

 ハリーが語ったのは、夜のグラウンドでクィディッチピッチに設営された第三の課題のお披露目の後の出来事だった。クラムが突然、二人で話がしたいと言ってきたのだ。

 禁じられた森の端で話をしていると、森の中から満身創痍な様子のバーティ・クラウチが現れた。加えて何やら様子がおかしく、森の木をパーシーだと思い込んで話しかけたり、息子と妻がまだ生きている体で話したりしていた。

 

 ダンブルドア校長を呼びに行こうとした所で、クラウチ氏は急に正気になってハリーに話しかけた。曰く、ダンブルドアに警告しなければならない、バーサ・ジョーキンズの死、何かを自分のせいだと責めていた…。

 ハリーがクラムにクラウチ氏を任せて校長を呼びに学校へ戻り、校長や先生達を連れてまた森の端へ戻るとクラウチ氏はその場からいなくなっており、クラムは『失神』させられていた。

 

 「クラウチがビクトールを襲ったか、それともビクトールがよそ見をしている隙に、現れた第三者が二人を襲ったか、ね」

 ハーマイオニーが言った。ロンがすかさず切り込む。「クラウチの方に決まってる。それで、人が来る前にとんずらしたんだ」

 ハリーが親友の言葉を否定した。「でも、クラウチはとっても弱っている様子だった。『姿くらまし』なんて出来る筈がないよ」

 それに言い返すハーマイオニーは、もううんざりしている。「だから、ホグワーツでは『姿くらまし』出来ないんだってば。何回言えばわかってくれるの?」

 

 オーシャンはひとつ大きな欠伸をした。「ふわぁ…失礼。では、仮にクラウチさんがクラムを襲って、どこかに姿をくらましたとしましょう。であれば、彼の目的は何だったのかしら?」

 みんな首を捻っていた。その目的はクラウチ氏自身が口にしている。彼の言葉を借りるのであれば、ダンブルドア校長への警告だ。わざわざ人目を忍んでおいて、その目的がダームストラングの生徒一人を失神させる事であるはずがない。

 

 四人が話し合っているうちに、気づいたら夜が明けていた。ハリーとハーマイオニーの提案で、まだ薄暗い中暖炉の明かりを頼りにブラックに手紙を書き、こっそり談話室を抜け出してふくろう小屋に来た所である。三人は酷い顔をしており、上級生一人は歩きながら時々眠っていた。

 

 ふくろう小屋に近づいてきた所で、中からぼそぼそと怪しげな会話が聞こえてくる事に気づいた。オーシャンが中を窺うと、フレッドとジョージがこちらに背中を向け、身を寄せ合わせて何か話し合っている光景に行き会った。二人がまだこちらに気づいていないのをいいことに、気配を殺して彼らに近づく。

 

 「…こんなやり方じゃ駄目だ。まるで、俺達が奴を脅迫しているみたいじゃないか

?」

 「いいや、そろそろ大きく出るべきだ。奴さん、俺たちが学生だと思って甘く見てやがる…」

 「何の話?私にも一枚噛ませて」

 「「うわ!」」 

 肩越しに突然声をかけられて、二人は寄せ合っていた体を離した。フレッドと、オーシャンの後方にいるロンの声が重なる。「「何だってこんなところにいるんだ?」」

 

 「何でって、ふくろう便を出しに来たんじゃない。それで、貴方達は?」

 聞いたオーシャンに、ジョージが明後日の方向を向いて、さあなぁ、と答えた。ハーマイオニーが疑わしく二人を見る。「ふぅーん。二人でふくろうに餌をやりに来たって訳?」

 「誰を脅迫する気か知らないけれど、まだ尻の青い学生の貴方達ではかえって痛い目を見るわ。早々に手を引くべきよ」

 オーシャンの言葉をのらりくらりと躱して、二人は小屋を出て行った。その後ろ姿を見送るオーシャンは、しょうがない子達ね、と腕を組む。

 

 学校のふくろうの足に、ブラックへの手紙を結びつけながらハーマイオニーが言った。「あの二人、誰を脅迫する気だったのかしら」

 ロンが首を傾げた。「さあ。近頃あの二人は、お金集めに夢中になってるから」

 「あら、そんなの初めて聞いたわ。一緒にいる時は、全然そんな素振り見受けられなかったけれど。一体何のために?」オーシャンがこの頃の二人の様子を思い出しながら言うと、ロンが首を振った。

 

 「あの『悪戯専門店』の為さ。僕ずっと、あの二人がママを困らせる為に言ってると思ってたんだけど、どうやら本気らしいんだ。二人で店を始めるには資金が必要だけど、パパは二人を支援する事が出来ないから、二人は金貨が必要だってしょっちゅう言ってる。ホグワーツ卒業まで、あと一年しかないしね」

 「へえ…意外と、あの二人なりに考えているのね」

 今までに知りえなかった友人たちの一面に、オーシャンは舌を巻く思いだった。それが悪戯専門店なのは横に置いておくとして、二人で企業するとは恐れ入る。そういう意味では、自分も人の事を感心している場合ではないのだが。

 

 翌日、ハリー宛にブラックからの返事があった。それと同時に、オーシャンの所にも一羽のふくろうが舞い降りた。脚に括られている紙質から見るに、日本からの手紙ではない様だ。

 中は、ハリーに送られてきた手紙の筆跡と同じ字で、びっしりと英文が並んでいた。オーシャンが目を点にしている間に、ハリーは自分に届いた手紙を持って憤慨していた。「危ない事はするなって、僕に指図する資格あるのか!?自分が学生時代にやった事は棚に上げて!」

 どうやら過保護な名付け親は、息子を心配するあまり彼の監視で外堀をいっぱいにするつもりらしかった。オーシャンは英語で書かれた手紙を読まずに、そのまま鞄の中へ仕舞いこんだ。どうせ、書いてある事は想像に難くない。ずらずらと単語を書き並べてはいるが、結局言いたい事は一つ、「ハリーをよろしく頼む」なのだ。

 

 それから一週間、ハリーとその親友たちは、第三の課題をクリアするための訓練に取り掛かりっぱなしになった。幾多の苦難を乗り越えたハリーにとっては、今度は少しばかり分があると言っていい。聞く話によると、ムーディ先生もハリーに太鼓判を押したそうだ。

 しかし、不穏な影は確実に近づいてきている。後輩三人を空き教室に送り出した後、オーシャンはハリーにまだ藁人形を渡していない事に気が付いた。

 




先週の金ローで放映されたアズカバンの囚人を観て、私の中のオーシャンがしばらく死んでました。
(死因…ルーピン先生がかっこよすぎる事によりキュン死)


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53話

 「おい、ポッター、調子は大丈夫か!?今日は、暴れて僕たちを襲ったりしないだろうな!?」

 スリザリンの一団が、大広間の端からそう囃し立てた。ゲラゲラ笑う彼らに聞こえる様に、オーシャンがハリーの隣で食事を進めながら穏やかな口調で言った。

 「貴方の調子が良くても、私の調子がいいとは限らないのに。みんな呑気なのね、ハリー」

 ハリーににっこり微笑みかけるオーシャンの後ろの方で、スリザリン生のゲラゲラが一瞬で静まり返った。

 

 先日、『占い学』のクラスでハリーの額の傷跡が痛み、彼は授業中に倒れてしまった。またヴォルデモートの夢を見たそうだが、そんな事など知る由もないリータ・スキーターが、(知っていた所でそうしなかったとは思わないが)ハリーは情緒不安定とか夢遊病の発作があるだとか、面白おかしく『日刊予言者新聞』に書き立てたのだ。おかげでスリザリン生のからかいはおろか、他の寮の生徒達までどこかハリーを遠巻きにしていた。

 「本当にあの女、どうにかならないのかしら!」

 本日何度目かのからかいを受けて、ハーマイオニーが肩を怒らせる。オーシャンも憎々し気に言った。

 「あのパパラッチ女、どこから情報を仕入れてくるのかしら。今までの事はともかく、今回の事は完全に学校の中で起こった出来事なのに」

 

 オーシャンの口調にロンが笑う。「パパラッチ女って」「あら。私、そんなに面白い事言ったかしら?」

 「もしかして、本当に『虫』を使ってるんじゃないか?」

 「ハリー、何度言わせるの?そういう機械類は、ホグワーツではまともに使えないのよ!」

 何度目かに聞くハリーの意見を一蹴したハーマイオニーは、オーシャンを向いた。今この場でまともに話が出来るのは貴女だけだ、とその目が言っている。「オーシャンはどう思う?」

 

 後輩の質問にオーシャンは腕を組んだが、かと言って正解が出てきそうにもない。彼女はハリーを倣って、とりあえず思いつくものを片っ端から上げていった。

 「一番手っ取り早いのは『透明マント』。だけど、これはとても高価なものだから、そもそもあの女が持っているとは考えられないと思う。次に『隠れ蓑術』だけど…これは言わずもがなの忍術だし、もしこれを使っていたら、私が見つけられない訳が無い。あとは、ダンブルドア校長の様に、『透明呪文』で自分を透明にするか…。でも、これも考えられないと思うの。あの女が書く記事からは、そのレベルの術を使いこなせる様な知性は微塵も感じられない。あとは-。…そうね、『隠遁術』」

 

 「なあに、それ?」

 「『隠れ蓑術』もこの術の一種よ。『木を隠すなら、森の中』という言葉があるでしょう。群衆の中に入り混じって標的を尾行したり、情報捜査の時に忍者はこの術を使うの。例えば、どこかからホグワーツの制服を一着調達したら、それを着て怪しまれずに学校に出入りできるでしょう?」

 

 「リータ・スキーターが生徒の恰好して歩いてたら、いくらなんでも分かるだろ。あのおばはん、いくつだと思ってるんだ?」ロンがからかう様に言ったが、オーシャンはいたって大真面目だった。

 「ロン。女性の化粧は、それこそ魔法よ。いくつにだってなれてしまうのだから」

 「へえ。」

 ロンは興味なさげにポテトを頬張ったが、ハーマイオニーはブツブツと呟きながら何かを考えている様だ。

 

 「『隠遁術』…絶対に見つからない方法…『木を隠すなら』…-」

 最後に彼女は自身のブロンドに手櫛をかける。そして何かを思いつた。「…『虫』!そう言う事だったのね…」

 不思議がる三人に、ハーマイオニーは鞄を引っ掴んで言った。

 「今度こそ、あの女の尻尾をつかんだわ!図書館に行かなくちゃ!」

 バタバタと走っていく後ろ姿に、ロンが言った。「おったまげ。あと十分で『魔法史』のテストが始まるってのに」

 「ふふ…彼女より自分の心配をしたらどう?」

 「「それなら君も、ハリーより自分の心配をした方がいいな」」

 背後からの声にオーシャンが振り返ると、ロンの双子の兄達がじとっとした目で立っていた。

 

 「あら、もう行く?」「お前、よくそんなに余裕だよな」「次のテストは『変身術』だぞ。早く行かないと、間に合わない」

 フレッドの口から出た言葉に、オーシャンは笑いつつも鞄を持って立ち上がった。「十分もあれば余裕で間に合うでしょう。じゃあ、ハリー、また後でね」

 双子達と大広間を出ようとするオーシャンの耳に、マクゴナガル先生の言葉が聞こえた。「ポッター。対抗試合の選手は、朝食の後でこちらの部屋に集合するように」

 

 変身術の教室に足を向けながら、フレッドが話し出した。「で、今度は何をコソコソしてるんだよ?」

 「別に、コソコソなんかしてないわよ。ただ、あのパパラッチ女の尻尾をどうやったら掴めるか、作戦会議していた所なの」

 「「パパラッチ女?」」二人の声が重なり、オーシャンは端的に答えた。「リータ・スキーター」

 「ああ…最近かなりこっぴどく『日刊予言者新聞』に書かれてたものな」

 「私の事はどうでもいいのよ。ハリーや狼人間の事を好き放題に面白おかしく書き立ててるのが許せないの」

 

 彼女の言葉に双子は少し悲しい様な、苛立っている様な顔をしたが、オーシャンは気が付かなかった。

 「そんなに憎たらしいなら、いつだかに言ってた日本式の呪いでやっちまえよ」

 フレッドは苛立ちをぶつける様に言ったが、オーシャンから返ってきた言葉に青ざめた。「簡単に言わないでよ。『丑の刻参り』は時間が限定される上に、姿を見られたら呪っている私の方が死んでしまうわ。貴方、私に死んでほしいの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『変身術』の試験を何とかやりおおせて双子と一緒に昼食を摂りに大広間に戻ると、そこではハリーと、双子の母と兄が仲良く食事を楽しんでいた。

 「ママ、どうしてここに!?」「ビルまでいるじゃないか!」

 「ハリーの最後の試合を観に来たのよ。どう?この息子達は、いい子にしてる?」

 双子の横っ腹越しにウィーズリー夫人に問われたオーシャンは挨拶をしてから、「ええ、とってもいい子ですよ」と答えた。

 「そりゃないぜ、ママ」「まるでこいつが、学校での俺達の保護者みたいじゃないか?」双子が不貞腐れて言うと、母は「あら、違うの?」ととぼけた声を出す。その内にロンやジニーも試験を終えてやってきて、まるでウィーズリーの『隠れ穴』にいた日々の様な優しい時間がそこに流れた。

 

 

 やがて試合の時間が訪れた。第三の課題は巨大な迷路だった。クィディッチピッチ一杯に生垣が張り巡らされ、樹木が生い茂った巨大な迷路が建っている。去年卒業したグリフィンドールのクィディッチキャプテン、オリバー・ウッドが見たら、卒倒しそうな有様だった。尤も、ビーターである双子達もかなり憤慨しているが。「なんだ、コレ!」「グラウンドはどうなってるんだ!?」

 「随分と大きな迷路ね…。これじゃあ、中の様子なんて全然分からないじゃない。ハリー大丈夫かしら」

 

 「あの…ウエノ」

 後ろから声をかけられて振り返ると、そこにセドリック・ディゴリーが立っていた。

 「あら、ディゴリー。どうしたの?ハリーはもう選手の控えテントに行ったけれど」

 「ああ…うん」

 言ってもその場から動かない彼に、オーシャンの後ろで双子があからさまにイライラしている。彼らの顔が肩口に近づいたので、オーシャンは振り返らずに裏拳を放った。見事に命中して、双子がその場へ蹲る。

 「あの…僕、行ってくるよ」セドリックは言葉を探したものの見つからなかった様で、真っ直ぐな視線でオーシャンに言った。彼女は柔らかく微笑んで返す。

 「頑張って。でも、無理はしないでね。もし、強い敵に行き当たって、勝ち目がない相手だと判断したら、逃げるか、死んだふりでもしてやり過ごすといいわ。とりあえず、自分の命だけは守って」

 

オーシャンはポケットから、ハリーに渡し忘れていたものを取り出した。一応、選手達の全員分。

 「これ、何かあった時のお守りよ。みんなに渡してくれない?この間からハリーにも渡そうとしているのだけれど、あの子ったら受け取ってくれなくて」

 『身代わりの藁人形』を四体受け取ったセドリックだったが、どうしていいか分からずにそのまま固まってしまっている。「これは…?」

 「こうやって使うのよ-ちょっと、失礼」

 オーシャンはセドリックの頭に手を伸ばした。素早く一本拝借する。「痛っ」

 

 「ごめんなさい、こういう道具だから」そう言って、オーシャンは彼の短髪を『藁人形』の体の中にねじ込んだ。

 何が何だか分からず目を白黒させている彼に、彼女は笑いかけた。「これを持っていれば、危険な事から一度だけ身を守ってくれるわ」

 「あ…ありがとう」

 微妙な顔をする彼の考えている事は、容易に想像がついた。恐らく、日本人が趣味の悪いお守り人形を渡したくらいにしか、彼は思っていないに違いない。オーシャンは笑顔を添えて畳みかけた。「私だと思って持っていてくれる?」

 

 「あ…ああ!」

 セドリックは頬を紅潮させて嬉しそうに言うと、『藁人形』を抱いて選手達の控え席に走っていった。オーシャンの後ろで鼻の頭を赤くしている双子が言った。「おお、やだやだ。純情な男心を弄んでやがるぜ」「ああ、こいつは稀代の悪女だな」

 振り返った彼女の怪しい微笑みに、ウィーズリーの男児達はその場に固まり、唾を飲んだ。「その悪女に何年間も世話を焼かれている、手のかかる子はどこの誰かしら?」

 

 いい席を探す女性たちの後ろについて歩く双子に、ビルが面白そうに話しかけた。

 「彼女、一筋縄じゃいかないな」

 長兄に言われて双子達は頬をほのかに染める。反対にロンは青ざめた。

 「ん?どうした、ロン」

 「…オーシャンはいい奴だけど、親戚にはしたくないな。毎日からかわれっぱなしになる僕の身にもなってくれよ」

 ビルはハンサムに笑って、弟の頭をぽんと撫でた。

 





ビルみたいなお兄さん欲しいなあ…



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54話

 試合が始まり、同点一位のハリーとセドリックのホグワーツ組が一番先に迷路の中へ進む権利を得た。数分を置いて、三位のビクトール・クラムが、また数分を置いて、フラー・デラクールが迷路の中へと出発した。

 今回の課題の迷路にはいくつかの仕掛けが施されているそうで、妨害の役目を果たす魔法生物も中に放されているらしい。『身代わりの藁人形』がハリーの手に渡っていればいいが…。

 観客席で心配そうな顔をしているオーシャンに、隣に座るフレッドが言った。

 「少しはハリーを信じてやれよ。いくらなんでも、大人にもやっつけられないような罠を魔法省が仕掛けるわけが無いんだ。今までもいろんな事があったんだし、これくらいハリーにはちょろいだろ」

 

 「ええ…だけど、想定外の事態はいつでも起こりえるわ」

 反対隣りに座っているジョージが訊いた。「例えば?」

 「例えば…」口ごもるオーシャンに、ジョージが笑った。「考えすぎだって。心配するより、ハリーを応援しようぜ」

 両隣から双子に肩を抱かれて左右に揺すぶられる。答えるオーシャンの声は、双子が歌う応援歌にかき消された。「ええ、そうね…」

 頭でわかってはいるのだが、どうも今回は妙な胸騒ぎがしてならないのだ。『藁人形』が役目を果たさずに事が済めばいいのだが…。オーシャンは双子に揺さぶられながら、努めて明るい顔を装って、試合に集中する事にした。

 

 

 四人の選手全員が迷路に入って二十分は経った頃、突然、迷路の上空に赤い火花が上がった。選手の誰かの救難信号だ。

 初めての脱落者に、会場中が息を飲んだ。マダム・フーチが空からその場所へと向かい、程無くして箒の後ろに救助者を乗せて戻って来た。バグマンの拡声された声が、フラー・デラクールの脱落を告げた。

 ボーバトンの生徒が悲しみに暮れた。中には泣き出した生徒までいる。他の生徒もショックを受けている様だ。-思ったより脱落者が出るのが早すぎる。

 

 

 

 その後は何の動きも無く時間が経ち、太陽が傾き、そしてついに日が暮れた。会場周辺には魔法の明かりが灯るが、暗闇が観客の不安を仰ぎ始める。確かに巨大な迷路ではあるが、時間がかかりすぎではないか?

 生徒達がざわつき始め、ウィーズリーおばさんも心配そうな声を出した。「ハリー…何かあったのかしら…?」

 その時、迷路の入り口に突然二つの影が現れた。会場中のみんなが息を飲み、それがうずくまっているハリー・ポッター、横たわったセドリック・ディゴリーだと認識するまでに数秒の時間を要した。ハリーの腕がセドリックに回され、もう片方の手にはしっかりと優勝杯が握られていた。

 

 観客席が沸いた。ロンが立ち上がって叫んだ。「やった!ハリーがやったんだ!」

 ホグワーツの生徒達によって歓喜の渦が訪れても、ハリーはセドリックから離れない。コーネリウス・ファッジ魔法省大臣が彼を引きはがしにかかるが、それでも離れなかった。

 何かがおかしい、と判断したのだろう。ダンブルドア校長がハリーに駆け寄ると、ハリーが泣きながら言った。「あの人が戻ってきた!セドリック-セドリックが…殺されてしまった!」

 

 その声にオーシャンは席を駆け下り、最後はほとんど飛び降りる様にしてハリー達の横に立った。二人共ボロボロで、大変な苦難に遭った事だけが分かった。そしてオーシャンは、目を閉じているセドリックの脈を診るため、その腕を取った。まだ温かい。まるで、生きている様だ。

 「………これ、死んでるの?」

 オーシャンが訝し気に言った次の瞬間、死んだはずのセドリックが起き上がってひし、とオーシャンに抱き着いた。突然の事に、会場中が再び、-ハリーと校長でさえもが固まった。そして、死んだと思われていたセドリック・ディゴリーは突然呵々大笑した。

 

 「ええと?貴方、ディゴリーよね?」

 聞いた事が無いセドリックの大笑いに、オーシャンが訊いた。彼は、涙を流しながら笑っていたのだ。

 「『死んだふり』だ!」

 「え、何?」

 「セドリック-君、何で…!?」

 セドリックのローブのポケットから、はらり、と数本の藁が落ちた。ほとんど消し炭になっている。

 

 「君は『死の呪文』をまともにくらって、死んでしまったんじゃ…」

 涙を流すハリーが、しゃくりあげながら言った。セドリックがポケットの中身を確かめて言う。「こいつのおかげさ」

 「そんな…だって、それから動かなかったから…僕は君が死んでしまったものとばかり…」

 「ウエノが、勝ち目が無い相手の前では『死んだふり』でやり過ごせって」

 「-まさか、奴を『死んだふり』でやり過ごしたの!?」

 「まさか、だましとおせるとは思ってなかったけどね」

 「二人共、どういうことか、説明してくれんかの」今まで黙っていた校長が言い、会場は水を打った様に静かになった。

 

 静寂に包まれた会場で二人が語った事は、おぞましい出来事だった。優勝杯はポートキーにすり替えられ、二人はどこかの墓場に飛ばされた事…。ピーター・ペティグリューが現れ、ハリーの血を使ってヴォルデモートを復活させた事…。セドリックはペティグリューに『死の呪い』をかけられたが、オーシャンが試合前に渡した『身代わりの藁人形』によって、命を失わずに済んだ事。

 ホグワーツに『死喰い人』が潜り込んでいる事。そいつがハリーの名前をゴブレットに入れた事。

 

 「れ…『例のあの人』が復活しただと…!?馬鹿な、そんな…いくらなんでも、荒唐無稽すぎる…!」

 青ざめた魔法省大臣に、ダンブルドア校長が厳しい視線を向けた。「しかし、コーネリウス。本当であれば、これは由々しき事態じゃ。即刻、事実関係の確認をとらねば」

 「馬鹿な!」しかし、それを魔法大臣は何度も首を振って否定した。「そんなもの確認をとるまでも無い事だ!そんな話があるわけがない!その子達の作り話だ!」

 「僕達、嘘なんて吐いていません!」「大臣、信じてください!」

 

 「ダンブルドア」

 いつの間にか、ムーディ先生が歩み寄ってきていた。

 「事が本当なら、いつまでもここで話をしているべきではない。大広間へ移って、皆に説明をせねば。この二人はわしが医務室へ連れて行こう」

 「いかん」校長は首を振った。「皆に説明をするというのであれば、この子達いなくしてそれは適えられん」

 「しかし、この子達には休養が必要だ。さあ、ポッター、ディゴリー、おいで」

 

 ムーディ先生がほとんど無理やり二人を連れて行き、その瞬間に誰かが恐怖で叫んだ。それを皮切りにして会場はパニックに陥り、生徒や先生達がグラウンドに駆け下りてきて次々と校長や魔法大臣に詰めかけた。人の波に阻まれて、セドリックの両親とウィーズリーおばさんは自分の息子達に声をかける事すらも出来なかった。

 

 

 

 

 「さあ、二人共、ここへお座り」

 通されたのは医務室ではなく、ムーディ先生の部屋だった。

 「これを飲むんだ…すぐに気分がよくなる」二人は疑いもせずに、ムーディ先生が差しだした飲み物を飲んだ。その間に、先生が部屋に鍵をかける。何かがおかしい。

 「して、ポッター。闇の帝王は、どうやって戻ったのかもう一度話してくれんか」

 先生の質問に、ハリーは途切れ途切れに答えた。自分の父親の墓から骨を手に入れ、ハリーの腕から血を採った。それを材料に蘇ったのだ。

 

 セドリックを見ると、目が虚ろになっていた。飲んだばかりの液体が入っていたカップが、彼の手をすり抜けて床に落ちた。おかしい。何かが起ころうとしている。

 「して、デス・イーターは?戻ってきたか?」先生はそれに構わず、次第に熱く、ハリーに話しかけ続ける。「あの人は奴らをどのように扱った?許したか?」

 初めてハリーが口を開いた。「そんな事、どうして先生が気になさるんです?」

 

 ハリーの質問に先生は少しの間沈黙したが、再び質問を続けた。

 「では、あのお方はカスどもをお許しなさったのだな?あのお方をお探ししようともしなかったゴミどもを?クィディッチワールドカップでは仮面をかぶって大いにはしゃいでいたあのバカどもを。この俺が打ち上げた『闇の印』を見て逃げた、あの腰抜けどもを」

 「先生が、打ち上げた…?何…何の話をしているのです…?」

 

 「ハリー、あのお方は、奴らに罰を与えただろう?痛めつけたと言ってくれ…。この俺だけが忠実であり続けたと…危険を冒して、あのお方の望むお前をその手にお届けした」

 「嘘だ-あなたが…」

 椅子から腰を浮かしたハリーに、先生が詰め寄った。「あのお方はお前を殺しそこなった。そして、今、俺がそれを遂行する-!」

 先生が杖腕を上げた瞬間、オーシャンは『隠れ蓑術』を解いた。「切り裂け、断罪せよ!」

 先生の杖が腕ごと千切れて吹っ飛んだのと、扉が轟音を立てて破られたのはほぼ一緒だった。マクゴナガル先生とスネイプ先生を引き連れて、静かに部屋に入ってきたダンブルドア校長が、オーシャンを見て言った。

 「Ms.ウエノ-やりすぎじゃ」

 「ハリーがあのまま殺されても良かったというの!?」

 「だからって腕ごと切断する必要はないじゃろう…。奴が君に粉微塵にされる前に、間に合って良かったわい」

 

 「一体どうして、ムーディが?」

 壁に寄りかかって気を失っているムーディを見て、ハリーが言った。ダンブルドア校長が、その男を軽蔑の視線で見下ろして答える。「こやつは、アラスター・ムーディではない」

 「「えっ!?」」ハリーとオーシャンの声が重なった。校長は呆れた声を出す。

 「何と、Ms.ウエノは気づいておらなんだか。では仮に、これが本物のアラスター・ムーディでも腕を切っていたのかね?」

 「ハリーが危険にさらされた時は、もちろん」

 校長の後ろで、彼女の寮監であるマクゴナガル先生が頭を抱えた。「貴女は何を言っても分かってくれないのですねぇ…。ウィーズリーの双子より質が悪いですよ、本当に…」

 





セドリック生存ルートにするか悩みました、本当に…。
でも呪いの子の事を考えないなら、助けたい。彼は魔法ゲーム・スポーツ部の部長になると思います。
「死んだふりで死喰い人全員やり過ごせる説」は、初見の時から割とガチで思ってました。だってこの人たち、基本死んだかどうか確認しないから…。脈とか診ないから…。

今更だけど、呪いの子の舞台観たくないっすか?私は観たい…。


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55話

 マッド・アイ-ムーディだと思われていた人物は、バーティ・クラウチ氏の息子だった。バーティ・クラウチJr.。魔法省高官の一人息子にして、死喰い人の一人である。

 本物のアラスター・ムーディは、偽ムーディのトランクの中から見つかった。彼には計画を遂行する為に、本物のムーディの髪の毛が入ったポリジュース薬を飲み続ける必要があった。その為に本物のムーディを生かした状態で、且つ自分の手の届く所に置いておく必要があったのだ。

 

 魔法のトランク(これも本物の持ち物なのだろうが)の中には石牢の様な空間があり、本物のムーディはその中で身ぐるみをほとんどはがされた状態で倒れていた。

 「アラスター、大丈夫か?」

 校長がトランクの中のムーディに呼びかけると、彼は弱々しい声で「ああ」と答えた。ダンブルドア校長が、オーシャンを振り返る。

 

 「彼は酷く衰弱しておる。Ms.ウエノ、大至急、彼とMr.ディゴリーを医務室へ連れて行くのじゃ」

 「大の男二人を抱えて医務室まで行けって言うの?それよりもハリーについていてあげなくては」

 オーシャンは言われた言葉に眉根を寄せたが、校長はそんな彼女に鋭い一瞥を投げかけた。

 「ハリーにはわしがついておる。行くのじゃ。人命第一」

 

 それ以上の反論を許さない、と言う様なダンブルドア校長の一言に、オーシャンは一つため息を吐いた。そして本物のマッド・アイ-ムーディが入ったトランクの蓋を閉めて、乱暴に持ち上げる。校長が嗜めた。

 「これこれ、怪我人が入っておるのじゃ。くれぐれも優しくな」

 「…失礼、教授」トランクにそう言うと、次にオーシャンは杖を振り、椅子に力無くもたれたままピクリとも動かないセドリックに、浮遊術をかけた。彼の体が浮き上がると、その頭をドアにぶつけない様に慎重に杖を操りながら、オーシャンはムーディの部屋を後にした。

 

 

 医務室に到着すると、ロン、ハーマイオニー、ウィーズリーおばさんにビル、それに赤毛の双子と、ディゴリー夫妻がいた。マダム・ポンフリーを取り囲んで、質問攻めにしている様だ。

 「ハリーなら、まだ来ないわよ」

 よいしょ、とトランクをその場に置きながら言ったオーシャンに気づいて、ディゴリー夫妻が彼女を向いてハッとした。彼女の杖の先でぐったりと力なく宙ぶらりんになっているのは、正しく愛息子ではないか。エイモス・ディゴリーが声を荒げたのと、ハーマイオニーが訊いたのはほとんど同時だった。

 「セド!!お前、セドに何をした!?息子を放せ!」「どうして?ムーディ先生がさっき、連れてきてくれたはずでしょう?」

 

 凄い剣幕でつかつかとオーシャンに歩み寄ったセドリックの父親を片手で制して、彼女は医務室の主に問いかけた。

 「ちょっと、色々あったのよ。後にして頂戴。-マダム・ポンフリー、彼をこちらに下ろして良いかしら?」

 マダムの了承を得て、オーシャンは左手にあったベッドにセドリックを下ろした。すぐに両親が飛んできて息子に呼びかけるが、息子は答えない。オーシャンはさっき置いたばかりのトランクを再び持ち上げながら、ベッドに寝ている息子に詰め寄る二人に言った。

 「何かの魔法薬を飲まされたみたい。下手な事をしないでマダムに任せた方がいいわ。死んではいないから大丈夫よ」

 

 「死んでないだと!?何故分かる!セド…セド…目を開けておくれ!」

 「ハリーも同じものを飲んだはずだけど、死んでないわ。大方しびれ薬でも飲まされたのではないかしら」

 忍者が生成する『しびれ薬』は強力で、飲む者の体調によってはそのまま昏睡状態になってしまう事もある。多分ハリーとセドリックの二人も似た様な薬を飲まされ、ハリーは耐えきれたがセドリックの体はその効果に耐えきれなかったのだろう。二人が今夜遭遇した苦難を考えれば、無理もない。

 

 オーシャンはまずマダム・ポンフリーに事情を話し、奥の事務所で二人っきりになって『魔法のトランク』の中身を開いて見せた。マダムは血相を変えて、奥に倒れているムーディを診始めた。

 そしてマダム・ポンフリーの事務所を出たオーシャンを待っていたのは、ウィーズリーの兄弟達にハーマイオニー、そしてディゴリー夫妻の、説明を求める顔だった。

 オーシャンはみんなに、知り得た情報を話し出した。ハリーとセドリックがムーディの部屋へ連れていかれた事、そして魔法薬を飲まされてセドリックが気を失った事、ムーディがヴォルデモートを闇の帝王と呼んだ事、そしてハリーを殺そうとした事…。

 

 先生がハリーを罠にはめてヴォルデモートへの供物にしようとした事に、みんなが息を飲んだ。誰もが言葉を失っている時に、ウィーズリーの双子が「待てよ?」と眉を顰めた。

 「それでお前は、何でそんな事を知ってるんだ?」

 「ハリーが心配だったから、『隠れ蓑術』で後を尾けたのよ」

 「まあ、オーシャンったら、また危険な事を!」

 ウィーズリーおばさんが衝撃に大きく開けた口を覆ったが、ロンは慣れた物だった。「ママ、そのおかげでハリーが無事なんだから。そうだよね、オーシャン?」

 

 「もちろん。大事な後輩が殺されるのを黙って見ている訳が無いでしょう?まあ、さすがに殺す訳にはいかなかったから、杖腕を一本切り離す位にとどめておいたけど」

 その言葉を聞いてぎょっとしたディゴリー夫妻が、身を寄せ合ってオーシャンからわずかに距離を取った。

 その時マダム・ポンフリーが事務所から出てきて、真っ直ぐにセドリックの様子を見に行った。両親が追いかけてカーテンの向こう側に消えた。

 

 それからしばらくして、ハリーとダンブルドア校長、そして二人の後ろから大きな黒い犬が医務室に入ってきた。みんながわっと群がりそうになった所を、校長が手で制す。

 「今、彼には眠りが必要じゃ。今夜は何も聞いてはならん」

 ハリーはセドリックの隣のベッドに横になり、マダムの運んできた薬を飲むとたちまち眠ってしまった。利口な飼い犬よろしく自分の隣にお座りしたシリウス・ブラックをオーシャンが一瞥すると、真っ黒い犬はこちらを見てウインクした。

 ウィーズリーおばさんとマダム・ポンフリーが、目を白黒させながら真っ黒い犬を見た。「あ…あの、校長?これは、一体-?」

 

 「おお、この犬はハリーに大層懐いておっての。Ms.ウエノのペットじゃ。心配する事は無い。ちゃあんと躾けられておる」

 柔和に答えたダンブルドア校長に、オーシャンは驚いて目を見張る。ハーマイオニーは何とか笑いをかみ殺した。

 寝入ったハリーが心配なのか、ブラックがハリーに触ろうと手を伸ばしかけたので、オーシャンはその前足を遮って言った。「伏せ。そして、待て」

 ブラックは一瞬不服そうな目でこちらを見たが、オーシャンに睨まれると大きくため息を吐いてその場に体を伏せた。ウィーズリーおばさんが素晴らしい躾具合に目を見張る。

 「本当だわ。随分お利口さんなのねぇ」ロンはついに噴き出した。

 

 真夜中も近くなり生徒は自分たちの寮に帰る様に言われるかと思ったが、マダム・ポンフリーから忠告が飛んでくる事は無かったのを良い事に、ロンとハーマイオニー、オーシャンの三人は医務室を動かなかった。ハリーのベッド脇に椅子を並べて皆が彼を見守る。オーシャンはハリーから目を離さずに、ブラックのもふもふの毛皮を撫でていた。

 

 カーテンの外でひそひそと話している声が聞こえて来た。次第に声が高くなってきたのでビルがカーテンを開けると、そこには今にも怒鳴り合いを始めそうなコーネリウス・ファッジ魔法大臣と、マクゴナガル先生、そしてスネイプ先生がいた。

 オーシャンは立ち上がってカーテンの外に出た。「もう少し静かにしていただけますか?ハリーは眠っています-」

 「Ms.ウエノ。それができれば」彼女の寮監は唇をわなわなと震わせて、やっとの事でそう言った。

 

 騒々しさに呼ばれた様に、校長が再び医務室を訪れた。事態の説明がマクゴナガル先生によってなされた。魔法大臣は、身の危険を案じて吸魂鬼を一体護衛として連れて、

死喰い人、バーティ・クラウチJr.の尋問に臨んだ。しかし部屋に着いた途端、吸魂鬼がクラウチJr.に死の接吻を施したのだと言う。

 「どのみち、あの男が死んだ所で、何の弊害があるというのだ!」

 大臣が赤い顔で言った言葉に、ダンブルドア校長が静かに返した。「しかし、コーネリウス。それでは奴はもう証言出来まい?」

 「証言?何を証言するというのか?奴が何人も殺したというのは、周知の事実だ!今更証言の必要はあるまい!」

 

 ヴォルデモート卿が復活するという由々しき事態となった今、バーティ・クラウチJr.がどのようにヴォルデモート卿の復活に関与したか、また、アズカバンに収監されていたはずの彼がどの様に解放されたのかの情報を、明るみに出す必要がある。クラウチJr.本人の証言が無くしては、それを達成するのは難しいだろう。

 

 室内の騒がしさにハリーとセドリックが目を覚ました。安堵に泣き崩れた父と母に目を白黒させて、セドリックはこの状況に混乱していた。

 「父さん、母さん、落ち着いてよ…。参ったな…」偽ムーディの部屋で魔法薬を飲まされ、目が覚めれば医務室のベットの中である。両脇には父と母が泣き崩れて、部屋の中央には魔法大臣と先生方が侃々諤々の言い争いをしている。混乱しない方がおかしかった。

 

 ダンブルドア校長がバーティ・クラウチJr.から聞いた事の真相を話しても、魔法大臣は頑として信じなかった。アズカバンで頭がおかしくなっているものの話を信じるとは、ダンブルドアも落ちぶれたものだ、など酷い言い様で、マクゴナガル先生はあまりの物言いに腹を立てたし、オーシャンの隣では愛犬が今にも飛び掛からん剣幕で唸っていた。

 ハリーとセドリックが声を荒げても、それも大臣は取り合わなかった。証言者が学生二人では信じるに足りない、と。

 

 結局大臣は事態を信じようとしないまま医務室を出て行こうとして、セドリックを向いた。そしておもむろに、ポケットから大きな金貨の袋を取り出して彼に手渡し、不愛想に言った。

 「一千ガリオンだ。授賞式を執り行う予定だったが、この分では…」

 そしてそのままこちらを振り返ることなく、大臣は出て行った。大臣が歩き去る音が遠のいて、セドリックの両親は歓喜の声を上げる。

 「やったな、セド!さすが俺の息子だよ!」

 

 しかしセドリックは、静かにベッドを出るとそれを持ってハリーの方へやってきて言った。

 「これは君が受け取るべきだ」

 しかし、ハリーは首を振った。「やめろよ。君が先に優勝杯にたどり着いたんだ。僕の物じゃない。君のだ」

 「じゃあ…」セドリックは次にオーシャンを向いた。

 

 「彼女のものだ。彼女がいなけりゃ、僕は死んでる所だった」

 君もそれがいいと思わないかい?、と言う様な顔でセドリックがハリーを見たので、ハリーもニヤリと笑い返した。「ああ、それがいい」

 「どうか、受け取ってくれ」セドリックはオーシャンを向いて言った。

 「君がいなかったら、僕は本当に死んでいた。君に、命を助けられたんだ。君は本当に…本当に素敵な人だ…。ありがとう、ウエノ」

 

 「やだ。私、いらないわ」

 差し出される金貨の袋を押し返そうにも、セドリックは頑として引きそうにない。オーシャンが困り顔で周囲を見回すと、ウィーズリーおばさんの後ろでこちらを見ている赤毛の双子と目が合った。いや、正確には、双子の視線が金貨袋の行方に注がれていた。

 「……彼らにあげてくれない?」

 





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56話

 その後は大きな出来事が多すぎて、矢の様に毎日が過ぎて行った。

 まず、あの深夜の医務室ではダンブルドア校長がアーサー・ウィーズリーに緊急の使者を送った。魔法省大臣の力が見込めない今の段階では、省内の色々な部署へ働きかける事の出来る人材が必要だ。その人物には、ロンの父親が最適だとの校長の判断だった。

 

 次に、スネイプ先生とブラックの間で形ばかりの和解がなされた。二人の間に交わされたのは、お互いの掌を握りつぶさんばかりの握手だった。

 「貴方達ってまるっきり、大人になり切れなかった子供よね。どれだけ嫌な事があったか知らないけれど、お互いへの憎しみを後生大事に持ってる事も無いでしょうに」

 突然現れた殺人犯とホグワーツの教授が握手を交わしている状況に、ウィーズリーおばさんが目を白黒させている中、オーシャンが呆れて言った言葉にブラックが不満顔で言った。「スニベルスと同じにされるとは、聞き捨てならないな」

 スネイプ先生も不愉快そうに顔を歪めた。

 

 

 学校生活で特別変わった事と言えば、ハリー・ポッターのみならずセドリック・ディゴリーまでもが『闇の帝王』の魔の手を逃れたとあって、彼が大変な英雄扱いを受けている事だった。彼はその度にこう言った。

 「ハリーとウエノのお陰さ。僕が何かしたわけじゃない」

 そして度々、こう付け加えたという。

 「彼らは最高だよ」

 

 後輩三人の話によると、ハグリッドとマダム・マクシームもめでたく仲直りをしたそうだ。二人はダンブルドア校長から秘密の任務を受け、夏にはその仕事にかかりきりになるらしい。

 ダンブルドア校長は生徒達に、あの夜に何が起こったかを当事者達に根ほり葉ほり聞く事を禁じた。そういう事もあって、みんながオーシャンの元へ質問に来た。みんな何故か、オーシャンが偽ムーディをノックアウトした事だけは知っているのだ。

 

 「『例のあの人』が復活したって、本当?」

 「本当らしいわよ。私は実際に見てないけど」

 「ポッター達には何があったの?セドリックは教えてくれないんだ」

 「-それなら尚更、私が適当な事を言う訳にはいかないわ。いい天気なんだから、お外ででも遊んでらっしゃい」

 「ムーディ先生が『デス・イーター』だったって、本当?」

 「…-偽物だったのよ。本物の先生は、まだ医務室にいるんじゃないかしら」

 「おい、オーシャン…」

 「ああ、もう!みんなしてピーチクパーチク、ちょっとは黙ってられないの!?事の真相が知りたかったらヴォルデモートにでも聞きに行けば…-あら、フレッドにジョージ。貴方達だったの。失礼」

 「おお、怖。みんなさては、こいつを怒らせるとどうなるか知らないな?」「ドラゴンだって一撃だ。『例のあの人』だって一ひねりさ」

 「そんな軽口叩いて…。貴方がいつか、その一言を後悔する日がやってこなきゃいいけれど」

 「さあ?」「どうだろうなあ?」

 「…ふふっ、ヴォルデモートも天下の悪戯双子に比べれば、可愛いものね」

 

 

 

 魔法大臣が不在の中、学期末の宴で『三校魔法学校対抗試合』の閉会式が、簡易的になされた。大広間に集まった生徒達の間には何処か緊張が走っている様に見えた。いつものおしゃべりにも活気がない。みんながひそひそと話し合って、三校対抗試合で起こった出来事について、あれこれ想像を巡らせていた。

 教職員テーブルには、他の先生方と一緒に本物のマッド・アイ-ムーディが、ピンと張りつめた顔をして席についていた。あんな事件の後だ。今にもまた後ろから襲われるのではないかと、気が気でないらしかった。カルカロフ校長の席だけはぽっかりと空いていた。

 

 やがて壇上にダンブルドア校長が現れて、会場は水を打った様に静かになった。生徒みんなの目が一心に校長に向けられる中、彼は厳かに口を開いた。

 「今年もまた、一年が終わった。ここに三校魔法学校対抗試合が終了した事を宣言する。代表選手達、よく戦った。また、それぞれの学校の生徒達、よく応援した」

 拍手が数人の生徒と、教職員テーブルからパラパラと起こった。静まり返った大広間に、その音はやけに白々しく響いた。

 

 校長は第四試合の結果を発表せず、総合順位だけを発表した。三位はボーバトン、二位がダームストラング、そして一位は、ホグワーツ。

 大広間は、本来見せるべき盛り上がりを見せなかった。みんなの関心事は、それとはもう別にある事は、もう校長も分かっていた。だから、形ばかりの閉会式だけに留めて、賞金と優勝杯の授与をしない事に決めたのだった。

 

 校長は、こほんと一つ咳払いをした。

 「本来であれば、ここに優勝杯と一千ガリオンの賞金を持って、優勝者の表彰を執り行うのだが、これを省略とするのを許してほしい。…皆も知っての通り、かつて魔法界を席巻した闇の魔法使い・ヴォルデモートが復活した」

 大広間中がざわついた。「やっぱり本当だったんだ」と小さな声で囁く者もいれば、「嘘に決まってる。魔法省からの発表があるまで、僕は信じない」と声を震わせる生徒もいた。ネビルは唇をぎゅっと噛み締め、青ざめた顔をしている。

 

 「ハリー・ポッターとセドリック・ディゴリーは、彼の者の復活を見た生き証人となり、からくもその魔の手を逃れた。あやつの闇は静かに、音もなく君達に忍び寄ってくるじゃろう。その時に頼りにできるのは、君達の家族と友人、そして此度の試合で育まれた新たな友情だと、わしは信じておる。今こそ団結する時じゃ。独りでは奴らの闇の力には太刀打ちできん。団結する事じゃ。さもなければ奴らは君達の心の隙に付け入ってくるじゃろう」

 

 

 

 

 ホグワーツ特急に乗りこむ前に、三校の生徒達はそれぞれお別れを言い合っていた。握手する者、ハグをする者、手紙を書くと約束し合っている女の子達。湖にはダームストラングの船が、校庭にはボーバトンの巨大な馬車と天馬が出発の時の為に待機していた。

 ハリー達はビクトール・クラムやフラー・デラクールとさよならを言い合っている。オーシャンは先にホグワーツ特急へ乗り込もうとした時に、セドリックに声をかけられた。

 

 「ウエノ。あの…」

 「あら、ディゴリー。来年の夏に、またね」

 「ああ。本当に…今年は君に世話になりっぱなしだった…。最後には命まで救ってもらって、お礼を言っても言い切れないよ」

 また頭を下げようとしたディゴリーを、オーシャンは手で制した。

 「やだ。私が直接何かした訳じゃないわ。あれを貴方に渡したのはただの、ちょっとの偶然。生き残ったのはハリーと、貴方自身の力よ。私は何もしてないわ」

 

 「君って人は…本当、僕にはもったいない素敵な人だ。正直、舞い上がってた自分が恥ずかしくなってきたよ」

 「舞い上がって…?」

 「…休暇中、手紙を書いていいかな?」

 「いいけど…私、英語読めないから、きっと解読している内に休暇が明けてしまうわよ。それでも良ければ」

 にこりと笑い返したオーシャンに、セドリックは手紙をくれとは言わなかった。代わりに、初めて言葉を交わした時と同じような爽やかさで、「じゃあ」と短い別れの挨拶をして、先に列車に乗り込んで行った。オーシャンがその場で少し待っていると、クラムやフラーと別れを済ませたハリー達がこちらへ来たので、一緒に列車に乗り込んだ。

 

 ホグワーツの生徒がみんな乗り込んで、列車は動き出した。ハリー、ロン、ハーマイオニーとオーシャンは同じコンパートメントでおしゃべりを楽しみながら、ロンドンへの帰路についている。ハーマイオニーは何だか嬉しそうだ。

 「随分嬉しそうね。休暇中に何か楽しみな事でもあるの?」

 オーシャンが聞くと、ハーマイオニーは「ううん、違うの」と言った。そして、もったいぶった声を出して、みんなに聞いた。

 「ねえ、貴方達、最近『あの女』の記事を見ないと思わない?」

 ハリーが「そう言えば…」と言い、ロンが首肯した。「あのババアの事だから、もうハリー達の記事には飽きた、とは思えないけどな」

 反対に、オーシャン一人だけが首を傾げて見せる。「あの女?」

 

 「リータ・スキーターよ!」とハーマイオニーに語気を強めて言われれば、オーシャンは「ああ、そういえばいたわね。そんなの」と事も無げに言った。あれから色々ありすぎて、正直すっかり忘れていた。

 ハーマイオニーは周りを見回して、三人に膝を寄せて耳打ちする様に手招きした。ここはコンパートメントの中で、誰にも聞き耳を立てられる心配は無いというのに、こういう事をするのはいちいち可愛くてずるいな、とオーシャンは思う。

 「実はね、私あの女がどうやってホグワーツの中で記事のネタを探していたのか、分かっちゃったの。あの女、未登録のアニメ―ガスだったのよ」

 そう言ってハーマイオニーは、みんなが膝を寄せ集めている中心で、小さな瓶を取り出した。その中には、一匹のコガネムシが入っている。

 

 ロンとハリーの二人は驚きつつも、その口元は笑っている。「ハーマイオニー、これ、もしかして…」

 ハーマイオニーはニヤリとした。「ええ、これがあの女よ。彼女、虫のアニメ―ガスだったの。授業中に窓の桟にいた所を捕まえたわ。見て、この悪趣味な柄が、あの女の眼鏡そっくりでしょう?」 

 ハリーの推理通り、リータ・スキーターは『虫』を使っていた。しかしそれは機械の『虫』ではなく、スキーター自身だったわけだ。

 あの女は虫の体に変化して生徒の手の中に隠れて情報を得、第二の試合の時は大胆不敵にもハーマイオニーの髪に張り付いて盗み聞きをし、クリスマスにはバラの小道に潜んでゴシップのネタを探し、授業の間も何か面白いネタはないかと学校中を飛び回っていた訳だ。その執念と隠密行動には、さすがのオーシャンも恐れ入る。「日本で修行をすれば、いい忍者になれそうね」と言った。

 

 コンパートメントの扉がガラリと開き、マルフォイとその腰巾着二人が姿を現した。

 「ポッター、相変わらずいいご身分だな。しかも今度は、生き残りのお友達が出来たじゃないか。あの、バカでウスノロのハッフルパフの」

 「失せろ、マルフォイ」

 「今にそんな事言えない様になるさ。闇の帝王が復活した今、再びマグル達に目に物を見せてくれる。その時真っ先にやられるのは、お前だ。-穢れた血」

 ハーマイオニーに向けられた侮蔑の言葉にハリーとロンは憤慨したが、オーシャンは笑っていた。「フフフ…」「…何が可笑しい?」

 

 「そんな強がり言う為に、わざわざ来たの?そんなものよりお菓子の一つでも持ってきたらいいのに。喜んで仲間に入れてあげるわよ」

 オーシャンの言葉に、ハーマイオニーが堪えきれなくて笑い出した。ハリーとロンも笑い出す。マルフォイの頬が朱色に染まった。「なっ-!?」

 これだから日本人は、という悪態を吐いてマルフォイ達は去っていった。そのすぐあとに、フレッド、ジョージ、ジニーの三人が通路に顔を出す。

 

 「おい、せっかくあのムカつく顔に『クラゲ足の呪い』をかけてやるチャンスだったのに、逃げちゃったじゃないか」扉を開けてジョージが残念そうに言うと、オーシャンは微笑んだ。

 「だって、余りにも可愛い事を言い出すのだもの。ついついからかいたくなっちゃって…。貴方達こそ、気に入らない相手だからって闇討ちの様な真似は良くないわ」

 「構うもんか。気に入らない事言うやつが悪いんだ」フレッドがにやりとして言う。彼の妹は何事も無かった顔で杖を仕舞い、ロンの隣に腰掛けた。

 

 

 

 みんなが『爆発スナップゲーム』を楽しんでいる様子を見ながら、オーシャンが「そういえば-」と口を開いた。

 「フレッド、ジョージ。貴方達、今年中コソコソと何をしてたの?」

 「なんの事?」あくまで双子は惚ける気らしかったが、そうはさせない。

 「惚けないで。誰を脅迫するつもりだったのか知らないけれど、事が大きくなっていないのなら、今の内に手を引くべきよ。前も言ったけれど、痛い目を見るのは貴方達なのだから-」「ああー、もう分かった。言うよ、言うよ!」

 オーシャンの取り調べには敵わなかった。双子はゲームの手を止めて、お手上げ、という様に諸手を上げた。ハリー達も興味深々に、三人のやり取りを見ている。

 

 「ルード・バグマンだよ」フレッドが苦々し気に言い、ジョージが後を接いだ。「あいつ、クィディッチ・ワールドカップの賭け金をレプラコーンの金貨で払いやがったのさ」

 「レプラコーン?」オーシャンが聞くと、ロンが答えた。「アイルランドのマスコットの小人だよ。金貨を降らせたの、見てなかった?」

 「ああ、あの演出は素晴らしかったわ」

 レプラコーンが会場中に金貨を降らせた途端、観戦していた魔法使い達がこぞって降り注ぐ金貨を拾い出した光景は、そう簡単に忘れられるものではない。オーシャンは父と従兄弟と三人で、思わず固まってしまったものだ。

 

 「それで、どうなったの?」オーシャンが続きを促すと、双子の声が高くなった。

 「どうもこうも無いぜ!」「レプラコーンの金貨だぜ!まるっとそのまま消えちまった!」

 レプラコーンが降らせた金貨はどうやら幻術の様なものだったらしい。時間が経てば、一生懸命金貨を拾い集めたポケットには何も残らなかったという。

 「それは…まんまとたぬきに化かされたわね」

 オーシャンが可笑しそうに笑うと、ハーマイオニーが双子に聞いた。「でも、間違いって事もあるんじゃない?」

 

 双子は代わる代わる喋り出した。どうやら怒りが再沸騰してきたらしい。

 「そりゃあ、俺達も最初はそう思ったさ!」「だから懇切丁寧に、『金貨が間違っていましたよ』って手紙を書いた!」「けど、あの狸親父、ろくに返事もしやがらねぇ!」

 「それは、悪質ね…。元金は返してもらえたの?」

 「もちろん俺達も、学校に来たあいつを捕まえて問い質したさ!」「そうしたら、何て言ったと思う!?」「「『君達学生にはまだ賭け事は早いから、返す気は無い』って、そう言いやがった!」」

 

 「ふてぶてしい狸もいたものね…。立派な詐欺よ。相手が学生だろうがなんだろうが、お金を返さないのは窃盗ね。それに加えて詐称罪も入るのではないかしら。偽のお金で掛け金を支払ったのだもの」

 「まぁ、でも、そんな事もういいけどな」急に怒りを収めて、ジョージが言った。フレッドがニヤリとする。「なんたって俺達には、一千ガリオンがあるんだ!」

 二人はあの夜に回りまわって手に入れた金貨袋をいとおしそうに抱えていた。オーシャンが嗜める。

 「そのお金は、元はと言えばハリーとディゴリーのものだったのよ?二人によく感謝しなさいよ?」

 そして二人は完全に浮かれた足取りで立ち上がり、ハリーに向かって優美な礼をした。みんながその様子を見て笑う。汽車はもう、ロンドンに到着しようとしていた。

 

 

 

  級友達と9と3/4番線を出たオーシャンを待っていたのは、父の迎えだった。

 「ただいま、父様」

 父は娘の後ろにいた赤毛の双子に、「娘が世話になった」と拙い英語で謝意を伝えている。二人共、にっこりと笑った。

 こちらを振り向いた父は一変、厳しい顔をしていた。「さて、変わりは無いか?なんでも、ヴォルデモートが復活したと聞いたが。さてはまた、危険な事に首を突っ込んで、先生方を困らせたわけじゃあるまいな?」

 「それ、世界を席巻する闇の魔法使いの復活より重要なの?」

 そう聞き返せば、父は腕を組んで「当たり前だろう」と言った。

 

 「私は今年も大人しく過ごしてたわよ、失礼しちゃう。…でも、ありがとう」

 「どうした、改まって礼など。やけに素直ではないか」

 「父様が送ってくれた藁のお陰で、一人救えたのよ。あの藁人形が無かったら、彼の命は今頃あったか分からないわ」

 その時人ごみの中で、セドリック・ディゴリーとその両親と、確かに目が合った。彼の父親と母親はこちらに向かって頭を下げて、セドリックは笑顔でオーシャンに手を振った。

 

 「当たり前だろう。わしが魔法力を込めた藁だぞ。しかし、それを使って彼を救ったのはお前だ。誇るが良い、海よ」

 「ええ。…父様、帰ったら、また修行に付き合ってくれる?」

 「-お前の口からそのような言葉を聞ける日が来ようとは、驚いた」

 「ヴォルデモートの奴、復活する為に私の可愛い後輩から血を抜き取ったらしいのよ。お礼参りは必ずさせてもらうわ」

 怪しくも美しく笑う娘に、父は呆れながらも呟いた。「何とも、頼もしい娘よ…」

 

 

 




2018年明けましておめでとうございます!去年の内に死の秘宝まで書き上がる予定だったんだけどなあ!?
そして今年も亀更新になると思いますが、オーシャン・ウェーンをよろしくお願いいたします!
いつも読んでくださってる皆々様、ありがとうございます!
UA120000件越え、お気に入り1414件、感想85件もありがとうございます。

さあ、次はお待ちかねの不死鳥編…何が起こるかな、ふひひひひひ…(悪い顔)


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不死鳥の騎士団と、英語ができない魔法使い
57話


注意書き。
完全におべん・チャラ―の趣味回のため、長めです。少女漫画注意報





 季節は夏になろうとしていた。からりと晴れた青空が突然陰りはじめ、先ほどの陽気からは打って変わった冷気が忍び寄って来ている。

 最初は雨でも来るのかと思ったが、どうやら違う気配だ。もっと禍々しい気配がする。空を見上げて、最初の一人が叫んだ。

 「吸魂鬼だ!」

 山の方から、黒いフードを被った一団が空を飛んでくる。ぽっかりと開いた口で、人々の英気を貪ろうとしていた。彼らが来るのと逆の方向に人々は逃げ出し、誰かが「イタコはまだか!?霊媒師を呼べ!」と叫んだ。

 魔法使い達が逃げる中を吸魂鬼は悠々と滑る様に動き、その口で次々と幸福感を奪っていた。「ああ、もうこの世の終わりだ!」「貝になりたい…美味しく刺身でいただかれたい…」逃げていた魔法企業戦士が、幸福感を奪われて次々と叫び出した。彼らは日本の企業体質に年がら年中幸福感を貪られているので、魂を抜き取られるのは時間の問題だ。

 

 「行くのだ、海!」

 「任せて、父様!」

 父に任ぜられて、海は杖を抜きつつ吸魂鬼の前に出た。

 「今年の私をなめるんじゃないわよ!エクスペクト・パトローナム!」

 海の杖先から、銀色の狼が雄々しく走り出て、吸魂鬼達を軽々と追い払う。人々は逃げおおせ、青空が戻り、頽れていた企業戦士は、遮二無二立ち上がってフラフラと歩き出した。彼らは次の取引先との商談を控えているので、決死の覚悟で時間通りに目的地に行かなくてはならないのだ。吸魂鬼に襲われても自分の仕事を全うしようとするとは、ある意味最強の生命体なのかもしれない。

 

 「あの数の吸魂鬼を軽々追い払うとは…」

 父も娘の活躍ぶりに舌を巻いている。『イタコ』や『霊媒師』ではない魔法使い達は、守護霊をその身に降ろす代わりに自分の寿命を削る『降霊術』を使わない限り、吸魂鬼を追い払う事は出来ない。海が英国の名門・ホグワーツ魔法魔術学校で学んだ、『守護霊の呪文』の様な、自分達の身を守る術を持ってはいなかった。

 

 「これは、どういう原理の術なのだ?」

 一般魔法使いが『降霊術』を使わずに吸魂鬼を追い払う事がにわかに信じられず、父は娘に説明を求めた。

 「あちらの『守護霊呪文』は、術者自身の幸福なエネルギーを具現化させる術なの。高い集中力と強い思いが必要になるわ。幸福な思い出とかね」

 「ほう、幸福な思い出…」

 そう呟くと父は、遠い目をして何処かを見ていた。大方、娘たちが小さい頃に一生懸命に折った鶴とか、上手く書けなくて泣きながら渡してきた拙い父の似顔絵とかを思い浮かべているのであろう。

 

 実際海がこんなにも張り切っている理由は、この夏に届いた手紙にある。

 ある日修行から帰ると、海宛の国際ふくろう便が届いていた。ホグワーツのものではないがかっちりした封筒に入っていて、武骨な男性っぽい字で宛名が書かれていた。

 一瞬英国で飼っているあの『犬』からかとも思ったが、手紙を裏返し、差出人の名前を読んだ所で、その日は一日何も考えられなくなった。『R.J.ルーピン』。

 

 一日開封できなかった手紙は大事に神棚に置かれ、翌日父が仕事に行っている間に母と妹に協力してもらって読んだ。闇の陣営が日ごとに勢力を増している。日本にもその手が伸びる前に、使者をやって迎えに来るというのだ。

 使者として来るのがダンブルドア校長でも、マクゴナガル先生でも、はたまた『ペット』のシリウス・ブラックでもそんなことはどうでもよかった。先生から手紙が来た!私を迎えに来ると、先生の手で、書いてある!海の心は富士の霊峰より高く舞い上がり、今ならヴォルデモートすらも消し去る程のエネルギーを創り出せると思った。

 

 そんな娘の心を露とも知らない父は、娘が自分との幸福な思い出で吸魂鬼を追い払ったと思っている。幸せな男だ、と、海は我が父ながらに思っていた。

 「父様、そろそろ帰りましょう。お腹が空いちゃったわ」

 「そうじゃな。母さんのおにぎりとみそ汁を食べて、午後もやるぞ、海」

 丁度午前中の修練を終えたところだったのだ。父と共に昼食を摂りに自宅に戻ろうと踵を返したその時、目の前に、外套を纏ったその人が現れた。

 

 「元気だったかい、ウミ?」

 「ルーピン先せっ---」

 久方ぶりに見た想い人の顔は変わらず、彼はホグワーツで教えていたあの頃と変わらない笑顔で、そこにいた。

 彼がいた日々が、海の脳裏を駆け巡る。最初の授業の時の、優しい笑顔。ドアノブにひっそりとかけた花籠。狼になった彼を守りたかった、夜の校庭。古タンスの匂いのするハンカチ。最後の握手。

 彼が何を言っているのか、もう聞き取れなかった。そればかりか、涙に遮られて視界も濁る。

 「う、海…!?どうしたのだ、突然…-!?」

 突然泣き出した娘の涙を隠す様に、目の前の見知らぬ外国人はそっと彼女の肩を抱き寄せた。

 

 

 

 ややしばらくの間、海はルーピン先生の胸を借りて泣いていた。ようやく落ち着いて顔を上げる。

 「落ち着いたかい、ウミ?」

 懐かしい優しい声で問われて、海はほとんど飛び退くようにして先生の体から離れた。父がいる前で、はしたない。

 「あ-ええと、ごめんなさい。失礼しました-…て、え?父様は?」

 キョロキョロと周りを見回すが、さっきまでいたはずの父の姿が見当たらない。先生がその答えを教えてくれた。

 

 「君のお父さんは、先にお家に帰られたよ。-落ち着いた所で話そう。案内してくれるかい、ウミ?」

 そういえば、自分がしゃくりあげている間に父が拙い英語力で先生と何事か話をしている気配があった。それはいいとして。

 「うっ-うちへ…!?いいけど…うちへ、なんて…」

 迎えに来ると事前に聞いていたではないか。それなのに図らずも、もじもじとしてしまう。ルーピン先生がうちに来るなんて…好いた殿方を家に上げるなんて…それって、まるで…。

 「…君を本部へ連れて行くために、ご両親にはご挨拶しておきたかったんだが…仕方がない。都合が悪いなら、私はここで待っているから、用意をしてきてくれるね?」

 顎をしごいて先生が思案気に言うと、海の思考回路はもうショート寸前だった。

 「ごごごっ、ご両親にご挨拶って-!!…待って、待つのよ、私!落ち着いて!」

 らしくもない独り言を言うと、海は先生に背中を向けて、緊張しないまじないを自分にかけた。人という字を掌に三回書いて、飲み込む真似をする。本来の用途とは若干違うが、自分を落ち着ける、という意味では有効だろう。

 

 『人』の字を飲み込んで、さらに心の中で三つ数えて、海は先生を振り向いた。「…ご案内するわ、先生。からすで行くけど、いいかしら?」

 スンと澄ました顔の海を見て、先生は柔らかく笑った。

 「ふふ、やっといつもの顔に戻ったね。…からす?」

 先生に笑われて顔が崩れそうになったところをなんとか堪えて、海は空に向けて音高く口笛を吹いた。ややしばらくして、ぎゃあぎゃあ、と鳴きながらからすが群れでやってくる。

 

 ほとんど塊になって降り立ったからすの群れの中心に、いつもの木の板を設える。いつも一人で使っているものだが、何とか二人座れるだろう。これしか持っていないのだから、仕方がない。

 「上がって。-先生、どうぞ」

 からす達に適当な高さで止まってもらい、先生に席を示した。先生は面白そうなものを見る目で腰掛ける。

 何とか二人座れそうだが、密着度のすごい事。-大丈夫かしら。私、汗臭くないかしら?

 「家までお願い」と言うと、一気にからす達は海と先生の二人を乗せて上空に舞い上がった。夏を待ちわびた山々が視界に広がり、眼下には英国ではお目にかからない瓦の屋根が並ぶ。先生は海が聞いた事の無い、解放感に溢れた声を出した。「あはは!君はいつも、こうやって空を散歩しているのかい?」

 「雨の日以外は大体。ロンドンでもやった事あるのよ」

 「へえ。ロンドンのからすとは話せるんだね?」

 「からすって頭がいいからね。先生はこれ、お嫌いかしら?」

 海が聞くと、先生は青々とした山に目を向けて言った。「いいね!すごくいいよ!」

 海の胸の中に、言い表せない、温かいものが広がっていった。

 

 

 

 玄関前にからすを降ろすと、家族総出で海と客人の帰りを待っていた。挨拶もそこそこに茶の間に通される。自分の家なのになんだか違う所に来た気がして、海は気が気では無かった。ルーピン先生が靴を脱いで家に上がった時、初めて、先生の足がこんなにも大きい事に気づいた。並んで脱いだ自分の靴が、ひどく小さく感じた。

 

 ちゃぶ台をこんな形で囲む日が自分に訪れようとは、思ってもみなかった。母が昼餉の支度をしている間、妹の空がお茶を出す。先生が湯のみでお茶を飲む姿にでさえも、いちいちときめいてしまう。これでは海の身がもたない。

 

 「そうだ、ウミ。君の守護霊は素晴らしかった。勇ましい狼だったね」

 「やだ、見ていたの?…あら、そういえば、私の守護霊って、鶴じゃなかったかしら」

 二年前に使った時は、自分の守護霊は祖母の名前でもある『鶴』だった覚えがあるが、しかし確かに、さっきの守護霊は狼の姿をしていた。海が首を傾げていると、先生が答えた。

 「術者の心の状態によって、守護霊の形が変わるのはよくある話だ。ウミの『守りたい』気持ちに応えて、守護霊も形を変えたんだろう」

 先生は誇らしそうに言ったが、その守護霊の形が『狼』だという事が、海にとっては大問題だ。

 

 その時、からくり人形の菊が、大きな盆にたくさんのおにぎりが乗った大皿と、人数分の汁物と漬物を持って来た。盆から受け取った皿をちゃぶ台に並べていると、ルーピン先生が菊を指して父に聞いた。「これは何です?」

 「ぢぃーず、からくりにんぎょう」

 海も顔負けの片言英語で父が答えた。海が補完する。

 「あちらでいう、『屋敷しもべ妖精』です。日本では『屋敷しもべ妖精』の仕事は『からくり人形』に任せているの」

 「へえ…初めて見た…。可愛いね、何だかウミに似ている」

 「なっ-えっ…!」

 

 -今のって、菊を『可愛い』って言ったのよね…!?でも、それに似てるって事は、私の事も…かわっ-!?

 海の内心の葛藤なぞ露知らず、自分の家族と先生は和気あいあいと食事を始めている。父と母がお互いを補い合いながら、「菊は海が生まれた時に買ったのだ。どこか海に似ていると感じたのでな」と、先生に話していた。

 みそ汁を一口飲んだ妹が、先生に流ちょうな英語を話した。「学校での姉は、どんな感じなんですか?」

 「うーん…」と先生が中空を見て頭を悩ませている内に、海が空に耳打ちする。

 「貴女、いつの間にそんなに流ちょうな英語を話す様になったの?」

 「海ねえがあっちの学校に通い出してからよ。最初はカタカナ英語だったけど、段々と、ね」

 妹が、海ねえも能力に頼っていないで勉強した方が楽しいわよ、と大人びた顔で言うのが何だか面白くない。拗ねた顔で言い返す。「だからって、親みたいな事聞かなくたっていいじゃない…」

 

 「私が海に教えていたのは、二年前だし-」先生が言った。「今の海の様子は分からないな。ただ、私が教えていた時は、心優しい良い生徒だったと記憶しているよ。君から貰った花籠、今も大事にしているよ」

 最後の言葉は海に向けて言われた。彼女は耳まで赤くなり、母と妹は彼女のそんな様子ににやにやと笑った。「あらあら」「海ねえが花籠を?へーえ…」

 

 「-そ、そんな事より!」海が突然出した声は、不自然に大きく裏返っていた。「先生、お役目があってこちらに来て下さったのでしょう!?まずは、その話を聞きたいわ!」

 「え?ああ、そうだね…」先生は海の必死な様子に呆気にとられ、母と妹は相変わらずにやにやとしている。父は娘の言葉に真面目に聞き入っていた。「ほう。日本でのお役目が」

 先生は居住まいを正し、父と母に向き直った。「お二人共、『名前を言ってはいけないあの人』が復活したのは、ご存知でしょう」

 問われた事の意味を理解するのに父が少々の時間を要したので、海が通訳した。すると父は「ああ、ヴォルデモートの事か。聞いておる」と、事も無げに答える。

 

 自分が伏せたヴォルデモートの名前を事も無げに口にする海の父を見て、先生は笑った。「なるほど。さすがは海のお父上だ」

 「して、その事と此度のお役目に何の関係が」

 「ヴォルデモートはホグワーツで何度もハリー・ポッターの命を狙い、様々な工作を仕掛けてきました。そして、ハリーに協力するという形でその企みを阻んできたのが、ここにいるウミです」

 なんだか随分美化した言い方をしているが、海はただ、守りたかったものを守ってきただけだ。海は所在無げにもじもじし、父や母の視線を避けるために『隠れ蓑術』を使った。

 

 隣にいる海の姿が見えなくなった事は気にかけず、先生の話は続く。

 「今、ヴォルデモートの勢力は再び威力を増してきています。彼がハリーを殺す為に邪魔なウミを狙う可能性は、十分にある。先ほど出現したディメンターが、その証拠だ。お二人ともどうか、ウミを私たちに預けてくれないでしょうか?」

 「先生方が、海を闇の力から守ってくださる、と?」

 「はい。命に変えましても」

 父の問いかけににこりとして答えた先生を見て、海の精神はパニック寸前だった。隠れ蓑術を使っていなかったら、また母と妹にこの顔を笑われていただろう。なんだかまた、涙腺が崩壊しそうだった。 

 -待って、待って!そんな言い方…命をかけて守るなんて、先生の口から!

 

 父はしばらく腕を組んで黙っていたが、やがて、静かに口を開いた。「…先生、今夜は泊まっていきなさい。一緒に風呂でも入りませんか」

 突然の提案に、先生と海が目を白黒させる。思わず海は隠れ蓑術を解いてしまったほどだ。「は?」

 

 

 

 

 「父様ったら、突然どうしたのかしら」

 父に誘われて先生が風呂に入っている間、ちゃぶ台でおせんべいをかじりながら海が首を傾げて呟いた。恥ずかしさで自室にこもっていた所を、母と妹に連れ出されたのだ。母が娘たちにお茶を入れながら、微笑ましそうに答えた。

 「お父様も心配なのよ。海の先生とはいえ、今日会ったばかりの全然知らない人ですもの。大切な娘を預けるに足る人物か、見極めたいんだと思うわ」

 「『預ける』って言ったって、いつも通り英国に行くだけよ。それに長年父様自身に鍛えられているんだから、心配する事なんて何も無いわ」

 むっつりとして言った海に、母はニコニコとして返した。

 「あら、本当にそれだけ?」

 

 妹がお茶を啜り、追い打ちをかける。「どこの馬の骨とも分からない人ですもの。大切な娘をおいそれと預けられないでしょ」

 妹の言葉に海がむせ返る。「-む…ぐほっ、げほっ…!何よ、その意味深な言い方…!」

 「意味深にもなるわよ。海ねえ、あの人の事が好きなんでしょう?ま、あっちは全然気づいてないみたいだけど」

 「なっ-!」

 落ち着き払った様子で妹は再び茶を啜る。顔を真っ赤に染めた海が母の方を見ると、彼女も全てを見通した笑顔を浮かべていた。女の大先輩は、侮れない。

 

 空は湯飲みを置いて、おせんべいを手に取った。ばりっといい音を出して、むしゃむしゃ食べ始める。

 「まあ、年もだいぶ上みたいだし?先生というからには生活は安定してるんでしょうけど、父親としてはやっぱり心配なのよ」

 自分ではこの気持ちを認めたつもりだったが、こうして他人の口から聞くと恥ずかしくて耐えられない。たとえそれが、家族でも。

 「べっ、別に、全然そんなんじゃないわよ!ただ、先生は、元いち生徒を心配してくれているだけであって…私だって-」「こら、海」

 続けようとした否定の言葉は、母によって遮られた。「恥ずかしくても、自分の気持ちは、自分だけは認めてあげなくちゃだめ。貴女の心を自由にできるのは、貴女だけなのだから」

 「母様…」

 

 その時ふすまが開き、風呂上がりの父が随分と陽気に出てきた。「はっはっは…。普段の倍、いい湯であったわ!これ、お前や、一杯おくれ」

 上機嫌に出てくるや否や、妻に声をかけて晩酌を寄越せと要求する。風呂場でどんな良い事があったのか知らないが、いいご身分なものだ。その妻もその妻で、「はいはい」と、ニコニコして立ち上がり台所へと姿を消す。夫婦の仲の良さに呆れた海が湯呑に残っていたお茶を呷った時、父の後ろからルーピン先生が出て来た。

 

 「ヒノキの風呂なんて初めて入った!とても気持ち良かったです、宗二朗さん」

 言いながら入ってきた先生の顔にいつもの白さは無く、風呂上りでほのかに上気してすっかり健康的な顔色になっていた。寝巻に父が貸した浴衣は、やはりというべきか寸足らずで、先生の脛までしか隠してくれていない。「-ぶはっ!?」

 「ちょっ、もう、やだ!海ねえってば!」「ウミ、大丈夫かい!?」

 「……ごめんなさい、失礼。-大丈夫よ、心配しないで…」

 お茶は盛大に溢してしまったが、海は何とか意識を取り留めた。少し鼻水が出た気がするが、出たのが鼻血では無くて良かったと心底思ったのは、人生で初めてだ。

 

 先生が懐から杖を取り出し、海がお茶を溢した畳みに向けて「スコージファイ」と唱えると、一瞬で畳の上が綺麗になった。

 -ああ、粗相の後片付けを殿方にしてもらうなんて…。

 人知れず海が傷心した事に、誰も気づくものはいなかった。

 





さあ、始まりました不死鳥の騎士団!皆様いつもありがとうございます!
ほとんど少女漫画で始まった不死鳥の騎士団編。またしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。

違うんだ、やましい気持ちで書いた訳じゃないんだ!
借りた浴衣の丈が短くてがつんつるてんな先生が書きたかっただけなんだ!(やましい)


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58話

 次の日の早朝、家族に見送られて、海はルーピン先生と、英国へと旅立った。海の家族があまりに気軽に送り出そうとするので、先生は眉根を顰めた。

 ウミの事が心配ではないのか、と聞いた先生に、彼女の父は呵々大笑して答えた。「なぁに、わしの娘は海外のやんちゃ坊主に負けるほど、やわじゃないわい」

 日本においては、かのヴォルデモート卿もやんちゃな非行少年なのだった。

 

 

 

 

 

 つかの間の二人旅に疲弊しながらも、オーシャン・ウェーン(本名・上野海)は英国の地に降り立った。先生に付き添って『姿あらわし』した先は、(これが、今回の旅で疲れ果てる事となった最たる要因だった。何故って、付き添いする度に先生に触らなくてはいけないからだ。スマートに腕を差し出してにこりと笑う先生に、心の臓が何度破裂すると思った事か。)夕暮れの町中だった。人通りはない。

 そこにあるという『本部』に入るのは、少々の時間を要した。オーシャンが住所を読めないのである。

 

 「君が日本人だという事、すっかり忘れてたよ…」

 日本からオーシャンを連れてきておいて、先生は頭を掻いてそう言った。『本部』の住所は機密であるからして、町中では不用意に口に出せない。どこで誰が聞いているとも限らないからだ。だから本部に出入りする者には、住所の書いた紙を見せるようにしている。この屋敷は、この住所を望んだ者の前にしか、姿を現さない。

 

 先生があの手この手を尽くして三十分はかけ、やっとオーシャンは屋敷の中に足を踏み入れた。玄関ホールは暗く、明かりが灯っていない。

 「先生、ここは-?」

 「しーっ、静かに。暗いけど、足元に気を付けて進んでおいで」

 忍者の訓練の一環で、夜目は効く方である。ついつい足音まで殺すと、先生はびっくりして振り返った。

 「大丈夫かい、ウミ?着いてきている?」

 「ええ、大丈夫よ、先生」

 たどり着いたドアを先生が開ける。そこにはオーシャンが思っていたより、大勢の人がいた。

 

 「オーシャン、よく来たわね!待ってたわ!」

 そう言って一番最初に迎えてくれたのが、ウィーズリーおばさんだった。その後に続いて、ハーマイオニーとジニーも駆け寄ってくる。

 食卓らしい長いテーブルには、『犬』とロン・ウィーズリーの二人が座っていた。

 「貴女達もいたの…!?」

 思いもしなかった人物の出迎えに目を白黒させていると、ルーピン先生が言った。

 「モリーとアーサーも、立派な『不死鳥の騎士団』の団員だからね」

 

 「リーマス、思っていたより遅かったじゃないか」テーブルを立ちながら言ったのは、シリウス・ブラックだった。彼はニヤリとして、こう続けた。「二人でどこで油を売っているのかと、訝ってたぞ」

 「すまない。ウミのお父上が、泊っていけというものだから、一晩ご厄介になってた」

 先生がそう返せば、ブラック、ハーマイオニー、ジニーの三人はニヤニヤとこちらの顔色を窺ってくる。オーシャンは赤くなった顔をさっと逸らした。その先に、不満顔でこちらを見ているフレッドとジョージ、そして見知らぬ紫色の髪をした女性がいた。

 

 「それはお楽しみだった様で。良かったじゃないか、ウミ」

 にやにやと下卑た笑いを隠す事も無く、ブラックが言った。オーシャンは「ええ、実に楽しかったわ」とツンとして答えながら、懐から縮緬の小箱と一枚の色紙を取り出した。

 「母様も、お土産をこんなに持たせてくれちゃって」

 もったいぶって言いながらオーシャンが見せた色紙にブラックは飛びついたが、彼女はそれを再びさっと懐に仕舞う。「そ…それは美空のサイン色紙か…!?」

 「ええ、そしてこちらは-」縮緬の小箱をひょいと持ち上げて見せて、オーシャンは言う。「美空の名曲『私の旦那様は箒乗り』が込められた箱よ。蓋を開けるだけで気軽に、永遠に楽しめるわ」

 

 怪しい微笑みで言い放った『飼い主』に、ブラックはゴクリと生唾を飲む。

 「美空の全盛期、日本の歌唱チャートを席巻した歌箱だと…!?し…しかし、彼女の歌箱はもう絶版になっているはず…!ま、まさか…!?」

 「そう、これは私の母様の歌箱よ!ファンが喉から手が出る程欲しい、『今の美空』のね!」

 ブラックの表情が、雷に打たれた様になった。「と、録り下ろし…だと!?」

 

 ルーピン先生が親友の表情に笑う。「私の親友が貴女の熱狂的なファンです、と彼女に教えたら、用意してくださったんだよ。親友さんに、って」

 「父様にはもちろん、内緒だけれどね」そう言ったオーシャンが、再び懐から色紙をチラ見せした。カタカナで、「シリウス・ブラックさん江」と書いてある。しかもハートマーク付き。

 妙な緊張感のある間が流れた。『飼い主』は再び、怪しい笑顔を湛える。「どう?いい子にするわね?」

 途端、ブラックは真っ黒な犬に変化して、オーシャンの足元で『待て』をした。

 

 「良い子ね」オーシャンに頭を撫でられているブラックを、ロンが冷めた目で見ている。「ハリーには見せられないな、こりゃあ……」

 

 

 

 『不死鳥の騎士団』の本部で生活する内に分かった事は、この建物はシリウス・ブラックの実家で、純潔主義には日本人が歓迎されない事だった。それは、玄関ホールで紫色の髪をした魔女、ニンファドーラ・トンクスが誤って足を引っ掛けて、大きな傘立てを倒した時に起きた。

 大きな音を立てて倒れた傘立てに驚いた様に、突然ホール中にの絵画達がけたたましい声で叫び始めた。中でも暗幕に隠れていた一番大きな肖像画が、耳をつんざくような嫌な音を発している。

 「汚らわしい、塵芥の輩どもめ!我が祖先の館から出ていけ!血を裏切る、汚らわしい者め!」

  

 ウィーズリーおばさんがホール中を駆けずり回って絵画達に『失神術』をかけている時、オーシャンは隣にいたブラックに訊いた。「酷い顔。まるで山姥の様。これは誰?」

 ブラックがやれやれ、といった調子で答える。「我が親愛なる母上だよ。-おい、鬼婆、さっさと黙らないと…」

 ブラックとルーピン先生が力づくで暗幕を閉めようと、肖像画に近づいた。対して絵の中の彼女は、オーシャンに目を止める。

 

 「穢れた血のみならず、黄色い猿まで屋敷に入れおって…この恥さらし、育てられた恩も忘れたか」

 随分と久方ぶりに聞く言葉に、オーシャンは声を上げて笑ってしまった。「あはは!随分と時代遅れの蔑称を使うのね!一瞬自分の事だって分からなかったわ。家ごと燃やされたくなかったら、ただの肖像画風情は黙りなさい」

 オーシャンが可笑しそうに笑っている間に、ブラックと先生の手によって暗幕がぴたりと閉じられた。静寂を取り戻した空間で、トンクスが倒れた時に打ったおしりをさすりながら訊いた。「いてて…。黄色の猿なんて、どこにいるって?」

 

 もう一つ分かった事は、日に何回か大人たちが『会議』をしている事。締め出された子供たち-特にフレッドとジョージの双子は、どうにか会議内容を盗み聞こうとして、『伸び耳』というまたくだらない物を発明した。

 『耳』を会議が行われている厨房のドアへ慎重に降ろしている双子を見ながら、オーシャンは眉を顰めた。

 「全く、やる事が相変わらず子供ね。だから会議の仲間に入れてもらえないのよ」

 「俺達にも、知る権利はあると思わないか?」

 

 フレッドは熱を込めて言うと、オーシャンはやれやれ、と首を振った。

 「では、そんなせこい真似をしないで、正々堂々仲間に入れてもらえる様にお願いしに行ったらどう?」

 「もちろん、したさ!何回も!」フレッドが言えばジョージが追随する。「その度におふくろが、『あなたたちはまだ学生です』ってな!?冗談じゃない、俺達もう成人してるし、ホグワーツだって今年で卒業だ!」

 「でも学生じゃない。あきらめなさい」

 双子の言い分に呆れたオーシャンが自室へ戻ろうとした時、『耳』で何とか拾った音を、フレッドが繋ぎ合わせた。

 「-おい、ハリーがマグルの前で、魔法を使ったらしい」

 

 

 

 会議が終わって扉が開き、子供たちが夕食に招き入れられた所で、オーシャンはブラックに詰め寄った。

 「ハリーを迎えに行くのでしょう?私も行くわ」

 先ほどまで会議で話し合っていた事を、何故オーシャンが知っているのか…それは火を見るより明らかだ。最近、会議の内容を盗み聞こうとして、双子が何やら怪しい動きをしていた事は知っている。ブラックはうんざりした顔で言った。

 「私に言うな。リーマスに言え、リーマスに」

 

 ハリーを迎えに行くというのだから、てっきり名付け親が張り切っているのだろう、と思ったオーシャンだったが、どうやら違う様だ。きょとん、としてルーピン先生を振り返ると、彼は少し厳しい表情でこちらを見ていた。

 「盗み聞きとは、感心しないな。ウミ」

 少し怯んだオーシャンだが、恋心を封じて立ち向かう。「…そう?忍者の諜報活動では基本よ。いち早く情報を仕入れる事で、取るべき対策がしっかり取れるわ。ハリーを迎えに行くのなら、私も行く」

 

 「遊びに行くわけでは無いんだ。何があるか、分からない」

 「そうね、私の時の様に、ハリーも吸魂鬼に襲われたのでしょう?後輩の命がかかっているもの。尚更いかない訳にはいかないわ」

 「そうだ。吸魂鬼がマグルの町中に現れて、ハリーが『守護霊の呪文』を使ったそうだ。また吸魂鬼が襲ってきても、ハリーの呪文は強力だし、私やアラスターもいる。君の出番は無い」

 

 恋心は封じていたはずだが、ルーピン先生が厳しく言い放った最後の言葉が胸に突き刺さった。見る間に勢いを無くしたオーシャンに、フレッド、ジョージが気遣わし気な視線を投げかける。トンクスが向かいの席から、先生に言った。「ちょっと…言い過ぎ…」

 ブラックは座っていた席から立ち上がって、先生の肩を組んだ。

 「…ほんっとうに、お前はだめだな。昔っからそうだ。女心ってやつが、まるでわかっちゃいない。いいか、そういう時は、こうやって言うんだ…」

 耳打ちされた言葉を聞いて、疑わしい、とブラックの顔を見た先生だったが、彼が頷いたのでその言葉に従う事にした。オーシャンの目を、真っ直ぐ見て。

 

 「ウミ、君にはここの守りをお願いしたいんだ。モリーや子供たちを、頼んだよ」

 子供を諭す様な口調に一瞬反発を覚えたオーシャンだったが、真っ直ぐな先生の瞳に敵う訳もなかった。「…っ、任されたんじゃ…仕方ないわね…」

 赤い顔で根負けしたオーシャンを、ブラックが笑っている。

 「ふふふ…『言葉の魔法使い』様も形なしだな。ハーマイオニーから君達が仲良くなったいきさつを聞いたぞ?なんでも君は、『言葉の魔法使い』と呼ばれていたそうじゃないか?」

 ハーマイオニーが一年生の時に、オーシャンの使う言葉は不思議だと、つけてくれた愛称だった。今ではこっぱずかしい思い出に耳まで赤くなる。

 

 「うるさい、馬鹿犬!禿げろ!」

 「待て、毛根だけは呪うな!私はまだまだ若々しくありたい!」

 「残り少ない若さにしがみ付いて、みっともない。少しは大人の貫禄を見せなさいよ!」

 「ほほう、リーマスの前でさえもそれを言えるか、面白い!」

 「貴方と先生では雲泥の差。うさぎとかめ。月とすっぽんよ!貴方より先生の方が素敵に年を重ねて-…」

 口に任せてから、自分の言おうとしていた事にハッとした。周りを見ると、誰もが何かを察した顔をしている。当の先生だけは、いつもの二人の罵り合いを慣れた様子で見ていた。

 

 「良かった。ウミが来てから、やっとシリウスも元気になったみたいだ。ここの所、屋敷の掃除ばかりで滅入っていたみたいだったからね。…改めて、本部と私の親友を頼むよ、ウミ」

 あれだけの告白を聞いて、この男は何も気づかないふりをしているのか、それとも聞いていなかったのか、はたまた本当に気づいていないのか。顔が火照り、目頭が熱くなる。オーシャンはパニックを堪えて、何とかキレ気味に言い放った。

 「ああ、もう、任せなさいよ!馬鹿じゃないの!?」

 

 後日、先生達はハリーを迎えに屋敷を出て行った。護衛隊の中にはトンクスの姿もあり、旅立つ前に二人が親し気に言葉を交わす姿が、オーシャンの目に焼き付いている。

 「ニンファドーラ、杖は忘れていないだろうね?」

 「失礼しちゃうわ、リーマス!いくら私だってそんなヘマしないよ!」

 玄関ホールで短く言葉を交わした二人の間に、友情以上の物を感じて、オーシャンの心はもやもやとしている。そしてその姿を昼食の席でからかったブラックは、食後の掃除の時間にその報復を受けていた。

 

 「…………ふぅーっ。…犬、まだここに埃がこんなにあるわよ。貴方の目は節穴なの?」

 「…ちょ、ちょっと待てよ……。魔法を使わない雑巾がけなんか二十年ぶりで…」

 「体力がついていかないって?天下のシリウス・ブラック様も老いたものね。そんなペースでやっていたら日が暮れてしまうわ。さっさと片付けなさい」

 「…言うだけは簡単だよ。君も一緒にやったらどうなんだ?」

 

 「雑巾がけで綺麗になるのは、家だけじゃないわ。まだ貴方の心はそんなに薄汚れているじゃない。貴方の手で一か所掃除をしていくごとに、貴方のその、人をからかう事を生きがいにしている汚物の様な心も綺麗になっていくのよ。分かったらさっさとやりなさい」

 「この屋敷がどれだけ広いと思ってるんだ?魔法を使わなければ、とても一人じゃ無理だ」

 「あら、実家の金持ち自慢かしら?でも、一理あるわね。ハリーが来るまでは終わらせたいわ。フレッド、ジョージ。見てるのは分かっているのよ。貴方達も一緒にどう?」

 

 




UA130000件越え、お気に入り1526件、しおり583件ありがとうございます!
2月9日、オーシャンと双子の会話を訂正。


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59話

 夕方、ブラックの部屋で彼の逃亡の相棒・ヒッポグリフのバックビークの毛並みを整えていると、突然、大音量で老女の悪言雑言が響き渡っているのが、ドア越しに聞こえて来た。

 「あのくそババアめ。-さては、ハリーが到着したな」

 ベッドから腰を浮かせたブラックの後を追ってオーシャンが玄関ホールに行くと、絵画達の雄たけびに支配された空間で、以前にトンクスも倒した大きな傘立てを起こそうともがいているピンク髪の女性がいた。大勢の大人に囲まれた中でハリーはたった一人で呆然としている。前と同じように、ブラックとルーピン先生が老女の肖像画を隠していた暗幕をぴたりと閉じた。

 

 オーシャンが傘立てを起こそうとしている女性に近づき、それを手伝う。「ありがとう」と礼を言われて顔を見ると、それはトンクスだった。

 「やあ、ハリー。私の親愛なる母上にも会った様だな」

 ブラックが久々に顔を合わせた息子を振り向いて言った。「カッコつけて言ってる場合?これをここにかけておくから、こうなるんでしょう?どこか別の場所に移動できないの?」

 

 「このくそババアはカンバスの裏に『永久粘着呪文』をつけた様だ。私がこの絵の処分を試みなかったと思うのかね?悔しいが、お手上げだよ」

 「貴方が良ければ、今すぐにでも燃やしてあげるけれども」

 肖像画の書かれている暗幕に向かって構えられたオーシャンの杖を、ブラックが即座に下げる。

 「だから、君のやり方は極端すぎるんだよ!本当に本部ごと燃やす気か!」

 

 みんなで厨房に入ると、会議が丁度終わった所だった。色々な書類が乱雑に広がっている。ウィーズリーおばさんが注意して、トンクスがすぐに片づけた。

 今日の夕食を取り仕切っているのは、意外にもウィーズリーおじさんだった。『男子厨房に入らず』が当たり前の日本では、珍しい光景だ。ウィーズリーおばさんが大鍋をかき混ぜ、トンクスがそれを手伝っている(あまりに手元が危なっかしいので、おばさんがチラチラと目を配っている)。

 おばさんに呼ばれて降りて来た息子達は、ハリーに挨拶もそこそこに、配膳に従事した。先に席に着いたオーシャンはハリーに色々と聞きたい気持ちだったのだが、名付け親に先を越された。

 

 「夏休みはどうだった?」

 「いつも通りさ。最悪だよ」

 「私に言わせると、何故君がそんなに不満げなのか分からないね。少なくとも君は、この忌々しい館に缶詰めなんてことは無い」

 「でも、おじさんも『不死鳥の騎士団』なんでしょう?」

 純粋なハリーの質問に、名付け親は渋い顔をした。先日からかわれた恨みを晴らす様に、オーシャンは腕を組んだ。

 

 「あら、そんな顔をしないで教えてあげたら?この夏中、忙しく屋敷中を飛び回っていたじゃないの」

 意地悪な顔で言うオーシャンを、ブラックが睨みつける。「…君は、本当に美空の娘なのか?あの天使と血が繋がっているとは、とても信じられん」

 彼女はにっこりと笑って返す。「まさか。天使の様な笑顔を持つ母親と、悪魔の様な強さの父との間に生まれた、ごく一般的な日本人魔女よ」

 

 「はあ…。-屋敷に人が暮らせるように、ずっと掃除していた」ハリーを向いて、名付け親はついに白状した。「『不死鳥の騎士団』における私の役割は終わったと、少なくともダンブルドアはそう考えている。私がアニメ―ガスである事は、ピーターがあちらに報せているだろうし、せっかくの変装も役に立たない」

 

 「学生時代にちゃんと隠遁術を修めてないからよ。きちんと授業を聞いていたら、人並みの変装くらいは出来る様になるわ。学生時代に遊び惚けていた自分を恨むのね」

 「それとこれとは話が違う。学生時代は関係ない」

 「関係大有りよ。自分の不出来が招いている結果に、恨み言を言っていても仕方ないじゃない。自分が動物もどきであるという事実に酔いしれて、学校での授業をかまけていた結果でしょう。もう一度言うけど、隠遁術をしっかりと修めていたら、人並みの変装はできるはずよ」

 「ウミ、その辺にしといてやってくれないか」

 オーシャンとブラックがハリーを挟んでにらみ合っているのを見かねて、ルーピン先生が言った。

 

 「シリウス達がいなければ今の私はいないし、先生として君達に会う事も無かったかもしれない。どうか私に免じて、ね」

 先生は、「それに、『人並みの変装』ではデス・イーターは騙しきれない」と言った。ブラックはどこか勝ち誇った様にニヤニヤして、「ま、そう言う事だ」と言った。彼の下卑た笑いを見ながらオーシャンは静かに、食事が終わったらブラックにどの技をかけてやろうかを考えていた。もはや彼の調教に、杖など必要ない。

 

 その時、マンダンガスがハリーに声をかけた。「ハリー、すまんかった。フィギーばあさんは怒っとっただろう」

 この男は自分の商売を優先して、ハリーの監視から誰にも何も言わずに離れたそうだ。それ故に、吸魂鬼に襲われたハリーは自分の杖で応戦するしかなかった。その結果、『未成年魔法使いの制限事項』に引っかかってしまい、今度魔法省で尋問を受ける事になっている。

 

 何か胡散臭い男だとは思っていたが、まさかここまで状況判断の出来ない男だとは思っていなかった。当のハリーに向かって、必死に弁解を繰り返している。曰く、商売のチャンスが突然舞い込んできたから、持ち場を離れざるをえなかった、と言う。

 オーシャンはマンダンガスに向かって、にっこり微笑んだ。「まさか、それが持ち場を離れる正当な理由になると思ってないでしょうね?」

 

 オーシャンの言葉に、マンダンガスはどもりながら否定の言葉を繰り返す。「んだけど…でも、鍋が…」

 「貴方はどんな世の中になっても、大鍋を売りさばける気でいるのね。おめでたいにも程があるわ」

 ヴォルデモートが昔の勢力を取り戻した世界で果たして、大鍋を呑気にたたき売りしていられるのかは、想像に難くない。オーシャンがきつい口調で言った言葉に、マンダンガスは目に見えてシュンとした。

 

 その後は騒がしい食卓だった。

 完成した料理にウィーズリーの双子が魔法をかけてテーブルまで飛ばしたので、シチューが危うくテーブルの端から滑り落ちる所だったし、飲み物は真っ逆さまに床へ落ちて行った。オーシャンはパンと一緒に飛んできたナイフを捕らえ、双子の足元へ投げ返す。慣れている棒手裏剣とは重さが違うので、手元が狂って切っ先がフレッドのつま先を完全に捉えた。

 「あら、失礼。二人共、食べ物で遊ぶのはダメよ」

 オーシャンの投げ返したナイフを見て、ウィーズリーおばさんは双子を叱りつけるタイミングを完全に失っていた。

 

 食事を採りながら、ウィーズリーおばさんはブラックに、客間の文机に『まね妖怪』が閉じ込められているだの、カーテンにドクシーが巣くっているだの、屋敷に関する相談をした。対する屋敷の主は「お好きに」とか、「任せる」と、話を聞けば聞くほど不愛想な返事をしている。

 テーブルのあちら側では、ジニーとハーマイオニーがトンクスを囲んで笑っていた。何かしら、と思ってオーシャンが見ていると、トンクスが何かを頬張るたびに、彼女の鼻の形が変わっている。オーシャンが見ている事に気づいたトンクスが、豚の鼻のままウインクした。

 彼女たちの隣では男性諸君が何か難し気な話をしているし、その向かい側ではロン達ウィーズリーの男児達が、さめざめと泣き叫んでいるマンダンガスを中心にして笑い転げている。彼はヒキガエルがどうのこうのと言っているが、バタービールですっかり泣き上戸になったのだろうか。

 

 マンダンガスに厳しい視線を向けるウィーズリーおばさんが、デザートのルバーブ・クランブルとカスタードクリームを持って来た。カスタードクリームは嫌いではないのだが、一昨日に食べた胡麻団子の優しい甘みが懐かしい。せめて、ここにあんこを。

 

 食事がひと段落して、みんなが満腹の眠気に襲われている。そろそろおやすみを言い渡そうとしたウィーズリーおばさんだったが、それをいつになく真剣な様子のブラックが止めた。

 「その前に、君には-」名付け親は、ハリーを見て言った。「いくつかの事を知る必要があるだろう」

 「ちょっと待って!」ウィーズリーおばさんが声を上げる。「シリウス、ダンブルドアの仰っていた事を覚えているでしょうね?『ハリーが知る必要がある事以外は、話してはならない』と仰った事を?」

 

 「モリー、私は『ハリーが知る必要がある事』以外は話してやるつもりは無い」ブラックは言ったが、ハリーがヴォルデモードの復活を目撃したただ一人の人物(もう一人は死んだふりをしていた)だという点に触れた。

 ウィーズリーおばさんが「ハリーは不死鳥の騎士団のメンバーでは無いし、まだ学生です!」とどこかで聞いたような反論をした。その言葉に双子が立ち上がる。

 「ハリーが話してもらうんだったら、俺達にもその内容を知る権利はある!」「俺達はもう成人してるんだぜ!」

 おばさんは双子の言葉にうんざりした様に頭を抱えた。ブラックは静かに切り返す。「君達の責任は、私には無い。残念だが、君達に何を話すのか決めるのは、ご両親だ」

 

 ハリーの事をわぁわぁと話し合ってはいるが、そのハリーを置いてきぼりな事に、大人達は気が付かないのだろうか。オーシャンはハリーにひっそりと話しかけた。

 「ハリー、貴方、知らないところで随分と過保護にされてるみたいよ」

 ハリーは曖昧に笑った。

 

 親友とウィーズリーおばさんに意見を求められて、ルーピン先生が言った。「ハリーには、何が起こっているのか知る権利がある。もちろん、彼が『知らなければならない事』以外を話すつもりはないよ、モリー。-それと」先生はそこで双子に目を配らせた。

 「残念だが、彼ら二人の言っている事に異論は無いよ。彼らももうすっかり成人だ」

 

 おばさんは思ってもみなかったルーピンの言葉に承服しかねている様子を見せたが、夫に諭されてついにこう言った。「-そう。なら、ロン、ジニー、ハーマイオニー、二階へ上がりなさい」

 そこへロンがすかさず口答えする。「どうせ、話が終わったら、ハリーは僕たちにもまるっと教えてくれるよ。そうだろ、ハリー?」

 親友に聞かれて、ハリーはおばさんに申し訳なさそうに頷いた。おばさんがヒステリー気味に言う。「そう。じゃあ、ジニー、二階へ!」

 

 不満顔で尚もその場にとどまろうとするジニーが母親に引っ張られていくと、オーシャンも後をついて席を立った。双子が声をかける。「「おいおい、お前、話を聞かない気か?」」

 厨房から出ようとしながら、オーシャンは振り返って友人達に微笑みかけた。「さっきのロンじゃないけど、もし私も知るべきだと貴方達が判断した情報なら、後から私に教えてくれるでしょう?私はちょっと、ジニーとお話ししたい事があるの」

 





長らくお待たせいたしました。別に待ってないよっていう方ご贔屓に、待ってたよっていう方ありがとう、半年ぶりの更新でした。
今年中に騎士団編完結の予定で、執筆活動頑張るぞ!


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60話

 「ママったら、いつまでもあたしを子ども扱いして。確かにあたしはまだほんの十四歳よ?それにしたって、もうまるっきり子どもってわけでも無いのを、ちっともわかってないのよ!」  

 「親にとっては子どもはいつまでたっても子どもなのよ。これはこの世界の真理よ。抗えない宿命だわ。あまり気にしない事よ」

 「だからって、何を知るか、知らないかは私の自由よ!いい加減、過保護すぎるわ!」

 「可愛い子どもを、血みどろの戦いに巻き込みたくないっていう親心よ…。分かってあげなさい」

 「あたしはオーシャンみたいに物わかりのいい子じゃないの!それに、知らない事で身を守れない事もあるわ!」

 「確かに、それに関しては全くの同意見よ。だからね、教えてくれない事は他所から教えてもらえばいいの。大丈夫、ハーマイオニーが全部教えてくれるわ」

 

 オーシャンは母親によって寝室に幽閉されたジニーを宥めていた。自分の子どもが可愛いのは分かるが、確かにウィーズリーおばさんは過保護過ぎるきらいがある。とにかく、戻ってきたハーマイオニーに事の説明を期待するしかなかった。それより今は、ぷりぷりしているジニー(それもまた可愛らしいが)の気を逸らしてあげる事の方が肝要な気がする。

 

 「ねえ、ジニー。食事の時、トンクスは何をやっていたの?貴女とハーマイオニー、随分楽しそうに見えたけど」

 「…フフッ、トンクスったら面白いの。次々と鼻の形を変えて、私たちを笑わせてくるんだから」

 「鼻の形を変えるの?」

 「ええ、あの人『七変化』なの。自分の好きなように外見を変えられるのよ。今度オーシャンも見せてもらうといいわ。面白いんだから。特にあの豚の鼻なんか、サイッコー」

 彼女のイチ押しだというトンクスの『豚の鼻』を思い出して、ジニーはおかしそうにクスクス笑っている。どうやら、気をそらす事には成功した様だ。それにしても、『七変化』という特性は初めて聞いた。変化を続けていたら、自分の本来の姿が分からなくなって元に戻れなくなったりしないのだろうか、という疑問を、オーシャンは飲み込んだ。

 

 もしも私が『七変化』だったら、あの人の隣に立っても釣り合う様な大人の女性に…。そう夢想が頭をもたげた所で、オーシャンはぷるぷるっと頭を振ってその夢想を追い出した。しかし、もはやジニーにバレている。彼女は自分の顔を見てニヤニヤと笑っていた。兄達にそっくりだ。

 「…オーシャンったら、今、ルーピンの事を考えていたでしょう?まったく、顔に出やすいんだから」

 「んなっ…!か、『開心術』でも使ったの!?」

 「『真実薬』も使わなくたって分かるわよ」半分面白がって、半分呆れてジニーは言った。「何を考えていたのかしら?もしかして、『私が七変化だったらルーピンに釣り合う大人の女性に』とか考えていたのかしら?」

 「なっ…そ、そんな事っ…!」ニヤニヤ顔でにじり寄ってくるジニーに、オーシャンは赤面している顔の下半分を腕を使って隠した。

 「ま、そのままでも結構お似合いだと思うわよ?あなた大人っぽいもの」

 何てことはない、とケロッとして言ったジニーの言葉に、オーシャンの思考回路はショート寸前だった。-おっ、お似合い…!私と…先生が…!?

 

 隣に立った先生が自分の手を取る。いや、これは夢想だ、分かっている。目の前のジニーの顔がぐるぐると周り、「ちょっと、-!?」という声が遠くに聞こえた。先生が自分の手を引いたまま歩き出し、ちょうど三途の橋の真ん中、その大きな掌で愛おしむ様に私の頭を撫でっ…撫でっ…-!

 バタン、と後ろに倒れた所で、部屋の扉が開いた。ハーマイオニーが駆け寄ってオーシャンの顔を覗き込む。「オーシャン、どうしたの!?すごい顔-ちょっと、しっかりして!」

 

 

 

 部屋に戻ってきたハーマイオニーが、大人達が語った内容を全て教えてくれた。去年ヴォルデモートが復活した時にハリーが生き残った事によって、奴の計画が崩れた事。ハリーがすぐにダンブルドア校長に奴の復活を報せた事によって迅速な行動がとられ、

『不死鳥の騎士団』が集まる事ができた事、闇の陣営を再構築しようとしているヴォルデモートを、『不死鳥の騎士団』が阻止している事。しかし、魔法省の態度のせいでそれがなかなか思う様に進んでいない事-。

 「魔法省大臣もなかなかの分からず屋なのね」

 「ハッキリ言って、今の魔法省も日刊予言者新聞もまるで信用できないわ…」苦々しくハーマイオニーが言った。「自分達に都合の悪い話を聞かないなんて、権力者のする事じゃないわ。本当に失望した」

 小腹が空いたジニーが、袋からビーンズをつまむ。

 「それにしても、私たちが想像もつかない様な目新しい情報は、何も教えてもらえなかった感じね?」

 「いいえ、シリウスが最後に言ってたわ。『例のあの人』は何か、武器の様なものを探してるって」

 「「武器?」」ジニーとオーシャンの声が重なった。

 

 「それって、どんなもの?」ジニーが訊いたが、ハーマイオニーが首を振った。

 「分からない。すぐにウィーズリーおばさんに追い出されちゃったから」

 「ママったら」ハーマイオニーの言葉を聞いて、ジニーの顔がまた母親に対する不満にむくれた。

 

 

 

 次の日から客間のカーテンに蔓延っているドクシーだの、ソファの下のパフスケインだのに時間を割かれる日々が続いた。ブラック家の屋敷しもべ妖精だというクリーチャーにも会い、まん丸の目で「黄色い猿」呼ばわりされると、その蔑称を知らない友人達は一様に首を傾げた。その意味を説明した所でフレッドとジョージが大層お気に召した様で、互いの事を「赤いイグアナ」だとか「背高ピクシー」だとかからかいあった。もはや原型を留めていない。

 

 そうこうしている間にあっという間に日は過ぎ去って、日が昇ればハリーの尋問の日になるという真夜中、オーシャンは真っ暗い部屋の中でひらひらと光る蝶に起こされた。

 「う~ん…?」

 蝶はオーシャンが身を起こしたのを確認すると、彼女の覚醒を待つようにしばらく目の前でひらひらと漂い続けた。オーシャンがしっかりと目を覚ました所で、ついてこい、とでも言うようにドアをすり抜けて出て行く。

 「こんな時間に…誰かしら」

 同室のハーマイオニーとジニーはぐっすり深い眠りについている。ドアを開けると気配で起こしてしまうかもしれないので、オーシャンはドアの外に『瞬時転移』した。

 

 光る蝶は階段の所で待っていた。オーシャンが足音を殺して蝶についていく。静寂の廊下に、玄関のベルが鳴る度にけたたましい叫びをあげる肖像画たちの寝息が満ちている。何ものも起こさない様にしてオーシャンが階段を降りると、蝶が先ほどと同じ様に厨房のドアをすり抜けた。後をついて音を鳴らさない様に開ける。

 「起こしてすまなんだ。Ms.ウエノ」夕食時と同じ明かりの灯った厨房で待っていたのは、『不死鳥の騎士団』の面々とダンブルドア校長だった。

 

 「校長先生、どうしてここに?…これは?」尚も自分の周りでひらひらしている蝶を見て言うと、先生は自慢げだった。「Ms.グレンジャーとMs.ウィーズリーを起こしたくはなかったもんでの。美しかろう?」

 先生が杖をひと振りすると、蝶は燃え尽きた線香花火の様に消えてしまった。

 「まあ、座りなさい」先生に言われ、オーシャンはブラックの隣に腰掛ける。ウィーズリーおばさんが熱いココアを淹れてくれた。

 ダンブルドア校長はオーシャンの真向かいに腰掛け、「さて…君に二、三、尋ねたい事があるのじゃが、いいかな?」と言った。オーシャンが間の抜けた返事をする。「はぁ」

 

 「君の妹子は、日本で大層腕の立つ占い師じゃと聞いておるが」食卓の上で組んだ手を越して、校長はオーシャンに尋ねた。

 「確かに学生ながら仕事として占いを承っていますが」オーシャンが頷く。校長が続けて聞いた。

 「今までに予言の類をした事は?」

 「予言?」

 校長の質問があまりに想像の斜め上を行っていたので、オーシャンは素っ頓狂な声を上げてしまった。校長は彼女の様子に、やんわりと微笑んで続けた。

 「いかにも。更に言えば、姉の君に関する予言じゃな」

 

 ダンブルドア校長の言っている意味が、語学的な意味ではなく、オーシャンには分からなかった。

 以前、妹の空に質問した事がある。未来を占う事を予言と言うのではないのか。あまりにも初歩的-杖に火を灯すくらいに-な質問だったため、しかも尋ね方のどこかが彼女の逆鱗に触れてしまったらしく、ひざ詰めでスネイプ先生の様にネチネチと説教された。おかげで『占い』と『予言』の違いについてだけは些か詳しくなった。

 簡単に言うと、占いと予言の違いは『確定している未来か否か』である。加えて、予言は予言者の死数百年後の事でも言い当てる事があるらしい。一方占いは、過去の事を見る事は出来るが、未来の事は占術師の生きている間しか占う事が出来ない。せいぜい見られるのは九十年先が関の山だろう。しかも見られる情報はぼんやりと的を得ない事が多い。

  予言者には『八百万の神』が憑依する、とも言われる。そのような芸当が出来るのは、教科書に載る様な伝説級の魔法使いだ。少なくとも、妹は教科書に載る予定は今の所無い。

 

 「いいえ」たっぷり時間をかけてオーシャンが答えたが早いか、校長は次の質問をした。

 「では、他の日本の占い師が君に関する予言をした事は?」

 「聞いた事もありません」深夜に突然起こされて、大した説明もなく訳の分からない質問攻めは無いだろう。校長に答える声がつっけんどんになったのを感じたのか、隣に腰掛けるブラックが、ウィーズリーおばさんの淹れてくれたココアを勧めた。「まぁ、ココアでも飲んだらどうだ」

 

 なんとなく子ども扱いされた気がしたので、オーシャンは目の前のココアを手に取りながら、ブラックをジロリと睨んだ。一口飲むとイライラとし始めていた心がほっと休まり、手足の先まで心地良い暖かさが広がった。

 「ゆっくりお休み」

 校長にそう言われた次の瞬間、オーシャンは寝室のベッドの上で、カーテンの隙間から差し込んでくる陽光に目を覚ました。

 



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61話

 オーシャンが厨房に降りると、ロンとハーマイオニーの姿はあったがハリーの姿が見えない事に気が付いた。二人に尋ねると、ハリーはもうウィーズリーおじさんに連れ添われて尋問に向かったのだという。

 

 「オーシャンったら、何をしても起きないんだもの。死んじゃったかと思ったわ」そう言ったのはハーマイオニーだ。彼女がどれだけ声をかけようが、肩を掴んで揺さぶろうが、オーシャンは目覚める気配を見せなかったらしい。

 

 そんなに眠り込んでしまう程、昨日は体力的に疲れた覚えもない。と、その時、キッチンの方でオーシャンの朝食を用意しているウィーズリーおばさんと一瞬目が合った。途端、彼女は申し訳なさそうな、恥ずかしそうな顔で目を伏せる。

 昨晩にダンブルドア校長と会ったのが夢ではないのなら、ウィーズリーおばさんの淹れてくれたココアも夢ではないという事になる。寝起きで感覚が鈍っていたとはいえ、あのココアに違和感は無かったと思ったが。

 

 朝食の後でおばさんが話してくれたが、あのココアには『安らぎの水薬』が入っていたらしい。ただ、服用が少しばかり多かったみたいだ。申し訳なさそうに眉尻を下げるウィーズリーおばさんに、オーシャンは笑った。

 「おばさまが『生ける屍の水薬』と間違えなくて良かったわ。それだったら今頃私、ベッドの上でポックリよ」

 ポックリ、という表現がどうにもうまく伝わらなくて、ウィーズリーおばさんは首を傾げていた。

 

 

 

 

 「ハリーは大丈夫かしら…うまくいけばいいけど。尋問と言うからには、厳しいんでしょうし」

 遅い朝食の後で、オーシャンは布団の埃を払いながら、悩まし気に言った。ウィーズリーおばさんが洗濯物を男子部屋に運び込んだ時、余りの惨状に悲鳴を上げて、ロンとそ兄達に掃除を命じたのだ。双子の部屋の状態があまりに凄惨だったので、頭を抱えるウィーズリーおばさんにオーシャン自身が手伝いを申し出た。因みに、ハリーとロンの部屋はハーマイオニーとジニーが手伝っている。ロンがヒイヒイ言いながら尻に敷かれている姿が、目に見える様だった。

 

 フレッドの布団は、埃とも塵とも煙とも判別がつかないよく分からない物が叩けば叩くほど出て来た。それはジョージの布団も同じで、オーシャンはしかめっ面を手ぬぐいで覆って作業に従事していた。

 彼女がしかめっ面のまま口にした疑問に、フレッドが答える。彼らは背中を向けたオーシャンが黙々と作業を進めている間に逃亡を図ろうとしたが、ドアにかけてあった妨害魔法に阻まれて渋々自分たちの寝室を掃除している。「大丈夫だろ、親父もついてるし。心配性なのはいい加減止めた方がいいぜ」

 

 「特にハリーに対してはな」と、ジョージが言い添えた。掃除を魔法でやりたがる彼ら

だったが、少しでも杖を使うそぶりを見せるとオーシャンが悪鬼のごとく怒るので、地道に手作業で掃除をしなければいけなかった。普段の魔法でも十分に賑やかな結果を出す彼らが、魔法で掃除などできるのかどうか怪しいものである。

 

 「あら、心配させるような行動をとる方が悪いんだもの。あの子を心配する私の純粋な気持ちに、罪はないのでは?」オーシャンがすんとして言い返すと、フレッドははたきを手に砂でも吐きそうな顔をした。

 「おーおー、よく言うぜ。ご令嬢は、我ら悪戯仕掛け人の事などは眼中に無しだ」

 その言葉に、当の彼女は目を丸くした。

 

 「あら、貴方達がいつ、私に心配される様な行動をとったかしら」

 今度は双子が目を見張る番だ。掃除の手を止め、丸くなった目で彼女を見る。オーシャンは箒を片手に、ベッドの下のゴミを掃き出しながら言った。

 「貴方達の悪戯なんてハリーがしでかす事の数々に比べれば、可愛いものよ。それに、貴方達は自分の悪戯に責任を持って取り組んでいるもの。自分のお尻を自分で拭ける子に、手は差し出したりはしないわ」

 

 それはある種、『オーシャンは双子の力を認めている』という事だ。フレッドとジョージは満足げににっこり笑って、自分たちの寝室を力一杯掃除し始めた。

 

 

 

 昼を過ぎて、ウィーズリーおじさんがハリーを連れて戻ってきた。

 『無罪放免』の報せを聞いたウィーズリーおばさんは喜んだし、ロンとハーマイオニーは飛び上がって喜んで、「ダンブルドアが君を有罪にさせるはずがない!」と言った。ジニーと双子の兄達は、喜び勇んで歌い踊っている。「ホーメン、ホーメン、ホッホッホー…」

 

 これで目下の心配の種は無くなったし、ハリーは学校に戻る事ができる。晴れ上がった様な気持ちでいるハリーとは裏腹に、みるみる元気が無くなっていく人物がいた。ブラックだ。

 

 ホグワーツ特急の日が近づくにつれて、ブラックはみるみる萎れていく夏の花の様だった。以前よりバックビークがいる部屋に籠もりっきりになり、声をかけてもどことなく空元気を出している感じだった。

 「まったくもう。大の大人が情けない。一人でめそめそするならもうちょっと上手くやってちょうだい。あの子達、貴方なんかの事を心配してるわ」

 バックビークのくちばしを撫でながらしょんぼりしているブラックに向かって、ドアにもたれたオーシャンが呆れ顔で言った。

 

 ブラックは張りが無い声で、不機嫌を声に出す。「…誰もめそめそなんてしてない」

 「…あのねぇ、せめてみんなの前でその顔はしないでって言ってるの。ハリーが可哀想でしょう。この屋敷でずっと一人っきりって訳でも無いんでしょう?」

 

 「…まあ、リーマスも就職が上手くいかない事だし、ここにいる事が多くなると思うが」

 「…それで何がご不満なのよ!貴方に釣り合わない素晴らしい親友さんがもう一人ついてくれてるんだから、何も不満なんてないはずでしょう!?私だってねぇ…っ-」

 思わず言おうとした言葉にはっとする。ブラックはきょとんとし、次にニヤニヤして言葉の続きを促した。「…『私だって、』なんだって?」

 「-何でも無いわよ!毛根死ね、馬鹿犬!」

 

 部屋に帰ると、教科書のリストが届いていた。ハーマイオニーがオーシャンに彼女宛に届いたホグワーツの封筒を渡しながら、弾む声で言った。

 「やったわ、オーシャン!見て、このバッジ」

 抱きつかんばかりの勢いでハーマイオニーが見せてきたのは、赤色の上に金文字のPが光るバッジだった。

 

 「……何だったかしら?」

 見せられてもそれが何なのかわからずにオーシャンが聞くと、ハーマイオニーの代わりにジニーが答えた。

 「やだ、オーシャンったら。監督生バッジよ。今年はハーマイオニーがグリフィンドールの監督生ってわけ」

 「ああ、あの、クラス委員長みたいなやつね。すごいじゃない、ハーマイオニー。貴女が頑張り屋さんな事は誰もが知っているもの。ある意味当然ね」

 「監督生は寮に男女一人ずつだから…もしかしてハリーの所にもバッジが届いているのかしら?」

 

 「きっとそうだわ!」ジニーの言葉にはっとして、ハーマイオニーは弾む足取りで男子部屋に向かって出て行った。ほとんど入れ違いの様にして、ウィーズリーおばさんが戸口に立った。教科書を買い揃えに行ってくれるそうだ。オーシャンもジニーもリストを渡した。

 おばさんが出て行ってからしばらくして、今度は双子が戸口に『姿現し』した。

 「ノックくらいはしなさいよ。英国紳士の嗜みでしょう」

 「紳士って誰のことだ?」「さあ?」オーシャンが言った言葉に、双子がわざとらしく肩をすくめる。

 

 ジニーが兄達に言った。「二人とも、どうしたの?」

  「どうしたのとは、ご挨拶」「喜べ。嬉しいニュースだぜ」「なんと、今年はお前の兄が監督生だ」「おっと、俺たちじゃないぜ。それを名乗るには俺たち、年を取り過ぎちまった」双子がふざけた調子で代わる代わる言った。ジニーは目を丸くする。

 「ロンが!?選ばれたの!?ハリーじゃ無くて!?」

 「ああ」「封筒の中にはちゃーんと、あの忌々しいバッジが入ってたよ」

 

 「よかったわね。おばさまには報告は?」オーシャンの言葉に、ジョージがやれやれという顔をして答えた。

 「そりゃもう。飛び上がって喜んで、ハグだのキスだの」「これで息子達全員監督生だって、気を失いそうだったぜ」

 「ふふ…息子達全員って、だったら貴方達はなんなのよ」おかしなひと、とオーシャンが笑うと、双子がどうともない風に言った。「さあ」「お隣さんかな?」

 

 「でも、ハリーが監督生じゃなくて、グリフィンドールは助かったかもしれないぞ。どっかのお節介焼きのおかげでみるみる点数を減らされてみろ。ひょっとしたら、大赤字だぜ」

フレッドがジョージの肩を組みながら言う。「誰の事かしら」とオーシャンが笑顔を貼り付けると、二人は一目散に『姿くらまし』した。






前回からかなり時間が空いてしまいました。とんだ不定期更新についてきてくれる読者様ありがとうございます

「ああ、これで息子達全員監督生だわ!」「俺たちゃ何だい、お隣さんかい?」の件が好きすぎました


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62話

 夜はすばらしいごちそうがテーブルに並んだ。厨房にはロンとハーマイオニーへの「監督生おめでとう」の文字が書かれた横断幕がかけられ、椅子はすべて無くなり、立食パーティの形式がとられた。不死鳥の騎士団の面々がこのパーティのためにかけつけて、ロンとハーマイオニーにお祝いの言葉を述べた。ロンはお祝いに買ってもらったばかりの自分の箒の自慢に余念が無い。

 

 立って物を食べるというのは、どうにも落ち着かない。立ち食いそば屋でさえ行ったことの無いオーシャンである。壁に寄りかかって食べようにも、それもあまりに行儀が悪い様に思えて、結果ジュースを飲み干すばかりであった。

 「シリウスは監督生になった事はあるの?」

 ジニーが聞いたのを、ブラックが笑い飛ばす。「私もジェームズも、そのような機会には一切恵まれなかった。そういった役割は、全部リーマスの担当だったからね」

 ルーピン先生も笑っていた。「先生方は、私がこの親友達のストッパーになることを期待していたんだろうけどね。残念ながら、そんなもので止まる様な男達じゃない」

 そんな会話に自分の口角が上がりたがっている事を感じて、オーシャンは顔を見られない様にそっぽを向いた。

 

 しかしこう、周りをみていると、何故英国人はこんなにも立食パーティが似合うのかと思う。ほら、ルーピン先生なんていつもの倍はかっこよく-…いやいや、待て自分。そういう事じゃ無い。オーシャンが首を横に振って邪念を追い払っていると、ふとルーピン先生と目が合った。好いた殿方のふとした表情に逆らえないのが乙女である。耳まで真っ赤に染まったオーシャンは、ウィーズリーおばさん達の方へ逃げた。

 

 ウィーズリーおばさんは長男と話し込んでいた。どうやら、ビルの髪の毛が長すぎるというのだ。「あなたハンサムなんだから、絶対短い髪の方が似合うわよ」

 髪を短く切ってもらいたい母に対して、息子は自分のポニーテールを守る様にした。「これでいいんだよ、ママ」

 「ええ?でもねぇ…。ねえ、オーシャンも短く切った方がいいと思わない?」

 言われて、ビルをまじまじと見る。顔は確かに一般的にかっこいいと言われる部類なのだろう(ルーピン先生の方がかっこいいが)。服装も髪型も、今時の女子が好みそうな感じではある(私は先生の方が好みだが)。だからさっきから、()の中身がうるさい。

 

 「そのままでとっても素敵よ」

 いつもの微笑みを添えて返したオーシャンだったが、それでもおばさんはあまり納得していない様子だ。ビルが口笛を吹いた。

 「何?」

 「いや、君っててっきりそういう言葉は言えない子かと思ってたんだ…。そんな感じでルーピンにも言ってあげたらいいのに」

 「なっ…!」

 ビルの視線が、完全にからかっていた。ウィーズリーの兄弟達は、残念ながらこういう血筋らしい。

 「余計なお世話よ!」

 顔を赤くしてオーシャンは精一杯それだけを言い返す。ふいとそっぽを向くと、ハリーと目が合った。近づくと、すぐそばでフレッドとジョージとマンダンガスの三人が怪しい取引をしている。

 

 「このお馬鹿さん達は何をしているの?」

 ハリーに尋ねる。彼は苦々しく笑った。「アー、有毒食虫蔓がなんとか?」

 「よう、オーシャン。『ずる休みスナックボックス』買うか?」「まだできてないんだけどな。購入予約ってやつだ」

 双子が言い、すぐにマンダンガスとの値引き交渉に戻る。弟の祝いの席でさえビジネスの話とは、日本の企業戦士に負けずとも劣らない熱意である。まあ、夢の実現まであと一歩という所なのだ。祝いの席でもおとなしくできないのは、ある意味仕方ないのかもしれない。それが分かっていても、オーシャンは呆れてため息を吐いた。

 「どうやら本物のお馬鹿さんね…つける薬も無いわ」

 「ムーディに見られているかもしれないから、早くした方がいいんじゃない?」

 「おっと」「そいつはいけねぇ」

 いつまでも平行線をたどっている密談に、ハリーの一言が終止符を打った。ムーディ先生の『魔法の目』は、あらゆるものを見透かしている。彼の義眼の前にはこそこそできるはずもないのである。

 マンダンガスは違法に手に入れた品をフレッドの手に押しつけて、代わりにジョージから双子の言い値である十ガリオンを受け取る。双子はハリーに礼を言って、その場からそそくさと消えた。

 

 ハリーとオーシャンは二人残された。ハリーが所在なさげに声をかける。「あー…それで、-元気?」

 「ええ、ふふ…どちらかというと、貴方の方が元気じゃない様に見えるけど」

 「そう?」

 その時、ムーディ先生からハリーに声がかかったのでハリーはそちらに言ってしまった。一人取り残されたオーシャンはと言うと、もう二階に上がって休もうと考えた。めでたい雰囲気を台無しにしないよう、気配を消して忍び足で厨房を出る。

 

 静かに階段を上がっていると、どこかからすすり泣きが聞こえてきた。耳を澄ませて声の聞こえる方向へ歩を進める。客間の扉が開いていて覗くと、しゃがみ込んで肩をふるわせて泣いているウィーズリーおばさんの背中が見えた。

 「おばさま…?」

 どうしたの、と続けようとして、気づく。おばさんが杖を向ける先には青ざめたロンの死体があった。

 一瞬訳が分からなくなったオーシャンだが、ロンがこんな所で死んでいるという違和感に気づく。ロンは厨房で新しい箒の自慢話をしながら、ごちそうをむさぼっている。

 ともすると、あれはまね妖怪ボガートか。そういえば、おばさんは客間のどこだかにボガートがいるようだと言っていた。

 

 それにしてもおばさんがこのような状態では、ボガートを相手するのは無理だ。愛しの息子の死に姿を見せられて、すでに戦意を失っている。代わりに相手をしようとしたオーシャンが、杖を抜いて客間に入った。

 途端に血だらけのロンの目がぎょろりと動いて、オーシャンの姿を認める。こちらの『恐怖』に化けるつもりか。と思ったその時。

 

 足下に、ルーピン先生の無残な姿が転がっていた。

 

 記憶が途切れる。

 気づくとオーシャンは、がれきに沈んだ厨房のテーブルに横たわっていた。傍らに涙の痕をそのままにしたウィーズリーおばさんが座り込んで、形容できない目でこちらを見ている。ドアの外から、肖像画達の叫び声が聞こえた。厨房でテーブルを囲っていた面々ががれきの中から現れた。オーシャンはきょとんとして、上を見る。天井にぽっかり大きな穴が開いていて、客間の中が見えた。

 足下にはぺしゃんこに潰れたルーピン先生の死体があって、それを見つけた本物の先生が杖を向け、「リディクラス」と唱えた。途端に小さな満月に変わったボガートは霧散した。

 

 つまり客間の床が抜けて、オーシャンとおばさんとボガートは厨房に落ちてしまったという事らしかった。あの一瞬で?屋敷の老朽化のせいか?

 みんな衣服が汚れてボロボロの姿になっている。がれきのせいで、キングズリーは頭から血を流していた。オーシャンが目をぱちくりさせていると、屋敷の主が呆れ顔で目の前に立った。口に出されたのは流ちょうな英語で、彼女は何も聞き取れなかった。



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63話

 「はぁ…」

 ホグワーツ特急のコンパートメントで窓ガラスに頬を擦り付けて、オーシャンはため息を吐いた。「しょうがないよ」ハリーが何度も慰めの言葉を口にするが、彼女の顔色は依然曇ったままだ。

 昨日の夜、ルーピン先生の死体に化けたまね妖怪ボガートにぶち切れたせいで、ブラックの屋敷の客間の床を衝撃魔法で落としてしまった。その後言葉の能力が戻ってくるのを待って、ウィーズリーおばさんやルーピン先生に手伝ってもらいながら客間と厨房を元通りに直して、落ちてきたがれきで負傷したキングズリーやロンの怪我も治した。ロンの切り傷の方は、傷があった場所に少々毛が生えてしまったが。

 

 自分の家をめちゃくちゃにされた主は呆れるやら笑うやらで、今朝は目が合う度にお気に入りのジョークの様に言った。「グリフィンドールの床は落とすなよ?」

 犬の姿で見送りに来たブラック家の主とも離れ、今はホグワーツ特急に揺られて城へ到着するのを待つばかりである。フレッドとジョージは悪友のリーと『仕事』の話をしに行き、ロンとハーマイオニーは監督生の車両に向かった。オーシャンはハリーとジニーと、そこで行き会ったネビルと一緒にコンパートメントに腰を落ち着けた。この個室には先客がいて、ジニーと同学年だというレイブンクローのルーナ・ラブグッドが雑誌を読んでいた。

 

 「いつまでため息ばっかり吐いてるつもり?」ジニーがハーマイオニーに似た口調で言い、ネビルはペットのヒキガエルを握りしめて、ハリーとオーシャンに聞いた。「何かあったの?」

 「-そう、ちょっとした事故よ」

 うんざりした口調でオーシャンが返す。その時突然、今まで黙って雑誌を読んでいたルーナが顔を上げ、ハリーをじっくりと見た。

 「あんた知ってる。ハリー・ポッターだ」

 「うん」

 ハリーは今までの人生で何万回自分の名前を肯定したか分からない。それでもちょっと唐突すぎて、困惑していた。するとルーナは、オーシャンに目を移す。

 

 「あんたも知ってる」

 「え?」

 他の寮の下級生に顔を覚えられる様な事をしたつもりは無い。

 「三校対抗試合の時に、ハッフルパフのセドリック・ディゴリ-に抱きかかえられてた。ムーディ先生の腕を吹き飛ばしたし、一昨年はシリウス・ブラックを捕まえに出て先生達に怒られてた」

 「-ああ、もう、それ以上言わないで!」

 「大丈夫、これ以上知らない。あと一昨年の『闇の魔術に対する防衛術』のリーマス・ルーピン先生との噂しか知らない」

 「……」

 一番知って欲しくなかった事をさらりと言われて、オーシャンは絶句した。こう悪事を並べ立てられると確かに、覚えないでという方が無理な気もする。ハリー・ポッターとまでは行かなくとも、ウィーズリーの双子の様なものだ。

 

 「と、ところで、みんなこの夏はどうだったの?」

 ジニーが話題を変える。ネビルが楽しそうに答えた。「ああ、誕生日に何をもらったと思う?」

 「『思い出し玉』?」ハリーがからかうように答えた。ホグワーツに入学した年にネビルが貰った誕生日プレゼントで、持ち主の忘れているものを思い出させてくれる優れものだが、当時のネビルは思い出し玉を持っている事さえ忘れてしまうので、あまり役には立たなかった。トランクの肥やしになっていないといいが。

 「違うよ、これ見て」そうネビルが瞳を輝かせて見せてくれたのは、サボテンに似た植物の鉢植えだった。

 

 「これ、なあに?」

 「ミンビュラス・ミンブルトニア。すごく貴重な植物なんだよ。早くスプラウト先生に見せたいなあ」

 見てて、と言ってネビルは植物を目の高さに掲げ、羽ペンの先でそのおできを突いた。

 途端に全てのおできから勢いよく、気持ちの悪い色の液体が飛び出して来て、みんなの服や顔にかかった。ハリーは植物から出てきた『臭液』が口いっぱいに入ってしまったので、窓を開けて吐き出した。コンパートメントの中がくさい臭いで満たされる。

 

 その時コンパートメントの扉が開いた。匂いでゲホゲホとむせ込んでいるオーシャンの目に映ったのは、いつもの友達に囲まれているレイブンクローのチョウ・チャンと、その彼女の友達に何やら好奇の目で見られている、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーだ。  

 「あン…こんにちは、ハリー」

 チョウ・チャンは『臭液』にまみれたハリーに声をかけながら、すぐそばにいるセドリックをも気にしている様だった。いつもの彼女にしては少し落ち着きがない。

 「あら、ディゴリーにチャンなんて意外な取り合わせね。こんにちは」

 頬についた『臭液』をとりつつオーシャンが声をかけると、セドリックの声は久しぶりに出てきた様に裏返っていた。

 

 「や…やあ!ん、ゴホ…久しぶりだね」

 頬を染める彼の様子に一瞬チョウ・チャンが複雑な表情を見せ、すぐ後ろにいる彼女の友達は怒りにも似た顔でオーシャンを睨んだ。

 「…悪い時に来ちゃったかしら?」チョウがハリーに聞いた。みんな服を『臭液』でべっとりと汚し、ハリーは口の中に張り付いた臭いに嘔吐いていたからだ。

 「あ、いや-」否定しようとしたハリーがまた嘔吐いた。代わりにオーシャンが答える。「ごめんなさい。今私たちひどい臭いだから、後にした方がいいかも。貴方もどうせ見るなら、素敵なハリーの方がいいでしょう?」

 どちらにも悪い気を持たせない様に返答したつもりだったのだが、何故かチョウは一瞬傷ついた表情を見せた。そのまま答えず、ふい、とそっぽを向いて行ってしまう。チョウの友達がその後を追い、セドリックはオーシャンの仰せのままにした。「-あ、じゃあ、僕も友達の所に戻るよ。また後で…」

 

 扉が閉まり、ハリーが肩を落とす。せっかくチョウが会いに来てくれたというのに、『臭液』にまみれていたら格好の一つもつけられない。「大丈夫よ」ジニーが慰めだか励ましだか分からない事を言って杖を取り出し、スコージファイ、と呪文を唱えてみんなの『臭液』をとってあげた。

 とれからしばらく、ロンとハーマイオニーも戻ってこなかったしコンパートメントを訪ねてくる客も来なかった。みんなで車内販売のカートから買ったお菓子を食べたり、爆発スナップゲームで遊んだりした。ロン達が戻ってきたのはみんながゲームにも飽きてきた頃だ。

 

 「ふう…くたくただ」

 そう言ってげんなりとした顔でコンパートメントに入ってきたロンは、ネビルの隣に転がっている蛙チョコレートの箱をめざとく見つけて拾い上げ、腰をかけながら開封してあっという間に口の中に放り込んだ。

 「なあ、各寮に監督生は二人づついるんだけど、スリザリンは誰だと思う?」

 「マルフォイ」ロンの問いにハリーが蛙チョコレートのカードをぼんやり見ながら即答した。

 「当たり」ロンが憎たらしげな顔で答え合わせした。ハリーも浮かない顔でいる。ハーマイオニーが付け足した。「しかも女子の監督生は、パンジー・パーキンソンよ」ジニーの隣に腰掛ける。「トロールよりも頭が悪いのに、よくも監督生なんてなれたもんだわ」

 

 ロンとハーマイオニーが、見慣れぬ顔がいることにはたと気づいた。ルーナも彼らを見る。「あんた知ってる。クリスマスのダンスパーティに、パドマ・パチルと行った」

 藪から棒にルーナが言ったので、ロンは驚いている。ハリーに目配せすると、ハリーは肩を竦めて応えた。ルーナが続ける。「パドマはあんまり楽しくなかったって言ってた。あんたがあんまり構ってくれなかったってさ」

 「あらあら」

 くすくすとオーシャンが笑う。ロンは顔を赤くして呟いた。「放っとけよ…」

 

 ジニーが彼らの間に入って、互いを紹介する。ロンは一気に機嫌を悪くしてしまった様であまりルーナの方を見ようとしなかったが、妹は気にしなかった。

 話題を変えるために、ハーマイオニーがルーナの読んでいる雑誌に目を留める。「何を読んでるの?」

 「『ザ・クィブラー』だよ」ルーナは自分の顔を隠すように雑誌を持ち上げて、表紙を見せた。何故かルーナが逆さまに読んでいるせいで、表紙を飾っている人も逆さまになって困惑している。

 

 「面白いの?」ネビルが訊くとハーマイオニーが答えた。「あら、『ザ・クィブラー』ってクズ雑誌よ」

 するとルーナが雑誌を膝の上に伏せて、ハーマイオニーを見据える。

 「あら、うちのパパが編集してるんだけど」

 「…アー……」

 自分の失言を取り戻そうとしたハーマイオニーだったが、ルーナは一つ息を吐いて誌面に戻ってしまった。ひっくり返して、今度は正常に持ち帰る。表紙の人間が気を取り直してまた格好つけ始め、表紙にいくつか踊っている見出しも読めるようになった。

 「ん?ルーナ、ちょっとそれ、見せてくれる?」

 表紙の見出しを見るやいなやハリーは顔色を変えた。ルーナが素直に貸してくれる。どうしたの?とオーシャンが訊くと、ハリーは表紙の中でも小さい見出しを指さした。

 

 「あー…ブラック?黒ってこと?それがどうしたの?」

 その見出しの中でも、オーシャンの目に一目で分かる単語はそれしかない。オーシャンが首をひねっているとハリーは少しイライラして答えた。

 「色の事じゃない。人名だよ」

 ハリーはそれだけ言うとロンと一緒に紙面を追うのに夢中になった。訳が分からないオーシャンに、ハーマイオニーが耳打ちする。「あなたの愛犬の事よ」

 オーシャンが手をぽんと打つ。なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに…いや、ルーナがいる前でそう口にできる名前でもないか。

 

 「それで、何が書いてあるの?」

 「あとで教えてあげるよ」問うたオーシャンにハリーがそう返答するのを見て、ルーナはさも当たり前の事を口にした。

 「何で?自分で読んでみたらいいじゃない。パパの雑誌は面白いんだよ」

 その一言にオーシャンはぐうの音も出ない。みんなが笑った。

 「英語を読むのは苦手なのよ」

 「何で?喋ってるのに、そんなの変」これまた正論で返された。

 

 「…厳密には、私は英語を話してもいないし、聞こえてもいないのよ。これは私特有の魔法効果。耳に入ってきた英語は日本語で聞こえるし、私が話す日本語が英語に聞こえるようになってるの」

 「フゥン。でも、授業でノートをとったりしてるでしょう?もう何年もホグワーツにいるのに、なんで読めないの?」

 無邪気な顔で訊いてくるルーナに、オーシャンの反論が尽きた。ルーナは正論しか言っていない。そんなオーシャンを哀れに思ったのか、ハーマイオニーが助け船を出す。

 「ルーナ、これ以上はやめてあげて。何年も授業に出ていても進歩しないほどに、彼女の英語力は壊滅的なのよ」

 もうフォローでさえない。

 「フゥン、わかった。だけど…あんたって変わってるね」

 ルーナが引き下がり、ロンは口に拳を突っ込んで笑い声を押さえている。オーシャンは窓ガラスに額を押しつけ、逃避した。「…今日の夕食のメニューはなにかしら……」

 

 

 

 

 ホグワーツ特急が徐々にスピードを落とし、止まった。列車から降りると外はもう日が落ちていて、夜空にホグワーツ城のシルエットが浮かび上がっているのが見えた。

 「あれ、一年生の引率がハグリッドじゃない。誰だろう」

 そういえば、あの「イッチ年生はこっち!」という元気な声が、今年は聞こえない。毎年一年生を列車のホームから城の中まで引率するのは、ハグリッドの仕事だ。

 「一年生はこちらへ!」と、女性教師がきびきびした声で新入生をまとめている。

 「ハグリッドに何かあったのかな?」

 心配そうな顔をするハリーに、オーシャンは言った。

 「大丈夫よ。確か先学期の暮れの話では、校長はハグリッドとマダム・マクシームに秘密の任務を与えるって聞いたわ。きっと、その件で不在にしてるんじゃないかしら」

 「いつ頃帰ってくるんだろう?それに、授業は?」

 「そればっかりは任務の内容を知らない私の口からはなんとも言えないわね…。後でこっそりとマクゴナガル先生に訊くしかないかしら」

 そんな話をしながらオーシャン達は人の流れに沿って歩いた。例年通り、馬車がそこで待機している。

 

 この馬車を牽いているのがセストラルという生き物だと知ったのは、六年生の時の『魔法生物飼育学』だった。五年生の新学期の時は馬なしだったのに、六年生の新学期では何だか気味の悪い生物がいるなあ、くらいに思っていたら、どうやらこの生物は死に触れた者にしか見えないそうなのである。

 どうして急に見える様になったのかと首をひねっていて、はたと気づいた。私は五年生の暮れに一回死んでいるのだ。そりゃあ三途の川の手前まで行けば見えるようになるのも道理である。

 馬車はガタゴト揺れながら、セストラルが進む。城はすぐ目の前である。







なんだかんだで2018年最後の更新になります。
更新が止まりがちで読んで頂いてる読者様をやきもきさせてしまった事だと思います。
みなさま今年もオーシャンを愛していただいて、ありがとうございました。
よいお年をお迎えください


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64話

 全校生徒と先生達が集まった式典の大広間で、古ぼけた帽子が歌い終わった後、生徒のみんなが呆気にとられて、しんとした。やがて思い出したようにパラパラと拍手が起こるが、大半の生徒はひそひそ話に夢中だった。

 それも当然だ。オーシャンがホグワーツで学んでいる間、帽子が新年の宴で『警告』を発したことなど一つも無い。

 オーシャンは帽子の歌を思い出した。四人の創始者の違い、学校の危機、外敵の存在、そして四つの寮の生徒の団結。

 

 「今年はどうしたんだろう?これまでの歌と違う」

 ロンがハリーに言った。毎年恒例である組み分け帽子による歌はもちろん毎年歌詞が違ったが、今回ほど異彩を放っている歌を彼らは初めて聞いた。ハーマイオニーは不安そうだ。

 「これまでに警告を発した事なんてあった?」

 「もちろん、ありますとも」

 テーブルをすり抜けてぬっと顔を出しながら、グリフィンドールの寮憑きゴースト『ほとんど首無しニック』が答える。ニックが言うには、帽子は必要に応じて、学校に警告を発すると考えているらしい。

 

 マクゴナガル先生の読み上げによって、新入生の組み分けが始まる。新入生が各寮に組み分けされると、それぞれの寮の生徒が拍手によって迎える光景も、例年通り。あまりにいつも通りの新学期に戻ったので、さっきの組み分け帽子の歌は白昼夢(今は夜だが。)じゃないかと思ってしまう。

 しかし、例年と違うところがある。先生達と肩を並べて座っている、アンブリッジとかいう女。ハリーは、この女が尋問の時にいたと言った。魔法省で勤める女史が、何故ホグワーツに?

 

 長々とした新入生のリストを読み上げ終わった先生が、組み分けの終わった帽子が載った椅子を静かに片付ける。その後は例年通りである。ダンブルドア校長が立ち上がって生徒達に短く挨拶し、賑やかな食事が始まった。

 テーブルを彩ったチキンやパイ、ローストポテトに色とりどりのサラダにカボチャジュースに舌鼓を打ちながら生徒達が互いに話し合うのは、やはり先ほどの組み分け帽子の歌の事だ。『ほとんど首無しニック』が「彼は学校に危険が迫っている時に、いつも同じ警告をします」と言った。「団結せよ、外なる敵に気をつけよ、と」

 「帽子が学校の危険をどうして察知できるの?」ハーマイオニーが訊く。ニックが首をぐらぐら揺らして答えた。

 「さあ、私には分かりかねますが、思うに彼がずっと校長室にいるのが関係するのでは」

 

 確かに校長室は、校長先生の御座す所だ。学校に関する色々な事のみならず、アルバス・ダンブルドアその人の元には学校外からの様々な事柄も舞い込んでくる。実際、魔法省大臣のコーネリウス・ファッジは近年までダンブルドア校長に、年に何回も相談の手紙を送ってきたらしい。そこに保管されている組み分け帽子も今年は何か感じるところがあったのかもしれない。

 ニックと後輩達が話に夢中になっている間に(ロンとハーマイオニーの例年通りのいがみ合いもあったが)、食卓の大皿は軒並み空っぽになった。続いてデザートの糖蜜タルトが出て来て、次々に平らげられる。

 生徒みんなが満腹になって幸せそうな顔になると、ダンブルドア校長が再び腰を上げた。

 

 「さて、みんなよく食べた事と思う。今すぐベッドに雪崩れ込みたいと思うが、その前に少々お耳を拝借しようかの」

 そう前置きして校長が話した禁止事項については、生徒達の-特にフレッドとジョージの耳をほとんど右から左に流れていった。下の弟も含めたウィーズリー兄弟の目は、はやくもトロンとしている。次に校長が話したのは-。

 「今学期、新たな先生を二人迎える事になったのを嬉しく思う。グラプリー-プランク先生はの事は知っている諸君も多いじゃろう。『魔法生物飼育学』の担当じゃ」

 その言葉に、ハリー、ロン、ハーマイオニーがハッとした。三人と同じく、今までの『飼育学』を担当していたハグリッドの行方を不思議に思った生徒もちらほらいた様だったが、それでも大半の生徒が拍手した。

 

 「そしてもう一人は『闇の魔術に対する防衛術』を担当する、ドローレス・アンブリッジ先生じゃ」

 校長が紹介したのは、ハリーの尋問に同席した女性だ。見たところの年齢の割には、少女の様な化粧をしている。頬紅も口紅も服までがピンクだった。まつげをパチパチさせてにっこりと笑うのが、彼女自身の濃さを感じさせた。

 ダンブルドア校長が続けようとするのを、かんに障る特徴的な咳払いで遮って、女史は自ら生徒に挨拶するのを申し出た。校長が快く受ける。その様子を、生徒達は面白そうに見た。ジョージがオーシャンに耳打ちする。「ホグワーツのしきたりを知らないって事は、可哀想な事だ」

 

 アンブリッジ女史はほんの小さな子供達に語りかける様な調子でしゃべり出した。頬紅と口紅と服の色が、そのまま反映されているかの様な声だ。

 「ダンブルドア校長先生、丁寧な紹介をありがとうございます。改めまして、わたくしはドローレス・アンブリッジです。魔法省から来ました。皆さんとお友達になるのを楽しみにしています」

 フレッドがこちらを見て呆れたようにニヤリとした。片割れも多分、同じ顔をしている。「『お友達』。本気か?」

 

 ドローレス・アンブリッジの挨拶は、長い、の一言に尽きた。ほとんどの生徒は二分ほどで集中力が切れて、周りの友達とおしゃべりしている。ダンブルドア校長が挨拶している時には絶対に無い光景だ。

 そういうオーシャンも飽きていた。アンブリッジ女史の言葉はなんというか、小難しくて回りくどいのだ。まるで役人と話している様だ。いいや、確かに役人だったか。なんだか色々言っているのだが、要する所が全然理解できない。壇上で懸命に口元を動かしている彼女をぼうっと見てはいたが、その言葉は左から右へ流れていき、不思議なほどに全然頭の中に留まってくれなかった。

 

 気づけば女史の話は終わっていて、ダンブルドア校長とマクゴナガル先生が拍手を贈っていた。オーシャンはハッとして手を叩いた。周りの生徒達のほとんどがオーシャンと同じだった様で、慌てて拍手をしていた。校長が椅子から立ち上がり、アンブリッジ女史を迎える。「実に啓発的な言葉じゃった。ありがとうございました、アンブリッジ先生」

 「ええ、本当に啓発的だったわ」ハーマイオニーが真面目な顔で言った。低い声で仲間達話しかける。

 「君、まさかあの話を面白かったって言うんじゃないだろうな?」ロンがハーマイオニーに言って、フレッドがニヤリとした。「ああ、懐かしの兄貴を思い出すよ」

 

 「啓発的だと言ったのよ」のんきな男達の顔に彼女はうんざりする。「おかげで色んな事が分かったわ」

 「「ほんと?」」ハリーとオーシャンの声が重なった。ハリーは何の中身も無い無駄話だと言ったし、オーシャンの頭の中には彼女の言葉の切れ端も残っていない。オーシャンとぼけた顔を見て、ハーマイオニーは更にうんざりした顔をする。「…あなただけは、ちゃんと話を聞いていると思ったわ…」

 オーシャンは申し訳なさそうに弁解する。

 「ごめんなさい。小難しい用語をまくし立てる、役人独特の話し方は、どうも苦手で」

 

 ハーマイオニーはオーシャンの言い訳を聞いて嘆息し、「魔法省がホグワーツに干渉する、という事よ」と言った。

 「どういう事?」

 オーシャンが訝しげに聞いた時、校長が宴会のお開きを言い渡した。周りの生徒達が席を立って、ガタガタとにわかに騒がしくなる。ハーマイオニーがハッとした。

 「ロン、一年生の引率をしなきゃ!」

 ロンは一瞬、今年自分に与えられていた役目を忘れていた様だ。「-あ、そうだ。おい、お前達、そこのガキども!」

 ロンが一年生に口汚く声をかけたので、ハーマイオニーが非難する。引率される一年生の中や大広間から出ようとする他の生徒の中に、ハリーを無遠慮にじろじろ見ている者がいる事に、オーシャンは気がついた。

 

 「-もう、行きましょうか」

 ハリーに言って、オーシャンは席を立った。ハリーも立ち上がり、フレッドとジョージも加わって四人でグリフィンドール塔へ向かう。双子はその高い背で一年生越しに弟の働きぶりを面白そうに見た。「見ろよジョージ。泣けてくるね」「ああ、あの小さいロニー坊やが今じゃ、坊主達の偉大な先輩だ」

 「大丈夫、ハリー?」

 オーシャンは大広間を出て、無言で先を歩く後輩を見遣る。ハリーはぶっきらぼうに答えた。「ああ、じろじろ見られるのには慣れてる」

 

 今まで何度も良くも悪くも学校で問題ばかりを起こしてきたハリー・ポッターが、先学期の三校対抗試合で両親を殺した宿敵・ヴォルデモート卿が復活した、と主張した。この夏には『未成年の魔法使用に関する制限事項』を破り非魔法族の前で魔法を使い、魔法省の法廷尋問に出廷した。-世間のみんなに伝わっているこのような情報だけでは、みんながこのような目でハリーを遠巻きに見るのも、当然だと思えた。

 「変ね、今回はディゴリ-だって生き残っているのに、みんなそっちのことはまるで気にしてないみたい」

 オーシャンがそうつぶやいた所で、双子が彼女へ注がれている視線に気づいた。

 

 「おっと、噂をすれば-、だ」確かに、階段の所でうろうろしているセドリック・ディゴリーを見つけた。彼の方も人混みからオーシャンを見つけて、にっこりした。

 フレッドが隣で、砂でも吐きそうな仕草をした。オーシャンが鋭く言う。「やめて。糖蜜タルトが出るわよ」

 「やあ」

 照れくさそうに声をかけてくるセドリックにいつもの笑顔で答え、オーシャンはハリー達に「先に行ってて」と声をかけた。ところが双子達は、番犬のごとくその場に留まっている。そんな彼らに構わず、オーシャンはセドリックに問いかけた。

 

 「夏休みはどうだったの?」

 「すごくよかったよ。あ、-ポッターは、大変だっただろうけど」

 さっさとハリーが行ってしまった方を見て、セドリックが言った。双子はセドリックがそんなことを言い出すと思っていなかったようで、少しびっくりしている。

 「日刊予言者新聞を?」

 オーシャンが聞くと、セドリックは顔をしかめて答えた。

 「ああ、家族みんなで読んでる。ひどいこき下ろし方だ。ポッターは嘘つきで気が触れた暴力主義者だとか、ダンブルドアは虚妄にとりつかれているとか」

 

 「嘘つきって-貴方もいるじゃない」例の夜の事だ。「貴方の所に、取材は来なかったの?」

 「全然。『予言者』の記事で触れられもしないよ。『あの夜』から僕は存在を抹消されている」

 セドリックが肩を竦める。「僕も本当に『あの夜』にいたのかって、時々自問するよ」

 「何故そんなことするのかしら。貴方の存在を無視したりするなんて」

 「さあ。ぼくには分からないけど、十数年前に生き残った男の子が今回も一人だけ生き残るって筋書きの方が、なんかこう-ドラマティックだ」

 セドリックに言われて、オーシャンは頷いた。いかにも、去年ホグワーツを嗅ぎ回っていた蝿女の好みそうな記事だ。尤も、その蝿女は今や可愛い後輩の手の中だが。

 

 しかし真実を報道する新聞がそんなことを始めてしまっては、もはやその辺の三流週刊誌と同じだ。結局は自分の目で見た物しか信じられない世の中になってしまったらしい。セドリックも同じ事を考えている様で、少なくともその一点に関しては二人の意見は一致した。

 そこでどちらからともなくおやすみを言い合い、その場を後にする。オーシャンが階段を上がり出すと、従順とも言える様子で双子も後を追いかけた。二人そろって階段下をちらり返り見る。セドリックはオーシャンの後ろ姿が見えなくなるまでその場に留まっていた。

 

 「あいつ、大丈夫かよ」

 「何が?」

 セドリックの姿もすっかり見えなくなった所で、フレッドがオーシャンに言った。何も気にしていない様子のオーシャンに、ジョージが肩を竦める。

 「みんな宴会の後は真っ直ぐ寮に帰ってるっていうのに、お前に一声かける為だけにあんな所で待ってるんだぜ?気が知れないね」

 「私に声をかける為だけにいたとしても、それはそれで健気な事じゃないの」

 「お前は知らなかったかもしれないが、あいつ、お前の姿が見えなくなるまで動かないんだぜ?ストーカーの気質があるよ」

 「それを言うなら―」

 オーシャンが立ち止まり、二人を振り返って言い返す。もう『太った婦人』の肖像画前に到着していた。

 「貴方達は何なのよ。先に行ってって言ったのに、私の背後に留まっちゃって。まるで私を守る騎士か、忠犬ハチ公だわ。―『ミンビュラス・ミンブルトニア』」

 

 婦人に合い言葉を言って談話室に入っていくオーシャン。「―私は子犬を二匹も飼った覚えはないわ」

 双子も肩を怒らせてそれに続く。「誰が犬だ、誰が!」「まったく、うんざりしちまうぜ。騎士がせっかく守ろうとしても、我が姫は自由奔放でいらっしゃる」

 オーシャンは暖炉の肘掛け椅子に、脚を組んで腰掛け、双子を見上げた。まるで高慢な姫の様に。

 「貴方達がもし、ハチ公ではなく騎士だとしたら―」

 高慢かつ、妖艶に。

 「―貴方達が仕えているのは姫ではなく、くノ一。守っているつもりでも、陰では逆に守られているかもしれないわ」

 

 暖炉で爆ぜる火が作り出す陰影が、オーシャンの微笑をより一層妖しく魅せる。彼女を見下ろしていた双子が、ゴクリと唾を飲んで、魅惑の呪文にでもかかった様に同時に膝をついた。

 オーシャンはその二人の頭を順番にひと撫でする。彼らを撫でた手で、自分の唇を軽く触った。うぶな男達ほどからかいたくなる、意地の汚いくノ一。

 「さて、そのくノ一に守られてる『姫』は、誰だと思う?」

 

 「……何、あれ」

 談話室で繰り広げられている光景に、他の生徒がざわめいていた。ハリーやハーマイオニーはそれを冷めた目で見ているが、近くにいた新入生の女子達は頬を紅潮させて黄色い声を上げている。「あの人絶対、千年生きた魔女よ!お話で読んだの!」

 柱にもたれて笑い転げている、双子の悪友のリーにロンが訊いた。

 「…あのさ、あれ、何の儀式?」

 リーは涙を拭って答えた。「さあ。でも、見ろよ。あいつらのあの顔」

 確かに双子のあの恍惚にも似た表情には、弟でさえ笑いを禁じ得ない。彼らの隣で、コリン・クリ―ビーがカメラのシャッターを切った。

 




2019年一発目の投稿の投稿になります。今年はもっと執筆頑張ろう!
みなさま、本年も「英語ができない魔法使い」オーシャン・ウェーンをどうぞよろしくお願いいたします!

UA 164851件、お気に入り1792件、感想101件、評価2818ptありがとうございます!


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65話

 ホグワーツに帰ってきた最初の週に早速、オーシャンはやらかした。

 

 今年度最初の『闇の魔術の防衛術』の授業。魔法省から派遣されてきているという担当教授のアンブリッジ先生は、未知数だ。昨日の宴会の時にハーマイオニーが教えてくれた事が本当だとすると、どういう事なのだろうか。―魔法省がホグワーツに干渉する、という事は。

 長年の学校生活で、仲間内でなんとなく決まった座り順で座って、いつものようにみんなリラックスした感じでおしゃべりをしていた時、先生が部屋に入ってきた。ローブの上に、今日も昨日と似たような派手派手しいピンクのカーディガンを羽織っている。「こんにちは、みなさん」

 「こんにちは」と、何人かの生徒がまばらに挨拶を返した。フレッドとジョージは悪友のリー・ジョーダンとも目配せをしてニヤリとする。教壇で、先生が舌を鳴らして否を唱えた。

 「それではいけません。立派な若者となってこれからの魔法社会を担うべきあなた達が、そんなことではいけませんよ。わたくしに挨拶する時はこの様に―『こんにちは、アンブリッジ先生』。」

 元気に挨拶してくださいね、と付け加えた後、先生の号令に従ってみんなが挨拶する。ほとんど唸る様だった。

 「よくできました」先生は満足げに目を瞬いた。

 

 「さて、あなた達は七年生―今年がホグワーツで学ぶ最後の年になるわけです。これから皆さんを待ち受けるのは、時に激しく時に優しくもある社会の荒波です。早い方ではもうすぐ就職先が決まる方もいると思いますが―」

 そこから先しばらく、昨日の宴会の席での挨拶の様な曲がりくねった文句が続く。教室中が、まるで魔法史のビンズ先生の授業に来てしまったかの様になった。オーシャンは一人ごちた。

 「…あの先生、もうちょっとまともな日本語で話をできないのかしら…」全然頭に入ってこない話を揶揄した呟きだったが、それを聞いた隣のフレッドとジョージが哀れみの視線を送る。

 「オーシャン、残念ながら―」「あれでも一応、彼女が喋っているのは英語だ」

 「あら、失礼。…もうちょっとまともな英語を喋ってくれないかしらね」

 

 その時、先生が少し声を高くしたので、オーシャンと双子は姿勢を正した。「―古き悪習は是正されるべきです」

 「これからは魔法省の指導要領通りの防衛術を学んで参ります。あなた達には卒業前に『N.E.W.T』という大舞台が待ち構えています。わたくしと一緒に勉学に励んで参りましょう。皆さん、羊皮紙とペンを出して、これを書き写してください」

 

 先生が杖で黒板を叩くと、そこにたちまち文字が現れた。

 みんな鞄に杖を仕舞い、羊皮紙とペンを取り出してすらすら書き写していく。オーシャンは三文字ごとに黒板を確認して、ゆっくり書き写した。筆記体で書かれた英文は時間をかければ読めるが、書くことはできない。留学当時から挑戦してはいるのだが、なんとなく、自分で筆記体を使って英文を書く事は、気恥ずかしくてうまくできないのだ。

 教室の全員が黒板の文字を書き写してペンを置いた時、まだオーシャンは「授業の目的2」を写している最中だった。何度目かにスペルを確認しようとして顔を上げた時に、アンブリッジ先生と目が合った。彼女は貼り付けた様な笑顔でこちらを見ていた。

 

 「…あ、ごめんなさい、先生。書くのが遅くて」オーシャンが言うと、アンブリッジ先生は猫なで声を出して、殊更ゆっくりと言った。「いいのよ、自分のペースで。わたくし達は、あなたを、待っています」

 先生の猫なで声に違和感を感じながら、オーシャンは黒板の文字を書き写す作業に戻った。途中、ジョージが低い声でオーシャンに言った。「すごいな。あのおばさん、まばたきしないでこっちを見つめてるぞ」

 オーシャン待ちの為に静かになった教室で、ジョージの「おばさん」発言は絶対先生の耳に届いたはずなのに、先生は「エヘン、エヘン」と嘘くさい咳払いをするだけだった。

 

 最後の一語を書き留めてペンを置くと、先生が「終わりましたか?」とオーシャンに訊いた。「お待たせいたしました」と彼女が答えると、アンブリッジ先生はこう言った。

 「いいえ、苦手な物に立ち向かい、遠い異国から学びに来ているあなたを、わたくしは尊敬します」

 先生がそんな優しい言葉を自分にかけると思っていなかったオーシャンは、思わず目を丸くした。その様子に言葉が通じていないと思ったのか、アンブリッジ先生は身振り手振りを付けて、ゆっくりとオーシャンに話しかけた。

 「ええと…わたくしは、頑張り屋さんの、あなたが、大好きです」

 

 「…先生、ありがたいんですが、先生の話す言葉はちゃんと私に伝わっております。英語を聞くことと話す事には問題ありませんので…。授業を中断させてしまって、申し訳ありませんでした」

 オーシャンが言った言葉に、先生は露骨に気を悪くした様だ。貼り付けていた笑顔を急に凍らせると、「ああ、そう」とだけ言って黒板に向き直り、杖で叩いた。黒板の文字が立ち所に消え去る。

 「では」アンブリッジ先生は再び笑顔を貼り付けてこちらを向いた。「みなさん、教科書は用意してますね?五ページを開いて、『第一章、初心者の基礎』を読んでください。おしゃべりはしないこと。それでは、はじめ」

 

 先生の号令でみんなが―双子のウィーズリーでさえ、教科書とにらめっこを始めた。

 これは参った。英文は苦手だ。可愛い後輩が辛抱強く教えてくれるおかげで数年前よりはましになったが、今でも長い英文を訳して読む時は多大な精神力を要する。要するに、教科書の五ページを訳して読んだ後なんて、オーシャンのMP(三郎が日本で暇を持て余した時に遊ぶゲーム『ドラゴンミッション』の用語で、魔法力の事)は限りなくゼロだ。

 

 腹をくくって、オーシャンは難しい顔つきで教科書に向き合った。彼女は特段視力が悪い方でもないのだが、自然と教科書に鼻先が近づいていく。まるで、教科書を見透かして、英語の後ろ側にある何かを読もうとしている様だ。

 今読もうとしている教科書は、決して難しい物ではない。それどころか七年生の使う教科書にしては図も大きくわかりやすいし、ずいぶん易しい書き方がなされていた。

 隣のフレッドが大きなあくびをした。「こんな面白い教科書にはお目にかかった事が無いぜ」

 「Mr.ウィーズリー、私語は慎むように。今は読む時間ですよ」アンブリッジ先生が厳しく言った。フレッドはまた黙読に戻ろうとしたが、やがて、辛抱ならん、とでも言いたげに先生に言った。

 

 「なんだって、こんな教科書を俺たち七年生に用意させるんだ?まるで一年生のはな垂らし共が使う教科書じゃないか」

 「発言の前に挙手なさい、Mr.ウィーズリー」

 先生が言う事に従ってフレッドが不承不承手を上げた。先生が猫なで声で発言を許可して、フレッドは全く同じ調子で全く同じ言葉を発した。

 

 「ええ、ええ。この本はあなた達にとっては少し易しすぎる―それはわたくしも、重々承知しております」オーシャンが顔を上げると、教室中の生徒みんなが不満そうな顔で先生を見ていた。

 「ですが―」先生は続ける。「魔法社会に出る前のあなた達だからこそ、この一年で基礎からの復習をする事が重要だと、わたくしは考えます。これまでの数年、このクラスで到底許す事のできない者達が教鞭を執ってきたのは事実。特に―汚らわしい狼人間など」

 吐き捨てる様な先生の言葉で、オーシャンのはらわたが煮えくりかえる。次の瞬間、見えない力に吹き飛ばされた先生が、黒板を通り越して壁に叩きつけられた。壁に貼り付けてある猫の写真の入った額がいくつか落ちて先生に当たって、彼女は変な声を出した。「おぎゃっ」

 

 クラスメイトみんながオーシャンを見る。彼女は席に着いたまま、髪の毛をボサボサにしたアンブリッジを冷ややかに見た。何事にも公平であるべき教師が、狼人間を侮辱する発言をするなど言語道断。おまけに彼女が侮辱した相手は、オーシャンにとって最高の教師であり、理想の殿方だ。絶対に許せる事ではない。

 アンブリッジが立ち上がり、クラス中の視線で誰がやったことかに気づき、オーシャンと目を見交わした。クラスのみんなには、二人の間に激しい火花が散っているのが見えている。

 アンブリッジが静かに言い渡す。「…グリフィンドールは十点減点。ウエノには罰則を与えます」

 オーシャンは氷の微笑みを見せた。「のぞむところよ」

 

 

 

 「ウエノ。ポッターの事はある意味仕方ないとも言えますが、あなたまで」

 昼食時にオーシャンはマクゴナガル先生に呼び出され、お小言を受けていた。最初の『防衛術』の授業でオーシャンがアンブリッジを吹き飛ばした事についてだ。ハリーもアンブリッジとやりあって罰則を受ける事になった事は本人からも聞いているが、それにしてもその言い方は無いのではないか。

 「お言葉ですが、ハリーは授業でヴォルデモートの―」「ウエノ!」先生の目が鋭く光る。どこで誰が聞いているともわからない状況で、好まざる者の名前を軽率に口にするのは愚の骨頂だと、その目が語った。

 

 「そうです。ポッターは真実を語りました。しかし、その真実を無いものとされてしまう彼の気持ちは分かります。ですが、あなたの場合は―」言ってマクゴナガル先生の視線が、一層冷ややかに研ぎ澄まされた。

 「あなたの場合は、気に入らない事を言われたからといって母親を叩いてしまう幼児の如き癇癪です」

 「…っ!先生は、種族的差別発言をする者に、このホグワーツで教鞭を執らせる事が適当だと、本気でお考えですか!?」

 「ドローレス・アンブリッジの件について、私がどう考えているかなどは関係ありません!」そう言い返したマクゴナガル先生の口が一瞬、悔しそうに結ばれたのをオーシャンは見た。

 

 「…あなたの罰則は、早速今夜から。今週毎晩科せられます。ポッターと同じ時間に罰則を行うとありましたから、十分注意するように」

 「…注意とは…?先生は、あの人がハリーに何かするとお考えで…?」

 声を低くして聞いた途端、マクゴナガル先生のするどい眼光がオーシャンを射貫き、その頭に雷が落ちた。

 「仮にも教職員たる者が生徒に危害を加えるなどとは考えたくもありません!注意というのは、あなたとポッターが互いに、これ以上彼女の前で失言をしないようにせよ、という意味です!」

 どうやら先生が言ったのは、互いに目を光らせあえ、と言う事らしい。それにしてもハリーと同じ時間に同じ場所で罰則を受けるというのだから、後輩が罰則中に悪意ある小言などでいじめられない様にするのは、この世に先に生を受けた者の使命である。

 

 

 

 みんなが夕食を始めている大広間の前でハリーと落ち合うと、そこにすごい剣幕でアンジェリーナが飛んできた。「ハリー、どういうつもりよ!」

 「え?」

 うんざりした顔のハリーが聞き返すと、アンジェリーナはヒステリック気味に叫んだ。「よりにもよって、金曜の五時に罰則を受けるだなんて!」

 こんなにすごい剣幕で怒鳴るアンジェリーナを、オーシャンは見たことがない。オーシャンが一瞬呆気にとられていると、アンジェリーナはオーシャンの視線に気づいて少し自分を落ち着かせようとしていた。

 

 「僕のせいじゃない!」負けじと言い返しているハリーにオーシャンが尋ねる。「金曜日に何かあるの?」

 ハリーが答えるより、アンジェリーナの方が早かった。「キーパーの選抜!オーシャン、知らなかったの?」

 「だって、基本的にクィディッチには興味が無いものだから…ごめんなさい」

 グリフィンドールチームの名キャプテン(らしい)オリバー・ウッドが卒業してから、アンジェリーナがキャプテンに選ばれたのは知っていた。ここ最近はいつも何か考え込んでおり、いつもより口数が少ないのは気にかかっていた。寮代表のクィディッチチームのキャプテンというものには、我々には計り知れないプレッシャーがあるらしい。ウッドも現役の頃、寮対抗クィディッチに命をかけているようなものだった。彼にも同じように重圧があったに違いない。

 

 クィディッチ競技場はもう予約したのに、とか、グリフィンドールが今季勝つか負けるかの重要な選抜なんだ、とかいつにない口調でハリーを責め立てるアンジェリーナに、オーシャンは言った。

 「ハリーに文句を言っても始まらないわ。たかが授業中の私語で一週間罰則を科すとは思わないもの。文句があれば先生に直談判しにいく、選手達は自分が守る…そういうキャプテンだったと思うわよ、ウッドは」

 ウッドの名前を聞いて、アンジェリーナがその場で泣き出した。ウッドから引き継いだ重大な役割への不安と、チームメイトや寮生達から前キャプテンと比べられない様にと気負っていたものが、一気に溢れ出した様だった。

 

 「そんな言い方…!」

 アンジェリーナも一生懸命だったのだ。自分の一言が大切な友人を傷つけたという事実に、胸が痛む。出来のいい刀で知らぬ間に斬られていた様に、オーシャンの胸にはじわりじわりと傷が広がり、心の臓が騒ぎ出した。

 騒ぎを聞きつけてフレッドとジョージが駆けつけた。彼らの声を無視して「ごめんなさい、言い過ぎたわ」となんとか言ってアンジェリーナの肩に触れようとすると、彼女がその手を払った。

 

 いつも自分の味方でいてくれたアンジェリーナを、自分の言葉が傷つけた。払われた指先が冷たい。心の臓が早鐘を打ち、双子が泣いている彼女を支えながら自分に何かを言っているが、聞き取れない。

 弱々しく首を振ると、代わりにハリーが双子と話をしてくれた。彼らも同じグリフィンドールチームではあるが、内情を知っているからかハリーを気遣っているそぶりを見せた。

 双子がハリーを送り出す。ハリーは英語が聞き取れなくなっているオーシャンの手を引き、アンブリッジの部屋へ向かった。

 

 オーシャンはハリーに手を引かれながら、アンジェリーナの事を思った。

 いつも、どんなときでも自分を信じてくれて、慕ってくれた彼女に、なんてひどい言葉をかけたのだろう。

 いつでも自分の味方でいてくれたアンジェリーナ。

 今、クィディッチチームキャプテンというプレッシャーに耐えている彼女に、自分は何故支える言葉をかけてあげられないのか。

 何故彼女を支えてあげられないのか。

 

 

 手を引かれるままいくつかの階段を上り、長い廊下を渡り、気がつくとアンブリッジの部屋の前に立っていた。ハリーがドアをノックする。甘ったるい声が答えた。「Come in.」

 

 ドアが開かれると、ハリーはその内装に嫌悪感を示していた様だった。

 確かに、先生の部屋らしからぬ内装であるな、とは思う。壁や調度品が桃色のレースやフリルで彩られ、飾り棚にはよほど好きなのか、愛くるしい子猫の写真がこれでもかと言うほど飾られている。花瓶には毒々しいほどの色をしたドライフラワーが飾られていた。

 

 アンブリッジが顔を上げて口を開いた瞬間、オーシャンは違和感を感じてたじろいだ。まだアンジェリーナに払われた指先は冷えていたが、心の臓は落ち着いている。

 アンブリッジに呼びかけられても動かないオーシャンに、ハリーが声をかける。違和感が決定的なものとなって、オーシャンに襲いかかる。

 

 彼らの言葉が、英語に聞こえた。



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66話

 これはどういうことだろう。

 いつもであれば、物理的(あるいは精神的)ショックから時間が経てば、言葉の能力は復活している。

 だというのに、次の朝目覚めても、先生や生徒達の話す言語は相変わらず英語に聞こえた。

 ねちっこい話し方をする魔法薬学の授業のスネイプ先生の授業なんて、更に困難な言葉で話している様に聞こえた。今回の授業で作る魔法薬は教科書のページを示されて理解したが、先生が今何を懇切丁寧に説明しているのかが分からない。

 ―困ったわね…。そう思っていると、ようやく開始の合図を出されて、周りの生徒達が一斉に作業に取りかかり始めた。

 オーシャンは、手を進めながら昨晩の事を思い返す。

 

 

 

 ハリーと一緒にアンブリッジの部屋に到着して、言葉が聞き取れていない事に気づいた。

 すぐに、原因に思い当たった。大広間でアンジェリーナを泣かせてしまった事、それしかない。

 確かにあのときは確かに心の臓が早鐘を打ったし、血の気が引いて一瞬パニックになってしまい、こちらに来てくれたフレッドとジョージの言葉を聞き取ることができなかった。

 

 しかし、あれから四階までの距離を歩いているし、脈拍はすでに正常に戻っている。

 いつもであれば五分程度の時間で言葉は通じる様になっているはずなのだ。

 

 ハリーは心配している風な表情を見せた時、アンブリッジがにたり笑いで何かを訊いてきた。

 アンブリッジの言っている言葉は理解できないが、「大丈夫?」と確認してきたのだと思うことにする。どちらにせよ、このままの状態で罰則など受けて大丈夫なのだろうか?

 

 「…先生、私は今、言葉の能力が機能していません。先生のおっしゃっている事の意味が、わかりません」

 

 努めて冷静にオーシャンは言ったが、その言葉を聞いて先生は顔をしかめて首を振った。隣を見ると、ハリーの口がぽかんと開いていた。彼に身振り手振り交えて「通じてる?」と聞いたが、返ってきたのは動揺して早口になった英文だ。

 

 程なくして、オーシャンが今英語を話せないし、聞き取れない状態だということは、二人に伝わった様だった。本人としてはこれでは罰則どころではないので、早々にこの部屋を辞したい所だったが、アンブリッジは事態を理解したところで、にたり笑いを深くするだけだった。

 

 アンブリッジの仕事机の隣に、授業用の机と椅子が二つ設えられていた。アンブリッジに勧められたので、ハリーがオーシャンの為に椅子を引いてくれた。訳の分からぬままに礼を言って、着席した。

 

 アンブリッジが二人に向かって猫なで声で喋り出したが、オーシャンには意味を理解する事が出来ない。目がほとんど点になっているオーシャンに気づいて、アンブリッジがやりづらいとでも言う様に露骨に眉をひそめた。

 

 咳払いを一つすると、アンブリッジは今度はハリーだけに喋りかけた。彼女が杖をついと振ると、二人の机の上に羊皮紙が現れた。

 ハリーが鞄に手をかけようとすると、アンブリッジは甘ったるい声で否定して、自分の羽ペンを差し出した。

 

 ハリーが差し出された羽ペンを構えて紙に向かうと、アンブリッジは再びこちらを向いた。そして、身振りを交えて殊更ゆっくりと、短くこう言った。

 「write,penalty.」

 どうやら罰は『書く作業』である様だが、何を書けばいいのか?見たところ、与えられた羊皮紙の長さはレポート様だ。反省文を書くのだとしたら、夜が明けてしまう。

 

 オーシャンが心配していると、アンブリッジが小さな羊皮紙をオーシャンの机に置いた。「I must not go against.」と書いてある。なおも首を傾げるオーシャンに、アンブリッジが何か言おうとすると、隣でハリーが小さく悲鳴を上げた。

 

 「どうしたの、ハリー?」

 にたにた笑っているアンブリッジと一緒にそちらを向いたが、ハリーはこちらに首を振って書き取り罰に戻っていった。

 アンブリッジがこちらの説明に戻る。どうやら、先ほどの文をこの羊皮紙に何回でも書け、という事らしい。何回書けば解き放たれるのか疑問に思ったが、意思疎通するにはどのように尋ねればいいか、分からなかった。

 

 オーシャンもハリーと同じ羽ペンを与えられた。最初の文字を書くと、ペンを持つ右手の甲に痛みが走った。針で突かれた様な、蟻にでも食われた様な鋭い痛みだ。

 声を上げそうになったところで、ハリーが先ほど悲鳴を上げた理由はこれか、と思い当たった。

 羊皮紙に自分が書いた文字が、その手の甲に切り傷として刻まれていった。

 すぐに傷口は塞がっていくが、こんなやり方は体罰であり、許されるべきではない。

 

 ハリーの方を見たが、彼は何も言わずに作業を続けていた。時折、文字を書いているその手が痛みに引きつっている。オーシャンがアンブリッジに非難の視線を向けるのを察知して、彼は彼女に呼びかけた。

 「ocean.」

 ハリーは小さく首を横に振る。その目が物語っていた。「僕は負けない」

 

 オーシャンのペンが進んでいないのに気づいたアンブリッジが、いやらしい声色で何か問いかけてきた。無視してペンを進めると、彼女のがま口が満足げににんまりした。

 アンブリッジはおろかハリーとも簡単に意思疎通ができないこの状況では不用意に動けない。オーシャンは、この地獄の時間が早く終わる様に願った。自分の言葉が他者を傷つけ、隣の席では守るべき後輩が傷つけられたこの日が早く終われば。

 

 

 何時間ほど同じ文言を書き続けただろうか。書き続けている内に、オーシャンは自分が「私は逆らってはいけない」と書かされている事に気がついた。言葉は呪いのように手の甲へ染みついていく。そこに切り傷は無かったが、赤いミミズ腫れが文字を形成していた。

 ふいに隣でアンブリッジがハリーの手をとり、その手の甲を見て、軽く舌打ちした。続けてオーシャンにも同じように、同じ反応を返す。

 

 「今日は終わり。明日また同じ時間に、ここへ」そんな様な意味の英語をアンブリッジが言い、ハリーと一緒に部屋を出た。談話室まで帰る道中、二人とも一言も話さなかった。

 ハリーが『太った婦人』に告げた合い言葉は、やはり英語だった。

 

 

 いつもより時間がかかっているが、朝を迎えれば英語の能力は戻っているはずだと眠りについたオーシャンだったが、結局ダメだった。重苦しい気分でベッドから起き上がったオーシャンは一人で黙々と身支度をして、朝食に降りていった。同室のアンジェリーナはすでに寝室にはいなかった。

 

 朝食の席ではこの事実を真っ先にマクゴナガル先生に告げた。言っている事を理解して貰うのに、さほど時間はかからなかった。何しろ、オーシャンは日本語しか喋っていないし、先生からすると話が全くかみ合ってないのである。

 すぐにこの事実は先生達に知れ渡り、ついでに学校中にも知れ渡った。フリットウィック先生は驚いて椅子から転げ落ちたし、スネイプ先生は面倒くさそうに顔を歪ませた。にんまりと顔色を崩さないのは、アンブリッジだけだった。

 

 

 

 「ueno.」

 イライラとした声に呼びかけられて、ハッとする。背後に気づくと背後にスネイプ先生が立っていた。自分の手元は、材料を刻んでいる途中でこれ見よがしに止まっていて、先生の目が軽蔑にも似たまなざしに染まっていた。

 

 先生には何も言われずに済んだが、(先生は何か言いかけたが、口を開くのを辞めて踵を返した。意味が通じないのでは言っても無駄だと思い直したらしい)そのクラスの成績は惨憺たるものとして終わった。鍋の底が見えるくらいに澄んだ色をする予定だった薬は、オーシャンがかき混ぜる度に形容しがたい色に変わっていった。

 おまけに粘度や臭気も恐るべきものだったので、完成した薬はスネイプ先生の目にとまるやいなや、その杖の一振りで跡形も無く消し去られた。

 

 

 次のクラスは魔法生物飼育学だった。森の端に向かいながら、オーシャンはため息を吐く。後ろから赤毛の双子が現れて、気遣わしげな空元気を見せたが、その心は晴れなかった。数メートル先をアリシアと歩いているアンジェリーナの後ろ姿を見て、またため息を吐いた。

 

 何にしろ、アリシアやケイティが彼女のそばにいてくれて助かった。見かけには、アンジェリーナは仲の良い友人達といつも通りに過ごしているように見える。少し堅く見えるが、笑顔も見られない訳では無い。ただ彼女の隣に、自分がいないというだけの話だ。

 

 「Ah…ocean?」

 フレッドが恐る恐る、といった形でオーシャンに声をかけた。

 「!」それを彼女は無言で、彼の口を塞ぐ、という行動で遮る。アンジェリーナの耳に、少しでも自分の名前を入れたくないのだ。

 

 

 朝食の時、英語が利けなくなった事をマクゴナガル先生に報告した直後、いつものグリフィンドールのテーブルに仲間達の姿を見つけた。

 そこには先に寝室を出ていたアンジェリーナの姿もあった。オーシャンは昨日の事を謝りたいとそちらに足を向けたが、同時に今までに感じたことの無い恐怖も感じていた。

 それはアンジェリーナと距離が近づくにつれて大きくなり、オーシャンを支配する。

 ―謝った所で、もしも全てが遅かったら?もしも、決定的な拒絶をされてしまったら?

 

 恐怖に支配され、オーシャンはアンジェリーナの背後を何事も無かったかの様に通り過ぎた。そして下級生達が固まっているすぐそばの席で、一人食事を取り始める。オーシャンのその様子を、仲間達みんなが気づいていた。

 

 

 

 

 魔法生物のクラスが終わった後の昼食も、同じようなものだった。周囲で飛び交う英会話を聞き流しながら、オーシャンはもくもくとパンを咀嚼していた。

 双子のウィーズリーに一緒に食事を取らないかと誘われたが(多分)、丁重にお断りした。しばらくはオーシャンより、傷ついているであろうアンジェリーナのそばにいてやってほしい。

 

 それにしても、ここまで長いこと言葉が不便になる事が久しぶりで、そういえば留学してきた当初もこんな気持ちだったな、と再確認した。

 尤も、あの頃はアンジェリーナや双子達が率先して、言葉が不自由なオーシャンによくしてくれた。今となっては、恩を仇で返す様な真似をしている。そんな自分が情けない。

  

 大きなため息を吐いたときに背後から声をかけられた。誰かと思って振り向くと、そこにセドリックが立っている。

 「あら、ディゴリー―」

 何の用?と、つい日本語で尋ねそうになって慌てて口をつぐんだ。セドリックはオーシャンのそんな様子を見て、少し、眉尻を下げた。

 彼は少し考えた末に、ドアを示して「OK?」と訊いた。どうやら、少し話したい、ということらしい。

 

 

 広間から少しの食べ物を持ち出した彼らは、校庭にある木の根元に座り込んだ。そこから遠目に、青い空を映している湖が見える。

 少しの間、二人は互いに話さず景色を眺めて食事をした。セドリックがどういうわけでオーシャンを誘ったのかが気になるが、彼女にはそれをどう言葉にして表せばいいのかがわからない。

 

 何の動きも無いままサンドイッチを食べ終えた。セドリックはまだ何も言わない。言ったところで伝わらないからと躊躇しているのだろうか。ではなぜ、こんな所に誘ったのだろう。

 考えても答えは出なく、オーシャンは脚を投げ出して後ろに両手をついた。そよ、と優しい風が吹いて彼女の髪を撫でる。良い天気だった。

 

 気がつくと鬱々とした気分が消えていた。慣れた学び舎だが、急に出来た言葉の隔たりが、オーシャンの気分を陰鬱にしていた様だ。もしかしたらセドリックは、これを目的に外に連れ出してくれたのか?―そう思ったとき、彼が出し抜けに、懐からきれいに折りたたんである羊皮紙を取り出し、差し出した。読め、という事か?

 

 オーシャンが手紙を開けると、そこにはたどたどしい日本語で「いつもたすけます」とだけ書かれていた。どこで学んだのかは分からないが、彼が初めて書いたひらがなは温かく、一生懸命で、ペンのひっかかりが至る所にあった。

 不器用なその字を撫でつけながると、セドリックのその気持ちが伝わってくる様だった。―いつでも力になる、と。

 

 少し、目頭が熱くなった。

 「ありがとう、ディゴリ―。thank you.」

 オーシャンが微笑むと、ディゴリ―の顔が赤く染まった。

 

 

 

 

 

 

 その夜も、その次の夜もハリーと共に罰則に臨んだ。相変わらず二人の発する言葉を理解する事はできなかったし、こちらの言葉も通じなかったが、校庭でセドリック過ごしたわずかな時間をきっかけに、オーシャンの中で何かが吹っ切れた様だった。

 

 

 最初の夜と同じく、アンブリッジは二人に席を勧めて書き取り罰をさせた。その文言も前回と同じで、用意されていたペンも全く同じだった。

 羊皮紙に「私は逆らってはいけない」と書き続けていると、手の甲が鈍く痛み出した。冷静に観察した所どうやらこのペンはインクではなく、所有者の血液を吸い取って文字を書く代物らしいのだが、ペンの魔法で自分の手の甲に書かれた筆跡が、手の甲の皮膚を引き裂いていた。

 

 チラリとハリーを覗うと、彼の右手も悲惨なことになっている様だった。更に書き続けると、傷口を直接痛みが襲う。

 罰則が終わった後、オーシャンは癒やしの術をかけようか身振り手振りでハリーに申し出たが、やんわりと断られた。返答する彼の目が「これは僕とあの女の戦いだ」と言っている様な気がした。代わりに痛みが軽くなるまじないをかけさせてもらう。

 

 朝になってハーマイオニーがハリーの右手に気づき、ロンも交えて三人で何事か言い合っていた。二人ともハリーの身を案じている様だが、あの女にひれ伏してたまるかというハリーの意思は揺らがない。

 オーシャンの方にも双子がすっ飛んできて、右手を捕まれてそこに刻みつけられた文字について問いただされた。何を言っているかは理解できないが、酷い悪態を吐いている事だけは分かる。

 言葉が通じない状態では上手く説明も出来ないし、言ったところでどうとなるものでも無かったので、オーシャンはハリーに倣って、双子に向かって人差し指を唇に当てて見せた。

 その出来事をアンジェリーナが見ていた事に、オーシャンは気づかなかった。

 



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67話

 罰則最後の夜は、我らがグリフィンドールクィディッチチームのメンバー選抜テストだった。あの夜――オーシャンがアンジェリーナを傷つけてしまってから、そして、英語の能力がパタリと途絶えてからやっと、あるいはもう、一週間である。

 

 罰則の間、ハリーはなんとか体勢をずらして、アンブリッジの背後にある窓の外を盗み見ていた。夜の闇に染まるクィディッチピッチで、我こそはとチームのキーパーに名乗りを上げた者達が箒に跨がり、次々とテストを受けていった。その中にはハリーの長年の親友、ロンの名前もある。

 テストがどうやらロンの順番になり、ハリーの手にも思わず力が入っていた。

 

 何時間経っただろうか。手の痛みと疲労感で時間の感覚も麻痺してきた頃、アンブリッジが二人とも手の甲を見せろ、と言って来た。ハリーとオーシャンの手の甲には、それぞれの文字列がぬらぬらとした赤い血で光っていた。皮膚が裂かれてズキズキと痛む。

 アンブリッジはオーシャンの手を取り手の甲に光る文字列を見ると、にんまりと満足げに微笑んだ。――悔しいでしょう? そう問いかける様にアンブリッジが意地悪くオーシャンを見上げたので、オーシャンは自分に出来うる限りの一番の美しい微笑みで返した。私の心をお前の思い通りなどにさせない――お前と同じ土俵になど、決して下りるものか。

 

 オーシャンが思った通りの憎しみの顔を見せなかったので、アンブリッジはつまらなさそうに彼女の手を離すと、ハリーの手を取った。その瞬間、彼が痛みに声を上げる。「Ouch!」そしてとっさに、もう片方の手で額の傷に触れようとした様に見えた。

 その反応に笑みを深くしたアンブリッジに対して、ハリーは信じられないものを見る様な目で彼女を見返した。そしてそのまま、女史の部屋を辞したのだった。

 

 

 

 グリフィンドール寮はお祭り騒ぎの様相だった。兄弟達にロンが担ぎ上げられている所を見ると、どうやらクィディッチチームのキーパーはロンに決まったらしい。

 ハリーとオーシャンの二人も部屋に入るやいなやバタービールのジョッキを持たされ、そこかしこで乾杯させられた。人混みをかき分けてハーマイオニーを探すハリーの前に、チームのキャプテン・アンジェリーナが現れた。

 

 ハリーのすぐ後ろにいたオーシャンは、現れた人物に息を飲んでとっさに背中を向けてしまった。アンジェリーナに会わせる顔なんて無い。できるならこのまま、地中深くに潜ってしまいたい。

 そう思ってすぐ、これは逃げに他ならないと気づいた。彼女に会わせる顔が無いなんて、自分の事情に他ならない。地中深くに潜る前に、この場でするべき事があるだろうに。

 

 「ocean.」

 何事かハリーと話を付けたアンジェリーナに呼びかけられた。オーシャンは振り向く。久しぶりに見る彼女の真っ直ぐな視線が、自分を見ている。

 オーシャンはその場でゆっくりと腰を下ろして正座する。アンジェリーナもハリーも、弟を担いだ双子も、みんなが自分を見下ろしている。

 「アンジェリーナ、貴女の気持ちを考えない発言をしてしまって、本当にごめんなさい。sorry、本当にごめんなさい」

 オーシャンはそのまま床に両手をつくと、頭を下げ、床に額をつけて土下座した。周りの人間がどよめいた。カシャ、と鳴ったのはコリンのカメラのシャッターだろうか。

 他人にどう見られても良かった。言葉が通じなくても良かった。ただ、この気持ちがアンジェリーナに通じれば、それだけで。

 

 アンジェリーナは動揺した声でオーシャンの名を呼んだ。そして彼女に顔を上げさせようとしてしゃがんでその手を取った所で、手の甲の傷に気づいた。

 ――I must not go against.――私は逆らってはいけない。皮膚が切り裂かれて、彼女の白い手の甲に赤い文字が形成されている。アンジェリーナはそれを見て声を上げ、双子が何かしらを言っているのがオーシャンに聞こえた。――余計なことを。

 するとアンジェリーナは乱暴にオーシャンの体を引き寄せ、しっかりと彼女を抱きしめた。アンジェリーナの顔が涙に濡れている事に気づいて、オーシャンも彼女に答えてその背中にしっかりと腕を回す。

 

 アンジェリーナはうわずった声で、何かを伝えていた。しかしオーシャンにはそれを聞き取る術が無い。しかし、心の中に広がっていく温かいものが、彼女が「もういいよ」と言っていると伝えていた。

 

 

 

 

 

 次の日、オーシャンが目を覚ますと、ちょうどアンジェリーナが着替えを終えた所だった。英語で「朝食に行くわよ」と言われたので、身振り手振りで「先に行ってて」と伝える。アンジェリーナは残念そうにしたが、オーシャンの起き抜けのボサボサ頭を見て、同室のアリシアと出て行った。

 残されたオーシャンは、アンジェリーナ達が扉から離れたのを足音で確認すると、ベッドから飛び起きて叫んだ。

 「何でそのままなのよ!普通漫画とかだったら、昨日の出来事を経て朝起きた時点で元に戻ってるもんじゃないの!?」

 口に任せて叫んだ時点で、頭の中に住む仏が問いかける。――お主は彼女に心からの謝罪をしたのではなかったのか? 英語ができない自分のために、能力を元に戻すために形ばかりの謝罪をしたというのか?

 

 オーシャンは寝間着のまま、窓から天を見て答えた。

 「違うわ、アンジェリーナに謝るために謝ったのよ! あの時の私の心に嘘偽りは無いわ!」

 仏が答えた。――ならば、言葉の能力が戻らない事に問題はあるまい。

 オーシャンはやっと洋服箪笥からローブを引っ張り出した。

 「そもそも私の過ちで彼女を傷つけた事によって、言葉が通じなくなったはず! という事は私の言葉の問題と、私とアンジェリーナとの問題は、イコールであったはずよ!」

 仏は答えた。――お主の問題はお主の問題じゃ。彼女との問題では無い。問題を勝手に混同させて楽をしないことじゃ。

 「ああ…もうっ!」

 頭の中で仏がゆったりと笑う姿が、何故かダンブルドア校長に重なった。身支度を済ませたオーシャンは、肩を怒らせて部屋を出た。仏が追い打ちをかける。――そもそも英語の勉強をしないから、こういうことになるんじゃぞ?

 「うるさいうるさーいっ! もう聞き飽きたわよ!」

 談話室で叫ぶと、クリービー兄弟がオーシャンに向かってシャッターを切った。

 

 大広間に向かいながら、階段の手すりを掴む自分の左手が目に入った。違和感が駆け抜ける。

 「……ん!?」

 慣れない英文を刻みつけたはずのその手の甲には、しっかりと日本語で「私は逆らってはいけない」と書かれていた。オーシャンは階段で立ち止まって、途方に暮れた。「嘘でしょう…?」

 

 まあ、全くコミュニケーションがとれないのよりは、とれたほうが助かるのには違いない。しかしだったら何故、神は能力を元通りにしてはくれなかったのか。試しに羊皮紙に日本語で「今日は授業はお休みよね?」と書いてジョージに見せた所、彼は不思議そうにしていたが「yes」と答えた。今まで英語を書けないし読めなかったオーシャンが、突然流ちょうな英語を書いてみせるのだから、驚かないほうが無理な話だ。

 

 そんなわけで、早速朝食の席でマクゴナガル先生に報告した。羊皮紙ではなく白紙の日記帳に、現在の状態を書いて。

 ――英語が書ける様になりました。しかしながら変わらず英語を聞き取る事はできません。

 マクゴナガル先生は悩ましげに頭を抱えた。申し訳なさそうに、オーシャンは日記帳を差し出す。先生は彼女の意図を素早く読み取り、日記帳を受け取るとこう書き加えて持ち主に返した。

 ――では、読み取る事はできるのですね?

 はい、授業の内容はこれまで以上に理解できるかと思います。そう返したオーシャンに、マクゴナガル先生はわずかながらの笑みを見せた。

 

 マクゴナガル先生への報告を終えたら、今度は友人達への報告だった。先生にしたのと同じように日記帳に自分の状態を書いてみんなに見せる。先ほど実験台にされたジョージは納得して頷いて、あとのみんなは口をあんぐりと開けて驚いた。

 ――でも、英語は書けるし、読めるから大丈夫――続けてそう書いてみんなに見せたが、みんなは不安そうな様子だった。

 

 ハリー、ハーマイオニー、ロンの三人は見ていた新聞記事を握りしめたまま、何事かを言っていた。その口にする意味は分からない。しかしその新聞記事は読むことが出来た。

 「…魔法省侵入事件?」

 記事によると、先日の深夜一時に魔法省の『機密事項』にあたる部屋に侵入者があったという事だった。侵入者の名前はスタージス・ポドモア。不死鳥の騎士団の一員である。

 

 「『騎士団』のメンバーが魔法省に不法侵入だなんて、どういうこと?」

 オーシャンはそう呟いて意見を求めるためにハーマイオニーを見たが、日本語の問いに彼女が答えられるはずもなく、オーシャンは自分を棚に上げて呻いて、日記帳の新しいページを開いた。「…ああ、もう、面倒くさいわね」

 ハーマイオニーがオーシャンの日記帳へ自分の意見を書き込もうとすると、そこへハリーとロンが何かを言った。ハーマイオニーが手を止めて彼らに言い返す。侃々諤々の議論の後にハーマイオニーが整理して提示してくれた答えはこうだ。――スタージスは、魔法省に誘い込まれ、罠にかけられたのではないか、と。

 

 日記帳に書かれた文言を睨んで考え込むオーシャンだったが、ハーマイオニーがおもむろに件の新聞を折りたたんで何かを言った。アンジェリーナの一声でクィディッチチームの面々も席を立つ。これからピッチに赴いて、新しいキーパーを加えての初めての練習だと言う。

 

 オーシャンも連れ立って競技場に赴くと、そこにはニヤニヤしてなにやら楽しげに話している先客がいた。スリザリンのクィディッチチームと、その取り巻きだ。

 「あら、彼らも応援に来たのかしらね」

 オーシャンは呟いた。彼らの姿を見つけたハーマイオニーは、不機嫌を露わにして席に座った。

 

 後は酷い有様だった。グリフィンドールチームがユニフォームに着替えてピッチに出てきた瞬間から、スリザリンの面々は大きな声で野次を始めた。いくら言葉が聞き取れなくても、その声色や語調がどういう類いのものかは判別がつく。大人数の前で野次られる事に耐性の無いロンはみるみる調子を悪くした。ハーマイオニーの眉間の皺も、そろそろ数えられなくなっている。

 

 グリフィンドールチームは野次を気にせず練習を続けている様に見えるが、その実かなり苛立っているに違いない。キャプテンのアンジェリーナがチームメイトに指示を飛ばす声色に、その片鱗が見えていた。

 「…しょうがないわね」

 オーシャンが立ち上がり、印を切るそぶりを見せるとスリザリン生が一斉にぎくりとした。野次の矛先がこちらへ向くが、どうせ何を言っているかは分からない。何を言われても平気だった。大方、校内で魔法を使ったと先生に言いつける、程度の事を言っているのだろうが。

 

 「静まり給え、静まり給え――」

 オーシャンがいつにも増して尊大な声を上げて呪文を唱え始めると、何をされるか分からない恐怖からかスリザリン生は蜘蛛の子を散らす勢いで退散してしまった。

 スリザリン生がみんないなくなるとハーマイオニーは笑い出し、続いてグリフィンドールチームみんながこちらを見て笑っていた。アンジェリーナがオーシャンに向かってガッツポーズしたので、オーシャンは笑って手を振り返した。

 ハーマイオニーが何かを言いかけて口をつぐんだ。そしてオーシャンの日記帳を開くとさらさらと書き加える。

 ――本当にあいつらに魔法をかける気だったの?

 受け取ったオーシャンは、笑顔で返答した。

 ――いいえ。でたらめな印と呪文でよく逃げてくれたわね。

 





大変! 大変長らくお待たせいたしました! 待っていてくれた方、ありがとうございます! ご新規の方もこれからよろしくしてくれると嬉しいな!
長らく続きが書けなくて頭を悩ませ、今年こそはと勇んでいたところ発覚したリアル病で今年はほぼ半年間入退院を繰り返していました爆
来月からやっと職場にも復帰だけどゆっくり仕事休んだら続き書けたからから結果オーライだよね!

仏は最初もっとフランクな口調の予定だったけど、書いたところでただの佐藤●朗になったんで堅いめの口調になりました。

ところで私気づいてしまったんだが……セドリックってゴブレットの時点ですでに七年生じゃない……? うちのセド、ナチュラルに留年してない…………? 怖くて原作を確認できない……


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68話

 一向にオーシャンの言葉の能力は戻らないまま、ホグワーツは変革の時を迎えていた。ドローレス・アンブリッジが初代ホグワーツ高等尋問官という、よく分からないものを始めたのだ。更によく分からない事はそれが魔法省令だという事である。

 オーシャンは昼食を採りながらハーマイオニーに借りた『日刊予言者新聞』の紙面を手繰った。英語は話せなくとも読めるようになったのならば、つかめる情報は自分でつかむべきである。お陰で以前より図書館の利用回数が格段に上がった。

 

 その尋問官様はこのところ大変お忙しそうだ。『授業査察』と称して自分の担当以外の授業に顔を出しては、教室の後ろの方で一人参観日をして、手に持ったクリップボードに『評価』を書き付けているのである。すました顔で先生達に授業外の質問を投げかけては授業を中断する事はざらにあるし、生徒に授業の所感を質問して問題点を誘導的に引き出しているという証言もある。

 グリフィンドールのテーブルでは、先刻ハリー達が受けてきた『占い学』が話のタネである……らしい。

 

 「…………ああ、もう。これ、いい加減面倒くさいわ。早くいつも通りに戻ってくれないかしら」

 自分の語学力の無さを棚に上げて、オーシャンはうんざりとした。アンジェリーナが、どうしたの?、と書いて寄越したので、オーシャンは呟いた通りの言葉を書いて見せる。アンジェリーナからの返事はこうだ――たしかにテンポの良い会話にはならないわね。

 

 会話方法は確かに面倒だが、こうやってアンジェリーナが笑顔を見せてくれるなら、これはこれで良いとオーシャンは思った。友達と一つのノートにお絵かきをしあうなんていうのは幼年時以来の体験で、楽しかった。このコミュニケーション方法で発覚した事といえば、アンジェリーナは意外に絵が下手だという事だ。

 

 次の週の火曜日、オーシャンが遅れて朝食に行くと、グリフィンドールのテーブルがやけに騒がしかった。マクゴナガル先生も交えた喧噪の元に向かうと、なんとアンジェリーナである。彼女の隣に座ったハリーが先生をのろのろと見上げると、先生の鋭い眼光が彼に向けられた。

 

 三人はオーシャンが席に着いたのにも気づかずに強い口調で言い合っている。オーシャンが日記帳に『どうしたの?』と書いてハーマイオニーに見せると、彼女は少し呆れた具合で日記帳を受け取り、しばらくのあいだ何やら書き込んでいた。この騒ぎにはそうとうな理由があるに違いない。

 

 マクゴナガル先生が教職員テーブルに戻って、アンジェリーナもハリーに非難がましい一瞥をくれて出て行くと(最後までオーシャンに気がつかなかった)、ハリーが不満をロンにぶつけていた。ロンは気の毒そうにハリーの皿にベーコンを取り分ける。俺の奢りだ、と同僚を飲み屋で元気づけようとする魔法企業戦士の様だ。

 

 ハーマイオニーから日記帳が返ってきた。そこには、ハリーがまた『闇の魔術に対する防衛術』でアンブリッジに癇癪を起こして罰則を食らった事と、私は一生懸命止めたのに、ハリーったら!、という憤りが長々としたためてあった。ハリーはまたクィディッチから遠ざかるわね、という嫌みったらしい一文は、ついでのように書いてある。

 

 ハリーがまたあの陰険ばばあの罰則を! そうハリーを心配する気持ちと、そうするとアンジェリーナはまたいっぱいいっぱいになっているかもしれない、と冷静な考えが去来した。もう見えないアンジェリーナの背中とハリーを交互に見遣るオーシャンの様子に、ハーマイオニーがやれやれ、という風に息を吐いて日記帳をまたひったくる。

 

 『何か起こったら必ずあなたにも知らせる。安心してアンジェリーナの愚痴を聞いてきて。あ、耳では聞けないわね』

 そう書かれて返ってきた日記帳にオーシャンがクスリと笑うと、ハーマイオニーは頼もしく笑顔を見せてジュースに口を付けた。自分が世話を焼きすぎてただけで、この子達は随分大人になっていたのだなぁ、と感じる。

オーシャンはジュースを飲み干し、ベーコンとサラダをパンに挟んでサンドイッチを作ると、それを頬張りながらアンジェリーナを追うために大広間を出た。マクゴナガル先生が教職員テーブルから咎める調子で名前を呼んだのが聞こえた。行儀の悪さでも指摘されただろうか。

 アンジェリーナとの地下牢教室までの道のりで、彼女は全ての不満をぶちまける様に語った。

 口で語った所でオーシャンには何となく『何に怒っているか』くらいしか分からないので、アンジェリーナに『そんなに早口で喋られたら、あなたの愚痴を聞いてあげられないわ』と示したが、アンジェリーナは『聞かなくていいからここにいて』と態度で示した。

 アンジェリーナがそれでいいなら、という事でオーシャンは彼女の隣を黙って歩いているのだが、どうにもアンジェリーナの口は止まらない。これはハリーの事にかこつけて今までためにためた色んな不満を吐き出しているに違いなかった。

 そういえば、『ocean』という単語も何回か出てきている。『大西洋のバカヤロウ』と言っていなければ、オーシャンについての不満を言っているに違いない。『何でまだ言葉が通じないままなのよ。ちょっと面倒だわ』とでも言っているんだろうか。だとしたら、それを認めつつも付き合ってくれる温かい人柄は尊敬に値するものだ。その事実に今まで気づかなかった自分を、オーシャンはひっそりと恥じた。

 

 その日の夕食後、アンジェリーナや双子らと大広間を出たオーシャンの前に、いつもの爽やかさでセドリック・ディゴリーが現れた。

 アンジェリーナは最初、同じクィディッチのキャプテン同士自分に用があるものと思っていたが、セドリックがオーシャンの名前を口にして頬を染める様子を見て、ははぁ、と得心がいった様にオーシャンを見てニヤリと笑った。

 双子達が腕をまくってセドリックに近づくと、アンジェリーナはすかさず手を二回叩いた。まるで呼び寄せ呪文で呼び寄せられたかの様に、クリービー兄弟が双子の前に立ちはだかって彼らを階段へと押しやっていく。いつの間に写真家兄弟を傀儡にしたのだろうか。

 

 アンジェリーナは二言三言セドリックと話すと、オーシャンにウインクして、クリービー兄弟に追いやられていく双子を追っていった。いつの間にかリー・ジョーダンとケイティ・ベルが加わって、クリービーの二人をかなぐり倒してでも引き返そうとする双子を更に強い力で追いやっていた。

 オーシャンがニコニコとしているセドリックに、筆談でしか話が出来ない旨を日記帳に書いて伝えると、それを見たセドリックは嬉しそうに笑った。そして日記帳を受け取ってこう書き加えたのである――本当だ! 随分英語が上手くなったね!

 

 その後はしばらく、筆談で話をした。

 『日本語を書いているのに、あなた達には英語に見えちゃうのよ。全く、困った能力よね』

 『それでも君のために日本語を覚える必要が無くなって、僕としては助かるよ!』

 『優しいのね、あの時は本当に助かったわ、ありがとう。日本語、上手だったわよ。他にどんな日本語を覚えたの?』

 オーシャンが渡した日記帳を読んで真っ赤になって照れたセドリックは、打って変わって慣れない調子で覚えた日本語を書き連ねた。途中、筆を休めて少し悩んだ様子を見せたり目を閉じて深呼吸をしたりしていた。

 ややあって返ってきた日記帳には、ガタガタした文字で『おはようございます』『こんにちは』『こんばんわ』『つきがきれいですね』と書いてあった。最後の語句にオーシャンは驚くやら、笑うやら、だ。

 『月が綺麗ですね、なんてどこで覚えたの? お月様が出ている時にしか使いどころがないじゃない。こんな言葉より、使う機会が多い言葉はたくさんあるわよ?』

 さらりと返したオーシャンに、セドリックの眉は綺麗なハの字になって、返ってきた文字も心なしか覇気を失っていた。

 『ああ……うん……。響きが綺麗で良い言葉だと思ったんだよ。うん。そう』

 その後は目に見えて元気を失ったセドリックを励ましたり、授業や『高等尋問官』について話し合ったり、ハリー達の動向を話し合ったりした。話す内にセドリックの元気も戻ってきて、オーシャンは安心する。

 

 ふと気づけば周りに生徒が少なくなっている事に気づき、セドリックはもう寮に戻らなくてはいけない時間だと言った。オーシャンも頷きで返し、二人はそれぞれの寮へと戻った。

 

 グリフィンドール寮へ通じる『太った婦人』の隠し扉にカタカナ英語で合い言葉を告げる。寮に入ると誰かと強かに肩がぶつかり、筆談に使っている日記帳を取り落とした。バサリと開いて落ちる。

 すぐ近くでアンジェリーナと話していたハーマイオニーがそれに気づいて、オーシャンより先に日記帳を取り上げにかがんだ。

 礼を言って受け取ろうとしたオーシャンだったが、まさかその中身をハーマイオニーが見ようとするとは思わなかった。まあ、みんなとの筆談にのみ使っている物なので、別に見られて困る様な記述は無い――オーシャンはそう思ったのだが。

 

 開いていたページをしばし眺めていたハーマイオニーは、やがてペンを取り出してさらさらと書き加え始めた。

 『セドリック・ディゴリ―と話していたそうじゃない。あの人、日本語を勉強しているのね。これ、書いてあるのはどういう意味?』

 先ほどセドリックが書いたたどたどしい日本語の事だと思った。いつもながらこの子は知識欲が強いな、と感心する。ハーマイオニーが握っている羽ペンを貸して貰い、彼女が気を利かせて目の前に浮かべてくれたインク壷に浸して、オーシャンは返事を書き始める。

 

 『おはようございます、は朝の挨拶。こんにちは、は昼。こんばんわ、は夜の挨拶よ。つきがきれいですね、は夜空のお月様が綺麗ですねっていう事よ。大昔に日本人の渡英が珍しかった時代、アイラブユーをそう訳したっていう教授がいたそうだけど、』

 そこまで書いて手が止まった。ハーマイオニーとアンジェリーナが手元を覗き込んでくるのも構わず、オーシャンの意識は違和感の答えを探り当てようとする。

 月が綺麗ですね……月がきれいですね……つきがきれいですね……!?

 

 「あ……!? えぇ?」

 オーシャンは顔を真っ赤に染めて叫ぶと、日記帳を読み返した。挨拶の言葉と一緒に何故そんな言葉を覚えようとしたのかと思ったが、たどたどしい筆跡の裏にそんな真意が隠されていたなんて……。

 

 「……いやいや、そんなわけないわよ! ディゴリ―は純粋に」

 「わからないわよ? なんたって去年の件もあるんだし……え、あれ!? オーシャン!」

 首を振ったオーシャンの言葉に、日記帳から顔を上げたハーマイオニーはからかったが、言葉が通じているという事に気づいて声を高くした。しかし当の本人はそれ以上に声を荒げてハーマイオニーの両肩を掴んで前後に揺さぶり始めた。かつて無いほどに分かりやすいパニックだ。

 

 「去年の件!? 去年の件って何!?」

 「三校対抗試合の第二試合の時に、あの人にお姫様抱っこされてたじゃない。忘れたの? ねえ、それよりオーシャン……」

 「だってアレは私が意識を失っていたし、ディゴリ―は私達の歳にしてはやけに紳士的なところがあるから、きっと相手がわたしじゃなくてもそうしたわよ!」

 

 「でもあの試合の救助者役に選ばれたって事は、あなたがセドリック・ディゴリ―の『大事な人』である事実を明確に指してるのよ? そんな事より……」

 「何!? 訳が分からないわ、どういうことよ!? ディゴリーが私の事をそんな風に見ているなんてそんなこと……そそそ、そんな――だ、第一私はあの人の事が……」  

 「落ち着きなさいって!」ハーマイオニーが厳しい顔をしてオーシャンの腕を振りほどいた。もう少しで石にされてしまいそうな程の剣幕だ。

 「落ち着けって言ってもハーマイオニー、そんな――」言葉が止まると同時に、オーシャンはやっと、何かに気づいた顔をした。

 

 「……貴女、今『落ち着きなさい』って言ったの?」

 「あなたってどこまで鈍感なのよ? これじゃあ無理も無いわね。セドリックも苦労するわ」

 『落ち着いて』ハーマイオニーの言う言葉を聞いてみる。一言一句、生来聞き慣れた言葉として聞き取る事が出来る。日記帳は、と思って周囲を見回すと、アンジェリーナが渡してくれた。どうやらまたも床に落としてしまっていたらしい。礼を言って受け取ってパラパラとめくってみると、今まで日本語として読めていた友人達との会話の数々が、流ちょうな英文でなされていた。目眩がする。

 

 「何コレ、どういう事……? 何で突然このタイミングで……」

 頭を抱えるオーシャンをアンジェリーナが気遣わしげにソファに案内して座らせた。彼女は肩に手を置いたままその隣に座る。

 「それじゃ、今までだったら、パニックになったら英語が出来なくなっていたけど、今は通常がその状態になっていたから、反対に今までの状態に戻ったってわけ?」

 「よくわからないけど、そうとしか考えられないわね……。我が事ながら、面倒な体してるわ……」

 信じられない事実を肯定して、オーシャンは自分の胸に手を置いてみた。心拍は正常に戻っている。どうやら、神がオマケでもして能力を戻してくれたらしい。部屋に神棚を作って毎日参拝する事にしよう。そう決めると、仏が頭の隅でショックを受けている気がした。



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69話

 「……ディゴリー、本当にここなの?」

 ホグズミードの裏通り、陰気くさい店を前にして、オーシャンは隣でニコニコしているセドリック・ディゴリーに問いかけた。セドリックは相好を崩さない。

 

 

 

 

 

 今回のホグズミードへ行ける日の情報が掲示されて早々に、オーシャンは玄関ホールでセドリックにホグズミードへ二人で出かけられないか、と声をかけられた。以前の『つきがきれいですね』事件を忘れていなかったオーシャンはどうしたらいいか分からずに、顔を赤らめたまま「ちょっと考えさせて!」とこの問題を寮へ持ち帰った。

 グリフィンドールの談話室にはハーマイオニーとアンジェリーナ、アリシア、ケイシィがおり、オーシャンはすぐにこの四人にどうすればいいか、と相談した。

 「いいじゃない、行ってくれば」とハーマイオニー。

 「悔しいけど、悪い奴じゃないもの。反対する要素は無いわ」とアンジェリーナ。

 「何を悩む事があるの?」とアリシア。オーシャンが「だって、どんな顔して一緒に歩けばいいか、わからないもの」と返せば、ケイティに「やだ、オーシャンったら。まるでセドリックに恋しているみたいな言い草ね」と笑われて、オーシャンは声を荒げた。

 

 「冗談じゃ無いわ! 私は今でも先生が……」と顔を真っ赤にして騒いだのを、ハーマイオニーが落ち着かせる。

 「はいはい。こんなことで取り乱さないでちょうだい。はい、深呼吸」

 ハーマイオニーに促されて、パニックはおろかもう少しで過呼吸になりそうだったオーシャンは、ゆっくりと吸って吐いてを繰り返した。やがて、きっと顔を上げる。

 「……そうよ、取り乱す事なんてないわ。ただ、新しい友達としてお買い物に誘われただけだもの。変に勘ぐる必要なんてないじゃない」

 必死に繕ったいつもの調子でそう言うと、女子達は「そうよ、そうよ!」と口々に賛成した。みんなの口角がいつもより二ミリほど上がって見えるのは、気のせいだろうか。

 次の日の朝にオーシャンは、朝食の時間にセドリックに承諾の返事をした。

 セドリックの友人達が彼を胴上げしそうな勢いで祝福していたのを、ハッフルパフのテーブルに背を向けたオーシャンは気づかなかった。

 

 生まれて初めてのデートという事実に目をつぶったオーシャンだったが、いざその日が来ると意識しないで楽しむなんていうのは到底無理だった。セドリックはまるでオーシャンを女の子の様に扱うし、郵便局でふくろうの糞から護ってくれたし、かと思えばたまにしか入らないというゾンコの店では少年相応の笑顔を見せ、三本の箒ではオーシャンが席を取っている間にバタービールを彼女の分まで用意する完璧ぶりである。これはモテるわけだ……とオーシャンは舌を巻いた。

 

 そして時計をチラチラと気にしていたセドリックが、最後に引っ張ってきたのがこの店――『ホッグズ・ヘッド』である。店の中が覗けるはずの窓ガラスは全て曇っていて、この陰気くささを一見して『怪しい店』に格上げしている。中からは一粒の明かりも漏れておらず、入店者の不安をかき立てようとするかの様だった。

 

 

 

 

 「……貴方がこんな所に興味があるなんて、思わなかったわ……」

 店の外観を見上げてオーシャンが呟く。セドリックは曖昧に笑ってドアノブに手をかけた。

 きぃぃ、と扉が鈍くきしんだ音を立てると、まず目に入ったのはカウンター内でコップを磨いている店主だった。

 奥に一人でグラスを傾けている客がおり、その反対側には見慣れた顔が集まっている。

 

 「ちょっと遅れたかな」

 セドリックが集団の先頭にいるハーマイオニーに言うと、彼女はニヤリとして答えた。「いいえ、今始まった所よ」

 「ハーマイオニー? なんなの、これ?」

 集団の先頭にはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がおり、彼らに向かい合って座るのはグリフィンドールやハッフルパフ、レイブンクローの生徒合わせて二十人弱だった。中にはグリフィンドールのクィディッチチームが全員揃っている。

 

 「アンジェリーナ!? アリシアとケイティも。どういうこと?」

 オーシャンが言うと三人が振り向いて首を竦めた。その近くに座るフレッドが声高に言う。「おいおい、相棒。俺たちゃいつの間にか透明になっちまったみたいだ」

 フレッドが答える。「そいつは仕方ない、ジョージ。心の清い者にしか見えない魔法がかかってるのさ」

 

 ウィーズリーの双子を無視して会は進んだ。ハーマイオニーが司会を進行する。

 どうやらこの会は、属性としては『勉強会』らしい。司会者は、役に立たない『闇の魔術に対する防衛術』の授業の水面下で、本物の呪文を自主的に学んではどうか、と考えたと語る。

 

 「でも、『例のあの人』が復活したなんて――」椅子に座って事を見ていた生徒の一人が割って入った。ブロンドが綺麗な男子だった。彼がハリーを指して言う。「その人の言うこと以外、何も証拠が無い。まず、ダンブルドアは何でその人が言う事を信じているのか、正確に知る権利が僕たちにはあると思うな」

 「僕が証拠だ」セドリックが言った。ハリーが驚きで目を丸くしている。

 「セドリック……君にとっても辛い出来事だったはずだ……無理して話す必要なんて」

 ハリーが言った言葉に、セドリックは緩く首を振って言った。「それは、君も同じ事だろう?」

 

 「僕もあの夜を生き残った。『例のあの人』の復活に居合わせ、全てこの耳で聞き取ったよ。あの夜はどうやって生きて帰るか、それだけを考えていた」

 「目撃した訳じゃ無いのか」ザカリアス・スミスというらしい男子が、鼻で笑った。セドリックは歯の浮くようなセリフで返す。「僕の隣に居る、美しくも優秀な策士のおかげでね」

 

 薄々感じていたが、何だか最近のディゴリーは変だ。すぐにオーシャンが赤くなる様な事を言う。

 「ね?」と隣に立つディゴリーに顔を向けられたオーシャンは彼から二歩距離を開ける。ケイティ達はそんなオーシャンに含み笑いを向け、アンジェリーナは背中のちょうど真ん中がかゆい時の様な表情を見せ、双子達は今にも噛みつきそうな顔をしている。

 

 その場に集まった全員に請われ、ハリーとセドリックはあの夜――三校対抗試合の最終試合の夜の事を語り出した。『移動キー』になっていた優勝カップに運ばれて、墓場に放り出された事。セドリックを突然襲った死の呪文。墓に貼り付けられたハリーが血を採られ、『例のあの人』が復活した事。誰もが――店内の他の客や店主までもが固唾をのんで聞き入っていた。

 オーシャンはやはり改めて、罪も無い二人をそんな恐ろしい目に遭わせた仇敵を必ず滅びの運命に向かわせなければ、と拳を堅くした。ハリーだけではなく、セドリックももはや友人だ。それに言葉が不自由だった期間に助けて貰った恩が、今となってはある。

 

 話を聞き終わった面々からは、自然とハリーへの質問が続々出てきていた。

 「守護霊を作り出せるって、本当なの?」この夏にハリーを尋問した魔法省役人の一人を叔母に持つという女の子が問いかける。ハリーは控えめに頷いた。

 「ああ……うん」

 続いてその後ろに座っていた男子が目を輝かせて尋ねる。「それに君は、校長室にある剣でバジリスクを倒したのかい?」

 「あ――でもそれは、オーシャンが」「ハリーよ。すべてハリーのお手柄よ」ハリーが述べようとした言葉にかぶせてオーシャンは言った。

 戸惑った彼は少し声量を上げて言い募ろうとしたが、オーシャンが更に大きい音でハリーに向けて拍手をし出したのに合わせて、その場のみんなが倣い始めて、みんなの拍手の音にハリーの意見がかき消される形となった。

 

 「すごいや!」質問した男の子が興奮に頬を紅潮させている。ハリーの不満げな視線と目が合ったので、オーシャンはにっこりと微笑んだ。拍手しながらセドリックが口を開く。「スゴい奴だな、ポッターは。……でも、何だか怖い顔で君を見てるよ。何か言いたいことでもあるんじゃないかい?」

 オーシャンはいつもの調子で微笑んだ。「後からにして欲しいわ。悪目立ちするのは嫌いだから」

 

 拍手が収まる頃にネビルも声を上げる。「それに君はあの石を救ったんだろう? ほら、あの――」

 「賢者の石」ハーマイオニーの助け船に彼は頷いた。「そう、それ」

 「いや、でもそれもオーシャンが」「ハリーってすごいわよね、ほら、クリ―ビーのお二人、今シャッターチャンスじゃない?」

 またもハリーが言おうとしたのを遮ったオーシャンの言葉に促されるまま、クリ―ビー兄弟が揃って強めのライトでシャッターを切った。慌ててハリーがライトから顔を護る。「うっ!」

 

 ハリーがライトに目をパチクリしているとチョウが言った。「そうよ、それに三校対抗試合では、二人とも色々な試練をかいくぐったわ」

 二人、とはセドリックの事も言っているのであろう。とはいえ、これは事実であるからハリーは反論できない。ましてや密かに想いを寄せているチョウの言葉であればなおさらのはずだ。案の定、ちょっと誇らしい顔つきでチョウと目配せしている。

 

 すると思わぬ所から声が上がった。アンジェリーナだ。「二人だけじゃ無いわ! オーシャンもドラゴンから私達を助けてくれた! みんな覚えているわよね!?」

 リーやロンが「そういえばあったな、そんなこと」と言うが、他の面々からは芳しくない反応が出た。

 三校対抗試合の第一の試合の時に、ボーバトンのフラー・デラクールの使った魅了の魔法で気を失ったドラゴンの頭が観客席を押しつぶそうとした出来事は前列の方に居なければオーシャンの姿まで確認できないはずだし、他の生徒が知らないのは無理も無いと思った。セドリックはオーシャンの隣で何故か誇らしげに頷いている。

 ハーマイオニーが呆れ声を出した。

 「ああ、まあ、それは否めないんだけど……じゃあ、ハリーから防衛術を教わる事に全員意見が一致、って事でいいのかしら?」

 

 その後は週に何回集まることにするかを話し合い、箝口の誓いの署名をリストにして会合は解散することになった。

 それにしてもここ、本当に安全だったのかしら? そう思いつつもオーシャンは、後輩三人に夕食で逢いましょうと挨拶をして、セドリックと共に『ホッグズ・ヘッド』を出た。アンジェリーナが猛然とした勢いで後を追おうとする。ケイティがそれを止めた。

 「ちょっと待ってアンジェリーナ! あの二人の後を追いかけるの!? セドリックにチャンスを与えるって話だったじゃない!」

 オーシャンが談話室に遅れて帰ってきたあの夜、セドリックの様子を見て彼がオーシャンの事を好きで好きでたまらない――それはまるで懐きの良い犬の様に――と見抜いたアンジェリーナは、セドリックにチャンスを与えることにした。オーシャンを連れ出し、素敵なデートで彼女が楽しんでくれるなら、アンジェリーナもこれ以上に嬉しいことはない。

 

 

 しかし実際のセドリック・ディゴリーはどうだ。アンジェリーナはケイティを振り返って答える。

 「もう見てられないわ! 見たでしょ、あの男の浮ついたにやけ顔……耐えられない! オーシャンの隣は本来私のためにあって、今はあいつに貸してやってるだけって分からせてやるんだから! ほら、そこの双子、行くわよ!」

 どこぞの鬼軍曹の様な気迫でフレッドとジョージを指名すると、三人は荒々しくドアを蹴破ってセドリックとオーシャンを追いかけた。

 



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70話

「オーシャン、今日のホグズミードはどうだった?」

 各々ホグズミードから帰ってきた後の夕食の席でアンジェリーナやウィーズリーの双子に詰め寄られたオーシャンは、目を丸くした。近くに座っているハーマイオニー達と目が合うも、彼女たちも呆れている様な感じに首を振った。

 

「楽しかったわ。あのサプライズにはちょっとばかり驚いたけど」

 

 アンジェリーナの目を見て答える。サプライズ、とはもちろんあの集会の事だ。アンブリッジの目を盗んで『闇の魔術の防衛術』を練習するなんて大胆な提案には驚いた。それに、オーシャンがセドリックとバーを出てから、何故かこの三人がセドリックをホグズミード中追いかけ回した事も。

「あの鬼ごっこはディゴリーも楽しかったみたい。またやろうって伝えてくれって言われたわ」

「ご冗談!」双子が声を合わせて言い、その勢いにきょとんとしているオーシャンの様子にぶんむくれて、皿に盛られたチキンを手掴みで食べ始めた。

 

 夕食を意地汚く食べている双子の様子に、オーシャンが匙を投げる。

「どういうつもり? 何が言いたいの? 私は事実を答えているだけじゃないの。あなた達だって、ディゴリーと仲良くなるつもりでやってたんじゃないの?」

「敵と仲良くですって!? 誰が!」答えたのはアンジェリーナだ。

 

「でも、そもそも貴女は私がディゴリーと出かける事に反対していないと思ってたけど」

 オーシャンが言うと、アンジェリーナは彼女の両肩をがしっと掴んだ。

「確かにあの時は反対しなかったわ。だけど聞いて、オーシャン。あの紳士の皮を被った狼に心を許してはだめ! 騙されないで!」

 

「何言ってるのよアンジェリーナ。そもそも狼と紳士は相反する存在では無いわ。私達、知っているでしょう?」

 ここにはいない真なる人狼紳士の事を口走るオーシャンに、アンジェリーナが首を振る。

「狼ってその狼の事じゃ無いのよ、オーシャン! 今日一日隣を歩いていて気がつかなかったの!? 奴があなたを虎視眈々と狙っている視線に! あなたが口を開く度に、美しいあなたの口ずさむその甘美なる音色を前にして、あんなに伸びきっていた鼻の下に!」

「…………待って。貴女こそ言っている事が変だわ、アンジェリーナ。私が口を開く度に……何ですって?」

 

 また私の言っている事が変だと言うの、と今にも泣き崩れそうなアンジェリーナを見遣って、双子の片割れが言った。「可哀想に、アンジェリーナ。誰かさんのせいですっかり躁鬱気味だぜ」

 そんなアンジェリーナの頭を撫でながら、オーシャンは言う。「もう……。じゃあ、次のホグズミードは一緒に行きましょうね」

「……いいの?」恋にすっかり自信を無くし切っている女の子の様に、アンジェリーナはしおらしく顔を上げた。

「ええ。貴女がよければ、だけど。紳士の隣を歩くの、疲れちゃうのよね。毎回はしたくないわ」

「ああ、オーシャン!」

 抱きついてきたアンジェリーナと強く抱擁を交わす。「ふふ、次は淑女同士、楽しみましょう」

 双子が揃って、これはこれで面白くない、という顔をしていた。後輩達は我関せずの顔で食事を続けている。

 

 

 

「モテすぎても問題だと思うの」

「あら、そうなの?」夕食後、談話室でハーマイオニーがおもむろに放った言葉にオーシャンは答えた。「ハーマイオニー、貴女、困っちゃうくらいモテてるの? まあ、私は随分前から貴女がどれだけ可愛いか気づいていたけど」

 誇らしい事の様に言っているオーシャンの鼻先にハーマイオニーは指を突きつけた。

「私じゃない、あなたよ。あ・な・た」

 

「私がいつモテたっていうの?」

 オーシャンが言うと後輩三人ともが顔を引きつらせた。

「オーシャン、あなたソレ、本気で言っているの?」信じられない、とでも言う風なハーマイオニー。

「うへぇ。人気者を鼻に掛けられるよりむかつくな、それ」とロン。

 ハリーは、「あー……今度はアンブリッジにそう言ってやろうかな。『僕がいつ反抗的な態度をとったっていうの?』ってね」と面白くも無い事を言って、他の二人の顔を更に引きつらせていた。

 

「私が言いたいのは、オーシャン」ハーマイオニーが言った。

「私達の計画にとって、あなたに夢中になっているメンバーが邪魔になるんじゃないかって事よ」

「計画?」

「あなた、変だと思わなかった? 『英語ができないあなた』が『英語呪文で教えられる』防衛術の練習に誘われても、意味が無いって」

 

 悪戯っぽい顔で言ったハーマイオニーの言葉に、ハリーとロンは目を丸くして顔を見合わせた。オーシャンが答える。

「サインしてからね。そういえば変だなって思ったわよ」

 

「万が一の時のためのための『保険』を掛けておこうと思うの。この計画はもちろんアンブリッジの目の届かない所で進めるつもりだけど、私、去年の事で痛感したわ。本気になったろくでもない大人ほど、どんな下品な手段を使っても目的を達成しようとする、って」

 

 ハーマイオニーはリータ・スキーターに新聞記事であれこれ書かれた事を槍玉に挙げた。ロンは「おいおい。君まで日本人みたいな事を言う気か?」と言った。

「ロン。この秘密は絶対に知られてはいけないの。ただ悪い方に物事を考えて言っているのではなくて、石橋を叩いて渡るって事なのよ。一度じゃなくて二、三度叩いてから渡るくらい慎重にいかなくちゃ」

 

「じゃあ、叩きすぎて壊さないように、気をつけきゃ」

 ロンは憎まれ口を叩いたが、オーシャンは今の話でハーマイオニーの言いたいことが分かってきた。これは面白そうだ。

「つまり、この会がアンブリッジの目に見つからない様に、私があの人の気を逸らせば良いって訳ね。面白そうじゃない」

 

 舌なめずりしたオーシャンだったが、ハーマイオニーは肩を怒らせる。

「そうね。ほとんど常にあなたの周りに居るファンクラブを撒いて、アンブリッジの妨害に行けるのかは疑問だけど!」

「ファンクラブって……みんな友達として一緒に居てくれるだけだわ」

 困り顔のオーシャンの鼻先に、ハーマイオニーは指を突きつけた。

「確かにみんな、あなたの友達だわ! そしてみんな、ほとんど熱狂的な恋をしている様なものだもの、あなたにね!」

 

 反論しようと口を開いたオーシャンを押しとどめて、ハーマイオニーは続ける、

「特にセドリックは強敵よ! 半分忍者みたいな子に三年間片思いしているだけあって、ハッフルパフ生の話では情報収集能力と気配察知能力がそれこそ忍者並になってるって話だから!」

 反論材料がオーシャンの口の中でみるみる溶けていった。妙に納得して呟く。

「道理で、今年はよくディゴリーに合うと思ったわけだわ……」

 

 月曜日の朝になり、朝食に降りる支度を済ませたオーシャンは、部屋の外で凄い音がしたのを聞いて、飛び出した。見るとまるで滑り台の様になった階段で、ロンとハリーが団子になって転がっている。

「あらあら、朝から元気だこと。貴方達、女子寮に入りたかったの?」

 からかう調子のオーシャンに、ハリーを脇に押しやってガバリと起き上がったロンが言う。

 

「何でだよ!? 君たちは僕達の寮に来られるのに、おかしくないか!?」

「それは古くさい規則のせいなのよ」

 言ったのは上の階から降りてきたハーマイオニーだ。学校創設時代からの規則を説明されて、ハリーとロンはぶうたれながらも立ち上がって、乱れた髪や着衣を整える。そして掲示板を指さして、女子二人に言った。

「そんなことより、アレ見てよ!」

 

 二人が指さした掲示板に、人だかりが出来ている。低血圧で朝から活動的になれないオーシャンは、「みんな朝から元気ね」と呟きながらハーマイオニーと一緒になって掲示板に近づく。二人の見せたい物は、クィディッチチームの練習予定表やウィーズリーの双子の怪しげな勧誘広告を押しのける様に張り出されていた。

 

 また高等尋問官様の何とか令だ。今度は学生による団体クラブ及びそれに類する活動は、法律により解散するとの、これまた身勝手極まりない省令だった。再編成には高等尋問官様の認可が必要との事で、かえるの聖歌隊やゴブストーンクラブはもちろん、クィディッチチームに至っても対象だという。

 

 アンジェリーナやフレッド達が紛糾している中、朝食の席でオーシャンが言った。

「何かしら、この狙い澄ました様なタイミングは。まるで『はい、嫌がらせをしましたよ』とでも言われているみたいで、気分が悪いわ」

 対するハーマイオニーは困惑顔だった。ハリーは鬼の形相で、朝食を口に運んでいた。

 

「でも、アンブリッジが『アレ』を知ったなんて絶対にあり得ないわ」

「何でそんなことが言えるんだ!」ロンが声を高くして憤慨している。「絶対にあの中の誰かが告げ口したに違いないんだ! ザカリアス・スミスなんか怪しいぞ!」

 ハリーもうんうんと頷いている。ハーマイオニーははあ、と息を吐いた。

「誰が告げ口したにせよ、すぐに分かるわ。私、あの誓約書にちょっとした呪いをかけたのよ。分かりやすく言えば、エロイーズ・ミジョンのニキビ顔さえまだ可愛く見えるようになるような、そんな感じかしら」

 

「何の話だい?」

「わああ!」

 突然オーシャンの背後から、セドリックの爽やかな顔がにょっきりと生えてきて質問した。オーシャンのみならず、彼女と向かい合って座っていたハリーやハーマイオニーまでも、膝でテーブル裏を打ってグラスをひっくり返すパニックである。

「ごっ、ごめん……。そんなに驚かせるなんて思わなくって……」

「いっ、いいえ、いいのよ、気にしないで……! かくれんぼが随分と上手くなったのね、ディゴリー……」

 

 バクバクと音高く鳴っている胸を押さえて、オーシャンが喘ぎあえぎ言った。今度の省令のことで頭がいっぱいだったとはいえ、微塵も気配を感じなかったのである。先日のハーマイオニーからの忠告が蘇る。――半分忍者みたいな子に三年間片思いしているだけあって、ハッフルパフ生の話では情報収集能力と気配察知能力がそれこそ忍者並になってるって話だから!

 ハーマイオニーを見ると、彼女の目が「ほら、ごらんなさい」と言っていた。でもこれ、私のせいじゃないじゃない?

 

 





お待たせしました!
月に最低一話は更新する事を頑張ります!(土下座)


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71話

 オーシャンはアンジェリーナに連れ添って、グリフィンドールチームの再編成の為にアンブリッジを訪れていた。アンブリッジはいつも通りのわざとらしい咳払いをして、申請書類を受け取った。

「エヘン、エヘン――あー、グリフィンドールクィディッチチームの再編成ね……。わかりました、少し考える時間をちょうだい」

 

 申し訳程度の情報しか記載していない申請用紙から顔を上げたアンブリッジが猫なで声で言うと、アンジェリーナが声を上げた。「は――え!? でも、先生……スリザリンのチームにはすぐに許可をくれたって……」

 

 予想外の返答に、アンジェリーナの返事が一拍遅れる。その間も、アンブリッジは嘘くさい笑顔を崩さない。

「ええ……スリザリンには優秀な選手が揃っていますからね。その才能を阻害する事は、私の本意じゃありません」

「グリフィンドールにだって、優秀な選手しかいません!」

「ええ、それを見極める時間が欲しいだけよ」

 

 意地の悪いガマガエルの様な笑顔に、アンジェリーナの堪忍袋の尾が切れそうになっているのを、オーシャンは感じ取った。次にアンブリッジの視線が、隣にいるオーシャンに移ったのを見計らって、彼女はまだ僅かに痕を残している手の甲の傷を隠す。――I must not go against.私は逆らってはいけない。

 

 少しうつむき加減に、アンブリッジの様子を盗み見る様にした所で、もじもじと視線を外せば、効果は絶大だった。アンブリッジは醜い笑顔をますます深くする。

「それで、ウエノは? わたくしに言いたいことでもあるのかしら? それとも、お友達の付き添いに?」

 かかった。

 

「私……あの――いえ、ただの付き添いです」

 その短い返答をしながら、できうる限り目を泳がせて、自信を砕かれた姿をアピールする。胸の上で右手の甲をぎゅうと握れば、アンブリッジはますます機嫌を良くした。

 

「そうね、ウエノもすっかり反省している様だし、許可を出すまでにそんなに長い時間はかからないかもしれないわ。……もういいわよ、次の授業に遅れたら困るでしょうから」

 アンブリッジの部屋から出て、二人はしばらく無言で歩いた。変身術の教室に近くなって、ようやくアンジェリーナの口を突いて出たのは、笑い声だった。

 

「あははは……。オーシャンにあんな演技の才能があるなんて、知らなかった! 本当に貴女って、毎日違う魅力を見せてくれるわね」

「私の母様、実は日本の歌姫だったの。歌姫っていうのは、ステージに立てば歌う女優だって、母様はよく言っていたわ」

 日本魔法界のスターであった美空の教えだ。ステージに上がればプロの世界。その時の気分がどんなに辛く悲しいものであっても、とびっきり嘘の笑顔と歌声で客を幸せな気分にする。あるいは悲しい曲で、勇ましい曲で。人の心をそれと操るのが歌姫の『魔法』だ。

 

「アンブリッジの部屋があなたの初ステージなんて、どうかしてる」そう言ってアンジェリーナは、目尻に浮かんだ涙を指で拭った。

『グリフィンドールチームの再編成の申請に行くのに、付き合ってくれない? そして分が悪そうだったら、ちょっと“魔法”を使って欲しいの』なんて提案したのはアンジェリーナのくせに、よくもここまで気持ちよく笑ってくれるものだ。二人で呵々と笑い合って、授業へ向かう。悪戯双子の気持ちが、ちょっとだけ分かった。

 

 

 

「どうしたの?」

 昼食後の中庭での事だ。オーシャンが声を掛けたのは、いつものように固まっている仲良し三人組――というよりふてくされた空気を体全体から醸しているハリーだった。

 

「……なんでもないよ」

 そう彼は力なく答えたが、なんでもなくない事は見え見えだ。……まあ、言いたくないのなら言わなくてもいいが。そうしてハーマイオニーの隣に腰を下ろすと、その彼女がこちらを向いた。

「オーシャン、ちょうどいいところに来てくれたわ。ちょっと、相談事があるの」

 

 そしてオーシャンは、彼らの『魔法史』のクラスでヘドウィグが手紙を届けに来た事と、その美しい白い羽根が、見るも無惨に折られていた事を聞いたのだった。

「熊にでも襲われたのかしら?」

 顎に手を当てて考え込んだオーシャンだったが、ハリーがそれを否定する。

「ヘドウィグが今まで手紙を運んでいる時に怪我をした事なんて、一度も無かった」

 

 今までに無かった事が起きた。そして今年のホグワーツの情勢を考えると、答えはすぐに出る。手紙の検閲を始めたとは聞いていないが、まあ、あちらからすると知らせる必要も無いのだろう。

「手癖の悪い誰かさんが手紙を狙っていたのは間違いないわね。開封の形跡はあるの?」

「ないわ。けれど、一度外して読まれていたとしても、魔法で元通りに戻すのはそう難しい事じゃないと思うわ」

 ハーマイオニーが答える。オーシャンは憎々しげに舌打ちをした。証拠を残さない手口は、役人というより立派な犯罪者だ。

 

 オーシャンは再び考え込んだ。何故手紙の検閲をする必要があった? ハリーの弱みでも握ろうとした? それならば、スリザリンに嬉々として話す奴がいるだろう。いや、あるいはそれより確かな、身を破滅させるくらいの弱みを握りたかったのかもしれない。

「……それで、誰からの手紙だったの?」

 

「スナッフルズだよ」

「砂……なんですって?」

 ロンの返答した聞き慣れない言葉を、聞き返す。ロンは目を泳がせて言葉を探したが、結局オーシャンが一番分かりやすい言葉を選んだ。

「あー……君んとこの犬」

 

「ああ」

 そんな砂糖をまぶしたお菓子の様な可愛らしいのが、今の異名だったか。それはともかく、ヘドウィグが襲われた理由はこれで分かった。手紙の『相手』に用事があったのだ。よし、もう忘れた。砂……なんだっけ。

 

「返信にはなんと?」

 オーシャンが聞くと、ハリーが素早く口にする。今夜同じ時間、同じ場所。

 とどのつまりは、ハリーはどうにかしてあの馬鹿犬と話がしたい。けれど手紙を見られて、時刻と場所を知られた恐れがある、という事か。

 そして今夜のその時間、ハリー達が無事に話を出来るようにすれば、問題は無い訳だ。

 

 同じ場所とは談話室らしい。前回の時には、煙突飛行ネットワークを使ったそうだ。随分無茶な真似をする。寮の中でだって誰が見ているか分かったものではないし、あちらは指名手配中の分際で、無防備な背中をさらしてまで息子との逢瀬を楽しんだわけだ。

 時間はともかく、煙突飛行ネットワークを使ったという事実さえ分かっていれば、現行犯を押さえる事は難しくないであろう。相手は魔法省の役人だ。ネットワークの監視なんて朝飯前なのだろう。

 

 更にオーシャンはどうすればハリーの望みをかなえられるか、思案した。せっかく戻ったアンジェリーナとの関係をぶち壊す様な、危ない橋は渡りたくない。けれど、あの女が可愛い後輩と『飼い犬』に害をなそうとしているのを、指をくわえて見ているつもりは無かった。

「考えましょう。何かいい方法がきっとあるはず。……あの女はハリーをマークしている。それは何故?」

「魔法省にとって危険人物たり得るから」

 ハーマイオニーの返答に、ハリーがしかめっ面になる。

 

「ハリー、そんな顔をしても、事実は事実よ。……では、どうすればそのマークを外す事が出来るか。――簡単よ。ハリーより危険人物がいると思い込ませるの」

「どこに?」

 ロンの質問に、オーシャンが怪しげな笑みで答える。「ここによ」

 

「でも……そんなの無理だよ。あいつがそう簡単に諦める訳ない」

 ハリーは首を振った。確かにあの粘着婆が、そんなに簡単に『ハリー・ポッター』を諦めるはずはない。

「ええ、そうね。でも、自分の命より忠誠を誓った城の方が大事なんて人、今時そんなにいないと思うわ」

 怪しい微笑みを見せるオーシャンの言葉の意味がいまいち分からずに、ハリーとロンは首を傾げる。そんな二人をからかうように、オーシャンは囁いた。

 

「こちらの魔法教育で、人体の急所はいくつあるか習うのかしら。もちろん、私は知ってるけど」

 不穏な空気を孕んできたオーシャンの言葉に後輩三人が物も言えなくなっていると、死食い人もびっくりな暗黒色の微笑みで、彼女は続ける。

「落ち合うのは今夜なんでしょう? 時間が無いわ。少々品に欠けるけれど、アンブリッジに馬鹿犬を捕まえるより重要な、そして直接的な危機が迫っていると思わせなくては」

 

 つまり、オーシャンが直接、かつ派手に『アンブリッジの命を狙う』事で、彼女の意識をそちらに向かせるのだという。万が一アンブリッジが「命をかけてもブラックを捕まえる」という熱血漢であれば話は別だろうが、彼女のここまでの言動を見ている限り、それは違うだろう、とオーシャンは断言した。

 

「でも、そんな危ない事、君にして欲しくない」ハリーは本気で、なんとかオーシャンに思いとどまって貰おうとしている。「ましてや相手はアンブリッジとはいえ、人の命を狙うなんて、そんな……あいつと同じ事を……!」

『あいつ』とはヴォルデモートの事だろう。オーシャンは鼻で笑い飛ばす。

 

「私とあのきかん坊を、一緒にしないで貰いたいわ。私とあいつの一番の違いを教えてあげましょうか?」

「英語ができないこと?」

「いいえ。『忍術』よ。毎年の夏の特訓の成果が出て、いよいよ私の『魔法忍術』の腕前は大輪の華を咲かせているわ。……そうね、あいつだったら、確かにアンブリッジを殺す事は訳も無いわ。でも私の様に、『殺すと見せかけて殺さない』事は出来ないはず。標的の生殺与奪の権を握るのは、忍術教育で初めて教わる事よ」

 

 そうは言っても、ハリー達にはオーシャンが本当にアンブリッジを暗殺しようとしているのではないか、という不安がどうしても拭えなかった。 

 





3月中の更新に僅かに間に合わなかったけど、31日の深夜だからセーフって誰か言ってくれ


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72話

「あなた方のクラブの実績では、今後の活動を許可する事は当面無いと思いなさい」

「そんな、先生、お願いです、もう一回話を――」

 

 この期に及んで、能書きを垂れようとする愚かな生徒を、私は杖の一振りで部屋から追い出した。

 くだらない仲良しクラブの存続にこのドローレス・アンブリッジが判を捺すと思っているなんて、勘違いも甚だしい。

 

「ふぅ……」

 お陰で少し疲れてしまったわ。

 私はすっかり冷めてしまった紅茶で口直しをして、壁の額の中で愛くるしく戯れている子猫たちに癒やされることにした。

 

「やはり、覚悟はしていたけど、この惨状は酷い物ね……。名門、ホグワーツの名前も今は昔、って所かしら」

 しかし、子供達の再教育、教師陣の見直し。やるべき事はまだまだあるわ。現場を魔法省から一任されたからには、その信頼に応えなければ。

 

「……?」

 何か違和感を感じて、私は部屋に一つだけある窓を振り向いた。

「――ひっ!?」

 真っ黒い体に赤い瞳の一羽のからすが、窓の僅かなへこみで羽根を休めている。

 横を向きながらも、瞳だけはこちらの様子を覗っているみたい。何っ!?気味が悪い!

 

 私は一刻も早くその気味の悪いからすから離れるため、席を立って次の査定の準備を始めた。

 次の査定は、魔法薬学のセブルス・スネイプ。授業は五学年のスリザリンとグリフィンドール。

 まあ、査定なんて、私が学校で権限を得るための口実の様なものだけど……。

 私は扉をいつものように厳重に施錠して、部屋の外へ出た。

 

 廊下にはまだ、生徒がのんびり歩いている。

 あらあら、駄目じゃない。あなた方の様な世間の荒波も知らないケツの青いガキは、一刻も早く教室へ行かないと。

 

 キャッキャと姦しく騒ぎながら歩いている女生徒三人組に、後ろから優しく声をかける。

「随分楽しそうなのねぇ。授業の前はお遊びの時間じゃないのよ?」

 三人は一気にこちらを振り返って、まるで萎びイチジクの様な顔をして「ごめんなさい」と消え入る様に言った。そうそう、お子ちゃまは素直が一番よ。

「そうそう、あなた、お化粧も少し濃すぎるんじゃないかしら? 誰に見せるわけでもないんだから、すぐに落とした方がいいわね」

 

 そうアドバイスすると、その子達は走り去った。そうよ、先生の言うことをよく聞く良い子達ね。

 

『……ふふっ、先生のお化粧を参考にしたんじゃないかしら?』

 その声は、上の方から聞こえた気がしたわ。私は機敏に上方を振り仰いだけれど、そこには高い石造りの天井が見えるだけだった。

 

 声の聞こえた一点を睨み付けて呪文を唱えようとした所で、可愛い生徒達に元気よく挨拶をされた私は、杖をしまい笑顔に戻って挨拶を返した。

 

「アンブリッジ先生、こんにちは」

「ええ、こんにちは」

 生徒達の方を向いてそう笑顔を返した瞬間、私の首に何か、か細い物が触れた。そう思った瞬間には、それがひと思いに絞まり、私のつま先が床から離れた……!

 

「――ぐっ!?」

 その苦しみは、ほんの一瞬の出来事だった。私が杖を振ろうとすると、首を締めていたものはするりと解けて逃げて行った。

 

 突然の出来事に上手く対応出来なかった私を、心優しいMr.マルフォイが助け起こしてくれた。

「先生、大丈夫ですか!?」

 

「まぁ、なんて痛々しい……」

 目の前で恐ろしい出来事が起こったのにも関わらず、Ms.パーキンソンは気遣わしげに瞳を潤ませた。なんて心優しい子なんでしょう。

 

 私の首には少々痕が残った様だけど、可愛いあなた達に危害が及ばなくて本当に良かったわ。

「一体、誰がこんな事を……。先生、とにかく医務室に行きましょう」

 

「ありがとう、Mr.マルフォイ。でも、大丈夫よ。この後は魔法薬学の査察なの。遅れるわけには行きませんからね。一緒に行きましょう」

 そう促すと、可愛いスリザリン生達はそれに従った。この時の事はピーブズの愚かな悪戯だろうと、私はそう思っていたの。

 

 

 

 魔法薬学の査察は、悪くは無かった。私は次の『闇の魔術に対する防衛術』の準備をするために、帰路を急いだ。

 すると突然、つま先に激痛が走った。

「痛っ! やだっ、何っ!?」

 

 まるで針で突き刺す様な……ううん、それ以上の痛みに思わず悲鳴を上げると、可愛い生徒達が心配して駆け寄ろうとしてくれた。

「先生、大丈夫ですか!?」

 

「駄目よ、それ以上近づいては! ここに何かあるみたいなの。危険ですから、あなたたちは近づいては駄目よ。次のクラスへ行きなさい」

 

 近づいてきた生徒達をそう言って追い払い、私は現場の検証を始めた。

 質の悪い悪戯だ。誰かがきっと、噛みついたりするくだらないおもちゃに透明呪文をかけて廊下に置いたとか、そんな所だろう。

 犯人を見つけ次第、たっぷりと『指導』しなくては。

 

 ところが、それらしい悪戯道具は見つからなかった。

 『現し呪文』や『呼び寄せ呪文』を使っても効果は無い。私は血の滲むヒールにちょいと応急処置を施して、授業に急いだ。

 大分遅くなってしまった。もう準備の時間は無いだろう。

 

 教室のドアがもうすぐのところまで近づいた時、次は突然胸が痛み出した。

 コーンッ、と一つ、決して強くはない痛みだが、胸の内側に直接響いた。

 

「あっ……ぐっ……?」

 突然の事に、一瞬息が詰まり、私は思わず壁に手を突いて立ち止まる。

 

 息を整えて再び前に進むが、胸の痛みは鈍く私を苛み続けている。

「はぁ……はぁ……」

 

 壁を伝いながらなんとか教室のドアにたどり着いた。開いて部屋の中に入る。生徒達はきちんと席に座って私の事を待っていた。前方でたむろしている何人かの生徒以外は。

 

 どうやら、何かを見て騒いでいる様だ。

「……どうしたの……? 早く席につきなさい」

 鈍く痛み続ける胸を押さえながら、教卓に群がっている子供達にようやく声をかける。

 

「先生……。先生の机の上に……こんなものが……」

「!?」

 青ざめた生徒の指さす先には、藁を束ねた気味の悪い人形が、太い釘で教卓に貼り付けられていた。

 

「これは……うっ!?」

 その気味の悪い人形に触れた時、胸の痛みが一層強くなって、私は不覚にもその場に膝をついてしまった。

「せ、先生……?」

 生徒達が私の様子を心配そうに覗っている。私としたことが、生徒の前でこんな姿を……。

 しかし、そうしていくらも経たない内に、胸の痛みがふっと消えた。……どういうこと?

「もう大丈夫よ」

 

 すっくと立ち上がり、教卓の上に目をやると、人形を磔にしていた釘が消えていた。不細工な人形は、胴体に開いた痛々しい穴を露わにしている。

「……どういうこと?」

 

「……先生? 大丈夫ですか?」

 不格好な人形を睨み付けていた私は、生徒に問いかけられてハッと我に返った。いけない、不用意に生徒達を怖がらせてしまったわね。

 

 大丈夫よ、お席に戻りなさい――私は彼にそう笑顔を向けて、藁の人形をさっとポケットにしまった。

 

 私に刃を向けるとはどういうつもりなのか知らないが、人形という証拠は手に入れた。犯人に大体の検討はついているが、絶対に尻尾を掴んで引きずり出して、この学校の、この国からも追放してやる。

 

 その決意を笑顔の後ろに涼やかに隠し、私は今日最後の授業を始めた。

 

 

 

 

 気付いたとき、私の目線は教務机の天板とほぼ同じだった。

 私としたことが、こんなだらしない格好で居眠りをしてしまうなんて……! 私はすぐに身を起こして、机に垂れていたよだれを魔法で清めた。

 

 部屋の中は薄暗い。授業が終わってから、今日の査定のまとめと調べ物をするために少し席に着いただけのはずが、思わず眠りこけてしまった様だ。午後は、嫌に変なことが多かったから……。

 

 ポケットに手を入れると、そこにちゃんとあの不格好な人形があった。ぐしゃりと握りつぶして、改めて私にこんな無礼を働いたあのガキを潰してやる、と決意を固くする。

 

 調査で東洋にはわら人形に釘を打ち付ける呪いが存在する事を、私は突き止めた。

 東洋出身で私に無礼を働く愚か者……答えはこの学校に一人しか存在しなかった。

 

 そうね、今頃夕食の席で自分が何をしてやったか、ろくでもない友人達に自慢げに語ってるんじゃないかしら。私は“敵”の動向を探るため、部屋を出て夕食に向かった。

 

 やはり、夕食はもう始まっていた。四寮のテーブルは生徒達で埋まり、元気で意地汚い会話で食事を汚している。

 

 私とした事が夕食の時間に遅れるなんてあるまじき事だけれど、ダンブルドアは友好的な笑顔を貼り付けて私を迎えたわ。

 あまつさえ、「あまりに遅いので、心配しておりましたぞ」なんて見え透いたおべっかを使って。ふん。いけ好かないじじいだこと。

「根を詰めすぎて、疲れが出てしまった様で……ご心配、ありがとうございます」

 挨拶をして、私に用意された席に座ると、私の分のスープやサラダが出現した。

 

 グリフィンドールのテーブルを見ると、赤毛やブロンドに混じって、あの時窓の外から私を睨んでいたからすの様な、真っ黒い髪の毛が見えた。私はその背中に小さく舌打ちをする。

 

 この午後にあった一連の不愉快な出来事は、全て彼女の仕業だという確信がある。

 どう料理をしてあげようかしら……そう思いながらも銀の匙を手に取り、濃い青色のスープを掬う。

 

 ――濃い青色……? そんなはずは無い。他の先生方の手元には、澄んだ色のスープがある。

 メニューが違うのは宴会の時だけ。

 一体、何で私のスープだけ……。スプーンを置き、スープ皿を凝視して考え込むと、ふと何かが上からポタリと落ちてきた。

 

「!?」

 落ちてきたそれが皿の中に沈んでいきながら、スープと混ざり合いそこにある青を濃くしていく。くるり、くるりととぐろを巻いて、まるで獲物を狙う蛇の様に……。

 

「ひっ……!」

 ガタリと大きな音で席を立つ。教師陣のみならず、生徒達までもが私を見ていた。

「ドローレス、どうされましたかな?」

 ダンブルドアの問いかけに、私はハッと我に返った。

 

「わ、私のスープに何かの……魔法薬が混入している様で……」

「魔法薬? そんなはずはありません。私も今さっき口にしましたが、今日も素晴らしい出来のスープですよ」

 怪訝な顔でそう答えたのはミネルバ・マクゴナガルだった。いつも間違いなく、自分だけが正しいと言っている様な彼女の言動には腹が立つ。

 

「……そんなに気になるのでしたなら、スネイプ先生に見ていただいては?」

 そう言うマクゴナガルに呼応して、セブルス・スネイプがやれやれと言うように杖を取り出し、私のスープを自分の元に『呼び寄せ』た。

 

「……何の怪しい所も見当たらないが……?」

 スネイプがいつもの様に不機嫌に言う。スープが私の所に戻ってくる。そんなはずはない。だってこんなに、お前らと同じはずのスープの色が明らかに違うじゃないか。

 

 その時、真上からまたスープにポタリと落ちてきて、まるでドクロの様にそこに広がっていった。

 

 遠のいていきそうになる意識をキッと引き締めて、私は頭上を見上げた。魔法で見えなくなっている天井の梁に、誰かが脚をかけて嗤っているのが見えたような気がした。

 

 こんな質の悪い悪戯、このドローレス・アンブリッジに……。

 この屈辱はきっとお返ししますよ、ウエノ。そう、後悔するくらいにね……。



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73話

「オーシャン、大丈夫かな……」

 大広間での夕食の時間、アンブリッジが騒ぎ立てている教員席を盗み見ながら、ハリーは声を潜めてロンとハーマイオニーに言った。

「…………大丈夫と信じましょう」

 そう答えるハーマイオニーだったが、心配が拭いきれない様子だった。

 

「でも、午後の授業の『アレ』見ただろ? 僕は正直オーシャンがあそこまでするとは思ってなかった……。今思い出しても不気味で仕方が無いよ……。あれはまるで――」

「ロン」

 ロンに続きを言わせまいとする様に、ハリーは親友の名を呼んだ。

 

 確かに、ハリーとハーマイオニーの二人も思わなかったでもない。あの不気味さはまるで、闇の魔術の様だ、と。

 

「僕達のためにやってくれてるんだ。そんな事、僕は思っても口にしたくない」

 そう言ってはいるが、ハリーの顔色も優れない。

 

 自分と名付け親を深夜の談話室で会わせるために、オーシャンはこの危険な任務に身を投じてくれている。

 それを思うと、自分が無責任にオーシャンの行為を非難する事は出来なかった。

 

 *

 

 夕食と、職員達の簡単な会議が終わり、アンブリッジ教授は一人、自室へ向かって廊下を歩いていた。月明かりが差し込む廊下に、彼女の足音が高らかに響く。

 

 おもむろに、静寂を切り裂こうとする様な小さな音が聞こえた。同時に、狙い定められた小さな矢が飛び出す。

 

 

 

 鋭く振り向いたアンブリッジの杖が描いた軌跡が、矢を弾き飛ばした。

 

「!」

 

 天井の梁の上からアンブリッジのうなじを狙ったオーシャンが吹き矢を下ろす。こちらを不適な笑みで睨み上げた彼女と目が合う。

「怖くないわ。お話ししましょう」

 

 オーシャンから目を離さず、アンブリッジは舌なめずりする様な、いやらしい猫なで声を出した。

 姿を見せずに全ての事を済ますつもりだったが、こうなっては仕方が無い。長い嘆息を吐いて、オーシャンは廊下にひらりと舞い降りる。

 

「……それで、気分は?」

 勝ち誇った調子のアンブリッジに聞かれ、オーシャンは肩を竦めて答えた。

「そうね、最悪……って程でもないかしら。少なくとも、事前に想定できた展開の一つだったから」

 

「ウフフ……強がる事はないわ……。もう生徒達はみぃんな、自分の寮に帰っている時間よ。こんな時間に城の中に出てきて悪い子ね。グリフィンドールは五十点減点。さあ、また私の部屋で罰則といきましょうね……」

「あら、嬉しい。楽しみだわ」

 あくまでも強気な受け答えをするオーシャンをどう料理して痛めつけて、その生意気な口を一生利けなくしてやろうか……アンブリッジは口に出さずに答えた。私も楽しみよ、すっごく。

 

 本来生徒への罰則は、その生徒の寮監に報告、日時を教員側が決めて連絡し、当該生徒に寮監が伝える規則だ。しかしアンブリッジは、グリフィンドールのマクゴナガル先生には事後報告で十分だと考えた。

 

 この凶悪な生徒には、ただちに処罰を与えてやらないとならない。それも厳重に。

 

「両手を上げて、頭の後ろで組みなさい」

 凶悪犯に警告する様に、アンブリッジは言った。オーシャンがのろのろとした反応を示している間に、杖先を向けたまま、注意深く彼女の背後へ回る。

 そして背中の真ん中を杖で突きながら、アンブリッジは凶悪な“敵”の耳元に唇を寄せて命令する。

 

「……妙な真似をしようとしない事よ。そうすれば、あなたに呪文が当たる事は無いでしょうから。さあ、このまま管理人のフィルチさんの所へ行きましょう。まずはあなたが沢山持ち込んだ、日本の『玩具』を彼に没収してもらいましょうね……。それから、そうね、あなたが『良い子』になれる様に、何か道具を借りなくてはね……」

 

 フィルチの部屋にコレクションしてある、拷問器具じみた道具達の事を言っているのであろう事は、オーシャンにも想像が出来た。

 オーシャンはアンブリッジに背中を突かれながら廊下を進んで管理人室の扉をくぐり、懐に巧みに隠していた『まきびし』や『組紐』、『吹き矢』『五寸釘』をフィルチに没収された。

 それからアンブリッジは手錠をいくつかフィルチに借りた。

 

「お手伝いしましょうか、先生……」と不気味な引き笑いで言ったフィルチだったが、アンブリッジは彼に射殺す様な一瞥をくれただけで、何も答えずに部屋を出た。

 再びオーシャンの背を杖先で突いて廊下を進みながら、アンブリッジがうんざりした声を出す。

「何を出来もしないスクイブの分際で、私のお手伝いとは、思い上がりも甚だしい事」

 

 アンブリッジは部屋までの道中、この学校の教職員、生徒達がどれだけ愚かしいか、また、忌々しい狼人間や森に棲む半獣達などについてその毒舌を休ませる事無く喋り続けた。

 時々オーシャンが悔しそうに、あるいは苦し紛れに体を捩ると、杖先をぐいと体に押しつけて、無駄な抵抗は止めて進むように促す。

 

 そうしてアンブリッジが部屋に到着すると、まず彼女はドアに施錠をし、部屋全体に防音の魔法をかける。そしてにっこりと笑顔でオーシャンに言った。

「これで大丈夫。どれだけ叫んでも喚いても無駄よ」

 

「くっ……」

 初めて、オーシャンの顔が悔しげに歪んだ。その態度にアンブリッジは恍惚とした表情を見せる。いいわ、いいわ、生意気なアンタのその表情が見たかった! もっとその顔を見せなさい!

 

 アンブリッジは机と椅子をひと組『出現』させ、その椅子にオーシャンの胴体をを魔法のロープで縛り付け、歌うように言った。

「まずは先日の『書き取り』の続きよ。そうね……まずこの羊皮紙いっぱいに、今日私にしたことの反省文を書いて貰いましょう。いかに自分が矮小で卑しい存在か、文章にして私に見せてちょうだい」

 

 楽しくて仕方の無いという風なアンブリッジの様子にオーシャンは隠すこともなく舌打ちをして、用意された羽根ペンを取り、お望み通りの反省文を書き始めた。意外にも、それは普通の羽根ペンだった。

 オーシャンが羊皮紙を埋めている間、アンブリッジはその様子をお茶請けにして、実に美味しそうに紅茶を飲んだ。

 

「……できました」

 時計の針が着実に刻まれ、オーシャンはそう言って羽根ペンを置いた。

「どれ」

 アンブリッジが完成した反省文を『呼び寄せ』る。その文章を読んで、彼女はこれ以上無いくらいにニタリと笑った。

 

「……よくできたわね。さあ、罰則を始めましょうか。こっちの羽根ペンを使って、この反省文があなたの体に染みつくまで書くの。もちろん、一字一句間違えずにね」

「でも、もう羊皮紙が……」

 オーシャンに用意されているものは、もはや机と椅子とあの忌々しい羽根ペンだけだ。言いつのろうとするオーシャンに向かって、アンブリッジは、チッチッ、と指を振る。

 

「人の話を最後まで聞くのよ、留学生ちゃん。誰が、羊皮紙に反省文を書きなさいと言ったかしら?」

 そう言うとアンブリッジは、杖を指揮棒の様に振るった。次の瞬間、オーシャンを椅子に縛り付けていたロープが解け、まるで竜巻の様な強引さでその下の学用ローブや肌着までもをオーシャンから奪っていった。東洋の色の肌が露わになる。

 

「ちょっと、なにを――」

 彼女が両手で体を隠そうとすると、アンブリッジはまた指揮する様に杖を振るった。今度は魔法で従わせた左手と両足を、フィルチから借りてきた手錠で椅子に縛り付ける。そして机が消えて、オーシャンの目の前には例の羽根ペンがぷかぷかと浮かんでいた。

 

 青ざめて困惑する様子のオーシャンに、アンブリッジはいつもの猫なで声で言った。

「『あなたの体に染みつくまで』と言ったでしょう。その傷一つ無い甘ったれた白い肌に、丁寧に真心込めて書きなさい」

 

 自分の肌にそのペン先を立てるという事は、先ほどの羊皮紙いっぱいの文章が、オーシャンの体中に痕を残して走って行くという事である。オーシャンは予告された二重の苦しみに、言葉を無くした。口元がかすかに震えている。その瞳から、涙が零れだした。

 アンブリッジは胸の昂ぶりを押さえて、あくまで猫なで声を出してニタリと笑った。

「あなたの体に染みつくまで、罰則は終わらないわよ」

 

 

 

「やっっっっ……ばいわね……」

 ロッカーに向かって「我慢しないで、痛かったら声を出していいのよ。どうせ誰にも聞こえないわ。うふふふふふ……」と狂った笑いを上げているアンブリッジを、天井の梁の上から見ながら、オーシャンは呟いた。

 どれだけ悪趣味な幻覚を見ているのだろう。

 

 オーシャンが廊下で、アンブリッジのうなじ目がけて放ったのは、神経毒の吹き矢だった。

 あの程度で死ぬ事は無いが、たいていの人間なら朝方、もしくは明日の午前中までは幻覚にどっぷり浸かれる量を塗っておいた。

 因みに毒物は従兄弟の三郎が調合したもので、効き目はプロのお墨付きだ。

 

 オーシャンは懐に手を入れ、懐中時計を取り出す。いつかのクリスマスに、ハーマイオニーから贈られたものだ。針はそろそろ真夜中を指そうとしている。

 時間通りにブラックが来ていたとしたら、ハリー達はそろそろ彼に会うことができているだろう。

 

「ここまでさせておいて、時間に遅れたりしたら許さないわよ。あの馬鹿犬」

 今宵一晩は薬が切れることはないが、幻覚の中にいるアンブリッジをこのまま放っておく事は出来ない。

 このまま彼女自身も自覚がない内に、森にでも入ってなにかしらの事故で死んでしまっても厄介だし、もしかしたら通りがかりのスネイプ先生が、親切心で解毒してしまうかもしれない。

 ハリー達の邪魔をさせたくない思いもあるが、アンブリッジからオーシャンへ足が付く事も避けたい。

 

 オーシャンは時折ため息を吐きながら、日が昇るまで、わけのわからない言動を繰り返すアンブリッジを監視していた。

「……楽しそうだこと」

 アンブリッジは、ロッカーの中の誰かの古びたローブに、幸せそうに喋りかけていた。

「ふふふふふ、まだまだよぉ~、もっと、もぉっといい声で鳴いてちょうだぁ~い」

 




不定期にも程がある更新なのに、面白かったコメントいただけて罪悪感で辛い……皆様にありがとうございます……もっと頑張れ、俺!!


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74話

 

「――ん……」

 寝室のベッドで目が覚める。朝方にカーテンが開けられたのであろう窓から、朝の光が差し込んでいた。

 身を起こしたオーシャンは、寝ぼけ眼で昨日の出来事を反芻する。

 

 結局あの後は、幻覚を見たまま千鳥足で暴れ柳の所まで行ったアンブリッジを追いかけていかなくてはいけなかった。

 

「逃げられないと言っているでしょう! さあ、大人しくここへ座りなさい!」

 下手なオペラ歌手の様に暴れ柳に宣う様子をしばし覗っていたが、動き出した柳に殺されてはたまらない、と判断して、麻痺毒の吹き矢でアンブリッジを黙らせて、彼女の部屋に転がしてきたのだ。

 

 その後真っ直ぐ寮の寝室に帰ってきたはいいが、眠ったのはつい一瞬前の様な気さえする。

 久方ぶりに持てる忍術をフル稼働させたのだから、無理もない。

 

 オーシャンはその場でぐいと一つ伸びをする。昨晩の肉体的疲労がばっちり綺麗に残っていた。

 

「ああ、おはよう、オーシャン。ぐっすり眠れた?」

 同じくして起床したアンジェリーナに声をかけられ、オーシャンはベッドから這い出して、朝の挨拶を返した。

 

「おはよう、アンジェリーナ。今日も清々しい朝ね」

 風に乗った雪雲が飛来して、朝の光を遮った。

 

 *

 

 学校中が動き出して、いつも通りの朝食が始まった。

 オーシャンが、アンジェリーナや赤毛の双子達と共に朝食に下りると、いつもどおり、教職員テーブルには先生方が揃っているのが見て取れた。ただし、アンブリッジの席だけは欠けている。

 

「ウエノ」

 友人達とテーブルに着こうとした所で、マクゴナガル先生に声をかけられた。端的に「こちらへ」と言われ、友人達に「先に食べてて。多分、授業の事じゃないかしら。ここのところ変身術が良くないから」と言って先生の後ろを教職員テーブルまで着いていった。

 じろり、と目配せされたのは、変身術の事についてに違いない。決して嘘は言ってないからだ。

 

「さて、ウエノ」

 先生が立ち止まってこちらを振り返ったのは、なんと校長席の真ん前だった。ダンブルドア校長も交えて話をしようと言うのか。

 校長は面白そうな目で、マクゴナガル先生とオーシャンの二人を眺めている。

 

「私、回りくどいお話は嫌いです。今朝方、どこで何をしてましたか?」

 マクゴナガル先生の問いかけに、オーシャンははっきりと目を見て答える。

「今朝方なら、寮の完璧なお布団の中でぬくぬくしていました。先生」

 嘘はない。正真正銘、今朝方にはしっかりと布団に入っていた。しっかり眠れたかどうかは定かでないが。

 

 マクゴナガル先生は疑わしそうにオーシャンを見つめたが、やがて一つため息を吐いた。

「……今朝、アンブリッジ先生が朝食に下りていらっしゃらないので、様子を見に行くと、部屋の真ん中で仰向けに倒れていました」

「それは痛々しい。……ですが、その事と私に、一体どんな関係が?」

 しれっと言うオーシャンに、ダンブルドア校長の全てを見透かした目が、面白いものを見るようにキラリと光った。

 

 しばしの間、オーシャンはマクゴナガル先生と見つめ合った。

 もしかすると、まさかの寮監から罰則を食らうのかと内心ヒヤヒヤしたが、最後の一瞬、マクゴナガル先生が口の端を持ち上げて「仕方の無い奴だ」とでも言うように笑ったのを、オーシャンは見た。

 

「……もう行ってよろしい」

 

「……失礼します」オーシャンは短く言って、寮のテーブルへ踵を返した。

 朝食の後、友人達と『魔法史』の授業に向かおうとすると、セドリックが追いついてきた。

 双子に加えてアンジェリーナまでもが露骨に嫌そうな顔をする。ホグズミードでの一件から、アンジェリーナはセドリックの事を『鼻の下伸ばし野郎』と揶揄してきた。

 

「ウエノ、君、何をやったの?」

 開口一番にそう尋ねられた。

「何のこと?」質問の意図が分かりかねたので、そう返す。するとセドリックは順を追って説明した。

 

「僕達の寮の三年生が、朝食の後『防衛術』の授業のはずだったんだ。でも今さっきフリットウィックから連絡があって、急遽三年生は『呪文学』に変更だって……。何でも、アンブリッジが急病で医務室に入院しているんだそうだ」

「あら」

 

「で、君がやったんじゃないかな、と思ったわけ」

 セドリックは顎を扱きながら、悪戯っぽく言う。

 

「嫌だわ、塗布が多かったのかしら……いえ、ちょっと待って。それで貴方は何で、私の仕業だと思ったの?」

 昨晩の仕事を思い返そうとしたのを中断して、オーシャンはセドリックに訊く。不思議な事が起こったら、まず人のせいにするのはやめていただきたい。

 

 それでもセドリックは引かなかった。

「そこまで言うなら、君は昨夜の夕食の時間、教職員テーブルの上で何をしていたってわけ?」

 

 昨夕の出来事は先生方にも言及されていない。もちろん知っているとは思うが、見て見ぬふりをしてくれたに違いない。そうでなければ、あんなに毒々しい色のスープに何も薬が混入していないなどと、言うわけが無い。

 先生方はともかく生徒達には見えない様にしたつもりだったが、まさか、あれが見えていたのだろうか?

 

「……驚いたわ。ディゴリー、貴方本当にかくれんぼが上手くなったのね。それも見つける方の」

 言い逃れの出来ないオーシャンが言うと、セドリックは得意満面に言う。

「あくまで、君専門だけどね」

 

 歯茎まで浮きそうなセドリックの言葉に、それまで黙っていたアンジェリーナが大声を出す。

「っかぁー、聞いてられないわ! オーシャン、行きましょう!」

 

 そしてオーシャンの手を引いて、朝のクラスに向かって勢いよく歩き出した。その勢いに気圧されながら、双子も後を着いていく。

 彼女をさらわれたセドリックだったが、にっこりと手を振って四人を見送った。

 

 

「やったわ、クィディッチチームの再開許可が下りたって!」

 そうアンジェリーナが嬉々として言ったのは、木曜の午後の事だった。

 なんとか尋問官様が入院中の身だと言うのに、よく許可が下りたものだ、とオーシャンが言うと、アンジェリーナは彼女の推論を教えてくれた。マクゴナガルがマダム・ポンフリーの目を盗んで、錯乱の呪文でもかけて許可証にサインさせたのでは、というのだ。

 

「信じられない事だけれど。時に厳しく、時に大胆な寮監さまさまだわ」

 一見荒唐無稽な話に聞こえるが、うちの寮監であればやりかねない、とオーシャンは思った。

「マクゴナガル先生も人の子って事ね……」

 

 そんな素晴らしい日から数日後、ついに『正しい防衛術授業』の最初の日取りが決まった。

 いつの間に部屋を見つけたのかしら、と首を傾げていたオーシャンだったが、いざ指定の場所に行ってみるとあまりにも見事な部屋だったので、驚いた。

 

「ホグワーツにこんな部屋があったなんて……。城で七年間生活しても、全部を知れる訳じゃないのね……」

 

 ハリー達の見つけた部屋は、『必要の部屋』というらしかった。

 城内の決まった場所に存在するが、扉は隠されていて、必要に応じて自ら姿を現す部屋なのだという。

 

 室内に『必要』の名に相応しく、『闇の魔術に対する防衛術』を学ぶために必要な物が全て揃っていた。

 部屋を使う者の望んでいるもの全てが揃っている。オーシャンとしては、『いたれりつくせり部屋』という呼び名の方が合っている気がした。

 

 その後、ハーマイオニーの提案でハリーをリーダーとして正式に認め、この『勉強会』に名前を付けた。

『防衛協会』。Defense association――そう提案したのはチョウであった。頭文字を取ってDAとすれば、人前で話しても何について話をしているのか分からないだろう。

 

 ジニーが「いいわね! DAって、『ダンブルドアアーミー』の頭文字だし!」と言えば、場が一気に活気づいた。

 

 ハーマイオニーが『ダンブルドアアーミー』と書き加えた名簿を壁にピン留めするのを、アンジェリーナの隣でオーシャンが見ていると、いつの間にか反対隣にセドリックが立っていた。驚いて、思わずその姿を二度見してしまう。

 

「……ディゴリー、本当にそれ、止めた方がいいわよ」

「何のことだい?」

 無意識にやっているらしかった。天賦の才とは、この事を言うのだろう。

 

 アンジェリーナはセドリックに向けて小動物がする様な威嚇行動を一回取ると、オーシャンの手を取って「始めましょう!」と言った。ハリーが、武装解除の呪文を練習する為に二人ひと組になるように言ったからだ。

 

 すぐに部屋には「エクスペリアームス」の声が溢れた。

 アンジェリーナは最初、「できない……! オーシャンに杖を向けるなんて、どうしても……!」と葛藤していた。

 

 対してオーシャンが冷静に言う。

「何年も授業で一緒に練習してるのに、今更何言ってるのよ」

「それもそうね」

 そうアンジェリーナがけろっと言って唱えた武装解除の呪文は、的確にオーシャンの杖を捉えて弾き飛ばした。

 

 杖を拾って構え直したオーシャンの方は、苦戦していた。

「エクスベ――エクスペリュ――エックス――ああ、もう! 守護霊の呪文が唱えられるのに、何で武装解除が唱えられないのよ!? 発音はほとんど同じじゃない!」

 オーシャンの発言に、皆首を傾げている。カタカナ発音で頭四文字まで同じだという、オーシャンの主張である。

 

「やれやれ、日本人様の高尚なお悩みは、俺たちには理解出来ないぜ――おっと」

 オーシャンの嘆きをせせら笑っていたジョージの杖が、セドリックの唱えた武装解除によって弾き飛ばされた。

 

「手元がお留守になってるぜ、ウィーズリー」

 悪戯双子顔負けの悪い笑みでそう言ったセドリックだったが、反対方向から飛んできた呪文に杖を奪われた。「あっ」

 

「ふん、人のことを言ってる場合か?」

 フレッドが、杖先をセドリックに向けたまま言った。形勢逆転。双子に挟まれ、彼はじりじりと悔しそうな顔を見せる。

 

「ちょっと、二人とも。一人に対して二人がかりは感心できないわよ――あっ」

 見かねたオーシャンが双子にそう声を上げれば、フレッドの唱えた呪文が今度はオーシャンの杖を奪っていった。

 

「これで、不公平じゃないわけだ」

 得意げにニヤニヤ笑っているフレッドとジョージの二人。間にセドリックさえいなければ、ハイタッチでもしそうな程の調子の乗りっぷりだった。

 

「もうっ、いい加減に――忍法・いづな落とし!」

 フレッドが分かったのは、オーシャンが一瞬で距離を詰めて自分の懐に入ってきた事だけだった。次の瞬間には、雷の様な音と共に顔から地べたに崩れ落ちていたのだ。

 

「おいおいおい、ちょまっ――!」

 そんな声を上げて、ジョージもフレッドと同じ運命を辿った。

 二人の杖は部屋のどこかへ飛んでいってしまったらしい。オーシャンは、自分の手を不思議そうに見ている。

「ん~、刀と違って、どうも上手くいかないわね。杖だと軽過ぎて飛んでいっちゃうわ……」

 

「くそう……また何かの忍術か?」

 起き上がりながら悔しそうに訊く双子に、オーシャンは微笑んで答える。

「武装解除の術は魔法だけなんて、私の前では思わない事ね」

 



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75話

「終身クィディッチ禁止!?」

 クィディッチシーズン一戦目の対スリザリン戦が終わり、勝利したにも関わらず打ちひしがれている彼らの理由がそれだった。グリフィンドールチームからクィディッチ終身禁止令が出されたのは、何と三人。ハリーにジョージ、それにフレッドだった。

 

「そうよ、何もしてないフレッドまで!」と悔しさを露わにするアンジェリーナだったが、「止められてなかったら、俺もマルフォイを殴りに行ってた」と言うフレッドの肩に、ジョージがポンと手をかけた。

 

 その場に居合わせなかったオーシャンが、ギリギリと爪を噛んだ。

「そんな事まで仕組んでくるなんて、あの女……。そもそも状況的には、スリザリン生全員が悪いじゃないの……理不尽がすぎるわ……」

 

 今朝から悪い予感はしていたのだ。スリザリンだけではなく、ちらほらと他寮の生徒までが全員揃いの悪趣味バッジを付けていた時点で。

 

 オーシャンも当初、今日の試合を見に行っていた。スリザリンの生徒が『ウィーズリーは我が王者』とかいう最悪極まりない歌を大合唱しているあの場に、居合わせた。

 

 歌っている全員を呪い殺してやろうとしていたオーシャンを何とか押しとどめていたのは、隣に座るハーマイオニーだった。今日あのスタンドで死者が一人も出なかったのは、彼女のおかげに他ならない。

 

 しかし死者は出なかったものの、怒りが振り切れたオーシャンの魔法は、またしても本人の意図せず観客席を陥没させるという事故を起こした。

 

 結果として試合は一時中断。先生達総出で観客席を直している間、オーシャンは鬼気迫る様子のマクゴナガル先生に観客スタンドから追放された。

 普段のマクゴナガル先生であればしないような乱暴な措置だったが、ハリーは今朝、先生から『死ぬ気で勝て』と遠回しに言われたそうだし、グリフィンドールの寮杯がかかった大事な時期にこれ以上の邪魔は許さぬと言う意味だろう。

 

 そんなわけで、ハリー達があの狸女――アンブリッジにクィディッチを奪われようとしているとは夢にも思わず、オーシャンは一人寮に戻り、談話室の暖炉の前でぬくぬくとやっていたわけだ。

 悔しさに顔を歪めるアンジェリーナの前で、オーシャンはがくりと膝を折った。

 

「ごめんなさい、アンジェリーナ……! 私があの女にもっと目を光らせていれば……!」

 アンジェリーナはオーシャンの手を取る。

「顔を上げて、オーシャン。……誰が悪い訳でも無いわよ。卑怯なスリザリンとアンブリッジ以外はね」

 

 そして彼女は、自身とグリフィンドールを鼓舞する様に立ち上がって言った。

「さあ、これから忙しくなるわよ。グリフィンドールチームの選抜と再編成! まさかこの寮には、こんなアクシデントでみすみす寮杯を逃す軟弱者しかいないのかしら!?」

 

 アンジェリーナの言葉に、それまで沈んでいた談話室全体がざわついた。ハリーとフレッド、ジョージに代わるシーカーとビーターを選ぼうと言うのだ。親友の頼もしい一言に、オーシャンは微笑んだ。

「それでこそ、私が好きなアンジェリーナだわ」

 それを聞いて、アンジェリーナはウインクして見せた。

 

 *

 

 ハグリッドが帰ってきたと言う。

 その嬉しいニュースを聞いたのは、月曜の朝食の席での事だった。

 聞いたと言うより、気付いたと言った方が正確だろうか。

 教職員席に今までいなかったハグリッドの姿を見つけて、広間全体が生徒達の噂話でさんざめいていた。何せ彼の顔は、酷い傷だらけの見ていられない有様だったのだ。

 

 アンジェリーナ達も久々に見たハグリッドのその姿には驚いていた様で、土曜から続いていたクィディッチチームの新選手選抜の日程の議論も忘れていた。女子三人が額を寄せ合う。

 

「酷いわ、あの顔」「何かあったのかしら」「違法なドラゴンでも飼ってるの?」「だから学校に来られなかったの?」

 思い思いの想像を語る彼女達に、オーシャンはさりげなく混ざり込む。

「可哀想に……この『休暇中』に何があったのかは知らないけど、痛々しい姿ね」

 

 言いながら、つ、と近くに席を取ったハリー、ロン、ハーマイオニーの三人を見ると、彼らは夢中で何やら話し合っていて、こちらの視線にも気付かなかった。

 あの三人がそこまで熱中する程の情報。噂話、なわけは当然無いから、恐らく彼の『休暇中の出来事』の話だろう。

 

 だとすると、もしかしてもう『旅行先』あるいは『そこで起きた出来事』の話も、彼自身に聞いたのかもしれない。なんにせよ、オーシャンに必要があれば、後輩達が教えてくれるだろう。今は、余計な憶測を呼ばない事の方が重要か。

 

「『――』みたいね」

 近くにいる者のみに聞こえるよう、呟くように、しかしはっきりとその言葉を口にする。案の定、アンジェリーナとフレッドが食いついた。

「『――』ってなんだよ?」

 

「日本の妖怪の一種よ。まあ、妖怪というよりは『噂話』が一人歩きして形を取った都市伝説に近いのだけれども」

 そこで一旦区切り、音を立てずにジュースを啜りつつ、自分の言葉の効果を確かめる。思った通り、これまで聞いたことの無かった日本の情報に、アンジェリーナとフレッドだけではなく、ジョージやアリシア、ケイティまでもが手を止めている。こちらを見つめるその瞳は、話の続きを促している様だ。

 

「昔日本に、列車に轢かれて亡くなった女の子がいたの」

 話し始めると、その内容に三人ともが同じ表情を見せた。眉を顰めて息を飲む。

「胴体を切断されて、命が潰えるまでの短い時間、上半身だけで助けを求めて這いずり回ったらしいわ」

 

 アンジェリーナは思わず、自分の胴体を両腕で抱きしめた。まるでそこが繋がっている事を確かめる様に。

「車輪に足を巻き込まれて、胸から下を無理矢理引きちぎられたのだもの。想像を絶する痛みよね。後悔も怨念も無く、その痛みだけ感じながら死んでしまった女の子は、彼女が息絶えた黄昏時になると人里に現れて、残った二本の腕を足のように使って歩き回るらしいの」

 

 所謂『怖い話』を語るのは得意では無いオーシャンだったが、その語り口は存外に効いたらしい。みんな顔色がみるみる青くなっていく。ジョージが口を上滑りさせながら聞いた。

「んな……なんで、腕でなんて歩き回るんだ? な、何か探してんのか……」

 オーシャンがにこりと笑って口にした回答は、彼らの食欲を一気に奪った。

「もちろん、下半身よ」

 

 

 

 

 

 オーシャンの語った『都市伝説』は面白い様に広がった。噂話が大好きな生徒達のために付け加えた情報が、狙い通り彼らに切迫した当事者意識を持たせたらしい。――

『この名前を聞いた者のところに、ソレは必ず現れる』

 

 

 

 

 

「『――』って知ってる?」

「聞いた。下半身を食いちぎられた女の人なんだろう?」

「道連れにするために、若い男を狙うんだって」

「『ポマード』って言うと消えるらしい」

 

 早くも加えられた尾ひれは留まるところを知らない。『ポマード』などは確か別の都市伝説の情報だったと思うが、果たしてどこから出てきたのやら。

 

 新たな噂話が潮騒のように飛び交っている廊下を歩く。

 新たな噂話は、生徒達のハグリッドに対する興味を失わせた。思惑通りに事が運んだ事にオーシャンが内心ほくそ笑んでいると、見知ったつま先に行き会った。

 顔を上げると、今日も威厳をたっぷりと湛えたマクゴナガル先生であった。

 

「マクゴナガル先生、こんにちは」

 いつもの様に挨拶をすると先生は、いつもより少し、すました顔で挨拶を返した。

「ええ、こんにちは。ウエノ――今から少しお茶をする所です。あなたもどうですか」

 

 きょとん、と目を丸くする。そして、頭の中の奥深い所が警報を鳴らす。

「非常に残念ですが、急いでおりますので――」そう早口に言って手刀を切りながら先生の脇を通り抜けようとする。が、無論、その様な事は無理だった。

 見えない力に襟首をつかまれ、「遠慮せずにいらっしゃい」と強引に引きずられていく。

 

 変身術の教室の奥にあるマクゴナガル先生の事務所に到着すると、先生は魔法でドアをバタンと締めて鍵をかけ、こちらを振り向きながら言った。

「――それで、事実無根の噂話を学校中に垂れ流したお気持ちをはどうですか、ウエノ」

 

 

 

 

 

 

 

 オーシャンが流した都市伝説のお陰で生徒達が恐怖しているのはもちろんのこと、特に低学年のクラスに関しては、授業がまともに進まない程らしい。

 それについてたっぷりと叱られ、この二週間、毎夜マクゴナガル先生のお説教を受けるという『罰則』を受けた。

 

 おかげで数回、DAの集会がある日に全く身動きが封じられてしまったし、毎日眠りにつく前に必ず説教を受けなければいけないという生活は、クリスマスを前にしてオーシャンの精神力を限りなくゼロにしていた。

 早急な回復魔法が必要だ。

 

 

 

 

 十二月が訪れて、城内はクリスマスの装飾で彩られた。キラキラとした城の中とは対照的に、ハリーは連日の宿題とクィディッチができないストレスで今にも潰れてしまいそうだった。

 

「大丈夫? あまり根を詰めない方がいいわよ」

 人狼に関する書籍(ハーマイオニーの協力の下、翻訳済み)を片手に心配そうに後輩を見つめたオーシャンに、ハリーはテーブルに突っ伏して珍しく弱音を吐いて見せた。

「も~、これほど城から出たかった事ってないよ……」

 

 数々のストレスに襲われているハリーの唯一の捌け口がDA会合だった訳だが、クリスマス休暇で大半の生徒が帰宅するとなれば、会合も一時中断せざるを得ない。ハーマイオニーは両親とスキーに行くというし、ロン達ウィーズリーの兄弟も『隠れ穴』へ帰る。一緒にテーブルを囲むロンも、気遣わしげな視線を送った。

 

「――仕方ないわよ。二人きりのクリスマスも悪くないわ、きっと」

 例年通りクリスマスは留守番組に名前を書いているオーシャンが、ハリーを慰める。しかし、きょとんとして異論を唱えたのはロンだった。

「何言ってるんだよ。ハリーは僕と一緒に帰るんだよ」

 

 今度はオーシャンとハリーの方が目を丸くする番だった。ハリーの顔を見て、ロンは『やだなぁ』と言うように彼の肩を小突く。

「君も初めて聞く様な顔するなよ。何週間も前に、ママから招待するように手紙がきたって言ったろう? 今年はウチで、クリスマスパーティだ!」

 

 親友からそう聞いてハリーが顔を晴らせば、今度はオーシャンが眉尻を下げる番だった。

 口では「良かったわね」といつもの言葉が出るものの、やはり留守番仲間だと思っていた者がいなくなるのは、寂しい。かと言って自分もお邪魔したいと言い出せば、突然の定員増加に頭を悩ませるのはウィーズリーおばさんの方だろう。のんきな子供達と違って、親御さんに迷惑はかけたくない。

 

 ページをめくりながらオーシャンは、休暇中の計画を立てなくちゃね、と静かに微笑んだ。

 





久しぶり過ぎて剥げそう!!読んでくださる皆さま、原作者さま、ほんっっっっとぉぉぉ~~~~にありがとうございます!

改めてハリー・ポッターが好きですし、ホグワーツが好きですし、何より書き始めた当初より自分がオーシャン・ウェーンを好きになっていてビックリしました!

今年、2023年はSwitchでハリポタゲームが発売予定ですね。
オーシャン・ウェーンでやるか上野三郎(魔法が使える世界線)でやるか悩みます

エタりぎみでも温かいコメントをくださる読者様、本当にありがとうございます!あなたのおかげで書けました!!
亀もビックリな更新速度ですが、引き続きゆるりとお付き合いいただけると幸いです


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76話

 休暇前最後のDA会合の日取りが決まってから、オーシャンは忙しなく動いていた。

 

 アンブリッジの注意が万が一にもハリーに向かない様に、工作する必要があった。見るところによるとフィルチはすでに何とか尋問官様の手中にあるようだし、スリザリン生も露骨なえこひいきをされていて怪しい。

 

 アンブリッジ、フィルチ、スリザリンの全生徒――そこら辺に向けて、オーシャンが怪しい動きを見せていると印象づけるのは、さすがに骨が折れた。

 

 スリザリン生が近くにいる時には、必ず彼らの前で怪しい色の液体の入った試験管を落として、慌てて拾うという姿を見せた。因みに中身はただの色水だ。

 

 フィルチの前では忍具をチラつかせればいいだけだったし、『闇の魔術に対する防衛術』の教卓の上には十数回わら人形を置く様にした。毎回置いていては、さすがに資源の無駄遣いになるので、良い感じに間を置いて。

 

 そんなこんなで迎えたDA会合当日。果たしてアンブリッジとフィルチは思い通りに連れてくれた。

 

 日も暮れようかという頃合い。オーシャンは廊下を適当に歩きながら、時折立ち止まっては壁や床に『何か細工をしているフリ』をした。

 そうしてまた歩き出すと、こちらの後ろ姿が見えなくなってから、アンブリッジとフィルチはオーシャンが『何か細工をしているフリ』をした箇所で、一生懸命に何かを探すのだ。

 

 もちろん毎回何も無くてはすぐに興味を失われる。数回に一回は、悪いと思いつつもチョークで『暗号らしい何か』を残させて貰った。実際には暗号でもなんでもない、ただのひらがな一文字だ。

 全て繋げて読めば、『ほかほかご飯』『ぶり大根』『白和え』『わかめと豆腐のお味噌汁』――オーシャンの胃が今欲している献立だ。屋敷しもべ妖精が気付いて、明日の朝食に出してくれたりしないだろうか。

 

 デザートまで書き残そうかと考えた所で、ポケットに入れたコインが熱くなった。会合が終わるとハーマイオニーがくれた合図だ。

 立ち止まって考える。だいぶ後ろの方でも二人分の足音が止まった。

 

 このまま寮に帰ったら、怪しまれるかもしれない。引き続きこの辺りをぶらついて、最後に『ごちそうさま』の文字でも残してから帰ろうか――そう思ったとき。

 

「やあ、待ったかな」

 

 その声にふと顔をあげると、いつの間にかセドリック・ディゴリ―が廊下の向こう側から近づいてきていた。

 何で、と声を上げかけるが、セドリックは僅かに顎をしゃくってオーシャンの後ろを示す。二人の尾行者はまだいる。密会だとでも思わせておけば良い。

 

「少しね。待ちきれなくて、急いで来ちゃったもの」

 そう返せば、セドリックは更に近づいた。オーシャンは壁に追い込まれる。

「……僕も同じ気持ちだったよ」

 

 そう言ってオーシャンの後ろの壁に手を突くと、セドリックの澄んだ瞳がオーシャンを射る。――待って、これは世に聞く『壁ドン』では!?

 

「ディッ、ディゴリ―、待って、ちょっとやりすぎ……――恥ずかしいわ」

 

 あまりの近さに顔を逸らしたオーシャンは、うっかり口から滑り出た言葉を大人の色香に言い換えた。それにしても、密会だと思わせるだけなのに、何故にここまで近づく必要が!?

 

 セドリックはさらりと笑んだ。

「ごめんね、あまりに可愛くて。……最近、そういう反応を見れるの、僕だけの特権じゃ無いかなっ、て思い始めたんだ。――ほら、ヤドリギだよ」

 

 頭上に目を移して指さしたセドリックにつられると、確かに頭上には白い実のついた大きな固まりがあった。

「そ、そうね――」と返そうとしたオーシャンは、あまりに真剣なセドリックの瞳に耐えられずに両手で顔を覆った。

 彼の唇が、音を立てずに手の甲に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから先は、覚えておらず、気付くとオーシャンは『太った婦人』の前にいた。――いつの間に戻ってきたのかしら。

 

 合言葉を言って談話室に入ると、他の誰もいなくなった談話室でいつもの後輩三人組がなにやら賑やかに話し込んでいた。

「どうしたの? 調子がよさそうね」

 

「オーシャン。あの女の方はどうだったの?」

 もちろんアンブリッジの事だ。オーシャンは「上々よ。面白いくらいに釣られてくれたわ」とハーマイオニーの隣に座って、ロンに肩を組まれているハリーを見た。何だか心ここにあらず、といった様子だった。

 

「どうしたの?」

「チョウとキスしたんですって」

 

 彼女のあけすけな様子にハリーは非難の声を出したが顔を赤くしたのは彼だけではなかった。

『キス』の二文字を聞いてオーシャンの脳裏に蘇るものがあった。

 

 薄暗い廊下。近づく瞳。二人の頭上を指さした、『男性』の様に骨の目立つ手。手の甲に残った、柔らかい感触。

 

 すっかり顔を赤くしたオーシャンに、三人が声を揃えた。

「もしかして、セドリック・ディゴリ―と何かあった?」

 

「ぴえ」と喉から変な音を出したオーシャンだったが、そこから先は話をする事も聞く事もできなくなった。

 英語の出来なくなったオーシャンを何とか落ち着かせて寝室に誘ったハーマイオニーが、「good night. sweet dream」と呆れた口調で言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、人の気配でオーシャンは目を覚ました。ベッドの上に身を起こすと、同室の友人達は安らかな寝息を立てていた。

 談話室の方から気配がする。寝間着のまま聞き耳を立てて、友人達を起こさないように素早くドアを潜ると、マクゴナガル先生とハリーとロンが連れ立って寮を出て行く所だった。

 

「ハリー……――マクゴナガル先生、どうなさったんです!?」

 階段を下りるのももどかしく、手すりを乗り越えそのまま談話室に飛び降りて、オーシャンは言った。振り返る先生の顔は厳しい。

 

「ウエノ。あなたには関係の無い事です。早くおやすみなさい」

 先生がきっぱりと言って、三人共が出て行った。オーシャンは呆然と閉まりきった隠し扉を見つめる。

 

「Ms.ウエノ……」

 弱々しい声がしてそちらを振り向くと、ハリーとロンと同室のネビル・ロングボトムだった。一緒にいる二人の男子も同室だろうか。

 

「……あなたたち、どうしたの? いったい、何があったの?」

 息せき切って聞くオーシャンに三人は困惑しつつも、「寝てたら……ハリーが突然叫びだして……」と話し出した。

 

「すごく苦しそうだったんだ」

「あれは酷い病気だよ」

「僕、死んじゃうんじゃないかと思って、マクゴナガル先生を呼んだんだ――酷い夢を見たみたいだったけど……」

 

「夢?」

 ネビルの言った言葉を聞いて、オーシャンは考え込んだ。

 

 ただの不調で医務室に向かうだけだというのならば、ロンまでが一緒に出て行く理由が分からない。やはりその『夢』が関係しているようだ。しかし、同室の者も詳しいことは分からない様で、それ以上聞いても無駄だった。談話室で待っていれば、二人とも帰ってくるであろうか。

 

 ネビル達三人が寝室に引き上げた後も、オーシャンは談話室に残って、彼らが帰ってくるのを待っていた。炎の消えた暖炉の前の椅子に座ってうとうとし始めた頃、隠し扉がおもむろに開いた。

 

「ハ――」

 と声を上げかけて、入ってきたのがマクゴナガル先生だという事に気付くと、急いで隠れ蓑術をかけた。扉を静かに閉めようとして先生は後ろを向いていたのでバレていないはずだが、オーシャンの座る椅子の脇を通り過ぎながら先生はこちらに厳しい視線を向けた。

 

 バレたか、と戦々恐々とするが、先生は何も言わずに寮の階段を上がっていく。

 

 ややあって、先生はフレッド、ジョージ、ジニーの三人を連れて下りてきた。この三人が連れてこられたという事は、やはりハリーの症状はウィーズリーに何らかの関係があるのだ。

 

 そのまま息を殺して四人の後ろを付いていこうとしたオーシャンだったが、またしても見えない力に襟首を捕まれた。

「あなたには関係が無いと言ったはずです。ウエノ」

 

 既視感のある圧力。振り返る先生の顔が、恐怖で見られない。

「眠る場所を選びなさい。安らかなベッドの上で眠れなければ、今、ここで眠らせてあげましょう」

 

 反論は許されず、オーシャンが隠れ蓑術を解いて姿を現すと、マクゴナガル先生はそれを降参と取ってウィーズリーの兄弟達を連れて寮を出て行った。

 オーシャンは踵を返して寝室に戻ったが、覚めた目と脳では一睡も出来なかった。

 

 

 

 

 次の日の朝食時、オーシャンはまたもマクゴナガル先生に呼び出された。

「ウエノ、昨日の深夜ですが……」と話し始めた先生に、オーシャンは食い気味で聞き返した。「ハリーとロンは大丈夫なんですか!?」

 

 その反応でマクゴナガル先生のこめかみに青筋が走る。

 

「――昨日の深夜、2階の廊下で倒れているセドリック・ディゴリ―とドローレス・アンブリッジ先生、それに管理人のフィルチさんが発見されました」

 

 セドリックの名前を聞いて、オーシャンはヒュッと息を飲む。飛んでいた記憶が断片的に蘇る――手の甲の柔らかい感触。平手打ちと共に放った衝撃魔法。壁にもたれて項垂れたセドリック。走り抜け様に、蹴り飛ばした二体の中年。

 

 先生は厳めしい顔で続ける。

「三人を医務室に運ぶ途中、奇妙な物を見つけましてね。壁や廊下に点々と記号の様なものが落書きされてまして、さらに奇妙なことに、ダンブルドア先生が『これは日本語の“ひらがな”だ』とおっしゃいまして」

 

 更に言い逃れの出来ない状況に、続けて息を飲む。まさか、校長が読めたとは。

「――……何をしていたのか、おっしゃってくれるでしょうね、ウエノ?」

 





白ごはん、さばの味噌煮、きんぴらごぼう、ネギと豆腐の味噌汁
(本日ご希望の夕食)


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77話

「ハリー、ここを開けてくれない?」

 

 グリモールドプレイスの『不死鳥の騎士団』本部の中にあるとある部屋の前で、ハーマイオニーはノックをしつつ部屋の中の人物に語りかけた。

 ハリーはいるはずのない人物の来訪に驚き、思わずドアノブに手をかけたものの、その手はそれを開くことをためらっている。

 

「これは、『解錠の呪文』が必要ね」

 ハーマイオニーの隣に立つオーシャンが怪しげに笑って、ドアの向こうの人物に『呪文』をかける。

「今すぐここを開けなければ、クリスマスに貴方が好きな子とロマンチックなキスをした事を、おばさまと貴方の名付け親に言うわよ」

 

 バタン! と音を立てて、『呪文』の効果はてきめんに顕れた。悪戯っぽく笑うオーシャンを、ハリーは不機嫌に睨んでいる。

「ふふ、悩み多き思春期のところ、ごめんなさいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の朝一番で、ダンブルドア校長はハーマイオニーとオーシャンの二人に、何が起こったかを話して聞かせた。

 

 ウィーズリー氏が『騎士団』の任務中に怪我をして、『聖マンゴ魔法疾患障害病院』に入院したと聞いて二人は息を飲んだが、校長の「命に別状は無い」の一言にほっと胸をなで下ろした。

 

 オーシャンはすぐにでも彼らの元へ向かうと言ったのだが、学期が正式に終わるのを待つよう説き伏せられた。マクゴナガル先生にいたっては力尽くでも黙らせるために、オーシャンの前で杖をチラつかせていた。

 

「……まあ、というわけで私達、『夜の騎士バス』に乗って来たの。――みんなに聞いたわ。聖マンゴから帰ってから、あなたが皆を避けているって」

「ハリー、貴方顔色が悪いわ。サンドイッチを食べなさい。おばさまが用意してくれたのよ」

 ハーマイオニーの説明にも、オーシャンの心配の言葉にも、ハリーは素っ気ない返事をした。ハーマイオニーはオーシャンを困った顔で見る。

 

「やっぱり、あんな『呪文』なんて使うから、ハリー、臍を曲げちゃったじゃない」

 聞き捨てならないその言葉に、ハリーが振り向いた。

 

「誰が臍なんて曲げるもんか! オーシャンみたいな事言わないでよ、ハーマイオニー!」

 ハリーの怒声にオーシャンが「あら」と声を上げると、ハリーはぷいとそっぽを向いた。

 

「そりゃあ――人が真剣に悩んでる所に、あんなふざけた事言われたら、面白い奴はいないだろう?」

「でも、貴方は出てきたじゃない」

 にっこりと笑顔で返したオーシャンだったが、ハリーは尚も不機嫌な顔を崩さない。

 

「僕、誰とも会いたくなかった」

「そうなの――でも、拗ねるのも悲劇のヒロインを気取るのも、いい加減やめなさい」

 言い放ったオーシャンにつかみかかる勢いで、ハリーは立ち上がった。

 

「君に僕の気持ちなんて、分からないだろう!?」

「ハリー、あなたが『伸び耳』で聞いたこと、私達も教えて貰ったわ」ハーマイオニーが腰を上げながら言い添える。「私達、『あなたと』話しに来たのよ」

 

 ハリーが『伸び耳』で聞いた情報――ヴォルデモートがハリーに取り憑いているかもしれないという、『騎士団』メンバー達の疑念。

 ハリーが見たという、彼自身が蛇になってウィーズリー氏を襲ったという夢は、果たして本当に『夢』だったのか。

 ヴォルデモートに取り憑かれ、操られた彼のしでかした罪ではないのかを、『騎士団』メンバーの大人達はこぞって疑っていた。

 

 彼らの疑いを盗み聞いたからこそ、ハリーは自分自身の中に潜んでいるかもしれない恐怖を、どうすればいいか分からないでいる。

 

 ハーマイオニー、ロン、オーシャンの三人が何を言っても聞く耳を持とうとしなかったハリーだったが、ジニーの一言が状況を一変させた。

「あら、『例のあの人』に取り憑かれた人って私以外にいないはずよ」

 

 オーシャンの脳裏にも蘇る、『リドルの日記』。ヴォルデモートの記憶が、ジニーの体を乗っ取り操っていた、あの邪悪な顔。

 

 誰もが虚を突かれた様で、続く言葉がなかなか出ない。ジニーはハリーに、ツンとすまして言ってみせる。

「私だったら、『あの人』に乗っ取られるのがどんな感じか、教えてあげられるわ。あなたがそうなのか、そうじゃないのかもね」

 

 ジニーの身をもった体験がハリーを動かした。

 彼女の『記憶に期間的な空白があるか』、『自分のしたことを全て思い出せるか』という質問に、ハリーは素直に答えて、彼女から『ヴォルデモートは取り憑いていない』という太鼓判を捺して貰った。

 

 彼女の回答を受けて、ようやくハリーはサンドイッチに手を伸ばす。

 悩んでいる期間中もろくに食べてなかったのだろう。きっと久方ぶりに体の感覚を思い出した心地に違いない。

 

 ドアの向こうで、シリウスが陽気に歌っている声が聞こえる。部屋の中の空気が代わって、ハーマイオニーが口を開いた。

「……あと、私にはもう一つ、確認したいことがあるんだけど」

 

 ハリーやロンが、真面目くさった顔で彼女を向く。

 しかし彼女は、「ねえ、オーシャン」と言ってこちらを向いた。オーシャンは 虚を突かれて、呆けた顔をする。

「私? 何かしら?」

「セドリック・ディゴリ―とキスしたの?」

 

「えっっ!!??」

 ハーマイオニーの質問にその場にいた全員が声を上げ、オーシャンの顔は途端に真っ赤になった。なんで今、その話題なのよ! それに、してないし……『私』は!

 

「違っ――そ……私は別にそんな……あ、あれはあの子が勝手に……!」

「したんだ!」

 オーシャンの狼狽ぶりに、ジニーが声を上げる。双子の兄達がオーシャンに詰め寄った。

 

「されたのか!?」「あいつ……無理矢理なんて男の風上にも――」

「や、違うわよそんな――無理矢理にだなんて……」

「どういう事だ!? 同意の上で!?」

「嘘だろ、聞いてないぞ!」

 

「はい、落ち着いて落ち着いてー。また天井を落とすつもり?」

 耳まで赤くなったオーシャンといきり立つ双子の間に立って、両者を引き離しながらハーマイオニーが言う。いつの間にかオーシャンの隣に来て肩を抱いたジニーが、「はい、吸ってー吐いてー」と深呼吸を促した。

 大丈夫、まだ言葉は通じている。ひっひっふう、ひっひっふう。

 

 双子の兄達を牽制しつつ、オーシャンが落ち着きつつあるのを見計らって、ジニーが質問を重ねる。

「いつしたの?」

 

「してないったら! ――この間のDAの時、私は2階の廊下でアンブリッジとフィルチを惹きつけてたのよ。そして、そろそろ帰ろうかなって思ったら……」

 暗がりに現れたあの姿が蘇る。――『やあ、待ったかな』

 

「――ディゴリ―が来たのよ。……それで、あの、アンブリッジとフィルチが後ろを尾けてきてたから……あの、怪しまれると思って、逢瀬のフリをして、それで――」

 ヤドリギの下の『壁ドン』。そして――。

 

 恥ずかしすぎてみんなの顔が見れない。両腕で赤くなっている顔をみんなの視線から防ぎながら、やっとオーシャンは口にする。

「――て、てのっ、こう、に……された……」

 

 時が止まった様だった。永遠に続くかと思われた静寂を、ロンの一言が破る。

「……それだけ?」

 

 ロンの拍子抜けという様な一言に、オーシャンが立ち上がり、憤慨する。

「『それだけ』とは何よ『それだけ』とは! だっ、大体、口づけっていうのは思いが通じ合ってる者同士がする、あ、愛情表現なわけで、私はあの子とあ、あいしあってなんて……!」

 

 興奮していると、またジニーに座らされた。促される呼吸。ひっひっふうー、ひっひっふうー。

 呼吸に集中しなければいけないというのに、またあの時の感覚が蘇って来る。耳を掠める、逞しい腕の気配。月のきらめきを返す瞳。

 

 ハーマイオニーの声がする。

「まぁ、愛し合ってはいなくても、あなたはセドリックの『大切な人』ではあるからねぇ」

 続いて何やら喚いてる双子の声。

 

 オーシャンの頭がどうにかなりそうな中、ノックの音が聞こえて、シリウス・ブラックとリーマス・ルーピンが現れた。「随分と賑やかにしているが――」

 

 言いかけたシリウスの言葉は、ルーピンの姿を認めたオーシャンの声にかき消された。

「せっ、先生ぃぃ!? ちっ、違うのよ、コレは誤解で、あわあうあわあ」

 

 オーシャンが耳まで真っ赤になりながら泣いて床に転がったので、ハーマイオニーとジニーはどう手をつけたものだか頭を抱えていた。きょとん、と理解が追いつかない顔をしているのは、ルーピンだけだ。

 シリウスが「今度の発作は酷いな」と笑いながら言ってハリーと目を合わせる。彼は肩をただ竦めた。

 

 次の瞬間、ハリーのベッドがぺしゃんこに潰れた。

 





すいません、前回今回と甘い展開で!!
私の中のセドリック(幻覚)が主張するんです!泣



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78話

「……ありがとう、ハーマイオニー。もう大丈夫よ……」

『聖マンゴ魔法疾患障害病院』の入り口となる寂れたショーウインドウを通り抜けて、オーシャンは自分を支えるハーマイオニーに言った。

 

 長かった……本当に長かった……。魔法で拡張されていたとはいえ、車の後部座席で偶然ルーピンの隣に押し込まれたオーシャンは、緊張でどうにかなりそうだった。

 道路は混雑せず、スムーズに目的地に到着したはずだったが、オーシャンにとって、車内は永遠に続く甘酸っぱい拷問の様であった。

 

 

 

 

 

 

 ウィーズリー家と、ハリー、ハーマイオニー、オーシャンは、マッド-アイ・ムーディとルーピンを護衛に、『聖マンゴ魔法疾患障害病院』に入院するウィーズリー氏の見舞いに来ていた。

 

 ウィーズリーの一家とハリーは、氏が入院した日に一度見舞っている。ホグワーツから駆けつけたハーマイオニーとオーシャンは、今日が初めてのお見舞いという訳だ。

 

 慣れた調子で歩みを進めるウィーズリー夫人についていくと、大部屋の窓際で、なかなか快適そうな様子のウィーズリー氏を見つけた。

「やあ、みんな。来てくれたんだね。メリークリスマス。ハーマイオニーとオーシャンもよく来たね。ありがとう」

 

 新聞を片手にあっけらかんとした様子の氏に、オーシャンは拍子抜けする。てっきり命の危機を脱したとはいえ、人前に出るのも憚られる状態だと思っていた。

 

「思いのほか、元気そうな顔をしていてよかったわ……もっと酷いのを想像していたから……」

「ははは、包帯男になってるとでも思ったかい?」

 

 安堵したオーシャンの言葉におじさんは笑って、おばさんは「あなた、お加減はいかがです?」とベッド脇の椅子に腰掛けた。

 

 そのまま和やかな時間が続くかと思われたが、会話の途中でウィーズリーおじさんが口を滑らせ、、非魔法族の医療技術である『縫合』を実験してみた、と言ったものだから、伴侶の雷が落ちてしまった。

 

 怪しい雲行きを察知したルーピン、ビルを見習って子供達が部屋を出て行くと、彼らの後ろ姿を雷の残滓が追いかけて来る。

「あなた一体どういうおつもりですかっ!?」

 

 フレッドとジョージが、命からがら、という風におどけてみせた。

「ふぅ~、おっかない、おっかない」

「親父も馬鹿だよな。黙っときゃいいものを」

 

 しばらく小言は続くだろうし、何か飲みに行こうぜ、とジョージが言った。オーシャンは未だ室内に残るルーピンに、後ろ髪引かれる思いである。

 

 ルーピンは別のベッドでウィーズリー家を羨ましそうに見ていた孤独な狼男と、和やかな様子で話し込んでいた。同胞を元気づけようとする彼の横顔に、オーシャンの胸がきゅんと痛む。

 

「行きましょう。喫茶室は六階よ」

 ハーマイオニーがそう言って、歩き始めた。ハリー、ロン、ジニーもそれについていき、尚もその場に足を留めているオーシャンを、フレッドとジョージが腕を引っ張り、背中を押して歩く。

 

 ハリーが「ここは確か、五階だったから、もう一階上だ」と階段を上ろうとした時、ふいに足を止めた。

 みんなが不思議に思って彼の見ている方角を見ると、そこにあるドアに嵌まっている窓ガラスに、見知った顔が鼻を押しつけてこちらを覗いている。

 

 「まあ!」とハーマイオニーはあんぐりと口を開け、フレッドとジョージ、オーシャンの三人は苦虫を口の中ですりつぶした様な顔をした。

「ロックハート先生!」

 

 ハーマイオニーの声で、数々の良くない思い出がオーシャンの脳裏を駆け抜けていく。サイン会、写真、ぺしゃんこの腕、何の役にも立たないロックハート劇場。

 

 ロックハートがドアを押し開けてこちらに来ると、開口一番、「では、サインは何枚必要かね?」と言った。オーシャンが手のひらをスッと前に出して応じる。「いえ、私達、とても急いでますので」

 

「一ダースはいるでしょう? お友達にも配るのに必要だもの。ちょっと待ってて……」

 こちらの話を聞かない所など、相変わらず質が悪い。しかし、コイツが記憶を無くした夜には、ここまで自己主張が激しくなかった様な気がするが。

 

 その時、一人の優しそうな『治癒師』が彼を見つけて声をかけた。

「ギルデロイ、こんな所にいたの? 探したのよ」

 

 ロックハートはその治癒師を振り返り、物心つかない子供が母親にする様な笑顔を見せた。「サインをしてたんだ!」

 

 ハリーやオーシャンの姿を認めると、治癒師は嬉しそうな表情を見せた。

「まぁまぁまぁ! あなたにお客さんなの!? しかもクリスマスの日に! よかったわね、ギルデロイ」

 

 そうしてハリー達を向いて、「ありがとう、どうぞゆっくりしていって。今この子の部屋でお茶を淹れますね」と言った。

「でも、私達――」

「この子は二、三年前までとても有名だったのよ。でも誰もお見舞いに来なくって……可哀想で……」

 

 オーシャンがしようとした反論は、治癒師の潤んだ瞳に消えていく。その純粋な優しさと厚意に、反対を言い出せる勇気のある者はいなかった。

「……じゃあ、少しだけ……」

 

 

 

 ロックハート達の住む病棟にハリー達を案内しながら、治癒師はここは『隔離病棟』だと説明した。彼らの通ってきたドアには、他の病棟とこの病棟を隔てる鍵が備え付けられていた。

 

「この子が危険だというわけじゃあないんですよ! 記憶が戻りかけているとはいえ、訳も分からずに病院内をふらついて迷子になられたりでもしたら大変なの」

 

「彼の記憶は戻りかけているの?」

 

「ええ。癒者達はみんな、サインをしたがるのはその兆しではないかと考えているわ」

 オーシャンの質問に、治癒師はにっこりと人の良さそうな笑顔を浮かべた。ハーマイオニー以外の皆が、ちょっと嫌そうな顔を浮かべた。

 

「そうそう、クリスマスプレゼントを配らないとね。ギルデロイ、みんなとお話してるのよ」

 あまり上等ではなさそうなお茶を客人に配り終えた治癒師は、そう言って病室を出て行った。

 

 当のギルデロイは彼女の言葉に返事をせずに、ベッド傍の小机で夢中になってサインを書き始めた。羽根ペンがぎこちない動きで、文字を覚えたての子供の様なそれを書き連ねていく。

 

 壁にベタベタと貼られている、ギルデロイの胡散臭くない笑顔の写真がおなじみの白い歯を見せていて、オーシャンは少し気分が悪くなった。

 

 先ほどの治癒師が戻ってきて、患者達の名前を呼んで一人ひとりに声をかけながら、それぞれの家族や友人から届いたクリスマスプレゼントを配り始めた。その様子を見ていたオーシャンは、ふいにギルデロイから声をかけられて振り向いた。

 

「君にもサインを書いてあげる!」

 ギルデロイの、キラキラとした瞳がこちらを見ている。……どうしよう。今の彼に罪は無いというのに、ああ、とても気分が悪い。

 

「……ありがとう。私、日本人だから、サインは『漢字で』お願いするわね」

 

 こんな言葉を、いつかにも言った様な気がする。その言葉を聞いたギルデロイの目は見開き、手がぶるぶると震えだし、額には脂汗が浮かび、走らせていたペン先が凄い音を立てて折れた。

 限界まで見開かれていた瞳は、折れたペン先を見て眼球が零れ落ちそうなまでになる。

 

「――あ、ああ……ああ……ああああ!! 頭が、頭が痛い!! 怖い……怖いよう!!」

 

 突然のギルデロイの豹変ぶりにみんながびっくりして、目を丸くしている。治癒師が、患者達のクリスマスプレゼントの乗ったカートをかなぐり捨てて駆けつけた。

 

「ギルデロイ、どうしたの!? 頭が痛むの!?」

 

 患者の容態の急変にハリー達に出したお茶もひっくり返す勢いで、治癒師はベッドの上で頭を抱え込むギルデロイの肩を抱く。ギルデロイは苦しそうな声を上げる。

 

「頭が……頭が痛いよう。割れちゃうよ。――怖い……怖いよ……あの子、怖いよ……ママぁ、ママぁ!!」

 

 混乱しながらもギルデロイが指さしたオーシャンをキッと睨んだ治癒師は「出て行って下さい! さあ早く!」と彼女を追い出そうとする。

 

 ギルデロイは「痛い、痛い……怖い、怖い……」と丸くなってぶるぶる震えている。治癒師は金切り声で彼を落ち着かせようとしながら、「出て行きなさい!」とオーシャンを怒鳴りつける。彼女一人を出て行かせるはずもなく、ハリーやウィーズリーの兄弟達も腰を浮かせた。

 

 治癒師に責め立てられて病室を出ようとした一行だが、あまりの騒がしさに入り口近くのベッドを区切るカーテンがそっと開かれて、そこからよく見た顔が覗いた。

 

「ネビル?」

 ハリーが彼と目が合って名前を呼ぶと、ネビル・ロングボトムはビクリと肩を震わせた。

 

「ネビルや、どうしたのです」

 言って彼の後ろから姿を現した老女は、ハリーの姿を認めてネビルに「お友達かえ?」と聞いた。

 

 治癒師はまだ厳しい視線を向けていたが、患者家族と客人との会話を邪魔しようとする様子は無い。

 しかし治癒師の刺す様な視線がいたたまれず、足を止めたハリー達を見るオーシャンの背中をフレッドとジョージが押し出して、三人は病室を後にした。

 

「ふぅ、もう少しで殺される所だったぜ……。オーシャン、お前もうちょっと危機感持てよな」

「あれはいつ呪文が飛んできてもおかしくなかったな」

 病室に背を向けて、やれやれといった調子の双子の言葉を聞かず、オーシャンは病室を振り返って言った。

 

「……何で、ロングボトムがいたのかしら? 誰かのお見舞い?」

「さぁな。さて、今度こそ何か飲みに行こうぜ」

 

 フレッドの言葉に、オーシャンは少し迷いを見せたが、頭を切り替えて首肯する。「そうね、おじさま達もまだ終わっていないでしょうし」

 そしてギルデロイ・ロックハートの泣き声をBGMに、三人は喫茶室に向けて歩き出した。 

 

 



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79話

 グリモールドプレイスでの日々は、あっという間に過ぎていった。

 

 休暇の終わりが近づくにつれてシリウスは不機嫌になっていったし、オーシャンも彼の気分に引き込まれて行く様に憂鬱になっていった。決して、ルーピン先生と離れるのが辛い訳では、決して、無い。

 

 ウィーズリー氏の容態についてをロンやハリーと話す事は間々あったが、オーシャンは、あの隔離病棟で出会ったネビル・ロングボトムの事については特に触れなかった。

 

 何故彼があの場所にいたのかは確かに気になったが、あそこにいたと言うことは、彼も同じく誰かを見舞いに来たのだろう。そしてそれが誰かという事を本人以外に聞くのは、日本人としてというより人として、あまり褒められたことではない事だろう。ハリー達もその話題に触れないよう努めている様な気がするし、彼らの気持ちをオーシャンは尊重する事にした。

 

 屋敷の中では、時々屋敷しもべ妖精のクリーチャーを見かけるようになった。

 今回到着した日に顔を見せなかったので、今年は屋敷しもべ妖精の待遇改善に力を注いでいるハーマイオニーが心配そうな顔をしていたのを、オーシャンは覚えている。

 

 夏にオーシャンが顔を合わせたクリーチャーは、纏った陰気さを常に空気に染み出している顔をしていて、独り言も酷かった。

 ところが最近顔を見せるクリーチャーは鼻歌こそ歌いはしないものの、明らかに機嫌が良い様に見える。

 

「そうか? いつもと同じじゃないか」

 そう聞けば、自宅の屋敷しもべ妖精の機微になど全く関心が無いブラックにそう返された。全く、こういう所――使用人を道具か何かとしか見ていない発言をする所だけは、実に純血貴族らしい。

 

「明らかに夏とは様子が違うわよ。引きこもりが長くてすっかり耄碌しちゃったの? 貴方の様な図体ばかりの大男の介護を先生に任せるなんて、私、絶対に嫌よ」

 

「何でそこまで言われなくちゃならないんだよ……。君は何でそんなにアイツが気になるんだ?」

 渋い顔をしてクリスマスの飾り付けを壁から剥がしながら、ブラックが言った。

 

「足取りが軽いのよ、見違えるくらいにね。独り言も明らかに少ないわ」

「そんなの単に、調子がいいだけだろう」

 

 明らかに適当な返事をしているだけの家主に、何を言ってもダメだとオーシャンが悟って階段を下りると、一階の階段脇で隠れるようにしていたハリーが「やっぱり、そう思う?」と聞いた。

 

「あら、盗み聞きとは感心しないわね」

 オーシャンは悪戯っぽくくすりと笑ったが、ハリーは尚も真剣な様子を見せた。

 

「僕も、クリーチャーが何だか変に感じる。あんなクリーチャー、今まで見たことが無いよ」

「貴方も? やっぱりそうよね」

 

 何かあったのかしら、と問うと、ハリーは彼が抱いている疑念を教えてくれた。

 

 ハリーとウィーズリーの子供達が到着した夜に、厨房ををうろつくクリーチャーにブラックが業を煮やして、「厨房から出て行け」と怒鳴りつけてから、しばらくクリーチャーは顔を見せなかったらしい。

 ハリーはその時、クリーチャーが厨房だけではなく、この屋敷自体から出て行ってしまったのではないかと疑っていた。

 

 三年前、ホグワーツを襲う危険を警告しにハリーの前に現れたドビーという屋敷しもべ妖精は、当時の主であるマルフォイ一家の屋敷を出て度々ハリーを訪れてくれた――屋敷しもべ妖精が解雇の証であると認識している衣類を与えられずとも、主の屋敷を離れるのは決してありえない事では無いのだ。

 

 オーシャンが思案げに言った。「もしその時本当にこの屋敷を離れたのだとしたら、どこかに行ったという事かしら? それであんなに機嫌が良いの?」

 

「だとしたら、何でわざわざ戻ってきたんだろう……クリーチャーはシリウスの事を嫌ってるし、ここに戻ってくる必要なんて無いのに」

 

 ハリーの疑問にオーシャンは首を振る。もっとも、説得力としては弱いかもしれないが、それでも理由なんて人それぞれだ。

 

「全く無い、とは言い切れないかもしれないわね。ここには、ブラックの亡き家族の思い出の品が山ほどあるもの……」

 

 それでもやはり納得しきれず、二人でうーん、と頭を捻る。

 彼が本当に一度屋敷を出たのかも、どこに行っていたのかも、何故帰ってきたのかも、現時点では彼自身に確認するしか知る術は無い。しかし、聞いたところで正直に答えが返ってくるとも思えない。結局それについて二人が話すのは、その時が最後になってしまった。

 

 ハリーが、それどころではなくなってしまったのである。

 

「スネイプの個人授業!? うへぇ、耐えられないぜ!」

 

 夕食の後、部屋の中がハリー、ロン、ハーマイオニー、オーシャンの四人だけになったタイミングで、ハリーは今日告げられたそれをこっそりと話した。本当は誰にも話してはならないと、スネイプ先生から厳命があったのだ。ロンは天を仰いだ。

 

 ハーマイオニーが、ほっと安心した調子でいった。

「でもこれであなたがヴォルデモートの夢を見なくなるのなら、やる甲斐はあるというものだわ」

 ハリーは不安そうな顔をしている。その顔を見ながらオーシャンは、今年は『破魔の札』を量産しておくか、と考えた。

 

 

 

 

 

 

 次の日は『夜の騎士バス』に乗って、ホグワーツへの帰路を辿った。護衛となって生徒達を送り届けるのは、ルーピン先生とトンクスの二人だった。トンクスは、今日は灰色の髪の貴族風に『変化』している。

 

 屋敷の中でみんなを見送る際、ブラックはハリーを脇に呼んで何かを渡していた。

「あら、私には何も無いの?」

 

 オーシャンが、息子との別れを惜しんでいる『犬』をからかう調子で声をかけると、ブラックは羽虫でも追い払う様な仕草で彼女を送り出した。「いいから、早く行け」

 

『夜の騎士バス』に乗り込む時、再会したハリーに興奮した様子の車掌のスタン・シャンパイクを、あまり声高にその名を口にするな、とトンクスが脅かして黙らせていた。随分警戒しているんだな、と横目に見て、オーシャンは三階建てバスを上がっていく。

 

「フレッドとジョージ、ジニー……それからあなたもあそこに座って。リーマス、よろしくね」

 

 トンクスはオーシャンの背中を軽く小突いて、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と共に三回まで上がっていく。振り返ると彼女がこちらに向かってウインクしていた。

 

 きっとトンクスは、オーシャンの気持ちを知っている。

 今やトンクスどころか、『騎士団』本部に入りびたる連中でオーシャンのこの気持ちを知らないのは、先生本人だけではないかと思われた。

 

 それでも彼女は、先生と名前を呼び合う程の仲の女性であるのは間違いない。夏にハリーを迎えに行くときに、他の仲間達と少し離れて二人が言葉を交わしていた時の、あの雰囲気をオーシャンは未だに忘れていなかった。

 

 あのウインクは、目的地に到着するまでの短い時間を、せいぜい楽しめ、という事だろうか。敵から送られてきた塩の様で、少し、気持ちが悪い。素直には喜べない。

 

「ウミ、どうしたんだい」

 いつまでも棒立ちをしていると、ルーピンに声をかけられた。ジニーの隣に腰を下ろすと、彼女が耳打ちした。

「もう。早くルーピンの隣に座らないから」

 

 ルーピンの隣にはフレッドが座っており、その反対隣をジョージが陣取っている。ルーピンの「学校はどうだい?」の問いかけに、二人はうんざりとした顔で、ホグワーツ生として受けられる残り時間あと僅かの学業の事を話し、嬉々とした顔で自分たちの将来である『悪戯専門店』の計画を話した。

 

「去年の三校対抗試合はどうだった? ……まあ、好ましくない出来事は確かにあった訳だが、それでも他の色々な競技を観戦できたり、他の学校の生徒が来たりしただろう? 友達にはなれたかい?」

 

「あー……」「いや、全然」

 

 微かに上を見上げて誰のことを思い出したのだろうか、フレッドがジト目をこちらに向ける。ルーピンを挟んで兄弟の様子を見たジョージは、すました顔で言いながら椅子に座り直した。

 

「ま、誰かさんは代表選手とだいぶ仲良くやってましたけど?」

 

 バスはすごい音を出して、場所から場所へと飛んでいく。揺れが収まると、ルーピンが聞いた。

「代表って、どこの学校の?」

 

「我らがホグワーツの」

 会話を広げるためにルーピンがした質問はしかし、どんどん双子の機嫌を悪くしていた様だ。それだけ言って双子はむっつりと黙りこくってしまったが、

 

「ホグワーツの代表選手って……ああ、セドリックの事か!」

 

 謎を解いた先生の声に、オーシャンは飲み込み損ねた自分の唾でむせかえった。

 

 さすがホグワーツで教鞭を執っていただけの事はある。すぐに出てきた個人名に、「よく覚えてるなぁ」と双子は目を丸くした。先生は微笑んで「あの時の新聞は、シリウスと何回も読み返したよ」と言った。

 

「私が教えてた当時、彼はハッフルパフの監督生だったろう? 授業でも優秀だったし、写真を見て段々と思い出してきたんだよ」

 

 オーシャンが未だに背中をジニーにさすってもらっているのに気付かない先生は、嬉しそうに続けた。

「へえ、彼と仲良くなったのか。友達が増えてよかったね、ウミ」

 

 そう言ってやっとオーシャンを振り向く。恥ずかしいやら止めてほしいやら苦しいやらで、もはやジニーの膝に顔を埋めている彼女にルーピンは言った。

 

「……大丈夫かい?」

 



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80話

 みんなと一緒にホグワーツに帰ってきたオーシャンは、やはり『破魔の札』を量産する事に取りかかった。授業中や休み時間に鼻歌を歌いながら札に呪文を書き付ける彼女に、フレッドやジョージ、はたまたその悪友のリーまでもが、奇妙な視線を向けている。

 

「おい、ここ最近、変じゃないか? 何か悪いものでも食べたのか?」

 昼食の時に、勇気を振り絞ってベタベタな事を聞くジョージへの返答も、どこか浮ついた調子だ。

 

「どうしたの、ジョージ。朝も昼も、みんな同じ様なものを食べてるじゃない。不思議な人ね」

 

 返答に添えられたどこぞの貴婦人めいた笑みを見て、気味が悪い、という顔でぞっとする様子を見せたジョージとは対照的に、オーシャンが常に嬉しそうにしているのが、何故かアンジェリーナは我が事のように幸せならしい。

 

「ああ、今日は一段と輝いているわね、オーシャン! 私、その輝きをずっと守っていきたいと本当に思うわ!」

 

 そしてそんなやりとりをしていたら、かなりの確率でセドリックが混じってくる事も、もはや日常と化していた。

「奇遇だね、僕も同じ気持ちだよ」 

 

 アンジェリーナの斜め後ろに立った彼を、彼女は振り向きざまに裏拳で制しようとしたが、彼は難なくそれをよけた。まるでその体の柔らかさはジャパニーズ・こんにゃくの様で、フレッド、ジョージ、リーの彼を見る目が、珍獣でも見る様なそれに変わる。

 

「それ、止めた方が良くないか。ファンが減るぞ……」

 リーの言葉にセドリックはケロッとしている。「それ、寮の友達にも言われたよ」

 

 そんな彼らのやりとりはほとんどオーシャンの耳に入っていなかった。

 今、彼女の耳で再生されるのは、先日の別れ際にルーピン先生がかけてくれた言葉だけだ。

 

 

 

『みんなを、よろしく頼むよ。……でもあまり、無茶なことをしてはダメだよ』

 

 

 

 握手と一緒に貰ったその言葉を思い出すだけで、体中から力が溢れ、何でも出来る気になってくる。

 でも、無茶はするなと言われたから、ハリーを『夢』から守る名目で作っているこの札は、一日のノルマを十枚だけにすると決めた。今だったら、百枚でも千枚でも作れそうな気はするが。

 

「……無茶するな、って……言われちゃしょうがないわよね……」

 呟いて嬉しそうに頬を染めるオーシャンを、アンジェリーナとセドリックは幸せそうに見ていた。

 

 

 

 昼食中賑やかにしている上級生達と、彼らが取り巻きながらも集中を乱す事無く『札』作りを続けているオーシャンを見ながら、ハーマイオニーは『グリモールドプレイス』に向かった日の事を思い出していた。

 

 

 クリスマスの一件の後オーシャンがセドリックと話したのは、休暇に入りみんながホグワーツ特急で帰宅しようとしていた時だった。

 二人で旅立とうとした時に、マクゴナガル先生に呼び止められ、「ウエノ、ディゴリーにきちんと詫びておきなさい!」と厳しく言われたオーシャンは、珍しく「失礼しちゃうわ!」とぷりぷりした。

 

「謝るつもりが無いわけ無いでしょう!? た、ただ、タイミングが悪かっただけであって……直前になると、あの、その――足が止まったからって、ここまで延ばし延ばしになった訳じゃないのよ! 決して!」

 玄関ホールに向かいながら早口にそう言っているのは、言い訳と受け取って良いのだろうか。

 

 生徒達で混み合っているホームで彼を見つけて、いつもの調子を取り繕った彼女が「あの時はごめんなさい、痛かったでしょう」とだけ謝ると、彼は顔を明るくして言った。

 

「僕こそ、ごめん。君があんなに恥ずかしがるなんて思わなくて……。それに、嫌われた訳じゃなくて安心したよ」

 

 しかし、その答えでは彼女は満足しなかったらしい。当たり前だ。過失とはいえ、彼はドラゴンさえ仰け反らせる彼女の衝撃魔法をもろに食らったのである。

 

「いいのよ、無理しないで。むしろ責めてくれた方が安心するわ」

 そう言い返した彼女が、否定の意味を込めて顔の横で手を小さく振ると、セドリックは柔らかい仕草でその手をとった。

 

「本当の所を言うとね……あの魔法で僕は、君と出会った時の衝撃を思い出したよ」

 

 セドリックと出会った時――二年前の夜に、スネイプ先生に文字通り放り出されたオーシャンの石頭が、偶然そこに寝ていたセドリックの鼻っ柱を打って、図らずも出会ったあの時。

 

 その言葉を受けてオーシャンが何を思ったのかハーマイオニーには知るよしも無いが、彼女が言葉を失って口をパクパクさせていたので二人に割って入った。こんな所でパニックになられては、迷惑この上ない。

 

「はいはい。もう行きましょう、オーシャン。セドリックもいい休暇をね」

「ああ、そうだね。いい休暇を」

 

 最後に親指の腹で愛しさを込めてひと撫でして、彼はオーシャンの左手を解放した。

 

 感触に驚いたのか引っ込めた手を掻き抱き、彼女が顔を赤くし目を白黒させている内に、セドリックはこちらに手を振って、友人達と一緒にホグワーツ特急に乗り込んでいった。

 

『夜の騎士バス』に揺られながらハーマイオニーは、「セドリックって大物ね」と、茫然自失状態のオーシャンの隣で呟いたものだ。

 

 学校に帰ってからどうなる事かと案じたが、総じていつも通りのようでハーマイオニーはほっと胸をなで下ろしていた。

 

 オーシャンはルーピンと何を話したのか、最近まれに見る程機嫌がいいし、そんな彼女をセドリックが幸せそうな顔で見守っているのも意外だった。休暇が明けた途端、彼がこれまで以上の猛アタックを開始するものだとてっきり思い込んでいたからだ。

 

 オーシャンの姿を映す彼の慈愛に溢れた瞳を遠目に見ながら、彼女は「愛だわねぇ……」としみじみ呟いてジュースを飲んだ。

 

 *

 

 休暇が明けてから、ハリーは度々夕方に談話室から姿を消す様になった。きっと話に聞いた、スネイプ先生の個人授業に違いない。

 

 オーシャンは母の、「昔よく、セクハラしてくるプロデューサーの接待しなきゃいけない時に使ってたから、『閉心術』だけは上手なのよね」という母の言を思い出した。

 

 セクハラプロデューサーがヴォルデモートと同列に語られているという事実が、じわじわくる。

 

 オーシャンは日々出来上がる『破魔の札』を全て、ハリーに渡していた。ハリーもロンも、「これがあれば『閉心術』なんて無くてもいいじゃないか」と軽口を叩いた。

 

 実際、ハリーが眠る前に枕の下に入れた『札』が翌朝塵となって出てきた事が、今までに二回ほどあった。その効力を発揮しているのが必ずしもヴォルデモートの夢なのかは分からないが、少なくとも狙い通りの効果は出ている訳だ。

 

「だからと言って、今考え得るできる限りの防衛策を怠ろうというのは、見過ごせないわね」

 

『札』が完全に効果を発揮したのはその二回だけで、あとは端が焼け焦げたり、破れたりした状態で見つかっている。『夢』は確実に、毎晩の様にハリーの元を訪れているのだ。実際にハリーは、『札』がある前よりはぼんやりとして断片的ではあるものの、印象の強いその夢を確かに見ているらしい。

 

「これはお守り程度の効果しかないの。頑張って、自分の身は自分で守りなさい。あなたはDAのリーダーだもの。そのくらい、お茶の子さいさいでしょう?」

 

 今日の分の『札』を渡しながらそう言うと、ハリーは明らかに不満げな顔つきをした。珍しく、びっくりする程可愛げが無い。

「君も毎週、スネイプと二人きりで授業してみればいいんだ。そうすればわかるから」

 

「あら、しなくてもわかるわ。あの人、貴方とは違う意味で私の事嫌ってるもの」

「あいつは自分の寮の生徒以外、みんな嫌いなんだ」

 

「そういう事じゃ無くて――なんか、根本的に馬が合わないみたいね」 

 本格的に合わないのは、二年前の暮れからだが。

 

 *

 

 ハリーが日々の授業と宿題と『閉心術』に追われて、『DA』で今となっては数少ない楽しみの時間を過ごし、気付いたときにはアンジェリーナの指揮の下、新生グリフィンドールチームが日々練習に明け暮れていた。クィディッチが禁止されてから、フレッドとジョージは『新商品』の開発に余念が無い。

 

 みんながそれぞれ忙しく過ごしている間に一月が過ぎて、二月の十三日の事だった。

 

「ねぇ、オーシャン」

 次の授業に向かおうとしていたとき、珍しくもハーマイオニーに呼び止められた。一緒にいたアンジェリーナ、フレッド、ジョージに「先に行ってて」と促して、足を止める。

 

「なぁに?」

「明日、セドリックを連れて『三本の箒』に来られないかしら?」

 

 二月の十四日が次のホグズミード行きとして掲示されて、連日のなんとか尋問官のなんとか令に疲弊していた生徒達は、久しぶりに明るい顔を見せていた。

 

 それはオーシャンも例外では無く、ほんの少しでもアンブリッジから解放されるならと、喜んでその時間を楽しもうとしていた。

 だからって……。

「……何で私……?」

 

 思いがけずハーマイオニーの口から聞いた名前に、思わず眉が寄る。

 いや、わかる。目的は分からずとも、この人選の意図は分かるのだ。だが……。

 

「だって、あなたが呼んだらセドリックは必ず来てくれるでしょう?」

 ほら。可愛い悪戯顔をするハーマイオニーに、顔を寄せる。

 

「貴女、いつからそんな性悪女みたいな事をするようになったのよ? 餌で釣っておびき寄せる様な真似……」

 

「ふぅん……。じゃ、オーシャンは自分がセドリックの『餌』だって分かってる訳ね」

 

「んなっ……」

 したり顔のカウンターに顔を赤くした上級生を見て、ハーマイオニーは可愛くにんまり笑った。踵を返して足取り軽く、「じゃ、よろしくね~」と手を振りながら去って行く。

 

 オーシャンはその後ろ姿を見送りながら、嘆息した。易々と男を手の内で転がそうとするなんて、一体誰に似たのやら。

 

 

 

 

 夕食時。頼み事をするのだからとこちらからハッフルパフのテーブルに赴くと、セドリックは友人達と和気藹々話しながら、夕食のパイを頬張っていた。

 

「こんばんは、ディゴリー」

「わっ、うっ、ウエノ!?」

 

 いつも彼がする様に、肩口のあたりに立って話しかける。彼は声に驚いて一瞬振り返るも、口の中のものを水で流し込んで落ち着くと、隣の友達を鏡にして、口の周りに何もついていない事をチェックしてもらった。

 

「ど、どうしたんだい? 珍しいね」

 入念な準備をして、顔を赤らめてこちらを向いて座り直した彼の頬には、友人の悪戯かパイのソースがくっついている。案の定、鏡として使われた友達は、彼の背中を別の友達と指さしながら笑っていた。

 

「ソースがついてるわよ」

「えっ、ほ、ほんと!?」

 

 顔を背けようとしたセドリックに素早く手を伸ばして親指で拭ってやると、彼は動きを止め、目をキラキラさせてこちらを見た。周りの友人達もその挙動に動きどころか、息さえ止めている。

 

 ……こっちまで赤くなるから、その恋する乙女の様な瞳を止めて欲しい。長引かせずに要件だけ伝えて、早々に立ち去ろう。

 

「……明日、ホグズミードで待ち合わせをして欲しいの。『三本の箒』で」

 

「……聞いてた?」こちらの顔を見たまま言葉も発せず動きもしないセドリックにそう聞くと、彼は高速で動く赤べこ人形の様に何度も頷いて見せた。

 

 少し不安だが、他に話題も無いので挨拶もそこそこに踵を返すと、ハッフルパフのテーブルが途端に沸いた。正確にはハッフルパフのテーブルの、セドリックとその友人達だけがクィディッチワールドカップを制したかのように沸いている。

 

 とりあえず一仕事が終わったわけである。おあずけにしていた夕食を楽しもうと、グリフィンドールの友人達が取ってくれていた席に座ると、アンジェリーナとフレッド、ジョージがむすっとした顔で彼女を迎えた。





UA249,777件、お気に入り2270件、しおり1049件、感想132件ありがとうございます! 更新再開してから1日一件ずつ伸びていってくださるしおり数に日々感謝しております!

日本芸能界では閉心術使えなくしてはやっていけないですねぇ
あ、美空にセクハラを働いたプロデューサーですか? 国内外のガチニキ達からの追い込みにより、仕事を干され、嫁とは離婚、息子とも離されてつい最近養育費を払い終わり、これからの人生何のために働くんだと自分に問いかけながら日給の道路工事の仕事を頑張っております(ニッコリ)


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81話

 二月の十四日。オーシャンと共に階段を下りながら、アンジェリーナは陰鬱と呟いた。クィディッチを前にした彼女にしては考えられない、屋敷しもべ妖精のクリーチャーにも似た暗さだった。

 

「ああ……嫌だ……。新しいチームで勝つ為に特訓しなきゃいけないからって、なんで今日まで日程を組んじゃったの、私……。私もオーシャンと一緒にホグズミード行きたぁい……」

 

 ハリーとウィーズリーの双子がいなくなった穴埋めに、急遽開催された新選手の選抜は滞りなく終わって、急ごしらえのメンバーとのチームワークを構築するため、最近のアンジェリーナに休みは無かった。

 

 新しいグリフィンドールクィディッチチーム、それにロンも特訓組で、今日は城に残って朝から晩まで練習漬けだ。らしくない言葉を呟くアンジェリーナの肩にそっと触れながら、オーシャンは心から言った。

 

「お土産を沢山買ってくるわ。……それに私、チームのみんなのためにここまで頑張る貴女だから、大好きなのよ」

「あうぅぅぅ! オーシャン……!」

 

 担いだ箒を放り投げて、まるで今生の別れを惜しむ様に抱きついてくるアンジェリーナの背をトントンと優しく叩く。彼女が放り投げた箒は、ジニーが拾ってくれていた。

 

 

 玄関ホールに着いて、練習のために競技場へ向かう面々を送り出したオーシャンがフィルチの検問を抜けてホグズミードへの道を進もうとすると、扉の影からセドリックが姿を見せた。

「あ……やぁ、ウエノ」

 

「あら、ディゴリー。待ち合わせはここじゃないわよ」

 昨日取り付けたばかりの約束の場所は、『三本の箒』だ。ホグズミードはまだ見えてもいない。

 

 それにしても、わざわざ玄関の外側で、寒空の下オーシャンを待っていたのだろうか。彼は赤く染まっている鼻を擦って、「待ち合わせるなら……一緒に行った方が早いんじゃ無いかなっ、て思って」と言った。

 

 その手をすぐポケットに入れたセドリックに、「それにしたって、こんな所で。寒かったでしょう?」と聞くと彼は「君が来てくれたから、むしろ暖かくなってきたよ」と寒そうに肩を寄せて嘯いた。

 

 そこでふと、拳一つ分までに迫っている距離に気が付いた。いつの日かの事がふっと頭を過る。もうすっかり『男性』を感じさせる手。手の甲に残った柔らかい感触。オーシャンは一歩大きく下がった。

 

「……あ、貴方がいいなら、一緒に行っても、いい……けど……」

「――ああ、ウミ! ありがとう……!」

 

 感極まった様子で言った彼は、せっかくオーシャンがとった距離をつめて、彼女の腰の辺りを抱える様にして高く持ち上げた。急な不安定に驚いて思わず彼の両肩に手を置き、バランスをとる。

 

「きゃっ、ちょ……や、やめてちょうだい!」

 背の高い彼に高く持ち上げられると、酷く目立つ。もっとも、こんな舞台かドラマかの様な事をしていたら、人の目を集めない訳がなかった。

 

 通りすがる三年生の女子達が、頬を赤く染めてこちらを見て囁き合っている。セドリックの友人達も数人、何事かはやし立ててから離れていった。 

 

「もう……下ろして……!」

 恥ずかしさにきゅっと目をつぶって言うと、セドリックは素直に従って「sorry,umi」と言って彼女の体を自分の胸で支えながら優しく下ろした。

 

 オーシャンがほっとしたのもつかの間、彼の手が頭にポンと乗り、彼女の赤くなる顔を覗き込みながら優しく撫でる。

 

 オーシャンは心の臓の所で防寒着を握りしめながら、彼の目を見ないように必死に下を見た。――やだ、違うの……! 私の頭を撫でてくれるのは先生のはずで……!

 

 本来叶うことが無いと分かっている夢想までを使って、今自分の身に起こっている現象を否定する。

 

 セドリックは何事かを優しく言って、オーシャンの手を引いて歩き出した。覚えのあるシチュエーション――待って、待って待って、違うの、私は先生の事が……。

 

 セドリックに手を引かれながら、ホグズミードへの道を歩き出す。すると後ろから「Hey,hey hey,you!」と勢いしかない双子の声が聞こえてきて、そのまま二人の間に割って入った。繋いでいた手が離される。

 

 セドリックに突進していったフレッドとジョージは、すごい形相で彼に詰め寄って、英語でいちゃもんをつけていた。その隙に呼吸を整えて、精神を落ち着ける。心の臓の代わりに、和太鼓が激しく叩かれている様だ。

 

 ――全く、何のつもりだこの男。先生にも頭を撫でて貰った事なんて無いのに……しかも何かの演劇の様にあんな事を……あまつさえ馴れ馴れしく名前なんて――。

 ――ん?

 

「ちょっと、ディゴリー、貴方」

「ああ、ウミ。落ち着いたんだね。良かった」

 

 まとわりつく双子を押しのけて安堵の表情を見せるセドリックは、やはり彼女の『日本名』を呼んだ。

 

「ウミって呼ばないで! そ、その名前で私のことを呼んでいいのは……先生だけなんだから!」

 またも顔に血が上ってくるのを自覚しながらオーシャンが言うと、双子が冷めた表情で訂正した。

 

「いや、ダンブルドアもいるだろ」「お前の『犬』だってそうだしな」

 オーシャンは二人をひと睨みして黙らせる。彼だけと言ったら彼だけなのだ。有象無象の事など、どうでもいい。

 

 しかしセドリックも負けなかった。

「……そうだね。許可を取らないで名前を呼ぶなんて、反則だった――改めて君のこと、『ウミ』って呼んでもいいかい?」

 

「ダメ」

 

 にべもなく言ったつもりだったが、セドリックは「ダメかぁ~」と嬉しそうに眉を下げた。その表情にフレッド、ジョージ、オーシャン当人でさえも引いてしまう。

 

「何でそんなに嬉しそうなのよ?」

「そりゃあ、好きな子にそう言われて嬉しくない男はいないだろう?」

 

 セドリックが当たり前のように言うので、隣に立った双子を見る。

 二人はセドリックを見つめて、「人によるな」「個人の感想だな」と腕組みした。

 

「でも僕、諦め悪いから」

『ウミ』という呼び名を使うことについてだろう。覚悟してね、という様にセドリックは笑顔を見せた。

 

 ホグズミードへの道を四人で歩きながらオーシャンは、なんとか『ウミ』と呼ばれずに済む方法を考える。隣では双子が未だセドリックに非友好的ながらも絡んでいて、なんだかんだで仲良くなってるな、とぼんやり思う。

 

「考え事かい、ウミ?」

「もう……また!」

 

 しばらく押し黙りながら歩いていたのが、何故かセドリックの気を引いたらしい。双子越しにこちらを覗ってくる彼に声を荒げかける。いかん、いかん。彼のペースに惑わされてはいけない。

 

 短い深呼吸をしてから、オーシャンはいつもの表情で彼を見る。多分、いつものだと思われる表情で。

 

「私の事は、みんなと同じように『オーシャン』って呼んで」

 

「ん~、でも、それだとほら。『みんなと同じ』って感じだろう?」

 

 オーシャンが言った言葉に小憎たらしい表情で悩んでから、彼はそう返した。ああ言えばこう言う。この人って、元からこんなんだったっけ?

 

「貴方は『みんなと同じ』なの!」

 

 肩を怒らせて『みんなと同じ』を強調すると、明らかにセドリックの勢いは萎んでいった。萎れる花か、怒られた犬の様だ。

 

「……そう、だよね……。うん……分かってるんだけど……分かってる、つもりなんだけどさ……」

 

 ――もう、何よ! そうやってシュンとした犬みたいな顔で! ……そうやって顔を背けられたら……ま、また私が悪いことをしたみたいじゃない……!

 

 次に、罪悪感の様な何かに口を開かされて出た言葉は、男三人の表情を忙しなく変化させた。

 

「……じゃあ、か、代わりに……私が貴方を『みんなと同じ』あだ名で呼ぶのじゃだめなの?」

 

 それを聞いて三人ともがきょとんとしてこちらを見、フレッドとジョージは得も言われぬ顔をした。反対にセドリックは満面の笑みを見せる。

 

「う……うん……!」

 その表情があまりにキラキラして、眩しくて、すぐに引っ込めて欲しかった。オーシャンは「ただし!」と付け加える。

 

「二度と私のこと『ウミ』って呼ばないで! これは交換条件だから!」

「わかった! ありがとう、ウ、――ウエノ!」

 

 また名前を呼びそうになって、何とか修正したセドリックは、キラキラした瞳と紅潮した顔でこちらを見た。まるで「褒めて、褒めて」と胸を張る犬の様で、揺れる尻尾までが幻覚として見えてくる。

 

「……良い子ね。セド」

 呼び方を修正できて満足したオーシャンの口からその褒め言葉が出てくると、セドリックは赤くなって跳び上がり、フレッドとジョージに抱きついて、二人を巻き込んでくるくると回り出した。

 

 双子の悪態がまぜこぜになって、何を言っているのかよく分からない。セドリックは高らかな笑い声と共に、双子を連れて離れていく。

 

 三人が少し離れてオーシャンはやっと息を吐き、ゆっくり彼らを追って歩き出した。

 

 …………。

 

 待って、私、もしかして早まった?

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「オーシャン、こっちよ」

 

 セドリックと『三本の箒』に入ると、奥のテーブル席の方でハーマイオニーが手を振った。

 

 フレッドとジョージは村に入ったところでリー・ジョーダンに誘われて、悪戯専門店の方へ言ってしまった。

 双子はオーシャンとセドリックを二人きりにはさせまいとしていたが、「『三本の箒』でハーマイオニーと待ち合わせてるの」と言ったらすっかり安心した様子だった。

 

 待っていたハーマイオニーは、一人きりでは無かった。ルーナ・ラブグッドが一緒だった。

加えて何と、『日刊予言者新聞』でデマ情報ばかりを書き連ねていた、あの女がいたのだ。確か、名前は――

 

「コニータ・クワーダ、だったかしら?」

「誰ざんすか、それ!? リータ・スキーターざんす!」

 

 金切り声を出して振り向いた『元』特派記者は、到着したオーシャンとセドリックを見て目の色を変えた。

 

「あぁらっ、まぁまぁまぁ! 小憎たらしい日本のお嬢さんざんすね! お相手は――なんと『三校対抗試合』の有望選手のお坊ちゃん! これは筆が乗りそうな記事ざんすね!」

 

「そんなつまらなさそうな記事を買い取ってくれる伝手、今の貴女にあるの?」

 

 セドリックが引いてくれた椅子に腰掛けながらオーシャンが言うと、スキーターは悔しそうに「ぐっ!」と唇を噛んだ。

 

「そうかなぁ。僕は読んでみたいけどね、その記事。スキーターさん、もちろんそれ、僕達の出会いの話から書いてくれるんだろう?」

「もちろんざんす!」

 

 スキーターが胸を張ると、訳知り顔のハーマイオニーが「やめなさい。長くなるわよ」と言った。

 

「セドリックがオーシャンを湛える美辞麗句で羊皮紙一巻きはくだらないんだから、取材も紙の無駄。あなたも大切な『外』での時間を後悔したくないでしょう?」

 

「うっ」と言葉を詰まらせるスキーター。セドリックは「失礼しちゃうなぁ」と眉を寄せた。

 

「ウエノの事を話し出したら、三巻き分にはなるよ」

 その言葉を聞いて、スキーターは開きかけた鞄の掛け金を音高らかにかけた。






いつも読んでくれているみなさま、ありがとうございます!


こらっ、セドリック、ダメ! セド! ダメ、止めなさい!ステイ!

(幻覚の暴走が止まらなさすぎるのでそろそろ本当にどうにかします……本当どうしちゃったんだよ、お前……そんな奴じゃなかっただろ……???)


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82話

 ハリーが『三本の箒』に来たのは、一時間後だった。

 

「思ったより早かったわね。もうちょっと待つかと思ってたわ」

 ハーマイオニーの言葉にハリーが「うん、でもチョウが……」と言いかけると、スキーターとオーシャンの声が重なった。

 

「チョウ? 女の子ざんすか!?」

「デートだったの?」

 

 今度こそ鞄から自動速記羽根ペンを出したスキーターに、ハーマイオニーはぴしゃりと言い放つ。

「あなたには関係ない事です」

 

 スキーターは「つまらん」とでも言うように唇を突き出して、ペンを下げる。オーシャンはセドリックに、「僕達もそうだと思ってたんだけどな」と言われてプイとそっぽを向いた。それでも彼は、嬉しそうに笑う。

 

 困惑しながらも席に着くハリー。すんと澄ましているハーマイオニー。「何が始まるんだい?」と嬉しそうに聞くセドリックに、「いちいち私に聞かないで」と虫を払う仕草のオーシャン。そして記事のネタになりそうな匂いに舌なめずりしているリータ・スキーターと、ぼんやりと座ってジョッキを傾けるルーナ・ラブグッド。

 

 役者も揃った所で、会合の目的が明かされた。魔法省によって見えざる事になっている真実――ハリーとセドリックが見た、ヴォルデモートの復活を、『ザ・クィブラー』に載せるのだ。

 

「『ザ・クィブラー』? ふん、あんな三流雑誌にあたくしの記事を載せるなんて、納得しかねるざんすね」

 

「パパの雑誌、面白いよ」

 お高くとまった調子のスキーターに、ルーナがぼんやりと反論した。重ねてスキーターに金銭を問われると、ルーナは「パパの雑誌に寄稿してくる人は、それが名誉なんだもん。お金なんてもらわないよ」と言った。

 

 さすがに無理な注文ではないかとオーシャンは思ったが、腐っても元報道マンということなのか、それともハーマイオニーの交渉力の賜物なのか、リータ・スキーターは全ての条件を飲んだ。

 

 そもそも、未登録の『動物もどき』であるという首根っこをハーマイオニーに捕まれている彼女には、選択肢は残されていないようだった。彼女は愛用の自動速記羽根ペンを羊皮紙に立てて、ハリーとセドリックへの取材を開始した。

 

 

 

 *

 

 

 

「記事が載るのはいつになるか分からないよ。今『しわしわ角スノーカック』の特集を組んでるから、それが終わってからかな」

 

 取材を終えてホグワーツに帰る道すがら、ルーナはそう説明した。それでも自分の言葉が真実だと然るべき所で表明することができたのは、ハリーとセドリックの気持ちを前向きにさせた。

 

 城に着くと、ほとんど夕食の時間だった。セドリックとルーナの二人と別れ、いつものグリフィンドールのテーブルで、へとへとのクィディッチチームメンバーと夕食を囲む。

 

 食事の時間が終わると、オーシャンは談話室でアンジェリーナに買ってきたお土産を渡した。オーシャンが自分のために選んでくれたお菓子や雑貨の数々に、アンジェリーナの瞳は今日のセドリックと同じ様に輝いた。

 

「ありがとう、オーシャン! お陰で疲れも吹き飛んじゃったわ!」

 

「ええ、日々頑張っている貴女のためだもの。張り切って色々買い過ぎちゃった」

 

 そう笑顔を見せると、アンジェリーナはオーシャンを抱きしめて頬ずりした。彼女がこんなにも喜んでくれているのが、心から嬉しい。

「ふふ、こんなに喜んでもらえると思わなかったわ。ディゴリーにもお礼を言っておこうかしらね」

 

「は、何ソレ?」

 

 その言葉を聞いて、アンジェリーナはオーシャンの両肩を掴んで、べり、と音が聞こえそうな勢いで離れた。

 

「何でアイツが出てくるの?」

「あの人、頼んでないのに勝手に選んで持ってくるの。もちろん、貴女が好きそうじゃないものは私が除外したわよ」

 

「いや、そ、そうじゃなくて――何で、アイツと一緒にいるの」

 今日の経緯を説明すると、「じゃあ、また一日デートしてたって事!?」とアンジェリーナは声を裏返して言った。

 

 オーシャンの顔がぽっと染まる。

「そ、そういう言い方しないで! ふ、不可抗力よ……!」

 

 花も恥じらう様子のオーシャンを見て、アンジェリーナは両手で頭をかき乱した。「あぁ~、何やってたのよ、あの双子はーー!」

 そうして辺りを見回して、部屋の隅に双子の姿を見つけると、「ちょっと、あんたらー!」と駆けていった。

 

「もう……! そうよ、不可抗力! そうなんだから……!」

 駆けていくアンジェリーナに聞こえない声で呟きながら、トクトクと鳴る胸を押さえつける。気を紛らわせるために、暖炉近くで話し込んでいたハリー、ロン、ハーマイオニーの仲間に入っていった。

 

 彼らの話題は、ハリーとチョウ・チャンのデートで持ちきりだった。人の恋路を邪魔する者は、とはよく言ったものだが、渦中のハリーは恋路にいるとは思えない程肩を怒らせていた。

 

「……そういう感じで怒り出しちゃって」

「馬鹿ね。私の名前を出さなければ良かったのよ。それか『しつこくつきまとって約束させられた』とか、嫌そうな顔しておけばよかったんだわ」

 

 訳が分からない、と憤るハリーに、ハーマイオニーが冷静な対処を教えている。

 そういきり立つ背景に何があったかは分からないが、どうやら喧嘩をしたようである。クリスマスにはキスをする程仲が良かったのに、どうしたというのだろう。

 

「怒ってるかと思えばその内泣き出すし……何で女ってやつはこうもややこしいんだ!?」

 

 話は依然見えないが、きっとハリーには女心の授業がもっと必要だったのだろう、という事は、聞いた言葉から想像できた。

 ハリーに同調するロンを無視して、ハーマイオニーが訳知り顔をした。

 

「仕方ないわよ。少し前までセドリックの事が好きだったのに、今はハリーと付き合ってるんだもの。彼女なりに気持ちの整理がついてないのよ、きっと」

 

「何だよ、ソレ」ぷんぷんしているハリーを置いてハーマイオニーは、隣に座ったオーシャンを見る。

「セドリックが、どっかの誰かさんに夢中になってるお陰でね」

 

 ビクン、と肩が跳ねる。何故ここ最近、その名前から離れられないのだろう。どこにいっても、彼がついてくる気がする。

 

「じゃあ彼女は、まだセドリックの事が好きだって言うのか?」

 ハリーが声を荒げたのを、ハーマイオニーは冷静に否定した。

「まさか。気持ちに整理がつけられていないだけよ。だから余計に混乱してるんじゃないの」

 

「ねえ?」とハーマイオニーは再度オーシャンを見る。だから、何で私?

 

 しかし……考えてみる。ルーピン先生は私の事なんて全く見て無くて――いや、今もそういう意味で見てくれてるとは全く思わないのだが――むしろ可能性なんて全く無いのだが――優しく声をかけてくれる他の誰か……例えばそれこそ、彼の事を同時に好きになってしまったら……。そして、ルーピン先生に愛すべき相手ができて、彼への思いを捨てなければならなくなったとしたら……。

 

 ぞくり、とおぞましい何かが、脊椎を駆け抜けて胃の腑に落ちていった。さっきとは違う胸の高鳴りが、気持ち悪く鳴り響いている。

 

 胸を押さえるオーシャンに、ハーマイオニーが気遣う様子を見せた。彼女は、多分気付いていたのだ。チョウとオーシャンの、秘めた共通点に。

 

「……何だか、人ごととは思えないわ……」

 頭がくらくらする。オーシャンは右手でこめかみを押さえた。「突然、チョウを一人にさせたくなくなってきたわ……」

 

「でも、あなたからチョウと仲良くしようとしない方がいいわよ」

 続いたハーマイオニーの言葉には、覚えがあった。

「あなたなら、自分から好きな人を奪っていった人が、仲良くしようと近づいてきたら、良い気はしないでしょう?」

 

 夏、学期が始まる前に、ハリーを迎えに行った際の二人の後ろ姿が蘇る。そして、『夜の騎士バス』の中でトンクスが見せたウインク。 

「……そうね」 

 

 心の中でチョウに謝ったが、このややこしい関係はそれこそ不可抗力というものだ。人の思いは、他人には変えられない。

 

 しかし、彼女の心、彼知らず。

 

 ホグズミード後の土曜日のクィディッチの試合、対ハッフルパフ戦は、グリフィンドールチームは健闘むなしく、十点差で負けた。

 

 オーシャンはクィディッチに詳しくないから滅多なことは言えないが、選手が三人入れ替わっただけでこんなにも違うものか、と思うほどのやられっぷりだった。今回一緒に観戦していたハリーは、酷すぎて途中から目を背けたい衝動と戦っていた程だ。

 

 試合も終盤になり、両チームのシーカーがスニッチを追ってグリフィンドール側のスタンド上空を飛んでいった時、結構なスピードだったのにも関わらずセドリックはオーシャンの姿を見つけて、なんと投げキッスをした。

 

 実況のリーが目ざとくそれを見つけて、「お~っと、ディゴリー選手、ガールフレンドにしっかりアピールという余裕のプレイ!」と大音声を上げる。会場の女子達がそちらこちらで羨む様な黄色い声を上げた。

 

 オーシャンはセドリックの駆け抜けていった空を見ながら、二人とも、試合が終わったらとりあえず縛り上げよう、と思った。

 

 

 

 *

 

 

 

 月曜の朝に『ザ・クィブラー』の三月号が届けられて、ハリーとセドリックの告白が世に放たれた。

 

 朝食中の二人のテーブルにはふくろう便が雨あられと降り注ぎ、良い感想も誹謗中傷もまとめて彼らに届けられていた。思っていたより好感触な意見が多かった様で、ハリーもセドリックも嬉しそうだ。

 

 大量の手紙を見とがめてハリーの告白記事を知ったアンブリッジは、グリフィンドールの五十点の減点と彼への三度の罰則を言い渡した。するとセドリックも嬉々としてそれを申告し、自ら同じ運命を辿った。

 

 罰則を貰った直後にグリフィンドールのテーブルまで話に来た彼に、オーシャンは呆れ顔をする。

「黙っておけばいいのに。あの罰則、痛いわよ」

 

 芸が無いお役人様は、罰則の内容も変わらないだろう。手の甲の傷は癒えたが、あの痛みは簡単に忘れられるものではない。

 しかしセドリックは臆する事は無かった。

「ある意味ラッキーだね。だって、君と同じ痛みを経験できるんだろう?」

 

 また赤くなる様な事を言う彼にオーシャンは突きを繰り出したが、それは辛くも避けられた。

 

 その後アンブリッジはインタビュー記事の載った『ザ・クィブラー』を禁止する命令を出し、ハーマイオニーは上機嫌だった。人の知的好奇心を満たす近道は、対象を禁止する事だからだ。

 

 お陰で学校中がこの記事に目を通すのに、そう時間はかからなかった。ハリーの体験を読んだ彼らの多くが、ハリーに対する態度を軟化させた。同級生と仲直りする事ができ、些細なことで先生から寮の得点を与えられたり、突然お菓子を振る舞われたりして、ハリーは更に勇気づけられた様だった。

 

 何よりハリーを喜ばせたのは、チョウと仲直りができた事だった。授業に行く途中に呼び止められて、あのインタビュー記事を勇敢な行動だったと、あの日のホグズミードでの事を謝罪して、頬にキスしてくれたという。

 

 夕食の時に嬉しそうなハリーの話を聞きながら、セドリックは「いいなぁ」と羨ましそうに言った。

「僕も是非貰いたいものだよ」

 

「あら、貴女そんなにチョウの事が好きだったのね。諦めた方がいいわよ」

 早々に夕食を終えたら当然の様にグリフィンドールのテーブルに混ざる彼に、ツッコむ者はもはや誰もいない。オーシャンがナフキンで口を拭って言った言葉に、敢えて挑発する様な視線を向ける。「それ、本気で言ってる?」

 

 からかい。そして挑発。その瞳の奥底から伝わる、「知ってる癖に」。

 

 セドリックの言葉に顔を赤くするオーシャンが「もう、止めて!」と彼に至近距離からの掌底を放つ。かなり痛いはずのそれを受けて、セドリックは幸せそうに笑った。

 

 そしてそれを見せられる大半のグリフィンドール生は、もう、他所でやってくれ……とうんざりしているのを、彼女たちは知らない。 





感想130件、本当にいつもありがとうございます!
復帰したと思ったらイチャイチャした話ばかりですいません……セドリックが……本当セドの奴が……お前、こんなやつだったんか!??
(※幻覚)

想像ではもうちょっとメンタル弱めな坊っちゃん(呪いの子のイメージ)だったんすけどね……お前、死んだフリを覚えてから何か変わっちまったな……
幻覚セドが主張してくるから、正直ラブコメシーンがアズカバンの時より書きづらい
いや、みなさん本当すいません……何なんだよ、お前……人生初のUSJ行けた暁にはお前の杖買うわ……


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83話

 短い期間に、色々な事が起こった。

 

 まず、例のインタビュー記事が載った『ザ・クィブラー』が発刊されてすぐ、ハリーはまたヴォルデモートの夢を見た。今回はぼんやりとしたものや断片的なものではなく、会話も聞き取れるほどはっきりしたものだった様で、その話を聞いたロン、ハーマイオニー、オーシャンの三人は心配している。

 

『破魔の札』が破られた、という事だからだ。

 オーシャンは『札』の強化を考えて、苦手な『紋』の組み合わせの効果を色々と計算しては破り捨てる二週間だった。

 

 そしてその次の週に、アンブリッジがトレローニー先生をホグワーツ城から追い出そうとする『事件』が起こった。トレローニー先生は泣き叫び、その声につられた他の先生や生徒が続々とその場に集まり、騒ぎとなった。

 

 アンブリッジのあまりの横暴ぶりに、普段トレローニー先生と水と油の関係であるはずのマクゴナガル先生が、追い出されようとしている彼女を守るためにアンブリッジに立ち塞がった。

 

 校長室からダンブルドア先生も現れ、「現職校長」の権限を使い、トレローニー先生が城を去る事は免れた。そしてその場で校長は、『占い学』の新たな講師として、あろうことかケンタウルスのフィレンツェを紹介したのである。異種族を嫌うアンブリッジは紛糾しているはずだ。

 

 もうN.E.W.T.試験を控えている七年生となっては学ぶことは少ないかもしれないが、先日オーシャンもフィレンツェの占い学授業を受けた。

 

 何というか、トレローニー先生のほとんどインチキの様な授業と違って、大自然の力を感じたというか……超宇宙のコスモを感じたというか……まぁ、筆舌に尽くしがたい『個性的』な授業であった事は間違いない。

 多分、妹の空に教鞭を頼んだ方が、まだ分かりやすいのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 とまぁ、色々並べ立てた所で、気を抜いた言い訳になるわけでは無い。まさか本当に『裏切り者』が出るとは思っていなかった――全ては自分の詰めの甘さが招いた事だ。アンブリッジ本人の気を引いた所で、内側を崩されては元も子もなかった。

 

『必要の部屋』を呼び出して入る。どうせもう、場所は割れている。見られた所でどうと言うことは無い。

 

 扉を開けたオーシャンは歩みを止めずに、防衛術の特訓に励むDAのメンバー達に告げた。

「呪文を止めて! 奴らがすぐ来るわ、みんな隠れて!」

 

 尋常では無いオーシャンの様子とその言葉に、みんなの術を指導していたハリーと、素早く杖を仕舞ったハーマイオニーが近づいてくる。

 

「来るって、アンブリッジが?」とハリー。

「ええ」答えるオーシャンは頷いて杖を出す。

「隠れるって言っても、どこに――」不安そうなハーマイオニーを遮って、オーシャンは床に杖を向けて叫んだ。

 

「わなっぷ、土遁の術!」

 呪文に応じて堅い大理石の床を突き破り姿を現したのは、緑色の土管だった。

 

 フレッドとジョージが叫ぶ。

「な、なんかこれ、やっちゃだめなものを見た気がする!」「どこのステージに繋がってるかも分からないのに!」

 

 しかしオーシャンは、冷静そのもの、そして大真面目に言った。

「大丈夫、どこにも繋がってないわ。隠れ蓑術の応用よ。早く入って」

 

 言うオーシャンに気圧されて、メンバーは恐る恐るといった様子で土管に入っていく。一人が体を沈めるごとに、緊迫の場に似合わない軽快な音が鳴った。

 

 ハリーがチョウをアンジェリーナに託して、アンジェリーナは彼女を手伝って一緒に身を沈めていった。次にロン、ハーマイオニー、ハリーが続く。

 その時、オーシャンの入ってきた扉を轟音が揺らし、そこに亀裂が走った。

 

「ウエノ、君も!」

 セドリックが手を伸ばすが、オーシャンは彼を見ない。

「その土管は目くらましの一種だから、奴らに気付かれる事は無いわ。――セド」

 

 そして、振り向く。轟音。亀裂が繋がった部分が、ぼろぼろと崩れる。

「みんなを頼んだわよ」

 次に響いたひときわ大きい衝撃音と、セドリックが双子に引っ張られて姿を隠したのは、ほぼ同時だった

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、沢山ネズミが捕まると思ってたのに、お一人なのねぇ。可哀想に。見捨てられた?」

 

 甘ったるい声でベタベタな台詞を吐いて、アンブリッジは壊れた扉から入ってきた。後ろにはスリザリン生の固まりが控えていて、いずれも漫画の悪役そのものの笑みを浮かべている。

 

 オーシャンは悠々と振り返って、彼女を迎え入れた。

「あら、残念。せっかく秘密の隠れ家が出来たと思ったのに、もうバレちゃったのね」「ポッターはどこ?」

 アンブリッジの鼻につく声に、少しの憎悪が混じった。オーシャンの顔色は変わらない。

 

「ハリー? 今頃は寮で貴女の出した、幼稚園児に出すみたいな、下らない宿題をしているわよ。それとも、宿題を出した事なんて忘れちゃったかしら? もう結構なお歳ですものね」

 

 オーシャンの分かりやすい挑発に、アンブリッジの顔色がみるみる赤くなった。

「――まあ、いいでしょう。少なくとも、あなたは現行犯で捕らえられた。一緒に校長室に行きましょうね」

 

 アンブリッジが杖を向けて嬉しそうな声を出す。オーシャンは挑戦的に笑って、彼女についていく。

 壊れた扉を潜りながらアンブリッジはスリザリン生に、引き続きハリー・ポッター及び危険思想メンバーの捜索をするように命じていった。

 

 これで彼らは、下手に動かなければ大丈夫だ。スリザリンの洟垂れ共如きに、父直伝の術が見破れる訳がない。オーシャンはひっそりと笑って、アンブリッジに着いていく。

 

 

 

 

 

 スリザリン生達が目当ての人物を探して、部屋の中の全く見当外れの場所を探している中、不安そうな面持ちのDAメンバーが揃う土管の中で、フレッドとジョージが身じろぎした。

 

「おい、あいつ連れて行かれちまったぞ、どうするんだ?」

「どうするって……このまま連れて行かれちゃ、いくらオーシャンでもどうなるか分からないぞ……! スリザリンの野郎共なら、俺たちでも――」

 

「待つんだ!」

 腰を浮かそうとした双子を、セドリックの両腕が止めた。フレッドが反論する。

「何だよ、お前、あいつが危ないんだぞ!? 助けない気か?」

「……それでも僕は、彼女に君達の安全を『頼まれた』んだ……!」

 

 そう言うセドリックは懸命に唇を噛みしめて、強く、強く双子の肩を掴む。彼は双子だけでなく、今にも飛び出して彼女を追いたい自分を、必死に押さえ込んでいた。

 

 オーシャンの信頼を汲み取ろうとする彼の様子に、双子はその場にどかりと座り直す。アンジェリーナ、ハーマイオニー、チョウは彼の様子を見ながら三人で身を寄せる。ロンはハリーに「大丈夫だよな?」と聞いた。

 

 ハリーは上を向いて答える。

「ああ、彼女が大丈夫じゃ無かった事なんて『結果的には』ないんだから、今回も大丈夫だよ、きっと」

 みんなは、『結果的には』の部分をなるべく考えない様にするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 オーシャンがアンブリッジに連れられて校長室に入ると、そこにはダンブルドア校長、マクゴナガル先生、コーネリウス・ファッジ魔法大臣、キングスリー・シャックルボルトともう一人の逞しい魔法使いがいた。

 

 壁際に書類を抱え込んだパーシーもいる。

「あら、パーシー、久しぶり」オーシャンが軽く振った手は無視された。

 

 アンブリッジが連れてきたのがオーシャンである事に、ダンブルドアとマクゴナガル両先生の眉がピクリと動いた。どうやら、二人が想定していたシナリオとは違ったらしい。

 

 先生達とは違い、魔法大臣は明らかな動揺を見せる。泳いだ目を見逃さずに、オーシャンは先制攻撃を仕掛けた。

「こんにちは。ハリーじゃなくて、ごめんなさいね、大臣閣下」

 

 オーシャンの不躾な物言いに気を悪くすると同時に、大臣は図星を言い当てられて驚いている。

「どういうことだね、ドローレス。聞いていた話と違うのだが」

「わお」

 

 大臣の冗談みたいな口の滑らせ方に驚いて、思わず声が出た。キングスリーが口の端を少し上げた。ウケたみたいだ。

「なるほど、なるほど。大臣様は今日、問題行動を起こした生徒を捕まえると『聞いていた』訳ですか。そしてそれは、かのハリー・ポッターであると『知っていた』訳ですね」

 

「黙りなさい、発言を許した覚えはありません」 

 ぴしゃりと言ったアンブリッジを振り返る。

「自由意志って知ってる? それとも何? ここは裁判場なの? 私の知っている限り、ここは『ただの』校長室よ」

 アンブリッジはそれを無視した。

 

「大臣閣下。時間の問題ですわ。今はこの、ポッターに続いて不審行動を繰り返す不埒な日本人に、知っている事を全て話して貰おうかと」

「不審行動って、どれの事かしら? 深夜の廊下に、食べたい日本食の献立を書き残していった事?」

 

 これにはマクゴナガル先生も、吹き出したものを空咳に誤魔化していた。アンブリッジの顔色が青紫に変色する。

「大臣! 彼女はポッターと共に違法な学生組織を統率し、会合を重ねて良からぬ事を企てたのです!」

 

 初耳、という顔を装ってアンブリッジと大臣を交互に見ると、アンブリッジは「通報者をお連れします!」と足音高く出ていき、数分経たずに戻ってきた。

 

『通報者』は、チョウの友達の女の子だった。確か名前は、マリエッタだったか。アンブリッジに連れられた彼女は、両手で顔を覆っていた。

 

「さあ、マリエッタ、大丈夫怖くないのよ。自分の口から大臣に申し上げなさい」

「ようし、ようし、君はとても良いことをしたんだ。胸を張って今までに起こったことを話すといい」

 

 アンブリッジと大臣が、口を開こうとしないマリエッタに、胸くそ悪い猫なで声を出した。しかしマリエッタは頑として口を開こうとも、顔を上げようとしなかった。

 業を煮やしたアンブリッジが、マリエッタがこうなった理由を自ら説明する。

 

 どうやら彼女は、何とか直接的な言葉を使わずにアンブリッジにDAの事を通報しようとしたが、アンブリッジが口を割らせて明確な言葉を喋らせた為、彼女の顔に酷い『痘痕の呪い』が効いてきたらしい。それから彼女はそれ以上の呪いの進行を恐れて、喋らなくなったという訳だ。

 

 我が後輩ながら、恐ろしいことをするわね、とオーシャンは、『メンバーリスト』に呪いをかけた後輩を思い浮かべた。

 呪いの進行をこんなにも恐れているマリエッタを見る限り、その顔は見るも無惨な事になっていそうだ。やはり女を敵に回したら、やる事がえげつない。

 

「可哀想よ、解放してあげなさい。貴方達、人の心ってものがないの?」

 そうオーシャンが声を上げると、頑なに開かなかったマリエッタの両手に少しだけ隙間が空き、そこから潤んだ瞳がチラリと覗いた。

 

 アンブリッジは「おだまりなさい、犯罪者」と聞く気が無い。

「Ms.エッジコムは、あの時はっきりと私に教えてくれました! 『必要の部屋』と呼ばれるあの部屋でハリー・ポッターは複数の生徒達を先導し――」

「だからそれ、本当に複数の生徒を先導していたのが『ハリー』だと、何故決めつけるの?」

 

 歌うように宣うアンブリッジを、オーシャンの淡々とした口調が遮る。アンブリッジは不機嫌そうに口をひん曲げて、ギョロリとこちらを向いた。

 

 それにしても、ダンブルドア先生とマクゴナガル先生は何故、口を開かずにオーシャンのやりたいように任せてくれているんだろう。まあ、その方が助かるけれど。

 

 アンブリッジは、苦し紛れの戯れ言を、とでも言いたげに歪んだ口で言葉を重ねる。

「悪あがきを……。Ms.エッジコムの証言が」

 しかしオーシャンは怪しく微笑んだ。

「うちには切れ者の参謀がいるの。確かにほとんどのメンバーが、ハリーがリーダーだと思い込んでいたみたいだけど。『誰が』彼を先導していたか、優秀な貴方がたでも分からないかしら」

 

 その発言で、魔法省側の大人達に衝撃が走る。魔法大臣が息も絶え絶えに呟いた。

「まっ、まさか――」

 思い通りの結果にオーシャンは堂々たる立ち姿で、左手で自分を示した。

 

「そう、そのまさかよ。それはこのわた――」

「会合の名前、DAとは……『ダンブルドア軍団』!」

「え?」

 

 予想外の言葉にオーシャンが目を丸くすると、ダンブルドア先生が初めて、老獪な調子で口を開いた。

「ほっほっ……。バレてしまっては仕方ないのう。ご苦労じゃった、もう下がって良いぞ、ウミ」

「え、ちょ、ま――」

 

 台詞を奪われてあたふたするオーシャンを無視して、ダンブルドア校長と白熱した様子の魔法大臣が話を続けた。

「いかにも、わしが組織した集会じゃ。今日がその初めての会合じゃったが、どうやら人選はもう少し慎重にやらなければいけなかったみたいじゃのう」

 

「では、あなたが――やっぱり、あなたは私を陥れようと……」

「君には朗報じゃろう、コーネリウス。ポッターを退学にするつもりで来てみたら、わしを逮捕できる口実ができたのじゃからな」

「ウィーズリー、今のダンブルドアの告白を、一言一句違わず記録しただろうな!?」

 

「はい、閣下!」

 大臣は熱を上げてパーシーに問い、記録係であったらしいパーシーが袖口をインクにまみれさせて返事をする。完全に置いてきぼりを食らったオーシャンの弱々しい声は、興奮した大人には聞こえていなかった。「あの……ちょっと――ねぇ、待ちなさいよ……」

 

 校長は、あくまで穏やかに言った。

「しかし、わしにはまだ捕まるつもりはない。すまんが」

「なにをっ――かかれ!」

 

 悪代官の名台詞を生で聞くことが出来てオーシャンは、うわぁ、と感嘆する。もはや大臣はオーシャンの事を忘れていた。

 

 大臣の命令にキングスリーともう一人が従って、ダンブルドア校長に躍りかかろうとした時、彼は銀色の閃光と共に、一瞬のうちに姿をくらました。

 

「追えっ、階段だ!」

 ファッジが言って、魔法省の役人達は皆、見えない彼を追って、慌ただしく校長室を出て行った。オーシャンが唖然として呟く。

「人の見せ場を盗るなんて、泥棒だわ……」

 

 マクゴナガル先生は、いつもの調子のままで言った。

「下らない事を言っていないで、さっさとベッドにお帰りなさい」






皆様のいつも温かい感想をありがとうございます!
UA255,064件、お気に入り2291件、しおり1074件、感想134件、いつもありがとうございます!

土遁の術、いつか使おうと思ってずっと温めてました。使えてニッコリ大満足


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84話

「見て、オーシャンだ!」「オーシャン」

 校長の捕り物のどさくさに紛れて解放されたオーシャンが寮に向かっていると、階段の踊り場で何人かのDAメンバー達がこちらを向いた。

 

「みんな、無事で――」

「ウミ!」

 

 言いかけた言葉はセドリックの胸に顔ごと埋もれて消えた。彼がオーシャンを抱きすくめるのを、今日はアンジェリーナも双子も邪魔しなかった。

 

「ウミ……心配したんだよ。また無茶をして……。どこも怪我は無い!? 酷いことされてない!?」

 

 オーシャンの両の手の甲を見、そして暖かい両手で挟んで、鼻と鼻が触れあいそうな距離で彼女の顔に傷が無いかを確認する。オーシャンは「もう、大丈夫だから……止めて……!」と彼の胸を押しのけるが、セドリックは再び彼女を抱きしめた。

 

「嫌だ。ダメ。……ごめん、もう少しこのままにさせて。……ああ、ウミ……本当に良かった……」

 

 いつもだったらオーシャンの「止めて」にはすぐに従うのに、セドリックは放してくれなかった。抱きしめられながら助けを求めて、アンジェリーナ、フレッド、ジョージ、ロン、ジニー、ハリー、ハーマイオニーへと順々に視線を巡らせるが、誰もいつものように助けてはくれない。

 

 ドクドクと響くオーシャンの不規則な鼓動の隙間に、トクン、トクンと彼の鼓動が伝わってくる。オーシャンは手持ち無沙汰にしていた両手を彼の頭に回して、ぽん、ぽん、と軽く叩いた。心配かけてごめんね。

 

「――はい、もういいでしょう。放して。みんなに話があるの。大事な話よ」

 

 いつもの顔に戻ってセドリックの胸を押して離れようとすると、彼はそれに従った。不思議だ。胸の鼓動があんなに打たれていたというのに、言葉がすぐに伝わっている。

 

 ハリーが一歩前に出て、訊いた。

「大事な話?」

 オーシャンは彼を真っ直ぐ見つめて、口を開く。

「校長が――」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 一夜にして広まった校長の逃亡劇、そしてアンブリッジの新校長就任は、生徒達の想像をかき立てた。

 

 チョウの友達、マリエッタはあの一件のあと医務室に直行し、目下治療中だ。

 

 アンブリッジは校長室前のガーゴイルによって閉め出されて、校長室の椅子にだけは座れなかったらしい。今の所、『闇の魔術に対する防衛術』の奥にあるのが、事務所兼校長室という訳だ。オーシャンはハーマイオニーと一緒にほくそ笑んだ。

 

 しかしまた困ったことに、新校長はその権限の下に、『尋問官親衛隊』という学生組織を結成した。そのほとんどが、昨日の襲撃の時に居合わせたスリザリン生だ。

 

 その『親衛隊』が寮点の減算の権限を与えられたものだから、調子に乗ったスリザリン生がのさばって、不当な言いがかりで他寮から点数を引いている。今朝はグリフィンドールの点数が百点近く減っていた。

 

「はぁ……もう、ため息しか出ないわね」

「それは、隣でお前の事を穴の開くほど見つめているソイツにか? それとも新校長先生サマについてか?」

「どっちも」

 

 ジョージの問いにオーシャンが即答すると、隣を陣取るセドリックは顔を綻ばせ、「ウミったら、もうちょっと素直になってくれてもいいのに」と言った。

 

 昼食時、例によって食事を済ませてグリフィンドールのテーブルに混ざったセドリックが、今にも手を握ってきそうな圧力を出すのでオーシャンは気が気でない。

 

 そもそも今朝の朝食の時から、いつも賑やかな食堂はお葬式の様に静まりかえっているので、下手な会話を防止するためにもう少し離れて欲しい。っていうか、ハッフルパフに帰れ。

 

 朝食の時になされた新校長の挨拶の直後、「お食事は静かにとりましょうね」と猫なで声で宣言したアンブリッジに、みんなが従っていた。下手なことをすると罰則を受けかねないと、誰もが怯えている。

 

 だというのにこの男は。そもそも食事中の会話を禁止する校長が、テーブル間の移動を許す訳がない。何故、見とがめられないのかと口にすると、「ウミの真似をして、背中側にだけ目くらまし術をかけてるんだ」と言った。だから。ウミって呼ぶな。

 

 しかしお喋りの自由も無いとなると、食事の時間もただの拷問だ。オーシャンは周りのみんなもびっくりするくらいサッと食事を済ませて、セドリックと一緒に食堂を後にした。見とがめられるリスクを無くす為、さっさと場所を移す。

 

 中庭の噴水に腰をかけると、彼も隣に腰を下ろした。

「セド、ウミって呼ばないでって、何度も言ってるでしょう。それと貴方、今日は距離が近いわ。何だか怖いくらい」

「君が悪いんだよ。また君がいつ、あんな無謀な事をするんじゃないかって、気が気じゃ無いんだ」

 

 昨日の、間一髪で襲撃からみんなを隠した件だろう。それとこれとは、話が違う気がするが。

 そこまで話すと、すぐにアンジェリーナとフレッド、ジョージが追いついてきた。

「そりゃお前、無駄ってもんだぜ」

 

「何よ、フレッド。知った口利くじゃない」

 オーシャンが振り向いて言うと、ジョージがウインクした。

「これについて来れなきゃ、この先騎士は務まらないぜ? 我らの姫は誰より勇ましいからな」

 

 アンジェリーナも、呆れた顔で腕組みする。

「本当にそう。心臓がいくつあっても足りないわ」

「アンジェリーナまで……。だって、あれは仕方が無かったじゃないの」

「でも、もう少し説明してくれても良いでしょう? 親友なんだから!」

 

「時間が無かったんだから、仕方ないじゃない……」と肩を下げると、アンジェリーナの瞳が潤み出したと思ったが早いか、その両手が大きく広がりオーシャンを包む。

 

「――っもーーー! 今回も本っっっっ当に心配したんだから、オーシャン! いい加減にしてよ、もーーーーーーーーーーーー!」

 両手で腰の辺りに抱きついて、膝の上で泣き出すアンジェリーナの頭を優しく撫でる。「……ごめんなさいね。貴方達を守るのに必死だったの」

 

「……だってよ、兄弟」

 ジョージが片割れと頭をコツンと合わせる。フレッドが「そうだな」と答える。

 オーシャンはその声を聞いて、アンジェリーナの頭を撫でながら肩で振り返る。「何?」

 

 オーシャンの問いかけに、双子はいつもの笑みを返す。『悪戯仕掛け人』の名を欲しいままにした笑顔。

「姫様に守られてばっかりじゃ、騎士のお役御免って所だ」

「お前の代わりに、デカい花火でも上げようかと思ってるんだよ」

 

「……何? 何をする気なの?」

 嫌な予感に眉を顰めると、二人は「さあ?」「それは見てのお楽しみ」と惚けてから手をひらひらさせて行ってしまった。

 

 その真意をオーシャンはまもなく知る事となった。言葉通り何種類もの『花火』が、学校中を縦横無尽に飛び回り始めたのだ。

 

 安全で静かなのは地下牢教室くらいなものだった。フレッドとジョージが不在のまま授業が始まると、スネイプはグリフィンドール生をさっと見回し、そして教科書の該当ページをめくりながら言った。

 

「今校内を闊歩している、火花を出すあやつ等の件だが……気にせず授業に集中する事だ。我らが頼もしい校長先生が、直々に処理に回って下さっている」

 

 興味も何も無さそうにスネイプ先生はそう言うと次に、教科書の七二八頁を開くように言った。先生が双子の不在に気付かない訳がないのに、二人分空席のテーブルはそのままだった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 夜になり、談話室ではにやにやした双子が待っていた。厨房からくすねてきた食べ物を広げて、夕食を摂っている。

「貴方達、よくもまあ、あんなことしたものだわね」

 

 眉を顰めて詰め寄ると、フレッドが「最高だっただろ?」ともぐもぐした。オーシャンはため息を吐いて、仕方ない、という風に笑う。

 

「……騎士から総長に格上げかしらね」

「おっと、一気に最高位だ」「こいつはディゴリーの奴も悔しがるな」

 

 双子は歯を向き出して嬉しそうな笑顔をみせて、寮のみんなから英雄扱いを――ハーマイオニーからでさえも褒められていた。

 

 学校中を駆け巡った花火は彼らが作った『商品』らしい。ありったけの在庫を使ったから作り直しだが、と前置いて、彼らは寮生達からの注文を取り始めた。

 

 

 翌日も、大分数は減ったが、あちらこちらに潜んでいた花火をアンブリッジ校長が処理に走り回る一日だった。髪を振り乱して走り回る彼女に、オーシャンは笑顔で挨拶する事さえできた。

 

 アンブリッジ以外の人間が実に平和な一日を送って夕食に下りていった時、オーシャンは階段の所でチョウ・チャンと目が合った。

 

 チョウはそれが誰かに気付いて、パッと目を伏せる。ちょっと、それはあんまりじゃない?

 だからと言って、そんなに意地悪く声をかけるつもりは無かったのだ。本当に。

 

「チョウ、マリエッタの様子はどう?」

 その一言に、チョウは挑戦的な瞳で振り返る。オーシャンは言葉を重ねた。

「きれいに治ったのかしら? 随分酷い様子だったけれど」

 

 チョウがこちらへ向き直る。

「あんなに酷い呪いがかかってるなんて、私達聞いてないわ。卑怯よ」

 

 今にも泣きそうな顔。他の言葉を使えば良かったとオーシャンが後悔する前に、次の言葉の方が先に出てしまっていた。呪いをかけたハーマイオニーが卑怯なら、アンブリッジは何だと言うのか。

 

「『敵を騙すにはまず味方から』って言葉があるでしょう?」

 さらりと言ったオーシャンの様子が、チョウをますます苛立たせる。

「『敵』? あなた、誰も信じる事ができないのね。可哀想な人。そうやって私達だけじゃなく、『彼』まで騙して――」

 

 そうか。チョウはリストに呪いをかけたのが、オーシャンだと思っているのだ。…………まあ、別にいいか。興奮したチョウの言葉が矢継ぎ早に飛んでくる。

 

「マリエッタはすごく良い子なの。ただ過ちを犯しただけで――あの子のお母さんは魔法省に勤めているから、あの子はすごく難しい立場よ。そんな事も分からないなんて――」

「それは私は知らないわよ」

 

 言葉通りの意味しかないが、チョウは悪い方向に受け取ったらしい。

「あなたの様な冷たい人に騙されて、『彼』も可哀想だわ! あの時の彼の様子は――」

 

 そこまで口に出してしまって、何か思う所があったらしい。チョウは表情を変えると下を向いて、黙りこくってしまった。

 

 気配がして、オーシャンの右肩に手が置かれる。振り返ると厳しい面持ちでチョウを見るセドリックがいた。反対側にも現れた気配を振り向くと、それはハリーだった。彼は口を開く。

 

「チョウ……オーシャン……今――今のって――」

 信じられないといった面持ちのハリーに、オーシャンは嘘を吐く。「さあ、私、何も知らないわ」

 

 それからハリーは、ゆっくりとチョウを向いた。セドリックは肩に置いていた手を下ろしてオーシャンの腕を掴み、踵を返す。顔を上げたチョウが、涙に濡れた瞳で悲痛な声を出した。

「! 待って、セド……」

 

 セドリックは振り向かない。

「……ごめん、しばらく君の顔、見たくない」

 激情。そして嗚咽。チョウの泣き叫ぶ声に背を向けて、セドリックはオーシャンの腕を放さずに歩き出した。





チョウーーーーー!!!!!!
ごめえぇぇぇぇーーーーーーーーーーん!!!!!(泣きじゃくり)


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85話

「待って、セド! 待ってったら!」

 オーシャンは無言のセドリックに腕をとられて、当てもなく引っ張られていく。彼女の求めに彼は応じず、また、歩みを止めもしなかった。

 

「セド!」

 呼びかけはまたも届かない。顔の見えない彼が、何だか怖い。

 

「待ち、なさいって……言ってるでしょう!?」

「あわっ!?」

 

 しびれを切らして、彼の背中に入って掴んでいる方の手をねじり上げ、そのまま自身は彼の正面へ周りつつ、オーシャンは足払いをかけた。セドリックが訳も分からずに転倒する。

 

 一仕事終えた調子で手を叩いて、オーシャンは彼を見下ろした。

「――もう、貴方、どこへ行くつもりだったの?」

 

 セドリックは我に返った様子で、彼女を見上げた。「いてて……。ごめん、何も考えてなかった。とにかく、あの場から離れたくて――彼女から、君を離したくて」

 

 チョウ一人を悪者にするのは良くない。チョウの言い分にも分かる所はあったし――納得できるか、は別の話として――そもそも彼女が怒る理由は、マリエッタの事だけでは無いのだ。セドリックの言い分には感心できない。

 

「だからって、女の子にあんな言い方は無かったわ」

 

 オーシャンは眉を顰めて腰に手を当てる。『君の顔を見たくない』なんて好きな人に言われたらどうなるか、想像したくも無い。

 セドリックはゆっくりと立ち上がろうとしている。オーシャンはその様子を見ながら、言葉を選んだ。

 

「確かに、彼女の友達は貴方達みんなを危険に晒したわ。それは私も許せない。……けどそれは、あの子のした事じゃ」「なんで!」

 セドリックが突然荒げた声に、オーシャンの肩がビクリと震えた。彼は苦しそうな目をして問う。

 

「何でそんなに、平気そうな顔をするんだよ、君は! 何で、傷つけようとした相手の事まで庇おうとするんだよ!」

 

 手を引っ張られ、その勢いのまま、彼の胸へと連れて行かれる。前よりきつくきつく抱きしめられて、息ができない。

 

「君が何て言おうと! 僕は、君が傷つく姿なんて見たくない! 君が――君を傷つけようとする奴の事なんて、許せない! 君がしてくれた様に……僕にも君を守らせてよ……!」

 

 息が苦しい。胸がトクトク鳴っている。だけどまた、不思議と全ての言葉は慣れた言語で聞こえていた。最後の絞り出す様な言葉が、胸に染み入っていく。

「……セドリック……」

 

 彼の気持ちが、その胸越しに伝わってくる様だった。オーシャンもいつの日か経験した、『守りたい』という強い気持ち。

 

「――ごめんなさい、ありがとう。そうね、貴方は私を『いつも助けて』くれるんだもの」

 

 頭の重みを彼の胸に委ねて、呟いた。小春日和に貰った、羊皮紙の切れ端。

 目を閉じると、騒がしかったはずの心の臓が静まっていくのを感じる。頭を上げると、彼の瞳の中に自分が映っていた。

 

「貴方の気持ちをないがしろにして、甘えてたわ。ごめんなさい。……ありがとう、セド」

 

 微笑んで、そのまま見つめ合う。

 おもむろに彼が口を開いた。

「……キスしていい?」

「ダメ」

 

 即答。同時にオーシャンは、両腕でセドリックのそれを内側から音が鳴りそうな勢いで弾いた。彼は分かりやすく項垂れる。

 

「今の流れは、恋愛小説だったらキスしてる所だろう?」

「ごめんなさい、私、冒険小説の方が好きだから分からないわ。――でも」

 

 オーシャンは弾いた彼の左手を優しく取ると、自分の頬にそっと当てた。

「貴方の気持ちには、感謝してるの。……ありがとう、セド」

 

 セドリックの手のひらの温もりと、自分の体温が溶け合う様な感覚を、少しの間目を閉じて味わう。まぶたを開くと、彼の視線と交わった。

 

「!」

 今度はセドリックの方が手を振り払って飛び退いた。上げた顔はまるで、ゆでだこの様だ。

 

「危ない……。今、ダメって言われたのにキスしちゃうところだった……! ……ウミ、それは罠だよ……あまりにも巧妙な罠だ……!」

 

 耳まで赤くなる彼に、笑みが零れる。何だかちょっと、悪戯心がくすぐられた。

 

「そうなの? 貴方の自制心が働いてくれて良かったわ。良い子ね、セド」

 

 笑って頭をわしゃわしゃと撫でれば、またそれをかいくぐって距離を開ける。面白い。

 

 彼は赤い顔で、お腹がペコペコだから夕食に行こう、と言った。オーシャンは、そうね、と頷いて、元はと言えば誰のお陰でこの場所にいるのか、言わないであげた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 次の日のハリーは心ここにあらず、といった様子だった。

 

 スネイプが『閉心術』の個人教授を止めると言い出したらしく、それを聞いたロン、ハーマイオニー、オーシャンは首を傾げるやら心配しているやらだが、彼にはそんな事よりずっと、心を占めている事があるみたいで、何を言っても返事が上の空だった。

 

 談話室の壁をぼうっと見つめている彼に声をかけると「なんでもない」という、明らかになんでもある答えが返ってきた。ハーマイオニーが、何の気なしに口を開く。

 

「さっき、チョウを見たけど、あなたたち、また喧嘩したの?」

 その問いにハリーはただ、「ああ、まあ」と答えた。

 

 更に原因を問われて、裏切り者のお友達、と端的に答える。オーシャンはダンブルドア校長の逃亡劇の後、合流したメンバーにマリエッタの事を報告していた。

 

 ハリーの回答に、ロンが「そりゃあ、無理も無いぜ!」と憤り、怒りが収まらない調子で色々な悪言雑言を撒き散らした。ハーマイオニーが「まあ」と静かな声で遮る。

 

「今回の事で一番怒っているのは、セドリックだと思うわね。凄かったわよ、あの人」

「ああ、確かに」何かを思い出している様子で、ロンが言った。オーシャンがびっくりして声を裏返す。「そんなに?」

 

「ええ、そりゃあもう」ハーマイオニーが深く首肯する。「『闇の魔術』を使い出さないのが不思議なほどの剣幕だったわ」

 ロンも口を揃える。

「人ってあんな顔出来るんだなって思ったよな、実際」

 

 そう聞いて、オーシャンの心には昨日のやりとりが更に食い込んだ。いつもより強引な、きつく自分を抱きしめた腕。苦しげな瞳で、静かに響いた切ない声。『僕にも君を守らせてよ……!』

 

「オーシャーン? オーシャン、大丈夫~?」

「――はっ!?」

 

 どうやら、意識が飛んでしまっていた様だ。ハーマイオニーの手のひらが目の前で振られている。 

 

「もしかして、またセドリックと何かあったの?」

 

 ハーマイオニーがオーシャンの変化を目ざとく指摘する。彼女に言わせると、段々と赤く色づいていくオーシャンの顔には「何かあった」というのがありありと書いているのだ。

 

「な、なんでもないわよ……!」

 ハリーと同じ逃げ口上を口にして、オーシャンは寝室に引き上げた。ハリーの心を占めているものが一体何なのか、分からないまま。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 イースター休暇の最後、ハリー達五年生は夏学期に控えた進路指導の為に、談話室に設置された就職パンフレットの山と格闘していた。

 

「ああ、もうそんな時期なのね……」

 ハリー達を見て年寄りじみた事を口走るオーシャンを、アンジェリーナが笑う。「ああ、あれ、もはや懐かしいわね」

 

 二年前、オーシャンの心は進路指導どころでは無かった。そもそもあの頃は指名手配犯が学校に出入りした騒ぎで、学校中がそれどころでは無かったが。

 

 それでもマクゴナガル先生に呼ばれたオーシャンは、将来の展望を質問されて、言うことが無さすぎてこう答えた。

「……毎日美味しいご飯を食べて、適度な幸せを見つけて生きていきたいです」

 

 その返答で貰ったのは大目玉所では無く、龍をも起こす程の雷であった。指導が終わってからそれを聞いた友人達は、大笑いしていた。

 

 そんな懐かしい記憶はさて置いて、今気になるのは、パンフレットを手繰るハリー達に混ざっている悪戯双子の存在である。

 

 ハリーが彼らに進路についての助言を求めるとも思えないし、逆も然りである。そもそもあの双子は声を大にして悪戯専門店を開業すると言っているし、その資金も一年前に貯まっているはずだ。今更『進路指導』等に関わろうとしている理由が分からない。

 

「まさか天下の悪戯双子が、進路についてのアドバイスをしている訳じゃないでしょう?」

 そう声をかけると、こちらに背を向けてあぐらを掻いていたジョージが、肩で振り向いた。

 

「おっと、企業秘密だ。いくらオーシャンでも仲間に入れてあげられねぇな」

 

 何やらフレッドと一緒に、ハリーと頭を突き合わせて話し込んでいたようだ。フレッドも顔を上げた。

 

「いいや、『オーシャンだから』というべきか? 俺たちが後輩の進路の相談に乗ってやってるなんて、冗談が下手な奴にはな」

「何よそれ、失礼しちゃうわね」

 

 返ってきたいつもの軽口に、呆れる口調でオーシャンは言った。隣のアンジェリーナを見ると、彼女も肩を竦めて見せた。

 だから、まさかそれが思いも寄らない方向に転がるなんて、考えてもみなかったのだ。

 

 

 

 

 次の日、休暇が明けて平常通りの授業が始まった。七年生はいよいよN.W.E.T.試験が目と鼻の先に迫っていて、生徒達だけではなく教鞭を執る先生達も鬼気迫る表情をしていた。

 

 一緒にいたアンジェリーナが珍しく教室に忘れ物をして、「先に行ってて!」と促された直後だった。教室に向かおうとする七年生達の波に逆らって、ハーマイオニーがこちらに向かって走ってきたのだ。

 

「どうしたの?」

 急ブレーキをかけたハーマイオニーに、落ち着いて尋ねる。彼女は肩で息を整えつつ、話し出した。

 

「……オーシャン、あの二人を……止めて……!」

 ハーマイオニーがやっとそう口にした、まさにその時、校内のどこかで破裂音が二回、音高らかに鳴った。二人とも、ハッと顔を上げる。

 

「何、今の!? ……何かの合図……!?」

 顔を曇らせるオーシャンに、ハーマイオニーは「行って!」と言った。

 

「フレッドとジョージよ。あの二人、ハリーがシリウスに会うために、馬鹿げた陽動作戦でアンブリッジを惹きつけようとしてる。ダンブルドアがいない今、こんな事しでかしたら――」「持ってて」

 

 話を聞き終わる前に、オーシャンはハーマイオニーに自分の鞄を押しつけて廊下を駆け抜けた。彼女の勢いに驚く七年生達を巧みに躱して進む。

 

 あの二人はどこだ? あの音はどこで鳴った? 階段を下りるのももどかしく、手すりに足をかけて滑り降りる。上ってくる生徒達が焦って縮こまるが、その頭を鷲掴んで跳躍台にした。

 

 玄関ホールに着くと、そこはすでに沼地と化していた。その辺にちらほらといる生徒が『臭液』の様な液体をかぶって、何が起こったか分からずに右往左往している。

 

「危ない!」

 声が聞こえて、飛び出してきたセドリックが、上階から落ちてきた水風船の様なものから庇ってくれた。もう少しで蹴り飛ばしてしまうところだったので、助かった。

 

「ありがとう、セド。足が汚れなくて済んだわ」

「お安いご用だよ。……うっわ、酷い臭いだ……」

 

 前髪から垂れてくる液体の匂いを嗅いで、彼はしかめ面をする。その顔でセドリックは、これも君の仕業かい?、と聞いた。

「まさか、我が寮の悪戯仕掛け人よ」

 

 そうセドリックに答える傍らを、怒り心頭のアンブリッジとフィルチが駆け抜けていった。しかしすでに沼地化している玄関ホールに下りられず、別の道を探して階段を再び上がっていった。

 

「私達も行きましょう。あの女より先に、あの二人を見つけなきゃ」

 オーシャンが無意識に言った『私達』の一言に、セドリックは嬉しそうに「うん!」と頷いた。

 

 



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86話

 双子は逃げも隠れもしなかった。オーシャンとセドリックの二人は、中庭で得意満面な顔をする犯人二人を見つけた。すでに校内の共有部の床はほとんど沼地になっていて、『臭液』の被害も未だ続いていた。

 

「見つけたわよ、貴方達!」

 オーシャンはセドリックと中庭に降り立って言った。フレッドは大胆不敵な仁王立ち、ジョージは彼の傍らにあるトランクの上に、足を伸ばして座っている。

 

「よう。いかがだったかな、我らの『インスタント沼』は」

「臭液も新校長就任記念に付けてやったぜ」

 

「男前が上がったな」とセドリックを見てニヤニヤ笑う二人に、オーシャンは腕組みして答える。「あら、そう。就任記念は、この間の花火で終わったと思ってたわ」

 

 二人は同時に肩を竦める。オーシャンは、ジョージが下にしているトランクを見た。

「どこに行く気?」

 

 一人、二人と生徒が集まってくる気配。アンブリッジが来るまで、そう時間はかからないだろう。

「まあ、祭りはここまでって事だ。俺たちは新天地を求める」

 

「お前等は早いとこ下がって、あいつらに紛れた方がいい」ジョージが、後ろに出来つつある野次馬を指さす。「お前等もお仲間だと思われちまったら、敵わないからな」

「この華麗なる仕事は、我らウィーズリー以外には渡す気が無いもんでね」

 

「ふざけないで」

 あくまでふざけた調子を貫く――こんなもの、いつもの悪戯の延長線上だとでも言うような双子に、オーシャンは怒りの眼差しをむけた。

 

「大真面目さ」「騎士達も、守られるばかりはもう飽きたのさ」

 代わる代わる答えた双子は、不敵に笑った。その時どやどやと騒がしく、アンブリッジがフィルチや親衛隊のスリザリン生を引き連れて来た。双子がセドリックに目配せする。

 

「ウミ、ごめんね」

 セドリックは短くそう言うと、以前にした様に彼女の体を抱え上げて、肩に担ぎ上げた。体勢を崩して落ちない様に、胴をしっかりと両手で掴む。

 

「きゃ、セド!? やめて! 下ろして!」

 抵抗するオーシャンに足下をふらつかせる事無く、セドリックは彼女を担ぎ上げたまま野次馬の生徒達の中に下がっていった。

 

 下ろされた彼女はすぐに双子の元に戻ろうとしたが、すでにアンブリッジは中庭に入っており、それを取り囲む様な形で親衛隊達が双子を逃がすまいと包囲網を狭めている。

 

 セドリックを振り返り、どういうことかと目を向ける。彼は中庭から目を離さずに言った。「邪魔しないであげて」

 

「さてさて」中庭のアンブリッジが、双子に向けて勝ち誇った声を出した。「学校の床を沼だらけにしてしまったのは、さぞかし楽しかった事でしょうね」

 

 双子は軽い声で答える。「ああ、実に楽しかったね」「今学期、数少ない有意義な時間だったな」

 

 アンブリッジは彼らを捕らえるように親衛隊に号令をかけたが、双子はそれより早く杖を高く掲げた。「アクシオ! 箒よ、来い!」

 

 時を置かずして、絡みついた鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、二人がアンブリッジに没収されていた箒が到着した。双子はよく似た動作で箒の柄を取ると、襲いかかってきたスリザリン生を躱して空中へと跳び上がる。

 

 箒に跨がりながら親衛隊の手の届かない所まで飛翔したジョージは、その場でこちらを振り向いて大音声を上げた。

「ダイアゴン横町93番地、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』をどうぞごひいきに! 我々の新店舗です!」

 

 舞台映えする仕草で、フレッドは腕を広げた。「この女をホグワーツから追い出さんとする勇者には、特別価格にてご提供させていただきます!」

 

 双子の声明に、中庭を取り囲むスリザリン生以外の生徒達が拍手喝采する。アンブリッジは憎々しげに舌打ちをし、「何をやってるの!? 捕まえなさい!」とヒステリックな声を上げた。フレッドとジョージがこちらを見る。

 

「セドリック・ディゴリー!」

「我らが姫を任せたぞ!」

 

 そう言う彼らに、セドリックは大きく手を振り上げる。その答えに二人は満足げに頷いて、彼方へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 双子の自由への逃亡は伝説になり、今や学校中がその話題で元気を取り戻した。悪戯双子が築いたその歴史に続けと言わんばかりに、生徒達は可能な限りアンブリッジや親衛隊を困らせる悪戯を日々仕掛けている。

 

 クラスの半数が双子の売りさばいていった『ずる休みスナックボックス』で体調不良に似た症状を起こすのを、オーシャンはため息交じりで見ていた。

 

 学校中の良い子達があの悪戯双子になってしまった様で、オーシャンは今すぐにでも学校を飛び出して彼らの構えた新店舗に殴り込みに行き、この惨状の落とし前を付けさせたい、と思う。

 しかしその前に、確認するべき事がある。

 

 

「ハリー、私に言うことは無い?」

 金曜日の談話室。オーシャンは、座ってテーブルに宿題を広げるハリーを見下ろして聞いた。一緒にテーブルを囲んでいた、ロンとハーマイオニーが顔を上げる。

 

「なんの事だい?」ハリーは手を止めず、こちらを身もしなかった。

 オーシャンは手近のソファに、足を組んで腰掛ける。

「あら、そう? 私はハーマイオニーに聞いたのだけれども。『ハリーがブラックに会うために、フレッドとジョージは馬鹿げた陽動作戦でアンブリッジを惹きつけようとした』って」

 

 毛先をいじりながら、高圧的な視線で続ける。「聞き違いかしら?」

 ハリーは、やっと彼女に目を向けた。後ろ暗い所があるような視線。

 

「私あの二人に何回も、貴方達に世話を焼きすぎだって怒られたのよね。人の事言えないと思わない? ねえ?」

「分かったよ! 分かったから、そんな意地悪な言い方しないでくれないか!?」

 

 執拗なまでの責めに、ハリーは羽根ペンを置いてお手上げをする。ロンとハーマイオニーはオーシャンの珍しい物言いに戸惑っていた。ハリーの降参した様子を見て、オーシャンは足を解いて前のめりになった。

 

「どうして、ブラックに会いたかったの?」そして冗談めかして、「まさか、突然ホームシックになった訳でも無いでしょう?」と付け加える。

 

「そうだって言ったら、納得してくれる?」聞くハリーに、「するわけ無いでしょう?」と鋭く答えると、彼は肩を落とした。

「だよね」

「私をご理解して下さっている様で、実に助かるわ」

 

「でも、言いたくない」

 打って変わった口調のハリーにオーシャンが口を開きかけたが、ハーマイオニーの方が早かった。

 

「スネイプが『閉心術』を教えるのを止めた件についてじゃないの?」

 その問いかけに、ハリーは実に分かりやすく乗った。「あ――うん、そう。それだ」

 

 オーシャンは懐疑的に腕を組む。ハリーは早口に言った。

「スネイプが僕に『閉心術』を教えるのを止めたって言ったら、二人共すごい怒ってて――」

 

「待って。『二人』って?」

「ルーピンも一緒だった」

 

「…………ふぅ~~~~ん……」

 ハリーの告げた人名に若干上擦った声で相づちを打つと、ロンがオーシャンを見て、からかい混じりの声を出す。「あっ、ちょっと羨ましいんだ!」

 

「そこの赤毛、黙りなさい」図星を当てられて、杖でぴしゃりとロンを指す。彼は口にチャックをした。

 

 ハーマイオニーが座った目をハリーに向ける。

 

「けど、やっぱり『基礎が出来てるから、指導は必要ない』なんて言われたって言うのは、嘘だったのね。おかしいと思ったのよ。仮にそうだったとしても、スネイプがそんな、あなたを『出来がいい』と認める様な発言するはずないもの」

 

 ハーマイオニーの弁にハリーは、ぐっと息を飲んだ。ぐうの音も出ないという事はまさにこの事。その鮮やかな追い詰め方、見習いたい。

 

「昨日もまた、ブツブツ寝言を言ってたってロンに聞いたわ。まだ例の夢を見てるんでしょう?」

 

 ハーマイオニーに問われてハリーは、クィディッチでロンがクアッフルを獲れる様にしたかった、と苦し紛れの言い訳をした。廊下の夢なんて見ていない。ただのクィディッチの夢だったという、弁護側の主張。

 

 ロンはあっさりとそれを信じて、「でも、モンタギューの奴が明日までに退院しなかったら、僕達にもまだ、優勝杯のチャンスはあるだろ?」と言った。

 

「うん、そうだね」話題が逸れてホッとした様なハリーの声。オーシャンが軌道を修正しようとするより早く、またもハーマイオニーが「じゃあ、オーシャンが行ってあげなきゃ」と言った。

 

「え?」

 彼女の方を見る。ハーマイオニーはにっこり笑って、「応援」と言った。

 

 

 

 

 

 

 翌日土曜日。寮対抗クィディッチ、スリザリン対ハッフルパフ戦。

 セドリック・ディゴリーは事実上の引退試合に気を引き締める。朝食の後、同寮の生徒達の多くが、「頑張れよ」と背中を叩いてくれた。

 

 この日を迎えた事に、彼は少しの感傷に浸る。もしかしたら、一歩道が違えば迎えることが出来なかったかもしれない、引退試合。暗闇の墓場で、彼の命を守ってくれた温かい光(と彼は思っている)。

 

 その光を手渡してくれた女性を思う。みんなを守ろうとする事にひたむきな女性。誰より勇敢で、けど危なっかしくて、初めてこの手で守りたいと思った、ただ一人の女性。

 

 彼女がくれたこの時間。いや、もしかしたら、『あの時』からの全て。まぜこぜになる、感謝と感傷と愛情。

 

 厳かな気持ちを抱いて、彼は他の選手達と共に、選手入場口へ向かう。熱狂するスタジアムに入場しながら、目はグリフィンドールの観客席に、彼女の姿を探していた。

 

 いた。一番前の最前列。いつもの後方席ではなく、クィディッチ好きしか取らないような真ん中の特等席。彼女の周りは、いつものハーマイオニー・グレンジャーとロン・ウィーズリー、ハリー・ポッターと、グリフィンドールチームだった。グレンジャーが気付いて、彼女に話しかけながらこちらを指す。

 

 ピッチの中央に到着し、スリザリンチームと向かい合う。審判のマダム・フーチに従って、キャプテンのマーカス・フリントと握手を交わした。マーカスがこちらの手を潰さんばかりに握ってきたので、負けじと握り返す。彼は不愉快そうに唇を歪めた。

 

 手を投げ捨てるように、乱暴に振りほどかれると、チームメンバーがマーカスの態度に眉を顰めて、大丈夫か、と心配してくれた。手をさすってそれに答えて、グリフィンドールのスタンドに目を向ける。

 

 目が合った彼女の声が聞こえる様だ。

 微笑んで、「見てるわよ」と言ってくれた彼女がいれば、負ける気はしなかった。

 

 







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87話

「まさかあの馬鹿げた『ウィーズリーは我が王者』を、本当の意味で聴く事ができるとは思ってもみなかったわ……」

 

 夜、お祭り騒ぎの談話室で、満面の笑顔で寮生達に担ぎ上げられているロンを見ながら言ったオーシャンの言葉を、隣でバタービールのグラスを傾けるハーマイオニーが笑いながら肯定した。「ほんとよね」

 

 本日の寮対抗クィディッチ杯、グリフィンドールはレイブンクローを下して、見事優勝杯を手にした。その立役者であるロンは八面六臂の活躍とはいかなかったが、最後のボールからゴールを守ったのは、正しく彼であった。

 チームに加入してからずっと本領を発揮できなかったロンの活躍は、勝利が確定した瞬間からグリフィンドールを沸かせっぱなしでだ。一躍脚光を浴びた彼は、談話室中を端から端へ、まるで波を漂っていく様であった。

 

 彼の二人の親友達もその様子を嬉しそうに見ているのが、オーシャンの心に少しだけ引っかかっていた。二人とも、彼がゴールを守ったあの決定的な瞬間を見てないのである。

 

 彼らは試合開始早々、ハグリッドに連れられてどこかに出かけていた。戻ってきたのはちょうど試合が終わった頃だ。一体何の話だったのか、オーシャンは彼らからまだ一言も聞いていない。

 

 

 その後何日も、ロンは自らの武勇伝を語り継いだ。自分が活躍し、寮に貢献できた事がよほど嬉しいのだろう。最初は、初孫の話を逐一聞く祖母の様な微笑みで話を聞いていたオーシャンだったが、同じ話が十数回を超えた辺りで右から左へ流す様になった。

 

「――でさ、僕は一か八か右へ飛んでみたんだ! そしたら…………ちょっと、聞いてる?」

「ええ、ちゃんと聞いてるわ。ところで、ベゾアール石って山羊の胃の腑から取り出すんだったかしら? それとも肝?」

 

 N.W.E.T.試験の追い込みとして、訳した教科書をめくりながらツラッと返すオーシャンに、ロンは盛大な突っ込みを入れた。「聞いてないじゃないか! 酷いよ!」

 

「だって何回も同じ話をされて、もう耳にタコができちゃったんだもの。ハリーとハーマイオニーに話してあげたらいいじゃない。二人とも、禄に観戦できなかったんだから」

 

 うんざりとした顔で教科書を閉じたオーシャンの一言に、ハリーはぎくりとした。ロンが裏切られた様な声を出す。

「え? 観てないの?」

 

 親友の愕然とした様子に、二人は申し訳なさそうに肩を下げた。

「ごめんなさい、ロン。けど、わざとじゃ無いの……」「ハグリッドのせいなんだよ」

 

 ハグリッドに責任の所在をなすりつける様な言い方は気にくわないが、彼に二人が呼び出されたのは事実。結局その時にどのような話し合いがあったのかを聞いていないし、あの時何があったのか二人がロンに説明するのを、オーシャンも聞くことにした。

 

 聞けば、ハグリッドからある頼み事をされたという。

 この夏にダンブルドア校長の密命を受けて、巨人達の集落に協力交渉に行っていたハグリッドとマダム・マクシームだったが、結局全員の巨人達とは協力関係を結ぶことは出来なかった。

 そして彼が『持ち帰ってきた』成果は、それだけでは無かったのである。

 

「ハグリッドに弟がいたの!?」

「そんでそいつを連れ帰って、森でかくまっているって!? 冗談だろ……」

 

 ハリーとハーマイオニーが語った驚愕の内容に、オーシャンとロンの声が裏返った。更にロンが呆れているのは、その事だけでは無かった。

 

「しかも、その巨人に英語を教えてやってくれだなんて……。まるで、どっかの誰かさんみたいじゃないか」

 

 ロンが一瞬チラリとこちらを見たので、懐から出した杖をチラつかせてやる。うん、大人しくなった。ハーマイオニーは、「意外と、『以前の生徒』より物覚えは良かったりしてね」と笑う。

 

「でもどっちにしろ、僕達にはそんなことしている暇無いぜ。もうO.W.L.試験がここまで迫ってるんだ」

 

 そう言うロンに、「でも約束しちゃったのよ」と困った顔をするハーマイオニーとハリー。どうにかしてやりたいが、英語が出来ないオーシャンにはどうしようも出来なかった。

 

 

 *

 

 

 日差しが日に日に強くなって、六月はすぐにやってきた。試験当日の朝食の時間は、いつにも増して緊迫した雰囲気が漂っていた。N.W.E.T.試験を受ける七年生に加えて、同日からO.W.L.の筆記試験に入る五年生達も、最後の最後まで追い込みに余念が無い。

 

 今年ばかりは、新校長先生サマのお陰で静かな朝食を過ごせて良かった、とオーシャンは思った。O.W.L.試験の時は、みんなが賑やかにしている朝食の席で、頭に詰め込んだ知識が耳からこぼれ落ちない様に、必死だったのだ。

 

 朝食が終わると五年生と七年生は教室へ向かわず、玄関ホールにたむろしていた。その表情は、最後の瞬間まで復習に全力を注ぐ者、すでに諦めて切腹前の武士の様な面持ちで立ち尽くしている者、様々だった。

 

 九時半になると、各クラスごと、順に呼ばれる。再び大広間に入ると、中は二年前にO.W.L.の筆記試験を受けた時と同じ形になっていた。何百という机が並び、その上には各試験の問題と答案の用紙が置かれている。

 

「始めなさい」

 先生の号令で、伏せていた問題用紙が一斉にめくられた。オーシャンの聞き違いでは無かったら、その時すでにペンを走らせていた者が何人かいた。

 名前を書いて、最初の問題に目を走らせる。そして今年も、頭を抱えた。

 

 

 そもそも、こちらは苦手な翻訳と難しい試験問題の両方をいっぺんにこなしている訳で、大半の受験生達より脳みその稼働率は多少なりとも多いわけだ。という言い訳をしながら、オーシャンは折り曲げた膝に顔を埋めた。アンジェリーナとセドリックが、それぞれの側から肩をさする。二人は校庭の木陰で、ひとときの休息をとっている。一人はオマケでついてきた。

 

 試験は滞りなく半ばを迎え、昨夜は「天文学」の試験だった。星々のきらめきを受けながらオーシャンは手元の天文図を埋めていき――そして、堕ちた。

 

 目が開いたのは、試験が終わって書いた図が回収される時。三分の二が穴だらけの天文図は、無慈悲にも彼女の手元から奪われていき、そして彼女はその瞬間に試験に落ちた事を悟った。

 

 しかしオーシャンを落胆させたのは、それだけではなかった。

 

「あの女がハグリッドに夜襲を仕掛けていたその時、私はすやすや寝息を立てていたのよ!? これ以上に屈辱的な事ってある!?」

 

「しかも助太刀に来たマクゴナガル先生が四人がかりの『失神呪文』に倒れた時でさえ、起きなかったものね……。あの瞬間は生徒達はおろか、教授でさえ大騒ぎをしていたのに……」

 

 オーシャンが一晩泣き晴らした顔を上げると、アンジェリーナは先生達を心配するやら、親友の神経に呆れるやらの複雑な表情をしていた。

 

 確かに、目が覚めたあの時、試験を監督していた教授からは「大丈夫かい? しばらくの間、息をしてなかったよ」と心配された。気付いていたのなら、起こしてくれ。

 

 これでは毎年の夏に、日本で修行をしている意味が無い。ダンブルドア校長は自分を庇って雲隠れし、ハグリッドも理不尽な誹りを受け逃亡し、マクゴナガル先生の窮地に駆けつける事も出来なかった。あの時に堕ちなければ、天文台の塔を飛び降りてすぐさま助けに向かえば、間に合ったかもしれないのに。こんなつまらない事で彼女を守れなかった後悔が、試験終了後からずっとオーシャンを襲っている。

 

 全ては、『あの女』が来た事で始まった。

 

「もう嫌だわ。試験どころじゃない」

 

 アンジェリーナもセドリックも、オーシャンのその呟きの意味する所が分かって眉を下げる。様変わりしてしまったホグワーツ。自分たち生徒を守っていてくれた先生達が、次々と倒れていく。

 時に厳しくも見守ってくれた、温かい寮監の姿を思い出す。オーシャンはすっくと立ち上がった。

 

「私、マクゴナガル先生のお見舞いに行ってくるわ」

 

 マクゴナガル先生は医務室にいるはず。面会謝絶の可能性もあるが、じっとはしていられない。セドリックとアンジェリーナも立ち上がる。「一緒に行くよ」

 

 三人で医務室の前に到着した時、随分急いだ様子のハリーと行き会った。彼の顔面は蒼白だ。「オーシャン」

 

「貴方もお見舞い?」と聞くオーシャンに続いてアンジェリーナが「まだテストを受けてる時間じゃ無いの?」と聞いた。

 しかし彼は「ああ、まあ」と適当な返事をして医務室の扉を明ける。

 

 四人で医務室を奥まで進んだが、どのベッドにもマクゴナガル先生の姿は無かった。事務所から出てきたマダム・ポンフリーに、「マクゴナガル先生はどちらに?」と尋ねる。

 

「先生は今朝、聖マンゴ魔法疾患病院に移送されました。あのお歳で胸を四本も貫かれたんですもの……」

 マダムの言葉にオーシャンとアンジェリーナが息を飲み、セドリックは痛々しく眉を曇らせた傍らで、ハリーだけが「先生が、いない……?」と愕然と呟いた。

 

 口惜しそうにアンブリッジの卑劣さを語るマダムだったが、それを聞かずにハリーは猛然と出て行った。「待って、ハリー」とオーシャンが追いかける。

 

 生徒達が闊歩する廊下をかき分ける様に、ハリーは怒りと焦燥が入り交じった足取りで進んでいく。オーシャンが横に並んで「何かあったの?」と問いかけると、ハリーは歩く速度を緩める事無く、また、こちらを見ずに話し始めた。

 

「また夢を見たんだ……シリウスがアイツに拷問されてる……シリウスが危ない……ロンとハーマイオニーにも話さなきゃ……」

「私も一緒に行くわ」当然の様にそう言うと、ハリーの震える顎がこくりと動いた。

 

「アンジェリーナ」オーシャンは足を止めずに、後ろを着いてきている親友に声をかけた。

「私、用事が出来ちゃったわ。また危ないことをするかもしれないけれど、許してくれる?」

 

 言われたアンジェリーナは、「許すも許さないも、あなた私が止めたって、どうせ行きそうな顔してるもの」

「貴女のそういう所好き。ありがと」

 

 仕方ない、という顔をしている彼女に笑顔を向けると、彼女は足を止めて、離れていくオーシャンに大きく手を振った。

「次の実技は、適当に言い訳しておくから任せといて!」

 

 ハリー、オーシャン、セドリックの三人はそのまま進んでいく。階段を下りようとした時に、上ってこようとしていたロンとハーマイオニーがこちらに気付いた。

「ハリー!」

「どこに行ってたんだ、大丈夫なのか?」

 

 ロンの質問に答えずに、ハリーは「一緒に来て、話がある」と端的に言って、二人も連れてまた歩き出す。

 

 歩きながらロンとハーマイオニーに今し方見た『夢』の話をするハリーだったが、「『神秘部』に行く。シリウスを助けなきゃ」と言ったのをハーマイオニーに止められた。彼女は、ハリーの歩みを止めるように立ち塞がった。

 

「ダメよ。コレがあなたをおびき寄せる罠じゃない可能性は無いわ。『神秘部』へ向かう前に、シリウスが本当にグリモールド・プレイスにいないかを確かめてからじゃなきゃ」

 

 セドリックには訳の分からない話ばかりだったが、質問をして話の腰を折る事はしなかった。ただ、その目が説明を求めて何度かオーシャンを見た。

 その視線に気付いたオーシャンは、人差し指を唇の前に立てる。

 

「説明している暇はなさそう。貴方がするべき事は、私と一緒にこの子達を守ることよ。わかった?」

 セドリックが「わかったよ」と頷き、オーシャンはいつもの様に微笑んだ。「良い子ね」

 後輩三人は、その二人のやりとりに少しだけ、胸焼けを覚えた。

 



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88話

 ハーマイオニーとセドリックは、途中で協力してくれる事になったジニーとルーナ、ネビルの三人と一緒に、アンブリッジの部屋の前の廊下を封鎖する為に動いていた。

 ハリーとロン、オーシャンの三人は主が留守の『現』校長室に侵入する。暖炉を確認すると、ハリーがロンと目配せし合った。「手早く済ませろよ」「分かってる」

 

 ハリーが暖炉の脇から取った『煙突飛行粉』を振りかけると、暖炉の中にたちまち緑色の炎が上がった。彼は四つん這いになって、慣れた様子でその中に顔を突っ込む。

 

「へえ、『煙突飛行粉』にはこんな使い方もあるのね……」ハリーのがら空きの背中とお尻を見下ろして、オーシャンは言う。「でも、いくら何でも無防備すぎるわ。あんまり良い連絡手段とは言えないわね」

 

 これなら、日本の『狼煙通信』の方がまだ良い気がする。敵に背後を取られるリスクと隣り合わせよりは、よっぽど良い。惜しむらくは、数字を組み合わせた短文しか遅れない、という事だろうか。例えば、「8770141」とか。

 

 随分と長く話し込む彼を、ロンと一緒にただ見下ろして時間が過ぎる。いや、もしかしてあれから三十秒も経っていないかも? 敵がいつ戻ってくるかも分からない緊張感の中、時間感覚までもが壊れてしまったのだろうか? パチパチと炎が爆ぜる音に遮られて、ハリーが向こうでどのような会話をしているのかも分からない。

 

 不測の事態が起これば、ハーマイオニー達が合図を送ってくれる事になっている。オーシャンは目でハリーの背中を見ながら、神経は部屋の外に集中させていた。

 そして――

 

 

 

 *

 

 

 

 

「オーシャン。やりすぎよ」

 アンブリッジと尋問官親衛隊の面々が死屍累々と横たわる室内を見回して、ハーマイオニーは言った。対してその『犯人』の供述は、清々しいものであった。「ああ、すっきりした」

 

「それは間違いないけど」ハーマイオニーは複雑な表情で腕を組み、ハリーとロンは胸がすっとした笑顔を見せ、ネビルは今にも泡を吹かんばかりに青ざめている。

 

 

 数分前、アンブリッジ、フィルチ、親衛隊の面々が、捕らえられたハーマイオニー、ジニー、ルーナ、ネビル、セドリックの五人を引き連れて入ってきた瞬間、オーシャンは自身に『隠れ蓑術』をかけて天井まで跳び上がり、そこに貼り付いた。俊敏なその姿が見えていたのは、せいぜいセドリックぐらいであろう。

 

 アンブリッジは捕らえた『反乱分子』全員の杖を没収し、フィルチは鞭打ちの許可証を取りに嬉々として部屋を出て行った。尋問の口ぶりからするとアンブリッジは、ハリーがダンブルドア校長と連絡を取っていたと思い込んでいた。

 

 途中、ハリーに『真実薬』を飲ませてダンブルドア校長の居所を吐き出させようとしたアンブリッジがスネイプ先生を呼びつけ、ハリーが彼に助けを求めるという予想外は起こったものの、スネイプ先生は実に彼らしく眉一つ動かさずにハリーを突き放して部屋を出て行き、ハリーは唯一の希望を断たれて愕然とした。

 

 しかし、これで『ブラックが闇の陣営に捕らえられた』という情報は確実に不死鳥の騎士団本部に届くはずである。その情報が正か否かは別として。

 

 そして高揚しきったアンブリッジがハリーに杖を向けて『磔の呪文』を唱えようとするより早く、オーシャンは彼女の脳天に向けて鋭い電撃を撃った。

 

 黒焦げになり力なく崩れ落ちるアンブリッジ。突然の事態に目を疑う尋問官親衛隊。友人達を羽交い締めにしている彼らの眼前にオーシャンはふわりと優美に下り立ち、ぴくりともしない『校長』を見る。

 

「これは、マクゴナガル先生の分。お気に召したかしら?」

「やっつけろ!」気を取り直した親衛隊が杖を構える。オーシャンの怒気が、部屋全体の空気を震わせた。「貴方達は年がら年中ピーチクパーチク五月蠅いのよ!」

 

 親衛隊は一瞬怯んだかに見えたが、杖をオーシャンに向けて一斉に唱えた。「ステューピファイ、麻痺せよ!」

 

 その光線をいともたやすくかいくぐったオーシャンは眼前の三人の懐に入り、武装解除を放つ。三人共が訳も分から無い内に宙を舞って杖を吹き飛ばされ、稲妻の様な音と共に床に叩きつけられた。「いづな落とし!」

 

「プロテゴ、護れ!」聞こえた声で振り返る。残された親衛隊が放った麻痺光線を弾いたのは、杖を拾いながらオーシャンと彼らの間に立ち塞がった、セドリックの魔法だった。

 

 そして残った親衛隊は、同じく杖を取り返したハリー、ハーマイオニー、ジニー、ルーナの魔法をモロに食らって倒れる事となった訳である。

 

 

 

 だからこれは決して、オーシャンだけがやりすぎた訳では無い。散々辛酸を舐めさせられてきた日々を思えば、これくらいで済んでむしろ感謝して貰いたい。

 気を取り直して、全員がハリーを見た。

 

「ブラックはグリモールド・プレイスにいたの?」

 オーシャンの問いに、ハリーは首を振った。ロンが慌てた声を上げる。

「じゃ、これからどうするんだ?」

 

 ハリーは頑として言い放つ。「シリウスを助けに『神秘部』に行くに決まってる! さっきのスネイプを見ただろう? 頼りにならない。僕は行くよ」

 

 彼の表情は焦りと決意と少しの憎しみを感じさせたが、アンブリッジに向かって「ポッターの戯言なんぞ、私に理解できる所はありませんな」と言ったスネイプのあの態度を、オーシャンはどうしても額面通りに受けとる事が出来なかった。ダンブルドア校長の命令とはいえ、決して短くない時間をハリーの『閉心術』授業に割いた男の事だ。言葉の意味が伝わらずとも、あの状況を見て、ただで放っていくとは考えられない。

 

「……冗談言わないで。私が貴方を一人で行かせる訳無いでしょう?」

 とはいえ、何が起こっているかを推し量る事は、オーシャンには出来ない。ハリーが行くというのなら、彼を守るのは自分の役目だ。

 

 オーシャンがハリーに鋭く言い放つのを聞いて、セドリックは彼にジト目を向けた。

「羨ましいよ。そんな台詞言われてみたいもんだね」

「あら、貴方は行かないの?」

 腕組みをしてセドリックを向くオーシャンに、彼はウインクを返す。

「まさか。ケンタウロスみたいに突き進んでく君の背中は、誰が守ると思ってるんだい?」

 

「じゃ、ハリー、『神秘部』に行くって事でいいのね?」とジニー。

「それにしたって、どうやって行くんだ? 箒で?」妹を見るロン。

「馬鹿言わないで。ここからロンドンまで、どれだけ遠いと思ってるの? みんなが長距離飛行に慣れてる訳じゃ無いわ」ハーマイオニーは、ロンにしかめ面を向ける。

 

 杖を片手に三人がどんどん話を進めていくのを見て、ハリーが狼狽えた声を出した。「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君達を巻き込む訳にはいかない!」

「僕達も行くよ、ハリー」それまで青ざめた顔で黙りこくっていたネビルが、口を開いた。

 

「僕達は『DA』だもの。全部この日の為に――『あの人』と戦うためにしてきた事だろう?」

 ネビルの真剣な瞳にハリーは言葉を失った。迷いを見せるハリーの目が、ロンと合う。彼も頼もしい表情を見せていた。皆、思いは一つ、という事らしい。

 

「――話はまとまった。じゃあ、どうやってロンドンまで行こうか?」腕を組みながら、セドリックが眉を寄せる。ハーマイオニーは唇に手を当てて思案げに俯いた。

 

「バックビークみたいなヒッポグリフがいればいいんだけど……。そういえばオーシャンって、からすを集めて空を飛ぶ事が出来たわよね? あれって、私達全員を乗せて飛べる?」

 

「出来ないことは無いけど……貴女が思っているよりはずっと遅いわよ。ロンドンに着く前に日が暮れちゃうわ。箒が使えないなら、もっと大きい魔法動物を使った方が良いわね」オーシャンは答えて肩を竦める。ルーナがこちらを向いて口を開いた。

 

「じゃあ、森に行ってみようよ。運が良ければ、ヒッポグリフが見つかるよ」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーを先頭にして、禁じられた森の中へ入る。七年生二人は殿を勤める形だ。まだ日が指している時間とはいえ森の中は薄暗く、いつも通りの不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「すぐにヒッポグリフが見つかれば良いけど……」

 不安げにハーマイオニーが言った言葉を、森があざ笑う様だった。姿を見せるのはニフラーやボウトラックルなどの小型魔法生物ばかりで、ヒッポグリフのヒの字も見当たらない。八人はどんどんと森の奥へ誘われていく。

 

 刻一刻と奪われていく時間に焦りを見せながら、ハリーが口を開いた。

 

「こんなことをしてる間に、シリウスは……。やっぱり僕、今からでも箒を使ってロンドンへ行った方が……!」

「落ち着けよ、おい」引き返そうと踵を返しかけた彼を、親友の腕が止めた。もう一人の親友も彼の背をさする。

 

「そうよ。もし本当にシリウスが『あの人』に捕らえられたとしても、敵は絶対に一人では無いはず。あなた一人だけが行っても、焼け石に水だわ」

「でも、このまま当てもなく彷徨っている訳にはいかないんだ! 早く……早く行かなきゃ!」

 

「落ち着いて」ルーナの静かな声が際立って聞こえた。「見つけたよ」

 そして彼女が静かに指したのは、ぽつんと佇んでこちらを見ている骸骨の瞳だった。セストラル。

 

 ロンはその姿が見えないのか、最初はルーナの言葉を呆けた顔で聞いていたが、少しの後にようやくピンときた様だった。

「それって、死に触れた者しか見る事が出来ないって言う、例のあれか?」

 

「そうだよ」言って、彼女はゆっくりとセストラルに近づいてその顎を撫でる。セストラルは意外にも、ルーナの手の感触を僅かに楽しんでいる様子を見せた。

 

「でも、二頭しかいないわ」オーシャンも近づきながら口を開く。その姿が見えない者はどうしていいか分からない様子で、その場から動かずに見える者の話を聞いている。

 

「八人全員が行くには、最低でも四頭いなくちゃ」

 この大きいとは言い切れない背中の上に、二人の人間が跨がる事が出来るかは、やってみなくては分からないが。

 

「君も見えるの?」何気なく聞いたハリーに、オーシャンは微笑んだ。「三途の川の手前まででも、『死に触れた』事にはなるみたい」

 ハリーはオーシャンの言っている事に――二年前の満月の夜に思い当たって、どんな顔を返して良いか分からずに口から曖昧な音を出した。

 

「それにしても、最低でもあと二頭見つけないとね。……セストラルはどんな所にいるんだったかしら?」

 オーシャンの質問に、ルーナは記憶を辿りながらもいつものぼんやり顔で返す。

 

「わからないけど、ハグリッドが生肉で誘い出してるのは見たことあるよ」

「生肉か……できたての黒焦げ肉を持ってくれば良かったわね」

 黒い笑顔を見せたオーシャンの言葉に、ハーマイオニーはしかめ面をした。「……その冗談、あなたにしては悪趣味だわ」

 

「ごめんなさい」オーシャンは肩を竦める。そして少し考えた後、自身の杖先を手のひらに向けた。「……まぁ、その辺の木に血を塗り込めば、誘い出せるかしらね」

 しかしその杖を、セドリックが掴んだ。「それはダメ」

 

 横で杖を押さえるセドリックを見る。目が笑っていなかった。オーシャンは眉をしかめる。

「でも、こうでもしないと。まさか後六頭見つけるために、まだ森を彷徨う訳じゃ無いでしょう?」

 その彼女の言葉が発せられたのと、彼の魔法でその手のひらが裂けたのは、ほぼ同時だった。全員が目を疑う。

 

「ちょっと、何してるの!」

 狼狽えるオーシャンの様子には目もくれず、セドリックは足早に近くの木を回って、手のひらに浮き出る血を塗り込んでいく。

「何って、君が言ったんだろ。木に血を塗り込んでセストラルを誘い出すって」

「だから今それを私がやろうと……」

「だから、それを『君が』やるのはダメだって言ったろう? 僕がやる」

 

 動揺するオーシャンだったが、少量の血だというのに、そう時間を置かずして新たなセストラルが一頭、また一頭と森の中から現れて、開いた口を悔しそうに閉じた。「来たね」とセストラルの来訪を告げるルーナの声を聞いて、セドリックは誇らしげに笑った。

 




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みなさまいつもありがとうございます!!

8770141分かってくれる人いるかな……?正直私それしか知らないんだけどね?笑


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89話

 セストラルは人間二人の重量などものともせずに、薄暗い空に舞い上がった。彼らの姿が見えないロン、ハーマイオニー、ジニー、セドリックは、それぞれ乗るセストラルの手綱を握る四人にしがみついた。姿が見えない動物に騎乗して空を飛ぶという事が、彼らの体を強ばらせている。

 

「変な感じ……これってすっごく変な感じだよ!」

 

 セストラルの翼が風を切る音に混じって、ロンが泣きそうな声を出したのが聞こえた。手綱(と言ってもたてがみだが)をとるルーナが、「あまり喋ると、舌を噛むよ」と冷静に言った。

 

 前方を行く三頭のセストラルを見失わない様に、オーシャンはたてがみを握り直す。セストラルの騎乗は箒と違って、彼女を振り落とす事はしなかった。卒業したら、天馬を飼育するのもいいわね、とぼんやり思う。

 

 その時、後ろに乗るセドリックの手が迷う様に緩んだので、彼女はたてがみから片手を放して、彼の手を自分の腰の辺りでしっかりと握らせた。

「落ちても助けられないわよ! 放さないで!」

 

 強く言いながら、肩越しに彼を見る。彼は何故かこの状況で顔を赤らめて、上擦った声を出した。

「ちっ、違うよ! あの、あんまりくっつくとその――よくない気がして!」

 

「この状況で手を放す方がよくないわよ! しっかり掴まってて!」

 

「うっ、うん……」

 勇ましいオーシャンの声にセドリックはしおらしく返して、彼女の肩にもたれかかった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 一行を乗せたセストラルはロンドンの上空に到着し、高度を急激に下げると、ハリーの指示した魔法省の来訪者入り口である電話ボックスの前に下り立った。

 

「はあ……生きた心地がしなかったよ……。もう絶対に乗りたくない……」

 言いながらロンが、同乗したルーナとは対照的にふらふらとした足取りで下馬した。最後にオーシャンとセドリックが下りると、四頭のセストラルは近くにあるゴミ置き場に足を向けて、中から腐った食べ物を漁りだしていた。

 

 すっかり日が落ちたロンドンは、オレンジ色の街灯が通りを照らし出していて、得も言われぬ雰囲気を醸し出していた。近くにあるゴミ置き場のせいだろうか、綺麗とも言いがたいし、かといってミステリアスで、何かが起こりそうな空気が漂っている。……まあ、実際もう何かは起こっているのかもしれないが。

 憧れの町の、見たことのない顔。せめて、もっと違う時に出会って堪能したかった、とオーシャンは思った。

 

「こっちだ。早く」

 ハリーの急くような声がして振り向くと、彼は電話ボックスの中から身を乗り出して、みんなを中に招き入れていた。

 

 ロンやジニーが戸惑った様子をみせつつも入っていくが、そうはいってもこちらの人数は計八人。このスリムでスタイリッシュ(にオーシャンには見える)なボックスの中に収まるには、些か数が多すぎる。

 

 それでもハリーが全員を中に招き入れようとするので、仕方なくオーシャンはみんなの頭上で、ボックスのガラスとガラスに足を突っ張っていなければいけなかった。みんなの頭が近くて恥ずかしいし、つるつると滑るガラス相手にはそんなに長い時間張り付いていられない。

 

「ハリー、早くして! ちょっと、セド、こっち見ないで!」

「見てないよ!」

「ハリー、全員入ったわ!」

「じゃあ、電話に一番近い人、番号を! 62442!」

 

 ごたごたしたボックスの中、ロンがハリーの指示通りにダイヤルを回す。すると、ボックスの中に落ち着いた女性の声が聞こえた。

「ようこそ、魔法省へ。お名前とご用件をどうぞ」

 

 それに応えるハリーは早口に全員の名前を言って、「ある人を助けに来ました!」と続けて用件を口にした。

 そのような漠然とした用件で大丈夫なのかと思ったが、姿の見えぬ受付らしき女性は「ありがとうございます」と機械的に言って、電話の硬貨返却口から八個のバッジを渡した。

 

 続けて女性が、外来者は杖を登録する必要があるので、守衛室へ立ち寄るよう案内する。しびれを切らしたハリーが呻くように「早く出発して!」と言うと、電話ボックス全体がガタンと動いた。予期していなかった衝撃に、オーシャンはガラスの壁面をずり落ちてネビルの肩に着地する。「あら、ごめんなさい」

 

 彼は一瞬体勢を崩したが、踏ん張って何とか倒れる事無く持ち直した。この子も、ハリー達と同じく立派になったものだ。セドリックがネビルにジト目を向けている。

 

 そのままネビルの肩の上で移動の時間をやり過ごす。どうやら電話ボックス自体が地中に降下している様だった。ガラスや屋根が、地中を擦ってガリガリと音を立てている。

 

 やがて足下から光が差し込んで、オーシャンはネビルの肩の上から魔法省のエントランスを見渡した。広々としたエントランスの中央には黄金の噴水がしぶきを上げており、壁際にはいくつもの巨大な暖炉の様なものが備え付けられてある。日本の魔法省にも行った事が無いのでこの場の印象について滅多なことは言えないが、とにかく、黄金の噴水は悪趣味だなぁ、と思った。

 

 八人の乗った電話ボックスはゆっくりとそのまま降下を続けて、やがてエントランスの床の上で止まった。ポン、と音がしてあの受付嬢の声が「魔法省です。ご来省ありがとうございます」と言うと、ボックスのドアがパッと開いて、開いたドアに押しつけられていたハリー、ジニー、ハーマイオニーがまろび出た。

 

 何とか頑張っていたネビルはオーシャンの重さに耐えかねて倒れ込み、放り出された彼女を待ってましたとばかりにセドリックが受け止める。着地の用意をしていたオーシャンは、一瞬の後に彼から離れた。

 

「よして、一人で立てるわ。今度は私を受け止めようとする前に、ネビルを助けてあげて」

「なら君も、今度は僕の肩の上にどうぞ」

 

 ロンとセドリックを先に出して、オーシャンはネビルを助け起こす。「私を支えてくれるくらい、貴方も立派になったのね。ありがとう」と彼女が言うと、ネビルは赤くなってもごもご言った。いちいちセドリックが、視界の端でこちらに向けて拗ねた顔を見せる。

 

 ネビルと一緒に電話ボックスを出る。降りてくる途中に見た黄金の噴水はやはり巨大で、よく見ると中央にいる魔法使いと魔女をその周りのケンタウロス、小鬼、屋敷しもべ妖精の三体が崇めている様な造りをしていた。

 

「エントランスから思想が丸出しなのね、魔法省って……」

「こっちだ」

 

 ハリーの声に顔を向け、そちらに向かう。彼は誰もいない守衛室を通り過ぎ、奥にあるエレベーターのボタンを押した。

「守衛室って、この時間誰もいないものなの?」

 隣に立ったオーシャンの質問に、ハリーは頭を振って返す。「変だ」

 

 呼びだしたエレベーターはすぐに現れ、金色の格子扉を賑やかに鳴らしながら横に開いた。ハリーが先頭になり、みんなが入ったところで9階のボタンを押す。

 

 エレベーターは更にけたたましい音を立てて、9階へと滑っていく。乗っているこっちが不安になる程の大きな音だ。今この瞬間の魔法省を支配する静寂が、音を何倍にも響かせているのか。どうにも不安と静寂に煽られて、胸がドキドキと波打つ。どうか、この音に敵が気付いて、降りた先で杖を向けて待ち構えていませんように。

 

 エレベーターが停まり、息を詰めていた乗客八人とは裏腹に、先ほどの受付嬢と似た声が落ち着いて到着地を告げた。「9階、神秘部です」

 

 格子扉が開いて、みんなは神秘部の廊下に出る。相変わらずの静寂はここに来て濃くなった様に思い、耳が痛くなる程の静けさが辺りに満ち満ちていた。ふっと何かが動いた気配にネビルが身を固くして声を上げかけたが、彼らの気配に揺らめいた、壁に備え付けられていた松明の炎だった。

 

 果たして神秘部には着いたが、ブラックがこの階のどこにいるかなど見当もつかない。しかしハリーは、一つのドアの前に吸い寄せられる様に進み出た。

「行こう」

 

 取っ手のない黒いドアだ。それは彼の気配に応えるようにパッと開いた。ハリーを先頭に、慎重に進んでいく。

 ドアを潜ったその先は、暗い円形の部屋だった。壁一面に感覚を開けて、同じ様な黒い扉が並んでいる。各扉の横にはろうそくの青白い炎が揺らめいていた。

 

「参ったわね。こんなに部屋が多いなんて。目的の場所にはすぐにたどり着けるものと思ってたわ」

 声を潜めてオーシャンが言う。ハリーが一歩前に踏み出し、「夢ではいつも、反対側の扉に……」と言いかけた所で、ゴロゴロという音と共に壁が回り出した。

 

「きゃ!」

 床も回転すると思ったハーマイオニーがハリーの腕を掴んだが、その心配は無かった。円形の壁のみがぐるぐると回って、ろうそくの青白い灯りが、一直線に輪を描いている。

 

 壁の回転が、やがてピタリと止まった。

 

「何だったんだ、今の……?」

 

 困惑するハリーに、ハーマイオニーが推測を返す。「多分、帰り道を分からなくする侵入者用の罠ね……」

「どうする? どこの扉に進めば良いか、分からなくなったぞ」不安そうにロンが言う。

 

「何だかすごく、懐かしい物を見た気がするわ……正面にあった扉、私分かるけど、教えた方が良い? ハリー」

 オーシャンの言葉に三人がこちらを見た気配がした。「本当? 今の、結構早かったけど」

 

「動体視力は忍術を身につける上で、切っては切り離せない能力だもの。普通の日本人魔法使いであれば捉えられないでしょうけど、父による特別な修行を積んだ私なら余裕よ」

 

 言ってオーシャンは、「正面にあったのは、あの扉ね」と向こうに見えている扉を指さしながら、苦い記憶を思い出していた。

 同じ様な仕掛けは、日本の魔術学校の忍術科にある。忍術科のある別棟はこのようなからくり屋敷になっていて、偽扉、どんでん返し、回転床等が満載だった。幼い頃に忍術科に迷い込んだ時、従兄弟の長兄・一郎に助けて貰ったものだ。

 

 ハリーがオーシャンの指定した扉の前に立つと、またも扉はパッと開いた。

 暗さに慣れていた一行の目が、眩しそうに眇められる。そこはろうそくの灯りだけだった今までの場所とは違い、様々な美しい照明の灯りが煌めいていた。ハリーを先頭にして、部屋に足を踏み入れる。

 

 見回すと至る所に様々な形の時計が設置されており、その盤面が照明の光を反射させて、部屋の灯りを倍にも見せていた。幻想的にも見えるその光景に、思わずルーナが感嘆の声を上げる。「わぁ……」

 

 目の前の光景に思わずハリーの足も鈍りかけたが、すぐにハッとすると部屋の魔力に見せられるみんなに鋭く言った。「立ち止まっちゃダメだ!」

 

「……そうね、思わず魅入っちゃったわ……。先を急ぎましょう」オーシャンも気を取り直し、足を速める。

 全員で部屋を横切る。辿り着いた奥の扉も、音も立てずにパッと開いた。

 

 その向こうはまたも濃い闇だった。どこからか仄かな灯りを感じるが、通ってきた部屋との照明の落差で、みんなが目を瞬いた。

「ここだ……」

 闇に消えている天井を見上げて、ハリーが呟いた。

 

 部屋の中には棚がいくつもそびえ立っていた。棚の上の方は、闇が深くて見通す事が出来ない。それが載せているいくつもの小さくて丸い何かが、どこからかの青白い光を受けて中身を浮かび上がらせている。中にはモヤモヤとした煙のような物が閉じ込められていた。

 

 ついにここまで来た。全員、神妙な面持ちで杖を構え直す。ハリーを先頭にして、棚と棚の間に伸びている通路をゆっくりと、慎重に進んでいく。

 

 そのままややしばらく一行は無言で進んだが、ブラックはおろか人っ子一人見つける事は出来なかった。端を見渡せない程広大な部屋の中ではあるから、必ずしも誰かがいないとも言い切れない。しかし、ハリーの夢の中に出てきた棚の近くは手分けをして探したし、「シリウス、いないの……?」と潜めて問いかけるハリーの声にも、応える者はいなかった。

 

 しかし。

「ハリー!」

 

 静けさの中、ハーマイオニーの声がハリーを呼んだ。ブラックの痕跡を見つけたのかとハリーは即座に向かったが、そこに求めている姿は無く、ハーマイオニーは一つの棚を見上げて、そこに並んでいる球体を杖明かりで照らしていた。

 

 目的の者を探さずによそ見をしているハーマイオニーに、ハリーが声を荒げる。

「一体、何なんだ!? そんな事をしている暇は無いんだよ、ハーマイオニー! こんな事をしている間にシリウスは――」

 

「でもハリー、これ、あなたの名前が書いてあるわ……」

 

「え……?」

 

 困惑したハーマイオニーの答えに、ハリーは眉を顰める。散っていた仲間達も集まってきて、一緒になってそこを見上げると、確かに彼女が示した球体の台座には、『Harry・Potter』とあった。

 






うおおおお!!ついに騎士団編佳境です!!
読んでくれるみなさん、感想をくれるみなさんのお陰でついに迎えることが出来ました、ありがとうございます!
本当一生終わらないかと思った……(終わってから言え)
長期間更新を休んでいる間にも、度々「思い出して見に来た」「また読み返したくなった」等々のお声に励まされてここまで来て本当に良かった、本当にありがとうございます

まぁ、騎士団編はもう少し続くし、シリーズはちゃんと完結まで駆け抜け、られないかもしれないけど、失速しても必ず書くので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!

読者さまと原作者さまに引き続き最大級の感謝と愛を込めて!!



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90話

 ハリーがそれを手に取るのを、ネビルが止めた。

「ハリー、やめた方が良いよ!」

 

 しかしハリーは、棚に整然と置かれたそれを掴んだ。透明なガラス玉の中に閉じ込められた煙の様な何かが、ゆっくりと渦を巻いている。不安そうな顔を向けるネビルに、ハリーは顔を向ける。

 

「僕の名前が書かれているんだ」

 

 今まで縁もゆかりも無かったこの場所で――しかもこの様な不気味な部屋で――突然自分の名前を見つけて、不安に思わない者はいないだろう。ハリーは手に取ったガラス玉と、棚に並べられた自分の名前を交互に見ている。

 

 その時、部屋の雰囲気が僅かに変わった。オーシャンは闇の中に目を走らせて、呼びかける。

「誰だか知らないけれど、殺気を抑えられないのなら、姿を見せてしまった方が得策よ」

 

 それに反応して、セドリックが彼女の向く方向に杖を構え直す。他のみんなも声を聞いて、どこにいるか分からない敵に身を固くした。

 数瞬の間の後、気配の主は彼女の視線の先にある闇の中から、気取った声を出して現れた。

 

「これはこれは……。どこから気付いていたのかな……?」

「最初はお上手だったわよ? 気のせいかと思っちゃった程だもの」

 

 あくまでも冷静にオーシャンが応じると周囲の闇が裂けて、そこから現れた『死喰い人』達が退路を阻むように彼らを囲んだ。

「さあ、それを渡したまえ」

 ハリーの心臓を捉えようとする様に、最初の人物が気取った声を出す。この感じ、なんだか既視感がある気がする。喉まで出かかっているけど……誰だったかしら?

 

「……失礼だけど、どこかでお会いしたことあった?」

 場にそぐわないオーシャンの質問に、周りにいる何人かの死喰い人が笑い声を上げた。気取った死喰い人が答える。「この私が、君のような下賤な日本人と相まみえた事があるかだと? 馬鹿も休み休み言い給え。――さあ、その予言をこちらへ渡すのだ」

 

 ハリーは手の中のガラス玉を力強く握った。「僕があなたの言うことを素直に聞くと思ったら、大間違いだ。ルシウス・マルフォイ」

「マルフォイ? あの人、あの子のお父さんなのね。あんなお父さんを見て育ったから、威張り散らした物言いしかできなくなったのね……。可哀想な子」オーシャンはハリーを向いてのんきに言った。マルフォイの杖が彼女に向く。

 

「アバダ――」「緊縛せよ、混沌の鎖!」

 マルフォイの死の呪文より早く、硬い床を貫いて出てきた二本の鎖が、彼に襲いかかった。しかしそれは、彼を庇うように前に出た二名の死喰い人の杖の一払いでいとも簡単に撥ね除けられる。その内の一人が静かに口を開いた。

 

「興奮しすぎだ。――『あれ』を壊してしまってからでは遅い」

 どうやらハリーの握るガラス玉の事を言っている様だった。これが何なのかは分からないが、その口ぶりから見るに、奴らにとってとても重要な物である様だ。ハリーはそれをしっかりと両手で抱く。

 

「――シリウスはどこだ?」

 警戒の瞳でマルフォイを睨んでハリーが聞くと、死喰い人達の嘲りの笑い声が木霊した。

「夢と現実の区別がついていない様だな、ポッター」

 

「ちっちゃな赤ん坊のポッティちゃんは、怖い夢を見たから起っきしてきちゃったのかな?」マルフォイの隣の女が、アンブリッジとは比べものにならないほどにおぞましい猫なで声を出した。

 

 これがどうやら罠であった事は、その場にいる全員が理解した。自分を信じて着いてきてくれた仲間達を犬死にさせないように、ハリーは必死で頭を回転させて会話を長引かせて、時間を稼いでいる。――どうすればいい。

 

 後ろで誰かが、極度の緊張のせいで浅い呼吸を繰り返している。オーシャンは懐の装備を頭の中で確認する。――三郎仕込みの神経毒の鏃に、煙玉。どちらも目の前の全員を黙らせるには、数が足りない。『紋』の改良をした破魔の札は、何かに使えるだろうか……。『身代わりのわら人形』の手持ちは一つ。これを使わずに済めばいいが、それは許してくれないだろう。まきびしでの足止めは、あまり意味が無さそうだ。さっき奴らが突然出現してきたのを見ると、奴らには『姿現し』に似た移動法があるらしい。隙を突いて体術で殴るしかないか……。

 

 ハリーが奴らの言う『予言』という意味を探りながら、活路は無いかと周囲に目を走らせる。

 

「こんなガラス玉を、ヴォルデモートが欲しがるのは何故だ?」

「お前如きが、あの方のお名前を口にするな!」マルフォイの隣の女が激高した。怒りに支配された杖先から飛んだ光線はしかし、マルフォイの呪文で鋭く屈折した。女の唱えた呪いがオーシャンの斜め後ろの棚に当たって、いくつかガラス玉が落ちて割れる。

 

 封じ込められていたモヤが割れたガラス玉から静かに立ち上り、ぼんやりとした声で何かを言っていた。それぞれの声が重なって、何を言っているか判別出来ない。

「止めろ! 予言を手に入れるまで待て!」

 

 死喰い人が女の方を見たチャンスを、オーシャンは見逃さなかった。通路の両側にそびえ立つ棚の側壁を蹴り上げて、素早く、尚且つ派手に三角飛びの要領で上へ上へと駆け上がる。一人が気付いて杖を向けた所で一度棚板に掴まり、こちらを狙いやすい様に振り返って立ち止まった。

 

「ステューピファイ!」

 

 死喰い人の杖先から迸った麻痺を、オーシャンは月面跳躍で躱す。彼女が言った一言は、傾いた棚が隣のそれにぶつかった衝撃で、聞こえなかった。「お手伝い、どうもありがとう」

 

 倒れた棚は隣を巻き込み、またそれが更に隣の棚に傾き……。生まれた混乱の中ハリーがみんなに向けて叫んだ。

「逃げろ!」

 

 踵を返して駆けだす仲間達を、死喰い人は逃がさんと追いすがる。二者の間に下り立ち、オーシャンは杖を振った。

「堕ちよ、裁きの大槌!」

 

 衝撃をもろに食らって、死喰い人が三人吹き飛ぶ。仲間達の後を追って駆け出すと、マルフォイがハーマイオニーの「麻痺」に当たってハリーの肩から手を放したのが見えたので、ついでに蹴り上おく。そのまま体を捻って、追跡者達を向いて杖を薙いだ。

 

「アグアメンティ――凍てつけ、白雪の舞い!」

 オーシャンの生み出した水滴が氷の飛礫となって、瓦礫と共に死喰い人達を襲う。生まれた一瞬に、がむしゃらになって叫んだ。

「セド、守って!」

 

 瓦礫降り注ぐ道の中、同じく退路を行くはずの彼の姿は見えず、返事も無い。しかしオーシャンには大丈夫だと分かった。逃げてきた道に鋭く杖先を向ける。

 

「爆ぜよ! 灰燼となせ!」

「「「プロテゴ、護れ!」」」」

 

 四人がほとんど同時に唱えた。杖を向けた空間が、降りそそぐ木粉に引火してさらに大きな爆発になる。轟く爆音と爆炎に、オーシャンは顔を背けた。

 辺りの棚を巻き込んで広がる爆炎から、セドリック、ハリー、ネビルの三人が唱えた防護呪文がみんなを護る。

 

 木粉とガラス片と埃の混じった灰色の煙が収まると、辺りに痛いくらいの静寂が満ちた。

 死喰い人達の姿は見えない。逃げてきた道には、瓦礫の荒野が広がっているだけだ。肩で息をするハーマイオニーの声が、静寂を破った。

「……やっつけ、たの……?」

「……そうだといいけど……」

 息を整えて、オーシャンは答える。瓦礫で埋もれてくれていればいいが、骸の姿が見えないこの状況では、安心はできない。

 

 とはいえ、少し時間は稼げただろうか。オーシャンは仲間達を振り返る。セドリックが細かい傷だらけの顔で、肩を竦めた。

 

「全く、無茶するよ。ハリーとロングボトムが助けてくれたから良かったけど、さすがに僕だけじゃ、あの爆発は抑えきれないよ」

 

「あら、私、貴方を過信していたかしら?」挑発的に返すと、彼は拗ねた顔を見せる。オーシャンは無視して、ハリーとネビルに礼を言った。ネビルの恐々と歪んでいた顔は、少し誇らしそうに明るくなった。

 

 ロンが心底疲れた様子で、「とにかく早く戻ろうぜ、ハリー」と言った。ハリーが頷く。

「うん。ここは危険だ。早く魔法省を出よう」

 この状況で、尚もブラックを探そうとはハリーも言わなかった。みんなで顔を合わせて頷きあって、足早に出口へ向かった。

 

 

 *

 

 

「それにしてもハリー、あいつらの欲しがった『それ』、いったい何なんだ?」

「分からないよ……けど、あいつらに渡しちゃダメな気がするんだ」

「でも、これからどうするの?」

 

 幻想的な明かりが灯る部屋を、横切りながら、ハーマイオニーがハリーに問うた。ハリーは「とりあえず、ホグワーツに戻ろう。学校まで戻れば、安全だ」と返す。

 

 ブラック救出という目的を見失った今、それが賢明な判断だと言えよう。しかし、奴らがこれで諦めたと思うのはまだ早計だ。ホグワーツに戻るまでの間、来るであろう追っ手を躱せるかどうか……。

 

 話している間に、取っ手のない扉に辿り着く。先刻にここを通ってきたばかりだというのに、もう遠い昔の様な気さえする。ハリーが先頭に立って扉を開けると、同じ扉がいくつも並ぶ円形の部屋に戻ってきた。各扉脇に揺らめいている青白い炎を見て、ロンがホッと張りつめていた息を吐いた。もうすぐこの階からおさらばできる。

 

「入ってきたのは確か、正面の扉だったかしら」「うん」

 オーシャンがハリーに問うとゴロゴロという音を鳴らして、部屋の壁が入ってきた時と同様に回転を始めた。あの時と同じく、青白い炎が大きな輪を描き始める。

 

 やがて回転が止まると、オーシャンは壁の一点を指した。「あそこ」みんなが疑わずにその扉を潜る。

 

 しかしそこは、見たことの無い広間だった。部屋の中心までが階段状になって窪んだ形状をしていて、まるで日本でよく読んだ漫画の闘技場に似ている。中心が舞台の様に盛り上がっているのが、なおさらそれっぽい。

 そしてその舞台の上には、洗練された形の鳥居の様なものが佇んでいた。

 

「部屋を間違えた様だわ。……変ね、私は確かに……」

 見間違えたはずは無い。向かい側にあった扉からは目を離さなかったのに。オーシャンが首を傾げて「戻りましょう」と踵を返しかけた時、ハリーが吸い寄せられる様に、鳥居の方へ足を向けた。

 

「ちょっと、ハリー?」

 みんなもハリーを追って、階段を降りていく。近くで見た鳥居の大きく開いた口には、薄いベールのようなものが波打っていた。

 

「なんなの?」「どうした?」

 ハーマイオニーとロンが鳥居を見上げるハリーに近づいて、声をかける。ハリーはそれを見上げたまま、「声が聞こえないか?」と二人に聞いた。

 

「聞こえないぜ」「ハリー、急がなきゃ」ロンが返し、ハーマイオニーが急かす。しかし、些か遅かった。

「急いで、どこへ行く気だね?」

  





いつもお待たせしてすいません。読んでくれてありがとう

不死鳥編もあと2話です(多分)
正直ここで切りたくなかったけど、個人的に一話は5000文字より少なくするようにしてます
理由は私がデジタル画面で5000文字以上を続けて読めないからです笑






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91話

 鳥居の向こうから空間を裂いて、ルシウス・マルフォイが現れた。続いて、部屋の至る所で空間が同じように裂けて、他の死喰い人達が現れる。オーシャンは杖を構えた。「やっぱり、あれで死んでくれては無かったようね」

 

「ああ、その節はお世話になったね、お嬢さん」マルフォイは顎をしゃくって、オーシャンに侮蔑的な視線を向ける。

 

「特にあの聞いたことの無い呪文は、性質が我らの術にとてもよく似ているようだ……。哀れな黄色い猿にしては」

 

 セドリックが杖を上げかけるが、背後に現れた死喰い人が彼の喉元に杖を突きつけて、動きを止めた。「おっと、やめておけ」

 

 セドリックに杖を突きつけたまま、その死喰い人はゆっくりと顔だけを動かして、オーシャンを見た。

 

「我らの術を使えたところで、こんな『目くらまし』に引っかかる様では所詮子供よな」

「……一本取られたわ。つまり、どの扉を選んでもここに辿り着く様に小細工してあったってわけ?」

 

「なるほど、考える頭が無いわけではないらしい」

「……っ、セドを放しなさい!」

 

 跳躍、回転して勢いのまま蹴りを繰り出す。しかしその脚は、そいつの右腕がたやすく止めた。

「!?」

「軽いな」

 

 彼はニヤリと唇を歪めて嘲り笑うと、杖先をセドリックからオーシャンに移した。

 

「クルー――」「ダメだっ」

 セドリックのタックルが呪文を阻み、死喰い人がたたらを踏んだ。「ぐっ!」

 

 死喰い人から離れたセドリックが、危うく着地したオーシャンに駆け寄ると、そこに向かって女性の死喰い人が杖を向ける。しかし、放たれた閃光をオーシャンの鏡が跳ね返した。「鏡の呪法!」

 

 女性は跳ね返った呪文に驚きはしたが、素早く避ける。応酬の後、ルシウス・マルフォイが飽き飽きした口調で、死喰い人達に言い渡した。

「もういい。邪魔者は消せ。ただし、予言を傷つけるな」

 

「っ……この子達に傷でも付けてごらんなさい! アンタ達一人残らず、消し炭にしてやるから!」

 

 オーシャンが怒りにまかせて言った瞬間だった。この部屋に一つだけある扉が大きな音を立てて開き、先頭の人物がたった一言、口を開いた。

 

「同感だね」

「先生……!」

 

 突然現れた『不死鳥の騎士団』のメンバー――リーマス・ルーピン、シリウス・ブラック、マッド-アイ・ムーディ、ニンファドーラ・トンクス、キングズリー・シャックルボルトの五人に向かって、死喰い人達は素早く散って、それぞれが攻撃を仕掛けた。しかし、トンクスの素早さがマルフォイのそれを凌駕する。

 

 マッド-アイが死喰い人達の時を止め、キングズリーが誰よりも早く懐へ切り込んだ。駆けつけたブラックは息子と目線を交わした後、戦いへと身を投じる。ルーピンはオーシャンを見、優しく微笑んで肩に手を置いた。

 

「よく耐えたね、ウミ。君がいてくれて、助かった」

 

「…………!!」

 息を飲む。全ての不安を溶かす様な、その微笑みに。心の底から欲しかった、その言葉に。喉の奥で詰まった言葉が、涙として溢れ出た。

 

 凜とした横顔のルーピンが敵に向かっていくと、オーシャンは汚れた袖で乱暴に涙を拭った。次に上げた彼女の顔を見て、セドリックがホッとした様な声を出す。

 

「……君、なんだか、今、世界で一番強いんだって顔してる」

 

 そのどこか嬉しそうな声色は、自分の気持ちを見透かされている様で、だけどそれに同じ気持ちを向けてくれている様で、恥ずかしくてくすぐったい。オーシャンは言葉を選ぶ事が出来ず、ただ「ふひひっ」と破顔した。

 

 

 

 *

 

 

 

 誰かの呪文が流れ弾の様にこちらに来て、それを避けて全員が散り散りになった。ブラックはネビルと一緒にいるハリーの加勢に行き、ジニーとルーナはトンクスの近くで杖を構えて、ロンとハーマイオニーはマッド-アイの補佐に回る。

 

 死喰い人の唱えた呪文を、ルーピンの杖先が弾いた瞬間、セドリックが鋭く唱えた。「アグアメンディ!」

 大きな水球に死喰い人が閉じ込められる。中の杖が薙がれる前に、オーシャンは水球の上から杖を突き立てる様に降りてきた。

 

「凍てつけ、白雪の舞い!」

 一瞬のうちに水球が中身ごと凍り付く。中の人が一瞬見せた恐怖の顔は、すぐに曇って見えなくなった。

 

「腕を上げたね、ウミ、ッ――!」

 飛んできた光線をまた弾いたルーピンが笑う。オーシャンは振り向かずに、次の獲物を定めながら答えた。

「そうよ。頼もしい助手もいるのっ!」

 

 そう言って、敵に向かって大きく跳ねる。セドリックは助手と言う言葉に頭をボリボリ掻きながら、眉をしかめて後に続いた。

 

 ルーピンは暴れ回る二人の生徒を見ながら、背後で徐々に溶け始めた氷塊を、杖の一振りでもう一度強固に凍らせた。

 

 

 

 滞空時間にオーシャンが杖でピタリと狙ったのは、ハリーとネビルの二人を襲う、体格の良い死喰い人だった。二人が死喰い人の猛攻をなんとか防ぎきり、生まれた一瞬に口を開く。

 

「貫け、怒りの神槍!」

 

 突然現れたオーシャンの杖先から迸った雷を防ぐ間もなく、死喰い人の体は黒焦げになって、どう、と倒れた。セドリックが傷ついた二人に駆け寄る。

 

「大丈夫か、ロングボトム? うわ、酷い顔だ」

 その声に振り向くと、ネビルの顔が鼻血にまみれていた。オーシャンは流れ弾をいなして舌打ちをする。

「あっ……の馬鹿犬は何やってんのよ……戦場で保護対象から目を離すなんて!」

 

 首をぐるりと巡らすと、ブラックは部屋の中心の鳥居のすぐ傍で、女性の死喰い人と杖を交えていた。激しく飛び交う火花は、他の何者も寄せ付けまいとしている様だ。二人が呪文の合間に激しい口調で言葉を交わすのが聞こえた。

 

「ちょっと見ない間にすっかり衰えたんじゃないか? え? ベラトリックスさんよ」

 

「お前の方こそ、穢れた血族共とのおままごとで、すっかり耄碌しちまったねえ、シリウス。この、ブラック家の恥さらしが!」

 

 どうやら二人は旧知の仲であるらしいが、そんなことはどうでもいい。その時、ネビルが「だんぶるど!」と叫んだのが聞こえたが、オーシャンの意識は、女の死喰い人――ベラトリックスが続けて口にした、汚い罵り声にしか向かなかった。

 

「下賤な狼なんかとつるみやがって!」

 その言葉が聞こえた刹那、女に向かってオーシャンは杖を振り下ろす。「切り裂け、断罪せよ!」

「!」

 

 斬撃に気付き、ベラトリックスは踏み込もうとしていた足を引き戻す。しかし幾分遅く、斬撃は彼女の脚を切り離すまでは行かなかったものの、腿のあたりを大きく切り裂いた。ベラトリックスの目が怒りに見開かれて、呪いの主を見た。

 

「小娘、よくも……! アバダ・ケダブラ!」

「鏡――!」

 

 唱えたが間に合わない。冷徹な緑の閃光が視界に広がり、瞬間呼吸が奪われる。強い衝撃に吹き飛んだ体が階段にぶつかり、体の背面から胸を苛んだ。

 

 ――藁人形があってもこんなに……!

 

 死の呪文の苦しみによってオーシャンの体からくたりと力が抜けると、誰かのしわがれた指先がそっと額に触れた。誰かの悲痛な叫び声が、近づいてくる様なのにやけにぼんやりと遠く聞こえる。「ウミ! ダメだ、ウミ!」

 

 その声は力の入らない体を震える手で掻き抱いた。「ああ……ダメだ、ダメだよ、ウミ……! 起きて……! 頼むよ、目を開けて……!」

 

 大丈夫、私はまだ死んでないから……泣かないで……。ーー言葉にしたいが、息を吸うことさえままならない。

 

「貴様ァ……!」いつもオーシャンを助けて、優しさで包んでくれるはずのその声が、ありったけの憎悪に歪んだのを聞いて、オーシャンは意識を手放した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「Cedrid! back!」

 ダンブルドア校長の荒げた声が、意識を戻した。短い間、忘れていた息を吸う。

 

「――あっ……ぐぅっ……」

 

 痛む体に悲鳴を上げながら身を起こすと、彼女の両脇にいたハリーとネビルが驚きとも悲鳴とも似つかない声を上げた。彼らが早口に英語で何かを問いかける。気絶していたからか、言葉の能力が遮断されているらしい。

 

「……自分で使ったのは初めてだったけど、死の呪文って……こんなに苦しいのね……」

 オーシャンは言いながら、ポケットを裏返す。元は藁人形であった炭がパラパラとこぼれ落ちた。

 

 霞む目で、周囲を見る。仲間達や不死鳥の騎士団はまだ戦っているが、数が足りない。

 

「セド……セドは?」

 

 血相を変えてネビルの肩を揺さぶるオーシャンに、彼は乾いた鼻血の貼り付く顔で、困った顔をして何事かを言った。セドリックが、途中まで魔法で治療したその顔を見る。――そうね、落ち着かなきゃ。

 

 オーシャンは手のひらに素早く『人』の字を三回書いて飲み込む。そして一つ、深く息を吐いた。

 

「……二人とも、心配をかけたわね。もう大丈夫よ。それより、先生とセドの姿が見えないわ……。あと、ダンブルドア校長の声が聞こえた気がしたのだけれど……」

 

 先に答えたのはネビルだった。

「ダンブルドアは来たよ。ちょうど、君が呪文に撃たれた時だった。君が倒れてる所に駆け寄って、見たこと無い位怒ってた」

 

 続いてハリー。「君が倒れたのを見て、ベラトリックスが逃げたんだ」

「逃げた?」

 

「君の呪文が効いてたみたいだったしね……僕達みんな、君が死んだと思った。セドリックは本当に怒っていて、逃げたベラトリックスを追って部屋を出たんだ。……君の目が覚める直前の事だよ。ダンブルドアとルーピンもセドリックを急いで追いかけていったんだ。僕達も早く行こう。取り返しがつかなくなる前に」

 

 強い瞳で言ったハリーが、オーシャンの腕を自分の肩に回した。

 

「っ……ええ……!」

 

 痛む体に鞭を打って、オーシャンが答える。ネビルもハリーに倣って、反対側から彼女を支えた。

 

 

 二人に支えられてなんとか部屋を出る。回転壁の部屋に入った瞬間、ゴロゴロという音と共にまた円形の扉が回り出した。僅かに響いた震動が死にかけた体に触り、オーシャンは目を閉じて耐えた。やがて、壁はピタリと止まる。

 

「どの扉に進めばいいんだろう……?」

 ネビルが発した言葉に目を開く。――しまった。痛みに気を取られて、進むべき扉の行方を見ていない。

 

 ハリーが怒気をはらんだ口調で、誰とはなしに「次の扉は!?」と聞いた。それに応えた様に、右斜め前にあった扉がパッと開く。そこを抜けると、通路の先に数時間前に使ったエレベーターが見えた。動いている。

 

 三人急ぎ足で隣のエレベーターに乗り込み『エントランス』のボタンを叩く様に押した。緩慢とも思える速度で降りていく内、ゴトゴトと鳴るエレベーターの動作音の隙間に、男性のもがき苦しむ様な悲鳴が聞こえた。

 

「セド! ――早く! 早く降りて!」

 オーシャンは格子扉に取り付き、ガシャガシャと乱暴に動かした。ここまで取り乱しているオーシャンにハリーとネビルは驚いたが、逆に冷静を保てた。「落ち着いて」と彼女の腕を取る。

 

 エレベーターがエントランスに着いた。もう悲鳴は聞こえない。だからこそ三人はその意味する所を想像して息を飲んだ。

 想定する最悪の結果から目を背けて駆け足で進むと、噴水の近くに見えたのは、ダンブルドア校長の背中だった。

 

「校長先生……」ハリーがそう口にして、三人は足を前へ進めたが、ダンブルドア校長は振り返らずに、鋭く言い放った。

「止まれ! 来るでない、ハリー!」

 

 ハリーとネビルが呪文にかかったように立ちすくみ、更に前に進もうとしたオーシャンは、支えを失って膝を折って倒れ込んだ。

 そこから見えたのは、とても老人とは思えない、戦士の気迫に満ちたダンブルドアの後ろ姿。

 

 彼に相対するのは、暗黒色を瞳に宿した、禍々しい蛇顔の魔法使い。そして、その足下には、探していた仲間が天を仰いで倒れていた。



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92話

「久しぶりじゃのう、トム」

 

「これはこれは、ダンブルドア先生もご健勝でなにより……」

 

 戦場に似つかわしくない挨拶の声が、オーシャンの耳を右から左へ流れていく。ダンブルドアの敵意の中にある、ほんの僅かな、何かを懐かしんでいる様な響きも、蛇面の男の嘲る態度も、彼女には全てがどうでもいい。

 

 ただ、セドリック・ディゴリーが蛇面の足下に、ボロぞうきんの様に転がっている。

 

 そして、そこに佇む男の手には、杖。

 

 鼓動が、早鐘を――。

 

 

 

「貫け、怒りの神槍!」

 

 撃った雷を杖で易々と弾いたヴォルデモートの懐目がけ、オーシャンは飛び出した。

 ハリーとネビルには、一陣の風が吹いた様にしか感じられなかった。ヴォルデモートは瞠目もせずに、全ての呪文を迎え撃つ。

 

「切り裂け、断罪せよ! 断罪せよ! 断罪せよ、断罪せよ断罪せよ!」

 

 目前でがむしゃらに放たれる斬撃を、闇の帝王の杖は全ていなし、弾き、叩き落とす。そして最後の一撃を、杖を弾き飛ばす強さで返した。しかし、その勢いをオーシャンは回転して殺す。

 

 彼女が振り返り様に再び杖を向けた時、藍の髪の間から覗いた怒りと憎しみに赤く染まる瞳を見て、ヴォルデモートは唇を歪めた。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

「消え失せろ! 滅却!」

 

 死の呪文と、日本術式の真なる禁呪――滅却呪文がぶつかり合う。二つの呪文は互いを食い合い、爆発を起こした。ヴォルデモートが興味深そうに呟く。「ほう……!」

 

 爆風に煽られて動きを止めた一瞬に、オーシャンの立ち位置はダンブルドア校長のそれと変えられていた。次なる一手を撃とうとしたとき、彼女の目の前にはハリーとネビル、そして横たわるセドリックがいた。

 

 ――余計な事を……!

 

 二人が呼ぶ自分の名も、自身の食いしばった歯の間から漏れる獣の様な吐息に紛れる。再び杖を構えて飛び出そうとした、その時。

 

「Stop!」

 

 後ろから伸びたゴツゴツとした男の腕が、オーシャンの体を羽交い締めにした。その力は強く、オーシャンは無我夢中に彼の腕の中でもがく。

 

 邪魔よ、アイツ、絶対に許さない、八つ裂きにしてやる。――そんなような事を言った様な気がするが、口から出るのは理性を捨てたうなり声ばかりだ。その声の隙間に、背後からも声が続いている。Stop、Wait、Umi……。

 

 夢見たはずのルーピン先生の腕の中にいながら、ダンブルドア校長と杖を交わす死喰い人の首領をただ、睨み付ける。視界が、熱く滲んでいく。喉を通るうなり声は、情けない慟哭に変わっていった。

 

「……あぁ……ぅあぁ……」

 

 オーシャンの体から力が抜けていくのを見て取り、ルーピンは彼女を抱き留める力を強めた。どうか、心は壊れない様に。

 

「……ごめんなさい、セド……。私のせいだわ……。あの時、油断していなければ……」

 

 彼女の後悔の言葉は、慣れ親しんだ言語でルーピンの耳に届いた。がくりと膝を突いた彼女から体をそっと放して、その肩を取る。

 

「大丈夫、死んではいない。『磔の呪文』に少しの時間晒されたんだ。彼がこうなったのは私のせいだよ。……すまない、ウミ」

 

 ルーピンが悔しさを滲ませたその言葉を聞いて、オーシャンの胸に一筋の希望が差し込んだ。

 

「……ぅ……生きてっ……い、いるの……?」

 ネビルと一緒にセドリックをみていたハリーが、顔を上げて、頷いた。横たわる彼の、胸を見る。僅かにだが、動いている。

 

「…………あぁっ……!」

 オーシャンは両の眼を押さえつける。安堵の涙は止めどなく彼女の袖を濡らした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ヴォルデモートの生み出した火球が、ダンブルドアを襲う。校長は杖を一振りし、噴水の水を操ってそれらをかき消した。続けてエントランス中の立像を動かし、その重厚な拳を闇の魔法使いに向かわせる。

 

「退け、ヴォルデモートよ。もうすぐ闇払い達が到着する。ここで魔法省を相手に戦うのも、お前の望むところではあるまい」

 

 ダンブルドアが語りかけると、ヴォルデモートは死の呪文で立像を粉砕した。

「さすが尊敬に値する魔法戦士様だ。その気遣い、痛み入る」

 

 しかし闇の帝王は言葉とは裏腹に、瓦礫を杖で操り自身の周りを衛星上にくるくると移動させる。空中で三つの直線に並べた瓦礫は蛇に変化して、らしからぬ動きでダンブルドアを襲った。

 

 ダンブルドアはマントを盾のようにして蛇の牙を防いで、複雑な杖の軌跡を描き、三匹の体を固結びにする。それを意に介さず、ヴォルデモートはまるで世間話をする様な調子で言った。

 

「しかし、手土産の一つも持って帰れぬなどと、我が同胞達を失望させたくは無い。――アクシオ!」

 

ダンブルドアが固結びにした蛇たちが、瓦礫に戻って音を立てて落ちる――その隙間を縫うようにヴォルデモートの杖が、ハリーのポケットに入っていた『予言』を『呼び寄せ』る。

 

「あっ!」

 

 ポケットの中から素早く飛び出した『予言』をハリーの指先が掠めた。ヴォルデモート目がけて飛んでいくガラス玉を、オーシャンが睨み付ける。

「――怒りの神槍!」

 

 ヴォルデモートの指先に『予言』が触れようとした刹那、迸った雷撃がそのガラス玉をいともたやすく貫いた。あっけない音を立てて、パリンと割れる。

 

「――! 小娘……!」

 中に閉じ込められていたモヤが立ち上り、ぼそりぼそりと消え入る様な声で、何事かを囁き始めた。

 

「吹き荒れろ、鎌鼬!」

 

 オーシャンが杖先を素早く回すと、モヤを巻き込む強い木枯らしが吹いた。びゅうびゅうと吹き荒れる風が、『予言』のモヤをかき消した。

 

 風が止んで、大音声でオーシャンが言い放つ。顔は戦いと涙のあとで薄汚れ、しかし目には再び戦意を宿して。

 

「私の仲間達に酷いことをしておいて、貴方だけ二度目の人生を思い通りにしようとするなんて、虫が良すぎて臍で茶を沸かしちゃうわ! 緊縛せよ、混沌の鎖!」

 

 床を突き破って現れた鎖が体に触れた瞬間、ヴォルデモートはそれらを再び蛇にしてニヤリと笑う。蛇は従順に拘束を解いて頭を垂れた。

 

「貴様こそ、俺様の『予言』を手にかけておいて生きて帰れると思うな……しかし、その才能をむざむざ摘み取るのも惜しい話……」

 

「ほう、お主にしては珍しい台詞じゃのう。……己以外の力量を認めるとは」

 

 そんな場合では無いのに、ダンブルドアが髭を扱いた。ヴォルデモートは杖を弄びながら続ける。

 

「『力』にはその性質に相応しい場所がある。……どうだ、小娘。『こちら』に立てば、俺様に逆らったその罪……不問としてやろう……」

 

「なにをっ……」

 

 ダンブルドアが杖を構え直し、ルーピンも懐から杖を取り出して、ヴォルデモートを睨み付けた。闇の魔法使いは一歩も動かず、その場からオーシャンに語りかける。

 

「そうすればこんな戦いに意味など無くなる。ポッター共は、温かいベッドの中で傷を癒やせるだろう」

 

 戦いのきっかけとなった『予言』は、最早無い。そしてオーシャンが断る事をよしとしないであろう条件をチラつかせる。見事な人心掌握術だ。

 

「それは……私が『そちら』に行けば、みんなをこれ以上傷つけない、という事でいいのかしら?」

「貴様がそう望むのであれば」

 

 オーシャンはボロボロの先生の背中を見て、それからハリーに、ネビルに、そして未だ気がつかないセドリックに視線を移す。

 

 自分が行けば、みんなの命は救われる。ここに残るのであれば、それは文字通り死ぬまで戦うという事かも知れない。

 後者を選べば、例えこの場を制したとしても、その時、みんなの命はあるのか……。

 

「ウミ、聞いてはいけない」背後で先生の声がする。それに同調するハリーの声も。

「そうだ、オーシャン。奴の言う事に本当の事なんて、あるもんか」

 

「悲しい事を言うな。ハリー・ポッターよ」

 ヴォルデモートが哀れな声を出した。

 

「俺様は嘘など吐かない。俺様が嘘を吐いているとしたら、お前の哀れな両親は生きているはずだろう?」

「――っ、このっ……!」

 

 彼を刺激する言葉をよく心得ている。杖を手に取り腰を浮かしかけたハリーの前にオーシャンは素早く回ると、安い挑発に乗る彼の頬を平手打ちで止める。

 

 乾いた音が静寂のホールに響き渡る一瞬、その言葉に歯を食いしばっていたもう一人と目が合った。

 

 ヴォルデモートはそれがまるで面白い見世物の様に笑っている。

 

 オーシャンはルーピンに背を向けて、ヴォルデモートを振り向いた。――私がみんなの命を守る。

 

「……わかったわ。絶対、もうこれ以上みんなを傷つけないと約束しなさい」

「それは貴様の態度次第だ」

「…………」

 

 分かっている。世界を席巻する闇の魔法使いが、口約束など律儀に守るはずが無い。

 しかしもう、友人達の傷つく姿をこれ以上見たくない。見たくは無いのだ。

 

 オーシャンが一歩を踏み出した時、部屋の四方にある暖炉が一斉に燃え上がった。増援かと足を止めて周りを見回す。それらは魔法省の役人達だった。彼らはエントランスの惨状に驚き、中心にいる闇の魔法使いを認めて青ざめ、暖炉からそれほど離れずに足を止めた。

 

 いけない。ダメだ。これ以上、犠牲が増える前に。

 

 オーシャンはうつむき、音高く歩を進める。ヴォルデモートの所まであと一歩となった時、後ろでセドリックの声が聞こえた。

「――……っ! ウミ……? どこへ――!?」

「セド……!?」

 

 思わず振り返る。ハリーとネビルに支えられて上半身を起こしたセドリックが、荒い呼吸をしながらこちらに手を伸ばしている。

「良かった……」

 

 温かいものが胸に広がる。凍りかけていた何かが一気に溶けようとしているような感覚に、目頭が熱くなる。こんな状況なのに、彼が生きてさえいれば、自分は絶対負けないのだ、と分かった。

 

 震える唇を引き締めたオーシャンは、しばしの別れを口にする。

 

「――お呼ばれしちゃったから、行ってくるわね。……みんなを、頼んだわよ」

 

「だめっ――ダメだ、行かないで……行っちゃダメだ! ウミ!!」

 

 片手を床について身を乗り出したセドリックが、懇願する様に腕を伸ばした。そんな事しても届かないのに……ばかね。

 

「別れの挨拶は済んだか?」

「……ええ」

 

 ヴォルデモートが訊き、オーシャンは頷いた。しばしの――もしかしたら永遠の別れとなる仲間達の姿を目に焼き付けようとを振り向いて、視界が闇に溶けていく。




滅却呪文があまりに強すぎるので補足を……


作中日本においての「アバダ・ケダブラ」です。あまりに残酷な呪文のため、作中日本では強く禁じられています。

古代からあった魔法ですが、近代の戦で使用された際、
杖の一振で村ごと土地ごと人ごと滅ぼせる呪文は、あまりに非人道的だとの国内外からの声があり、生物無生物問わず使用が禁止になりました

このような禁呪が存在する事を、作中日本の魔法教育では隠す事無く伝えており、杖の一振で故郷も家族も、時には命すら奪えてしまうその残酷さを語り継いでいます。

使用方法までは教えてないそうですが、オーシャンは呪術師である父の書斎で知ってしまったのでしょうか?

『じゃあこれ、ヴォル様消せるじゃん?』って話なんですが、
やはり術者の力量によって違いまして、
オーシャンにはヴォル様を消す程の魔法力は無いようです

(そもそも分霊箱があるので完全消滅は無理だと思いますが)

父上なら頑張れば半身くらい消せるかもしれません


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93話

 瞬く間に、『例のあの人』復活のニュースは魔法界中を伝播していった。

 

 日が目覚めるまであと数時間と迫った深夜に、駆けつけた魔法省の闇払い達はその目で、最盛期そのままの姿をしたヴォルデモートを見る事となったのだ。その中には魔法省大臣、コーネリウス・ファッジもいた。

 

 大勢の役人が証人になり、ヴォルデモートの復活はデマだという大臣の姿勢は、撤回せざるを得なくなった。それに魔法省内部まで入り込まれるという失態を演じては、世論が黙っていなかった。今魔法省では、ふくろうの大洪水が続いている。

 

 ドローレス・アンブリッジはホグワーツ校長と高等尋問官の任を解かれ、アルバス・ダンブルドアがその椅子に戻る事となった。校長がまず行ったのは、シビル・トレローニーの占い学への教授復職であった。

 

 魔法省で起こった事件については、先生達は協議の末、細部を伏せて生徒へ伝える事を決め、朝の集会の席で発表した。

 

 グリフィンドールの一員、ウエノ・ウミがヴォルデモートに連れ去られた、との発表に、彼女と一番の親友であったアンジェリーナ・ジョンソンは授業を受けられる状態ではなくなり、すぐに医務室へ入院する事となった。

 

 グリフィンドール以外の寮生も、あまりに衝撃的な事件に大半が動揺を隠せないでいる。

 ハリーは、寮の寝室で一人、あの後ホグワーツへ戻ってきた時のことを思い出していた。

 

 

 

 *

 

 

 

 魔法省との緊急協議を設ける事になり、ダンブルドアとキングズリーが省に残った。

 

「わしが戻るまで、校長室で待機せよ」との言葉通り、生徒達と残りの騎士団の面々は医務室にも行かず、傷だらけの姿のまま待っていた。

 

 ブラックやルーピンに、何故神秘部へ行ったのかを問い質されると思っていたハリーだったが、シリウスはただ、ハリーが生きていてくれた事に心からほっとしていた。

 

「でも、シリウスおじさん……。オーシャンが……」

 

 ハリーから何があったかを聞いて、シリウスの顔の筋肉が、動き方を忘れたかの様だった。

 

 ネビルが今にも泣きそうな顔つきで項垂れる。ハーマイオニーは息を飲み、ロンはショックにふらついた彼女を支えた。ルーナはいつものぼんやり顔で、ジニーはか細い声で「嘘……」と言った。

 

 トンクスは眉をつり上げルーピンの方を振り向き、彼は目を閉じて押し黙る。ムーディは磨いた義眼をはめ直し、歩行杖で苛立たしげに床を叩いた。

 

 ロンが口を開く。「それで……セドリックは……」

 ソファで安らかな寝息を立てるセドリックを見遣り、ルーピンが声を低くして答える。

 

「私が……眠らせた……。彼はショックが酷くて、ひどく暴れたんだ。自傷行為が出てきた所で、仕方なく――。彼は、ウミが連れて行かれたのは、自分のせいだと思っている」

 

「彼のせいじゃないよ」ネビルが強い声で言ったが、ルーピンには力なく答える事しかできない。「分かってる」

 

「でも、リーマス……こんな酷い事……」

 

 トンクスが口を開いたが、それ以上言葉が続かなかった。ルーピンはやっとの事で、「これから騎士団の優先任務は、ウミを見つけ出す事になるだろう」と言った。トンクスとムーディ、ブラックは強く頷き合う。

 

 それからダンブルドアとキングズリーが帰ってくるまで、みんな言葉少なに待っていた。二人が帰ってきたのは、ホグワーツの生徒達が動き出す一時間前だった。

 

 ルーピンが言ったとおり、ダンブルドアは、ウミを探し出す事に全力を注ぐのだ、と、騎士団の面々に言い渡した。

 

 そして辛いだろうが、と前置いてハリーを向いた。我々が到着するまでに、何があったのか教えて欲しい、と続ける。ダンブルドアの目が久方ぶりに自分を見た事に勇気づけられて、ハリーは何があったのかを包み隠さず語った。

 

 テスト中に夢を見たこと。グリモールド・プレイスにシリウスがいないのを知った事。どうやって魔法省に行ったか。戦いの火蓋となった『予言』……。

 

 恐怖がフラッシュバックしたのだろうか。ネビルとジニーが体を震わせた。

 

「ふむ……。辛かったろう。よう頑張った。よう、生きていてくれた」半月眼鏡の奥のダンブルドアの目に、涙が滲んでいた。

 

「みんな、医務室に行くのじゃ。そして温かいココアを飲んでおやすみ。君達の心身は、休息を必要としておる」

 

 聞きたい事が山ほどあったが、校長の言うことも的を得ていた。友達が拐かされていなかったら、今すぐにでもベッドに流れ込みたい。

 

 しかし反論の余地は残されていないらしい。ロンがハリーの肩を叩いて、「行こうぜ」と消え入りそうな声で言った。

 

 ネビルが眠っているセドリックに近づいて、運ぶ為に手を伸ばした。しかし校長はその間に入って優しく言った。

 

「Mr.ディゴリーには、ちと話がある。君達は医務室で待っていてくれんか。そう時間はとらせん」

 

 ネビルは戸惑いつつも頷いて、みんなで校長室を出る。扉が閉まると、ルーピンの呪文が聞こえた。「サージト、目覚めよ」

 

 目が覚めたセドリックのぼうっとした声は最初だけで、すぐに意識をはっきりさせて「ウミ……ウミは!?」と激しい声を出していた。

 

 医務室へ向かって歩き出したみんなの目には、ルーピンやシリウスにつかみかかってオーシャンの行方を詰問する彼の姿が見える様であった。

 

 

 医務室に到着したボロボロの彼らを、起き抜けのマダム・ポンフリーは何も聞かずに受け入れてくれた。すぐに一人ずつ診察と傷の手当てをして、温かいココアを振る舞ってくれた。

 

「ココアを飲み終えたら、水薬を飲んでゆっくりお眠りなさい」

 

 マダムはみんながココアを飲み干して配られた水薬を口にするまで、厳しくも不思議な面持ちで見つめていた。今夜の苦難をダンブルドアに聞いているのだろうか。もしくは何も聞いてはいけないとでも言われているのかもしれない。彼らは眠りに身を委ねた。

 

 次にハリーがの目が覚めた時、みんなはベッドの上で半身を起こしていて、話し合っていた様だった。部屋の中にマダム・ポンフリーの姿は見えず、みんなの顔色は校長室にいた時より少しだけ良くなっている様に見えた。

 

「今、何時かな?」

 

 ハリーが聞く。ロンが時計を見て、「もうすぐ昼の十二時だ。ランチは広間で食べられるかな?」と、ちょっと上擦った声を出した。

 

 その話し方にほんのちょっとだけ日常が戻ってきたのを感じて、「だといいね」とハリーは笑顔で応じた。

 ロンも硬くなっていた顔の筋肉を動かして、下手な笑顔を作った。ハリーが大好きな元の笑顔を見るには、今日一日はかかるだろうか。

 

 ハリーは首を動かして、みんなの顔を見る。そして、ネビルを挟んで向こう隣のベッドからセドリックの顔が覗いたのを見て、声を上げた。

 

「セドリック! いつ戻って……!?」

 ハーマイオニーが、「あなたが目覚める少し前よ」と教えてくれた。

 

 セドリックの顔は硬く、ロンより下手な笑みを見せた。

「心配をかけたね。もう大丈夫だ。薬を飲んだら、僕も眠らさせてもらうよ」

 

 セドリックもココアのカップを握りしめていて、彼のサイドテーブルの上にはみんなに処方されたのと同じ、水薬の小瓶があった。

 その様子は落ち着いていて、目には固い決意が満ちていた。カップを一息に傾けてココアを飲んだ後、こちらを向いた。

 

「卒業したら、僕は『不死鳥の騎士団』に入るよ」

 そしてサイドテーブルにカップを置いて代わりに薬の小瓶を手に取る。正面を向いて小瓶の蓋を開けながら、彼は続けた。

 

「彼女の事は、絶対に助けてみせる」

 

 部屋のみんなが無言だった。セドリックはココアと同じ勢いで水薬を飲み干した。 

 

 

 

 *

 

 

 

 数日後。所変わって、日本。

 

 夕食の時間。上野宗二郎は、良い香りを漂わせ始めたちゃぶ台に誘われるままにあぐらを掻いて座った。

 

 今日の夕食の献立は、妻の美空の得意料理・鯖の味噌煮ときんぴらごぼう、汁物には具だくさんの豚汁だ。それらが、土鍋で炊いたほかほかの白ご飯と一緒に食卓に並んでいた。

 

「おおお。今日もまた美味そうな飯を作りおって、お前め」

 

 幸せそうに目尻に皺を刻んだ宗二郎だったが、厨から出てきた妻ににこやかに指摘される。

「貴方、空が見てますよ」

 

 その通りだった。何かを拾っていたのか娘の空がちゃぶ台の影から出てきて、ニヤニヤと父を見ていたのだ。思春期の娘の前で『厳格な父』として威厳を保ちたい宗二郎は、赤い顔でわざとらしい咳払いをした。

 

「……いっただっきま~す」

 

 空は澄ました顔で両手を合わせる。そういうのは、おじいちゃんで散々見てきた。お父さんもつまらない事気にしてないで、子供に気兼ねせずいちゃいちゃすればいいのに。

 

 豚汁を一口しながら空は、「なんか今の、海ねぇみたい」と思って可笑しくなった。

『つまらない事気にしないで、好きにすればいいのよ』なんて、留学中の姉がいかにも言いそうな事だ。

 

 その時、家の呼び鈴が鳴った。続けて玄関戸が数回強く叩かれる。美空が実の娘も羨むような可憐さで玄関の方を振り向いた。

「あら、ご飯時にお客様かしら?」

 

 美空は箸を置き、料理が冷めないようにふきんをかけてから、「はいはい」と言いながらパタパタ廊下に出て言った。宗二郎は「なんだ。こんな時間に連絡も無く、非常識な」と、もぐもぐしながら言った。

 

 空が夕飯の主役の鯖に箸を入れた時、バタバタと廊下を走ってくる音がしたかと思うと、居間の戸をスパンと開けて空の伯父が顔を見せた。

 

「宗二郎!」

 

 呼ばれた本人はご飯時に無遠慮な兄をチラリと見、「なんだ。宗太郎ではないか」と言った。

 

「のんきに飯など食ってる場合か! 海がヴォルデモートの本拠にカチコミに言ったとの噂、わしの所まで届いておるぞ!」

「ああ、その件か」弟は箸を止めない。

 

「その件か、とはなんじゃ! せっかく人が心配して来たと言うのに全くお前は昔から……」と天を見上げて頭をバリバリ掻きむしる宗太郎に、からくり人形の菊が豚汁を持ってくる。居間の戸を潜ってきた美空が、微笑みながら言い添えた。

 

「宗太郎さん、せっかく来られたんですし、夕飯ご一緒にいかが?」

「や、すまない美空さん!」宗太郎は表情をガラリと変えた。「しかし、今日も変わらず美しいな!」

 

 自分の食事を空の方に寄せて、美空は夫の隣に義兄の席を作った。菊が白米と箸を配膳して、兄は弟の隣に、唾が飛びそうな勢いでどかりと座る。

 

「大体、知っていたのなら一報くらいせぇ! 三郎から聞いた時、腰を抜かしたわ!」

 

「……唾を飛ばすな。――成る程、隠密の耳には届いておるか」

 

 鰺でも焼いている香ばしい匂いが、厨から漂ってきた。美空が菊に頼んでおいたのかもしれない。鯖に舌鼓を打ちながら、鰺も良いなぁ、と空は思う。

 

 ほら、飯が冷めるぞ、と弟に指摘されて、宗太郎は音を立てて豚汁を啜った。兄が口を塞がれている間に、説明をする。

 

「その話なら、直接ホグワーツから聞いておる。まぁ、そう慌てる事はない。誰が修行を付けたと思っているのだ」

 

 毎年の夏の修行は、こういう時のために付けているのだ。父の自信は揺るぎない。その兄は、しかしなぁ、と不満顔をしながら豚汁の具をおかずに白米を食べて「旨っ」と言った。

 

「様子を見て、あちらとも相談しつつ対策を取る予定だ。お前達親族にはまだ知らせる段階ではないと判断したに過ぎん」

 

 反論しようと宗太郎が顔を上げたとき、厨から出てきた菊がぱりっと良く焼いた鰺を配膳したので、その口はまた閉じられる事となった。

 

 菊が一緒に配膳してくれた茶を啜って、宗二郎は呟いた。

「まったく、我が娘ながら毎年毎年……。命がいくつあっても足りんわい……」

 

 

 

 *

 

 

 

「へぇえーーっくじょいっ!!」

「がぁあっ、汚ぇ!!」

 

 特大のくしゃみを地下牢の格子越しに死喰い人の顔にぶちまけたオーシャンは、鼻を啜った。ドロホフというらしいその死喰い人は、汚れた顔を拭いながら怒りを露わに格子戸を揺らした。

 

「人の顔目がけてくしゃみするな!」

 

「だってここ、寒いんだもの。招待客を地下牢で待たせるのが、英国紳士のマナーなの?」

 

 あの夜から数日。連れてこられたのは、どこかの屋敷の中だった。すぐに死喰い人に囲まれながら拷問でもされるかと思ったが、意外にもヴォルデモートはオーシャンに「くつろぎたまえ」と言って、屋敷の地下牢に監視付きで閉じ込めた。もちろん、杖やその他の所持品は全て没収されてしまった。

 

 さて、そうなると後は考えるくらいしかする事が無い。どうやら奴らにはオーシャンをすぐに殺すつもりは無い様だし、これからうするかをゆっくり考えるとしよう。時間はある。多分。

 

 大丈夫。彼らは生きているのだ。自分が死んでなど、たまるものか。





とりあえずこれにて不死鳥の騎士団編、終了となります!
長いお休みに入ったり相変わらずの不定期更新にも関わらず、ここまで読んでいただいてどうもありがとうございました!


正直当初の予定ではセドリックの出番は炎のゴブレット編で終わっていたので、ここまで絡んでくる事に戸惑いを覚えつつ、おかげで予定の話より面白くなったかな、と満足しております!
最後駆け足が過ぎてすいません!ちょっと書くの下手になったんじゃないか……?

次は謎のプリンス編!いやいや、ここからどうなるかなとワクワクしつつ、定期更新を目標にホグワーツレガシーもちょこちょこ進める予定です
ホグレガ止まらんのだよ…………

それから今年2023年は念願のUSJに行ってホグワーツを眺めてハッフルパフのローブとセドの杖(魔法使えるやつ)を買いました!
いやぁ、、、ハリポタエリア出来てからずっとルーピン先生の杖買おうと思ってたのにお前なんなんだよホント影響力強すぎだわ(夢)

ホグレガも組分け帽子に「他3寮は嫌……他3寮は嫌……」ってお願いしてハッフルパフにしてもらったのでもういよいよ脳ミソやられてんなと思いました


何はともあれ2023年中に不死鳥編終わって良かった!皆様重ね重ねありがとうございます!
よいお年を!!


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謎のプリンスと、英語ができない魔法使い
94話


 闇の帝王が復活し、上野海がその本拠に拐かされたとの報せが入ってから数週間。日本ではこれまでと変わらない、普段通りの日々が続いていた。

 

 しかし、それは世界から見ての日本の反応に過ぎない。その日、上野家では男達が一本のろうそくを取り囲み車座になっていた。

 彼らの顔色は一様に硬く、いかにも『深刻な話し合いの場』という様相を呈している。

 

 口火を切るのは上野海の父にして高名な呪術師――上野宗二郎である。

「して、三郎。英国の動きはどうじゃ」

 

 宗二郎の左側で片膝を折った忍者が、顔を上げずに頷いた。

「はっ。慎重に慎重を重ねている、というのが、正直な印象でござるな。海の居所も未だ判明しておらぬのが、現状な様子」

 

「ふむ。思った以上に難航しておるようじゃな……」

 

 顎を扱いた宗二郎の右隣で、彼の兄にして三郎の父――宗太郎が難しく引き結んでいた口を解いた。

「宗二郎よ……このまま英国に任せていても、事態は進展しまい。やはりこちらからも働きかけて見た方が良いのでは無いか?」

 

「うむ……」

 

 その時閉め切られていた襖がスパンと開き、外から入ってきた陽光が三人の目を焼いた。

「ぎゃっ」

「目がっ、目がァ」

 

 姿を見せたのは、今年十六になる空である。

「何をアホみたいな事やってるのよ」

 

「アホみたいとは何事じゃ」「暗い部屋にいきなり光源を入れるな。悪魔の所業じゃ」

 

 父と伯父がぐちゃぐちゃ言っている所に、空は母と作ったおにぎりの乗った盆を置いて黙らせる。真っ先に一つを手に取ってかぶりつきながら、空は車座の中心に立つろうそくの火を手で仰いで消した。

 

「こんな閉め切った空間でろうそくなんて灯して、言われても仕方無いと思うけど」

 

「雰囲気というものがあるでござる」

 胸を張って言う従兄弟に、空は頭を抱える。女三人寄れば……とはいうものだが、男三人寄れば悪ガキ時代に逆戻りするのは何故だろう。

 

「まあ、いいわ。……で、どこまで話は進んだの?」

「「「……」」」」

 男三人が揃って口を噤む。目を明後日の方向に向けるその反応、実に苛立たしい。

 

 今回の事態で拐かされたのが海であるからこそ、こんなちゃらんぽらんな感じでいられる訳で、他の魔法使いや魔女だったなら、こうは行かないだろう。それだけ宗二郎は、娘の能力を買っているという事だが。

 

「ま、まあ、やはり、そろそろこちらからも英国に働きかけてみた方がよかろう、という話にはなった」

 

 だからって、よくもまあここまで英国に全てを任せて静観したものだ。父の揺るぎない自信には呆れるばかりである。

「しかし、英国に働きかけをとなるとやはりこちらの魔法省を動かさざるを得ないが……」

 

 難しい顔をする父の言いたい事も分かる。検討やら会議やら書類やらに嫌に時間がかかることくらい、同じ人種だ、良く心得ている。空にも最初から、その考えは無かった。

 

「手っ取り早く、向こうに様子を見に行けばいいじゃない。情報収集という観点では、忍者に一人行って貰えばいいでしょう?」

 

 そう言ってちょうどこの場にいる忍者を向く。彼は父、叔父、従姉妹の視線を一身に受けて、疑問符を返した。

 

「え?」

 

 

 

 *

 

 

 

 今日もイギリス魔法省は平常通り機能していた。

 

 数ヶ月前の『例のあの人』復活の報に混乱した市民達から寄せられたふくろう便の嵐は、少しずつ収まっていた。

 

 国内で頻発する事件の収拾に奔走する忙しい日々は続いているが、市民からの批判に心をすり減らしていた日々を思えば、少しは呼吸が出来るというものだ。

 

 セドリック・ディゴリ―は廊下を歩きながら、周囲に飛ばしていた書類から一枚を手に取って目を通す。エレベーターに乗ろうとした所で、後ろから甘い香りと声が近づいてきた。 

 

「ディゴリー、やったわね。あなたの意見でご老人方、砂漠に放り投げられた水中人みたいに、口をパクパクさせてたわ」

 

『国際魔法協力部』のベティーだった。

 

決して高くないヒールに派手すぎない唇の色、はらりと髪が揺れる度にちらりと見えるイヤリング。とびっきり垢抜けた感じでもないけれど、省内の初心な男共を引っかけるにはちょうどいい。彼女はいつもそんな感じだ。

 

 先ほど終わったばかりの、会議での発言での事を言われていると分かって、セドリックは愛想笑いを返した。

 

 此度の国内で続く混乱に乗じて、彼の所属する『魔法ゲーム・スポーツ部』では去年の時点ですでに登録されていた公式試合の変更、延期、中止が相次いでいる。

 

『国際魔法協力部』との会議では、すでに決まっていた国際試合の日程変更が現時点で永久的に不透明となった事について、頭の硬そうな老人部長からさんざん小言をいただいた。だからセドリックは言ってやったのだ。

 

「では部長殿は、海外選手を情勢の不安定な我が国に招いて、万に一つにも起きるかも知れない不測の事態の事は考えず、試合を決行した方がいいとお考えなのですね?」

 

 まだ入省してひと月足らずの新人の正論に、『協力部』の誰もが反論を失った。

 

 

 エレベーターが到着したので乗り込むと、ベティーも当然のようについてくる。二人が乗り込んだ事で、定員は一杯になった。格子戸が閉まって上の階への移動が始まる。

 

「いや、思った事を言ったまでだよ」

 手に取っていた書類を放すと、また周囲を飛び始める。セドリックは次の書類を手に取って目を通し始めた。

 

 ベティーの視線に気付かないふりをして書類を読む。彼女の厚い唇から、ほぅ、と密やかな吐息が漏れた。

「あなたのそういう謙虚な所、悪くないわ。どうかしら。いいお店を見つけたの。ちょっと一杯付きあわない?」

 

 彼女から――それ以外の女性からも――誘われたのは一度や二度ではない。セドリックは一つ、小さく息を吐いた。

 

 エレベーターが目的の階に到着する。降りるセドリックについてくるのは、周囲を飛び交う書類だけだった。

 

「……ごめん、遠慮しとくよ。金曜日は、行かなきゃいけない所があるんだ」

 

 続いて降りていく人たちに遮られて、セドリックの背中が遠ざかっていく。やがて格子が再び閉まりエレベーターが動き出すと、後ろから耳慣れた声が聞こえた。

 

「ガード堅いわよねぇ。セドリック・ディゴリー」

 

 同じ部署のオリーヴだった。省内で最高の茶飲み友達だ。彼女が乗り合わせていたなんて、全然気がつかなかった。オリーヴは壁にもたれかかって続ける。

 

「ハンサムで仕事もできて人当たりだって悪くない。だけど女からの誘いだけは、スパッと断る。本当に男なの?」

 

「ねえ、そんな言い方はよして」

 ベティーは口を尖らせる。どんなにガードが堅くたって、悪く言われたくは無い。惚れた弱みという奴だ。

 

「心に決めた女でもいるんじゃないかって、もっぱらの噂よ。もしかしたら、金曜日はそいつに会いに行ってるのかもね」

 

 オリーヴが意地悪く続けると、ベティーは目に見えて肩を落とした。そんな友人の姿に、仕方がないなと腕を組む。

「……私、今日はちょっと酔いたい気分なんだけど。帰りに一緒にどう?」

 

 ゆっくりオリーヴを向いたベティーの顔は、みるみる泣きそうな顔に変わっていった。

「……私もう、アンタと結婚しようかしら」

 

「やめてよ。私にも選ぶ権利をちょうだい」

 

 ベティーが寄りかかると、オリーヴはうんざりした顔で憎まれ口を叩く。そんな顔をしても、言われて悪い気はしていないのもベティーには分かっている。エレベーターが到着して、格子が開いた。

 

 

 

 *

 

 

 

「はあぁ~……どこにいるんだ、ウミ……会いたい……たまらなく会いたいよ……」

 

「おい、商売の邪魔だ。出てけ出てけ」「悪戯専門店で涙の川を作られちゃ、商売あがったりだよ」

 

 応接ソファを独占するセドリック越しに、フレッドとジョージは棚に補充する商品を杖で操る。それでもセドリックの悲嘆は変わらずに、彼は五回目の大きなため息を吐いた。

 

 セドリックは毎週金曜日に、ダイアゴン横町の『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』を訪れるよう、ダンブルドアから命令を受けていた。

 

『不死鳥の騎士団』としての任務とは関係の無い命令に首を傾げたものの、彼は渋々従っている。その実はオーシャンの誘拐で不安定な彼の精神を少しでも安定させるためだという事を、彼は知らない。

 

「君達だって、ウミの事が心配でたまらないだろう!?」

 応接室と呼ぶには名ばかりの、店の上階のカーテンで区切られた空間で、セドリックは声を荒げる。

 

 応接室と在庫室を兼ねたそこから出て行こうとしながら、フレッドは「めそめそしてるだけなら手伝えよ。こっちは猫の手も借りたいんだ」と猫背の彼を引っ張り出した。

 

 店舗には学生も未就学児もが入り乱れていて、大変賑やかな様子だった。双子の商売は、どうやら繁盛しているらしい。

 二人の店長は群がるアリを蹴散らす様に商品棚への品出しを進めながら、セドリックと話を続けた。

 

「ああ、俺たちだってオーシャンの事は心配だよ。しかし不思議だよな。時間が経てば経つほど、我らのお姫様なら大丈夫だって思うんだよな」

 

 フレッドがニヤリとしながら言うと、ジョージも同じ顔をする。

 

「うん。とにかく、死んではいないだろ。――おい、それはこっちだ」

 

 違う棚に補充しようとするセドリックから商品を奪い取るジョージの言葉に、声が裏返る。

「その根拠はどこから出てくるんだよ……!?」

 

 手伝いなど必要の無かった速さで商品補充を終わらせた双子は、杖をくるくるっと回して肩を竦めた。

 

「ああ、悲しきかな、ディゴリーよ。これが五年の歳月を共にした『絆』とでもいうべきもの」

 

「呪いたくば、グリフィンドールに選ばれなかったお前自身を呪うがよい」

 

 セドリックはむすりと口を噤んで、また応接スペースに下がろうとする。その時、店舗がにわかに騒がしくなった。

 

「どーしたガキンチョ共ー……」

 階下を覗き込んだ双子の目に映ったのは、入り口を潜る怪しい影。

 

 黒いフードに黒いマスク。黒い上着に黒いズボン。……魔法使いではない。その証拠に、子供達が伝説の存在を見るように目を輝かせていた。

 

「うおー! ゴザル!」

「ゴザルじゃねぇか! 久しぶりだなぁ!」

 

 店の入り口で子供達に群がられてタジタジとしていた上野三郎は、既知の姿を認めて顔を明るくした。

 

「お……? うぉおおぉお、うーいずりの双子殿! 良かった、慣れない土地の一人旅、心細かったでござる!」

 

 店長二人が階段を降りると、三郎は子供達の渦からひとっ飛びで逃げだし、二人の元へ下り立った。その忍者的身のこなしに店中が沸き立つ。「うおお、ニンジャ、ニンジャ、フォォオォ!」

 

 双子と三郎の会話は互いに母国語であったが、言語の違いなど抜きにして彼らは輪になって再会を喜び合った。セドリックは蚊帳の外でその光景を見つめている。

 

「……ニンジャ?」

 忍者と言えば日本。日本と言えば――。彼が連想する先には一人しかいない。

 

 再会と忍びの体術の興奮から落ち着いた頃、双子が三郎に聞いた。

「――で、今日はどうした?」

「どうしてこんなところに?」

 

 そう英語で聞かれたところで、翻訳機能を持たない三郎はその質問に答える事は出来なかった。代わりに彼は、何とかこちらの意図を分かって貰おうとする。完全なる日本語で。

 

「あー……実は某、海を探しに参ったのでござるが、慣れない英国の地にて情報の収集に苦労している所でござった。貴殿方は海の行方について、何かご承知であれば聞かせて貰いたいのでござるが……」

 

 完璧な日本語に双子が困り顔を合わせていると、セドリックが上階から転がるように降りてきた。

「ウミ!? ウミの知り合いなのか!?」

 

 ウミ、という単語に耳ざとく反応したらしい。その執念、双子ですら舌を巻く。

 

「あー、確か従兄弟とか言ってたか?」

 ジョージが記憶を掘り起こす。彼と初めて会った時はクィディッチ・ワールドカップに世界中が沸いていたというのに、もう遠い昔の様だ。

 

 セドリックは深く深呼吸をする。彼の接ぐ挙動を、店中が固唾をのんで見守っていた。

 

「あー……。ハジ、メ、マシテ。僕、ノ、name、Cedricデス」

 

 どよ、店の空気が変わる。――この男、忍者と話をする気か?

 

「? ……お……? おー!! セドリックさんというのか! 初めまして。丁寧な日本語、感謝いたす! 某、上野三郎にござる! 以後、お見知りおきを」

 

 早くも懐かしんでいた母国語に三郎は感動した様子で顔を明るくした。忍者特有の難解な言葉遣いに、セドリックは目を白黒させている。

 

「ご、ゴザル、……?」

「ノンノン。三郎にござる」

 

 日本語会話で急に強気になって、三郎は得意げに指を振る。セドリックは、彼の名を理解して頷いた。

 

「ゴザル、え~と……ウミ、アイタイ?」

「イエス、イエス! 探しているでござる!」

 

 任務の目的を前にして『ござる』と呼ばれている事には一切気付かず、三郎はセドリックの両手を取った。

 セドリックも彼に熱意を伝える為、握られた手をぶんぶんと上下に振った。

 

「僕、モ、ウミ、アイタイ! 僕……アー……Fiancé!」

「ふぃあんせ……ふぃあんせ……何と!? 海にこんな立派な婚約者がいたとは!」

 

 愕然とする三郎と興奮するセドリックを見ながら、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』の店長達は背筋に寒気を覚えていた。

 

「あ~あ、オーシャンが知ったら怒るぞ、これ」「違いねぇ」

 

 

 

 *

 

 

 

「へぇえーーっぐじょっ!」

「だーーーーーーーっ!」

 またもオーシャンのくしゃみが、ドロホフの顔面に炸裂していた。





ついに始まりました、謎のプリンス編!
今年はこれ以上お待たせする事なく更新できるよう、できる限り頑張りたいなと思います!

2024年もオーシャンの物語をよろしくお願いいたします!

UA 281834、お気に入り 2483件、しおり 1266件、総合評価 3689pt、いつも読んでいただいて、感想もありがとうございます!


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95話

 オーシャンは寮の隠し扉から出た所だった。朝食に向かう生徒達に、『太った婦人』がいつもどおり「今日もしっかりね!」とか「いい一日を!」だとか声をかけている。

 

 オーシャンのすぐ隣には上機嫌な様子のアンジェリーナがいて、二人で話をしながら歩いていると、生徒の波の中に先に出ていたアリシアとケイティを見つけた。

 

 階段を降りる頃にはみんながドレスアップしていて、アンジェリーナ達はいつの間にかオーシャンから離れて、燕尾服を纏った双子のウィーズリー達の腕を取り、先に進んでいく。彼らのすっかり大人びた表情になんて気が付かないで、オーシャンも階段を降りていった。

 

 いつもより少し長い階段を降りながら、玄関ホールの方を見る。中央にはタキシードを着こなしたリーマス・ルーピンとセドリック・ディゴリーがいた。先生は階段を降りていくオーシャンに気付いて振り返り、遅れてこちらを向いたセドリックは、幸せそうな笑顔を見せた。

 

 オーシャンはホールに降り立って二人に近づいて行きながら、ふと思った。――そうだった。私はどちらか一人を選ばなければならないのだ。

 

 他のみんなは連れ立って、続々と大広間に入っていく。オーシャンも早く決めなくては、ダンスパーティに間に合わない。

 

 二人の紳士が手を差し出す。オーシャンが顔を上げても先生の表情は何故か読み取れず、その隣に目を移すとセドリックの優しい眼差しがこちらを見つめ返した。

 

 そしてオーシャンは手を伸ばした所で――目を覚ました。

「――フガッ」

 

 不覚にも、いびきをかいていたのだろうか。鼻から出たあられもない音に、牢屋の外にいたセブルス・スネイプが哀れんでいる様な、呆れている様な、奇妙な表情を見せる。

 

 オーシャンは、顎を伝っていたよだれを袖で拭った。

「……あら、スネイプ先生。こんな所でお会いするとは思わなかったわ」

 

 この牢獄の中に入って数週間、話し相手と言えば大方の時間の見張りを言いつかっているらしいドロホフや、小鼠――もといワームテールだけだった。あとは、気まぐれに来る死喰い人が牢の外から杖を向けて『遊び』に来るだけだ。

 

 つい先日にはベラトリックス・レストレンジが顔を見せて、オーシャンはあまりの怒りに牢の錆付いた鉄格子を破壊しかけた。おかげですぐに鉄格子はピカピカの真新しいものに置き換えられ、彼女は脱出の機会を一つ逃したのだった。

 

 その忌まわしい鉄格子の向こうから、スネイプがいつもの侮蔑的な表情を見せている。

 

「奇遇だな。私もここで君なんかに会うつもりは毛頭無かった」

 

 スネイプはそう言ってため息を吐いた。本当に面倒くさそうな――オーシャンが授業で言葉を通じなくした時によく見せる、あの顔。

 

 不死鳥の騎士団でもあるはずの彼が何故ここにいるかは一旦置いて、オーシャンはその言葉の意味を読み取ろうとする。

 

『ここ』で君なんかに会うつもりは無かった――……オーシャンが捕らわれる事は、スネイプの想定外――それが『主』の意思だとて――という事だ。どちらにせよ、この男が敵なのか味方なのかを推し量る事が、この牢獄を出る最善手になるだろう。

 

 スネイプは続ける。

「闇の帝王は、いつ君が日本の秘術を我らに明かしてくれるのかと、気を揉んでいる。君の気が早く変わるように『説得』を試みよ、と仰せでな」

 

『我ら』……そこにはスネイプ自身も入っているだろう。そうでなければこんな奇妙な逢瀬が叶うはずも無い。やはりこの男は騎士団の皮を被った死喰い人か……?

 

 興味の無いふりで、オーシャンは爪のささくれをむしった。

「秘術なんて無いって言ってるのに……信じてくれないのね」

 

 地下牢に閉じ込められる前。この屋敷に到着した時、ヴォルデモートは『貴様の使う術は、実に我らの使う呪文に似ている。我々が更なる高みへ上る為に、是非ともその秘術をご教授願いたいのだが』と言った。

 

 オーシャンは『秘術なんて無い』の一点張りだったが、――事実無いのだから……『滅却』を秘術と言えば別だが、別に存在が秘密な訳でも無い――いくら言っても信じてはくれず、彼らは彼女が神秘なる国のとんでもない秘密を握っていると信じて疑わず、オーシャンを屋敷の地下牢に閉じ込めたのだった。

 

「我が君は、君の使う術に高い関心を向けていらっしゃる。特に、魔法省で見せてくれた呪文に」

 

 と、スネイプの方は実に興味が無さそうに、腕組みしたまま壁に寄りかかる。

 

「その熱意を、もうちょっと違うことに使って欲しいわね……」

 オーシャンも爪を眺めながら呆れて返す。

 

 つまりは『教師』の体面を利用して主のために働いている……と、そう聞こえるが、何かがおかしい。むしったささくれをフッと一吹きして、オーシャンは考え直す。

 

 普段のスネイプとは、語り口がどう考えても違う。単純な魔法薬の調合さえ複雑化して説明する彼と、ここにいる彼は明らかに何かが違った。

 

 そして、ここがどこであれ、死喰い人の巣窟、もしくは本拠地と呼んでいい場所では使えない言葉もあるだろう。昔に交わした会話が、オーシャンの脳裏を過る。

 

――

 

『先生にはもう少し、生徒を信頼するという事について考えていただきたいと思うのですが?』

 

『その生徒が、頑健な鎖をもって我が輩を縛り上げなければ、我が輩もそれに応えるだろう』

 

『あの時、私は錯乱していたものですから。そうでしょう、先生?』

 

――

 

 ブラックが逃亡した三年前のあの日に交わした会話と、その後に見せた表情が彼の本性であれば――。

 二人は会話を続ける。

「ところで……貴方も私と遊びに来たの?」

 

 オーシャンの質問を、スネイプは鼻で笑い飛ばした。目を閉じて薄く笑う。

「君はどうなのかね」

 その気が無いわけではない、という事らしい。――面倒くさい男……。

 

「……ちょっと退屈なのよ、ここ。たまに来る人は、私との『遊び』方を知らないみたいだし。その点、貴方はよくご承知でしょう? 私との『遊び』方」

 

 にっこりと微笑むオーシャンに、スネイプは片眼を開けて仏頂面を返す。

「……何が望みだ?」

 

「違う顔の貴方に、質問があるの」

 騎士団の、という意味だが。スネイプは懐中時計を出して、チラリと見る。あまり長く話していると、他の死喰い人に怪しまれるだろう。

 

 時間が分かるかとオーシャンが首を伸ばすと、彼はこちらを見ながら、見せつけるように時計をポケットにしまった。これは純粋な嫌がらせである様だ。オーシャンは、この男がブラックの同窓であったと思い出して苦い顔をする。

 

「君はそこまで、勉強熱心ではないと思っていたが」

 

 それは本当にご挨拶。あたかも人が不真面目かの様な言い方はやめていただきたい。

「こう見えて、分からない事はそのまま放置しないタイプなのよ。覚えているでしょう? 私のO.W.L.試験前」

 

 ピクリ、とスネイプの眉が動いた。二人だけが知る愉快な思い出――オーシャンが夜中に訪問し、脱狼薬を預け……という一部始終に思い当たったに違いない。彼の顔は、不愉快そうなまま動かなかった。

 

「我が輩もこう見えて多忙でな。君と遊んでいる暇など無い」

「でも、『我が君』から、私を『説得』をするように言われてるんでしょう?」

 

 微笑んで言ったオーシャンに、これ以上歪む事は無いと思われていたスネイプの顔が、形容しがたい変化を見せる。

 やや時間をかけて、スネイプは返答した。

 

「……よかろう。我が輩はこれから、出来うる限りの時間を君の『説得』に割くとしよう。その際、君からの質問を三つだけ許可する」

 

「何、それ。質問だけ? 答えが得られない問いなんて、するだけ無駄よ」

 まるで地下牢教室で授業を受けている様だ。ネチネチとした彼の喋り方に、少しイライラしてくる。

 

 眉根を寄せたオーシャンに、スネイプは嘲る様な態度を見せた。

「我が輩の印象では、君は無駄に『言葉遊び』が好きなのだと思ったが。見込み違いだったか」

 

『無駄に』の一言に嫌みを感じたが、要するに今の様な回りくどい会話で、情報をくれるという事だ。脱出の機会が失われた訳では無い事が分かって、オーシャンは内心ホッとした。

「こんな所で先生と『遊べる』なんて、まるで夢みたいだわ」

 

 皮肉っぽくからかい混じりに言うと、スネイプは少しだけ微笑みを見せて返した。

「君の方こそ。先ほどまで、口の端から汚物を垂れ流しながら、楽しい夢を見ていた様ではないか」

 

 言われてオーシャンは自身が見ていた夢を――あまつさえ、夢の中で誰の手を取ろうとしていたのかを思い出して、顔を爆発させた。

 

「そっ……ち、違うわよ! 私は――せ、生徒の夢の中にまで口を出すなんて、趣味が悪いわ!」

 顔を真っ赤にして声を荒げるオーシャンを横目に、スネイプは呆れた調子で英語で何かを言って、地下牢から出て行った。

 

 

 

 *

 

 

 

「ハリー、あなたにお客さんが来てるわ」

 ジニーはハリーに割り当てられた兄達の部屋の前に立って、ノックをする。答えを待たずに入ると、ハリーはベッドに腰掛けたまま、ロンとハーマイオニーの二人と話し込んでいた。

 彼は入ってきたジニーを見て、その後ろにいる人物に顔を明るした。

 

「セドリック! 元気そうで良かった」

 セドリックはジニーの後に続いて部屋に入ると、照れくさそうに頭を掻いた。

「君こそ。ホグワーツ以外で顔を合わせるの、なんだか変な感じだ」

 

 みんなは私服で、セドリックだけは仕事用のローブを着ている。仕事帰りに『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』に寄って三郎に出会ってから直接ここに来たので、着替えてはいなかった。

 

 服装が違う、という事だけで、自分はもうホグワーツの生徒ではないんだという事がまざまざと感じられ、同時に彼らより少し大人になったんだなと今更ながらに実感して、少しだけ気恥ずかしい。

 

 魔法省で起こった事件後、ハリー達から見て、セドリックのホグワーツでの様子は痛々しいものだった。

 

 事件後の校長室で、卒業後に騎士団への加入が決まって一時は元気を取り戻した様に見えたものの、以降時々、校内の至る所でしょんぼりと肩を落としている彼を見かけた。玄関ホールの階段の前や、大広間だったり、校庭の木の根元だったり。

 

 その彼が元気な顔を見せてくれた事が、ハリーには嬉しかった。

「今日はどうしたんだい?」

「みんなに会わせたい人がいて……ゴザル? そんなところに隠れてないで出てこいよ」

 

 セドリックはおもむろに、何も無い所を振り向いて声をかける。みんなが首を傾げると、彼が声をかけた場所から黒服に身を包んだ人間が姿を現した。

 

「何と! 拙者の隠れ蓑術をも見破るとは、さすが海の婚約者でござる! 感服いたした!」

 闇の魔法使いの様に頭の先まで真っ黒なその出で立ちには、見覚えがあった。

 

「あ、オーシャンの……!」目を丸くしたのはロンとジニーだ。

「三郎じゃないの!」と喜ぶ顔を見せたのはハーマイオニー。

「何でここにいるんだ!?」

 

 ハリーの声が驚きに高くなると、扉の向こうからダダダダと階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。バタンと荒々しく音を立てて扉が開き、姿を現したのはシリウス・ブラックだ。

 階下でウィーズリーおばさんが怒鳴っていた。「ちょっとシリウス! 床が抜けそうな勢いで暴れないでちょうだい!」

 

 しかしそれを右から左に流して、ハリーの名付け親は「どうした、大丈夫か!?」と血相を変えて叫んだ。

 

 あの事件の後、ハリーが魔法省に赴いたのはヴォルデモートに罠にかけられたせいだと知ったブラックは、過度なまでにハリーを気にかけるようになっていた。

 彼がお茶でやけどをした位で、ティーカップを破壊してしまう程だ。

 

 その彼が見知らぬ顔を見つけて、杖を取り出す。「――っ、誰だ!?」

 ハリーがそれを止める。

 

「シリウスおじさん、待って!」

「彼はウミの従兄弟なんだよ、ブラック!」

 セドリックの言葉にブラックは動きを止めた。「何……!?」

 

 杖を向けられて、三郎も忍者刀を逆手に構えていた。鋭く露わになった切っ先に、ウィーズリーの兄妹とハーマイオニーが震えている。

 セドリックが拙い日本語で三郎に危険は無い事を伝えるとようやく刀が鞘に収まって、みんなは胸をなで下ろした。



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96話

「ウミの従兄弟か……では、美空の甥か?」

「……!? お主はやけに、流暢な日本語を使える様ですな!?」

 

 みんなが双子の部屋に腰を落ち着けて、話し合いをしている最中だった。ブラックの問いかけを理解できたのは、三郎だけだ。全員が驚きに目を丸くしている。

 

「リューチョー……は分からないが、日本語は難しくなければ分かる。言葉が分からなければ、美空がどんな思いを歌っているのかが分からないからな」

 ブラックはそう言って、得意げに腕を組んだ。

 

「それはそれは。熱心な信者……もといファンがいて、伯母上も幸せな事でござるな」

 

 言われてブラックは、いやぁ、と嬉しそうに破顔した。セドリックは自分だけが三郎と意思の疎通が出来ることにちょっとしたアイデンティティーを感じていたため、ブラックが自分より滑らかな日本語を話し出した事に嫉妬心を覚えて、ちょっとだけ頬を膨らませている。

 

 魔法省での事件があった後、グリモールド・プレイスは『本部』としての機能をほぼ終えていた。理由はグリモールド・プレイスの屋敷しもべ妖精・クリーチャーが、ヴォルデモートと通じている可能性が浮上したからである。

 

 そのお陰でシリウス・ブラックは住処を失ってしまい、一時的にウィーズリー家の『隠れ穴』に厄介になっている、という訳だ。

 

 今朝方ダンブルドアの手によって送られて来たというハリーは双子の部屋をあてがわれているにも関わらず、彼の居室はウィーズリー氏が昔に空飛ぶフォードアングリアを隠していた、外の物置である。彼はそこに愛ヒッポグリフのバックビークと二人暮らしという訳だ。

 

 三郎は肩の力をすっかり抜いて、安心しきった表情だった。

「日本語が通じるお二方がいて、心強いでござる~。慣れない英国に突然一人で放り込まれて、途方に暮れている所でござったよ」

 

 彼は親族の命令でオーシャンへの手がかりを求めてやってきた、とみんなに説明した所であった。ブラックがそのほとんどを通訳してくれたため、セドリックは立つ瀬が無い、といった風情である。

 

「オーシャンがどこにいるか、『騎士団』は把握できたの?」

 

 ハーマイオニーがブラックの方を見て質問するが、回答はその隣のセドリックの死んだ魚のような目とこれ以上無いほどに落ち込んだ肩を見れば、一目瞭然だった。

 

「……分かってないのね……」

 

 途端に彼は落ちくぼんだ瞳のままブツブツと病的に囁きだした。しかしその様子を気味悪がったのは三郎だけだ。彼の突然の鬱症状には、三郎以外のみんなはうんざりを通り越しており、暗黙の了解として特に触れないことにしている。

 

 その時部屋の扉がまた開いて、眩いばかりの銀髪の女性が足取りも軽く部屋に入ってきた。

「アリー!」

 

 彼女は手にした朝食の載った盆をハーマイオニーに押しつけて、素早くハリーに友愛を示すキスをした。ハーマイオニーは盆を受け取りながらも眉毛をピクピクさせて、ジニーは目玉をぐるりと大きく回している。

 

 彼女の後から部屋に入ってきたのはウィーズリーおばさんで、「私がやるからいいって言ったのに!」と言って概ね娘と同じ表情を見せた。

 

 言われた彼女――フラー・デラクールの方は「気にしなーいで。私が彼に会いたかったのでーす」と、女性達の様子などどこ吹く風で、ハリーとの再会を喜んでいた。

 

 月の様に輝く銀の髪を湛えながらも、その表情からは太陽にも似た幸せがいっぱいに放たれている。部屋の隅で不安と恐れに震えているセドリックとは対極の存在だった。

 

「アリー! あなーたがガブリエルを助けてくれたこと、忘れてませーん」

 

 三校対抗試合で彼女の妹をハリーが助けた事だ。あの時は特に命に関わる状況では無かったのにも関わらず、『問題』を真に受けたハリーが先走ってしまった、彼にとっては思い出すのも恥ずかしい部類の失敗だ。しかし彼女はまた彼の頬にキスをした。

 

 ハリーは熱烈なまでの美女の抱擁に顔を赤らめながらも、やっとのことで質問を返した。

「き、君がどうしてここに?」

 

 問われて、フラーはようやく体を離す。彼女の後ろでハーマイオニーがハリーの赤い顔に、「これだから男って嫌ね」とでも言いたそうな表情を投げかけている。

「家族になりまーすから」

 

 とびきりの笑顔で答えたフラーの発する輝きに、ロンが後ろでクラクラしていた。三郎も突然の闖入者に戸惑いながらも、ヴィーラの血を引くその美しさに魂まで抜かれかけており、立ち上がる事すら困難だった。

 

 顔に疑問符を貼り付けて返したハリーに、フラーは大きく両手を広げて、喜びを表現する。その擬似的輝きで目を潰された男二人が「目がぁ、目がぁ!」と騒いで、ハーマイオニーとジニーに黙らさせられていた。

 

「わたーし、ビルと結婚しまーす」

「わぁ、そうなんだ! おめでとう!」

 

 何も茶々を入れずにハリーを見守る名付け親は、素直に祝いの言葉を口にする息子にまなじりを下げた。三郎が「どういう事でござる?」と通訳を求めたので、彼女とこの家の長兄が婚約したのだと聞かせてやる。

 

「おお、セドリック殿と同じでござるな! 続々と喜ばしい報せが舞い込むとは、斯様な荒波の中にあっても芽吹く桜はあるのでござるな!」

 

 三郎が口にした比喩は一つも理解が出来なかったが、いかにも純朴な様子で他人の婚約を喜ぶ彼は、間違いなく好青年といえる。

 しかしブラックは、彼の言葉に手のひらを向けた。

「ちょっと待て。セドリックが誰と婚約したって?」

 

 ブラックの一言は部屋中の――未だ部屋の片隅で震えているセドリック以外の人間の注意を引いた。ウィーズリーおばさんとフラーは「そうなの?」と黄色い声を上げ、ハリー達ホグワーツ組も一瞬「えっ……」と二人とは真逆の様子で声を上げかけた。だが、普段の学校での彼の様子を思い出して、その真相を察知する。

 

 すると案の定、三郎が「ウミでござる」という一言を発したので、ハリーは特に興味がなさそうに朝食を食べ始めた。

 

 ロンとブラックは盛大に吹き出して床で笑い転げており、ハーマイオニーは部屋の隅のセドリックに呆れた顔で正論をぶつける。

 

「あまり勝手な事言ってると、またオーシャンに怒られるわよ」

 三郎はみんなの様子に首を傾げた。

 

 はて、確かに既知の婚姻が決まるというのは明るい話題ではあるが、床に転がって抱腹絶倒するのは、少々毛色の違う笑顔の様な気がするが……。しかし、なまじ言葉が分からない故、下手な反応は返せない。彼らにしてみたら、これが心から祝っている仕草なのかもしれぬ。

 

 そう考えている三郎が愛想笑いを浮かべるしか無い中、ジニーがぷりぷりとしながらセドリックとブラックに抗議する。もちろん、その言語は三郎の理解する所では無い。

 

「待って、オーシャンにはルーピンがいるでしょう? 彼女の気持ちを無視しないで!」

 

 その一声にそれまで縮こまって暗い顔をしていたセドリックが、初めて立ち上がってジニーを見据えた。その顔には『思うところあり』と書いてある。

「それは心外だ。僕が今までに、彼女の気持ちを無視した事があったと?」

 

「少なくともルーピンだったら、気持ちを確かめ合ってない相手にキスなんかしないわ。例え手の甲だとしてもね」

 クリスマスの事を言われているのだと、セドリックはすぐに理解した。

 

 確かにその場所へ唇を落とす意味は愛を確かめ合うものではないにしても、シャイな日本人であるオーシャンに許可無くする事では無かったかもしれない……そうセドリックも反省したものだ。あの日、驚いた彼女に殴られて気絶した翌日に。

 とはいえ。

 

「でも『君は』僕の気持ち、分かるだろ?」

 ジニーは言われてぐぅと黙った。オーシャンの気持ちとは裏腹に、『それ』が彼の気持ちだと言うことだ。

「でも、だからって……」

 

 口をパクパクとさせて二の句を探していたジニーだったが、次の瞬間に、笑いすぎて苦しそうにひぃひぃ言いながら立ち上がったブラックの質問に遮られてしまった。彼は投下された新たな火種――「ルーピンがいるでしょ?」――を、ロンと一緒になって窒息しそうな程に笑っていたのだ。

 

「なんだ、ジニー? 君はウミには、ゥフッ……りっ、リーマスの方がっ、フフフッ……お似合いだっ、とぉっ、お……フハ、フハハハハハ」

 

 言っている内にブラックは耐えられなくなって結局膝を折り、床に這いつくばって床を叩きながら再び笑い出した。叩かれる床を見て、ウィーズリーおばさんが顔をしかめる。

 

 自分の意見が笑われた事で顔を赤くしたジニーだったが、室内の混乱具合に肩を竦めたフラーが「じゃあ、またね。アリー」とハリーに言ったのが聞こえて、そちらに目を向けた。ウィーズリー夫人とハーマイオニーもそちらに気付く。フラーがハリーへ三度目の友愛のキスを済ませて退室すると、部屋中の女性陣がほっと胸を撫で下ろした。

 

 ハリーがサンドイッチの最後の一口を口の中に放り投げて、ジニーを見る。「どうしたの?」

 

「あの人には正直、もううんざり。ビルもどうしてあんな子選んだのかしら? もっと趣味がいいと思ってたわ」

 ジニーの返答への反応をハリーが曖昧な顔で濁していると、娘の言葉を母が窘めた。

 

「ジニー、そんな事を言うものでは無いわ。ただ、ちょっと……祖国のやり方を大事にしていたり、物の言い方がちょっとアレだったりするだけで……ビルの選んだ相手だし……私は――」目を泳がせつつ、まるで自分を騙しながら言葉を続けようとするおばさんに、ジニーは「でも」と得意げな顔を返す。

 

「ママはビルをトンクスとくっつけたがってるんでしょ? あの人がのさばっているのも、今のうちよ」

「まあ、ジニー!」

 

「でも私は、その方がずっと良いと思う。少なくとも、トンクスの方がずっと面白いし。……あ、でも家族になるなら、オーシャンも大歓迎だわ!」

 

 その言葉が出た途端、床に這いつくばっていたロンの笑い声がピタリと止まる。彼は妹が考えたくも無い提案をしたかの様に、衝撃の面持ちで彼女を見つめていた。

 

 セドリックはにっこりと笑って、ジニーに手のひらを向ける。

「悪いけど、それは諦めて」

 

 彼の思い描く未来予想図には、自分と彼女。そしてクィディッチチームが出来そうな位の人数の子供達しかいなかった。まあ、もしも彼女が望めば、立派な黒い犬の一匹くらいなら飼ってもいい。

 

 しかしジニーは挑戦的に腕を組む。「あら、分からないじゃない。ビルじゃなくても、フレッドとジョージのどちらかがオーシャンをうちに連れてきてくれるかもしれないわ」

 

「いや、それだけはないだろう」

「何で」

 薄く笑って即答するセドリックの纏う余裕に、ジニーは不満げに唇を尖らせる。

 

「僕にお墨付きをくれたのは、他ならぬ彼らだ」

 

 双子がホグワーツで起こした事件――その去り際に、彼ら二人が自分の名を呼んだ事はこの先も忘れないだろう。名前を呼ばれて、あんなに誇らしかった事は無い。

 

「それだったら、ロンでもいいわ」

 

 足掻くジニーだったが、その兄は声を荒げた。

「いい加減黙れよ、ジニー。そんなの僕は反対するぞ。断固、反対だ!」

 

 兄としての注意ではなく、威厳もへったくれもない個人としての主張であった。すると、自分の思い人がそこまで拒絶されるとは思っていなかったセドリックの瞳が、少し暗くなった。

 

「おおっぴらにそこまで言われると、なんだか複雑な気分だな……。ゴザルに人体の急所を教わってもいいかもしれない……」

 

 ロンとハリーは、ぎくり、と身を強ばらせる。静かに呟く様な彼の声は、部屋の中に不気味な余韻を残す。

 

 確かにオーシャンも好きな人を悪く言われてよく怒っていたけど、そんなところまで真似しなくてもいいんじゃないか? いや、『真似』ではないのか?

 どちらにせよ生命の危険を感じたロンは、彼に向けて両手を挙げて敵意が無いのを示した。

 

「勘違いするなよ、セドリック。僕は彼女の事嫌いなわけじゃない。嫌いじゃ無いけど、『家族』よりはちょっと距離を置いた関係でありたいと思ってる……意味伝わる?」

 

 セドリックの暗い瞳に冷や汗を掻きながら、ロンが弁明するのを聞いて、セドリックは興味なさげに頷いた。

 

「オーケー。君が僕のライバルにも敵にもならなくてよかったよ」

 飄々とした感じが逆に怖い。シャツの脇が湿って、ペタペタしている事にロンは気がついた。

 

 息子と裏腹に、彼の母は同じ話を聞いているとは思えない反応を返す。

「ああ、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちゃう。セドリックったら、すごくオーシャンの事を大切にしているのね」

 

 ウィーズリー夫人は両手で顔を扇いで、息子はその言葉にあんぐりと口を開けた。

 

 夫人の言葉にセドリックは不気味さをしまい込み、美しい笑みを見せた。

「ええ。彼女がいなければ、今の僕はいませんから」






クリスマス、よく手の甲にキスさせたなぁ……このやり取り、すげぇ上手いなぁ、と自分で自分をageていくStyle.


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97話

「今日も実に薄くて美味しいお吸い物だったわ。ありがとう」

 

 言いながらオーシャンは、手近でひらひらとしていたピーター・ペティグリューのローブの裾を引っ掴んで、口を拭いた。ペティグリューはヘロヘロとした情けない声で抗議する。「わあ、は、放せぇ!」

 

「はい」口を拭き終わったオーシャンが望み通り手を放すと、彼は返ってきた裾から逃げるように「あっ……わっ……」とか言って距離を取ろうとした。小鼠が下手なダンスを踊っているのを、彼女は楽しく見守った。

 

 ここに入れられてからの食事は、多分――何しろ地下牢に閉じ込められては、時間の感覚も満足に分からない――数日に一回、野菜の切れ端も浮かんでいない薄黒いぬるいスープのみが差し入れられた。

 

 わずかに温もりを感じるというより、水を少し温めただけ、という感じのそれを、オーシャンはありがたくいただいている。薄黒くはあるが透明感のあるスープは何を具材に作られているのか知らないが、臭いからも毒性は感じられない。ホテルとしては限りなく不可に近づいた可。赤点くらいはやってもいいと思う。

 

 ホグワーツの味に慣れ親しんだ舌にはかなり薄く感じたが、数回飲むと味覚がリセットされて、味わいを感じるようになってきた。かなり薄めのお吸い物として飲めば、まあ、許容のできる味だ。

 

 ペティグリューは取り出した杖で、『黄色い猿』の唾液の付いた部分を燃やそうとしたらしい。燃えたはいいが思いのほか火が強く、消火するための呪文の狙いが定められずに、またもやダンスを踊っている。一生懸命叩き消した頃には、向こう脛が完全に見えていた。

 

「何をしているのだ。貴様は」

 

 呆れた声で言われて、ペティグリューはピタリと動きを止めてゆっくり振り返る。セブルス・スネイプが階段を降りて現れた。彼は足音を響かせてゆっくりとした足取りで進みながら、ペティグリューを上から下まで――特に焼け焦げた向こう脛を意地悪く睨め付ける。そして彼の前に立つと、身長の低い小鼠を威圧的に見下ろした。

 

「これはこれは、親愛なる我が同窓、ピーター。随分と、あー……斬新なファッションセンスですな?」

 

 そうか。ペティグリューがブラックの同窓という事は、スネイプともそうであるのだ。何故今まで気付かなかったのか。オーシャンは二人の様子を観察する。

 

 ペティグリューは「ちっ、違う! これはあの『黄色い猿』が……!」とかキイキイ言っていたが、スネイプはそんな彼をうっとうしそうにあしらって壁の方へ行き、背を預けて腕を組んだ。

 

 ペティグリューは本物のネズミの様なせわしなさで、スネイプと階段の方を交互に見た。まだ言い足りなくはあるが、一刻も早くこの場を去りたいという風でもある。プルプルと震えている顎が、ネズミが鼻をヒクヒクさせている姿と重なった。

 

 しばし悩む様子を見せていた小鼠だったが、どうやらこの場を離れることに決めた様である。階段の方へ歩き出したペティグリューに、オーシャンは「忘れ物よ」と声をかけた。

 

 小さな舌打ちの音と共に、小鼠は肩で彼女を振り返る。鉄格子の中には、空のスープ皿を持ち上げてこちらに振る女。彼は無視して階段を上っていった。

 

 ペティグリューの足音が遠ざかって上階の扉が閉まった音の後、部屋に残った二人は、やっと目を交わす。尤も、スネイプの視線はこちらを滑っただけで、すぐに伏せられた。オーシャンから口を開く。

 

「約束通り『遊び』に来てくれて嬉しいわ。意外と人情深いところ、あるじゃない」

 

 その言葉で思惑通り、スネイプはいつもの不機嫌そうな目を向けた。――人と話す時は相手の目を見なさいって、小さい頃に教わらなかったのかしら?

 

「気にするな。貴様のためではない」

「あら、さすが教鞭を執るだけはあるわね。教科書通りの典型的なツンデレ」

 

 微笑んで返されたので、(しかも言っている事が不可解極まる)彼は眉を顰めた。気を取り直して、咳払いを一つ。

「……さあ、ウエノよ。『我が君』のため、日本に伝わる秘術の一つでも思い出したか?」

 

「…………分かったわよ」

 オーシャンは、はあ、と観念して息を吐き、声を出さずに手招きをした。

 

 不本意ながらスネイプは鉄格子に近づき、自分の手を見ろと身振りで示してくる彼女に、いやいやながらも従ってその場にかがみ込む。端から見れば身を寄せているようにも見える光景。悪寒がする。

 

 左の手のひらに右の人差し指を立てて「見ていて……」と促すオーシャンだったが、途端に鼻をつまんで身を引いた。

「……やだ、貴方、何だか臭うわ」

 

 この女、この場で殺してやろうか。似ても似つかないはずなのに、何故か憎いあの男の姿が脳裏を駆け抜けていった。

 

「……自分の悪臭と勘違いしているんじゃないかね」

「体臭について女性に言う物じゃ無いわ。デリカシーの無い人」

 

 殴ろうか。スネイプは拳を固めたが、ぐっと抑え込んだ。オーシャンは邪魔が入った、とでも言うようにケロッとして続ける。

 

「大体、貴方達がお風呂も許可してくれないんだから、匂って当然だわ……――ま、そんな事より、見ていて」

 

 再びオーシャンは鉄格子越しにスネイプの方に身を寄せる。彼女が見せる手のひらを、スネイプは真剣に見た。そして、彼女の指が滑り出す。

 

 人。

 人。

 人。

 そしてその手のひらを口に持っていき、何かをぱくりと食べた真似をした。

 

 ?

 ???

 

 スネイプは何を見せられたのか理解できず、顔面を疑問符で一杯にしている。居住まいを正して、オーシャンは説明した。

 

「はい。これが日本の術の一つ、『人前で緊張しなくなる呪い』よ」

 

「ふざけるなっ!」

 鉄格子に掴みかかったスネイプの怒号が、地下牢中に反響する。対するオーシャンは平然と彼を見た。

 

「子供だましも大概にしたまえ! 君はここがどこだか分かっているのか!? 死喰い人の……『闇の帝王』の城でそのような馬鹿げた子供だましを、死喰い人相手に披露目るなど……」

 

 鉄格子が無ければ胸ぐらを捕まれているだろう、それくらいの剣幕だった。返すオーシャンの凜とした声が、彼を落ち着かせる。

「私の相手は『死喰い人』ではないもの」

 

「……」

 やっと、目が合った。この男の目をこんなに近くで見たのは、初めてかもしれない。暗い暗い瞳の奥底で揺らいでいるのは、誰への心だろうか。

 

 スネイプは鉄格子を掴んでいた手を解き、ゆっくりと体を離して、やがて立ち上がった。オーシャンは続ける。

 

「私が話したいのは、貴方のもう一つの顔の方だもの。……教えて、ここはどこ?」

 

 どんな形であれ、要望には応えた。次はオーシャンの番だ。

 

「言っただろう。『死喰い人』の本拠だと」

 

 スネイプは体の向きを換え、一歩、二歩、と鉄格子――オーシャンから距離を取った。牢の外の、中程で足を止めてこちらを振り向いて手を組む。約束通り、質問には答えてくれるつもりらしい。

 

「いいえ。貴方が言ったのは『〈闇の帝王〉の城』……。つまり、ヴォルデモートが支配する場所、という事でしょう?」

 

 スネイプは手を組んだまま、肩を竦める。まるで荒唐無稽で下らない話を聞かされているかの様に。

「随分と想像力豊かな事だ」

 

 気にせずにオーシャンは話を続ける。

「『支配』とはその場所について、全権を握っている……と。そういう事よね?」

 

「……細かい事を抜いて説明をすれば……まあ、概ねそうなる」

 白々しいまでの教師の顔を繕って、スネイプは返答した。

 

 しかしここまでの材料があれば、答えを出すのは難しくは無い。少なくとも二ヶ月前までには、どこかの町や村がヴォルデモートの手に落ちたとは聞いていない。

 

 そして、支配と言えば大仰に聞こえるが、もしその範囲がこの『館』の中のみだとしたら……それらを踏まえて『城』と表現できる場所は……。

 

「そうね……ではこの館……その城の主の『ご実家』とか?」

 

 かなりの確信を持って言ったオーシャンだったが、スネイプは懐中時計に目を落としていた。そして目を上げ、時計を素早くしまうとマントをバサリと大きく翻して踵を返す。

 

「四つ目の質問だ。我が輩は失礼する」

「ちょちょ……待ってよ。まだ質問は……」焦るオーシャンに向かって、スネイプは半身を返し、人差し指を立てた。

 

「一つ。『ここはどこか?』と、君は聞いた」

 

 展開の速さについて行けずにオーシャンがポカンとしていると、スネイプの指が二つ目を数えた。

 

「二つ。『〈闇の帝王〉はこの場所を支配しているか』と、君は聞いた」

「ちょっと待って、それは……」

 

 オーシャンの口からやっと出てきた制止も意に介さず、スネイプは有無を言わさぬ口調で続ける。「三つ」

 彼の指が、三を示した。

 

「『支配の定義』を、君は聞いた」

 

 自分の言葉を頭の中で必死に振り返る。確かに、スネイプの明確な答えと反応を得るために、疑問の形で口にした……かもしれない。けどしかし……。

 

「…………」

 

 しかし『当初の約束通り』三つの質問を使ってしまったのは、紛れもない自分だった。悔しそうに黙りこくったオーシャンに、スネイプは意地の悪い薄ら笑いを浮かべる。

 

「どうだ? 我が輩は間違っているだろうか?」

 

 したいが、反論が浮かんで来ない。何を言っても、紛れもない自分の失態を転嫁する発言になるという事は分かっていた。

 

 スネイプは言葉を続ける。陰湿な喜びの浮かんでいるその顔が、初めて憎たらしいと思った。

 

「質問は一度の訪問で三つまでと言う取り決めだ。よって、我が輩は帰る事としよう。『遊んで』ばかりの君とは違い、何かと忙しいものでな。失礼」

 

 階段に足をかけ、そのまま上っていくかと思われたスネイプだったが、思い出したようにこちらを振り向き、捨て台詞を吐いていった。

 

「この様にお粗末な問いかけで、よくも『言葉遊び』が得意だと言えた物だ。……次の時までに、質問の仕方を学んでおくと良い」

 

 ポカンと開いた口を閉じるのも忘れて、オーシャンは階段を上がっていくスネイプを見送った。

 

「ぅうう……んぐぎぎぎ……」

 

 至らない自分の悔しさは早くも無くなり、憎らしい彼への思いは歯ぎしりとなって現れる。それが上階まで響き渡る咆哮に変わるまで、時間はかからなかった。



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