あいあいあいんずさま (いつかこう)
しおりを挟む

あいあいあいんずさま

あいあいあいんずさまです。

…あいあいあいんずさまです。

プレアデス達の設定等にある程度独自解釈がありますが、お許しを。
時期設定もかなり曖昧です。一応10巻手前あたりになるのでしょうか。
なお基本原作準拠ですが、《ぺかーっ》だけはアニメ版準拠という事で、
どうかひとつこちらもお許しを。

よろしければお読み頂けたら幸いです。


 その日、アインズ当番の一般メイドのリュミエールがユリの元を訪れた。

 

「アインズ様が、プレアデスの方々全員をお呼びです。」

 

 ユリはリュミエールの頬が紅潮し、眼が潤み、全身がかすかに震えている事に気づいたが、いぶかしみながらもアインズの使者として尊重し── 一般メイドとはいえ、アインズ当番のメイドにはそれに相応しい敬意が払われて当然だ──それを指摘する事は無い。

 そして手っ取り早い《メッセージ》では無く、わざわざ使者を立ててのプレアデス全員の呼び出しという事態に緊張する。

 礼を言うと手際よく全員に招集をかけ、リュミエールの先導でアインズの自室を訪れる。

 

「あ、アインズ様、プレアデスの方々をお連れしました。」

 

 唇が震えるためビブラートの掛かった声で、リュミエールは(あるじ)にプレアデスの来訪を告げる。

 ユリは心の中で密かに眉をひそめるが、(おもて)に出す事は無い。だが感情を隠すのが下手なナーベラルはあからさまに不快感が面に出てしまい、ユリは視界の端でそれを見咎める。

 

「うむ」

 

 重厚な椅子に座っていたナザリックの絶対支配者が、重々しく返答し立ち上がった。

 プレアデスの面々に緊張が走る。ルプスレギナですら普段の軽々しさは影を潜め、完璧なメイドの外面(そとづら)を保つ。

 全員が完璧なシンクロで優雅に礼をし、アインズは軽く手を挙げそれに答える。

 

「ご苦労だったな、リュミエール。」

 

 リュミエールは黙ったまま慌てて会釈すると、ササッと部屋の隅に立つ。

 その頬は、まだ紅潮したままだ。

 

「良く来てくれたな、ユリ、ルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャン、エントマ、シズ。忙しかったのではないか?」

「とんでもございませんアインズ様。主の御召し以上に重要な事など何一つございません。」

「ふむ。」

 

 ユリの、ナザリックに連なるものなら当然の返答を、軽く受け流すアインズ。

 その雰囲気に、ユリは軽い違和感を覚えた。どこがどうという訳では無い。

 だがいつもの主とはどこか…何かが違うような…。

 

「それでアインズ様、本日はどのようなお呼び立てでございましょうか。」

「うむ…。まずはユリ・アルファよ、私の側まで来るが良い。」

「はい。」

 

 目線を伏せ、メイドすべての手本となる優雅に滑るような歩行でアインズに近づくユリ。

 

「…もう少し側まで来い。いや、もう少しだ。…まだ。あと半歩。…よし。」

 

 ユリは…ユリだけでなく、後ろで見守る妹達も困惑していた。

 アインズが指示した立ち位置は、互いの足先が触れ合うほど近かったからだ。

 

「…あ、あの、アインズ様、こ、これはその、一体…?」

 

 

 

 

 ギュウッ

 

 

 

 

「「「………」」」

 

 ユリが、そして妹達が…固まった。

 アインズが突然、ユリをその骨の両腕で強く抱きしめたのだ。

 これを予想していたリュミエールはうつむき、両手で顔を覆う。うなじと耳たぶが真っ赤だ。

 ちなみに八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は人払いされている。

 

『『『 え、え、ええええええええええええええええええええええええええ!!?? 』』』

 

 ルプスレギナが、ナーベラルが、ソリュシャンが、エントマが、そしてシズが…声なき声を上げる。

 さすがに主の前で騒ぎ立てる真似はしないが、動揺し身じろぎするのを止める事は不可能だ。

 当の抱き締められているユリは、普段の冷静さを完全に失いフリーズしていた。

 その硬直したユリの身体を、アインズはさらに優しく、しっかりと抱きしめる。

 

「ユリ…。」

 

「……。 ハッ!? あ、ああ、あひ、あひ、あ、アインズひゃま?」

 

 恐らくユリ自身、創造されて以来初めて発したと思われる動揺しまくった声。

 これほど大きく目を見開いた事も無いかもしれない。

 衝撃で腰砕けになってへたりこみそうなのを、アインズが両手でしっかりと支える。

 豊かなバストがアインズの肋骨に押されてひしゃげる。

 アインズは覆い被さるようにしてユリの耳元に髑髏の口を近づけると、優しく囁くように語りかける。

 

「…ユリよ。お前には感謝している。長女として実によくプレアデスをまとめてくれているな。気苦労も多かろう。だがお前自身が優秀すぎて何も言う事が無いため、ついついそれに甘えてしまいお前自身を気にかけてやる事が少なかった。許して欲しい。」

「あ…アインズ様…。」

 

 なんという優しくも、もったいないお言葉だろうか。

 ユリは感動で泣きそうに──アンデットなので涙は出ないが──顔を歪める。

 アインズは手をユリの両頬に当てると、その眼窩の赤い光でジッとユリの目を見つめる。

 

「それにしても…お前は美しいな。たおやかな黒髪、清楚で知的な佇まい。まるで顔の一部のように似合う眼鏡。陶磁器のような白い肌…。お前以上にメイドという言葉が似合う女はいないだろう。」

 

 あああああああっ…

 

 至高の御方からの惜しみない賞賛。

 痺れるような、もはや性的と言って良いほどの快楽がユリの脳髄を蕩けさせる。

 

「愛してるぞ、ユリ・アルファ…。」

 

 ズキューン!!

 

 ビクンッ ビクンッ!

 

 白い稲妻がユリの脳天から足先まで貫いた。

 そしてその衝撃は、固唾を呑んで状況を見守っていた妹達にも伝わる。

 

 アインズ様が、ユリ姉さんに愛の告白をされた…!?

 

 もしや、アインズ様はユリ姉さんを正妃に…?

 あるいは妾としておそばに侍らすおつもりなのだろうか…!?

 

 どちらにせよそれは大変名誉な事であり、妹としては喜びでしか無い。

 だがそこで妹達は一斉に、ある事に気づく。

 

 …いや待て待て、さっき、アインズ様は何と仰った?

 

『まずはユリ・アルファよ、私の側まで来るが良い。』

 

『まずは』

 

『ま・ず・は』

 

 と、言うことは…?

 

「ではユリ・アルファよ、下がるがよい。お前の妹達も抱きしめ、愛を囁いてやりたいのでな。」

「あっ…? は、は、はひ…。」

 

 キターーーーーーーーーーーーーーーッ!!

 

 心の中でガッツポーズする者。 誰とは言わないが。

 ワタワタする者。 誰とは言わないが。

 フリーズする者。 以下略。

 

 気もそぞろなユリがなんとか挨拶を済ませ、フラフラと妹達の元へ戻る。

 

「愛して…愛してる。愛して…愛してる。愛して…。」

 

 まるでどこぞの守護者統括のように、ブツブツと囁かれた言葉を反復する長女。

 それを横目で見ながら、妹達は予想する。順番からしたら…。

 

◇◆◇

 

「ルプスレギナ・ベータよ、来い。」

 

「はっ、はい!」

 

 普段のおちゃらけた態度、そしてつい今さっきの心の中での快哉はどこへやら、ルプスレギナは緊張しきった面持ちでアインズの元まで行く。

 次女はやはり先程のユリのようにくっつくほど近づくよう命令され、そして抱き締められる。

 

「あっ…。」

 

 不意打ちだったユリと違い心構えは出来ていたつもりだが、それでも動揺を抑えきれない。

 アインズはドギマギしているルプスレギナの、豊かな髪の毛の中に鼻先を突っ込む。

 

「え? あ、アインズ様…?」

「良い匂いだ…。」

「えっ、えっ? ああああ、いや、アインズ様、恥ずかしいです!」

 

 もちろん人狼とはいえ、正体を表さない限り獣臭がする訳ではない。

 だがアインズにそう囁かれ、とっさにそう言われたように感じて赤面し身体をよじらせ逃げようとするが、主の腕がそれを許さない。

 

「こら、逃げるな…。命令だぞ?」

 

 ルプスレギナの身体がピタッと止まる。非常に優しく、からかうような口調ではあったが、それでも至高の御方の《命令》という言葉は絶対的な力を持つ。目をぎゅっとつむり、アインズの鼻腔が首筋や髪の毛をスンスンと嗅ぎまわるその羞恥に必死に耐える。

 普段の態度とのギャップが、より一層嗜虐心をそそる。SがMに変わる瞬間というか。

 

「あっ…ダメ…。お許しを…アインズ様…。」

「許さん。ふむ…どこか太陽の日差しを思わせる健康的な匂いだな。自然の香水というべきか。いかにもお前らしく、好ましい香りだ。」

「ああっ、あ、ありがとうござ…えっ、そ、そこは、あ、アインズ様…。くぅ~ん…。」

 

 それを端で見ている姉妹達も動揺する。彼女達ですら、ルプスレギナの羞恥心に満ちた官能的な表情など初めて見る。

 ただ他の姉妹が真っ赤になり目をキョロキョロと泳がせる中、ソリュシャンだけはウットリとその痴態に見とれていた。

 嗜虐趣味では姉妹の中で唯一自分と同等の姉が、至高の御方に精神的に蹂躙される様は彼女を激しく興奮させた。

 その体内では無意識に酸がジュクジュクと生成され、まるでそれを使って主と共に姉を責め立てているような錯覚にすら陥る。

 

「も、もったいないです、アインズ様…。わ…私ごときにこのような…お戯れを…あっ!」

「どうした? ルプスレギナ。いつもの、もっと砕けた口調で喋ってくれ。姉妹達とおしゃべりする時のように。私はお前の話し方、大好きなんだぞ。」

「え…? で、でも、そんな…不敬な…ああっ!!」

 

 アインズが、ルプスレギナの耳たぶをカジカジと甘噛しながら囁く。

 

「お前はカルネ村で良い働きをしている。時に厳しい事も言ってしまったが、それもお前に期待しているからこそだ。私の愛おしい赤毛の狼よ。任務が無ければいっそ首輪をつけ、我が足元で飼いたいとすら思う。一日中この赤毛をワサワサと弄れればさぞ気持ちよく、慰みとなろう…。」

 

「あ、あ、あひんずさ…な、なんて嬉しいお言葉…あっあっ…! はうっ、ダメです…これ、以上、はっ、あっ、ああ!」

 

 主の賛辞に感動しながら、同時にその愛撫に耐えられず、甘い吐息を漏らしクゥ~ンクゥ~ンっと狼が鳴くように許しを願うルプスレギナ。

 そんな彼女に、アインズは止めの一言を低く囁く。 

 

「愛してるぞ、ルプスレギナ・ベータ。」

 

「~~~っ!!」

 

 ビクン!っと一回激しく痙攣した後、ルプスレギナは失神してしまった。

 

 

◇◆◇

 

 

 気を失ったルプスレギナは、アインズの指示でユリとリュミエールの手でソファーに寝かされた。

 至高の御方の前で寝るとは…っと無理やり叩き起こそうとするユリを、アインズが「構わぬ。幸せな夢を見させておいてやれ。」っと制する。

 そして、姉妹の中でも最もガチガチになっているであろう三女が呼ばれる。

 

「次、ナーベラル・ガンマ。」

 

「は、はいっ、アインズ様!」

 ナーベラルは直立不動で答えるが、そのまま固まって動かない。

 

「…(わが)もとへ来るがよい。」

 少し苦笑を交えた口調で促す。

 

「はっはっ、はい!」

 

 先ほどリュミエールに不快感を持った事を棚に上げたくなるほど上ずった声で返事をしたナーベラルは、震える足をなんとか動かしてアインズの傍まで行き、二人の姉と同じように強く抱き締められる。

 

「あ…アインズ様…。いけません、アインズ様には、その、あ、あ、アルベド様という御方が…。し、至高の御方が、い、卑しきメイドごときを抱きしめるなど、あの、その、ひゃんっ!?」

 

 突然ナーベラルが素っ頓狂な声を上げる。アインズが、ナーベラルの背中をツツーっとなぞったからだ。

 

「し、失礼しま… ん゛っ?」

 悲鳴を上げた事を謝ろうとするナーベラルの唇を、背中を撫ぜた人差し指が抑える。

 

「今私が抱きしめたいのはナーベラル、お前だ。」

「…!? あ、あ、あひんずさま…。」

「共に《漆黒》の相棒として行動した日々は、私の大切な思い出だ。」

「も、もったいのうございます。わ、わ、私にとっても、宝石のように輝く任務でした。」

「輝く宝石とはお前だ、ナーベラル。ナーべであったお前と数多の夜を過ごしたのに、何もしなかった過去の私を殴ってやりたいほどだぞ?」

「…!! ああっ…!!」

 アインズの賛辞と欲情の告白に、ポニーテールがビクンッと立った後、へにょんと下がる。目尻も垂れ、普段のキツ目の表情がウソのようだ。

 

「もう一度あの名を呼んでくれぬか、ナーべよ。あの楽しかった日々のように。」

「し、しかし…。」

「呼んでくれぬのか? ナーべ。私の大事な相棒、私の背中を守ってくれる頼りがいのある魔法詠唱者よ。美姫よ。」

 そういうと、アインズはモモンの姿に変わる。

「…! ……。 も、も、…モモン・さーん…。」

 ほとんど無意識と言って良いほどに、それに反応してナーベラルもナーべの姿に変わる。

 

「ふふっ、その語尾の伸ばし方も懐かしいな。ナーべ。ほんの数カ月前の事なのに、まるでずい分昔の事のようだ。」

「はっ、はい…あい…モモ…ンさま…ん。」

「お前が人間の男共に遠慮なき下卑た情欲の視線を送られている事に、私がどれほどジリジリと身を焦がす苛立ちを覚え、耐えてきた事か。」

「ああっ…! モモンさま! …モモンさーん! なんて…光栄な…! お、お望みとあらば今からでも、私にゲスな視線を送りモモンさーんを不快にさせた男共(虫けら)を虱潰しに探しだし、全員抹殺してきます!!」

 ナーべの脳裏にほんの一瞬だけ、おちゃらけた(ハエ)のビジョンが浮かんだ。ああでも、あの(ミドリムシ)は死んだはずだ。…興味ないけど、確か。

「ふふっ、全く外見に似合わず激情の女よ。だがそのような真似はせずとも良い。私はな、ナーべよ、同時にそれが誇らしかった。なぜなら…。」

 アインズ…モモンはナーべの顎をクイッと持ち上げ、その耳元に鎧の口元を近づける。

 

「お前は私のものだったからだ、ナーべよ。その艶やかな黒髪一本すら、彼奴(きゃつ)らのものにはならぬからだ。()が所有物よ。私の麗しき宝石よ。」

「……!!」

 

「愛しているぞ、ナーべ。ナーベラル・ガンマよ。」

 

ビキーン!!

 

 まるで漫画のようにポニーテールが天井に向かってそそり立ち、そしてダランと垂れ下がるのと同時にナーベラルの膝がガクンと落ちた。

 ちなみに姿は二人共一瞬で元に戻っている。

 ルプスレギナのように気絶こそしなかったが、足をガクガクと震わせまるで生まれたての子鹿のように心もとない歩き方で姉妹の元に戻るナーベラル。

 刺激が強すぎて顔は逆に気の抜けた…どこか同種族の領域守護者を思い出させる表情になっている。

 

 

◇◆◇

 

 

「ソリュシャン・イプシロンよ。」

 来いとも言わず、ただ手招きをするアインズ。

 

「はい、アインズ様!」

 

 ついに自分の番が来た、っと喜々として前に出るソリュシャン。その眼は期待にキラキラと輝き、唇は艶めき、胸はプルンプルンと弾む。

 もう言われずとも限界まで近づいて良いのだろうが、「もう少し前だ。」「このあたりでしょうか?」「いやあと半歩。」っというやり取りを楽しむ。

 気の利かぬ奴、っと思われる恐れもあるが、それでもこの至福のやりとりを少しでも長く引き伸ばしたいではないか。

 

 そして自分であえて焦らした、待ちに待った主の抱擁がソリュシャンを…文字通り蕩けさせる。

 ギュッと抱きしめた途端、アインズの手と腕はズブズブとソリュシャンの身体に滑り込んでいく。

 押し付けられた豊かなバストも、肋骨をジワジワ飲み込んでいく。

 

「あ、ああ…っ。アインズ様の腕が…お胸が…私の中にぃ…。」

 

 うっとりと目を閉じ、はあ~っ…っと官能の吐息を漏らすソリュシャン。

 今自分は、至高の御方と繋がっている。一つになっている。なんという幸せ。なんという悦楽。

 

「…ソリュシャン!」

 背後から、動揺のあまり掠れた悲鳴のようになった叱責が届く。青ざめたユリが発したものだ。姉の声に、ハッと我にかえるソリュシャン。

 

「…はっ! す、すいません、アインズ様! わ、私とした事がなんという不敬を…!」

 慌てて主の腕や肋骨を自身の体内から押し出そうとするが、アインズ自身の力がそれに反発する。 

 

「いや? 構わぬぞ。お前はこういう抱擁が望みなのだろう?」

 そう言うとアインズは更に力を込める。腕がさらにズブズブとソリュシャンの身体にのめり込み、上腕骨まで入っていく。

 さらに指をワシャワシャと、ソリュシャンの体内を掻き回すように動かす。

 

「くっ、ふうん…!! アインズ様! アインズ様あああ~っ!!」

「ふむ…気持ちいいのかソリュシャン? 不思議だな、暴れる人間を飲み込んでも平然としているお前がそれほどよがるとは。」

「あ、あ、アインズ様だから…です。アインズ様の腕だから…んっ! 心が、私の心が感じて、んっ、ふあ、あああああっ!」

 

 人間が体内で暴れる感覚も楽しい。知的生命体がもがき苦しむ様を己の内で感じるのはたまらない嗜虐的快楽だ。だからこそ、生命維持には全く必要のない捕食をするのだ。

 だがアインズの手が自身の中で動く刺激はそれとは全く別の愉悦、決して抗えぬ絶対強者に思うがままに蹂躙される快感だ。

 さっきルプーが感じていたのはこれだわ、っと初めての刺激で働かない頭の片隅で思う。

 

「ふむ、それにしても、私にとってもなかなか気持ちの良い感触だな、ソリュシャン。これは三吉君とどっちが…ゴホン。」

「…! お、お望みでしたらいつでも! いつでも私をお使いください!私は、私は…はうぅっ!?」

 アインズが突然、ソリュシャンの耳たぶを噛んだ。そしてルプスレギナにしたように、甘噛しながら囁く。

 

「ふふっ、物欲しげな女だ。SとMは表裏一体というが…それほど身体を使った奉仕を望むのか?」

「で、ですからそれは、あ、アインズ様だから…です。あっ、ああっ、ダメ、お許しをアインズ様、溶けて、溶けてしまいます…うぅ…!」

「溶けてしまえば良いではないか。許す。」

「し、しかし粗相を、至高の御方の前で、そ、そのような粗相を…っ!」

 

「愛してるぞ、ソリュシャン・イプシロン。」

 

「はふーん…!!」

 

 アインズの愛の囁きがトドメとなってソリュシャンは絶頂に達し、文字通り…   溶けた。

 

 快楽をそのまま具現化したような、なんとも淫靡な形──具体的な何かを形作っているのではないのだが、なぜかいやらしく見えてしまう形状──に溶けてしまったソリュシャンは、そのままアインズが空中から取り出した金ダライに入れられて、気絶しているルプスレギナが寝ているソファーの足元に置かれた。

 プレアデスで一二を争う嗜虐姉妹、共に撃沈である。

 

『さ、さすがはアインズ様…!』

 自身はなんとか気絶せずに耐えたユリとナーベラルが、心の中で賛辞を送る。

 

 

◇◆◇

 

 

「ではエントマ・ヴァシリッサ・ゼータよ、来るが良い。」

 

「はい、アインズ様。」

 

 返事こそしっかりしているものの、エントマはまるで関節が硬直したようなぎこちない動きでアインズに近づく。

 アインズは腰をかがめると、背の低いエントマと目線を──仮面蟲のだが──合わせる。

 至高の御方の遠慮無い視線にモジモジとためらい恥ずかしがり俯く姿に、眼窩の赤い光が優しく揺らめく。

 

「どうしたエントマ、私の顔を見るのはイヤか?」

 アインズが苦笑めいた、からかうような口調で尋ねる。

 

「と、とんでもございません!」

 慌てて前を向いたエントマを、アインズがギュッと抱きしめる。

 

「あっ、アインズ様ぁ…。」

 エントマは一瞬で陶然となり、歓喜の渦が全身を駆け巡る。

 

 抱きしめてくれた抱きしめてくれた抱きしめてくれた抱きしめてくれた

 私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を

 

 もちろん、先に呼ばれた姉達を見ていればそうしてくれるだろうとは思っていた。

 それでも、エントマは一抹の不安を感じずにはいられなかったのだ。

 ──自分だけは抱きしめてもらえないのでは──と。

 

 自分でも驚いた事に、エントマは自分からアインズに尋ねた。

 

「…愛してくださるんですか? 私も…愛してくださるんですか? 私は、必要、ですか?」

「当たり前の事を聞くな、エントマ。」

「必要なんですね。私は必要なんですね。アインズ様のお傍にいてもいいんですね。お傍にいる事を許してくださるんですね。」

 

 そう何度も必死に聞き直すのは、至高の御方に対して不敬かもしれない。妹が大喝されるのでは、っとユリの顔色が少し青ざめる。

 だがそれは、エントマにとって──もちろん他のすべてのNPCにとってもそうであるのだが──そう繰り返さざるをえない大事な事だった。

 

 言うまでもなく、エントマの身体は虫の集合体で形作られた擬態である。その美しい顔も、母体ではなく仮面蟲という別の蟲だ。

 他の姉妹達も種族としての別の顔は持っているものの、普段の顔も自分自身のものであるのには違いない。

 その中で、エントマだけが違うのだ。もちろんその事で他の姉妹に何か言われる事など無いし、創造主である源次郎に対し何か含むところがある訳でも、もちろん無い。

 

 それでも、美しい姉妹の中で自分がどこか浮いた存在であるという微かな違和感は、エントマの心から拭い去る事が出来なかった。

 心配させたくないため姉妹達にも話した事のない、エントマの漠然とした不安、恐怖。

 

 

 ──お前を傍に置いて、喜ぶ者などいない──

 

 

 だからこそ、あの仮面の女に言われた一言はエントマの心にグサリと突き刺さり、例えようのない殺意に我を忘れてしまった。

 そんなエントマの怯えにも似た問いに、アインズは駄々っ子をあやすように頭を撫でながら優しく答える。

 

「ん? 誰かに酷い事を言われたのか? もちろんナザリック内にそんな愚かしい発言をするものがいるはずが無いから、言われたとしても外の世界の者だろうが…そんな奴はこの私が許さないさ。八つ裂きにしてお前のオヤツにしてやる。私の大事な、愛するエントマの心を傷つけるものは決して許しておけんからな。言っただろう? 当たり前の事を聞くなと。だが不安ならば何度でも言ってやろう。エントマよ、お前は私の大事なシモベだ。必要に決まっているじゃないか。大事な存在に決まっているじゃないか。いなくなったら寂しいぞ? だから、私を寂しがらせるような真似は決して許さん。いつまでも私の傍にいるがよい。姉妹達と共に私を支えるが良い。大事な大事な、私の愛しい蟲姫よ。」

 

「…グス。アインズ様ぁ…。アインズ様あああっ!!」

 

 ギチギチギチギチギチッ カチカチカチ ギーッギーッ スイッチョスイッチョ ジーコジーコ

 

 敬愛する支配者の優しい言葉に、エントマを形作る蟲達が一斉に歓喜の鳴き声を震わせる。

 自我の無い蟲にも、母体の感動が伝わるのだろう。秋の夜長の演奏会状態である。

 

「よしよし。泣き止むが良い。ん? 鳴き止む…なのか? ほらほら、触覚が飛び出てるぞ。ああ、粘液はちゃんとふき取りなさい。女の子は身だしなみに気を配らないとな。せっかくの美人が台無しだぞ?」

 

 そう言いながら、この上なく優しい仕草でエントマの口元──仮面蟲のでは無く本物の顔の──を、空中から取り出したハンカチで拭いてやる。

 いつもなら、そんな事をしてもらったら慌てて遠慮するだろう。メイドのだらしない口元を、至高の御方に拭ってもらうなど。

 しかし今、エントマはうっとりと目を閉じた──ような気持ちで──されるがままになっていた。

 心がじんわりと、暖かいものに満たされていく。

 

 ああ、私は大事な存在なんだ。至高の御方の大事な存在なんだ…!!

 

 絶対者からの強い存在肯定は、エントマの不安を吹き飛ばしてくれた。

 この御方のためならば、例えこの先二度と人肉(ごちそう)おやつ(恐怖候の眷属)も食べなくても我慢出来る。

 

 エントマのよだれを吹き終わったアインズはもう一度優しく彼女を抱きしめると、その耳──らしき部分──に囁く。

 

「愛しているぞ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータよ。」

 

 同じくアインズの言葉に感動している姉妹(気絶している二名を除く)の元に戻るエントマの足取りは、先ほどとは打って変わって自信に満ち溢れた軽やかなものだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「最後になったが、待たせたな、シズ・デルタ。来なさい。」

 

 コクンと頷いて、トテトテとアインズの元に駆け寄るシズ。

 命令される前にピタッとアインズの足元まで近づくと、遥か上にあるアインズの顔をジッと見上げる。

 本来そのような不敬はあり得ないが、もはや場の空気が完全にそれを許している。

 なにか言いたげな様子でモジモジしているシズに、アインズが尋ねる。

 

「どうしたシズ? なにかお願いごとがあるなら遠慮はいらない、言ってみなさい。」

 

 主に優しく促され意を決したかのように、アインズに向かって両手を広げるシズ。

 ん? っと訝しげに首をかしげるアインズに、小さい声でお願いする。

 

「…抱っこ。」

 

 こ、こら、シズ…!っとユリが焦った声で制止しようとする間もなく、アインズは天を仰ぎ口を大きく開いてカカッと愉快そうに笑うと、シズの両脇に手をやり持ち上げて一度高い高いのポーズをした後、抱っこしてやる。

 

「ははははっ! シズは甘えんぼうだなあ!」

 

 その言葉にシズは可愛らしくちょっとプクッと頬を膨らませると、アインズの首に両腕を絡めギュッと抱きつく。

 そんな、すがりつく娘…ではなく戦闘メイド…の背中をポンポンと優しく叩く、パパ…もとい、ナザリックの絶対者。

 そしてシズもエントマと同じく、自分からアインズの耳元で囁き尋ねる。

 

「アインズ様、私の事も、愛してる?」

「ははっ、もちろんだともシズ。愛してるさ。愛してるとも。」

 間髪入れずそう答えてくれる主。

 だがシズは頬を紅潮させ、首に回した両腕にさらに力を込め、少しためらった後、なけなしの勇気を振り絞ってさらに尋ねる。

 

「…女として?」

 

 シズにとっては重要な事だった。

 

「ん? はははっ、当たり前じゃないか。シズのように麗しいレディを女性として愛せなかったら、私は男の資格が無いな!お前は姉達に負けず劣らず美しく、セクシーで、魅力に満ち溢れた大人の女性だぞ? このアインズ・ウール・ゴウンがその名に賭けて保証しよう!」

 

 再び一瞬の躊躇いも無くそう答える主。

 シズの機械仕掛けの心臓が、ドクンドクンと鼓動を早める。カロリーが異常な早さで消費され、熱となっていくのを感じる。

 ボディにとってはあまり好ましくない反応かもしれないが、悪くない。この感覚は、悪くない。不思議な高揚感がシズの全身を包む。

 体内で警告音が鳴りかけたが、一瞬でスイッチをオフにする。この気持ちの良さに身を委ねられるなら、壊れてもいい。

 

「…嬉しい…。アインズ様、私も愛してる。」

「知ってるさシズ。お前の愛はちゃんと私に届いているぞ。美しく愛らしい自動人形(オートマトン)よ。」

「うん…。」

 

 シズもまた、エントマと同じく…いや、それ以上に非常に特殊な存在である。

 元々彼女の種族と職業は大型アップデート《ヴァルキュリアの失墜》で追加されたものであり、元来のユグドラシルの世界観とは著しくかけ離れている。

 もちろんシズ自身はそういった裏事情を知る由もないのだが、自分の存在がなんとなく場違いである、っという感覚はあった。

 

 定められた自分の役割には何の疑問も不満も無い。姉達は極自然に自分を妹と扱ってくれている。

 それでも時折、自分はここに存在していても良いのだろうかという、漠然とした不安がよぎる事がある。世界そのものからの拒絶。

 だがもう、そんな事はどうでもいい。エントマも自分も、ここにいて良いのだ。

 誰あろう、至高の御方々のまとめ役がそれを保証し、愛していると言ってくれるのだから。それも、女として。

 愛する主に愛されるなら、他の事などすべて瑣末事に過ぎない。

 

「愛しているぞ、シズ・デルタよ。」

 

「愛してます、アインズ様。」

 

 シズはいつもと変わらぬその無表情な顔に、それでも誰もが一目で分かるほどの幸福感を湛え、目をつぶって自分からスリスリとアインズの白い頭骨に頬を寄せて、甘えた。

 

 

◇◆◇

 

 かくしてプレアデスすべての姉妹にアインズの恩寵が与えられた。

 

 気絶していたルプスレギナとソリュシャンも目覚め、プレアデス達は再びアインズの前に横並びに整列した。

 いずれも負けず劣らず美しく、そして敬愛する主に愛を囁かれ、なお一層輝きを増した姉妹達。

 アインズは彼女たちを愛しげに、満足気に眺め、そして全員に語りかける。

 

「戦闘メイドプレアデスよ。私はお前達を愛している。美しく可憐なナザリックの華達よ。お前達がいなくば、この大墳墓もなんと色あせたものになる事か。私は仲間達に感謝する。お前達という存在を生み出してくれた仲間達に感謝する。」

 

 プレアデス達に再び歓喜の波が押し寄せる。出来ればこのまま永遠に聞いていたい、至高の御方の自分達への賛辞。

 ユリは、この場にあの子もいれば、っという思いもよぎったが、彼女はナザリックにとってあまりにも重要な任務についている。

 ただその一点だけでも、彼女の自己存在価値は十二分に満たされているだろう。

 

 アインズは自分の言葉に酔ったように、さらに高らかにプレアデス達への美辞麗句を並べ立てる。

 

「我が愛しき華達よ、煌めく宝石達よ、燦然と瞬く星達よ、麗しき戦女神達よ、己を誇るが良い。お前達こそが我が至宝。ああ、宝物殿に眠る無限の宝の中にすら、お前達の価値に匹敵する物が二つとあろうか。私はお前達を愛する。戦闘メイドプレアデスよ、私は………。 あっ…。」

 

 ぺかーっ

 

「………。」

 

 両腕を大きく広げたポーズのまま突然固まり沈黙したアインズ。

 主の賛美に脳が蕩けるほど陶酔しきっていたプレアデス達も、あまりに長く動かないアインズに、様子がおかしいと気づく。

 

「どう…なされました、アインズ様?」

 代表してユリが恐る恐る尋ねる。

 

「……えっ? あっ…。……………。」

 

 ぺかーっ

 

「あーっ… あ、うん、つまりそういう事で、だな 何が言いたいかというと…あれだ、ああ…わ、私は、この私、アインズ・ウール・ゴウンは…その、お前達プレアデスに、とっ、とても感謝していると言うことだ。うむ。そ、それは分かって…くれたかな…?」

 

「「「「「「感謝などもったいない!!」」」」」」

 

 見事にハモるプレアデス達。 あのシズですら、必死に大きな声を上げる。

 プレアデス達は再び感動し、天にも登るような快感が戻ってくる。

 

「アインズ様のあまねく慈愛のお心に、我らプレアデス一同、この上なく深く感激しています!」

「アインズ様に囁いていただいた愛のお言葉が、今も耳元で響き続けています!」

「卑しきメイドにまでこれほどの恩寵をお与え下さるとは、なんと広き愛をお持ちの御方!」

「ああ、その尊き腕で私の中を…! 今も人の形を取リ続けるのが難しいほどの感動でこの身が震えております! プルンプルンです!」

「グスッ 嬉しすぎて人肉(ごちそう)食べてる時よりヨダレが止まらないですぅ。」

「…アインズ様、好き。」

 

「あーっ…うん。よ、喜んでもらえて、わ、私もうれしい…ぞ。」

 プレアデスからの強烈な感謝の言葉の嵐を受け、先ほどとは打って変わって引き気味のアインズ。

 

「あ、あの。それで、アインズ様…。」

「ん? な、なんだ、ソリュシャン?」

「全員で一度に…お相手させて頂くのがよろしいのでしょうか? それとも一人ずつジックリ? あるいは組み合わせのお好みがあるのでしょうか?」

 

「ん? ん? ん?」

 

 戸惑うアインズに、ユリがモジモジしながら畳み掛ける。

「私共がアインズ様にご満足していただけるように伽を務められるか不安ではございますが、精一杯のご奉仕をさせて頂きます。」

「え? とぎ? …えーっと…?」

 

「は、初めては案外その…後ろからの方がうまくいくって聞いた事があります。」

 言った後、くぅ~ん、恥ずかしいっす! 獣みたいっす! っと手で顔を覆うルプスレギナ。

 

「交尾の仕方なら私におまかせですぅ!」あまりにあからさまな発言のエントマ。

「ちょっ!? まっ! え、エントマ!? えっ!? 何? え? 経験ある…の?」真っ赤になって焦りまくるナーベラル。 

 

「むぅ、私なら電動ダッ…」「いいいいいいいやいやいやいやいやいやちょっと待てええええい!!」

 エントマに対抗しシズが恐ろしいセリフを言おうとしたところで、アインズが慌てて制止する。

 

「あーっ…ゴホン、その、なんだ。私の…あ、愛と言うのはだな、こう…精神的なものであってだな? お前達とその…そういう関係というか、それを意味するのとはちょっと違う…と言うかだな…。」

 

「えっ、あっ! そうでございますか! 申し訳ございません! メイドごときがそのような不遜な勘違いをしてしまうとは!」

 ユリの謝罪と共に、全員がビシっと襟を正す。

 

「…お、おう…。う、うむ、分かってくれたならば…良い。皆の忠義…あ、愛? その、嬉しく思うぞ。で、では…ゴホン。下がるがよい。」

 

 

◇◆◇

 

 

 プレアデス達はメイド部屋に向かう廊下を歩いていた。

 皆心ここにあらずといった風で、ふわふわと地に足がつかずメイドの歩き方が崩れている。

 が、率先してそれを注意すべきユリですら、全くそこに意識がいっていなかった。

 今でも姉妹全員で素晴らしい夢の世界を漂っているようだ。

 

 時折すれ違う一般メイドが憧れの戦闘メイド達のだらしない歩き方にギョッとするが、それにすら気づいていない。

 もうほとんど酔っぱらいの集団である。

 

「……なんだったのかしら。」

 さすがに妹達よりはまだしも冷静さを取り戻してきたユリが、呟く。

 至高の御方は明らかに普段と雰囲気が違った。最後は、いつも通りだった気がするが。

 

「くぅ~っ、アインズ様ラブラブっす! たまらんっす! また蹂躙されたいっす!」 

 隣の次女は何も考えずただただ浮かれ舞い上がりスキップしていた。最高にハイッ!って奴だ!

 

 ナーベラルは俯きながら「モモンさん…モモンさーん…私の、私だけのお名前…。私…だけの…。」っとブツブツと呟いている。

 

「ああ、私の身体で玉体を余すこと無く包んで差し上げたい! …そうよ、私が一番アインズ様を綺麗に洗って差し上げられるわ!」

 ソリュシャンは天を仰ぎ、誰に対してか宣戦布告のような言葉を発している。

 

 エントマとシズは手を繋いで歩いている。表情が無い二人だが、その手の振り方や歩き方に内心の浮かれ具合が現れている。

 

「エントマ。」「なぁにシズぅ?」「私、幸せ。」「私もぉ。」

 

 ──あくまで、二人の表情は変わらない。けれどその頭上には確かに えへへっ… っという満たされたはにかみ笑いが浮かんでいた。

 

 

 結局、主が突然あのような行為に及んだ理由は謎だ。

 いや、そもそも至高の御方の深淵なるお考えにメイドごときの推察が及ぶはずが無いのだ。

 ただプレアデス達はアインズの愛と温情に深く感じ入り、より一層の忠誠を誓うのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ぺかーっ 

 

 シーン…

 

「…うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ぺかー ぺかーっ 

 

 シーン…

 

「…うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ぺかー ぺかー ぺかーっ

 

 シーン…

 

「……くっ! う゛っ…う゛ぅっ…うぉっうおっ…う゛おおおおお゛お゛お゛ぉぉっ…!!」

 

 

 アインズは自室のベッドの上で、交配期のオスホタルのように発光しまくりながら、転がりのたうちまわっていた。

 時折枕に顔を埋め必死に堪えるような沈黙が訪れ、再びいきなり叫びだしゴロゴロ転がる…という痴態を延々と繰り返している。

 恥ずかしさが次から次へと波のように押し寄せ、精神抑制が間に合わない。

 

「なんだあれはなんだあれはなんだあれはなんだあれはあああああああああああ!!」

 

 無い髪の毛を掻き毟り、閉じる事の出来ないまぶたをギュッと瞑り、呻き藻掻く。

 

「どこのプレイボーイだよ! どこのキザ野郎だよ! ど・こ・の・スター様だよ!どこのうぬぼれ勘違い野郎だよおおおおおおおっ!!いや、まさしく上司の権威を傘に着たセクハラ親父じゃないかああああああ!!」

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ―ッ!

 

 ──もちろんあれは、普段のアインズなら絶対にしない行為だ。それをさせたのは…。

 

 

 《完全なるすけこまし》

 

 

 それはある限定イベントで手に入れた、起動させた者が女性キャラクターに対し思い切りキザな態度を取って手当たり次第に口説き、愛を囁き始めるという、LVや耐性・種族等に関わりなく、ユグドラシルの男性プレイヤーすべてに効果があるジョークアイテムだ。

 だが精神的・社会的死を招きかねないと考えると、人によってはある意味ワールドアイテムに匹敵する脅威とすら言えるかもしれない。

 

 まあ強制的にパンドラズ・アクター的態度を取りながらスケコマシになる、っと言えば当たらずとも遠からずかもしれない。

 

 モモンガがそのアイテム収集癖で手に入れたものであり…もちろん使う気は全く無かったし、いたずらにちらつかせて脅かした事もないが、アインズ・ウール・ゴウンの他の男性メンバーへのちょっとした精神的優位に立つ意味での、密かな牽制用秘密兵器という意味で持っていたものだ。

 いや、正確には面倒を巻き起こした時のウルベルトに使わせてみようかと、チラッと思わないでも無かったが。

 

 アインズがそういうアイテムを隠し持っていた事は、恐らく他のメンバーも知らなかったはずだ。

 そしてメンバーが歯が抜け落ちるように減っていってからは、全く露ほども思い出す事が無かった。

 

 だからこそ、普段使わない物が入っているアイテムボックスを整理していた時ふと手にし、うっかり起動させてしまったのだ。

 アインズはもちろんアイテムの起動には非常に慎重なタイプだが、あの《完全なる狂騒》と同じくそのアイテムの特性上、置いてあったらつい起動させたくなるような形状をしているのだ。

 それは小さな箱にボタンが一つついているシンプルなもので、表面に【絶対押すな】っと書かれているものだった。

 それを見た瞬間ボタンに引き寄せられるように指が動き、「ポチッとな」というつぶやきとともに押してしまったのだ。

 その時の心境は、アインズ自身思い返しても理解し難いものだった。

 

 そしてその時全く偶然にもプレアデスの事が頭に浮かんでいたために彼女達を呼んでしまい、今回の事態を引き起こしてしまったのだ。

 

 ちなみに当然の事ながら、リュミエールにも同様の態度を取っている。

 タイムリミットを過ぎ効果が解除されてアインズが我に返り、なんとか言いくるめてプレアデスが退場してしばらくした後、ハッと気づいてリュミエールにも緘口令は敷いた。

 一番強制力があり出来うる限り使いたくないが…《命令》という形で。

 だから恐らく他の一般メイドに知られる事は無いだろうが、リュミエールの心の重荷を考えると結構な罪悪感もある。

 恐らくこれ以上に、他のメイド達に話したい事件は無いだろうから。

 

『ああああ何てことしてしまったんだああああ!!いや、良い方に考えろ。これがアルベドやシャルティアだったらどうなっていたか!それに比べれば、それに比べれば、それに比べ……うおおおおおおおおおおおおおおお!!でも恥ずかしいいいいいい!!』

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロ……

 

『…あれは俺じゃない、パンドラズ・アクターの変装だって言ったら信じるかなあ。いやでも、部下に責任なすりつけるのは最低の上司だし。だいたいなんでそんな事させたんだって理由付けとか無理だから! プレアデス全員に記憶操作? さすがに無理だろ! …ああああ!! うわあああああ!!』

 

ぺかー ぺかー ぺかー ぺかー ぺかーっ

 

 ──アインズがとりあえず落ち着きを取り戻すまでには、数百回の精神抑制が必要だった。

 この地に来て以来ダントツの最高記録である。

 

 なおその後、プレアデス抱きしめ愛の囁き事件はアルベドとシャルティアの知るところとなり、その結果として当然一波乱起きるのだが、それはまた別の話である…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ごごごごじつだん ぜんぺん

かなり無理やりな後日談です。……前後編です。

内容の、違ウ違ウ・コレジャナイ感に関しては……すいませんとしか。
ソノママヤッタラR-18ニシカナラナイシ。
キャラの独自解釈・設定もかなり多めになりましたがそこも出来ればご勘弁を。

よろしければお読み頂けたら幸いです。


 その日、アルベドは微笑んでいた。

 

 いや、彼女はアインズの前では常に微笑んでいる。ただ、その微笑みの種類が違った。

 どこがどうと明確に指摘出来る訳ではない。シャルティアとやりあう時の般若の笑みでも無い。

 しかし、何かが違った。アインズは首を傾げる。

 

 態度は、いつもと変わらない。執務は的確で、ソツがなく、非常に優秀だ。

 もっとも、根が凡人なアインズがその優秀さを真に理解出来ている訳ではなく、多分これは優秀なんだろうと雰囲気で予想しているに過ぎないが。

 

 ──単に自分の気のせいだろうか。──

 

「それでは今日の定時報告はこれで終わりということで。」

「うむ、ご苦労だったな、アルベド。」

「とんでもございません。ではこれで失礼を……あっ……。」

「うん? どうしたんだアルベド。」

「私とした事が、失念しておりました。大変申し訳ございません、もう一つよろしいでしょうか? それほど重要な案件ではないのですが……。」

「もちろん構わんぞアルベド。ははっ、お前でもそのような事があるのだな。なかなか新鮮だ。」

「守護者統括として本当にお恥ずかしい限りです……。ではお言葉に甘えまして。あっ、その前に。」

 

 そう言って、アルベドは人払いを願った。だがアインズは例の一件があるだけに、多少躊躇(ためら)う。

『でもなあ、まさか、さすがにまたあんな真似はしないだろう。それより、じゃあ、重要な案件ではないって言ったのは、人目があるからなのかな。』

 失念していたというのも、あるいは演技かもしれない。

 

 もちろん無私の召喚モンスターである八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)や、その日のアインズ担当のメイドのフォアイルがそれを漏らすはずは無いし、場合によっては《命令》という形で口止めしても良い。

 とは言え、耳に入れないに越したことは無いという、守護者統括としての用心深い判断は好ましい。

 

 例えば万が一、フォアイルが《敵》に拉致され、世界級アイテムや未知の魔法等で話の全容を聞き出されたりしないように。

 もちろん確率はほぼゼロに近いだろう。だが近いという事は、本当の意味でのゼロでは無いのだ。警戒するに越した事はない。

 真に重要な情報とは、その内容を知る者が少なければ少ないほど良い。

 そう判断したアインズは願いどおり、例の一件以来アルベドの一挙手一投足に警戒する八肢刀の暗殺蟲、それにフォアイルを退室させる。

 

「──これで良いか。望み通り二人きりだ。では話すが良い。」

 アインズは多少身構える。まさか、仲間の消息についてだろうか? あるいは他国関連で何か重大事が……?

 

「……ありがとうございます。実は……このような言葉を耳にしまして。」

「うむ。」 ……言葉?

 

アルベドはどこから取り出したのか、一枚の羊皮紙を手に取ると読みだした。

 

「『私はお前達を愛している。美しく可憐なナザリックの華達よ。お前達がいなくば、この大墳墓もなんと色あせたものになる事か。私は仲間達に感謝する。お前達という存在を生み出してくれた仲間達に感謝する。』」

 

「…………。」

 

「『我が愛しき華達よ、煌めく宝石達よ、燦然と瞬く星達よ、麗しき戦女神達よ、己を誇るが良い。お前達こそが我が至宝。』」

 

「…………。」

 

「『お前達こそが我が至宝。ああ、宝物殿に眠る無限の宝の中にすら、お前達の価値に匹敵する物が二つとあろうか。私はお前達を愛する。』」

 

ぺかーっ

 

「……これがアインズ様のお言葉だと聞き及んでいるのですが、それほど大事な愛するシモベがいるのならば、すぐにでも取り立てそれに相応しい地位を与えなければと愚考いたします。あの宝物殿の世界級アイテムすら凌ぐ価値があるシモベの存在、無知なる私は全く存じあげておりませんでした。それも複数。ナザリックの運営の責任者たる守護者統括として恥じ入るばかりでございます。」

 

「……あ、あ、あのな……。」 いや、もう分かってるだろ! ちょうどその部分、抜いて読んだだろ!

 

「領域守護者、いえ、場合によっては階層守護者全員との入れ替えも考えなければいけませんね。階層守護者は至高の御方々がお決めになった栄えある役割。なれど、御方々の統括であられたアインズ様の望みとあらば、私達も断腸の思いで従います。私も守護者統括を譲るに(やぶさ)かではございません。なにしろ、あの世界級アイテムより大切なシモベなのですから。それに比べれば、しょせん私などエクレア程度の価値しかございませんから。」

 

「ちょっ、待て待て落ち着けアルベド! ば、ば、バカを言うな、そんな事をする訳が無いだろう! 階層守護者を替える気は無いし、もちろん守護者統括もだ。私はお前の才覚を高く買っているのだぞ?」

 

「ありがとうございます。非才で愚かなる我が身に過分なお褒めの言葉、アインズ様の優しさにこの身が震えます。」

 

『いや全然震えてない! っていうか眼が死んでる! 微笑んでるけど眼が! 眼が! 凄いヤバい雰囲気!』

 

「あ、あの……アルベド……。   ……怒ってる?」

「なにがでしょうか?」

「いや、その……。ぷ、ぷれあ……」

「プレアデス!」

「ビクゥッ!!」 ……あっ……ビクゥッってセリフで言っちゃったよ。

 

アルベドは微笑みを絶やさず、もう一度繰り返す。

 

「プレアデス……彼女たちが、何か?」

「えっ? あ、いや、その、な、ゴホン、な、なんでもありま……ないぞ? いやほんと、うむ、プレアデスはよく頑張ってるな―って……えっと……。」

「ええ、その通りですわアインズ様。彼女達は大変に優秀です。本当に良くやってくれています。」

「で、ですよね~……じゃない、う、うむ。確かに良くやっている。素晴らしい部下達を持って私も鼻が高い。」

「全くですわ。」

「う、うむ。」

「うふふふ。」

「ふはははは。」

 

「──ですからアインズ様が賛美するのも、抱き締めて愛を囁くという恩寵をお与えになるのも、本当に無理ない事かと。」

 

「…………………………。」

 

ぺかーっ

 

「どうなさいました、アインズ様?」

「い、いや……。」

 

 どうやら、先日の事はすべてバレているようだ。変に隠しても更に泥沼の深みに嵌り込むだけだろう。

 

「…………。あーっ……。あ、アルベド、やっぱりその……怒って……。」

「怒るなど!」

「ビクゥッ!!」

「アインズ様はこのナザリックの絶対支配者。そして私はアインズ様の忠実なるシモベ。その私が、どうしてアインズ様に怒るなど、万死に値する感情など持つでしょうか。そんな事は決してありえません。ええ、絶対にありえませんとも。」

「そ、そうか……。」 怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 

「もちろん本来、私達シモベが褒美を賜るなどあまりにもったいなく畏れ多い事。しかし、寛大で慈悲深きアインズ様は私達に恩寵をお与え下さる事をむしろ喜びとなされているようですので、私もそれに対し今更異議を唱える事はございません。」

 

「う、うむ……理解してくれて嬉しいぞ。さすが私のアルベドだ。お前に代わる存在などナザリックのどこを探してもいないな、うん。」

 

 さりげなく、アルベドが有頂天になる言葉を盛り込む。

 

「ありがとうございます。ところで……。」

 

『スルーしたあああ!!』 今までに無い異様な雰囲気だ。

 

『これなら発狂ヒドインモードの方が数倍マシだ!泣きわめいて困らせてくれた方がどれだけ楽か!』

 針のむしろ、っとはこういう状態の事を言うのだろうか。

 

 アインズが狼狽え、ぺかーっぺかーっと精神抑制を繰り返している様を、アルベドはしばらく見つめ、そして目を閉じてため息をついた。

 

「……ふう。申し訳ありません。至高の……そして愛する御方に対しこのような態度。私は本当に、万死に値する行為をしていますね……。本当……ダメな女です。アインズ様が鬱陶しい私の存在を抹消なされるというのであれば、もちろん粛々と従います。もし最後のお願いを聞いてくださるなら、アインズ様手ずから処刑していただけるのであれば、これに勝る幸せはございません。」

 

「ちょっ! ……ふう、アルベド、さすがにそこまで言ってくれるな。その……どうやらあの件についてお前の耳に入ってしまったようだが、誰が話したのだ? リュミエールは口止め……ゴホン、ま、まあナーベラルかルプスレギナあたり……かな?」

 

 沈黙。どうやら当たりらしい。

 

「まあ聞いてくれ、アルベド。かなり誤解が入っているぞ。あ、あれはだな、その……ちょっとした事故というか……。」

 

「もうよろしいです、アインズ様。アインズ様は絶対なる至高の御方。どの女に愛をお与えになるかはアインズ様の自由。私ごときが口を挟む事では、当然ございません。──では、まだ私の存在を許してくださるのであれば、早急にプレアデス達の、寵姫としての教育を始めたいと思います。私は、その……経験はありませんが、それでもサキュバスですので知識については一通り備わっていると自負しています。実技については、ソリュシャンに任せれば問題無いでしょう。エントマとシズに関しては、そのサイズ上……。」

 

「だーっ! だから聞け! 聞かんかアルベド!!」

 

 アインズは「経験ありませんが」の部分に、『へえ、無いんだ……ん? ビッチ設定書き換えてなかったら当然バリバリだったって事になるのかな……シャルティアの同性経験みたいに。 設定によって体験の有無も変わるのか……うーん、なんか納得いくような、凄く変なような、って今さら疑問持ってもしょうがないのかな……』とかなんとか妙に分析的な感想を持ちながらも、慌ててアルベドの言葉を遮った。

 

 

◇◆◇

 

 

「……そういう事だったのですか……アイテムの効果、ですか。」

「うむ。」

 

 アインズは観念して、ジョークアイテム《完全なるすけこまし》をうっかり起動させてその影響下に入ってしまった事を包み隠さず話した。

 完璧な支配者、っというイメージからはかなりかけ離れてしまうが、この際それも仕方がない。

 そしてアルベドの目に理解と……それと別の感情が込められている事に気づき、警告する。

 

「あー言っておくがアルベド、そのアイテムは一つしか無かった。宝物殿を探しても、もう無いぞ。」

 

 ……チッ

 

「……今、舌打ちした?」

「いえ、まさか。アインズ様の前で舌打ちなど。」

「だよな。」

「はい。おかしなアインズ様。うふふ。」

 

 ゾクッ! やっぱりまだ怖い!

 

「ま、まあとにかく、誤解は解けたようだな。マヌケな話で全く恥ずかしい。お前も失望したのでは無いか?」

「とんでもない! むしろアインズ様がそんな愛らしい失敗をなさるとは、より愛おしくなりました。」

「……うん、まあその、納得してくれたならそれで良い。他の守護者達には話してくれるなよ?」

「はい、もちろんです。」

 

 アインズは、プレアデス達にも改めて口止めをしなければなと思いつつ、やれやれ、なんとか乗り切ったか、っと安堵する。

 

「と、言うことでこの話はお終い……ん? まだ何か言いたい事があるのか、アルベド?」

 

 アルベドが(うつむ)いてモジモジしているのを見て、恐る恐る尋ねる。

 守護者統括はまるで少女のように赤くなり、体の前で指先を組んでせわしなく動かしている。

 そして意を決したかのように顔を上げると、アインズの顔をまっすぐ見据えた。

 

「……アインズ様!!」

「はっはい!?」

 

 アルベドの眼がウルウルと潤み、唇がかすかに震えている。頬が紅潮し、腰の黒い翼もワシャワシャと小刻みに振動してる。

 

「こ、このような……至高の御方に対し非常に意地悪な態度を取ってしまった後に、その、こんな事を言うのはあまりに不遜で礼儀知らずです。それは分かっています。分かっているんです。ですが……。」

「…………。」

「アインズ様、ダメでしょうか。」

「……な、何が?」

「真似事で構いません。私にも、その……プレアデス達に与えた恩寵を……授けて頂けないでしょうか。」

「……。」

「アイテムの効果とはいえ、私が一度も与えられていない恩寵を賜った女が複数いるのが……辛いです。いえもちろん、プレアデス達に何か含むところなどございません。彼女達もそれを受けるに相応しい存在だと思っております。それでも……。」

 

アルベドは言葉を詰まらせると、目を伏せた。

 

「アルベド……。」

 

 アインズは、アルベドにバレた段階で捕食者モード全開で強引に押し迫られるものだと覚悟していた。

 しかしさっきの雰囲気といい、一転してのこのしおらしいお願いといい、かなり意外に感じる。

 それだけ、アルベドにとってショッキングで重大な出来事だったのだろうか。

 

「ダメ・でしょうか?」アルベドが、再びなけなしの勇気を振り絞って、っという風に顔を上げアインズの眼を見て尋ねる。 

「い、いや、アルベド、あのな……。」

「ダメ……でしょうか?」

「う……うむ……。」

 

「やっぱり……ダメなんですね。」

「…………。」

「……申し訳ありません、アインズ様、また困らせてしまいました。……本当にしつこい、厄介な女です。自分でも嫌になります。お許し頂けるのならば、また暫くの間自室で謹慎したいと思います。それでは、失礼致します。」

「ま、待て、アルベド。待ってくれ……。」

 

 アインズは慌てて、見るも哀れにしょぼくれ俯いて退室しようとする守護者統括の背に声をかける。

 アルベドはピタッと止まると、ゆっくりと振り返った。どんな心理状態であれ、至高の御方に背を向けたまま話を聞くなどという真似は出来ない。

 キチンと振り返り、居住まいを正す。顔は悲しげでありながら、それでも礼儀を失うまいと必死に感情をこらえているようだ。

 そんな、NPCであるがための習性を、アインズは少し哀れに思った。

 

「そ、その……説明した通り、あれはアイテムのせいで()む無くやってしまったことであるから、その………。」

「……。」

「お前が、望むようなものにはならんと思うが……その、それで良いなら、まあちょっとぐらい……なら。」

「……。」

「お前達は皆、等しく私の大事な存在なのだ。それは分かって欲しいのだ。分かってくれるために必要ならば……。」

「アインズ様、では……?」

「う、うむ。た、ただ、なんだ、その……繰り返しになるが、期待してくれるなよ?」

 

「ありがとうございます。アインズ様!」

 

 それこそパアアッ……っと花が咲くような笑みを見せた後、アルベドは深々と頭を下げた。

 

『うっ、かっ、可愛い……。』 アインズは思わず心の中で呟いた。

 先ほどの雰囲気からのギャップだろうか。これほどいじらしく邪気の無い笑顔を見せられては、いかにアンデッドの精神とはいえ、感じるものはある。

『こうも喜ばれると……な。羞恥プレイにもほどがあるけど、いつも良くやってくれているアルベドへの褒美になるなら、がんばってみるかな……。』

 

 ──アルベドは、まだおじぎをしたままだ。そして、その長く黝い髪に隠された顔に浮かんだ笑みは──

 

 

 例えようもなく邪悪で淫靡なものだった。

 

 

『くふふふっ……計画通り。』 彼女は心の中で、密やかな歓喜と共に呟く。

 

 アルベドは浮かれきったルプスレギナから話を聞き、そして裏を取るためにナーベラルを詰問した後、これを思いついた。

 もちろん聞いた時は非常にショックだったが、そのショックがあまりにも大きかったためか逆に頭は澄み渡り、異様に冷静になった。

 ルプスレギナにも本音を明かさず自尊心をくすぐる形でうまく全容を聞き出し、ナーベラルに対しても全く冷静に話を促した。

 ──もっともナーベラルはアルベドの微笑みの裏に込められた《何か》に怯えに怯え、かなりつっかえつっかえだったが。

 

 そして二人からの聞き取りにより、恐らくこれは未知のアイテムの効果だと推察した。

 かつて、それが巻き起こした混乱の後、主が必死に隠し通そうとした《完全なる狂騒》での騒ぎのように。

 突然雰囲気が変わったのは、アイテムの効果が切れたためだろう。

 (あるじ)の告白で、その予想が当たっていたと証明出来た。

 

 もちろんこれからの展開で一番の理想はそのアイテムを手に入れる事だったが、それは元々あまり期待していなかった。

 例え一つしか無かったというのが主の嘘だったとしても、我に返った後すぐに残ったアイテムは破棄するか、あるいは絶対にアルベドやシャルティアに見つからない所に隠したはずだ。

 で、あるから、本命はこちらだ。すべてはアインズの後ろめたさをうまく引き出し、この状況に持っていく。そのための演技だった。

 

 強硬にお願いしても、あるいは願いは叶ったかもしれない。

 しかしそれでは恥ずかしがり屋の主人はつかえながら少しだけ演じて、すぐに止めてしまうのが容易に想像できた。

 で、あればこそ。アインズをのっぴきならない状態、恥ずかしくなってもすぐには止められない心理状態に持っていく事が大切だった。

 

 まずは言下に秘められたプレッシャーで強く押し、その後重圧から開放した後に相手ではなく自分を責めて罪悪感を刺激し、恐る恐る望みを伝えためらっているところですぐに引いて哀れみを誘い、優しい主の気持ちが揺らいでもがっついた様子を見せず、決心してくれたら即座にただただ輝くような感謝と喜びを表す。

 他にもアインズの反応に合わせ数パターンを考え、事前に何度も脳内シミュレーションを行い実行した。我ながらうまくいったと思う。

 

 ちなみにアルベドはアインズのおべっか……もとい、賛辞には、ちゃんと感じ入っていた。

 それはシモベとしての生理に基づく反射反応とでも言うべきものだからだ。それに抗う事は出来ない。

 だが、その喜びを見事に隠しきって見せた。

 

 女はすべて、生まれながらの女優なのだ。ましてやアルベドは女の中の女、女の業を凝縮したような存在だ。

 必要とあらばどんな凄まじいどす黒い憎悪も見事に隠し通し、復讐を成すため完璧に親しげな笑みの仮面を被る事も出来る。

 ──それはすでに現在進行形でやっている事だ。──

 それに比べたら今回はまだ生優しい、本当にただ愛する男と結ばれたいがための、他愛のない、いっそ可愛らしいとさえ言える演技だった。

 

 顔を上げたアルベドの表情は、わがままを聞いてもらえたという嬉しさと感謝が溢れる、屈託のない満面の笑みで光り輝いていた……。

 

 

◇◆◇

 

 

 アインズは、万が一に備えて八肢刀の暗殺蟲を入室させるか……っとも思ったが、いかに滅私の護衛とはいえ、こんな恥ずかしいシーンを見せるなんてゴメンだと考え直した。

 プレアデスの時も退出させていた自分を褒めてやりたい。

 もちろん、アルベドには強く釘を差した。決してあの時のように襲いかかるような真似をしない事、っと。

 アルベドもまた、自らの創造主たるタブラ・スマラグディナ様、そしてその他の至高の御方々全員に誓って、っと断言した。

 

 ──その誓いに意味が無い事に、アインズは全く気づかなかったが。──

 

 もっともアルベドも、今回は無理やり手籠めにする気は無かった。千載一遇のチャンスなのだ。

 例え精神抑制が効いたとしても、それを上回る魅力で必ず籠絡してみせる!! 

 サキュバスの名に賭けて!! という強い決意を秘めている。

 

『くふふっ、アインズ様の方から辛抱たまらん状態にしてしまえばこっちのもの……!』

 

 アンデッドが精神抑制のプロフェッショナルならば、サキュバスは誘惑のプロフェッショナル。

 そしてLVは互いにMAX100。ならば、勝負出来るはず。

 

 それにシャルティアの事を考えるならば、あらゆるアンデッドが必ず感情抑制が効き、性に興味が無いという訳では無いのは明らかだ。

 さらにアイテムによってその抑制が解かれたという事は、精神の最奥部にはちゃんと強い感情がある証明なのだ。

 いやいや、そもそも《精神抑制が働く》っという事は、『感情はちゃんと動くが種族スキルによってコントロールされている』っと言う事では無いか。

 《星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)》が効かなかった時の、そして保護を約束した人間(ツアレ)(さら)われ、それをアインズ・ウール・ゴウンへの侮辱と受け止めた時の、あの心胆を寒からしめる怒り。

 間違いなく激情は持っているのだ。ならばそれが怒りだけでなく、性欲にもあると考えるのは不思議では無いはずだ。

 

 自分はそこを突いて、サキュバスの能力によって扉を開き、陥落すれば良いのだ。

 至高の王は、決して攻略絶対不可能な難攻不落の牙城では、無い。

 

──アルベドは当然、アインズの中にある鈴木悟の残滓の存在は知らない。だが論理の帰結として、死の支配者であり、且つ、かって人間であったアインズ……モモンガの特殊な本質を見抜いたとも言える。──

 

 

『ああ、早くこの情熱をアインズ様に届けたい! 同じ熱で融け合いたい! 一つになりたい!』

 

 下腹部がジンジンと熱く火照っていくのを感じる。血が沸々と滾る。

 

 邪気を消した微笑みの裏側で無数の淫猥な妄想が溢れ出すのを、アルベドは楽しんでいた。

 

 

◇◆◇

 

 

「で、ではアルベド……、我が元に来るがよい。」

 

「はい!アインズ様!」

 

 アルベドの希望で、まずは呼ばれるところから始まった。

 嬉しげに返事をすると、駆け寄りたいのを我慢してしずしずと淑やかに近寄る。

 内心の、卵を狙う蛇にも似た、ジワリと這い寄るねっとりとした妄執はおくびにも出さない。

 

「……も、もう少し……手前だ。」

「このぐらいでしょうか。」

「うむ。」

「……。」

「あっいや、もう半歩前かな。」

「はい♪ ………………。」

「……あっ、えっと、あと……ちょっと前に。」

「はい♪」

 

 ピトッ

 

 足先が触れる。

 

「はうっ……。」

 

 ただそれだけで、アルベドの全身がブルっと震える。悔しいけれども、身も世もなく惚れているのは自分の方。

 こうやって寄り添えるだけで体内を歓喜が巡り、陶然としてくる。

 恋する乙女はうっとりとした表情で、愛しの君の顔を見上げる。

 

『ああ、本当に……なんて美しく凛々しいお方……。』

 

 この稀代の美丈夫に『予を愛せ。』っと魂に刻まれ命じられた事は、喜びでしか無い。

 例えそれがほんの気まぐれ、神の(たわむ)れによるものだったとしても、全身全霊でその命を貫こう。命じた本人がその熱に戸惑おうと。

 他のNPCがどれほど忠節を貫こうと、あるいは愛を告げようと、『愛せ。』という勅命は、自分にしか与えられていないのだから。

 

 ──だからこそいかに抵抗不能のアイテムの効果とはいえ、自分以外の女に愛を囁いたままにしてなるものか。ならば自分は、素のこの方にそれ以上の愛を囁かせてみせる。抱かせてみせる。それが、正妃の矜持というもの。──

 

 

『うーむ、この角度、ちょっとヤバイな。』アインズは内心で独りごちる。

 

 アルベドの豊満で完璧な形のバストが、最も谷間の魅力を発揮する角度だ。

 アンデッドで無ければ、どんな経験豊富な男でも一瞬で籠絡されるだろう。ましてや童貞の男など。

 

 そしてこの肉体になってほとんど無いような状態であるとはいえ、性欲が全くゼロという訳でもない。

 自然にその谷間に視線がいってしまう。それに美を愛でる感情は普通にあるのだ。……多分。

 アルベドの肉体は完璧な美の結晶体だ。こうやって改めて見つめると、それが良く分かる。

 

『こんな美女が自分に惚れまくってるとか、人間だった頃の鈴木悟が見たらそれこそ「リア充爆発しろ~っ!」だよなあ。』

 

 ドクン

 

 『ん? あ、あれ?』

 

 なんだ今の……? っと、アインズは戸惑う。

 

 無い心臓が鼓動したような感覚。

 まるでそれを見透かしたかのように、アルベドがもたれかかってきた。

 

「アインズ様……。」

 

 普段のがっつくようなあからさまな肉食系ではなく、楚々とした……それでいて内に秘めた愛情がたまらず溢れ出ているような上品な色気。

 羞恥を湛えながらも、愛する男に体重を預ける喜びに陶酔する、自分を抑えきれない、恋する乙女。

 儚げで、それでいて匂い立つような色香を発散している。

 

 アインズはその姿に思わず見とれ、極自然にアルベドの細い肩を抱いた。

 どこに戦士職レベル100の力があるのかと疑問に思うほど華奢で、アインズの骨の指が容易くめりこむほど柔らかい。

 

 肋骨に、ユリやソリュシャンとも感触が違う、たわわな胸のふくらみが当たる。

 いずれ劣らぬ甲乙つけがたい見事なバストだが、それぞれ微妙に柔らかさや形が違うようだ。

 一番柔らかいのはやはりスライムであるソリュシャン、硬めなのは……とはいえもちろん二人に比べればという事だが、首無し騎士(デュラハン)であるユリ。

 アルベドはその中間といったところか。柔らかく、しかし実に適度な弾力がある。

 

『ああそういえば俺、この胸揉んだんだよな……。』

 

 アインズはぼんやりと思い出す。人間だった頃の皮膚感覚は無いとはいえ、それでも充分に心地よい肌触りと揉み応えだった。

 

『もう一度……って、イヤイヤイヤイヤ! えっ、今俺、何を思った!? あ、あの時は、まだこの世界が現実かどうか分からなくて、ゲームの制約が働いているかどうか、それを調べるための止むを得ない行為だったじゃないか! 違う、違う、決して、決してやましい気持ちで揉んだんじゃ……!』

 

 その美女はアインズの胸元に顔を埋め、見えないようにニタリと笑みを浮かべてた。

 アインズの戸惑いを感じる。それも、決して不快では無いものだ。

 今までに無い好感触、良い反応だ。愛しの君は確かに、自分に何かを感じている。

 

『でもダメ、まだよ。まだ始まったばかり。かすかな"当たり"があっただけ。焦っちゃダメよ私……。』

 

 アルベドも成長していた。そう、確かに成長していたのだ。

 アインズに対しては、強引に押すばかりではダメなのだ……っと学んでいた。

 普通の男……性欲があり美醜の基準が同じ人間タイプならば、単純に好意をチラッと見せつけるだけで簡単に籠絡出来る。

 サキュバスの能力など使わずとも、アルベドの美貌と色香なら容易い事だ。もちろん他の男にそんな真似をする気などある訳が無いが。

 

 だがアンデッドであり、智謀知略・権謀術数の主であるアインズにはそんな単純な攻略法は効かない。

 己の手練手管すべてを駆使し、ジックリジックリと絡めとっていかなければならない。

 

 ──アルベドは、学んでいた。──

 

 "恋する清純な乙女"は再び顔を上げ、潤む瞳でアインズの眼窩の赤い光を見つめる。

 と、その目尻からツーっと涙が溢れる。

 

「あ、アルベド、なにを泣く? な、なにかまずかったか?」

「いいえアインズ様……いいえ。……ただ、嬉しくて。アインズ様が、こうやって優しく肩を抱いて下さる事が、嬉しくて。」

「……。」

「幸せ……です。こうして、私を受け入れて下さる事が。嫌われていないのだと思える事が。」

「嫌うなど……私は、お前を愛しているぞ? これまでも何度も言ってきたと思うのだが。」

「でもそれは、私だけではない、NPCすべてにあまねく行き渡る広大な愛。友人の子供達を見守るような慈愛なのですね……。」

「……。」

「分かっています。でも、でも今だけは、私のわがままを聞いてください。私自身を愛していると言って欲しいのです。女として愛していると。……ただの演技で……構いません……。」

「うっ、ぐむ……。」

 

 以前は、例えNPCすべてへの愛だとしても、自分がその中に入っているというだけで有頂天になっていた。

 いや、脳内妄想で自分への強い愛へと昇華出来ていた。 ──怖いけど──

 しかし事故とは言え、より個人的な愛をアインズが他の女に囁いてしまった事が、アルベドの基準を変えたのだろうか。

 あるいはそれを抜きにしても、なのだろうか。ならばこれはNPCの成長、変化として喜ぶべき事なのだろうか。

 

『演技でも構わない……か。』 いじらしいセリフだ。

 

 いつもように強く要求したら、自分がまた引いてしまう。だからこその怯えを表したセリフだとしたら、切なすぎる。

 

 アルベドの設定を書き換えた罪悪感は、こういう折りに触れアインズを苛む。

 本人がそれで構わないと言っても、結局の所その設定に縛られているからこそ、そう思っているだけだろう。

 ならそうしてしまった張本人が、いつまでもただお茶を濁してばかりで良いものだろうか。

 少しは答えてやるのが義務なのではないか。責任……なのではないか。

 義務や責任という言葉もまた、ズルい誤魔化しであるかもしれないが。

 

『そうだよな……せめて……今だけでも。』

 

 アインズは、自分を愛するように命じた女に腕を回し、ギュッと抱きしめた。

 信じられないほど柔らかく、そして温かかった。

 

 アルベドの口から「はああ~っ……。」っという吐息が漏れる。

 

『苦しい……訳じゃないよな。いくら俺だって、それぐらいは分かる。』

 

 いきなり、アルベドの方から強く抱き返してくるかと多少身構えたが、彼女は完全にアインズに身を任せ、ただしなだれかかってくる。

 少し持ち上げるようにしないと、そのままズルズルと腰を落として膝をついてしまうかと感じるほどに力が抜けている。

 

『……あ、これ……気持ち……いい。』 アインズは思わず、抱きしめる力を強めた。

 ソリュシャンのように身体の中にズブズブと腕が入っていく訳ではないが、そう錯覚するほどアルベドの肌は柔らかい。

 まるで温かいジェルの入った、心地良い肌触りの抱枕を抱きしめているような感覚。これほどまでに抱き心地が良いとは。

 じんわりと、その温もりが自分の骨の体に染み渡ってくるような心持ちがする。

 まるで、アルベドの体が自身の肉となるような。

 

「アルベド……。」

 

 アインズは全く無意識に、彼女の耳元でその名を囁いた。

 

「……!!」

 

 今までも、あやすように優しく抱き締められた事ならある。だがそこに女への欲情は無かった。

 初めてだ。アルベドは、今初めてアインズの行為に、確かに……自分が求めてやまない感情が込められているのを感じた。

 そして優しく囁かれた自分の名。

 

『ああっ! ああっ! あああああああっ!アインズ様ああああああああっ!!』

 

 歓喜の絶頂が全身を貫く。

 

 ── 今すぐ押し倒したい! しゃぶりつきたい! むさぼりたい! ──

 

 凄まじい欲望がアルベドの体内を駆け巡る。今にも沸点を超え、激情が暴発しそうになる。

 だがアルベドは、完璧に隠し通してみせた。快楽の波を、なんとか(しの)いでみせた。

 少し力を入れたら折れそうなほど儚げで、傷つきやすく、愛に怯える女を演じてみせた。

 欲情の暴走を抑えるための震えを、ただ純粋な喜びに震える乙女の姿に変えてみせた。

 

『だめっ! まだだ……気持ちいっ! 食べ……ダメ! 我慢……ああっアインズ様アインズ様…………モモンガ様あああっ!!』

 

 口の中に泉のようにヨダレが湧き出してくるのを、何度も、音を出さないよう気をつけながら飲み込む。

 アインズを逃さないためフルパワーで抱きしめたいのを必死で我慢し、脱力する。

 すべては愛しの君の心を捕らえるため……!

 

 その心理はまさしく、無垢な妖精の皮を被って獲物に(にじ)り寄る飢えたプレデターである。

 アインズは、そんなアルベドの心境に気づいていなかった。

 

『アルベド……こんなにも弱々しげな存在だったのか?』

 

 これまでの激情が幻だったとかと思えるほどに儚げで、少し乱暴に扱えば壊れそうなほど華奢で。

 こんな美しい存在が、設定の効果とはいえ自分を熱愛している……不思議な感覚だ。

 アインズは恥ずかしいという感情も意識せず、ごく自然に囁く。

 

「愛してるぞ、アルベド……。」

 

『うわっうわっうわあああああああああああああああああああっ!!!』

 

 ──ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!──

 

『でもまだ、まだよ! まだ!』

 

「それ……は……主として……創造主としての……あまねく慈愛なのでしょうか……。」

「……いや、違う……な。アルベド。お前は……美しい。そう、これは……一人の女への、愛だ。」

 

『くぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!』

 

 アインズの視線に入らない角度のアルベドの眼が、くわっ!! っと真円に近いほど見開かれ、金色の虹彩が光を放つ。

 だがここで判断を誤ってはいけない。アルベドは暴走寸前の肉欲をあらん限りの理性で抑え、演技を続行する。

 

 首を回し眼窩の赤い光と目線が合った時、その眼は目尻に真珠のような喜びの涙を湛えた、トロンとした陶酔の眼差しに変わっていた。

 

「アインズ……様……。」

「アルベド……。」

 

 アインズはアルベドの瞳を見つめながら、ぼんやりと考えていた。

『ああ……そういえば、プレアデス達には色々と……歯の浮くセリフを言ったんだよな……。』

 しかし今それを思い出しても、不思議とあの強烈な羞恥心が湧いてこない。

 それよりも、アルベドに対しどんな賛辞の言葉を送るべきか、それに迷う。

 すけこまし状態では無い自分に、どんなセリフが思いつくと言うのか。

『……ただ素直に、今の気持ちを伝えるべきなのかな。』

 

 そう決心し、言葉を探しながら静かに話しかける。

 

「……アルベドよ、私は無粋な男だ。アイテムの力でも無ければ、気の利いた口説き文句の一つも言えん。」

 

 アルベドは愛しい主がゆっくりとした口調で自分に語りかける言葉に、じっと耳を傾ける。

 

「だが……そうだな、お前には深い感謝と信頼を。お前がいてくれる事で私がどれだけ助かっているか、恐らくお前自身想像つくまい。ああ、NPCなら尽くすのが当然などと、今はそういう事を言わないでくれ。」

 

 口を挟もうとしたアルベドの唇を人差し指で抑える。同じ事をナーベラルにもしたが、アイテムの作用無しにそんなキザな行為を自然に出来た事にアインズ自身内心軽く驚く。

 ──アルベドは賛辞への喜びに震えながら、その人差し指にむしゃぶりつきたい欲望に必死に耐えていたが。

 

「……宝物殿で泣き縋ったお前は、お前達にとっての私がそうであるように、私にとってお前達がどれほど大きな存在になっているか自覚させてくれた。それが、まだ私に燻っていた迷いを本物の覚悟に変えてくれたのだ。そして戦いを終えシャルティアが復活したあの時、お前は守護者達の中に私を誘ってくれたな。……私にとって、あの手がどれほどの救いであったか。そう……お前は私を救ってくれたのだ。」

 

「アイ…ンズさ……ま……。」

 

『くううううぅう~! くふっ、くふうううううう~! 私が! わ・た・し・が!! あ、アインズ様をおおお~っ!? あふぅ~っ!』

 

 ビショビショだった。何がって、ナニが。

 

「……アルベドよ、だから私は……ああ、どう、……言えば良いのだろうな。私はお前の事を……。」

 

 アルベドは言い淀むアインズの首にスッと両手を回し、目を閉じた。(本当は薄っすら開けていたが。)

 あまりに自然な動きに、アインズもまた拒絶せず、アルベドの腰に手を回す事で答えた。

 

 着飾った骸骨とサキュバスが抱き合うその姿は、もしも人間が目撃したならば例えようもなく奇怪に見え、そして例えようもなく美しいと感じただろう。

 まさに魔界の王と王妃の姿そのものだった。サキュバスの内面を覗きさえしなければ。

 

「アインズ様……。」

 

「アルベド……。」

 

 二人の顔が、唇とむき出しの歯が、自然に近づいていく。

 

 

 ──いける!!!!!──

 

 

『ああっ!! ああっ!! ついに! ついにこの時があああああっ!!』

 

 アイテムの作用ですけこまし状態になった時さえ、プレアデスの誰とも口づけを交わさなかったのは調べがついている。

 まして素の状態の主から接吻を賜れば、もはや正門をこじ開けたのと同義!

 

『うまくいけばこのまま、このまま……っ! ああ、私はついに、愛する方の手で花を散らされるのねっ!!』

 

 もう愛しの御方の匂いを求めてシーツをクンカクンカする事も、自分で自分を慰める必要もなくなる!

 いや、それはそれで別腹だけど!!

 

 真珠のような真っ白な歯が近づく。あと5センチ、あと3センチ、あと1センチ、あと5ミリ……。

 

「アルベド……愛し……て……」

 

『アインズ様! アインズ様!! アインズ様~~~!!! あ゛っ、だ、だめ、いっ、いっ、い……!!』

 

 

 

 ……様っ! お止めを! アインズ様はただいまアルベド様と内密の……!

 

 

 

 

 突然ドアの向こうから、フォアイルの焦った声が響いた。

 同時に、ぐはっ!がっ!っという八肢刀の暗殺蟲の呻き声。

 アインズは瞬時に現実に引き戻され、顔を上げてドアの方を見る。

 

『なんだ!? まさか、ありえん、ここに《敵》!? いや……!?』

 

 途端、ドゴーンっという爆音と共にドアが破られた。

 

「あ゛ひんずざばああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

『ええーーーーーっ!?』 思わずパカっと骸骨の口を開けてしまう、ナザリックの支配者。

 

 

 

──そこには髪を振り乱し、顔をグチャグチャに歪め、胸の形がズレた真祖吸血鬼(トゥルー・ヴァンパイア)が立っていた。──

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ごごごごじつだん こうへん

後編です。

元々後日談を書く予定では無かった上にそれが異様に長くなってしまって、
これ短編扱いでいいの?っというボリュームになってしまいましたが、
本編を読まないとなんのこっちゃ分からんので独立させる訳にもいかず、
かといって今から分類を連載に変更するのも?なのでそのままです。
申し訳ありませんがご了承頂けたらありがたいです。

よろしければお読み頂けたら幸いです。


「シャ、シャルティア……!?」

 

「あびんずざば!! ひやっ!? あああるべ……!? ぷ、ぷぷぷぷぷぷれあ!! ひっく! あ、あああるべ!ヒック!あ゛いっ! ぷれあっ! あるべっ! う゛あああああああああっ! あっ! あっ! ばびんざまっ、ばびんずざまああああああああああああああっ!!」

 

 シャルティアは壊したドアの前に(たたず)み、ドレスの裾を両手で思い切り握りしめながら号泣……アンデッドなので涙は流せないが……し、何かを訴えている。

 

『あ~……。シャルティアもプレアデスの誰かに聞いたのか……。ソリュシャンあたりかな。また面倒な事になったな。はあ。』

 

 それに、アルベドと抱き合ったままのこの姿。まるで浮気相手といる所を正妻に見つかった旦那のようなバツの悪さ。

 いや、愛人との逢瀬を思春期の娘に見つかったような、だろうか。

 

「……あーっ……シャルティア、その、これは、だな……。」

 

「ばびんずざま! あ゛い゛んずざま! あいん゛ずさばっ、あ、あるべ、ぷれあ、あっあっあべ、ぷれ、あ゛っ……。」

 ひとしきり喚いた後、シャルティアは何かに気づいたようにピタッと押し黙った。そして急に目を見開いて震えだす。

 明らかに怯えた表情になり、顔が真っ青に……吸血鬼なので元から青白く、判別はつきにくいが……なっている。

 

『ん? どうしたんだ……って、おっ!? ア、アルベド……?』

 

 ザワッという悪寒がした。その(みなもと)は、まだ自分にすがりついたまま俯いている女淫魔(サキュバス)

 短いような長いような、緊張感のある沈黙が続いた後……。

 

「シャルティア……。」

 

 地獄の底から響いていくるような、低音の呻き声が聞こえた。燃え立つ怒りのオーラが目視出来るかのようだ。

 ゴゴゴゴゴゴ……っという擬音も見える気がする。

 

『あー、これはヤバいな。』

 

 アインズ自身は、シャルティアの乱入にむしろ内心ホッとしたところがある。

 このままだったら、少々ヤバい……自分でもよく分からない事態に陥っていた可能性がある。

 っていうか、自分は一体何をしていたのだろうか。まるで催眠に掛かったような……アンデッドなのに。

 ひょっとして女淫魔(サキュバス)としてのスキル、あるいは魅力そのものに囚われそうになっていたのか。

 あのアルベドが、儚くつつましやかな乙女に見えるなど。自分が、素で歯の浮くような台詞を言えるなど。

 恐るべし、本気の女淫魔(サキュバス)

 

『危なかった……。ほんの少し、その先に興味が無いでも無かったが……いやいや。』

 

 それよりは、こっちだ。アルベドは、こっちだ。なんかもう、住み慣れた実家のような安心感。

 

『とは言え、これは厄介だな。』

 

 アルベドにとっては、最高のチャンスを恋敵に邪魔されたという心境だろう。あのシャルティアが思わず怯えるほどの怒りだ。生半可なものではない。

 修羅場になっちゃうな……っとアインズは観念し……そしてハッと気づいた。アルベドの雰囲気に、それとは違う只ならぬものを感じたからだ。

 ただ恋敵に逢瀬を邪魔されたのとは別種の怒り。守護者統括としての怒り。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!

 

 

◇◆◇

 

 

 アルベドはアインズの胸元から離れると、ゆっくりとシャルティアの方を振り向いた。

 アインズから表情は見えないが、後ろ姿からでも激怒している事がひと目で分かる。 

 

「シャルティア……あなた、自分が何をしたか分かっているの?」

 

「…………」 

 シャルティアはヒック、ヒックとえづきながら黙っている。

 

「何をしたか分かっているのかと聞いているの、シャルティア。」

 非常に平坦で押し殺すような、しかし明確な殺意が込められた響き。アルベドは、イチャつきシーンを邪魔されたから怒っているのではない。

 いやもちろんその苛立ちもあるだろうが、そんな事などに構っていられない真の怒りがそれを吹き飛ばしている。

 

「…………」

 シャルティアも、反論せずに黙っている。自分のした事を理解しているからだ。

 

「シャルティアアアアアアッ!!」

 アルベドが吠える。

 

 アルベドの怒りは、シャルティアが許可無く、しかも人払いされている事を知りながら、アインズ当番の制止を振り切り、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を気絶させ、さらにはドアを破って至高の御方の執務室に乱入した事にある。

 それはNPCにとって、絶対に許されざる大罪だ。アルベドで無くても、すべての守護者が死という判決を下すだろう。

 

 アルベドはゆっくりと、肩を震わせ俯いているシャルティアに近づいていく。

 このまま放っておけば、アルベドは確実にシャルティアの首を跳ね飛ばすだろう。

 そしてシャルティアも、抗わない。激情のあまり乱入したのはよいが、そこはやはりNPC。

 我に返って自分のしでかした罪に気づき、おののいているのだ。

 

 アルベドがシャルティアの眼前に立ち、その手にバルディッシュを顕現させ、打って変わって非常に静かな声で言い放つ。

「何か言い残す事はある?」

 

「…………。」

 階層守護者は何も答えない。

「そう……。」

 守護者統括はゆっくりと振りかぶる。

 

「止めろ、アルベド。 《命令》だ。」

 

 アルベドの動きがピタッと止まる。『しかし……。』という反論も無い。

 NPCにとって《命令》はそれほどに強い強制力を持つ。アルベドはバルディッシュを消すと、恭順の意を示す。

 しかしその顔はまだ抑えきれない凄まじい怒りで歪んでおり、先ほどまでのアインズに甘えきっていた姿がきれいに掻き消えている。

 

『やれやれ、アルベドの怒り方が凄すぎて、こっちは逆に冷静になっちゃったよ。ドン引きする間も無かった。それにしても……。』

 

 アインズは、まだじっと俯いて黙ったままのシャルティアを見つめる。彼女に怒りなど感じていない。

 それよりもNPCの根っこに刻まれているはずの規範を破った事に驚き、興味を引かれている。

 それは世界級(ワールド)アイテムに洗脳されアインズと戦った、っというのとは根本的に違う。

 

『これは成長なのかな? NPCもこの世界で命を持って、ほんのわずかずつでも自我が強くなっているという事なんだろうか?』

 

 言ってみればワガママになってきた……っとも言えなくはないが、しかしそうであるなら、これほど喜ばしい事は無い。 

 アインズの願いは、NPCがただの盲目的な忠誠心に縛られず、自分の意志を示してくれる事にあるからだ。

 その過程の多少の混乱ならば、むしろ歓迎すべき事だ。コキュートスが蜥蜴人(リザードマン)達の助命を嘆願したのと同じように。

 

『ん? そういや吸血鬼って、部屋の主人が許可しないと入れないとかいう種族的な縛りが無かったっけ? シャルティアには関係なかったかな? 設定は全部見直して頭に入っているはずだが……。NPCとしてではなく、吸血鬼にはそういう伝承があったような。まあ、今はどうでもいい事か。それにしても……。』

 

 アインズは壊れたドアの向こうの惨状を見る。フォアイルは気絶しているようだが、外傷は見受けられない。

 なにしろLV1の一般メイドだ。ちょっとした衝撃や精神的ショックがあればただの人間の女性並にあっさり意識を失う。

 真祖吸血鬼(トウルーヴァンパイア)がそれなりの本気バトルを眼前で見せれば、何もされずともこうなるのは当然だ。

 後から精神の方もチェックして置かなければいけないだろう。トラウマが強すぎれば精神操作も必要かもしれない。

 そしてその側には、数体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も倒れている。

 

『一瞬で八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)全員気絶させるとか。……後から彼らが自責の念で自害しないよう《命令》しないとな。』

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はNPCではなく金貨で召喚できるモンスターだが、こんな事で死ぬのはさすがに哀れだ。っというか、単純に勿体無い。

 だがいかに守護者最強のシャルティア相手とはいえ、この有様では更なる警備強化が必要かもしれん、っと心の片隅に留める。

 

「アルベド、フォアイルをソファーに寝かせておいてくれ。ああ、起こさずとも良い。構わん……。それと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達を……そうだな、廊下に並べて置いてくれ。」

 NPCとモンスターの扱いの差が極端だが、それは不思議ではない。重要なのは、仲間に創造されたかどうかなのだから。

「それと、しばらく執務室付近には誰も近づかないようにしろと、《伝言(メッセージ)》でユリに伝えるように。」

 この惨状を見たら一騒動だ。とりあえずその辺は後回しにしたい。

 

 アルベドに指示を終えると、アインズは静かにシャルティアに近づく。

 シャルティアは来た時と同じくらい喚きながらこの場から逃げ出したい衝動に駆られるが、必死で自分を抑える。

 

「シャルティア……。」

 

 出来るだけ優しく、怖がらないように呼びかけたつもりだが、まるで大声で怒鳴られたかのようにシャルティアの全身がビクッと硬直する。

 

「……シャルティア、恐れなくても良い。私は怒っていないし、むしろお前の行動を興味深く思っている。」

「アイ……。」

 フォアイルを抱えたアルベドが何か言いたそうなのを、片手を上げて押しとどめる。

 

 シャルティアは、固まったままだ。それもそうだろう。二度目の大失態、それも今回は洗脳された訳でも無い。

 嫉妬に狂い我を忘れたとはいっても、自分のわがままでやらかしたのだ。アルベドの激怒は、正しい。

 

 アインズは近づくと、シャルティアの頭に手を置いた。

 再びビクッとなるシャルティアだが、その手が優しく頭を撫でてくれているのが分かると、全身の緊張が徐々に解けてくる。

 彼女の(あるじ)は注意深く根気よく時間を掛けて、自分が怒っていない事を指先で伝える。

『怯える野良猫をあやしているみたいだな。』

 アインズは心の中で呟く。

『ほーら怖くない。……なんかレトロアニメの名作でそんなシーンを見たことがあるような気がするな。』

 

「……う゛っ、えぐっう゛う゛うううっ。えぐっ。えぐっ。えぐっ。」

 

 しばらくそうやっていると、再びシャルティアがえづきだす。

 

「ばびんずざま、ず、ずずびばぜん わ、わ゛、わだくじ、あたま、ぢが、ぶれあ、ぎいで、わ゛れ、わずれで、ぎいで、あるべ、ずびばぜ、ずびばぜんバビンずざま、ばびんずざまあ、あっあ゛っう゛あっずびば、ずびばぜんん、ぶああっあ゛あ゛……。」

 

『……何言ってるか分からん。』

 アインズは空中からハンカチを取り出すと、グズっているシャルティアの鼻に当ててやる。

 

「シャルティア、落ち着け。ほら、チーンしろ、チーン。」

 その行為に、命じられた事を済ませ二人を注視していたアルベドが意味不明なうめき声を発するが、今は無視する。

 シャルティアはほんのわずか戸惑った後、素直に従った。

 

 ブビーッ! ビーッ! ブビビーッ!

 

 超絶美貌の吸血鬼らしからぬ音を出すシャルティア。

 

『ん? そういや吸血鬼って鼻水出るのか? 考えてみれば息もしてない訳だし、鼻が詰まったり、鼻息で鼻水を吹き飛ばすなんて事も出来そうにないんだが。』 

 シャルティアが音を出すのを止めたので手を離し、悪趣味と思うが一応チラッと確認すると、ハンカチは綺麗なままだった。

『うーん、分からん。でも少し落ち着いたようにも見えるし、そういう行為をする事自体が大事なのかな。涙は流れないが泣くのと同じなのか。』

 

「あ、アインズざばっ、ヒック、ありがどうございまずっ、ヒック。」

 

『やっぱり鼻が詰まった声なんだよなあ……不思議だ。感情を表すための、無意識の擬態行動みたいなものなのかな。興味深いけど……今はとりあえず置いておくか。』

 

 そしてアインズは膝を折りシャルティアと目線を合わせ、尋ねる。

「お前もアルベドと同じで、プレアデスの事を聞いたのだな。誰からだ。……ああやはりソリュシャンか。よりによって一番……いや、まあそれは良いとして、聞け、シャルティア。」

 

 アインズは観念して、《完全なるすけこまし》の事を話す。

 アルベドと違いシャルティアはバ……理解力が低いため、ちゃんと意味が分かるのにはかなり時間が掛かったが、最終的にはなんとか納得したようだ。

 元々赤いのを更に真っ赤に充血させた眼で、オズオズと上目遣いにアインズを見つめて尋ねる。

 

「つまり……ヒック ……ア゛インズ様はプレアデス達を后や妾にずるおつもりでは無いという事でありんずね? ヒック」

「ああ、うむ……まあ、そういう事だ。」

 なんか根っこがズレている気がしないでも無いが、間違ってはいない。

「ざっきのも、アルベドがワガママ言ってアインズ様に無理やりざせていただけでありんずね? ヒック」

「うっ……ま、まあ……そ、そういう事に……なるのかな?」

 ヒィィッっという、声にならない声が聞こえた気がするが、聞こえないフリをする。

 

 シャルティアはかなり冷静になったのか、目をつぶって深呼吸(それも擬態行動なのだろうか)をすると、背筋をシャンと伸ばし深々とおじぎをする。

 

「はあ、本当に申し訳ございません、我が君。勘違いで大変なご迷惑をお掛けしてしまったでありんす。この愚かなシモベに、いかような罰でもお与え下さいまし。」

「うむ、まあドアぐらいなら大きな損害でも無い。他に大きな破損箇所でも無い限り、一日の無料修復費用で収まるだろう。それにある意味、警備の問題点を暴きだしたと言えない事もない。シャルティアよ、お前の罪をすべて許そう。」

 ──まあ階層守護者最強戦士クラスに力技で来られたなら、それこそ世界級(ワールド)アイテムでも常備していなければどうしようも無いかも知れないが。──

 

「あ、ありがとうございます、アインズ様……。」

「アインズ様、ご判断に異議を唱える事をお許し下さい。お慈悲により処刑は免れたとしても、これほどの大罪に何も罰を与えぬというのは、やはりいかがなものかと思います。」

 アルベドはワガママ呼ばわりを想い人に肯定されたショックを抑え、出来うる限り私情を挟まず、あくまで守護者統括という立場から進言する。

「アルベド……。」

 

 シャルティアはアルベドの横槍に反発するかと思えば、しょぼんと殊勝な態度でそれを受け入れる。

「アインズ様、私もアルベドの意見に同意致します。罰をお与えください。そう、またイ……。」

「椅子の刑以外で。」

 アルベドが即座に釘を刺す。 

「分かった。後から何らかの、キチンとした罰を与えよう。椅子の刑以外でだ。それで良いな、シャルティア、アルベド。」

「そっ……! はい……。」

「承知いたしましたアインズ様、御心のままに。ふふっ残念だったわね、シャルティア。」

 さすがのシャルティアも、この状況で罰という名のご褒美を求めるのは厚かましすぎると判断したのだろう。

 アルベドの憎まれ口にも、軽く睨むだけで反論しない。

 

「ふう、ではこの件はこれで終わりだ。良いなアルベド、シャルティア。では退室せよ。」

 

「え、ア、アインズ様! で、ですが、ですが……! 私とアインズ様の愛の(むつ)み事がまだ!」

「もう先ほど、充分にしてやったではないか。私の記憶に間違いがなければ、プレアデス達にしたのとそう遜色は無かったはずだ。お前も最初に言ったではないか。真似事で構わないと。」

 

 多少冷たいが、ここはハッキリとアルベドを抑えるべきだ。己の罪悪感はこの際無視する。

 

「くっ、くっ、くううううううっ!」

 

 アインズはすっかり冷静になっている。これでは最早、さっきのような雰囲気に戻す事など不可能だ。

 アルベドは己の野望があっけなく瓦解した事を理解せざるを得なかった。

 

『もう少し、もう少しだったのにいぃいいいい!! シャルティアアアアアアア覚えておきなさいよおおおおおっ!!』

 

 しかしシャルティアは、アルベドの射殺さんばかりの怒りの視線を完全に無視した。

 失態に対する守護者統括としてのものならばともかく、恋敵としての怒りなど何ほどの事もない。 

 そして頬をほんのりと赤く染め、アインズの方をチラッ、チラッっと物欲しげに見つめる。

 

「ん? どうしたのだシャルティア。何か言いたい事があるのなら言うがよい。」

「い、いえ、ですが……。お慈悲を頂いたばかりで、その……。」

「罰は(のち)ほど与えると言った。ならばさっきの件とは切り離して聞こう。遠慮無く言うがよい。お前達が意見や望みを言うのは私にとって歓迎すべき事だ。」

 

 そう優しく言われ、シャルティアは両手の人差し指同士をツンツン当てながら、蚊の鳴くような小さな声でオズオズと願い出る。

「私も……その……プ、プ、プレアデスやアルベドと同じ事……し、して欲しいでありん……す。」

 そしてキャッと照れて両手で顔を覆う。

 

「はあっ!? ……シャルティア、あなたね……。ほんの今さっき、自分が何をしでかしたかもう忘れたの? 良くそんな厚かましいお願いが出来るわね? 貴方がバカなのは周知の事だけど、記憶力までイモムシ並なの? やっぱり死んどく? ねえ、死んどく?」

 死んでる(アンデッドだ)けど。

 

「アルベドには聞いてないでありんすぅーっ。」

 頬を膨らませ、プイッと横を向くシャルティア。

 

「こ、この小娘が……。」

 

 アインズはやれやれ……っとため息を尽きつつも、ホッとしていた。良かった、いつもの口喧嘩の雰囲気に戻っている。

 さっき首を刎ねるの刎ねられるのってガチがあったばかりとは思えないが、この割り切り方は助かる。やはりその辺り、NPCであるからだろうか。 

『まあ最悪、復活って手段もあるけどな。』

 金貨を莫大に消費するので、出来れば遠慮願いたいが。それに何より、NPC(子供)同士の殺し合いは見たくない。

 

 そしてしばらく口喧嘩を放置した後、頃合いを見て止める。

「止めろ、アルベド、シャルティア。我が前で争いはよせ。」

「「はい、アインズ様!」」

 

 静かになった二人を見つめながら、アインズは考える。

『その願いを却下する事がさっきの罰にもなるんだろうが……こういう愛情関連は不公平があったら不味いよな。心理的にどんな悪影響があるかも分からないし。確か女性の場合そういった愛情の公平感に異常に敏感で、そこで片一方を少しでも贔屓すると修復不可能な亀裂が入りかねない……って、図書館で見つけた【男が分からない女の心理学入門】って本に書いてあったような。』

 

 アインズはグレたシャルティアが『ヒック! どうせあたしなんかいらない子なんでありんす!』っと酒場でくだを巻いているイメージが浮かんだ。

『ん? あれ? なんか鮮明にそのシーンが頭に浮かぶんだが……。なんでだろう? ……まあいいか。』

 

「ふう、分かったシャルティア。説明した通り、プレアデスにした事はアイテムによる不可抗力だが……真似事で良ければしてやろう。」

「!! ほ、ほんとでありんすかアインズ様! ああ、ありがとうございます! なんてお優しく慈悲深い、愛しの我が君!!」

 

「ア、アインズ様!?」

 アルベドが悲鳴にも似た声で抗議する。

「……アルベド、辛いなら退室しているが良い。というか、私も見られていると恥ずかしいしな。」

「……!! いーえ! ここで見学させていただきます! シャルティアが私以上の恩寵を賜りそうになったら、笛を吹かせて頂きます!!」

『笛って。』

 

「ふう。まあよい。さあシャルティア、来るがよい。」

「はい、アインズ様♪」

 

 アルベドと違い、焦らすこと無く喜び勇んでアインズの胸に飛び込む真祖吸血鬼(トウルーヴァンパイア)

「…………っ!!」

 女淫魔(サキュバス)が声にならない声を上げる。

 そのライバルに見せつけるようにシャルティアはアインズの首にぶら下がり、顔や胸をグリグリと押し付ける。

「ア・イ・ン・ズ様~っ♪ アインズ様はお優しいでありんす♪ 我が君♪ 我が君♪ ああ、愛しの我が君~っ♪」

「きっ、きぃいいいいいっ!」

 

『やれやれ……。』

 

 それでもアルベドを相手にするのとは違い、シャルティア相手だとまだしも気持ちが楽だ。

 なんというか、先ほどのアルベドのネットリとした匂い立つような成熟した女の重圧と違い、アウラやマーレと似たような……子供をあやすのに近い感覚がある。

 

『ペロロンチーノさんにド変態設定てんこ盛りにされてるんだから、むしろアルベドよりヤバいはず……なんだが。』

 死体愛好癖(ネクロフィリア)だし、椅子にした時に見せた表情にはドン引きしたし。

 しかし今は、どうもそんな感じがしない。さっきの事があったからだろうか。

 泣きじゃくり立ち尽くす姿は、淫靡な両刀使いの変態真祖吸血鬼(トウルーヴァンパイア)ではなく、どう見ても迷子──にしてはさすがに大きいが──の子供だった。

 

『押し付けてくる胸だって詰め物だしな。いじらしいもんだよ。』

 そう思いながら、よしよしと頭を撫でてやる。

「くふっ、くふふっ、アインズ様、アインズ様~っ♪ シャルティアはぁっ、アインズ様の事、大好きでありんす!愛しているでありんす!」

 

『……一人称が名前になってるよ。なんかほんとに幼児化してきてないか?』

 

 しかしこう無邪気だと、恥ずかしいセリフもそう抵抗なく口に出せそうでありがたい。まだ反抗期を迎えていない娘が父親に独占欲からくる愛情確認をして来て、それに答えるようなものだからだ。 

 鈴木悟にそんな経験は無いが、多分そんな感じだ。

 

『そう言えばシズにも似たような……うん、ま、まあ思い出すのは止めよう。』

 なんか結構凄い事も言ったし。アインズはすけこまし状態だった自分の幻影を振り払い、シャルティアに答える。

 

「ああ、シャルティア、私もシャルティアの事が大好きで、愛しているぞ。」

 意外とすんなりと言える。

「ああっ!! 嬉しいでありんす! アインズ様、アインズ様、アインズ様~っ! 幸せでありんす、シャルティアは幸せでありんす! あ・り・ん・す~♪」

 

 ビキリッ! ゴキッ! グギギっ!!

 

『なんの音だ? ……ああ、アルベドの歯ぎしりか。』

 

 ──ありがとう、アンデッドの身体。ありがとう、精神抑制。──

 

 アインズはどことなく、悟りを開いた境地に達したような気分になっていた。

 全てを、淡々とした心持ちでくぐり抜けよう。うん、明けない夜は無いのだ。

 

『こ、この小娘が! バカのくせに、こういう悪知恵だけは一人前だわ!』

 親指の爪をガジガジと噛み必死で激情を抑えながら、女淫魔(サキュバス)は心の中で悪態をつく。

 

 アルベドは見抜いていた。シャルティアのこの極端な無邪気さもまた、演技であると。

 あの背丈、少女の外見だからこそ出来る、自分には不可能な技。だが同じ女だからこそ分かる、小賢しい手段。

 大罪を犯した時は確かに我を忘れていたのだろう。

 だが至高の御方がいつものように限りない慈愛を示してくれた事で、あの空っぽの頭……しかし紛うことなき《女》である事の賢しさを持つシャルティアは思ったのだ。──これは、いけるでありんす。──っと。

 

 ある意味、プライドを捨てて攻略を実行しているのだ。

 女の色気、性の匂いはひとまず置いて警戒心を沸かさせず接近し、愛しているという言葉に重みを持たせないで言質(げんち)を取る、双子(アウラとマーレ)スタイルの甘えん坊作戦! 

 

 その推察の通り、シャルティアはアインズに見えない角度でアルベドの方を振り返り、ライバルに負けず劣らず邪悪で狡猾な表情でニタリ、っと笑った。

 

『くくくっ、守護者統括殿はしょせん私の前座でありんしたのよ。 そこで私がアインズ様のお心をガッツリ掴む様を、指を咥えて見ているでありんす!』

『しゃ、シャルティアアアアアッ!!』

 

 アルベドの強烈な殺意は先ほどと違い、心地よいエッセンスでしかない。

 シャルティアは女淫魔(サキュバス)に勝るとも劣らないネットリとした情欲をひた隠し、喜びに満ちた純真無垢な表情でアインズに問いかける。

 

「アインズ様ぁ、アインズ様は、シャルティアのどこを愛してくださってるんでありんす?」

「ど、どこ? そ、そうだな……可愛いところかな。」

「くふっ! 他には?」

「うーん……ちょっとおバ……無邪気なところ?」

「くうぅ~ん! 他は? 他にもありんすか?」

「ま、まだ? えっとそうだな……。」

 

 こういう、『ねえねえ、私のどこが好き?』スタイルの詰問は、男にとって辛いものである。

 ぶっちゃけた話、アインズにとっては『仲間が作ったNPCだから。』で終わってしまう話なのだ。

 しかし今シャルティアが望んでいるのがそういう答えでは無い事は、人間(鈴木悟)だった頃にそういう経験が絶無だったアインズでも、さすがに察しがつく。

 そしてアルベドに囁いた賞賛と違い、シャルティアには格別に大書に値する貢献が未だ無いのだ。

 ゲートを使った物資搬入は重要不可欠ではあるが、『荷物運びとして優秀だから。』は女性への賛辞としていかがなものか。

 『馬鹿な子ほど可愛い。』がアインズ的に一番しっくりくる答えだが、それはそれでどうだろう。

 

 アインズは少々ズルをして、この困った状況から抜けだそうと試みる。

 

「コホン、あーっ……シャルティアよ……お前は容姿端麗才色兼備?立てば吸血鬼座れば戦乙女歩く姿はヤツメウナギ思考回路はショート寸前熱血にして鉄血にして冷血な怪異の淑女真っ赤なお目目の真祖吸血鬼(トウルーヴァンパイア)ゲート管理はお手の物純情可憐純真無垢?アタッチメント標準装備清浄投擲槍痛かったエインヘリヤル狡い復活アイテムペロロンチーノああ五億枚五億枚天真爛漫七転び八起き馬子にも衣装伝家の宝刀両刃の剣もう思いつかん助けてたっちさんかくもくば……っといった訳で愛しているぞ、シャルティア。」

 

「……ふえっ?」

 

 シャルティアの頭の上に?マークがいくつもついているのが見える。頭の処理能力がついていかないのだ。

 褒めてもらっているらしいが、内容が全然入ってこない。──適当に頭に浮かんだ言葉を並べただけなので当然だが。

 しかしそれでもシャルティアは嬉しかった。結局の所、内容自体はどうでも良いのだ。

 愛しの君が、NPC全体ではなく自分だけを言葉を尽くして褒めてくれる、そこが重要なのだ。

 

「……くふうう~っ! アインズ様ああ~っ! シャルティアは嬉しいでありんす! 感謝感激でありんす~! 愛してるでありんす~!!」

 シャルティアはアインズの首に回した手に一層力を込め、全身をアインズにこすりつける。

 

「お、こ、こら、わ、分かった分かったシャルティア、もうちょっと離れなさい。」

「嫌でありんす~♪ ずっとずーっとこうしてるでありんす~♪ アインズ様、アインズ様、アインズ様~っ♪」

 

 ピーッ!! ピピーッ!!

 

 鋭い笛の音が、シャルティアの陶酔の邪魔をする。振り返って睨みつけるシャルティアと、睨み返すアルベドの視線がバチバチと交錯する。

 

『っておい、笛って比喩表現じゃ無かったのかよ!?』

 アインズは内心突っ込む。アルベドの私有アイテムにそんなものがあったとは。

 

 アルベドは笛から口を離すと、猛烈に抗議する。

「ア、アインズ様! アインズ様は、私の時はそんな目くるめく多彩な修辞技法は使ってくださいませんでした! そんなのズルいです!」

「えーっ?」

 思わずパカっと口を開けるアインズ。どうやらアルベドは適当に並べた言葉の羅列が、彼女の頭脳ですら解釈困難な超高度な詩的表現だと勘違いしているらしい。

 一気に早口でまくし立てたため、思わず漏れ出てしまった愚痴部分にも気づかなかったようだ。

 そんな嫉妬の塊になっているアルベドを、シャルティアはやれやれ、っと優越感に満ちた口調で見下す。

 

「邪魔しないでくんなまし、守護者統括殿。今は私がアインズ様のご寵愛を賜っている最中でありんす。そこに横槍を入れてくるなど、ほんとトウの立った大口ゴリラおばさんは野暮でありんすねえ。」

「先に邪魔したのはあんたでしょーがっ!! せっかくアインズ様を落とせ……コホン、二人の甘い時間を引き裂いてくれて! この偽乳ヤツメウナギ!!」

「あ゛ん゛っ?」

「あ゛あ゛んっ?」

 ピシッっと、両者の間に緊張が走る。

 

「色ボケの守護者統括様ぁ、いい加減アインズ様がババアのストーカー行為に迷惑してるって自覚したらどうでありんすか? 見苦しい事この上ないでありんすよ。」

「ほーっ、失態続きの階層守護者の分際で良くそんな事が言えるわね。ああごめんなさい、分をわきまえるって高度な思考は永遠に成長出来ないガキには無理よねえ。」

「あ゛ーっ!?」

「あ゛あ゛ーっ!?」

 本性を表し、ドスの効いた声で威嚇しあう二人。

 

『やめてよ。』

 アインズは首に醜悪な形相のシャルティアをぶら下げたまま、右手で顔を覆う。

 この二人のおかげで、女性に対する幻想がドンドン崩れていく。まあ、ペロロンチーノ経由でぶくぶく茶釜にも大概崩されていたが。

 

「いつまでも未練がましく愚痴ってねえで、とっとと部屋戻って泣きながら蜘蛛の巣張ってるてめえの股間でもいじってろや、年増。」

「てめえこそ巣に帰ってぺたん胸嘆きながら吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)のおっぱいでもチューチュー吸ってろ、糞餓鬼。」

 

 『お願い、喧嘩もせめて、もうちょっと可愛らしくやってくれ。ドス声止めて。下品な事言わないで。顔崩さないで。』

 

「あっこら、てめえ!! なにしやがるクソババア!」

 シャルティアが叫ぶ。業を煮やしたアルベドが二人に近寄り、シャルティアを無理やりアインズから引き剥がそうとしたからだ。

 それに対し、シャルティアがゲシゲシと蹴りを入れて対抗する。

「ちょっ、この、足癖悪い糞餓鬼が!!」

 

「アインズ様は私のもんだ~っ!! クソババアはすっこんでろ!!」

「上等だコラ! 勝負すっかゴラ!! 乳臭い小娘が!!」

 

 とうとう二人は左右に別れてアインズの腕を引っ張り合う。

「離せボケ!! 大口ゴリラ!!」

「てめえがなっ!! ヤツメウナギ!!」

 

 アインズはまるで髑髏標本のように無抵抗なまま、ガクンガクンと左右に揺れる。

 妙に頭が静かで、ぼんやりと今の状態を認識しつつ思考がプカプカと揺蕩(たゆた)うに任せる。

 

『あーなんだっけ? 大昔の……落語? こんな話があったような……。誰から教えてもらったんだっけなあ……。たっちさん? それともブループラネットさんだったっけ……?』

 

 それにしてもこれ、何?

 シチュエーションとしては、超絶美人二人が自分をとり合って争っているシーンのはず……だ。男子の本懐と言うべきものじゃないのか?

 

 

 ──全然嬉しくない。顔、怖いし。声、ど汚いし。

 

 

「てめえのドドメ色のピーには両脚羊の薄汚えピーでも突っ込んでるのがお似合いだよ色ボケババア!!」

「毎晩手下の女と乳繰り合ってる色ガキが!! 張り子のピーでガバガバの中古ピーなんざ一山いくらの価値もねえんだよ!!」

 

 

 ──しかも戦士職LV100×2のパワーで引っ張られている。     イタイ。   腕、モゲル。

 

 

「ピー○△おめ◆××ピー穴に○△突っ込んでピー□ゲロ▼が出るまで▼×ってやろうか!!」

「×□てめえの▼×ピー乳に□◆陰△×ピーお◎×こ□◎姦し△×▲◎ピー○ああんっ!?」

 

 

 アー俺ハナニヲ聞イテイルンダロウ。アノ楚々トシタ美女ハ、アノ可愛ラシイ美少女ハドコニイッタンダロウ。

 

 

「◆×□◎ピーッ○▼×□◎ピーッ×▼●□!!」

「▼×◇◆◇×ピーッ×●◎□×ピーッ××!!」

 

 

『…………。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 プツン

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いい加減にしろ。」

 

 

 

「「ヒッ……!?」」

 

 乙女二人は即座に争いを止めパッとアインズの腕から手を離し、ピシっと直立不動の姿勢を取った。

 非常に静かな、押し殺したような声。だが感じで分かる。滅多に無い、(あるじ)の本気の怒り。

 ナザリック最強乙女の双璧が、一瞬で正気に戻り恐怖に硬直する。

 

「お前達……。」

 

 絶望のオーラを全身に纏った死の支配者(オーバーロード)が、眼窩の赤い光を煌々と光らせ二人を睥睨(へいげい)する。

 シャルティアは、これほど怒ったアインズを見るのは初めてだ。いつもとは違う意味で、下着がちょっとヤバい事になっている。

 アルベドは2回ほどあるが、どちらも自分に直接向けられたものでは無かった。こちらも下着が以下略。

 

「あ、ああああああああ、あひん……さ……。」

「お、ああああああああ、おゆ、おゆ……。」

 

 千年の恋も一瞬で覚める醜い争いを繰り広げていた二人が、まともに声も出せなくなる。

 さっきの互いへの攻撃性が微塵も感じられず、主人を前にただただ小さく縮こまる。

 

「…………。」

 

 その様を見て、アインズの怒りも冷めていく。精神の沈静化も働いたようだ。

 

「……ああ、すまん、ちょっと怒りすぎたようだ。許せ。」

「そ、そんな! アインズ様は何もお悪くありません!」

「わ、私達が愚かでありんした!」

 ひたすら平身低頭する二人。その体はまだブルブルと震えている。それでも、アインズの怒りが収まった事にホッとしているようだ。

 

『ふう……。こういう所は、やっぱりNPCなんだよなあ……。ありがたいような、寂しいような。』

 どれほど頭に血が上っていても、絶対者(アインズ)が本気で怒ればあっさりと止まる。

 便利ではあるが、彼女達との間に越えがたい壁(創造者と被創造者の関係)がある証明でもある。

 が、今はそんな感傷に浸っていてもしょうがない。さてどうするか。

 

『元はと言えば俺の責任だし、絶対に逆らえないNPCにこんな重圧掛けるのはやっぱ良くないよな……。しかしまあ、示しをつけるためにも少し罰を与えた方が良いか。えっとシャルティアへの罰もついでに加味して……。』

 

 しかし、気疲れで頭が働かない。なんかもう、どうでも良くなってきた。もーいい。アルベドからすれば不公平だが、いちいち分けて考えるのも面倒だ。

 アインズは二人にビシっと指先を突き付けて宣告した。

 

 

「あーお前ら、謹慎三日な。」

 

 

「「アッ、アインズ様あああああああ~っ!!?」」

 

 

 女淫魔(サキュバス)真祖吸血鬼(トウルーヴァンパイア)の絶叫が響いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『疲れた……。』

 

 翌日早朝の執務室で、豪華な椅子にもたれ掛かりながらアインズは独りごちた。

 

 アンデッドは疲労しない。アンデッドは感情を抑制出来る。アンデッドは……。

 

 ……本当だろうか? このグッタリとした気持ち、これは疲労では無いのか?

 精神疲労は別なのかもしれないが、そもそも人間だって、疲労とは肉体より精神の方がくるものだ。

 いやしかし、人間のままの精神だったらそもそも、あの修羅場に耐える事が不可能だったのだろう。

 

『ふう、全くあの二人は……。にしても、ハーレムなんて実際は気苦労ばかりで居心地悪いと思うよ、ほんと。』 

 

 アルベドとシャルティアがアインズを挟んで常に両サイドに(はべ)り、寵愛を受けようと毎晩舌鋒鋭くやりあう様を思い浮かべ、ゾッとする。

 単なる拷問ではないか。プレアデス達相手だって、全員平等に愛情が偏らないよう気配りし続けるとか、結局一人で切り盛りするホストみたいなものだ。

 女性の気持ちを全く考慮せず王様気取り出来る性格の男もいるにはいるのだろうが、日本的小市民の典型たるアインズ(鈴木悟)にそれが出来るとは思えない。

 ただでさえ、不適材不適所な絶対君主の真似事に日々神経をすり減らしているというのに。

 

 コンコン 

 

 ノックの音がした。今日のアインズ当番である一般メイドのシクススが対応し、アインズに告げる。

 ちなみに当然だが、ドアは綺麗サッパリ元に戻っている。

 

「アインズ様、デミウルゴス様、コキュートス様がいらっしゃいました。お話ししたい事があるそうです。」

「デミウルゴスとコキュートス? 二人一緒にか? 珍しいな。構わん、通せ。」

 

「……アインズ様、お忙しいところ、誠に申し訳ございません。」

「申シ訳ゴザイマセン。」

 

 二人の男性階層守護者が並んで入ってきた。

 全く性格が異なるにも関わらず、妙に馬の合う二人の関係は、アインズも好ましく思っていた。

 

『アルベドとシャルティアもこういう関係なら良いんだがな……。まああれはあれで、ケンカ友達みたいなものなんだろうが。』

 そんな事を思いつつ、アインズは鷹揚に手を振った。

 

「構わん、ナザリックのために日々奔走するお前達の用事に時間を割くのに、何の躊躇いがあろうか。」

 実際暇だったし。なにせまたアルベドに謹慎を与えたので、今朝の業務は休みになっている。

 

『あーでも、特にコキュートスは安心するな。裏読みされる怖さも無いし。』

 アインズは純粋な異性愛者だが、男同士の方が気が楽、っというのは人間の時と変わらない。

 デミウルゴスは自分を遥かに超える知性とその裏読みのせいでかなり緊張してしまうのも事実だが、それでもメンタルそのものは男性なのでアルベドよりは理解しやすい。

 

「はっ、寛大なお心遣い、ありがとうございます。」

「アリガトウゴザイマス。」

 

「うむ、で、何用だ。」

「はっ、実は……その……。」

 

 珍しく言いよどむデミウルゴスに、アインズもすぐに思いあたる。

「ああ……アルベドとシャルティアに謹慎を与えた件だな。うむ……実はだな……。」

 どう説明したものか悩む。

 

「──申し訳ございません、アインズ様。実は原因についてはすでに察しがついております。」

「何?」

「エントマとシズからアインズ様の恩寵について聞き及びまして。」

「私ハユリトナーベラルカラ。」

 

 アインズは頭を抱える。あの件を聞いたなら、その後どういう展開になって二人が謹慎になったかなど、デミウルゴスなら容易に想像がつくだろう。

 コキュートスが「サスガハデミウルゴス! 私ニハ全クソノ展開ハ読メナカッタ!」っと感心する様も目に見えるようだ。

 

『あーそういや、プレアデス達への口止め、結局忘れてたな。ニ人にバレた段階で、もう意識から消えてたよ。』

 

 やれやれ、《完全なるすけこまし》の事もまた一から説明しなおしか……っとちょっとウンザリするナザリックの絶対支配者。

 それはもう聞くなと命令すれば良いのだろうが、そういう、地位を盾にして事情説明をしない高圧的な上司にはなるべくなりたくない。

 それに羞恥プレイはもう充分味わったのだ。今さら二人に話した所で大して変わりはしない。

 

『ん? でも謹慎の理由は分かっているなら、どうしてわざわざ訪問してきたんだ? ……ああ……そういう事か……。』

 アインズは察しがつき、それはそれでゲンナリする。

 

「……やはりあれか、正妃とか世継ぎとか爺とか、その話か? 失望させてすまんが、プレアデスの件にはある事情があってだな……。」

 

 しかしデミウルゴスとコキュートスは首を横に振る。

 

「い、いえ……そういう事では無く。」

「ソウイウ事デハ無ク。」

 

「ん?」 

 

 

「そういう事では無く。」

「ソウイウ事デハ無ク。」

 

 

「ん? ん?」

 

 

二人が、ズイッとアインズに迫ってくる。

いつもと違う、二人には似つかわしくない、何かネットリとした雰囲気を漂わせ。

 

 

「アインズ様……。」

 ハアッハアッ……。

「アインズ様……。」

 プシューップシューッ……。

 

 

「ん? ん? ん?」

 

 

「私達にも」

 ハアッハアッ……。

「恩寵ヲ……。」

 プシューップシューッ……。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 ──アインズの受難は続く──

 

 

                END



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。