The Last Stand (丸藤ケモニング)
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1,プロローグ 愛は伝えられず次へ

 ドーモ、ハジメマシテ、丸藤ケモニングデス。
 初投稿、駄文ですが、楽しんでいただけたら何より何よりです。



「また、どこかでお会いしましょう」

 そう言ってヘロヘロがログアウトする。

 この黒曜石のような輝きを放つ巨大な円卓に座るのは、俺ことリュウマと、このアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターモモンガさんだけになった。

 

「……二人だけになっちゃいましたね、リュウマさん」

 

 乾いた笑いをため息と共に出しながら、モモンガさんは肩を落としている。

 

「まぁ、しょうがないな。しかし、ブラックなところに就職したと聞いていたが、あれほどとは」

「あはは~、そうですね」

 

 俺のいった言葉に、モモンガさんは笑顔のアイコンを浮かべてそう返してきたが、モモンガさんも大概な所で働いているから大差ないんだが?

 

「所でモモンガさん、今は何時くらいだろう?」

「えーと、十時半ですね。それがどうしました?」

「……いや、もうすぐ終わりだと思ってな。どうせだったら、モモンガさん、玉座の間に移動しないか?円卓の間で終わるのは味気ないだろう?」

 

……少し強引だったか? モモンガさんが顎に手を当てて考え始めてしまったぞ。

 大体、俺にこんな事を頼むのが間違っているんだ。あいつが直接来れば良いだけだろうに、何が「やだっ、恥ずかしい」だ。絶対後でブッ飛ばす。

 と、俺が脳内でこんな面倒なことを頼んできたやつをボッコボッコにして鬱憤を少しでも晴らしていると、モモンガさんが顔をあげて笑顔のアイコンを三回ポップさせた。いや、なんか言え。

 

「じゃぁ、行きましょうか」

「はい、そうしましょう。と、その前に」

「? どうしたんだ、モモンガさん」

「いやぁ~、最後なのにこの格好はないな、って、思いまして」

 

 照れたようにそう言いながらモモンガさんは、装備を交換していく。みるみるうちに、邪悪そうな大魔術師(骨)に早変わりだ。

 

「ほら、リュウマさんも着替えてくださいよ」

「ん? ああ、そうだな」

 

 そう言いながら、俺もすべての武装を、本来使用している神器級装備へと変更する。全身を緋色の武者甲冑で覆い、額には同じく緋色の鉢金、腰には地味で古ぼけた刀を帯びて、俺は完全装備になった。目の前に全てのパラメーターが上昇したことを示すアイコンが現れては消えていく。

 

「おお~、やっとナザリックの斬り込み隊長が姿を表しましたね~」

「俺の前にはなぜか魔王がいる、ワロス」

「何で笑うんですか!? そんなこと言ったら、リュウマさんは酒呑童子じゃないですか!?」

「失敬な、俺は酒に酔う前に、そいつら全員をぶっ殺すんで」

「う~わ~」

 

 ドン引きされた。なんでだ。

 

「まぁ、それがリュウマさんですもんね。それじゃぁ、行きましょうか」

「ちょっと待った」

 

 言うだけ言って部屋を出ようとするモモンガさんを押し止め、忘れ物があると、いってやる。

 モモンガさんがしきりに首を捻っているもんだから、俺は壁にかけてあるとある杖を指差してやる。

 ギルド武器❲スタッフ·オブ·アインズ·ウール·ゴウン❳。俺が、いや、俺たちギルメン全員が血眼になって作り上げたギルドの象徴にして、モモンガさん専用の最強のスタッフだ。

 

「え~と、持っていくんですか?」

「無論だろう。ギルドマスターがそれを持つのは当たり前で、それは我々の象徴だ。そして、それに触れていいのはモモンガさん、あんただけだ」

 

 まぁ、ここにこれてない奴らにも許可はとってあるから問題は無い。

 モモンガさんは少し悩み、おずおずとスタッフを手に取る。

 スタッフからどす黒い赤色のオーラが吹き出た。そのオーラが人の苦悶の表情を象り、崩れ消えていく。

 

「作り込み、こだわりすぎ」

「いい出来だな。いよいよ魔王っぽくなっ……? ちょっと待っててくれモモンガさん。メッセージが来た」

 

 そう言ってモモンガさんから離れた俺は、向こうの相手とひそひそ話っと。

 

「あいよ、なんだよ」

『……遅いんだけど? 僕も彼女も待ちくたびれたんだけど?』

「わかってるっつぅの、今からいくから待機しててくれ」

『わかったよ、寄り道しないでよ?』

 

 そう言って一方的に切られた。なんつぅ態度か。人が協力してやっていると言うのに。

 

「お話終わりましたか?」

「ああ、大丈夫だモモンガさん。んじゃ、ちょいと急いで玉座の間に向かいますか」

 

 円卓の間を出た俺たちは、途中を飛ばして第十階層へ。そこで、NPCである、セバスと六人のメイドを後ろにつけ、いよいよ、玉座の間に入った。

 ため息が出るほど荘厳華美絢爛、この世の贅全てを使って作り上げたと言わんばかりの世界。その中央には、その名の示す通り玉座があった。そこへ向かって歩みを進めると、普段なら玉座の横にたっているはずのNPCの姿がなく、代わりに奇妙な物体がたっていた。その姿を見たモモンガさんが息を飲む。

 そこに立って(?)いたのは、ピンク色の肉塊、ぶっちゃけると卑猥な肉の棒だ。ローパーという異形種で、フィールドで出てくれば高い耐性と高耐久力でなかなか煩わしいモンスターだ。まぁ、こいつは違うが。

 

「え、ええ?」

 

 モモンガさんが驚きの声を出す。んでこっちを見た。見るなよ、恥ずかしい。

 そのモモンガさんを無視して俺は、その人物に声をかける。

 

「ほいよ、連れてきたぞ」

「遅いんだけど?」

「触手で威嚇するな、卑猥だぞ」

「リュウマさん、ぶくぶく茶釜さんが来てるの、知ってたんですか!?」

 

 普通に会話している俺の方へ詰め寄ってきて、モモンガさんが火を吹いた。

 

「まぁ、ね。色々相談されてたんだよ、やまいこに」

「え? やまいこさん?」

「ここにいるよ?」

 

 その声は玉座の裏から聞こえた。覗き混めば、そこには体育座りで待機してる巨人の姿が。

 

「やまいこ、なにしてるんだ?」

「やっ、顔を会わせづらいなって、思ってさ」

 

 そう言いながら立ち上がって、やまいこはモモンガさんに軽く手をあげて挨拶。

 

「久しぶりだね、モモンガさん」

「……お久しぶりです、やまいこさん、ぶくぶく茶釜さん」

「うん、久しぶりももさん」

「おい、やまいこさんよ、ちょいとこっちへ来ておくれよ」

「あ、うん。じゃぁ、茶釜さん、頑張って」

 

 俺の呼び掛けに答えてやまいこがこっちに来る。

 

「茶釜さん、ちゃんとできるかな?」

「ガキじゃあるまいし、そのくらい出来るだろ、心配しすぎだっての」

 

 ピンクの肉棒と骨の大魔術師が喋っているのを横目で見ながら、そういったものの、なんというか妙な感じだとも思う。

 隣に立つ大柄な女――リアルでは別に大柄でもなく普通くらいだったが――やまいこから相談を受けたのは二ヶ月ほど前。なんでも茶釜さんに好きな人が出来たというかいたというか、そんな話だった。まぁ、十中八九モモンガさんだろうとは思ってた。別にそういう兆候があったとかそう言うわけでもなくて、頭の中で仲間たちを列挙、候補を削除していった結果、その結論に至った、それだけだ。

 俺に相談した理由もわかってる。俺が最後までモモンガさんとユグドラシルをプレイしていることを二人とも知っていたからだ。そんなわけでスケジュールやらなんやらの調整をした結果、この最終日以外に時間がとれずに、この記念すべき最終日がモモンガさん非リア充卒業の日になったと。

 んなことを考えている横で、やまいこが俺の顔を覗きこんできてたから、俺は?アイコンを浮かべてそっちへ向き直す。

 

「どうした?」

「そういえば礼を言って無かったなって。ありがと、お陰で助かったよ」

「飯、奢りな?」

「それくらいでよければ」

 

 笑い声で肯定したやまいこだったが、まだこっちを見ている。まぁ、前からあんまり積極的になんか言うタイプではなかったが。

 

「どうしたんだ?」

「ん? 変わってないなって」

「人間、そんなに簡単に変わるものかよ」

 

 それもそうね、そう答えてやまいこは二人の方へ顔を向けて嘆息する。

 そっちへ顔を向けると、まぁ、なんか、全然別の話をしているようだ。なんかコンソールを開いてそこにかかれている文章を読んで、あ、すごい早さでスクロールした。

 

「「えっ?」」

 

 あ、なんか絶句してる、なんだ?

 

「なにが、あったんだろう?」

「さあ?」

 

 二人が見ているコンソール画面をのぞきこんで、やまいこと俺の目が点になった。

 そこにはたった一文、

 

『ちなみにビッチである』

 

 輝かしいまでの一文であった。

 

「なんぞ?」

「タブラさん、これはないでしょう」

「いくらなんでも、女の子の設定にこれはないわ」

「……最低」

「モモンガさん、これ、もしかしてアルベドの設定?」

「ええ、まぁ、そうです、はい」

「無いわぁ」

 

 全員でそんな事を言いながら茶釜さんとモモンガさんの様子を盗み見る。うん、打ち解けてる。まぁ、元々仲がいい二人だったし、モモンガさんがわだかまりとかを持ち込むような性格じゃないからその辺は端っから心配してない。だが、これは。

 

「ちょい、茶釜さんよ」

「何よ、芋侍」

「誰が芋だ、肉の棒め。そうじゃねぇよ、告白はどうしたんだよ」

「……えへっ☆」

「えへっ、じゃねぇよ、この木偶の坊ならぬ肉の棒、当初の目的を忘れるなよ」

「いや、だって……」

 

 言葉をつまらせた肉の棒を見ながら、俺はため息をつく。言いたいことは分かる。だが、いくらなんでも臆病すぎるだろ、おい。

 

「んじゃぁ、別の日にするか? 俺が一応、別の日にオフ会の機会を作ってやるよ」

「あ~、うん、それじゃ、あの、ごめんね、お願いできる?」

「はいよ。まぁ、細かい話は後で、今は……」

 

 時計に目をやれば残り時間はそれほど無い。

 

「最後くらいは、このメンバーで厳かに終わるってのも、いいか」

「あ~、そうだね、今日で最後なんだもんね」

 

 いかん、ちょっと湿っぽくなったか。苦手なんだよ、湿っぽいの。

 

「おらー、モモンガさん、さっさと玉座に座れー!」

「えっ、ちょっ、まっ!! リュウマさん、何を!?」

「俺らのギルド、んでもってユグドラシル最後の日だ。せめて最後は」

「玉座に座って悪のギルドっぽく居丈高で終わる、僕はいいと思うな」

「そうだよ、モモンさん、さぁさぁ座って座って」

「えっ? えっ? ええっ!?」

 

 前衛職三人に担ぎ上げられ無理矢理玉座に座らされたモモンのを中心に、モモンガさんから見て右側に、ぶくぶく茶釜、やまいこと並び、反対側にNPCのアルベド俺、そして玉座の階段の下に、セバスとメイドたちを並べて臣下の礼をとらせて準備万端だ。

 

「……三人とも、最初から打ち合わせ済みでしたね?」

「なんの事か分からんなぁ」

「本当に隠し事が好きなんだから、リュウマさんは」

 

 恨みがましそうな台詞ながら、笑いを堪えたような声でそう言って、モモンガさんは天井を見上げた。

 そこには、俺たち❲アインズ·ウール·ゴウン❳のメンバーのサインが垂れ下がっている。

 

「たっち・みー」

 

 モモンガさんを、俺を救ってギルドに入れた人。その恩は忘れられないだろう。

 

「死獣天朱雀、餡ころもっちもち」

 

 次々とメンバーの名前をあげていく速度が上がる。

 

「ぶくぶく茶釜さん」

「はい!!」

 

 元気よく触手を振り上げる。

 

「今日はありがとうございます。忙しいのに」

「あっ! やっ! そんなこと無いですよー!? ひ、暇、でしたし? 呼んでもらえて嬉しかったですし……」

「それでも、来てくれないんじゃないかって思ってたので、本当に嬉しかったですよ」

 

 照れて何も言わなくなった茶釜さんをひとまず置いておき、スタッフで次のフラッグを指し、名を呼ぶ。

 

「やまいこさん」

「はい……」

「同じく、最後に来てくれてありがとうございます」

「僕は、茶釜さんの付き添いだから」

「それでも、ありがとうございます」

「……うん」

 

 そして最後は。

 

「リュウマさん」

「応!」

「リュウマさん、本当に今まで一緒にプレイしてくれて、感謝にたえません」

「別に礼を言われるほどの事じゃない」

「いえ、それでもですよ。リュウマさんがいなかったら、今ごろ自暴自棄になってたかもです」

「まぁ、他のメンバーからも頼まれてたし、俺もやりたくてやったんだ、気にするな」

 

 女二人の失笑みたいなものを聞きながら、俺は胸を張る。

 

「楽しかったな、モモンガさん」

「ええ、本当に」

「僕たちも楽しかった、ね? 茶釜さん」

「うん、楽しかったよモモンガさん。モモンガさんがいたから、私達は楽しめたんだ。だからね、こっちからもお礼を言わせて」

 

 茶釜さんがそういうと同時、モモンガさんを抜いた三人がモモンガさんに向き直り、

 

「ありがとうございました!!」

「……皆さん……」

「おっと泣かせてしまったようだな茶釜さん」

「困ったね茶釜さん」

「私だけが悪者か!!」

 

 笑いがおき、空気が弛緩する。だがしかし、時間は刻一刻と迫る。

 

「最後はどうする、モモンガさん」

「そうですねぇ……じゃぁ、アインズ·ウール·ゴウン万歳って叫びますか」

「うん、そうしよっか」

「僕も賛成」

 

 時間は迫る。残り一分。

 

「それでは、リュウマさん、音頭をお願いします」

「俺かよ!? ……しゃぁねぇ……それじゃ皆さん、お手を拝借」

「宴会か!?」

「うっせぇ……それじゃ、アインズ·ウール·ゴウン万歳!!!」

「「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!!!!」」」

 

 そう、これで終わるはずだったんだよ、これで。

 だが、そうは問屋が卸さないってね。




 とりあえず、まずはあっちに行くところまで。
 原作からどれだけ解離するか分かりませんが、なるべく頑張る所存です。


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2,異世界の始まり 嵐

 どこを削ってどこを残すか。それが一番の問題だと思う。
 今回はかなり荒いです。慌てましたし。
 あ、お気に入り登録していただいた方々、ありがとうございます。
 荒いなりに頑張ります。



 0:00:38

 始めに全員が感じたのは違和感だった。

 ログアウトしてない、いや、ゲーム自体が終わってない、そう言った方が正しいか。

 

「どう言うことだ、GMコールも使えないだと。茶釜さんはどうです」

「こっちも駄目…というかウインドゥが開けない~」 

「サービス終了が延期になったんですかね?」

「そんなことになるなら通達してこいってんだくそ運営!!」

 

「どう見るやまいこ」

 

 困惑して暴言を吐いている茶釜とモモンガを横目に、リュウマとやまいこは比較的冷静だった。回りにテンパってる人間がいると冷静になる奴がいると言うが、二人はそういうタイプらしい。

 

「気になることはあるんだ。例えば」

 

 そこまで言ってやまいこは、リュウマよりも頭ひとつ高いところからモモンガを見て首を捻る。

 リュウマもつられてそちらを見ると、肉の棒と骨(大魔術師)がケンケンガクガクと意見を交換しあっている場面があった。

 

「例えば?なんだやまいこ」

「分からない?例えば…」

 

 そう言ってやまいこは自分の顔を指差した。具体的に言うならば唇を。

 

「僕の唇、この部分だよ。モモンガさんなら顎でもいいけど」

 

  

 じぃっと、やまいこの唇を見つめる。なるほど、ほどよく厚く、プルっとした柔らかそうな唇である。唇自慢か、そうなんだな!?

 

「……なるほど」

「分かった?」

「エロ唇だな、よく分かっ……」

 

 信じられないような衝撃と共に顔面に突き刺さる❲女教師怒りの鉄拳❳。吹き飛ばし効果により、リュウマが階段下へと向かって吹き飛ばされた。

 

「う、うおぉぉぉぉぉ……顔が中央に向かって…」

「だ、大丈夫でございますか、リュウマ様」

「「「「 !!!???? 」」」」

「…はっ! 失礼をいたしましたリュウマ様! 私ごときが差し出がましい口を利きまして! この罰は如何様にで……」

「……セバス?」

「はっ! なんなりと罰をお申し付けください!!」

 

 リュウマが玉座の方を見上げる。やまいこ、開いた口が塞がってない。モモンガ、骨の顎が外れそう。ぶくぶく茶釜、延びる。四者四様、それぞれの形で驚いている。

 

「え、え、NPCが、しゃ、しゃべ……」

「お黙りなさいセバス!! 至高のお方々の会話に口を挟むことはまかりなりません!!

「「「「!!ほあぁっ!????」」」」

 

 モモンガの言葉を遮るように、静かに立っていたアルベドが、全身に憤怒のオーラを纏い、セバスを叱責する。

 

「さぁ、モモンガ様、セバスにはどのような罰をお与えになりますか?」

「……あ、アルベド?」

「なんでございましょうモモンガ様」

 

 花が綻ぶように笑い淑やかな声で笑ったアルベド。絶世の美女に向かって四人は叫んだ。

 

「なんでNPCがしゃべってんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 それは少なくとも心の叫びであったのは、言うまでもない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そんなこんなから小一時間、四人は円卓の間にて、一息ついていた。

 分かったことは、どうにも自分達がゲームの中に閉じ込められた、もしくは自分達がゲームのアバターのまま異世界に転移した。ついでNPCが意思を持ち『生きている』と言うのも分かった。

 しかし、分かったからと言って問題が解決したわけではない。むしろ、逆にこれからどうするかと言う問題が発生していた。

 そこで、まずはセバス及びプレイアデス中でも索敵·偵察能力の高いソリュシャンを斥候としてギルドの外へ出し、残った者を各階層へと連絡係として走らせた。

 残ったアルベドに関しても一通り質問と、肉体の確認を(やまいことぶくぶく茶釜が)行い、その後、各階層にて異常がないかどうかの確認に走らせた。

 各階層の守護者を第六階層に、二時間後集まるように申し伝え、一旦自分達はこの円卓の間に入り、現状の分析、及びこれからの行動についての作戦会議をする、つもりであった。

 リュウマは円卓に突っ伏し、ぶくぶく茶釜は椅子の上で伸びて垂れ下がり、モモンガは顔の前で手を組んで思考の海へとダイブ、唯一平然としているように見えるやまいことて、現状には困惑するばかりである。

 

 

「もう一度、考えのおさらいといきましょうか?」

「あ、そうですね、やまいこさん」

「じゃ、モモンガさん、ギルマスらしく会議の進行をお願いしますね」

「はい。ええと、まずは」

 

 モモンガがあげた早急にやらなければならないことは三つだった。

 

 ひとつ、自分達が保有しているスキルやアイテムが、ゲーム内と同様に使用可能であるかどうか。

 

「これに関しては、これから第六階層の闘技場に行って確認すればいいと、俺は思います」

「それで僕はいいと思うけど、茶釜さんにリュウマはそれでいい?」

「俺は別に問題ない」

「あ、ええと、私も問題無い…かな?」

「?じゃぁ、それで。モモンガさん、次にやらなければならない事は?」

 

 少し上の空のぶくぶく茶釜に疑問を覚えたやまいこだったが、今はとりあえず目の前の問題について目を向けるためにモモンガに説明してくれるよう促した。

 それに対してモモンガは、骨の指を二本立て口を開いた。

 

「次に確認しなければいけないのは、NPCの忠誠心です」

「それって必要なことなのか、モモンガさん。セバスの態度やアルベドの態度を見る限り、こっちに忠誠を誓っている、そんな風に感じられたぜ?」

 

 リュウマの言葉に、モモンガが首を横に振って否定する。

 

「確かに俺もそう感じました。だけどそれは、あくまで第一印象に過ぎませんよね?今後、何かあったときにこちらを裏切って攻撃を仕掛けてくる、その可能性を完全に否定できませんよ」

 

 できればそんなことにならないことを祈りますけど。そう言ってモモンガが小さく笑う。

 

「なるほど、確かに。もしかしたら、俺らがすげぇ弱くなってる、もしくはあっちがこっちの常識の外の強さになってるって可能性もあるんだよな」

「そうですね。まぁ、あくまでも念には念を入れてるだけですし。いざとなったら❲リング·オブ·アインズ·ウール·ゴウン❳で即座に宝物庫に転移して逃げますけどね?」

「あー!!」

 

 宝物庫の単語を聞いたぶくぶく茶釜が、唐突に声をあげ、残りの三人を驚かせる。

 

「ど、どうしたんですか、茶釜さん!?」

「モモンさん!私の武器!どこにあるの!?」

 

 一度引退すると決めたぶくぶく茶釜は、すべての武器防具を持っていない。さすがに『粘液盾』と呼ばれその名を轟かせたぶくぶく茶釜とはいえ、なにも持たないで昔のような事は出来ない。

 

「ええ!?あ、いえ、その皆さんの装備はですね… 」

「それなら宝物庫にあるぜ、茶釜さん」

「じゃぁ、早く取りに行こう!そうしなきゃ、ええと、あれだよ……モ…じゃない!!み、みんなを守れないからね!」

「え!?あ、いや、そうですね…そうなんですけど、宝物庫は…」

「ああ、茶釜さん。宝物庫にはモモンガさんの黒歴史がいるから、あんまり人を入れたくないらしいぜ?」

「黒歴史?」

 

 言い淀んだモモンガの後を引き継いだリュウマの言葉に、やまいこが反応した。

 

「ああ、モモンガさんが創造した領域守護者、パンドラズ·アクターがいるんだ。ドッペルゲンガーで、俺たち42人の姿をとってその能力の80%まで行使できる万能の個だな」

「強いじゃん。それのどこが黒歴史なの?」

「それはな……」

「それ以上はやめてくださいね?リュウマさん?」

「え~、まだ本題に至ってないんだけど?」

「リュウマさん、マジで怒りますよ?」

「チッ…Wenn es meines Gottes Wille」

「やめろぉぉぉぉぉぃぃ!」

「え~、なんで?かっこいいじゃんドイツ語」

 

 モモンガの心の傷をえぐった後、リュウマは顔を引き締め言葉を続ける。

 

「いや、しかし、冗談抜きでパンドラズ·アクターはこっちに引き込んでおくべきだと思うぞ、モモンガさん」

「えーっ!?いや、だけど」

「何かあった場合、俺ややまいこじゃモモンガさんをかばえない、今の状態だと茶釜さんだってそれは無理。なら、茶釜さんの武装全てを取りに行くついでにパンドラズ·アクターを連れ出して近衛にするべきだと思うが」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 宝物殿に転移した一行の前には天空に瞬く星の輝きに勝るとも劣らない財宝の数々があったが、誰もそれに対してはなにも言わず、ずーっとブツブツ言っているモモンガを気の毒そうに見ているぶくぶく茶釜をやきもきして見ている二人と言う謎の構図が展開されていた。

 

「それで、そのパンドラズ·アクターと言うのはどこにいるの?」

 

 一向にあっちに行ったっきり帰ってこないモモンガとぶくぶく茶釜に嘆息しながら、やまいこがリュウマに声をかける。

 

「一番奥の霊廟だな。その奥にはワールドアイテムが眠ってる。それから、こいつをつけといて?」

 

 そういいながら放り投げられたのは指輪であった。それを覗き混んで、やまいこはすぐさま思い至った。

 

「ブラッド·オブ·ヨルムンガンドがここにあるんだっけ?」

「そうだ。確か、やまいこは巨人族で猛毒耐性はなかったよな?」

「武装のほぼ全てを置いてあるからね」

 

 そういえば、茶釜さんはどうだったかと思って声をかけたら、種族的に耐性を持っていると言うことだったので問題なく、ようやく決心がついたモモンガが〈全体飛行〉を唱え、宝物庫の奥に向かって出発したのだった。

 

 ギルドメンバーが細部にこだわってこだわって作り上げたギミックをああでもないこうでもないと言いながら解除し、武器庫を抜けた先には、今までと違った空間が広がっていた。

 今までと広さや高さは変わらないが、荘厳で静かな、神聖な雰囲気の場所だった。

 

「モモンさん?ここは? 」

「ここは、まぁ霊廟と呼んでいるけど、思い出を納めているところですよ、茶釜さん」

 

 ぶくぶく茶釜の質問に、モモンガは照れたように答えまっすぐ歩きだし、ぶくぶく茶釜もその背中を追って歩き?だす。その後ろをやまいことリュウマが気楽な調子でついていく。

 その一行の前にフラりと姿を見せたものがいた。

 

「よぉうこそおいでくださいました、私の創造主であるぅっモモンガ様ぁ!!」

「「うわっ……」」

「ハハハッ」

 

 オーバーなアクションで右手を帽子に添え敬礼をする卵男、もといパンドラズ·アクター。それを見た女性二人がドン引きの声を出し、リュウマが愉快そうに笑い、モモンガが凹んだ。

 

「…久しいな、パンドラズ·アクター。今日は頼みがあってきたのだが」

 

 頼みたくなくなってきたと言う思いを飲み込み、モモンガは奥を杖で指し示し、パンドラズ·アクターに命令する。

 

「ぶくぶく茶釜さんとやまいこさんの装備全てを持ってきてくれ」

 

 無いはずの横っ腹が痛むのを感じながら命令すると、パンドラズ·アクターは再びオーバーなアクションで敬礼しながら奥へ消えていった。

 数分後、すべての武装を抱えて戻ってきたパンドラズ·アクターから、ぶくぶく茶釜とやまいこをは武装を受け取り、完全装備になった後、しげしげとパンドラズ·アクターを観察した。

 

『んー、さっきは驚いてドン引きしたけど、なかなかこれはカッコいいかもしれない。何せモモンさんが作ったんだしね』

『これは、人前に出したら軽く死ねるレベルだわ。少なくとも僕にはこれを人前に出すのは無理だ。モモンガさんが悶えてた理由もわかる』

 

 女性二人がそれぞれの感想を抱いている間に、モモンガとリュウマは簡潔にパンドラズ·アクターに現在の状況を説明する。

 

「……つまり、私もここを出てナザリック地下大墳墓の防衛に出る、そう言うことで宜しいのですか?我が主」

「う、ウム、そう言うことだ」

「ついでに言うとどんな危険があるか分からないから俺たちの護衛も兼ねてると思ってくれ」

「ぅわかりましたぅ我が主よ!このパァンドラズゥ·アァクター!命に変えてもぉぉぉ…皆様をお守りします」

「うぉぉぉぉぉ……ふぅ…」

「まぁ、とりあえず第六階層に向かいますか?」

「ええ、そうですね…」

 

 ため息ひとつをつき、皆に顔を向けたモモンガは、指輪の力を解放しようとして、思い出したようにパンドラズ·アクターに向き直った。リング·オブ·アインズ·ウール·ゴウンをパンドラズ·アクターに渡すべきかどうか迷ったが、結局渡さないことにし、〈転移門〉を起動し第六階層に向かうのだった。




 私のところに茶釜さんはだいぶあれな仕様で、やまいこさんはクールな僕っ子です。
 書いてて思ったんだけど、オリ主があんまり要らない子のような?

 次はいよいよ第六階層でのお話です。


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3,アウラとぶくぶく茶釜

 今回の語りはアウラと茶釜さん。

 アウラ、可愛いですよね?
 


 遅いなー遅いなー、モモンガ様とリュウマ様、遅いなー。

 私ことアウラ·ベラ·フィオーラは待ちくたびれて痺れを切らしそうになっていた。と、言うか既に切らしている。けど、しょうがないと思うんだよねぇ。あんまりじっとしているのは得意じゃないし、弟のマーレを弄って待つのもどうかと思うし。

 仕方がないからこの円形闘技場の中を走って暇を潰そうとしたとき、闘技場の中央に黒々とした影が落ち、それが伸び上がると扉のような形へと変貌した。あれは、確か〈転移門〉だったはず。転移阻害があるナザリック地下大墳墓にもっとも確実な転移方法でやって来るなど、どこの誰だろう。

 まぁ、誰でもいいか。お気に入りの僕である〈フェンリル〉のフェンに命令を下しながら、背中に背負った弓を手に取り構える。

 だけど、次の瞬間〈転移門〉を潜って出てきたお方に、あたしは一瞬の硬直の後、ばれないように見つからないように大慌てで弓を背中に背負い直した。

 〈転移門〉から出てこられたのは、あたし達の最高指導者であり、慈悲深く、深い配慮に優れたお方、モモンガ様だった。うん、危ない危ない、今のをアルベドに見られてたら、あたし、今ごろ殺されてた。

 白磁のようなお体に神器級の漆黒のローブを身に付けられたモモンガ様はやっぱりかっこいい。まさにあたし達の頂点に立たれるお方だと思う。

 そんなことを考えていると、もう一人〈転移門〉から出てこられた。リュウマ様だ。何時ものように深紅の具足を身に纏ったその姿は正に戦の鬼。 …鬼神、だっけ?うん、間違いないね、額から一本、深紅の角が生えてるから。あんな格好いい角は、お気に入りのシモベの一匹、モノロスに匹敵するか凌駕するね!いや、至高のお方、勇猛さと優しさを兼ね備えたリュウマ様は間違いなくモノロスを超えてる!ビーストテイマーのあたしの見立てだから間違いない!

 あ、もう一人出てきた。あれは…… やまいこ様!?嘘、至高のお方のお一人がこのナザリックに帰ってきてる。なんて何て言うこと!?あまりの衝撃に声を出せないあたしは、それでもこの眼はやまいこ様をロックオンし続けている。流れるような黒髪は腰まで届きそうで夜の闇を煮詰めたような美しさ、端正なお顔には知性を示す眼鏡をかける。それでいて、半魔巨人にしてはやや低い背丈(それでも鬼神のリュウマ様やモモンガ様よりはかなり大きい)からあふれでる力強さは隠しきれない。あれでヒーラーも行えると言うのはすさまじいの一言に尽きると思う。

 ん~?まてよ、やまいこ様がいると言うことは、もしかして……そこまで考えが及んだと同時に、あたしが脳裏に思い描いたお方が〈転移門〉から姿を現したのだ。涙が溢れて止まらなくなり、歓喜が全身を包んだ。あのお方は、あのお方は!!

 

「ぶくぶく茶釜様ーーーーーーーーーーーー!!」

 

 体は自然と貴賓席から飛び出し、ぶくぶく茶釜様の元へと自由落下を始めていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 視線を感じた私は、前に立つやまいこちゃんの逞しい背中から視線が飛んできているだろう場所へと顔?(いや、どこが顔かなんて分からないんだけど)向けると同時に、「ぶくぶく茶釜様ーーーーーーーーーーーー!!」へぶっ!

 

「うおっ!?な、なんだ!?」

「敵か!?やまいこ、パンドラズ·アクター!モモンガさんを護れ!」

「了解」

「承知いたしました!」

 

 モモンさんが驚きの声をあげると同時に、リュウマさんが刀を抜き放ちつつ、カバーに入ったやまいこちゃんとパンドラズ·アクター、モモンガさんよりも前に立つ。さすがの反応だけど、それは私の役目で、ついでにそんなに心配はないよ。

 

「……ぶくぶく茶釜様~~……お帰りに…お帰りに…なられたのですね…」

 

 私の体の上に乗っているのは、私が産み出したNPCアウラだ。あ~、やっぱりそうか、この子も自意識を持って生きてるんだよね、そりゃそうか。それに思い至らなかった私が悪い。

 ひとまず私の体にしがみついているアウラの頭をナデナデした後、ゆっくりと地面に下ろしてもう一回頭を撫でる。

 

「……ただいま、アウラ」

「……お帰りなさいませ!ぶくぶく茶釜様!」

 

 溢れる涙を拭って向日葵のような笑顔で笑って喜んでるアウラ。けど、ごめんね、私、あんた達のこと、すっかり忘れてたよ。モモンさんしか見えてなかったから、ってのは言い訳か。うん、気を取り直して。

 

「大丈夫だよモモンさん。この第六階層の階層守護者、アウラだってば……で、アウラ、マーレは?」

「あ、すいませんぶくぶく茶釜様!ええと……あ、いた!」

 

 アウラの見ている方へと顔を向けると、いたいた、かぁいいかぁいいマーレが。なんでかこっちを見て目を見開いてるんだけど?お、貴賓席から飛び降りて、こけた。ふふ、かぁいいねぇ。うちの弟はクソ過ぎてどうしようもないからなぁ。昔は可愛かったのに。

 

「ぶく…ぶくぶく茶釜様ーーー!おか、おかえ、りな、さい」

「ほらほら、マーレも泣かないの」

 

 泣きながら小走りで走りよってきたマーレを触手で抱き抱え、あまってる触手で頭を撫でて落ち着かせ、モモンさんの方に二人を向き直らせる。

 

「も、申し訳ございません、モモンガ様… 」

「も、もうしわけございません… 」

「なに、構わないとも二人とも、久しぶりの再会だ、本当はもっとゆっくりお茶でも飲みながらゆっくりとさせたかったのだが、な」

「いえ、ぶくぶく茶釜様が戻られて頭を撫でてもらっただけで十分です!」

「ぼ、僕も同じです」

 

 うわぁ、かぁいいなぁ、もう。こんな子達を忘れる私は本当にオタンチンだと思う。

 

 一通り挨拶を終えた後、モモンさんは何でここに来たかって言う説明を始めた。まぁ、ようは能力すべてが使えるかどうかを調べに来たんだけど。

 まず手始めに、モモンさんが魔法の発動の確認をしてる。何体かのかかしを〈火球〉の爆裂でまとめて吹き飛ばす。爆風が私たちを叩きマーレのスカートがめくれあがるのを慌てて触手で押さえてあげる。隣にたってたリュウマさんが舌打ちをしたような気がした。うん、きっと気のせいじゃない。アトデオボエテロ。

 その後、アウラのパッシブスキルの状態異常系が自分達に聞くかどうかを確認する。うん、全状態異常無効はきっちり発動してるっぽい。

 その後、アウラが〈スタッフ·オブ·アインズ·ウール·ゴウン〉に興味を示したので、モモンさんが〈根源の火精霊〉を召喚して二人に戦ってみるかと尋ねたならば、なんとリュウマさんまでそれに加わるといい始めた。

 

「リュウマさん、大丈夫ですか?」

「まぁ、問題ないだろう。二人とも、俺も一緒に戦って大丈夫か?」

「問題なしですよリュウマ様」

「ぼ、僕も大丈夫ですよ、はい、問題ありません」

「そうか、ありがとうな」

 

 そうして目の前で戦いが始まった。

 たしか、リュウマさんは鬼神の侍だったはず。その辺が曖昧なのでモモンさんに聞いてみよう。うん、別にやまいこちゃんを無視してるわけではない。そう、モモンさんの方が詳しいはずなんだ、ずっと一緒にプレイしてるんだから。

 

「モモンさんモモンさん」

「ん?なんです茶釜さん」

 

 むはぁ!振り返ったモモンさんの顔、かっけぇ!

 あんまりにもかっけぇモモンさんにドキドキしながら、とりあえずリュウマさんの能力について尋ねると、

 

「リュウマさんは連撃系の剣士ですよ」

「あー、単発の威力は低いけど連続でスキルを使って無理矢理ダメージを叩き出すんでしたっけ?たしか、特殊なイベントで手に入れたクラスで無理矢理連続スキル使用を可能にしてるって話ですけど…」

「そうですそうです、たっち·みーさん曰く、全てのスキルによる攻撃を当てた場合、ワールドチャンピオンでも耐えきるのが難しいとかなんとか」

 

 まぁ、すべてを当てるのはロマンだからねとも言ってましたが。うん、それは分かる。大体においてワールドチャンピオンという職業の座に着けるような人は、大概たっちさん位の実力者だ。それにまともに攻撃を当てるのは、まぁ、正直無理ゲーだと思う。たっちさんに至っては超位魔法すらシールドで弾き無傷で生還すると言う離れ業をやってのけるのだ。

 

「リュウマさんは確か五十の攻撃を重ねることが出来るらしいですよ?」

「たっちさんに通じるビジョンが浮かばないんだけどモモンさん?」

「たっちさんとリュウマさんの勝負では、リュウマさんの勝率は二割を割り込んでるって話ですからね」

 

 モモンさんとのんびり話をしている間にも、三人の戦闘は非常にスムーズに進んでいる。マーレから各種強化支援を受けたリュウマさんとアウラの攻撃が着実に〈根源の火精霊〉にダメージを重ねていく。これが本当の戦闘かと思ってみていると、リュウマさんが刀を鞘に納め、空間から眼にも止まらぬ早さで青龍偃月刀を引き抜きながら振り抜き即座に空間に仕舞いこみながら空いた右腕で別の武器を取り出す。

 

「出ましたね、マルチウェポン。あれで一通りスキルを繰り出して連携し続ける」

「……いや、あれはただの中二病じゃ……? 」

 

 そんなことを言っている間にアウラの攻撃が〈根源の火精霊〉の頭を掻き消し、戦闘は終了していた。

 

「さすがに余裕ですね」

「80レベル程度じゃ相手にならなかったね」

 

 アウラとマーレが誇らしげにこっちを見て、大輪の花のような笑顔でVサインをしているのを誇らしく思いながら、アイテムボックスから〈無限の水差し〉とコップを持ち出し、二人に差し出してあげる。

 恐縮する二人を宥めてお水を飲ませ、ふとリュウマさんの方を見ると、何かに納得していないように、青龍偃月刀を構えては振っている。聞けば、意識と動きに微妙にずれがあるような気がするんだそうだ。なるほど、分からない。

 そうこうしている内に、次々とこの円形闘技場に各階層守護者達が集結し始め、リュウマさんの周りの空気が張り詰め始めたのを感じた私は、やまいこちゃんの方に目を向けると、やまいこちゃんも同じように緊張をみなぎらせていた。

 何で二人がそんな風に緊張しているのか、私はすぐにピンと来なかった。

 だけど、すぐその答えに行き着いた。二人は、ここにいるNPC達を未だ信用してないのだ。そして、何かあったら直ぐさまモモンさんを庇えるように動くつもりなのだ。

 二人とも比較的慎重なのは知っていた。だけども、私は、なんとも言い様のない気分だった。

 いや、たぶん、その気持ちがなんなのか知っている。知っているけど、私はあえてそれを押さえ込んだ。

 二人に抱いた気持ちは、小さい、本当に小さいけども、それはたぶん、侮蔑と言う感情だと思ったから、私はあえて、自分の気持ちを見て見ぬふりをするのだった。




 ……おかしい、あんまり話が進んでない……

 次回は少し駆け足になって話を進める予定です。

 ……まぁ、予定は未定と言いますけど。

 ちなみにリュウマの外見イメージはFEif白夜王国の長男です。

 感想で突っ込みを入れていただいたのでここに書きますが、やまいこさんの外見はかなーり改変しております。ご了承くださいませ。


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4,疑心暗鬼

 かわいい茶釜さんを書きたい。でも書いているうちに変になる……!


 円卓の間に戻ってきた僕たちは困惑を圧し殺せないでいた。それと言うのもNPCの忠誠心が高すぎるのだ。

 忠誠心が高いのは問題ないと思う。だけど、高すぎると言うのは如何なものか。それは価値観の固定化、ひいては思考の停滞に繋がるのではないかと、僕自身は考える。

 とは言え、今、僕が考えることはそれじゃない。

 まず最初に分かったことは、このナザリックが全く見知らぬ場所へ転移してしまっていると言うこと。毒の沼地ではなく草原の中に転移している。

 これに関してはモモンガさんが直ぐに隠蔽工作をするようにマーレ君に指示を出していた。さすモモ、僕には考えもつかない。

 他にも色々あるとは思う。例えばこの世界に関しても。

 今はナザリックの中にいるから比較的安全だけど、ここから外に出て100%安全とは限らないし、もしかしたら僕達よりも強く、簡単に命を奪いに来るような奴等がいるかもしれない。

 僕達はレベル100。今の姿の僕なら80かその辺りの強さだけど、これだってゲームの中の強さに過ぎない。ゲームの中の強さと現実での強さは=じゃないかもしれない、その辺りは要検証だと思う。

 それから、この世界にはもしかしたら知的生物がいないと言う可能性だってある。

 ……いや、可能性だけを列挙していってもしょうがない。

 

「……い……や…いこ」

 

 しかし可能性をあげずに行動するのも馬鹿のやることだ。

 

「…まいこちゃ……いこちゃんって…」

 

 やっぱりここはモモンガさんや茶釜さんに相談するべきじゃないかな?リュウマさんは、まぁ、いいんじゃないかな?リアル脳筋だろうし。

 

「やまいこさん!どうしたんですか!なにかありましたか!?」

「……ん?モモンガさん?何かあったの?」

 

 気がつけばモモンガさんが僕の顔を覗きこんでた。他の二人も心配そうに僕の方を見ている。なんだろう、何か可笑しな事があったんだろうか?

 

「何かあったの?じゃねぇよ…なにボーッとしてんだよ、やまいこさんよぉ」

 

 むっ……ボーッとしているとは失礼な。

 

「ボーッとしていた訳じゃないよ、リュウマ君。少し可能性について検討していただけだよ」

「可能性、ですか?……ふむ、聞かせていただいても?」

「うん。……えーと、まずこの世界に知的生物がいるかどうか、と言う可能性」

「あ~、その可能性もありますね。ふむ、知的生物がいない可能性か……その可能性を考えると、捜索隊を組むのがいいかな?」

「あ、それ、俺がやりたい」

「リュウマさんがですか?いや、戦闘力は申し分ないですけど……危険ですよ?」

「問題ないだろう?ここで引き下がったら切り込み隊長の名が廃る」

「まぁ、編成は後から考えましょう…やまいこさん、なにか他に考えていた事とかは?」

「うん。まぁ、これはこれから要検証って所だと思うし、モモンガさんも考えていることだとは思うけど、僕たちの戦闘能力がこの世界でどれくらいのレベルなのか?」

 

 実は自分的にはこれを一番に調べたいんだけどね、と付け加えておく。

 未知の世界で力がなければ殺される、もしくは食い物にされる。幸い、このナザリックの中は比較的安全だから問題ない。だけど、これから外へ向かうのならこれは最優先で知っておくべき事柄であると、僕は思ってる。

 

「そう……ですね…そうすると、どうすればいいかなぁ?気楽に実験できるような場所があればいいんだけど」

「それにだったらさ、リュウマを中心にして遠征隊を組んで外へ探索に向かわせるって言うのが一番だと思うんだけど」

「茶釜さん、それは外の危険度がどれくらいか分かってないから許可しかねますよ?ああ、でも外の危険度を調べるには遠征隊を組んで調査させないと駄目か。でもその場合はやっぱりプレアデスやリュウマさんや守護者を行かせるのは危険だし……」

「僕は多少の危険を承知の上で遠征隊を組むことを提案するよ。危険だけど見返りは大きい。魔法が使える子に魔封じの水晶で〈転移門〉を封じたのを持たせておけば、いざと言う時にも逃げやすいと思うし」

「だとすると、人員は選ばないと駄目だな。俺は近接戦闘は出来るが遠距離は心許ない。魔法も駄目だな」

「それに関してはプレアデスから何人か……ソリュシャンとナーベラルとかでどうかな?」

「いいですね、それとシモベを何人か、でしょうか?」

「俺的には最低限の奴でいいと思うんだが……なんなら ナーベラルだけでも全く問題ないと思う」

「理由は?」

「なにかあったときに最低限の犠牲ですむだろ?ついでに言えば、だ。ナーベラルが伝言を使ってこっちに情報を送っておけば、次から対処がしやすくなる」

「何を言ってるんですか!」

 

 なんの気負いもなく自分が犠牲になる可能性を口にしたリュウマさんに、モモンガさんが怒鳴った。隣にいた茶釜さんが身を震わせるほどの怒鳴り声だったが、僕も同じ気分だった。

 

「自分が犠牲になるような事を言わないでください!」

「そうだよ、リュウマ。そう言う前提条件の話をしている訳じゃないんだよ、僕らは」

「俺だって犠牲になるつもりはないが、そう言う可能性だってあるってことを言いたかっただけでな?ついでに言えば、いつかはやらなくちゃいけないことじゃないのか?その場合だって、犠牲者が出ないとは限らない。最悪、守護者達が全幅の信頼を置く俺らの内の誰かが倒れたと見れば、全員が注意して行動するようになると思うんだが……睨むなよ、あくまでなにか最悪の事が起こった時の話だって」

 

 僕とモモンガさんに睨まれているのを見て、リュウマさん……リュウマはおどけたように肩をすくめた。けど、まぁ言っていることは正しい部分が多い。多いんだけど……。

 

「とにかく、しばらくはナザリックの防衛の強化と周辺の探索等を中心に活動していこうと思いますけど、なにか質問はありますか?」

 

 皆の顔を見回しながら、モモンガさんがそう言ったが、誰からも意見が上がらない。一つ頷き、その日はそこで解散することに。

 ちょうど良いから、僕は僕で行動を開始する。ちょっとあって話したい人もいるから、ね。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 会議と言うか相談会の日から概ね三日が経った。

 あの後やまいこさんはユリ·アルファに会いに行ったらしい。良いことだ。

 そして、俺ことモモンガは九階層の廊下にて、後ろにパンドラズ·アクター、セバス、茶釜さん、リュウマさんをつれて自室へ戻っている。何でこうなった?

 愚考すると、最初の一日はzorozoroとついてくる儀仗兵たちに威圧感を感じ、二日目に堪えきれなくなってそいつらを下げたらセバスとパンドラズ·アクターがついてくることになって、三日目では「暇だから」と言う理由でリュウマさんが、「モモンガさんを守るのは私だ!」と言う宣言の元、茶釜さんがついてくることになった。そして今に至る。

 チラッと後ろに目をやればセバスとリュウマさんがなんか話してて、パンドラと茶釜さんがやっぱり話してる。なのにこっちに即座に反応して、

 

「いかがなさいました、モモンガ様」

「モモンガ様、なんなりとこの、パンドラズ!アク!ター!にお申し付けください!」

「モモンさん、疲れた?お部屋行ったらマッサージでもしようか?それでぇ、よかったらぁ、その、そ、添い……」

「肉の棒、その辺にしときな」

 

 パンドラ、やめてそのオーバーアクション、心へし折れかねないから……そう思っていると、なぜかリュウマさんがこっちを見ながら真剣な顔で悩み、大きく頷いた後、ツカツカ歩み寄ってビシッと親指を立てた。

 

「任せろってモモンガさん」

「…えっ?」

「おい、セバス」

「はっ!何用でございましょうか?」

「これよりモモンガさんと茶釜さんが表層部へ視察へと赴く。しかし、お前達がついて行く必要はない」

「はっ…いや、しかし…」

「良い、言ってみよ。どんなことを言おうと構わん。その言葉もまた忠誠の証だからな」

 

 いい淀み、悩むように顔を歪めるセバス。パンドラは特に何も言ってないが、気配から察するになにか考えているようだなぁ。これが重いんだよ。もうちょっと気楽に接してくれればいいのに。

 

「では僭越ながら、私、パンドラズ・アクターの方から申させていただきます!」

「ああ、言ってくれ」

「至高のお方であり、我らが頂点に立たれるモモンガ様とぶくぶく茶釜様が、供の一人も連れず視察に向かわれるには如何なものかと思います」

「左様でございます。もし、何らかの危険があった場合、お守りすることが出来ませぬ。どうか、我らを連れていってはいただけませんか?」

 

 真剣そのものの表情でまっすぐ見られ、リュウマさんは一旦たじろいだようだ。分かりますよ、それ。俺もそうですもん。

 

「ふむ、仕方がない。二人とも、ちょっと耳を貸せ。ああ、それと、ちょっとあっちへ行くぞ。モモンガさん、茶釜さん、ちょっと待っててくれよ」

 

 頷くが早いか、リュウマさんは二人をつれて廊下の向こうの曲がり角へ姿を消した。なんだろう、なにしてるんだろう。

 

「茶釜さん」

「なに、モモンさん?」

「何を話してるんでしょうかね?」

「なんだろう?」

 

 触手をくねらせ、茶釜さんも悩んでくれてる。と、思ったら唐突にその触手をピンと伸ばして茶釜さんが硬直した。

 

「どうしました茶釜さん」

「えっ!?あー、いやー、なんでもないですよ?」

 

 これは、なにかを知っている、間違いなく。アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明、ぷにっと萌えさんも言ってた。人は隠し事をするとき必ず動きが怪しくなるって。……今思えば、当たり前じゃないかな、ぷにっと萌えさん?

 

「本当ですかぁ?隠し事はダメですよぉ茶釜さん」

「か、隠し事なんてありませんよ!絶対!確実に!間違いなく!」

「本当ですかぁ?」

「本当です!間違い有りません!私が保証します!ドーナッツの中央くらい秘密なんて有りません!」

 

 もう少し問い詰めようとしてたら、廊下の向こうから『なんと!』『Ist es wahr,!?』と言う声が聞こえてきた。二人で固まって見ていると、二人をつれたリュウマさんがニコニコしながら戻ってきた。後ろに続く二人もナンだか妙に気合いが入ってる。なんだろう?ちょっと嫌な予感がする。

 

「お待たせぇ。そいじゃ、行ってきなよ」

「え?」

「モモンガ様、ぶくぶく茶釜様、私が要らぬことを申し、お引き留めして申し訳ございません。どうぞ、ごゆるりと視察なさってくださいませ」

「我が主モモンガ様、Wir brauchen euer Gebet fur dein Gluck」

「え?あ…う、うむ、済まんな二人とも」

「いいえ、こちらこそ申し訳ございませんモモンガ様。そして、ぶくぶく茶釜様」

「は、はい」

「私は、ぶくぶく茶釜様を応援しております。頑張ってくださいませ」

「え?ええっ!?」

「ぶくぶく茶釜様、このパンドラズ·アクター、あなた様が幸せになることを祈っております」

「ふぁっ!?」

 

 おおー、何だか知らないけど茶釜さんが狼狽えてるな。なんか体の色もピンクが濃くなってきたような気がするけど、なんだろう?

 

「モモンガさんモモンガさん」

「なんですリュウマさん」

「ついでに外も見てくるといい。メイドに聞いたら綺麗な星空が広がってるらしいからな」

「あ、はい。ところで、どうやって二人を説得したんです?」

 

 俺が尋ねると、リュウマさんは二人の方を見てニヤリと、悪戯小僧のように笑った。

 

「企業秘密って事で」

「ええー、そう言わずにおし「それはそうとモモンガさん」なんです?」

「星空を見るときは空を飛んで回りに何もないような状態で見るといいらしい」

「へぇ~、そうなんですか?あ、でもブループラネットさんが山の上で見る景色が最高だった、みたいな話をしてましたね!映像で見ただけだけど、とも言ってましたけど」

「へー…じゃねぇ、そうそう。だから、二人で夜空を見てきなよ。あ、その時は茶釜さんを抱いていけよ?」

「はぁ!?なに言ってるんですか!?怒られますよ!?それに〈集団飛行〉もありますし!」

「ふーん、あーあ、二人を説得するの疲れたぁ。なんか謝礼をもらわないとなぁ」

「むっ」

 

 この人は!けどまぁ、確かに助かったのも事実か。罰ゲーム的なノリなんだろうリュウマさんにしたら。これがウルベルトさんやるし★ふぁーさんだったらもっとえげつないこと言われるだろうしな。

 

「分かりましたよ」

「おおー分かってくれたか、モモンガさん。じゃぁ、行ってらっしゃい、いい息抜きを!」

 

 言うが早いか、リュウマさんは二人を引き連れて廊下の奥へと消えていった。セバスとパンドラズ·アクターも俺たちに頭を下げながら向こうへ消えていった。なんだったんだろう?

 

「……茶釜さん?」

「!ひゃ、ひゃい!?なんでせうかモモンさん!!?」

「あ、いえ、その、行きましょうか、第一階層へ」

「あ、で、デスネーデスネー」

 

 なんで言葉尻が固くなるんだろうか?訳が分からないと思いながら、俺は指輪を起動させ、第一階層へと飛んだのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 行ったみたいだな。気配で察知した俺は、そう思いながら踵を返す。

 

「リュウマ様、どこへ行かれますか?」

 

 その俺の背中に、セバスが声をかけてくる。

 

「いや、ちょいと自分の部屋に忘れ物をしたから取りに行くだけさ。あー、ついてこなくていい。すぐモモンガさんの部屋へ行くからそっちで待機しててくれ」

「しかし……」

「悪い悪い。ちょっと考えたいこともあるんだ。なっ?頼むよ、セバス、パンドラ」

 

 ウインクしながらそう言うと、セバスとパンドラは顔を見合わせ、深々と頭を垂れてくれた。良くできた家臣って言うのはこう言うのを言うんだろうな。

 

「かしこまりました、それではお待ちしております」

「あいよ」

 

 二人と別れ、俺は歩き始める。無論、忘れ物なんて無い。だが、俺は事前に調べておいたこの階層にいるはずの人物にあって話を聞かなくちゃならない。

 数分も歩かないうちに、お目当ての人物が向こうから現れた。純白のドレスを身に纏い、歩く姿は女神のよう、微笑みを浮かべたその顔は慈母のそれ、左右のこめかみから生えた角も、その美しさを引き立たせるためのアクセントのようだ。アルベド、彼女は俺を見つけると微笑みを浮かべたまま軽く頭を下げた。が、俺には見えた。ほんの一瞬だけだが、アルベドが忌々しそうな苦虫を噛み潰したような顔をしたのを。

 

「よぉ、アルベド、元気か?」

 

 横を通りすぎようとしたアルベドに声をかけると、歩みを止め、こちらを向き直ったアルベドが慈母の笑顔のまま答えた。

 

「はい、元気でやらせていただいておりますわ。リュウマ様も息災で?」

「ああ、見たまま元気だ。ところでアルベド」

「申し訳ございませんリュウマ様、私、モモンガ様の元へ急ぎたいので、お話は後程で構いませんか?」

「ああ、別に長くはかかりはせんよ。質問をしたいだけだ。短時間ですむ」

「そうですか?では、なんでしょうかリュウマ様」

 

 こいつ、本当に一瞬だけとんでもない顔をするなぁ。まぁ、いいか。

 

「質問はただ一つだ、正直に答えろ」

「はい、承知致しました、なんなりと」

 

 俺は、軽く息を吸い込み、確信をもってその言葉を口にした。

 

「お前、モモンガさん以外にいい感情を持ってないな」

 




 ビックリするほど超難産!

 八時間ほど書いては消し書いては消しを繰り返しました。

 次はもっと早く書きたいと思います。

 相も変わらず山なし落ちなしですね!(´・_・`)


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5,守護者の心

真のヒロインがやって来る!その名は、アルベド!


「どういう意味でしょうか、リュウマ様?」

 

 微笑みを崩さないまま、アルベドが聞き返してきた。まぁ、そりゃぁそうだよな。いくら上位者が言っても本心を話すようなタイプじゃないわな。

 

「そのままの意味だよ、アルベド。俺ややまいこ、茶釜さんにいい感情を持ってないだろうって言ってるんだよ」

 

 大袈裟に肩を竦め、俺は口の端を曲げてアルベドを見る。仮面のような笑顔を張り付けたアルベドからは、感情のうねりなどは感じられない。しかし、こいつが俺や茶釜さん、やまいこさんに悪感情を持つのは間違いない。

 分からないのは、なんで俺にもその悪感情を向けてくるのかって事だ。そこも引っ掛かる、引っ掛かるから俺はここで突っ込んだ、突っ込んだんだが……。なんでワールドアイテム持ち歩いてるんだこいつは……。

 

「……なぜ、悪感情を持っていると思われたのですか?」

「そいつは簡単だ」

 

 指を一本立て、アルベドに向かってビシッと突きつける。キョトンとした表情のアルベドである。可愛い。これでもう少し……。

 

「お前、結構表情に出てるぞ」

「……え?」

「分からないか?例えてやろう。例えば第六階層でモモンガさんに名前を呼ばれた瞬間、表情が溶けていた」

「……ええっ!? 」

「アウラとマーレがモモンガさんに話しかけたら目がつり上がった」

「え、ええ……」

「極めつけはあれだ、デミウルゴスとモモンガさんが会話している最中の目は、もはや尋常じゃなかったぞ」

「ええと、それは……」

「そして、茶釜さんとやまいこだな。こっちの二人に関しては憎悪と言ってもいい感情を持っているように思うが?」

 

 この言葉が出た瞬間の目は、俺をしてゾッとするような目だった。殺意、そう呼んでも構わないようなドロッとした感情が、一瞬、ほんの一瞬だが吹き出し、俺の背筋に氷の針を幾本も突き刺してきた。

 ヤバイな、こいつは。いざとなればこの場でアルベドを切り殺す覚悟を決めた俺の前で、アルベドは全ての感情を押し込めた。

 

「勘違いではございませんか?」

「んな訳ねぇ。さっきの殺意は、かなりゾッとしたぞ?なぁ、アルベド。なんであの二人にそこまでの殺意を抱く?お前らの言う至高の四十二人だぞ?忠義を尽くすべき相手じゃないのか?」

「……ええ、その通りですわリュウマ様。ですが、私にも意思があります。その辺りは分かりますか?」

「無論だ。お前たちに意思が無ければこんな話しはしてない」

「そうですか……リュウマ様には最大限の感謝を。しかし、不敬を承知で申させていただくのならば、なぜ、最後まで我々を見捨てずに残られたお二人がここを一時期でも捨てて出ていかれた方々の肩を持つのか、私には理解できません」

「……」

「もちろん、戻っていただけたのならそれはそれで嬉しいのですよ?これは嘘ではありません。お二人が戻ってこられて、モモンガ様は大変嬉しそうでした。ですが、それでも私は許せないのです。このナザリックを、全てのシモベを捨ててお隠れになった者の事が。…モモンガ様を悲しませた奴等が!どの面下げてここへ戻ってきている!!そう叫びたいのを必死に抑え込んでいたのですが、まさか見破られているとは……」

 

 いや、押さえ込めてないし漏れ出てるし。しかし、と、俺は考える。彼らの立場に立って考えれば、この怒りも理解できないことはない。俺たちはリアルがある。そのリアルとは生活の事だ。プレイヤーにしてみればこの世界は仮想現実で、現実ではない。リアルの息抜き、もしくはガス抜き、もしくはリアルで感じられない夢とか理想とかそういうものを夢見る空間であり、全てに替えても何て言う物ではなかったはずだ。もちろん大事にしてない訳じゃないが、優先度の違いだな。こっちに重きを置いているモモンガさんの方が、世間から見れば異常なんだ。

 だけど、それはこっちの都合にすぎない。もし、この世界が仮想現実だった時代、こいつらに明確な意思があったとしよう。いや、違うな。恐らく希薄な意思があったはずだ。至高の四十二人に仕えるべく作られた者が、仕えるべき相手を次々となくせば、最初は嘆き悲しみ慟哭するだろう。しかし、それが積み重なれば、その思いは恨みへと変わる。簡単な話だ。また、アルベドは恐らく最もモモンガさんを見ている。モモンガさんが皆から引退を告げられる度に落ち込み嘆いていたのを近くで見ているのだ。嘆きが怒りに、怒りが恨みに変わるには十分だったんじゃないか?もちろん、想像にすぎない。だが、限りなく答えに近いような気がする。

 

「なるほどな。よく分かった」

「そうでございますか……ではリュウマ様」

 

 アルベドが俺の顔をじっと見返してくる。金色の瞳が俺の目を真っ直ぐに射抜き、そのまま下へと下がる。アルベドが頭を下げていた。

 

「処罰は、なんなりと。その太刀で首を跳ねるならそれもどうぞ」

「!? 待て、なぜそうなる!?」

「私はシモベの分際で至高の方々を侮辱致しました。守護者統括の地位にありながら、今だ恨みを忘れられません。ならば、死を持ってお詫びする以外方法はありません。その為にもリュウマ様は完全武装でここにおられるのではありませんか?」

 

 重いな!!恨み辛みなんて誰でも持ってるだろう!え~と、何て言えばいい、何て言えば……ティンと来た!

 

「アルベド、お前の思いは分かった」

「ならば、さぁ刑の執行を…」

「よかろう、ならばアルベドよ、俺の一存で刑を決めよう」

 

 アルベドが唾を飲む音がここまで聞こえてきた。

 

「アルベド、貴様の刑だが…簡単だ、これからもナザリックのため、いや、モモンガさんのためにその力を存分に振るえ。それを持って貴様の刑とする」

「!? お、お待ちくださいリュウマ様! 私はあなた様方に不敬の念を抱いております!その様なものを……!」

「アルベドよ、貴様が持つその感情、俺やモモンガさんだって多かれ少なかれ持っている。いや、誰だって持って当たり前なのだ。それに対して罰を与えるなど、あってはならぬことだ、そうではないか?」

「しかし、それは…」

「アルベドよ、全てを許そう、等とは言わない。まずは折を見て茶釜さんとやまいこに全ての思いをぶつけるのだ。大丈夫、二人とも分かってくれる。それから、死ぬことは償いではない、逃げだ。少なくとも俺はそう考える。ならば、お前はお前の能力全てを使ってアインズ·ウール·ゴウン、ひいてはモモンガさんに仕えよ。それが貴様に対する罰だ。分かったな」

「承知、致しました……寛大なご配慮、感謝いたします……」

 

 えっ!?泣いた!?なんでだ!?

 

「お、おい、アルベド?どうした、何があった?」

「いえ……申し訳ございません、偉大なるお方の慈愛に触れ、思わず……」

「んっむぅ、そ、そうなの?とにかく、お前が気に病むことはない。むしろ、なにか悩みはぶちまけたい事があるのなら、いつでも言ってこい。俺じゃなくても、茶釜さんもやまいこさんも、きっと相談に乗ってくれる」

「はい、承知致しました、リュウマ様」

 

 なるほど、花が綻ぶようなとはこういうときに使う言葉だったのか。そう思えるほどの笑顔を浮かべたアルベドは、男なら一瞬で心奪われるほど美しかった。あともう少し……。

 

「…ん?アルベドよ、もう一つ質問していいか?」

 

 そう言えば、一つ聞き忘れたことがあったのを思い出した。これ重要。いや、さっきまでのも大概重要だったけど。

 

「はい、なんでもお聞きください。もう、隠すようなことなどございませんので」

「いや、茶釜さんとやまいこにああいう感情をぶつける理由は分かったんだが……なんで俺にもぶつけて来たんだ?」

 

 俺、モモンガさんと最後まで一緒にいたよな?

 

「え~、それは…お答えせねばなりませんか?」

「? まぁ、答えてくれた方が嬉しいが? 」

「嫉妬、でしょうか?」

「……なに?」

「いえ、事の発端は、とあるメイドが図書館で……このような本を見つけたことが」

 

 胸の谷間から、何やらハードカバーの分厚い本を取り出すアルベド。どうやって入ってたんだ、これ。四次元ポケットならぬ四次元OPPAIか。

 差し出された本を受け取り、開く。骨がいた。すごい豪奢なローブを羽織ってる。モモンガさんか?んで、誰だこのすさまじい少女漫画風の鎧武者は。俺か、俺なんだろうな……。

 いや、同人誌やん、BLやん、なんで俺とモモンガさんやねん、誰だこんなもん書いたの……。て言うか誰得だ、骨と鬼の絡みとか。

 

「最初はこれを楽しんで読んでいたのですが……リュウマ様がモモンガ様から寵愛を受けているかと思うと……」

「ねぇよ!!」

 

 思わず突っ込んでしまった。しかし、当然だろう!?俺、DTだけどホモじゃねぇし!餡ころもっちもちさんとBL談義に花を咲かせてたっちさんにドン引きされた事もあるけど、ホモじゃねぇし!

 

「そう、なのですか?」

 

 

 なんで不思議そうに言うの?俺、そんな目で見られてたの?やめて、メイドの前を歩けなくなる。

 

「そうだ。これは、あ~、たぶん餡ころもっちもちさんが書いて置いておいたもんじゃないかと思うが、決して事実ではない。分かるか?事実じゃないんだ」

「安心しましたリュウマ様、モモンガ様もそちらの趣味があると言う訳では無いんですね?」

「ああ、そりゃそうだ。むしろ、あの人はおっぱ……ゲフンゲフン胸の大きい娘が好みのはずだ」

「まことでございますか!?」

「お、おう。……なぁ、アルベド」

 

 目の前で嬉しそうに可愛らしく跳び跳ねるアルベドを見て、ああ、やっぱりね、っと納得が行った。

 

「モモンガさんを愛してるんだな、お前」

「もちろんですわ、リュウマ様。あのお方は、私が愛を注ぐ唯一の人……あ、いえ、リュウマ様に愛を注いでいないわけではなくてですね」

「分かってる分かってる。そうかそうか」

 

 少し厄介な事になったかな?いや、これは……面白いことになってきた……!

 

「そうか、ならばアルベド、お前と茶釜さんはライバルだな」

「やはり、そうでしたか……くふふ、しかし、これで私の勝ちは揺らがないわ…!私の方が!断然!胸が大きいのですから!」

「いや、茶釜さんは胸とかそういう問題じゃないと思うが……しかし、悪いことをしたな」

「はい?ええと、どういう意味で?」

「今、モモンガさんと茶釜さんが、夜空デート中」

 

 綺麗な顔が一瞬でムンクに!絶望とはここまで顔を崩すのか、恐ろしい、気を付けよう。

 

「ど、どどどどど、どういうことでございますか!?返答によってはドタマカチワリましてございますよ!?」

 

 カクカクシカジカシカクイパンツハスポンジボブ

 

「な、何てことなの」

「急いでいくといいぞアルベド」

「ええ、ええ!もちろんですわリュウマ様!それでは失礼いたしますリュウマ様!!」

 

 スカートの裾を大きく乱すことなくアルベドが走り出す。と、思ったら、唐突に立ち止まりこちらを振り向いて一礼。

 

「どうした?」

「リュウマ様の配慮、感謝いたします。胸の支えが取れたようです。これからも、色々と相談に乗ってくださいましね?」

 

 そこまで言って今度こそアルベドは駆け出していった。『抜け駆けなどさせんぞおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………!』と、聞こえてきたが、とりあえず気にしない。

 色々分かったこともあるが、とりあえず早いところセバス達に合流しよう。

 上で修羅場が発生するかもしれないが、それもまた一興。

 俺は少し晴れやかな気持ちで、モモンガさんの部屋に足を向けるのだった。

 

 

 

 あ、同人誌、回収忘れた。

 




素早く出来上がったぜ、フ~。

荒いけどね。

次回はモモンガさんと茶釜さんのターン。

……やっぱりあんまり話が進まないね、しょうがないね(笑)


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6,デミウルゴスの深読み①

前回、モモンガさんと茶釜さんの番だと言ったな。ありゃ嘘だ。

ごめんなさい。

デミウルゴスを書きたかったんだ、練習のために。


「おや?モモンガ様とぶくぶく茶釜様ではありませんか。このような場所で如何なされました?」

 

 地表部にまさか偉大なるお方お二人がやって来るとは……よもや、このデミウルゴスになにか落ち度があったのでしょうか……? 有り得る話です。モモンガ様もぶくぶく茶釜様も、その叡知は測り知れず私のような下僕では見落としがちな事があったのかもしれません。

 いや、これは間違いなく確実に私になにか落ち度があり、お二方共に私を叱責するために此処へ来られたに違いありませんね。

 いや待てデミウルゴス。もう一度考え直すのだ。私を叱責するためだけなら何も御二人で来られる理由がないのでは無いか?御二人で来られる、ここにヒントがあるはずだ。そうだとも私。叱責するためだけならば私を呼び出せば事足りる、ならば叱責ではない。叱責ではないならばこのお二人がやって来る理由とはなんだ?

 考えうるのは、まず抜き打ちの全体視察と言うところか……。モモンガ様はこの非常事態に見舞われたナザリックを憂いておられる、ならば全ての僕が自らの思いを汲み取り自らの想いのままに動いているかどうか、それは気になるところであろう。しかし報告書は常に提出させていただいているが…j…なるほどそこに不備があり、完璧を求められるモモンガ様は自ら足を運び視察に来られた、そう言うわけなのですか。お優しいお方だ。

 しかし、ぶくぶく茶釜様は何のためにここに来られたのであろうか?無論、ぶくぶく茶釜様もモモンガ様に負けず劣らず深い叡知と果ての知れぬ優しさを兼ね備えた至高のお方、ならばやはり私の気付かぬところで不備があったと、そう言うわけですね。しかし、報告書のチェックはモモンガ様が主導で行っておられるはず、どこでその不備をお知りになられたのか?いや、そうか。ぶくぶく茶釜様は常にモモンガ様の隣におられるお方、御二人でその不備を見つけられ、ここまでいらっしゃった、とそう言うわけですね。

 いや、いやいや、待つのだデミウルゴス。重要な事を忘れている。アウラとマーレが言っていたではないか。ぶくぶく茶釜様はモモンガ様に恋慕を募らせていると。ふむ、だからこそぶくぶく茶釜様は常にモモンガ様のそばにおられ、その身を盾にしてでもモモンガ様を護られる決意をなされておられる、モモンガ様もぶくぶく茶釜様の思いを汲まれ、二人一緒に行動しておられる、そう考えるのが妥当ではないか?

 はっ!今、私の頭脳に万雷の撃滅が落ちた!そう言うことでしたか、そう言うことですか。まさかお二人が逢い引きの真っ最中とは。このデミウルゴスの目を持ってしてもすぐには見抜けませなんだ。(この間0.3秒)

 

「なるほど、そう言うわけですか」

「……えっ?あ、あぁ、いや、そう言うわけなのだ、デミウルゴス」

「しかし、そういう理由とは言え、共の一人も連れずと言うのは如何なものでございましょう、モモンガ様。無論、ぶくぶく茶釜様がおられるのであれば、下僕など何の役にもたたないでしょうが、やはり体面と言うものもございますので」

「うん?いや、そ、そうかもしれんが、今日は二人で内密に、え~と」

「うん、そう!モモンさんと内密に、そう、あれしてるのよ!智将デミウルゴスなら、分かるわよね!?」

 

 やはり逢い引き中でありましたか。しかし、ならば何故言葉を濁されたのか?いや、いやいや、待つのだデミウルゴス。逢い引き中であったと仮定しよう。このいと尊き御方がただそれだけの理由で言葉を濁されるか?否、断じて否である!ではその裏に何を隠しておられる?

 ……なるほど、効率を考えられたわけですね。確かに、愛し合うお二人が逢い引きするのは当然、いえ、我々が密かに計画しているお世継ぎ計画においてはそうでなくてはならないこと。よもや、そこまで考えられて行動されているのか!?スウィート、正に深淵の知謀であらせられるお方。よもや、お二人が共に行動し共に歩むのをお見せになることで周囲に自分達が言外に夫婦であると言うことを知らしめつつ視察を終わらせようとするとは。なるほど、一つの動きで二重三重の効果を発揮させようとは、このデミウルゴス、感服するばかりです。(この間0.2秒)

 

 

「ええ、分かりますともぶくぶく茶釜様。しかし、やはり供も連れずと言うのは如何なものかと存じますが」

「ええ!?いや、それはそうかもしれないけど……」

「デミウルゴス、お前なら分かるであろう?我らがなぜ供を連れずに此処へ来ているのかそこにどういう意図があるるのか、をな」

 

 むっ!よもや先程までの考え以外になにか思惑があると!?いや、そうか、いと気高きお方があのような浅い考えで動くわけがない。すると……。

 はっ!私の頭の中で朱の新星!つまり供を連れずに視察する事により配下の者一人一人に自分達の存在を教え込み、ただでさえ盤石の体制を更に強固な物へとするおつもりか!いやしかし、それだけかデミウルゴス、それだけではない筈だ。いや、そうか。以前モモンガ様は仰られた。自らの目で見た物よりも正しく物事を推し量れる物はないと。その為、自らの思考の妨げになるかもしれない言葉をはく下僕をつれられない、否、連れていけば自分の思惑以上の煩わしい情報が入ってきて正しく物を見ることは不可能、そう判断されたのか。そしてぶくぶく茶釜様だけをお連れになられるのは、恐らくお二人の視点が同じものを見ているため、下僕や我々では分からぬものが見えると踏んだから。グレート、流石至高のお方、その深謀遠慮、感服するばかりです(この間0.2秒)

 

「そう言うわけですかモモンガ様、感服致しました」

「えっ!?あ、う、うむ、分かってくれたのなら嬉しいぞ、デミウルゴス」

「有り難きお言葉。しかし、苦言を呈するのをお許しになられるのであれば一つ」

「うむ、言ってみるがいい」

「いかに至高のお方がそのような事をお考えになっているとは言え、やはり僕の一人もお連れにならないと言うのは看過しかねます。どうか、このデミウルゴスをお連れくださいませ」

「……分かった、供を許す」

 

 ふぅ、なんとか供を許されました。しかし、これだけの計画をたてているとは、流石至高のお方である。私もこれから精進をせねばならないでしょう。

 私は一人、お二人の背中を見ながら決意するのであった。

 

 

 




おかしいなぁ、デミウルゴス、こんなキャラだっけ?

今回は短いよ。

次回は今度こそモモンガさんと茶釜さんのラブい話だよ。

たぶんね。

感想をくれた方、評価をくれた方、お気に入り登録をしてくれた方、ありがとうございます。励みになります。これからもどうかよろしくお願いします。


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7,月夜のおデート

ラブいイベントの始まりだよーーーーーーー!!





嘘!!





 デミウルゴスをお供に、私たちは現在ちょっと高いところから全体の作業を見守っている。

 この作業、言葉で言えばすごく地味なんだけど、いざやるとなればそれはそれは労力のかかることになるだろう。

 ナザリックの外壁って、思えばとんでもなく長い、広大、高いなんだよね。だから、こうやって土を被せて周囲からすぐにそれとはわからないようにカモフラージュする、と。

 〈 大地の波 〉、それを特殊技能で範囲を拡大しクラススキルまで使用し、大地そのものを壁に叩きつけてカモフラージュしようとは、いやはや、私が創造、いや、違うなぁ、私が産んだ子、マーレは凄いなぁ、有能で可愛い!私の自慢の子供だよぉ。

 

「流石マーレですね。壁の隠蔽工作は、あの子に任せていれば問題なさそうですね」

「そりゃぁもう、自慢の子供ですから!」

 

 マーレが褒められて私も鼻高々さ。しかし、大地を動かした後の剥き出しの地面はどうするのかな?抉れてると言うか、地形そのものが変わっちゃってるんだけど。

 

「モモンさんモモンさん。あのめくれ上がってむき出しになった地面はどうするの?」

「あれに関しては、アンデッド系のモンスターやゴーレムなんかを駆使して、整地、及びドルイド系魔法によって草を生やしたり丘を作ったりして偽装するんですよ」

 

 なるほど、そう言えばそんな話をしてたようなしてなかったような?私は考えるのが仕事じゃないからね、基本は。大規模戦闘の指揮とかはとれることはとれる。だけど、やっぱり上には上がいるんだもの。例えばぷにっと萌えさんやタブラさん、たっちさんに、そしてモモンガさん。超級の指揮官に囲まれてる私はよくて一流ってところだからね。

 とりあえず、一応私だって上に立つ存在なんだから、活躍している子にはなにか褒美をあげたいと思っています。

 その旨をモモンさんに伝えると、確かにと頷いてくれた。さすモモ、よく分かってるぅ。

 

「何をあげるのがベストかなぁ。モモンさんはどう思う?」

「うーん、マジックアイテムなんかはどうですかね?」

「あの子が喜ぶようなマジックアイテムってなんだろう?ウ~ン、ねぇデミウルゴスはなんかアイデア無い?」

「お二人がお声をお掛けするだけで、十分な褒美になると思いますが。特に、彼の創造主であるぶくぶく茶釜様にお声をかけていただければ、それだけで働きに見合ったものになると、私はそう愚考します」

 

 そういうもんかなぁ?私が首を捻っていると、モモンさんが何かを思い付いたらしく耳打ちをしてくる。いや、そこが耳なのかは知らないけど。

 

「〈リング·オブ·アインズ·ウール·ゴウン〉をあげると言うのはどうでしょう?」

「?理由は?」

「労うと言う意味ももちろんありますけど、ほらナザリックは広いじゃないですか。緊急時の移動を行うのにこれ以上便利なアイテムはありませんって」

 

 さすモモ!二手三手先を考えるなぁ。私も色々考えなきゃいけないなぁ。色ボケしてるだけじゃ駄目だろうし。

 

「モ、モモンガ様にぶくぶく茶釜様、よ、ようこそおいでくださいました!だ、だい、第六階層守護者、マーレ·ベロ·フィオーレでしゅ!」

「んっんん!そんなに畏まらなくて良いぞマーレ。自然体で接してくれ」

「そ、そんなことは出来ません!お姉ちゃんもそうですけど、そんな失礼なことをしてはいけないのです!」

「え?マーレ、お母さんでもある私にもそんな畏まった姿勢で接してくるの?」

「ひゃい!?いいいいいいえええええ、そのあの、そ、そのような、えええ」

「よろしいですか?モモンガ様、ぶくぶく茶釜様?」

「うん?なんだデミウルゴス?」

 

 なんだろうデミウルゴス。何か良からぬ事をマーレに吹き込むの?

 

「マーレ、よく聞いてください」

「な、なんでしょうか?」

「お二人は、公務や何らかの作戦を行っていないときは、自分達を父親母親だと思いなさい、そう言ってくれているのだよ。君は、父親と母親に敬語を使うのかね?」

「い、いいえ、たぶん、つかいません?」お

「そう、だからこそ、公私を使い分け、公の場では今まで通り、そして私的な場では崩して接するようにすればいいのだよ。分かるかね?」

「わ、分かります、分かりますけど、それは不敬にあたるのでは?」

 

 マーレがそう言うと、デミウルゴスが確認するかのようにこちらを見た。

 

「大丈夫だよ、マーレ。むしろ、マーレにずーっと敬語使われる方が、私はしんどいな」

「私もそれは同じだ。うむ、では公の場ではいつものように、私的な時には気軽に接するように」

 

 とは言え強制ではないからな?と言うのを忘れないモモンさん。

 

「さて、では当初の予定通り、茶釜さん」

「あ、そうだね。ゴホン。では、マーレ、あなたがやっていることは、このナザリックの防衛上非常に重要な事をやってくれています。そこで、私とモモンさんの間で話し合った結果、これをマーレに進呈します」

 

 百年くらい前の某猫型ロボット( あれは絶対タヌキだと思うんだけど)の如く、私が体内から取り出した指輪を見て、マーレとデミウルゴスが目を丸くする。

 

 そこからが少々大変だったが、割愛する。指輪が間違ってる間違ってない、至高のお方の持ち物がどうのこうのと言う言い合いの末、なんとかかぁいいマーレに指輪を受け取らせることが出来て万々歳である。

 

「いやぁ、大変だったねモモンさん」

「本当ですねぇ、茶釜さん」

 

 そんな事を言い合いながら、私達はナザリックから少し離れた草原を歩いていた。途中までついてきていたデミウルゴスは、誰かから連絡が入ったらしく、血相を変えてナザリックへと文字通り飛んで帰ってしまった。

 お陰で、月明かりの下、モモンさんと手を繋いで……いや、手と触手の一本を繋いで、和やかでいい雰囲気の中

お散歩できていると言うのは大変に気分が良いものだ。そもそも、この世界に来てからと言うもの、実務的なお話は出来てはいるものの、こういう和やかな雰囲気の中、なんでもない、ゲームの中で話していたときのような時間をとることが出来ないでいた。それだけじゃなくて、モモンさんはちょっとピリピリしていたんだと思う。

 ギルドマスターであり、今はこのナザリックの全NPCの頂点、指導者と言う立場になって、精神的にも余裕がなくなってるのかと思う。そんなおり、この時間を用意したリュウマ、グッジョブ。褒めてつかわす百万年無税。

 

「この星空をブループラネットさんに見せたかったですね」

 

 空を見上げながら、モモンさんが呟くように言った。それに釣られるように、私も空を見上げ息を飲む。

 天然の本当の星空は、どこまでも広く、どこまでも突き抜けるようで、言葉に言い表せられ無いくらい綺麗で、そう、言葉にするのが陳腐すぎるほど美しかった。

 

「そうだね、ブループラネットさんなら、この星空を、どんな風に表現したかな?」

「きっと、一言では済まないほどの言葉を並べ立てるんでしょうね」

「あんなゴツい人なのに、ビックリするくらいのロマンチストだったからねぇ、ブループラネットさん」

 

 ブループラネットさんに、この光景を見せたかった。モモンさんは何度も何度もそう言った。私もそう思うよモモンさん。

 それから一杯話をした。たっちさん、タブラさん、ウルベルトさん、るし★ふぁー、糞弟エトセトラ、エトセトラ。そこからNPC達の話になり、二人で草原に座り込んで、周囲を警戒もせず話し込んでいた。正直、中学生か!と突っ込まれそうな微妙な距離感だったけど、割りと満足してる自分がいる。ふむ、まぁ、出来ることなら、男と女の関係ってのも考えたよ?けど、今日はなんかそういう感じでもないから、私は今のこの関係を楽しもう、そう思った。

 

「……ン……!モモ……さ……!」

 

「うん?」

「どったの?モモンさん、なんかあった?」

「いや、なんか俺を呼ぶような声が聞こえたような?」

 

「モモン……さ…!モモ…ガさ…!」

 

「あ、本当だ。誰の声だろ?」

「えーと?」

 

 下ろしていた腰を上げ、モモンさんが周囲を見回した瞬間、

 

「モモンガ様、見付けましたわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 白い影がモモンさんを掠め取った。

 

「は?」

「モモンガ様ぁぁぁぁん♥実に18時間振りでございますわぁぁぁぁぁん♥」

「ちょっ!?アルベドか!?や、やめよ、服を脱がすでない!?」

「ハァハァ、大丈夫ですわ大丈夫ですわ、ちょっと全身ペロペロしてモモンガ様濃縮エキスを採取するだけですわ!」

「い、いやあああぁぁぁ!ちょ、ちょっとやめなさいアルベド!あ、ああああああ!」

 

 う、うおお、なんだこの展開は、どうなっているんだ、私はどう反応を示せばいいんだ。そうか、星を数えればいいのか、分かったぞ。

 

「ハスハス、モモンガ様のいい香り!」

「ちょ、ちょっと待てアルベド!や、やめ、いや、そこはやめて……!」

 

 ……現実逃避しててもしょうがないな。我に帰って見てみれば、絶世の美女は、逃げるモモンさんのお尻の辺りに顔を突っ込んでモゾモゾしてた。

 しょうがないから、私はアルベドの背後に回り、全身に触手を巻き付けてそこから引っ張り……すごい力だなこいつ!地面に爪を食い込ませて耐えるんじゃありません!くっ!モモンさんから引き離せない!

 

「モモンさん、強化魔法を!」

「あ、ああ……うわぁ!そんな所を舐める、アヒィ!くっ!〈上位筋力強化〉!」

 

 私の体が緑の光に包まれる。触手がムキっと一回り大きくなって、アルベドをモモンさんから…更に力が上がっただと!どうなってんのこの子!巧みにモモンさんの動きを押さえ込みながら拳と両足首までを地面に突き刺し耐えるアルベド。くそ!何てしぶとい!だがしかし!

 

「これなら、どうだ!?」

「ぐぎゃ!」

 

 私の武器であり防具である盾を取りだし、特殊技術を使ってアルベドを数メートル吹き飛ばす私。数メートル先まで吹き飛んだアルベドは、しかし空中で身を翻し、肉食獣のように華麗に四肢を使って着地、そのまますっくと立ち上がってニコリと微笑んだのだった。

 

「何をなさいますかぶくぶく茶釜様。危ないではないですか?」

「お前が言うな!」

 

 本当に、なんでこうなった?

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 リュウマ様からモモンガ様を全力で愛するようにと言う、命令と言うよりも言外に『モモンガさんとの恋愛を許可する。俺が後見人になってやろう』と言う許可をいただき、私は全力で第一階層を駆け抜けていた。

 

「あら?アルベド、どうしたでありんす?」

「今、貴様にかかずらわってる暇はない!」

 

 何かヤツメウナギが声をかけてきた気がするが、私には関係ない。全力で無視して駆け抜ける。ヤツメウナギがなんか叫んでたけどそれも無視!

 とにかく私は中央霊廟抜け、外への入り口の付近に立つ魔将三人を見つけるとかかとでブレーキをかけそいつらの前で急停止、即座にそいつらの所属を確認する。

 

「デミウルゴスの所の下僕ね!?死にたくなければモモンガ様がどこに行ったのか答えなさい!」

「これはこれはアルベド様、いきなりなにごt「死にたいの!?」いえ、モモンガ様は少し前、ぶくぶく茶釜様とデミウルゴス様を連れて、マーレ様の元へと……」

「外ね!?待っていてくださいませ、モモンガ様ーーーーーーー!!」

 

 言うのが遅いのよ、嫉妬の魔将め!百万年増税!

 そのまま駆け抜け作業を一旦休んでいるマーレ発見!

 

「マーレ!モモンガ様以下略」

「え?ええ?……も、モモンガ様とぶくぶく茶釜様は、ぼ、僕とお話してくれた後、お、お散歩に出掛け、ましたよ?」

「そう、どっちへお二人は行ったのかしら?」

「ええと、あっち、ですよ?」

「!?」

 

 その時、私は見てしまった。マーレが左腕を上げて指差した方向ではなく、そのホッソリとした薬指にはまっている指輪、〈 リング·オブ·アインズ·ウール·ゴウン〉に!

 

「ま、ママママ、マーレ!?そ、その、指輪は?」

「え?あ、はい。頑張っているご褒美と、これから色々な事態があるだろうから、これから守護者に渡す予定だと、その、も、モモンガ様がおっしゃられて、エヘヘ」

「あ、ああ、そういうことなのね。まぁ、確かにマーレは頑張っているものね。これからも、一緒にモモンガ様のお力になりましょうね?」

「はい!」

 

 ふふ、マーレはやっぱり可愛いわね。私も、モモンガ様との間にこんな子が欲しいわね。

 

「ではマーレ、私はモモンガ様を追いかけるわ。後はよろしくね」

 

 マーレの返事を聞くことなく、私はダッシュでモモンガ様を追いかける。

 月のきれいな夜。きっと、天も私を祝福しているのね。

 ふふ、見てなさいぶくぶく茶釜様、あなたには色々言いたいこともあるけど、モモンガ様を愛しているこの心だけは負けないわよ。

 

「お待ちなさいアルベド」

 

 その言葉と同時に、目の前に炎の壁がそそり立った。舌打ちと共に踵でブレーキをかけ、半身を開いてこの魔法を行使した奴を睨み付ける。

 

「何かしらデミウルゴス?」

「この先では、モモンガ様とぶくぶく茶釜様がデートをなさっておられる。この先に進むことは、不敬に値しますよ?」

「そう、この先でデートしているのね。ならば、それを阻止するのが妻たる私の勤め!いかに同じ守護者と言えど、止めることはできないと思いなさい!」

「!?何を言っているのですアルベド!それは反逆ですよ!?」

 

 珍しいことに両目を見開いてデミウルゴスが私を糾弾する。しかし、私はそれを鼻で笑い飛ばす。

 

「反逆ですって?私は、至高の四十二人のお一人であるリュウマ様から『俺がモモンガさんとの恋愛後見人になってやる。安心して恋愛してこい』と、そう言われているのよ!」

「な!?し、しかし……!」

「ここで私を阻止するのは、それこそ反逆、そうではないかしら?デミウルゴス?」

「う……だが!?」

「隙有り!」

「なっ!?うおっ!?」

 

 私の言葉に隙を見せた一瞬を狙って、懐に潜り込んだ私は高く振り上げた両足でデミウルゴスの頭をはさみ、後方回転、地面に頭を叩きつけ、そのまま頭だけ地面にめり込ませた。

 

「恋する乙女は止められないわよ、デミウルゴス?」

 

 ピクリともしなくなったデミウルゴスを残し、私は再び走る。

 

「モモンガ様ーーーーーーー!!モモンガ様ーーーーーーー!!」

 

 走りながら愛しいお方の名前を叫ぶ。

 

「モモンガ様ーーーーーーー!!愛しておりますーーーーーー!!」

 

 告白の練習も欠かしてはいけないわよね?

 

 そして丘の向こう、そこに月光を反射して立つ偉大なお方の姿が。ああ、ああ!

 

「モモンガ様、見付けましたわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「つまり、アルベド、お前は私達が心配だったから、ここまで走ってやって来たと?」

 

 目の前で正座をさせたアルベド、あんまりシュンとしてないな。まるで、怒られることもご褒美ですと言い出しそうな気配だ。いや、これ言うんじゃねぇの?

 

「はぁ…アルベドよ、よく分かった。後でちゃんと話を聞くから、とりあえず立ち上がるがよい」

「はい!モモンガ様!」

 

 機嫌よく立ち上がり、アルベドが私の右側に立ち、左側に茶釜さんが立つ。

 

「それで、モモンガ様は、もうお散歩はされないのですか?」

「ん?そうだな……」

 

 アルベドの問いに、少し考える。茶釜さんとの会話で、大分気が楽になっている。とは言え、こんな綺麗な夜をこのまま見納めにするのも少々もったいない気がするのも事実。

 

「もう少し、今度は視点を変えて、散歩でもするとしようか」

 

 それにリュウマからの注文もあるし。

 そう思いながら、俺はアルベドと茶釜さんを両手で抱き締める。

 

「きゃっ……!」

「ああん♥」

 

 なんか小さく二人が声を上げるが、無視。なんかアルベドの柔らかい所が色々なところに密着して形を変えるが、それも理性で無視し〈飛行〉を唱えて空へと舞い上がる。

 すぐに視界の端から木々が消え、目に映る景色はそれこそ虚空の中に淡く瞬く星と月だけになった。

 

「本当に綺麗だ。宝石箱をひっくり返したようにキラキラと…いや、そんな表現はチープだな。この美しさは、どのような言葉を尽くしてみて言い表せないだろう」

「本当でございますね、モモンガ様」

「うん、この星空全部を私たちの物にしたいね」

 

 茶釜さんが冗談めかして言う。俺が笑う。それにつられてアルベドも笑う。

 

「そうですね。そうするなら、世界征服なんてのも悪くないですね」

 

 ウルベルトさんや、るし★ふぁーさんが言ってた台詞を思いだし、思わずそう口にした。だけど、そんなのは馬鹿げてる。第一メリットが少ないし。

 そこまで考えて、俺は実にその考えが無粋だと思った。

 こんなに綺麗な夜空なんだ。三人でのんびり楽しむのも、一興じゃないか。

 

 

 

「そう言えば、デミウルゴスどこに行ったんだろ?」

「ああ、実は伝言にも出ないんですよね。アルベドは何か知らないか?」

「……知りません★」

 

 

 




ラブいイベントとか、やり方が分からない。

今の私にゃこれが精一杯じゃよ。

なんか思い付いたら加筆するかも。

いや、しないかなぁ?

お気に入り登録が七十件をこえましたー、ありがとうございます!
気に入らないことやこうした方がいいみたいな意見を感想に書き込んでくれると、私が血涙流して喜びます。

次回はようやくカルネ村です。……たぶん。


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8,幕間 恋愛後見人

気がついたら書いてた。

そして文章がグダグダだ。

泣きたい……。






 何がどうしてこうなった。

 僕が部屋でユリとお茶をしていると、茶釜さんを小脇に抱えたアルベドが『お話があります!拒否権はない!』と、本当にこっちを敬っているのはどうか分からないようなことをほざきつつ、僕のユリにお茶とお茶菓子を用意するように申し付けて、現在、テーブルを挟んで僕の前に座っている。

 しかし、話とはなんだろう?実務的な事はモモンガさんと茶釜さんに任せているし、リュウマと僕はどっちかと言うと何かあったときにすぐさま動けるようにリラックスして待機するのが仕事なんだけど。

 

「失礼いたします、お茶とお茶菓子をお持ちしました」

 

 ナイスタイミングだユリ。さっきから妙にぎすぎすした空気が充満してて、気が滅入っていたんだ。どうせだったら一緒にいてくれればいいんだけど。

 目の前に運ばれて来た紅茶を一口音もなく啜り、アルベドは数回虚空に目をやり、そして茶釜さん、ついで私を見て、大きく息を吸い込み、吐き出し、もう一回同じ動作を繰り返し、少し鋭い視線で私たちを見た。

 

「まずは、お二人に聞いていただきたいことがございます」

「うん?何々?神妙なお話?」

「茶釜さん、茶化さない。…アルベド、話してもらえる?」

 

 真剣な表情のアルベドを茶化そうとする茶釜さんをたしなめ、アルベドに話をするようにすすめる。

 

 一通り話を聞いて、この部屋は静寂に包まれていた。茶釜さんは驚きに、アルベドは死刑を待つ罪人の顔で、ユリは至高の方々に対する不敬を守護者統括が心に抱いていた事による驚愕からだろうな、と、思う。

 ちなみに僕は別に怒ってもいないし驚愕もしていない。むしろ呆れていると言ってもいい。

 

「至高の方々にこの様な感情を持つなど、守護者として失格。お二人が私の首を跳ねたいと申されるのでしたら、私はそれを拒むつもりはありません。如何様にもお好きなように」

「……では、アルベド、僕から質問があるんだけど、構わないかな?」

「?はい、何なりとお聞きください」

「うん、ありがとう。では、まずは一つ。なぜ、その話を僕や茶釜さんにしたのか。二つ、なぜそんなことでそこまで気に病んでいるのか…まぁ、今のところ気になるのはその辺りかな?」

 

 アルベドが、なぜか目を見開いた後、穏やかに微笑んだ。なんだろう、そんなに妙なことを言ったかな?あれ?ユリまでなんか妙な目で見てる。

 

「はい、では最初の質問にたいしてお答えしますね。この話、実はリュウマ様に先にいたしまして、お二人に胸襟割って話をするようにと、アドバイスをいただきました」

「なるほど。それで、ちゃんと想いの内を話せた?ああ先に僕の答えを言っておくと、それは、君が抱いている感情であるならば、しょうがない。許すも許さないもないよ。ただ、もう一つ言っておくなら、僕は君と仲良くしたい。これからは一緒にすごすんだ、ギスギスするのは避けたいからね」

 

 そう言って、お茶を一口。美味しいね。さすがユリ。いや、ユリがいれたかどうかは知らないけどね。

 

「リュウマ様にも同じような事を言われましたわ。二つ目の質問に対しては、私が貴女方に仕えるように創られたから、そうお答えしましょうか」

「それは、僕に対してだけじゃない?」

「全くもってその通りですね。だからやまいこ様、どうか罰をいただけませんか?」

「……」

 

 僕は考える。罰とは言っても、僕はそれ自体になんとも思ってない所がある。むしろ納得できるだけの話だし。

 実のところ、前もってリュウマが教えておいてくれたことだから、驚きなんて欠片もないし、彼女がどういう思いでいたかも分かってる。だから罰らしい罰なん思い付かないんだけど。

 

「やまいこ様?」

「よし、じゃぁアルベド。罰を申し伝えるよ」

「!はっ!何なりと!」

「この話を外へ公表しない事、これからは僕達にちゃんと仕えること。そして、僕とは友達になること、いいね」

「!?しかし、それは……!!」

「しかし、は無し。ついでにこう言う場なら敬語も要らないよ、アルベド」

「……分かりましたやまいこさん。公の場ではいつものように対応させてもらうわね」

「是非、そうして」

 

 ユリも分かった?そう問いかけると不承不承ユリが頷いてくれた。良かった良かった。

 さて、ここで問題になるのは、さっきから沈黙し続けている茶釜さんだね。

 

「ねぇ、アルベド」

「なんでございましょうか、ぶくぶく茶釜様?」

「アルベドは、その、モモンガさんの事、好きなの?」

「ええ、もちろんですわ!好き、そんな言葉で言い表すことができないほど、私はあのお方を愛し、敬愛し、尊敬しておりますの!ぶくぶく茶釜様、いいえ、茶釜さん、あなたはそうではないのですか?」

「……それは……」

 

 茶釜さんは言葉をつまらせる。普通に喋る分には大丈夫なのだけど、茶釜さんは一度そういう要素が絡むと、途端に中学生になってしまう部分がある。下手すれば、昨今の小学生にだって劣るんじゃない?

 アルベドの言葉は、パッと聞いただけでは茶釜さんを追い詰めているようにも聞こえる。だけど、実際は茶釜さんを発奮するために言ってるんだろうなぁって気がする。……当事者にすれば、追い詰められているように感じるだろうけど。

 

「……まぁ、答えを聞きたいわけではないの、茶釜さん。私は、正々堂々、あなたと正妻の座を争いたい、そう思ってるの。その上で仲良くできたら最高じゃないかしら?」

「うん、まぁ、そうねぇ……ねぇ、アルベド」

「一応、ライバルで友達って事だからさぁ」

「そうね」

「ちょっとコンプレックスの話になるけど、聞いてくれる?」

 

 僕は一つため息をつき、ユリに紅茶を頼もうと後ろへ向くと、そこに立っていたはずのユリがどこにもいなかった。はて?いったい、いつ出ていったのやら?

 疑問に思いながら、僕は立ち上がって紅茶のポットを手に取ると、自分のグラスに注ぎふと、思い付いた。こう言う話をするときは、やっぱりお酒じゃないだろうか。そう思いながら、僕はアイテムボックスからワインを複数本取り出すのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「いや、何を言ってるんだ、お前は」

 

 唐突に俺のもとに訪ねてきた、プレアデスのユリ·アルファがよく分からないことを言った。と、言うか、アウラと見回りの話をしている最中に話しかけられてどんな反応を返せと言うんだ。

 

「ですから、ぼ……失礼、私たちプレアデスや一般メイドに至るまで、格上の方々と恋愛は出来ますか?そう聞いておるのでございますリュウマ様」

「えーと、リュウマ様、私、席をはずした方がいい?」

「いや、別に席は外さなくても構わぬ」

 

 むしろ逃がさない。絶対にだ。

 

「一応聞いておこう、なんでそんなことを聞くんだ?」

「先程アルベド様から、リュウマ様に恋愛後見人になっていただいたとお聞きしましたので、その辺りの事を詳しくお聞きすると同時に、出来れば私の後見人にもなっていただきたいな、そう思いまして」

 

 いやいや、そう思いましてじゃないよ。なんでそんな話になってるんだよ意味わかんね。アルベドには、『なんかあったら相談してね?』位の気持ちで言ったのに、どんな脳内変換してるんだよ。まぁ、思春期のお嬢さんなんか、そんなもんかもな。

 煙管を取りだし刻み煙草を押し込み火をつける。芳しい煙を堪能して口から吐き出し、ユリ·アルファを見る。表情は真剣そのもの。

 

「恋愛後見人にはなれない、と言うかなった覚えすら無いんだが。とにかく、恋愛に関しては自由だ。そこに至高のお方とか守護者だとかメイドだとか、そう言う垣根は無いと思え」

「では、性別の壁はいかがいたしましょう?」

「性別の壁ね、性別は…はぁ?」

「私が愛しいと思っている方は女性なので、その辺りはどうなのかと」

 

 ……やまいこさんは、この子にどんな設定を生えさせたのやら。

 

「あーうーん……ちなみに聞くが、相手は誰だ?」

「えっ!?あ、いえ、答えなければならないのですか?」

 

 むっ、やまいこさん並みにクールなユリの表情が珍しく崩れた。つまり、それだけ知られたくないってことか。

 

「あ、いや、言いたくないなら言わなくていい」

「そうですか、安心しました。それで、同姓同士というのはどうなのでしょう?」

「いいんじゃないの?」

 

 もう、面倒くさいから適当に返す。なんかホッとしたような顔で礼を言われたが、なんだろうな、これ。

 

「リュウマ様ぁ、いくらなんでも適当に答えすぎじゃないですかぁ?」

「いいだろ、別に。とりあえず、明日からは、ここから十キロ圏内の調査に入るから」

「あ、はーい、了解です♪ところでリュウマ様?」

「なんじゃらほい」

「私がぁ、恋愛相談とかしたらぁ、相談に乗ってくれますぅ?」

「……時と場合による」

 

 こう言う話に乗ってくると言うことは、やっぱりアウラも女の子だなぁ。

 

「え~、そこはもっと親身になって聞いてくださいよぉ」

「分かった分かった。じゃぁ、その時がk「わっちも相談にのってほしいでありんす」誰だよ」

 

 シズシズと歩いてくるのはシャルティアだった。まぁ、第一階層で話してるんだからそりゃぁ現れるわな。

 てぇか、アウラ、隣で「げっ」とか呟くな、怖い。

 

「ご機嫌麗しゅう、我が主人様」

「挨拶なんかどうでもいいでしょう!?どうせさっきの話、立ち聞きしてたんでしょうが!」

「あらぁ、おちび、いたでありんすか?小さすぎてよう見いせんしたから、挨拶が遅れてもうしわけありんした」

「はぁ!?あんただって似たようなもんでしょうがこの偽乳!」

「うるさいでありんすよこの糞餓鬼!」

 

 なんでこいつら出会うなり喧嘩してるんだ?まぁ、喧嘩するほど仲がいいとは言うけどな。

 

「それでシャルティア、相談なんだろう?てか、相手はモモンガさんだろ?」

「さすが至高のお方、よく分かってらっしゃる。それで、わっちはどのように迫ればよろしいんでありんしょ?」

「……お前の能力を駆使して、このナザリックのために働けば、結果はついてくると思うけどな?」

「そこをもうちょっとなにかアドバイスが欲しいんでありんすが……」

 

 なんだろモモンガさん、ここに来てモテ期なんだろうか?あ、ティンと来た。

 

「……モモンガさんはああ見え押しに弱い。だから押して押して押しまくればいいと思うぞ。その際、茶釜さんとアルベドが壁になるから気を付けろ。時には引くことも重要だ。そして、何より茶釜さんに宣戦布告してからせまること。以上だ」

「なるほど、押しの1手でありんすね!分かりましたわ!」

 

 踊るようにくるりとその場でターンし、シャルティアは美しい顔になんとも言えない笑顔を浮かべて、

 

「これでモモンガ様の寵愛はわっちのもの、クフフ」

 

 と、言ってる。うん、もう好きにさせよう。

 

 生暖かく見守っていると、シャルティアは気合いの入った表情で礼を言いながらシャナリシャナリと歩いてこの階層から出ていったらしい。

 

「リュウマ様、とめなくていいんですか?」

「ああ、問題ない」

 

 たぶん、その時俺は満面の笑みだったと思う。

 

「リア充爆発しろって言うだろ?」

 

 たぶんモモンガがストレスで爆発すると思う。いい気味である。

 

 

 

 

 

 後日、俺はナザリック中のNPCから恋愛後見人に認定されることになる。

 

 なんでこうなった。

 

 




グダグダ過ぎる。

けど書いたから投稿しちゃう。

これが、俺の力量か……!

次回、今度こそカルネ村編。


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9,人であること①

ちょっとお堅い文章を目指してみました。







 モモンガが椅子に座り、鏡に向かって妙なポーズをとっているのを、プレアデスの一人、ルプスレギナ·ベータを連れたリュウマは、奇異なものでも見たように顔をしかめ、直立不動の姿勢でモモンガの後ろに控えているセバスに訝しげな視線を向けると、その視線に気づいたセバスがリュウマに深々と頭を垂れた。

 

「これはこれは、おはようございますリュウマ様」

「おはようセバス。それで、これは何をやっているんだ?」

 

 いよいよタコ踊りのような様相を呈してきたモモンガを指差し、リュウマはセバスに訪ねる。返ってきたのは完璧すぎるほどの穏和な笑み。

 

「なんでも遠隔視の鏡の操作方法を習得なさっておられるとか」

 

 あのタコ踊りがねぇ? そう思いはすれど言葉にはせず、手近な椅子に腰を掛けながらとりあえずと言う感じでモモンガに挨拶することにした。

 

「おはようさん、モモンガさん」

「あ、おはようございます、リュウマさんっと、こうやると引きになるのかぁ、む、難しい」

「……苦戦してるみたいだなぁ」

「案外難しいですよ、これ」

 

 右手をあげたり左手を下げたり、近づけたり遠のけたりしながら鏡の中の映像を変化させ、ああでもないこうでもないと言いながら悪戦苦闘するモモンガ。それを見ながら、ふと、昨日の夜のデートはどうなったのか気になった。とは言え、どうもそれを聞くような余裕もなさそうではあるので、特にすることもなくモモンガの奇っ怪な動きを観察することにした。

 ちょっとしてから扉がノックされ、やまいこがひょっこりと部屋の中に入ってきた。

 

「おはよう、やまいこ」

「おはよう、リュウマ。ねぇ、昨日、ユリになんか言った?」

 

 疑惑の目で見てくるやまいこから目を逸らし、懐から煙管を取りだし口にくわえる。

 

「まぁ、相談事?みたいな」

「そう……それで、モモンガさん、何してるの?」

「遠隔視の鏡の操作方法を習得しているところでございますよ、やまいこ様」

 

 やまいこの前に紅茶を出しながら、セバスが柔らかい笑みを浮かべながら答えた。

 軽く礼を言いつつ紅茶を一口啜り、三人でモモンガの背中を見守っていると「おっ?おおっ」とモモンガがすっとんきょうな声をあげ、恐らくだが遠隔視の鏡の操作に成功したらしいと三人は思った。

 

「おめでとうございますモモンガ様」

「おめでとー」

「……まぁ、おめでとぉ?」

 

 心から称賛の声をあげるセバス、適当な称賛のリュウマ、なんかよく分からないけどとりあえず称賛するやまいこ、三者三様の声を聞きながら、モモンガはどや顔をしていた、が、誰にも分かるまい。そう思いつつ鏡を操作していくと、森の側の村のような所から黒煙が上がっているのが鏡に写し出される。

 

「火事か?」

 

 いつに間にか背後に来ていたリュウマに少し驚いたものの、モモンガは素早く鏡を操作し写し出される光景をさらにズームする。

 

「祭りか?」

「祭りは祭りでも、血祭りって言うんじゃないかな、これは」

 

 鏡を覗き込んだやまいこがリュウマの後に言葉を続ける。

 映し出されたものは、簡単に言えば虐殺。無抵抗な者を武力持つ者が蹂躙する様だ。

 

「けど、これで知的生命体がいることが確認できたね、モモンガさん」

「ええ。だが、これでは情報の収集なんて出来そうにないですね」

「おいっ、待てお前ら」

 

 世間話でもするようになんの感情も交えない二人に、リュウマが違和感を感じ言葉を止めさせる。

 

「どうしたんですか?」

 

 心底なんとも思ってないような口調で、モモンガがリュウマに問いかける。 その問いかけにリュウマは背筋に寒いものが抜けるのを感じながら言葉を続ける。

 

「お前ら、これを見て、なんとも思わないのか?」

 

 鏡を指差しそう問いかけ、二人の顔を見て愕然とした。顔色が変わることの無いモモンガなら表情の変化が無いのは当然だろうが、やまいこまでもその表情を変えることなく、キョトンとした表情でリュウマを見ていた。

 だが、次の瞬間、二人が口を開けてもう一度虐殺の光景を見て、もう一度愕然とした。

 

「もう一度聞くぞ、これを見てなんとも思わないのか?ルプスレギナ、お前はどうだ?」

「えー?あたしっすかー?そうっすねぇ、なんかこいつら弱そうっすよね?」

 

 鏡を覗き込んだルプスレギナが快活に答えるのに多少衝撃を受けて、リュウマはセバスを見る。一方のセバスは、無表情に佇んでいるが、その拳が固く握りしめられているのを見て、ひとまず安心する。

 

「リュウマさん」

「なんだ、モモンガさん」

「俺、心まで人間をやめたらしいです」

「僕もだよ」

 

 思わず舌打ちをしそうになり、リュウマは逆に口を閉ざした。

 

「この光景を見て、なにも感じないんですよ」

「むしろ、殺された人を見て、虫が潰れた位の気分でしか無いね」

「……俺も似たような感じだな」

 

 今度こそ舌打ちをして、リュウマはもう一度鏡を見る。そこではちょうど男が一人、騎士らしき人物に何度も何度も剣で刺されている瞬間が写し出されていた。

 なにも感じない、それはある意味間違っているとこの瞬間思い知った。先程から脳髄が沸騰するような怒りを感じている。だが何に対してなのか。

 

「人が殺されるところを見たとしても、それこそ虫が殺された程度の憐れみくらいしか感じない……!だが、この騎士共が人を殺しているのを見ると、脳髄が沸騰しそうな程の怒りが沸いてくる……!」

 

 その怒りの源はなにか、頭の冷静なところが考える。簡単だ。虐殺が気に入らない。殺し会うのは百歩譲って良しとしよう。ただ愉悦のために殺しをしているのが気に入らないのだ。

 

「とにかく、この村はもう駄目ですね。見捨てる他はない」

「!?待ってくれモモンガさん! 今すぐ行けば……!」

「駄目です。この世界の情報がもっと集まっているのなら問題はない、だが、ここにある情報だけでは、どんな危険があるか分からない。そんなところに人は送り込めない」

 

 淡々とモモンガは理由までを語って聞かせ、友人を留まらせた。しかし、なにかが引っ掛かった。それはなにか。

 しかし、それはすぐに思い至った。先程ルプスレギナは何と言った?確かこう言ったのではなかったか?こいつらは弱すぎると。無論、純粋戦士系ではないルプスレギナが言った言葉であるが、しかし無視していいことではないと思う。それに、あれは村人のことを言ったのではないか。確認が、必要だ。

 

「ルプスレギナ·ベータ!」

「!? は、はい!」

 

 唐突に名前を呼ばれ、ルプスレギナは一瞬硬直しながらも、次の間にはモモンガの前に跪づき頭を垂れた。

 

「ルプスレギナよ、答えよ。貴様は先程、こいつらが弱いと言ったな?」

「は、はい」

「どちらが弱いと見た」

 

 一瞬だけだがルプスレギナは首を捻った。そんなこと聞かずとも分かりそうなものなのに。いやしかし、ルプスレギナは考え直す。恐らく我らが主人はそこから色々答えを導き出すのだろう。ならば疑問を差し挟むのは不忠に値する。

 

「えっと、それは両方、っすかねぇ?とと、申し訳ありません」

「よい……そうか、両方弱い、か」

 

 ルプスレギナの言葉を聞き、モモンガはもう一度メリットデメリットを考える。メリットに関して言えば、まずはこの世界の情報が手に入る、かもしれない。その上この村の生き残りから感謝され、外の世界への足掛かりとして機能する場所を入手できる、かもしれない。メリットがすべてかもで終わるのがあれだが、悪くないと言えば悪くない。デメリットとしては、もしかしたらあそこにいる奴等の一部だけでも100レベル、もしくはそれ以上のレベルの人間がいるかもしれないこと、もしかしたら、この村が犯罪者や、リアルでもいたテロリストを匿っている集落であり、この村を襲っている騎士も、もしかしたらどこかの国の特殊部隊である可能性も考えられること、それによって我々がマークされ敵対関係になるかもしれないと言うことだろうか?

 無論、全ては可能性の話であり、そのどれもが荒唐無稽な話かもしれない。しかし、それでも可能性はゼロではない。あらゆる可能性を考えることは不可能であるが、深読みをし過ぎて取り越し苦労をする方が、モモンガにとっては誰かを犠牲にするよりはよほどマシなのだ。

 メリットデメリットを考える上で、もうひとつメリットがあることに気付く。それは、デメリットを補ってあまりあるかもしれない。

 それは、この世界における自分達の戦闘能力を知ることができると言うこと。無論戦うに至った場合であっても、すぐさま撤退するための手段は、すでに複数用意している。いざとなった場合でも勝手にPOPする僕を盾にすれば逃げることは容易のはず。

 鏡を見ながら思案していると、鏡の中の景色はもみ合う騎士と村人を写し出していた。そこに二人の騎士が駆けつけ、村人を無理矢理引き剥がすと、両手を抱えて無理矢理立たせる。そこへ、もみ合っていた騎士が近づき手に持った剣を何度も何度も突き立てる。初老の男の体に剣が突き刺さる度にその体が何度も痙攣する。

 取り立ててその男が可愛そうだとは思わない。虫にかける感情なんてそんなものだろう。だが、自分の中の人間が不快感を示す。そう、不快だ。

 画面の向こうで崩れ落ちた初老の男が顔を上げる。その口が動いていた。『……娘たちを、お願いします』そう言っているように思えた。だから思い出したのかもしれない。自分を救ってくれたあの人の言葉を。

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前、でしたね、たっちさん」

「モモンガさん……!」

「ええ、助けに行きましょう。まぁ、メリットの方が大きかったんで助けにいこうと思ったんですよ?」

「ツンデレ乙」

 

 嬉しそうに言い合いながら、モモンガはすぐさまアイテムポーチの中身の確認に入る。逃走用のアイテムは比較的多い。もしもの場合は課金アイテムを使用して超位魔法をぶっぱなす算段もついている。いくらリュウマが弐式炎雷についでペラペラ紙装甲だったとしても、一撃では消し飛ばない、はず。

 ついで行うべきは……。

 

「セバス、ナザリックの警戒レベルを最大限引き上げろ。私とリュウマ、それからルプスレギナが先行し、後詰めとして完全武装したアルベドとやまいこさん、アルベドの真なる無の使用は許可しない。それから、この村に透明化及び隠密能力に長ける僕を複数送り込み待機させろ!私たちがピンチになった場合、僕には犠牲になってもらわねばならんのが心苦しいが……」

「それはナザリックに仕えるものにとっては最高の誉れでしょう。それと護衛の件ならば、私が」

「ならん、伝達にはお前が一番適任と判断した。それにリュウマが来るのだぞ?」

「出すぎた真似をいたしました。武運長久、お祈りいたします」

「うむ。それからやまいこさん、茶釜さんが来たら、ここで鏡を使って俺たちの監視をするように伝えてください。それと、後詰めの件、よろしくお願いします」

「任せて、そっちも気を付けて」

 

 その言葉を聞きながら、モモンガは転移門を起動する。漆黒の穴が現れて、モモンガとリュウマ、やや遅れてルプスレギナがそこへと飛び込んだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 背中に灼熱が走った。少なくとも少女、エンリ·エモットは手を引く妹を庇いながらそんな風に思った。次に襲い来るのは灼熱を通り越した痛み。しかし、それでも頭はクリアなままだった。少なくとも、自分は痛みには強い。それは生来の物だと聞かされていた。

 だが、痛みに強い事とダメージがない事はイコールではない。少なくとも背中を切られた衝撃で、妹を胸に抱いたまま地面に倒れ込んでしまった。立とうとするが、両足が震え、上手く力が入らずただもがくだけ。

 

「悪いなお嬢ちゃん、これも仕事でな」

 

 そう言いながら、口調には罪悪感など無さそうな騎士に、エンリは強い、目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを覚えた。私たちが何をしたと言うのか!貴様らのような奴等に、なぜ私たちが殺されねばならないのか!

 声無き声で叫び、痛みに食いしばった歯の間から獣の唸りのような声が出る。それを、騎士は嘲笑い、剣を振り上げた。

 ここまでかと妹を胸に抱き目を固く閉じる。だが、覚悟した瞬間は訪れなかった。

 エンリの回りで、風が舞った。金属音と柔らかいものが崩れ落ちる音が同時にエンリの耳に届く。

 そっと、エンリは目を開けた。騎士がいた場所には、見たこともないような鎧を見にまとった巨漢の男が、白銀に輝く曲刀を両手に持ち、自分と妹を守るように背を向けて立っていた。

 その男がこちらへ振り向いた。額から角が生えた男性だった。その男性が、優しく、労るように声をかけてきた。

 

「大丈夫か?もう心配は要らないからな」

 

 




お気に入り登録が八十件、だと!?登録していただいた皆様、ありがとうございます。

次回はもっとバトルシーンを入れたいなって思っておりますので、気楽にお待ちください。

……こんな感じの文体でよかったのかと悩んでますけど……。


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10,人であること②覇王爆誕

マジメニウムが尽きました。

今回のやっつけ感が尋常じゃねぇ……。






 あまりの歯応えのなさ、騎士の弱さにモモンガは嘆息する。

 転移門が開いた後、リュウマが即座に飛び出し腰に帯びた二本の刀を一閃、騎士を四つに分断した直後に、モモンガが即座に第九位階魔法〈 心臓掌握 〉を使いもう一人を殺害、さらにもう一人の騎士が現れたため、第五位階魔法〈 龍雷 〉にて、敵の強さを確認するために使用、ダメージ量で圧倒的に劣るにも拘らず騎士は即死した。

 無論、今殺した三人が極端に弱いという可能性もあるから楽観視は出来ない。しかし、緊張感が失せていくのも事実であり、失われた緊張感を戻すのも至難の業だと思われた。

 とにかく、まずはもっと力を試してみるべきだ。そう思いながらモモンガは自分に備わる特殊技術アンデッド創造を使用する。すると、もっとも無傷だった騎士の死体の兜から粘液質な闇が溢れだし、瞬く間に騎士の死体を多い尽くし、音を立ててそれを変形させていく。ほんの数秒でその変化は終わり、そこには体長2.5メートル程の、スパイクアーマーを身にまといフランベルジュとタワーシールドで武装した死の騎士が立っていた。

 リュウマが宥めていた姉妹が小さく悲鳴をあげるが、モモンガやリュウマにしてもこれは予想外であり、驚愕に値したと言ってもいいだろう。

 ともかく、死の騎士に命令したり、後詰めでやって来たアルベドとやまいこがこの姉妹をどうするかでちょっと険悪になりそうだったり、ポーションを上げるの受け取らないの、やまいこが代わりに魔法で治すのルプスレギナが代わりに治すのと色々あったがある程度話も終わり、姉妹の名前もちゃんとリュウマが聞き出していたのを聞いて、モモンガはこいつが実はペロロンチーノの同類なんじゃと疑ったりで、さてと次はどうするのか、という話になった。

 

「さて、どうしましょうかね?」

「んー、まぁこの村を助けるんだけど、このままあの騎士どもを皆殺しにするのは勿体無いな」

 

 モモンガの問いかけに、リュウマが腕を組みながら答える。それに首を捻ったのはルプスレギナだった。

 

「なんでですかリュウマ様?」

「キモい、普通にしゃべってくれルプスレギナ」

「えー?キモいは酷いですよー。それに、今アルベド様がいらっしゃいますし……」

「アルベド?」

「ルプスレギナ、大丈夫よ、リュウマ様が許可なさっておられるのだから普通に喋りなさい」

「はーい、承知っすー」

「モモンガ様にその口調で喋ったら舌の根引っこ抜くけどね?」

「承知しましたー……」

 

 慈母の笑みで怖いことを言いながら、アルベドがルプスレギナに先を話すように進める、主に斧槍の切っ先で。

 

「えーと、なんでしたっけ?ああ、そうっすよ。なんで皆殺しにしちゃ駄目なんすかリュウマ様」

「それは私が答えよう、ルプスレギナ。リュウマさんは情報を入手する先を増やそうとしているのだ。この村で得られるよりももっと多くの情報を奴らが持っていると思われるからな」

「おー、さすがモモンガ様…ですね!」

 

 いや、それを言い出そうとしたのは俺なんだが。そう思いながらも言い出せず、リュウマはやまいこがなだめている姉妹、エモット姉妹へと顔を向けると、姉と目があった。名前は確か……。

 

「どうかしたか?炎利さん?」

 

 明らかに発音が違うような気はするが気にしない。

 

「え、えと、エンリです。いや、そうじゃなくて」

「落ち着いてくれ炎李さん」

「は、はい、エンリです」

 

 ヤバイ、この子面白い。面白い子はいじりたいリュウマである。

 

「皆様、助けていただいて、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」おお

 

 姉が頭を下げるのと同じように妹も頭を下げる。微笑ましくやまいことリュウマ、モモンガ、鼻が高くなるルプスレギナ、当たり前だろうという雰囲気のアルベド。

 

「あ、あと、図々しいとは思いますが、あなた方しか頼れる人がいないんです!お父さんとお母さんを助けてください!」

「確約は出来ないが、やるだけやってみよう」

 

 少々時間をとりすぎた、そう思いながら、モモンガは軽く約束する。エンリが大きく目を見開く。やってみようと言う言葉が信じられなかったのだろう。それからすぐ我を取り戻すと、頭を下げようとするが、その行動はリュウマの一言によって止められた。

 

「なぁ、エンリさん。一つ聞こう、父親と母親が殺されてた場合、お前ならどうする?」

 

 その言葉に、エンリは先程とは違う意味で目を見開いた。そして、わずかに考え込んだ後、まっすぐにリュウマを見て言葉を紡ぐ。

 

「その場合、私は、お父さんとお母さんを殺した奴を、許しません」

「そうか…なら、そいつは生かして捕らえておこう。その後は、お前の好きにするんだな。と、そうだ、こいつをあげよう」

 

 そう言いながらリュウマはインベントリから一本、槍を取り出す。装飾等に派手な部分は全く無い簡素な槍ではあったが、これも一応魔法の武器であり、低レベルだった頃、碌な武器が手に入らず泣いてるときに手にいれた物なのでそれなりに愛着がある品だったが、この状況ならこの子にあげても問題ないだろうと判断したリュウマである。

 

「火焔猫の槍と言う槍だ。念じると炎を纏った猫が飛び出してきてお前さんを守ってくれるから危ないと思ったらその子を呼び出すんだ」

 

 火焔猫はその名の通り炎を纏った猫から果ては溶岩で出来たこれは生き物なのだろうかと疑問に思う虎のような物までピンきりなイベント限定モンスターの総称で、そのレベル帯も10~40レベルまでと幅広い妖精、らしい。それをこの槍は召喚できる。問題は、何が出てくるか完全にランダムで、出てくる数も1~15体まで、数が増えれば増えるほど一体辺りのレベルが低くなる。高レベルになればなるほど不要なアイテムになるが、目の前の娘にはちょうどいい威力と召喚モンスターじゃないかと、思えた。

 一方、説明を受けたエンリは、よく分からないけど念じればなんか出てくるらしいと言うところだけは理解したので、こんな感じかな、と軽いつもりで槍に向かって『おいでませ~』位の感じで念じて見た。

 結果、えらいものが召喚されて、渡したリュウマや他の面子が驚いた。

 召喚されたのは、全身を赤く発光させた獅子だった。いや、5メートルもの全長に赤黒い鱗で覆われた長大な尻尾、口から漏れ出る炎の吐息など、当たり前だが全体の印象としての獅子であって、これのモンスターとしての名前は〈 炎々羅 〉。実にレベル50にもなるレイドボスである。

 

「ふわぁぁ……」

 

 エンリの口から漏れ出したのは驚愕の呻きではなく、感嘆の吐息だったが、目の前で出現したそれに驚愕したのは、それを召喚できる武器を渡したリュウマである。

 

『ちょっとリュウマさん!?どう言うことですあれ!?』

『あ~、はっはっはっ…確率0.04パーセントでこいつが呼び出せるとは聞いてたんですけど、まさかマジで出るとは…』

 

 呼び出された炎々羅は、ゆっくりとエンリに向き直り、頭を垂れ、それに対してエンリは小さく頷くと、妹ともにその背中に飛び乗り、一行の方へ首を向けた。

 

「皆様、後の事はお任せしても大丈夫でしょうか?」

「えっ、あ、はい」

 

 まるでキャラが変わったかのような自信溢れる表情のエンリに、モモンガが思わず頷いた。

 

「私と妹は、この回りに隠れている伏兵を打倒しますので、皆様は村の人々をお助けください」

「う?うむ……任せておくが良い……」

 

 答えに満足が行ったのか、エンリは魔獣ーーいや、分類的には妖精らしいのだがーーの腹を蹴り、それに答えた魔獣は一足飛びで森の中へと駆け込んでいった。一向は、それをただただ見守るしかなかったのである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 それからは早かった。一行がああでもないこうでもないとこれからの行動を話ながら村の中央に行くと、死の騎士が、騎士達を相手に舐めプしていた。具体的に言うなら、剣と盾を捨て、素手で掴んでは死なないように投げ、掴んでは死なないように叩きつけ、心身共にへし折ると言う中々の鬼畜っぷりで遊んでいたのだ。

 それをモモンガが止めに入ったら、今度は森の中から深紅に光る魔獣に乗ったエンリが現れて、騎士達を威嚇したことにより、騎士の精神の糸はぷっつりと切れたようだ。

 これ幸いと、モモンガとリュウマが騎士を尋問し、やまいこが村人を解放し、エンリと妹が説明をしたことで、村人はようやく安堵したのだった。

 エンリと妹の父親と母親は殺されていた。その犯人はなんだか「お、おかねぇ、おかねあげましゅから、みのがしてくらはい……」とずっと言ってたが、なんでか性格の変わったエンリに許されることもなく四肢を魔獣に食い千切られ、エンリの槍で滅多刺しにされ、絶命するまで命乞いをしていたが、許されることも無く、最後は魔獣の炎で灰となって死んだ。

 その後、騎士たちは解放されほうほうの体で村から逃げ出したのだが。

 

「ん?モモンガさん、ルプスレギナは?」

 

 やまいこの問いに、モモンガは恐らく笑みを浮かべているだろう声音で、

 

「ああ、仕事に行ってくれてますよ。いやぁ、情報源が多いのはいい事ですよねぇ」

 

 と、答えるのみだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんで性格が変わったんですかねぇ」

 

 村人の葬儀をぼんやりと見ながら、モモンガさんがそう言った。なんとなぁく想像がついているから、一応推測を口にしてみようと思う。

 

「モモンガさん、フレーバーテキストって、あるじゃないですか?」

「ああ、あるねぇ」

「火焔猫の槍のフレーバーテキストにですねぇ、槍を持つものは覇王の資格を有する、みたいな一文があるんだよね。たぶん、その影響じゃねぇかなぁ、と」

「あの程度の武器でねぇ……そう言えば」

 

 そう言いながらモモンガさんは後ろに立っていた死の騎士を見上げ、

 

「こいつ、いつになったら消えるんだろう?」

 

 すでに召喚時間は過ぎているのに消える気配が無いと、モモンガさんは言う。この世界に来て、スキルなども色々変わっている可能性もあるからなぁ。

 しかし、今のモモンガさんの格好を見ていると、あれだ、凄いな。凄い変だ。まぁ、正体を隠したいのは分かるんだが、何も嫉妬マスクを被らなくてもいいじゃない。

 ふと、アルベドがこの格好を見てどう思うのか気になったので聞いてみると、

 

「モモンガ様は、どんな格好をしていても格好いいですわ。茶釜さんもそう言ってます」

「伝言でどんなやり取りをしてるんだ」

 

「しかし、本当に異世界に来たんだな、俺たち」

 

 少し前まで、モモンガさんとやまいこさんが村長と交渉兼情報収集を行っていたのだが、そこで分かったことを単刀直入に言うなら、ユグドラシルではなく完全に異世界に来てしまったと言うことだけだった。それが分かったからなんだと言うんだと言ったら、やまいこさんに、

 

「少なくとも、これからの行動に様々な指針ができることは大きいよ?」

 

 と、諭された。なんだろう、脳筋仲間だと思ってたやまいこさんが遠くに見える。あ、この人教師だったわ。

 ついでに言えば、ここで死んだ人たちを生き返らせる事が俺たちには出来るのだが、モモンガさんが、余計なことにならないよう配慮して、蘇生は行わないことにした。それは、全員が納得するところだった。

 

「!?ええ、そう、分かりましたわ、茶釜さん、お伝えします」

 

 アルベドが耳を押さえながらそう言ってモモンガさんの方に向かって報告をした。

 

「モモンガ様、この村に向かって四十人ほどの武装した人間が向かっているそうです」

 

 なんか、この村、呪われてるんじゃねぇかなぁ?

 そう思いながら、俺たちは丘から降りて村長にその旨を伝えに行くのだった。

 はぁ、面倒臭い。

 




じ、次回こそは真面目に、真面目にやりますから、どうかご容赦を。

お気に入り登録100突破!!皆様ありがとうございます!

次回こそ頑張ります、はい!


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11,人であること③神に祈ると言うこと

気合いが入ったらこんなに短時間で!!

今回はあの人が出ます。


 モモンガ達一行が村長のもとへ歩いて行き始めると同時に、村人数人と槍を抱えたエンリが村長のもとへと集まり、なにかを報告していた。まぁ、この村へ近づいていると言う兵士の事だろうな、とモモンガは簡単に察した。

 さて、どうするべきかとモモンガは考える。一応ではあるが今のところ集められるだけの情報は集めた。ならばこの村はすでに用済みであり、助ける必要性はほぼ無いと言える。とは言え、一度助けたのだから、この際、最後まで付き合うのも有りかと思う自分もいる。もしも無理矢理理由をつけるのであればこの村を橋頭堡にして、人間社会への進出を狙えるかもしれない、と言う理由付けも出来ないことはない。故に、とりあえずここにいる面子、リュウマ、やまいこ、アルベドに意見を募ると、

 

「俺は一応最後まで残るが?せっかく助けたんだ、見捨てるには惜しい」

「僕も最後まで残るよ、教育者が子供を見捨てるわけにはいかないからね」

「私は、モモンガ様の命令に従いますが、正直、この村の人間などどうなっても良いと、そう思っております」

 

 つまり賛成二、条件付き賛成一と言うことであるならば、最後まで力を貸しておくのもいいだろう。そう結論付けてモモンガは背後にやまいこ、右後ろにアルベド、左後ろにリュウマを配して村長とエンリに声をかける。

 

「……どうかされましたか、村長?」

 

 曇っていた村長の顔に明かりが差し込んだようだった。

 

「おお、モモンガ様。実は、この村に馬に乗った戦士風の男達が近づいてきていると……」

「なるほど……」

 

 村長や村人が怯えたように視線を寄越した。毅然とした態度でいるのはエンリくらいのものだ。

 モモンガはそれを受け、安心させるように手を軽く叩き、そして後ろに控える仲間を手で指し示した。

 

「任せてください。村長の家に生き残った村人を至急集めてください。なに、大丈夫ですよ。いざとなったら心強い味方がいますので。村長殿は我々と共に広場へ。エンリさんも、召喚したモンスターを連れて一緒に」

「ああ、モモンガさん。死の騎士と僕が村人を守るよ」

「ああ、そうですね。それじゃぁ、お願いします」

 

 村人を集める鐘が鳴り響く中、やまいこの意見に首肯しつつ、モモンガは死の騎士に命令を下した。死の騎士から受諾の意志を受け取った後、モモンガは村長の不安を取り除くように、努めて明るい声で話しかける。

 

「ご安心を、今回だけはただでお助けしますよ」

 

 不安が多少解消されたらしい村長は苦笑を浮かべた。それに畳み掛けるようにモモンガは言葉を続ける。

 

「それに、うちのやまいこさんーああ、あの背の高い女性なんですけどね、彼女が子供好きでして、例え私が引き受けなくても、きっと勝手に引き受けたので、実は報酬なんていただくつもりも無かったんですよ?」

 

 その言葉には目を丸くした後、先程よりも大きな苦笑をし、村長は深々と頭を下げた。

 やがて村の中央を走る道の先に数体の騎兵の姿が見えた。騎兵達は隊列を組み静静と広場へと進んでくる。

 

「モモンガさん、どうする?先制で切り捨てるか?」

 

 リュウマが小さくそう提言して来るが、モモンガは首を振ってその考えを却下する。

 

「まずは相手の出方を見よう。村長も、気を落ち着けて」

 

 優しく村長にそう言うと、村長は震えを小さくして笑って頷いた。

 騎兵達の武装は、さっきまでここにいた騎士達のような統一感のある武装ではなかった。とは言え、それは無秩序と言う訳ではないだろう。むしろ、自分達が使いやすいよう戦いやすいようにアレンジを施した上での全体としての統一感といってもいいかもしれない。まぁ、見方によっては無法者の集団と言えるかもしれないが。

 やがて騎馬の一行は広場に二十人ほど馬に乗ったまま乗り込み、死の騎士とやまいこを避けるようにしながら村長とモモンガ一行の前に見事な整列をして見せる。その中から馬に乗ったまま一人の男が進み出た。

 恐らく、いや、間違いなくこの男が一行のリーダーだろう。全員の中でも屈強な体格をしており、その動きには無駄がない。その鋭い眼光は一時も油断すること無く、こちらの力を推し量ろうとしているようだ。

 特にリュウマと死の騎士、そしてエンリの後ろにいる大型の魔獣を見る目は、まるで全てを暴きたてようとするかのようだったが、特に何も言わずに最後はモモンガに鋭い視線を送った。

 そうして満足したのか、男は重々しく口を開く。

 

「ーー私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らし回る帝国の騎士を討伐するため、王の勅命を受け、村村を回っているものである」

「王国戦士長……」

「どのような人物で?」

 

 ぼそりと呟く村長にモモンガとリュウマは口と耳を寄せる。アルベドは直立不動のままだ。

 

「商人達から聞いた話ですが、王国の御前試合で優勝を果たし、現在は王直属の精鋭兵士達を指揮する立場の人とか」

「目の前にいる人物がその?」

「わかりません、私も噂話しか聞いたことがないので……」

 

 その言葉にモモンガは、隣で耳を寄せていたリュウマを見る。ぞれに気づいたリュウマは肩を軽くすくめた。

 

「まぁ、ここまで見た人間の中では、一番強いかもな」

「具体的にどれくらいのレベルか分かるか?」

「えっ?分からないよ、そんなの?」

「えっ!?いや、だって、リュウマさん、見切り持ってたでしょ?」

「え?ええ、持ってますけど?」

 

 それがどうしたの?的な表情でそう切り返されて、モモンガは思わず天を仰ぐ。その行動に、ガゼフ、村長両名が不可思議な物を見た顔をしたが、あえて無視しつつリュウマに囁く。

 

「見切り弐が、レベルとHPを看破できるって、昔言ってたでしょう?忘れたんですか?」

「!?…モモンガさん、よく覚えてたなぁ。全く使わないスキルなんで、完全に忘れてたよ」

「いや、俺もさっき思い出したんですけど。スキルくらい覚えててくださいよ」

「まぁ、了解して、早速使ってみますわ」

 

 リュウマが目を細めて相手の実力を見切ろうとする。リュウマには一応パッシブスキルとアクティブスキルとして見切り弌~伍までが揃っている。その内の見切り弐はアクティブスキルで、使用すると相手のレベルとHPを見切る事が出来ると言う物であるが、魔法やスキル、アイテム等で隠蔽されると途端に分からなくなると言う産廃スキルであった。最後まで調整が入らず泣きが入ったスキルではあったが、ガゼフがステータス隠蔽等はしていないため、そのレベルを見切る事ができた。

 

「32レベルだな。後ろの戦士は10~12と言うところ」

「ふむ、そうか」

 

 確かに強いが、村長の情報を合わせてみても、信じるには情報が足りない。

 

「あなたがこの村の村長か?その方々が何者か教えてもらいたい」

「それには及びません。はじめまして、私はモモンガ·ザ·ダークメイジ。この村が教われておりましたので助けに来た魔法詠唱者です」

 

 名前を名乗ったときに、後ろでリュウマが、さらに後ろでやまいこが軽く吹き出したのを精神安定を発動しながら無視し、モモンガは軽く一礼した。

 それに対しガゼフは馬から飛び降り、重々しく頭を下げた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

 ザワリと空気が揺らぎ、村長が目を見開き村長の家の中にいる村人がざわめく。

 素性もわからない人間に、しかも対等ではないだろう人間に対してわざわざ馬を降りて頭を下げることが出来る。その事からもガゼフの人となりが分かると言うものだ。

 

『少しお人好しすぎると思うがなぁ』

 

「まぁ俺らも見返り、ぶっちゃけると報酬目当てで助けたんだから、礼なんぞ要らないぜ?」

「ふむ……あなたは?どうも見たところ剣士のようだが……?」

「リュウマと言うものだ。このモモンガ·ザ·ダークメイジ、プッ、の付き人みたいなもんだプッ」

 

 なんで俺の心を抉るんだと仮面越しに目で訴えるモモンガを無視するリュウマ。それに気づかず、ガゼフは言う。

 

「ふむ、実は私も剣をかじっているのだ、こんな状況でなければ手合わせをお願いしたのだが」

「……ご冗談を、王国戦士長と言う立場におられる方に、俺ごときが叶うわけがない」

「ふふ、ご謙遜を。それと、他にも色々と聞きたいことがあるのだが」

「例えば、どのようなことでしょう?」

 

 モモンガの穏やかな問いかけに、ガゼフは多少無精髭の生えてきた顎を右手で擦り、暫し思案した後、少しだけ口調を軽くする。

 

「ここを襲っていたものを倒したと仰られたが、なにか手がかりになるようなものは残っていないだろうか?」

「……帝国の兵士、そういう話なのでは?」

 

 モモンガがわざととぼけると、ガゼフは一瞬だけ顔をしかめて苦笑いを浮かべる。

 

「思い過ごしなら良いのですが、もしかすれば別の勢力と言う可能性もありますからね、念のためと言うやつですよ」

 

 納得できると言えば納得できる答えだ。ふむ、と一つ悩み、モモンガは伝言をブクブク茶釜に繋げた。

 

『茶釜さん、聞こえてますか?』

『はいはい、良好に聞こえてますよ。どしたんです?』

『先程送り込んだ騎士からの情報の収集、終わってます?』

 

 一瞬のラグ。

 

『終わってるね。えー、簡単に説明すると、あいつらは帝国の騎士じゃないね。スレイン法国って所の兵士?みたいね。なんでもガゼフ·ストロノーフとか言うやつを罠にはめるために行動してたんだって』

『ガゼフを?ふむ、分かりました。引き続き情報を引き出してください、茶釜さん』

 

 そこまで言ってモモンガは返事を待たずに伝言を切った。そのモモンガを、ガゼフが覗き込んでいる。

 

「いかがなさいましたかな?」

「いえいえ……戦士長どの」

「はい、なんでしょうか?」

 

 さぁ、ここからが正念場だぞ。モモンガは先程聞いたばかりの情報を元に話を組み上げていく。

 

「恐らくですが、恐らくこの村を襲った騎士はバハルス帝国の手の者ではない、そう私は考えます」

「……なぜ、そう思われるのですか?」

「えー、まずは帝国と言う国にあまり詳しくないことを念頭に置いてお聞きください。まず、帝国と言うのはかなり強大な国だと聞いております。そのような国が、この辺境の村を焼くのにどのようなメリットがあるのかと、私は考えたのです」

「ふむ……モモンガ殿はこの国の出身ではないのですか?ああ、失礼、話の腰を折りましたな」

「いえいえ、まぁ、旅の魔法詠唱者ですので。話を続けさせていただきますね?結論から言うと、辺境のー村を焼くメリットはほぼ無いと言えます。もちろん、ヘイトを稼ぐ、もしくは国力を多少低下させるといったメリットはありますが。しかし、それらは帝国にすれば微々たるものです。ならば、と考えたとき、王国戦士長、あなたがこの村に現れたのですよ」

「?私が、なんでしょう?」

 

 急に話を振られて、やや困惑気味にガゼフが聞き返す。ついでにリュウマも?顔。

 

「王国戦士長と言う立場上、色々と恨みを買っているのでは?そう考えると、どこかの輩があなたを罠にはめようと策略を巡らしたのではないかと、私は推測します」

 

 そこまで言って言葉を区切り、モモンガはガゼフの顔を見る。

 

「確かに、私は色々なところで恨みを買っております。そうなれば、貴族派かあるいは……」

 

 そう言って悩み始めた矢先、天から何かが降ってきてモモンガとガゼフの間に降り立った。ガゼフは思わず腰の剣に手を伸ばし、そして一瞬我を忘れた。そこに立っていたのは浅黒い肌の絶世の美女だったからだ。その美女は一切ガゼフを無視し、モモンガの方へと向き直り口を開いた。

 

「モモンガ様、この村の周囲に人影。村を囲むように包囲してます」

 

 その報告に、ガゼフと部下達は目を見開き、モモンガ一行はため息をつくのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「獲物が檻に入りました」

 

 部下からの報告を聞き、ニグン·グリッド·ルーインはやっとか、と声に出して嘆息し、その場にいた陽光聖典の隊員に命令を下し舌打ちをした。

 

「手間取らせてくれたな。しかし、なぜ我々のみなのか、理解に苦しむよ」

 

 部下に向かってそう愚痴り、ニグンは心の中でのみ苦笑する。他の聖典が任務で動けない今、我々が動くしかない。しかも、相手はあの最強の剣士ガゼフ·ストロノーフだ。相手に出来るとするなら聖典クラスでなければならないし、すぐに動ける聖典となると、もう陽光聖典以外いなかっただろうから。

 しかし、解せないのはガゼフ·ストロノーフの抹殺と言う部分である。無論、ニグンは相手が異教徒であり、また大局の見えていない愚かな部分があることも知っている。だが、そこは共に肩を並べて人類のために戦えばわかる部分もあるのではないかと、少しは思っていた。

 しかし、本国の命令であればしょうがない。せめて苦しまずに逝かせてやるのがせめてもの礼儀だろうと思っている。むしろ、悪いのは腐りきった王国であり、無能な王であろう。ガゼフほどの戦士を、たかが愚かな王国の切り札を無くすためだけに抹殺するのは……。

 ニグンは自分の思考がループするのに気づき再び苦笑した。不思議そうに見る部下に、なんでもないと手を振って答え、真っ直ぐに例の村、たしか、カルネ村を見る。あそこの村人には申し訳ないことをするが、人類の未来のための礎だと思い、自らが信仰する神に、心の中で祈りを捧げた。

 

『我が神スルシャーナよ、どうか我が罪を許さないで下さい』

 

 

 




我が家のニグンさんは本編よりもマイルド。

我が家のガゼフさんは少々強化。

出番の無いエンリちゃんは魔改造。

次回、血戦。


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12,人であること④狂気

それぞれの活躍回。

ポロリは無いけど酷いことになってる人がいるよ。

二人のファンにはごめんなさい。


「なるほど……確かにいるな」

 

 家の陰からルプスレギナに報告された人影をリュウマが窺う。

 見える範囲では三人、見切り参/気配探知を使えばその倍以上。各員が等間隔を保ちながら接近してくる。

 そして、そいつらが全員、横に光輝く翼の生えた者、天使を引き連れている。

 

「なんだっけあいつは……たしか炎の上位天使、か?モモンガさん、どう思う?」

「見た目には間違いないかと思うんですが……なんでユグドラシルのモンスターが?魔法による召喚が同じ?いや、俺達もゲーム内のモンスターを召喚できるんだから……」

 

 同じく覗いていたモモンガがぶつぶつと呟く。その後ろで相手をうかがっているガゼフも相手の強さを計りかね、顎に手を当て悩んでいる。

 知識がないため相手の強さを計りかねるガゼフに、やまいこが見に来るついでとばかりに問いかける。

 

「一体、彼らは何者で、狙いはどこにあるんでしょうかね?この村にはそこまでする価値はないと僕は思うんですが?」

「やまいこ殿だったか?貴女方に心当たりがないとなれば、恐らく私狙いでしょう」

 

 やまいこの視線とガゼフの視線が交錯する。

 

「憎まれてるんですか?戦士長殿は?」

「この立場についている以上誰かから恨まれるのは当然ですが……天使を召喚し、なおかつそれだけの術者を揃えられるとすれば、恐らくスレイン法国でしょう。それもこれだけの特殊任務に従事するのであれば、噂の六色聖典に相違無いはずです」

 

 厄介だと言わんばかりに肩をすくめたガゼフに対して、初めて聞いた単語にやまいこは小首をかしげる。

 

「六色聖典とはなんでしょうか戦士長どの?」

「?……そう言えば皆さま方は外の国からいらっしゃったのでしたね?とは言え、人の噂に上りはすれど実体のつかめない、スレイン法国の謎の特殊部隊の総称です」

 

 スレイン法国、六色聖典、特殊部隊かぁ。やまいこは呟き、モモンガに視線を向けると、モモンガもこっちを見ながら首を縦に振る。その後、仮面を指でカリカリと掻いた後、ぶくぶく茶釜へと伝言を繋げる。

 

『茶釜さん、相手がどういう風に布陣してるか、分かりますか?』

『うん、大丈夫、把握してる。四方を囲むようにそれぞれ四人、召喚された天使がそれぞれ四体、ついでに言えば村の入り口の方から見て丘になってる向こう側に十人ほど。召喚モンスターは大体一緒だけど、一体だけ毛色の違うやつ、おそらく〈 監視の権天使 〉』

『なるほど……茶釜さん、西にいる奴等を茶釜さんとシャルティアで捕縛してください。東にいる奴等はデミウルゴス、南と北にいる奴等は俺たちが何とかします』

『おおっ!?暴れちゃってもいいの!?』

『ええ、監視だけだと飽き飽きでしょう?ああ、そうだ、一応殺さないで下さいね?あ、いや、一人二人は別にいいですけど、貴重な情報源です、生きたまま捕縛してください。あ、腕や足をもぐ分には問題ないですから』

『了解~。周りに潜ませてある僕は?』

『待機で』

 

 十分かからぬうちに準備を済ませ行動を開始すると言って切った茶釜を頼もしく思いながら、モモンガが上げていた視線を下に戻すと、そこにはガゼフが真剣な表情でモモンガをまっすぐ見て立っていた。

 

「どうかなさいましたか戦士長殿?」

 

 一瞬の逡巡後、ガゼフが口を開く。

 

「モモンガ殿、良ければ雇われないか?」

 

 返答はない。ただ、仮面の下から凝視されていると、ガゼフは感じた。故にもう一度口を開こうとガゼフが決心するよりも早く、モモンガが口を開いた。

 

「雇われるつもりはありません。ここは一つ共同戦線を張りませんか?」

「!?よろしいのですか?まだ報酬の話もしておりませんのに」

「それに関しては後ほど。実は四方を囲まれておりまして、この状況を如何にするかと言うことを考えておりました。そこで、私どもが北側の部隊を相手取っている間に、戦士長殿は南の部隊を相手取ってほしいと、そう提案したかったのです」

「ふむ、理由をお聞きしても?」

「南側は森に最も近いのですよ。そちらへ村人を避難させたいのですが、そちらにはそれなりの戦力がいるようです。北側には大した戦力もないようですし、我々が全力で陽動をすればそちらへ戦力が行くこともなくなる、とそう言ったわけです」

「それは……あなた方が危険では?」

「むしろ村人をつれて戦わなければならないあなた方が大変かと思いますよ。我々なら、全滅をさせることは不可能でも撃退することなら可能ですので。それにあなたは戦士長、この国に必要な存在でしょうし、何より、戦士長がそばにいると言うだけで村の人々が安心するでしょう」

 

 だから、我々が危険な役目を行います。

 そこまで言われて、ガゼフは頭が下がる思いで一杯であった。この魔法詠唱者は、その深い叡知にて全てを見通した上で、村人の安全と心の安寧、そしてこの国の未来に関してまでも考えてくださっていた。その思い、考えに平伏する思いだ。

 その横でモモンガは、内心無いはずの心臓が早鐘のように鳴るのを感じて生きた心地がしなかった。いや、死んでるんだけど。正直、途中からかなり強引だなぁとは思っていたし、正直最終的に何を言っているかいまいち分かってなかったのだ。勢いって怖い。そう思ってドキドキしながらガゼフを見ていたら、おもむろに頭を下げられて正直ドキッとした。

 

「モモンガ殿、そこまで考えていただき、まことに感謝する」

「えっ?はっ、いえいえ、え~、そこまで感謝されることでは、その、ありませんよ?」

「いえ、そう言うわけには参りません!この報酬は、いかようにでもおっしゃってください!生きて帰ったならば、必ずお支払いたしますので!」

「は、はぁ。で、では!作戦を説明します」

 

 少々引きながらも、モモンガは悪い気はしないなと思いつつ、時間稼ぎのための作戦説明を始めるのだった。

 

~カルネ村西側~

 

 そこに潜んでいた陽光聖典の兵士は、その瞬間何が起きたのか分からなかった。

 片側に佇んでいる天使が、何らかの攻撃を受けて消滅した。その何らかが全く理解できなかったのだ。

 

「あ~あ、脆いでありんすな~茶釜様」

 

 いつのまにか自分の隣に立っていた絶世の美少女が、心底つまらなそうにそう言っている。肩を掴まれているだけだと言うのに、万力で絞められ、上から巨石でものし掛かっているかのように身動きがとれないでいた。

 

「まぁまぁ、たまの息抜きだと思えばいいんじゃないのシャルちゃん」

 

 少女の言葉にこたえたのは、ピンク色の醜悪な肉塊。その体のあちこちから触手を出し、残り三名の隊員を拘束していた。その細いはずの触手は、鋼で出来ているかのように、暴れる大の大人を拘束してなお緩まない。

 

「あーあ、暴れないでよ、もう。いいや、へし折ろう」

 

 明るく物騒なことを言った瞬間、複数の触手が男たちの口の中に侵入し、声を出すのを防いだ後、まるで枯れ木でもへし折るかのような気安さで鍛えられた両手両足を、決して曲がってはいけない方向へおりまげた。そのまま二、三度足を外側内側へ捻った後、満足げに、その背後にあった黒い穴の中へと放り込んだ。

 

「ん~、やっぱり人間やめちゃったのかな、なんも感じないや」

「茶釜様、こな娘、どういたしんしょ?」

 

 ばれてる!少女の言葉に、彼女は心臓が止まる思いだった。

 ピンクの茶釜と呼ばれている肉塊は、ゆっくりと近づいてきて、彼女の顔に触手を這わせた。ヌルリとした人肌ほどの暖かさの粘液に、ゾクリと背筋に寒気が走り顔をしかめる。

 

「ん~、まぁ一人二人は殺してもいいってモモンさん言ってたからなぁ、どうしよっかなぁ?」

 

 そのグロテスクな見た目に似つかわしくない可愛らしい声がさらに恐怖に拍車をかける。

 

「……こ、……ないで……」

「んー?なんて?」

「殺、さない、で、下、さい。な、なんでも、し、します、から……」

 

 歯の根をカチカチとならす目の前の女に、正直茶釜は興味がなかった。助ける価値はない。だったらどうするかならそれは簡単だ。

 

「……分かったよ、殺さないであげる」

 

 彼女の顔が喜びに染まる。

「シャルティア、殺さないように、連れ帰って好きにしていいよ。最後は下僕にでもすればいいんじゃない?」

「まことでありんすか茶釜様」

「まぁ、弟の作った子だから、妹みたいなものだしね」

「い、妹でありんすか!?で、では、お姉さまと、お呼びしてもよろしいんでありんすか?」

「いいんじゃない?まぁ、シャルは可愛いし、悪い気はしないよね」

 

 悲鳴をあげる女の口に指を突っ込み、兜を剥いで露出した髪を掴んで引きずりながら、二人は和気あいあいと転移門でナザリックへ帰還したのだった。

 

~カルネ村東側~

 

「『ひれ伏し言葉を発するな』」

 

 耳触りがいい声が聞こえたと思った瞬間、体が急に地面にひれ伏し、言葉が一切出せなくなり、陽光聖典の隊員達は困惑した。

 

「ふむ、支配の呪言で支配できると言うことは、対した強さではないと言うことか」

 

 いつのまにそこに立っていたのか、スーツ姿の南方風の男が何かを思案するようにしながらこちらへと歩んできた。

 

「しかし、私が出張ったんだからもう少し抵抗らしい抵抗をしてくれないと、働いていないように見られそうで困りものだ」

 

 世間話でもするかのように、その男はそう言って薄く笑った。それと同時に、その男の後ろにある真っ黒い穴から数人の絶世の美女が出てきて、てきぱきと一人ずつその穴の中へとつれていく。

 その中の一人の美女が、ピタリと動きを止めるのを見た男。

 

「エントマ、どうしたのですか?」

「デミウルゴス様ぁ、私ぃ、お腹がすきましてぇ」

 

 甘えるような声音でそう言った美少女に対し、デミウルゴスと呼ばれた男は笑顔のままうなずいて口を開いた。

 

「そうだね、エントマ。ならば、一人食べることを許可しよう。君が運んでいるその男を、食べても構わないとも。ああ、すまないね、私の支配の呪言のせいで悲鳴は出ないんだ」

「だぁいじょうぶですよぉ、デミウルゴス様ぁ」

 

 蕩けたような声音でそう言って、エントマ·ヴァシリッタ·ゼータは、仮面蟲を剥ぎ取り、本来の顔に戻ると、恐怖に顔を歪ませる男の体の端からむさぼり始めた。

 痛みと恐怖でビクビクと体を跳ねさせる男を見ながら、デミウルゴスは満足げに頷いたのだった。

 

~カルネ村南側~

 

 ガゼフ·ストロノーフは部下達の先頭に立ち剣を抜いた。それに合わせて部下達も思い思いの武器を抜き、背後にいる百数十人の村人を守るように隊列を組んだ。

 頃合いは良し。そう思いながら隣を見るガゼフ。そこには深紅に輝く魔獣に跨がった少女二人がいた。姉のエンリ·エモットはそのまだ幼さの残る顔を凛と引き締め槍を握る。妹、ネムは無邪気に、しかしどこか残酷なイメージを抱かせる表情で燃える子猫数匹を全身にまとわりつかせていた。

 

「エンリ殿、問題はありませんか?」

 

 ガゼフの言葉に、エンリは小さく頷いて笑顔を向けた。

 

「問題ありません戦士長殿。私と妹の事はお気になさらず」

「承知いたした。では、参ろうか!」

 

 そう叫ぶと同時に、二騎は駆け出した。本当はエンリのまたがる炎々羅の方が圧倒的に速いのだが、力を抑えて戦うようにエンリは言われているので力をセーブしている。

 数分走ると森の中から炎の剣を持った天使が飛び込んでくる。その数四体。まず反応したのがエンリの駆る魔獣。左から向かい来る天使を爪の一撃で木っ端微塵に打ち砕き、尻尾の一撃で粉砕すると、動きを止めずにはしりぬける。左から来た天使は、ガゼフが迎撃する。出発前にリュウマから借りた魔法の剣は、国宝とはいかないまでも十分な切れ味で天使を容易く両断し、返す刀でもう一体を袈裟斬りにして走り抜ける。

 

「見えたぞ!」

 

 ガゼフの目には四人の兵士の姿があった。馬の足を緩めぬままガゼフは〈 武技:能力向上 〉のみを使用し、一息に相手の懐に飛び込み、〈 武技:四光連斬 〉を放ち、召喚された天使二体と術者二名を切って捨てた。その隣でエンリの魔獣が天使二体を苦もなく粉微塵に粉砕し、光の粒子となって吹き散る天使の陰から、エンリ自身が槍を構え、突進の勢いのまま陽光聖典の兵士の胸を貫く。そしてもう一人は、

 

「う、うおおぉぉぉぉぉ、来るな来るなぁぁぁぁぁぁ!」

 

 十匹ほどの火焔猫に襲いかかられ、全身に火傷を負いながら転げ回った。しかし追撃は止まらない。いくら猫サイズとは言え、その攻撃はすべて相手を焼く攻撃なのだ。俊敏な動きで手足の末端から徐々に徐々に焼かれ悶える兵士を見ながら、ネムは薄い笑いを浮かべていた。

 そうしてじわじわと動かなくなった頃合いを見計らって、ネムの合図に合わせて火焔猫が炎を吹いた。全身を火だるまにされた兵士は狂ったように暴れまくる。しかし、その動きは、エンリと言う乱入者によって止められた。エンリの突き出す槍が兵士の胸を穿ったのだ。

 不服そうにするネムに、エンリは軽くビンタをした。

 




魔改造姉妹でありました。

今晩中に次をあげたいなぁ、と思っております。


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13,人であること⑤死の神

ちょっぱやおまた!

次回でカルネ村編終了、ニグンさんガンバ!





「それでモモンガさんはどんな作戦であいつらを絡めとるつもりなんだ」

 

 右手に持った青龍偃月刀をまっすぐ相手がいるだろう方向に向けながら聞いた。返ってきた答えは単純だ。

 

「話をしてボコ殴りにした後、パンドラズ·アクターにタブラさんの姿になってもらった後脳味噌を吸わせて情報を得る。この程度のゴミに俺たちが負けると?」

「いや、油断すんなっつったのあんたじゃねぇか」

「……そんなことも、ありました」

「はいはい、二人とも緊張感を持って」

 

 ワチャワチャ会話してる二人に、やまいこからの叱責が飛ぶ。

 

「とにかく、殺さないように、手足の一本でももぎ取って捕縛するで、いいんだよね?」

 

 やまいこの言葉に、モモンガが首を縦に振った。先程から伝言による敵捕縛完了のメッセージが何回か届いているから、恐らく問題なく鏖殺することが可能だ。最初は色々話して情報を収集することも考えたのだが、下手に時間をかけると不審に思ったガゼフが戻ってくることも考えられる。

 ガゼフには生きていてもらわなければならない理由がある。それは、王国と言う国に対するパイプだ。細かろうが何だろうがそこに繋がりがあれば、こちらからの毒や草を送り込むことだって容易になる。無論、多少言葉を交わしたお陰でペットに対する愛着のようなものが無いでもない。だから助ける。

 丘を越え、いよいよ敵の本隊らしき部隊が目に入った。だからと言って、全員が特別緊張することなく歩を進める。

 

「止まれ!」

 

 敵の中で、部隊中央に立つ頬に傷を持つ男が、恫喝するように声を張り上げた。距離にしておおよそ十メートル。

 

「貴様達は何者だ?何のためにここまで来た?」

「初めまして、スレイン法国の皆さん。私はアインズ·ウール·ゴウンに所属する魔法詠唱者モモンガと申します。こちらが我が同胞リュウマ·ヒビキ、こちらがやまいこ、そして私の隣にいるのが我が愛すべき従者、アルベドです」

 

 愛すると言われた瞬間、漆黒の鎧がブルリと震え、中からボソボソと声が漏れ出る。一番近くにいたやまいこが耳を近づけると『ふひっ、あ、愛してる愛してるですって。これは他の面子よりも一歩から二歩リードした証拠よねフフフフフフああモモンガ様私も愛して…………』なんとも言えない気分になった。

 その間にも話は進んでいた。モモンガがあなた達では我々には勝てない、そう言った瞬間、向こう側に殺気のようなものが張り詰めた。しかし、それでも手を出してこないと言うことは、なかなか統制がとれていると見えた。少なくとも特殊部隊と言うのは名ばかりではないと言うことか。

 

「ふむ、無知とは哀れなものだ……と、言いたいところだが確かに、我々の実力は、あまり一般には知られていないようだからな、君が知らなくてもしょうがない。だが、それ以上無礼な口を利けば、その愚かさのつけを払うことになる」

「さて?それはどうでしょう?我々にしてみれば、あなた程度の人間が調子に乗っても、子供が駄々をこねている程度にしか感じられません。特に、その程度の天使を召喚していい気になっているようではね」

「……安い挑発だ」

 

 そう吐き捨てはしたものの、ニグンは言い知れぬ不安を感じていた。この感じは、そう、番外席次〈 絶死絶命 〉の姿を初めて見たときのような不安感。だが、そんなことは無いと、ニグンは首を振って否定した。あんな化け物がひょいひょい居てたまるか、そんな思いからだった。

 

「そうでしょうか?ならばなぜ我々はあなた方の前にこうやって堂々と姿を見せて正面から挑んでいるのでしょうか?答えは簡単です。あなた達ごとき、即座に捻り潰せるからに相違ありませんよ?」

 

 一瞬、風が吹いた。それは大量の死の臭いを含んでいるような気がした。隊員達が一歩下がるが、ニグンはそれを見咎めなかった。自分ですら下がりたくなってしまったのだ、それはしょうがないと言えるだろう。

 

「お分かりいただけたようで何よりです。ですが、我々にも時間がないのだ。簡単に言ってやろう。今すぐ降伏するのであれば生きることができる。もし攻勢に出れば貴様らは惨たらしく、生きていることを不幸に思いながら死ぬことになると知れ!!」

 

 その言葉は死の言葉だった。物理的圧力すら伴って、言葉が陽光聖典全員の心と体を押した。同時に、一歩踏み出したリュウマとやまいこのせいで、ニグンの精神は限界に到達した。

 

「天使達を突撃させよ!近づけさせるな!」

 

 掠れたような悲鳴、否、命令をニグンが発した。

 ニグンの指令を受け、襲いかかる四体の炎の上位天使。

 

「私がやるから、リュウマはその後」

 

 その言葉は、爆音と共に高速で流れた。

 ニグンにしてみれば二メートルを超える女が、一瞬で天使達の前へ出現、その腕に持った巨大で凶悪な棘付きガントレットを持ち上げた、そう思った瞬間、四体の天使が木っ端微塵に吹き飛んでいた。

 戦場を静けさが包む。誰も言葉を発する事ができなかった。

 

「うん、弱いね」

「な、何をした、貴様」

 

 ようやく言葉を絞り出したニグンに、やまいこはケロリとした態度で、なんでもないかのように答えた。

 

「ジャブで殴っただけだよ?ああ、もしかして見えなかった?ごめん、それなら次は手加減するからさ」

「は?はぁ!?」

 

 あり得ない、あり得るはずがない。そう考え、ニグンはもう一度叫ぶ。

 

「もう一度天使を突撃させろ!!今度は倍だ!!」

 

 その言葉に応じて、倍の八体の天使がやまいこに突撃を敢行する。その天使達の間に割り込む影があった。

 

「次は俺、だったな?」

 

 そう言いながらリュウマは、まっすぐ前を向いたまま青龍偃月刀を振るう。縦横無尽に攻めてくる天使の剣を打ち砕きながら、それぞれの首へ冷静に刃を滑り込ませはね飛ばす。あまりにも威力がありすぎたためか、天使は一瞬で光の粒子へと還元され、その場に幻想的な空間を作り出す。

 この一連の動作を見ることが出来たのは、モモンガ一行だけであり、ニグンには霞む何かが天使を消し飛ばしたようにしか見えず、一般の隊員にはやはり、何が起きたのかすら分からない。

 

「な、なんだとぉ!!」

「あ、ありえるかぁ!?」

 

 隊員達が口々に悲鳴を上げ、次々と魔法を繰り出してくる。〈 人間種魅了 〉〈 正義の鉄槌 〉〈 炎の雨 〉〈 石筍の突撃 〉等々。ちなみに精神効果のある魔法は兎も角として、ダメージ魔法に関してはリュウマは回避している。

 

「ふむ、どれも聞き覚えのある魔法ばかりだ。いよいよ知りたいことが山のように増えてきたな」

 

 モモンガがそういっている間に、やまいこが前線へ飛び出し、魔法を真っ向から無効化しながら、次々と召喚される天使を今度こそぶん殴ってるのが辛うじて分かる速度でぶん殴って撃滅していく。その影に隠れて密かにサボるリュウマ。

 

「くっ!監視の権天使よ、行け!」

 

 焦れたニグンが叫ぶと同時に、傍らに控えていた天使が、人間をも容易く打ち砕くメイスを振り上げやまいこに迫る。

 高い金属音、崩壊する天使の体。メイスはやまいこの〈 女教師怒りの鉄拳 〉により防がれ、その隙に飛び出したリュウマがその体を薙ぎはらったのだが、ニグンには何が起きたのか分からず、ただただ呆然とするしかなかった。防御能力に優れ、さらにニグンのタレントにより強化された監視の権天使は、たとえガゼフ·ストロノーフであろうとも一撃で撃滅する等と言う事は不可能な筈だ。つまり、こいつらは……。

 

「!?総員、最高位天使を召喚する!!時間を稼げ!!」

 

 ニグンが取り出した水晶を見て全員の表情が変わる。

 

「魔封じの水晶、だと!?モモンガさん!」

「わからん!少なくともセラフクラスを見ておけ!」

 

 その言葉に、リュウマは舌打ちを一つ、片手を大きく上げ指を二本立てた後、片方の指を曲げて降り下ろした。

 

 この丘から一キロほど離れた森の中に、その人物はいた。可愛らしいメイド服を身に纏い、人形のように整った顔立ち、片目にはいかつい眼帯。腹這い姿勢で長大なライフルを構え、自分達の主の一挙一動を見逃すまいとしているこの人物こそ、プレアデスの一人、シズである。

 そのシズが覗く先で主の一人、リュウマの腕が上がったのを確認、指の動きを見て、即座に目標となるやつの目標となる部分に狙いをつけ、引き金を落とした。結果は見るまでもない。シズは、ゆっくりと必要ないはずの息を吐いた。

 

 ニグンに持つ水晶の輝きが最高潮へ到達しようとしたとき、それは起きた。何かが飛来し、ニグンの腕を吹き飛ばしたのだ。それと同時にやまいことリュウマは走り込み、回りの隊員をそれぞれの手段でなぎ倒し捕縛する。

 一方の腕を吹き飛ばされたニグンは、それでも衝撃から即座に立ち直り、片手で這って自分の千切れた腕、ではなく、その腕が握っている法国の至宝へと近づく。しかし、それを手にするよりも早く、武骨なガントレットに包まれた腕が至宝を拾い上げた。

 

「ふむ?なんだこれは?」

 

 それは、先程モモンガと名乗った魔法詠唱者だ。絶望にうちひしがれながらも、ニグンは魔封じの水晶に向かって手を伸ばすが、その腕はアルベドによって骨が砕けるほど踏みにじられるはめになった。

 

 

「おーい、モモンガさん、終わったよ、そっちはどう?」

 

 モモンガが顔を向けると、やまいこが走ってきていた。向こうではリュウマが手足こそ変な方向に向いているが、一応全員息がある陽光聖典の隊員を縛り上げて、転移門を開いた先にいるシャルティアにそれらを引き渡しているリュウマの姿があった。

 

「問題なく終わったようですね、やまいこさん。ああ、アルベド、そいつは自由にさせて構わないぞ?」

 

 短く返事を返したアルベドを横目に、モモンガは手に持っていた水晶をニグンの眼前に放り捨てた。何をされているか分からないといった表情にニグンに、モモンガはため息を付きながら説明してやることにする。

 

「それに込められているのは〈 威光の主天使 〉だな?そんなものを最高位天使等と、笑わせてくれる」

「なんなんだ、お前らは……私たちをまるで子供の手を捻るように叩き伏せ、最高位天使を馬鹿にするなど、そんな存在、いてはいけないんだ……」

 

 その言葉は、うちひしがれても曲がらない何かを持った人間の言葉だった。仮面を指先で掻き、モモンガは嘆息する。

 

「私は最初言った筈だ。我々と戦えば、死ぬより辛い目にあうことになると。その言葉を無視し挑んできたのは貴様らだからな、自業自得だ」

 

 そう言って、モモンガがニグンの襟首をつかむと同時に、大きく空間が割れる。まるで陶器の壷のように。しかし、それは瞬く間に元に戻り、先程の異様な光景はどこにもない。

 ニグンが困惑する中、モモンガから答えが投じられる。

 

「ふむ、誰かが監視魔法でお前を監視していたらしいな。効果範囲内に私がいたから対情報魔法用の攻性防壁が発動したから大して覗かれてはいないだろう。広範囲を巻き込むような〈 爆裂 〉程度では覗き見を懲りたりしないだろうな。ふむ、次はもっと面白い魔法をセットしておくのも手だな。では遊びはここまでだ」

 

 そう言ってモモンガは転移門の前でニグンを地面に下ろすと、言葉を続ける。

 

「私が何者かと問うたな。その答えだけは教えてやろう」

 

 そう言ってモモンガは仮面に手をかけ、リュウマは体に力を込める。やまいこも何かに集中しているようだ。何が始まるのかと恐れ戦くニグンの前で、リュウマの身長がさらに伸び、肌が黒金のような輝きを持つものに変わり、こめかみから天に伸びる二本の角が生え出てくる。下顎の牙が上に向かって伸び、そこには異形の鬼が立っていた。やまいこの方もさらに背が伸び、全身を包むコートが顔までを覆う。両足は犬や狼のような、それに酷似した形へと変化する。もっとも如実に変化したのは両腕だ。腕そのものが巨大化し、武骨で凶悪なガントレットを保持するのにちょうどいい大きさへと変貌を遂げていた。それが終わった後、モモンガがようやく仮面を取った。

 その顔を見た瞬間、ニグンの胸の中に何かがストンと落ちた。

 

「スルシャーナ……」

「……なんだと?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 戦いが終わった後の夜の帳が落ちた草原を歩く。やはり夜空は美しく少し気分が高揚した。

 やまいこは先にナザリックへ戻ってしまった。一日一回しか元の姿に戻れない為、村には戻れないと判断したからだ。ついでに、先程のニグンとかいうやつも治療してもらうことにした。

 

「ふぅむ、謎が増えるばかりだな」

「お疲れさまです、モモンガ様」

 

 後ろからついてきていたアルベドが、気遣わしげにそう声をかけてきた。

 

「いやいや、疲れてなどいないさ。私に疲労などと言うバッドステータスは無いからな」

「そうではありますが、妻として夫の身を案じるのは当然ではありませんか?」

「え?」

「もちろん、リュウマ様の言うように一歩下がって夫に尽くすのが妻の勤め、しかし、夫の身を案じて先回りして様々な事をしておくと言うのも妻の勤めだと思うのですがモモンガ様はどう思われます?」

「え?あー?んっんー、アルベドよ、その話は後にしよう。とにかく、今はこれから得られる情報の検分が先だ」

「えー?」

「えー?じゃねぇよ。ちょっと可愛いと思ったじゃないか」

「か、可愛いですかクフー!」

「そうではない、そうではないぞアルベドよ」

 

 夜の草原、二人は仲睦まじく歩いて行く。

 後ろに一人の侍がいるのを忘れて。

 

「お前ら、いい加減にしろよ?」

 

 

 




次回で一巻分が終了します。

結構かかったな……。

お気に入り登録してくれた方々、ありがとうございます。

今後もこんな感じで進みますのよろしくどうぞ。

ー没案ー

 天使が八体突撃をかましてくる。ニヤリとやまいこは口許を歪め、コォォォォォォォォッ!と特殊な呼吸法をし、拳を握りしめ叫ぶ。

「神魔血破弾!!」

 不可視のエネルギーが、天使を内部から吹き飛ばし血煙に変えるのだった。

没理由
知ってる人がほぼいないのと、そんなスキルは無いと思ったから。後、表現が難しい。



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14,人であること⑥世界征服


あ、ありのまま起こった事を言うぜ……!
アイデアが出ないから凍結させてあったやつを書いてみようとしたら書き上がって投稿準備が完了していた……!
手癖とか二次書いてるやつ特有の病気とか、そんなちゃちなもんじゃねぇ……!
もっと恐ろしい何かの片鱗を味わったぜ……!

そんなわけで再開しますぅ。


 カルネ村を襲おうとしてた陽光聖典のボンクラどもをナザリックに丁重に招待した後、俺たちはカルネ村へと戻ってきた。

 どうやらガゼフ戦士長たちも無傷で生還したらしい。なんか、一緒に行ってた姉妹の雰囲気が非常に悪いのが気にかかるなぁ、俺。いや、あの槍渡して性格豹変させたの俺だけどさ。

 向こうでモモンガさんとガゼフ戦士長が話している。まぁ、トップはトップに任せて、俺は一応性格豹変させちまったエンリとネムの所に行くことにしよう。あの二人のギスギスした空気が気になるしな。

 エンリとネムは、村人や戦士長の部下から離れたところで、なにか口論をしていた。あ、いや、口論じゃないな。エンリが一方的にネムを叱っていると言う所かな?

 足音を消さずに俺が近づくと、エンリやネムが反応するよりも早く、エンリの側で大人しくしていた魔獣-いや、実は妖精らしいんだけど-の方が俺に気がつき、威嚇の唸りをあげる。しかし、エンリが手でそれを嗜めると、大人しく借りてきた猫みたいになった。しかしながら、あの目は確実に俺を警戒しているだろう。いいだろう、かかってきてみろ、ブッ飛ばしてやる。

 

「これは、リュウマ様。どうしたんでしょうか?なにか御用ですか?」

「ああ、いや、あれだ。その、なんつったらいいのか……」

「もしかして、ネムと私の事についてでしょうか?」

 

 真っ直ぐこちらを見ながら、エンリが簡潔にそう言った。しょうがないから頷いて見せると、あからさまに溜め息をついて、口を開いた。

 

「お恥ずかしい話ながら、妹が、貸し与えた子猫を使って敵兵士をなぶっていたので、お説教をしていた所なんですよ」

 

 誠にお恥ずかしいとか言いながら、エンリがもう一回溜め息をついた。……ん?なんか今、妙なことを言ったような?

 

「貸し与えた?え?何を?」

「え?ですので、リュウマ様から下賜されました、この槍で召喚した火炎猫を、妹の守りにつけているのですけど」

「へ、へぇー、そんなことが出来るのか、知らなかった」

 

 あからさまに道具の性能やらが変わっているような気がするなぁ。後でモモンガさんとチェックしとかないとな。それはそれとして。

 俺は、ネムの前に座り込んで、落ち込んで俯いているネムに声をかけた。

 

「なぁ、ネム」

「……あい……」

「なんで兵士をなぶったりしたんだ?よろしくないぞ、そう言うの。そう言うことをやって良いのはな、お前やお姉ちゃんに危害を加えようとする奴等だけだぞ」

「だって、あいつら、村のひとたちを危ないめにあわせようと……」

「そーだなー。だけどな、戦士長もお姉ちゃんも、モモンガさんや俺ややまいこもいただろう?皆強いから、お前がそう言うことをする必要はなかったんだ。分かるか?」

「……あい……」

「よしよし。エンリも、もうこれでいいだろ?」

「少々納得できないところもありますけど、大丈夫です」

 

 本当に納得してないらしく、エンリは不承不承といった感じで頷いてくれた。よかったよかった。兄弟姉妹の仲が悪いのは、ちょっと見てて切なくなるからなぁ。茶釜さんとペロロンチーノは除く。

 

「リュウマさん、そろそろ行きましょうか?」

 

 話が終わったらしいモモンガさんが、俺に声をかけてきたので、二人に別れを切り出してその場から離れる。

 二人が何度も何度も声をかけてくるのに手を振って答え、モモンガさんとアルベドに合流すると、モモンガさんがひとつ頷いて、

 

「帰るか、我が家に」

 

 俺達にのみに聞こえるような声でそう言った。

 余談だが、アルベドが嬉しそうにピョンと跳ねながら頷いていたが、完全武装だからかなり奇妙だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 モモンガさんの絢爛豪華な自室にて、我々四人とアルベド、パンドラズ·アクターが集まり報告会なうである。

 カルネ村の一件で捕獲した人間数十人、その内、最初に捕獲した騎士の扱いに関しては、後々捕獲した陽光聖典の方が重要度が高かったため、それぞれ人体を欲しがったところに回されることになった。主に恐怖公や餓食狐蟲王の所とか。まぁしょうがないね。弱いものを殺していい気になってる連中だからね。いつかこの台詞がこっちに返ってこなければいいんだけどねぇ。

 

「捕獲した陽光聖典についてですが、隊長のニグンという男に関しては、イタズラに拷問を行わず懐柔するようにとのお達しですので、牢に繋いでおります。また、残りの隊員については、氷結牢獄に送り、ニューロニストに一切の裁量を任せております」

「ニューロニストなら問題はあるまい。ただ、死体については……」

「ちゃんと伝えてありますよ、モモンガ様」

「うむ、ご苦労だったアルベド。さすが守護者とうか……」

「妻としては当然の気配りでございますよ」

「あ、はい……」

 

 さすがアルベドだ。押して押して押しまくるな。いいぞ、もっとやれ。その様子を、なんとも言えない雰囲気で見ている茶釜さん。あれくらいやらなきゃ駄目だぜ、茶釜さん。

 二人がいちゃいちゃしているのをそれぞれが色んな思惑で見ていると突然、金属音が鳴り響いた。

 発生源を見れば、部屋の隅にロングソードが転がっていた。そこへ走り込んでロングソードを華麗なポーズで拾い上げるパンドラズ·アクター。

 

「ふぅむ、通常手段による召喚に関しましては、どうも規定時間以上の顕現は難しいようですぞ我が主!」

 

 踵を鳴らして帽子を指クイ、その後敬礼と言う、無駄のない洗練された無駄な動きで無自覚にモモンガさんの心を抉るパンドラを見ながら、俺はふと考えた。あの槍で召喚されたモンスターは顕現限界がなさそうだ。ゲーム内でも無かったけど。ならば、スキルに書かれているフレーバーテキストはどうなんだろう?無論、殆どはフレーバーテキストと言うよりはスキルの説明で終わってしまっているが、なんかスペースが空いたから書いてしまえ!みたいなフレーバーテキストもあるんだよなぁ。まぁ、自分の持ってるスキルのフレーバーテキストなんて、覚えてないけどね!

 そんなことを考えていたら、俺とやまいこが腕につけている時計からアラームが鳴った。

 

「時間だね」

「時間だなぁ。んじゃぁ、俺とやまいこは先に玉座の間に行っておくから。アルベドと茶釜さんはちゃんとモモンガさんを守れよ。パンドラも、おとなしめでよろしく」

 

 それぞれの気合いの入った返事を聞きながら、俺とやまいこはその場から、指輪を使って玉座の間に転移するのであった。どっとはらい。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 玉座の間。そこに、左にぶくぶく茶釜、右にアルベド、後ろにパンドラズ·アクターとセバスを連れたモモンガが遅れて入ってくる。

 そこでは多くの者達が、ひざまずいて、その有り余る忠誠を顕にしていた。

 誰一人として動かず、呼吸音すら聞こえない静寂の空間を、モモンガは真っ直ぐに玉座へと向かう。その後ろをアルベド、ぶくぶく茶釜、パンドラズ·アクター、セバスと言う順番で追って行く。

 モモンガが階段を上がり始めると、中段辺りでリュウマが種族本来の姿で槍を片手に立ち、反対側にはやまいこが本来の姿で拳も握らず立っていた。

 二人が頷いたのを確認し、ぶくぶく茶釜のみを引き連れて玉座に腰を掛ける。アルベドは当然階段の下にひざまずいて待機し、セバスはその後方に待機、その更に後ろにパンドラズ·アクターが控えた。

 玉座に座したモモンガ、その隣のぶくぶく茶釜、階段の半ばで待機したやまいことリュウマは、階段下に広がる光景を見て、心の中でのみ感嘆の吐息を漏らす。

 そこにはほぼ全てのNPCが集まっていた。こうやって全員を見ると、もはや百鬼夜行なんじゃないかと言うほどの異形種の群れであった。これだけのNPCをよく作り上げたもんだと、当時のメンバー全員を誉めてやりたくなった。

 本当は全ての僕を集めたかったのだが、下等な僕を入れるわけには行かないと、守護者全員から反対をもらったので、少々寂しかったりするが、それは別の話だ。

 

「まずは、我々が勝手に行動し、なおかつ、勝手に皆に作戦行動をさせたことを詫びよう」

 

 これっぽっちも悪いと思ってない声で、モモンガは陳謝する。これはあくまで建前上のもので、至高の四人が謝罪したと言う事が重要なのである。

 

「さて、我々が外へ出たことにより、様々な事がこれから起こるであろう。だが、私や、ぶくぶく茶釜、やまいこ、リュウマがここにいる。そして、ここに集った我々の仲間が生み出した者達がいる。恐れなど、あろうはずがない。故に、私はここに宣言する!」

 

 力強いモモンガの声が響き渡ると同時に、リュウマが槍の石突きで階段を強く叩いた。金属と石がぶつかる硬質な音が響き渡るなか、モモンガが言葉を続ける。

 

「我らのギルドの名を世界に示せ!アインズ·ウール·ゴウンを不変の伝説とせよ!英雄が数多くいるなら全てを塗りつぶせ。我等こそ大英雄であると、生きとし生けるものに知らしめよ!より強きものが、より賢きものがいるならば、どのような手段を使ってでも知らしめよ。今はまだ準備段階であるが、心せよ!そして将来来るべき時のために動け。アインズ·ウール·ゴウンこそが最も偉大であると知らしめるためにだ!」

 

 モモンガの中には、野望がある。いや、野望ではないかもしれない。しかし、自分の全てをかけてでも成し遂げたい、いや成し遂げねばならないこと。それは、ギルドの名を世界中に知らしめ、この世界に転移してきているだろうかつての仲間に自分達の存在を知らせるため、絶対に成し遂げねばならない事だ。

 全ての僕が立ち上がり、口々に「アインズ·ウール·ゴウン万歳!いと気高き至高のお方々万歳!」と叫ぶのを止めずに聞きながら、四人は充足感で一杯になりながら、次なる一手に考えを巡らせるのであった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 主人達が去った後、まだ熱気冷めやらぬ玉座の間に、僕達はいた。絶対なる支配者からの命令を受け、そして一斉に行動を開始すると言う状況が、全ての者達の心に炎を灯していた。

 

「皆、面を上げなさい」

 

 アルベドの静かな声に引かれるように、今だ顔を下げたままだった者達も顔を上げてアルベドに注目した。

 

「各員は、至高の方々の勅命には慎んで従うように。そして、ここからは私が直接モモンガ様からお聞きした重大な話を皆に伝えます」

 

 アルベドは、主人達が立っていた玉座を見つめ、その視線を外さない。他の者達もそれに習い、玉座へと視線を集中させる。

 

「モモンガ様とぶくぶく茶釜様が夜空をご覧になられたとき仰られました。この星空を全て自分達の物にしたい、ならば世界征服だと」

 

 アルベドは微笑む。それはそれは、邪気のない綺麗な笑顔だった。

 

「私たちは世界を手に入れる。どんな手段を使っても、どんな強敵が相手でも、相手が泣きわめき許しを乞おうとも、一切の遠慮も呵責もなく。私たちの主のために」

 

 アルベドがゆっくりと皆に振り返り、その瞳を確認する。誰一人の例外もなく、その瞳には鋭く強い決意の光があった。それを見て、アルベドは満足げに頷き、もう一度玉座へ向き直る。

 

「モモンガ様、ぶくぶく茶釜様、やまいこ様、リュウマ様。必ずやこの世界を皆様の足元に」

 

 声が続くように響き渡る。

 

「正当なる支配者、アインズ·ウール·ゴウン、至高の42人の元に、この世界を」

 

 





これからは二本を何話かずつ交互に上げていこうと思っています。
更新速度はちょっと遅くなりますが、そこら辺は勘弁してくださいね。

さぁ、次回はラブい話でも書こうかな。


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15,幕間 ナザリーマートの恐怖

今回は某逆脚屋さんから一部アイデアを貸出ししていただきました。
具体的には『あなたの隣のナザリーマート♪』と某ssのキチガイ三人集の一部ですね、はい。

コラボ、なのか?

ふんわりと読んでいただければ幸いです。

本家は面白いけどこっちは面白くないよ。


 カルネ村の騒動から三日経った。

 俺ことリュウマは暇をしている。ん?もて余していると言うのが正しいだろうか?

 そんな風に考えるほどに、暇である。

 もちろん、俺に割り振られた仕事はあるんだ。トブの大森林の調査って言う、外に出れる仕事がね。けど、一緒に行くはずだったアウラが真顔で、

 

「いやぁ、大丈夫ですよリュウマ様?正直レンジャー技能持ってないから役に立たないなぁ、とか思ってませんよ全然大丈夫ですから大墳墓の中で休んでてくださいよ。決してアルベドと茶釜様に何か言われた訳じゃないんですよホントデスヨホントデス」

 

 いや、あれは真顔じゃなかったな。死んだ魚の目だったような気がする。いったい、あの二人に何を言われたんだか。

 

「あうわー、暇だわ~」

 

 自室のベッドに飛び込むと、フワフワのお布団が俺を柔らかく包み込んでくれる。アモーレ!しかし睡眠無効の指輪をつけてるので眠れない。

 そんな時だった。俺の部屋の扉が全く遠慮なしに、コンコンよりもゴンゴンよりな感じで叩かれたのは。

 

「失礼するっすよ~。リュウマ様、一緒にご飯食べるっすよ」

 

 ルプスレギナだった。そう言えば、俺の専属メイドになったんだっけか?しかも自分で立候補したらしい。何でだろうと思って尋ねたら、

 

「リュウマ様には気を使わなくていいっすからね!一緒にご飯とかタメ口きいても怒られねぇっすもん!」

 

 なんだとこの狼!その通りだ。堅苦しいのは抜きにしよう。俺の精神の安定のために。念のために言っておくと、モモンガさんの専属メイドはいない。どうやら持ち回りで複数のメイドがお世話をしているらしい。リア充か、ヘルニアになってしまえ。

 

「今日のご飯はどこで食べるっすかねぇリュウマ様」

「いや、メイドなら飯を持ってこいよ」

「面倒だから嫌っす。さぁさぁ、こんなところに引きこもってないで、ご飯食べに行くっすよ!」

 

 別に引きこもっているわけではない。そう言う俺を引きずって、ルプスレギナは上機嫌でご飯を食べに向かうのだった。

 結局ご飯は食堂で取ることになった。

 俺の前にあるのは、本でしか見たことのない純然たる純和食。湯気をあげる味噌汁は、出汁の芳醇な香りをうんぬん、白米は艶やかにうんぬん、アジの開きはその身から芳醇な油以下略、この青菜のおひたしなど省略である。まぁ、理屈抜きで旨い。こんなのはあっちじゃ高級品だからな。今のうちにちゃんと味わっておこう。

 目の前で、山盛りの肉をモギャリモギャリと咀嚼して行くルプスレギナ、とエントマ。なんか珍しい組み合わせだと思ったらさに非ず、比較的一緒にご飯を食べることが多いんだそうな。肉好きと肉好き、共鳴しあうのか。

 お味噌汁をズズッと啜りこんでいると、エントマがこっちを見てた。仮面蟲だから表情は変わらないが、なんか言いたそうな雰囲気だ。で、この雰囲気と言うのを、俺はここ数日何度も味わっている。あれだ、俺が恋愛後見人だかなんだかと呼ばれ始めてからだ。

 

「なんだ、エントマ?何か聞きたいことでも?」

「え~とぉ、あ、違うぅ……リュウマ様に折り入ってお聞きしたことがあります」

「エンちゃん普通に話して大丈夫っすよ、リュウマ様なら。モモンガ様に普通に話しかけたら、アルベド様に下顎もぎ取られるかもしれないっすけど」

 

 うん、まぁ、普通に話しかけてもらって構わないけど、アルベド、どんだけ怖がられてるんだ。

 

「あぁ、うん。エントマ、普段通りに話してくれていいぞ?そっちの方が、俺も肩がこらなくていいからな」

「そぉですかぁ?ではぁ、そぉさせてぇいただきますねぇ」

 

 うん、可愛い。出来ることなら本来の顔で言っていただきたいものです。

 俺がそんなことをハスハスしながら考えていると、エントマが可愛く首をかしげた。思わず俺も首をかしげる。なぜかルプーも。

 

「ご相談なんですけどぉ、実はぁ、好きな人が出来ましてぇ」

 

 ああ、はいはいそんなこったろうと思いました。しかし、部下の相談だ。しかも相手はエントマ。食欲の化身、蟲愛でるメイドなどの呼ばれ方をする彼女が恋愛、これは応援せねば。

 

「ええと、そいつはどこのどいつだ?」

「恥ずかしいぃんですけどぉ、そのぉ……デミウルゴス様ですぅ」

「なるほど、デミウルゴスか、デミウルゴスかぁ、デミウルゴスゥ?」

「はいぃ」

 

 ええ~、予想外の人だったよ。思わず救いの手をルプーに!あ、ダメだ。ルプーも驚いてる。

 

「これは意外だったっす!で?で!?どこが良かったんすか?」

「興奮しすぎだ、ルプー」

「ぐえっ…!」

 

 詰め寄るルプーの後頭部に手刀を叩き込んだら、そのままテーブルに顔を叩きつけられるルプー。やり過ぎたかな?

 

「まぁ、恋愛は自由だと発言した俺がエントマを止める理由は無い。だから、いつでも相談に来てくれ」

「ありがとぉございますぅ。ではぁ、ですねぇ……」

 

 そうしてエントマとしばらくの間恋愛相談をした後、ルプーと一緒に食後のコーヒーをのんびりと飲んでいたら、今度はやまいことユリが現れた。しばらく俺たちに気づかない二人を観察することにする。

 

「料理長、僕はオムライス五人前」

「私もオムライスを二人前で」

 

 二人とも、よく食うなぁ。なぁ?とルプーに言ったら、

 

「いやぁ、ユリ姉はともかく、やまいこ様は毎回あれくらい食べるっすよ」

 

 と、言う返事を聞けた。あれか、やっぱ半魔巨人だからか、よく食うのは。

 そんなことを話していたら、やまいことユリが俺たちの前に座った。

 

「ちょうど良いときに見つけた」

「え?あ、はい。あれか?仕事か?」

 

 俺がワクワクしながらそう聞くと、やまいこは頷いて、無限の背負い袋から何やら四角い箱を取り出した。一面にはボタンの類いが幾つか、一面には水晶板が、一面には丸っこい水晶玉が。はてこれは?

 

「るし★ふぁー作、動画撮影機~」

 

 うん、某猫型ロボットな、似てない。ユリ、なんで拍手してるのかね?いや、待て、なんか不穏な名前が聞こえたような。

 

「るし★ふぁーさんが作ったのか、これ?」

「うん、そう。腐れゴーレムクラフターが、ゴーレムが暴れているところを撮影するために作ったって。後に僕にくれたもの」

 

 そう言いながら、俺の手の上にこれを乗せてくるやまいこ。なんだ、危険性の確認でもしろと言うのか。

 

「一応お仕事としては、これを使って各階層を撮影、イメージビデオを作ること理解した?」

「OK理解した。理解できないのはなんでそんな仕事をするんだってことだな」

 

 その言葉に、待ってましたとばかりに仕事の内容と経緯を教えてくれた。

 物凄く簡単に言うと、この先様々な種族をここに招き入れる可能性もあるが、いちいち案内するのが面倒だから、動画をつくって各階層の案内の代わりにするのだとかなんだとか。まあ、第八階層なんか危険極まりないし、第五階層や第七階層なんて、普通の生物じゃまず入れないしなぁ、これを作っておくと、いざというとき役に立つかもしれない、か。

 

「分かった、暇してたから引き受けるわ。〆切は?」

「特に決まってなかったよ。まぁ、暇なときにでもやっておいて」

「了解、んじゃぁ、行きますか、ルプー」

「ういっす。ほいじゃユリ姉、また後で」

「気を付けて行ってきなさい。ちゃんとリュウマ様のフォローをするんですよ?」

「分かってるっすよ。それじゃぁやまいこ様もお疲れさまです」

 

 モグモグオムライスを頬張るやまいことユリに手を振りながら、俺たちは一路、動画の撮影に向かうのであった。

 

「さて、では第九階層から始めようか」

「ういっす!……って、なんでリュウマ様がそれを構えてるんすか?」

「そりゃぁおめぇあれよ。むさい男が階層を案内するよりも、美人かつセクシー、笑った顔が超キュートな女の子が案内した方が、見ている奴らが皆喜ぶってなもんだぜ」

「ええ~、そうっすかマジっすか~?」

 

 まぁ、ちなみに八割くらいはマジだ。ついでに映像的にも女性がやった方が受けがいい。その点、ルプスレギナは本人の前では絶対言いたくないが、美人だこれで受けないわけがない。

 とりあえず言いくるめて、まずは客間、笑顔を振り撒くルプー。いいねいいね!

 そこから次は、この階層でも結構重要なプレイルームの案内だ。

 最初はなんかショッピングモール(超豪華)だったんだが、皆が悪のりした結果、城の中に城があると言う意味の分からない状態へと変貌して、今のシックで落ち着いた店が並ぶ一角へと進化を遂げたと言う妙な場所である。

 キラキラとしたちょっとした町並みの中、ルプスレギナが笑って各場所を説明し、それと同時に遊んだり試食したり試飲したりしながら、撮影は順調に進んでいった。

 そう、この階層で最も危険な場所へとやって来るまでは。

 

 第九階層の一角にある、やや古い形の四角い建物がある。看板には『ナザリーマート』と書いてある。そう、この建物こそ、この階層で揃わないアイテムなどあんまり無い!と豪語するアイテムショップであり、そして有数の危険地帯なのだ。ここに到達した瞬間、俺は装備していた防具や武器一式を、聖遺物級装備へと慌てて切り替えた。気がつけば、なぜかルプーがこっちを見ながら顔を赤くしていた。どうやら、俺の着替えを見て恥ずかしがっているようだ。だが、恥ずかしがってもいられないのが、この『ナザリーマート』なのだよ、ルプー。

 

「ええと、なんで着替えたっすかリュウマ様」

 

 その問いに、俺は無言で返し、そのまま撮影機器を、そこから生えてきた三脚で固定、『ナザリーマート』全体が収まるように設置して、ルプーに向き直る。

 

「いいか、ルプスレギナ。あの店に入って危険だと思ったら即座に脱出しろ。無理なら俺を呼べ。俺が、守ってやるから」

「うぇっ!?い、いきなりなんすか、もう……じゃ、ねぇっすよ!」

「あそこの店長は比較的話が分かるからあれだが、他の客に気を付けろ……では、行け!」

 

 なんかうえぇ、とか言ってたが、大丈夫だ、ルプスレギナなら。

 たぶん。

 

 ルプスレギナが店の入り口に立つと、その扉が音もなく開く。『お、お邪魔しますっす~』と言う声が店の中に消えていった。

 数秒後。

 

『お~い、パイ食わねぇかぁ!?』

『は、はぁ!?』

『外にいるやつもおいでぇ。さもなきゃこいつにお見舞いするぞぉ!?』

 

 やばい!今日はあのキチガイどもがいやがった!

 俺は、撮影機材を置いて店の中に駆け込んだ。

 

~以降はダイジェストでお送りいたします~

 

『新商品のプリンうどんかき揚げです』

『なんじゃそれ!?』

『おごごごぉぉぉぉぉ!』

『待て!ルプーに手を出すな!』

『プリンっすね……いや、うどんか?』

『焼きプリンでございます』

 

『だからねぇ、リュウマよぉ。あのシャルティアのバカップリ、なんとかしてくれよぉ』

『いや、店長、俺にそんなことを言われても』

『そんなことよりこの皮剥ぎ君EX、いかがですか?』

『う、うおおおお、やめろ俺をそこに突っ込むな!ぎゃああああああ!』

『あ、その顔、超萌えるっす』

 

『議題は、このずんだ餅をどうするかだ』

『それな』

『ばっかお前、あれだよ、リュウマに食わせればいいんじゃね?』

『それな』

『それなじゃねぇよ、俺にふるな!』

『大丈夫だ、ドンと構えなリュウマ』

『ちくわ大明神』

『それな』

『誰だ今の』

 

『あ、すまん店長。商品落っことした』

『なんですって?どうやら死にたいようだな』

『なんでそうなる!落ち着け店長!』

『お前には、どうやらお見舞いせねばならないようだなぁ』

『ま、待て、それは例の!?』

『おい、リュウマぁ、パイ食わねぇかぁ?』

ドスンドスンバキンバキンスットコドッコイゴスンゴスン、スパァァァァン!!

 

 ナザリーマートの扉が開く。それと同時に全身クリームとパイにまみれたリュウマが放り出されて地面に転がる。その後、ホクホク顔のルプスレギナが無傷で出てきて、店の中から『ありがとうございました』と言う声が聞こえたところで、映像は途切れてしまった。

 

 

 

「ああ、酷い目にあった」

 

 具体的何をされたのか言いたくないようなことをされた。だからあの店にいきたくないんだ。俺がブツブツ言ってる横で、ルプーが終始ニコニコしながら歩いている。

 

「いやぁ、めちゃくちゃ面白いところだったっすね。またいきましょうリュウマ様」

「だが断る!」

 

 そう言いながら俺たちが食堂に戻ってくると、やまいことユリが待っていた。優雅に紅茶を飲みながら、だ。

 

「ほれ第九階層は撮影したぞぉ」

「お疲れ。それで疲れてるところ悪いけど、モモンガさんが僕たちだけで会議するから集合するように、だって」

「マジかぁ……あ~、じゃぁ、行くか」

 

 緊急だなぁ。俺達は頷きあって席を立つ。

 

「じゃ、ルプー、ご苦労さん。通常業務に戻ってくれ」

「了解っす!」

「ユリ、付き合ってくれてありがと。またよろしくね」

「もちろんですやまいこ様。それでは、いってらっしゃいませ」

 

 二人のメイドに見送られながら、俺達は指輪を起動させて円卓の間に移動するのであった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 二人が指輪を起動して消えたのを確認して、ユリは自分の妹に顔を向ける。いつも通りの天真爛漫な笑顔で、二人が消えた地点を見ていた。

 

「お疲れさま、ルプー」

「お疲れさまっすよ、ユリ姉」

 

 いつも通りの会話を済ませ、二人は揃って歩き出す。歩いている間も、ルプスレギナは何があったかを楽しそうにユリに語って聞かせていた。反対に、ユリは聞けば聞くほど頭が痛くなっていく気分だった。

 

「ルプー、あれほど仕える主人を守りなさいって言ってるでしょう?しかもパイって何よパイって」

「パイはパイっすよ。まぁ、あの人達が投げたら岩を砕くっすけどねぇ。それを受けて平気なリュウマ様、まじ至高のお方っす」

 

 笑いながらそう言うルプスレギナに、ユリは深々とため息をついた。そうして分かれ道についた二人は、軽く声を掛け合って別れるのが常であったが、ユリは言葉を吐き出した。

 

「ルプー。リュウマ様はお優しい方」

「そうっすねぇ。知ってるっすよ」

 

 快活に答えるルプスレギナに、ユリはもう一回ため息をつく。

 

「そうね、今のあなたを許してるんだからわかってるのよね。なら、あまり細々と言わないけど、一言だけ。あまり調子に乗ると、リュウマ様に見捨てられるかもしれないわよ?」

 

 笑顔が凍りついた。それを見届けて、ユリはもう一回だけため息をついてその場から離れる。

 置いていかれたルプスレギナは、凍りついた笑顔のまま、しばらくの間、廊下に立ち尽くすのであった。

 

 




そしてギャグは難しい。

あ、面白くはないですよ、ええ。

では次回。


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16,冒険者になりたい骨魔王/準備段階·前編

二巻が始まるちょっと前のお話。

皆のアイドルが出てくるよ。


「あー、やっぱりフレーバーテキストの影響は、そんなに大きくなかったんですか」

 

 僕とリュウマの報告に、モモンガさんが納得したように頷きながら、どこか疲れたような声でそう言った。

 ここは円卓の間。僕たち、所謂、至高の42人以外入っちゃいけないって事になってるここに、僕たち三人を召集したモモンガさんは、まずは報告会と言う感じで話を始めていた。

 とは言え、実はあんまり報告会で報告するようなことがないのが今の現状。概ね、ナザリックの運営、警戒網、下僕の配置、防衛状況etc. etc. ほぼ全て、優秀な頭脳を持つデミウルゴスとアルベドがこなしてしまっているし、それぞれの守護者に関してみても、それぞれがそれぞれの考えでちゃんと動けてるので、僕たちが出来ることは作戦の立案と細かい調整のみとなっている。

 そんな中、唯一といっていい、僕とリュウマがやっていた実験の報告があったので、一応報告しておく。

 

「下僕の何匹かにフレーバーテキスト付きの武具を装備させて経過を見たんだけど、まぁ、多少の性格の変更みたいな物はあったように見受けられる」

「僕の方も一緒。例えば、このとある腐れゴーレムクラフターが作った『るし★ふぁーソード』なんかは、かなりフレーバーテキストを書き込んであるのに、ほとんど影響がなかったからね」

「なんでやまちゃんがるし★ふぁー作の武器なんか持ってるのか疑問でしょうがないけど、とにかく、影響が大きいものと小さいものがあるってことね」

 

 茶釜さんの言葉に、僕は頷いて肯定をして見せる。それを聞いたモモンガさんは、骨の腕を組んでさらに頭を捻る。なんかもげそうで怖いね、この図。

 

「陽光聖典の生き残りでも使って実験することも視野に入れてやっていきましょうか。……それでですねぇ、今日は皆さんに少し相談があるんですけど、構いませんか?」

 

 ほい来た。なにか相談事があると思ってたんだ。モモンガさん、あんまり自分の事で僕たちに要求することがない控えめな人だから、こうやって相談されると素直に嬉しくなるなぁ。

 僕が頷くよりも早く、茶釜さんが触手を振り上げてる。

 

「いいよモモンさんー。何でもどーんと言ってみてよ!私が何とかしてあげるから!」

「茶釜さん、ありがとうございます。リュウマさんとやまいこさんも、いいですかね?」

 

 軽く頷く僕の隣の席で、リュウマが片手をあげて返事とした。もうちょっとちゃんとしないと、僕が怒るんだけどね。

 

「ええとですねぇ……実は、皆さんと冒険をしたいなぁって思いまして」

「おっ、いいねぇ。んじゃぁ、アウラに頼んで一緒に大森林を調査兼冒険でもしてみますか?」

「うんうん、いいねいいね。よぉし、私がモモンさんをばっちりガードしてあげるからねぇ!」

「あ、僕も行くの?うん、たまにはいいかもね」

「ああ、ええと、そうじゃないんですよ皆さん~」

「「「えっ?」」」

 

 詳しく話を聞いてみると、どうも冒険者になりたいらしい。陽光聖典やカルネ村なんかでの情報収集の結果、そう言う職業があるのは分かってたけど、僕の想像だと、あんまり夢の無い職業のような気もするけど。

 

「やっぱり思うんですよ!支配者たる者、拠点でふんぞり返ってるだけじゃ駄目なんじゃないないかって!もっと外に出て、情報をじかに集めて現場の空気と言うものを知っておかなくちゃいけない、俺はそう思うんですよ!」

「本音を言ってみろ、この骨魔王」

「そろそろかしずかれたり敬われ続けるだけの生活がしんどいです……最近、アルベドやシャルティアが積極的に体に触れてくるし……」

 

 骸骨の顔を手で覆ってさめざめと泣くモモンガさん。ナザリック二大肉食系女子に襲われ続ければ心も折れる、か。しかし、そうなると精神的なお休みの意味も含めて、外に出て冒険をしてもらうのも悪くない考えだと思う。正直睡眠も食事も不要になっているから、精神がどれだけアンデッドに近づいたとは言え、人間性のようなものは失ってないんだからストレスが溜まるはず。溜まったストレスはいつか爆発するから、どっかでガス抜きしてもらわないとね。

 

「僕は、外に出て人間に交ざって、情報収集も兼ねて冒険者をするのには、賛成してもいいよ」

「やまいこさん……!」

「わ、私も賛成するよぉ!けどなぁ」

「モモンガさん、ひとつ確認なんだけど、誰と冒険者になって冒険するつもり?」

「え?そんなの決まってるじゃないですか、皆さんと……」

 

 そこまで言ってモモンガさんが言葉を止めて、非常にゆっくりとした動作で自分の骨の顔を手で覆った。

 

「皆が異形種だってこと……忘れてた……」

 

 まぁ、本人たちも時々忘れるからしょうがないとして、茶釜さんがモモンガさんを慰めている間にどうするべきか考えてみよう。

 

「さぁ、どうするリュウマ」

「どうするったって、なぁ?」

「お供がいた方がいいよね、絶対」

「そいつは絶対にいた方がいい」

 

 ナザリックの下僕達が暴走しないためにも。

 

「じゃぁ、リュウマは誰が適任だと思う?」

「俺?俺かぁ……出来ることなら人型で人間の町に紛れ込んでもばれないやつがいいよなぁ?そうするとプレアデスの中から一人、領域守護者や階層守護者の中から一人、かねぇ?」

「かなり限定的な人選になるね。出来ることならタンク役が一人欲しい。プレアデスにいたっけ?タンク出来る人」

 

 僕の言葉に、リュウマが首を捻って考え始めた。よくよく考えればこいつも真面目だなぁ。時々だけど。

 

「……純粋なタンクはいないかねぇ?本当は茶釜さんがいれば万事解決なんだけど、色々と」

 

 茶釜さんは優秀を通り越して異常とまで言われるタンク役、連れていければ旅の安全は万事確保となるんだけど、どうしたもんかなぁ。

 二人して悩み始めたところで、僕に天啓が舞い降りる。昨日整理したばかりの無限の背負い袋の中から指輪を一つ取り出してリュウマの前に翳して見せる。

 

「おー、〈 流れ星の指輪/シューティングスター 〉じゃないか。それがどうした?」

「ある程度フレーバーテキストが効果を現すことがわかった今、これの効果もまた変化してるんじゃないかと、僕は思ってる」

「……願いを叶える事が可能、か。ふむ、ちょっとモモンガさんに相談してみようか」

 

カクカクシカジカ。

 

「〈 星に願いを/ウィッシュ·アポン·ア·スター 〉で実験ですか?いったいどんな内容の実験です?」

「そいつは、あれだ……やまいこ、任せる」

 

 すぐに人に丸投げをするリュウマを睨み付けつつ、僕が引き継いで実験の内容を伝える。

 簡単に説明してしまうと、人間変身的なスキルを、この指輪で他人に付与できないか、と言うのが僕の考えた実験だった。これさえ出来れば、茶釜さんも守護者で異形種の者も外へ連れ出す事が可能になる、はず。無論、失敗する可能性もあるため無理強いは出来ないこともちゃんと伝えてある。

 実験の内容を聞いたモモンガさんは、腕組みをして唸っている。

 

「どったの、モモンさん」

「え~いえ~、皆と冒険をしたいって言うのは、俺の我が儘なんで、そんなことに貴重な指輪を使わせるのもどうかと思うんですよ」

「俺が思うに、この実験が成功したら、外で活動できる守護者が増えて色々やり易くなるからダメ元でやってみたらどうかと思うんだが」

 

 俺の持ってる〈 流れ星の指輪/シューティングスター 〉も出すから。そう言ってリュウマが指輪を取り出す。その数三つ。それを見たモモンガさんが膝から崩れ落ちて、再び顔を覆ってさめざめと泣き始める。「俺のボーナスはなんだったんだろう?」とブツブツ言ってるのがちょっと怖い。うん、モモンガさん運が無さすぎるだけだと思うよ、僕は。

 数分後、精神安定が発動したらしいモモンガさんが立ち上がって、軽く咳払い。なんだか申し訳なさそうな顔のリュウマが〈 流れ星の指輪/シューティングスター 〉をモモンガさんに手渡し、さて、と。

 

「どこで実験しましょうか?」

 

 それな。むしろ、誰を実験台にするかと言うのが問題だと思うんだけど、と、僕がポロリと漏らすとリュウマが、

 

「俺に任せろ!いい奴を二人ほど知ってる!」

「誰です?いや、答えろ芋侍」

「黙れリア充魔王ボーン。とにかく、円形闘技場で待っててくれよ。その二人を連れて後から行くから」

 

 言うが早いか、指輪の力で転移するリュウマ。誰かが止める暇も無しだった。なんか、言い返す言葉が嫉妬に満ち満ちていたような気がするけど。モモンガさんも首を捻ってる。

 

「じゃ、じゃぁ、とりあえず、先に闘技場に向かおうか?」

 

 茶釜さんに促されて、僕たちは一路、闘技場へと転移したのだった。

 

 闘技場に転移し、現在この階層の管理をしているマーレ君と、ちょうどこの階層に用事があってきたと宣う守護者統括ことアルベドと合流し、軽く雑談なんかをしていると、闘技場の入り口からリュウマの声が聞こえてきた。なんかお姉系のダミ声と理知的なイケメンボイスが聞こえてきた。ついでに、なんかカサカサと言う音も。

 

「うわっ」

「ひえっ」

「あわわっ」l

 

 その人物が姿を表すと同時に、僕たち女組がそんな悲鳴を漏らした。仕方がない、こればっかりは仕方がないんだ。

 

「おぅ、連れてきたぜよ」

 

 ニコニコと笑いながら、リュウマはその二人を前に押し出してくる。

 一人は、凄く分かりやすく言うと、ブクブクと膨れた水死体と言った感じの特別情報収集官ニューロニスト·ペインキルだ。相変わらずのキャットウォークでしゃなしゃなりと歩く様は、中々堂に入ってると思う。いろんな所が揺れるし。

 そして、もう一人が大問題だ。物凄く、物凄く分かりやすく説明するなら、体長三十センチの二足歩行で立つ……G。住居最悪、恐怖公だった。

 

「これはこれは皆様、大変お見苦しい姿をお目にかけております」

「そんなこと無いって恐怖公」

「そうよん。あなたの立派な姿に、皆感嘆の表情を浮かべているだけよん」

 

 ニューロニストとリュウマが、恐怖公の肩に手を置きながら、慰めるように言ってる。リュウマ、お前いつから恐怖公と仲良くなった。

 

「え、ええと、リュウマ様?この二人を連れてきて、いかがなさるおつもりなのでしょうか?」

「おや?アルベドは聞いてないのか?」

「ええと、何やら実験をなさると言うことですけど?」

「そうそう、んで、実験のために二人に来てもらったと、そう言うわけさ」

 

 リュウマの説明に、ニューロニストと恐怖公が何度も頷いている。なるほど、ことの経過をちゃんと説明されてここに来てるのか。じゃぁ、文句を言う筋合いは無いな。うん、無い。

 

「えー、あぁ、では二人とも、実験の内容は分かっていると言うことでいいんだな?」

「もちろんでございますわんモモンガ様ぁん」

「心構えはしてきておりますぞ、モモンガ様」

 

 ニューロニストは体をくねらせ、恐怖公は赤いマントをはためかせながら礼をしてそう答えた。

 

「じゃぁ、うん。二人の覚悟は分かった。では実験を開始したいと思う」

 

 そう言ってモモンガさんが〈 流れ星の指輪 /シューティングスター〉を取り出すと、高くそれを掲げて、闘技場に響き渡る声で唱える。

 

「我は願う!この二人に人化のスキルを与えよ!」

 

 一瞬、モモンガさんの目の奥の燐光が小さくなり、ついでそれが大きく赤々と燃え上がる。それと同時、恐怖公の体とニューロニストの体が、一瞬だけ緑の光に包まれて、そして何事もなく体の中に吸収されて緑の光は消え去ってしまった。失敗したのか、一瞬、その場で見ていた全員が疑問を抱いたが、突然モモンガさんが喜びの声を上げた。

 

「成功だ!成功したぞ!いや、凄いなぁこの魔法は!」

「おめでとうございます、モモンガ様!」

「おめでとうございますわん、モモンガ様ぁん」

「おめでとうございます、モモンガ様。さすが至高の方々をおまとめになられているお方ですな」

 

 守護者達が口々に称賛の声をあげるなか、僕らは何が凄いのか分からず、じっとモモンガさんを見ていたんだけど、その視線に気がついたモモンガさんが、気恥ずかしげに咳払いをするとこちらへ向き直り、説明を開始してくれた。出来るなら、もっと早くしてほしかった。

 

「ええっとですね。〈 星に願いを/ウィッシュ·アポン·ア·スター 〉は問題なく発動し、その効果を発揮しました。いや、凄いですよこれ!まさに、これこそ本当に願いを叶える魔法なんですよ!」

「落ち着けモモンガさん。で?一体全体どういう効果になってるんだ?」

「そのままの意味ですリュウマさん!この魔法は、使用者の願いを、経験点の消費分だけ叶えてしまう魔法になってるんですよ!不可能を可能にする魔法!恐らく、最大まで経験点を消費して願えば大体のことは叶いますね!」

 

 なるほどなるほど。で?

 

「結局、二人は変身できるようになったの?」

 

 僕の言葉に、ニューロニストと恐怖公は一つ頷くと、その体を蠕動させ始める。そして……。

 

「えーーーーーー!?」

 

 人間へと変身を終えた二人に、全員から驚きの声が上がったのだった。

 

 

続く





少しどころじゃなく長くなりそうだったので分割しました。

申し訳ない。


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17,冒険者になりたい骨魔王/準備段階·後編

今回は勢い任せ。

下品な話も多いですのでご注意を。

いや、毎回勢い任せですけどね?





 俺の目の前には、人間への変身を終えた恐怖公とニューロニストが立っている。これは驚愕せざるを得ない結果だった。

 まずは俺の親友(と、勝手に呼んでる)恐怖公。まずはその身長が伸びたのには驚いた。三十センチだった身長が170そこそこにまで伸びた。顔立ちは中東系で顎髭がシャレオツ、オールバックにした黒髪に王冠、彫りが深い顔立ちの中、猛禽類のような鋭い眼光に柔和な笑みを浮かべる口許、どことなく王者の風格だ。鍛え抜かれた褐色の肉体を赤いマントで覆う偉丈夫がそこには立っていた。全裸にマントで。

 

「股間を隠せぇぇぇぇ恐怖公ぉぉぉぉぉぉ!」

「おっと、これは失礼を致しました皆様。粗末なものを見せてしまいまして」

「いえいえ、中々立派なモノをお持ちで……」

 

 なに言っちゃってるのアルベドさん!?

 き、気を取り直して……むしろこっちが驚きである。

 ニューロニスト·ペインキル。その姿は水死体がブクブクと水を吸って膨れ上がったと表現される醜悪なものである。それがなぜこうなった!?その顔は、ちょっと魚が死んだような目をしているが美しく整ったサディスティックな美女の物。肉体的にも、あのアルベドもかくやと言わんばかりのナイスバストを紐のような革のバンドで申し訳程度に隠している。ウエストも、あの肉どこへ言ったんだと言いたくなるような細さ。しかしである。しかし、その申し訳程度の紐革バンドの間からは……。

 

「だからお前も股間を隠せ!見えてんだよ象さんがよぉぉぉぉ!」

「あらん☆失礼、粗末なものを見せてしまったわねん♪でも、モモンガ様にだったら見せても平気よん☆」

「遠慮しておきます」

 

 声はダミ声のままだった。まぁ、ちょっとキーは上がってたけど……。

 

 とりあえず、男性面子の防具で股間が隠せそうなものを二人に手渡し、俺たちはどっと疲れながらも手応えを感じていた。いや、股間を隠せたことにじゃなくてだな。

 

「とりあえず、これで第一段階は完了だなぁ」

「そうだね。これで後はモモンガさんと茶釜さんが人化のスキルを覚えさせればいいんだよね」

「あの、リュウマ様やまいこ様?なぜモモンガ様と茶釜さんが人化を覚えるのですか?」

 

 ん?あれ?実験の詳細を聞いてないのか?

 

「アルベドは、実験の詳細を聞いてないのか?」

「ええ、一応超位魔法の実験をすると聞いていたのですけど……」

「そうそう。見た通り〈 星に願いを/ウィッシュ·アポン·ア·スター 〉の実験だな。これでこの魔法が願い事を叶える魔法だと言うことが分かった。そこで、茶釜さんとモモンガさんにこの魔法をかけて人化のスキルを付与して……」

「……まさか?」

 

 お、これだけで察したのかアルベド。さすが守護者統括だなぁ。

 

「そうなんだよアルベド。そんなわけでな……」

「おのれ茶釜さん!そうはさせるものですか!」

 

 目の前で爆風が吹き荒れ、吹き飛んだ土くれが俺の顔面を殴打した。一体、何が起きたんだ?

 

「モモンガ様ぁぁぁぁぁ~~~ん!私の方がモモンガ様を愛しておりますわぁぁぁぁぁぁ!」

「う、うおおおぉぉぉ、ア、アルベド、ちょ、ちょっと、おい、やめ、いやそこは尾てい骨……!」

「ちょっ!アルベド、モモンさんから離れなさい……!相変わらず力強いな!?マーレ、手伝って!」

「は、はい、ぶくぶく茶釜様!」

 

 向こうで阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されている。具体的に言うなら、アルベドがモモンガさんを背後から押し倒し、恐らく尻の辺りに顔を埋め、そのアルベドの尻を茶釜さんが触手で拘束、ひっぺがそうと奮闘し、そこにマーレが加わった、と言う感じ。

 

「恐怖公、すまないが眷属召喚、お願いできる?」

「よろしいのですかな?ここで召喚してしまって」

「黒い津波になる程度によろしく頼む」

「では、失礼をいたしまして」

 

 恐怖公が錫杖を振り上げる。その姿、まさに王と呼ぶにふさわしい姿であった。足元の影から吹き出すように現れるのが、黒い意思を持った津波と言う名のゴキブリでなければ、もっとかっこよかっただろう。

 何百匹何千匹いるのだろうか?もはや例のあの音が物理的圧力すら伴って蠢き、恐怖公の指示にしたがってモモンガさんご一行に向かって黒い津波が例のあの音を伴って襲いかかった。ちなみにやまいことマーレは、即座に範囲外へ離脱している。さすが。

 

「げっ!」

「ちょっおま……!」

「モモンガ様ペロペロ……ん?」

 

 それぞれの反応は、黒い津波に飲まれて消えていった。合掌。

 

 出現して三人を飲み込んだ黒い眷属の津波は、二枚の完全とは言えないまでも武厚い壁に阻まれた後、モモンガさんの〈 負の爆裂/ネガティブバースト 〉によって吹き飛ばされた。一部生き残ったらしい眷属は、そのまま黒棺へと帰還して待機状態へと移るとの事。ふむ、しかし興味深いなぁ。

 

「恐怖公の眷属は人化してないんだな?」

「左様ですな。このスキルは、我輩以外に効果はない、そう言うことでございましょうな」

「ああ、そう言えば、恐怖公の種族スキルはどうなってるんだ?ニューロニストの方も」

 

 俺の問いかけに、いつの間にか近くの来ていたニューロニスト(ニューハーフ)と恐怖公が、腕を組んで暫し考える。

 

「我輩の蟲人系のスキルが使用不能ですな、リュウマ様」

「こっちもそうねん。ただ、耐性マイナスなんかも打ち消されているみたいですわん」

「総合レベルはどうだ?」

「下がっておりますな。つまり、人化することにより種族レベルそのものが打ち消されている、そう見るべきではありませんかな?」

 

 ふむ、つまり種族レベル分レベルダウンかぁ。俺なら70レベルそこそこに落ちて、モモンガさんは60レベル、茶釜さんでも60レベルそこそこかぁ。HPとかはどうなんかな?ちょっくら失礼して、恐怖公とニューロニストを見切り弐を使って見てみると……おや?意外にもHPやMPなんかは落ちてないな。ステータスは見れないからちょっと分からないけど、どうもそっちも落ちてないみたい。

 

「……ああ、人化の指輪と同じ効果なのか。レベルだけがダウンして、能力値にはほとんど影響がないってやつか」

 

 俺のつけてる人化の指輪は、能力値を10パーセント落として種族スキルを使えなくする代わりに人間種に化けれると言うもの。本来は異形種が入れないような街に入れるようにするための物。

 そんなことを考えていたら、誰かが俺の肩をがっしりと、それこそ指が食い込むほどの強さで掴んできた。背筋を悪寒が駆け抜けるが、すでに時遅し、と言ったところか。

 振り返れば、額に青筋を浮かべ、綺麗なドレスの所々に粘液を付着させたアルベドが立っていた。その後ろで、茶釜さんが触手の先に盾を二枚構え、モモンガさんがマーレから杖を借り受けてブンブンと素振りをしていた。

 

「リュウマ様?少々闘技場の裏でお話ししましょうか?」

 

 アルベドの穏やかな声に、俺が逆らえるわけもなかった。合掌するやまいこ、恐怖公、なぜかマーレのスカートを履いたニューロニストに見送られ、俺は本当に闘技場の裏へ連れていかれた。

 何があったかは語らない。思い出したくもない……。

 

「我は願う。モモンガさんに人化のスキルを付与せよ」

 

 やまいこがそう指輪を掲げて宣誓すると、先程と同じようにモモンガさんに緑色の光が浸透して行き、それで終わりだった。さて、どんな姿になるのかにゃ?

 

「どう?モモンガさん?上手く行った?」

 

 やまいこの問いかけに、モモンガさんは確認するかのように腕を組んでいた。

 

「どうやら、本当に付与されているようだ」

「では、ではモモンガ様ぁ、そのぉ、人化を試してみてはいかがですかぁ?」

「う、うむ。では、人化……!」

 

 そう言った瞬間、モモンガさんの回りを黒いオーラの様なものが吹き上がる。さながら100年くらい前に流行った戦闘力超インフレの某龍玉みたいな感じだ。とは言え、黒いオーラが濃すぎてモモンガさんの姿が一切見えないけどな!

 一分ほど続いて出てたそのオーラが消えると、そこにはモモンガさんが立っていた。そりゃぁそうだがそうじゃない。いわゆる中の人、鈴木悟さんがそこに立っていた。中肉中背、と、言うには少々痩せている。温和そうな優しげな顔つきはリアルの世界その、まま?ん?んん?あ、いや、リアルであったときよりも男前が上がってないか?いや、現実でも、よく見れば男前な顔つきだったんだが、今はなんと言うか見たまんま男前なのだ。造作なんかはほぼ元のままのはずなのに、確実に男前度が上がってるな。

 

「ええと、どうですかね?」

 

 じっと見つめられ続けて、照れたようにモモンガさんが頭を掻いた。次の瞬間。

 モモンガさんが俺達の視界から消えた。

 

「なん……だと……!?」

 

 俺や茶釜さんの視界を掻い潜り、アルベドが超低空タックルでモモンガさんの両足を確保、流れるような動作で小脇に抱え上げると闘技場の外へと駆け出していた。一連の動作は無駄と言う無駄が省かれた最小にして最高の動作であり、近接職でないモモンガさんに防げるようなものではないだろう。アルベド、なんと恐ろしき戦士か!?

 

「って、解説してる場合じゃねぇ!やべぇ、マジでモモンガさんがリア充になっちまう!」

「くっそぉ!アルベド、抜け駆けはしないって誓いあったじゃないか!待てこの野郎!」

 

 俺と茶釜さんは走った。闘技場の入り口の陰からは「や、やめよアルベド!あ、ああ、そこは、ああ!」「くふーっ!モモンガ様ぁ、そんな声を出されたら、私は私はぁぁぁん!」と言う声が聞こえてくる。

 

「手が早いなあいつ!」

「くっそー!アルベドめ!私だってそんな事したいぞ!」

「告白してからにしろ!」

「そ、それはまぁ、近いうちに?」

 

 絶対告白する気がねぇなこいつ!言い合いながら入り口の物陰へ飛び込む俺達。そこで目にしたものは。

 絶世の美女がかなり美形の男子に馬乗りになり、両手を右腕で拘束し、剥き出しの胸板に、その艶かしい舌を這わせ、左腕がズボン?を脱がしにかかっていると言う、なんともあれな状況だった。

 

「た、助けて二人とも!?」

 

 その声よりも早く、俺がアルベドの腰を掴み、茶釜さんがアルベドの全身に触手を絡ませ思いきり引っ張るが、アルベドはその全身筋力でもって抵抗する。だが、無駄無駄無駄ぁ!前衛二人の筋力に敵うわけがなかろうなのだぁ!

 しかし、それでもアルベド諦めない。モモンガさんwith鈴木悟のズボンを握りしめ離さない!こちらも全力で引っ張る。さすが神器級のズボン、破れもしないぜ!

 

「ちょ、ちょっと待ってください!あ、ダメダメ、それ以上引っ張ったら!」

 

 なんかモモンガさんが言ってるが、無視無視。

 

「うおりゃぁぁぁああああ!」

 

 茶釜さんの気合いの雄叫びが響き渡り、ついにアルベドが宙を舞う。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁ!」

 

 悲鳴をあげたのは誰だったか……。

 ただ、アルベドと一緒に宙を舞ったモモンガさんのズボンが脱げ、モモンガさんのモモン棒とモモン袋が、女性二人に見られたことだけは記しておこう。合掌。

 

 モモン棒とモモン袋をバッチリ見られたモモンガさんがさめざめと泣いている横で、やまいこがマイペースに茶釜さんに人化のスキルを付与。さすがに防具や服を着てなのは不味いと言うので、とりあえず人化は別のところでやってもらって、恐怖公とニューロニストには先に帰ってもらって、俺達はモモンガさんの部屋へと移動した。

 

 モモンガさんの部屋へ戻った俺達は、まだ落ち込んでるモモンガさんをよそにして、実験の理由をアルベドに説明しておくことにした。

 一通り説明が終わると、アルベドは少々難しい顔をした。

 

「あ、やっぱり承知できない?」

「ええ。少々承知できない案件ですね、茶釜さん」

 

 アルベドがきっぱりとした口調でそう答えた。

 

「もちろん、現地に行って情報収集と言うのは良いと思われますが、やはり守護者の立場からしてみると、容認できる問題ではございません」

「う~む。しかし、モモンガさんたっての希望だし、なんとか叶えてあげたいんだがな」

「それは分かりますが、しかし……」

 

 そこまで言って、アルベドは少し考え込んだ。

 

「では、情報収集のお時間をいただけますか?」

「?アルベド、どうやって情報収集をするんだい?僕たちに教えてくれないかな?」

「実は、デミウルゴスと共に、人間の国に情報収集を仕掛けることを前々から計画していたのですが、それを実行に移そうと思います。計画名は『G計画』分かりやすく噛み砕いて言いますと、恐怖公の眷属を各国にばら蒔き情報を収集しようと言う計画です」

「なるほど。恐怖公の眷属ならどこにでもいるし、怪しまれることはない、か。ん?じゃぁ、モモンガさんが冒険者になる必要性が無くなるんじゃね?」

「いえ、リュウマ様、それは恐らく後々必要になるファクターだと思います。とりあえず、私はデミウルゴスと計画を詰めますので、ここで失礼させていただきます」

 

 そう言うが早いか、アルベドが素早く部屋を出て行こうとする。それに先んじて、俺はアルベドの前に回り込む。

 

「な、なにか?」

「アルベド、いい忘れたことがある。少し耳を貸せ」

 

 俺はアルベドの耳に、そっと囁いた。

 

「モモンガさんのモモン棒は、全力時にはあの二倍ほどになる……!」

「!?まことで、ございますか……!」

 

 その問いに、俺は力強く頷くことで返答とした。俺の頷きを受けて、アルベドは顔を引き締め、部屋から出ていった。ふぅ、アルベドのやつ、今夜はお盛んだろうな。

 何とも言えない達成感に満ち満ちて、俺は三人の方へ向き直り、今後の方針を決めていくのであった。

 

余談

 

「これが天然物の味かぁ……美味すぎる……」

「ほんとだね、モモンさん……ハンバーグ、美味しすぎるよぉぉぉぉ」

 

 食堂で、人化したモモンガさんと茶釜さんが、肉汁溢れるハンバーグを口に運びながら感涙にむせび泣いていた。

 人化して最初にやらせたかった事が、食事をとらせることと、睡眠をとってもらうこと。その間、仕事は僕とリュウマで引き継ぐことになっている。

 二人の嬉しそうな顔を見て、僕は大変満足して、オムライスを口に運んだ。

 

「コンソメスープ、美味しいよモモンさん。食べてみてよ」

「おお、本当ですね茶釜さん」

 

 二人が仲良く出来ているようで何より。

 僕は、少なくとも茶釜さんの味方だよ、ねぇ、かぜっち。

 

 





茶釜さんの容姿については次回にて。

多数の皆さん、お気に入り登録ありがとうございます。

次回も頑張ります。




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18,異変

前回は申し訳ありませんでした。

大幅に修正されてますので、前回の話を読まれた方は、頭をオールリセットしてお楽しみください。

ご都合主義とかなんとか捏造とかオリジナルスキルとかのオンパレードになってますのでご注意を。





 パンドラズ·アクターは、久しぶりに戻ってきた宝物殿を意気揚々と歩いていた。

 モモンガが外の世界へ情報収集とストレス発散のために出掛けることが決まってからと言うもの、会議に出席したり、リュウマに言われるままに希少鉱石やデータクリスタルを持っていったり、鍛冶長と打ち合わせをしたりと忙しい日々だったが、今朝方、モモンガと守護者統括のアルベドから休暇を言い渡された。働きを認められての休暇、との事らしい。嬉しいのは、やはり自らの働きが認められた事であった。

 さて、この与えられた二日間の休日を如何に過ごすか。パンドラズ·アクターは考えた。考えた末に出た答えが、宝物殿の掃除とアイテム整理だった。

 元々、この宝物殿の領域守護者として生み出され、そして創造主であるモモンガ自身がコレクターであったためか、パンドラズ·アクターも、創造主に負けず劣らずマジックアイテムや見知らぬ道具が大好きだった。そんな彼が休日に宝物殿でマジックアイテムの鑑賞と整理、そしてそれを磨きあげることに費やして何が悪い!奇妙にビシッと決まったポーズを決めつつ、パンドラズ·アクターは自分専用のスペースへと身を滑り込ませた。

 革張りのソファーに身を沈め、やたらと大袈裟な動きで足を組み、素早く手近に置いてあった古めかしくも美しい蓄音機に乗っているレコードへと針を落とす。

 流れ出す勇ましくも美しい旋律に、うっとりとした様子で耳を傾けるパンドラズ·アクター。どこに耳があるのか、その剥きたて卵みたいな頭からはさっぱり分からないが。

 

「ふぅむ、やはり良いですなぁ。ナザリック外の方が作った音楽ですが。さすがタブラ様、良い趣味をしていらっしゃる。作者は、誰でしたっけ……そうそう、コタットゥ·ネッコ·ナベシーでしたな」

 

 指をパチンと鳴らし、パンドラは近くにあった古めかしい陶器製のティーポットから紅茶をカップに注ぐ。地味にこれもマジックアイテムだ。無限のティーポットと言うジョークアイテムだが。ちなみに効果は、毎日違った茶葉の紅茶が出てくる。これだけである。

 かっこつけたポーズで紅茶を一口啜り、パンドラは満足したように何度も頷く。

 

「本日はアッサムですな。ふむふむ。しかし、これもナザリックの外の方がお作りになられたのでしたか。素晴らしいですな。制作者は……忘れましたな」

 

 一人でアイテムの解説をしてご満悦になりながらパンドラズ·アクターは、さてどこから手をつけようか。データクリスタルが減ったから、それのチェックも兼ねて磨きあげるのもいい。いや、待て、武器庫の武器を磨きあげ、それを披露する瞬間のために練習をするのもいい。ふむ、考えるだけで胸が膨らみますな。

 この後何をするか、そんなことをワクワクしながら考えていたパンドラズ·アクターは、ふと、宝物殿の天井を見上げた。なにかを感じ取った、そんな気がしたからだ。しかし、彼の視界に写る天井や宝物殿の光景は、特に変わった所など、有りはしなかった。なのに……。

 

(なんでしょうか、この妙な感じは)

 

 口では言い表せないような妙な気分の中、パンドラズ·アクターはソファーから華麗に立ち上がり、靴音高く宝物殿の中をチェックしに歩き出した。

 靴音を響かせ、とりあえずすべての宝物をチェックし終え、パンドラズ·アクターは首を捻る。先程までの妙な感じ、あれはなんと言うか“空気が変わった”と言うのでは無かろうかと思い始めていた。そこまで至れば、この宝物殿の空気が、何となく清浄なものにも感じられる。しかし、果たしてこのナザリック地下大墳墓の中に、神聖な空気を放つような所はあっただろうか。パンドラズ·アクターは思考し、一ヶ所だけそれがあったのを思い出す。

 

(ふうむ、霊廟、ですかねぇ?しかし、あそこには至高の42人の方々の化身があるだけ。そうなれば、もしやその奥にあるワールドアイテムになにかあったのでは?)

 

 自然と足が早くなり、パンドラズ·アクターは霊廟の入り口へと赴く。

 霊廟へと至る廊下にパンドラズ·アクターの靴音のみが響くなか、彼は妙な胸騒ぎを感じていた。実態の掴めぬ不安。それを振り払うように、靴音高く歩を進めると、静謐の空間が彼を出迎えたのだが……。

 

「な、なんですと……!」

 

 周囲を見回した彼は、そこに広がる光景に我が目を疑った。慌てて奥まで駆け抜け、最後にワールドアイテムの確認を済ませたパンドラズ·アクターは、大慌てで霊廟から飛び出し、指輪を起動すると、自らの主にこの異変の報告へと急いだのであった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 カルネ村は、現在急ピッチで復興が進んで、いなかった。

 前回、騎士達に襲撃されたのを切っ掛けとして、村の周囲には頑丈な丸太で組まれた防御柵が設置され、その外側に空堀、一段高い所には先を尖らせた一メートルほどの木の棒が設置されている。ただし、全て一部のみだが。

 とにかく、あの時失われた村人が多すぎたため、どの作業も思うように進んでいないのが現状だ。新村長であるエンリ·エモットは密かに頭を抱えていた。

 無論、リュウマから下賜された槍から戦力は補充できるのだが、如何せん、今欲しいのは労働力である。しかし、労働力が欲しくとも、余所の人間をこの村で養うことは、現在の村の生産能力では非常に難しいと来ている。

 さてどうしたものかと、村長宅=我が家の軒先で腕組みをしてエンリが考えていると、森から大きな影が二つ、巨大な丸太二本を肩に担いで現れた。その二人を見て、エンリが微笑んだ。

 

「リュウマ様、やまいこ様、お疲れさまです!」

「うん、問題ない、エンリ。それと様は要らないよ。特にこっちの芋侍は」

「芋侍とはなんだこら。しかし敬称が要らないのは事実だ、エンリ。普通に呼んでくれ」

 

 二人の気安い調子に、エンリは苦笑しながらとにかく、今、一番困っている人員の不足について相談してみることにした、が。

 相談されたリュウマは、こめかみを押さえながら唸った。正直、内政系は大の苦手だ。食料に関しては、モモンガさんから〈 ダグザの大釜 〉の使用許可と使用可能金貨の必要数は確保してあるから問題ないが、人手に関してはどうにもならない。ナザリックから下僕を連れてくることも考えたが、ただの村にナザリック·オールド·ガーダーは過剰戦力だろうし、死霊系モンスターが闊歩し畑を耕す村とはいかがなものかな、ビジュアル的に、何て事を思ったりもする。要するに、アイデアが出ないのだ。

 反してやまいこは、様々なアイデアを出して頭の中で検分するが、効果的な策が出せないでいた。しかし、一つ試してみたいこともある。故に、やまいこは一つ試してみようと思った。上手くすれば労働力の確保ができるし、そうでなければエンリの経験値稼ぎになるだろうし。もう一つ狙いもある。この世界にはタレントとか言う異能があるらしい。エンリの性格が豹変した理由がそれなら、これでなにか判るかもしれない。

 

「エンリ、もしかしたら労働力が確保できるかもしれない道具があるんだけど、使ってみる気はないかな?」

「え?そ、それが本当ならばありがたいのですが……」

「まぁまぁ、使ってみてよ。なにか問題があったら、僕と芋侍が何とかするからさ」

 

 そう言いながらやまいこが差し出したのはみすぼらしい角笛とゴツゴツした石ころだった。

 

「片方が〈 ゴブリン将軍の角笛 〉。もう片方は〈 ロックゴーレムのプラント 〉って言うマジックアイテムだよ」

「どっちも召喚系のアイテムだな。〈 ゴブリン将軍の角笛 〉は十二体のゴブリンを召喚して、〈 ロックゴーレムのプラント 〉は五体のゴーレムを召喚するものだ」

 

 二人にしてみればゴミ同然のアイテムなのだが、この世界の基準なら破格の効果をもたらすアイテムを前に、エンリは僅かに逡巡した後、角笛に口を当てて息を吹き込んだ。パプーっと言う間抜けな音が村に鳴り響き、静寂。

 何も起こらないことを訝しく思いながら三人が周囲を見回すと森の中からゴブリンが飛び出してきた。エンリが槍を構える中、ゴブリン達がエンリの前に集合し片膝をついた。

 

「お呼びにより参上致しやした!」

「へ~、こうやって召喚されるのか、ずいぶん違うものだね」

「そうだなぁ。ゲームじゃ周囲にポップするだけだったのにな」

 

 呼び出されたゴブリン達がエンリに挨拶をしている前で、リュウマとやまいこはその出現方法にそう評した。レベル的にもっとも高いのがレベル12のゴブリンリーダー、残りは10レベルから8レベル程度だが、この村の護衛兼労働力としては問題ないだろう。

 ゴブリン達の挨拶が終わり、エンリが、村人にゴブリンを引き合わせてくると言い歩き出すと同時、屋根の上から小柄な誰かが飛び降りて来る。その人影は、屋根から軽やかに地面に着地すると、やまいこ、リュウマの順に頭を下げた。

 

「やまいこ様、リュウマ様、ご報告が」

「なんだいシズ?」

「この村に近づく影があります。恐らくバードマン。敵性存在かどうかは不明。いかがしますか?」

 

 簡潔なシズの報告に、二人は首を捻った後、それぞれの得物を取りだし、シズの案内でそのバードマンが飛来する方へと向かうことにした。その後ろを、エンリとゴブリンの集団が、それぞれの武器を握りながら周囲に警戒を呼び掛けつつついて行くのであった。

 

 少し開けた開墾中の土地に出た二人は、我が目を疑った。その土地の中央で、ネムがいた。そして、そのネムに手を伸ばしている光輝くバードマンの姿が。

 おや?あいつは?リュウマがそう思った瞬間、やまいこが血相を変えて飛び出していた。それに気がつくバードマン。それが口を開くよりも早く、やまいこの〈 女教師怒りの鉄拳 〉がそのバードマンを殴り飛ばしていた。顎を上げて垂直に吹き飛ぶバードマン。それを呆れた目で見ながら、リュウマは深々と溜め息をついて、追撃をしようとするやまいこを止めに入るのだった。

 

 やまいこを止めるまでそれなりに時間がかかったが、目の前の人物が誰か分かった瞬間、一応収まってくれた。

 

「いってぇーなぁ。なにするんだよやまいこさんー」

 

 バードマンは、不満たらたらな様子でそう文句を垂れた。

 

「まぁしょうがないだろ。お前、変態紳士だからな」

「うぅわ、ひどっ!リュウマだって似たようなもんだろうが」

「うん、悪かったペロロンチーノ」

「まぁ、回復魔法かけてくれたから大丈夫だけどねー。それでさ、聞きたいんだけど、これ、何事?」

 

 にこやかに、ペロロンチーノは二人にそう聞いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ワーカーチーム《 フォーサイト 》が受けた仕事はオーガ部族の討伐依頼だったはずだ。だが、それは予想以上に困難な任務と化していた。

 

「アルシェ!魔法は温存しておけ!」

「……分かってる……!」

「ロバーデイクも同じくだ!支援もほどほどにしておけ!」

「了解です。イミーナさん、どうですか?」

「四方を一定の距離で囲まれてるわ!」

 

 押しては返すゴブリンの群れに翻弄されながら、それでも彼らは生き延びる道を探してあがいた。

 何度目かのゴブリンの襲撃を打ち払い、フォーサイトの面々が一息ついたとき、それは唐突に起きた。

 森の西側、つまり異種族連合とも呼ぶべき連中の本陣に程近い場所に、天を貫かんばかりの炎の柱が吹き上がったのだ。熱波が森を駆け抜け全員が顔を伏せるなか、地の底から響くような声が全員の耳を打った。

 

「ようやく人がいたな。おい、お前ら。ちょっと話を聞かせろ」

 

 彼らの側まで歩み寄ってきたのは、羊の頭をした……

 

「悪魔……?」

「あん?見れば分かるだろうが。おい、聞いてるのか?俺の質問に……ちっ!まだ生き残りがいるのか!」

 

 忌々しそうに舌打ちをすると、その悪魔は炎の柱がたった方向へ目を向けていた。そこから、奇声を発しながら飛び出してくるのは、大小様々なモンスター。中にはギガントバジリスクの姿もある。

 誰かが、終わった。そう呟くが、それを聞いた悪魔は、そいつに向かってこう言った。

 

「おいおい、世界的災厄の俺がいるんだ。お前らが終わるわけがなかろうが」

 

 そう言って、悪魔は指を一本、その千を越えるモンスターの群れに指を向けた。

 

「世界的災厄の俺に歯向かったことを、後悔するんだな?来たれ!我が五つの災厄の一つ、風の神聖を汚す災厄よ!《 第二災厄·殲滅の竜巻/Second disaster Tornado of annihilation 》!」

 

 力有る言葉が辺りに響き、敵の群れの中心で風が渦巻く。それは瞬く間に巨大な竜巻へと変貌し、範囲内に有る全てを飲み込み粉微塵に磨り潰して行く。悪夢のような光景は数秒で終わったが、それに伴う破壊は異常極まりない。地表のほとんどが抉りとられ、荒涼とした大地が広がる。そこで動くものなど無く、誰も声を出すことも出来なかった。

 そんな中、悪魔は先程までと変わらぬ調子で、フォーサイトの面々に話しかけた。

 

「さて、話の続きをしようか?ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな?俺の名前はウルベルト·アレイン·オードル。世界的災厄だ。よろしく諸君」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 竜王国のとある村。

 ここは現在、地獄の様相を呈していた。

 逃げ惑う人々に背後から襲いかかるのは二足歩行の虎や狼、ライオンであった。その俊敏な動きで、男の首筋に噛みつき、そのまま首を引きちぎる者がいれば、あちらで女を犯しながら食い殺すものがいる。命乞いをする母親を子供の前で八つ裂きにする者がいる。凄惨な光景の中、少女は走る。死から少しでも遠くへ。自らよりも遠くになるように祈りながら。

 しかしながら、祈りなどこの地では意味がなかった。

 獅子のビーストマンが少女の傍らに現れ、その鋭い爪を振り上げた。それを視界におさめ、少女は諦めたように目を閉じた。その爪が降り下ろされるのを待つように。

 だが、いつまで経ってもその時は訪れなかった。

 恐る恐る目を開いた少女の眼前には、風にはためく深紅のマント。陽光を照り返す荘厳な刃がその手にはあり、全身を覆う白銀の鎧。そこには、物語の中から飛び出したような聖なる騎士が立っており、聖騎士の前には、真っ二つに両断されたビーストマンが、時折体を痙攣させながら転がっていた。

 

「大丈夫かい?」

 

 兜に覆われた半面がこちらに向けられて、少女の胸が高鳴った。慌てて首を縦に振ると、聖騎士は力強く頷き、少女を安心させるように優しく、しかし力強く宣言した。

 

「もう大丈夫だ。なぜかって?私がここにいるからさ」

 

 その言葉が終わると同時に聖騎士は駆け出した。近くにいたビーストマンから順に、とてつもない早さで切り捨てていく。少女にとって、そして生き残った者にとって、それは神話の光景だった。誰も敵わなかったあの怪物が、瞬きの間に数を減らして行く。そんな血生臭い光景の中にありながら、聖騎士は返り血を浴びること無く、その身に一度の攻撃を浴びることもなく、十数匹いたビーストマンを数分の間に切り捨ててしまった。

 歓声を上げ始めたのは誰であったか。それはさざ波のごとく広がり、そして怒号のような波となった。

 そんな中にあって、聖騎士は、誰に省みること無く、近場に転がっていた死体へと近づき、その亡骸を拾い上げ、一ヶ所に集め始めた。その作業を見ていた人々は、最初、彼が何を始めたのか分からなかったが、すぐに彼が亡くなった人々を弔おうとしている事が分かると、それを我先にと手伝い始める。

 略式も略式な葬儀が終わり、亡くなった人々の亡骸が燃え行くなか、助けられた少女は聖騎士の側へ歩み寄る。それをいち早く気がついたらしい聖騎士は、少女の方へ顔を向けると首を傾げる。

 色々聞きたいことはあったが、最初に出てきた言葉は、こんなどうでもいいような内容だった。

 

「騎士様、あなたのお名前は?」

 

 それに対する答えは、優しく簡潔な物だった。

 

「私ですか?私の名前は、たっち·みー。ただの、正義の味方ですよ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「モモンガ様、一大事でございます!」

 

 執務室で、アルベド、ぶくぶく茶釜と共に休憩をとっていたモモンガの元に、血相を変えたパンドラズ·アクターが飛び込んでくる。アルベドが叱責を言葉を飛ばすよりも早く、モモンガが片手で報告を催促すると、少々落ち着きを取り戻したパンドラズ·アクターが一礼をして答えた。

 

「霊廟に配置された化身の内の三体、たっち·みー様、ウルベルト·アレイン·オードル様、ペロロンチーノ様の武器防具ごと消失致しました!」

「……なん……だと……?どう言うことだパンドラズ·アクター!」

 

 怒りの声が上がり、アルベドとパンドラズ·アクターが身を震わせたが、それと同時にモモンガに〈 伝言/メッセージ 〉が繋がった。イライラしながらそれをとると、その内容に、モモンガは耳を疑った。

 

『モモンガさん、やまいこです。ペロロンチーノが合流したから、今からそっちに戻るね』

 

 

 




前回の消した分を読まれた方に陳謝いたします。

まぁ、時々こういうこともやるんで、申し訳ありません。

ではでは次回、です。


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19,ペロロンチーノは変態紳士

遅くなりまして申し訳ない。




 いや、別に良いんだけどさ。

 目の前で繰り広げられるバカップルのイチャコラを見せられて、俺は怒りを通り越して呆れるしかなかった。

 ちなみに、イチャコラしてるのはナザリックに連れ帰って、モモンガさんに挨拶と連絡を終わらせたペロロンチーノとシャルティアだ。さっきから椅子に座って膝にシャルティアを乗せて、フルーツを食べたり紅茶を飲んだりしてる。口移しでな!

 

「んんー、シャルティア、美味しいよ」

「本当でありんすか?ふふ、もっと食べてくんなまし♪そして、夜はぁ……」

「分かってるさ、シャルティア、マイスウィート」

 

 うぜぇ。果てしないほどうぜぇ。

 

「リュウマさん、さっきの話、どういうことでしょうね?」

 

 二人のイチャコラを尻目に、モモンガさんが俺にそう話しかけてきた。

 さっきの話って言うと、あれか。ペロロンチーノがログインした時、現在のアバターじゃなかったって言う話か。

 

「不思議な話だよな、あれ。しかも、インしたら見知らぬ森の中にいて、フル装備状態だった。なおかつスキルも以前同様使えたとか、意味わかんね」

「……仮説ですが、聞いてもらえます?」

 

 うん、モモンガさんのそう言う仮説とか戦略とかを素早く組み立てれるところは尊敬に値するなぁ。

 

「ああ、お願いしようかな。なんかの突破口になるかもしれないしな」

「ええ。仮説と言ってもあれなんですけど。精神が入れ物に引っ張られたんじゃないか、そう俺は思ってます」

「えーと、あれだな。要は、ペロロンチーノと言う中身が、長年使ってたアバターのデータから作られた化身の中に入った、って考えでおk?」

「概ね、そんな感じです」

「けど、それなら色々納得が行くなぁ。俺ややまいこ、茶釜さんは化身こそ作られてたけど、データがそのまま残っててこっちへやって来た。ペロロンチーノはそのデータがない状態でこっちへやって来た。で、仮初めの肉体だった精神がこちらへ来て、本来の肉体のデータから作られた化身を発見し、そこに入った。ふむ、なかなか考察のしがいがある仮説だねぇ」

 

 その化身がフル装備状態だったんだから、端からフル装備状態なのも頷けるな。と、なると、だ。

 

「たっちさんやウルベルトも同じ状態だって事になるのかねぇ?」

「この仮説通りなら、そうですね」

「捜索はどうなってんの?」

「今、ニグレドに、魔法を使って、たっちさんを探してもらってますよ」

「ウルベルトは?」

「ウルベルトさんの場合、俺よりも強力な対情報系魔法を展開してるから、下手に藪をつつく事もないかと思って後回しにしてます」

 

 ああ、第九位階魔法をカウンターで叩き込むようにしてるんだっけ。情報系魔法で覗き見した奴等が血祭りに上げられてたのをせせら笑ってたっけな、あの人。

 

「とりあえず情報待ちだなぁ、モモンガさん」

「そうですね。正直、今すぐ飛び出したい気分で一杯ですけどね」

 

 苦笑の気配を滲ませ冗談めかして言ってるけど、下手すりゃこの人、マジですっ飛んでいってもおかしくないんだよな。むしろ、たっちさんが見つかったら、マジで飛んでいきかねないからな、気を付けとかないと。一応、アルベドと茶釜さんに頼んどこうかね。

 

「けど、今回の一件で、他のメンバーが転移してきたら、すぐに分かるかも知れないってことが分かりましたからね。少々気が楽になりましたよ」

「見つかりそうにない奴が二人いるんですけどねぇ」

「?誰です?」

「ヘロヘロさんと、ぷにっと萌えさん」

 

 さっきまでの仮説が真実なら、化身が消えるのは、昔のアバターが無くなっているメンバーに限定される。あの時点でアカウントを消してなかったメンバーは、ここに残っている面子とヘロヘロさん、んでもってぷにっと萌えさんか。ヘロヘロさんとぷにっと萌えさんがもし転移してたら、見つけるのは少々難しいように思えるが、果たして。

 

「あー、ヘロヘロさんですかぁ。確かに、人間の町とかに潜んでいるような気はしませんね。むしろ、人間の町や亜人の町に潜り込んでそうなのがぷにっと萌えさんですよねぇ」

「むしろ、どっかの軍の指揮官とかやってそうだなぁ」

 

 あの人の戦術とか戦略とかおっかない。『相手からアイテムを盗むよりも手っ取り早く殺ってしまった方が早いですよ?』とはあの人の言だっけか。言うことがいちいちおっかなかったりするんだよな。

 

「モモンガ様リュウマ様、なんのお話をされてらっしゃいますか?」

「おお、アルベド。なに、もしかしたら他のメンバーも戻ってくるかもしれないと言う話を、な」

「そうなのですか!?とと、申し訳ございません、声を荒げてしまいまして」

「ふふ、そうか、アルベドも皆が戻ってきてくれたら嬉しいか」

 

 顔を赤らめて頭を下げるアルベドを見て、モモンガさんが嬉しそうにそう言った。なんか、お爺ちゃんみたいだな。

 

「ええ、もちろん嬉しゅうございますよ。ただ……」

「ん?どうしたアルベド」

「いえ、その、言いにくいのですが、なんと言うか私の創造主であるタブラ·スマラグディナ様は、あまり帰ってきてほしくないような……」

「ふむ?そう言う設定がされてたとか、そう言うことではないのだな?」

「ええ、はい。そう言うことではなくて、うーん、なんと申しますか、心情的な物でございますね」

「ふむ……前に何かの本で読んだのだが、オイデスカコンプレックスというやつかもしれないな?」

 

 ?いったいいきなり何を言い出したんだこの人は。オイデスカ?甥ですかコンプレックス?分からん。アルベドも頭の上に?マークを大量に飛ばしてるんだが。それを見てとったモモンガさんは、首を捻って語り始めた。あっ……(察し)

 

「本来の使い方では、子供が親を憎むようになる心の動きなんかを総称してそう呼ぶらしいのだ」

「まぁ……そのような言葉が」

 

 ちょっ、待ってモモンガさn……。

 

「うむ、そうなのだ。タブラさんも、言ってみればお前たち三姉妹の父親。それを嫌いになるのもまた必然だろう。だがな、アルベド。私はそれでもタブラさんに帰ってきてほしいと思ってる。お前も、それを望んでくれないか?」

「はい、分かりましたモモンガ様。タブラ·スマラグディナ様がご帰還の暁には、ちゃんとお話しすることを誓いますわ」

「そうかそうか」

 

 満足そうに頷くモモンガさんと、その言葉に感動したのか、目の端に涙を浮かべるアルベド。きれいに話が纏まっていい雰囲気なのだが……。

 

「オイディプスコンプレックスな?」

「……え?」

「ついでに言うと、アルベドの場合だとエレクトラコンプレックスか?ともかく、モモンガさん、オイディプスコンプレックスな」

 

 そう指摘すると、モモンガさんが一瞬硬直した後、骨の顔面を両手で覆ってしゃがみこむ。

 

「……素で間違えた……」

「……まぁ、言いたいことは伝わったと思うから、いいんでない?」

 

 ちなみに、二つのコンプレックスの内容としては、同性の親を憎み、異性の親を愛するなんやかやを精神分析の人が定義したあれなんで、何処まで信用したものかは不明。俺もあんまり詳しくないし。

 そんな俺たちのやり取りを微笑みながら見ていたアルベドが、急に顔を引き締め、こめかみに指を当てて中空を睨み付けた。非常事態かと俺とモモンガさんが身構える前で、アルベドが真剣な顔で俺たちを見る。

 

「モモンガ様、リュウマ様。お一人、発見されました」

「たっちさんか!?」

「はい、たっち·みー様です。すぐに姉のところへ向かいましょう……ところで」

 

 そう言って、アルベドがあっちの方に顔を向けて、なんとも言えない表情をした。釣られるように、モモンガさんと俺もそちらへ顔を向け、恐らくなんとも言えない顔になっていただろうと思う。

 そこには、四つん這いになって尻を高く突き上げ、白蝋じみた美貌を朱に染め上げ荒い息を吐くシャルティアと、高く突き上げられた尻を丁寧に撫で回しご満悦な顔で紅茶を飲む変態バードマンと言う、変態カップルの姿があった。

 

「あれ、どうしましょうか」

「……茶釜さんに、任せるか」

「右に同じく」

 

 

 ナザリック第五階層氷河に佇むやたらメルヘンな館の前に、俺達は立っていた。途中で合流したやまいこによると、現在茶釜さんがペロロンチーノとシャルティアをお説教中らしい。後から合流するそうな。

 とにかく急ぎニグレドの所まで行くと、意外な人物があまりの寒さに震えていた。

 

「ニグンじゃないか。大丈夫か?」

「な、ななななんんんんのこれしきききき」

 

 あ、これはあかんパターンや。俺は無限の背負い袋からマントを一つ取り出してニグンに着せてやった。冷気防御が付与されたマントなんだが、結局それ以外の能力を持たないマントなんで、使い道がなかったから、丁度いいのでこいつにくれてやろう。そう言ったら感動された。涙を浮かべて感謝された。女じゃないのが残念だ。

 

「なぜニグンがここに?」

「はっ!スルシャーナ様、お答えします」

「いや、私はスルシャーナじゃないと何度言えば分かるのだ。私はモモンガだ」

「こ、これは失礼をいたしました、モモンガ様。お答えしますと、この大陸の地理に詳しいのが私であるためです」

「ほう……では、この映像に映し出されているのはどこなのだ?」

「恐らく、いえ、間違いなく竜王国でしょう。我々陽光聖典が定期的に派遣されている国ですので、覚えがございます」

 

 そう言っている間にも、映像が切り替わりそして一人の聖騎士の姿を映しだす。

 

「たっちさんだな、間違いなく」

 

 向かい来る虎頭のビーストマンを高速の剣捌きで切り捨てるのを見て、確信したようにモモンガさんが呟き、俺たちが頷いた。それは圧巻の戦い方だった。一歩も動くことなく、近づいてきたビーストマンの首を次々とはねて行く。恐らく、ニグンにはその動作は見えておらず、騎士に近づいたビーストマンの首が勝手に飛んでいるように見えてるんじゃないか?

 さて、俺としては今さらたっちさんの強さが云々何てのにはそれほど興味がない。強いなんて事は嫌ってほど知ってるんだ。むしろ、気になるのはたっちさんの後ろにいる人間達だな。たっちさんは、どうもこの人間を守っているようだ。まぁ、正義の味方らしいと言えばらしいのだが。

 

「ニグレド、あそこの人間はどれくらいいるんだ?」

「そうですね……160人弱、と言ったところだと思われますわ、リュウマ様」

 

 160人弱、か。まぁ、たっちさんなら問題なく守りきれる量だが。

 

「迎えに行くぞ」

 

 モモンガさんが、冷静に聞こえるような声で言った。

 

「待って、モモンガさん。行くのは吝かじゃないけど、とりあえず色々決めてから行こうよ」

「色々って、何を決めるんですかやまいこさん」

 

 その言葉に、やまいこは珍しくイタズラを思い付いたような表情で笑った。

 

「久しぶりの再会、ドラマチックにしたいじゃない?それに、アルベドとデミウルゴスが考えてた計画の一部に、これは使えるシチュエーションだからね。全力で利用しようじゃない」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

-sideウルベルト-

 

 助けた初心者っぽい奴等から色々聞いたが、どうも俺の知ってるユグドラシルでは無さそうだと言うことが分かった。分かったからなんだって言うんだ。

 これはあれか。異世界転生系のパターンか。くっそくだらねぇ。そうは思うが、どうもそれが当たりっぽいなぁ、現在の状況は。ならもうちょっと若いときに転生させてくれよ。

 

「ふぅむ、それで、お前らはこれからバ、バハルス帝国とやらに戻るのか?」

「ええと、まぁ、そういう事になりますね、はい」

 

 確か、ヘッケランとか言うチームリーダーっぽい奴が、へりくだってる訳じゃないが、かと言ってこちらを刺激しないようにそう答える。そう、へりくだらなくても大丈夫なんだが。別にとって食おうって訳じゃねぇんだし。

 

「大丈夫なのか?その程度の強さで。とっととそこらの草むらでくたばるんじゃないか?」

「あなたが強すぎるだけ……!私達は、それなりに強い……!」

 

 なんか、美少女を怒らせてしまった。ちょっと心配しただけだってのに。しかし、この程度の強さでこの世界じゃ強いほうなのか。かなりチョロいな。

 

「そうか、そりゃ悪かった。そうだな……どうだ、お前ら、俺を雇わないか?」

「はぁ!?あんたみたいな危険な悪魔、雇えるわけないでしょうが!?」

 

 また怒られた。確かイミーナだったか?

 

「落ち着け貧乳」

「ひん……!?」

「俺は現在進行形で情報が欲しい。なら、人が多いところへ潜り込んで情報収集するのがもっとも手っ取り早い。ところが、俺はこの世界に疎い。そんなときにお前らが現れた。俺は思ったね。こいつは天恵だってな」

「勝手なことぬかしてんじゃないわよこの悪魔!」

「いや、見たまま悪魔だからな、しょうがない。お前らにメリットが無いわけじゃないぞ?俺の情報収集が終わるまで、お前らに力を貸してやろう。安心しろ、悪魔は契約を破らないからな」

 

 とにかく、こいつらがなんと言ってもついていくのは、俺の中では確定事項だ。とにかく情報が欲しい。きっと、あいつらならここに来ているはずだ。

 

「とにかく、お前らがなんと言っても俺はついて行くからな。嫌なら実力でねじ伏せな」

「ああっと、少々よろしいでしょうかね?」

 

 なんだっけこいつ?確か、ロバーデイクだっけか?

 

「なんだ?」

「なぜ、そんなに情報を欲しがるのでしょうか?正直、あなたほどの実力があれば、国の一つでも滅ぼしながら情報を入手することも可能だと思いますが」

「まぁ、必要とあればそれくらいはやってのけるがね。そいつをすると、五月蝿い奴がいるんだよ。ようやく和解したんだ、また関係をこじらせるような事は、なるべく避けたい。ああ、情報を欲しがる理由だったっけか。簡単だよ。どっかに俺の仲間が居るかもしれない。そいつらの情報が欲しいんだよ、俺は」

 

 なぜだか確信がある。この世界にはあいつらがいる。モモンガにリュウマ、そして、憎いが憎みきれないあんのたっちの野郎が。だったら、こっちから探し出してやる。

 

「まぁ、そんなわけだが、他になんか質問はあるか?」

「じゃぁ、私から、いい?」

「どうぞ」

「私たちについてくるのは、百歩譲っていいとするけど、私たちのルール、守れるの?」

「ふんっ。当たり前だろうが」

「だって、ヘッケラン。どうする?」

 

 俺の答えに満足したのか、美少女、確か、名前はアルシェだったか?アルシェはチームリーダーのヘッケランに尋ねる。

 

「あー、まぁ、ついてくるんだろう、しかも勝手に。否も応もないじゃないか」

「ふむ、ならば契約完了と言うことで」

 

 そう言って俺はずいぶん毛深くなった手を差し出した。訝しげな表情でそれを見ていたヘッケランだったが、意図に感づいたのか、その手を握り返して苦笑した。俺は、今世紀最大だろうなと思えるどや顔で答えて、改めて心に誓う。絶対に、あいつらを探し出してやるってな。

 

 

 

「そう言えば、あなた、魔法を使えるのよね?どの程度まで使えるのかしら。分かる、アルシェ?」

「ううん。正直、魔力とかが見えないから実力を計れないんだけど、どうしてかな?」

「あん?お前、情報系魔法が使えるのか。まぁ、対情報魔法用の指輪をつけてるからな

分からないだろ」

 

 そう言いながら、俺はビビらせてやろうと思ってその指輪を外してやった。さぁ、喝采せよ!俺のこの魔力を!

 一瞬の間。

 

「おぇぇぇぇぇええええええええ!」

 

 アルシェに吐かれました。泣きたい。

 

 

 

 

 




アルシェに嘔吐させるのは鉄板なり。

ちなみに、これを書き上げるのに十二回ほど書き直しました。
これも全て仕事が悪い。

ではまた次回。


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20,策謀の時代

再び遅くなり、申し訳ない。
今回も捏造全開、オリジナル展開でお送りします。
苦手な人は、回れ右。





「薬草採取?なんだってまた」

 

 槍の扱い方や戦い方の指導の後、昼食をとりながらエンリから相談されたのは、トブの大森林のそこそこ行ったところへの薬草の採取へ向かいたいと言うものだった。この森、俺や、今日は一緒にやって来たルプスレギナや、なんかモモンガさんややまいこに命令されたらしいシズにとってはそれほど危険じゃないんだが、正直、10レベルあるかないかのエンリには少々きついと思うんだがなぁ。

 

「ええと、リュウマ様「呼び捨て」……リュウマさんにこの様な事を相談するのもあれですけど、村の貯蓄が心許ないもので」

「そんなにカツカツなのか?」

「ええと、普段なら問題はないのですけど、今年は……外から色々買い付けたりしなければいけないので、心許ないですね」

 

 ああ、考えてみればそりゃぁそうだ。あの帝国騎士に扮した法国の兵が焼いた他の村の住人も、ずいぶんこの村に流れ込んでるらしいしな。むしろ、よく生き残りが居たなぁと感心。手心を加えたのかそれとも別の理由があったのか。まず間違いなく後者だろうけど。

 

「薬草って、お金になるんすか?自分にしてみればただの葉っぱなんすけどねぇ」

 

 エンリが怪我したときのために待機していてもらったルプスレギナが、干し肉をかじりながら疑問を口にする。

 

「確か……ポーションの材料になるんだったっけ?」

「はぁ~、さすがっすねリュウマ様!アタシは全然知らなかったっすよ!」

「いや、俺も最近この村のレンジャーのおっさんに教えてもらったから知ってただけで……」

「いやっすねぇ~、社交辞令に決まってるじゃないっすか~。この程度で照れるって、どんだけウブなんすか」

 

 ようし、後で覚えてろ。ハバネロをダース単位で食わせてやるからな。まぁ、それはそれとして。

 

「じゃぁ、昼飯食ったら行きますか。この村が無くなるのは非常に困るからな」

「あ、はい!じゃぁ、ささっとご飯を食べてしまいましょう」

 

 麗らかなカルネ村の昼食は、のんびりと過ぎていくのであった。

 

 森に入って色々採取するための道具をかき集め、開墾作業中のゴブリンズからレンジャー技能持ちを引っこ抜いて、いざ森へ入ろうとしていると、なぜかシズとネムが森の入り口に仁王立ちしていた。何事か。

 

「あーっと、シズちゃん、何をしてるんすかここで?」

「ルプ姉。うん、それは隊長に聞いて?」

「たい、ちょう?」

 

 無言でネムを指差すシズ。全員の視線が集中して、さらに胸を張るネム。

 

「えぇっと……ネム、こんなところで何をしてるんだ?危ないぞ?」

「リュウマ様!ネムも役に立つよ!連れてって!」

「……」

 

 純真なキラキラした子供の目が俺を見てる。助けを求めてルプスレギナを……あ、ダメだ、こういう時、役に立たないわ。なら、ゴブリン·アーチャーのウンギョウとスイギョウを見ると、こっちを見て苦笑しながら肩を竦めた。エンリ……は見ないようにしよう。気配だけでわかる。ちょっと怒ってる。

 

「んんー、連れていきたいのは山々だがな、この森は危ないからな。ネムは村でお留守番だ」

「大丈夫だよ、危なくないもの!この子達もいるし、ほら!」

 

 言葉と同時に、ネムの周囲の空間から真っ赤な猫が染み出すように現れる。火焔猫かぁ。ぶっちゃけ、ゴブリンズ並みの強さなんだよな、こいつら。もしかしたら、物理耐性がある分、こっちが強いかもしれないが。

 

「ネム、それはお姉ちゃんから借りた強さだろ?お前自信が強いわけじゃないんだ。お姉ちゃんの役に立ちたいって気持ちはわかるが、無茶は駄目だ。家に帰って、カイジャリや元村長さんのお手伝いをしてなさいね?」

 

 うん、ネムがすごい不満そう。う~む、どうしたもんか。すると、シズがネムの耳元で何かを囁いた。しばらくゴニョゴニョと話していたが、何事か納得したように頷き、満面の笑顔を浮かべて俺たちを見回した。

 

「リュウマ様、お姉ちゃん、我が儘言ってごめんね?」

「お?おお。分かったんなら大丈夫だ。なぁ、エンリ」

「そうですね。ネム、あんまり我が儘言っちゃ駄目よ?」

「うん。じゃぁ、皆、怪我をせず帰ってきてね?お土産も忘れちゃ嫌だよ?」

 

 終始ニコニコしながらネムはそう言って、皆に手を降りながら村の方へ戻っていった。それを見送って、俺とエンリはシズを見たが、いつも通りの無表情でそこに立って、こちらを見ると小首を傾げて見返してきた。うん、これは何を言ったのか教えてくれないな。

 

「じゃぁ、行きましょうか?」

 

 エンリの一言で気を取り直して、シズも加えた一行で森の中に入る。個人的な話であれだが、俺はこの自然の森の中が大好きだ。

 生い茂る木々や下生え、そこから飛び出してくる小動物や虫、何より、所々の葉の間から零れている陽の光、どれを取ってもあっちでは味わえなかったものだ。空気も旨いしこりゃぁピクニックだぜ。

 等と思っているのはどうやらナザリックに所属している者のみらしい。全員が緊張した面持ちでおっかなびっくり歩いている。なんでかなぁ?と考えて、はたと思い至る。なんか、この森の中にちょっとレベルが高めのモンスターがいるらしい。

 

「確か……森の賢王だったか?」

「はい、実は、これから薬草を採りに行くところは、森の賢王の縄張りの側なんですよ。下手に刺激したらまずいなぁって」

「ふぅん。ウンギョウ、スイギョウは、そいつ見たことある?」

 

 俺の質問にウンギョウとスイギョウが首を縦に振って肯定する。そうか、あったことがあるのか。それはそうと、どっちがウンギョウでどっちがスイギョウなのかゴブリンの見分けってつかないんだけど。

 

「あっしはちらりと見ただけでヤンス」

「そうでゲス。でなくばあっしらがここで姐さんにお仕えしてるわけがねぇでゲス」

「そうでヤンス」

 

 ふぅん。つまり、こいつらよりは強いって事か。厄介じゃないけど面倒な。

 

「まぁ、とにかく薬草採取、頑張りましょうかね」

「リュウマ様、一つ聞いてもいいっすか?」

「なにかねルプー」

「リュウマ様、薬草の違い、分かるんすか?」

「そんなもん、お前、あれだよ」

 

 ルプスレギナの突っ込みに、俺はニヤリと笑って答えてやった。

 

「やってみれば分かるさ」

「ああ、残念フラグっすねぇ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 リ·エスティーゼ王国、王都。その王城ロ·レンテの敷地内にヴァランシア宮殿があった。

 華美と言うより機能性を重視した宮殿の一室で行われている宮廷会議の様子を、見るのではなく頭の中で想定しながら、その少女は皮肉げに口許を歪め、慌ててそれを引っ込める。

 先のカルネ村での一件を戦士長から聞き出し、貴族の連中の考えそうなことを頭の中で組み立て、そこでの発言を組み上げる。それに対する派閥の貴族の頭の中身も既に解析は済み、なんの進展も無い空虚な会議を頭の中で締め括り、少女、ラナー·ティエール·シャルドロン·ライル·ヴァイセルフは軽くため息をついた。

 彼女の父親、ランポッサⅢ世は善王だろう。それは間違いの無いことだ。だが、全て後手に回りなんの対策も練らなかった時点で愚王だと吐き捨てたい気分だった。とは言え、あれでも肉親、なんとか救う術を考えてやろうじゃないか。貴族派からの防波堤は、一枚でも多い方がいいからね。

 さて、と、ラナーは思考を切り替える。戦士長の口から語られた、漆黒のローブを纏った魔法使い、名前はモモンガ。そしてその従者と紹介された戦士、リュウマとやまいこだったか。どんな人間か、それは直接会ってない故自分では判断できない。無論、戦士長の審美眼など端から信用してない。出来ることなら一度あってみたいものだが。いや、もしかしたら人間ではないかもしれない。むしろ、そちらの方が確率としては高いとラナーは睨んでいた。

 ふと、部屋の中に風が起きた。その風が運んでくるのは、彼女が慣れ親しんだ緑の香り。つまるところ、自分の先生がこの部屋に現れた確たる証拠だった。

 幸い、今はあの忠犬を思わせる少年がこの場にいない。ならば自由に話しかけていいはずだ。

 

「先生、どうでした会議の方は。私の予想では、いつも通り中身の無い、建前だけの会議とおべんちゃらの言い合い、そして本当にどうでもいい権力闘争の話しかしていなかったのではないでしょうか?」

「鋭いねぇラナー。うん、心底どうでもいい話しかしてなかったよ。あぁ、いやいや、得る情報もあったから完全に無駄と言うわけではなかった、と言っておこうか?」

「と、言いますと?」

「ほほぉ……あえて考察するではなく、言葉を少なくして僕から情報を聞き出そうとするのか。結構結構。僕のように知識をひけらかしたい相手には有効な手だよ。ふむ、ああ、そこの椅子に座っても良いかな?」

 

 返事を聞くまでもなく、その相手は近くにあった椅子を引いてそこに座る。それに合わせて何時ものように木の葉が擦れ合うような音が続いた。

 

「うん、中々興味深い話でね。そこの村の女の子二人が、強大な魔獣を使役していた、と言うんだ。貴族派の連中がどんなことを言ったのかは、君があっさり予想を立てるので面白くないから飛ばそうか。まぁ、とにかく、その村は危険だと言う話になり、戦士長の更迭とそこに騎士団を送り込むように、貴族派からの要請が入り、王は返事を延期して終わり。そう言う話だが、面白いと思わないかね?」

「ええ、ええ。非常に面白い話ですわ。いつもと変わらないと言う意味で。ですが、その少女は何者なのでしょうか?先生と同じ存在ですか?例えば、先生が以前話してくださったダークエルフの双子とか?」

 

 ラナーの言葉に、その人物は頭を振った。

 

「さすが、昔寝物語に聞かせた話を覚えているとは驚愕するね。やはり君は天才だ。ただ、少々外の知識が足りなさすぎる節があるから、僕はそこだけが心配だよ。おおっと、関係ない話だったね。結論から言うのなら、その少女は人間だね。地味な槍を持っていた、との事だが、リュウマ君が来ているなら、恐らくあちら側のアイテムを渡したのだろう。それによって使役される魔獣と見て、間違いはないだろうね」

「危険ではないですか?」

「どのような感情を抱いているかなど、僕程度では推し量ることしか出来ない。とは言え、王国に牙を剥くような事は、今のところはないよ。そう、今のところは、ね」

 

 つまり、この先何らかの事情で王国に牙を剥く可能性があると言うことかと、ラナーは先生の言葉にある含みをそう理解する。しかし、どういう理由ならば牙を剥くのか。考えた瞬間、自分の兄、第一王子を連想し、ややゲンナリする。そして、あの馬鹿ならすぐさま軍をあげてその村へ進軍する可能性があると思われたが、第二王子とレエブン侯が確実に止めに入るだろう。そうすれば、普段通りに考えを渋々変えて大人しくすると簡単に想像ができた。そして、そうやって抑え付けられた反動が、いつか爆発することも容易に想像がついた。

 かと言って、抑えないわけにもいかず、今、何らかの手段を講じて殺すわけにもいかず。凡愚は凡愚で、この先使い道はあるのだ。

 

「ふぅ、ままなりませんね」

「人生とはそれの連続だよ。時計の針は戻っても、時の針は戻らない、ただ流されるまま沈まぬように身を任せ、だねぇ」

「誰の言葉ですか?」

「僕の言葉だよ。結局人生は流される以外方法はない、ってこと。まぁ、君は認めないんだろうけどね」

「ええ、その通りでしてよ」

「頑固だなぁ、僕の愛しいお弟子さんは」

「そう教育したのは誰でしたっけ?」

 

 簡単なじゃれあいのような言葉の掛け合いにどちらからともなく漏れる笑い。

 

「君のことだから、様々な手を打ってるんだろうけどね」

「そうですね、と言いたいところですが、手が足りなさすぎて打てる手がほとんどありませんわ。貴族派には先生からお借りした下僕を複数潜り込ませていますが、今すぐ動かすわけには参りませんし」

「ああ、そうだった。六腕だけどね、数匹、僕の方で始末して、数匹こちら側に引き入れておいたよ?君の命令に従うようにしておいたから、好きなようにしてくれて構わないとも」

 

 その言葉に、ラナーは目を丸くした。別段、新しい手駒が手に入ったことを喜んだわけでもなければ、あの悪名高い六腕を相手取ったことを驚いたわけでもない。

 

「珍しいですね、先生が相手を自らの手で処理されるなんて」

「ううむ、大人気ないとは思うんだけど、どうにも許せない二つ名を名乗った愚か者がいたからね。ついつい自らの手で処理してしまったよ。まぁ、もう一人は生意気にも向かって来たから、今ごろは樹の養分にでもなってるんじゃないかねぇ?」

「あらあら。先生の養分ですか?」

「失礼だなぁ、我が愛しい教え子は。天然ものの樹木の下に埋まってるに決まってるじゃないか」

 

 その時、控えめに扉がノックされる。メイドにしてはやや力強い叩き方だ。となると。

 

「君の子犬君、かねぇ?」

「ええ、その様ですね」

 

 顔に不快げな物を浮かべて、ラナーはそう答えた。

 

「ラナー、君は、彼の事をどう思っているのかね?」

「看板ですわ、先生。私が市民を重用していると言う噂を撒いて、私が王座についたとき、市民から支持を得やすくするための、ね」

「忠告と言うわけではないがね、ラナー、僕の愛しい教え子。もう少しだけ、回りの人間に愛を注ぎたまえ。そのように接すればその様に返ってくるものなのだからね」

「ええ、もちろんですわ、ぷにっと萌えさん。ちゃんとラキュースや蒼の薔薇の面々には信愛の情を抱いております」

 

 彼はため息をついた。十年前から知っているこの少女。最初の歪みから考えれば恐ろしく真っ直ぐになったとは思うが、一定の身内以外にはかつての歪みを見せるこの少女は、昔の彼を連想させる危うさがある。導くなど柄ではないと思いつつもこの子を見捨てられないのは、かつて自分が裏切った彼を連想させるからだろうか。とは言え、自分が教えたことがこの子をより複雑に歪ませただけではないかと考えてしまう。

 タイミングよく、先程よりも強めにノックされた。

 

「では、僕は退散させてもらうよ。いいかい、ラナー。くれぐれも先程の言葉を忘れないように。ああ、いや、これは蛇足だね」

「ええ、先生、ぷにっと萌えさん、肝に命じておきますわ」

 

 簡潔に言葉を掛け合い、ぷにっと萌えは暗闇に姿を消す。それを見送って、ラナーは鏡に向かい笑顔の選別に入った。少なくとも、あの子犬のような男の子に怪しまれないような、好意を抱かせる笑顔は、簡単に作り上げることが出来るはずだった。でも、すぐに出てこない。四苦八苦しながら、なんとかそれっぽい顔を作り出し、ラナーは自らを慕う子犬をようやく迎え入れるのだった。

 

 ヴァランシア宮殿から少し離れた林の中のもっとも大きな樹の下に、黒色のドロドロとした塊がいた。コールタールのような表面は常にブルブルと蠢き、一秒として同じ姿を保っていない。

 古き漆黒の粘体と呼ばれる、この世界に同じ存在がいるかどうかも疑わしい超級の怪物だった。

 彼の佇む巨木の表面がさざめき、そのさざめきから無数の蔦が這い出してくる。それは寄り集まり捻りあい、辛うじて人間のような姿を形成する。

 

「乙ですー、ぷにっと萌えさん」

「まぁまぁ疲れましたけど、そこまでじゃありませんよヘロヘロさん」

 

 粘体の表面をぐぐっと伸ばしてそう言うヘロヘロに、ぷにっと萌えは苦笑しながらそう返した。

 

「あれぇー?そうなんですか?なんだか疲れきって見えたんですけどね」

「まぁ、教育とかその辺りを考えて、やっぱり僕は教師に向いていないと思いましてね」

「……ラナー王女ですか?初めてあったときに比べれば、ずいぶんと真っ直ぐになったなぁって思いますけど」

「歪んだものを真っ直ぐにしようとして、さらに歪めた結果、まっすぐ見えてるだけかもしれないですよ」

 

 ため息をつきながらそう言って、ぷにっと萌えは気分を切り替える。これは自分の問題であり、ヘロヘロには関係の無い話だ。伝えるべき事は、他にある。

 

「そうそう、ヘロヘロさん」

「はい?どうしました?」

「どうも、モモンガさんがこちらへ来ているようですよ?」

「えっ!?本当ですか?!ああいや、ぷにっとさんが言うなら本当でしょう。しかし、現れるまでずいぶん間が空きましたね。九年ですか」

「ええ。だけど、これでこの異世界転移、どうやらタイムラグのようなものがあることが判明しましたね」

「そうですね。まぁ、六大神や八欲王なんかはどうなのかとか、分からないことの方が多いんですけどね」

 

 その言葉に、ぷにっと萌えは頭を捻る。なにか法則があるのかもしれないが、今のところは判然としない。

 

「さて、どうしますヘロヘロさん」

「どうって、何がです?」

「今から探せば、彼らは簡単に見つかると思いますけど?」

「ぷにっとさんはどうするんです?」

 

 間髪入れずに放られた言葉に、ぷにっと萌えは少し言葉につまる。

 

「……僕は、ここに残って、モモンガさんたちを迎え入れる準備がありますからね。ここに残りますよ」

「なるほどぉ。では、自分もここに残りますよぉ。ぷにっとさんを一人残すわけにはいきませんからね」

 

 粘体の表面を盛り上がらせて、ヘロヘロがおどけたようにそういった。肩を竦めているのかと疑問に思ったが、この友人の好意、有り難く受け取ろうと思う。

 

「では、ヘロヘロさん。これから色々忙しくなると思いますよ。ガンガン働いてもらいますからね」

 

 おどけてそう言うと、ヘロヘロが伸び上がって地面に突っ伏した。

 

「重労働は勘弁ですよぉ……!」

 

 林の中に、ヘロヘロの悲しげな声と、ぷにっと萌えの楽しそうな笑い声が溶けて消えていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ナザリックのモモンガの私室にて、モモンガはデミウルゴス、エントマからの報告に、大きく頷いて答えていた。

 

「素晴らしい手際だ、デミウルゴスにエントマ」

「お褒めに与り光栄にございます。しかし、今回の最大の功労者は、やはりエントマです。ですので、お褒めになるのなら、エントマをお願い致します」

「ふふ。謙遜するなデミウルゴス。お前の作戦立案があったからこそだろう?」

 

 ひざまずく二人の肩を叩き、モモンガは愉快そうにそう言った。恐縮の至りといった感じの二人を立たせ、モモンガは顎を擦って言葉を続ける。

 

「エントマのスキルによって呼び出された〈 支配蟲 〉によってビーストマンを操り、人間の国を襲わせ、たっちさんが戦っているのを助ける。ついでに周囲の人間を助けることで、我々の名を広げる、か。面白い作戦だ」

「もう一つ申し上げるなら、これでビーストマンの死体が数千は集まりますので、ナザリックの強化や様々な実験も行えるかと」

「ふふ、そうだな」

 

 そう答え、モモンガは指を鳴らす。

 

「この三日で、たっちさんも竜王国に入り込んだようだ。二日後だ、デミウルゴス。二日後、早速始めるぞ」

「「御意」」

 

 深々と頭を下げる二人を見て、モモンガは高笑いをあげた、のだが。

 

「モモンガさ~ん、面白いエロ本見つけたから、一緒に見ようぜぇ!」

 

 扉を蹴破るように飛び込んできたバードマンのせいですべてが台無しになったのだった。

 

 

 




頭のいいキャラの会話ってくっそムズい。
俺も頭が良くなりたいです。

ではでは次回。



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21,カルネ村のリュウマさん


ラブコメを書きたかった。
結局ラブコメが書けてるかどうかは、不明。

あ、遅くなり申し訳ない。





 案内されてやって来た、森の中の小さな広場。木々が拓けて太陽の光がたっぷり当たるこの場所に、たっぷりと件の薬草が生えている、らしい。らしいって言うのはつまり、説明されてもさっぱり草の種類が見分けられなかったから。

 早速ゴブリン·アーチャーのウンギョウとスイギョウ……だっけか?まぁその二人?二匹?が薬草の採取を始めて、エンリも二人よりは遅いものの、薬草らしきものの採取を始める。なんか、見てるだけなのもあれだから、おれも一応採取をしよう。なぁに、ユグドラシル時代、採取をさせたら日本一だよリュウマさん、と言われた俺だ。パパッと集めてやるぜ。

 そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。

 地面に膝をついて生えている薬草を見比べる。ふむ、さっぱりワカンネ。いやいや、おかしいおかしい。これは絶対におかしい。だってウンギョウに説明されたとき、葉っぱの形の違いが分かったべ。

 

「どうしたんすかぁ、リュウマ様ぁ」

「ん?ルプーか。あれだよ、さっぱりワカンネぇの」

「あれあれぇ、おかしいっすねぇ?薬草採取なら日本一だよリュウマ様じゃなかったんすかぁ?」

 

 小躍りしながら俺を煽ってくるルプー。だが、残念ながら、それで腹が立つような事はないぞルプー。むしろ、飛ぶたんびにチラッチラッとする絶対領域が見え隠れする。ついでに思った以上にたわわな胸も激しく上下。とと、いかんいかん。部下をそんな目で見るなんてセクハラ上司じゃないか。平常心平常心。

 

「ん、分かった分かった」

「え~、なんなんすかその冷めた反応。もうちょっと反応してくれないと面白くないっすよ~」

「いや、別にお前を面白がらせるために苦労してる訳じゃないし……と言うか、お前も採取しろよ」

「あ、それは無理っす」

「即答!?」

「いやぁ、アタシも薬草の種類の違いとか分からないんすよねぇ~」

 

 朗らかに笑って言うことじゃねぇだろう。まったくよぉ。あーあ、皆も何とも言えない表情でこっちを見てるじゃないか。

 

「えぇと、リュウマさん、薬草、分かりませんか?」

 

 やめて、その気を使った聞き方。

 

「……ええ、まぁ、はい」

「それでは……しゅ、周囲の警戒をお願いできますか?」

「あ、はい……」

 

 気を使わせてしまった。うむ、よろしくないな。おい、ルプー、お前も同罪だぞ。

 少し離れた位置から、俺とルプーはのんびり薬草採取の様子を見守る。平和だなぁ。

 

「リュウマ様、あれっすねぇ、暇っすね」

「暇だな」

「なんか、こう、イベント起きないっすかね。平和な村にいきなりモンスターが躍りこんできて蹂躙とか」

「おいおい、冗談でもやめてくれよ。聞いただけで虫酸が走る。まぁ、俺の与り知らないところで起こったことなら兎も角だが、俺の目の前でそんなことが起きたら、俺は切れる自信があるぞ、たぶん」

 

 言っておいてなんだが、もし目の前でそんなことが起きたら、俺は本当に怒りを覚えるのだろうかと言う疑問はある。まぁ、起きてもないことを想定するのはナンセンス。のんびり生きたいもんです。

 二時間ほど薬草採取をして、ある程度の量が採れたらしい薬草を籠ごと無限の背負い袋の中に収納する。この中って、時間が止まってたりするのかね?薬草、乾燥しないよね?

 背負い籠に三つほどの薬草を採取し終えて、やれ帰ろうかとしていると、何やらルプーがモジモジしている。なんだろう、お花摘みかな?

 

「リュウマ様~。アタシ、森の賢王とか言うのを見てみたいです~」

「……はい、却下」

「えっ!?なんでっすか?こんな可愛いルプスレギナちゃんが頼んでるのに!?」

「お前ね~、見ろ。エンリやゴブリンズがいるんだぞ、危険極まりないだろうが。俺やお前は大丈夫だとしてもだ、もしかしたらエンリが大ケガするかもしれないだろう。あと、自分で可愛いとか言ったら台無しだよ」

「大丈夫っすよ。大怪我してもアタシが治しますってばぁ」

 

 そう言う問題ではない。そう思いながら脳天にチョップを叩きつけようとした。しかし、さすが人狼、その反射神経でもってギリギリ回避してた。

 

「あっぶな!脳天カチ割る気っすか!?」

「自分で治せるから大丈夫だろ?」

「大丈夫じゃないっすよ!?気絶してたら治せないんすからね!?」

「分かった、気絶させて村で治すから、一発食らっとこうか?……ん?」

 

 手刀を構えてルプーと間合いの取り合いをしている俺の裾を、誰かがツンツンしてる?

 振り向いてみると、エンリとシズが並んで俺の裾を引っ張っていた。なんだか、なにか言いたそうなんだが。

 

「どうした、二人とも」

「リュウマ様……私も、見てみたい」

「え?」

「わ、私も見てみたいですリュウマさん」

「うん?」

 

 ど、どうしたんだ二人とも。

 

「そんなに見たいのか?」

「アウラ様から……お聞きした森の賢王らしきモンスター……モフモフ」

 

 モ、モフモフ?

 

「私からもお願いします!後学のため、強大な魔獣を見ておきたいんです!」

 

 いや、君が普段つれて歩いてる炎々羅の方がよっぽど強いからね?しかし、どうしたもんか。

 腕組みして唸ってると、ルプーがなぜか頬を膨らませて俺の前を行ったり来たり行ったり来たり。

 

「なんですかね、ルプーさん」

「リュウマ様、シズちゃんとエンリちゃんに甘いような気がするっすよ」

 

 そうか?平等に接してる気がするんだが……そうでもないな。

 

「ああ、悪かった、ちょっときつく当たりすぎたみたいだな」

「ふえっ……!リュ、リュウマ様?」

 

 反省の意味も込めて頭をグシグシと撫でてやると、すっとんきょうな声をあげてルプーが上目使いで頬を染めて見上げてくる……ふむ、やっぱりこいつも可愛いな。可愛いは正義だな。

 

「んじゃぁ、とりあえず見に行きますか。ウンギョウ、スイギョウ、案内してくれ」

 

 物凄い嫌そうな顔をされたが、エンリの命令もあって渋々動き出すウンギョウ&スイギョウ。……あれ?俺、エンリよりも統率力低い?落ち込みそうだ……。

 

 森の中を歩くこと10分そこそこ。ウンギョウ&スイギョウの動きがより慎重になってくる。二人を一旦下がらせ、ルプーとシズに、エンリとゴブリンズを守るように手で指示をして、俺が前に出る。ちょっと納得しづらいが、このメンバーの中で一番固いのは俺だ。妙な気分だなぁ、俺、アインズ·ウール·ゴウンの中で、魔法職よりは硬いが戦士職では紙装甲だったんだがなぁ。

 

「むっ!こっちになんかでかいのが来るでやんす!」

「四足歩行のデカイ生物でゲス!」

 

 二人の言葉に、俺が身構えながら得物の一つ、ソードメイスを引っ張り出す。ソードメイス、つまり剣の形をした打撃武器。意味があるのやら無いのやら。

 ソードメイスを両手で握り、どの方向から来ても良いように身構え……見切り使えばよかったわ。気配探知を起動すると、前方20メートル先の草むらから、そーだなー、エンリやゴブリンズよりは遥かに強いけど、俺たちよりは弱い、そんな気配がする。

 と、草むらの中からしなる何かが飛び出してくる。かなりの速度らしく、反応できてるのは俺やルプー、シズ位で……半数が反応できてるなら十分か。俺に向かって飛来する、しなる何かを片手で受け止める。うおっ!結構な衝撃だな、骨まで響いたぞ。なんだこれ?掴んでみると、堅い。ビチビチ動いてるってことは生体武器か何かか?ちょっと強めに握ってみよう。

 

「あいたたたたたたたた!」

「お?」

 

 茂みの向こうから痛がる声が聞こえた。あ、これ、体の一部、と言うか尻尾かこれ?しげしげと観察すると爬虫類系の尻尾のようだ。図鑑でしか見たことがないが、鰐とかその辺見たいな尻尾だ。いや、蛇か。鱗一杯だし。

 グイッと引っ張ると、かなりの抵抗がある。しかし、これが本当に尻尾だとしたら20メートル以上の長さか。どうやって生活してるんだ?

 

「は、離すでござる!」

 

 ちょっと涙声の入った怒鳴り声と同時に、尻尾が激しく蠢く。結構な力強さに驚き手を離すと、驚くような速度で尻尾?が茂みの中に戻っていく。

 

「某の一撃を素手で受けるとは、並みの使い手ではござらんな!?」

 

 なんか、ずいぶん古風な喋り方だな。武士か?確か、森の賢王は白銀の毛並みの四足歩行の魔獣だそうだが喋るとは聞いてないぞ。まぁ、話しかけた奴なんていないだろうけど。

 

「えっと、あんた、森の賢王でいいのか?」

「フフフ、その通りでござるよ侵入者」

「そうか。いや、縄張りに入ったことは謝る。申し訳ない」

 

 俺は素直に頭を下げる。よくよく考えたら、人様の敷地に勝手に足を踏み入れるんだから、かなり無礼な話だもんな。そう思いながらチラッと横目でルプーとシズの様子をうかがうと、なぜか驚愕の表情で固まっている。

 

「むっ。そんなに素直に謝られると、少々調子が狂うでござるよ。それで、何用で某の縄張りに入ったのでござるか?」

「あーっと、俺の連れが森の賢王を一目でいいから見てみたいっつったんで、ここまでやって来たんだが」

「なんと!?某の姿を見たいとな!フッフフフ、よかろう、我が偉容、その目に焼き付けるが良いでござるよ!」

 

 どこか得意気な声と共に茂みが揺れ、それは俺たちの前に姿を現した。

 背後で息をのむ気配、エンリの短い悲鳴。

 しかし、俺はその姿に驚愕していた。隣に立っていたルプーは小さくため息をついている。

 

「フフン、どうやら某のあまりの偉容に言葉も出ぬようでござるな」

 

 その魔獣は短い後ろ足で立ち上がり、可愛らしい短い前足で腕を組んで、かなりデカイ頭をウンウンと頷かせて得意気な台詞を吐いていた。くそったれ!こいつは、こいつは……!

 

「ハムスターじゃねぇか!向日葵の種でも食ってろ!」

「ぬ?なんだか知らぬが向日葵の種と言う言葉には必要以上に引かれるものがあるでござるなぁ」

 

 思った以上にハムスターだよ、おい。そう、森の賢王は、つぶらな瞳が愛らしいハムスターだったのだ。しかも超巨大な。どんなフェイントだ。こんなミスリード、よめるか。

 

「なぁなぁ、向日葵の種とはなんでござるか?教えてほしいでござるよぉ」

 

 いつのまにか近寄ってきた巨大ハムスターが俺に頭を擦り付けながらそんなことを聞いてくる。知らないのかよ、賢王が聞いて呆れるわ。しかし、なんだ、ビックリするほど巨大なハムスターだが、思った以上に可愛いな。確か、ゴミアイテムを色々持ってきてたが、なんか餌付けするような物、あったっけな?

 そう思って無限の背負い袋を漁ってると、うん、あったわ向日葵の種。確か、環境団体とコラボしたときに配布されたアイテムだっけか。昔を思い返しつつ取り出したのは、俺の頭よりも巨大な向日葵の種。植えると巨大な向日葵が生えてくると言う誰得なアイテムだ。これが外で育つかの実験だったが、いいか、一個くらいあげても。

 

「これが向日葵の種だ、森の賢王」

「ほぉ!なんだかとっても美味しそうでござるよぉ。くれ」

「もうちょっと頼み方とかあるだろう」

「寄越せ」

「更に酷くなった!?」

「いいではござらぬか~。さぁ、寄越すでござるくれでござる~」

 

 そう言いながら、森の賢王は俺にガッシとしがみついて、なんとか俺の手から向日葵の種を奪い取ろうとする。

 

「一口だけ、一口だけで良いでござるからぁ」

「は、離れろ!怖い、ガチガチ噛み合ってる前歯が怖い!」

 

 そのデカイ頭を押さえている俺の手のちょっと下で、割と鋭い前歯がガチガチと噛み合っているのは、相当怖い。そのまま力比べをしていると、俺の側で風が舞った。そちらに目をやれば、何もいない。当然だ。風は、舞ったんだから。「あ、ルプ姉、ダメ……」そんなシズの声が聞こえると同時、鈍く重い金属をぶっ叩く音が俺の側で炸裂、俺を掴む力が消え去った。

 恐る恐る前方を見れば、そこにいたはずのモコモコの森の賢王は姿を消し、代わりにどっかの聖印を象ったような巨大な杖?を握るルプーの姿があった。ルプーが睨み付けている方に目をやると、モコモコがぐったりした様子で木々をなぎ倒して倒れていた。いや、何してんのルプーさん。

 

「こんのケダモノがぁぁぁぁあああ!アタシ達の支配者に何してるんだこらぁぁぁぁあああああ!」

「いや、落ち着けルプー」

 

 まさに狼のような咆哮をあげるルプー。その内容に思わず突っ込みを入れてしまった。もはや虫の息であろう森の賢王に止めを刺すべく前進しようとするルプーを背後から羽交い締めにしてその凶行を止める俺。

 

「落ち着けルプー」

「リュウマ様!あの無礼なクソケダモノ、ぶっ殺して鍋にして食べるっすよ!もはや慈悲はない!」

「落ち着けと言ってるだろうが!あぁ、もう埒があかん!シズ!とりあえず森の賢王にポーションぶっかけて治癒しろ!」

「了解してラジャー……」

 

 

 ややあって、暴走状態から脱したルプーが、冷静に冷酷に森の賢王の命の灯火を消そうとするのを、シズと二人で必死に止め、話を聞けば、どうも最近森の中が騒がしいらしい。人間の村から恐ろしい化け物がやって来て、それぞれの主に睨みを利かせて帰っていくらしい。人間の村から、恐ろしい化け物がやって来て。最初に思い付いたのはアウラだったが、彼女がこいつらに見つかるようなヘマをやらかす訳がないので、そうなれば残るは一人だったが、あえて言及しなかった。

 更に話を聞けば、そのお陰でそれぞれの縄張りは崩壊、西の主と東の主は戦争状態、反して森の賢王はそこまで縄張りにこだわってないようで、あっさりと俺の軍門に下った。なんでかって?命の恩人には恩義を返すのが礼儀だそうだ。なんか、古めかしいな。武人建御雷さんと話が合いそうだ。

 新たな下僕を手に入れて、俺たちは帰路についた。帰り道、森の賢王の背中にはエンリとシズが上機嫌で乗っていた。終始機嫌が悪いのはルプーだった。帰り道、俺は必死でルプーのご機嫌取りをするのだが、あえて割愛させてもらう。歯の浮くような台詞、他人に聞かれたくないしな。

 

「そうでござる!殿!某に名前を戴けぬか!」

 

 カルネ村の入り口が見えてきたところで、森の賢王が唐突にそう言った。それにいち早く噛みついたのがルプーだった。

 

「はんっ!お前のようなクソケダモノに名前なんて上等なもの、必要ないっすよ!」

「そんなこと言わないでほしいでござるよルプス姫~」

「だ、誰が姫っすか!?そ、そんなおべんちゃらで……!」

「ん?殿のつがいではござらぬのかお似合いでござるのに」

「な、何言ってるっすかこのケダモノはぁ!しょ、しょーがないっすねぇ、この優しいルプスレギナ姫が、相応しい名前を考えてあげるっすよ!」

 

 なんだか仲良くなってきたな。うんうんと頷いていると、シズがボソリと言った。

 

「しるばぁがいいと思う」

「シルバー?シズちゃん、それはかっこよすぎっすよ」

「俺は白銀の毛並みって事でいいと思うけどな」

「二人とも……違うよ?」

「は?じゃぁ、どういう意味っすか?」

「汁を吐く婆さん、略して汁婆」

「待て、待ってくれシズ。それはないだろ」

 

 あーだこーだの末、結局ハムスケに決まりましたとさ。

 

 

-おまけ-

 

 カルネ村にハムスケを紹介して回り、とっぷり夜も暮れ、エンリの家で本日の大して進んでもない発展具合をエンリと共にお茶を飲みながら話し合っていると、扉を開け放ち、ハムスケを引き摺りながらシズが家の中に入ってきた。

 

「リュウマ様……お話があります」

「その前にハムスケを降ろしなさい」

 

 スピャースピャーと寝息をたてるハムスケを、そっと優しく床に下ろすシズ。いや、寝てるのかよ、図太いな。

 

「それで、話って言うのは?」

「ハムスケ、欲しい」

「……ダメ。ハムスケは村の防衛戦力の一角なんだから」

「ちゃんと餌をあげて面倒を見るから」

「ペットじゃないよ?いや、ペットか?エンリからも何か言ってあげて?」

 

 俺が話を振ると、エンリが首を捻った。

 

「ダメ、なんでしょうか?シズさんなら、きっと可愛がると思いますけど」

「そういう問題ではなくて」

「じゃぁ、この村の中で、シズさんが飼育すると言う形にしてはいかがでしょう?これなら、防衛戦力が減ることもないと思いますよ」

「エンリへの好感度が1000ポイント上がった」

 

 唐突に、シズがそんなことを言ったが、本人の表情は一切動いていない。おもむろにシズはエンリの側へ歩み寄ると、懐から武骨な魔導銃を取りだし、見事なガンプレイを見せてからそのグリップをエンリにつき出した。

 

「これで、エンリは私の妹に認定します。やったね、妹が出来たよ」

「え、あ、はい。あり、がとうございます?」

 

 困惑するしかなかったエンリであるが、こっちも困惑するしかない。なんだ、好感度って。

 

「ええと、エンリが良いと言うなら、ハムスケをお前の部下にしよう。とは言え、シズもナザリック内で仕事があるんだから、そっちも疎かにしないこと。それ以外は、ここに来てハムスケの面倒を見ること、いいな?」

「はい、承知しましたリュウマ様……リュウマ様への好感度が10万ポイント上がった」

「小豆相場よりも酷い上がり方!?」

「規定量の好感度ポイントをゲットしたので、呼称を変えられますが、どういたしますか、リュウマ様?」

「……じゃぁ、変更で」

「承知いたしました」

 

 そう無表情で答えたあと、シズはそのまま俺の元へ歩み寄ってきて、俺の膝に、って、ちょっと待て、何で俺の膝の上に乗るんだ!?

 その状態でシズは俺の方へ顔だけを向け、そして、その表情を笑顔へと変え、少々顔を赤らめながら口を開いた。

 

「呼称変更いたしました、リュウマお兄ちゃん♪」

 

 

 

 





ラブコメとはいったい……。



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22,たっち·みーと竜王国


鬼を倒してたら遅くなりました。






 謁見の間へと続く廊下を、たっち·みーは靴音高く堂々とした態度で歩く。

 あの日、ウルベルトと一緒に、一人残したモモンガに謝罪と礼をゲーム内で告げるためにログインしたあの日から早五日が経過していた。

 最初はゲームと言う認識であったが、すぐさまそうではないことに気がつかされた。目の前で人が惨殺されて行く光景、それだけならゲームと認識していたかもしれないが、次に自らの嗅覚に届いた鉄錆のような臭い、これが即座にゲームではない事を、なぜか認識された。

 後は、自らの信念『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』に従って、虐殺の憂き目にあっている人々を助けた。そこまでは良かったのだが、そこからが大変だった。襲い掛かってきていた亜人、ビーストマン単体は決して強くはない。だが彼が守っている人々よりは遥かに強かった。次々と襲い来るビーストマンを蹴散らすが、それでも被害が出ないわけではなかった。

 それでも多くの人々をなんとかこの国の砦へと導き、今度は砦への襲撃に対処し、なぜか英雄と称えられ、現在に至る。

 様々な疑問はある。そして、なぜか確信めいた予感がある。この異世界に、ウルベルト、モモンガが存在しており、あの懐かしいナザリックがあるのを。出来るなら今すぐにでも飛び出して探しに行きたいところではあるのだが、この国の現状がたっち·みーを離してくれなかった。この竜王国と言う国は、ビーストマンの国の猛攻により滅びに瀕していた。普段なら、この近くのスレイン法国から特殊部隊がやって来てビーストマンを押し返しているのだが、この一週間ほど前からその部隊もやって来なくなり、もはや風前の灯と言ったところだった。

 そんなときにたっち·みーは現れた、現れてしまった。そして、アダマンタイト級冒険者とやらが苦戦するほどの数のビーストマンを瞬く間に打ち倒し、数多くの人民を救いだしてしまったのだ。たった一人で。かくして、たっち·みーはこの国の英雄となってしまい、またこの国の現状を知ってしまったがために、外へと出ることが出来なくなってしまった。

 本音を言うならば、早く外へとナザリックを探しに出て、モモンガと合流し色々と確認したい。だが、自分の正義感が、自分の行動規範としている信念がそれを許さないでいた。

 

 まっすぐ延びる廊下の先には、大きくそして頑丈な鉄やそれ以外の希少金属を複合して作られた門のような両開きの扉がある。その先に謁見の間があるのだが、そこは何でも最後に立て籠る場所でもあるらしい。そのため、そこへ続く門は、分厚くそして頑丈に作られているそうなのだ。その扉の前に立ち、衛兵達に挨拶をなげかけると、にこやかに挨拶を投げ返して扉を開けてくれる。この扉には魔法がかかっているらしく、コマンドワードを唱えれば人手を使わずとも開くようになっている。

 ゆっくりと開いた扉を抜け、多少歩くとようやく玉座が見えてくる。とは言え、小国であるためか、派手さよりも質素さが目立つが、たっち·みー的には十分豪華と言えた。

 玉座には少女が座っている。だが、その表情は疲れきったOLのようだとたっち·みーは常々思っていて、そしてそれがあながち間違いでもないのがあれだ。この疲れきったOLのような表情の少女こそ、竜王国の女王、ドラウディロン·オーリウクルスであった。そしてその傍らにはいつも通りの宰相もおり、自らの女王の頭をひっぱたいていた。

 

「お呼びにより、たっち·みー、参上いたしました、女王陛下」

 

 片膝をつき、恭しく頭を下げたところで、ようやく女王と宰相もたっち·みーが来ていることに気づいたらしく、慌てて居住まいを正し、わざとらしく咳払いをしてその表情を引き締めた。さすがにそうなれば、少々幼いながらも女王の風格があると言えないこともない、事もないかもしれない。

 

「すまぬな、たっち殿、急に呼びつけたりしてしまってのぉ」

「いえ、この二日はビーストマンの襲撃もなく、剣の訓練以外、することがありませんでしたので、呼ばれて少しホッとしております」

「ううむ、我が国の英雄にしては、ちょいと無欲すぎると思うんだがなぁ。もうちょい欲を出して生きても、バチは当たらんと思うがのぉ。どうだろう、これから妾とキュッと一杯……」

「地が出てますよ、陛下」

 

 スパァン!と小気味の良い音が謁見の間に響き渡る。スナップを良く効かせた宰相の平手が女王の後頭部をはたいた音だ。はたかれた後頭部を押さえ、女王は宰相を睨み付けるが、宰相はどこ吹く風と言った具合で視線を真っ直ぐにしている。

 

「……覚えてろ。毛根絶滅させてやるからな」

「一昨日来やがれですよ女王陛下」

「あのぉ、私は何で呼び出されたのでしょうか?」

 

 二人の漫才のようなやり取りを懐かしいものを見るような気分で見ていたたっち·みーではあったが、いよいよ話がどこへ飛んで行くか分からなくなりそうだったので、おずおずとした調子で切り出すと、ハッとした女王は顔を引き締める。なら最初からやろうよとは思うが口にはしない。それが大人のたしなみだ。

 

「うむ……とは言え、お主にどうこうと言う話ではなくてだな、たっち殿はぷれいやーであったな?」

「ええ、少なくとも自分ではそう認識しております」

「祖父から色々聞いておったのだが、寝物語として聞いておったため詳細は思い出せなんだが、スレイン法国の奉ずる六大神がぷれいやーであったそうな。ならば、お主の知己の者であったのでは、そう勘ぐっての。少し話を聞こうかと思うての」

 

 あ、楽にして構わぬぞ。言われるままに立ち上がり、しかし、と、たっち·みーは兜越しに顎に手をやって考える。自分がゲームとして楽しんでいた頃、実のところギルド外の知り合いと言うのは多くはなかった。せいぜい自分と同じワールドチャンピオンの内の二人くらいしか親交はなかった。そもそも、アインズ·ウール·ゴウンと言うギルド自体、ダカツのごとく嫌われていた為か、外との交流が極端に低いギルドであったことも、たっち·みー自身の交流の狭さの一端となっていたかもしれない。

 

「申し訳ないが、女王陛下、私はその六大神とやらとは、恐らく交流はなかったものと思われる。名前でも分かれば、もしかしたらと言う可能性もあるが……」

「ううむ、確か我が祖父が親交のあったらしい神の名は聞いておったが……」

「おや?女王陛下、すでにボケが始まりましたか?やめてくださいね、幼女でボケババアとか」

「お前、本当に妾を敬っておるのか!?……ああ、いかん。思いだしかけておったのにこやつのせいで忘れてしもうた」

「いえ、大丈夫ですよ女王陛下。しかし、スレイン法国ですか……そこに行けば何か情報が手に入るかな?」

「申し訳ないが、たっち殿、あまり御身がスレイン法国に向かうのは良い判断とは言えませんよ」

 

 たっち·みーの呟きに即座に反応したのは宰相だった。顔を見返すと、その表情からは内心が窺えないものの声はこちらを心配してのものだったように思える。

 

「何故です宰相殿?」

「あぁ、気分を害したのなら申し訳ない。ただ、スレイン法国と言う国は、人間至上主義なのですよ。ここまで言えば、聡明なあなたのこと、お分かりいただけますでしょう」

「異形種である私が行けば、要らぬ騒ぎに巻き込まれる可能性があると言うことですか?私は別に……」

「たっち殿、我々はあなたがよき人だと言うのは知っている。故にあなたが余計な騒ぎなどを起こすような方ではないと言うことも知っている。ただ、全ての人間がそう言うわけではないのですよ。その辺りも、あなたに忠告するようなことではないかもしれませんがね」

 

 宰相の忠告に、たっち·みーは内心頷いていた。どうも、こちらに来てからと言うもの、少々短絡的に物事を考えるようになってしまっているような気がする。腕を組み少し考える。短絡的とはまた違うような気もするが、うまく言葉が出てこず、たっち·みーは兜の中で小さく顎を打ち鳴らした。

 少しだけ緊張したような空気が流れるなか、たっち·みーはふと思い付いたことを口にする。

 

「そう言えば陛下?この話をするためだけに私を呼んだんですか?」

「んー、まぁぶっちゃけるとそうじゃな。祖父が話しておったぷれいやーがこの国に居るんじゃし、色々妾の知らぬようなことも教えてもらいたいと思っての」

 

 なるほど、と、たっち·みーは納得した。ようは英雄譚のようなものとしてプレイヤーの活躍を聞いているのなら、この年頃の娘さんなら聞きたいのも当然か。たっち·みーはぼんやりと考え、いくつかの話を頭の中でチョイスしたが、どうも子供に聞かせるような話ではないと思って頭を振った。

 

「ん?どうしたのじゃたっち殿?」

「え?ええ、いや、どんな話をすれば良いかと思いまして……武勇伝とかでしょうか?」

「ほほぉ……いや、たっち殿は強い。となれば、ぷれいやーがいた世界でもよほどに強かったのであろう。その武勇伝、楽しみじゃのぉ。宰相、お茶」

「もう持ってこさせております陛下。いや、たっち殿の武勇伝、年甲斐もなく心躍りますな」

 

 いそいそと居住まいをただす二人を前にし、たっち·みーは苦笑をこぼしながら、生真面目に、なるべく脚色を加えず、ワールドチャンピオンになったときの話や、その後の世界一決定戦の話などをのんびりと生真面目に話して行く。それを、ワクワクした様子でお茶菓子とお茶を頬張りつつ聞く二人。

 そんな穏やかな時間は、一人の来訪者によって破られることになった。

 

「ご歓談のところ申し訳ない」

 

 虚空より声が響き、たっち·みーの背後で闇が凝り固まったような物が湧いて出る。驚愕する二人の前で、たっち·みーは腰から剣を抜き放ち、しかし、それが〈 転移門/ゲート 〉である事を見抜き、無いはずの眉をしかめた。そして、先程の声に覚えがあった。懐かしいあの声は。

 〈 転移門/ゲート 〉が門の形を取り、その中から“死”が姿を現した。少なくともドラウディロン·オーリウクルスと宰相にはそう思えた。

 門から現れ出でたのは、闇よりもなお濃い豪奢なローブを身に纏った骸骨。その身から発せられるのは濃厚な死の気配。眼窩にはオキビのような赤い光が灯り、威圧的にこちらを睥睨していた。その視線がゆっくりとたっち·みーに移ると、たっち·みーは腰に剣を戻しゆっくりと死の具現に歩み寄った。

 

「たっちさん、迎えに来ましたよ」

 

 死の具現とは思えないほど優しい声でそいつはそう言った。それに対してたっち·みーは片手を大きく上げ、頭蓋骨へ振り下ろした。ガスンッ!鈍い音と「オウフッ!」と言う苦鳴が同時に上がり、骨が頭を押さえて蹲った。

 

「何をしてるんですかモモンガさん……その姿で現れたら、意味もなく混乱を招くでしょう?せめて変装くらいしてきてください」

「アッハイ、すいませんたっちさん」

「それと、順序が逆になってすいませんモモンガさん。お迎えありがとうございます」

「ええー……そっちが先じゃないんですか、たっちさん」

「叱るべき時にちゃんと叱っておかないと駄目なんですよ、モモンガさん」

「のぉ、たっち殿、その者はいったい?」

 

 オズオズと口を出したドラウディロンに、モモンガが顔を向ける。そこからは何の感情も窺えない。ともすれば殺されるやも知れぬと思った時、モモンガが骨の手を打ち合わせた。

 

「あー、これは失礼。私は……この姿はやはり恐ろしいのですかね?申し訳ない、すぐに整えますので」

 

 そう言うが早いか、モモンガを黒い炎のようなものが包み込んだ。仰天し、一歩後ろへ下がったドラウディロンをたっち·みーが片手で軽く支えた。その間にも黒い炎のようなものは姿を消し、そこには眉目秀麗な男が立っていた。

 

「失礼をいたしました女王陛下。私はモモンガ。アインズ·ウール·ゴウンの代表であり、あなたを今支えているたっち·みーさんの仲間です」

 

 にこりと微笑みそう言われたが、その体から発せられる威圧感はやはり変わっていなかった。

 

「そ、そのモモンガ殿がいったいどういう用件で来られたのか?」

「んー……警告と提案と言うところでしょうか?」

 

 顎に手をやりそう答えたあと、モモンガは指をパチリと鳴らした。それに会わせてまだ開きっぱなしだった〈 転移門/ゲート 〉から漆黒の鎧を身に纏った戦士と、ピンクを基調としたドレス風の鎧を身に纏った丸顔の少女が出てくる。二人が抱えているのは大型の姿見のようでもある。

 二人が床にそれを置いて漆黒の鎧の方はモモンガに軽く会釈し、たっち·みーに大きく頭を下げた。ピンク鎧の方はモモンガには同じように軽く会釈し、たっち·みーの方には大きく両手を振って存在感をアピールしていた。

 

「あれは〈 遠隔視の鏡/ミラー·オブ·リモートビューイング 〉と言う遠方の映像を見ることができるマジックアイテムです。あれをこちらに持ち込んだ理由は、これから私が話すことが嘘ではないと言う事を証明するためです」

 

 淡々とそう説明し、モモンガは二人に向き直った。それにあわせてドラウディロンと宰相、たっち·みーもそちらへと向き直る。

 

「茶釜さん、アルベド、よろしく頼む」

「茶釜さん?アルベド?モモンガさん、何を?」

「お久しぶりでございます、たっち·みー様」

「久しぶりー、元気してた?」

「茶釜さん、挨拶は後にしましょう。まずは、現状の説明のために、例の群れを」

「アイアイサー」

 

 答えながらぶくぶく茶釜(人間形態)は鏡の前で手を上げたり下げたりする。鏡の中の映像はその度に動き、そしてついにそれを映し出した。最初はそれが何か理解できなかったドラウディロンであったが、理解したとき、悲鳴を上げそうになった。

 俯瞰視点から映し出されたのは、一種無秩序に行軍するビーストマンの群れであった。もはや数えるのも馬鹿らしいほどの数のビーストマンが、一種無秩序ながらしかし秩序立てて進軍している。いや、ビーストマンだけではないようだ。オークやゴブリン、オーガもかなりの数が交じっている。それは、ドラウディロンと宰相にとって、絶望を通り越した光景であった。

 

「モモンガさん、これは?」

 

 その中で、たっち·みーは冷静にそう問う。

 

「私達がたっちさんを探しているとき、たまたま見つけたんですが、最初に見たときよりもかなり数が増えてますね。アルベド、総数でどれくらいの規模になる」

「そうですね……報告だと5000ほどの数でしたが、現在はそれよりも1000は多いですね」

「ろ、6000のビーストマンやモンスターの混合部隊!?いや、それは混合士族と言うのではないか!?いや、待て待てモモンガ殿!こやつらはどこを目指しているのだ!?」

「女王陛下、残念ながらこいつらはこの国を目掛けて、ゆっくりと、だが着実に向かってきています。遅くとも二日後、この国の砦へと殺到するでしょう」

「な、なんたる事だ……」

 

 へなへなと絶望の表情で崩れ落ちるドラウディロンを、宰相とたっち·みーが優しく受け止める。泣き崩れそうなドラウディロンの背中を優しく撫でながら、たっち·みーは、モモンガの言葉を待つようにその顔を見た。それに頷き返し、モモンガは口を開く。

 

「女王陛下、嘆かないでいただきたい。私は、あなたに絶望を届けに来たわけではない。むしろ、希望を届けに来たのだ。無論、ただではありませんが」

 

 最後は冗談のように聞こえる声でモモンガは言った。が、それをそうだと受けとるほど国家元首は生易しくないのだ。とは言え、ドラウディロンは考える。糞高い金を払っている法国は既に助けに来る気はなさそうだし、よしんばいつもの部隊がやって来たところで、さすがにあの数の前ではどうにもなるまい。ならば、目の前の人物、この国に突如として現れたぷれいやーであるたっち·みーの友人と名乗るこの男もまた、ぷれいやーであるはず。ならば、最後の望みをかけても良いかもしれない。

 

「……我が国は貧乏じゃぞ?払える金額など、たかが知れておるが……何をお望みじゃ、ぷれいやー殿」

「我々の事を知っているのですか?ううむ、どうしたものか……」

 

 急に腕を組み、モモンガは唸り始めた。

 

「私がこの国に救いの手を差し伸べようとしたのには訳があります、女王陛下。一つはたっちさん。たっちさんが救いの手を差し伸べたのなら、私はそれに準じて行動します。しかし、この世界に来て日の浅い我々は、あまり益の無いことはしたくない。そこで、我々の目的のために協力してもらおうと思ったのです」

「協力?このような小国に、どのような協力を求めるというのだ?」

「我々は現在国を作ろうとしている。しかし、現在ナザリックと言う場所しかない。そこで、この国には我々の実験に付き合ってもらいたい。そう思っている」

「……嘘は、無いようじゃな?」

「そういうタレントを持っておられるのかな?いや、違うな。為政者としての読みですかね?ですが、返答は後程で結構ですよ、女王陛下。今は……」

 

 そこまで言って、モモンガは鏡の方を見る。そこに映るのはこの国を苦しめ続ける化け物の想像を絶する群れ。それを目にしながら、モモンガは不敵に笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「この雑魚の群れを蹴散らすとしましょう。これに関しては代金は結構ですよ女王陛下」

「……何故か、聞いてもよろしいかの、モモンガ殿?」

「そんなの、一つに決まってますよ、ねぇ?たっちさん」

 

 不敵な笑みを浮かべたまま、モモンガはたっち·みーを見る。その表情を受けて、たっち·みーは苦笑の息を漏らし、こう、口にしたのだった。

 

「困っている人を助けるのは、当たり前。ですよね?モモンガさん」

「今回は、国ですけどね、たっちさん」

 

 

 




たっち「ちなみに、実験って何をやるんです?」
モモンガ「アンデッドの労働力への転換。上手く行けば、この国の生産もはねあがるので、どちらにせよ美味しい結果になりますよ?」
ドラウディロン(我が国がアンデッドの巣窟になる!?いや、たっち殿が居るからそんな最悪な事態にはならないか……ならないよなぁ?)




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23,英雄の鼓舞


遅くなりまして申し訳ない。
最新刊の11巻を読んで……ません!!
どこにも置いてねぇぇぇえええ!!
あと、雀蜂に刺されました。さすがに死を覚悟したんですけど問題なく投稿できました。

あ、強引かつ捏造全開ですのでご注意を。





「あ、本当に茶釜さんだったんですか?」

 

 馬車に揺られ、向かいに座る丸顔美少女を見ながら、たっち·みーはなんと言うかどうとでも取れるような声音でそう言った。むしろ、そろそろ三十路を迎えそうな女性が、見知ったピンクの肉棒じゃなくて、ツインテールにピンク基調のドレス風鎧に身を包み、嬉しそうに友人の隣に座っているのを見て、どういう感想を述べろと言うのか。

 

「そうなんだよぉ、たっちさん。なぜか人化スキルで変身するとこうなっちゃうんだ」

 

 なんでそんなに甘ったるく喋るんですか?思わず口にしそうになった言葉を飲み込み、今度はモモンガの左側に座る完全武装の人物に視線を送ると、その相手は優雅に頷き返してきた。言われてみれば、その動作の細かいところは、女性の柔らかい動きだと思った。まぁ、肌の露出が一切無いので不気味以外の何者でもないが。

 

「そして、こちらがアルベドですか……モモンガさん、なんでアルベドと茶釜さんの二人と腕を組んでるんですか?」

「いや、それは部下とのスキンシッ……」

「失礼いたしましたたっち·みー様。私ことアルベドは、モモンガ様の妻に、つ·ま!になるので、こうやってスキンシップをいたしておりますの」

「え?いや、アルベド、ちょっとま……」

「まだ決まった訳じゃないでしょアルベド!その座、私は渡すつもりはないわよ!」

「ちょっ、茶釜さん?おちつい……」

「あらあら、茶釜さん、もう既に私は助走段階ですのよ?まだスタートラインに立っただけのあなたに、何が出来ますの?」

「ふっふーん、甘い、甘いわねアルベド。むしろ激甘過ぎてヘドが出るわよ」

「どういう意味かしら、茶釜さん?……はっ!まさか、既にモモンガ様と!?」

「ふふ、そうよ、私とモモンさんは、一晩、同じベッドで“寝た”のよ!!」

「!!!???」

 

 背景に荒波でも見えそうな勢いでそう捲し立てた茶釜の前で、驚愕に顔を歪め、たのは兜で見えないが、雰囲気だけは驚愕したような感じでショックを受け項垂れるアルベド。それを尻目に、たっちはモモンガをジーッと見つめた。

 

「あ、いやいや、違うんですよたっちさん!夜寝てる内に茶釜さんがベッドの中に潜り込んできて朝まで一緒に寝たと言うだけの話でして!」

「モモンガさん、男女七歳にして席を同じゅうせず、と言う言葉がありましてね?いや、成人しているもの同士ですし、あまり細々と言うのもあれですので、一言……責任はとりましょうね?」

「だから、なにもしてませんってばたっちさん!ちょっと、窓の外には何もありませんってば!」

「さぁ、モモンガさん、本題に入りましょうか?」

 

 どこか懐かしいやり取りを、笑いと共に一旦横に置き、たっち·みーは横に向けていた顔をモモンガの方へと向けた。それを受けたモモンガも、居住まいを正し、たっち·みーの顔を見る。

 

「このビーストマンの大進行、私は少々不自然な感じがします。“仕組まれた”と言えばいいんでしょうか?その辺り、モモンガさんはなにかご存じではないですか?」

 

 確認するように問うたっち·みーの言葉を真正面から受け止め、モモンガは小さくため息をつく。それを見ながらたっち·みーは思う。どうやって息を吐いてるんだろう。骨の中に空洞があって、そこから空気を押し出しているんだろうか?そうだとすると、骨が脆くなるんじゃないだろうか?これは、毎日牛乳を飲んでもらわないといけないかもしれないな、と。

 心の底からどうでもいいことを考えているたっち·みーの前で、モモンガは乾いた笑いをあげた。

 

「たっちさんにはバレますか……ええ、今回、我々が仕込みを行いました。理由の一つとしては、女王陛下の前で言ったように、我々の国を作るためです。もちろん、ナザリック地下大墳墓があるので本来なら国を必要とはしないのですけど、これから転移してくる可能性のあるメンバーへの目印としての意味合いがあります」

「……ちょっと待ってください。私以外に転移してきているメンバーが居るんですか?」

「んーと、現在ナザリックで確認できているメンバーは、モモンさん、私、やまいこちゃん、リュウマ、愚弟かなぁ?転移して来ている可能性のある面子の残りは、ウルベルトさんだねぇ」

 

 質問に答えた茶釜が、のんびり指を折りながらそう言った。少々甘え声なのを無視し、たっち·みーは考える。あの日、いったい何人が自分と同じ考えでログインしていたのか、と。

 と、そこでふと疑問に思い、二人に尋ねる。

 

「なぜ、ウルベルトが転移して来ていると分かったんです?」

「それに関しては、まだまだ調査中ですが、とある物が三人分無くなっていたんですよ、たっちさん。それと同時にペロロンチーノが合流、ついでニグレドの魔法でたっちさんを発見、そうなると、後はウルベルトさん以外残ってないから、と言う推測ですね」

「とある物?なんです、それは?」

 

 不意に、たっち·みーの言葉に剣呑なものが混じる。殺気よりも怒気と言った物の方が強いが、アルベドが小さく腰を浮かし、茶釜が足元の置いておいた盾を持ち上げるには十分なものだった。モモンガですら物理的な圧力を感じるような怒気は、しかし、次の瞬間には霧散し、たっち·みーは額を押さえて手を振った。

 

「ああ、三人とも申し訳ない。やはり、少々感情的になってるらしいですね、私」

「異形化の影響でしょうかね……?ええと、その辺りは後々という事でいいでしょうか、たっちさん」

 

 どこか腰の引けたような声に、たっち·みーは心の中でモモンガに謝りながら小さく頷いた。

 

「ふぅ……こんな狭い中でたっちさんと戦うなんて、ゾッとしますよ」

 

 冗談のようにそう言って、モモンガは流れてもいない汗をぬぐう真似をして言葉を続ける。

 

「とりあえず、その辺りは置いておいて、まずはこれからの作戦の説明をしたいと思いますけど、大丈夫ですか?」

「私は問題ないですし、二人も問題ないのなら、大丈夫です」

「では……今回呼び寄せたビーストマンの混合部隊はデミウルゴスの考えたロジックにしたがって動いています。とは言え、それはごく単純な、竜王国を襲え、というものです。我々は、40レベル台の下僕を十体連れた部隊の幾つかでこれを迎撃、殲滅します」

「部隊指揮官は誰がつくんですか?」

「やまいこさん、コキュートスですね。俺と、ペロロンチーノ、茶釜さん、そしてセバスは遊撃と言うか単体で戦闘をするとしてあります」

「……あれ?リュウマ君はどうしたんです?」

 

 ふと疑問に思いそう聞くと、アルベド、茶釜と顔を見合わせ、ため息をついた。なんだ、どうしたと言うんだ。まさか、彼に何かあったのか。

 

「なにか問題が?」

「いや~、問題はないんだけど、性格的な問題だね、これは」

「リュウマ様は一方的な虐殺をお嫌いになっているとのことですので、勝手ながら、私とデミウルゴスの連名により、本作戦から離れていただきました。現在は、ナザリックが最初に接触、保護した村にて、発展の陣頭指揮とこの世界の人間のレベルアップの実験を行っております」

 

 なるほど、とたっち·みーは頷いた。彼と出会ったのは集団に追い回されているときだったからなぁ、と少しだけ昔の事を思い出す。もしかしたら、そのトラウマもあるんじゃないか?ケアが必要だな。この時たっち·みーはやっぱり微妙にずれたことを考えていた。

 

「ああ、そう言えば、砦より向こうの疎らに存在している村の人達はどうするんですか?」

「一応、下僕を一斉に解き放ってさらってくるような手筈にはなっているんですが。アルベド?」

「はい。とりあえず運搬能力のある下僕と隠密能力のある下僕を向かわせております。今回の作戦において重要なのは、この国の人間の信頼を少しでも得ることでしたので、なるべく穏便な方法で拐うようにしておりますわ」

 

 なるほどと納得し、たっち·みーはアルベドに軽く頷き返し、広めの馬車の窓から外を伺うと、この数日ですっかり見慣れた砦が目に入ってきた。石造りの堅固な砦であり、そう易々と陥落しないであろうその砦は、現在この遠い位置に居て分かるほど人がいるようだった。かなりの数の兵士が詰めているとは言え、あの数は異常じゃないかと思って首を捻っていると、モモンガと茶釜も同じように窓を覗き込み、同じように首を捻ったのだった。

 

 一行が砦に到着し、最初に目に入ったのは、重厚な鎧を身に纏った歴戦の兵士っぽいおっさんと、執事服を身に纏ったナイスミドルが、何やら会話をしている光景であり、素晴らしく背の高い女性が、よく似た顔立ちのメイドと共にスープを難民のような人々に振る舞っている光景であり、ライトブルーに輝く甲殻を惜しげもなく晒しながら、兵士に遠巻きにされている蟲王の姿であり、幼女とその母親に粉をかけようとしているバードマンの姿であった。

 

「ちょっと愚弟をぶっ飛ばしてくるわ」

 

 そう言って茶釜が駆け出すのを、誰が止められただろうか。あのたっち·みーですら止められないほどの怒気を放ち、茶釜はペロロンチーノに向かって駆け出していた。

 輝くバードマンが悲鳴と共に宙へ打ち上げられるのと、物見櫓に立っていた兵士が悲鳴のような報告を叫ぶのは、果たしてどちらが早かったか。

 

「ビ、ビーストマン襲来!迎撃準備ぃぃぃぃいいいいい!」

「さぁ、たっちさん、国作りの初めですよ」

 

 悲鳴のような報告と怒号が辺り中から響き、兵士達が忙しく動き回り始めるなか、モモンガの落ち着いたいっそ優しげな声は、静かに響き渡った。

 

 

 地の果てを埋め尽くすような数のビーストマンが大地を駆ける。その目は血走り口角から泡を吹き出しながら、しかし止まることなく明確な意思をもっているかのように、竜王国の防衛の要へと一直線に駆ける。

 対する人類もまた、弓に矢をつがえ明確な敵意をもって砦にこもる。しかし、それと同時に絶望も同量にその場にはあった。

 本来、人間とビーストマンとの戦力差は10対1と言われている。無論、ビーストマンが10で人間が1だ。その戦力差をなんとか埋めていたのが戦術であり戦略であったのだが、それでもたかが百に満たないビーストマンの襲撃でも多大な被害が出ていたのだ。そこに、軽く見積もっても四千以上の大群が現れたのだ。その絶望はいかほどか。

 誰かが息を飲む音がはっきりと耳に届く。長弓の射程まで後、ほんの少し。緊張が最大まで高まる。獣臭い息がここまで届くような幻覚さえ感じるなか、衛兵隊長の手が振り下ろされ、弓の弦から指が離れるその瞬間。

 先頭を走っていたビーストマンが光の爆発に巻き込まれ、そのまま消滅してしまった。爆風が兵士の顔を叩くなか、呑気な声が聞こえてくる。

 

「お~、弾けて消えたなぁ。ああ~、ここにシャルティアがいたら、『さすがペロロンチーノ様でありんす!抱き締めて!ア○○の中まで!』って展開で俺も人目も憚らずロリ○○ルに白濁を注ぎ込むんだけどなぁ」

「おい、愚弟!後でバスケやろうな!?ボールはお前だがな!」

 

 悲鳴をあげる輝くバードマンが、弓に矢をつがえる動作をすると、太陽の輝きにも似た光の塊が発生、次の瞬間とてつもない速度でそれが空を駆け、今度は敵の中央辺りで再び光の爆発が起きた。

 それとほぼ同時、誰かが悲鳴をあげた。兵士達がそちらへ目を向けると闇を凝り固めたような門が砦の前に出現し、そこから巨人が姿を表した所であった。その両腕には刺のついた凶悪な形状のガントレットが装着されていた。その背後からは、見事な装飾を施された武具で身を固めた骸骨が静かに続き、その巨人の横には先程までスープを配っていた見目麗しいと言う形容が霞むほどの美女が立っていた。

 砦の門が開け放たれる。そこから現れ出でたのはライトブルーの甲殻を持つ蟲の王。その四本の腕にそれぞれ武器を持ちゆっくりとした動作で巨人の元へ歩んで行く。こちらにも同じように黒髪の清楚な東洋系の美女がメイド服を着て付き従っていた。その背後にはどこから現れたのか異形の虫が十匹ほど付き従っていた。

 

「やまいこ様、コキュートス、参上致シマシタ」

「ご苦労様、コキュートス。ナーベラルも、お疲れさま」

「まだ疲れてなどおりません、やまいこ様。ただ、ガガンボに囲まれていると思うと虫酸が走りましたけど」

「ナーベラル、口を慎みなさい。ぼ……私たちは、ここの人間に友好的に接するのが仕事なのよ?」

 

 戦場に降り立ったとは思えないような空気の中、彼らにビーストマンの群れが殺到する。牙を、爪を振りかざし飛びかかるビーストマンであったが、しかし、それよりも早く直線に延びる雷が十匹ほどを焼き滅ぼし、ユリの鉄拳が次々とビーストマンの体を吹き飛ばして行く。その合間を、完全武装の骸骨が、鋭い鎌や爪、針などを持った人間ほどの大きさの虫が次々とビーストマンを血祭りに上げて行く。

 上空に待機するペロロンチーノは、雲霞のごとく迫り来るビーストマンの群れの中へ次々とゲイボウを撃ち込み、それによって散ったビーストマンへと、やまいこがその鉄拳を振りかざし突進しては腕の一振りでビーストマンを血煙に変えて行く。その横を守るように、コキュートスが四本の腕で器用に武器を操り、時に斬り、時に刺し、時に潰し、時に裂く、武芸者が憧れるような動きでこちらもビーストマンを次々と潰して行く。

 しかし、それでも数の多さは圧倒的であった。無論、この面子が負けることはない。敵の真っ只中にあって尚健在どころか、手の届く範囲にいるものは悉くが血煙に沈んで行くのだ。だが、それでも尚6000の数は圧倒的だった。ペロロンチーノの爆撃、ナーベラルの魔法、コキュートスの剣技にやまいことユリの拳を受けて尚、その死地から抜け出て来るビーストマンの数は増えて行く。

 砦にビーストマンの一団が猛烈な勢いで接近する。呆けていた兵士たちに緊張が走るが、しかし、唐突にそのビーストマンの動きが止まり、そのまま力なく崩れ落ちる。

 

「ふむ、〈 不可視の死の手/インヴィジブル·デスハンド 〉程度のダメージで死ぬのか……弱いな」

 

 兵士の間から現れたモモンガが静かに、何かを確かめるように、嘲るように言って砦から飛び降りた。それより半瞬遅れて、全身鎧を身に纏った戦士も地面に降り立ち、その右腕に握る病んだような緑色の燐光を放つバルディッシュを振るい、近づくビーストマンを両断する。

 

「ご苦労、アルベド」

「勿体なきお言葉」

 

 そう答えると、アルベドはモモンガの前に立ち、盾を構え向かってくるビーストマンを前進しながら盾で弾き飛ばす。巨人の手で殴られたかのように気持ちいいほど粉々に打ち砕かれ臓物を撒き散らすビーストマンを突破するように現れたのは、目も覚めるようなピンク色の鎧を身に纏った美少女、ぶくぶく茶釜。左手に自分がすっぽりと隠れるような巨大盾を持ち、右手には武骨極まりない自分の体よりも大きいハンマーを振りかざし、突撃しながらそれを縦横無尽に振り回し周囲に群がるビーストマンを打ち砕いて行く。

 

「ひょぉぉぉおお!普通の近接職って楽しいぃぃぃいいい!」

「あー、やべぇ……姉ちゃんにハンマー、悪夢じゃん」

 

 ぶくぶく茶釜が楽しげな声とペロロンチーノの絶望的な呟きが交差するなか、たっち·みーは門の内側で事の成り行きを見守っていた。そしてしきりに首を捻っている。どうも全員能力を抑えて戦っているらしいが、その意図が読めないのだ。無論、力を抑えて戦おうとも、ただの一匹たりとも防壁に辿り着くことなど出来はしてないし、砦の兵士に危害が及んでいる様子もない。

 

(力を見せつけている?しかし、だとするなら最初から全力で当たるのが一番力を見せつける事になるはずだが……)

「たっち·みー様。如何なさいましたか?」

 

 振り返れば、そこには鋼の表情と不動の体勢で立つセバスがいた。一つ頷き返し、たっち·みーは片手で門の外を指し示すと、思っていたことを口にする。

 

「なぜ、誰も本気を出して戦わないんだ?皆が本気になれば、6000程度、ほんの一捻りだと言うのに」

「仰ることももっともでございます、たっち·みー様」

 

 深く首肯し、セバスはその顔に笑顔を浮かべ、そのまま壁の上の光景に頭を巡らせた。釣られてたっち·みーもセバスと同じように頭を巡らせると、そこには眼下で繰り広げられる有り得ない光景に固まる兵士たちの姿があった。

 

「モモンガ様は仰いませんでしたが、私はこう考えます。モモンガ様は、人間を試されているのではないでしょうか?」

「試す?」

「はい。無論、真意は分かりかねますが、わざわざ異形種の最たる形の一人であるコキュートス様や、本来のお姿のやまいこ様を戦場に出したのは、自分達が人間の輪の中に入ることが出来るのかどうか、試金石としてお試しになっているのではないか、私はそう考えます」

 

 そこまで言って、セバスはたっち·みーの顔を見た。少々の微笑みを浮かべて、セバスは言葉を続ける。

 

「そして、もう一つ、皆様は待っておられるのですよ」

「待つ?なにをだ?」

 

 その言葉に、セバス無言で手を差し出し、今度こそ微笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「たっち·みー様、我が主、あなた様が参戦するのを、ですよ」

 

 

 戦況は、常にこちらに有利ではあったが、さすがに数が多すぎると、モモンガは辟易とした気分で、手近にいたビーストマンを蹴り飛ばしつつ思った。

 全力で戦えば、それこそコキュートス一人を投入すれば事が済む戦闘ではあったが、いくつかの実験も兼ねての戦闘であるため、手加減をしての戦闘となっている。そして、その実験の最たる物は、“この世界の人間は、異形種と手を取り合って戦闘ができるか”と言うものであった。残念ながらこちらに関しては、どうも今一つの成果だな、そう思いながら〈 雷撃/ライトニング 〉で敵数体を消し炭に変える。

 事実として、人間の兵士は一人たりとてこの戦いに手を出してはいない。手控えていると言うのではなく、本当に純然に、この戦いに見いって恐れ戦いているためだ。もし、もう少し手加減して少しでも苦戦する素振りを見せれば人間の兵士達が参戦していただろうが、モモンガや他の面子には分からないところであろう。

 

(実験は失敗かぁ……コキュートスには悪いことをしたな。後でなにか褒美を、そう、ボーナス的な物をあげるとしよう。不快な思いをさせたかもしれないしな)

 

 そんなことを考えながら戦闘をしていたせいか、はたまた故意か、モモンガの(やる気のない)魔法を潜り抜けたビーストマンが城門に迫る。今度こそ、兵士達が至近距離のビーストマン向かって矢を放つが、ビーストマンは口角から泡を引き出すような狂乱状態でありながらも、向かい来る複数の矢を俊敏な動作で避け、城壁に爪を駆け一気に駆け上がろうと全身に力を込める。

 閃光が走る。遅れて、ビーストマンの腕、足、ついで首が宙に舞った。

 城壁に立つ兵士達は、最初に何が起きたか分からず、ついでそこに白銀の聖騎士が立ち、その手に聖剣を携えているのを見た瞬間、全てを理解して歓声をあげた。それを一身に受けながら、たっち·みーは剣を持つ腕を振り上げる。

 

「兵士諸君!私はたっち·みー!知っているものもいるだろうし、今さら挨拶などをしても意味がない!」

 

 そう口火を斬りながら、たっち·みーは剣を降り下ろし、その切っ先をビーストマンの群れへ向けて言葉を続ける。

 

「今、現在、この砦は、いや、この国は!今までにないほどの危機を迎えている!しかし、我々が防壁となり君たちを守ろう!だが!!」

 

 剣を振り上げ決断的に振り下ろし、たっち·みーは城壁の上へと顔を向け、空いている左手で兜を脱いだ。それを見た誰かが息を飲むが、たっち·みーは構わず言葉を続ける。

 

「君たちはそれでいいのか!?この国を守ると誓った兵士が、外様の、私や私の仲間だけに敵の殲滅を任せてもいいのか!?彼らの多くが異形種だから助けない!?ならば私も異形種だ!だがそんなことは関係ない!我々は弱き者に手を差し伸べるだけだ!我々は、共に戦える!手を取り合えるのだ!もし、我々と共に戦い!手を取り合い!この国の平和を守る気概があるのならば!きっとこの国に平和をもたらすことが出来るだろう!いや、出来る!」

 

 兜を被り直し、たっち·みーは剣と盾を構え、兵士たちに背を向け、そのままモモンガの方へと駆け出した。しかし、一度だけ足を止めると半面だけを兵士に向けて、静かに、しかし、なぜかよく響く声で一言だけ残したのだった。

 

「待っています、友よ」

 

 

 

-おまけ- 作戦の真っ最中の頃のカルネ村

 

 村の広場にて、リュウマとシズ、エンリとネム姉妹、ゴブリンズからカイジャリが集まって、口元を白い布で覆いながら、土を大桶に入れてその上澄み液を取り出す、と言う作業を繰り返していた。

 

「あの、シズさん、ちょいとよろしいですかね?」

「なに?リュウマお兄ちゃん」

「……」

 

 すっかりその呼び名が定着しつつあるリュウマは、しかし悪い気はしないなぁ、とかなんとか思いつつ、掬った上澄み液を別の桶に移しながら気を取り直し疑問を口にする。

 

「えぇと、俺が頼んだのは、村の防衛力の強化のためにガンナーを導入したいなぁって話であって、土間や厠の土を集めて上澄み液を集める仕事をしたいわけではないのですけども……」

「リュウマお兄ちゃん……ガンナーの道……一日にしてならず……だよ?」

「アッハイ。いえ、そうじゃなくて、俺たちは何をしてるんだ、これ?」

 

 リュウマの疑問に首を捻ったシズは、一同の顔を見回して手をポンと打った。

 

「なるほど……深い……」

「浅いよ」

「ナイス……突っ込み……さすがリュウマお兄ちゃん」

「ありがとう、そして早く教えてくれると助かる件」

「これから……銃本体は鍛冶長が……作ってくれる……でも、火薬はそうはいかない」

「……ああ、これ、硝酸カルシウム水溶液を取り出してたのか」

 

 得心がいったとばかりに頷くリュウマに対して、エンリ達は困惑の表情を広げる一方であった。

 

 今日もカルネ村は平和です。

 

 

 





ちょっと投稿ペースが落ちますねぇ。
主に仕事のせいで。


では次回です。


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24,その頃の人達 1

遅くなり、大変大変申し訳ない。

ちなみに、今回の話は途中でぶっちぎってます。長いので。

今まで注釈を入れてなかったけど、このお話全体は書籍九巻までの情報を元に書かれております。
ただ、十巻の内容や十一巻の内容も入ることもありますので、ご注意を。





 帝都アーウィンタールの骨董市場。その名とは裏腹に、ここに並ぶ店々には様々な魔法の品が置いてある。それこそ実用品から用途の分からないものまで様々だ。

 その骨董市場の中、肩口にバラの飾りのついた豪奢なローブを纏う男が一人。黒髪のかなり目付きの悪い男が、並んでいる品々を興味深そうに一つ一つ丁寧に見ている。時に手にとって、時に店主から説明を受けて一々納得したように頷く様は学者を思わせる。

 

「『口だけの賢者』ねぇ」

 

 センプーキと呼ばれるマジックアイテムを手に取りながら、男は店主の説明にそう呟いた。

 

「そうさ、兄さん。まぁ、そいつが出したアイデアを形にしたって言うだけのもんだが……今なら安くしとくよ?」

「……あいにく持ち合わせがねえな。今度寄ったときにでも買うわ」

「へぇ~、変わってるねぇ兄さん。そんなもんを欲しがる奴なんてのは初めてだ」

 

 感心したように言う店の親父に向かって軽く肩を竦めて見せ、男は軽い足取りで歩き去って行く。その後、しばらくの間、男は店を見て回っていたが、その男に向かって色々と身体的に可哀想な女性が、その後ろに人の良さそうな大男を引き連れて、怒り肩でまっすぐ向かってくるのを見て、口許を皮肉げに歪めて片手を上げた。

 

「よう、ヒンニューナ、どうしたそんなに怒って」

「誰が貧乳だ!イミーナだボケ!」

 

 怒鳴りと共に繰り出された拳は、真っ直ぐ目付きの悪い男の腹に吸い込まれた。大の男ですら蹲るほどの拳を腹に受けた男は、、しかし平然として、殴った拳を押さえて呻くイミーナを心配そうに見ている。どこか、申し訳なさそうでもある。

 

「……大丈夫か?」

「……どんな腹筋してんのよ」

 

 痛む拳を押さえ、イミーナは涙目でその男、ウルベルト·アレイン·オードルを睨み付けた。しかし、正直どんな腹筋をしているかと言われても、恐らく悪魔的な腹筋をしてるんだろ?と答えるしかなく、そしてつい先日これを言ってしこたま怒られたので、取り合えず肩を竦めておく。

 

「んで、ロバーデイク、一体全体何がどうしたって言うんだ?ビニューダがこんなに怒ってるなんてよ」

「誰が微乳じゃ!?」

 

 頭に軽い衝撃。見れば手近にあった木の棒で殴られたらしい。幸いダメージは圧倒的なレベル差によって無い、つまり無視が可能と言うことだ。

 

「怒ってるのは、ウル、貴方がイミーナのむ……ち……身体的特徴でからかって遊ぶからだと思いますよ?……痛くないんですか?」

 

 目の前でガンガン頭をぶん殴られているのに平然としている彼を心配しての言葉ではあったが、ついでに周囲からの奇異な目線が痛いと言う理由もあり、ロバーデイクはそう聞いたのだったが、答えは平然としたものだった。

 

「問題ないぞ。ちっぱいの攻撃なんぞ痛くも痒くもない」

「だぁれぇがぁ、ちっぱいじゃスカターーーーーン!」

 

「ふむふむ、仕事か。で?内容はどんな感じなんだ?」

 

 木の棒がへし折れこん棒に切り替わり、それで向こう脛をしこたまぶん殴られてイミーナが落ち着いたところで、ロバーデイクの場所を変えようと言う提案を受け入れて、大通りまで出た後、屋台で果実水を買いながら、ウルベルトは話が通じそうなロバーデイクにそう聞いた。イミーナは息が切れて果実水をイッキ飲みしているところだ。

 

「まだ詳しい話は聞いてませんけど、今回は帝都から大きく離れるような仕事ではないようですね」

「帝都近辺での仕事か。危険度はどれくらいだ?」

「さあ?報酬もそこそこですから、受けるのは吝かじゃないと思う、ヘッケランは言ってましたが」

「まぁ、ワーカーだもんな。ヘッケランが受けたんなら、そこまで危険じゃないか」

「……ウルは、ついてくるんですか?」

「あ?邪魔か?俺は」

 

 ジロッと睨むようにロバーデイクを見ると、慌てたように両手と首を振ってその言葉を否定する。少々怯えすぎだろうと、ウルベルトは思った。この一週間近く、友好的に接してきたし、悪魔の姿のままじゃ目立つだろうからわざわざ幻術で人間に見えるようにしていると言うのに、失礼な話だ、と勝手に憤るウルベルト。

 

「いえいえ。情報収集も終わってないようなのに、こっちを手伝って大丈夫かと思いましてね?」

「ああ、そう言うことか。まぁ、色々収穫があって面白いが、今のところ古巣の情報は手に入らない。時間をかけてやっていくつもりだから、気にするなよ」

「それも、仲間からのアドバイスですかね?」

「『急いては事を仕損じる、何事も慎重に大胆に足場を固めながら行うのが成功への近道ですよウルベルト』……俺たちの軍師の言葉だな。まぁ、要は気長にやれってことだろうけどな」

 

 リアルじゃ、それで失敗したからなぁ。最終日にギリギリ間に合って良かったやら悪かったやら。そんなことを考えながら、ウルベルトは果実水を口に含む。柑橘系の爽やかな香りが鼻から抜けるのを楽しみつつ、からかって楽しむ相手、イミーナを見ると、いつのまに買ってきたのか腸詰めをこんがりと焼いたものをハムハムと頬張っているところだった。前から思っていたが、これだけ細いのにこいつはよく食う。健啖家だ。なんで肉がつくところへ肉がつかないんだ、と失礼なことを考えていると、イミーナが元々きつめの目付きを更にきつくしてウルベルトを睨んできた。

 

「何よ?」

「美味そうだと思ってね。まぁ、よく食べよく太るといい。どこに吸収されてるのか知らんけど」

「刺のある言い方ねぇ、そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」

「……重々承知してるよ」

 

 少々どころではないほど気落ちした声を聞きイミーナが笑うのをきっかけに、三人は歩き出す。目指すは活動拠点である“歌う林檎亭”である。

 歩くこと十分、見慣れ始めたいつもの店に入ると、何人かの荒くれ者共が三人を睨み付けるように見たが、ウルベルトを視界に収めた瞬間、残像を残す勢いで顔をそらした。この店で恐れられる男、ウルベルト。初日に少しだけ遊んでやっただけだと言うのに、酷い奴等だ。

 構わず奥へ進むイミーナの後ろをついて行くと、いつも通りの席で、ヘッケランが武器や道具を点検していた。しかし、こちらに気づくと顔を上げて笑顔と共に手を振って、整備用の道具を袋に仕舞い込み始めた。

 

「ヘッケラン、仕事だって?」

「そうなんだよ、聞いてくれよウル」

 

 嬉しそうにうきうきとしたヘッケランの口調に、よっぽど報酬が高い仕事だったんだろうと思いつつ、ウルベルトは椅子に深く腰を掛ける。その隣にロバーデイク、ヘッケランの隣にイミーナが座ったのを確認し、ウルベルトは一同の顔を見回し首を捻った。

 

「アルシェがいないが、どうした?」

「あんたが嫌いだから来ないんじゃないの?」

「……やめろよイミーナ……マジで嫌われてそうで軽くへこむからよ……」

 

 肩を落としてため息をつく。この一週間近くでこの面子とは比較的友好に接してきたお陰か、それなりに仲良くなったが、あのアルシェとは、なぜだかいまいち仲良くなれてない。むしろ、いまだに警戒されている節がある。チーム内での役割が被る上に能力的にこっちが高いのが悪いのか、はたまた……。

 

「俺が悪魔だから警戒されてるのか……」

「それは普通に警戒します」

「……そうなのか……悪魔、かっこよくない?」

 

 おずおずと切り出せば、目に飛び込んでくるのはロバーデイクの苦笑顔。イミーナも鼻で笑いヘッケランは肩を竦める。

 

「さて、アルシェが来てから話そうと思ってたけど、先に依頼の内容を話しておくぜ」

 

 あからさますぎるほど肩を落としたウルベルトを無視しながら、ヘッケランは努めて明るい口調で両手を打ち合わせた。小気味のいい音と同時に、イミーナとロバーデイクもそちらへ注目する。ウルベルトも、一応気を取り直して耳だけはそちらへ向ける。一応仲間扱いだが、彼自身思うところもあり、彼らの行動方針には極力口を出さないようにしているのだ。

 

「今回の依頼は、簡単に言えば現地調査なんだが、拘束期間はそれなり、その分報酬もかなり期待できるって依頼だぜ?」

「ええと、ヘッケラン、具体的にどのような調査の依頼なんですかね?まさか野性動物の調査とか、言わないですよね?」

「そんな依頼、受けねぇよ。なんでも、元貴族の連中がはまってる宗教があるらしいんだが、邪教の類いらしい。んで、そこに出入りしてる元お貴族様を一人残らず調べ上げて報告するってのが今回の依頼だな。調査の期間がいまいち分からないからか、一日辺りの金も中々のモンだ。具体的には、これくらい」

 

 そう言いながら周囲を見回した後、ヘッケランはこっそり指を五本立てた。

 

「金?銀?銀だったら、かける10くらいかしら?だとしたら受ける価値はないわね」

 

 イミーナの突っ込みに、ヘッケランは勝ち誇った笑いを浮かべ首を振る。

 

「金でこれ。少なくとも十日は拘束される計算らしいぜ?」

「一人頭ですかね?それともチーム全体で?」

「一人頭だ。ついでに危険手当ても出るらしい」

 

 胡散臭い。イミーナとロバーデイクが思ったことはそれだ。秘密厳守、危険もそれなりにあるだろう事は予想できるが、それにしても報酬が高すぎる。無論、ワーカーに回ってくるような仕事ならば、それ相応の裏があり、伝えられてないような情報だってあるだろう。そして、その裏をとってくるのを忘れないのが、このヘッケランと言う男である。

 

「まぁ、俺も最初は怪しいと思ったんだけどなぁ。そこの邪教の裏をとって納得したぜ。どうも、ズーラーノーンじゃないかって話だ」

「……ズーラーノーン?なんだそりゃ?」

「秘密結社、と言うところ。内情は不明だけど、それこそあらゆるところで活動してると言う話」

 

 答えが後ろから返ってきた。そのまま視線を後ろに向けると、相変わらずの仏頂面でアルシェが立っていた。イミーナに勧められるまま、ウルベルトから距離を置いてその椅子に腰をかけるアルシェを見ながらウルベルトは表情に出さないように小さくため息をつく。嫌われていると言うよりは、どちらかと言えば警戒されていると言ったところか。まぁ、初対面で嘔吐させたんだ、当然と言えば当然かもしれない。

 

「あぁっと、そのズーラーノーンとやらは、ぶっちゃけやべぇのか?」

「うーん、そうだな。ぶっちゃけると、狂信者って怖いだろ?全体的にはそんな感じだな。だが、その幹部クラスは冗談抜きでヤバイらしい。俺たちじゃ、恐らくどうにもならないだろうな」

 

 ヘッケランの言葉に、そこにいた全員が軽く頷いたのを見て、ウルベルトも軽く頷いて思考する。もしかしたら、そいつらなら、ナザリックの情報、もしくはその断片でも持ってるんじゃないか?……望みは薄いか?

 結局、フォーサイトの面々はこの仕事を受けることにしたようだ。特に、どういう理由かは分からないが、アルシェがノリノリだったのが気にかかるが、とにもかくにも一行は、一週間分の食料などの買い出しに走ることになるのだった。

 ロバーデイク、アルシェと共に食料の買い出しに出たウルベルトは、ズーラーノーンの事を二人に聞いては見るものの、なんと言うか分かったことは、『よく分からないが悪い組織』と言うことだけであった。まぁ、その信者や幹部連中が不死になりたいからと所属しているのは確かのようだ。

 

「あぁ、そうそう。ウル、聞きましたか?」

 

 話が一段落したところで、ロバーデイクがそう言った。なんの話かわからずに首をかしげると、同じようにアルシェも首をかしげていた。

 

「えっと、なんの話だロバーデイク」

「ビーストマンの話ですよ。アルシェも聞いてないんですか?」

「聞いてない。ちょっと、忙しかったから」

「俺は小耳に挟んだな。なんだっけか?どっかでワーカーのどこぞの誰ぞがビーストマンの群れに遭遇したんだったか?」

「ええ、ええ、それですそれです。その話を聞いたあと、ヘッケランと情報を集めたのですが、少なくとも500匹ほどのビーストマンの群れだったと、そのワーカーは言ってましたねぇ」

 

 数を聞いてアルシェが息を飲むが、その隣のウルベルトはピンと来てないらしく、軽く首を捻ってアルシェに質問をぶつけた。

 

「なぁ、アルシェ。ビーストマンの難度って、どれくらいだ?」

「え……?確か、難度は30だった、はず」

「それはごく一般的なビーストマンで、中には英雄級に匹敵する難度90を数えるような個体もいますね」

 

 確か、難度は元のレベルかける3だったか?つまりレベル10が500匹?雑魚じゃん。そこまで考えてウルベルトは頭を振った。自分基準で考えてはいけないのだと。この世界の人間は弱い。一般人で1レベルかほんのちょっと程度のレベルならば、基本10レベルのモンスターはもはや脅威以外の何者でもないだろう。

 

「まさか、その群れがこっちに迫ってるとか、そういう事態じゃないよな?」

「ええ。なんでも竜王国の方へ向かっていったそうですよ?」

「じゃぁ、問題ないだろ」

「もしかしたら、竜王国からヘルプが入ってお金儲けのチャンスかと思ったんですけど、入らないってことは滅んだのか退けたのか……」

「もしくは、ガセだった、って話かもしれない」

 

 アルシェの言葉に、ロバーデイクは苦笑を浮かべながら首を横に振ってそれを否定する。

 

「嘘じゃないんですよ、アルシェ。事実、どうも帝国の部隊の一つが遭遇して戦闘を行い、壊滅状態に陥ったようですので」

「……国をあげた大騒動じゃないか?皇帝は動いてないのか?」

「動いている気配は無いですね。様子見か、それとも……」

「まぁ、ワーカーには関係ないか。とにかく、食料品とか買い込もうぜ」

 

 そう言って話を切り、ウルベルトは二人を伴って買い出しに向かうのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 カルネ村にリュウマが戻ってきたのは、正午ももうすぐと言った時間だった。すっかり遅くなったもんだと思いながら、本日連れてきた二人を向き直ると、なぜか緊張した様子で姿勢を正す二人。一人は、女性の体に犬の頭のついた異形種、ペストーニャ·S·ワンコ、そしてもう一人は、なぜか漆黒のイブニングドレスを身にまとった妖艶な雰囲気の美女である。

 二人に向き直ったリュウマは、努めて朗らかに語りかける。

 

「いやぁ、悪いな二人とも。忙しいのにわざわざ来てもらって」

「いえいえ、リュウマ様のお役に立てるのであれば、こんなに嬉しいことはございません……わん」

「わ、私も、卑賤な下僕の身でありながら、お声をかけていただけるなど、感謝と感激に耐えませんわ」

 

 うわぁ、忠誠心尋常じゃねぇ。ちょっとだけ、美女の方の言葉にドン引きしながら言葉を続ける。

 

「じゃぁ、二人に仕事の詳細を説明するとだな。ペスには村人の診療を頼みたい。疫病とか困るし。特に子供に重点を置いて頼む。あー、PTSDとかも、可能性はあると思う。やまいこが言ってた」

「承知いたしました……わん。治療と診療でございますね。問題ありません……わん」

 

 その言葉にひとつ頷いて、今度は美女の方に目をやる、と一瞬ビクッとした。デミウルゴスはどんなことを言ったんだろう、自分の配下に。

 

「あぁ、そんなに固くなるなよ、嫉妬の魔将」

「いえ、いえいえ至高のお方に無礼があってはなりません!これは、当たり前なのです!」

「え?俺は、よっぽどじゃない限り処罰しないから、大丈夫だぞ?まぁ、いいや、本当はよくないけど。確か、嫉妬の魔将は召喚系が得意、だったよな?」

「は、はい!無論、至高の方々には遠く及びませんが、それなりに行使できると言う自負はございます!きっとお役に立って見せます!」

「え、うん、ありがと。あぁ、それで、嫉妬の魔将……呼びづらいな、なんか名前つけていい?」

「へう!?」

 

 妙な言葉と同時に目が見開かれ、嫉妬の魔将が固まった。何がどうしたと言うのか。

 

「ど、どしたん?」

「お、恐れ多いことでございます!私のような下僕に名前など……!」

「……個別の名前がないと困るだろう?ペス、なんかいい名前はないか?」

 

 話を振られたペストーニャは、顎の下に指を添え、少し考えた後にっこりと(本人的には)微笑んだ

 

「そうですわね、アンジュ、などいかがでございましょう……わん」

「ん、いい感じだな。じゃぁ、今日からお前はアンジュな」

「は、はい……拝命させていただきます……!」

 

 一々重い返答に軽くため息をつきながら、リュウマはやってもらいたいことを伝える。

 

「アンジュには少女を一人鍛えてもらいたいんだ」

「少女でございますか?よもや、リュウマ様の寵愛を賜っているエンリと言う村娘でございますか?」

「え?どんな噂なのそれ……?あ、いい、聞かなくてもわかるけど、別にそういう関係じゃないからな?で、だな。アンジュに頼みたいのは、まぁ件のエンリの妹のネムの方なんだ」

「と、申されますと?」

「うむ、どうもこのネム、召喚系魔法が使える、らしい。感覚で話されるからよく分からないんだが、どうもそっちの才能があったらしい。で、鍛えようと思ったが知っての通り、俺は近接戦士職、やまいこはヒーラーじゃんで、そっちの知識がゼロ。そこで召喚系魔法が得意なお前に来てもらったんだが……子供は好きか?」

「それなりに好きですわ。と、申しますか、我々悪魔は基本的に人間が好きですの。無論、その嗜好はそれぞれですが、私は、人間に嫉妬するほど好きですわ」

「悪魔はネジ曲がっとるのぉ……そろそろカルネ村見えてきたな。じゃぁ、ついたら村人に紹介した後、仕事にとりかかってもらうか」

「承知いたしました……わん」

「この命に替えましても」

 

 二人をつれて村に入った後は、リュウマが想像した以上にスムーズに事が進んだ。村人たちはあっさりと二人を受け入れたのだ。とは言え、これには、まず、リュウマが連れてきたと言う点と、嫉妬の魔将ことアンジュの容姿が大いに関係しているのだが、リュウマにはいまいち分からない。

 ネムに関しては、アンジュ曰く、すでにサモナーを習得しているらしく、これからその能力を伸ばす訓練に入るらしい。ネムもアンジュにわりとなついているようではあるし、アンジュもネムが気に入ったようなのでこれはこれで問題ないと思いつつ、先に来ていたルプスレギナと、ハムスケに乗って移動するシズと共に、本日も硝石作りのスタートであった。

 

 硝石を作りはじめて小一時間ほどしたところで、ジュゲムがリュウマの元へと走ってきた。

 

「どうした、ジュゲム……だっけか?」

「へぇ、ジュゲムです。リュウマの兄さん、村に馬車がやって来てます。数は一台、荷台に五人、御者席に一人。荷台に乗ってる奴等は武装してますな。どうなさいます?」

「エンリはなんだって?」

「一応傷つけることなく、まずは話し合いで、と言う手はずになってますが……」

「んじゃ、俺が行くわ。なんかあっても制圧できるし。今日の門番は……ハムスケか」

 

 

「なんだか、村の様子が違うような?」

 

 遠くに見えるカルネ村を視界に収めて、ンフィーレアが呟くと、軽薄そうな細身の男、ルクルットがその横に立ち、目を細めてその光景を見た。

 

「なんか、すっげぇゴツい、丸太かな?丸太で作られた壁が見えるんだが……村なのかあれ?要塞って言った方がまだしっくり来るぜ」

「ええ!?いや、しかし、あそこは普通の村のはずですし……」

「もしかしたら、なにかあったのかもしれないである!」

 

 話に入り込んできたのは口回りにボサボサの髭を生やした大男、ダインであった。

 

「ダイン、あまり不安になるようなことを言わない方がいいですよ?」

 

 それを嗜めたのは、中性的な顔立ちの魔術師、ニニャだった。

 

「おっと、これは失礼したである」

「とにかく、急いだ方が良さそうだな」

 

 そう確認するように言ったのは、二十歳そこそこの戦士風の男、ペテル。

 

「ルクルット、周囲の警戒を頼む。ニニャ、ダインはいつでも戦闘できるように準備を、ブリタさんは、ンフィーレアさんから離れず、護衛をお願いします」

「了解。後、さん付けはいらないよ、ペテル」

 

 答えたのは赤毛の女戦士、ブリタ。勝ち気な笑顔を浮かべながら、片手に小型盾、片手に幅広の剣を持ち、御者台に立って、構えをとる。

 そのまま一行は何事もなくカルネ村の前まで到着した。そして、絶望したのだった。

 

「そこで止まるでござる。この村に何用でござるか」

 

 カルネ村の巨大な木製の門の前には、一匹の強大な魔獣が立ちふさがっていた。

 

 

おまけ

 

「ウルベルト、ちょっと聞きたい」

 

 お茶を飲んでいると、アルシェが唐突にそう切り出してきた。久しくこの少女から話しかけられていなかったウルベルトは、少々嬉しく思いながら先を促すように一つ頷いた。

 

「その姿って、その、種族的な能力で変身してるの?それとも、魔法?」

「ああ、この姿な?これは《 完全幻覚/パーフェクトイリュージョン 》と言う魔法で作った幻覚だ。視覚、触覚、嗅覚を騙すことが出来る幻影を作り出す魔法だな」

 

 ゲームでは嗅覚なんか実装されてなかったしな、と言う言葉を飲み込んで説明すると、アルシェは感心したように何度も頷いて、手元に持っていた羊皮紙をまとめたメモ帳に書き込んで行く。

 

「勉強熱心だな」

「知らない魔法を知りたくなるのは、魔法詠唱者にとっては当たり前だと思うけど?……これがあれば、色々出来そう。ウルベルト、その魔法は何位階なの?」

 

 問われ、ウルベルトは顎に手をやり考える。そして思い出したように手を打った。

 

「第八位階だな」

 

 アルシェの顔に、絶望が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 






次回はもうちょっと早くあげたいな、と思います。

ではでは次回です。


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25,事態は動く、唐突に

ほんのり、シリアス風味。実際はそうでもないかも。

駆け足でお送りします。







「もう一度問うでござる!この村に何用でござるか!答え如何によっては、この、森の賢王ことハムスケが、月に代わってお仕置きでござる!」

 

 その魔獣発する声が空気を震わせ全員の耳朶を打つ。圧倒的な魔獣の気配に漆黒の剣、そしてブリタの腰が引けるなか、ンフィーレアはその名乗りに身を震わせた。

 

「森の賢王だって!?なんだって村……村、だよね?なんでここの門の前に!?」

「ほほぉ某の名を知っているでござるか。しかし、今の某は殿や姫からいただいたハムスケ·汁婆と言う名があるのでござるよ。ふふ、森の賢王を名乗っておった頃は、世間知らずの女であった……」

「殿?姫?まさか、このような強大な魔獣を使役している人間がいる?……ペテル、まずいですよ、これは」

 

 ニニャの言葉に、冷や汗を額から垂らしながら、ペテルは小さく頷き、隣に立つルクルットへと目配せをしたが、された方のルクルットは緊張を孕んだ顔で首を横に振ってペテルの考えを否定した。

 

「逃げられねぇぜペテル。囲まれてる……!」

「ありゃ、ばれてやしたか」

「なっ……!」

 

 すぐ脇から低いダミ声が聞こえて来ると同時に、放置されているように見えた麦の間から、妙に体格のいいゴブリンが姿を見せ、その手に握った質の良さそうな短剣をこれ見よがしに見せ付けた。

 

「おおっと、暴れないでくだせえよ?俺だけじゃぁないんですぜ、あんた方を囲んでいるのは」

 

 その言葉が嘘ではない証拠に、小麦畑の中から数匹の体格のいいゴブリンが、林の中からやはり体格のいいゴブリンが思い思いの武器を手に姿を表し、こちらを威嚇するように武器を見せ付けた。そのどれもが、ペテル達の持つ武器よりも質のよい武器であることは明白であった。ちなみにであるが、ゴブリンズが持つ武器はリュウマが『お前らの武器、ショボいな。俺のコレクションの中で要らない物が幾つかあるから、やるよ』の言葉と共に譲り渡された、リュウマ的には大したことない、魔法の武器である。

 

「い、いったい、村で何が起こってるんだ……!?」

「おおー、考えた作戦が上手くいってるようで何よりっすよー!」

 

 ンフィーレアの疑問に被さるように、快哉の声が天から降ってきた。全員の視線がそちらへ走り、そして固まる。太い木の枝に立つのは褐色の肌をした絶世の美女。明るい笑顔を振り撒きながらこちらを見下ろしてくる美女は、明るい声で言葉を続けた。

 

「さあー、どんな用事があってここに来たかは知らないっすけど、生きて返すような真似はしないっすから、覚悟するっすよー」

 

 その言葉に、ゴブリンズが武器を構える。跳ねるように全員が武器を構え戦闘状態へと移行するが、しかし、漆黒の剣の面々の表情は悲壮と言うしかない。このゴブリンは恐らく一匹一匹が強い。その上、あの森の賢王と言う魔獣が控えているとあっては、どうあっても絶望しかない。なんとしてもンフィーレアとニニャだけでも逃がそうと、ペテルは心に誓って剣と盾を構え直した。

 戦闘態勢に移行した眼下の面々の表情を見ながら、ルプスレギナは喜色満面であった。遠目から見ても分かる平和な表情から一転、この砦と化しつつある村を見つけた時の怪しんだ表情、ハムスケを見たときの驚愕と恐怖の表情、顔を見せたときの呆気にとられた表情から絶望的な戦力差に対する憤りと絶望の入り混じった表情。くるくると回るその感情の動きが非常に楽しかった。が、少しだけ不満もある。何せ、覚悟を決めた表情をしている奴が大半なのだ。出来ることならもっと、そう、いまだに青い顔をして泣きそうな顔をしている赤毛の女のような表情をしてもらいたいのだが、まぁ、そこに至るまで楽しませてもらったのだから良しとしよう。

 

「姫~、良いのでござるか?殺さないのが殿からの指示であったような気がするのでござるが?エンリ殿も同じことをいってたような気がするでござるが?」

「大丈夫っすよぉ。そろそろリュウマ様とエンリちゃんが来るっすから、この茶番もすぐ終わるっすよぉ」

「……大丈夫で、ござるかねぇ?」

 

 呑気に話している二人とは裏腹に、漆黒の剣の面々の緊張は最大だった。今にも解き放たれんとする緊張の中、ゴブリンの一匹が前に出る。合わせるように、ペテルも一歩前に進み出て、そして同時に剣を振りかぶった。

 

「何をしているッッッ!!!」

 

 剣が打ち合う寸前、空気を割るような少女の怒号が響き、ゴブリンが地を蹴ってペテルから距離を取り、声の主へと視線を向けた。自然、漆黒の剣の面々やブリタ、ンフィーレアに至るまでもその方向へ視線を走らせることになる。

 

「無闇に殺すなと私は申し伝えた!どう言うことか、説明しろっ!」

 

 重厚な丸太で作られた門が開き、そこから現れたのは、軽い金属鎧で要所要所を覆った恐らく少女だった。恐らくとついたのは、その顔上半分を鳥を模したような兜が覆っているからだが、その兜から見える眼光は鋭い。ゴブリン達が慌てて下がるなか、少女は槍を片手に漆黒の剣の方へ歩いてくる。

 

「ルプー、どう言うことだ、説明しろ」

 

 もう一人、門から歩み出てくる人影があった。かなり高い身長に恐ろしく鍛えられた体躯を赤い鎧に押し包んだ偉丈夫であったが、この少女のように鋭い眼光をしていると言うことはない、少なくともンフィーレアにはそう思えた。

 少女はペテルの前までやって来ると、唐突にすごい勢いで頭を下げた。

 

「申し訳ありません!私の教育が行き届いてないばかりに、迷惑をお掛けしました!」

「は?えと、あの?」

 

 ペテルが戸惑っている間に、推定少女はその兜を脱いでその素顔を晒す。現れたその顔に、ンフィーレアが息を呑む。それに気づかぬまま、少女は何度も何度も頭を下げ、ついでゴブリン達の頭を力任せに無理矢理下げて行く。

 その後方で、鎧の偉丈夫が褐色の美女を地面に降りさせ、お説教を始めていた。

 

「……リュウマ様?その、地面がゴツゴツで痛いんですが?」

「どう言うことか、説明しろって、俺は言ったよな?」

「……ふ、不審者かと思って、その、攻撃命令を、ですね?」

「どう言うことか、説明を、しろ。言い訳は要らない、真実を述べろ」

「……す、すいませんでしたーーーー!つい、出来心なんです、暇だったんで悪戯しようってしただけなんです、殺すつもりなんてなかったんです、ちょっとオチャメなジョークだったんですぅぅぅう!」

 

 土下座!それは最高の謝罪の形!だがリュウマは腕組みをしてお説教を止めない。

 

「ルプー、お前の性格は分かってるつもりだし、それに関してとやかく言うつもりもないが、ここでの命令権主導権の多くはエンリにあるって言ったよな?そのエンリの命令を無視するようなことをしていいと思ってるのか?今回は大事にならなかったが、下手すりゃカルネ村の悪評になってた可能性だってあるんだぞ?」

「は、ははーー!そこまで考えが至ってませんでした!平に、平にご容赦を!」

「殿~、もういいではござらんか、姫も十分反省しているようでござるし、可哀想でござるよ~」

 

 まだまだお説教をしそうなリュウマの前で、土下座をしながら体を震わせるルプスレギナを不憫に思ったのかハムスケが仲裁に入った。ルプスレギナが顔を上げ、ハムスケを頼もしく見上げるなか、後ろではこんな声が上がっていた。

 

「エ、エンリ!?エンリなの!?て言うかなんなのその格好!?村は!?えっ?!な、何が……!?」

「あれ?ンフィー?お、落ち着いて?ねっ?」

 

 あわあわと慌てるンフィーレアを落ち着かせようとするエンリ。それをどうしたもんかと見つめる漆黒の剣とゴブリンズ、お説教を止める止めないでもめるリュウマとハムスケ、ハムスケに視線だけで声援を送るルプスレギナ。その光景を遠くからスコープで覗きながら、シズは呟くのだった。

 

「なんだこれ?」

 

 

「そうか、そんなことがあったのか……」

 

 これまでの経緯をかいつまんで聞いたンフィーレアは、痛ましそうに顔を歪め、そうつぶやくのがせいいっぱいだった。だが、悲劇の中心にいるはずのエンリは、朗らかな笑顔を崩さず話を続ける。

 

「そうそう。それで、私も殺されそうになったんだけど、あそこにいるリュウマ様や、ここにはいらっしゃらないけど魔法詠唱者のモモンガ様、村の子供達に色々教えてくれてるやまいこ様が私たちを救ってくれたの」

 

 笑いながら指差す先には、褐色肌の美女、ルプスレギナの頭を押さえ込んで無理矢理頭を下げさせているリュウマの姿があった。

 

「それ以降、リュウマ様とやまいこ様は定期的に……リュウマ様はうちの村に居ることの方が多いけど……とにかく、この村の復興に力を貸してくれてるんだよ」

「……へ、へぇ、篤志の人だね?……そのぉ、なにかを要求されたりとか、そんなことはないの?」

「うん、特になにも?色々お礼で渡そうとするけど、村の復興に使いなっていつも言うんだよね、リュウマ様とやまいこ様は」

「……へぇ、そうなんだ」

 

 言葉に一瞬詰まるが、ンフィーレアはそれを隠すことが出来なかった。怪しい。その一言が心を占めている。聞けば、今ここにいないモモンガと言う人物はかなりの腕前の魔法詠唱者らしいし、やまいこと言う人物もまた、かなりの神官だと言う。双方がなんの見返りも求めず人助けをする、そんなことがあり得るのか?ンフィーレアにしてみれば、答えは否だ。神官は、特になんの見返りもなく魔法を行使することを禁じられている。概ね、この場合の見返りは金になるのに、それを要求しないのはおかしい。魔法詠唱者のモモンガと言う人物にしても、初歩の魔法などを行使できるンフィーレアにして、そんな名前の魔法詠唱者なんて聞いたこともなかった。それに……。

 

「それに、リュウマ様は私やネムを鍛えてくれてるのよ。この槍や鎧だって、リュウマ様に下賜して戴いたものなのよ」

「へ、へぇ、そうなんだ」

「そうよ。それに、リュウマ様はお医者様がいないからって、腕の良い神官様を連れてきてくれたり、村の防衛のためにゴブリンを呼び出せるマジックアイテムを下賜してくれたり……本当に、ありがたいなんて言葉じゃ言い足りないくらい」

 

 このリュウマと言う人物が最も怪しい。見たところ槍も鎧も一級品の逸品だし、ゴブリンを永続的に召喚できるマジックアイテムなんてとんでもない代物を、ポンと寄越すなんて……。しかし、怪しむもののその目的が分からない。カルネ村は本来小さく森の中で採れる薬草以外にこれと言った特産物もないようなありふれた村だ。そこをこれだけ厚遇して、なんのメリットがあるのか。そこがいまいち分からない。それに……。

 

「それでね、リュウマ様ったら、塩で味付けをしただけのスープを飲んで、『今まで食べた物の中で一番美味い』なんて言うのよ?あんな立派な身なりしてるのに、おかしいわよねぇ」

「リュウマ様の練習はキツいんだけど、色々心配してくれてやってもらってるのが分かるから、こっちも一生懸命やらなくちゃって気になるんだよねぇ」

 

 これだ。出てくる話題出てくる話題が、このリュウマに関することばかり。何て言うか、非常に腹立たしい。

 

「それでね……」

「エンリ!……あのさ、その……」

 

 嫉妬のあまり声を荒げて言葉を遮ったが、次の言葉が出てこず、ンフィーレアは沈黙した。しかし、ンフィーレアの言葉を待つエンリの目を見ながら、必死で言葉を紡ぐ。

 

「…その、いつまでも、皆さんに迷惑をかけられないから、ほら!王国に保護を求めるとか!?最近、黄金の姫様が、色々政策をしてくれて、農村にも色々補助が……」

「それは駄目よ、ンフィー」

「えっ?」

「私達は、王国の傘下に入るつもりはない。私達が私達の意思で仕えるのは、モモンガ様やリュウマ様、やまいこ様が所属されている組織よ」

 

 エンリは、先程までの朗らかな笑顔とはうって変わって、武人のような顔つきでそう宣言した。言葉をつまらせるンフィーレアに向かって、エンリはさらに言葉を紡ぐ。

 

「私達を救ってくださったのはあの方々。私達を現在導いてくださっているのもあの方々。お返しできるものなんて、この忠誠心しかないわ。だから、少なくとも私は、この命を以てお返しとする。だから、王国の庇護下には入らない。分かった?」

「……王国の、庇護は受けないのは分かった……だけど!何でそこまであの人達に肩入れするんだ!?あの人達が何を考えているか分からないのに!絶対、なにか良からぬことを考えているはずさ!」

「……そう、それがンフィーの考えなのね?」

「え?」

 

 返ってきた冷たい言葉に、ンフィーレアの背筋に冷たいものが駆け抜ける。顔を見れば、いつも笑っていたはずのエンリの顔に笑顔はない。底冷えのする冷たい瞳が、ンフィーレアの顔を無感情に見ていた。

 

「うん、あの方々が何を考えているかなんて分からない。そう、考えもしなかった。けど、私達は命を助けられた。それが全てで、それ以上にあの方々に仕えようとする理由がいるの?命には命でお返しするしかない。良からぬことを考えようがどうしようが、私はそれに従うだけ」

 

 狂信。そんな言葉がンフィーレアの頭によぎった。

 だが、しかし、続いて言葉を紡ごうとしたエンリの頭に、誰かの手があまり優しくない勢いで落ちてきた。唐突な、しかしあまりの激痛に言葉なくうずくまるエンリを見下ろしているのは……。

 

「な、何をなさるのですか、リュウマ様」

 

 腕を組み、ちょっと怒ったような表情で立つリュウマであった。

 

「アホたれ。誰がそんな盲目的な信仰を捧げろなんて言った」

「い、いえしかし、命を助けていただいた礼は命でかえsフグッ‼」

「そんなこと言ってたら、俺が助けた人間は全て命でもって礼を返さなくちゃならないのか?んなわけねぇ。何度も言ってるが、俺達がこの村を助けたのは偶然だ。この村の復興を助けたりなんだりしてるのも自分達のためだ。それに礼を返す必要はない。どうしても礼をかえしたいっつぅんなら……」

 

 もう一回落とした拳を開き、エンリの頭を撫でる。そのまま腰を落とし、目線を合わせ、リュウマは言葉を続けた。

 

「俺らの予想を超えるくらいに強くなれ。んで、自分の足で走れ。やまいこもそれを望んでるからここに駐留して色々学ばせてるんだからな?」

「し、しかし……」

「まぁ、忠誠心はありがたく受け取っておくさ。けど、忠誠心よりも、妹と村の人を守ってやれ。それが一番の礼になる」

 

 いまいち納得してないような表情で頷くエンリに苦笑しながら、リュウマは腰を伸ばすようにして立ち上がりながら、今度はンフィーレアの方を見る。顔色が悪い。青白い。俗に言う血の気が引いてる感じである。まぁ、さもありなん。陰口叩いていた奴が目の前にいればビビる。それがヤクザなら尚更だろう。これは、かける言葉と口調と声音に注意しなければなぁ、等と考えながら、リュウマは数秒の間をおいて声をかけた。

 

「君は、ンフィーレア君、だったかな?」

 

 大人な対応、大人な対応。心の中で数度繰り返して出した声音は、なかなか渋いボイスだったような気がする。しかし、その声を聞いたンフィーレアは肩をビクッと震わせると言う反応を見せるのみ。失敗したかと思いつつも、リュウマはとりあえず話を続ける事にした。

 

「俺たちを怪しんでいるのは分かった。だが、信じて欲しいのは、決してこの村の人間やエンリやネムをどうこうしようと言う考えからではないって事をだ」

 

 その言葉に、やや不審を滲ませながら顔を上げるンフィーレアに、リュウマは友好を示すように微笑みかける。ただし内心は少々冷や汗である。何せ、現在自分のところの下僕を使ってネムを強化、エンリは自分で鍛え上げて強化実験とマジックアイテムのフレーバーテキストが人体にどれだけ影響があるのかの実験中であるから。どうこうしないどころかどうこうしっぱなしである。

 

「……では、お聞きしてもよろしいですか?」

 

 ンフィーレアの言葉に、少々ドキドキしながら、軽く頷いて先を促すと、ンフィーレアも一つ頷いて軽く息を吸い込んだ。

 

「本当にこの村を救ってくれて、本当に善意でこの村を助けてくれているんですか?」

「?ああ、村を救ったのは偶然で、完全に善意って訳じゃないが、一度助けたんだ、最後まで面倒を見るさ」

 

 リュウマの答えに、ンフィーレアは一つ頷き、顔を引き締めるとまっすぐリュウマの顔を見てきた。自然、リュウマも表情を先程よりも引き締めてその目を見つめ返す。その視線を受けて、ンフィーレアは一つ息を吸い込んだ。

 

「あなた方を完全に信用したわけではありません。ですが村を救い、手助けしていただいたことには、感謝します。ありがとうございます。僕の大事な人を守り助けていただいて」

「む……頭を上げてくれンフィーレア君。さっきも言ったように、助けたのは偶然、礼を言われるようなことじゃないんだ……?」

 

 唐突に、リュウマの脳内に何かが繋がる感覚。誰かが《 伝言/メッセージ 》を繋げてきたらしい。唐突に固まったリュウマを不思議そうに見てくる二人に、リュウマは少し離れることを告げると、森の中へ入っていった。

 残された二人は、不思議そうに顔を見合わせていたが、何かを思い出したように、ンフィーレアが唐突にエンリに向かって頭を下げた。

 

「ごめん、エンリ。さっきはあんなことを言っちゃって。いや、謝ってすむ問題じゃないのかもしれないけど」

「……ああ、さっきの事ね。ううん、私も悪かったわ。なんか、うん、ちょっと私もおかしかったかも。けど、リュウマ様が素敵な人だって、わかってもらえた?」

 

 輝くような笑顔でそう言われ、ンフィーレアは彼が消えていった森を見つめた。正直、完全に信用するには人となりが分からなすぎるけど、少しだけ話した感触なら、少しは信用して言いかもしれないと思い、エンリに笑顔で頷き返すと、エンリは笑いながらンフィーレアの肩を軽く叩いた。

 

 森の中、リュウマはようやく《 伝言/メッセージ 》の相手、モモンガと話を開始した。

 

「はい、モモンガさん、大丈夫です。どうしたんです?ナザリックに戻ったら守護者やメイドをつれてどっか行ってるし」

『あぁ、それに関しては後程。今は、至急ナザリックに戻ってほしいんですよ。しかも大至急』

 

 アルベドに寝込みを襲われた時くらいの慌てようで、モモンガがそう言ったのを、リュウマは不審に思う。このタイミングでナザリックにいなかった理由は、恐らくたっち·みーを迎えに行ったからだろうと言うのは容易に想像できたし、守護者がいないのも、どうせ色々やって来るための人員だろうと言うのは想像できたが、ならばなぜ慌てているのかがわからなかった。分からないことは聞いてみる。それが信条のリュウマである。

 

「待ってモモンガさん。何があったんだ?」

 

 その質問に、向こうで息を呑むような気配。その後、リュウマにとっても寝耳に水くらいのことが告げられたのだった。

 

『たっちさんが、ワールドアイテムの使用を求めています』

 

 

 

 





次回は、会話がメイン。たぶん。

ではまた次回です。


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26,ワールドアイテムとリアルと戦闘と


土曜日に投稿と活動報告で書いたな、ありゃ嘘だ。





 カルネ村をルプー……は色々まずいのでシズとエンリ、ペストーニャに任せ、リュウマはマジックアイテムを使用して空を飛び、一路ナザリックに向かっていた。

 ある地点まで飛んだとき、何か薄い幕を突き抜けるような感覚と共に光景が一変し、この数日で見慣れた空から見るナザリックが顔を覗かせた。

 飛行したまま中央霊廟に降り立ったリュウマを、ユリ、ナーベラル、エントマと共に、珍しい事にアルベドではなくデミウルゴスが出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、リュウマ様」

 

 いつものように柔らかい物腰で出迎えてくれるデミウルゴスに、片手をあげて挨拶を返しつつ、ユリから差し出された指輪、リング·オブ·アインズ·ウール·ゴウンを指にはめる。指にはまった感触に満足を覚えながら、リュウマはデミウルゴスを見ると、デミウルゴスも一つ頷いて状況を説明し始める。

 

「僭越ながら現在の状況を説明させていただきます。かいつまんでにはなりますが……竜王国にてたっち·みー様をお迎えした後、帰還後少しして、モモンガ様は我々に休息命令を出し、円卓の間に他の至高の方々と共に籠られました。理由は不明ですが、我々の立ち入りは禁止されております」

「その、竜王国で、何か変わったこととか、無かったか?」

「……申し訳ございません。私は、竜王国内に入っておりませんので、何があったかは把握しておりません」

「把握している奴はいるか?」

 

 リュウマの言葉に、デミウルゴスはプレアデスの顔を見る。それぞれが緊張した面持ちで首を縦に振った。

 

「じゃぁ、何か変わったことがなかったか、言ってみてくれるか?」

「では僭越ながら、ナーベラル·ガンマが説明させていただきます」

 

 一歩前に進み出たナーベラルが、頭を深々と下げながら自分の見た光景を話してくれた。

 

「アオモンツノカメムシの群れを撃退した後」

「待て」

「どうかなさいましたか?」

「なんじゃ、そのアオなんたらは」

「あ!これは失礼をいたしました。アオモンツノカメムシとは、カメムシ目カメムシ亜目ツノカメムシ科のカメムシで、大きさは七ミリから九ミリのカメムシでございます。正直臭いカメムシ汁を放出するので近寄りたくないですね。概ね四国から九州までに生息しております。後、臭いです」

「へ~……」

 

 相槌を打った後、デミウルゴスの顔を見たら、なんとも言えない表情と共に小声で「ビーストマンの事でございます」と注釈を入れてくれた。なら、先にそう言ってもらいたいと思いつつ、手振りで先を促す。

 

「それらを撃退した後、モモンガ様とたっち·みー様が何やら会話をなさっていまして、それ以降、モモンガ様の口数が少なくなったように見受けられました。また、ぶくぶく茶釜様とやまいこ様も、モモンガ様と話された後、何やら二人で話し込んでいるところを何度かお見受けしました。それと……」

 

 唐突に言い淀んだナーベラルに、手で先を促すと、少し困ったような表情で中空を見上げ、しばらく視線をさ迷わせた後、リュウマの目を真っ直ぐに見ながら告げる。

 

「ぶくぶく茶釜様とやまいこ様は、“ワールドアイテム”と言う単語と“りある”と言う単語を口にしておりました」

 

 この二つの単語を聞いたデミウルゴスとプレアデスの二人の表情が凍り付く中、リュウマは腕組みをして思考する。

 

(“ワールドアイテム”に“リアル”か……そしてたっちさんとモモンガさんが話した後に茶釜さんとやまいこが口にしたってことは、二人もリアルに帰りたがっている、か?いや、それは早計、話を聞いてみないことには)

 

 そこまで考え、それよりも不味いことがあるのに気が付く。この場の四人が、そんな話を忠誠を誓っている面々が話していた、と言う部分だ。不審に思い、どのような行動に出るのか分からない。正直、ここにいるのがアルベドじゃなくて本当によかった、そう思うリュウマであった。

 

「デミウルゴス、ユリ、ナーベラル、エントマ。この話は他言無用、お前たちの胸の内に秘めておいてくれ。出来るな?」

「無論でございます。しかし、その二つの単語が出てくると言うのは、もしやよほどの事態が?」

「……推論でモノを言えるほど、俺は賢くないからな、それに関してはなんとも答えようがないなぁ。まぁ……対処療法しか出来ない、か。ああ、ぷにっとさんが言ってたっけな。不測の事態に備え、下準備を怠らないこと。思い過ごしの取り越し苦労で終われば笑い話、本当に起きれば取り返しのつかないことになる、か。ふむ」

 

 

 かつての仲間の言葉を思いだし、リュウマは思考する。現状、たっち·みーが何を言ったのかは分からないが、ワールドアイテムが関与していること、それによってたっち·みーが何をしたがっているのか。

 

「……リアルに戻ろうとしている?」

「……至高の方々が、ですか?」

 

 デミウルゴスの声に、どこか狼狽えたような響きを感じたリュウマは、慌ててそれを否定した。

 

「違う。ああ、いや、少なくとも、俺とモモンガさんはそのつもりはない。この場合、たっちさんが、だな」

「たっち·みー様が、りあるに戻りたがっていると、そういうことですか……この場合、どう行動すべきでしょうか?」

「ふむ……正直な話をするぞ、デミウルゴス。俺はな、帰りたければ帰れ、そう思ってる」

 

 驚愕に表情を歪めるデミウルゴス以下三名。デミウルゴス達が何かを口にするよりも早く、リュウマがさらに言葉を続ける。

 

「とは言え、だ。それを、急に帰ってきて、いきなりワールドアイテムを使わせろ等とふざけたことをぬかす輩に、貴重どころかこちらの切り札になるようなアイテムを使わせるほど、俺はお人好しじゃないんだ」

「では……?」

「……まぁ、話しはしてくるさ。デミウルゴス、何らかの事態が起きたときは頼む」

「了解いたしました。ナザリック全体の警戒レベルを一つあげるようにいたします。アルベドとの連名、と言う形で処理いたしますが、問題ございませんか?」

「任せる……あぁ、なんかあってもたっちさんを即捕縛、なんてのはやめておけ。何かあったら即動けるようにでいい」

「承知いたしました」

 

 深々と頭を下げるデミウルゴス達に軽く手を振って、リュウマは指輪で円卓の間に転移する。それを見送ったデミウルゴスは、プレアデスの方へ向き直る。

 

「皆さん、聞いての通りです。今は平時と同じように行動をしてください。何らかの事態の時は、リュウマ様からご指示があります。それまでは、くれぐれも平時と変わらぬように過ごすこと。以上ですが、なにか質問は?」

 

 全員が首を横に振ったのを見て、満足そうに頷きながら、デミウルゴスは策を巡らせる。その一方で、なにもないことを祈りながら。

 

 

 転移して飛び込んでくるのは見慣れた黒曜石のような円卓と、備え付けられた椅子に座るいつものギルメン、そして久しぶりに見た純銀の聖騎士。本来なら帰還を喜ぶだろうし場の空気も明るいだろうが、現在は真逆、どちらかと言うと張り詰めた空気のようにも思えた。

 

「リュウマさん、お帰りなさい。どうぞ、いつもの席へ」

 

 いつもの調子で、いつもの声音でモモンガに勧められるまま、リュウマは自分の席へと腰を下ろす。それを見届けて、モモンガは一度全員の顔を見回し口を開いた。

 

「では、これから会議を始めます。議題に関しては、先に皆にお伝えした通り、たっちさんの『ワールドアイテム使用許可』です」

「モモンガさん、ちょっといい?」

 

 手をあげたのはやまいこだった。

 

「何でNPCの皆を呼ばないの?僕らだけで決めていいような話じゃないと思うんだけど?」

「それは……」

「確実に反対するからですね。それに、あれらは我々が集めたものですし」

 

 答えたのはたっち·みーだった。どこか突き放したような物言いに、やまいこが思わずと言った感じで腰を浮かしかけるが、その肩をペロロンチーノとぶくぶく茶釜の姉弟が掴み止める。ぶくぶく茶釜の表情は分からないが、ペロロンチーノと同様に、多少怒っているような感じも見受けられた。

 

「いや~、たっちさん、そういう言い方って、無いと思うんだけどねぇ、俺は」

「ペロ君……ああ、そうだね。すまない、やまいこさん。少々気が逸って、荒い言い方になってしまったようだ。申し訳ない」

「……謝罪は受けとる。それで、どのワールドアイテムを使ってリアルに帰る実験をするんだい?」

「待てよやまいこ。俺はワールドアイテムの使用を認めるつもりはないぞ」

「あ~、俺も同じくだね」

 

 リュウマの発言に乗っかる形で、ペロロンチーノもそう言った。

 

「大体さぁ、ワールドアイテムを使ったからって、リアルに戻れるとは限らないわけじゃん?よしんば戻れたとして、ナザリックのNPC達はどうすんのって話じゃね?」

「それは、まぁ、この世界に置いていく形になりますかね?」

「それは責任放棄じゃない?俺は出来ないなぁ、シャルティアを置いていくなんて。んな訳で、俺はリアルに戻るつもりはないし、ワールドアイテムを使うことには反対するね」

 

 どこかおどけたようにペロロンチーノはそう宣言した。それを受けて、たっち·みーはその場にいる全員の顔を見回す。

 

「リュウマ君」

「俺も、まぁ、リアルに未練はないからな。あっちに帰りたいなんて思っちゃいない。こっちで保護している少女達の面倒も見なくちゃいけないからな。ついでに、切り札であるワールドアイテムを個人の願いで使わせるわけにはいかない、俺はそう思う」

「……やまいこさんは、いかがです?リアルでは教師だったのでしょう?」

「……僕も、リアルに未練はないよ。誰が、あんなところに戻るもんか。ワールドアイテムについては、リュウマに倣おうか」

「…………茶釜さん」

「えっ?あ~、う~ん……ほ、保留で!」

「何でだよ!」

 

 思わずと言った感じで、ペロロンチーノ突っ込みを入れる。次の瞬間、ペロロンチーノは石のように固まった。何が起きたかは分からないが、恐らく姉弟間の力関係に関係しているのだろうと、リュウマとやまいこ、モモンガは考え、静かに頷くだけにとどめた。

 

「では、モモンガさんは?リアルに帰りたいと、そうは思わないんですか?」

 

 最後にそう振られ、モモンガは顎に手を添えて考える。果たして、自分はあの世界に帰りたいのかと。しかし、考えるまでもなかった。答えは、とうの昔に出ていたのだから。

 

「たっちさん、非常に申し訳ないとは思いますが、私は、リアルに帰りたいなんて思ったことは、一度もありません。私は、あちらで待ってる人なんていませんし、大事な人もいません。おそらく、自分にとって大事なものは、ここにしかなかったんです。だから、私はここを手放しませんし、ここから離れるつもりもありません。それに、今ここにいるメンバーの内、3人がワールドアイテムの使用を許可できない、一人は答えそのものを保留しています。自分は意見の調停、最終決断をするのが仕事ですから、この場合頭数に入りません。ので、この案件に関しては、却下となります」

 

 ガチリッ。たっち·みーの兜の中から、くぐもった、金属を打ち合わせるような音が漏れ出る。膨れ上がる怒気に素早く反応したのは、ぶくぶく茶釜とリュウマ。即座に立ち上がり、ぶくぶく茶釜は愛用の盾を、リュウマは腰に下げた刀を引き抜き、たっち·みーに切っ先を向ける。遅れてやまいこ、ペロロンチーノがそれぞれの獲物を構え、戦闘態勢へ移る中、モモンガだけが、立ち上がりもせず、たっち·みーを静かに見つめていた。

 

「……怒ってますか、たっちさん。ですが、アインズ·ウール·ゴウンは多数決を意思決定にしてきましたよね?これは、ここが異世界であろうと変わりません。なので、残念ですが、諦めてください」

「……諦めろ?諦めろですって!?諦められる訳がないでしょう!!妻と子が、あちらで待っているんです!目の前に帰れる手段があるかもしれないのに、諦められる訳がないでしょうが!!」

「ええ、分かりますとは言い難いですが、少なくとも心情を考え、共感することはできます。ですので、代替手段を我々は考えます。例えば、この先、あちらでは運営にお願いできる系のワールドアイテムがありましたが、それを何かの拍子に手に入れた場合、たっちさんに使用許可を出す。これはギルド長権限を行使して、無理矢理押し通します。それと、司書長や魔法に長けた下僕を動員して、異世界に転移するような魔法を開発する、これでどうでしょう、たっちさん」

「……何年かかりますか、それは……」

 

 絞り出すような声に、モモンガは努めて冷静に答える。

 

「正直な話、俺には分かりかねます。研究を始めてすぐに見つかるかもしれませんし、もしくは何年も見つからない、開発できない可能性もあります。ワールドアイテムにしても、すぐに見つかるとは限りませんし、なにも確約できませんが、どうか、それで納得していただけませんか……?」

「……分かり、ました、モモンガさん……それに、皆もすまない」

 

 欠片たりとも納得してないような声音ではあったが、噴き出すような怒気は急速に収まっていく。

 

「もー、そんな納得してないように言ったら説得力ないぜたっちさ~ん」

 

 ペロロンチーノが、おどけてそう言いながら、ゲイ·ボウを仕舞いながらそう言った。それが幸いしたのか、一気に空気が弛緩した。たっち·みーは苦笑しながら頭を下げ、ぶくぶく茶釜はその盾を仕舞いながら大きく伸び上がり、やまいこは握りしめていた拳を解く。そんな中、刀を腰に戻しながら、リュウマだけがたっち·みー睨むように見続けていた。

 

「では、これにてワールドアイテム使用に関する会議を終わります。いいですね?」

「「「「は~い」」」」

「では続いて、忠誠の儀と、それぞれの部署の報告を……」

「あ、モモンガさん、いいですかね?」

 

 一旦話を締めて、改めていつもの定例会議を始めようとするモモンガをたっち·みーはやんわりと止める。

 

「ええ?えと、どうしました、たっちさん?」

「ええ、実は、ちょっと精神的に疲れてしまいまして、ここで一旦離席しても、問題ないですかね?」

 

 少し困ったように、モモンガは他の面子を見た。それぞれが思い思いに首を縦に振ったのを見て、モモンガは首を縦に振る。

 

「え、ええ。まぁ、ショッキングなことでしたし、忠誠の儀は日をおいてまた、と言うことで。部屋でゆっくり休んでください、たっちさん」

「ええ。皆さんも、申し訳ありませんね。それでは、また」

 

 そう言い残し、たっち·みーは転移した。

 後に残された面子は、それぞれ深く深くため息をついて安堵する。

 

「あぁ~、マジでおっかなかった。ここでたっちさんとやりあうことになるかと思ったよ」

「そうなったら、この面子でどこまでやれるかな?ジリ貧?」

「私が受け損ねたら、まぁ、そうなるかもねぇ。いやぁ、たっちさんが大人な対応してくれて良かったよ」

 

 ペロロンチーノ、やまいこ、ぶくぶく茶釜が、口々に冗談目かして言い合うなか、安堵して椅子に深く腰を沈めたモモンガに、リュウマが声をかける。

 

「モモンガさん、諦めたと思うか?」

「あぁ~、少なくとも、未練たらたらって感じじゃないですかね?そりゃぁ、納得できないところもありますよ」

「……だよなぁ……モモンガさん、俺も離席していいか?ちょっとだけ気になることがあるんだ」

「……まぁ、いいですよ?報告書、後で提出してくださいね」

 

 少しだけ嫌そうな顔をしながら、リュウマは了解と、一言だけ残して転移した。それを見送ったモモンガは、妙なことにならなければいいのに、と心から思いつつ、談笑へと移行した三人の話の輪へと入って行くのであった。

 

 

 それから数時間後、ナザリックの最奥、宝物殿の長く静謐な通路に固い足音が響き渡る。

 純銀の聖騎士は、供となったはずのセバスを置いて、この宝物殿に足を踏み入れていた。

 目的がなんなのか、それとも目的がないのか、それ自体判然としないまま、たっち·みーは歩を進める。いや目的はワールドアイテムだ。使おうとかそういうつもりはない、と、思われる。自分で自分の心が分からず、なおも足は迷いなく歩を進めていた。

 武器庫を抜け、この先に何があったかと考えていると、奥から何やら声が聞こえてくる。確か、話によると、この宝物殿にはモモンガさんが創造したパンドラズ·アクターと言う人物がいるらしいが、聞こえてくる声は複数。嫌な予感よりは、彼かもしれない、そういう思いがたっち·にはあった。

 前方に灯りが見えてくる。たっち·みーは、あえて忍ぶことをせず、堂々と灯りの中に歩を進めた。そこには……。

 

「こうか!?これはかっこいいだろうパンドラぁぁぁああ!」

「こ、これはなんと言う至高のポーズ!しかし、私のこのポーズを受けて立っていられますかなぁぁぁああ!」

「ぬおぉぉぉああぁ!かっこいいエネルギーが10万ケルビンは出ているポーズだ!」

 

 ツルッとした卵頭とリュウマが、よく分からない、確かジョジョ立ちと言うポーズ、らしきものを見せあって大騒ぎしていた。そうか、かっこいいの指数はケルビンか、知らなかった。

 そんな益体もないことを考えていると、そのポーズのままリュウマとパンドラズ·アクターがこちらを振り向いた。その明らかに人間では不可能な動きに、思わず体が跳ねるたっち·みー。

 

「今日だったか、当たってもらいたくない予想は当たるものなんだなぁ」

「どんな予想ですか?教えてもらっても良いですか、リュウマ君」

「まぁ、そりゃぁ色々さ。まぁ、明日だったらやばかった。俺の集中力がもたないからね」

 

 朗らかにそう言いながら、リュウマはたっち·みーに歩みより、その肩に手を置いて、耳元で囁くように言う。

 

「細かい話は、第六階層の闘技場でしよう。この先は霊廟、モモンガさんが心を痛めて作った場所だから、騒がしくしたくないんだよ」

 

 そこに込められている感情がどれ程のものだったか、たっち·みーの背中に悪寒にも似た電撃が走った。促されるまま、たっち·みーは転移する。数瞬だけ遅れ、リュウマもまた転移する。パンドラズ·アクターに頷きを残して。

 リュウマとたっち·みーがその場から消えた後、パンドラズ·アクターは、懐から流れるような動作で懐中時計を取り出すと時間を計り始める。そして、顔をあげるとリュウマが消えた場所を見つめながら呟くのだった。

 

「全員が合流するまで5分、私がここで5分待機……10分間の時間稼ぎ、お願い致します、リュウマ様」

 

 

 

 一日の業務が終わり、モモンガは自室に戻っていた。側にはアルベドが控えており、その手には無限のティーポットとカップの乗ったトレイを持っている。最近ではあるが、アルベドが性的に襲いかかってくることが少なくなり、逆にこのように様々な気遣いを見せてくれるようになり、モモンガ様、大安心である。

 黒い炎のようなものに包まれ人間形態へと変化したモモンガは、大きめのソファーに身を沈める。人間体になると、一日の疲れがどっと出たような気分になるが、鼻孔をくすぐる紅茶の香りが少しだけ気分を落ち着けてくれるような気がする。

 

「すまないな、アルベド。お前も今日一日働いて疲れているだろう?少し休めばどうだ?」

 

 カップを差し出してくれるアルベドにそう声をかけると、柔らかい笑顔を浮かべたアルベドが首を軽く横に振った。

 

「モモンガ様がお休みになられたら、私も休ませていただきます。ただ……隣に座ってもよろしいですか?」

 

 蠱惑的と言うよりも少女のような笑顔で囁かれ、モモンガは胸が高鳴るのを感じる。最近はペースを崩されっぱなしだ、そう思いながら手で隣を進めると、羽のように軽やかにアルベドが隣に腰を下ろす。その間も心臓は高鳴ってばかりである。さっきから紅茶とは違う女性特有の甘いような香りがああーー……。

 

「モモンガ様?」

「うひっ……ど、どうした、アルベド?」

 

 慌てるモモンガに、アルベドが柔らかく微笑む。吸い込まれるような笑みに、思わず生唾を飲み込んでしまうのは、もはやしょうがないと言えるだろう。

 

「私の前では、そのように堅苦しい喋りをなさらなくても結構ですわ。普段、皆様と話されているような話し方でいいですわ」

「え?あ、いや、しかし」

「ここは、モモンガ様のお部屋、ならばリラックスしていただきませんと。あの様な固い話し方では、疲れはとれませんよ?」

「う……む。とは言え、どうしたらいいか、その」

「ならば、要練習、ですわね」

「う、うむ……じゃないな、そ、そうだね、あるべど?」

「ふふ、おかしな発音になってますよ、モモンガ様」

 

 あっれー?誰だこの女神。ああ、アルベドか。こんな風に笑えるんだぁ。そんなことを考えていたモモンガだったが、徐々に二人の間の距離が近づいて行く。

 

「ア、アルベド?」

「逃げないで下さいませ、モモンガ様」

「か、顔が、近づいて」

「そうですわね。近づいておりますね」

 

 睦事を囁く唇が、モモンガの視界から離れない。その影が今まさに接触しようとする、その瞬間。

 

「一大事でございますモモンガ様!!」

 

 扉を轟音と共に開け放ち、パンドラズ·アクターが飛び込んでくる。跳ねるように飛び離れるモモンガ。とんでもない表情でパンドラズ·アクターを睨み付けるアルベド。普段ならば竦み上がるパンドラズ·アクターであったが、今回ばかりは様子が違う。それに勘づいたアルベドとモモンガは、立ち上がりながら先を促す。

 

「たっち·みー様とリュウマ様が交戦状態でございます!」

「……な、なに?どう言うことだ!?」

 

 一瞬、何を言われたか分からず硬直するが、その言葉が頭に染み込んでくると同時に、モモンガは叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 





絶対、たっち·みーには勝てないんだが、どうすればいいんだろう?

むしろ、たっちさんの戦い方ってどんなんなんだろ?

ではでは次回です。


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27,血戦

遅くなりまして申し訳ない。……なんかいつも謝ってばかりだな。
捏造過多、強引に話を進めている部分が多々あります。ご注意を。
後、文字数が文字通り多いです。すんません。





 第六階層円形闘技場。この場所の中央付近で、二人の男が向き合って立っている。一人は、白銀の全身鎧に白銀の盾を帯びた聖騎士たっち·みー。向き合う一人は、和式の深紅の鎧具足に身を包んだ鬼、リュウマ。

 リュウマはたっち·みーを眺めながら、つくづく真面目な男だなぁ、と思った。あの時、本当にワールドアイテムを使うつもりなら、別の階層に移動して宝物殿に転移し直すとかするだろうに、真面目に言葉にしたがって円形闘技場に来るとは、本当にバカがつくほど真面目だと思ってしまった。

 

 とは言え、そのバカ真面目な男は、このギルド最強の男なのだ。いきなり襲いかかられたら一瞬で血みどろである。避けたい。死ぬのは、どういうわけか怖くなど無いが、レベルダウンは恐ろしい。そのレベルを取り返す手段が存在するかどうか、分からないからだ。無論、エンリの実験からレベルが存在するのは知っているが、それが完全に自分達に当てはまるのかどうか、それ事態は分かっていないのだから。そんなことを考えつつ、リュウマは無限の背負い袋から自身のもう一つの神器級武器を引っ張り出す。

 ズルッと最初に出てきたのは極太の飾り気の少ない巨大な薙刀。その石突きから伸びる太い鎖に引っ張られるように、これまた巨大な懐剣が姿を現す。それが地面に落ちるのに合わせて、そこから伸びる鎖が地面に落ち、合わせるように巨大な斧刃が姿を表した。斧刃と薙刀を両手に持ちながら改めてたっち·みーを見ると、腰から剣を抜き放って切っ先をこちらに向けていた。切っ先から迸るように、視覚化されたような殺意が揺らめく。

 

「ちょい待ったたっちさん!即座に戦おうってぇんじゃねぇんだ。いつ飛びかかられてもいいようにっつう準備だ。落ち着け、まずは話し合おうか」

「……話し合う?まぁ、いいですけど……このままでも構いませんね?」

「おう、俺もこの通り準備を……とと、忘れてた」

 

 敵意を隠そうともしないたっち·みーを前にしながら、リュウマは再度今度は盾状の金属板を六枚取り出した。それを確認した後、それを空中に解き放つ。六枚の金属板は、リュウマの背後にゆっくりと滞空した。

 

「さってとぉ……準備完了。さぁ、話し合おうか?」

 

 人好きのする笑みを浮かべたリュウマに少々毒気を抜かれながら、たっち·みーは気を引き締め直す。リュウマの戦い方は独特だ。もちろん、彼に近い戦い方をする奴は幾らでもいたが、彼のは常軌を逸している。早い話が、徹頭徹尾連撃の事しか考えていない、汎用性や最低攻撃力を考えていない戦い方しかしない。最小と最大の振り幅が大きすぎると言い換えてもいいだろう。実際、初めて戦ったときは攻撃を全て封じられじり貧で倒されたのだから。故に、彼と戦う場合は先手を取らせてはいけないのだ。

 

「と、言ってもあれだ、話し合う事なんて一つしか無いよな?なんであそこに来たのか、って話。ワールドアイテムを、使うつもりだったとか?」

「それは……」

 

 冗談めかして言われたが、果たして自分はどういうつもりであそこへ赴いたのか考える。しかし、考える必要はないと、すぐさまストンと何かが心の中に収まったような気がした。自分は、間違いなくあの場にワールドアイテムを使用するためだけに赴いたのだ。

 

「……そうですね。私はあの場に、ワールドアイテムを使用するために赴いたんでしょう。少なくとも、君たちを見るまでどうするかと悩んでいましたが、ワールドアイテムを前にすれば、きっと使っていましたよ」

「その場合、パンドラズ·アクター……宝物殿の領域守護者だが、あいつが立ち塞がることになったと思うが?」

「切り伏せますよ。家族とNPC、どちらが大切かなんて、論ずるまでもないでしょう」

 

 その言葉に、リュウマは激昂するでもなく、軽く安堵のため息をつき、たっち·みーの眉をしかめさせる。

 

「……良かったぜ、あそこにいて」

 

 リュウマはそう呟くと、指から二つ、指輪を外した。

 

「じゃぁさ、たっちさん。これから俺があんたの前に立ち塞がるわけだが、どうする?」

「……心苦しいですが、切り捨ててでも行かせていただきます。ですが、止めませんか?なんの得もないじゃないですか。たかがNPCとゲーム時代に入手したものじゃないですか。それに命を懸ける理由なんて……」

「……あんたの言う、たかがその程度のものに、モモンガさんは10年以上、生活削って、命削って打ち込んできたんだ」

 

 静かな、怒りを湛えた声が、リュウマの口から漏れ出す。たっち·みーが身を固くしながらゆっくりと剣を正眼の位置にまで持ってくる。それを見ながら、リュウマはさらに言葉を続けていく。

 

「あの人が、あんたらが居なくなっていくとき、どれだけ落ち込んだか。俺ぁね、あの人を悲しませたくないんだよ。あの人が守ってきたものを守りたいんだよ。だからよ、止めるぜ、あんたをな」

 

 そう宣言し、リュウマは両手の武器をゆっくりと構える。たっち·みーもそれにあわせて、盾をゆっくりと持ち上げる。

 

「得がないって、たっちさん、あんたは言ったよな?あるんだよ、俺にはね。少なくとも、全NPCがあんたと戦わなくても済むかもしれないって言う、得がね」

「……それも、モモンガさんが悲しまないための行動ですか?」

「そうだな。ついでに、あんたの勝利条件を言っておいてやるよ。俺たちがここに来てから五分後、パンドラズ·アクターが全守護者を集合させて、ギルメンも含めて完全装備でやって来ることになってる。おおよそ十分……いやいや、少々お喋りをしたから、6分って所かな?それまでの間に俺を切り捨てて、ワールドアイテムの所まで行って自分の願いを叶えたら、あんたの勝ち。そこまで耐えれば、俺の勝ち。シンプルだろ?」

 

 そこまでもつかどうかは、運次第だけどな。心の中で呟き、リュウマは両腕に力を込める。切り札を出すのはまだ後。まだまだ、後だ。

 

「なるほど。では、切り捨ててでも、行かせていただきます!覚悟!」

 

 たっち·みーが大地を蹴る。爆発音と砂煙が巻き起こる中、リュウマはあえて後方へと飛ぶ。リュウマは、どちらかと言えば速度を重視したビルドになっている。少なくとも、その部分ではたっち·みーに勝っているだろう。しかし、恐らくスキルを併用しているたっち·みーの前進は、恐ろしく早い。 

 

 しかし、それは知っている。そのための準備を今までしていたのだ。左腕の薙刀から手を離し、リュウマは新たな武器を取り出すと、それを二種類のスキルと共に、投てきする。一つ目のスキルは《 連撃·壱 》。五回までだがスキルの準備時間及び硬直時間を無視して重ね掛けしながら攻撃を可能とする、リュウマの戦術の中核をなすスキルだ。もう一つが《 射刀術·壱 》、その名の通り武器を射出して攻撃するスキル。面白いのが、これで射出された攻撃は射撃攻撃ではなく格闘攻撃になると言うところ。高レベルプレイヤーはほぼ確実に飛び道具対策をとっているため、格闘攻撃で間接攻撃が行えると言うのは非常に大きい。そのまま連撃を繋ぎつつ矢継ぎ早に射刀術弐、参、肆、伍へと繋いで行く。それぞれ槍、薙刀、剣と種類はバラバラではあるが、弾丸さえも凌駕するほどの速度で、迫り来るたっち·みーへと襲いかかる。

 

 しかし、たっち·みーは冷静だった。さすがに後ろへ引かれたのは驚いたが、苦し紛れに武器を投げつけただけにしか思えなかったためだ。盾を構え、冷静にスキル発動の瞬間を待つ。盾と五本の武器が接触する瞬間、これまで反復で何度も行ってきた防御スキル《 反射防御 》を起動させる。このスキルは、相手の攻撃を防ぐもの、この場合盾に接触する瞬間に起動すると、その攻撃を相手にそのまま返すスキルである。連続での攻撃中にこれを使用するのはさすがのたっち·みーでも難しいが、飛び来る攻撃に対してならば十分に間に合う。そのはずだった。

 盾に投擲された武器類が接触する瞬間、その武器が大爆発を起こした。何が起きたか分からずたたらを踏んだたっち·みーに向かって、向こうに着地したリュウマが間合いを詰めるためにこちらへと駆け出すのが見えた。

 

 小さく舌打ちをし、たっち·みーは足を止めて盾を前に、剣を後ろに置いた構えをとる。

 たっち·みーの強さの一端はその驚異的な反射速度にある。通常、AIでもなければ反応しきれないだろうと言う攻撃にですら反応しそれに対応した防御行動を行える。ついで、その能力を十全に発揮するために盾と片手剣と言うオーソドックスな戦闘スタイルを極めてしまっている。盾で防ぎ剣で切る。シンプルゆえの堅牢さ、これがたっち·みー最大の強さの秘訣と言えるだろう。

 

 飛びかかるリュウマは、そのままもう一度連撃を開始する。斧刃を強く突き出すと、その刃の周囲に朧な同じ形の刃の幻影が一瞬遅れて迸る。たっち·みーの強さは今語った通りのシンプルを極めた上での超反応による防御からの攻撃であり、攻撃防御のスイッチの速度でもある。その堅牢な防御と確実な反撃を封じ込めるためにリュウマが考え付いた攻略法は実にシンプルだった。

 飽和攻撃。防ぐのならば防ぎきれないほどの攻撃を繰り出せばよいと考えたのだ。脳筋ここに極まれりとでも言うような話ではあるが、少なくとも、たっち·みー攻略のための一手段とまで言われたこともある。

 

 構えた盾に雨のごとく降り注ぐ怒濤の斧刃の連撃。金属と金属がぶつかり合う音が絶え間なく続くなか、たっち·みーは冷静にその攻撃を盾でさばいて行く。しかし《 反射防御 》を使おうにも、その手数の異常さがスキルの発動を許さない。一瞬、その連撃が途絶えた瞬間、たっち·みーは攻撃よりも防御に重きを置いた行動をとる。右手に握りしめた剣を縦に構えて、右手から繰り出された大薙刀の一撃を受け止め、弾き返す。本来なら強烈な弾きによって体勢を崩すリュウマだろうが、だが、実際は体勢を崩すことなく、不自然な動きで先程と同じ動作で同じ場所へと斬撃を繰り出していた。そのまま矢継ぎ早に大薙刀を振り回し、たっち·みーに攻撃の暇を与えない。

 

 並みのプレイヤーならば、圧倒的手数の前に為す術もなく切り刻まれて終わるだろう攻撃ではあったが、しかし、相手はユグドラシルと言う廃プレイヤーを多く産み出したゲームの中の第三位と言う、超級のプレイヤーである。ほんの一瞬、武器をスイッチし連撃を繋げるほんの一瞬、二つの武器を強かにかちあげリュウマの体勢を崩すと一歩、大きく踏み込みながら、躊躇いも躊躇もなく、自身の持つ最大の攻撃スキルで切りかかる。

 

「《 次元断切/ワールド·ブレイク 》……!!」

 

 鋭すぎる斬撃が体をすり抜けた後、斬撃によって切り裂かれた空間そのものがリュウマを襲う。虚無ともとれる破壊空間が発生させる凄まじい衝撃で吹き飛ぶリュウマ。その背後に浮かんでいた六枚の金属板の内の二枚が、甲高い音を立てて弾け飛ぶなか、リュウマは二本の武器を地面に突き立てブレーキを掛けて止まると、まるで何事もなかったかのように立ち上がり、武器を構え直した。その体には、先程の斬撃によるダメージも損傷も見受けられず、たっち·みーは無い筈の眉をしかめ、種明かしを乞うように顎をしゃくりあげた。それを見ながら、リュウマは心の中で絶句していた。

 

(冗談きついぜ。用意した〈 デコイシールド 〉が二枚吹き飛ぶとか)

「どうやら、背後に浮いている金属板が、君の受けたダメージを肩代わりしてくれるらしいですね?」

「(説明もしてないのに見切るなよボケ!)さぁて、どうだかねぇ?」

 

 惚けては見たものの、正直、距離を離された上に連撃を止められたのは痛い。ついでに言うなら《 次元断切/ワールド·ブレイク 》でダメージ移し替え用のアイテムが二つ吹き飛んだのも痛すぎる。予定が大きく狂ってしまった。距離を詰めようにも、もはや爆裂武器による奇襲も通用しないだろうし、どうやって距離を詰めたものかと、内心冷や冷やものである。

 対するたっち·みーも、苛立ちを隠せないでいた。先程の一撃で確実に気絶させるつもりだった。《 次元断切/ワールド·ブレイク 》は、あらゆる防御効果を貫通すると言う特性を持つ。これはつまり、同時に《 手加減 》《 スタンブロウ 》と言った、先程の攻撃にあわせて使った無力化のためのスキルの効果も、防御スキルや防具の防御効果を貫通して威力を発揮させることが出来る。にも拘らず、リュウマの背後に浮いている謎のアイテムは、それが発生した瞬間に吸収してしまい、その効果を発揮させないでいた。手早く終わらせたい。その思いも勿論あった。だが、しかし、一番比重が重いのは、やはり仲間は、友人は殺せないと言う思い。正義の味方である自分が、冷静に叫ぶ。思い直せ、考え直せと。しかし、正義の味方である自分を押し退けるように、父親としての自分が叫ぶのだ。早く目の前の敵を倒して家族の元に戻れ、と。果たして、頭を振って追い出したのはどちらの声だったか。

 

 ジリジリと、二人が摺り足で間合いを詰める。先に駆け出したのはどちらであったか。大薙刀と剣がぶつかり合う音色が数度響き、斧刃が空を裂いて白銀の盾がそれを阻む。数合打ち合った後、たっち·みーが構えを変えつつ軽く後ろに下がった。両手を下げ、無防備になったのだ。何事かを企んでいるのは分かるが、それを気にしている暇など無いとばかりに、スキルで強化された突きをリュウマが放つ。真っ直ぐ突き進む斧刃の進路上に、たっち·みーは動かす腕すら見えぬ速度で盾をかざす。これまでと同じように硬質な金属音が響くと同時、叩き付けられた斧刃に異変が起きる。今までは、叩きつけると同時に弾き返されたと言うのに、その斧刃が軋み、撓み、ひび割れ、そして涼やかな音と共に微塵に砕け散った。目を見開くリュウマだったが、左腕の大薙刀は迷いなくたっち·みーの首を狙って弧を描いている。

 閃光、そう呼ぶに相応しい斬撃が、音もなく大薙刀刃を半ばから切断する。再び驚愕に目を見開くリュウマだったが、流れるような動作で回転の勢いを殺さぬまま懐剣を握りしめ全力で叩きつけ、それを真っ向から切り捨てられ、三度目を見開いた。

 スキル名《 武器壊し/アームズ·ブレイク 》。ワールドチャンピオンが公式チートと呼ばれる所以の一つ。タイミングを見計らう必要はあるが、狙った武器を一定時間使用不能にするチートスキルである。その時間は10分。一日三回しか使えないが、武器を持たない相手であろうとその攻撃力を0にすることが出来る。ワールドチャンピオン及びワールドエネミーや一部のボスには通用しないが、プレイヤー相手なら、それが例え神器級の物であろうとも、成功しさえすれば使用不能に追い込めると言う前衛泣かせのスキルであった。

 

 小さく舌打ちをしながら、リュウマは後方に向かって飛ぶ。とは言え、内心ではある程度予想通りに事が運んだお陰で快哉の声をあげていると言っても良い状態だ。とにもかくにも、相手のチートの代名詞の一つに数えられるスキルを使用させたと言うのは大きい。件のスキルは、あくまで一定時間使用不能にするだけなのだ。壊れて見えるのもそう言うエフェクトなのであって、実際は壊れてない、はずである。まぁ、どちらにせよ囮として使用すると決めていた神器級と引き換えに厄介なスキルを使い切らせたと言うのは大きい。

 

 後方に大きく飛びすさったリュウマを睨み付けながら、たっち·みーは実のところ安堵していた。少なくとも、これで友人を殺さなくてもいいかもしれないからだ。自分の知りうる限り、リュウマの神器級武器はあの、腰に差している打刀《 雲斬丸 》と先程打ち砕いた連結大刃《 鬼灯丸 》のみであるはず。もはや恐れる武器はなく、勝ちは確定したはずだ。

 しかし、と、たっち·みーは思考を続ける。なぜ、リュウマは未だに挑みかかるような目で自分を見ているのか。その目は、なぜ未だに戦闘意欲に燃えているのか。思わず、そう、思わずと言った調子で、たっち·みーは目の前の敵であるリュウマに声を掛けていた。

 

「リュウマ君!やめましょう、もう。これ以上戦っても、君に勝ち目なんてありません。諦めて、道を開けてください」

 

 懇願にも随分な上から目線のようにも取れる台詞を聞きながら、リュウマは今度こそ、笑った。声には出さないが、何を馬鹿なことを、そんな思いから笑った。そして、どうもこちらを殺すつもりがないらしい、と言うことが先程の台詞から推察できたのには、少しばかり苛つきを覚える。

 

「たっちさん、殺さずに終わるような戦闘じゃないぜ?本気出せよ。じゃねぇと……」

 

 右手が空間に沈み込む。次に引きずり出された右手が握っていたものは、淡い金色の棍。全体に、どこか神聖な雰囲気を湛え、両端には『思想堅固之事』『流麗不可避之事』と刻まれている。それを地面と水平に構え、リュウマは牙を剥き出し体に溜まった熱を吐き出すように息を吐いて笑う。

 

「今度は俺が勝っちまうぞ?」

 

 言葉が届くと同時、たっち·みーの左腕は動いていた。貫く衝撃に骨まで痺れる。突き出された棍は、盾の表面を連続で叩いて行く。先程の斧刃よりも軽い衝撃だが、いかなる能力が付与されているのか、正確に盾で受け止めているのに、徐々に体力を削られて行く。ついで左右から襲い来る連撃を弾き捌き受け止めつつ、間隙を縫って剣を突きだしたが、リュウマは首をほんの少しだけ傾げ、刃が頬骨を削り取るのを無視しながら更に連続で殴打を繰り出し

打ち据える。黄金の軌跡と白銀の軌跡が交錯するなか、変化が訪れる。何十度目かの叩きつけを盾で防ぐと同時に繰り出そうとした右腕が強かに、骨も砕けよとばかりに、なにか鈍器のようなもので殴打された。大きく剣を持つ腕が弾き飛ばされ体勢を崩したたっち·みーに、リュウマは両手にメイスを持って襲いかかる。

 

 意味が分からず、たっち·みーは防戦に追い込まれる。先程までよりも打撃感覚が短い連撃を必死に捌く。

 打ち下ろしからメイスの先端による突き。この連撃で、たっち·みーはこの武器の特性を見た。メイスが音を立てることなく刃へと“変形”したのだ。それに驚愕しつつ、右の剣で打ち払い、もう一方のメイスが変形した剣を盾で弾く。回転しながら打ち込まれる左右からの連撃を打ち払いつつ、たっち·みーはその嵐のような斬撃の合間を縫って反撃を繰り出す。振るわれる刃がリュウマの鎧を削り取り中の肉を抉る。しかし勢いを一切衰えさせること無く、リュウマは血を舞わせながら両手の剣を連続で、途切れること無く叩きつける。

 

 たっち·みー、と言うよりも、ワールドチャンピオンには一つ、厄介な能力がある。HPの自動回復。微々たる回復と言うなら異形種の種族スキルとして保有しているモノは多いが、ワールドチャンピオンはその比ではない。毎分20%、魔力を追加で消費すれば毎分30%ものHPを回復する。幸いなのが、発動するのが毎分であるところであり、しかし、長期戦になればそれこそ目も当てられないような結果になる。つまり、何が言いたいかと言うと、たっち·みーと戦う場合、長期戦は不利になるばかりであるから、短期決戦を目指す方がよく、多少のダメージなどは無視するに限ると言うことである。

 

(いいいいぃぃぃいいいいってぇぇぇぇぇぇええええええ!!)

 

 しかしながら、リュウマは心の中で悲鳴をあげている。武器を変形させながら様々なスキルを発動しつつ連続で、普通なら反撃もできないような攻撃のなか、ほんの一瞬の間隙を縫って繰り出される刺突斬撃が、鎧を切り裂き肉を裂き抉る度に走る雷鳴のような激痛が動きを鈍らせそうになる。しかし、止まらない。止まってなどやらない。

 

 両手に握りしめた剣を斧、ついで槍に変化させながら怒濤の連続攻撃を繰り出していく。その全てを、またたっち·みーは盾と剣でいなしていく。しかし、それも想定内だ。連撃は、連撃を重ねていくことでその攻撃速度を上げていくと言う特性がある。こう聞けば利点の多いスキルのようにも思えるが、実際はそんなことはない。まず、欠点の一つに、連撃中の攻撃力の低下があげられる。武器と素の攻撃力を合わせたものから70%程度まで攻撃力が低下する。その上、ゲームの特性からか、攻撃回数を上昇させるスキルに関して言えば、一撃辺りの攻撃力もまた、低下する。ついで、連撃スキルは壱から参まであるが、一つランクが上がる度に攻撃回数が5回増加するが、壱で使ったスキルは弐では使用できず、弐で使用したスキルは参では使用できないと言う特徴があり、参で使用したスキルに至っては再度使用する壱と弐では使用できないと言った、非常に使いづらい特性を備えている。しかし、リュウマはこのスキルをあえて戦闘の中心軸に据えた戦闘方法を確立させた。それは、ケンオウと言うクラスを極めた場合に所得出来る超位スキルが由来するのだが……。

 

 一瞬気をそらした瞬間、リュウマの眼前に銀色の壁が迫る。それが、たっち·みーの盾だと認識すると同時に激しい衝撃で視界がぶれ、体が自分の意思に反して大きく仰け反った。

 リュウマの顔面を盾で打ち据えたたっち·みーは、リュウマが体勢を戻すよりも早く、剣をリュウマの胸へと突き刺した。抵抗などないかのように滑り込んだ刃に、リュウマの総身が震えるのを、どこか冷めた頭で確認しつつ、たっち·みーは追撃で《 次元断切/ワールド·ブレイク 》を発動しつつ刃を切り下ろした。圧倒的破壊空間がリュウマを飲み込み、その背後に浮かぶアイテムが三枚弾けとんだのを視界の隅で確認したたっち·みーは、冷静に間合いを詰め、横薙ぎの一撃でリュウマの腹部を切り捨てる。返す刃がリュウマの肩口に吸い込まれ、音もなく鮮血すら置き去りにして駆け抜けると、もう一個のアイテムも弾けとんだ。

 

「っっっ~~~~~!!」

 

 もはや声も出ない激痛に、リュウマはよろめきながら後退しつつ、両手の斧を一本の大戦斧へと変形させ、口中に溜まった血塊を吐き捨てる。牽制の意味も込めて斧を一閃するが、考えていたようなたっち·みーの追撃は無かった。

 

「……どうしたんだ?もうへばったか?」

 

 向こうで佇むたっち·みーに向かって、リュウマは虚勢を張ってそう声をかけると、向こうから帰ってきたのはため息一つ。

 

「へばっているのは君ですよ。リュウマ君、まだ、やりますか?」

「あぁ?ったり前だろ。まだ、俺は負けてないからな」

「……分からない……なぜ、命をかけるんです?所詮、ワールドアイテムがなくなって、モモンガさんが少し悲しむくらいじゃないですか?命を懸ける理由にはならない」

「……はぁ……下らないこと、言ってるんじゃないよ、あんたは。まぁ、無論、最初に言ったことも、理由としてはあるがね?だけどな、俺はユグドラシル時代から、建御雷さんと同じように、あんたを倒すのを目標にしてたんだ。願ってもないチャンスだ。命をかけるに足る理由としては、充分だ」

 

 まぁ、もう一個は嵌まれば良しだから、口にしないでおくか。呟くと言うよりも息を吐くような声は、たっち·みーには届かず、それを見ながらリュウマは大戦斧を分離、二本の刀に変形させ、ゆっくりと構えた。

 その様子を見ながら、たっち·みーは嘆息する。言葉での説得は無理か。ならばと剣と盾を構えながら、しかし口からは言葉が漏れ出す。

 

「もう一度言わせていただきますよ。これ以上やれば、死にます。退いてください」

「……なんだ?元仲間を殺すこともできないのに重要アイテムを使わせろとか言ってたのか?結局、あんたの家族への思いってのはそんなもんか?本当に帰りたいんだったら……俺を殺してみろ!!それが出来ないなら、諦めな」

 

 ふと、たっち·みーはリュウマの言葉に妙な違和感を覚えた。なにかを狙っているような、そんな違和感であったが、その答えが実を結ぶよりも早く、リュウマの一閃がたっち·みーの思考を遮った。一歩後退しながらその攻撃をやり過ごすと矢継ぎ早に六方向からの斬撃が繰り出され、それを全て剣と盾で逸らして行く。体勢を崩すことを狙った捌きであったが、不自然なほど体勢が自動的に直され、即座に複数の斬撃が再度襲いかかる。速度、斬撃数共に恐ろしいほどなのは、これまで積み重ねてきたスキルの重ね掛けによるものだろう。受け、捌き、逸らす事は出来ても

攻撃に合わせてスキルを起動しカウンターを狙うことが難しい状況になっていた。

 右の太刀を振り下ろした時、たっち·みーが今までに無い動きをとった。必要最小限、それだけの動きで太刀を鎧で滑らせながら回避、即座に右腕が閃光よりも早く閃いたかと思うと、リュウマの左腕の肘から先が宙を舞った。恐ろしいほどの連撃になりつつあるのならば、その攻撃回数を減らせば良い。その手段として、武器を落とさせるよりも腕を切り落とせば良い、そう考えた結果であった。回復魔法等を使えないリュウマが腕を落とされれば、もはや回復するすべはないだろう。これで諦めるはず、たっち·みーは確信をもってリュウマの顔を覗き込み、驚愕する。笑っていた。凶悪に。そして、衝撃。

 下から突き上げる衝撃は股間からであった。蹴りあげられたと思い至った瞬間、思わずと言った感じで足を閉じ手を下げていた。驚愕に見開いた目に写ったのは、股間を蹴りあげた足で踏み込み、斬り飛ばしたはずの腕を構成する黄金の籠手を水月に向かってつき出すリュウマの姿。左中段順突き。そこからの猿臂、背刀受けによる反撃の防御からの裏拳打ち、前蹴り。鋭く重い、空手の技が連続で打ち込まれて行く。よろめくたっち·みーに、リュウマは構えを解かぬまま追撃を重ねて行く。中段諸手突きから鉄槌、裏拳打ち下ろし、直突き、手刀打ちと言うオーソドックスだが極めて受け止められにくい連撃を次々と繰り出したっち·みーを打ち据えて行く。が、しかし……。

 

 渾身の諸手猿臂鉄槌打ちが、盾と剣によって阻まれ弾き上げられた。反撃は迅雷、辛うじて首を傾げる事が出来たものの、刃が牙を砕き頬を切り裂き耳を半ばから切断しつつ駆け抜ける。血がしぶく中、視線が交錯する。刃が捻られ切り下ろされるのを冷静な頭で判断しつつ、リュウマは腰の刀を、とあるスキルと共に抜刀した。

 

 超位スキルと言う物がある。早い話が超位魔法の戦士版だが、一部のクラスについた者のみが所得出来るスキルである。そして、リュウマの使える超位スキル二つに関して言えば、使用条件そのものは厳しくない。今使おうとしている《 雲耀 》、その名の通り凄まじい速度と攻撃力を付与するスキルではあるものの、超位とつき、24時間に一度しか使えないスキルとしては弱いと言う微妙スキルだった。だが、真髄は連撃にあった。このスキル、その戦闘中にチェインした連撃の回数によって攻撃速度、攻撃威力が上昇すると言う特性を備えていた。つまり……。

 

 抜く手を見せぬと言う言葉が生温いほどの抜刀。気付いたときには振り抜かれる一撃は、確かにたっち·みーを両断した、筈であった。手応えがない。そう感じつつリュウマはたっち·みーに、最後の切り札を切らせたことを確信していた。《 次元断層 》。タイミングさえあえば、ワールドアイテムの干渉すら無効化する最強の防御スキル。たっち·みーがこれまで、このスキルを使った所など、ワールドエネミーを相手にするとき以外見たことがなかった。それを使わせた、ある意味十分な結果ではないか。そんな思いを抱きながら、一拍おいて振り下ろされる刃を受け入れる。

 

「私の……勝ちです……」

 

 色々な思いを込めて、たっち·みーは剣を切り下ろす。生々しい肉を裂き骨を断つ感触。右の肩口から侵入した刃は、伝説級の鎧を容易く切り裂き内の肉を断ち内蔵を切り裂く。遅れてしぶく血潮を浴びながら、たっち·みーはどこか冷静な自分に驚いていた。ゆっくりと、前のめりに崩れ落ちるリュウマに、しかし、次の瞬間、背筋に冷たいものが走った。ゆっくりと前のめりに崩れ落ちるのは分かる。だが、その下、右足が高々と天に向かって振り上げられているのはどういう理由だ。その足に、見慣れ始めた金色が巻き付き、凶悪な形を形成しているのはなぜだ。HPはつきている筈なのに、なぜ、攻撃動作に入っている!?

 霞む視界の中、リュウマは振りあげた足を、もう一度《 雲耀 》を使用しながら振り下ろした。超位スキル《 ラストアクション 》。HPがゼロ、なおかつ復活系のアイテムを使用していない状態でのみ使用可能な、死亡が確定した後、あらゆる条件を無視して一回だけ行動できるスキル。前述のように課金アイテムやペナルティ有りで復活できるアイテムがあれば発動を阻害され、使用後は最上位の蘇生魔法でなければ蘇生できない超位スキル。しかし、このスキルは、24時間に一度等のスキル、例えそれが超位スキルであったとしても使用可能にすると言う特性を備えた、死なば諸ともと言う、ゲーム時代、一度も使うことの無かった超位スキルである。

 中段蹴り。言ってしまえばなんの捻りもないそれだけの蹴り技。むしろ、サッカーのボレーシュートに近いそれは、しかし防ぐことも難しいほどの速度で、たっち·みーに食らいついた。それを盾で防げたのは、もはや奇跡と呼んで差し支えないだろう。その上、《 衝撃分散 》と言うダメージを減らすスキルまで併用できていたと言うのもまた奇跡。しかし、その威力は尋常なものではなかった。神器級、いや、むしろギルド武器などにも匹敵するワールドチャンピオン専用の盾がひび割れるほどの威力。それが一瞬の拮抗の後、盾を打ち砕き左手を粉砕する。そのあまりの威力衝撃にたっち·みーが、円形闘技場を縦断するほど吹き飛ばされた。

 霞む目で、リュウマは蹴りを放ち終えた姿勢のまま、崩れる壁と土煙を見ながら小さく舌打ちをする。結局、ここまでやって殺せなかった。さすが、たっち·みーだなぁ、と心からの称賛を送る。そして、闘技場に不意に現れた漆黒の門を視界にとらえると、今度は笑い、最後の力を振り絞るかのように、ようやくそれを口にした。

 

「……俺の勝ち……」

 

 そうして、リュウマの意識は闇に飲み込まれた。

 

 

 崩れる壁の中から這い出てきたたっち·みー。左腕はグシャグシャに砕け、兜も半ば砕けて素顔が露になり、鎧も血で汚れボコボコにへこんでいる。それでも、生きて這い出てきた。視線を前に向ければ、、ちょうどリュウマが崩れ落ちるところであった。なんとも言えない気分になりつつ、たっち·みーは力を込めてふらつく体を立たせようとしたが、その首筋に押し当たる冷たい感触に動きを止めた。目線だけあげれば、そこにはアイスブルーに輝く甲殻を持つ蟲王、凍河の支配者コキュートスが、神器級《 斬神刀皇 》を突きつける形で、反対にはスポイト型のランスを手にした鮮血の戦乙女シャルティア·ブラッドフォールンが、そして正面に目を向ければ守護者統括アルベドが、それぞれが怒りを称えた様子で立って、それぞれの武器をこちらに向けていた。そのアルベドの背後で、崩れ落ちたリュウマに駆け寄るやまいこやセバスの姿が。見当たらないが、恐らくあの双子やペロロンチーノもどこかで自分を見張っているだろう。

 自分が負けたのを、どこか納得しながら、たっち·みーは裁きの時を待つ。そして、自分の元に、ギルド長がやって来た。骨だけの顔、いつもと変わらない筈のその顔が、どこか悲しげに見えたのは、果たして自分の気のせいだっただろうか。そんな事を考えていたたっち·みーに、モモンガはこう、声をかけたのだった。

 

「裁きは後ですよ、たっちさん。覚悟をしておいて下さいね?」

 

 

 

 

 

 

 




次回で決着、と行きたいところですね。

では次回です。


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28,その頃の人たち2

ここから数話は別の人たち視点になります。
マルチザッピング的な?
時間軸的にはリュウマVSたっち·みー戦開始前から二日以内の話になります。





 バハルス帝国皇帝執務室にて、ジルクニフは帝国四騎士の内の二人、“雷光”バジウッド·ベシュメルと“激風”ニンブル·アーク·デイル·アノック、そして帝国の切り札であり皇帝の懐刀フールーダ·パラダインを交え、会議、のようなものを行っていた。早い話が息抜きである。

 

「んで?皇帝陛下はどのような御用で俺たちを呼びつけたんですかい?」

 

 いつものようにバジウッドが無遠慮な態度でそう言うと、隣にたっていたニンブルがその小脇を小突いて注意する。が、それは完全に無視してバジウッドはニヤニヤと笑っている。それに対してジルクニフもニヤリと笑って手を振って答えた。

 

「まぁ、世間話だな。それと、もう一つ。“雷光”殿が連れてきたあのエルフの娘さん……あー、名前はなんと言ったかな?」

「惚けないでくださいよ皇帝陛下。実際は覚えているくせに」

「遊びに付き合ってくれ、バジウッド。そうでなくとも色々と頭を悩ますようなことが多いんだからな」

「それはいかんなジルクニフ。そろそろ正式な嫁をもらってはどうだ?ワシ個人としては、かの黄金の姫をめとれば、王国の事で頭を悩まさなくてもいいと思うが」

「爺、言いたいことは分かるが、かの姫は俺の手に余る。可愛い顔をしているが、実際は頭脳の化け物だ。手紙でのやり取りだけだが、恐らくこちらの手の内を全て読みきってしまっているぞ?……そうだな、妻ではなく片腕としてなら欲しい人材だな」

 

 どこか遠くを見るような目でそう言ったジルクニフを目を丸くしてみるバジウッドとニンブル。人を誉めるときは誉めるが、右腕にとまで言わせた人物に行き合ったことの無い二人は、恐る恐ると言った感じでジルクニフに尋ねる。

 

「皇帝陛下、それは、そのぉ……マジですか?」

「うん?どっちがだ?」

「右腕に、と言うのもあれですが……」

「こっちの考えや行動を読みきってるっつぅ所ですよ」

「あぁ……もちろん、両方とも本当だ」

「しかし、不思議な話だとは思わんかねジル。黄金の姫は、まるで自国を売るような真似を、書面とは言えしている。狙いはなんだ?よもや、自らの国の崩壊を望んでいるのか?」

 

 フールーダの言葉に帝国騎士二人は首を捻るばかりであったが、ジルクニフは違った。口許の笑みを強くし小さく首肯して見せる。まるで、それこそが狙いだとでも言わんばかりであった。

 

「ふむ……なるほどな。王国の崩壊ではなく、王国の貴族の崩壊を狙っている、そういうことか」

「さすが爺だな。恐らく、いや、間違いなくそれが狙いだと思うが……どうも一人で考えているんじゃないような気もするが……今のところこちらに害がない為に、情報だけは有効活用させてもらおう。話を戻すか。それで、バジウッド、明美からの連絡は?」

「今のところ、ねぇな。まぁ、比較的長期になるって言ってたから向こうに動きがねぇんじゃねぇかと」

「邪教、であったか?まぁ、かの娘なら問題ないだろう?」

「うむ。一応、前衛役として“重爆”が赴いているから問題はないだろう。しかし、報告がないとそれはそれで暇なのだ。どうせなら早く帰ってきて話し相手になってもらいたいぞ、まったく」

 

 ジルクニフがそうぼやくのを、その場にいた全員は苦笑と共に迎え入れていた。下手をすれば、この皇帝陛下が最も信頼しているのは、あの純真そうなエルフの娘なのかもしれないのが分かったからだ。あの、帝国四騎士どころか、フールーダすらも上回る、あの。

 

 

 

 

 

「やばいやばいやばい!!イミーナぁぁあ!!まだあの野郎共ついてきてるかぁぁぁああ!!?」

 

 森の中を疾走しながらヘッケランが、少し遅れて走るイミーナに向かってそう叫ぶように問いかける。返答は短いが簡潔だ。

 

「ったりまえでしょ!?数三十!!」

「ちぃ!ロバー、その娘は!?」

「意識は混濁してますが命に別状なし!」

「アルシェ!魔力は大丈夫か!?」

「問題ない!」

 

 五人が森の中を疾走するように、その後ろから武装した三十人の人間が走ってきていた。それぞれ、手に手に様々な武器を持つが、共通するのは古ぼけたような黒のローブで全身を覆っていること、口々に何か呪文のようなものを叫ぶようにしていると言った所だった。

 最後尾をついて走っているウルベルトは、前を走るロバーデイクの背中に背負われた少女とそれを助けようと提案したアルシェを見つつ、なぜ、自らに危険が降りかかるようなことをしたのか首を捻り、一度首を横に振った。この考え方は悪魔のものだ。今、理由を考えるのであるならば人間として物事を考えるべきだと認識する。普段は、これを意識せずに切り替えているが、どうもこういう状況だとその切り替えが巧くいかないことがある。これは、恐らく精神が肉体に引っ張られているためだろう。故に、意識して人間と悪魔の考え方を切り替えるようにしているのだ。

 恐らく、と言う枕詞がつくが、アルシェには肉親、弟か妹が居るのではないかと推測する。以前やまいこが、妹がPKされたと聞いたときの怒りっぷりに、感情の方向性は違うもののどこかよく似ているのがその判断理由だが、どうも当たらずしも遠からずと言ったところのような気がする。

 そこまで考えたところで、牽制の意味も込めて背後に《 魔法の矢/マジックアロー 》を放つ。尾を引く光弾が十発ほど飛び、運の悪いローブの男数人をまとめて吹き飛ばす。ピクリともしないところを見ると、この程度の魔法で即死する程度の輩なら、この面子が囲まれて問題なさそうだが、とは思うが口にはしない。

 

「ウル!?まだ魔法撃てるか!?」

 

 ヘッケランの言葉に、ウルベルトは鼻で笑って答えてやる。とは言え、後ろを見れば人数がさらに増えているようだ。見れば、それなりに身分の高そうな飾りの多い豪奢なローブを着込んだ輩や貴族風の格好をした輩までが加わっている。いよいよ持ってこの面子の足だと逃げ切れそうにない。特にロバーデイク。無論、その体格から見ての通り体力はある方だが装備が重い上、人間一人、少女を背負っているとなれば健脚も鈍ろうと言うものだ。

 最初、この少女が生け贄めいたものにされそうなのを助けたいと言ったのはアルシェだった。最初はヘッケランもイミーナも、ロバーデイクさえも止めていたが、最後はその言葉と行動に渋々手を貸していた。あの時止めることも出来たのだが、あくまで外様、こいつらの行動方針には口を出さないようにしていたのが仇になった形だ。無論、この判断に異を唱えるつもりはない。ウルベルトと言う強力すぎる戦力が加わって気が大きくなっていたのだろうと言う事も分からなくもない。

 小さくウルベルトはため息をついた。つまるところ、これは自分と言う過剰戦力が居たからこそ起きた事であり、原因は自分だと言うことだ。本人たちは認めないだろうが、そう思うことにした。そう自分を誤魔化さないと、とてもこれからやろうとしていることへの言い訳はできないと思ったからだ。

 

「お前ら、先に行ってろ。俺が押さえてやる」

「はぁ!?」

「ウルベルトさん、危険ですよ!?幹部クラスが一人混じっていますし、共に逃げた方が!?」

「問題ない。俺を誰だと思ってやがる。世界的災厄、ウルベルト·アレイン·オードル。歩き回る災厄だ。ぞれに……」

 

 そこまで言ってウルベルトは完全に足を止め、背後から追ってくる連中に向き直る。

 

「幹部クラスが混じってるなら好都合だ俺の欲しい情報が手に入るかもしれないからな」

「なら俺たちも残って……!!」

「不要だ。むしろ足手まといだ……おい、ナイムネーナ」

「誰がナイムネじゃ!!じゃ、なくて、何よ!」

「お前が先導してとっとと森を抜けて最寄りの神殿に急行しろ。三日たって戻らなかったら俺のことは忘れろ。いいな?」

 

 グッと言葉を詰まらせたイミーナは、しかし次の瞬間には身を翻し駆け出していた。心配そうにしばらくウルベルトを見ていた一行であったがイミーナの声に導かれるように森の中を走っていった。

 背中越しの気配で全員がかけていったのを確認し、ウルベルトは首を左右に捻り首を鳴らす。そして、幻影の顔をニヤァと歪め口を押さえる。

 

(いかんなぁ……単純な殺戮を楽しむようじゃ本当の悪とは言えんぞ)

 

 もはや狂乱と言ってもいいような足取りと雄叫びを上げる集団を前にして、ウルベルトはそんなことを考えつつ腕を差し上げ人差し指を一団に向ける。あまり強力な魔法だと幹部が死んでしまうかもしれない。程よい魔法と考えつつ、ウルベルトは魔法を紡ぐ。

 

「我が滅びの雷の前に崩れ果てろ……!!〈 魔法三重化·雷撃/トリプレットマジック·ライトニング 〉!!」

 

 ウルベルト指先から迸る三条の雷は、直線上にいた数十人の人間を巻き込んだ。もし、この世界の魔法使いの能力で放った魔法であるならば、運が良ければ即死は免れたかもしれない。しかし、ウルベルトのワールドディザスターはMPの消費を上げる代わりにその威力を絶大に上昇させると言う側面を持つ。その為、結果は言うまでもないことだ。生きているものなど居ない。普通のやつならば、だが。

 黒こげの死体となって転がる人間に愉悦の感情を顔に浮かべるウルベルトであったが、すぐさまその顔を引っ込め、焼死体の中に立つローブ姿の男を見た。最強化を行っていない為、対抗手段さえあれば抵抗は可能だが、こいつは完全に抵抗できているわけではないようだ。と、すると……。

 

「〈 電気属性防御/プロテクションエナジー·エレクトリシティ 〉か?いや、それもあるが素で魔法への耐性を持ち合わせているのか。なるほどなるほど。お前が幹部で間違いないようだな?」

「くそがぁぁぁあああああああ!生け贄をさらった上で、この、この俺にこのような真似をぉぉぉぉおおおおお!許さん!許さんぞゴミ虫があああぁぁぁあああ!!」

 

 音程の狂ったような叫びを上げる男に、ウルベルトは冷ややかな視線とあわせてその怒りを鼻で笑い飛ばす。

 

「笑わせる。なにがこの俺にぃ、だ。それと、人をゴミ虫呼ばわりする貴様こそ、社会の底辺を這いずり回る死肉食らいよりも下賎なウジ虫以下のゴミだろうが。社会の役に立たず、悪を悪としてなすことも出来ず、上の命令に従うだけのクズが俺にどのような口を利くつもりだ?」

 

 痛烈な言葉を浴びせられた男は、しかし地の底から響くような笑い声を上げる。気でも狂ったかと訝しむウルベルトの前で、男は体を覆うローブに手をかける。

 

「よくぞほざいたな盗人めが!このズーラーノーンの高弟が一人、トムヤ·ムクンが、貴様を地獄に送ってくれる!」

「……美味そうな名前だな。それで?どんな手品を見せてくれるんだトムヤムクン」

「ククッ、ならば見せてやろう!我が師より賜った力なぁ!」

 

 そう言うと同時に、トムヤがローブを脱ぎ捨てる。その下から現れたのは鍛え抜かれた鋼のような筋肉を纏う体。その体には、少なくともウルベルトの知識にはない複雑な紋様が刻み込まれ、それが脈打つように明滅している。

 顎を擦ってその紋様を解析していると、トムヤの右腕に刻まれた紋様が激しく発光し、掌が肥大化し、爪が鋭く伸びる。その光景を訝しく見ながら、ウルベルトは一つ答えを頭の中に閃く。

 

「〈 悪魔の諸相:鋭利な断爪 〉?お前の種族は人間だよな?なぜ、その特殊技術が使える?」

「ほぉ……?その名を知るとはよほど名の知れた冒険者、いや、ワーカーであるらしいな。くくく、これぞ我が師の秘術、悪魔の肉体を人の肉でもって再現する秘術よ。見よ!この切れ味を!」

 

 80センチ程に鋭く延びた異形の爪を振るい、トムヤは手近にあった木の幹を両断し、振りかかってきた本体をさらに寸断して見せた。そして、なんと言うか、ウルベルト的にはぶん殴りたくなるようなどや顔でこちらを一瞥、左腕の紋様も輝かせ、左腕にも同じものを出現させる。

 

「ふむ……少々その技術には興味が湧いたな。さて、どうするか……?」

「何をゴチャゴチャ言っている!隙だらけだぞ賊が!」

 

 言うが早いかとはこの事か。感想はただそれだけだった。今まで見た中では最も早いだろう。しかし、ウルベルトには遅すぎる。左右から襲いかかる爪を掌で受け止め纏めて握る。念のため〈 上位硬化/グレーターハードニング 〉をかけるべきか迷ったが、爪は皮膚を切り裂くことも出来ず掌の中で微動だにしていない。

 

「なっ……!?」

「うむ、上位物理無効化か。この世界では使えるな」

「な、なぜ切り裂けない!?何をした貴様!?」

「うん?見ての通りその鋭い爪を真っ向から受け止めただけだが?では、反撃だ……と、言いたいところだが、どうするか?貴様の身に刻まれた技術、興味深いぞ」

 

 押そうが引こうがびくともしない自慢の爪、それを押さえ込む相手の手を見ていたトムヤは我が目を疑う。腕の輪郭が徐々にぶれ始め、霧のように何かが霧散すると、鋭すぎる刃を生やした獣のような腕がそして、そこに現れた。我が目を疑いながら顔をあげた先には、邪悪に歪んだ黒山羊の姿が。

 

「ひっ……!」

「うん?何を怯えている?お前がからだに宿した種族と同じ種族だぞ?怯えることなどあるまい?」

 

 黒山羊の顔が歪む。笑っていると理解した瞬間、背筋に氷の柱を打ち込まれたように体が震えた。

 

「まぁ、聞きたいこと、知りたいことが山ほどある。じっくりと聞いていこうか?」

 

 

 十数分後。トムヤ·ムクンは物言わぬ骸へと変わっていた。念のため、複数の記憶系の魔法や情報系魔法を使って尋問した末、精神が壊れてしまった為、仕方なく止めを刺した、と言う方が正しい。しかし、とウルベルトは思い直す。結局のところ、自分が欲しい情報を何一つこいつは持ち合わせていなかった。いや、フォーサイトの面子が欲しがるであろう邪教集団、確か、ズーラーノーンとか言う奴等のところに集まっている貴族連中の名前は入手出来たのだが、残念すぎることにナザリックやアインズ·ウール·ゴウンに関してはなんの情報も得られなかった。とは言え、断片的ながらプレイヤーらしきモノの情報を得ることが出来たのは一歩前進。ウジ虫も役に立つものだ、そう思いながらシルクハットと仮面を取りだし身に付ける。

 と、その自分の顔のすぐ数ミリ横を、何かが通りすぎた。地面に目をやると、矢じりだけが地面からこんにちは。狙撃された?そう思うが早いか、考えるよりも先に防御魔法を数種類即座に展開していた。掠めた頬が焼けつくように痛い。恐らく、聖属性付与された攻撃だが、上位物理無効や複数種類の飛び道具対策の施されている自分にダメージを与える存在。よもや。そう思い、手出しを控える。無論、どこにいるかも分からないのに無駄に魔法を使えないと言うのもあるが。

 今度は、構える自分の足元に矢が突き立つ。そこへ目をやり、ウルベルトは一瞬、我が目を疑った。

 木の枝に立つのは、年若い娘だった。鮮やかな勿忘草色の美しく流れるような長い髪に榛色の、ドングリのような大きめの目、起伏が中々素晴らしい体を覆うのは龍鱗の胴当てに短めのスカート。残念ながらその下はスパッツを履いているらしい。手に持つ弓は、所謂和弓と言うあれだ。

 

「おいおい、マジか」

 

 思わず呟くウルベルトに、エルフの少女はやや警戒を緩めながら声をかけてくる。

 

「お尋ねします、悪魔の人!あなたは、プレイヤーですか!?」

 

 悪魔の人、この問いかけに懐かしいものを感じながら、ウルベルトは昔々、まだまだ駆け出しだったあの娘にやった名乗りをしてやることにした。

 

「その通りである!聞け我が名を!恐れよ!我こそ歩く大災厄にしてアインズ·ウール·ゴウン最強の魔法詠唱者、恐怖と絶望の担い手、ウルベルト·アレイン·オードルである!」

 

 大仰な身ぶりと手振りで宣言すると同時に、ウルベルトは深々と頭を垂れる。相手の顔など見なくても分かる。

 高いところから軽い物が風を巻きながら降り立ったのを感じ、ウルベルトは顔を上げる。そこには、笑顔のエルフがいた。だから、頭をポンポンと叩き、ウルベルトは優しく声をかけた。

 

「久しぶりだな明美。元気だったか?」

「お久しぶりですウルベルトさん。元気でしたよ?」

 

 ウルベルトと明美、二人は本当に嬉しそうに微笑みあっていた。

 

 

 数メートル後方に、あまりの圧力を受けて気絶した哀れなレイナースが助け起こされたのは数分後であった。

 

 

 

 

 

 

 




年末は本当にゴタゴタしますね。
次回はなるべく早くしたいですけどねぇ、どうなることやら。


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29,その頃の人たち 3

遅くなりましたニューイヤー。今年もよろしくお願いします。

今回もご都合主義全開でお送りいたします。





 ラナー·ティエール·シャルドロン·ライル·ヴァイセルフは、常と変わらぬ笑顔を浮かべ、竹馬の友にして唯一の外からの情報と外への影響力としての駒であるラキュース·アルベイン·デイル·アインドラと机を挟んで向き合っていた。その右脇には女忍者であるティアが、物陰に潜むようにティナがいた。

 今日、この三人を呼び出したのはラナーである。正確に言うならば、ラナーの知り合いが呼んでくれと頼んできたのだが。

 とは言え、久しくあっていない友人に会うのは楽しいもので、ついつい脱線して雑談をしてしまったのだが、その程度であの方がヘソを曲げると言うこともないだろうし、気にしないで話を続けていたが、やはりと言うか、話は次第にラナーが昔からラキュースに話していた事へと移って行く。内容に関しては、簡単に言うならば彼女が王になるため、予めやっておかねばならないこと。しかしながら、以前よりもそれはさらに難しい事になっていると、ラナーは顔をしかめる。

 

「数年前ならばいざ知らず、現在の貴族連中の支配力には、些か舌を巻きますわ。無論、レエブン侯も様々に手を尽くしてその力の伸びを押さえてくれておりますし、ザナック兄様もそれとなく牽制してくれてますが、やはり一番上の兄様と進退極まりつつある父上が足を引っ張りますわねぇ」

「それと、あいつらね。八本指……いえ、今は一部門減って七本指、だったかしら?」

「……減ったのですか?それはまた、なぜ?」

 

 ラナーの疑問に答えたのは、ラキュースではなく椅子に座って二人を眺めて涎を垂らしていたティアであった。

 

「よく分かってはないけど、奴隷部門その方向から撤退した。化け物がどうとかこうとか?」

「なるほど……フフ、さすがですわねぇ」

「?ラナー、なにか知ってるの?」

「ええ、それはもう……ただ、私に話してくれてなかったのは何故か、後で問い詰める必要がありそうですわね」

「うん?ああ、もしかして、前に話してくれた『先生』と言う人が関係してるの?」

 

 ラキュースが合点がいったとで言うような表情で問いかけると、それこそ花が綻んだように笑った。

 

「ええ、そうよラキュース。……あぁ、そうそう、今日、ラキュースを呼んだのは、実は私ではなく、その『先生』なの。ちょっとなにか用事があると言って出ていかれたけど、もうすぐ戻ってくるわ」

 

 何故かウキウキした様子でそう口にするラナーを怪訝な表情で見つめるラキュース。以前から『先生』の話をするときは、どこか浮き足だったような所が有りはしたが、今日のこれはそれとは少し違う、そんな感じが見てとれたからだ。

 そもそも、その『先生』とやらと、何処で出会ったのか今まで幾度か聞いてみたものの、軽い調子ではぐらかされてばかり、その人物がどのような顔をしているのかも説明されたことがないのだ。無論、この頭が良く、非常に勘が鋭い友人が騙される等と言うことはあり得ないが、一応注意をしておこう。そう心に決め、ラキュースは紅茶を口に含む。

 その時、ティアとティナ、二人が怪訝な表情で周囲を見回す。やや緊張を含んだ様子であるのを見てとったラキュースは、椅子から立ち上がりラナーの側へと歩みより、あくまで護身用の細剣の柄に手をかける。しかし。

 

「ラキュース、それにティアさんティナさん、大丈夫です。先生と、あら?お友達が来てくれましたわ」

「やぁやぁ、遅れてすまない愛しい教え子。少し気になることがあったものだからね。ああっと、ラキュース·アルベイン·デイル·アインドラ殿、出来れば武器から手を離してもらえないだろうか?こう見えて、僕は中々臆病なんだ。君のような実力者に武器を抜かれては、少々、あーっと、そう、困ったことになってしまう」

「ぷにっとさん、さすがにちょっと馬鹿にしすぎですよ?ああ、勘違いしないでくださいね?僕たちはラナーさんの先生と友人で、それ以上でもそれ以下でもないですからね~?」

 

 隣の、ラナーの寝室から聞こえてくる男の物とおぼしき声に、ラキュースはラナーの顔を見る。何時ものように微笑んでいるが目は笑ってない。その、細く白い手がラキュースの手に触れる。

 

「ラキュース?いくら貴女でも、先生への無礼は許しませんよ?」

「アッハイ」

 

 なんか知らないが物凄く怖い。そう思いつつ、大人しく剣の柄から手を離し、ティアとティナに向かって一つ頷くと、二人も渋々ながら苦無を懐にしまう。

 

「ラナー、友人に向かって脅しをかけるのは感心しないなぁ、僕は。それにラキュース·アルベイン·デイル·アインドラ殿は特に間違ったことはしていない。むしろ、友人である君を守るためにやっているのであって誉められこそすれ貶したり脅したりするような事ではないよ?あ、ところでそろそろそちらへ出ていっても構わないかな?いい加減、壁越しに会話をするのはどうなんだろうと僕なんかは思ったりするわけだが」

「ええ、出てきても構いませんわ先生。それと、ラキュース、ごめんなさいね?私、先生の事になると、ちょっと感情的になってしまうの」

 

 テヘペロ、とでも擬音を出しそうな仕草と表情でラナーが悪びれもせずにそう言うのを、いつもの事かとため息をつくラキュース。しかし、その人物が隣の部屋から姿を現すと同時、表情も含めた全てが凍りついた。

 

「ふむ?この席、座っても構わないかな?」

 

 それは、植物の蔦を人間の形に無理矢理纏めたようなそう言った類いのモノだ。いっそ邪悪な雰囲気も感じられるそれはしかし、ラナーの返事を待たずに勝手に椅子に座り、あろうことか恐らく口である部分で紅茶を一啜りする。

 

「ふむ……僕は紅茶には詳しくないんだけど、これはいい葉を使っているね。いや、本当は分からないけど知ったようなことを口にして場を和ませようと思うんだが、失敗だったかな?」

「そりゃぁ失敗ですよぷにっとさん。僕らは見かけ通りの異形種なんですからね?普通は警戒されますって」

 

 続いて出てきたそれは、真っ黒な粘度の高そうな水の塊、スライムだったが、何故か喋っている。基本、ああいうモンスターは喋らない。むしろ、喋る知性を持っていないと言うのが定説だ。それが、目の前で体を震わせながら喋っているのだから、もはや驚愕しか無いラキュースとティアティナ姉妹。そんな固まってしまった三人を前に、ラナーは嬉しそうにそのスライムへ、笑顔を浮かべたまま無防備に歩み寄る。

 

「ヘロヘロさん、お久しぶりですわね」

「おひさーです、ラナーちゃん。一年ぶり位かな?綺麗になったねぇ、見違えたよ」

「ふふ、ヘロヘロさんは相変わらず口が上手いですね。あ、久しぶりに、あれをやってもいいですか?」

 

 ヘロヘロが答えを口にするよりも早く、ラナーはその身をヘロヘロに向かって投げ出す。小さく悲鳴をあげるラキュースと慌てて駆け出そうとするティアとティナを手で制したのは蔦男だった。スライムへ身を投げ出したラナーは、一瞬その体に沈み込んだが、次の瞬間にはスライムの体?の上でポヨンポヨンと揺らめきながらリラックスして寝転がっていた。

 

「は~~~……ヘロヘロさんの体は、本当にいい感触ですわ~~癒されますぅ」

「それは良かった。ただ、今度からはちゃんと返答を待ってね?」

 

 その様子を見て三人の冒険者がホッと息をついたのを確認して、蔦男ことぷにっと萌えは椅子から軽やかに立ち上がり、ラキュースに向かって深々と頭を下げた。

 

「まずは……初めましてラキュース·アルベイン·デイル·アインドラ殿。僕はぷにっと萌えと申す見た通りの異形でありますな。種族に関しては取り敢えず置いておくとして、ひとまず話を致しましょう。さぁ、どうぞ椅子にお座りください。それと……そちらの双子の忍者さん……ティアとティナだったかな?一先ず、我々は争うつもりは無いので、どうか警戒を解かれますよう、お願いします。とは言え、警戒するなと言うのは無理からぬこと。さて、どうしたものか……?」

「……ええと……貴方がラナーの言う先生で、問題はないのですか?」

 

 ラキュースの言葉にぷにっと萌えは軽く首を捻り、そして一つ頷いて答える。

 

「まだまだ教育者としては至りませんけど、一応先生の真似事のようなことはさせていただいていますね。無論、このような姿形の輩が良からぬことを教えているのでは?そのような疑問を覚えられるのも事実。しかし、戦術や戦略に関すること、人の心を動かす方法などは教えましたけど、後は彼女が独力で昇華したもの。僕は見守っていた、そう言うのが正しいかもしれません。あ、お茶菓子食べていいですか?」

 

 ほぼほぼ一方的に喋ったと思ったら、今度は返事も聞かずにお茶菓子をモソモソと食べる。それを見ながらラキュースは首を捻る。つまり、この人物に対してどのような接し方をすべきか。少なくとも、ほぼ一方的に喋っているだけであったが、見るからに己の意思で喋っているのは間違いがなさそうだ。その言葉は人間の感情のようなものは薄そうな印象を受けはしたものの、ラナーが信用どころか信頼している様子からも、決して悪人ではないかもしれない。少なくとも見かけ通りの化け物と言うことはなさそうではある。

 一旦、ラキュースは目の前のぷにっと萌えから目を離しティアとティナに目を向けるが、戻ってきた返答は肩を軽く竦めると言う動作だけだった。つまり、これがどういう存在でどういう立ち位置なのか判断できないと言うことだ。一方に目を向けると、漆黒の粘体の上で今にも鼻唄を歌い出しそうなラナーと、その粘体全てをプルプル震わせながら歌を歌っているスライムの姿が目に入る。実に平和な光景だ、たぶん。

 

「ええと、ぷにっと萌えさん、でしたか?挨拶が遅れたことを謝罪いたします。アダマンタイト級冒険者、ラキュース·アルベイン·デイル·アインドラと申します。長いのでラキュースで結構です」

「これはご丁寧に。しかも、人類の切り札と呼ばれるアダマンタイト級冒険者であられるのに、傲慢なところがないのですな。おっと、皮肉ではありませんよ。人間、身に余る強さを手に入れれば傲慢になる。そうなっておられないと言うことは、実に人間的にも完成されているのでしょう」

 

 皮肉に聞こえないような事を言いつつ、ぷにっと萌えはこちらを称賛してくる。正直、悪い気はしないが目の前の人物がどのようなことを考えているかと言うのが見えない限り油断はできない。ラキュースは気を引き締める。

 

 

「いいえ。いまだ修行中の身、完成などほど遠いです……このままお喋りもいいのですが、私達を呼んだのは貴方だとお聞きしました。どのような理由で我々を呼ばれたのでしょう?」

「ふむ、ラキュース殿は虚飾を交えたやり取りは嫌いだと、我が愛しい教え子から聞いています。ですので、単刀直入に切り出しますが……僕はラナーを王位につけたい。ああ、いやいや、これは僕の私的な野望などではない、と最初にそう宣言しておきます」

「……具体的に、どのようなことをなさるので?」

「そう警戒しないで頂きたい。とは言え、具体的な方策等は今のところ出来てはおりませんね……そうですねぇ、ラキュース殿、ラナーが王位につくのに邪魔なもの、それはなんだと思われます?」

 

 やや身を乗り出したぷにっと萌えの言葉に、ラキュースは軽く考えてみる。まず考えられるのは第一王子バルブロ·アンドレアン·イエルド·ライル·ヴァイセルフだろうか?無論、知謀と言う面で見ればラナーや六大貴族を束ねるような立場の面子に比べれば大きく劣る。それなりに、そう、それなりに武勇はあるがそれも誉められたものじゃない。しかし、立ち位置と言うのは大きく有利だと思える。

 次に思い付くのは、第二王子のザナック·ヴァルレオン·イガナ·ライル·ヴァイセルフか?しかし、この王子はラキュースを高く評価しているはず。敵対する線は薄そうだとも思えた。

 最後はやはり六大貴族共だろう。言ってしまえば害悪しかないような連中だ。事前にラナーからレエブン侯の事を聞いていなければ同じ穴の狢と吐き捨てていたかもしれないが。

 自分なりの考えをぷにっと萌えに吐露すると、目の前の人物は手?を叩いて頭を上下に振って肯定の声をあげた。その上で彼はこう付け加える。

 

「君の言う通り、第一王子と六大貴族は邪魔だけどね、一番足りないものは、英雄さ」

「は?ええと、どういうことで?」

「君は『組織』と呼ばれる連中を知っているかね?」

 

 そっと、回りを伺いながら、ぷにっと萌えは囁くようにそう聞いてきた。何故だか、胸がざわつく思いだ。その思いを堪えつつラキュースは首を横に振る。それと同時にティアとティナに目線で確認をとるが、二人とも黙って首を振るばかり。ラナーにも目線で問いかけるが小首を傾げるばかりであった。

 

「いや、知らないのも無理はない。彼らの行動は密やかにして大胆、それでいて自らの存在を知らしめないほど精密果敢だ。さて、では今この国に蔓延る犯罪組織『八本指』をご存じかな?」

「ええ、それはもちろん……!?まさか?」

「いやいや、かの犯罪者集団は決して『組織』とは関係がなかったよ……ついこの間まではね」

「それは、八本指が七本になったのと関係アリアリ?」

 

 今まで口を挟まなかったティナがそう口にすると、ぷにっと萌えは重々しく頷いた。

 

「恐らくは、と言う注釈はつくがね。なにぶん、『組織』動きは掴めていない上、全容すら不明だ。ただ、調査を進める上でどうしてもその姿がちらつく。見てくれるかな?」

 

 そう言いながらぷにっと萌えは机の上に羊皮紙を広げる。どうやら王都近辺の地図らしいのだが、その所々に黒い丸印や三角印、二重丸などが書き込まれている。そこに何やら文字が書き込まれているが、ラキュースには判別できなかった。説明を求めるように顔をあげると、ぷにっと萌えは一つ頷く。

 

「これは、極最近、七本指が麻薬の原料を作り始めた場所だ。ラナーの障害になるからと焼き滅ぼそうとしたのだが、恐らくは『組織』の手先が邪魔をしてくれてね、僕は撤退をせざるを得なくなった。情けない話だよ」

 

 そう言いながら肩を竦めるぷにっと萌え。が、よく見てみれば体を構成する蔦状の物が幾つか半ばから千切れているようだ。明らかに剣のような鋭いもので切り取られたようなモノから力任せに引きちぎられたようなモノまである。よほど危険な相手だろうか?

 

「それと、もう一つ。こちらの方が重要かもしれないなぁ……」

「と、言いますと?」

 

 含みを持たすような言い方に、思わずといった調子でラキュースは聞き返していた。

 

「ん。それはね……」

 

 

 

 

 ラキュースと忍者双子が(ラキュースのみ)意気揚々とした足取りで帰っていって十分ほど経過した。ヘロヘロの上でポヨンポヨンと揺れていたラナーは、窓辺に立って何事かを考えているぷにっと萌えの背中に言葉をかける。

 

「先生?あの話、どこまでが本当です?」

「うん?さぁて、どこまでが本当だと思うかね、我が弟子は」

 

 質問に質問で返されたが、いつもの事なので特に気にせず、ラナーは先程までの会話をもう一度分析する。とは言え、そもそも会話中にある程度の真偽の見定めは終わっているので、あえてもう一度確認したと言う方が正しいのかもしれないが。

 

「そうですわねぇ……私を王座につけたいと言うのは本当ではないかと思います。理由はそちらの方が後々、先生の考えている事、それを進めるのが容易くなるから。『組織』とやらは嘘ですわね。それを先生が口にする度にヘロヘロさんがプルプルしておりましたし、第一、そんな組織があるなら、先生はもっと私に話している筈ですわ。それから竜王国に現れたと彼女に話した英雄……それって、お二人のお仲間さまでは?もちろん、それがどのような人物かは見当つきませんが……」

「ラナーちゃんは凄いねぇ。あの会話の中でそれだけ分析してるなんて」

「もう!ヘロヘロさん、子供扱いしないでくださいまし。こう見えて立派なレディですのよ?」

「いやぁ、立派なレディは僕の上に乗って遊ばないと思うけど……」

「さもありん。僕の愛しい弟子は、頭の出来はともかくまだまだ子供だね」

「先生まで!」

 

 ひとしきりワイのワイのした後で、ぷにっと萌えは話を続ける。

 

「まぁ、ラナーの言った通り、嘘も多いが本当の事も多分に含ませて彼女には伝えたね。それに、だ。英雄が欲しいと言うのも本音且つ必要だからだよ。この王都で一悶着起こすのは、ラナーにも一度語ったよね?その後、我々アインズ·ウール·ゴウンと同盟関係を結ばせるにあたって、一般民衆に人間側の英雄がいるから大惨事にならない、もしくはそれを未然に防いでくれる、と思わせることが寛容。そこで白羽の矢がたったのが……」

「ラキュースさんとガゼフ戦士長ですか?言ってはなんですけど、力不足感は否めないですねぇ。まぁ、この二人以上の適任はいないんですけど」

 

 ぷにっと萌えの言葉をついでヘロヘロが疑念を呈するが、ぷにっと萌えは一つ頷いて言葉を続ける。

 

「だからこそ、二人にはレベルアップを図ってもらおうと思ってね?彼女と、ラナーから戦士長に渡してもらった地図に入れてある印には、僕の作った下僕が配置してある。これは二人のレベルアップのためと『組織』の信憑性を増すため。いやぁ、下地作りは大変だ」

「それで……ラキュースが死んだら如何なさいますの?さすがに私も怒りますわよ?」

「まぁ、大丈夫だと思うよ?この世界基準でもそれなりに強い奴しかいないし。さて、と」

 

 そこまで言ってぷにっと萌えはラナーの寝室に向かう。それを怪訝な表情で見る二人に向かって、ぷにっと萌えは語る。

 

「恐らくだけど、竜王国にはたっち君がいたと思うんだ。そして、どうもやまいこ君らしき人物の目撃情報まである上、ビーストマンの国との国境付近にはデスナイトが複数いた。そしてカルネ村が急速に発展している事を鑑みるに、あの近辺にナザリックがあると思われるんだ。そこで、一足先に僕が古巣へ戻って細工をしようと思う」

「じゃぁ、僕はラナーちゃんの護衛と言う事でFA?」

「ファイナルアンサーで」

 

 そう答えぷにっと萌えはラナーとヘロヘロに歩みより、ラナーの頭を軽くポンポンと叩いた。くすぐったそうな顔をするラナーに向かって、ぷにっと萌えは決意するように言う。

 

「君を王にする。これは絶対の約束だ、愛しい僕の教え子」

 

 

 

おまけ

 

「ところでラナー?」

 

 出発しようとした直後、ふと思い出したようにぷにっと萌えは尋ねる。ヘロヘロに天井近くまで放り上げられたラナーは笑いながら目だけで聞き返す。

 

「君の子犬君はどうしたのかね?」

「ああ、あの子ならガガーランさんに預けてますよ?」

「……大丈夫なのかね?」

「立派な『男』になって帰ってくるといいですわねぇ」

 

 コロコロと鈴のような笑い声をあげるラナーの前で、ぷにっと萌えとヘロヘロが揃って合掌したのであった。

 

おまけ2

 

「ちょっ!ガガーランさん!?あ、そんな……アーーーーーーーッ!」

 

 宿屋でそんな雄叫びが響いたとかなんとか?

 

 

 





クライム君の花が散ったかどうかは、ご想像にお任せいたします。


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30,反省と我が儘

今回は少しだけ話が進みました。

ご都合主義だけどね☆


追記
ワールドアイテムを捏造してます。ご注意を。




 たっち·みーとリュウマの戦いから三日、事後処理や守護者間での話し合い、ギルメンによる話し合いがようやく終了し、円卓にてたっち·みーの処遇についての結論が出されようとしていた。

 円卓に座したモモンガは、そこに集った一同の顔を、一度グルッと見回す。ギルメンに関しては、モモンガが決めた決定に一応の納得を見せてくれたことによって落ち着きを見せてくれている。一方で、守護者一同はそれぞれがそれぞれ、思い思いの感情を浮かべているようにも見受けられた。落ち着いた表情なのは守護者統括アルベドとデミウルゴス、不安そうな表情を浮かべるアウラとマーレ、腕組みをし微動だにしないコキュートス、ちょっと何を考えているか分からないけど、恐らく成り行きを見守っているのだろうと思わせるシャルティアと、そして鋼の表情をさらに固いものにして直立不動を崩さないセバス。それぞれ思うところがあるのだろうとは思うし、できればその内面も全て聞いてみたい気もする。

 とは言え、もう既に決めたことではあるし、パンドラズ·アクターにも既にそれを取りに行かせている。この場にいる守護者全員に納得してもらうのが一番いいのだろうが、難しいかもしれない。特にアルベド。リュウマが殺されたのを見たときの怒りっぷりは冗談どころでは無かった。やまいこに茶釜の二人が全力で止めなければその場でワールドアイテムを使用していたであろうことは想像に難くない。

 よしっ!と気合いを入れ直し、モモンガは大きく息を吸い込んだ。プレゼンをするよりも緊張をする。

 

「皆、よく集まってくれた。先日あった事について話し合いはもう既に終わっていると思う。守護者一同の意見を聞かせてくれるか?」

「はい、モモンガ様。では、守護者統括アルベドより、逆賊たっち·みーの処遇について、守護者一同の意見を発表させていただきます」

 

 いつものように落ち着いた淑女の表情で、アルベドが席から立ち上がる。セバスを除く全ての者の視線が集中するのを待ち、アルベドが軽く息を吸い込む。

 

「守護者一同より提案申し上げる処遇は、10レベルダウンの上、ナザリックの防衛員としての強制起用と相成りました」

 

 その提案に、モモンガを含むギルメン一同が意外と言う思いを抱いた。寧ろ、アルベド主導であるならば死刑くらい言いそうなものだが。そう思いつつ、モモンガはアルベドに先を促すと、アルベドも心得ているとばかりに一つ頷き続きを話始める。

 

「第一に10レベルダウンにつきましては反逆防止のためと言うのがあります。ついで、その間二度死ぬと言うことでもございますので、リュウマ様を殺害した罪とワールドアイテムを無断使用したと言う罪、双方が満たされると考えました。ついで、彼の者をナザリックに留める場合には、やはりこのナザリックから出さず防衛戦力として残すのが一番ではないかと。無論、〈 リング·オブ·アインズ·ウール·ゴウン 〉は没収の上で、でございます」

「ふむ、そうか……他の者も、この意見で構わないのか?」

 

 モモンガの言葉に守護者一同から声は上がらなかった。双子は顔を見合わせて頷き、デミウルゴスも満足げに頷き、シャルティアも何でか知らないが胸を張っている。唯一感情が読めないコキュートスは、しかし黙って頷くのみに留めていた。しかしながら、セバスのみは、表情を一切変えぬまま拳を握りしめている。

 ふむ、とモモンガ顎に手を当て、今度はアルベドではなく拳を握りしめているセバスに目を向ける。

 

「セバスよ」

「は、はっ!」

「お前はこの守護者の提案に関してどう思う?」

「……言うべき事など……」

「セバス」

 

 セバスが言い終わるよりも早く、やまいこが口を挟む。思わず、セバスはやまいこの方を見た。

 

「モモンガさんも僕も、茶釜さんやペロ……ペロはどうだか知らないけど、君の意見を聞きたい。たっちさんに直接創造された君のね」

「わ、私は……」

 

 握りしめていた拳をとき、セバスは懊悩を顔に滲ませ自問する。その彼の肩を叩く存在があった。そちらへ目をやると……埴輪がいた。

 

「お悩みですか?セバス殿、悩む必要などありませんよ!」

 

 パンドラズ·アクターはそう言うなり大仰な身振り手振りで歌うように語り始める。セバスはあっけに取られておいてけぼりである。

 

「自らに創造主がそのような目に遭ってもらいたくないなど、創造された我々が考えるのは当然!!私もモモンガ様がそのような目にあうとするならば!間違いなく!当然!当たり前のように!異を唱えるでしょう!!そう!否、否否否否否否否、否ですよセバス殿!!さぁ、自らの心を吐露してください!我らが主は、それを受け入れてくださいますよ?」

「……パンドラズ·アクター、あなたはどちらの味方なのかしら?」

 

 少しだけ怒りを滲ませたようなアルベドの声に、パンドラズ·アクターはクルリと一回転し右腕を帽子の鍔に、左腕を綺麗に真っ直ぐ伸ばすと、首だけをアルベドの方へ向け、体全体をモモンガの方へ向けると言う実に奇っ怪極まりないポーズをとった。

 

「無論、む·ろ·ん!私はモモンガ様の味方で御座います!」

「あらそう?奇遇ね、私もそうよ」

「なに漫才してるんだよお前ら」

 

 呆れたようにペロロンチーノが突っ込みを入れる中、意を決したようにセバスは顔をあげて全ての者の顔を見回すと、重々しく口を開いた。

 

「守護者の皆様から反感を買うことを重々承知の上で進言させていただきます……モモンガ様、そしてやまいこ様、ぶくぶく茶釜様、ペロロンチーノ様……どうか……!どうか我が創造主たっち·みー様に御慈悲を……!どうか……どうか……!」

 

 血を吐くようなとはこの事かと思わせるほどの声音が、セバスの口から漏れだす。そのまま膝をつき頭を垂れる様は殉教者を思わせた。腰を浮かせ何かを言おうとするアルベドを、モモンガとぶくぶく茶釜の二人が手で制する。渋々と言った調子でアルベドが腰を下ろすのを確認したモモンガは、ギルメン達と頷きあい、頭を垂れるセバスに優しく声をかける。

 

「セバスよ、顔を上げるのだ」

「しかし、モモンガ様、私は恥知らずにも程がある願いを口にしております。どうして顔を上げることが出来ましょうか……!」

「よいのだセバス。それは私達が言わせたこと。お前に責はない。それにだ……」

 

 一旦言葉を区切り、モモンガはギルメンの顔を見る。表情は読み取れないが、全員嬉しそうにしているような気がした。

 

「お前が本心を打ち明けてくれて嬉しいぞ。無論、守護者の中にも色々と言いたい者がいるだろう。だが守護者達よ、考えてもみよ。自らを創造したものがこの度のようなことを起こし、そしてこの様な状況になったならば、お前達はセバスのように己の主のために全てを捨て去ってでも助命を乞うのではないか?愛する人、そう言い換えても良いかもしれない。それを踏まえた上で、皆の意見を聞かせてもらいたい。まずは……コキュートス」

「ハ、ハッ!」

 

 名前を呼ばれたコキュートスは、やや狼狽えながらも考えた。白い息を吐き出しつつ、ゆっくりと答える。

 

「恐ラク、助命ヲ乞ウカト……シカシナガラ、罪二罰ハ付キ物。デスノデ、命ヲトラヌ方向デ、ト進言スルカト……」

「ふむ、そうか……シャルティアはどうか?」

「己の命にかえても、助命すると思われます。無論、ペロロンチーノ様のために命を散らす覚悟で御座います」

「なるほど……アウラとマーレ、二人はどうか?」

「間違いなく助命を乞います。例え守護者の任を解かれようと」

「ぼ、僕も同じです……!」

「なるほど……デミウルゴス」

「……恐らく助命を乞いますが、罰を与えるべきであると進言するでしょうか。無論、内容にもよりますが……」

「……そうだな。パンドラ……は聞いているからまぁいいとして、最後になったが、アルベド。お前はどうだ?本心を言うといい」

 

 最後に振られたアルベドであったが、即答しなかった。その完璧に近い唇をへの字に曲げ、顎に手をやり考える。一分ほどだろうか。考えぬいた結果をアルベドは口にした。

 

「私の創造主、タブラ·スマラグディナ様がこの様なことをしでかした場合、私は恐らく助命をいたしません。罪は罪、それには相応の罰を与えるべきだと、守護者統括である私は考えるからです」

「!……そうか……なら」

「しかしです!」

 

 モモンガ何かを言うよりも早く、アルベドの声が全てを遮って響く。その場にいたもの全員が注目するなか、アルベドは続けて言葉を紡いで行く。

 

「それがモモンガ様であれば、立場も何もかも全て捨ててお助けいたします!何にかえても、何があってもお側を離れません!」

((((えー……っ))))

 

 全員が全員、心の中で疑問の声をあげた。それでいいのかよ、と。とりあえずアルベドはアルベドなりの答えを出したのを確認して、モモンガが声をあげる。

 

「皆の気持ちは分かった。その上で、私は皆に謝らなければならない。と、言うのも、既にたっち·みーの処遇は我々の間で決定しているからだ」

 

 その言葉に、守護者一同から動揺の声が上がる。そして、アウラがオズオズと言った調子で手をあげた。

 

「どうした?質問なり疑問なりを言ってみるがいい」

「で、ではっ……ならば、なぜ我々をここに呼んでこんなことをなさったのでしょうか?」

「それはな、皆の真意が知りたかったのもあるが、今後この様なことが起きた場合、創造された下僕の立場になって物事を考えてもらいたいからだ。自らの造物主が犯人であった場合、その被造者はどのように考えどのように行動するか、そして、少なくとも事態を重く見るだけではなく皆で頭を捻って解決策を模索してほしいからだ。それは今のような事態だけではない。様々な事象に対してもだ。分かってもらえるかな?」

 

 その言葉に、守護者一同は力強く頷きを返す。それを満足げに見やり、モモンガは視線をセバスに向けた。既に顔をあげていたセバスは、絶対者であるモモンガの視線を受け1度体を震わせた。

 

「さて、セバスよ。少々心苦しいが、たっち·みーの処遇は決定している。恨むなら我々を恨んでも構わない。心して聞くがいい」

「はい……っ!」

「さて、たっち·みーの処遇についてではあるが、私は彼を追放しようと思う」

 

 誰が息を飲んだのかは分からない。だが、確実に今、空気が凍りついた。

 

「それは、モモンガ様、たっち·みーをナザリックより追放し、野に放つと言うことでしょうか?」

 

 デミウルゴスの当たり前と言えば当たり前の質問に、モモンガ、ならびにギルメンが首や腕を横に振った。

 

「そうではない、デミウルゴス。そもそも、たっち·みーを野に放つまでは良いとしよう。しかし、どこかの国に拾われその力を振るうようになったら?そしてその矛先がこちらに向かないとは限らない。まぁ、ナザリックがたっち·みーに負けるなどと言うことはあり得ないだろうが、守護者に少なからず大きな打撃は残るだろう。それに、それはリュウマの望んだことではないからな」

「では、ではどうなさるので?」

 

 デミウルゴスの疑問にモモンガは頷くと、パンドラズ·アクターに手招きをした。待ってましたとばかりモモンガの側へ駆け寄ると、懐から華麗な動作で薄汚れた木製の杯を取りだし、恭しくモモンガへと差し出した。それを受け取り片手で高々と皆の目に映るように掲げて見せる。

 

「これを使う」

「これは、いったい?」

 

 誰かが発した疑問の言葉に、答えたのはぶくぶく茶釜だった。

 

「ワールドアイテム〈忘れ去られし名も無き聖杯/Forgotten the name but no Holy Grail〉……たっち·みーさんと最後に入手したワールドアイテム。効果は、回復魔法系統の効果200%アップ、範囲拡大、所有者に対する魔法ダメージ90%ダウン、魔法ダメージのMP転換、蘇生魔法によるレベルダウン効果の解除、あらゆるバッドステータスの無効。そして、アイテムとして使用した場合、願いを叶える。ただし一回のみ。また、先程言ったバフも全て一度きり。使えば消失してしまうワールドアイテムだね」

「これを使い、たっち·みーを“リアル”へと追放する。これが、私達の決めた処遇だ」

 

 守護者全員、そしてセバスが固まった。なぜ、と言う思いの方が大きいか。しかし、誰かがそれを口にするよりも早くモモンガが言葉を発した。

 

「色々と言いたいことがあるだろう。だが、先に聞いてもらいたい。今度の事で、我々は意固地になりすぎていたのではないかと話し合った。なにも、たっちさんは我々も共に戻ろうなどとは言っていなかった。なのに、我々は頭ごなしにそれを否定しワールドアイテムの使用を拒否した。その結果がこれだ……まぁ、リュウマの暴走と言う一要因もあるが。もっと話し合うべきだった。たっちさんがどれだけ家族の事を思っているか、我々が考えなさすぎたと言い換えてもいい。今回の件、我々にも非があり、また、これは非常に個人的な理由であれだが、たっちさんに対する恩返しの意味もあると言っておこう」

 

 恩返しと言うところでアウラとマーレ、そしてコキュートスが首を傾げた。デミウルゴスは眼鏡を押し上げただけだったが、アルベドが身を乗り出していた。そのさまに苦笑しながら、モモンガは話を続ける。

 

「昔、私がまだ弱かった頃、よく異形種狩りにあっていた。狩り場に出ては殺され、追い立てられ、反撃もままならぬまま殺され続ける日々だった」

 

 守護者それぞれの顔に怒りが浮かぶ。それは空気を揺らめかせるほど強烈なものだったが、それを気に止めないまま、モモンガは続ける。

 

「ある日、いつものように狩りに出て、そして異形種狩りにあった。それは本当にたちの悪い奴等で、一息に殺すのではなくじわじわと私をなぶって楽しんでいる風だった。絶望したよ。結局どこへ行っても変わらないのかと思った。だが、違ったんだ。止めを刺されそうになったとき、あの人が颯爽と現れた。私を庇い、そして敵を打ち倒していった」

 

 ウルベルトさんもいたかな?と言う呟きは、デミウルゴスが素早く聞いていたらしく目を輝かせていた。

 

「まぁ、とにかく、あの人に助けられたから私はここにいる。そして、結果論だがあの人が皆を助けたりした縁で皆がここにいる。その、恩返しだな……間違いがあったのは間違いがない。だが、リュウマはたっちさんを許していた。それどころか、いいように計らってやってくれとまで言ってたぞ」

「さて、ここまで話を聞いてくれた守護者の皆、どうか僕たちの我が儘を通させてほしい。反論があったら言ってほしい」

 

 やまいこの言葉に、誰も声をあげることはなかった。ただ、守護者達は黙って、一糸乱れぬ動きで一斉に頭を下げた。その後に、アルベドが声を発する。

 

「モモンガ様、やまいこ様、ぶくぶく茶釜様、ペロロンチーノ様、守護者一同、皆様のお心に心打たれました。どうぞ、お好きになさってください。それに……」

 

 そこまで言って、アルベドは本日初めて笑い声を出した含み笑いに近いが、どこかスッキリした笑いだった。

 

「皆様がお決めになったことを我々が反対するわけないではありませんか」

 

 

 

 

 

 トブの大森林のそこそこ行ったところを、人影が三つ動いていた。

 一人は一風変わったメイド服を身に纏った美少女、プレアデスの一人シズ。その後を着いてくるのは簡素な革鎧と槍を携えた金の髪の少女エンリ。そしてやや遅れたところから必死で追い付こうとしている鳥の巣みたいな髪型の赤毛の女、名をブリタと言う。彼女がここにいる理由は、後程。

 三人は様々な薬草を採取している最中であった。ンフィーレア·バレアレが採取·加工した薬草各種を買い取ってくれて比較的財政が豊かになったが、先が不安と言うエンリの言葉を受ける形でシズが採取へ繰り出し、銃の圧倒的な威力を見て弟子入り志願したブリタと、修行です、と言ってついてくることになったエンリをともないここまでやって来た、と言う寸法である。

 幸い、ブリタであっても手こずるような敵は現れず、採取は比較的安定して進んでいた。

 先頭を進むシズが動きを止め後方に続く二人に手で、止まるように合図をする。エンリが槍を引き寄せ身構え、ブリタが最近使用可能にしたフリントロックライフルを構え警戒するなか、前方の木々が揺れ、何者かが姿を現した。

 それは、植物の蔦が絡まりあい人の姿をとったような異形。ブリタとエンリが恐怖で固まるなか、その人形はのんびりとした足取りでこちらへ歩み寄りながら、明るい声を出した。

 

「あぁ、申し訳ないビックリさせてしまったかな?少々道をお尋ねしたいんだが、カルネ村はど……」

「……ぷにっと萌え……様でございますか?」

「うん?確かに僕の名前はぷにっと萌えだが……君は?」

 

 

 

 




ぷにっと萌え、次回で帰還の巻。

では次回です。


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31,帰還

遅くなったけど許してクレマンティーヌ。

いや、この時期は農家の繁忙期なんでもう……。





 全ての準備を終えたアルベドは指輪の力を使ってシャルティアとソリュシャンを伴い、第八階層桜花聖域へと赴いていた。理由に関してはアルベド曰く『如何にモモンガ様や他の皆様が許したとは言え、あくまで表向きは罪人であるたっち·みーを皆様が迎えに行くのはいかがなものでしょう?それに皆様が赴かないことにより、サプライズ感が否応無く高まるのではないかと愚行いたします』との事。

 実際の所、アルベドの腹の内は怒りの炎の残り滓のようなものがある。無論、それは何もリュウマが殺されたことによるものでもWIを無断使用を強行しようとした事でもなく、恐らくモモンガが止めに入っても凶刃を振るったかもしれないと言うところに依存する。それを思えば再び怒りの炎が燃え上がりそうになるが、ここはグッとこらえる。

 

「しかし、初めて来ぃしんしたが、美しいところえねぇ」

 

 怒りを必死で押さえ込んでいるアルベドの横で、シャルティアが殊更のんびりとそう感想を漏らした。その傍ら、ソリュシャンも同じように頷いている。アルベドは一つ咳払いをすると思い出すようにしながら足を進め始める。

 

「そうね。ここに咲き誇る桜の数々は、至高のお方、ブルー·プラネット様が精魂を込めてご創造なされたと聞いているわ。そして、まだ見えないけど奥に控える本殿はチグリス·ユーフラテス様と死獣天朱雀様の合作とも聞いているわ」

「ほぉ、さすが至高の方々でありんすなぁ」

 

 心底感嘆したようにシャルティアは熱い吐息を吐き、アルベドの顔を見上げる。たまたまシャルティアの方を見ていたアルベドと目が合うと、ここ最近では珍しい真面目な顔で言葉を続ける。

 

「それで?まだ怒っていんすか?」

 

 核心をつくような言葉に一瞬身じろぎをした後、慌ててアルベドは笑顔で取り繕う。

 

「なんの事かしら?」

「あらぁ?隠さなくてもいいんじゃない?分かってるんでありんすよわっちは。未だ、逆賊たっち·みーを許してないんでしょう?」

「……そう言うあなたはどうなのかしら、シャルティア?」

 

 力無く切り返されたシャルティアは、ニヤァっと笑って答える。

 

「無論、赦してなどいない!と断言するでありんす。とは言え当事者であるリュウマ様が許しておられるなら、わっちから言うことなどありんせんなぁ。ペロロンチーノ様も、特に何も言いんせんからねぇ」

「……今回、私が怒り覚えているのは、何もリュウマ様が殺されたからではないのよ?」

「それはそうでありんしょうや。わっちとて、リュウマ様が殺された程度では怒りなんぞ更々覚えしんせん。それは、どっちにせよリュウマ様を侮辱することになりんすからねぇ。剣を向け合えばどちらかが死ぬのは必然。わっちら戦士職はそれを重々理解していんす。わっちらが怒りを覚えるのはただ一つ、その凶刃がわっちらの主にむいてかもしれせんことよ」

「……なら、シャルティア。もし、あなたの主であるペロロンチーノ様が害されたとすれば、どうするつもりかしら?」

「そなこと、決まってるじゃありんせんか?」

 

 艶やかに笑い、シャルティアその顔を大きく歪めた。

 

「どんな汚い手を使おうと、あのクソ野郎をぶち殺すんだよ」

 

 そのあまりの殺気は、やや離れた位置を歩いていたソリュシャンが一瞬自らの形を崩れさせるほど激烈な、それこそ物理的圧力さえ伴っているような物だった。が、直ぐ様それが嘘のように引っ込み軽く肩を竦め口許に苦笑の成分が多い笑みを浮かべた。

 

「まぁ、そんなことにならぬよう、リュウマ様が体を張って止めてくれしんしたから、この怒りはただただ想像から来るものよねぇ。つまり、アルベドが抱いているその怒りも、単純に単なる想像の物、気にせんことえ」

 

 そこまで言われ、アルベドは初めて気がつく。あろうことか、あのシャルティアに釘を刺された上で気を使わせたのだと言う屈辱的な事態に。悔しさのあまり歯軋りをするアルベドを見ながら、シャルティアは苦笑しながら続ける。

 

「そな悔しそうにしいせん。わっちもやまいこ様や茶釜様に釘を刺されるまでこなこと、考えもしいしんしたえ?」

「……?え?考えたの?考えてないの?」

「考えもしなかった、で、ありんす」

「まぁ、あなた、最近ペロロンチーノ様で頭一杯だから、何も考えてなかったわよね」

「愛しいお方に毎晩抱かれておるんえ?思考も停止すると言うもの」

 

 カラカラと笑って、余裕をもってシャルティアは皮肉をかわす。そして。

 

「さて、吐き出すものは吐き出しんしたか?」

「まぁ、それなりに、ね。はぁ~……まさか貴女に気遣われるとはね」

「ペロロンチーノ様曰く、わっちも成長していると言うことでありんす。主もさっさと成長しなんし」

「努力はするわ……見えてきたわね」

 

 促されるまま前を見れば、美しい桜並木の向こう側に豪奢な神社が姿を現していた。贅を尽くした物ではないがそれでも見るものに感嘆の念を抱かせるには十分なそれは、シャルティアの心を掴むのには十分と言えた。無論、それは後ろに控えるソリュシャンも同様らしく、普段の冷静な表情とは打って変わったなんとも言い様の無い表情をしていた。

 

「……そう言えば、アルベド様、少々お伺いをしても構いませんでしょうか?」

 

 珍しいソリュシャンの問いかけ。半面だけを向けて、アルベドが先を促すと軽い会釈をした後ソリュシャンが言葉を続けた。

 

「この第八階層は、原則、立ち入り禁止だと聞いております。メイドや我々プレアデスの間でも様々な憶測が時おり漏れ出ますが、よろしければお教え願えませんか?」

「それはわっちも知りたいでありんすね。守護者統括である主は知っておるんでありんしょう?」

 

 二人の言葉にアルベドは視線を前に向けたまま軽く思案する。果たしてどこまで教えたものかと。

 

「……この階層に私の妹がいるのは知っているわよね?なら、あの子が問題……あぁ、違うわね。あの子しか起動出来ないあれらが問題なのよ」

「あれら?なんでありんすか?」

「それを語っていいかどうか、それはモモンガ様にお伺いをたてねばならないので、あえて言わないわ。ただ……そうね、あれらも含めて、あの子、ルベドは純粋に最強なのよ。無論、単体でも物理攻撃のみでなら最強だけれども」

「……聞き捨てなりんせんが……なら、わっちと主、二人でかかれば、どうでありんすの?」

「無理よ」

 

 返答は短いが、そこには様々な感情が宿っているようにソリュシャンは感じる。その中でも特に誇らしさが強いように思えるのは気のせいか。

 

「とは言え、ルベドの最大稼働時間は三十分、あれらも同時に起動すれば十分と言うところかしら?それを耐えきれば、まぁ勝ち目はあるでしょ……やっと到着ね」

 

 言われるがままにシャルティアが目線を前に向けると、神社が随分と近くに来ていた。

 正直、遠近感が狂うほどの巨大な建造物であり、また、そこに生える桜もまた見上げても足りぬほどの巨大さであった。

 その遠近感が狂うほど巨大な鳥居をバックに、二つほどの人影があった。

 片方は確実に巫女。巫女とはつまりこう言う服装なんだよ!と強調するほどの巫女である。顔立ちは非常に整っている。つまり、道を歩けば老若男女問わずに振り返り倒錯するほどの美貌である。柔和な笑みを浮かべ三人に向かって軽く一礼。

 

「お待ちしておりマシタ。現在、たっち·みー様は居室にて待機されておりマス」

「そう。特に変わったことはないのねオーレオール·オメガ」

「変わったことデスか?」

 

 

 オーレオールは、その細い顎に指を当て少し考えた後、ポンと掌を打ち合わせた。

 

「たっち·みー様が、私のエスプリの利いたギャグで笑ってくれませんデシタ!せっかくモンティ·パイソンを参考にした“バカな歩き方”とかを迫真の演技でやってのけたのに……ごっつしょんぼりデース」

 

「何してんだこいつ」全員がそう思いはしたがあえて口には出さなかった。口には出さなかったが明らかに顔に出ているのは、まぁしょうがないだろう。そんな一行の前でオーレオールはそのコントを全力で演じ始めるのだが、申し訳ないが内容があまりにあれなもので詳しい描写は避けさせていただこう。ただ、アルベドが頭痛をこらえシャルティアが笑いをこらえ、ソリュシャンの形が崩れた、とだけ言っておく。

 さて、このオーレオール、別段一人でコントをやっていた、と言うわけではない。先程からモンティ·パイソンの下全開のネタに無表情で付き合っている長身の美女、彼女こそがアルベドの妹、ルベドである。顔の造作そのものはアルベドに一切掠りもしない程似ていない。と言うか一切表情が動いていない。その状態でモンティ·パイソンの下ネタを全力でこなしているのだから、ある意味怖い。自らの妹ながら、アルベドはつくづくそう思った。時々、創造主であるタブラ·スマラグディナに与えられたホラーネタを随所にぶっ込んでいるのだが、たぶん、自分以外には分からないからやめなさい。そう突っ込みをいれたかった。無理だったが。

 かくして、10分ほどのネタが終わった後、清々しい笑顔でオーレオールが三人に向かってサムズアップ。隣でルベドも無表情のままサムズアップ。ネタ全般をやりきったぞ感が半端じゃないが、倒れ伏して全身を痙攣させて笑っているのはシャルティアくらいで、アルベドは難しい顔をして腕を組み、ソリュシャンは無表情に脱力しているようだった。

 

「どうデースかー!?完璧にやってのけましたヨー!」

「すばらしい完成度ね。しかし、いかんせん、あくまでネタのトレースに過ぎないわ。もっとオリジナリティを出さないと至高の方々にお見せできないわね」

「そうじゃないですアルベド様」

「……ん?あぁ、そう言うこと?さすがねソリュシャン。ここまで下ネタ全開だと、至高の方々もドン引きよね?と、言うことで、オーレオール、ルベド、なるべく下ネタの無い方向でネタを作ってちょうだい」

「そうじゃねぇっつってるでしょう!?はっ倒せないけどはっ倒しますよ!?」

 

 切れるソリュシャンを見て当初の目的を思い出すアルベド。

 

「……そうだったわね。オーレオール、ルベド、逆賊たっち·みーをここへ引っ立てなさい。刑を執行する場へと引っ立てて行きます」

「Oh?……処分、なさるのデスか?あ、いえ、出すぎた話デス。では、すぐお連れしマス」

 

 疑問を自ら否定すると同時に、オーレオールの姿が掻き消える。オーレオールはナザリック全域の転移関係の制御を受け持っている。多少発言その他がおかしかろうと、短距離長距離の転移など朝飯前だ。ついでに言うならば、他人の転移の制御だとてやってのける。実際、その方向に特化した領域守護者にしてプレイアデスの一人な訳だが。

 さて、と思いつつアルベドは妹に顔を向ける。すると、ルベドの方もアルベドの方を見ていた。相も変わらぬ鉄面皮であったが、アルベドには何かを言いたそうにしているのが分かった。ゆっくりと頷き話を促そうと手を差し出そうとするよりも早く黒いドレスが宙を舞う。シャルティアだ。山なりの軌道で飛んだシャルティアはそのままの勢いでルベドの胴体へ向かう。狙いはそう……。

 

「その胸もらったーーーーー!」

 

 アルベドに負けず劣らぬ豊満な胸。欲望全開のダイブ。それは恐らくたっち·みーであっても防げない速度。純一防御職が辛うじて反応できるだけの速度。だが、その一撃をルベドは軽く身を横に寄せるだけで回避し、あろうことか横を通りすぎようとするシャルティアの顔面をそのたおやかな作り物めいた手で掴み地面に叩きつけるほんの数瞬で動きを止めた。そして、姉の顔色を伺うように無表情に見上げてくる。

 軽い頭痛を覚えながらアルベドは軽く額を押さえる。

 

「離しなさいルベド……あぁ、優しくね?」

「了解しました姉様」

 

 そっと、ぐったりしたシャルティアを地面に下ろし、そのシャルティアから逃げるようにアルベドの背後に隠れるルベド。

 

「怯えなくても平気よルベド。彼女はシャルティア。貴女と同じ階層守護者なの。あれは……そう、友達になろうとしてたのよ?……たぶん」

「……友達?」

「ええ、そうよ?ねぇ、シャルティア、そうよね?」

「そ、そうでありんす……」

 

 こめかみからだらだらと血を流しながらシャルティアはそう答え、そして何をされたのか考える。少なくとも、いくらレベル100同士であったとしても、シャルティアのこめかみに指を突き込む等と言うことが出来るのか。否であるはずなのだ。少なくとも吸血鬼の特性に物理攻撃軽減などが含まれている事を考えれば、少なくとも生体武器などを展開した上でスキルの上乗せをしなければここまでのダメージを負わされるなどと言うことはあり得ない。

 考え込み始めたシャルティアを、ついで何が起きているのか分かっていないかもしれないソリュシャンを見、アルベドはため息をつく。

 

「シャルティア、疑問は後で、モモンガ様達にお伺いをたてて許可が出れば公表するわよ。それからルベド?何か聞きたいこと、あるんじゃないないの?」

「ん……大したことじゃないけど……モモンガさん達は?」

「ルベド、様よ」

「……モモンガ様達は……たっちさんを殺すの?」

 

 ザワッと空気が変わる。殺気と表現すべきか、それとも他の何かか。ルベドの内側から何かが溢れ空気を軋ませる。シャルティアが思わず鎧とスポイトランスを装着するそれはしかし、アルベドが微笑み頭を軽く叩く事で霧散した。

 

「安心なさい。殺したりなんかするものですか。モモンガ様や他の方々が許されたのだから、殺したりなんかしないわ。リュウマ様も、怒っていないようですし」

「リュウマ?誰?」

「あら?知らないのかしら?至高の方々のお一人。皆様が帰ってくるよりも前からモモンガ様と共にナザリックに残られている慈悲深きお方よ?」

「知らなかった……ねぇ、姉様?」

「なにかしら?」

「お会いしたい、そのリュウマ様に」

「ん~、一応お伝えしておくわね」

 

 アルベドの答えに満足行ったのか、ルベドは頷いてシャルティアの方へ歩み寄った。そして何か話しているようだが、それは置いておいてアルベドは考える。はたして、このナザリックに所属するもので至高のお方の一人を知らない者がいるのか?伝え聞くには、確かリュウマ様は最も遅くナザリックに参加されたとの事。それが関係しているのか、はたまたルベドの作られた過程が問題なのか……。後でモモンガ様にお伺いをたてることが増えた、そこまで考えた所で誰かが転移してきた。とは言え、そんなのは一人しかいないのだが。

 

「遅かったわねオーレオール。何かあったの……かし……ら?」

 

 

 顔を上げ、絶句。ソリュシャンも珍しい驚愕の表情。ルベドは無表情で親指を立てシャルティアは感心した顔だ。

 全員の視線が集まる中、オーレオールは実にいい笑顔を浮かべ、手に持った紐を持ち上げてみせる。光輝くなんの変哲も無い荒縄。それが続く先には、暗色系の甲殻を持つ蟲王、たっち·みーが亀甲縛りされて、やや甲殻を赤らめて立っていた。

 

「罪人を引っ立てて来まシター」

 

 皆の視線が一斉に動きたっち·みーを見る。その視線から逃れるように顔を背け、たっち·みーは叫ぶのであった。

 

「こんな辱しめを受けるとは……!くっ……殺せっ!」

 

 お前が言うんかーい!

 その場にいた誰もが突っ込んだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「えー……では、これより刑場へと連行いたします。抵抗など、なされぬよう」

 

 光る荒縄を解かれたたっち·みーが頷くのを確認し、アルベドはシャルティアに向かって頷くと、心得たとばかりに〈 転移門/ゲート 〉を開く。まずアルベドがそこを潜りついでたっち·みー、ソリュシャン、最後にシャルティア。ルベドとオーレオールはここから離れるわけにもいかないので待機だ。

 

 〈 転移門/ゲート 〉を抜けたたっち·みーの頬を、柔らかな風が撫でた。次に目に飛び込んできたのはどこまでも広がる、そう錯覚させるほどの広い草原。その真ん中で立つ、漆黒のローブに身を包むオーバーロード、モモンガ。その隣にはピンクの肉棒ことぶくぶく茶釜と巨躯の鉄拳教師やまいこ、反対側には黄金の鳥人ペロロンチーノと黒の大鬼リュウマが立ち、たっち·みーの方をにこやかに見ていた。

 アルベド、ソリュシャン、そして転移してきたシャルティアがひざまずくと、モモンガは鷹揚に頷き言葉をかける。

 

「ご苦労だったアルベド、シャルティア、そしてソリュシャン。ずいぶん時間がかかったが、何かあったのか?」

 

 首をかしげているモモンガに、なんと報告したものかと考えたが、とりあえず当たり障りの無い答えを返すアルベド。さすがにワールドチャンピオンにくっ殺させたとは言えない。

 

「さて、ではアルベド、シャルティア、ソリュシャン、あらかじめ決めた配置で頼む」

「「「はっ!」」」

 

 答えるが早いか、三人は瞬く間に四方に消え、残ったのはギルメンのみとなった。そこでモモンガは軽く溜め息をつき肩を回して凝りをとろうとする。

 

「おいおい、モモンガさん、骨だから肩はこらないだろう~?」

 

 すかさず突っ込みをいれるペロロンチーノに、モモンガは苦笑を返す。

 

「いやいや、気分的にだよ、ペロさん」

「堂に入った名演技だね、感心するよ、ねぇ茶釜さん」

「うんうん、まさに魔王的な演技。プロの私が太鼓判を押すよ」

「姉ちゃんが人を誉めるなんて珍しい。明日は雨か……」

「ペロ、茶釜さん、お前以外は大体誉めてるぞ?」

 

 目の前で、昔のように和気藹々としている面々を、唖然とした気持ちで、たっち·みーは見ていた。耐えきれず、声を出してしまう。

 

「……皆、私は……!」

「たっちさん!」

 

 だが、その吐き出しかけた言葉はモモンガによって遮られた。そして、当の言葉を遮ったモモンガはおもむろに頭を、残像が残るほどの速度で下げた。

 

「申し訳ありませんでしたたっちさん。少し考えれば、たっちさんがどれだけあちら側へ帰りたいかなんて、すぐに分かるって言うのに……」

「モ、モモンガさん……」

「僕もごめんね、たっちさん」

「ちょっ……!やまいこさんまで!」

 

 モモンガに並んで頭を下げるやまいこ。その隣に、今度はぶくぶく茶釜が並び、肉棒を真ん中から折る。一瞬股間の辺りがビクッとするが、すぐさま頭を下げているのだと気づき、さらに慌てる。

 

「私も謝るね。別にたっちさん、私たちに一緒に帰ろうって言ってないのに」

「あー……俺も悪かったよ……けどさぁ、たっちさんも良くないぜ?だって、NPC皆を蔑ろにするようなことを言うからさぁ……まぁ、色々イラついてたってのもあるだろうけど……って、痛ぇよ姉ちゃん!」

 

 ぶちぶち文句を言うペロロンチーノの向こう脛を、茶釜の触手がビシビシと叩く。

 

「あーっ、と。俺は頭を下げないぞ、たっちさん。言いたいことはあそこで言い合ったし決着もついた。なら、それでいいじゃんか。なぁ?」

「リュウマ君……君は怒って?」

「?別に怒ってないけど?やりあえばどっちかが死ぬのは当たり前で、負けた俺が死ぬのは当然、だろ?」

 

 何でもないようにそう言って、リュウマが肩を叩く。結構力が入っているようにも思えるが。

 

「でも、あれ?私は刑場と聞いているんですが?」

「あぁ、それはですね」

 

 そこまで言って、モモンガ達は顔を見合わせる。唯一表情の変化がわかるリュウマがえみをうかべているし、全員が笑っているような雰囲気に包まれているのはなぜか。

 

「たっちさん。守護者、そしてギルメンが話し合った結果、貴方に関する刑は……追放刑となりました」

「……えっ?」

「色々考えたんですけど、さすがに死刑なんてのは有り得ないって事になりまして」

「えっ……ええ?」

「で、まぁ、先程謝ったように我々にも非があるとなりまして」

「は、はい……」

「と、すれば追放が一番穏便じゃないかと相成ったと言うわけです!」

「な、なるほど……」

 

 正直、たっち·みー的には甘い刑だと思いはした。だが、それは皆の気遣いだと気づき申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

「では、私はここで、野に放たれると言うことですか?」

 

 どんな罰でも受け入れる、そう決めていたたっち·みーは、皆の気遣いに感激していた。なぜこの体は涙を流せないのか、そんなことを思いながら立ち上がると、笑いと共に思いもよらぬ答えが帰ってきた。

 

「あ、違いますよたっちさん」

「はぁ?」

「ほらぁ、言ったじゃないモモンガさん。絶対たっちさんは額面通りにしか受け取らないって」

「ペロさん、よく分かってますね……」

「全員分かってるよ!」

「え?ええと?」

「じゃぁ、僕の方から説明させてもらうよ?一応、僕達はここの支配者と言うことになってる。だから一応建前上罰と言う形で刑にしてるだけで、実際は……モモンガさん、あとはよろしく」

「はい……それでですね、たっちさんを追放するんです、“リアル”へ」

 

 衝撃が体を突き抜けた。モモンガさんは、今、なんと言った?“リアル”へ?追放?

 その言葉が染み込むと同時、膝が折れた。歓喜が波のように押し寄せ、精神耐性がそれを押し止め、しかし再び身が震えて余りあるほどの歓喜が押し寄せてくる。そして、同時に申し訳なさも同量で押し寄せ戻される。きっと、この身が涙を流せるのなら泣いて喜んで涙を流しているだろう。もどかしい心の状況の中、モモンガが肩に手を置く。続いてぶくぶく茶釜、やまいこ、ペロロンチーノ、リュウマと続く。

 

「たっちさん……あっちへ戻っても、俺たちを忘れないでくださいね?」

「たっちさん、奥さんと子供を大事にしてね?私の出てるアニメとかオススメだよ?」

「たっちさんの通ってる学校は大丈夫だろうけど、世の中、何が起こるか分からないから気を付けて」

「姉ちゃんの出てるアニメはやめた方がいいぜたっちさん。大きいお友達用だから気を付けて」

「いい勝負だったなぁ、たっちさん。負けたけどいい勝負だった……負けたけど!」

 

 今度こそ、言葉が出なかった。ただ、皆の心遣いが痛かった。そして、それを上回るほど嬉しかった。だから、何度も何度も頷いて答え続ける。

 

「さて、名残惜しいですけど、そろそろ始めましょうか」

 

 10分ほど経った頃、モモンガはそう言ってたっち·みーの側から離れ、懐から一つのみすぼらしい杯を取り出す。それはたっち·みーも見覚えのあるアイテム、自分が皆と共に最後に手に入れたワールドアイテムであり、自分が使おうとしたワールドアイテムであった。

 

「モ、モモンガさん、私は……」

「残るなんて言うんじゃないぞ?モモンガさんの決意が揺らぐから、な?」

 

 思わず口に出しそうになった言葉を、リュウマが釘を刺す。昔から、リュウマはそう言うことには敏感に反応する。人の心に動きを読むのが巧いと言うべきか。

 

「ふふ、最後なんですけどね……再びになりますけど、我々を忘れないでくださいねたっちさん」

「……!ええ、ええ!忘れませんとも!私は、最高の友人を持った!それを忘れるものですか!」

 

 泣いているような声に満足げに頷き、モモンガは杯を掲げた。それに合わせてたっち·みーの回りにいた面子も数メートル下がる。

 

「では……忘れ去られし名も無き聖杯よ!我は願う!」

 

 その言葉が引き金であったように、モモンガを中心として眩い光の柱が天を貫くように立ち上った。風が巻き起こりモモンガのローブの裾が強くはためく。リュウマとペロロンチーノが腕で顔を覆いやまいこと茶釜が泰然自若として立つなか、光は一際強くなって行く。

 

「たっちさん、おさらばです……!」

「ええ、モモンガさん、おさらばです……!」

「聖杯よ!!たっち·みーを、あるべき場所、リアルへと帰還させよ!!!」

 

 力のこもった声に呼応し、光が全てを塗り潰し、そして……。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ぷにっと萌えは、シズを伴って魔導馬を走らせていた。当初の予定ではもっと早く出発できていたのだが、カルネ村で行われている作業、火薬の生成からガンナー育成、そして村のとある娘さんの英才教育等々を見て回っている内にすっかり遅くなってしまった。ついでに言えば、魔導馬を振り落とされないように訓練していたから遅くなった、と言うのもあるのだが。

 

(ああ~、こんなに遅くなるのなら、シズ君の後ろに乗せてもらっても良かったかもしれんなぁ。だがしかし、あれくらいの年の女の子の腰に掴まる自分……うわぁ、恥ずかしい)

 

 見栄と言うのは厄介なものである。しかも、ちょっと掴まっても良かったかもと思う人間の残り火があるのも事実であった。

 

 そうして馬を走らせること数十分。唐突に最初説明されたルートから外れた場所に、視覚的に説明するのなら光が空から降ってきた。そう形容出来るような光の柱が、恐らく草原のど真ん中で発生した。圧倒的光量はその周囲を昼よりも明るく照らし、数キロ離れているはずの自分達のいるところを昼のごとく照らすほど。

 馬を止め、シズの方を見ると、表情こそ変わっていないが雰囲気だけは驚愕しているのが見てとれる。何が起きているのか考えてみるものの、情報が足りない。何らかの魔法効果だと思われるがそれも判然としない。そちらへ向かうべきかそれとも。

 腕を組み頭を捻っているとシズが近づいてくるのを感じた。見れば、そこにシズもいるが、見覚えのある少女がいた。その少女はなんとも言えない驚きを顔全体に浮かべ、ボールガウンの裾を揺らしている。はて?どこで見たか……確か、ナザリックで……ペロロンチーノが……。点と点を繋ぎ合わせる思考の末、ようやく思い出した名前を絞り出す。

 

「君は……そう、ペロロンチーノ君が創造した……シャル……しゃるてぃえ?」

「い、いえ、シャルティアにございます、ぷにっと萌え様!」

「おお、そんな名前だったか……すまない、名前を間違えるとは失礼千万だね」

「い、いいえ!いいえ、そんなことはございません!あぁ!しょ、少々お待ちください!すぐに守護者統括が来ますので!」

「ふむ、では待たせてもらおうか……?おや?」

 

 言葉が終わると同時に、光の柱が爆発的に膨れ上がり全てを白に染めたあと、唐突に消えた。全ては夜の中に沈み静寂が全てを包み込み。

 

「はてさて?これはいったい……」

「ぷにっと萌え様!」

 

 思考を遮るのは美しい声。声の方向に目を向けると絶世の美女が走ってくるところであった。あれは強烈に覚えている。タブラ·スマラグディナが熱心に解説してくれた守護者統括にしてギルドマスターの嫁こと……。

 

「確か、アルベド……錬金術用語白化、ついで反射光の意味だったか?」

「はっ!その通りでございます。どちらかと言えば錬金術の方でございますが……」

「そんなに恭しくしないでもらいたい。僕は、勝手に抜けて勝手に帰ってきた、そんな奴だからね。そう言いつつ質問だが、あの光はなんだったのかね?いや、そもそも、守護者統括と言う身分の君が、なぜこんなところに?もしや何らかの作戦の真っ最中かね?そうなると、この近辺に様々な下僕が潜んでいると言うことかね?とすれば……」

「御高察のところ失礼いたします。現在、我らが主であるモモンガ様およびぶくぶく茶釜様、やまいこ様、ペロロンチーノ様、リュウマ様が、たっち·みー様を“リアル”へ追放するためワールドアイテムを使用されているところでございます」

「ふむ……なるほど、経緯は分からないがそう言うことかね。では……アルベド君、そこまで案内してくれるかね?」

「かしこまりました……シャルティア、あとはお願い」

「承知したでありんすよ」

 

 アルベドに先導され、ぷにっと萌えは草原を歩く。道中、それまでの経緯を大まかに聞き色々思うところはあったが、モモンガが決めたことと思い直し疑問疑念を振り払う。とは言え、あとで色々釘を刺そう。そう心に決めた。ついでにリュウマには久しぶりにこってりお説教をしようと心に固く誓ったぷにっと萌え。時おり鋭い視線を向けてくるアルベドに色々注意を払っていると、急に草がとてつもない高さまで伸びているのが目に入る。視線を走らせれば、それがぐるっと輪を描いているのが分かり、ついでその中にかなりの数のモンスターが規則的に配置されているのが分かった。

 

「魔法で伸ばした草に迷宮化の魔法をかけた上で下僕を配置したのか……見事な手腕だ」

「ありがとうございます。デミウルゴスが喜びます。では、こちらからお入りください。そのまま進めば、皆様がいらっしゃいますので」

 

 促されるままに、ぷにっと萌えは草の中に突入する。幸い、草でできていると言うのが幸いし、道に迷うことなく突き進むと、唐突に普通の草原が現れる。そして、そこにはいた。仲間が。喜びがわいてきたが、しかし。

 

「なんだこれ?」

 

 草原の中、モモンガは何かを掲げ持ったような姿勢のまま座り込み、恐らくピンクの肉棒であったであろう何かは隣で顔を覆って座り込む巨人にへにゃへにゃになってもたれ掛かっている。視線を移せば黄金の鳥人と大柄な黒鬼が空を見上げて虚無的表情で立っていた。そしてその中央、皆に囲まれる形で頭を抱えて突っ伏している、昔懐かしい蟲王たっち·みーがいた。

 事前情報との食い違い凄い。なのでぷにっと萌えはもう一回呟くのであった。

 

「何事なんだこれは?」

 

 

 

 

 

 





思った以上に長くなりました。
次回も長いです。

ではまた次回。


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32,ぷにっと萌えの○○講座-序章-


捏造妄想フルスロットル。
分かり辛かったら申し訳ない。


「いったい全体、これは何事なんですかねぇ?」

 

目の前の惨状を見る限り、そう言わざるを得ないぷにっと萌えはやっぱりそう言ってしまった。何で守護者はついてきてくれないんだ、そんな思いも多々ある。あ、いや、しかし、アルベドの目が怖かったからやっぱり着いてきてくれなくても良かったかも、とも思っているが。

 

 さて、声をかけて一番最初に機敏にも反応したのは、以外にもリュウマであった。空に向けていた顔を音が出る勢いで下ろし、目を見開き目を見開く。もう一度高速で天を見上げ、隣に立つペロロンチーノの肩をバンバンと叩いて見せる。

 

「ペロ、俺は衝撃のあまり幻覚を見ているらしい……」

「それは末期だな……吸血鬼の花嫁を貸そう」

「それならペストーニャに頼むよ、俺は」

「男の触手プレイとか、誰が喜ぶんですかねぇ?」

「あんちゃんとか?」

「……有り得る」

「君たち、現実逃避をするんじゃないよ」

 

 目の前で昔のように下らない話をしつつある二人にそんな突っ込みを入れつつ、ぷにっと萌えはゆっくりと全員を見回す。座り込んでいたやまいこ、それにもたれ掛かっていたぶくぶく茶釜がこちらを見ていた。仰向けに倒れていたモモンガが口を開けてこちらを見ているし、頭を抱えていたたっち·みーもこちらを見ている。しかしながら、

 

(やっぱ、表情が分からない面子ばっかりだねぇ。ペロ君とリュウマ君がどれだけ分かりやすいか……まぁ何となく雰囲気で察することができるけども)

 

 全員が驚愕しているのが見てとれた。あ、もとい一人を除いてだが。

 リュウマに促されて顔を下ろしたペロロンチーノが、体をビクッと震わせ、次の瞬間には両腕を広げてこっちに歩み寄ってきた。

 

「うっわぁ……ぷにさんじゃん!いつこっちに来てたの?あ、今ね、たっちさんをあっちへ送り返そうとして失敗したところ。何で失敗したのか分からないんだけどさぁ、ぷにさん、何時ものようにその無敵の頭脳でずばっと解決しちゃってよ」

 

 スゴい鳥顔でも分かるほどの笑顔でサムズアップ。

 

「あぁ、うん。まぁ、色々聞いてからね?」

「頼むよぷにさん。あ!姉ちゃん、ぷにさんだよ戻ってきてるぜ!ほらほら、モモンガさんも!やまいこさん、どったん?俺の顔になんかついてる?」

「愚弟……今回ばかりは誉めてつかわす。だからちょっと黙れ」

「イエス、イエスマムイエス!」

 

 ペロロンチーノの狙ったんだか狙ってないんだか分からないファインプレーのお陰で、どこか如何ともしがたい空気は雲散霧消。ついでに再会の感動的な空気とかも雲散霧消したは、比率的には前者の方が重かったから問題はないだろう。

 モモンガは体についた草いきれ等を払い除けつつ立ち上がり、近くまで歩み寄ってきていたぷにっと萌えに右手を差し出した。

 

「お帰りなさい、ぷにっと萌えさん。待ってましたよ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……つまるところ、失敗したと言うわけですか?」

 

 草原の真ん中、白いテーブルを囲むギルメン一同。それぞれの背後に守護者達がつき、今回の作戦に付き従ったプレアデスがその脇につくと言う形で深夜のお茶会と言う雰囲気で話は進んでいた。

 あの後、すぐさま守護者一同が駆けつけ、あれよあれよと言う間にテーブルセッティングが終了、パンドラズ·アクターの茶器セットが持ち込まれ今現在の状況である。テーブルセッティングが行われている間に大体の事情の説明は終わっており、席につくなりぷにっと萌えが発した言葉がそれであった。

 

「ええまぁ、そう言うわけですね……」

「ついでに言うなら原因は不明、と言ったところだね」

 

 モモンガの言葉をついでやまいこがそう言うと、申し訳なさそうにたっち·みーが項垂れる。何かを吟味するようにぷにっと萌えが首を捻るなか、デミウルゴスが意見を具申する。

 

「モモンガ様、差し出がましいようですが、たっち·みー様の刑の執行は如何なさいますか?」

「う、うむぅ……」

 

 追放処分にするなんて言わなければよかった、等と心の中で愚痴っては見たものの、あの時は色々とあれがベターな選択だったんだよなぁ、と思わなくもない。だがしかし、デミウルゴスの言いたいことも分からないでもない。だからお願いだからセバス、デミウルゴスを睨まないで。ついでにデミウルゴスも挑発するように笑わないでくれない?胃に穴が空きそうだよ。今は特に人間体だし。

 そんな今にも胃に穴が開きそうな支配者さまの前で、ぷにっと萌えが片手をあげデミウルゴスの方に目を向ける。

 

「まぁまぁ、ちょっといいかなデミウルゴス君」

「ぷにっと萌え様?如何なさいました?」

「たっち·みー君の刑についてだが、一旦保留と言う形にしようと思うんだけど……デミウルゴス君、それにアルベド君、それからモモンガ君、どう思うね?」

 

 話を振られ、顔を見合わせるアルベドとモモンガ。そんな中、デミウルゴスは眼鏡を光らせぷにっと萌えに詰めよって行く。

 

「何故、保留しようと言う考えに至ったのかお聞きしても?罪には罰、手柄には褒美、信賞必罰は世の常では?」

「あぁ、そうだとも、そうだともデミウルゴス君。故に僕はあえて保留にしよう、そう言っているのだけど?」

「分かりかねます。今回の罪に対しての罰は追放なのではないですか?それを遅らせようとはどういう意味で?」

「おやおや、デミウルゴス君はまさかそれが罰だと思っているのかな?僕の事を試すのはよそうよ。君だって分かってるのだろう?結局追放なんてのは方便で、それは罰にすらなっていない、と」

「ええ、まさにそれです。少なくともそれは罰ではありません。それはたっち·みー様に対する褒美以外の何物でもない」

「そうそう。まさにその通りだね。故に、保留とする。保留期間中は常通りに振る舞ってもらいいざ追放の算段がついた時点で追放、と。まぁ、そんな感じでどうかな?」

「……なんか、俺がディスられてるような気分なんですけど……」

「「いやいや、そんなまさか」」

 

 なぜ出会ったばかりでそんなに意気投合してるのか……ぷにっとさんとウルベルトさん、そこまで仲がいい印象ないんだけど。とは言え、モモンガは考える。つまるところ、保留期間を刑にしようと言う逆転の発想だ。刑そのものが罰にならずに褒美になるのならばそれをお預けし続けることでそれを刑にしようと、ぷにっと萌え、そしてデミウルゴスは言ってくれているのだろう。

 不安を感じ、モモンガは側に控えているアルベドの顔を見た。アルベドは、承知しているとでも言うように、笑顔で肯定してくれた。その場にいる全ての者を見回せば、全員揃って力強い頷き。最後に、たっち·みーもまた、深く頷いてくれた。

 

「では、ぷにっと萌え、そしてデミウルゴスの意見を取り入れ、たっち·みーは追放の方法が確定するまでの間、これまで通り、至高の42人として活動を……」

「あ、モモンガさん、それなんですけど」

 

 モモンガの言葉を遮ったのは、たっち·みーだった。どうぞと先を促すと、一つ咳払いして続ける。

 

「私は、皆が許してくれたとは言え罪を犯しました。その様な者が至高等と崇められるのは如何でしょうか?そこで、私の立ち位置を一段、もしくは二段ほど下げては如何でしょう?」

「てぇことは、あれか?守護者各位と同じとして扱えってことか?」

 

 リュウマの言葉に頷き一つで答え、たっち·みーはモモンガを見る。見られたモモンガは困ったようにぷにっと萌えを見る。見られたぷにっと萌えは、困ったように頬を掻き、一言。

 

「ギルドマスターのお好きに」

 

 思わず苦鳴が漏れたモモンガに対し、ぷにっと萌えはさらに言葉を続けた。

 

「モモンガさん、先程から僕は色々と口出ししたり偉そうにしているけどね?一回はここから離れた奴だよ?あくまで知恵を貸し力を貸し後押しはするけれど、最後はギルドマスターが決めてもらわなくちゃ困るよ」

 

 ぷにっと萌えにそう言われ、眉をひそめつつ、モモンガはギルメン、そして守護者たちをグルッと見回した。それぞれ思うところはあるだろうが、皆、モモンガの言葉を待っているように見えた。が、どうしてもそればかりは首を縦に振ることが躊躇われるように思える。これは恐らくたっち·みーを心底尊敬し敬愛しているからだと自らの冷静な部分が分析しているが、恐らくトップに立つのであればこの様な決断をし続けねばならなくなるのだろう。それも分かっている。だが、どうしようもないのだ。

 すっかり考え込み言葉をつまらせてしまったモモンガ。その彼に救いの手を差し伸べたのは、横に控えるアルベドだった。

 アルベドは、モモンガの肩に手を置き微笑む。見上げるモモンガを安心させるように。そうしておいて、その場にいる全員の顔を見回すと、その艶やかな唇から言葉を発した。

 

「守護者統括の身でこの様な提言をすることを、まずお許し願いまして……たっち·みー様のご意見、それとモモンガ様の苦悩を鑑みるに置きまして、代替案としまして、たっち·みー様をモモンガ様付近衛兵とするのは如何でしょうか?」

「……近衛兵ですか?」

 

 デミウルゴスの疑問の声に、アルベドは軽く頷き言葉を続ける。

 

「近衛とは、その身、その命を懸けて主を守護する者。つまり、モモンガ様よりも下の地位にいるもの、そして我々守護者に極めて近しい地位となるわよね?これならばモモンガ様の悩みもたっち·みー様の提言も同時にクリアーできるものだと思うのだけれど……」

「モモンガ様の身を守るのならば君がいるではないか、アルベド」

「そりゃぁ、私がいる間はいらないわよね。けど、モモンガ様が以前計画されておられた、冒険者となって各地の視察を行うと言う計画に、守護者統括である私が出向く訳にはいかないでしょう?実力、能力的にたっち·みー様が近衛として着いていかれれば何も問題はなくなるわ」

 

 なるほど、とデミウルゴスは頷いた。概ね全方位に渡って隙の無い話だとも思う。モモンガを命がけで守らせる事で罰にもなるいい案だと思えた。あえて反対する理由も無いと思いぷにっと萌えに目線を走らせると、そちらも満足げに頷いている。

 デミウルゴスは肩を竦め、それを了承の印とし、アルベドも艶やかに微笑んでモモンガに頷いてみた。それにあわせてモモンガも頷き返し、一同を見回すと、それぞれがそれぞれ、深い浅いの差はあれど頷き返してくれた。

 

「では、アルベドの案を採用しようと思う。いいですね、たっちさん」

「文句のつけようもないです。慎んでお受けします。アルベドもありがとう」

 

 礼の言葉にアルベドは軽い会釈で答え、一応の決着がついたところで、ぷにっと萌えが片手をあげつつ次の話へと話を進め始めた。

 

「さて、少し話は前後して申し訳ないけど、ワールドアイテムによる帰還の失敗の話ですが……一つ推論がありまして、そちらの話をしたいと思いますが、モモンガさん、大丈夫です?」

「あ、はい。お願いしますぷにっとさん」

「ええ、では……とりあえず守護者面々がどれだけワールドアイテムの事を知っているか分からないので少しだけ説明しようか」

 

 そんなことを言いつつ、ぷにっと萌えは懐から大きめの羊皮紙を取り出し、机の上に広げた。とは言え、その羊皮紙には特に何も書き込まれてはいないようだ。魔法による鑑定でも、それはただの羊皮紙と出ているため、どうやら本当になんの変哲もない物のようだ。

 困惑する一同を尻目に、いくつかのペンやインクを取り出し何らかの準備を終えたぷにっと萌えは、両手を打ち合わせて全員の視線がこちらに向くのを確認すると、ゆっくりと頷き話を始める。

 

「ワールドアイテムとは、我々が最初にいたユグドラシル、そこにあった世界樹-世界の基となる樹の、世界になるはずだった葉が姿を変えたもの、すなわち世界そのものを内包した超弩級のアイテムだ。概ね出来ないことなど何もないと言えるほど万能な代物-まぁ個体差はあるけどね?」

 

 そこで一区切りし、ぷにっと萌えは守護者に視線を向けると、それぞれがそれぞれ、しかしどこか納得がいったような表情をしているのを見てとって、満足したように頷きながら話を続け始める。

 

「さて、そんなワールドアイテムだが、実のところその権能が及ばない先がある。それは、同じワールドアイテムだ。例えばここに相手に特殊な状態異常を問答無用、あらゆる守りを貫通して及ぼす、などと言うワールドアイテムがあるとする。これを使われた場合誰であってもその状態異常から逃れることは出来ない。しかし、ワールドアイテムを所持している者はこの効果を打ち消すことが出来る」

「それは、ワールドアイテムを所持していれば状態異常になりんせんと言う事でありんしょうか?」

「いやいや。しかし、あらゆる状態異常を無効化するワールドアイテムと言うのはあるかもしれないけどね。しかし、ここで説明している事を要約すると『ワールドアイテムの効果はワールドアイテムを所持している者に効果を及ぼさない』だね」

「ああ、なるほど」

 

 そこまで静かに説明を聞いていたデミウルゴスが、何か得心がいったかのように両手を打ち合わせ深く頷いた。

 

「何カ分カッタノカ、デミウルゴス」

「ええ、コキュートス。恐らくぷにっと萌え様は、聖杯の効果が何らかのワールドアイテムによって阻まれた、そう言いたいのではないでしょうか?違いますか?ぷにっと萌え様」

 

 自信を持って放たれた言葉だったが、しかしぷにっと萌えは肯定も否定もせず軽く笑って済ませた。訝しげにデミウルゴスが視線を送るなか、ぷにっと萌えは片手を振ってもう一回笑って返す。

 

「いやいや、デミウルゴス君、あながち間違いじゃないからどう言ったものかなと思って笑っただけだよ。そんなに睨まないでくれないか」

「これは失礼を」

「いやいや……あー、とにかく、先程デミウルゴス君が言った事は、僕も考えたんだが……アルベド君、ここはナザリックからどれだけ離れているのかな?」

「?おおよそ一キロほどだと……アウラ、そうよね?」

「正確には一キロと四百メートルだけど、そうだよ」

「と、まぁ、それだけ離れていると、ナザリックに置かれているワールドアイテムが干渉するとは考えにくい。と、言うのも、あくまでワールドアイテム同士が干渉するのはワールドアイテムかワールドアイテムの所持者にその力が及ぶ場合だと推測出来るからだ。そして、ええと、少し絵を描こうか」

 

 そう言いつつぷにっと萌えは机に広げた羊皮紙に何やら人形を書き込んでいく。やたら上手い。アニメ的ではないがデッサン的な上手さで書き込まれた人間の後は簡単な建物の絵を描き始めた。どっかで見たことあるなー思ってみてたら日曜の夕方にやってるあのアニメのエンディングの家だと、ぶくぶく茶釜は気がついたがあえて口にはしなかった。

 その後、書いた二つの絵の回りに何がクニャッとした線をグルッと囲むように書き込み、ぷにっと萌えは満足げに頷いたのだった。

 

「こちらの人間の絵が、ワールドアイテムを現在進行形で持っている奴とする。これに向かって何らかの効果を発揮するワールドアイテムを使用する」

 

 そう言いつつ線を真っ直ぐ人間の絵に向かって引いて行き、人間の回りにあるクニャッとした線に引いてきた線を接触させたところで線を引くのをやめる。

 

「しかし、そのワールドアイテムの効果は、このクニャッと曲げた線、確認は出来ていないがワールドアイテムの防御範囲のようなものだと思ってもらえればいい-これに接触することによって相殺される。そして拠点に関しても同じ」

 

 今度は家の絵に向かって線を引き、その周囲のグニャグニャ-ワールドアイテムの防御範囲に接触させて止める。

 

「つまりワールドアイテムは、自らに向かってこない何らかのワールドアイテムによる要因は無効化しないと言うことになると思われる」

「……つまり、今回の場合、拠点にも、ましてやどこかにいるかもしれないワールドアイテム持ちに向かって力を使ったわけではないから無効化範囲に引っ掛かったとは考えづらい、そう言うことだねぷにっとさん」

 

 やまいこの言葉に指を鳴らすぷにっと萌え。その前でぶくぶく茶釜(人間形態)が顎に人指し指を当てながら新たな疑問を口にする。

 

「ん~、だったら、何で聖杯はその効力を発揮しなかったんだろ?」

「うん、いい質問だ。それが今回の問題の肝……この世界に位階魔法をもたらしたのは八欲王だと言われているし、古い文献を調べると概ねその辺りから急速に広まっているのが見てとれる。教授がいればもっと詳しく分かるんだろうけどなぁ」

「……ぷにっとさん、気になったんだが、いつ古い文献とか調べたんだ?」

 

 リュウマの質問に、しかしぷにっと萌えは指を左右に振って答えない。

 

「まぁ、それは後程……さて、この位階魔法、彼らはどうやって広めたのか、と言うところだ。魔法原理を教えた?いやいや、我々はユグドラシルの“システム”に縛られている。料理スキルがなければ料理が出来ない、採掘スキルがなければ採掘できないエトセトラエトセトラ。ゲーム内でスキルがなければ出来ないことは、この世界でもスキルが無い限り行えない。思うにね、彼らは位階魔法をこの世界に持ち込んだんじゃないんだ。彼ら八欲王がこの世界にもたらしたものはね、ユグドラシルのシステムそのものだ」

「……なるほど、読めてきました……つまり、八欲王がもたらしたユグドラシルのシステム、それを導入するために使用されたのが、ワールドアイテムだと」

「恐らく、と言う注釈がつくけどねデミウルゴス君。そしてここからが本題。恐らくユグドラシルのシステムはこの世界そのものに使われた公算が高い」

 

 そう言いつつぷにっと萌えの手は羊皮紙の上を走る。走った手は大きく丸を描き、その中央に『世界』と書き込む。その周囲に相変わらずのグニャッとした線を書き込む。

 

「世界がワールドアイテムの影響化にあるのであれば、予想ではこの様に、世界の外側に壁のように無効化するかしないか判断領域があると、僕は推測した」

「んー?けどさぁぷにさん、それなら内側で使用されるワールドアイテムは全て使用不能になるんじゃない?」

「茶釜君いい質問だ……しかし、もしそうであるなら、ナザリックがこの世界に現れた瞬間、ナザリックのワールドアイテムとシステム中枢になっているはずのワールドアイテムが干渉しあい、我々は肉体能力以外の全ての能力を失っているはずなのに、ナザリック出現以降もその傾向はない。恐らくばかりついて申し訳ないが、山河社稷図内部でも、問題なくワールドアイテムが使用できるはずだ。……かつてモモンガ君がRTAを行ったとき解除されなかったからね?恐らく、そういう別空間を作り出す系の物は、その空間をどうにかしようとしない限り無効化されないんだろう」

 

 そうぷにっと萌えが言って話を一旦区切ると、モモンガの左隣に立っていたパンドラズ·アクターが天に向かって両手を掲げその場でくるくると回り始めた。何事かと全員の視線が集まるなか、パンドラズ·アクターはピタッと回転を止め右手で左半面を隠し左手を腰の後ろへ、両足を交差させると言う奇っ怪なポーズ取って叫ぶ。

 

「んな~~るほど!つまり、“りある”への扉を開くために迸ったワールドアイテムのパゥワーが、空間そのものを形成するワールドアイテムの力場へと接触、無効化された、と言うわけですねぇ~!」

「お、おう……う、うむ、そう言うことだね。ただ、この説を正しいとするならお互いの力が拮抗、対消滅していてもおかしくはないと思うんだが……消失したのは聖杯だけ、なんだよねぇ」

 

 不思議そうに首をかしげるぷにっと萌えに、モモンガが朗らかに言う。

 

「たぶん、システムを導入するために使われたのが20の内の一つだったんじゃないんですか?聖杯は、確か20の内の一つじゃないはずですし」

「なるほど、その可能性もありますねぇ……さて」

 

 ふと、ぷにっと萌えが空を見上げる。空は徐々に青みが射し始めている。夜明けが近いのだ。

 

「ふむ、ずいぶん喋りましたねぇ。まぁ、色々話したいこともありますけど、一旦ナザリックへ戻りましょうか、ギルドマスター」

「そうですねぷにっとさん。では、アルベド、撤収準備を始めてくれ」

 

 短い返答と共に、アルベドたちが行動を開始する。

 それを見ていたぷにっと萌えの背中を誰かが叩いた。結構な衝撃にたたらを踏みつつ振り替えると、ペロロンチーノとリュウマが笑顔で立っていた。

 

「お帰り、ナザリックの軍師。これからよろしくな」

「そーそー、忙しくなるなぁ、これから。何はともあれ、お帰りー。ほいじゃ、また後で」

 

 軽くそう言いつつ、二人はシャルティアの開けた転移門へと入っていった。それを見ていたぷにっと萌えの背中をまたしても誰かが叩く。振り返れば、やまいことメイドのユリ·アルファが立っていた。

 

「お帰り、ぷにっとさん。んじゃ、そう言うことで」

 

 どこか眠そうにしながら転移門を潜るやまいこ。その後ろに付き従うユリは一度振り向くと丁寧に頭を下げて転移門を潜る。

 

「いやはや……お帰りと言う言葉がこれほど嬉しいとは」

「そう言うもんじゃないのぉ?あ、ごめんごめん、私は言ってなかった」

 

 思った以上に近くで聞こえる声に振り替えると、そこにはピンクの肉棒、ぶくぶく茶釜がいた。

 

「お帰りぃぷにっとお兄ちゃん」

「その姿じゃなければなぁ」

「んだとぉ!?」

「まぁまぁ、お二人とも、落ち着いて」

 

 触手で締め上げようとするぶくぶく茶釜を抑えたのはたっち·みー。かつてのように純白の鎧姿でそこに立ち、どこか憑き物が落ちたような雰囲気である。

 

「ぷにっと萌えさん、お帰りなさい。それから、色々ありがとうございます」

「なんのなんの……これから色々やるのにたっちさんの力は必要ですしね……」

「ええ、頑張らせていただきますよ……!」

 

 ふと、ぷにっと萌えは思った。なるほど、本当に戻ってきたんだと。そして思う、ここが自分にとってどれだけ大事だったかを。そして、思い出す、一番大事な事を。

 

「あ~~、しまった、忘れてた!」

「どうしたんです、ぷにっとさん?」

 

 いきなり大声をあげたぷにっと萌えに、モモンガは不思議そうに聞く。すると、どこかばつの悪そうな顔でぷにっと萌えは言うのだった。

 

「いい忘れてましたけど、ヘロヘロさんいますよ」

 

 

 

 

 

 

 





色々妄想するのは楽しいんですけどねぇ、文章にするのは非常に難しい。

ではまた次回です。


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33,惨状と参上

皆さん、覚えておいでだろうか。じつはこの作品はオーバーロードの二次創作だったんだよ!
前回までのを書いていて、なんだか分からなくなりかけた私ですが、これでオーバーロードの二次創作だと言うことを思い出しました。





「リュウマ様、少々お時間はございますか?」

 

 あの長い長い話が終わってナザリックへ帰ってきてちょっとした頃、久しぶりにアルベドの方から声をかけてきてくれた。普段はモモンガさんを茶釜さんと奪い合ってるからなぁ……。いや、けしかけたのは俺だけどね。

 

「ああ、問題ないよ?てぇか、さっきの話、つまりなにも分からないって事だよな?」

「話の取っ掛かりと言う話だったと思いますけど?」

 

 どう言うこと?恐らくモロに顔に出てたんだろう。アルベドが物凄く微妙な顔をした。

 

「リュウマ様って、至高のお一人、なんですよねぇ?本当にぃ?」

「残念ながらその通りだ。ちなみにおつむの方は残念極まりないと、るし★ふぁーに言われてた」

 

 中卒だもんなぁ、土木系の。

 アルベドが、その細い指を綺麗な顎に押し当て何事かを考えている。いや、分かる、分かりますよ。アホでも分かる説明を考えてたんでしょう?知ってるから、その、なんだ、分かりやすく教えてほしい。できれば簡潔に。

 

「まぁ、簡単に言いますと、『まだまだよく分からないことが多いけど、今のところこの世界にあるワールドアイテムが干渉するからたっち·みーを追放できないんだと言う仮説だからこれから頑張ろうぜ!』ですかねぇ?ニュアンス的に」

 

 なるほど、簡潔で分かりやすい。そう言えば。

 

「ところで、俺になんかご用?一応、明日カルネ村を見に行く準備をして寝る予定なんだけど?」

 

 三日は空けたからなぁ。なんか変わったことが起きてるかもしれないし。なんかルプーが悪さしてないか心配だし。

 

「ああ、そうでした。申し訳ございません。実は、私の妹が会いたいと申しておりまして……お暇なときに会いに行ってあげてもらえませんか?」

 

 アルベドの妹、確か第八階層のルベド、だったか?そう言えば見たこと無い。どんな子かって聞いても皆口をつぐむし……あれ?そう言えば何で俺の事を知ってるんだろ?まぁいいか。暇なときに会いに行こう。

 

「了解。それじゃ暇なときに会いに行くよ」

「よろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げ、アルベドは廊下の向こうに歩いていった。いい尻をしている。あ、そう言えば、カルネ村に冒険者達が来てたなぁ。まだカルネ村にいるかな?いるなら色々冒険者の事を聞いておいた方がいいよなぁ。まぁ、まだモモンガさんが冒険者として冒険したいと思ってるなら、だけど。

 そんなことを考えつつ、俺はとりあえず必要になりそうな物を倉庫から引っ張り出しに向かったのであった。

 あ、そう言えば、あいつ元気かな?せっかく創造したんだから、のんびりしてくれてるといいけど。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 三日振りに帰ってきたエ·ランテルの町。通りを見回せば閑散としながらも、酔った冒険者や普通の酔漢がそこここにいる、人間しかいないいつもの町だ。漆黒の剣のメンバーと雇い主であるンフィーレアはその光景にホッとしながら《 永続光/コンティニュアルライト 》の街灯が灯る道を、バレアレ家の店へと向かっていた。

 実のところ村について一悶着あった後薬草を採取に向かおうとしたのだが、必要となる薬草は事前に採取、加工がなされており、残り二日間予定外の薬草の採取をすることになったのだが。

 

「いんやぁ、なんだったんだろうなぁあの“銃”って武器は」

 

 この短い旅の間にいくつかの疑問を話題にしたりもしたのだが、やはりそれが頻繁に上ってくるのだった。所持者のシズと言う少女はそれこそ変幻自在に筒のような物を操り、時おり現れるモンスターを駆逐していた。轟音、モンスターの頭がはぜ割れる。数回しか目にしなかったが、正直恐怖しか感じなかった。

 

「魔法の類いじゃないことは間違いないみたいだけど……」

 

 ルクルットの言葉を受け、ニニャがそう呟くと、同じく魔法を使えるダインとンフィーレアも頷き、思案するようにンフィーレアがその言葉の後を引き継いだ。

 

「恐らくですけど、錬金術の類いで作った薬品を、あの筒の中で爆発させつぶてを飛ばしているんじゃないでしょうか?」

「本当であるかンフィーレア殿!?」

「ええ、どこかで嗅いだような、金属が焼けるような臭いが白煙の中から匂いました。ただ……それがなんの臭いだったか……」

 

 ンフィーレアは頭を捻る。かつて祖母と何かの実験で使った事がある物の臭いだったような気はするのだが。

 なにか、記憶の欠片が一つの像を結ぼうとしていると、そのンフィーレアの肩を誰かがポンポンと叩いた。その方向に顔を向けると、漆黒の剣のリーダーであるペテルが微笑みながらいた。ずいぶん深く考え込んでいたらしいことに気づき、ンフィーレアは恥じ入るように笑って問い返す。

 

「どうしたんですかペテルさん?」

「ええ、それなんですけど……ブリタさんが仕事の最中に勝手に離脱したでしょう?その件をギルドに報告しなければならないと思うんですよ……契約違反ですし、それに……」

「カルネ村の件であるな!」

「ああ、それな。さすがにゴブリンやらがウロウロしてるってのはちょっとなぁ……」

 

 それは、と言いそうになるがンフィーレアは逡巡する。エンリは問題ないと言っていたが、どうにもやはりあのリュウマと言う人は信用できない。何を考えてあの村を発展させようとしているのか、否、それよりも何よりもあの“銃”だ。あんなものを量産しようとしていると、しかもそれを村人が使えるようにしているとエンリは言っていた。それのどこに問題がないのか。人間大のモンスターの頭を容易く砕くような武器。そんなものを量産しようと言うのだ。絶対になにか企んでいるとしか思えない。

 ある意味企んでいるんだが、ンフィーレアのそれの思考の大部分は不信と嫉妬から来ている事には気づかないし気付けるほど人生経験を積んでいるわけではない、と言うのが悪い方向に拍車をかけている。

 

「けど、俺たち、ろくに仕事してないんだよな」

 

 ポツリとルクルットが呟いた。そう、カルネ村で採取を主に行ったのは、あのやたら強いエンリとか言う子に付き従っているゴブリンだったし、道中出てきたモンスターはシズと言う女の子が全て始末していた。帰り道にはどう言うわけかモンスターの類いは一切出ず、非常に楽に帰ってこれたのだ。だから、ぶっちゃけてしまうと護衛らしい護衛や採取手伝いらしい採取も出来ていない。冒険者としてはあんまりな結果に終わってると、全員思ってたりもするらしい。

 小さく溜め息をついたペテルは、

 

「じゃぁ、あれだ。俺とダイン、ルクルットはンフィーレアさんについて行って荷物を下ろすのを手伝おう。それくらいやらないと報酬も気持ち良くもらえないからな。ニニャは、ギルドの方に行って報告を頼む」

「え?僕が行くの?」

「ルクルットに行かせると帰り道でどこへ行くか分からないし、俺とダインは力仕事向き、そうなったら、報告に向いた能力のニニャが行くのが一番だろ?」

「そーそー、非力なニニャが加わったんじゃ倍も時間がかかるってもんだぜ」

 

 実際問題、ニニャはパーティの中では最も非力だ。その分卓越した魔術の才能があるのだが。ルクルットの言いたいことを素早く察知し、ニニャは小さくため息と微笑みを浮かべ一つ頷いた。

 

「分かったよ。それじゃ……んー、こっちの方が遅くなるかもしれないから宿で待ってるよ?」

「ああ、そうしてくれ。それじゃ、また後で」

 

 そう言いつつペテル、ルクルット、ダインはンフィーレア伴って店の方へと歩き出し、ニニャもまた反対方向へ向かって歩き出した。

 

「ようし、行ったな」

 

 ニニャの姿が完全に見えなくなったところでルクルットがそう呟くと、ペテル、ダインがホッと息を吐いた。

 

「ふぅ、大人しく行ってくれて良かったな」

「まったくである!一番疲労がたまっているのはニニャであるから、先に宿に戻ってもらいたい所である!」

「ああでも言わないと、あいつ、意地でもついてきて色々やるからなぁ」

 

 三人のやり取りを見て、ンフィーレアは不思議に思う。なんと言うかこの人達は必要以上にニニャさんを気にかけているように思えるのだが。

 

「ええと、皆さん、ずいぶんニニャさんを気にかけていらっしゃるようですけど、なにか理由でも?」

「え!?あ~、え~っと……ペテル、任せる!」

「そうですねぇ……まぁ色々理由はあるんですが……まぁ、企業秘密ってことで」

「うむ!本人もバレてないつもりであるし、そこは喋るわけにはいかないのである!」

 

 良く分からないが、冒険者は色々あると言うことを常連さんが言ってたのを思いだし、ンフィーレアはとりあえず疑問は横においておくことにした。その間にも、自らの家がすぐそこまで迫っていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 話を少し戻し、ンフィーレア達とニニャが別れたのを少し離れた家の屋根から見ている人影があった。しばらくキョロキョロと両方を交互に見、そして額をペチンと叩いた。

 

「あちゃー、別れちゃったっすねぇ。さぁて、どっちが冒険者ギルドとやらに行くんすかねぇ」

 

 二房の赤い三つ編みの髪を揺らして、美女な呟く。そして。

 

「んなこと言っても、馬車と一緒に移動してない奴がそうに決まってるよね~。さぁさぁ、リュウマ様の計画がばれないよう、説得をしに行かないとダメっすよね~。そんでもって、リュウマ様に誉めてもらうっすよ~」

 

 その場で軽く踊り出した褐色の肌の美女、ルプスレギナ·ベータは夜の町のなお暗い路地裏に飛び降りるのだった。

 だが、ルプスレギナも気付いていない。その場にもう一人、動く影があるのを。ルプスレギナの立っていた場所、その虚空がゆらりと揺らめく。それは、音もなくルプスレギナの後を追って屋根を飛び降りた。音も、気配もなく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 家の裏手に馬車を入れて、裏口のドアを開ける。室内は既に灯りが点っており、嗅ぎなれた薬草の臭いが鼻孔一杯に広がる。それを胸一杯に吸い込みながら、ンフィーレアは不思議に思う。この時間、祖母なら起きているはずだ。高齢ではあるが目も耳も達者な祖母が、ドアを開ける音に気づかない訳はないのに。

 

「おばぁちゃん、どこかに出ていったのかな?」

「ンフィーレア殿、これらはどこへおけばいいのであるか!?」

「あ、こちらへお願いします!」

 

 薬草の保管場所を指示し、一緒に額に汗して大量の荷物を運び終え、全員、額の汗を拭う。

 

「お疲れ様です。今、冷たい果実水を用意しますね」

「そいつはありがたいぜ」

 

 額の汗を袖で拭っていたルクルットが、嬉しそうに声をあげ、残る二人もそれに同意するように頷いて見せる。

 

「では、こちらです」

 

 そう言って、ンフィーレアは母屋に三人を案内する。

 母屋の扉を開け、中に招き入れるとルクルットがものすごい顔をした。比較的分かりやすく言うと、漢方薬等を煮詰めたような物凄い臭いが充満していたからだ。さすがのダインも、この臭いには顔をしかめてしまった。しかし、ンフィーレアだけは反応が違った。

 

「おかしいな……」

「どうしたんです、ンフィーレアさん」

「ええ、この臭いは薬草を煮詰めた臭い、なんですけど、これだけ濃密って言うことは煮詰めすぎているんです。おばぁちゃんがそんな失敗をするわけ無いのに」

「あらぁ~?やっぱりばれちゃった?」

 

 そんな声と同時に机の陰から女が出てきた。可愛らしい猫のような容姿だが、なぜか不吉なものを孕んだようなそんな気配を纏っている。

 

「いんや~、遅すぎるよー。遅すぎて遅すぎて、お姉さん待ちくたびれちゃったぞ?」

「あ、あの……どなたですか?」

 

 その言葉に、ペテルが誰よりも早く反応し、背中の盾を真っ直ぐ構えながらンフィーレアの前に立つ。それに触発されて、ダイン、ルクルットもそれぞれの得物を手に前に出る。最初はペテル、そしてルクルット、ダインは気づいたのだ。その女の発する気配が、あのカルネ村で出会った大魔獣、森の賢王に近しく、それよりもおぞましい何かであると言うことを。

 

「あー、初めましてだねー、ンフィーレア君。最初は君をさらうだけで済ませるつもりだったんだけどねぇ~、あんまり遅いからもぉ、心配で心配で」

 

 輝くように笑いつつ、下卑た楽しさを隠そうともしようとせず、女は軽い足取りで近くにあった椅子に歩み寄る。踊るような手つきでその背もたれを優しく撫で、そして力をかけてその椅子を引き倒した。果たしてその椅子から転がり落ちたのは、一人の老婆の、死体。額に穴を空けられた老婆の表情は驚愕に固まっており、流れ出した血が半分ほどしか固まっていないのを見ると、さほど時間は経っていないようだ。

 その老婆の顔を見たンフィーレアは、固まった。驚愕、不信、理解、驚愕と表情がコロコロと変わって行くなか、女は笑顔のまま話を続けていた。

 

「も~、君のお婆ちゃんを殺しちゃうくらい心配したんだからね~。さぁさぁ、お姉さんと一緒に行ってアンデッドの大群を召喚しようか?」

「お、お前、お前がおばぁちゃんを!」

「ん~、なぁにぃ?お婆ちゃんを?殺した?そうだよ~?暇で暇でしょうがなかったからぁ、カジッちゃんが止めるけど我慢しきれなくってぇ?あ、ごめんね~?怒ったぁ?けど、それは全然帰ってこない君が悪いんだよ?」

「ルクルット!ンフィーレアさんを連れて逃げろ!ここは俺たちが食い止める!」

 

 吹き出した悪意に身震いを感じながら、ペテルはそれでも叫んだ。だが、しかしルクルットは動かない。なぜだ。そう思いながら半面をそちらに向けると、ルクルットは短剣を構えたまま入り口、今は出口を睨み付けていた。精一杯の虚勢を口許の笑みにして。

 

「そいつはちょいと無理ってなもんだぜ、ペテルよぉ」

「ゾンビであるか!?」

 

 そちらに目を向けたダインがそう叫ぶ。出口には、数体のゾンビを引き連れた血色の悪い男が立っていた。その男が女を睨み付けながら言う。

 

「遊びすぎだクレマンティーヌ。それにワシが止めておると言うのにリイジー·バレアレまで殺しおってからに……」

「カジッちゃん、メンゴ。けどほらぁ、その日の内に目的の子が手に入ったから、いいじゃんいいじゃん」

 

 挟撃された形になった漆黒の剣の面々が渋い顔のまま武器を構えるのを、狂喜さえ感じさせる笑みを浮かべたクレマンティーヌが舐めるように見る。

 

「んじゃぁ、事前の打ち合わせ通り、音が漏れないようにしてくれてるんだから、ちょっと楽しみましょうか?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 道を歩いていると、唐突にとてつもない力でニニャは路地裏に引き込まれた。そのまま、一瞬足が浮くほど体が振られ、固い何かに背中を叩きつけられた。骨が軋み肺から空気が絞り出されるほどに衝撃に白目を剥きかけるが、気力を振り絞って耐える。次に、頬に当たる固い何か。自分が倒れていることを認識すると同時、それが地面であることを同時に認識する。

 

「あー、申し訳ないっすよ。そんなに強くしたつもりは無かったんすけどねぇ」

 

 言葉ほど謝罪の意思がこもっていない言葉が降ってくる。そちらに顔を向けると、そこには褐色肌の赤い三つ編みの髪が特徴的な美女が立っていた。その顔には満面の、邪気の欠片も感じさせない笑み。見覚えのある顔だった。確か名前は。

 

「ルプス、レギナ、さん?」

「おおー、覚えててくれたんすね、嬉しいっすよ」

 

 途切れ途切れの言葉をうまく聞き付けてくれたようでホッとしたのもつかの間、ニニャの頭にはいくつもの疑問が浮かぶ。だが、それよりも早くルプスレギナの言葉が飛ぶのが早かった。

 

「いんやー、ちょっと聞きたいこととか色々あったんすよぉ。んでぇ、答えてくれると嬉しいんすけど、どうっすか?」

「何を、聞きたいんですか?」

 

 大分息が整ってきた。ニニャはそれを確かめつつ、しかし苦しそうな演技をやめないままそう聞き返す。返ってきたのは、予想外の言葉。

 

「聞きたいことは一つっすね。冒険者ギルドに、どこまで報告するんですか?」

「え?」

「ん?聞こえないってことはないっすよね?」

「なんで、そんなことを教えなくちゃ……」

「残念、望んだ答えじゃなかったっす。罰ゲーム♪」

 

 脚が掴まれた。そう思った瞬間、再度ニニャの体は宙に浮いて、再度壁に叩きつけられていた。先程よりも力が強かったのか、決定的にどこかの骨が折れた音がしたが、その部位を特定しようにも全身が痛い。それどころか、下半身の感覚が薄い。頭の冷静な部分がそう分析するなか、体は肺の底から空気を絞り出され、背骨が折れたのか下半身が完全に弛緩し様々な液体がニニャのローブを濡らしている。

 

「ありゃ、またまた加減間違えたっすね。尿とか漏れてるっすよ~、はーずかしぃーい」

 

 言葉と同時に何か暖かいものが全身をつつみこんだと思うと同時、全身を襲っていた苦痛は嘘のように引いていった。何をされたか一瞬分からなかったが、理解した瞬間、背筋に氷が入ったような寒気を感じた。それを知ってか知らずか、ルプスレギナはにこにこ笑いながらあっさりとネタばらしをする。

 

「あ、回復魔法かけてあげたっすよ。これで、どれだけ痛め付けてもだーいじょーV!」

「わ、ぼ、僕がギルドに報告しようとしているのは、カルネ村の現状と、銃と言う武器について、です!」

「お?やっぱりそうなんすねぇ……じつはお願いがあるんすよ、君に」

 

 変わらぬ笑顔のまま、ルプスレギナはニニャの耳に手をかけ、続ける。

 

「銃のこと、それとカルネ村の現状について、報告するのやめてもらえません?あ、大丈夫大丈夫、言わなくても大丈夫。きっとこう聞きたいんでしょ?なんで報告しちゃいけないの、って、ね?簡単っすよぉ、私のご主人様のお一人であるリュウマ様が、今のところ外への情報の流出は避けたいって言ったからっす」

「な、なんで?」

「さあ?知らないっす。でも、そんなことどうでもいいじゃないっすか。ご主人様が隠したいんなら全力で隠すのが従者の使命っすよ?さて、返答は?」

 

 やばい。ニニャは本能的にそう思った。この女もまずいが、あれをなんとか隠そうとしているこの女の言うご主人様とやらもまずい。何が狙いかは分からないが、この場をなんとか切り抜けて報告しに行かないと。

 悲壮な決意を固めニニャはルプスレギナの顔を見る。相変わらずのにこにこ顔だ。そこに邪気の欠片も感じられないのが空恐ろしい。唾を飲み込み、唇を舌で湿らせ、ニニャはゆっくりと答える。

 

「わ、分かった。報告、しない」

「あ、嘘っすね」

 

 ゴキリッとどこかで鳴った。女の右手は自分の耳、じゃぁ、左手はどこか。答えは自分の右肩。そして右腕は力なく垂れ下がっている。

 

「ダメっすよ、ダメダメ。嘘をついてもすぅぐ分かるっす。さあ、これ以上痛め付けられたく無かったら、約束するっすよ」

 

 にこやかにそう言うルプスレギナの言葉は、ニニャに届いていない。あくまで肩の骨を外されただけならば神経を圧迫することがほぼないためそこまで痛くない。だが、今はその外れた肩の関節にルプスレギナの指が侵入し神経を何度も何度も掻き乱している。その激痛たるや、もはや言葉も出せず脳内に白いスパークが飛び交うほどだ。

 しかし、そこに救いの声がかかるとはニニャはおろかルプスレギナも思ってもいなかった。

 それは本当に音も気配もなく現れ、艶やかで美しい女性的な低い声で告げた。

 

「お止めなさい、ルプスレギナ·ベータ殿。それ以上やれば、再びリュウマ様に不興を買いますよ?」

「だ、誰っすか!?てか、どこにいるんすか!?」

「おや、そう言えば幽体化と透明化を解除していませんでしたね。これは失礼」

 

 その言葉と同時に、それはルプスレギナとニニャのすぐ側に忽然と現れた。その姿に、ニニャのみならずルプスレギナも息を飲む。

 

「お初にお目にかかります。私、リュウマ様に創造されました者、通称徘徊メイド、ケラスス·エドエンシス·ヨシノと申します。以後お見知りおきを。お気楽にケラちゃんとお呼びください」

 

 そこには、メイド服を着た、鮫がいた。深々とお辞儀をする頭は鮫、袖に通っているのは腕ではなくタコの物を思わせる触腕、そこから幾つかの装甲を取り付けたプレアデスの制服に良く似たメイド服を着込み、短めのスカートから覗くのは六本のタコの物に酷似した触手。それを使って器用に直立する鮫がいた。間違えようなどないほどの、鮫である。

 

「つぅか、ちょっと待つっす!リュウマ様に?創造された!?」

「ええ、そうですよルプスレギナ·ベータ様」

「ああん?ちょっと、聞いてないっすよ!?いや、そんなことより、そんなのがなんでここに!?」

 

 その問いに、ケラちゃんは顎の下で触手を動かす。表情が分かりづらいので良く分からないが、考え込んでいるのか、それとも。

 

「ルプスレギナ様が勝手に出ていかれるのを見て、霊体化して追いかけてきましたが?リュウマ様よりルプスレギナ様を見張るようにと言われておりましたので……それより」

 

 そう言いつつ、鮫の顔がニニャを見た。感情とか一切感じさせない鮫の顔。何を考えているのかさっぱり読めない。

 

「この者を連れ帰りましょう。リュウマ様から直々にお話を聞けば、きっと理解するはず」

 

 そう言うが早いか、触手がニニャの首を掴み締め上げた。一瞬で意識はどろどろと溶け、ニニャは深い闇の中に落ちていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






この場を借りて炬燵猫鍋氏さんにお礼とお詫びを。
ケラススの名前を考えていただきありがとうございます。こんな感じで使わせていただきました。本当はオーレオールのポジだったんですけどねぇ。

ではまた次回です。

次はちょっと遅くなるかなぁ?


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34,ルプスレギナの冒険~鮫と一緒編~


 死の宝珠、って、なんか意味ありそうじゃないですか?
 そんな彼にスポットを……当ててはないです。





「ほいじゃ、カジッちゃん、私はここでおさらばするねぇ~?」

 

 霊廟の奥で、ンフィーレアの目を抉った上に叡者の額冠と言う希少マジックアイテムを取り付けた後、気安く軽くそう言って手をヒラヒラと振って見せた。

 

「ふん……!勝手にどこへなりとも失せるがいい……ま、まぁ、今回の事は、礼を言ってやらんこともないがな……!」

「ああ?別にいいよ、礼なんてさ。アタシは追っ手から逃げるためカジッちゃんを利用する、カジッちゃんは自分の望みを叶えるためにアタシを利用する、ギブアンドテイクっしょ?」

「ふん!最後まで口の減らぬ奴よ。まぁ良い。貴様の追っ手とやらもついでに始末し、貴様に最大限の恩を売ってくれるわ……!」

 

 既に勝った気でいるカジットを冷めた目で見ながら、クレマンティーヌは心の中で嘲笑する。こいつは聖典の連中を下に見すぎていると。自分を追ってきている風花聖典、こいつらですら自分がてこずるほどの強さだと言うのに、未だ望んだ姿へと変貌すらしていないこいつ程度が、何を言っているのか。老婆心からか、それとも多少の付き合いがあったからか、彼女、クレマンティーヌにしては珍しく忠告を飛ばしてやることにした。

 

「気を付けなよカジッちゃん。いくらそれが手に入ったからって、あんた自身が強くなった訳じゃないし、聖典の強さはかなりのもんだよ~?注意した方がいいと思うけど?」

「ふん……!言われずとも分かっておるわ!どんな相手であろうとワシが操る不死者の軍団で蹴散らしてくれる!そして、ワシはついに永遠を手に入れるのだ……!」

 

 鼻で笑いそうになるのを必死でおさえ、クレマンティーヌは手を振って霊廟を後にする。どうせ、アンデッドになったところで、あの人類の守護者に滅せられて終わるんだ。せいぜい夢を見ながら足止めをよろしくね、カジット·デイル·バダンテール。もしうまく行って生き残ったら……。

 もはや走りながらクレマンティーヌは嘲笑う。彼の覚悟や生い立ちを思い出してなお嘲笑った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「お、確かあの馬車の筈っすよケラちゃん」

 

 夜の闇、建物の陰を経由して移動していたルプスレギナは、発見と同時にそう囁くように、足元に向かって言った。そうして立ち上る影は瞬く間にメイド服を着た鮫の姿へと凝り固まる。そうしておいて、鼻をひくひくと動かし眉根を寄せるのだった。いや、眉根がどこかは分からないが。

 

「血の臭いがしますね。しかも少なくない量の血の臭いです」

 

 言われてルプスレギナも形の良い鼻を動かし宙を匂ってみる。確かに血の臭いがする。しかしながら……。

 

「ケラちゃん、鼻良すぎない?アタシ、一応狼の筈なんすよ?」

「私は鮫ですので、血の臭いには敏感です。どうやらこの建物の中から漂ってくるようですね。どうします?一応中を確認しますか?」

「あったり前じゃないっすか。とにかく、秘密を知ってる冒険者の口封じをしなくちゃならねぇんすよ」

「それに関しては同感ですが、殺すかどうかはモモンガ様や他の面子にお伺いを立ててからですね」

「襲ってきた場合は?」

 

 何をバカなことを、とでも言うように、ケラススは肩を竦めるようなジェスチャーをした。あくまでジェスチャー。肩はないので。

 

「身の程知らずには思い知ってもらいましょう。有り体に言えばぶっ殺します。フライングジョーズ案件ですよ、それ」

 

 と、良く分からないことをほざきつつ、触手の癖にやたらと器用な手つき、もとい触手つきで鍵穴を探るが、鍵が閉まっていると言うことも無かったため、そのまま開け放つ。途端、鮫面をしかめて一歩後退した。

 

「くっさ……!なんですかこの臭い……!」

「くっさ!なんすかこの漢方薬臭さは!」

「か、漢方薬!?ってか、マジくさっ!!っとと、まずい!」

 

 人が動く気配をロレンチーニ器官、かどうかは知らない部分で感じ取ったケラススは、素早くルプスレギナの思ったよりも細い腰を触手の一本で引き寄せ、音も気配もなく扉の中に飛び込んだ。遅れて酔漢が二人ほど、良く分からないことを言いつつ裏通りを歩いて行く。

 そいつらが去っていったのを確認し、ルプスレギナはパンパンと腰に回された触手を叩くと、締め付けるような力が緩みシュルシュルとスカートの元へと戻っていった。

 

「単なる酔っぱらいなら、見られても問題ないっしょ」

「私の姿を見て、餌の立場になってから物を言ってくださいな」

 

 言われて、苦手ながらも玩具の気持ちになって考えてみる。飲んでいい気分になって歩いてたらメイド服を着た鮫、鮫イドがいた。

 

「さすがにびびるんじゃないっすかねぇ?良く分かんないけど」

「普通に恐れ戦きます。無用な混乱は私も望むところではありませんし」

 

 そう言いつつケラススは素早く周りを物色して行く。とは言え、少し階段を降りたところに有るのは、壺や木箱につまった乾燥した薬草の類いのみ。確認するが早いか非人間的な滑らかな動きで母屋に続く扉を潜り抜けて行く。そしてそこには。

 

「おやおや、まぁまぁ」

「あららぁ、説得する必要、無くなったっすね」

 

 様々な薬草やその他諸々、この慣れはしたけど鼻にこびりつくような独特の臭気を放つ中型の鍋等が並ぶ、混沌としているが部屋の主なりにもっともベストだと思える配置の部屋だったのだろう。現在は、そこに転がる人間だったモノの流した血液や肉片等で見る影もないが。

 

「はてさて?物取りの犯行、にしては肉塊の損壊が激しいですねぇ……打撃武器で殴打された痕、これは鋭く尖った三角垂の刃で刺された痕ですねぇ」

「こっちの玩具は全身滅多刺しっすねぇ。いやぁ、これやった奴とは話が合いそうだなぁ……満足いったら殺すけど」

 

 冷静に分析するケラススと笑って冗談を飛ばしているようで、実のところそれなりに分析をしているルプスレギナは、それぞれその場にあったものをとりあえずと言った調子で分析し、そして、なんかお土産になりそうなものはないかなぁと物色を始める。結果、金貨が何十枚かは見つかったので、まぁ良しとしよう。そう考えつつルプスレギナが振り替えると、ケラススが棚から青い色をした液体の入った小瓶を取りだし懐に飲んでいるのが目に入った。

 

「なんすかそれ?」

「物品鑑定をしてみたところ、どうもポーションのようですが……ナザリックに有るものとは一致しませんね。興味深いので持ち帰ります。そちらは?」

「金貨が数十枚。これっぽっちしかないなんて、しけてるっすねぇ」

 

 カラカラと笑うルプスレギナに割りと上品な笑いを返すケラスス。が、次の瞬間、二人の顔が一斉に同じ方向へと向く。

 

「なぁんか、妙な声が聞こえたような?」

「恐らく悲鳴とかそういう叫びかと……」

「あー、それっぽいっすねぇ……ちょっと見てきてもいいっすか?」

「どうぞ……私はここを掃除しておきますので」

「掃除?なんでっすか?」

「そこの冒険者は我が主の行っていることを知ってるのですから、どこかで復活させられたら情報が漏れます。なので、ゴミは掃除しておきます」

 

 その言葉にルプスレギナは、彼女が自分の妹の一人、エントマ·ヴァシリッタ·ゼータの嗜好にもっとも近いのだと気付いた。口調は丁寧で勤勉、比較的慎重な性格だと見ていたがこういうところの有る人物だったとは。なかなか仲良くなれそうな気がする。そんなことを思いつつ、ルプスレギナは部屋から飛び出して行く。自分も食べるのは好きだが、それは自分がいたぶったりした末に補食するのが好きなだけであって死体をむさぼるような、有り体に言えばハイエナのような食事は好きではないのだ。故に、彼女にこの場は任せて、ルプスレギナはもっと面白いことがありそうな場所へと駆け出したのだ。

 ルプスレギナを見送った後、ケラススはさて、と腰に手を当てどこから始めたものかと考え、簡単なことに気がつく。せっかく腕が多いんだ。全部引きちぎってのんびり食べようと。思い立つが早いか、ケラススは、かつてペテルと呼ばれていた肉の塊に触手を伸ばし、強引にその足を引きちぎって口の中に放り込んで、それを数回噛み潰した後、嚥下するときに気がついた。割りと金属質の物が多い。と、言うことは全てを剥ぎ取って食べねばならず、剥ぎ取ったものはその場に残って証拠になるから持ち帰らねばならない。ずいぶん荷物が増えたなぁ、そう思いつつケラススは末端からむしりとったものを嚥下しつつ、器用に装備品を剥いで行くのであった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 屋根の上を駆けると、眼下では武装した人間が慌ただしく動いているのがチラチラと映る。ずいぶん慌てているようだが何があったのか。少しばかり耳を澄ませてみると大体の内容は把握できた。

 ここで慌てている奴等はどうやらこの都市の衛兵であるらしく、墓地とか言うところからアンデッドの大群が湧き出したらしい。現在は冒険者も交えた防衛線をうんぬん。つまり早い話が、

 

「アンデッドが墓地から湧き出した、大慌てで迎撃準備ってとこっすかね?」

 

 話を咀嚼し一言。しかし、どの程度のアンデッドが出てきたと言うのか。もしや、モモンガ様がひょっこり現れて、絶大なパワーを振るったとか?確かアウラ様が言うことには、モモンガ様はゴッドアンデッドとか言う聞いたこともないような種族らしいし。さすがモモンガ様、パネェ。

 

「とと、向こうみたいっすね。ちょっと覗くだけ覗いて見ようっと」

 

 まぁ、ぶっちゃけモモンガ様が来てるはあり得ないだろうし、となれば適当なアンデッドが湧き出したのだろうから、あっという間に片はつくだろうけどね。

 気楽にそう思いながら、ルプスレギナは屋根を伝って移動する。幸いと言うかなんと言うか、この異常事態に民家の屋根を気にしている者もおらず、わざわざ隠密に気を付ける必要もないままあっという間に最前線へと到達したのだった。

 

 恐らく、人間にとっての地獄とはこう言うことを言うんだろうなぁ、とルプスレギナはぼんやりと眼下の光景を見つつ思う。

 彼女の眼下では、数十体の動死体が、急拵えの柵から手を突きだし近くにいる冒険者や衛兵をひっ掴もうとし、それを槍や棒と言ったもので突き返している。正直、ルプスレギナにとっては欠伸が出るほど退屈な光景であったが、その場で戦っている者にとっては生き死にをかけた必死の抵抗であった。この時点で生者と死者の攻防はほぼ均衡状態であると言えた。

 その均衡が崩れたのは、その巨影が姿を表した時からだった。最初に気付いた誰かが大声で叫ぶ。

 

「《 集合する死体の巨人/ネクロスォーム·ジャイアント 》だぁ!一旦下がれぇぇぇぇえええ!」

 

 そのアンデッドはまさに死体がより集まり一体の巨人をなしたものであった。その言葉に敏感に反応出来た者は幸運であったろう。目の前の作業に没頭しているがあまりその声に反応出来なかったものは、その巨大な拳によって急拵えの柵もろとも吹き飛ばされた。それで即死したのなら、それはそれで幸運だった。宙に舞い上げられ奇跡的に命があった者は、その奇跡に感謝する間もなく、死者の波頭の中に落ちることになる。

 

「ひっ!ひあっ……!」

 

 悲鳴をあげる暇さえない。そこら中から伸びた死者の腕が男の手足を掴み、それを振り払おうとした腕に別の死者が噛みつく。場所によっては籠手に守られ鎧に守られているものの、服の上から黄色く濁った歯が突き刺さりブチブチと音を立てて筋肉までを食い千切る。足もまた同様。守られていない所は食いちぎられ引きむしられて行く。それでも、胴体は頑丈な鎧で守られ頭も同様。しかし、それも意味はない。こうなった人間の望みはたった一つしかないからだ。曰く「殺してくれ……」だ。

 しかし、その望みを叶えられる人間はいない。柵を破壊され、塞き止められていたアンデッドが市街地の方へ流れ込むのを必死で食い止めようとする者たち。そこへ雪崩込み生者への怨念で突き進むアンデッド。

 ここまで見て、その場から離れながらルプスレギナは大きく欠伸をした。やはり、面白くないのだ。弱い奴等が必死で抗う様は見ていて滑稽でそこそこ面白いが、結局のところ、そこそこなのだ。もっと人間が抗っても無駄な相手に無様に抗って、無様に、絶望に表情を歪めながら死んで行く。それを自分の手で行うことがやはりもっとも面白いのだ。

 フッと、誰かがルプスレギナの背後に降り立つ。とは言え、その相手はすでに分かっている。振り返る事無く、ルプスレギナはその人物に声をかける。

 

「掃除は終わったんすか?」

「ええ、それはもう……ふむ、まぁまぁの阿鼻叫喚。ですが、もう少し刺激があった方がいいと思いません?」

「そりゃぁそうっすね」

 

 答えつつ振り向くと、そこには、触手の一本に例の冒険者を抱え、一本で様々な物が入った袋を抱えたケラススがいた。鮫の表情の変化は分かりづらい。だが、下で行われている地獄絵図にやや高揚しているように見えるのは、ルプスレギナの勘違いだろうか。続けて何か声をかけようとしたルプスレギナはふと気付く。ケラススの足の代わりになっていた触手が一本、消失している。

 

「ありゃ?足、て言うか触手が一本、足らなくねぇっすか?」

「ええ、足の一本は……」

「う、うわぁぁああああああ!!」

 

 ケラススが下を指し示すのと悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。何事か、楽しいことが起きてそうだと下を覗き込んでみると、そこには、太さ二メートル程の蛇のような幼虫のようなミミズみたいな化け物が地中から這い出てくるところだった。恐らく半分ほど体を出したそのミミズは、頭らしきところをクパァッと放射状に広げ、舌のような器官を四本ほど射出、手近な冒険者を絡めとると、口の中に冒険者を押し込んだ。冒険者の悲鳴がくぐもった音に変わった後、耳に悪い固い何かを砕く音と水袋を潰したような音。

 

「なんすか、あれ?」

「グラボイズ。アースワームの一種ですね。私が呼び出せるモンスターの一匹です」

「はぁ!?召喚とか出来るんすか!?」

「ええ。とは言え、私のレベルが一時的に10レベルほど下がるので、あまり使いたくはないですけど。今回は混乱をもたらすようなので問題ないでしょう?」

「なぁんで、そんなことをするんすかねぇ?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべ、ルプスレギナは何だか仲良くなりつつ有るような気がしなくもない彼女にそう聞いた。答えの言葉はなく、意地の悪そうな笑いだけが返ってきた。

 

「いやぁ、本当に意地が悪いっすねぇ」

「いえいえ、あなたには敵いませんとも」

 

 二人は朗らかに笑い合いながらその場を後にする。背後で響き渡る絶叫に耳も貸さず。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 エ·ランテル墓地の地下神殿、持続光の淡い光の中、カジット·デイル·バダンテールは、《 不死の軍勢/アンデス·アーミー 》によって産み出される無数のアンデッドが次々と自分の制御下に入り外へ向かってその軍勢が攻め出すのを快をもって受け入れていた。

 第三位階にある《 不死者創造/クリエイト·アンデッド 》によって産み出されるアンデッド、低位ならば百体以上、カジットならば支配できる。だが、先程から溢れ出している不死者の軍勢はその数の比ではない。一回につき千体以上、それも中には自分が未だ制御できないようなアンデッドすら交じっていると言うのに、アンデッドが産み出される度に力強く脈動し輝きを増し続けるこの〈 死の宝珠 〉の力が、全てのアンデッドを制御下に置くことを可能としていた。

 そして、カジットはここに至って、この神殿に負のエネルギーとも呼べるものが充満しつつ有るのを感じ高笑いをあげる。ついに、ついに願いの一つが叶うのだと、喜びの笑いを、既に生きる者の居なくなった神殿に響き渡るほど上げ続けた。

 カジット·デイル·バダンテール。スレイン法国の田舎の村に生まれる。父は屈強な体躯を持つ農夫、母は穏やかな普通の女性、その一粒種として産まれた彼は普通の子供時代を過ごした。

 そんな彼が今の彼へと変わったのは、母の亡骸を見た時からである。無論、最初はここまで歪んでなどいなかった。

 あの日、彼は母の早く帰ってくるようにと言う約束を破って普段よりも遅く帰ってしまった。

 母親に怒られるとビクビクしながら家に飛び込むと、既に母親は動かなくなっていた。驚き、慌てて母親に駆け寄り触れたときの暖かな感触はいまだに忘れられないものだ。

 冗談だろう、嘘だろうという気持ちは、簡単に裏切られることとなった。

 母親は死んでいた。聖職者たちが死因の事を言っていたがもはやどうでも良かった。誰もが誰のせいでもない、そう言っていたが、もしあの時、自分が早く帰っていたら?変わったかもしれない、変わらなかったかもしれない。しかし、ここまで後悔し自分を責めることなど無かっただろうとは思えた。

 故に、母を甦らせ自らの過ちを清算するため、カジットは魔法の知識を蓄え始めたのだが、知れば知るほど、知識を得れば得るほど、大きな問題に直面することになった。

 死者を蘇生する魔法は、対象となったものを復活させるにあたり膨大な生命力を消費する。それが足りない者は復活出来ずに灰になる。そして、自分の母親はそれに耐えるだけの生命力がない。しかしながら、新たな魔法を作り出す程の時間は、恐らく無い。だから人間をやめてアンデッドとなり、魔法の開発までの時間をかせぐ。それが、カジットの出した結論。

 そうして、それまで学んだ信仰系を捨て、魔力系統を学びだしたが、再び新たな壁にぶち当たることになる。簡単な話ではあったが、結局のところ、高位のアンデッドになるためには時間がかかりすぎると言うことだ。それ以外にも才能や能力の壁が存在する。そして、最終的にアンデッドになれない可能性だとて存在するのだ。

 それらを突破する方法として考えたのが、一個の街を全てアンデッドで覆い尽くし、そこから発生する負のエネルギーによって、才能の壁、時間の壁、能力の壁を突破する方法であった。

 それを行うために、邪教であるズーラーノーンに接触し高弟まで上り詰め、そしてズーラーノーンの盟主より死の宝珠を賜った。そして、その思いと野望は今まさに実を結ぼうとしていた。

 

「くくっ……くははっ……くははははははははは!ついに、ついにワシがアンデッドとなる瞬間がやって来たのだ!五年間の準備、三十年たとうと変わらぬこの思い、全てが、全てがここから始まるのだ!」

 

 狂ったように、涙を流し涎をこぼし笑顔を浮かべ、カジットは天に向かって死の宝珠を掲げる。歪で不格好な石にも見えるそれは、内側から禍々しい光を強く強く発し脈動している。その脈動にあわせ、床に自分の部下の血で描かれた魔方陣が弱く弱く発光する。

 

「さぁ、死の宝珠よ!ワシを、ワシをアンデッドに変えよ!」

 

 言葉に答えるように、死の宝珠が今まで以上の光を発した。そして……。

 

「----ぎぃぎゃぁ!」

 

 死の宝珠が、カジットの掌に食い込んだ。絶望的なほどの痛みがカジットを襲う。だが、カジットはそれを懸命にこらえた。これでアンデッドになり、永遠の中、母を生き返らせる手立てを模索できるなら、この程度の痛みなどどうと言うことはない、と。

 その間も、死の宝珠は腕の中を潜行することを一時足りとも止めはしなかった。ブチブチと筋肉を引きちぎり、肉を裂き骨を砕く。それでも、カジットは苦鳴を上げこそすれ、決してそれを拒むことはなかった。が、しかし……。

 

「--がぁあああぎぎゃぁかかきがっぁっぁぁ!!」

 

 それが胸に至り首に至ったところで、何かおかしいことに気がつきながら、奇怪な悲鳴をあげる。だが、その悲鳴も気道や生体を圧迫されたことで無理矢理阻止されてしまう。自らの首を掻きむしるが、それを避けるように死の宝珠はまっすぐに頭蓋骨へと侵入し、そこでカジットは白目を剥いたまま、何が起きてるのかも理解できぬまま息絶えた。

 事切れたカジットの額の肉が内側から盛り上がった。それはどんどんと大きくなり、額が裂ける。それを皮切りに裂け目は鼻、顎へと伸び、止まる事無く首から下へと伸びていき、そして、最終的にその死体の中から巨大な腕が出現する。その骨のような金属質のような腕はそのまま真っ直ぐカジットの体から出続け、次に同じような骨の肩、悪魔の物を連想させる頭蓋骨、全身へと至り、最後はカジットであったものを踏みしめるように足が出現し床を踏みしめる。

 それを知る者がこの場にいたならばこう叫んだであろう。〈 死の騎士/デス·ナイト 〉と。しかしながら、それはどのような武装も持たず、額には黒曜石のような輝きを放つ死の宝珠が光輝いていた。

 死の騎士の口から真っ白い蒸気が吹き出す。そしてそれは、どこから響いているか分からないような声で哄笑したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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35,晴れ晴れ愉快

前回のあらすじ
エ·ランテルにてアンデッドが大量発生したが、ナザリックには特に影響はない。
ついでにカジットがハイパーカジットに変化したけど特に影響はない模様。





 ヘロヘロがこの世界にいる。そうぷにっと萌えに告げられたモモンガは、自室にて、一人、物思いに耽っていた。普段ならば側仕えメイドが一人、もしくはアルベドがついているのだが、今日ばかりは遠慮してもらった。メイドはごねたものの、アルベドが素直に聞いてくれた上に〈 八肢刀の暗殺蟲/エイトエッジ·アサシン 〉も下げてくれたため、正真正銘の一人きりだ。近衛になったたっち·みーもミーティングその他のために今は控えていないから余計にだ。

 さて、考えるべき事はヘロヘロのみならず全員の事にも関係するかもしれない。机から紙を取りだし考えることを書き出して行く。

 一つ目は、無論、ヘロヘロの事だ。あの日ヘロヘロは確かにログアウトしたはずだ。この辺りに関しては、リュウマに確認をとらなければならないだろう。

 二つ目。そもそも、やまいことぶくぶく茶釜は、いつの間にログインしていたのか。無論、皆を待つ間、リュウマとノンビリ話に興じていたのは事実だが、ログインメッセージを見逃すほど熱中してたのか。

 三つ目。たっち·みーとペロロンチーノのログインしていたときの状況。二人とも、別のアバターを作ってログインして、気がつけば以前と変わらぬ姿、装備、能力を持って転移してきた。しかし、本当に直前までの記憶はないのか。

 四つ目。そもそも、いつからこの世界に自分達は転移していたのか。本当にあの終わる瞬間に転移していたのか。もしかするとその前から転移は始まっていたのではないか。

 以上四つの、自分の中に渦巻く疑問を書き出し、モモンガは軽く頭を振った。どうにも、全てが全てなんとも言えない怪しさに満ちているような気がする。こう言うとき、他の皆ならどんな風に考えるだろう。

 そこまで思い至って、モモンガはやおら椅子から立ち上がって手を打った。そうだ、なにも一人で考える必要はないのだ、と。とは言え、と、モモンガは椅子に座り直す。

 こんな妄想みたいな話、どうやって切り出すか。そもそも、皆寝てたり色々してるんじゃない?ちなみに、ぶくぶく茶釜は、一日一回、アウラとマーレ二人と一緒に寝ることを日課にしており、今日は既に二人と眠っているはず。それを起こすのは忍びない。ペロロンチーノに関しては……たぶん、シャルティアとお盛んなはず。最近はヴァンパイア·ブライドも加わって下が乾く暇がないとほざいていたし。やまいこは、確か既にカルネ村へ向かっているはず。ぷにっと萌えはデミウルゴスとその配下と何らかの策の準備と言ってた。と、なると残りは……。

 

「リュウマさんなら、起きてるし暇してるんじゃないか?」

 

 そう呟くと同時に伝言を起動する。細い糸が何かに繋がるような感覚の後、いつもの声音が返ってきた。

 

『はいはーい、モモンガさん?どうしたん?』

「あー、リュウマさん、今、時間大丈夫です?」

『あー、うん、大丈夫。ちょっとアイテムの実験してるけど、問題ない。俺の部屋に来る?』

「あ、じゃぁすぐ向かいますね」

『はーいよ』

 

 返事を聞くと同時に伝言を切るが、その直前、『あっ』と言う声が聞こえた、ような気がする。とにもかくにも指輪を起動し、次の瞬間にはリュウマの部屋の前へと転移していた。基本的にギルドメンバーの部屋の扉は一様に洋式の扉だが、内部はそれぞれ好みの内装に変えてある。モモンガは、内装担当が用意してくれたデフォルトの物を使用しているが、リュウマはかなり注文をつけていたような。

 そんなことを思いつつ三回ノックをすると、どうぞ、と言う声が返ってきた。さて入るか、とふと気になった。側仕えのメイドがいない。確か、リュウマの担当はルプスレギナのはずだったが……とルプスレギナに至った瞬間、サボりと言う言葉が頭をよぎった。いや、他の面々のように四六時中働けとは言わないけど、せめてこう言う仕事はちゃんとしようよ、とも思う。専属のメイドの教育もリュウマの仕事なんだから、一応釘を刺すように言っておくか。

 そう心に決め、モモンガは扉を開いた。途端に香る藺草の香り。初めて入ったが、リュウマの部屋は純和室だった。自分のところは大理石作りの床なのに、ここでは一面の畳。地味だが高価な感じのする和箪笥や和風にアレンジされたクローゼットが幾つか並び、隣の部屋に続くだろう扉は襖、中央には囲炉裏があり、そこにリュウマは背中を見せて立っていた。

 

 

 

 裸エプロンで。

 

「なんでだーーーーーーーーー!」

「おう、モモンガさん、よく来た」

「半面だけ振り返るな!て言うか尻を隠せ!」

「なにをぉ?なかなかナイスな尻エクボだろうが」

 

 そう言いつつ尻に力を込めると、ナイス尻エクボ。

 

「と言うか何で裸エプロンなんだ!正面を向け尻を見せつけないでくださいお願いします!」

「まったく、しょうがねぇなぁ」

 

 そう言いつつ、ようやくリュウマは正面を向いてくれた。その鍛えられた肉体の前面には、まったく似合うことの無い薄いピンク色のフリフリエプロンがかかっていた。無論、鍛えられた筋肉質な丸太のような太股の中ほどまでの長さだ。

 何が悲しくて男に裸エプロンで出迎えられねばならんのか。そう思いつつ、とりあえず聞いてみる。

 

「で?何で裸エプロンなんですか?」

「うん、よくぞ聞いてくれた」

 

 話を要約するとこうだ。アイテムの整理をしていたら、いつ手に入れたかも分からないアイテムが幾つか出てきた。その中の一つに《 新妻のエプロン 》と言う料理スキルを付与する防具があったので、好奇心から着けてみたら、鎧と下着が吹っ飛んだ。結果はご覧の通りである。

 

「よもや、下着まで吹き飛ぶとは……」

「何でそんな好奇心を出したんだ」

「ちょっと前までエンリが料理してくれてたんだけど、最近色々と忙しいから料理くらい手伝おうかと思ってね」

「結果裸エプロンじゃただの変態だ」

「ごもっとも」

 

 そう笑って返しつつ、リュウマはエプロンを脱ごうとする。肩紐に手をかけ、そして。

 

「ん?おい、マジか……?」

「……どうしたんです?」

 

 エプロンの肩紐を摘まんだままなんだか不吉な声を出すリュウマに、モモンガは嫌な予感を覚えつつ問うた。問わざるを得なかった。

 

「……うん、モモンガさん」

「あ、言わないで嫌な予感がする」

「脱げない。呪われてるわこれ」

「何で状態異常耐性の指輪とかつけてねぇんだよ!」

 

 思わずそう突っ込みを入れると、リュウマがその逞しい腕を組んで何度か頷いた後、部屋の四方、そして天井をゆっくりと指差したので、つられて視線を動かすと、部屋の四隅に指輪が計9個、そして天井には鎧がぶっ刺さっていた。なんだこれ?どう言うこと?意味が分からずリュウマを見ると、深く深く頷いて、言った。

 

「新妻のエプロンをつけた瞬間、全てが弾けとんだ」

「なんちゅう呪いのアイテムだ」

「しかし、薬指の指輪だけ吹き飛ばなかったな。さすが新妻」

「そこになんの指輪を装備してるんです?」

「筋力増強Ⅳだな。いやぁ、ここに呪い耐性とかつけておけばよかった。その辺全部鎧任せだけど」

「素晴らしく現状役に立たない指輪ですね……で?」

「で?と言われても」

「そんな困ったように言わなくても……呪いを除去するようなアイテムはないんですか?」

「あぁ、隣の部屋にありますわ。んじゃ、取ってきましょうかね」

 

 軽やかにターン。その瞬間、エプロンの裾が翻り見えるか見えないかのギリギリのラインを……。

 

「わざとやってます?」

「なにが?」

 

 ジト目で疑うモモンガに対して、なんの事やらさっぱり分からんと言った感じの返事を返しつつ、リュウマは襖を開けて尻を突き出したまま物色を始める。瞬間、吐き気を覚えたモモンガは残像を残す勢いで顔をそむけた。何で自分はこんな朝早くから男の友人の尻筋ムキムキの尻を見せられねばならんのか。大体相談があってきたと言うのに相談をするタイミングがないんだけど?

 

「あれま……」

「もう聞きたくないんですけど、なんです?」

「いや、中級程度の呪い除去系じゃ駄目っぽい?」

「……なんて傍迷惑な呪いの防具……」

「モモンガさん、やまいこ、呼んでもらえません?」

「……まぁ、いいですけど……恥ずかしくないんですか?」

「延々とこのままでいる方が恥ずかしいかと存じます」

 

 納得がいくようないかないような答えを受け、モモンガは溜め息をつきつつ伝言を使用する。はたして簡単に繋がり事の経緯を簡単に説明すると、すぐに行くと言う力強いお言葉を受けて、ほっとする。その間に、リュウマは素早く緑茶を入れていた。飲むようにすすめられたが、人間体で目の前のこれを見たら吐く自信がある為、丁重にお断りをした。

 間髪入れず、扉が三回ノックされ、間髪入れずやまいこが返事も待たずに入ってくる。ぐるっと部屋の中身を見回し、正座する骨魔王と胡座をかいている裸エプロンの黒鬼を凝視し、やまいこはうんうんと深く頷いた。さすがに、やまいこは怒るんじゃないか、むしろ怒ってくれと願うモモンガ。

 

「リュウマ、いい筋肉」

「ありがとう」

「そこじゃねぇ!」

「どうしたのモモンガさん」

「やまいこさん!大の大人の男が裸エプロンでいるところでその台詞はちょっと!?TPOを弁えろとか、そういうお説教の場面でしょう!?」

「でも、モモンガさん?例えば、アルベドとかメイドの誰かが裸エプロンだったら、そこまで怒らないでしょ?」

 

 うっ!と言葉を詰まらせるモモンガ。確かにあの美女や美少女揃いの面子が裸エプロンで出迎えてくれたら、きっと口では怒りつつじっと見えそうで見えないラインを凝視するだろう。そこまで考えモモンガは叫んだ。

 

「って、今の状況と関係ない話じゃないです!?」

「まぁ、関係ないけど……いい筋肉が見れたので、今、モモンガさんが抱いたような思いだったんだよと言うことを言いたかった。まぁ、自室でどんな格好をしようと勝手だと僕は思うけど?」

「いやいや、やまいこ、趣味じゃないんだよこの格好は。実は……」

 

 と言うことで事の経緯を簡単に説明すると、やまいこは腕を組み深く深く頷いた。

 

「リュウマ、君は本当に馬鹿だなぁ」

「Thank You」

「いや、誉めてないですから」

「とにかく僕が、チャチャッと《 セイクリッド·カース·ブレイク 》を使えばいいってことだね?」

「よろしくお願いします」

 

 言うが早いか、やまいこはリュウマに向かって魔法を無造作に唱えた。清浄な光がリュウマを包み込み、リュウマを縛っていた呪いの鎖が溶けて行くのがモモンガの目にも見えるようだった。果たして魔法は効果を表した。何で分かったかって?仁王立ちしているリュウマの前面を覆うエプロンが床に落ちたから。つまりリュウマは裸エプロンから全裸へと進化を果たしたわけである。

 

「隠せっっっっっ!!」

「はっはっはっはっ。隠すものがない!」

「隣の部屋にでもズボンがあるんじゃない?」

「確かに……!んじゃぁ、取ってくる」

 

 鬼サイズのモノをぶらんぶらんさせながら、リュウマは隣の部屋へ消えていった。それを見送って、モモンガは深い深い溜め息をついた。そして、はたと気がついた。先程から怒ってるのに精神安定が起こってない。と、言うことはつまりあんまり怒ってない上に友人の全裸をそこまで不快に思ってないと言うことか?いや、いやいや、否である。つまりこれはギリギリ、そうギリギリ安定上限値まで到達しなかっただけ。ただそれだけなんだ!

 そんなことを考えていると、やまいこがこちらを見ていた。

 

「ど、どうしたんですか?」

「こんな朝方にリュウマの部屋で何をしてるのかな、と思ってね?……まさか?」

「餡ころもっちもちさんに毒されました?」

「あんちゃん、こっちに来てるかな?確か、データは大事な宝物だから消せないって言ってたけど……」

「……あ、そう言えば、アバターデータを消してない人って、やまいこさん知ってます?」

 

 言われ、やまいこは首を捻る。そもそも、連絡先を知っているメンバーは、実のところそう多くない。近しい人だと、ぶくぶく茶釜、餡ころもっちもち、死獣天朱雀くらいのものである。ゲーム時代はそれこそログインしさえすれば皆と会えたのだから、連絡先を知らなくてもそれほど困らなかったのだ。

 

「うん、分かる人は教授くらいかな?時々色々相談に乗ってもらったりしてたから……教授はアバターデータ、残ってないはず」

「そうですか……」

「けど、急にどうしたの?」

「あぁ、いえ。なんと言うか、皆がこっちに来た時用の情報網を構築しておいた方がいいかなぁと思いまして」

「そうだね。とは言え、彼が来てたら、もはや捕捉そのものが難しいとしか」

「ああ、炎雷さんですか……情報系の魔法すらかわす隠密能力ってなんじゃそりゃですよねぇ」

「おまちどう……どうした?二人ともなんか難しい顔してる雰囲気だけど?」

 

 着流し姿で戻ってきたリュウマがそう言うと、モモンガもやまいこも揃って手を振って何でもないと言う意思表示をした。それに頷き返しつつ、リュウマはキョロキョロと部屋を見回した後、部屋の四隅に転がっている指輪を拾い上げ指にはめ直して行く。

 

「あ、そうだ。リュウマ、アバターデータを残してるメンバー、分かる?」

「へぁ?あぁー、んー?源次郎さん、ブルプラにぃ、チグリスの旦那に音改さん、かねぇ?弐式もか。タケさんはたっちさんが辞めた後燃え尽きて、データを消したはずだしな。後は分からねぇけど、ホワイトブリムさん辺りなら残しててもおかしくはないんじゃね?てか、急にどしたん?あ、もしかして俺のところに来たのは、それを聞きたかったから?」

 

 リュウマの得心がいったと言いたげな言葉に、モモンガは顎を押さえて低く唸った。確かにそうであるとも言えるし、そうでないとも言える。しかし、どう切り出したものかと唸ったのだが、その反応を受けたやまいことリュウマは顔を見合わせた。

 

「あー……違ったか?」

「あ、違うってことはないんですけど……そうですねぇ、実はぷにっとさんにちょっと衝撃的な事を聞きまして、それの相談、ですかね」

「衝撃的なこと?」

 

 やまいこの問いに、モモンガは一つ頷いて息を吸い込む。特に意味はないが、あえて言うなら自分の中での様々な考えに整理をつけるため、と言う意味が大きい。

 

「ぷにっとさんは、ヘロヘロさんと行動を共にしていたそうです」

「おおー、ヘロヘロさんも来てたのかぁ。ようやくブラック企業からの卒業だなぁ」

 

 嬉しそうに声をあげたリュウマだったが、ふと、なにかを思い出すように首を捻る。そして何かを思い出したようにモモンガの方へ顔を向ける。

 

「いや、そりゃおかしくねぇか?あの日、ヘロヘロさんはログアウトした、はずだろ?」

「ええ。確かに俺達二人の前で、ヘロヘロさんはログアウトしたはずなんです。だと言うのに、この世界にいる。おかしいと思いませんか?」

 

 問われ、リュウマは難しい顔をして唸る。そして、一つ何かが引っ掛かった。しかしながら、その引っ掛かったものが喉から出てこず、首を捻りつつ唸る。そもそも、頭脳労働系は大の苦手だ。無論、考えられないほど阿呆ではないが、小難しい理屈をこねごね練り上げるのが苦手だ。正確に言うなら苦手になった、であるが。

 首を捻って唸るリュウマを前に、やまいこが首を傾げつつモモンガに問う。

 

「それを聞くためにリュウマの部屋に来たの?」

「それも含めて、ですね……やまいこさんにも確認しておきたいことがあるんですけど、大丈夫です?」

「僕にも?いいけど、なに?」

「やまいこさんは、いつ頃ログインされました?それと、ログイン直後くらいの記憶の方も教えてもらえれば有り難いんですけど」

「え?ええと?詳しい時間は忘れたけど、確か十時くらいには茶釜さんと一緒にログインしてたかな?ログイン直後は二人がいないって話してたかな?」

「円卓の間に出現しなかったのは、あらかじめ出現場所を変えてあったと言うことですか……不自然さはないですね。けど、ログインメッセージを見た覚えがないんですよね、俺」

「……なんか、尋問されてる気分……」

 

 不満げに呟いたやまいこに、慌ててモモンガは両手を振って否定する。

 

「ち、違いますよやまいこさん!ただ、なんか色々引っ掛かることが多くて……!」

「まぁ、それだけよく分からないことが多いってこったな。しかし、これ、俺ら三人で話し合うような内容じゃない気がするんだがなぁ」

 

 助け船を出すようにリュウマがそう口にすると、やまいこも同意するように頷いた。

 

「うん、そうだね。例えば、茶釜さんやぷにさんにも色々話してみるのがいいんじゃない?」

「俺は知恵とかじゃあんまり役に立てないからな!」

「え?あ~、うん、そうですねぇ?」

 

 清々しいほどの笑顔でサムズアップするリュウマに、曖昧な言葉で返しつつ、モモンガは軽く考える。あくまで、あれらは自分の妄想にも近い考えだ。と、なれば、それに時間をかけさせるのは如何なものか。もう少し、そう、情報が集まるのを待って皆と話し合えばいいんじゃない?と言うかきっとそうに違いない。

 無理矢理そう結論づけ、モモンガは首を横に振って見せた。

 

「いえ、大丈夫ですよ。話し合うにせよなんにせよ、とにかく色々情報が不足してますから……混乱させるようなことは一旦置いておきましょう」

「……まぁ、モモンガさんがそれでいいならそれでいいけど……」

 

 どこか釈然としないまでも、やまいこはそう返す。基本、相手に遠慮しがちなモモンガであるから、無理に話をさせようと詰め寄れば話をしてくれるだろうが、突き詰めると確かに色々話が行き詰まりそうな気がする。なら、ここで話を打ち切って別の話をする方がいいか。そう結論づけ、やまいこはかねてより疑問だった事へと話をシフトすることにした。

 

「ところでモモンガさん?これから僕らはどうすればいい?それからモモンガさん、やっぱり冒険者になって息抜きしたいって思ってる?」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ぷにっと萌えは、デミウルゴスとの打ち合わせを終え、自室にて次にすべき事に考えを向けていた。視線をぐるっと回してみれば、懐かしい、自分のこだわりを詰め込んだ部屋が目に入った。それは、いわゆる中華様式とでも言うべき部屋だ。天井からは中華風のシャンデリアランプが下がり、テーブルや椅子も全てそれで統一している。まぁ若干、ポリネシアン仮面や日本風の屏風が置かれていたりするが、それはそれで味だと思いつつ立ち上がり、部屋の隅の棚に山と置かれている書物を手にとって広げてみる。

 

「孔子論語、か。ずいぶん読み込んだっけか」

 

 懐かしそうにそう呟き、今度は隣の部屋へと続く扉を開け放つ。最後の日に見た覚えのある雑多に積み上げられた武具や装身具などが転がっていた。微かになりつつある、十数年前のままであるような気がする。つまり、この山には一切、モモンガとリュウマは手をつけなかったと言うことか。

 

「好きに使ってもいいのに、律儀な二人だなぁ」

 

 苦笑と共に呟き、ぷにっと萌えは改めて思考を開始する。

 作戦、と呼ぶには滑稽だが、彼は英雄と英雄が、共に国を起こすのがもっとも各国家に対して衝突が少ないと考えている。特に世界を救った的な英雄なら有益な存在であるから、なんとかなるだろう。各国家のお墨付きももらえるようにすればなお結構。さて、それに当たって重要になってくるのは英雄と、それが背負って立つ国家だ。国家の選定に移るなら、まずは王国、ついでナザリック。しかし、出来ればもう一つ国が欲しい。そこで白羽の矢が立つのがスレイン法国になるのだが、極めて情報が少ない国である上、あの国は亜人種、異形種の類いとは一切相容れない国である。で、あるならば、あえて国を興しその後に交渉をすれば良い、と仮定する。それに当たって交渉が決裂した場合、残念ながら武力を以て当たるが吉、しかも迅速果断に、だ。無論、それまでに根回しは色々とする予定ではあるが。

 と、なれば。ぷにっと萌えは部屋の中をぐるぐると歩きつつさらに思考する。やはり帝国を三国目にするのが良い。幸い、あの国には四騎士や高名な魔術詠唱者のフールーダ·パラダイン等がいるため英雄になってもらう人間には事欠かない。ならば、とっととモモンガさんに英雄になってもらって帝国とのパイプを作ってもらうのが手っ取り早い。

 さて、ここまで考え、ぷにっと萌えはもう一つの仕込みについても思いを馳せる。国家間が手を取り合うような状況、となれば、これはもう強大な敵と相場が決まっている。しかし、中途半端は駄目だ。そこで、ラキュース達に語った“組織”の出番、となる。これの首魁を、申し訳ないがデミウルゴスに頼み今から作り上げてもらう。さて、それだけの戦力をどこで調達するか。これに関しては一つ考えがあった。ビーストマンの国家。これらを丸っといただこうと言う話である。ナザリックが出撃して随分な数のビーストマンが潰されたらしいが、欲しいのはビーストマン、ではない。正確に言うならビーストマンは必要だ。素材として。ビーストマンを素材にして様々なモンスターを作り上げ軍団にしてしまう。ナザリックの生産能力ならば、おおよそ二ヶ月ほどで出来上がるはずである。最後に目玉になるような大ボスが欲しいが……これは保留としよう。

 それから、と、ぷにっと萌えは指を折って考えてみる。国を作る、これに関しては様々な国に皆で出向いてパイプを作れば概ね問題ない、一国を除けば。そう、自分の愛弟子を王座につけると約束したリ·エスティーゼ王国の六大貴族のクソッタレだ。レェブン侯爵に関しては問題ないが他の家が問題だ。これに関しては何らかの大きな事を起こして一気に力を削いでしまうのが一番。その大きな事の時にラナーが動き人心を掌握すれば後はなし崩し的に王座は約束されるだろう。

 はた、と気付くぷにっと萌え。簡単な話だ。あの阿呆共と“組織”を結びつければいいのだ。大きな利が得られるとなればすぐさま食いつくだろう。となれば、その仕込みに一ヶ月ほどか。ならば三ヶ月で様々な準備を終えないと。

 うんうんと頷き、ぷにっと萌えは、部屋の隅で立っていたメイドに目を向けた。

 

「すまないが、お茶をいれてくれるかな?」

「かしこまりました、ぷにっと萌え様」

 

 礼儀正しくそう言って頭を下げて出て行く金髪のメイドを見送って、ぷにっと萌えはうんうんと頷きつつもう一つ障害があったことを思い出す。アーグランド評議国。評議員による評議制である事と永久議員である龍がいる、亜人種が多くいる、程度の事しか分かっていない。てか、情報が少なすぎる。特に王国な。あの王国にいながらこれだけ情報を集めた自分を誉めてあげたい気分だ。とにかく、ここともなんとかコンタクトをとりたいものだ。出来れば無用な争いは避けたい所だが、果たして。

 と、その時、部屋の入り口の扉が豪快に開け放たれ、やまいこ、リュウマ、たっち·みー、モモンガの順番で突入してきた。

 

「……いきなり、なにかね諸君?」

 

 あきれ返ってそう聞くと、やまいことリュウマに背中を押されモモンガが前へ進み出る。何やら言い淀んでいるようすなのでじっと待っていると、軽く咳払いをしてモモンガが口を開いた。

 

「ええ、と、ぷにっとさん……その、これからの作戦とか、立ってます?」

「ん?うむ、そうだね。色々と考えているけれど……そうだな、モモンガさん」

「あ、はい、なんです?」

「冒険者に興味、あります?」

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 






遅くなって……すいません……
あ、あと、ぷにっと萌えさんの作戦が頭悪すぎて、ごめんなさい……
ところで、謎の腹痛を治す方法を知ってらっしゃる方、ご一報ください……



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36,その頃の人達4

前回まであらすじ

ぷにっと萌え帰還。頭の悪そうな作戦を考える。

今回予告

デート回。






 明美と再会して三日が経った。重要事項であるナザリックの情報は明美から得ることは出来なかったが、まぁ、それはいい。幸いなことにこの悪魔の体には無限……では無かろうが、それなりに多くの時間があるだろうからのんびり探すことにしよう。どうせ、あっちも探してくれてるだろうからな。運が良ければ意外と早く再会できるかもしれない。慌てる乞食はなんとやらだな。

 フォーサイトの仕事に関しては、邪教の巣を叩いたことで大幅な増額があったため、全員、それなりに懐が暖かくなっているところなので、事後処理後の二日程度は休みにする予定だそうだ。俺も色々見て回りたかったからありがたい話だ。と、言うわけでもないが、俺は現在帝都の通りの一つ、“歌う林檎亭”から一番近い通りにある市場に来ている。市場と言ってもあれだ、野菜や食料品ではなくワーカーや一応いる冒険者、剣闘士が利用するマジックアイテム等を販売しているそんな露天市だ。ごみごみとしているが野蛮な活気に溢れたなかなかエネルギッシュな場所なので、俺は結構気に入っている。ただ、一つ二つ気になることもある。ここの治安は比較的いいんだが、こう言う悪党一歩手前の連中が大人しく買い物だけをしているって言うのはどういうことなんだか。と、言うことで、買い物に付き合えと言った同行者に話を聞いてみよう。

 

「おい、エグレーナ」

「何が抉れてるのか、言ってもらおうかしらおぉん?」

 

 イミーナがものすごい勢いで振り向くと半目で俺を睨みつつそう言う。こう言う反応が面白いからからかいたくなるんだが、まぁいい、それは横に置いておこう。

 

「この辺、まぁ治安がいいとは言わないが、少なくとも大きな事件なんかが起こってないのはどういう理由だ?やっぱあれか、元締めみたいなのがいるのか?」

「あんた、変わったことを気にすんのね。まぁ、察しの通り、ここには元締めがいるわ。闘技場の現チャンピオンで歴代最強と名高い“武王”そのプロモーターが現在の元締めね。武王を頂くような奴に睨まれたくないでしょ?そんなわけで、ここでは大きな犯罪が起こりにくい、と」

 

 俺の質問に律儀にそう答えた後、俺が声をかけるまで見ていた品物に再び視線を注ぐイミーナ。気になったのでイミーナの頭の上からその物品を覗くと、どうやら矢筒らしい。恐らくマジックアイテムの類いだと思われるが具体的にどういう物かは見ただけでは分からんので、無詠唱化した《 道具上位鑑定/オール·アプレイザル·マジックアイテム 》を発動させ鑑定すると、間違いなくマジックアイテムだと言うことが分かった。ちなみに、付与されている魔法は、矢格納数増大( 300 )、特定属性付与( 火 )と言うもの。正直びみょー。早い話が矢を三百本まで格納できる上にMPを消費することで矢に火属性を付与できる、と言うマジックアイテムらしい。びみょー。低レベル帯なら役に立つのかもしれないがな。

 

「そのマジックアイテム、欲しいのか?」

「んー?まぁねぇ……射手であるアタシは矢がつきたらお仕舞いだから、矢が多く持てるって言うのは魅力ね」

 

 値段は金貨200枚か……そこそこすんな。確か、前回の報酬もろもろ合わせて一人金貨40枚だったか。もし俺の分を合わせても足りねぇな。俺がそんなことを考えていると、イミーナが大きくため息をついて振り返った。

 

「ま、かなり値が張るものだし、買えない買えない。先立つものがないのはきついねぇ」

「あぁ、そうだな」

 

 俺は上の空で答えつつ、無限の背負い袋の中身を漁る。それなりにマジックアイテムが詰まっているが、それと交換していいようなもんってぇと……これか。俺が引っ張り出したのは、いつだったか雑魚がドロップした指輪、〈 岩石の指輪/リング·オブ·ロック 〉。防御力が上がるっつぅ微妙も微妙な指輪だが、レア素材探してるとき無茶苦茶ドロップしたから余ってんだよな。こいつを二つ三つと交換なら大丈夫か?……そう言えば、何で俺はあの当時の無限の背負い袋を持ってるんだ?

 

「なぁイミーナ。これ、どんくらいになるよ?」

 

 俺が差し出した指輪を手に取り、イミーナは眉間に皺を寄せる。難しい顔のまま歩き出したイミーナの後をついて行くと、イミーナは少し奥まったところにある露天ではなく普通……あ、普通じゃねぇわ。明らかに怪しい店へと向かって行く。悪い魔法使いでも出てきそうな家の窓をイミーナが手早く正確にリズムにのって叩くと、窓が小さく開いて中から枯れ枝のような腕が延びて出てくる。その手のひらの上に指輪をのせると手が引っ込み、中からごそごそと動く音が聞こえそして次に扉が小さく開くと、指輪と羊皮紙の切れ端が外へ投げ出された。素早くイミーナがそれを拾い上げ、同時に金貨を三枚、扉の隙間にねじ込むのだった。

 

「……なんだ、ここは」

「鑑定屋、と言えばいいのかしらね。ここの店主、道具を鑑定できるって言うタレントの持ち主らしいんだけど、その能力を利用されまくったせいで人間不信になってここに引きこもってるらしいのよ。けど、その鑑定眼確かだし、値段も良心的、鑑定結果には嘘がない。だから、ここでひっそりとやれている、と言うわけね」

「ふぅん……それで、その指輪の値段はどれくらいだ?」

「この指輪の値段は金貨……三十枚!?なにこれたっか!!」

「ふぅん、そんなもんか……じゃ、マジックアイテム買ってもらえるところはどこだ?」

「はぁっ!?売るのこの指輪!」

 

 俺は肩を竦めてそれを返事とした。その様子に、イミーナはなぜかため息をついて観念したように歩き出す。なんだ、この指輪欲しいのか。後で全員分、くれてやろうか。生存確率は上がるだろ。

 案内してもらった店でとりあえず七つほど指輪を処分する。それを見ていたイミーナの顔がそれはそれは面白かった。思わずドッペルゲンガーかよ!と突っ込みたかったほどだ。ま、そりゃぁいい。とにかく予定の値段に到達したので、折角だからイミーナにあれを買ってやろう。イミーナがなにか言うよりも早く人混みを掻き分け、件の店へと到達、イミーナが到着するよりも早く商談を終わらせる。

 

「うっし。これで良し……後は、アルシェになにか……ロバーデイクとヘッケランは次回だなぁ」

 

 明美にもずいぶんアイテムやらなんやらをくれてやったっけか。一応契約でついていってる身だ。これくらいのサービスをしても構うまい。最近はこいつらにもずいぶん愛着がわいてきたことだしな。そんなことを考えているとイミーナが追い付いてきたので、先ほど買った矢筒を放って渡すと、一瞬硬直したあと、急に慌て出した。どうしたってんだ?首を捻りつつ杖を物色していると、尻を誰かに蹴りあげられた。後ろを振り返ると、イミーナが顔を真っ赤にし、手に矢筒を持ったままプルプル震えていた。なんだってんだ。

 

「どうしたイミーナ。腹でも壊したか?」

「んなわけあるか!!ってかどういうつもりよこんな高価なものを寄越すなんて!」

「……欲しがってただろうが。だから買ってやったと言うのに」

「買ってなんて言ってないでしょうが!」

「……いいから、持っておけ。なんかあってお前らに死なれたら寝覚めが悪い。それを持って死亡する確率が減るなら、安いもんだ。俺の古巣の情報を得るまで力を貸すってのは、こう言うのも含まれてるんだよ」

 

 大して強くもない俺の言葉だったが、しかしイミーナは何度か口をパクパクと動かしたあと、天を見上げ地を見下ろし、くるくるとその場で回った後、大きくこれ見よがしに大きくため息をついて顔をあげた。いつも通りの目付きの悪いハーフエルフが笑っていた。

 

「じゃぁ、いただいておくけど、この借りはじわじわ返していくわね」

「返さなくていいぞ……と言っても聞くまい。期待せずして待ってるわ」

「本当にあんた、変な奴」

 

 苦笑しながら憎まれ口を叩きイミーナは俺の横に立った。その顔は、まぁ、笑ってる。それならば良し、だな。そう言えば、ちょっと気になることが幾つかあるんだが、聞いても問題はないかな?イミーナの方を見るとウキウキした様子でプレゼントした矢筒を背中に背負っていた。いつの間にベルトを通したのか?まぁマジックアイテムだから、それくらいはなんとかなるか。

 

「おい、ビニュー」

「もはや名前に原型がない!……で?なによ?今なら大抵の事は許してやるわよ?」

「それはどうもありがとう。アルシェの事なんだが、いつまであの貧相な装備でいるつもりなんだ?」

 

イミーナが顔をしかめる。俺の言葉を不快に思ったと言う感じではなく、どうもなにかを考えているようだ。むしろ、アルシェの心配かそれとも。

 

「ワタシも思うところはあるけど、こればっかりはあの子の都合でしょ?」

「まぁ、そらぁそうだが……このまんまじゃ、あいつ死ぬぞ?」

「あぁー、これははっきりと言うわね」

「実力相応の装備、実力を上乗せする武具を持つのは当然だ。自分の持つ能力、武具、知識、んでもって、仲間の力。これらが揃って初めて苦境を打破できる、大物を狩ることが出来る。違うか?」

「そうね」

「だろう?今のところはいい。だが、本当に強い奴と戦えば、あいつから切り崩される。そうすればどうなる?今度はお前らの番だ。それであいつだけが生き残りでもしたら……って、なんだよ、おい」

 

 こっちが真剣な話をしてるっつぅのに、イミーナはなぜか口許をおさえ笑い始めやがった。なんだ、なにがおかしいってぇんだ。

 

「いやいや、フフッ……前から思ってたけど、あんたってさぁ」

「なんだ?俺がどうかしたか?」

「実に、悪魔らしくないって言うか何て言うか」

「……あー……」

 

 ストンと、納得の行く言葉だった。確かに、今の俺は、体は悪魔の物だが、反して心はどうかと言うとそれがどうとも言えそうにない。ただ、一人になったときは恐らく悪魔的な、誰かといるときは人間に近いような、そう言う状態のような……人間的ともとれるし悪魔的ともとれる。そもそも、俺はどうしてこのアバターの姿なんだ?適当に作ったアバターでログインしたはずなのに。それに、なぜ、ここまで、あいつらがいると確信してる?

 と、ここまで考えて、俺は誰かが俺のローブの裾を引っ張っているのに気がつく。少し視線を下にやれば、イミーナが裾を引っ張っていた。しかし、イミーナの目は俺とどこかを行ったり来たりしている。釣られてそっちへ目線だけ動かすと、あぁ、あいつか。金色の長い髪、その黄金で出来たような前髪で顔の半分を隠した美女が、こちらをジィッと見ている。露天の柱の影に隠れて。……誰なんだあいつ。イミーナの知り合いか?少なくとも、この帝都で俺の知り合いはフォーサイトの面々だけだ。……ん?あれ?俺、実はすごく寂しい奴か?

 

「ねぇ……誰?あの人」

「……え……お前の知り合いじゃないの?」

「……え?あんたの知り合い……あ、ごめん。友達いないんだっけ?心ないことを言った。表面上は謝っておく」

「知ってるか?悪魔でも人並みに傷つく」

「で?誰なのあの人。どっかで見たことあるような……無いような……」

「若年性健忘無乳症か?合併症は大変だな。いい医者がいたら紹介するぞ?」

「合併しすぎでしょうが!?後、この胸は病気じゃねぇ!」

「じゃぁ、尻の方か?」

「眉間に矢を叩き込んだろか!?」

「それで?思い出せたか?」

「人をおちょくっておいてそれ!?出てくるかタワケ!」

 

 いやぁ、やっぱいじると楽しいなこいつ。ま、なんにせよ。

 

「もしかしたら、俺たちじゃない奴を見てるのかも知れねぇ。一旦ここから離れるか」

「どう見てもアタシらを見てるような。ってか、アタシ睨まれてない?」

 

 言われてみれば、すげぇ目付きがおっかねぇ。

 

「ワーカーは恨みを買いやすいらしいからな……御愁傷様」

「いや、アタシを守れよ」

「いよいよヤバイかなと思ったら助ける。それまでは頑張って」

 

 まぁ、すぐに仕掛けてくるような気配もないし、大丈夫だろ。そう言いつつイミーナに歩くよう促すと、渋々イミーナも、一番安全だろう“歌う林檎亭”へ向かって歩き出そうとする。それを止めたのは、心底明るいこんな声だった。

 

「HEYHEYHEY、そこのハーフエルフのお姉さんお姉様巫女さん仏さんワーカーさん。少し待っておくれでないかな?連れの人に僕は用があるんだ。ついでに、そこのすごく目付きの悪いお連れさんの彼女とかだったらついてきてクレメンスはーどひっと!」

 

 いきなり現れた見知った顔のエルフの顔面に向かって《 魔法の矢/エネルギーボルト 》を叩き込んだわけだが……思った以上に頑丈だから大丈夫。百人乗ってもなんとやらだな。象が踏んでも壊れないの方がいいか。

 呆気にとられているイミーナや回りの人間の視線が集まるなか、そのエルフ、明美は倒立に近い形で天に向かって足を伸ばすと、それを降り下ろす勢いで素早く立ち上がった。周囲からどよめきや拍手が上がる。なんでだ。

 

「いっっったぁぁぁぁ……ひ、酷いウルベルトさん!乙女の顔に魔法をいきなり叩きつけるなんて!鬼!外道!悪魔!好き!付き合ってください!」

「次は《 火球/ファイヤーボール 》、行っとくか?」

「お、乙女が一大決心をして告白したのにその反応はなくないですか!?そんなんだから女の子にモテないんですよ!」

「知ってたか?俺が意外とガラスのハートだって」

「ハートと言えば、意外と熊の心臓って美味しいんですよ?こりっこりの筋肉噛み締めてるぅって感じ?」

「話をそらすなや」

「あ、レイナースさん、なに隠れてるんです?早くこっちに来てくださいよ。ウルベルトさんにお礼を言うんじゃなかったの?あ、分かった照れてるんだ。大丈夫だよウルベルトさん絶対へたれリバ攻めだから。あ、けど、へたれ受けもいいよね、萌える。けどへたれ受けはモモンガさんだと思うんだけど、ウルベルトさん、どう思う?」

「いいだろう、まずは話をしようか?」

「お、いいですねぇ。思い出話ですか夢を語りますかそれともそれともコイバナですかぁ?きゃ~~~~~~~ぁこれはたまりません。お姉ちゃんってば全然そう言う話しないから、コイバナとか飢えてるんですよ。あ、と言うことはお隣のお姉さんはやっぱり彼女ですか?もう~、すぐ彼女を作ってるなんて、この女ったらしめ!」

「昔っから思ってたが、実はお前話をする気がないんだな?」

「まっさか~?お互い久し振りだから緊張をほぐすためのいっつあじょーくですよ~。も~、真面目さん」

 

 相変わらずムカッとさせてくれる。会話の主導権を握る演技も含まれてるとは言え、イラッとさせるのが得意な奴だなおい。

 

「んで?何の用だ?この間、別れたときの件か?」

「そうそうそれもある。けど、一番はやっぱり、彼女かなぁ?」

 

 そう言いつつ、明美は先ほどレイナースと呼んだ女を指差した。なんと言うか、ゴスロリ?そんな感じの服を着込んだ美女だ。てか、マジで誰よ?

 顎をしゃくって先を促すと、明美は周囲を見回した後、朗らかに笑いつつ言う。

 

「まぁ、話をするような状況じゃないし、場所変えようウルベルトさん」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 結局“歌う林檎亭”にやって来た俺達は、二階の個室を借りてそこへ入って話をすることになった。その前に一悶着……要は俺が町中で魔法をぶっぱなしたのが原因で衛兵が飛んできたのだが、レイナースとか言う女の執り成しによって事なきを得た、と言うことがあった。その時に、あの女の名前を聞いたイミーナが目を剥いていたが、その反応から見ると、なかなかの権力者かねぇ?

 

「おい、ビニューナ」

「誰を呼んでるのか分かっちゃう自分が悲しいわ……で?なに?」

「その、レイナースってのは、どこのどなたさんだよ」

「少しは勉強しなさいよ……あぁ、あんたに物を教える奴なんてアタシやアルシェくらいしかいないか」

「少しは分かって欲しい、俺だって人並みに傷つく」

「ワタシも胸の事を色々言われると傷つく、分かれクソ悪魔」

「お~っほほ~。お口が悪いのはどこのどいつかな?」

「人の身体的特徴を皮肉ってくるド悪魔だと思うけど?」

「さもありなん」

「納得すんな」

「反省はしてる後悔はしてない」

「だと思った……で?」

 

 で?と、言われても、一体なんの話をしようとしていたんだっけか?……あ~、そうだそうだ。

 

「そうそう。なんかお前、あのレイナースとか言う女の事、知ってるみたいだが?」

「……まぁ、知ってるけど?なに?やっぱ、美人で巨乳の方がいいわけ?」

「何でそんな話になる。微乳には微乳の良さが、巨乳には巨乳の良さがある。どっちが良いかは決められんな」

「……ん?誉められてる?貶されてる?」

「酷い風評被害だ。俺は全力で誉めたと言うのに」

「からかい八割だろう、お前。まぁ、とにかくレイナースなら知ってるわよ?帝国四騎士の一人、“重爆”の異名を持つ女騎士ね。あ、帝国四騎士って言うのは皇帝直属の騎士四名の事。それ以外はいまいちよく分かんないけど」

「ふんふん、なるほどつまり帝国のお偉いさんっつぅわけか」

「いえいえ、ワタクシ等取るに足らない武辺者ですわ」

 

 うおっ!?声に出さないまでも、俺とイミーナは驚きのあまり後ろへ飛びすさっていた。声の主はその様子を愉快そうに笑みを浮かべてみているんだが……なんだろう。背筋がゾクッとするような笑みなんだが……見れば、イミーナも不安そうな様子で俺の後ろへ隠れていく。うわっ……また寒気が……なんだってんだよ、おい。

 

「あー、えーと?レイナース、で、いいのか?」

「はい。なんでしょうかウルベルト様……ところで、レイナースと呼ばれるのは大変嬉しいのですが、出来ることならお前、何でしたら犬、メス豚、お好きなようにお呼びいただければ、と」

「呼ばねえよ!なんだいきなり変態扱いか!?」

「さすがのアタシもこれは引く。ウル?色々考えた方がいいわよ?」

「俺にそんな趣味はないわ!?おい明美!なんだこりゃ!?」

「呼ばれて飛び出て説明しよう!」

「よしっ!」

「実は僕はこの国の偉い人のお抱え密偵なんだよ!」

「そんなことは聞いてねぇ!!」

「すまっしゅっ!?」

 

 しまった思わずぶん殴っちまった。思った以上に威力があったらしく、きりもみ回転しながら吹っ飛んだ明美は壁を突き破り隣の部屋へダイブイン。やべぇ、修理費どうするか……。

 

「ね、ねぇ?ウル、あの子大丈夫?あんたがぶん殴ったら、いくらなんでもただじゃ済まないんじゃない?」

「そいつは……」

「それは大丈夫ですよ貧乳さん。アケミはあなたや私よりも強いんですよ?まぁ、多少痛いくらいで起き上がってきますわ貧乳さん」

「貧乳貧乳うっさいわ!なんなのこの女凄いムカつくんだけど!?」

「そんなん俺に怒鳴られても……あと貧乳は事実だろ?」

「そうですよ貧相ボディさん」

「若干どころか大幅に酷くなった!?ちょっとウル!この女何よ!?」

「知らんがな」

「ワタクシはレイナース·ロックブルス。ウルベルト様の傍に仕える者……」

「そんな許可した覚えはないんですがねぇ?」

「いてててて……いてててててて……いてててて」

 

 お!混迷の状況で明美復活!いいか悪いかは置いておいて、俺は大慌てで、隣の部屋から這い出してきた明美の襟首をひっつかむと部屋の隅へ行き小声で話しかける。

 

「で!?何がどうなってんのかきちっと説明しろや」

「まぁまぁ、慌てない慌てない。えーっと、どっから話そうか?」

「……話、長いのか?」

 

 正直、この空間に長居したくないんだが……。

 

「んー?聞く箇所からにもよるかなぁ?僕がこの世界に現れたところから話始めると日が落ちても終わらないと思うよ?正直そこから話したい。もう、同郷の人と話すことなんてないだろうなぁって思ってたから嬉しくって嬉しくって」

「その辺は後日な?んじゃぁ……」

 

 話を聞いてやりたいところだが、色々立て込んでるからなぁ。そうだなぁ、最初は……。

 

「お前、この国の偉い人間の密偵つってたが、どう言うことだ?」

「お?そこに食いつきますかさすがウルベルトさん。まぁ、ぶっちゃけると皇帝陛下の密偵的な事をやってるんだ。んでぇ、前から皇帝陛下に話してたアインズ·ウール·ゴウンのメンバーであるウルベルトさんを発見したから報告したのね?そしたら会ってみたいから連れてきてくれってさ」

「この国のトップがねぇ?お前、俺らの事、どんな風に話したわけ?」

 

 声は返ってこない。返ってくるのは『も~、わかってるくせにぃ』とでも言いたげな笑顔だけだ。つまるところ、前々から他人に俺たちを説明するときにしてた『悪だけど善人だらけのギルド』とか言う説明でもしてたんだろう。正直、悪人の集まりではないわな。とは言え、善人だらけってこともないんだが。いい意味でも悪い意味でも“大人”の集まりだったからなぁ。いや、“子供”の時間が多かったっけ?

 

「はぁ~……で?お前は俺を連れていきたいのか?」

 

 俺の言葉に、ここに来ては非常に珍しく、明美が真剣な顔をして、その細い顎に手を添える。そして、言った言葉は意外なものだった、と言えばそうなのかもしれない。

 

「うん……正直言うと、悩んでる。ウルベルトさんの立ち位置が分からないからね。ここまで行動を見る限り、どっちかと言うと人間よりの感性だからね……とは言え、それがいつまで続くか分からないから、判断つきかねる、って言うのが、僕の意見かな?」

「……つまり、お前は俺を見極めに来てたってわけか?レイナースを囮にして?」

「あ、それは違うかな。真面目な話、僕はこの世界に一人で転移してきた訳じゃないんだ」

 

 真剣な表情でそう告げる明美。恐らく、俺の眉間にはシワがよっているだろう。それ以上に、明美の顔には苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいるが。顎をしゃくって続きを促すと、明美は一つ頷いて続ける。

 

「知り合ったのは、この世界に来てから三日目。異形種だったその子は、最初は普通だった。一緒にいる理由もなくて、僕は一旦その子から離れた。んで、一月後、村が一つ襲われているのを発見した僕は、情報収集のために隠密しながら観察してたんだけど、そこで暴れてたのが……」

「件の異形種の奴だった、と。ふむ、つまり、何が言いたい?」

「精神は肉体に引っ張られる。だから、ウルベルトさんがいつまで今のままでいられるか分からないから、結論は出せないと、まぁ、そんな感じかな」

 

 なるほど、と一応納得したように頷いて見せて、俺は考える。そいつに何があったのかは分からんし、顔も名前も知らん奴が死のうが生きようがどうでもいい。とは言え、俺もそうなる可能性があるのなら、明美は皇帝に俺を近づけたくないだろう。俺がそっちの立場だったらそーする。誰だってそーする。しかし、精神は肉体に引っ張られる、か。なんともはや。今の俺の状態も、どっちとも言えないような状態だからな。いや?もしかしたら現実の俺よりもかなり変質してる可能性もある?

 さて、明美の心配を抜きにして、皇帝が俺に会いたいと言ってるんだったな。どうするかな?権力者のコネはあって困るものじゃ無し、ナザリックを探すのならその辺りの視点があった方がいいだろう。まぁ、俺を飼い殺しにしてなんかあったら利用するように考えているのかもしれないが、それはそれ、ギブアンドテイクってやつだな。しかし。そこまで考えて、俺はイミーナの方へ目線を向けると、イミーナとレイナースが楽しそうにお喋りをしていた。仲良き事は美しきかな。フォーサイトとの契約の真っ最中なんだよな、俺。大体、俺が宮仕えみたいなことが出来るとは思えない。権力嫌い、と言う訳じゃないが、ああいう雰囲気は好きになれないんだよな。とは言え、だ。

 

「まぁ、一度会ってみるか?」

「あ~、やっぱりねぇ~」

「なんだ?なにか問題があるか?」

「ううん……まぁ、行けば分かるか。いざとなればおじいちゃんを殴ってでも止めよう……」

 

 ?なんの話か良く分からんが、とにかく会えるらしい。と、なると、残りの問題は二つか……。

 

「なぁ、明美」

「ほいほい、なんですかウルベルトさん。明美ちゃんが何でもお答えしますよ」

「俺、今現在、ワーカーと契約を(無理矢理)結んで同行してるんだが、そいつらも連れていっていいか?」

「別室で待つことになると思うけど、いい?」

「構わねぇだろ。ついでに、あいつらに実入りのいい仕事をさせてやりたいからな」

「フォーサイトだったよね?まぁ、任せられる仕事も、あるっちゃぁあるね。危険度は高いけど」

 

 危険はどんなことにでも付き物だ。それくらいなら俺を交えれば余裕綽々だろ。さて、最後の一つだが……俺の勘違いじゃないよな?

 

「それと、もう一個なんだが……」

「あ、レイナースの事?」

「ずいぶん察しのよろしいことで」

「そりゃぁねぇ」

「愉快そうに笑っているところあれだが……何で俺にこんなに好意らしきものを振り撒いてくるんだ?」

「あ、それ?そしてそこ?いやぁねぇ?最初は呪いを解くためのアイテムをくれたからお礼を言いに行ったらしいんだけど、なに?あれ、いわゆる一目惚れってヤツらしいよ」

 

 なんだそりゃ?表情から何を考えているのか分かったんだろう。明美は肩を竦め、やれやれとため息をついた。

 

「カースドナイトの呪いがとけて、今度は恋の呪いにかかりましたとさ」

「訳がわからんぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





仕事して自動車学校に行ってたら、なんか全然書く暇がありませんでした。あ、まだ免許はとれてないです。路上、マジ怖い((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

次回、ウルベルト皇帝に会う。


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37,その頃人達 5

前回までのあらすじ

ウルベルトさんモテモテ。

今回予告

ウルベルトさん、帝国に就職。




「なんでまた、城じゃなくて闘技場の地下の一室なんだ?」

 

 先日の明美の去り際に言った『皇帝陛下に、あってクレメンス』の台詞通り、俺は皇帝陛下、ジルクニフ·ルーン·ファーロード·エル=ニクス……だったような、長ったらしい名前の皇帝陛下に会うために、指定された場所、この闘技場の地下の一室へと足を運んでいる。フォーサイトの連中と一緒に。あ、すまん、忘れてた。案内役にレイナース·ロックブルスも一緒だ。……ロックブルズだったか?異世界の名前はややこしい。

 移動の最中、終始ニコニコ笑顔のレイナースとは裏腹に、フォーサイトの面々は困惑気味の表情だった。さもありなん。いきなり現れた帝国四騎士の一人が『依頼があるのでついてきてください。おや?断りますか?では皇帝反逆罪で投獄です』等と言われては着いてこざるを得ないだろう。激怒して掴みかかろうとするイミーナをロバーデイクと俺でなんとか抑え、ヘッケランに依頼を快諾してもらった所で移動開始、んで今に至ると。いや、細かく色々あったけども、つらつら言うと面倒くさいので省略。とにかく、到着した俺は、一人でこの部屋へ、フォーサイトの面々は別室へと案内されたのが十数分前。以降、誰かがこの部屋に来ること無く、ずっと一人で待ちぼうけだ。とは言え、明美とあって話をしたことで、幾つか考えるべき事が出来たので、考えを簡単に纏めてみようと思う。

 

 まず一つ。これは有り難いと言えば有り難いが、有り難くないと言えば決して有り難くない話だが、ユグドラシルのプレイヤーが何らかの理由でこの世界へと転移してきていると言う事。つまり、ちょっと諦めかけていたアインズ·ウール·ゴウンのギルメンが転移してきていると言う俺の謎の確信に信憑性が出たと言うこと。あぁ、早く会いてぇなぁモモに。謝らなくちゃいけないしなぁ、あの時勝手にやめてごめんってなぁ。あ、リュウマの奴も一緒かね?あいつはいいや、別に。たっちの奴はいるかなぁ。別に顔を見たいとは思わんけど、たまにゃゆっくり話すのもいいかもしれん……。思考が逸れてるな、いかんいかん。ホームシックか?

 さて、もう一つだが、これは異形種の体を持ったからこその弊害か。精神の変質。どっかの誰かが言ったらしいが、『所詮精神など肉体によって容易く変わるもの、故に不変の物など無い』だったか?超意訳らしいが。ともかく、精神性と言うものはとかく肉体に引っ張られるものらしい。明美も、どうやら長い意味での“時間”の感覚が間延びしているらしい。それはエルフの精神性なのか?とは言え、亜人種である明美はその精神性を大きく損ねることはないらしい。多少、命への価値観が緩くなっているらしいが、俺たちが生きてたリアルを考えればあっちの方がよほど命が安いんだから問題ないだろ。ともかく、俺も何らかの変調が見られるかもしれないので要注意だな。今んところ、敵対する奴に異常な殺意を覚えるときがあるってくらいのもんだしな。戦って生き抜くにはそれくらいでいいだろ。むしろ心配なのはモモだな。あいつアンデッドだったし。妙なことになってなけりゃいいが。

 ……また思考が横に逸れてる。いかん、本当にホームシックっぽい。そう言えばここ最近、一人でいること少なかったからなぁ。今が十分楽しいし。よくよく考えれば、ギルメンの事を真剣に考えるのもずいぶん久しぶりだ。

 

 と、思考の海から浮上してくると同時に、扉が控えめにノックされた。俺が返事を返すよりも早く、分厚い樫の扉が軋みながら開き、レイナースを筆頭に武装した男三人が後に続く。よく分からんが、かなり鍛えられた体つきと、大したことがないもののそれぞれがマジックアイテムで武装しているところを見るとこれが噂の帝国四騎士か。なるほど、人間だった頃の俺なら心はともかく肉体的にはへし折られそうな屈強さだ。今は怖くもなんともないが。それぞれが浮かべている表情はそれこそ様々だが、比較的年上っぽい男からは何やら好奇の感情が読み取れる、ような気がする。気のせいかもだが。あ、レイナースはいつも通り好意的な視線です。惚れられてるらしいんだが、なんでだ?

 さて、この四人に護られるように後について入ってきたのが、恐らく件の皇帝陛下だろう。だってイケメンだし。服もなんか豪華だ。しかし、それよりも最初に思ったのは“若い”その一言に尽きるだろう。俺の中にある皇帝のイメージは初老のゴツいおっさんかブクブク太った如何にも権力豚でございみたいなろくでなしだ。そこから差し引いても、その皇帝とおぼしき男は、若くイケメンで、なおかつ理知的かつ野心的に見える。が、異名である鮮血帝と言うおどろおどろしいイメージはほぼ抱かない、そんな爽やかさんだ。ん?その若いのの後ろから白髭の如何にも魔法使いです、と言わんばかりにじいさんが出てきた。……俺の中でガンダルフ決定。そのガンダルフ(仮)は、何やら好奇心溢れる目で俺をずぅっと見ているが、何だろう、視線がねばついてキモいんだが……。

 

「さて、最初に挨拶をしておこう。私がこの国の皇帝、ジルクニフ·ルーン·ファーロード·エル=ニクスだ。君の話は、アケミから色々と聞いている。会えるのを楽しみにしていたのだ」

 

 件の爽やかさんが、爽やかに微笑みつつ手をこちらに差し出してきた。ならば。

 

「こちらこそ初めましてだ。歩く災害、世界的災厄のウルベルト·アレイン·オードルだ。明美の話は話し半分で聞いた方がいいぞ?嘘は言わんが誇張がでかい。あぁ、すまない、幻術で作った姿だが……まぁ、本来の姿は君達が引くから、この姿のままでも構わないよな?」

 

 差し出された手を握り返しつつ、俺はそう名乗った。目の前の爽やかさんはこちらの手を握りしめつつ軽く目を見開く。そして、後ろの老人に目をやると、その老人は微かに首を横に振ったのを見て視線をこちらへと向ける。そんな中、騎士の一人……これまた目も覚めるようなイケメンが、すぐさま部屋の隅に行き、そこにあった茶器を用意し始める。茶坊主だったのかな?

 

「……確かに、アケミに聞いていた容姿とは違うとは思っていたが……それは魔法の類いかな?」

 

 探るようなジルクニフの言葉に、俺は軽く首肯し肯定の意を示すと、なぜか後ろのガンダルフ(仮)が目を見開いて身を乗り出そうとして、でかい盾持ちの騎士に肩を抑えて押し止められていた。そう言えば気になる。

 

「あーっと、すまないジルクニフ陛下。その、後ろに控えている方々はいったい?」

「これは失礼。ではまず、武装している騎士の一人、帝国四騎士、リーダーの“雷光”バジウッド·ペシュメル」

 

 バジウッドと呼ばれたアゴヒゲを生やした一番年配っぽい雰囲気の騎士が片手をあげて挨拶してくる。結構気安い感じだな。なんか、権力に溺れてますって感じはねぇな。

 

「それから、“激風”ニンブル·アーク·デイル·アノック」

 

 お茶を入れていたすげぇイケメンが、俺の前に湯気をあげるティーカップを置きつつ、固い表情のまま軽く頭を下げる。前から思ってたが、この世界、あっちを見てこっちを見ても比較的美形が多すぎる、そんな気がする。まぁ、皇帝陛下とこのニンブルって奴は、その中でも上位のイケメンだが。

 

「彼女は知っているだろうが、一応。“重爆”レイナース·ロックブルズ」

 

 名を呼ばれ、レイナースは柔らかに微笑みながら俺に頭を下げる。が、よくよく見れば頭を下げても視線を俺から切ってない辺り、なかなかあれだ、怖い。

 

「そして、最後に、“不動”ナザミ·エネック」

 

 皇帝の最も側に立っていた重装備の騎士が、慇懃に頭を下げた。あ、言うことはない。一言で言うなら雰囲気的に人が良さそうだ、くらいのもん。

 

「最後になるが、後ろに控えているのが、バハルス帝国主席宮廷魔法使い、帝国魔法省最高責任者、事実上、バハルス帝国最強の魔法使いでもある、フールーダ·パラダイン。今回は、その、あれだ、色々オブザーバーとかそういう感じの立場で同行してもらったのだ」

 

 紹介されたガンダルフかっこ仮改めフールーダが、如何にも好好爺と言った風情で手を差し出してきた。ので、俺もその手を握り返した。

 

「フールーダ·パラダインです。よろしくお願いいたしします」

「ウルベルトだ。長いか短いかは分からないがよろしく頼む」

 

 そう言って手を離そうとして、フールーダが俺の手をじっくりと見ていることに気がつく。なんじゃ、なんかおかしいところでもあった?そう考えると同時に、フールーダがなんかブツブツ言ってるのに気がつく。耳をすませてみれば。

 

「よもや、これは魔法で作られた虚構の像?いや、しかし、触った感触、手に感じる体温や柔らかさは人のそれ……よもやよもや、人の感覚を騙しきるほどの虚構の像……!?知らぬ、知らぬぞ……!?」

 

 え?やだ、怖い。困って皇帝の方を見ると、苦笑を滲ませたジルクニフが説明してくれた。

 

「あぁ、爺はなんでも魔術の深淵を覗き込みたいらしいのだ。故に、自らの知らぬ魔術などを見ると、そうなるのだ」

「ウ、ウルベルト殿ーーーーーーーー!!」

 

 先程までの好好爺じみた雰囲気はどこへやら、目を血走らせたフールーダが鼻息荒く俺の両肩を掴み叫ぶ。思った以上の声量と老人らしからぬ腕力に面食らっていると、フールーダはそれにも構わず捲し立ててくる。

 

「こ、これはどういう魔法なのですかな!?人の感覚にまで入り込む虚構の像を作り出すと言うことは恐らく精神に作用する魔術と空間への像を投射する魔術の複合であるとは考えられますがしかししかしそれをなすだけに莫大な魔力はいずこから引っ張って来ておるのですかな!?いえ、そもそも貴殿からは魔力の波等は見えてこぬと言うのに……!!はっ!閃いた!よもやウルベルト殿は己の魔力を隠しておられると!?」

「なんだこの爺さんは!?」

 

 あまりの迫力に俺は圧倒されつつそう叫んでしまった。が、次の瞬間、フールーダが「はうっっ……!」と一つ呻き声を上げ、ずるずると力無く崩れ落ちる。見れば“激風”ニンブルがフールーダの首筋に手刀を落としたであろう格好でそこに立っていた。

 

「申し訳ございません。魔法の事となると、フールーダ様はお人が変わられますので」

 

 微笑みながらそう言って、ニンブルはぐったりして口の端から涎を流すフールーダを、空いている椅子に座らせるともう一度頷いて皇帝の斜め後ろへ戻っていった。こう言っちゃあれだが、老人は大事にせんといかんよ?

 

「すまないな、ウルベルト殿。あぁ、しかし、爺も悪い人間ではないのだ。ただぁ……その、少し暴走しがちなところがあってだな」

「いや、面食らったが気にしてないとも、ジルクニフ殿」

 

 それは良かった。そう口にし、ジルクニフは小さく安堵のため息をついた。まぁ、客人にあんな態度をとったらよろしくないわな。そういう意味ではあれだが、俺、爺さんとか基本好きだから大丈夫だぜ?まぁ、そんな事情は知らんだろうけど。しかし、と、俺は紅茶を口に含んで考える。紅茶特有の発酵した臭いが鼻から抜けるなか、俺は本題に話を移して行く。

 

「それで……皇帝陛下は俺にどのようなご用なのか……聞かせてもらおうか?」

「ふむ……色々理由はあるが、理由の一つに“好奇心”があったと言っておこう」

 

 予想の斜め上の返答に、俺は言葉を詰まらせた。もっと、なんかの野望のために俺の力を使いたいとか言うと思ってたんだが。そんな俺の心を読み取ったかのように、ジルクニフは小さく笑い紅茶を口にする。

 

「まぁ、帝国に協力してもらいたい、と言うのもあるがね。それは、あのアケミにして自分では敵わないとまで言わしめた君だ、無理強いはできない。それならば、せめてパイプを作って繋げておくと言うのが最善手だと思うが、どうかな?」

 

 それはまぁ、納得できる話ではあるが……なんか俺の実力がずいぶん高く見られてるような気がするが。もっとも、この世界の人間(今のところ出会ったことがある人間に限られるが)は俺に比べて遥かに弱い。恐らくだが、この場にいるので最もレベルが高いのが、椅子の上でぐったりしているあのフールーダとか言う爺さんじゃ無かろうか。具体的に何レベルかは分からんが、感覚的にはそんな感じだと思う。そう考えれば、ワールドディザスターってのは、この世界の破壊者みたいな存在とも言えないこともない?ま、往々にしてそういうのには必ずカウンター的な存在がいるもんだが、少年漫画的にはな。

 

「……まぁ、理解はする。だが、過大評価しすぎではないか?俺は、ほれ。この様に人の身で触ることのできる存在だ。ならば滅ぼすことも可能だろうと考えるのが道理だと思うのだが?」

「はは……実際のところ、アケミの強さを知らなければ、我々だって危険だからと君を滅ぼす方向で話が進んでいたかもしれない。ところが、だ。少し前、爺と四騎士がアケミと模擬戦を行い、全力を出させること無く敗北した。つまるところ、アケミ一人で帝国の兵団と互角以上に戦いができる爺を上回る強さで、それに輪をかけて強いとされる君ともなれば、言うまでもないことだ。帝国全ての戦力を投入したところで、君には敵わないだろう。アケミ曰く、君は魔法一つで国を滅ぼすかもしれない存在だそうだ。ならば、協力を取り付けるのが良いだろう、と考えたのだ。それに……」

 

 そこで真剣な表情のまま一旦言葉を区切ったジルクニフは、次の瞬間、どこか人好きのする、年のわりにはと言うか年相応と言うか無邪気と言うか、そのどれらも兼ね備えたような表情で笑った。

 

「最終的にはやはり好奇心だな。知っての通り、アケミはよく喋りよく笑いよく動く。だが、どうもここで働きだしてから無理しているような部分が見受けられた。が、君たち、確か、アインズ·ウール·ゴウンの事を語るときは生き生きとしていたものだ。心底楽しそうに語る彼女を見て、私も一度会ってみたくなったのさ」

「そりゃまた……なんつったらいいか……」

 

 困惑する俺に、ジルクニフは微笑みを浮かべたまま話を続ける。

 

「と、この話は後においておこう。実のところ、君に頼みがあると言うのも事実なのだ」

「……友人の妹が世話になってるんだ、多少の無茶は聞き入れるが?」

 

 俺の言葉に、ジルクニフは一つ頷いて顎に手をやり考える。なんか、頼みたいことでも多いんだろうか?

 

「ふむ、ウルベルト殿?ウルベルト殿は“組織”なる、あー、妙な話だが組織をご存じか?」

「?組織が、なんだって?」

「説明が難しいが……今、現在、帝国に“組織”と名乗る組織が暗躍している。実体としては単なる犯罪組織の一つなのだが……」

「その“組織”とやらが犯罪組織程度なら、帝国の戦力で一飲みにできるんじゃないか?」

 

 俺の、当然と言えば当然の言葉に、ジルクニフは軽く首肯しもう一度首を捻った。眉間に皺を寄せて、悩むように言葉を続ける。

 

「それが問題でね、ウルベルト殿。そう、単なる犯罪組織程度であれば、帝国の力で一飲みにするも、後々色々と利用するために生かしておくのも自由だ。しかし、そいつらが販売している物、それが問題の一つでね……」

 

 ジルクニフが目配せすると、ニンブルとか言う騎士……どっちかと言うと傭兵っぽい雰囲気の奴が、懐から何かを取りだし机の上にそっと置いた。見れば、革の袋につまった丸薬状の何か。薬か、それに属するもの。もしくは、俺らの周囲で一時流行っていた麻薬の類いか。

 

「これは、以前流されていた『黒粉』と言う麻薬をさらに洗練したような代物でね。中毒性は言わずもがな、言うに事欠いて、その効果も強力と来ている」

「その『黒粉』とやらを、俺は知らんから何とも言えんが……こいつはどう言った物なんだ?」

 

 一粒つまみ上げ、臭いを嗅いでみる。残念と言うか、酷く匂う事もなく、さりとて決して臭いが無いわけでもない。例えるなら、そう、カルキの臭いが非常に近い、ような気がする。少なくとも好ましい臭いじゃない事だけは確かだ。

 

「うん、そうだな、一粒飲めば、強い覚醒感を得られる。二粒であらゆる疲労が取り除かれ、三粒で苦痛の消失、四粒で筋力の増大、五粒で敏捷性の増大、そして六粒で理性の消失、だな」

「麻薬、と呼ぶにはずいぶんとファンタジーな効果だな」

 

 俺の言葉に首を捻るジルクニフ。それを無視して、俺は懐から、正確に言うなら懐に隠すように置いてある『無限の背負い袋』からポーション、それもあまり使うことの無い筋力強化系のポーションを取り出してみる。入れてた理由は実に簡単。部屋に仕舞い込むのも面倒になっていた時期のアイテムだからだ。

 口に鼻を近づけ臭いを嗅ぐ。近いような臭いもするが、これはもうちょっと、なんと言うかフローラルな臭いだ。口に含めば、無味、とは言わないものの、それに近いようなあまりにも仄かすぎる甘味。さて、なんで俺がこんな意味の無い強化系のポーションを飲んだのかと言うと、だ。

 俺は指でつまんでいた麻薬を一つ、口に放り込み噛み砕く。誰も予想してなかったんだろうな、止める声も上がらず、ジルクニフは腰を浮かせている。それはいい。兎に角、味だが、面白いことに近い味がする。ただ、なんと言うか、先のポーションよりも薬感が強いと言うべきか。兎に角、食って美味いっつぅもんでもない。精製過程と言うよりも原材料は近いものが使われているのかもなぁ。

 

「ふむ、恐らく、筋力強化系の水薬、ポーションと原材料が近いのかもな。詳しい材料名は不明だが、確か、植物系のモンスターの体液が原材料の一つだったと思うが……」

 

 俺の言葉に、一同の間にざわめきが走る。目を走らせれば、ジルクニフとバジウッドがこちらを見つつ、何かを待つようにじっとしていた。なので、あくまで推測であると言葉を足しつつ話を続ける。

 

「植物系のモンスター、確か、名前は……オーキッシュクラウンとか言うモンスターだったように思うが……この辺に関しちゃ俺よりも明美の方が詳しいと思うんだが……そういや、あいつはどこだ?」

「あぁ、アケミは今、君の契約相手であるフォーサイトの面々と話をしているところだ。君を迎え入れるのに、彼らは極めて重要だと言うんでね。失礼ながら、彼らに仕事を頼んでいるところだよ」

 

 ふぅんと適当に相槌を打ちつつ、俺はあいつらの事を考えてみる。よくよく考えれば、契約だなんだと言わずにとっとと別れてしまうと言う選択肢もあったはずだ。なぜそれをしなかったのか、今だ判別できないが、少なくともあいつらと別れると考えるとなにかモヤッとしたものがあるのは間違いない。それが原因と言えば原因かもな。

 

「それで、ウルベルト殿?そのオーキッシュクラウンと言うモンスターはどの様な姿をしているのだ?」

「?不思議な事を聞くな?そうだな、人間よりもやや大きい樹木が二足歩行で歩きつつ、木材で出来た斧を振り回すと言う、色々突っ込み所満載なモンスターだな。正直、そこまで強いモンスターじゃねぇ、って、どうしたんだ?」

 

 説明の最中から、騎士全員が顔を見合わせ頷きあい始めた。なんだ?たかだか15レベルちょいのモンスターだ。お前らなら余裕だろ?そう言うと、全員が苦笑を顔に刻み、代表するようにバジウッドが口を開いた。

 

「確かに、一匹程度なら余裕だがね?一匹じゃないから問題なんだ」

「十匹か?二十匹か?」

 

 俺の問いかけに、ニンブルは苦笑を浮かべつつ首を振り、右手を広げて見せた。50か?その問いにも、バジウッドは首を振って否定する。

 

「おおよそ、500。とは言え、その大半は、奴等、『組織』とやらがどの様に用意したかも分からないほど広大な地下の空間にすし詰め状態だがね。可能な限り、外へ出た個体は我々で討伐したが、それでも数十だ」

 

 500とはまた多いな。とは言え、固まってるなら俺の独壇場だ。たかだか15レベル程度のモンスターなら、素手でも引き裂ける。俺のこの言葉に、バジウッド以下三騎士は苦笑を浮かべた。対して、ジルクニフは真剣な面持ちで軽く身を乗りだし、言葉を続ける。

 

「それだ。ウルベルト殿、貴殿に頼みたいのはまさにそれだ」

「あん?千かそこらの雑魚モンスターを蹴散らしてもらいたいのか?」

 

 ジルクニフは一つ頷き指を二本立てる。

 

「一つは正に、その地下空間に巣食うあれらを蹴散らしてもらいたい。二つ、今後、このような事があった場合、可及的速やかに処理していただきたい。俺から頼みたいのはこの二つだ」

「疑問その一。確かにお前たちにすれば、あのモンスターは手強い。だが、総力を結集した上で、そこのフールーダや四騎士が陣頭に立てば、時間はかかるが駆逐しきれるはずだ。その数なら、出入り口から出てくる奴も数が限られ、ルーチンワークで何とでもなるだろ?疑問その二。それを出来ないっつぅ理由はなんだ?その三。そもそも、その程度なら明美一人でも殲滅してお釣りが来る。なんでやらせない?」

「疑問は最もだ。疑問の内、一と二に関しては、近々戦争があるため、そちらへ兵力を割かなければならないからだ。三つめの疑問は簡単。アケミがどうしても君にやらせたいと、そう言うからだね」

「……明美が何を考えてるのかさっぱり分からねぇが……そうだな、報酬は?」

「それはアケミと予め話し合って決めている。帝国に君が縛られている間、我々がナザリック地下大墳墓を捜索する。陣頭に立つのはアケミ、それからフォーサイトの面々。無論、得られた情報は直ぐ様君に提供しようじゃないか」

 

 ふむ。即座に疑問に答えが返ってきたって事は、端から俺の疑問を想定してたって事か。まぁ、悪いことじゃないし、むしろ顔を会わせたこともないような奴の考えそうな事を想定できた事に驚きを禁じ得ない。報酬に関しても願ったりかなったりだな。ただ、少し文句もある。俺が捜索隊に加わってないことだ。とは言え、それは文句を言ってもしゃあないこった。ついでに、少しばかり気になってることも帝国にいる内に色々と勉強しておこうか。俺は、自分にかけてあった魔法を解きつつ笑う。ジルクニフと四騎士が息を飲むなか、俺は外套を翻し高らかに宣言する。

 

「よかろう!これにて契約は成立だ!皇帝ジルクニフはこれより俺の力を望むときに振るうがいい!今ならサービスで他の事に俺の力を使っても構わん!」

「そ、そうか……しかし、本当に悪魔なのだな、貴殿は」

「なんだ、信じてなかったのか?」

「そりゃぁそうだ。何せ、君は随分とお人好しそうだったからな」

 

 朗らかに笑いつつそう言われた俺は、そっと目線をそらしつつ思った。

 

 ほっといてくれ。

 

 なお、この後案内された郊外の『組織』の建物の下には本当に五百匹近いオーキッシュクラウンがマジでいた。大変気持ちが悪かったので、《 大災厄/グランドカタストロフ 》をぶちこんで、一匹残らず消滅させてやった。余波で地形が多少変わったが、なに些末なことだろう。ついてきたバジウッドの顔がひきつってたように見えたが、たぶん気のせい気のせい。

 ちなみに後で明美にこっぴどく怒られた。解せぬ……。

 

 

 

 

 

おまけ

 

「冒険に出るなら、俺、どんな格好で行った方がいいですかねぇ?」

 

 音符マークでも飛ばしそうなテンションで、モモンガさんはそう言って、自分の部屋の荷物をひっくり返している。近衛としてこの場にいる私だけど、これになんと答えるべきか、頭を悩ませる。そこに救いの手を差し伸べてくれたのが、リュウマとやまいこ君、それにペロ君だった。

 

「くそったれ嫉妬マスクの魔法使い」

「扇情的な赤ビキニにマント」

「タンガ」

 

 チョイスが酷い!思わず突っ込みそうになりつつ、自制心自制心と自分に言い聞かせる。今の私は皆さんよりも身分が下なんだと言い聞かせる。

 

「いや、真面目に考えてくださいよ三人とも」

 

 まったくだ。

 

「ランク落とした適当な装備でいいんじゃない?」

「真っ白い軍服」

「赤ビキニ」

 

 ペロ君はなんで水着オンリーなんだ?そういう縛りでもあるのかい?そう思っていると、やまいこ君がこう口にした。

 

「ところでモモンガさん?」

「なんです?」

「お供は誰を連れていくの?」

 

 そう言えばそうだ。ちなみに、ちょっと前に話し合った結果、我々にはそれぞれ仕事が与えられた。例えば私ことたっち·みーは、ギルド長であるモモンガさんの護衛として冒険者に、ペロ君はシャルティア、セバスと共に何かに使えそうな人材を探すと言う仕事を。なにかと言うのがなかなか不穏。やまいこくん、リュウマ君は、活動範囲を広げるため各地の探索及び『組織』の戦力になりそうな奴の捜索。あ、茶釜さんはアルベドの強い希望により、ナザリックに残留と言う形になりました。リュウマ君から聞いていた通り、なかなか恋の鞘当てが激しいみたいですね。

 

「えーっと……二人だけじゃ、駄目ですかね?」

「駄目です」

 

 やまいこ君にバッサリ切り捨てられ落ち込むモモンガさん。

 

「誰か連れていかないと、誰も納得しない。ちなみに、僕とリュウマはアウラとユリに付いてきてもらう。ペロ君はシャルティアとセバス。残留組はアルベドとモモンガさんが選ばなかった人」

「うーーーーーん、そう言われても、誰をつれていけば……」

 

 確かに悩み所だと思われる。そもそも、人外が多いから、つれていける人材はかなり限られると思うんだけど。

 

「そこでモモンガさんに提案」

「聞きましょう」

 

 姿勢をただすモモンガさんの前で、やまいこ君は一つ咳払いをし、こう言うのだった。

 

「プレアデス及び守護者の、面接です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく免許まで後一歩!免許センターで一回落ちましたが……くそったれ……!

次回は加速してお届けしたいなぁ、と思ってます。

ではまた次回でーす ノシ


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38,竜王国にて / 番外編 ゴーレム



前回までのあらすじ

ウルベルト、皇帝にあう。

今回予告

あいつが来るよ。


 ドラウディロン·オーリウクルスは、玉座から見下ろす形になってしまう光景に、軽く頬をひきつらせた。隣に視線を流せば、いっつもこっちをなんのかんのと弄ってくる大臣ですら、顔色を青くし冷や汗を垂らし、頬をひきつらせている。ザマァ。

 

 彼女たちの前に広がる光景、それは異形の祭典とか百鬼夜行とかそういう風に言うのがふさわしい光景だった。ドラウディロン自身、救国の英雄であるモモンガ及びたっち·みーが異形種であり、その仲間も一律異形種である事は話に聞いて理解しているつもりであった。しかし、話に聞いて理解するのと直接目にするのでは、その衝撃の差は計り知れないものだろう。だって今のワシがそうじゃもん。

 

 彼女の前に広がる光景、ナザリックに現在戻ってきている至高の方々、並び順からモモンガを先頭に、両脇、たっち·みーとぷにっと萌え、少し下がったところにぶくぶく茶釜、やまいこ、その後ろにペロロンチーノとリュウマ。そしてその背後、今回、さる試験を行うと言うので選抜されたメンバー、至高の方々の後ろに横並びで並ぶ守護者、アルベド、シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス。その後ろにセバス、プレアデスからユリ·アルファ、ナーベラル·ガンマ、ソリュシャン·イプシロン。本当はルプスレギナ·ベータも連れてくる予定だったが、どこにも居なかったので、ユリから後でお仕置きが下されるそうです。ショウガナイネ。そして、その背後にそれぞれの配下から選抜された高レベルの異形種系下僕たち。もはや一国攻め滅ぼしてその勢いのまま二つ三つは陥落させそうな過剰戦力がそこに集っていた。

 

 背後にこれだけの戦力を背負い、前で顔色を明らかに変えているドラウディロンを見ながら、モモンガは心の中で陳謝した。

 アルベドの進言でこれだけの戦力を整えてやっては来たが、違うのだ。こう、友好的に友人宅へ遊びに行くくらいの感覚で竜王国に正式に挨拶をしようと言っただけなのだ。結果、アルベドが、

 

『同盟を結ぶとは言え、供も連れず、至高の方々だけで赴かれるのは先方にも失礼ですし、こちらも侮られます。供は選抜いたしますので、私も!そう、私も忘れずお連れくださいませ!』

 

 と、言うのだから任せたらこの結果だ。それについて苦言をていそうと口を開くよりも早く、今度はぷにっと萌えが、

 

『うん、いい陣容だね。あぁ、ついでだから今回選抜されたメンバーをつれて行くのはどうだろう?いやいや、あちらに迷惑をかける可能性も捨てきれないどころかそう言う傾向にある連中が揃ってるんだから、先に顔見せして、一同に釘を指すのも重要だと思うよ?うんうん』

 

 と言うのだ。もうしょうがないと出発寸前、やまいこ、ペロロンチーノ、リュウマから『マジかよ……』みたいな目で見られたが、あの二人をきっちり止める方法があるのなら教えてほしい。いや、本心からそう思う。

 等と思いつつ、改めて顔を上げ一段高いところにある玉座に座るドラウディロンを見上げる。相変わらずの青い顔だが、こっちだって負けず劣らずの申し訳ない気持ちで一杯だ。いや、オーバーロードの状態で来てよかった、顔色が読まれないもの。

 

「突然の来訪、まずは申し訳なく思っております、ドラウディロン·オーリウクルス陛下」

 

 声に色々感情が混ざってないか不安だったが、思った以上に冷静な声が出て思わず心の中でガッツポーズをとるモモンガ。それを受けたドラウディロンは、はっとした表情で頭を軽く振り、手を上げて制する。

 

「やめてくだされ、モモンガ殿。貴殿らは救国の英雄であるのだ。それを迎え入れるのに否も応もあるものか。いつでも来てくれて良いぞ」

「お心遣い、感謝いたします」

 

 深々と頭を下げるモモンガに慌てつつドラウディロンの冷静な部分がモモンガをこう分析する。普通、否、普通すぎる。見た目一辺倒で判断するのであれば、彼は間違うこと無きアンデッドだ。しかし、その口から滑り出す言葉は常人の、まさに普通なのだ。その表情は読めないが、言葉の端々からこちらに気を使っているのも読み取れる。実に、不思議な人物……死に物?であると思えた。

 

「して?本日の用向きはなんですかの?」

 

 ドラウディロンはそう尋ねる。この時、人差し指を顎に軽く添え、小首を少しだけ傾ける。この動作だけでセラブレイトが簡単に言うことを聞いてくれるので、もはや癖かなんかだが、ナザリック組でもこの動作で心臓を射抜かれた奴がいたのは別の話である。

 この一週間程度で、この国はナザリックの援助により潤った。正直、潤いすぎと言うくらい潤った。減少した労働力に変わる大量のアンデッドの貸与から始まり、実験にて判明した急速成長する謎の巨大なトウモロコシやその他の野菜、何故か加工済みの新鮮な肉や野菜の格安販売等々。正直、ここ数十年で一番潤ってんじゃね?ぐらいの感じである。全てが実験、と言う名目であるが、それでもありがたい。少々、アンデッドが近寄りがたいけれども。

 とは言え、これだけの大恩を受けているのだ。多少無茶な要求でも引き受ける所存だ。国が欲しいと言われれば、それなりに抗うつもりじゃけども。ちらっとモモンガの背後に並ぶ異形の群れを見る。

 

『これは勝てんわ』

 

 一目見て分かる無理ゲーっぷりである。

 

「ええ、実は、私が少々思うところがありまして、一時的に冒険者に身をやつそうと思いまして」

「冒険者?それはまた、どうして?いや、ぷれいやーであるなら、そう言う選択肢が常道であるのやも知れぬな」

「!?ぷれいやーを、ご存じで?」

 

 モモンガの問いに、ドラウディロンは顔をしかめて腕を組む。

 

「まぁ、祖父や曾祖父からの又聞き程度ですがのぉ」

 

 更に口を開こうとしたモモンガのローブの裾を、誰かが引っ張る。軽く視線を向けると、そこにはぷにっと萌えが、触手状の蔦で裾をクイクイしていた。その視線は、早く話を進めろ、と言っているようだ。軽く咳払いをし、いよいよ本題に入る。

 

「その話は後程に致しましょう。実は、折り入ってお話が」

 

 ドラウディロンが軽く頷き続きを促すのを待って、モモンガは軽く息を吸い込む。断られたら断られたときだ。むしろ後方の奴等が暴走しかねないので、そっちに気を使う。

 

「実は、供を選出するのに、暫し街に出ることをお許し願いたい。そのような用向きでして……」

「ふむ?何故か、問うてもよろしいか?」

 

 問い返された瞬間、後ろで何人かが身じろぎした気配があったが、誰かの仲裁で収まったらしい。誰か知らないけどグッジョブ!あくまで我々は頼みに行く身の上なのだ。出発前にあれだけ言い含めたと言うのに、とモモンガは心の中で文句を垂れた。ちなみに余談だが、身じろぎしたのはナーベラルで、制止したのはユリだ。脇腹にブローを入れると言う形だが。

 

「見ても分かると思いますが、我々は誰がどう見ても異形種の一団。しかも、長いこと異形種の中で生活していた者がほとんどです。ですので、実地研修と言う意味も含めて、私に同行するものを選出する、と言う形です。無論、町の人間に危害を加えるようなことも危険な行為をするつもりもございません。ナザリック、ひいてはアインズ·ウール·ゴウンの名に懸けて誓いましょう」

「ふむ、そうですなぁ……」

 

 そう言いつつ、ドラウディロンは横に立つ大臣の方をうかがうと、大して深刻そうな顔をせず、後ろ手に組んで無表情に立っている。あぁ知ってる。こう言う表情の時は、判断はあなたに任せますよ。何かあっても責任はあなたにありますので、って時の態度だこれ。

 とは言え、気になることもあるので一応聞いておく。

 

「のぉ、モモンガ殿?その、異形の姿のまま、街を闊歩するのかの?」

「それはこちらから説明させていただきます、ドラウディロン·オーリウクルス陛下」

 

 モモンガよりも先に口を出したのは、ほんの少しだけ前に歩を進めたぷにっと萌えである。深々と頭を下げつつ、ぷにっと萌えは自分の考えを披露し始める。

 

「僕はぷにっと萌え、ナザリックにて軍師、ないしはそれに近い仕事をさせていただいております。さて、まず一つ。もっとも後ろにいる我らの下僕は、基本的に謁見が済み次第ナザリックへ帰還いたします。つれてきた理由といたしましては、まぁ見栄、と言ったところですねぇ。さて、次としましては、我らが選抜した者の前提条件が、パッと見、人間、もしくは亜人種に見えること、ですので我々も異形の姿のまま街を闊歩するなどと言うことはありませんな」

「それは良いのだが……ぷにっと萌え殿?いったい、街に出てなにをなさるおつもりかな?」

 

 その質問に、ぷにっと萌えはおもむろに、大袈裟な動作でドラウディロンに指を向ける。たぶん、指。

 

「それですな。我々も色々話し合ったのですがやはり双方共に益がなければならない、と言うのが前提条件としてありますからね。そこで、我々は、この国で我々を知ってもらおう、よく見てもらおう、を合言葉に、ちょっとしたイベントを行いたいと思っておりまして」

「イベント?それは?」

「祭り、ですかねぇ?小規模ですが、我々が出店を行い、国の人々と交流を行います。その中で、我々が選出した下僕がどのような行動をとるか、それを見ていきたいと思っておりますが」

「ふむ……」

 

 危険はなさそうである。たっち·みーもいるし、予め布告しておけば、バカな行動を起こす輩も居はすまい。前回、彼らが打算コミコミとは言えこの国を救ってくれた時は、比較的どころか友好的な意見が多かった。それは、たっち·みーのそれまでの行いも加味された上での評価であったが、情勢が落ち着き始めた現状、各地から不信の声も上がり始めたのも事実。そこでこのイベントの話は渡りに船、になればいいなぁ。

 

「では、ドラウディロン·オーリウクルスの名において、竜王国内にて祭りを行う許可を取り付けましょうぞ。して、場所はどこで行うのですかのぉ?」

「それに関しては……リュウマ君?どこにしたんだい?」

「知らんがな」

 

 話を振られたリュウマがそっけなく答える。それに対してぷにっと萌えは、柳眉を上げて抗議した。眉がどこかは知らんが。

 

「会場になりそうな所を押さえとけっつったよね?僕が三回口を酸っぱくして言ったよね?」

「俺は三回、竜王国に来たことがねぇっつって断ったよな?なんだ?耳と耳の間に真空でも詰まってるんですかね、うちの軍師様は?」

「耳と耳の間にヘリウムガスがつまってる君に言われたくないね。今すぐ飛んでいっちゃいそうなんで、頭に重し変わりの剣でもぶっ刺しとくことをおすすめしますね、今すぐ」

「ぷにっと萌えの右隣の人の左隣の人に言っておいてくれない?今すぐあんたの故郷、学名あの世に帰れってな」

「高性能二酸化炭素精製機は今の時代に不要なので即刻下取りに出しませんか?」

「ああ?」

「なんです?」

「二人とも落ち着いて」

 

 一瞬即発とばかりに、じりじりと間合いを詰め、額を突き合わせ罵りあう二人を、やまいことペロロンチーノが引き剥がしつつ二人とも嘆息する。基本、二人は相性が悪い。考え方であったり人となりであったりするが、何故かリュウマが一方的に嫌う、とまではいかないが、それに近い感情を持っており、ついでに本人がそれを隠すつもりもないと来ている。対するぷにっと萌えも、そんな感情をぶつけられていい気分な訳もなく、わりと辛辣な態度で当たることが多いのも問題に拍車をかけている。幸いにも、言葉で止まるだけ、一番険悪だった頃のたっち·みーとウルベルトよりはましだが。

 二人が離れて顔を背けあうのを確認したモモンガは、急に始まった罵りあいに呆然とするドラウディロンに深々と頭を下げた。

 

「申し訳ない、ドラウディロン陛下。その、騒がしくしてしまいまして」

「いや、多少肝を冷やしたが、問題はないですとも、モモンガ殿」

「そう言っていただけると……」

「して、開催場所が決まっておらぬと、そう言う方向で構わぬのかな?」

 

 言われ、モモンガは後ろを振り返る。ぷにっと萌えは憮然とした雰囲気を醸し出しながら頷き、アルベドもまた申し訳なさそうに頷いた。

 嘆息しつつ、モモンガはドラウディロンの言葉に軽く頷いた。それを受けたドラウディロンは、隣に立つ大臣に目配せすると、心得ているとばかりに耳打ちをしてくる。大臣から告げられた場所は、確かに未だ人が入っていないところだ。つぅか、一週間で入るはずもないのだが。色々と問題もあるっぽいが、目の前の一団なら何とかしてしまうだろう。

 

「では、多少問題があるんじゃが、そこに広がる土地ならば自由に使うてくれてよいのですがの」

「問題?どの様な?」

 

 モモンガの言葉に、ドラウディロンは苦笑にも似た笑みを浮かべて、それを口にした。

 

「幽霊が出るんじゃよ」

 

 

 

-幕間-

 

 

 坑道の中を走る走る走る足がもつれて倒れこみそうになる体を無理矢理起こして尚も走る。ドワーフである彼、ゴンド·ファイアビアドは、慣れ親しんだはずのこの坑道の中で、奴等から逃げていた。土の中を泳ぐように移動する土の種族、クアゴア。幸いであったのが、奴等にとってもこの場での遭遇は正に偶然の代物であったのだろう事だ。掘っていた坑道の壁から数匹の奴等が出てきた後、十秒程度の硬直。誰かの『逃げろ』の声。その声に弾かれるように駆け出し、その直後のくぐもった呻き声と大量の水がぶちまけられる音。それを聞きながら、ゴンドは走った。

 曲がり真っ直ぐ右に左、様々な場所も分からぬまま走り抜け、ゴンドは一度も訪れた事の無いような、吹き抜けになった巨大な縦穴に辿り着いていた。息を荒げたまま、呆然と周囲を見回しても、遮蔽物の一つもない。出入り口のような場所は一ヶ所、自分の背後にしかなく、正に袋小路。

 笑う膝を叱咤し、踵を返し走り出そうとするゴンド。しかし、踵を返したところで、出入り口になっている坑道の壁からクアゴアがズルリと穴を空けながら滑り落ちるように這い出してくる。その反対側からももう一匹。震える足を押さえつつ、ゴンドは後ずさる。しかしながら、冷静な自分はこう考えていた。これはもう無理だ。戦士として修練を積んだものならあるいは撃退できたかもしれない。が、しかし、自分は今や廃れる運命にある《 ルーンスミス 》。それも不十分どころかその烙印を押されるところにまで至っていない半人前以下。どうあがいても生き残る道はない。目の前にいるクアゴアの、鉄さえ両断する爪で引っ掻かれて自分は死ぬのだ。

 

「は、はは……」

 

 自然と笑いがこぼれた。自虐も多分に混じった笑いだ。志半ば、いな、半ばも至っていないだろう状態で死ぬ。これほど滑稽な事があるか。そんな笑いも含まれていた。しかし、目の前のこいつらには通じていないだろう。二匹は顔を見合わせ、やや大きめの体格の方が前に進み出る。その爪は太く、そして鋭い。泣き叫ぶ気力も底を尽きたゴンドは、今度こそ覚悟を決め目を瞑った。爪が振り上がる気配がし、そして……。

 

 金属を打ち合わせるような音が耳に届いた。インインと響く金属音。いつまでも振り降りてこない最後。恐る恐る目を開けると、そこには。

 

「ここは我が主の聖域、偉大な彫像の兵士が生まれる場所である。控えよ、同胞」

 

 ゴンドを背に背負い、一匹のクアゴアがそこに立ち、振り下ろされた爪を受け止めていた。ギリギリと金属を擦り合わせるような音が静かに流れるなか、やや大柄なクアゴアが口を開く。

 

「貴様……!どこの何者か!?」

「ブルー·クアゴアのレ·シュペレ。しかし、それは既に捨てた名だ。今は、我が主に仕える一匹の獣に過ぎん」

 

 答えるが早いか、相手の爪をはねあげ素早く飛び下がりつつレ·シュペレはゴンドの襟に爪を引っ掻け大きくもう一度飛びすさり、その目をゴンドに向けた。

 

「問題ないかね、近くて遠い隣人」

「な、なんじゃ!?わ、ワシを助けてくれると言うのか!?」

「主は、血が流れるのを嫌う訳じゃないが、なるだけドワーフを助けろ、とおっしゃっておられた。言いつけを守っただけだ。そら、見ろ」

 

 その時、吹き抜けになった縦穴に光が降りた。それは、光の柱と言っても差し支えの無い物で、周囲を照らしつつ地面へと到達した。促されるままに見たゴンドも、追ってきたクアゴアもまた、その幻想的とも言える光景に動きを止め、一様に光の柱を見上げる。そんな中、光の柱の中に影が射す。翼がある。恐らく手足や胴体、頭があるようにも見受けられる。ゴンドの脳裏には、いつぞや見たはぐれのエルフの姿がちらついていたが、そんなことはお構い無しとばかりに、その人影はゆっくりと、両腕を斜め上に挙げた、Y←こんな感じのポーズでゆっくりと回転しながら大地に降り立った。光の柱が天に消え、そこには夜を煮詰めたような漆黒の翼を持ち、太陽のように輝く美貌を惜しげもなくさらし、Y字ポーズを取りながら恍惚の表情で立つ堕天使がいた。パン一で。

 

「我が主の、降臨だ……!」

 

 どこか恍惚としているような表情で、レ·シュペレはそう言う。ゴンドは、なんじゃこいつ的な気分で一杯だ。神秘的な光の柱から現れた半裸の男だ。さもありなん。しかし、見れば見るほど人間っぽい。違うところと言えば背中から漆黒の翼を生やし、こめかみからネジ曲がった山羊のような角を生やしていること。肌の色が知っている人間よりも更に白い、むしろ作り物めいた白さであることくらいか。

 と、観察している一同の前で微動だにしない彫像の様に固まっていた男の翼が大きくうち振るわせられ、つぶられた目蓋が見開かれる。そこに存在するのは黄金の太陽のような光彩。人間ではまずあり得ぬ色彩の瞳は、キッと言う擬音が聞こえそうな鋭さをもってクアゴア二匹を見据え、そしてその完璧な造作の唇がついに開かれた。

 

「太陽万歳ッッッッッッッッ!!」

 

 響き渡る大音声。謎の威厳に満ちた声。しかし、弾かれるように動き出したクアゴアの爪は容易くその男に炸裂、吹き飛びゴンドの足元に転がる謎の男。

 

「あ、主様!?」

 

 驚きの声を挙げるレ·シュペレ。しかし、吹っ飛ばされた半裸の男は、爪が炸裂した部位、主に、男としては薄めの胸板をさすりつつ起き上がり、もう一度Yのポーズをとる。ビクッとして後ろに一歩下がるクアゴアを満足そうに頷いて、男は指をパチンと弾いて見せた。その音と同時に縦穴全体が振動し始める。何事かと周囲を見回す一同の前で、その男は口許を実に人間らしくいやらしく歪めて見せた。

 

「このるし★ふぁー様に、よくもワンパン入れやがって。もう許さん。俺の現在完成した最大戦力で、叩き潰してくれるわ!!くたばれファッキンクアゴア!」

 

 言葉が終わると同時に縦穴二ヶ所の壁が崩れ、二体の巨大な彫像が姿を現し、巨体にも関わらず凄まじく早い動きでクアゴアへと躍りかかった。

 結果を見ることなく、その男はレ·シュペレとゴンドに向き直り、ニヤリと笑って自己紹介をするのだった。

 

「初めましてドワーフの人。俺は太陽の王子、るし★ふぁー。コンゴトモヨロシク」

 

 

 

 

 

 

 





ようやく免許がとれました。
後は投稿速度をあげることを目標に頑張りましょうか。
ちょっと話がこんがらがりつつありますけども。

ではまた次回。ノシ


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39,エロは万国共通/幕間 慈しみの海神


前回のあらすじ

バカ来る。

今回予告

エロは万国に通ずる。








 ドラウディロンに言われた広場にやって来たモモンガ及びギルメン及び選抜メンバーは、確かにそこに無数の低級ゴーストがいるのを確認した。が、しかし、どんなに呪いを吐こうが攻撃を仕掛けようがびくともしない面々が揃っていたため(リュウマは除く。攻撃に特化しすぎている能力から装備のため、状態異常に極めて弱いから。高レベル故にかかりづらいけど)、やまいこの手によって浄化されて瞬殺であった。

 

 日を跨いで次の日。デミウルゴスを筆頭とした設営部隊の手により、広場には立派な建物がそびえ立っていた。それを見上げながら、ぷにっと萌え除く一同は心の中で呟いた。『何でだ』と。最初の話では小規模な、それこそ出店でも作ってその接客態度などで評価をつけると言う話だったはず。なのに何で、木造三階建て、一階収容人数500人オーバー二階三階言うに及ばずな立派な建物が出来上がってるんだ。と言うか一日でどうやって。

 

 色々な疑問が渦巻くギルメンの前に、建物の中から、いつもの柔和な笑顔にいつも通りの三つ揃えのスーツ、そして頭には何故かねじり鉢巻を締めたデミウルゴスが出てきて、こちらを見るなり笑顔を深めて歩み寄ってきた。ある程度間合いを詰めたデミウルゴスは、膝が汚れるのも構わず、その場に膝をついて頭を垂れた。

 

「申し訳ございません皆様。作業は未だ終わっておりませんので、もう少々お待ちいただけますか?」

 

 既に全て終わってたらビックリだよ。いや、ビックリどころの騒ぎじゃないけどさ。そんなことを思いつつ、モモンガは軽く咳払いをする。それにあわせるように、デミウルゴスの肩がビクリッと揺れた。

 

「デミウルゴスよ。頭をあげよ」

「はっ!」

 

 勢いよく上げられるデミウルゴスの顔には、やや怯えが混じっているように、モモンガとやまいこには映っていた。怒りはしないから、そんな顔をしないでもらいたい。そう思いつつ、モモンガは口の中で言葉を一旦転がし話を続ける。

 

「……デミウルゴスよ。正直驚いたぞ?よもや一晩でここまで仕上げるとは」

「も、勿体無きお言葉、ありがたく存じます」

「いやいや。こんな風に早い仕事、デミウルゴスにしか為せないだろう。うん、為せないだろう。だから、まずは立ち上がれ。そして胸を張るがいい」

 

 言葉で促されるままに立ち上がるデミウルゴス。その表情はなんだか実に晴れやかだ。とは言え、色々と引っ掛かる物があるのも事実。モモンガはギルメンに視線を向ける。が、既にペロロンチーノは、一晩中《 転移門/ゲート 》を開きまくって疲労困憊で突っ伏しているシャルティアの元へ走っていっている。リュウマはリュウマで、いつの間にかやって来ていたルプスレギナを正座させてお説教している。やまいこもそれに続いて、何とも言えない表情で立っているし、いつも付き従っているユリも怒りの表情で立っている。何があったと言うのか。絶対碌でもないことに違いはないだろう。幸いなことに、自分の近くにはぶくぶく茶釜とたっち·みー、そしてぷにっと萌えがいてくれるので、色々と心強い。

 

「それで、だ……デミウルゴス、私が記憶している通りなら、ここには確か……小さな出店などが並ぶはずでは、その、無かったかな?」

「いえ、アルベドが計画変更を伝えてきたのですが……ご存じ無いのですか?」

「……あっ……」

 

 ん?誰の声?突然、後ろで小さく上がった声に振り返ると、そっぽを向くぷにっと萌えとぷにっと萌えに視線を送るぶくぶく茶釜とたっち·みーの姿があった。

 

「え、と……何かありましたかぷにっと萌えさ……」

「モッモ~ンガ様~!」

 

 質問の途中で、それこそ語尾にハートマークでも飛び交ってそうな甘ったるーい声が、建物の方から届いた。しないはずの頭痛と胃痛が襲ってきた気分になり、モモンガは額を押さえた。一方、モモンガよりも早くそちらへ目を向けた、ぶくぶく茶釜とたっち·みーは、声の主である絶世の美女の姿を見て、片方は色々負けた、と呟き、もう一方は、言葉もなく、ただ生唾を飲み込むだけであった。遅れてそちらへ目を向けるモモンガも、これにはさすがに度肝を抜かれ、どことは言わないがとある部分に目が釘付けだ。

 

 現れ出でたのは、間違いなくアルベドだった。ただし、今日は普段と全く違う格好をしていた。普段は、肩や胸元を大きく露出しつつも清楚さと気品、その双方を会わせたような純白のドレスを身に纏うアルベドだが、本日はある意味、極めて地味な服装であると言わざるを得ない。飾り気の少ない地味な生地の上着、ただし胸元は大きく開かれておりボリュームのある胸がややきつめに調整されていると見受けられる生地に押されて『むにゅっ』とはみ出す様は、もはや生々しいまでのエロスを感じさせる。下は下で、ややレースが多いヒラヒラとしたフレアスカートのような作りの、膝上15センチと言いたい程の短さのミニスカート。全体の印象としては『かなり際どいカスタマイズが施されたディアンドル( オクトーバーフェストの時に女性が着る衣装。ディルンドル、ダーンドルとも言う )』なのだが、絶世の、それこそどこか作り物めいた美しさを誇るアルベドが着ることで逆に生々しいエロスを醸し出すことに成功していると言える。

 嬉しそうに跳ねるように駆けてくるアルベド。拘束されているはずの二つの果実が、揺れる跳ねる激しく動いてこぼれ出しそう。これには、性欲が大きく減退するこの姿のモモンガも、出ないはずの唾液を飲み込みつつ心の中で呟く『あんなに動いて何でこぼれ出さないんだ。て言うかあの衣装であんだけ揺れるの?何て言うかもう、守護者統括すげぇ……!』。たっち·みーも暴れる二つの果実に釘付けだ。面白くないのはぶくぶく茶釜くらいである。ついでに言うなら、普段は隠れてほとんど見えないスラッと長く程よい肉付きでほどよく筋肉質の両足も、かなり際どいところまで見えている。これには足フェチのぷにっと萌えも思わずニッコリ。

 

「いかがですかモモンガ様~?可愛くないですかこの服。まぁ、もちろん?普段着ておりますドレスは大層素晴らしい代物ではございますが、やはりこの様な普通の格好と言うのも、乙なものでございましょう?」

 

 モモンガの前に立つなり、わざと胸を強調するように、胸の下で両腕を組みつつ、蠱惑的よりも無邪気な笑顔でアルベドは言う。

 

「う、うむ、その、よく似合っているぞ、アルベド……」

「ク、クフーーーーーッ!勿体無きお言葉!似合いすぎて可愛いなど、誉めすぎですわモモンガ様ぁぁああ!」

 

 そこまでは言ってないよ!?と言おうとすれど、アルベドの喜色満面な笑顔が可愛いので、思わず口を閉ざしてしまう。それよりも、隣に立つデミウルゴスを叩くのをやめてあげて?壮絶に痛そうな顔をしてるから。

 

「そ、それはそれとして、だ。アルベド?」

「はい!何でございましょうモモンガ様!?ベッドの準備はできておりますよ!?何でしたらこの衣装のまま、初☆夜☆でも、私、全く!全然!楽勝で行えますわ!あ、茶釜様も混ざります?今なら茶釜様用にしつらえた衣装もございますよ?」

「やめて!あんたと並ぶと自分が惨めになるから!!」

 

 勝ち誇った顔のアルベド、現実を見せ付けられて心とピンクの肉棒ボディをへし折られたぶくぶく茶釜。へし折れながら涙、は流さないものの、小さく嗚咽を漏らす茶釜の肩、と思わしき場所へそっと手を置くアルベド。体を起こしつつ、茶釜は(恐らく)アルベドを見た。そこには、天使の笑顔を浮かべたアルベドがいた。

 

「茶釜様、いいえ、茶釜さん。そう自らを卑下しないで?昔の人は言いました。おっぱいに貴賤なし、大きくても小さくてもおっぱいはおっぱい。濡れる穴があれば良いじゃないか、と」

「ア、アルベド……!私は、胸を張って生きていいんだね?自らを下に見なくてもいいんだね?」

「ええ、その通りですよ、茶釜さん」

「アルベド……!」

「茶釜さん……!」

 

 ガシッと抱き合うアルベドとぶくぶく茶釜。堕天使に絡み付く肉棒。そこには確かに女の奇妙な友情があった。それを遠目に見たペロロンチーノは、我知らず敬礼をとっていた。百合万歳であった。片方が姉で肉棒だけど、それはそれで別の趣があると、紳士はやはり敬礼した。無言のエロスがそこにはあった。

 

「あのぉ、お二人とも?何の話をしてらっしゃるんですかね?」

 

 もっともと言えばもっともな疑問を口にするモモンガ。脇に立っているたっち·みーも深く頷いた。咳払いを一つ。気を取り直して、疑問をアルベドにぶつけることにした。さっきまでのぶくぶく茶釜とのやり取りは見なかったことにする。本能が告げているのだ、突っ込んで聞くと面倒なことになると。

 

「んん!それで、アルベドよ。ここには簡単な出店を作る予定ではなかったか?何故、こんな建物を建てたのだ?」

 

 その問いに、ぶくぶく茶釜と抱き合っているアルベドは、可愛く小首をかしげた。

 

「私は、ぷにっと萌え様から『外交事務所を作ろう。なに、大丈夫だ。モモンガ君には僕から話しておくから』と言われ、慌ててこれらを下僕に作らせたのですが?」

「ぷにさん?」

 

 振り返ればそこにぷにっと萌えは、いなかった。既に駆け出し逃げ出したあとだ。

 だが残念。彼は知らなかったのだ。

 

 ワールドチャンピオンからは

 

 逃げられない。

 

 風が泣いている。そう感じたのはぷにっと萌えかペロロンチーノか。少なくとも、一陣の風となったたっち·みーは、瞬きの間にぷにっと萌えの真横に参上、右手を手刀に変え、首筋とおぼしき場所に軽くふり下ろした。

 

「『スタンブロー』」

 

 もはや抗うことも出来ず、ぷにっと萌えは走る勢いのまま膝から崩れ落ちる。それを下から掬い上げ、たっち·みーは一陣の風となってモモンガの隣に参上しつつ、ぷにっと萌えを地面に投げ出した。なお、たっち·みーの高速移動によっておきた風で、アルベドのパンティ(黒の紐T)がもろ見えになり、大いにモモンガさんが動揺して精神安定を起こし、ペロロンチーノが再び敬礼したことをここに記しておこう。

 

「捕まえてきましたよ、モモンガさん」

「あ、ありがとうございます、たっちさん……けど、これって気絶してますよね?どうやって話を聞くんです?」

「目覚めてからでもいいんじゃないです?」

「何の騒ぎだこれ?……クソ軍師、なんかやったの?」

 

 小脇にルプスレギナを抱えたリュウマがやって来るなり、地面に転がっているぷにっと萌えを一瞥して吐き捨てるようにそう言った。

 

「まぁ、報告忘れとかじゃないですかね?」

「ふぅ~ん?って、アルベド、何てかっこうしてるんだ。いいぞ、もっとやれ」

「もっと過激に攻めた方がいいですかね?」

「ビキニとかおすすめ。ベッドの中でビキニ」

「何の話をしてるんだ……」

 

 再び襲ってくる頭痛に額を押さえるモモンガの前で、リュウマが思い出したように額を叩いた。

 

「そうそう、モモンガさん。ちょっと俺、カルネ村に戻っていい?」

「?なんかあったんです?」

「そう、こいつがね」

 

 小脇に抱えたルプスレギナを、襟首を掴んでモモンガに差し出す。借りてきた猫よろしく、手足を軽く曲げて丸くなるルプスレギナ。

 

「冒険者拐ってきたから、戻って何とかしないとだな」

 

 朗らかに、リュウマが笑うのであったが、目だけは笑っていなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

--お腹が減った。あぁ、いや、これは違うな。いや、あってるのか?それともそうじゃないんだろうか?

 

 それは、地を這いながらも上体をもたげ、焦点定まらぬ目で周囲を見回し、とにかく何かを口にしようと舌を出した。結局、雨も何も降っていない現状、舌の上になにかが乗ることはなかった。しかし、それの舌は確かに臭いを感知した。

 

--あぁ、これは生きる者の匂い。あぁ、これは幼い者の匂い。無垢で純粋で、柔らかい匂い。

 

 胸が高鳴り足が早まった。おかしな話、それに足はなく、しかし着実にそれは足を早め木々の合間を縫って滑るように移動して行く。舌で匂いを嗅ぎつつ、それはふっと思い至る。

 

--あぁ、私/オレは飢えている。幼子をこの手に抱き、育み、一人立ちさせる。この腹に子を宿し、産み、抱き、育み、一人立ちさせるのに。違う違う、それはやまちゃんの仕事だ。オレは子を宿したことなんて無い。子を育てたことなんて無い/私は無数の命を宿し、産み、育み、育ててきた。あぁあ、違う違うオレ/私は。

 

 二つの意思がせめぎ会う中、その意思のどちらに従ったか、それは分からないが体は素早く、それこそ蛇の動きで木々を縫い、真っ直ぐ曲がりくねりながら舌で感じる匂いに向かってひた走る。

 ふと、その秀麗極まる眉間に皺が寄る。舌で感じる匂いに、鉄の匂いが混じった。先程まで匂っていた獣の匂いとは別の、文明の混じった匂いが舌を掠める。ついで、もう一度鉄臭い匂い。

 

--この匂いは/この匂いは

 

 ここに来て、はじめて二つの意思が同調する。焦りが胸に去来しその動きは更に更に早くなる。徐々に大きくなる鉄の匂いに、それは明らかに焦るような動きを見せ始めた。小さめの木々を打ち倒し、野に咲く花を踏み潰し、それは木々の間からそれを見た。

 片方は騎士、だろうか。絢爛な鎧を身に纏った人間種。手に握られた剣は、片方の獣と人間を混ぜ合わせた、その様な容姿の生き物の胸に鋭く突きつけられていた。

--駄目だそれ以上は!/駄目だそれ以上は!

 

 二つの声なき声が響くなか、その騎士と思わしき男は、その獣人間の背後にいたものを見つけた。

 子供。

 そう、その獣人間の子供だろう。傷つき血を流し、それでも目に野生と憤怒をみなぎらせ、目の前の騎士を睨み付けている。その手には、ボロボロの短剣。二つの意思が悲鳴をあげる。この後に待つ彼の運命が容易に想像できたため、だからこそ、二つの意思はここに来て初めて同調した。

 それは。

 

「RUOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 美しい唇から溢れ出す、美しく猛々しい雄叫び。

 それが、この世界で初めて発した言葉であった。

 

 アダマンタイト級冒険者セラブレイトは、その場で唯一生き残っていた子供のビーストマンに刃を向ける。子供を殺すのは忍びないが、これを生かせば再び罪の無い人達に類が及ぶ。そうなれば、ドラウディロンの苦悩も続く。ならば、ここで手を下さないと言う選択肢は彼にはない。

 覚悟を決め、彼は振りかぶった剣を振り下ろそうと力を込めた。だが。

 

『RUOOOOOOOOOOOOOO!!』

 

 森の中から響くこの世の物とは思えぬ、美しく、猛々しく、そして殺意に満ちた雄叫びが彼の動きを止めた。森へ体を向けようとして、セラブレイトは初めて気がつく。その体の末端に至るまで、全てが全く動かない。巨人の掌に包まれたか、それとも別のスライムのようなものに包まれたか。どちらにせよ、その体は微動だにしない。辛うじて動く目を動かせば、彼のパーティのメンバーも同様で、全員が先程までと一切変わらぬ状態で動きを止め、目で何が起こっているのかと確認をとってくる。

 不意に、パーティメンバーの一人の、痩せた弓手が口から大量の血を吐いた。次に、隣に立つ魔法詠唱者が同じく血を吐き、近くに立っていた戦士が赤ら顔になりつつ目の焦点がどこかへ向く。そしてセラブレイトもまた、口と目から血を吹き出した。

 何が起きているか分からぬまま、まずは弓手だった。彼の顔や腕の表面がボトボトと落ち始めた。それは崩壊と呼んでもいいだろう。喉まで硬直しているのか、彼は激痛を目だけで訴えながら、まずは腕が全て液状になって地面に落ち、ついで足が同じように液状崩壊を起こす。地面に落ちた衝撃で体が風船のように弾け内容物が湯気と共に吹き出る。それさえも、次の瞬間には液状に崩壊を始め、その状態でも意識のあるだろう彼は全てが全て液状になり、それは森の中へ消えて行く。

 後はそれの繰り返し。魔法詠唱者も戦士も、末路は同じ。全て液状に溶け、森の中へと吸い込まれて行く。

 

 ズルリと、セラブレイトの視界の端に何かが映った。

 

『蛇、か?』

 

 それをそう感じるが、明らかに太さがおかしい。人間の胴体はありそうだ。その気配はゆっくりとセラブレイトに近づき止まる。耳元にかかる吐息はしかし、野生の獣ではなく人間を思わせる。

 

「聞け、人間」

 

 脳まで滑り込むような、甘く、強い声が鼓膜を震わせ、抵抗する意思を失わせる。その言葉はまだ続いた。

 

「お前はメッセンジャーとして残した。国に戻れ。そして伝えろ。彼らに手出しをすれば、オレが相手になる、とな」

 

 怒りを通り越したような声音は、セラブレイトの総身を震わせた。従わねば、彼らのように溶かされそして、喰われる。そう確信した。

 

「数秒後、お前に体を自由にする。その後、とっととここから出て行け。理解したな?」

 

 頷くことが出来ないが、相手はこちらの考えでも読んだかのようにその場から離れて行く。視点をずらし、何も見ないように努めて、気配が去るのを待つ。 ズルズルと這いずる音が遠く離れたのを確認したセラブレイトは、今度こそ視点を会わせ、ようやく動くようになった体を引きずりながら森の出口に向かう。その表情は、人類の剣、最高峰冒険者のそれではなく、ただの恐怖に怯える人であった。

 

 

 

 森の中を高速で這いつつ、彼女は胸の中に保護した獣人の少年を見ると、怯えた表情でこちらを見上げる無垢な瞳と目があった。なるべく怯えさせないように、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「いやはや、災難だったな坊主。おお、オレが間に合って、その、良かったな?あぁいや、良くない、良くないな。お前の両親はあいつらに殺されたもんな!うん、良くないな、良くない」

「……ねぇ?」

 

 胸の中で小さな声が上がる。声のトーンからして、女の子か?そう彼女が思っている間、胸の中の子供はしばらくなにかを考えていたが、不意に何かに思い至ったようにこう問う。

 

「あなたは、神様?」

「ははははははは!違う違う!」

 

 口を開けて笑いつつ、彼女はそう否定し、こう名乗るのであった。

 

「オレは、餡ころもっちもち。アインズ·ウール·ゴウンのメンバー、ティアマトの餡ころもっちもちだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





やっと投稿できたぁ。

この調子で投稿ペースを上げていきたいところですね。

あ、餡ころもっちもちさんは完全に捏造です。オレっ娘だーい好き\(^-^)/
おっぱいもだーい好き\(^-^)/
ふともも(以下略)
しかし一番好きなのは腹筋


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40,集結しつつある人達/エンリご飯

前回までのあらすじ
色んな人が降臨中。

今回予告
とある人が来た。
ジビエ美味い。





 それから色々あって二日後。

 幽霊が出るなんにもなかった広場には、周囲のボロ屋を圧倒するような新築三階建ての建物が建ち、その前には小さいテント、そこからもくもくと上がる煙からは香ばしい油の焼ける匂いが立ち上る。

 ドラウディロンの予めの布告により事情を知っていた竜王国の民の多くは、この国を救った英雄が祭りを行うと言うので、一部の人間を除き、かなりの数の人間が詰め寄せていた。

 

 黒山の人だかりとはこういうのを言うんだなぁ。いずれアインズ·ウール·ゴウン領事館の一つになるであろう建物の前に集まった人垣を見つつ、モモンガは離れた場所の木陰でデミウルゴス製長椅子に腰を掛けつつそんなことを考えた。

 

 あの後、リュウマは直ぐ様空を飛べる下僕に乗って、ルプスレギナを引っ提げてカルネ村に飛んでいった。『面倒事はさっさと済ませてくるに限る』と言ってたが、そう簡単に事が済みそうにないのは明白だ。後でやまいこもあっちに合流するので、裁量は二人に任せることにする。絶対条件として、アインズ·ウール·ゴウンにとって不利益にならないようにすると言うのがあるが、あの二人なら問題ないだろう。

 

 先日、アルベドが着ていた際どい服を纏ったソリュシャンが、周囲にニコニコと愛想を振り撒いている。遠目から見ている分には、あまり問題があるようには見えない。近くにいるやまいこが口出ししたりしていないのがその証拠である。逆に、反対の方でフランクフルトを販売しているナーベラルの方は、眉間にシワを寄せて、仏頂面もそこまで行くと見事と言いたいような仏頂面で接客をしている。声は聞こえないが恐らく接客態度もそれ相応に悪いだろう。近くでフォローしているユリが慌ただしく頭を下げたりしている。とは言え、そのナーベラルの前から客が消えることはなく、むしろ何かを言われる度に笑顔になる客の方が多いのはなぜだろう。よもやMが多いのだろうか。

 

 それから心配事と言えば、領事館に配置する人員だ。下僕の中から選抜するとして、少なくとも人間に対して友好的な者を用意しなくてはいけない。だが、その選択はかなり難しく思える。今現在、竜王国を離れたぷにっと萌えが心当たりのある人物を後で送るとは言っていたが、本人が気付いてないだけだろうけど、軍略以外だと割合ポンコツな所の多い人だからな。

 

 抜けるように青い空の下、モモンガは普段のローブとは違いアルベドが用意してくれたパーカーとジーンズと言う姿で人間形態をとりつつ手元の酒杯を傾けた。冷たい麦酒が喉を滑り落ちて行く感触が心地よい。口の中に残るほんのりとした苦味と微かなアルコールを楽しみつつ、何となく人混みを見つつやや懐かしい気分に浸る。まさか異世界に来て皆と再会し、こんな事をやってるなんて、かつての自分が知ったらどう思うだろう。ふと、そんなことを考え、直ぐ様悔しがって地団駄を踏む自分が容易に想像できた。

 

「うん、幸せってのはこう言うことかもなぁ」

「それはまた、小さな事に幸せを感じるんですねぇ」

 

 随分近くで、しっとりと落ち着いた女性の声が聞こえた。ビクッとしつつ振り返ると、そこには、アルベドよりもやや背が高いしっとりとした美人がそこにいた。特徴的なのは着崩したような着物状の服で、そこから溢れ落ちそうな豊満な胸。アルベドもかくやと言いたい自己主張するそれを誇る美人が、ワインの瓶を片手にそこに立っていた。

 慌ててとある部位から目をそらしつつ、モモンガは思う。誰だろう、この人。少なくとも、こんな美人の知り合いはナザリックを除けばいないんだが。職業柄、人の顔と名前を覚えるのは得意なのだが。

 

「お隣、よろしいですかの……よろしいですかね?」

「あ、はい。どうぞ」

 

 少しだけ距離を離し場所を譲るモモンガに頭を下げ、その女性は長椅子に腰を下ろした。腰まで届くような金色の髪が揺れ、バラにも似た香りが広がる。女性って言うのは色々な香りがするんだなぁ、と思いつつ、酒杯を傾けるモモンガの横で、その女性はまっすぐと人垣を見つつ、ワイン瓶をあおった。なかなか豪快に中身を飲み干して行く女性を呆然と見ていると、瓶から口を話した女性が口を開いた。

 

「まさか、こんな平和な日が訪れるとは思っておりませんでした」

「そうですか?」

「ええ、毎日毎日、ビーストマンの襲撃に怯える日々でしたので、落ち着いてお酒を飲む暇も無かったほどですよ?」

 

 と、言いつつワイン瓶を豪快に傾ける。なんだろう、茶釜さんと同じ匂いがする、と心の中で呟きつつモモンガは言葉の続きを待つ。

 

「アインズ·ウール·ゴウンの皆さま方には、いくら感謝しても仕切れません。国を救っていただいただけでなく、食料の供出やこのようなイベントまで。国民に成り代わり、最大限の礼を……」

「よしていただきたい。私達が好きでやっただけですし、ついでに言えば色々と実験の意味もあってやっていることですから」

「あら?謝礼はきちんと受け取った方がよろしいかと。断り続けるのもまた、相手にとって無礼だったりいたしますので」

 言われてみればそうか。そう思い直し、一つ頷き、それを礼を受け入れたサインとしつつ酒杯を傾ける。酒杯はマジックアイテムなのか、中の麦酒は変わらず冷たさを維持している。隣で、誰とも知らない美女がワイン瓶を傾ける。そう言えばと、モモンガは思い至った。仲間や下僕が近くにいてこれだけ穏やかな日は珍しい。ギルメンそれぞれはわりと強烈な個性を有している面々ばかりで、楽しいが悩みのつきぬ日々、守護者達やプレアデスの面々の前ではトップとしての演技は欠かせない。思えば随分と肩肘を張っているもんだ。偶には、こういう日があっても良いよな。そう思いつつ、モモンガは空になった酒杯に、アイテムボックスから引っ張り出したブランデーを取り出した。ブループラネットが、かつて存在した酒だと言ってたっけか。名は知らないが、それを酒杯に軽く注ぐ。優しく甘い香りが鼻孔をくすぐる。ふと、隣の女性が、興味津々と言った感じで手元を覗き込んでいるのに気がついたので、酒杯をもう一個取りだし、指四本分注ぎ手渡すと、彼女は嬉しそうに微笑みながらそれを受け取り、軽く頭を下げてちびちびと舐めるように飲み出した。

 

「あぁ、そう言えば自己紹介が遅れてましたね。私はアインズ·ウール·ゴウンの代表、モモンガです」

「これはご丁寧に。ですが……」

 

 そこまで言って、女性は口元を隠し小さく笑い声をあげた。なんで笑われたのか分からないモモンガに浮かんだ困惑の表情を見て更に上品に笑った後、彼女はその桜色の唇を開こうとして、不意に差した影に気をとられた。同時に、モモンガも影に気をとられ上空を何の気なしに空を見上げ。

 そこに。

 漆黒の粘体が降ってきた。

 

「はぁ?」

 

 反応が遅れたモモンガは、頭から漆黒の粘体をひっかぶり、その質量によって長椅子から転げ落ちた。

 

「もがっ!?」

 

 頭から爪先まで包み込まれ、ついでに服が音を立てて溶けて行く。そう、服が、溶けているのだ。幸い、そこまで苦しくはないが、見知ったばかりの女性に裸を見られるのは少々どころではないほど気まずい。慌てて手足を動かすが、漆黒の粘体は一切、モモンガから離れることはない。それどころか。

 

「zzzzzzzzzzzzz……」

 

 健やかな寝息を立てていた。つぅか、スライムが寝るのかよ!?口から出た突っ込みは泡と消える。必死で四肢をばたつかせて暴れるが、漆黒の粘体はモモンガから離れる気配を見せず、それどころか、更に体を覆って離れそうにもない。

 

「えへへへっ……ソリュシャ~ン、もう離さないよぉ……メイドの皆もおいでぇ……」

「もがぁっ!!」

 

 色々突っ込みたいが言葉にならない。こうなれば仕方がないと、モモンガは非常手段をとった。何かあったときに、とたっち·みーから渡された銀の円筒を取りだしボタンを押す。途端、鳴り響く警戒なドラム音。慌てていた謎の女性が首を捻る中、力強い(ただし下手)な歌声が響き渡る。

 

『あ、これ、たっちさんに聞かされたなぁ……確かブラックな仮面のヒーローとかなんとか?』

 

 モモンガが思い至ると同時に、今度は銀の円筒から光が溢れだし、空中に巨大な紋章、たっち·みーの紋章を描き出す。紋章が空に燦然と輝くのを地上のイベントに集まった人々の目に止まった瞬間、紋章を叩き割りながら漆黒の影が飛び出した。歓声だか悲鳴だかが響き渡る中、漆黒の人影は地面にスーパーヒーロー着地を決め、下げていた面を上げる。鋭角的な兜の隙間から赤い燐光が漏れだし、鋭く周囲を睨み付け、その視線が先程からおろおろしてばかりの女性で止まる。

 

 数瞬の間の後、降り立った漆黒の騎士はおもむろに立ち上がり女性の前に立つと深々と腰を折った。

 

「お久しぶりです、ドラウディロン陛下。身長伸びました?」

「お、お久しぶりです、たっち·みー殿……イメチェン、ですか?」

「いえ、いつもの格好だと大騒ぎになるので、慌てて予備の鎧に着替えたのでございます。ところで一体、なぜ自分を呼び出されたので?」

「?いえ?私は呼んでおりませんが?」

「え?いや、しかし、例の銀筒をお渡ししたのはドラウディロン陛下とモモンガさんのはずです。そして召喚に応じて現れれば、そこにはドラウディロン陛下が。そうなれば、ドラウディロン陛下が自分を呼び出したのではないか、と」

「いえ、それは恐らく……」

 

 ドラウディロン陛下が指差した方向にたっち·みーが顔を向けると同時に、漆黒の粘体から『ペッ』とモモンガ、と言うか鈴木悟が、服を七割方溶かされた状態で吐き出されるのはほぼ同時だった。粘液でぬっとぬとになった鈴木悟の前で、漆黒の粘体は大きく伸び上がり、顔を擦るような動作をして、さめざめと泣く鈴木悟の前で能天気な声を上げるのだった。

 

「おはようございます~。いやぁ、いい天気だなぁ。ところでモモンガさん?なんでそんなあられもない格好をしてるんです?」

「あなたが溶かしたんですよヘロヘロさん!」

 

 

◇◆◇◆

 

「いやはや、申し訳ない。寝ぼけてつい、ね?ま、アルベドが喜んでたんで、いいんじゃないですかね?」

「もはやスライムボディで眠れるヘロヘロさんに驚愕ですよ、俺は」

 

 あの後色々あったものの、たっち·みーとドラウディロンの機転でその場を離れたモモンガとヘロヘロは、アルベドに着替えを持ってこさせつつ、外交事務所(仮)の応接室(仮)でようやく向き合っていた。まぁ、七割裸のモモンガを見て、アルベドが鼻血を吹き出し大変な事になりかけたが、些末なことである。

 

 人目がないのでオーバーロードの姿に戻り、いつもの完全装備へと戻ったモモンガは、軽く突っ込みを入れつつ色々考えを巡らせる。聞きたいことは山ほどあれど、一体どこから手をつけるべきか。無論、あの日別れたヘロヘロが戻ってきてくれたのは嬉しいが、それでも様々な疑問が渦巻いている。

 とりあえず、当たり障りのない話をしようと顔を上げると、ヘロヘロの方もどうやら何かを考えているらしい。ふと窓の方へ顔を向ける。太陽は頂点を過ぎた辺り。まだまだ日があるのだ、少しずつ話をしよう。そう思い直し、モモンガは改めてヘロヘロに顔を向ける。

 

「そうそう、ヘロヘロさん。言い忘れてましたけど……おかえりなさい。待ってましたよ」

「ああ……はは、すいませぇん、帰還が遅れました。ギルド長には色々ご迷惑をお掛けしたんじゃないかと」

「いえいえ。特に迷惑に思うような事はありませんよ。むしろ、ヘロヘロさんがこちらに居ることに大分驚きましたが」

「あははは、自分もこの世界になんでいるのか分かってないんですよね……モモンガさん、少し妙なことを聞きますけど、いいですか?」

 

 前半の明るい雰囲気が鳴りを潜めた声音に、モモンガは思わず背筋を伸ばした。心臓-今はないがそれに類する何かが跳ねる音を聴いたような気がする。出るはずのない唾液を飲み込み、モモンガは意を決して頷き返すと、ヘロヘロは何度か全身を波立たせ、絞り出すようにこう言った。

 

「俺は誰ですか?」

「……?いや、ヘロヘロさんですよね?なんです、急に」

「本当に俺は、モモンガさんや他の皆が知っているヘロヘロですか?いや、そもそも、皆は俺が知ってる皆、なんですか?」

 

 その声は、その言葉は決して冗談やボケているから、等と言う理由で発せられるそれではない。なにか、確信はないがそう聞かねばならぬ、そういう強迫観念にも似た何かから発せられたものであると、モモンガは確信しつつ言葉を選ぶ。

 

「……なぜ、そんなことを聞くんです?」

「……前々から疑問に思ってたんですよ。例えばあの日、俺はログアウトしてるんですよ。ええ、間違いなく」

 

 息を呑む。疑問の一つだったそれ。どう切り出すか迷っていた話をヘロヘロの方から切り出してきた。なんにせよ、まずは話を聞くのが先だ。そう思い直し、モモンガはヘロヘロの次の言葉を待った。

 訥々と、ヘロヘロは思い出すように語って行く。

 

「そう、あの日、モモンガさんに詫びながら、ちょっといらんことを言ったかなぁ、って思いつつ寝床に入り、数時間後には起きて会社に行ったっけ……あの日はすごい頭痛がしてて、目眩もしてたかな?会社のデスクに座って、ほんの少し目を瞑ろう、そしたらマスターアップまで後少しだと思って……それから……それから……?」

「……?ヘロヘロさん?」

「ん?んん?あれ?いや、でも……そうだ、俺は確か目を閉じて次に目を開けたら見知らぬところにいて?え?いや、あれ?けど、ここは……?」

「へ、ヘロヘロさん!?ちょっと、大丈夫ですか!?」

「モ、モモンガさん?あ、あぁ、モモンガさんですよね?え?あ、いや、うん……大丈夫ですよ。こう見えても立ち直りは早い方ですから」

「ちょ、ちょっと待ってて下さいねヘロヘロさん。皆を、呼んできますから」

「へ?あ、はい。そうですねぇ、皆にも聞いてもらった方が良さそうですよね?」

 

 生返事を返しつつ、モモンガは一旦離席しつつ、ドアのところに待機していたメイドにヘロヘロの相手をしているようにと告げると慌てて外へ出る。それと同時に、ぷにっと萌え、ついでたっち·みー、ぶくぶく茶釜、やまいこ、ペロロンチーノ、そしてリュウマへと順番に《 伝言/メッセージ 》を繋いでとにかく急いで集合の旨を伝えた後、一階に備え付けられている椅子へと、力無く腰を下ろした。そうして頭を抱え、考える。この話をどこまで掘り下げて良いものか、と。ヘロヘロの様子を見る限り、記憶の混乱、もしくは精神的に追い詰める何かがあるんじゃないか、そんな気がしてならないのだ。少なくとも、そう少なくとも今のところ合流した面子にはそう言うところは見受けられなかった。もしくは、もしかしたらそう言うところもあるかもしれないが、自分がそこまで踏み込んでないだけか。

 

 頭を抱えて悩んでいると、ふと、誰かが隣に立ったような気がした。アルベドか、それとも茶釜さんかな?そう思い顔を上げ、モモンガは固まった。そこにいるはずのない人が、そこに悠然と立っていたからだ。

 

「おお、本当にモモンガ君だね。いやなに、一目見て、君だと分からないのではないかと言う懸念があったものでね?何せ、君らと別れて、そうだな、二十年は経っているのだ。悲しいかな記憶は磨耗する。美しき記憶も悲しい記憶もね。ところで、他のメンバーはどこかな?」

 

 綺麗に整えられた口髭を揺らしつつ、そのダンディな男性は懐から取り出した精緻な細工の施されたパイプを口にくわえ、周囲に視線を巡らせる。

 

「あっと……さっき集合をかけたので、そんなにかからず集まると思います」

「なるほど……いや、しかしモモンガ君も久しぶりだね。まさか、死んだ後に君と再会するとは思っても見なかった。まさに神の采配、と言うやつかもしれない。もっとも、私はそんなモノを信じてもいないのだが、今なら多少はその存在を信じてやっても良い、そう思えるね」

 

 どこか飄々とした調子で肩を竦めるダンディを、モモンガは信じられない気分でもう一度爪先から頭の天辺までを見直す。

 燕尾服を改良したような金属光沢を持つスーツに豊かできっちりと整えられた髭、鷲を連想させる面立ちにやや青白い肌、とんがり気味のヘアースタイル、不思議な光の反射を見せるモノクル、そして何よりも、背中に背負ったそれが一際目につくだろう。自分を納めてなおあまりある大きさの巨大な棺桶。かつて共に居た仲間の一人、ギルド最年長の男が、そこに居た。

 

「し、死獣天朱雀さん、ですよね?」

「うん?どうしたのかね急に。よもや私がそれ以外の何者かに見えると言うのかね?そうだな、それを証明する方法は幾つかあるのだが……例えば私とペロ君がとある筋から入手したご禁制のとある映像媒体について話をしているとき、君も興味を持ったようなので私が後程送付したご禁制の映像を見て一言、『子供じゃないか!!』。まぁ、言ってなかった私とペロ君も悪いのだが……あ、これがダメなら、君が密かに茶釜君と餡ころ君の隠し撮り写真を財布にこっそりしまってお宝にしている、の方がいいかね?ペロ君はタダでくれたけど弐式君には昼食を奢らされたと言ってたかな?……あ、パンドラズ·アクターは中々素晴らしい出来だね。教授感激。特にドイツ語の発音が素晴らしいね。惜しむらくはオーバーすぎる所作だが、それも彼の味だろうね。いやはや、作り手に似るのかね、そう言うところは」

 

 あ、これは間違いない、死獣天朱雀さんだわ。特に、こういうくだらない事に関する記憶力の良さは間違いないわ。妙なところで確信を持ちつつ、モモンガはふと、気になる発言があったような気がした。二十年ぶり?どう言うことだ?そんなに昔からこの世界に?

 

「ええっと、死獣天朱雀さん……」

「そこは教授でよろ。なんならダンディでも可」

「……じゃ、昔通り、教授で」

「うむ。それで、どんな用事かね?ちなみに好みの女性のタイプはグラマーで羽が生えてて角が生えてて清楚に淫乱な女性だね」

「いや、それはどうでもいいんですけど……」

「良くはない、良くはないよモモンガ君!」

 

 叫びつつ、死獣天朱雀はモモンガの両肩を掴みがくがくと揺さぶった。

 

「いいかね!?私は死ぬときよぼよぼのお爺ちゃん!孫どころかひ孫までいてそれどころか入院寸前まで教鞭をとっていたのだよ!?よくよく考えれば妻以外には何人かの女生徒をつまみ食いしたりとかしかしていないのだよ!?まぁ、最後の方は完全に性欲も枯れていたけどね?ところがどっこい!なんとこんなにも理想的な年齢にボディを手に入れた!これはもう、楽しまないと損だよ!?」

「わか、分かりました!分かりましたから落ち着いてください教授!?」

「おおっと、これは失礼。だが、これで分かってもらえたかな?私のたぎり狂うほどの情熱が」

「ええ、ええ。もう、嫌ってほど分かりましたよ、本当に……」

「ああ、ところで何かお悩みではなかったのかね?ボーナスを全部すった時位の悩みっぷりだったようだが?」

 

 何で人の古傷をグリグリ弄ってくるんだろうこの人は。そう思いつつ、モモンガは幾つか疑問に思っていることや引っ掛かったところを上げて行く。

 

「ええとですね、今、ちょっと疑問と言うか色々考えることがありまして……例えば、俺と会うのは二十年ぶりだとか?それに、死んだ後?」

「うむ、君や茶釜君、やまいこ君が失踪して二十年程経っているね。ああ、待ちたまえ、恐らく色々認識に齟齬があるのでね、色々言いたいだろうがまずはグッと飲んでくれたまえ」

 

 モモンガが口を挟むよりも早く、死獣天朱雀は手でそれを制し、パイプを大きく吸い込み煙を吐き出した。そして天井を見つめつつ話を続ける。

 

「さて、二つ目の疑問だが、私は私になる前に死んでいる。あぁ、事故や、もしくは誰かに殺されたとかではなくてだね、一応病死、あの時代でも珍しい免疫変容性の病でね?年を取ってからかかったので、特に治療もせずそのままこの世とおさらば、と相成ったわけだ」

「治療とかは?」

「何を言うのかね。人間、八十余年生きれば十分だよ。妻には先立たれたし、子供や孫にも十分教育が行き届いて巣立たせることが出来た。家族に関しては後顧の憂いはなく、ただ心残りは君達だったのだよ」

 

 パイプで指され、モモンガは思わず自分を自分で指差して確認すると、死獣天朱雀は大きく満足そうに頷いて話を続けた。

 

「そうだよ。少なくとも、君は特にだが……私が色々教えた中では特に優秀な教え子だった。いや、こうして再会しているのだから過去形はよろしくないな、言い直そう。優秀な生徒だ。それが急に失踪、行方不明とは。なんたる事か。慌てて弐式君と連絡を取り行方を調べたが、なるほど、異世界転生なんぞしてたら見付からんわけだ」

「……じゃぁ、ヘロヘロさんや、たっちさんは、あっちではどうなっているんです?まさか……」

「……さて?そこでヘロヘロ君の名前が出てきたと言うことは、ヘロヘロ君もここにいるのかね?そして、彼が何らかの問題を抱えていると?」

「ええ、実はですね……」

「うわ、教授だ」

 

 説明するより早く、誰かが割って入ってきた。そちらへ視線を向けると、やまいこ、ぶくぶく茶釜、アルベドにナーベラル、ソリュシャンが、部屋の入り口に立っていた。一様にそれぞれが驚きの表情で固まる中、誰よりも早く死獣天朱雀が動いた。つかつかとアルベドに歩みより、その白魚のような手を取ると、手の甲に口づけをする。身を震わせるアルベドに優しく微笑みつつ、

 

「お初にお目にかかるフロイライン。私は死獣天朱雀と言う。お名前は?」

「ア、アルベドと、申します……その、大錬金術師、タブラ·スマラグディナ様に創造されました」

「……おお!では守護者統括の!?いや、これは失礼フロイライン?ところでそちらの美しい二人は、どこのどなたかな?すまないが、離れていた時期が長すぎてね、出来れば名乗っていただけると嬉しいのだが……ついでに共に寝ていただけると大変教授は喜ぶが、いかがかナブッ!?」

「教授、大概にしよ?」

 

 誰が止めるよりも早く、やまいこの鉄拳が死獣天朱雀の後頭部をぶん殴っていた。怒りの鉄拳の吹き飛ばし効果で床に向かって吹き飛ばされた死獣天朱雀は、床をぶち抜いて二階、そして一階、どうやって用意したのかも知らない地下室へと落ちていった。心配そうに穴を覗き込むアルベドとナーベラル、ソリュシャンを尻目に、やまいこは両手を叩きながらモモンガの方へと向き直り、一言。

 

「……床が薄い」

「問題はそこじゃないですよ!?」

 

 

~おまけ~

 

 ちょっとだけ時間を遡り、カルネ村。

 村の片隅にほっ建てられた家から肩を落としてリュウマが出てくる。ニニャとか言う冒険者に話をしに来たのは良かったが、正直、とりつく島もないとはこの事か。一応、シャドウデーモンに見張りをさせつつ出てきたわけだが、今後どうしたらいいのかさっぱり分からぬ、途方にくれていた。

 そんなリュウマの前に、鳥の足を丸焼きにしたものをモグモグ食べながらルプスレギナがのんびりと歩いてきた。その隣には、さメイドことケラススが、こっちもやっぱり丸焼きにしたマグロをかじりながら立っていた。

 

「いや~、どうっすかねあの小娘。ええと、説得?終わりましたぁ?」

「何でお前は他人事なんだよ!?」

「私は鮫なので分かりません。人ではないので」

「屁理屈こねるな!?」

「しかし、銃の事が外に漏れるのはよろしくないのでしょう?ならば、ルプスレギナ殿を誉めてしかるべきでは?」

「そらぁ、まぁ、そうだけど……」

 

 やり方ってもんがあるだろ、やり方ってもんが。そう思いはすれど、確かにその言葉を守っただけであって叱責されるようなことはしていないのも事実であるため、リュウマはぐむむ……と唸った後、ルプスレギナの頭を軽く撫でる。ちなみに左手はケラススの頭を撫でる。花咲くように笑顔を浮かべるルプスレギナに嘆息しつつ、気を取り直して首を巡らせる。

 

「そういや、エンリは?」

「エンちゃんっすか?向こうでご飯、作ってますよ?」

「手伝わないの?」

「相手を肉塊に変える料理は得意っすよ?」

「食べる専門、略して食べ専です」

 

 せめてケラススは女子力高い目に設定しておけば良かった。軽く後悔しつつ、リュウマは恐らくそっちにいるんじゃないかなぁ?と言う方向へ足を向けた。

 果たして、そこにエンリは居た。ちょうどエンリの家の前で、どうやら大型の鹿を解体し終えた所のようで、各パーツが綺麗に切り分けられていた。

 

「なんだ、もう手伝う所、無いのかぁ」

「リュウマ様!いいえいいえ、リュウマ様のお手を煩わせる訳には参りませんから!」

「……タダ飯食らいも気が引けるんだが」

「そっすか?」

「ルプスレギナ殿はもう少し気を付けた方がよろしいかと……」

「ケラちゃんは……あぁ、獲物を捕って生で食うんすよね」

「あ、奇遇ですね、私も生で食べるんですよ?」

「……ん?」

「内臓とか美味しいんですよねぇ。あ!リュウマ様には一番美味しいところを残してありますから!」

「ああ?あ、ああ、ありが、とう?」

 

 困惑しているリュウマをよそに、エンリは嬉しそうに背後にあった鹿の頭に近づいて行き、そして鹿の頭の真ん中辺りに指を引っ掻け……。

 

「はあっっっ!!!」

 

 裂帛の気合いと共に鹿の頭を真っ二つに割った。これにはさすがのリュウマも軽く引いた。残っていた血やら何やらが顔に飛び散るのも気にせず、エンリは内部の脳みその表面の膜のようなものを意外と繊細な手つきで手早く除去、木皿の上に乗せると、ウキウキした調子でその皿をリュウマの前に差し出してきた。

 

「どうぞリュウマ様!たった今とれたばかりの鹿の脳みそです!美味しいですよ!?」

「……ええ~っと、それは食べていいものなのか?」

「脳みそは私も好きですね。お魚の白子のような味がします」

「いや、ケラスス、俺、白子も食べたこと無いんだけど?」

「まぁ、具体的にはそれほど味はないですよ。まぁ強いて言うなら……クリームチーズですか、ねぇ?」

「ますます分からん!ええふぉ、エンリ、やっぱ俺、じた……食べます!そうさ俺は脳みそ大好きさ!ようし食べちゃうぞ~!」

 

 思わず断ろうとしたが、エンリがしょんぼりと肩を落としているのを見るや否や、ころっと手のひらを返すリュウマ。仕方ないのだ、女の子の涙には勝てんのだ。別に涙を出してはいないけど、そう見えたのだから仕方がないのだ。

 傍らにおいてあったスプーンを手に取り、さて、どう食えばいいのか。やはりスプーンで少しへつって食うべきか。それとも一口で飲み干すべきか。悩んでいると、肩を叩かれた。そちらへ向き直ると、ルプスレギナがとても良い笑顔で立っていた。すわ助け船かと思ったのも束の間、ルプスレギナは左手に持っていたものを差し出してきた。小瓶である。受け取って子細検分すると、SALTと書いてある。SALT ?はて?サルト?疑問符を浮かべつつルプスレギナを見ると、既に別のところでのんびりしている。そうか、やはり食うしかないのか……。

 スプーンでそれなりの量をこそげ取り、やおら口に運ぼうとして、手が止まった。何かが自分の腕を押し止めている。理性とかたぶんそんなん。視線を動かせば、エンリが期待に満ちた目で見ている。くそったれ。そう心の中で毒づきながら無理矢理スプーンを口に押し込んだ。

 一口噛み、二口噛む。なるほど実際ほとんど味はしない。やや臭みのようなものがあるような無いような。もっちゃりねっちゃりとしたとろみが舌に絡み付き、最後にうま味のような物が残る。まぁ、簡単に言うと全然食える。慌てて先程の小瓶の中身を脳みそに振りかけ一口。劇的に美味くなることはないが、さっきよりも断然食える。

 

「意外と美味いなぁ。今度モモンガさん達にも食べさせよう」

「美味しいですか?美味しいでしょう!?ハラショーでしょう!?」

「うん、美味い美味い」

「では次です!どうぞ!」

 

 そう言いながらエンリが机の上に置いたもの、それは。

 

「鹿の肺です!」

「マジか?」

「生で食べます!」

「マジか!?」

 

 この後、モモンガさんから呼び出しがあるまで、鹿を生で大分食べさせられた。美味しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




注意
生で鹿の内蔵などは食ってはいけません。肝臓ならE型肝炎等にかかり、脳みそだと牛海綿状脳症等にかかって普通に死にます。ちなみに自分は生きてます。普通に食える代物でしたよ?肺は、生で食うと危ないって言われて食ってませんけど、調べたら他の部位も普通に危ない。先に調べれば良かった……。
いや、鹿を生で食う前に小説書けよと言われればそれまでですけど、一応仕事の一環でして、次は早くあげたいなぁ。

ではまた次回です。ノシ


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