ポケモントレーナー ハチマン (八橋夏目)
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1話

「お兄ちゃーん。用意できたよー」

 

 一階からコマチが呼ぶ声がする。

 ヒキガヤハチマン、十六歳。座右の銘は、押してダメなら諦めろ。将来の夢は専業主夫。

 とまあ、要は働きたくないのが俺であるのだが、現在俺は出かける用意をしていた。

 何故かといえば、簡単な話。一昨日、プラターヌ博士というカロス地方のポケモン博士からコマチ宛に一通の手紙が来たのだ。内容はポケモンやるから旅しないかというもの。

 どこぞのオーキドのじーさんみたいな手口だな、と思ったのは言うまでもない。

 俺はすでにそのじーさんからポケモンをもらい、カントー地方を旅した経験がある。

 うちの親、特に親父は俺に対して放任主義である。トレーナーズスクールを卒業と同時に俺は旅をして、帰ってきてからは読書に明け暮れ、特に何もしていない(表向きは)。

 それに対し、二歳下のコマチには過保護というか、溺愛しすぎというか、とにかくこの歳になっても、未だにポケモンをもらうことなく旅にも出させてもらえていない。

 普通は俺みたいにスクール卒業と同時、あるいはそれより早いくらいには旅に出て、ポケモントレーナーとしての経験を積んでいる、はずなんだけどな。あ、そもそも俺は特例の卒業だから一年早いんだったな。

 だが、さすがに……と言うことで、母ちゃんが勝手にオーキド博士に相談したのだとか。

 そして、届いたのが件の手紙。

 何故かカロス地方からであり、母ちゃんからその話を聞いた俺は昨日、オーキドのじーさんに直談判しに行った。

 その時言われたのがこうだった。

 

『お前さん、旅を終えてから何もしておらんと聞いたぞ。そこでじゃ。お前さんも妹さんと一緒にもう一度旅をしてはどうかね。この歳まで娘を旅に出さなかった親なんじゃ。心配性なのはよく分かる。だから、お前さんがお供すれば親としてもいくらか安心できるんじゃないか』

 

 要は何もしてないならコマチの護衛としてついていけ、と言うことだ。

 確かに、と思ってしまった。

 親父も母ちゃんもコマチが一人で旅するのが心配で旅に出していなかった面もあるし。

 俺がついていけば一人旅ではなくなるわけだ。

 面倒なことはしたくない俺だが、コマチのためなら仕方あるまい。

 

「お兄ちゃーん? まだー?」

 

 おっと、今は準備してコマチのところに行かないとな。

 

「おう、今行く」

 

 まあ、科学ってのは便利なもんで、今じゃカプセル式で道具が持ち運びできるんだからな。

 机とか野宿用のテントとか持ち運びしやすくて楽だよな。

 さすがに食材とかまでは無理だけど。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 下に降りるとすでに玄関でコマチが待っていた。

 コマチは黄色の短いワンピースに下は青のジーンズ生地のホットパンツに黒タイツといかにも活発そうな格好だった。そして白の短いブーツとくれば明るさはより増している。

 …………俺か?

 そりゃ当然コマチがコーディネートしたコマチプロデュースの……………とそこまで大袈裟なものでもないか。

 黒のパンツに白のワイシャツ。グレーのカーディガンといういたってシンプル極まりない格好である。

 地味で目立たない。まさに俺の要望を汲み取ってくれたものだ。

 

「もう、おそいよ。お兄ちゃん」

「ああ、悪い。必要なもん用意してたら、遅くなったわ」

「早く行こっ」

 

 くるっと向きを変えて家を出るコマチ。

 こんな日でも親父と母ちゃんは仕事で家にはいない。

 やだ、こんな時まで社畜って………。

 はあ、働きたくねーな。

 

「はいよ」

 

 家を出て向かったのはクチバシティの飛行場。

 何年か前に出来上がったまだ新しい飛行場。

 流石に船だけでは交通の便が悪いということで、港町のクチバにできた。しかも海を埋め立てて造ったとか言うね。おかげで工事中うるさくて読書どころではなかった。

 搭乗手続きを終え、飛行機の中へ。何気に乗るの初めてだったりする。中は結構広くてシートもふかふかだ。

 流石はクチバジム・ジムリーダー。金をかけるところは分かっていらっしゃるようで。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。カロスってどんなところなの?」

「行ったことないから何とも言えんが、到着地のミアレシティ? だったか。そこはカロスの中心都市ででかいらしい」

「ふーん」

「つーか、そのミアレシティにプラターヌ博士の研究所があるみたいでな。どこぞのじーさんより交通の便が整ってるところでマジ感激したわ」

 

 マジでなんなんだろうね、あのじーさんの研究所。マサラタウンという田舎にあるんだが、不便すぎる。

 今じゃ、空飛んでいけるけど、最初迎えが来なかったらどうなっていたことやら。

 それを考えればプラターヌ研究所は都市にあるというじゃないか。

 やっぱ、博士が若いってのが理由なのかね。

 

「でも、よかったの? コマチについてきて」

「あー、それなんだけどよ。博士からメガシンカについての情報を集めてこいと頼まれてな。コマチの旅の邪魔にならない程度にそっちの方も調べてみようと思うんだが……」

 

 ポリポリと頬を掻く。

 

「メガシンカっ?! 進化のさらに上回る進化とか言うっ!? 何でそんな大事なこと黙ってたのさっ」

 

 大袈裟な反応をするコマチ。

 いや、まあメガシンカと聞けばこんなもんか。

 カロス地方で初めて発見された進化現象。今まで進化しないとされてきたポケモンでも戦闘中のみに起こる進化を上回る進化。進化というよりはフォルムチェンジに近い。

 だが、パワーは格段に上がり、スピードも桁違いなのだとか。

 

「いや、その、メガシンカ以前にお前ポケモン持ってないしさ。お前がポケモンもらってからでもいいかなって思ってたんだ。それにどうせプラターヌ博士にもメガシンカについて聞くつもりだったし」

「お兄ちゃんが? 博士に話を振るの? 無理でしょ」

「おま、いくら俺でもちゃんと旅してきてるんだぞ。それくらいは」

「できるわけないじゃん。お兄ちゃんだよ? 終始一人で旅をして友達の一人も作らず、博士にもらったリザードン一体連れて帰ってきたお兄ちゃんだよ?」

 

 ……………………………。

 確かに、聞いてると誰とも話さず帰ってきたみたいだが。

 そんなことはない。

 ジョーイさんに話しかけてリザードンを回復してもらってるし、ジム戦だってしてるし、トレーナーとも対戦してる……………。何ならよくわからないポケモンにつけられているまである。まあ、そいつはいつも俺の影の中にいるみたいだけど。

 うん、でもまあ、対人では全部噛んでますね………。

 確かに俺じゃ無理だな。黒歴史が増えるだけだわ。

 

「ちゃんと理解してくれたみたいでコマチは嬉しいよ。だからコマチがお兄ちゃんのために博士にメガシンカについて聞いてあげます。あ、今のコマチ的にポイント高い」

「最後の一言がなければな」

 

 それからしばらくして飛行機は離陸した。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 何時間座っていただろうか。

 午前中に出たというのについたら翌朝とか………。

 正直、腰が痛い。

 ともあれ、ようやくミアレシティに着いた。

 

「やっと着いたね。お兄ちゃん! カロスだよ、カロスっ!」

 

 俺の目の前では盛大にはしゃぐ我が妹の姿。

 いや、それはいいのだ。

 ずっと座っていた体を動かしたいというのも分かるし、ようやく旅の始まりだということで声を出したいのも分からんでもない。

 けどなー…………。

 なんなの、この人の多さ。

 確かにカロスの中心都市だし、人が多いのはある程度覚悟していた。

 なのに。

 平日の朝だというのに。

 見渡すところに人、人、人。

 おいそこのバカップル、朝からいちゃつくな!

 

「ちょっとー、お兄ちゃん。目がどんどん腐っていってるよー」

「や、流石にこの人の多さでは俺の目も腐るだろうよ」

「コマチがいなかったら、すぐにでもジュンサーさんが駆けつけてくるくらいだよ」

「マジか………、それは重症だな」

 

 気のせいか背中のリュックが重さを増したように感じる。

 

「で、どっち行けばいいの?」

「んなことだろうと思ってマップ用意してきた。これはコマチにやる」

 

 そう言ってコマチにカロス地方のタウンマップを渡す。

 俺にはもっとハイテクなのがあるからな。

 ホウエン地方の大企業、デボンコーポレーション製のポケナビ。

 二ヶ月くらい前に最新のアップデート用のチップが送られてきて、カロス地方のマップも観れるようになった。

 科学の進歩もここ最近早いよなー。

 

「わー、さすがお兄ちゃん」

「褒めても何も出ないぞ」

「チッ」

 

 えっ!?

 今この子舌打ちした!?

 

「こっちでいいのかな、プラターヌ博士の研究所って」

 

 まるで何事もなかったかのようにマップを見ているコマチ。

 はて、俺は夢でも見ていたのかね。

 それか長旅で疲れてんだな、きっと。

 

「あー、多分そっちであってるはずだ」

 

 何とはなしに周りを見渡す。

 

「ちょ、サブレっ! あんまり速く走らないでっ」

 

 だが、それが幸か不幸か。

 人をかき分けて走るポチエナがついには車道に飛び出しーーー。

 

 

 ーーー黒塗りの高級車がその後ろから走ってきていた。

 

 

「ッ!」

 

 気づいたら駆け出していた。

 後ろからコマチの驚きの声が聞こえるが、俺の足は止まらない。

 前方には危険に気づいた飼い主であろうお団子頭の女の子がテンパり始めた。

 

『パパァーッ!!』

 

 運転手も気が付いたのだろう。

 警笛をうるさいくらいに鳴らし、ポチエナはその音に驚いて足を止めた。

 だが、それがいけなかった。

 あのまま走っていれば車の方もブレーキに必要な距離を稼げたかもしれない。

 だから、俺は怯んで動かないポチエナに突っ込み、抱きかかえた。

 ……………。

 やっべ、こっからどうしよう。

 このままじゃ、俺がアウトじゃん。

 走馬灯が見え始めたところで急に身体が上へと浮上した。

 

「………、リザードン……」

 

 間一髪で黒塗り高級車を回避したことを確認して、ようやく理解した。

 命令もなく勝手に出てきたリザードンに掴まれて、俺は上空にいた。

 やべー、その手があったじゃん。

 つか、最初からリザードンに任せればよかったんじゃね?

 

「わ、悪い、助かった」

 

 取り敢えず、リザードンには礼を言っておく。

 奴がいなければ俺は轢かれてたからな。

 

「お、お兄ちゃんっ!」

 

 バッサバッサと翼をはためかせて俺たちを車道脇へと降ろしてくれるリザードン。

 そこにコマチが慌てた様子で駆けつけてきた。

 

「大丈夫っ!?」

「ああ、なんとかな」

「いきなり走り出したと思ったら急に車道に飛び出すし、轢かれちゃったかと思ったじゃん」

 

 すげー顔を赤くしてまくし立ててくる。

 いや、まあ、ごもっともなんですけどね。

 

「それで、その子は大丈夫なの?」

「ああ、さすがにな。あれだけしておいて轢かれましたじゃ、割に合わんからな」

「大丈夫かっ? 君たち!」

 

 車を止めた運転手であろうスーツ姿の中年が走ってきた。

 その後ろには飼い主の女の子もいる。

 

「え、あ、まあ、はい。一応」

「それはよかった。こっちも人を轢いてしまったかと思ったよ。念のため病院に行った方がいいと思うが…………」

「まあ、当たってはないんで大丈夫だとは思いますけど」

「そうか、でも一応名刺は渡しておくよ。何かあったら、ここに連絡してくれ」

「あ、はい」

 

 なんか流されるままに会話が進んでいく。差し出された名刺を仕方なく受け取り、中を見てみる。

 ユキノシタ建設………ユキノシタ……………?

 まあ、別に怪我はしてないし、俺はいいんだが。

 ちらっと飼い主の方を見る。

 

「す、すみませんでしたっ! 飼い主の私がもっとしっかりしていればこんなことには!」

「それはもういいよ。驚いたのも焦ったのもお互い様だ。次から注意してくれればこちらとしてはありがたいかな」

「は、はいっ!」

「そうだね、君にも名刺を渡しておくよ。君のポケモンに何かあればここに連絡してくれ」

「はいっ、ありがとうございます。それとすみませんでしたっ」

 

 これで一件落着? なようで運転手は去り、警察が来ることもない。

 俺としてはそれでいいし、事情聴取に時間を割くわけにもいかない。

 と、考えにふけってぼーっと彼女を見ていたら。

 

「あ、あの………」

 

 俯いた顔からは表情は読み取れないが、声色からして今にも泣きそうな感じではある。

 

「た、助けていただきありがとうございましたっ!」

 

 いきなり大声を出されたことで驚いた俺の腕の中では、もぞもぞ彼女の声に反応するかのようにポチエナが動いた。

 

「あ、ああ。それはいいが取り敢えず、こいつは返しておく」

 

 彼女にポチエナを託す。

 

「さ、サブレぇぇぇええええ」

 

 すると彼女はポチエナを抱きかかえて泣き始めた。

 ……………………どうしよう、どうしたらいい。

 どうするのがベストなんだ。

 女の子に泣かれた時の対処法なんか俺にはないぞ。

 トレーナーズスクール時代のイケメンたちならその術を身につけているだろうけど、生憎俺にはそんな技は持ち合わせていない。

 

「取り敢えず、どこか行きませんか?」

 

 と、困惑している俺に助け舟を出してくれたのは愛しのマイシスター、コマチだった。

 

「だとよ、リザードン。もう一働き頼んでもいいか?」

「シャアッ!」

 

 意図が通じたのかリザードンは身を屈ませた。

 

「お前ら、取り敢えずこいつの背中に乗れ」

「う、うん?」

 

 疑問に思いながらもお団子少女は促されるままにリザードンの背中に乗っていく。。

 こういう時、コマチがいて助かったと思う。

 

「んじゃ、行くぞ」

 

 俺も背中に乗り、リザードンは再び翼を大きくはためかせた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「あ、あの! 覚えてるかもしれないけど………あたし、ユイガハマユイって言います。助けてくれてありがとうございました」

 

 空に行くと突然後ろから声がした。

 ちょっとー、いきなり声上げないでくれませんかね。

 びっくりして落ちちゃうじゃん。

 てか、もう落ちかけた。

 

「あ、ああ。それよりちゃんと掴まってろよ」

「えっと………、やっぱり嫌われてるのかな?」

 

 心配そうに声を出す少女。

 

「いえ、兄はただの捻デレですから。初対面の人と話すのだけでもいっぱいいっぱいなのに、それがこんな可愛い女の子となると緊張が鰻上りなんですよ」

「う、うっせ。訳の分からん造語を編み出すな」

 

 捻デレってなんだよ。

 

「あ、自己紹介まだでしたね。ヒキガヤコマチって言います。んでそこの目の腐った人が私の兄のヒキガヤハチマンです」

「うん、知ってるよ。よかった、人違いじゃなかった……」

 

 えっ? なに?俺の知り合い?

 マジで?

 全く覚えてないんですけど。

 

「お兄ちゃんのこと知ってるんですか?」

「少しね。フンイキがちょっと大人びているから気づかなかったけど、優しいところは変わってないね」

「おおおお兄ちゃん?! ユイさんとどういう関係だったの?!」

「知らねぇよ。んな昔のこと覚えてるわけねぇだろ」

 

 そもそもいつの話なんだよ。

 

「たははー、だよねー」

「………ユイさんはあんなに慌ててどこか行くつもりだったんですか?」

 

 さすがコマチ。

 さらっとした流れでディープそうな話を躱して、ユイガハマの目的を聞いてやがる。

 

「あ、うん、えっとね。プラターヌ? 博士から手紙が来ててポケモンあげるから旅してみないかって。それで昨日カロスに来たんだけどね。新しい土地だからかサブレがはしゃいじゃって、それで………」

「あー、だからあんなに走り回ってたのか。そのポチエナ、せっかちな性格なんだな」

「お兄ちゃんがコマチ以外と会話した!? こ、これは後でお母さんに報告しなきゃ」

 

 え? 何?

 俺がコマチ以外と会話するのってそんなにおかしい事なの?

 というかユイガハマもプラターヌ博士のところに行くのか。

 

「リザードン、そのまま真っ直ぐな」

「シャァッ」

「ということはコマチたちと同じなんですね。コマチたちも今からプラターヌ博士のところにポケモンもらいに行くんですよ。あれ? でもユイさんっていくつですか?」

「十六だよ。まあ、言いたい事は分かるけどね。トレーナーズスクール卒業してから結構経つけど、今まで旅をした事ないんだ。ポケモンをもらえるって時に限って、いろいろあったし。この子もママのポケモンで心配だから連れて行きなさいって言われてさ」

「なんかコマチと似てますね。まあ、コマチもお母さんのポケモン預かってますし」

 

 え?

 あいつ連れてきたの?

 コマチと母ちゃんには懐いてるけど、俺には全く懐かないどころか攻撃されるからな。

 あのニャオニクスめ。爪を立てる事ないだろうに。

 親父? 親父はそもそも無視されて相手にもされてないぞ。

 

「なに? カマクラ連れてきたの?」

「うん、お兄ちゃん一人じゃ心配だからカーくんも連れて行きなさいって。あ、カマクラってのはその子のニックネームで、ポケモンの触れ合いイベントで買ってくれました。トレーナーはお母さんってことになってますけどね」

「なあ、俺あいつに攻撃しかされないんだが?」

「分かってないなー、お兄ちゃんは。カーくんはお兄ちゃんと一緒で捻デレさんだから仕方ないよ。攻撃も一種の愛だと思わなきゃ」

 

 いらねえよ、そんな物騒な愛。

 しかもあいつオスだからな。

 

「俺はそんなもんもらっても嬉しくねーよ」

 

 と、そんな事言ってたら見えてきたな。

 多分あのガラス張りのドームがあるところだろう。

 周りより一際でかい建物だし。

 

「お前らようやく着いたぞ」

「え? 本当にっ? どこどこ?」

「多分あのガラス張りのドームだな」

「おおー、これでコマチもポケモンがもらえるんだね。ユイさんも良かったですねっ!」

「う、うん。そうだね」

 

 ようやくポケモンがもらえるというのに声に張りがないユイガハマ。

 コマチは気づいていないようだが、こいつは以前何かしらあったんだろう。

 何かは知らんが。

 

「リザードン、そろそろ降下してくれ」

「シャァッ」

 

 俺がそう言うとゆっくりを降下し始めた。

 降りてきて気づいたが、研究所の前に二つの人影があった。

 

「と、んじゃお前ら降りてくれ」

「うん」

「分かった」

 

 リザードンから降りて俺たちはようやくその二人の顔を認識できた。

 

「…………………………………」

「…………………………………」

「?」

 

 なんでこの人がいるんでしょうかねー。

 俺の目の前には二人の女性がいた。

 いや、片方はまだ少女か。

 や、そっちじゃなくて。

 この黒長髪でスーツの上から白衣を纏った長身巨乳美人。

 

「……なんでヒラツカ先生がここにいるんでしょうか………?」

 

 横ではコクコクと首を縦に振るユイガハマ。

 てかユイガハマもヒラツカ先生のこと知ってんのか?

 

「やあ、ヒキガヤ。それとユイガハマも。久しぶりだな」

 

 にやっと怪しい笑みを浮かべる彼女の名前はヒラツカシズカ。

 俺のトレーナーズスクール時代の恩師。

 

「いや、質問に答えてくださいよ」

「あー、それは中で説明する。まずは全員中に入ってくれ」

 

 そう促されては従うしかない。

 ぼっちは基本逆らわないからな。

 

「じー………」

 

 なんかもう一人いた亜麻色の肩までかかるセミロングの美少女に見られてる気がするんだが…………。

 

「てへっ☆」

 

 上目遣いで舌を少し出してのハニカミ。

 なんだろう、なんというか。

 

「………あざとい……」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 目を見開いて驚いているゆるふわビッチは放置し、コマチの後ろに続いて研究所に入ると、中は広かった。

 というか金持ちの屋敷みたいである。

 いや、実際に金持ちだな。

 名が通るほど有名人なのだから、研究で儲けているはずだ。

 プラットホームでこの広さとは、中はさぞ広いのだろう。

 …………掃除とか面倒臭そう。

 

「こっちだ」

 

 平塚先生に連れられて入ったのは応接間と思われる質素な部屋。

 あるのは脚の低い長机と黒の長ソファー二つに、後は本の山。

 それと、黒長髪の長身の白衣の男。あれ、パーマでもかけてんのかね。

 

「ようこそっ! ハチマン君っ! それにコマチちゃん、ユイちゃん、イロハちゃんも。遠いところから遥々カロスまで足を運んでくれて、僕はすごく嬉しいよ」

「…………………」

 

 なんでこいつがいるんだ?

 

「あ、プラターヌ博士。初めまして、ヒキガヤコマチです。この度は兄共々お世話になったようでありがとうございましたっ!」

 

 え?

 

「あたしはユイガハマユイです。プラターヌ博士、あたしのこともいろいろと配慮して下さったみたいで、ありがとうございました」

 

 ちょっ!?

 

「私はイッシキイロハっていいまーす。プラターヌ博士のご厚意で私もポケモンもらえるなんて夢にも思っていませんでした。ありがとうございますっ、プラターヌ博士!」

 

 マジッ!!?

 

「……………」

 

 コマチが俺をダメ人間みたいに言ってるだとか、あのユイガハマがそれにつられてしっかり挨拶してるだとか、俺の隣にいたあざとい少女がやはりあざとい挨拶をしているだとか、そんなことがどうでもよくなるくらい俺は目の前の男を見て、言葉を詰まらせていた。

 

 ………いや、やっぱりこいつらの言動も原因であるな。

 

「……おい、ストーカー。なんでアンタがここにいる」

「やだなー、ストーカーだなんて。久しぶりに会ったっていうのに、開口一番がそれってちょっと酷くないかい?」

 

 やれやれ、といった感じで手を横に振る白衣の男。

 俺は以前、こいつに会っている。

 俺が旅をしている時に度々俺の前に姿を現し、毎度ポケモンについていろいろと聞いてきた変人トレーナーである。俺がいくら煙を巻いてもいつの間にか姿を現し、俺のプライベートな内容までなぜか知っているという恐ろしい一面を持つストーカー。関わり合いたくもないのに姿を現わすため、何度リザードンで焼いたことか。

 だが、まさかこんな形でこのストーカーに出くわすことになるとは。

 あの時、名前くらいちゃんと聞いておくべきだったか………?

 俺としたことが………。

 

「あ、あの。もしかしてお兄ちゃんと博士って知り合いなんですか?」

「うん、そうだよ。僕がカントーでフィールドワークしている時に、何度か手伝ってもらったことがあるんだ」

「ヒッキーって何者っ!?」

 

 しれっと語るストーカーの言葉に驚きを見せてこっちを見てくるユイガハマ。

 なに、お前もしれっと俺を引きこもり扱いしてんだよ。さっきは流したけど、絶対に定着させるなよ?

 

「俺はただのトレーナーだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「何言ってるんだい、ハチマン君。君はカントーリーグ「リザードン、焼け」ああああああああああああああああああ」

 

 俺の呼びかけに待ってましたと言わんばかりに出てきて、リザードンは口から火を吐いて変態を焼きだした。

 

「お、おにいちゃんっ!?」

「ヒッキーっ!?」

 

 コマチとユイガハマが慌ててリザードンを止めようと動く。

 が………。

 

「ああ、熱い熱い熱いっ。熱い、けどっ! この懐かしい炎の感触っ。久しぶりだな、リザードン。また一段とたくましくなったようで僕はとても嬉しいよっ」

 

 変態の姿を見て足を止めた。

 ようやくこいつらも気づいたようだな。

 

「お、お兄ちゃん。本当にプラターヌ博士と知り合いだったんだっ! というか博士ってリザードンとも仲いいんだね!」

「あんな愛情表現もあるんだね」

 

 違ったかぁぁぁぁ。

 こいつらただの挨拶としか見てねーじゃん。

 だがな、お前ら。

 挨拶で焼くとか普通あるかよ。

 俺にはリザードンに焼かれて喜ぶ変態にしか見えねーぞ。

 

「こういうのを『類は友を呼ぶ』って言うんですかねっ☆」

 

 ふと、横に目をやると俺を上目遣いで覗いて、キランとした可愛い笑顔で俺を見てくるあざとい少女の姿があった。

 言ってる内容は悪魔のようだが。

 

「俺をアレと同類にするな」

 

 あんなのと同類にされてたまるか。

 俺は断じてあんな人間ではないからな。

 

「えー、いい言葉だと思ったのになー」

「……あざとさしか感じねーその上目遣いはやめろ。あの変態よりも心臓に悪い」

「………………なんでこれでも落ちないかなー」

 

 おい、声小さくしても聞こえてるからな。

 俺は難聴系主人公みたいに肝心なところを聞き逃す、なんてことはないぞ。

 というかこいつ普段どういう人付き合いしてんだよ。

 やっぱ、ゆるふわビッチ確定だな。

 

「今、なんか失礼なこと考えてませんでした?」

 

 笑顔で俺を見てくる。

 笑顔なのに目は笑ってないが。

 器用だな、と感心したまである。

 それくらいギャップに差がありすぎだ。

 

「い、いや。にゃ、なんのことだが俺にはさっぱり分からんな」

「動揺しすぎですよ」

 

 聞かなかったことにしてくれるかと思ったけど、ちゃんと拾いやがった。

 しかもくすくす笑ってるし。

 

「うっせ」

「それより先輩」

「俺がいつお前の先輩になったんだよ」

「さっきヒラツカ先生から聞きました。私の一個上に腐った目の教え子がいて、トレーナーズスクール時代は最後までぼっちだったのに、いつの間にか最強の座に着いてたって話。それって特例で卒業して行って、卒業試験の時には学校内で校長と野戦を繰り広げた肩に傷跡のある先輩ですよね?」

 

 なんかあの人の中で俺の旅の話が上方修正されてねーか?

 俺はそんな人生の逆転劇をやってきたつもりはないんだが。

 というかなんでこいつは俺に関してこんなにも詳しいんだ?

 俺ですら忘れていたようなことなのによく覚えてやがるな。

 はっ、まさかこいつもストーカー……?

 

「俺はそんなできたトレーナーじゃねーよ。先生が酔った勢いで記憶を都合のいいように変換しちまったんじゃねーの? 結構そういうの多い人だし」

 

 あの人、俺が言ったことでも自分のいいように捉えるところあるからな。しかもその被害を受けてるのって俺だけらしいじゃん。

 思い出してたらなんか目から汗が流れてきたぞ。

 

「……なに泣いてるんですか。キモいです。あとキモい」

 

 なんかいきなり罵ってくるんですけど、この子なんなの?

 しかもなんで二回も言ったの? そんなに大事なことだった?

 

「ふう、さてみんなに来てもらえたことだし、早速君たちの仲間になるポケモンたちに会いに行こうか」

 

 ほんと、ふうって感じだよ。

 挨拶だけでどんだけ時間とるんだよ。

 おかげで年下に罵られてるんですけど。

 

「そんなことを一々気にしてるからごみぃちゃんはいつまでたってもごみぃちゃんなんだよ」

 

 なに? 俺の妹ってエスパータイプなの?

 なんで心の中での愚痴が聞こえてんだよ。

 

「コマチ以外の女の人と会話ができてるのはポイント高いけど、やっぱりお兄ちゃんだからポイントだだ下がりだよ」

 

 貯めてもなにがあるのかよくわからんポイント貯めても、な。

 バトルポイントとかだったら貯める気になるが。

 

「そ、それよりコマチちゃん。早くポケモンに会いに行こうよ。あたしどんなポケモンをもらえるのか楽しみだなー」

「そうですね。ごみぃちゃんは放っておいて先に行きましょうか」

 

 あれ?

 アホだと思っていたユイガハマがコマチの気を持っていっただと?

 あいつ、空気は読めるんだな。

 というか、かっさらえるんだな。

 

「ほらー、イロハちゃんも早く行こうよー」

「待ってくださいよー、ユイ先輩」

 

 そう言って、コマチとユイガハマに続いてあざとい少女も応接間から出て行った。

 残ったのは俺とヒラツカ先生。

 

「それで、説明はいつしてくれるんですか?」

「そう、慌てるな。あの子らがポケモンを選んでからでもいいだろう?」

「なんか掌で踊らされてるような気分なんですけど」

「掌とまではいかんが、いろいろ仕組まれたことではあるみたいだぞ」

「はあ……………」

 

 全く、これだから俺の周りの大人供ときたら…………………。

 碌なのがいねぇな。

 



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2話

感想ありがとうございます。

いきなり消えていて驚いた方もたくさんいると思いますが、半月ほどは毎日連投していきますので、今後とも宜しくお願いします。


今まで色々とポケモンの作品に手を出していましたが、ポケスペを一本軸に絞りました。ただ、どこかでゲームの要素を取り入れたり、ポケスペにないポケモンのゲームを舞台にしようとも考えています。

再度読み返すことになるかもしれませんが、是非とも楽しんで行ってください。


「それにしても本当に久しぶりだな、ヒキガヤ」

 

 コマチたちの後を追い、部屋を出る。

 場所はヒラツカ先生が知っているだろうから俺は彼女についていくだけ。

 

「まあ、五年は軽く経ってるんじゃないですかね」

「元気にしてたか?」

「見ての通りですよ。リザードンだってこの通りだし」

 

 俺の横を歩いているリザードンに顔を向けた。

 

「シャァッ」

「まさか君がここまで強くなるとは思いもしなかったよ。正直言って君より先に最強の座を手にするのはハヤマやユキノシタの方だと思ってたからな」

「………?」

 

 誰……………?

 ん? ユキノシタ………?

 

「誰だ? て顔してるな。ハヤマの方はトレーナーズスクールで一年間は君と同じクラスだったんだがな。まあ、君のことだ。周りに意識を向けてもいないんじゃ覚えてもいないだろう」

 

 ああ、要するにウェイウェイやっていたトップカーストに君臨する奴らね。

 そりゃ、確かに覚えていないわけだ。

 

「その中にはユイガハマもいたし、同じクラスで言えばトツカも君のことを気にかけてはいたみたいだぞ」

 

 え?

 ユイガハマも俺と同じクラスだったの?

 あいつそんなこと一言も言ってなかったが……………。

 俺の様子を見て、空気を読んだってことなのか?

 

「そういえば君にも一人友達がいたな。ザイモクザ……だったかな」

「俺はあいつの友達じゃないんですけどね」

「だが、今言った中では覚えている奴、ではあるだろう」

「まあ、たまに連絡してくるくらいには」

「自分からしないのが君らしいな」

 

 いや、あいつに連絡するようなこともないし。仕事以外。

 

「それにイッシキも君と同じスクールの一個下になる後輩だ」

「あんま信じたくない話ですけど、本当なんですね」

 

 はあ……………。

 あいつマジで俺の後輩になるんだな。やだなー。

 

「つーか、何俺の旅の話を美化してあいつに吹き込んでんですか。さっき散々罵倒してきましたよ」

 

 キモいって二回も言われたぞ。二回も。

 大事だから俺も二回言ってやる。

 

「別に美化してはいないだろう。事実ではあるのだし、君が聞いてて美化しているように聞こえたのなら、私が耳にした時点で君の話は君の思っている以上に綺麗だったんたろう。それか酒のせいだ」

 

 やっぱり酒かよっ!

 今度から大事な話は酒のないところでしよう。

 

「それと、私はイッシキに君のこと話してないぞ? そもそも君と彼女は面識があるだろうに」

「へっ? マジですか………?」

「マジだ、マジ。大マジだ」

「記憶にねぇ………」

「と、ここだな」

 

 マジかー。一気に二人も俺の知り合いが出てきちゃったよ。どうするよ、俺。全く覚えていないんですけど。

 先生が一つの大きな扉の前で足を止めた。

 

「開けるぞ」

 

 そう言って先生がその扉を開くと。

 中は庭園になっていた。

 

「ここは…………」

 

 そこにはたくさんのポケモンがいるようで鳴き声が所々から聞こえてくる。

 いや、正確に言えば人間の嬉々とした声も聞こえてくるが。

 

「ここはこの研究施設で育てているポケモンたちの住処だな。主に観察を目的として育てているが」

「あ、お兄ちゃん。やっとき…………た………?」

「遅かったね、ヒッ………キー………?」

「先輩、遅いです………よ?」

 

 なんか俺を見た途端、三者三様に驚いていた。

 うん、大丈夫だ。

 俺も色々と驚いてスルーしてたくらいだからな。

 

「ははっ、まさかハチマン君に懐くとはね」

 

 これは懐いたと言っていいものなのだろうか。

 つーか、首がしんどくなってきた。

 

「やっぱ、こいつ用意してたポケモンのうちの一体とかそういうやつ?」

 

 俺の頭の上で寝ているやつを指差す。

 

「そうなんだよ。そのケロマツは新人トレーナー用として育てられたポケモンの水タイプでね。でも、一度トレーナーに捨てられた過去を持っているから、なかなか難しいやつでさ」

 

 変態が苦笑いを浮かべて過去を話す。

 

「よくそんなやつを新人にやろうとしたな。捨てる方にも問題があるだろうけど、捨てられる方にもそれなりの理由があったんじゃないか?」

 

 未だ俺の頭の上で寝ているケロマツを引き剥がして、抱きかかえ直した。

 

「そのトレーナー曰く、何度も進化を拒み続けたらしいんだ。それが気にくわないらしく、ボールと一緒にこの研究所に送りつけられてね。それ以来、人間不信になって今に至るわけさ」

 

 まあ、進化なんてポケモンの意思な訳だしな。

 そのトレーナーも受け入れられなかったというわけだ。

 よくある話だな。

 

「………そうだね、その子は君に託すよ。君なら上手くその子を育てられると思うし」

 

 え?

 マジかよ。

 いや、まあ手持ちが増えるに越したことはないけどさ。

 

「これがその子のボールだ」

 

 ストーカー博士が赤いボールを俺に投げつけてきた。

 急に投げるなよ。

 こいつ抱きかかえてんだからキャッチできねーじゃん。

 そう思ってたら、ヒラツカ先生が代わりにキャッチしてくれた。

 しかもキャッチの仕方が片手でとかすげー男らしい。

 

「ほれ」

「あざます」

「それにしても『類は友を呼ぶ』とはこういうことを言うのだろうな」

「そう、なんですかね………」

 

 今回はイッシキの時みたいに否定はできなかった。

 近からずとも遠からず。

 俺はこのケロマツに幾ばくか親近感を感じていた。

 

「だけど、そうすると問題は…………」

 

 変態博士は俺たちから少女三人へと視線を向ける。

 ユイガハマはまたか、といった表情をし、コマチはよくわかっていないようで小首を傾げているし、イッシキに至っては博士が用意していた他の二体と戯れていた。

 つーか、我が妹ながらそこまでアホだったとは…………。かわいいけど。

 

「博士。例のポケモンたちも用意してみては?」

 

 すると俺の横で先生が博士にそう言いだした。

 

「おお、シズカ君。ナイスアイデアだ。早速用意するからみんなちょっと待っててくれるかな」

 

 そしてそれを聞いた長身白衣はそのままどこかへ行ってしまった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 戻ってきた彼の手には一つのカバンがあった。

 色は茶色。

 見た目はどうでもいいか。

 

「博士、はやくはやく」

「そうだね。それじゃ、出ておいで」

 

 博士がボールを開けると三体のポケモンが姿を現した。

 なんかよく見たことのあるポケモンばかりだったが。

 

「なんでカントー地方のなんだよ」

 

 出てきたのはフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ。

 カントー地方の初心者向けのポケモン。

 俺もこの中の一体を選んだ一人だから、よく知っている。

 

「実はこの三体の最終進化、フシギバナ、リザードン、カメックスにメガシンカがあってね。それでオーキド博士に頼んで用意してもらったまではいいんだけど、まだ進化前でさ。育てようにも僕たちは旅をしてたり、バトルを頻繁にしているようなトレーナーじゃないから、進化させるまでが程遠くてね」

「それでコマチたちの出番ってことですね」

「そういうこと。まあ、この子たちが用意されたのがこういう経緯ってだけで強制じゃないからね。君たちが気に入ったポケモンを選んでくれたら僕はそれで構わないよ」

 

 それじゃ、僕はちょっと外すから、と言って何故か俺の方に向かってきた。

 

「ハチマン君、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

 

 そこでウインクするなよ。

 スクール時代にそんな奴いたような気もするぞ。

 

「断っても聞かねーだろうに」

「よく分かってるじゃないか。それじゃ、シズカ君。先に彼を借りてくね」

「ええ、後で引き渡してもらえればそれでいいですよ」

 

 そうヒラツカ先生の言葉を聞くとスタスタ庭園から出て行きやがった。

 

「はあ…………」

「そんな深いため息つかなくてもいいだろうに。幸せ逃げてくぞ」

「そんなもん現在進行形で逃げて行ってますよ」

 

 俺はもう一度深くため息を吐いて、トボトボと彼の後を追った。

 

 

 

 来たのはさっきの応接間。

 戻ってくるくらいなら先に話しておけよ、と思わなくもない。

 だけど。

 二人きりになってまで話をするようなことだ。あいつらに聞かせたくない話なのだろう。

 

「それで、人払いしてまで俺と話をするようなことって何なんだ?」

「…………いざ話そうとすると、何から話したものか分からなくなるものなんだね」

「なんだよ勿体ぶって。メガシンカについてか? けど、人払いしてまでするようなことでもないだろ」

「あー、その、なんというか君はメガシンカがどういうものなのかは理解してるのかな」

「戦闘中にのみ起こる進化を超えた進化、って程度にしか知らん」

 

 そもそもメガシンカについて調べに来たんだから知るわけないだろうに。

 

「だよね。………うん、やっぱり君に決めたよ」

「何をだよ」

 

 なんか一人だけ納得して首肯を続けている。

 

「僕の知り合いにはメガシンカを使いこなせそうで、且つかなりの実力を持ってるトレーナーがいなくてさ。オーキド博士に相談してみたところ、君の話を聞いてね。僕も顔見知りではあるし、ということでコマチちゃんの旅のお供という肩書きで君にカロスへ来てもらったわけさ」

 

 まあ、そんなことだろうとは思ってましたけどね。

 じーさんが絡んでることは丸分かりだし。

 でも、やっぱりそうなってくるとコマチには申し訳ない気がする。だって、言い方は悪いがあいつは俺を連れ出すための餌になったんだから。

 

「君とリザードンにはメガシンカの研究に協力してもらいたいんだ。ああ、タダでとは言わない。ここにメガシンカに必要なキーストーンとリザードンのメガストーンがある。どうだい、手伝ってはもらえないかい?」

 

 はあ…………。

 もうここまでされてたら断ることもできねーじゃん。こいつそれ絶対分かっててやってるだろ。プラチナむかつく。

 だが、丁度いい。俺が話を振らなくてもメガシンカの話をしだしたんだ。聞こうと思ってたことは全部聞いてやる。

 

「いくつか質問してもいいか?」

「うん、いいよー」

「さっきオーキドのじーさんにカントーのポケモンを用意してもらったって言ってたが、そのメガストーンはそいつらとは関係があるのか?」

「ん? ………ああ、そういうことか。リザードンには二種類のメガシンカが確認されているんだ。だから、あのヒトカゲの分がなくなるわけじゃない。そこら辺は問題ないよ」

 

 なるほど。

 メガシンカはポケモンにつき一種類というわけでもないんだな。

 

「んじゃ次。あいつらのうち最低一人はカントーのポケモンを選ぶことになるが、その場合メガストーンも渡すのか?」

「それはまだ渡さないつもりだよ。最終進化までさせてから渡すつもりだからね。キーストーンも同じ。どっちも研究には大事な資料だからね。あの子たちが旅している間も色々と調べたいことだらけだし、そんな簡単に扱えるほどメガシンカは容易じゃない。使う時にはそれなりの覚悟を持った方がいいからね」

 

 要するに希少なものであるわけだ。

 それに実力がないと使えないわけだし。

 

「仮に俺がアンタの研究を手伝ったとして、何を調べろと言うんだ?」

「まず、メガシンカする時の状況とその時の君たちの感情・体調の異変。次にメガシンカの継続時間。バトル後の体調の変化。この三つを頭に入れてバトルをしてもらう。それと後はメガシンカしてみた感想などを聞かせてくれたら、まずはそれでいいかな」

 

 要は好きに使えばいいのか。

 

「けど、最初に言ったようにメガシンカは安易に使っていいようなものでもない。力の暴走なんかも時としてありえる。それもすでに実例があるからね。だからこそ覚悟は持った方がいいのさ」

 

 暴走か………。

 メガシンカで暴走なんかしたら止められるのか。

 強いて挙げれば同じメガシンカしたポケモンで止められるかどうかだろう。

 確かに、安易に使うようなものでもないな。

 

「どうだい? 引き受けてくれるかい?」

「分かったよ。俺にもそれなりの利益があるみたいだし、危険な実験を行おうってわけじゃないんだ。やってやるよ」

 

 俺は差し出されたキーストーンとメガストーンを手に取った。

 まあ、こっちに来たのがそもそもメガシンカについて調べてこいって言われてきたんだし。

 仕組まれていたこととはいえ、無下にもできないだろう。

 

「ありがとうっ! ハチマン君」

 

 手を大きく上げて喜びを表す博士。

 いい大人がそんなに燥ぐんじゃねーよ。

 気持ち悪いからな。

 

 

 これで俺もメガシンカの鍵を手にしたわけか。

 実感沸かねーな。

 

 

 

  ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 博士との話を終え、庭園に戻ってきてみると、どうやら三人ともポケモンを選んだようだった。

 

「あ、ヒッキー。おかえり」

「お、おう」

 

 一番手で俺に気がついたユイガハマが大声で俺を呼んだ。………俺であってるよな。

 

「あ、お兄ちゃん。もうコマチたちはどの子にするか選んだよ」

「みたいだな」

「うーん、いいねー。コマチちゃんはゼニガメにしたのか」

 

 ぬっ、と俺の横から顔を出した博士。

 近い近いキモい近いキモい気持ち悪い。

 女の子ならまだしもなんで野郎とこんなに近づかなきゃならんのだ。

 いや、女の子でも無理ですね。

 というか人に近づくのも躊躇われる時点でそもそもが無理だな。

 

「はいっ!」

「私はフォッコにしましたよ、せーんぱいっ」

 

 いや、別に聞いてないからね。

 そんなキラキラとした目で俺たちを見てきたって、ね。

 

「……言動の一つ一つがあざとい」

「むー、あざとくないですよー」

「いや、もうそんな風に頬を膨らませてる時点でアウトだろ」

「……なんで靡かないんだろう」

 

 声は小さいが聞こえてるからな。

 つーか、やっぱり狙ってやってるんじゃねーかよ。

 

「ちょっとー、聞こえてるんですけどー?」

「えー、なんのことですかー? 私何か言いましたかー?」

 

 うわっ、こいつしらばっくれやがったぞ。

 女って怖っ!

 

「まあまあ、ヒッキーもイロハちゃんもそのくらいで。あ、ちなみにあたしはハリマロンにしたよー。ニックネームはマロン」

「リマッ!」

 

 元気よく挨拶してくるハリマロン。

 うん、なんだろう。

 ガキみたい?

 まあ、なんというかユイガハマに近いものを感じる。

 

「まあ何にせよ。よかったな、ハリマロン。割とまともな名前がもらえて」

「どういう意味だし、それ!」

 

 いや、だってポチエナにサブレとかつける奴だぞ。

 ネーミングセンスなさすぎだろ。

 ポケモンにお菓子の名前とか持ってくるかよ、ふつう。

 

「それにしても先輩、また頭の上でケロマツ寝てますよ」

「言うな。そのことには触れないようにしてんだから」

 

 さっきから首が痛いわ、頭が重いわ、歩きづらいわで正直今すぐにでも降ろしたい。

 だがな。

 降ろそうとするとこいつ俺の手を叩くんだよ。

 俺、こいつのトレーナーになったんだよね?

 そういやさっきこいつに親近感がどうのこうのとか考えてたっけ。

 あれ、撤回だな。

 こいつ、相当頑固だわ。

 

「相当気に入ってるみたいだね、ヒッキーの頭」

「嬉しくねーよ、そんな情報」

 

 何が悲しくて俺は頭にポケモンを乗せたまま、旅しにゃならんのだ。

 

「お兄ちゃん、ボールに戻してみたら?」

 

 さも当然のように言ってくるコマチ。

 周りもうんうんと首を縦に振る始末。

 

「そうは言うがな」

 

 俺はコマチの言う通りにケロマツをボールに戻してみる。

 赤い光に覆われたケロマツはそのままボールの中に戻っていく。

 

 が。

 

 次の瞬間には俺の頭の上に再び姿を現した。

 

「結局、この有様ってわけだ」

「まさか、ボールから勝手に出てくるなんて………」

「これ、お兄ちゃんに懐いたというよりはお兄ちゃんの頭を気に入って寝床にしてるだけなんじゃ……………」

 

 え?

 マジ?

 まさかのそういうオチなの?

 

「いやいや。そのケロマツは人間不振になってるところがあるからね。それを考えるとハチマン君の頭を気に入った寝床にしただけでも大きな変化だと思うよ」

「だって、お兄ちゃん。よかったね」

 

 おい、コマチ。

 何が、よかったね、だ。

 ちっともよくねーからな。

 首が疲れるだけで何もいいことないからな。

 

「よくねーよ。俺が首を痛めでもしたらどうすんだよ。お前の旅のお供できねーじゃねーか」

「そこはまあ、なんとかなるんじゃない?」

 

 なんつー適当な。

 もう少し俺を労ってくれてもいいじゃねーか。

 

「慣れれば何てことなくなりますよ、先輩」

「いや、それこそ末期だろ。痛覚が麻痺してるからな、それ」

 

 イッシキ。

 お前は俺をなんだと思ってるんだよ。

 

「それじゃあ、シズカ君。後は僕が引き受けるから、彼と話をしてきてくれて構わないよ」

「そうですか。では、こいつ借りていきますね」

 

 あ、こいつらの相手してたら、なんかあっちで勝手に話進んでんですけど。

 今度はなんなんだよ。

 

「ヒキガヤ。ちょっと私についてこい」

「いやです。お断りし「ああん?」ようかと思いましたけど、やっぱり喜んでついていきます。いや、ついて行かせてください」

 

 あっぶねー。

 マッハパンチ並みの音の無さだったぞ、今の。

 先生って実はポケモンなんじゃねーかって時があるから、すげー怖い。

 タイプで言ったらかくとうタイプ。

 

「うわっ、先輩なんかキモいです」

「ヒッキー、かっこわるー」

「さすがごみぃちゃんだね………」

 

 うっせ。

 お前らも先生のマッハパンチ受けてみればわかるはずだ、この恐ろしさが。

 

「では、いくぞ」

「はい………」

 

 三者三様の冷たい視線を浴びながら、俺は泣く泣く先生について行った。

 お前ら、ぼっちは視線に敏感なんだからな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 連れてこられたのは応接間とは逆方向にある一室。

 先生が「入るぞー」とノックもなく扉を開け放った。

 

「……ヒラツカ先生、開ける時はノックをしてください」

「悪い悪い、次からは気をつける」

 

 それ、次もやるフラグだろ。

 

「だが、ノックをしても君は返事をしないじゃないか」

「それは先生が返事を待たずに入ってくるからです」

 

 二人のやり取りの最中、俺は部屋の中を確認しようと身を乗り出した。

 多分これがいけなかったのだろう。

 俺は中にいた一人の美少女と目が合ってしまった。

 その姿はまさに見目麗しく、清楚な佇まいであった。

 

「それで、そのぬぼーっとした人はなんですか?」

 

 が、それは見た目だけであった。

 ま、現実なんてこんなもんだろうよ。

 美しい花にも棘があるとはこのことだろう。

 いくら美少女だからといって口を開けばこんなもんだ。

 

「新入りだ。こいつの腐った性根を直してやってほしい」

 

 は?

 俺、一言も聞いてないんですけど。

 

「お断りします」

 

 ああ、よかった。

 こいつが断ってしまえば話は無くなる。

 

「彼の目を見ていると身の危険を感じます」

 

 理由も聞かなかったことにしておいてやろう。

 ぼっちはなんでも受け入れられる寛容な心を持っているからな。

 決して、自分より上だと思う奴には逆らえないとかじゃないからな。

 

「それは心配ない。こいつの自己保身に関しての駆け引きは相当のものだからな。法に触れるようなことはしないさ」

 

 なんか褒められてる気がしないのは俺だけですか。そうですか、そうですか。

 あ、それと俺結構昔は法に触れそうなことやってました。てへぺろ。

 

「はあ、先生の頼みなら無碍にもできませんし、承りました」

「おい、ちょっと待て。黙って聞いてれば何好き勝手に話を進めてんだ」

「あら、ずっと黙ってたから話せないのかと思っていたわ。こめんなさい、ヒキガエル君」

「おい、なんでスクール時代の俺のあだ名を知ってるんだよ」

 

 あれは酷かったな。

 ヒキガヤがいつのまにかヒキガエルに変わり、最終的にはただのカエルになったからな。

 あいつらマジ許すまじ。

 

「あら、本当にそう呼ばれていたのね。私はただ、あなたの頭の上にケロマツが乗っていたからそう言ってみたのだけど」

 

 原因はお前かよ。

 さっきからお前のせいで俺は罵倒されてばっかだぞ。

 けど、一つだけ違和感はあるな。

 

「だが、なぜそこでヒキガエルをチョイスした? お前、実は俺のこと知ってんじゃないのか?」

 

 カエルにもいろいろと種類があるだろうに、何故そこでヒキガエルなのだろうか。

 仮説を立てるのならば、こいつは俺の名前を知っていたか。

 もしくはあだ名の方を知っていたか。

 前者であれば、どうやって知ったか気にはなるし、後者であれば、スクール関係だろう。

 

「あら、その言い分は聞き捨てならないわね。私はあなたのことなんて何も知らないわ。教えてくれたことなんて一度もないもの」

 

 彼女が嘘をついているようには見えない。

 となるとやはり偶然なのだろうか。

 ん? 教えてくれたことなんて一度もない?

 それって、つまり………。

 

「二人とも、言い争うのはそこまでだ」

 

 このままではイタチごっこになると踏んでかヒラツカ先生が仲裁に入ってきた。

 

「正義と正義がぶつかり合うなんてことは常にある。どちらが正しく、どちらが間違っているわけでもない。ならやはりこういう時はバトルでどちらが正しいのか決めようじゃないか」

「「はい?」」

 

 完璧にハモった。

 彼女もそう思ったのか気まずそうに唇を噛んでいる。

 

「別にそこまでするようなことでは」

「ならば、負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞くってことでどうだ」

「なんでも………」

 

 ごくっと唾を飲み込む。

 

「ひっ、そのいやらしい目でこっちを見ないでくれるかしら」

 

 相変わらず、ひどい言い草だな。

 俺はただ唾を飲み込んだだけじゃないか。

 

「なんでそうなるんだよ」

「あら、男なんてみんなそんなもんでしょう。間違ってるとでも」

「他のやつならそう思うかもしれねーけど、俺からしてみればお前がそもそも言うことを聞くような魂には見えねーと思っただけだ。変な言いがかりはよせ」

 

 だって、こいつ絶対負けず嫌いだろうし。知らんけど。

 

「そう。あなたは私をそう捉えるのね。いいわ、バトルしましょう。あなたが私に勝てるとは思えないけど」

 

 うん、決定だなこれ。

 こいつ相当の負けず嫌いだわ。

 そのせいでバトルも決定になったが。

 

「というか俺は何の新入りなんだよ。何か活動とかしてんのかよ」

 

 そもそもなんで俺をここに連れてきたんだよ。ここに来なけりゃ、バトルすることもないのに。

 

「ああ、それはーー」

「私は一応、あるところからトレーナーの指導を任されているのよ、立場上ね。それの引渡しがヒラツカ先生を通じて行われているから、あなたもヒラツカ先生に連れてこられたってわけよ。まあ、あなたの場合はトレーナーとして、というより人として指導しなきゃいけないみたいだけれど。そうね、まずはその頭をどうにかしないといけないわね」

 

 俺は子供かなんかかよ。あ、いや、ヒラツカ先生からしたら子供だろうけど。なんで同じ年代の女子に指導されなきゃいけねぇんだ。

 というかあるところってどこだよ。危ない組織とかじゃないよな。ヒラツカ先生も関係してるんだし、ポケモン協会とかなのか?

 

「ふざけんな。俺はこんな自分が大好きだし、変わる気もない」

「………昔からそうだったものね」

「あ、どういう意味だよ」

「別に、なんでもないわ。それよりもそこも含めてバトルで決着つけましょうか。あなたには返さなければならない借りがあるもの」

「それこそどういう、って、あ、おいっ! ったく、なんなんだよ」

 

 彼女は言いたいことだけ言って先に行ってしまった。

 あ、これって行かなければバトルしなくてもいいんじゃね。

 

「決まりだな。ほら、いくぞヒキガヤ」

 

 げ、この人の存在忘れてたよ。

 やっぱ、やんなきゃなんねぇのか。面倒くせー。



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3話

 場所を変えて、研究所の敷地内にある簡易バトルフィールドに俺たちは来ていた。

 地面にフィールドを白線で作っただけというな。

 マジで簡易すぎるだろ。

 ポケモンセンターでもベンチくらいはあるだろうにそれすらもない。

 ただ、研究に使うためだけに作ったかのようである。

 

「で、なんであいつらもいるわけ」

 

 フィールドの外にはコマチたちの姿があった。

 

「君たちが来るまでここで彼女たちとポケモンバトルしていたからね。ポケモン渡して実践もなしに外に出すのは僕の性分じゃないんでね」

 

 俺のつぶやきに答えたのは博士だった。

 何故この音量で聞こえたのか考えないようにしよう。

 

「それにしてもユキノシタさん、綺麗だよねー」

「ほんとですねー。トレーナーズスクールにいた時は可愛かったのに、今では大人びて綺麗って方が合ってますよねー」

「お兄ちゃんが負ける未来しか見えないんだけど」

 

 おーい、そこのお三方。

 しっかり聞こえてるからな。

 コマチは後で覚えてろよ。

 

「そんなにあいつ強いのか?」

「うん、ジョウト・ホウエン・シンオウのポケモンリーグ優勝して三冠王って呼ばれてるくらいの有名人だし。それに引き換え、特に何もないお兄ちゃんが相手じゃね」

 

 コマチがいろいろと教えてくれるが…………。

 確かに、各地方のポケモンリーグで優勝したことがあるのなら、実力は上々だろう。

 後、コマチよ。

 俺だって何もないわけではないからな。

 

「ユキノシタ………ね」

「あら、私の名前がどうかしたかしら」

「いや、確かトレーナーズスクールにそんな奴いたような気もするな、と思っただけだ」

 

 名前は聞いたことがある。

 ユキノシタ………ハルノ? だったか。

 顔は見たことないし声も聞いたことはない、と思う。

 ただ、名前だけが飛び交っていた。

 その後、彼女が卒業してからはユキノって方の名前が飛び交っていた気がする。ただし、当時の映像なんかは全く思い出せない。思い出なんて思い出がないからなのかね………。

 

「なるほど、どちらにせよ有名人で実力者なわけか」

「何を考えていたかはなんとなく想像がつくわ。だけど、私は私よ」

 

 やっぱり、こいつは妹のユキノの方か。

 確かに雪みたいに冷たい視線向けて来るしな。

 

「では、ルールだけ確認しておくぞ。使用ポケモンは二体。どちらかが二体とも戦闘不能になったらバトル終了とする。なお、使う技はポケモン一体につき四つまでだ。準備はいいな」

 

 ヒラツカ先生が審判をとるらしく、合図を出した。

 

「いつでも構いません」

「俺も」

「では、バトル始めっ!」

 

 腕を振り下ろすと同時にユキノシタがポケモンを繰り出した。

 

「行きなさい、エネコロロ」

 

 ユキノシタはエネコロロで来るのか。

 タイプはノーマル。

 だけど、技の多様性は高い。

 戦法も多岐にわたる。

 

「つっても、手持ちは決まってるしな」

 

 俺の手持ちはリザードンと言うことを聞くのか怪しいケロマツ。後は………いや、こいつはダメだな。それと、今いるかは分からない影に潜んでいるやつも。

 

「おい、ケロマツ。起きろ、仕事だ」

 

 まずはこいつがどういう奴なのかを確かめるのがいいだろう。

 ちょうどいい機会だしな。

 

「ケロッ?」

「お前がどういう奴か俺に教えてくれ」

「……………」

 

 なにその嫌そうな雰囲気。

 頭に乗ってるから顔は見えないが、絶対嫌そうな顔してんだろ。

 

『早速、手こずってるな』

 

 突如、どこからともなく声が聞こえた。

 まあ、声の主くらいは分かっている。

 それにこの声は俺にしか聞こえていないようだし。

 

「んだよ、起きたのか」

 

 周りには聞こえないように小声で応える。

 

『いや、結構前から起きてはいたが。それよりもそのポケモンがやる気ないのならオレがやるが』

「ばっか、お前。それだと研究所ごと破壊しちまうじゃねーか。お前を使うのは緊急性の時のみだ。そもそもお前は俺の手持ちと言っていいような奴でもないだろ」

 

 勝手についてきやがって。

 

『お前の言い分は確かであるが、今はお前の手持ちと考えてもおかしくはないだろう』

「そうだとしても、お前は却下だ。なにが悲しくて破壊活動に積極性を出さにゃならんのだ。暇だってんなら、俺の頭の上にいる奴をどうにかしてくれ」

『やれやれ、お前はポケモンへの愛情というものがないのか』

「俺とお前は利害が一致して行動してるだけだろうが。それ以上でもそれ以下でもない。ぼっちの俺とお前が一緒にいるのは」

『間違っている。そう言いたいのだろう? まあいい、今回は貸し一つにしといてやる』

 

 全く、こいつはいつも唐突すぎるんだよ。

 オーキドのじーさんの所から帰る途中にいきなり現れたかと思えば、「俺を連れて行け」とか。急すぎてビビったわ。

 今考えてみても俺はどうしてあの時了承したんだろうか。

 コマチが初の旅ってことで浮かれてたんだろうな。うん、そういうことにしておこう。

 

「ケロッ!」

 

 あいつがケロマツになにを吹き込んだのかは知らないが、ようやく俺の頭からフィールドへと降り立った。

 

「次いでに使える技とかも聞いてくれると………」

『そんなことだろうと思って聞いておいた』

「さすがぼっち。気配りの神だな」

 

 ぼっちは気配りで出来てると言っても過言ではないからな。

 俺なんか周りに迷惑にならないように一人で旅をしてたくらいだし。

 

「あら、あなたはそのケロマツで来るのね。いいわ、エネコロロ。まずはでんげきは」

「エネッ!」

 

 ケロマツが出てきたことを確認するとユキノシタは先手を打ってきた。

 

『技はみずのはどう、あなをほる、かげぶんしんだ』

「え? 三つだけ?」

『それ以外は使わないそうだ』

「マジか、………まあいい。ケロマツ、かげぶんしんで躱せ」

 

 俺が言った通りにケロマツはかげぶんしんででんげきはを躱した。

 だが、虚空を切ったでんげきはは軌道を変え、ケロマツ本体を的確に捉えて再度降り注いだ。

 

「必中ってだけはあるな。ケロマツそのままみずのはどう」

「ケロッ」

 

 両の掌の間に水の塊を作り出し、飛んでくる青白い雷撃に向かって投げ放った。

 純水ならば電気を通さないしな。

 それを隙だと見たのだろう。

 

「今よエネコロロ、メロメロ」

「エ~ネッ」

 

 エネコロロはウインクをしてハートの作り出し、技を放った直後のケロマツに当てた。

 くそっ、面倒な技を使いやがって。

 一度メロメロにかかれば滅多に技を使えない。

 いくら攻撃されても喜んでいる始末である。

 ドMかよって思うくらいにはな。

 

「ケロ………」

 

 ………………………。

 あれ?

 目がハートになったりしねーぞ?

 

『あざとい、だそうだ』

 

 …………………………………。

 

「え? あなたのケロマツ、オスよね?」

「あ、ああ」

「何故メロメロにかからないのかしら?」

 

 どうやらユキノシタでも状況を呑み込めていないようだ。

 

「なんか、あの目ヒッキーみたい」

「私、さっき二度はあれをくらいましたよ、先輩に」

「コマチ、お兄ちゃんを見てるみたいだよ」

 

 おい、そこの外野。

 うるさいぞ。

 特にイッシキ。俺だって、自分を見てるような感覚なんだからな。そういうことは言うな。

 

「なるほど、類は友を呼ぶ、ということね。いいわ、それじゃ攻撃あるのみね。エネコロロ、でんげきはで影を消しなさい」

「エネっ!」

 

 どうやらあのケロマツは信じがたいことに良くも悪くも俺に似てるらしい。

 全く嬉しくないが。

 

「ケロマツ、あなをほる」

「ケロッ!」

 

 ケロマツ本体は穴を掘る事で乱れ打ちするでんげきはの飛び火を避ける事には成功した。

 つーか、地中にいるんだしそのまま攻めた方がいいのか。

 

「ケロマツ、そのまま地中でかげぶんしんだ」

 

 出てくる穴が特定できなければ、技の出しようがないはず。

 と思いきやユキノシタは自分の耳を塞ぎ始めた。

 何してんだ?

 

「エネコロロ!」

 

 ……………耳塞ぐ?

 

「掘った穴から」

 

 ………ま、さかッッ!?

 

「ケロマツ! 耳を塞げ!」

 

「「ハイパーボイス」だ!」

 

 命令されたエネコロロはケロマツの掘った穴に即座に移動し、大きく息を吸い込むと穴に向かってハイパーボイスを打ち放った。

 う、うるせぇぇぇええええええ。

 ハイパーっつーだけの事はある。

 耳を塞いでいても鼓膜がジンジンする。

 地上でこれなら反響のすごい地下にいるケロマツは堪ったもんじゃなかろう。

 

「「「「「「「ケロッ!」」」」」」」

 

 だが、その心配は杞憂だったらしく、首周りにある泡っぽいので耳を覆い、そのまま技を発動させていたようだ。

 意外と機転が利くようだな。

 俺ですらそんな発想はなかったわ。

 次々と地上へ姿を現したケロマツの影に紛れて、一体が砂埃を纏いながら正確にエネコロロへと突撃していった。

 どうやら、あれが本体らしい。

 持ち上げられたエネコロロはそのまま空中で耐えているようで、苦しげな顔色を見せている。

 

「エネコロロ、そのままでんげきは!」

 

 だが、そこは三冠王。

 切り返しが早い。

 しかも技の選択も的確である。

 二匹を覆う砂埃の中、青白い閃光が走るのが見えた。

 

「直接ならいくらあなたのケロマツでも避けられないでしょう?」

 

 ああ、そうだ。

 さっきのは距離があったからこそ避ける事ができた。

 だが、今は直接身体が触れている状態。

 そんな中で、効果抜群の技を浴びればケロマツにとっては致命傷だ。

 まさかここまであいつのシナリオ通り、とまではいかないだろうが穴を掘った時点で狙ってはいたのかもしれない。

 してやられたな。

 

「これまでか………?」

 

 ゆっくりと競り合った二匹が地上に着地した。

 

「エネコロロ………」

 

 エネコロロはでんげきはを出したものの技を的確に受けていたのには変わりないらしく、結構ダメージを受けたようだ。

 

「おい、ケロマツ……」

 

 反面、なぜこいつは今も変わらずピンピンとしているのだろうか。

 俺の頭は理解しがたい現象として捉え始めたぞ。

 当然、他の奴らも何が起こったのかわかっていないだろう。

 一人を除いては。

 

「これは驚いた! 君はへんげんじざいの持ち主だったのか!」

 

 嬉々としてケロマツに熱い視線を送るポケモンマニア。

 超どうでもいいが、目が変態でしかないように見えるのは俺だけだろうか。

 

「へんげんじざいって何ですか?」

 

 イッシキが博士にそう聞き返した。

 へんげんじざい、か。

 意味としては分かるがこいつの特性のことなのだろうか。

 だが、ケロマツはげきりゅうの持ち主だったはず。まあ、それは今はいいか。

 とにかくあいつはあなをほるを使った後は電気技を受けなかった。その事実さえ分かればいい。

 

「ケロマツ、もう一度あなをほる」

「ッッ!?」

 

 説明を聞こうとしていたユキノシタは一瞬戸惑いの色を見せた。

 

「ケロマツの特性がげきりゅうだってことはみんなも知ってるよね」

 

 博士は語りだすが俺は決してバトルを中断する気はない。

 

「だけど、ごく稀にもう一つ、へんげんじざいって特性を持ってることが確認されているんだ」

 

 これはポケモンバトルなんだからな。

 相手がどんなポケモンを持っていようが、どんな特性を持っていようがそれを見極める知識は自分で得るしかない。

 そのためのトレーナーズスクールであるわけだし、そこの卒業生ならばここで俺がバトルを中断させる義理も義務も全くないのだ。

 

「エネコロロ! エネルギーを蓄えなさい」

 

 エネコロロが、光を体内に吸収し始めた。

 

「僕も見るのは初めてだけど、へんげんじざいは技を出す直前にその技のタイプに自分のタイプを変化させるんだよ。今のケロマツはまさにあなをほるを使うことでじめんタイプになり、技の発動の最中にでんきタイプの技をくらった。当然、じめんタイプにはでんきタイプの技は効果がないからね。ケロマツは全くダメージを受けていないからあんなに元気なんだよ」

 

 ほえー、とバカみたいな声を漏らす三人。

 気にしてる場合ではないが何となく三人に目線がいってしまった。

 三人というよりは三人の影。

 

「太陽か………」

 

 ああ、なるほど。

 そうくるわけね。

 ならば、俺の打つ手段は…………。

 

「ケロマツ、もう一度地中でかげぶんしん。穴を開けたら、そのまま地中からみずのはどう」

 

 ユキノシタが手を変えてくるなら俺もそれに沿うように変えるのが妥当だ。

 特性のカラクリが知られた以上、さっきの手は使えないということを意味するしな。

 

「わあー、綺麗ー」

 

 ボンっと激しい音とともに無数の水の玉が地中から天に向かって仰いだ。

 そして、空中でそれらは全て弾け、エネコロロを覆うように地面へと降り注ぐ。

 

「今だ! みずのはどう」

 

 空中から出てきたケロマツ本体が水の壁を挟んでエネコロロへとみずのはどうを放った。

 

「今よ、ソーラービーム」

 

 対してユキノシタはみずタイプでもじめんタイプでも効果抜群の草技で対応してきた。

 だがな、ユキノシタ。

 

「なッ!?」

 

 エネコロロには水を通した光の屈折で、ケロマツの位置が僅かながらにでも逸れて見えてるんだよ。

 その分、こっちはみずタイプだからな。

 水の中じゃ屈折は当たり前だし、それに慣れてるケロマツにはこれくらいなら正確に技を決められるだろう。

 

「エネコロロ戦闘不能。ケロマツの勝ち」

 

 ソーラービームはケロマツから逸れ、天高く昇り消えていった。

 

「ほえー、あのお兄ちゃんが勝っちゃった」

「うっそ、ユキノシタ先輩が一敗って………やっぱり先輩は………」

「たはは、さすがヒッキーだね………」

 

 おい、そこの外野三人。

 そんなに驚くことのようなことでもないだろ。

 それにもう一体いるんだぞ。

 ここでやばいの出てきたら普通に立場がひっくり返るからな。

 それとユイガハマ。さすがってどういう意味だよ」

 

「え、あ、べべべ別に深い意味はないからねっ!」

 

 あれ、声に出てたか。

 まあいいや。

 

「お疲れ様、ゆっくり休みなさい」

 

 ユキノシタはエネコロロをボールに戻すとこちらを見据えてきた。

 

「相変わらず憎らしい戦い方ね」

「相変わらずって俺とお前は今日初めて会ったばかりだろう」

 

 何言ってんだこいつは。

 今日あったばかりの奴とバトルして相変わらずも何も比べるものがないだろうに。

 それとも何か?

 俺の戦いをどこかで見たとでもいうのか。

 何それ、超怖い。ストーカーかと思っちゃうじゃん。それは一人で十分だからね。なんなら、その一人ですらどうにかしたいレベルだから。

 

「………そう。まあ、いいわ。私も勉強不足だったみたいだから。けど、次はそうはいかないわよ」

 

 そう言うとユキノシタは新たにモンスターボールを取り出した。

 

「行きなさい、クレセリア」

 

 出てきたのはシンオウ地方の伝説のポケモンだった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 クレセリア。

 幻のポケモン、ダークライと対を為すと言われる伝説のポケモン。

 ダークライが自分の特性で誰彼構わず眠っている者に悪夢を見せてしまうが、クレセリアから取れる三日月の羽で治すことができるのだとか。

 後は知らん。

 どっかで読んだ文献にそんなことが書いてあっただけだし、実際にあったことないからその話が本当なのかも怪しいと思えるくらいだ。

 だが、まあ何はともあれユキノシタはそんな言い伝えを残すような伝説のポケモンを出してきたのだ。

 ちょっとやそっとじゃ、太刀打ちできないだろう。

 

「まさかここでクレセリアを見ることができるなんて。今日の僕はついてるなー」

 

 場にいる全員が驚いている中、一人だけ違う反応の奴がいた。

 少しは空気読めよ。

 

「さて、どうしたものか」

 

 多分、このままケロマツでいっても、そこまでいいバトルにはならない気がする。

 それにさっきからリザードンがまだかとばかりにボールの中で暴れている。

 お前どんだけ戦いたいんだよ。

 

『悩むようならオレを使うのが手っ取り早いと思うが?』

「ばっか、それはさっき断っただろうが。それにさっきからリザードンがボールの中でまだかまだかと暴れてんだ。悩んでいるように取れるなら、どう戦うか悩んでんだ。それと相手はエスパータイプだぞ。同じエスパータイプのお前を出しても戦いにくいだけだろうが」

 

 なんでこいつまで何気にやる気になってんだよ。

 

「……なんかさっきもああやって誰かと話してませんでした? 先輩」

「うん、なんか、キモいよね。ヒッキーだからなおさら」

「まあ、たまにお兄ちゃん一人で喋ってるときがありますから。気持ち悪いですけど」

 

 聞こえない聞こえない聞こえない。

 ハチマンナンニモキコエナイ。

 妹の口から気持ち悪いと言われてるのとか全く聞こえない。

 

「おい、お前のせいですげー気持ち悪がられてるんだけど」

『気にしたら負けだ』

 

 こいつっっ!?

 すげぇぶん殴りてぇ。

 今ならヒラツカ先生直伝の抹殺のラストブリットまで出来そうな気がする。

 

「はあ、どう考えてもやってみないことにはなんとも言えんな。ケロマツ交代だ」

 

 え、いや、そんな驚いた顔するなよ。

 なんだよ、閉じてた目がぱっちり開いてんじゃん。

 

「リザードンがやりたいらしくてな。さっきからうるさいんだ」

 

 だから、そんな「ええー」って顔するなよ。

 

「ああもう分かったよ。今だけ頭の上に乗ってるの許してやるから」

 

 そう言うとすぐさまフィールドから出て、俺の体をよじ登ったかと思うと頭の上で丸くなった。

 ああ、そうですかそうですか。

 もうそこがあなたの定位置なんですね。

 どんだけ好きなんだよ。

 

「仕事だ、リザードン。相手は伝説のポケモンだ。好きなだけ暴れるがいい」

「シャァァアアアアアア」

 

 大きな雄叫びをあげながら、待ってましたと言わんばかりの勢いでボールから出てきた。

 尻尾の炎はいい具合に燃え盛っている。

 

「あら、流石のあなたも本気というわけね」

「別にそう言うわけじゃねーよ。こいつがやりたいって言うから、その意思を尊重しただけだ」

「………いつ見ても彼のリザードンは他とは違うわ」

 

 小声で言ってるつもりかもしれませんけど、ちゃっかり聞こえてますからね。

 なに、こいつってそんなに違うところあったっけ?

 別に普通だと思うんだが。

 

「俺は早く終わらせてゆっくりしたいんだ。さっさと済ませるぞ。リザードン、ドラゴンクロー」

 

 爪をシャキンと立てて、一気に間合いを詰める。

 

「躱してみらいよち」

 

 ユキノシタはそう命令するが「躱して」の部分ですでにリザードンの爪がクレセリアに食い込んでいた。

 深追いを嫌って一旦下がったクレセリアは一瞬のうちにどこかにみらいよちを放った。

 こうなってはみらいよちが放たれるまで気を引き締めていなければならなくなった。

 それはリザードンも感じ取ったのか警戒の色を深めている。

 

「リザードン、連続でドラゴンクロー」

 

 二発三発とドラゴンクローを決めていくリザードン。

 だが、クレセリアにはあまりダメージが通っているようには見えない。

 一頻りに攻撃を加えると今度は反撃と言わんばかりにユキノシタが命令を下した。

 

「クレセリア、チャージビーム」

 

 また電気技かよ。

 しかも特殊攻撃も追加であげてくるとか。

 

「リザードン、躱せ」

 

 いよいよもって俺のきけんよちがみらいよちに反応し始めたぞ。

 まあ、こんなこと考えてる時点でまだ余裕はあるな。

 

「もう一度チャージビームよ」

 

 再度少し角度を変えてチャージビームを放ってくる。

 まるで何処かへ誘導しようとしてるかのように。

 

「クレセリア、もう一度チャージビーム」

 

 誘導………。

 それなら、確実にみらいよちの落下地点だろう。

 いっそこのまま誘いに乗って落下地点を見るってのもいいかもしれない。

 リザードンのスピードがあればギリギリ躱すこともできるだろう。

 そう俺が頭の中で逡巡していると、その時は来た。

 

「今よ、くさむすび!」

 

 地面から草が伸びてきてリザードンの足にへと絡まりつく。

 スピードを急激に殺されたリザードンの体は仰向けで地面に叩きつけられた。

 そして、その頭上では空気が圧縮され、ついにはみらいよちが放たれた。

 避けられない。

 だったら………。

 

「リザードン、真上に向かってブラストバーン!」

 

 リザードンは全身から炎を吹き出し、両手で地面に叩きつけた。

 通常なら対峙する相手の足元を狙って撃ち出すものだが、両手打にすることで出来上がる火柱を二本にし、リザードン自身をブラストバーンの範囲外へと誘導する。

 出てきた火柱はリザードンの首の両脇。

 本来受けるはずのないダメージだが、地面を隆起させてしまう技なため寝転がっている今の状態では、幾らかはダメージをもらってしまうが、みらいよちを諸に喰らうよりは断然いい。

 

「間一髪だな」

 

 降り注ぐ火の粉で足に絡まった草が焼けていく。

 技の反動で動きの鈍いリザードンがゆっくりと立ち上がる。

 苦い表情を浮かべるものの興奮はさらに度を増しているようだ。

 

「全く、たかだかみらいよち程度に究極技を使う人がいるとは」

 

 ようやく収まった炎の海からそんな声が飛んできた。

 声の主はもちろんユキノシタ。

 

「ま、それほど追い込まれたってことにしておけ」

「そう、では仕切り直しといきましょうか」

 

 服に付いた砂を落としながらユキノシタは冷徹に言葉を口にした。

 

『今ので大体把握できた。同じエスパータイプならどうやら感じ取ることもできなくはないらしい』

「サンキュー、恩にきるぜ」

 

 これで後はあの耐久力をどう削ぎ落とすか、だな。

 

「クレセリア、みらいよち」

「させるかよ、ドラゴンクロー」

 

 みらいよちを放つにはほんの少し溜めがいるようで動きが止まる。

 それだけあればリザードンが間合いを詰めるのには十分すぎるくらいだ。

 しかし、やはりドラゴンクローではそれほど期待できるダメージは与えられていない。

 再び、リザードンが一呼吸入れた隙にみらいよちを放たれた。

 あれを試してみるのも悪くはないのかもしれない。

 だが、俺もリザードンも初めての試みだ。

 ここで暴走なんかしたらコマチたちを巻き込みかねない。

 それだけは避けたい。

 

「クレセリア、チャージビーム」

「そう何度も同じ手に乗るかよ。リザードン、空に逃げろ」

 

 チャージビームが放たれるすんでのところで、リザードンが地面を叩きつけるように蹴り上げ空へと羽ばたいた。

 だがこれはただの時間稼ぎでしかない。

 クレセリアとて特性はふゆう。

 飛んでいるも当然なのですぐに追いかけてくるだろう。

 

「クレセリア、追いかけながらチャージビーム」

 

 ユキノシタの命令とともにクレセリアも空へと浮上した。

 どうやらこっからはチャージビームが当たるかみらいよちに誘われるかの二択になるようだ。

 まあ、地表近くに行けばくさむすびが待っているが。

 

「少しギアを上げて躱せ」

「シャアッ!」

 

 俺に聞こえる反応を示す。

 たまにこういうところで律儀なんだよな。

 今は超どうでもいいけど。

 

「仕方ないわね。クレセリア、サイコキネシスで動きを封じなさい」

 

 四つ目の技がサイコキネシスか。

 念動力でこっちの動きが完全に封じられるからな。

 かといって脱出手段もない。

 なら、当たらなければいい。

 

「リザードン、トップギアで躱せ」

 

 シャア、と鳴きながら一気に加速する。

 その影響で俺たち全員の髪が大きく靡いた。

 こんな時でもユキノシタは映えるし、イッシキはあざとい仕草を忘れない。具体的には「きゃっ」とかわいい声をあげている。

 

「クレセリア、照準を変更よ。フィールド及びその上空一帯をサイコキネシスで空間ごと支配しなさい」

 

 これにより、トップギアに加速したリザードンも急減速し、動きを止められてしまった。

 つーか、空間ごととか有り得ねーだろ。

 

『やったことはないができなくもない。ましてや相手は伝説に名を残すポケモンだ。力は持っているだろう』

「そうは言うがこっちは割と万策尽きた状態に近づいてきてるんですけど」

『それをなんとかするのがトレーナーだろう?』

「お前、いい性格してんな」

『そろそろ、みらいよちがくるぞ』

「無視かよ」

 

 こいつ、言いたいことだけ言って話変えやがったぞ。

 前にある少年と一緒に共闘したことあるとか言ってたが、そいつはどうやってこいつに命令できたのだろうか。

 謎でしかない。

 

「リザードン、爪をドラゴンクローに」

 

 身動きは取れないといっても技のモーションはできるようで、シャキンと爪が鳴った。

 

「そのまま腕を上に持っていけ」

 

 強引に腕を動かすリザードン。

 命令してなんだが………。

 ギチギチと嫌な音がするが大丈夫なのだろうか。

 まあ、ポケモンは空から落ちても生きてるくらいだし大丈夫だよな。

 

「シャアアアアッ!!」

 

 おお、やりやがった。

 無茶な要求をしたと思ったんだがな。

 よくやる。

 

「あら、まだそんなに動けるのね。やはり、空間全体だからかしら? いいわ、クレセリア。そのまま照準をリザードンに絞り込みなさい」

 

 苦しみの雄叫びをあげるリザードン。

 拡散していたサイコキネシスが凝縮されて加わったのだ。

 苦しいことこの上ないだろう。

 だが、それでもリザードンは俺の命令とやめようとはしていなかった。

 

「全く、忠義者だよ。お前は」

『来るっ』

「リザードン!」

 

 上空が光り、そのままみらいよちがリザードンの頭から振り下ろされた。

 命令通り、爪で受け止めるも徐々に身体は地面に近づいていく。

 まだだ。

 もう少し。

 あと少しだ。

 

「………今だ! 斬り裂けっ!」

 

 リザードンの両足が深く地面に着いたところで命令を出す。

 リザードンは言われた通り、踏ん張る力を利用してみらいよちを真っ二つに切り裂いた。

 切り裂かれた紫光弾は地面に叩きつけられ、二つの爆風を挙げた。途中で見えたリザードンの目はいい目をしていた。どうやら時は来たようである。

 

「リザードン、一気に決めるぞ! クレセリアに直接ブラストバーン!」

 

 混じり合う爆風の中から一閃の風が吹き抜け、次の瞬間にはそれはクレセリアを片手で掴んでいた。全身からは激しく揺らめく赤いオーラを纏っている。

 リザードンの特性、もうかだ。

 ダメージをかなり受けた時に発動するが、感情が高ぶるあまり我を忘れるという例もあるらしい。俺はまだ見たことないがな。

 まあ、でも今の状態は過去に一度見たことがある状態に近い。あの時は連戦で戦ったからな。あの状態に一体で持っていけるとはさすが伝説のポケモンである。

 

「やれ」

 

 俺の一言でクレセリアは無慈悲にも地面に叩きつけられ、そのままブラストバーンを諸に受けた。

 

「……クレセリア、戦闘不能。よって勝者、ヒキガヤ」

 

 暴走一歩手前まで高まったもうかから直接放たれたブラストバーンには、流石の伝説のポケモンといえど、耐えることはできなかったようだ。

 

「…………また、勝っちゃ、った………」

「勝っ、ちゃいましたね、先輩。まるで、あの時みたい………」

「うっそ、あのお兄ちゃんが………」

 

 え?

 なにそのあり得ないようなものを見る目。

 勝ったのにその反応はなくね?

 

「……あなたはいつもそうね。近づいたと思っても決して近づけていないということを叩きつけてくる」

 

 なんかユキノシタが語りだしたんだが。

 突然なんなんだよ。

 

「いくら学年一位だろうがリーグに優勝して三冠王と呼ばれようが、あなたのバトルを見ると肩書きなんて無意味だって思い知らされるわ」

 

 え?

 なに?

 どゆこと?

 全く話についていけないんですけど」

 

「そうよ、これは私の一方的なものだもの。ましてあなたは私を知らなかったのよ。そんなあなたが分かるはずもないわ」

 

 なら言うなよ。

 

「ああ、そうかよ。なら、なんで言ったんだよ」

「人には口にでもしないと感情を抑えることができない人だっているものよ」

「お前がそういう奴だっていう風には見えないがな」

 

 こいつは普段から落ち着き払っているように見えるんだがな。

 こうも感情を剥き出しにするような奴には見えん。

 

「ええ、そうね。そもそも負けることも数少ないないからこんな気持ちにはならないのだけれど。あなたは別よ」

「それは嬉しいとは判断しかねるものだな。つーか、何さらっと自慢してくれちゃってんの?」

「それじゃ、さようなら。私はもう行くわ」

 

 流された。

 流されたで思い出したが、賭けは俺の勝ちってことでいいんだよな。

 

「おい、ちょっと待て。賭けは俺の勝ちでいいんだよな」

「そうね。甚だ遺憾ながらあなたの勝ちよ。私はなんでもいうことを聞くわ。けど、特にないのでしょう? だから貸し一つってことにしといてあげるわ」

「何故そう言い切れる。事実だから否定はできんが」

「その腐った目がそう語ってるもの」

 

 え?

 顔に出てるって言われるならまだしも、目が語ってるとか初めて言われたぞ。

 

「冗談よ。あなたのことだから今の今まで忘れていたのでしょう」

「うっ」

 

 何故分かった。

 こいつもエスパータイプなのか。

 

「それじゃ、今度こそ。また」

 

 ユキノシタは小さく手を振って、俺たちの前から姿を消した。

 多分、研究所内から出ていいたのだろう。

 また、ね……。

 

 

 ってか、ヒラツカ先生との約束はどうするんだよ。あれも無効ってことでいいのか? まあ、どっちにしようがユキノシタが勝手にいなくなったんだから、俺には分かり兼ねることだな…………。

 

 

 ユキノシタ、か………、やはり最近何かで見たような気がする。



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4話

「やっぱり先輩って強かったんですね!」

 

 バトルが終わってユキノシタも帰り、俺の気が抜けたところでのこの仕打ち。

 少しは休ませようとかいう気概はないのかね。

 

「三冠王のユキノシタさんに勝っちゃうなんて、ヒッキーってやっぱり今でも強かったんだねー」

「………あんなのは……まぐれだろ」

 

 そう、あんなのはまぐれだ。

 一歩間違えればリザードンの方が先に戦闘不能になっていた。

 だから次やった時はユキノシタが勝つかもしれない。

 

「例え、まぐれだったとしても、そのまぐれを引き寄せる力が先輩にはあったってことですよ」

 

 仕草そのものはあざといが声は真剣である。

 俺は何故かそう感じ取ってしまった。

 

「そういえば、あの二人の強さって今はどっちが強くなってるんだろう?」

「あの二人って誰ですか?」

 

 ユイガハマが何かを思い出したかのように呟くと、コマチがすかさず聞き返した。

 

「ユキノシタさんとハヤト君。トレーナーズスクール時代はユキノシタさんが一番でハヤト君が二番目に強かったんだー。でも本当は………………」

 

 そう言ってちらっとこっちを見たかと思うとささっと目をそらされた。

 何なんだよ。

 

「多分、ハヤマ先輩の方じゃないですかね。この前、イッシュリーグも制覇したらしいですし」

 

 ハヤマ、ハヤト。

 イッシュリーグ……。

 

「え? ついに四冠王になったっていうあのハヤマハヤトさんですか?!」

 

 イッシキの言葉を聞いてコマチが急に驚きの声を上げた。

 あ、なるほど。

 大体分かった。

 顔は思い出せないが、カロスに来る前にそんなニュースが流れていたような気もする。

 そして、ヒラツカ先生が言っていたハヤマなのだろう。

 

「ニュースでも三冠王のユキノシタ先輩を抜いただなんて言われてますし」

「でも、ハヤト君。それは否定してたような気もするよ」

 

 ユイガハマはそのハヤマという奴と面識、もとい友達なのだろうか。

 そんな内情まで持ち込んでくるくらいだし。

 それに俺が知らなかっただけで、今ここにいる奴らって同じトレーナーズスクールだったんだよな。

 なら、クラスが同じだった可能性もあるわけだ。

 

「「うーん」」

 

 うーん。

 

「あのー、一つ気になったんですけど」

「なっ、何かなっ? コマチちゃん」

 

 コマチが何かを訪ねようとしたらユイガハマが露骨な動揺を見せた。

 …………動揺するようなところがあったようにも思えんのだが。

 

「ここにいる全員が同じトレーナーズスクール出身でしかもお兄ちゃんとユイさんは同じ学年なんですよね?」

「そう、だね」

「その学年にはユキノシタさんとハヤマハヤトさんもいたんですよね」

「そうですね」

「なら、あのユキノシタさんに勝ったお兄ちゃんってスクール時代、どれくらい強かったんですか?」

「なんだそっちか…………」

 

 的が外れてホッとため息をつくユイガハマ。

 いや、それ以外に何を疑問に思うところがあるんだよ。

 

「ヒッキーはテスト以外では指で数えるくらいしかバトルしてないけど、ポケモンを持ってる子の中では普段は中の上くらいだったんじゃないかなー。知識面だけ見れば学年三位だったけどね」

 

 すげー棒読みなんだけど。

 

「お兄ちゃんって頭良かったんだっ! コマチ、衝撃の事実にちょっと現実逃避しちゃいそう」

 

 いや、現実逃避してる時点でちょっともクソもないだろうに。

 しかも何気ひどいこと言ってるからね。

 可愛いから許すけど。

 コマチマジ天使。

 

「あ、でも一時期ユキノシタ先輩が同じ学年の男子生徒に非公式戦ながら負けたって噂話流れてませんでした?」

 

 あざとく手をポンと叩きながらイッシキがそう切り出した。

 ここまで徹底してると逆に感心するまである。

 

「あ、あー、あったねー、そんな噂も」

 

 あ、こいつ絶対何か知ってる顔だ。

 明らかに目を泳がせている。

 

「ユイ先輩? 実は知ってますよね、その顔」

 

 どうやら俺だけでなくイッシキも欺くことはできなかったようだ。

 ダメじゃん。

 

「え? な、なんのことだかあたしにはさっぱりわからないなー」

 

 たははー、と苦笑いを浮かべるがどれを取っても棒読みでしかなかった。

 こいつには秘密を知られないようにしよう。

 

「ま、どうせユキノシタ先輩のポケモンが暴走して、それを誰かが止めたのを何を勘違いしたのか非公式戦と捉えられてその噂として広まったとかなんでしょうけど」

「え? なんでそれを知ってるの?!」

「図星かよ」

 

 イッシキが出まかせで言葉を連ねてることくらい俺でもわかるぞ。

 

「え? あ、あれ?」

 

 けど、こいつはやっぱり馬鹿正直すぎる。

 

「ただの出まかせに過ぎなかったんですけどね。まさかの実話だったとは……………。もうここまで話したんですから、その止めた人が誰なのかも教えて下さい。私はなんとなく分かってますけど」

「…………」

 

 イッシキに促されてユイガハマが出した答えは無言で俺を指で差すことだった。

 

「えっ、と…………」

「お兄ちゃん、ってことでいいんですかね………」

 

 今度はコクコクと何度も首を縦に振る。

 

「いや、俺にはそんな記憶が全くないんだけど」

 

 そもそもユキノシタとか今日初めて会ったのだぞ。

 いくらスクールが同じだったからって…………。

 

「放課後、校舎裏、ハヤト君とのバトルの後」

 

 小さくキーワードを言ってくるが、そもそもハヤマの顔なんて覚えてもいない。

 

「卒業式」

 

 ッ?!

 一瞬、何か…………思い出せそうな感覚がした。

 卒業式の日の放課後の校舎裏でハヤマと戦った後のユキノシタ。

 いや、この時はそもそも他の奴の名前なんて覚えてなかったんだから敢えてある男子生徒と戦った後の女子生徒ってことにしておくか。

 

「リザードンに勝ったオーダイル」

 

 ッッ!?

 

「思い、だした」

「え? ほんと、お兄ちゃん」

 

 あれは俺たちが十一歳のときの卒業式の日の放課後に何度目かも分からないある男子生徒と女子生徒のポケモンバトルが開かれていた。

 何もこんな日にまで、と思った記憶が有る。

 

「確かに、男子の方がリザードンで女子の方がオーダイルだった。だけど、その後オーダイルがげきりゅうで暴走して我を忘れて暴れ出したんだっけか。二人のバトルを見ていた野次馬どもは逃げ出し、その波に飲み込まれて逃げ遅れた俺はオーダイルに襲われて仕方なく戦ったら、俺のリザードンがかみなりパンチを覚えてそれでオーダイルを戦闘不能にして暴走を止めたことはある」

 

 皮肉なもんだな。

 暴走を止めようとして新しい技を覚えるなんて。

 

「だが、俺にはそれがユキノシタとハヤマという奴だったかなんて分からねぇぞ。顔なんて覚えてないし」

「ううん、あたし見てたから。ヒッキー、最初は自分でなんとかしようとしてたけど途中でリザードンを出してからは一方的なバトルだったんだよ」

 

 確かにかみなりパンチを使えるようになってからは一方的だった気もする。

 だが、そんなことがあったということを思い出しただけで、事細かく覚えているわけではない。

 だから、そんなバトルの時のことを言われても何て返せばいいんだよ。

 

「ちなみに、ユイ先輩はなんで見てたんですか?」

「ヒッキーだけ逃げ遅れるのが見えたんだ。だから心配になって戻ってみたらって感じかな。戻ったところであたしに何かができるってわけでもなかったんだけどね」

 

 

『その中にはユイガハマもいたし、同じクラスで言えばトツカも君のことを気にかけてはいたみたいだぞ』

 

 

 そういえば、さっきヒラツカ先生がそんなことを言っていたような気もする。

 今日知り合ったばかりだというのにこいつは優しい奴であることは分かった。

 

「よく見てますねー」

「た、たまたまだよ。たまたま」

 

 茶化すようにコマチが言うと過敏に反応しやがった。

 なに?

 ストーカーみたいに張り付いて見張ってたとかそういうのじゃないよね。

 こいつにできるとも思えないし。

 

「そういえば、ヒラツカ先生も兄のことを知ってるんですよね?」

「ああ」

「先生から見てどんな感じだったんですか?」

 

 なぜコマチはここまで俺の昔話に花を咲かせたいのだろう。

 

「ヒキガヤは………そんな変わってないな」

「人間、そう簡単に変わりませんって。そんなコロコロ変わってたら自分じゃなくなるまである」

「とまあ、今も昔もこんなことを吐かしては一人でいたぞ」

 

 あ、これ言わされた奴か?

 ちょっと恥ずかしいだけど。

 

「ユイガハマも変わってないようだし、イッシキは…………変わってて欲しかったな」

 

 イッシキの時だけどこか遠い目をしている。

 まあ、こいつの場合は変わっててくれた方が良かったとは俺も思わなくもない。

 

「ちょっ、それどういう意味ですか?!」

「そのまんまの意味だ。男をとっかえひっかえに弄んでるのは今も変わらないようではないか。そのせいで私は未だに独身なんだぞ」

 

 いや、それとこれとは話が別だろ。

 イッシキが狙ってるのだって同じ年代だぞ。

 さすがに先生がその年代に手を出しちゃまずいだろ。

 

「先生、それはただの嫉妬ですよね。モテないからって私に当たらないでください。それともうしてませんから! どこかの誰かさんの背中見せられてからはばっさりやめました!」

 

 それとイッシキに落とされる男子も男子だな。

 こんなあざといのに引っかかるなんて。

 

「先輩、何見てんですか? ハッ、まさか私とヒラツカ先生を見比べて私が可愛いことを再確認してたんですか? 私、そんなじっと見つめられたからってすぐに落ちるような女ではないのでもっと私の好感度を上げてからにしてください、ごめんなさい」

 

 え?

 なんで俺振られてんの?

 告白すらしてないのに。

 しないけど。

 

「カイリキー、イッシキにお仕置きしてやれ」

「リキッ」

 

 モンスターボールを取り出したヒラツカ先生はそのままカイリキーに命令した。

 でもなー、これって多分………。

 

「……カイリキー、私痛いのはやだなー」

 

 やっぱり。

 上目遣いからの目をうるうるさせてか弱い女の子になりきりやがった。

 本気を出すとこんなにもあざといことを生で見た気がするまであるぞ。

 

「リ、リキッ…………」

 

 はい、落ちました。

 人間版メロメロでカイリキーは技を出すことができなかった。

 

「す、すごいねイロハちゃん」

「お兄ちゃん。コマチにはあそこまでできないよ」

「したらお兄ちゃん泣くまであるな」

 

 そして、ヒラツカ先生は目の前が真っ暗になった。

 

「おい、イッシキ。お前のせいでヒラツカ先生がいじけてんたじゃねーか」

「先輩、なんとかしてください」

「やだよ、面倒くさい。お前が原因なんだから、お前がなんとかしろよ」

「むー」

 

 そんなあざとさ全開の顔をされても俺は動かんからな。

 

「むー」

 

 かわいい。

 けど、やっぱりあざとい。

 

「ケロッ」

「あいたッ」

 

 事態を見かねた俺もどきがイッシキに飛びかかり、チョップを食らわせた。

 

「ちょ、いたっ痛い痛いって~。先輩も見てないで助けてくださいよ」

「カイリキーにやられないだけマシだと思え」

 

 あんな筋肉の塊にチョップされるより遥かにマシだろうが。

 アレのチョップくらったら一撃でノックアウトだっつの。

 それを平気でやる教師がいるから世の中怖いことだらけである。

 

「そうだなイッシキ。やめて欲しかったら誠意を込めて謝ればいい。あざといのを抜きにして」

「ちょ、だめ、ほんと痛いから~。もう分かりましたよ、やればいいんでしょやれば」

 

 未だケロマツと格闘してるイッシキ。

 こういう姿の彼女を見るのも新鮮さがあって面白い。

 

「先生、すみませんでした! もう先生がモテないこととか話に出しませんからいじけるのやめてください!」

 

 そうイッシキが叫ぶも先生はずっと同じ体勢で地面に向かって何かぶつぶつと言っていた。

 呪いじゃなければいいけど。

 

「あーもう! モテる仕草を一つ先生に伝授しますから許してください!」

 

 あーあ。

 当々、イッシキの方がやけになってんじゃん。

 

「本当かっ!!」

 

 そしてこれで許しちゃうのがヒラツカ先生なんだよなー。

 

「ほ、本当ですから肩をがっちりと掴むのやめてください。ケロマツよりも痛いです」

 

 やっぱ、今も力は衰えていないのか。

 怒らせると物理的に痛い目にあうからな。

 それを確認できただけでもイッシキに感謝だな。

 

「ていうかお兄ちゃんデフォでケロマツ頭に乗せてたよね」

 

 イッシキが先生とひそひそと話し始めるとコマチがこちらに近寄ってきた。

 

「押してだめなら諦めろ、が俺のモットーだからな。早々に諦めたさ」

「諦めちゃうんだ!」

 

 一々リアクションのでかいアホの子は放っておくとして。

 

「それにしてもケロマツってほんとお兄ちゃんにそっくりだよね」

「まあ、メロメロが効かないからなー。性別とか関係なしに」

「そんなことって普通ありえるの?」

「一般的には性別が違えばかかるもんだし、同じか性別がないポケモンはかからないことになってはいるが。ポケモンといえど生き物であることには変わりないからな。気持ちの問題なんじゃねーの。知らんけど」

 

 異性でかからないなんて例は聞いたことがないからな。

 それでもケロマツはかからなかったんだし。

 そういうことにしておくしかないだろうな。

 

「うわー、テキトーだー」

「うっせ。俺にだって分からないことは普通にあるからな」

「ヒッキーもメロメロにかかるのは気持ちの問題なの?」

 

 ぎゅっと左腕を掴まれたかと思うとユイガハマの方に体ごと向かされた。

 そして、そこで見たのは上目遣いのうるうるとさせた彼女の双眸だった。

 

「うっ?!」

 

 こいつは………。

 どこで覚えたのかさっきイッシキがやっていたことをまるっきり再現していた。

 ただ一つ違うのはあざとさが全く感じ取れなかったところだ。

 

「ユイさんって天然でやってのけるんですね。これはお兄ちゃんも気が抜けませんなー」

「どういう意味だよ、それ」

 

 一方で、コマチが彼女の姿を見てキラキラした目でこっちを見てきた。

 うん、こっちは正常であざとさがある。

 よかった。

 いや、よくねーな。

 

「ヒッキー………」

「………」

 

 ガシガシと頭をかいて。

 どう答えればいいのかよくわからないが、このまま上目遣いで見つめ続けられるのも心臓に悪い。

 

「どうだろうな。人の気持ちなんてその場その時で違ってくるもんだからな。俺も男だし万に一つでも落ちる可能性はあるかもな」

 

 多分ないだろうけどな。

 所詮、俺は他人とのコミュニケーションが上手く取れないぼっちだ。

 今のように来ようがどこか冷静な目で見てしまうのだろう。

 というかそれ以外の俺を想像できん。

 

「それじゃあ、試しに先輩にやってみてください!」

「分かった」

 

 さあて、そろそろ旅に出るとしようぜ!

 

「ヒッキー………?」

「逃がさないよお兄ちゃん」

 

 あー。

 両腕をコマチとユイガハマにがっちりと固定されて逃げ道を断たれてしまった。

 おい、お前らちょっと待て。

 俺を殺す気か?!

 

「そ、それじゃあ、ヒキガヤ」

 

 逃げられない。

 ゴクリと唾を飲み込む音が異様に大きく聞こえた。

 

 

「みんなのアイドル、シズカちゃんだよー。よっろしく~☆」

 

 

『「「「「「………………………………………………………」」」」」』

 

 今、なんか見てはいけないようなものを見てしまった気がする。

 いや、まあ仕草的には完璧だった。

 上目遣いからのウインクに最後の敬礼。

 どの流れも完璧で馬鹿な男子どもは落ちることもあっただろう。

 それがイッシキやコマチがやったら、ではあるが。

 

「ど、どうだヒキガヤ。これで私もモテモテになれるだろうか」

 

 俺たちの反応をよそにソワソワと感想を聞いてくる先生。

 そういや先生って今何歳だっけ?

 確か俺が卒業する頃は二十代半ばだって話を聞いたことがある。

 ということは今の先生はアラサーだな。

 アラサーがこんなキャピキャピしてたら。

 そりゃもう、な。

 痛いとしか言いようがない」

 

「あ、………」

「ヒッキー………」

「先輩…………」

 

 あん?

 なんだよみんなして。

 

「お兄ちゃん、声に出てたから」

 

 え?

 ナンダッテ?

 声に出ていたとな?

 

「ま、ま、ま…………」

「ま?」

「抹殺のラストブリットぉぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!」

「ぐえっ」

 

 なんか久しぶりの感覚が体を駆け巡った。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「……そろ………せ…時……なん…………きます…。み………ま…会い…………」

「え……、…だ話………こ……っぱ……るの……」

「では…………スター……ん号……換し………ましょ……」

「…お、……ねい……! …ろうっ」

 

 

 目を覚ますと知らない天井だった。

 日光がガラス越しに降り注いでくる。

 眩しい。

 寝起きの頭にはあまりにも眩しすぎた。

 

「お兄ちゃん大丈夫?」

「ん? ああ、コマチか。まだ意識が完全に戻ってきてねーの以外は大丈夫だな」

「それ明らかにアウトだよ!」

 

 このリアクションはユイガハマだな。

 

「あれ? イッシキは?」

 

 今日会ったばかりではあるがあいつはこういうときには何か言ってくるはずだ。

 それがないということはまだ夢の世界にでもいるのだろうか。

 

「イロハちゃんならハヤト君たちと待ち合わせしてるからって、もう行っちゃったよ」

「ほーん」

 

 あいつ、俺にトラウマを残して自分は俺が起きる前に姿を消しただ?

 次会ったら成敗してくれよう。

 会うこともないだろうが。

 というか会いたくない。

 

「で、ここは? って移動してないのか。知らない天井だったのはそもそもここが初めての場所だったからってことね…………」

 

 つーかここにきて天井とかまでじっくり見た記憶がないしな。

 知らなくて当然だ。

 

「それで何でユイガハマはいるんだ?」

「え? それちょっとひどくないっ?!」

「いやだって、お前ハヤマの友達なんだろ? んであのイッシキがそのハヤマと一緒に旅をするんだろ? お前も一緒に行くんじゃねーの?」

 

 こいつらリア充はよく群れて旅をする風習があるからな。

 しかも連れが四冠王のハヤマハヤトとくればリア充どもは寄って集るもんじゃねーのか?

 

「いやいや、ハヤト君がカロスにきてるのイロハちゃんに言われるまで知らなかったからね! あたしはポケモンもらったら一人で旅しようと思ってたんだから」

 

 無謀だな。

 こいつの知識量では一人で旅をするのは無理があるように感じる。

 しかも今日初めてポケモンバトルをしたような奴だ。

 危険しか感じない。

 

「あ、そうなのか? なら俺たちもそろそろ行くからじゃあな」

 

 立ち上がってヒラツカ先生に挨拶しに行こうとするとぐいっと左腕を掴まれた。

 なにこれ、デジャヴ?

 

「な、なんだよ」

 

 振り返るとこれまた再び上目遣いのガハマさん。

 

「あだじもづれでっでー。おいでがないでー」

「え、やだよ面倒くさい」

 

 今にも泣きそうな声色で懇願してきた。

 

「ヒッキーとユキノシタさんのバトル見てたら怖気付いちゃったんだもん」

 

 もんってお前………。

 子供かよ。

 

「お兄ちゃん」

「あん? なんだよ」

「ユイさんも一緒じゃなきゃコマチはお兄ちゃんと旅なんかしないんだからね!」

 

 え?

 なに?

 今度はツンデレなの?

 いや、全くデレてねーな。

 

「あーもう分かったよ! ユイガハマも一緒に連れてけばいいんだろ」

「そういうこと!」

 

 はあ、先が思いやられる。

 初心者一人ならまだしも二人も面倒みなきゃならんとは。

 しかも二人してアホの子だからな。

 案外イッシキの方がしっかりしてそうだなー。

 

「コマチちゃん、ありがとー」

 

 そう言って、ユイガハマはコマチに抱きついた。

 女子ってなんでこう毎度毎度嬉しいことがあると抱きつきたがるのだろうか。

 超どうでもいいけど。

 

「んでこれからどこ行くか考えてんのか?」

「うん、ハクダンシティってとこにジムがあるみたいだから、まずはそこに行こうかなって。このミアレからも近いみたいだし」

 

 ハクダンシティか。

 もちろん聞いたことないな。

 

「ふーん。お前ジム戦デビューするのか。それじゃ、しっかり戦い方を教えなきゃならんな」

 

 ついに我が妹もジム戦デビューか。

 負けないように兄として先輩トレーナーとして戦い方を伝授してやらないとな。

 

「あ、ジム戦受けるのはお兄ちゃんだから」

 

 なんでだよ。

 

「あ? なんでだよ。これはお前の旅だろうが。俺はただの付き添いだぞ」

 

 コマチがメインの旅なんだから普通はコマチがジム戦受けるもんじゃねーの。

 

「いやー、せっかく旅するんだし誰か一人はジムバッジ集めた方がいいんじゃなかと思って。んでそれにふさわしいのはお兄ちゃんってことになったから」

「なったから、って俺が意識失ってる間になに決めてんだよ」

「だって、ヒッキーの戦ってる姿見たかったんだもん」

 

 いいでしょー、と駄々をこねるユイガハマ。

 さっきからこいつ幼児化してないか?

 

「ねえ、ヒッキー。さっきの話でもう一つ思い出したことがあるんだけど」

「急だな、おい。さっきの話ってハヤマとユキノシタのバトルの話か?」

「そうそう。あの時、ヒッキーのリザードンだけ一瞬黒くなったような気がするの。まあ、黒くなったかと思ったら、次の瞬間にはオーダイルが戦闘不能になってたから見間違いかもしれないんだけどね」

 

 そんな細かいことまで覚えてるかよ。

 あの時はとにかく逃げたい一心で倒したんだから、バトル中のことなんて覚えてねーよ。

 逆にそんなことがあったということを覚えているだけでも褒めてもらいたいくらいだ。

 

「へー、ハヤマさんのリザードンを倒したユキノシタさんのオーダイルを、黒くなったお兄ちゃんのリザードンが一発で倒しちゃったんですねー。でも急に色が変わることって有り得るの?」

 

 有り得なくもない。

 光の反射だったり、技のモーションだったり。

 あとは…………………。

 

「何の話だい? 僕にも聞かせてほしいな」

 

 どこからともなく姿を現したのはプラターヌ博士。

 ユキノシタとのバトルの後、早々とどこかに消えて行きやがったかと思ったら、また急に出てきやがって。

 

「プラターヌ博士! 実はあたしとヒッキーって同じトレーナーズスクールの同じ学年の同じクラスだったんですけど」

 

 え?

 クラスまで同じだったの?!

 それ、初耳なんですけど。

 

「同じ学年にはさっきのユキノシタさんとハヤト君もいまして。その二人がある日、バトルしてユキノシタさんのオーダイルがバトルには勝ったんだけど、その後に暴走してそれを止めたヒッキーのリザードンが一瞬だけ黒くなった気がするんです」

 

 たどたどしく説明するユイガハマ。

 なんかあまり要点を得るような得ないような、キレの悪い説明であるんだけどな。

 まあ、ユイガハマだし仕方ないか。

 

「なんだってッッッ!?」

 

 オーバーだな。

 見間違いなだけかもしれないのに。

 

「ちょっと君達そこで待っててくれ。すぐ戻る」

 

 なんなんだ。

 あの慌てようは。

 

「なんかすごい顔で走り去ってっちゃった」

「あそこまでオーバーにリアクションを取られるとなんか気になっちゃいますね」

 

 お前らな…………。

 

 

 

 それから数分も経たないうちに博士は帰ってきた。

 

「やあ、すまない。取り乱したりしてしまって」

「それはいいですけど、博士はなにを持ってきたんですか?」

 

 帰ってきた彼の手には黒い鞄が握られていた、

 

「実はユイちゃんに見てもらいたいものがあってね。ちょっと準備するから待っててくれるかな」

 

 そう言うと、鞄を開き一台のパソコンを取り出した。

 特に変わったところのなにいたって普通のパソコン。

 彼は電源をつけるとファイルを開いて一つの画像を出した。

 

「ユイちゃん、君が見たっていうハチマン君のリザードンはこんな感じだったかな?」

 

 見せてきたのは色違いのリザードンの画像? 

 でもどこか違うような気もする。

 

「そう、そんな感じですっ!」

 

 ユイガハマが大きく叫ぶと、なるほど、と不敵な笑みを浮かべた。

 変態にしか見えなかった。

 

「ハチマン君。なんでこんな大事なことを黙ってたんだい?」

「どういうことだよ? その画像は色違いのリザードンじゃないのか?」

 

 なぜこうも俺はこいつに怒られなければならないんだろうか。

 

「これはリザードンのメガシンカの片割れ、メガリザードンXだ。君は多分この時に一度メガシンカをしている、かもしれない」

 

 は?

 なに言ってんのこの人。

 俺、メガシンカに必要な石はさっきもらったんだぞ。

 それがなんで石もなしにメガシンカなんて言えるんだよ。

 

「ちょっと待て。当時の俺はキーストーンもメガストーンも持ってねーぞ。メガシンカにはその二つの石が必要なんだろ? だったら、持ってないのに進化するとかおかしいだろ」

「僕はメガシンカについてこう提言した。『メガシンカにはポケモンとの絆が関係している』と。僕の知り合いのお孫さんがメガシンカ中に暴走させたっていう話も聞いている。ポケモンとの絆が足りなければ、例え二つの石を持っていようが暴走することもあるんだ」

 

 確かに、その言葉は耳にしたことがある。

 というかついさっきそれらしき言葉を耳にした気もする。

 だけど、その話と当時の俺のリザードンがメガシンカしたこととどう関係があるんだ?

 

「それとこれと何の関係があるんだよ」

「つまりこうは考えられないかい。メガシンカはポケモンとトレーナーとの絆の力によってなり得るもので、メガストーンやキーストーンはその絆の力を一定値にまで引き出す代替物であると。これはあくまで今の話を聞いて僕が立てた仮説に過ぎないが理にかなってるとは思うんだ」

 

 ええっと、何か。

 

「要するに二つの石はメガシンカをより安定的にするものであるとでも言いたいのか?」

「そう言うことさ」

 

 ニカッとハニカミながら答えてくる。

 

「確かに、絆なんていう不安定なものを固定化して安定したメガシンカを行おうとすれば、何らかの物質を使うことでできないかと考えるだろうな。そして、それが二つの石でできたとしよう。どうして、その二つの石で安定的にできると分かったんだ?」

 

 二つの石だとか絆の力だとかそういうのが必要なのは分かった。

 だけど、それならどうしてたった二つの石で絆なんてものが一定値にまで上げることができるようになるんだ?

 理解できん。

 

「それをこれから君に旅をしながら調べてきてほしいんだ。カロスでは僕が提言する以前からメガシンカの流通はあったんだ。だけど、僕がメガシンカを提言しなかったらメガシンカという概念すらなかった。以前までのメガシンカはただの特殊な進化、あるいはフォルムチェンジとして考えられていたんじゃないかな」

「おい、そこが重要なんじゃねーのかよ。なんでそんな大事な部分を曖昧なままメガシンカを定義したんだよ」

「いやー、僕も深く深く考えるうちに迷走してしまってね。提言した後にその考えに至ったんだよ。でも研究っていうはそういうものなんじゃないかな」

 

 知るか。

 俺は研究者じゃないからわかるわけないだろうが。

 そんな変な感覚。

 

「んなもん知るかよ。俺は研究者じゃねーんだ。そもそも理系は苦手科目だ。数字が出てくる時点で俺には話についていけるような世界じゃない」

「ああ、君は以前にもそんなこと言ってたっけなー」

 

 まあ、俺だからな。

 こんな話になればぽろっとそんなことも言ってるだろうよ。

 

「あ、あの。あたしたち全く話についていけてないんですけど………」

 

 と、二人で熱くなっていたらユイガハマに水を差された。

 

「「えっ?!」」

 

 熱くなっていたからだろう。

 なおさら今の言葉が俺の、いや俺たちの反応を大きくさせた。

 いや、でもまあ、こいつら二人は初心者だし、知識が豊富ってわけでもない。

 

「だ、だって話が難しすぎて二人が何言ってるのか全く理解できなかったんだもん」

 

 だからコマチがこんなことを言い出しても、それが当然のことだろう。

 

「シ、シズカ君なら今の話理解してくれたよね?」

「え、ええまあ。ある程度は理解できましたが、それもヒキガヤに及ぶものかどうかは怪しいです」

 

 期待を込めた声は完全にかき消された。

 

「「ええっ?!」」

 

 教師をしていたヒラツカ先生なら、と思って話を振ったのだろうがあいにく先生でも話についていくのがやっとだったみたいだ。

 

「ほら見たまえ。君はこちら側の人間なんだって」

「おい、何悪人みたいなセリフで俺を自分の足元に置こうとしてるんだよ。理解できないのは知識と国語力が足りてないからなんじゃないか。あと経験とか」

 

 いくらヒラツカ先生といえど持ってない知識だってあるんだ。

 例えば男を落とす仕草とか。

 

「私から言わせて貰えば、話についていけているヒキガヤの方が異常だ」

「だから、それは知識や経験が足りてないだけですって」

「そうとも限らんだろう。君にはある事を分析する力が高いようだからな。それが大きくものを言う時だってある」

「今がその時だとしても俺は研究職に就く気はないですから」

 

 なんかいつの間にかメガシンカの話か俺の勧誘の話に移行してんだけど。

 俺はこれからコマチの旅のお供をするという大事な任があるんだ。

 就職なんてまだまだ先の話になるだろう。というか仕事してますし。

 

「で、もう行っていいですかね。今日一日をここで過ごして終わらせるのも嫌なんで」

 

 こうなったら強引にでも話題を変えてやる。

 

「まあまあ、もう少しゆっくりしていきなよ」

 

 あんたは休憩を進めるおばあちゃんか!

 

「そうか。なら、ヒキガヤ」

 

 そう言ってぽいっとこっちに何かを投げつけてきた。

 あの………。

 さっきも言ったような気もしますけど、急に投げられても上手く取れないからね。

 もう少し間を設けてほしい。

 

「と、とととっ。何すかこれ」

 

 手に収まったのは一台の機械。

 

「それは私からの餞別だ。ホロキャスターと言ってこの地方での連絡手段だな。君のポケナビではこの地方はやっていけないだろうからな」

 

 はあ…………。

 ポケナビとの互換性とかはないんだろうか。

 

「残念ながらポケナビとの互換性はなくてな。代わりにそいつはホログラフを使った最新機だ。使いやすいとは思うぞ」

 

 マジか…………。

 ちょっとー、ツワブキの社長さん。

 技術、使い勝手供に抜かれてますよー。

 もっと頑張ってくださいよー。

 

「はあ、まあその、ありがとうございます」

 

 とりあえず言葉に詰まったのでお礼だけ入っておく。

 でもどうせコマチたちには渡したけど俺に渡すのを忘れてたとかそういうオチなんだろうなー。

 

「ハチマン君。さっきの事で何かわかった事があったら連絡してくれないかな。こっちでも調べられそうなことは手伝うし」

「善処する」

「お兄ちゃんが言うと不安要素にしか聞こえないね」

 

 うっせ。

 

「それじゃ、プラターヌ博士、ヒラツカ先生。また連絡しますねー」

「ああ、気をつけろよ」

「特にユイガハマな」

「ちょっ、それどういう意味だし!」

「ユイさんですからね」

「コマチちゃんまで酷い!」

 

 ユイガハマをいじる事を忘れずに俺たちは研究所を後にした。

 さて、これからどうなる事やら。

 

 

 ……………………ほんと、どうなるんだろう。

 不安しかない。



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5話

 研究所を出た後、俺たちは4番道路に向かった。

 途中でユイガハマがブティックに釘付けになったりだとか、コマチがミアレタワーを間近で見たいとか言い出したりだとか、頭にケロマツを乗せた腐った目の人がいるという声が周りから聞こえて泣きそうになったりだとか、そんなことはなかったぞ。

 くそっ、あのバカップル。爆発すればいいのに。

 

「やっとついたね」

「4番道路に、だけどな」

「いよいよ街から出るんだね」

「野生のポケモンとか出てくるから気をつけろよ。特にユイガハマ」

 

 絶対こいつ、バトルする前に自分が逃げそうじゃん。

 んで、俺の仕事が増えるわけだ。

 考えただけで帰りたい。

 

「えっ? またこのパターン!?」

「何言ってんだ。いいから行くぞ」

 

 俺がゲートをくぐると二人も俺の後ろをついてきた。

 

「わあーっ」

「おおー」

 

 4番道路の風景を目にした二人は感嘆の声を上げた。

 まあ、確かにミアレは建物が高い都市だったからな。

 それを一歩出れば周りは自然豊かな風景に変わったんだ。

 空気の違いにも驚くだろう。

 

「お兄ちゃん! ミアレから出ると全く風景が違うんだね!」

「まあ、それはどこも同じなんだろうな。カントーだってそんなところばっかだし」

「クチバは港町だからミアレほど自然がないわけじゃなかったけどね」

 

 さて、明るいうちに歩けるだけ歩くとしますかね。

 

「んじゃ、ぼちぼち歩きますか」

「あいあいさー」

 

 なんで役に立たなさそうな兵隊みたいな敬礼してんだよ。

 

「ところで旅ってなにするの?」

 

 ユイガハマの言葉に思わず足が止まってしまった。

 

「ただただ歩くだけだな」

 

 多分、彼女が聞きたかったのはこういうことなのだろう。

 ポケモンマスターを目指すだとかコンテストマスターを目指すだとか、そういう目標の旅ではなく、単純にただ歩くだけなのかと聞きたいのだ。

 現にうへぇ、と声に出して項垂れてるわけだし。

 

「そうは言うがな。結構歩いてるだけでいろんな発見はあるもんだぞ。野生のポケモンが出てきたりトレーナーとだってバトルすることだってある。特にひこうタイプのポケモンなんかは風に流されて飛んでたりするからな。風情を楽しむのだって旅の醍醐味だと言えるだろうよ」

「バトルかー」

 

 そういやさっきこいつら研究所でバトルしてたとか言ってたな。

 その時何かあったのだろうか。

 

「さっきなんかあったのか?」

「………」

「ああ、悪りぃ。聞かれたくなかったよな」

「ううん、そうじゃないの。多分言ったら、ヒッキーに幻滅されちゃうから」

 

 この様子を見る限り、全敗したんだろうな。

 んで、逆に全勝したのはイッシキだろう。

 あの計算高い仕草を見る限り、そういうところには秀でた才能がありそうだし。

 

「別に、んなことで幻滅したりしねーよ。つーか、幻滅するほど俺はお前のことを知らん。だから、印象は上がれど下がることはない」

「ぷっ、なにそれ。励ましてるつもりなの?」

 

 ちょっとは元気でたみたいだな。

 

「お、お兄ちゃんがっ! 誰かを励ます日が来るなんてっ!? これって絶対何か良くないことの前触れだよ!」

 

 そこまで言われる覚えはないんだが。

 つーか、言いすぎじゃね?

 

「まあ、コマチの暴言は可愛いから許すとして」

「許しちゃうんだっ! しかもシスコンっ?!」

 

 何をそんなに驚く必要がある。

 クチバの兄妹は仲がいいって昔から相場は決まってんだ。

 

「お兄ちゃん、コマチのことどう思ってんの?」

「愛してるぞ、コマチ」

「ありがとうお兄ちゃんっ! コマチはそうでもないけどねー」

 

 あれ、なんだか目から汗が流れてきたぞ。

 おかしいな。

 

「泣くほど悲しいのっ?!」

 

 一々オーバーなリアクションするなー、こいつ。

 

「まあ、いつものやりとりは置いとくとして。バトルの内容とか聞いても、いいか?」

「まさかの日常生活に組み込まれてたんだ! ………さっきコマチちゃんとイロハちゃんとバトルしたのは知ってるんだよね」

「ああ、あの変態が言ってたからな」

「あたし全敗したんだ。逆に全勝したのはイロハちゃんでコマチちゃんは二勝一敗、博士が一勝二敗」

 

 超どうでもいいが、なんで博士がバトルやってるんだよ。

 やっぱり女子と戯れたい変態なんだろうか。

 いや、多分きっとそうに違いない。

 

「言っちゃあなんだが、予想通りだな」

「え?」

「お前とポチエナ……サブローだっけ? を見てるとそんな感じはしたんだ。逆にあのあざといイッシキは仕草のひとつひとつが計算されてできているからな。こういう駆け引きには力を発揮すると思っただけだ」

「サブレだからね! でもそっか、ヒッキーはそういうところからでも見抜いちゃうんだね」

 

 暗にすごいね、と言ってくるがこんなものは別にすごいものではない。

 ぼっちであるからして得た、ただの観察眼でしかないのだ。

 

「多分、お前のことだからどういう風に戦えばいいのか分からないままやって、あたふたしてるうちにやられたんじゃないか? 技の性質、バトルの流れ、相手の手数。ポケモンバトルはあらゆる方向から見た視点観点考察を瞬時に要求されるものだからな。慣れないうちはどうしてもいいバトルにはならない」

「たははー、何もかもお見通しだね。さっき博士にも言われたことだよ」

 

 だろうな。

 あいつがそこを指摘しないまま送り出すはずがない。

 何せ、実践をしないまま送り出すのは性分じゃないと吐かすような奴だ。

 

「改善法とかはなんか言ってたか?」

「ううん、何も。そういうのは僕よりハチマン君の方が適任だって言ってた」

 

 全部丸投げかよ。

 

「ま、それはおいおいバトルしていきながら身につけるしかないな」

「そっかー、すぐにどうこうなるもんじゃないんだね」

 

 こればっかりは慣れるしかないからな。

 最初からできる奴っているのは飲み込みが早いか元からそっち方面に秀でているかだし。

 

「なあ、バトルで思い出したんだが。ユイガハマは俺のスクール時代のことも覚えてるんだよな? さっき言ってたバトルの内容覚えてるか? いまいち、記憶が曖昧なんだよ」

 

 さっきから何かモヤモヤして気持ち悪い。

 原因は記憶がはっきりしていないからだろう。

 さっきはなんとなく記憶を探る感じで行っただけに過ぎず、どこか釈然としないのだ。

 

「あの時のことは今でもはっきりと覚えてるよ。というか忘れられないまであるよ。心配して戻ってみれば、ヒッキーってばバトル中にリザードンに新技覚えさせていたんだから」

 

 は?

 勝手に覚えたんじゃねーの?

 俺が覚えさせたってどういうことだよ。

 

「それまでも特に何かするわけでもなくリザードンはひたすらオーダイルの技を躱してただけで、逆にオーダイルの方が振り回されてたなー。いきなりえんまく使ったかと思ったらかみなりパンチを伝授するとか言い出してさー」

 

 何かすげー黒歴史を聞かされてる気分なんだけど。

 バトル中に新技覚えさせるとか普通はしないだろう。

 なのに俺はそんな危険なことを………。

 

「やりたい放題だったよ。しかも一発で技を完成させるもんだから、あたしもあの二人も声にならないくらい驚いた。加えてあたしにはメガシンカも一瞬だけだけど見えたからね。あのバトルは印象に残りすぎて頭から離れないんだー」

 

 そこはやっぱりリザードンなんだな。

 ピンチになればこそ、集中力が高まって技の完成度も密になる。

 今も昔も変わらないのか。

 

「何というかある意味忘れたくても忘れられないくらい濃いバトルみたいだったんだね。お兄ちゃん」

「いや、俺も目を背けたい過去だったんじゃねーかな。現にそんな濃い内容のバトルを曖昧にしか思い出せなかったんだから」

 

 聞かなければよかったのかもしれない。

 だが、すっきりしたのも事実なわけで。

 

「そろそろ過去と向き合えってことなのかね……………」

 

 誰に言うでもなくそんなつぶやきが漏れてしまった。

 

「なんかお兄ちゃんが言うと血の匂いしかしないんだけど」

 

 お、おう。

 それはなんか悪いことしたな。

 

「ヒッキー目が腐ってるからね。前はそんなに腐ってなかったのに」

 

 え?

 ちょっと、今日一番の衝撃的事実なんですけど?

 

「まあ、確かに昔はもうちょっと穏やかな目をしてたかも」

「目尻をその時に怪我したのが原因なのかなー」

「あ、俺怪我してたんだ」

 

 ナンテコッタ。

 まさか怪我で目が腐るようになるとは。

 何となく今のこいつらと視線を交わしたくなかった俺はキョロキョロと辺りを見渡した。

 見渡してしまった。

 

「……………………」

 

 なんか見てはいけないようなものを目にした気がする。

 アレだよアレ。

 ユキノシタとかいうやつが野生のエネコと戯れてたんだよ。

 しかもバッチリ目が合うというオプション付きで。

 

「…………あら、シカンガヤ君。こんなところで会うなんて思ってもみなかったわ」

 

 あくまでなかったことにしたいわけね。

 素知らぬ顔でゆっくりと起き上がったユキノシタは、そう俺を一瞥した。

 

「あれ?! ユキノシタさん?」

 

 ようやくユキノシタに気がついたユイガハマがてててと彼女に近づいていった。

 どうでもいいが走る姿が飼い主を追っかけるポケモンみたいであった。

 ホント、どうでもいいな。

 

「どうしてこんなところにいるの?」

「ええ、まあちょっと」

 

 目では俺に絶対に言うなと訴えてきた。

 いや、別に言いふらすつもりはねーけどさ。

 その鋭利の効いた冷たい眼差しで睨むのやめてくれませんかね。

 こころのめからのぜったいれいどを浴びてる感覚なんですけど。

 これもはや死んでるな。

 

「エ~ネ」

 

 と、ユキノシタの足元に先ほどの野生(だと思われる)エネコがすり寄ってきた。

 一瞬、彼女の顔がふにゃけたがすぐに凛とした佇まいに切り替わった。

 別にそこまで必死に隠さなくてもいいだろうに。

 

「エ、エネコ………」

 

 エネコを見て一歩後ずさりするユイガハマ。

 

「ユイさん、エネコ苦手なんですか?」

「や、やー、なんてーの? エネコが苦手っていうよりはネコ系のポケモン全般が苦手っていうの? ほ、ほらっ、結構単独で行動してどっか行っちゃうなんて習性があるじゃん? あ、あたし昔ペルシアンを飼ってたんだけど、ある日いなくなってそれっきりで、さ。そういうのなんか寂しいじゃん? だから、ネコ系のポケモンは苦手なんだ」

 

 人差し指をちょんちょんさせながらユイガハマが答える。

 まあ、確かにそういうポケモンもいるわな。自分の死期を悟ったりするとトレーナーのところから姿を隠すなんてこともあるし。特にネコ系のポケモンはトレーナーによく懐く分、その傾向が強いって噂だし。まあ、噂だから本当かどうか知らんけど。うちにもカマクラいるからな。そういう記事も自然と目に入ってしまうから仕方がない。

 

「あー、確かにそういう話も聞きますよねー。うちにもカーくんいるから他人事じゃないし。まあ、カーくんはそんなことしそうにないですけど」

 

 だよなー。

 家にいた時もほとんど寝てるし。ニャオニクスのくせに。

 

「ま、まあ、そういうわけだからさー」

 

 たははーと笑う。

 そんな彼女の姿があまり深くは聞くなと言ってるようだった。

 

「あ、あれってラルトス? やーん、かわいいー」

 

 え?

 今ちょっとシリアスチックな展開だったよね。

 急になんでシリアスブレイクしちゃってんの?

 その幻想をぶち殺す! 的ななにかなの?

 ユイガハマは急にあたりに目を向けたかと思うと野生のラルトスを発見し、追いかけて行った。

 だが、逃げられた。

 まあ、そりゃそうだよな。

 いきなり馴れ馴れしく触れたら普通は警戒するよな。

 野生とぼっちはどこか似てるようである。

 

「あーん、なんでー」

「ユイさん、いきなり飛びかかったらそりゃ逃げますって」

 

 涙目でうなだれるユイガハマに呆れた感想を漏らすコマチ。

 

「そっかー、そうだよね。…………飛び掛ったら逃げるんだよね。よしっ」

 

 何を思ったのか急に立ち上がった彼女はこう言った。

 

「ユキノシタさん、あたしとバトルしてください!」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「えっと………。一体何を考えれば私とポケモンバトルに至るのか甚だ疑問なのだけれど」

 

 困惑気味で質問するユキノシタ。

 まあ、そうなるわな。

 俺だっていきなり何言ってんだこいつって感じだし。

 

「ヒッキーの戦い方は基本鬼畜だから今のあたしじゃ何もできないし、コマチちゃんとはさっきやったから。もう少しいろんな戦い方を見たいなって思ったんだ」

「そうね、確かに彼の戦い方は鬼畜だものね。いいわ、相手してあげる。だけど、初心者だからって手は抜かないわよ?」

「うんっ!」

 

 とまあ、言いたいことは山ほどあるがこうしてユキノシタとユイガハマのポケモンバトルが取り決められた。

 で。

 

「審判は俺なんだ………」

 

 分からなくもないが、働きたくない。

 

「あなた以外適任なのはいないでしょう」

「まあ、それは分かるんだが。面倒くせーなーとか思ったり、思わなかったり……………はいすみません俺が悪うございました」

 

 だから人を視線だけで射殺すような鋭利な目で睨むのやめてもらえませんかね。

 無駄に心臓がバックンバックンいってるから。

 

「えーと、使用ポケモンは一体? でいいのか? まあ、どちらかが戦闘不能になったら決着とする」

「ユキノシタさん? 今オーダイルって持ってたりする?」

「ええ、まあ。連れてきてるけど」

「じゃあ、オーダイルでお願い」

 

 パンッと手を合わせてお願いをするユイガハマ。

 ハンデ、をお願いしているのだろうか。

 けど、ユイガハマの話を聞く限りトレーナーズスクールにいた時にはもう連れていたんだよな。

 んで、俺はそいつに怪我させられたわけだ。

 させられたというよりは俺が上手く躱しきれなかっただけなんだろうけど。

 

「私の手持ちの中では一番付き合い長い子なんだけど」

「うん、知ってるよ」

「はあ、まあいいわ。行きなさい、オーダイル」

 

 渋々という感じではあるがユイガハマの案に乗ったみたいだ。

 一方で、彼女の方は何を考えているのか未だにわからないんだがな。

 

「マロン、出番だよ」

「リマッ」

 

 相変わらず、元気なようで。

 今からバトルするって分かってるのかどうかも怪しくなってくる。

 

「タイプ的に言えばそちらが有利になるわけだけど、こっちは経験が違うわよ」

 

 確かに草タイプのハリマロンに水タイプのオーダイルは相性がいいだろう。

 だが、これまで積んできたものが違うのだ。

 それはあいつとて分かっているだろうに。

 

「んじゃ、バトル始め」

 

 まあ、あとはお二人で適当にやってください。

 

「オーダイル、れいとうパンチ」

 

 見てるだけってのは楽でいいよな。

 あのオーダイルも元気そう、で………?

 あれ……?

 なんで俺はあいつを知ってんだ?

 いや、確かにあのオーダイルの暴走を止めたんだから知ってて当たり前なんだが、それ以外にも何回かあったことがあるような…………。

 

「マロン、つるのムチで足止めして!」

 

 ハリマロンの体からつるが生えオーダイルの足に絡みついた。

 けど、それでどうにかなるようなやつでもなかったような……。

 

「後方にジャンプ。それからつるを掴んで主導権を取りなさい」

 

 ほらやっぱり。

 逆に手玉に取られて振り回されてんじゃん。

 

「マロン………。タネマシンガンを無造作に放って!」

 

 おお、振り回される力を利用してタネマシンガンか。

 それなら、オーダイルも手を離さずにはいられないな。

 あんな乱雑に打ち込まれたら軌道が読めそうもないし。

 

「でも、こういう戦い方どっかで見たことあんだよなー」

「多分、お兄ちゃんの戦い方に似てるんだと思うよ」

 

 あ、なるほど。

 昔の俺ならこんな戦い方だったかもしれんな。

 とりあえず視界を奪ったり、隙を作ることに専念してた俺だ。

 覚えがあるのにも頷ける。

 ただ、なんでユイガハマが俺の戦い方を知ってるんだ?

 

「ユイさん、きっとずっと前からお兄ちゃんのこと見てきたんだね。さっき戦ってた時とは動き方が違う」

 

 ほーん。

 まだまだぎこちないが俺を真似ようとしてるのか。

 

「マロン、もう一度タネマシンガン!」

「オーダイル、両手でドラゴンクロー。弾き返しながら押し進みなさい」

 

 タネマシンガンはいとも容易くドラゴンクローで弾き飛ばされ、一歩一歩と確実にハリマロンに近づいていった。

 ただ、あいつは俺の戦い方を真似ようとしていても肝心なことを理解していない。

 それに気付かない限りは時間の問題だろう。

 

「れいとうパンチ」

 

 今度こそ目の前まで迫られたハリマロンはオーダイルのれいとうパンチを受けて戦闘不能になった。

 

「……おお、ハリマロン戦闘不能だな」

 

 そういや俺審判なんだっけ。

 忘れてたわ。

 

「たははー、やっぱり強いなーユキノシタさんは。あたしにはバトルの才能なんてないんだよ、きっと。ヒッキーはこんなの簡単にやってのけてたのに。それにユキノシタさんも対応が早いし」

 

 才能か。

 確かにバトルセンスは人それぞれだが、初心者トレーナーがそれを口にするのはどうなんだ?

 

「それは聞き捨てならない言い草ね。バトルの才能がない? 笑わせないでくれるかしら。あなたは私たちを天才と呼びたいのかもしれないけど、その裏に隠された努力を一向に見ようとはしないわ。そんな人がどうしてバトルのウンチクを語れるのかしら? 馬鹿にされてるようで、正直腹正しいわ。そういうのやめてくれるかしら?」

 

 あー、なんか聞いたことあるような内容だな。

 結構キツイ言い方だし、心にくるものがあるね。

 特にあの目とか。

 言葉関係ないな。

 というか俺ってあいつの目がトラウマになってないか?

 

「す、すごい!」

「「はっ?」」

 

 思わず俺まで声が出た。

 どうしてあそこまで言われて、その反応ができるのだろうか。

 

「私、結構キツイこと言ったと思うのだけれど」

 

 困惑気味で問い返すユキノシタ。

 

「うん、言葉はきつかった。正直胸にグサッと刺さってる。けど、今までそういう本音を言われたことが少なかったから。真っ向から私を否定してくれたのは初めてだったの。だから、すごいと思った」

 

 あれ?

 俺結構さっきから本音しか言ってなかったような気がするんだけど。

 

「ヒキガヤ君もずっと本音で話してると思うのだけれど」

「ヒッキーのはなんか違うの。こう言葉で言い表そうとすると難しいんだけどね。でも今の言葉とはなんか違う」

 

 意味がわからねーんだけど。

 結局、どういうことだ?

 

「あー、ユイさんの言いたいことなんとなくわかりました」

 

 俺が疑問に満ち満ちていると横槍が入った。

 

「兄の言ってることは本音というよりは事実を突きつけてきたり客観的なものだったり、本音のようであって本音とは言い難いものですからね。それに比べて今の言葉は完全な自己主張の完璧な否定でしたから。主観だけの本音ってのがユイさんには新鮮だったんじゃないですか?」

「う、うんっ。そういうことだよ!」

 

 えっと…………?

 要するに俺は感情がないと言いたいのか?

 

「お兄ちゃんは感情がないというよりは人に感情を伝えることすらしないじゃん」

「え? 俺結構いってると思うんだけど? 働きたくないとか眠たいだとか」

 

 散々言いまくってるまであると思うんですけど。

 なんか違うのか?

 

「お兄ちゃん、本気で喧嘩したのっていつ?」

 

 喧嘩かー。

 最後にしたのっていつだっけ?

 …………というか喧嘩する相手いなくね。

 よくてコマチくらいだし。

 コマチとも随分と喧嘩なんて喧嘩はしてないし。

 

「記憶にないな」

「ほら、そういうことだよ。内から溢れ出る感情をそのまま蓋をせず、御構い無しに相手に自分の感情をぶつけたことなんてないでしょ。だけど、ユキノさんは隠すこともせず怒りをそのままぶつけた。それがユイさんには新鮮だったんだよ」

 

 あーうん、なんかよく分からんけど分かったわ。

 要するに本気で怒って欲しかったのね。

 って、構ってほしい子供かよっ!

 

「つまり、こいつはこっぴどく叱って欲しかったと?」

「というよりはガチの喧嘩がしたかったんじゃないかな?」

「多分どっちでもあるみたいでどっちでもないんだと思うけど。あたし昔から空気を読んで人に合わせてばかりだったから喧嘩とか言い争いなんてしたことなくて。一度誰かさんに忠告されたんだけど、そう簡単には変えられなかったし。そのまま大きくなったら余計に波風立てないように相手もしてくるから本音で言い合うことすらなくて。だから、そんなの気にせずはっきりと言うユキノシタさんはすごいと思ったの」

 

 そういやこいつ、そんなことも言ってたっけな。

 確かに、大きくなるにつれて段々と言葉を飲み込む場面は多くなってくるものだが……………。

 それじゃ、俺はなんでそんなこと考えもしなかったんだ?

 

「お兄ちゃんはそもそも人の言葉に興味ないじゃない」

 

 コマチはいつの間にエスパータイプになったんだよ。

 的確に言葉を投げつけてくるなよ。

 驚いて、心臓止まるかと思ったじゃん。

 

「でもやっぱりあたしにはヒッキーみたいなバトルはできそうにないな」

 

 あ、まだそこには拘ってたのね。

 

「そもそもお前はなんで技を全部相手に当てようとしてるんだ?」

 

「え?」

「はっ?」

「…………」

 

 ここにイッシキがいなくてよかったかもしれない。

 また、なんか言われそうだし。

 というか絶対言ってくるし。

 

「ちょっとハリマロン借りるぞ」

 

 とりあえず目が覚めたハリマロンを抱きかかえて三人から離れたところに移動した。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「それで、ハリマロンを連れてどこか行ったかと思えば、すぐ帰ってきて一体何だったのかしら?」

「回復させてきただけだけど?」

「何か含みのある言い方だった気がしたのに、それだけなの!?」

「そうだが? それよりもう一度バトルしてみろ」

「よく分かんないけど、ゆきのんもう一度お願い」

「仕方ないわね」

 

 まあ、まだ分からなくていい。

 実際見たほうがいいからな。

 

「んじゃバトル始め」

 

 超どうでもいいけど合図の掛け声って何がいいんだ?

 スタート? 始め? レリーファイト?

 

「マロン、タネマシンガン」

「懲りずにまたそれでくるのね。オーダイル、ドラゴンクローで全て叩き落としなさい」

 

 いやー、さっきと似た状況だからかオーダイルのドラゴンクローの精度が上がってきてるな。

 まあ、目も慣れてきたんだろうな。

 

「そのままれいとうパンチ」

 

 一瞬の隙をついて再びハリマロンに迫り来る青の巨体。

 でも次は大丈夫だろう。

 

「マロン、躱して!」

 

 それを合図にハリマロンは蔓を伸ばし、オーダイルの両脚へと絡ませた。

 そして、思いっきり自分の方へと引っ張り自分はオーダイルの脇の隙間を見事にすり抜けていった。

 対して、オーダイルの方はというと急に変な力がかかったせいでバランスを崩し、滑りこけていた。

 

「完璧だな」

 

 今のはいい具合にできていたと思う。

 

「できてる…………」

 

 そして、こういうことをユイガハマはやりたかったのだろう。

 

「ヒッキー、なんで今度はできてるの?!」

「あなた、ハリマロンに何か入れ知恵したんじゃない?」

「入れ知恵っつーか、とりあえず逃げに徹しろって言ったんだ。間合いも一定間隔は必ず開けるように言った。ただそれだけで今のような動きができたのはハリマロンの実力だ」

 

 さっき俺がしたことなんて、オボンの実を食べさせて、とにかく逃げなさいと言っただけに過ぎない。

 

「それとオーダイルの体力が段々と削られてるみたいだぞ?」

「「えっ?」」

 

 そんな驚くことでもないだろ。

 結構大きく唸ってるんだし。

 

「どういうこと?」

 

 ユイガハマは何が起こっているのか全く分かっていないようだ。

 

「はっ?! さっきのタネマシンガンは普通のタネじゃなくてやどりぎのタネ!?」

 

 だが、オーダイルにまとわりついている蔓を見てようやく合点がいったみたいだ。

 さすがユキノシタ。

 三冠王の名は伊達ではないな。

 

「だろうな。さっき散々切り落としてたんだし、相当植えつけられてるんじゃねーか?」

「あたしそんな命令出してないけど?」

「これもハリマロンなりの『逃げ』だよ。近づかないためには自分が離れるか相手を離らかすか、相手の動きを止めるか、だからな。やどりぎのタネを植えつけることで、徐々に種が成長し、蔓が伸び始めたら身体中にまとわりつくようになるんだ。しかも相手の体力を奪うという利点も兼ね備えている。それを理解した上でこいつは足止めに使ったんだ」

 

 俺もまさかその発想に行くとは思わなかったけどな。

 案外、あのハリマロンは機転が利くのかもしれない。

 

「これがユイガハマがやりたかった俺の模倣の完成形だ」

「確かに、ヒッキーみたいに攻撃を躱して相手にもダメージを与えることはできてるけど、なんでできてるのかいまいちよく分かんないよ」

 

 未だに理解が追いついていないらしい。

 そういえば、と思い隣のコマチを見るとこっちも渋い顔をしていた。

 やはり、初心者には分かりづらいことなのだろうか。

 

「俺の戦い方って基本どんな風にやってるか分かってるのか?」

 

 だから、敢えて聞いておこう。

 多分、というか確実に認識が間違ってるんだろうけどな。

 

「んーとねー。ヒッキーは技を躱しまくって隙をついて大きい一撃を与える感じかな」

 

 なんだろう。

 言い方ひとつでこんなにも馬鹿っぽくなるもんなんだな。

 

「傍から見ていればそう見えるかもしれんが、実際はちょっと違うぞ。相手に先手を打たせて近づいてきたところを、その力を利用して逆に方向に躱す。その時に余裕があれば小技をはさんでおく。そうやって、徐々に相手の体力と精神力を奪ったところで一発かませばこっちの勝ちってなってるだけだ。相手の力を利用するだけならこっちは疲れないし、手札も出来る限り隠すことができる。まさに他力本願な戦法ってわけだ」

 

 ま、今では躱すためにあげた素早さを生かして先手で一発与えて倒すこともあるがな。四年くらい前にはそっちの方がメインになってたまであるし。精神病って恐ろしい。

 

「「「…………………」」」

 

 あれ?

 なんか思ったより反応がよろしくないんですけど。

 

「なんかヒッキーらしいというか」

「お兄ちゃんをすごいと思ってた私の気持ちを返して欲しい気分だよ」

「しかもそんな戦い方に勝てないなんて………………」

 

 え?

 なんでみんなそんな呆れた顔をしてんの?

 俺なんかいけないこと言ったか?

 

「バトルなんて技が当たらなければ負けないんだから、この戦法最強じゃねーか。なんでそんなに馬鹿にされなきゃいけねーんだよ」

「それは…………ね」

 

 歯切れ悪く言葉を濁すユイガハマ。

 

「あのハヤマさんは真っ向から相手を倒しに行くバトルスタイルで最強を得ているし、ユキノさんも正面突破が基本みたいなのに、お兄ちゃんもそういうスタイルでやってるんだとずっと思ってたから」

 

 一方ですっぱりと吐き捨てる我が妹。

 遠慮ねぇな、こいつ。

 

「逆に俺がそんな真っ向勝負をするような人間に見えるか?」

「全く見えないわね」

 

 ほれ見ろ。

 俺がそんな堂々としたやり方で戦ったとしても勝てるとは思えねーよ。

 

「というわけだ、ユイガハマ。お前には多分この戦法は向いてないと思う。お前は馬鹿正直すぎるからな。バトル中に顔に出てみろ。即やられるのがオチだ。だから、お前はお前のバトルスタイルをこれから考えていけ」

 

 バトルは常に駆け引きがつきものだからな。

 顔に出たらアウトな戦法はこいつには合わないだろう。

 

「むー、分かったよ。ヒッキーがそこまで言うならもう少し考えてみる」

「なあ、そろそろボールに戻してやったらどうなんだ?」

 

 さっきから放って置かれてるけど、割と辛そうだからな。

 ボールに戻せばやどりぎのタネの効果もなくなるわけだし。

 何気モンスターボールってハイテクだよな。

 

「ごめんなさい、忘れてたわ。戻りなさい、オーダイル」

 

 こいつ結構ポンコツだったりする?

 

「そういえば、なんでゆきのんはさっきのヒッキーとのバトルでオーダイルを使わなかったの?」

 

 やどりぎのタネで回復してピンピンしてるハリマロンを抱きかかえながら、ユイガハマが唐突に切り出した。

 まあ、確かにこいつの手持ちの中じゃ古参になるポケモンのはずだよなー。

 実力も折り紙つきだと思うし。

 

「……………それは………」

「まだ、気にしてるの?」

「ッ!?」

 

 図星だったのだろう。

 俯いていた顔が一気にユイガハマを見据えていた。

 けど、何を気にしてるんだ?

 あ、やっぱ暴走とか?

 

「ヒッキーは大丈夫だよ。とっくの昔にオーダイルを許してるから」

 

 ん?

 さっぱり話が見えんのだが………。

 

「オーダイル」

 

 そうユイガハマが呼びかけると勝手出てきやがった。

 え?

 あなた主人でもなんでもないですよね。

 なんで命令できてんの?

 

「オーダッ」

 

 俺の前に出てきたかと思うといきなりの片膝をついて忠誠のポーズをとった。

 なんか見たことあるんですけど、これ。

 

「暴走した後、オーダイルも気にしてたのか頻繁にヒッキーの前に現れては気遣ってたんだよ。特に目を怪我させたことはオーダイルも悔いてるみたいだった」

 

 あー、そんなこともあったかもな。

 けど、スクール時代の話だろ。

 あんまし覚えてねーんだけど。

 

「で、最終的にオーダイルはヒッキーに暴走しないことを誓う形で許しを得たみたい。その証拠があの姿なの」

 

 多分、恨んですらいないのに気にしすぎてるから、とりあえず条件を作ったんじゃないか。

 そうすれば気がすむと思って。

 今でもこんなだとは思わなかっただろうけど。

 

「ねぇ、ゆきのんはオーダイルのげきりゅうをあれから使ったことある?」

「………ない、わね…………」

「今もやっぱり怖い?」

「ええ、怖いわ。また暴走したらと思うと…………」

 

 思い出したのか震えが止まらなくなってる。

 オーダイルを見ると自分の主人を心配そうに見つめていた。

 態勢を変える気はないみたいだが。

 

「はあ………」

 

 これはきっと俺が撒いた種なのだろう。

 記憶の断片に薄いながらもそんなことがあったのは覚えている。

 あの時、俺は何を感じて何を思っていたのかはわからない。

 だけど、許しを与えるのはオーダイルだけではダメだったということらしい。

 ユキノシタ自身にも強い心を持ってもらわなければならなかったみたいだ。

 

「オーダイル、お前ハイドロカノンは覚えてるか?」

 

 そう聞くとオーダイルは首を左右に振った。

 

「なら、丁度いいな」

 

 俺はリュックの中から二つのリングを取り出して、その一つをオーダイルの腕につけてやった。

 

「ユキノシタ。こいつはオーダイルにハイドロカノンを覚えさせるために必要な道具だ。2の島に行った時にキワメの婆さんから幾つかもらってきたものでな。だが、これをつけたからといって覚えられるわけではない。トレーナーとポケモンとの息が合わない限りは発動させることすら難しい究極技だ。ブラストバーンを知っていたお前なら、これがどういうものなのかはわかるだろう。お前らがこれをものにできた時、俺はお前らのしたことを全部許してやる。だから、オーダイルと一緒に特訓してこい」

 

 人間、言いにくいことがあると、中々口を開けないものだ。

 だが、それも何か理由をつけてしまえばあっけないものとなる。

 今のユキノシタにはこういう形で罪滅ぼしの何かを与えてやったほうがいいのだろう。

 

「あの、さ」

 

 はい、この話はおしまいと言わんばかりに、ユイガハマが再び話を変えてきた。

 

「ゆきのんもよかったら一緒に旅しない?」

 

 というか勧誘だった。



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6話

 唐突なユイガハマの提案から一時間近くした頃、太陽は段々と役割を終え月が顔を見せはじめた。

 

「ここら辺で野宿するか」

 

 あたりには街灯があり、噴水もあった。

 こういうところなら野生のポケモンに襲われる心配も少ないだろう。

 盗賊とかいたら話は別だけど。

 

「そうね。この辺りなら大丈夫でしょう」

 

 三冠王のお許しも得たことで俺たちはとりあえず荷物を降ろした。

 あー、首が痛い。

 段々忘れそうになるが、ずっと頭の上にケロマツ乗ってるんだよな。

 慣れって恐ろしい。

 

「料理の方は私がやるわ」ということらしいのでユキノシタに任せてみた。

 その横にはデレデレしたユイガハマもいる。

 あいつ本当に子供みたいだよな。

 

 そして俺とコマチはテントを立てていた。

 

「それにしてもこのカプセル式って便利だよねー」

「まあな。持ち運びには便利すぎて、もう一個買おうか悩むまであるな」

 

 だが、高いんだよなー。

 ジム戦やら野試合やらで稼いだ金が一瞬にして消えたからな。

 おまもりこばん手に入れといて本当に良かったと思うまである。

 

「うーん、どうだろ。これ以上人が増えたら買った方がいいかもしれないけど。今はまだいいんじゃない?」

 

 というのもユイガハマは特に何も用意してきていなかったらしく、あるものといえば着替えくらいなのだとか。

 あいつ、一人で旅するとか最初吐かしてたよな。

 どうするつもりだったんだろうか。

 逆にユキノシタは俺と同じものを持っている方に驚いた。

 だって、あいつはあいつで野宿とかしなさそうじゃん。

 

「ヒッキーたすけてーっ。ゆきのんがいじめるよーっ」

 

 何だろうこのやられっぷり感。

 ジャイアンとかによくいじめられてそう。

 

「な、なんだよいきなり」

「ゆきのんがあたしは休んでていいって言ってくるのっ。あたしはお手伝いしたいのにーっ」

 

 なにか突き放されることでもしたのだろうか。

 

「ユキノシタ、なんかあったのか?」

 

 取り敢えず原因を知っているであろう本人に聞いてみた。

 

「これを見てもまだそういうことが言えるのかしら?」

 

 見せてきたのは焦げ焦げになった鍋。

 何をどうしたらそうなるのだろうか。

 

「スパイスの隠し味入れただけなのにー」

「それが原因なんだろうが」

 

 だめだこいつ。

 俺たち三人はこの時誓った。

 

 ユイガハマユイには料理をさせてはいけないと。

 

「あーじゃあ、このポケモンフーズでも食べさせてみるか?」

「ぽけもんふーず?」

 

 あ、これもしかして知らない系か?

 

「ユイさん………流石にそれは………」

「ち、違うもん。ちゃんと知ってるんだからね。あの、あれでしょ? ポケモンも食べられるお菓子っ!」

「それって、ポフレのことか?」

「な、いいい言ってみただけだし! バカにするなし!」

 

 ポフレだな。

 

「ポフレね」

「ポフレだね」

 

 二人も同じこと思ったのか目を細めてじっと彼女を見ていた。

 

「ふ、ふんだ。みんなであたしのことバカにして。そうですよーだ。知りませんよーだ」

 

 あーあ、駄々捏ねちゃったよ。

 

「あーあ、お兄ちゃんがいじめるから」

「え? 俺のせいなの? どっちかつーとトドメさしたのお前らじゃ………」

 

 俺、声に出しては言ってないからな。

 言わないようにしてたからな。

 なのにこいつらが口にするから………。

 だから、俺は悪くない。

 

「はあ、取り敢えずポケモンフーズはポケモンの飯だと思え。ポケモンにはそれぞれ好みがあってその好み合わせて調合したりするもんなんだけど、生憎今日はそこまで準備できていないからな。市販ので我慢してもらう」

「お兄ちゃんって調合とかできるの?」

「旅してた頃はリザードンに作ってたぞ」

 

 まあ、リザードン一体だけだったからな。

 簡単っちゃ簡単だな。

 

「なんか意外」

「そうでもないだろ。多分ユキノシタも作れるんじゃねーか?」

「一応、作れるけれど」

「ほら」

「二人ともやっぱりすごいんだね」

 

 まあ、こういうのも経験だろうな。

 

「まあ、取り敢えず全員ポケモン出せぇぇえっ!? な、なんだ?」

 

 俺が言い切る前に何かが俺の体に体当たりしてきた。

 しかもそのまま態勢を崩された。

 

「あ、サブレ!」

 

 サブレ………ポチエナか。

 すっごい勢いで俺の顔を舐めてるポチエナを引き剥がして起き上がり、抱きかかえ直した。

 何でもいいが今のでケロマツが俺の頭から落っこちて俺の頭は解放された。

 めっちゃ軽い。

 

「……なに、このなつき具合」

 

 トレーナーのユイガハマへのなつきを通り越してないか?

 

「お兄ちゃんって人間には嫌われるのにポケモンには懐かれやすいよね」

 

 …………確かに。

 いや、でも待て。

 このポチエナは異常だし、オーダイルもあれは契約みたいなものだぞ。ケロマツは懐いてるとは言い難いし、暴君たちも然り。

 まともななつき方なんてリザードンくらいじゃないか?

 

「サブレー、こっちおいでー」

 

 ……………。

 

「……………」

 

 え?

 何その笑顔で固まるとか。

 器用すぎない?

 

「うえーん、コマチちゃーん!」

 

 よほど悲しかったのだろう。

 結構マジで泣いている。

 

「おい、そろそろお前のご主人様のところへ行けよ」

 

 なんでそんな潤んだ目で見るんだよ。

 はあ、こういうところはトレーナーに似てんじゃねーよ。

 

「そういやさ、お兄ちゃん。さっき言ってた戦い方で一つ気になったんだけどさ」

「なんだよいきなり」

 

 抵抗を早々に諦め、フーズの準備をし始めるとコマチが話を戻してきた。

 だいぶ巻き戻ったな。

 

「躱すタイミングとかって見極めるのに集中力使うんじゃないかなーって思って。それだとお兄ちゃんが言ってた楽する理論も矛盾してくるんじゃないかなーって思って」

 

 ああ、なるほど。

 確かに集中力使ってたら疲れるわな。

 

「そりゃ、この戦い方をやり始めた当初は見極めるのに集中してたが、慣れた後は俺もリザードンも感覚的に反応してるから、そんなに集中力を使ってないんだ。それに実際に戦ってるのはリザードンだからな。あいつの本能に任せた方がいい時だってある」

「でも最初はきつかったんでしょ?」

「まあ、そうなんだけどよ。結局何したって最初は疲れるんだから、長期的に見て慣れれば楽そうで負けない形となるとああいう風になるんだよ。現に今は素早さを生かした戦い方も手にできたわけだし」

「確かに、技が当たらなければ負けはしないけど。相手がもしお兄ちゃんみたいな戦い方してきたらどうするの?」

「それはそん時考える」

 

 今までそんなやつ見たことねーけど。

 いたらいたで戦ってみたい気もしなくはない。

 多分、リザードンが興奮するだろうけど。

 

「結構適当なんだね」

「そんなもんだろ。バトルなんていつ何が起きるかなんて誰も予想つかないんだし。集中してるのは当たり前。でも徹頭徹尾集中してたんじゃ身が持たんからな。ここぞというところで集中していくようにしてるんだ。まあ、お前らはお前らのバトルスタイルを確立させていくのがベストだと思うぞ」

 

 ポケモンフーズを小分けしながら俺はそう言った。

 

「ええ、そうね。バトルは何が起きるか分からないもの。だからこそ、その何かが起きた時に柔軟に対応できる力は大切になってくるわ」

 

 いつから聞いていたのだろうか。

 ユキノシタまで同意してきた。

 

「なんかお前が言うと現実味がありすぎて背筋が凍るんだけど」

「あら、それならリザードンにでも温めてもらいなさい」

 

 このアマ。

 皮肉を皮肉で返すなよ。

 間違って俺が挽肉になるじゃねーか。

 いや、もうミンチにされてるな。

 やだ、ユキノシタさん。

 超怖い。

 

「二人って仲良いね………」

 

 それは俺たちに対する嫌味なのだろうか? ガハマさんや。

 

「これを仲良いと言えるお前がすごいな」

「そうね。ここまで無自覚だと返し方にも頭を使うわ」

「それ、俺には本能で受け答えしてるように聞こえるんだけど?」

「言葉の妙ね。間違ってはいないけれど」

 

 だめだ。

 口じゃ勝てる気がしねぇ。

 

「やっぱ、仲良いじゃん」

「いやー、コマチはお姉ちゃん候補がまた一人増えて嬉しい限りですなー」

 

 またってどういうことだ、またって。

 もう何人かいるとでもいうのかよ。

 

「初日でこのテンションだと、俺この三人にそのうちしごかれるんじゃ………」

 

 この三人ならやりかねん。

 全く、どうなるだよこの旅。

 墓への旅路だったら洒落にならんからな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 夜。

 みんなが寝静まった頃。

 俺はむくりと体を起こした。

 別に、遠足前のガキみたいに寝られないとかそういうわけではない。

 外に出ると冷たい夜風が小さく凪いでいた。

 この時期の風は夜になるとまだ寒い。

 ブルッと震える体を温めるため一度テントに戻り上着を取り出す。

 一緒のテントで寝ているコマチの寝顔を横目に再度外に出る。

 まだ、こいつらには見せるべきではないよな。

 多分、今のこいつらでは受け入れられないだろう。

 だから、少し歩いて離れることにした。

 

 

 五分くらいある歩いただろうか。

 森をかき分け見えてきた平地で足を止める。

 

「ここでいいか」

 

 つぶやきは風に流され、かき消されていく。

 

「リザードン」

「シャア」

 

 夜ということもあり雄叫びをあげることはない。

 

「今日は早速をアレを試そうと思う。さすがにこればかりは何度か繰り返した方が俺たちのためだろうからな」

 

 そして、俺が持ち出してきたのは二つの石。

 一つは飯食った後に簡易的なネックレスにしておいた。

 もう少し頑丈なものをそのうち用意しねーとな。

 それをリザードンの首にかけてやる。

 

「さすがにぶっつけ本番でやるのは危険だからな」

「シャア」

「それじゃいくぞ。メガシンカ!」

 

 俺の持つキーストーンが反応し、リザードンの首にかけたメガストーンが共鳴し出す。

 すると忽ちリザードンの姿が変わり、闇夜に同化するような黒い体色になっていた。

 体躯は翼がより鋭利的なものになり、そして青い炎を尻尾と口の横に纏っていた。

 昼間、研究所で見たリザードンの画像とまさに一緒だった。

 

「これが、メガシンカ………」

 

 確かに、進化前よりは強そうに見えるが。

 

「リザードン、なんか変化とか見られるか?」

 

 外見の変化は見ればわかるが内面は奴自身にしかわからない。

 言われてリザードンは体を動かしてみたり、飛んでみたり変化があるのか試している。

 

『ほう、これがメガシンカとやらか』

「なんだ、起きてたのか?」

『まあな。メガシンカをこの目にするのは初めてだが、パワーが前とは比べようがないな。腕や足の筋肉が引き締まってガッチリしている』

「ほーん、要するに物理技に長けているってことか。覚えてる技とは割りと相性がいいかもな」

『早速、手合わせ願おうか』

 

 好戦的なのは未だに変わんねーのな。

 まあいい。

 こっちも実力を知りたかったところだ。

 

「リザードン、この生意気な奴を叩きのめしてやれ」

「シャアアア」

『いいだろう』

 

 そう言うと奴はボールの中から勝手に出てきた。

 いつ見てもプレッシャーを感じる。

 ピリピリと体の奥底で何かが疼くのが分かる。

 それはリザードンも同じなようで顔つきが一気にバトルのものへと変わった。

 

「リザードン、ドラゴンクロー」

 

 すかさず飛びかかるリザードン。

 地面を蹴る威力は上がっているようで、元いたところにはヒビが入っていた。

 

『ふむ、技の威力はもちろんだが、スピードも上がっているようだな』

 

 メガシンカしても奴にはまだ焦らせるまでには至っていないのは見ていて分かる。

 

『確か、貴様の弱点はこれだったな』

 

 そう言って打ち出してきたのは10まんボルト。

 あっさり躱すものの奴のスピードは今のリザードンに匹敵してるのか、すぐに目の前まで迫られていた。

 

「リザードン、空に逃げろ」

 

 連続して10まんボルトを放たれる前に空に飛び立つ。

 一回の羽ばたきで上昇できる高さも長くなったようだ。

 

『全体的にパワーが上がったと考えるのがいいようだな。だが、俺を甘く見てもらっては困る』

 

 奴はエスパータイプである。

 サイコパワーで空まで追いかけてくるのは分かっているさ。

 

「リザードン、急降下」

 

 急上昇からの急降下の流れは意外と相手に緊張感を与えるらしい。

 それは奴も同じようで嫌なものを見る目をしている。

 そういや昔はこの動き一つにも技名をつけてたよなー。それで結構相手を困惑させることになって、睨まれたりしたっけ。

 

「そのままドラゴンクロー」

 

 連続で10まんボルトを放ってくるが全てを叩き切った。

 技の精度も上々だ。

 確かに、メガというだけのことはある。

 

『まともに打っても当たらなくなってきてるな。ならば、こちらでいこう』

 

 次に打ってきたのははどうだん。

 そういや、あいつも必中の技を覚えてたっけな。

 だが、リザードンは飛行タイプでもある。

 格闘タイプの技はあまり効果がない。

 

「リザードン、そのまま引き連れながらもう一度ドラゴンクロー」

 

 だが、それは奴には予想済みなようでさらに10まんボルトを放ってきた。

 

「もう一度叩き切れ」

 

 遮る10まんボルトをすべて落として、一歩一歩と奴に近づいていく。

 だが、何かがおかしいように思えた。

 なんというか奴の動きが単調すぎる。

 技も10まんボルトばかりで奴らしくない戦い方であるのも気になる。

 一体何をするつもりだ………?

 

『ふん!』

 

 ッッ!?

 

 奴が狙ってたのはこれか!?

 だが、いつだ!?

 いつから用意されてたんだ!?

 

「リザードン、急降下!」

 

 上空から流星群さながら降り注いでくるはどうだん。

 いくつか体に掠めながらも何とか猛打から切り抜けることはできたようだ。

 

『それは誘いだ』

 

 切り抜けた先にはすでに奴がいた。

 そして、何かをする間も与えられず、10まんボルトを受けた。

 

「リザードン」

 

 だが。

 あまりダメージを負っているようには見えなかった。

 

「どう、いうことだ?」

「……ふむ、恐らくだが。メガシンカしたことでタイプが変わったのだろう。それも電気技があまり効かない方へと』

 

 メガシンカってのはそんなことも起きたりするのか………?

 いや、結論を急いではダメだな。

 

「今日のところはここまでにしておくか」

 

 初日目でここまで安定していれば問題はないだろう。

 後は長期戦にも使えるように何度も使うべきだろうな。

 

『もう少し調べてみる価値はあるようだな』

 

 俺もそれには同意見だな。

 なんかこいつを意見が合うのも変な感じだが。

 

「戻るか」

 

 大きな疑問が残ったまま俺たちはテントへと戻った。

 

 

 その日、俺は夢を見た。

 

 

 

  ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 朝チュンとかいう言葉がよく漫画や小説で使われたりするが。

 今の俺はまさにそんな感じだった。

 

「夢の俺、というか過去の俺何してんの? バカじゃねーの? バーカ、バーカ」

 

 思い出しただけでつい悶えてしまった。

 足が寝袋の感触から石の感触に変わり、痛くなったのでようやく現実に帰還。

 

「おい」

『なんだ?』

「お前じゃない」

『そうか。ならオレはもうひと眠りする』

「おい、そこの陰に潜んでる夢喰い野郎」

 

 決してメリーのような可愛さはないからね、こいつ。

 

『…………』

 

 ぬっ、と。

 顔だけ出して俺をじっと見てくる黒い陰。

 

「人の記憶を掘り起こして夢に出すなっていつも言ってるだろうが。最近いなかったから帰ったと思ってたのに、随分なご挨拶だな」

 

『…………』

 

 何も言わず、また影の中に戻って行きやがった。

 どうして俺の周りにはまともな奴が現れないのだろうか。

 実力は認めるとしても性格が、な。

 

「それにしても…………」

 

 あの夢が本当なら、俺はユキノシタともハヤマともかつてバトルをしていたということになる。

 そして、ユイガハマが言っていたオーダイルの暴走事件。

 やはり、俺が止めたということで間違いはない。

 ………段々思い出してきた。

 あのバトルの後、オーダイルは毎日のようにベストプレイスにやってきた。

 何するわけでもないがとにかく心配そうに見つめられてたのははっきりと思い出した。

 それと……………。

 

「いや、これはいいか」

「お、お兄ちゃん?! 今すぐ起きて!?」

 

 夢について考え込んでいるとテントがガバッと開けられた。

 う、太陽が………眩しい…………。

 それにしても、小町のこの慌てよう。

 一体何事なんだろうか。

 

「なんだよ朝っぱらから。お兄ちゃん、今ちょっとアイデンティティークライシスに落ちてんだけど?」

「はっ? なーに、朝からわけのわからないこと言ってんの? それより、大変なんだってば!」

 

 声低っく。

 しかもこのゴミを見るような目。

 ハチマンには効果抜群だ。

 

「だから、何なんだよ」

「いいから来て」

 

 はあ…………。

 まあ、来いというのなら行くけどさー。

 もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないのん?

 

 

 

「で、なんなんだよ」

「ヒッキー、アレ見て、アレ」

 

 コマチはユキノシタとユイガハマも伴い、件の現場へと俺を連れて行った。

 そこで目にしたのはこれまたこんな遠くに来てまで見たくないものだった。

 

「なんかさっきからこっちをチラチラ見てきては、そこら辺をブラブラしてるの。ジュンサーさんに連絡したほうがいいのかな」

 

 呼んでもいいんじゃねーか。

 あ、やべ、目があった。

 

「ハチマン!」

 

 俺と目が合うと途端に明るくなり、ドシドシと俺たちの方に駆けて来た。

 その異様な姿に女子三人は俺の背中へと隠れやがった。

 賢明な判断だけど、そこはポケモン出すとかしようぜ。

 

「ね、ねぇ。彼、あなたのお友達?」

 

 ユキノシタが俺の服のそれを掴みながらそう聞いてきた。

 

「あれ? ヒッキーって友達いたのっ?」

 

 ユイガハマさん?

 あなた朝っぱらから失礼ではなくて?

 

「俺は知らん。あんな奴、知っていたとしても知らん」

「そう、我らの関係は友などではない。我が剣豪将軍の名の下に古の時世に交わせし主従関係。唯一無二の絶対的存在なのだ!」

「……そうなの?」

 

 俺の顔をしたから覗いてくるユキノシタ。

 

「断じて違う。ただ、トレーナーズスクールにいた頃、体育でペアを組まされただけだ」

「げふん」

「うわっ、なんかキモッ」

 

 ユイガハマの心ない一言でさらにダメージを負う黄土色のコートの男。

 だが、すぐに立ち直った。

 なんでもいいがユキノシタとユイガハマがそれはもうこの世の終わりを目にしたかのように怯えてんぞ。

 

「けぷこん。それだけではなーい! 我と貴様はポケモンバトルをした中ではないか」

「記憶にない」

「げふん。こ、このポリゴンを見てもまだ思い出さぬというのか」

 

 ボールを出したかと思うといきなり開け放った。

 中から出てきたのはバーチャルポケモン、ポリゴン。

 

「あ、あの時の中二!」

「お、おう。ハチマンではなくそなたの方が思い出すとは…………」

 

 というかよくお前が覚えてたな。

 俺でもあの夢がなかったら……………、いやポケナビに嫌ってほど履歴に残ってるな。

 

「あー、タマムシシティのコインゲームで当たりが出まくってぼろ儲けした挙句、自分の初のポケモンとしてあのクソ高い景品のポリゴンを買い、それを自慢げに見せてきた日に俺に惨敗したあのザイモクザか」

「お、おう。そんな事細かに思い出さなくてもいいのだぞ」

「悪いな、ザイモクザ。ついさっき夢で見たもんでな」

 

 あまり見たいものでもなかったが。

 というかタイミングよすぎだろ。

 あいつ、みらいよちとか使えたりするのか?

 

「あなた一体どんな夢見たのよ。まさか夢の中で私に変なことしてないでしょうね」

 

 変なこと。

 アレは変なことに入るのだろうか。

 

「生憎だが、内容はほぼ黒歴史だ」

「ところで、なにゆえユキノシタ嬢とユイガハマ嬢がおると?」

 

 そんなこてんと首を傾げても可愛くないからな?!

 

「うーん、拾った?」

「え、なんかひどくない!?」

「そうよ。私はあなたに拾われた覚えはないわ。私はユイガハマさんに拾われたのよ」

「ゆきのん、つっこむのそこじゃないと思うんだけど」

「いいえ、大事なことよ。私がこの男に拾われたとなっては世界中が黙っていないわ」

「ハチマン、お主いつの間に桃源郷に至ったのだ?」

「これを見てそう思えるお前が羨ましいわ」

 

 桃源郷って男の理想卿なんだろ。

 それがこんな感じだったら、夢もへったくれもないぞ。

 

「初めまして中二さん。妹のヒキガヤコマチっていいます! 兄はコマチの旅についてきて、プラターヌ博士のところに行く途中で会ったユイさんと、プラターヌ博士の研究所で出会ったユキノさんと一緒に旅してます!」

 

 軽くこれまでの経緯をいい流し、自己紹介も済ませてしまう我が妹。

 

「……ハチマン、この娘は本当にお主の妹君か?」

 

 だから、ザイモクザがこんな疑問を抱いってもなんらおかしくはない。

 

「当然」

「すごいリア充のオーラを感じるんだが………」

「まあ、ある意味俺の背中見て育ったからな」

「下の兄弟あるあるというやつだな」

 

 そういや、ユキノシタも『妹』になるんだっけ?

 

「ヒキガヤ君、あなた今変なこと考えなかったかしら?」

「な、なんのことやら」

 

 怖い。

 下から睨まれるのがこんなに怖いなんて………。

 

「それで、何の用だ、ザイモクザ。用もなしにこんなところまで来たってわけでもないんだろ?」

「いかにも。我はようやく手に入れたのだ。お主もポリゴンがシルフカンパニーで人工的に創られたことは知っておろう? そこでシルフカンパニーでいろいろ調べていたら、『アップグレード』というポリゴンに関するデータを見つけてな。それをずっと探し回っていたんだが、先日ようやく見つけたのだ。長かった。ここまで来るのに実に長かった」

 

 ………………。

 え?

 なに、こいつ今までずっとそれを探し回ってたの?

 

「その、『アップグレード』というのは一体何かしら? 言葉のままなら何かを改良するものなのだろうけど」

「『アップグレード』っつーのはポリゴンが進化するのに必要な『データ』が詰まった透明な箱型の機械だ」

 

 そういや、と思い出し一度テントに戻る。

 リュックの中からあるものを取り出す。

 それを持ってくと、不思議そうな目で見られた。

 

「待たせて悪いな。んで、これがその『アップグレード』と呼ばれるものらしい」

 

 持ってきた透明な箱を見せる。

 

「なっ!?」

 

 ザイモクザがおかしなポーズをとりながら、驚いていた。しぇー。

 

「何故お主がそれを持っているのだ?! 我が何年かけて探し求めたと思う? 四年だぞ!? なのに何故お主がそんな当たり前のように持っているのだ………」

 

 最後、言葉尻にかけて声が小さくなっていった。

 

「や、シルフカンパニーの人にもらったんだよ。ポリゴン2に必要なものだけど、そもそもポリゴンを持っていないからやるって言われて」

 

 ちょっと、怪しそうな人だったけど。

 一応爆弾とかそういうものかと思って警戒もしてたが、一向にそういう気配も見せなかったので、ずっとリュックの奥底に眠らせていた。

 

「何故、言ってくれなかったのだ………?」

「逆に何で探してることを言わなかったんだよ」

「そ、それは驚かせようと、思って………………」

 

 そりゃ、自業自得だろ。

 俺が非難される謂れがない。

 

「そんなこと企むから悪いんじゃん」

 

 ユイガハマも同感なのか呆れている。

 

「それで結局、要件ってのはなんなのかしら? まさかとは思うのだけれど、そのことを自慢しに来た、わけじゃないでしょうね」

 

 一方で、未だザイモクザの目的が見えていないユキノシタは、強い口調でザイモクザに言葉を並べた。

 

「ひぃい!?」

 

 そんな彼女が強かったのか、大きく仰け反り俺にしか目を合わせなくなった。

 

「えと、あの、その、ハチマンに進化の手伝いをしてもらおうと思いまして………」

 

 そして、じたばたとした動きで目的を告げてくる。

 だが、まあ。

 こいつがアップグレードを手に入れたって言い出した時にはこいつの目的は見えていた。

 

「どういうこと?」と三人が目で説明を求めてくるので仕方なしに説明することにする。

 

「ポリゴンはこのアップグレードを持たせて通信交換すると進化するんだよ」

「なら、別に相手があなたである必要はないのでは?」

 

 他二人もうんうんと首を縦にふる。

 

「そこはほら、察してやってくれ」

 

 取り敢えず、奴の名誉(あるかは知らん)のためにも曖昧にぼかしておく。

 そして三人は俺とザイモクザを交互に何度も見比べたかと思うと、「「「あー、」」」と声をそろえて理解したみたいだ。

 

「でも、ポケモンセンターまで行かないと通信交換はできないんじゃなかったっけ?」

「そうね、専用のマシーンがなければできないわ」

 

 ちょっとは成長したんだな、ユイガハマも。

 

「いや、過去にはトレーナー同士がぶつかってモンスターボールをばら撒いてしまい、慌てていた二人は適当に近くにあったボールを拾ってった、って話があるんだ。その時のポケモンの状態は通信交換したことになったらしく、進化したポケモンもいたとかいなかったとか」

「へー、お兄ちゃんよくそんなことまで知ってるね」

「オーキドのじーさんが孫の自慢話ばかりしてくるからな。けど、その話もバカにできないだよなー、これが」

 

 あのじーさんの孫は図鑑所有者という権威ある肩書きを持っており、現在ではトキワシティのジムリーダーを務めてる。ポケモンリーグで準優勝もしている凄腕のトレーナー。ああ、うん、マジで強い。

 

「けれど、今回は正式なやり方で交換を行った方がいいんじゃないかしら? ポリゴンは言わばプログラムでできているのでしょう。そして、その『アップグレード』を持たせて通信交換することで進化する。ならば、その『アップグレード』には専用マシンを使うことも織り込まれてプログラムされてる可能性もあるわ」

 

 確かに。

 ユキノシタの言い分はもっともだ。

 けど、なー。

 

「それってつまり………」

「ええ、彼も拾ってあげなさい」

 

 こうしてまた一人、荷物が増えました。




番外編の『トレーナーズスクール ハチマン』の方も是非ご覧くださいませ。


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7話

 4番道路。

 別名、パルテール街道。

 ミアレシティとハクダンシティを繋ぐ一本道。

 とは言ってもその途中にはペルルの噴水があったり、生垣があったりと人間の手は加わっている。

 加えて、花畑も広がっており、そこには野生のポケモンたちがチラホラ見受けられる。

 そして、リア充どもはそんな道の真ん中でローラースケートをして青春に華を咲かせていた。

 

「なあ」

「ええ、そうね」

「さすがに、ね」

 

 俺たちの目の前に広がる光景は美しい風景でもなく。

 ローラースケーターたちの群れの舞だった。

 しかも道いっぱいを使い、通れるような状況でもない。

 まあ、とにかく邪魔だった。

 

「さて、どうしたものかしらね」

「お兄ちゃん、こういう時こそバトルで決着、みたいな展開だよね!?」

 

 まあ、普通だったらそうなんだろうけど。

 

「まあ、待て。相手はリア充だぞ。俺には話しかけることすらできん」

「そんな胸張っていうようなことではないと思うのだけれど」

 

 ユキノシタがこめかみを指で押さえてため息を吐いた。

 

「あ、ならあたしがいこうか?」

「なあ、そもそもなんでお前ら戦う気満々なの?」

 

 こいつらこんなに好戦的だっけ?

 なにそれ、超怖いんだけど。

 

「行かせてもらえないのなら倒して通るまででしょう?」

「空からいこうとかは考えないわけ?」

 

「「「あっ!」」」

 

「………………………」

 

 声が揃うなんて君たち仲がいいですね。

 あ、今は頭の中まで一緒だったか。

 

「ま、まあ、そうするのもやぶさかではないのだけれど。でもそこはトレーナー同士なんだし、倣いに添ってポケモンバトルというものが妥当だと考えてただけよ。けど、あなたがそうするっていうのなら付き合ってあげなくもないわ」

「ユイガハマ、通訳」

「ごめんなさい」

 

 深々と頭をさげるユイガハマ。

 彼女の片手はユキノシタの頭も道連れにしていた。

 最初からそう言えばいいのに。

 それにしてもユイガハマという通訳者は高性能なようだ。

 

「お兄ちゃんってまさか旅してる時もそんなことばっかしてたの?」

「なにを今更。目的もなしに勝負はしない主義なんだよ」

「単に話しかけられなかっただけでしょ、それ」

「うぐっ……」

 

 痛いとこついてくるな、こいつ。

 

「でも、飛べるポケモンってゆきのんのクレセリア? とヒッキーのリザードンしかいないよ?」

「そうだよ、中二さんはどうするのさ」

「置いてけばいいんじゃね?」

「些か酷くないか、お主」

 

 だって、なー。

 予定ではコマチと二人っきりで旅するつもりだったし。

 それがなんでこんな大所帯になってんだか………。

 

「だが、見縊るなよハチマン。我にも飛べる奴はいるのだ。いでよ、ジバコイル!」

 

 あん?

 やっと自分で捕まえたのか?」

 

「いかにも。我にもこいつがいるのだ。だから問題ない」

 

 よっこいせ、とジバコイルの上に乗るザイモクザ。

 なんか置物みたいに見えるな。

 

「さて、参ろう」

 

 さっきまで会話に混ざるのさえ辛そうだったのに、ジバコイルに乗ったとたん、元気になりやがった。

 あいつ絶対今までもああやって旅してたんだろう。

 

「はあ……………、俺たちも行くか」

「そうだね」

 

 そう言ってリザードンを出そうと思ったら、声をかけられた。

 

「よお、そこの旅のお方。ここは行き止まりだぜ」

 

 あー、リア充に見つかってしまった。

 きっとザイモクザのせいだな。

 あいつの声馬鹿でかいし。

 

「あの、あたしたち空からいきますので、お構いなく」

 

 さすがユイガハマ。

 こういうリア充にはいい働きをする。

 

「ああん? よく見たら可愛い子が三人もいるじゃねぇか」

「お、お兄ちゃん」

 

 コマチは初めてのことでビビってるらしい。

 

「コマチも可愛いって言われた!」

 

 前言撤回。

 こいつ全く怖気付いてねぇ。

 逆に俺の方が恐怖覚えてるまである。

 心臓バックバクである。

 あ、これは知らない人に声をかけられたから緊張してるのか。

 

「よぉ、兄ちゃん。そこの三人のかわい子ちゃんたちを置いていけば、通してやってもいいぜ」

 

 次から次へとバカがわらわらと増えてくる。

 よくもまあ、こんな朝から集まるもんだな。

 俺だったら、普段は昼まで行動する気にもならんぞ。

 今は旅だから仕方なく起きてるだけだし。

 というかこいつらチンピラか何かなの?

 

「だってよ、三冠王のユキノシタユキノさんや」

「あら、よくこの場で私のフルネームを言えたものね。忠犬ハチ公さん」

 

 つい皮肉が混じってしまったが、彼女も負けじと皮肉で返してきた。

 というかその名で呼ばないでほしい。

 待ち合わせの目印になっちゃうじゃん。

 

「「「「「へっ?」」」」」

 

 ザイモクザ以外この場にいる全員が声にならない声を上げて、驚愕を露にしていた。

 つーか、ザイモクザ。

 なに距離あけて見てんだよ。

 

「はっ? お前ら何言ってんだ? こんなところに三冠王がいるわけねぇだろ。それに忠犬ハチ公ってなんだよ。待ち合わせ場所の目印かなんかかよ。だっせー」

 

 言うな。

 俺だってそう呼ばれるのは不本意なんだよ。

 

「三冠王のユキノシタはカントーの人だぜ。こんな遠いカロスに来るわけねぇだろ」

「つくならもっとマシな嘘をつけや」

 

 全くもって誰も信じようとはしない。

 まあ、それが普通だよな。こんな辺鄙なところにカントーでも有名な奴がいるなんて誰が思うかよ。それに顔を知らなければ本人かどうかなんて分かるわけないもんな。

 

「………なんだ、その目は。やんのか、ああっ?」

 

 うわー、すげぇチンピラっぽい。威圧的な態度で威嚇して大声をあげられたら、そりゃ来るもんあるけどさ。

 知らないってのも意外と幸せかもしれないな。世の中知らない方が良かったことだらけだし。俺なんか知らなくもいい知りたくもない情報を掴んでしまって首を突っ込まざるを得ないってことに何度も出くわしてるくらいだし。

 

「お、おい………お前らその辺にしておけ。というか今すぐこの人たちに謝れ。じゃないと俺ら全員死ぬぞ」

「はっ? お前何腰抜けなこと言ってんだよ。こいつらは有名人の名前を出しておけば、通してもらえると思っているような奴らだぞ」

「これ、見てもか」

 

 そう言って、ローラースケーターの一人が威圧的な男にホロキャスターで検索したと思われる画像を見せつける。たぶん、あれはユキノシタの方だろ。俺なんか写真に写らないような存在だし。スクール時代の写真も集合写真以外ほとんどない。捨てたとかじゃなく最初からないのだ。先生たちもさぞ大変だっただろう。親に見せるための写真が一枚もないんだから。

 

「え? はっ? え? うそっ? マジか」

「それとこっちも」

 

 指をスライドさせる動きをして、たぶん忠犬ハチ公についての記事でも読ませているんだろう。

 

「………ロケット団の内部分裂の黒幕。その正体は腐った目のような一人の少年。ポケモン協会から送られた若きエージェント…………なんだこれ」

「忠犬ハチ公で検索したら二番目に出てきた記事だ。たぶん、この人たちは、片方は確実に本物だ」

 

「「「「…………………………」」」」

 

 俺を指して言った言葉にローラースケーターの全員が言葉を失った。

 

「……それとその人のリザードンはなんかヤバいって噂が書いてあるぞ」

 

 誰だよ、そんなこと書いた奴。

 何がヤバいんだよ。

 

 全員が俺を見てくるのでリザードンを出してやった。

 

「「「「「「ももももももも申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああっ!!」」」」」」」

 

 絶叫とともに全員が道を開けてくれた。しかも土下座付きという。

 

「お、おう。その、悪りぃな」

 

 取り敢えず、俺がここにいてもことが先に進みそうもないので、歩みを進めることにした。俺とリザードンが通って行くと続いてユキノシタたちもついてくる。その間、彼らはずっと頭を上げることはない。

 なんだこれ。

 どこの殿様だよ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 彼らが見えなくなったところで口を開く。

 

「お前知ってたんだな。さっきは知らないとか言ってたくせに」

「あなたの経歴は知っていてもあなたという人間については私は何も知らないもの。知る前に私たちの前から消えちゃう方が悪いのよ」

 

 なんつーややこしい言い回しだよ、とユキノシタに嘆いていると、脇ではユイガハマとコマチが何かのやり取りをしていた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん? 今のどういうこと?」

「そうだよ、ヒッキー。なんで今のであの人たちは土下座しだしたりしたの?!」

 

 くわっと詰め寄ってくる二人に、何故か後ずさりしてしまった。

 多分あれだな。

 コマチが笑顔なのに目が笑ってないのが原因なんだろうな。

 こういう時のコマチはマジ怖いから。

 それとそこのデブ。

 ジバコイルの上で変なポーズとって踊り出すな。

 

「そのまんまの意味よね、忠犬ハチ公さん」

「お前、何気に気に入っただろ。その呼び名」

「あら、ぴったりだと思っただけよ」

 

 ふふん、と得意げに返してくる。

 なんかむかつくなー。

 今度からは氷の女王って呼んでやろうかな。

 

「失礼なこと考えてないで二人に説明してあげたら?」

「え? やだよ。何で自分のことを言わなきゃなんねーんだよ」

「あら、では私が説明しましょうか? 洗いざらい」

 

 何言う気だよ。

 怖ぇーよ。

 絶対有る事無い事言う気だろ。

 勘弁してくれ………。

 

「わかったよ。言えばいいんだろ、言えば」

 

 こいつ絶対さっきの事根にもってやがるな。

 向けられる視線がふつふつと痛みを増していく。

 

「ポケモン協会からの依頼でロケット団の残党狩りをしていたら、周りがそう呼ぶようになったんだ。別に忠犬ってほど従った事もねーんだけどな」

「だから、何でそういう大事な事を言わないのさ。旅から帰ってきたと思ったら、家でぐうたら過ごしてしかいなかったし、てっきり弱いもんだと思ってたのに。いざバトルしてみればユキノさんにまで勝っちゃう始末だしおかしいとは思ってたけど、あーもうなんか煮え切らないっ!」

 

 久々に巻くし立てるコマチを見たような気がする。

 

「親父や母ちゃんにも言ってねーんだよ。俺はそんないい事をしてきたわけじゃ無いからな。妬みやらなんやらいろいろ買ってるんだ、言ったりしたら巻き込むだけだろうが」

「全くもう、これだからごみぃちゃんは。ほんと、ゴミなんだから」

 

 おい、コマチ。

 それもうゴミでしか無いじゃん、俺。

 

「バカ、ボケナス、ハチマン」

「いや、ハチマンは悪口じゃねーだろ」

「ふんだ、お兄ちゃんなんかもう知らない」

 

 そう言って、てててっと何処かへ走り去って行った。

「コマチちゃん、待って~」と言ってユイガハマが追いかけたから大丈夫だろうけど。

 

「ハチマン、妹君に本当の事を話さなくて良いのか?」

 

 なんだかんだで聞いていたザイモクザが俺に聞いてくる。

 ただし、ジバコイルの上で胡座を欠いたままだ。

 

「いいんだよ。さすがにあの話はコマチには重たすぎる」

「三日天下もあったものね。特に仕事をするわけでもなく三日目にやめた」

「ほんと何でそういう事まで知ってんの、ユキノシタ」

「私がユキノシタ、だからかしら」

「はあ……………」

 

 旅の二日目で妹と喧嘩しててこの先大丈夫なのかね。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 コマチが走り去ってから早一時間。

 俺は何をするでもなくぼーっと二人が戻ってくるのを待っていた。

 空を見上げれば、雲はゆっくりと流れ。

 振り返れば、ザイモクザが…………何してんだ?

 そういやユキノシタは、と思って周りを見渡してもいなくて。

 

「あれ? ひょっとして俺たち捨てられた?」

「なに?!」

 

 つい溢れた独り言がザイモクザによって拾われた。

 

「そ、それは確かなのか? もしそうなら、一大事だぞ。主に食事が」

 

 こいつは……………。

 

「さすがに一時間も帰ってこないしな。そろそろ探さねーとヤバいか」

「暇だから我も手伝ってやろう」

 

 とりあえず、ユキノシタは放っておいても問題無いだろう。

 

「どこまで行ったんだ、あいつら」

「空から探してみてはどうだ。我はこのままジバコイルに乗って探し回ってみるとする」

「なら、任せた」

 

 ザイモクザの提案の下、リザードンの背中に乗り空から探すことにした。

 

 

 コマチと喧嘩なんていつ以来だろうか。

 というかこれを喧嘩と言っていいものなのかどうか判断に苦しむところだが。でも、コマチのあんな悲しそうな顔は紛れもなく俺の失態だろう。

 これでは何のためにコマチの旅についてきたのかわからないではないか。母ちゃんは俺にコマチを守ってくれと遠回しながらも訴えてきた。散々拒否していたあの親父までもが許可を出すくらいだ。両親としては俺がいれば安心できると判断したんだろう。

 オーキドのじーさんはメガシンカについて調べてこいって言ってたが、それも家からあまりでない俺をコマチのお供につけるための口実でもあった。

 けど、そんなのはあくまでも周りの思惑であり、俺の意見ではない。それでも俺は自分で選んでここまできたんだ。一緒に旅をしていればコマチが俺の噂を耳にすることもあると予想もしていた。予想外とすれば、ユキノシタやユイガハマが一緒に旅をすることになったことだろうか。

 だが、それも旅では良くあることだし、俺みたいなぼっちでもないコマチは旅先で友達の一人や二人くらいは作ることも分かっていた。なのに、俺は一体何をためらっているのだろうか。

 コマチに旅の話はあまりしていない。話すようなことも特にないのもあるが、あったとしても聴いて楽しいようなものは一つもなかったからだ。

 三日天下の話にしろロケット団の残党狩りにしてもその間のことにしても………。

 それにロケット団の話なんかをコマチに聞かせてしまえば、コマチのことだから俺に隠れて何かやろうするかもしれない。

 下手をすればあのサカキにコマチが狙われる可能性だってある…………うん、否定はできないな。

 しかし、コマチはようやくポケモンを手にした初心者トレーナーだ。

 今、ロケット団の奴らと対峙したところで相手にもならないだろう。

 それなら、いっそ知らない方が身のためだろう。

 だけど、それじゃ話が最初に戻るだけだし。

 どうすりゃいいんだよ。

 

『随分とお悩みのようだな』

「お前の生みの親………はあのグレン島のジムリーダーだったな、それの元ボスにコマチが狙われるかと思うと話していいものか迷ってるんだよ」

『サカキはまだ生きているようだからな。息子にも会えたんだ。ロケット団再興を宣言して、次に何をしてくるかは予想ができないのは確かだな』

「ああ、だからコマチを巻き込みたくはないんだよなー。俺との接触のための材料にし兼ねないのがあの男だし」

『オレには人間の言う感情というものがよくは分からんが、ご主人やレッドに抱くくらいの情があったのも事実。そして、お前もオレが認めたやつの一人だ。それだけは告げておく』

「はは、まさかお前に慰められるとは…………」

 

 こいつはこいつなりのやり方を通してきたのだろう。

 なら、俺も俺らしくやろうじゃないか。

 

「シャア」

「どうした、リザードン?」

『見つけたようだな』

「ああ、そうか。リザードン、このまま案内してくれ」

 

 俺が言うと高度を下げていった。

 

 

 コマチがいたのは本道から外れた林の中だった。

 もちろんユイガハマもいた。

 加えて、なぜかユキノシタの姿もあった。

 そして三人は囲んで話をしていた。

 

「…………ーーーでねー。ヒッキーはその時もやらかしてたんだー」

「全く、いつ聞いてもそんな話ばかりね」

「ほへー、お兄ちゃんらしいというかなんというか」

 

 あれ?

 これ俺の陰口じゃね?

 つまりはそういうことか?

 俺の悪口をみんなでいうことでスッキリしよう、みたいな。

 

「でもさー、結果的に見ればヒッキーのおかげで助けられてるんだよねー」

「そうね、私も似たような経験があるわ」

「……お兄ちゃんはいつだって優しいですから。自分が傷つくのは御構い無しに助けてくれる。不器用だから、その時には分からなくても思い返せばってことは多々ありますし」

 

 いや、言うほど助けたつもりはないんだが。

 

「あーあ、私またつまんないことで意地張っちゃったなー」

「そう思うのなら戻って謝るべきよ。誰かさんみたいに先延ばしにしてたら、余計に辛くなるだけだもの」

「そうだよ。ヒッキーも許してくれるよ」

 

 あ、何気こいつらコマチを連れ戻そうとしてたわけね。

 無理だな。

 俺にはこんな芸当できねーわ。

 まず、会話が続かん。

 

「ん? なんだケロマツ」

 

 ペシペシとケロマツが頭を叩いてくるので指差す方を見ると、またベタな展開が繰り広げられていた。

 

「なんでこういう時に限ってあいつはこうも巻き込まれてんだ?」

 

 存在そのものを忘れていたザイモクザがビークインとミツハニーの群れに追いかけ回されていた。

 しかも多分あれは三つくらいの群れはいるだろう。

 なにせ、ビークインが三匹もいるんだからな。

 ビークイン一体に群れが一つ形成されるらしいし。

 

「ハ、ハチえもーん、助けてー」

 

 あいつならなんとかできると思うんだが…………。

 そういやあいつ虫嫌いだっけ?

 俺も得意ではないだけど。

 

「自分でどうにかしろ。お前がしたことだろうが!」

「え? お兄ちゃん?」

「ヒッキー!? まさか今の話聞いてたんじゃ………」

「やっぱり、警察に突き出すべきね」

「あ? 俺は何も聞いてねーよ。俺の陰口とか聞いてねーからな」

「ちょー、聞いてんじゃんっ!」

 

 あれ………。

 まずったか?

 

「……それより逃げた方がいいんじゃねーか?」 

 

 ザイモクザがこっちに来るもんだから自ずと危険も付いてきている。

 あいつ後でしばくの決定だな。

 

「「「え?」」」

 

 三人が同時に振り返ると。

 虫ポケモンが大量にいますねー。

 

「きゃああああああああああっ!」

「あわわわわわわわわわわわっ!」

「ひぃいいいいいいいいいいっ!」

 

 まあ、それが当然の反応だわな。

 あのユキノシタまでもが驚くとは思いもしな方が。

 ちょっと新鮮な気がする。

 

「ヒ、ヒッキー! あれどうにかしてぇぇぇえええええええええ!」

「お兄ちゃん、こういう時こそお兄ちゃんの出番だよ!」

 

 お前ら都合のいい時だけ俺を使うなよ。

 まあ、俺がやるけどさ。

 二人じゃまだ無理だし。

 

「んじゃ、リザードン。ブラストバーン」

 

 まあ相手虫だし、焼けばいいだろ。

 後は。

 

「おい、ザイモクザ。電気技使え」

「おお、そんな手があったか」

 

 どんだけパニクってたんだよ。

 

「ロトム、ほうでん」

 

 しかもロトム持ってやがるし。

 ジバコイル使うんじゃねーのかよ。

 そいつはお前の乗り物じゃねーだろ。

 

「ロ、トォォォ」

 

 火と電気を嫌いハチの大群は逃げて行った。

 あれだけいたのに結構呆気ないと思ったのは言わないでおこう。

 絶対女子三人に冷たい目で見られるのは確実だ。

 

 

 

  ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「それでお兄ちゃん。コマチに何か言うことはないのっ?!」

 

 ビークインのミツハニーの群れを追っ払ってから既に三十分が経っていた。

 おれは一体いつまで正座を強いられるのだろう。

 結構足がしびれてきてヤバイことになっている。

 

「その……………なんだ、強く言いすぎた………な。悪かった」

 

 説教という名のコマチの愚痴(主に俺)を聞かされ続け、ここでやっと口を開けるようになった。

 当初の予定じゃもっと早く終わるつもりだったんだがなー。

 

「何でコマチに隠してたのかは………………聞かないほうがいいん、だよね?」

 

 怒気の下がった声でしおらしく聞いてくる。

 

「ああ、まあ今はまだ、な。………けど、いつか………そうだなコマチがバッジを五つくらい取れる実力をつけたら、その時は必ず言う」

「そっか、ならコマチはそれまでは聞かないようにするね」

「ああ」

「これってコマチのためなんだよね………………?」

 

 不安げではあるが上目遣いで俺を見てくる。

 なんか一瞬、たじろいでしまった。

 

「………俺はお前を必ず守れるって言えねーからな。そんな不確かな約束をして過信されたんじゃ、できることすらできなくなる。だから、巻き込まれても自分でどうにかできる実力をつけた時に話そうとは思ってたんだ。ザイモクザは結構付き合いが長いし、ああ見えて実力はあるからな。知られたのは偶然だが、放っといてもどうにかできるやつだ。ユキノシタの場合は、多分あの『ユキノシタ』だから知ってるんだろうな。そうでなくてもあいつは三冠王だ。ポケモン協会とのつながりは普通にあるし、俺の話を聞いてたとしてもおかしくはない。だから、お前も、……コマチもそれくらい強くなったら教える」

 

 ほんと、なんでユキノシタは知ってんだろうね。

 

「わかったよ、お兄ちゃん。バッジ、五つ以上手に入れられたら絶対教えてもらうからね!」

「ああ、それは約束だ」

 

 これでやっとコマチとも仲直り。

 

「話は終わったかしら」

「あ、ああ、まあ」

「そう。それじゃ、さっさと行きましょう。日が暮れないうちにハクダンシティに入ってしまいたいわ」

「そうだな」

 

 踵を返して先に進んで行くユキノシタの後ろ姿を見ていると

「ねぇ、ヒッキー」

「なんだ?」

 

 ちょん、とユイガハマが俺の服の裾を小さく摘んできた。

 あまりそういう仕草をしないでほしい。

 勘違いして告白して振られちゃうじゃん。

 振られるのは確定なんだな。

 

「あんまり無茶しないでね。ヒッキーが強いのは知ってるけど、心配なものは心配なんだから」

 

 お、おう。

 こういう風に直接的に言われたのは初めてだな。

 それにしても心配か。

 ユイガハマが俺をそこまで心配する理由はないと思うんだが。

 

「できる限り善処する」

「ばか」

 

 えー、なんでそこで怒られるのー。

 もう、わけわかんねー。

 

「お兄ちゃーん、早くー。おいてくよー」

 

 手を振って俺を呼びかけるコマチ。

 まだ、幼さが抜けきらないその笑顔はあまり崩したくはない。

 改めてそう思った。

 

「全く………」

 

 ジバコイルに乗っているザイモクザとともに三女の元へと駆けた。



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8話

 その日の夕方。

 というか逢う魔が時、ていうくらいの時間に。

 俺たちはハクダンジムにたどり着いた。

 なぜ一本道を通ってくるだけなのにこんなに疲れるのだろうか。

 不思議でかなわない。

 

「ハチマン。早速、ポケモンセンターへ行くのだ」

 

 嬉々として俺を急かすザイモクザ。

 言葉は少年のようなのに見た目が中年臭いのがなんとも残念である。

 

「えー」

「えーって、お主酷くないか?」

「俺、歩き疲れたんだけど」

「この程度でへばっているようじゃ、情けないとしか言いようがないな」

「うっせ、ジバコイルにずっと乗っていたやつに言われたかないわ」

 

 と女子の後ろで揉め合う男二人。

 ザイモクザは気づいてないかもしれないけど三人の目が痛い。

 あと、少しずつ距離を取るのはやめてほしい。

 

「はあー、お兄ちゃんもバカだねー」

 

 そんな最中に口を割って入ってきたのはコマチだった。

 

「よく考えなよ、お兄ちゃん。中二さんの要件を早めに済ませてしまえば煮るなり焼くなり好きにできるんだよ?」

「よし、早速ポケモンセンターにでも行くか」

 

 善は急げ、とも言うしな。

 

「ちょ、ハチマン! お主、我をどうするつもりなのだ? もしかして本当に煮たり焼いたりするのか?! ハチマン!」

 

 うるさいやつは放っておこう。

 なんだかんだ言ってもどうせついてくるのは目に見えている。

 

「相変わらずだね、ヒッキーは」

「そうなの? ああいう彼は初めて見るわ」

「昔もああやって中二をあしらってたからさー」

「よく見てるわね」

「よく見えたからね」

 

 …………聞かなかったことにしよう。

 世の中知らない方がいいこともたくさんあるんだからな。

 

「にしても、ミアレがすごかった分、ハクダンが田舎臭く感じるな」

「同じシティなのにすごい違いだよね」

 

 コマチも俺と同じことを感じたのか、俺の独り言に追尾してきた。

 

「どこの地方にも中央都市ってのはあるからなー。例えばカントーのヤマブキシティがいい例だな」

「クチバも最近じゃ都会になってきたと思うけど」

「あれは都会というよりは港町だな。マチスのおっさん、どこで金を仕入れてきたのかクチバを広げ始めてるし」

「知り合いなの?」

「一応はジム戦を挑んでるし、ポケモン協会に属していたら自ずとつながりを持つことになるさ」

 

 まあ、『依頼』の方でもちょっといざこざがあったしな。

 でもこれは知らない方がいい話だ。

 

「ね、ヒッキー。あれってハクダンジムじゃない?」

 

 俺とコマチが話しているとユイガハマが俺を呼びかけてきた。

 見ると確かにジムがあった。

 しかも丁度十一歳くらいの男の子が出てくるところだった。

 

「鍛え直してまたおいで。いつでも私は大歓迎だから」

 

 そしてその子を見送っている金髪の女性がいた。

 あれが多分ジムリーダーなのだろう。

 

「今の子ジム戦してたみたいだね」

「負けたみたいだけどな」

 

 笑顔、とは呼べない表情を浮かべながら走り去っていく少年の様子を見てそう思った。

 

「やっぱジムリーダーは強いんだねー」

「じゃなきゃ立場が危ういだろ」

「でもゆきのんもジムリーダー並み、いやそれ以上の実力があるわけだし。…………よくわかんない」

 

 あ、こいつ考えるの放棄したな。

 こうして、アホの子は生まれるというわけか。

 

「あれ? でもユキノさんはどうしてジムリーダーにならなかったんですか? ユキノさんくらいの年齢でジムリーダーになってる人もいるって聞きますし」

 

 どうやら、コマチはユイガハマがたどり着きたかったであろう疑問に気がついたみたいだ。

 

「ジムリーダーは大抵いずれかのタイプを極める人がなってるのよ。私は特にこだわりもないし、なりたいとも思わなかったから。ああいうのは姉さんの方が合ってるわ」

「ユキノさんってお姉さんいたんですか?!」

 

 いたな。

 名前くらいしか知らんけど。

 

「えっと、ハルノさん? だったっけ? スクール時代は結構有名だったんだよー。コマチちゃんは小さかったから覚えてないのも無理ないけどねー」

 

 一応はユイガハマの記憶にも残っているらしい。

 まあ、それほどには有名だったということだ。

 

「私が知ってるのはユキノさんやハヤマさんくらいですからねー」

 

 まあこいつらは有名だったからな。

 二人でバトルとかもしてたくらいだし。

 

「あれ? 君達もジム戦希望かなっ?」

 

 なんてジムの前で喋っていたら、件の金髪女性に声をかけられた。

 すっげーコミュ力だな。

 ジムリーダーってのはどこもこんな奴らばっかなのかよ。

 

「ひっ?!」

 

 顔を向けたら驚かれた。

 というか引かれた。

 この人ものすごく失礼だな、おい。

 

「ま、それが普通の反応よね」

「ヒッキーだもんね………」

「お兄ちゃんの目は初めて見る人には酷だよねー」

 

 俺はお前らの言葉が一番酷だと思いますっ!

 

「あ、いや、その、えっと、誰かジムに挑戦したりする?」

 

 しどろもどろに話を続けてくる。

 

「はい、コマチとお兄ちゃんが挑戦しようかと!」

 

 さすがコマチ。

 こんな時でも平然と話を続けられるとは我が妹ながらにして出来過ぎだと思う。

 

「明日でもいいかな? 丁度今、対戦したところで私のポケモンも休ませたいのよ」

「別にいいっすよ。万全じゃないやつと戦っても俺のポケモンは燃えませんから。俺的には今すぐやってしまいたいですけど」

「実にあなたらしい考えね。卑劣というか小賢しいというか」

 

 何を言う。

 どんな状態であれ勝ちは勝ちだろうが。

 

「そう、なら明日待ってるね」

「はい! あ、でも明日は兄だけが受けますんで。コマチはまだトレーナーになりたてでジム戦とか言われても正直ピンとこないので実際に見せてもらおうと思います」

「へー、まだなりたてかー。私もポケモンをもらった時はドキドキしたし、自分で初めてポケモンを捕まえた時も心踊ったわ。あなたもこれからそんな体験をしていってほしいなー」

「そうね。コマチさんもユイガハマさんもこれからたくさんのことを経験することになると思うわ」

「ま、ちゃんと世話しねーと逃げられるかもしれねーけどな」

「もう、ヒッキーはすぐそういうこと言う。言われなくたってちゃんとお世話するもんっ」

 

 もんってお前…………。

 こいつコマチよりも精神年齢低いんじゃないだろうか、と本気疑わしくなってきた。

 

「ところで、あのジバコイルに乗って夕日に向かってポーズを取っている彼は君たちのお友達?」

「いえ、違います。あんなやつ初めて見ました」

 

 口早に彼女の質問に答えるとお三方がじとーっとした目で見てきた。

 いいんだよ、あいつはこれで。

 逆にお前らはあんなポーズを取ってるやつの連れと思われたいのかよ。

 俺は絶対に嫌だからな。

 

「あ、あの。一つ聞きたいんですけど、ポケモンセンターってどっち行けばいいのかなー、なんて聞いてみたり」

 

 ユイガハマがそりゃもう申し訳なさそうに聞き出した。

 別に聞かなくても地図見ればわかるだろうに。

 あ、そもそもホロキャスターが使えないとか?

 いや、ユイガハマだし最新機種の使い方くらいすぐマスターするだろうから、それはないか。

 

「そっちの道を南に下っていけば見えてくると思うわ。あっと、そろそろ姉さんが来る頃だしまた明日ね」

 

 そう言って、彼女はジムの中に消えていった。

 

「それじゃ、あたしたちも行こっか」

 

 暗くなるのは早くポケモンセンターに着いた時には夕日はすでに落ちていた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ハクダンジムからポケモンセンターに移動して、早速ザイモクザが口を開いた。

 

「よぉし、ハチマン。早速通信交換をやるぞ」

「あ、俺パス」

「なぬ? ここに来てやらぬというのか?!」

 

 はあ、ほんと反応が一々鬱陶しい。

 もう少し普通に反応できないのかね。

 ユキノシタではないが頭痛がしてくるわ。

 

「まあ聞けザイモクザ。ここには初心者が二人いるんだぞ。丁度いい機会だし実践付きの説明会といこうではないか。では、先生お願いします」

「誰が先生よ。それに普通こういうのは引き受けた本人がやるべきなのではないかしら?」

 

 先生と言われて自分と分かるユキノシタもどうかと思うがな。

 まあ、反応してくれなかったら、俺はただの痛い人にしかならないが。

 そうなった場合には、コマチに白い目で見られて命絶っちゃうからな。

 

「ばっか、お前。通信交換だぞ。俺の手持ちを思い出せ。どいつも引き受けてくれなさそうだろうが」

 

 特に、俺の頭を住処にしてるやつとかな。

 もう、重さとかは感じなくなってきたけど、こうもふてぶてしく居られるとイラッとしてくるものだ。

 しかも寝ているようでいて話の要所要所は聞いているようで、気がない話には全くと言って反応しない。

 そして、今もその反応を示しやがったのだ。

 リザードンもこういうのだけは頑なに拒否るし、奴は言わずもがな。

 夢喰い野郎はたまに顔を見せるが正確には俺のポケモンではないただの野生だ。

 

「そう言われると何も言えないわね」

「ヒッキーのポケモンって変に懐いてるよね」

「どんな育て方をしたんだか」

 

 ボソッと。

 ユキノシタが何か言ったが、よく聞こえなかった。

 が、なんとなく言いたいことが分かった。

 

「俺が育てたのってリザードンだけだからな」

「あ、そういやそうだったね」

 

 コマチが思い出したかのように頷く。

 や、そんなこと忘れるようなことでもないと思うんですけどね。

 

「というわけでコマチとユイガハマには交換を体験してもらおうと思う」

「意外とお兄ちゃんってコマチのことになると色々やろうとするよね」

「シスコンね」

「シスコンだね」

 

 二人の視線が俺の胸に突き刺さる。

 毒でも持ってるかと思えるくらいには効いた。

 

「お兄ちゃん、前から気になってたんだけど、コマチのことどう思ってんの?」

 

 そして、その二人に便乗したコマチがニヤッと笑みを浮かべた。

 

「愛してるぞ」

 

 だが、だからと言って嘘をつくわけにもいかないので、正直に答えると。

 

「ありがとう、お兄ちゃん! コマチはそうでもないけどね!」

 

 この仕打ちだった。本日二度目。

 うっわー、今日一番のいい笑顔。

 我が妹ながらにして、なんか腹立つわー。

 

「ハチマン」

 

 後ろから俺の肩にザイモクザがポンっと置いてこう言ってきた。

 

「ふっ」

 

 というかこいつ鼻で笑いやがった。

 よし、こいつ殴ろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

 一思いにザイモクザを蹴り倒し(詳細は伏せる)、脱落した話を巻き戻す。

 

「取りあえず、ザイモクザとコマチでやってみるか」

 

 ポケモンセンター内にある交換装置の前で切り出す。

 因みに交換マシーンはどこぞのコガネ人によって、最新のものができたのだとか。

 まあ、数年前の話ではあるんだが。

 

「では、まず二人ともマシーンにモンスターボールを置いてもらえるかしら」

 

 さっきあんなこと言ってた割にはしっかりと先導しているユキノシタ。

 

「ザイモクザ、ちゃんと『アップグレード』持たせとけよ」

「抜かりはない」

 

 メガネをくっと掛け直すし、ニヤリと笑みをこぼしてくる。

 本人は格好いいと思ってやってるんだけど、ザイモクザがやるとなんかイタい。

 

「置きましたよ」

「それじゃ、真ん中のレバーを引いてもらうんだけど」

「あ、ならコマチがやりますね」

 

 装置の真ん中には両足型のレバーがある。

 それを手前に引くことで交換が開始されるという仕様になっているのだ。

 まあ、俺は使ったことないんだがな。

 

「うむ」

「それじゃあ、いきますよー」

 

 コマチはそう言ってレバーを手前に引いた。

 するとモンスターボールが機械に吸い込まれていき、装置の画面にはポリゴンとゼニガメのシルエットが映し出され、二つが交差し、再びボールが吐き出された。

 これで無事に交換は成功したことになる。

 

「コマチ、取り敢えずポリゴンをボールから出してみてくれ」

「うん、分かった」

 

 コマチがボールを開くとポリゴンが出てきた。

 

「これで進化が始まるはずなのだけれど…………」

「何も起きねーな」

「…………もしかして、持たせた『アップグレード』が偽物だったり……」

 

 ユイガハマの言う通り、ザイモクザの持っていた『アップグレード』が偽物の可能性は大いにあり得る。

 なんせザイモクザだからな。

 

「そ、そんなバカな!? それでは、我の四年間は一体何だったというのだっ!」

 

 ぐたっと崩折れるザイモクザ。

 そんな奴の姿を見てコマチの目がヤマピカリャーと見開いた。

 やばいっ!

 こういう時のコマチは大抵碌なことを言い出さない。

 

「お兄ちゃん、中二さんにお兄ちゃんが持ってる『アップグレード』をあげたらいいんじゃないかな?」

 

 ほら、やっぱり。

 こんなことを言い出したら、もう一人食いつく奴が出てくるじゃねーか。

 

「それだ! 中二のがだめならヒッキーの『アップグレード』があるじゃん!」

 

 はあ………。

 

「どうせお兄ちゃん使わないんでしょ? だったら、必要としてる人にこそ行き渡るべきだとコマチは思うよ」

 

 きゅるんといった感じで俺を見上げてくる。

 ユイガハマもいつの間にかポチエナのような目で俺を見てくる。

 今の二人と目を合わせたくない俺は視線をずらし、そこでユキノシタと目が合ってしまった。

 そういや、こいつはどう思っているんだろうか。

 小言の一つでも言ってきそうなのに、さっきから何も入ってこないし。

 すると、彼女はプイっと明後日の方へと顔を向けた。

 

「はあ………」

 

 要するにどうでもいいわけね。

 まあ、確かに自分のことじゃないのだし、興味ないのも分からなくはないが。

 

「あーもー分かったよ。俺のを使って進化させればいいんだろ」

「ハチマン………」

 

 俺がそう口にするや否やザイモクザがキランとした明るい笑顔で俺を見上げてきた。

 だがな、ザイモクザ。

 お前がそんな笑顔を見せたところで俺の心は全く満たされねーんだよ。

 というかキモいからマジやめてくれ。

 

「ほらコマチ、これでいいんだろ」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

「コマチの頼みだからな。断る理由がない」

「「うわー、シスコン」」

 

 ちょっとー、そこのお二人さん。

 さっきも思ったけど、いつの間にそんなに仲良しになったんだよ。

 

「俺は別にシスコンじゃない」

「どうかしら」

 

 このアマ…………。

 

「それじゃ、もう一度やりますよー」

 

 俺がユキノシタに更なる冷たい視線を浴びせられている一方で、コマチはさっさと準備に取り掛かっていた。

 ザイモクザも言われるがままに動いている。

 

「…………後が怖い……」

「何か言ったか、ザイモクザ」

「ゴラムゴラム! 我が相棒の助力に感謝致す」

 

 態とらしい咳払いをして、俺に感謝の意を示してくる。

 別に言葉をもらっても嬉しくないんだがなー。

 

「まあ、妹の頼みだからな。借りはきっちり返してもらうからな」

「お、おう………やっぱりか………」

 

 それにしてもザイモクザが手に入れてきたあの透明な箱はなんなんだろうか。俺がもらってきた『アップグレード』とはよく似ているが、中身のプログラムは違った。『アップグレード』がポリゴンを進化させる道具だとしたら、アレもまた進化の道具なのだろうか。

 

「あ、今度はユイさんがやってみますか?」

「いいの? やるやるー!」

 

 形がよく似ているし、やっぱりポリゴンに関係してくるのだろうか。

 ポリゴンの進化に分岐があるなんて話は全く聞いたことがない。

 それともアレは『アップグレード』であって、データが間違っている欠陥品だけなのか? まあ、普通に考えればそれが妥当だと思うが。

 

「思ったより重いね」

「えっ? そうですか? コマチは重たいと感じませんでしたけど」

「そうかなー」

「もしかして、ユイさんって最近運動とかしてないんじゃないですか?」

「そんなこと………………あるかも………」

「だからじゃないですか?」

「どうしよう、ゆきのん」

「なら、今日から運動することね」

「そこは明日じゃないんだ?!」

「あなたのことだから明日には気持ちが向いてないと思うわ。だから気づいた時にやるべきよ」

 

 だけど、それは違う気がする。根拠はない。ただの勘だ。

 うーん、分からん。

 

「あ、出てきた。これでいいんだよね」

「ええ、これでボールから出して進化が始まれば成功よ」

「うむ、出てこいポリゴン!」

 

 って、なんかすでに交換が終わってるみたいだし。

 進化は………よし、ちゃんと始まったな。

 

「これが………進化……」

「コマチ、初めて見ます」

 

 白い光に包まれて姿を変えていくポリゴン。

 その光景にコマチもユイガハマも釘づけだった。

 まあ、その気持ちは分からなくもない。

 俺もヒトカゲがリザードに進化した時は思わず見入ってしまったからな。

 それくらいにはポケモンの進化は神秘的なものなのだ。

 

「ふぉぉおお、ふほぉぉおおおおお! フヒッ」

 

 なのに、こいつの所為で全てが台無しである。

 何なんだよ、その雄叫びは。

 キモいとしか言いようがねーぞ。

 ほら見ろ、あのユイガハマですら後ずさりしていってるぞ。

 

「ようやく………ようやくポリゴン2に進化したぞぃ! 長かった、この日までがすごく長かった。四年という月日は長かった………。気持ちが折れかけたことも……ーー」

 

 ザイモクザが喜びのあまり一人演説を始めたので、俺は三人を手招きし、ポケモンセンターから出ることにした。

 

 取り敢えず、晩飯だな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ザイモクザを置いて俺たちはロゼリア象の噴水近くにある喫茶店へと入った。

 なんか疲れが溜まっている所為かあまり食欲がない。

 三人にそのことを伝えると彼女たちもまた俺と同じであったようだ。

 多分、というか確実にザイモクザが原因だろうな。

 軽食程度にカツサンドを頼むと何故か三人に白い目で見られたのは気のせいだろう。というかそうであってほしい。成長期の男子をなめるなよ。

 

「はあ、なんかすげー疲れたんだけど」

「同感ね」

 

 やってきたカツサンドを頬張りながら俺がそう言うと、ユキノシタがナプキンで口を拭いて応じてくれた。

 

「それにしてもポケモンの進化って不思議だね」

 

 俺たちが発している重い空気を一掃するようにユイガハマが話題を変えてきた。毎度ながらうまいもんだと思ってしまう。それくらいには超自然的な呼吸だった。

 

「まあな、俺も初めて進化の瞬間を目にした時には心が躍ったからな」

「全く想像できないんだけど」

「想像できたけど気持ち悪い絵面ね」

「お前らな………」

 

 コマチといいユキノシタといい口が悪くありませんかねー。

 二番目というのはこういう生き物なのだろうか。

 

「でもそうね。私も初めてもらったワニノコが進化した時も心が躍ったわ」

「お前の場合はエネコが進化した時の方が酷そう「何か言ったかしら?」だなんてこれぽっちも思ってませんのことよ」

 

 悪かった。俺が悪かったから、そのナイフはしまえ。

 前髪で顔に影ができてるせいか、すげー寒気がするんだけど。

 

「今のはお兄ちゃんが悪いと思うよ」

「その前にお前らが俺に酷いことを言っていたように思えるんだが?」

「何のことかさっぱりだよ」

 

 なんかここ最近、というか旅に出てからコマチの俺への扱いが酷くなったような気がする。ユキノシタに出会ってからは特に、だ。

 

「マロンもいつか進化するのかなー」

「リマ?」

「まだわかんないよね」

 

 たははー、とハリマロンを抱きかかえるユイガハマ。

 そんな彼女を見て、ユキノシタが口を開いた。

 

「バトルを積み重ねていくことでポケモンは進化していくわ。他にも特定の石を使ったり、道具を持たせておくと進化する例もあるわね。あとは時間帯や場所にも左右されるわ」

「そういや、なつき具合で進化するのもいたな。ま、俺には関係ないが」

「そして、一番面倒なのが道具を持たせて通信交換である!」

 

 …………………。

 

「「「……………………」」」

 

 今、何か聞こえた気がしたんだが、気のせいかな。

 

「で、さっきのポリゴンみたいに特定の道具を持たせて通信交換っつー、ぼっちには手の届かない進化もあるんだ」

「………あれ? ハチマン?」

「本当に、どうしてあんな面倒な進化方法があるのかしら」

「我が相棒よ! 返事をせいっ!」

 

 どうやらユキノシタでも通信交換にはお手上げなようだ。まあ、こいつもぼっちの一人だしな。無理もない。

 それにしてもあの通信交換で進化するって原理はどうなってんだろうな。

 トレーナーズスクールでは進化の方法は教えられたがその原理までは教えてくれなかった。俺の仮説では道具に何らかの遺伝子、あるいはホルモンなどが含まれていて、交換用の機械に通すことで進化反応が起こる、と考えている。しかし、これはあくまでも俺の仮説にしか過ぎず、それ以上のことが知りたかったら、やはり大学に行って研究するしかないのかもしれない。

 だが、そこまでして知りたいというわけでもないし……………。

 誰か研究して本にでもしてくんねーかな。

 

「あ、あの………ハチマン………? 我のこと見えておらんのか?」

 

 はあ…………。

 人がせっかく無視してるっていうのに。

 こいつはどうしてこうも空気が読めないのだろうか。

 まあ、空気が読めないからこそあそこで雄叫びをあげたんだろうが。

 

「ああ、見えてねーな」

「ぬぅ、そうか。それでは致し方あるまい…………って、しっかり反応しておるではないか!?」

「あ、やべっ………」

 

 あーあ、やっちまった。

 ほら、もう。

 ユキノシタがすんごい冷たい視線で俺を睨んできてるじゃん。

 隣に座っているコマチなんか俺の太腿をつねってきてるんですけど。

 しかも野外で食べていたため、丁度よく風が吹いてくるし。

 どれもこれもこいつのーーザイモクザのーー所為だな。

 さっきの借りはもっと大きくして返してもらおう。

 

「酷いではないか、ハチマンよ。我を置いて先に夕食にありつくとは許すまじき行為だぞ」

「あら、進化に喜んでポケモンセンターで大いに叫んで、周りの人たちに迷惑をかけていたのは誰だったかしらね」

「うぐっ」

「お兄ちゃんがいなかったら、中二さんは今頃灰になってたかもですねー」

「はうっ」

「………中二、キモい……」

「ぐはっ!」

 

 ユキノシタ、コマチ、ユイガハマの三連撃で、ザイモクザが瀕死寸前にまで打ちのめされてしまった。

 こいつら容赦ねーな。

 グサグサくる言葉をこうも綺麗に並べられると、聞いてる俺ですらつい耳をふさいでしまう。しかも一番心に残るのがユイガハマの一言というね。会って(再会して?)二日目ではあるが、彼女が空気を読むのに長けていることはなんとなく分かる。そんな彼女から本気の気持ち悪い宣言をされたんじゃ、心もポッキリ折れてしまうのは致し方ないことなのだろう。

 要は普段温厚な奴ほど怒らせると危険である。

 

「………ハチマンは……………ハチマンは我の味方よな?」

 

 膝から崩れ落ちたため、気持ち悪い上目遣いで俺を見てくるザイモクザ。

 だから、俺はこう言ってやった。

 

「で、お前誰だっけ?」

 

 しばらくの沈黙後。

 再びそよ風が辺りを吹き抜けていくと、止まりかけた時計の針が回り始める。

 

「ぐぼらっ!」

 

 ザイモクザは倒れた。

 

「あなたが一番容赦ないわね」

「お兄ちゃん、あ、鬼いちゃん。鬼畜」

「ヒッキー…………」

 

 ザイモクザへのとはまた別の冷たい視線を俺に浴びせてくる女子三人。

 それよりちょっと、コマチちゃん?

 どうして、途中で言い直したりしたのかな?

 俺はいつから鬼のお兄ちゃんになったんだよ。そうくるなら、声の似ているユキノシタに会話の語尾に「~と僕はキメ顔でそう言った」って言って欲しくなるんだけど。

 

「何変なことを考えているのかしら? ケロマツ、あなたのご主人様の髪の毛をむしり取ってあげなさい」

「はっ? えっ? ちょっ、おい、待てボケガエル!? バカ、やめろ!」

 

 ケロマツって一応俺のポケモンだよな。

 なのに、何でユキノシタのいうことなんか聞いてんだよ。

 というか、これじゃ俺の親としての立場が全くねぇじゃねーか。

 

「お兄ちゃん、愛されてるねー」

「こんな攻撃的な愛なんか嬉しくねーわ!」

 

 コマチが茶々を入れるように言ってくるが、今はそれどころではない。

 こいつを今すぐにでもどうにかしなければ俺の頭の将来が悲しいことになってしまう。

 マジ! 何なの!? このボケガエル! 遠慮ってもんが全く感じられないんだけどっ!

 

「ふっ」

 

 あん?

 今どっかから鼻で笑われた気がしたんだが。

 

「ふははははははははははははははっ」

 

 と思ったら馬鹿でかい笑い声が辺り一体に響いた。

 近所迷惑だからやめようね、ザイモクザ。

 何なら、俺たちの迷惑だから静かにしてようね。

 

「たまにはこういう賑やかなのもいいものだな。ハチマン、それに皆の者。今日は我に付き合ってくれて感謝する」

 

 ついに壊れたかと思ってしまう(心配はしない)くらいに盛大に笑い終えたザイモクザが、珍しく俺に、俺たちに感謝の意を示した。

 珍しすぎて明日雪でも降るんじゃないか、そっちの方が心配である。

 

「それとハチマン。また何かあれば、手伝ってくれるか?」

 

 ああ、これはもう病気だな。トレーナー病ってやつだ。

 散々白い目で見られても罵倒されても、それでも自分のポケモンを見せびらかしたい。

 こいつのこういうところはかっこいいと思えてしまう。

 俺にはそこまでできそうにないからな。

 

「ああ、手伝うよ」

 

 俺がそう言うとザイモクザは今日一番の笑顔を見せ、暗闇の中に消えていった。

 

 

 

 夕飯を済ませ今日の寝床となるポケモンセンターに帰ってきて早々、一つ問題ができた。

 何でも部屋があと一部屋しかないらしい。

 流石に年頃の女子三人と一緒に寝るのは俺でも気がひける。コマチだけならそうでもないが、ユキノシタとユイガハマがいては緊張して眠れないのは確実だろう。

 さて、そう言うことならば俺はテントでも張って野宿をしますかね。

 

「あの、もし男性の方の方が相部屋でもよろしければ、お部屋をご用意することはできますが」

 

 なんと。

 相部屋ならベットで寝れるというのか。

 けど、相部屋かー。怖いおじさんとかいるかもしれんしなー。

 でもベットだろ。あー、うーん。迷う…………。

 

「ちなみに相部屋の方はお客様と同年代の方ですので」

「あー、なら相部屋で」

 

 同年代ならなんとかなるだろ。

 話さなければなんとかなる…………はず。

 

「ではご案内させていただきますね」

 

 そしてジョーイさんについていくと女子三人の部屋は隣だった。

 まあ、何かあってもすぐに駆けつけられるからよしとしておこう。それ以外のことは考えないようにしよう。

 そう、心の中で凡念を振り払うと緊張して震える手で部屋のドアを開けた。

 窓が開いていたのか風が肌を突き抜けた。

 それと同時に相部屋人と思われる太った中年? のメガネをかけた男のコートがふわりと靡く。

 ん?

 

 太った中年? のメガネ? のコート着た男?

 

 なんか一つ一つを改めて認識していくと一人の顔が頭をよぎった。

 

「よくぞ参られた! 我は剣豪将軍、ザイモクザヨシテルである。一夜ではあるが何卒よろしく頼む」

 

 はあ…………………。

 どうしてこいつはこんなに残念なのだろうか。

 さっきはあんなにかっこいいと思えたのに、時間が経てばやはりザイモクザはザイモクザである。次にこいつをかっこいいと思えるのはいつになることやら…………。



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9話

 朝。

 少し早く目が覚めてしまったため、外の空気を吸いに出た。

 ようやく顔を見せ始めた太陽の光が俺の顔を照らし、目がチカチカする。大きく伸びをして、今日はジム戦を行う(コマチ曰くジム戦を見たいらしい)ことを思い出した。あんまり気が乗らないんだけどなー。

 だが、やるからには万全を尽くすのが基本なので、昨夜のうちにハクダンジムをホロキャスターで検索しておいた。どうやら彼女は虫タイプ使いで、取り敢えず焼けばなんとかなるだろう、という考えに至った。

 なんて気楽に考えているとポケモンセンターに併設されたバトルフィールドから物音が聞こえてきた。

 こんな朝早くから誰だよ。

 もう少し寝てようぜ。俺が言えた義理じゃないが。

 チラッと覗くつもりで顔を出したら、一人の少女と目があった。

 

「…………………」

「…………………」

 

 二人して沈黙。

 まあ、それも無理もない。

 相手はあのユキノシタユキノなのだから。

 

「よ、………」

「あら、あなたの顔を見るだけで一瞬にして目が覚めるものなのね。驚きだわ」

「俺は朝から罵倒できるお前に驚きだわ」

 

 何なのこいつ。

 朝の挨拶を脇に、罵倒されるって………。

 悪夢を見るよりテンション下がるわ。

 

「そもそも下がるだけのテンションに上がってないでしょうに」

「ねぇ、やっぱお前エスパータイプだろ。何で人の考えを逐一当てて返答するんだよ」

 

 彼女は右手の親指と人差し指で両のこめかみを押さえ、大きくため息を吐いた。

 そして、やれやれといった感じで再度口を開いた。

 

「あら、冗談で言ったつもりだったのだけれど。案外、当たるものなのね」

「分かりにくい冗談だな。当たりすぎてて恐怖すら覚えるぞ」

 

 今のは絶対に冗談じゃないだろ。

 口調が確信めいたものだったぞ。

 本当にこいつ何なの。

 

「で、お前は朝早くからオーダイルの特訓か?」

 

 このままだと会話がループして俺のHPが削られる未来しか見えないため、強引に話題を変えた。変えたはいいけど、誰がどう見ても分かる話題にしか持っていけない俺のコミュ力の無さ…………。

 ユキノシタが朝早くからオーダイルと外にいる。十中八九、オーダイルの特訓にしか見えない。二人して俺が渡したリングをつけてるし、その前から水の轟音が響いてたからな。オーダイルの方も朝から気合が入ってるのかやる気に満ちている。それに今の彼女の姿を俺以外が目にしたら、こうも恥ずかしそうにはしないだろう。いや、プライド高そうだから多少は恥ずかしがるか? まあ、それを抜きにしてもこんな耳まで真っ赤にするのは俺だから、いろいろ言われた俺だからこそ、見られたくなかったはずだ。

 となると俺はすぐにでもこの場を離れるべきだろう。そして、二度寝して記憶がないことにしよう。

 うん、それが得策だな。しかも二度寝とか超いいじゃん。

 早速、戻って二度寝しよう。

 

「あまり特訓中の私を見られたくはなかったから。だけど、あなたはそういうときに限って現れるのだから。分かってはいたけれど、やっぱり侮れないわね」

 

 ふぇぇ、帰れないよぉ。

 何で気になるような言い方ばかりするんだよ。思わず、出しかけた右足を止めちゃったじゃん。

 すげぇ、気持ち悪い体勢であることは分かる。器用に顔を真っ赤にしながら、ユキノシタの俺を見る目が気持ち悪いものを見るような目になってるからな。間違いない。

 自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「ん、んん。とにかく、俺は邪魔なようだし戻って二度寝するわ」

「ま、待って!」

 

 俺が出しかけた右足を再び前に一歩進めると、ユキノシタが声を張り上げて俺を制止した。

 というかびっくりして足を止めてしまった。

 

「あん?」

 

 首だけを彼女の方に向け、右目で視認する。

 すると彼女はビクッと肩を跳ね上がらせた。

 え? ………あー、すまん。睨んだわけじゃないんだ。

 

「そ、その、あの………」

 

 肩を窄めてお腹の前で両手をもじもじしている。

 顔はさっきよりさらに赤く染め上がり、煙が出る一歩手前のようにさえ見えた。

 

「…………な、何だよ……?」

 

 気まずくなって口を開いたら噛むというね。

 もうやだよ、俺の対人スキル。

 それでも彼女は俺を呼び止めた割には一向に口を開こうとしない。いや、開こうとしてはいるが言葉が喉に突っかかって出てこないといった感じだろうか。

 まあ、何にせよ俺にはどうすることもできなくなってしまったので、待つ以外の策はない。

 

「あ、………その…………や、やっぱりいいわ。何でもない。気にしないでちょうだい」

 

 結局、ユキノシタが何故俺を呼び止めたのか分からないまま、一方的に話を打ち切られた。

 え? これ俺モヤモヤしたまま二度寝することになるのか? 絶対ねれないやつだろ。何の嫌がらせだよ。拷問かよ。

 

「………そんな勿体ぶってやっぱなしってなると余計に気になって仕様がないんだけど。気になって二度寝できないレベルだぞ。何の嫌がらせだよ」

 

 つい言ってしまったが、まあいいか。

 

「べ、別にそういうつもりで言ったわけではないのだけれど。結果として、あなたに嫌な思いをさせてしまったのなら謝罪するわ」

 

 先程からずっと続けているもじもじをさらに悪化させ、すごい速さで回転し始めた。多分、本には気づいてないんだろうが………、なんかすげぇもん見た気分。

 

「あ、や、別にそこまで要求してたわけじゃないんだが。………まあ、俺は二度寝するけど、究極技は早々完成するもんじゃないんだし、気長に構えてろよ」

 

 そう言うと急に欠伸がこみ上げてきて、大きく口を開いた。結構顎が痛かった。そりゃもう、外れるかと思うくらいには。………俺って顎関節粗相症だったり?

 

「………ーーーーー」

 

 だから、ユキノシタが何か言ってたみたいだが、全く耳に入ってこなかった。

 まあ、特に大事なことでもないだろうし聞き返すのも野暮ってやつだな。さっさと戻って寝よ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「で、あなたの横にいる人は何故今日もいるのかしら?」

 

 気持ちよく、とはちょっと語弊があるものの二度寝から覚め、未だ寝ていたザイモクザを文字通り叩き起こし、女子三人と合流して早々にユキノシタが突きつけた言葉だ。

 俺の横にいる人とはもちろんザイモクザのことであり、名前すら読んでもらえない男である。

 

「あー、……………相部屋の相手がこいつだったから? としか言いようがないな、うん」

 

 だが、ユキノシタに聞かれたところで、俺自身こいつがいる理由は知らなかったりする。昨夜、俺が部屋に入った後に言ってたのかもしれないが、いかんせん鬱陶しいので聞いていなかった可能性もある。ま、どうせしょうもない理由だろうけどな。

 

「我の目的は昨日で達成せしめられた。だが、しかーし! 我は暇なのだ。至って暇なのだ! だから、我が相棒について行くことにしたのであーる! 三食ついてくることも大きな理由でもある」

 

 暇なら、働けよ。あ、俺が仕事与えないとこいつに仕事がないんだった。

 

 しかも誰が相棒だよ。

 

「おい、それ初耳なんだが?」

「今言ったのだから当たり前だろう?」

 

 何このムカつく真顔。

 殴っていいかな。殴っていいかな。

 

「………はあ」

「仕方ない、か」

「ヒッキーのたった一人の友達みたいだしね」

 

 深くため息を吐くユキノシタとコマチ。

 ユイガハマは苦笑いを浮かべている。

 というかユイガハマ。こいつは友達じゃないからな。ここ大事!

 

「おい、ユイガハマ。こいつは友達じゃないからな。そこは間違えるなよ」

「いかにも! 我は」

「はいはいー、昨日と会話がループするから中二さんも押さえてくださいねー」

 

 昨日と同じことを繰り返そうとするザイモクザにコマチが背中を押してポケモンセンターの踊り場へと連れて行く。

 

「実はこの中で一番逆らえないのはコマチかもしれんな」

「同感ね」

「ヒッキーとは大違いだね」

「アホ」

 

 取り敢えず、ユイガハマにはチョップをお見舞いして、二人の後を追うことにした。

 

 

 

 五人で朝食を済ませ、ロゼリアの噴水で一服中。

 朝からちょっと食べ過ぎた感が否めない。

 気持ち悪いとまではいかないが、しばらくは動きたくない。

 

「お兄ちゃん、今日ちょっとテンション高くない? やっぱり、ジム戦前だから気合い入ってんの?」

 

 多分、それはない。

 どちらかというと面倒臭く思ってる。

 自分で言うのもなんだが、三冠王と称されるユキノシタに勝つ実力があるのだ。ただの一ジムリーダーに心躍るものなんて感じてはいない。ジムリーダー程度ではもう満たされないのかもしれない。

 ま、こんな余裕こいた考えはしているが、だからと言って今日のバトルで手を抜こうなんてことは一切考えちゃいない。全力で叩き潰すまでである。

 

「ないな。ジム戦でテンション上がるのなんてカントーですでになくなったわ。強い奴とは戦ってみたいって思いはするが実際に戦いたいとは思わない」

「コマチにはお兄ちゃんが何を言ってるのか理解できないんだけど」

「そう、では私とバトルしたのも不本意ってやつなのかしら?」

 

 コマチには理解されないのは分かっていたが、ユキノシタはこれは気づいたと言っていいのだろうか。

 

「まぁな。俺には正式なバトルをする資格なんてないんだよ。残党狩りっていう名目で動いちゃいたが、実際やってることは犯罪に近い。しかもその頃の俺は一種の病気を患っていたからな。相手を倒せば倒すほど調子に乗ってさらなる仕打ちに出た。そりゃもう狂気じみたもんだ。そんなやつが普通にバトルなんかしたら、いつそのスイッチが入るか分からない、そういう爆弾みたいなもんなんだよ。だから、俺はあまりバトルを自らしたいとは思わないんだよ」

 

 マジでヤバかったよなー、あの時の俺。

 ザイモクザとは比べ物にならないくらい浸かってたもんなー。

 

「ゴラムゴラム! しかも忠犬ハチ公という通り名もそこからきているのだ。ハチマンを怒らせると自分たちもやられかねない。だから、奴には従っておこう。口出しはしないでおこう。そういう意味合いが含まれているのだ。ホント怖かったぞ、あの時のハチマンは。我、少しチビッたもん」

 

 ザイモクザとは何だかんだ言って付き合いは長いからな。

 あの時の俺のことも知っている数少ない奴でもあるし。

 こいつがこうなったのもある意味俺が原因なのかもしれない。信じたくない話ではあるが。

 

「ま、まあ、この話は後にしようよ。今日はヒッキーがジム戦するんだしさ。……そういや、何か作戦とかってあったりするの?」

 

 空気を察したユイガハマが話題を変えてくる。

 ほんと、こいつのこのスキルには助けられてるな。

 

「ハクダンジムはむしタイプ使いなんだとよ。だから焼けばいいんじゃね? てくらいにしか考えてない」

「やー、まあお兄ちゃんのリザードンならそれでもいいのかな? でもそれじゃコマチの参考にならないし。うーん」

 

 ………そういや、コマチもジム戦やるんだったな。

 だったら、相手がどんな風に戦ってくるのかも見せといた方がいいのか。

 でもなー、焼いたら一発なような気がするんだよなー。

 

「そこも考えてバトルしねぇといけねぇのか。注文が多いな」

「お兄ちゃんのバトル見ててもコマチたちには無理な戦い方するからだよ。もう少しコマチたちにも分かりやすいバトルだとありがたいかなー、なんて」

「はいはい、分かりましたよ。相手次第だが、なるべくコマチが何かヒントが得られるように戦えばいいんだろ」

「そういうこと。さすがお兄ちゃん」

「はあ、ちゃっかりしてる妹だよ」

 

 もう慣れてるからいいけどね。

 でもほんとどう戦えばいいんだろ。

 これがポケモンリーグだったら、こうもいかないのにな。

 

 

 

 というわけで、ジムが開くと同時俺たちは中に入った。

 出迎えてくれたのは昨日話した金髪のジムリーダー、ではなく彼女をちょっと大人っぽくした人だった。

 本人曰く、彼女の姉らしい。

 まあ、話し相手はユイガハマたちに任せ、バトルフィールドに案内された。

 中は植物だらけで屋内庭園にさえ思えてくる。

 その奥で件のジムリーダー様が待ち構えていた。

 

「いらっしゃい、挑戦者さん!」

「うす………」

 

 なんでこうも朝からテンションが高いんだ。

 

「こうしてみると昨日は感じられなかった強者のオーラをひしひしと感じるわ」

「はあ………」

 

 俺ってそんなオーラが出てたのか?

 面倒臭いオーラの間違いじゃねーのか?

 

「それでは先にルールの説明をさせていただきます。使用ポケモンは二体。先に二体とも戦闘不能になった方が負けとします。なお、ポケモンの交代はチャレンジャーのみとさせていただきます」

 

 審判の女性がルール説明を行う。

 そういやジム戦って使用ポケモン数とかもあったんだっけか?

 久しぶりのジム戦だし、カントーを回ってた頃もリザードン一体だったから、気にしたこともなかったな。

 でも、今回は虫タイプのジムリーダーだし、リザードンで終わるだろうな。

 

「ねえ、バトルの前に一つだけいいかしら?」

「………何すか?」

「自己紹介がまだだったような気がするからさ。改めて、私はハクダンジムのジムリーダー、ビオラ。ポケモン専門の写真家でもあるの。私に勝ったら記念に一枚撮ってあげる」

 

 ……………。

 

「はあ、そりゃどうも」

「………ヒッキー、そこはちゃんと自己紹介するとかして返そうよ………」

「うちの兄がこんなんでどうもすみません」

 

 んなこと言われてもな。

 自己紹介されたからってどう返せばいいかとか知らねぇし。

 まず、そういう機会がなかった俺には無茶な要求だぞ。

 

「………ヒキガヤハチマン」

「へー、ハチマン君かー。変わった名前だね」

 

 うるせぇよ。

 

「……うるせぇよ」

 

 あ、つい声に出ちゃったね。

 けど、悪いのはあの女の方だし。

 

「それじゃ、そろそろやりましょうか」

「そうっすね。さっきからボールが暴れてますし」

「それでは、バトル始め!」

 

 審判の合図とともに相手がボールを投げてきた。

 

「シャッターチャンスを狙うように勝利を狙う! 行くわよ、アメタマ!」

「アッ!」

 

 出してきたのはアメタマ。ホウエン地方で発見された虫・水タイプのちょっと珍しい組み合わせのタイプを持つポケモン。

 

「それじゃ、仕事だリ……………おい、そこのボケガエル。寝てたんじゃねーのかよ」

 

 リザードンを出そうと思ったら、いつの間にか俺の頭から降りていたケロマツがフィールドに出ていた。

 

「……………………」

 

 俺の声には全く反応せずに真っ直ぐアメタマを見ている。

 戦いたいなら始めから言えよ。

 素直じゃねーな、全く。

 

「分ーかった、分かった。けど、アメタマだけだからな」

「ケロ」

 

 俺が許可を出すとやっと反応しやがった。

 はあ……………、戦い方を考え直さねーとな。

 相手はむしとみず。リザードンならばかみなりパンチで効果抜群だったんだが、ケロマツじゃそうはいかない。しかもケロマツが覚えている技はアメタマに対して全てが効果いまひとつ。となると、後はこいつの火力次第ってことになるな。

 

「……来ないのなら、こっちから行くわよ! アメタマ、シグナルビーム」

 

 動かない俺たちに痺れを切らしたのか、あっちから攻めてきた。

 

「ケロマツ、かげぶんしん」

 

 取り敢えず、かげぶんしんで回避しておく。

 さて、ここからどう攻めたものか。

 

「え? 何この量!? 普通のかげぶんしんより多くない!?」

 

 増えたケロマツの分身の量に驚きを見せる。

 まあ、確かにユキノシタとのバトルで使った時よりは多い気がするが、それはケロマツ次第のようなものだし。今日は何気張り切っているんだろう。

 

「こうなったら、アメタマ。れいとうビーム」

 

 アメタマが影に向けてれいとうビームを乱れ打ちする。

 当たるとたまに凍るから厄介なんだよな。

 

「ケロマツ、穴を掘る」

 

 れいとうビームでかき消されていく上げを捨て、まだ保っている影と一緒に地中へ潜っていく。

 

「そのままれいとうビームでフィールドを氷漬けにしちゃいなさい!」

「アッ」

 

 だが、アメタマはれいとうビームをやめるどころか、命令通りにフィールド一帯を氷のフィールドへと変えてしまった。しかもそれはアメタマのなめらかな動きをより一層際立たせるものでもあったみたいだ。その証拠にスイスイと動くアメタマの速度がさっきよりも早くなっている。

 

「なるほど、実際はこれが狙いってわけか」

 

 自分に適したフィールドの再構築を技からしてくるとは………。

 大抵のジムリーダーは得意とするタイプに適したジムの設計をしたりして、最初からフィールドが決まっていたりする。しかし、彼女は普通のフィールドに見せかけ、本来のフィールドを技で構築していく派なようで、この一芸で挑戦者に動揺を与えていたりするのだろう。

 気さくなようでいて、小賢しい。

 まさにトレーナーの前に立ちはだかるジムリーダーって感じがあるな。

 少しは楽しめそうだ。

 

「ケロマツ、みずのはどう。上空に乱れ打ちだ」

 

 氷の壁をそのまま突き抜けてもいいが、ケロマツの身体が凍りつく可能性もあるからな。間接的に穴を開けるのが得策だろう。

 

「アメタマ、気をつけて! よく音を聞くのよ」

「アッ!」

 

 一瞬、部屋の中が静まり返る。

 ゴクッと。

 誰かが唾を飲み込むとがする。

 するとユイガハマが顔を赤くした。

 それと同時に一つの水弾が地中から打ち上げられた。

 

「後ろよ! アメタマ、シグナルビーム」

 

 振り向いたアメタマは颯爽と駆け出し、できた穴へと近づいていく。

 だが、それは意味をなさない。

 

「え?」

 

 アメタマを囲うようにして次々と水弾が打ち上げられていく。

 

「やれ」

 

 動きを止めたアメタマを確認し、ケロマツに命令。

 意図が分かっていたようでアメタマの足元から水弾を勢い良く弾き飛ばした。

 

「アッ!?」

 

 これがアメタマの声かジムリーダー様の声かは定かではない。あるいはその両方か。

 トレーナーもポケモンも何もできないまま、ケロマツのみずのはどうを諸に受けた。

 身体の軽いアメタマはビオラさんの前にまで弾け飛んで行った。

 

「アメタマ?!」

 

 だが、まあそこは効果いまひとつの技。

 一発では倒せなかったようだ。

 

「………アッ」

 

 ふらふらと立ち上がってくる。

 ただ、俺はそれをただ見ているつもりはない。

 バトルは勝ってなんぼだろ?

 立ち上がるのなら容赦はしない。

 

「ケロマツ、みずのはどう」

「来るわ! アメタマ、ケロマツにれいとうビーム!」

 

 俺の指示に反応し、ビオラさんは咄嗟にケロマツへの攻撃を命令した。

 ベテランが為せるトレーナーとしての技術だろう。

 けど、やはり視野は狭くなっているようだ。

 なんせ、上から降ってくる水の塊には気づいていないからな。

 

「……遅い」

 

 アメタマが技を繰り出す前に巨大なみずのはどうが命中する。

 爆発を起こして煙に包まれ姿は確認できないが、これで倒しただろう。

 

「アメタマ!?」

 

 ビオラさんが叫ぶが反応はない。

 煙が晴れ、姿を見せたアメタマは目を回して倒れていた。

 

「アメタマ、戦闘不能」

 

 審判の女性がそれを確認すると判定を下した。

 

「アメタマ、お疲れ様。ゆっくり休んでちょうだい」

 

 アメタマをボールに戻し、俺を見据えてくる。

 

「ふぅ、…………ようやく、今のカラクリが分かったわ。まさか乱れ打ちしたみずのはどうを上空で一つにまとめて、巨大なみずのはどうを作り出すなんて。ただただ、驚きだわ。最初はケロマツで来るからどう来るのかと思ったけど。こんな感覚、久しぶりね!」

 

 嬉々として俺たちを見てくる。

 そして、気合を再度入れ直したかのような音調へと変わる。

 

「さて、こっちも興奮してきたわ。頼むわよ、ビビヨン!」

 

 ………………。

 誰だよ。

 初めて見るんだけど。

 

「まあ、取り敢えず飛んでるし…………むし・ひこうってところか?」

「ビビヨン。りんぷんポケモン。コフキムシというカロスで発見された虫ポケモンの最終進化系ね。タイプはむし・ひこう。これくらいあなたなら知ってると思ったのだけれど」

「はいはい、解説ありがとよ」

 

 なんかすげードヤ顔でユキノシタが説明しだしたんだけど。

 こいつなんでも知ってるよな。

 

「何でもは知らないわ。知ってることだけよ」

 

 あなたはどこのハネカワさんなんですかね。

 つか、やっぱエスパーだろ。俺の心を読むな!

 

「ほれ、約束通り戻った戻った。次はこいつでいくんだからよ」

 

 ケロマツは渋々、フィールドを出て俺の体をよじ登り、定位置と化した頭の上で落ち着いた。

 

「………あなたたちの関係がよく分からないわね」

 

 それを見ていたビオラさんがボソッとこぼした。

 

「大丈夫っすよ。俺もよく分かりませんから」

「それ、トレーナーとしてどうなのかしら…………」

 

 や、だってこいつの方から一方的に来たわけだしさ。

 まあ、なんだかんだ知能は高いみたいだけど、俺以外に対しては。

 

「そんじゃ、待たせたなリザードン」

「シャァァアアアアアアアッッッ!」

 

 待たせていた分、今日のリザードンは気合がいつも以上に入っているみたいだ。

 

 

 ジム、壊れませんように…………………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「リザー………ドン……………」

 

 カロスじゃ珍しいのか?

 いや、あの変態博士がコマチにゼニガメを渡してたんだし、珍しいわけじゃないか。

 となると………。

 

「ほんと、あなた何者なのかしら? そのリザードン、ただ者じゃないオーラをひしひしと感じるんだけど!」

 

 ってことだよな。

 俺にはよく分からんが、ユキノシタ曰く初心者にはただ強そうなリザードンに見えるらしいが、ジムリーダー格、あるいはそれ以上のトレーナーになってくると体が勝手に震えるのだとか。

 より強さを求める者がさらに上の奴と対峙した時に身震いを起こす感覚だな。

 俺も経験がないこともないが、数は少ない。

 

「とにかく、暴れてもらっちゃ困るわね。ビビヨン、ねむりごな!」

「ヨ~ン」

 

 チッ!

 また面倒な技を出してきたな。

 

「リザードン、翼で粉を吹き飛ばせ」

「シャァッ!」

 

 大きく翼をはためかせ、粉を相手に吹き返す。

 いっそ相手が眠ればいいのにと思うが、そう上手く事が運ぶはずがない。

 

「く………、ビビヨン、かぜおこし!」

 

 なんなら余計にヤバくなった。

 かぜおこしとかいう翼よりも風をおこす小技。

 そこまでして眠らせたいのかよ。

 

「リザードン、そのまま風にのって遠ざかれ!」

 

 今度は前方に大きく翼を羽叩き、風おこしによりできた向かい風に身を乗せ、後方に下がっていく。

 これで取り敢えず、ねむりごなを回避する事はできたが。

 近づくのは危険かもしれないな。

 だったら。

 

「お兄ちゃん、まだ勝負決めちゃダメだよ。コマチ、まだ掴めてないから」

 

 あー………。

 なんかそんな事も口走っていたな。

 えー、でもこの状況で時間稼いでろっていうのかよ。

 我が妹ながら無茶な要求するなー。

 

「だってよ、リザードン。もう少しコマチに付き合ってやってくれ」

「…………シャァ」

 

 ですよねー。

 俺だってそうだし。

 けど、コマチの頼みだから聞かないわけにもいかないんだ。許してくれ。

 

「ビビヨン、もう一度ねむりごな」

 

 今回はさすがに距離がありすぎだろ。

 つまり、何か仕掛けてくるつもりなのか?

 

「リザードン、ドラゴンクローの爪の構え」

 

 もう少し。

 粉を引きつけてから………。

 

「いけ」

「今よ、サイコキネシス!」

 

 俺が動かすタイミングでサイコキネシスで動きを封じられてしまった。

 なるほど、動きを封じて確実に眠らせるって寸法か。

 しかもあのドヤ顔。

 ちょっとムカつくんですけど。

 

「よし!」

 

 あれくらいのサイコキネシス、破れるには破れるんだがな。

 ここまできたら、どういう風に戦いを組み立てるのか見届けようじゃないか。

 

「………………」

「あ、あれ?」

「…………眠らないね」

「当たったはずなのだけれど………………」

「………毒でも麻痺でもない……………だけど、粉…………まさか、あなたふんじんを覚えたのね!」

 

 ふんじん?

 聞いた事がない技だな。

 ふんじんっていうとどこぞのもやしっ子のセロリさんが、

 

『なァ、オマエ。粉塵爆発って言葉くらい耳した事あるよなァ?』

 

 とか何とか言ってたような。

 あれって確か、空気中に粉が蔓延してる状態で火花が散ると、途端に爆発が起きるとかそういう類のものだったよな。

 ということは、だ。ふんじん=粉塵。つまり、あそこから火花が散れば爆発。だけど、ポケモンの技だからここは炎系がアウトってことか。しかも彼女のあの反応。どう見てもこのバトルにおいて有利になったという目をしている。

 ………決まりだな。ほのおタイプの技は使えない。

 

「シャッターチャンスよ。ビビヨン、ソーラービーム!」

 

 エネルギーを溜めていくビビヨン。

 ねむりごなにかぜおこし、昇華したふんじんにサイコキネシス、そして最後にソーラービーム。

 どうやらこれが決め技らしいな。

 なら、もうこのくらいでいいよな。

 

「リザードン、やれ」

 

 その一言でサイコキネシスを強引に弾き飛ばした。

 

「うっそ、あれを抜け出すの!?」

 

 ビビヨンがさらにエネルギーを溜めていく一方で、サイコキネシスから抜け出したリザードンにビオラさんは心底驚いていた。

 

「トップギアでかみなりパンチ」

 

 リザードン自身、分かっていたようで俺が言い切る前に空気を蹴って、一瞬にして距離をゼロにしていた。

 

「!?」

「シャァァァアアアアアアアアアア!!!」

 

 そりゃもう、これでもかっていうくらい全力でかみなりパンチをヒットさせるリザードン。

 溜まってたんだろうな。

 こりゃ、今日は夜戦決定だな。

 本当、ごめんよリザードン。

 

「ビビヨン!?」

 

 ビオラさんが叫ぶがビビヨンは反応しない。

 

「……ビビヨン、戦闘不能。よって勝者、ヒキガヤハチマン」

 

 審判の女性がそれを確認すると判定を下した。

 

「…………な、に………? いま、の………?」

 

 ビビヨンに駆け寄ることもなく、ただその場でビオラさんは呆然としていた。

 せめて、ビビヨンをボールに戻してあげたらどうですかねー。

 

「ビオラ……」

 

 姉の方が声をかけるとようやく「はっ!?」となって、ビビヨンをボールに戻した。

 審判の人がバッチの乗ったトレーを持ってきて、ビオラさんと俺のところに持ってきた。彼女たちに合わせるように脇にいたコマチたちも駆け寄ってくる。

 

「…………負けちゃったわね」

 

 ……………。

 寂しそうに、悔しそうに俺を人睨みしてくる。

 が、すぐに両の頬をパチパチ叩き、きた時と同じ顔に戻った。

 

「おめでとう。あなたにはしてやられたわ。まだまだ世界にはこんなにも強いトレーナーがいるものなのね。私、自分がまだまだ小さい存在だって改めて感じちゃった。はい、私に勝った証のバグバッジ」

 

 今にも泣きそうに涙袋をぷるぷるさせながら、バッジを手渡された。

 年上? のはずなのに子供のように見えてしまったなどとは口が裂けても言えないな。

 すでに、後ろから冷めた視線が三つばかり突き刺さってることだし。

 これじゃ、俺の命がいくつあっても助からないだろう。

 

「はあ………、どうも」

 

 いつものように受け答えすると、またしてもコマチが口を開いてきた。

 

「だーかーらー、お兄ちゃんはどうしてそんな受け答えしかできないかなー。もっと気の利いた一言二言くらい言えないのっ。これだからごみぃちゃんは」

 

 悪かったな。

 俺は前からこうなんだよ。

 

「別にいいだろ。それともキザったらしい言葉をかけた方がいいっていうのか?」

「それは気持ち悪いからやめてね」

 

 うんうん、とユイガハマも首を縦に振る。

 君たちたまにグサッとくる一言を言うよね。

 

「…………自然なヒキガヤ君の方が断然…………いや、でもそれはそれで…………」

 

 ユキノシタは自分の世界に入ってしまったので放っておこう。

 なぜかユイガハマがそれを見て微笑んでいるけど………。

 ……………微笑んでいるけど、めっちゃ怖い………。

 

「……はあ、それじゃ一つだけ。ビオラさんはもう少し人を見る目を養ってください。あんたの姉みたいに」

 

 姉の方を見るとビクッと肩を震わせる。

 何をどこまで知っているのかは知らないが、少なくとも目の前のジムリーダーよりは何か掴んでいるのかもしれない。

 マスコミなんてのは一番怖い世界だからな。

 変な噂を流されたらたまったもんじゃない。

 

「そういえば、こっちにもロケット団がきているみたいよ」

 

 ほーん。

 そうくるのか。

 中々肝の据わったお姉様だこと。

 

「夜の外出は気をつけてね」

 

 にっこりと微笑む顔の裏には何かしらのメッセージが込められていた。

 

「それはお互い様でしょうに」

「え? …………何この空気。ヒッキーとパンジーさんがよく分からない会話始めちゃってるし!?」

「分からない方が身のためよ」

「ゆきのんまで!? なんかあたしたちが蚊帳の外でやだよー。コマチちゃーん」

 

 ユキノシタにまで会話への参加を断られたユイガハマは、行き場を失い、コマチの胸へと飛び込んだ。

 およよ!? とか変な声出して驚いているが、それが何に対してなのかは追求しない方がいいだろう。なんとなく分からんでもないからな。

 

「え、っと、一応私も話についていけてないんだけど…………」

 

 ビオラさんがおずおずと手を上げて言ってくる。

 姉妹なのに持っている知識にはムラがあるみたいだな。

 やはり、ジャーナリストの方が情報量は豊富なようでーー危険だ。

 

「ま、危険な集団はどこにでもいるって話ですよ」

「そうね。特に、そこの目の腐った男は視線を交わすだけで身の危険を感じるわ」

 

 毎度思うがよくそこまで罵れるよな。

 しかもごく自然な流れで。

 

「視線で人を射殺すような奴に言われたかないわ」

 

 なんなんだろうな、この言葉のキャッチボール。

 キャッチする気もないのに取れてしまうような感覚。

 キャッチボールしたことないから、実際のは取れない自信しかないけど。

 

「あ、そうだ。私まだみんなの名前聞いてなかったよね」

 

 永遠と続きそうな空気を感じ取ったのかビオラさんが話題を変えてきた。

 あれ、この人もユイガハマ系列なのか?

 

「あ、そ、そういえばそうでしたねー。たはは、あたしたち自己紹介もしないで今まで会話してるとか。………あたし、ユイガハマユイっていいます」

「コマチはお兄ちゃんの妹のヒキガヤコマチですよー」

「ユキノシタユキノ」

 

 ユイガハマもコマチもそれに便乗するように名乗っていく。

 内心、ホッとしてんだろうなー。

 

「ユキノシタ…………? どこかで聞いたような………?」

「三冠王よ」

 

 口に右の人差し指を当てながら唸るビオラさん。

 その答えを導くように姉の方が一言添える。

 

「あ、えっ? えええええええええええええええっ!?」

 

 で、この反応。

 あまりのデカかったのか、来てからずっとパソコンをいじっているザイモクザが「ぴゃあ!?」とか声を上げながらこっちを見ていた。

 うん、気持ち悪い。

 何が気持ち悪いってあの図体なのに変にいい声で「ぴゃあ!?」なんて言って、仰け反るところだ。

 

 ザイモクザ いい奴なのに 気持ち悪い

 

 オーキドのじーさんじゃないけど、一句できてしまったじゃねーか。

 

「ま、ままままさか、よね? だ、だって、三冠王がどうしてこんなところに………」

「私がどこにいようが私の勝手だと思うのですけれど」

「そ、それはそうだけど………。え? ということは何? ハチマン君って三冠王に鍛えられているからあんなに強いわけ?」

「そういう力関係だったらどんなに良かったことか。生憎、私はヒキガヤ君には一度も「ユキノシタ!」……そうね。あまり人のことをベラベラ話すものではないわね。ごめんなさい」

 

 ユキノシタが俺のことを喋りすぎそうになったので、静止をかける。

 理解は早いようですぐに言葉を引っ込めた。

 

「………な、なんだよ」

 

 なのに、そこから俺をじっと見つめてくるので、思わず聞き返してしまった。

 

「いえ、いつかあなたの自慢が出来る日を楽しみにしているわ」

「自慢って……………。罵倒の間違いじゃないのか?」

「莫迦………」

 

 プイッとそう言ってユキノシタはそっぽを向いた。

 よく分からん。なにゆえ、今のでそっぽを向かれねばならんのだろうか。

 見るとユイガハマもそっぽを向くまではいかないにしても、頬を膨らませてちょっとお怒りの様子だった。

 

「はあ、これだからごみぃちゃんは」

 

 ついさっき聞いた言葉を再度口にするコマチ。

 

「えー、っと。よく分からないんだけど、取り敢えずみんなヒキガヤ君のことが大好きってことでいいのかしら?」

 

 変にユキノシタの言葉を止めたせいか、ビオラさんの頭の中では推測が立っていないらしく、逆に爆弾を投下してきやがった。

 

「あ、え、そ、そんなことは…………。だって、ヒッキーキモいし」

「そうね。私がこの男を好きになるだなんて幻のポケモンに遭遇するより有りえないわ」

 

 ちょっとー。

 そこまで言わなくてもいいだろ。

 結構傷つくんですけどー。

 

「お前らな………」

「だって、ヒッキーが悪いんだからね」

「ヒキガヤ君が悪いわね」

「今のはお兄ちゃんが悪いでしょ」

 

 どうやら、俺には擁護してくれる味方はいないようだ。

 

「『ヒキガヤハチマン、遂にモテ期到来。 ついでに修羅場』と」

 

 ついでに敵も増えた。

 ザイモクザは後で丸焼きにでもしておこう。

 

「はあ………そんじゃ、俺たちは行きますよ。二、三日の間に今度はコマチが挑戦すると思うんで」

「ええ、こっちも準備して待ってるわ。ハチマン君に鍛えられたコマチちゃんと戦うの、今からでも楽しみだわ」

 

 こうして、一先ずジムを後にした。

 



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10話

 ジムを出てポケモンセンターに戻った俺たちは、リザードンとケロマツを預け、昼食をとった後。回復してもらった二匹を受け取ってポケモンセンターの野外バトルフィールドに来ていた。理由は一つ。コマチのジム戦のため。

 コマチが現在連れているのはニャオニクスのカマクラとゼニガメの二体。ハクダンジムの対戦ルールには問題ない。後はこの二体をバトルで使えるレベルにすることだ。

 

「といってもカマクラは進化してるし、それなりに戦えるとは思うんだが」

 

 しかし、使用トレーナーがコマチだからな。

 我が妹ながら、スクール時代の成績はあまりいいとは言えず、実際に戦った経験なんてしれている。

 そんな奴がジム戦するっていうんだから一から鍛えていった方がいいんだろうな。

 

「ま、とにかくコマチがどれくらいバトルのセンスがあるかってところからだな。まずは誰かとバトルを…………」

 

 ユイガハマ、ザイモクザと視線を動かし、最後にユキノシタと重なった。

 

「それならあなたのケロマツがいいんじゃないかしら。体格もタイプもあのアメタマに近いのだし」

「………要は自分の妹は自分で育てろとな。分かったよ」

 

 暗にいやよ、と拒絶の意を示す。

 まあ、こいつは三冠王と呼ばれるだけの実力が彼女自身にもポケモンにも備わってるから、逆に相手しにくいのは分かるけどさ。

 

「お兄ちゃんとバトルとか一方的にいじめられそうなんだけど」

「心配するな。それはもう少し後からの話だ」

「否定をしないところがお兄ちゃんだよね」

 

 最初からしごいてたんじゃ何の特訓にもならないからな。

 そこの判断は慎重にしねーと。

 

「んじゃ、まずアメタマを想定してコマチは誰で相手する?」

 

 頭からケロマツを下ろしコマチに尋ねる。

 

「ふっふっふっ、そこはバッチリなのだよ、お兄ちゃん。さあ、カメくん。出ておいで」

 

 まず、コマチが出してきたのはゼニガメだった。

 

「いつでもいいぞ」

「それじゃ、カメくんいくよ。みずのはどう」

 

 みずのはどう。

 ケロマツも覚えている波導系の技の一つで、たまに混乱させる効果がある水タイプの技。ただ、ケロマツとの違いは奴が弾のように作り出すのに対して、ゼニガメは防壁を作るように体の周りに渦のように作り出したということだ。果たしてこれはコマチの指示によるものなのか、あるいはゼニガメ自身が判断しているのか………。

 

「ケロマツ、かげぶんしん」

 

 使うたびに何故か影の数が増えている。

 まあ、多ければ多いほど使い用はあるからな。

 

「さっきよりも多くなってない? 全く、お兄ちゃんのポケモンはよくわからないよ。カメくん、みずのはどうで影を消しちゃって」

「ゼ~ニ」

 

 まるで敦賀生え伸びていくかのように、体の周りの渦から水砲を飛ばしてくる。

 

「あなをほる」

 

 一斉にあなを掘り出し、地中へと回避。

 そしてここからがトレーナーの実力を試されるところにもなるな。

 見えないところからの攻撃をいかにしてトレーナーがタイミングよくポケモンに指示できるかで状況は変わってくる。

 

「カメくん、落ち着いて」

 

 初めての状況に陥り、動揺を見せるゼニガメ。

 それを察したのかコマチが注意を促す。

 まあ、今の判断は的確だな。

 パニックになったポケモンはトレーナーの指示が聞こえなくなることもあるし、あろうことか勝手に技を出してしまったりと混乱し出すこともある。

 さらにトレーナー自身が動揺を見せたら、なおさらポケモンは指示を聞かなくなる。

 

「ちゃんとその場に適した判断は下せるみたいだな」

「お兄ちゃん、コマチのことバカにしすぎだよ。そのうちコマチに足元すくわれちゃうよ」

「そうなれば兄としても嬉しいんだがな」

「もう……。カメくん! そのままからにこもる」

 

 殻に籠って防御を上げたか。

 これもまた物理技のあなをほるには的確だな。

 何だよ、意外とバトルセンスはあるじゃねーか。

 

「やれ」

 

 その一言でゼニガメの真下から大量の影が飛び出した。

 

「今だよ、真下にみずのはどう」

 

 だが、俺が口を開くと同時にコマチも指示を出したため、影は敢え無く霧散。本体だけがのっそりと元の穴から出てきた。

 

「やるじゃねーか」

「ふふんっ! いつまでもコマチをバカにしてるからだよ。でも予想、してたんでしょ?」

「そりゃな、殻にこもった時点で何か策があることは読んでいた。だから、影だけで攻撃したんだが。乙なことをするもんだ」

「そりゃ、伊達にお兄ちゃんの妹を何年もやってないからね。妹の特権は最大限に活かさなきゃ」

 

 そういや、こいつはこういう奴だったな。

 妹であることを最大限に活かして、俺の失敗から学び、要領よく物事をこなしていく。勉強さえできれば完璧な妹なのだが、それはそれでまた愛嬌あるというものだ。

 

「それじゃ、ユキノさん。お願いします」

「分かったわ。出てきなさい、エネコロロ。フィールドにれいとうビーム」

「エ~ネ」

 

 あー、忘れてたわ。

 ユキノシタのエネコロロもれいとうビーム覚えてたじゃねーか。

 え? てか、また氷のフィールドでバトルしろっていうのか?

 

「…………」

 

 ケロマツと目が合う。

 

「はあ………」

「ケロ………」

 

 二人して重たいため息が出てしまった。

 

 

 

 それから半日丸々をコマチの特訓に当てていたが、暗くなってきたので特訓を切りやめ、夕食やら風呂やらを済ませた。

 そして夜、みんなが寝静まった頃。

 俺は再び外に出ていた。

 というのもリザードンを思いっきり暴れさせるためである。

 

「ここら辺でいいか」

 

 ジムの後ろに生い茂る林の中の開けた一角。

 今日はここでやることにした。

 

「出てこい、リザードン」

「シャア!!」

 

 不完全燃焼のためか出てきて早々、尻尾の炎が激しく燃え盛った。

 

「今日もアレやるぞ」

「シャアッ!」

 

 アレとはもちろんアレ。

 

『ということはオレの出番のようだな』

 

 今日はずっと大人しかったこいつも暴れさせることになるアレ。

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 俺がボールから出さなくても勝手に出てきて上空へと登っていく。

 

「それじゃ、こいつをつけて、と」

 

 石が一つついた簡易的なネックレスをリザードンの首にかけてやる。

 なんかこのネックレスじゃ映えねーな。ミアレ戻ったらいいの買ってこよう。

 

「んじゃ、思いっきり暴れてこい。メガシンカ」

 

 もう一つの石を強く握り、リザードンの背中を強く叩く。

 すると石と石が反応し、光に包まれ姿を変えた。

 闇夜に溶ける蒼黒のリザードン、メガリザードンX。

 

『ふんっ、実に興味深い現象だな、そのメガシンカとやらは』

 

 上空で並び立ったリザードンを見て、上下に観察する白い奴。

 こうやってみるとイッシュの建国神話を思い出すな。理想と真実を求める二体のドラゴン。どっちがどっちを追い求めてるかまでは覚えてねーけど。でも確か、タイプの組み合わせが全ポケモンの中じゃ、珍しい組み合わせだったような………。白がほのお・ドラゴンで黒がでんき・ドラゴンだったか?

 

『さて、始めようか。どこからでもかかってくるがいい』

「だってよ! 遠慮はするな! まずはドラゴンクロー!」

 

 シャキンと爪を伸ばし飛びかかっていく。

 ま、当然躱されるんですけどね。

 

「ただ、攻めるだけじゃ埒があかねーな。リザードン、えんまく!」

 

 黒い煙を吐いて、奴を包み隠す。

 その間にアイコンタクトでリザードンをさらに上へと飛ばした。

 

『全く、いつになっても小技を挟んでくる男だな』

 

 やれやれと言いつつ、サイコパワーで作り出したスプーンで煙を一掃してしまった。

 

『さて、小技の次に来るのは奇策か?』

 

 奇策ってほどでもないんですけどね。

 

「ドラゴンクロー」

『ほう、上か』

 

 空気の流れか、あるいは気配か。

 リザードンが発する何かに気づき、容赦なくはどうだんを連発しやがった。

 全くもってこいつはチートな野郎である。

 波動系の技をモーション無しで連発とかどんだけタフなんだよ。

 

「回転しろ!」

 

 両腕を前に出し、回転しながらダイブしてくる。

 いくつかのはどうだんが回転する爪に当たり、真っ二つに切り裂かれていく。

 

『まるでドリルライナーみたいだな。遮るものがない分、回転力も上回るということか。当たるのは避けるべきだな』

 

 余裕そうに感想を述べてくる。

 さすが暴君である。

 

「はどうだんだ! はどうだんを足場に加速しろ!」

 

 奴が連発して、リザードンに当たらなかったはどうだんが軌道を変えて、背後から降り注いでくる。だから、それを使わせてもらうことにしたのだ。当たる瞬間に蹴り上げ加速を促す。

 

『ならば、こういうのはどうだ?』

 

 黒紫の巨大なエネルギー弾を作り出していく。

 あれが何なのかは分からないが危険なのは見て取れる。

 かといって避けたところで反撃がくるだろう。

 ここはそのまま行くしかなさそうだな。

 

『ふんっ』

 

 奴は真っ直ぐ放ってきた。

 それだけ見れば単調な技である。

 だが、何か隠された秘密があるのも確かである。

 

「シャア!」

 

 リザードンが爪を突き刺し、黒紫の弾は無数に弾けた。

 だが、ここからだった。

 無数に散った黒紫の破片は意思を持ったかのようにリザードンに襲いかかっていく。ドリルの要領で回転して弾き飛ばしているはずなのに、リザードンのうめき声がよく聞こえた。

 効いている。

 だが、技をよく理解できない。

 似たような技でサイコショックという技があった気がする。あれもエネルギーが弾けて、無数に散った破片で攻撃するものだったが、実際に見たことはない。

 技の動きからして、多分エスパータイプ。それ以外はよく分からなかった。

 

「リザードン」

 

 煙を上げて落ちてくるリザードンはすでに回転を止めていた。

 それくらい強力な技だということである。

 

「生きてる………みたいだな」

 

 息を荒くしたリザードンは何故か楽しそうだった。

 無事を確認すると月光を背に陰で黒く染まった暴君が降り立った。

 

 と。

 そこで。

 ガサッと。

 何かを踏むような音が木々の向こうから聞こえてきた。

 

「意外と遅かったですね」

 

 だが、こんなところに来る人物に一人だけ思い当たりがいる。

 

「あら、気がついてたのね」

 

 闇の中から声だけが聞こえてくる。

 

「まあ、他に思い当たる奴なんていないんで。それとも知らないフリをした方が良かったですかね」

 

 カツカツと靴音を鳴らして、こっちに歩いてくる。

 ついには月光に照らされて姿がはっきりと見えた。

 

「ジャーナリストさん?」

 

 それはハクダンジム、ジムリーダーの姉の新聞記者だった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「それで、用件はなんですか?」

「へー、意外と警戒心が強いのね」

「そりゃ、昼間っからあんなことされたら警戒もしますよ」

「出てきて、オンバーン」

「まさか盗賊だったとは。どうも役職間違えてしまったみたいですね」

「別に間違っていないわ。これも『取材』に必要なことなのよ」

 

 淡々と言葉を交わしていくとどうもバトルをしなければならないようである。

 まあ、最もリザードンを暴れさせてた身としては、ただその相手が変わったに過ぎないんだけど。

 

「オンバーン、りゅうのはどう」

「昼間のあんたの軽快な感じとは裏腹にこういう顔も持ってるとか聞いてねーよ。リザードン、ドラゴンクローでぶった斬れ」

 

 口から吐き出される波動と長く鋭利の効いた爪。

 ドラゴン技がぶつかり合い、辺りに衝撃波を散らして相殺された。

 

「オンバーン、かぜおこし」

 

 空中に飛び立ったオンバーンが翼を広げて風を起こしてくる。

 何で夜中にこんな強風にさらされなきゃなんねーだろうな。

 

「リザードン、そのまま風に乗って後方に下がれ」

 

 風を受けるように翼を開き、流れに任せて後方へ下がる。

 

「そこから『鳥籠』」

 

 ロケット団の残党狩りをするようになる頃よりもずっと前。

 俺たちは戦略を悟られないようにするために、幾つかのパターンと合図を取り決めていた。『鳥籠』はそのうちの一つで相手の周りをぐるぐるとしつこく周り、相手が集中を切らしたところで一気に詰め寄り、技を当てる戦略。

 最近じゃ、こういう場面に遭遇することすらなかったため、リザードンが忘れてないか心配だったが、バトルし始めたらあの頃の感覚が戻ったようで目つきがまさにあの頃と同じものになっていた。

 身体に刷り込まれた感覚ってのは中々抜けないもんなんだな。

 

「オンバーン、ちょうおんぱでリザードンの気配を辿りなさい」

「オンッ」

 

 やっべ、俺今耳栓持ってねーんだけど。

 

「バァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッ」

 

 ぐぁぁぁああああああああああ。

 耳がッ! 耳が! イカれる!

 

「そのままばくおんぱ!」

 

 ズキズキする耳に微かに入ってきた技名。

 また聞いたことのない技かよ。

 取りあえず、うるさそうな技であることは間違いない。

 

「リザー……ドン、『劫火の壁』」

 

 ちょうおんぱよりも、さらに耳にくるばくおんぱ。

 うるさいなんてもんじゃない。

 何であの人は平気で立っていられるんだよ。

 あれ? あの人はポケモンのDNAでも持ってたりするのか?

 それはそれで怖い話だけど。

 だが、本当ポケモンは丈夫だと思う。

 あんなにうるさい技なのにリザードンは炎の壁を作るだけで平気そうな顔をしているくらいだし。

 あ、ちなみに『劫火の壁』はブラストバーンで炎の壁を作り出すことね。

 

「嫌な戦い方ね。技の名前も変えてくるなんて、予想がつかなくて何をしても決め手にならないわ」

 

 何か言ってはいるようだが、はっきりとは聞き取れない。

 それよりも。

 今はバトルに集中しよう。

 とにかくあのうるさいのをどうにかしなければ俺が持たん。

 

「リザードン、『チェックメイト』!」

「オンバーン、来るわ……、よ…………!?」

 

 俺が言い終わるのと同時にオンバーンが声ひとつあげず、木々を倒しながら、ぶっ飛ばされていった。

 『チェックメイト』はトップギアで相手の懐に飛び込み、両腕でドラゴンクローを当てる戦法。

 他にも似たようなものだと『ジ・エンド』というトップギアで相手の懐に入り、至近距離で全力のブラストバーンを放つ戦法などがある。究極技を至近距離で浴びれば大抵のポケモンは一発で倒せるが、下手するとポケモンを死に追いやってしまいかねない。

 使う日が来ないことを、ただただ祈るばかりである……………。

 

「オンバーン!?」

 

 ジャーナリストのお姉さんがオンバーンに駆け寄り、呼びかける。

 ぐったりとしているが生きてはいるようだった。

 

「お疲れ様、ゆっくり休みなさい」

 

 オンバーンをボールに戻し、「ふぅ」と深いため息を吐いた。

 どうでもいいがおばさん臭いと思った。

 リザードンがメガシンカを解き、俺の左隣に着地する。

 

「さすがカントーの元チャンピオンね。いえ、今の戦い方は忠犬ハチ公さんの方かしら」

 

 じっと俺を見据えてくる目は言葉とは裏腹に真剣なものだった。

 

「………やっぱり知ってたか」

 

 さっきので超頭痛いけど、こう切り出されては答えないわけにもいくまい。

 

「昨日の夜に妹からあなたたちの話を聞いて、今日実際に見て、何となく見たことある顔だとは思ったのだけれど。あなたのリザードンを見たら確信に至ったわ。『カントーリーグをリザードン一体で制覇してポケモン協会からチャンピオンに選ばれた少年』のこと。それともう一つ、『ポケモン協会が恐れているリザードン使いの忠犬ハチ公』さんのこと」

 

 随分とまあ、調べ上げられたものだな。

 俺が言うのも何だが結構俺の情報は凍結されてたりするんだが。

 

「そしてそれが同一人物であることも、ね」

 

 全く、頭の切れる女というのは扱いに困るというものだ。

 いやまあ、人間自体の扱いに困ってる時点でダメだな。

 

「……そこまで調べ上げられたんならついでに言っておくが、チャンプの肩書きは三日で捨てたぞ」

 

 マジで、あの野郎………。

 涼しい顔して言ってくれやがって。

 人の顔をすぐに忘れる俺でもあのイケメンのことは今でも忘れてない。というか忘れられない。

 

「ええ、その話も知ってるわ。でも、私たちからしたら三日間だけでもチャンピオンに上り詰めたってだけで偉大なものなのよ」

「そういうもんかね……………」

 

 偉大って………。

 ちょっと大袈裟すぎやしませんかね。

 それを言ったらあのイケメンやユキノシタは神になっちゃうんじゃねーの?

 

「そういうもんよ。ジムリーダーも大きな権限を持つものではあるけれど、その地方にいくつもポケモンジムはあるわ。それに比べてチャンピオンはその地方のトップ。一人しかいないのだから。比べること自体、失礼だとさえ思えるわ」

 

 なるほど。

 確かに、そういう考えでいくならば偉大な人物なのかもしれない。

 だけど………。

 

「けど、それはあんたの見解でしかない。俺からしてみれば立場はどうあれ、同じポケモントレーナーだ。図鑑所有者にしろチャンピオンにしろそうでない奴らにしろ。ユキノシタたちは正直すげー奴だとは思うが、だからと言って偉大な奴だとは思わない。結局、そういうのは自分の考えを相手に押し付けてるにしか過ぎねぇんだ。身勝手で卑劣な行為。それを自覚しない大人たちによって、無駄なプレッシャーをかけられ、悪に手を染める奴も何人も見てきた。そんな奴らが組織を作り、世界を造り変えようとするんだよ」

 

 ロケット団の中にもそういう奴らはいたからな。世界中の悪の組織もあいつらとなんら変わりはないだろうよ。根本にあるのは過度のプレッシャーに耐えられなかったり、身辺環境の問題だったり。

 俺からしてみればマスコミだって一種の悪である。

 勝手に噂を広め、視聴者を煽り、当事者を批判する。直接か関節かの違いだけで、悪の組織に変わりない。

 

「…………そうね。私がやってきたこともあなたに対しては勝手な行動だものね」

 

 いい加減疲れてきたので、右隣にある木に背中を預ける。

 今夜は珍しくケロマツが俺の頭にはいない。

 そのため、首が楽なのはちょっと救いであった。

 

「でも、誰かが情報を伝えない限りは力あるものでさえ動けないわ」

 

 真っ直ぐと見つめてくる目に一瞬、ドキッとした。

 

「………それもそうだな」

 

 空を見上げると星々が輝いていた。

 なのに、俺の心は癒されない。

 理由はわかっている。

 

「…………本題は?」

 

 何のことはない。

 これから聞かされるであろう面倒事が俺を待っているからだ。

 

「先に一つ聞いておくけどあなたたちがカロスに来たのは、いつ?」

 

 そんなこと聞いてどうするんだよ。

 

「一昨日だが?」

 

 まあ、言わないと話も進みそうにないし一応答えておく。

 

「そう。実は最近カロス地方の情報網に違和感を感じるのよ。何が起きているのかはわからないけど」

「………それを俺に調べろっているのか」

「ううん、そうじゃないわ。ただ、何かが起きようとしている、そんな気がするのよ。ジャーナリストとしての勘だけど」

「………なあ、カントーのロケット団を知ってるんだよな」

「ええ、もちろん。あの組織があったから他にもたくさんの悪の組織が出来上がったって言っても過言じゃないも…………の………!?」

 

 自分で言って何か気づいたようだ。

 眉が上にピクッとつり上がった。

 

「…………本当の話かどうかわからないんだけど。カロスにはフレア団っていう組織があるみたいなのよ。特徴とかは何も知らないわ。噂上の話だし、それが何なのかもわからないけど」

「フレア団か………。なんかいかにも、な組織名だな」

 

 確かに、ロケット団系の組織名ではある。

 だからと言って、何かを狙っているのだとしたら、今度は何を狙っているんだ?

 ロケット団は世界征服。『仮面の男』はタイムスリップ。マグマとアクアはそれぞれ陸と海の拡大だったってことしか知らん。

 とにかく、そのどれもが伝説のポケモンを支配することで達成しようとしていた。

 そうなると、だ。

 このフレア団とかいう組織も伝説のポケモンを利用しようとしている可能性はある。

 

「………調べてみる価値はありそうだな」

「依頼してる私が言うのもなんだけど、本当にいいの?」

「別に、あんたの依頼を受けるつもりはねーよ。ただ、これは妹の旅だ。あいつに危険が迫るってんなら、俺は容赦はしない。ただ、それだけのことだ」

 

 旅中に何が起きるか分からんからな。

 しかもすでに何かが動き出してるんだ。

 情報くらいは手にしてなければ、助けることすらできねーだろ。

 

「シスコン……なのかしら?」

「トレーナーなりたての妹の心配をするのは兄として当然でしょ」

「うーん」

 

 あれ?

 この人、一応姉だよね。

 共感めいたものは感じないのかしらん?

 

「私より妹の方が強いから考えたこともなかったわね」

 

 そうだった。

 この人の妹はジムリーダーだったな。

 そら、共感しねーわ。

 

「話はそれだけか?」

「ええ、でも無茶はしちゃだめよ」

 

 月の光が流れる雲の切れ間から差し込む。

 光は俺とリザードンと後ろにいる白い奴を黒く映し出す。

 地面に映し出された影の中には碧く輝く一眸。

 その全てを目の当たりにした目の前の女性は、首を横に振った。

 

「………あはは、確かにそのメンバーじゃ大丈夫そうね」

 

 驚きと確信を合わせた表情でそう告げた。

 

「今夜はごめんなさい。回りくどいことをして。あなたがどれほどの人なのか確かめたかったけど、その必要もなさそうね。コマチちゃんの特訓、頑張ってね」

 

 それじゃ、とジャーナリストは踵を返して闇の中に消えていった。

 

「………マジかよ。お前の予感、当たってんじゃん」

『だから言っただろう? オレを連れて行けと』

「働きたくねーなー」

 

 ただただ、深いため息しか出てこなかった。

 

 

 俺、図鑑持ってないんだけどなー。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 それから数日間、昼間はコマチの特訓(ついでにユイガハマも)、夜にはメガシンカの実験を繰り返していた。毎日同じことを繰り返してたら、日付感覚が狂ったのは仕方ないことだ。ああ、そうだ。決して俺がぼけているわけではない。

 だが、コマチの方は動きも良くなってきたので、そろそろジム戦に行っても大丈夫だろう。

 

「コマチ、特訓は今日で終わりだ。明日、ジム戦に行くぞ」

 

 バトルをしながらコマチにそう告げると、

 

「やっとお兄ちゃんの許しが出たよ。コマチ、結構その言葉待ってたんだからね」

 

 と少々ご立腹の様子。

 うん、まあそういうとは思ってたんだけどね。

 

「や、バトルセンスは最初からあったし、ポケモンの方もしっかりしてるんだが………。お前自身がバトルの経験が浅いと何かあった時に対処しきれないと困ると思ってな。この際だし、その辺も経験させておこうかと思って」

 

 俺がジム戦をした日の夜。

 ビオラさんの姉にフレア団なる悪の組織の情報を聞いて以来。

 俺は一つ気がかりなことがあった。

 それはもうすぐ奴らの計画が最終フェーズに移ろうとしていることだ。

 大抵こういう組織は最初は外堀を埋めていって、表舞台に顔を出すようになるのが通例だ。それを踏まえて考えてみるとすでに何かしら手に入れているのは間違いない。後は場所か天候か季節か。まだ不足している要素があるがために本題に入れていない。

 それに彼女もまだ何か俺には教えてくれなかった情報を持っているような気がする。

 それが何なのかは分からないが、逆に考えればそれが鍵になる可能性もあるということだ。

 で、だ。

 そんな裏で何かが動いているところを何の備えもなく旅をするのは危険極まりない。だから、コマチにしろユイガハマにしろ、俺がいなくてもある程度対処できるようにしておかなければ、彼女たちを守ることすらできなくなる。

 そこで俺は次の日からはユイガハマも加えて、特訓するようにした。ユイガハマは最初こそ乗り気ではなかったが、段々とポケモンバトルに楽しみを覚えてきたようで、今では積極的に参加するようになった。

 しかもその時の目がポチエナとみたいに目を輝かせてるからな。

 素直な分、受け入れるのも早いみたいである。

 

「じゃあ、明日に備えて今日はこれくらいにしておこうよ」

「そうね。ポケモンたちも今日はゆっくり休んでもらって、英気を養ってもらった方がいいわ」

 

 ユイガハマの提案にユキノシタも賛同してくる。

 ま、丁度腹も減ったことだしな。

 

「昼飯食ったら午後はゆっくりするか」

「うん」

 

 

 

 昼飯を取った後。

 俺は一人、街内を散策していた。

 理由は一つ。

 朝から姿を見せない中二病を探すためである。

 

「マジで、あいつどこ行きやがったんだよ」

 

 どうでもいい時にはいるくせに、いて欲しい時に限って見当たらない。

 まあ、別にザイモクザに限った話ではないんだがな。

 人間、誰しもがタイミングの悪さってものはある。

 

「ったく、これだから人間ってのは面倒な生き物だな」

 

 辺りを見渡しながら歩いていると門が見えてくる。

 探し回っているうちに4番道路近くまで来てしまったらしい。

 

「確かに、人間という生き物は愚かで面倒な生き物だ」

 

 そして。

 その門のところには超長身の男が佇んでいた。

 足を止め、その男に視線を送る。

 

「真実だの理想だのを追い求めて、意見が分かれて、果てには戦争を起こす。人間の身勝手な行動でポケモンたちが巻き込まれ、多くの命が散っていった」

 

 なんだ、こいつ。

 新手の宗教の勧誘か?

 それにしては異質な空気を感じるんだが。

 取り敢えず、リザードンのモンスターボールに手をかけておく。

 

「挙句、その戦争で自分の愛するポケモンまでもが巻き込まれ、命を落としたことに逆上し、最終兵器なんてものを造り出した男までもがいた。まあ、結果的にその兵器により戦争は終わった」

 

 一人語りながら。

 ゆらりゆらりとこっちに近づいてくる。

 これはガチでやばい状況なのではないだろうか。

 俺、死ぬかも。

 

「…………なんの話だ?」

「ふっ、そうか。お前は余所者なのか。それは知らなくても致し方あるまい。………3000年前の戦争の話だ」

 

 目の前まで来た男は俺をじっと見て、そう言った。

 3000年前の戦争。

 前に一度、何かで聞いたような…………。

 

「どうやら、引っかかる何かは持ち合わせているようだな。…………これから起こるであろう殺戮はその戦争の延長戦だ。気になるなら調べてみろ、『破壊する者』よ」

 

 俺が思案していると男は不敵な笑みを浮かべてそう返してきた。

 そして、言うだけ言って4番道路へと消えていった。

 

「………なん、なんだ?」

 

 何だったんだ、今の男は。

 とにかく、普通じゃない。

 あの長身といい空気といい、人間じゃないみたいな………。

 だが。

 そんなことはどうでもいい。

 今の話は俺の中でモヤモヤしていたものに少しだけ緩和させる働きを持っていた。

 すなわち。

 

「調べてみる価値はありそうだな」

 

 仕事が増えたというか捗るというのか。

 そもそも仕事はないのが一番なんだがな。

 

「あれ? ハチマン? どうしたのだ、そんなところに突っ立って」

「ザイモクザ………」

 

 なんでこのタイミングで出てくるんだよ。

 タイミング良過ぎじゃねーか。

 

「……お前どこ行ってたんだよ」

「ちょっと野暮用でな。4番道路に入っていたのだ。それよりハチマン! お主、今ものすごく目が腐っているぞ」

 

 多分、いつもの比喩じゃなく本当に腐ってるんだろうな。

 俺自身、ひしひしと感じているところだ。

 

「まあ、今丁度目が腐ってしまうような話を聞かされたからな」

「なんかものすごい長身の男とすれ違ったのだが、其奴か?」

「ああ、特徴的にそいつだな」

 

 すれ違ったのかよ。

 まあ、あれだけデカければ目立つわな。

 

「…………動くのか?」

 

 俺の空気を読み取ったのか、いつものお巫山戯を押し殺し、目つきを変えてくる。

 

「……ああ。コマチを危険な目に合わせたくはないからな」

 

 本当、こいつとは付き合いが長い分、少ない言葉で伝わるんだよな。

 

「お主がそう言うのであれば、我には止める権利はない。………何を探ればいいのだ?」

 

 しかも毎回手を貸してくれると言うんだから、人付き合いが苦手な俺でも縁までは切るかっつーの。

 

「3000年前の戦争、それとフレア団とか言う組織。後は………余裕があればカロスの伝説について」

「………なるほど、フレア団か。期限は?」

 

 今のキーワードだけで大体予想できたらしい。

 伊達に同じ事件に巻き込まれてないわな。

 

「取り敢えず、明日コマチがジム戦をする。その結果次第では長引くかもしれんが、俺がミアレに着いたら連絡する。多分、この地方で一番情報があるはずだ。何ならプラターヌ研究所も使っていい。あれでもカロスのポケモン博士だ。何か掴めるかもしれん」

「あい、分かった。我に任せるが良い」

「ああ、頼んだぞ」

 

 ザイモクザはジバコイルを出すと上に乗り、来た道を戻って行った。

 そう言えば、この前俺とあいつは唯一無二の絶対的存在とか言ってったっけ?

 確かにそうかもな。

 こんな話、俺とザイモクザとの間でしか話せるようなもんじゃねーしな。

 



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11話

 翌日。

 俺たち四人は再びハクダンジムへと足を運んだ。

 そして、出迎えてくれたのは俺の時と同じく、姉の方。

 

「……って、何でいるんだよ」

「んー、そろそろ来る頃かなーと思って、昨日のうちに帰ってきたのよ」

 

 顔合わせが二回目(正確には三回目)の人たちの会話とは思えない挨拶。

 実際、コマチとユイガハマが口を大きく開けて俺をまじまじと見つめてきている。

 君たち、すごく馬鹿っぽい顔してるからやめなさい。

 あ、二人ともおバカさんだったな。

 

「………ああ、そう」

 

 もうハチマン、ため息しか出てこない。

 

「あ、あの………。いつの間に二人はそんな仲に?」

 

 堪え兼ねたユイガハマがおずおずと尋ねてくる。

 

「一応言っとくがちっとも仲良くはないからな。何なら超苦手な部類だ」

「本人の前でそれ言っちゃうの? お姉さんちょっと傷つくんだけど」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、俺の懐に身を乗り出してくる。

 近い近い近いいい匂い近い。

 

「こうしてみると、本当に目が全てを台無しにしているようだわ」

 

 お返しに、と言わんばかりに率直な感想を述べてくる。

 

「ヒッキー! パンジーさん!」

 

 我慢が解き放たれたユイガハマの攻撃。ハチマンに効果は抜群だ。

 同時にパンジーを睨みつける。効果はいまひとつのようだ。

 

「お、おい。ユイガハ、マ………」

 

 近い近い近いいい匂い近い柔らかいいい匂い!

 ユキノシタと同い年とは思えない豊満な柔肉。

 え? 何なの?

 俺、死ぬの?

 

「あっはっはっはっ! やだもう、顔真っ赤にしちゃって。冗談じゃない二人とも。もう可愛い反応してくれちゃって」

「え? あ、えっ? あ、じょ、冗談………あ、あはははっ。そ、そう………ですよね。冗談ですよね。……あたしったら………!? ちょ、ヒッキー! そんなまじまじと見つめんなし! バカ、ボケナス、ハチマン!」

 

 ………ダメだ、この人やっぱ嫌いだわ。

 それとユイガハマ。ハチマンは悪口じゃないだろ。

 

「ユイさんも見せつけてくれますねー」

 

 あーあ、コマチが便乗してユイガハマを弄り出したじゃねーか。

 こうなると女子特有の空気が流れて、俺の出番がなくなるんだよなー。

 しばらく端によってよう。

 お姉さまがユイガハマに抱きつき、撫で始め、コマチをそれ煽る。

 カオスってるなー。

 あれ? てか、ユキノシタは?

 

「ああいう空気苦手なのよね」

 

 と思ったら、音もなく俺の横に避難していた。

 ああ、まあそうだよな。

 けど。

 

「……最近のお前、ユイガハマといる時、あんなんだぞ?」

「なっ!? ちょ、勝手なこと言わないでくれるかしら? あれはユイガハマさんが急に抱きついてくるからであって………私は別に…………」

 

 いつも冷静なユキノシタの久しぶりの慌てた様子。

 どんだけ百合百合しいんだよ。

 

「………でも嫌じゃないんだろ」

 

 流し目でそういうと言葉はなく、小さな首肯だけが返ってきた。

 しばらくそれを見ていると、

 

「……………姉さん、ちょっといいかしら?」

 

 どすの利いた声がした。

 俺の心臓が弾けるかと思ったぞ。超怖い。

 声のした方を恐る恐る見るとそこにはお怒りの様子でジムリーダー様が立っていた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ジムに来て、最初に見るのが姉を叱る妹の姿とは………。

 何なんだろう、この自由な風景。

 

「ごめんね、姉さんが暴走したみたいで」

「たははー、別に大丈夫ですよ。お姉ちゃんがいるとこんな感じなのかなーって思ったりもしましたし」

 

 ユイガハマが頭のお団子を触りながら照れている。

 こうしてみるとどこかで見たことのあるような感じもしなくはない。

 本人曰く、トレーナーズスクールではずっと同じクラスだったんだとか。あまり覚えてないし、人の顔まで一々チェックすらしてなかったから、覚えてないのも仕方のないことだけど。

 

「それじゃ、早速バトル始めましょうか。コマチちゃん、準備はいい?」

「はい、いつでもオッケーですよー」

「みたいだね。闘志がみなぎってきてるよ」

 

 そう言って二人はバトルフィールドに出て行った。定位置に着いた二人は審判の声を待つ。俺とユキノシタとユイガハマ、それとパンなんとかさんはサイドで観戦。

 

「それでは先にルールの説明をさせていただきます。使用ポケモンは二体。先に二体とも戦闘不能になった方が負けとします。なお、ポケモンの交代はチャレンジャーのみとさせていただきます」

 

 俺の時と一字一句違わず、ルール説明を行う女性。

 意外と覚えてる俺、すごくね?

 

「それでは、バトル始め」

 

 審判の合図とともに相手がボールを投げてきた。

 

「シャッターチャンスを狙うように勝利を狙う! 行くわよ、アメタマ!」

「アッ!」

 

 これも決め文句なのか俺の時と同じ言葉。

 変なところにこだわってるなー。

 

「カメくん、いくよっ!」

「ゼニゼ~ニ」

 

 ゼニガメがボールから出てきて一回転。

 特に意味はない行動。

 強いて言うなれば、準備運動?

 

「まずはゼニガメか。ハチマン君にどこまで鍛えられたのか見せてもらうわ。アメタマ、シグナルビーム」

 

 まずは挨拶と言わんばかりにタイプ一致のシグナルビームを放ってくる。

 

「カメくん、避けて!」

 

 まるで踊るかのように身軽な動きで華麗に避ける。

 体が小さい分、動きが軽いところを生かした防御だな。

 

「こっちも行くよ。カメくん、みずのはどう」

 

 ゼニガメの周りに水のベールができ、その一部から水の触手がアメタマに向かって行く。

 タイプ一致な技ではあるが、アメタマに対しては効果はいまひとつ。

 だが、これが攻撃とは限らない。

 

「アメタマ、水の触手にれいとうビーム!」

「アッ!」

 

 水の触手をせき止めるかのように氷漬けにしてしまった。

 だけど、多分………。

 

「カメくん、そのまま振り回して!」

 

 だろうな。

 水を氷に帰られたことで、氷の刃となり、ゼニガメの新たな武器が誕生した。それを使って攻撃しようと考えてるんだろう。

 

「アメタマ、躱しながらフィールドを氷漬けにしちゃいなさい!」

 

 来た。

 ジムリーダーの得意とする氷のフィールド。

 相手を自分のペースに持ち込むことで動揺させ、倒す極めて普通な戦法。

 だが、ポケモンの特徴をトレーナー自身が理解していなければ、逆に命取りになるものでもある。

 

「カメくん、はどうだん」

 

 え?

 俺知らないぞ、そんな技。

 いつ覚えたんだよ。

 ゼニガメが覚えてるのってみずのはどうとからにこもるとこうそくスピンと…………。

 あれ? まさか俺にまで隠してた?

 

「アメタマ、アレも氷漬けにしちゃいなさい」

 

 真正面から向かってくるはどうだんをれいとうビームで凍らせる。凍った弾は氷のフィールドにドサッと落ちた。

 

「はどうだんを覚えてるのは意外だったけど、凍らせてしまえば怖くはないわ。さあ、アメタマ、反撃開始よ」

 

 出来上がった氷のフィールドをすいすいと滑らかに滑っていく。その速さは段々と速くなり、ゼニガメを囲うように回っていく。

 水のベールに未だ包まれているゼニガメだが、アメタマを捉えられないことに動揺を見せ始めた。

 

「アメタマ、バブルこうせん」

 

 アメタマの口からは無数の泡が吐き出され、水のベールをさらに包んでいく。

 それを見たゼニガメはキョロキョロと首をいろんな方向に回している。

 

「カメくん、落ち着いて! まずはからにこもる」

 

 ようやくコマチからの命令が下されたことで集中力を取り戻し、殻の中にこもった。

 

「アメタマ、いいわよ!」

 

 それを合図にアメタマは泡を割り、水のベールに無数の穴を開け、壊してしまった。

 

「シャッターチャンスよ! アメタマ、れいとうビーム!」

 

 チャンスと見たビオラさんはすかさずれいとうビームを選択した。

 思惑としては殻にこもったゼニガメを凍らせて、中から出てこられないようにするつもりなのだろう。

 だが、コマチにはアレがある。

 

「カメくん、こうそくスピン!」

 

 水のベールは消えても未だに残していた氷漬けの触手とともに高速回転し出した。

 アメタマのれいとうビームは氷の触手にで防がれて、逆に触手を大きくさせてしまっている。

 

「なっ!?」

 

 これにはビオラさんも驚きのようで、呆気に取られていた。

 まあ、ここまでは俺が考えたシナリオでもある。知らないうちに色んなもん付け足されてたが。何だよ、はどうだんって。

 だが、ここからはコマチのトレーナーとしての腕の見どころだな。

 お膳立てはしたんだ。好きにやってみろ。

 

「はどうだん!」

 

 完全に氷の尻尾と化した触手を止め、アメタマに再度はどうだん。

 

「躱して、シグナルビーム」

 

 放たれたはどうだんを軽々と躱して、その勢いのままゼニガメに接近し、目の前でシグナルビームを放った。

 普通に考えれば避けた先で攻撃してくるのは分かっているはずなのに、コマチは何も動けないでいた。

 

 ーーーここまでか。

 

 そう思わずにはいられない程の初歩的な戦法で技を受けた。

 だが、まだいけるはずだ。

 一発で倒れるほどヤワではない。

 

「今だよ、カメくん。ゴー!」

 

 それを合図にアメタマの後方から無数の氷の破片が襲ってきた。

 意識がゼニガメに向いていたアメタマとビオラさんは反応することもなく諸に受ける。威力はさほどないだろうが、突然の奇襲に頭がついて行っていない様子。

 

「もう一度はどうだん!」

 

 シグナルビームを受け、フィールドの端まで飛ばされたゼニガメがその場ではどうだんを作り出し、アメタマ目掛けて放った。

 コマチの声で我に返ったビオラさんが口を開く。

 

「アメタマ、まもる!」

 

 多分、今の彼女は自分のペースを持って行かれて頭の中が真っ白になっているみたいだ。次に何をするべきか、コマチが何をしてくるのかを必死に模索しているのだろう。咄嗟の判断で出せるまもるを覚えていたことが何よりもの救いだろう。

 

「あれ?」

 

 ずっと見てて思ったんだが、氷の触手は一体どこに行ったのだろうか。

 今はもうゼニガメの側にはなく、水でできた細い線のようなものしか見えない。

 …………ん? 水でできた細い線?

 

「えっ!?」

 

 というこの声は、ユキノシタのもの。

 

「どうかしたか?」

 

 俺が聞き返すと不思議そうに答えてくれた。

 

「はどうだんって必中っていうくらいにはしつこく追いかけていくのに、初めからアメタマを避けて行ったのよ」

 

 ああ、そういうことか。

 全く、血は争えないというものなのかもな。

 再びフィールドに向けると予想した通りにアメタマの後方には氷の触手があった。そしてそれははどうだんの標的になっていたようで、大きな音を立てて豪快に砕け散った。

 

「えっ!? な、なに!?」

 

 轟音に驚いたビオラさんは音の方に目をやる。次いでアメタマもユキノシタもユイガハマもパンなんとかさんも審判の女性までもがそちらに目をやっていた。

 

「………昔、お兄ちゃんが言ってました。ポケモンバトルは技や特性の知識も必要だけど、自分のポケモンの特徴や技の性質も理解しておくべきだって。今のお兄ちゃんの戦い方にも根幹はそこにあるみたいで、しっかり勉強させてもらいましたよ」

 

 なんかコマチとは思えない発言なんだけど。

 本当に俺の妹か?

 いや、あの可愛さは間違いなく俺の妹ではあるが………。

 急にどうしたんだ、あいつ。

 

「擬似・こおりのつぶて!」

 

 砕けた氷の触手をアメタマに向けて飛ばしていく。

 

「なるほど、波導の性質を使ったってわけか」

 

 意図が読めてしまい、ついニタリと笑ってしまった。

 

「「どういうこと?」」

 

 ユイガハマとパンなんとかさんが俺に聞いてくる。

 ユキノシタ?

 あいつは俺を見て「気持ち悪い」って言ってるぞ。

 

「あー、波導っていうのは一種のサイコパワーみたいなもんだからな。さっきの氷の破片も元ははどうだんなのは覚えてるだろ? ただ凍りついていただけであって、波導の力はまだ働いていたんだ」

「アメタマ、もう一度まもる!」

「だから、氷の破片を波導で操り、アメタマを襲った。アレは今の擬似・こおりのつぶての練習みたいなもんだな」

 

 無数の氷の破片が再度アメタマを襲うが、まもるで耐え忍んでいる。だが、その目にはすでにギリギリであることが伺える。

 

「今襲ってるのも元はみずのはどうだ。あいつは今の今までずっと波導で維持していたんだ。そして波導だから砕け散ってもなお、操ることができている。コマチは技の性質の奥深くまで理解して波導を操ってるんだよ」

 

 まさかとは思ったけどな。

 いつの間にこんなに成長したのやら。

 お兄ちゃん、涙出ちゃいそう。

 

「コマチちゃんてあたしと一緒にポケモンもらったのに、いつの間にあんなすごいことを…………」

 

 ユイガハマは感慨深く、というか年上なのに追い抜かれているのがよほどショックなのか涙を流している。

 それを見て俺の涙は止まった。

 

「はあ………、まるであなたの戦い方を見ているようだわ」

 

 大きなため息とともにまっすぐとそう言い放った。

 

「後ろが隙だらけですよ! カメくん、みずのはどうだん!」

 

 何とか氷の破片を凌いだ直後のアメタマには大きな隙が生まれていた。

 コマチは普通のみずのはどうと使い分けるためかケロマツが使っている方のみずのはどうをそう名付けたようだ。

 

「アメタマァァアアア!?」

 

 全力を注がれたみずのはどうを諸に受け、アメタマは弾き飛ばされた。

 そして、地面に叩きつけられ………。

 

「ア、アメタマ、戦闘不能。よって、ゼニガメの勝利!」

 

 戦闘不能になった。

 

「コマチちゃん、勝っちゃった………」

 

 ユイガハマがぽけーとコマチを見ている。

 ユキノシタも声には出さないものの右手で小さくガッツポーズしていた。見なかったことにしよう。

 

「アメタマ、お疲れ様。ゆっくり休んで頂戴」

 

 アメタマを労わりながら、ビオラさんがボールに戻す。

 そして………、

 

「コマチちゃん、あなた本当に初心者なの? バトルの展開が巧みに構成されていて、私も対処しきれなかったわ」

「それはありがとうございますっ! でも本当に初心者のトレーナーですよ! 強いて言えば兄の背中を見て育ってきたからですかね」

 

 間違いなくそうだと思う。

 あんな戦法、俺ですらしたことないぐらいだし。

 まあ、リザードンじゃ無理な部分もあるしな。武器を作るよりも壊す方だし。

 

「本当、そう見たいね。なんだかハチマン君とバトルしてる気分だったもの。コマチちゃんには悪いんだけどね」

「いえいえ、ほとんど兄の戦いっぷりから模倣したものですから」

 

 いや、あれは俺の模倣を通り越している。

 俺の場合は物理的な攻撃ばっかりだが、コマチの場合は遠距離からのものばかりだった。根幹にあるものは同じでも戦法としてはもはや俺の模倣ではない。全く別のコマチオリジナルの戦い方だ。

 

「やれやれ、早くもバトルスタイルの確立かよ………」

 

 この先、コマチがどこまで成長するのか、楽しみな反面、追い抜かれないか心配なのは俺だけなのだろうか。

 

「それじゃ、第二ラウンドといきましょうか!」

 

 ようやく後半戦が始まった。

 長いな……………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「これ以上ないってくらい興奮してきたわ! 頼んだわよ、ビビヨン!」

 

 ビオラさんのもう一体のポケモン、ビビヨンのおでまし。

 俺とのバトルの最中にふんじんを覚えやがった。ふんじんはその名の通り粉塵で炎タイプの技で攻撃すると爆発して技を出した方がダメージを負うんだとか。予想通りっちゃ予想通りだけど、どこぞの第一位だよと思わなくもない。あいつも平気で立ってたしなー。

 

「カメくん、お疲れ。一旦休んでて」

 

 対してコマチはゼニガメを引っ込めた。

 

「いくよ、カーくん!」

「ニャーオ」

 

 何なんだろうな、うちのニャオニクスは。

 太々しいというかなんというか。普通のニャオニクスの一・五倍くらいには太ってるからか、眠たそうでやる気を感じられない。

 

「ニャオニクスのオスね。いいわ、ビビヨン、かぜおこし」

「ヨーン」

 

 ビビヨンが翼をはためかせ風を起こす。

 

「カーくん、ひかりのかべ」

 

 風除けの壁を作ることで強風を凌ぐ。

 どうでもいいけど鼻ほじりながら片手で壁作るのやめろや。

 

「だったら、サイコキネシス!」

 

 ビビヨンのサイコキネシスでカマクラの体が宙に浮く。

 そして、地面やら壁やら天井にまで太った体を叩きつけられる。

 その間、コマチは全く命令を出さなかった。ただ見ているだけ

 

「コマチちゃん………、どうしちゃったんだろう」

 

 ユイガハマが心配する中、カマクラは地面に叩きつけられ、サイコキネシスから解放される。衝撃で舞い上がるフィールドの砕け散った氷が、その威力を物語っていた。

 

「さっきの威勢はどうしたのかしらっ?」

 

 ビオラさんも不思議そうに、だけど次の攻撃の態勢に入りながら言ってくる。

 

「その様子じゃ、その子は次でおしまいね。シャッターチャンスよビビヨン! ソーラービーム!」

 

 決めのポーズを取るとトドメを刺しにかかる。ビビヨンはエネルギーを蓄え始めた。

 

「ひひっ」

 

 それを見たコマチがコマチの笑い方とは思えない不敵な笑みを浮かべて笑った。

 そりゃ、もう超怖かった。何が怖いって、コマチじゃなくなったかと思ったことだ。それくらいにはギャップがあった。

 

「な、なんかヒッキーみたい………」

「かわいそうに…………、似なくていいところまで似てしまったのね」

「お前らな………」

 

 お前らコマチのバトルを見ながら、俺をちょいちょいディスってくんのやめてくんない? 目から汗のようなものが出てきたぞ。

 

「カーくん、でんけきは!」

 

 コマチに命令されたカマクラは「よっこらせ」と起き上がると物凄い電気を発し始めた。それは四方八方に広がっていき、ビビヨンに向かって全てが収束されていく。

 

「まずいわ! ビビヨン! 躱して!」

 

 だが、エネルギーを蓄えているビビヨンは反応が遅れてしまい、電撃を浴びてしまった。でんげきはの威力は低いため致命傷とはならなかったみたいだが、それでもサイコキネシスで振り回されて叩きつけられたにもかかわらず、すぐに命令を実行できたカマクラに驚きと疑問を隠しきれないでいる。

 

「………どういうこと………?」

 

 じっとカマクラを見つめてビオラさんが呟く。

 

「?」

 

 コマチは疑問の意図が分かっていないのか、小首を傾げている。かわいい。超かわいい。

 

「あれだけ激しく叩きつけたっていうのに、どうしてあなたのニャオニクスは全くの無傷なの……………?」

 

 そう。

 カマクラが命令をすぐに実行できたのはダメージを全く負っていなかったから。

 そして、そのカラクリに気づけていないのが今の彼女の状態だった。

 

「あー、それはですねー。カーくんがエスパータイプだからです」

 

 ニャオニクスはエスパータイプ。それが意味するのはサイコパワーを自在に操ることができるということ。それは攻撃だったり、壁だったり、自分の体だったり。

 結局のところ、サイコパワーを使って壁や床に叩きつけられる瞬間に緩衝壁を作り出し、恰も叩きつけられているかのように見せていただけのこと。

 エスパータイプという性質を理解し、うまく応用しただけなのだ。

 

「それ以上は言えません。兄の策略なので」

 

 いや、確かに俺の組み立てた展開ではあるけどよ。もう、俺の策なしでも自分で組み立てて戦えるだろ。

 

「それじゃ、カーくん。そろそろ空中戦にしよっか」

 

 またも鼻くそをほじりながら、サイコパワーで宙へと昇っていく。

 あ、こら、こっちに飛ばすんじゃねーよっ! 汚ねぇな。

 

「……そう、次は空中戦ね。受けて立つわ!」

 

 なんかフラグっぽいことを言ってるけど気にしないでおこう。

 ふらつきながら起き上がったビビヨンはしっかりを翼を立て、宙へと羽ばたいていく。

 

「ビビヨン、かぜおこし」

 

 命令を聞いたコマチもすかさず命令。

 

「カーくん、ひかりのかべ」

 

 空中戦だからと言ってコマチの戦略が変わるわけではない。風除けのひかりのかべはどこにいても健在だし、でんげきはも普通に打てる。変わったのは足場がないこと。だが、それもカマクラには必要がない。サイコパワーで宙に浮くことができるため、逆につるつる滑る氷のフィールドに立っているよりも行動範囲が広がったりする。

 

「移動してサイコキネシスっ」

 

 壁ができたことを確認すると風を起こしながら宙を移動しだした。そして、壁のない方向からカマクラをサイコキネシスで捕らえ、身動きを封じる。

 

「さあ、これで動きは封じたわ。ビビヨン!」

 

 先ほどの失敗に終わったソーラービームのエネルギーをも加えて新しくエネルギーを蓄え始める。フルパワーでのソーラービームを放とうという考えなのだろう。

 

「今よ、ソーラービーム!」

 

 全く動こうともしないカマクラとコマチに容赦なく決め技を放ってくる。

 フルパワーともなれば一発で戦闘不能になる可能性も考えられる。

 

「カーくん、やっちゃえ!」

 

 ようやく出したコマチの命令により、カマクラはサイコキネシスを自ら破った。

 

「えっ!?」

 

 突然のことでビオラさんはついていけていない。

 カマクラはビビヨンの方へと飛んでいく、

 一直線に迫ってくるソーラービームを芯にして、軽々しく弧を描いて躱し、そのままビビヨンの背後を取った。

 

「ビビヨン! 逃げて!」

 

 何かを勘付いたビオラさんはカマクラから距離をとるように命令する。

 だが、

 

「カーくん、サイコキネシス!」

 

 お返し、と言わんばかりに同じ技でビビヨンを捕らえ、動きを封じる。

 横でユイガハマが「うわー」と俺をジト目で見てくるのはなんでなんだろうな。

 

「で・ん・げ・き・は・☆」

 

 うわぁー。

 今日一番のいい笑顔。

 あのカマクラですらいい笑顔なんですけど。

 あのコンビ、本気を出すとやばいかも……………。

 

「…………子供は親の背中を見て育つとは言うけれども。コマチさんの場合は誰の背中を見てるのでしょうね」

 

 さっき、コマチが自分でも言ってたけどな、それ。

 突き刺さる三人の視線がすごく痛い。

 

「ビビヨン、戦闘不能! よって勝者、ヒキガヤコマチ」

 

 煙を出しながら地面に落ちたビビヨンを見て審判の女性が判定を下す。

 

「やったよ、お兄ちゃん!」

 

 Vサインをこっちに向けながら喜びを顕にしている。

 うん、さすがにあんな戦い方できるんだったら負けるわけねーよ。

 

「やったね、コマチちゃん!」

「おめでとう、コマチさん」

 

 俺の横ではユイガハマとユキノシタがコマチを賞賛している。

 

「おめでとう、コマチちゃん。全く歯が立たなかったわ」

 

 審判の女性を引き連れてビオラさんがこっちに来た。

 

「はい、これがバグバッチ」

「ありがとうございます!」

 

 そうか………、滔々コマチもバッチ持ちか………。

 感慨深いことだな。今日の日を忘れないでおこう。

 

「あ、そういえば姉さん。今朝言ってた、コマチちゃんは絶対に勝つって言ってた根拠って、結局なんだったの?」

「あー、あれはコマチちゃんが二人の元チャンピオンから指導を受けてるからよ」

 

 しれっととんでもないことを言い出した。

 思わず目を向けるといたずらに成功した子供のような顔をしていた。

 前言撤回。

 これ、忘れようにも忘れられない日にしかならない予感がビンビンする。

 

「二人のチャンピオン? 一人じゃなくて?」

 

 ビオラさんが姉に聞き返す。

 

「そうそう」

「…………ハチマン君?」

「そうそう」

 

 じっと俺を見つめてくる。

 しばしの沈黙。

 ………………。

 

「………え? これ現実?」

「現実よ。第10回目カントーリーグの優勝者にして元チャンピオン」

「え? うそ? そんな…………え、ぇぇぇぇぇええええええええええええええ!?!」

 

 絶叫がジム全体に広がる。

 それからぶつぶつと何か言ってはいるが、もう何を言っているのかすら聞こえない。

 かと思えば、急にどこかに行ってしまった。

 そんな彼女を見ていると急に悪寒がした。

 振り向くとそこには三人の鬼がいた。

 

「「「ちょっと来なさい!」」」

 

 声をそろえて俺をどこかへと連れて行く。

 連れてこられたのは部屋の端っこ。

 

「ねぇ、どうしてパンジーさんがあなたのことを知ってるのかしら?」

 

 近い近い怖い近いいい匂い。

 やめて、そんなに近づかないで!

 

「…………え、っと、何故でしょうね………ははは」

「まさか、朝会った時に仲良さげだったのもそのことが原因なのかなー?」

 

 うはっ?!

 まさかのユイガハマまでもがユキノシタのような形相をしている。普段見せない分めっちゃ怖い。

 

「い、いやそんな仲良くはない、ぞ………というか苦手な部類ですらあるぞ」

「お兄ちゃん、まーだコマチに隠し事してたんだね」

 

 コマチの俺を見る目が喧嘩した時よりもやばくなっている。

 そんな顔されたらお兄ちゃん、引きこもりになりそう。

 

「………いや、それは………隠してたと言いますか説明すると長くなるので面倒と言いますか…………」

「この前、私をあんなに強く止めたのに今日は一切止めなかったわね………」

 

 あ、この前のこと結構根に持ってたんですね。

 

「や、あの時はあの時と言いますか、今日は止める隙もなかったと言いますか」

 

 ねえ、何なのこの状況。

 何で俺がこんなに攻められなきゃなんねーんだ?

 というかこの三人、めちゃくちゃ怖いんですけど!

 まだ、サカキの方が優しかったまである。

 助けて、サカキさま~。

 

「ヒキガヤ君の」

「ヒッキーの」

「お兄ちゃんの」

 

 お三方が声をそろえて最後に一言。

 

「「「バカ!!」」」

 

 そ、そんな耳の近くで大声を出すな! いい匂いをさせるな!

 

 

 

 今更だがユイガハマって知ってたんだな……………。

 



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12話

「三人ともハチマン君のことどんだけ好きなのよ」

 

 女子三人に叱咤されて戻ってくると、パンなんとかさんが開口一番にこんなことを言い出した。

 

「べ、別にそんなことはこれぽっちも思っていません。ヒキガヤ君なんてーー………」

「そ、そんなことないし! フツーだし! 隠れて一人で背負込むヒッキーが悪いんだし!」

「まあ、妹ですから」

 

 と三者三様の返し。ユキノシタは長々と言っていたがユイガハマの声で全く聞こえなかった。

 そんなこんなしてたらビオラさんが戻ってきた。彼女の手にはペンと色紙? のようなものが握られていた。

 

「………あ、あのっ!」

 

 ルンルン気分で俺の前に立つと上目遣いで俺を見てくる。

 これは何かいけないフラグが立ってしまっているように感じるのは俺だけだろうか。

 

「サインくださいっ!」

 

 はっ?

 

「はっ?」

 

 思わず、声に出してしまった。だけど、仕方がないだろう。いきなりサインくれとか言われたら驚くに決まっている。

 

「ずっと前からファンだったの。だけど最近は話題にならないし、もうトレーナーやめたのかと思ってたから。だから、サインちょうだい?」

 

 え?

 なにこの状況。

 頭が追いつかないんだけど。

 

「……………」

 

 状況が読めず、視線をずらすとユキノシタと目があった。珍しく驚いたような顔をしていて新鮮だった。

 次いでユイガハマに向けると口を大きく開けて固まっていた。アホっぽいのでやめようね。

 コマチは目をキラキラさせて俺たち二人を見ている。見なくても熱い視線が送られてくるのだから見たくもない。可愛いだろうけども。

 最後に姉の方に首を回すとニヤニヤと笑っていた。そりゃもうムカつくくらいの満面の笑み。うん、この人の企みだな。知ってて、バラしたんだな。

 なんか無性に殺(バラ)したくなってきた。

 

「第10回目のカントーリーグを二人で見に行ったのよ。その時に妹がハチマン君に魅了されちゃって、この有様ってわけ。名前も顔も朧気にしか覚えていないというのにずっとファンだって聞かなくて。ジムリーダーになったのもあなたに会ってみたいからという単純な理由からだし」

 

 なにその理由。

 そんなことでジムリーダーってなれるもんなのかよ。

 というかサインってなんだよ。俺、書いたこと一度もねーんだけど。なんなら求められたことすら皆無だな。

 

「…………要するにシスコンの姉が妹のために俺をつけ回していたってことか………。カロスには俺のストーカーがうじゃうじゃいるみたいだな………」

 

 カントーに帰ろうかな………。

 なんだよあの変態といい目の前の女といい。何で俺を着け回すんだよ。ロケット団に狙われてる時の方がよっぽど心が軽いわっ!

 

「やだもう、シスコンだなんて……」

 

 なんでそこで否定するどころか満更でもない表情してんだよ。

 

「……サイン~」

 

 なあ、さっきから俺の腕を引っ張って駄々を捏ねてる人って、俺よりも年上だよな?

 なんでこうすっかりと幼い頃の無邪気な顔してんだよ。見た目が大人な分、痛い人でしかないわ。

 

「あの、………離れてくれませんかね」

 

 もうね、口角が引きつってるわ、目が腐っていくわで結構やばい顔になってると思う。その自覚はある。

 しかもこんなジムリーダーを見てコマチたちが若干引き気味だし、俺の顔見て後ずさりするし…………。なんだろう、言ってて泣けてきた。

 

「………………」

 

 そう言っても離れてくれない。

 

「………………」

 

 そういや、昔こんな感じで俺に悪ふざけしてきた保険医がいたような………。んで、タイミングよくヒラツカ先生が現れて、止めてたはず………。確かこう……、

 

 ガシッと。

 

 頭を上から掴むように指をこめかみに食い込ませるように…………。

 

「あ、いたたたたたたたたっ!? イタイイタイッ!! ちょ!? て! ゆび! 食い込んでるからっ! めりめり言ってるからーっ!?」

 

 あ、ヤベッ!?

 思わずやっちまった。

 

「あー………」

 

 取り敢えず、バンバン俺の手を叩いてくるので頭から手を退ける。

 ビオラさんはこめかみを押さえて唸り声を上げている。

 

「意外と俺の手ってデカいんだな………」

 

 大人の頭を鷲掴みにできる俺の手は割とデカい方なんじゃないだろうか。ということはヒラツカ先生も結構手がデカいという…………本人には言わないでおこう。

 

「ひ、人の頭を鷲掴みにしておいてその感想はひどくないー?!」

「人を無視して暴走してたのはそっちでしょうに」

「うっ!?」

 

 どうやら、無事に現実に御帰りになったらしい。

 

「お、お兄ちゃん。やっぱり鬼畜だー」

「さすがに女性に対してそれはないと思うわ」

「………でも、ちょっとだけ羨ましいかも………」

 

 コマチとユキノシタが俺を非難してくる中、ユイガハマが静かに爆薬をこぼす。

 

「「えっ?」」

 

 そりゃ、「えっ?」ってなるよな。俺もまさにそんな感想だし。

 

「あ、や、べ、別に痛いのがいいとかじゃなくて……………ヒッキーに、…………頭触られたのが、その…………羨ましいな、って………」

 

 顔を赤く染めながら、両人差し指の腹を擦り合わせて、ぽしょりと言った。

 

「まさか、お兄ちゃんが女の子を一人堕とした!?」

 

 衝撃の新事実と言わんばかりの顔をするコマチだが、言ってる意味がよくわからない。俺がいつ落としたんだよ。

 

「やるわねー、ハチマン君」

 

 うるさい黙れっ!

 

「そんなあなたたちにとっておきのものがあるのだけれど、見る?」

 

 なんて言えるはずもなく、怪しいビデオカメラの取引をまんまと行われた。

 

「なんだか分かりませんが、見ますっ!」

 

 真っ先に食われたのはユイガハマ。バカだから仕方がないか。

 

「コマチちゃんたちは?」

「……それってお兄ちゃんが映ってたり「もちろん!」見ます! ぜひ見させてください!」

 

 すまん、俺の妹も食われたわ。

 

「それって………そのビデオってまさかっ?!」

 

 中身を思い出したのであろうジムリーダーはすでに食われていた。

 

「私は別にヒキガヤ君の映像なんて見ても「三年くらい前のものなんだけど」…………見るだけですからね」

 

 あのユキノシタ(というほど知らんけど)までもが食われました。結果僕には味方がいなくなりました。

 

「それじゃ、視聴会といきましょうか」

 

 各々の反応を確認すると、ホロキャスターにビデオカメラをコードでつないで、映像を再生した。

 何の映像なのかは見ないことには分からないが、少なくとも俺が出ている時点で、俺が被害を受けるのは間違いない。

 

『…………ーーさあ、第10回カントーリーグも残すところ次が最後のバトルとなりました! 思い返してみれば今回の大会はカントーのチャンピオンが参加という異例の形となり、皆さんも彼女の華麗なバトルに魅了されたことでしょう! そのほかにも多くのタレントが揃った今大会の中で決勝に勝ち進んだのはこの二人! チャンピオン、ユキノシタハルノ! クチバシティ、ヒキガヤハチマン! 実質、チャンピオンに挑む形になるこのバトル! それでは皆さんお待ちかね、バトル! 始め!』

 

 ……………………………。

 バトルフィールド全体が画面に映し出され、聞こえてくる音声ではっきりとした。

 これ、俺が優勝した時のやつじゃねーか。

 というか相手の名前、ユキノシタの姉じゃね?

 

「………姉さん」

 

 はい、ビンゴ。

 ユキノシタの姉でしたー。

 おい、マジかよ。全く覚えてねぇんだけど。

 

『行きなさい、パルシェン』

『………かみなりパンチ』

 

 ユキノシタ姉がパルシェンを出したのを確認すると、映像の俺はモンスターボールを投げて技を命令していた。まあ、どうせ出すのリザードンしかいねーしな。

 

『ッ!? からにこも……ーーッ?!』

 

 彼女が命令を出す前にリザードンが技を決めた。

 効果抜群の技を受け、観客席との境目の壁にクレーターを作る。

 

『パルシェン!?』

 

 パルシェンに呼びかけるが反応はない。

 あれ? 一発で決めたんだっけ?

 

『なッ、なんとーッ!? パルシェン、早くも戦闘不能!!』

 

 実況の人もびっくり。

 映像を見てる女性陣もびっくり。

 そして、当の本人もびっくり。

 え? 昔の俺ってこんなだったの?

 なんか無双してね?

 

『戻りなさい、パルシェン。どうやら甘く見てたようね。ネイティオ、行きなさい』

 

 次に出してきたのはネイティオ。過去と未来を見通す力があるのだとか。何度か見たことあるけど、野生のやつはじっとどこかを見ていて、微動だにしないから不気味である。

 

『みらいよち』

 

 羽を広げてどこかに攻撃を仕掛ける。

 何度見ても動きが不気味だ。

 

『かみなりパンチ』

 

 対する俺は、全く臆することなく攻撃に出る。

 

『サイコキネシスで動きを止めなさい』

 

 リザードンが間近まで迫ったところで、ネイティオがサイコキネシスで勢いをゼロにする。まあ、ここはエスパータイプの王道といったところか。画面の中の俺もそれは分かっていたみたいだ。

 

『ドラゴンクローでぶち破れ』

 

 淡々と命令をする。

 この時の俺は何の考えていたのは定かではない。だが、少なくとも負けるなんて未来は見ていなかったはずだ。でなければ、こんな淡々と命令もできない。

 

「えっ!? 破っちゃった!?」

 

 ユイガハマが驚くのも仕方がない。

 このジム戦でもビビヨンがサイコキネシスを使っていたのだから、アホなユイガハマでもその強力さは身にしみているはずだ。その技をあっさりと切り裂いたのだから、いかに画面の中のリザードンが規格外のことをしているのか理解できたのだろう。

 

『つばめがえし!』

 

 戦略を切り替え、リザードンに向かって突っ込んでくる。

 身動きを封じてみらいよちを当てようとしていたのを、今度は自らが飛び込む形で躱すなり受け止めるなりの行動で仕掛け場所に誘い込むつもりなのだろう。

 

『ハイヨーヨー』

 

 だが、リザードンは躱すには躱したが、遥か上空へと翔昇った。

 ああ、この時にはすでに命令を隠すようになってたんだな…………。

 ハイヨーヨーは上空へ高く昇り、一気に下降する戦法。この時、重力が働き下降するスピードが増すため、多分トップギアよりも瞬間的な速度は速い。

 

『ドラゴンクロー』

『ネイティオ、上から来るわ。リフレクターを何枚も貼りなさい!』

 

 上から攻撃する意味を瞬時に理解したユキノシタ姉は、リザードンの軌道上にリフレクターを何重にも貼っていく。

 

「およ? リフレクターってあんな風に貼ることもできるの?」

 

 じっと見ていたコマチがそこに気づいた。

 

「ひかりのかべも使い方次第じゃできるはずだぞ。ただ枚数が増える分、維持するのが困難になっていくとは思うが」

 

 そういや、カマクラがひかりのかべを覚えてるんだもんな。これから先のいい勉強になったというわけだ。

 

「へぇー」

 

 それだけ漏らして再び画面に釘付けになる。

 

『トルネード』

 

 はい、ただドリルのように回転するだけです。

 

「……これ見てる分にはいいけれど、実際にされると何をしてくるのか一瞬考えるから、判断が遅れるのよねー」

 

 この前の夜戦を思い出したのだろう。あの時とは別もんだが、技を隠す点では同じである。

 

『ネイティオ!?』

 

 壁は役割を果たせず砕け散り、ネイティオはドリルのようになったドラゴンクローの餌食になった。

 だが、これで終わりではないだろう。彼女がどこまで先を見越したバトルをしているのかは分からないが、相性の加減がない技ではまだ戦闘不能にはなっていない。あと一、二発は技を決めないといけないだろう。

 

『そう、まだいけるのね。もう一度、サイコキネシス』

 

 苦し紛れ、というわけでもない。アップにされたユキノシタ姉の目は真っ直ぐとしていた。

 

「きた!」

 

 ユイガハマが思わず指をさしていた。

 リザードンの後方斜め上空からみらいよちが発動した。

 

『四時の方向およそ斜め六十度上空からみらいよち』

 

 それだけでリザードンは両手の竜爪を立てた。

 

『3』

 

 そして、右爪でサイコキネシスを破壊し、

 

『2』

 

 遠心力を使って身体を回して、

 

『1』

 

 右足で強く地面を蹴り出し、

 

『やれ』

『つばめがえし!』

 

 左爪に突き刺し、みらいよちの軌道を変えた。

 向かうのは真下の地面。

 

 ドゴンッ!

 

 と地響きがする音と砂を撒い散らす。

 画面がブレたのもそのせいだろう。

 なにせ、地面にはクレーターができてたからな。

 

「音声なのに身体の芯にズシンとくるんだねー」

 

 そうなのだ。

 聞こえてくる音声ですら骨を伝って脳に届く感じがする。つまり、実際にはもっと凄まじかったということを暗に物語っていた。

 だが、記憶が正しければ俺はこの時、一つだけ重大なミスをしていた。

 

『…………あれ? リザードンは?』

 

 昔のビオラさんだと思われる声が聞こえてくる。当の本人も自分の声が残っていたことを忘れていたのか、顔を赤くしている。

 

「あ、ほんとだ。リザードンがいない』

 

 晴れた砂煙りの中にはネイティオの姿しかなく、リザードンの姿はどこにもなかった。

 

「つばめがえしを受けたんだよ。それで画面に映ってないところまで飛ばされたんだ」

 

 彼女の狙いがなんだったのかは分からない。だけど、俺はこの時判断を誤り技を受けてしまった。本当はみらいよちに突っ込むように行動して引き付けてから躱せば、ネイティオに充てることもできたはずなのだ。だが、まあ仮定の話をしても意味がない。これは過去のことであり、それでもなんとか勝ちもした。いい勉強になったとでも思えば、済む話だ。

 

『エアキックターン。かみなりパンチ』

 

 俺の声がかすかに聞こえたかと思うと画面の端からいきなりリザードンが出てきて、ネイティオにかみなりパンチを捧げた。

 

「うわっ、なに? 今の」

 

 声を上げて驚くユイガハマ。

 

『ネイティオ!?』

『ネイティオ、戦闘不能! まさかここまで激しい攻防が繰り広げられるとはっ! 彼は一体何者なのでしょう!』

『戻りなさい、ネイティオ』

 

 ここでネイティオ戦闘不能。残り四体だっけ? フルパーティーに一体で挑むとか昔の俺って馬鹿なのかね。

 

「あー、今のは攻撃を受けて飛ばされた勢いを強引に空中で止まって空気を蹴りだすことで踏み込んだ時の力を増幅させたんだ。その時に翼も前から後ろに羽ばたくことで翼の後ろの空気を踏み込み台にして、さらに加速させた。だから、あんな見えない攻撃になったんだ」

 

 伝わっただろうか。ちょっと説明するの難しいんだよなー。実際に見せた方がいいのか?

 

「んー、よくわかんない」

 

 だろうね。お前には難しい話だろうよ。

 

「分からなかったら、後でいろいろ見せてもらいなさい。変な戦法を無駄に持ってるのだから」

 

 変って言うな。

 これでもアニメを見て飛行術を勉強したんだぞ。

 …………どっかでフライングサーカスとかやってないのかね。ちょっとやってみたい気もしないでもない。

 

「ポケモンが覚える技以外にも役に立つ動きはあるからな。そういうのもバトルに取り入れるのも一つの手だ」

 

 結局のところは、バトルの展開をいかに支配できるかで勝負は決まるからな。

 

「って言われてもピンとこないんだけど………」

「足の運びとか姿勢とかでも変わるもんだぞ」

「そんなことでもいいんだ!?」

「ああ、そのポケモンに合ってれば、の話だがな」

 

 その点で言えばコマチは合格である。ちゃんとポケモンについて理解しようとしているからな。

 

『行きなさい、ドンファン!』

 

 三体目にドンファンを出してきたユキノシタの姉。

 じめんの単タイプではあるが、ころがるなどのいわタイプの技も覚えるひこうタイプの天敵。なんならリザードンに対しては四倍率になるから危険極まりない。しかもこっちのかみなりパンチは効果がないから使えない。何気、じめんタイプは敵に回したくはない。

 

『まるくなる』

 

 しかもころがるにはコンボ技があり、先にまるくなるを使うと威力が上がるのだとか。理屈は分からんが、リズム良く攻撃できるからだろうと俺は考えている。

 

『えんまく』

 

 リザードンが会場一帯を黒い煙で覆い包む。これは技を発動される前に錯乱しておこうとか考えていたはずだ。ころがるが発動してしまえばあまり意味をなさないが、トレーナーの方には少なからず影響を与えることになるからな。トレーナーの方に判断ミスが出ればバトルの展開もなんとかなるってもんだ。

 

『ころがる』

 

 まあ、彼女にはあまり効果がなかったがな。撹乱するなんて動作は彼女の脳には刻み込まれていないようであった。コンピューター、というわけでもなくただただ冷たい。バトル中も自分のポケモンを試すような素振りさえ見受けられた記憶もあった気がする。ユキノシタとはまた違った冷たさだった。あいつの場合は俺にだけ冷たいからな。もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないかしらん。

 

『フィールドを回り続けて煙を払いなさい』

 

 ゴロゴロ音を立てながら円を描くようにフィールドを回り出す。何周も回っていくため見ているこっちが目が回る気分だった。

 綺麗に煙が晴れると先のバトルでできたクレーターが一際目立つ。

 

『ドンファン、リザードンは上に逃げたわ。クレーターを使ってジャンプしなさい』

 

 フィールドにいないからって確認もしないでリザードンの位置を把握するとは。やはりチャンピオンというだけの考察力があったみたいだな。まあ、ユキノシタの姉だし当然か。

 ゴロゴロと轟音を上げながらクレーターを使って加速し、縁でジャンプした。目指すはリザードンの懐。こんな風に回転している相手には直接触らない方がいい。扇風機に手を突っ込むようなもんだからな。巻き込まれでもしたら洒落にならん。

 

『リザードン、かえんほうしゃ』

 

 距離がある分、遠距離からの攻撃をうまく使うのが得策だ。何なら攻撃を当て続けて、近くまで来たら躱せばいいからな。しかもリザードンはひこうタイプだ。空中での動きはポケモンの中でも得意分野である。ただ勢いで迫ってくるだけではまだこちらに部があるのだ。

 

『そのまま突っ込みなさい』

 

 そうそう、確かそんな感じに強引に切り抜けてきたよな。姉といい妹といいかえんほうしゃの中をポケモンに突っ込ませるの好きだね。もう少しポケモンを労わってやれよ。まあどっちも過去の話なんだけど。

 

『ローヨーヨー』

 

 真っ直ぐと突っ込んでくるため下降して回避に回る。意外と怖いんだよな、ああいうの。ダメージ? 知るか、ボケェ! って感じで攻撃以外のことが頭にない奴ほど危険なものはない。

 地面までたどり着くと、着地はせず下降中に加速した力でドンファンに向け上昇。

 

『たたきつける!』

 

 回転したまま重力でさらに加速して、再び突っ込んでくる。

 ドンファン、突っ込むの好きだな。

 力強く迫ってきても技を出すために回転を解いた。

 

『躱してドラゴンクロー』

 

 あのまま回転していたらかえんほうしゃを放つしかなかったが、たたきつけるためには長い鼻を使うしかない。過去の俺はそうくると踏んだのだろう。だから、迷いもなくドラゴンクローを選択した。

 リザードンは身体を翻させ、ドンファンの背後を取る。そして、両腕に竜爪を立て、二度に渡り切り裂く。

 勢いをそのままにドンファンは地面に叩きつけられる。

 ドンッ! という音が会場を包む。

 映像を見て気づいたが、リザードンが二撃目に爪を這わせてたたき落としていた。何気にえげつない自分のポケモンの姿にちょっと驚いた。命令もなくそういうことやるなよ。

 

『かえんほうしゃ』

 

 え?

 今、俺、命令した!?

 追い討ちのように空中からかえんほうしゃを放つ。

 前言撤回。

 えげつないのは俺でした。

 昔の俺ってこんなだったっけ?

 

「えげつないわね」

「これはさすがに…………」

「やりすぎだよ、お兄ちゃん………」

 

 お三方の意見はもっともだと思います。

 けどね。

 ここに一人だけそれを見て目をキラキラさせてる奴がいるんですよ。

 だーれだ?

 

「ちょっと、何でそんなキラキラした目をしてるのよ」

 

 パンさんが妹に向けて信じられないという目で声をかける。

 釣られて俺たちも変なものを見るような目で見る。

 

「え? だってすごいじゃない! 私もこんなバトルをしてみたいと思ってやってみたけど、うまくできなかったのよ! それを軽々とやってのけてるんだから、もうすごいとしか言いようがないわ! しかもまだ十三歳なるかならないかでよ! 第9回のカントーリーグの優勝者や準優勝者に引けを取らない強さだわ! 彼らは図鑑所有者でーー………」

「はいはい、ちょっと落ち着きなさい。ハチマン君がすごいのは十分に分かったから」

 

 急に語り出したビオラさんをお姉さまが口を押さえて静かにさせた。

 ダメだこの人。

 熱狂的すぎる。

 しかも第9回ってあの二人じゃん。片方は実際に見たことないけど。くそ、あのイケメン。今思い出してもムカつく。

 

『ドンファンを空中にぶん投げろ!』

 

 俺のまだ声変わりし始めの頃の声が聞こえて来る。

 リザードンがそれに反応し、かえんほうしゃを追加で受けて煙を上げているドンファンの鼻を掴み、宙へとぶん投げた。

 やっと立ち上がれたってのにまた身動きを奪われるとかドンファンがかわいそうに見えてきた。

 

『デルタフォース・ドラゴン』

 

 宙を彷徨うドンファンに向けて一気に駆け上がり、ドラゴンクローで切り裂く。

 

『ドンファン、まるくなるからのころがる!』

 

 負けじとユキノシタの姉も防御しながらの攻撃に努めようとする。

 だが、リザードンの攻撃はまだ止まらない。

 空中で三角形を描くように切り裂き、爪を食い込ませて放り投げ、移動してはまた切り裂いていく。ドンファンは攻撃どころが防御の体制すらとる暇も与えられず、為すがままの状態。

 

『スイシーダ』

 

 そして、最後勢い良く地面に叩きつけた。

 ここまでされれば確かに硬い鎧をつけた防御力のあるドンファンでも戦闘不能であるのは間違いない。なんなら、これで立ってたらそれこそ異常事態とまで言える。

 

『ドンファン!?』

『ドンファン、戦闘不能。いやー、それにしてもヒキガヤ選手のリザードンは無双してますねー。これで三体抜きですよ。このまま勝ってしまったりしたら、それこそ偉業ですよ』

 

 これで三体か。そして残りも三体。見てるとやっぱ長いなー。バトルしてる時はそこまで時間を機にすることはないんだけど。また自分のことである分、何となく思い出してもきてるし、展開が読めるからそこまで釘付けになれねぇんだよ、これが。

 

『戻りなさい、ドンファン』

 

 またしても冷ややかな声。

 自分のポケモンだというのに負けると、態度が冷たくなっているような気がする。

 

『行きなさい、ハガネール』

 

 またくそデカいやつ出てきたな。

 しかも身体が鋼でできてるから、アホみたいに硬いし。

 はあ、これまだ見なきゃなんねーのかな。

 くっそ長いんですけど。

 



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13話

『がんせきふうじ!』

 

 ハガネールが身体の周りに岩々を創り出し、衛星のように回し始める。実に嫌な技だな。攻撃の体勢をとると同時に近づけないような防御の役割まで担ってるんだ。まさに攻撃は最大の防御だな。

 

『かえんほうしゃ』

 

 だけど、こっちには遠距離から攻撃できる技があるんだ。しかも相手は鋼タイプ。かえんほうしゃは効果抜群というおまけまで付いてきたんだ。使うしないだろう。

 

『かえんほうしゃの軌道を封じなさい』

 

 ハガネールの周りを天体のように回転する岩を少しずつ飛ばして、かえんほうしゃの軌道上に落とし、道を塞いでくる。そして、ハガネールに届かなくなったことを確認すると次の命令を下した。

 

『次は攻撃よ』

 

 その一言で残りの岩を全てリザードンの頭上に移動させ、時間差をつけて一気に落としてくる。いわなだれよりは岩自体が小さいためその分威力も下がるが、代わりに身動きを封じることでこっちの素早さを削ってくる厄介な技であることに変わりはない。まして、リザードンはいわタイプに特に弱い。威力が小さくても蓄積されれば大ダメージを受けるのとなんら変わりはないのだ。

 

「さて、こっから俺はどうすんだっけな」

 

 上から落ちてくる岩の山。

 当たると致命傷になりかねない相性。

 相手の方にも岩の列が組み敷かれ、実質逃げ道は三方向。

 穴でも掘れたらよかったんだが、できないものはしょうがない。

 となると今の俺ならばーー。

 

 

 ーードラゴンクローからのトルネードかな。

 

 

 幸い岩はそこまで大きいわけでもないから、ドリルのように一点に力を加えれば、穿つことも難しくはない。それに残りの三方向に逃げたといてもがんせきふうじだからな。逃げ道と見せた囮でしかない。行けば地獄と言っても過言ではない。

 

『ドラゴンクロー』

 

 一応昔の俺も技の性質は理解しているらしい。まあそうでなければ優勝なんてできるはずがねぇわな。

 だけど命令はそれだけで、リザードンが竜爪を岩に這わせて全ての軌道をずらしていく。これ自体も相当なテクニックではあるが、数が多い分危なっかしいし、その場に止まっているため次の攻撃に移るのに踏切が必要となってくる。これでは遅いし、効率が悪い。やはりあいつに指摘されるまではこんな感じだったんだな。

 

『移動しながらかえんほうしゃ』

 

 全てを弾き終わると画面の俺が命令を下す。

 そして宙を移動しながらかえんほうしゃを打ち出していく。

 

『りゅうのいぶきで返しなさい!』

 

 それに反応するようにユキノシタの姉も次の命令を出す。

 赤い炎と青い光線がぶつかり合い、絡み合い、爆発。

 ずっと疑問だったんだが、何でイワークとかハガネールはりゅうのいぶきを覚えるんだろうな。ドラゴンでもなければ竜でもない、ただの蛇なのに。

 

『押し返せ』

 

 しかし、そこは火力の問題というか能力の問題というか。得意技ではリザードンに分があった。

 青い光線を押し返しながら徐々に赤い炎で鉄の蛇に睨みを利かせていく。

 

『ジャンプしてアクアテール!』

 

 すると突然鉄の塊がジャンプし、空中を移動するリザードンに正面から迫ってきた。

 ………ああ、そうだ。この時俺もさすがに驚いた。重たい鉄の体を引っさげて飛んでくるのにもだが、アクアテールを覚えていたことに度肝を抜かれた。確かに、ハガネールは鉄蛇というだけあり、長い身体を使った攻撃を得意とする。つまり、尻尾を使った技も得意とし、鋼・水・ドラゴン三つ全ての尾(テール)技を覚えられるわけであるが、アイアンテール以外はなかなか覚えないと聞く。だから、アクアテールを覚えているこのハガネールが珍しかったのだ。というかハガネールがアクアテールを使うところを初めて見たまであった。

 

『躱して、かえんほうしゃ』

 

 でもまあ、そこは空中戦だし。身軽なのもリザードンなわけで、あっさりと躱した。

 ハガネールの尻尾は地面に突き刺さり、抜けなくなる。重たい身体でジャンプした勢いがそのまま地面を割くほどの威力になったのだろう。あれが当たってたら、いわ技でなくとも致命傷になったかもしれない。

 だが、それは仮定の話でしかなく実際には当たってないのだし、尻尾が地面に突き刺さって身動きできなくなっているのが現実だったのだ。後学のために覚えておくとしても仮定的な話はする意味がない。

 それよりも鋼の巨体が炎で焼かれていく。

 鋼が融けることはないようだが、融けたらどうなるんだろうな。

 

『アイアンテールでジャンプしなさい』

 

 炎の中に映る黒い影が一度身を屈め、再びジャンプしてリザードンよりも高い位置を確保した。

 なるほど、硬い分だけ反発力が高まるということか。

 

『かえんほうしゃで追いかけろ!』

 

 近づきたくない俺はそのままかえんほうしゃで追尾させる。

 だが、ハガネールは学習したのか、技を出すことなく火柱の周りをうねうねと回りながらリザードンに迫ってきた。

 それは以前、ジョウトのどこか(場所は忘れた)で見た翠色のポケモンのようだった。夕暮れ時だったからよくは見えなかったけど、空をうねうねと移動していたのは印象的だった。

 

『りゅうのいぶき』

 

 近づいてくるからてっきり尻尾を使って攻撃してくるのかと思ったが、そうでもなかった。近距離からの光線というのもそれはそれでありだな。

 

『りゅうのいぶきを塞き止めろ』

 

 再び青い光線と赤い炎がぶつかり合う。近距離でしかも上から攻撃できているためか、さっきよりも技に速さがあった。そして今度はかえんほうしゃが徐々に押し返されてくる。

 これではさすがに攻撃を受けてしまう。

 だけど、この時にはすでにアレが完成していたはずだ。

 

『ーーブラスターロール』

 

 その一言でリザードンは一瞬でハガネールの背後を取った。

 ハガネールは重力に逆らうことはできず、目標も見失い、あとはもう地面に落ちるだけ。

 その隙を昔の俺が見逃すはずがない。

 

『かえんほうしゃ』

 

 背中から押される形で火柱を受け、顔面から地面に叩きつけられる。

 防御も何もかもをさせてもらえず、ハガネールは気を失った。

 

『ハガネール、戦闘不能』

 

 ようやく四体目を倒した。

 でも確か次がヤバかった気がする。今思えば、ドンファンもハガネールも奴の伏線だったのかもしれない。そもそも彼女が本当に本気を出して戦っているのかすら怪しくなってきた。この映像を見ているとなぜかそう思えてくる。

 なんか、なんというか……………、

 

 試されてる感が半端ない。

 

 何をかは分からない。

 だけど、俺の実力を推し量っているような、そんな気がしてならなかった。

 

『戻りなさい、ハガネール』

 

 またも冷たい声でボールに戻している。

 

『行きなさい、バンギラス』

 

 そして、出すポケモンにはまだ熱を感じられた。

 何なんだろうこの差は。

 あの時はそんなことを感じる余裕すらなかったからかもしれないが、改めて見てみると彼女の様子が異様に感じられる。

 ってか思い出した。そうだよ、五体目ってバンギラスじゃん。いわ・あくタイプでポケモンの中でも割と強い方だとか前になんかで見たことあるぞ。かくとうタイプが四倍率の弱点になるし、それを抜いても弱点技は多い方。だけど、それをものともしない多様性を秘めている怪獣。

 

『………すなおこし、かっ!?』

 

 しかも特性がすなおこしであり、バトルになればフィールドを砂嵐で覆い包む。

 いわ・じめん・はがねタイプと特殊な特性を持つもの以外はダメージを受け続けるという何ともいやらしい性質を持っている。

 

『いわなだれ』

 

 すなあらしでリザードンが怯んでいるところを容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

 頭上からは数多の岩が創り出され、雪崩れるようにリザードンに降り注ぐ。

 

『くっ!? リザードン、躱せ!』

 

 こうしてみると俺が初めて怯んだように見える。

 過去の自分のことで恥ずかしいのは山々なんだが、こういうところを見ると自分であっても何か面白くなってきた。

 

『シャァアアッ!?』

 

 砂嵐に一瞬気を取られ反応が遅れたリザードンの右翼に岩の一つが突き刺さる。岩の重さでリザードンの身体は地面に叩きつけられる。

 しかし、いわなだれが終わったわけではない。

 

『とにかく躱せ!』

 

 多分、この時の俺もリザードンと同じように心のどこかで怯んでいたのかもしれない。的確な指示を出してやることもできず、むざむざと攻撃を受けさせてしまった。

 今思えば、ソニックブーストで逃げたり、ドラゴンクローで岩を逸らすことだってできただろう。まあ、それくらいには俺がまだ未熟だったってだけの話だ。

 

『じしん』

 

 泥臭く身を這わせながら岩の突撃を躱していき、転がり込んだ先で待ち受けていたのは片足を踏み上げたバンギラスだった。

 これはヤバいなんてものじゃない。ひこうタイプでも地面についていたらじしんは諸に食らってしまう。そうなれば、ほのおタイプのリザードンは効果抜群の大ダメージを受けることになる。残された時間はバンギラスが足を踏み降ろすまでのほんの数瞬。その間に逃げなければ致命的、あるいは攻撃力の高いバンギラスならこれで終わる可能性もあった。

 

『ソニックブースト!!』

 

 映像の中で一番の俺の叫び声が反響する。

 コマチたちも俺が叫んだことに超驚いていた。そりゃもう俺と画面を交互に何度も見返すくらいには驚いていた。

 というかコマチ、いくらなんでもその反応は酷くね? 俺も一応人間なんだし、叫ぶことだってあるぞ!

 

『かみなりパンチ!』

 

 危機一髪でじしんを免れ、空中に回避した。

 そして、画面の俺の目にもようやく火が灯ったようで。

 地震を起こして、隙ができているバンギラスに一気に詰め寄らせた。

 咄嗟に、バンギラスが腕を交差させ、防御の構えをとるがかまわずリザードンはかみなりパンチを打ち付けた。

 

『かみくだく!』

 

 懐に飛び込んだリザードンを上下で挟むように黒紫の牙が現れーー。

 

 

 ーー挟むことはなかった。

 

 

 そう、確かあの時、運よくバンギラスが麻痺したのだ。技の発動までは何とかできたみたいだが、身体が痺れてその先を思うようにできなかったのだ。全く、こんな時に限ってっと俺自信が強く思ったくらいだ。

 

 そして、これでバンギラスを倒す選択が現れた瞬間でもあった。

 

『グリーンスリーブス・雷』

 

 痺れて怯んだ隙に下から左の拳でアッパーを食らわせ、宙に釣り上げる。さらに右の拳で押し上げ、真上へと吹き飛ばす。それを何回も食らわし、飛べないバンギラスを空中戦へと連れていく。その間、痺れと連続で繰り出されるアッパーに身動きを封じられ、為すがままの状態。

 さすがのユキノシタの姉貴も驚きを隠せなかったようだ。

 だが、その顔もすぐに消えていた。

 

『バンギラス! はかいこうせん!』

 

 痺れに耐え、大きく口を開けるバンギラス。

 首を下に向け、照準をリザードンへと合わせる。

 まだこんな隠し球を持ってたのかよって感じで感情が歓声を上げている。

 何なら今見てる女性陣まで歓声をあげていた。

 

『ブラスターロール』

 

 それでも俺たちにはこれがあるからな。

 溜め込む間に背後に回り込んでしまえば、相手もすぐに切り返しはできないだろう。

 

『ドラゴンクロー!』

 

 両爪で深く切り裂き、地面に叩きつける。

 だが、地面に行き渡る前にはかいこうせんが打ち出され、バンギラスの身体が戻ってきた。何とも勢いのある体当たりだこと。

 

『躱して、かみなりパンチ!』

 

 再びアッパーでかみなりパンチを打ち付け、麻痺を誘う。

 苦い顔を浮かべ、それでもなお耐え続けるバンギラスは大したものだと思った。

 何ならかっこいいとさえ言えるね。

 

『いわなだれ!』

 

 その位置だと自分も巻き込むことになるにも拘らず、リザードンの頭上に数多の岩を創り出す。気のせいか岩の数がさっきよりも多い気がする。まあ、それくらいバンギラスも必死だということがうかがえる。

 

『リザードン! バンギラスの腕を掴んでそこから離れろ!』

 

 あー、なんかそんなこともしたような気がするな。

 なんつーか、見てられなかったというか。

 こういう捨て身の攻撃はなんか嫌なんだよな。それが例え相手だったとしても。

 

「さすがお兄ちゃんだね。今のはコマチ的にポイント高いよ」

「最後の一言がなければ、嬉しいんだがな」

「ヒッキーらしいというかなんというか」

「姉妹揃ってって…………はあ………………罪な人ね」

「べ、別にそういうことじゃなからな!? ただ、俺が見てられなかったってだけの話だからな、たぶん」

 

 だから勘違いしないでよねっ(キリッ)!

 

「相変わらず拈デレさんだねー、お兄ちゃんは」

「う、うっせ」

 

 もうやだ、この子たち。俺、勝てる気しない。

 

『地面に叩きつけろ』

 

 捨て身は助けてもバトルは続ける俺、超クール。

 

『バンギラス、はかいこうせん』

 

 リザードンから離れていく身体を捻り、仰向けの状態からリザードンに向けてはかいこうせんを放った。

 こんな状態でもまだ攻撃できるとか、バンギラスやばくね?

 

「それ言ったら、お兄ちゃんのリザードンもヤバいと思うよ」

 

 なんで考えてることが分かるんだよ。

 まさかさっきから筒抜けだったりしない?

 

「まっさかー」

 

 え? マジでどっちなの? 

 超怖いんだけど!

 

『躱してドラゴンクロー!』

 

 コマチの反応が気になるけど、画面に視線を戻すとはかいこうせんを躱してドラゴンクローでバンギラスを切り裂いたところだった。

 

『……と、これはバンギラス戦闘不能! つ、ついに優勝に王手をかけたヒキガヤ選手! チャンピオンの手持ちは残すところあと一体。対して、ヒキガヤ選手はまだ一度もリザードン以外を出していません! こ、これはまさかそういうことなのかっ?! しかし、本当にそうなことが有り得るというのかっ!?』

 

 実況うるさい。

 バトル中は静かなのに、この交代の時間の間だけはよく喋るな。

 

『戻りなさい、バンギラス。ーーーーー』

 

 ん?

 今、何か声には出てなかったけど確かに言ったよな?

 気のせいか?

 ありがとうって………。

 

『最後よ! 行きなさい、カメックス!』

 

 あー、また弱点ついてきましたね。

 あのカメックスはオーキドのじーさんにもらったポケモンなのかね。

 あれ? てか、姉貴がカメックスで妹の方がオーダイルって…………。

 

「なあ、ユキノシタ。お前って「何かしら、ヒキガヤ君?」うん、やっぱ何でもないわ」

「そう」

 

 怖ぇ、マジ怖ぇ。

 今日一番、いや出会って一番の笑顔で返されたぞ。目が一切笑ってなかったけど。

 あれ、絶対言葉の裏に「それ以上言ったら………」的な脅しが含まれてたからな。何なら俺の命が即刈られたかもしれない。

 これ以上触れない方が俺の身のためだな…………。

 

『ハイドロポンプ!』

 

 カメックスのハイドロポンプないし放射系の技は危険である。砲台が背中に二つあるため、多様な打ち出し方をしてくるのだ。

 

『ハイヨーヨーからのかみなりパンチ!』

 

 だから、まっすぐ突っ込むなんてことはバカがやることでしかない。

 突っ込むのだったら、スピードを上げた状態でなければ、途端に狙い撃ちされるのが落ちだ。

 

『追尾しなさい』

 

 宙へと翔昇るリザードンを追いかけるように水の砲射撃が迫ってくる。何とか追いつかれずに天高く昇り詰め、急降下する。

 カメックスは砲台をずらし、真正面からリザードンを狙って水の二柱で道を遮ってきた。リザードンは身を翻しながら柱の間をくぐりぬけたりしてどんどんとカメックスに迫っていった。

 だが、これは彼女も読んでいたのだろう。あるいは今までの戦いから読んで誘い出したのか。正解は彼女しか分からないがそこはどうでもいい。

 

『ーーハイドロカノン』

 

 な、そんなことはどうでもいいだろ。

 それよりももっとヤバい状況になったんだから。

 なんだよ、まさかの究極技かよって話だよな。しかも打ち出すのは口からだぞ。背中の砲台は囮かよって、一本取られた気分だったな、あの時は。

 

『躱せっっ?!』

 

 この時ばかりはやられたと思った。

 だけど、リザードンが機転を利かせて口からかえんほうしゃを放ち、勢いを殺した。そのおかげで打ち出される究極技に顔から突っ込むことにはならず、放射の勢いで逆に距離を取ることができた。

 

『最大噴射!』

 

 だが、それも一時しのぎにしかならず、水の勢いが増すとリザードンは諦めて身を捻った。その際、翼に水の柱が当たり、空中に無造作に身を投げ出された。リザードンはそのまま地面へと打ち付けられ、動かない。

 俺が断片的に思い出したのは「躱せ」と命令したあたりまで。そこから先のことは一切覚えていない。だからどうやって勝ったのかも実は初めて知ることになる。

 

『さて、カメックス。終わらせましょうか。ハイドロカノン!』

 

 最後の決め技として再び究極技を繰り出してくる。

 砲撃は一直線に伸び、リザードンにまで届いた。

 

 

 が。

 

 

 蒸発した。

 

 

 別に気温が高かったわけでもない。外野から蒸発させるようなものが飛んできたわけでもない。やったのはリザードン。正確にはリザードンを包む蒼い炎のベール。

 

「な、に、これ………?」

「「これってまさか……………!?」

 

 コマチは純粋に驚いているのに対して、ユイガハマとユキノシタは何か心当たりがあるようだった。

 

「お前ら、何か知ってるのか?」

「「……………………」」

 

 二人がお互いの顔を見合わせる。

 

「あの………」

「……………オーダイルの暴走」

「………ハヤト君とのバトルの時」

 

 一応思い出した。あの時は幽体離脱してリザードンの目からものを見ているような感覚に襲われた。多分、その時のリザードンが実際にはこんな状態だったのだろう。昔の俺、やりすぎだろ。

 

『な、何が起きたのでしょう!? ヒキガヤ選手のリザードンが突然蒼白い炎に包まれましたッ!? これは一体ッッ?! なんだと言うのでしょうかッッ!!』

 

 突然、実況のおっさんが話し出したので画面に戻ると。

 リザードンが一瞬で距離を詰め、かみなりパンチでグリーンスリーブスを始めた。

 

『な、なんという速さでしょうッ!! リザードンが目にも止まらない速さでカメックスに詰め寄り、再びアッパーの連撃を始めましたっ!!』

『カメックス! ハイドロポンプ!!』

 

 ユキノシタ姉が命令を出すが、リザードンの連撃は実行させる隙など微塵にも与えるものではなかった。

 麻痺しているのかもよく分からない状態で、さらにペンタグラムフォースで大きな五芒星を描くように攻撃を続けた。使っている技はずっとかみなりパンチのみ。

 というかまだ、この時にはペンタグラムフォースは完成していなかったはずなんだが………。

 デルタフォースよりもさらなるスピードが必要となり、当時のリザードンではデルタフォースが限界だったはずなのだ。それがこの時にはすでにできていたとは、単なる偶然なのか、それとも必然だったのか。あるいはあの炎に包まれた現象が関係しているのかもしれない。

 

『くっ!? なんなのよ、あれは』

 

 と、考えにふけっていると珍しい声が聞こえた。

 声の主はユキノシタの姉。

 声の種類は………歯ぎしり系?

 とにかく絶対に見せなさそうな顔と声をしていた。

 

『ほ、本当に何が起こっているのでしょうッッ!? 今まで優勢に戦っていたカメックスがあっさりと身動きを封じられ為すがままになっているではありませんかッッ!!』

 

 続けていたペンタグラムフォースをやめ、最後に一発かみなりパンチを当て、地面に叩きつけた。

 もちろん、カメックスは着地の態勢に入ることはできなかった。すでに、気を失ってたんだと思われる。

 

『カ、カメックス戦闘不能ッッッ!!! リザードンの勝ちぃぃぃぃッッ!! よって、ヒキガヤハチマンの優勝だぁぁぁああああああッッッ!!!』

 

 鼓膜が破れるかと思うくらいの音量で叫ぶ実況。

 この人、絶対マイク使ってること忘れてるだろ。

 

『戻りなさい、カメックス』

 

 カメックスをボールに戻してさっさと消えていくユキノシタの姉。

 そして、俺はというと肩で大きく息をしてすごい量の汗を流しながらボールにリザードンを戻し、フラフラとした足取りで会場から消えていった。

 

 

 

 ーーそして、映像はそこで途切れていた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 動画が終わると一斉にため息をついた。

 もう色々とてんこ盛り過ぎて何が何やらって感じである。

 

「で、でもまさかヒッキーがゆきのんのお姉さんとまでバトルしてたなんて、驚きだよ」

 

 ユイガハマが場を持たせるように口を開く。

 

「さすがのコマチでもお兄ちゃんを擁護できないかも…………」

 

 何を擁護するというんだよ。

 

「大丈夫だ。俺もさすがにアウトだと思うから」

「それ、全然大丈夫じゃないじゃん!?」

「…………ずっと気になってたんだけど、アレは何なの?」

 

 ユキノシタが言うアレとは最後のリザードンのことだろう。

 

「分からん。スクール時代になった時にはリザードンと意識がリンクしたみたいな感じで、視界がリザードンのものになったんだ。だけど、それも一瞬のことで気づいたら元に戻ってたからな。………ユイガハマがプラターヌ研究所で言ってたのってこれのことなんだろ?」

 

 カロスに来た時に研究所でユイガハマがリザードンの姿が変わったって言ってたっけか。それであの変態曰くメガシンカの可能性があるとか言ってたけど、リザードンのメガシンカなら実際にやってみたが、どこか感覚的な部分で違うように感じる。

 

「う、うん…………そう、だけど………」

「お前が黒いリザードンって言ったのも炎のベールに映ったリザードンの影なんじゃねーの? 確かにリザードンのメガシンカで黒くなるパターンもあるみたいだけど、実際のものと差がありすぎだ」

 

 ユイガハマの、それもスクール時代の話だ。ベールに映ったリザードンの影を見て黒いリザードンと記憶していてもなんらおかしくはない。何ならそんなことまで覚えている方がすごいと思えるな。

 

「あら、よく覚えているわね。まるで実物を最近見たかのように聞こえるわ」

 

 ギクッ!?

 こいつ、なんでこんな鋭いんだよ。

 

「べ、別にいいだろ、覚えてたって。自分のポケモンの可能性を見せられたんだから脳に焼き付いてるってだけだ」

 

 やっべー、心臓破裂しそうなんだけど。

 これ、ユキノシタに聞こえてんじゃね?

 

「やっぱりあなたは普通じゃないわね」

「あん? どういう意味だ、それ」

 

 はあ………、と大きくため息を吐いてこめかみを抑える。

 そういや前にもそんなこと言われたっけか?

 マジでこいつは俺をどういう目で見てるのかね。

 聞きたくないけど、聞いておいた方がいいのかしらん?

 

「まあまあ二人とも、落ち着いて。私たちからしたら二人とも普通じゃないから安心してよ」

「そ、それはそれで問題大有りよ、ユイガハマさん。私をこの男と一緒にしないでくれるかしら?」

「そうだぞ、ユイガハマ。俺と三冠王とか呼ばれてるユキノシタじゃ差がありすぎだからな。同列だというのならば、それは昔の話だぞ」

「もう、二人とも頑固なんだから…………」

「そういうところが似てるってことだよ、お兄ちゃん」

 

 なんかきれいに締めくくったような空気だが、それ絶対違うからな、我が妹よ。

 俺とこいつが似てるって、どこをどう見ればそういう結論に至るんだよ。どっちかっつーと対極? とまではいかないにしても成功者と失敗者というくらいの違いは確実にあるからな。

 

「ね、ハチマン君! お楽しみのところ悪いんだけど、サインちょうだい?」

 

 キラキラとした目で唐突にビオラさんが色紙を再度突き出してきた。

 

「お楽しみじゃねーし、なんでこのタイミングで一度断ったもんをねだってくるんだよ。どんだけ強情なんだよ、アンタ」

「えー、減るもんじゃないんだしいいじゃない」

「減るわ! 俺のいろんな何かが減ってくわ!」

「そんなのどうでもいいからさー」

 

 俺の大事な何かをそんなもん扱いで流すな。

 

「サインちょうだい?」

 

 プチンと。

 俺の中で何かが切れる音がした。

 

「きゃっ!? な、なに? ハチマンくいたたた痛いっ痛い痛いって」

 

 目の前のおバカさんの頭をギチギチと音がしそうなくらい目一杯力を込めて、握る。

 そして、ゆっくりと。ゆっくりと顔を彼女の耳元へ近づけていく。

 

「な、なに!? なんなのよ、ねぇ、ハチマン君? ち、近い、んだけど?」

 

 学習能力のない奴にはいつだって体で教えてきたんだ。

 三年くらい前にも俺自身が体験したことだ。

 同じ思いをさせてやろう。

 

「お前、殺されたいのか?」

 

 マジであの時は死ぬかと思った。

 あの巨漢の男、ヤバイ感じがひしひしと伝わってきたからな。

 あいつ、名前なんだったっけ?

 ダ………ダ………ダキム? あー、やっぱ思い出せねぇわ。

 とにかく怖かったってしか記憶にない。

 まあ、ちゃんと仕返しはしてきたけど。

 

「ほ………本望でしゅ………」

 

 え? なにこれ?

 期待してた反応と違うんですけど。

 なんでそこでゆでダコのように顔を真っ赤にしてんだよ。

 ちょっとは怖がれよ。

 周りに聞こえてはいないだろうけど、これじゃ俺が口説いてるみたいじゃねーか。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 取り敢えずムカついたので耳に息をかけてやった。

 するとくなくなとしな垂れていき、地面に崩折れた。

 よし、これで逆らってはこないだろう。

 

「わーわーわーっ!?」

「お兄ちゃんがっ!? 鬼いちゃんにっ!?」

「……………」

 

 後ろから声がしたので振り返ってみると、コマチとユイガハマが両手で目を覆い指の隙間から覗いていた。ユキノシタは軽蔑の眼差しを送ってきている。

 

「お前ら、手で隠すなら隙間から見るなよ…………」

「だ、だって………ヒッキーだし………」

 

 どういう意味だ、それ。

 

「突然、鬼いちゃんが女の人を口説くから悪いんだよっ」

 

 あ、案の定口説かれてると思われてるのね。死にたい。

 

「…………そんな女性を品定めするような目で見ないでくれるかしら、タラシガヤ君」

 

 うん、やっぱユキノシタの言葉はいつも突き刺さるな。

 こう、グサッと。心臓を一突きされる感じ?

 

「よかったわね、ビオラ。憧れのハチマン君に頭なでられた上に耳元で話しかけてもらえるなんて」

 

 ちょいちょいちょいっ?!

 俺は決して撫でてないからな!?

 痛い思いをさせただけだからな!?

 

「うん、もう頭洗わないし、耳かきもしないわ。なんならもう死んでもいいくらいだわ」

「おまっ!? 絶対に洗えよ?! 仮にもジムリーダーだろうがっ! 汚い格好で人前に出るんじゃねーぞ!」

 

 動画を見終わってからというもの。

 この場にいる全員がおかしくなっており、会話がおかしな方向へと進み。

 

 

 ーー閑話休題。

 

 

「……それで、お兄ちゃんに聞きたいことが、山ほどあるんだけど」

 

 息を切らしてコマチが質問をしてくる。

 

「な、なんだよ………」

 

 かくいう俺も息を切らしていた。

 

「チャンピオンって、どうやったら、なれるの?」

 

 まあ、それも仕方ないことだろう。

 あんなカオスな状態になったりしたら、誰だって息切れだって起こすだろうよ。

 

「特に基準はない、はず。俺が選ばれたのは、ユキノシタさんがあの後辞退して俺があの人に勝ったからって理由でなっただけだ、たぶん。覚えてない。三日で辞めたらしいが。そこのユキノシタがどういう理由でなったかは知らん」

「わ、私はワタルさんが行方不明になってた時期があったからその期間に就いていただけよ。選ばれたのも姉さんの妹だからってだけ」

 

 それ、アルセウスの時の話じゃねーのか?

 

「それじゃあ、三冠王ってのはどういう意味なの?」

 

 ユイガハマ、流石にそれはないだろ。

 お前のおバカ加減にも呆れてくるわ。

 

「それは………まあ、ユイガハマさんだから仕方ないわね。三冠王は私がカントー、ホウエン、シンオウでその地方最大のポケモンバトルの大会、ポケモンリーグで優勝したからよ。ちなみにハヤマ君はそれにイッシュ地方のポケモンリーグ優勝が入るから四冠王と呼ばれてるのよ」

 

 ん?

 それって、そういうこと?

 

「なあ、お前まさかチャンピオンに就いていたからイッシュリーグに行けなかったとか、そういう理由じゃないだろうな」

「あら、やけに冴えてるわね」

 

 マジか………。

 

「あれ? じゃあ、そのポケモンリーグに優勝したからと言ってチャンピオンになれるわけじゃ………」

「「ないな(わね)」」

「なんだー、お兄ちゃんがなれたんだからコマチもなれるかなーって思ってたのに」

「そう言うな。俺らだってタイミングが良かったってだけで、実力を買われたのかは怪しいところだ。だから、ハヤマってやつはどのポケモンリーグを優勝していてもどこのチャンピオンにも就いたことはないんだ」

 

 だよな? とユキノシタに視線を送る。

 

「そういうことよ。世間ではハヤマ君が私を抜いたとかって言ってるけど、実力なんて勝負してみないと分からないわ。そこにいる誰かさんみたいなケースもあるもの」

 

 悪かったな、ちょっとイレギュラーな存在で。

 

「じゃあ、なんでお兄ちゃんはチャンピオンを三日で辞めたのさ。そんな貴重なものなのに」

「………言わないとダメか?」

「うん、ダメ☆」

「はあ……………」

 

 黒歴史ものだから言いたくないんだけどなー。

 

「カントーのチャンピオンに就いた日に、負けたんだよ」

 

 ああ、言ってしまった………。ついに言ってしまった。

 

「負けたって、ポケモンバトルに?」

「ああ、そうだ。俺はあのイケメンに負けたんだよ」

「イケメンって………、ハヤト君?」

「そいつじゃないことだけは確かだな。そりゃもう、コテンパンにされたわ。しかも駄目出しまでされたまである」

「動画の中のお兄ちゃんでも強いのに、そのお兄ちゃんが負けるって、その人どんだけ強いのさ」

 

 まあ、コマチがそういうのも最もだと思う。

 なんせ………。

 

「少なくともジムリーダーって枠に入れておくのはもったいない人だな」

 

 あんな的確な指摘を受けたのは初めてだったしな。ジムリーダーとしては誰よりも格が違うと思う。

 

「だいぶその人を買っているのね」

「逆に買わない理由がないな」

「そう、それは一度会ってみたい気もするわね」

「やめておけ、絶対負けるから」

「あら、それはやってみなければ分からないことでしょう?」

 

 だから、何でこんなところで負けず嫌いを発揮してくるんだよ。

 

「それにお前も顔と名前くらいは知ってると思うわ」

「ねぇ、ハチマン君」

 

 ポンポンと肩を叩かれたので振り向くと、それはもうご機嫌なお姉様がいた。

 これはまた碌でもないことを考えている顔だな。

 

「それってトキワ「それ以上言ったら毎晩悪夢見せるからな!」…………はい」

 

 絶対にそれ以上は言うなよ!?

 こいつらには絶対に言うなよ!?

 少なくとも俺がいる前では言うなよ!?

 

「あ、あの……………姉さん? まさかその人に心当たりがあったりする?」

「な、なんのことかしらね、ほほほっ」

 

 よしっ、これで黒歴史の拡散は防げたな。

 

「パンジーさん、ヒッキーに勝った人が分かったんですか?」

「まあね、言ったら本当に悪夢見せられそうだから言えないけど、ははは」

「ヒッキーってそんな力あるのっ!?」

 

 まあ、ないこともないな。

 俺自身ってわけじゃないけど。

 

「……………ジムリーダー…………トキワ……………トキワ?」

 

 ん?

 ユキノシタ?

 何をブツブツと言ってるんだ?

 

「ふふっ、なるほどね」

 

 あ、これアウトなパターンですね。

 分かります、ええ分かりますとも。

 こんな憎たらしい笑顔を俺だけに見せてきてんだから、そりゃもう盛大にバレてますね。逆に気づかないこいつがすごいと思えるレベルだわ。

 

「さて、そろそろ行きましょうか。面白い話も聞けたことだし、お二人ともまた会いましょう」

 

 ッッッ!?

 心臓に悪いから含みのある言い方はやめようぜ。

 ハチマン、死んじゃう。

 

「そうだね。そろそろお昼になるし、ご飯食べてこうよ」

「そうですねー。お兄ちゃんの知られざる過去を問い質したいですしねー。それじゃ、お二人ともまた会いましょう」

「ええ、また会いましょう。他のジムバッチも、必ずゲットするのよ!」

「はいっ!」

「ハチマン君もまた会いましょう」

「…………はあ、分かりました。これも仕事ですし………働きたくねーな」

 

 こうして俺たちはハクダンジムを、そしてハクダンシティを後にした。

 

 

 

「……ザイモクザ? ………おう、無事ゲットしたぞ。………………ああ、もうすぐミアレに着くな。……………そうか、ならまた連絡してくれ。………はいよ」

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜 (13話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン etc………

・リザードン ♂

 持ち物:リザードナイトX

 特性:もうか←→かたいツメ

 覚えてる技:かえんほうしゃ、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、ブラストバーン

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 

・ケロマツ ♂

 特性:へんげんじざい

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん

 

・???

 覚えてる技:10まんボルト、はどうだん

 

野生

・???

 

 

ユキノシタユキノ

・オーダイル ♂

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、ハイドロポンプ

 

・エネコロロ ♀

 覚えてる技:ソーラービーム、でんげきは、ハイパーボイス、れいとうビーム、メロメロ

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび

 

 

ユイガハマユイ

・ポチエナ ♂ サブレ

 

・ハリマロン ♂ マロン

 覚えてる技:タネマシンガン、つるのムチ、やどりぎのタネ

 

 

ヒキガヤコマチ

・ニャオニクス ♂ カマクラ/カーくん

 特性:するどいめ

 覚えてる技:サイコキネシス、でんげきは、ひかりのかべ

 

・ゼニガメ ♂ カメくん

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:みずのはどう、はどうだん、こうそくスピン、からにこもる

 

 

イッシキイロハ

・フォッコ ♀

 

 

ザイモクザヨシテル

・ポリゴン2(ポリゴン→ポリゴン2)

 覚えてる技:トライアタック、でんじほう、ロックオン

 

・ジバコイル

 

・ロトム

 特性:ふゆう

 覚えてる技:ほうでん

 

 

ユキノシタハルノ(第10回カントーリーグ決勝戦時)

・カメックス ♂

 覚えてる技;ハイドロカノン、ハイドロポンプ

 

・パルシェン ♂

 覚えてる技:からにこもる

 

・ネイティオ ♀

 覚えてる技:みらいよち、サイコキネシス、つばめがえし、リフレクター

 

・ドンファン ♀

 覚えてる技:たたきつける、ころがる、まるくなる

 

・ハガネール ♂

 覚えてる技:アイアンテール、アクアテール、りゅうのいぶき、がんせきふうじ

 

・バンギラス ♂

 特性:すなおこし

 覚えてる技:いわなだれ、じしん、かみくだく、はかいこうせん

 

 

ヒラツカシズカ

・カイリキー

 

 

ジム関係

ビオラ

・アメタマ

 覚えてる技:れいとうビーム、シグナルビーム、バブルこうせん、まもる

 

・ビビオン

 覚えてる技:ソーラービーム、かぜおこし、サイコキネシス、ねむりごな、ふんじん

 

 

パンジー

・オンバーン

 覚えてる技:りゅうのはどう、かぜおこし、ばくおんぱ、ちょうおんぱ



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14話

 ミアレシティ・サウスサイドストリートのポケモンセンター。

 ハクダンジムを出てから俺たちは二日かけて、ここに戻ってきていた。旅っぽく歩いているとどうしてもユキノシタが休まなければならなくなるのだ。どんだけ体力ないんだよ。

 今日はその翌日で、ザイモクザとこれから落ち合うことになっている。

 

「ヒキガヤさん、リザードンの回復終わりましたよー」

 

 とりあえず、ジョーイさんが呼んでいるので行くとするか。

 

「……あざます、またオナシャス」

「それでは、いってらっしゃいませ」

 

 んー、何度見てもメイドのようだな。

 この献身的な態度といい、まるで天使のようだ。どこかの氷の女王とかアホの子たちにも見習わせたいくらいだな。

 

「さて、行きますかね」

 

 これから向かうのはミアレ図書館。

 ミアレのどの辺にあるのかは知らん。そもそもまだミアレを散策してないんだから、仕方ないだろう。まあ、今日はコマチたちが三人で買い物に行くとか言ってたし、その内、どっか紹介してくれんじゃね。

 とりあえず、ホロキャスターで検索したら地図が出たので、その通りに行ってみるか。

 何気ナビ機能とかついてるというね。これ作った人すげーな。

 

 

 で。

 来てみたものの。

 思ってたよりも随分とデカかった。

 まあ、そりゃそうか。ミアレといえばカロスの中心都市。そこにある図書館とくれば、カロス中の知識が詰まっている倉庫なわけだし。

 

「………」

 

 ザイモクザがどこにいるのか分からないので、電話をかけてみた(こっちはザイモクザなのでポケナビの方)。が、反応がない。

 

「……………」

『……ーーハチマンか?」

「出るの遅ぇよ」

 

 やっと出た。

 

『いきなりその反応は酷くないか? まあいい、我は三階にいる。中に入ってきてくれ』

「はいよ」

 

 いくらザイモクザでもいつものようなうるさい咳払いから入ることはなかった。ぼっちはマナーを守るからな。

 

 

 中に入るとシーンとした空気で紙をめくる音や歩く音、台車を移動させる音がはっきりと聞こえてきた。

 一歩出れば騒々しい街なのに、ここだけは別の世界のように感じられた。

 周りをじっくりと観察しながら、言われた通り階段で三階へと赴いた。机と椅子があちらこちらに置かれているがザイモクザの姿は見当たらない。多分、ぼっちの習性で端っこの方にでもいるのだろう。

 ザイモクザを探しながら本のコーナーを見て行くと三階には歴史物が大半のようだった。他にはそれに関連するものといったところか。

 

「いた」

 

 階段からは一番離れた窓際の一番奥にコートを羽織った暑苦しいメガネのデブがいた。

 奴の席には他に誰も使っていないようで本が三柱に積まれていた。後は新聞なんかも広げられていた。

 

「よお、何か分かったか」

「おお、ハチマン。戦争と伝説については幾つかそれっぽいのがあったが…………」

「フレア団に関しては特になかった、と?」

「ああ、というよりも情報がなさすぎて逆に怪しさが増した感じだ。取り敢えずこれを読んでくれ」

 

 そう言って渡されたのは新聞。

 各地で盗難や自然破壊、ポケモンの生体エネルギーが抜き取られた事件などが載っていた。

 

「確かにこれは怪しいな。噂話程度の奴らではあるがここまでの大事をやりそうな組織名をしているのにも拘らず、全くの手掛かりがないのが不自然すぎる。逆に調べだしたら、怪しさが増すばかりだ」

「手遅れ、ということか………?」

「否定はできん。フレア団なる集団が実在するのかも分からないが、あったとすればすでにカロスのメディアを抑えているとみてもいいかもしれん」

 

 ああ、だからあの人は俺に依頼してきたということか。

 となるとあの人が勤めている出版社とやらはすでに堕ちてるということで間違いないな。

 こりゃ、ロケット団よりも厄介かもしれん。

 

「なあ、ネットの情報なんかは漁ったのか」

「無論、書き込みなども調べたが全くと言っていいほど情報がなかった。しかも直球でフレア団と調べたら何も出てこなかった」

「………それはもうアウトとみて間違いなさそうだな。しかも書き込みすらないとなると……………」

 

 いや、でもさすがに…………、なあ。

 

「一般人ですら堕ちてるとでも言うのか?」

「や、さすがにそれはないだろ。このミアレだけでも何万と人がいるんだぞ。カロス全域でみたら計り知れん数だろ。そんな数の人間をどうやって堕とすというんだ?」

「我に言われても…………。だが、まあ我が大多数の人間を支配しようとすれば、GPSを取り付けて反抗的な行動を犯したものには脅しをかけたりするな」

「お前、本当にやりそうだから怖ぇよ。けど、GPSか…………。そのまんまじゃ怪しまれるしどうやってその機能を一般人に普及するんだよ」

「そんなもん簡単ではないか。画期的な携帯機器に内蔵させてしまえば、瞬く間に全国民に普及させるだろうに。常に肌身離さず持ち歩いていればGPSが生きてくる」

「はっ!?」

 

 え? お前、今なんて言った?

 

「ザイモクザ、もう一度言ってくれ」

「常に肌身離さず持ち歩いていればGPSが生きてくる、か?」

「その前だっ」

「画期的な携帯機器に内蔵させてしまえば、瞬く間に全国民に普及させるだろうに、の方か?」

 

 意味が分からないと言いたげに言ってくるが、そんなこと今はどうだっていい。

 そうだよ、あるじゃねーか。

 GPSという名の監視機能を取り付けるのに最適なものが。

 あっても全く不思議ではない、それでいて街中の人が持ち歩いているものが。

 

「は、ははっ…………マジかよ、これじゃもうほとんど手遅れじゃねーか」

「いきなりどうしたと言うのだ?」

「ビンゴだ、ザイモクザ。お前の言った通りだ。あるじゃねーか、ここに。画期的な携帯機器が」

 

 そう言ってポケットからホロキャスターを出す。

 ホロキャスター。

 テレビ電話の機能やインターネット、その他にも多種多様の用途を合わせ持つ画期的な携帯機器。その機能の中にはもちろん俺がここに無事にたどり着けた地図機能すらも備わっている。しかもナビ機能付きという優れもの。

 だが……………、

 

「こいつには地図の他にナビの機能もあるんだ。当然、ナビにはGPSが使われている」

「ホロキャスターか。我もヒラツカ女史にもらったが、まさかこんな身近にあるとはな。だが、これをくれたヒラツカ女史はもう堕ちているというのか?」

「いや、あの人はまずないな。そもそも気づいてもいないと思う。知ってたら俺たちに持たせようなんてまずしないからな。情報が漏れた時にでも脅しをかける道具として考えるのが無難なんじゃねーか?」

「なるほど…………で、これは誰が作ったのだ?」

「ググれ、カス」

「お主さっきから我の扱いが酷くないかっ!?」

「何を今更な」

「ぐはっ!」

 

 ザイモクザは倒れた。

 

「………まあよい。取り敢えず検索にかけてみるか」

 

 ザイモクザはホロキャスターで調べ始めた。

 ザイモクザはお目当のページを見つけた。

 

「さっきからなにゆえRPGみたいなことをブツブツと言っておるのだ?」

 

 チッ、聞こえてたのかよ。

 

「あったぞ、ホロキャスターを作ったのはフラダリという男が立ち上げた事業団、フラダリラボが開発したそうだ。………………まさかこいつだというのか? 売上金の全てを公共事業に回してるとかいう神みたいなやつぞ?」

「こういう奴らは大抵表向きは凄いやつってのが相場で決まってんだよ。お前も知ってるだろうが。シャドーのワルダックとか、アクア団のアオギリとか。あいつら市長とか放送局の局長を務めてた奴らだぞ」

「ぐぬぅ、確かにお主のいう通りであるが…………。全く持って、想像がつかん」

「まあな。だが、怪しいやつであることは拭いきれない。こればっかりはその男を見ないことには判断しかねるところだな」

 

 果たして、善良の心で活動しているのだろうか。

 だが、フレア団の長はやることが周到であり、あまりにも卑劣であることは間違いない。

 はあ……………、こんな時にコマチを旅に出すなんて完全にタイミングを誤ったな。

 

「そうは言っても来てしまったものは仕方ないか」

「なあ、これをあの三人には話すのか?」

「いや、まだ裏が取れてるわけじゃないし、何を企んでいるのかも掴めていない。そんな

情報を話したところでユキノシタ以外は心が落ち着かなくなるだけだろう」

「それじゃ、次は戦争の方、と言いたいところだが先に伝説の方を見るとするか」

「戦争の方からじゃダメなのかよ」

「調べれば調べるほど話が深くてな。我もまだ全てを把握できたわけではないのだ」

「マジかよ………。3000年前の戦争なのにそんな複雑なのかよ」

 

 うへぇ、もうすでに嫌になってきてるんだけど………。

 

「というわけで伝説の方からだな。これを見てくれ」

 

 差し出されたのは一冊の本。割と古いようで所々が傷んでいる。

 

「Xのポケモン・Yのポケモン……?」

「うむ、どうやらカロスにはこの二体のポケモンが根強く関係しているらしい」

 

 そのページを読んでいくとこう書かれていた。

 

 

~Xのポケモン~

 千年の寿命が尽きる時、このポケモンは二本足で立ち、七色に輝く角を広げ、カロスの大地を照らす。すると人もポケモンも活力が漲り、荒れた大地は潤いを取り戻した。そうしてエネルギーを使い果たしたそのポケモンは枯れた大木のようになり、その周りには深い森が形成された。後に人々はこう語る。二本足で角を広げる姿はまるで『X』のようだった、と。

 

 

~Yのポケモン~

 千年の寿命が尽きる時、このポケモンは禍々しい翼を広げて、鋭い咆哮を走らせ、カロスの大地を包み込んだ。すると人もポケモンも活力を奪われ、潤う大地は一瞬にして荒れ果てた。そうして無数のエネルギーを得たそのポケモンは翼を折りたたみ繭のような格好になって山奥で眠りについた。後に人々はこう語る。翼を広げて叫ぶ姿はまるで『Y』のようだった、と。

 

 

「なあ、これって…………」

「うむ、恐らくカロスに眠る伝説のポケモンのことだろう。我も名前すら聞いたことないが、この大体的な影響力を考えると神話に値するものだろうな」

 

 やはりそうか。

 環境、というよりは生命に対する影響力か。

 生み出す方、Xの方はホウオウのような存在なのだろう。奴もまた命の炎を吹き付けるポケモンでもあるからな。対してYの方は破壊と称するべきか。ここにも破壊の暴君がいるがこいつよりも厄介な存在であることは読んだ通りだ。

 だが、妙に引っかかるこのモヤモヤ感はなんなんだ?

 

「と、まあ、我が先に調べ上げられたのはこれくらいだぞ。後はお主も探すのを手伝ってくれ」

「ああ、一番鍵となるフレア団について異常に情報が少ないってことが分かったんだ。それだけでも動きようはあるし、警戒するポイントも見えてきた。サンキューな」

「して、ハチマンよ。ユイガハマ嬢とお主の妹君から『お主がチャンピオンであったのを知っていたのか』という内容のメールが届いたのだが、何があったのだ?」

 

 また、余計なことをしてくれちゃってんな、あの二人は。

 というか、こいつとアドレス交換してたのが意外すぎるわ。

 いつの間に交換してたんだよ。

 

「ああ、まあ、な。その………あそこのジムリーダーの姉貴がいただろ」

「うん? ああ、あの背の高い人か」

「そう。で、その人が第10回のカントーリーグの映像を持ってきててな。その時に暴露されたわけなんだわ」

「…………それはまたとんだ災難だったな。だが、あの頃のお主は輝いていた。我が憧れの存在だったぞ。それが今ではこうも黒くなってしまって………。人生、何があるか分からんもんだな」

 

 あ、やっぱそう思っちゃってるのね。

 普通は感染するはずのない病気なのに、どうしてかこいつには感染しちまってるんだよな。しかも現在進行形で。

 

「いや、まあ色々あったんだし黒くもなるだろ。つーか、半分くらいはお前も一緒にいなかったか?」

「何を言う、せいぜい四分の一程度ぞ」

 

 や、そこはどうでもよくねーか?

 

「………だがまあ、我もスクールを卒業してからというもの忙しなかったというのも事実だ。リーグ優勝してから一週間くらいで連絡が取れなくなるわ、一年近くしてやっと見つけたかと思うと追われる身になってるわ、助けに来たのが敵の敵だわ………」

「その説はどうも」

「で、毎度毎度済ませようとする始末。お主がいなくなってからというものチャンピオンはずっと不在状態で…………………特に問題はなかったな」

「そりゃ、そうだろ。俺がいなくなろうがそう滅多に表に出てくるような存在でもないんだ。いてもいなくても変わりはないだろう…………って、え? お前今なんつった?」

「またこのパターンなのか?」

「俺がいなくなってからずっとチャンピオン不在ってどういうことだよ。俺が聞いた話じゃ、あのドラゴン使いが就いていたって聞いたんだが?」

 

 んで、奴の行方不明の間にユキノシタがなったんだとか。

 

「あれ? お主知らないのか? あのドラゴン使いは名前だけぞ。実際には誰も就いておらん無人の状態ぞ。………………はぽん、なるほどなるほど。お主、ユキノシタ嬢が就いていたことを耳にしたな?」

 

 なんだこいつ。ムカつく顔してんな。

 

「その本人から直接聞いたんだ。それはどうなるんだよ」

「彼女がなったのは真の話だ。だが、あのドラゴン使いに関して言えば、嘘の情報といえよう。奴が消息を絶ったのは四天王の理想郷事件の後だ。それからずっとポケモン協会へは顔を出していない」

 

 は?

 

「じゃあ、なんであいつがチャンピオンに就く必要があったんだ?」

「ロケット団の再結成が原因だろう。あれがなければ彼女も椅子に座ることはなかっただろうからな」

「つまり何か? あのロケット団再結成の、というかアルセウスの事件が原因であいつはチャンピオンになったというのか?」

「そういうことになるな。何か起きた時にジョウト四天王を動かす存在が必要だ。健在の状態にしておかなければ、不測の事態に対処しきれないと見越したのだろう」

「けど、最終的には『あの三人』が姿を見せたらしいが………」

「ああ、だから彼女も事件終結後に自由の身となっている」

 

 なんだそれ…………。

 それじゃ、責任の丸投げじゃねーか。

 いや、まあ、あいつの実力が買われてこそ就いたんだろうけど、それにしたって、なあ?

 

「あの、お客様、他のお客様のご迷惑になりますのでご退出願えますか?」

 

 と、突然職員の人に声をかけられた。若くて綺麗な女性だった。

 

「「は、はいぃぃいっ。か、かか借りるもん借りてすぐ出ていきましゅ」」

 

 なんつーシンクロ率だよ。

 噛むところまで全文同じじゃねーか。

 ほらみろ、お姉さんが笑いをこらえてるじゃねーか。

 

 

 それから俺たちは積んである本を借りて図書館の外に出た。

 それにしてもチャンピオンになってから、色々とあったもんだ。

 やっぱ、あの時からなのかね…………………。

 

「なあ、ザイモクザ」

「なんだ?」

「X、Yがポケモンを表すのに、なんでキリよくZまではいないんだ?」

「あっ、」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ポケモンセンターでたまたま見かけた天使のバトルの特訓を見ながら昼食をとった後。

 俺たち二人はプラターヌ研究所で向かった。

 

「邪魔するぞー」

「邪魔するなら帰ってくれ」

「はいよー…………って、先生何やらせるんですかっ!」

 

 つい、流れで回れ右をして一歩踏み出してしまった。

 

「はっはっはっ、ジョウトで見たお笑いみたいな挨拶を君がするからだ。私もつい口が滑ってしまった」

「俺はあの変態ストーカーに用があって来たってのに…………」

「御目当ての人は庭の方にいるよ」

「そうですか、ちょっと行ってきます」

 

 先生に言われた通り庭の方へ向かうと、白衣の長身男がポケモンの世話をしていた。

 観察も兼ねてるんだろうけど、なんか危ない人に見えてくるのは俺だけだろうか。

 

「お、ハチマン君、久しぶりだね」

 

 俺たちの姿に気がつき、すっくと立ってこちらにやってきた。

 今日も今日とて青のワイシャツを着てるんだな。

 前来た時も同じ色だったはずだ。

 

「ザイモクザ君も久しぶりだね。無事に彼らと合流できたようで何よりだよ」

「うむ、我も情報提供を感謝している」

 

 あ、ここでもいつもの振る舞いで返すのね。

 一応俺たちよりも歳上だし、何ならこの地方のポケモン博士なんだけど。あ、俺はストーカーの被害者だからいいんだよ。

 

「それで、君たちがここに来たってことは何か調べていて、分からないことがあったからかな?」

 

 それでいて察しがいいため、話が早くて楽ではある。オーキドのじーさんとかもう歳だからな。頭の回転は若い方が早いってのは譲れねーな。

 

「ああ、カロスの伝説について調べてたんだが………、XとYに例えられるポケモンがいるってのは分かったんだ」

 

 前置きとして俺たちが調べていた内容を話しておく。

 

「ふむ、それでそのポケモンについて教えて欲しいってことかい?」

 

 博士(変態やストーカーと呼ぶのも飽きたので仕方なく博士と称そう)は顎に手を当て考えるそぶりを見せる。

 

「いや、それもあるがもう一つ。X、Yがいるのに何故Zのポケモンはいないんだって話になってな。ほら、X、Y、Zでアルファベット最後の三文字じゃねーか。なのになんでZに例えられるポケモンのことは書かれてないんだ?」

「…………XとYは聞いたことあるがZに関しては………。よし、取り敢えず僕の部屋で詳しい話を聞くとしよう」

 

 そう言われたので、博士(やっぱりまだ抵抗があるな)の後についていった。

 連れてこられたのは博士の自室。変なものないよな………、マジで怖いんだけど。

 

「………よかった、まともな部屋だ……」

 

 入れてもらった部屋の中は割と綺麗に整頓されていた。

 というか本ばっかりで、他には特にこれといったものがなかった。

 強いて言えば、ベットと机と椅子だけである。

 なんというか、まあ殺風景だな。想像してたのがヤバいものだっただけに、ため息すら出てくる。

 

「君は一体、僕のことをなんだと思っているんだい?」

「変態、ストーカー、ホモ」

「ああ、君の中の僕は聞きたくないものだね………」

 

 脱力した笑みを浮かべるも、すぐに表情を戻す。

 

「それじゃ、本題に入ろうか。君たちはカロスの伝説について、どこまで調べたんだい?」

「一応、XとYに例えられるポケモンがいたっていうことくらいだな。俺もザイモクザに調べてもらってたからあまり正確なことは言えん。つーわけでザイモクザ。後は頼んだ」

 

 流石にフレア団については話さない方がいいだろう。今は誰が味方で誰が敵なのかも分からない状態なんだ。それが例えこの地方のポケモン博士と言えど、フレア団の脅威の下では完璧な白とは断定できない。他所から来た俺たちとまだ日の浅そうなヒラツカ先生くらいが白と断定できると言ったところだな。

 

「うむ、任されよ。我の調べたところによるとカロスではおよそ3000年前に戦争が起きている。これはハチマンも知っているな」

 

 ザイモクザが目線で聞いてくるので、俺は首肯する。

 

「そして、それは他の地方とのものだったという説もあるのだ。その戦争では大量の命が奪われた。そこには件の二匹のポケモンの姿もあったのだとか。命を分け与える生命のポケモン、ゼルネアス。全てを覆い尽くし朽ちらせる破壊のポケモン、イベルタル。この二体の力は壮大で後にこの戦争を終わらせることとなった最終兵器の基礎となったらしいのだ。そして、この二体がそれぞれXとYに例えられるポケモンだろうと我は考えている。名前をアルファベットにすると頭文字がXとYになるからな。ここまでが我が調べられた限界である」

 

 厚い胸を張ってえっへんと態度に表すザイモクザ。

 こいつのことはどうでもいいが、確かにそんな末恐ろしい内容を曖昧な言葉で表現するというのも難しいと言える。たぶん、詳しくは明記されていなかったはずだ。だからこそ、さっきは説明を後回しにしよとしてたのか。そして、今も頭の中で情報の整理をしているだろう。それにしてもこいつは色々と読み漁って、解れた糸を繋げだのか。中々にしてやるじゃないか。

 

「ふむ、確かにそのような伝説はあるね。僕もザイモクザ君が言ったように理解しているよ。XとY、この二つのアルファベットで表されるポケモンはゼルネアスとイベルタルと見て間違いないと思うよ」

 

 ははは、と笑うようににこやかに答える。

 

「なら、どうしてZで表されるポケモンはいないんだ。キリが悪いと思うんだが」

「それが君たちが僕に聞きたいことだったね。答えを言うとZのポケモンはいると思うよ。実は僕もそこにはずっと疑問を抱いていたんだ。どうしてXとYがいるのにZの話がどこにもないのか。そんなことを頭の片隅に置きながら、ポケモンについて研究をしてきた。それから、ある時ふと思ったんだ。生命を司るXのポケモン、破壊を司るYのポケモン。この二体がそれぞれの力を滞りなく無限に使えるとしたら、カロスは、いやこの世界全てがどうなってしまうんだろうと。君たちはどう思う?」

 

 やはり、ポケモン博士と言うだけのことはあり、俺たちが疑問に思うことは一通り辿ってきたように見受けられる。そして、その中の一つがメガ進化だったのだろう。

 

「どうって、そりゃ生態環境がおかしくなるじゃないか? あるところでは生命力に溢れ、あるところでは朽ち果てた大地が広がっている、的な感じに」

「ゴラムゴラム! そうなってしまえば、些か問題であるな。一箇所で起こった生態環境の崩れは連鎖するように次々と無の力が呑み込まんとするだろう。生命力もキャパを超えれば、朽ち果てる原因となり得る。なるほど、一見して正反対な存在で有りながらも、力の抑制がなければ招く結果は同じとくるか」

 

 力の抑制ね………。

 

「要するに、だ。アンタはそのZの存在はXとYのポケモンの抑止力であると考えてるわけだな」

「マーベラス、いつにも増して理解が早いね」

 

 全く、そうならそうと最初から言えよ。いつもいつも回りくどいんだよ。話に付き合うこっちの身にもなれよ。

 

「………早くなんかねぇよ。俺はアンタの言葉に導かれただけだ。理解できないはずがないだろ」

「相変わらず、捻くれた考えをしているね。なんだい? 嫉妬かい? 嫉妬なら僕の方が何倍も君に嫉妬してるからね」

 

 うぜぇ。

 なんなのこいつ。

 こんなキャラだったか?

 しばらく見ない内に、研究ばっかで頭逝かれたんじゃねぇの?

 

「どうして君の周りばかりに女性が集まるだろうね。しかも『美』がつく女性ばかり。妬ましいにも程があるよ」

 

 おいおーい。

 話が段々とズレていってるぞー。

 それとコマチはやらんからな。

 

「そのとおーりっ! どうしていつもいつもハチマンばかりがいい思いをしているのだ!? 我だって………我だって、女の子と仲良くキャッキャウフフな展開を味わってみたい!」

 

 ダメだ、こりゃ。

 こいつの目、本気過ぎてヤバい。犯罪者のような目になってるよ。あ? 俺と一緒とか言った奴。表に出ろ。しばいてやる。

 

「お前ら………あいつらのこと言ってんだったら色々と間違ってんぞ。ユキノシタは隙あらば罵倒してくるし、ユイガハマはバカだし、コマチは可愛いし。あの三人の相手してみろよ。半日で一日分の体力削られるからな」

 

 ハクダンに行って帰ってくるだけで割とあの三人の相手をするのは疲れた。一人ひとりならまだいいが、三人一遍に相手にするのはなかなか骨が折れる。

 

「ハチマン、お主はバカなのか? 美少女に声をかけてもらえるだけでご褒美ではないかっ! なのに、お主はちと注文が多すぎるのではないか!?」

「お前、罵倒されて喜ぶとかどんな変態だよ。変態はそこのストーカーで充分だからな。これ以上変態を増やすのはやめてくれ」

「何を言う。アレはアレでくるものがあるではないか!」

「目を覚ませ、ザイモクザ。ユキノシタはああ見えて「私が何かしら?」………………」

「………………………」

「………………………」

「ヒキガヤ君?」

 

 ………………………。

 

 え?

 なんでいんの?

 というかどこから聞いてたわけ?

 てか何で首筋に冷たい刃が充てられてるわけ?

 俺、これ少しでも動いたら死ぬくね?

 ヤバい。超ヤバい。何がヤバいって視界の端に映る氷の女王の笑顔素敵なのに全く目が笑ってない。

 

「もう一度だけ聞くわよ、ヒキガヤ君。私がどうしたの?」

 

 冷汗がパネェ。

 デコも耳の裏も掌も足の裏も、どこもかしこも変な汗が気持ち悪いくらいに出てくる。このままいったら、脱水するレベル。

 

「………えっ、と、ユキノシタ、さんは………猫ひぃッ! ね、寝てる姿も麗しゅうございましゅ」

「そう、あなたに寝顔を見られてただなんて人生の汚点だわ。………そうね、あなただけ見ているのも不公平だわ。後で覚えておきなさい」

「サー、イエッサー!」

 

 バックンバックン言ってるうるさい心臓を気に留めようものなら俺は死んでいただろう。氷の刃が離されたところでユキノシタに敬礼を送る。

 明日、無事に朝歩を拝むことができるといいな…………。

 

「やはり、ハチマンだけズルいぞ! 我も女の子と話がしたい!」

 

 ザイモクザがすでに手遅れな状態であることを再確認しつつ、覗いていた他の二人を招き入れるユキノシタを眺める。もちろん、敬礼のポーズは崩さない。

 

「どうしたんだい、三人揃って」

 

 唯一、この場ですら平然としている変態さんがユキノシタたちに言葉を投げつける。

 

「ショッピングも済んだし、戻ってきたら、二人が博士のところにいるって、ヒラツカ先生が教えてくれて」

 

 さすがのユイガハマもユキノシタの気迫に気圧されたのか、言葉がたじたじである。

 あー、まああの人なら教えるわな。

 来た時に会ってるし。

 

「研究所内を探してたらこの部屋から声が聞こえてくるじゃありませんか。んで、覗いてたらお兄ちゃんと中二さんがコマチたちのことを話し出すからさー。聴き入っちゃってました、てへっ☆」

 

 あざとさ満点のポーズで答えちゃう我が妹。まあ、可愛いから許す。許しちゃうのかよ。

 

「でもお兄ちゃん。コマチたちの話してたのはコマチ的にポイント高いけど、さっきのはポイント低いよ」

 

 尚も可愛らしい仕草をつけてくる。可愛いけど。可愛いけども。

 コマチのそのポイント制はいつも思うが、貯まるとどうなるんだ。

 

「その内いいことあるかもよっ」

 

 勝手に人の心の中、読まないで下さる?

 

「この状況がなくなればいいことなんだけどな」

 

 さっきから目の前の氷の女王の視線が突き刺さって、痛い。

 チクチクと擬音語が付きそうな鋭さ。目から針でも出てるのかしら、と思ってしまう。言ったら刺されるから言わないけど。なんなら彼女の後ろに付き従っているユキメノコが氷の刃をぎらつかせて、俺に見せてくるもんだから、言ったら本当に刺されそうで怖いまである。

 

「んー、やっぱりハチマン君は一発殴られるべきだと思うんだけど」

「左に同じく」

 

 俺はこの二人を一発殴りたいわ。

 

「お前ら、勘弁してくれ………」

 

 場の空気を読まない男二人が軽快な態度で言葉を浴びせてくる。

 だがもう、言葉を返すだけの気力さえ、俺の中にはない。

 

「はぁ………、帰りたい」

 

 クチバの実家が恋しくなってきた。早く帰って部屋に篭りたい。特に誰にも邪魔されずに過ごせる空間なんて、あそこくらいしかないからな。

 なんかもう色々なことに呆れ果て、部屋を出ようとすると。

 

「あ、そうそう。Zと言えば、ってポケモンがいるんだけど………」

 

 まだ帰さねぇよと言わんばかりに俺の意識を抑えつけてきた。

 しかも俺以外興味ありますオーラが出まくっている。

 うん、これ最初から企んでたパターンだな。

 

「なぬ! それは是が非でも見てみたい!」

「ヒッキー、帰っちゃダメだよ。一緒に見るの」

 

 ドアノブにかけた右手をユイガハマに抑えつけられた。振り払おうと思えば、簡単に振り払えるが今はそんな気力もなく。ユイガハマに確保され部屋中に連れ戻されていく。

 

 

 こんな時、あの方はこう言ってたっけ。

 

 

 不幸だ……………。

 



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15話

 あれから。

 長い長い話を延々と聞かされ続けた俺は、ようやくポケモンセンターの一室のベットにダイブすることができた。

 今日の俺はよく会話の中にいた気がする。普段から会話に加わろうとしないため、ひどい時には一日中誰とも口をきかずに過ごしていたのもざらではない。

 そんな俺であるが今日は驚くことが多々あった。

 カロスの伝説のポケモン、ゼルネアスとイベルタル。この二体がもたらすのは生と死。

 生態環境に強く影響をもたらすこの二体が、あの大男の言う3000年前の大規模戦争に深く関係していることはなんとなく分かった。だが、結局はどちらとも生態環境の循環を著しく揺るがしかねない力を持っているらしい。であるならば、生態環境の秩序が乱れるということ。しかし、ザイモクザが言う通り3000年前にこの二体が暴れているとしたら、奴らの寿命は1000年であり、どれだけ眠っているのかは分からないが、今現在において活動していないとは全く持って言い切れない。なのに、カロスの大地には特にこれといった変化は出ていないらしい。上が圧力をかけて情報統制をしているのかもしれないが、自由すぎるネットにもそんな異常現象の報告はない。ということは、だ。やはり俺たちが睨んだ通り、いるのかもしれない。Zで表される二体の抑制力となるポケモンが。

 ああ、Zと言えばあの後の話は本当に驚きだったな。まさか、すでにZの名を翳す奴がいるなんて思いもしなかったわ。しかも俺たちのすぐそこにいるってんだから、驚かないはずがない。ザイモクザ、もう少し自分のポケモンのことくらい調べておけよ………。

 

 

 

 博士の長い長い話をまとめるとこうだ。

 すでにZの名を持つポケモンは存在している。確認された件数はごくわずかではあるが、確かに存在しているのだとか。しかもそいつの正式名称は『ポリゴンZ』。そう、何を隠そうポリゴン2のさらなる進化を遂げたポケモンなんだとか。どうやって進化させるのかは博士も知らないが、ポリゴン2が通信交換したら進化して姿を変えたという報告を受けたらしい。それをシンオウにいる彼の師でもあるナナカマド博士が『ポリゴンZ』を名付けたらしいのだ。だが、それはそんなに昔の話でもない、というかつい最近の話なのだとか。

 で、だ。ここからが本題であるが、俺たちは一週間ほど前に件のポリゴン様を拝見している。何なら、進化させるのにも付き合ってやった。まあ、そこはいい。俺も初めてみる光景だったため、面白い体験させてもらった。問題はその時にザイモクザが持っていた『アップグレード』が起動しなかったということだ。『アップグレード』はポリゴンの内臓データを更新し、改良し、よりスペックを上げるためのデータが詰まった機械である。だが、何故か俺とザイモクザが持っていた『アップグレード』には違いがあった。大きさこそ変わりないが、色と透けて見える箱の中身が少々異なっていたのだ。

 博士の話を聞いた俺とザイモクザは顔を見合わせた。何なら、ユキノシタも気づいたようでちょっと驚いていた。俺とザイモクザが無言でうなずき合い、博士に交換マシンはあるかを尋ね、使用許可も取り、即刻交換の準備をしだした。ユイガハマとコマチは俺たちが何を慌てているのが疑問に思っていたようで、ぽかんとした面持ちで俺たちを見学していた。だが、それに気づいたユキノシタが彼女たちに説明を施し、ようやく理解した二人が驚きの歓声をあげていた。

 で、俺たちはそんな叫声を背景にして、ポリゴン様にザイモクザの『アップグレード』を持たせたり、交換要員を博士に見繕ってもらうなどして、着々と進化の準備に取り掛かっていた。あの時からずっと疑問には思っていたのだ。何故同じアップグレードなのに俺のはできてザイモクザのは進化できなかったか。あれがシルフカンパニーの既製品でないのならば片がつく話であるが、さらなる進化の存在があると分かれば、それが進化の材料である可能性が否定できなかったのだ。あまりにも似過ぎており、怪しさの増すパッチ。男三人は好奇心に誘われ、嬉々として通信交換を始めた。あ、もちろんポリゴン様の了承は得た上でだぞ。ゆっくりとではあるが動きだすマシンをじっと見つめた。後ろでは駆けつけた女子三人とどこからか話を聞きつけたヒラツカ先生の姿があった。交換も終わり、ザイモクザがポリゴン2をボールから取り出す。するとまさかの進化が始まった。仮説なんていう仮説でもなかったが、可能性が功をもたらしたのだ。これには博士の方も驚きで「これだから研究職はやめられない」と喜んでいた。その反応がウザかったのは言うまでもない。

 その後、博士のお願いでポリゴンZというものを分析してみた。どうやらより攻撃の方面に特化させているようで、能力が飛躍的に上がっていた。その分、耐久力が失われていたが、不要なデータも取り除いていたのかよりリズミカルな動きをするようになっていた。だが、進化したことで一つ問題があった。なんか勝手に命令もしてないことをするようになったのだ。一応ザイモクザがやめろといえばいうことは聞くのだが、ふとした時におかしな行動を取り始める。どうおかしいかといえば、その場でくるくる回ったり、一人でノリツッコミをしたりと割と外には害がないもの。だが、見ていて痛々しいものであるのには違いない。いや、あれは飼い主に似ただけかもしれんが………。

 

 

 

 それから興奮の冷めやまぬなか、博士がまた語り出し、ようやく帰ってこられて現在に至るというわけだ。

 あの人どんだけ自分の自慢話をしたいんだよ。理解してるのなんて俺とザイモクザくらいだったっていうのに。

 

「で、お前は何してるわけ」

 

 ベットにダイブしてから部屋の端に黒い影が落ちているのに気づいた。どうやら、また俺の夢を食いに来たらしい。こいつとはトレーナーズスクールの卒業試験の時以来の付き合いであり、二番目に俺と付き合いが長いポケモンだったりする。なのに、名前は知らない。特に何かを発するわけでもなく、ただただ俺の周りをウロウロしている。かと思えば俺の夢を食ったり逆に夢を見せてきたりするのだ。何がしたいのかは知らんが、俺も特にボールに入れようとは考えていない。

 そういや、ユキノシタはクレセリアっていう伝説のポケモンを連れていたな。あのクレセリアの対をなすダークライとかいうやつも悪夢を見せるとかっていうし……………まさか、な。ああ、でも暴君は一度会ったことがあるとか言ってったっけ。文献もあれだな。写真付きじゃねぇと名前だけじゃなんとも言えねぇな。

 

「ま、いつものように食いたきゃ食えばいいさ。美味いのかどうかは甚だ疑問ではあるけど」

 

 今日は疲れたため、明日に備えて寝ることにした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌朝。

 目が覚めると夢を見たような気がするが全く覚えていなかった。

 どうやら、俺の夢を食ったらしい。姿は見せないが気配は感じるため、満足したのだろう。

 体を起こすとホロキャスターが点滅しているのが目に付いた。中を確認してみるとユイガハマとコマチから何回ものコールがなされていたみたいで、ずらーっと履歴をスクロールすることができるくらい溜まっている。果てにはメールの方も来ており、全てユキノシタが~というものだった。恐らくは昨日の仕返しのことだろう。やっべー、忘れてた。これ、部屋から出ない方がいいんじゃね?

 

 コンコン、と。

 

 俺の考えを読んでいるかのようなタイミングで部屋の扉がノックされる。思わず体がビクッと反応してしまった。恐らく、いや十中八九ユキノシタだろう。

 

 コンコンコン、と。

 

 再びノックの音が聞こえる。

 そしてその後に小さなため息が聞こえた気がする。

 

「起きなさい、ヒキガヤ君」

 

 やっぱり、ユキノシタだったか。

 となると昨日の仕返しに来たんだよな。

 寝たふりしてやり過ごすのが無難か………?

 とりあえず、布団の中でやり過ごそう。

 

「ヒキガヤ君、起きてるのでしょう。布団に潜ったからって見えてるのだから。観念しなさい」

 

 え? なに? どゆこと?

 見えてるの?

 どうやって?

 ホワイ?

 

「窓の外を見なさい。さもなくば、凍るわよ」

 

 ユキノシタの声を聞いたら段々体が震えてきた。

 なんか従わなければやばい気がしてきた。

 言われた通りに窓の外を見るとユキメノコが笑顔で手を振っていた。まだ陽も上がり始めたところではないか。なんだってこんな早くに目が覚めちまったんだ。

 

「十秒以内に出てきなさい。さもなくば、じわじわと部屋の温度を下げるわよ」

「あーもう、分かったから、ちょっと待て」

 

 なんだよじわじわと部屋の温度を下げるって。

 どんな嫌がらせだよ。

 つか、怖ぇよ。朝から何なんだよ。まるで悪夢じゃねーか……………夢?

 おい、まさかあいつの仕業で悪夢を見てるとかじゃねぇだろうな。それだっだら、ユキノシタは俺の悪夢になりつつあるということか。

 やだー、ユキノシタさんマジパネェっす。

 

「ほら、ユキメノコも入ってこい」

 

 ずっと俺を見ているユキメノコを中に入れてやり、部屋の扉を開けた。

 案の定ユキノシタがおり、俺を仁王立ちで待ち構えていた。

 

「で、なんだよ、こんな朝っぱらから」

「あら、それが失礼を働いた相手に対する態度なのかしら」

 

 凍てつくような視線で俺を見上げるユキノシタの姿はどこかユキメノコと似たような出で立ちだった。

 

「別に、昨日はなにも言ってないだろうに………。あー、もう分かった分かった、俺が悪かったから。その氷の刃をしまってくれ」

 

 すっとユキメノコが氷の刃を作り出し俺の首にピトッと当ててくる。

 なんなのこの子、暗殺者なの?

 

「で、何の用だよ」

「付き合ってくれるかしら」

「は?」

 

 な、なんだよ今度は。

 朝っぱらから変な冗談はよせ。

 付き合うって、俺はお前のことほとんど知らないんだぞ。お前も俺のことなんてほとんど知らないくせにいきなり付き合うとか………。

 

「ん? ああ、ごめんなさい。練習に付き合ってという意味よ。どうして私があなたなんかと恋人関係にならなくちゃいけないのかしら。考えるだけで背中に電気が走る勢いだから変な気は起こさないでもらえるかしらモウソウガヤ君」

 

 ですよねー。

 うん、なんとなくそんな気はしてたんです。

 けど、いきなりだったから混乱してたといいますかなんといいますかごめんなさい。

 

「か、勘違いなんてしてないからな。勘違いしないでよね!」

 

 とりあえず、お決まりの台詞だけ言って着替えることにした。

 ドアを閉めてから一分少々。

 バトルの準備をして再びドアを開ける。

 ぽつんとユキノシタだけが立っていた。どうやらユキメノコはボールの中に戻ったようだ。

 

「…………い、潔いのね」

 

 真っ赤な顔のユキノシタ。なんかあったのか?

 

「まあどうせ、拒否権なんてあなたにあるとでも思って、なんて断ったら言ってくるんだろ。なら、初めから従うしかねぇだろ」

「それは私の真似かしら。気持ち悪いからやめてちょうだい。しかもちょっとだけ似ているのがますます腹ただしいわ」

 

 うしっ、本人にも似ているというお声をいただきました。別にそんな特技とかいらないけど。使う場面なんてそうそうないし。

 それよりもステルスヒッキーの方が精度上がって欲しいわ。誰からも気づかれず、誰からも見られない。隠密性が高ければなんだってでいる俺の百八ある特技の一つ。

 

「で、やっぱりオーダイルか」

「ええ、そうよ。そろそろ見本を見たいと思ってね」

「はいはい」

 

 他の人が起きるまでの一時間くらい、俺たちはユキノシタの相手をさせられていた。

 

 

 夜な夜な特訓してる成果が出ているのか、技を打てるようにはなっていた。後は細かいコントロールとかなんだとか。

 夜や明け方の特訓を知っているのをを口にしたら本気でユキメノコに殺されそうなので、心の中にそっとしまっておくとしよう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あの後ユキノシタに何度もブラストバーンを打たされた俺たちはもう一度寝たい気分だった。だけど、それを許すまいとせんかのようにユキノシタのユキメノコが俺にひっついている。

 そりゃもう、べったりと。

 ユイガハマがユキノシタに抱きつくくらいには距離が近い。

 

「ねえ、お兄ちゃん。いつの間にユキノさんのユキメノコと仲良くなったの」

「それは俺が聞きたいくらいだわ。なんでこうもべったりとひっついてきてるんだ」

 

 もうね、懐き方が異常としか言えない。俺、そんなフラグを立てた覚えはないんだけどな。まあ、ユキノシタと旅を始めてから食事中にちょっかいを出してきてはいたけど。こうもべったりひっつかれるのはこれまでにはなかった。

 

「やっぱり、ヒッキーってポケモンには懐かれやすいよね」

「にはってなんだよ、にはって。事実だから否定はできんけど」

 

 代わりと言ってはなんだけど、食事中はケロマツが俺の頭にいることはない。あくまでも俺の頭はあいつの寝床らしい。

 

「おい、ユキノシタ。お前もなんとか言ってくれ。お前のポケモンだろ。これじゃ、飯が食いづらいんだけど」

「よかったわね、ユキメノコ。たっぷり可愛がってもらいなさい」

 

 え、なにその放任主義。

 もう少し躾けろよ。

 

「おまっ、ちょっ…………はあ、もういいよ。ほら、ユキメノコ。俺で遊ぶんなら飯食ってからにしろ」

 

 なんで俺が人のポケモンを躾けなきゃならんのだろうか。やっぱり懐かれる分には悪気がしないのがいけないんだろうか。俺ってポケモンに対して甘いのかね。

 いや、でもユイガハマのポチエナは俺の言うことを素直に聞いてくれたし。そこはやはり主人の違いなのだろうか。ユキノシタって素直じゃないもんな。

 

「お兄ちゃんって将来育て屋さんとか向いてるんじゃない」

「やめておけ。こんな状態の俺が育て屋なんか開業させた日には預かったポケモンが主人の所に帰ってこないって問題になるだけだぞ」

「………想像できてしまうのがつらいよ……」

 

 コマチの提案に俺が否定するとユイガハマにはその姿が想像できてしまったようで、膝の上にいるポチエナを強く抱きしめた。

 

「なんで俺はこんな体質? なのかねー」

「社会は厳しいからお兄ちゃんくらいは甘くないといけないいじゃない」

「それ、俺のマッカンの説明文捩ってんだろ」

「あ、バレた?」

「分かるっつの」

 

 朝からうるさくてほんとごめなさい。

 どれもこれもポケモンが異様に懐くのが悪いんです。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 今日は図書館には行かず、借りてきた資料を読むことにした。朝から色々ありすぎて疲れてしまったため、ゆったりとしたい気分なのだ。その点、読書はいい。誰にも邪魔されず、何にもとらわれない。まさに自由の極みと言っていい。それに、この時間のポケモンセンターでは天使の舞が観れる時間でもある。癒しが欲しい俺にとっては最高の時間だね。

 その天使はというとトゲチックとクロバットをバトルさせていた。飛行戦の特訓でもしているのだろうか。技と技がぶつかり合う音を背景に俺は借りた資料に目を落としていく。

 今読んでいるのは3000年前の戦争について。と言っても昨日、ザイモクザが説明していたことがほとんどで、頭の中の情報を整理するくらいの気持ちで流している。

 

「あれ? ヒッキー?」

 

 どこからともなく声がする。俺を引きこもり扱いするように呼ぶ声の主は一人しかいない。

 

「なんだ、ユイガハマ。俺は見ての通り読書にふけってんだが?」

 

 振り返りもせず、そう答える。

 

「それのどこが読書なの!? めっちゃ、あの子見てんじゃん!」

 

 あ、え、あ、ほんとだ。

 いつの間にやら天使に目を奪われていた。

 

「それでどしたの。こんなところにきて」

「罰ゲームってやつ? ゆきのんとコマチちゃんにジャン負けしちゃってさー」

「……俺と話すことがか?」

「ちがうちがう。負けた人がジュース買いに行くってだけだよ」

 

 よかった………。俺死んじゃうとこだったよ。

 

「よくユキノシタが乗ったな」

「それがねー、最初は『自分の糧くらい自分で手に入れるわ。そんな行為でささやかな征服欲を満たして何が嬉しいの?』なんて言って渋ってたんだけどねー」

「まあ、あいつらしいな」

「うん、それで『自信ないんだ?』って言ったら乗ってきた」

「……あいつらしいな………」

 

 普段あんなクールな態度とってるくせに勝負事になると負けず嫌いが発揮されるんだな。

 この前だって、その所為でバトルする嵌めになったし。

 

「って、あれ………」

 

 俺が一向に顔の向きを変えないことを不思議に思ったユイガハマが俺の視線を辿っていった。

 天使、もとい飛行戦の特訓をしている少女を見て難しそうな顔を浮かべるユイガハマ。

 俺たちの会話が聞こえていたのか、天使がこちらに振り返った。

 

「あ、もしかしてユイガハマさん?」

 

 え?

 

「あー! やっぱりさいちゃんだっ!」

 

 うっそん。マジ?

 

「……………」

 

 ててて、とこちらに走り寄ってくる姿は俺に癒しを運んできてくれるかのようだあった。

 

「えっ、と………知り合い、なのか」

「はあ?! ヒッキー忘れたの!? スクール時代に同じクラスだったんだよ!?」

「やっぱり、覚えてないかな。トツカサイカです」

 

 って言われてもな………。

 

「や、女の子と話す機会なんて無かったし………」

 

 そう、俺が言うと天使は苦笑いを浮かべていた。

 何か肝に触るようなことでも言ったか?

 

「あの………その、僕、男なんだけどな………」

 

 え?

 

「え?」

 

 鉛で頭を殴られたかのような感覚にとらわれる。

 脳幹が揺れるくらいの衝撃的事実で、今なら何の抵抗もせずあいつの穴に吸い込まれてしまうだろう。

 それくらいには理解が追いついていない。

 

「なあ、ユイガハマ。俺は夢を見てるんだろうか………」

「ちょ、ヒッキーしっかりしろし。帰ってきてよ!」

 

 ぐわんぐわんと今度は物理的にユイガハマに揺さぶられ頭が痛い。

 

「…………えっと、ちょっと待てよ。あー、スクール時代に俺やユイガハマとクラスが同じってことは………その、当時の俺のことも…………」

「もちろん、覚えてるよ。昼休みとか渡り廊下でご飯食べてたりしてたし、僕がニョロゾとテニスをしているのも何度か見られてたなー」

 

 昼休みにニョロゾとテニスねー。

 確かに、そんな娘がいたかもしれない。

 

「マジかよ…………」

 

 ああ、さらに頭が痛くなってきた。

 とりあえず素数でも数えて落ち着こう。

 1、2、3、はいっ! かーんこれ、ってそうじゃない!

 なんでイッシキみたいな声の艦隊のアイドルの歌が出てくるんだよ。

 素数数えるんじゃ無かったのかよ。

 そもそも1って素数だっけ?

 

「ヒッキー、目が段々と腐っていってるけど、大丈夫?」

「ああ大丈夫だ、問題ない。頭が腐ってきてるけど、たいした問題じゃないさ」

「それ、全く大丈夫じゃないじゃん!」

 

 オーバーなリアクションだな。

 ちょっとしたジョークじゃないか。

 

「あははっ、昔ヒキガヤ君がヒラツカ先生とバトルした後も二人はそんな感じだったよね」

 

 そんな俺たちを見ていきなり笑い出すトツカ。

 その声は昔を思い出しているかのようで、懐かしんでいるのが滲み出ていた。

 

「そう、なのか? 俺は覚えてないんだが」

「うん、そうだよ。その時にユイガハマさんがヒキガヤ君のことを初めてヒッキーって呼んでたし」

 

 なに?!

 それは真か?

 新事実を聞き、俺はユイガハマを睨みつける。当の彼女は防御力が下がるわけでもなく、「ヒッキーはヒッキーなんだからヒッキーでいいの!」とヒッキーを連呼していた。

 

「そういえば、さいちゃんはここで何してたの?」

 

 連呼して乱れた呼吸を整えてユイガハマがトツカに当初の疑問を投げかけた。

 

「今朝見たヒキガヤ君のリザードンの動きを勉強しようと思って、練習してたんだよ」

「え? ヒッキーは朝からゆきのんのユキメノコにべったりされてたけど」

「ああ、もちろんユキノシタさんも一緒だったよ。二人で究極技の練習をしてたんだ。二人とも完成してるみたいだったけどね」

 

 よく見てるな。

 というかあんな朝早くから起きてたのか?

 

「ヒッキー、ゆきのんと隠れて二人でそんなことしてたの!? ゆきのんには何もしてないよね」

 

 こいつ、ユキノシタのこと好きすぎんだろ。

 

「あいつに口止めされてたからな。練習風景を見られるのは恥ずかしんだとよ。んで、今日は撃つことはできるようにはなったからコントロールの見本を見せろってあいつに脅されたんだよ」

「ゆきのん………そんなゆきのんもあたしは大好きだよ」

 

 あ、ダメだこいつ。

 ゆるゆりの世界に行っちゃったよ。

 帰ってくるまで、しばらく放っておこう。

 

「あ、そうだ、ヒキガヤ君。よかったらなんだけど、僕の特訓に付き合ってもらえないかな。暇だったらでいいんだけど」

 

 特訓か。

 今日はゆっくりするつもりだったんだが。

 けど、天使のお誘いだし、無碍にするのも………。

 

「返事は急がないから考えといて」

 

 そう言ってトツカはポケモンセンターの中に入っていった。

 いつの間にボールに戻してたんだ。気づかなかったぞ。

 

「おい、ユイガハマ。お前そもそも何しにここへ来たわけ」

「え? ゆきのんとコマチちゃんでじゃんけんして負けたからジュース買いに来たの………て、ああ! そうだ、忘れてた。早く買って戻らないとゆきのんに怒られるよー」

 

 騒がしい奴は今日も騒がしい。

 平和で何よりだ。



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16話

 ゆったりとした午前中を過ごし、みんなで昼食を取っていると再び天使が舞い降りてきた。

 

「あ、さいちゃん。よかったら一緒に食べる?」

 

 トレーを持って席を探していたトツカをユイガハマが確保し、俺の前に座らせる。

 

「よかったー、さっきから食べる場所を探してたんだけど、どこもいっぱいでさー。助かったよ」

 

 そう言って、まずは水をいっぱい口に含んで、喉をゴクリと鳴らす。

 

「えっと、お兄ちゃん。この可愛い人は誰なの?」

 

 こそっと俺の横にいるコマチが耳打ちしてきた。

 

「あ、そっか。自己紹介がまだだったね」

 

 だが、それが聞こえてしまったのかコマチが自分を知らないことに気がついた。

 

「僕はトツカサイカです。ヒキガヤ君とユイガハマさんとはスクール時代に同じクラスでした。もちろん、ユキノシタさんのことも知ってるよ。有名だったからね」

「そう、私もトツカ君のことは知ってるわ。誰かさんの名前を探すために調べた際、一通り覚えたもの」

 

 …………その誰かさんというのはまさかとは思うけど、というか確実に俺だよな。

 

「……ストーカー」

「ユキメノコ、彼を好きにしていいわよ」

 

 ユキノシタの一言で俺の背後から現れたユキメノコに抱きつかれた。ひんやりと冷たい肌の触感が実に気持ちいいのだが、今はそれよりも腕を回された首がギチギチと変な音を出している。

 

「ちょ、ユキメノコ………締め、すぎ……」

 

 ギブギブと腕を叩いて、なんとか開放を促す。

 殺すつもりはないらしく、力は弱めてくれたが、依然として抱きついたままである。

 

「ヒキガヤ君のポケモン、ってわけじゃないよね」

 

 そんなユキメノコを見て、トツカは疑問に思ったようだ。

 

「ああ、こいつはデレノシタと言ってユキノシタのデレのぶふっ!? く、くるし、ちょ、まて、ユキメノコ…………俺が悪かっ、たから、首………絞めんな」

 

 冗談を言ったらユキノシタの命令なしにユキメノコが首を絞めてきた。

 え、なにこいつ。やっぱりユキノシタの魂を半分食ってんじゃねぇの。

 

「あはは、他のトレーナーのポケモンに好かれるなんてヒキガヤ君はやっぱりすごいや。ああ、でも校長先生とバトルしてた時もユキノシタさんのオーダイルを使ってたから、昔からポケモンに好かれてるのか。やっぱりヒキガヤ君はすごいや」

 

 え?

 その話はマジなの?

 だったら、やっぱりこれって俺の体質ってことなのか?

 

「はあ、………はあ………その話、本当なのか?」

「あれ、覚えてないの? あの時はそりゃもうすごかったんだから。いきなり教室に校長先生のポケモンがやってきたかと思えば、攻撃してくるし、みんなが慌てる中、そのポケモンは外に逃げちゃうし、ヒキガヤ君だけが追いかけて行っちゃうしで。そっからが大変だったんだよ。ユイガハマさんが心配して追っかけて行っちゃうし、ヒラツカ先生も止める気が全くなしで、なにが起こっているのかも僕らには分かっていなかったんだから」

「そ、そうか………。それは、なんか悪いことをしたな」

 

 そうは言うが言われていたことを碌に覚えていない。取り敢えず、特例卒業のために校長とバトルしたという事実と強かったという感想しかないのだ。細かいことなんて、全くのように記憶にないのだから、なんて返したものか。

 

「あー、あれはさすがにやりすぎだと思ったなー」

「そうね。避難訓練って後から説明されてたけど、実際に避難しなきゃならない状態だったものね。いつの間にかオーダイルも消えているしで当時の私も戸惑ったものだわ」

 

 何気に覚えてる二人に驚いた。

 やっぱ、あいつに食われたんだな。そのうち夢に出してくるだろうから。それまで待つか。

 

「…………お兄ちゃん、これってなんの話?」

「あー、ほら前に言っただろ。特例で卒業したって。たぶんその時にした校長とのバトルのことを言ってるんだと思う」

「あーっ!? 先生たちまでもが驚いていた避難訓練!?」

「たぶんそれのことだね」

「たぶんそれのことね」

「たははー」

 

 ようやくコマチも合点がいったらしい。

 

「俺はその事実しか覚えてないけどな」

「無責任な話ね。当事者が全く覚えていないだなんて」

「で、でもヒッキーはあたしのこと助けてくれたんだよ」

「それはお前がアホだったからだろ」

「ちょ、それどういう意味だし!」

 

 と、そんなこんなで食事に花を咲かせていた。

 

 

 

 昼食も済み満腹感にかられているとユイガハマが口を開いた。

 

「そうだ、さいちゃん。なんだったらあたしたちと特訓しようよ。ヒッキーもあたしやコマチちゃんの面倒見てるからそれに一緒にさ」

「え? いいの? でもそれじゃ他のみんなの迷惑になるんじゃ………」

「大丈夫よ。そこの男はいつも暇そうに見ているだけだから。動くとしたら口だけだもの」

 

 え? なんかひどくない?

 まあ、確かにコマチとユイガハマが主にバトルをして、その都度意見を言ってるくらいだけど。俺やユキノシタがやるとどうしても手加減しなきゃならんから、大変なのよ。

 

「いいですねー、コマチも対戦相手が増えて嬉しいですよー」

「ま、俺はいいけどよ。それより具体的にはどういうことをしたいんだ?」

「トゲチックとクロバットの空中戦。それとニョロボンに何か覚えさせたいんだー。カントーのトキワジムでコテンパンにやられて、ジョウトの方でもフスベジムで負けちゃって…………。どこも後一つバッチが揃ってなくて、気分転換にカロスを旅することにしたんだけど。そしたら、顔見知りの人たちがいっぱいいるから驚いたよ」

 

 クロバットにトゲチックか。

 クロバットは素早い動きを取り組むのがいいとして、問題はトゲチックの方だな。新種のフェアリータイプと改められたトゲピー族。俺もあまりフェアリータイプを理解していないからな。まずはそこからやるべきか。

 

「なるほど。取り敢えず、クロバットは素早さを活かした攻撃を考えましょう。トゲチックの方はフェアリータイプだからドラゴンタイプには強いわ。だから、フスベジムで勝てなかったというのなら、バトルの構成、あるいは技の問題かもしれないわね。まずはトツカ君のポケモンたちのバトルを見せてもらいましょうか」

 

 なーんて考えてたら、全てユキノシタが言ってしまった。

 つか、誰とバトルすんだよ。コマチやユイガハマとは経験が違うし、かといって俺やユキノシタではすぐに倒してしまうようなバトルになると思うんだが。

 

「その辺は大丈夫よ。私も一度フェアリータイプのポケモンとバトルさせてみたい子がいるから」

 

 そう言うとユキノシタはトレーを片付けに行ってしまった。

 早速やろうということですか。

 段取りがお早いようで。

 まあ、仕方ない。トツカの頼みだしな。

 俺たちもさっさと準備するか。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 さて、練習用のフィールドを借りてきたわけだけど。

 

「さて、それではやりましょうか」

「うん、ユキノシタさん、よろしくね」

 

 ああ、女神さま。

 トツカの一挙手一投足が俺に癒しをもたらしてくる。

 トツカかわいい、とつかわいい。

 

「それではコマチさん、審判の方は頼むわね」

「了解であります」

「ルールは手持ち全部。技の使用制限はなし。全力で来なさい」

「分かった。いくよ、ニョロボン」

 

 そう言って、トツカが最初に出してきたのはニョロボン。みず・かくとうという数の少ない組み合わせのタイプのポケモン。ニョロゾに水の石を与えると進化するんだが、分岐として王者の印をもたせて通信交換することでニョロトノに進化する。殿だから「王者の印」が必要なのは分からなくもないが、どうして通信交換を行う必要があるのかは俺には分からない。ポリゴンは分かるぞ。あれはプログラムでできているポケモンだから、進化を行うのにもデータを更新する機械として交換用マシンが起動するようになってるんだろうからな。全く、ポケモンという生き物は不思議な生き物である。

 話は逸れたがニョロボンは近接系の攻撃を得意とするが、ニョロトノは遠距離からの攻撃を得意としていて、好みによって進化の方向が分かれる。

 

「それじゃ、バトル、開始!」

「行きなさい、ボーマンダ」

 

 ユキノシタが出してきたのは新顔、ボーマンダだった。

 ああ、ユキノシタが言ってたフェアリータイプと戦わせたい子っていうのはあいつのことなんだろう。ボーマンダはフェアリーを嫌うドラゴン・ひこうタイプ。主にホウエン地方に生息するドラゴンで進化前のタツベイがまた健気なんだよな、これが。タツベイは空を飛ぶことを夢見て、毎日崖から飛び降りていて、そのせいで頭が石のように硬くなったってエピソードがある。でも進化できた姿は殻に埋もれた体でとても飛べそうにないんだよ。そして、ようやくボーマンダに進化できて初めて空が飛べるようになるというね。

 ああ、思い出してたら目頭が熱くなってきた。

 

「ボーマンダ…………、ニョロボン、まずはグロウパンチ」

 

 グロウパンチか。

 相性で考えたら、ひこうタイプにはあまり効果はないが、名前の通り追加効果で攻撃力を高める要素が含まれている。能力を上げるついでに攻撃をかますのはいい作戦だ。

 

「ボーマンダ、そらをとぶ」

 

 ニョロボンの拳が当たる前に一瞬で空へと飛翔する。

 さすがに空に逃げられるとニョロボンにはきついな。陸上でしか行動できないニョロボンでは空中にいるボーマンダに技を当てることが難しい。遠距離からの攻撃なら届くかもしれないが、トレーナーがユキノシタだからそれくらいは普通に対処してしまうだろう。

 

「ニョロボン、ハイドロポンプでボーマンダよりも高く飛んで!」

 

 だが、杞憂だったようでトツカには空中戦にもついていけるだけの案があったようだ。空中戦は意外と相手よりも高い位置を確保した方が技を当てやすいし、相手を追いかけることを考えなくていい。その反面、下からの突撃には反応が遅れてしまうこともあるという不確定要素があるが、トツカの場合はただ上をとったわけじゃないだろうな。

 

「ボーマンダ、ニョロボンにつばめがえし」

 

 落ちてくるニョロボンに向かって上昇していくボーマンダ。だが、距離が縮まったことでトツカの命令が下された。

 

「ニョロボン、さいみんじゅつ」

 

 相手を眠らせる催眠術。ポケモンによっては催眠術の濃度が違うらしいが、眠ってしまうのには変わりない。

 ボーマンダはニョロボンに近づいたことで、催眠術を発する腹の渦巻きを間近で見ることとなってしまい、眠りについた。脱力して重力に引っ張られて地面に体を叩きつけてしまう。

 

「なるほど、敢えて自分に近づけさせ、催眠術をかける戦法ね」

「うん、まあね。ニョロボン今の内に連続でグロウパンチ!」

 

 シュタッと着地したニョロボンは次の攻撃へと動きだす。

 パンチをボーマンダの身体中に当てていき、攻撃を高めていく。

 だが、刺激を与えればニョロボンの催眠術ではすぐに目が覚めてしまう。トツカもそれは理解しているのか、引き際を図っているように感じ取れた。一方のボーマンダはなぜか尻尾を左右に振っていた。

 

「ニョロボン、次は毒づき!」

「ニョロ」

 

 拳を紫色に染め上げ、大きく拳を振り上げる。だけど、その一瞬の間にボーマンダは目を開け、身体を起こした。

 

「つばめがえし」

 

 攻撃態勢に入っているニョロボンの動きではボーマンダのつばめがえしを躱すことができなかった。四足で地面を蹴りだしたスピードが上乗せされ、瞬間の速さが異常なまでに早くなったためだ。

 効果抜群の攻撃を受けたニョロボンは一発で戦闘不能に。まずはユキノシタが一勝ということになった。

 

「ニョロボン、戦闘不能。いやーそれにしてもユキノさんってボーマンダ連れてましたっけ?」

 

 少し場の緊張が解れたところでコマチがユキノシタに声をかける。

 

「いえ、さっき実家の執事から送ってもらったのよ。ホウエン地方で捕まえた子なんだけど、こっちに来る時に、預けてきてね。実力はかなりあるから心配しないで」

 

 いや、誰も心配はしてないと思うぞ。

 実力なんて、今ので相当あるのは分かったし。

 こいつらは気づいているのか分からんが、ユキノシタのボーマンダは途中から起きてはいたのだろう。尻尾を振っていたのが何よりもの証拠だ。寝ながら尻尾振るやつなんて聞いたことないからな。催眠術程度で深い眠りには入ることもないし、入ったとしても短時間だけだから、起きていたとみて間違いないはずだ。

 で、起きたはいいけど、トツカが決め技を打ってくるのを待ってたってとこか。トレーナーもポケモンも決め技を放とうとする時はどうしてもそちらに意識が集中してしまい、隙が生まれやすいからな。俺ですら、その隙は失くそうとしてもなかなか失くしきれないからな。生き物の性と言ってもいいんじゃないだろうか。

 

「………お前、質悪いな」

「あなたほどでもないと思うのだけれど」

 

 うわー、いい笑顔。

 ああ、トツカがかわいそうになってきた。

 なのに、当の本人は笑顔でボーマンダを賞賛している。

 

「すごい速さだね、ユキノシタさんのボーマンダは。だったら、次はこの子でいかせてもらうよ。クロバット、お願い!」

 

 どうやら、あのボーマンダを何が何でも倒してみたいらしい。

 女の子みたいなのに割と中身は男子なんだな。

 

「クロバット、クロスポイズン!」

 

 クロバット、こうもりポケモン。

 進化前のズバット・ゴルバットは両足があったが、クロバットに進化したことで足が翼になったというちょっとすごいポケモン。より長く飛んでいられるように、と考えられていて、翼が四枚になったことですばやさが格段に上がっている。

 そして、その四枚あるうちの前二枚の翼からクロスポイズンが放たれた。

 いくらさっきのつばめがえしが速かったと言っても、それは踏みこむ力が加わったからであって、今のボーマンダにはあれに匹敵するすばやさは持ち合わせていない。

 だから、敢えて躱そうとせず急所から外れるように首を下げた。

 クロバットの翼は首を通り越し、背中に打ち付けられる。

 

「つばめがえし」

 

 堪えるような表情を見せるも、すぐさま三歩ほど軽いステップを踏み、クロバットの背中の方へと体の向きを変えた。そして、再び四足で地面を蹴り上げ、加速させる。

 

「クロバット、躱してねっぷう!」

 

 だが、そこはクロバットの方に分があるらしく、身軽な動きで翻り、身体のでかいボーマンダをあっさりと躱した。そして、翼で空気を摩擦し、火花を起こして、酸素に引火させ、炎を巻き上げ、再度翼を大きくはためかせ、炎の風をボーマンダに勢い良く走らせた。

 

「ボーマンダ、ハイドロポンプ」

 

 ボーマンダは空中ロンダートで反転し、迫りくる炎風に水の砲撃を打ちつけ、かき消した。

 意外にも拮抗状態となっている。だけど、勝つのはボーマンダの方だろう。あいつの方が隙はないが余裕がある。

 

「ドラゴンダイブ」

 

 蒼白い竜の気を纏い、クロバットに突撃していく。

 

「躱して!」

 

 クロバットは再度翻り、身軽に躱す。

 

「切り返し」

 

 だが、ボーマンダはその図体からは想像もつかない、緩急の切り返しでクロバットの方へと向きを変え、その身を叩きつけた。

 

「クロバット!?」

 

 トツカが呼びかけるが、ふらふらと地面に落ちてくる。

 

「んー、これはクロバットが戦闘不能ですねー」

 

 じっくりとクロバットの様子を観察して、コマチが判断を下す。

 

「戻って、クロバット。お疲れ様」

 

 ああ、トツカの「お疲れ様」はなんて癒されるんだろうか。俺もトツカに言われてみたいなー。

 クロバットをボールに戻して、次のボールに手をかける。

 

「さて、次はどの子で来るのかしら」

 

 ああ、ワルノシタさんが挑発してるよ。

 すげーいい笑顔だけど、どうしてか寒気がする」

 

「それ、ユキメノコのせいじゃない…………」

 

 ああ、そういえば俺の背中にはユキメノコがいたな。冷たい体が気持ちいいんだけど、ずっと冷たいから体が日えっ切ってきている。そろそろ離れてくれませんかねぇ。あ、あと当然のように頭の上ではボケガエルが寝ているぞ。

 

「俺ってそのうちポケモンに覆われちまうかも……………」

「ヒッキー、なんかキモい。あとキモい」

 

 ……………………。

 審判をしているコマチに構ってもらえないからって俺を罵倒してくるのはやめてくれませんかねぇ、アホガハマさん?

 後、大事なことなので二回言いました的な言い方やめようね。すごく傷つくから。

 

「トゲチック、お願い」

 

 ようやく、ボーマンダの本命の相手が来た。

 トゲチック、しあわせポケモン。フェアリー・ひこうタイプのドラゴンの天敵。

 フェアリータイプはドラゴンタイプの技が全く効かないんだとよ。どんなドラゴン殺しだよ。

 

「来たわね、フェアリータイプ。ボーマンダ………ってどうしたの?」

 

 ボーマンダがなんか震えている。

 そういやトゲチックを見た途端、震えだしたな。

 とか考えてたら、勝手にリザードンがボールから出てきた。

 

「うおっ、いきなりなんだよリザードン」

 

 出てきたリザードンまで震えている。

 

『どうやら、リザードンもフェアリータイプが苦手なようだな』

「あ、マジで? こいつドラゴンタイプじゃないぞ」

『ああ、そういうことか。なるほど、確かにそれで合点はいくな』

「だから何がだよ」

『メガシンカ、とだけ伝えておこう』

 

 いや、そこまで言ったら最後まで言えよ。

 はあ……………ったく。

 で、なんだっけ。メガシンカがヒントでドラゴンタイプでもないフェアリータイプを恐れているリザードンか。この二つを絡めるとしたら、メガシンカでのタイ……プ………。ああ、なるほどそういうことね。確かにこれで合点はいくな。

 

「ねぇ、ヒッキーさっきから誰と話してるの?」

 

 なんか気持ち悪いものを見るかのような顔でユイガハマが聞いてくる。

 

「…………ポケモン」

 

 なんと言い訳しようか迷ったが、正直に告げる。たぶん、ユイガハマだから大丈夫だろ。

 

「え、ええっ?! ヒッキーってポケモンと話せるの!?」

 

 取り敢えず、無視しておく。

 話を戻して、メガシンカしたリザードンは電気技があまり効いていなかった。考えられるのがメガシンカしたことでのタイプが変わったということ。そして、今のフェアリータイプを恐れるリザードン。それと同じようにドラゴンタイプであるボーマンダも恐れている。この三点から考えられるのはメガシンカしたリザードンのタイプがドラゴンになったということ。炎が基本タイプだから変わったのはひこうからドラゴンだろう。ひこうタイプだろうがドラゴンタイプだろうが空は飛んでるからな。

 まあ、これで一つメガシンカについて理解できたんだ。後で博士に報告でもしておこう。知ってるかもしれんが。

 

「しっかりしなさい、ボーマンダ。あなたが苦手なタイプなのは重々承知してるわ。だけど、それじゃ意味がないの。これはあなたに耐性をつけるためのバトルよ。やれるところまでやりなさい」

 

 なんとまあ、厳しい一言だね。言ってることは最もだけど。俺がポケモンだったら、戦いたくないもんな。

 

「いくよ、トゲチック。てんしのキス」

 

 投げキッスをして作り出したハートの塊でボーマンダを覆ってしまった。

 この技を受けたポケモンは混乱してしまう。

 ボーマンダも例に漏れず、混乱してしまったようだ。フラフラとした千鳥足となり、意識が朦朧としている。

 例外があるとすれば特性によるものか…………頭の上で寝てるやつくらいだろう。なんせこいつはメロメロが効かなかったんだからな。特性が鈍感てわけでもないのに、素手であのハートをバシッと落とすんだ。あの類のものは効かないのかもしれないな。

 

「ボーマンダ、落ち着いて、意識をしっかり持ちなさい」

 

 混乱から戻すにはトレーナーが呼びかけたり、ボールで休ませたりするのが一般的である。ただ、混乱してるとポケモンはよく暴れることがあるので、色々と危険要素は多い。

 

「トゲチック、マジカルシャイン」

 

 トツカは遠慮なしに攻撃を仕掛けてくる。まあ、混乱したやつを戦闘不能に追い込んでしまうのが一番手っ取り早いわな。それにユキノシタが遠慮するなって言ってたんだし。

 トゲチックの体内から溜め込まれた光が放出され、ボーマンダを覆い尽くす。光を浴びたボーマンダは呻き声を大にしてあげる。

 

「ボーマンダ!」

 

 なんとか持ちこたえたみたいだが、相当のダメージを負ったようだ。

 これがフェアリータイプの技か。

 初めて見る技に少し心が踊りだす。

 戦ってみたい気もする。今の技を俺だったらどう対処するか。なんてことが頭の中をよぎっていく。

 

「ええ、そうね。あなたはまだいけるわよね。ボーマンダ、そらをとぶ」

 

 どうやら、今の攻撃でボーマンダの混乱は解けたようで、目の色が変わった。勢いよく飛翔し、フィールドを空へと変えた。

 

「トゲチック、ゆびをふる」

 

 だが、トツカは追いかけることなく、その場で指を振らせた。

 マジックのように何が起きるかはやってみないとわからない技、それがゆびをふるである。当たりが出るかハズレが出るかは運次第。

 

「あれは…………」

 

 トゲチックは走り出した。そして、ジャンプして空を翔ける。

 こうそくいどう。

 言葉通りに高速で移動し、素早さをあげる。

 今のは助走なのだろう。空を飛んでからみるみるうちに加速していっている。

 

「やりなさい」

 

 しかし、ボーマンダは高速で移動するトゲチックを捉えたのか。急降下してくる。

 

「躱して、マジカルシャイン!」

 

 トツカの命令によりジグザグに動き出し、ボーマンダの突進を躱した。しかし、ボーマンダの攻撃はこれだけでは終わらなかった。

 

「空気を蹴って切り返しなさい」

 

 地面すれすれで踏みとどまり、空気を踏み込んで再度トゲチックを追いかけていく。

 なんてことはない、あれは俺たちが使っていたエアキックターンだ。あいつ、いつの間に…………ってことはないか。今のはただの思いつきだろうな。ここはそれについていけるボーマンダを褒めるべきか。

 

「ハイドロポンプ」

 

 再び体内から光を放出し攻撃してくるが、ボーマンダはその光をハイドロポンプで一蹴してしまった。

 諸に水の放射を浴びたトゲチックは後ろにあった木に激突する。

 だが、まだ戦闘不能には至っていないようで、フラフラを這い上がり出す。

 まあ、それを許すユキノシタじゃないんだがな。

 

「「つばめがえし」」

 

 ん?

 今トツカも言ったか?

 二体は翼を光らせて交錯する。

 衝撃波が周りへと拡散し、風が俺たちの髪をなびかせた。

 

「おおー、すごい迫力ー」

 

 コマチが審判の役を放り出し、感嘆している。

 ユイガハマはぽえーっと見ていた。

 交錯した二体は空で息を整えていたが、先にトゲチックの方が力尽きたようで、シューと落ちてくる。

 ありゃ、トゲチックの負けだな。

 俺はリザードンの背中を軽く叩き、回収を命じる。

 リザードンは意図を理解したようで、翼を開き空を翔けていく。そして、背中でトゲチックを受け止め、トツカの方に連れていった。

 それを見たボーマンダはゆっくりと降りてきて、ユキノシタの横に着地する。

 トゲチックを受け取ったトツカは俺たちに首を横に振って、戦闘不能であることを伝えてきた。

 

「トゲチックが戦闘不能。トツカさん、続けますか」

「ううん、もう他に戦えそうなポケモンは連れてないよ」

 

 続行を伺ったコマチだったが、トツカの返事に趣向で返した。

 

「えー、ではユキノさんの勝ち、ですね」

「お疲れ様、ボーマンダ。ゆっくり休みなさい」

 

 それを聞いたユキノシタはボーマンダをボールに戻し、こちらにやってきた。トツカも同じくトゲチックをボールへと戻して俺たちの方へと駆けつけてきた。

 

「トツカ君、お疲れ様。いい経験になったわ」

「いや、僕の方こそ感謝してるよ。やっぱりユキノシタさんは強いや」

 

 二人で賞賛し合っているが、俺はこれからどうやってトツカのポケモンを育てようか考えていた。

 取り敢えず、トゲチックは策はある。技術的なところもなんとかなるだろう。クロバットも然りだな。ひこうタイプは俺もユキノシタも連れているから、問題はないのだ。一番悩むのはニョロボンだ。水タイプはオーダイルを師とすればいいだろうが、なんか格闘系の技を覚えさせるべきか、それとも催眠術を……………。

 

「取り敢えず、トツカ君のポケモンのことは分かったわ。あとはあなたが具体的にどういった技を覚えさせたいかが重要ね。特にニョロボンは使う技によってバトルスタイルが変わってくるポケモンだから、トレーナーのあなたがそこは決めなければならないわ」

「なるほどね、確かにそれは言えてるね。うーん、僕はパンチ系の技がいいかな。得意とする拳からの攻撃が毒づきとグロウパンチしかないから、もう一つくらいはパンチ系の技がほしいかなって」

「それなら、私のオーダイルかられいとうパンチを教わるのはどうかしら。弱点となるひこうタイプにも効果抜群だし、攻撃の範囲が広まると思うのよ」

「れいとうパンチか………うん、それにするよ」

 

 考えにふけっていたら、すでに決まったようだ。

 あ、そういやニョロボンはかくとうなんだし、あれもいけるんじゃね?

 

「なあ、トツカ。特訓終わってからでいいから、ニョロボンを貸してくんねーか」

 

 バトルの技術とかは多分トツカのポケモンの中では一番あるだろう。だからこそ、バトルの展開に幅を効かせられる、だけど高度な技術が必要なあの技もものにできるかもしれない。

 

「うん? いいけど、どうするの?」

「一つ、ニョロボンに覚えさせときたい技があってな。たぶんだが、ニョロボンの技術なら使いこなせる技だと思うんだよ」

「え? そんなのあるの?!」

「まあ、使えたらってやつだからいろいろ終わってからでいいんだ」

「分かったよ。ヒキガヤ君はポケモンに技を覚えさせるの得意だったもんね。バトル中にかみなりパンチをリザードンに覚えさせるくらいだし」

「見てたのかよ!?」

 

 わーお、なんてこった。

 こんなところにも過去の呪われし俺の姿を見たやつがいるのかよ。それはユイガハマだけでいいってのに。

 

「それで、トゲチックとクロバットなんだけれど………」

「トゲチックは俺に案がある」

 

 リュックの中から一つの石を取り出す。

 

「これは………?」

「光の石」

「進化? させるの?」

「そう」

 

 あれ? これってみんな知らない系?

 

「トゲキッスって知らねぇの?」

「トゲチックに進化があったことすら知らなかったよ」

「あ、あたしも! トゲチックはなんか前に見たことあるけど更に進化があるなんて着たことがないよ」

 

 まあ、ユイガハマだから知らなくても当然だけど。

 トツカも知らなかったのか。

 

「まあ、進化させるかはトツカの判断でいい。これはお前にやるから」

 

 そう言って、トツカに光の石を渡したら、我が妹にジト目で見られた。

 

「お兄ちゃん、なんかトツカさんにだけ甘くない?」

「え? 普通だろ?」

「怪しい」

 

 ずいっと顔を寄せてくるコマチちゃん。

 近い近い近いいい匂い。

 我が妹ながら、しっかり成長してるじゃないか。

 

「そうね。では、進化も念頭に入れて考えていきましょうか」

 

 こうして、トツカとそのポケモンたちを育てよう会が発足した。

 なんだよ、育てよう会って。

 



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17話

 トツカとユキノシタのバトルの後、俺たちは再びポケモンセンターの中にいた。

 バトルに参加したポケモンをジョーイさんに預け、今は回復を待っている間に具体的なことを決めていこうということになった。

 

「それで、まずはトゲチックなのだけれど」

 

 じっと目で何かを訴えかけてきた。

 

「なんだよ」

「まずはヒキガヤ君にトゲチックが進化したトゲキッスについて説明してもらいましょうか」

 

 ああ、そう。

 みんなそういうところは興味津々なのね。

 仕方ない。これもトツカのためだ。

 

「あー、じゃあまずトゲキッスはトゲチックに光の石を与えると進化する、これはいいな」

 

 こくこくと各々が首を縦にふる。

 

「トゲキッスは遠距離からの攻撃を得意としていて、フェアリー・ひこうタイプの技以外にもはどうだんとか結構幅広いタイプの技を覚えることができるんだ。トツカ、今トゲチックが覚えてる技はなんだ?」

「ゆびをふるとつばめがえしとマジカルシャインとてんしのキッスだよ」

「だろ。ゆびをふるを覚えているからいろんな技を出せたりするが技の選択はランダムだ。賭けに近い。だから、もう少し安定的な技も覚えさせておいた方がいいと思う。公式戦では技は四つまでしか使えないんだ。選択肢は多いに越したことはないだろう」

「な、なるほど……………」

 

 口元に人差し指を当てて考え込むトツカ。

 え? なにそれ、超かわいい。

 

「でもはどうだんとかはどうやって覚えさせるの?」

「そこは心配するな。はどうだんはコマチのゼニガメが覚えてるし、他にも俺たちが連れているポケモンが覚えている技を見本に練習すれば、いろいろと覚えられると思うぞ」

 

 まあより強力なのは俺のところの奴が使いこなしてるけどな…………。あいつ出したらここら一帯が破壊されそうで怖いけど。

 

「そっかー、でも進化しないとダメなんだよね」

「ああ」

「うーん、僕は別に進化させてもいいんだけど、トゲチック自身がどうしたいかだもんね」

「まあな。こればっかりはトレーナーが強制するのはよくないと思う。ポケモン自身にも意思はあるし、進化だってポケモンの意思によるものだ。トレーナーはその条件を満たしてやっても強制しちゃだめだ」

 

 ケロマツだってすでに進化の条件を満たしている。だけど、本人にその気がないのだから好きにさせるのが一番だろう。それは俺たちの問題じゃない。俺たちが決めるのは筋違いってもんだ。

 ポリゴン? あいつも一応確認はとってるからな? 確かに探究心が表に出ていたが、あいつが拒否すればそれまでの話だったぞ。

 

「………うん、分かった」

「それじゃ、次はクロバットの方だけれど。クロバットは素早さが売りのポケモンよ。そこはバトルを見る限りトツカ君も理解しているのは分かったわ。後はその長所をどう使いこなすかね」

 

 そう言って、ユキノシタは俺を見てくる。

 え?

 なんでそこで俺を見る必要があんの?

 

「はあ…………、仕方ないわね。取り敢えず、もっと緩急をつけたり、技以外の攻撃を挟んだりするのがいいと思うわ。その辺は実際にやってみた方がわかりやすいと思うのだけれど。それでもわからない時にはヒキガヤ君に聞くのが一番かしらね」

 

 なんでため息をついた。

 そんなにがっかりさせるようなことを俺がしたのか?

 

「お兄ちゃんって、役に立つのか役に立たないのかよくわかんないよねー」

「まあ、そこはヒッキーだししょうがないんじゃないかなー」

 

 おい、お前ら。

 なに、俺の悪口言ってんだよ。

 

「いや、役には立つだろ。まずユイガハマよりは役に立つはずだ」

「ちょ、なんであたしだけなのさ!」

 

 とおバカな子が申していますが、放っておくとしよう。

 

「トツカさーん、ユキノシタさーん。ポケモンの回復終わりましたよー」

 

 ジョーイさんがポケモンの回復が終わったことを知らせてきた。

 それじゃ、実際にやるとしますかね。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 早速俺たちは特訓を開始すべく、ポケモンセンターの野外フィールドに再び来ていた。

 

「では、トツカ君」

「出てきてトゲチック」

 

 トツカは深く頷き、トゲチックを呼び出した。

 

「僕たちがどうやったら強くなれるかをみんなで話し合ったんだけど、進化するかどうかってことになったんだ。君は光の石に触れることで進化することができるんだって。もちろん進化すれば強くなれるのは確かだよ。でも体は今よりも大きくなるし………トゲチックはどうしたい? 僕は君がどちらの判断を下そうとも君の意見を尊重するよ」

 

 早速、意見を聞こうというわけか。

 だが、トゲチックはうーんと首を傾げて悩んでいるような仕草を取る。

 何を考えているのか俺には分からないので、同じポケモンに通訳を頼むためにボールをコンコンと叩いた。

 

『ボーマンダに負けたのは悔しいし、強くなりたい。だけど、進化した力を自分が使いこなせるか自信がない。ということらしい』

「………そうか」

 

 別に進化を嫌がってるわけでもないし、なんならボーマンダとのバトルに悔しさを募らせてるまであるのか。でも進化した力を十分に使いこなせるかが不安と。要はその自信が着けば進化しても構わないということか。

 

「ヒキガヤ君?」

「トゲチック。お前が進化した力を使いこなせるか不安であることは分かった。だが、お前は野生のポケモンじゃないだろ。お前にはトツカというトレーナーがいる。お前の力をうまく引き出してくれる存在がちゃんといる。だから、そういうのはトレーナーに任せとけ。お前が強くなりたいのならそれにトレーナーは全力で応えるまでだ」

 

 トツカのポケモンを見ていて一つ分かったことがある。それは三体連れているうちの二体は懐かなければ進化しないということだ。簡単そうで難しい進化方法のポケモンを二体も進化にまで至らしめたのだ。トツカのトレーナーとしての資質は高い。ポケモンとの信頼関係を確かに築いているのだ。だからこれくらいのこと、トツカはやり遂げてしまうはずだ。

 

「トゲチック……………」

 

 トゲチックは意を決したようにトツカの方に向く。その目は進化の覚悟が決まったという目をしていた。

 

「それじゃ、トゲチックは進化させて技もはどうだんなど私たちが連れているポケモンたちから習得することにしましょう」

「うん、ありがとう」

「それじゃ、早速」

「うん。いくよ、トゲチック」

 

 そう言って、光の石をトゲチックに渡した。

 すると白く輝き出し、進化が始まった。

 

「………何度見ても」

「進化ってすごいね………」

 

 コマチとユイガハマは二回目の進化を目の当たりにして、目を煌めかせている。

 それは俺も同じことを言えるだろう。この歳になっても進化という現象は心が躍る。ましてや俺が実際には見たことがないポケモンに進化するのだ。心が踊らないはずがないだろう。それくらいポケモンの進化は神秘的である。

 

「キッス」

「うわー、本当に姿が変わったー。トゲチックには本当に進化があったんだね。これからもよろしくね、トゲキッス」

 

 進化した姿に嬉しさを込めてトゲキッスに抱きつくトツカ。

 すごく癒される。

 元々癒されるポケモンにトレーナーまでもが癒される存在だなんて、俺は天国にでも来てしまったのだろうか。

 目を手の甲でこすってよく見ると、これは現実だった、

 よかった、夢じゃなくて。

 

「それじゃ、まずはトゲキッスにはどうだんを覚えさせるところから行きましょうか」

「うん、お願いします」

 

 ユキノシタがパンパンと手を叩いて、次の行動を促す。

 

「では、コマチさん。お願いできるかしら」

「了解であります。カメくん、出てきて」

「ゼーニ、ガッ」

 

 コマチが敬礼をしてからボールを開ける。

 そこで敬礼する必要があったのかはわからないが、出てきたゼニガメもトレーナーと同じポーズをしていた。

 どうやら、ゼニガメは着々とコマチに似てきているらしい。

 ということは、だ。ゆくゆくはあのあざとさを受け継ぐというのか。

 うわー、考えただけでも恐ろしいわ。

 

「カメくん、お兄ちゃんに向かってはどうだん」

「ゼー、ニッ」

 

 我が妹よ、標的を実の兄にするとかいささか酷くないか?

 

「うわっ、と」

 

 なにこのギリギリの回避。でもこれで終わらないのがはどうだんなんだよな。

 

「コマチ、覚えてろよ」

 

 とりあえず、走る。そして急に走る方向を変え、俺の後ろをはどうだんが通過したのを確認してボールに手をかける。

 

「リザードン、ドラゴンクロー」

 

 さすがに俺では切れませんって。

 ポケモンにはポケモンでしょうに。

 リザードンが再び迫ってくるはどうだんを切り裂いた。

 どうも不甲斐ないトレーナーですみません。

 お疲れ様です。

 

「おい、コマチ! なんで俺を狙うんだよ」

「やー、だって他を狙うと自然が破壊されそうだし、お兄ちゃんならどうにかなるかなーって思って」

「いや、まあ、言いたいことは分かるが、先に言えよ」

「うん、じゃあトツカさんのも受け止めてね」

「喜んで引き受けた。なんなら自分から申し出たまである」

「なんかあたしたちとの対応と違くない?!」

「気のせいじゃねーの」

 

 ユイガハマがピーピー言ってるが放っておこう。

 

「と言うわけでリザードン。頼んでいいか」

「シャアッ」

 

 こくりとリザードンが頷く。

 

「それじゃ、カメくん。トゲキッスに打ち方を教えてあげて」

「ゼーニ」

 

 ゼーニゼニ、ゼニゼニゼニゼ、ゼーニーガッ。

 

 …………うん、さっぱりわからん。

 

『ぼくから出る波導を感じ取って、それと同じような波導を作り出して、弾の形に集約させてあの目の腐った男にめがけて思いっきり打てばいいよ。………なんて言ってるが』

「うん、今日はあいつの晩飯抜きにしよう」

 

 あいつ普段あんなこと思ってるんだな。

 どうしよう、聞かなきゃよかった。

 超殴りてぇ。

 

「それじゃいくよ。カメくん、はどうだん!」

 

 お前も打つのかよ。

 

「トゲキッスもはどうだん」

 

 見よう見まねで波動を集約していき、弾の形にしていく。

 みるみる大きくなっていき、隣で待機しているゼニガメと同じくらいの大きさになったところで

 

「「発射」」

 

 二匹同時に打ってきた。

 だが、トゲキッスの方は途中で霧散し、消えていった。不発か。

 ポンとリザードンの背中を押し、ドラゴンクローでゼニガメが作り出した方を切り裂かせる。

 

「ま、これもあいつに勝つための特訓ってことにしとくか」

 

 はどうだんを捌いていくリザードンを見てそう思った。

 二匹同時に打ち出されてくるはどうだんは、あの夜のあいつのはどうだんみたいに時間差をつけたり不規則で迫ってくるため、躱したりする訓練になるというわけだ。あの夜はメガシンカしていても躱すことが困難だったからな。威力もコントロールもあいつには劣っているが同じ技である以上、体を慣らすのにはちょうどいいか。

 

「それじゃあ、はどうだんの習得はコマチさんに任せましょう。次はニョロボンにれいとうパンチね」

「うん、コマチちゃんお願いしてもいいかな」

「お任せあれです。トツカさん」

 

 パッと敬礼をするコマチ。

 え? なに、あれ流行ってんの?

 

「リザードンも付き合ってやってくれ」

「シャアッ」

 

 そう言い残して、俺はとぼとぼとユキノシタの方にいく。

 けどなー。俺もうすることないし。頭の上にもすることなくて寝てる奴いるし。

 

「オーダイル。ニョロボンにれいとうパンチを見せてあげて」

「オダッ」

 

 ユキノシタがオーダイルをボールから出し、指令を下す。

 オーダイルは冷気を拳に乗せ、勢い良く空気を叩きつける。

 

「まあ、こんな感じなのだけれど。そこにはかみなりパンチをバトル中に覚えさせた人もいるから、よくわからなかったらあれに頼ることね」

 

 どうもあれです。

 酷くないかい? ユキノシタさんや。

 元々の原因はあなたたちのせいなんだからね。

 

「ニョロ」

 

 あ、それで了解しちゃうのね。

 みんな俺の扱い酷くない?

 まあ、いいけどさ。

 

「ヒキガヤ君はここで練習に付き合ってあげて」

「はい……………」

 

 ということで仕事ができました。

 ただの現場監督だけど。

 なんなら、優秀なオーダイルがいるから俺の出る幕はないと思われる。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 しばらくぼけーっとしているとニョロボンのれいとうパンチが完成していた。本当に俺の出る幕はなかった。だが、周りを見渡せば、コマチとユイガハマはまだトゲキッスのはどうだんのコントロールに四苦八苦しているし、ユキノシタとトツカはクロバットの空中戦の特訓を行っていた。

 あれは絶対俺の模倣っぽいけど、見なかったことにしよう。

 

「暇だな」

「オダッ」

「ボンッ」

 

 んーこの際、アレを覚えさせてしまうのもいいかもしれない。

 元トキワジムのおじさんからリザードンに習得させられたアレを。

 

「よし、ニョロボン。それにオーダイルも。相手のスピードを利用して待ち構える技、覚えるか」

「オダッ」

「ボンッ」

 

 というわけで、ユキノシタには内緒でオーダイルにも習得させることにした。

 

「まずはオーダイルからだな。お前の方が付き合いはあるし、実力も知ってるし、さっさと習得して見本となってくれ」

「オーダーイル」

「それじゃニョロボン、早速オーダイルにれいとうパンチな」

 

 バトル形式をとり、実践的に覚えさせることにする。

 

「相手をよく見ろ。この技は相手のスピードを利用するんだからな。言い換えれば勢いのついた攻撃を跳ね返すんだ。相手の力を流すように相手に打ち返せ」

 

 ニョロボンが冷気を帯びた拳をオーダイルに当ててくる。

 

「今だ、カウンター」

 

 技の趣旨を理解していたのか、俺が技のタイミングを合図すると教えた通りにニョロボンのスピードと力を自らの拳へと流し、逆にニョロボンを吹き飛ばした。

 

「おいおい、一発かよ」

 

 リザードンの時もそうだったが、こいつまで一発で完成させるとか。ポケモンってどんだけ頭と要領がいいんだよ。

 

「やるな、オーダイル。今のタイミングを忘れるなよ。それとあれは直接攻撃された時にしかできないからな。そこだけは注意しろよ」

 

 うん、まあ見本はできたし、あとはニョロボンにだな。

 

「んじゃ、次はニョロボンな。今のを思い出しながら、今度はお前がオーダイルのれいとうパンチを返してみろ」

「ニョロ」

 

 

 で、結果的に言えば三回目で成功した。

 ちょうどコマチたちの方も終わったのか、俺のところにやってきた。

 

「お兄ちゃんがちゃんと仕事してるなんて………」

 

 開口一番がこれだった。

 お兄ちゃん泣いちゃいそう。

 

「いやだって、暇だったし。こいつら物覚え早いし」

 

 どうしてこう俺の周りには優秀なポケモンたちが集まるのだろうか。ほとんど俺のポケモンではないけど。俺のポケモンとかセンスはあっても超のつくほどの癖のある性格で、優秀とは程遠い。

 

「メーノコッ!」

「ぐえっ!?」

 

 なんか背中に重たい衝撃が走る。

 いや声で誰かわかりましたけどね。

 

「おい、こら離せ、雪女」

「メノメノ〜」

 

 すりすりと。

 自らの頰を俺の背中へと擦り付けてくるユキノシタのユキメノコ。

 俺のポケモンじゃないのにこの懐き様。

 だれかたすけて〜。

 

「ねぇ、あなた今度はオーダイルに何を吹き込んだの?」

 

 すっと現れたユキノシタの目が冷たい。

 しかも今度はって前にも何か俺はオーダイルに吹き込んだのだろうか。全く記憶にないからさっぱりわからん。

 

「い、いや別に俺は何も吹き込んでなんかいないじょ」

 

 噛んだ………。

 動揺してんのバレバレじゃん。

 

「はあ…………、まあそのうち分かるでしょ。どうせあなたのことだからニョロボンに何か教えるついでに教えたのでしょうし」

 

 仰る通りです。

 こいつやっぱりエスパータイプだろ。

 

「今日はこの辺にしておきましょうか」

「あー、なら俺これからプラターヌ研究所に行ってくるわ」

「め、珍しいこともあるもんだね」

「仕事だ、仕事」

「それはそれで珍しいよ、あのお兄ちゃんがお仕事するなんて……………」

「お前ら、言いたい放題だな」

 

 そんな珍しいことでもないだろ。

 そもそも俺がこっちに来たのだって仕事だっつの。

 

「ヒ、ヒキガヤ君、今日はありがとう」

「トツカのためだ。また明日な」

 

 俺はボールにリザードンを戻してトボトボと歩き始めた。

 

「…………お兄ちゃん、ユキメノコに抱きつかれたまま行っちゃいましたね」

「…………あの懐き様は異様だよね」

「…………なぜ私のポケモンはどの子もあれに懐くのかしら」

 

 夕日が傾く中、そんな声が聞こえたような聞こえなかったような…………。

 聞きたくなかったような……………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 博士へのメガシンカの報告を済ませ、ついでに買い物もした翌日。

 ちょっとみんなより早く目が覚めたため、ポケモンセンターのロビーで借りた資料に目を通していた。

 

「おはよう、ヒキガヤ君」

「サイカ、結婚しよう」

「え? ヒキガヤ君?」

 

 あ、やべ…………つい目の前の天使に我を忘れてしまった。

 

「あ、悪い。ちょっと取り乱した」

「今、名前で呼んでくれたよね」

 

 こてんと首をかしげる。

 愛らしく抱きしめたい衝動にかられる。

 

「あ、や、それはその………」

「僕もヒッキーって呼んでいい?」

「それだけはお願いだから勘弁してください!」

「即答するほど嫌なの!?」

 

 嫌だろ、そりゃ。

 何が悲しくて引きこもり扱いされなきゃならんのだ。

 しかもトツカにそんな風に呼ばれたら本当の引きこもりになりそうだわ。

 

「じゃあ………、ハチマン?」

 

 ……………。

 ズキューン!

 なんていう効果音が聞こえてきそうだった。

 

「も、もう三回呼んで!」

 

 俺の唐突のリクエストに戸惑いを見せながらも笑みを作る。その困った顔も可愛いとかむしろ俺が困るんだけど。

 

「……ハチマン」こちらの反応を窺うように照れながら、

「ハチマン?」小首を捻りきょとんとした表情で、

「ハチマン! 聞いてるの!?」頰を膨らませてちょっと拗ねたように。

 

 少し怒ったようなトツカの表情を見てはっと我に返る。

 いかんいかん、つい見惚れちまったぜ………。

 

「あ、ああ、悪い。なんの話だっけ?」

「もうー、呼び方の話だよ。ちゃんと聞いててよね、ハチマンのばか」

 

 コマチ、お兄ちゃんは今日死んでも悔いはないぜ。

 

 

 

 そんなこんなでトツカとそのポケモンたちを育てよう会二日目。

 一通り技を習得したポケモンたちはバトルをすることになった。相手はもちろんユキノシタ。『死ぬまでバトルすれば強くなるわ』という自論の下、鬼教官様直々のレッスンという仕様になっている。俺だったら絶対受講したくない。

 

「お前のことは俺が守ってやるから」

「ちょ、ハチマンそれほんとうなの?」

 

 ユキノシタに若干恐怖を見せる涙目のトツカの上目遣い攻撃。

 ハチマンは八万のダメージを受けた。効果は抜群だ。ハチマンは倒れた。

 

「さあ、そこの変態は捨て置いて早速バトルするわよ」

 

 ユキメノコにツンツンされながら、空を見上げる。

 そして視界を写して建物の方へ向けると。

 

 

 ザイモクザがこっちを見ている。

 ハチマンは無視して身体を起こす。

 ユキメノコが冷気で砂を落としていく。

 ザイモクザは混ざりたそうにこっちを見ている。

 ハチマンは無視してお礼にユキメノコの頭を撫でる。

 ユキメノコはハチマンに抱きついた。

 ザイモクザがこっちに迫ってくる。

 ユキメノコが警戒してれいとうビームを浴びせる。

 ザイモクザは目の前が真っ暗になった。

 

 

「おい、コマチ。なんのアテレコだよ」

「やー、なんか中二さんとお兄ちゃんのやりとりが面白くって、つい………」

 

 どこからか持ち出してきたマイクのようなものを片手に、コマチがそう言ってくる。

 ザイモクザは凍って動かない。

 死んでないよな。

 とりあえず、ユキメノコの頭を撫でといた。たぶん、これが懐く原因なんだろうけど。この冷たい肌の感触が妙に気持ちいいのだから仕方がない。

 

 

 それから。

 最初はユイガハマもじっくりと二人のバトルを見入るように観察していたが、飽きたのかコマチの横で寝息を立てている。

 ザイモクザはというと一人、自分のポケモンたちのでんじほうの命中率をあげようと必死になっていた。ポリゴンZにジバコイル、ダイノーズにロトム(ロトムは覚えられないからかただの観客となってはしゃいでいる)。後なんか見たことない奴までいるんだけど。なに、あの剣みたいなやつ。

 まあ、関わると面倒なので放っておく。

 それより俺はこのアイアントの行動を観察する方が楽しい。

 どっかで木の実を拾ってきたのかえっちらおっちら自分の巣へと運ぼうとしている。

 だが、こんな大都市に巣なんてあるのだろうか。

 こうやって汗水垂らして働いている姿を見ると親父を思い出すな。

 俺も将来あんな風に社畜人生を歩むのかと思うと働きたくないな。このままポケモン協会で食ってけないかな。結構自由だし。

 

「全主砲斉射、ってー!」

 

 ズドンと。

 えっちらおっちら木の実を運んでいたアイアントはでんじほうにより跡形もなく消えていた。

 

 親父ぃぃぃーー(注、アイアント)!

 

 今のでどっかに吹き飛ばされたようだ。

 

「ふははははっ、どうだハチマン。これぞ我らが新しく生み出したレールガン。その名もレールガン・ファイブオーバー」

 

 ザイモクザのせいでアイアントは…………まあ、ポケモンだし大丈夫だろうけど。

 アイアントもザイモクザもどうでもいいんだけどね。

 暇になってしまったのでトツカの可愛い姿でも見てるか。

 

「クロバット、翻ってクロスポイズン」

「ドラゴンダイブ」

 

 クロバットもボーマンダも相手に向かって突っ込んでいった。

 まあ、これはボーマンダの方が分があるよな。

 

「クロバット……うわっ!?」

 

 弾き飛ばされたクロバットはそのままトツカの方へと飛んでいった。

 ギリギリで躱したが、その際に転んで膝を擦りむいたようだ。

 

「さいちゃん、大丈夫?」

 

 ちょっと前に起きたユイガハマがトツカに駆け寄る。

 

「トツカくん、まだ続ける気はあるかしら」

「え?」

 

 当のトツカはユキノシタの容赦のなさに戸惑いを見せている。

 

「あ、うん。まだまだやれるよ」

「そう。ではコマチさんユイガハマさん、あとお願いね」

 

 彼女はそれだけ言ってポケモンセンターの方へと行ってしまった。

 

「ユキノシタさん、怒っちゃったのかな」

「それはないな。あいつは怒ると罵詈雑言を吐くからな。俺には常に言ってるような気もするが。それを言わないだけ怒っちゃいないさ。なんなら機嫌がいいとまで言える」

「……それたぶんお兄ちゃんだからじゃない? むしろお兄ちゃんにしか言わなくない?」

「え? マジ?」

 

 えー、それ初耳ー。

 

「……ごめんね、僕が弱いばっかりに。ユキノシタさんもこんな弱さじゃ、相手する気も失せるよね」

「大丈夫だよ、さいちゃん。ゆきのんはあんなんだけど弱いあたしの相手もちゃんとしてくれるから、きっと戻ってくるよ」

「それじゃ、続けれてばいいんじゃねーの」

「でもどうするの? ゆきのんいないし、ボーマンダには指示が出せないんじゃ………」

「まあ、そこは大丈夫だと思いますよ。お兄ちゃんがいますし」

「ま、俺がやるしかないよな…………」

 

 さて、そうは言ったもののボーマンダとは二日目の付き合いでしかない。ユキメノコみたいにフーズをやってたりもしてないからな。俺の言うことを聞くかどうか………。

 

「悪いが、あいつが戻ってくるまで俺が指示出すけど…………いいか?」

「………………」

 

 つーんとした態度を取られた。

 これはこれでユキノシタに似ているような気がする。やっぱポケモンって

トレーナーに似るもんなのかね。

 

「……………等価交換だ。ユキノシタがお前に教えた飛行術、モノにしてやる」

「………………」

 

 え? マジ? ……みたいな顔するなよ。

 ちょっと吹きそうになったじゃねーか。

 

「やっぱ、あいつ知ってやがったのか。で、どうする?」

「ボーマッ」

 

 首を下げて俺に頭を見せてきたので、了承ととっていいのだろう。

 

「はやっ!? もう言うこと聞いてるし!?」

「お兄ちゃんのポケモンキラーは伊達じゃないんだね」

 

 なんだよポケモンキラーって。

 また変な造語作りやがって。

 

「んじゃ、トツカ。やるか」

「うん、お願いね。それじゃ、今度はトゲキッス、いくよ」

「キッス」

 

 クロバットを休ませるためにトゲキッスを出してきた。

 ふむ、トゲキッスを相手にか………。

 フェアリータイプのマジカルシャインには気を付けねーとな。しかもドラゴン技が使えないから戦法も考えねーと。

 

「トゲキッス、てんしのキッス」

 

 昨日ユキノシタとバトルした時と同じ戦法か。

 ならばーー

 

「ハイドロポンプ」

 

 ーー技自体を一掃して仕舞えばいい。

 別にポケモンに技を当てるのだけがバトルじゃなからな。

 

「そらをとぶ」

 

 それじゃ、今度こそお望みの空中戦といくか。

 一瞬にして飛翔するボーマンダ。

 

「トゲキッス、つばめがえし」

 

 それを追いかけるようにトツカは命令を出す。

 ボーマンダなら待ち受けたり昨日みたいにつばめがえしで返してもいいだろう。だけど、それじゃつまらない。

 

「ボーマンダ、急降下」

 

 急上昇からの次が急降下ときて、トゲキッスもトツカも戸惑いを見せ始めた。

 

「ト、トゲキッス、マジカルシャイン!」

 

 捻り出した答えがマジカルシャインか。

 体内から放出する光によってーーはいいか。

 

「地面スレスレで飛べっ」

 

 ボーマンダは何の迷いもなく忠実に命令をこなしていく。

 いや、俺が言うのもなんだけど、自分の主人じゃないやつをちょっと信用しすぎじゃない?

 オーダイルといいなんでそこまで俺を信用するかな……………。よく分からん。

 

「放て!」

「加速っ」

 

 一瞬の加速により光は体一つ分後ろの地面に直撃した。

 地面スレスレに飛んだことで距離が開き、放たれる直後に加速したため狙いがずれたのだ。

 

「前宙からの空気を蹴ってトゲキッスの方へ切り返せ!」

 

 加速したスピードをそのままに前宙し、空気を圧縮するように踏み込むとトゲキッスの方へと向きを変えた。タツベイのときから飛び降りたり、コモルーのときには殻に守られた力強いバトルを見せてくれる種族だからか、踏ん張る力はリザードンよりもあるかもしれない。それにユキノシタが育てたんだから要領も器量もいい。呑み込みも早いし、バトルを構成するのが楽なポケモンだな。

 

「つばめがえし」

 

 力の変換でさらに加速した胴体は白く光る翼をトゲキッスに届けた。

 トツカが命令を出す暇さえも与えない速さ。

 うーん、実にいい。

 

「トゲキッスっ!?」

 

 すごい音はしたが、まだ戦える様子でトツカに合図を送ってくる。

 

「トツカ、今のは何がいけなかったかわかるか」

「え? あ、と、えと」

「距離だ」

「距離?」

「ああ、マジカルシャインを放つときの距離。あれが今回の失態だ。距離が遠ければその分技が当たるまでの時間ができる。さらに空中戦では陸上戦とは違いスピードはかなり大事になってくるんだ。陸上で加速するよりも空中で加速するときの方が短時間で瞬間的速さが最大になるからな。だから、今のはボーマンダが躱せたのも当たり前だ。しかも動き一つであんな風に反撃するチャンスを与えることにもなる。だから、もう少し距離を詰めてから確実に技を当てるようにした方がいい。…………まあ、そう言われても急には難しいよな。次の展開を先読みしたり相手の出方を読んだり頭を使うし、少しずつでいいから意識してやってみるといい」

「な、なんかすごいねハチマン」

 

 わお、トツカに褒められちゃった。

 嬉しすぎて涙が出てくるまである。

 ちょっと重症だな。

 

「そりゃ、伊達にリザードンと七年も過ごしてないからな」

「それにしてもすごく空中戦について理解してるようだけど」

「ま、いろいろあったんだよ」

 

 ほーんと、いろいろあったな。あの頃の俺。

 何かと巻き込まれるわ、病気が発症するわで俺の黒歴史中の黒歴史だわ。

 

「さて、続きといくか」

「うん」

 

 2ラウンド目に入ろうとするとーーー

 

「あれー、バトルしてるじゃん」

 

 ーーーなんかぞろぞろと人が集まってきた。

 

 その中には見たことのあるような連中が、というか一人はついこの前会ったあざとい女子がいた。



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18話

「ユミコ……」

 

 乱入してきた男女五人を見てユイガハマは身を強張らせる。

 どうやら知り合いのようだ。

 というかイッシキがいる時点でこれがハヤマとかいう奴のグループなのだろう。

 

「あれ、ユイ。あんたここにいたんだ」

「う、うん」

「ねーハヤトー、あーしバトルしたいんだけどー」

 

 金髪縦ロールの女がこれまたイケメンの(おそらく)ハヤマハヤトにすり寄っていく。

 

「あ、あの……」

「ああ、なに? 聞こえないんだけど。言いたいことあるならはっきり言ってくんない」

「うっ………」

 

 トツカが説明しようとしたが、高圧的な態度に怖気づいてしまった。

 助けを求めて俺を見てくるが………まあ、ここは俺しかいないわな。

 ユイガハマはあっちのグループのメンバーでもあるわけだし。コマチはちょっとワクワク感出して見てるし、ザイモクザに至っては他人のふりをしている。

 

「悪いが今はトツカのポケモンを鍛えるのに使ってる。昼までは貸切にしてもらってるから、使うならその後にしてくれ」

「あ? あーしは今バトルしたいんだけど」

 

 聞く耳を持たない金髪縦ロールに内心イラっときた。

 

「まあまあ、彼らの邪魔するのも」

「えー、ハヤトはしたくないわけー」

「ははっ、困ったな………。だったらこうしよう。みんなで交代でバトルするなんてどうかな。ほら、みんなでやった方が楽しいしさ」

 

 ダメなものはダメとは言わない、波風を立てないように持っていくイケメンにちょっと腹が立った。

 

「………なあ、みんなって誰だよ………。母ちゃんに『みんな持ってるよー』って物ねだる時に言うみんなかよ………。誰だよそいつら………。友達いねぇから分かんねぇよ」

 

 これにはさすがのイケメンと言えど、動揺したらしく、

 

「あ、いや、そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど…………なんかごめんな? その、悩んでるんだったら相談に乗るからさ」

 

 すごい慰められた。

 こいつすげぇいい奴と泣いてお願いしたいところではあるが。

 けどな。

 そんな言葉で悩みが解決するんだったら、そもそもこんな性格にはならねぇっつの。そんな単純なものなら悩みゃしねーよ。

 

「………ハヤマ? だっけ? お前の優しさは正直嬉しい。性格がいいのもよくわかった。それに四冠王とか呼ばれてるみたいだし? その上、お顔もよろしいときたじゃありませんか」

「………い、いきなりなんだよ」

 

 突然のヨイショに戸惑いを見せる。

 ふん、好きなだけ鼻を高くすればいい。だがお前は知らないだろう。

 人は褒められることで鼻が高くなる。すると足元を掬いやすくなるんだ。相手を褒めるのは高所から叩き落とすためなんだよっ!

 これを人は褒め殺しと言う。

 

「そんないろいろと持っていて優れているお前が、何も持ってない俺からバトルフィールドまで奪う気なのか? それは人として恥ずかしいと思わないのか?」

「そのとおりだっ! ハヤマ某! 貴様のしていることは人倫に悖る最低の行いだ! 侵略だ! 復讐するは我にありっ!」

 

 他人のふりをしていたザイモクザまでもが乗ってきた。

 

「ふ、二人揃うと卑屈さが倍増する………」

「鬱陶しさもですね………」

 

 横ではコマチとユイガハマが絶句し、ハヤマは頭をガシガシ掻きながら短い溜息を零した。

 

「んー、まあ、そうなの、かなぁ……………」

 

 ニヤリと。

 内心笑みがこぼれてしまう。

 

「ちょっとハヤトー」

 

 滑り込むように金髪縦ロールが口を挟んでくる。

 

「何だらだらやってんのー。あーし、バトルしたいんだけど」

 

 かー、この女。

 こいつのせいでハヤマに考える隙ができてしまったじゃねーか。このアホ巻き毛がっ。

 

「んー、じゃあトツカ以外とで二対二のバトルをしよう。それで勝った方がここを使う。ちゃんとトツカの特訓にも付き合うからさ。トツカも強い人とバトルした方が勉強になると思うんだ。それにみんな楽しめる」

 

 なに、その一部の隙もないロジック。

 

「タッグバトル? 超楽しそうじゃん」

 

 楽しみなのはお前だけだろ。

 はあ……………、朝から面倒臭ぇな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!」

 

 ハヤマハヤトがバトルするという情報をどこからか聞きつけた観客で、フィールドの周りは埋め尽くされている。

 

「わー、本当にバトルするんですねー、先輩」

 

 観客をかき分けてきたのはイッシキ。

 今更きても嬉しくないんだけど。

 

「止めてくれればいいものを」

「いいじゃないですかー。先輩強いんだしー。先輩のバトルしてる時の姿、超かっこいいですよっ☆」

 

 うわー、こいつもヨイショが上手なこと。

 マジで心にもないこと言うなや。

 それと舌を出すな。あざとすぎる………。

 

「あの、さ、ヒッキー」

「あん? どした?」

「あっち、たぶんハヤト君とユミコ出てくるよ」

「だからなんだよ」

「ハヤト君は言わずもがなだし、ユミコはハヤト君と一緒にリーグに出てベスト4入りしてるツワモノだよ」

「え? マジ?」

 

 おいおい、マジかよ。こっちはザイモクザくらいしかいねぇってのに。

 

「あれ、ユミコもやるの?」

「あーしが言い出したんだし、もちろんあーしがいくっしょ」

「おお、またハヤト君とユミコのタッグバトル見れるとはっ! マジ、やばすぎでしょっ! やばいわー、マジやばいわー」

「なら、男女ペアでのタッグバトルなんてどうですかー?」

 

 おのれイッシキ。

 どっかのヘアバンドした茶髪のチャラ男に便乗しやがった。

 

「へー、いいじゃん。あんたにしてはいいこと言うじゃん」

 

 ほら見ろ。

 金髪縦ロールが賛同しちゃったじゃねーか。

 

「ど、どうするの? お兄ちゃん」

「コマチもユイガハマも初心者だしなー。かといって負けるわけにもいかねぇし」

 

 俺一人でやる分にはいくらでもやりようはあるんだが。

 男女ペアとか一番俺に無理な選択出しやがって。

 覚えてろよイッシキ。

 

「あ、あたしやる」

「はっ? やるって何を」

「だ、だからあたしがバトルするって言ってんの!」

「ば、バカ言え。お前の居場所はここだけじゃないだろ。あっちだってお前の居場所なんだろうが」

 

 こんな時はおとなしく見てろよ。

 これじゃ、波風立つどころか嵐になるわ。

 

「だって、こっちもあたしの居場所だし。ただ見てるだけってのはなんか悔しい。ヒッキーが困ってる時くらいはあたしも動きたい!」

「へー、ユイそっちにつくんだ」

「う、うん! こっちもあたしの大事な居場所だから」

「あっそ、好きにすればー」

 

 うわー。

 冷たい一言。

 なのにあのニヤリとした笑みはなんなんでしょうかね。

 

「なあ、マジでやんの」

「ハヤト君もユミコもスクール時代から自分のポケモン連れててさ。バトルもしてたし大会にも出ててさ、正直うらやましかった。みんなみたいにバトルしてみたいって思った。だからやるよ」

 

 頑固な一面を見せてくるユイガハマ。

 けどなー。

 こいつのポケモンってポチエナとハリマロンだろ。

 俺の記憶が正しければ、あのハヤマって方はリザードン持ってたはずだ。他のポケモンもそれくらいの強さを持っていると考えてもいいだろう。そこに初心者が挑むというのもいささか無理があるのではないだろうか。

 はてさて、どうしたものか。

 

「それじゃ、トツカ。審判の方を頼むぞ」

「………う、うん……分かったよ………」

 

 数と威勢に押され、仕方がなく引き受けるトツカの姿は少し悲しげだった。

 はあ………………。

 こんなのを見せられると無性に腹が立ってくるんだよな。負けれないし、負けたくもない。

 トツカの笑顔を奪ったお前らは許さないからな。ハヤマ。

 

「ルールは一人一体ずつの二対二。技の制限はなし、でいいかな」

「……いいんじゃねーの」

 

 片や四冠王とマスコミから騒がれる男イケメンと各地方のリーグでベスト4入りしている金髪縦ロールのコンビ。片や三日でチャンピオンの座を捨てた目の腐った男とビッチの初心者。

 最初から勝負ついてねーか?

 

「そ、それじゃ、バトル始め!」

 

 トツカが俺たちに視線を送ってから合図を出した。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「いけ、リザ」

「やりな、ギャラドス」

 

 相手が出してきたのはリザードンとギャラドス。

 リザードンは両腕にアンクルをしていて、ギャラドスは頭の角の部分に何かをつけていた。

 あれはなんだろうか。

 なんかこう光っているというか、石? みたいな?

 技の効果でも上がるようなものなのだろうか。

 

「いくよ、サブレ」

 

 ユイガハマはポチエナでいくようだ。

 なんて思ってたら、出てきた瞬間にポチエナに抱きつかれた。

 勢いがありすぎて思わず倒れ込んでしまう。その間にもポチエナは俺の顔をペロペロと舐めては、鼻息を荒くしている。

 なんなんだろうな。いや、ほんと、マジで。

 

「ちょ、サブレ!? なんで今からバトルって時に抱きついてるし!」

 

 いやいやと駄々をこねるポチエナを強引に引き剥がすユイガハマ。

 はあ…………助かった………のか?

 

「うわっ、顔ベトベト」

「カメくん、お兄ちゃんの顔を洗ってあげて」

 

 コマチが即座にゼニガメに言って、顔に水をかけてきた。

 いや、まあありがたいんだけどさ。

 よくよく考えたら、これ口から出された水なんだよな。

 なんだかなー。

 

「はい、タオル」

「お、おう。サンキュ」

 

 コマチからタオルを受け取り顔を拭う。

 そういや、いつも頭の上で寝てるやつがいねーな。

 ま、いないならいないで首が楽でいいんだが。

 

「………ったく、おいサブレ? お前は今からバトルするんだよ。あのユイガハマが自分から言いだしてお前でいくって言ってるんだ。あれでもお前のトレーナーなんだから、しっかり応えてやれ」

「なんかそれ酷くない!? それとそろそろ名前覚えてあげてよ!?」

 

 酷くない、事実だ。

 それにこんなんでもちゃんとこいつはユイガハマのポケモンだ。

 

「トレーナーがしっかりしてなきゃ、バトルするポケモンだって力を出し切れないんだ。だから、お前がしっかりやらねぇとすぐ負けちまうぞ」

「え、や、そうだけど。………そうだけど、なんかムカつく!」

 

 人差し指でデコをコツンってやったら、そこを抑えてむーっと唸りだす。

 なんかポチエナみたい。

 

「はあ…………やりたくねぇな。けど、他にやるやついねぇしな。というわけで頼んだ、リザードン」

 

 ボールから出して、フィールドに立たせる。

 

「へー、君もリザードンを連れているのか。てっきりそっちのボーマンダでくると思ってたんだけど」

「あ? ああ、こいつは俺のポケモンってわけじゃねぇし」

「その割には懐いているように見えるけどね」

「ま、そういうこともあるってことだな」

「ハイドロポンプ」

 

 ハヤマが話しかけてきたため付き合ってたら、金髪縦ロールのギャラドスがハイドロポンプを放ってきた。咄嗟に避けたからいいものの、動かなかったら諸に受けてたぞ。しかも後ろの木とか何本か折れてるし。

 自然は大切にしなさいよ。

 

「なにぐだぐだやってるわけ。バトル始まってんですけどー」

 

 仁王立ちで女王様はそこにいた。

 

「ごめんごめん、同じポケモン出してきたからつい声をかけちゃったよ。それじゃ、やろうか」

 

 やろうか。

 そういったハヤマの空気は今までのとは異なり、絶対強者の威厳をまとっている。

 ユイガハマもそれを感じ取ったのか、一歩後ろに下がった。

 

「リザ、りゅうのはどう!」

「ギャラドス、あっちのリザードンにアクアテール!」

 

 ハヤマのリザードンはユイガハマの方に、ギャラドスが俺たちの方へと攻撃を仕掛けてきた。

 まあ、この程度のスピードなら問題なく躱すことができる。というか余裕。アイコンタクトと首の動きで尻尾を振りかざしてくるのを回り込むで躱すように合図を送る。

 

「あと、えと、……」

 

 だが、ユイガハマが先ほどの空気にやられてしまったのか、何の命令も思いつかないまま、ブツブツ言っている。

 それはそのままポチエナにも伝わったのか、戸惑いを見せている。

 ーーーああ、やっぱりこいつには早かったかもな。

 そう言えば、前にも一度こんな姿の彼女を見たような気がする。と言っても彼女との接点なんてトレーナーズスクールしかないため、たぶんその時だろう。そして、ここまで気圧されてしまうような人物といえば、あの校長あたりか……………。卒業試験、かな………もうちょっと前だった気もする。

 

「躱せ!」

 

 俺の声にビクッとなったポチエナは身を捻って、竜の気ををまとった波導を躱す。

 

「ッ!?」

 

 だが、言ってから気づいた。

 波導の軌道上にはユイガハマいるということに。

 しかも今のあいつは周りが見えていない。

 コマチやイッシキ、さらにはあの金髪縦ロールまでが喚起するが耳に入っていない様子。人間の俺が動いても間に合わない。だから影に潜む夢喰い野郎にいかせようとしたところ。

 あいつのポケモンであるポチエナが自ら動いた。

 

 間一髪。

 

 ポチエナの体当たりにより体勢を崩したユイガハマに波導が当たることはなかった。「きゃっ!?」っと悲鳴をあげるユイガハマをよそに、ポチエナはブルブルと震えながらハヤマないしリザードンを睨みつける。

 

「……サブレ?」

 

 そしてユイガハマの声を機に白い光にその体は包まれていく。

 進化だ。

 たぶん、ユイガハマを守ろうという一心で進化に至ったのだろう。散々、自分より俺に懐いていると文句ばかり言ってたが、なんてことはない。あいつが一番懐いていたのは他でもないユイガハマだったのだ。

 まあ、そりゃそうだよな。

 いくら彼女の母親のポケモンだとしても一緒に暮らしてきたのには変わりはないし、彼女の旅にまでついてくるようなポケモンなのだ。懐いていないはずがない。

 

「グラァァァァアアアアアアアアアアッ!?」

 

 怒りに身を任せ、突進していく。

 進化してより長く鋭くなった牙に冷気がまとい始める。

 

「サブレ、やるなら電気の方だ!」

 

 ハヤマのリザードンに向かっていくグラエナに一言そえておく。

 聞こえていたのか冷気を電気へと変えた。

 一応自我はあるらしい。

 

「リザ、エアスラッシュ」

 

 だが、惜しくもその攻撃は届くことがなかった。

 ハヤマのリザードンが見えない刃でグラエナを切りつけた。

 上から下から、交互に連続で切りつけられていく。

 全くもって容赦がない。

 

「サブレ………」

 

 それを見たユイガハマはどこか悲しそうで悔しそうだった。

 目の色がやっと戻った。

 

「リザードン」

 

 下から掬い上げるように切り飛ばされてくるグラエナの回収を命令した。

 トレーナーを守ろうとした意気のいいやつを地面に叩きつけてしまうのも可哀想な話だ。

 

「………おい、ユイガハマ。大丈夫か?」

「サブレが………」

「心配するな。戦闘不能にはなってると思うが生きてるって」

 

 バッサバッサと翼をはためかせて俺たちのところにグラエナを連れてくるリザードン。

 

「………ごめんね、ヒッキー。あたし、何もできなかった」

「ま、こうなるだろうとは思ってたからな。けど一応これで二対一ってなったわけか。…………やっぱ、あれ使うしかないのかね」

 

 手渡されたグラエナを撫でながら、ユイガハマは涙声でそう言ってくるため、俺は先の話に話題を変えた。

 

「ハヤト君の、殺気? みたいなのが…………」

「もういいから、考えるな」

 

 とりあえずコマチを手招きしようと顔を上げると………。

 こちらに向かってくるユキノシタの姿が見えた。

 手には救急箱が抱えられている。

 ははっ、あいつはもう少し説明してから取りに行けっての。

 

「………ねえ、これは一体何の騒ぎかしら?」

 

 なぜかハヤマたちとバトルしている俺たちを見渡して聞いてくる。

 

「………ほんと、なんの騒ぎなんだろうな」

 

 マジでこうなるはずじゃなかったんだけどなー。

 それもこれも全部ハヤマが悪い。

 

「ゆきのん…………えっとハヤト君たちがーーー」

 

 ユキノシタにことの説明をしていくユイガハマ。

 それを訝しげに聞き、なぜか俺を睨んでくる。

 かと思えば、今度はハヤマを睨んだ。

 

「状況はわかったわ。要するにあの二人を倒さなければならないのね」

「あ? ユイのことだからしばらく見守ってれば、なにしゃしゃり出てきてるわけ。このバトルはそこの男とユイのペアで組んで、片方が戦闘不能になった。続きは二対一なんですけど?」

「あら、初心者相手に容赦なく叩き潰しておいてよく言えるわね。それに男女ペアとか言い出したのもそちら側なのでしょう? こちらには生憎私以外は初心者トレーナーしかいないのよ。それをあなたたちは勝手に乱入してきて勝手にバトルを取り決めて勝手にルールを決めてしまって、人として恥ずかしくないのかしら、ねえハヤマ君」

 

 ピシッと。

 

 空気にヒビが入るような音がしたような錯覚に陥る。

 それくらいユキノシタの言葉は冷たく、凍てついていた。

 

「……それは悪かったと思ってるよ。だけど、こういうことはみんなでやった方が楽しいじゃないか、ユキノシタさん」

「それはあなたたちの観点から物を見た場合のみよ。こっちはいい迷惑だわ」

「あ? なに? あーしらに喧嘩売ろうっての? はっ、だったら乗ってやるよ。ユキノシタ、あんたがその男と組んで最初から仕切り直しってことで。手加減はしないけど」

「あら、私があなたに負けるとでも? 手加減しなければならないのはむしろこちら側になると思うのだけれど」

 

 バチバチ。

 バチバチバチ。

 

 視線と視線が交差する時、物語は始まる。

 

 え?

 なにこの展開。

 というか女のバトルって怖っ!

 ハヤマとかよく笑顔でいられるな。

 イケメンマジパネェ。

 

「行きなさい、オーダイル」

 

 ユキノシタがオーダイルを出した。

 ふむ、味方はオーダイルなのか。まあ、確かに相手はみずとほのおだし。みずタイプのオーダイルが有利ではあるけども。嫌な予感しかしないのはなんでだろうな。

 

「ハヤト」

「ああ、ここからは本気でいこう。リザ」

「ギャラドス」

 

 二人がそれぞれ腕にはめたブレスレットを見せてくる。

 そこには虹色に輝く石? が嵌め込まれていた。

 あれ? あの石みたいなのどっかでみたことあんぞ。

 

「「メガシンカ!」」

 

 やっべー、超身近にあるやつじゃん。

 なんで気づかねぇんだよ、俺のアホ。

 ハヤマのリザードンとギャラドスは光に包まれていく。

 みるみるうちに姿が変わり、観衆からも絶大な歓声が沸き起こる。だが、こちらの布陣は重たい空気に包まれている。

 なんというアウェー感。

 場違いなのを一人上げるとすればそれはザイモクザだな。

 あいつは良くも悪くも前向きだ。

 さっきから「こんなやつ、お主の実力で叩きのめしてしまえ!」などと叫んでいる。

 

「いーやー、これはやばいでしょー。さすがにあっちの人たちでも勝てないわー」

 

 チャラ男がうるさいがそれはイッシキに「トベ先輩うるさいです」と一蹴されてしまった。かわいそうに………。

 

「リザードンのメガシンカ、"メガリザードン"とギャラドスのメガシンカ、メガギャラドスで相手させてもらうよ」

 

 ………………………。

 んん?

 なんか今違和感を感じたんだが………。

 なんだったんだ?

 

「ギャラドス、かみくだく!」

 

 それにしてもなんか日差しが強くなったな。

 いつの間にか雲から太陽が出てきてんじゃん。

 

「リザ、オーダイルにソーラービーム!」

 

 っ!?

 

 ああ、そういうことか。

 あのリザードンのメガシンカしたもう一つの姿の特性はひでりってか。

 俺の方の黒くなる方のメガシンカは物理攻撃に特化してるって感じだったし、あのスリムになって鋭利の効いた翼の方はもしかしたら遠距離からの攻撃に特化してたりしてな………。

 

「オーダイル、アクアジェットで躱しなさい」

「リザードン、ギャラドスの方へ行け」

 

 それぞれがポケモンに指令を出す。ギャラドスは長い胴体をうねうねとさせながら、オーダイルに牙を向け、ハヤマのリザードンはオーダイルに向けて指令から間髪入れずにソーラービームを放った。ひでりのおかげで時間短縮できるってことか。しかも二体同時にオーダイルを狙うとか大人げなくないですかね。まあ、そのおかげで俺のことは舐めているのは分かったけど。

 放たれたソーラービームをアクアジェットで躱していくオーダイル。水のベールに包まれて宙を駆け、それを先回りするかのようにギャラドスが待ち伏せを図った。

 狙うはオーダイルの右半身。ソーラービームを躱すことに費やしているため、かみくだくにまでは対応が追いついていない。

 これだからタッグバトルってのは苦手だな。というか人と組んで何かをすること自体が苦手ではあるけど。こうも自分とは違う動きをされると、相手に合わせなければならないから、くっそ面倒だ。

 

「ったく、リザードン。ギャラドスからオーダイルを守れ」

 

 宙を舞う二体の水色のポケモンの間に体を滑り込ませる。そして、"態と"かみくだくを受け入れた。

 

「カウンター」

 

 ドゴッと音とともにギャラドスの体が逆方向へ弾け飛ぶ。

 

「ちっ、ギャラドス、10まんボルト!」

 

 宙で体をひねり、再度オーダイルに向けて電気を飛ばす。

 

「エアスラッシュ!」

 

 一方、オーダイルの方はアクアジェットを当てることはできなかった。

 当てる前にハヤマにより命令を出されたリザードンが、再び見えない刃でオーダイルを切りつけたからだ。ひるんだ拍子に再三にわたり、切りつけてくる。

 

「ギャラドスにかみなりパンチ」

 

 さっさとギャラドスを片して応戦に向かうべきかね。

 けど、あっちはユキノシタに固執するあまり、俺のことが見えていない様子。

 

「りゅうのまい!」

 

 うねうねと不規則な動きをされ、パンチを躱された。

 うーん、ガチで倒しにいっていいですかね。

 

「ローヨーヨーからのかみなりパンチ」

 

 急下降からの急上昇によりさらに加速させ、りゅうのまいですばやさをあげたギャラドスの背後を取る。

 

「やれ」

 

 今度こそ、確実にパンチをお見舞いしてやった。

 心なしかパンチに怒りが込められていたような……………。

 

「ギャラドスっ!?」

 

 地面に叩き落とされ、体を強く打ち付ける。

 だが、一発じゃ倒せなかったみたいだ。

 さすがメガシンカ。

 一筋縄じゃいかないか。

 

「ハイドロカノン!」

 

 やっと完成した究極技。

 連撃の隙を見つけ、水砲撃をリザードンに浴びせる。

 ハヤマのリザードンは背後の木々を何本か倒して止まった。

 

「ギャラドス、10まんボルト!」

 

 今度こそ、と言わんばかりの声を張り上げ金髪縦ロールが命令を出す。向かう先はもちろんオーダイル。

 究極技を放ったことで些か動きの鈍っているところを狙われたようだ。

 諸に受けたオーダイルは体が黒焦げにされ、プスプス煙をあげ出す。

 

「リザードン」

 

 オーダイルの回収へ向かわせるためにギャラドスに背を向けると。

 

「アクアテール」

 

 好機と見たギャラドスが尻尾を振りかぶって、リザードンに焦点を定めてきた。

 来るのは俺もリザードンも分かっているため、合図もなしに軽々と躱す。

 空を切った尻尾はそのまま地面を叩きつけ、地響きがした。

 

「リザ、ソーラービーム!」

 

 いつの間にか起き上がった相手のリザードンがオーダイルに向けて二度目の太陽エネルギーを放出。

 

「ソニックブーストで一気にオーダイルを回収しろ」

 

 さすがにヤバいと思いリザードンを急かせる。

 やつ自身も苦い顔をして、空気を思いっきり蹴りだし、間一髪のところで回収に成功した。

 

「………さすがに次を食らったら、もたないわね」

「おい、聞こえるような声で言うなよ」

 

 リザードンとオーダイルが俺たちの前に着地するのを眺めながら、そんなやりとりをする。

 でもまあ、確かにあんだけ連続で見えない刃で切り裂かれたら、ダメージは相当だろう。それに加え、10まんボルトも一発諸に受けている。仕方ないといえば仕方ないか。

 それにあっちの戦略がえげつないのは確かだ。一体に対して二体で取り囲むのとかどんな野戦だよ。

 

「あ? 聞こえてんですけど。なんかしゃしゃってきたけど、さすがにもう終わりでしょ?」

 

 勝ち誇ったように鼻を高くする女王様。

 

「ま、お互い頑張ったってことで、マジでムキになんないでさ、楽しかったってことで引き分けにしない?」

 

 それを諌めるように剣呑な雰囲気の葉山が間に入ってくる。

 

「ちょ、ハヤト何言ってんの? これバトルだしマジでカタつけないとまずいっしょ」

 

 それはもう俺たちからバトルフィールドを奪った上にトツカからも奪うということでいいんでしょうか。

 どんだけ自己中なんだよ。

 それよりもハヤマの方が気に食わんのだが。

 

「少し、黙ってもらえないかしら」

 

 そんなこと思っていると、氷の女王様が冷たく一言こぼした。

 

「この男がバトルを決めるから、大人しく敗北なさい」

 

 あ、冷たいのは俺に対してですね。

 なんだよ、その人に丸投げの発言は。俺にどうしろって言うんだよ。

 ほら見ろ。

 今まで影の薄かった俺の存在が一気に目立っちまってるじゃねぇか。

 ザイモクザの方を見ると親指を立ててるし。

 ユイガハマはパアっと明るくなるし。

 コマチなんか仁王立ちだし。

 なんならイッシキは待ってましたと言わんばかりの期待感丸出しの笑顔で、俺を見てくる。

 

「知ってる? 私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの」

 

 ニヤリと笑うユキノシタの顔は意地が悪く恐ろしかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「なあ、ハヤマ。お前はメガシンカについてどれだけ知っている?」

 

 ずっとこのイケメンを見ていて思った疑問。

 それを投げかけてみる。

 

「……そうだね。進化を超えるさらなる進化。ただし、その現象は戦闘中のみ。だから、今まではフォルムチェンジと考えられることもあったとか。それとメガシンカにはポケモンとトレーナーにそれぞれ対象の石を持っている必要がある。このリザのアンクルにはめ込まれたリザードナイトと俺が持つキーストーンのように、ね」

 

 答えを聞いて俺はポケットに入った虹色の石を掴み取る。

 

「そうだな。確かにお前の言った通りだ。トレーナーは虹色に輝くキーストーンを持っている必要があるし、ポケモンも固有のメガストーンを持っている必要がある」

 

 でもな、ハヤマ。

 お前は重要なことに気がついていない。

 

「リザードン」

 

 一つはメガストーンはポケモンにつき一種類とは限らないこと。

 

「えんまく」

 

 二つ目はメガシンカしたポケモンによっては、タイプが変わるということ。

 

「……メガシンカ」

 

 三つ目はメガシンカできるのがお前らだけじゃないってことだ。

 

「リザ、煙を吹き飛ばしてくれ」

 

 ハヤマの命により、煙が一掃される。

 

「かみなりパンチ」

 

 首に巻きつけたスカーフの中で虹色の輝きを放ちメガシンカしたリザードン。

 煙が一掃される中、相手のリザードンへと突っ込ませる。

 翼により重点を置いたメガリザードンY(俺のがXって言ってたからな)は恐らくタイプの変更はない。だから電気技が効果的なのは間違いないはずだ。

 

「なッ!? 黒のリザードン!?」

 

 煙の中から出てきたリザードンに周りは騒がしくなる。

 当のハヤマも度肝を抜かれたような顔で驚きを隠しきれていない。

 

「リザッ、エアスラッシュ!」

「コブラ」

 

 咄嗟の判断でエアスラッシュを選択。

 だが、何度も目にしたからある程度予測はできる。

 だから、急停止から急加速を行うコブラで緩急をつけてしまえば技は当たらない。

 

「くそっ、オーバーヒート!」

 

 相手のリザードンの周りに炎が集まり、拡散された。

 リザードンを中心としてドーム型に炎は広がっていく。

 

「構わず突っ込め」

 

 だが、こっちはメガシンカしたことでタイプがほのお・ドラゴンに変わっている。すなわち炎技なんか効きはしない。ハヤマが思っている以上に効きはしないのだから、突っ込まない理由がない。

 

「やれ」

 

 下から吸い上げるようなアッパーを食らわせる。

 そんな二体のリザードンを見ていた。ギャラドスがとうとう動き出した。

 オーダイルを牽制してなくていいのかよ。

 

「ハイドロポンプ」

 

 こいつは学習というか知識がないんだろうか。

 特性ひでりの効果により水技は威力が落ちるということを復習しておけよ。スクール時代に習っただろうが。

 

「そのまま掴んで盾にしろ」

 

 電気をまとった拳を開き、メガリザードンYの首根っこを掴むと水砲撃に向けて体をひねる。そして、そのままメガリザードンYの腹に打ち付けられた。

 効果は抜群だ、ってな。

 

「投げ飛ばせ」

 

 槍投げのごとく思いっきりギャラドスに向けてリザードンを投げ飛ばす。

 

「躱してアクアテール!」

 

 Yの方のリザードンを潜るように躱し、こちらに向かってくる。

 あの…………ユキノシタさん?

 見てないで動きなさいよ。

 

「尻尾を掴み取れ」

 

 電気を帯びた拳で水気を纏う尻尾を受け止める。

 

「リザ、げんしのちから!」

 

 その後ろからは投げ飛ばしたリザードンが立ち上がり、複数の岩を作り出し飛ばしてくる。おい、これなんて捨て身攻撃だよ。下手したらギャラドスにも当たりかねんぞ。

 

「リザードン、ドラゴンクロー」

 

 次々と飛ばされてくる岩々に爪を突きつける。

 あれくらいの固さだと一点に集中して力を込めれば、中で力が分散され諸く砕けてしまう。岩は次から次へと粉々になっていった。

 

「ギャラドス、かみくだく!」

 

 頭上からは大きく口を開いたギャラドスが焦点を定めていく。

 

「爪の甲で滑らせて、岩でギャラドスの口を塞げ」

 

 最後の一個になった岩を爪の甲で滑らせて軌道を変え、ギャラドスの口へと投げつける。「ゴガッ!?」と口を塞がれたギャラドスはもごもご言っているが、そんなのはどうでもいい。

 

「投げ飛ばして、ブラストバーン」

 

 ギャラドスをメガリザードンYに投げつけて追い討ちをかけるように地面を叩きつけて、二体纏めて火山の噴火のような火柱の餌食にする。

 吹き上がる炎に抵抗できずに二体の体は空へと上昇していく。

 火柱の勢いが治るとプシューっと煙を上げて落ちてきた。

 金髪縦ロールはそれを見て追いかけるように足を動かすがーーー

 

「ユミコ、後ろ!」

 

 ーーー上ばかりを見ていて後ろの木には気づきもしないでいる。

 ハヤマが慌てて駆け出し、女王様が木にぶつかる前に自分の体を入れて衝突から守った。

 

「「「HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!」」」

 

 再び観客どもからハヤマコールが出される。

 俺たちが勝ったというのに何だろうこの仕打ち。

 

「えっと、リザードン、ギャラドス共に戦闘不能。ハチマン・ユキノシタさんペアの勝ち…………て聞いてないね……」

 

 トツカがあははーと可愛い苦笑いを浮かべる。

 これにてバトルは終了。

 なんだこれ。



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19話

後書きにお知らせがあります。


「負けたよ。まさか君までメガシンカが使えるとは思ってもみなかった」

 

 お仲間さんたちと少々やり取りをした後、こっちにきたハヤマが俺にそう言ってきた。その背中を追う金髪縦ロールの目が俺を睨んでいたようにも見えたのは気のせいとしておこう。

 ここでこいつと握手でもすれば、はい仲直りって展開なのかもしれないが、生憎俺はこいつと慣れ合う気はない。

 この様子だと俺のことにも気づいてないようだし、このまま水に流すとしよう。

 

「ほんとだよ。いつの間にメガシンカが使えるようになったのさ。コマチにも教えてくれたっていいじゃんか」

「いやー、やっぱり先輩は強いですね。スクール時代のバトル大会を見てるようでしたよ。あの時もハヤマ先輩をコテンパンにしてましたもんねー」

 

 ……………………。

 

「ん? どういうことだい、イロハ」

「あれ? ハヤマ先輩覚えてないんですかー。先輩たちが六年になる前に新入生を呼び込むためのバトル大会なんてのがあったじゃないですかー。あの時、ハヤマ先輩が負けたのはこの目の腐った先輩ですよ」

 

 はい目の腐った先輩です。

 おのれイッシキ。

 俺が隠そうとしていたことをペラペラとしゃべりやがって。

 こいつのことだからーーー

 

「バトル大会…………それに、ユキノシタさんが誰かと…………いや、待てよ。あいつなら……………そういえば、あいつもリザードンを連れてたな………ああ、そういうことか。それだったら、確かに人のポケモンでもあれだけのバトルができていてもおかしくはないな」

 

 ほらみろ。この状況と今の言葉だけで全て結びつけてしまったじゃねーか。

 

「君はあの時の学生………なのか?」

「ど、どの時だよ」

「ユキノシタさんのオーダイルが暴走した時に二度も止めに入って、なおかつ一回目ではバトルしながらリザードンにかみなりパンチを覚えさせたあの学生なんだろ」

 

 あれ…………?

 どうしてその部分はみなさんはっきりと覚えてらっしゃるのでしょうか?

 そろそろ忘れてもらっても結構ですのよ。

 なんなら忘れてくださいおねがします!

 

「………だったらなんだよ」

「いや、自慢じゃないが俺は今までに負けたのはユキノシタさんと姉のハルノさんとのバトルくらいだ。その中で一度だけ例外が起こった。そして今日もまたタッグバトルだったが俺は負けた。………は、はは、やっぱり君は強いな」

「別に強くなんかねぇよ。お前が相手の実力を見誤っただけだろうが。油断して自分の手の内を全てさらけ出した。それが敗因ってだけだろ」

「だけど、そこを突けるのも実力だと思うんだけどね」

 

 ぐぬぬ………。

 ああ言えばこう言い。こう言えばああ言う。

 なんだよこのイタチごっこ。

 

「………そもそもこの男に喧嘩を売ったことが間違いよ」

 

 トツカの手当てをしたユキノシタがこっちに参加してきた。

 

「………どういう、ことだい?」

「三日天下、忠犬ハチ公…………巷ではこの男はそう呼ばれているわ」

「なっ!?」

「それに姉さんも一度負けているわ。一番大きな大会でね」

 

 あ、あのユキノシタさん………?

 俺のことを話すのはそれくらいにしてもらえませんかね………。

 ちょっと胃が痛くなってきたんですけど。

 マジで俺の黒歴史を掘り返さないで!

 

「………………そうか。けど、次君とバトルする時は負けないよ」

「あっそ……好きにすれば。バトルする機会なんて来ないだろうけど」

「あーもー、お兄ちゃん! こういう時は次も勝たせてもらうぜ、的なことくらいは言わないとダメだよ! やり直しッ!」

「え? コマチちゃん? なんでそんなことを言わないといけないんでしょうか。別に好きでバトルしたわけじゃないんだし、次なんていつ来るかも分からんもんをなんでそんな恥ずかしいセリフで返さねぇとならねぇんだよ。やだよ、恥ずかしい」

「そんなこと言ってると誰ともバトルしてもらえなくなるよ」

「いいことじゃねえか。俺の稼働率が下がるんだぞ。万々歳じゃねぇか」

「はあ………………このごみぃちゃんはいつもこうなんだから……………」

「だ、大丈夫だよ! その時はあたしがバトルしてあげるから」

「…………相手になる日が来るといいな」

「それ、どういう意味だし!」

 

 キャンキャン吠えているユイガハマはさておき、このハヤマという男。以前に比べてユキノシタに対してよそよそしいような気がする。そんな注意して見ていたわけではないが、スクール時代に毎日バトルをやっていたような仲とは到底思えないのだ。ユキノシタが変わったのかこいつが変わったのか。そんな細かいところまでは分からないが、何かがあって今の状態になっているのだろう。

 

「なあ、もういいか。俺は疲れた。というか腹減った。飯食いに行かせろ」

「……ああ、ごめんごめん。引き止めて悪かったな」

「悪いと思うなら、次からは引き止めるなよ」

「それはどうだろうね。君には少し興味が湧いてきたよ。どうだろう、今度お茶でも」

「行かねぇよ」

 

 あれはなんだろう。

 向こうの方で鼻血を吹き上げて金髪縦ロールにティッシュを鼻に押しつけられてるメガネ女子がいるんですけど。愚腐腐、という背筋凍るような気味の悪い笑い声が聞こえてくるけど、…………大丈夫だよな。ちょっと心配。主に俺の身が。

 

「おい、そこの木の陰で寝てるボケガエル。起きろ、飯食いに行くぞ」

 

 珍しく俺の頭から木の陰に避難をして、足を組んで寝ているボケガエルを叩き起こす。

 こいつ一日中寝てんな。

 超羨ましいじゃねーか。

 

「あれ、そのケロマツは君のだったのかい」

 

 一向に起きようとしないバカの首根っこを掴んでみょーんと持ち上げると、ハヤマが聞いてきた。

 

「だったらなんだよ」

「いや、前にケロマツと対立してるトレーナーを見かけたことがあってね。その子かどうかはわからないけど、もしその子だとしても君がトレーナーなら安心だと思っただけさ」

「前のトレーナーね。ま、こいつから見限ったらしいし、俺としちゃこいつのセンスは買ってるんだ。なんだかんだで懐いているとは……………あれ? こいつって俺に懐いてるのか? 俺のこと、ただの寝床としか思ってないんじゃ……………」

「………一緒にいればご飯が出てくるし」

「頭で寝てても文句も言わなくなったわね」

「あと、強いポケモンともバトルできますもんねー」

 

 ……………………………………。

 あれ?

 俺ってうまく利用されてね?

 

「ま、まあまあ。みんなもその辺にしとこうよ。他のポケモンたちの懐き方が異常なだけで、ケロマツが普通なんじゃないかなー」

「そうね、人のポケモンと即席のコンビを組んでもバトルで勝つくらいだし」

「愛情にもいろんな形のものがありますしねー」

「私のテールナーは特に懐いてもいないですしねー」

 

 女性陣に散々言われてる俺って一体……………。

 

「え? イロハさんのフォッコってもう進化したんですか!?」

「そうそう。見たい?」

「見たい!」

 

 コマチではなく、何故かユイガハマが飛びつくようにイッシキの肩に手を置く。

 あう、とかかわいい声を出しているがやはりあざとい。

 

「それじゃ、出てきてテールナー」

「テーナ」

 

 ボールから出てきたテールナー(というらしい)キランと片目ウインクをする。

 着々とトレーナーに似てきているようで何よりです。

 

「かわいいー」

「テーナ」

「毛、ふさふさー」

「テーナテーナ」

「触っても…………大丈夫よね」

「テーナー」

 

 うわっ、これはヤバイわ。

 何がヤバイってイッシキがポケモンになったかのように見えることだ。

 それくらいには再現できていて、怖いくらいである。

 

「………あざとい……」

 

 ボソッと。

 俺の本音をこぼしたらいきなりかえんほうしゃを放ってきた。

 未だに首根っこを掴んでみょーんと吊り下げていたケロマツが、咄嗟にみずのはどうで壁を作って防いでくれた。まあ、たぶん自分を守るためのついでだろうけど。

 

「………うん、確かにこれは懐いているとは言えないね」

「むしろ攻撃されてるわね」

「でもカーくんはどっちかと言えばこんな感じですけどねー」

「でしょー。だから、先輩にどんなポケモンでもなつくとは限らないんですよ。分かりましたか!」

 

 いや、まあそうかもしれんが。

 そもそもテールナーとは話したことすらないわけだし、初対面で話したこともない奴とは俺だって一緒にバトルして勝てるとは思えねーよ。まず、指示を聞かないところから始まるだろうし。

 

「お、おう。まあ、普通に考えたらそうじゃねーの?」

「お兄ちゃんは普通じゃないから」

「さいですか………」

 

 もう好きにさせておこう。

 そう思わざるを得ないこの状況ってなんなんだろうね。

 みんな好き勝手言いすぎでしょ。事実だけど。なんなら俺も賛同しちまってるとこあるけど。

 

「はは………そうか、だからイロハは俺たちにバトルするように促してきたのか」

「どういうことだよ」

「いや、こっちの話さ。気にしないでくれ」

 

 気にして欲しくないなら、意味深な口ぶりで発言しないでもらえませんかね。

 もう、気になりすぎて今日六時間寝られるか心配なレベル。そこまで心配してねーな、これ。

 

「それじゃ俺は行くけど。イロハはどうする?」

「今日はこっちにいます」

「そっか、まあゆっくりしててくれ。まだミアレは出ないから俺たちもいるし」

「はい、それじゃまた」

 

 そう言うとハヤマは自分のグループへと引き返していった。

 あれ?

 ここは俺が飯食いに行って立ち去る場面だったはずじゃ…………?

 

「あなたもあれくらい自然にできないものかしら」

「ほっとけ」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あれからトツカとザイモクザとイッシキを引き連れて、昼食を食べに出かけた。

 サウスサイドストリート(研究所がある通り)にあるお食事処、レストラン・ド・フツー。

 このレストランはちょっと他の店とは違い、料理を注文してから出てくるまでの間、ダブルバトルをすることができる(というかしなければならない)のだ。

 だが、問題なのは俺たちが七人で来ているということだ。

 とりあえずじゃんけんして決まったペアは次の通り。

 

 ・コマチ対ユイガハマ

 ・ユキノシタ対イッシキ

 ・トツカ対俺

 余り、ザイモクザ

 

 哀れザイモクザ………。

 

 ということで。

 トツカとバトルすることになったわけであるが……………。

 

「ハチマン、手は抜かないでね」

 

 と釘を刺されてしまった。

 さて、ここで問題です。

 手を抜くとはどこら辺のことまで言うのだろうか。

 

「それって……………」

「うん、もちろん、メガシンカ使ってね」

 

 やべぇ、かわいい。

 

「お、おう。けど、いいのかよ」

「それも経験、でしょ?」

 

 ぐはっ!?

 トツカに経験とか言われるとちょっと危ない方へと思考が向かっていってしまうんですけど!

 大丈夫だ、トツカ。

 二人でやれば怖くないからな。

 

「あ、まあ、そうだけどよ。んじゃ、リザードン………とおい、起きろ。今回はバトルしねぇと飯にありつけねぇぞ」

「ケロッ!」

 

 それは一大事! と言わんばかりにシュタッと開始位置につきやがった。自由でいいよね、君。

 

「ニョロボン、トゲキッス。お願い」

 

 新しい技を覚えた二体できたか。

 トゲキッスの方はどんな仕上がりなったのかは分からないが、ニョロボンはカウンターも覚えさせたんだ。一度復習がてらに攻めてみるか。

 

「じゃあ、私が審判しますねー」

 

 ユキノシタが初心者同士のバトルの審判を務めていて、暇になったイッシキが審判を買って出た。

 

「……できるのか?」

「先輩、私をなんだと思ってるんですか」

「あざといビッチ」

「あざとくもビッチでもありませんよーだ」

 

 あっかんべーをしてくる時点であざといと思います。

 

「バトル開始」

 

 ちょ、いきなりだな。

 

「ニョロボン、ケロマツにどくづき。トゲキッス、リザードンにマジカルシャイン」

 

 まあ、そうくるなら、お望み通りメガシンカしますかね。

 

「リザードン、えんまく。ケロマツ、ケロムースで鼻を覆ってかげぶんしん」

 

 咽せないようにケロマツにはマスクをつけさせ、回避に回す。

 そして、リザードンがそれを確認して黒煙を吐き、空気中に充満していく。

 イッシキが「ちょ、先輩ひどいです。けむたいですよぉー」というあざとかわいい声を出していたが、気にしている暇はない。

 

「メガシンカ」

 

 俺がポケットの中でキーストーンを握り締めるとリザードンの首に巻いたスカーフの下にあるメガストーンと反応を示し始める。

 それぞれの石から発せられる光が結合し、混合していく。

 

「ブラストバーン、みずのはどう」

 

 今回は室内なので口から炎の究極技を繰り出す。

 マジカルシャインの光はリザードンに届くことなくかき消された。

 ケロマツは影も含めて全員でみずのはどうで壁を作り、光を遮った。ニョロボンも同時に飲み込まれてしまい、拳すらも届かない。

 

「ニョロボンにかみなりパンチ、ケロマツはトゲキッスにみずのはどう」

 

 今度はこっちが攻めに転じる。

 

「トゲキッス、はどうだん。ニョロボンはーー」

 

 トツカが言い切る前にリザードンが技を決める。

 だが、リザードンは弾き飛ばされて帰ってきた。

 

「え? ニョロボン、今の技って一体……………」

 

 トツカがニョロボンが出した技に驚きを見せる。

 まあ、自分の知らない間に知らない技を覚えてたら普通は驚くよな。

 

「カウンターだ。さっき暇だったから覚えさせてみた」

「ええっ?! そんな簡単に覚えさせられるもんなの!?」

「い、いや、一応三回目くらいでやっと成功したんだけどよ」

「いやいや、三回目で成功って十分早いよ!? ………そっかぁ、ハチマンってやっぱりすごいトレーナーなんだね」

「え、あ、や、別にそうでもないと思うぞ」

 

 なんとなくトツカに褒められると顔が赤くなっていっているような気がする。

 それにむず痒い。

 

「先輩、また覚えさせたんですか」

「またって、人のポケモンに覚えさせたのって初めてだと思うんだけど」

「………覚えてないとかどんだけですか。たぶん、オーダイルはユキノシタ先輩が知らない技まで覚えているはずですよ。先輩のせいで」

「え? マジ?」

「マジです」

 

 あれまぁ。

 それはそれはまたとんでもないことを。

 覚えさせたのがオーダイルということはスクール時代の、それも最後の方なんだろうな。

 

「ニョロボン、今のはタイミングもバッチリだったぞ。後はトツカと息を合わせられるように特訓をしておけ」

「ボンッ」

 

 コクっと頷くニョロボン。

 真面目なやつだよな。

 

「さて、目的も果たしたし、終わりにするか」

「いくよ、二人とも」

「ケロマツ、お前いい加減なんか他にも技覚えただろ」

 

 聞くと目をそらして、どこ吹く風の様子。

 

『……ふむ。れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる……………この短期間でよくこれだけの技を覚えられたな』

「え? マジ? それやばくね? つか、ほとんどこの短期間の間に見た技ばっかだな」

『一度見れば体の相性が合う大体の技は使えるんだとか。だが、トレーナーが使いこなせなかったら使う気が失せるとも言ってるな』

「おいおい、スペック高すぎだろ。ただ寝てるだけなのに、天才かよ」

『ただ、今までのトレーナーは奴を使いこなせなかったみたいだな』

「うん、それは使いこなせないと思うわ。初心者向けのポケモンのはずなのに、いかようにでもバトルスタイルが組み立てられる奴とか初めて見たわ。ベテランでもきついぞ、絶対」

『オレらの中でも異端だな』

 

 異端すぎるわ!

 そら、前のトレーナーも送り返してくるわ。見ただけでいろんな技を覚えてしまって、トレーナーが的確な指示が出せなければその技は使わないとか、きまぐれすぎんだろ。

 しかも進化は拒否するわでトレーナーの方も嫌になるのも無理はない。

 まあ、俺としてみれば願ったり叶ったりではあるんだが。

 進化しようがしなかろうが、こんだけのスペックがあれば、次のジム戦とかもこいつだけでいけたりするんじゃね?

 けど、それするとリザードンが拗ねるからな。

 

「ニョロボン、ケロマツにどくづき。トゲキッスはゆびをふる」

「そこまでできるんだったら、ケロマツ。ニョロボンにくさむすび! リザードンはトゲキッスにかみなりパンチ!」

 

 ため息を一つ吐いて走ってくるニョロボンの足元に蔓を伸ばし、奴の足を絡め取り、宙吊りにしてから床に叩きつけた。

 指を振って竜の気を帯びた波導を放ってくるトゲキッスにお構いなしに突っ込むリザードン。ジグザグに動き、波導の軌道をそらし躱していく。

 

 ゴスっという音とともに倒れるトゲキッス。

 ニョロボンはすでに戦闘不能になっていた。

 

「…………にょ、ニョロボンとトゲキッス、戦闘不能…………。なんかケロマツ強くなってません?」

「ああ、知らんうちに強くなってやがった。というかこいつのスペックの高さに驚いてるところだ」

 

 くさむすびで一発KOとか、草生えるな。草技だけに。

 

「やっぱり、あのスピードには敵わないなぁ」

「いや、充分だと思うぞ。ニョロボンもトゲキッスも確実に強くなってる」

「そう? ハチマンがそう言うんだったら間違いないね」

 

 パァッと明るい笑顔を見せるトツカ。

 思わず抱きしめたくなった。

 

「それにしてもケロマツってよくわからない子ですねー」

「こいつの場合は分からないくらいがちょうどいいような気がする。お前には特に扱いが難しいだろうし」

「まあ、メロメロが効きませんもんねー」

 

 じとーっとした目でケロマツを見据えるイッシキ。カロスに来た日にこいつ、ケロマツに叩かれてたし。理由があざといから、というね。

 

「さて、あっちも終わったようですし、今度は私の番ですよ、先輩」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 結果的に言うと、イッシキは負けた。まあ、ユキノシタが相手だったんだし無理もないが、それだけが理由ではない。ナックラー(イッシキの新顔)がバトル中にも拘わらず、イッシキを追い回すというハプニング? が起きたからだ。イッシキによると出会った時から追いかけ回されて、ハヤマたちと旅を続けている間もつきまとってきたためボールに入れたんだとか。

 どんだけ好きなんだよ、と思わなくもないが、イッシキのあざといメロメロにやられた被害者なのかもしれない。オスみたいだし。哀れナックラー。

 あと、ユキノシタがユキメノコでバトルしているのを初めて見た気がする。あいつ、意外と強かったんだな。技のタイプバランスが良すぎるし。聞くとみずのはどうの他にも10まんボルトやシャドーボールも覚えてるんだとか。逆らったら凍らせる以外にも水攻めや電気を浴びせられる可能性もあるんだな。なにそれ超怖い。

 で、その負けたイッシキはというと。

 

「むー」

 

 ナックラーを抱きかかえながら拗ねている。その頬を膨らませる意味はあるんですかね。あざとすぎる……………。

 

「あざとい…………」

「あざとくないです」

「にしても意外だな。お前がナックラーを捕まえてるとか」

「捕まえたというよりついてきたんですよ。実力はあるんですけど、私に対してはこれなんで手のかかる子です」

 

 ナックラーの頭を撫でてそう言ってくる。

 

「ま、いいんじゃねーの。ナックラーが最終進化すればフライゴンっつードラゴンタイプに進化するし」

 

 ホロキャスターでフライゴンを検索。

 画像をタッチしてそれをイッシキに見せた。

 

「ほれ、こいつ」

「…………全然この見た目からは想像できない姿ですね」

「でも強いのは確かだぞ。それに空も飛べるから飛行要員としても役に立つ」

「はあ……………この子が、ねー」

 

 さっきからずっと撫でてるけど、ナックラーのことは何気に気に入ってるんではないだろうか。口ではああ言ってるが、自ら抱きかかえるくらいだし。

 

「………他には何か捕まえたのか?」

「いえ、まだ新顔はこの子だけです。一応、ミアレジムのバッジも取ったんですよ、この子で。でも特に何かを目指してるわけでもないんで、これからどうしようか悩んでまして」

「目標ねー」

 

 しおらしいイッシキというのも珍しいな。

 

「先輩はやっぱりリーグ大会の優勝とかだったんですか?」

 

 上目遣いで俺に見つめてくる。

 それをナックラーがアホっぽい顔で見ているのを見て、何とか現実に帰ってきた。

 

「あー、や、別にそんな大袈裟なことは全く考えてなかったぞ」

「そうだよ、イロハちゃん。そもそもヒッキーが特例の卒業をしたのだって、他に強いトレーナーがスクール内にはいなくなったからって理由だったんだよ」

「……………そういえば、そんなこと前に言ってましたね」

 

 俺、言ってたのか……………?

 というか俺と接点あったのか?

 こんなやつ見たことないと思うんだが。

 

「強さ、ですか…………。確かに先輩は異常なまでに強いですからね。あのハヤマ先輩ですら勝てませんでしたし」

「いや、それはタッグバトルだったからだろ。あいつのバトルを見てると一人でバトルした方がやりやすそうだったぞ。それにフルバトルをしたらあいつに負ける可能性だってある」

「それはハヤマ先輩の不戦勝って意味ですか?」

「………そうだった、俺にはフルバトルすらできなかったな……………」

 

 なんという盲点。

 そもそもがありえない過程だったじゃないか。

 それは確かにハヤマの不戦勝になるな。

 

「ま、冗談はさておき、強いトレーナーさんには出会えたんですか?」

「いや、出会えたけど出会いたくはなかったな。オーキド博士の孫のグリーンっていうキザな男とかトキワジムの元ジムリーダーとか、チャンピオンになった三日間のうちに二人にコテンパンにされたし」

「つまり、リーグ優勝してチャンピオンにも選ばれた頃の先輩でも勝てなかったという相手ですか」

「そういうことだな」

 

 理解が早くて助かります。

 サカキのやつ、ニドクインを倒したからといって好い気になるなよ、とか言ってサイドンでじわれを構してくるとか酷くない?

 けど、まああの二人のおかげで今があるような気もするけど。特にサカキには鍛えられたからな。カウンターとかじしんとかあいつに伝授されたし。

 

 

「世の中には先輩よりも強い人がいるもんなんですねー」

「世界は広いからな」

 

 なんて話をしてたら注文の品が出揃った。

 なんつーか、ザ・フツーって感じの料理だった。味も見た目も普通。強いて言えば家庭料理っぽくて悪くはない。

 

「そういえば、ハチマン。ニョロボンを貸してくれって言ってたのってカウンターを覚えさせるためだったの?」

「ん? ああ、そうそう。ユキノシタが技次第でいろんなバトルスタイルに変化するって言ってたんだし、選択技として一つくらいトリッキーなのでも覚えとくと面白いと思って覚えさせてみたんだ」

 

 食べながら、トツカがそう聞いてきたので、俺も正直に答える。

 

「あら、それはニョロボンだけにではないのでしょう?」

「え? ああ、まあついでに、な」

「ついで、ね。あなた前にもオーダイルに技を覚えさせたわよね」

「……らしいですね…………全く覚えてないけど」

「酷い話よね。人のポケモンで勝手にバトルしたり、技を覚えさせたり。しかもそれでバトルの幅が広がっているのだから隅に置けないわ」

 

 ですよねー。

 まあ、あの時は必死だったってことにしておいてください。覚えてないけど。

 

「れいとうパンチはあなたが覚えさせた技の中でも使用頻度は高いのよね。他にはシャドークローだったかしら。いきなり使った時には驚いたわ。あと、あなたがいなくなった後にはげきりゅうをコントロールできていたんだから、とんだ置き土産だと思ったわね」

「聞けば聞くほどオーダイルって誰のポケモンなのか分からなくなってきますよねー」

 

 それな。

 俺も聞けば聞くほど自分のポケモンのようにすら思えてくる。

 

「うーん、やっぱりお兄ちゃんは将来育て屋さんとかむいてるんじゃないかなー」

「………ポケモン協会に就職してるので間に合ってます」

 

 いいよね、ポケモン協会。

 給料は出るし、特に問題がなければ休日だし。しかも俺、依頼さえこなしてくれれば自由にしていいらしいし。

 そう思うと親父も母ちゃんも大変だな。毎日に社畜人生を歩んで、俺はあんな風にはなりなくないな・………。

 

「して、ハチマン。お主はいつメガシンカなんてものを手に入れたのだ?」

 

 あ、いたんだザイモクザ。

 一人、他の人とバトルして負けたかと思ってたんだが。

 

「そうだよ! お兄ちゃん、なんでコマチたちには何も言ってくれなかったのさ」

「そりゃ、まあ、使いこなせるようになってからじゃないと、暴走したら大変じゃねーか。それに今日初めてちゃんとしたバトルをしたわけだし」

 

 暴君相手にやってたんだから大丈夫だったけどね。あいつとやって暴走しなければ多分暴走はしないはず。それくらい激しいバトルになるからな。というかあいつ何気にメガシンカしたポケモンにも容赦なかったな。さすが暴君。

 

「それでなんだが………ハチマン。これを見てくれぬか」

 

 ザイモクザが何枚かのコピー用紙を見せてくる。

 書いてある文字を読んでいくと………。

 

「………メガシンカできるポケモンの一覧か……」

 

 いつの間にこんなものを用意したんだよ。偶然か? 偶然なのか?

 

「昨日、プラターヌ研究所に行ったらハチマンに渡してくれと頼まれてな」

 

 仕組まれてたかー。

 なんつータイミングだよ。

 

「なんでまた俺になんだよ………」

「どんなポケモンがメガシンカできるの?」

 

 ユイガハマに言われて、続きに目を落とす。

 

「…………今いる俺たちのポケモンじゃ、リザードン、ゼニガメの最終進化のカメックス、ボーマンダ、くらいか。あとリザードンだけが二種類あるみたいだな…………」

 

 ……………やっぱりあいつのメガシンカは知られていないのか………?

 

「………意外と見つからないものよ。メガストーンというものは」

 

 あ、一応自分のポケモンのことだから知ってはいたのね。

 まあ、こいつは人にベラベラしゃべるようなやつでもないし、カロスに来た目的も知らねぇんだよな。

 

「………だろうな。俺だってもらいもんだし」

 

 唯一、手に入れられそうなのはカメックスナイトだな。

 博士のところに行けば確実に一つは手に入れられる。

 だけど、まだコマチ自身がトレーナーとしての経験を積んでいないし、まだまだ先の話になるだろう。

 うん、強くなったコマチとバトルしてみたい気もするな。この前のジム戦でのコマチのバトルを見る限り、面白い方へと育ってくれるだろうし。

 

「それからもう一つ。シャラシティに行って来いと言われたぞ。なんでもそこにはメガシンカおやじと呼ばれてる師父がいるらしい。そやつに会えばメガシンカについての知識も増えるんじゃないだろうか」

「メガシンカおやじね…………。特に次の目的地を決めてたわけでもないしシャラにでも行くか」

「………ねぇ、ハチマン。もしよかったらシャラシティまで僕もついていっていい?」

「シャラまでとは言わず、俺の人生についてきてくれないか?」

「ハ、ハチマン…………そんなはずかしいよ」

 

 困った顔を見せるトツカかわいい、とつかわいい。

 

「…………あの………なんかトツカ先輩にだけ贔屓してません?」

「……あははは、ヒッキーさいちゃんのこと大好きだから」

「彼が男の子で本当によかったわ。女の子だったら……………ね」

「ですね…………」

 

 こうして、トツカを迎えた俺たちの次の目的地は決まった。




ご拝読ありがとうございます。

申し訳ありませんが、これでストックは尽きました。

次回からはこのまま一万文字前後でいこうと思うので毎週金曜に投稿してことになると思います。以前みたいな週二で一万文字書くのはきついのです。

本当は7月一杯は毎日連投でいこうと思ってたんですけどね………。


筆がかなり乗れば火曜にも投稿することがあるかもしれません(二話分くらい書ければですけどね)。


それでは誠に勝手なことではありますが、これからも宜しくお願いします。


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20話

 ハヤマたちとバトルをした日の翌日。

 ザイモクザに借りていた本を返させて、俺たちはシャラシティに向かうべく、5番道路へと来ていた。

 

「ニョロボン、グロウパンチ」

 

 通称、ベルサン通り。

 ローラースケート場があったり、花畑があったりとミアレに繋がるこの道路は自然と造作が共存している。

 そして現在、トツカが野生のホルビーと戦闘中である。

 

「ホッビ!」

 

 ニョロボンの拳はホルビーの耳により受け止められた。

 バトルを見ながら調べてみると、ホルビーは耳の発達が一番よろしいようで、手足以上に耳が器用なんだとか。

 そういや、尻尾が器用な奴もいたよな。

 

「さいみんじゅつ」

 

 だが、トツカは会った頃よりは柔軟になったようだ。

 拳を掴まれても次の策略を進めていく。

 

「ホ〜ビ〜」

 

 腹の渦巻きから発せられたさいみんじゅつにより眠気に駆られていくホルビー。

 トツカが本気でバトルをしたらすぐに倒せそうではあるが、倒さないのには理由がある。

 

「お願い、入って!」

 

 モンスターボールに入れるためだ。

 カロスに来た理由の一つにホルビーをゲットしたかったからなんだとか。

 で、そのホルビーについていろいろ見ていくとノーマルタイプではあるが、進化するとホルードというポケモンになり、じめんタイプも追加されるみたいで、覚える技も割とじめんタイプ寄りになっている。他にはいわタイプやもちろんノーマルタイプの技も覚えるのだが一つだけちょっと毛色の違う技が目に付いた。

 ワイルドボルト。

 電気をまとって相手に体当たりする技。反動で自分にもダメージが通ってしまうが、案外ホルビーがこの技を使いこなせれば攻撃の幅は広がるかもしれない。

 ファンファンいいながら左右に揺れる赤いボール。

 じっと見つめてボールの行方を見守っているとプァンという弾けたような音が響き、カチッと開閉ボタンが閉じた。

 

「や、やったよハチマン! ホルビーゲットしたよ!」

 

 キラキラした笑顔で振り向いてくるトツカがなんて可愛いことだろうか。

 

「いやー、久しぶりにポケモンを捕まえたからドキドキしちゃった」

 

 俺は君の笑顔にドキドキしっぱなしです。

 

「………お兄ちゃん、なんかキモいオーラ出てるよ」

「え? なに、そんなの見えるわけ?」

 

 やだ、コマチちゃん。

 いつの間にイタコさんになっちゃったの?

 

「見えるというかトツカさんを見てるときの目がヤバいというか………」

「お、おう………それは悪かった………」

 

 単に俺の目が犯罪者の目になってただけみたいです。誰が犯罪者だよ。

 

「出てきて、ホルビー」

 

 投げたボールを拾いスイッチを開く。

 中から捕まえたホルビーが出てくる。

 

「ホッビ!」

 

 軽快な感じの挨拶はどこか和むものがあった。

 

「今日からよろしくね、ホルビー」

「ホッビッ!」

 

 握手代わりに耳を突き出し、トツカはそれに応える。

 

「……………私も何か捕まえようかしら」

 

 トツカの様子を見て自分も捕まえたくなったのだろう。ユキノシタが本気で思案し始めた。

 

「お兄ちゃん、コマチもポケモンを捕まえてみたい」

「あ、あたしも何か捕まえてみようかなー」

 

 コマチとユイガハマまでもが反応してしまった。

 まあ、別にそれも旅の醍醐味だと言えるけどな。

 ただ、一つだけ言わせてくれ。

 

「俺にそれを言われてもまともに捕まえたことないから、捕まえ方とか知らんわ…………」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 夕方。

 俺たちはコボクタウンへと辿りついた。

 なにあの坂道。

 超急なんですけど。

 おかげで足がパンパンなんですけど。

 くそっ、ザイモクザめ。一人だけジバコイルに乗って移動しやがって。

 

「ねえ、あれってお城………?」

 

 ユイガハマが北の方にある建物を指して聞いてくる。

 なんでもここにはショボンヌ城という城があるらしい。

 一昔前までは繁栄していたのが、今では廃れてしまったようで名前の通りしょぼんとした感じになっている。

 

「カロスは案外、王族の国だったのかもしれねぇな」

「………王様かー。すごく偉い人なんだよね」

「……偉いかどうかは国民の方が判断するんじゃねーの。成り上がりだったり、名前だけの王だったり、裏の顔なんて俺たちには分からねぇんだしよ」

 

 王様なんて結構そんなもんだ。

 独裁的に見えても王族内部での対立とかもあったりするみたいだし。漫画の受け売りだからなんとも言えんが。

 

「……あ、ちょっとごめんね」

 

 城を仰ぎ見ているとトツカのホロキャスターが鳴った。

 トツカはそのまま少し離れて、コールに出た。

 

「………うん、大丈夫だよ。……………うん、さっきだけどホルビーを捕まえたよ。………………え? ほんとに!? …………………うーん、まあそうなんだけどね。でも今がチャンスかもしれないんだ。スクール時代の同級生がカロスにたくさん来ていて、ポケモンの扱いがとっても上手な人もいるから。………………うん、うん、それじゃお願いね」

 

 どうやら、電話だったらしい。

 相手は……………声が聞こえなくて誰かはわからない。が、たぶん身内かなんかだろう。

 

「おまたせ。今からちょっとポケモンセンターに寄ってもいいかな。お母さんから預けてきたポケモンが送られて来るんだ」

「ん、ああいいぞ」

 

 ということで俺たちはポケモンセンターへと向かった。

 ポケモンセンターの中はどこに行っても割と同じ。置いてある装置も配置から似通っている。俺たちは転送マシンの前に立ち、どんなポケモンが送られてくるか胸を躍らせていた。

 

『それじゃ、送るわね』

「うん」

 

 トツカの母親と連絡を取り、ポケモンを送ってもらっている。

 ついでに俺たちのことも紹介していた。

 帰ったら挨拶にでも行こうかな。

 

「あ、きた」

 

 プププという音がなり、転送マシンが合図をくれる。

 

「ありがとう、ちゃんときたよ」

『そう、なら良かったわ。しっかりやるのよ』

「うん」

 

 転送マシンからボールを取り出し、母親との通信も切る。

 

「………それで、誰を送ってもらったんだ?」

「そうだね、とりあえずハチマンたちに見てもらおうかな。出てきてミミロップ」

 

 開閉スイッチを押してボールを開くと出てきたのはミミロップだった。

 だが、なんというかツンとした態度を取っていた。しっかり腕も組んじゃってるし。

 

「えっ、と…………あんまり仲が良くなかったりするのか?」

「あはは………、やっぱりそう見えるよね………」

 

 苦笑いを浮かべどこか悲しそうな目をするトツカ。

 

「フスベジムで負けてからこんな感じでね。家でも僕の部屋から全く出てこなくなっちゃって、仕方なくお母さんに預けてきたんだけど。やっと部屋から出たかと思ったら僕を探し出したっていうから送ってもらったんだ」

 

 ……………つまり負けたショックで引きこもりになってしまい、出てきてみれば自分のトレーナーの姿がなくて焦ったということか。なのに、この態度はどう解釈すればいいんだろうな。

 

「なるほど、つまりこの子を以前のように戻したいわけね」

「まあ、簡単な話じゃないだろうけどね」

 

 ユキノシタの推測に肯定し、ミミロップの頭を撫で始める。

 ツンとした態度を取っているも嫌がるそぶりは見せない。

 

「な、なあ、トツカ。そのミミロップって進化してから捕まえたのか?」

「ううん、ミミロルの頃に捕まえたよ。それがどうかしたの?」

 

 ミミロルはトレーナーに懐いていると進化するポケモンの一体である。つまり、トツカにミミロップが懐いていないということはないのだ。進化してトレーナーの実力が追いついていないのか力の使い方が上手くできないのか、たぶんそこら辺が態度に表れているのかもしれない。だけど、それは冷たい態度だけを取っていればの話。だが、このミミロップはちょっと違うような気がする。

 一見冷たい態度を取っているようにも見えるが、頭を撫でられても嫌がらないし、逆に嬉しそうなまである。

 

「ちなみにメス?」

「メスだよ」

 

 んー、これは俗に言う人間で言うところのアレなのではないだろうか。

 

「……………ツンデレ」

 

 言った途端にとびひざげりが飛んできた。

 避けようとしたが、体が思うようには動かず諸に蹴り飛ばされ、「ぐえっ!」という声とともに強い衝撃が背中を打ち付けた。

 仰ぎ見る天井は白くはなく、黒かった。というか、

 

「………黒のレース…………」

 

 見てはいけないもののような気がした。

 が、遅かった。

 

「………バカじゃないの」

 

 青みがかかった黒髪の美人に一瞥された。

 ふぇぇ、めっちゃ怖いよぉ。

 このままずかずかと蹴られてもおかしくない。

 が、そのまま何事もなく去ってしまった。

 た、助かった……………。

 

「さて、あそこにいる変態は置いていきましょう」

「ヒッキーマジキモい」

「お兄ちゃん、そんなに溜まってたんだね」

「あはははー」

「ハチマンばっかりズルいぞ!」

 

 ここにイッシキがいなくて本当に良かった。

 あいつがいたら絶対「もう、先輩。そんなに見たいなら私のを見せてあげますよぅ。お金取りますけど」とか言ってきそうで怖い。何が怖いってそれに従ったら女性陣にボコボコ、従わなくてもさらなる女性陣からの一方的な言葉の暴力が飛んで来るんだ。終わりしか目に見えない。

 

 あ? ザイモクザ?

 あいつはみんなに白けた目で見られてたぞ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 コマチはお友達がカロスに来ているという連絡があったため、その子に会いに行った。

 コマチがいないので先を行くわけにも行かず、今日は自由行動となった。ユキノシタはユイガハマと6番道路に行き、トツカはザイモクザを引き連れてバトルしに行った。俺はというと木陰でトツカたちのバトルの様子をケロマツと同じ体勢で寝そべって見ている。

 

「ふぅ、ザイモクザくん。ちょっと休憩しよっか」

「うむ」

 

 捕まえたばかりのホルビーとミミロップのバトルを終えると俺の方へとやってきた。まあ日陰はここしかないからな。

 寝そべっていた体を起こして席を作る。

 

「どうだった。ホルビーとミミロップ」

「ああ、ホルビーは技以外にも耳を応用したバトルを組み込むのもありだろうな。ミミロップは…………本来の実力を発揮できていないような………押さえつけているような、なんかそんな感じがする」

「そっか………」

 

 トツカは左側にいたミミロップの頭を撫でた。

 

「どうしたらいいのかな………」

 

 本気で悩むトツカ。

 可愛いけどこんな顔を見たいわけではない。やっぱりトツカには笑顔が一番だ。

 

「なあ、一つ聞きたいんだが、ミミロップのそのネックレスって…………」

「ああ、これ? これはね、捕まえた時から大事そうにつけててさ。どんな時でも外そうとしないんだ。よっぽど大切なんだと思う」

 

 ふむ…………なるほどな。

 捕まえる前、野生の時からずっと大切にしてきたネックレス。

 あの中身は何が入っているんだろうか。

 

「これの中身って見たことあるか?」

「一度だけ見せてくれたことがあったよ。なんか石みたいだったんだけど、なんなのかは全くわからないんだ」

 

 石、ね…………。

 

「…………一つだけ、ミミロップの本来の実力を出させられるかもしれない方法を思いついたんだが。これはあくまでも可能性の話でしかないけど」

「え? そんなのあるの?!」

「ああ、やってみるしかないが、試してみる価値はあると思う。トツカ、とりあえず…………こいつを貸してやる」

 

 そう言って、俺はキーストーンを手渡した。

 

「キーストーン………? え? ま、まさかあの石ってメガストーンだったの!?」

「だからあくまでも可能性の話だ。俺はその石を見ていないし、たぶん見せてくれるとは思えない。だから、試しにメガシンカをやってみたらいいんじゃないか?」

「我が相手しよう」

 

 そう言うとザイモクザは剣のようなポケモンを出した。

 

「………なあ、ザイモクザ。ずっと思ってたんだが、そいつってポケモンか?」

「いかにも! 此奴はヒトツキ。とうけんポケモンと言われる刀ポケモンである! どうだ、かっこいいだろ。羨ましいか、羨ましいだろ! ハチマン!」

 

 うぜぇ。

 なにそのやっと聞いてくれました! って感じのノリ。鬱陶しいとしか言いようがないんだけど。

 

「………お前、自分でそいつをつかんで攻撃したいとか思って捕まえただろ」

「何を今更! だが、悲しいかな。此奴、柄を掴むと人間の魂を吸い取っていくのだ。だから無理なのだ!」

 

 あー、そう。

 それは残念だったね、ざまぁみろ。

 

「それに此奴ははがね・ゴーストという珍しいタイプの組み合わせでな。ノーマルタイプだろうがかくとうタイプだろうが、此奴にかなうものはいないのだっ!」

 

 確かにそれは厄介だな。

 はがねタイプだけでも硬いから焼くくらいが一番手っ取り早いんだが、ゴーストも付いてくるとなるといささか面倒なことになる。ゴーストタイプは自分の影に潜れる性質があるため、簡単に逃げられてしまうのだ。対処法としては影がないように仕向けるか、影に入る前に倒すか。あとは何処かの誰かさんみたいに影であろうと切り裂くか。ま、俺にはそんな芸当はできないんだが。というかあのイケメンが異常なだけだよな。

 

「つまり、ミミロップの攻撃は効かぬということである!」

 

 自信満々に胸を張っていうザイモクザ。

 どうやらカロスのポケモンみたいだし、ホロキャスターで検索にかけてみたら、案の定引っかかった。

 えっと、なになに………………とうけんポケモン。と、ここからの説明はザイモクザが言った通りなのか。んじゃ、特性は………。

 

「おい、ザイモクザ。そいつの特性ノーガードしかないぞ」

「なぬ!? それは一大事だぞ! ノーマル・かくとう以外の技のダメージは全部食らってしまうではないか!」

 

 知らなかったのかよ。

 捕まえるなら、それくらいのことは調べとけよ。先に捕まえたならなおさらだろ。

 

「まあ、ミミロップは基本的にノーマルタイプやかくとうタイプの技を覚えるからな。トツカ、他には何か覚えてるのか?」

「それはバトルを見てのお楽しみだよ。さあ、いくよミミロップ」

「いつでも来るがよい」

「メガシンカ!」

 

 トツカが虹色に輝くキーストーンを握り締めると、呼応するかのようにミミロップのネックレスが光りだした。その光はそのままミミロップを包み込んでいき、姿を変えていく。

 

「当たり、か………」

 

 昨日、ザイモクザから受け取ったメガシンカできる一覧にもミミロップの名は刻まれていた。だから、もしやとは思ったが、まさか本当にあのネックレスの中身がメガストーンだったとは。

 あの一覧表が本物だという証拠は得たわけだ。だが、ここに来て一つ問題が出てきた。俺以外にもメガシンカができるということはキーストーンがトツカの分も必要になってくるということだ。だけど、どうやってキーストーンを見つけ出せばいいのだろうか。現在持っている人から譲り受けるなんてことは期待しない方がいいだろう。そんな心優しい人間がいるわけがない。逆に、渡されたら万々歳ではあるが、危機管理が悪すぎると思ってしまうわけだ。あとはそれが偽物だったり、金を取られたり………要は詐欺に遭う可能性もある。博士がメガシンカを提唱した以上、一般人へに知識の伝達もさながらそれを悪用するケースも出てくるはずだ。今はまだそんな話を聞いてはいないが、俺の耳に入ってこないだけで実際には詐欺被害が起きているんじゃないだろうか。どこに行ってもそういう輩は消えはしないからな。

 

「ミミロップ、ほのおのパンチ」

 

 早速、弱点を突いてきたか。

 ミミロップは駆け出すと拳に炎をまとい、ヒトツキへ突き出す。

 

「てっぺき!」

 

 対してザイモクザはヒトツキの防御を上げることで特性のノーカードで受けてしまうダメージを軽減。

 

「きりさく!」

 

 受け止めた後はくるっと翻り、鞘を柄から伸びる青くて長い布で引っこ抜き、ミミロップを切り裂いた。

 地面を滑るようにミミロップはトツカの元へと戻っていく。

 

「シャドーボール」

 

 滑りながら黒と紫が混じり合ったような禍々しい色の球体を作り出し、踏み込んでヒトツキへと投げ込んだ。

 

「影に入れ!」

 

 ぬっと現れた黒い影の中に身を潜めていく。

 トツカはミミロップに命令を出そうとしたが、距離があったため断念した。

 

「………集中して。必ず来るから」

 

 シーンと静まり返る。

 雲の流れる音だけが盛大に聞こえてくる。

 

「つばめがえし!」

 

 音もなくミミロップの背後の影から出てきたヒトツキは剣の部分が白く光っていた。

 

「後ろからきたーー」

「ミッ!」

 

 気配を感じていたのかトツカが言い終わる前に動き出した。

 出した技はとびひざげり。

 ヒトツキの特性により出した技は当たりやすくなっているが、効かない技はその影響下には置かれない。したがって、ミミロップのとびひざげりはヒトツキには効果がない。はずだった。

 

「ツキィッ!?」

 

 だが、ダメージが通った。

 ミミロップの特性はメロメロボディかぶきようだったはず。それがメガシンカして変わったということか。リザードンもXにしろYにしろ特性は変わった。ということは案外メガシンカすることで特性が変わるのは常なのかもしれない。

 

「ゴーストタイプにかくとう技が当たる特性か…………」

 

 ゴーストタイプに技が当てられる特性と言えば、確かきもったまなんてのがあったはず。覚えるポケモンも割とメスが多く、ガルーラやミルタンクなど。後はごく稀に他のポケモンが持ってたりするが、種族数は多くない。

 

「トツカ、今の特性はきもったまだ。ノーマルやかくとうタイプの技でもゴーストタイプに当てられる」

「………きもったまか………」

 

 ザイモクザが「えー」って顔をしているが、今はトツカの方が優先だ。頑張れトツカ。負けるなトツカ。

 

「もう一度、とびひざげり!」

「てっぺき!」

 

 段々と調子が出てきたのか動きに無駄がなくなってきた。

 身軽な動きで一気に距離を詰め、蹴りを出す。

 てっぺきが効いているはずであるがまるで効果が見受けられない。

 

「ツキィッ!?」

 

 耐えきれなくなり、ヒトツキは低い唸り声を上げながら突き飛ばされてしまった。

 あれはもう戦闘不能だろう。

 なるほど、確かに実力はあるみたいだな。

 だが、これはメガシンカをしての実力。

 これがミミロップの全力というのであれば、少し違うような気がする。

 

「…………ミミロップ……?」

 

 何か、ミミロップの異変に気がついたトツカが呼びかける。だが、反応はなく目つきも少し変わっているような気がする。

 ……………これは、あれか? 暴走か?

 そういや、あの博士もメガシンカをするときにはそれなりの覚悟が必要だとか言ってたな。それがこれにつながるということなのか?

 ということはこうなってしまったのも、メガシンカを提案した俺の責任というわけかよ。

 マジかよ。また暴走したポケモンを相手にしなきゃならねぇのか。そのうち仕事とかで入りそうで怖いな。暴走したポケモンの鎮静に駆り出されるとか、なんか嫌な仕事だな。

 

「ライ………」

「うおっ!? お、お前いきなり出てくるなよ。びっくりするだろ。心臓に悪いわ」

「…………ライ」

 

 あ、なんかちょっとしょぼくれた。

 うん、たぶん緊急事態ということで影の中から出てきたんだよな。

 

「しっかりして! ミミロップ!」

 

 虚ろな目でゆらりゆらりとトツカに近付いていくミミロップ。あれはもう強大な力に自我を持っていかれてるやつですね。ああ、なんかユキノシタのオーダイルを思い出すわ。あいつもげきりゅうに呑まれていたからな。今でこそちゃんとコントロールできているが、あのミミロップもメガシンカの力には気持ちでは受け入れられていても身体が受け入れきれていなかったわけだ。

 力がある生き物ってのも大変だな。

 

「あー、あの、なんつったっけ。ブラックホール? 的なあの黒い穴に取り込んで眠らせるやつ。あれでミミロップを眠らせてくれ。あ、間違ってもあいつの夢は食うなよ」

 

 折角出てきたので、たまには動いてもらうとしよう。

 奴がよく相手を眠らせるのに使う黒い影のような穴をミミロップの足元に作り出し、見事に嵌まった。

 

 ただの落とし穴じゃねぇか!

 

 しかもよく綺麗に落ちていったな。

 ある意味貴重な映像だぞ。

 くそっ、録画しておきたかった。

 

「ハ、ハチマン! ミミロップは!? ミミロップはどこに行ったの!?」

 

 急に穴に落ちたミミロップを探し求めるトツカ。

 このままにしておくのもなんだし、種明かしといきますか。

 

「出してやってくれ」

 

 半身だけを影から出している奴に指示を出す。まあ、別に俺のポケモンってわけじゃないんですけどね。なんかよく分かんねぇけど、俺の言うことを聞いてくれたりする。代価として俺の過去を夢として食っているようだけど、記憶を盗まれているため、実際にそうなのかすらもよくわからない。そもそもこいつが原因で昔のことを覚えていないのかも怪しいところではある。

 

「……………」

 

 無言で宙に再度穴を作り出し、ミミロップを抜き出した。

 深い眠りに陥ったミミロップはすでにメガシンカが解けている。

 

 さて、笛でも吹いて強制的に起こしますかね。

 

 リュックの中からモンスターボールの絵柄が刻まれたポケモンの笛を取り出す。

 特別勉強したわけではないが指が覚えているようで、今でも軽い手つきで笛の穴を抑えられるみたいだ。これなら問題ないだろう。

 口に当て、息を吹き込み、指で穴を押さえていく。

 

 パパパ〜プパパ〜〜、パパプパパ〜〜

 

 ぱちっとミミロップは目を覚ました。

 

「ミ………?」

 

 とりあえず目の前の状況がわからないという顔を浮かべるミミロップ。

 

「ミミロップ!」

「ミッッ!?」

 

 それを構わずトツカはミミロップに抱きついた。

 突然のことでミミロップも驚いているが、そこまで驚かなくてもいいだろって思った。というかトツカに抱きつかれるなんて羨ましい。あーあ、俺も抱きつかれたいなー。

 

「どうだ、ミミロップ」

 

 まあ、まずは目の前の案件から片付けていきますかね。抱きついてもらうのはまた今度してもらおう。二人きりの時に。永遠と。嫌われるかな………。

 

「今ので分かっただろ。勝てない相手に強さが欲しいと思うのはごく自然のことだが心と身体は別ものだ。心では割り切っていても身体は正直に答えを出してくる。もう一回、トツカと成長していった方が勝利が見えて来ると思うぞ」

 

 結局。

 ミミロップが暴走したのはメガシンカの重圧に体が耐えられなかったということだ。奴自身が自分の中に眠る新たな力を感じ取っていても、それを使いこなせるだけの器が完成しきっていなかったんだろう。オーダイルがげきりゅうに呑まれて暴走したのも根本的には同じことである。器が耐えきれなくて、精神世界まで侵食しにかかっただけのこと。

 

「ミー………」

 

 しょぼーんと俯くミミロップ。

 割と図星だったのだろう。

 ごめんな、別にきつく言うつもりはないんだぞ。

 

「ねえ、ミミロップ。もう一度、僕と、僕たちと一緒にジム戦を攻略しよう?」

 

 大天使様も大体の事情がつかめたのか笑顔で手を差し出している。

 守りたい、この笑顔。

 

「ミー………」

 

 ゆっくりと。

 トツカの方へと向くその顔には涙が浮かんでいた。

 ……………ポケモンって泣くんだな。意外と見るの初めてなんですけど。

 

「ね?」

 

 ポンポンっとトツカがミミロップの頭を撫でると堪えきれなくなったのかトツカに抱きついて泣き出した。

 そりゃ、もう今まで溜まっていたものを全て吐き出すかのような号泣で。

 

 うーん、やっぱりこいつツンデレだったか。

 

「ええ話やのう…………」

 

 あ、こいつの存在をすっかり忘れてたわ…………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ありがとう、ハチマン」

「いや、暴走したのだって元はと言えば俺のせいなんだし、気にするな」

 

 泣き疲れてトツカの膝で眠っているミミロップの頭を撫でながら言ってきた。

 

「博士から『メガシンカを使うときにはそれなりの覚悟が必要だ』って言われてたのを忘れてたんだ。その覚悟ってのがどんなものなのかは俺にもよくはわからなかったが、たぶん圧倒的な強さに呑み込まれないようなブレない心とかそういうことなんだろうな。そういう話を先に伝えておかなかった俺の責任なんだし、まあついでだついで。なんとなくミミロップが抱えてるものが見えたってだけのことだ。だから気にするな」

「ふふっ、やっぱりハチマンは優しいなー。………ホントはトレーナーの僕がちゃんと気付いてあげるべきだったんだよね」

「まあ、トツカのポケモンだしな。けど、お前には絶対に隠そうとしたってのもわかってやってくれ。こいつはお前にとことん懐いているみたいだし、心配かけたくなかったんだろ」

 

 全く、ツンデレにもほどがあるってもんだぜ。

 もう少し素直になれんのかね…………。

 

「うん、それはわかってるよ。ずっと部屋から出てこなかったのも負けたことを悩んでたんだろうからね」

「ああ」

 

 これで一件落着なのかね。

 災い転じて福となすとはよく言ったものだ。

 ミミロップの抱えてる悩みに気付かなかったら、ただの災いでしかなかったからな。

 

「………ねぇ、それよりさっきの黒いポケモンて……」

 

 なんて考えていたら、トツカが話を変えてきた。

 

「ああ、あいつか? 特に捕まえた記憶もなければいつからの付き合いなのかも分かんねぇんだけど、なんかいるんだよ。まあ、ぼっちはぼっちを引きつけるって昔からよく言うし、いいんじゃねぇの? 名前も知らんし、知ってることなんて人の夢を食う奴ってことくらいだし。あとさっきの黒い穴のような技が使えるってことくらいか」

 

 特に害は……………夢を食われる以外はないし、逆に結構助けられてるからな。

 

「え? 名前知らないの? 僕、シンオウ地方のポケモンについて調べてたときに見たことあるよ。確か名前はダークライ…………だったかな」

 

 ……………………………。

 

「え? なんだって、もう一度言ってくれ」

「だから、あのポケモンの名前って確かダークライって言ったはずだよ。写真付きの資料集で見たことあるもん。対となすクレセリアのことも書いてあったし」

 

 お、おう………………マジか。

 ここに来てまさかのあいつがダークライだったのか。

 た、確かによくよく考えてみれば、眠らせるわ、変な夢見せてくるわ、夢を食うわで、ダークライの特徴と合っているといえば合っているな…………。

 え? じゃあなにか? あの穴ってダークホールなのか?

 ………………黒い穴。ザイモクザ風に言えば暗黒の沈穴。うん、ダークホールだな…………。

 

「………………」

「ハチマン? 大丈夫?」

「あ、いや、すまん。ちょっと現実についていけなくなってたわ。………マジか……、俺って変なポケモンに囲われすぎだろ…………」

 

 ロケット団に作られたポケモンといい、ダークライといいなんで俺のとこに寄ってくるのかね………。

 俺はもう少し平和に暮らしたいんじゃー。

 

『諦めろ』

 

 うっさいっ!

 お前も名前知らなかったくせに!

 

『何を言う。一度は目にしている』

 

 それが俺の役に立ってないから言ってるんだろうが。

 

「あれ? ハチマン、お主今頃気付いたのか? 我は前から気付いておったぞ。まあ、ハチマンだし別にいても不思議ではなかったからな。これが他の奴ならば大問題ではあったが」

「ようし、ザイモクザ。とりあえず、一発殴っていいか」

「わ、悪かった。気付いていて何も言わなかった我が悪かったから! 痛いのはいやだーっ!」

 

 この後、ほんとに蹴ってやろうとしたがトツカに止められたので素直にやめた。

 トツカに感謝するんだな、ザイモクザ。



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21話

 男だけで午前中を過ごした後、昼すぎにユキノシタとユイガハマが帰ってきた。

 お目当てのポケモンを捕まえてきたのか、ホクホクした顔をしている。特にユキノシタ。いつもなら凍てつく視線を浴びせてくるはずなのに、なぜか笑顔なのである。逆にその笑顔が怖く見える俺はどうやらユキノシタに毒されてしまったらしい。恐怖も習慣付けば日常になるんだな。

 

「………ねぇ、ヒッキー、一体何があったの?」

 

 ユイガハマが目を見開いて唖然として見ているのはもちろんトツカに抱きつくミミロップの姿。

 いや、ほんと。

 昨日までツンツンしていたのに、今日になってデレデレしていたら驚くのも無理はないな。状況を知っている俺ですら、ちょっと唖然としているくらいだし。

 トツカのこと好きすぎでしょ。

 

「…………まるでヒキガヤ君ね」

 

 どっちが!?

 ねえ、どっちを指して言っているわけ!?

 

「まあ、いいわ。どうせヒキガヤ君が何かしたんでしょうし」

「いや、結果的に言えば俺がしたことになるけどよ。何だよ、そのいつもいつも俺が原因みたいな言い方」

「いえ、原因の方じゃなくて悩み解決の方だったのだけれど。そっちに解釈してしまうなんてまるで本当にやってしまったことがあるように聞こえるのだけれど」

「ねぇよ! 全く、これぽっちもねぇよ!」

 

 うん、やっぱりいつものユキノシタでした。

 

「……それで、何か捕まえたんだろ」

「うん! あたしはこの子を捕まえたの!」

 

 聞くとユイガハマがボールからポケモンを出した。

 

「ドーブルってお前………………」

 

 何初めて捕まえたポケモンが上級者向けのポケモンなんだよ。もう少し無難なのは捕まえられなかったのか? あ、それとも捕まえられないから…………。

 

「ああ、そういうことか。ドーブルが絵を描いてるのを褒めたら気を良くしたドーブルがいろんなもん描き始めて、つい仲良くなってしまったから連れてきたとかそんな感じか」

「なんで分かるしっ! まさか影から見てたとかそんなんじゃないよねっ!? ヒッキーストーカー?」

「アホか。そもそもお前がポケモンを捕まえられるとは思ってないから、そういう推測になっただけだ」

「それはそれでひどくないっ!? あたしも自分で捕まえられるし!」

 

 癇癪を起こすユイガハマであるが、本当のことだから仕方ないだろ………。

 

「もう、ヒッキーはデリカシーなさすぎ!」

「や、今のはデリカシーとか関係ないだろ…………」

 

 きゃんきゃん騒ぐ姿がまるでポチエナのようだった。今は進化してグラエナになったけどな。

 

「あれ? ユキノシタさんは捕まえてこなかったの?」

 

 トツカが疑問に思ったのか会話に加わってきた。

 

「いやいや、トツカよ。帰ってきた時のこいつのホクホクした笑顔を見ただろ。あれは間違いなくポケモンを、しかもお目当てのポケモンを捕まえたに違いない。しかも行ってきたのが6番道路だろ。なら、もう捕まえたポケモンは二つに一つしかないわけだ。ニャスパー、あるいはニャオニクス。だろ?」

 

 もうね。

 ユキノシタが6番道路に行くって言い出した時にはすでにピンときてましたよ。いつもカマクラを見る目が物欲しそうというか、自分も捕まえたさそうな顔をしているのだ。そして、ここに来てニャスパー・ニャオニクスが生息していると言われている6番道路に行くって言うんだから、もう捕まえに行くんだろってしか思わないっての。

 

「き、気持ち悪いくらい当たってて気持ち悪いわ。あと気持ち悪い」

 

 両手で体を抱き、後ずさりを見せるユキノシタ。

 ねえ、なんで気持ち悪いを三回も言ったの?

 二回までは文脈として成立してるからいいけど、最後のはいらないよね?

 

「はあ…………、ほらこの子よ」

 

 右手の親指と人差し指でこめかみを押さえてため息を吐いたかと思うと、ボールから新顔を出してきた。

 

「なんだ、ニャオニクスの方か。しかも白いってことはメスの方か」

「ええ、捕まえる時にバトルしてたら進化してね」

「ニャーォ」

 

 カマクラとはまた違った高い声で鳴く。

 あいつみたいに攻撃してこないよな。

 試しに手を出してみると、

 

「……………」

 

 無視された。

 攻撃されるのも辛いが無視されるというのもなかなか辛いものだな…………。

 

「……よかった。この子はあなたに毒されることはなさそうね」

 

 まるで俺を病原菌みたいに言わないでもらえます?

 ヒキガヤ菌とかどんな菌だよ。

 

「………トツカ、泣いていいか?」

「泣くほどだったの!?」

 

 別に泣くほど悲しいわけではないが、ただトツカに抱きついて癒してもらおうと思っただけです。

 でもその後でユキノシタかユキメノコにボロクソにされそうだけど。

 

「…………それで、ユイガハマ。今回はまともな名前にしたんだろうな。まさか尻尾の先の液体と体毛の境目がマーブル模様に混ざって見えるからって理由でマーブルなんて名前はつけてないだろうな」

「…………………ゆきのん、ヒッキーって実はエスパータイプのポケモンだったりするの?」

 

 おい、そこのアホの子。

 聞こえてんぞ。

 

「そうだったらまだ納得がいくのだけれど。残念ながらあれでも人間よ」

 

 こっちはこっちで超失礼だな。

 そんなに俺を人間として認めたくないのかよ。

 

「認めたくないのではなくて、普通の人間には見えないからよ」

「よっぽどお前の方がエスパータイプのポケモンだよな」

 

 人の心を読んで会話ができるとかテレパシーでも使ってんじゃねーの。

 

「あなた、捻くれてる割には単純だから、顔によく出てるのよ」

 

 それは漫画みたいに文字が浮き上がってくるとかじゃないですよね。

 

「………そんなに顔に出るもんか?」

「あはは、ハチマンは結構顔に出てたりするよ。僕は表情で分かるなー」

 

 なるほど。

 俺の表情というものはいたって単純ということなのか。

 表情に単純も複雑もあるかって話だが。

 

「今だって自分の表情というものを初めて理解したって感じだし」

 

 確かに。

 トツカが俺の心を読めるということはそういうことでいいのだろう。

 あ、ならもっと俺の奥深くまで読んでくれないかなー。トツカへの愛とか。

 

「また邪な考えをしているみたいね。そろそろ成敗してあげようかしら」

「あははははー……………」

 

 本気でやりそうな目をしているユキノシタと苦笑いを浮かべるトツカ。

 どうやら、俺の人権はここにはないに等しいようです。

 

「……………早く帰ってきてくれ、コマチ………」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「コマチ、ただいま戻りました!」

 

 夕方。

 やっとコマチが帰ってきた。

 帰ってきて早々敬礼なんかしちゃってるけど、今の俺はそんなのがどうでもよくなるくらいボロボロである。主に精神的に。

 

「およ、お兄ちゃん。今日は一段と目が腐ってるね。どったの?」

 

 いろいろあったんだよ、いろいろと。

 ミミロップがツンデレだったり、トツカにあの影の正体を突き止められるし、ユイガハマがまた変な名前をポケモンに付けたり、ユキノシタが機嫌よくて気持ち悪いし。

 

「コマチがいなくて寂しかったんだよ」

「なーに、変なこと言ってるのさ。それより今日はお客さん連れてきたから」

「は? 客?」

「うん、今日はコマチのお友達の相談に乗っててさ。そしたらコマチたちの手には負えないような案件だったので、お兄ちゃんに横流ししちゃおうと思いついた次第であります」

「コマチの手に負えんもんを俺がどうにかできるわけがないだろ」

「そこはお兄ちゃんの力の見せ所だよ。お願い、お兄ちゃん。コマチを助けて」

「よし分かった。コマチのお願いとくればなんでも叶えてやろう」

 

 胸をどーんと叩くと後ろから冷たい声がした。

 

「いいようにこき使われてるわね」

「ヒッキーはああでも言わないと動かないしねー」

 

 気づかないようにしてんだから口にしないでくれないかね。

 

「じゃーん。コマチのお友達のカワサキタイシ君です!」

 

 二人の罵倒を綺麗に流し、コマチがお友達の紹介をする。

 

「か、カワサキタイシっす。よろしくお願いするっす、お兄さん」

「お前に妹はやらん!」

 

 あ、つい反射で口が動いちゃった。

 というかコマチちゃん? お友達が男子だなんて聞いてないんだけど。

 

「言ってないもん」

 

 あ、ここにもいたよね、人の心を読めるやつ。

 

「元いた場所に返してきなさい」

「ひどいっす、お兄さん。俺は捨てられたポケモンじゃないっすよ!」

 

 まあ、これだけのやりとりでこのカワサキタイシ君の扱いは理解したぞ。

 

「それでコマチ。相談てのはなんなんだ?」

「タイシ君のお姉さんが不良化しちゃったんだって」

「不良ねー」

「とりあえず、こっちで話さないかしら」

 

 ユキノシタがソファーの方を示してきたので俺たちは移動した。

 よっこらせと座ったら、ユイガハマにジジ臭いと言われた。

 悪かったな、最近運動不足なんだよ。

 

「それで不良したってのはどういうことなんだ?」

「そ、その……………一昨日のことなんすけど、たまたま昼間に妹たちと姉ちゃんが出かけてて俺だけがポケモンセンターにいた時に、ガラの悪そうないかにも不良って感じの人に声をかけられて、『今度はマーショネスのお前とやりたいって姉貴に伝えておいてくれ』って言われて」

「姉というのは」

「あ、カワサキサキっていうんす。確か同級生にユキノシタユキノとかハヤマハヤトって人がいたはずっすよ」

 

 …………………………。

 俺たちは顔を見合わせた。

 

「たははー、自己紹介がまだだったね。あたしはユイガハマユイって言います。よろしくね」

「僕はトツカサイカだよ」

 

 そして最後。

 

「ユキノシタユキノです」

 

 …………………………。

 再び沈黙が走った。

 他にあるのはトツカとユイガハマの苦笑いだけ。

 

「……ええっ!? ほ、ほんものっすか!?」

 

 目をぱちくりとさせるタイシの時間がようやく戻り動き出した。

 

「ここで名前を偽る道理はないわ」

「マジすか…………」

 

 ユキノシタの正体に慄くタイシ。

 なんか弱っちいやつみたいに見えてくるな。

 

「たぶん、同じクラスのカワサキさんでいいんだよね。ちょっと青みのかかった黒髪の」

「そうっすそうっすそれっす」

 

 っすっすっす、うるさいっす。

 やだ、もう既に感染しちゃってるよ。

 

「それなら昨日見たのがカワサキさんだったんだね」

「確かに、言われてみれば面影はあったわね」

 

 え? なんでみんなそんなに覚えてんの?

 俺全く想像できないんだけど。

 

「………ヒッキー、昨日女の人のパンツ見たでしょ」

「え? なに? なんで今ここでその話をするわけ? 見たくて見たんじゃないからな。あれは不可抗力だ。あそこに俺の意図は全くない」

「じゃなくて。や、そこも問いただしたいところだけど。そうじゃなくて。昨日の女の人がカワサキさんだよってこと!」

 

 …………そういや、確かあの黒のレースも青みがかかった黒髪だったな。

 あー、あれがタイシの姉というわけか。

 似てねぇな。

 

「……………あったぞ、ハチマン」

「あ、悪い。お前の存在また忘れてたわ」

 

 ちょっと最近空気すぎじゃありませんか、ザイモクザよ。

 自己紹介すら加わってこないとかどこの俺だよ。俺かよ。

 

「けぷこん。マーショネスで検索にかけてみたら、バトルシャトーというものが引っかかったぞ。恐らく、ここに通ってるとかそういう類の話ではないだろうか」

「何やるところなんだ? バトルが付くくらいだからポケモンバトルをやるところなんだろうが」

「むろん、バトル施設である。だが、古来の仕来りに則り爵位制度が設けられているようであるな」

 

 爵位制度か。

 やはり王族とかが存在していたのだろうか。

 漫画に出てくるような貴族や王族の存在があったとすれば、城があるのも頷ける。

 

「どこにあるんだよ、そのバトルシャトーってのは」

「どうやらコボクタウンからは近いようだな。7番道路の川沿いにあるみたいだな」

「………なあ、他にカワサキの変化とかはあるのか」

「………夜になると姿がなかったりするのもここ最近の話っすね」

「夜に外出か。いつ頃コボクに来たんだ」

「コボクに来たのは一週間前くらいっすけど、カロスに来てから姉ちゃん、こんな感じで」

「コボクに来る前は?」

「ミアレシティで旅の準備やらをしたり、ハクダンジムにも行ったっす。元々は俺の旅だったんすけど、心配だからって妹たちも連れて付いてきたんすよ。両親は共働きで帰りは遅いし、かといって姉ちゃん以外に妹たちの面倒見れる人もいなくてそれで……………。だから、姉ちゃんが不良になるとは思えないんす」

 

 ふむ。

 まあ確かにそれだけ下の兄妹の面倒を見ていて、心配だからってついてくるんじゃ、不良になるとは思えんな。面倒を見るのに疲れてストレスが溜まってるとかならまだわかるが、そんな奴がいい歳した弟の旅についてくるとは思えない。まるでどっかの誰かさんみたいだよな、この話。

 

「それに姉ちゃんは昔は結構、大会とにも参加してたみたいで。スクールにいた頃にも色々と大会に出たりして、バトルの経験を培ってたっす。卒業してからもそれは変わらなかったんすけど」

「カロスに来てから変わったと」

「はい………」

 

 なるほどなー。

 まあ、なんとなく見えてきたような気もするけど。

 結構無茶する奴だなー。

 

「ま、明日バトルシャトーに行って確かめてみるかね」

 

 バトルシャトーってのがどんなとこなのか気にもなるし。

 

「…………ねえ、爵位制度があるようなバトル施設にドレスコードとかはないのかしら…………………」

 

 ……………………………。

 

「………無駄な出費がかさむ……………」

 

 親父のスーツでも持って来ればよかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 コボクに来てから二回目の朝。

 急遽、リザードンに乗ってミアレシティに帰ってきていた。

 本当は一人で来るつもりだったんだが、ユキノシタが「コミュ障のあなたが一人で行くのは心配だわ」と言い出し、ユイガハマが「だったら、あたしも行く!」って言い出したので、仲良くクレセリアに相乗りしてついてきている。

 向かうのはプランタンアベニューにあるブティック「メゾン・ド・ポルテ」。

 女子人曰く、高級感溢れる店らしい。

 そんな高そうなところに連れてこられているわけだが、果たしてユイガハマは大丈夫なのだろうか。主に支払いが。

 ユキノシタは金持ちそうだからいいけど、ユイガハマとか俺みたいに超一般人じゃん? 金とか絶対なさそうだよなー。こいつ絶対一桁くらい金額予想間違えてそうだし。

 

「ああー、たのしみだなー。コマチちゃんがどうぞ兄に奢ってもらってきてください、って言ってたからなー。ヒッキーに初めて奢ってもらうのがこんな高級な店になるなんて…………考えただけで」

「あ、俺用事思い出したから帰るわ」

 

 なんか不穏な言葉が聞こえてきたから、帰ろう。

 

「あら、どこに行こうってのかしら、オゴリガヤ君」

 

 ユキノシタとユキメノコに捕まりました。

 ちょ、二人で押さえつけるとかずるくない?

 それ数の暴力って言うんだぞ!

 

「や、だってなんで俺がユイガハマに奢らねぇとなんねぇんだよ」

 

 ようやく見つけた店を背後に、

 

「しかももうこんな見るからに高そうな店じゃねぇか。どんな錬金術使おうが俺の財産が一瞬で吹っ飛ぶわ」

 

 喚いてやった。

 

「はあ……………それでも男なのかしら」

「残念なことにこれでも男なんだよな」

「甲斐性のない男ね。他に使い道があるわけでもないのに」

「アホ、この旅ですでにコマチと俺の生活資金として現在進行形で減ってってるわ」

「それ以上に入ってるくせに」

「それはお前も一緒だろうが」

「あなたよりは少ないわよ」

「貯めるに越したことはないだろ」

「こんな高級なお店でユイガハマさんが払えるわけないじゃない」

「なにいきなりごもっともなこと言ってんの……………」

「仕方ないじゃない。彼女は一般市民なのよ」

「俺も一般市民だけどな………」

「あなたは特殊なケースだから当てはまらないわ」

 

 やだこの子。

 俺がなに言っても返してきちゃうよ。

 

「うわーんっ! 分かったよ! ママにお願いして自分で買うから〜。だから揉めないで〜」

 

 先に根をあげたのはユイガハマだった。

 一言もやり取りに加わってこなかったけどな。

 

「はあ……………ったく、分かったよ。出せばいいんだろ。その代わりユキノシタ。お前も半額出せ。それでいいな」

「仕方ないわね」

 

 というわけで店に入りました。入っちゃいました。

 

「いらっしゃいませ。今日は何かお探しでしょうか、ユキノシタ様」

「今日はバトルシャトー用の見繕いに来たのだけれど」

「かしこまりました」

 

 ……………………。

 え? なにこいつ?

 ここの常連なの?

 

「…………そもそもこの店にあなただけで入ることは不可能よ。それなりに段階を踏んで認められなければ入ることはできないわ」

 

 マジかよ…………。

 ユイガハマも「うわー、きれー」って目を輝かせてるけど、本当に大丈夫なのかよこの店。ちょっと値段でも見てみようかね。

 

「………………」

 

 ごめん。

 俺も予想金額一桁間違えてたわ。

 え? マジなんなんこの値段。

 高級とか通り越して、ぶっ飛びすぎだろ。スーツの上下で30万越え。さらに靴も合わせたら40いくぞ。

 

「…………………」

「ね、だから言ったでしょ。段階を踏まなければ入れないような店なのよ」

 

 表示価格にぶっ飛んでいるとニヤッと笑みを浮かべるユキノシタが顔を出してきた。

 

「ねえ、もう少し抑えたところとかなかったわけ」

「あるにはあるけど、私ここがお気に入りなのよ」

「もう少し俺の財布のことも気にしてくれませんかね……………」

「お待たせしました。それではこちらへ」

 

 準備が整ったようでフィッティングルームへと連れて行かれた。

 

 

 着せ替え人形のように色々と着させられること一時間。かかりすぎじゃね?

 ようやく、俺に似合うものを決められたようだ。

 もうね、金額とどうでもよくなったわ……………。

 

「………ヒッキー………………」

 

 ちょうどユイガハマたちの方も終わったのか、フィッティングルームから出てきた。

 

「……………………………」

「どうかしたかしら?」

 

 ユキノシタが見上げるように俺の顔を覗いてくる。

 

「うっ………………」

 

 ヤバい。

 なにがヤバいって不覚にも二人に見惚れちまった…………。

 ユイガハマは赤色を基調としたドレスに身を包み、いつもはお団子頭にしている髪を珍しく下ろしていた。

 対するユキノシタは青を基調としたドレスに髪をアップにしてポニーテールにしているという何とも対照的な二人の姿に言葉を失ってしまった。

 

「どう、かな……………」

 

 ちょっと恥ずかしがるように俺に聞いてくるユイガハマ。

 あの、今この状況で聞かないでくれませんかね。

 うまく言葉が出てこないんですけど。

 

「お、おう………その、いいんじゃねぇの……………?」

「そ、そうかな…………ありがと……………」

 

 髪型も相まってしおらしくしているユイガハマがいつにもまして可愛く見えてしまった。中身アホなのに。

 

「全く、もう少し気が利いたセリフは言えないのかしら。この男は」

「あ、や、その…………」

 

 睨めつけてくるユキノシタに思わずたじろいでしまう。

 

「ま、その反応からして体は正直なようだし、及第点ってことにしておいてあげるわ」

 

 あ、はい、ありがとうございます。

 

「でもやっぱりあなたの言葉として聞きたいと思ってしまうのも女心というものよ。覚えておきなさい」

 

 

 この後、三人の合計金額が100を超えたのにはさすがの俺も意識を失いそうだった…………。

 しかもなに涼しい顔で黒いカード出してまとめて支払ってんだよ、ユキノシタ。

 

「後で半額を現金でちょうだいね」

 

 こいつ、やっぱり金持ちのお嬢様なんだな……………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「はあ……………疲れた…………」

 

 店を出てから急いで金をおろして、ユキノシタに渡した。

 ちゃっかり二回確かめてから自分のところに入れてたけど。

 

「あ、おかえりお兄ちゃん」

 

 てててと駆け寄ってくるコマチ。

 はわー、なんか日常に戻ったようで安心するわ。

 

「おかえり、ハチマン」

 

 トツカ…………………。

 あ、なんか目から汗が滲み出てきたぞ。

 

「ちょ、お兄ちゃん。いきなりなに泣き出してんのさ」

「や、なんか日常に帰ってきたなーと」

「そんなにすごい店だったの!?」

「主に金額が………………」

「あー…………」

 

 コマチも理解したようで苦笑いを浮かべる。

 

「なあ、やっぱりユイガハマがついてくる意味ないんじゃねぇの」

「いやー、お兄ちゃんとユキノさんだけじゃ心許ないというか、喧嘩腰にしかならなさそうだし」

 

 まあ、ユキノシタのいつもの態度からすれば無理はないけど。

 

「だからってなんでユイガハマなんだよ」

 

 トツカとかでもよくね?

 

「ユキノさんもユイさんには弱いから………」

 

 あー、そういうこと。

 つまり、ユキノシタが暴走しようがユイガハマがいればそれも抑えられると言いたいのか。

 

「で、いつ行くの?」

「タイシが夜にいなくなるってんだから夜行くしかないだろ。けど、どうもちょっと距離があるみたいだし、先に近くまで行っておいた方がいいかもな」

「なら、また野宿?」

「準備だけはしといた方がいいかもな」

「うへー、野宿もいいけどやっぱりベットで寝たいよー」

 

 ユイガハマが萎れていくが、まあ行ってからどうなるかは分からないのだから仕方ないよな。

 

「別にそうとも限らんだろ。相談に乗ってしまった以上、何らかの結果は残さねぇとスッキリしないんだし、それまではコボクにいることになる」

「律儀に仕事をしてしまうお兄ちゃんはコマチ的にポイント高いよ」

「コマチのお願いだから仕方ない」

 

 そう、あくまでこれはコマチのお願いだから仕方ないのだ。

 なんて言ってると社畜精神が養われていくんだろうなー。

 

「では、ドレスの方は今日の夕方にバトルシャトーに着くように手配してあるし、早く向かうとしましょうか」

 

 いつもの髪型に戻っているユキノシタがそう言う。

 

「……………何かしら、その危ない目は」

「え? あ、や、べ、別に。………決して髪が戻ってるから写真にでもとっておけばよかったかなーとかそんなことは一切考えてないからな」

 

 うそ。

 思いっきり考えてました。

 いやー、だって意外と俺が見てるのっていつも通りに整えた後の女子陣だし、やっぱ髪型違うってのは珍しいからもう一回見たいとか思うじゃん?

 

「おーおー、着々と侵食されて行ってますなー、お兄ちゃん」

 

 ニヤリとした不敵な笑みを浮かべるコマチ。

 

「うぜぇ」

 

 思わず、口に出てしまった。

 いくら可愛い妹だからこういう時のコマチはほんとに面倒だから。碌なこと企んでないし。

 

「へー、ヒッキーって意外と女子の髪型とか見てるんだー。下ろした時のあたしの髪型どうだった?」

 

 とっても笑顔なユイガハマがすっごく怖い。

 だって、何を口にしても爆弾にしかならなさそうなんだもの。

 

「え、あ、や、その悪くはないんじゃないか」

「ぶー、さっきと同じこと言ってるー。もう少し気の利いたセリフくらい言ってよー」

「俺にそんな高度なテクを求めるな。そういうのはハヤマに頼め」

「逆にあなたがハヤマくんみたいなセリフ言った場合には、確実に医者に診てもらうようにするから安心しなさい」

「最もなこと言ってますけど、暗に俺をディスってるだけだよね」

 

 俺がハヤマみたいなセリフを言ったらそんなにおかしいのかよ。言わないけど、言えませんけども!

 

「あら、ハヤマくんみたいなセリフを言っている自分を想像できるのかしら?」

「…………………気持ち悪いですね、はい……………」

 

 言われて想像しちゃったけど、まるで俺ではないな。ただの気持ち悪い生き物でしかない。特に目とかが怪しさを引き立たせていて、背筋に電気が走ったくらいだ。あ、これはただのユキメノコが何の前触れもなく抱きついてきただけですね。

 

「あの…………ユキメノコさんや。離れてくれやしませんかね」

「メノ?」

「え? や、だからお前の体って冷たいから体が冷えるんだよ」

「メノメノ〜」

「あ、こら擦り付いてくんな。せめてもう少し暑くなってからにしてくれ!」

「ドー」

 

 え? 何この火の玉。

 温かいけど、なんか怖い。

 やっぱ背中が寒いからかね。

 

「いや、ドーブル。気持ちは嬉しいがそれなら後ろのユキメノコを引き離しれくれた方がもっと嬉しんだけど」

 

 真昼間からおにび出すなよ。いや、夜はさらに怖いけどさ。

 

「ドー?」

 

 あれ?

 こいつアホなのか?

 やっぱりユイガハマがトレーナーってだけはあるな。

 

「あーもー、こうなったら俺ごとダークホール!」

 

 たぶん、いるであろうダークライにお願いをしてみる。一応言うことは聞いてくれるし、勝手に夢食うし、俺に遠慮はないはず。だから、使ってくれるよね。

 

「お、」

 

 足元に黒い穴ができ、ユキメノコ共々落ちた。

 

 

 ちょっと長めのオフいただきまーす。おやすみなさーい。

 

 

 なんてセリフが頭を過ぎるとか、冷静すぎんだろ俺。

 




次回からトレーナーズスクール編を二話やります。

まだ卒業まではいかないですけど、あらすじ程度には最後まで出来ているので、卒業するのを気長に待っててください。


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22話

 強い衝撃に襲われ目が覚めた。

 おい、途中で起こすなよ。

 続きがすげぇ気になるんだけど!

 いや、でもほんとヒラツカ先生はまんまだったな。

 というか俺、何先生を挑発しちゃってるわけ。

 子供って怖いもの知らずだけど、俺もその一人だったとは……………。

 

「いつまで寝ているのかしら、この男は」

 

 なんか上の方からユキノシタの声が聞こえてくるんだけど。

 

「仕方ないわね。ユキメノコ、もう一度めざましビンタ」

「メノ」

 

 ん?

 ユキメノコ?

 めざましビンタ?

 

 ………………。

 

「待て待て待て待てっ! 起きた、今起きたから!」

 

 ようやく覚醒した頭でやっと理解した。

 強い衝撃ってユキメノコのめざましビンタだったのかよ。

 これじゃ、落ち落ち寝てられもせんな。

 

「あら、ようやく起きたのね。起きて早々なのだけれど、あのダークライは何なのかとかいろいろ聞きたいことは山ほどあるのだけれど。とりあえず、アレを見なさい」

 

 ふぅ、とため息を吐くユキノシタが指を指している方に何か問題があるらしく見ようと体を動かしたら、地面に落ちた。

 

「いでっ! なん、え? あ、リザードンの背中にいたのね」

 

 どうやら眠りこけた俺をリザードンが運んできたらしい。勝手に出てきたのか、ユキノシタたちにボールから出されたのかはわからないが、お手数おかけしました………。

 

「悪いな、で………ここどこ?」

 

 リザードンの背中を手すり代わりにして立ち上がると見たことのない風景がそこにはあった。いや、まあ、都会じゃなければどこに行こうが似たような風景なんですけどね。

 

「7番道路よ。で、問題はアレ」

 

 もう一度指をさすので今度こそしっかりと目を向ける。

 

「…………気持ちよさそうだな」

「あ、ヒッキー起きたんだ」

 

 ぼそっと言ったはずなんだが、問題のアレの側で観察していたユイガハマに聞こえてしまったらしい。体をこっちに向ける彼女の腕にはケロマツが抱えられていた。

 俺が寝ている間はあいつの腕の中で運ばれていたようで。だが、あいつは今絶対に起きている。何ならあの大きなお胸様を頭で堪能しているはずだ。あいつはそういう奴だ。ぬかりなくやるはず。

 

「……………ねえ、ヒキガヤくん。その発言はあのカビゴンに対してなのかしら? それともケロマツに対してなのかしら?」

 

 返す言葉によって、どうやら俺は処刑されてしまうらしい。

 

「んなもん、カビゴン………に決まっ、て………………るじょ………」

 

 にしてもケロマツが羨まけしからんな。

 

「ユキメノコ、しばらくヒキガヤ君を好きにしてていいわよ」

 

 ちょ、ちゃんと答えたじゃねぇか。

 いや、噛んだけどさ。見てたけどさ。

 いいじゃん、見るくらい。あんなに強調されてたら目が行くのも仕方ないだろ。

 

「あ、お兄ちゃん。やっと起きたんだ」

 

 ユキメノコとイチャコラさせられてるとコマチとトツカとついでにザイモクザが帰ってきた。

 え? どこ行ってたわけ?

 

「………やっぱり、パルファム宮殿の人にポケモンの笛を借りてくるしかないみたいですよ。よくこの時期はあの橋でカビゴンが寝るらしいんで、それを以前ならショボンヌ城の城主さんがポケモンの笛を吹いて起こしてたみたいです。ただ、今ではその笛がパルファム宮殿にあるらしく、借りてこないと起きないみたいですね」

 

 ポケモンの笛か。

 まあ、カビゴンを起こすのにはぴったりの道具だよな。

 というか俺も持ってたな。

 

「………ハチマン、どうかしたの?」

「要はカビゴンを起こして橋を渡ってこの先を行かなきゃならねぇんだよな。空から行けばいいのにとか思ったけど、たまには人助けでもしてみるかな、ってな」

 

 とか、さもいい人っぽいセリフを吐いて自分のリュックを漁る。

 たぶん、持ってきてるはずなんだけど…………お、あったあった。

 

「…………ねえ、それ」

「ん? ご所望の笛だけど?」

 

 モンスターボールの絵柄がついた笛を取り出すと、ユキノシタがジトーとした目で見てきた。

 

「………なんでお兄ちゃんが持ってるの?」

「俺がいつ持ってないなんて言ったよ」

「や、言ってないけどさ」

「そういえば、カントー地方にもカビゴンいるもんね。よく道路で寝てたりするし」

 

 あははーとトツカが思い出したように苦笑いを浮かべる。

 え? なにこの空気。

 俺が持ってるのがそんなにおかしいわけ?

 

「あー、とその前に。たぶん、あのカビゴン起きたら襲ってくるかもしれねぇから。バトルして追い返すことになると思うぞ」

「………ねえ、カビゴンって強いの?」

 

 気持ちよく橋の上で通せん坊をしているカビゴンを起こすと大体怒るからな。寝起きが悪いという奴か。いや、あいつ寝癖も悪いな。

 

「まあ、パワーはあるな。あとあの腹を見ろ。弾力性が抜群な気持ちよさそうな腹してるだろ。だから、耐久力もある」

「すなわち、バトルになると厄介なポケモンよ」

 

 あ、俺のセリフとるなよ。

 せっかくそこを言うために引っ張ったのに。

 ふふん、と鼻を鳴らすユキノシタが無性に腹立つな。

 

「よし、なら捕まえよう!」

「マジか?!」

「え? だって、ユキノさんもユイさんもトツカさんもおまけに中二さんも新しくポケモン捕まえてるんだよ。コマチも自分でポケモンを捕まえてみたいし、ちょうどいい機会じゃん」

 

 いや、うん、その通りなんだけどね。

 ポケモンとしては申し分ない強さを誇る奴だし、コマチにも是非そういう奴を仲間にしてもらいたいんだけどさ。

 なにぶん、食費がかかるのなんのって。

 前にオーキドのじーさんから聞いたことあるけど、赤い人がカビゴンを連れていて大会で優勝した賞金のほとんどがカビゴンの食費に当てられてるって話だぞ。それ思うと、なー。

 どうせ、俺の金で食うことになるだろうし…………。

 

「ダメ?」

 

 上目遣いとかやめろ!

 俺を落としにかかるな。

 そんなことをコマチにされたら断れなくなるだろうが。

 

「わかったよ…………。その代わり自分で捕まえろよ。俺はまともなポケモンを捕まえたことがないから何もできん」

「うん、わかった! あれ? でもお兄ちゃん。あの黒いポケモンはお兄ちゃんが捕まえてきたんじゃないの?」

 

 あの黒いポケモンとはダークライのことだろう。

 

「あいつは今でも野生のポケモンだ。よくわからんが俺の言うことを聞いてくれるんだよ。その分、夢とか記憶とかいろいろ食ってるみたいだけど」

「うぇ!? じゃあ、昔のこととか覚えてないわけ!?」

「主にスクール時代のことだな。どうもコマチとの思い出は覚えてるみたいだし、一応選んでいるみたいではあるぞ」

「………ほんと、お兄ちゃんって何者なの?」

「俺が聞きたいくらいだっつの………」

 

 でもまあ、まさかの正体がダークライみたいだし。付き合いも長いし、今更突き放すなんてことはできないんだよなー。

 等価交換ってことなのかね。

 夢と記憶を差し出す代わりに力を貸してくれるみたいな。

 あれ? なんかそんなことを言ったような気も……………。

 自分との出会いを忘れさせるとか、そんなに思い出して欲しくないのか?

 いや、でも最近じゃスクール時代のことを夢に出してくるし、さっきだってスクールの時のことを見せられたわけだし。

 ……………実は夢をあの穴の中に保存しておいて、それを見て楽しんでるとかないよな。それじゃ、どんなデータバンクだよって話だし。

 

「それじゃ、ユイガハマ! カビゴンから離れてろ!」

「はいはーいっ」

 

 カビゴンの腹をペチペチ叩いていたユイガハマが未だにケロマツを抱えたまま、俺たちのところに帰ってきた。怖いもの知らずにもほどがあるだろ。寝返り打たれただけで恐怖を覚えるってのに。

 

「んじゃ、吹くぞ」

 

 パパパ〜パパパ〜、パパパパパパ〜。

 

 吹き終わるとむくっとカビゴンが体を起こし始めた。

 どうでもいいけど久しぶりなのに指は覚えてるもんなんだな。ほんとどうでもいいわ。

 

「カメくん、行くよ!」

 

 大きなあくびをしてからこちらを睨んでくる。

 その目に俄然やる気を見せるゼニガメ。

 体がちょっと震えているのは果たしてどっちなんだろうな。

 短い足でドサドサ走ってくる巨体。腕を振りかぶってるのを見ると、あれはメガトンパンチだろうな。

 

「カメくん、からにこもる!」

 

 露出部を全て殻の中に引っ込めることで、防御に徹する。

 振り下ろされた拳は硬い甲羅を叩き、痛かったのかすぐに離した。なんなら摩ってるまである。そんなに痛かったのかよ。

 

「縦にこうそくスピン」

 

 甲羅に潜ったまま立ち、くるくると地面を回転し始める。器用に甲羅を縦にしてるし。

 さて、何を狙っているのやら。

 

「うおっ!」

 

 なんて見てたら、カビゴンが足踏みをして地面を揺らしてくる。じしんか。

 

「カ、カメくん、ジャンプしてロケットずつき!」

 

 よろけながらも命令を出す。

 ロケットずつきか。

 回転を加えることでさらに威力を高めようとしたのか。コンボ技にはならないが、回転することで威力は増すからな。俺だって、よくリザードンにドラゴンクローを回転させながら出させたし。

 

「早速、あなたを真似たというところかしらね」

 

 ユキノシタも同じことを思ったようで感心している。

 

「………ねえ、ヒッキー。あれ、進化じゃない」

 

 ユイガハマに言われてゼニガメを見ると白い光に包まれていた。

 進化だな。

 まさかとは思うけど、進化のタイミングまで合わせていたとかそんなんじゃないよな。

 

「カー、メッ!」

 

 大きくなった体でカビゴンの腹にずつきを構す。

 体が重くなったことで威力がさらに上がったのか、巨体が浮いた。

 だが、やはり巨体は巨体。カメールヘを進化した体を両腕で掴むと向きを変えてカメールを押しつぶすように地面に腹で着地した。

 のしかかり。

 言葉の通りのしかかって、押しつぶす技。たまに麻痺してしまったりする嫌な技。しかもあの巨体から繰り出されるのしかかりは致命傷でしかない。

 

「カメくん、はどうだんで打ち上げて!」

 

 ドンッ! とものすごい音とともに再度巨体が中に浮く。というか結構高くまで飛んでいく。

 

「カメくん戻って!」

 

 落ちてくる巨体を躱すためにカメールをボールへと戻す。

 

「今度はカーくんの出番だよ!」

 

 交代させる必要あるのか?

 カチッと開閉スイッチを押してニャオニクスを出す。

 

「サイコキネシスでボールをカビゴンに当てて」

 

 あ、こいつズルする気だ。

 自分で投げろよ。いい発想だけど。

 ズシンと地響きをさせて地面に叩きつけられた巨体にカマクラがサイコキネシスで空のモンスターボールを当てる。

 カビゴンはボールに吸い込まれていき、ボールが左右に揺れ始める。しばらく揺れた後、無事にカチッとロックのかかる音がした。

 

「お、おお! おにいちゃん! コマチ捕まえたよ! 自分で捕まえられたよ!」

 

 はしゃぐコマチであるが、果たしてこれはコマチが捕まえたのだろうか。どっちかっつーとカマクラが捕まえたよな。

 

「うん、まあコマチが捕まえたってことでいいんだよな………」

 

 カマクラがサイコキネシスでカビゴンの入ったボールをコマチの手元まで持ってくる。

 

「ゴンくん出てきて」

 

 え?

 もう名前つけたのか?

 というか雄なのか?

 

「お前、性別とか見ただけで分かるのか?」

「さあ? ゴンくん、ゴンくんとゴンちゃんとどっちがいい?」

 

 右手をゴンくん、左手をゴンちゃんと表して、カビゴンに両手を出した。

 迷わずカビゴンは右手を取る。

 どうやら、雄らしい。

 

「今日からよろしくね、ゴンくん!」

 

 カビゴンの腹へとダイブするコマチ。

 それを優しく受け止め、頭を撫で始める。

 寝起きでなければ気は強い方ではないらしい。おとなしい性格なのかもしれないな。

 

「………また金がなくなる……………」

 

 やっぱり、あのスーツ代は痛い…………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 新たにカビゴンを仲間に加え、橋を渡って歩くこと数十分。

 ようやくそれらしき建物がはっきりと見えてきた。

 特にこの道は何もないため、建物自体はうっすらと見えてはいたんだが、こうして近くで見ると結構デカいな。

 

「さて、目的地に着いてしまったし、暇になったな」

 

 スーツが届く日没までまだ時間もあるし、何をしようか。

 

「疲れたからゆっくりしようよー」

 

 歩き疲れたユイガハマがその場に座り込む。

 

「ま、時間はあるんだし、好きにしたらいいんじゃねぇの」

 

 人通りもない長閑な所なようで聞こえてくるのはポケモンたちの声くらいだろうか。

 川が近くを流れているためか風も清々しく、眠たくなってくる。

 ユイガハマの胸の中ではケロマツが寝ている……………。

 

「おい、ケロマツ。いい加減ユイガハマの胸から離れろよ。起きてるんだろ」

 

 しがみつくように寝たふりをするエロガエルに言ってやるが、一向に動こうとしない。

 

「………今度はユイさんの胸が寝床となっちゃったのかな」

「あっははははー」

「トレーナーに似て自由なこと」

「トレーナーよりも自由だと思うぞ…………」

 

 ほんと自由すぎるだろ。

 バトル以外じゃ基本言うこと聞かないし、なんでこんな奴が俺のポケモンになったんだろう。自分から俺んとこに来たしわけがわからん。

 

「でもハチマン以外にも少しずつ歩み寄ってる証拠なんじゃないかな」

 

 と、ケロマツのフォローをするのはトツカだ。

 なんと優しいことだろう。

 まあ、確かにそう言われるとそうなのかもしれんが。

 だからって、あの寝方はないだろうに。

 羨まけしからん。

 

「ねえ、お兄ちゃんは新しくポケモン捕まえないの?」

 

 ケロマツの首根っこを掴んで強引に引き剥がすとコマチが聞いてきた。

 おい、名残惜しそうにするなっ。

 

「別に、そんな予定はないな。リザードンいるし、手のかかるこいついるし。なんなら野生のくせについてくるあの黒いのいるし、充分じゃね?」

 

 あと最強で最恐な奴もいるし。

 このメンツですでに何が起きてもどうにかなりそうじゃん。

 

「や、確かにすでに強いのばっかりだけどさー。一度でいいからお兄ちゃんがポケモンを捕まえてる所を見たいなーって思ったんだよね」

「やめとけ、失敗しか見れないから」

 

 コマチでも初めてで捕まえられたんだから俺でも……………いや、捕まえたのはカマクラか。

 

「というかコマチも自分で捕まえてないだろ」

「カーくんが捕まえたんだからコマチが捕まえたも当然じゃん」

 

 えっへんとない胸を張るが、それでいいのかよ。

 

「それ言ったらユイさんも捕まえたというよりは意気投合して連れてきたって感じだよ」

「いやユイガハマの場合はその通りだからな」

「ねぇ、なんでコマチちゃんまで言い当てちゃうの!? あたし言ってないよね!?」

 

 顔を真っ赤にして驚くユイガハマであるが、分かってしまうもんは仕方ないだろう。

 

「だって、ユイさん。バトルして捕まえるのとか苦手そうですし」

「ゆきのん、あの兄妹怖いよー」

 

 涙目でユキノシタの胸の中に飛び込んでいった。

 

「あ、暑苦しい」

 

 そう言いながらも頭を撫でるユキノシタには感服です。

 

「でも逆に言えば、野生のポケモンとも仲良くなれるってことなんだし、いいことなんじゃないかなー」

 

 またしてもトツカがフォローに出た。いい奴だな。

 

「それではハチマンも凄い奴になってしまうではないか、トツカ氏。我は嫌だ! 断じて嫌だ! ハチマンが我よりも遥か遠い存在になってしまうのは我は嫌だぞ!」

「うーん、ハチマンのはちょっと異常だと思うなー」

 

 ぐっさり。

 トツカの言葉は俺の胸に刺さりました。

 今日はもうダメかも……。

 

「………お兄ちゃん、反応がいちいち大袈裟すぎるよ。そんなにトツカさんの言葉ってくるの?」

 

 ドサッと倒れた俺にコマチが靴を脱いで軽く足蹴りをしてくる。

 踏むなら腰のあたりにしてくれねーかな。

 

「ばっかお前。あの天使のようなスマイルであんなこと言われたら立ち直れなくなるまであるぞ。それと踏むなら腰の方を踏んでくれ」

「じゃー、コマチに言われたら? というかなんでコマチがマッサージしなくちゃいけないのさ」

「コマチに言われたら泣く。絶対泣く自信がある! それと日頃の疲れがたまってるんだよ!」

「そんな自信満々に言うとかさすがごみぃちゃんだね。どっちの意味でもごみぃちゃんだよ」

 

 そう言いながらも腰のツボを踏んでくれるコマチ。

 ああ、でもやっぱり地面がゴツゴツしてて痛い………。

 

「ただの変態にしか見えないわね」

「………あたしの知ってるヒッキーじゃない…………」

 

 や、家にいた時はこんなもんだったぞ。

 

「デー、バー」

「あ、デリバードだ」

 

 一体のデリバードが日が傾きだした空を翔ていく。

 

「あら、そろそろ行った方がいいかしらね」

 

 どうやらあいつがスーツを運んできたようだ。

 よっこらせと起き上がり、パンパンと砂を落とす。

 

「んじゃ、行きますか」

「頑張ってね、ハチマン」

「おう、荷物番よろしく」

 

 トツカたちに見送られて俺たち三人はバトルシャトーに向かった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 バトルシャトーの前ではデリバードが待ち受けていた。

 スーツとドレスを受け取り、建物の中へと入る。

 受け取る時にユキノシタがデリバートに何か言ってたが、何だったんだろうな。

 

「いらっしゃいませ」

 

 出迎えてくれたのはメイドさん。

 シックなロングスカートのメイド服に身を包み深々と頭を垂れた。

 

「初めての方たちとお見受けしますが」

「ええ」

 

 ユキノシタが応対するのを他所に俺は中を見渡していた。

 エントランスとしてはだだっ広く奥には部屋が続いているようである。

 装飾もさながら、昔の趣をしっかりと残してあり、ここが伝統的な施設であることが見て取れる。

 

「このバトルシャトーについては」

「一応爵位制であることは知ってるわ」

「では、改めてご説明させていただきます。このバトルシャトーでは騎士たちによる決闘を再現すべく、騎士精神に則ったバトル形式となっております。バロンから始まる爵位制と設けており、最高でグランデュークとなります。爵位はバトルしていただくことで上位へと上げることができますが、同じ爵位の者としかバトルできない規定となっております。現在、奥の部屋で他のナイトの方たちがコミュニケーションを取りながら、同じ爵位の者たちをお探しになっておられます。まずは新規の方たちとーー」

「おや、これはこれは有名な方たちがお揃いなようで」

 

 メイドさんがバトルシャトーについて説明してくれていると奥の部屋からご老体がやってきた。

 

「イッコン様!?」

 

 イッコンと呼ばれたご老体は深々と頭を下げてきた。

 メイドさんが驚くような人ということはここの支配人あたりなのだろうか。

 

「初めまして、私イッコン申します。まさか三冠王のユキノシタ様にポケモン協会の番犬の異名を取るヒキガヤ様がお見えになられるとは。支配人冥利に尽きるというものでございますな」

 

 あ、俺のことも知ってるのね。

 

「実力は予々お伺いしております。そこでどうでしょう。私からバロン及びバロネスの称号を授与したいと思うのですが」

「……よろしいのですか? 他の方たちは新規から称号を取られているのでしょう?」

 

 イッコンさんの申し出にユキノシタが聞き返す。

 別に、もらえるもんならありがたくもらっておくことに越したことはないと思うんだけどな。

 

「ええ、私としてはグランデュークの称号を授与させていただきたいのが本音ではございますが、そこはバトルシャトー。色々な方たちとバトルをしていただいて爵位を上げていくもの。ですので、バロン・バロネスの称号からで申し訳ありませんが、私から称号を授与させていただきたいのです。その方が奥の部屋でのバトルの相手選びにも幅がきくかと思われますゆえ」

「はあ…………ではお言葉に甘えさせていただきましょうか。ヒキガヤ君もそれでいいかしら?」

「ああ、別にそれでいいぞ」

 

 つか、なんだっていい。

 

「では、本日よりバロン・ヒキガヤ様、バロネス・ユキノシタ様とお呼びさせていただきます。………そちらのお連れ様は申し訳有りませんが……」

「い、いえ、あたしはその、付き添い、みたいなものなので…………お構いなく………」

 

 胸の前で両手をふりふりさせるユイガハマ。

 まあ、さすがにユイガハマまで先に称号を与えられるわけないわな。

 逆に俺にだって与えられたのが不思議なくらいだし。

 

「ありがとうございます。お召し物なのどはお持ちでしょうか? お着替え用の部屋も設けてありますので、よろしければお使いになられますか?」

「ええ、ぜひ」

「では、こちらへ」

 

 というわけでまずはスーツに着替えることになった。

 逆にこんな格好で居られるような場所じゃないな。ユキノシタの言う通り、スーツを用意しておいて正解だったわ。

 

 

 ちゃちゃっと着替えを済ませて部屋から出るとちょうどユキノシタと目があった。

 うん、やっぱり髪をアップにしてるユキノシタは新鮮だよな。

 

「ちょっとそんないやらしい目で見ないでくれるかしら」

「や、悪い。別にそういうつもりで見てたわけじゃないんだが………」

「ヒッキー顔赤いよー?」

 

 カーテンが開くとユイガハマが顔を覗かせてニヤッと笑みを浮かべてきた。

 こっちはこっちで髪を下ろしてるから、なんかいつものアホっぽさがなくて大人びて見える。中身アホだけど。

 

「う、うるせ」

 

 返す言葉がなくなった俺が絞り出した返しがこれだった。俺もテンパるこうなるわけだ。テンパってたのかよ。

 

「それではナイトの方たちをご案内させていただきます」

 

 待っていてくれたイッコンさん自らが先頭に立ち、奥の部屋へと案内してくれた。

 

「こちらのお部屋でございます。何かあれば私共にお申し付けくださいませ。それではごゆるりと」

 

 案内された部屋の中には割と人がいた。

 なんというか立食パーティーみたいな感じである。いや、ソファーとかもあるしそこまでかしこまった感じでもないのか?

 

「ちょ……」

 

 中に入ろうとしたらユキノシタが俺の右腕に彼女の腕を絡ませてきた。

 それに倣いユイガハマまでもが左腕に絡めてくる。

 

「いいから黙ってなさい」

「……へい」

 

 両手を美少女二人にがっちりホールドされながら部屋の中へと入った。

 すげぇ、見られてるんですけど。

 恥ずかしい………帰っていいかな。

 

「あれって……………」

「だよな…………」

 

 ざわざわと口を揃えて俺たちの、というかユキノシタの登場に驚いていた。

 

「……………三冠王………」

「本物………なの?」

「本物だったら、あの男は何者なんだ」

 

 あ、なんか雲行き怪しくなってきたぞ。

 段々と視線が俺に集まってきてるんだけど。

 

「………本当に何者なんだ、あの男は。美少女を二人も侍らせて………」

「昔いたという噂のプレイボーイ………?」

 

 また、古いの持ってきたな。

 見た目間違ってないけど。間違ってないけども!

 そんなんじゃないと叫びたくなるわ。

 

「……何処に行っても変わらないわね」

 

 周りの空気に呆気にとられているとユキノシタがぼそっと冷めた言葉を口にした。

 こいつもこいつで苦労してんだな。

 とか思ってるとユキノシタが絡めていた腕を解き、一歩前に出た。

 

「バロン・バロネスの方、いらっしゃいますか?」

 

 方々からおずおずと手が上がり出す。

 その中には眼鏡に三つ編みの女の子の姿があった。

 どうやらユキノシタも彼女に目がいったようで、そっちに歩いて行った。

 

「あなた、名前は?」

「ふ、フジシャワシャワコっていいましゅ」

 

 ユキノシタを前にして緊張しているのか噛みっかみだった。

 ありゃ、俺たちよりも歳下だな。

 

「私とバトルしてくれるかしら」

「よ、よよよよろこんで!」

 

 動揺も止まない内に彼女とバトルすることになった。

 どんだけ動揺してんだよってくらいには噛みっかみ。

 

「それでは皆様、テラスの方へ。バトルをするお二方は下のバトルフィールドへとお願いします」

 

 袖に控えていたメイドさんたちがテラスへと続くガラス張りの窓を開け、俺たちに移動と促してきた。

 全くユキノシタもサービス精神旺盛すぎやしませんかね。

 しかし、有名人ともなればそれくらいしなければならないのかもしれない。半端に名の知れている俺にはあまり理解できないところの話ではあるな。

 

「それではルール説明をさせていただきます。使用ポケモンは一体。どちらかが戦闘不能になったところでバトル終了となります。なお技の使用は四つまでとします」

 

 公式戦と同じなのか。

 池の上に設置されたバトルフィールドでは審判のメイドさんが俺たちにも聞こえるようにルール説明をし、二人はお互いのモンスターボールを押し当てている。

 

「よ、良きバトルを」

「良きバトルを」

 

 フィールドに立ってなお緊張しているフジサワという少女。

 あそこまで来るとそろそろ心配になってきたぞ。

 

「只今よりバロネス・ユキノシタ様と同じくバロネス・フジサワ様のバトルお行います。お二方とも準備はよろしいですね。それではバトル開始!」

「いきなさい、オーダイル」

「いくよ、ピカチュウ」

 

 オーダイルの相手はピカチュウか。

 首には黄色い珠を付けてるということはあれが電気玉か。

 

「ピカチュウ、ボルテッカー」

 

 おおい、マジか。

 電気の究極技を覚えてるのかよ。

 バチバチと鳴る電気をまとったピカチュウがオーダイルに向かって突進していく。

 

「オーダイル、ハイドロカノン」

 

 こっちはこっちで完成した水の究極技で迎え撃つのかよ。

 フィールド壊れないかな………。

 

「最初からなんか激しいね……」

 

 横で見ているユイガハマが呆気にとられながら口を開いた。まあ、俺も人のことは言えないんだが。

 まさかあの三つ編み眼鏡の少女がこんな激しいバトルを最初から仕掛けるなんて思いもしないっつの。

 バトルが始まってから速攻でいくか?

 相手はユキノシタなんだぞ。いや、ユキノシタだからこそなのか?

 

「ピカチュウ止まらないよ」

 

 ユイガハマの言う通りピカチュウは止まらない。なんならハイドロカノンに真っ向から突っ込んでいってるまである。

 だが、よく見るとピカチュウにはダメージが通ってないようにも見える。

 

「ピーカッ!」

 

 あれ、オーダイルさん攻撃受けちゃいましたよ?

 マジで?

 ヤバくね?

 

「……なるほど、ボルテッカーとも来ればまとっている電気だけで水を瞬時に分解にまで至らせてしまうのね。いいわ、だったらオーダイル。りゅうのまい」

 

 未だ電気の突進を受けて体をバチバチ言わせているオーダイルが、炎と水と電気を三点張りに発生させ、それを頭上で絡め合わせて竜の気へと作り変えた。

 

「ピカチュウ、10まんボルト」

「ピーカ、チュゥゥウウウ!」

 

 オーダイルが止まっている隙にピカチュウは10まんボルトを打ち込んでいく。

 

「ドラゴンテール」

 

 だがそれを、作り出した竜の気をそのまま尻尾に移動させて、竜の気を帯びた尻尾で弾き、霧散させた。

 

「アクアジェット」

 

 今度は竜の気を身体全体にまとわせ、その上から水のベールをまとってピカチュウに突進していく。

 

「重ねがけかよ」

 

 水に竜の気にどんだけまとえば気がすむんだよ。

 しかも普通に技を出すための竜の気とは違ってその場限りのものではない、攻撃の威力も素早さも底上げしてくれる竜の気ときたか。

 あれ、俺とのバトルでは使ったことないよな。そんなにバトルすらしてねぇけど。

 

「ピカチュウ、もう一度ボルテッカー!」

 

 懲りずにもう一度ボルテッカーで突っ込んくる。

 だが、ヒョイっとオーダイルは躱してしまった。

 りゅうのまいの効果がここで出たな。

 これはもう勝負あったと見ていいだろう。

 

「ドラゴンテール」

 

 切り返したオーダイルは竜の気を再度尻尾へと持っていく。

 そして、勢いをすぐには殺せないピカチュウの背中から叩きつけた。

 

「……ピカチュウ、戦闘不能。よって、オーダイルの勝利とします」

 

 淡々と判断を下していくメイドさん。

 

「皆様、健闘した両ナイトに、そしてポケモンたちに惜しみない拍手を」

 

 ちょっと上の方にあるテラスの部分からイッコンさんのものだと思われる声がした。

 彼女たちに盛大に拍手が送られる。

 ふと、部屋の扉が開かれたような気がしたので流し目で後ろを見やると、青みのかかった黒髪ポニーテールの執事さんが入ってきたところだった。

 



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23話

後書きにお知らせがあります。


「……ほんとにいたんだ」

 

 これは目的の人が来たのを確認したユイガハマが漏らした一言である。

 あの後、ユキノシタはいろんな奴らに取り囲まれていたが、俺の姿を見つけるや否やコツコツとヒールを鳴らして俺のところまで来ると再び俺の腕へと絡んできた。それを見たユイガハマも負けじと腕を絡めてくる始末。

 なんなんだろう、このいたたまれない空気。男どもの殺気が痛いくらいに突き刺さってくる。だが、それもわからなくもない。俺だって、こんな風に両手に華を咲かせてる男がいたら嫉妬の念を送っているはずだ。

 まさか俺がその標的になるとは思いもしなかったが。

 で、その熱も冷めた頃に青みのかかった黒髪のポニーテールの姿があることを教えると二人してそっちを見たというわけだ。

 

「仕事をしているようだし、落ち着いてからにしましょうか」

 

 カワ……カワ…………なんだっけ? まあいいか、カワなんとかさんの様子を伺うことにした。

 あれ? そういや、ケロマツはどうした?

 

「なあ、ケロマツどこ行ったか知らね?」

「ああ、ケロマツならお腹空いたみたいだからついてきてないよ」

 

 あいつマジで自由すぎんだろ。

 となると俺が万が一、多分ないとは思うが万が一バトルを申し込まれたとしたら、リザードンだけでバトルすることになるのか。

 まあ、だからと言って何かが変わるわけでもないんだけど。

 

「あら? いつも何かと言ってるけど愛着でも沸いたのかしら?」

「そんなんじゃねぇよ、たぶん………」

 

 うん、そんなことはこれぽっちも思ってないぞ。

 ただ、いつもいるのに急にいなくなると心配というかアレがアレしてアレんなっちまうんだからしょうがないだろ………………。何言ってるのかよく分からなくなってきたぞ。

 

「そっか………、ヒッキーもなんだかんだでケロマツのこと気に入ってるんだね」

 

 こんなこと言われてしまえば俺に返す言葉は見つからない。

 こいつはそれを分かって言ってるんだろうか。

 

「それで、あなたはバトルしてこなくていいのかしら? こういう所好きなんじゃないの?」

「別に好きってわけでもないぞ。人に話しかけねぇとバトルできねぇし。話しかけられることはないし………と、ん?」

 

 二人と話していたら俺の目の前に白い手袋が投げられてきた。

 もしやこれって……………。

 

「あら、タイミングいいわね」

「なあ………これ拾ったらバトルする流れだよな………」

「そうなの?」

「ええ、昔の舞踏会などではこういったスタンスで決闘を行ってたりしたのよ。そしてここはバトルシャトー。伝統に趣を置いている所よ。まちがいないと思うわ」

 

 ひ、拾いたいような拾いたくないよな………。

 なんかバトルしたいようでしたくない。

 たぶん、みんなに見られると思うとやりづらいんだろうな。

 ポケモンリーグとかこれの何倍もいたってのに。

 あの頃の俺は逞しいこと。

 

「てか、誰だよ………」

「たははー、たぶんあれじゃないかなー」

 

 すっげー気まずそうにユイガハマが指を指している。

 指の先を見やると。

 見知った顔がいた。

 

「………なんでいるんだよ……………」

 

 ワイングラスを片手にヒラツカ先生がこっちを見ていた。

 マジでなんでいるの?

 しかも先生も爵位はバロネスなのかよ。

 

「なんだ? 拾わないのか?」

 

 ニヤニヤとしている。

 うぜぇ。

 これ拾わないと何されるんだろうな。

 はあ…………、仕方ねぇな。

 

「はいはい分かりましたよ。先生とバトルすればいいんでしょ」

 

 仕方なく手袋を拾いました。

 

「今日こそはお前に勝つ、覚悟しろヒキガヤ」

 

 今日こそはって、先生とバトルするの人生二度目なんですけど。

 何、何度もバトルしてるかのように言ってんだよ。少年漫画じゃあるまいし。

 

「それでは皆様。再びテラスの方へ。バトルするお二方はバトルフィールドの方へお願いします」

 

 やだなー、絶対何か企んでるぞ。

 あの自信満々の笑顔が超怖い。

 

「……なぜか無性に腹立つあの笑顔をコテンパンにしてきなさい」

「いってらっしゃい。がんばってね」

「へーへー」

 

 さて、今度は何をしてくるのやら。

 先生とバトルしたのはスクール卒業の時だったか。

 あの時はなんでもありの野戦で俺がリザードン一体に対し、先生はカイリキーとサワムラーを同時に出してきたっけ。

 まあ、今回は一対一だし、公式ルールだし。

 大人気ないことにはならないとは思うんだが………。

 あの少年のような心の先生ならやり兼ねんのだよなー。

 

「ルールの説明をさせていただきます。使用ポケモンは一体。どちらかが戦闘不能になった時点でバトル終了となります。なお使用技は四つまでとします」

 

 フィールドに行くと気合の入ったドレスを着ている先生がニヤニヤとして待っていた。

 あー、なるほど。

 ここに来たのはそういうことなのか。

 

「良きバトルを」

 

 モンスターボールをこすり合わせると先生がそう言ってきた。

 まあ、仕来りみたいだし言わないとな。

 

「はあ………良きバトルを」

 

 ほんといいバトルにしてくださいよ。

 昔みたいに大人気ないことなんかしたら、周りの男どもに捨てられちまいますよ。

 

「それではバロン・ヒキガヤ様とバロネス・ヒラツカ様のバトルを始めます。準備はよろしいですね。バトル開始」

 

 二人してうなずき返すとバトルが始まった。

 

「いけ、エルレイド」

「残業だ、リザードン」

 

 そう、これは残業なのです。

 俺にとってもリザードンにとっても、夜に他人とバトルすることなんて予定外なことだからな。

 あ、前にハクダンでジャーナリストとバトルしたのは仕事の範疇だから論外ね。

 あんな殺気を放たれてたら敵だと思っちゃうじゃん?

 

「エルレイド、サイコカッター!」

 

 エルレイドが腕から伸びる両刃刀を引っさげて迫ってくる。

 サイコパワーによって腕の刀からは離れたところに両刃刀が作り出され、距離感を違えてきた。

 

「掴んで抑えろ」

 

 衝撃波のように飛ばされてきた刃を片手で掴み、潰す。

 

「かみなりパンチ!」

 

 その間にリザードンの懐に飛び込んできたエルレイドが拳に電気をまとい出す。

 

「リザードン、ハイヨーヨー」

 

 今はあまり使いたくないんだけどなー。

 でもそんなことも言ってはいられないし。

 急上昇でかみなりパンチを回避させる。

 

「テレポート」

 

 だけど、いつの間にか頭上を取られていた。

 

「かみなりパンチ」

 

 ピンポイントにテレポートしたエルレイドはすかさずかみなりパンチを打ち込んでくる。躱すタイミングもなく、諸に受けてしまった。

 効果抜群だから結構痛いんだよなー。

 

「……ははっ、まさかそうきますか」

 

 態勢をを立て直して降り立つリザードンを確認すると俺は口を開いた。

 

「言っただろ、今日こそは勝つと」

 

 エルレイドがシュタッと降り立ち、先生と同じポーズをしてくる。

 なんか着実に先生色に染められてるようで。

 

「そのエルレイド、俺と再戦するために育てましたよね」

 

 ようやく理解した。

 なぜ、カイリキーでもなくサワムラーでもなくエルレイドなのか。

 それは俺と一度もバトルしていないから。

 つまり俺にはエルレイドのバトルを知られていない。

 先生はそこにつけ込もうと言うのだろう。

 しかも先生の大好きなかくとうタイプでありながら、エスパータイプも兼ね備える優れもの。俺のリザードンについてこれないのであれば追いかけずとも追いつく戦法を考えたのだろう。

 それがテレポートを使った瞬間移動であり、躱すタイミングも与えないピンポイントの位置に飛び込めるように練習もしたはずだ。

 

「別に君のためってわけではないが、意識しなかったかと言われれば嘘になるな。だが、こいつの力がこれだけだとは思うなよ」

 

 ふふんと自慢げに言ってくるが、先生もかわいいポケモンでも欲しかったんだろうか。そして、順調にキルリアまで進化したけど、サーナイトに進化するときにめざめのいしに触れてしまいエルレイドになってしまったとか。

 なんか先生かかわいそうになってきたな。

 まあ、結果的にかくとうタイプとなったわけだし、よかったのか? よかったってことにしておこう。

 

「我が力に応えよ、キーストーン。進化を越えろ、メガシンカ!」

 

 うわー、すげぇ生き生きしてんな。

 あー、そういやザイモクザがもらってきた資料にサーナイトとエルレイドの名前もあったな。

 さすがポケモン博士の研究所。キーストーンといい、メガストーンをいい豊富に取り揃えてあるのかね。

 

「リザードン、りゅうのまい」

 

 もう最近メガシンカをよく目にしてるからか全く驚かなくなってきたわ。逆に進化の間の時間にりゅうのまいでもしとけばよくね、とか思う始末。

 エルレイドは頭に巻いた王冠に(よく見ると)嵌められているメガストーンにより白い光に包まれ、リザードンはさっきのオーダイルのように炎と水と電気を三点張りに作り出し、頭上で絡め合わせていく。

 

「メガ、シンカ………」

 

 テラスの方からポツリとそんな声が聞こえてきた。

 

「さあ、第二ラウンドといこうか」

 

 先生の声に応じるようにエルレイドが白いマントを翻す。

 え、なにあれ。

 超かっこいいんですけど!

 メガシンカってあんなのもあるのか。

 てか俺、めっちゃ驚いてんじゃん。

 

「また先生の好きそうな姿だな……」

「エルレイド、テレポート」

 

 一瞬にしてリザードンの背後に回りこむ。

 メガシンカしたことで素早さも上がったのか。

 さっきよりも動きにキレがあるな。

 

「かみなりパンチ!」

「ブラスターロール」

 

 だが、こっちもりゅうまいで竜の気を纏ってるんだ。

 素早さはこっちも上がってるんだっつーの。

 

「なっ!?」

 

 地面を蹴って翻り、エルレイドの背後を取る。

 そう簡単に背後をやるかよ。

 

「シャドークロー」

 

 なんか前にゴーストタイプの奴とバトルしたときにドラゴンクローを影にして打ち込んだことがあったな。そんなことがあったって事実しか覚えてないけど、いつ覚えさせたんだろうか。残ってる記憶じゃ、割と使ってるんだよなー。

 

「テレポート!」

 

 寸でのところで瞬間移動で躱された。

 だけど、これはシャドークロー。

 夜になって月明かりと建物の明かりによって影はいたるところに存在する。

 ほら、エルレイド自身にも影ができてるじゃないか。

 

「エルッ!?」

 

 影を使って攻撃するシャドークローは夜に使うとやりたい放題である。

 影から作り出した爪であるため、影に潜らせてしまえば、目の前に相手がいなくても影を通して攻撃を当てちゃう、なんてことも可能な技なのだ。

 チートな技だよな。

 でもそれを言ったらゴーストタイプ自体がチートだと思うんだよ。

 なんだよあいつら。すぐ影に隠れやがって。

 あとあの夢喰いさんもだな。

 

「エルレイド!?」

 

 急所に入ったのか、体をプルプルとさせている。

 あー、やっぱメガシンカして耐久力もアップしてるのか。一撃では仕留められなかったようだ。

 仕方ない、こっちもやりますか。

 

「メガシンカ」

 

 面倒なので使っちゃった。

 まあ、先生もメガシンカさせてるんだし文句ないよね。ていうか絶対待ってただろうし。

 ズボンのポケットにしまってあるキーストーンを握るとスカーフの下に付けたネックレスが反応してリザードンが白い光に包まれる。

 うーん、やっぱりこの進化してる間の時間がもったいない気がする。今度進化しながら攻撃できるようにやってみようかな。

 

「来たな、メガシンカ。エルレイド! テレポート!」

 

 一瞬にして背後に回り両腕を振り上げた。

 あれは………?

 

「インファイト!」

 

 決死の力で両手両足を使って攻撃をするかくとうタイプでの技の中でも強力な技の一つ。守りなんて知るかボケ、て感じでただただ攻撃してくるため、守りを気にしない分恐ろしい技である。

 

「カウンター」

 

 だけど、そんな最恐な技でもカウンターで返してしまえばこっちのもんである。

 ほんとはシャドークローを撃ち込んでやろうかと思ったけど、インファイトでこられたんじゃカウンターを打つしかない。その方がリスクが少ないからな。

 

「エルレイド!?」

 

 早すぎて誰も見えないだろうが、リザードンが最初の一撃を右の脇で挟み込み、相手のスピードを使って反転し、遠心力でエルレイドを投げ飛ばすと最後に右の拳でエルレイドから受けた全ての力を叩き返した。

 エルレイドは地面に何度も打ちつけられながら飛ばされ、フィールドの縁に当たったところでようやく止まった。

 

「……エルレイド、戦闘不能」

 

 気を失ったエルレイドが進化を解いたのを確認するとメイドさんが判断を下した。

 

「よって、リザードンの勝利とします」

 

 淡々とした物言いにやっとバトルが終わったことを理解したリザードンも進化を解く。

 

「はあ…………やっぱり勝てなかったか」

「俺、一応元チャンピオンなの知ってるでしょうに」

 

 先生が大きなため息を吐いてくる。

 

「いや、知っていたとしても君に勝ちたいと思うのは仕方がないだろう。教師の威厳を取り戻さねば気が済まん!」

「だからってあそこまで徹底して育てなくても………しかもメガシンカまで用意してるし」

「そこは君がメガシンカしてくると踏んでだな…………」

「それでいい男には出会えたんですか」

「…………それは聞かないでくれ……………」

 

 ああ、察し。

 

「それでは皆様、健闘した両ナイトに、そしてポケモンたちに惜しみない拍手を」

 

 テラスの方から盛大な拍手が送られてきた。

 

「はあ………、これが嫌だから人前ではバトルしたくないってのに」

 

 こんな大勢の前でぼっちを注目の的にさせるとか犯罪でしょ。俺死んじゃう………。

 

「なんだ? まだ慣れてないのか?」

「一生慣れませんって。恥ずか死ねるレベル」

「そんなことで死ぬ方が恥ずかしいと思うぞ」

「うっ……………」

 

 コマチとか絶対笑うもんな。

 まあ、実際に死んじまったらすっごい泣くだろうけど。

 

「さて、研究所に帰るとするか」

「あれ? もう帰るんですか?」

「ああ、君たちがイチャイチャしてるのを見たくないからな」

「別にイチャイチャしてませんよ。ユキノシタの絶対権限でユイガハマがそれに便乗というか拗ねて同じようなことしてくるだけですから。俺に拒否権はない」

「傍から見ればそう見えるってもんだよ」

 

 それだけ言って先生は席に出て行ってしまった…………。

 

 

 そういや俺、ここに何しに来てたんだっけ?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「まさか先生までいるなんてね」

「ああ、まあ、察してやれ」

「大人になってもああはなりたくないわね」

 

 俺が戻ると二人が出迎えてくれた。

 

「それにメガシンカまでできるなんて………」

「ああ、それこそあの人が今いるところを考えれば、別にメガシンカを使えたとしても何らおかしくはないと思うぞ」

「……あ、そっか…………プラターヌ研究所だもんね」

「何だか私だけが取り残されてる気分だわ」

 

 シュンとするユキノシタというのは珍しいのが見れたな。

 これがコマチだったら普通に頭を撫でていただろう。

 お兄ちゃんスキルというものはいついかなる時にでもオートで発動してしまうからな。コマチ限定だけど。

 

「別にお前だけってわけでもないだろうに」

「そうかしら? あなたを初めとしてハヤマくんもミウラさんもトツカくんもメガシンカが使えるのよ。おまけに先生まで…………姉さんなんかカメックスとバンギラスをメガシンカさせられるって言ってたし……………」

「うぇ?! あの人も使えるのかよ。よく知らんけど」

「当然じゃない。あなたが使えるんだから姉さんが使えて当然よ」

 

 そんな当たり前だと言われても。

 本人に会ったことないし。

 いや、会ってるけどバトルしかしてないから何も知らないし。

 

「……ねえ、カワサキさん。手が空いたみたいだよ」

 

 ユイガハマに言われてカワなんとかさんの方を見ると手持ち無沙汰にただただグラスを磨いていた。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 というわけで、本来の目的をやっと実行できるのか。

 長すぎだろ。

 なんで俺とユキノシタがバトルしなきゃならねぇんだよ。

 余興が多すぎじゃね?

 

「カワサキ」

「申し訳ございません。どちら様でしょうか?」

 

 俺が一声あげるとカワサキが困ったような顔をした。

 

「同じクラスだったのに顔も覚えられていないとかさすがヒキガヤ君ね」

 

 感心したようにユキノシタが言う。

 

「や、ほら、スクールを卒業してから五年も経つんだししょうがないんじゃないの」

 

 ユイガハマがそうフォローを入れてくる。

 

「待ってたわ、カワサキサキさん」

「……ユキノシタ…………」

 

 ユキノシタは分かるのか。

 まあ、それだけ有名ってことなんだな。

 

「こんばんわ」

 

 すました顔で挨拶するユキノシタにカワサキは目を細めた。

 二人の視線が交錯し、光の加減からか影だったのか、火花が散ったように見えた。なにそれ超怖い。

 それから視線はユイガハマへと注がれる。ユキノシタといることからして同じスクールの奴なのかと睨めつける。

 

「ど、どもー………」

 

 その迫力に負けたのかユイガハマは日和った挨拶をする。

 

「……ああ、ユイガハマか。一瞬わからなかったよ。ということは彼もクチバのスクールの人?」

「あ、うん。同じクラスだったヒッキー。ヒキガヤハチマン」

 

 うすと会釈をするとカワサキはふっとどこか諦めたように笑う。

 

「そっか、ばれちゃったか」

 

 拭いていたグラスを置き、俺たちに向き直った。

 

「何か飲む?」

「それじゃ、ペリエで」

 

 え? なに? ペリー……? そんなのがあるのか?

 

「あ、あたしも同じものでっ!?」

「あ………」

 

 俺も続けて言おうとしたのに。他に何があるのか知らねぇよ。

 

「ヒキガヤだっけ? あんたはなに飲む?」

 

 うっ………、さっきのペリーさんは飲み物なんだよな。ハリスとか言えばいいのか? 絶対なさそうだけど。

 

「彼には辛口のジンジャエールを」

 

 注文を聞くとカワサキは慣れた手つきで用意していく。

 

「それで、なにしに来たの? まさかそんなのとデートってわけじゃないでしょ」

「まさかね。横のこれを見て言ってるのだったら、冗談にしても趣味が悪いわ」

「ねえ、二人の会話なのに俺を貶すのやめてくれる」

 

 だが俺の意見は流され、代わりにジンジャエールを出してきた。

 二人の前にもグラスが置かれる。

 

「単刀直入に言うわ。カワサキさん、バイトはやめないのかしら?」

「だと思った。やめる気はないよ」

 

 再びグラスを拭き始めるカワサキ。

 

「弟のタイシが心配してたぞ」

「そう、そりゃ悪かったね。タイシにはちゃんと言って聞かせとくから。これ以上関わらなくていいよ」

 

 顔色を変えることなく俺の言葉は流されてしまう。

 

「あ、あのさ………カワサキさん、なんでここでバイトしてんの? あ、やー、ほら、あたしもお金ないときはバイトしたりするけど、夜中まで働こうなんて思わないよ」

「別に………お金が必要なだけだけど」

 

 …………………夜のバイトってそんなにいいのか?

 バイトしたことないから分からん。やったとしても初日からばっくれてたからな。

 

「あ、やー、金が必要なのはわかるけどよ」

 

 何気なく俺がそう言うとギロッと睨みつけてきた。わー、超怖いんですけどー。

 

「あんたにわかるわけないじゃん。人のパンツをローアングルから覗き込むような変態に」

 

 なんだ覚えていたのか。あの一度会っただけなのに。

 

「や、それは不可抗力だ。俺が悪いんじゃない。ミミロップが悪い」

「何色だった?」

「黒のレースです」

「しっかり見てんじゃん」

 

 恥ずかしがることもなく、カワサキは呆れた顔をする。

 しかもなんか両側からわき腹をつねられてるんですけど。超痛い。

 

「あんなバカ丸出しのあんたに……………いや、あんただけじゃないね。ユキノシタもユイガハマにも分からないよ。別に遊ぶ金欲しさに働いてるわけじゃないし。そこらへんのバカと一緒にしないで」

 

 再度、俺を睨みつけてくる目には力があった。邪魔をするなと、力強く吠える瞳。だが、それとは裏腹に瞳は潤んでいた。

 だが、果たしてそれは強さと言えるのだろうか。誰にもわかりはしないだろうと、そう叫ぶ言葉は誰にも理解されないことへの嘆きと諦め、そして誰かに理解してもらいたいという願いがあるように俺には思えてしまってならない。

 例えば、ユキノシタユキノ。彼女は誰にも理解されなくとも嘆くことも諦めることもしない。それでもなお貫き通すことが強さだと確信しているから。

 例えば、ユイガハマユイ。彼女は誰かを理解することに逃げも隠れもしない。表面上であったとしても触れ合い続けることで何かが変わると祈っているから。

 

「あ、や、でもさ。話してみないとわからないことだってあるじゃん? もしかしたら、何か力になれるかもしれないし………。話すだけで楽になれること、も……」

「言ったところであんたたちには分からないよ。力になる? 楽になる? だったら、あたしのためにお金用意できる? うちの親が用意できないお金をあんたたちが肩代わりしてくれるの?」

「そ、それは………」

 

 困ったようにたじろぐユイガハマ。カワサキさん超怖いっす!

 

「そのあたりでやめなさい。それ以上吠えると……」

 

 一瞬カワサキも怯んだが、小さく舌打ちするとユキノシタの方に向き直った。

 

「ユキノシタ、あんたの父親さ、クチバのそれなりのお偉いさんなんでしょ? そんな余裕のある奴にあたしのこと、わかるはずない、じゃん…………」

 

 静かに、ささやくような口調。それは何かを諦めた声だった。

 直後、カシャンとグラスが倒れた。

 

「おい、ユキノシタ……?」

 

 見るとユキノシタがグラスを倒してしまい、ペリーさんがグラスから溢れていた。

 彼女は彼女で唇をかみしめるようにぎゅっと身を縮ませて、震えている。

 

「ちょ、ちょっと今はゆきのんの家のことなんて関係ないじゃん!」

 

 さすがにユキノシタのこととなれば黙っていないユイガハマが、初めてカワサキに対して吠えた。進化した時のサブレみたいだと思ったのは言わないでおこう。

 

「だったら、あたしの家のことも関係ないでしょ」

「そ、それとこれとは……」

「大丈夫よ、ユイガハマさん」

 

 身を乗り出したユイガハマを軽く制止させる。

 すごいなこの二人。お互いがお互いの抑制剤となるとは………。

 

「もう今日は帰ろうぜ。予定外のことがありすぎて疲れた。正直眠い」

 

 二人の背中を軽く叩き、体質を促すと素直に従ってくれた。

 

「ほれ」

「なに……?」

 

 訝しむように俺が差し出した金を睨んでくる。

 

「この屋敷にいる間は世話になった使用人にチップを渡すもんなんだろ。さっきから周りの人たちもやってるし、俺たちの分のチップ」

「別に、いい」

 

 そっぽを向いて受け取ろうとしないカワサキが可愛く見えたとか言ったら三方向から殴られそう。

 

「そう意固地になるなって。代わりに明日の朝、時間くれ。タイシのことで話がある。コボクのポケモンセンターで待ってるからな」

 

 強引にチップを渡して俺たちはバトルシャトーを後にした。

 出るまでの間、ずっとユキノシタが俺のジャケットの裾をぎゅっと握りしめていたのは内緒だぞ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「あ、おかえりハチマン。どうだった?」

 

 すっかり夜が更けてしまったようで、出迎えてくれたのはトツカだけだった。

 ザイモクザは俺たちが来てもゲームかなんかしてる。こいつはいつもこんななので気にしない。きにするとうるさいので気にしないのが俺たちのためだ。

 

「あー、まあ、とりあえず明日の朝、話をつけることにしたわ」

「そう、なんだ…………」

 

 いい結果を期待してくれていたんだろうが、現実はそううまくいくものではない。

 だが、解決への糸口ははっきりとした。要は自分の働きで金を稼げてなおかつタイシたちに心配がかからないようにすればいい。

 

「今日は帰ろうぜって………デリバード? まだいたのか?」

「うん、帰らなくてもいいのか聞いたんだけど、どうも待っててくれてるみたいでさ」

「そういえば、ユキノシタが入る前に何か吹き込んでたな。おい、ユキノシタ……?」

「なにかしら、同じクラスだった人に顔も名前も覚えられていなかったワスレラレガヤ君」

 

 暗い雰囲気を纏っていたユキノシタがパッといつもの調子へと早変わりした。戻るならジャケットを掴んでる手も離しなさいよ。

 

「うん、いつものお前に戻ってなによりだわ………じゃなくて、お前デリバードに何か吹き込んだろ」

「ドレスを運んでもらおうと思ったのよ。あなたたちの分も。さすがにこれを持って旅をするのは邪魔になるでしょ」

 

 あー、そういうこと。

 でもそれならどこに持って行くんだよ。

 

「ちゃんと部屋は押さえてあるから心配しないで」

 

 こいつがこう言うんだから大丈夫なんだろう。

 

「んじゃ、外で着替えるわけにもいかないし、コボクのポケセンまで付いてきてもらうか」

「そうね」

 

 さて、後はあそこで寝ている我が妹をどうにかしなければ。

 ついでに首の周りのケロムースを自分とコマチの枕にして寝てるカエルもだな。ご丁寧にコマチの腹にまでケロムースが乗ってるし。

 

「偉そうに寝やがって………」

 

 こいつがここに残ったのはこのためだったのかね……。

 コマチが寝落ちしてもいいように、見ていたのかもしれない。考えすぎか?

 

「おーい、起き「そのまま寝かせとこうよ」ろーって、俺にどう運べと」

「リザードンに乗って帰ればいいんじゃない」

「落としそう………」

「大丈夫だって。ヒッキーなら、可愛い妹を死んでも離さないと思うから」

「それもそうか」

「認めちゃうんだ………」

 

 心配するなトツカ。お前のことも死んでも離さないからな。

 

「よっこいせっ、と………んじゃ、いくか」

「うん、さすがにあたしももう眠い」

 

 コマチを抱きかかえてリザードンに乗り、リザードンにはケロマツの首根っこをつかませると、ユキノシタとクレセリアに乗ったユイガハマが目をこすりながらそう漏らした。

 

「羽振りはいいけど残業代がでないんだよなー」

 

 まあ、緊急時に動けるように備えておくための給料、というのが俺に割り振られている給料なので残業とか関係ないんだけどな………。

 普通に働くのとどっちがいいのやら………………。

 

 

 あ、そうだ。どうせ寝るならあいつにあの続きを見せてもらおう。

 




活動報告の方に本作のアンケートコーナーを作りました。

内容は「原作俺ガイルのイベントを今後も使うか」についてです。

それ以外のことでも何かご意見などがあれば、コメントをいただけると幸いです。

これからの本作品への参考にさせていただきます。

それではよろしくお願いします。


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24話

 翌日、早朝。

 夢を振り返りつつ、ポケセンのロビーで待っていると、青みのかかった黒髪ポニーテールが帰ってきた。

 

「…………何やってんの?」

「ちょっと昔の俺を思い出してただけだ………」

 

 ほんと何言ってんのって感じだ。

 あの時の俺はどうかしてんだ。きっとそうだ。だからあんな恥ずかしいセリフを惜しげもなく言えたんだ。

 ソファーで悶えていた俺を見て、カワなんとかさんは変なものを見るかのように目を細めてくる。

 

「………で、話って何?」

「もうちょっと待ってくれ。今くるはずだ」

 

 ふうっ、とデコの汗を拭うと一層変なものを相手にしてるなって感じのオーラを放ち、訝しむように俺を見てくる。めっさ怖いからやめてほしい。

 

「お兄ちゃん、連れてきたよ」

 

 刺々しい視線に耐えていると奥からコマチとタイシ、ユキノシタとユイガハマがやってきた。トツカたちはちょっと他の準備をしてくれている。

 

「またあんたたち………て、タイシ!?」

「よ、よお、姉ちゃん」

 

 はははーとちょっと怖いのか苦笑いを浮かべている。

 まあ今は気まずいよな。

 

「……あんた、何勝手に人に話してんの」

「い、いや、だってあんな毎晩ガルーラたちを置いてどこか行くなんて気になるじゃん。しかも俺、いかにもな怖い人に声をかけられて姉ちゃんのことを言われたら心配にもなるって…………」

 

 この話は初めてだったのか、心底驚いたような顔をする。

 

「……何かされたの!?」

「い、いや、ただ姉ちゃんによろしくって。どうも俺たちがここにしばらくいるのを知ってたみたいで、俺のとこに挨拶に来た、みたいな?」

「そう………………」

 

 その顔が強かったのかタイシが一歩下がると、さらに一歩滲み寄る。タイシじゃないけど超怖ぇ。

 

「とりあえず座らないかしら」

 

 傍で黙って聞いていたユキノシタが口にしたことで、皆がいそいそとソファーへと座っていく。俺の両側にはコマチとタイシが座り、向かい側にはユイガハマを真ん中にカワサキとユキノシタが座った。

 

「なあ、タイシ。お前の姉ちゃんがどうしてこんな時間まで働いているか分かるか?」

「お金、ですか?」

「ああ、金だ。けど、何の金か分かるか?」

「………遊ぶ、ため?」

 

 そうタイシが言うとカワサキはそっぽを向いた。

 そしてもう一度首を動かし俺を睨んでくる。

 

「まあ、遊ぶためでもあるな。だが、根本的には違う。タイシ、家にいた頃はこんなことはなかったんだろう」

「はい、昼間にバイトに出てたりしてたくらいで」

「で、変わったのはお前の旅についてきてから」

「そうっす」

「あ、弟くんの旅のお金が必要だったから、それで……」

 

 ぽん、と何かを閃いたかのようにユイガハマが言う。

 だが、そうじゃない。

 

「いや、タイシの旅費についてはカワサキ家の中ではすでに解決している」

「……そういうことね。旅費が必要なのはタイシくんだけじゃないものね」

「ああ、しかも下にもまだいるみたいだからな。金は必要になってくる。だけど、それだけじゃない。バトルシャトー。そこでは紳士淑女たちによるポケモンバトルが行われる。そして、それに参加できるのは何も来た者たちだけではない。求められたら、執事だろうがメイドだろうが対戦相手になることができる」

 

 なぜバトルシャトーなのか。ずっと気にはなってたが、タイシの言うカワサキの過去を見ればそれも見えてくる。こいつは昔はよくバトル大会などにも参加するようなポケモントレーナーだった。だけど、家の手伝いやらでその機会も徐々に減っていった。そこにタイシの旅が重なり、同時にお金も必要になってきた。そして、運良く金ももらえてバトルもできるバトルシャトーを見つけた。

 それが、こいつのバイトの経緯だろう。

 

「要するにトレーナーとしての技量も鍛えられるということね。だから、自分たちの旅費を稼ぐついでに大会に出られない現状でバトルできる場所を欲した。そして大会に出る準備をしているわけね」

「そういうことだ」

「姉ちゃん……………」

「はあ………、だからあんたは知らなくていいって言ったのに」

 

 大きなため息をつくとカワサキはタイシを見据える。

 

「あたし、大会には出るつもりだから。まだ何に出るかは決めてないけど。それをあんたたちに迷惑かけたくないだけ」

 

 スパンと言い切るカワサキの目は本気である。

 結局、こいつもトレーナーだったってだけだ。いつしか弟たちの目には家の手伝いをしている姿しか映らなくなっていたんだろうが、影でこっそりとポケモンを鍛え上げていたのだろう。それを旅に出ることになり、見つからないようにするのが難しくなった。なんてことはない。ただ恥ずかしいのだ。バトルからかけ離れた姿で認識されている現状で、バトルの特訓をしている姿を見られたくなかったのだ。だから旅費を口実にバトルシャトー通った。

 

「……なあ、カワサキ。お前、俺とバトルしないか」

「は? 何言ってんの?」

「……お前がどれほどの強さなのか見てみたくなった。それが理由じゃ不満か?」

「そうじゃなくて。あんたがあたしの相手になれるとは到底思えないんだけど」

「そりゃ、やってみないとわからないんじゃねーの。それとも怖いのか?」

 

 じっと俺を睨んでくる。その目は相手として不足していると言った目である。

 

「はっ、言うじゃん。いいよ、相手してあげる。だけど、あたしが勝ったらこれ以上関わんないで」

 

 だから挑発してみたら、案の定乗ってきた。

 俺のやっすい挑発にも乗るんだな。

 

「ああ、約束だ。もちろん、俺に勝てたらだけど」

 

 こうして、カワサキサキとバトルすることになった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ほんとにやるんすか? 姉ちゃん、すごく強いっすよ」

 

 トツカとザイモクザにフィールドの貸し出しを先に済ませてもらっていたため、すぐにバトルフィールドへと移動した。

 するとタイシが心配そうな目で俺を見てくる。

 

「強いなら結構。久しぶりにやる気出てきたわ」

 

 日が昇って地面が熱くなってきたのか、木陰に避難しているケロマツを見つけた。

 

「おい、暇人。今からバトルするけど、やるか?」

「ケロ?」

 

 短い足を組んで寝ているその姿はまさに偉そうである。これで枝なんか加えてたら、キモリみたいだよな。そういや、前に一度キモリを助けたこともあったっけ。

 

「相手は、たぶん強い、らしい」

「ケロ」

 

 俺がそう言うとむくっと体を起こし、準備運動を始めた。

 現金な奴め。

 

「んじゃ、お前から出てもらうからな」

「ケロッ」

 

 すっかりやる気を出したケロマツ。

 昨日はバトルしなかった分、今日は思いっきり暴れてもらおう。

 

「それで、ルールはどうするわけ」

 

 フィールドの方へ行くとカワサキがすでにスタンバッてた。

 ちょっと、火をつけすぎちゃったかもしれない。

 モンスターボールを手でポーンポーン弾いていて、まるでお手玉みたいである。

 

「ルールは………、手持ち全部、技の制限はなしのシングルスでどうだ」

「ふーん、ま、あんたがそれでいいってんならあたしはいいけど」

 

 なぜ俺はバトルしようなどと言ってしまったのだろう。

 今更にしてふと思う。

 たぶん、あの夢が原因なのだろう。今は考えたくない。あの夢のことは考えたくない。そんなことを思っている自分が心のどこかに確かにいるわけで。

 それを紛らわすためにもバトルをしたいのだろう、そう結論付けておく。

 

「なら、審判は俺がやるっす。二人とも準備はいいっすか?」

「ああ」

「いいよ」

「なら、バトル始め!」

 

 タイシが合図を出すと、準備運動を終わらせたケロマツがピョンピョン跳ねて、バトルフィールドにやってくる。

 

「へえ、ケロマツね。こっちはあんたからだよ、オニドリル!」

 

 まず出してきたのはオニドリルか。

 怒らせると怖いんだよなー。

 ほら、あんな感じで睨んでくるし。

 トレーナーと同じ目してるのは気のせいかな………。

 

「ドリルくちばし!」

「キエーッ!」

 

 翼を翻し、回転しだすオニドリル。そしてそのままケロマツに突っ込んできた。

 

「岩を纏え、がんせきふうじ」

 

 そう言うとケロマツは岩をいくつか四方に作り出すと自分の周りで回転させ、壁を作った。

 その岩の一つにオニドリルの嘴が刺さる。そして回転しているためその岩は砕けたが、オニドリルに一瞬の隙を作り出す。

 

「飛ばせ」

 

 砕かれた岩の破片に身をよじらせ一瞬だけ怯んだオニドリルに容赦なく全ての岩を飛ばしていく。オニドリルは「キエーッ」と呻き声を上げながら後方へと下がる。

 

「はがねのつばさ!」

 

 翼を固めると飛んでくる岩を次々と打ち返し始めた。

 方向性はバラバラでケロマツの方へは運良く届かない。

 ほんとあいつ運よすぎだろ。

 

「あなをほる」

 

 なんか地上は危険そうなので、一旦地中へと避難する。

 

「かげぶんしん」

 

 いつものように地中でたくさんの姿を作り出しておく。

 

「オニドリル、こうそくいどう」

 

 居場所を特定されないように高速で動き出したか。

 だったら、足止めを作るか。

 

「くさむすび」

 

 地面から無数の草が伸び始めてくる。ぐんぐんと伸び高さを増す。そしてそれらは不規則に絡み合い、網のようになっていく。

 

「キッ」

 

 目の前まで伸びてきた草を躱すとすでに目の前にあり、嫌って右に避けるとまた目の前にあり、というように何度も方向を変えその度に草にオニドリルは進路を阻まれていく。

 ついには四方八方を草で埋め尽くされ、高速で動いていた身体は動きを留めた。

 草はすでに鳥籠のようになっており、中が網の隙間からしか見えてこない。

 

「ねっぷう!」

 

 だが、カワサキは怯むことなく熱風で草を燃やし始める。

 燃やすのはいいけど、あれ自分も燃えないのだろうか。

 さて、草の鳥籠が無くなる前に攻撃するとしますかね。

 

「ケロマツ、れいとうビーム」

 

 オニドリルの真下から顔をのぞかせたたくさんのケロマツはれいとうビームを放った。四方八方埋め尽くされ、草の鳥籠を焼くのに必死なオニドリルには躱すという選択肢はない。

 諸にれいとうビームを受け、草が燃え尽きるのと同時にふらふらと地面に落ちていった。

 

「オニドリル!」

 

 カワサキの呼びかけに応えようと必死で身体を動かそうとする。

 

「まだ力は残ってるか。なら、くさむすび」

 

 地面から出てきたケロマツは再度地面から草を生やし、オニドリルの身体に巻きついていく。

 

「くっ、はかいこーーー」

 

 カワサキが言い終わる前にケロマツがオニドリルの嘴を草で結んだ。

 容赦ないなー、こいつ。

 誰に似たんだろうな。

 

「とどめだ、れいとうパンチ」

 

 凍らせるのもなんなので、とりあえず抜群の技で一発殴っておく。

 さっきまでの身をよじらせて飛び立とうとする動きは止まった。

 

「………お、オニドリル、戦闘…………不能…………」

 

 タイシが現実を理解できていないような声で、それでも目の前の事実を口にする。

 

「………くっ、戻れオニドリル」

 

 ボールにオニドリルを戻すカワサキの顔はとても悔しそうであった。

 

「………お、お兄さん、めっちゃ強いんすね」

 

 タイシが間の抜けた声をあげてきた。

 

「いや、俺が強いんじゃなくてこいつが容赦ないだけだから」

 

 俺に指をさされたケロマツはえっへんと胸を張る。

 や、別に褒めてないからな。

 

「ねえ、日に日にあの二人似てきてない?」

「ヒキガヤ君ですもの。仕方ないわ」

「お兄ちゃん………」

「いやー、さすがハチマンだなー」

「ハチマン怖い、ハチマン怖い」

 

 ちょっとー、最後のやつ。そんなに怯えないでくれます? お前が一番俺のバトルを見てきてるだろうが。この程度でビビるなよ。

 

「ねえ、あんた一体何者なの」

 

 カワサキがオニドリルのボールを握りしめて俺を睨んできた。

 

「ただのーーー」

 

 ただのクチバの兄貴、と言おうとしたら俺の声は女性陣にかき消された。

 

「番犬だっけ?」

「可愛くない愛犬じゃありませんでしたっけ?」

「どちらでもないわ。忠犬よ。全く見えないけど。ふふっ、ハチ公」

 

 俺はいつからみんなのペットになってしまったのだろうか。

 

「……………あんたも大変だね」

「分かってくれるか………」

 

 すっごい可哀想なものを見る目で俺を見るなよ、カワサキ。

 分かってくれるのは嬉しいけどよ。

 

「それで、次は誰で来るんだ」

「ケロマツは水タイプだし、ハハコモリ、出番だよ」

 

 二足歩行の葉っぱか。

 ハハコモリは確かむし・くさタイプだっけ。焼くのが手っ取り早いがケロマツは炎技ないし。………ひこうタイプでいいか。

 

「ケロマツ、つばめがえし」

 

 シャキンと刀を出し、ハハコモリに切り込んでいく。

 うーん、こうして見ると体格差が結構あるな。

 

「ハハコモリ、リーフブレード」

 

 パッと飛びかかるケロマツを草の剣で受け止めた。

 右腕で止められるくらい、ケロマツは軽いのか。

 

「刻め」

 

 空いている左腕で切りつけてきた。

 うん、素早いな。

 だが、まあ今のケロマツには効果はそれほどないし。

 

「れいとうビーム」

 

 吹き飛ばされながら正確に照準を合わせ、れいとうビームを打ち込む。

 こういうところはこいつのすごいところだよな。

 

「リーフストーム」

 

 対して、ハハコモリは口から風を起こし、無数の葉でケロマツを攻撃してきた。

 れいとうビームが葉を凍らせ、風に流され帰って来る。

 

「まもる」

 

 とりあえず、一旦守って仕切り直しだな。

 

「………やっぱり、そのケロマツなんかおかしい。くさタイプの技を受けても全く怯まないなんて………」

 

 ふむ、どうやらちゃんとバトル中でもポケモンの動きを逐一観察しているようだな。まあ、タイシが強いって頑なに言ってきてたし、そういう細かいところからもバトルの展開を組んでいけるのだろう。

 

「ケロマツについてどこまで知っているかは知らんけど、お前らの知識が全てではないってことだな」

「はっ? それくらい当たり前でしょ」

「なら、ヒントだけ。最終進化系のゲッコウガはしのびポケモン。要は忍者。変わり身の術とか背景に溶け込んだりする漫画とかによくいるキャラだよな」

「あっそ、つまり変幻自在に技を使いこなすってわけね」

 

 頭のキレもいいようだ。

 いいね、こいつ。

 

「さて、次行きますか。ケロマツ、えんまく」

 

 黒煙を吐き、ハハコモリ共々煙の中に埋もれる。

 

「ほごしょく」

 

 あ、タイプ変えてきた。

 ほごしょくだろ。

 ここ、一応地面が土だしじめんタイプかノーマルタイプかのどちらかだな。

 タイプを変えてどう出てくるか、少し見てみるか。

 

「かげぶんしん」

 

 黒煙の中で再度かげぶんしんを行い、回避率を上げる。煙が晴れればケロマツでいっぱいになってることだろう。なんて気持ち悪い。

 

「しぜんのちから!」

「うおっ!?」

 

 そう言った途端、地面が激しく揺れだした。思わず、バランスを崩してしまったぞ。

 周りを見ると他の奴らもバランスを崩してふらふらと今にも転けそうである。

 しぜんのちからによるじしんか。

 この技がじめんタイプに変わったということはほごしょくもーーー。

 

「ケロマツ、ハイド………ロ………ちょ、お前どういう躱し方してんだよ………」

 

 地震の振動により黒煙が晴れてしまい、ケロマツとハハコモリの姿が見えたのだが。

 なぜかケロマツは影と一緒にタワーを作っていた。

 じしんの振動を激しく揺れる前に感知して、躱すために影を足場にしてタワーを作ったんだろうけどさー。

 ほんとこいつ、バトル中でも一芸挟んでくるよな。

 思わず、吹き出しそうになったじゃねーか。

 

「ケロ?」

 

 そして、至って真面目にやっているのがこいつなんだよな。

 もう何なのこいつ。

 

「あーもう、ハイドロポンプ!」

「ケー、ロッ!」

 

 タワーの天辺にいる本体がハイドロポンプを放射すると、影も次々と……ってこら、妙にタイミングをずらして遊ぶな!

 

「こうそくいどう!」

 

 そんな俺の心中を露知らず、ハハコモリは高速で動いて躱していく。

 だが、それを追いかけるように影が少しずつずれ、『全方向』に放射できるように位置を変えていく。

 当たらなくても相手からしてみれば結構険しい表情をせざるを得ないよな。ちょっとどころか激しくおかしな攻撃布陣ではあるが、効率的といえば効率的である。だって、自分には攻撃が届いてこない上に、相手にプレッシャーを与えられるんだし、こんなのを思いつくケロマツのバトルセンスは並外れてるよな。

 

「ハハコモリ、もう一度しぜんのちから!」

 

 躱してばかりのカワサキが痺れを切らして攻撃を仕掛けてくる。

 技名を聞いたケロマツは、一番下にいる影がジャンプし、その上にいる影もジャンプし、次々と順にジャンプをしていく。

 そうか、だからタワーにしたのか。

 下からジャンプしていけば、じしんを躱すための滞空時間を大きく稼ぐことができる。もちろん下にいるケロマツは攻撃を受けてしまうが、そもそもは影。ただ消えるだけである。

 

「なっ……!?」

 

 これにはさすがのカワサキも驚いていた。

 

「……何なの、あんたのケロマツ。ケロマツってそんなに強かったっけ? どういう育て方してんの」

 

 すっげー訝しむように見てくる。

 目が超怖い。

 

「……いや、俺まだこいつをもらって一ヶ月も経ってない………」

「はっ? なに、だったら、元々がこんな強さを持ってるってわけ?」

「そういうことになるな。正直、俺が驚いてる」

 

 いやだって。

 一度見ただけの技でもすぐに使えて、なおかつ扱いの難しいへんげんじさいの持ち主で、さらに自由気ままな性格なんだぞ。それだけで充分なのにその上、バトルすらも自由な発想で組み立てるとか、もう初心者殺しでもないぞ。上級者殺しの域に達してるわ。

 これ、前のトレーナーが可哀想になってきたわ。この扱いづらさで進化すらも言うことを聞いてくれない。無理ですね………。

 

「でも、こいつは最初からこういう奴だったわ。だから、な。みずのはどう!」

「ならこっちはリーフブレード!」

 

 でも、だからこそこいつがどうしてタワーで『全方向』へハイドロポンプを打ったか理解できたわ。

 上空から重力に従って落ちてくる一塊の水。

 それを波導を用いて主導権を握り、照準を合わせる。

 ハハコモリは草の剣をジャンプしてケロマツに突き刺しにかかる。

 ケロマツは目の前まで引き付けると一気に水の一閃を突き落とした。

 

「ハハコモリ!?」

 

 全く警戒をしていなかった上空からの一閃に、ハハコモリは地面に打ち付けられる。

 しかも今のハハコモリには効果抜群だからな。

 

「………ハハコモリ……戦闘不能…………マジっすか………」

 

 なんかタイシを含めて周りの反応が唖然としているのは気のせいですかね。

 

「ケロマツめちゃめちゃ強いじゃないっすか」

「加えて、元々が似たような性格の二人だから、バトルも意外と息が合うのよ」

 

 タイシの言葉にユキノシタが補足してくる。

 まあ、こいつの方から俺のポケモンになったわけだし、気が合わないかと言われれば嘘になるけど。

 俺って、こんな性格だったか?

 

「捻くれた性格とかぐうたらなところとかお兄ちゃんそっくりですもんね」

「強い相手になると楽しそうなところとか昔のヒッキーにそっくりだよね……」

「や、別に楽しいってわけじゃ」

「でも、やる気は出るんでしょ?」

「うっ……、まあそうかもしれんが」

 

 ユイガハマめ。

 俺を戦闘狂みたいに言いやがって。

 相手が強けりゃ強いほどオラわくわくすっぞ、的なことは言わないからな。

 どこのサイヤ人だよって話だし。

 

「ふーん、まあ、大体分かってきたけど。次はあんただよ、ゴウカザル!」

 

 ボールにハハコモリを戻すと次のポケモンを出してきた。

 今度はゴウカザルが相手か。

 本物は初めて見たけど、手足長っ!

 

「マッハパンチ!」

 

 地面をザッと蹴り出すとゴウカザルは一瞬にしてケロマツの目の前にまで迫ってきていた。

 

「まもる」

 

 防壁を張って咄嗟に攻撃を受け止める。

 うーん、さすが猿だな。動きが早い。

 

「ハイドロポンプ」

 

 防壁からゴウカザルが離れたタイミングでハイドロポンプを打ち込む。

 

「かげぶんしん!」

 

 だが、ゴウカザルのかげぶんしんにより躱されてしまった。

 技を出すタイミングも早いときたか。

 

「ケロムースを撒き散らせ」

 

 たくさんの影に攻撃するのも本物を選別するのも俺にしろケロマツにしろ面倒なことでしかない。

 ならば、攻撃以外で選別すればいいだけのこと。

 ちょうど、ケロマツの首の周りにはケロムースというふわふわの泡があるからな。意外とあれ引っ付くと落ちないし。

 

「かえんほうしゃ」

 

 あー、それでもダメか。

 さすが言うだけのことはある。

 ちょっと意外なことでは動揺しないようだ。

 さっきのはそれほど強烈だったということなのだろう。

 

「あなをほる」

 

 地上を占拠されたので、こっちは地中を取ることにする。

 

「じしん」

 

 だが、それを待っていたかのように少し笑みを浮かべてそう言った。

 激しい揺れによりケロマツが地中から投げ出されてくる。

 

「かみなりパンチ」

 

 ケロマツの弱点をついて電気をまとった拳を次々と当ててくる。

 だが、当然今のこいつには効果はない。

 パンチの衝撃だけをもらい、影の消えたゴウカザルから距離をとった。

 

「…………やっぱり、そういうことか」

 

 こいつ……。

 先の二戦で勘付いていたのか。

 それでゴウカザルでかみなりパンチを当てるために地面技を誘った。そのために地上を影で埋め尽くしたのか。

 ………素材としては申し分ないな。

 

「あんたのケロマツ。使った技のタイプに変わるみたいだね。それでおかしいと感じるわけか。けど、カラクリが分かればこっちのもの。ゴウカザル、突っ込め!」

 

 今度は何を狙ってる?

 取り敢えず。転けさせとくか。近づかれると危険だし。

 

「くさむすび」

 

 ゴウカザルの脚に巻きつこうと地面から草が生えてくる。

 

「フレアドライプ!」

 

 だが、全身に炎を纏うことで草を焼き払った。そしてそのままケロマツの方へと迫ってくる。

 距離にしてすでに十メートルもない。

 

「纏え、がんせきふうじ」

 

 自分の周りに岩を作り出すと、その岩でゴウカザルの動きを受け止めた。

 だが、あっちの方が体格も体重も全てが上であり、力負けしてしまうのは当然のこと。衝撃でまたしてもケロマツは吹き飛ばされていく。

 

「ハイドロポンプ」

 

 宙で逆さになりながらも正確にゴウカザルへと打ち込んでいく。

 だが、当のゴウカザルはケロマツを見ていなかった。代わりにカワサキとアイコンタクトを取っていた。

 

「ッッ!?」

 

 気づけばゴウカザルはケロマツの背後に来ていた。

 拳は電気を帯びている。

 

「つばめがえし!」

 

 咄嗟に身をよじると同時につばめがえしを打ち込もうと腕を差し出す。

 だが、届かなかった。

 リーチが相手の方が長かったのだ。

 その分だけ早く攻撃できたというわけだ。

 

「ケロマツ………戦闘不能っすね。さずがにゴウカザルには勝てなかったっすね」

「まあ、今のは俺の判断ミスもあるが、あそこでみがわりを合図なしに使って俺たちの気を一瞬でも引いたあいつらがすげぇよ。それと……」

 

 ふにゃってるケロマツを抱き上げる。

 

「こいつの腕が短かったってのもあるな。あの手足の長さにはスピードは追いつけてもリーチの差までは埋めることができなかったんだ。けど、大したものだ。進化もしないでここまでやるようなのはあの男のライバルのポケモンであるピカチュウくらいじゃねーの」

 

 聞いた話によればピカさんは最強らしい。ライチュウに進化もしていないのに。

 ケロマツもそれに近いものがあるように思うんだよな。

 まあ、この敗北がこいつに何を与えるのかはわからんけど。

 

「さて、ようやくこいつの番だな。リザードン」

「シャァァァアアアアアアアアアアアンッッ!!」

 

 待ってましたと言わんばかりに雄叫びをあげてボールから出てきた。

 ケロマツのバトルに触発されたのだろう。

 

「飛びながら、りゅうのまい」

 

 出てきた勢いのまま空を翔け、自分の周りに三点張りで炎と水と電気を作り出す。

 

「かみなりパンチ」

 

 ゴウカザルは速攻で仕掛けてきた。

 拳に電気を纏い、振り下ろす。

 

「カウンター」

 

 りゅうのまいをしている間に攻撃しようとしたのだろうが、それはこっちだって読んでいる。

 炎と水と電気を頭上で絡め合わせてながら、タイミングをしっかりと見計らってカウンターを返した。

 勢いを全く同じで返されたゴウカザルは後ろの木々を何本か折ってようやく止まった。

 あー、また環境を破壊してしまった。

 木とか折ったら次育つまで何十年ってかかるのに。

 

「シャァアアアッッ!」

 

 頭上で完成した竜の気を身体全体に降ろし、纏う。

 

「ストーンエッジ!」

 

 起き上がったゴウカザルは地面を叩きつけ、地面から幾つもの岩を作り出してくる。その勢いは今まで見てきたストーンエッジの中では割と早い方ではないだろうか。

 

「躱して、じしん!」

 

 翼を使ってバク宙を行い、そのまま地面に拳を打ち付けた。

 地面は激しく揺れ出し、ゴウカザルの足元をピンポイントで段差をつけ、バランスを大きく崩させた。

 

「つばめがえし!」

 

 尻餅をついたゴウカザルに次なる攻撃を浴びせていく。

 今回は翼ではなく刀を作り出し、それを両手にゴウカザルへ突っ込んでいく。

 

「いわなだれ!」

 

 リザードンの頭上に無数の岩を作り出し、雪崩れ込むように落としてきた。

 両手の刀で切り裂いていくが、その間にゴウカザルが次の行動へと移っている。

 

「かげぶんしん」

 

 行く手を阻む岩々を処理し終えると今度は影の処理が待っていた。

 リザードンも俺も「面倒くさい」という感想を抱きながらも仕方ないので処理していくことにする。

 

「ブラストバーン!」

 

 再度地面を拳でたたきつけ、今度は火柱を作り出す。

 広範囲の大きさで作り出した火柱はリザードンもゴウカザルも影共々巻き込んで天へと燃え盛っていく。

 

「ストーンエッジ!」

 

 囲われた火柱の中で地面から尖った岩を突き出してくる。

 どうせ狙ってくるのは真下に出てくる岩のみ。

 だったら、そこに集中して対処すればいい。

 

「はがねのつばさで地面を叩きつけろ!」

 

 翼を固い鋼にして、地面を叩きつける。

 岩の出てくる前に衝撃を与えて、相殺させるためだ。

 

「かみなりパンチ」

 

 だが、実際の彼女の狙いはこっちのようで、地面に翼を叩きつけた時にはすでにゴウカザルが振りかぶっていた。

 いいね、かくとうタイプらしくて。

 ヒラツカ先生も大喜びだと思うぞ。

 

「ドラゴンクローで受け止めろ!」

 

 腕をクロスさせ、伸びた竜爪で拳を受け止める。

 

「翻って斬り裂け!」

 

 衝撃を受け流すように身体を回し、ゴウカザルの背後を取る。そして、背中から大きく二度切り裂き地面に叩きつけた。

 火柱は衝撃波の影響ですっかり消えてしまい、二対の姿がはっきりと見えてくる。

 

「ゴウカザル!?」

 

 地面に倒れるゴウカザルをリザードンがじーっと見つめていた。しゃがんでまで。

 あれかな、生きてるか確認してるのかな。

 

「ゴウカザル、戦闘不能。………ケロマツがまだ可愛く見えてくるっす」

 

 ジャッジをするたびにタイシがポツリと呟くが、彼も少しは喋りたいのだろう。

 寂しい男だな。

 

「お疲れ、ゴウカザル」

 

 ゴウカザルを労い、カワサキはボールへと戻していく。

 

「なるほど、あんたが育てるとそういう風になるんだ。割と激しいバトルが好みのようだね」

「…………昔の話だ」

 

 昔はなー、すごかったからなー。

 

「んじゃ、次はガルーラ。あんたの番だよ」

 

 四体目はガルーラか。

 まさかフルで連れてたりしないよな?

 

「みずのはどう」

 

 早速、水を波導で固めて弾丸して飛ばしてきた。

 だが、軌道がおかしくないか?

 逸れてるぞ。

 

「引いて」

 

 なんていうのも束の間、リザードンを通り過ぎていったみずのはどうは後ろから迫ってきた。

 

「はがねつばさで撃ち返せ」

 

 再び翼を鋼にして身を翻す。

 

「今だよ、爆発」

 

 だが、撃ち返す前に弾丸は割れた。水が四方に飛び散り、リザードンの身体を濡らす。

 顔が濡れて力が出ない、なんてことはないよな。

 

「10まんボルト」

 

 濡れた体にすかさず電撃を放ってくる。

 濡らしたのはこのためだろう。

 より電気を通すためのみずのはどうか。

 どうでもいいけど、あれって清水じゃないんだな。

 

「かえんほうしゃ」

 

 炎と雷撃が交錯し、爆風を生む。

 

「ドラゴンクロー」

 

 リザードンは爪を立て、爆風の中ガルーラに飛びかかっていく。

 

「ブレイククロー」

 

 爪には爪を、という感じにガルーラも爪を立て、腕をクロスさせてリザードンを受け止めた。

 

「はかいこうせん!」

 

 近距離で撃ってくるか。

 ならこっちも。

 

「ブラストバーン!」

 

 両者の口から撃ち出される究極クラスの技。

 マグマのように燃え盛る炎とオレンジ色の光線。

 交錯の衝撃で二体の身体は距離をとるが、撃ち合いは終わらない。

 だが、ガルーラの方が徐々に足元が滑り、下がっていっている。

 

「押し返せ」

 

 俺の一言に両者が反応し、片やさらに威力を上げ、片や踏ん張る状況になった。

 

「負けるんじゃないよ、ガルーラ」

「じしん」

 

 カワサキが踏みとどまろうとするのでさらに追い討ちをかけてみる。

 リザードンが右足で勢いよく地面を蹴り、ぐらぐらと揺らす。

 その衝撃でバランスを崩したガルーラは踏ん張る力を逃してしまい、ブラストバーンの炎を顔に受けてしまった。

 

「ガルーラ!?」

 

 後方へと飛ばされたガルーラはピクリとも反応しない。

 タイシが駆け寄って見に行くと首を横に振ってきた。

 

「ガルーラ、戦闘不能。まさか……あのガルーラが負けるなんて」

 

 どうやら、ガルーラはカワサキ姉弟にとっては強い存在だったのだろう。

 

「よくやったよ、ガルーラ。あんたの仇はこの子がとってくれるよ。いきな、ニドクイン」

 

 五体目として出てきたのはニドクイン。

 どこぞのロケット団の首領もニドクインを連れていたな、なんて記憶が頭をよぎった。

 あいつはじめんタイプの使い手という面も持っているため、地を使ったバトルが得意であったが、その中でもニドクインはじめんタイプの技を使ってきた記憶がない。カウンターやどくばりなど嫌な戦い方ばかりされ、相方のニドキングのような強引な攻撃はあまりしてこなかった。

 さて、カワサキのニドクインはどんなバトルをしてくるのやら。

 

「ポイズンテール!」

 

 ボールから飛び出てくるとそのまま紫色の尻尾を振りかざしてくる。

 掴んで投げ飛ばしたいところではあるが、毒がまとわりついているんじゃ下手に触るのは危険だろう。

 

「かえんほうしゃ」

 

 炎を吐いてニドクインを押し返そうとするが、尻尾で炎を真っ二つにしてきやがった。

 そのまま尻尾を打ち付けられたが、幸い毒にかかることはなかったようだ。

 

「意外とパワーを兼ね備えてるみたいだな」

 

 ゆっくりと立ち上がるリザードンを視界に入れながらカワサキを見据える。

 

「あたしの最初のポケモンだからね。付き合いも長いし、それだけちゃんと育ってるよ」

 

 当の本人はこう言ってくる。

 

「あんたの本気見せてやんな。つのドリル!」

 

 うぇ!?

 まさかの一撃必殺かよ。

 頭の角がすんごい早く回転しだしたんだけど。

 あれ、当たったら死ぬぞ。

 

「チッ、えんまく!」

 

 ニドクインの視界を黒煙で遮る。

 足音からして構わず突っ込んできているのは明白だ。

 

「ハイヨーヨー」

 

 勢いよく急上昇を行い、ニドクインから距離をとる。

 

「上だよ!」

 

 カワサキの声にニドクインは煙の中から飛び出し勢いよく地面を蹴り上げジャンプする。あの重そうな体でも跳べるもんなんだな。

 

「相手は右回転だ。左回転でトルネード」

 

 一方で、リザードンは急下降でスピードを上げ、竜の爪を前に出し、左回りの回転を始める。

 爪と角がぶつかり合い、回転を相殺していく。

 

「ばかぢから!」

 

 あらん限りの力を頭に持って行き、そのまま突進をしてくる。

 

「躱して、グリーンスリーブス・ドラゴン」

 

 身を翻して、ニドクインの足元を取り、竜の爪で大きく突き上げる。それを何度も何度も繰り返し、空へと切りつけながら突き上げていく。

 

「スイシーダ」

 

 充分空まで達したら、今度は上からチョップで勢いをつけて地面に叩き落とした。

 ズドンッ! というものすごい地響きが鳴り渡る。

 あれだけの連撃を受けたんだし、もう立てはしないだろう。

 

「ニドクイン!?」

 

 カワサキは二度クインに呼びかけるも反応はない。

 

「ニドクイン、………戦闘不能っす」

 

 いやー、つい一撃必殺に対して火がついちまったよ。あんなの受けたら負け確定だし。あんなの持ってるんだったら早いとこ倒さねぇとこっちがやられちまうわ。

 

「姉ちゃん、もうポケモンは」

「いないよ。あたしの負けだ」

 

 悔しそうに俺を睨んでくる。

 

「お兄さん、マジで何者なんすか。あの姉ちゃんに勝っちゃうなんて」

 

 タイシが恐ろしいものを見るような目で俺を見てくる。

 まあ、あれはさすがにやりすぎたかなーと思わなくもないんですよ。

 だからってそこまで怯えられるのも久しぶりすぎて泣けるわ。

 

「んー、まあ、その話は後でな。その前にユキノシタ、ザイモクザ。カワサキの資質はどうだ?」

 

 さて、こいつらの問題を片付けるとしますかね。

 タイシの質問はそれが終わってからたっぷりと教え込もう。そして俺を崇めるように洗脳しよう。

 



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25話

「ユキノシタ、ザイモクザ。カワサキの資質はどうだ?」

 

 俺がそう二人に聞くと二人してため息を吐いてきた。

 

「ポケモントレーナーとしての能力は問題ないと思うのだけれど」

「うむ、我も文句の付けどころはない。………ハチマン、本気なのか?」

 

 本気も何もこれが一番手っ取り早くて簡単な解決策だと思うんだが。まあ、本人が最終的に選んでもらわないといけないけど。

 

「本気も何もこれが一番いい解決策だと思うんだがな」

「もしや、とは途中から思っていたのだけれど。あなたもつくづくお人好しね」

 

 ユキノシタが呆れたように俺を見てくる。

 いやー、だって他に解決策なんて思いつかんし。

 

「ねえ、あんたたちさっきから何の話してんの? つか、このバトルして何か意味があったわけ。まあ、あんたが強いってのは充分わかったけど」

 

 俺たち三人の意味ありげな会話にカワサキが睨みつけてきた。

 バトルしてる時の目とは違って超怖い。

 

「あー、カワサキ。お前ポケモン協会に入らないか?」

「はっ?」

 

 そう。

 俺が出した解決策はこいつをポケモン協会に所属させることだ。そうすれば、あんな夜の部のバイトをしなくてもすむし、タイシたちに心配をかけることもない。

 

「何か命令が下る、そうだな災害や警察では片付けられない事件などが起こった時には動かなきゃならんが、基本暇だ。何しててもいい。そして、ちゃんと給料も出る。だからもちろん旅も続けられる。何も起きない限りではあるが」

 

 基本休みって仕事はいいよね。

 まあ、その間にポケモンを鍛えとけってことなんだろうけど、好きにしてていいわけだし。

 

「ちょ、待ってよ! どうしてそんな話になるわけ!?」

「なあ、『ポケモン協会の忠犬ハチ公』って聞いたことないか」

「あ、あるけど………はっ? マジッ?!」

 

 どうやら忠犬ハチ公でピンときたらしい。

 だって、ハチ公だもんな。

 この流れで出てきたら気づくよな。

 

「そうそう、それ俺。で、形上俺の部下になってるのがザイモクザ。ユキノシタは知らん」

 

 チャンピオンを辞退してから色々あって、ようやく片付いて戻ってみると理事に「よくぞ帰ってきてくれた」なんて喜ばれて、半強制的に所属することになり、ついでに一緒にいたザイモクザも俺の部下という形で所属することになったわけだ。

 

「あら、私は一応姉さんと同じ扱いになってるわ。あの人は関係なしに動いてるようだけど」

 

 で、ユキノシタは三冠王とか呼ばれてるから順調に勧誘されて所属しているのだろう。

 

「…………はっ、はは。まさかあんたたちがそういう類の人たちだったとは」

 

 はあー、とカワサキは驚きを通り越して呆れたオーラを出してくる。

 

「いいよ。あんたの提案に乗る。けど、一つだけ条件がある。弟たちを、タイシたちを巻き込まないって約束して」

「ぷっ、………くくくっ」

「ちょ、何笑ってんのさ!」

 

 やべー、超睨んでるけど。

 けど、笑いが止まらん。

 どんだけブラコンなんだよ。

 

「くくっ、いや、悪い………。すー、はぁ…………それ、俺が出した条件とまるっきり同じだったんでつい笑いがくくくっ」

 

 ほんと勘弁してくれ。

 俺が協会に属する条件に出したのとまるっきり理由が同じって、あーもーまた笑いが。

 

「引っ叩いていい」

「どうぞ、お好きにしてちょうだい」

「分かった、俺が悪かったから。ちゃんと約束はする。それも込みで理事に持ちかけてみる。ちょっと待ってろ」

 

 そう言って平手打ちの準備をしているカワサキを制止してポケナビを取り出す。

 かける相手はジョウト・カントーポケモン協会の理事。

 

「……もしもーし、生きてますかー」

『生きてるわ! 人を年寄り扱いするな!』

「そりゃよかった」

『それで、君が連絡をよこすなんて何か用があるんだろう』

「理解が早いようで助かります。一人、所属させたいのがいるんで、それの申請をと思いまして」

『はっ? 君が勧誘だと?! 頭でも打ったのか?』

「あっ? んなわけねぇだろ。俺はいたって正常だっつの」

『ははは、冗談だ。それでそいつは強いのか?』

「俺とザイモクザ、それとユキノシタユキノのお墨付き、て言えば充分でしょ」

『なに?! ユキノシタユキノもそこにいるのか?!』

「そうだよ。俺だって驚いたわ。なんでこんなところに三冠王がって」

『カロスへ行くって聞いてはいたが、まさか君と一緒にいるとは。まあ、所属に関しては認めよう。君たちが認めたトレーナーなら申し分ない』

「あー、ただ条件として弟たちや家族を巻き込むなって言われましたよ」

『…………くくくくっ、懐かしいな。君もそんなことを言っていたのを覚えている』

「チッ、覚えてやがったか。さっさとボケて忘れればいいのに」

『………よし、君の部下ってことにしておこう。そんな条件を付けられたのならなおさら君に預けるのが一番だろう。しっかり面倒見てやれ。あっ、ちなみに給料は君のところから差し引かせてもらうぞ』

「やっぱりそうなるか。まあ、部署から差し引くってことになるだろうとは思っていたが………まあそこはいいですよ。それよりも俺のとこに置くと一番危険なような気がするんですけど?」

『なら、他のところに君の知り合いを任せられるのか? 自分で勧誘した奴を』

「あー、まあそれを言われちゃ何も言い返せませんよ」

『それじゃ、成立だな。本人に代わってくれるか』

「はいよ」

 

 理事とのしょうもないやりとりを済ませると、変わってくれと言われたので、カワサキを見る。

 

「な、なにっ?」

「理事が話したいって」

「あ、うん……」

 

 それからポケナビをカワサキに渡し、俺はその場に座り込む。

 あの人と話してるとどっと疲れるわ。

 まあ、今こうしていられるのもあの人のおかげっちゃおかげなんだけど。

 

「ねえ、ヒキガヤ君。あなた理事とちょっと親しげすぎない」

 

 なんて空を見上げてると、ぬっとユキノシタの顔が現れた。

 

「うおっ!? ビビるからやめろよ」

 

 だからつい変な声が出てしまった。

 

「で、俺が理事と親しげだって話だっけか? 俺、あの人直属の部下? みたいなもんだから」

「………ようやく分かったわ。だから『忠犬ハチ公』と呼ばれているのね」

「………どういう意味だよ」

 

 どう解釈したら、通り名の意味の理解に至るんだよ。

 

「ねえ、ハチマン。理事ってポケモン協会のトップの人なんだよね」

「ああ」

「で、ハチマンはその人直属の部下。要するに懐刀って奴なんじゃないかな? だから中から噂が流れ始めてそれが広く伝わっていって、通り名として定着したんじゃないのかな」

 

 あー、なるほど。

 そういうことか。

 天使、もといトツカの説明でようやく理解できたわ。

 だからいつの間にか犬扱いされてたのか。

 

「僕は『忠犬ハチ公』って通り名、可愛いと思うよ」

 

 キラキラとした笑顔を浮かべてくる。

 ドックンと。

 強く鼓動が鳴り響く。

 え、なにこれ?

 まさか、これが恋という奴なのか?

 

「サイカ、結婚しぶっ?!」

 

 トツカのキラキラに心を奪われてるといきなりぶられた。頰がめっちゃ痛い。

 

「な、なにしゅるんでしゅかー」

「電話を代わろうとしたら、あんたが怪しいオーラを出してるからじゃん」

 

 頰には冷たい金属品の感触が伝わってくる。

 こいつか、原因は。

 

「あー、はい、代わりましたよー」

『いい子じゃないか。ちゃんとしていて君の部下には勿体ないくらいだ』

「まあ、そうでしょうね」

『………話は変わるが、ハチマン。フレア団には気をつけろ』

「………やっぱり、存在していたのか…………」

『どうやらまだ遭遇したわけではないようだな』

「ええ、名前くらいしか聞いたことはないです。ただ、奴らはひょっとするとメディアを掌握している可能性がある。ところどころで噂が流れていたりするのにどの情報メディアにも全くと言って名前が出てこない。何なら、こっちで流通しているホロキャスター。これも盗聴されているかもしれない」

『……なるほど…………、とりあえず引き続き情報集めと警戒をしておいてくれ。こちらでも調べてみるが役に立てるかは保証できない』

「当然、今は妹も連れてきてるんだ。あいつの危険になるようなものは全て破壊します」

『無茶はするなよ。………と言って、聞いた試しはなかったな』

「大丈夫ですよ。ちゃんとあんたの言葉は頭の片隅に置いてますから」

『ならいいが。ではそっちは頼むぞ』

「了解」

 

 フレア団か。

 カントーでその名が上がるのであれば、それはもはや存在しているとみて間違いないだろう。

 何を狙っているのかは分からないが、害になるなら排除するまでだ。

 

「ねえ、『君の上司は頼りになるから安心しなさい』って言われたけど、あたしの上司って誰なの?」

 

 よし、とりあえずあのくそじじいを呪ってやろう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 それから。

 カワサキは寝るために部屋へ戻り、することのなくなった俺たちは散り散りと各々でやりたいことをやっている。

 俺はというとタイシとコマチがバトルをやると言い出したので、リザードンとケロマツをジョーイさんに預けて木陰で二人のバトルを眺めていた。

 イッシキと…………。

 

「ねえ、なんでお前いるの」

「ぶー、ひどいです先輩。可愛い後輩が一人寂しくしている先輩を構ってあげようとしてるだけじゃないですかー」

「要するに暇なのね」

 

 なーんかカワサキ姉弟の問題が解決したところで、見たことのある連中がコボクのポケモンセンターにやってきたんだよなー。

 ユイガハマはそっちに行っちゃうわ、代わりにイッシキが残るわでユキノシタが寂しそうだった。

 

「俺を構うよりもユキノシタを構ってやれよ」

「ふとした瞬間に出てくるあの凍てつく視線が怖いです」

「ああ………」

 

 ユイガハマがいないと出るアレな。

 どんだけユイガハマのこと大好きなんだよっていう、あの目な。

 

「二ドリーノ、つのでつく」

「ゴンくん、メガトンパンチ」

 

 ボケーっと見ていると再びイッシキが口を開いた。

 

「コマチちゃん、カビゴン捕まえたんですね」

「ああ、ボール当てたのはカマクラだけどな」

「想像できちゃうのが悲しいです」

 

 なら俺を見るなよ。

 

「言っとくが、俺は捕まえたことないからな。だから、あいつは俺の先をいったわけだ。だから、俺の入れ知恵じゃない。残念だったな」

「べ、別に残念なんて思ってないですよーだ! ………ただ、ちゃんと成長してるんだなーって思っただけです」

 

 あっかんべーってしてきたかと思えば、どこか遠くを見るように空を見上げる。

 

「にどげり」

「ゴンくん、のしかかり」

「別に、コマチだけじゃないだろ。お前だってポケモンには懐かれるんだし、それも一つの成長…………そういや、昔お前みたいなやつがスクールにいたな」

「ギクッ!?」

 

 確か、あいつに見せられた夢の中じゃ一個下だっけ?

 亜麻色の髪で………人間版メロメロが使えて…………あれ? そういや、そんなやつがここにも……………?

 あ、二体とも戦闘不能になった。

 

「………ヤドキング」

「ひぃっ!?」

 

 変な声を上げてイッシキが俺から距離をとった。

 まさかな………。

 

「お前、ヤドキングに追いかけられたこととかあるか?」

「え、な、べ、別にそんなことは全く決してここここれぽっちも記憶にないですよっ!?」

「お、おう……………」

 

 ………………。

 

「ストライク、シザークロス!」

「カメくん、からにこもる!」

 

 ちょっと、動揺しすぎじゃね?

 そんなにトラウマなの?

 

「……………思い、出したんですか?」

「………ああ、まあな」

 

 これは本人であると認めたと思っていいんだよな。

 

「………そう、ですか」

「こうそくスピン」

「つじぎり」

「つっても俺が卒業する数日前だけなんだけどな」

「………大丈夫ですよ。保健室で会話したのが最初ですから」

「そうか………」

 

 俺って、ほんとに誰とも会話してなかったんだな。学校での話し相手がヒラツカ先生か保険医の……ツルミ先生? だけって………スクール側からしたら問題児でしかないよな。

 

「なるほどな。だからお前は俺のことを知ってたのか」

「はい……。あれは私の中ではいい思い出ですよ。ハヤマ先輩たちが卒業してからは特に珍しいこともなくなってしまって退屈でしたけど、どうしてもあの時のことだけは鮮明に覚えてるんですよねー」

 

 イッシキが不思議な顔で記憶を掘り起こしている。

 

「カメくん、みずのはどう!」

「ストライク、むしのさざめき!」

 

 うおっ、耳痛ぇ。

 

「それにー、私ってこんな性格じゃないですかー。女子との折り合い上手くなかったんですよね………話し相手といえば男子か先生かヤドキングくらいで」

「はっ?」

 

 え?

 なんでそこでヤドキングが出てくんの?

 そんなにずっと懐かれてんの?

 あ、ストライクが押し合いで負けてるし。

 

「あれ以来、ヤドキングは良くも悪くも私に構ってくれるポケモンになっちゃって。私が卒業する時なんか号泣して離れないくらいでしたから」

 

 んー、要するに俺とオーダイルみたいな関係だった………ってわけでもないな。まあ、そんな感じでそのポケモンのトレーナーではないけど懐かれたってことなんだろうな。まあ、あれを懐いたと言っていいのか測りかねるが。好き好きオーラ出しまくってたし。

 

「キルリア、マジカルリーフ」

「カメくん、こうそくスピン」

「お前も充分ポケモンに懐かれる質なんじゃねーか。人のこと散々言ってたけどよ」

「やだなー、先輩よりは効果半減ですよ。雄にしか懐かれませんから…………ほんと雄だけ…………」

 

 後半になるにつれて尻窄みになっていく。

 

「そういやナックラーも雄だったな………」

「ほんとヤドキングを思い出しましたよ。初めて会った時は」

 

 ああ、だろうな。

 ちゃんとは見てないし聞いただけでしかないけど、普通に想像できてしまった。

 この前のナックラーもあの時のヤドキングと同じような反応だったし。

 

「お前も苦労してんな」

「先輩に比べたらまだまだですけどねー」

 

 うわー、すっげーあざとい笑顔。

 思わずチョップしたくなったわ。

 しないけど。

 

「あ、そういえば私のことも思い出したみたいですし、当然ユイ先輩のことも思い出したんですよね?」

「はっ、えっ?」

「ロケットずつき」

「ねんりき」

「え? まだ思い出してないんですか! 私のこと思い出したんならユイ先輩も一緒にいるはずですよ!」

「って言われてもなー」

 

 ユイガハマなんていたか。

 ユキノシタはハヤマらしきイケメンといたし、亜麻色の髪の後輩と一緒にいた奴って言うとあのお団子頭の黒髪しか…………お団子?

 

「なあ、まさかユイガハマの髪って昔は黒かったか?」

「んー、確か先輩が卒業する前は黒かったような………」

 

 ……………。

 嘘だろ。

 なんてこった。

 あいつ、マジで髪の色染めて茶髪にしたのかよ。しかもそれを律儀に今も守ってるなんて………。

 

「言葉ってのは時には人を縛り付ける道具にもなり得るんだな。言霊ってやつか………」

「何言ってるんですか、先輩キモいです」

 

 キモいは余計だ。

 

「戻ってカメくん。カーくん、いくよ。サイコキネシス」

「シャドーボール」

 

 あと君たち。

 展開速くない?

 

「いや、俺の何気ない一言がずっとあいつを縛り付けてたんだなって思っただけだ」

 

 縛り付けてるって表現は間違ってるかもしれないが、あの珍しく気の回した言葉が仇となるとは。

 

『ヒキガヤハチマンさーん。ポケモンの回復が終わりましたよー』

 

 タイミングよくマイクを通して院外に聞こえるようにジョーイさんが知らせてきた。

 さて、取りに行きますか。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「あ、はい」

 

 よっこらせと起き上がり、トボトボと歩いていく。

 ポケモンセンターの中に入るとロビーでユキノシタが本を読んでいた。

 取り敢えず、ポケモンたちを先に受け取るとようやく俺に気がついたのか、こちらの方へと顔を上げてくる。

 

「………そろそろ出る準備だけはしておいた方がいいかしら」

「そうだな。コマチたちもそろそろバトル終わると思うし」

「あら、どっちが勝ったのかしら」

「さあな」

 

 なんて気のないやりとりをしながら外へ出ると、遠くからプテラらしきポケモンが空をかけているのが見える。

 奴は段々と近づいてきてるようで、そのシルエットが大きくなっていく。

 

「ラァーッ」

 

 俺たちの目の前を過ぎていくとポケセンの建物の横にあるバトルフィールドへと飛んでいく。

 そして「うわぁっ!?」という聞き覚えのある声がしたかと思えば、プテラがまた空をかけて行った。

 

「あ、コマチだ………」

 

 奴の足にはコマチがぶら下がっている。

 

「お兄ちゃーん!」

 

 足をバタバタさせてプテラと一緒に段々と山の方へと離れていく。

 

「チッ、ユキノシタ後は任せた。リザードン、プテラを追いかけるぞ」

 

 受け取ったモンスターボールから早速リザードンを出し、背中に乗る。

 

「最初からトップスピードでいくぞ!」

「シャアッ!」

 

 地面を強く一蹴りし、一気に加速してプテラの後姿を追う。

 

「コマチが落ちたら危険だし、下手に攻撃はできないか」

 

 かえんほうしゃでも仕掛けてみようかと思いはしたが、動きの早いプテラが相手では躱される可能性の方が高いため、その動きでコマチにやけどを負わさせるわけにはいかない。

 

「取り敢えず、近くまで行くしかないか」

 

 徐々にプテラとの距離は縮まってくるが、いかんせん奴のスピードが早いため、どんどんコボクから離れていってしまう。

 

「コマチ!」

 

 とうとう追いついて並走したところでコマチに声をかける。トラウマにならないといいが。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

 ごめん、前言撤回。

 こいつすげぇ楽しそうだわ。

 

「この子、結構面白い子だよ!」

「ラー」

 

 どうやらすでに意気投合してしまったらしい。

 コマチのメンタルもすげぇな。

 

「でね。この子、コマチをどこかに連れて行きたいみたいなの」

「だから俺にもついて来いってか」

「そうそう。ねえ、プテくんあの山越えるの?」

「ラーッ」

 

 バトルシャトーも通り過ぎ、その先にある高い山が見えてくる。このまま行けばぶつかってしまうが、この先に目的地があるようなのでもうプテラに任せるしかない。

 

「ならさっさと案内してくれ」

「ラー」

 

 俺がそう言うとプテラはさらに加速し、山の方へと飛んでいく。

 追いかけるように俺たちも後を追った。

 敵じゃないことを祈りたい。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 山を突っ切るのかと思えば段々と左へ寄って行き、渓谷の方を超えてとある町に出た。

 たまには空の旅というのもいいものだな。

 

「ここは………」

 

 ホロキャスターで調べてみるとここはコウジンタウンというらしい。

 なんというか崖の上に作られた町って感じだな。

 

「アーッ」

 

 プテラが白い建物の前で地上に降り始めた。

 どうやらここへ連れて来たかったらしい。

 俺もリザードンから降り、ボールへと戻す。

 

「プテくんが連れて来たかったのって、ここなの?」

「ラーッ」

 

 コマチが聞くとコクコクと首を縦に振りだす。

 それが可愛かったのかコマチはプテラの頭を撫で始めた。

 

「おお、プテラ!」

 

 取り敢えずザイモクザにコウジンタウンにいることを伝えていると、中から人が出てきた。

 白衣を纏っているところを見ると研究職の人かなんかなのだろうか。

 

「アーッ」

 

 どうもプテラの様子を見ているとこの人のポケモンか何かなのだろう。

 で、ふと見渡してみると『カセキ研究所』という看板が目に付いた。

 あー、そういうことか。

 

「それで、君たちは………?」

「プテラに拉致られてきました」

 

 不機嫌そうに白衣の男に言ってやると「そ、それはすまなかった」と謝罪された。

 

「それで、こいつはどうしたまた妹を連れて来たんですか」

「……たぶん、原因は今朝方のことだろうな。取り敢えず中に入ってくれ」

「はあ………」

 

 なんかよくわからんが、俺普通に会話してるし。

 中に入るとフロントから奥の部屋に至るまで物が荒らされた形跡があった。

 それをせっせと他の職員の人たちがかたしているという現状。

 

「これは……?」

「今朝方、賊に入られてね。化石を復元させて経過観察を行っていたチゴラスを一体、奪われたみたいで、警察にはすでに動いてもらっている。分かっていることと言えば、賊はオレンジ色の服装をしていたということくらいだ」

 

 オレンジ色の賊か………。

 うーん、まだ断定まではできないな。

 

「それがコマチたちを連れて来た理由ですか?」

「かもしれないという話だよ。状況を理解したこのプテラがいきなり飛び出して行って、探そうとも思ったがこっちに手一杯でそれどころではなくてね。帰ってきてくれてなによりだよ。君達には迷惑をかけたみたいだけど」

 

 それで俺たち、というかコマチを連れて来たのか。

 でもなんでコマチなんだ?

 

「この子は人間の女の子が好きなようでね。ちょうど君はこの子の的を射ているみたいだね」

 

 ………なんかみんなして変なポケモンを呼び寄せる力を持ってるみたいだな。

 懐かれ方はそれぞれみたいだけど。

 

「所長! 大変です! 例の『宝石』がなくなってます!」

「なに!?」

 

 隣の部屋から一人の研究員の男性が顔を見せた。その顔は険しく、事態の重さを物語っている。

 というかこの人ここの所長だったのか。

 それにしても、例の宝石………か。

 それが一体何を指しているのかは分からないが、様子を見る限り大事な物、あるいは高級な物なのだろう。

 

「例の宝石ってプテくん何か分かる?」

「アーアッ?」

 

 コマチにしがみつくようにプテラは肩に足を置く。

 そして、バカっぽい顔を見せてくる。

 どうやらプテラも分からないらしい。

 まあ、逆に知っていたら驚きもんではあるけど。

 

「せっかく化石から復元させたポケモンたちの調査結果と一緒にプラターヌ博士に渡そうとしていた物が………」

 

 プラターヌ?

 そうか、ここも一応研究所なんだしあの博士とも当然つながりがあるよな。

 ということはプラターヌ博士絡みで宝石………………まさかな………。

 一応念のため確認をしておくか。

 

「あの、…………宝石ってこんなやつだったりします?」

 

 そう言って俺はポケットから虹色に輝くキーストーンを取り出して所長さんに見せた。

 

「これは………なんとも綺麗な宝石であるな。だが、違うよ。こんな色ではなく透明感あって中が紫色っぽい柄がある丸い石さ」

 

 透明感があって中に柄…………そういえばそんな石も見たことあるような……………。

 

「リザードン」

 

 ついさっきボールに戻したリザードンを再度出してみる。そして、スカーフで隠しているメガストーンをしっかりと観察した。

 

「ッッ!?」

「どしたの、お兄ちゃん。顔怖いよ」

 

 色は違うが、リザードンに持たせている石も透明感のある青色で、それよりもさらに濃い青色の柄があった。

 

「……盗られた宝石ってのはメガストーンかもしれない」

「「ええっ?!」」

 

 白衣を纏う二人の男は盛大に驚きを見せる。

 手に持っていた紙束を床にばら撒くくらいには相当な衝撃らしい。

 

「メガストーンってメガシンカに必要な?」

「ああ、これを見てどうですか。似てますか?」

 

 コマチの質問に答えて白衣の男二人にメガストーンを見せる。すると二人が頭を抱え始めた。

 

「ああ、なんということだ。まさかあれがメガシンカに必要な物だったなんてっ」

「プラターヌ博士になんと謝罪を申し上げればいいのだっ」

 

 え?

 なんか賊に入られたという事実よりも驚いてない?

 

「あの、可能性の話なんで……違うかもしれませんから………」

 

 だめだ、聞いちゃいねぇ。

 

「……………」

「……な、なんすか」

 

 と思いきや涙目で俺をじっと見つめてくる。

 おっさんに見つめられても嬉しくないんだけど。

 どうせ見つめられるなら、コマチやトツカがいいなー。

 

「トレーナーさん!」

 

 がしっと俺の手を掴んでくる。

 ちょっとー、汗がすごいんですけどー。

 すっげぇ湿ってる。

 女の子と手を繋ごうとして緊張している思春期の男子並みには湿ってる。

 

「あなたは強いトレーナーと見ました! そこで折り入ってお願いが「無理です」ありますって最後まで言わせてくださいよ!」

 

 だって、どうせその目は宝石を取り返してくださいとかいう目だろ。

 絶対無理だって。

 手がかりもなければ、足取りすらわかってないんだ。

 面倒臭すぎる。

 

「無理なものは無理です。賊がどういう輩かも何の目的で盗ったのかも分からない現状で動きようもないので無理です」

「そう…………ですか」

 

 しゅんとする研究員を見てコマチが俺の脇腹を突いてきた。

 

「はあ………分かりました。取り敢えず、プラターヌ博士には口聞きしときますから」

 

 そう言うとパァッと明るくなった。

 なんかムカつくな。

 まあ、ムカついててもしょうがないので早速ホロキャスターで研究所にコールをかける。

 

『もしもし、こちらプラターヌ研究所です』

「あー、なんだヒラツカ先生ですか」

 

 博士が取るとは思ってないが、まさか先生が取るとは。

 

『その声はヒキガヤか? 開口一番でとんだ挨拶だな。それで、用件はなんだ?』

「あー、いや博士います? ちょっと伝えておきたいことがあるんで」

『分かった、ちょっと待ってろ』

 

 そう言ってしばらく無音が続く。

 横を見ると男二人の呆然とした姿が眼に映る。

 

『やあやあ、ハチマン君。元気にしてるかい』

 

 するといきなり無駄に元気な声が聞こえてくる。

 結構しつこい声だよな、この人。

 

「あんたの声を聞いたら元気が無くなってきたわ」

『ハハハッ、君は面白いことを言うね』

「研究のし甲斐があるとか言い出すんだろ」

『まあね。それで、僕に伝えたいことって何かな』

「あー、今コウジンタウンにいるんだけどよ」

『コウジンタウンか。あそこはいいよ。海も近いし山も近い。自然がたくさんで野生のポケモンが周りにたくさんいていいところだよ。あとカセキ研究所があるのもそこだね。そこにはもう行ったかい? 古代のポケモンのことに関して研究しているところだから、いい勉強になると思うよ。特にコマチちゃんたちには行かせてみるべきだと思うよ』

 

 長い、長いから。

 あそこはいいよ、の部分でホロキャスターを持ちながら伸びとか始めたからね。

 暑苦しいんだよ。

 

「説明長ぇよ。んな無駄話はいいからさっさと言わせろよ」

『ごめんごめん。つい熱くなってしまったよ』

「で、そのあんたの言うカセキ研究所に今いるわけなんだけどよ。どうも今朝方に泥棒が入ったらしい。チゴラス一体とメガストーンらしき宝石を盗まれたようでな」

『それは本当かいっ!? 職員のみなさんは無事だったのかい!?』

 

 おお、さすがに泥棒とくればふざけた雰囲気もなくなるんだな。

 

「怪我は………」

 

 所長に目配せすると首を横に振ってくる。

 

「誰もしていないみたいだ。ただ俺が気になるのは宝石の方だ。職員の人曰く、透明感のある紫色っぽい柄の入った丸い石だったんだとか。試しにリザードンのを見せたら似てるらしい」

『………君の説明からすると確かにメガストーンかもしれないね。実際に見ないことにはわからないが、色からして恐らくプテラナイトだろう』

「プテラナイトねー」

『どうかしたかい?』

「いや、俺とコマチをカセキ研究所に連れてきたのがプテラなんだよ。別に関係はないだろうけど、女の子が大好きとかいうプテラだし」

 

 そう言って、カメラにコマチにしがみついているプテラを映るように見せる。

 

『はははっ、また面白い子に気に入られたようだね』

「コマチが、だけどな」

『……関係なくはないかもしれないよ。君たちを選んだのは偶然だろうけど、プテラが動く理由としては申し分ないからね』

「あ、そう……」

『メガストーンで思い出したけど、シズカ君とバトルシャトーでバトルしたんだってね。ホウエン地方に出張へ行った時に気まぐれでコンテストに参加しようとしてラルトスを捕まえたらしいよ。ただ忙しくてコンテストには参加してないみたいだけどね』

「あんたの所為であの人滅茶苦茶生き生きしてたんだけど。今日こそお前に勝つ、って言われたぞ」

 

 やっぱり、あの人自分も可愛い系を目指そうと頑張ったんだな。すぐに玉砕したみたいだけど。

 

『はっはっはっ、シズカ君らしい。彼女にはエルレイドのメガシンカに関して調べてもらっているところなんだよ。ああ、そうそう。君と、コマチちゃんにも謝っておかなければならないことがあるんだ。ゼニガメの進化系のカメックスのメガストーン、カメックスナイトをジョウト・カントーのポケモン協会からの申請である人に貸すことになってしまってね。一応コマチちゃんのゼニガメがカメックスに進化するまでっていう条件は出したんだけど、すぐには渡せそうに無くなってしまったよ』

 

 まさか君達がハクダンシティに向かった次の日に申請が来るとは思わなかったけどねー、と軽い表情を浮かべてくる。

 

「……返ってくるのかは心配だが、コマチにはまだ早いからな。ああ、それと一応カメールには進化したからな」

『それはそれは。コマチちゃんも順調にトレーナーとしての腕を磨き上げてるみたいで何よりだよ』

「まあ、用件はそれだけだから。プテラのメガシンカに関して調べられなくなるけど、職員の人の所為にはするなよ」

『まさか、僕がそんなことするわけないじゃないか。みんなが無事であることが僕には何よりも吉報だからね』

「なら、いいけど。んじゃ、切るぞ」

『また何か報告してくれるかい?』

「はいよ」

 

 プツンと切るとすっごい眼で二人がこっちを見ていた。

 

「……な、なんでしょう?」

「博士にタメ口って…………」

「なんて恐れ多いことを………」

 

 んなこと言ったってな。

 最初からこうだったし、今更な………。

 

「腐れ縁みたいなもんなんで」

 

 うおぉぉぉおおおおおおおっ、となぜか男泣が始まった。

 なあ、プラターヌさんよ。

 あんたも結構変なのに好かれるタイプみたいだぞ。というか崇められてそうだぞ。

 



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26話

感想、加えてアンケートのご意見ありがとうございます。
これらを参考に本作の続きを書いていきたいと思います。



ついに今回奴が進化します。

ついでに後書きにおまけもあります。


 カセキ研究所でなんやかんやしてるとコマチの方のホロキャスターにコールが入った。

 どうやらあいつらがコウジンタウンに着いたらしい。

 

「あー、どうやら連れが来たみたいなんで俺らいきますわ」

「そうか。今回のことは本当に君たちには迷惑をかけてしまってすまなかったね」

「いえいえ、こうしてプテくんとも仲良くなれたわけですからお気になさらず」

「ラーッ」

 

 バサバサと翼を動かすプテラにコマチが別れを惜しむように頭を撫でている。

 

「一応、チゴラスとメガストーンらしきものを見かけたら、動きますんで。たぶん、もう遅いでしょうけど」

「ありがとう。その言葉だけでも我々にはありがたい。気をつけてな」

「うす」

 

 バイバーイ、とプテラに手を振るコマチと一緒にカセキ研究所を出た。

 さて、犯人はオレンジ色の服装をしたやつだったか。そんな怪しいやつ、いたら一発でわかると思うんだがな。

 

「で、あいつらはどこにいるって」

「ポケモンセンターで待ってるって」

「なら、さっさと行こうぜ。ユイガハマあたりがキャンキャン吠えてそうだし」

「あいあいさー」

 

 コウジンタウンのポケモンセンターは…………北の方にあるのね。

 にしてもあれだな。

 コボクから山を超えない限りポケモンセンターがないっていうのも不便なところだな。

 山の麓にも小さいのでいいから作ればいいのに。

 

「いやー、それにしてもプテくんの肌は見た目あんなんだけどスベスベですなー」

「んー、まあ科学の力ってすげーってことなんだろ。ニビを初めとして今じゃいろんなところで化石の研究から復元までしてるからな。ただ復元だから大昔の化石ポケモンたちが本当にあの姿をしていたのかは不明だけどな」

「それでもすごいことだよねー」

「まあな」

 

 トボトボと歩きながらそんなことを話しているとすぐに赤色の屋根が見えてきた。

 案外近かったな。

 

「あ、ユイさんだっ」

 

 ててて、と走り出すコマチの先にはユイガハマがポケモンセンターの建物の前で体育座りをしていた。

 

「こ、ゴマヂぢゃーんっ!」

 

 自分の名前を呼ぶコマチの姿を認識すると、ぶわっと目に涙を浮かべて立ち上がりこちらに走り出してきた。

 

「じんばいじだんだがら~」

 

 うわー、号泣だよ。

 そんなに心配するもんなのか。まあ、俺はするけど。

 野生のポケモンに連れ去られるとかすごい確率の話だけどさ。

 泣くことはないだろうに。

 

「あれ、ヒキタニ君」

 

 自動ドアが開くと中からイケメンが出てきた。

 

「なんでお前がいるんだよ」

 

 ハヤマハヤト。

 俺たちと同じトレーナーズスクールにいたユキノシタの幼馴染…………になるのか?

 漫画とかじゃ幼馴染とか一つのアドバンテージだなんて言われてたりするが、現実では思春期に入ればこんな冷たい関係になるらしい。欲しいと思った時期もあったが、こいつらを見るといたらいたでそんないいもんでもないと認識せざるを得なくなっている。

 

「あ、せんぱーい。いきなりいなくなっちゃうもんだから心配しましたよー。コマチちゃんを」

 

 ハヤマの陰から顔を見せたのはイッシキだった。

 ハヤマがいる時点でいるのはわかってたけどよ。匂いをかぎ付けるようにひょこっと顔を出すなよ、あざとい。

 

「……ああ、まあ、その悪かったな。お前らまで連れて来ちまったみたいで」

「いや、それは大丈夫だ。俺たちも目的地は同じみたいだから」

 

 え?

 なにそれ、シャラに向かってるってこと?

 ハヤマの笑顔がなんか憎たらしく見えてくる。

 

「あ、ハチマン!」

「むふんっ、無事だったようだな」

 

 トツカ(かわいい!)にザイモクザとぞろぞろと見知った顔がポケセンから出てきた。

 なんかユイガハマと金髪縦ロールにすっごい睨まれてるのはなんでだろうな。

 

「………そう」

 

 お、おう?

 ユキノシタは今なにを理解したんだ?

 

「……おう………?」

 

 あれ?

 そういやカワなんとかさんたちは?

 

「カワサキさんたちなら置いてきたわよ。彼女たちには彼女たちの旅があるもの」

「そうか……で、これはなんだよ」

「カワサキさんのホロキャスターの番号よ」

 

 ああ、これはどうもご丁寧に。

 あいつも律儀だな。

 

「ありがとう、って言ってたわ」

「そうか…………」

 

 うーむ。

 それにしてもいつの間にか大所帯になってしまったな。

 さすがにこの人数でポケセンの前に入るには迷惑になるんじゃね?

 

「あ、先輩。私、カセキ研究所に行ってみたいです。連れてってくださいっ!」

「それは俺も是非行ってみたいところだね。ヒキタニ君、案内してくれないかな」

 

 おい、イッシキにハヤマ。

 俺に何を案内しろと言うんだよ。

 

「なんか今日はそれどころじゃないらしいぞ。泥棒が入って大変な状況でな。コマチを連れ去ったプテラもそのせいだと言われたし」

「バタバタしてたから、今日は無理そうでしたよ」

「そっかぁ」

「なあなあ、いろはすー。輝きの洞窟ってところで化石掘ってるみたいだべ」

「え? 化石掘れたりすんの!? あーし、超行ってみたいんだけど!」

 

 茶髪のチャラ男がまた面倒くさそうなことを言いだしやがったぞ。

 金髪縦ロールもすでに行く気満々になってるし。

 

「あ、だったらみんなで行こうよ。化石とか滅多に取れるようなものでもないし」

 

 トツカもこの意見には乗り気らしい。

 それならば、俺も行くしかあるまいな。

 

「じゃあ、みんなで行こうか」

 

 というわけでハヤマの指揮の下、輝きの洞窟に向かうことになった。

 けど、確か輝きの洞窟って険しいところを行かなきゃ行けないんじゃなかったか?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 9番道路へ出るまでの道中。

 

「トベ先輩、どうやって行くんですかー」

「町の南東にある9番道路から行けるみたいだべ。………うっそ、マジかー。これはないわー。マジないわー」

「トベ、どうかしたのか?」

 

 トベと呼ばれるチャラ男がホロキャスターを見てげんなりし出すとハヤマが尋ねた。

 

「いやー、道が険しすぎて人間の足じゃ歩きづらいとかマジやばいっしょ」

「……なるほど、別名トゲトゲ山道か。なら、空から飛んでいけばいいんじゃないか?」

「それだわーっ! さすがハヤトくん。天才的っしょっ」

 

 ………なにこのハイテンション。

 超疲れるんですけど。

 

「ヒキタニ君たちもそれでいいかな」

「俺に振るなよ。ま、別にいいんじゃねーの。俺はリザードンいるし」

「私は行くなんて一言も言ってないのだけれど」

「ええー、ゆきのんも一緒に行こうよー」

 

 すでに泣き止んだユイガハマによりユキノシタは確保される。強制参加ご苦労様です。

 

「僕もトゲキッスがいるから大丈夫だよ」

「我も問題ない」

 

 いつの間にかジバコイルに乗って行く気満々になっているザイモクザ。

 どうしたんだ?

 なんか今日テンション高くないか?

 いつにも増してウザさを感じるぞ。

 

「いろはすとユミコとエビナさんは俺のポケモンで行くとして、ユイは」

「あ、あたしはゆきのんと一緒に乗るー」

「と、あとはひ……ヒキタニ君? の妹ちゃんだけど」

「兄に乗せてもらいますので、大丈夫ですっ」

 

 トベよ………。

 お前も俺の名前を覚えてはくれないのだな。

 誰だよ、ヒキタニ君って。

 いねぇよ、そんなやつここには。

 

「アーッ」

 

 なーんか聞き覚えのある声が聞こえてくるんですけど。

 これ、同じパターンか?

 

「あ、プテくん!」

 

 前方からさっきのプテラが飛んでくる。

 今度はなにしに来たんだ?

 

「わっ、本物のプテラだ」

「結構、怖いですね」

 

 初めて見る者にとっては怖いんだよな。

 あの顎が特に。

 牙がゴツゴツ生えていて噛まれたらって想像してしまったら、背中に寒気を感じるくらいだ。

 そう考えるとコマチはやっぱりすごいんだなー、と感心せざるを得ない。初めてでしかも連れ去られたというのに、トラウマになるどころか仲良くなってるし。俺なんて…………考えるのはやめよう。

 

「大丈夫ですよー。この子が例のプテラですから」

 

 コマチが自分の前に降り立つプテラに飛びつきながらそう言った。

 見た目とは裏腹に甘えた声を出すプテラに一同が胸を撫で下ろした。

 

「……どうしたんだ。別れてからそんなに時間経ってないと思うんだが」

 

 事実、一時間も経っていない。

 なのに、コマチに会いに来るとは何かあったのだろうか。

 

『どうやら暇を持て余しているらしい』

「あ、そういうこと………」

 

 通訳してくれるやつがいると楽だな。

 さて、暇を持て余しているプテラをどうしようか。

 研究所に連れて行くか、それともこのまま輝きの洞窟まで連れて行くか。

 

「プテくんが輝きの洞窟まで連れてってくれるって」

 

 コマチはプテラの意図を理解したようで、コマチの言葉にプテラがコクコク首を縦に振る。

 んー、こいつって輝きの洞窟で発見された化石とかだったりするのか?

 

「コマチ、プテくんに連れてってもらうね」

 

 すっかりコマチに懐いてしまったプテラにまたがり、俺に「イエィ!」とポーズを取ってくる。

 

「はあ………まあ、いいんじゃねーの」

 

 どうせ暇を持て余してるらしいし、連れて行ってもいいか。後でちゃんと返しに行こう。

 

「ッ!?」

 

 なんだ今のは!?

 ぞくっとしたものが背中を駆け抜けたぞ。

 身に覚えのある感覚。

 だが、いいものではない。

 はっきり言って悪い方。

 殺気………、あるいは獲物を狙う視線。

 同業者のような匂い。

 

「ザイモクザ」

 

 背負っていたリュックを名前を呼びながらザイモクザに投げつける。

 

「うおっとぉ! ハチマン、いきな……り…………」

「お前はこっちに残れ」

「お、おう………」

 

 感じる視線を辿ると白いスーツを着たスキンヘッドの男と、その周りには赤っぽいオレンジ色のスーツを着た奴らの姿があった。

 間違いない、あいつらだ。

 

「リザードン!」

 

 ボールから出すと、俺の異変に気がついたユイガハマが服の袖を引っ張ってくる。

 うっ、思ったよりこいつ力あるんですけど。

 

「ユイガハマ、離せ」

「いや……」

「離せっ」

「いや!」

 

 握る力を一層強くし、俺を引きとめようとしてくる。

 人の空気に敏感なユイガハマは当然、俺の変化にも気付くってわけか。

 なら、仕方ない。こうするまでだな。

 

「離したら、絶対ヒッキー行っちゃうもん!」

「…………なあ、ユイガハマ。俺が昔言ってたこと律儀にやってんじゃねーよ。確かに違和感はなくなった。だから今日からお前の好きな髪型にすればいい」

「ッッ!?」

 

 言葉を濁してあの日俺が言ったことの答えを返してやった。

 こいつ、あの日から俺に見せるために茶髪に染めてお団子頭にしてたとかだろ。まあ、お団子頭は気に入ってたみたいだけど、ずっとするか普通。

 おかしいだろ。

 もっと他にも髪型あるんだし、そっちを楽しめよ。

 なんて気持ちを言葉に乗せるとユイガハマの手が俺の服からぽろっと外れた。

 

「いくぞ、リザードン」

 

 リザードンに乗るとバサッと翼をはためかせ、飛び始める。

 これでいい。

 今、誰かがついてきて仕舞えば、足手まといにしかならない。あの時はただの試験だったからいいが今回はどうなるかわからない。得体の知れない相手にみすみす隙になるもんをつれていけるかっ。だから、これでいい。

 

「狩りの時間だ」

 

 チラッと見えたユイガハマの顔はーーー。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 リザードンに乗って向かったのは8番道路。それも崖の上にある道の方。

 地つなぎの洞穴という洞穴があり、奴らがそこへ入っていくのが見えた。

 さて、どうするか。

 このままついていってもいいが、いかんせん洞穴の中は真っ暗だ。

 この中でバトルなんかしたら、やりづらいことは目に見えている。

 反対側回るか。

 

「リザードン、山を越えて反対側に回るぞ」

「シャァーッ」

 

 今頃、ユイガハマは泣いているだろうな。

 あんな悔しそうな、悲しそうな目をしてたんだ。間違いなく泣いてるだろう。

 だからと言って、あいつをあのまま連れていくわけにもいかない。あれでいいんだ。

 何回もそう心の中で繰り返していると、渓谷を越えてバトルシャトーの建物がうっすらと見えてくる。

 

「……いた」

 

 ポンとリザードンの首を軽く叩き、停止を促す。

 山の麓にはオレンジ色の服装の奴らがたくさんいた。

 白いスーツのスキンヘッドが少数であることから、あのオレンジ色のスーツが奴らのトレードマークらしい。

 オレンジで、この人数で、悪人。

 たぶん、これがフレア団という悪の秘密結社なのだろう。秘密というほど秘密裏に動いてるわけではなさそうだが。

 

「フレア団………」

 

 何はともあれ、奴等は潰しておかなければ、かえって危険だ。

 

「もしもし」

『ハチマンか、今度はどうした?』

 

 ポケナビで理事に連絡を入れる。

 

「フレア団と思われる連中を確認」

『ッッ!? それは本当なんだろうな』

「今朝方、コウジンタウンというところのカセキ研究所に賊が入った。オレンジ色の服装をしていたらしい。それから殺気を感じてきてみれば、一致する服装の奴らが集団でいる。リーダー格っぽいのは白いスーツ。だが、オレンジのメガネを全員していることから推測ではあるがフレア団だと思われる」

『なるほど……集団で同じ服装。うーむ、実に悪の秘密結社と言ったところの戦闘服を連想させるな』

「ああ、輸送用ヘリを至急回してくれ。カロスにも繋がりくらいあるだろ」

『分かった、そっちには今ちょうど適任者がいる。彼女に話を回して、ヘリを動かそう』

「場所は7番道路地つなぎの洞穴ってところの付近だ」

『了解。一人も逃がすなよ』

「逃がすかよ」

 

 んじゃ、理事のお許しも出たわけだし。

 超久しぶりに、狩りますか。

 

「リザードン、ケロマツ。いくぞ」

「シャア!」

「ケロッ」

 

 リザードンで連中の真上に移動する。

 

「かえんほうしゃ」

 

 辺り一面を炎で焼き尽くし、火の海を作り出す。

 植物の皆さん、ごめんなさい。

 

「な、なんだっ!?」

「上だっ!?」

「き、きたぞ!」

「一人かっ?」

「ズルズキン、とびひざけり!」

「シザリガー、シェルブレード!」

 

 ズルズキンとシザリガーがこちらに跳んでくる。

 後のやつらは円形に陣を組んで消火活動を始めた。

 みずタイプのポケモンが意外といたことに驚いたわ。

 

「ドラゴンクローで叩き落とせ」

 

 その一言でリザードンはズルズキンとシザリガーを爪で抉るように切り裂き叩き落す。

 その光景に奴らが呆気にとられている間に俺はリザードンから地面に降り立った。

 

「お前らがフレア団だな」

「ふはははっ、まさか一人で乗り込んでくるとは。作戦では二分裂させて潰すはずだったのだがな。まあ、いい。お前ら、今ので分かっただろうが手加減は無用だ。存分にやっちまえ!」

 

 白いスーツのスキンヘッドがそう高らかに言うと、パチンと指を鳴らす。

 合図に合わせて俺を取り囲むように、四方八方から赤いサングラスで睨めつけられる。

 

「ケロマツ、くさむすび」

 

 俺の肩から降りたケロマツは地面を叩き無数の草を伸ばしてくる。

 それは消火活動しているみずタイプのポケモンまで絡め取り、火の海のさらに外側にまで範囲を広めて草を伸ばし、円柱状のドームを完成させる。逃げ場なんてものは空しかない。

 ふむ、相手はスコルピにテッカニン、ヘルガーにワルビル。スカンプー(臭そう)にサイホーン、パルシェン、ハブネーク。その他諸々の姿があるか。

 つか、何人いるんだ?

 

「サイホーン、とっしん!」

「ハブネーク、ポイズンテール」

「ワルビル、じならし」

「テッカニン、きりさく」

 

 一斉にボールから自身のポケモンを出し、俺に突っ込んでくる。

 空を飛べるものはリザードンへ行っているが、あっちは任せよう。

 

「ケロマツ、かげぶんしん」

 

 まずは数を増やして。

 

「トーテムポール」

 

 今朝やっていた影を使ってタワーを作り、攻撃の範囲を広めるアレ。

 あの後、一応俺が次使うときはそう言うと取り決めたやつだ。

 影の上に影が乗り、頂上には多分本体がいる。だが、今回はタワーを三つも作りやがった。俺、そこまで指示してないんだが、まあ奴なりの考えなのだろう。

 

「みずのはどう」

 

 全方向へとみずのはどうを弾で撃ち出し、地面を踏み鳴らすワルビル、尻尾を振り下ろしてくるハブネーク、とっしんしようと突っ込んでくるサイホーン、かえんほうしゃを放つヘルガーに的確に当てて足を止め、地面に叩きつける。

 空ではスバットやゴルバットをリザードンがかえんほうしゃで纏めて戦闘不能にしている。

 テッカニンだけが動きが素早く躱されているが、リザードンに近づいた途端に竜の爪で切り裂かれている。

 かつての血が騒ぐのか、なんか楽しそうなのは気のせいかな。気のせいだよな。気のせいってことにしておこう。

 

「いわなだれ」

 

 かげぶんしんにより雪崩れてくる岩の数は数え切れないくらいに増えて、俺すらも巻き込もうとしている。

 まあ、俺は大丈夫なんだが。

 

「ドンファン、ころがる!」

「サンド、サンドパンもころがる!」

 

 草のドームの中を計三体のポケモンが転がりだす。

 

「ニューラ、つじぎり!」

「スコルピ、ドラピオンもつじぎりだ!」

 

 他にもシザリガーやキリキザンがつじぎりで岩を切り裂いていく。

 

「ズルズキン、ずつき!」

 

 ココドラやサイホーンもずつきで落ちてくる岩を砕いていく。

 数が多いな。

 

「ケロマツ、ハイドロポンプで一掃しろ」

 

 四方八方で動き回るポケモンたちに水の砲射撃を撃ち出す。

 躱せるものもいれば、動きが鈍くて諸に受けたポケモンもいた。

 

「これでもまだいるか。もう一度くさむすび」

 

 戦闘不能になったポケモン諸共、草で絡め取り動きを封じる。

 

「テッカニン、シザークロス!」

 

 リザードンが追いかけていたテッカニンがケロマツの影ごとスパッと切り裂いていく。影は次々と消え、くさむすびを使った直後のケロマツは大ダメージを受けてしまった。

 たぶんマグレだろうが、これはさすがにいたいな。

 フラフラとした足取りでケロマツは立ち上がり、テッカニンを睨みつける。

 

「ドクロッグ、どくづき!」

 

 スキンヘッドの男が勝機と見て、ボールからドクロッグを出して長い腕を紫色に染めて突いてくる。

 

「まもる!」

 

 だが、一瞬痛みを気にして技を出すタイミングが遅れてしまい、攻撃をそのまま食らった。

 二度も効果抜群の状態で技を受けたら、立っているのも不思議に思えてくる。

 

「ブラストバーン!」

 

 テッカニンを追いかけて降りてきたリザードンが地面を叩きつけ、炎の柱を作り出す。

 炎を伸びた草に伝わり、絡め取ったポケモンもフレア団も丸ごと焼いていく。不思議なのはあのスーツが特殊な作りでできているのか、下っ端たちは全く火傷を負っている様子が見受けられない。声すらも上がらないからな。

 

「……ケロマツ、今がお前の成長時らしい。自分よりも素早いポケモンにお前はどう切り抜けるんだ? これから先、もっと強い奴らを一遍に倒さなくてはならなくなることもあるかもしれないぞ」

 

 ゴウカザルと戦った時も腕のリーチの差で負けたんだ。まあ、あれは俺の判断ミスでもあったけど。

 

「さて、もう一度言うぞ。ケロマツ、あいつらを倒せ」

「……ケロッ!」

 

 ブルブルと震える身体を自分で叩き、飛び出した。

 ケロームスを手に取り、ドクロッグとテッカニンに投げつけていく。

 リザードンが仕留めてしまったためフレア団で戦えるポケモンは他にいないようだ。

 

「テッカニン、かげぶんしん!」

「ドクロッグ、ヘドロばくだん!」

 

 相手はそれぞれでケロムースを回避していく。

 だが、ケロマツの狙いはそこではないらしい。

 どうやらこれは時間稼ぎのようだ。

 

「………進化を選んだか」

 

 白く光り出すケロマツ。

 シルエットが段々と大きくなっていく。

 

「ま、まさか進化っ!?」

「な、なんか長くないですか?」

 

 …………確かに、長い。

 普通はすぐに終わるはずなのだが、一向に進化が終わろうとしない。まるでまだ進化をしているようである。

 姿は大きくなり俺の肩の高さくらいにまで大きくなりやがった。

 白い光りが消え現れたのはーーー

 

「はっ、やるじゃん、ゲッコウガ」

 

 そう、奴は二連続進化をやり遂げやがった。

 ケロマツはリーチの差と己のスピードの限界を悟り、拒んでいたはずの進化を選び、それまで溜まっていた進化のエネルギーを全て使い切ったようだ。

 それで最終進化までいくとか、相当拒んできたようだな。頑固者め。

 だが、そんな心境とは反対にゲッコウガは初めて恥ずかしそうに俺を見てくる。

 ああ、だから進化を拒んでたのか。

 

「……別に進化したからって嫌いにもならんし、お前を使いこなしてみせるさ。だから胸を張れ。今のお前は最高にかっこいいぞ」

 

 進化を拒んでいた理由。

 それは姿を変えたことでトレーナーに嫌われることを恐れていたのだろう。しかも自分でも扱いにくい奴であることを自覚してるのか、進化したことで飛躍的に上がった自分の能力にトレーナーがついてこれるかも心配だったのだろう。だから、頑なに進化を拒んできた。

 ったく、いきなり恥ずかしがり屋になるなよ。調子狂うじゃねぇか。

 

「テッカニン、きりさく!」

「ドクロッグ、かわらわり!」

 

 二体がゲッコウガに向かって突っ込んでくるが、攻撃はどちらも当たらない。

 奴は影に潜り、まずはテッカニンの背後を取った。

 あれは………かげうちか。

 ゴースト技を使うことでゴーストタイプになり影を使って移動する。

 また、新しく戦法を増やしたか。

 

「………ニン……」

 

 影から出てきたゲッコウガは両手に刀を作り出し、テッカニンを切り裂いた。

 今度はつばめがえしか。効果抜群だな。

 一発でテッカニンを仕留め、ドクロッグを睨みつける。

 

「どくづき!」

 

 地面を思い切り蹴り出し、一瞬にして距離を詰めてくるドクロッグに対して、ゲッコウガはかげぶんしんで躱し、またしても背後を取る。

 動きがリズミカルで想像以上に素早さが上がっているみたいだな。

 

「コウガッ!」

 

 つばめがえしで一発ノックアウト。

 さて、後は最後の仕上げといくか。

 

「ダークライ、スキンヘッド以外全員にダークホール」

 

 リザードンが作り出した炎に焼かれたポケモン諸共、フレア団を夢の世界へと連れて行くように伝えると各々の足元に黒い穴を作り出していく。

 当然、逃げる体力もないポケモンたちは穴に落ち、逃げようとした下っ端たちも吸い込まれていく。

 

「さーて、詳しく話を聞かせてもらおうか、ハゲ頭」

 

 リザードンとゲッコウガと俺とでスキンヘッドを取り囲む。ゲッコウガなんか刀を首に突きつけてすらいるよ。

 ひぃぃぃッ!? と情けない声を上げているが、そんなことで許すはずがなかろう。情報を引き出すまで逃がすかよ。

 

「まずはフレア団について聞かせてもらおうか」

「……わ、分かった、と言いたいところだが、お前はそんなことしてる暇はないと思うぜ」

「あ? どういうことだ?」

「言っただろ。お前らを二分裂させるって。要するにあっちでもすでにドンパチやってるってことだ」

 

 は?

 つまりそれって…………。

 

「はっはっはっ、その顔だよ! 俺が見たかったのは!」

 

 落ち着け、俺がいないからといってあっちにはハヤマもユキノシタもザイモクザもいる。そう簡単にやられるはずもないだろう。

 

「…………そうか、お前らは俺をおびき寄せる餌だったというわけか」

「誰が釣れるかは分からなかったが、まさか一人で来るとは想定外だったぜ」

 

 こいつ………。

 すっげぇ殴りたい。

 と思ったら、バラバラバラバラと長くて黒いヘリが飛んでくる音が聞こえてくる。

 やっと来たか。

 

「どうやら俺には暇ができるらしいぜ。お前にとってはお迎えだな」

「ちっ」

 

 唾を吐き捨てるスキンヘッド。

 超様になってて怖い。

 んでもって髪がやばい。

 こいつ、毛がない分こういう時はウザさを感じなくていいんだろうなー。

 

「あっれー、もう終わっちゃったのー?」

 

 地上に降り立ったヘリの中から、女性が一人姿を見せた。

 ん? んん?

 どっかで見たことあるような………。

 

「お姉さんも遊びたかったなー」

「もう、はるさん。それだけ特殊部隊ってところは優秀ってことですよ」

「分かってるわよー、メグリ」

 

 ひょこっと彼女の後ろからもう一人小柄な女性が姿を見せてくる。

 あー、そうだ。引渡し。

 

「ダークライ」

 

 自分の影をポンと踏むと中に黒い穴が現れ、中からさっき吸い込んだフレア団とそのポケモンたちを出してくる。

 

「……………」

「………えっと、君が一人でやったの、かな?」

 

 黒い穴をまじまじと見ていたかと思うと、小柄な方が俺に聞いてきた。

 

「別に、過程の話はいいでしょ。とりあえず、こいつらの輸送を」

「はいはーい」

 

 もう一人は軽い調子で自分のポケモン出して、ヘリの中へと運ばせていく。

 出したのはカメックスとネイティオ、それにメタグロス。

 エスパー二体はサイコキネシスでプカプカと適当な人数を持ち上げ運んでいき、カメックスは一人一人担ぎ出した。

 

「みんなもお願い」

 

 小柄な人もエンペルトにサーナイト(色がなんか違う)、メタモンを出してフレア団たちを運んでいく。メタモンはサーナイトに変身し、これで四体がサイコキネシスを使って運んでいることになる。

 こうしてみるとカメックスとエンペルトが大変そう。

 

「ねえ、君名前は?」

 

 ポケモンたちに任せたのか俺のところにフラフラと背の高い方がやってくる。

 やっぱり、どこかで見たことがある気がする。

 

「はあ、別に名乗るような者ではないです」

「またまたー。これだけの人数をあっという間にやっつけちゃうような強いトレーナーが、そこら辺にいるトレーナーなわけないじゃん」

「あー、じゃあ理事の直属の部下ってことで」

 

 下手に名前を教える気になれない俺は、同じところに所属してるみたいだし、肩書きを名乗っておく。

 

「へっ?」

 

 そうしたらこんなすっとぼけたような声が返ってきた。

 ふっ、変な顔。

 

「ポケモン協会の理事?」

「ええ」

「その直属の部下?」

「はい」

「…………あなたがハチ公?」

「周りはそう呼んでるみたいですね」

「「…………………」」

 

 小柄な方も聞いていたのか、呆気に取られている。

 

「……どうしよう、メグリ。私たちよりも上司っぽいよ」

「だから、特殊部隊の人たちはすごいんですって」

「まあ、歳下っぽいしいいよね。なんなら、椅子ももらっちゃう?」

「はあ………はるさんも変わりませんね」

 

 コソコソと二人で話し始める。

 なにやら不穏な言葉まで聞こえてきた。

 

「しっかり聞こえてんですけど」

「あ、ごめんね、えと………」

「ヒキガヤです」

「あ、ヒキガヤくんって言うのか」

 

 笑顔が癒される。

 トツカやコマチとはまた違った癒しを感じるわ。

 この二人は笑っているが、背の高い方は笑顔が怖い。

 絶対よからぬことを企んでる顔である。

 

「私、シロメグリメグリっていいます。よろしくね」

「はあ……」

「私はユキノシタハルノです! 何でメグリには答えてお姉さんには答えてくれないのかなー、ヒキガヤくん!」

 

 怖ッ、めっちゃ怖ッ!?

 笑顔だけど目が笑ってない。

 静電気でも起きれば髪がぶわっと逆立ちそうなくらいの凶相が俺には見えて来る。

 というかユキノシタ!?

 そうか、見たことあると思ってたら、ユキノシタの姉貴か。確かにあのジャーナリストが持ってきたビデオに映っていた人に似てなくもない。大人らしくなっているせいか雰囲気が違うが、所々面影が残っている。

 

「あ、と、とりあえずこいつもお願いします。どんな手段を使ってでも情報を引き出してください」

「あれ? 君は一緒に来ないの?」

「俺は……ん?」

 

 ユキノシタの姉貴がキョトンとした顔で聞いてくるので応えようとしたら、ファサッと赤っぽいオレンジ色のウィッグが降ってきた。

 

「おい、お前らってまさかズラ?」

「……人それぞれだ」

 

 そうね、スキンヘッドもいるもんね。

 ということはこれを使えば。

 

「あの、一つやりたいことがあるんでヘリの中借ります」

 

 運ばれてヘリの中で山積みになっているフレア団を見てあることを思いついた。




「ギャラドス!?」
「ひゃっほう、ギャラドスナイトいただき〜。チゴラス、逃げるぞー! ニャスパーズ、ねんりき!」
「くっ」
「「ユミコ!?」」
「やってくれたな、お前たち。リザ、オーバーヒート! エレン、ほうでん! ブー、ふんえん!」
「ハヤトくん、ユミコのことは私たちに任せて」
「トベ、ヒナ。頼むぞ」
「オッケー、ハヤトくん! ピジョット、かぜおこし!」
「カーくん、ニャーちゃんにてだすけ。プテくん、はかいこうせん!」
「ニャオニクス、エナジーボール! オーダイル、ハイドロカノン!」
「全主砲斉射、ってーっ!」
「ユイガハマさんとイッシキさんはここにいてね。ザイモクザ君、僕も行くよ」
「トツカ先輩………みんな…………」
「………助けて、……ヒッキー…………」
「グゥラァルルルッ!」
「お前ら、遠慮なくやっちまえ!」
「「「「「「フレーフレー、フレア団ッ!!」」」」」


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27話

ついにあのお方解禁です。


 リザードンに乗ってコウジンへ戻ると南東の方から激しい音が聞こえてくる。爆発音、に近いけど多分違う。ポケモンたちが戦っているのだろう。ということはコマチたちは南東、9番道路の方にいるのかもしれない。

 俺はリザードンから降りて走ってゲートへ向かった。

 

 ズドン!

 

 またしても地響きがした。

 激しくぶつかり合ってるのかもしれない。

 さすがに早くいかねぇとな。

 なんて考えてたら9番道路へのゲートが見えてきた。

 ここまで来るのに人が全くいなかった。研究所の方は大丈夫なのだろうか。

 まあ、あっちがどうなってるか分からないが、奴を出すことも考えておいた方がいいだろう。

 

「くそっ」

 

 巻き込まないように引き離したのに結局巻き込むとか、ハチ公の名が泣くな。まあ、名前なんか泣かせとけばいいんだけど。

 まさか俺が囮に引っかかるとは。

 だが、これでカセキ研究所を襲ったのがフレア団だということは確定した。

 証言通りの赤っぽいオレンジ色のスーツ。

 変な髪型で、赤い色の入った眼鏡……サングラスになるのかはわからんが、とにかく異様な服装をした集団である。まさに悪の秘密結社と言った型だな。

 

「おいおい………」

 

 ゲートを抜けるとそこは戦場だった。

 フレア団の数がさっきとは比較にならねぇくらい半端ない数がいる。それをハヤマがリザードンとエレキブルとブーバーンを使い倒していき、ユキノシタはコマチと一緒に戦っていた。カマクラがサポートに徹しているって言うのも初めてかもしれない。オーダイルは単独で動いてるし。

 ザイモクザは珍しくジバコイルから降りて命令を出している。命令といってもジバコイルとダイノーズとポリゴンZにロックオンからのでんじほうの一斉射撃だけど。トツカはその援護に回っているみたいだな。

 ユイガハマやイッシキ、それに金髪縦ロール達はどこ行ったんだ?

 

「……取り敢えず、俺の仕事をするか」

 

 気にならないといえば嘘になるが、今は俺の仕事に専念しよう。

 リーダー格だと思われるスキンヘッドのところまで走っていく。

 結構足にくるな。

 

「お、そっちはどうだった?」

 

 どうやらバレてないらしい。

 上手くいってるみたいだな。

 

「うす、全滅っす」

「なんだとっ!?」

 

 赤いメガネから覗く目がくわっと開いた。

 

「あれだけいてたった一人に勝てなかったというのか?」

「………うす」

「…………何者なんだ………。それにこいつらといい、一体なぜ余所者がカロスにいる」

「こっちの作戦の方はどうなりましたか」

「三冠王ユキノシタユキノと四冠王ハヤマハヤトの排除、それとギャラドスナイトとキーストーンの回収だったが、見ての通りだ。メガストーンの回収は早々に終わらせたが、こいつら強すぎる」

 

 苛立ちを隠せずにいるスキンヘッドの眼光があいつらをキッと睨む。

 

「そうですか、では自分も加わります」

「ああ、思う存分やってくれ」

 

 よし、これで俺がここにいても怪しまれなくなったぞ。

 それにしてもユキノシタとハヤマの排除、ギャラドスナイトの回収と来たか。

 あっちじゃ、そこまで話を聞き出すこともできなくて狙いすらもわからなかったが、メガストーンだけは回収されてしまったのか。

 ああ、それであの金髪縦ロールの姿がないわけね。あと、あのチャラ男と眼鏡の人。

 

「なあ、おい! こんなところにまだいやがったぜぇ!」

「ハヤマ………先輩………」

「ゆきのん……………」

 

 技が飛び交う中、歩き回っているとそんな声が聞こえてきた。

 見ると二人の団員がユイガハマとイッシキをつれていた。

 首には刃物が添えられ、人質状態である。

 こいつら、ここまでするのかよ。

 爆風を浴びながらそっちへと近づいていく。

 

「ま、待ちなっ!」

 

 その後ろからは金髪縦ロールと他二人が追いかけてくる。

 ミロカロスが彼女の半歩前まで出てきた。

 

「おっと、それ以上動いたらこいつらがどうなっても知らないぜ」

「ひひッ、こんな上玉そうそうありつけねぇぜ」

 

 ゲスな決まり文句を口にしてくる。

 そしてなぜか俺と目があった。

 

「よし、そこのお前。手伝ってくれ」

「お、おう………」

 

 急な展開に俺の頭も一瞬ついていけなくなったが、これはこれで好都合だな。

 

「後ろのやつらの始末を」

「了解」

 

 すれ違いざまにそう呟かれた。

 ちょっとニヤけが収まりそうにないな。

 後ろの奴の始末でいいんだろ。

 これはお前らが言ったことだからな。文句言うなよ。

 

「やれ、ゲッコウガ」

 

 かげうちでゴーストタイプになって俺のかげに潜んでいたゲッコウガが、団員二人の首を叩き、意識を狩る。

 ちゃんと俺は言う通りに俺の後ろにいる奴を始末しただけだぞ。

 

「はっ?」

「えっ?」

「おい!」

「お前っ!」

 

 それを見ていた全員が手を止める。

 視線は全て俺に釘付けである。

 そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど。

 

「ったく、世話がやける」

 

 振り返って、倒れた団員の下敷きになっているユイガハマとイッシキを見下ろす。

 その目は状況を把握できていないのと恐怖に満ちていた。

 ちょっと涙目なのがポイントだな。

 

「ああ」

 

 そういやウィッグつけてたんだっけ?

 フレア団から拝借したウィッグを外すとアホ毛がぴょこんと立つのが分かった。

 眼鏡も外すと彼女たちの涙腺が決壊し出す。

 ちょっと、ドッキリさせすぎたかな。

 

「……ヒッ、キー…………」

「………しぇんぱい………」

 

 気を失った団員を退けて俺にしがみついてきた。

 

「あいつ、裏切り者だ!」

「いや、そもそも潜入されてたんだ!」

「くそっ、ワルビアル! かみくだくだ!」

「グラエナ、バークアウト!」

「デルビル、ヘルガー、かえんほうしゃ!」

「ヤミカラス、あくのはどう!」

「ニューラ、こおりのつぶて!」

 

 相手を放棄してまで、団員たちは俺にめがけて技を放ってきた。

 

「ゲッコウガ」

 

 名前を呼ぶだけで使う技は伝わったようだ。

 新しく覚えたみずしゅりけん。

 その名の通り水でできた手裏剣をいくつも飛ばし、攻撃する技。

 ゲッコウガはワルビアルの開いた口、グラエナ・デルビル・ヘルガーには体に、ヤミカラスとニューラには技を相殺するように撃ち込む。

 

「悪いが、お前らの計画は破壊させてもらう」

「くっ、おい! 急いで本部に連絡を!」

「はっ!」

 

 スキンヘッドが部下に命令し、通信の準備にとりかかる。

 だが、遅い。

 

「ゲッコウガ。どろぼう」

 

 シュタッと一瞬にして姿を消したゲッコウガは通信機を奪ってきた。

 それを片手で破壊して地面に投げ捨てる。

 

「他にも機械は全て壊せばいいぞ」

「コウガ!」

 

 俺がそう言うと次々とパソコンや通信機を破壊していく。

 

「くそっ、こうなったら、全員で奴を倒せ! 殺しても構わん!」

「「「「「うおおおおおおっっ!!!」」」」」

 

 おお、スキンヘッドが見た目と同じようになったぞ。

 怖いわー。

 俺、殺されるかもしれんみたいだぞ。

 怖いわー。

 

「リザードン」

 

 しがみつく二人の少女の頭を撫でていた手を止め、愛着のあるボールを取り出す。

 開閉スイッチを押すと中からやる気に満ちているリザードンが出てくる。

 雄叫びを上げてるなんて珍しいな。

 

「お前の好きなようにやっちまえ。メガシンカ」

 

 左手でキーストーンを握り締めるとリザードンのメガストーンと反応しだし、メガシンカが始まる。

 何を思ったのか、ハヤマもリザードンをメガシンカさせてきた。あいつ、まだ本気出してなかったのかよ。だからギャラドスナイトも奪われたんじゃねーの。

 

「カーくん、てだすけ。プテくん、ストーンエッジ!」

「ニャオニクス、シグナルビーム。コマチさん、あなたのお兄さんをしっかり見てなさい。あれが彼の本来の姿よ。オーダイル、行きなさい」

「オーダ!」

 

 ユキノシタがボールから残りの手持ちを全て出して、オーダイルをこっちによこしてきた。

 俺がオーダイルを使えとな。

 ユキノシタはクレセリアに乗り、コマチがプテラに連れられて空へと避難する。

 飛行しているポケモンは二人を狙いに行き、陸上にいるポケモンは俺めがけて突撃してくる。

 ゲッコウガは機械を全て破壊しきると今度はフレア団の下っ端たちの意識を奪い始める。

 リザードンは俺のところに向かうポケモンたちに青いブラストバーンで進路を塞いだり、攻撃したりと滅茶苦茶にしている。

 

「オーダイル、アクアジェットで一掃しろ。……ユイガハマ、イッシキ。下がってろ」

 

 未だに俺にしがみついて泣いてる二人に声をかけると顔を上げた。

 口が震えて言葉がうまく紡ぎ出せないようだな。

 

「おい、そこの三人。こいつらを頼む」

 

 後ろの三人に声をかけるとハッとなって俺のところまでやってきた。

 

「ひ、ヒキタニくん、これマジヤバいでしょ。どうするよー。マジヤバいわー」

 

 こんな時でもうるさいな、こいつは。

 ある意味、いつもと同じ調子で安心するレベル。

 

「……どうするも何も今から片付けるんだけど。だから、この二人がいると危険というかなんというか………」

「……ユイ、イッシキ。こっちきな」

「…………」

「…………」

 

 金髪縦ロールが二人に声をかけるが一向に俺から離れようとしない。

 そんなこんなしてるうちに相手のポケモンたちがやってくる。

 ザイモクザやトツカが叫んでくるがそれどころではない。

 はあ、仕方ないか。

 本来、こいつに借りは作りたくないんだが。

 まあ、こいつの目的がよく分かってもいないし、今を切り抜けるには使わせてもらおう。あっちの黒いのは役割があるから、これだけの人数ともなると力を必要とするし、温存させといた方がいいだろうしな。

 

「ちょ、ヒキタニくん!? マジ、これヤバいって!」

「あー、たぶん大丈夫だろ。お前に貸し一つくれてやる。破壊しろ、ミュウツー」

『お前に貸しを作れるのか。ならば、オレも動いてやるか』

 

 暴君改め、ミュウツーのご登場。

 こっちに来る前にこいつに再会したのが事の始まりなのかもな。

 自分から来といてゴージャスボールにしか入る気はないとか言い出すし。

 おかげで無駄な出費が出てしまった。

 だが、悪い事ばかりでもない。

 最強にして最恐のポケモンであるミュウツーの力を直に借りる事ができるのだ。リザードンのメガシンカの特訓には全力を出しても足りないくらいだし、いい練習相手である。

 

「なっ!?」

「うそっ?!」

 

 驚きの声がそこらじゅうから聞こえてくるが、俺もミュウツーも聞いてはいない。はどうだんで突っ込んでくるポケモンたちを一蹴し、来た方へと打ち返していく。

 それをリザードンとオーダイルがドラゴンクローでとどめを刺していった。

 ちらっと見たハヤマの方もバッタバッタと倒しているようだ。俺ほどじゃねーけど、狙われてんな。

 

「ボーマンダ、ハイドロポンプ。ユキメノコ、エネコロロ、れいとうビーム」

「プテくん、はかいこうせん!」

 

 ミュウツーはヤミカラスやドンカラス、サザンドラたちと空でやりあっているコマチたちを見ると、今度はそちらにもはどうだんを撃ち込む。

 それをクレセリアがサイコキネシスで操り、確実に当て、地面へとたたき落としていった。

 

「ジヘッド、りゅうのはどう!」

「ニューラ、マニューラ、つじぎり!」

「レパルダス、きりさく!」

「コマタナ、キリキザン、アイアンヘッド!」

「ドラピオン、どくづき!」

 

 まだまだ敵はいるようで。

 次々と俺やミュウツーを狙ってくる。

 ようやく気づいたが、こいつら全員使っているポケモンがあくタイプの持ち主ばかりである。たぶん、ユキノシタがクレセリアを連れているのを事前に知っていたのだろう。強力な伝説の力を恐れ、エスパー技の効かないあくタイプを用意したと見える。

 人数をかけ、しかも相手の強力なポケモンへの対策も欠かさない。

 この状況は以前から企てられていたのだろう。

 

「ふざけるなよ、たかが下っ端風情が。バンギラス、サザンドラ、はかいこうせん!」

 

 とうとうスキンヘッドの幹部さんもポケモンを出してきた。

 こいつらを倒せば、すべての心が折れる事だろう。

 

『オレはこのまま雑魚を片付ける!』

「はいよ、リザードン、ブラストバーン! オーダイル、ハイドロカノン!」

 

 ここでハードプラントもあればよかったんだが………。

 

「えっ? あ、マーブル!?」

 

 いつの間にか俺から離れて下がって見ていた(今気づいた俺氏)ユイガハマが、声を張り上げる。

 マーブルってドーブルだったよな。

 するとトコトコと俺の横に来ると勢いよく地面を叩きつけ、巨大な根っこを地面に這わせて張り巡らせていく。向かうはバンギラスとサザンドラ。

 まさかのここで三つの究極技が合わさる形となった。

 ハードプラントが先に二体のポケモンを絡め取り、その蔦を伝って、マグマのような青い炎と圧縮された水砲撃が二重螺旋を組み襲いかかる。

 ミュウツーの方はスカタンクやカラマネロ族たちを次々とサイコパワーで作り出したスプーンで叩き潰していっている。あっちでもいたズルズキンとかシザリガーの姿もあるな。ズルッグって言ったっけ? ズルズキンの進化前。あれもいるし。

 

「バンギラス!? サザンドラ!?」

 

 バッタバッタとポケモンたちが倒れていく中、スキンヘッドのポケモンも例外なくはかいこうせんを押し返され、倒れていった。

 下っ端たちはそれを見て敗北を悟ったのか逃げ足になっている。

 ふん、ここまで来て逃がすかよ。

 

「ゲッコウガ、くさむすび」

 

 ゲッコウガが地面を叩き、再度ドーム状に草で覆い出す。人間もポケモンも関係なく絡め取り、グングン伸びていく。

 

「クレセリア、あなたもくさむすびよ」

「カーくん、てだすけ。ニャーちゃん、エナジーボール!」

 

 ゲッコウガの動きを察したユキノシタが空からクレセリアに命令を出す。クレセリアが「リーアーっ」と鳴くと、さらに外から草が伸び始める。

 カマクラはユキノシタの白いニャオニクスを手助けし、エナジーボールを撒き散らし、草の成長を促していく。

 

「ダークライ、フレア団とそのポケモンたちにダークホール」

 

 俺がそう言うとぬっと俺の影から出てきたダークライが、「やっとお仕事ですか」と言わんばかりにバッと腕を開く。

 すると小さな黒い穴がフレア団とそのポケモンたちの足元に創り出されていく。

 ふと横を見るとドーブルがスケッチしていた。技は………ダークホールかよ。

 

「ドー」

 

 自分もー、と言うようにまだ作り出されていない奴の足元に黒い穴を創り出していく。

 シュウーっと回転を始め、穴が吸い込み始めた。

 

「ゲッコウガ」

「クレセリア」

 

 それぞれに合図を送ると絡まる草を緩める。

 慣性により一瞬宙に浮いた体はそのまま黒い穴へと呑み込まれていく。

 

「ふう…………、逃げた奴はいないな」

 

 お掃除終了。

 あとは輸送用のヘリが来るのを待つだけだな。

 

「にしても荒れたな………」

 

 地面には小さいクレーターがいくつもでき、山の縁も削られて自然環境が滅茶苦茶になっている。

 野生のポケモンたちだっているはずだろうに、騒乱で姿を隠してどこにも見当たらない。

 

『どうやら、オレの掴んだ情報はあっていたようだな』

「みたいだな。お前の目的は大雑把にしか聞かされてないけど、どうせポケモン絡みなんだろ」

『ああ』

「なら、こうなった以上現実味を帯びてくるわけか」

 

 ミュウツーが動く時ってサカキ絡みかポケモン絡みだって、オーキドのじーさんの孫に聞いたことあるからな。

 まさかサカキがカロスにいるはずもないし、フレア団による害なのだろう。

 ゴージャスボールを出すとミュウツーは自分からボールに入っていった。

 

「ま、今ので情報が本部にでも伝わってれば、俺たちは徹底的にマークされるだろうな。そうなると…………」

 

 こいつらも巻き込むことになりかねないのか。

 現にすでに巻き込まれてるし。

 

「お兄ちゃん!」

「おお、コマチ無事だったか」

 

 すっかりコマチに懐いてしまったプテラにつれられて俺のとこにやってきた。

 

「ユキノさんがいたから大丈夫だけど。そ・れ・よ・り! 何が起こってるのさ! いきなり現れたかと思ったら襲ってくるし、逃げることもできなくて何とかしのいでいたらお兄ちゃんが変装してるし。わけわかんないよ」

「ああ、これはまあ、戦利品?」

「ヒキガヤくん、ちゃんと説明してくれるかしら」

「や、俺だって把握できてねぇよ。さっきまであいつらのお仲間さんたちと一発やりあってきて、戻ってきてみればこの有様だし。どうも計画としてはユキノシタとハヤマの排除、それとキーストーンとメガストーンの回収らしいが………」

 

 ちらっと後ろの金髪縦ロールを見ると、顔を背けられた。

 

「………そういうことか。だから連中はユミコのギャラドスを」

「ああ、みたいだな」

 

 エレキブルとブーバーンをボールに戻して、リザードンとともにハヤマがやってきた。

 と、そこでバラバラバラバラと再びヘリの音が聞こえてくる。

 

「来たか」

 

 輸送用の黒いヘリコプターは砂を巻き上げながら降りてくる。

 女子のスカートが捲れて下着が見えそうなんだけど。

 

「いてっ」

 

 ぎゅっと背中をつままれた。

 気配からしてユイガハマかイッシキだろう。

 うるさすぎて、声が全く聞こえてこない。

 

「あっれー、ユキノちゃん?」

「姉さん………」

 

 着陸する窓から顔を出してきた姉にユキノシタは一睨みを利かせる。

 あまり仲が良くないのだろうか。

 

「ハルノさん……」

 

 ハヤマも彼女の顔を見た途端、険しい表情に変わった。

 あの人一体何者なんだよ。

 

「ダークライ、マーブル」

 

 ハッチが開いて中から出てくる準備に取り掛かり出したのを見て、俺も引き渡しの準備を始める。

 ダークライとドーブルは宙に黒い穴を創り出し、吸い込んだフレア団とポケモンたちを出していく。

 みなさんぐっすりと眠ってらっしゃるようで。

 どんな夢を見てるかは知らねぇけど。

 碌な夢じゃないのは確かだろうな。ダークライがいるし。

 

「どうして姉さんがここにいるのかしら?」

 

 ユキノシタさんが降りてきて早々に噛み付いていく。

 

「ただのお仕事よ。ユキノちゃんこそ、ヒキガヤくんと一緒に旅してたんだ」

「ええ、そうよ。誠に遺憾ながら、この男と一緒に行動することになってしまったのよ」

「……へえ、よかったわね」

「……どういう意味かしら?」

 

 うわー、なんかバチバチと火花を散らし始めましたよ、この二人。

 

「は、ハルさーん、手伝ってくださーい」

「あ、ごめんごめん。お仕事だよ」

 

 うん、やっぱりこの人は癒しだな。

 悪くなった空気を一掃してくれちゃったよ。

 めぐりんパワーはすごい効力なようだ。

 ユキノシタさんはさっきと同じカメックスとネイティオとメタグロスを出し、フレア団たちをヘリの中へと運ばせる。

 

「ヒキガヤ!」

 

 名前を呼ばれたのでそちらを見ると、ヘリの中から遅れて見慣れた顔が出てきた。

 青みのかかったポニーテール、カワサキサキ。先の一件で俺の部下になった奴。

 

「……何があったの……?」

 

 俺たちのところまで来るとそう切り出した。

 

「………何があったんだろうな」

 

 こっちの事情はいなかったため、俺は知らない。

 聞こえてきた会話からして、金髪縦ロールのギャラドスのメガストーンが奪われたのは確かだろう。それまでの経緯などは知らんが。

 

「それは俺から話すよ」

 

 ちらっと見やるとハヤマが頷き返し、口を開く。

 

「ハヤマ………」

 

 有名人の顔を見るや、カワサキが睨みつけ出す。

 

「ヒキガヤが一人、どこかへ飛んで行った後、取り敢えず待っていても仕方ないし9番道路へ出てきたんだ。そうしたら、いきなりさっきの連中に取り囲まれて襲われた。人数はざっと数えて30・40はいたと思う。真っ先に狙われたのは俺とユキノシタさんとユミコだった。俺はリザとエレンとブーで応戦し、ユミコもギャラドスとミロカロスで抵抗した。だけど、いきなり出てきたニャスパー四体のねんりきにギャラドスの動きを一瞬封じられて、その間にチゴラスに噛み付かれてメガストーンを奪われてしまった」

 

 金髪縦ロールは顔をしかめて、そっぽを向く。

 余程悔しかったのだろう。

 

「その後はもうただただ防戦一方だったよ。全員あくタイプの持ち主だから、ユキノシタさんのクレセリアの力は上手く機能しないし、初心者のユイとイロハはこの状況に恐怖を覚えてしまったみたいで動けなくなるし」

 

 服の背中を掴む二つの手にぎゅっと力が込められる。

 その手は震えているようで、さっきのことを思い出してしまったのだろう。

 これが普通の反応なのだろうな。コマチがあの場で適応できていたことの方がおかしな話なのだ。まさか俺の妹だから、とかないよな。コマチまでこんな危険な奴になっちゃったらお兄ちゃん泣くからね。

 

「ハヤトくん………それはちょっと……」

「あ、ごめん。そういうつもりじゃないんだ。……逆に俺のせいでユイやイロハにまで怖い思いをさせてしまったのは申し訳ないと思ってる」

 

 チャラ男の言葉にハヤマは頭を押さえて苦い顔を浮かべる。

 こいつも慣れてないんだろう。

 誰だってそうだ。

 こんな大事な事件に巻き込まれた経験なんてこの中にどれだけいるんだって話だ。俺やザイモクザはともかく、ハヤマたち表にいた奴らにはあの場を切り抜けるので精一杯だったはずだ。しかも初心者トレーナーが三人もいる状況で圧倒的な数から脱出しなければならないのだ。ハヤマやユキノシタには相当なプレッシャーがかかっていただろう。

 

「……別に、お前が謝っても何も変わらんだろ。狙われたのはお前とユキノシタとミウラ? だったか。ハヤマは四冠王、ユキノシタは三冠王。そんな通り名を持つ二人が奴らの計画の害になると見て奇襲をかけたんだろ。ついでにメガストーンの回収も行った。キーストーンはトレーナーが持っているから奪いづらいが、ポケモンが持っているメガストーンの方はバトル中なら奪うことなんざ容易いことだ。なぜリザードンのメガストーンは奪わずにギャラドスだけを狙ったのかは疑問だが、そこは何か奴らの企みがあるんじゃねーの」

 

 うん、これで色々と辻褄があう。

 カセキ研究所を襲った奴と金髪縦ロール改めミウラのギャラドスからギャラドスナイトを奪ったのは同一人物と見て間違いないだろう。ギャラドスからメガストーンを奪ったというチゴラスは元はカセキ研究所で奪われたポケモン。そして、奴はそこでもメガストーンらしき宝石を盗んでいるのだ。奴の仕事はメガストーンの回収とかなんだろうな。

 

「君はすごいな。こっちに来る前にも戦ってきたんだろう? それなのにこの場まで片付けてしまうなんて………。昔を思い出すよ」

「思い出さなくていいから。お前はそういうが、俺の仕事はこんなんばっかなんだよ。慣れだ慣れ。慣れたくもねぇけど。結局、狙われたのは俺たち全員なんだよ。ハヤマとユキノシタを含むこの大パーティーを二分裂させて仕留めるのがあいつらの計画だったらしい。それにこっちとあっちじゃ人数が違う。俺だってミュウツーの力を借りなかったら、どうなってたか分かんねぇよ」

 

 いやー、やっぱあのチートな力は反則だと思う。あくタイプだろうがなんだろうが、サイコパワーでどうにかできてしまうあの力は最強の証しだろう。

 

「………なぜミュウツーがあなたといるのか気になるところではあるけれど。まずはこの連中が何者かを知る必要があるわね」

「ああ、それに関しちゃ名前だけなら予想はできている。たぶん、こいつらはフレア団だ。はっきり言ってロケット団よりも危険な連中だ。目的はわからんが、すでにメディア各局は奴らの手に落ちてるかもしれない。何ならこのホロキャスターだって危ないかもしれない」

 

 ポケットから俺のホロキャスターを見せると皆が驚愕の顔を見せてくる。

 無理もない、俺たちだってその可能性に至った時には驚いたからな。

 

「もし俺たちが世界を征服するとしたらってザイモクザと話していた時にその可能性に至った。人を監視するには身近にあって便利なものを持っていればいいのではないかってな」

「うむ、ハチマンの言うとおりである。我が支配者ならばまずは国民の監視からだ。下手な動きを見せたものには消えてもらう」

「うへー、お兄ちゃんたちが言うと信憑性がありすぎだよ…………。絶対しないでよ」

「やらねぇよ。そもそも組織的行動ができないのが俺たちだぞ。まず人が集まらん」

「それもそっか……」

 

 我が妹ながらあっさりと認めてしまうのはちょっと悲しいよ、お兄ちゃんは。

 

「へー、さすがハチ公だね。もうそこまで掴んでるんだ」

 

 ニヤッと含みのある笑みを浮かべるユキノシタさん。

 

「ただの推測ですよ、可能性の話です。実際はユキノシタさんたちが聞き出すまで正確な情報はわかりません。それがいつになるかも」

「ふうん、これがユキノちゃんが追いかけてる男の子ね………」

 

 え?

 やっぱりストーカーだったの?

 

「姉さん、誤解を生むような言い方はやめてくれるかしら」

 

 ユキノシタが姉に対して冷ややかな視線と声を向ける。

 

「ありゃ、そっかそっか。まだユキノちゃんはこっちにいたかー。そうだよねー、最初にワニノコを選んだのもそうだったもんねー」

 

 だが、そんなことはまるで気にしてないかのように(実際に気にしてないと思う)おちゃらけた声をなおも続ける。

 

「は、ハルノさん……そこまでにしておいたほうが………」

 

 それを見てハヤマが止めに入るが、この人に強く出れないみたいではっきりとしない。というか声が弱い。

 

「あれー、ハヤトはそう思わないの? ユキノちゃんは今誰を追いかけてるんだろうね」

「そ、それは…………」

「姉さん、ハヤマ君が困ってるからその辺にしてちょうだい!」

「操り人形のようにしてるだけでいいユキノちゃんは健在か」

 

 今度はユキノシタさんが妹に対して冷ややかに一瞥する。

 

「は、はるさーん。終わりましたしそろそろ行きますよー」

 

 ちょうどいいタイミングで癒しのボイスが聞こえてくる。

 ああ、今までの刺々しい言葉のキャッチボールがお花畑に変わっていく………。

 

「…………」

 

 じっと俺を見つめてくる。

 睨んでるの間違いかもしれない。

 なんというかこの人の心が全く読めない。

 一枚二枚じゃない外壁をまとっているように感じさせるその表情ははっきり言って恐怖を覚える。

 そんなことを思案しているとすっと俺の耳元に顔を持ってきた。

 え?

 なんでもうそこにいるんだよ。

 というか近い近い近いいい匂い心臓うるさい!

 

「………ユキノちゃんを守ってくれてありがとう」

 

 俺にだけ聞こえるようにそっと囁くと伸びをしながらヘリの中へと消えていった。

 連れてきたカワサキを置いたままヘリコプターは再び空へと戻っていく。

 風は女子のスカートを翻らせ、男子の心を掻き立てる。

 進化してもその習性は治っていないゲッコウガはしゃがみこむ。今しゃがむ必要ないだろうに。

 

「嵐のようだな」

 

 あれはなんだったんだろうか………。

 というかなんか俺、背中をつねられてない?

 両側から痛みを感じるんですけど。

 

「「ばか………」」

 

 背筋に電気が走った。

 おい、お前らいきなり耳元で囁くのはやめろよ。

 心臓に悪いじゃねーか。

 

「ばか………」

 

 あ、なんかこっちからもジト目が送られてくるんですけど。

 ユキノシタが顔を赤くさせてるなんて珍しいな。

 

「……なんつーか、すごい人だったな」

「ええ、そうね。悔しいけど姉さんはすごい人よ。どんなに努力してもどんなに追いかけても追いつけはしないどころか、距離が開くばかり」

「あ、いやそれはもう知ってるから今更だけどよ。なんつーの、強化外骨格みたいな? あの誰にでも打ち解けそうな人格をまとっていたかと思えば、きつい性格も持ち合わせている。はっきり言って超怖いんですけど」

 

 特に目がやばかった。

 ビデオで見たあの時も外面だったというわけか。

 彼女の素顔は想像したくもないな。

 

「あら、あなたも十分すごいと思うわよ。一度会っただけでそこまで姉さんのことを見切る人なんてそうそういないわ」

「正確に言えば二度目だけどな」

 

 あれ?

 三度目になるのか?

 まあ、どっちでもいいか。

 怖いのには変わりないからな。

 

「それで、ヒキガヤ」

 

 切り出すタイミングを計っていたカワサキがようやく口を開いた。

 

「あたしはどうすればいい?」

 



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28話

 あれから。

 俺はとりあえずカワサキにはフレア団への警戒と周りの一般人の観察を言いつけた。

 俺がそう言ったら、「そんなことでいいの?」なんて言ってきたが、そんなことが大事なのだ。

 たぶん、今回のことでハヤマやユキノシタはもちろんのこと、俺もフレア団の警戒対象になったはずだ。そんな俺が堂々と動いていれば、また襲われかねない。だから今回全くと言っていいほど、フレア団と鉢合わせていないカワサキが頼りになるというわけだ。中に溶け込んで情報を探る人材も時として必要だ。特に今回のような代替的な支配力が動いていればなおさらだ。ノーマークのカワサキにしか結果としてできない仕事になってしまったのだ。

 タイミングというのも一つの武器になることがよく分かったぜ。

 

 で、今俺たちが向かっているのはカセキ研究所である(カワサキはオニドリルに乗って帰って行った)。

 もちろん勝手についてきてしまったプテラを返すためだ。

 コマチにはすでに懐いているようでバトルでも命令に従うほどのゾッコンっぷりであるが、これでもコマチのポケモンではない。これはあれだな、俺とオーダイルのような関係だな。つまり変わった関係である。

 我が妹はしっかりと俺と血を別けているようだ。トレーナーとして育てばコマチもポケモンに好かれること間違いなしだな。

 

「こんにちわー」

 

 コマチを先頭に研究所に入ると職員の人たちが一斉にこっちを見てきた。

 ぎょっとした目が結構なくらいで怖い。お化け屋敷かと思っちゃうレベル。

 

「き、君たち無事だったのか!?」

 

 ダッと詰め寄ってきてコマチの肩を掴んでそう切り出す。

 あの騒ぎを耳にでもしたのだろう。というかすぐそばでやってたんだし知ってて当然か。

 

「だ、大丈夫でしたよー。お兄ちゃんがちゃんとお掃除してくれましたから」

 

 おい、コマチ。

 俺は掃除屋じゃないからな。

 

「そ、そうか………それはよかった………ん? プテラもついて行ってたのか?」

「はいっ、プテくん暇だからついてきちゃったみたいで。でもちゃんと活躍してくれましたよー。ねー、プテくん」

 

 翼を下ろしてコマチの横を陣取るプテラの頭を撫でると「アーッ」と陽気に返してくる。

 

「んで、プテラを返そうと思ってきたんすけど」

「……それはすまなかったね。…………けどまあここまで懐いたら………プテラ」

「アー?」

 

 所長さんがプテラに声をかけると首をかしげた。

 こいつ、結構反応するんだな。

 

「お前外の世界を見に行くか?」

「アーッ!」

 

 それって……。

 バサバサと喜びを翼で表すプテラとは対象的に俺は頭が痛くなった。

 要するにコマチにプテラをくれるってことだろ。

 この懐きようを見ればそういう考えに至るのもわからなくもないが、化石ポケモンだぞ。結構レアなやつだぞ。そんな簡単に渡していいのかよ。

 

「いいんですかっ!?」

 

 コマチが驚くように聞き返す。

 

「ああ、研究やなんだってのは人間の勝手な行いだ。生まれてきたからにはポケモン自身が自分の道を選ぶのが一番だと思ってる。だから行って来い、プテラ。お前の力があればこの子達の助けになるはずだ」

「ラーッ! ラーッ!」

 

 薄々、こんな結果になるだろうと思ってはいたが。

 まさか本当になるとは………。

 俺みたいにならないか、お兄ちゃん本気で心配になってきちゃったよ。

 

「はい、これがプテラのモンスターボールよ」

 

 女性職員がプテラのボールを持ってきて、コマチに手渡した。

 あいつ一応ボールに入ってたんだな。ちょっとびっくり。

 

「あー、そうだ。一つ分かったことが」

「ん? なんだい?」

「今朝入った賊はフレア団だと思われます。さっきの襲撃でこっちもメガストーンを奪われたし、その時に使ってたポケモンがチゴラスだったみたいで」

「なるほど………確かに奪われたチゴラスとすればあり得る話だな。こっちも防犯カメラの解析で分かったことがあるんだが、その賊はニャスパーを四体連れていたみたいだ」

「ビンゴですね。こっちもチゴラスの他にニャスパーを使っていた。間違いなくそいつと見ていいと思います」

 

 確定だな。

 これで犯人はフレア団で、研究所で奪われた宝石というのもメガストーンと見て間違いないだろう。何が目的かはわからないが、碌でもないことを企んでいることだけは確かだ。

 はあ………どこに行ってもこんな奴らばっかだな。

 ちなみに俺がフレア団の下っ端から剥ぎ取って変装に使っていたスーツは一着五百万するんだとか。バカじゃねーの。怖いからさっさと脱いで、リュックにしまったよ。持ってても仕方ないしどうしようか。

 

「そもそもフレア団とは何者なんだ?」

「さあ、そこまでは。碌なこと考えてない連中ってだけは予想できますけど」

「そうか。まあ、ありがとう。こちらも充分注意しておくよ」

「そうしておいてください」

「それより君は一体………」

「知らない方が身のためですよ。面倒なことに巻き込まれないためにも」

 

 なーんかこう、引き寄せるというか。

 どっかの名探偵みたいに行く先々で殺人事件に出くわす感じだな。

 タイミングがいいというか悪いというか。

 

「……分かった、これ以上は聞かないでおくよ。まだまだ研究したいことは山ほどある。まだ死にたくはない」

「知ったところで死ぬわけじゃないですけどね。そうしてくれると助かります」

「あ、ということは君たち結構な手練のトレーナーさんよね。だったら、8番道路の先にあるショウヨウシティにジムがあるのよ。そこに挑戦してみたらどうかしら」

 

 話を聞いていた女性職員がパンッと手を鳴らしてそう言ってくる。

 ジムか。

 そういやハクダンから全くジムのことなんて考えてなかったな。

 

「……おお、ジム戦! コマチ、本来の目的を忘れるところだったよ。お兄ちゃん、ジム戦行くよ!」

 

 こいつも忘れてたのか。

 俺はコマチにジム戦を強制的にさせられてるんだけどなー。

 

「なあ、もうお前一人でもジム戦いけるんじゃねーの?」

「ちっちっちっ、甘いよお兄ちゃん。なんたってコマチたちはお兄ちゃんのジム戦を見たいんだから!」

 

 えー。

 そんな高らかに言われても俺はやりたくないんですけどー。

 強いなら話は別だけど。

 

「や、ハクダンの時はケロマツだったから、それなりのバトルになったけどよ。今はもうゲッコウガに進化してんだぞ。絶対一方的になる」

 

 フレア団と戦ってそれはよくわかったわ。

 ゲッコウガに進化してかげうちを習得したことで陸と影の両方から攻めることができるようになって、手のつけられないくらいまでになっちまった。技を使えばタイプは変わるし、見ただけで技を覚えるし。はっきり言ってチートだよ。

 果たして、俺の横にいるこいつに限界はあるのだろうか。ケロマツの時点であそこまでやってやっと限界だったんだぞ? ゲッコウガの状態では限界が想像できない………。

 

「せんぱーい、私まだ先輩のジム戦見たことないんで見たいでーす。ね、ハヤマ先輩っ!」

 

 またか。

 こいつ、ミアレでも俺にバトルさせてきたよな。そんなに見たいのかよ。俺としては見せたくないんだけど。

 

「ああ、そうだね。俺も君のバトルは一度じっくりと観戦してみたかったよ」

「いやいや、お前はすでに何回も見てるだろ。何なら二回はバトルしてんだぞ。実体験を二回もしてんだぞ。見なくていいだろ。というか見るな」

「えー、いいじゃないですかー。じゃないと…………私…………わたし……………」

 

 ふざけてた声が一転、イッシキはしおらしくなってしまった。というか泣きそう。体は震えていて、涙をこらえている。

 あー、マジかよ。ちょっと重症じゃん、これ。

 

「………」

「あ、ちょ、ユイっ!?」

 

 イッシキの声に思い出してしまったのか、ユイガハマが研究所から飛び出して行ってしまった。

 ったく、あの赤装束団。なに、初心者にトラウマ与えてんだよ。

 いや、バカなのは俺か。

 コマチはそれなりに俺とバトルしてたし、ユキノシタと一緒だったから重くならなかったようだが、他二人には俺の服を終始掴んでいるくらい恐怖を覚えてたんだ。ポケモンバトルというものに対して恐怖心やトラウマを抱えてしまったとしてもなんらおかしくはない。それをイッシキは俺のバトルを見ることで以前のように戻るかもって思ったのだろう。言わないだけでそれはユイガハマも同じだった。分かっていたことなのに………恐怖に対しての耐性が異常になってんだな。慣れって怖い。

 

「……恐怖を与える者は恐怖を与えられる者の感情が分からない、か」

「どしたの、お兄ちゃん」

「いや、前に本でそんなことが書いてあったなと思ってな。あー、すんませんけどあのバカ回収してくるんで俺は行きますわ」

 

 所長にそう言うとみんなが微笑ましく見てくる。

 イッシキだけはどこか寂しそうではあるが。

 目で俺に行くなと言っている。

 

「んな目で睨むなよ。ちゃんとジム戦するから。それで逆に怖くなっても知らねぇけど」

 

 頭をポンポンと撫でると「む~」と頬を膨らませて上目遣いで俺をさらに睨んでくる。子供扱いするなと言いたいらしい。なんか知らんけど、イッシキにはコマチのために磨き上げたお兄ちゃんスキルがオートで発動してしまうみたいだな。気をつけねば。

 

「つーわけで……ってゲッコウガはどこ行った」

「先に行ったわよ」

「あの野郎……」

 

 どんだけユイガハマのこと気に入ったんだよ。

 もう体でかくなったんだから、前みたいに抱きかかえてもらえないと思うぞ。

 

「はあ……あいつら仕事だけ増やしやがって。今度会ったら組織ごと潰してやろうかな」

「……一度、やりかけてる人が言うと洒落にならないわね」

「そんなことまで知ってるのか………。お前、どんだけ知ってんだよ。怖いんだけど」

「そんなこと言ってる暇があったらさっさと行きなさい」

 

 ユキノシタ………。

 話し逸らすってことは他にも知ってるってことだよな。

 怖いよ、マジ怖い。あと怖い。

 これが恐怖心というやつなんだな。

 なんか懐かしいわ。思い出したくはなかったけど。

 

「あーもう、分かったよ。行きゃいいんだろ」

「いってらっしゃーい」

 

 コマチに見送られて俺はユイガハマを探すことになった。

 あいつ、どこいったんだろうな。

 そんな遠くに行けるほど、精神状態がよろしくはない思うが。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 さて、ユイガハマはどこまで行ったんだろうな。

 ゲッコウガも追いかけて行ったみたいだし、何かあっても大丈夫だとは思うが。

 ぐ~、と鳴る腹。

 やべぇ、落ち着いたら腹減ってきた。

 朝からバトル三昧で昼飯のことすっかり忘れてたな。今は………うわっ、もう三時過ぎかよ。そら腹も鳴るわ。

 

「はあ………、マジでどこまで行ったんだよ」

 

 意識すると途端に何か食べたくなってきて、だんだんと足取りが重たく感じてくる。

 ポケモンセンターにも寄ったが、ユイガハマの姿はなかった。

 ゲッコウガが何か印でも残していればわかりやすいのだが、無理だろうな。ケロマツの時だったらケロムースでなんか印でも作ってくれてただろうけど。

 と、ぼちぼち歩いていたら水族館に到着。

 その横でなんか出店が出ていた。『シャラサブレ 出張販売!』なんて旗を掲げている。

 サブレか………どこぞのグラエナを思い出すな……。

 腹減ったし何枚か買ってくか。

 

「十枚入り一つ」

「あいよー」

 

 やる気のなさげなおっちゃんが十枚入りの箱を袋に入れて用意しだす。

 表示してある金額を財布から取り出し、おっちゃんに手渡してシャラサブレを受け取った。

 

「……………いた」

 

 屋台の向こう側に見える海岸に見たことのあるお団子頭が見えた。

 ゲッコウガさんもいるじゃないですか。寝てるけど。

 

「あの……海岸ってどうやって行けば……」

「ああ、水族館を通り抜ければいけるぞ」

 

 通り抜けできるのかよ。

 というかしていいのかよ。

 

「あざっす」

 

 おっちゃんに礼を言うと横の水族館に入る。

 中は青々しく、みずポケモンが多数水槽の中を泳いでいる。

 客もまあそれなりにきてるみたいで、子連れの母親の姿がちらほらと見受けられた。

 お父ちゃんはお仕事ですかね。

 

「出口は……と」

 

 とりあえず、階段を降りると出口の表示があった。

 しばらく進むと出口が見えてくる。

 水族館なのに全く観覧しないというね。

 

「あー、せっかくだし一枚味見でもするか」

 

 シャラサブレの箱を取り出し、中を開けるとふんわりと甘い匂いが漂ってくる。四角い形に絵柄が何か書かれているが、これが何を示しているのかはよく分からない。

 口に含むとこれまたやっぱり甘く、一口噛むごとに口の中の水分が持って行かれてる感じである。事実、喉が渇いてきた。

 

「飲み物も買うべきだな」

 

 ぼりぼり頬張りながら砂浜を歩いていると目的の人物が体育座りで海を眺めていた。

 無言で後ろになって、ぼりぼりサブレを食っていると、ふと後ろを見てきて、前を向く。

 

「って、何食べてんのっ!?」

 

 もう一度振り返るとやっとツッコミを入れてきた。

 

「サブレ」

「ええッッ!?」

 

 盛大に誤解している反応だな。

 自分のポケモンにそんな名前つけるから………。

 

「お前のポケモンじゃねーよ。シャラサブレっつーお菓子だよ」

 

 ほれっと箱ごと差し出すとユイガハマは中を見やる。甘い香りに誘われて一枚抜き取り口へと含む。

 ぼりっと頬張ると途端に「んん~っ」と旨そうに悶えだす。

 アホっぽい反応を見ているとジトッとした目でゲッコウガが見上げてきた。

 

「ほらよ」

 

 箱から一枚抜き取って顔の上に持っていくと首に巻いたピンク色の何かが動き、俺の手からサブレを掻っ攫った。

 そのままピンク色の何かを呑み込んでいく。

 ………舌か!

 あれマフラーとかそういう類のもんだと思ってたけど、舌だったのかよ。

 なんかあれだな。巻いてないと違和感感じるわ。

 

「で、お前何してんの?」

「………」

 

 なんて聞いてみたけど、ぼりぼりとサブレを頬張る音だけが返ってくる。

 

「………あたし、分かんなくなっちゃった」

 

 ゴクリとサブレを飲み込むとぽつりと言葉を漏らした。

 

「ポケモンってさ、生き物なんだよね。なのに、それを道具のように扱う人もいて、ポケモンもそれには逆らわない。そういう人たちのせいで争いは起きるし、ポケモンも争いの原因になる。………あたしさー、もっとこう軽い感じの旅をするもんだと思ってたんだよね…………。博士からポケモンもらっていろんな人たちと出会ってバトルして仲良くなったりして。けど、あんなの見せられたら……………」

 

 徐々に声はかすれていき、鼻をすする音さえ聞こえてくる。

 

「あたし、怖かったんだから!」

 

 再三に渡り振り返ってくるその顔には涙がたまっていた。

 頬を伝い静かに砂の上にこぼれ落ちていく。

 

「ヒッキーが! あんなことするから! ヒッキーに嫌われたんじゃないかって! そしたら変な人たちに囲まれてあのゆきのんやハヤトくんたちが苦戦してて、あたしはどうすればいいか分からなくて! でもあたしと同じ初心者のコマチちゃんはゆきのんと一緒に戦ってて、あたし自分が情けなくなって! ヒッキーもこんなあたしだから嫌いになったんだって! そんなこと、思ってたら、ヒッキーがいるし………あたし………う、うわぁぁぁあああああああああああああああああああああああっっっ!?!!」

 

 相当溜め込んでいた恐怖やら何やらを全て吐き出すように、俺の胸に飛び込んでくる。いきなりだったためよろけてしまい、そのまま尻餅をついた。地面が砂でよかったわ。

 これはあれだな。原因が俺にあるってやつだな。

 

「………俺はお前の言うポケモンは道具にすぎないって言うやつを嫌ってほど見てきたけど、そういうやつらに限って碌でもないことを企んでたりする。よくは覚えてないがロケット団とかシャドーとか、ポケモンを商品として扱うようなやつもいた。でも結局、そういうやつらは最後は誰かに潰される。今回だってそうだ。必ず奴らの計画は潰れる。誰かがやらないなら、その時は俺が動くまでだ。それが『ハチ公』としての仕事だ。だからお前らを巻き込むわけにはいかないんだ」

 

 わんわん、ポチエナのように泣くお団子頭を撫でながら、言いたいことを言っていく。

 

「そう思って突き放したけど、逆にそれがお前の不安を煽っちまったんだよな。はっきり言って、俺はあの方法以外お前らを巻き込まないようにする手段は知り得ない。俺一人で終わらせるやり方しか持っていないんだ。今までもこれからもそういうやり方でしか上手く動けない、と思う」

「……………」

「でもな、別に俺が昔言ったからって今でもその髪を続けてなくてもいいんだぞ。気に入ってるってんならアレだけど」

「…………嫌じゃ………嫌じゃないもん………ぐすっ、ヒッキーに言われたからってのは、ぐすん、間違ってない、けど、ずずっ、そりゃ、ヒッキーに見てもらいたかったけど、それだけじゃないもん」

 

 見上げてくる綺麗にメイクした顔は涙で色が不自然に剥がれ落ち、ぐちゃぐちゃになっている。

 

「思い出だから…………、あたしの大事な思い出だから、忘れたくない、だけ………」

 

 …………。

 ああ、俺はこいつから大事な思い出を奪おうと、捨て去ろうとしてしまったわけか。それが原句に不安を掻き立てたってわけか。

 これは全面的に俺が悪いわな。

 

「………あー、その悪かったな。お前の思い出を踏み躙るようなこと言って。あの時の俺は焦るあまりに言葉を選ばなかった。その……、初めてだったんだよ。今までなら巻き込まれるのは俺一人だし、守るものなんて何もなかったから。一人でどうにかなっちまってたってところもあるけど。だけど、さっきはその………コマチを守らねーとって思ったら気持ちが焦っちまって…………だからその、俺が悪かった」

 

 頭を撫でながら顔が見られないように胸の中へと抱き寄せた。

 

「………あたしのことは、守ってくれないの………?」

 

 くぐもった声でそんなこと言ってくる。

 

「なんだ? 守って欲しいのか?」

 

 だから聞き返してみると。

 

「……ううん、もうずっとヒッキーには守ってもらってるから。………あたし、強くなる! 今度はあたしがヒッキーを守れるくらい強くなる!」

 

 バッと胸から離して見上げてくる笑顔は上で輝く太陽のように眩しかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「なあ、すげぇベトベトなんだけど」

「ごめんってば」

「お前あれだな。泣くと鼻水「ヒッキーのバカ! デリカシーなさすぎ!」………おう」

 

 誰かさんの涙と鼻水で俺の洋服はどろっどろになっている。

 そんな気持ち悪い感触を腹回りに感じながら、ようやくポケモンセンターまで戻ってきた。ちなみにシャラサブレはもうない。どこぞのカエルがいつの間にか食してしまっていた。俺ら一枚しか食ってないのに。

 

「あ、せんぱい、おっそーい」

 

 ポケセンに入って早々、イッシキと目が合うとどこぞの駆逐艦みたいな反応をしてくる。

 

「……お前はもう大丈夫なのかよ」

「そりゃ、不安はありますけどねー。ユキノシタ先輩の話を聞いてたら悩むのがバカバカしくなっちゃいました」

「逞しくて何よりです」

 

 一体ユキノシタは何を話したのだろうか。

 こんな逞しい心に入れ替えてしまうような話って一体………。

 

「あ、ユイ先輩、先輩に何もされませんでしたかー?」

 

 さっきのあれはなんだったのかと思いたくなるような笑顔を見せるイッシキを見てると、なんか俺も色々と考えるのがバカバカしく思えてきたわ。

 

「って、目真っ赤じゃないですかー。先輩、何泣かせてるんですか」

「や、別に俺のせいってわけじゃ…………あれ? 俺が泣かせたことになるのか?」

「あー、お兄ちゃんユイさんのこと泣かせたんだー」

 

 ぬっと顔を出してきたコマチが俺を指差して子供のように言ってくる。まあ、子供なんだけど。

 

「ユイガハマさん、………もう大丈夫そうね」

 

 ユキノシタがユイガハマの前に立つと静かに言った。

 

「うん! あたし強くなる! あたしが憧れた二人に追いつけるように頑張るから!」

「………なら、俺の代わりにジム戦やろうな」

「ええっ?! なんでいきなりそうなるの!?」

「強くなるんだろ?」

 

 だって、俺ジム戦したところで意味ないし。

 なんなら元チャンピオンだし。

 

「そうだけど、そうだけど。なんか違うー」

「ちょ、先輩約束と違いますよ! 私のためにもジム戦してくれるんじゃなかったんですかっ!?」

 

 うっ……、覚えてやがったか。

 

「お前………そこまでして俺のジム戦見たいのかよ。さっきので分かっただろ。俺がジム戦をするレベルじゃないって。あいつ、いるんだぞ?」

 

 あいつ、絶対やらないだろうけど。

 

「ぶー………だったら、私とバトルしてください」

 

 調子を取り戻したイッシキがいつものあざとさ全開で頬を膨らませる。

 

「いいけど、もう少しお前が強くなったらな。テールナーとナックラーだけじゃ、無理だと思うぞ」

「ぶー、…………ああ言えばこう言う先輩ですね。分かりました。だったら、私があと三体捕まえたらバトルしてください」

「あーあー、分かった分かった。分かったから引っ張るな。お前が握ってるとこ、ユイガハマの鼻水「とりゃあっ!」うおっと、危ねぇ」

「うぇぇ、なんか手がベトベトします」

「ヒッキーのバーカバーカ!」

 

 いきなりユイガハマがリュックを飛ばしてきて、避けたらゲッコウガが受け止めるというね。

 しっかし、いつの間にあいつはこんな凶暴になってしまったのだろうか。

 もっとこう、おしとやか…………ってわけでもなかったな。なんというか攻撃的ではなかったはず。

 

「いやー、お兄ちゃんも青春してますなー」

「あはは、ハチマンもいつも通りに戻ったみたいだね」

「うむ、死ねばいいと思うぞ。リア充め」

 

 しばらく、ユイガハマに罵声を浴びせられてたり、イッシキが俺の服で手を拭い出したり、それをユキノシタが気持ち悪いものを見るかのような目で見てたりしていた。これを誰も止めようとしないところはやはり俺たちらしいというか。

 

 

 閑話休題。

 

 

「で、ハヤマたちは?」

「彼らなら部屋で休んでいるわ。ミウラさんがまだ立ち直れていないみたいよ」

 

 そらまあ、メガストーンを奪われたらしいし。

 

「ともかく、この件は今の俺たちにはどうしようもない。本部からの情報が集まらない限りは俺としても動きようがないな」

「でしょうね。あなたが動けないんじゃ私だって動けるはずがないわ。情報を待つしかないわね」

「これからどうするの?」

「とりあえず、ショウヨウシティにジム戦しに行くか。計画的にハヤマやユキノシタを狙ってた以上、どこに行こうがあいつらに居場所は特定されている可能性だってあるし。だったら、また来る可能性だってあるし、そのためにもお前らも実力をつけておく必要があるだろ」

 

 コマチとユイガハマとイッシキを見やると、じっと見つめ返してくる。

 照れるからやめてっ。

 

「おおー、つまり先輩が手取足取りポケモンバトルの技術を叩き込んでくれるというわけですねっ!」

 

 最初に口を開いたイッシキがそんなことを言ってくる。

 

「あ、ずるいっ。あたしもヒッキーに教えてもらいたいっ」

 

 なぜかイッシキに対抗心を出すユイガハマ。何をそんなに張り合っているのだろうか。

 

「いや、ユイガハマはユキノシタとマンツーマンだ。ユキノシタ、一から徹底的にユイガハマにバトルというものを叩き込んでやってくれ」

「分かったわ。これもユイガハマさんのためですもの。遠慮はしないわ」

「ゆきのんっ、ちょっとは遠慮してよっ! 怖いよ、その目っ。あたし、何されるの!?」

「コマチは流石俺の妹なだけあって充分にセンスを発揮している。つーわけで、癖のあるザイモクザとトツカとだな」

「シスコン」

「シスコンね」

「さすがシスコンです」

 

 おい、そこの外野うるさいぞ。

 

「うむ、ハチマンの頼みとあらば引き受けよう。我がレールガンをしかと受けるがいい」

「うん、分かったよ、ハチマン。僕も頑張ってみるよ」

 

 ザイモクザが何かやらかさないか心配だが、まあいいだろう。

 

「あとはイッシキだけど………そもそもお前、ハヤマたちと旅してんだろ。あいつに鍛えてもらえよ」

「あ…………」

 

 こいつ、完全に忘れてやがったな。

 

「……どうしましょうか」

「知らねぇよ」

「だったら、ヒキガヤについて行けばいいさ」

 

 げっ。

 なんでこいつがいるんだよ。

 部屋にいたんじゃねーのかよ。

 

「ハヤマ先輩っ!?」

「やあ、イロハ。いろいろ心配させて悪かったな。ユミコはだいぶ落ち着いたよ」

「は、はあ………それはよかったです」

 

 いつの間にかハヤマが壁に寄りかかって俺たちの会話を盗み聞きしていた。

 全く気配感じなかったんですけど。地に足ついてるよね。

 

「ヒキガヤ。今の俺たちじゃイロハを鍛えてやるのは無理そうだ。ユミコのこともあるし、俺自身がフレア団とかいう連中に狙われている以上、俺の側にイロハを置いておくのは危険だ」

「それを言ったら、こっちにもユキノシタがいるし、危険なのは一緒だと思うが?」

 

 計画としてはハヤマとユキノシタの殲滅だからな。

 

「そっちには君がいる。ポケモン協会の誰もが恐れる『忠犬ハチ公』である君がいるんだ。俺たちといるよりは安全じゃないか?」

「狙われてる以上、安全もクソもねぇだろ」

「ははっ、相変わらず手厳しいな」

「手厳しいも何も事実だろ。さっきので総勢何人が本部に戻ってないと思ってるんだ? あれだけの数がたった一人だけしか帰還しない相手っつー認識になるんだぞ、俺たちは。お前やユキノシタがいようがいまいが俺たちはすでにやつらにとっては危険視されてるはずだ。誰といようが危険度は変わらんだろ」

 

 数なんて数えてないから分からんが、あんな大勢を集約させて練った計画が失敗してるんだ。一つだけ成功したメガストーンの回収をしている奴だけが帰還した現状、俺たちは危険視されているはずだろう。というかたった一人で半隊を壊滅させた俺のことが行き渡っていれば、俺といるのが最も危険だと思うんだけど?

 

「いや、そうだとしても君といる方が安全さ。君といれば学ぶことも多いだろうからね。イロハのことだから、それを自分のものにするのにはそんな時間がかからないはずだ。だから君といれば自分自身を守れる力はつけられる」

「お前といても自己防衛力は身につくと思うが」

「時間の問題さ。君が周りに与える影響は良くも悪くも大きい。その分、身につく時間も早くなる」

「買い被りすぎだろ」

「現に俺やユキノシタさんは君の影響を強く受けている」

 

 はあ…………こいつ、意外と頑固だな。

 続けてたら一向に終わらないレベルだ。

 埒があかない。

 

「……だってよ」

「うー、うーん」

 

 イッシキの方を見やるとすっごい葛藤してるのがわかった。

 何をそこまで葛藤する必要があるのか分からんが。

 

「それにイロハも」

 

 そう言うとハヤマはイッシキの側まで歩いて行き、あろうことか顔を耳に近づけて何かを囁いた。

 

「〜〜〜ッッ!?」

 

 何を吹き込んだのかは知らんが、イッシキの顔がみるみるうちに赤くなっていく。逆上せそうな勢いである。

 

「な、なんでっ!? そ、そそそそれをハヤマ先輩が知ってるんですか!?」

「見てれば分かるよ」

「〜〜〜ッッ」

 

 プシューと煙が上がってもおかしくないほど上気し、へなへなと地面にへたり込む。

 

「というわけでイロハのことは任せるよ」

「えー、面倒くさっ」

「まあまあ、俺たちも出来る限り追いつくようにするからさ」

「諦めなさい。意外と彼、言い出したら聞かないわよ」

「………みたいだな」

 

 はあ……………。

 まさかこいつまでついてくることになるとは。

 俺は床にへたり込むイッシキを見て大きなため息を吐かずにはいられなかった。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜 (28話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン etc………

・リザードン ♂

 持ち物:リザードナイトX

 特性:もうか←→かたいツメ

 覚えてる技:かえんほうしゃ、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、カウンター、じしん、ブラストバーン

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:へんげんじざい

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう

 

・ミュウツー

 特性:プレッシャー

 覚えてる技:10まんボルト、はどうだん

 

野生

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール、おにび、ゆめくい、あくのはどう

 

 

ユキノシタユキノ

・オーダイル ♂

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、ハイドロポンプ、シャドークロー、つばめがえし(ユキノ未知)、りゅうのまい、げきりん(ユキノ未知)、カウンター、ハイドロカノン、ドラゴンテール

 

・エネコロロ ♀

 覚えてる技:ソーラービーム、でんげきは、ハイパーボイス、れいとうビーム、メロメロ

 

・ユキメノコ ♀

 覚えてる技:れいとうビーム、みずのはどう、10まんボルト、シャドーボール、めざましビンタ

 

・ボーマンダ ♂

 特性:いかく

 覚えてる技:そらをとぶ、ドラゴンダイブ、ハイドロポンプ、つばめがえし

 

・ニャオニクス ♀

 覚えてる技:エナジーボール、シグナルビーム

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび

 

 

ユイガハマユイ

・グラエナ(ポチエナ→グラエナ) ♂ サブレ

 特性:いかく(にげあし→いかく)

 覚えてる技:こおりのキバ、かみなりのキバ

 

・ハリマロン ♂ マロン

 覚えてる技:タネマシンガン、つるのムチ、やどりぎのタネ

 

・ドーブル ♀ マーブル

 覚えてる技:スケッチ、おにび、ハードプラント、ダークホール

 

 

ヒキガヤコマチ

・ニャオニクス ♂ カマクラ/カーくん

 特性:するどいめ

 覚えてる技:サイコキネシス、でんげきは、ひかりのかべ、てだすけ

 

・カメール(ゼニガメ→カメール) ♂ カメくん

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:みずのはどう、はどうだん、こうそくスピン、からにこもる、ロケットずつき

 

・カビゴン ♂ ゴンくん

 覚えてる技:メガトンパンチ、のしかかり、じしん

 

・プテラ ♂ プテくん

 覚えてる技:はかいこうせん、ストーンエッジ

 

 

イッシキイロハ

・テールナー(フォッコ→テールナー) ♀

 

・ナックラー ♂

 

 

ザイモクザヨシテル

・ポリゴンZ(ポリゴン→ポリゴン2→ポリゴンZ)

 覚えてる技:トライアタック、でんじほう、ロックオン

 

・ジバコイル

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン

 

・ダイノーズ ♂

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン

 

・ロトム

 特性:ふゆう

 覚えてる技:ほうでん

 

・ヒトツキ

 覚えてる技:てっぺき、きりさく、つばめがえし

 

 

トツカサイカ

・ニョロボン ♂

 覚えてる技:ハイドロポンプ、グロウパンチ、どくづき、さいみんじゅつ、れいとうパンチ、カウンター

 

・トゲキッス(トゲチック→トゲキッス) ♀

 覚えてる技:マジカルシャイン、つばめがえし、てんしのキッス、ゆびをふる、はどうだん

 

・クロバット ♂

 覚えてる技:クロスポイズン、ねっぷう

 

・ミミロップ ♀ 

 持ち物:ミミロップナイト

 覚えてる技:とびひざげり、ほのおのパンチ、シャドーボール

 

・ホルビー ♂

 

 

ハヤマハヤト 持ち物:キーストーン etc………

・リザードン リザ ♂

 持ち物:リザードナイトY

 特性???←→ひでり

 覚えてる技:オーバーヒート、りゅうのはどう、エアスラッシュ、ソーラービーム、げんしのちから

 

・エレキブル エレン ♂

 覚えてる技:ほうでん

 

・ブーバーン ブー ♀

 覚えてる技:ふんえん

 

 

ミウラユミコ 持ち物:キーストーン etc………

・ギャラドス ♂

 持ち物:ギャラドスナイト→なし

 特性:いかく(←→かたやぶり)

 覚えてる技:ハイドロポンプ、アクアテール、10まんボルト、かみくだく

 

・ミロカロス ♀

 

 

トベカケル

・ピジョット ♂

 覚えてる技:かぜおこし

 

 

カワサキサキ

・ニドクイン ♀

 覚えてる技:ポイズンテール、つのドリル、ばかぢから

 

・ガルーラ ♀

 覚えてる技:みずのはどう、10まんボルト、ブレイククロー、はかいこうせん

 

・ハハコモリ ♀

 覚えてる技:リーフブレード、リーフストーム、しぜんのちから、ほごしょく、こうそくいどう

 

・オニドリル ♂

 覚えてる技:ドリルくちばし、はがねのつばさ、ねっぷう、こうそくいどう、はかいこうせん

 

・ゴウカザル ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:フレアドライブ、かえんほうしゃ、じしん、ストーンエッジ、いわなだれ、かみなりパンチ、マッハパンチ、かげぶんしん、みがわり

 

 

カワサキタイシ

・二ドリーノ ♂

 覚えてる技:つのでつく、にどげり

 

・ストライク ♂

 覚えてる技:シザークロス、つじぎり、むしのさざめき

 

・キルリア ♂

 覚えてる技:ねんりき、マジカルリーフ、シャドーボール

 

 

ヒラツカシズカ 持ち物:キーストーン(研究所からの借り物) etc………

・カイリキー ♂

 覚えてる技:ばくれつパンチ、どくづき

 

・サワムラー ♂

 覚えてる技:メガトンキック、とびひざげり、ブレイズキック

 

・エルレイド ♂ 持ち物:エルレイドナイト

 覚えてる技:サイコカッター、かみなりパンチ、インファイト、テレポート

 

 

フジサワサワコ

・ピカチュウ ♀ 持ち物:でんきだま

 覚えてる技:ボルテッカー、10まんボルト

 

 

ポケモン協会関係

ユキノシタハルノ

・カメックス ♂

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ハイドロカノン

 

・ネイティオ ♀

 覚えてる技:みらいよち、サイコキネシス、つばめがえし、リフレクター

 

・メタグロス

 覚えてる技:サイコキネシス

 

 

シロメグリメグリ

・エンペルト ♀

 

・サーナイト(色違い) ♀

 覚えてる技:サイコキネシス

 

・メタモン

 覚えてる技:へんしん

 変身したポケモン

 ・サーナイト

  使った技:サイコキネシス

 

 

フレア団 ※複数匹有り

・7番道路

ズルズキン、シザリガー、スコルピ、ドラピオン、テッカニン、ワルビル、ヘルガー、スカンプー、サイホーン、パルシェン、ハブネーク、ズバット、ゴルバット、ドンファン、サンド、サンドパン、ニューラ、キリキザン、ココドラ、ドクロッグ etc……

 

・9番道路

ズルッグ、ズルズキン、シザリガー、ワルビアル、グラエナ、デルビル、ヘルガー、ヤミカラス、ドンカラス、ニューラ、マニューラ、ジヘッド、サザンドラ、レパルダス、コマタナ、キリキザン、ドラピオン、スカンプー、スカタンク、マーイーカ、カラマネロ、バンギラス etc………



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29話

 翌日、昼。

 俺たちは新たにイッシキを加えてショウヨウシティへと向かい、今ようやく着いた。コウジンからは砂浜を挟んだところに位置し、高台にあるコウジンからはショウヨウの街が見渡せるほどには近い。

 そんなショウヨウシティに着いた俺たちはまずはジムの前へと赴いた。

 

「とりあえず、ジムだな」

「結局、お兄ちゃんはジム戦やらないのー?」

「や、ハクダンでも思ったけど俺がジム戦したところで勝つのは目に見えてんじゃん。それを分かっててジム戦をやるのもジムリーダーに申し訳ないというか」

「やりたくないだけじゃんっ」

 

 ユイガハマがていっとツッコミを入れてくる。物理的に。横腹に。何気に痛い。

 

「まあ、コマチとしてはお兄ちゃんがどんだけ強いかは分かったから、いいんだけどねー。でもお兄ちゃんのバトルを見たいって気持ちもあるのは忘れないでね」

「……そんな見ても面白いとは思えんのだが………」

「あなたの奇想天外なバトルはいい勉強になるわ」

 

 そうだな、ユキノシタはすぐにでも俺のスタイルを模倣してくるもんな。

 しかもいやらしく精度を上げて。

 

「お前、細かいところまで見てるもんな。俺が深く考えてないところまで事細かに」

「なっ!? そ、そんなことはないわっ。それはただただ偶然に目がいってしまってたまたま脳裏に焼き付いてしまったってだけの話よ。決して見ようとして見てるわけじゃないわっ」

「………見事なツンデレっぷり………」

 

 んなことで感心するなよ、イッシキ。

 それにツンデレっていうよりただツンとしてるだけだと思うだが。デレの要素が一つもねぇ。

 

「んー、でもやっぱりコマチもお兄ちゃんのバトルは勉強になるかなー。発想とかそういうこともあるけど、スクールじゃ習わらなかったというか、公式に則ったバトルをしないところがいいんだよなー」

「あ、それ分かるかも。僕もハチマンのバトルは昔から型に囚われないものだったから、見てて面白いと思うんだー」

 

 おう、まさかのトツカにまで褒められる始末。

 俺、これどう対処したらいいの?

 誰か教えてくれ……。

 正直すげぇ恥ずい。

 

「ま、まあ、あっちが誘ってきたらな。ハクダンの時にはジム戦初めてのコマチのために情報を探るようなバトルをしてたけど、あれ速攻で終わらせられたバトルだったし、ジムリーダーと俺たちにはそれくらいの差があるってことだ。今回はコマチが初見でバトルしてみてそれをユイガハマが見て何か掴んでいけばいいと思うぞ。今後ジム戦巡りをするにしろしないにしろ、一度ジム戦を経験しておくことに無駄はないからな」

「……ぶー、分かったよ」

 

 不貞腐れるユイガハマというのも案外面白い顔だな。

 イッシキみたいにあざとくないから見てて安心する。

 

「………先輩、今超失礼なこと考えてませんでした?」

「なんのことだか」

「だったら、目を合わせて言ってください」

 

 チッ、そういうところは見逃せよ。

 

「そういやイッシキはジム戦やるのか? それともジム戦よりもハードなリーグ戦をやるのか?」

「なんでその二択しかないんですか。そもそもリーグ戦って……」

「相手は俺とユキノシタだな。余興にザイモクザを入れてもいい」

 

 四天王ってわけじゃないがそれに匹敵あるいはそれ以上の実力を持つやつらばっかの相手だ。すぐに根を上げるのは間違いなしだな。

 俺がこいつらの時だったら絶対にお断りしてるわ。

 

「全員個性的すぎてバトルしづらいですね。せめて先輩一人だけにしてください。他二人はユイ先輩とコマチちゃんの特訓に付き合うんですから、余り者同士仲良くやりましょうよ」

「いや、俺は別に余り者ではないからな。テスト用紙、試験材料、実戦相手。それが俺の役割りだ」

 

 あ、こいつやっぱり俺を仕事しない人間だと思ってるのね。

 

「要はそれまで暇ってことですよね」

「まあ、そういうことになるな」

 

 間違いじゃないから否定できないな。

 

「じゃあ、いいじゃないですか。私の相手してくださいよ」

「えー、やだよ面倒くさい」

 

 もうオブラートに包むことすらする気が湧かないわ。

 なんかイッシキにだけはこの調子でいるのがベストなような気がするまである。

 

「先輩って時々私の扱いだけ蔑ろすぎません?」

「別にそんなことはないと思うが」

「まあまあ、イロハちゃん。それだけヒッキーが面倒みなくても一人で何とかできるって見込んでるからだと思うよ」

 

 ユイガハマが俺たちを見てフォローに入るが、イッシキは俺を上目遣いで睨んでくる。ちょっとウルッとしてるのがハチマン的にポイント高いわー。

 

「……むー………怪しいです」

 

 なんとあざとかわいいことだろう。

 思わず、口の中に含んだ空気を頬を押して抜きたくなるわ。

 

「…………あざとい」

 

 良くも悪くもイッシキイロハはあざとい。

 それが長所であり短所である、俺はそう思う。

 

「まあ、そのあざとさがお前の武器になると思うんだよなー」

 

 だから、こいつが強くなるとしたら、そこにヒントが隠されていることだろう。己をよく知り、己の好むスタイルを早く見つけられるといいな。

 

「どういう意味ですか、それ」

「コマチは数をこなして成長するタイプだろうし、ユイガハマの場合は付きっ切りで一から百まで叩き込めば強くなると思うけど、イッシキの場合は数とかそういうのよりも強い奴らのバトルから戦法を盗むって方が性にあってるんじゃね? 好きだろ、人の振り見て我が振り直すの」

 

 ほら、他の女子の様子を見てキャラ作りしてるじゃん?

 そういうの得意そうじゃね?

 

「別に好きってわけじゃないですけど、要は引き出しを増やせってことですね」

「そういうことになるな」

「なら、早速ジムに入りましょうか」

 

 いきなりだな。自分がやるわけじゃないのに。

 

「そうですねー。サクッと終わらせちゃいましょう」

 

 コマチもたくましくなっちまったようで。

 ハクダンの時とは全然違うじゃねーか。

 

「うう………なんか緊張してきた」

「お前はまだやらんだろうが」

 

 なんでユイガハマが緊張してるんだろうか。

 そんなにジム戦って緊張するもんなのか?

 俺はしたことないから分かんねぇ感覚だな。

 そう心の中で押し止め、ジムの中に入った。

 

「「「「「「………………………………」」」」」」

 

 中に入るとみんなして上を見上げて、唖然としてしている。

 目の前には壁があり、所々に小さな石が飛び出ている。

 いわゆる、ボルダリング。

 やったことないから楽しいのかは知らん。

 ただこの壁は高所恐怖症の奴らには無理そう。ちょっと高くね?

 

「おや、ジム戦ですか?」

 

 声のした方を見ると壁を野郎が一人登っていた。

 野郎と言っても線の細い長身で肌が黒褐色のなんともひょろっとした男性である。

 そんな彼はするすると石を伝って俺たちの所まで下りてくる。慣れているのか下も見ないで長い手足を伸ばして淡々と下りてきた。

 すげぇな、この人。

 俺にはできない芸当だわ。

 

「ようこそショウヨウジムへ。わたしはザクロ。このジムのジムリーダーをしています」

 

 スーツでも来ていたら映えるような紳士的なお辞儀をしてくる。

 ただそれら全てをかき消すような頭はなんなんだろう。というかあれどうなってんだ? 石だよな。赤とか青とか髪の中に埋め込まれてないか? マジであれどうやってつけてんだ? すげぇ、気になる。私、気になりますっ!

 

「ジムリーダー………」

 

 ほえーっとコマチがザクロさんを見上げている。

 ユイガハマなんか口にまで「ほえー」が出ていて、俺はつい一歩後ろに下がってしまった。

 アホの子二人揃うとやっぱりアホの子だな。

 

「は、初めましてっ。ヒキガヤコマチといいます。今日はよろしくお願いします!」

 

 ハッと我に帰ったコマチが自己紹介をしていく。

 

「君が挑戦者ですか。分かりました。受けて立ちましょう。………それより皆さん。よろしければ壁登りますか? 挑戦者には登っていただいて、精神統一をしてもらっているんですが。別に強制ではないので、あっちにはちゃんとエレベーターもあります」

「精神統一かー。他の人も結構やってるんですか?」

「ええ、もちろん。意外と好評のようですよ。まあ、さすがに高い所が苦手っていう人は素直にエレベーターに乗ってますけど」

「へー、じゃあコマチものーぼろーっと」

「それではわたしは先に上で待ってますね。ゆっくりでいいですから、焦らずに気をつけてくださいね」

 

 そう言うとザクロさんは再び壁に手をかけるとするする頂上を目指して登り始めた。

 登るのも早ぇな。

 まるでエイパムみたいだな。

 

「………私も登ろうかしら」

「やめとけ。お前は絶対途中で力尽きる」

 

 だってユキノシタって体力だけはないんだもん。すぐに疲れるみたいだから長い距離を歩くとなると休み休みで歩くことになるからな。

 空飛べばいい? それだと旅じゃなくなる。

 

「よっと」

「先輩は登らないんですかー?」

「ばっか、お前。コマチが落ちそうになった時に助けに行けるように登りきるまで下で見守ってるに決まってるだろうが」

「さすがシスコン。ブレないですね」

 

 もうね。

 コマチが登り始めたんだけど、いつ落ちてくるかハラハラドキドキで胸がバックンバックン言っててうるさいくらいだわ。

 ユイガハマがジムに入る前に緊張していたのよりも重症かもしれん。

 

「お前らは先にエレベーターで上に行ってろよ。俺もコマチが登りきったら上に行くから」

「はーいっ」

 

 猫なで声のような声、ではなく素だと思われる声が返ってくる。

 

「お兄ちゃん、ボルダリングって結構きついね」

「んなこと言われても、俺はやったことがない。まあ、壁を登る時点できつそうではあるけど」

「でも楽しいよ」

 

 コマチは意外とこういう体を動かすのも好きだったりするからなー。ちょっとした運動なら楽しめてしまうのだろう。俺はかったるいとしか思えんが。

 

「なんだゲッコウガ。お前も登るのか?」

 

 俺の横でじーっとコマチを見上げるゲッコウガ。

 登りたいのならさっさと登ればいいと思うんだが。

 

「………コウ、ガッ!」

 

 踏み込んだかと思うといきなりジャンプしてあろうことか壁の頂上まで登りきってしまった。

 

「……………」

「……ふぉぉおおおおお、ゲッコウガすっごーいっ!」

 

 頂上から見下ろしてくるゲッコウガに壁を登りながらコマチが賞賛の声をあげる。

 いや、うん、すごいけどさ。

 跳躍力半端ねぇとは思うけどさ。

 

「……なるほど、いい脚力を持っているようですね、ゲッコウガ」

 

 ぬっと現れたザクロさんまでもがゲッコウガの脚力を評価している。

 なんでもいいけど、天井から照らされてる明かりのせいで顔に影ができてて怖いわ。

 

「コウガ」

 

 その後は特に問題はなくコマチは頂上へとたどり着いた。俺はそれを見届けると、エレベーターに乗って観客席の方へと赴いた。

 

「壁を登ってみてどうでしたか?」

「楽しかったです」

「登っている時、何か考えたりしましたか?」

「ここで落ちそうになったりでもしたら、お兄ちゃんはすごく焦るんだろうなー、とかは考えていましたけど」

「なるほど、君はお兄さんをよく見ているようですね。いいことです」

 

 壁の上はバトルフィールドになっていたようで、ザクロさんはコマチと相対するように移動して、そう言ってくる。

 彼の落ち着いた口調は何をも飲み込んでしまいそうな深みがあり、ジムリーダーとしての風格を感じられた。

 

「それでは改めまして、ヒキガヤコマチさん。わたしが当ジムのジムリーダー、ザクロです。タイプはいわ。今度はわたしという壁を登りきってみてください」

 

 ゲッコウガが観客席の方へと帰って来る。

 

「それではルールの説明をします。使用ポケモンはジムリーダーが二体。挑戦者は特に規定はありません」

「ええっ?!」

 

 要するに全力でかかってこいということなのだろう。

 

「わたしは挑戦しにくる全てのトレーナーの可能性を見たいのです。なので、手持ち全てでわたしを倒してください」

 

 他のジムリーダーとは少し毛色が違うと感じたが、まさかこういうことだったとはな。それだけ自分のポケモン達に自信があるのか、あるいは………。

 

「交代は挑戦者のみとします。それではバトル始め!」

「それではまずはこの壁です。いきますよ、イワーク」

 

 開始の合図とともに出してきたのはいわへびポケモンのイワーク。

 ユキノシタさんが以前使っていたハガネールの進化前の姿。

 タイプはいわ・じめん。

 とくれば。

 

「イワーク………まずはカメくん、いくよ!」

 

 だよな。

 いわ・じめんの両方に抜群で与えられる、実質四倍ダメージを与えられるみずタイプのカメールを選ぶよな。

 イワークはああ見えて動きが速い奴もいたりするし。殻にこもって移動すればカメールならその攻撃も交わすこともでくるだろう。

 

「カメール、ですか。ではまず挨拶代わりに、アイアンテール」

 

 みずタイプに対して効果はいまひとつではあるが、あの重たい岩の塊が宙を飛び、鋼鉄の尻尾を振りかざしてくる。

 多分タイプとかそういうことよりも体重を乗せた技として使っているのだろう。あれだけの重さがあればたとえ効果は半減されていても物理的に衝撃によるダメージは来るからな。

 

「カメくん、からにこもる! からのこうそくスピン!」

 

 カメールはコマチの指示通りに殻の中に入り防御を上げると、高速で回転を始め振り降ろされる鋼鉄の尻尾を躱した。

 イワークの尻尾は地面に突き刺さるも踏ん張ることで抜け出し、再び宙を駆け巡っていく。

 

「それではわたしのお気に入りの技を見せてあげましょう。イワーク、がんせきふうじ!」

 

 なんだ、お気に入りっていうからもっと凝ったもんかと思ったけど、がんせきふうじかよ。

 いや、技自体は結構優秀だぞ。ただこう言ってくるもんだからもっと凄い技でも持ってるもんだと思ったからさ。

 

「がんせきふうじ…………カメくん、はどうだんの乱れ撃ち!」

 

 ま、これはコマチも同じだったようで、特に驚いている様子はない。どちらかといえば今までに見てきたがんせきふうじを頭の中の辞書から引っ張り出してきて、対処法を探っているようである。

 なんだかんだでこのジムはコマチにとっていい復習の場所になるのかもしれない。

 

「おや、あまり驚かないみたいですね」

 

 次々と現れる岩々に対して、カメールは甲羅の中から体を出し、はどうだんを乱雑に撃ち出し砕いていく。

 乱雑に撃ってもはどうだんは勝手に目標に向かっていくところがいいよな。

 

「ではイワーク、スピードをあげましょう。ロックカット」

 

 また嫌な技を出してくるな。

 ロックカットは岩の重さを軽くして素早さを上げる技だからな。全身岩のイワークはすごく身軽な動きになることだろう。

 

「カメくん、みずのはどうだん!」

 

 カットしてる間に今度は弾状のみずのはどうを打ち込んでいく。

 だが、そこはロックカット。

 イワークに当たる寸前に躱されてしまった。

 

「はやいっ!?」

 

 確かにあれは速いな。

 ロックカットというものはここまで速さを上げられるものなのか。

 技自体は知ってはいたが、いかんせん見るのは初めてなんでな。

 案外、今まで戦ってきた奴らが誰も使ってこなかったということに驚きだわ。

 

「だったら、はどうだん!」

 

 みずのはどうよりはダメージが下がるが確実に当てに行けるはどうだんに切り替えていく。

 

「乱れ撃ち!」

 

 次々と波導の塊を作り出し、イワークへと撃ち出す。

 

「イワーク、アイアンテールで薙ぎ払ってください」

「ワーク」

 

 再び巨体がジャンプし、それに合わせて追いかけてくるはどうだんを鋼鉄の尻尾で地面へと叩き落とし始めた。

 

「カメくん、みずのはどうだん!」

 

 コマチははどうだんに紛れてみずのはどうも撃ち放っていく。

 これも尻尾で打ち返されてしまうが、衝撃でその場で弾けていく。

 弾けた水はカメールによって操られ、イワークへと降りかかった。ちょうど雨に打たれるイワークといった構図だな。横殴りの雨だけど。

 

「イワーク、ラスターカノン」

 

 だが、さすがジムリーダーといったところか。

 驚くそぶりも見せず、冷静に判断を下していく。

 たぶんこれが普通のジムリーダーの姿なんだよな。ビオラさんとかがちょっと特殊すぎただけだよな。あの人はもうダメでしょ、色々と。

 

「カメくん、ゴーッ!」

 

 イワークが苦手な水を一掃している間にコマチはカメールをイワークの真下まで移動させていた。

 コマチの合図でカメールはジャンプし、イワークの尻尾へと掴まる。

 

「みずのはどうっ!」

「アイアンテール」

 

 しがみつくカメールを振り落とすように尻尾を激しく動かし始める。

 カメールは必死で掴まりながら体の周りに水をまとい始める。

 そしてその水はイワークを包み込むように奴の体を移動し出した。

 

「ワーックっ!?」

 

 苦しむイワークはそれでも鋼鉄の尻尾を地面へと叩きつけた。カメールと一緒に。

 

「カメくんっ!?」

 

 コマチが呼びかけるが反応はない。

 イワークは尻尾を地面に突き刺したまま、重たい体を地面へと叩きつけた。今ので相当のダメージを受けたようだ。

 

「引き分け…………か?」

 

 両者とも反応がない。

 少し間をおいて、審判の人がコールを出そうとした時。

 岩の尻尾がむくっと動いた。

 これはイワークが立ち上がるパターンか?

 

「カー……メッ………」

 

 だが、聞こえてくるのは低い声ではなくまだかわいいと言える声だった。

 なんだ、カメールが重たい岩の体の下敷きになって抜け出せなかっただけなのか。一応反応はあったし、これはカメールの勝ちだよな。

 

「やはりまだでしたか。イワーク、がんせきふうじ」

「ワークッ」

 

 ふむ、と単に観察するようにイワークの尻尾を見たかと思うと命令を出した。しかも反応まで返って来る始末。

 やべぇ、これマジコマチピンチじゃね?

 あ、ほら。尻尾の上から岩々が現れて降り注いできたじゃねーか。

 尻尾を犠牲にしてまでカメールの動きを封じ込み、そこに攻撃を仕掛けてくるとは。

 どの辺からが彼の策だったのだろうか。

 

「ッッ!? カメくん、からにこもる!」

 

 ようやく気がついたコマチがカメールに慌てて指令を出した。

 カメールは自身の甲羅に身を隠し、降り注ぐ岩々から身を守っていく。なんならイワークの尻尾も壁の役割を担っていた。

 

「ワー………」

 

 一頻りに攻撃をするとついに力尽きたのか、イワークは意識を失った。

 

「イワーク、戦闘不能」

「お疲れさまでした、イワーク」

 

 ザクロさんは判定が下るとイワークをボールへと戻した。

 重たい岩の塊がなくなったことで岩石封じに使われた無数の岩が崩れ落ちる。

 落ち着いたところで埋もれていたカメールが姿を見せた。

 すげぇ、ヘロヘロって感じだな。

 いつ意識を失ってもおかしくはない。

 

「それでは次の壁はこの子です。いきますよ、チゴラス」

「ッ!?」

 

 チゴラス…………だと?

 いや、そんなわけないよな。

 いわタイプの使い手だし、あれは別の個体………別の個体だよな。

 

「………さすがにここでもジムリーダーが悪の組織の一員、だなんてことはないと思いたいわね」

 

 ユキノシタも同じことを考えていたのか、ぽつりと呟いた。

 んー、でもなー。

 マチスと忍者のおっちゃんとかエスパーの姉ちゃんとか、なんならサカキもジムリーダーだったしなー。風の噂じゃ、忍者のおっさんは今四天王やってるんだとか。

 うーん、分からん。

 

「でも、彼が仮にフレア団だったとして役割がメガストーンの回収ってのはあまりにも不釣り合いだわ」

「確かに…………」

 

 ロケット団ではジムリーダーは幹部を務めていた。ロケット団の三幹部と言わしめるほどの圧倒的な力を団内ではあったらしい。

 それを踏まえると仮にザクロさんがフレア団の一員だったとして、幹部クラスでないのはおかしな話だな。

 

「君のお兄さんは用心深いようですね。………昨日の事件のことは聞いていますよ。近隣にも目を光らせておくのもジムリーダーの役割ですから、昨日の9番道路でのことはある程度知っています。そこにチゴラスを使う輩がいたということもね」

 

 俺の訝しげな表情を掬うかのように言葉を並べ始める。

 

「皆さんがその被害者だということは今ので理解しました。助けに行けず申し訳ありませんでした。ジムリーダーを代表して謝罪させていただきます」

 

 深々と頭を下げてきた。

 うーむ、これが演じているのであればまだいいのだがそんな感じでもないし。

 やはり、この人ではないのだろうか。

 

「いえいえ、ザクロさんが謝るようなことではないですよ。みんな無事ってわけでもないですけど、お兄ちゃんがちゃんと片付けてくれましたので」

「………そうでしたか。君のお兄さんは強いのですね」

「いやー、強いといいますかチートといいますか」

「さて、それでは続きといきましょうか」

「はい、とりあえずカメくんは休んでてね。ゴンくん、いくよ!」

「ゴァーン………」

 

 湿っぽい話もすぐに終わりバトル再開。

 コマチはカメールと入れ替えてカビゴンを出した。

 当の奴は眠たそうに欠伸をしている。

 

「チゴラス、がんせきふうじ」

 

 チゴラスはカビゴンの頭上から岩々を降り注いでいく。

 

「ゴンくん、いわくだき!」

 

 上から降ってくる岩に対しパンチをかまし、カビゴンは次々と岩を砕いていく。

 だが、いかんせん重たい体なので落ちてくる岩のスピードについていけず、所々でダメージを食らっている。

 

「ドラゴンテール」

「跳んだっ!?」

 

 おおい、なんつー跳躍力だよ。

 ゲッコウガほどではないけど、跳躍力ありすぎだろ。

 

「ゴンくん、くるよっ」

 

 未だ降り注ぐ岩を砕いているカビゴンに喚起を起こす。

 

「メガトンパンチ!」

「顎で拳を受け止めてください」

 

 がばっと開いた顎にちょうど拳が収まってしまった。

 パンチの威力を消したチゴラスは身を翻して竜の気を帯びた尻尾を振りかざす。

 突然のことでコマチは反応もできずに攻撃を受けてしまい、カビゴンはボールの中へと帰っていく。

 技の効果で強制的ポケモンの交代が行われ、でてきたのはプテラだった。

 

「アー?」

「プテラを連れていましたか」

 

 バッサバッサと翼をはためかせて宙を駆け巡る。

 なぜ自分がでてきたのか全く理解していないようだ。

 

「プテくん、よくわからないけど今度はプテくんの番だよ。いくよ、ちょうおんぱ!」

「ラー? アーッ、アアアアアアアアアアアアアアッッ!」

 

 よくわからんけどとりあえず攻撃に移る、って感じのプテラだな。

 それより耳が痛ぇ。

 オンバーンの時にも思ったが、音波を出すポケモンには要注意だな。耳がイかれる。

 

「くっ、チゴラス! がんせきふうじで壁を作ってください!」

 

 うるさい声が響く中ザクロさんがチゴラスに命令を出す。大声を張っている姿は違和感感じるわ。

 

「ラー、スッ」

 

 苦い顔を浮かべながら、それでも岩を積み重ねていく。

 

「プテくん、そのままはがねのつばさ!」

 

 だが、プテラはそれを許さず、ちょうおんぱを放ちながらチゴラスに鋼鉄の翼で切り込んでいく。

 チゴラスが作り出した壁も翼で砕いていき、突破。

 

「かみくだく!」

 

 壁を突き抜けてきたところでチゴラスは大きな顎でプテラに噛み付いた。

 

「そのまま叩きつけて!」

 

 言われるがままに地面にプテラを叩きつける。

 翼を打ったのか、再び飛び上がるのに苦難している。

 

「がんせきふうじ」

 

 悶えている間に岩々が次々とプテラに突き刺さっていく。

 実はプテラに対していわタイプの技は効果抜群だったりするんだよなー。

 これ、もう終わったかもな。

 

「はかいこうせん!」

 

 というわけでもなかったようで。

 コマチははかいこうせんで降ってくる岩を一掃させてしまった。

 

「プテくん、もう一度はかいこうせん!」

 

 今度は照準をチゴラスに合わせて口から放った。

 一直線に向かっていくも、

 

「ドラゴンテールで薙ぎ払ってください」

 

 竜の尻尾で受け止められた。

 だが、それでもはかいこうせんは徐々にチゴラスに迫っていく。

 

「がんせきふうじ」

 

 尻尾で受け止めながら再び岩を落としてくる。

 

「プテくん!」

 

 今度こそプテラは躱すこともできず、攻撃を受けた。

 プテラは音もなく地面に倒れ伏し、意識を失ったみたいだ。

 

「プテラ、戦闘不能。よってチゴラスの勝ち」

「プテくん、急だったけどバトルしてくれてありがと。ゆっくり休んでね」

 

 ボールに戻し、コマチをザクロさんを見据える。

 

「実にいいバトルです。突然の交代にも慌てず、柔軟に対処してくれました」

「ありがとうございます、でいいのかな…………。それじゃ、もう一度だよゴンくん」

 

 交代させられてボールの中でゆっくりしていたのか、出てきて早々また欠伸をしている。

 

「そろそろ、ですね」

 

 何か意味深なことを呟いたような気がしたが、バトルが再開してしまったので気にもとめていられない。

 

「チゴラス、がんせきふうじ」

「ゴンくん、メガトンパンチ!」

 

 今度は降ってくる岩を躱しながらカビゴンはチゴラスへと向かっていく。

 

「かみくだく」

 

 目の前まで来るとチゴラスは顎で拳を受け止めた。

 だが、二度も同じ型を使えばトレーナーもポケモン自身も慣れてしまっているので、ある程度予想はしている。

 だから拳に勢いを乗せ噛み付かれたまま、チゴラスを打ち上げた。

 パワーではカビゴンの方が分があったようで、「あ〜れ〜」という感じに飛んで行く。

 

「ようやくきましたか」

 

 打ち上げられたというのにザクロさんは心底嬉しそうな顔をしていた。

 それが逆に危険な匂いを放っている。

 

「あれは………ッッ!?」

 

 ユキノシタが驚くので俺もしっかりとチゴラスを見てみると、白く輝きだしていた。

 まさかここで進化かよっ!

 ………そうか、だからザクロさんは嬉しそうだったのか。

 

「進化…………」

 

 ようやくコマチも理解したようで、緊張感を放ち始めた。

 やばいと思ってるんだろうな。

 まあ、それも無理もない。

 あの顎が進化してデカくなるってことなんだからな。

 危険でしかない。

 

「ガチゴラス、りゅうせいぐん!」

 

 天から降り注ぐ数多の隕石。

 炎を纏った岩の塊が無数にガビゴンを襲う。

 どうでもいいけどなんかかっこいいな。デカイだけあって強そうだし、あの顎とか味方だったらヤバいわー。マジヤバいでしょ。

 どこかのチャラ男かよ。

 

「ゴンくん!?」

 

 カビゴンはもろにダメージを受け、うつ伏せに倒れ伏す。

 ガチゴラスは軽快に着地した。

 

「カビゴン戦闘「ゴンくん、じしん!」」

 

 地面を拳で叩き揺らし出す。

 これはまさか…………。

 

「………やられましたね」

 

 じしんによりガチゴラスはよろめいて、転けた。

 それを見届けたカビゴンは今度こそ意識を失った。

 

「盗めるものはなんでも盗むのが兄の教えなんで」

 

 コマチはさっきのザクロさんと全く同じことをしていた。戦闘不能になったかと思わせて、最後の力を振り絞って攻撃させる。単純だが巧妙な攻撃手法。

 全く、俺の妹はどんだけ模倣が上手いんだか。

 

「カビゴン戦闘不能。ガチゴラスの勝ち」

「お疲れゴンくん。このバトル、ちゃんと勝つからね」

 

 コマチがボールに戻しながらカビゴンにそう囁く。

 

「カメくん、決めるよ!」

 

 残り二体となったコマチのポケモン。

 対してザクロさんは今出ているガチゴラスのみ。

 だが、カメールは先発で出ていてダメージも残っている。残るカマクラがどうにかできるのかも怪しいところだ。

 次で決めると言ってるしコマチには何か考えがあるのだろうか。

 

「ガチゴラス、がんせきふうじ」

 

 ザクロさんの命により今度は岩をまとい始めた。

 俺がゲッコウガでやった時と同じだな。

 

「……なるほど、これを見ても驚かないということは君はすでにがんせきふうじを巧みに操れる人を見ているようですね」

「逆に他にもできる人がいることに驚いてますけどねー」

 

 コマチはちらっと俺たちを見るとそう言った。

 

「カメくん、からにこもるからのこうそくスピン!」

「何度も同じようにはいきませんよ。ガチゴラス、飛ばしてください」

 

 自分の周りに衛星のように纏う岩を順に飛ばし始める。

 進化したことでより重しのついた岩を自在に操り、移動するカメールの進路を妨害していく。

 これがまさにがんせきふうじといった感じだな。

 今までのはどちらかというといわおとし、あるいはいわなだれに近いものがあったし。

 

「カメくん、みずのはどう!」

 

 岩を纏うガチゴラスに対して、カメールは水を纏い始める。

 水は波導によって操られ、進路を塞いでくる岩を一点集中で砕いていく。

 それが何度も何度も繰り返され、徐々にカメールはガチゴラスへと近づき始めた。

 

「そろそろですね、りゅうせいぐん!」

 

 近づいたことで今度は空からの流星群に道を阻まれた。

 隕石の量はがんせきふうじの比ではなく、がんせきふうじに慣れ始めた頃合いに打ち出されるという嫌なタイミングを図られてしまったようだ。

 これには俺も上手いと思ってしまった。

 ポケモンにしろトレーナーにしろ単調に同じことが続けば慣れてしまう。だから急に展開が変わってしまうと今までの慣れが原因で反応と対処にどうしても遅れが出てしまうのだ。元々そういうことを頭に入れながら注意深く先を読んでいるのならば対処できるだろうが、今のコマチにはそれはできていなかった。

 んー、どうなるかねー。

 

「カメくん、そのままガチゴラスにロケットずつき!」

 

 何を考えているのやら、コマチは強引な突破を選択した。

 甲羅の中から頭を出して隕石を砕きながらも頭突きをかましていく。頭割れないのかね。すっげぇ痛そう。

 そういや今回もジム戦では技の使用制限とか言ってなかったな。

 五つ目だけどいいんだよな。

 

「今です。かみくだくで受け止めてください」

 

 ガチゴラスが再び大きな顎を開き、タイミングよくそこにカメールがすっぽり頭から入ってしまった。

 

「…………食われたな」

「…………食べられちゃいましたね」

 

 イッシキと二人して開いた口が塞がらない思いだった。

 なにこれ、マジシュール。

 

「わおっ、カメくんが食べられちゃった!?」

 

 コマチが両手を頬に当てて驚きの表情を見せる。アッチョンブリケー。

 

「ふふん、カメくん今だよ! りゅうのはどう!」

 

 だが、すぐに不敵な笑みに変わりそう言った。

 カメールはコマチの命に従い、ガチゴラスの口の中でりゅうのはどうを放つ。

 奴の体は技を出すと同時にガチゴラスの顎の中から抜け出した。

 あいつ、攻撃と逃げを一遍にやりやがったよ。

 

「ガチゴラス!?」

 

 これにはさすがのジムリーダー様も驚きのようで、カメールがガチゴラスの顎にすっぽり埋まったことよりも驚いてるくらいだ。

 あの人まさか狙ってやったとかないよな。

 

「ガチゴラス……戦闘不能! カメールの勝ち。よって勝者、ヒキガヤコマチ!」

 

 審判の人も慌ててガチゴラスの様子を確認し、そう高らかにジャッジを下した。

 

「やったよカメくん! お疲れっ!」

 

 帰ってきたカメールを抱きしめながらくるくると回るコマチ。

 いやー、勝ったなー。

 

「コマチちゃん、勝ちましたねー」

「ここに来て一段とヒキガヤ君と血の繋がった兄妹であるのを強く見せられた感じだわ」

「………どうしよう、あたし無理かも………」

 

 何やらユイガハマが弱気な発言をしているが、聞かなかったことにしよう。

 でもまあ、これで二つ目のバッジか。

 ここに来るまで長かったな………。

 ハクダンでジム戦してから何日経ってんだ?

 ミアレに滞在していたのを抜いても結構日が経ってるよな。

 

「コマチさん。これがウォールバッジです」

 

 そんなことを考えながらコマチのところまで行くと、バッチを受け取っていた。

 なんかテトリスみたいなバッチだな。

 はっ、まさか全部のバッジを集めるとテトリスができるようになるとか!?

 絶対ないな。

 バグバッジの時点で無理だったわ。

 

「おおー、二個目のバッジ!」

 

 バッジを受け取るとケースにしまった。

 バグバッジと並べた時に見せた笑みが可愛かったのは言うまでもない。

 

「これで二つ目のようですね。これからの行き先は決まっているのですか?」

「はい、シャラシティにメガシンカについて聞きに行くところなんです」

「ああ、なるほど。でしたらそのままシャラシティを目指すのがいいでしょう。ジム戦もできますからね。あそこはわたしとは違ったバトルを味わえる思いますよ」

 

 うむ、ということはジムリーダーがメガシンカさせてくるとか、そういうことなのだろうか。

 

「それで、なんですが。わたしは先ほどのゲッコウガに強く心を打たれました。是非、わたしとバトルしていただけませんか? ヒキガヤハチマンさん」

 

 あれ、俺名前言ったっけ?

 

「君のバトルはバトルシャトーで一度見せてもらいました。中々に迫力のあるバトルで今でも鮮明に覚えていますよ」

 

 ああ、なるほど。

 あの夜あそこにいたわけね。

 って、ならさっさとそれ言えよ!

 

「わたしはバトルシャトーでの爵位はグランデューク。あそこでは戦えませんでしたが、ここなら問題ないでしょう?」

 

 澄ました顔で手を差し出してくる。

 これを握り返せば合意となるのだろう。

 

「………はあ、面倒くさっ………」

「お兄ちゃん、さっき誘ってきたらバトルするって言ってたじゃん」

「そうですよ先輩。なんならここに録音も……」

 

 怖い、イッシキが超怖いんですけど。

 なに盗聴してくれちゃってんですか!?

 

「分かったよ。やるよ、やればいいんだろ」

「よろしくです☆」

 

 あざとさ全開の敬礼にたもうめ息しか出ないわ………。

 結局バトルするのか。

 面倒くさっ………。



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30話

次回はもしかしたら金曜の投稿になるかもしれないです。

火曜に投稿できたらいいな……


「一対一のどちらかが戦闘不能になればバトル終了でいいですか?」

「はあ………なんでもいいっすよ」

「では、バトル開始!」

 

 審判のお兄さん、手間暇かけてすみません。さくっと終わらせられるよう頑張ります。

 

「アマルルガ、いきますよ」

 

 俺が心の中で審判のお兄さんに合掌をしていると、ザクロさんがアマルルガ? を出してきた。

 あー、なんだっけ。確か化石ポケモンだっけ? 進化前がかわいいアマルスって白っぽい水色の肌を持ったやつで、進化するとデカくなって可愛さが…………うん、確かそんなやつだったはず。

 タイプがいわ・こおりの脆そうな組み合わせだったか。

 

「んじゃま、サクッと終わらせるか、ゲッコウガ」

「コウガ」

 

 頷き返してくれるようになったね。

 ちょっとは人間不信も治ってきた………のか?

 あ、それ言ったら俺が人間不信だから俺も治さないといけなくなるのか。このことは忘れることにしよう。

 や、だって、無理なもんは無理だし。

 

「アマルルガ、ほうでん」

「かげうち」

 

 高電圧の電気が走ってくるが影に潜って回避。したら俺に当たりそうになるというね。

 

「アマルルガ、自分の影に向かってフリーズドライ」

「アー、マッ」

 

 フリーズドライ?

 みずタイプにも効果があるとかなんとかって技か?

 なるほど、みずタイプのゲッコウガに対してほうでんにフリーズドライ。俺の対処の仕方を見ようとしているのか。

 

「れいとうパンチ」

 

 影から出てきて、冷え切った体のままアマルルガに拳を入れる。

 ダメージとしては小さいが、こっちもダメージを小さくできたんだ。しかも奴の懐に飛び込むこともできた。

 

「グロウパンチ」

 

 なら次はこちらの番だろう。続けて拳を入れて弱点を突いて攻撃も上げていく。

 

「がんせきふうじ!」

 

 クロスレンジを守るように岩を纏い始める。

 ゲッコウガは作られた岩をいくつか砕き、すぐに間合いを取る態勢に入る。

 

「こごえるかぜ」

 

 岩を凍風に乗せて飛ばしてきた。

 また凝ったことするな。

 

「がんせきふうじ」

 

 ならばと、こちらもがんせきふうじで相殺させてもらおうか。

 自分の周りにアマルルガのように岩を作り出す。

 それを飛んでくる岩に向けて打ち出し、粉砕していく、

 

「ハイドロポンプ」

 

 岩と岩の交戦をしながら、口から水を撃ち出し攻撃に転じる。

 

「壁を作って」

 

 アマルルガは冷気を使って壁を作り出す。

 意外と硬く、水砲撃は弾かれてしまった。

 

「かげぶんしん」

 

 岩を纏ったまま、ゲッコウガの姿が増えて行く。

 ケロマツの時よりも影が増えたのは気のせいではないだろう。

 

「飛ばせ」

 

 影によって無数に増えた岩で一気にアマルルガを埋め尽くす。

 擬似いわなだれってところか。

 

「アマルルガ、ほうでん」

 

 再び電気を走らせ、岩を砕いていく。

 

「ゲッコウガ!」

 

 だが、それは囮にすぎない。

 本来の目的はこっち。

 グロウパンチで冷気で作った壁を壊し、懐に潜り込む。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 至近距離からのハイドロポンプ。

 これで結構なダメージが与えられるはずだ。

 事実、避けるタイミングを逃したアマルルガは諸に受け、水圧により後方へと押し飛ばされていった。

 

「グロウパンチ」

 

 痛手を負って怯んだ隙に再度間合いを詰め、高まった攻撃力を最大限に生かした四倍ダメージをお見舞いする。

 

「アマルルガ!?」

 

 ジャブからのアッパーを喰らい、そのまま仰け反り宙で一回転し倒れ伏した。

 

「アマルルガ戦闘不能。ゲッコウガの勝ち。よって勝者、ヒキガヤハチマン」

 

 はい、サクッとってわけでもないけど終わりましたよ。

 うーん、こんな一方的なバトルを見て何が楽しいのだろうか。

 俺にはさっぱり分からん。

 

「いやはや、恐れ入りました。確かにメガシンカを使いこなせるだけのことはありますね。いい勉強になりました」

 

 パチパチと拍手をして俺のところにやってくるザクロさん。

 勉強になったって何がだよ。

 

「はあ………どうも」

 

 よく分からんがとりあえず礼? だけ言っておく。

 んなことで褒められても嬉しくないが。

 

「だからお兄ちゃん、もう少し気の利いたこと言おうよ」

「や、別にいいだろ。特に言うことなんてないんだし」

「はあー、これだからごみぃちゃんは」

 

 って言われてもなー。

 ほんとに言うことなんて全くないし。

 

「君にもバッジを渡しておきましょう。ビオラからももらったようですし、わたしとのバトルも勝利したことですし」

「………バッジ賭けてないのにか」

「バッジは本来ジムリーダーが実力を認めた者に与えるものです。それを分かりやすくしたのがバトルなだけで、わたしに勝利した君には受け取る権利があるのですよ」

 

 そういや、前にどっかでそんなことも言われたっけ。誰だっけ、そんなこと言ってたの。

 

「はあ、まあもらえるんなら貰っておきますけど」

 

 審判のお兄さんが持ってきたテトリスのようなバッジを受け取る。

 はあ………図らずもジム戦をしてしまった…………。

 

「先輩、昨日はあんなこと言ってたのに結局バッジ貰っちゃってるじゃないですか」

「それな」

 

 ジトッとした目で俺を見上げてくるイッシキ。

 ほんと俺、何してんだよ。

 

「あ、ということはあたしはジム戦しなくていいってことに「さて、ポケモンセンターに戻って特訓しましょうか」ならないか………………」

 

 がっくりと肩を落とすユイガハマ。

 スパルタなユキノシタがそんなに怖いのだろうか。

 昨日は座学を寝るまでやらされたみたいだし。

 

「……君達は逞しいですね。昨日のことがあっても前を向いている。それでいいのです。旅は何が起こるか分かりません。いつどこで何に巻き込まれようとも諦めてはそこで全てが終わってしまいます。君達は大きな存在に目をつけられてしまったようですし、何かあればわたしを頼ってください。出来うる限りサポートしますよ」

「はあ……まあ気が向いたらジムリーダーの権限を使わせてもらいます」

 

 実際、ジムリーダーがどこまで力を行使できるのかしらないが、これで一つ伝ができたと思えばいいのかもしれない。

 用心するに越したことはないからな。

 すでにフレア団の存在が明らかになった今、俺にできることはやっておいた方がいいのだろう。

 ざくろさんの言う通り、何が起きるか分からないんだし。

 

「では、お気をつけて」

 

 そうして、俺たちはジムを後にした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ポケモンセンターに戻ってからはコマチはトツカとおしゃべり、ユイガハマはオニノシタ教官の元で特訓。ザイモクザは知らん。

 で、俺はというとイッシキに首根っこを掴まれて10番道路へと来ていた。

 後一時間もすれば日が暮れ出すというのに何をしようというのだろうか。

 というか何故俺なのだろうか。

 

「なあ、今更なんだがなんで俺はお前に拉致されてんだ」

「まー、先輩暇そうでしたし、別にいいかなーって」

「よくねぇよ。午前中は動いたんだし、ゆっくりさせろよ」

「もう、こんな可愛い後輩と二人きりでお散歩できるんですから、いいじゃないですかー」

「自分で言ってたら世話ないな」

 

 きゃは☆ とあざとさ満点の笑顔を向けてくるイッシキにそう返してやる。

 

「あ、見てください」

 

 何かを見つけたイッシキが指差す方を見ると、道のはずれにある花畑にデルビル、ラクライ、ノズパスが寝ていた。

 そおーと近づいていくイッシキに俺もついていき、

 

「………寝てるん、ですかね…………」

「ッッ!?」

 

 これは、死んでる!?

 寝ているというよりは死んでいると表現した方が合っているような………。

 

「ミュウツー………」

 

 ポケモンのことはポケモンに聞くのがベストだろう。

 ボールから暴君を出して聞いてみる。起きててよかった。

 

『………生きてはいる。だが、意識というか生体反応というか………人間で言うところの植物人間、昏睡状態といったところか』

 

 何があったんだ!?

 これもフレア団の仕業だというのか!?

 

『人間め、オレたちポケモンを道具の一部として使いやがって』

「(普通に考えてこんなことは起きるものなのか?)」

『いや、まず起こり得ない。これは人工的に行われたものだ』

「せんぱい?」

 

 つんつんとデルビルを突っついているイッシキがどこか遠くを見るように俺を見てくる。

 

「あ、や、その…………」

 

 果たしてこれを彼女に話すべきことなのだろうか。

 聞けば当然悲しむだろうし、昨日のことを思い出させてしまうかもしれない。

 だが、見てしまった以上ちゃんと説明してやった方がいいのか?

 どれを選べばいいんだよ。

 

「………先輩、今何か隠したでしょ。言っておきますけど、昨日は確かに怖かったです。先輩が来なかったらと思うと、今でも体は震えます。でも! もう私は巻き込まれました。先輩が言ってたように私ももう目をつけられてるんですよ。だったら、向き合うしかないじゃないですか。だから教えて下さい! この子たちに一体何が起きてるんですか?!」

 

 何だ、意外と見透かされてるんじゃねーか。

 そうだな、こいつはこういう奴だったな。

 普段はあざといくせに大事なところはしっかりしている。

 よく見ているし、勘も働く。

 だったら、隠したってしょうがないか。

 

「………こいつらは、寝ているんじゃない。昏睡状態だ」

「ッッ!? 昏睡、状態…………」

「ああ、そこの白いのが言ってるんだから間違いない」

「で、でもどうして!?」

「恐らくは、フレア団によるものだろう。まず起きないことらしいからな。人為的に施されたようだ」

「なっ!?」

 

 結構ショックだったのか口に手を当てて覆いした。

 

「おい、こいつらはどうしたら元に戻れる」

『それはこいつら次第だ。生体エネルギーを搾り取られたことによる一時的なもの。生きることをやめなければそのうち目を覚ますだろう。だが』

「それがいつになるかは分からない………ってか」

『ああ』

 

 生き物が持つ生体エネルギをー搾り取られてその残りカスが今のこのポケモンたちの姿ってわけか。

 何なんだよ一体。

 フレア団は何を企んでるんだよ。

 こんなことまでして一体何を考えていやがる。

 

「………先輩、今日はもう戻りましょ」

「………そうだな」

 

 ぎゅっと俺の袖を握ってきたイッシキの手が震えていたので、従うことにした。

 暴君をボールに戻して昏睡している三体のポケモンに花を手向け、ショウヨウに戻ることにした。

 結局何しに来たんだろうな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「先輩、好きな人とかいるんですか」

 

 袖を摘みながら俺の後ろをついてくるイッシキが口を開いた。

 なんでいきなりそんな話題になるわけ。

 唐突すぎて心臓止まるかと思ったじゃん。

 

「にゃ、べ、別にそんなやつはいないじょ」

「噛みすぎですよ…………」

 

 ふぇぇ、口開いた時点で負けが確定してるぅ。

 

「な、なんだよいきなり」

「いや、先輩は私の扱いがいつも適当なのに今も昔も気まぐれに優しくなるので」

「あー、あ? そうか?」

 

 俺、そんな優しくしたつもりもないんだが。

 昔っていうとスクールでのことだろ。

 ありゃ不可抗力というか俺が悪かっただけだろ。

 

「そうですよ。ユイ先輩であれユキノシタ先輩であれ、先輩は肝心な時には優しくするから、みんなこの人は好きな人とかいないんじゃないかって思っちゃいますよ」

 

 そ、そんなことを思われてたのか。

 女子って怖っ。

 

「先輩、告白とかもしたことない口でしょ」

「……………いや、一回だけ」

 

 目を背けて答えると、

 

「えっ!? マジですか先輩の姿からはあまりに想像できないんで詳しく教えてください」

 

 食い気味に反応してきた。

 

「や、なんでだよ」

 

 あれはそう、シャドーに拉致された時。

 連れて行かれたアジトでの世話係になったカオリちゃんに告ってフラれて次の日、胃を決するように俺は脱出を図ったのだった。おわり。

 あ、なんか普通に脳内再生しちゃったよ。ほとんど覚えてないからな。確かこんな感じだったはずってだけ。

 

「だって先輩が告白とか、くくくっ」

「ありゃ勘違いだったんだよ。一人右も左もよく分かってないところに優しくされて、「こいつ俺に気があるんじゃね?」的な発想に至り結果、当然のごとくフラれた。ただそれだけのことだ。だからあんなのは恋でもなんでもないんだよ」

 

 あの頃の俺は病気の最高潮にあったからな。

 もう何を考えていたのかさえも思い出したくもない。

 

「………それでよく女性恐怖症になりませんね」

「すでに人間が怖いからな」

「あ、納得です」

 

 納得されちゃったよ。

 ちょっとは否定して欲しかったなー。無理だろうけど。

 

「じゃあ、なんで先輩はユキノシタ先輩に罵倒されても一緒にいるんですか?」

「お、おう、なんか今日のお前、グイグイくるな。ユキノシタのあれは、最近じゃ罵倒してる時に顔が赤くなったりするからな。そのギャップを見て楽しんでる。真顔の時はすげぇ怖いけど」

「なんか想像と違った答えでびっくりですよ?! びっくりぽんですよ! 確かにあの赤くしてる時は反則なまでに面白いですけど。じゃ、じゃあユイ先輩はどうなんですか」

 

 びっくりぽんってなんだよ。

 

「ユイガハマは……………ってなんで俺がこんなこと言わなきゃなんねーんだよ」

「チッ、もう少しで面白い話が聞けると思ったのに」

「俺は面白くないわ! どっちかつーと恥ずかしいわ」

「でも本当のところはどうなんですか。一人でしか旅をしたことがない先輩がこんな大勢で旅をするとか昔の先輩からじゃ想像できないです」

 

 ちょっとー、スルーしないでくれるー。

 

「……………なあ、ポケモンはトレーナーに似るって話知ってるか」

「もちろん、現在進行形でそれを観察できていますからね」

 

 それは俺とゲッコウガのことを指しているんだろうか。

 なら、それは間違ってるぞ。

 最初から似てるみたいだからな。

 

「ポケモンにも人間らしい一面がある。それは感情を持つ生き物であるからして当然ではあるが、トレーナーの感情に左右されてより人間らしく形成されていく。愛情をかければかけるほどトレーナーに似ていくんだ。いわばポケモンとトレーナーの感情はシンクロしてるんだよ。一昨日、ユイガハマにも聞かれたが犯罪に加担するポケモンもそれが原因なんだと思う。だが逆に言えばオーダイルやユキメノコが懐いてくるのもサブレが飛びついてくるのも」

「うぇっ!? 先輩それって…………」

「あとは………言わなくてもわかるだろ」

 

 ああ、恥ずかしい。なんでこんな話してんだよ。帰ったら絶対顔見れないまであるな。これでこの研究結果が間違ってましたってなったら俺泣くよ。いろんな意味で泣くよ。

 顔を赤くするイッシキの頭をポンポンと撫でて、とぼとぼとポケモンセンターに向かった。

 今日は帰りたくないなー。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 日が昇り始めた時間帯。

 俺は体が重く感じ目を覚ました。

 おまけに右半身だけ冷たい。

 そう思って右腕を見るとユキメノコが俺の腕に絡まって寝ていた。そら確かに冷たいわ。じゃなくてこれは一体どういう状況なん?

 この前みたく起こしに来たとかなら分かるが、まだ起きるには早すぎる時間帯だと思うんですけど。

 だが熱があるのはそっちではなく左側。

 どこかで嗅いだことのあるような甘い匂いが俺の鼻を燻ってくる。

 長い黒髪が薄っすら視界の端に映った。

 ………黒髪?

 

「ッッッ!?」

 

 ぐりんと首を百八十度回して左腕を見るとーーー

 

「なんでいるんだよ、ユキノシタ」

 

 ーーーユキノシタユキノが俺の左腕を抱き枕にして眠っていた。

 

「どうしてこうなった」

 

 昨日は確か、イッシキと二人で出かけた後、ポケモンセンターに帰ってくるとユイガハマがグロテスクな惨状になっていた。

 なんというか魂が抜けている感じ。

 ゲッコウガがペチペチ叩いても涎を垂らして机に突っ伏し、反応がなかった。

 とりあえずユイガハマを放置して残りの奴らで晩飯にして、俺はザイモクザとトツカと一緒に部屋に戻ったはず。

 二段ベットが二つある部屋に俺は左側の下の段を陣取り、右側上をトツカ、下をザイモクザが占領した。

 女性陣はイッシキ曰く「ガールズトークがあるので部屋には近づかないように」と念を押されたくらいで、それからは誰とも会っていない。

 なのに、起きてみればどうしてユキノシタが俺のベットで寝ているのだろうか。

 って、ちょユキノシタさん!?

 そんなに力込めないでもらえませんかね!

 近い近い近い近いいい匂い近い近いいい匂いなんか柔らかいっ。

 ヤバイな、ちょっと本気で鼻血が垂れそうなんですけど。

 こう鉄っぽい感覚が鼻の粘膜を刺激してくる感じがする。

 

「はちまん」

 

 え? ちょ、マジこれどういう状況!?

 なんで、え? 夢でも見てんの? それとも起きてたりするわけ?! というかなんでマジでいるの?!

 もう頭がパンクしそうなんですけど。

 わけ分かんねぇ。

 

「……ごめん、なさい……………」

 

 は? え? いきなり何の話?

 やっぱりこいつ夢みてるよね。

 トイレとかに行って戻ってきた時に部屋を間違えただけだよね? だよね?

 ダレカタスケテ〜。

 

「キシシシシシシッ」

 

 子供っぽい笑い声がいきなり聞こえたのでそちらを向くと、ユキメノコがいた。

 

「……ユキメノ「メーノ」」

 

 つい名前を呼んでしまったが最後まで言わせてもらえず、口に手を置かれてしまった。こいつが起きているということは、ユキノシタをここに運んできたのもこいつなのだろうか。

 何を企んでいるんだ?

 ユキノシタが起きた時に俺が焦る姿を見ようとしてるのか?

 そんな念を込めて見つめ返すと、首を横に振ってきた。何気に伝わったのが驚きだ。

 

「メーノ、メノメノ」

 

 俺の右手を掴むとユキノシタの頭に持っていかれた。

 撫でろとでも言ってるのだろうか。

 

「はあ………」

 

 為されるがままにユキノシタの頭を撫でると満足したのか、ユキメノコはすーっと影に消えていった。

 はあ………要するにたまには本人に甘えさせようってことなのね。

 ったく、普段からもう少し素直になっていればいいものを…………。

 

「守って、くれ、て…………ありが、と……………」

 

 おい、なぜそこで涙を流す。

 流す必要性はないだろ。

 それともアレか? 俺を泣き落とししようとしてるのか?

 ま、それはないな。ユキノシタだし。

 

「ふふ、気持ち悪い顔」

 

 訂正。

 こいつ絶対起きてんだろ。

 なんだよ、俺は夢の中でも気持ち悪いと罵倒されているのか。それもこんないい笑顔で。

 なんか無性にデコピンしたくなってやってみたら「あうっ!」と情けない声を上げた。録音しておけばよかったな。何なら動画とかでもいいか。

 けど、今ここでこいつに目を覚まされでもしたら、俺は死ぬな。確実に。

 顔を真っ赤にして俺を睨んでくるユキノシタが容易に想像できてしまうあたり、俺も病気かな。

 

「はあ…………二度寝して知らなかったことにしよう」

 

 ただ危険なのはコマチやイッシキの外野である。自分じゃないから弄りたい放題だ。さぞ楽しそうな顔をすることだろう。

 ま、次に起きればユキノシタもいなくなってるだろうし。

 そう思ってもう一度眠りについた。

 

 

 

 なんて時期が俺にもありました。

 なんでまだいるんだよ!

 トツカやザイモクザもとっくに起きたのか部屋にいねぇじゃねぇか。

 これ見られたパターンじゃね? んで、そっとしておこうって気な感じで気を使われて…………………………うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。

 トツカの微笑ましい笑顔が今はすごく怖いんだけど。

 これ、俺起きられないかも。

 こんなの見られたかと思うともう顔も合わせらんねぇ。

 

「ゆ、ユキメノコ。いたら出てこい」

 

 ………………。

 ことの元凶であろうユキメノコを呼ぶが気配すら伺えない。

 あれ? これ詰んだパターンじゃね?

 

「んみゅ…………」

 

 んみゅってなんだよ、可愛いなこんちくしょう!

 

「ん…………あさ…………?」

 

 やばいやばいやばいやばいやばいやばい!

 起きちゃいけない時にこの子起きちゃったよ!?

 ど、どうする俺。どうすればいい。

 

「………………………」

「…………………よ、よお」

「ッッッ!?!??」

 

 目をとっさにつぶっていればよかったのだが、体を起こすユキノシタに不覚にも見惚れてしまいパッチリと目が合ってしまった。

 当の彼女は声にならない声を上げて慌てふためき、ベットから落ちた。

 妙なポンコツさに笑うのを我慢していたら、キッと睨まれた。これ結構なマジ顔だった。背中に寒気まで走ったからな。

 

「お兄ちゃーん、今すごい音したけど、夢現でベットから落ちたのー?」

 

 コンコンガチャっと俺の了承もなく扉を開けてくるコマチ。

 我が妹によって逃げ場を塞がれてしまいました。

 

「……………」

「……………」

「……………」

 

 俺とユキノシタは一気に青ざめ、対してコマチはいい笑顔でこっちを見ている。

 

「あれー、コマチちゃん。先輩どうだったー?」

 

 ぴょこんとコマチの後ろから姿を表すイッシキ。

 その手にはボードがあり、ドッキリ大成功と書かれていた。

 

「……………」

「……………」

 

 え? どゆこと?

 いまいち状況にピンと来ないんだが…………え? ドッキリ?

 

「ぷっ、あっははははははっ!」

「くくくくくくっ! 先輩、その顔すっごい間抜けな顔になってます、あははははははは!」

 

 あ、これ本当にドッキリだったみたいね。

 あれ? でもどこからがドッキリなんだ?

 そう思ってユキノシタを見ると、

 

「〜〜〜〜〜〜〜」

 

 顔を真っ赤にしてもごもごと口を動かしていた。

 あ、これユキノシタもやられた方なのね。

 意外と冷静な俺にびっくりだよ。

 

 

 

 で。

 

「なにゆえあのようなことを仕掛けたのでしょうか? お二人さん」

 

 エントランスにて事情聴取。

 もうね、コマチとイッシキが笑いを止めないわ、ユキノシタが不貞腐れて窓の外を見ているわ、結構な勢いでカオスな状況になっている。

 おい、ユキノシタ。俺だってできることなら不貞腐れてたいわっ。

 

「くはははっ、い、いや、昨日の夜、なんですけどね。すー、はー………ユキノシタ先輩に先輩のこと聞いてみたんですよ。そしたら、顔を赤くしながら先輩のことを罵倒し始めたので「本人いないんだから隠さなくてもいいですよ」って言ったら、ポツリポツリと昔のこと話してくれましてねー」

「ユキノさん恥ずかしくなったのかすぐに寝ちゃって、そしたらユキメノコがユキノさんをお兄ちゃんのベットに連れて行こうなんて言い出して」

「で、ああなったと」

「「そう!」」

 

 やっぱり犯人はあいつか。

 というかユキノシタさん? なに煙を上げて茹でダコになってんですか。そういうことされるとこっちも恥ずかしいからやめてっ!

 

「はあ…………」

「メーノメノ」

 

 俺の背中には事件の発端であるユキメノコが抱きついている。

 冷んやりとして気持ちいい。

 あ、俺も結構顔赤くなってたりしてるのね。

 

「ったく、イタズラ好きにも困ったもんだな」

「メーノ」

「でもそもそもは先輩が悪いんですよ。昨日あんなこと言うから」

「俺が何か言ったか?」

「人とポケモンの感情のシンクロの話ですよ。こんなことになったのもこの話が原因なんですからね」

「あー、えー? なんでそうなるんだよ」

 

 というかあの話をしちゃったの?

 あんな小っ恥ずかしい話を?

 ないわー、マジないわー。

 

「あ、ちなみにユイ先輩も同じ反応してましたよ」

「だからいないのか」

「んーん、ユイさんはジム戦しに行ってるよ」

「はっ?」

「なんか見られてると恥ずかしいからってトツカさんと一緒に行って外で待ってもらってるみたい」

 

 え? ちょ、あいつ何してんの?

 昨日の今日で行くとかどう考えても無理だろ。

 まさかユキノシタのスパルタ授業がそこまでして嫌だったとか?

 有り得なくないな。

 

「でも大丈夫だと思うよ。今まで散々二人のバトル見てきたみたいだから。やり方さえ理解できれば再現できてるんじゃないかなー」

 

 いや、そう上手くはいかんだろ。あいつアホだし。

 

「何ならそろそろ迎えに行く?」

「あ? マジで?」

「行ってからもう結構経ってるからね。そろそろ終わる頃なんじゃないかなー」

「はあ……………好きにしろよ」

 

 とは言ったものの気にならないかといえば嘘になる。

 だって、あのアホの子だよ。

 昨日ジム戦とか無理って言ってたような奴がだよ。急に今日になって行くとか何を考えているのやら……………。

 

「じゃあ、早速行きましょうか」

 

 コマチとイッシキは早々に立ち上がりポケセンを出て行った。

 残ったのは俺とユキノシタ。

 

「はあ…………」

 

 なんだってこんなことになってんだよ。

 あれはただの研究結果であって可能性の話なんだぞ。

 シンクロしてるつってもそれが嘘か真かなんて俺には分からねぇんだし。

 

「ねえ」

 

 なんて心の中でぼやいていたら声をかけられた。

 もちろん相手はユキノシタ。

 

「どうしてあなたはいつも私に優しくするのかしら」

「あ? なんだよいきなり」

 

 彼女の方を見ると窓の外を見ながら俺に声をかけてきていた。

 

「私はあなたを傷つけたのよ。一度や二度じゃなく何度も。あなたは気づいてないでしょうけど」

「どういうことだよ」

「私、昔シャドーに潜入調査に行ったことがあるの。子供だから怪しまれないだろうって理由でね。だけど、バレたわ。だって私はそんなコソコソしたことは苦手だったから。その時、私を逃がしてくれたのは偶然にもあなただったのよ」

「覚えてねぇよ、そんなこと」

「でしょうね。あなたはいつもそうだもの。覚えてない、忘れた、記憶にない。覚えていてもそれは自分に原因があったから。…………ずるいわ、私は毎日毎日どう謝ろうかどうお礼を言おうか迷ってるのに、その機会さえ与えてくれない」

 

 いや、それは………。

 

「だから、ね」

 

 すっと立ち上がったユキノシタはゆらりゆらりと俺の方へとやってくる。足音がしないのがちょっと怖い。

 

「え? ちょ、ユキノシタさん!?」

「オーダイルのこともシャドーでのこともごめんなさい。私が未熟だったらからあなたを傷つけてしまったわ。それとありがとう。私を守ってくれて」

 

 ちょ、ユキノシタさん?!

 マジでどうしちゃったの?!

 なんでいきなり後ろから抱きついちゃってるわけ?

 あ、ちょ、耳元でしゃべらないでっ。めっちゃこそばゆいっ!

 

「でも、あなたは今回も一人で動こうとするんでしょうね。ロケット団の時もそう。一人でなんとかできてしまうから、とか言って他に頼ることもなく。だから、私はあなたのやり方は嫌いよ。自分を傷つけるようなやり方しかできないあなたが嫌い。昔の自分…………ううん、今もそうね。自分を見ているようで嫌いだわ。今のあなたには頼れる人たちがいる。私にもそれは同じこと。だから、少しは私たちを頼ってちょうだい」

 

 ……………………。

 

「ユイガハマさんにも言われたわ。ヒキガヤ君を守れるくらい強くなるって。あなたからしたら私たちなんてお荷物かもしれないけど、あなたが守ろうとしているものくらいは守りきる自信があるわ」

「……………俺は別に何かを守ろうとかそんなことは考えちゃいねーよ。はっきり言って俺はその対極に位置する壊す方だ。俺が誰かを守るとかそんなのおこがましいにもほどがあるだろ。強いて言えばコマチくらいだな。ありゃ、俺の妹だからな。家族くらいは守る気持ちを持ったってバチは当たらんだろ。けど、もう巻き込んじまった以上壊すことしかしてこなかった俺に守りきるなんて自信はない……………。今回は特にな。ロケット団の比じゃないかもしれない。そういうやつらがカロスを支配しようとしているんだ。ポケモンたちで解決できるならまだいいが、それも無理かもな」

 

 平気で人質を取るような奴らだ。もしかしたら誰かをすでに殺しているかもしれない。

 まして、ポケモンに人間を襲わせることでもあれば俺たちではどうにもできない。ポケモン対人間なんてすでに勝負がついているようなものなんだ。

 

「今までだったら、何でも持っている姉さんに頼ったかもしれないけれど。今回は私の意志であなたについていくわ」

「ストーカーかよ」

「否定はしないわ。だって、ずっとあなたをーーー」

「別に無理して最後まで言わなくていいぞ。どうせ顔真っ赤になってるんだろ」

「あら、そういうあなたこそ耳が真っ赤よ」

 

 だからそれは耳元で喋るからだ!

 

「そろそろいきましょ。二人が待ってるわ」

「ニヤついてる顔を想像できてしまうのが悲しいわ」

 

 こうして、ユキノシタと仲直り…………これって仲直りなの? 蟠り………になるのか? よく分からんが取り敢えずこれで今まで溜め込んでたものは吐き出したんだろう。知らんけど。

 とにもかくにも心臓がバクバクなので早く離れてくださいっ!



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31話

無理かなーと思いましたが、何とか流れが決まりました。

これから先、テンポが少し早いと感じたらごめんなさいです。


 案の定、外でニヤついていた年少二人を連れ、ジムへ向かうと入り口のところにトツカがいた。

 

「あ、ハチマン」

 

 今日初めてのトツカに俺の心はぴょんぴょん跳ね上がる。

 

「いやー、それにしても起きたらハチマンとユキノシタさんが一緒に寝てたから驚いちゃったよ」

 

 俺の跳ね上がった気持ちは奈落へと落ちた。

 ああ、そんな眩しい目でこっちを見ないでっ。

 

「もう、ハチマンったら。それならそうと言ってくれればよかったのに。ハチマンも人が悪いなー」

 

 やめてっ、それ以上蒸し返さないでっ。

 

「と、トツカ………一つ言っておくが俺とユキノシタはそんな関係じゃないからな。あれはユキメノコに唆されたコマチとイッシキによるドッキリだからな。はっきり言って俺は起きるまでユキノシタが横にいることなんて知らなかったんだ」

「ええ、そうよ。トツカ君が想像しているようなことは断じてないわ。全然全くこれぽっちも、ね」

「おいユキノシタ。そんな顔を赤くしてたら逆に嘘のように聞こえるからな。というか何でそんな真っ赤なんだよ」

「あら、今思い出してみれば先に起きてたのはヒキガヤ君で、私の寝顔はもちろんのこと寝ている間に何かしたのではと今更になって思ったからよ」

「してねぇよ。どっちかつーとお前の方からしてきたからな」

「それは聞き捨てならないわね。私が何をしたのか詳しく聞こうじゃないかしら」

「やめておけ、自爆するだけだぞ」

「あっはははー、やっぱり二人とも仲良いね」

 

 どこをどう見たらそう思うのかは分からないが、トツカには俺たちが仲良く見えるらしい。

 

「冗談はやめてくれ」

「さすがに今はそんな冗談を言わないで欲しいわ」

 

 身がもたない、とユキノシタは続ける。

 

「そう? まあこれからだね」

 

 多分、誤解は解けずそのまま解として出てしまったらしい。

 はあ………全くどうしてこうなるんだよ。

 

「ゔぇっ!? なんでヒッキーたちまでここにいるのっ!?」

 

 二人してトツカの言葉に嘆いているとジムの中からユイガハマが出てきた。

 あ、マジでいたんだ。

 これもドッキリか何かだと心のどこかで思ってたわ。

 

「あ、ユイさん、どうでした? 勝てました?」

「あ、コマチちゃん。うん、まあ、ご想像の通りといいますか………」

 

 ああ、負けたのね。

 

「いえいえ、中々に筋はいいと思いますよ」

「ザクロさんっ!」

 

 ユイガハマの後ろから髪に色のついた石を編み込んだ(昨日コマチにどうなってるのか教えてもらった)長身のジムリーダー様が現れた。

 

「ハリマロンのつるのムチを使った回避やグラエナの多様な技、ドーブルのトリッキーさ。どれを取っても今後が楽しみですよ」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 にこやかスマイルでユイガハマの今後に期待するザクロさんに対して、彼女は深々と頭を下げた。

 

「いえ、これもジムリーダーの務めですから。それに君たちはどうやら危険な渦の中に潜り込んでしまったようですし。わたしにできることをしたまでです」

 

 うーん、紳士だな。

 

「…………ちなみにこいつの今後の課題とかってありました?」

「課題ですか………。そうですね、どうやら師が二人いるようですしバトル自体にはこれといって問題はないんですが、後は知識でしょうね」

 

 俺とユキノシタを見て、もう一度ユイガハマを見やる。

 

「技をいかに理解しているか、ポケモンをいかに理解してるか。そういったことが今後左右してくると思いますよ。要は経験ですね。ただ見ただけの動きではどうにもできない。付け焼き刃の特訓では逆に隙ができてしまう。それが今回の敗因でしょう」

「なるほど、さすがアホの子だな」

 

 結局知識かよ。

 ということはあれだな。

 同じアホの子でも感覚的にできるコマチと違って、ユイガハマは一度頭を通した方が今後につながるのかもしれない。

 

「むー、またアホの子って言ったー。アホって言った方がアホなんだからっ! ヒッキーのアホー!」

「おい、しっかり言ってんぞ」

 

 やっぱアホだわ。

 

「では、今後はそういうところを重点的にやっていきましょうか」

「うぇっ? 教えてくれるの?! ありがとう、ゆきのーんっ」

「あ、暑苦しい」

 

 ユキノシタに抱きつくユイガハマ。

 ゆりゆりしくていつもありがとうございます。

 ほんと抱きつくの好きだよな。

 ユキノシタも口では嫌がりながらも引き剥がそうとはしないし。本気で嫌だったらあっさり躱すくらいはやるだろうからな。

 

「それにしてもあの黒い穴を使われた時は驚きましたよ。そんな珍しい技を覚えているドーブルを連れているなんてまず思いませんからね」

「黒い穴? ダークホールのことか?」

 

 ドーブルが勝手にスケッチした黒い穴なんてダークホールしかない。

 

「ダークホール、と言うのですか? 初めて見る技でしたので………わたしもジムリーダーとしてまだまだですね」

 

 どうやらザクロさんはダークライについては知らないようだ。

 まあ、神話というか伝説が言い伝えられているのがシンオウだし、知らなくてもおかしくはない。

 俺だって、ここ半年の間に知ったくらいだし。何なら実物をトツカに言われるまで知らなかったくらいだし。ほんと、五年も知らないまま付き合ってたぞ。

 

「いや、別にそれはないでしょ。そもそもダークホールはあるポケモンしか覚えない技だから、変身やスケッチしない限りは誰も使えませんって」

「なるほど、特別な技というわけですか。しかし、ジムリーダーでもないあなたに教えられてしまうというのもおかしな話ですね」

「それこそ、ポケモン協会じゃ俺はあんたより上の立場になるだろうし問題ないでしょ」

「というと?」

 

 訝しんでくるわけでもなく、素直な返しだった。

 

「詳しいことは『ポケモン協会』『ハチ公』で検索すれば出るんじゃね?」

「素直には教えてもらえないのですね」

 

 がっくりと肩を落とすザクロさんに少し、ほんの少しだが面白いと思ってしまった。なんでだろうな。

 

「公言するものでもないっすからね。なぜか知ってるやつは知ってるけど。噂で広がる領域がさっぱり分からん」

「それは是非に調べさせてもらいますよ。少し興味が湧いてきました」

 

 子供のように目を輝かせるジムリーダーをほんとジムリーダーかと思ってしまった。ま、ハクダンでもそれは思ったことだけど。

 

「知らない方がいいこともあると思いますけどね。好きにしてください」

 

 あっちのジムリーダー様と意外にも話が弾むかもしれないしな。

 

「ねえ、ゆきのん」

「そうね。ヒキガヤ君、ケンカを売るならもっと大きくいきなさい」

「うぇ? 止めるんじゃなかったの?!」

「あら、どうせやるなら決着付けた方がいいじゃない」

「あの、そもそも別にケンカ売ってるとかそういうのはないからな」

「冗談よ」

 

 冗談に聞こえねぇ………。

 こいつがケンカを売る時は他人のふりしておこう。事が大きくなりそうだわ。

 

「さて、取り敢えずユイガハマさんのポケモンの回復にいきましょうか。後の事はそれから決めましょう」

 

 ん?

 なんかユキノシタに違和感を感じる?

 んー、まあいいか。

 

「…………あれ? 俺、朝飯食ってなくね?」

 

 取り敢えず、腹拵えのためにポケモンセンターへと戻った。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「でね、イワークにサブレがこおりのキバで攻撃したんだけど、硬くて硬くて。挑戦者は交代もできるみたいだからマーブルに替えて、ハードプラント? を使ってなんとか倒せたんだー。でもガチゴラスだっけ? あの進化したアゴの大きなポケモンにはヒッキーが連れてる黒いポケモンが使ってたあのおっきな黒い穴で眠らせたんだけど、なぜかすぐに目を覚ましちゃってマーブルがやられちゃったんだー」

 

 ポケモンセンターに戻ってくるとユイガハマはポケモンたちを預け、ジム戦についてユキノシタたちに話していた。

 俺以外はふむふむと真剣な表情で聞いている模様。

 なんか一人足りない気もするが気にしないでおこう。

 で、俺はというと。

 

「これ美味いな」

 

 腹が減ったから帰ると言いだしたら、なぜかザクロさんが俺にパン? をくれたのでそれをむしゃむしゃ頬張っている。

 結構歯ごたえがあって固いんだけど、それでも美味い。

 それだけで食べても美味いのだが、ついでにくれたバターを塗ってリザードンに焼いてもらうと香ばしい匂いが鼻をくすぐり、頬張ると口の中で旨味が広がっていく。

 ただ、こんな長いのを一本丸ごともらっても食いきれねぇよってくらいにはまだ残っている。割と食べたはずなんだが。

 

「………あの、先輩さっきから美味しそうな匂いがすごいんですけど」

「食うか?」

「気前いいですね。なんかいいことでもあったんですか? あ、いただきます」

 

 焼いたパンをイッシキに渡すと素直に受け取り、カプリとかぶりつく。小さい口が何ともアレだな。うん、アレだわ。

 

「別に俺はいつだって気前がいいと思うぞ」

「……ごくっ、や、それは私以外にじゃないですか。私にまで気前がいいとなると何かの前触れか何かかと」

「いいことねー」

 

 で、自然とユキノシタの方へと目がいった。いってしまった。

 目がばっちりと合っちゃったよ。

 え? なに? お前も食いたいわけ?

 

「………なんだよ、お前も食いたいのか?」

「え? あ、や、そういうわけじゃ…………」

「あ、じゃあ、あたし食べるー! バトルして頭使ったからお腹減っちゃった」

「………こうしてあの大きな丘は出来上がるのか」

「何言ってんですか。それセクハラですよ」

 

 ユキノシタにも差し出したパンを当の本人が顔を真っ赤にして歯切れの悪い返事をするのを聞いて、ユイガハマが受け取り一口パクリとかぶりつく。

 イッシキがジト目で見ているのは気付かないことにしよう。

 

「ふぉおっ、ほれおいひいね」

「飲み込んでから喋れ」

 

 まるで子供のように(というか実際年齢の割に言動が子供だよな)、はしゃぐ。

 それをじっと見つめるのはユキノシタであり、ユイガハマが一かぶりしたパンを差し出すと彼女もパクリと一口いった。

 なんだよ、結局食いたかったんじゃねーか。

 

「………すごく美味しいわね」

「でしょ! ちょっと硬いけど、美味しいよね!」

「で、結局ユイガハマは何でいきなりジム戦にいったんだ?」

 

 もぐもぐとパンを頬張るユイガハマに聞いてみると、ごくっと喉を鳴らしてパンを飲み込んだ。

 

「いやー、ゆきのんに昨日扱かれた分を忘れないうちに出しておきたくってさー。でも案外上手くいかないもんだねー」

 

 たははーと頭をかきながら苦笑いを浮かべる。

 

「そりゃそうだろ。練習と本番じゃ心の持ちようがそもそも違うんだから、緊張もするし想定外のことが起きれば動揺だってするさ。逆にコマチがそうならない方が不思議なくらいだな」

「せんぱーい、私はどうなんですかー」

「あ? イッシキは…………つーか、お前がバトルしてるとこ一回しか見たことないからなんとも言えねぇわ」

 

 イッシキがまともにバトルしたのってミアレのレストランでのダブルバトルくらいじゃん。それも相手はユキノシタだったから、こいつのバトルスタイルとか全くと言っていいほど知らん。

 

「じゃあ、それも含めてバトルしましょうよー」

「お前、なんでそんなに俺とバトルしたがるんだよ」

「そりゃ、何気に先輩とだけ一回もバトルしたことないからですよ」

「…………」

 

 言われてみればそうかも。

 コマチとユイガハマとは三人がポケモンをもらった日にバトルしてるし、ユキノシタともレストランでダブルバトルをしている。トツカとはどこでやったのかは知らんが、この言い方からしてすでにバトルしてるのだろう。ミアレには結構いたからな。その間にバトルしてたっておかしくはない。

 

「そこまで言うんだったら今からやるか?」

 

 冗談交じりでそう言うとくりんとした目が笑った。

 あー、これはやっちまったパターンだな。

 

「言いましたね。今、はっきりと言いましたね! やりましょう! 今すぐにでも! さあっ、ほら早くっ! 行きますよ!」

「あ、こら。俺まだパン食ってんだろうが」

「んなのどうだっていいですよ。さあ、早く。さあ」

 

 俺の腕をこれでもかというくらい力を込めて俺を立たせると、引き摺るように外へと運んでいく。

 コマチたちも全く止めようとせず、俺たちを追いかけてきた。リザードンもゲッコウガも止めようとしねぇんだけど。ねえ、見てないで誰か止めてよ。

 はあ…………なんでこいつはこんなにもウキウキしてんだよ。まるで新しいものに興味を示した子供じゃねーか。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「さあ、先輩。ルールはどうしますか?」

 

 強制送還されてポケモンセンターに併設された外のバトルフィールドに立たされた。

 

「はあ………マジでやるのか。ルールはお前が決めていいぞ」

 

 ルールとか考えるのがもう面倒くさい。

 

「んー、じゃあ一対一の技の制限はなしでどうですか? あ、先輩はゲッコウガでお願いしますねー。ちょっと借りを返さないといけないんで」

 

 決めさせたらルールとか関係なく俺はゲッコウガでバトルするらしい。固定かよ。まあ、それくらいハンデないと無理だよな。ハンデとも言えないけど。

 つーか、借りってなんだよ。

 

「ゲッコウガ、お前イッシキになんかしたのか?」

「コウ?」

 

 聞くと本人は心当たりがないらしい。

 さて、借りとは何なんだろうな。

 

「あー、その顔は覚えてないって顔ですね。初日には私を叩き、ミアレで再会した時にはテールナーのメロメロにすらかからなかったんですから。今日こそは堕として見せます!」

 

 あれ?

 なんか俺らただの被害者じゃね?

 初日のだってイッシキが先生に謝らないから悪かったんだし、テールナーのことだって元々メロメロが効かないからだし。そんな俺らが悪いと言われる筋合いはないよな。

 

「んじゃゲッコウガ。ご指名みたいだからよろしく」

「コウガ」

 

 リザードンをボールに戻すタイミングを失ったため、コマチたちと観戦。

 あいつに見られてるとかなんか違和感感じるわ。

 

「さあ、いくよ、テールナー」

「テーナ!」

 

 テールナーをボールから出すと尻尾にさしていた木の棒をこっちに向けてきた。

 ゲッコウガに対しては敵意丸出しだな。

 

「…………ユイガハマ」

「うぇっ? なに? どしたの?」

「審判、やるか?」

 

 そういや昔ヒラツカ先生に無理やり審判をやらされてたよなーと思い出し、声をかけてみる、

 

「あー、昔もヒラツカ先生にやらされたよね。いきなりだったからよく分からなかったけど。うん、分かった。あたしが審判やるよ」

 

 どうやら同じことを思ったようで、乗り気になった。

 

「それじゃ、二人とも準備はいい?」

「ああ」

「いいですよー」

「すー、はー…………バトル開始!」

 

 深呼吸する必要あったのか?

 

「テールナー、にほんばれ!」

 

 えー、初っ端から日差しきつくするなよ。暑いじゃねーか。

 

「取り敢えず水は使わせないってか。ゲッコウガ、かげぶんしん」

「コウガ」

 

 日に日に影が増えているかげぶんしん。

 どうしたらあんなに増えるのかね。

 ちょっと多すぎて気持ち悪いわ。

 

「テールナー、かえんほうしゃ!」

 

 一掃するように木の棒からかえんほうしゃを放ってくる。にほんばれにより炎技の威力が上がっているため、当たるのはまずいか。

 

「かげうち」

「ワンダールーム」

 

 摩訶不思議な空間を体内から広げていき、見えない壁に本体以外はかき消されていく。

 ワンダールームか。

 どの効果の部屋だっけ?

 トリックはすばやさだしマジックは………道具?

 あー、じゃあワンダーは防御系の能力の入れ替えか。

 

「後ろ! 躱して!」

 

 本体によるかげうちを素早く回避。

 

「また変な空間作り出したな」

「ゲッコウガは素早いですからね。閉じ込めないと逃げられちゃいますよ」

「なるほど」

 

 けど、それはイッシキにも言えることだ。

 

「ほのおのうず!」

 

 木の棒をくるくると回して燃え盛る炎の渦を作り出すと乱雑に放ってきて、見えない壁に当たると跳ね返り、部屋の中は火の海に変わっていく。

 さすがにこの状態じゃゲッコウガでもやりにくいか。

 

「みずのはどう!」

 

 ならば消化活動といきますか。

 にほんばれの影響下ではあるが、使わないよりマシだ。タイプもみずになるから炎の効果も半減されるし。

 

「テールナー、スキルスワップ」

 

 テールナーが木の棒を振り、お互いの特性を入れ替えてしまった。

 はっ?

 マジで?

 ちょっとー、誰よこの子を初心者って言ったの。手練れ感半端ないんですけど。

 なんだよスキルスワップって。ゲッコウガの特性奪うなよ。もらったもうかとか使いもんにならんし。

 

「最後に使ったのがみずのはどうだからみずタイプってことでいいのか」

 

 んー、これはそろそろ倒しにかからないとまずいな。

 

「ゲッコウガ、ハイドロポンプ」

 

 威力とかこの際どうでもいい。さっさと片付けてしまおう。

 

「ソーラービーム!」

 

 はあ…………なかなか使わないから覚えてないかと思ったけど、ちゃんと覚えてやがったよ。なんだよ、マジで。もう最初から俺なしで充分戦えてんじゃん。

 もうね、今まで戦ったことのない嫌なタイプだわ。

 変化技を多彩に操るやつとか初めて見たぞ。

 

「ゲッコウガ、そのまま氷に変えろ!」

 

 口から吐き出される水砲を氷に変えていく。

 言ってはみたものの本当にできる辺り、ゲッコウガらしいな。

 

「ぐぅ、意外と飲み込みが早いですね」

 

 木の棒から放たれた太陽エネルギーの光線を凍らせるとイッシキがそんなことを言ってきた。

 

「そりゃ、結構世話になってる特性だからな」

「だったらもう一度ソーラービーム!」

 

 懲りずにもう一度放ってくる。

 

「かげうち」

 

 ゲッコウガは影に潜り、光線を回避する。

 今度は逃げることにした。ほんとはさっきも躱したかったが、ハイドロポンプを放っていたため仕方なく技を変更することにしただけだし。

 

「つばめがえし」

 

 テールナーの背後に回ったゲッコウガはぬっと影から現れて、裏手握りの二刀で切り裂いた。

 効果は抜群だ、てな。

 

「テールナー!?」

 

 バタンと崩折れるテールナーにイッシキが呼びかけるも返答はない。

 ユイガハマがパタパタと歩いて行き、確認を取る。

 

「意識ないね。テールナー戦闘不能。ヒッキーの勝ち!」

 

 はあ……………なんかどっと疲れた。

 こいつの相手とかもうこりごりだわ。

 

「やっぱ先輩は強いですねー」

「いや、お前こそいつの間にバトルスタイル確立してたんだよ」

「あ、それはハヤマ先輩とバトルしたりトベ先輩で練習しましたんで」

 

 おおう、憐れトベ。

 まさかの練習台になるとか。

 

「ハヤマの入れ知恵か?」

「いえ、たまたま覚えた技が変化技だったってだけですよ。だから別に打倒ケロマツとか息込んでやってたわけじゃないんですよ」

 

 やってたのか。

 というかこいつらそんなにケロマツもといゲッコウガを倒したかったのかよ。

 

「うーん、このままじゃまだ先輩たちとリーグ戦なんて無理そうですね。確かにもう少しポケモンを増やさないと」

「取り敢えず、回復してもらってこい」

「はーい」

「あ、イロハちゃん。あたしもいくよ」

 

 テールナーをボールに戻すとユイガハマを引き連れてポケモンセンターの中へと消えていった。

 うーん、イッシキって結構育つとやばくね?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ねえ、お兄ちゃん。イロハさんいつの間にか強くなってない?」

「それな。強くなってるというよりかは変化球を挟んでくるからやりにくかったわ」

 

 何なのあいつ。

 日差し強くして部屋作って特性まで入れ替えて。

 頭使わないといけないからすげぇ疲れたわ。

 

「……彼女、磨けば相当のトレーナーになりそうね」

「ああ、俺に相手しろとか言ってくるけど、もう充分だと思うんだよなー」

 

 あんなに相手しろとか言ってたから教えてくれって意味だとばかり思ってたんだが、ただの実力試しだったし。

 

「それは多分、強さの線引きがお兄ちゃんだからだよ。とにかくお兄ちゃんのポケモンを一体でも倒せたら強くなったって目に見て分かる証明になるから」

「確かに…………それじゃ私も」

 

 ユキノシタがキランと目を輝かせて俺を見てくる。

 あなたとやるのは本気でやらないといけないからパスの方向でお願いします。

 

「もうしばらくはバトルしたくないわ。ここんとこ毎日バトルしてんじゃん」

「………仕方ないわね。シャラシティに着くまではお預けにしとくわ」

「やるのは確定なのかよ」

 

 無理だったか。どうやら俺はユキノシタとシャラで再戦することになるらしい。

 その頃には忘れてるといいなー。

 

「………担当分けの話だけど、ヒキガヤ君このままイッシキさんのこと育ててみない?」

「はっ? 何そのこのポケモン育ててみない? 的な発言。ポケモン博士じゃねーんだからよ」

「やっぱりみんなの底上げはやっておくべきだと思うわ。巻き込まれても自分の身は自分で守れたら、あなたも動きやすいんじゃない?」

「……………今日のお前、やっぱおかしいぞ」

「あなたって時々失礼よね。これでも結構心配してるんだから」

「全くそう見えんのは俺だけなのか? ………はあ、分かったよ。あいつの面倒を見ればいいんだろ。そのうちあいつに勝ち越されても知らねぇからな」

「それはすごく楽しみね」

 

 うわー、すげぇ憎たらしい笑み。

 いつものユキノシタだったわ。

 ってことは少しは素直になってるってことなのか?

 はあ、よく分からん。

 

「あのー、お二人さーん。何二人の世界に使ってるんですかー。一応ここにはコマチとトツカさんもいること忘れないでくださいねー」

 

 ジトーっとした目でコマチが俺たちを見てくる。

 その後ろではトツカが笑っていた。

 

「やっぱり、二人って仲良いよね」

「「よくない!」」

 

 

 

 それから部屋に戻って荷物をまとめて、シャラへ向けてショウヨウを出発した。

 やっぱり何か忘れてるような気がするんだが…………全く思い出せん。

 

「いやー、それにしてもテールナーの意識を狩るだけとか、ゲッコウガってヤバくないですか」

 

 さっきからずっとイッシキはこんなことを言っている。

 10番道路に入り、昨日行った脇には入らず(あまり目にしたいものでもないからな)ぼちぼちと歩いてるんだが、回復しに行ったイッシキ曰く、テールナーは意識がないだけでダメージはなかったんだとか。

 峰打ってわけでもなくちゃんとつばめがえしで攻撃したはずなんだがなー。

 当のゲッコウガさんを見ると何故かテールナーに懐かれている。

 意味わからん。何がどうしてそうなった。

 

「俺からしてみればテールナーがゲッコウガに懐いたことの方がやばいと思う」

「どうもゲッコウガに惚れこんじゃったみたいなんですよねー。元々は浅くはない関係みたいですし」

「はっ? マジで? どこにそんな要素があったんだ? つうかどういう関係だったんだ?」

「女心を理解できない先輩には言っても分かりませんよ」

「ばっかお前、そもそも人の心がよく分からん」

「もっと悪かった!?」

 

 なんかユイガハマが驚いているが、まあいつものことなので放っておこう。

 

「あ、お兄ちゃん、あれ見て」

 

 突然コマチが声を上げたので、指の指す方を見ると。

 ジバコイルがいた。

 もう一度言おう。

 ジバコイルがいた。

 

「あ、なんか忘れてると思ったらザイモクザじゃん」

「おおー、中二さんのことこってり忘れてた」

「彼は一体何をしているのかしら」

 

 ジバコイルの上には当然、コートを羽織り黒の指抜きグローブを嵌めた太った奴がいる。というかザイモクザがいる。

 空で何を見てるのかは知らんが、今まで何をしてたんだろうか。

 

「ねえ、お兄ちゃん。ちょっと様子見てきてよ」

「えー、俺が行くのか?」

「あ、じゃあ僕がいこうか?」

「コマチ、俺が悪かった。さっさと蹴り倒してくる」

 

 トツカをあんなところで奴と二人きりにとか危険すぎる。

 俺はトツカのためならば例え火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あの子のスカートの中…………まで行ったらただの変態だな。うん、俺は決して変態ではないからな。そんなことはしないぞ。トツカに嫌われちゃう。

 

「リザードン」

 

 ボールからリザードンを出して背中に乗り、ザイモクザのところへと向かう。

 

「おい、ザイモクザ」

「おお、これはこれはユキノシタ嬢と仲のよろしいハチマンではないか」

「よし、今すぐその減らず口を閉ざしてやろう」

「待て待て待て、待つのだハチマン! 我が悪かった! 全面的に謝るから! 痛いのはやめてー!」

 

 気持ち悪い声を上げたので少し距離を取る。

 

「で、お前何してんだよ」

「うむ、それなんだがこの10番道路にある石を見て何か思わぬか?」

「石?」

 

 そう言われてこの先に続く10番道路を見ると地面から突き出した石がいくつもあった。しかもそれは等間隔にあり、規則性を有している。

 

「それがどうかしたのか? 規則性があるところからして人工的に作られてものなんだろうけど」

「それと、奥に薄っすらと見えるセキタイタウンを見てくれ」

「セキタイ? あー、あの石に囲われたようなところか」

「うむ」

 

 ザイモクザに言われて10番道路を辿ってセキタイを見やる。

 丸い感じの街だな。

 石と民家以外は特に何もないような過疎地とも言えるか。

 

「鍵穴、のようには見えぬか?」

「鍵穴? …………」

 

 鍵穴か。

 セキタイが丸く、下に続く10番道路が長方形………確かに鍵穴のように見えなくもない。

 

「それがどうかしたのか?」

「いや、特に理由はないのだが、気になってな」

「ふーん。まあ、偶然じゃねーの」

「であればいいのだが」

 

 ザイモクザにしてはやけに食いつくな。

 そんなに気になることでもあるのだろうか。

 

「ま、取り敢えず降りてこい。どうせついてくるんだろ」

「うむ、飯が美味いからな」

 

 着々とユキノシタに餌付けされてるようで。

 こうして、『忘れ物』をつれてみんなのところへと戻った。

 



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32話

『おい』

「なんだよ、いきなり」

『出せ』

「はいはい」

 

 みんなの元へ戻って早々、暴君様が珍しく出たがったので高級なボールから出してやる。

 奴はボールから出ると等間隔に置かれた縦石の方へとスイーっと移動していく。

 

「…………」

 

 無言で石を観察する。

 周りを回ってみたり上や下から見てみたり。

 

「ねえ、ミュウツーは一体何をしているのかしら」

「さあ、あいつの方から出たがったから俺にもさっぱり分からん」

 

 ユキノシタがみんなを代表して疑問を口にしてくる。

 何が気になるのか、ミュウツーは石の観察をやめようとはしない。

 最後には触りだしたし。が、咄嗟に手を離した。

 

『む……? これは…………?』

「あ? なんかあったのか?」

『………地下………これはエネルギーか……………?』

 

 全く聞いていないようだ。

 たぶん、今話しかけても相手にしてくれないのだろう。こいつはそういう奴だからな。

 指先………あれは指先と表現すればいいんだよな? 三つ指で慎重に石に触れては離すを繰り返している。

 

『いや、この今にも持っていかれそうな感覚…………吸収…………? エネルギーの吸収と言ったところか?』

 

 吸収やらエネルギーやら何の話をしてんだか。

 俺にも分かるように言ってくれねぇかなー。

 

『おい?』

「なんだよ」

『少し付き合え』

「えー」

『お前に拒否権はないだろ』

 

 え? なに?

 俺ってこいつにまで人権無視されてんの?

 いや、そもそもこいつはこんな性格だし普段通りといえば普段通りか。

 まあ、借りがあるしその分ということで少し付き合いますかね。

 

「はいはい。なんかよく分からんが、こいつの相手してくるわ。先に行くなりしててくれ」

「そう、分かったわ。気をつけて」

「「「「「ッッ!?」」」」」

 

 最後のユキノシタの発言にみんなして固まってしまった。

 あのユキノシタが気をつけて、だと………?

 

「そっかそっか〜。ゆきのんもついにか〜」

 

 と驚いているのは俺だけのようでユイガハマはこんな感じでニヤニヤ。

 

「おおー、ユキノさんもやりますなー」

 

 コマチはふむふむと何かに理解を示している。そしてニヤニヤ。

 

「デ、デレた………っ!?」

 

 あ、イッシキはなんか別の方で驚いてるわ。そして顔真っ赤。

 

「いやー、さすがハチマンだねー」

 

 トツカは俺には理解できなことを言っている。そしてニヤニヤ。

 

「え? な、なんでみんなして私を見てくるのかしら!? ちょ、ちょっとそのニヤニヤした気持ち悪い笑みはやめてちょうだいっ」

 

 耳まで顔を赤く染め上げていくユキノシタは抱きつこうとしたユイガハマを制止しようと距離を取った。

 意外とユキノシタさんも初心ですね。自分で言ったことなのに恥ずかしがってどうすんのさ。まあ、この状況なら逆に恥ずかしくなるけども。俺ならなる自信があるけども。

 

『人間とは難儀な生き物だな』

「………それはお前らにも言えることなんじゃねーの」

『どうだろうな』

 

 ユキノシタをみんなで可愛がっている間に、俺はスイーっと移動を始める白い体の背中を追うことにした。

 ちなみにザイモクザも付いてきている。呼ばれてないのに。

 

「で、結局何なんだよ」

『この石には何か仕掛けがある』

「はっ? どういうことだよ」

 

 仕掛けって…………。

 いきなり何を言いやがる。

 確かに、こんなにも綺麗に規則的な並べ方をされていれば何かの痕跡か遺跡かと疑わないこともないが。偶然といえばそれまでだし、人工的だったら逆に何のためにと、その先が全く想像できない。

 

『こう、触れた時にエネルギー………それこそ生きるために必要なものを持っていかれるような感覚が僅かにも感じたのだ』

「生きるために必要なエネルギー…………?」

 

 といえば昨日イッシキと見たあの抜け殻のようなポケモンたち。

 あいつらも確か生体エネルギーを吸い取られたとかこの白いのが言ってたような。

 

「どういうことだ? まさかあいつらのことと関係あるのか」

『分からん。だが、オレが感じるままに言えばそうかもしれない。ただの勘だ』

「お前にも勘があるということに驚きだな」

『吐かせ。オレもポケモンだ。理性と本能を持ち合わせている。お望みならば今ここで本能的に暴れ廻ってもいいのだぞ』

「はいはい、俺が悪うございました」

 

 ギロッと睨んでくる目が超怖い。

 さすが暴君。

 睨みつけるだけで相手の戦意を刈り取るとか最強だな。

 

「なあ、ハチマン。さっきから何を話しておるのだ。我にも分かるように言ってくれ」

「ああ、そういやザイモクザには聞こえていないんだっけ。ったく、お前も気難しいやつだな」

 

 ザイモクザが話に加わっていなかったことを思い出し、白いのの肩に手を置いて話し出す。

 

「実はこいつ曰く、この縦石には生体エネルギーを持っていかれるような感覚が微弱ながら感じるんだとさ。で、俺は実際にその生体エネルギーを抜かれたポケモンに遭遇している。何かがあるのは間違いないだろう」

「それはあれか? 来る途中にあった脇道に花を手向けられていたポケモンたちか?」

「お前も見たのかよ」

「うむ。不思議ではあったが花が手向けられていたのでな。たまたま通りかかったノズパスの群れに預けておいた」

 

 ノズパスの群れ………?

 

「ああ、ダイノーズ連れてたんだっけか」

 

 そうだ、こいつダイノーズ連れてたんだった。

 そりゃ説明くらいできるわな。そんで預けてきたのか。

 

「うむ、我働いたぞ」

「はいはい、ご苦労さん」

 

 適当に労い、調査を再開。

 と言っても調べるのは白いのだけど。

 

「で、他には何か気になるのか」

『この石が繋がっている先だな。多分地下に埋まっているはずだ』

 

 そう言うとミュウツーはサイコパワーでその場で穴を掘り始めた。

 擬似的にでも穴を掘れるんだな。

 エスパータイプってやっぱすげぇわ。

 

『ぬぅん!』

 

 バリアーを張って俺たち共々地下へと潜っていく。

 

「ならん!」

 

 のはずだったが、ちょうど潜ろうとした時に唸り声が響いてきた。

 俺たちがいる場所には不自然に影が差している。

 不思議に思って上を見上げるといつか話しかけられた超長身の男の姿があった。

 

「………あんた」

「久しいな、『破壊する者』よ」

 

 なんかやっぱ同じ人間とは思えんな。ポケモンと言われても認められちゃうかも。いや無理だな。ポケモンらしくない。

 

「その『破壊する者』ってのは気になるが、何の用だよ。この前はずいぶんな挨拶をされて、おかげでいろんなことが見えてきちまったんだが」

「そう威嚇するな。3000年前の戦争について何か分かったんだろう?」

 

 そう男が言うと何故かミュウツーがバリアーを解いた。

 だが威嚇は続けている。

 

「ミアレにあった文献くらいのことだがな」

「よかろう。その戦争で最終兵器が使われたことも話したな」

「最終兵器…………………」

 

 そういえば前に最終兵器のこともこいつに言われたんだったな。

 最終兵器ねー。最後にドカンと放って戦争も何もかもが文字通り終わったっていうやつだろ? 

 

「ッッ!? まさかっ!?」

「ふっ、さすがだな。ああ、そうだ。この下には『そいつ』がある。そして、その稼働源は」

「生き物の生体エネルギー…………」

 

 そうだ、何故こいつがそんな3000年前のことを知っているのか。そして何故それを俺に言ってきたのか。そもそもがおかしかったのだ。こいつは知ってるんじゃない。最終兵器を造った本人なんだ。戦争を終わらせた張本人。お伽話かと思っていたが永遠の命を手に入れてしまったポケモンの話も最終兵器になる前の話だとすれば辻褄が合う。そんな大それたエネルギーのやりとりが出来るものなんて一つしかない。

 

「いいか。『その時』は必ず近いうちに来る。弟の子孫がバカなことを企んでいるようだからな。だが、これだけは言っておく。最終兵器だけは絶対に起動させてはならぬ。一度咲いた花は枯れるまで元には戻らぬ。いいな」

 

 またしても言いたいことだけ言ってショウヨウの方へと歩き始めた。

 あ、また名前聞いてないし。いや、聞かなくてももう分かるか。

 奴の名はAZ。偽名か何かは知らないが、3000年前の王にして戦争も何もかもを終わらせたお伽話の主人公。

 

『……何者だ』

「最高齢の人間」

『………信じるのか?』

「事実だからな」

 

 遠ざかる広い背中を見ながら答えると、訝しむように白いのが見てきた。

 

「な、なんだよ…………」

『変わったな…………』

「いや、こんなもんでしょ」

「して、ハチマン。結局どうするのだ?」

「どうするんだ?」

『オレに質問するな』

「ま、結局今から地下に潜ったところでどうにかできるもんでもないし、あるという事実だけを胸に刻んでおけばいいんじゃね? 知らんけど」

『それが妥当だな』

「うむ、さすがに情報が不足しすぎていて、対処し兼ねる」

「最終兵器、およびその起動の仕方。それとあいつが言った『その時』の中心にいるであろうフレア団の動向に目を光らしておくしかないな」

 

 そういや、あいつの弟の子孫が何かしようとしているとかって言ってたよな。ってことはつまりフレア団のボスは王族の子孫ってわけだ。意外と3000年もの間、血は繋がり続けるもんなんだな。どうやって系譜を残したのやら。途中で消え失せたりしなかったのかね。

 

「さて、あいつらのところに戻りますかね」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あっれーっ?

 あいつらどこいったんだ?

 一応元の場所に戻ってみたら、みんなの姿はなかった。

 なので、ひたすらこの先にあるセキタイタウンを目指して歩いているが全くコマチたちの姿がないのだ。

 電話でもかけた方がいいのか?

 

「む? ………トツカ氏、それは真か? …………うむ、あい分かった。ハチマンにもそう伝えておこう」

「あん? トツカからか?」

「うむ、どうやら皆は先にセキタイに着いてしまったようだ」

「ってことは元の場所に戻らなければ出会えてた可能性があるということか」

「ゴラムゴラム! であるならば急ごうではないかっ! 我腹減った」

「食い意地だけはあるのな」

 

 ザイモクザが急ぐ理由が分かったところで、早速セキタイに向かうとしよう。

 ちなみにやることを済ませた暴君様は自分からボールの中へ帰って行った。

 そんなに居心地がいいのだろうか。

 

「て、ちょっ、まっ!?」

 

 歩き出そうとしたら何故かいきなりゲッコウガに担がれた。

 え? なに? これどゆこと?

 

「あ、あのゲッコウガさん?」

「コウガ」

「うむ、では参ろう」

 

 ゲッコウガとザイモクザは目配せをすると互いに頷き合い、真っ直ぐと態勢を整える。

 え? ちょ、嘘だろ?!

 

「コウガ!」

「待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 この日初めて、本物の絶叫マシンを味わいました、まる。

 

 

 

「せんぱーい、大丈夫ですかー」

 

 いつものあざとい声とは打って変わって、心のこもっていない声の主はこれでもイッシキである。

 これでビデオカメラとか回されてたら、俺もとうとう異能に目覚めたのかと思っちゃうレベル。イッシキさん、特定の人から認識されない能力とか持ってないよね?

 

「お兄ちゃん、生きてるー?」

 

 ああ、コマチの声も聞こえて来る。

 癒されるわ〜。

 これでトツカの声が聞こえてきたらそのままどこかへ導かれて行きそう。

 俺は現在、ボケガエルのせいでセキタイのポケモンセンターのフロントのソファーで横になっている。というか倒れている。うぅ、気持ち悪い………。

 

「…………お兄ちゃん、もうダメかも」

 

 絶叫マシンよりも怖い絶叫マシンを味わい、年甲斐もなく吐きそうになっている。横になって何とか峠は乗り越えたが、未だにリバースの気が残っている。

 

「あ、大丈夫そうだね」

 

 コマチの手を掴んで言ったら、大丈夫だと認識されてしまった。大丈夫そうには見えないと思うんだけどな。うー、吐き気が………。

 

「ほら、お水よ」

「お、おう。サンキュ」

 

 イッシキにゆっくりと起こされて、ユキノシタからコップ一杯の水を受け取る。

 何気にユキノシタが優しいのには涙が出そう。

 

「…………この水………」

「オーダイルのよ」

「ぶほっ!?」

 

 盛大に吹いた。

 

「ちょ、汚いですよ、先輩」

「全くお兄ちゃんは。いつまで経っても世話のし甲斐があるなー」

 

 うへへーと嬉しそうなコマチに拭くのは任せよう。

 

「冗談よ。ちゃんとした水だから」

 

 よかった………誰かから摂取した水じゃなくて。

 あー、鼻に逆流しやがった。超痛い。

 ゆっくりと飲み干すと喉がなった。ついでに腸までなった。洗われてるのかね。

 しばらくして、また横になった。というかさせられた。

 

「………なあ、イッシキ」

「はい?」

「なんで、俺はお前に、膝枕されてんだ?」

「いやー、じゃんけんで勝っちゃいましてねー。私だけ先輩イベントがなかったもんですからちょうどいいです」

「よくねぇよ。………つか、なんだよ、先輩イベントって」

 

 ヤバい。

 結構会話がきついわ。

 

「ほら、激オコマチに泣きガハマ、デレノシタと来れば次は私じゃないですか」

 

 なんだよ、激オコマチに泣きガハマにデレノシタって。

 それだけで何を言いたいのか分かっちゃうじゃん。

 でも、えー。

 こいつ、今度は一体何を企んでるわけ。

 超怖い。

 

「…………トツカの膝がよかったなー」

「あ、そういうこと言っちゃいます?」

「言っちゃうな」

「全くこの人は…………。ほんと女心というものが分かってませんね。これで見透かされてるのが余計に腹立ちます」

「で、激オコマチに泣きガハマ、デレノシタときてお前はどうするんだ?」

「今日は姉はすです」

「え、やだよこんなのが俺の姉とか。年下の姉貴ができましたとかどんな漫画だよ」

「ええー、いいじゃないですかー。たまには肩の荷下ろしましょうよー」

「はいはい、んじゃちょっと寝返り打つぞ。同じ体勢も疲れてきた」

「うひゃっ!? ちょ、先輩、髪くすぐったいですよー。私素足なんですからひゃっ」

 

 ソファーに寝るというのも問題だな。腰にくるわ。

 あ、ちょっと楽になってきたかも。

 取り敢えず、外の方に体を向けると三人と目が合った。

 

「口ではああ言ってるのに」

「しっかり堪能してるわね」

「なんかずるい」

 

 えーっとユキノシタさん?

 あなたもしっかりと堪能してましたよね?

 あなた人のこと言えなくてよ。

 

「ま、コマチ的には新しくお姉ちゃんができるのは大歓迎ですけどねー」

 

 あ、なんか二人が闘争心を燃やし始めたぞ。

 

「なあ、イッシキ」

「はい?」

「この位置、視覚的にアウトだったわ」

 

 俺の言葉にユイガハマが顔を赤くしてスカートを抑え、ユキノシタが目潰しをしてきた。

 躱すため勢いよく起きたら、吐き気がぶり返したとさ。

 これはあれだな。体調が悪い時には冗談を言うもんじゃないな。

 

「みんな仲良しだねー…………」

 

 トツカの笑顔が一番薬になりました。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 晩飯を食べてセキタイで一泊。

 ホテルもあるらしいが、移動するのも面倒なのでまたポケモンセンターに泊まることになった。野宿の準備とかしてきてるが、ハクダンの行き来以来、全く使っていないのが現状である。食材だけは賞味期限が近いものから開けて食べているけど。

 

「二人は……寝たか」

 

 同室のトツカとザイモクザが寝たことを確認すると俺は着替えて外に出る準備を始めた。

 AZが言っていた最終兵器の話が本当ならばセキタイ付近にフレア団がいてもおかしくはない。それにザイモクザが溢した鍵穴みたいであるというのも一つの仮説が立てられる。長い部分、10番道路には規則正く並べられた列石があった。ならば本体は丸い部分、セキタイの真下にあると考えてもいいのかもしれない。石質からセキタイと10番道路は関係性があるし。

 

「後はこいつらだな」

 

 あれからゲッコウガから離れようとしないテールナーと俺の寝込みを襲おうとするユキメノコが今夜も例に漏れずやってきていた。

 取り敢えず、ベットに仲良く寝かせておこう。

 ゲッコウガに目配せをしてベットへと運び、並んで寝かせるとリュックを持たずに外へと向かった。

 

「今夜は三日月か」

 

 三日月だから何かあるわけでもない。

 月が関係するポケモンもここにいらっしゃるが、新月じゃないので出かけてはいない。満月はユキノシタが連れてたな。

 

「にしても何もないな」

 

 取り敢えずセキタイを囲む石に沿って歩くことにする。

 ポケモンセンターがあっていくつかの民家があって…………後は石しかない。こうしてみるとマサラタウンの方がよっぽどいいとこのように思えてくるな。何もないが自然だけは豊かだからな。

 

「ん? なんだゲッコウガ」

 

 俺の横を歩いているゲッコウガが何かを感知したのか左前方を差してくる。

 あー、なんか道があるな。不自然的に。

 

「そんじゃ、行ってみますかね」

 

 セキタイタウン北西部。

 なぜかそこだけ脇道が不自然にできていた。

 これやっぱりいるパターンなんじゃねぇかなー。

 まあ、行ってみないことには分からないわけだし。

 

「って、マジであるよ………」

 

 細い道をそのまま行くと先の方に石で囲われた赤い扉があった。

 なにあれ、超怪しすぎるんですけど。

 すごく行きたくない。でも行かなきゃ何も分からんし…………。

 うーん……………。

 

「あ、そういやまだアレ持ってたな」

 

 一つ思い出したのでポケモンセンターに引き返すことにした。

 

 

 戻ってみると一向に起きる気配のないテールナーとユキメノコがいた。

 とにかく放っておいてさっさと例のものに着替えることにする。

 いやー、あのまま持って来といてよかったわ。まさか次に使う日がこんなにも早く来ることになるとは。

 オレンジ色の戦闘服に着替え、これまたオレンジ色のウィッグを被り、着替え終了。

 と、脱ぎ捨てたズボンのポケットからキーストーンが出てきた。

 連中の狙いの中には確かメガシンカも含まれてたな…………。ということは、だ。単身乗り込むとすれば捕まる可能性が大いにあるというわけだ。今までこういう潜入で捕まったことはないが今回は相手が相手だからな。カモがネギを背負って行くわけにもいくまい。

 んー、ユキメノコにでもつけとくか。

 リザードン用にいくつか買ってきたアクセサリーを取り出し、一番フィットしそうなネックレスに石を埋め込んで、首にかけてやった。何かあってもゴーストタイプだし、影に隠れたりするだろ。

 

「さてと、次こそ行きますか」

 

 

 脇道に差し掛かる手前でリザードンのボールをゲッコウガに渡す。

 受け取ったゲッコウガはゴーストタイプになり、影の中へと潜っていった。

 後は暴君様であるが、まあこいつだしいいか。

 取り敢えず、腰には空のモンスターボールをつけておいた。

 以前はリザードンだけでだったため、いざとなったら出して焼き尽くしそれで良かったのだが、今回は相手が相手なため念には念をいれる必要がある。ほら、俺ポケモンじゃないから素早い身のこなしとかできないじゃん? 人質になりそうなものは外しておくべきだと思うわけよ。まあ、変装してるしバレないとは思うけど。

 

「けど、これどうやって入るんだ?」

 

 扉の前までやってきたが、開く気配がない。

 合言葉でも必要なのだろうか。となると合言葉の定番でもやってみるか。

 

「開け、ごま」

 

 プシュー。

 

「マジかよ……………」

 

 開いちゃったよ。冗談のつもりだったのに。

 大丈夫なのか、この組織。その内、俺みたいなのが侵入してくるんじゃないの。

 

「あ、」

 

 なんとなくポケットにカードみたいなのがあった。

 取り出してみると会員証みたいなやつ。バーコードとかあるし、これに反応して開いたのかもしれない。

 まあ、なんであれ入れたんだしよしとするか。

 

「…………」

 

 それにしても暗いな。

 まずは階段か。

 入ってすぐにある長い階段を下りていく。暗いので壁伝えと言うのがポイントだな。

 下りていくと広い部屋? に出た。灯りがあったかと思えばこれまた怪しいリングが床にある。これってあれだろ。くるくるぴょんぴょんだろ。実際には回らんけど。乗ったら一瞬で風景が変わるだけだけど。

 

「行き先の分からないところにはいきませんよー、と」

 

 人の声か?

 どこからか物音がするんだけど。

 ゴーストタイプとかじゃないよね。いや、シオンタウンの幽霊という例があるし………。

 

「あら、お帰りかしら?」

 

 ッッ!?

 やっべー、見つかったー!?

 

「は、ただいま戻りました、バラ様」

「あなた、確かアケビたちのところのだったかしら」

「はい、今回はヘルガナイトを見つけて参りました」

 

 あ、どうやら俺じゃないみたい。

 よかったー。

 やべぇ、心臓が超うるさいんですけど。

 

「ギャラドスナイトにはボスも大喜びだったわ。ただ、ボスはキーストーンの方も必要としているの」

「は、お褒めに預かり光栄であります。今後も精進させていただく所存です」

「そう」

 

 あ、バラ様(笑)の方がこっち来る。

 どうしようか。いや、下手に隠れる方がアレか?

 

「あら? あなたは………見ない顔ね」

 

 なんて考えてたら鉢合わせました。

 緑色? の髪かよ。すげぇ髪色してんな。

 というか、え? こんな目元も見えないサングラスかけて同じようなウィッグを付けてても区別できるのか?

 フレア団ってすげぇな。

 

「取り敢えずついてきなさい。逃げたら殺すわよ」

 

 おおう、容赦ないな。

 さすがフレア団。

 というかマジでここフレア団のアジトかなんかだったのかよ。

 

「………」

 

 よく分からないので黙ってついていくことにする。だって逃げると殺されるらしいし。

 で、そのままついて行くとどっかの部屋に連れて行かれた。ようやく灯りのある部屋にたどり着けたようだ。もうどこを歩いてきたのかよく分からん。廊下暗すぎんだろ。

 

「ボス」

「バラか」

 

 あー、もういきなりボスの登場な感じ?

 部屋の中はモニターがいくつもあるようで、他の団員たちの姿はない。唯一いるのは体躯のいい黒服の男。

 

「一人、見ない顔の団員がいたので連れて参りました」

「ほう、ようやくたどり着いたか」

「ボス…………?」

 

 バラと呼ばれていた女の人が、男に不思議そうな声をかける。

 

「これはこれは態々遠いところからお越しいただいたようで」

 

 振り向いた男の顔は髪と髭が繋がっていた。というかオレンジ色ってここから来たのかね。

 

「ようこそ、我がフレア団へ。忠犬ハチ公殿」

 



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33話

「ようこそ、我がフレア団へ。忠犬ハチ公殿」

 

 振り返った男は俺の通り名を口にした。

 チッ、なんだよ。もうバレてんじゃねぇか。ならもう、変装の意味もないか。

 

「………隠す気もないんだな」

 

 そう言いながらウィッグとサングラスを外す。

 はあ………、ちょっと気持ち身軽になったわ。なんというか違和感しかないから気持ち悪いんだよなー。

 

「それはお互い様ではないか」

「ご最も。で、あんたがフレア団のボスでいいのか?」

「いかにも。わたしがフレア団のボス、フラダリである」

 

 漫画だったら「ドーン!!」的なのが後ろにつきそうな雰囲気をしてるな。

 なんか横では緑頭のバラ様が慄いてるけど。

 

「この前は随分なご挨拶をしてくれちゃったみたいだが?」

「その節は大変失礼した。しかし、あの程度の人数、ハチ公殿には些か物足りなかったのではないか?」

「よく言うよ。二班に分かれて俺たちを排除しようとしたくせに」

「ならば、今ここでわたしとやり合うか?」

「はっ、この施設丸ごと壊していいならやってやるよ」

「む、それは困るな。まあ、最も。ここを破壊すればニュースでカロス中に知れ渡ることになるがね。君の顔と共に」

 

 なるほど、やはりメディアは操作できるというわけか。ここを破壊すれば俺は忽ち犯罪者になり、まだ何も確かな証拠を残していないフレア団はただの被害者となる。そうして全てが終わった後には何もかもを俺に背負わせようという魂胆かよ。

 

「やること全てが汚ねぇな」

「この世界は醜い人間の争いによって澱み続けている。わたしは美しい世界のためにこの世界を浄化する。その準備でいくら汚れようが大差はない」

「いやまあ、あんたらのような汚い大人はたくさんいるけどよ。そもそも汚いものがなければ美しいものだって際立たないと思うんだが?」

「ふむ、それも一理ある。だがそこには限度というものもあるだろう。今の世界はまさにその限度を超えている」

「俺からしてみればいつの時代でも限度は超えてるけどな」

 

 醜い世界の浄化。

 そのためのとして3000年前に戦争を一掃させた最終兵器とやらを使おうっていうことか。

 また突拍子もないことを思いつきやがるな。何をどう考えたらそんな発想に行き着くのやら。あ、俺みたいに育てばそうなるか。意外と簡単じゃん。

 

「どうだろう、偶然にも君はここに姿を見せた。これも何かの縁だ。こちら側にこないか」

「いかねぇよ。それこそ何をどう考えたら俺があんたにつくと思ったんだって話だわ」

「ふむ、それは惜しいことをしたな」

「全然惜しくないから。何ならここに来れたのも偶然じゃなくてあんたの差し金だろうが。俺が入ってくる時に勝手に扉が開いたのだって、あんたがそこのモニターから監視してたんだろ。それで態々俺を招き入れた。これのどこが偶然なんだよ」

「おい、そこまでにしろ。さっきから聞いていれば勝手なことばかり」

「ッ!?」

 

 おおう、この鉄の刃。

 なんかこの感じつい最近味わったぞ。

 

「ふん、これがお前のポケモンか」

 

 腰に巻きつけたボールを見つけるとバラ様はしゅるっとベルトごと奪いやがった。首には刃物が当てられ、その持ち主を見るために後ろを見えるだけ見るとキリキザン(だと思う)だった。

 

「これはあれだな。もう少ししっかりと教育しろよってやつだな」

「これにはさすがのわたしも謝るしかないな」

「なっ!? 空のボールだと!」

 

 レパルダスにボールを切らせていき中身を確認して驚いている。

 

「あら、一つだけ高級そうなボールがあるじゃない。しかも中身もちゃんといるようだし。ぐあっ!?」

 

 ゴージャスボールに触れようとした途端、彼女の体は吹き飛ばされた。

 

「ゲッコウガ」

 

 トレーナーがバカをやっている間に影からキリキザンを倒してもらい、首が解放された。あー、意外ときついな。首締まるっつの、あの無機質素材。

 

「悪いが、あんたにそのボールに触れることはできないと思うぞ」

 

 吹き飛ばされても何度も掴もうと躍起になっているバラ様を見て、少し笑えてくる。

 

「バラよ。そこまでだ。お前にはこの男を捉えることはできない」

「くそっ!」

 

 段々とイライラしてきたのか口がさらに悪くなっている。

 

「こい」

 

 俺がそう言うとゴージャスボールは一人でに俺の右手まで飛んできて収まった。

 

「なっ!?」

「バラ、命令だ」

 

 なおも追いかけようとする部下をボスがギロッと睨んで静止させる。

 いやー、やっぱどこの組織を見てもこういうところは一緒なんだよなー。

 怖い怖い。ちびっちゃいそうなくらいには怖いわ。

 

「は、はい………」

 

 にらみつけるを受けたポケモンのように怯み、さっきまでの勢いがまるで別人のように消え失せた。

 

「花はこの下だ」

「そういうの俺に教えちゃっていいのかよ」

「問題ない。君が言ったところで何かができるわけでもないし、起きることもない。今やカロスはわたしの手の中にある。例え君が何をしようともどうにもできないというわけだ」

「そういうのを驕りって言うんだぞ。んじゃま、見学して帰りますかね」

 

 くるっと回って部屋の入り口へと戻る。

 

「あ、そうだ。最後に一つ言っておくが、お前らはそのうち潰される。そう相場で決まってるんだ」

 

 それだけ言って俺は部屋から出た。

 廊下に出てみたもののやはり暗くてよく分からない。

 下って言ってたんだしエレベーターとかないのかよ。

 

 チーン。

 

 あ、すぐそこにあったよ。

 ランプ光ってるし。不気味だな。

 というかこれ誰か出てくるパターンじゃね?

 

「ご苦労なんだゾ」

 

 案の定、エレベーターからは太った男が出てきた。急いでいるのか俺の服装を確認するだけで顔すらも見ず、適当に言葉をかけてボス部屋に向かって走って行った。どうでもいいけどボス部屋っていうとダンジョンっぽくて雰囲気出るね。

 

「取り敢えず下だな」

 

 空になったエレベーターに乗り込み、よく分からないので下に行くようにボタンを押した。するとガコンと揺れ下へと動き出す。

 

 ……………………………。

 

 え? 何あの白い顔の男。人間なのん?

 こんな暗い施設の中であんな白いかの奴がいきなり出てきたら俺でなくてもビビるくね?

 ないわー、マジないわー。

 まだ幽霊の方がマシかもしれんレベルだわ。

 結論、フレア団施設はお化け屋敷である。

 

「はあ……………、オレンジだったり緑だったり白だったり。みんな頭大丈夫なのかよ」

 

 敵ながらちょっと心配になってくる。

 ほら、染めてるんだったら地肌とか超傷むじゃん?

 あの人らの頭も大丈夫なのかね。将来ハゲるかもしれんな。

 なんて考えてたらチーンという音とともにまたしてもガコンと揺れた。

 立て付け悪くない? 老朽化?

 

「誰もいませんように」

 

 そう願いを込めて扉が開くのを待つ。

 待つ…………待つ………………ま…………。

 

「閉じ込めらた?」

 

 あー、そう来ちゃう感じ? だったらこっちにも考えがあるってもんだ。

 

「ゲッコウガ」

 

 呼ぶとぬっと俺の影から姿を見せる。

 言わなくても理解していたのか、俺の腕を掴むとそのまま自分で作り出した影に戻っていく。

 おおー、なんか新鮮。

 真っ暗で何も見えん。

 だが、見えないのは俺だけらしく、ゲッコウガさんはすいすいと俺の腕を引っ張って前へと進んでいく。何か匂いでも分かるのだろうか。つってもゲッコウガだしな。

 

「コウガ」

 

 ようやく足を止めたかと思うと上を指していた。多分………気配的に。見えないからさっぱり分からん。

 

「お任せします」

 

 どこにいるのかもさっぱりなので、ゲッコウガにナビを任せることにした。マジで今どこにいんの?

 

「コウガ」

 

 俺の腰に腕を回しジャンプしたかと思うと、どっかの部屋の中に出てきた。部屋というにしては広すぎるけど。どちらかというと実験場みたいな? 飛行機とかのメンテナンスするところ以上の広さはあると思う。割とドーム型だし。

 

「天井高ぇー」

 

 空間の中央にはどデカい蕾みたいなのがあった。

 

「花?」

 

 そういえばAZは最終兵器の起動を花が咲くと表現してたっけ?

 だとするとこれが最終兵器というやつなのだろうか。

 

「………地上だとどの辺りなんだ?」

 

 ふと疑問に思ったので繋がるのかどうか怪しいホロキャスターを起動する。

 あ、一応繋がるみたいだな。まあ、言うて俺がいるのは開発本部な訳だし当たり前っちゃ当たり前か。

 

「セキタイ………のど真ん中…………ど真ん中ねー」

 

 要するにセキタイタウン自体が最終兵器を隠すための街なのかもしれないな。だから、別にそれ以外には何も必要としておらず、発展もしていないのか。

 

「見ての通りそれが最終兵器だ」

 

 ホロキャスターと蕾を交互に見返していると、後ろから低い声は響いてきた。声の主は当然フラダリ。

 何しに来たんだよ。やっぱりやろうってのか?

 

「どうだ、これを見てわたしとともにくる気にはならんかね」

「生憎、俺は誰かと共にすること自体が無理な生き物なんだよなー。そんな考えは全く出てこねぇよ」

 

 ともに、か。

 何故人は誰かとともに行動しようとするのだろうか。友達付き合いとかならまあいいとしよう。だけど、志が同じ方向を向いているという理由だけで人がともに行動するのかは理解できないな。志なんて方向は同じでも感じるのは自分だけなんだ。人と同じようにしてたところでそれで満足できるかと言われたら、百パーセント満足しているわけがない。ならば一人でやっても同じことではないか。確かに一人でやる分には限界というものがあるかもしれないが、数人やそこらが増えたところでそれは誤差の範囲だ。限界なんてすぐに来てしまう。

 

「わたしはこれまで人々に与える側として慈善事業を行ってきた。だが、いつしかそれが当たり前だと思われる社会になってしまった。だからわたしは奪う側に回ることにした。汚れた世界を終わらせて美しい世界を新たに築きあげるのだ」

 

 だからバカバカしい。

 仲間だの世界だの、そこまで愛着を持てる奴の気がしれん。俺がこうして動いてるのだって、ただ死にたくないってのとコマチに危険が及ぶからってだけなんだ。それ以外の感情なんて特に持ち合わせていない。

 

「…………あんたも面倒な生き物だよな。自分の野望を叶えるために人を集めなければならない。力を借りなければならない。人間は醜いだとか世界は美しくないだとか吐かしてたけど、あんた自身がすでに醜い生き物になってるじゃねぇか。部下の力を借りなければメガストーンを集めることも俺たち邪魔者を排除することもできはしない。結局、あんたの言い分は自分勝手なだけだ。自分が気に入らない世界だから壊すことにした。ただそれだけだろ」

「ふん、交渉決裂か。惜しい……実に惜しいな。だが、遠慮はしない。わたしに刃向かったこと、後悔するがいい」

 

 ボールを取り出したかと思うとギャラドスとコジョフー? だっけ? とフラダリのそっくりさんを繰り出してきた。

 え、何あいつ。めちゃくちゃ似てて気持ち悪いんだけど。ポケモンはトレーナーに似るとかそういう次元を遥かに超えているレベル。似すぎてて気持ち悪っ。

 

「結局やるのかよ………」

 

 と言ってても身の危険が差し迫ってるので戦うしかないのだろう。

 右足でもう一体の影に潜めてる黒い奴に合図を送ると黒いオーラが俺の体を覆い始める。

 

「たきのぼり、ハイパーボイス、ダブルチョップ」

 

 フラダリの命令の下、三体は俺を殺さんばかりの勢いで迫ってくる。生身の人間相手に技を使うあたりロケット団を彷彿させてくるな。

 対して俺は、もう一度右足で地面を叩き合図を送る。すると黒いオーラが壁を作り出し、三体の攻撃を全て受け止めた。そして黒いオーラはそのまま光線となり三体に目掛けて打ち出され、ゼロ距離で攻撃を受けた三体はフラダリの遥か後方へと吹っ飛んで行った。

 

「……なんだ今のは………」

 

 何が起こっているのかフラダリでも分からないらしい。

 種明かしをすると黒いオーラはダークライによるあくのはどうであり、波導を操り壁を作ったり攻撃に転じたりしたわけだ。

 俺が黒いオーラをまとっているのは、その方が相手に摩訶不思議な体験をさせられ、俺を畏怖の対象として捉えるようにするためである。

 野生のくせに俺のいうこと聞きすぎだと思うけど。

 

「はっ、この程度かよ。じゃあな、これ以上俺たちにちょっかいを出せば次はねぇぞ」

 

 それだけ言って俺はゲッコウガとともに影に潜った。

 最後に見たフラダリの顔はやっぱりあいつのポケモンにそっくりだった。

 

「………なあ、俺には全く見えんからあれなんだが、メガストーンがあるところとか分かったりするのか?」

 

 影の中で手を引かれて歩いていると、なんとなく思いついたのでゲッコウガに聞いてみた。奴は立ち止まると少し考え始め、再び歩き出した。

 否定がないということは分かったのかもしれない。何故分かるのかはこの際聞かないことにしよう。

 

「コウガ」

 

 しばらく歩かされているとどうやら着いたらしい。

 明日というか今日はこいつに好きなだけ食わせてやろう。

 

「上か」

 

 ゲッコウガに引っ張られるようにして影から出ると狭い部屋だった。

 棚が幾つかあるくらいで後は机くらいか。

 特に何もなさそうだが、その棚にはメガストーンらしきものが陳列させていた。

 

「ギャラドスのは………と。やっぱりねぇか」

 

 奪われたとかいうギャラドスナイトを探しに来たが、やっぱりここにはないようだ。だが、フラダリが出してきたギャラドスには付けられていなかったし………。

 やっぱりキーストーンを入手するまでは自分で持っているということなのかもしれない。

 

「ん………なんか……………眠くなって…………」

 

 ヤバいな…………いつの間にか催眠術を受けていたようだ。眠い、超眠い。だが、ここで寝らた負けだ。

 

「くそっ」

 

 霞む視界の中、適当にメガストーンを一つ拝借させていただきました、ぐーzzz……。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「はっ」

 

 え?

 なんか背中が冷たいんですけど。

 というか痛い。硬い。痛い。

 

「……………知らない天井、だな」

 

 あ、旅してる以上知らない場所に行くんだから、知ってる天井なんか最初からなかったわ。

 

「ようやく覚めたか、だゾ」

「うおっ!?」

 

 ちょ、いきなり話しかけんなよ!?

 マジでビビるから。というかビビってるから。

 

「し、白い顔………」

 

 怖ぇよ。

 なんで目が覚めて一発目がこの白い顔をマジかで見ることになるんだよ。気持ち悪すぎてもう一回意識失いそうだわ。

 

「って、柵………?」

 

 驚いたせいで覚醒した頭でようやく自分の置かれた状況を理解した。

 いやー、捕まっちゃいましたねー。

 まさかの捕まっちゃったよ。何気に初めてだよ。うぇーい。

 混乱しすぎて頭の中がおかしくなってるな。

 

「お前は全てが終わるまでここにいるんだゾ。フラダリ様の邪魔はさせないんだゾ」

 

 なんだろう。

 この白い人、本当に人間なのか怪しくなってきた。

 ポケモン? にしては人間に近いし、機械でできてるのかも。

 

「全く、面倒な男だゾ。カラマネロの催眠術が効いたから良かったものの、効かなかったらどうするつもりだったのか、ボスの考えもよく分からないんだゾ」

「あの、ゾーさん。ここどこ?」

 

 名前が分からないので、かといって白い人と呼ぶわけにもいかないので取り敢えず口癖であろう『ゾ』をとってゾーさんと名付けておこう。

 

「基地の中だゾ」

 

 あー、やっぱり?

 そんな移動したようには思えなかったし、施設の中でよかったのか。

 

「なあ、せめて布団くらいくれない?」

「お前、自分の立場分かってるのかだゾ」

 

 仕方ないのだゾ、と言ってゾーさんはどっか行ってしまった。

 ふう、これで一人になれたか。

 奪われたものとかは…………うん、ボールがないな。まあ、あれはバラ様に取られたからだし関係ないか。

 しかし、困ったことになったな。

 こんな柵の中に囚われたのは何年ぶりだろうか。

 懐かしいというかなんというか…………シャドーに誘拐された時を思い出すわ。

 シャドーじゃ、監禁までとはいかないがリザードンを人質(人じゃないけど)にされて、馬車馬の如く働かされたっけ。で、その時の世話係だったのがかおりちゃんだったわけだ。

 はあ…………尻痛い。

 

 …………………………。

 

 にしてもあれだな。

 あんなセリフを最後に言っておいて綺麗に捕まってるとか、俺格好悪すぎんだろ。こうなるんだったら言わなきゃ良かった。

 絶対あのおっさん笑ってるぞ。

 

 ………………。

 

「いるんだろ。出てきても大丈夫だと思うぞ」

 

 なんとなくずっと気配を感じている影にそう言うとぬっと黒いのが出てきた。

 ダークライの手にはゴージャスボールが握られている。

 どうやらこいつのおかげで暴君様は無事だったようだ。あの白いのが一番敵の手に渡っちゃいけない奴だからな。

 何ならホロキャスターまで持ってるよ。いつの間に取ったんだよ。

 

「まあ、そのなんだ。助かったわ」

 

 俺が柄にもなく礼を言うと細い目が一瞬見開いたかと思うと自分だけ影の中に帰って行った。

 恥ずかしかったのだろうか。

 付き合いが長くてもこいつだけはよく分からんわ。

 

 カチャ。

 

 帰ってきたのだろうか。

 これで布団にありつけるわけだな。

 コツ、コツ、という靴が床を叩く音が段々と近くなってくる。

 取り敢えずボールをポケットにしまってだな………。

 

「こんばんわ、おバカなハチ公さん」

「お前…………」

 

 姿を見せたのは見たことのある顔だった。

 というか一番知られたくない人物だった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ユキノシタ…………」

 

 目の前にユキノシタがいることに俺は戸惑いを隠せないでいた。

 どうしているのかも気になるが、それよりもこの状況をこいつに知られたことに対して色々と頭の中がぐちゃぐちゃになっている。考えが全く纏まらん。

 

「入るわよ」

 

 え?

 どうやって?

 と思ったら、俺がゲッコウガにやってもらうように影に潜って柵の中に入ってきた。

 

「メーノ」

 

 入って来るや否や、何か冷たいものに抱きつかれた。

 いや、もう誰だか分かってるんだけどね。

 

「ユキメノコか………」

 

 俺の胡座の中に飛び込んできたユキメノコの頭をそっと撫でると嬉しそうにすり寄ってくる。

 

「それにしても無様に捕まってるわね」

「それについては自覚あるから言うな。いや、言わないでください」

 

 ユキメノコがいるので土下座はできず、そのまま体だけを折った。

 

「………どうして」

「どうしているのか、でしょ。……………姉さんよ。フレア団に襲われた日の夜、姉さんからメールが来たのよ。あなたが今回も一人で動くってことをね」

 

 ん?

 ユキノシタの姉貴といえばあの人だよな。

 ん?

 なんでそんな未来を見たかのように予言できてるんだ?

 

「その顔だと全く分かってないようね。姉さんにはネイティオがいるのを忘れたのかしら?」

 

 あー、この前も連れてたな。

 ……そうかネイティオか。過去と未来を見通す力があるとか何とか言われているあのポケモンなら、あの人が未来を知ってたって問題はないよな。

 

「ようやく理解したようね。姉さんはあなたが一人でどこまでやれるのか見たかったようだけど、私はそうは思わなかったわ。それに丁度ユイガハマさんたちと昔話もしてね。私は色々と後ろめたい気持ちばかりだったから、ユイガハマさんのあなたを守れるくらい強くなるってセリフには感心したわ。それと同時にずっと逃げていてはダメだと思った。ようやく過去のことに対しての気持ちに踏ん切りがついたの。だからあなたの未来を変えるためにも私の気持ちも一緒にぶつけたって言ったのに…………。私を頼ってと言ったのに………………」

 

 何かすんごい目で睨んでいらっしゃる。結構ご立腹のようだ。

 ユキノシタは音もなく俺に一歩一歩近づいてくる。

 背後に回ると背中に熱が伝わってきた。

 前が冷たいからなおさら人の熱というものを強く感じる。

 

「あの………ユキノシタさん?」

「心配、したんだから」

 

 ちょっと泣きそうな声でぎゅっと俺を抱きしめてきた。

 あの、すげぇ恥ずいんですけど。心臓がバックンバックン言ってるだゾ。

 

「………寝てたらいきなりユキメノコがやってきてあなたのキーストーンを見せてきたのよ。それで結局未来は変えられず、あなたの心も私には変えることなんてできなかったんだって思い知らされたわ。ゲッコウガもいなくなっててテールナーも寂しそうにしてたわよ。危険だから連れてこなかったけど」

 

 あの時、ユキメノコは起きてたのかもしれない。

 だとしたら、起きていながらも俺を止めることはしなかったってことになるのか。

 全く、毎度毎度こいつには敵わないな。

 

「いい加減気づきなさい。あなたはもう一人じゃないのよ。私たちがいるのよ。勝手に行動されたら心配だってするんだから………」

 

 一人じゃない、か。

 

「………なら聞くけどよ。こんなところに忍び込むだなんて言ってお前らは当然止めるだろ。だったら、言わないで一人で忍び込んだ方が止める者もいなくて楽じゃねぇか」

「バカね、今更あなたの行動を止めるだなんて、そんなことは誰もしないわよ。行くことに対して心配するし、当然行って欲しくないって思うけど、あなたは止めても無駄だって分かってるもの。それがしなければならないことだって分かってる。だから無断で行かれる方がよっぽど………」

「…………そうか。そりゃ……その…………悪かったな」

「悪いと思うのなら次からしないで欲しいものね」

「善処して気持ちを抑えます」

「及第点ってことにしておいてあげるわ。さあ、帰りましょ」

 

 ……やっと解放された。

 にしてもなんでここまでユキノシタは俺のことを心配してるんだろうか。それに最近、密着イベントが多いような気もするし。

 

「………そうしたいのは山々なんだが…………」

「ゲッコウガかしら?」

「ああ、うん、まあ…………はい」

 

 あいつらどこで捕まってるんだろうな。

 あの忍者が捕まってるって考えると、技も使えない状態にされているのかもしれない。

 

「もちろん助けに行くわよ」

「……場所分かるのかよ」

「偶然、あなたが運ばれるところに居合わせたってだけよ。その時、ゲッコウガは両手両足に何かはめられてたわ」

「その場で助けてくれてもいいものを」

「あなたが一人になった時の方が話しやすいじゃない」

 

 ……………。

 

「お前、やっぱり無理して来ただろ」

「か、借りを返しに来ただけよ」

 

 昔の俺ならば………とも思うが、しばらくこんなこともなかったしな。

 はあ………俺もだいぶ勘が鈍ってきたのかね。

 何となくポケットの中に手を入れてみると丸いものがあった。

 

「メガストーン?」

 

 取り出してみると色は違えどメガストーンだった。

 中の色は赤と水色。

 ………………………。

 誰のだよ!

 

「どっかで見たことのある色の組み合わせではあるな」

「ギャラドス?」

「いや、置いてなかった。多分、最後に適当に掴んだ奴だと思う」

「博士に聞くしかないわね」

「みたいだな」

 

 それもこれもこっから脱出しなきゃ意味がないんだけどな。

 

「さあ、行くわよ」

 

 ユキメノコに連れられて再び影の中の冒険が始まった。

 全く見えんから冒険にもならんけど。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「どうやらこの上のようね」

 

 ユキメノコに手を引かれるように歩いて行くとたどり着いたようだ………。

 

「いや、違う。ここじゃない」

「……どういうことかしら? 私たちはゲッコウガの居場所も確認してから来たのだけれど」

「勘だけど、こうなんか違うんだ。ここじゃない」

「……ユキメノコ、ヒキガヤくんのいう場所に行ってみて」

「メノ」

 

 俺にもよく分からないがゲッコウガを感じるのだ。歩き始めてからそれに気づき、さっきよりは近くなったし、強く感じられるようにもなったけど。まだこうピンポイントに来た感じがしない。

 

「すまん」

「いいのよ。私たちよりもあなたの方がゲッコウガのことを理解している。何も不思議なことじゃないわ」

 

 顔は見えないが声は穏やかなものだった。

 そまま俺が方向を逐一ユキメノコに伝えながら進んでいくと、ようやくここだと言える場所にたどり着いた。

 

「この上、だな」

 

 今いる場所が一番ゲッコウガを強く感じられる。

 

「………危険だと思ったら俺を置いて逃げてもいいからな」

「………それだと私が何しに来たのか話にならないじゃない」

「それもそうか。んじゃ行きますか」

 

 ユキメノコに連れられてそーっと影の中から顔を出して場所を確認する。

 そこまで広くはないが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「ゲッコウガ、か。あの男が影に消えた時は驚いたが、なるほど、へんげんじざいの持ち主であればそれも可能というわけか」

「そのようですだゾ。あの忌々しい男が我らの仲間を大勢捕まえたんだゾ」

 

 フラダリとゾーさんか。

 

「それよりも報告なんだゾ。あの男が檻の中から消えていたんだゾ。檻も壊されていなかったところを考えるとまだ仲間がいるんだゾ」

 

 あ、一応布団持ってきてくれたのかね。

 

「問題ない。奴は必ずここに来る。ゲッコウガを連れ戻さねば奴は何もできはしない」

 

 あらー、バレてるー。

 まあ、そうなんだけどさー。

 そういうことは言わないで欲しいなー。

 

「ボス、いい加減教えて下さい。あの男は何者なんですか?!」

「落ち着け、バラ。あの男はカントーのポケモン協会で密かに有名な男だ。奴の仕事模様からついたあだ名が忠犬ハチ公。何故この遠いカロスにいるのかは疑問ではあるが、いる以上は排除する以外にない」

「強い、のですか」

「お前も目の当たりにしただろう。あの男は危険だ。直接手を下すことなく刃向かう者を消す、そう言われているのだ。野放しにしておく理由がない」

 

 あ、ちょ、引っ張るなよ。

 なんか二人に引っ張られて影の中に戻されてしまった。

 

「な、なんだよいきなり」

「あなた、どうやってゲッコウガを連れ戻すか考えはあるのかしら」

「勘だが方法はある。と思う」

「まったく当てにならない解答ね」

「取り敢えず、リザードンについては触れてもいないみたいだし、ゲッコウガがまだボールを持っているとみていいだろう」

「そういえばリザードンも今いないんだったわね。ならオーダイルでも」

「いや、いい。まずは俺が先に出てあいつらの気をひく。お前はその間にゲッコウガの拘束を解いてくれ。その後はどうにかする」

「………別に私も戦ってもいいのだけれど」

 

 そんなにバトルしたいのかよ。

 でもな、相手は何してくるか分からん連中だからな。

 

「ユキメノコ」

「メノ」

 

 ユキメノコに合図を送ると俺を地上に出してくれた。

 

「よお、ちゃんと目論見通り来てやったぜ」

 

 俺が声をかけるとお三方は驚くようにこちらを見てくる。

 

「……やはりちょっとやそっとじゃ身動きを封じられる相手ではなかったか。仕方がない。お前たち、この方の息の根を止めて差し上げろ」

「り、了解!」

「了解だゾ」

 

 フラダリがそう言うとバラとゾーさんはそれぞれキリキザンとレパルダス、カラマネロを出してきた。

 畏まって言ってるけど、それ要するに俺を殺せって言ってるよな。

 

「カラマネロ、さいみんじゅつだゾ」

 

 なるほど、俺たちに催眠術をかけて眠りにつかせたのはこいつだったか。カラマネロは確かポケモンの中でも最も強力な催眠術を施すことができると言われてたはず。ならば一度かかって仕舞えば相手の独壇場になってしまうというわけか。

 俺は右足で地面を叩き合図を送る。先ほどと同じように黒いオーラに包まれ、オーラがさいみんじゅつをはじき返した。

 

「キリキザン、レパルダス、切り刻みなさい!」

 

 今度は二体同時のきりさくか。

 どうしようか。掴んでみたい気もするが鋭い爪と刃だし。

 右足で地面を二回叩き、攻撃をオーラで受け止めることにした。

 

「お前、本当に人間なのか」

 

 失礼な、人間ですよ。

 

「ボス、よろしいですか、だゾ」

「うむ、存分に地獄を味わわせてやれ」

 

 ゾーさんがフラダリにそう聞くと奴は壁に張り付けの刑に処されていたゲッコウガの拘束を解き放った。

 ゲッコウガの側では一瞬空間がブレたように見えたが、あれは多分ユキノシタだろう。

 

「カラマネロ」

 

 ゾーさんがカラマネロに合図を送ると、ゲッコウガに向けて催眠術を放った。

 なるほど、そういうことか。フラダリが言っていた地獄というのは自分のポケモンとバトルをしろということらしい。しかもそれはどちらかが死ぬまでの殺し合い。

 

「やれ、だゾ」

 

 この中では最も恐ろしいのがゲッコウガである。いくらカラマネロの支配下に置かれていようとも奴の強さは変わりない。あんなデタラメなバトルをされたんじゃ、相手するのも嫌になるね。

 

「一か八か………か。来い! リザードン!」

 

 どこにいるのかも分からないし、催眠術にかかっている可能性だって拭えないが、一か八か呼んでみることにする。

 するとゲッコウガの口が無理やりこじ開けられ、中からモンスターボールが出てきた。

 おい待てゲッコウガ。なんつーところに隠してんだよ。

 

「なっ!? だゾ!」

 

 ゾーさんは驚いても『ゾ』をつけ、バラ様は開いた口が塞がらない状態。フラダリは「なんと!?」と関心を示している。

 

「うぇ、べっとり………」

 

 飛んできたボールを掴むと涎でべっとりしてきた。生暖かいし、正直気持ち悪い。

 思わず放り投げてしまい、そのままリザードンがボールの中から出てくる。

 

「あれはっ!?」

「メガストーンなんだゾ!!」

 

 リザードンが出てくると何もない空間から輝く石を投げつけられた。何とか落とさずキャッチして一言。

 

「メガシンカ」

 

 ここから先は俺のターンだ。

 そう言わんばかりに正気を保っていたリザードンは雄叫びをあげて姿を変えた。

 



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34話

後書きにお知らせあります。


 メガシンカした黒い姿のリザードンはゲッコウガの刃を素手で受け止めた。

 衝撃が周りに伝わり、俺たちの髪を逆立たせる。

 

「全く、手のかかる野郎だな」

 

 刃を受け止められたゲッコウガはすぐにかげぶんしんで姿を隠した。

 

「よく鍛えられている」

「………元からだよ」

「キリキザン、レパルダス!」

 

 バラの命令により一対三になってしまった。

 どうしようか。

 マジでどうしようか。

 俺、結構ヤバくね? ピンチだよね。

 

「焼き払え、かえんほうしゃ!」

 

 四方に散らばるゲッコウガの影をかえんほうしゃで掻き消していく。

 その間にキリキザンとレパルダスはリザードンと俺の背後を取ってきた。

 

「やれ!」

 

 再び二体はそれぞれ刃と爪を立て、迫ってくる。

 

「みずのはどう!」

 

 だが、俺たちに届くことはなかった。

 

「ユキノシタ………」

「いいからあなたはゲッコウガに集中しなさい。仲間としては頼もしいけれど、敵に回れば一番厄介なポケモンなんだから」

 

 突然現れたユキメノコの水壁により、キリキザンとレパルダスは後方へと吹き飛ばされたからだ。

 どうやらゲッコウガの拘束を先に解かれてしまったので、助っ人に来てくれたらしい。正直、今はありがたい。ミュウツーを出せば片のつく話ではあるが、こいつを今全ての元凶に見せるわけにはいかない。もう知られているかもしれないが、実力を生で見せてしまえば、より多くの情報を与えることになってしまう。そうすれば何か対策を立ててくるだろう。こいつらならやり兼ねないため、迂闊に力を見せるのは後々自分の首を絞めることになる恐れがある。

 

「三冠王…………、ふっ、なるほど。ならばわたしも出るとしよう。行け、ギャラドス、カエンジシ、コジョフー」

 

 フラダリまで参戦してきたしマジで暴君を出したい気持ちが山々だが、我慢する他あるまい。かといって、もう一体の黒い奴も現状、どの程度まで力が回復しているのかも分からない。相手は全部で六体いるし、ゲッコウガも操られている。隙をついてダークホールで眠らせるのが無難だろう。だが、全員を一遍にやらなければならない。一度見せてしまえば警戒するのは間違いないからな。

 

「くそっ、おい、目を覚ませボケガエル。リザードン、かみなりパンチ!」

 

 みずしゅりけんを何発も打ち込んでくるので、かみなりパンチで水を電気分解させていく。

 

「ニャオニクス、シグナルビーム。オーダイルはアクアジェットで一掃しなさい!」

 

 後ろのことは分からないが、何かが飛んでくることはないようなのでユキノシタが上手く対応しているらしい。

 

「かみつく、ハイパーボイス、ダブルチョップ」

「カラマネロ、つじぎりだゾ」

 

 げっ、またハイパーボイスかよ。

 さっきは未然に防いだが、今回はさすがに無理だぞ。

 

「オーダイル、ハイドロポンプ。ユキメノコ、10まんボルト!」

 

 ユキノシタが命令を出して、俺たちの鼓膜生命を左右するフラダリのそっくりさん、カエンジシに浴びせていく。蹴られたり噛み付かれたりしているようだが、それでもカエンジシが怯んだのを確認すると辺り一帯に水と電気を撒き散らし始める。

 

「ヒキガヤくん!」

 

 大体の意図が読めたので俺も使わせてもらうことにした。

 

「リザードン、ブラストバーン!」

 

 ゲッコウガが作り出した岩の雪崩を竜の爪で切り裂いていたリザードンは床を思いっきり叩き、炎の柱を数本唸らせた。

 ゲッコウガのみずしゅりけんをかみなりパンチで電気分解したように、ユキノシタはハイドロポンプを10まんポルトで電気分解していたのだ。電気分解されれば当然酸素が生まれる。そこに炎が巻き散ればーーー

 

「ぬぅ!?」

「なっ!?」

「爆発、なんだゾ!?」

 

 ーーー激しい爆発が起きるってんもんだ。

 化学とかよく分からんが、これは前に読んだ本に出てきたいた。

 他にも空気中の酸素を電気分解、再化合させてオゾンを作り出すってのもあったな。セロリがそれで酸素を奪われてきついって言ってたっけ。

 

「………はっ、やっぱりお前には無理があるか」

 

 煙の中、一体だけがまともに身動きを取っていた。

 さすがだよ、ゲッコウガ。

 いくらさいみんじゅつで操られているとはいえ、元々のスペックが初心者殺しなんだ。本能的にまもるを使ったのだろう。

 

「ヒキガヤくん!?」

 

 ユキノシタが後ろから声をかけてくるが応答してる暇はない。

 だって、リザードンじゃなくて俺目掛けて見よう見まねのつじぎりで切り込んでくるんだもん。こいつ新しく技を覚えてまでとか、俺を殺す気満々じゃねぇか。

 かといって、リザードンは今し方究極技を打ち出したところ。咄嗟に受け止められるような俊敏性に欠けている状態だ。

 ユキノシタもそれは然り。自分の後ろの状況を確認して対応に出る頃には俺は切られている。

 ならば致し方ない。もう一度力を使わせてもらおう。

 

「こい!」

 

 右足で地面を二度叩き、合図を送る。

 すると黒いオーラが俺の体を包み込み、そのまま俺は腕を前に突き出した。

 上手くタイミングがあったようで、ゲッコウガの黒い刃を受け止めることができた。ダークライが上手く合わせてくれたのかもしれない。でなければ俺がそんな芸当できるはずがない。

 

「よっ」

 

 そのまま刃を掴み引き寄せる。

 

「おい、いい加減目を覚ませ。お前がそんな姿になったらテールナーが泣くぞ。泣いて引っ付いて離れなくなるぞ」

 

 胸の中にすぽっと収まったゲッコウガに聞こえているのか分からないが声をかける。テールナーが引っ付いて離れないとかゲッコウガからしたら迷惑な話だろうなー。引き剥がすのをすぐに諦めそうだけど。俺だって、あいつらに引っ付かれたらすぐに諦めそうだもん。

 

「今のお前には俺がいるし、みんながいる。俺だってそうらしい。お前がいるしみんながいる。ユキノシタに言われたが俺たちはもう、一人じゃないらしいぞ」

 

 こいつが今まで何を見てきて何を考えてきたのかは分からない。聞く気もないし、調べる気もない。だが、ずっと一人だったってのは何となく分かる。みんなが言うように俺とこいつは似ているらしいからな。感覚的な部分は一緒なのかもしれない。

 

「ほれ、さっさと敵さん倒して帰るぞ」

 

 多分、俺のポケモンになってから初めて頭を撫でたような気がする。

 

「………コウ、ガァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 何が鍵だったのかは知らないがどうやら目を覚ましたらしい。

 目を覚ましたのはいいけど、なんか俺の視界に俺の胸が映ってるんですけど。どゆこと?

 

「ひ、ヒキガヤくん………?」

 

 心配そうな声を漏らすユキノシタが普通に見える。

 あれ?

 俺の後ろにいたよね。なんで見えるの?

 

「な、んだ……」

「これは…………」

「ぬう、なんだゾ! カラマネロ、もう一度さいみんじゅつだゾ!」

 

 ゾーさんが地団駄を踏んでいる音がする。

 きたーーー

 

「つじぎり」

 

 振り返り黒い刀を出して、弾状のさいみんじゅつを切り裂きカラマネロに突っ込んでいく。

 

「こっちもつじぎりだゾ!」

「キリキザン、レパルダス!」

 

 カラマネロが触手をうねうねと這わせてつじぎりを叩き込んでくる。後ろからはキリキザンとレパルダスも遅れながらにやってきた。

 逃げ場がない、ならばーーー

 

「かげぶんしん」

 

 影を増やして攻撃網から一旦脱出する。

 ん?

 影をよく見てみるとゲッコウガが深い水のベールで覆われていた。

 視界がゲッコウガのものになっていることと言い、どうなってやがる。

 

「ギャラドス、たきのぼり。カエンジシ、かえんほうしゃ」

「ユキメノコ、10まんボルト。オーダイル、ハイドロポンプ!」

 

 後ろではフラダリとユキノシタがドンパチしている。

 

「ひっくりかえすだゾ」

「リザードン、じしん」

 

 三体で一気に影をかき消したゾーさんが命令を出してくる。

 カラマネロが体を反転させて、胴体をこちらに向けて突っ込んできた。

 レパルダスとキリキザンの相手をしていたリザードンは地面を大きく蹴り付け揺らし始める。これに二体は足元を取られて体勢を崩した。

 

「ハイドロポンプ」

 

 水の勢いで逆にカラマネロを地面に叩きつけ、そのまま切り込んでいく。

 

「つじぎり、ブラストバーン」

 

 カラマネロを切りつけ、戦闘不能に追いやる。

 リザードンも火柱を上げて、バラのポケモンを地に伏せさせた。

 後はこのポケモンたちのトレーナーの意識を刈らなくては。

 そう考えたら、体が勝手に動いた。一瞬でゾーさんの背後に回りこみ、首を叩いて意識を奪う。それを見ていたバラの背後にも回りこみ意識を刈り取った。

 

 ーーああ、これはゲッコウガの体なんだな。

 

「リザードン」

 

 合図を送り、フラダリの方へと先に行かせる。

 

「コジョフー、ダブルチョップ」

 

 突っ込んいくリザードンからフラダリを守るようにコジョフーが両腕で受け止めた。

 

「甘いっ」

 

 だが、リザードンは囮である。一瞬遅れて背後に回りフラダリの首に手刀を叩きつける。意外と筋肉質なのか硬かった。

 

「……お? 戻った………?」

 

 事が片付いたためか視界が俺のものになった。

 マジでなんだったんだ。

 前にもこんな現象があったような………。

 

「お? おおおっ!?」

 

 体に力が入らず、ふらふらと地面に向けて倒れていく。

 

「ヒキガヤくん!?」

 

 ドサッと倒れた俺にフラダリのポケモンを倒したユキノシタが駆け寄ってくる。

 

「ちょっと、どうしたの!? どこかやられたの!?」

「お、おお、ユキノシタ。多分、頭がオーバーヒート起こしてる。頭痛が、半端ない」

「そ、そう………怪我とかではないのね」

 

 ほっと安心した顔を浮かべるユキノシタにこっちも何だが気が緩くなってきた。

 ユキノシタにより仰向けに寝かされ、膝枕までされてしまった。帰ったらイッシキ辺りが何か言ってきそうで怖い。

 

「………もう、今日は無理だわ。死ぬ……」

 

 段々と意識が遠のいてくる。

 

「ユキノシタ、ーーーーー」

 

 最後に見たユキノシタの顔はちょっと涙を浮かべていた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「全く、調子がいいんだから…………。リザードン、あなたも大変ね。こんな捻くれた性格のご主人様で。さあ、帰りましょう。オーダイル、ゲッコウガをお願い。リザードンはヒキガヤくんを願いできるかしら」

「オダッ」

「シャア」

「それじゃ、ユキメノコ。まずはポケモンセンターに行くわよ」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「………ここは………?」

 

 目が覚めると知らない天井だった。

 うっ、体が、やけに重い……。

 何があったんだっけか。

 

「あら、ようやく起きたようね。おはよう、ネムリガヤくん」

「ユキノシタ………か」

 

 思い出そうとしたらユキノシタの顔がぬっと視界に入ってきた。

 

「ここがどこか、だったわね。シャラシティの病院よ。気を失ったあなたとゲッコウガをここまで運ぶのは大変だったわ」

「………なにゆえシャラ?」

「あのままセキタイにいたんじゃ、すぐにフレア団に見つかるでしょ。だからザイ………ザイ………ザイツくん? だったかしら。たまたまポケモンセンターに戻ったら起きてて、ユイガハマさんたちも全員こっちに運ぶことにしたの」

 

 運ぶと言うからには運んできたのだろう。どうやってかと言えばクレセリアを始めとしたエスパータイプたちの力だろう。後はザイモクザのジバコイルとかの電磁移動する奴。というかユキノシタ。まだザイモクザの名前を覚えていなかったのか。

 

「………悪かったな、その………迷惑かけて」

「それは一緒に寝ている二人に言ってあげなさい。三日三晩、寝ているあなたのことが心配で離れようとしなかったんだから」

 

 はっ?

 どゆこと?

 と思って、自分が寝ているベットを確認してみるとユイガハマとイッシキが俺の両腕を枕に眠っていた。

 ゲッコウガに言ってやったことがそのまま俺に返ってきちゃったパターン?

 

「………ゲッコウガは?」

「あっち」

 

 ユキノシタが指差す方を見ると俺と同じく意識を失ったというゲッコウガがテールナーと一緒に寝ていた。あのテールナー、ちょっと懐きすぎじゃね?

 

「やっぱりヒトカゲの時みたいにあいつと一対一で勝負するべきかね」

 

 ヒトカゲ(今のリザードン)との出会いはある意味運命的なものだったのかもしれない。たまたま俺の家の前にいて、それから何やかんやあって、最終的にオーキド博士の研究所で再開してゲットした。そう、ゲットしたのだ。貰ったのではなく、あいつ自身が俺とバトルすることを望み、自分をゲットできる実力かを試された。俺も俺でそれに乗るくらいだから、案外他のポケモンよりも愛着があったのかもしれない。

 

「何か言ったかしら?」

「や、ゲッコウガが起きたらちゃんとゲットしようかと思ってな」

「どういうこと?」

「まあ、俺なりのポケモンを自分のものとするための儀式みたいなものだ」

「私には分からないことね」

「まあな」

 

 少しの間沈黙が走り、俺の腕に絡まっている二人の寝息だけが聞こえてくる。

 

「………なあ、これからどうなると思う」

「さあ? ただ、しばらくはここにいるでしょうね。何と言ってもここはメガシンカの聖地らしいから。例えフレア団が攻めてこようともメガシンカ使いがいるんだから、何とかなるんじゃない? 先生も来てくれたみたいだし」

「えっ?」

 

 今なんて言った?

 先生が来てる?

 ヒラツカ先生が?

 こんな状態なのに?

 恐怖でガバッと起きちゃったよ?

 

「ッッッ!?」

「無理は体に毒よ」

 

 くっそ体が痛い。軋む。

 

「いや、この状況を、先生に見られる方が、毒だ。………よし逃げよう」

「やめておきなさい。今のあなたは相当疲労が溜まってるみたいだもの。ダークライの力とメガシンカとゲッコウガのあのよく分からない現象のおかげで脳への負担がかかったみたいよ」

 

 本のページをめくりながらそう言ってくる。

 確かに体を起こそうとしたが、ほとんど動かない。二人に腕を掴まれているからなのかもしれないが、それにしたって力が入らないことはないだろう。だとしたら、俺は今体に力が入らないくらい疲労してるということなのか。そりゃ、ぶっ倒れたり三日三晩寝てたりしたらそれが当然か。生きてただけでも良しとした方がいいのかもしれない。

 

「………三日三晩って言ってたよな」

「それがどうかしたかしら」

 

 本から目を落とさず返答してくる。

 

「今日は倒れてから四日目ってことでいいのか?」

「そうなるかしらね」

「その間、フレア団は」

「姉さんに私が話せることは全て話して、手を回してもらったわ。あなたを守るためだったら使える手段は全て使うつもりだから」

 

 姉、あの人か………。

 確かにあの人ならば何とかできそうではあるな。

 だけど、

 

「………別に、お前がそこまでする義理なんて俺にはないだろ」

 

 どうしてユキノシタは俺にここまでするのだろうか。そんなに交流なんてなかったはずなのに。俺なんて本人に会うまで知らなかったようなものだし。

 

「そう思ってるのはあなただけよ。私、昔から姉さんの言うことにずっと従ってきてたから、自分で考えて動こうにもどこか姉さんの言葉を気にしてしまう。……あなただけよ。私が姉さんの言葉を気にせずに動けたのは。だから私のためにもあなたを守るわ」

「……お前に守られるとか、昔の俺じゃ考えられねぇな」

「ふふっ、昔の私からは想像できないことを言ってるわね」

 

 でもまあ、これでいいのかもしれない。

 俺一人だった時には何も気にせず動けたが、今はコマチがいる。ユイガハマがいる。イッシキがいる。トツカがいる。そしてユキノシタがいる。近くにこれだけの人がいればどうにも守らなければなんて考えが生まれてしまうみたいだ。人間の性ってやつなのかもしれない。ザイモクザも毎度よく俺に付き合ってくれるよな。

 

「人間、そう変わらないと思ったが変化というものは常に起きているもんなのかね」

「日に日に成長しているってことを変化と捉えればいいのではないかしら」

「………なるほど、常に変化してるな」

「素直にそこは認めるのね………」

 

 要は無意識化で行われている変化に気付けるかどうかなのかもしれない。

 あれ? そういや最初ユキノシタにあった時になんかそんなこと言われなかったっけ?

 

「………これで賭けは私の勝ちかしらね」

「あー、あったなそんな賭け」

 

 なんか俺を真っ当な人間にするとかなんかそんな感じの内容だったか。よくは覚えてないけど。

 

「別にあれは売り言葉に買い言葉だったのだけれど。結果としてそうなってくれたのはいいことだわ」

「よくなったかどうかは知らねぇよ。俺はただ事実を受け止めたまでだ」

「まあ今じゃどうでもいいのだけれど」

「………こいつらにはどこまで話したんだ?」

「ヒキガヤ君がまた一人で無茶してきたって言っておいたわ。なんかもうみんなして分かってたみたいだったけどね」

「お前らの感情がどう動いてるのかは俺には分からんが、何だかんだで見られてるんだよな」

「ぼっちは見られると辛いとか言ってたのにね」

「それな」

 

 ほんと何でみんなして俺のことを知ってんだろうね。いつの間に見てんだよって話だわ。

 

「ただいま帰りましたよ、ユキノさーん」

 

 なんてユキノシタと取り留めのないやりとりをしているとコマチが帰ってきた。

 一人ではないらしく後ろにはヒトカゲがある。

 

「おかえりなさい。先生には会えたかしら?」

「はい、ちゃんと。あ、お兄ちゃん、起きたんだ。まったくー、また無茶なことしてるんだから」

「お。おお、コマチすまんな。それより逃げていいか」

「ダメに決まってるじゃん」

「よお、ヒキガヤ。羨まけしからん状態で何よりだ」

「終わった…………何もかもが終わった…………。ユキノシタ、俺は今日死ぬ。多分今死ぬ」

「それは三日前にも聞いたことよ。それで生きてるんだから多少のことでは死なないんじゃないかしら?」

 

 そういえば言ったような気もする。

 ………………。

 体が動かんから逃げようにも逃げられない。

 

「ダーク、ライは無理か………あいつにも無茶させたし」

「よおし、ヒキガヤ。まずはお仕置きといこうか」

 

 バキッボキッと指を鳴らすヒラツカ先生。

 あ、俺粉砕される。

 

「あ、あの………ここ病院。俺患者…………」

「衝撃のファーストブリットぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!」

「ぐぇっ」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「せんぱーい、生きてますかー」

「ヒッキー、生きてるー」

 

 二度目の目覚めではイッシキとユイガハマの声が出迎えてくれた。

 

「………生きてるな」

「だから言ったでしょう。あなたは多少のことでは死なないわ」

「これを多少と言えるお前がすげぇわ」

 

 二人に手伝ってもらいながら軋む体を起こしてユキノシタに言葉を返す。

 

「で、ヒキガヤ。何があった」

「………ほんと何が起きてるんでしょうね。世界の浄化とか美しい世界だとか、規模がデカすぎて正直参ってますよ」

 

 ほんとロケット団みたいに世界征服とかならまだ分かりやすいし、奴らを止めれば何とかなるようなことだったけど。今回はさすがに規模がデカすぎて何をしたらいいのやら。しかもまだ表立った動きはしていないというのだから、正直俺でもどうすればいいのか手に負えない。

 

「詳しく聞かせろ。お前は今、何を抱えている」

「えー、言わないとダメっすか。やめた方がいいですよ」

「私の元教え子がまた碌なことに手を出しているのをみすみす見逃せるわけないだろう」

 

 何バカなこと言っての? 的な目で先生が言ってくる。

 はあ、聞かない方が身のためだと思うんだけどなー。

 

「………お前らも、世の中には知らない方が幸せなことだってあるんだぞ」

「ハチマン!」

「うぉっ!? な、なんだよトツカ」

「それ、ハチマンの悪い癖だよ。知らない方が幸せなことだってあるだろうけど、知らないで後悔することの方がずっと辛いんだよ。だから教えて」

 

 トツカが………トツカが怒った、だと……………!?

 怒るトツカも可愛いとか思っちゃう俺って結構重症だな。

 

「はあ……………昔々、ある王の時代。大規模な戦争が起きました。戦争には王のポケモンも駆り出され、そして戦死しました。王は嘆き悲しみ、そのポケモンを生き返らせようと機械を作りました。彼のポケモンはその機械により生き返りました。しかし、その機械を動かすためには多くの命が使われたことをそのポケモンは悟りました。そして王の前からそのポケモンは姿を消しました。王は再び悲しみ、機械を最終兵器へと転換させ、戦争を終わらせました。文字通り、何もかもを終わらせました」

 

 昔読んでいた絵本の中にこんな絵本があった。

 何故家にある本の中でこれだけ悲しい話なのかと母ちゃんに聞いたことあるが、母ちゃんは貰いもんってだけ言っていた。

 だから俺がその本を手にしたのはただの偶然なのだろう。

 

「何の話だ?」

「昔読んだ絵本ですよ。そして、これが今回の事件の全ての始まりです」

 

 だけど、それがまさか実話だったとは思いもしなかった。しかもその絵本の中に出てくる王まで生きているとは………。

 

「………む? それってまさか………」

「ああ、その通りだザイモクザ。あの男がその王だ。そして3000年前に起きたという戦争の時代の王だ」

 

 ザイモクザは一度……いや二度か。あの男にあってるからな。それに俺と一緒に色々と調べてたんだ。今までの内容とこの絵本の内容を繋げば一本道ができるだろうよ。

 

「すまん………話がよく見えんのだが」

 

 だがまあ、先生たちには分かるわけもない。

 少し説明する必要があるよな。

 

「3000年前、カロスでは大規模な戦争が起きてるんです。年代からして相手はイッシュ地方って見方もあるみたいですよ。で、その時の王を描いたのがその絵本であり、今回の鍵です」

「…………ふむ、要するにその最終兵器とやらで世界を浄化するということでいいのか?」

「ええ、実物も見てきましたよ。あの花が完全に咲いた時には世界は終わる」

 

 さすが先生。理解は早いようだ。

 

「花?」

「………花です。イッシキ、昏睡状態だったポケモンのことは覚えてるか?」

「はい………」

 

 イッシキに話をふるとちょっと悲しそうな声が返ってきた。

「あれは最終兵器を起動するために生体エネルギーを吸い取られたものだ。まだ実験段階なのだろうが、いずれ大量に出てくる。絵本にあったように多くの命が使われるんだ」

「それって……」

 

 ようやく理解したイッシキが口に手を当てて、はっとした顔をする。

 

「ああ、ポケモンの大量死」

「でもあの子達は………」

「昏睡状態だった、だろ? あそこから生きる気力をなくせば死ぬんだよ。そして、そんな計画を企んでいるのがフレア団。俺たちを襲ってきたあの赤装束たちだ」

 

 これで話は繋がっただろう。

 敵地へ潜り込んでようやく俺も理解した。

 ただ、奴らはまだ何かを企んでいる。起動実験もその内終わるだろうが、果たして奴らがそんなちまちまとエネルギーを溜めるとも思えない。

 

「………はっきり言っておくが、今回は俺でもお手上げだ。どうなるか分からない。今の俺たちはそういう世界に巻き込まれている」

「お兄ちゃんはどうするの?」

「………知ったからには動くしかないだろ」

 

 知りたくもなかったけど。

 でももう遅い。

 すでに奴らの目には俺が敵として映ってるし、危険視だってされているだろう。そして、それはユキノシタも同じだ。俺を助けに来て暴れたんだ。俺と一緒に名前が挙がっていることだろう。

 協会の方がどこまで動いているのかは定かではないが、当てにはできない。

 

「私も動くしかなくなったわ。あっちにもバレちゃったみたいだし」

「我が相棒を捨て置くことはできん。我も参加する」

「というわけだ。どうする? カントーに帰るのがオススメだな。というか俺が帰りたい」

「先輩、人が悪いです。そんな話聞かされたら帰りたくても帰れませんよ」

 

 ですよねー。

 だから言いたくなかったのに。

 

「………でも、あたしたちに何ができるのかな」

「最悪の一手は考えてある。タイミングが合えばの話だけど」

「なら、ヒキガヤ君にはその手を使わせないようにしないといけないわね」

 

 お見通しかよ。

 

「だってヒキガヤ君だもの」

「それ言われると返す言葉もないわ」

 

 ほんとよく見ていらっしゃるようで。

 

「取りあえず、この前言ってた担当分けでやる。トツカ、ザイモクザ。コマチを頼む。ユキノシタはユイガハマを。イッシキには面倒だけど俺がつく」

「先輩、一言多いです」

「ヒッキー、体はもう大丈夫なの?」

「さあ? どうにかなるんじゃね?」

「それ、絶対大丈夫じゃないやつだ!」

 

 大袈裟な反応を示すユイガハマは放っておこう。

 

「先生は………つか、先生は何しに来たんですか」

「ああ、そうだった。お前たちがシャラに着きそうだって言ってたんでな。博士に頼まれて付き添いにきた。そろそろ来る頃だろう」

 

 来る? 誰が?

 というか付き添いって………。

 

「ここかのぉ」

「ねえ、おじいちゃん。こんな病院にまで来て誰に会わせようっていうの」

「会ってみてのお楽しみってことで」

 

 女の子とじーさんの声が聞こえて来る。もう少しボリューム下げて廊下歩こうや。

 なんて思っていたら、俺の病室のドアが開かれた。

 

「よく来てくれました、コンコンブルさん」

「おっさん!?」

 

 いつかの軽快な老人がそこにはいた。

 

「よお、カントーチャンピオン。いや、今はもう『元』をつけるべきか」

 




次回は一旦こちらをお休みしてヒトカゲさんとの出会いをスクール編の方でアップします。

他と比べて平和です。


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35話

 俺とおっさんの出会いはカントーリーグの時にまで遡る。

 あの日、散々バトルして疲労した俺とリザードンの前におっさんがやってきた。彼は最後のバトルは凄まじかったと評価してくれて、同時にリザードンのおかしな現象にも注目していた。歳食ってる割にはよくしゃべり、軽快さを伴っていて俺が言葉を放つ隙もなかったのを覚えている。

 話したいことをすべて話したのかようやく解放され、帰ろうとしたらリザードンの尻尾から何か落ちたらしく、おっさんに呼び止められた。だが、また関わると話が長くなりそうなので無視して帰った。

 おっさんと会ったのはその時だけで、それでも印象強かったため覚えていた。黒いのにも食われていないのにはちょっと驚きだけど。

 

「おじいちゃん、この人たち誰?」

 

 病院内だというのにローラースケートを履いている女の子がおじいちゃんと呼んでおっさんに尋ねた。孫なのかね。

 

「こちらがプラターヌ博士のところでメガシンカの研究を手伝っているヒラツカさん。それとあそこのベットにいるハーレム気取りの男がヒキガヤハチマン」

 

 おっさんの言葉を聞くや否やイッシキとユイガハマがさっとベットから降りた。すげぇ速さだった。顔はめっちゃ赤いし。

 

「誰がハーレム気取りだ。それはそこのベットで未だにテールナーと寝ているゲッコウガに言ってくれ」

「ヒキガヤ、知り合いだったのか?」

「一度だけ。名前すらも知らない変なおじさん」

「どうも私が変なおじさんですってな。わっはっはっはっ」

 

 うぜぇ。

 今も昔も変わらんとかやだわー。ずっとこのノリで生きてるとやだわー。

 

「おじいちゃん!」

「こわやこわや。それじゃ改めて。わしはコンコンブル。メガシンカを継承している者だ。こっちは孫のコルニ」

 

 ………ん? まさかおっさんがプラターヌ博士が言っていたメガシンカおやじ?

 

「それでメガシンカの調子はどうだ?」

「……やっぱりそうなのか…………。なんだろう、カロスには顔見知りが多いような気がする」

「わっはっはっ、プラターヌ博士にメガシンカの研究にお前さんを推薦したのはわしだよ。ついでに言えばお前さんのリザードンが持っているメガストーンは元々はお前さんが持っていたものだ」

「はっ?」

 

 何言ってんの、この人。

 俺がメガストーンを持っていたとかあるわけねー。博士にもらうまで見たこともなかったんだし。

 

「その顔じゃ、知らなかったみたいだな。お前さん、わしと会った時に最後呼び止めたのは覚えてるか?」

「あ、ああ、まあ」

「その時に落としてたのがメガストーンだったんよ。お前さんの噂は兼々聞いておったわい。しかもプラターヌ博士の知り合いときた。呼ばぬ理由がないわ」

「それって……………」

「つまり…………」

 

 イッシキとユイガハマの呟きにおっさんはニヤッと笑みを浮かべる。

 

「そうそう、此奴は元々メガシンカを使ってたんよ」

「ええーっ!? てあれ? 皆さん、驚かないんですか?」

 

 その横でお孫さん(コルニだっけ?)が驚いているが、他が誰も驚かないことに疑問を抱いたようだ。

 

「思い当たる節が」

「いっぱいあるから………」

 

 そうなんだよなー。

 覚えてるだけでもスクール時代に二回はあったし。

 多分、あれのことなんだろうな。

 

「ん? でも待てよ? メガストーンをリザードンがつけてたとしてキーストーンの方は俺は持ってなかったぞ」

「いんや、持ってたはずじゃ」

「………ないな」

「おかしいな、それじゃメガシンカはできんではないか」

「俺に言われても………」

 

 確かあの現象は俺の視界がリザードンのものになったはずだ…………あれ? そんなことをつい最近味わったような………………?

 

「まあよい。取りあえずお前さんにはメガストーンを返せたんだ」

「あ、ってことはあたしと一緒で継承の儀式やったんだ」

「儀式? メガシンカには何かやらないといけないことがあるのか?」

 

 儀式ってなんだよ。プラターヌ博士は渡すときに何も言ってなかったぞ。

 

「えっ? ちょっと! おじいちゃん!? この人儀式のことまるでわかってないようなんだけど!?」

 

 白いヘルメットをかぶった金髪ポニーテールがおっさんに突っかかる。

 

「あれは継承の儀式だからな。元々持っていた奴が『継承』ってのはおかしいだろ」

 

 だがひょいと躱し、言葉でも躱した。

 

「でも………」

 

 うっ……、と頭の片隅では一応分かっているのか一瞬たじろいだ。

 

「…………ホウエンの流星の民にはメガシンカにまつわる言い伝えがある。カロスだけがメガシンカの聖地ってわけじゃないんじゃないか?」

「よく知ってるな」

「………少しの間だけホウエンに行ってましたから」

 

 そういやルネシティに行ったときに祠の番をしている老人に、ルネの巨木は3000年前のカロスの人によって植えられた的な話を聞いたような気がする。案外、それがAZだったりしてな。

 キモリ元気かなー。

 

「そもそもメガシンカはキーストーンとメガストーンの力が結びついて起こる現象だろ。でもメガシンカにはトレーナーとポケモンの絆が関係しているとも博士は提言している。前に博士とみんなが所々で見ているリザードンの現象について話したこともあるんだ。その話でできた仮説は『二つの石はメガシンカを行うプロセスの鍵である絆を一定値まで引き上げるものである』だ。要するに博士はリザードンのおかしな現象をメガシンカと捉え、石無しでメガシンカが起こるとすれば絆が関係しており、そうであるならば二つの石は絆を安定させる代替物であるってことだ」

 

 これで理解できたかな。

 前はヒラツカ先生でも大雑把にしか理解できてなかったし。

 

「あー、なんかそんなことも言ってたね。二人が何話してるのか全くわからなかったけど」

 

 ユイガハマが思い出したように呟くのに対し、ユキノシタは俺を白い目で見てくる。

 

「………へー、あなた博士とそんな話をしてたの? 二つの石がなくてもメガシンカが起きる……………ッッ!?」

 

 あ、そうだった。ユキノシタはその時いなかったんだった。道理であまり話題にメガシンカ上がって来ないと思ったら。

 かと思いきや何かに気づいたようだ。

 

「ねえ、ちょっと待ってヒキガヤ君! それって!」

「まだ仮説の段階だ。お前が気づいたことに関しちゃ俺も何とも言えん。ただ、同じような現象だったのは確かだ」

「そ、そう………」

 

 仮説って言葉はいいよね。はっきりしていないことに取りあえず仮説の段階って言っておけば追求のしようがないし。

 

「ふむ………実際に使ってみて分かったが、確かにポケモンとの信頼はメガシンカに必要な気がする」

 

 先生もメガシンカを使うようになって何かを感じたらしい。

 

「なるほどのぅ。あのプラターヌ博士の話についていけるとはさすがだな。わしもどういう原理で起きているのかは実際のところよく分からん。ただ、二つの石が必要であり、それでも失敗することだってある。その失敗が起こる原因としてお前さんたちが言う絆が関係しているとすれば、その仮説も筋は通っておる」

 

 専門家からしてもまだまだ分からないのがメガシンカの実態なのか。

 であるならば、あの仮説もまだ生きも死もしてないということになるな。

 

「………そんなのただの詭弁でしょ。メガシンカには二つの石が関係していて、バトル中に一体だけ進化させられる。それがメガシンカよ」

「想像力が足りないな」

 

 どっかの流星の民の言葉を乱用させていただきました。聞いた話では結構な変わり者だったらしい。

 

「お前はメガシンカに失敗したことはないのか?」

「…………」

 

 おいこら、目をそらすな。

 

「昔はすぐに暴走させておったわい」

 

 代わりにおっさんが答えたぞ。というかもうおっさんを通り越して爺さんになってるよな。もう名前でいいか。

 

「おじいちゃん?!」

 

 恥ずかしい過去を明るみにされたコルニは顔を真っ赤にしてコンコンブル(長い名前だな)………先生? 師匠? 博士? コンコンブル博士でいいか。彼に突っかかるもまたもやひょいと躱されていた。

 

「ざまぁ」

「ちょっと! そんなに言うんだったらあたしとバトルしなさい!」

「退院して覚えてたらな」

「なら退院日に迎えに来る!」

 

 この子凄く負けず嫌いだったりする?

 こんなたわいもない挑発に乗っちゃってるし。

 

「おーおー、わしの孫娘もついに男を気にするようになったか」

「おじいちゃん。その減らず口、強引に塞ぐよ」

「おお、こわやこわや。よせよせ、お前じゃまだわしには勝てん」

 

 ふむ、この祖父にしてこの孫ありか。

 面倒なところは似てるな。

 

「だったら、ジムバッジも賭けるわ。あたしの全てを賭けてあなたを倒す!」

 

 全て? 全部だと?

 こりゃ、バトルしないとな………。

 

「ねえ、ヒキガヤ君。今何か邪な考えをしなかったかしら」

「い、いえ、滅相もございましぇん」

 

 噛んだ………。

 なんだろう、デレの反動かちょっと行動が病んでない? あ、まだ大丈夫か。そうかそうか。

 

「面白い展開になったのう。バトルの日を楽しみに待ってるぞ」

 

 そう言って、結局何しに来たのか分からない二人には帰って行った。

 ほんと何しに来たわけ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 二人を見送っていると、ふとイッシキがいつもつけているペンダントを握っているのに気がついた。

 

「イッシキ? どうした、そんなペンダント握って」

「うぇっ!? あ、や、なななんでもないですよっ」

 

 なにこの動揺っぷり。

 逆に何かありそうで怖いんだけど。

 

「い、いやー、それにしても先輩。ちゃっかり女の子とデートの約束取り付けちゃうとか、すごいたらしっぷりですね」

「あれをデートの誘いだと言えるお前がすごいわ。なんなのあいつ。バカなの?」

 

 退院日に迎えに来るとか意味が分からん。

 そこまでしてバトルしたいのかよ。

 

「シャラシティジムリーダーよ」

「ジムバッジなんて口にしてたんだからそうだろうけど………。大丈夫なのか?」

「実力主義の世界だから」

 

 まだビオラさんの方がジムリーダーとしての風格はあったな。殻を破ればあんなんだったけど。ザクロさんのまともさが恋しくなってくるわ。

 

「で、俺は結局いつ退院できるんだ?」

「意識は戻ったし、明日くらいには退院できるんじゃないかしら」

「元々お兄ちゃんは疲労が溜まってただけだからねー。病気でも怪我でもないし」

「ふーん? 疲労って病気にならないのか? あ、ちょっと体動くようになってきたわ」

 

 三日三晩寝続けたせいか体が鉛のように重かったのが、段々と動かせるようになってきた。ユイガハマが「そんなに入院してたいの?」って聞いてきたがスルーしておく。

 

「メガシンカおやじの孫娘ねー。当然メガシンカさせてくるんだろうなー」

「スルーされた!? ………あの子がどうかしたの?」

 

 ユイガハマがベットに腰掛けてそう聞いてくる。

 

「いんや、ただリザードンでやるかゲッコウガでやるか…………てか、おいゲッコウガ。お前そろそろ起きろよ」

「コウガ」

 

 いきなりむくっと体を起こすゲッコウガ。当然、みんなして変な声をあげて驚いた。

 

「………先輩、テールナーのあの懐き具合はどうしたらいいですか」

「知らん」

 

 トレーナー本人もちょっと異常を感じちゃうほどのテールナーのゾッコンぷりは今も発揮されており、座り直したゲッコウガの背中に抱きついている。なんかゲッコウガが心なしかため息を吐いているのは見間違いじゃないだろう。

 

「ゲッコウガ、お前どうせ話聞いてたんだろ。どうする? やるか?」

 

 コクっと首を縦に振ってきた。

 ならば致し方あるまい。

 例の儀式をやろうではないか。

 

「よっこいせっと。おー、大分動く」

 

 ベットから降りて屈伸やらの準備体操をして体を動かしてみると、固まっていた筋肉がほぐれ始め、身体中に血が駆け巡っていくのが分かる。

 時々、骨がバキバキいってるのは聞かなかったことにしよう。

 

「んじゃいきますか」

「コウガ」

 

 リュックからモンスターボールをいくつか取り出して二人で病室を出ようとすると「待ちなさい!」とユキノシタに呼び止められてしまった。

 

「なんだよ」

「どこに行く気よ」

「外のバトルフィールド」

「何をする気?」

「んー、あー、ほらゲッコウガのボール切られてこいつ今野生化してるんだわ。で、もう一度ボールに入れようかなと」

「あ、お兄ちゃん、ヒトカゲもらった時のやつやる気でしょ」

「そうそう、あいつリザードに進化しやがってたけどな」

 

 以前コマチには話したことがあったらしい。それを覚えていたのか、俺が今から何をしようとしているのか気付いたようだ。話した記憶が俺にはなくなってるってのは不思議な感覚だわ。

 

「コマチちゃん、ヒッキー何しようとしてるの?」

「ゲッコウガとバトルするんですよ。一対一の」

「ん? リザードンを使って?」

「いえいえ、相手はお兄ちゃんですよ」

「なるほど、だからオーダイルともやりあえたのか」

「いや、あれ失敗してますから。何ならリザード相手にしかやってませんから」

 

 オーダイルとか勝てるわけねぇよ。現に俺は怪我したし。

 ……………ゲッコウガを相手にするのか。死ぬかな。

 いやでも、ケロマツが俺を選んできた以上俺もヒトカゲの時のように応えるべきなのだろう。

 

「あ、それとお兄ちゃん。コルニさんのあれはトリプルテールだから」

 

 なんだってっ!?

 ポニーやツインの他がまだあったのか!?

 

「…………………なあ、その原理でいくとクワトロテールとかあったりする?」

「また別の名前になってると思うよ。名前がかわいくないもん」

「そういうもんなの?」

「そういうもんだよ」

 

 やはり髪型なんてのは俺には理解できない世界であった。よく分かんねぇよ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 さて、外に来たわけですが。

 

「木の棒はー………と」

 

 辺りを見渡して、程よい長さと太さの剣を見つけた。なんかご丁寧に鞘に納められてるし。何ならこの二本しかないという現実。

 手にとって素振りをしてみるが、問題はない。ちょっと重たいがそこまでうるさく言ってたら他がないため我慢するしかない。

 それにしても二刀流か。さすがにスターバーストストリームとかは俺にはできないな。スキルコネクトなら…………いや、それも難しいな。

 

「んじゃ、やりますか」

「ほんとにやるのね」

 

 みんなして俺たちについてきており、大勢の観衆で賑わっている。

 

「どうにも俺は変なポケモンから寄ってこられるみたいだからな。本格的に手持ちにするにしても簡単にはさせてくれないんだよ」

「コウガ」

 

 コクっとゲッコウガも頷く。

 多分あいつも俺が言い出さなかったら何かしらの方法で俺を試そうとしてくるだろう。

 

「ま、つーわけだから。相手が最終進化までしてるってのはやりづらいことこの上ないが、お前をゲットさせてもらう」

 

 ヒトカゲというかリザードの時はまだよかった。ただ、あんなに意気込んだのにあっさりボールに入られたのは悲しかったな。もっとこう、漫画みたいな展開になるとばかり思ってたのに。

 そう考えるとゲッコウガはどうするのかちょっと楽しみでもある。あっさり入るのかしぶとく粘るのか。

 

「コウ、ガッ!」

 

 あ、ちょっと急に始めないでもらえます?

 お前の動き早いんだからさー、もう目の前にいるとかやめてほしいんだけど。

 

「こん、のっ!」

 

 二本の剣ををクロスさせガードをするが、いやはやゲッコウガともなると力が強いわ。折れはしなかったけど、俺が後方に思いっきり飛ばされちまったよ。

 

「仮にも俺、お前のトレーナーなんだけどな。手加減なんて言葉全くないな」

 

 ちょっと緊張感が湧いてくる。

 二本の剣をしっかりと握り直すと、一つ瞬きをする。

 あ、やべっ、あいつ影に潜りやがった。それは卑怯すぎない?

 

「せーの」

 

 その場に立ったまま、剣を裏手に持ち替え両脇を通して後ろをついた。

 しゅっと躱す音がし、案の定影から俺の背後を狙ってきやがってのが分かった。

 

「って、えんまく、かよ。ゴホッ、ゴホッ……くそっ」

 

 やべぇ、すげぇ煙たいんですけど。しかも前見えんし。

 だが、その間にもゲッコウガの気配は動いている。

 煙で遮られた煙の中を360度見渡すが、常に俺の背後を狙っているようで、場所を特定できない。

 と。

 剣が勝手に動き出し、腕を持って行かれた。

 

「え? ちょっ!?」

 

 よく分からないが体の動くままに煙の中を剣で一突きする。すると何かに当たったらしい感触があった。何かなんてのは分かっている。ゲッコウガだ。本能的に何かを感じ取ったのだろうか。

 だが、次の瞬間には背後に強い衝撃を感じた。どうやら斬られたらしい。

 

「痛っ………くない?」

 

 衝撃こそ伝わってきたが斬られた痛みは感じない。衝撃による痛みはあるけど、何かに守られたような、そんな感覚である。

 

「コウ、ガ!」

 

 と、今度は正面からゲッコウガが姿を見せてくる。両手には白く光る手刀を裏手で握っている。

 俺は両腕を下げて構えを取る。やったことはないがゲッコウガがつばめがえしを出す際の初動を真似てみた。確かつばめがえしは下から掬い上げるような形のやつが基本だったはずだし、間違ってはいないはず。

 最初に振り下ろしてきたゲッコウガの右刀を俺の右刀で受け止める。そのままの遠心力を活かして、空いた右懐に一突き入れた。だが、掬い上げた左刀で受け止められ、後方宙返りで距離を取られて俺はその勢いでバランスを崩し、転けそうになる。そう、なるはずなのだ。だが実際には転けなかった。転ける前に後ろから引っ張られたのだ。

 

「はっ?」

 

 意味が分からず後ろを見ると、握っている剣が収まっていた鞘が俺の背中に引っ付いていた。

 あれ? 俺、紐とかで縛った覚えないんだけどな…………。

 

「うおっ!?」

 

 しゅるしゅるという音が飛んできたので振り返ってみると水でできた手裏剣が迫ってきていた。一つだけならいいのだが、五つくらいはあるな。なんて頭では冷静に考えていながらも体は勝手に腕の動くままに手裏剣をはじき返していた。また本能的に動いてしまった……………?

 

「なわけないか」

 

 もうここまできたら俺が今握っているものが何なのかは分かってきている。

 どうせポケモンなのだろう。

 思い返せばゲッコウガのつばめがえしを受け止めた時も二本の剣は白く光っていた。こちらもつばめがえしを使ったらしい。

 

「コウ、ガッ!」

 

 ゴウッと唸るような音がし、水砲撃が飛ばされてくる。だが、もうそんなのがきてもどうにかなることは分かっている。

 俺は二本の剣を裏手に持ち直し、再び下げて構えを取る。ハイドロポンプが目の前まできたところで両腕を掬い上げ、腕をクロスさせて受け止めた。そして、右手の剣を回して縦に斬った。水は俺の両脇を駆け抜けていき、やがて消えた。

 

「ねえ、ゆきのん。あれってポケモン?」

「さあ、どうかしら。そこの知ってそうな人に聞いた方が早いと思うわよ」

「そこのって………!?」

 

 ザイモクザ……………、お前のポケモンかよ。なんで外にいたんだよ。ってかなんで地面に放置されてんだよ。

 

「けぷこん! いかにも! 我のポケモンである! 紹介しよう、我がヒトツキの進化した姿、ニダンギルである! 昨日進化したのだが、ゴーストタイプを持っているためか中々の自由気ままな性格でな。勝手にボールから抜け出してそのうち帰ってくる癖があるらしく、今日は外で寝ていたようだ。どうだハチマン! かっこいいだろ? あの二本の剣とかマジよくね?」

 

 取り敢えずムカついたので一本をザイモクザに向けて投げた。だが、真剣白刃取りでパンっと挟んで受け止めやがった。ザイモクザの癖に妙なテクニックを持ってんな。

 

「コウコウコウ!」

 

 岩石を飛ばしてきたため、残ったもう一本の剣を天へと翳す。すると読み通り剣が長くなった。急激に重さが増したため、両手で掴みなおし、飛んでくる岩々横に薙ぎ払って一掃する。

 せいなるつるぎ。

 イッシュの三剣士+αが覚えるらしい技を何故かヒトツキが覚えているという話を前にザイモクザから聞かされていた。実際に技の発動フォームまで見せてくれて、今俺が握っている剣がそのヒトツキの進化であることが分かった時点で、せいなるつるぎが使えることも意味していた。

 タイプはかくとうであり、岩を砕くには持ってこいの技である。

 

「コウッ!」

 

 声のする方を見るとゲッコウガが再びえんまくで俺の視界を遮ってきた。

 やばいな、これじゃザイモクザに飛ばした方の剣を受け取ることができなくなってしまったじゃないか。

 そんなこんなしてる間にもゲッコウガは影から俺の隙を突こうと蔓延っている。

 取り敢えず、剣で上空にモンスターボールを打ち上げておく。

 野球で言うところのピッチャーフライだな。

 

「コウ、ガッ!」

 

 それを狙ったかのように俺の背後に回ってきた。

 さっきと同じように剣を裏手に持ち直し、脇を通して後ろを突く。

 だが、今度は何の手応えもなかった。

 ーーースカした?

 そう思ったのも束の間、目の前にはゲッコウガが腕を振り上げていた。

 ーーーやばい。

 急いで剣を裏手のまま掬い上げてガードに入る。だが、攻撃はされなかった。

 

「………影か、よっ!?」

 

 気づいた時にはすでに地面に倒れ伏していた。

 いやね、そもそもが無理だと思うわけよ。ヒトカゲないしリザードならね、まだいいと思うのよ。でもゲッコウガは無理でしょ。オーダイルよりも無理だと思う。ほとんど動き見えてねぇもん。俺の攻撃なんてただの勘だもん。というかほとんど対応できてたのってこのニダンギルのおかげだもん。

 

「……あー、どうしたもんかね」

 

 俺の上に馬乗りになって首に手刀を当て、アップで映し出されるゲッコウガから視線を外して上空を見る。

 ちょうどいい感じに落ちてきていた。

 

「取りあえ、ず!」

 

 ゲッコウガの腕を掴み、両足で力いっぱいに投げ上げた。

 重い、重すぎる。

 勢いでいけたけど、これ腰にくるわ。

 

「「「あっ、」」」

 

 投げ飛ばされたゲッコウガを目で追っていた観衆からはようやく気づいたという反応が返ってくる。

 俺も痛みに悶えながら上空を見るとゲッコウガがボールに吸い込まれていくところだった。

 はあ………、今回は俺のペースでいけたか。やっぱ、あの時がおかしかったんだって。自分から入ってくるやつがあるかよ。

 

「…………疲れた」

 

 カチッとボールがなるのを聞きながら大きなため息が思わず出てきたしまった。

 

「ゲッコウガ、最後自分から行ったよね」

「いきましたね」

「あのドヤ顔、どうしましょうか」

「うちの愚兄のことはしばらくそっとしておいてあげてください。そのうち治りますから」

 

 コロコロと転がってきたボールの開閉スイッチを押してゲッコウガを出す。

 仁王立ちして出てきた奴はいつものように糸目だった。見えてんの?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「で、なんでいきなり私は先輩とバトルすることになってんですか」

 

 ゲッコウガのゲットに成功してしばらく、ザイモクザによるニダンギル紹介という名の自慢を長々と聞かされ、充分に休憩した俺はせっかくなのでイッシキとバトルすることにした。

 

「この前はテールナーだけしかバトルしてなかったろ。だからもう一体の方もどんなもんか確かめておきたくてな」

「いいですけど、テールナーは打倒ゲッコウガで燃えてましたけど、この子はそういうのはないですよ?」

 

 イッシキが連れているもう一体のポケモン、ナックラー。

 イッシキのメロメロにかかって追いかけてきたとかいう奴。

 ミアレジムをナックラーで勝ったとか言ってたが俺は実力を知らん。ミアレジムも行ってないのだし、一度見ておく必要があるだろう。

 

「あ、そうだ、イッシキ」

 

 唐突に先生がイッシキを呼んだ。

 何かあったのだろうか。

 

「はい?」

「ある人にお前の話をしたら、こいつを連れて行けと送ってきたぞ。ほれっ」

 

 先生はモンスターボールを取り出すとイッシキに向けてぽいっと投げた。

 

「あ、とっと………。嫌ーな予感がプンプンするけど………」

 

 慌ててなんとか落とさずに受け取り、苦い顔をしながら開閉スイッチを開けた。

 

「ヤードンッ!」

「やっぱりーッッ!?」

 

 どうやら予感は当たったらしい。

 それにしてもヤドキングか。で、あの懐き様を見るにあの人のだろうな。

 

「校長がヤドキングの世話を頼んだぞって言ってたぞ」

 

 ニヤニヤとしながらヤドキングに追いかけ回されているイッシキに向けて言葉を投げかける。

 

「なんでこんなところにまでついてきてんのー! 校長のバカー!!」

 

 割と初めて見るイッシキの本気の逃げっぷり。

 もうナックラーのボールを落としていることにも気づいていない様子で辺りを走り回っている。当のナックラーは落ちた拍子にスイッチが空いたのか、姿を現している。そしてじーっとイッシキとヤドキングを見ていたかと思うと、二人の間に割って入った。その権利は自分だけのものだと主張したいのだろうか。

 

「…………」

「…………」

 

 ナックラーの姿に足を止めるヤドキング。俺を盾代わりにして身を隠すイッシキは、追いかけてきていないことに「ふぇっ?」とこれまたあざとい声を漏らした。

 

「…………」

「…………」

 

 コクッと頷きあうとなんかこっちに向けて全力疾走してきた。

 

「ぎゃああああああああああああ、せせせせんぱいたたたたた助けてくださいっ!」

「いや、俺を巻き込むなよ」

 

 そんなこと言っているが俺までピンチなのは変わりない。

 はあ………と深いため息を吐いてゲッコウガの背中を軽く叩いた。

 ゲッコウガは一瞬でナックラーの四方をみずしゅりけんで塞ぎ、ヤドキングの首に黒い手刀をピトッと当てた。しばらく時間が止まったかと思うとヤドキングが両手を挙げて降参のポーズをとる。なんでそういうのを知っているのだろうか。こいつ、何なんだよ。

 

「え、っと………ヤドキングさーん? 落ち着いてもらえましたー………?」

 

 俺の後ろからそーっと顔を出したイッシキは両手をあげるヤドキングを覗き込む。

 無言でコクコクと頷く姿はマジシュールである。

 

「ナックラーも落ち着いた……?」

 

 四方を手裏剣に囲まれたナックラーはコテンと首を傾げてくる。

 

「………先生、なんでヤドキングがこんなところにいるんですか」

「ん? だからさっき言った様に校長からの贈り物だ」

「や、私初心者トレーナーですよ。ヤドキングとか結構バトル慣れしてるベテランじゃないですか。私じゃ扱いきれませんよ」

 

 未だ俺の後ろから離れようとしないイッシキが先生に投げ掛けるも、先生はニヤニヤと笑っている。そしてそんなイッシキの姿に何故かユイガハマが羨ましそうな目を向けている。

 

「あー、それなんだがな。あのヤドキングが自分から言いだしたことだから仕方なかったんだよ。恨むなら過去の自分を恨むんだな」

「はあ…………、ヤドキングはそれでいいの?」

 

 ゲッコウガに連行されてくるヤドキングとナックラー。

 

『いいも何もそこの目の腐った男からイロハを守るために来たんだから拒否されてもオレっちに戻る気はない』

 

 ………………………………。

 あれ? 幻聴かなー。今なんかとんでもない言葉が聞こえてきたような気がするんだけど。

 

「しゃ……………しゃべった!?」

「え? え? ちょ、えっ?」

 

 初めてのことにコマチとユイガハマは驚愕を露にしている。

 

「これは………」

「テレパスだね。僕も受け取るのは初めてだよ」

 

 ユキノシタとトツカはテレパスには驚いているみたいだが、知識としては持っていたようだ。

 

「ちょ、ヤドキング! みんな驚いてるから!」

「お前、知ってたのかよ。つーか、ヤドキング。今なんか色々とまずいことを言わなかったか?」

『ふんっ、さっさとイロハから離れろ、このハチ公が!』

 

 仁王立ちになって俺を睨んでくる。

 何このムカつくポケモン。

 どこかの暴君様より偉そうなんですけど。

 つーか、え? なに? こいつイッシキのストーカー?

 

「よし、いいだろう。お前を今から滅多切りにしてやるよ」

「ちょ、せんぱい! 落ち着いてください!」

 

 なんかヤドキングのくせにバカにしてきたんですけど。

 

『いいだろう。あの時はお前にやられたオレっちだが、今回はそう簡単にいくと思うなよ』

「ちょ、ヤドキングまで!?」

 

 なんだろう、この暴君以来のポケモンとの会話。

 ポケモンなのにやっぱり人間らしさを感じてしまう。というか一人称がオレっちだったことに驚きだわ。

 

『さあ、イロハ。オレっちの実力を見せてやる』

 

 こいつ、ゲッコウガに捕まってること完全に忘れてるのな。

 

「もう、どうなっても知らないよ」

 

 ゲッコウガを振りほどいてヤドキングがバトルフィールドの定位置にまで移動していくと、イッシキは諦めた声を漏らした。

 何気にこいつらって仲いいのかね。

 

「ゲッコウガ、頼むぞ」

「コウガ」

 

 コマチが持ってきたボールにナックラーを収めると、イッシキは渋々といった足取りでヤドキングの後を追った。



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36話

「イッシキ、お前はヤドキングとナックラーで来い。ついでにナックラーのバトルも見ておく。交代は自由でいいし、俺はゲッコウガだけで行く」

「分かりましたよ。技は制限なしでしたっけ?」

「ああ」

 

 ずっと俺を睨み続けているヤドキングを他所にルールを決めていく。

 

「今日の審判は私がやるわ」

 

 審判に名乗りを上げてきたのはユキノシタだった。なぜに? まあいいけど。

 

「それじゃ、二人とも準備はいいかしら」

「はい」

「ああ」

「バトル始め!」

 

 ユキノシタの合図でバトル、もとい俺とヤドキングの喧嘩が始まった。これが喧嘩になるかは知らんけど。

 

「……うん、分かった。いくよ、ヤドキング。トリックルーム!」

 

 ……………。

 イッシキとバトルなんてしなきゃ良かった。

 なんだよ、またこのパターンかよ。

 

「ゲッコウガ、かげうち」

 

 部屋の中に囚われてしまったため、取り敢えず影の中に退避。

 これはあれだな。イッシキにはエスパータイプをゲットさせてはいけないというお告げなんだな。

 なんでこう部屋ばっかり作り出せるんだろう。

 

「後ろだよ、シャドーボール!」

「まもる!」

 

 もうやだ、弱点まで突いて来るし。

 ユキノシタとかハヤマとか先生よりも怖い。何ならサカキとかグリーンの方がいいまである。それくらいイッシキの手は苦手だわ。

 

「ゲッコウガ、部屋を壊せ! つじぎり!」

 

 見えない壁に向けて黒い手刀を打ち付けていく。

 壊せるかは知らない。やったことないし、何なら部屋を使ってくるのはイッシキが初めてだから、前回は試してもいない。

 

「ヤドキング、一旦交代だよ。ナックラー、いくよ。ギガドレイン!」

 

 ヤドキングを下がらせてナックラーを出してきた。ナックラーは出てくると同時に大きく口を開き、壁を斬りつけるゲッコウガの体力を奪い始める。

 

「ゲッコウガ、くさむすび」

 

 草には草を。

 タイプを変えつつ、ナックラーを地面から生えてきた蔦で絡め取る。

 

「かみくだく!」

 

 だが、やはりあの大きな口は危険である。

 蔦をものともせず噛みちぎり、自由を確保されてしまった。

 

「むしくい!」

 

 そのまま走り出し、ナックラーが突っ込んでくる。

 ーーー早い。

 トリックルームにいる間は普段とは素早さが逆転する。より早く動こうとすればするほど、行動が遅くなってしまうのだ。そして元々鈍足であるナックラーもヤドキングもこの空間内ではゲッコウガを出し抜ける速さを身に備えてしまう。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 やりにくいったらありゃしない。

 水砲撃を放とうとするも出す瞬間にはナックラーが目の前にまで迫ってきていた。

 とにかくこの部屋をなんとか壊さない限りはどうにもならない。躱そうと動けば、それが仇となる。ならばーーー

 

「ーーー躱すな! 十秒かけて壁に行け!」

 

 時間をかけて動けばいい。

 素早く動こうとするから相手に出し抜かれるのだ。本能で躱そうとするから先を越されるのだ。だからこの部屋の中にいる間はゆっくり動けばいい。

 

「くっ、さすが先輩ですね。慣れるの速すぎです。じならし!」

 

 トリックルームの中でも技を躱したことに悪態をついてくるが、攻撃の手はやめようとしない。ゲッコウガが地面に立っているのをいいことに地面を揺さぶってきた。

 足を取られてゲッコウガはよろめき、それを好機ととったナックラーが砂を巻き上げる。

 

「すなじごく!」

 

 砂の渦が出来上がりゲッコウガは飲み込まれてしまった。

 さすがにこれはやばいな。さっさと倒すしかないか。トリックルームもそろそろ消えるはず。

 

「交代だよ。ヤドキング、サイコキネシス!」

 

 再度交代をして、ヤドキングを出してくる。

 

「まもる」

 

 ならばトリックルームが消えるまで耐えられればいい。それでなんとかなる。

 

「くっ、相手に使われるとやっぱり嫌な技ですね。でんじほう!」

 

 守りの壁を撃ち抜かんと電撃を溜め始める。

 でんじほう。

 ザイモクザがこよなく愛するあまり手持ち全ての覚えられるポケモンに覚えさせている電気技。当たれば麻痺は確実。しかもザイモクザはアニメの見過ぎで技の命令はレールガンときたもんだ。どこの第三位だよ。

 

「ヤドキングも覚えていたか」

 

 音速の三倍とかの速さで迫ってくることはないよな。

 

「ゲッコウガ、あなをほる!」

 

 久しぶりの穴掘り。防壁を貼ったまま地面に穴を掘り始める。

 ん? 動きが元に戻ってる?

 

「部屋がなくなったか」

「サイコキネシス!」

 

 電撃を溜め込みながら超念力を張り巡らせる。

 地面にいてもゲッコウガに効いているのが感じ取れる。

 

「ゲッコウガ!」

 

 呼びかけると地面の中からゴオォッと間欠泉のように水が吹き出した。

 またあの時のがきたみたいだ。俺の視界がいきなり地面の中に変わっている。

 

「つじぎり」

 

 まずはつじぎりでサイコキネシスを叩き切る。加えて悪タイプに変化することでサイコキネシスの影響下からも免れる。

 そのままジャンプして地上に戻り、そのままヤドキングを斬りつけた。

 

『くそっ、このハチ公が!』

 

 最後にそんなことを吐かすヤドキングに時間差をつけて衝撃が伝わり、こちらを振り向いた時にドンッとすごい勢いで倒れ伏した。

 

「ふぅ……」

 

 視界がゲッコウガになってバトルの状況が分かりやすくなるのはいいが、なぜか俺まで疲れてしまう。一瞬のことではあるが、結構な消耗を感じるな。

 

「ヤドキング!?」

「ヤドキング、戦闘不能みたいね」

 

 イッシキが呼びかけるがヤドキングは全く反応を示さず、それを見ていたユキノシタが判断を下した。

 

「お疲れ様、ヤドキング。昔から凄かったけど、一段と強くなったんだね。いいよ、これから一緒に行こう」

 

 そう言ってヤドキングをボールに戻し、代わりにナックラーを出してきた。

 

「ナックラー、あの規格外のゲッコウガを倒すよ。むしくい!」

「ハイドロポンプ」

 

 突進をかましてくるナックラーに元に戻ったゲッコウガは水砲撃で応える。トリックルームの消えた今ではナックラーの速さはゲッコウガの相手ではない。

 

「ナックラー!?」

 

 走り出したナックラーを水圧で押し返し、戦闘不能に追い込む。

 

「ナックラー、戦闘不能。ヒキガヤ君の勝ちね」

 

 ユキノシタがジャッジを下し、バトルが終わった。

 なんだろう、イッシキ相手だと本調子が出ないというかペースを持って行かれる。

 やっぱこいつ、苦手だわ。

 

「はあ………ナックラーお疲れ様。やっぱり先輩には勝てませんねー」

「いやいや、十分だと思うぞ。ヒキガヤに対してここまで追い込む奴はそういない。ましてやイッシキは初心者の端くれ。上等以上のバトルだったと思うぞ」

 

 先生がイッシキのことを評価しているが、まあ俺も図らずもそう思っている。というかただ単に俺が相手をしにくい策を打ってくるからだろうけど。

 

「………イッシキにはエスパータイプを持たせたら危険なのがよく分かったわ。もうお前とはバトルしたくないくらいには疲れた」

 

 ゲッコウガと二人して大きなため息をつく。テールナーといいヤドキングといいどうして部屋ばっかり作ってくるのかね。しかもナックラーがそこに便乗できてしまうとかなんなの?

 

「ゲッコウガ、今日はもう大人しく寝てようか」

「コウガ」

 

 明日の襲撃に備えて今日は休むことにした。

 やだなー、どこからか聞きつけて来るんだろう?

 退院日変えられないかなー。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「それでどうでした? ナックラーとついでにヤドキング」

 

 部屋に帰りベットに戻るとイッシキが口を開いた。ゲッコウガはまたもやテールナーとイチャコラしてる。

 こうして見渡してみるとこの一部屋に八人もいるのは異常に見えてくる。というか狭い。

 

「どうってなー。まあ、いいんじゃねーの? そもそもお前は図らずともテールナー、ナックラー、ヤドキングで上手くチームができてると思うぞ」

 

 どうしてこうなった、と言いたいくらいにはいいパーティだと思う。

 

「どういうことですか?」

「テールナーとヤドキングで相手のポケモンのペースを乱して、ナックラーで重い一撃を喰らわせる。戦法的には得策だし、個々の守備範囲も広い。ただ、欲を言えば物理技はいいとして遠距離からの攻撃の火力が欲しいところだな。テールナーが進化するなりヤドキングの技を増やすなり」

「ヤドキングは充分だと思いますけどねー。でんじほうを覚えてるって言われた時は驚きましたけど」

「技マシンで覚えさせられたんじゃないか? あの校長のことだ。どうせお前のところに送り出す前に何かしてるはずだぞ」

 

 あの一見大らかそうな老人は、実は結構したたかだったりする。俺の卒業試験の時も決めようと思えばいつでも決められるようなものだった。なのにそうはしなかった。外に出ればこれほどのトレーナーがいるということをリアルに感じさせてきたし、今思い返せばあのフーディンはメガシンカだったのだろう。だけどあの人はメガシンカなんて何も言わなかった。その存在さえいうことはなかった。知りたかったらいろんなものを自分の目で見てこいと言わんばかりに最後は送り出された。まあ、本当に知らなかったんだろうけど。

 そんな老人が初心者トレーナーに、ましてやかつての教え子に自分のポケモンを渡すときたら、何も仕込んでいない方がおかしいと思う。

 もしくはイッシキが俺たちと一緒にいることをヒラツカ先生が話していたら、俺への嫌がらせという見方もできるな。あんな送り出し方してくるくらいだし。

 

「………ヤドキングを使いこなせるかは不安ですけどね」

「おい、あれで使いこなせてないって言ったら、どの辺まで行けば使いこなせるって言えるんだよ」

 

 こいつのハードルは一体どこまで高いのだろうか。

 十二分に使いこなせたと思うんだがな。

 

「や、あれはヤドキングが経験を積んできてたからであってフレア団とかいう人達にまた襲われたら、上手くできる自信がないです」

「…………なら、もう一体くらいは切り札と言えるような存在を捕まえるべきだな」

「切り札、ですか………」

「伝説のポケモンだったり、絶対無理だと思うがメガシンカを使えるようになったり、とかな」

 

 まあ、無理だろうな。

 伝説のポケモンはそう見つからない。見つけたとしても簡単には捕まえられない。俺が言っても説得力ないけどな。でも黒いのは捕まえてないし、暴君様は単に利害の一致で一緒にいるだけだし。そのうちミュウツーはご主人様のところへ帰ってくだろうよ。

 

「メガシンカ…………」

 

 またペンダントをぎゅっと握り始めた。握ると何かいいことでもあるのだろうか。

 

「それでいくと私は一応クレセリアかしら? でもあの戦いでいくら伝説のポケモンといえど、対策を立てられたらどうにもできないということを痛感したわ」

「僕はミミロップになるのかなー。キーストーンは持ってないけど、あれば一応メガシンカはできるから。まだまだ使いこなせてないけどね」

「………あれ? 中二さんは?」

 

 コマチが不思議そうな顔でザイモクザを見た。

 俺、ユキノシタ、トツカときてザイモクザが言わないのもあれだもんな。

 

「い、いるにはいるが………」

「ロトムじゃないの?」

「あいつは家電がないと力を発揮できないちょっと変わり者なんだよ」

 

 家電に入り込むことでその特性を生かしたフォルムチャンジを行い、タイプを変えてくるちょっと変わり者なのだ。だから何故ザイモクザがそんな奴を連れているのかは気になる。マジでどこから連れてきたのかね。

 

「うむ、ハチマンの言う通りである」

「で、あの子は元気なのか?」

「あうあちっ! は、ハチマン………何故その存在を知っている!」

「いやお前、前に進化先を間違えたとか言ってきてただろうが」

「………くぅ、過去の我、なんたる失態。一番知られてはいけない奴に知られてるではないか」

「で、結局誰なの?」

 

 さらっとザイモクザの言い分を流すのはユイガハマ。流石である。

 

「諦めろ、ザイモクザ。六体目を見せてやれ」

「うぅ、ハチマン。覚えてろよ」

 

 そう言ってザイモクザは泣く泣くスーパーボールを取り出し、開閉スイッチを開けた。

 

「フィー」

 

 ボールから出てくるとザイモクザの膝の上に飛び乗りちょこんと座り込んだ。

 ピンクと紫を混ぜたような体の色もポケモン。タイプはエスパー。

 

「「「エーフィ……!?」」」

 

 エーフィ。

 色々な特定の条件を満たすことで多彩な姿に進化するイーブイの進化系の一つ。

 

「へー、意外だね。ザイモクザ君がエーフィを連れてるだなんて」

「お、おう………」

「お前、サンダースに進化させるとか言ってたのに、いつの間にかエーフィに進化してるとか言い出したから俺もびっくりだったわ」

 

 以前、ザイモクザはイーブイの進化先の一つであるサンダースに進化させようとしていたが、いつの間にかどっぷり懐いてしまいかみなりの石を手に入れる前にエーフィへと進化してしまったらしい。俺もその時にいたわけではないので詳しいことは知らない。

 

「…………なんかちょっと見たことのない絵面で戸惑ってるんだけど」

「それは俺も陥ったな。………なんかザイモクザに可愛い系のポケモンってのは、なー」

 

 俺たちが絵面の意外性に戸惑っている間、エーフィはザイモクザの腹に頬を擦り付けていた。

 

「だが、何故エーフィが切り札なんだ?」

 

 先生の言う通りである。

 だが、これにもちゃんと理由があったりする。

 

「はぽん。それでは説明しよう! 我の最初のポケモンはポリゴンである。ポリゴンはノーマルタイプではあるがでんきタイプの技をたくさん覚える。その中のでんじほうに我は惚れ込んだ! そして二体目として捕まえたイーブイをサンダースに進化させようとして我は先にでんじほうについて詳しく調べていた! だがしかーしっ! かみなりの石を見つける前に先に懐かれてしまいエーフィへと進化してしまったのだ! あの時の悲しみは今でも忘れないぞ! だが進化してしまったものは仕方ない。試しにでんじほうを覚えさせてみたら覚えたこと自体にも驚きであったが、ものすごい威力だったのだ! 今いる手持ちの中でも群を抜いた爆発的な威力を誇るのだ。でんきタイプではないのに、だ! あの時の我は痺れた。文字通り痺れた。あんな美しいでんじほうがあっただなんて我感動した! だがしかーし! 先に言ったようにエーフィはでんきタイプではない。我の手持ちは基本でんきタイプかはがねタイプで構成されている。だから敢えて出さないようにしてきたのだ」

「つまり、こいつは自分はでんきやはがね専門のトレーナーと思い込ませるためにエーフィをみんなの前では出さなかったわけだ。相手にそう思い込ませたところでエーフィが出て来れば場の展開は一気に変わるからな。それ故の切り札なんだよ」

 

 多分、今のザイモクザの説明では分からないだろうから付け足しておいた。

 ようやく俺の言葉でみんな理解できたようで、なるほどと口々にそう言っている。

 

「こいつは言わばジムリーダー系のトレーナーなんだよ。偶然ではあるがでんきやはがねタイプが揃ってしまった。それ故のタイプのこだわり的なのがあったりなかったり………」

「あと、なんか恥ずかしい…………我が可愛いポケモン連れてるとかいじるネタにしかならないじゃん」

 

 すまん、それ俺のことだな。俺が悪かった。

 大方の理由はこっちなんだろうな。

 

「ま、こんな感じで結構それぞれで切り札がいたりするわけなんだわ。だからまだそう重く考えなくてもいいだろうけど、いつかそういう存在もいたらいいって話だ」

 

 ちなみに先生の切り札はエルレイドなんだろうな。

 メガシンカさせてくるし。

 

「な、なるほど…………、結構勉強になりました」

「で、お兄ちゃんの切り札はなんなの?」

「うーん、それなんだよな。俺からしたらどれも切り札でしかないような気がするんだよ。ほら、リザードンはメガシンカするし、ゲッコウガはへんげんじざいの持ち主だし、黒いのと白いのは規格外だし」

「まあ、こんな感じで規格外のトレーナーもいるってことよ」

「「「はーいっ」」」

 

 あ、なんかユキノシタに俺は規格外でまとめられてしまった。しかもそれであっさり理解してしまう三人て一体………。

 

「まあいいけどよ。話を戻すと取り敢えずもう一体は何かそういう特別なのが欲しいってことだ」

「………メガシンカ、かー」

「なんだよ、お前やけにメガシンカに食いつくな」

「い、いいや別にそういうわけではないですよっ!」

「メガシンカはあれもあれでトレーナーの腕が試されるもんだぞ。メガシンカするとキーストーンがもう一つの脳なり心臓なりに感じられて、バトルの後は過剰な細胞活動をした感覚になり精神的疲労を感じることもある。メガシンカしてる時間が長ければ長いほどそれは強く感じられる。メガシンカにはそういうトレーナーに対しての負担もかかってきたりするもんだ。それ相応の覚悟がなければ扱うのは難しい代物なんだよ」

 

 イッシキはどんなテクニシャンなバトルを組み立てようとも、基本は初心者トレーナーでしかない。メガシンカを扱うのにはそれ相応の覚悟を持って使わないと力が反発して暴走を引き起こしかねず、経験の浅いイッシキでは使いこなすのは無理があると思われる。経験を積んだトツカでさえ扱いきれてはいない。その辺も含めてコンコンブル博士に話した方がいいのかね。

 

「それと伝説のポケモンはあまりトレーナーのポケモンになろうとはしないわ。何か役目を果たそうとしてる時くらいね」

「それって………」

「いつかは別れるってことだ。ミュウツーなんかがその一例だな。時が来たら俺から離れていく。ただよく分からんのがダークライだ」

 

 なんでいるのか未だに分からん。何のためにいるのかも分からん。まあなんだかんだで言うこと聞いてくれるし、追い出すことはないんだけど。

 

「なるほど……」

 

 なんて俺が考えているとユキノシタがポンっと手を叩いた。何か理解に至ったらしい。

 

「だからクレセリアは私といるわけね」

「なんだよ藪から棒に」

「いえ、私も何故クレセリアが私のところに来たのかずっと気になってたのだけれど、あなたと旅することを予感してついてきたのかもしれないわ」

 

 ああ、そういうことか。

 言いたいことはよく分かったわ。

 

「どういうこと?」

 

 だが、初心者三人組は理解に至らなかったらしい。

 

「ヒキガヤ君にはダークライがいる。ダークライはいるだけで悪夢を見せると言われているポケモン。反対にクレセリアは悪夢を取り払う力を持ってるの。誰もヒキガヤ君といて悪夢を見たことなんてないでしょう?」

 

 ようやく理解したらしく「おおー」と口々に感心している。けどなユキノシタ。お前はひとつ間違えてるぞ。

 

「俺はあるぞ」

「あなたは別よ。ダークライのトレーナーなんだから」

 

 言ったら一蹴されました。俺って本当にダークライの何なの?

 

「一応野生のままだけどな」

「つまり、ダークライがいるからクレセリアもいる。ダークライがどこかに行かない限りはクレセリアとも別れることはないわ」

「それ多分、ずっとじゃね? あいつ俺から離れる気なんて全くなさそうだし。たまにいない時もあるけど、気づいたら帰ってきてるし」

「ある意味すごいことよね。ダークライの帰る場所になってるのだから」

「それな」

 

 ある意味というか普通にすごいことだとは思う。思うけど、なー。まあ悪い奴じゃないし。ぼっちは人間もポケモンも関係なく惹かれ合うってことなのかもしれない。

 

「ぼっちって最強だな」

「それはまた悲しい最強ね」

「いやいや、よく考えてみろ。ヒーローってのは常に一人じゃないか。孤独なのに強い。何なら最強とまで言える。つまりぼっちは最強なんだよ」

「嫌な最強ね。両方手に入れるくらいの気概はないのかしら」

「ねぇ、コマチちゃん。また始まっちゃったけどどうしよっか」

「二人だけの世界に入ってますもんねー」

「屈折した二人だからな」

「まあ、そのうちお兄ちゃんが負けると思うんで見守っておきましょう」

 

 それから一時間くらい話の論点がずれたまま、ユキノシタと口論していた。………ああ、もちろん負けたさ。口上手すぎるんだよ………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 見事退院した。

 別にめでたくもない。

 何なら俺の目の前には鬼のような目つきをしたヘルメット少女がいる。

 名はコルニだったか。

 

「よし、もう一日くらい入院してこようかな」

 

 回れ右をして病院の中に引き返そうとすると首根っこをつかまれた。

 

「ピンピンしてるようで何よりだよ! さあ、早速ついてきてもらうわよ!」

「ギブ、ギブ………ぐびじばっでる!」

 

 呼吸ができなくなり意識が段々と薄らいできた。あ、このまま再入院ってルートに入れるのか。なら、そのまま気を失おう。

 

「あ、ごめん。ちょっときつかったね」

 

 三途の川が見え始めたところで首の締め付けを緩められ、体内に一気に酸素が駆け巡り、血の流れが活発化する。おかげで俺の再入院ルートは消え失せてしまった。下手したら死んでるな。

 

「………マジでやんの? あんまり気乗りしないんだけど。というか面倒なんだけど」

「やるったらやるの! ホウエンのチャンピオンもちゃんとやったんだからあんたもやるの!」

「ホウエンのチャンピオン……………ダイゴさんか」

 

 え? なに? あの人まで来たわけ?

 律儀というかなんというか。

 

「面倒くさっ………。やったところでメガシンカに何かが変わるとは思えないんだけど?」

「形が大事なの!」

「誰からも継承してないのに?」

「それはメガストーンの話でしょ。あんたの場合、キーストーンはおじいちゃんからのものなんだから継承してることになるじゃない」

「えっ? これ俺のじゃないのかよ。……って、どうしたイッシキ。なんかすごいキョドってるぞ」

「ふぇあ? ななななんでもないですよなんでも!」

 

 普段の俺の数倍は怪しさをまとっているイッシキ。目はどこを見ているのか焦点が定まらないし、なぜかペンダントを握っている。というか普段の俺はすでに怪しいのかよ。

 

「………イロハちゃん、さすがにそれは怪しいよ」

 

 ユイガハマがツッコミを入れると「ふぇ?」とあざとい声を上げた。デフォであざといとかもう能力の一つじゃね?

 

「ほら、いくよ」

「ちょ、待っ、どこに行くってんだよっ」

 

 腕を掴まれて強引に引っ張られた。

 前のめりになって転けそうになったのを何とか踏ん張りながら聞いてみる。

 

「マスタータワー!」

「はっ?」

「えっ? あんたマスタータワーも知らないわけ? シャラシティと言ったらマスタータワー。常識なんだから!」

 

 常識なのかよ。

 

「お、おう………」

 

 なんだろう、朝からやけに元気すぎない?

 俺ちょっとテンションの違いに疲れ始めてんだけど。

 

「歩きながら、少しマスタータワーについて教えてあげる」

 

 俺の腕を掴んだままコルニは歩き出した。なんだろう、気にしてるのは俺だけなんだろうか。余計に恥ずかしくなってきたんだけど。

 

「シャラシティに住んでいた私たちのご先祖様が最初にメガシンカさせた、そう言い伝えられてるの。ある日、二つの石を見つけた。一つはトレーナーに、もう一つはポケモンが持つことでポケモンに変化が起きた。それが今に伝わるメガシンカ。そして、その象徴として建てられたのがマスタータワーってわけ」

 

 得意げに話を進めていくコルニの背中を追いながら後をついていく。

 同じだな。ホウエンの流星の民からも同じような話を聞いた。まあ、嘘臭くて半信半疑だったが、実際にメガシンカを使えるようになってその話が事実だったことを実感した。あっちではメガシンカの起源は竜神様から始まったみたいだけど。

 

 

「おじいちゃんは今ではあんなんだけど、昔はすごいトレーナーだったんだよ。ジムリーダーもしてて、メガシンカの伝承もして、何でもできるトレーナーだった。ただあんな性格だから威厳なんてものはあまり感じられないかもしれないけど」

 

 まあそれは分からなくもない。

 オーキドのじーさんにしろ、プラターヌ博士にしろ、研究者にはあまりそういうのを感じられない。その枠組みでまだ威厳を感じられたのはカツラさんくらいだな。後はサカキとか校長とか怒らせたらまずい相手しかいない。

 ああ、一番怖いのはヒラツカ先生だな。物理的な制裁が飛んでくる。しかも三段階あるし。

 

「………ねえ、あんたは昔おじいちゃんにあったことあるんだよね。何か言われたの?」

「覚えてねぇよ。会ったのだってたったの一回出し、顔を覚えてただけでも褒めて欲しいくらいだ」

「いつかは覚えてるの?」

「ポケモンリーグからの帰り。年寄りのくせによく喋るから忘れられなかった。ただそれだけだ」

「ポケモンリーグ……………そういえばおじいちゃんから昔ポケモンリーグにリザードン一体で乗り込んだバカな少年がいたって話を聞いたことあるなー」

 

 それは多分俺だろう。というか後にも先にもポケモン一体で乗り込むバカはいるはずがない。

 というわけなので忘れてくれるとありがたい。何なら忘れてくださいお願いします。

 

「その人なら知ってるわよ。というかそろそろ手を離したらどうかしらヒキガヤ君」

「ああ、ごめんなさい! 完全に忘れてた」

 

 ユキノシタに言われて慌てて手を離してくれた。ようやく解放されたか。何気に力あるのな。手に痕がついちゃってるよ。

 

「ぶー、ヒッキーのたらし」

「お義姉ちゃん候補がこんなところでも……………コマチは大歓迎だよ、お兄ちゃん」

「せんぱーい、ひどいですぅ。私というものがありながら他の女の子に手を出すなんてー」

「お前らな………、特にイッシキ! お前はいつから俺の彼女になったんだよ。勘違いして告白して振られてしまうだろ」

「振られちゃうんだ………」

 

 振られちゃうんだわ…………。

 言ってて悲しい。

 

「あっ!? ヤバッ、みんな急がないと! 潮が満ち始めてる!」

 

 海の向こう側に見えるデカイ塔。どうやらあれがマスタータワーらしく、そこへの道は満ち潮により消え始めていた。

 なんでそんなところに作ったかね。行くのに不便じゃないか。

 

「行くよ! って? あれ? 何してるの?」

 

 コルニは駆け出したかと思うと足を止めて振り返ってきた。

 

「何って間に合うか分からないのに走るんだったら、最初から飛んで行こうかと思って」

 

 ユキノシタがボーマンダを出しながら答えた。

 

「へっ?」

 

 コルニは素っ頓狂な声をあげて驚いている。

 

「ユキノさんも随分とお兄ちゃんの影響を受けてますねー」

 

 コマチはそんなユキノシタに言葉を返しながらプテラを出す。

 俺もボールからリザードンを出し、よっこいせと跨った。

 

「あ、みんなしてずるいです! 私だけ飛べないのをいいことに」

「あ、ならイッシキさん、僕と一緒に乗る?」

 

 ユイガハマが当然のようにユキノシタの後ろに乗り、イッシキだけが取り残されてしまった。

 

『いや、大丈夫だ。オレっちが運ぶから心配ない』

 

 全員にテレパシーを送りながら勝手にボールから出てくるのはヤドキング。

 軽々とイッシキを持ち上げると先に走り始めた。

 

「………あたし、飛べないんだけど……………」

 

 あー、やっぱり?

 どうしようかとみんなに目配せをするとじっとみんなが俺を見てきた。

 はあ…………、俺に拒否権なんかない感じなのね。

 

「はあ…………、ほら、捕まれ」

 

 コルニに手を差し出すと心底驚かれてしまった。

 

「ふぇっ?」

 

 というかその反応はやめてほしい。

 

「あざとい声を出すな。そういうのはあっちで絶叫してる奴だけにしてくれ」

 

 そう言って強引に腕を掴むと、

 

「あ、あざとくなんかないしっ!」

 

 ようやく理解したのか自分で登ってきた。

 取り敢えず、みんなで絶叫してるイッシキを追いかけた。

 

 

 ザイモクザ?

 あいつは安定のジバコイルに乗ってるぞ。

 



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37話

「うぅ…………今なら先輩の気持ちも分かりそうです……………気持ち悪い………」

 

 マスタータワーに着くとイッシキがぐでんと地面に倒れていた。

 

『困ったなぁ』

 

 その横では困り果てた顔をするヤドキングが頭を抱えている。

 

「分かっただろ、急にあんなスピードで走られたんじゃ、心の準備ができてなくて身体・精神ともに保たないって」

「はい…………、というか、ヤドキングが、あんな早く走れたのが驚き、です…………」

 

 それは俺も驚きだったわ。

 こいつ、図体デカイくせにあんな速度で走れるとか……………。あ、トリックルームを使ってたとか? それなら説明もつくけど…………、果たして走りながら使えるものなのだろうか。

 

「ある意味でイッシキさんもヒキガヤ君に似てきてるわね」

 

 何かに関したように俺とイッシキを見返すユキノシタ。

 腕を組んで右手を顎の下に当ててポーズを取っているのが、様になっててちょっとムカつく。

 

「『も』って自分もそうなってることに自覚してるんだ……」

「あ、や、そういうわけじゃないのよっ」

 

 ユイガハマの言葉に彼女は取り乱し始める。

 顔は赤くなり、食い気味に否定するその姿にはちょっと笑えた。

 

「おお、きたかい。入っとくれ」

 

 なんて話しているとタワーの中からコンコンブル博士が出てきた。

 今日も今日とて作業着姿である。しかも足首まくってるし。歳食ってんだか若いんだかよく分からん。

 

「取り敢えず、勝負よ!」

「ふぁ、ふぁかったから、ふぉの指ひゃめい」

 

 イッシキをどうしようかと考えていると、ビシッとコルニに指を刺された。文字通り、物理的に。おかげで頰が痛い。

 

『いろは、担ぐぞー』

「うん、よろしく………」

 

 ぐでっとしていたイッシキはヤドキングにより無事タワーの中へと運ばれていく。

 なんかあの二人仲良すぎない?

 少なくともお互いをよく知ってる感はある。

 

「……………あんた、結構女の子のことじっと見てるよね。変態…………?」

「謂れのない肩書きを俺に与えるな。それにその称号はすでにあのストーカー博士にくれてやったわ」

「おじいちゃん?」

「あの人は一回きりだからストーカー被害にはあってねぇよ。いるんだよ、もう一人」

「ふーん」

 

 横で俺を変な目で見てくるコルニにそう返した。

 ……………何気にタメ口で話しちゃってるけど、こいついくつだよ。まあ、いくつでもいいか。歳なんか聞いたらコマチに「お兄ちゃん、女性に歳聞くとかコマチ的にも一般的にもポイント低いよ」だのユキノシタに「変態」だのユイガハマに「ヒッキーさいてー」と馬鹿にされるのが目に見えている。あ、ちなみにユキノシタは冷たい視線という俺を一瞬で射殺しそうな目で見てくるのがポイントだな。………なんだそれ。俺死ぬじゃん。

 

「さあ、やるわよ」

「はあ…………面倒くさ……」

 

 コルニに引きづられるように俺は最後にタワーの中に入った。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「では、早速バトルといこうかのぅ」

「なんであんたまでやる気見せてるんだよ」

 

 じじいの言葉に思わずツッコンでしまった。

 条件反射って怖いね。

 

「こわやこわや。お前さんもメガシンカさせてくる奴とはバトルしておらんだろ?」

 

 全く怖いとは思ってないいつも通りの軽い口調。

 見渡せば、他の奴らは俺たちから距離を取っている。コルニもコルニで俺から距離を取って、モンスターボールでジャグリングをしていた。しかもローラースケートで走りながら。

 

「いや、すでに二回バトルしてるな」

「私の他にも誰かとやったのか?」

「ちょ、なんで先生までいるんですか!? ………ハヤマたちっすよ、覚えてるか知りませんけど」

「おお、ハヤマたちか。ちゃんと覚えてはいるが君の口からその名が出てくるとは驚いた」

「俺も驚きですよ。本来関わることのない奴の名前を口にするなんて」

 

 観衆どもの中に紛れるようにヒラツカ先生がいた。

 帰ってなかったのかよと思うが口にはしない。言えばマッハパンチが飛んでくるから。今度はあてるらしいし。

 ハチマンガクシュウシタゾ。

 

「ミウラさんとのタッグバトルでしたけど、私たちが勝ちましたよ」

「あ、ちなみに二人ともメガシンカさせてきましたよ。それでもヒッキーが勝っちゃいましたけど。あたしも参加したのに全く歯が立たなかったなー」

 

 補足するようにユキノシタとユイガハマが付け加えてくる。

 ユイガハマのあれは仕方のないことだ。相手は四冠王とか呼ばれてる奴とリーグ戦のベスト4の常連とか言われてる奴だぞ。しかもメガシンカも扱いこなすような奴らが相手だったのだ。あそこで初心者の彼女が上手く立ち回れていたら、逆に頭大丈夫かと疑ってしまうレベル。特にユイガハマだし。

 

「ほう………、というと何か? ヒキガヤはメガシンカしたポケモンの相手をするのは四体目ということになるのか?」

「そういうことになりますね」

「や、あのタッグバトルはハヤマが相手の実力を図り損ねただけだろ。明らかにメガシンカを使うタイミングを間違ってたと思うぞ」

 

 それに勝ったのだってタッグバトルだったから。前にも思ったがハヤマはタッグを組んでバトルをするよりは自分だけで組み立てた方が上手くいくと思う。俺もどこまで通用するのか分からないくらいには実力を兼ね備えている。

 

「何でもいいからさっさとやるよ!」

 

 俺たちがメガシンカしたポケモンとのバトルの話をしていると痺れを切らしたコルニが割って入ってくる。

 

「どうやらうちの孫が我慢ならんようじゃ。相手してやってくれ」

「はあ……………面倒くさ。つか、フィールドは?」

 

 ジム戦も兼ねてるんじゃなかったっけ?

 なら、フィールドに移動しなくていいのかよ。

 

「いらん、バトルできればそれでいいのだ」

「適当なジムだな」

「ここはジムじゃないから別にいいじゃん」

 

 へー、ジムじゃないんだ。

 

「ルールは?」

「三対三のシングルス。使う技は一体につき四つまで。ただしメガシンカを絶対に使うこと。交代はあんただけ有り。あたしに勝てたらバッジもあげるわ」

「いつも通りか、まあいいんじゃねぇの」

「そうかい、なら早速ジムリーダーコルニ対ヒキガヤハチマンのバトルを始める。バトル開始!」

 

 あ、もう開始なんだ。

 

「いくよ、コジョフー!」

「まずはよろしく、ゲッコウガ」

「コウガ」

 

 まずはゲッコウガからですかね。

 で、相手はコジョフーときたか。

 単純な相性で言えばかくとうタイプは苦手ではあるが………うちのゲッコウガさんは特殊だし問題ない。

 

「あくタイプ………コジョフー、まずはとびひざげり!」

 

 シュタッと地面を蹴り上げ、宙を舞うコジョフー。確かフラダリも使ってたな。そんなに需要があるのだろうか。よく分からん。

 

「かげうちで躱して攻撃」

 

 落ちてくる蹴りを影に隠れて躱す。

 技を外したことで着地の反動のダメージを受けて、身動きを取れなくなっているところに影から出てきて殴りつける。ダメージとしては大きくはないが、次に繋がればそれでいい。

 

「つばめがえし」

 

 吹き飛んでいったコジョフーに追い打ちをかけるように命令。

 ゲッコウガは手刀を作り出して走り出す。

 

「スピードスター!」

 

 起き上がりながら腕で宙に円を描き、中を割って星を打ち出してくる。流れ星はゲッコウガの視界を遮るように、壁を作った。

 

「斬れ」

 

 目の前にできた壁をいとも簡単に切り裂き、道を作り出す。

 

「くっ、だったらドレインパンチで迎え撃って!」

 

 今度は攻撃と同時にエネルギーを吸収するという異様な格闘技。

 イッシキのナックラーが使っていたギガドレインのような技なので受け止めるのは得策じゃないな。

 

「かげうち」

 

 ゲッコウガはシュッと影に潜り一瞬でコジョフーの背後に回ると二本の手刀でバッテンを描くように斬りつけた。

 

「コジョフー!?」

 

 コルニが呼びかけるとふらつきながらもしっかりと二本脚で立ち直す。

 

「あー、一発じゃ無理か。なら、もう一回だな」

「コウガ」

 

 俺のところに帰ってきたゲッコウガにもう一度行くように促す。

 

「くるよコジョフー。引きつけて!」

 

 走り出したゲッコウガに攻撃を仕掛けるわけでもなく、じっと待つ。何かを狙っているのは明白だな。引きつけたいみたいだし、少し誘いに乗ってみるか?

 

「今だよ! とびひざ「ハイドロポンプ」げり!?」

 

 ま、どうせさっきはずした分を当てようとしてたんだろうけど。そう簡単に攻撃させるかよ。

 コジョフーが地面を蹴り上げて大きくジャンプしてくる。それをゲッコウガは水砲撃で地面へと押し返した。

 

「つばめがえし」

 

 とどめのひこうタイプの技。

 効果は抜群だし、これで終わるだろう。

 

「コジョフー!?」

 

 コルニの二度目の呼びかけ。

 だが、コジョフーは今度こそ反応を示さなかった。

 

「コジョフー戦闘不能。やるな、ハチマン」

「俺じゃなくてゲッコウガが、ですけど」

「………速い……………それに策が読まれてる……………」

 

 ボールにコジョフーを戻すとじっと睨んでくる。これ気にしたら負けかな。でもすごい目つき悪いんだけど。

 

「コルニ、次のポケモンを」

「あ、うん。ゴーリキー、お願い!」

 

 二体目はゴーリキーか。となるとやはりジムリーダーとしての専門タイプはかくとうになるのか。

 ひこうタイプの技をぶつけとけば大丈夫そうだな。

 

「ゴーリキー、相手は強いよ。でも私たちも負けてない。いくよ、きあいだま!」

 

 エネルギー弾を作り出すゴーリキー。

 どうでもいいけど、ヒラツカ先生が超嬉しそう。なんだろう、ゴーリキーが出てきたからか? カイリキー連れてるくらいだし、好きではあるよな、ああいうの。

 

「さて、少し様子を見ますかね」

 

 ちらっとこっちを見てくるゲッコウガに頷いて合図だけ返しておく。

 

「発射!」

 

 結構でかくなったきあいだまを打ち込んでくる。

 

「まずは四等分にでもしてみるか」

「コウガ」

 

 シャキンと二本の手刀を出すと、エネルギー弾に向かっていく。

 そして、縦と横に切りつけて四等分にしてしまう。

 

「き、斬った!?」

「こないんなら、つばめがえし!」

 

 切りつけてからそのまま脚を止めずにゴーリキーへと直行。

 

「躱して、ローキック!」

 

 ゴーリキーは身を屈めて二本の刃をやり過ごすと、足を伸ばして勢いのついたゲッコウガの足を捉えた。

 まあ、当然転けるわな。

 

「かわらわり!」

「かげうち」

 

 追撃として振り下ろされるチョップを地面に倒れる流れで影へと潜り躱す。

 

「ゴーリキー!」

「やれ」

 

 影からゴーリキーを蹴り上げ、宙に移動して地面へと叩きつけた。

 

「ゴーリキー!?」

 

 抜群技ではないためまだ戦闘不能に追い込めてはいない。

 

「いっけぇぇーー!」

 

 何かを仕掛けていたコルニが吠える。

 地面へと降り立ったゲッコウガを押しつぶすように、エネルギー弾が上空から打ち込まれた。

 

「ナーイス、ゴーリキー」

「リキ」

 

 ハイタッチをして喜んでいるが、お前らこれ見たら絶対泣くぞ。

 

「ゲッコウガー、生きてるかー」

「コウガ」

 

 すげぇ棒読みで声をかけてみると仁王立ちしたゲッコウガさんが土煙の中から姿を見せた。

 うわー、超ピンピンしてる。

 

「えっ!? 効いてない!?」

「ほう、きあいだまはかくとうタイプの技。ゲッコウガはみずとあくタイプの持ち主。普通であれば効果は抜群で大ダメージを受けていていいはずのものを……………いや、待て。確かゲッコウガはタイプが変わる特性も持っているとか聞いたかことあるぞ………まさか」

「意味分かんないんだけど!? ゲッコウガにはかくとうタイプが効果抜群のはずじゃ」

 

 じじいは分かって孫は気づかずか。

 やはりまだ少し未熟なジムリーダー様なのかもしれんな。

 

「へんげんじざい。最後に使った技のタイプに変わる特性、という説明でいいのかしら」

「ま、そんな感じになるな。要は覚えてる技のタイプになら何にだって変化するって奴だ」

 

 ユキノシタが思い出すかのようにプラターヌ博士の説明を口にしていく。

 あいつ、バトルしてたのに意外と聞いてはいたんだな。俺は聞いてなかったけど。

 

「はっ!? 何それ、反則すぎない」

「それに関しては俺も賛同だな。だけど、それがこいつだから仕方ないんだ」

「もう、メガシンカとかなくていいんじゃない?」

「そういうわけにもいかんのだわ、これが」

「くっ、ゴーリキー、みやぶる!」

「つばめがえし」

 

 みやぶるを覚えてるとか。

 目力が半端ないな。あと目付き悪い。

 ま、どうせすぐにタイプ変わるし意味ないような気もするけど。

 

「ローキック!」

 

 再度足元を狙ってきた。

 だが、そう何度も同じ手を使わせるわけないだろう。

 

「コウガ」

 

 突き出された足をジャンプで躱し、その足に着地する。

 こっちからは見えないが、今絶対悪い顔をしてることだろう。ニタァと笑ってそう。想像したら不気味すぎだったわ。

 

「とどめ」

「コウガ」

 

 二本の手刀でクロスに切り裂き、大きくジャンプしてこっちに帰ってくる。

 

「ゴーリキー!?」

 

 またもや土煙が吹き荒れ、ゴーリキーの姿が見えなくなるが、ドサッという何か倒れる音がした。

 

「………ゴーリキー、戦闘不能」

 

 煙が晴れると案の定ゴーリキーは地面に倒れ伏していた。

 コニルはそれを見ると静かにボールへと戻す。

 

「どうしたコルニ。ジムリーダーのお前が押されてるではないか」

「うるさいよおじいちゃん。分かってるから」

 

 ニヤニヤとコルニを挑発する博士。何孫を煽ってんだよ。ここは落ち着けとか少しアドバイス的なこと言う所なんじゃないのん?

 

「ルカリオ! あんたに全てを託すよ!」

 

 最後に登場したのはルカリオだった。

 となるとこいつがメガシンカしてくるというわけか。

 波導の持ち主とか結構厄介な相手だな。

 

「んじゃ、ゲッコウガ。メガシンカしないといけないみたいだから交代……………って、またですか」

 

 交代と聞くとどうしてこいつは嫌がるのだろうか。

 

「コウガ、コウガコウガ」

「いや、待て。何言ってるのかさっぱり分からんが何となく分かった。分かったけど、マジでやんの? 俺、どうやってやってるかも知らんぞ」

「コウガ」

「いや、そんな胸を張られても」

 

 任せろと言わんばかりに胸を叩くゲッコウガ。

 マジでメガシンカしたポケモン相手にやろうっていうのかよ。

 どうなっても知らんぞ。

 

「負けても文句言うなよ。これはあくまで実験だからな」

「コウガ」

 

 こうして、俺たちは例の現象をルカリオ相手にぶつけてみることにした。

 あれ、何気体力の消耗が激しいから嫌なんだけどなー。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ちょっと、ゲッコウガはメガシンカできないじゃない!」

「まあそう言うなって。ゲッコウガの相手にならないんならメガシンカさせるまでもないってことだ」

 

 本来の目的は伏せておいた。できるかも分からないもんをやってみるんだから仕方ないよな。

 

「言ってくれるじゃん。いくらタイプが変化するからって言ってもすでにみずとゴーストとひこうは使っていて後一つ隠してるだけじゃん。だったら、あたしのルカリオを倒すことはできないよ。そんな生半可な小手先は通用しないんだから!」

 

 メガシンカには絶対的な自信を持っているようで、今までとは違い強気な態度を見せてくる。

 それならそれでいいんだけど。

 逆にその力を見せて欲しいくらいだ。他のメガシンカなんてじっくり見てる暇なんてなかったし、この際だからメガシンカというものを側から見せてもらおうじゃないか。

 

「あ、そうだゲッコウガ。これ付けとけ」

 

 そう言って俺はゲッコウガに青色のリングを放り投げた。

 俺とお揃いなのはどう思うか知らんが、これもそろそろやっておかないとな。

 

「早速何かしようとしてるみたいだけど、いくよルカリオ! まずはグロウパンチ!」

 

 命令とともに動き出したルカリオ。

 メガシンカはまだしてこないか。

 やはり、一度ルカリオを追い込まないとどうにもできなさそうだな。

 

「ゲッコウガ。あれをどうやるかはお前に任せるが、取り敢えず追い込まないとメガシンカはしてもらえないらしい。ちょっと無理するがいいな」

「コウガ」

 

 本人の了承も取れたので命令に移る。

 

「かげうち」

 

 差し迫るルカリオを影に潜って回避する。

 

「またその手? けど、あたしたちには通用しないよ。ルカリオ、波導でゲッコウガを感じて!」

 

 さすがに切り札ともなれば、ポケモンの性質、特殊性を十分に把握しているようだ。ルカリオは波導を操るポケモン。技でなくともそれは効果的で、奴ら特有の能力である。

 

「ルカッ!」

 

 背後の影から現れたゲッコウガにすかさず振り向いて拳を叩き込んでくる。

 かくとうタイプの技ならば効果はないが…………。

 

「バレットパンチ!」

 

 ルカリオのもう一つのタイプであるはがねタイプの拳技も覚えるんだよなー。

 じゃないとあそこまで自信満々に言ってくるわけがない。

 

「ハイドロポンプ」

 

 拳を受けながらも水砲撃をゼロ距離で撃ち出した。

 水圧により距離を取ることができ、これで仕切り直しとなるだろう。

 

「はどうだん!」

 

 バランスを崩しながらも片手ではどうだんを撃ち出す。

 チッ、出てきたか。

 はどうだんは追尾機能がある技だからな。逃げたところでまた追いかけてくる。技自体を消さない限りは永遠と。

 

「ゲッコウガ、つばめがえし!」

 

 ならば叩き切るしかないだろう。

 ゲッコウガは二本の手刀を携えてはどうだんに走り込んでいく。

 

「もう一度はどうだん」

 

 体勢を立て直したルカリオが波導を操ってサイドからはどうだんを撃ち込んできた。

 三点方向からの追尾か。

 追いこむ前に先に追い込まれてしまったな。

 

「ゲッコウガ!」

「コウ、ガァァァァァァァッ!!」

 

 ピンチでラッキーとはよく言ったものだ。

 どうやってあの現象が起こるのか分からなかったが、どうやらゲッコウガがピンチになると発動するらしい。一体何なのかは分からないが、すでに俺の視界はゲッコウガのものへと変わっている。

 つばめがえしで叩き切るにもハイドロポンプで打ち消すのも時間が足りないか。ならばこれしかないな。

 

「かげうち」

 

 だが影には入らずただゴーストタイプになり、かくとうタイプの技を無効にする。

 ゲッコウガを中心に集結するのであれば、はどうだんの最後は当然同士討ちからの霧散。

 

「な、に、これ…………」

「ルカッ!」

「………そうだね、何が起こるか分からないのがバトルだもんね。いくよ、ルカリオ! 命! 爆! 発! メガシンカ!」

 

 ようやくルカリオをメガシンカさせてきた。コルニのグローブにはめ込まれたキーストーンとルカリオの左腕に取り付けてあるメガストーンとが共鳴し合い、結び合う。

 普通はこれがメガシンカである。だが、このゲッコウガの現象はマジでなんなんだろうか。メガシンカともフォルムチェンジとも言い難い何とも不思議な現象。しかも多分であるが未完成。なんかこう力が殻に覆われていて、全力を発揮できていない感覚がある。

 

「ボーンラッシュ!」

 

 槍のように長い骨を作り出すと真ん中でへし折り、二本に分ける。二刀流で来るつもりらしい。ならばこっちも二刀流で相手しようではないか。

 

「つばめがえし」

 

 二本の手刀を再び作り出し、打ち込んでくる骨を受け止める。だが、身体を捻ってゲッコウガの腕からすり抜けて骨も地面に捨てた。

 

「はどうだん!」

 

 さっきのハイドロポンプのお返しと言わんばかりにゼロ距離ではどうだんを撃ち込まれた。

 やべえ、なんかくっそ痛いんだけど。ポケモンっていつもこんな痛みを受けてんのか? 鈍器で殴られたんじゃないかって感じなんだけど。殴られたことないから分からんが。

 

 ーーーこれ撃ったら交代だな。

 

 ふらつく感覚をどうにか耐えながら立ち上がる。

 

「まだまだいくよ! はどうだん!」

 

 だが、王手をかけるように何発ものはどうだんを時間差をつけて撃ち込んできた。

 もう躱す気はない。

 この一発で一掃して交代だ。

 

「………」

 

 もっと、もっと引きつけて。

 さすがに背後からこないようだ。丁度俺も巻き込む形になる立ち位置にいるからかな。

 

「ーーーハイドロカノン」

 

 口を大きく開いて全てを飲み込むような破壊の水砲撃を撃ち出す。

 ルカリオははどうだん諸共に飲み込まれていった。遥か先にある壁にまで飛んでいき身体を叩きつける。壁がくずれなかったのが何よりも幸いだな。

 うーん、タイミング・威力ともに一発目としては上出来だわ。

 

「ルカリオ!?」

「スイッチ!」

 

 水の究極技を撃ち出した反動で動けなくなり、意識も俺の身体へと帰ってくる。ゲッコウガの水のベールもなくなり、ぐったりと地面に座り込んだところをボールに戻して、リザードンと交代させる。

 この瞬間を待っていたリザードンが雄叫びを上げながら、そのままルカリオに突っ込んでいく。

 

「メガシンカ」

 

 このままの姿ではメガルカリオには歯が立たないことを充分に体感した。ゲッコウガのあの現象ですら押されていたのだ。こちらもメガシンカしなければすぐにやられてしまうだろう。

 なるほど、確かに自信を持つのも頷ける。それほどまでにメガシンカとは圧倒的な力を持つことになるようだ。ヒラツカ先生やハヤマたちとのバトルでは感じ得なかったメガシンカの凄み。継承をしているだけのことはあるな。

 

「黒い、リザードン……………はっ、ルカリオ、ボーンラッシュ!」

 

 ハイドロカノンに耐えた身体を鞭打って奮い立たせ、再度骨作り出して黒いリザードンに放り投げてくる。

 

「ドラゴンクロー」

 

 竜の爪を立てて、骨を弾き、勢いを殺させはしない。

 

「かえんほうしゃ!」

「波導で防いで!」

 

 リザードンが青い炎を吐き出すとルカリオは波導で壁を作って、炎を防いだ。擬似的なまもるというわけか。

 

「グロウパンチ!」

 

 ルカリオだけが分かるように(おそらく)波導で道を作り、炎の中を走り抜けてリザードンに拳を撃ち込んできた。

 攻撃力もこれで上がってしまったか。

 さて、どうしたものか。

 

「連続でグロウパンチ」

 

 好機と見たコルニは連続してのグロウパンチを命令。

 だが、そう簡単には空きさせてやるかよ。

 

「カウンター」

 

 突き出された拳を掴み、振り回して地面に叩きつけた。

 

「ルカリオ!? しっかりして! あんたなら出来るよ。ボーンラッシュ!」

 

 地面に倒れてながらでもいくつもの骨を作り出して、方向を曲げて投げてきた。当たれば地面タイプの技であるため今のリザードンには効果抜群である。

 

「ドラゴンクロー」

 

 再度竜の爪を立てて、骨を弾いていく。

 その間にルカリオは立ち上がり体勢を立て直していく。

 

「これで決めるよ! ルカリオ、はどうだん!」

 

 どうやらとどめを刺しにくるようだ。となるとこちらもそれ相応の技で対応させてもらおうか。

 

「ブラストバーン!」

 

 地面を叩きるつけ青い火柱を吹き上げる。

 ルカリオは撃ち出したはどうだん諸共、今度は青い炎獄で焼き尽くされていく。

 

「ルカリオ!?」

 

 コルニが呼びかけるが返事はない。というか炎が燃え盛っていて姿すら確認できない。あいつ生きてるよな。

 

「ゲッコウガ、生きてるかー? 生きてたらあれ消火してくれねぇかなー」

「コウガ」

 

 そう小声で言うとボールから出てきて消火活動を始めた。究極技とあの現象を行った後だというのに悪いねぇ。

 

「ル、ルカリオ……………」

 

 鎮火して舞い上がる煙の中にはメガシンカの解けたいつもの姿のルカリオが地面に倒れ伏していた。

 

「ルカリオ戦闘不能。リザードンの勝ち。よって勝者、ヒキガヤハチマン」

「お疲れ様、ルカリオ。あんたはよくやったよ」

 

 コンコンブル博士のコールの後にコルニはそう言ってルカリオをボールへと戻した。

 リザードンもバトルモードから解けてメガシンカを解除する。

 

「はあ……………」

 

 なんかやっと終わったかと思うと、急に疲れが舞い込んできて立っているのも辛くなってきた。思わず地面に座り込んじゃうレベル。ぶっ倒れないだけ成長したな。

 

「色々と聞きたいことは山々だが、メガシンカについては問題ない。充分に扱いこなしている」

「そりゃどーも」

 

 博士が俺のところにやってきて、賞賛してきた。これで一応継承したってことになるんだろうか。認められたようだし。

 

「…………悔しい……………あんたなんかに負けるとか…………」

 

 目尻に涙を浮かべながら俺のところにやってきたコルニはそう零した。

 

「あんた、何者なの………」

「あー、此奴はカントーリーグをリザードン一体で制覇した元チャンピオンなんよ」

 

 キッと睨んでくるコルニに祖父の方が俺の正体を打ち明けた。

 それを聞いた彼女は意外なものを見る目で驚いていた。

 

「………イミワカンナイんだけど。なんでそんなのがカロスにいるのよ」

「妹の旅についてきた」

「シスコン?」

「断じて違う」

 

 なぜコマチについてくるだけでシスコン扱いされなければならないのだろうか。

 こっちがイミワカンナイんだけど。

 

「ハイ、約束のバッジ」

 

 コルニが差し出してきたバッジは対照的な形をしたものだった。

 

「ファイトバッジ。…………次は絶対勝ってやる!」

 

 それだけ言ってどこかに行ってしまった。

 

「………相当悔しかったみたいだな。お前さんには礼を言うべきか」

「なんだよいきなり」

「コルニは最近になってメガシンカをコントロールできるようになってな。それまでは暴走させたりなんかはしょっちゅうじゃ。メガシンカが使えるようになってからはジムでも負けなし。少し刺激が足らなかったのだろう。だから今日はお前さんに負けて久しぶりの感覚を思い出したんだろうよ」

 

 負けなし、ねー。

 あいつもあいつなりにやってきたってことなんだろ。だったらそれでいいんじゃね? と思うんだけど。

 負ければ悔しいか。

 そんな感覚最近じゃ俺も味わってないな。

 

「のう、少し付き合ってくれんか?」

「どうせ拒否しても無理なんでしょ」

「よく分かってるな」

「はあ…………じじいの戯言に付き合うとしますかね」

 

 重たい体を起こして、みんなに見送られながら博士の背中を追った。

 



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38話

今日からサン・ムーンの特別体験版が配信開始ですね。
ゲッコウガさんも出るみたいですし、楽しみです。


 連れてこられたのはマスタータワーの中にある一室。ちょっと階段上るのに疲れた。

 

「………いつからじゃ、お前さんのゲッコウガはいつからあの現象が起きるようになった」

 

 ん?

 そんなこと聞いてくるってことは何か知ってるってことなのか?

 

「………ついこの前だな。詳しくは言えんが俺がどんなやつか知ってるなら想像もできるだろ」

「………そうか、あの現象はな。遥か昔、一度だけ起きたことがある現象だという伝説がある」

 

 あ、前にも起きてるのか。ということはメガシンカとは別物なのか?

 

「まだお前さんたちのは未完成も未完成。最初の段階でしかない」

「というと?」

「ポケモンは不思議な生き物だ。それは今も昔も変わらない。そしてその特徴の一つとして特性が挙げられる。ゲッコウガの特性はげきりゅう。ごく稀にへんげんじざいの持ち主もおると聞いたことがある。だが、その伝説に残るゲッコウガの特性はその二つとはまた違ったものだったのではないかという見解が出ておる」

「三つ目の特性があるっていうのか?」

 

 しんりょく・もうか・げきりゅう。

 よくポケモン博士から最初のポケモンとしてもらえるポケモンの特性の傾向である。そしてそのポケモンたちの共通点は特性で言えば一般的なものかごく稀にいると言われるレアな特性を持っているかの二パターン。特性を三種類備えている者もいるが、そいつらは当てはまらない。

 例えばリザードンの特性はもうかであるが、ごく稀にサンパワーという特性を持っているらしい。だが、その二つしかないのだ。それゆえにリザードンーーヒトカゲは扱いやすいポケモンとして知られている。

 だからこそゲッコウガがへんげんじざいというもう一つの特性を持っていることに驚いたし、初心者向きの単純なポケモンではないとも思った。

 だが、今の話からすると伝説に残るゲッコウガは三つ目の特性を持っていると言うことになる。げきりゅうの持ち主が三つ目の特性を持っているなんて聞いたことがないし、そんなことがあるのかと疑わしくもある。

 

「わしの推測では完成形へと至れるのはその三つ目の特性を持った者のみ。すなわちお前さんたちには無理だという話なんよ」

 

 要するにへんげんじざいを持っているゲッコウガではあの先はないということか。

 ただあの力の完成形を手に入れられなくもない。一般化されてはいないがあの秘薬を使えば…………まあ残り二つだからどちらになるかは運次第なところはあるが。

 

「ただ、完成形に至れなくともポケモンとの確かな絆を結べた者だけがその片鱗を見せることもあるらしい。ただの特性の問題、というわけではないんよ。だからお前さんたちはあの力の片鱗を見せたんだから、確かな絆を築けておる証拠じゃ。誇りを持っていいぞ」

 

 確かな絆ねー。

 何をどう取って絆と言えるのかは分からんが、少なくともお互いに気に入ってるというのは事実ってことなのだろう。でなければ究極技も覚えられないし。

 というか一発で成功させるとか驚きなんですけど。さすがゲッコウガだな。

 

「………そういや、俺が今持っているキーストーンって博士が用意した物だってコルニから聞いたんだけど」

「ああ、それはわしが用意した。プラターヌ博士にもしもメガシンカについて知らなさそうなら、キーストーンを持っていない可能性があるから渡してくれと言っておいたんよ。結果的に持ってなかったようだし、役に立っただろ」

「まあ、そうだけど…………。つか、俺ほんとにキーストーンとか持ってなかったぞ」

「んー、だがメガシンカを使った傾向もあるし…………可能性としてはどこかで落としたか」

「有りえなくないのが悲しい……………」

 

 プラターヌ博士がメガシンカを提唱する前、すなわち俺がスクールを卒業した頃であればそれも考えられるが。

 ただ一つ問題なのはハルノさんとリーグでバトルした時にもリザードンにメガシンカらしき傾向が見られたことだ。それを考えるとあれの後に落としたことになるが……………やっぱり考えられるのはあの時かもしれない。

 シャドーに誘拐された時。

 あの時ならば転けた拍子に落としたとしても辻褄が合う。あれ以降、リザードンにはそんな傾向が全く見られなくなったからな。暴走に近いものにはなったけど。

 

「まあ、何にせよ。メガシンカのルーツはホウエンにある。リザードンのあれがメガシンカかどうかはあっちで聞いた方がいいかもしれない」

「はっ? ちょっと待て。メガシンカのルーツって言ったか?」

「あー、コルニか。あの孫はちとせっかちなところがあるんよ。話を部分的にしか覚えておらんかったのか。すまんな」

「ということは何か? メガシンカはやっぱりホウエンの、それも流星の滝が発祥地だというのか?」

「そうそう、竜神様との絆を結ぶこと。それがメガシンカのルーツだと言われておる。わしらのご先祖様はホウエンからの移住者。彼らがカロスにメガシンカを広めた。だからここにマスタータワーがその象徴として立っておる」

 

 あのバカ女。

 しっかり人の話は聞いとけよ。

 危うく間違った情報のままでいるところだったじゃないか。

 お仕置きだな。

 

「…………はあ、博士の孫にも困ったもんですね」

「困った孫じゃ。そこが可愛いがの」

 

 ちらっと窓から見下ろすと白いヘルメットが見えた。体育座りで遠くを眺めているようだ。

 

「わしがちと厳しく育てすぎたのやもしれん。おかげで継承式を重んじるあまりお前さんには迷惑をかけた」

「や、それはいいですけど」

「コルニを頼む」

「んじゃその間、下にいるあいつらを鍛えてやってくれませんか? 現役を退いたとはいえ、バトルができないわけじゃないでしょ」

「ふっ、よく見ておる」

 

 というわけで、おバカなジムリーダー様にお説教しに行くことになった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 下に戻るとコマチとイッシキがバトルをしていた。

 カマクラとヤドキングか。

 カマクラもあれで何気に強いからな。ヤドキングもバトル経験は長いし、どっちが勝つのやら。

 

「あら、ヒキガヤ君。もう終わったのかしら?」

「ああ、まあ一応な。今からお説教しに行くことになったけど」

「あなたがお説教とか珍しいこともあるものね」

「頼みだからな」

 

 俺たちの姿に気付いたユキノシタが声をかけてきたので受け答えをしていると、カマクラがシャドーボールで戦闘不能になった。やはりヤドキングの方が一枚上手とくるか。経験がものを言ったバトルなのだろう。

 

「お前らは博士にメガシンカについて詳しく聞いておいた方がいいかもな。特にトツカと、ユキノシタもか」

「私、メガシンカできないわよ」

「できる時が来るかもだろ」

「あなたが必要とするのならば考えてあげる」

「お前な…………」

 

 ふふんっ、と憎たらしい目をしてくる。

 こいつ、俺にどんだけ恥ずかしいことを言わせたいんだよ。

 

「分かった分かった。お前らの力が必要だ。だからいつでもできるように備えておいて欲しい」

「仕方ないわね。あなたがそこまで言うのなら言う通りにしてあげるわ」

 

 うわー、こいつ今すげぇドヤ顔なんですけど。心底楽しそうだな、おい。

 

「日に日に二人の世界が広がってる…………」

「やっぱり二人は仲良いよね」

「「う、うらやましい…………」」

 

 コートと白衣を着た二人はなんて残念なんだろう。

 残念すぎて涙が出そうなレベル。

 誰か先生はもらってあげてよ。

 

「んじゃ行ってくる」

「いってらっしゃい」

『そのまま帰ってくるな!』

 

 よし蹴ろう。

 

「エルレイド、テレポート」

 

 先生のエルレイドに呼びかけると何故か本当に出てきてくれた。みんな本当に何なの? なんでそんなにあっさりと俺の言うこと聞いちゃうわけ?

 

「せいっ」

 

 テレポートからのドロップキックをヤドキングにお見舞いしてやった。

 着地に失敗して腰打ったけど。みんなに笑われたのは言うまでもない。

 

 

 

 マスタータワーの外周へ出てきて回り込むと、一人遠くを見ているジムリーダー様がいた。

 

「よお」

「何しに来たわけ」

「お仕置きとお説教?」

「はっ? お仕置きってお尻叩き百回とか? そんなにまでしてあたしのお尻を触りたいとかどんだけ変態なのよっ」

「ちょっとー、妄想力溢れるのは分かったけど、俺を変態扱いしないでくれますー?」

 

 誰がお仕置きで尻叩きをするかよ。それはもはや変態の領域であって、やっちゃいかんだろ。つかやらねぇよ。何でその発想につながるんだよ。

 

「…………あたし、昔はメガシンカを暴走させてたの」

 

 ポツリと前を向きながらコルニが呟いた。

 あれ? 今からしんみりした話になるの?

 

「強さってのを命令なしでも行動できるものだと思っていたから。独断の行動も良しとしているからメガシンカの力に呑まれてしまう、おじいちゃんはそう言ってたの。ようやくそれに気がついて、特訓してメガシンカに慣れた。そこからは負けなしで自分は最強だと思い込んでた。だけどあんたに負けて、あたし………あたし………………」

 

 メガシンカの暴走。

 俺はなったことないが起こるというのも事実。自身の力に呑まれて力が暴走するのはメガシンカでなくとも起きることである。

 いい例がユキノシタのオーダイルだ。あいつも自身の特性であるげきりゅうによる力の増幅に耐えられず、我を忘れて暴走を始めた。そこに起因しているのはやはりトレーナーの未熟さ。甘い考えや感情の起伏をポケモンがトレーナーから読み取ってしまい、力のコントロールを見失ってしまうことが原因だと言われている。

 多分、あの時のユキノシタの頭には暴走という言葉すらなかったのだろう。でなければ、あのユキノシタが何もできないとか有り得ないからな。………それはハヤマも同じか。あいつも結局は何もできなかった。暴走という事態に頭も身体もついていっていなかった。

 何のことはない。俺たちが子供だったってだけだ。

 そもそも俺がオーダイルの暴走を止められたのだって、リザードンに進化してからもうかに対して気をつけていたからだ。知識として暴走という言葉が頭の中にあったから冷静な判断ができた。ただそれだけのこと。

 だからコルニがメガシンカを暴走させたというのだって、結局は未熟だったってことだ。

 

「………悔しいか?」

 

 そして、有り余る力をコントロールできるようになると人間もポケモンも達成感を得る。達成感からは自信が生まれる。自信から今度は慢心へと変わっていく。慢心状態で負ければ当然誰だって悔しい。

 

「…………悔しい…………」

 

 今のコルニはまさにその状態なのだろう。そして、すでにそうであることを自覚している。だからこそ、今こうしてここにいる。

 

「それは何に対してだ? 俺に負けたことか? それとも調子に乗っていたことか?」

「ッッ!?」

 

 彼女が目を見開いてこっちを見てくる。

 その目には涙が浮かび上がっていた。

 

「くっ……………りょ、両方っ!」

 

 顔を真っ赤にしながら前を向き直してそう叫んだ。

 図星だったか。

 やはり、他のトレーナーとは違いすぐに自分の欠点を見つけられる点ではジムリーダーだな。

 コマチ?

 あいつは特殊だ。

 ほらユイガハマを見てみろ。自分じゃ気づけないだろ。イッシキの場合は全てが計算されてるようで怖い。超怖い。

 

「…………ねぇ」

「あ?」

 

 しばらく沈黙が続いたかと思うと、徐にコルニが口を開いた。

 

「あんたってほんとにチャンピオンだったわけ?」

「ああ、三日間だけな」

 

 なんかいきなり話題が変わったんだけど。

 なに? 負けた腹いせに俺の過去で笑おうって算段か?

 

「前におじいちゃんから散々リザードンを連れた少年の話を聞かされてたけど、まさかあんただったとはね」

「意外か?」

「ううん、別に。というか逆に納得がいったって感じかな。あんなゲッコウガ初めて見たし、スピードにしろ技の応酬にしろ全てが読まれてる感じだった。それに最後の交代は全く想像していなかったよ。ああ、結局メガシンカ使わなくても私たちを倒せてしまうんだって本気で思ったもん……………」

 

 まあ、間違っていないな。

 ゲッコウガだけでも押し切ることもできたかもしれない。だけど、あのまま続けていたら、多分あの時みたいにガス欠を起こしていただろう。だから俺的には交代して正解であった。それだけだ。

 

「で、こんなあたしにどんなお仕置きをしようっての?」

「なんだよ、自分からお仕置きを受けに来るとかどんだけマゾなんだよ。俺ちょっと引いちゃう」

「あんたが言い出したことでしょうが」

 

 じとっとした冷たい眼差しが俺の顔に刺さった。突き刺さった。刃物のように突き刺さった。

 超痛いんですけど。主に心が。

 

「………はあ、お前が思うジムリーダーに必要なもんって何だ?」

「はっ? 何いきなり。まあいいけど………ジムリーダーに必要なもの? まずは強さでしょ。それから知識と、後は挑戦者の欠点を見抜くこと、くらいかな」

「ま、バトルという点で見ればそこら辺だが、そもそもジムリーダーはその地周辺の警護も業務には備わっている。強さという点は同じだが、ただの強さではなく仲間の精神的支えになることも大切だ。で、だ。お前にはそういう強さはあるのか?」

「…………………ない、よ………あるわけないじゃん。だっておじいちゃんの方が強いんだよっ?! あたしがいくらメガシンカ使えたところで同じメガシンカ使いのおじいちゃんには敵わないよっ!」

 

 やっぱり何か引っかかると思ってたらこんなことを考えていたか。

 そんな気持ちでいるから俺に負けたんだと思うんだよなー。

 結局のところ、気持ちの持ちようでいくらでも勝利は左右されてくる。

 俺も普段はバトルする気もないが、やるからには勝つ気でいる。何なら俺より強い奴っていないんじゃね? て思っちゃってるレベル。あ、それはただの自意識過剰でしたね。

 

「別に誰が一番強いとかってのはどうでもいいだろ。博士が強いのは当たり前。年季が違う。ならばお前はそれを補える何かを身につければいいだけのことなんじゃねぇの?」

 

 なぜ人は一番に拘るのだろうか。

 俺も自分のことを棚に上げているようでアレだが、一番に拘ったところで特に何かを得られるわけではない。確かに名声やらなんやらのものはもらえるが、それで何かが変わるかといえば根本的なものは何も変わらない。自分は自分だし、他人は他人、ポケモンはポケモンだ。何も変わることはない。

 だから一番になったところでいいことなんて特にないのだ。

 ほら、チャンピオンとかいう一番は不在のために仮置きをなされたこともあるくらいだし。逆に責任という重石が乗っかってくるだけだな。

 

「はっ? 言ってる意味が分かんないんだけど。あたしは「あいつら全員とバトルしてくんねぇか?」………最後まで言わせなさいよ。バトル? 彼女たちと?」

「ああ、メガシンカを体感させたくてな。俺がやればいいだけの話ではあるんだが、お前ジムリーダーだし、トレーナーとバトルするのが仕事だろ?」

「…………何か企んでるでしょ」

「企んでないといえば嘘にはなるが、お前に損はさせねぇよ。俺もなんだかんだあいつら全員とバトルしてみて、嫌になるくらいだからな」

 

 ユキノシタの猛攻とかコマチの成長具合とかイッシキのトリッキーさとか。思い出しただけでも体が震えてくる。

 後はザイモクザだな。あいつとのバトルはいかんせん面倒だ。でんじほうの連発だとかさらにはロックオンまでしてくるし。毎回焼いて終わらせてるけど、それにしたってあれはないだろ。そもそもあいつとバトルなんてほとんどしてないけど。

 

「信用できない………けど、分かった。あんたにコケにされたままなんてのは嫌だから、彼女たち全員とバトルしてあげる」

「クセの強いのが粒揃いだってだけは言っておくわ」

「あんたほどではないでしょ。だったらいいわよ。あたしとルカリオの絆、今度こそ見せてやるんだから!」

 

 基準が俺なのがそもそも間違いなような気もする。特にイッシキとか俺を基準にできないと思うぞ。

 

「あっ!」

「なんだよ、いきなり」

「あたしまだみんなの名前聞いてなかった」

 

 立ち上がったコルニが何かを思い出したかと思うとそんなことを言ってきた。

 そういやどこかの孫子のペースに持って行かれて誰も自己紹介をする暇すらなかったな。だからと言って俺はしないけど。

 

「だったら、さっさと戻ってまずはそこから聞いてこい」

「あんたには指図されたくない」

「へいへい」

 

 どうやらもう大丈夫らしい。

 スタスタと戻っていく彼女の後ろ姿を見て素直にそう思った。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ………マスタータワーにはポケモンを回復させる機械も置いてあるんだな。

 戻る途中にコルニはとある一室によってモンスターボールを取ってきていた。

 終始無言で彼女の後ろをついていく。下を見下ろすとトツカがミミロップをメガシンカさせて博士とバトルしていた。どうやら早速メガシンカの手ほどきを受けているらしい。

 

「あ。お兄ちゃん」

 

 降りてきた俺に気がついたコマチが声をかけてくる。

 

「トツカもキーストーンをもらったのか?」

「うん、今継承式をしてるところ」

 

 メガミミロップ対メガヘラクロス。

 かくとう同士のバトルか。

 どうでもいいけどヒラツカ先生が楽しそう。「いけぇ!」とか「そこだぁ!」とか一人で騒いでいる。どんだけかくとうタイプ好きなんだよ。

 

「ま、試しで一回やってるし問題はなさそうだな」

「ねえ、そういえば体の方は大丈夫なの?」

「あー、今の所はな」

 

 多分、さっきのゲッコウガの現象を見てのことだろう。一回あれを使ってぶっ倒れるところをユキノシタには見られてるわけだし。

 

「そう」

「どういうこと?」

 

 彼女がそう小さく零すと俺の横で新たに声がした。

 

「どういうことだろうな」

「言いなさいよ。ムカつくわね」

「やだよ、面倒臭い。そう何でもかんでも自分のことをオープンにしてたら付け入る隙を与えることになるだろうが」

「………彼女はいいんだ」

「その場にいたからな。隠しようがない」

「なんかムカつく」

 

 肘を俺の脇腹にゴリゴリとめりこませてくる。

 痛いんだけど、そのサポーター。

 超痛いんですけど!

 

「ふぉぉおおお。これはお義姉ちゃん候補確定!?」

「先輩、何現地妻作ってるんですか。そういうのやめてくださいキモいです。あとキモい」

 

 なんだよ現地妻って。

 どこのツンツンウニ頭のヒーローだよ。

 

「なっ!? だだだ誰がこんな奴の現地妻なのよ!? 死んでもお断りなんだから!」

 

 顔を赤くして反論するコルニの姿に一同は目を見開いた。

 

「…………ちょっと先輩何本気で堕としてるんですか!? 冗談で言ったつもりなのにこの反応とかもうアウトじゃないですか!」

「ヒッキー!? 本気でハーレムとか狙ってたりする口なの?! 驚きというかもう! なんかもう! ヒッキーのバカっ!」

 

 そして何故かイッシキとユイガハマには問い詰められる始末。

 なんなの?

 俺が何かしたって言うの?

 助けを求めてコマチを見るとニヤニヤと怪しい笑みを浮かべているし、先生は楽しそうだったのが一気に地獄を見たかのような目で俺を睨んでくるし、ユキノシタには「………変態」と冷たい罵声を投げられた。

 

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、違うって言ってんでしょうがこんのバカァァァアアアアアアアッッ!!?」

 

 拝啓、親父殿

 今日があんたの息子の命日になりそうです。

 

 ぐふっ!

 

 

 閑話休題。

 

 

「どしたの、ハチマン。元気ないね」

「ああ、詳しいことは聞かないでくれると助かる」

 

 思い出すだけで痛みが蘇ってきそうで怖い。トラウマになりそう。

 

「そう? あ、それよりハチマン。ちゃんとミミロップのメガシンカを安定させることができたよ」

「そうか、ならよかった。これでトツカも一人前のメガシンカ使いだな」

「ハチマンからしたらまだまだだけどね」

「や、俺だってそんなに日経ってないし」

 

 ミミロップもさぞ喜んでいることだろう。大好きなご主人様の力になれるんだからな。しかもトツカからしてみればミミロップは切り札だって言うし、本人が聞いたら泣くだろうな。

 

「で、ハチマン。あたしは誰とバトルすれば良いわけ」

「「「「ッッッ!?」」」」

 

 おいおい、いきなりファーストネームの呼び捨てかよ。

 俺にもそれしろとか言わんだろうな。そもそも名前で呼ばれることなんて親くらいだから呼び慣れなさすぎて毎回ドキッとしそう。現に不意にトツカに呼ばれるとドキッとするし。ハードル高すぎだろ。

 

「どういう風の吹き回しか分からないのだけれど、取り敢えず私からでいいかしら?」

 

 ああ、ここに雪女がいるんだけど。

 ユキメノコの権現のように空気が冷たくなっていくのがものすごい速さで肌に伝わってくる。

 

「名前を呼んだくらいで動揺しすぎじゃない? ま、あたしは誰からでもいいんだけど」

 

 二人の視線がバチバチと火花を散らせている。

 自然と握手という名の握り合いをしてるし。

 女って怖っ!

 

「ちゃんと自己紹介をしてなかったわね。改めて、私はユキノシタユキノよ。ヒキガヤ君ほどじゃないけど、三冠王と呼ばれるくらいには強いわよ」

 

 煽るなよ。

 コルニがまたヘマするじゃんよ。

 

「あ、あたしユイ。ユイガハマユイ。抜け駆けは許さないからね」

「イッシキイロハでーす☆ せんぱいには〜いつもお世話になってます、きゃはっ☆」

「妹のヒキガヤコマチでーす。お義姉ちゃん候補が増えるのは大歓迎なので是非お兄ちゃんを落としてあげてください。というかみなさんここぞとばかりに本気出してません?」

 

 怖い怖い自己紹介が始まった。というか何をみんなして牽制してんの? 怖いんだけど。特にイッシキの本気を初めて見たような気がして心の底から何かが湧き上がってきている。

 これに名前をつけるとすれば、まさに「恐怖」だな。

 

「こわやこわや」

「そう思うなら止めてくださいよ」

「いやいや、コルニがここまで張り合うのは実に見応えがある」

「楽しんでんじゃねぇよ」

 

 俺の横にやってきたコンコンブル博士についツッコンでしまった。

 

「時にハチマン」

「あんたも名前呼びなんすね」

 

 カロスではこれが普通なのだろうか。

 そうだったらこっちには馴染めそうにないな。

 あ、どこでも無理か。

 

「孫を嫁に」

「あんたもか!」

「冗談じゃ。それよりお前さんには礼を言わんといかんな」

 

 冗談に聞こえないから言ってんだよ。

 なんで昨日会ったばかりの奴をいきなり嫁に迎えることになるんだよ。

 

「それはまだっすよ。コルニがこいつらとバトルしてみて何を掴み取るかが重要なんすから」

「図るのう」

「あんたよりはマシだわ………」

 

 重たいため息を吐きながらポケットに手を入れる。

 すると丸い石を入れてたのを思い出した。

 フレア団のところから奪ってきたメガストーンを取り出してみる。

 

「これ、どのポケモンのメガストーンか分かります?」

「なんじゃ、お前さん。まだメガストーンを持っておったのか? ……運命かのう」

 

 二人して赤と水色のカラフルな色の石をじっと見つめる。

 

「いくよ、ルカリオ!」

「ルカリオね………。いきなさい、ボーマンダ」

 

 離れたところで始まったバトルに目を向ける。

 ユキノシタはボーマンダでいくのか。

 ………………………。

 

「「あっ、」」

 

 さっきまでは気がつかなかったが、この二色を持つポケモンがそこにいた。

 コクっと頷き合うと急いでバトルに割り込む。

 

「ちょ、ハチマンにおじいちゃん! いきなりなんなの!?」

「ひ、ヒキガヤ君。あ、ちょ、え? あ、え?」

 

 俺はボーマンダに石を、博士はユキノシタに石を渡していく。

 コルニがプンスカ怒っているのは聞こえないフリをして流しておく。

 

「「はい、せーの」」

「あ、え、えっと、メ、メガシンカ?」

 

 ボーマンダに持たせたメガストーンとユキノシタが受け取ったキーストーンが輝き始め、光が結び合っていく。

 徐々に白い光に包まれ、ボーマンダは姿を変えた。

 



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39話

ちょっと遅れてごめんなさい。


 赤い二枚の翼は一枚の大きな三日月型の翼へと変わり。

 水色の体には鎧が取り付けられ。

 一回りくらい身体が大きくなったボーマンダ。いや、正確にはメガボーマンダか。

 ザイモクザがプラターヌ博士からもらってきたメガシンカの一覧にはボーマンダのことも載っていた。だから実物を見てピンときたし、コンコンブル博士もプラターヌ博士の研究の情報提供者。知っていてもおかしくはない。

 

「これが……………メガシンカ………………」

 

 新たな姿にユキノシタは心底驚いている。

 俺も最初はこうだったし、無理もない。

 

「あ、わ………私…………」

 

 ボーマンダを見たまま身体を凍りつかせるユキノシタ。

 氷の女王が凍りついてどうするって感じではあるが、ちょっと無理やりすぎたかもしれない。

 だけど、こうでもしないとこいつは多分メガシンカを、というか新たな力を手にしようとはしないと思う。

 ただ一つ、気がかりなのはーーー

 

「………大丈夫だ。今のお前は昔のお前じゃないだろ。強大な力でも今のお前ならコントロールできるはずだ。自信持て」

 

 微弱に震える肩に手を置いて彼女の懸念を拭ってやる。

 暴走。

 ユキノシタにとっては苦い思い出であるオーダイルの暴走が頭の中をちらついているみたいだ。

 

「ヒキ、ガヤ………くん……………」

「それにお前の知識の中にもあるだろ。怒りを力に変える技が」

「…………そう、ね。私は昔の私じゃない。メガシンカについても知識を持っているし、すでに暴走だって起こしてる。今更怖がるものなんてないわよね」

「そうだな」

「ふふっ、あなたは今も昔も私の側にいてくれるのね」

「たまたまだ。たまたま」

 

 すっと緊張がほぐれていき、表情が柔らかくなっていく。

 もう大丈夫だな。

 

「………なんかムカつくんですけどー。ルカリオ、こっちもいくよ! 命! 爆! 発! メガシンカ!」

 

 コルニのグローブにはめ込まれたキーストーンとルカリオの左腕に付けられたメガストーンが共鳴し出す。

 徐々に白い光に覆われていき、メガルカリオへと姿を変えた。

 

「バトル、開始!」

 

 博士の声でバトルが始まった。

 

「ルカリオ、あたしたちの力見せつけるよ! まずはバレットパンチ!」

 

 素早い動きで駆け出すルカリオ。

 その身体は波導を常備していて、気圧されそうなオーラを放っている。

 

「ボーマンダ、だいもんじ!」

 

 口を大きく開けたボーマンダは炎を吐き出し、ルカリオを焼き尽くしていく。炎は「大」の文字を作り出し、ルカリオの両腕ごと拘束していく。

 

「波導で弾き飛ばして!」

 

 そうコルニが言うとルカリオは内側から濃縮な圧力をかけて一気に炎を弾いた。

 俺たちから見れば焼き尽くされたかのように見えていたが、目立ったダメージは負っていない。さすがメガシンカといったところか。波導の操り方もさっきとは比べ物にならない。逆に俺の時と何が違うのか気になっちゃうレベル。

 

「突っ込め!」

 

 再度走り込んでいくルカリオ。

 それに対してユキノシタはというと。

 

「ボーマンダ、そらをとぶ!」

 

 一瞬で宙へと逃げ、攻撃を回避した。

 ま、それが妥当か。

 だいもんじを波導で弾き飛ばしたんだ。ハイドロポンプを撃ったって同じ結果になることだろう。ならば、一旦仕切り直すのがベストと言える。

 

「連発で、はどうだん!」

 

 距離を取ると今度はコルニが仕掛けた。

 はどうだんで遠距離からの猛攻撃をしようという算段らしい。そして、それくらいならば呼んでくると踏んでいる目をしている。

 

「回転しながらドラゴンダイブ!」

 

 竜を具現化させて纏い、身体を回転させながらルカリオ目掛けてボーマンダが堕ちてくる。

 あれも俺の飛行技の一つだな。技こそ違えどやっていることはトルネード。回転をつけることではどうだんを弾き、そのまま攻撃に転じるという流れなのだろう。

 

「はどうだんに飛び移って躱して!」

 

 波導で弾を操り、足場にしていく。

 足場に使った弾は順にボーマンダに襲いかかる。

 はどうだんを回転で弾きながら真っ逆さまに落ちるボーマンダは勢いを殺せない。

 このままならば地面にダイブすることになる。

 

「エアキックターン」

「ぶっ!?」

 

 吹いた。

 おい、マジかよ。

 今度はストレートに使いやがって。

 何だよ、そういう名前を言うのが恥ずかしかったんじゃねぇのかよ。

 

「まるで先輩を見てるようですね」

「プテくんも覚えた方がいいのかなー」

 

 覚えなくていいと思います。

 あんなのただアニメを見て取り入れてみただけのもんだし。

 バトルスタイル的にコマチにはちょっと違う気がするし。

 何ならユキノシタも俺とは似て非なるバトルスタイルをしているんだし、違うような気がする。

 

「グロウパンチ!」

 

 地面すれすれで踏みとどまり急上昇してくるボーマンダに、今度はルカリオが突っ込んでいく。

 ボーマンダは竜を纏ったまま躱そうとしない。このままお互いにぶつかるつもりらしい。

 

「ルカリオ!」

 

 と、誰もがそう思って見ているとコルニがルカリオを呼びかけ合図を送った。

 何を仕掛けるつもりなのか見ていると最後に足場に使っていたはどうだんを自分とボーマンダの間に移動させ、それをものすごい勢いで叩いた。

 弾は力と力の押し合いにより爆発しボーマンダを襲った。回転していたのも逆手に取られたようだ。弾けるエネルギーすらも攻撃に使われ、真っ逆さまに落ちてくる。

 

「だいもんじ」

 

 ユキノシタの一言で身体をくるりと回転させて上を向き、口を大きく開けた。

 放たれた炎は一直線にルカリオへと宙を駆け巡る。

 

「波導で壁を作って!」

 

 対するルカリオは波導で炎の勢いを抑え、その間に翻って躱した。

 

「ドラゴンダイブ」

 

 再度竜を纏ってルカリオへと突っ込んでいく。

 だが、同じ展開ではいくらコルニでも対処法を編み出してくるはず。

 

「連発ではどうだん」

 

 ルカリオは距離があるうちから攻撃を始めた。

 はどうだんを何発も当てて体力を削るつもりなのだろうか。だとしたらひこうタイプのボーマンダにはそれほどダメージは通らないように思うんだけど。

 

「ギアをトップにしなさい」

 

 ボーマンダは四本の足を折りたたむと急加速して、はどうだんの猛攻の中をくぐり抜けていく。

 

「バレットパンチ!」

「翻って」

「なっ!?」

 

 目の前まで迫ってきたボーマンダにパンチをお見舞いしようと腕を伸ばすと翻って躱され背後を取られた。

 ボーマンダはそのままルカリオに突撃し、地面に叩きつけた。

 あの………二人とも、一応ここ室内だってこと覚えてる?

 

「くっ、やるわね。ルカリオ、こっちも負けてられないよ!」

 

 先ほど連発したはどうだんを地面に寝っ転がりながら操り、空中から見下ろしているボーマンダに次々と当てていく。

 

「ボァァァァアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!」

 

 四方八方から打ち付けられていくボーマンダ。バランスを崩して落っこちてきた。

 ドンッという鈍い音がタワー内に響き渡る。

 身体からは煙を上げ、目の焦点が定まっていない。

 

「ゆ、ゆきのん!」

「大丈夫よ、ユイガハマさん。さっきのヒキガヤくんの言葉でこれも織り込み済みだから」

 

 心配そうにユキノシタを見つめるユイガハマ。彼女もあの暴走を目撃した一人だからな。あの目を見るとつい思い出してしまうのだろう。どうにもできなかった頃のユキノシタを。

 

「おじいちゃん、ちょっとこれまずくない?!」

「暴走の一歩手前だな」

 

 継承者組は過去の自分たちのことでも思い出しているのだろう。険しい顔でボーマンダのことを見ている。

 

「ルカリオ、さっさと倒しちゃうよ。バレットパンチ!」

 

 さっさと倒す、ということはバトルを終わらせてしまえば、メガシンカも解かれ、あの危険な状態からも解放されるということなのか。過去の経験を生かした対処法なのだろうが、こっちもこっちで策があったりするんだよな。

 

「落ち着きなさい、ボーマンダ。今こそあなたの新しい力を使う時よ。全ての力をぶつけなさいーーー」

 

 オーダイルの暴走をコントロールさせることに成功したあの技を、ユキノシタがボーマンダに命令する。

 

「ーーーげきりん」

 

 カチッと何かが噛み合ったかのように咆哮は技に変わっていく。

 炎と水と電気を全て纏い、常時竜の気を作り出している。バチバチという音が俺たちの恐怖心を煽ってくる。

 

「なっ!?」

 

 コルニが驚いた顔を見せるもボーマンダは攻撃の手を止めない。

 地面を蹴り出し、パンチを打ち込もうとするルカリオに突っ込んでいく。

 

「る、ルカリオ! 波導で躱して!」

 

 咄嗟に命令を変え、ルカリオは波導の力でボーマンダを抑え込もうとするも、逆に竜の気に呑まれてしまい身動きを封じられた。

 そこにボーマンダが遠慮なく突っ込みルカリオを弾き飛ばした。

 

「ルカリオッ!?」

 

 コルニが呼びかけるも壁に内受けられたルカリオからの返事は返ってこない。唯一確認できたのはメガシンカが解けたことのみ。

 

「ルカリオ戦闘不能。ボーマンダの勝ち」

 

 技を放ったことで落ち着きを取り戻し、すっきりした顔をしているボーマンダのメガシンカも解かれた。

 

「お疲れ様、ボーマンダ。あなたのおかげで私も覚悟を決めることができたわ。ありがとう」

「また負けた…………。しかも初めてメガシンカ使った相手に………………」

 

 ボーマンダの顎を撫でながらお礼を言うユキノシタに対し、コルニはルカリオをボールに戻しながらそんなことを呟くいた。

 

「まあ、そう言うな。あれも元チャンピオンの器じゃ。初めてのことだろうと柔軟に対処する力は持っておる。それにハチマンも付いているんだ。強くて当たり前だ。それよりもハチマンはお前に何か掴み取って欲しいみたいだぞ」

 

 そんな一言を祖父に拾われからかわれ始める。

 

「何かってなんなのよ…………」

「それは本人にしか分からんそうじゃ」

 

 二人がブツブツと孫子で言い合っているのをじっと見てるとユキノシタに声をかけられた。

 

「ありがとう、あなたのおかげで克服できた気がするわ」

「あー、悪かったな。いきなりメガシンカ使わせて」

「いえ、どうせ私一人じゃ使うことを拒んでいたと思うから、無理やりにでもやってくれないと一生使わなかったと思うわ。あなたにはああ言ったけど」

 

 一生って………。

 姉貴の方はメガシンカをバンバン使ってるらしいのに。バンバンて程でもないか。

 

「………げきりん、オーダイルの暴走もこれでコントロールしたのかしら?」

「ご明察。あの時の俺にできる唯一の手段だったんでな。でなきゃ、お前と同じ歳のクソガキが暴走をコントロールできるわけないじゃん」

「クソガキ、ね。あなたがクソガキだったら私たちは何になるのやら」

「ゆきの〜ん。お疲れ〜」

 

 走り寄ってきたユイガハマがそのままユキノシタの胸にダイブする。「ユイガハマさん、暑苦しいのだけれど」とか言いながら頭を撫でている。このツンデレさんめ。

 

「せい!」

「ぐふっ」

 

 何故かいきなり背後から拳が飛んできた。

 超痛いんですけど。

 骨に当たった感が半端ない。

 

「あんた結局何企んでのよ。さっさと言いなさい!」

 

 くるっと回されて胸ぐらを掴まれてキッとした目で睨んでくるのは、やはり(というかこいつしかいないが)コルニであった。

 

「ねえ、痛いからやめてくれる?」

「やめて欲しかったら、吐きなさい」

「なんでそんな尋問みたいになってんの?」

「あんたが言わないからでしょうが。って、ちょ、なに? なにすんの?」

 

 いや俺はなにもしてないから。

 と思ったら、ユイガハマとイッシキがコルニの両腕を掴んで押さえつけ出した。その背後からはユキノシタが脇に腕をとして身体を押さえつける。

 

「「はーい、ちょっと離れましょうねー」」

「仲がいいのには別になにも言うことないのだけれど、ちょっと距離というものを考えて欲しいわ」

「え? ちょ、ちょっとーっ!?」

 

 三人はそのままコルニを引きずって何処かへと行ってしまった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ご主人様に残されていったボーマンダにオボンの実を食べさせていると、ようやく四人が帰ってきた。何故かコルニだけはげっそりとしている。一体なにがあったというのだ。

 コマチに聞こうかとも思ったが、ニコニコと見ているところを見るとこいつもグルなのが分かる。女って怖い…………。

 

「うぅ………ユキノさん怖い………………」

「あら、まだお仕置きが必要だったかしら?」

 

 コルニが涙目でポツリと零すとすげぇいい笑顔でユキノシタが睨んだ。笑顔で睨むってすごい芸当だな。

 

「めめめ滅相もございません!」

「そう」

 

 青ざめた表情で許しを請うと一段とげっそりした顔つきになった。

 

「せーんぱい? なにじっと見てるんですか? キモいですよ?」

「キモいは余計だ。つか、お前らコルニに何したんだよ」

「やだなー、何もしてませんよー。ただちょーっとだけコルニのことを教えてもらっただけです」

「マジで何を聞いたんだよ……………」

 

 なんかみんなして怖いんだけど。

 コルニ、お前は三人に何を言わされたんだ?

 

「…………コルニ、お前何言わされたんだ?」

「ッッ!? し、知らない! ああああんたになんか絶対絶対ぜぇーったい教えてやんないんだからっ!!」

 

 顔を真っ赤に染め上げてまくし立ててくる。コマチがそれを見て「子供だねー」とケラケラ笑っていた。 多分、お前の方が年下だと思うぞ。

 

「はいはい」

 

 ま、言う気がないなら別にいいんだけど。

 気にならないかといえば嘘にはなるが聞いたところでどうにかなるようなことでもない。特に女子間の会話の内容は男子には分からんことが多々あるからな。

 

「さて、今度はイッシキかコマチあたりとバトルして欲しいところではあるが…………。さすがの連戦はルカリオが可哀想だからな。明日出直すとしよう」

「あたしは可哀想じゃないっていうの!」

「別にそうは言ってないだろ」

「言ってないけど、そう聞こえた!」

 

 ぶすーっと俺の睨めつけてくる。

 何だろう、やっぱり年上には見えない。

 いいとこ同じ歳か。

 コマチよりも年上かとも思ったが、段々そうも見えなくなってくる。

 だからと言って直接歳を聞くのもな…………。

 絶対「乙女に歳聞くとかあんたどういう神経してるわけ」って言われそう。コルニだけならいいんだが、最悪なことにここは女子の比率が高い。俺の一方的な負けルートが確定している。下手に口を開けば、俺は殺されるだろう。

 

「というかお腹すいた………」

 

 隠すことなくそういうコルニが果たして乙女なのかはさておき、確かに飯時の時間ではあるな。

 

「シャラには何か美味しいものがあったりするのかしら?」

「んー、シャラサブレ?」

「それはこの前食ったわ」

 

 固かったって記憶しかないけど。あ、あと飲み物ないときついな。

 

「えっ? お兄ちゃん、食べたの?! コマチ食べてないよ!?」

「ユイガハマも食ったぞ」

「ユイさん?!」

「たははー、ごめんねー。別に隠すつもりじゃなかったんだけど、話題に出すとヒッキーが何か言ってきそうだったから」

「先輩、最近どうしたんですか。なんか気持ち悪いですよ。人がよすぎる先輩とか超気持ち悪いです。あと気持ち悪い」

 

 どんだけ気持ち悪いんだよ。

 というか俺が奢るとかそんなに変なのか?

 

「おい、気持ち悪いって何回言うんだよ。そんなに言うんだったら、どんな俺ならいいんだよ」

「どんな先輩って………いつものように後輩には甘い………って、はっ!? まさか先輩私色に染まろうとして聞き出してたりしますか?! 考えはいいですし大変嬉しいですけどまだ早いというか私に覚悟がないのでもっと時間を置いてからもう一度言ってくださいごめんなさい」

「なんで振られてんだよ。つか、長ぇよ」

 

 とりあえず最後のごめんなさいしか聞き取れなかったぞ。よく噛まないで最後まで言えたな。呆れるを通り越して感心するわ。マジパネェ。

 

「とにかく! 先輩はいつものようにしてればいいんです! 変にいい子ぶるのはやめてください!」

「いい子ぶるってなんだよ。それじゃ、いつもの俺が悪いやつみたいじゃねぇか」

「「「…………………」」」

「なんでそこで誰も否定しないんだよ」

 

 俺とイッシキの会話にいつもであれば入ってきそうな女子さんにが無言で俺をじっと見つめてくる。ごめん、嘘。睨んでるの間違いだったわ。

 

「だって、ね」

「コルニさんを堕としたお兄ちゃんだし」

「ヒッキー、時々無自覚で鬼畜だから」

「鬼畜って…………」

 

 みんなして俺をどういう扱いをしてるんでしょうか。聞きたくないけどここまでくると気になっちゃう。聞きたくないけど。

 

「…………いつも、なの?」

「ええ、そうね。特に不安感が強くなった時にはその力を発揮するわね」

「うわー………」

 

 引くわー、みたいな目で見ないでくれます?

 結構傷ついてるんですよ? 見せないけど。

 

「それじゃ、あたしも………」

「先輩の毒は乙女の心に敏感ですから」

「…………………こんなのの何がいいんだろ」

 

 なんかよく分からんが、俺が危険視されてるのはよく分かったわ。これからは余り気づいても入り込まないようにしよう。というかさらっと流そう。うん、そうしよう。

 

「「爆ぜろ、リア充め!」」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 残念な二人の叫びの後。

 じじいとヒラツカ先生だけを残して昼飯を食いに街をぶらつき、適当な店に入った。

 何でもちょっと調べたいことができたんだとか。何を調べたいのかは何となく分かる。ゲッコウガのことだろう。みんなには伏せておくようだけど、ユキノシタは何かを感づいてるし、コルニも何も言ってこないが言ってこないだけであって話題を振れば何か言ってきそうではある。後は知らん。そこまで知識を持ってるわけでもなさそうなので、げきりゅうが発動したとでも勘違いしているのかもしれない。まあ、それならそれで結構。説明しなくて済むから楽である。

 

「それでいきなりコルニさんとバトルさせたのはどういう意図があったのかしら?」

「あ、それ今聞いちゃう?」

「今だから聞いているのよ。こんな話、ひと段落してる時くらいじゃないと話してくれそうにないじゃない」

 

 よく分かっていらっしゃる。

 

「まあ、特に意図なんてものはないんだけど。コルニが「ちょっと! それ以上言ったらあんたの息の根止めるからね!」ふぁが、ふぁがふぁふぁふぁ」

 

 答えようとしたら、パンと口の中に詰め込まれた。

 あの、これ窒息死しそうなんですけど。結構な勢いでヤバいよ。三途の川が見え始めてるからね。見るの二回目かな。二回ともこいつが原因だけど。

 

「………はあ、はあ、はあ……………死ぬかと、思った……………」

「あんたが悪いんでしょうが!」

 

 肩で息をして肺の中に空気を目一杯送り込んでいると顔を真っ赤に染め上げたコルニがキッと睨んできた。

 睨まれてるのに怖くないのはなんでだろうな。

 

「すっかり仲良しになったみたいだねー」

 

 声だけ聞けば俺の心も一気に和んでいくのだが、内容を頭に通していくとトツカの発言に異議を申し立てたくなってきた。

 

「「仲良くなんかない!」」

 

 被った……………。

 なんでこういう時に限ってタイミングが被るのだろうか。後内容も。

 ユキノシタのことといいコルニのことといい、トツカにはそんなに仲良く見えているのだろうか。天使だから仕方ないが、それでもちょっとは否定させて欲しい。

 

「………まるで自分の時を見ているような気分ね」

「まるっきり一緒だもんね………」

 

 ユキノシタとユイガハマもよく見るこの光景を思い出したのか苦笑いを浮かべている。

 

「あー、もうこの話は終わり! 終わりったら終わり! それより、明日は誰とバトルすればいいわけ!」

 

 自分の不利な空気を一掃しようと話を強引に切り替えていく。さすがにかわいそうに思ったのか誰も止める気は無かったようだ。

 

「明日は…………イッシキあたりからでいいんじゃね? まあ、初心者だし勝てるとは思うけど」

 

 うん、勝てるとは思う。思うけど、イッシキの相手はコルニからしたら嫌なバトルになるだろう。イッシキが誰を使ってくるかにもよるが、癖のあるポケモンしかいないため、攻撃一筋のコルニにはちょっときついかもしれない。

 

「へー、イロハは初心者なんだ」

「コマチも初心者ですよー」

「な、なんならあたしも初心者かも…………」

 

 ちょっと言い出しにくかったのか、ユイガハマだけ声が幾分か小さかった。

 

「三人が初心者で、ハチマンとユキノさんが元チャンピオン。で、後の………」

「あ、自己紹介がまだだったね。僕はトツカサイカだよ」

「サイカさんは…………ねえ、ハチマン。サイカさんって女の子だよね」

「だったらどんなに良かったか…………」

 

 トツカの容姿に惑わされる者がここにもいましたよ。まあ当然だな。どっからどう見てもこんな可愛い子が男子だとは思わないよな。

 

「あっははは………、僕一応男の子なんだけどなー」

「うそっ……………」

 

 案の定、言葉を失って固まった。

 その気持ち、よく分かるぞ。

 

「え、だってミミロップとかいう可愛いポケモン連れて…………え? え?」

 

 ちょっと歯車が合わなくなったのか、微弱ながら震えている。壊れる前兆かな。

 

「大丈夫だ。俺も陥ったことだ。それよりトツカはメガシンカを扱えるくらいの実力を持っているのは確かだぞ」

「うむ、トツカ氏は我を超えたと言っても過言ではない」

「誰………?」

「ぴぎぃっ」

 

 今の今まで眼中にも無かったのかザイモクザにはすごく冷たい視線を送り始めた。

 

「あー、この暑苦しい見た目中年のメガネは一応俺と同じ歳のザイモクザヨシテルというでんじほうオタクだな」

「けぷこん! いかにも、我こそ古より紫電の秘技を授かったザイモクザヨシテルであーる! ジムリーダーコルニ! 我らのでんじほうに痺れるがいい!」

「あの、恥ずかしいんでそういうの大声で口にするのやめてくれます?」

「ぐぎゃあっ!?」

 

 奴なりの自己紹介をしたというのに一蹴されてしまった。

 ざまぁ。

 

「ねえ、ハチマン。この人ヤバくない?」

「ああ、そうだな。いつもこれだからもう見慣れたけど、確かに危ない奴でしかないよな」

 

 初めて見る者からすれば確かに危ない奴である。俺たちがいなかったらすでに捕まってるレベルだな。

 

「中二、うるさい」

「中二さん、ここ一応お店なんで静かにしてください」

「……………先輩、場所変わってください」

 

 ザイモクザの目の前に座るイッシキはげんなりした顔で俺を見てきた。

 ちなみに机を挟んで、コルニ・俺・トツカ・ザイモクザ。向かいにユキノシタ・ユイガハマ・コマチ・イッシキの順に座っている。さりげなくトツカの横に座ったのがポイント高いな。その横にすんごい勢いでコルニが座ってきたけど。

 

「この中で順位をつけるとしたらどうなるの?」

「ヒッキーとゆきのんが一番にきてー、その次に中二? さいちゃん? それから…………イロハちゃんとコマチちゃんってどっちが強いの?」

「………取り敢えず、ユイさんが一番弱いのはよく分かりました」

「あー、バレちゃった?」

「や、分かるだろフツー」

「ヒッキー、ちょっと黙れし!」

 

 やだ、怒られちゃった。

 にしてもコマチとイッシキってほんとにどっちが強いんだろうな。初バトルではイッシキが全勝でコマチが一敗だったみたいだが、果たして現状はどうなのだろうか。

 

「でもユイガハマさんはあれから随分と強くなったわよ。ザクロさんに指摘されたのもあるのかもしれないけれど、技の使い方も間合いのとり方もよくなってきてるわ」

「でへへー、ゆきのんに褒められると照れるなー」

 

 ユキノシタには甘えた顔になるのな。抱きついてるし。どんだけ好きなんだよ。百合百合しい。

 

「そういえば、あれからイロハさんとは本気のバトルしてませんでしたね」

「言われてみればそうだね。うーん、でももうちょっと待ってほしいかなー。後一体捕まえればコマチちゃんと同じ手持ち数になるし、それで全力でバトルした方が対等で楽しそうかなーって思うの」

「おおー、現状でのフルバトルですか。いいですね、それならいくらでも待ちますよ」

「というわけで先輩、明日付き合ってください」

「上手い具合にヒキガヤくんを釣り出したわね」

「恐るべし、イロハちゃん」

 

 あれ? なんか勝手に明日の俺の予定が埋まっていくんですけど?

 

「何が「というわけ」だよ。それなら午前中はコルニとバトルな。それだったら付き合ってやらなくもない」

「…………やっぱり、なんか気前いい先輩って怖いです」

「なんでだよ………」

 

 キモいならまだ分かるが(分かりたくないけど)怖いってどういうことだよ。

 

「いいですよ、勝っても負けても明日は午後から付き合ってもらいますからね!」

「へーへー」

 

 イッシキに新しいポケモンねー。

 何を捕まえようとしてるんだか。

 

 

 エスパータイプじゃありませんように。

 



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40話

 あれから午後はコルニがジムの方に行く予定だったので、解散して俺だけのんびりと過ごした。なんかみんなバトルに嵌りだしたのか、ユキノシタ対ヒラツカ先生、コマチ対トツカ、イッシキ対ユイガハマでバトルしていた。いつの間に先生は戻ってきたんだろうな。

 で、夕食の時にはその話題で持ちきりで、俺は会話に加われなかった。ま、いいんだけどね。

 そして翌日。

 再びマスタータワーに来ている。今日はまずイッシキがコルニとバトルをするため、その見学である。俺まで来る必要あるのかと思うが、頼んでもないのに迎えに来たコルニにより捕獲され、強制送還となったのだから仕方ない。それに言い出したのは俺だし、最後まで見届けないといけないか。

 

「さて、それじゃ始めようか」

「お手柔らかに~」

 

 あざとい笑みを朝から浮かべるイッシキに素直に感心するな。あいつ疲れないのかね。

 

「イロハが初心者だからって手加減はしないよ」

「手加減とか考えられるなんて結構余裕だね。さすがジムリーダー様」

「あんたも言うね。だったらお望み通り叩き潰してあげるよ! ルカリオ!」

 

 ボールを取り出し、ルカリオを召喚。

 昨日の疲れはないようで何よりだな。

 

「ルカリオか………。うん、分かってる。相性から見てもメガシンカに抵抗できそうなのは他にいないし。いくよ、ヤドキング!」

 

 ………最近、というかヤドキングが来てからイッシキの独り言が増えたような気がする。まあ、どうせテレパシーで会話してるんだろうけど。知らなければ変な奴にしか見えないのが悲しいよな。

 

「ルールを確認するぞ。使用ポケモンは一体。どちらかのポケモンが戦闘不能になればバトル終了とする」

 

 今日はいきなりではなくしっかりとルール確認するんだな。やはり博士も初心者が相手をするとなるとしっかり審判役をやるのだろうか。

 

「バトル開始!」

 

 ルカリオ対ヤドキング。

 タイプの相性から見ればヤドキングの方が上。かくとうタイプの技もはがねタイプの技もみず・エスパータイプのヤドキングには効果は少ない。ただし物理的な衝撃は食らうので派生ダメージには注意しないとな。しっかり躱すんだぞー。

 

「ルカリオ、挨拶代わりにまずはグロウパンチ!」

 

 ただしタイプの相性を苦にしない技を持っているのも事実。グロウパンチを何度も使われてしまえば、その分ルカリオの攻撃力が高まってしまい、タイプの相性なんか関係なくなってきたりする。その辺も考慮してバトルしなければ逆転されるのは間違いない。果たしてイッシキはそのことに気づいているのか………。

 ま、そこまで俺が言ってやるのも過保護というものだ。だから言わない。

 

「ヤドキング、うずしお!」

 

 ヤドキングはイッシキの命により渦巻いた水を作り出していく。

 だが、この間にルカリオは距離を背後からゼロへと詰めてしまった。やはりルカリオとヤドキングとでは素早さが違いすぎるか。

 

「上に投げて!」

 

 拳を受けながら渦巻いた水を上空へと切り離した。

 

「まずは一発! ルカリオ、上の渦潮を消すよ! はどうだん!」

 

 コルニは早速、イッシキがどのような意図を持って作り出したのか俺でも分からないうずしおをはどうだんで掻き消していく。

 

「メガシンカしないの?」

「させるだけの実力を見せてもらわないと」

「ふーん」

 

 一応聞きましたよ、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。何を考えているんだ、あいつは。見てるだけでもなんか怖いんですけど。

 

「さーて、これでうずしおはなくなったよ! 何をしようとしてたのか分からないけど、こんな程度じゃメガシンカするまでもないね!」

 

 あーあー、あの子気づいてないパターンだよ。少なくとも今煽るべきじゃないだろ。というかイッシキを煽っちゃダメだろ。

 

「ルカリオ、もう一度グロウパンチ!」

 

 再度グロウパンチで仕掛けていく。

 突き進んでいく足はやはり早い。ヤドキングの行動が止まって見えるとまでは言い過ぎだが速さは歴然。

 

「何をしようとしてるかなんてコルニに分かるわけないよ」

 

 まあ、俺でも分からんしな。コルニに分かるわがない。

 

「はっ?」

「そもそもうずしおには何の意図もないんだから。単なる時間稼ぎ。考えるという無駄な行為を与えただけ」

 

 いや、それを意図というんではないでしょうか?

 まあ、でもなんか読めたわ。

 ルカリオが地面を蹴り上げ、拳を振り上げる。

 

「トリックルーム」

 

 出たよ、トリックルーム。

 これで鬼畜なイッシキのターンが始まっちまったよ。

 ヤドキングを中心に半径五メートルほどの立方体の空間が作り出された。部屋の中に囚われたルカリオが止まって見える。

 

「うずしお」

 

 再び渦巻いた水を作り出し、ルカリオを捕縛。飲み込まれたルカリオは渦の中で身動きを取れなくなっている。

 

「ルカリオ!? 波導の力で弾き飛ばして!」

「でんじほう」

 

 コルニの命令にルカリオが反応する前にヤドキングがでんじほうを飛ばした。

 狙うは渦の中であくせくしているルカリオ。

 

「ルガッ?!」

 

 水を伝って流れてくる電気に痺れたのか、呻き声をあげた。

 

「なっ!?」

 

 強力な電力によりうずしおの水が分解され、霧散していく。

 それを見たコルニは驚愕を露わにしていた。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 一体どこまで入れ知恵をもらってきたのか、ヤドキングは多様な技を覚えているみたいだ。あの校長は一体何を考えてるんだよ。

 

「ルカリオ!?」

 

 ドンッと爆発が起きる。

 あれは俺とユキノシタがフレア団と交戦した時に、オーダイルとユキメノコとリザードンでやった化学変化を応用した連携技だ。

 ルカリオの体は爆風で部屋の壁に激突し崩折れる。

 

「………水の電気分解でできた水素に火がつけばたちまち爆発。いかにも先輩が好きそうな技ですよねー」

 

 なんかしっかりと理解してるんですけど。あのイッシキが、あのイッシキが、だぞ。

 どんだけ曲者なんだよ。怖いよ。超怖い。あと怖い。

 ん? 水素? 酸素ができるんじゃないのん?

 後輩よりも化学ができないどうも俺です。

 

「いやいや、お前の場合うずしおで身動き封じて、何とか相手が立て直そうとしたタイミングででんじほうで確実に麻痺させて、直後に着火とかどんだけ鬼畜なんだよ。精神的ダメージまで与えるとか鬼だわ」

 

 口にしてみて改めて思うが、技の選択がもうえげつない。単に水が欲しいならみずでっぽうでいいだろうに。最初から身動き封じちゃうとかそれなんて無理ゲー?

 もはや初心者の域超えちゃってるよ。

 

「………イロハ、あんた本当に初心者?」

「もう、やだなー。旅するのはこれが初めてだし、コマチちゃんとユイ先輩と同じタイミングでポケモンもらってるんだから初心者に決まってるじゃん」

 

 うわー、何この不敵な笑み。俺の横でユキノシタが頭抱えだしたぞ。その背中にはユイガハマが隠れてるし。トツカとコマチは相変わらずニコニコしていて癒される。マジ天使。けど一番分かりやすいのはげんなりしているヒラツカ先生だな。あまり人のバトルに口を出してこない先生ですら引いちゃうレベルらしいぞ。

 

「ルカリオ、まだいけるよね?」

「ルカっ!」

「ハチマンの時もそうだったけど、相手がどんな見た目でもそれで実力測っちゃダメみたいだね。こっから全力でいくよ。命! 爆! 発! メガシンカ!」

 

 とうとう本気を出し始めたコルニ。

 フラフラと立ち上がったルカリオの左腕のメガストーンとコルニのグローブにはめ込まれたキーストーンが共鳴を起こす。

 ルカリオは姿を変え、急増した波導でトリックルームを壊した。

 ナンテコッタ、パンナコッタ。

 溢れる波導で部屋が壊れるとかマジかよ。なんかメガシンカの恐ろしさをようやく実感したわ。

 こりゃ、イッシキたちがメガシンカを相手にどこまでやれるかが見物だな。

 

「わぁー、溢れる波導でトリックルームが壊れちゃった…………」

 

 さすがのイッシキもこれには驚いたようだ。というかみんな驚いてたわ。

 まあ、波導の凄さってのが見て取れたからな。マジパネェわ。

 

「ルカリオ、グロウパンチ!」

 

 ダッと勢いよく地面を蹴り出し、ヤドキングに飛びかかる。さっきよりも格段に動きが早い。すでにヤドキングに一発入れている。

 吹き飛ばされながらもヤドキングはイッシキとアイコンタクトを取ると何も言わずに頷いた。

 

「えっ?」

 

 それと同じタイミングでルカリオの動きが止まった。正確にはほんのすこし動いてはいるが、こっからだと止まっているようにしか見えないのだ。

 ヤドキングは好機と見て、重たい身体を起こして電気玉を溜め込んでいく。

 

「ルカリオ!? しっかりして! ………くっ、またトリックルームなの………? こうなったら、波導でトリックルームを壊して!!」

 

 身動きが遅くなっていることに気がついたコルニはルカリオに溢れ出る波導で先程と同じように部屋を壊すように命じた。

 特に身体を動かすわけではないので、すぐに効果が出始める。パリンとガラス音が鳴り部屋が壊れた。

 だが、ルカリオの動きは元には戻らなかった。

 

「どういう…………こと……………?」

 

 麻痺で痺れている様子はない。なのに、ルカリオの動きは元には戻っていない。

 

「ヒキガヤくん、説明」

 

 おい、ユキノシタ。なんで当然のように俺に説明を要求してくるんだよ。俺だって分かんねぇよ。

 

「…………考えられるのはトリックルームの重ねがけか。けど、そんなことできるのか?」

「知らないわよ。使ったことないもの」

「だよな」

 

 だけど、考えられるのはそれしかない。

 マトリョーシカみたいに何重にもトリックルームを重ねがけして、一部屋壊したところでトリックルームの効果は保たれる。理屈的には問題ない。だが、そんなことが本当に成し得るのだろうか。重ねがけ自体ができるのかも分からないし、仮に出来たとしてもポケモンの負担はかなりのものだろう。

 

「中二先輩風に言えばこうでしたっけ」

 

 ようやく口を開いたかと思うと何故かザイモクザが出てきた。

 ん?

 

「ーーーレールガン!」

 

 えー、何あのあざとい笑顔。

 これ、どこまで計算されてるわけ?

 超怖いんだけど。

 というかなんであいつの真似してんの? そして、なんでポーズまで綺麗に出来てんの? なんかヤドキングがやると絵面が悪いんだけど。ミコッちゃん呼んでこい!

 

「全力ではどうだん!」

 

 ヤドキングが溜め込んだ電気玉を一殴りし、ルカリオへと飛ばす。身動きの取れないルカリオは溢れ出る波導を操り、いくつもの弾にしていき電気玉次々と当てていく。

 だが、勢いは殺されずルカリオへと衝突。ドカンという音とともに煙が巻き上がり、ルカリオの姿が隠れた。衝撃でパリン、パリンとトリックルームが壊れるガラス音が複数聞こえてきた。

 どうやら俺の読みは当たってたらしい。だとすると、あのヤドキングは相当の実力を兼ね備えているということになる。それを扱いきれるイッシキはもう初心者と言ってはいけないんじゃないか?

 

「ッ!?」

 

 煙の中をサササっと駆け抜ける音が微かに聞こえた。

 

「ボーンラッシュ!」

 

 コルニが叫んだかと思うとルカリオが煙の中から出てきて、ヤドキングに向けて二本の骨を振り降ろす。

 

「ヤドキング!」

 

 咄嗟に合図を送るとヤドキングはかえんほうしゃをルカリオに放った。

 

「翻って!」

 

 だが、前回のバトルを思い出したのか身を捻ってかえんほうしゃをやり過ごす。

 

「いっけぇぇえええええっっ!!!」

 

 そして、おおよそジムリーダーとは思えない雄叫びを上げた。

 

「ルッ!?」

 

 しかし、その声とは裏腹に天は味方をしてくれないらしく、ルカリオの身体に電気が走った。こんなところで麻痺の効果が出てくるとは。

 ただ痺れて勢いが殺され落下運動を始めたことで、再度放ってきたヤドキングのかえんほうしゃがまたもや外れた。

 

「麻痺っ!? くっ、ルカリオ! 諦めちゃダメッ! 投げて!」

 

 痺れる身体を無理やり動かし、最後の力で二本の骨を投げつける。骨は炎を掻い潜りヤドキングを打ち付ける。顔面にアッパーをくらい、重たい身体は宙を舞う。

 

「はどうだん!!」

 

 真上から練り込まれた波導の塊がヤドキングに襲い掛かった。

 

「ヤドキング!?」

 

 イッシキが呼びかけるも地面に叩きつけられたヤドキングはピクリともしない。

 

「ヤドキング戦闘不能。よって勝者、コルニ」

 

 博士の審判が下り、バトルが終了する。ルカリオの姿も元に戻り、疲れたのかそのまま地面に座り込んんだ。

 中々に濃いバトルだったと思う。

 

「ねえ、ヒッキー。なんであんまり攻撃を受けてないヤドキングの方が負けちゃったの?」

「あん? そんなの決まってるだろ。グロウパンチだ」

「グロウパンチ…………あ、そうか! あれで攻撃力が上がってたんだ!」

「そういうこと。しかも一回じゃないからな。だからこそ最後のボーンラッシュが効いたんだ。あれでごっそりダメージを受けて、はどうだんでとどめ。メガシンカしてるからこその力技だな」

 

 あれでメガシンカしてなかったら確実にイッシキが勝っていただろう。たらればの話なんかはしても意味はないが、それくらいにはイッシキがすごいバトルをしていたという証拠にもなる。

 何があいつをあそこまで急激に成長させてるんだ?

 

「……………イロハちゃんは吸収が早いよね」

「怖いくらいね。いつ負かされるか考えたくもないわ」

 

 タタタっとイッシキはヤドキングの方へと駆け寄っていくと声をかけた。

 

「いやー、負けちゃったね、ヤドキング」

『無茶するなー』

「でもできたでしょ」

『中々にハードなご主人様だ』

 

 ようやく目を覚ましたヤドキングがオフマイクにすることなく、テレパシーを流してくる。

 イッシキさん?

 あなたまさか今の実験的にやってたわけ?

 

「イロハ、もう一度聞くけどあんた本当に初心者なわけ?」

「そうだよー、ポケモンバトルもスクールの卒業試験以外にしたことのなかった初心者だよー」

「…………バトルの展開、技の連携、無茶な発想。どれを取っても初心者とは思えないんだけど」

 

 それには俺も同意見だな。だけど、イッシキは初心者トレーナーだ。だったの方がしっくりくるけど。

 

「そこはほら、元チャンピオンの二人のバトルを見てるし」

「それにしても初心者でヤドキングを使いこなすとか」

「このヤドキングは特別だよ。私がスクールの卒業試験で使ったポケモンだから。一番馴染み深いポケモンなの」

「…………? それって最初のポケモンがヤドキングってこと?」

「違うよ、このヤドキングはトレーナーズスクールの校長先生のポケモン。トレーナーとして最初にもらったポケモンはもう進化したけどフォッコだよ」

「校長のポケモンって………、そりゃ強いはずだよ……………」

 

 ようやく納得いったのかコルニはがっくりを肩を落とした。

 

「わはははっ! 結構結構、実に結構。さすがハチマンの後輩じゃ」

「いや、俺の後輩かどうかは関係ないでしょ」

 

 いきなり高笑いをする博士の言葉につい突っ込んでしまった。

 

「いんや、お前さんの影響じゃよ。小賢しい技の応酬はまさにお前さん譲りじゃ」

「ひでぇ言われよう」

 

 どっちかっつーとあの校長みたいな気もするけどな。ゲンガーで大爆発起こしてたしな。だとするとイッシキの爆発もあそこから来た可能性もあるのか。

 その時を見てたのかは知らないけど。

 

「それと博士が言ってることは案外間違っていませんよ。先輩のバトルは見たやつ全てを覚えてますから」

 

 は……………? マジで?

 ユキノシタといいユイガハマといいイッシキといい、なんでみんなして俺のバトルを覚えてるわけ?

 記憶力よすぎじゃね?

 

「わはははっ! まさかあの一匹狼がこうも輪の中心になるとは」

「笑えねぇよ」

「そうか? 周りが大人になったという証拠じゃろ。これでお前さんも少しは気持ちが軽くなればの」

「軽くっつか大所帯になりすぎて動きにくい」

「それだけお前さんのことを知りたい者がいるということじゃ。よかったのう」

「…………」

 

 果たしてそれがいいことなのかは俺には分からない。

 結局のところ、俺といることで事件に巻き込まれる可能性だって飛躍しているのだ。実際に巻き込んでるんだし、こちらとしては心が落ち着かないのが本音である。

 

「あ、そうだ先輩。コルニとバトルしたんで、早速昨日の約束果たしてもらいますよ」

 

  チッ、覚えてやがったか。忘れていればいいものを。

 とりあえず、これでコルニとイッシキのバトルは終わった。次は誰とやるのやら。どうせ俺は見れないだろうけど。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 マスタータワーにある回復マシンでルカリオとヤドキングを回復させるとトツカとコルニのバトルを見ることなくイッシキに連れ出された。

 そして、ボールに極力入りたがらないゲッコウガの隣には当然のようにテールナーがいる。

 まるでーーー

 

「ダブルデートみたいですね」

「ぶっ!?」

 

 言うなよ。

 口にするなよ。

 恥ずかしいだろ。

 

「あ、図星みたいですね。んもー、それならそうと早く言ってくれればいいのに。テールナーみたいに抱きついた方がいいですか?」

 

 ニヤニヤとした嫌な笑みでケラケラ笑っている。

 

「いらねぇよ。それより何捕まえるのか決めたのかよ」

「12番道路についてからのお楽しみですよー。いるか分かりませんけど」

 

 あざとさも忘れていないようで。

 いつも通りのイッシキで何よりだわ。

 バトルし出すとあざとさとかなくなるみたいだけど。

 

「…………ボール持ってるのか?」

「そんな初歩的なミスはしませんよ。先輩、私のことバカにしすぎです」

「やり兼ねないのがお前だろ。そして俺に泣きついてボールをただで貰っちゃうまでが手に取るように分かる」

「はっ!? そんな手があったなんて気がつきませんでした」

 

 そう言ってイッシキが俺の顔をチラッと見てきたかと思うと、

 

「………わーん、せんぱーい。モンスターボール持ってくるの忘れちゃいました〜」

「おい、今の流れでどうしてそうなる」

 

 涙目になって上目遣いで俺を見てきた。

 すげぇな、おい。涙目とかよく咄嗟にできるな。

 驚きを通り越してむしろ感心するまである。

 

「んもぅ、そこはノリよく頭くらい撫でてくれないとプンプンです」

「あざといから。すげぇあざといから」

「あざとくないですよぅ」

「その声自体があざといんだよ。そうだな、棒読みじゃなかったことだけは褒めてやろう」

「なんで上から目線なんですか。いいですよーだ。こうなったら後で夜這いしてあげます」

「何危ない単語使ってんの? お前、そんなキャラだっけ? というか夜這いの意味分かってんの?」

「冗談じゃないですかー。あ、それとも本気にしちゃいました。顔赤いですよ?」

「うっせ、お前の口車には乗るか。つーか、そういうお前こそ声とは裏腹に顔真っ赤だぞ」

「そ、そそそそんなわけないじゃないですか!? な、何言ってくれちゃってんですか!!」

「いやいや、その動揺の仕方はおかしいだろ。責めるのは好きでも責められると弱いとかただのバカだろ。なら煽るなって話だわ。お前も素直になれよ」

 

 なんかちょっとしたところが抜けているイッシキを見て、俺の方が冷静になってきた。

 こいつの将来、大丈夫かね。下手に煽って襲われたりとか普通にありそうで怖いんだけど。巻き込まれる予感しかしない。

 

「かかか勘違いしないでよね! あんたなんか全然好きじゃないんだからね!」

「誰だよ、お前。なんでツンデレを装ってんだよ。似合わねぇよ」

 

 だから上目遣いで俺を見るのやめてくれない?

 心臓に悪いんだけど。

 

「酷いです先輩。ただ先輩のリクエストに応えようとしただけなのに、そんな言い方ないです」

「お前はもっと計算に計算しつくしたやり方だろうが」

「さあ、行きますよ、お兄ちゃん!」

「よし、この話題はもうやめよう。知らないうちに俺の首が締められていく」

 

 お兄ちゃんとか、妹は一人で充分だわ。

 こんなあざとい妹はいても嬉しくないな。

 

「ええー、いいじゃないですかー。先輩をからかうのは楽しいですよ?」

「俺が楽しくねぇよ。なんで後輩にここまでされなきゃいかんのだ」

「それは最初に先輩が頭を撫でてくれなかったからですよー」

「そんなに撫でて欲しいのかよ。あーもう、ほら」

 

 なにゆえそこまでして撫でて欲しいのかは理解できんが、このまま撫でないでおくと永遠と続きそうなので仕方なくお兄ちゃんスキルを発動させる。

 

「うへへへへっ」

「気持ち悪い笑い方するなっ」

 

 やめておけばよかったかもしれない。

 なんでこんなだらしない顔になってんだよ。

 

「いやー、なんかこそばゆくて。あ、でもちゃんと撫でてくれたところはポイント高いですよ」

「イッシキのポイントを貯めても嬉しくないわ。コマチのだって溜まって何があるのか知らんのに」

「知りたいですか?」

「やめておく」

「もう、素直じゃないですねー。あ、なんだかんだで着いちゃいましたよ」

「お前、口を動かすのに足を止めないのはすごいよな」

 

 もう12番道路についたのか。

 それにしてもこいつといると顎が痛くなるな。

 それだけ俺も口を開いてるという証拠なのだろう。話し上手…………とは到底思えないが話題が尽きないのは確かである。

 

「目的地へ向かうための暇つぶしなのに、歩かなかったら意味ないじゃないですか」

「や、だってほら、女子って結構喋ってばっかで目的忘れてたりするじゃん」

「すごい偏見ですね。そういう人いますけど」

「ま、今んとこ面子的に合理主義者が多いからな。本末転倒になるようなことは誰もしないだろうな」

 

 イッシキを初め、ユキノシタにコマチと結構目的達成を優先させる奴が多いな。寄り道してもそれすらも過程に組み込まれていくし。応用が利く奴らばっかということなのかもしれない。

 

「あ、…………どうしましょうか」

 

 そんなイッシキが急に足を止めた。

 何かあったのかと思って見てみると、広い川があった。

 ジャンプで飛び越えられる距離ではない。ポケモンに連れて行ってもらうか橋を探すしかないだろう。

 

「はあ…………ゲッコウガ、テールナーを頼んだぞ」

「コウガ………」

 

 半分諦め顔のゲッコウガに抱きつくテールナーを任せ、俺はボールからリザードンを出した。ぴょーんと高くジャンプをして先にゲッコウガたちは向こう岸へと渡って行く。

 

「ほら、お前はこっち乗れ」

「ほんとに最近の先輩どうしたんですか…………?」

「なんだよ、別に何もねぇよ」

「素直に嬉しいですけど、気持ち悪いです」

「素直すぎるわ………」

 

 リザードンの背中に乗ってイッシキに手を差し出すと、訝しむ目で俺を睨むと手を握り返してきた。

 悪態をつきながらもイッシキを引っ張り上げる。

 

「んじゃ、リザードン。よろしく」

「シャアッ!」

 

 ばっさばっさと翼をはためかせて、低空飛行で川を渡っていく。

 

「いやー、なんか先輩の背中は落ち着きますねー」

 

 ふにっと。

 背中に柔らかい感触が伝わってくる。

 瞬時にそれが何かは分かった。分かったけど、こいつ何してんの? 俺の心臓破裂させたいわけ?

 

「あの………イッシキさん? あ、当たってるんですけど?」

「気持ちいいですかー、いいですよねー」

 

 聞いちゃいない。

 

「うん、まあ、確かに柔らかくてふにふにしてて…………」

「うぇっ!? マジで答えるとかちょっと引きます。というかキモいです…………」

「言うな………俺もいっぱいいっぱいなんだよ」

 

 女子に密着されるとか全く慣れてないんだから仕方ないだろ。

 さっきから心臓が痛いくらいにうるさいんだけど。聞こえてんじゃないの?

 

「せーんぱいっ」

「あ、こらすりすりするな」

 

 変な気分になるから正直やめてほしいんだけど。

 

「はあー、お兄ちゃんがいたらこんな感じなんですかねー」

「ど、どうだろうな。俺には妹しかいないから分からん」

「先輩だったらお兄ちゃんでもありですけどねー。先輩シスコンだから、妹の言うことは何でも聞いてくれますし」

 

 あの………いい加減離してくれると嬉しいんですけど。

 

「な、何でもは言い過ぎだろ。そ、それに妹はコマチ一人で充分だ。お、おおお前まで妹になられたんじゃ身が保たん」

「えー、こんな可愛い子が妹なんですよー。嬉しくないですかー?」

「やだよ、こんなのが妹とか。他人で充分だわ」

 

 突拍子もないことを言われて少し落ち着いてきた。

 妹か………ないな。

 

「コマチちゃんと結婚したいとかって思ったりします?」

「アホか。どんなに好きでも兄妹愛であって恋愛ではない。結婚なんてまずないな」

 

 それこそないな。

 妹と結婚とかどこのラノベだよ。

 

「はー、私は先輩の妹にはなれない赤の他人でしかないんですねー…………はっ!? まさかそれって私は妹じゃないから結婚ぜ、キラッ! とか言う気ですか?! それはまだ早いというか急すぎて頭がついていけないというか心の準備があるので結婚できる歳になったらもう一度言ってくださいごめんなさい」

「や、なんで二日連続でフラれるんだよ。つーか、飛躍しすぎだ。どう頭を回転させたらそういう解釈になるんだよ」

「…………バカ」

 

 あの、聞こえてますからねー。こんだけ密着していて聞こえてないとか思っちゃってるところが実にイッシキらしい。

 

「なあ、着いたから降りてくれません?」

「ぶー、しょうがないですねー」

 

 ブーブー言いながらリザードンから降りるイッシキ。

 俺も続いて降りると

 

『何、イチャコラしてんだー!?』

 

 どこかのヤドカリに思いっきり背中を蹴られた。

 

『人が我慢して聞いていればイチャコライチャコラしやがって!』

「………お前は人じゃないだろ」

『んなことはどうでもいいんだよ! しばらくお前を見張ってやる! イロハ、テールナーを連れてポケモンを捕まえてこい』

「はーい、それじゃ先輩とお留守番よろしくねー。いくよ、テールナー」

 

 ててて、とテールナーを連れてどこかへと行ってしまった。どこかって言っても遮るものがないので姿は見えている。

 そしてしばらく。

 ててて、と走るイッシキの観察会が始まった。

 

「…………あのそろそろ解放してくれません?」

『断る!』

 

 背中に馬乗りになったヤドキングは一向に退こうとしない。

 

「ゲッコウガー、リザードーン」

 

 呼びかけてみるが、テールナーからようやく解放されたゲッコウガは横向きに寝っ転がって遠くに行ってしまった二人を眺めている。過保護だな、こいつも。リザードンはヤドキングに睨まれてどうするべきか迷っている。迷ってないで助けてくれると嬉しいんですけど。

 

「重い……………」

『お前は本当に腹の立つやつだな』

「なんだよ急に」

『イロハのことだ。あいつはお前たちがいなくなってからあまり明るい顔をしなくなった。本気の人付き合いもなくなり、結果ああなった』

「や、前からああだろ」

 

 遠くでイッシキがモココを見つけた。テールナーにほのおのうずを使わせて攻撃するが、ひょいと躱された。

 

『お前が知ってる頃よりもさらに磨きがかかったのだ。それが心配で卒業してからもたまに顔を見せていた』

「自由すぎるだろ。ボールから出てていいのかよ。まだその時は校長のポケモンなんだろ」

『ご主人の命令でもある。卒業試験で自分のポケモンを連れていないのにオレっちを使いこなしていたんだ。はっきり言って学年トップの実力だった』

 

 今度はワンダールームを作り出し部屋に閉じ込めようとするが、ほうでんで威嚇され逃げられた。

 

「マジかよ………」

『さすがはご主人の孫娘よ。確かに血は繋がっているらしい』

「はっ? 孫?」

『そんなことはどうでもいいのだ。それよりも問題なのはそんな実力を持っているイロハが悪い奴らに狙われないかが心配だったのだ』

「よくねぇよ。今さらっととんでもないこと言ったぞ! まあ、その話は後でじっくり聴くとしよう。で、それで何なんだよ」

 

 すげぇ真顔でこっちに逃げてくるモココ。

 その後ろを「待って〜」とあざとい声をあげてイッシキが走っている。

 

『だからイロハがポケモンをもらって旅に出たと聞いてオレっちが飛んできたわけだ』

「過保護すぎんだろ」

『で、飛んできてみれば笑顔が戻っているイロハがいた。全部お前の影響だ』

「なに? 感謝してんの?」

『逆だ。オレっちのイロハがお前なんかに笑顔を向けているのが腹立つんだっ!』

「男の嫉妬は醜いぞ」

『やっぱ、お前殺す!』

「痛ッて!」

 

 ごりっと尻で踏まれた。体重重いんだからそういうの骨にくるからやめてくれない?

 

「せんぱーい、そのモココ止めてー」

 

 おい、マジで退けよ。

 このままだとモココに踏まれるだろうが!

 

『ふんっ』

 

 俺の上から退こうとしないヤドキングはサイコキネシスでモココを止めた。

 いいから退けよ。

 

「ナイス、ヤドキング。えいっ」

 

 ボーイとモンスターボールをモココに投げつける。

 モココはボールに吸い込まれていき、ボールが左右に動きだす。しばらくファンファンなったかと思うとカチッとスイッチが閉まる音がした。

 あ、ゲットできたのね。あっさりしてんなー。

 

「出ておいでー、モココ」

「モコ?」

 

 ぼけーっとしたその目つきはナックラーそっくりであった。

 

「これからよろしくねー、モココー」

「モコ」

 

 なんかあっさりと捕まえやがったな。これ、俺が来る必要あったのか?

 

『馬鹿野郎! お前に見て欲しいんだよ!』

「そんなもんなの?」

『そういうものなのだ。少しは乙女心を勉強しろ!』

 

 イッシキには聞こえていないらしく、俺だけに言ってくる。オスのこいつに乙女心を語られるとは思わなかったわ。

 

「………テールナー、ナックラー、ヤドキング、モココ。バランスいいな。考えてたりすんの?」

「えー、なんのことかさっぱりー」

 

 あ、考えてたのね。

 まあヤドキングは予定外だっただろうけど。でも馴染み深いポケモンが一体でもパーティーにいるのといないのとでは安心感が違う。そういう面から見ればイッシキのバトルセンスに拍車をかけたのは案外ヤドキングの存在なのかもしれない。さっきのだって、ヤドキングだからこそあそこまでやれたのだろう。元は人のポケモンでも扱えるその実力は本物だ。

 

「案外、お前がいることで安心してんじゃねーの?」

『はっ? 何を言っている。オレっちはイロハにとってそういう存在じゃない』

 

 これはあれだな。

 こいつも乙女心を勉強するべきだな。

 まあなんにせよ。

 新しいメンバーがエスパータイプじゃなくてよかった………。




はい、というわけでモココでした。

予想が当たった人とかいるんですかね………。


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41話

「このモココは何覚えてるんだ?」

「さあ、何覚えてるんですかねー。ほうでんはさっき使ってましたけど」

『えっと、………………ほうでん、シグナルビーム、わたほうし、コットンガード、エレキネット、でんじは、だそうだ』

「これまたトリッキーな技構成だな。ほうでん、シグナルビーム、わたほうし、コットンガード、エレキネット、でんじは、だとよ」

「コットンガードとか可愛くていいじゃないですか。もふもふですよ」

 

 首回りの綿を触りながら嬉々とした表情を浮かべるイッシキ。

 モー、と気の抜けた声で鳴くモココは全く嫌そうではないからいいだろうけど。

 

「俺からするとエレキネットの方が厄介だわ」

「それってどんな技なんですか? 実際には見たことないんで覚えてないです」

「俺も実際に見たことはないが、電気の通った網で攻撃するんだわ。あらかじめ貼っといてそこにポケモンを誘き寄せて触れた瞬間に電気ショックを与えて、尚且つ網で捉える。うわー、自分で言ってて嫌な技だわ」

 

 容易にそんなバトルをするイッシキが想像できてしまう。しかも不敵な笑みを浮かべるあの顔で。

 

「へー、結構使い勝手いいですね」

「お前は好きそうだよな、そういう技」

 

 基本真っ向からいくユキノシタとは180度違う型のイッシキは、技の威力よりも組み合わせやトリッキーさを重視している節があるんだよなー。

 

「別に好きってわけではないですけど、みんながそういう技を覚えてくるんで、私も少しは勉強し直したんですよ」

 

 ああ、なるほど。だからか。

 それにしてもイッシキが復習をしているとは。

 

「意外だな。お前が復習をしてるとか」

「先輩酷いですね。これでも私は卒業試験の実技はトップだったんですから」

「それはさっきヤドキングから聞いたわ。ただペーパーがトップってわけではないのが実にお前らしいな」

「あんなにたくさんの技覚えられるわけないじゃないですか。計算だったら、その場で解けばいいから楽なんですけどねー」

 

 ええー、覚える方が簡単じゃね?

 計算とかいちいち公式を使いこなさないかんから面倒なんだけど。

 

「全くもって俺とは真逆だな」

「そう考えるとユキノシタ先輩とかハヤマ先輩ってすごいですよねー」

「確かにな。どれを取っても非がない」

 

 あの二人の頭はマジでどういう作りになってるんだろうな。あとハルノさんとか。凡人の俺らには想像できねぇわ。

 

「んー、女の子みたいだしメロメロでも覚えさせようかなー」

「お前が教え込むメロメロとか種族関係なく効果ありそうで怖いわ」

 

 メロメロを覚えたら、さらに厄介なポケモンになりそう。その内、攻撃させてもらえない技のコンボとか編み出してきそうで怖い。

 

「やだなー、そんなことあるわけないじゃないですかー」

「現にヤドキングに効果あっただろうが」

「まあ、私とヤドキングには色々と事情がありますからねー。後から知りましたけど」

「てことは、こいつが今いる理由も知ってるのか?」

「それは来た時に私が心配で来たって言ってたじゃないですかー。それ以外にないですって」

「すまん、ちょっとヤドキング借りるぞ」

「はーい、どうぞー」

 

 どこか話が噛み合わないのでヤドキングを連れ出し、少し離れたところで小声で切り出した。

 

「おい」

『なんだ?』

「さっきイッシキが校長の孫だとか言ってたよな? 本人はそのことを知ってるのか?」

 

 イッシキが校長の孫だとして、だ。どうしてイッシキは校長を祖父とは言わないんだ?

 

『ああ、そのことか。それは知らないはずだ。長年祖父としては会ってなかったらしいからな。オレっちもイロハが小さい時に何度か会ったくらいだ』

「ロリコン?」

 

 小さい頃のイッシキに惚れたとか?

 大いにありえそうだな。

 

『断じて違う。昔はもっとこう素直だったのだが、いつの間にかあんな風に変に捻くれてしまってな。ご主人も心配でオレっちにイロハの観察を言い渡してきたのだ』

「で、イッシキのメロメロにかかったふりをして近づいたと?」

『あ、そこはマジで惚れた。あんな可愛い娘に育っているとか思いもしなかったからな』

「やっぱロリコンだろ」

 

 ダメだこいつ。

 溺愛っぷりに拍車がかかってる。

 手に負えないレベル。

 

『何を言う。あの可愛さを理解できないお前の頭の方がおかしいのだ』

「いや、普通に可愛いとは思うぞ。ただあざといんだよなー。自分の見え方を理解しているからこそ、仕草一つを取っても計算されている。だからこそあれに靡いたら男として終わりな気がする」

 

 あのあざとさに堕とされるのだけは御免被りたい。

 

『可愛いければなんでもいいだろうが』

「お前は絶対どんかんじゃないな」

『それは特性の話か? 確かにどんかんではないが、今はそんなのどうでもいいだろ。それよりもさっき言ったようにオレっちがここにきたのはイロハが心配だっただけだ』

「………まあ、なんかピースはがっちり嵌ったわ。あの校長が実はイッシキの祖父であるから、特別気にかけていてお前を送り込んできた。バトルセンスもあの老人の血を引いているから、という部分があるのは分かった。ただ、なんで正体を教えないのかが分からん」

『ご主人もお前みたいな一面があるとだけ言っておこう』

「俺みたいなねー」

 

 さっぱり分からん。

 ま、取り敢えずイッシキのルーツが分かったからよしとするか。

 

「つか、なんで来たのがお前なの?」

『一番若いからだ』

「マジかよ。後のみんなって結構歳いってんのか」

『ご主人が若い頃からいる者もいるからな』

 

 それはフーディンあたりのことだろうか。

 当時はあの人もメガシンカであることを理解してなかったけど、メガシンカを普通に使いこなしていた。自分で使うようになって改めてあの人の凄さは分かる。

 

「ちなみにお前は?」

『イロハが生まれた頃に生まれた』

「え? 何それ、俺より下ってこと?」

『そういうことになるな』

「少しは俺を敬え」

『断る!』

 

 ヤドキングってイッシキと同じ歳だったんだな。

 あー、だからそれもあってヤドキングだったのか。案外、イッシキのために用意していたポケモンなのかもな。

 

「せんぱーい、ヤドキングー、なんで取っ組み合いになってるんですかー」

 

 すげぇ棒読みのイッシキがやってきた。

 取っ組み合いって言っても俺は一方的にやられてるんだけど。超痛い、そして重い。

 

「なんでもいいですけどー、モココでバトルしてみたいので相手してください」

「いいけど、ゲッコウガはあれだぞ?」

「リザードンでいいですよ。先輩にヤドキングを使いこなされるのも嫌ですし」

 

 戻ってきてからずっと寝ているゲッコウガの背中に顔をすりすりしているテールナーがいる。もうほんとあいつゲッコウガのこと好きすぎじゃね?

 

「…………ああ、テールナーにとってゲッコウガは兄みたいな存在らしいですよ。ゲッコウガが先にトレーナーの下へ行ってしまって寂しくて拗ねてたみたいです。さっき聞きました」

 

 じっと見ていると俺の視線の先に気がついたのか説明してくれた。

 ああ、だからあんなにゲッコウガもといケロマツには当たりが強かったのね。

 なるほど、だからメロメロを使ってきたのか。そこまでしてゲッコウガに構って欲しかったのね。で、バトルした後には自分がさらにベタ惚れになってしまったと。かわいそうに、ゲッコウガも大変だな。

 

「女の子だな」

「ですねー」

 

 あれ?

 だとするとテールナーのメロメロが全く効かないのは妹だと認識してるからとか?

 いや、エネコロロのメロメロも効かなかったし、それだけとは限らんか。

 うん、やっぱあいつは変わってるわ。

 

「立場も似たようなやつだったのね」

「先輩そっくりです」

「モー」

 

 首回りをもふもふされているモココが鳴いた。

 

「で、俺らは躱せばいいのか?」

「ちょっとくらいは攻撃してもいいですよ」

「直接攻撃はしたくないな」

 

 特性せいでんきが働いてくるからな。痺れさせたくない。

 

「それじゃ、よろしくです☆」

「あざといから」

 

 リザードンと一緒にイッシキたちと距離を取る。

 

「いきますよ」

「いつでもいいぞ」

「モココ、まずはでんじは!」

 

 あ、こいつ。

 俺が痺れさせたくないって言った側からでんじは使いやがって。

 

「地面にかみなりパンチ」

 

 リザードンは地面を叩き砂を巻き上げる。でんじはは砂が壁となりリザードンに届く前に霧散する。

 

「ほうでん!」

「かえんほうしゃ」

 

 モココが電気を乱れ打ちしてくるので炎で掻き消していく。

 威力はそこそこだな。

 

「わたほうし!」

「これこそ焼け」

 

 ふわふわした綿毛を飛ばしてくる。風に靡く綿毛はふわっと炎を躱し、中々焼けない。

 なに、このしぶとさ。

 

「じしん」

 

 今度はこちらから攻撃してみる。

 直接は触れたくないので離れたところからでも攻撃できて尚且つでんきタイプには効果抜群のじめん技を放った。

 

「コットンガードで衝撃を吸収して!」

 

 首回りのもふもふを膨らませ体全体を覆い、身を綿で包む。

 じしんの衝撃は綿により吸収され、攻撃をやり過ごされた。

 

「モココ、リザードンに突っ込んで」

 

 膨らませた綿を小さくして走りこんでくる。今度は何をしたいのかね。

 

「えんまく」

 

 まあ、目くらまし程度ならいいだろう。

 この状態でできるかどうかも知っておくことは大切だからな。

 

「エレキネット!」

 

 煙の中からバチバチしている糸が飛んでくる。

 地面を蹴って後方に下がり、糸をやり過ごす。

 

「うーん、今はこんなもんですかねー」

「だな。ほうでんの威力はそこそこあるが、ほとんど攻撃技は覚えてないだろ。お前からしたらあんまり関係ないかもしれんが、どう使うかはお前の器量次第だ」

 

 煙が晴れたところでイッシキがバトルを止めた。

 どうやらこれくらいでいいらしい。

 

「あ、それなら大丈夫ですよ。今ので大体掴めたので。取り敢えず、目先はコマチちゃんとのフルバトルってとこですかねー」

 

 おいおい、マジかよ。

 今のだけで見えてくるとかこいつの潜在的なバトルセンスは相当なようだ。

 さすがあの校長の孫だな。本人は知らないみたいだが。

 イッシキがモココとヤドキングをボールへと戻す。

 

「結局俺はお前らのバトルを見てないからな。ちょっと楽しみではあるぞ。ただ段々とユイガハマとの差が広がってるのがなー」

「それこそ心配ないですよ。ユイ先輩はユキノシタ先輩と毎日特訓してますし、たまにバトルの相手してたりするんで分かりますけど、強くなってますよ」

「そうなのか? ならいいんだが」

 

 ユキノシタにユイガハマを任せてからというものは俺は彼女とバトルをしたことがない。何ならバトルしてるところすら見たことがない。だからどうなってるのかは全く知らないのだ。

 

「先輩も気にしてたんですね」

「そりゃあな。あいつが俺を守れるくらいには強くなるとか言ってたし、ザクロさんのところに単身乗り込んだくらいだし、今どうなってるのかは気になるだろ」

「コマチちゃんのことは気になってたりします?」

「いや、あいつはもう独り立ちできるな。俺の予想が正しければそろそろカメールが進化する」

 

 コマチはビオラさんとのバトルですでにバトルスタイルは確立してるし、ポケモンも淡々と捕まえて手数を増やしてるし、何も心配することはないな。

 それに、あいつは強いやつとバトルすればより強くなる。コルニとバトルすれば何かが大きく変わる、そんな予感もあったりするくらいだ。

 

「それって具体的に言うとコルニとのバトルでってことですよね」

「ああ、メガシンカ相手にカメールを出せば化けるだろうな」

「みんなこうやって強い相手とバトルして強くなっていくんですねー。今なら先輩が強さを求めた理由がなんとなく分かります」

「や、まあそれはまた別事情ではあるんだが………よっと」

 

 リザードンに跨り、イッシキに手を差し出す。

 

「先輩はもっと強くなりたいとか思ったりします? あ、ありがとうございます」

 

 イッシキは握り返してきたので引き上げた。

 

「まあ、フレア団をどうにかできる力くらいは欲しいよな。ゲッコウガ、テールナーを頼んだぞ」

「コウガ」

 

 ゲッコウガにテールナーを任せるとテールナーはゲッコウガに抱きつき、ため息をひとつ吐いて高らかにジャンプした。

 あれ一人用だから俺たちまでは無理だよなー。

 

「フレア団……………」

「あ、悪りぃ。あんま思い出したくないよな」

 

 あんまり頭を通して喋ってなかったので、今更禁句を口にしたことを後悔した。

 

「いえ、そうじゃなくて、あの時私は何もできませんでしたから。それがちょっと悔しくて」

「いや、あれが普通だろ。コマチだってユキノシタが傍にいたから冷静になれただけだろうし」

「それでも悔しいもんは悔しいですよ。先輩が来なかったら私たちどうなってたか」

「泣いてたもんなー」

 

 かすかにシュンとした空気を醸し出してくるので、からかってみた。

 

「うっさいですよ!」

「痛ッて」

 

 すると案の定、背中を抓られた。

 容赦ないね、この子。

 

「………今でも時々あの時のことを夢に見るんですよねー」

「それ悪夢ってやつじゃないのか? それならユキノシタに頼んでクレセリアの三日月の羽をもらうといいぞ」

「いやー、それがちゃんと王子様が助けに来てくれるんですよねー」

「楽しんでのかよ……………」

「………やっぱり先輩はあったかいです」

 

 おそらく顔を背中に引っ付けてきた。

 腹に回されている腕には力も込められる。

 

「………こんだけ引っ付かれたら熱も持つわ」

「バーカ。ふふっ」

 

 そのままリザードンに乗ってマスタータワーへと向かった。

 途中からゲッコウガがテールナーを背負っていた姿はまるで兄貴分だった。

 がんばれよ、兄貴。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「たっだいまーって、あれ? コマチちゃんがバトル中?」

 

 マスタータワーに戻ってくるとコマチがコルニとバトルをしていた。

 ゴーリキー対プテラ。

 

「あ、おかえりイロハちゃん。ヒッキーも。早かったね」

 

 俺たちに気づいたユイガハマが手を振ってくる。

 

「はい、行ったらすぐにお目当のポケモンがいましたので」

「すぐに捕まえて来れるところがイッシキさんらしいわ」

 

 彼女の声にようやく一帯が俺たちの姿に気がついた。

 

「で、今どういう状況? 見たところジム戦も兼ねてるみたいだが」

「うぇっ?! なんで分かるの!?」

 

 いや、驚くようなことでもないだろ。

 見れば分かるし。

 

「や、ゴーリキー使ってるし」

「さっきコジョフーをプテラが倒したところよ」

「ふーん、まあこれからか」

「そうなるわね」

「プテくん、つばさでうつ!」

「ゴーリキー、迎え撃ってかわらわり!」

 

 コマチが手持ち三体でコルニが後二体か。

 プテラの他には何を出してくるのやら。

 対応の相性から見ればカマクラかね。

 

「ちなみにトツカは勝ったのか?」

「負けたわ。ミミロップはノーマルタイプですもの。かくとうタイプの技は効果抜群。それにバトルごとにコルニさんも強くなっていってるわ」

「いやー、ミミロップは頑張ってたんだけどね。波導がやっぱり厄介だよ」

「きあいだま!」

 

 お恥ずかしい、と苦笑いを浮かべるトツカ。

 おのれ、コルニ。トツカにこんな顔させるなんて。

 

「先輩、顔怖いです」

「躱して、はかいこうせん!」

「そ、そうか。まあ勝ち負けはこの際どうでもいいって言ったらあれだけど、あんまり意味はないんだよな。ただメガシンカというものを味わって欲しかっただけだし」

 

 イッシキにはチョップをいれておく。彼女が「あうっ」とあざとい声をあげるのを忘れることはない。

 

「なら、あなたが相手してくれればいいじゃない」

「俺以外のメガシンカも味わっておくべきだと思ったんだよ。フレア団がメガストーン集めてるようだし、メガシンカさせて来ないとも限らない。だからな」

「ボーマンダのもフレア団から取ってきたものだものね」

「今のうちにローキック!」

 

 あ、それ言っちゃう?

 こいつらそれ知ってるのか?

 また怒られるのは嫌だぞ。

 

「………そんな顔しなくても全て話してあるわよ」

「………聞いてなかったがどこまで話したんだよ」

 

 訝しむ俺の顔から読み取ったのか、適当な答えが返ってきた。

 

「プテくん!?」

「かわらわり!」

 

 ローキックで地面に落とされたプテラにゴーリキーが突っ込んでいく。

 

「具体的に言えばあなたが一人でまた変な考えに至って、フレア団のアジトを偶然見つけて勝手に乗り込んで、捕まったってところまでよ」

「言われたくないところは全部なんだな」

「先輩でもミスするんですねー、て思いましたよ」

 

 イッシキがユキノシタの背中から顔を覗かせてくる。

 

「俺も人間だからな」

「ハチマン、気を付けなきゃダメだよ。相手は悪の組織なんだから」

「はい、すんません! トツカさんの言う通りです!」

 

 トツカに怒られてしまったので誠心誠意謝る。土下座もしようかと思ったが、そこまでするとトツカが嫌がりそうだったのでやめておいた。トツカには嫌われたくない。

 嫌われたら死ぬまであるな。

 

「ヒッキー、キモい」

「プテラ戦闘不能」

 

 俺が戦闘不能になりそうだわ。

 

「あ、プテラ負けちゃいましたね」

 

 首を回してコマチたちのバトルに目を向けるとコマチがプテラをボールに戻していた。

 これで残りは二対二か。

 先にゴーリキーは倒してしまわねば、ルカリオまでにいった時に手も足も出なくなってしまうな。

 

「カーくん、いくよ!」

「ニャオニクス………、エスパータイプだね。かくとうタイプはエスパータイプを弱点に持つ。だけど、そんなことであたしたちを倒せるだなんて思わないでね!」

「いえいえ、そこまでは思ってませんよ。でもまずはゴーリキーを倒させてもらいますっ。カーくん、サイコキネシス!」

 

 ゴーリキーの動きをサイコパワーで封じる。

 身悶えすることすらできないゴーリキーはコルニの指示を煽っている。

 

「ゴーリキー、きあいだま!」

 

 動かせない掌にエネルギーだけを集めていき凝縮させていく。

 段々と弾丸へと変化していく。

 

「させませんよっ。カーくん、床に叩きつけて!」

 

 念動力でゴーリキーを床に叩きつける。

 それも一度ではなく何度も。

 

「くっ、発射!」

 

 苦し紛れに貯めたエネルギー弾を解放した。

 弾丸はまぐれにもカマクラに向けて飛んでいく。

 

「ふっ、カーくん、ひかりのかべで打ち返して!」

 

 鼻で笑ったコマチはカマクラにひかりのかべを命令。

 カマクラは壁を作り出し、バットのように構えをとった。

 ブンッと大きく振り、エネルギー弾を打ち返す。

 

「ひかりのかべにあんな使い方があったなんて……」

「いや、あんな使い方誰もしないだろ」

 

 ユキノシタの反応につい突っ込んでしまう。

 や、マジで野球かよって思うわけよ。

 しかもライナー性で元来た軌道を通って念動力により身動きの取れないでいるゴーリキーに向かっていってるし。

 はっきり言ってこれミラーコートと一緒だな。

 

「ゴーリキー!?」

 

 ははっ、まさか自分の技でとどめを刺されるとはコルニも思わなかったようだ。大丈夫だ、俺たちも思ってなかったから。

 誰の影響なんだか。

 

「ますますヒキガヤくんに似てきてるわね」

「いや、俺と一緒にしないでくれ。俺でもあんなことはしたことがない」

「血は争えませんねー」

「聞いてねぇし」

 

 ユキノシタもイッシキもコマチと俺を一緒にしないでほしい。俺もあんなことはしたことないぞ。そりゃ、相手の技を誘導してそのまま相手にぶつけるってことはしてるけどさ。壁で打ち返すとか考えたことなかったわ。

 

「…………リザードンに覚えさせてなかったからってのもあるけど」

「それ、一緒じゃん………」

 

 いやん、ユイガハマに独り言を突っ込まれちゃった。

 

「まだ、いけるよね。ゴーリキー、かわらわり!」

 

 フラフラと立ち上がるゴーリキー。

 あれでまだ立てるのか。結構しぶといな。

 

「カーくん、サイコキネシス」

 

 再度拳が届く前に身動きを封じた。

 

「叩きつけちゃえー☆」

 

 そしてめちゃくちゃいい笑顔での指令。

 コマチもあんなあざとい声出せるんだな。

 やだな、なんか知りたくなかったわ。

 

「ゴーリキー戦闘不能!」

 

 ゴーリキーは今度こそ意識を失った。

 

「ねえ、ヒキガヤくん。私たちがコルニさんとバトルするのはメガシンカを体感するためだって言ってたけれど、その相手をするコルニさんには何のメリットがあるのかしら?」

 

 博士の判定の後にユキノシタは俺を見上げて聞いてくる。

 

「メリットねー。ユキノシタが思うジムリーダーのあり方ってのはなんだ?」

「…………絶対的な強さ、動じない冷静さ、鋭い観察眼は確実に必要だわ」

 

 まさにこいつらしいわ。

 ただ合ってはいる。

 

「んまぁ、そうだな。ジム戦以外にもジムリーダーが担う役はある。ザクロさんが言ってたように周辺地域の警戒もその一つだ。ただあいつはまだそういうのは無理だろうから、そこは前任のコンコンブル博士に任せればいい」

「じゃあ、何が問題なの?」

 

 ユイガハマがこてんと小首を傾げてきた。

 

「『暴走』『負けなし』『慢心』。ユキノシタならこの単語に心当たりあるんじゃないか?」

「ッッ!? そう、そういうことね。だから私たち『全員』なのね」

「ああ、そういうことだ」

 

 まあ、ユキノシタには馴染み深い単語だよな。

 彼女の場合は『負けなし』と言われるような実力をハヤマとともにつけていき、『慢心』して、オーダイルを『暴走』させた。

 ただ、コルニの場合はメガシンカを『暴走』させて、操れるようになってジム戦では『負けなし』。そして今は『慢心』していた。

 順番は違えど、足りないのはいつでも冷静さだ。ユキノシタはもっと冷静になっていれば暴走させることもなかった。コルニは慢心して冷静さに欠けているのだ。

 

「あの、二人だけで理解しないでもらえますー? もっとちゃんと説明してください」

 

 ぶー、とあざとく頬を膨らませるイッシキ。こんな些細なとこでもあざとさを忘れないその姿には感服します。

 

「あー、んじゃ俺のバトルを例えるとして?」

「鬼畜」

「お、おう………」

 

 即答で鬼畜はないでしょ。もう少し具体的に例えようぜ。

 

「なんか言い返したいところだが、ユキノシタのバトルは?」

「んー、ゆきのんはねー、攻撃的?」

 

 ユイガハマはユキノシタのことについては自分で答えたいんだな。ほんと大好きすぎでしょ。百合百合しくて目の保養になるわ。

 

「イッシキのバトルは?」

「計算された変化技を駆使したバトルって感じかなー」

 

 今度はトツカが答えた。

 俺だったら鬼畜って言い返してるな。

 

「コマチのバトルは?」

「模倣からの鬼畜プレイ」

 

 ローテーションが一周し、再びイッシキに回ってきた。

 

「ちょ、イロハさん!? コマチのことそんな風に見てたんですかっ?!」

 

 バトルの最中(というか交代時間?)なのにコマチが咄嗟にツッコミを入れてくる。

 何気に聞いていたらしい。

 止めていいのかよ。

 

「あっははー、だって先輩以上に鬼畜になる時あるし」

「それはお前もだから心配するな」

「あ、酷いです先輩」

 

 さっきの分を言い返してやるとまたしても頬を膨らませる。そのふくらんだ頬を両側から突っつきたくなるのは果たして俺だけなのだろうか。

 

「ま、こんだけ個性の強い奴らの相手をしてれば、嫌でもいろんな型の経験を積めるわけだ」

「それで私たち『全員』ってわけですか。よく分かりませんが納得しました」

 

 よく分からないのなら、それは納得してないって言うんじゃねーの?

 

「でー、だから?」

「だから、毎日連戦していればコロコロ変わる型に対応できる冷静さを持てるってわけでしょ!」

「なんだ、気付いてたのか?」

 

 バトルが止まってると思ったら、二人して聞き耳を立てていたようだ。そら止まってるわ。

 

「悔しいけど、気づいたのはコマチとバトルしててよ!」

「そりゃよかった。自分で気づいてくれなきゃ意味がないからな」

 

 俺の誘導ででも気づいてくれなかったらどうしようって感じだったけど、ちゃんと自分で気づいてくれたみたいだな。よかったよかった。

 

「………あんた、初見であたしが冷静さに欠けているとかよく見破ったわね。自分でも気づいてなかったのに」

「自分じゃ気付きにくいもんだからな。俺も一度経験があるからよく分かる」

「暴走でもさせたの?」

「いや、俺の場合は見てる世界が狭かったってことを思い知らされた。もっと冷静に世界を広げて見ていたら、勝てたかもしれないがその時の俺はあの二人には勝てなかった。だからこそ気がつけたって感じだけど」

 

 まさかチャンピオンが現ジムリーダーと元ジムリーダーに負けるとか自分でも思ってなかったからな。あれは俺にとっていい転機だったな。あの後はほんとに転機になったけど。誘拐とかマジないわ。言い方変えれば拉致監禁だからな。あと強制労働?

 

「お前さんにもそんな時代があったんじゃのう」

「何しみじみ言ってんの。博士にあった後の話だぞ」

「ああ、あの時は狂気じみてたわい」

「こらこら、涙を流すな」

 

 何をそんなにしみじみと思い出してんだよ。怖いからやめてほしいだけど。

 

「ま、そういうわけだから。未熟なジムリーダーへ元チャンプからの洗礼ってやつだ」

「あんた、またあたしのことバカにしたでしょ! いいわよ、見てなさい! このバトル絶対勝って見せるんだから!」

 

 ビシッと俺に人差し指を向けてくる。

 こらこら、人に指を刺しちゃダメって教えられなかったのか?

 おいじじい、ちゃんと教育しろよ。

 

「あ、ちょ、お兄ちゃん!? コルニさんのこと煽らないでよ!」

「や、お前はその方が楽しめるかなーって思って」

「そんなのめちゃくちゃ燃えるに決まってるじゃん! 燃えすぎて疲れちゃうんだよー」

「あ、それはなんかごめん」

 

 さすが俺と血を分けた兄妹。

 相手が強ければ強いほど燃えるらしい。

 燃えて疲れるところまで同じとか似すぎだろって感じだが。

 

「もう始めから全力でいくよ、ルカリオ!」

 

 ようやくルカリオさんのご登場。

 コルニのためとはいえ、ルカリオに連戦させて疲れてないか心配だわ。

 

「命! 爆! 発! メガシンカ!」

 

 ここにきて何度目になるのか分からないくらいメガルカリオを目にしてるな。

 カッコイイから別にいいんだけど。

 



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42話

「命! 爆! 発! メガシンカ!」

 

 ルカリオの左腕にあるメガストーンとコルニのグローブにはめ込まれたキーストーンが何度目になるのか分からない共鳴を始める。

 白い光に包まれ姿を変えた。

 

「ルカリオ、グロウパンチ!」

 

 波導を撒き散らすとダッと走り出し、カマクラに突っ込んでいく。

 

「カーくん、リフレクター!」

 

 今度はバットにするわけではなく、何枚もの壁を作り出した。

 ルカリオの拳は壁一枚一枚を突き破り、カマクラに向かっていく。

 だが、駆け出した時のスピードは一気に殺され、その間にカマクラはルカリオの背後を取った。

 ね、コマチちゃん? いつの間にできるようになったの? お兄ちゃんにも教えてくれたっていいんじゃない?

 

「サイコキネシス!」

 

 またしてもサイコキネシスで相手の動きを封じた。

 ただ、相手がメガルカリオなのでそう簡単に捕まっているとは思えない。

 

「ルカリオ、波導で破って!」

 

 体内から爆発させるように波導を撒き散らし、念動力から脱出した。

 ほれみろ、やっぱ効かねぇじゃん。

 

「なりきり」

 

 キランとカマクラは目を光らせると何かを読み取った。

 なりきり、か。

 自分の特性を相手の特性と同じにする、だったか………?

 

「……お兄ちゃん、てきおうりょくってどんな特性!?」

「………そのまんまじゃねぇの? 自分と同じタイプの技の威力が高まる」

「ルカリオの場合はかくとうとはがねタイプの技の威力が高まるわ」

「それじゃ、カーくんの場合はエスパータイプか…………」

 

 意外といい技を選んできたのかもしれない。

 相手の特性次第では自分にも有利になるものを読み取ることができたりするからな。まさかコマチが覚えさせるとは思ってなかったけど。

 つか、メガルカリオは特性がてきおうりょくになるんだな。

 

「もう一度サイコキネシス!」

 

 再び念動力でルカリオの身動きを封じ込める。

 

「何度も同じ手できても無駄だよ! 波導で壊して!」

「ルッガっ!」

 

 弾けるように勢いよく波導が撒き散らされる。

 だが、今回は破られることはなかった。

 

「てきおうりょくの力ね」

「みたいだな」

 

 ユキノシタの言う通り、今のカマクラの特性はメガルカリオと同じてきおうりょく。

 単タイプでしかないからエスパーのみ向上になるが、カマクラの場合はそれで充分だ。かくとうタイプでもあるルカリオには普通に効果がある。

 

「揺さぶって!」

 

 叩きつけるとかじゃなく、揺さぶるのか?

 三半規管とかポケモンにあるのか知らんが、揺さぶることでバランス感覚を奪うつもりなのか?

 なんか段々読めなくなってきたぞ。

 

「すー……はー………ルカリオ! ボーンラッシュ!」

 

 まさかの深呼吸をしてからコルニが命令を出した。

 そこまでして俺に一矢報いたいのかよ。

 見せつけてくれるなー。

 揺さぶられながらもルカリオは二本の骨をカマクラに向けて投げた。

 

「カーくん、躱して!」

「今だよ!」

 

 コルニ声とともにルカリオは雄叫びをあげて、念動力をこじ開けた。

 カマクラが骨を躱す瞬間に僅かであるが力が弱まったみたいだな。

 ちゃんとその隙をつけるのは大したもんだ。

 

「最大火力ではどうだん!」

「カーくん、ひかりのかべ!」

 

 なにこれ、マスタータワーが壊れないかヒヤヒヤもんなんだけど。

 君たち、場所分かってやってんの?

 

「うわー、すっごいですねー」

「取りあえず避難の用意だけしとくか」

「そんなに危険なの?!」

 

 や、あれはもう危険物にしか見えないだろ。

 フラグが建ってると言ってもいい。

 

「んー、あ、ヤドキング出てきて。先輩、ゲッコウガを借りますね」

 

 何かを思いついたイッシキがヤドキングをボールから出し、ゲッコウガと一緒に両サイドに並び立たせた。

 

「何するわけ?」

「まあ、タイミングが大事なんでちょーっと静かにしててくださいねー」

「あ、そう」

 

 好きにさせておこう。

 どうせ何を言っても聞かないし。

 

「発射!」

 

 カマクラなんざ余裕で飲み込むほどの大きなはどうだんを作り出し、飛ばしてくる。

 カマクラはひかりのかべで抑えているが、いかんせんデカイので、力負けし始めた。

 

「カーくん、十枚張り!」

 

 そんなに作り出せるのかって感じではあるが、一枚一枚壁を作り始めた。

 

「いっけぇぇええええっ!」

「ヤドキング、ゲッコウガ、まもる!」

 

 だが、それも間に合わなかったようで、波導の爆発とともに壁ごと飲み込まれてしまった。

 

「カーくん!?」

 

 コマチが呼びかけるが煙の中からは反応がない。

 気配すらも感じられない。

 あれ? これヤバくね?

 

「ねえ、あれじゃない?」

 

 ユイガハマに言われて指差す方に目を向けると遥か向こうでの壁に打ち付けられたカマクラの姿があった。

 どうやら爆風で吹き飛ばされたようだな。

 あいつ他のニャオニクスより太ってて重たいはずなんだけどな。

 

「カーくーん」

 

 コマチはカマクラに走り寄っていった。

 コルニたちはガッツポーズをして喜びを露わにしている。

 

「よく育てられておるのう」

「よく食うけどな」

 

 コマチのポケモンたちはみんなよく食う。

 唯一プテラだけは少食だが、それでも普通量である。他のカビゴンとかカビゴンとかカマクラとかが俺たちのエンゲル係数を底上げしまくっているのだ。少しは遠慮しろよ。

 

「すごい音がしたから下りてきてみれば、お前たちだったか」

「先生、いたんですね」

「なんだ? いちゃダメなのか?」

「今日は顔見せてなかったんでもう帰ったのかと」

 

 カマクラが打ち付けられた音が結構タワー内に響いたようで、上にいたらしいヒラツカ先生が下りてきた。

 今日は来てからずっと見てなかったしもうミアレに帰ったのかと思ってたわ。マジで。

 

「そんな悲しいことを言うな。せっかく君達に会えたのだ。君たちがここを発つ時に私も発つつもりだ」

「あ、そうなんすね」

 

 たばこを取り出して火をつける。

 その姿がそこら辺にいる男たちよりもかっこいいのはなんでなんだろうな。

 後十年早く生まれていれば惚れていたかもしれない。

 早く誰かもらってあげて。

 

「ぶー……」

「な、なんだよ……」

 

 俺の横であざというなり声が聞こえてきたので振り向いてみれば、頬を膨らませたイッシキが俺を見上げていた。

 あのマジで上目遣い止めてくれる? 心臓に悪いんだけど。

 

「せっかくみんなのことを私の閃きで守ったというのに褒めてもくれないんですね、先輩は」

「あ、あー、そうだな。うん、助かった。えらかったぞ」

「テキトーだー。もっと心を込めていってくださいよ」

「はあ………、ほら、ありがとさん」

「うへへへっ」

「だからその気持ち悪い笑方やめい」

 

 さっきも頭を撫でろとか言ってきていたので、頭を撫でてみると機嫌が直った。直ったどころか変な笑い声まで上げている。

 え、なに? 頭撫でるとその笑い声が出てくるわけ?

 なにそれ、怖ッ。

 

「じー………」

「……………」

「な、なんだよ」

 

 今度はユキノシタとユイガハマが俺を見てくる。というか冷たい眼差しで凍りつかせてくる。

 こころのめからのぜったいれいど的な気分だわ。

 戦闘不能以外に道はないとかどんな無理ゲー?

 

「最近、イロハちゃんにだけ甘くない?」

「甘いって何がだよ」

「頭撫でるとか今までしなかったじゃん」

「あー、まあそう言われるとそうだな」

 

 確かに普段の俺からじゃ考えられない行動だな。だが、これも仕方ないというものよ。

 

「最近の先輩は私へのボディタッチが増えましたもんねー」

「おい、こら何デタラメを言ってんの? お前がよく触ってくるんだろうが。それで離れて欲しければ言う通りにしてください、しないとこのまま離れませんって訴えてくるのは誰だよ」

 

 こいつのせいで俺が触ってるみたいになってるけど、こいつがそもそも離れてくれないのが悪い。というか引っ付いてくるのが悪い。しかも歳下じゃん? どうにもコマチで鍛え上げられてしまったお兄ちゃんスキルが発動してしまう。発動させなければならない事態になってしまうのだ。

 だから俺は悪くない。イッシキが悪い。

 

「嫌なら突き飛ばせばいいだけの話ですよー?」

「や、それこそ無理だろ。怪我なんてさせて損害賠償とか色々請求されるのは御免だからな」

 

 怪我とか後から何言われるか分からん。論外だ。

 

「………やっぱり甘いじゃん」

「甘党だし」

「むー、だったらあたしも撫でてよ!」

「え、やだよ、小っ恥ずかしい」

 

 なんでこうも面と向かって言えるわけ? しかも人前で。

 イッシキはまだ二人の時にしか言ってこないのでいいものの(よくないけど)、なんでユイガハマはこういうの平気なんだ?

 

「酷い!? イロハちゃんはよくてあたしはダメなんだ?!」

「………女ってどうしてこう難しい生き物なんですかね」

 

 これはあれだな。

 女ってのは面倒な生き物だって言うやつの典型的なやつだな。

 

「私に振るな。………まあ、君みたいな面倒な生き物もいるからな。年頃の女の子が面倒なのは可愛いものだと思うぞ。私とか」

 

 先生に振った俺がバカだった。

 痛いよこの人。

 アラサー独身の女性というのも面倒な生き物だったわ。

 結論、人間は等しく面倒な生き物である。

 

「先生、もうすぐ三十路ーーー」

「何か言ったか?」

「いえ、滅相もございません」

 

 俺の顔の横にマッハパンチが飛んでいた。

 久しぶりであるが、怖いものはいつでも怖いものである。

 

「あなたはもう少し、女心というものを勉強することね」

「それが分かったら苦労しねぇよ」

 

 女心とか一番無理な科目だな。まだ数学の方が楽…………でもないか。感情とかも数値化できるとかいうし。うん、どちらにしろ無理だな。

 

「痛ッて!? な、なんだ?!」

 

 なんて考えてたら何かが俺の顎に直撃した。

 

「ちょっとー、そこのハーレム気取りさん? やるなら外でやってくれませんかー? 見ててイライラするんだけど!」

 

 コロンと床に落ちたのを見ると骨だった。

 そしてこの声。

 ルカリオのボーンラッシュだな。

 

「コルニ……、なんで俺が悪いことになってんの?」

 

 ハーレム気取りとかどこをどう見たらそうなるんだよ。や、男女比で考えれば男二人だけどさ。一人は会話にすら加わってないから実質俺一人みたいなもんだけどさ。

 トツカ? トツカは天使だから性別なんてないんだよ。

 

「はっ、そんなの女誑しのあんたが悪いに決まってんじゃん! なんならここで多数決を取ってもいいけど?」

「数の暴力とかぼっちが勝てるわけねぇだろ」

 

 多数決とか絶対勝てない勝負だろ。ぼっちなめるなよ。

 

「お兄ちゃん!」

「な、なんだよ今度は」

「コマチはお義姉ちゃん候補が増えて嬉しい限りだよ!」

「お義姉ちゃん候補って………」

 

 いつも思うがお義姉ちゃん候補って何なの?

 俺、まだ結婚とか考えてすらいないよ。何ならできるとすら思ってないよ。

 

「いっそ、全員にする?」

「何をわけの分からんことを言ってんだよ。いいから続きやれよ」

 

 どこのリトさんだよ。

 俺はあそこまで真っ直ぐにはできてないぞ。変態にもできてないけど。

 

「ぶー、そういうところがポイント低いって言ってるんだよ。まったくー、これだからごみぃちゃんは」

「あー、もう分かった分かった。ユイガハマがコルニに勝てたら好きなようにしてやる。それでいいだろ」

 

 勝てるとは全く思わないけど。

 だってユイガハマだし。

 

「言ったね?! 好きにしていいって言ったね?! ちゃんと覚えててよ!」

「え? なに、そんなの無理だし、とか言われると思ってたんだけど。何なのその自信」

 

 あれ?

 なんでそんなに自信満々なわけ?

 メガシンカを相手にするんだよ?

 勝てるわけないじゃん。イッシキですら勝てなかったんだし。

 

「さて、再開しましょうか。うちのごみぃちゃんのせいでちょっと止めちゃってごめんなさいです」

「いいよいいよ。そこのバカが全部悪いんだから」

「やっぱり俺が悪いのね……………」」

「カメくん、いくよ!」

 

 誰も聞いちゃくれない現実に嫌気がさすものの、それが現実というもの。できた世界などあるはずない。だから世界なんてものはこんなものだ。

 

「カメール、みずタイプのポケモンか。でもカメックスに進化もしてないのにメガシンカには勝てないと思うよ?」

「それは重々承知してますよ。でも秘策はちゃんとありますんでご心配なく」

 

 あるんだ………。

 今度は何をするつもりなんだ?

 

「ルカリオ、さっさと終わらせるよ! グロウパンチ!」

 

 ダッと駆け出したルカリオは一気にカメールに詰め寄った。

 

「カメくん、からにこもる」

 

 カメールは殻に潜り防御力を高めた。

 ルカリオが振り上げた拳を勢いよく突き落とす。

 

「こうそくスピン!」

 

 ルカリオは高速回転し出したカメールへの攻撃を咄嗟に止めた。

 腕を巻き込まれないためにもあれが賢明な判断だと思う。

 

「ルカリオ、下がって!」

 

 後ろに飛びカメールから距離を取ろうとするが、回転している甲羅は後を追うようにジャンプした。

 

「くっ、「はどうだん!」」

 

 ルカリオが波導を弾丸に変えてカメールに飛ばすが、カメールも同じようにはどうだんを打ち出していた。

 そういえば、あいつも波導技を覚えていたな。

 後はあくのはどうで攻撃技はコンプリートだっけ?

 

「カメールがはどうだん!?」

 

 コルニは知らなかったようで、カメールがはどうだんを使ったことに驚愕している。

 まあ、そんな細かいところまで覚えてないよな。というか覚えるとか言われ出したのも数年前の話だし。

 それまでは事例がなかったため知らなくても何も悪いことではない。

 日々、ポケモンも進化しているというだけの話だ。

 

「あれ? そんなに不思議なことでしたか?」

「あたし、そんなの聞いたことないんだけど」

「すべての地方で習う内容が同じってわけでもないからな」

「ぐう、またバカにしてぇ」

「してねぇよ」

 

 なんでコルニは俺が口を開くとバカにしてると思ってしまうんだろうか。そんなに気にくわないのか?

 

「カメールもはどうだんを使えるのはちょっと厄介だね……………。ルカリオ、はどうだんには気をつけて!」

「ルカッ!」

「グロウパンチ!」

 

 コルニはカメールのはどうだんをルカリオに注意を喚起して攻撃を再開した。

 一瞬でカメールとの距離を縮める。

 

「からにこもるからのこうそくスピン!」

 

 コマチは咄嗟に防御力を上げさせて、反撃の狼煙を上げようとする。

 

「床を狙って!」

 

 だが、コルニが先手を打ってルカリオに地面を叩きつけるように命令し、甲羅に篭って高速回転しているカメールの体を宙に浮かせた。

 あれは、もしかしなくてもテコの原理でも使ってるのだろうか。

 

「カメくん!?」

「もう一度グロウパンチ!」

「躱して!」

 

 宙に浮いた体に拳をもう一度叩き込む。

 今度は正確に当たり、カメールの体は地面に叩きつけられた。

 床がすごいことになってるのが見なかったことにしよう。

 

「カメくん、大丈夫っ!?」

「カメーッ」

 

 コマチがカメールの安否を確認するとフラフラとした足取り起き上がり反応を示す。

 

「まだいけるよね。カメくん、反撃だよ! はどうだん!」

「ルカリオ! こっちもはどうだん!」

 

 二つの波導の弾丸は相殺され爆風を生み出す。

 見ている俺たちの髪まで靡くくらいには力のせめぎ合いがあるらしい。

 

「ボーンラッシュ!」

「カメくん?! 殻にこもって!」

 

 再度殻に篭って骨の猛攻に耐えるが、さっきから防戦一方でコマチが上手く攻撃に移れていない。このままではカメールの体力が先に尽きてしまう。策があるとか言ってはいたが、そもそも攻撃に移れないんじゃ意味がないぞ。

 

「くっ………中々攻められない………」

 

 コマチ自身もそれは承知のようで、苦い顔を浮かべている。

 

「これがメガシンカっ!」

 

 とか思ったけどどうやら俺の勘違いだったらしい。何あの笑顔、超楽しそうなんですけど。ちょっと引くくらいには狂気じみている。

 

「ルカリオ! とどめのグロウパンチ!」

「カメくん、今だよ!」

「カメェェェェエエエエエエエエエエエッッ!!」

 

 ニヤッと笑ったコマチが叫ぶとカメールが雄叫びをあげた。

 ルカリオの拳は普通に入っているし、何なら威力がさっきよりも格段に上がっていてまたしても爆風を生み出している。

 要するに二体の姿がよく見えない。

 

「カメくん、やっちゃえー☆」

 

 コマチがキラッキラした笑顔で反撃に出る。

 すると煙の中から勢いよく水砲撃が飛び出してきて、ルカリオに襲いかかる。

 ハイドロポンプ。

 高水圧の砲撃で攻撃するみずタイプの技。

 しかも今回は二連撃。

 こんな芸当ができるポケモンを俺は一体だけ知っている。

 

「カメックスに進化したか………」

 

 カメックス。

 そのポケモンの背中には二つのポンプが付いていて、連撃で繰り出される水技は躱すのが大変であることで有名。

 そして、コマチのカメールの進化系でもある。

 

「先輩の言う通り進化しちゃいましたね………」

 

 イッシキが目をぱちくりとさせてコマチと煙の中から姿を見せたカメックスを見つめる。

 

「ああ、姉さんを思い出すわ」

 

 ユキノシタは姉のハルノさんのことを思い出したようで頭を抑え始めた。あの人もカメックスを連れてはいたが、何かトラウマでもあるのだろうか。

 

「カメックス…………」

 

 コルニは進化した姿に圧倒されていた。

 初めて見るとか、そういう類の感情ではないのだろう。

 多分、コマチが進化のタイミングまで測っていたことだ。

 策というのが進化であれば、とどめを刺すタイミングで進化をして勢いをゼロにされた時が一番インパクトが大きく、反撃するにはこの上なく絶妙なタイミングである。

 

「さあ、カメくん。今度こそ反撃開始だよ! もう一度ハイドロポンプ!」

「ルカリオ! 躱して!」

 

 起き上がったルカリオは素早い身のこなしで水砲撃の二連撃をやり過ごす。

 

「はどうだん!」

 

 だが、その間にカメックスはエネルギーを蓄え波導の弾丸を撃ち込んできた。

 

「ボーンラッシュで切り裂いて!」

 

 今度は躱すのではなく技を壊す方を選択。

 二本の骨ではどうだんを真っ二つにし、そのままカメックスへと走り出す。

 

「グロウパンチ!」

「掴んで受け止めて!」

 

 次もコマチはからにこもるからのこうそくスピンでくるものだと思ったが、俺の読みすらも外された。

 カメックスはあろうことかメガルカリオの拳を片手で受け止めたのだ。

 下手すれば今ので終わってるぞ。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 捕まえたルカリオの体を自分の方へと引き寄せ、背中の砲台を直に当てた。

 そこから噴射された高水圧の砲撃にルカリオの体はタワーの壁まで一直線で吹き飛んで行った。

 

「ルカリオっ!?」

「ルカリオ戦闘不能………、コルニの負けじゃ」

 

 コルニが呼びかけるもメガシンカが解け、戦闘不能であることを如実に語ってくる。

 

「うっそ……………」

 

 彼女は真っ青な顔になり、言葉も上手く出てこないらしい。

 まあ、それは俺もだな。

 まさかコマチが勝つとは思ってなかったわ。

 なんて言ったらいいのかよく分からん。

 嬉しいようなちょっと怖いような。

 実の妹相手に恐怖を覚えるとかどうかしてるって話だけど。

 

「………勝っちゃった、ね…………」

「勝ち、ましたね………」

「でも何でカメックスが勝てたの?」

「多分、特性のげきりゅうでしょうね。あれだけ攻撃を食らっていたのだもの。発動していないはずがないわ」

 

 げきりゅうには多分この中で一番詳しいであろうユキノシタが横にいるユイガハマの質問に答えた。

 

「それに、コマチちゃんはグロウパンチをちゃんと防御力を高めた上で受けてたからね。ルカリオの攻撃力が上がろうが、カメックスの防御力も一緒に上がってしかも進化して防御力そのものが上がってるだろうから、先に体力が尽きることはない策だったんだよ」

 

 ん?

 ちょっと待てトツカよ。

 

「なあ、トツカ。まさかこれ考えたのトツカか?」

「うん、そうだよ。あ、でも進化のことはコマチちゃんから聞いていたからだよ。すごいよねー、初心者でポケモンの進化のタイミングが分かるなんてそうそうないよ」

「それもそうだけど、お前も十分すごいわ………」

 

 いつの間にこんなトレーナーになってたの?

 前バトルした時ってこんな計算高いバトルじゃなかったはずだぞ。

 まさか俺たちといることでイッシキの悪影響下に置かれていたというのか?

 天使を汚すとは、おのれイッシキ………。

 

「なんか今理不尽な念を感じたんですけど」

「気のせいだろ」

 

 あっぶねー、なんかバレるとこだったわ。

 なんでこういう時は鋭いんだよ。心臓の鼓動がバックンバックン激しくなってるんですけど!

 

「あー……もー……負けた負けた負けたっ! 何なのよ、あんたたち兄妹は!? 片や元チャンプで鬼畜なバトルするし、片や初心者とは思えない駆け引きするし! それにイロハも! 勝ったはいいけど、あんな全てが掌の上で動かされてた感が否めないバトルとか初心者がやる芸当じゃないっつーの!」

「おーい、なんかキャラ崩壊してんぞー」

 

 顔を真っ赤にして、コルニが突然騒ぎ出した。

 なに? お前ゴニョニョ?

 それともドゴーム?

 あ、バクオングか。

 

「うるさいうるさいうるさいっ! 全部あんたが悪いのよ! バーカ、ハチマンのバーカ、おたんこなす!」

 

 どうやら溜まりに溜まっていた鬱憤が爆発したらしい。

 まさか爆発するとここまで幼児化するとは思わなかったが。

 コマチが小さい時よりも漂う幼児臭がすごい。

 

「荒れてるわね………」

「おたんこなすとか久しぶりに聞いたわ。それにおたんこなすって間抜けや頓馬って意味だぞ。行動に抜かりのない俺はおたんこなすではない」

 

 おたんこなすとか誰に言われたっけなー。コマチに言われたような気もするけど、全く覚えてないわ。

 

「言い切った!? なんかすっごいナルシストみたいだよ、ヒッキー」

「大丈夫よ、ユイガハマさん。ナルガヤ君は自意識過剰のナルシストだから」

「おいこら勝手に決めつけんな。俺はただ自分が大好きなだけだ」

「それ否定してないじゃん!?」

「先輩はそれくらいでないと面白くないですって」

「ちょっとあんたたち! 人の話聞きなさいよっ!」

「あ、悪い。で、なんだっけ? 腹減ったのか?」

 

 一気にナルシストの方へと話が飛躍してしまい、コルニが騒いでいることを思わず忘れてしまうところだった。危ない危ない。

 

「お腹は空いたわよ! ってそうじゃなくて、あーもー、このやり場のない感情はどうすればいいのよっ!」

「あ、じゃあ」

 

 ポンっと手を叩いたイッシキが何かを閃いたのか怪しい笑みを浮かべた。

 あ、ヤバイ。何が起きるか知らんが身の危険を感じる。

 

「逃げないでください、せーんぱい! とおっ!」

「ちょ、まっ」

 

 背中をいきなり押され、つんのめりになった体はバランスを保とうとコルニの方へと流れていく。

 あ、これ終わったやつだ。

 

「え、ちょ、ハチマっ、待っ………、ひやぁぁぁあああああああああああああっっ!!」

 

 とうとうバランスを崩した俺の体は寄木を求めてコルニに覆いかぶさった。

 

 

 親父、母ちゃん。

 どうやら今日が俺の命日らしいぞ。骨くらいはコマチが持って帰ってくれると思うから。そんなに長くもない間お世話になりました。それじゃ………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 痛い………。

 ものすごく背中が痛い。

 

「うっ、く、あれ………? 痛くない?」

 

 どこからか聞いたことのある女の子の声が聞こえてくる。

 それに腹の辺りに重さと熱を感じる。

 そしてこの掌に伝わる柔らかさ。

 絶対に目を開けてはいけないような気がする………。

 

「せんぱーい、コルニー、生きてますかー?」

「う、あ、あれ? イロハ………?」

 

 もぞもぞと俺の腹の上で何かが動く。

 

「うえっ?! ハチマン?! なんで?!」

「あー、機嫌直るかなーって思ってやってみたけど、一応効果はあったみたいだね」

「う、あっ……………」

「あ、コルニさん。顔真っ赤ですよー?」

「ううううるさい! あ、ちょ、どこ触ってんのよ!?」

 

 それは俺のセリフだ。

 人の上で動かないでほしい。

 腹に膝が刺さって痛いんだけど。

 あ、でも手の感触はいい感じのゴム製である。はっきり言って気持ちいい。

 

「へんたーい、起きてくださーい」

 

 あれ? せんぱーい、の間違いだよな?

 とうとう俺の耳がおかしくなってしまったんだろうか。

 

「ヒッキー………死んじゃやだよ」

 

 勝手に俺を殺すな、ユイガハマ。

 

「お兄ちゃん、そろそろ起きないと既に起きてることバラしちゃうよ」

「おい、それはもはやバラしてることになるぞ」

 

 顔にかかる影が増え、目を閉じた世界も暗さを増した。

 どうやらみんなが俺のところに寄ってきたらしい。

 取り敢えず、オレの腹の上にいるやつはどいてくれないかね。

 

「あ、こいつ起きてるし!? あんたまさかあたしのお尻を触るがために寝たふりしてたんじゃないでしょうね!」

「あの………取り敢えず、人の上から退いてから言って欲しいな」

「うっ…………だって、離れーーーーーーー」

 

 おい、最後の方聞こえないんだけど。

 何言ったの?

 ちょっと気になっちゃうから勿体振る言い方やめてくれない?

 

「それと、現状で目を開けてもよろしいのでしょうか?」

「「「ッッ!?」」」

 

 ダメだったみたいだな。

 バッと布の擦れる音がしたし。

 見てないから俺は悪くないぞ。ちゃんと見てないから。ちょっと見たい気もしたけど。バレたらどうなるか分からない男女比格差のこのパーティーでそんな危険行為をできるはずがないだろ。

 

「ねえ………そういうこと言うんだったらいい加減あたしのお尻触るのやめてくれる?」

「あ、」

 

 つい触り心地が良くてゴム製の物がスパッツだと分かったらなんか手が止まらなくなってたわ。

 …………死亡確定だな。

 

「お兄ちゃん、スパッツが好きなの? コマチが履いてあげようか?」

「やめろ。それ以上俺を追い込むな。初めての感触に手が離せなくなってただけだ」

「それを変態と言わずとして何というのかしら?」

「ヒッキー、さいてー。言ってくれればあたしが…………」

「ちょ、ユイ先輩今何口走ろうとしました?! ユイ先輩が変態の域に入ったら反則どころの話じゃないですよ!?」

 

 確かに反則だよな。

 言わないけど。

 口が裂けても言えないけど。

 

「あの…………本当に退いてくれない?」

「え? あ、うん………そう、だね……………」

「ちょっとー、コルニさーん? 何ちゃっかりとマーキングしようとしてるんですかー?」

「はっ? ししししてないし! そんなこと全くこれぽっちも考えてないから。てか、そんな考えに行くイロハの頭の方がやばいんじゃないの!?」

「あ、ひどーい。私はただ発情する前に止めてあげようと思っただけなのに」

「そもそも発情とかしてないから!」

 

 なら、マジで退いてくれよ。

 地味に腰をくねらせてくるから生々しんだよ。

 あと、そのせいで腰が痛いんだけど。

 ゴリゴリ擦ってるからね。

 

「ああああんたも! 変な勘違い起こさないでよ!」

「なら早くどけ」

「はい……………」

 

 こうして、今日の午前の部は終わった。

 もう昼過ぎてるけど。

 腹減ったな…………………。

 



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43話

「で、次は誰とバトルすればいいわけ?」

 

 コルニ発情疑惑の後、何故か彼女も連れて飯を食いに行った。

 大人二人はまた篭るんだとか。何をしているのやら。

 で、一応マスタータワーに帰ってきたわけではあるが、開口一番にコルニが言った言葉がこれである。

 

「はい! あ、あたしがやる!」

 

 ユイガハマが元気に手を挙げ、発言権を得た。

 そこまでして俺を好きなようにしたいのだろうか。

 そんな執着してまで何させる気なんだ?

 ちょっと怖くなってきたんだけど。まあ、勝てないだろうけども。

 

「………あの、こう言っちゃなんだけど、大丈夫なの?」

「ば、バカにするなし! あたし、これでもゆきのんと特訓してるんだから!」

「………………」

 

 コルニが心配するのも無理はない。

 どうしてもユイガハマだけは強そうに見えないのだ。こう、なんというかコマチやイッシキみたいな計算高さもなさそうだし、初めの頃は俺のバトルを模倣しようとして失敗してたくらいだし。まあ、あの時は心の持ちようが違ってたからってのもあるけど。

 だからといって、ユイガハマの実力でなんとかできるほど、メガシンカは甘くない。ユキノシタがどういう風にユイガハマを鍛え上げてるのかは知らないが、んー怖い。イッシキが言うには強くなってるっていうし…………。

 

「大丈夫よ。ちゃんと秘策を用意してあるから。付け焼き刃に近いものだけれど」

「ユイガハマに小難しい秘策といってもダメだと思うぞ」

「ヒッキー、あたしのことバカにしすぎだし!」

「それくらい分かってるわ。もっと単純な秘策よ」

「ゆきのーん、それフォローになってないよーっ」

 

 ガバッとユキノシタに抱きつき、うわんうわん言っている。

 暑苦しい、と言う言葉も聴き慣れてきた今日この頃。

 

「まあ、取り敢えずコマチ。ボール取りに行くよ。後、バッジも渡してなかったし」

「了解であります、隊長!」

 

 敬礼とかイッシキみたいだな。

 あざとい。けどかわいい。さすがコマチ。

 

「イッシキにはないものがあるな」

「なんですか、せんぱーい。それ嫌味ですかー?」

「本心だ」

「もっと酷いです。いいですよ、もう。先輩がコルニのお尻を見ているのをユキノシタ先輩に言いつけてあげます」

「おい、やめろ、俺が悪かった。マジで悪かったから。見てないけど、そういうことあいつに言ったら「すでに聞いてるわよ」というかすでに聞かれてるこの状況を作り出すな。俺が半殺しにされるだろうが」

 

 とどめを刺さないところがポイントだな。なにそれ、超エグい。

 

「さて、オシリガヤくん。ユイガハマさんのバトルが終わったら、あの約束を果たしましょうか」

「マジでやめてくださいお願いしますさっきは俺が悪かったから悪いのはすべて俺でいいから…………約束?」

 

 すかさず土下座して謝っていると変な単語が聞こえてきた。変なというかこの状況に似つかわしくないってだけだけど。

 

「言ったでしょう。あなたとバトルするって」

「ああ、言ったな。え? なに、マジでやるの? 俺の手持ち二体だよ? 黒いの入れても三体だよ? 暴君なんか面倒くさいって言って絶対取り合ってくれないだろうし」

「あら、ならばその三体でいいじゃない。三対三のバトルで。やらないっていうのなら………分かるでしょ?」

「はい…………」

 

 怖いからっ!

 マジで怖いからっ!

 そんな言葉を切らないで!

 ゲンガーに驚かされるよりも恐怖を味わってるよ…………。

 

『にっ』

 

 …………………。

 

「「「「うわっぁぁああああああっ!?!」」」」

 

 突然、俺たちの陰から何かが出てきた。

 何かなんて顔を見ればすぐに分かる。

 ちょうど今俺が思い浮かべていたゲンガーだ。

 まさかこんな真っ昼間に野生のゲンガーがこんなところに出てくる………なんて?

 

『ケシシシシっ』

 

 驚く俺たちの反応に満足したのか、一笑いすると壁の方まで行き寄りかかって腹をぽりぽりと掻き出した。

 あれ、絶対野生じゃねぇな。

 

「……なに、あの腹立つゲンガー。校長のゲンガーを思い出すわ」

「あ、あああの時もイタズラされてたもんね」

 

 まだ驚きが止まらないのかユイガハマの声が安定しない。

 

「イタズラ程度のもんじゃなかったけどな」

「私はあの校長とはバトルしたことないから、よく知らないわ」

「先輩、よくあのメンバーに勝てましたよね」

「あんなのマグレだマグレ。ゲンガーに大爆発された時にはもう終わったかと思ったくらいだ」

 

 あの一撃でリザードンもオーダイルも戦闘不能になったからな。あれはマジでヤバイと思った。

 

「………ねえ、ヒッキー。あの時からダークライ……だっけ? あの黒いポケモンは一緒にいるの?」

「正確にはあの日の二日前に初めて会った」

「………その頃には伝説のポケモンを扱える実力があったというわけね」

「………トツカに言われるまでずっとダークライだって知らなかったけどな」

「先輩はすごいんだかただの変人なのか分かりませんね」

「ちょっとー? 俺は普通に常人だからな? 変人でも変態でもない」

「よく言うよ。鬼畜なバトルをしたり、ハーレム作ったり、そんなの変態以外の何者でもないじゃん」

 

 お、おう、コルニ。戻ってきたのか。

 

「あれ? ゲンガー? あんた何でこんなところにいるの?」

「けっ」

 

 コルニが声をかけるが、腹を掻くだけで応対しようとはしない。

 つか、コルニは知ってるんだ。

 

「お前のポケモンか?」

「おじいちゃんの。見ての通り自分大好きポケモンだからかっこつけなの」

「まるでヒキガヤくんね」

「や、俺じゃないだろ。………ダメだ、例えられそうな奴がいない」

「こんなところで友人関係の狭さが出てくるとは……」

「お前も人のこと言えんだろうが。まあ、でもポケモンも人間と同等の感情を有する生き物だからな。たまにはああいうのもいていいんじゃないか?」

「まあ、そうなんだけど。時々ムカつくのよ」

 

 ああ、家族であるコルニですらムカつく時があるのか。相当だな。

 しかもあれとあの博士が手を組んだ時には面倒なことにしかならないのが想像できてしまう。コルニも苦労してんだな。

 

「お兄ちゃん、ハーレム作るのはいいけど、作るんだったらみんな平等に、だよ」

「ねえ、そもそもハーレムとか作る気ないからね。俺にはコマチがいればそれでいい」

「そういうのみんなの前で言うのマジで勘弁してくれる? コマチ恥ずかしいんだけど」

「大丈夫だ。俺も恥ずかしくなってきた」

「なら何で言ったの?!」

 

 男には言わなきゃならない時があるんだよ、ユイガハマ。

 むろん、それが今かどうかは別であるけど。

 

「さて、ユイさん。早速始めよっか」

「あ、うん、お手柔らかに…………」

 

 ユイガハマのバトルか。

 超久しぶりに見るような気がする。

 コマチやイッシキのバトルはよく見てるんだけど、ユイガハマだけはあんまりないんだよなー。

 

「あれ? 博士は?」

「さあ?」

「誰が審判やんの?」

「決まってんじゃん」

 

 あ、俺なのね。

 分かったから、そんなじっと見ないでくれる? 恥ずかしいんだけど。ちょっとさっきのゴムの感触を思い出しちゃうからマジでやめてっ。

 

「んじゃ………何体使うわけ?」

「一体でいいんじゃないの。さすがにキツいでしょ」

「あ、うん、ならそれで…………」

 

 あれ?

 ちゃんとルール理解してる?

 

「いくよルカリオ!」

 

 俺が疑問を抱いているとコルニが先にルカリオを出してきた。

 さっきは大変ご苦労様でした。

 

「マーブル、あたしたちもいくよ!」

 

 ユイガハマが出してきたのはドーブル。

 嫌な予感がする。

 ユキノシタが秘策あるとか言ってたけど………まさかな。

 いやでもあいつならやり兼ねんし………。

 

「かくとうタイプ相手にノーマルタイプを出してくるとか、弱点ついてくださいって言ってるようなもんだよ」

「うん、分かってる。でもあたしはマーブルを信じてるから」

「あー、じゃあ、バトル開始」

 

 準備はもう良さそうなので開始の合図を送る。

 これ、多分すぐに終わりそう。

 

「ルカリオ、メガシンカの一撃で終わらせるよ。命、爆、発! メガシンカ!」

 

 二つの石が反応し合い、ルカリオが姿を変えていく。

 いやー、ヤバイな。

 メガルカリオのかくとうタイプの技を受けたらドーブルは間違いなく一撃で倒れる。

 ユイガハマ、それをお前は分かっているのか?

 

「グロウパンチ!」

 

 駆け出したルカリオは一瞬で距離を縮める。

 

「ごめんね。少し痛いけど、堪えてね」

 

 振り下ろされた拳はそのままドーブルに入った。

 だが、今のでは終わらない。

 ユイガハマが少し申し訳なさそうな顔をしてるのが、それを如実に物語っている。

 すでに秘策とやらに移っているのだろう。

 

「がむしゃら!」

 

 おいおいおいおいっ。

 ユキノシタさん?

 あなたなんて技覚えさせてるんですか?

 ちょっとどころのチートじゃないよ?

 いくらドーブルだからってマジな方の技を覚えさせるなよ。

 

「ルカリオ!?」

 

 攻撃を堪えたドーブルの我武者羅な体当たりに後方へと吹き飛ばされていくルカリオ。コルニも驚きを隠せないようだ。

 他の奴らは…………あ、みんな知ってたのね。知らないのは俺とザイモクザとコルニだけなのね。

 そうですかそうですか。俺は仲間に入れてもらえないのか。まあ、いいんだけど。

 

「………なに、今の………初心者、だよね…………?」

「……うん、初心者だよ。コマチちゃんとイロハちゃんと同じ初心者。でもあたしはまだ難しいバトルはできないんだー。それをザクロさんで痛いほど味わったよ。ヒッキーのバトルを真似しようとしたけど難しかったし、ゆきのんみたいに頭が回らない。コマチちゃんやイロハちゃんみたいに計算高くバトルを組み立てることもできないの。でもね、あたしでもできるバトルはあるってゆきのんに教わったんだー。それがこれ。ふつう、攻撃は躱すものだけど敢えて受けることでダメージが大きくなる技、その一つががむしゃら」

 

 なるほど………。

 だから敢えて、ドーブルを出したのか。

 嫌な予感というものはよく当たる。

 まさかドーブルの可能性に目をつけてくるとは。しかもユイガハマでも難しく考えないで済む、技を堪えてそのまま攻撃。単純かつ大ダメージを与えることができる技のコンボ。

 トレーナーとしての実力がない分、技のコンボでカバーしたということか。

 

「それだけじゃないわよ。ドーブルを見なさい」

 

 ユキノシタに言われてドーブルに目を向けると………。

 元気になっていた。

 何か持たせているのか?

 持たせているとすれば攻撃して回復するような物。

 たべのこしって感じもするがあれは攻撃とは関係ないからな………。

 もっと単純な………。

 

「っ!? まさか貝殻の鈴を持たせてるのか?!」

 

 ドーブルの首回りをよく見ると貝殻が取り付けられていた。

 

「ええ、ただ攻撃を受けて反撃して大ダメージを与えるだけでは物足りないじゃない」

「………だから『少し痛いけど、堪えてね』か………。回復まで付いてくるとはこりゃ本格的にヤバイな」

 

 何がヤバイって、それをユイガハマが使ってるということだ。

 ユキノシタが編み出した戦法らしいが今のユイガハマには打って付けすぎる。下手したら負けそうである。しかもあのドーブルはダークホールもスケッチしちゃっている。おまけにハードプラントまで覚えているとか、もう危険じゃねぇか。

 

「だから自信満々だったわけか……。確かにいい手だよ。ユイさんにも打って付けな戦法だと思う。でも! あたしたちはまだやれる!」

「うん、分かってるよ。がむしゃらでは倒せない。だからこうするの」

 

 うわー、なんかユイガハマに影がかかりだしたように見えるんだけど。

 ちょっと怖いよ。マジで怖い。なんでみんなそんなにバトル中は人が変わるの? 人間怖い。

 

「ッッ!? ルカリオ気をつけて! 何か来る!」

「マーブル、ダークホール!」

 

 危険を察知したコルニはフラフラと立ち上がるルカリオに喚起を促す。

 それに応えるように辺りに波導を張り巡らし始めるが、仕掛けて来たのはダークホール。

 まあ、まずコルニは知らない技だろう。当然効果も分からない。

 ただ、あの黒い穴は危険な物ということくらいは本能的には分かったらしく、「跳んで!」と咄嗟に叫んだ。

 だが、それも虚しくルカリオは黒い穴の中に吸い込まれていった。

 

「ルカリオ………」

「マーブル」

 

 ユイガハマが指示するとドーブルは黒い穴から眠っているルカリオを引き出し始める。

 

「ルカリオ!」

 

 コルニが呼びかけるが眠りから覚めることはない。

 

「これが今のあたしにできるバトルだよ。…………ヒッキー。ヒッキーはさ、あたしたちをできる限り巻き込みたくないって考えてるんだろうけど、あたしにもできるバトルはあるんだよ。この前は初めてのことだったから何もできなかったけど…………、あたしも戦える!」

 

 なぜか俺の方に向き直って語り出すユイガハマ。

 あれ?

 なんか話が飛んでない?

 今ってそういう感じの空気だっけ?

 いや、まあ、メガシンカ相手にバトルできてるし、いざフレア団に襲われたとしても落ち着いてバトルすれば、ドーブルのダークホールで眠らせている間に逃げることだってできるのは分かったけど………。

 え? なに? 俺なんかした?

 

「………これはあたしの負け、かな…………悔しいけど。起きないもんはしょうがないよね」

「………よかったー。そう言ってくれて。正直あたし、これ以上はやりたくなかったんだー」

 

 コルニが負けを認める? とユイガハマはお団子頭を押さえながら笑顔を浮かべる。その目には安堵の色があった。

 

「え? なに? もういいの?」

「うん、ちゃんとヒッキーにもあたしのバトルを見せることができたから。えっと、その………どうだった?」

「あ、や、まあ………強くなった、というか足りない物のカバーはできてるんじゃないか? 知らんけど」

 

 どうだったって言われても、強くなったと言うわけにもいかんだろ。ユイガハマのトレーナーとしての実力が向上したわけじゃないんだし。例えるなら付け焼き刃の戦法だ。何かあっても取り敢えず逃げに徹するならば何とかなる。だけど、そもそものトレーナーとしての実力が上がってない限り、応用も難しいところだろう。

 

「ほんと!? やったー、やっとヒッキーに認めてもらえた!」

「いや、認めたってわけではないけど。というか何を認めるんだよ」

「え? …………だって、ヒッキーって絶対あたしは弱いから連れて行かないとか言い出すじゃん」

 

 なんかテンション上がったかと思えば一気に下がったんだけど。

 寒暖差激しい奴だな。

 

「言い出すじゃん、って決定なのかよ。や、間違ってはないけど」

「…………ハチマン、何があったの………?」

「それは言えないな。言えばお前まで巻き込むことになる。というか既に巻き込まれてる可能性だってある。ま、ジムリーダーのお前ならその内何か掴むかもしれんが、その時はその時だ。お前はジムリーダーとして振る舞えばいい」

 

 これ以上誰かを巻き込むのは御免だ。

 知り合いってだけで俺の心の隙を突かれることになる。そうじゃなくてもこれだけの大パーティにまで発展してしまったのだ。

 当初はコマチの護衛目的でついてきたってのにどうしてこうなった………………?

 

「なにそれ、納得できないんですけど」

「お前が納得しようがしまいが、俺には言う義理はない」

「うわっ、なにそれ、超ムカつく!」

「おう、ムカついてろ。危険なもんは危険なんだ。まあ、気になるなら博士に聞いたらいいんじゃないか? 俺についての情報くらいは持ってるだろ。それで察してくれ」

「ちぇ、今言えばいいのに………」

「面倒なことにはしたくないからな。既に面倒だし」

 

 俺一人だったらどんなに楽だったことか。

 まあ、ユキノシタがいなかったら今頃はフレア団の檻の中にいるんだろうけど。

 そん時はどうしてるかね、俺。

 

「その割には働くわね」

「そりゃ、死にたくないからな」

「死ぬようなことなの?」

「さあ? そんなことまでは知らねぇよ。何なら俺が知りたいくらいだな」

 

 殺されそうにはなってたけど。

 

「あっそ。ならもう聞かない。でもあんたが泣きついてきても相手してあげないから」

「まあ、泣きつくこともないだろうな。現にお前より権力あるし」

「マジで何者なの………?」

 

 コルニに泣きつくような事態って全く想像できないよな。

 どちらかといえばまだ博士の方が可能性的にはあるんじゃね?

 

「だから博士に聞けって。俺の口からはとても言えるような奴じゃない」

「…………ヒッキー」

「お兄ちゃん………」

「せんぱい………」

「な、なんだよお前ら………」

 

 言葉を濁すとユイガハマとコマチとイッシキが俺をじっと見てきた。

 

「「「犯罪だけは犯してないよね?!」」」

 

 おいこら、お前ら。

 

「してねぇよ。多分…………おそらく…………あれ? 本当にないよね? いくらギリギリセーフのラインくらいまではやってたとしてもそれで捕まるなんてことは…………」

 

 あれ? なんか段々自信なくなってきたぞ?

 でも今のところ何も言われてないし。

 

「「「本当になにしたの!?」」」

「大丈夫だ、まだ誰も殺してはない」

「まだって………、これから誰か手にかけるつもりなのかしら?」

「やるかっ! そんなことになる時点で俺の手に余る仕事だっつの。おい、ザイモクザも言ってやってくれ」

 

 ユキノシタまで俺の言葉を拾ってきては頭を抱えている。

 取り敢えず、俺と仕事をしているザイモクザに弁明を求めた。

 

「うむ、我の知る限りでは誰も手にかけていない。ただ………」

「「「「ただ………?」」」」

 

 ただ………?

 皆が唾をゴクリと飲む音が鳴り響く。

 どうでもいいけど言葉にするとなんかエロい。ほんとどうでもいいな。

 

「最近は女を引っ掛けてくる!」

「「「「ぶっ!?」」」」

 

 ザイモクザの爆弾にコマチ以外の女性陣が噴いた。

 どうかしたのか? とはとてもじゃないが聞けない。

 聞いたら何を言われることやら。想像しただけで恐ろしいわ。

 

「あ、今我、上手いこと言った」

「上手くねぇよ。何だよ、お前まで俺を女誑しだと思ってんのか? 結構俺と仕事してきたお前なら知ってるだろ。俺のぼっち人生を」

「爆ぜろリア充!」

「弾けろシナプス!」

「「バニッシュメントディスワールド!」」

 

 ついザイモクザと一緒にポーズを取ってしまったじゃねぇか。

 

「って、何させるんですか、先生」

 

 突然会話に割り込んできたヒラツカ先生のせいで俺とザイモクザは羞恥心にさらされている。現にみんなの俺たちを見る目が痛い。心に刺さる。何なら物理的にも刺さってる感が否めない。マジでゴミを見るような目である。

 

「いや、なに、聞いたことのあるような声が聞こえたんでな」

「や、あれ正確にはリアルですから。というか知ってたんですね」

 

 ケラケラと笑うヒラツカ先生に思わずため息が出てしまった。

 

「私を甘く見るなよ」

 

 こんなんだから結婚できないんじゃないか?

 早く誰かもらってあげて。

 

「ダメだこの人。つか、何か用っすか?」

「特に用はない。ドンパチしてたみたいだから降りてきてみただけだ」

「ああ、そうっすか」

 

 実際に何しに来てるのかは知らないが、調べ物でもしていて休憩がてら降りてきたってところだろうな。

 

「それにしてもユイガハマが勝つとは。これはヒキガヤも危ないんじゃないか?」

「や、それはないでしょ。どっちかって言うとイッシキの方が怖い」

「なるほど………ようやく君にも苦手な相手が出てきたというわけか」

「なんでそんな嬉しそうなんですか。そこまでして俺に勝ちたいのかよ」

「勝負事は勝ってなんぼのものだろう」

「間違っちゃいねぇけど、教え子相手にムキになんないでくださいよ。大人気ないですよ」

「若いから私はいいんだよ。若いから」

「二回も言う必要ないでしょ」

 

 そんなに大事なことなのかよ。

 というか若いからって理由にすらなってないし。

 

「ちょっとー、そこのキモい人ー。あたしらを放っておかないでほしんですけどー」

 

 それは一体誰のことなんだろうね、コルニさんや。

 返事をしたら認めたことになりそうだから、振り向きたくもない。

 

「呼んでるぞ」

「はぁ……………」

 

 無理だったけど。

 先生に言われたらもうどうしようもない。

 さっさと返事をしないと先生にまで何かされそうだ。

 

「なんーー」

「………コルニさん、この後ヒキガヤくんとバトルすることになっているのだけど、よかったら観に来ないかしら」

「え? マジ? 見たい見たい。ハチマンが木っ端微塵にやられるところとか超見たい!」

 

 おいこら、声をかけておいて無視するなや。

 なんだよこの辱め。

 先生のにやけ面がすげぇ腹立つ。

 

「残念だけど、木っ端微塵にできるかは保証できないわ。だって彼は鬼畜だもの」

「ねえ、俺に声かけておいて無視するのとかやめてくれます?」

「それではポケモンセンターへ行きましょうか。行くわよ、ヒキガヤくん」

「お前ら…………」

 

 ユキノシタの提案でコルニがバトルの観戦権を獲得した。

 はあ………マジでバトルするのね。

 



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44話

最初に言っておきます。

二話分くらいあります。ごめんなさい。


「それで、なんで先生までついてきたんですか」

 

 ポケモンセンターに着くと中でバトルフィールドの貸し出しを申請して、移動した。

 何故か先生までついてきてるんだけど。

 

「ふっ、これもメガシンカの研究の一環だ」

「そもそも先生の教科は国語でしょうに。なんだって研究職に」

「用語を教えるための研修だと思ってくれ。後は校長に頼まれたのだ」

 

 多分、後者が目的なんだろうな。

 自分の孫娘の旅が心配でスクールの一職員に頼み込むかって感じだけど。

 過保護すぎんだろ。人のこと言える立場じゃないけど。

 

「さて、それじゃ始めましょうか」

「へいへい」

「ルールはどうするんだ?」

「先生が審判なのね」

「手持ちは三体。技の制限はなし。交代もありでいいわ。どちらかのポケモンが三体とも戦闘不能になったところでバトル終了。それでいいかしら?」

「何でもいいぞ」

 

 だって、リザードンもゲッコウガもなんかやる気になってるんだもん。

 君たちバトル好きだよね。強い相手限定だけど。

 

「そうか。ならバトル始め!」

「行きなさい、オーダイル」

「んじゃま、ゲッコウガよろしく」

 

 なんだよ、ユキノシタが出したのってオーダイルかよ。

 ってことは後の二体はメガシンカを手に入れたボーマンダと伝説のポケモンであるクレセリアか?

 俺の手持ちの限界の数でやるのだし、それに合わせてんのかね。若干手持ちとは言えない奴いるけど。

 

「アクアジェット」

「かげぶんしん」

 

 水のベールに身を包んだオーダイルを影を作り出して惑わせる。

 それでも一掃するように一つ一つ影を消していくので、その間にフィールドのど真ん中に移動させる。

 

「くさむすび」

 

 オーダイルはみずタイプ。

 ならばくさタイプの技を使わない理由がない。しかもくさむすびはアクアジェットの勢いを殺すのにも上手く使えるからな。

 

「躱しなさい」

 

 だが、そこはオーダイル。幾多のバトルをしてきた経験から危機を察知したらしい。言われるまでもなく自分から躱した。

 

「れいとうパンチ」

 

 水のベールに身を包んだまま拳に氷を張り巡らせ突っ込んでくる。

 

「まもる」

 

 二つの同時技をドーム型の防壁を貼ることで全てをゼロにする。

 使い方によってはいい技だよね。

 

「つじぎり」

 

 真正面にいるのでそのまま今度はこっちが突っ込むことにする。

 黒い手刀を携えて、懐に飛び込む。

 

「ドラゴンクロー」

 

 だが、咄嗟に出した竜の爪により弾かれてしまう。

 あー、こりゃ千日戦争になりそうだな。

 どっちの攻撃も当たらないんですけど。

 

「す、すごい………」

「どっちも攻撃受けてないとか、マジ………?」

 

 コルニがなんかすげぇ目をキラキラさせている。

 なに、どうかしたの?

 

「やっぱりゲッコウガには隙がないわ」

「そうか? 俺からしてみればオーダイルには俺の考えが読まれてる気がしてならんのだけど」

「さて、このバトルは終わらせることができるのかしら」

「まあ、終わりは来るだろ。ゲッコウガ!」

「コウガッ!」

 

 俺が呼びかけるとまたアレが始まった。

 俺の視界はゲッコウガのものとなり、力が漲ってくる。

 だが、こうして頭で理解してからコレに入ると力が制限されているのがよく分かる。

 本来であれば、もっと爆発的な、こうメガシンカに近いパワーの変化があるように思える。それを抑えこむように壁があり、こじ開けることもできない。

 まさに博士が言っていたように力の一端にしか触れることができない状態である。

 やはり、この先の力が欲しければ秘薬を使うしかないのだろうか。

 

「なに、あの水のベール…………」

「さあ? なんだろうね」

「アクアジェットじゃないですかね」

「来たわよ、オーダイル。りゅうのまい」

 

 こちらが力を溜め込んでいるとオーダイルは炎と水と電気を三点張りで作り出し、それを竜の気へと変え始めた。

 

「ドラゴンクロー」

 

 竜の気を腕に纏い、爪を立て攻め込んでくる。

 どういう原理ででかくなったかは分からない水の手裏剣でガードに入る。

 竜の爪を弾き、空いた懐にすかさず飛び込み黒い手刀で切り裂いた。

 オーダイルに身体を捻られて追撃を躱された。

 

「ならば、かげうち」

 

 影に入り身を潜める。

 こうして見るとユキノシタがいかに集中しているかが分かる。

 オーダイルと一緒に精神を張り巡らせていて、影にいるというのに見られているような感覚に陥るのだ。

 なに、こころのめとか使えたりするの?

 ほんとにぜったいれいどとかしてきそうで怖いんだけど。

 

「左後方30度地面にシャドークロー」

 

 うわ、なんかガチの命令なんだけど。

 

「ッッ!?」

 

 手刀で受け止めたけど、心臓に悪いな。

 

「当たりのようね。オーダイル、そのまま出てくるまで切り裂いてあげなさい」

 

 うーわー、この子容赦ないんですけど。

 ここは出るしかない、おわっ!? やべぇ、これ俺ら死ぬ。

 だが、普通に出たんでは狙われるだけ。

 どうしたものかって、ちょ、マジ、怖ッ!

 

「……コウガ」

 

 ほーん、なるほど。

 それいいかもね。採用。

 

「あら、ようやく出てきたわね。オーダイル、ドラゴンクロー!」

 

 よし、まんまと引っかかってくれたな。

 

「影………ッ!? オーダイル、後方にドラゴンテール!」

 

 さて、徐々に数を増やしていくか。

 

「これも影……はっ?!」

 

 よしよし、これで俺たちがいる陰には意識が離れたな。

 

「オーダイル、ハイドロポンプで一掃しなさい!」

「オダッ!」

 

 水砲撃により俺たちが作り出した影はかき消されていく。

 だが、それでいい。

 

「真下がガラ空きだぞ」

 

 影から出てオーダイルをぶん殴る。スカイアッパーみたいな感じになったな。まあ顎は頑丈そうだし大したことないか。

 それにしてもなんかこれ昔を思い出すわ。

 

「やっと一発入った!」

「なんなのこのバトル………」

「いやー、次元が違いますなー」

「久しぶりに本気出してますねー、先輩」

 

 あ、確かに初めて攻撃入ったな。

 以前バトルした時はエネコロロだったから早かったのか?

 オーダイルが相手だと時間かかるのも仕方ないのかもしれないな。

 

「くっ、一枚も二枚も挟んでくる癖は変わらないわね」

 

 人間、そうそう変わりませんって。

 

「オーダイル、ハイドロポンプ!」

 

 あらら、飛びながら砲撃してきましたよ。

 まあ、ここは壁でも作って守りましょうかね。

 

「アクアジェット!」

 

 今度は強行突破かよ。

 躱そ。

 

「かげぶんしん」

 

 ほんと気持ち悪いくらいに増えてきたな。

 そのうちどっかの街の人口を越すんじゃないかって思っちゃったりするんだけど。

 ちょっと変化球でも出してみるか。

 いわタイプになるけど、影があるから大丈夫だろ。

 

「がんせきふうじ」

 

 岩がゲッコウガの周りに現れた。

 

「発射」

 

 一斉に岩を飛ばしていき、四方八方から逃げ道を塞ぐ。

 当然、上にもいるので逃げるなら穴を掘って逃げるくらいしか逃げ道はない。

 

「オーダイル、めざめるパワー」

 

 ユキノシタが入った瞬間、オーダイルの体内から黄色い光が迸り、岩々を一瞬で粉々にしてしまった。一瞬バチバチっていってたのは気のせいかな。

 それにしてもめざめるパワーか。

 ポケモンに秘められた潜在的な力を技にしてしまう、しかもタイプまでポケモンによって異なる、まさにめざめるパワー。

 俺はオーダイルに覚えさせてないぞ。

 いつの間に覚えさせていたんだ?

 って、人のポケモンの技を知ってる方がおかしいよな。

 

「ゆきなだれ」

 

 あ、また新しい技きたし。

 しかもご丁寧に影全部にまで技を発動させちゃってるし。

 

「聞こえているのか知らないけれど、いつもいつもあなたが知っているオーダイルってわけじゃないわよ」

 

 しっかり聞こえてるから。

 いや、まあそうだけどよ。

 なんかちょっと寂しい気もする。

 

「コウガ」

 

 え? なに?

 はっ? マジで?

 お前ほんと優秀すぎんだろ。

 

「……めざめるパワー」

 

 しかもほのおタイプなんだとか。

 やべぇ、絶対にほのおタイプにはなれねぇって思ってたけど、まさかのここでなれちゃったよ。

 上から降ってくるゆきなだれはゲッコウガの体内から迸る赤い光によって溶けていった。

 

「………ねぇ、実はゲッコウガって強かったりする?」

「強いも何も先輩と手を組んだ時点で敵なしってくらいには最強だよ」

「え? じゃあ、あたしとのバトルって…………」

「本当はゲッコウガで一人勝ちできてたかもしれませんねー」

「うっそ…………」

 

 いやいや、そこまではないから。

 これはあれだ。相手が強いほどゲッコウガが自分に使えそうな技を盗みにいってるからだ。

 だから今は強く見えるんだ。まあ、実際強いけど。それについてこられるオーダイルもやっぱり強い。

 

「本当にそのゲッコウガは相手にすると厄介ね。バトルの最中に相手の技を見ただけでモノするなんてゲッコウガくらいよ」

 

 そりゃどうも。

 特に俺が育ててるってわけでもないから別に褒められても嬉しくもない。

 勝手に育つんだもんなー。楽でいいけど。

 

「オーダイル、アクアジェット!」

 

 また懲りずにアクアジェットか。

 さて、また同じ手で躱すのもな………。

 は? マジで?

 またなの?

 お前、もう伝説のポケモンになっちゃっていいんじゃない?

 

「じんつうりき」

 

 どこから覚えてきたのか知らんが、いつの間に俺の知らないうちに覚えたらしい。

 見えない力で水のベールに包まれたオーダイルの動きを封じる。そして、上下に引っ張ったり、空中で振り回したり地面に叩きつけたりして、ダメージを与えていく。

 とうとうエスパータイプにまでなっちゃったよ。

 プレートのポケモンみたいだな。

 

「オーダイル、集中しなさい。無理に動けば相手の思うツボよ。落ち着いて自分の力に自信を持ちなさい」

 

 身悶えて暴れていたオーダイルが大人しくなった。

 俺には忠実だって言ってるけど、ユキノシタへの方がよっぽど忠実だと思う。

 

「りゅうのまい」

 

 じんつうりきで身体を動かせない分、動かなくても発動できるりゅうのまいをしてきた。炎と水と電気の三点張りからの合成。絡み合う三つのエネルギーは次第に竜の気へと変化し、水のベールを竜の気へと昇華させた。

 二度も使われたんじゃ、いよいよもって危険だ。

 そろそろ狩りに行かなければ。

 

「まずはげきりんでじんつうりきを破りなさい!」

「ウォダァァァアアアアアアーッ!」

 

 おおう、綺麗に破られちゃったよ。というかそれが普通か。げきりんだし、りゅうのまいを二回も使ってるし。

 スピードも格段に上がっているはず。

 つーか、そろそろげきりゅうも発動してくるんじゃね? やばくね?

 

「そのままゲッコウガに突っ込んで!」

「まもる」

 

 取り敢えず壁でも作っておこう。

 あの荒れ狂う竜の気を何とかしないとな。

 近づくのすら怖いんだけど。

 

「押し切りなさい!」

 

 あ、やべ、今ピシって言ったよ、ピシって。

 ドーム型の壁にヒビ入ってんじゃん。

 うおー、げきりんパネェ。

 早く影に入ろう。

 

「逃がさないわよ。シャドークロー」

 

 あら? あらららららら?

 考え読まれちゃってるよ?

 やっぱり同じパターンで躱すのはユキノシタ相手には分が悪いね。

 咄嗟に黒い手刀で受け止めたけどさ。

 

「ウォダァァアアアアアアアアアアッ!!」

 

 あー、なんか一層気合入っちゃったよ。

 つか、重い……。

 

「つばめがえし」

 

 上から体重をかけられているので、少し身体を下げて懐に潜った。

 オーダイルは雄叫びの最中に前のめりになって、バランスを崩す。

 

「カウンター」

 

 だが、ユキノシタの命令で前のめりになった身体を頑丈な脚で踏み止め、ゲッコウガの白い手刀を掴んだ。

 

 ーーーやばい。

 

 ゲッコウガの身体が危険を察知したのか、素早く手刀から手を離し、遠心力を活かしてオーダイルの脇を潜り抜け背後に回った。

 なんか本能によって助けられたわ。

 どんだけ戦い慣れしてんだよ。

 

「ドラゴンテール」

 

 おい、マジか。

 これでもまだ仕掛けてくるかっ?!

 オーダイルは再び身体を前に倒し、地面につけていた尻尾を振り上げてきた。

 

「つじぎり」

 

 躱すのも難しそうなので、どうせダメージを受けるならこちらも攻撃することにした。だってほら、攻撃は最大の防御とかいうじゃん? 運良く受けないって可能性もあるし。

 

「痛ッて?!」

 

 まあ、無理だったけど。

 すげぇ痛い。

 ポケモンって改めて大変な生き物だなって思うわ。人間に命令されてバトルしてダメージ受けてボロボロになって。

 それでも気に食わなければ捨てられる。

 人間、クソだな。

 ポケモンの方がカースト上なんじゃないの?

 トレーナーである俺が言うなって話か。

 

「みずしゅりけん」

 

 吹っ飛ばされるついでにでかい水の手裏剣を投げておく。

 

「ハイドロカノン!」

 

 げっ、このタイミングで使ってきやがった。

 この状態じゃ躱しようがないんですけど。

 影にも入れないわ、守り壁を作っても究極技になんか意味をなさないわ。しかもん何気に竜の気も帯びてるんですけど。乗せんなよ。

 仕方ない、先は読めないがこれしかないな。

 

「ハイドロカノン」

 

 こっちも同じようにぶつけるとしよう。

 さっき投げたみずしゅりけんが丁度二つの究極技の遭遇点になってるし。超どうでもいいな。

 下からくる勢いとこっちから撃ち出す水の勢いでゲッコウガの身体が上昇していくのが分かる。ただ、下からくる水が段々と竜の形に変わってきていて不気味である。

 こんだけ高く(高くて怖いなんてことはないぞ? ほんとだぞ?)昇って水で身体が隠れてしまえばこっちにもやりようがあるな。

 密かに影を増やして、身体の硬直状態の時間を少し稼ぎ、オーダイルの背後に移動する。

 そして地面を叩き殴り。

 

「ッ!? オーダイル!」

 

 割れた地面から草を伸ばしてオーダイルの身体を絡め取る。

 

「げきーー」

「つじぎり」

 

 ユキノシタの命令よりも先にオーダイルの意識を狩った。

 

「オーダイル!?」

「オーダイル戦闘不能。さすがだな」

 

 先生がジャッジを下した後に何言っていたが、やっと自分の視界に戻った俺の脳はそれどころではなかった。

 疲労困憊。

 長時間の融合は俺の身体に負担がかかることが分かった。

 これからは必要最低限でしか使わない方がいいのかもしれない。

 繋がってる時はいいが、その間に俺の身体が狙われたどうしようもない。勝った後も他にまだ敵がいたとしたら絶対にこの身体では逃げ遅れてしまう。

 なるほど、新たな力を欲すれば必ずデメリットがあるというわけだ。

 

「ゲッ、コウガ………」

「コウ、ガ………」

 

 水のベールも無くなったゲッコウガもさすがに疲れたらしい。あいつ自身にもあの状態は堪えるものがあるみたいだな。

 

「お疲れ様、オーダイル。ハチコウガ相手によくやったわ」

 

 ユキノシタがオーダイルをボールに戻しながら変な名前を口にした。

 

「………なんだよ、ハチコウガって………」

「あら、あなたたちのことよ。ハチ公のゲッコウガ。だからハチコウガ」

「普通にゲッコウガでいいです」

「いい名前だと思ったのだけれど」

 

 ハチコウガって…………。どうなの、それ。

 俺がゲッコウガをハチコウガって呼んだりするわけ?

 ないな………。呼んでも返事しないまである。というか刺されそう。

 

「その流れでいくと先輩のリザードンはハチドンですね」

「やめてやれ。蜂蜜いっぱいかかったどんぶりみたいで気持ち悪い」

 

 イッシキがリザードンまでいじめてくるんですけど。

 そんなこと言うからゲッコウガにいじめられるんじゃないか?

 ユキノシタは俺と一緒で怖いみたい。

 後、基本食事はユキノシタが作るから逆らわないみたい。

 この時点で俺よりも上にいるよね、ユキノシタって。

 

「………ねえ、なんでみんなそんな普通に会話してるの………?」

「え? どうかしましたか?」

 

 なんか俺たちの会話を驚愕した表情を浮かべて唖然としているコルニがいた。

 どうかしたのか?

 

「や、その反応はおかしいでしょ! こんなバトル、見たことないよ! おじいちゃんでもこんなバトルしないのに」

「まあ、あの二人は別格だからねー」

 

 これくらい普通じゃね?

 つか、二人とも一応元チャンプだし。

 これくらいできないと逆に、ね。

 

「なに、君達も二人の後を追っているよ。大丈夫だ、ちゃんと影響されている」

「それって褒めてます? 先生」

 

 多分、褒めてるんだと思うぞ、イッシキ。

 

「当たり前だ。大絶賛している。いつか私が倒す日を待っているぞ」

「『私を』じゃないところが先生らしいね」

「どんだけ勝ちたいんだよ」

 

 ほんとこの人大人気ないな。

 

「さて、長話をしているとゲッコウガが回復してしまいそうだから続きと行こうかしら。ボーマンダ、いきなさい」

「マンダッ!」

「うっわ、やっぱりボーマンダきちゃったよ。すまんゲッコウガ、一発だけ頼むわ」

 

 こそっと隣にいるゲッコウガにモンスターボールを渡しておく。

 

「コウガ」

 

 これマジでクレセリア出てくるんじゃねぇの?

 やだなー。

 ボーマンダは絶対メガシンカさせてくるし、リザードンでいくのがベストじゃん?

 それの起点を作るためにゲッコウガには一発攻撃を当ててもらうとして、仮にリザードンでボーマンダを倒したとして、クレセリア相手に果たしてどこまでいけるか。

 オーダイルを見る限り、ボーマンダもクレセリアも俺の想定内で終わらせているはずがない。俺の手持ちは分かりきっているため、何か対策はしているはずだ。ゴリ押しのバトルも今回は無理だろう。

 うーん、先が読めん。

 

「あら、そのままゲッコウガでくるのね」

「まあ、ゲッコウガにはやって欲しいことがあるからな」

「そう、………ボーマンダ、ドラゴンダイブ」

「端から飛ばしてくんなー。ゲッコウガ、えんまく」

 

 黒煙を出して、竜を纏ったボーマンダの視界を遮る。

 その間にゲッコウガは煙の中を走っていき、ボーマンダの背後に回った。

 

「れいとうビーム」

 

 ドラゴン・ひこうタイプであるボーマンダには効果が抜群過ぎるこおりタイプの技を使わないとな。せっかく覚えてるんだし。

 

「急上昇」

 

 氷の光線ははずれたようで、黒煙の中をボーマンダが上昇していくのが見えた。

 上か………。

 

「ハイドロポンプ」

 

 地面に水砲撃を叩きつけて、ゲッコウガも上昇。

 

「旋回、かみなりのキバ」

 

 上昇していた身体をくるっと旋回して、空気を思いっきり蹴り急降下してくるボーマンダ。

 そのキバはビリビリと電気が走っている。

 

「……………」

 

 躱そうと思えばゲッコウガならば普通に躱せるだろう。だけど、ただ単に躱したのでは次の攻撃の起点にはならない。

 

「………躱さ、ないの?」

 

 コルニがポツリと呟く。

 躱さないのかと聞かれれば当然躱しますとも。ダメージを自分から受けに行くとかカウンターでも覚えてない限りやらないって。

 

「今だ! 躱せ!」

 

 ボーマンダのキバが当たりそうな距離まで引きつけてからの回避。

 これならば、攻撃にしか意識がいっていないボーマンダの背後を取れて、次に繋げられるはず。

 

「ッッ!? つばめがえし!」

 

 チッ、首から後ろにはまだ技を使える場所があるのに気づいたか。

 気付かなかったら楽だったのに。

 

「コウ、ガッ!」

 

 だが、やはりゲッコウガは身のこなしが上手い。

 長い舌を使ってボーマンダの首に巻きつき、地面へ叩きつけるように力を加え、自分は反動力で白く光る翼の下を潜り抜けた。

 なんつー身のこなしだよ。

 

「すごっ…………」

 

 ほら、コルニの口が大きく開いちゃってるじゃん。もう少し恥じらいを持てよ、とは言わない。言うとこの女子率の高いメンバーから何を言われるか分からんからな。ハチマン、ヒビガクシュウシテルヨ。

 

「スイッチ!」

 

 俺がそう言うと、ゲッコウガは赤いボールをみずしゅりけんに挟んでボーマンダの方へと投げた。

 そして、自分は俺がスイッチを押して開いたボールへと吸い込まれていく。

 投げたボールの中からは当然、奴が出てくる。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 待ってましたと言わんばかりの雄叫びとともに、地面へと落ちていくボーマンダに勢いよく突っ込んでいくリザードン。みすしゅりけんはしゅるしゅるしゅると空気を切る音とともにボーマンダに襲い掛かった。

 

「ボーマンダ! エアキックターン!」

 

 だが、瞬時に状況を納得したユキノシタはどこぞの誰かが使っている飛行技を使ってきた。

 なんでエアキックターンだけは隠す気がないのかしらん?

 

「トルネード!」

 

 再度思いっきり空気を蹴って急上昇してくるボーマンダ。

 おかげでみずしゅりけんがボーマンダの突撃によって消えちゃったよ。ダメージとかあまりなかったみたいだな。

 多分、何かしらの技は使ってくるはずなので、追加で回転を加えておく。これである程度の技ならば何とかできるはずだ。

 

「ドラゴンダイブ!」

 

 再び竜を纏ったボーマンダは回転しだしたリザードンに突っ込んでいった。

 竜気と竜気がぶつかり合い、激しい爆発が起こる。

 

「「つばめがえし!」」

 

 煙が上がってポケモンたちは見えないが、二人して考えていたことは同じなようだ。

 キンッ、キンッ、と何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。

 そんなこんなしていると二体の激しい攻防により煙が晴れ、姿を見せた。

 翼をはためかせて宙に浮く二体の竜。

 赤と青の対照的なドラゴンはそれぞれ首に体色を表す石を付けている。

 こっから見ても意外と目立つな。

 

「ボーマンダ!」

「リザードン!」

 

 ごくりと周りから唾を飲み込む音が聞こえてくる。

 

「「メガシンカ!!」」

 

 俺の握るキーストーンとリザードンの蒼黒いメガストーン、ユキノシタの髪飾りとボーマンダの赤と青の対反する色のメガストーンが共鳴を起こし始める。

 進化を超えたメガシンカ。

 こうしてユキノシタとメガシンカ同士でバトルさせる日が来ることになるとは。

 

「ドラゴンダイブ!」

「ハイヨーヨー」

 

 竜を纏って突っ込んできたので、急上昇して回避。

 

「上昇!」

 

 カックンと上に方向を変え、上昇してくる。

 リザードンはそれを見て、急降下。

 だが技は出さない。

 

「躱せ」

 

 くるっと身を翻して、ボーマンダのとっしんを躱した。

 

「エアキックターン」

 

 それじゃ、本物を見せてあげましょうかね。

 リザードンは空気に圧力をかけて踏みとどまる。そして激しく空気を両足両翼で打ちつけ急上昇を図る。

 

「トルネードドラゴンクロー」

 

 竜の爪を前に突き出し最初から回転させ、空気抵抗を減らしていく。

 

「ボーマンダ、ギアを上げて! いわなだれ!」

 

 えー、こいつも新しく技覚えてるんですけど。しかもいわタイプ技とかないわー。

 

「リザードン、そのまま突っ込め」

 

 ま、丁度今は回転をかけてるから降ってくる岩も砕けるだろ。

 

「さすがリザードンだな。一枚二枚程度の小細工など通用しないのは昔から変わらないな」

「…………そんなに、強いん、ですか………?」

「ん? ああ、基本ヒキガヤが手を加えたポケモンは一癖も二癖も持っている。一般的な攻撃パターンじゃ躱すどころが逆に利用されかねない」

「…………はあ…………………」

 

 なんか先生とコルニが話してるんだけど。

 珍しい組み合わせだな。

 

「やはりこの程度では効かないわね」

 

 降ってくる岩をドリルで砕き、上昇を止めない。

 ボーマンダはふっと動きを一瞬だけ止めて、翻った。

 

「ドラゴンテール!」

 

 横から竜の気を纏った尻尾で回転しているリザードンの竜爪を弾いた。

 バランスを崩したリザードンは背中から地面に落ちる形となった。

 つまり。

 

「ギガインパクト!」

 

 空いた懐が狙い所となってしまったのだ。

 リザードンはすぐさま回転を止め、爪も解除した。

 そして、飛び込んでくるボーマンダをただひたすら待ち受ける。

 

「…………」

 

 まだだ。

 もう少し…………。

 

「ッ!! カウンター!」

 

 タイミングを合わせてボーマンダの首に掴みかかり、同じ速さで急下降していく。

 そして、地面スレスレのところで脚と尻尾でボーマンダの身体を持ち上げ、くるっと後方宙返りで地面に叩きつけた。

 

「ボーマンダ!?」

 

 ユキノシタの声にボーマンダが唸り声をあげたので、リザードンはすかさず上昇して距離をとった。

 

「あそこからでも切り返してくるなんて…………」

「ボーマンダ、眠って回復しなさい」

 

 え? ちょ、マジで?

 回復とかないわー。なんだよ今までの俺たちの労力は。

 

「仕方ない。眠ってるうちに終わらせるか。リザードン、りゅうのまい」

 

 まずはりゅうのまいで竜の気のご加護を受けることにする。

 メガシンカにりゅうのまいとか鬼畜だろとか言うなよ。イッシキあたりが絶対に行ってきそうだから。

 リザードンは炎と水と電気の三点張りからの合成で三つのエネルギーを竜の気へと昇華させていく。

 

「じしん!」

 

 そして、勢いよく下降し地面を激しく揺らした。

 眠っているボーマンダは当然、地面の上に立っている。

 ひこうタイプは飛んでいてこそ真価を発揮するものだ。だから今の飛んでいないボーマンダはただのドラゴンでしかない。

 

「くっ、ねごと!」

 

 うはっ!

 まだあったのかよ。

 つか、うるさい!

 なんだよ、これ。ハイパーボイスか?

 

「はあ………はあ………耳痛ぇ……」

 

 あーあ、自分のでかい声でボーマンダが起きちゃったじゃん。

 もう少し攻めておこうと思ったのに。

 

「そろそろ終わりにしましょうか。ボーマンダ、りゅうせいぐん!」

 

 いいよ、もう。新しい技とか。

 しかもりゅうせいぐんとかザクロさんも使ってたけど、覚えタノってあの時ってことはないよね?

 

「リザードン、ギア最大! こっからは全て出せ! ソニックブースト!」

 

 ゼロからいきなりトップに切り替え、降り注ぐ隕石群の中を突き進んでいく。

 

「そらをとぶ!」

 

 急上昇をしてリザードンから距離を取られた。

 

「ハイヨーヨー!」

 

 両足で地面を蹴り上げ、直角に切り返し、こっちも急上昇を始める。

 

「ドラゴンダイブ!」

 

 ボーマンダはあろうことか降り注ぐ隕石群の中を掻い潜って急下降してきた。

 まさにすてみタックルだな。

 一つ間違えれば自分も針の筵になるというのに。

 

「シザーズ!」

 

 左右に移動して焦点を撹乱させる。

 隕石を躱しながら撹乱とか我ながら無茶な要求だったな、と口にしてから思った。

 思ったけどできてるところがすごいよな。

 

「躱してエアキックターン!」

 

 身を捻ってボーマンダの突進を躱す。そして、そのまま空気を深く蹴りつけ下降へと切り替える。

 これで背後は取った。

 

「ボーマンダ! 翻って躱しなさい!」

「甘い。コブラ!」

 

 背後に着いたリザードンから背中を守るように身を捻り、逆に背後を取ろうと動き出したので、一瞬だけ急停止し、再度急発進させなおもボーマンダの背後に着く。

 

「ブラストバーン!」

 

 ボーマンダがリザードンを見失った一瞬を狙って、背中から直接究極技を叩き込んだ。

 燃え盛る火ダルマは叩きつけられた勢いで地面へと身体を打ち付けた。

 

「げきりん!」

 

 だが、燃え盛る火ダルマ(注:ボーマンダさん)は中で竜の気を激しく唸らせ、目の色も変えた。

 そして、上空にいるリザードンの懐に一瞬で舞い戻ってきた。

 

「デルタフォース!」

 

 究極技を放った直後なのでリザードンの動きは鈍い。

 そこに暴走を自身の力に取り込んだげきりんを躱す素早さはない。

 攻撃を受けるしか手がないな。

 それにしてもデルタフォースとか…………。

 どこまで覚えさせたんだよ。

 そこら辺までいくともう超上級者向けだからね。それを何マスターしてんだよ。

 

「仕方ない、あまり見せたくはないが、リザードンに『全て出せ』って言った手前、やるしかないよな」

 

 多分、こいつらの前では初めて魅せる技。

 や、技自体は最近よく目にしているか。

 

「リザードン、ーーーげきりん」

 

 空中で大三角形を描くように動いてリザードンを攻撃しているボーマンダが、俺の一言で地面へと再度叩き落された。

 

「ボ、ボーマンダッ!?」

 

 突然のことに一瞬理解が追いつかなかったユキノシタが地面に叩きつけられたボーマンダを呼びかける。

 だが、今回は返答はなく代わりにメガシンカが解かれた。

 つまり、これはボーマンダが戦闘不能になった証。

 

「ボーマンダ、戦闘不能」

 

 …………ふぅ。

 長いよ、すげぇ長いよ。

 ようやく二体目倒したとこかよ。

 あと一体いるとか、もう疲れたんですけど。

 強敵相手には一瞬の隙も与えられないからな。平団員100人相手にする方がまだ楽かもしれん。や、それは言い過ぎか。100人とか数で負けるわ。

 

「リザードンが…………げきりん……………?」

「それがどうかしたか?」

 

 ユキノシタがなんか信じられないものを見たかのような目で見てきた。

 や、リザードンですよ、あなた。メガシンカしたらドラゴンにタイプ変更するポケモンですよ? げきりんくらい覚えますって。

 まあ多分、そこじゃないんだろうけど。

 

「お前のオーダイルにげきりんを覚えさせたのは俺だぞ? そんな俺がげきりんを覚えるリザードンに覚えさせてないわけないだろ」

「…………そ、そうね…………。ごめんなさい、ちょっと取り乱してしまったわ。その………オーダイルやボーマンダのげきりんとは威力が違いすぎてたものだから………」

 

 だろうな。

 ボーマンダは覚えたてだし、オーダイルもユキノシタの方が覚えていることを知らなかったんだから、当然使う機会もなかった。

 逆に俺は『お掃除』に使ってたからな。完成度は比じゃない。

 

「んで、あと一体だけど、やめる?」

「やめないわよ。今の私の実力があなたにどこまで通用するのかはっきりさせておきたいもの」

「さいですか」

 

 続行するらしい。

 俺的にはもう疲れたからやめたい気はする。

 

「ねぇ………、本当に二人とも何者なの…………?」

 

 あー、ちょっと刺激が強すぎたか?

 コルニの目の色が消えかかってるんだけど。

 

「あたしとのバトルなんて、全然…………」

 

 目尻に涙を浮かべている。

 こりゃ、マジでな方でアウトだったわ。

 

「………そう言うな。あの二人も君と同じトレーナーだ。付け加えるなら君と同じポケモン協会に実力を認められたトレーナーだ。その二人が君に何故バトルを見せていると思う? 何故あの時ユキノシタが君を誘ったと思う?」

 

 ………よかった。

 そういやここには『先生』がいるんだった。

 あれ? まさか先生、最初から気付いてたのか? だからついてきたとか?

 いや、俺もユキノシタがコルニを誘った時は驚いたけど、よくよく考えてみれば彼女なりに俺のやり方に加わってきたのかもしれない。

 

「え、それは………」

「トレーナーの可能性だよ。君のバトルを見る限り、どこかポケモンに遠慮をしている節があった。まあ、無理もない。聞けば過去にメガシンカを暴走させたというじゃないか。有り余る力に慄くな、というのも可哀想な話だ。だから過去の経験を踏まえてユキノシタは君を誘ったんだよ」

 

 暴走。

 この中でそれを経験したことがあるのは、俺が知ってる限りユキノシタとコルニだけ。だから俺たちが気づかなかった部分にも気づけたのだろうし、俺たちには知り得ない克服の仕方を彼女は知っている。

 それを伝えるためにも、あるいはこの状況こそが彼女が作り出したかったものなのかもしれない。

 全ては彼女のみぞ知るってか。

 

「…………私が以前、オーダイルを暴走させた時にはこの目の腐った男が全てを変えてくれたわ。そう、『全て』ね。だけどあなたはまだ暴走からの先をどうすればいいのか見つけられていない。だからヒキガヤくんと私のバトルで、あなたが思う強者同士のバトルで何か見つけて欲しかったのよ。私のようにね」

 

 ……………ええ話やなぁ。

 ほとんど俺が関係してるけど。

 ただ一つ気になる。コルニの場合は俺たちだとして、ユキノシタの場合は強者同士って誰だったの?

 

「さて、再開しましょうか。ヒキガヤくんは薄々気が付いているだろうけど、クレセリア、いきなさい」

 

 はい、気付いてますよ。

 エースが来てメガシンカが来たら、最後は伝説しかないでしょうよ。

 

「はあ………本当はこのままリザードンで行きたかったんだけどな。あんな話聞かされたら、俺もこいつを出すしかないだろ」

 

 まさかとは思うけどこの流れもユキノシタの策略だったり?

 有り得そうだから怖いんだけど。

 

「リザードン、お疲れさん。悪いが交代だ」

「シャア」

 

 リザードンも話を理解していたらしく、あっさりと了解してくれた。メガシンカを解くと自分からボールの中へと入っていくくらいには理解している。

 リザードンといい、ゲッコウガといい、頭よすぎだろ。

 

「いるか?」

 

 コンコンと右足で俺の陰を二回叩くと、ぬっと影から黒いのが出てきた。

 

「悪いがユキノシタのご指名だ。お前からしたら因縁の相手にはなるかもしれんが、一発頼む」

 

 無言でコクっと首を縦に振って了解してくれた。

 本当はあまり力を使わせたくはないんだが。

 まあ、たまの運動と思っておくか。

 

「………なに、このポケモンたち……………」

「ダークライとクレセリアだよ。シンオウ地方に伝わる伝説のポケモンたちだ」

「ッッ!? ど、どうしてそんなポケモンをこの二人がっ!?」

「さあ、そこは知らん。二人がどうしてあのポケモンたちと出会ったのかは聞いていない。だが伝説をも使いこなすトレーナー。トレーナーならば一度は憧れたことがあるだろう? この二人が使いこなせているのだ。君達にもそのチャンスと可能性はあるんだよ。当然私もな」

 

 ほんと、かっこよすぎんだろ。

 それなのにどうして結婚できないのか。

 俺が十年早く生まれてれば確実に告白してふられてたぞ。ふられちゃうのかよ。

 

「すー………はー………」

 

 ユキノシタが深呼吸を始めたんだけど。

 そんなに気合い入れないとダメなの?

 

「しっかり見ておきたまえ。これがトレーナーの可能性だ」

「クレセリア、シグナルビーム」

 

 はあ………。

 分かってたけどさ。

 マジでみんな新しく技を覚えさせてるのね。

 

「かげぶんしん」

 

 陰に入るくらいだし覚えてるかなーって感じで言ってみたら、覚えていやがった。

 これならこいつも他に俺の知らないところで、新しい技を覚えてきているかもしれないな。

 

「あくのはどう」

 

 陰をクレセリアの周りを一周させ、全方位からの黒い波導を撃ち出していく。

 

「くさむすび」

 

 地面から草を伸ばし、絡め合わせてドーム型のシェルターを作り出した。

 黒い波導は全て草に吸われ、掻き消されてしまった。

 

「大人しくさせた方がいいか。ダークライ、ダークホール」

 

 全ての影が黒い穴を作り出し、徐々にクレセリアとの距離を詰めていく。

 

「ッ!? あ、あれって………」

「あ、気づいちゃった? そうだよ、あたしが使った眠らせる技だよ。元々はヒッキーのあのポケモンが使う技だったんだけど、マーブルがスケッチしちゃってさ………」

 

 そういやさっきユイガハマが使ってたな。

 ………ドーブルが段々と鬼畜化していく。

 

「サイコキネシス」

 

 黒い穴に向けて超念力で草を操り、攻撃していく。

 意識は周りから迫るつつある黒い穴にあるか。

 なら。

 

「下からやれ」

 

 その一言でダークライの本体は影を伝ってクレセリアの下に移動し、黒い穴を出現させた。

 いくら特性ふゆうで浮いているクレセリアと言えど、ブラックホールのごとく吸い込んでいくダークホールにはなす術もなく吸い込まれていった。

 これで出て来れば大人しく眠っているだろう。

 ダークライがクレセリアを取り出すのを待ち、様子を確認する。

 一つ、ユキノシタがなぜか笑っていたのが気持ち悪かった。

 

「眠ったか」

「サイコシフト」

 

 げっ。

 マジで?

 それ覚えてんの?

 状態異常にする奴相手にはもってこいの技じゃねぇか。なにその状態異常殺し。返さなくていいから、そのまま受け取っておけよ。

 

「ダークライ!」

 

 眠り状態を移されながら、何とかダークライは陰の中に引き返した。

 このままだとダークライの方が負けそうだな。

 

「よく陰に隠れるけれど、さすがにこの攻撃は無理なんじゃないかしら? ムーンフォース」

 

 うっわ、ないわー。

 あくタイプが苦手とするフェアリータイプの技。

 しかも月の光を利用した技であるのが何ともクレセリアらしい。

 ダークライも月に関係してるんだし、あくタイプでも覚えてくれたりしないかね。そもそも何覚えるのか知らんけど。

 

「あくのはどう」

 

 起きたかどうかは知らんけど、陰に向けて声を投げてみる。

 反応はない。

 その間にも月の光を溜め込んだクレセリアはエネルギーを弾丸にして飛ばしてきた。向かうはダークライが潜った陰。

 弾丸は陰に当たると何故か吸い込まれていった。

 あ、これダークホールの方だったのか。意外と見分けつかねぇな。

 となると、あいつはどこへ行った?

 

「クレセリア、後ろよ! ムーンフォース」

 

 クレセリアの後ろか。

 なら話は早い。

 

「ふいうち」

 

 バッと消えたかと思うと振り向いたクレセリアの背後に現れた。

 そして、後頭部から背中から殴りつけ、攻撃していく。

 効果は抜群だな。

 

「くさむすび」

「あくのはどう」

 

 振り向くことなく殴られた感触をたどり、ダークライの位置を特定すると草を伸ばしてきた。

 生い茂る草はダークライの細い足を絡め取った。

 ダークライは絡め取られながらも黒い波導をクレセリアの背後に打ち付けていく。

 なんという耐久力。

 普通に効果抜群の技を当てても倒れることがない。

 

「ダークホール」

「懲りずにまた来るのね」

 

 クレセリアは躱すこともなく今度は素直に黒い穴の中へと入っていった。

 特に考えがあるわけでもないが、取り敢えずクレセリアの動きを止めなければ、永遠に耐えてきそうで怖い。

 以前はリザードンで強引な力任せなバトルで切り抜けられたが、そもそもは伝説のポケモン。オーダイルの暴走を克服し、さらにトレーナーとして成長したユキノシタに応えるかのようにクレセリアも力を出し始めている。もう以前のクレセリアと思ってバトルしてはいけないだろう。

 このバトルは伝説のポケモン同士の戦い。

 俺もダークライの本来の力を引き出さないといけないみたいだ。

 

「サイコシフト」

「かなしばり!」

 

 悪夢繋がりで金縛りを思い出し、命令してみた。

 使ったかどうかは分からない。

 だが、次にサイコシフトを使ってきても使えなくなっているだろう。

 

「えっ?」

 

 ダークライに眠り状態を移したはずなのに、またもや黒い穴が出現しクレセリアは吸い込まれていった。

 今度はダークライも陰に潜ることなく、宙に浮いたまま眠っている。生い茂った草に絡まれているので、見方によっては囚われの姫って感じだな。オスかメスか知らんけど。

 だからサイコシフトが失敗したわけではない。

 多分だが、ダークライ自身があらかじめ何個も穴を作り出しておいたのだろう。確かなことは分からないが、そう考えれば辻褄が合う。ヤドキングのトリックルームの重ねがけにでも触発されたのかね。

 

「クレセリア!?」

 

 黒い穴から出てきたクレセリアは眠っていた。

 …………なにこのどっちのポケモンも寝てるとか。

 これがバトルですって言われても初めて見た人には全くそうには見えないよな。

 

「かげぶんしん」

 

 先に眠っていたダークライが目を開いたので命令を再開する。

 

「あくのはどう」

 

 眠っているクレセリアを包囲したダークライは黒い波導で攻撃していく。

 

「起きなさい、クレセリア」

 

 そんなクレセリアを見てユキノシタが声をかけるが、反応は返ってこない。

 その間もダークライは黒い波導を撃ち続けている。

 だが、突然パチッと目が開いた。

 

「ッッ! ムーンフォース!」

 

 起きたクレセリアは月の光を集めていき弾丸にしていく。

 チッ、あとちょっとだったが起きてしまったか。

 ならば仕方ない。これで決めるとしよう。

 

「ダークライ、出力最大であくのはどう!」

 

 両者とも最大火力で技をぶつけ合った。

 爆風は生まれるわ、建物が揺れるわ、それはもう恐ろしいの一言である。

 大丈夫かな、この建物。

 

「クレセリア!」

 

 ユキノシタがクレセリアを呼びかける。

 だけど俺は呼びかけはしない。

 だって、もうそこにはいないし。

 

「クレセリア、戦闘不能………ダークライはどうした?」

「そそくさと陰の中に帰って行きましたよ」

 

 煙が晴れて見えてきたのはクレセリアだけが地面に倒れ伏すという現実。

 ヒラツカ先生の判定を受けてユキノシタはクレセリアをボールへと戻した。

 

「はぁ…………、終わってみれば結果は惨敗ね」

「いやいやいや、俺だいぶピンチだったからね? オーダイルにしろボーマンダにしろクレセリアにしろ、俺たちを倒すために技を新しく覚えさせるとか、ガチすぎんだろ」

「あら、私はこの時のために育ててたようなものだもの。あなたを倒しに行って何が悪いのかしら? 負けたけど」

「や、別に悪いとは言ってないだろ」

「そうかしら? どちらにしろ私が負けたのは事実よ。まだまだあなたには及ばないということね」

「ねぇ、ちょっとー。どんだけ負けたのが悔しかったんだよ。根に持ちすぎだろ」

「言ってなかったかしら? 私、結構根に持つタイプよ」

「重い………重すぎる…………」

 

 何この子。

 めちゃくちゃ悔しがってるんですけど。

 今にも泣きそうなまである。

 

「ゆきのーん、おつかれー」

「ゆ、ユイガハマさん、勢いよく抱きつかないでくれる……聞いてないわね」

 

 ガバッとユイガハマが彼女に抱きついていった。

 そんな百合百合しい二人を見てる俺のところにはコルニがやってきた。後ろにはイッシキとコマチを連れてだけど。

 

「…………あたし、間違ってたのかな………?」

「あ? なにが?」

「心のどこかで暴走させないようにセーブさせて、それでいてルカリオとは心から繋がってるとか言って、メガシンカの裏に自分の弱さを隠したりしてさ」

 

 ぽつりぽつりと呟いていく彼女の姿にはさっきまでの威勢の良さはまるでなかった。

 

「別にいいんじゃねぇの。そんなこと言ったら、本気出す本気出すって言いながら心のどこかでセーブをかけてる俺なんか間違いだらけじゃねぇか」

「結局先輩の本気ってどれなんですかね。今のバトルも本気なのか正直分かりませんでした」

「それくらいでいいんじゃね? 全てが分かったら面白みもクソもねぇだろ」

「それもそっか」

 

 ちょっとイッシキさん?

 俺今回は結構本気出してましたよ?

 というか本気出さないと勝てませんでしたよ?

 

「コルニさん」

「ユキノさん?」

 

 なんてイッシキに念じを送っているとユキノシタがやってきた。ユイガハマの抱きつきには諦めたらしい。

 

「今すぐに克服しろとは言わないわ。そんなもの人それぞれだもの。だけどあなたには言っておくわ。迷ったらヒキガヤくんを思い出しなさい。こんなのでも元チャンピオンだったりポケモンリーグの優勝者なのよ。トレーナーにはいつだって可能性で満ち溢れているわ」

 

 あれ?

 なんか俺褒められてるようで貶されてない?

 

「うん、そうだよね。ハチマンでもチャンピオンになれるんだもん。トレーナーにできないことはないよね」

「ええ」

「ねぇ、ちょっとー。二人の会話なのに俺を貶すのやめてくれない? その内俺のハートがブレイクしちゃうよ」

 

 結局、なんかシリアスな話から俺の過去話で俺以外が盛り上がっていた。

 ほんとみんな俺のこと知ってるよね。

 俺の知らないことまで知ってるのとか正直怖いんだけど。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 少し遅めに目が覚めた俺がポケモンセンターのフロントに行くと既に誰もいなかった。

 あれ? まさかの置いて行かれたパターン?

 コマチにまで見捨てられるとは…………。

 どうしようか。

 今気づいたけどゲッコウガもいない。

 なんか久しぶりにぼっちになったわ。

 ちょっと新鮮。

 カロスに来てからというもの、なぜか行く先々で俺を知る人物に会い、旅の同行者となっていき、今では大所帯にまでなってしまった。おかげで俺のぼっちライフには終わりが告げられ、騒がしい毎日だった。

 ふひーっ。

 静かなのもいいもんだ。

 こういう日には静かに読書をしたくなる。

 ぼっち最高。

 

「あ、あの…………お連れ様でしたらマスタータワーへ行かれましたよ」

 

 なんてソファーでぼっちを満喫しているとジョーイさんに声をかけられた。

 どこに行っても同じ顔のジョーイさんは皆親戚なんだとか。

 どんなDNAしてんだよって話だよ。

 

「うすっ………」

 

 まあ、こんな返答しかできない俺もどうかと思うが。

 噛まなかっただけマシか。

 いつもならいきなり話しかけられて驚いて噛んじゃうからな。驚かなくても噛んじゃうけど。

 あれ?

 俺のアゴって結構柔だったりする?

 仕方がないので、ジョーイさんが不思議そうな顔を向けてくるのでマスタータワーへ向かうことにした。

 ああ、またしばらくお別れだな。俺のぼっちライフ。

 

 

 マスタータワーへ向かうとコルニがすげぇ落ち込んでいた。

 人前でまさかの地面に手をついて『お祈り』を始めるくらいには悔しかったらしい。

 で、その相手というのがザイモクザである。

 まあ、無理もない。

 ロックオンからのでんじほうばかり浴びせてきて、かと思うと不意に違う技で対応してきて一気に流れを持っていくようなやつなのだ。しかも計算してないのが異様に腹正しい。こうしてみるとイッシキが可愛く見えてきたわ。

 

「なんですか、先輩。というかいたんですか、先輩」

「ねぇ、開口一番に酷くね? 俺泣いちゃうよ?」

「冗談じゃないですかー。そんながっかりしないでくださいよー。ほら、今日も可愛い後輩のいろはちゃんはここにいますよー」

「うぜぇ」

「はあー、まったくこの先輩は………。そこは嘘でも『今日も可愛いね、いろは』くらい言えないんですかねー」

「お前は俺に何を求めてるんだよ。つか、誰だよ」

「先輩の真似です」

「似てねぇな」

 

 はあ………やっぱり疲れるわ、こいつの相手は。

 

「あらヒキガヤくん、ようやく起きたのね」

「起きたら誰もいないんで久しぶりのぼっちを満喫してたら、ジョーイさんに声をかけられてな。渋々ここにきた」

 

 ほんと、なんで声かけてきたんだよ。

 せっかくジョーイさんを眺めながら満喫してたというのに。

 

「ヒッキー、目がどんどん腐っていってるよ」

「どうせまたいかがわしいことでも考えているんでしょ。身の危険を感じるからこっちを見ないで」

「………どうした? なんか今日はなんか当たりがきつくない?」

「自分の心に聞くことね」

「ヒッキー、マジさいてー」

 

 え? なに?

 マジでどゆこと?

 

「ふぇ? ハチマン………?」

 

 なんかあざとい声が聞こえてきたのでそちらに振り向くとコルニが顔を真っ赤にして俺を見上げていた。

 当然バッチリと目が合った。

 

「〜〜〜〜〜〜」

 

 すると声にならない声をあげてぐいんと首をすごい勢いで逸らされた。

 え? なに?

 マジで何があったの?

 

「べ、べべべ別にあんたのことなんて好きでもなんでもないんだからね!?」

「うん、知ってる」

「うぅ〜〜〜」

 

 あれ?

 なんか間違えた?

 今度はすごい睨まれてるんだけど。

 コルニ以外にも女性陣はすごいダメなものを見る目で俺を見てくる。

 

「はぁ………これだからごみぃちゃんは。やっぱりごみぃちゃんはごみぃちゃんだよ」

 

 え、なにそれ。

 どっかのツンツン頭の人も言われてたような気がするんだけど。銀髪シスターとかに。

 

「どうせもう行くんでしょ! だったら早く行きなさいよ!」

「え、あ、ああ。まあ、そうだけど。マジでどしたの?」

「うるさいうるさいうるさいっ!」

 

 いたなー、こんなキャラ。

 同じ声の人で。

 

「さて、コルニさんの問題も解決したようだし、そろそろ次の街へ行きましょうか。誰かさんのせいで三日間も余分にシャラに長居してしまったもの」

「その節は大変ご迷惑おかけしました。反省してます」

「心がこもってないのが癪だけれど、まあ許すとしましょうか」

「………ハチマン……………」

 

 ぎゅっと俺の服の袖を掴んできたコルニが俺を見上げてきた。

 その目はさっきのようなキツい目をしたおらず、柔らかい物腰だった。

 

「ありがとね」

「お、おう………」

 

 こうして、コルニと博士とヒラツカ先生に見送られ、俺たちは次の街へと向かった。イッシキやコマチに道中コルニとのことでいじられたのは内緒だぞ。

 

 

 

 

 この日、アサメタウンというカロス地方の南の街で大事件が起きていたことを俺たちはまだ知らない。




はい、ということでますはここまでお疲れ様でした。

字数が段々多くなってきて途中で切ろうかとも思ったのですが、バトルの途中で切るのも後味悪いかなと思い、こんなに長くなってしまいました。
最後が薄いと感じてしまったら申し訳ないです。

おかげで金曜日に投稿できるかどうかが怪しくなってしまいました。
投稿できなかったら休暇日にしたのだと思ってください。来週には投稿できるようにしておきます。


ちなみに一万九千字弱はありました………。


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行間

〜手持ちポケモン紹介〜 (44話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン etc………

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 持ち物:リザードナイトX

 特性:もうか←→かたいツメ

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、カウンター、じしん、げきりん、ブラストバーン

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:へんげんじざい

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、じんつうりき

 

・ミュウツー

 特性:プレッシャー

 覚えてる技:10まんボルト、はどうだん

 

野生

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち

 

 

ユキノシタユキノ 持ち物:キーストーン etc………

・オーダイル(ワニノコ→アリゲイツ→オーダイル) ♂

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、ハイドロポンプ、シャドークロー、つばめがえし(ユキノ未知)、りゅうのまい、げきりん、カウンター、ハイドロカノン、ドラゴンテール、めざめるパワー(電)、ゆきなだれ

 

・エネコロロ ♀

 覚えてる技:メロメロ、ソーラービーム、でんげきは、ハイパーボイス、れいとうビーム

 

・ユキメノコ ♀

 覚えてる技:れいとうビーム、みずのはどう、10まんボルト、シャドーボール、めざましビンタ

 

・ボーマンダ ♂

 持ち物:ボーマンダナイト

 特性:いかく←→スカイスキン

 覚えてる技:そらをとぶ、ドラゴンダイブ、ハイドロポンプ、つばめがえし、だいもんじ、かみなりのキバ、いわなだれ、ドラゴンテール、ハイパーボイス、げきりん、ギガインパクト、りゅうせいぐん、ねむる、ねごと

 

・ニャオニクス ♀

 覚えてる技:エナジーボール、シグナルビーム

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト

 

 

ユイガハマユイ

・グラエナ(ポチエナ→グラエナ) ♂ サブレ

 特性:いかく(にげあし→いかく)

 覚えてる技:こおりのキバ、かみなりのキバ

 

・ハリマロン ♂ マロン

 覚えてる技:タネマシンガン、つるのムチ、やどりぎのタネ

 

・ドーブル ♀ マーブル

 覚えてる技:スケッチ、おにび、ハードプラント、ダークホール、こらえる、がむしゃら

 

 

ヒキガヤコマチ

・ニャオニクス ♂ カマクラ/カーくん

 特性:するどいめ

 覚えてる技:サイコキネシス、ひかりのかべ、、リフレクター、でんげきは、てだすけ、なりきり

 

・カメックス(ゼニガメ→カメール→カメックス) ♂ カメくん

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:みずのはどう、はどうだん、りゅうのはどう、こうそくスピン、からにこもる、ロケットずつき、ハイドロポンプ

 

・カビゴン ♂ ゴンくん

 覚えてる技:メガトンパンチ、のしかかり、じしん、いわくだき

 

・プテラ ♂ プテくん

 覚えてる技:はかいこうせん、ストーンエッジ、はがねのつばさ、つばさでうつ、ちょうおんぱ

 

 

イッシキイロハ

・テールナー(フォッコ→テールナー) ♀

 特性:もうか

 覚えている技:かえんほうしゃ、ほのおのうず、ソーラービーム、にほんばれ、ワンダールーム、スキルスワップ、メロメロ

 

・ナックラー ♂

 覚えている技:ギガドレイン、かみくだく、むしくい、じならし、すなじごく

 

・ヤドキング ♂(校長からの贈り物)

 覚えてる技:サイコキネシス、みずでっぽう、パワージェム、まもる、うずしお、ずつき、トリックルーム、シャドーボール、でんじほう、かえんほうしゃ

 

・モココ ♀

 覚えてる技:ほうでん、シグナルビーム、わたほうし、コットンガード、エレキネット、でんじは

 

 

ザイモクザヨシテル

・ポリゴンZ(ポリゴン→ポリゴン2→ポリゴンZ)

 覚えてる技:トライアタック、でんじほう、ロックオン

 

・エーフィ(イーブイ→エーフィ) ♀

 覚えてる技:でんじほう

 

・ジバコイル

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン

 

・ダイノーズ ♂

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン

 

・ロトム

 特性:ふゆう

 覚えてる技:ほうでん

 

・ニダンギル(ヒトツキ→ニダンギル)

 覚えてる技:てっぺき、きりさく、つばめがえし、せいなるつるぎ

 

 

トツカサイカ 持ち物:キーストーン

・ニョロボン ♂

 覚えてる技:ハイドロポンプ、グロウパンチ、どくづき、さいみんじゅつ、れいとうパンチ、カウンター

 

・トゲキッス(トゲチック→トゲキッス) ♀

 覚えてる技:マジカルシャイン、つばめがえし、てんしのキッス、ゆびをふる、はどうだん

 

・クロバット ♂

 覚えてる技:クロスポイズン、ねっぷう

 

・ミミロップ ♀

 持ち物:ミミロップナイト

 覚えてる技:とびひざげり、ほのおのパンチ、シャドーボール

 

・ホルビー ♂

 

 

ヒラツカシズカ 持ち物:キーストーン(研究所からの借り物) etc………

・カイリキー ♂

 覚えてる技:ばくれつパンチ、どくづき

 

・サワムラー ♂

 覚えてる技:メガトンキック、とびひざげり、ブレイズキック

 

・エルレイド ♂

 持ち物:エルレイドナイト

 覚えてる技:テレポート、サイコカッター、かみなりパンチ、インファイト

 

 

ジム関係

ザクロ

・イワーク

 覚えてる技:がんせきふうじ、ラスターカノン、ロックカット、アイアンテール

 

・ガチゴラス(チゴラス→ガチゴラス)

 覚えてる技:がんせきふうじ、りゅうせいぐん、かみくだく、ドラゴンテール

 

・アマルルガ

 覚えてる技:がんせきふうじ、フリーズドライ、ほうでん、こごえるかぜ

 

 

コルニ 持ち物:キーストーン

・ルカリオ

 持ち物:ルカリオナイト

 覚えてる技:はどうだん、グロウパンチ、バレットパンチ、ボーンラッシュ

 

・コジョフー

 覚えてる技:とびひざげり、ドレインパンチ、スピードスター

 

・ゴーリキー

 覚えてる技:かわらわり、ローキック、きあいだま、みやぶる

 

 

コンコンブル

・ゲンガー

 

・ヘラクロス

 

 

フレア団

フラダリ

・ギャラドス ♂

 覚えてる技:たきのぼり

 

・カエンジシ ♂

 覚えてる技:ハイパーボイス、かえんほうしゃ

 

・コジョフー

 覚えてる技:ダブルチョップ

 

 

クセロシキ

・カラマネロ

 覚えてる技:さいみんじゅつ、つじぎり、ひっくりかえす

 

 

バラ

・キリキザン

 覚えてる技:きりさく

 

・レパルダス

 覚えてる技:きりさく



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45話

 シャラシティを出て、夕方。

 ぼちぼちと歩いていたらヒヨクシティというところに着いた。

 ほんとぼちぼちって感じだ。途中にあった牧場でメェークルに乗ったり(主にイッシキとコマチ)、川辺で体力のないユキノシタを休ませていると泳ぎ出したり(主にカビゴンがバタフライをしてた)、結構なくらいやりたい放題でヒヨクまで来た。

 で、そのヒヨクシティはというと南北で街の様子が分かれているようで北は港町として発展し、南は静かな村と山と海に囲まれた街らしい。

 しかも南の方は山の上にあるらしく、ただいまロープウェイで登頂中。

 

「わぁー、たかーいっ」

 

 身を乗り出して窓の外の景色を眺めるユイガハマ。

 何でもいいけど、窓に押し付けられた胸がすごいことになっている。

 万乳引力、パネェ。

 そして、それを見たユキノシタが自分の胸に手を当てて胸を撫で下ろした。

 大丈夫だよ。遺伝子的にはまだ期待できる。

 

「あ、あっちも綺麗ー」

 

 うおぉっ!?

 おいちょっと待て神様待ってこんな巨大な丘が俺の目の前に押し付けられるとかあっていいのか?!

 

「お、おい、ユイガハマ………」

「あ、ごめんヒッキー」

 

 名残惜しいがどこからか冷たい視線が流れてくるのでここら辺で注意しておかなければ。

 

「ふぅ………」

「あ、悪いトツカ」

「………ハチマンっていい匂いするよね」

「…………………」

 

 ……………………………。

 え? なに、この可愛い生き物。今すぐハグして抱き枕にしたい気分なんだけど。

 というか少し赤らませた頬で涙目の上目遣いとか、これマジでトツカルートを開きそうなんだけど。

 

「お兄ちゃん、トツカさん男の子だからね」

「さすがにそっちに行かれたら私たちの立つ瀬がないんでやめてください」

 

 ぐっ………。

 ああ、そうだとも。

 トツカは男だ。男なんだよ。なんで男なんだよ。神様のバカヤロー!

 

「さいちゃん、今のヒッキーはちょっと危ないから離れてた方がいいよ?」

「ん? ハチマン、危ないの?」

「ぐはっ!?」

 

 これはあれかな。

 昨日の疲れが残ってて幻覚を見てたのかな。

 ああ、きっとそうだ。でなければトツカがあんなこと言うわけがない。

 

「ダメだー、この人」

「これはガチで対策を練らないとダメですね」

「傷心状態で三日も接すれば完全にルート開拓してしまう男だもの。変な性癖くらいあるものよ」

「ちょ、ゆきのん。なんでそう言いながら端っこに寄ってるの!?」

「理解はしていても本能的に危険物とみなしてしまったようだわ」

 

 理性が負けてるのかよ。

 

「ハチマーン、起きてー」

 

 ああ、俺もうこのまま天使の囀りを聞きながらなら死んでもいいかも。

 

「ひゃあ!?」

「うわぁっ!?」

「きゃっ!?」

「ッッ!?」

 

 なんて三途の川を渡ろうとしているとロープウェイが横揺れを起こした。

 俺の顔を覗き込んでいたトツカはそのまま抱きついてきて、ユキノシタがユイガハマの乳圧に押し潰され、イッシキがなぜか俺に抱きついてきた。

 ねぇ、なんで席が横でもないのに俺に抱きついてきたわけ?

 コマチはザイモクザの腹の弾力で押し返されてバランスを取り戻してるし。哀れザイモクザ。一人、壁に激突してやがる。

 

「ん?」

 

 ふと窓の外に目を向けると夕暮れの中に一際明るい部分があった。その中心には火の粉を撒き散らしながら北西の方へ飛んでいく赤いポケモンの後ろ姿が見えた。

 あれは……………まさか、な。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 横揺れ以外は特に何事もなく無事にヒヨクの南へと到着した。

 こっちにはポケモンセンターやらジムがあるらしく、逆にそれ以外は民家くらいしかない静かなところである。いや、ほんとこれマジで。

 マサラよりは田舎じゃないけど。

 あそこは何もないからな。

 

「ついたーっ」

「もう夜になるけどな」

「もう、そういうことばっかり言って。ほら、早くポケモンセンターに行こ」

「へいへい」

 

 ユイガハマいつにも増して元気なのは何故なのだろうか。

 あ、さっきの横揺れでユキノシタを堪能したからとか?

 うわ、なにそれ、超百合百合しいんだけど。

 さっきは目の保養になりました。ありがとうございます。

 

「せーんぱい、さっさと煩悩を消さないと捥いじゃいますよ?」

 

 なんて心の中で百合ガハマに合掌していると、あざとかわいい声が聞こえてきた。声はかわいいのに内容が怖いんだけど。何を捥ぐ気なの?

 

「………怖ぇよ。何を捥ぐんだよ」

「それは先輩のご想像にお任せします☆」

 

 うわー、一番嫌な回答。

 これ何を言っても「はっ? 何言ってんですかキモいです。あとキモい」みたいなこと言われそう。

 

「………想像しないのが一番だな」

「ユキノさん、晩御飯はどうします?」

「そうね、まだ時間的には早いのだけれど。コマチさんは何かしたいことある?」

「コマチはジム戦ができたらそれでいいです」

「ジム戦かー。開いてるかなー」

「それでは、行くだけ行ってみましょうか。開いてなかったらそのままポケモンセンターに向かうということで」

「あいあいさー」

 

 あ、なんかこっちでもうやること決まっちゃたみたいだわ。

 ジム戦か。

 まあ、もうコマチなら勝てるだろ。相手が何タイプを使ってくるのか知らんけど。

 

「ジムってどこにあるの?」

「………そこにあるポケモンセンターを過ぎないとないらしい」

「あ…………」

「先にポケモンセンターの方についちゃいましたね」

 

 ロープウェイを出てすぐにポケモンセンターが見つかってしまった。

 地図によるとジムの方がもっと奥にあるらしい。

 このままポケモンセンターに直行でも俺は構わないんだがな。

 

「ま、どうせやることないんだし、ジムに向かえばいいんじゃねぇの?」

 

 コマチがジム戦にやる気を出してるんだし、見に行くとしますかね。ほんと開いてるといいけど。

 

「お兄ちゃんももちろんジム戦するよねっ?」

「え? やりたくないんですけど」

「大丈夫ですって、先輩。また流れでやる羽目になりますから」

「そうやってフラグを立てるのはやめてくれない? マジでそうなり兼ねんだろ」

 

 おのれイッシキ…………。

 お前がそんなこと言うとマジでその通りになりそうなんだから。

 マジでやめてほしんですけど。

 

「………………」

「そこ右な」

「わ、分かってるわ」

 

 しばらく歩くと丁字路に当たった。

 そこでユキノシタがキョロキョロと首を振るので行き先を伝えると、顔を真っ赤にして右に曲がった。

 ダメだ、こいつ方向音痴だったことを忘れてたわ。

 何でもできるイメージなのに方向音痴とか、一番生活に困らねぇか? 直そうと思えば直せそうな気もするぞ。

 

「あ、あれかなー」

「みたいだな」

 

 辺りに比べて木々に覆われている一角にポケモンジムらしい建物が見えてきた。

 木がいっぱいだな………。草タイプとか?

 

「とりあえず、中に入りましょうか」

 

 ユキノシタに促されて、そのまま建物の中へと入った。

 電気付いてたし、自動でドア開いたし入っても大丈夫だよね。

 

「うわぁーっ」

 

 ユイガハマが第一声にあげた通り、中は植物で生い茂ってきた。

 これはあれだな。

 どこぞの壁みたいなのよりは断然マシだな。

 

「おや? お客さんですかな」

 

 植物たちに見とれていると一人の老人が園芸用の巨大な鋏を持って植物の中から出てきた。

 庭師さんかね。

 こんだけあるとジムの人たちでは世話をするのが困難なのだろう。

 

「はい、ジム戦しに来ました!」

 

 コマチが元気よく答えると老人は何故か両サイドにあるという変な拘りを感じる白い顎鬚をさすり、「ほっほっほ」と笑みを浮かべた。

 

「元気なのはいいですなぁ。ま、せっかく遠くから来なすったみたいですし、少しお茶でもどうですかな?」

 

 あれ?

 この人、何度も休んで行けとかいうお婆ちゃんみたいな人なのん?

 

「………ジムリーダーさんはお出かけとかですか?」

「まあ、そんなところかのぅ。立ち話もなんですし、こちらへ来なさい」

 

 とことこと老人が歩き始めたので俺たちは首を傾げて顔を見合った後、取り敢えず老人についていくことにした。

 待ってればそのうち来るみたいだし、気長に待つのもたまにはいいだろう。

 

「……まさか植物に囲まれてお茶をいただくことになるとは」

「まあ、たまには老人の相手をするのもいいんじゃないか? 昨日までは歳の割に元気なじじいの相手をしてたし、たまにはこういう落ち着いたのも悪くない」

「博士は元気だったよねー」

「お待たせしました」

 

 木でできた椅子に座って待っていると老人がお茶を持ってきてくれた。

 

「はあ………あざっす」

「お茶………」

「苦手、ですかな?」

「い、いえ………」

 

 湯飲みの中身は緑茶だった。

 渋いテイストだな。

 まあ、この環境下では一番合っているとは思うが。

 ここで紅茶だったりしたら、違和感を感じるまである。

 

「………ふぃー」

 

 うん、美味い。

 香りも立っていて喉越しもざらつき感がなく飲みやすい。

 

「あ、意外と美味しいかも………」

「………ありですね」

「………今度、こっちも入れてみようかしら」

 

 各々に感想を抱いたようだ。

 まったりした空気も悪くない。

 

「………それにしても、ここってジム戦用のフィールドですよね?」

「ほっほ、ご明察。ここでジム戦をしています」

 

 トツカが老人に聞くと顎鬚を撫でながら答えた。

 

「植物がいっぱいですけど、これってジムリーダーの趣味だったりするんですか?」

「そうですぞ。植物はいい。機械の発明やらで賑やかになった世界から、一変して疲れた心と身体を癒してくれる」

「ま、便利な世の中にもストレスは溜まっていくからな。たまにはこういうところで一息いれるというのも大事なことだ」

 

 都会というのも脳には疲れることだらけだからな。電子機器の発達とかもその類の物に入る。知らないうちにストレスを溜め込んでしまっている昨今では、意識的にもこうやって自然と戯れることも重要だと思う。

 

「みなさんはどこから来なすったのですかな?」

「カントーのクチバシティです」

「クチバですか。港町というところはこのヒヨクと似た顔を持っているところですな。態々遠いカロスまでよう来なすった」

「まあ、みんな最初はバラバラで来てたんですけどねー」

 

 イッシキ、それは言ったところでどうでもいいことだと思うぞ。

 

「みんなクチバ出身なのにね」

「誰か人を引き寄せる者がいるみたいですね」

「「「「じー………」」」」

 

 なんか一斉に爺さんの戯言に反応してこっちを見てくるんですけど。

 トツカ、笑ってないで助けてくれ。

 

「な、なんだよ」

「ほっほ、確かにこれだけの娘さんたちが集まっているのですから、理由を聞くのは野暮でしたな」

「あっははは………」

「別にこの男がいるからってわけでもないですけど」

「………何がいいのか自分でも分かりませんけどねー」

「コマチは便利なお兄ちゃんが大好きですよ」

 

 コマチ、便利ってどういうことだってばよ。

 便利じゃなくなったら俺は不要なのか? そうなのか? お兄ちゃん死んじゃうよ?

 

「さて、それじゃ、そろそろジム戦といきましょうかな」

「うぇっ!? おじいさんがジムリーダーだったんですか!?」

「……自己紹介がまだでしたね。私はフクジ。ヒヨクジムのジムリーダーです。お嬢さん、目の前にあるものだけに囚われていては、大切なものが見えなくなりますぞ」

 

 でしょうね。

 何となく途中から分かってきてたよ。

 だって、ジムリーダーってどこも癖のある人ばっかなんだもん。こういう庭師っぽくしてても言葉の端々に鋭い物が伝わってくる。

 

「12番道路にある牧場の管理の責任者もしてるんですよ」

「あ、さっき行ったところだっ。それってめぇーくるってポケモンがたくさんいるところですよねっ」

「ええ、そうです」

「お前ら、楽しそうに乗ってたな」

「ジャストサイズで乗り心地いいんですもん」

 

 ほんとこいつら旅を楽しんでやがる。タフだな。

 

「さて、コマチさん、でしたかな。準備はよろしいですか?」

「いつでもオッケーであります!」

「………あの、審判は………?」

 

 フクジさん以外誰もジムの人がいないというね。

 どうすんのよ。

 

「ふむ………、今日はもう帰らせてしまいましたからねぇ。どうしましょうか」

「どうしましょうかって言いながら俺を見てくるのやめてくださいよ。分かりましたよ、俺が審判しますから」

「先輩が働く気になったっ!?」

「コマチのためだ。じゃなきゃやらん」

「やっぱりヒッキーだったっ!?」

 

 ダメだこいつら。

 もう放っておこう。

 

「で、ルールはどうするんですか?」

「ルールは三対三。技の使用は四つまで。交代はコマチさんだけ有りとしましょうか」

「公式に則ったのに近いものか。分かりました」

 

 よっこらせと椅子から立ち上がり、審判のお立ち台へ移動。

 コマチたちも自分たちの定位置へと移動した。

 

「んじゃ、準備は?」

「バッチリですぞ」

「うん、いいよ」

「はいよ、バトル開始」

 

 さて、このバトルどうなることやら。

 

「ワタッコ、出番じゃ」

「ワタッコ………、プテくん!」

 

 くさ・ひこうタイプのワタッコに対して、いわ・ひこうタイプのプテラか。

 相性から見ればプテラの方が有利といえば有利ではあるが。

 

「つばさでうつ!」

 

 先手を取ってプテラが動きだす。

 

「コットンガードじゃ」

 

 だが、膨らんだ綿毛によってプテラの攻撃は吸収され、意味をなさなかった。

 

「効いてない………」

 

 コットンガードは格段に防御が上がるからな。

 物理的なダメージをそれだけ吸収するあの綿毛は厄介ではあるな。

 

「にほんばれ」

 

 にほんばれか。

 室内なのに日差しを感じるわ。

 これが電気なのか分からなくなってくる。

 

「プテくん、ストーンエッジ!」

「躱して、ソーラービーム」

 

 岩を作り出してワタッコに飛ばしていくがひょいひょいと悉く躱され、逆に懐に入り込まれてしまった。そして、間髪入れずに太陽のエネルギーを使った光線を撃ち出してきた。

 咄嗟に躱そうと身を捻ったプテラの翼に攻撃が突き刺さり、撃ち抜かれてしまった。

 そのままプテラは地面へと落ちていく。

 

「プテくん!?」

 

 コマチが呼びかけるとふらふらと立ち上がり、戦意を見せつけてくる。

 だが、コマチは顔をしかめてボールを取り出した。

 

「ごめん、プテくん。少し休んでて」

 

 これ以上見ていられなかったのだろう。

 翼を撃ち抜かれたプテラはコマチの顔を見て、ゆっくりと頷いた。

 

「………どうしようもなく強い」

「年季がありますからな」

 

 確かに強い。

 コルニのように目で見て分かる物理的な力が、というわけではなく、策略が。

 技の効果をしっかりと理解した上での組み合わせ方が上手い。

 

「ゴンくん、お願い」

 

 プテラを交代させて出してきたのはカビゴンか。

 あの巨体がどうバトルの流れを変えてくるのやら………。

 

「ワタッコ、もう一度ソーラービームじゃ」

「ゴンくん、ジャンプ!」

「と、跳んだ…………」

「巨体が跳びましたね…………」

 

 ドンッと地面を勢いよく蹴りつけたかと思うと巨体が跳んだ。

 ワタッコは照準を合わせてようとカビゴンを目で追う。

 ふわっとワタッコがカビゴンの影に隠れてしまった。

 あれ、下から見たらすげぇ怖いんだろうなー。

 現にワタッコが汗かき始めてるし。

 

「躱せ!」

「ほのおのパンチ!」

 

 降ってくる巨体に竦んでしまったワタッコにはフクジさんの声が聞こえていない。

 

「いけぇぇぇええええええっ!」

 

 コマチが久しぶり叫んでいる。

 結構プテラの翼を撃ち抜かれたのが来たらしい。

 コルニとのバトルみたいに燃えているわけではなく、何が何でも勝つという目をしている。悔しさは時に新たな力を引き出してくれるからな。大いに悔しむといい。

 

「ワタッコ!?」

 

 なりふり構わず振り下ろされた炎を纏った拳は容赦なくワタッコに叩きつけられた。

 砂埃まで舞わせながら、カビゴンはふんすと胸を張っている。

 どうやら、手応えはあったらしい。

 

「ワタッコはと…………ダメだこりゃ」

 

 安否を確認しにワタッコに近づいていくと地面にクレーターを作って伸びていた。

 まあ、無理もない。

 このワタッコの特性は恐らくようりょくそ。にほんばれなどの状況下では素早さが上がる特性。加えてくさタイプであるからしてのソーラービームも習得。

 流れや相性は良かったが、最後は生き物としての本能が表に出てしまったようだ。この巨体のジャンプには度肝を抜かれて素早さなど関係なくなってしまったらしい。しかもにほんばれは本来ほのおタイプの技の威力を上げるもの。ほのおのパンチはちと効きすぎたらしい。

 

「ワタッコ戦闘不能」

「よしっ!」

 

 コマチが珍しくガッツポーズをしている。

 

「ほっほ、こりゃ油断できない相手ですな。お疲れさん、ゆっくりお休み」

 

 余り焦っているとは思えない落ち着いた調子でワタッコをボールの中へと戻していく。

 

「プテラを交代した時にはこの程度かと思いましたが、いやはや若さとは恐ろしい。感情の起伏がそのままトレーナーの質に伝わるというのもこれまた一興。さて、お次はウツドン!」

 

 ウツドンか。

 どくタイプでもあるウツドンは粉を撒き散らすのが得意だったりするからな。下手に長引かせると不利になる。

 

「ゴンくん、このまま行くよ! もう一度ほのおのパンチ!」

「くさむすび」

 

 ドドドッ! とカビゴンが走り出すとウツドンは目を瞑ってじっと時を待った。そして、拳が間近に迫ったところで目を開き、カビゴンの足元に草を絡めてバランスを崩した。態勢が前のめりになったカビゴンはそのままゴロンゴロンと転がっていき、それをウツドンが追いかける。動きが早いのはこのウツドンも特性がようりょくそだからだろう。

 

「どくのこな」

 

 木にぶつかったカビゴンの背後から毒の粉を撒き散らし、体力を奪いにかかる。

 

「ジャンプしてのしかかり!」

 

 だが、カビゴンは屁ともせずジャンプして背中からウツドンにダイブした。

 巨体の下敷きになったウツドンは呻き声を上げている。

 

「なるほど。カビゴンの特性はめんえきでしたか。特性を活かしての攻撃。カビゴンのパワーを存分に発揮していますねぇ。どれ、ウツドン、はっぱカッター」

 

 押しつぶされているウツドンがもぞもぞ動き始め、途端にカビゴンの巨体が無数のはっぱによって持ち上げられた。カビゴンはそのままはっぱと一緒に飛ばされていき、木に激突した。

 

「ゴンくん!」

「ウツドン、カビゴンの身体を持ち上げてたたきつけるのじゃ」

 

 上から垂れ下がっている幾つもの蔦をヒコザルみたいにひょいひょいと掴んで移動し、カビゴンの腕を掴んだ。

 重たい身体を蔦を自在に操ることで持ち上げたウツドンはそのままくるっと巨体を回して地面に叩きつけた。

 一体どこからあんな力が出てくるのだろうか。

 くさタイプというのも奥が深いな。

 

「ゴンくん、まだいけるよね!」

「ガァー」

「しねんのずつき!」

 

 むくっと起き上がったカビゴンはエネルギー体を作り出す。

 

「はっぱカッター」

 

 それを頭突きでウツドンにぶつけていく。

 だが、無数の葉の舞によってウツドンの姿がカビゴンの視界から消された。

 

「突っ込んじゃえー」

 

 コマチは構わず突っ込む方を選択。

 巨体に撃ちつけられてくる葉を掻き分けていく。

 

「躱せ!」

 

 フクジさんの声に反応し、ウツドンはすぐさま回避行動に移った。おかげでカビゴンは奥の木へとまたもや激突した。二度も強大な衝撃を受けたためか木がメキメキと唸り出し、終いには折れた。

 やべぇ、カビゴンのパワーって尋常じゃねぇわ。

 

「ふふんっ」

 

 あ、なんかコマチが閃いたっぽい。

 すげぇニヤニヤしてる。

 

「その木、投げちゃえ!」

 

 うっわ、なにそれ鬼畜。

 あ、ちょ、マジで?

 こっちに向けんな!

 

「ほっほ、フィールドも上手く使うとは。やりますねぇ。ウツドン、くさむすびで絡め取るのじゃ」

 

 ブンッと投げ飛ばされた木をウツドンは地面から草を伸ばして絡め取り、安全を確保した。

 

「木にほのおのパンチ!」

 

 ダッと一蹴りしてカビゴンは炎の拳を投げた木に叩きつけた。木はみるみる燃え始め、次第に上から吊るされている蔦にまで飛び火した。

 

「燃えるのぅ」

「や、このままじゃジムごと燃えちゃうでしょ」

「まあ、見てなさい」

 

 ちょっと一大事じゃね? とか思ってると煙が天井に達したのか、水が降ってきた。そりゃもうシャワーのように。

 

「……………スプリンクラーかよ」

「ここは庭園でもありますからね。しっかりと完備させていただいてますよ」

 

 発明がなんだ言ってたけど普通に電気もスプリンクラーまであるのかよ。

 なんだこのじじい。

 

「しねんのずつき!」

 

 燃え盛る火の中を巨体が突き抜けてきた。そして、そのままカビゴンはウツドンにエネルギー体を頭でぶつけた。

 しねんのずつきはエスパータイプの技。

 そしてウツドンはくさ・どくタイプ。

 効果抜群な上に、怯ませることもできたようだ。

 

「ほのおのパンチ!」

「おっと、ウツドン。はっぱカッターじゃ」

 

 日差しもなくなり怯んで鈍くなったウツドンは、それでも無数の葉を飛ばしてくる。さすがジムリーダーのポケモンってところだな。

 だが、カビゴンの技が良くなかったな。

 撃ちつけられる葉を丸ごと拳で燃やしちゃってるもん。

 おかげで全く止まる気配はない。

 

「ウツドン!」

 

 フクジさんが呼びかけるが、炎の拳を諸に食らったウツドンは反応を示さなかった。

 

「ウツドン戦闘不能…………やっぱ、スプリンクラーのせいで素早さ遅くなったんじゃねぇの?」

 

 コマチはそれを読んであえて燃やしたとか?

 うわー、俺の妹ながら鬼畜すぎる。

 下手すれば建物ごと燃えてたぞ。

 

「本当にやりますね。まさかスプリンクラーで日差しを消されてしまうとは。それでは最後のポケモンと行きましょうか」

 

 これで三体目か。

 昨日のユキノシタとのバトルよりは断然早いな。

 逆にあれが長すぎたんだけど。

 

「行け、ゴーゴート」

 

 メェークルの進化系ですか。

 あー、だからメェール牧場とも繋がりが…………。

 メェークルは人と最初に暮らし始めたポケモンなのだとか。牧場の人が言ってた。聞いてないけど勝手に説明してくれた。

 そして、もちろんその進化系でもあるゴーゴートの存在も聞かされた。

 ゴーゴートは角に触れた生き物の感情を読み取ることができるんだとか。なにそれ、やっぱポケモンってすごくね? って思ったりしたよ。

 でも逆のパターンの人もいるんだとよ。

 ほら、あそこに「ゴーゴート、お前も昂ぶってるみたいじゃな」とか言ってゴーゴートの頭を撫でている老人とか。

 

「って、噂の人ってフクジさんかよ」

「どうかしましたか?」

「いや、別に。ただ色々と納得しただけです」

 

 うん、この人がジムリーダーで問題ないわ。

 一見普通の老人だけど、裏ではしっかりやってらっしゃる。

 まさに侮ることなかれって感じだな。

 

「ゴンくん、連戦お疲れ様。ゆっくり休んでて」

 

 コマチもカビゴンを交代させるようだ。

 

「カメくん、出番だよ!」

 

 で、出てきたはカメックスか。

 相性で見ればカメックスの方が不利ではあるが………。

 カマクラはそこまで攻撃的じゃないし、プテラはさっき翼をやられて出られそうにないだろうし、コマチのポケモンからすれば妥当なのかもしれない。まあ、カマクラは壁で殴ったりするから攻撃的っちゃ攻撃的だけど。

 

「カメックス、ですか。タイプの相性はこちらが有利ですが、油断は禁物ですな。ゴーゴート、やどりぎのタネ」

 

 プププと飛ばされてきた種から蔓が生えてくる。

 伸びた蔓はカメックスを絡め取るようにまとわりついていく。

 

「からにこもってこうそくスピン!」

 

 甲羅の中に身体を入れ、高速回転をすることでまとわりついた蔓を引きちぎっていく。

 

「動きを封じるのは難しいようですね。ゴーゴート、つるのムチで弾き飛ばすのじゃ」

 

 シュルシュルと二本のつるを伸ばして自在に操り、高速回転を続けるカメックスの甲羅を叩いた。

 少しの衝撃で移動を始め、ゴーゴートから遠ざかっていく。

 

「カメくん、ゴー!」

 

 その動きを利用してカメックスは地面を踏ん張り、ゴーゴートの方へとジャンプした。

 ドリルライナーみたいだな。

 

「はっぱカッター」

 

 フクジさんがそう言うと無数の葉がゴーゴート包み隠し、突撃するカメックスの視覚を混乱させた。

 

「いないっ!?」

 

 構わず突っ込んだ葉の舞の中にはゴーゴートの姿がなかった。

 

「ウッドホーン!」

 

 気づいた時にはカメックスの頭上に角を立てたゴーゴートが迫っていた。

 さて、どうするコマチ。

 このままでは効果抜群の技を受けてピンチ、あるいはその一撃で戦闘不能に追い込まれる可能性もあるぞ。

 

「………カメくん、ふぶき」

 

 ポツリと呟いた一撃で円を描いて舞い続ける無数の葉ごとゴーゴートを凍りつかせた。

 

「……………」

「………はっ! ゴーゴート!?」

 

 時が止まったかのように感じられた沈黙が一瞬流れたかと思うと、フクジさんがゴーゴートを呼びかけた。

 どちらの目も驚愕の色に染まっている。

 俺だって驚いてるわ。

 ほんとね、段々とね、コマチがポツリと呟く時って鬼畜になると思うわけよ。

 誰の影響なのやら。

 

「………完敗です。私の負けですよ」

「……だよなー。ゴーゴート、戦闘不能」

 

 凍りついて微動だにしないんだもん。氷が溶ける気配もないし。

 

「やー、カメくん、勝っちゃったねー」

「なんで他人事みたいなんだよ…………おい、マジか」

 

 端でゲッコウガとバトルを見ていたテールナーがやってきたかと思うと、ゲッコウガの指示でゴーゴートの氷を溶かし始めた。

 え? ゲッコウガが指示出してる?!

 

「だって、まさかほんとに一発で勝てるとは思ってなかったし、ってなんか手際いいね」

「ほっほっほ、プテラの翼をやった時にはその程度のものかと思いましたが、いやはやあれはただのまぐれだったのでしょうな。ゲッコウガにテールナー、ありがとう」

 

 フクジさんが氷の溶けたゴーゴートをボールに戻してそう言った。

 

「その実力を認めてこのプラントバッジを授けましょう」

「ありがとうございますっ!」

 

 いつの間に持ってきてたんだよ。

 さりげなさすぎて気づかんかったわ。

 

「お兄ちゃん、これで四つ目だよ」

「残り半分だな」

「おめでとうコマチさん。この状況で言うのはなんだけど、プテラの翼の治療を優先した方がいいのではないかしら?」

「はっ?! プテくんの翼!? お兄ちゃんどうしよう!?」

「そうだな、早くポケモンセンターに行った方がいいだろうな」

「ほっほ、早く行ってあげなさい。あー、それとお兄さん。明日もう一度ここへ来てくれませんかな?」

 

 お兄さんとはもしかしてもしかしなくても俺のこと?

 

「………………」

「何先輩黙ってるんですか。バトルのお誘いに決まってるじゃないですか」

「あ、やっぱ俺のことなんだ…………」

「まずそこからだった!? ヒッキーそろそろ会話に慣れようよ!」

 

 無理だな。

 あそこで俺じゃなかった場合、ただの赤っ恥しかかかんだろ。

 そんな羞恥、何が悲しくて自ら受けに行かなきゃいけねぇんだよ。やだよそんなの。

 

「やっぱバトル…………?」

「ええ、見た所相当の実力をお持ちのようですし、一試合いかがですかな?」

「はい、大丈夫です!」

「どんどんバトルしてあげてください。私たちのためにも!」

 

 おいこら年少二人組。

 勝手に決めんな。

 

「「どうせ暇ですから!」」

 

 詰んだ…………。

 

「ふっ、諦めなさい」

 

 うっわ、何このいい笑顔。

 腹立つわー。

 

「………だってゲッコウガ。どうする?」

「コウガ」

 

 あ、やるのね。

 はあ………、やりたくないけどやるしかないか。

 

「決まりですな。それではまた明日」

 

 やっぱりこうなる運命なのね……………。

 



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46話

はい、まずはちょっと遅れてごめんなさい。

最後の方が間に合いませんでした。

続きは後書きで。


「フクジさん!」

 

 ポケモンセンターに行こうとしたら、いきなり誰かが入ってきた。

 ジムの関係者かな?

 

「どうかしましたか?」

 

 落ち着いた物腰でタイプするフクジさん。

 

「アズール湾で急に荒れた天気になり、ポケモンたちが! トレーナーたちも被害に遭い、ポケモンセンターが一大事です。至急対応をお願いします!」

 

 は? マジで?

 

「すみませんな。こうしてはおられないみたいだ。コマチさん、バトル楽しかったですよ」

 

 そう言って俺たちを置いてジムを出て行こうとするじじい。

 くそっ、なんだってこうも次から次へと問題事が舞い込んでくるんだよ。

 

「……………で?」

 

 うわー、何この性格悪そうな笑顔。

 俺に何をしろってんだよ、ユキノシタ。いいよ、分かったよ。やるよ、働きますよ。

 

「はあ………ザイモクザ、アズール湾、及び周辺地域の被害状況の確認。ネットの方が写真とかアップされてるだろ」

「あい分かった」

「ユイガハマ、シャラとは連絡つけられるか?」

「一応、博士とコルニちゃんの番号は持ってるよ」

「んじゃ、そっちは任せた」

「みなさん、一体何を………?」

「じじい一人でできることなんて知れてるでしょうに。ほら行きますよ」

「わー、せんぱいかっこいいー」

「うっせ、褒めるならもっと心を込めろ」

 

 こんな時でもイッシキは茶化してくるんだな。

 

「恩に着ます」

 

 取りあえず、全員でポケモンセンターに向かうことにした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ジムを出るとさっきまでは晴れてすらいた空が黒く重たい雨雲により覆い尽くされていた。雨も風も、終いには稲妻すらも見える雷も鳴り、激しく荒れた天気となっている。こんな短時間で荒れるとか、カロスの天気は悪くなるととことん悪くなるのかね。

 ポケモンセンターに向かうと、なんかすげぇ混んでた。

 え? ちょっと予想以上すぎるんだけど。

 

「これは…………」

 

 ヤバいな。

 人が多すぎる。

 あと、ポケモンも。

 

「あ、フクジさん!」

「フクジさんだ!」

「フクジさんが来たぞ!」

 

 一人が俺たち、というかフクジさんに気づくと口々に伝わっていき、みんながこっちを見てきた。

 

「フクジさん、ここは任せます。俺たちはジョーイさんの方に声をかけてきますんで」

「すまんの」

 

 住民の方はフクジさんとお付きの人に任せて、俺たちはフロントに向かった。

 こんなちょっとの距離なのに人をかき分けなければ行けないとかどんだけだよ。

 酔いそうだわ。

 もうすでにユキノシタが顔色悪くなってるし。

 

「………ジョーイさん」

「回復、ですか? 申し訳ありませんが只今回復マシンの方がいっぱいでして」

「やっぱりか………」

 

 マシンの方がいっぱいか。

 けど、あのプテラの傷も早く手当てしないと危険度は高いし………。

 

「お兄ちゃん、どうしよう…………」

 

 マジで詰まったな。

 俺にもこれ以上何も案が浮かんでこない。

 

「大丈夫、僕に任せて」

「え? トツカ?」

「ジョーイさん、寝台の方に空きはありますか?」

「ええ、そちらでしたら…………後僅かではありますけど」

「一台貸してください」

「……分かりました。ついてきてください」

「ありがとうございます」

 

 あ、なんか寝台は借りられることになったらしい。

 それにしてもトツカは何を考えているんだ?

 

「トツカ、お前…………」

「出てきて、ハピナス」

「ハッピ」

 

 ハピナス………?

 あれ?

 トツカってハピナス連れてたっけ?

 それともいつの間にか捕まえてたとか?

 

「任せてとは言うけれど、一体ハピナスでどうする気なのかしら?」

「僕たちでプテラを治療するんだよ。フロントじゃ人が多すぎてできないからね」

「はっ? マジで?」

 

 ちょっとトツカさん?

 そんな可愛い顔してとんでも発言しないで。

 前を歩くジョーイさんまで驚いて振り返っちゃってるよ。

 

「できるよね?」

「あら、ここには元チャンピオンが二人もいるのよ。できないなんてことはないわ」

 

 ああ、またか。

 どうやらトツカの『できるよね?』が『ユキノシタさんには無理かな』に聞こえてしまったらしい。ユイガハマの時といい、ほんとこいつの頭って単純だよな。

 

「はぁ………分かったよ。他に案があるわけでもないし。けど、ハピナスを連れているってことはそれ相応の技を覚えてるんだろうな」

「もちろん。この子はバトル用に育ててたわけじゃないから」

「ということはずっと連れていたってことかしら?」

「うん、最初からいたよ。ただバトルさせるわけでもないし、あんまり自分の夢とか語るのは恥ずかしいからみんなには見せてなかったけど。でも旅をしながら培ってきた経験と知識はそれなりにあると自負してるよ」

「トツカには敵わんな」

「ふふ、みんなにはいつも助けられてるからね。僕にできることはやりたいだけだよ」

 

 ああ、いいなー、この笑顔。

 嫁に欲しい。

 でも男なんだよなー。なんで男なんだろうなー。男じゃなかったらいいのに。

 

「先輩、段々と危ない路線に突入しようとしてません?」

「何言ってんだ? もう全員が危ない路線に踏み込んでるだろうが」

「………この二人、絶対話し噛み合ってないよ………」

 

 何が言いたいんだよ。

 

「ここなら、まだ」

「ありがとうございます」

「………それにしても他の部屋は見事に埋め尽くされてるわね」

「ここも時間の問題です。それにマシンの方もすでにオーバーしてますし」

「こっちの要件が済めばお手伝いしますよ」

 

 あ、マジで?

 まあ、適材適所。できるやつがやるべきなんだろうけど。

 

「それでは」

 

 ジョーイさんが一回も笑顔を見せなかったな。

 あの天使のスマイルも今日は見せている暇がないというわけか。それくらい状況がやばいという証拠でもある。

 

「さて、コマチちゃん。プテラを見せてくれるかな」

「りょ、了解であります。出てきて、プテくん」

 

 

 ボールから出てくると寝台の上にプテラが飛び乗った。翼は使い物にならんみたいだな。というかすげぇ気にしてるし。

 

「ハピナス、タマゴうみ」

「ハッピ」

「取り敢えず、私はきのみをすりつぶしておくわ」

 

 産むというか腹のところにある袋からタマゴを取り出した。

 あれ食うと元気になるらしいぞ。

 食ったことないけど、味も美味いのだとか。食ってみたい気もするが今は無理だな。また今度トツカにというかハピナスにお願いしてみようかな。

 

「うん、ありがと。後は小さくなって患部にいやしのはどうを当てといて」

「ハッピ」

 

 トツカの指令でハピナスは小さくなりながら寝台に飛び乗り、プテラの体をよじ登っていく。

 

「トツカ先輩。そのタマゴ、どうするんですか?」

「ハピナスのタマゴは特別製でね。食べた者を元気にする魔法のタマゴなんだ。そのまま食べさせても問題はないんだけど、この中身をーーー」

 

 うん、こっちは任せておこう。

 さて、俺ができるようなことが無さそうなこの状況。

 頼られはしたがすでにトツカとユキノシタで役割分担できてるしな。

 技術の発達によって生み出された傷薬も俺がやろうが誰がやろうが関係ないし。

 となると……………ポケモン自らの力を発揮してもらうとするか。

 

「…………」

 

 じっとプテラを見つめてみる。

 頭に『?』を浮かべたかのような疑問のまなざしを送ってくる。

 ああ、カメックスみたいにバカにしてこなくてよかった。あいつ、俺に伝わらないだろうとか思って裏で何言ってるか分からんやつだからな。陰口とかもう慣れたわ。

 

「………むにむに」

 

 横にいたコマチの顔で変顔を作ってみる。

 めっちゃかわいい。さすが俺の妹。

 

「ひょっろー、おひいひゃん? はにひへんの?」

「先輩キモいです気持ち悪いですとうとう頭がイカれたとかマジ勘弁してくださいごめんなさい」

 

 別にイッシキとは会話すらしていなかったのに振られるというね。

 

「まあ、少し付き合ってくれ。俺がやると絶対イッシキがバカにしてくるから」

「すでにバカにしてますけど」

「今以上にバカにしてくる」

 

 俺がやったらバカにしてくるどころか本気で引かれそうなまである。

 だからお願いだからお兄ちゃんを危ない者を見るような目で見ないで!

 

「仕方ないなー、プテくんの為だからだよ。いい? 分かった?」

「おう、すまないね」

 

 できるだけ痛くないようにコマチの顔で変顔を作っていく。

 次第にプテラも自分で変顔をやり出し、真似をしてくる。

 よしよし、順調順調。

 

「………できたわよ、って何をやっているのかしら、あなたたち兄妹は」

「ほんろ、はにやっへんへしょうへー」

「まあ、ちょっとな」

「………また?」

「………またです」

 

 あ、なんかユキノシタにはバレたみたい。

 すごいなこいつ。

 これだけで理解するとかあれの頭の中読まれてるんじゃね?

 試しに何か悪口でも言ってみるか?

 ユキノシタユキノの胸はまだ発育段階である。

 

「ねえ、そんなに死にたいのかしら?」

 

 うっ………。

 やっぱりこいつには俺の頭の中が見えているらしい。なにそれ、プライバシーとか関係無くね?

 お願いだからその鉢を振りかぶらないで!

 

「ふふっ、ハチマンのやり方はハチマンにしか出来ない芸当だよね。あ、ユキノシタさん、それもらうね」

 

 ………………。

 ………………。

 いいなー、俺もトツカに看病してもらいたいなー。

 そんでもってきゃっきゃうふふなことに……………男だからなー。はあ……………。

 

「先輩、ヤバイです! 目がどんどん腐っていってます! キモいです!」

「よし、トツカ。俺の目を治してくれ」

「ハチマンはそのままで充分かっこいいよ」

「そ、そそそそうか?」

「うわっ、先輩の目がどんどん輝いていく! 輝く先輩とか先輩じゃ無くてキモいです………」

 

 どうやらトツカに褒められると目の腐り具合も治るらしい。

 なにそれ、薬より良薬じゃね?

 良薬口に苦しとか真っ赤な嘘じゃん。超甘い。甘々だわ。

 

「ヒッキー! 絶対ダメだからね! そっちの世界に踏み込んじゃダメだからね! ヒナが喜びそうな展開とかマジ勘弁だからね!」

 

 お、おう、ユイガハマ。

 シャラとの連絡はついたのか?

 

「それで、シャラシティはどうだったのかしら?」

「あ、ゆきのん、うん、あのね。二人とももう対応に当たってるって。ただ、マスタータワーが孤立してて大変なんだって。主にコルニちゃんが取り残されてだけど」

 

 あいつ何やってんの?

 あの陸の孤島とかただでさえ満ち潮の時には行けないってのに、何そっちに残ってんだよ。バカなの?

 

「でもコルニちゃんがタワーにいるおかげで流されてきた野生のポケモンたちは避難できてるみたいだって言ってたよ」

 

 はあ…………まあ何とかなってるのね。

 それならいいわ。

 

「さてと、これを飲ませて体力も回復してもらおう。そうすればハチマンが最後に治してくれるから」

「や、俺が治すわけじゃないからな」

 

 どうやらこっちにも理解してる奴がいた。

 すごいね君たち。

 どんな頭の作りになってんの?

 

「さあ、これ飲んでみて」

「アーッ」

 

 トツカに差し出された液体をプテラが口に含んでいく。

 ハピナスの幸せタマゴが入ってるおかげか、抵抗なんて文字の欠片も見当たらない飲みっぷりを見せるプテラ。

 ほんと良薬口に苦しとかって真っ赤な嘘だったんだな。

 

「いつもはこの後に傷薬を使ったりしてるんだけど。それだとちょっと時間かかるんだよねー」

「ほ、ほんとですか?!」

「うん、なんせ空いた穴を塞がないといけないからね。でも今回はハチマンがやってくれるからすぐに治ると思うよ。それじゃ仕上げをお願い」

「はいよ。ザイモクザ、Zさん出してくんね?」

「うむ、いでよ、Z!」

 

 Z改め、ポリゴンZ。

 奴が今回の鍵となるポケモンだ。

 

「Zさんや。じこさいせいをお願いできるかね」

「ジー」

 

 くるくるっと進化して胴体から切り離れた手足を回転させて了承の意を見せてくる。

 

「ジー」

 

 体の細胞の成長を促し、胴体部分を少し大きく育て上げた。

 

「アーッ、アーッ」

 

 プテラもそれを見て理解したのか、自分からZを真似して再生を施し始める。

 すると見る見る内に傷口が塞がっていき、いつものような陽気さを取り戻していった。

 

「………治った…………プテくん、治ったよ! よかったね、プテくん!」

 

 傷が塞がったのを見るとコマチはプテラへと抱きついていった。

 

「………あれ? プテラってじこさいせいなんて覚えましたっけ?」

「んにゃ、覚えんぞ」

「それじゃどうして………」

「ものまねよ」

「ものまね? それポケモンの技?」

 

 ………んー、まあ知らなくてもおかしくはないのか?

 どうなんだ?

 や、でもトツカもユキノシタも技を知ってたみたいだし。

 やっぱりユイガハマだからかな。

 

「そう、ものまねは相手のポケモンの技を一時的に覚えることができるのよ」

「あれ? でもコマチ、プテくんにそんな技覚えさせた記憶はないですよ?」

「今覚えさせてたのよ」

「あ、だからコマチちゃんで変顔を作ってたんですね」

 

 イッシキは説明されれば理解が早いんだよなー。

 単に知らないってだけだから。

 となるとやっぱり首を傾げているユイガハマはアホの子決定だな。

 

「…………俺がやると絶対変な目で見てくるだろ?」

「ドン引きでしたね。ガチの方で警察呼びますね」

 

 だろうな。

 だから俺もコマチにやってもらったんだ。

 

「………お兄ちゃんって技マシンかなんかなの?」

「失礼な。ただ単に技の本質を理解してるまでだ」

「機械よりもすごいことだっ………」

 

 そうか、俺って機械にはまだ越されていなかったのか。

 そのうち人間国宝とかになるんじゃね?

 

「……ハチマン、取り敢えず調べ上げられたことだけ言っていくぞ」

「頼む」

「アズール湾付近で巨大な積乱雲が発生。気温の寒暖が激しく、近づくことすら難しいらしい。実際に逃げてきた者の書き込みを見ると地獄絵図だったらしいな。地獄絵図………いい響きである「お前の主観はいいから」う、うむ……、雨も風も雷も、終いには霰なんかも降っているらしい。そしてたまに晴れ間がさす時もあるのだとか」

 

 積乱雲…………気温の急激な寒暖……………雨風雷………そして霰に晴れ間………………。

 

「あ、雷で思い出したけど、昼間になんか黄色いポケモンが飛んでいくのが見えたよ。電気がバチバチ言ってた。雷かなーって思ってたけど、多分ポケモンだと思うなー」

「あ、それでしたら昨日、水色のポケモンが飛んでいくのを見ましたよ。先輩とポケモン捕まえに行ってる時です」

 

 ……………………………。

 

「なあ、ザイモクザ。そもそもアズール湾ってどこにあんの?」

「む、ここからだと北西に位置するな…………。それがどうかしたのか?」

 

 北西か。

 ……………なるほど。

 そういうことか……………。

 や、でも待てよ。そうだとしたら結構ヤバいんじゃね?

 こんなことしてる暇なんてないぞ!

 

「は、はは……………マジかよ。こりゃ確かに地獄絵図だわ」

「え? 何か分かったの?!」

「取り敢えずアズール湾へ行く」

 

 分かったというか嫌な予感ができたというか。

 

「うぇっ!? いきなり!?」

「確かめないことには何も言えん。だがもし俺の想像通りならはっきり言って色々と終わる」

「…………分かったわ。行きましょう。どうせ止めても勝手に行くでしょうし」

「ゆきのん?!」

「………いくらフクジさんやポケモン協会でも状況が分からなければ対応すらできないもの。行ける者が行くのが妥当よ。それに私たちも協会の人間だし」

「プテくん、戻って」

 

 コマチがプテラをボールに戻すのを確認してフロントに向かった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「これ、は…………」

 

 フロントへ行くと怪我をしたとみられるポケモンたちが大量に運ばれてきていた。

 人の方はなんとか落ち着きを取り戻してはいるが、さっきまではいなかったポケモンたちが運ばれてきているのはちょっと予想していなかった。

 

「みなさん」

「フクジさん、これは………?」

「実はカントーからの貨物船が巻き込まれたようで、その船員とポケモンたちが運ばれてきまして…………」

 

 キャパオーバーなところにさらにってか。

 これはいよいよもってヤバいぞ。

 

「ヒキガヤくん、あなたはアズール湾へ行きなさい。ここは私たちが何とかするわ」

「ユキノシタ?」

「幸い、あなたのやり方を見せてもらったもの。マシンが足りないのならポケモンの技で治すまでよ」

「…………分かった。行ってーーー」

「ウガァラァッ!」

「え? ちょ、まっ、待ってぇー!」

「な、なんだ?」

 

 見るとウインディがユイガハマを背中に連れてポケモンセンターを飛び出して行ってしまった。

 え? ちょ、え? マジ?

 このくそ忙しい時に?

 うそん………。

 

「ユイ先輩! ………先輩、ゲッコウガ借りますね!」

「お、おい、イッシキ?!」

「コウガ」

「あー、もう分かったよ。そっちはお前に任せた」

「コウガ!」

 

 イッシキはゲッコウガに背負われ飛び出して行った。

 仕方ない、あっちはゲッコウガに任せよう。

 

「あれは………」

「貨物船に紛れ込んでいたウインディですよ。カントーから遥々やってきたみたいですね。すみません、色々とご迷惑をおかけして」

 

 おいおい、あのウインディは何がしたいんだよ。しかもユイガハマを拉致してまで。

 

「それはもういいですけど」

「お兄ちゃん!」

「ああ、こっちも急ぐぞ」

「隊員Z! こちらはお主に任せるぞ!」

「ジー!」

 

 ともかく俺はコマチとザイモクザとともにアズール湾に向かうことにした。

 外に出るとさっきよりもさらに雨脚が強くなっていた。ウインディのせいでドアが壊れなくて本当によかったわ。この分だとドアがなかったら水が中に入ってたからな。

 さすが自動ドア。

 

「リザードン」

「プテくん、病み上がりだけどお願い」

 

 俺はリザードンをコマチはプテラを出して、それぞれに乗って飛翔。

 ザイモクザはもちろんジバコイルに乗ってるぞ。

 雨風叩きつけられながら港の方まで来ると、まだ避難し遅れている人たちがいた。

 どうやら足を怪我してポケモンの方も主人を運んで動けるような状態じゃないようだった。

 

「お兄ちゃん、先に行ってて。あの人たちポケモンセンターまで運んでくる!」

「あ、おい、コマチ! ザイモクザ、コマチについてやってくれ。それとリュックはお前に預ける。中身は必要だったら好きに使ってくれていい」

「けぷこん! 我が相棒の頼み、確と受け止めた! ジバコイル!」

「じばー」

 

 ぽいっとザイモクザにリュックを投げつけると綺麗にキャッチしてくれた。そしてそのままコマチを追いかけて地上へ降りて行く。

 やれやれ、なんか結局一人になってしまったぞ。

 えー、マジでどうしようか。

 

「シャアッ」

「うん、まあ、取り敢えず行くしかないよな」

 

 リザードンも再び移動し始めたので、行くしかなくなった。

 あーあ、マジで行きたくないんだけど。

 だって、ねぇ。

 行ったら帰ってこれるか分からんし。

 最悪、というか多分最初から暴君に出てもらうことになるだろうし。

 

「色々あったけど、三つ巴は初めてだな………」

『この気配………、やはりか』

「あ、お前もう分かるの? すげぇな。つか、自分から出てくるのな」

『オレはこれでも戦闘重視に造られたポケモンだぞ。気配を探るくらい造作のないことだ』

「そうだな。だったら戦闘は任せた」

『仮にも今はお前のポケモンだぞ。もう少しトレーナーとしての計らいはないのか?』

「逆にそんな計らいをしたらお前が暴れられんとか言って暴れそうじゃん」

『結局暴れるのには違いないのだな。否定はしないが』

「というわけでよろしく」

 

 アズール湾に近づいていくにつれて雨風が強くなってくる。

 マジでアレも降ってくるし、雷なんかゴロゴロ程度で済んでないし。地響きまで起こしてるからな。揺れるおかげでさらに波が高くなって、飛んでるっていうのにかかりそうな勢いである。

 

「………フレア団と関係してるのか………?」

『どうだろうな。だが、どの道鎮めるほか助かる手はない』

「天気に影響を与えるポケモンは厄介だな。お前が可愛いくらいだ」

『なら今すぐにでもバトルして叩き潰してやろうか?』

「それとこれとは別だ。お前は規格外のポケモンだぞ。戦闘になったら間違いなく俺が負ける」

 

 逆風、横風に揺さぶられながら何とかアズール湾と思しきところが見えるところまでやってきた。

 

「ちょ、ほんと、に! 待ってっ! 待ってってばぁ!」

 

 すると下から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 見るとさっき飛び出して行ったウインディとユイガハマの姿があった。その後ろからはゲッコウガの背中に担がれたイッシキの姿もある。

 

「なんでこんなところに来てるんだよ………」

『どうやらウインディが何かを感じ取ってるらしいな』

「はあ…………ならなんでよりにもよってユイガハマなんだよ」

 

 わけが分からん。

 この先に待ち受けている脅威を感じているのなら自分の力を引き出せるような強いトレーナーを選ぶべきなんじゃないか?

 こう言っちゃ彼女に悪いが、ユイガハマはまだ初心者だぞ。

 こんな惨事であのウインディの力を引き出せるとは到底思えないんだが………。

 

『主人を選ぶポケモン自身にも思惑はある。何か考えがあるのではないか?』

「だといいけど」

 

 ウインディはあるところでは伝説のポケモンとされているんだとか。

 どんな伝説なのかは知らん。一度調べたこともあったような気がするけど、全くと言っていいほど内容がなかった。ただ伝説とされているってだけだ。

 だがこうしてこの先に待ち受ける三つ巴を遠路遥々カントーから嗅ぎつけてきたとしたら、ある意味で伝説のポケモンなのかもしれない。

 

「はあ…………やっぱりか」

 

 しばらく突き進んでいくとこの異常気象とも呼べる悪天候の原因がそこにいた。

 犯人は三匹。

 俺たちに背中を向けている、ファイヤーという名の俺がさっきロープウェイから見かけた火の鳥。

 んで、その向かい側でバチバチと紫電を散らしている、サンダーという名のユイガハマが見たらしき雷の鳥。

 そして、海面に叩きつけられて水飛沫を上げている、フリーザーというイッシキが見た氷の鳥。

 ファイヤーを見かけた時は「おや?」って感想しかなかったのに、後々話を聞いていくとそれがフラグだったことがよく分かる。

 これ以上問題起こすなよ。面倒臭いな。

 

「あー、もうよく分かんないけど、あれを止めたいことだけは分かったよ! クッキー、いくよ!」

「あ、ちょ、ユイ先輩! 何考えてるんですか! ゲッコウガ! 跳んで!」

 

 うーん、下は下で問題だな。

 どうしたものか。

 

『取り敢えず、行ってくる』

「ああ、ただあの三鳥が揃っているってことは忘れるなよ」

『ハッ、オレを誰だと思ってる』

 

 並走して飛んでいた暴君様は、一足先に三鳥の方へと行ってしまった。

 

「俺たちもやるしかないな………ん?」

 

 戦闘用にメガシンカさせようとキーストーンを取り出すと、まだ進化をさせていないのに発光していた。

 ん? どゆこと?

 

「まあいい。リザードン、メガシンカ!」

 

 考えても仕方ないのでまずはこの状況を片付けることにしよう。

 片付けられるか分からんが…………。

 相手は伝説のポケモンが三体だぞ?

 いくらこっちに暴君様がいるからといって、いくらメガシンカしてるからといって勝てる相手とは思えない。

 何なら天候を司るポケモンが相手だ。負けじとサイコパワーで竜巻を作り出したり、黒い穴で眠らせようが、すぐに技自体をかき消されてしまうだろう。

 つまり伝説といっても今の俺のカードではクレセリアの方が戦いやすい相手だったということだ。それだけ天候を操るポケモンは要注意なのである。

 

「ミュウツー、フリーザーはこっちで受け持つ! 残り二体を頼む!」

『好きに、しろ!』

 

 スプーンでファイヤーの炎を撃ち返しながらそう言ってきた。

 俺たちは海面から上昇してくるフリーザーの方へ移動し、二鳥への道を塞いだ。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 フリーザーに向けて蒼い炎を吐くと、スイスイスイと身軽に躱されてしまった。やはり弱点をつこうが伝説に名を残すポケモンは格が違うな。

 

「躱せ!」

 

 俺たちを敵と判断したフリーザーは二鳥のところへ行く前に俺たちを潰しにかかってくる。

 

「ほのおのキバ!」

 

 俺たちが躱したところに飛んできたフリーザーの真下からウインディが噛み付いてきた。

 急な重みにバランスを崩したフリーザーが旋回を始めた。

 

「クッキー、離して!」

「ヤドキング、でんじほう! テールナー、かえんほうしゃ! モココ、ほうでん!」

 

 なんだよ、お前らも参加するつもりなのかよ。

 ったく………あいつら。

 

「おい、ユイガハマ!」

「ヒッキー、止めたってあたしはやるよ! クッキー、バークアウト!」

「ウィッ、ガァッ!」

 

 いつの間に名前つけたの?

 というかなんだかんだ使いこなしてね?

 

「今更止めねぇよ。もう一度かえんほうしゃ!」

「シャアッ!」

「それより相手が誰だか分かってんだろうな!」

「知らない! けどクッキーが! この子がこの争いを鎮めたがってるの! だからあたしも戦う!」

 

 知らないのかよ。

 マジかよ。

 これ絶対終わってから教えた方がいいパターンだよな。

 伝説のポケモンだなんて聞いたら卒倒しちゃうとかそんなことないとは言い切れないもんな。

 それにしてもこいつ、怖いもの知らずすぎんだろ。逆に怖いわ。

 

『くっ、すまん! そっち行った!』

「イッシキ、下からユイガハマをサポートしてやれ!」

「言われなくてももうしてますよ!」

 

 それもそうか。

 そもそもウインディが宙を駆けている時点で、どこぞのエスパー姉さんみたいにバリアーかなんかで足場とか作ってるわな。

 

「リザードン、ファイヤーにドラゴンクロー!」

 

 暴君を超えて俺たちの方へと突っ込んでくるファイヤー。

 やべ、あの技ゴットバードじゃねぇか。

 くっ、仕方ない。俺がいる状態で回転とか三半規管がおかしくなって吐くかもしれないが、このままだと確実に堕とされる。

 

「俺に構うな。トルネード!」

 

 もう攻撃をするとかそういうのは今はなしだ。まずは生き残ることを考えよう。

 

「………、シャアァァァアアアアアッ!」

「う、ぐっ、あ、うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!」

 

 これはヤバイ。

 マジでヤバイ。

 何がヤバイって目が回るとかの次元じゃない。

 目を瞑っていてもぐるぐると視界が渦巻いていく。

 脳が揺さぶられて案の定気持ち悪い。

 ジェットコースターとか比じゃないわ。

 はっきり言って死期を感じるレベル。

 

「………はあ! …………はあ! ……………はあぁぁあああああああ!」

 

 し、死ぬかと思った!

 ポケモンマジやべぇ。

 あんな回転を加えていても何ともないとかマジでヤバすぎるだろ。

 

「リザー、ドン、……あっちへ、は、行かせ………るなっ!」

 

 頭痛ぇ。

 目がぐるぐるする。

 

「ユイ先輩! 攻撃がきます!」

「マーブル、こらえる!」

 

 マー………ブル?

 …………ああ、ドーブルか。

 

「ブラスト………バーン」

 

 リザードンの背中にしがみついてるのがやっとだわ。

 自分が乗った状態では飛行技禁止だな。俺が死ぬ。

 

「がむしゃら!」

 

 ………なるほど。

 トレーナー戦では一度見せてしまえばアレだが、野生のポケモン相手なら効果ありってか。

 やるじゃん。

 

「やったっ!」

「ユイ先輩! すごいです!」

 

 フリーザーを再び海に落としたことで二人は歓喜の声を上げている。

 こっちもファイヤーの背中に思いっきり究極技をくれてやったぜ。

 相手もほのおタイプだから効果はそんなないが、衝撃からの怯みくらいは与えられたはずだ。

 

「アーッ!」

「アーッ!」

 

 なんかファイヤーとサンダーとで共鳴みたいなのが始まったぞ。

 二体だけとかおかしくない?

 こいつらって普通三体で一つみたいな存在だろ………?

 

「ッッ! 逃げろ! ユイガハマ!」

「えっ?」

 

 フリーザーはまだ戦える。

 いくら堪えてからの我武者羅な攻撃を受けていたとしても相手は仮にも伝説のポケモン。そんなことでやられていては伝説の名が泣いてしまう。

 

「ウィガァッ!」

 

 察したウインディがユイガハマとドーブルを海へと振り落とした。

 そして、奴は独り凍りついた。

 

「ーーーユイガハマ!」

 

 俺の身体は頭とは切り離されてしまったのかというくらいの素早い動きで海へと身を投げ出していた。

 くそっ! 

 やっぱりだ!

 やっぱり誰かと群れるのはそれだけリスクが高くなってしまうんだ!

 俺はずっと独りだったのもリスクが少ないから。俺独りの方がなんでもやりやすかったというのに。

 だというのに俺は何かをこいつらに欲してしまっていた。

 それが何かは分からないが、ただ自分の欲望のためだけにこいつらを巻き込むとか、結局フレア団やロケット団がやっているようなことと変わらないではないか!

 くそったれ!

 死なせてたまるかよ!

 

「こん、のぉっ!」

 

 先に届いたドーブルの尻尾を掴みリザードンへと投げ上げる。その反動で俺の身体は完全に海の中へとダイブすることになってしまった。

 ーーーくそっ、たれが!

 背中から叩きつけられて痛みが走るが、そんなことは今はどうでもよかった。人間、こういう状況の時は痛みなんか二の次になるらしい。

 身体の向きを強引に変えて暗い海の中を見渡す。

 見えない。

 ユイガハマはどこだ?

 くそっ、こんな考えてるような余裕はないってのに!

 

 ぐあっ?!

 なんだ………?

 赤い………光……………?

 いたっ! あそこか!

 何でもいい。おかげでユイガハマを見つけることができた。

 多分意識を失っているであろうユイガハマの足を掴み手繰り寄せる。

 重い。

 水圧というものはこんなにも重たいものだったのかよ。しかも濡れた服とか尚更か。

 チッ、息がやべぇ………。

 ここまでかよ。

 折角掴んだってのにこんな形でこいつも死なせることになるのかよ…………。

 くそったれ!

 

 …………いや待て。

 一つだけまだある!

 

 ゴォォォオオオオオオオオオオッッッ!! という音が水を伝って聞こえてくる。

 なんて、タイミング…………だよ。

 でも今はお前の力を貸してもらうぞ!

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ザパァァアアンッッ! と海の中からの復活。

 戻ってはきたが意識が朦朧としている。

 何とかこいつの首根っこに抱きついたが、しがみつくのがやっとだわ。

 無い力を振り絞ってユイガハマ共々背中によじ登る。

 

「ん………? 白く無い?」

 

 夜だからというわけでは無いだろう。

 それにさっきの赤い光。あれはこいつの目だ。

 だがあの目は以前に見たことがある。

 あれは確か…………そう、シャドーのダークポケモン……………。

 

「ダーク、ポケモン………?」

 

 ッッッ!?

 まずい!

 まさかこいつまであいつらの手に堕ちていたというのか?!

 確かに三鳥の諍いにフレア団は関係無い。関係あったのはシャドーの方だ!

 だが、一切その話を耳にはしていない。

 あのじじいが俺にシャドーの話を隠すとも思えないし。

 

「ルギャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 粛清の咆哮。

 三鳥の長とも呼べる鳳、ルギアの役目。

 だが、効いていない?!

 やはり………くそっ!

 

「ルギ、ア…………落ち着け」

 

 こいつはダークポケモンに堕ちている。

 ダークオーラが見えるわけではないが、今のこいつは間違いなくダークポケモンだ。本能的に役目を感じてやってきたみたいだが、力を上手くコントロールできていない。

 その証拠に咆哮が雄叫びへと変わってしまっている。

 ーーーまずい。

 非常にまずい状況になった。

 よりにもよって、俺の意識が薄れていっている時に……………。

 くっそ!

 どうにでもなりやがれ!

 

「ルギア! そこから先その技を放てばお前は戻れなくなるぞ! 自我を保て! 一発でいい! お前の仲間に向けてエアロブラストだ!」

 

 叫んだはいいが伝わってるかは分からない。

 それにもう限界だ。

 頭が痛いわ、方向感覚がなくなってきてるわ、これひょっとすると死ぬの?

 

「ルゥゥゥゥゥゥギャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 ーーーああ、どうやら伝わったみたいだな。

 今度こそ俺はもう無理だわ。

 意識を持ってかれるわ。

 ミュウツー、リザードン、ゲッコウガ。後は頼んだ。腑抜けた主人ですまない……………。

 

 

 

「ーーーおっと、君をこのまま死なせるわけにはいかないな。今君がいなくなればユイやイロハ、それにユキノちゃんも不覚ながら悲しむだろう。それにしても君にはいつも驚かされてばかりだ。まさかこのタイミングでルギアまで呼び出すとは。だけど、今回ばかりは君のその突出した能力に感謝してるよ。これで俺も力を手にすることができる」




またちょっとシャドーを使わせてもらいました。
ポケスペには一切出てこないんですけどね。
まあハチマンたちの物語なので、お許しを。

この先進めていくうちにどうなるかあらすじ程度しかできてませんが、今回の話がちょっと鍵になってくるのは間違いないでしょう。多分………おそらく…………。


いよいよサン・ムーンが今日発売ですね。
『やっと』って感じですけど。
もちろん買いますよ。


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47話

ごめんなさい。

新作のサンをやってたら遅れました。

おかげでエンディングまで行きましたけど。


「はっ!?」

 

 ここは………?

 

「…………ユイガハマ……………?」

 

 目が覚めるとどこかの砂浜にいた。

 横にはユイガハマと…………イッシキもいた。

 二人ともよく寝て………………?

 

「ッッッ!? おい、ユイガハマ! イッシキ!? 起きろ! おい!」

 

 寝息がないのに気付き、大きく揺さぶってみる。

 だが、二人とも全くの無反応。

 しかも体温が感じられない。はっきり言って冷たい。死後硬直。物体としての気配はあっても人としての気配は感じられない。死……死………、こいつらは死んでいる……?

 おいおい、マジかよ!?

 なんでだよ!! なんでこいつらが……………?!

 

「ふざっけんな! 二人とも、起きろよ! 起きてくれよ!? なあ、なあ!」

 

 くそっ、なんで実行犯の俺が何ともなくて巻き込まれただけのこいつらが息してないんだよ。

 おかしいだろっ!

 なあ、神様。

 聞こえてんなら返事しろよ!

 

「くそっ………、なんで………なんで、だよ……………」

 

 これが今まで俺がやってきたことへの報いだとでも言うのかよ。言っちゃなんだがまだ法に触れるギリギリ前のところだぞ。なのに、こんなのってねぇぞ!

 

「くっそぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「はっ!?」

 

 ここは………?

 見たことのない天井………これ天井か?

 

「………起きたようだね」

 

 ん?

 この声………。

 

「………ハ、ヤマ……?」

「なんだ? もう俺の顔を忘れたのか?」

 

 軋む体を無理やり起こして辺りを見渡すと暗がりの部屋の窓辺に月光に照らされたハヤマハヤトの姿があった。

 なんでこいつがいるんだ………?

 

「その様子だと何故俺がいるのかも覚えていないようだね」

「あ、ああ…………」

 

 癪だがハヤマの言う通り全く覚えていない。

 こいつがいる時点ですでに何かあったのは明白だ。でなければ俺とこいつが一緒の部屋にいるはずがない。ましてやこいつの口ぶりから察するに俺が目を覚ますのを待っていたと取れる。俺たちの関係からして、まずそんなことはあるはずがないこと。それが起きているということは逆説的に何かあったのだろう。

 

「結構うなされていたが、何か怖い夢でも見たのか?」

 

 夢………?

 はっ! そうだ!

 

「おい、ハヤマ。ユイガハマとイッシキはーーー」

「もう寝てるよ。今起きてるのは俺くらいだろうね」

「じゃなくて生きて……」

「ははっ、本当にどうしたんだ? ユイもイロハも君が助けたんじゃないか。ヒヨクシティに戻ってきてからはピンピンしてるよ」

 

 ここはヒヨクシティ………となるとポケモンセンターのベットルームか?

 ん? 俺が助けた?

 けど、さっき二人は……………。

 あれは、夢、なのか…………?

 は、ははっ……………。

 勘弁してくれ。なんつー夢見てんだよ。つか、夢見て動揺しすぎだろ、ったく………。

 

「………くそっ」

 

 情けないやら恥ずかしいやらのいろんな感情が溢れかえり、苦しくなって枕にダイブした。

 ………俺はいつの間にかあいつらの死を受け入れられなくなってしまったらしい。ただの他人であれば知らぬ存ぜぬの関係であるため、死のうがどうなろうがどこか他人事であった…………。

 だが俺はもうあの二人を、いやユキノシタや他の奴らもか、俺がこっちに来てから今まで関わってきた奴らを赤の他人だとは思えなくなってしまったようだ…………。多分、この男のことも。こいつが死ねば周りの奴らは悲しむ。俺はそんな顔を見たくはない。

 これはまずいな。非常にまずい。

 こんだけの人数が俺の『弱点』になってしまったのだ。

 いくら巻き込まないように一人で動いたとしてもこいつらを人質に取られてしまえば、俺には何もできなくなってしまう。相手に従うしか手がなくなってしまう。

 それが嫌で単独行動をしていたというのに……………。

 

「さて、俺がここにいるのにも訳ありなのはそろそろ分かってきたかな」

「………ああ、それは最初から分かった」

「ならば単刀直入に言わせてもらうよ。ヒキガヤ、フレア団と手を切れ。今ならまだ間に合う」

 

 はっ?

 こいつ、何言ってんだ?

 フレア団と手を切る?

 俺が?

 そもそもこいつの言い方だと俺がフレア団とつながりを持っているみたいじゃないか。

 はっ、そんなことあるはずがないだろう。あるとすればロケット団くらいだ。何故かサカキとは電話番号を交換している。

 や、まああれは仕方なかったんだ。あの人怒ると怖いから。

 それにしてもハヤマはマジで何を言っているんだ?

 

「………おい、その言い方だと俺がフレア団の人間みたいじゃないか?」

「みたいじゃなく、そうだと言っているんだ。ちゃんと証拠もある。お前、顔パスで奴らのアジトに入っていっただろ」

 

 見てたのか………?

 見てたのなら分かるだろ………。

 

「それだけなら俺も変装しての潜入捜査だと思った。だけどあの後カロスの情報通であり慈善活動で有名なフラダリラボの所長であるフラダリさん直々に依頼もされた。フレア団の中に忠犬ハチ公が加わったと」

 

 フラダリに会っただと…………!?

 あの野郎…………、そういうことかよ。

 シャラにいる間、全くの音沙汰無しだとは思っていたが、俺の知らないところでこんなカードを切ってたのかよ。

 別にハヤマが言ってることは間違いではない。俺がフレア団のアジトに入ったというのもフラダリの肩書きも、だ。

 だが、一つ。こいつは知らないのだ。フラダリがフレア団のボスであるということを。

 だから、奴の依頼内容が嘘だとも思わないし、当然ハヤマならこれを受け入れる。

 くそっ、やられた…………。

 まさかこんな形で反撃してくるとは。

 

「………何も言わないんだな」

「言ったところで聞く耳持たない奴に話したところで意味ないだろ」

 

 二段ベットの上の段の板にあのバーニングヘアの憎たらしい笑みが見えてくるわ。

 情報操作。

 これは奴らの専売特許である。

 それを今まさに実感したわ。

 

「ヒキガヤ、もう一度言う。フレア団と手を切れ。でなければユイやユキノシタさんの手前やりたくはなかったが、君を消すしかない」

「………できるのか? 二回バトルして二回とも俺の勝ちだぞ」

「やってみないと分からないこともあるだろ」

「ああ、あるな。けど、無理だな。そもそも俺はフレア団とは何のつながりもない。それにお前の情報には一つ欠落している部分がある」

「欠落? ………何が欠落しているというんだ?」

 

 本当に知らないようだ。

 知らないってのはある意味幸せだよな。

 

「フレア団のボスの名はフラダリ。表向きは慈善事業を主とした取り組みをしているフラダリラボこそがフレア団なんだよ」

「何を言っている………。そんな出任せの嘘に俺は引っかからない。あんないい人がフレア団のボスとかそっちの方が嘘にしか聞こえない」

 

 だからこそ、見えなくなるってこともあるんだけどな。

 

「………だろうな。お前ならそう言うと思ったよ、ハヤマ」

「………………しばらく、君たちとは行動を共にさせてもらう」

「好きにしろ」

 

 寄りかかっていた窓辺から身体を起こすとハヤマはドアの方へとスタスタ歩いて行った。

 

「で、結局お前はなんでこのタイミングでいたわけ?」

 

 ドアに手をかけたのを見計らい一つ尋ねてみる。

 結局教えてくれなかったしな。

 

「………それについてはハルノさんが予知した未来に君が伝説のポケモンを呼び寄せると出ていたからだ。それも君をフレア団だと確信した理由でもある」

「ああ、そうかよ」

 

 それだけ言ってハヤマは部屋を出て行った。

 ………ユキノシタの姉貴か。

 未来予知、あのネイティオからだろうな。

 ユキノシタがフレア団に忍び込んできたのもあのネイティオの予知の結果を聞いたからって言ってたし。

 案外、あの人もあっち側だったりして……………。

 

「否定できないのがあの人らしいな」

「ぐがぁー、くがぁー」

 

 ッッ!?

 

「い、いたのかよ………ザイモクザ」

 

 いきなり獣のようないびきが聞こえてきてガバッと身を起こしていしまった。

 どうやら反対側の二段ベットの上段で寝ているらしい。

 なんで俺がハヤマと話している間はいびきが出なかったんだよ。起きてたりしねぇよな。

 

「……となるとこの上にトツカってわけか」

 

 ザイモクザのいるベットの下段に誰もいないのを見ると残りはこの上しかない。

 道理でいい匂いがするわけだ。

 

「………やっぱり俺は………………群るべきじゃないんだな」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あれから再び眠りに落ちた。

 今度は何も見なかった。

 今更ながらにあれはダークライの仕業だったのだろう。ということはまたどこか記憶が削られているというわけか。昨日のことを覚えていないあたり、さぞ新鮮で旨かったのだろうな。

 そして朝。

 俺が着替えてフロントへ行くと何故かジョーイさんに礼を言われた。

 他にも昨日押し寄せていたらしき人たちからも礼を言われる始末。

 はて、これはどういうことなんだ?

 

「あら、早いわね」

「ユキノシタ………」

 

 彼女は一人、ソファーで優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「なあ、なんかさっきから礼を言われるんだが………」

「そりゃだって、あなたは昨日の異常気象を正常にした張本人なのよ。お礼くらい言われるわよ」

「マジか………」

 

 向かい側のソファーに腰をかけ、うだる。

 

「ま、実際はどうだったのかは知らないわ。帰ってきた時には何故かハヤマ君たちも一緒だったもの。彼の言い分だと駆けつけた時には全てを終わらせたあなたを回収するだけだったらしいわよ。フリーザー、サンダー、ファイヤー。この伝説の三鳥を相手に無双するとかあなたは一体何者なのかしらね」

 

 ……………………………。

 全く覚えてない。

 ユキノシタが言っているのだから嘘ではないと思うが、全くもって想像できん。

 それにフリーザーにサンダーにファイヤーだって?

 なんだってそんな奴らがこんなところにいたんだよ。

 それにその三鳥がいたってことはあいつは出てこなかったのか?

 

「…………ルギアは?」

「はい?」

「ルギアはいなかったのか?」

「…………そこまでは聞いてないわ。ただあなたが海に落ちたユイガハマさんを助けて、人工呼吸までしたというのは聞いているのだけれど」

「…………………え? マジ?」

 

 ちょっと有り得ない話に反射的に身を起こして聞いてしまった。

 や、だって俺がユイガハマに人工呼吸とか……………。

 言ってしまえば俺のファースト…………。

 

「嘘かどうかは本人たちに聞いてくれるかしら。私はその場所にいなかったのだし。私が言えるのは帰ってきて早々倒れるのだけはやめて欲しかったわね。心臓が飛び出る勢いだったわ」

「お、おう………そうか。なんか、すまん」

 

 再びソファーの背もたれに倒れかかり天井を見上げる。

 するとぬっとあざとい笑顔が現れた。

 

「先輩、キスしましょうか」

「やめてくれる? 絶対今の話聞いてたよね」

「ふふん、では遠慮なくー」

「待て待て待てっ!」

「もう、冗談じゃないですかー。私だってそんな軽い女じゃないので好きでもない人とキスなんかできませんよ。………先輩とならあれですけど」

 

 なんで目を合わせないのん?

 恥ずかしいからやめてくる?

 

「……………お前は昨日のこと覚えてるんだよな? 俺は一切覚えてないんだが、その…………」

「えー、まあ覚えてるには覚えてますけど、私ユイ先輩が海にダイブしてからの記憶ないんですよねー。目が覚めたら先輩がユイ先輩に人工呼吸してたくらいしか」

「もういいわ………」

 

 聞きたくなかった…………。

 これ、マジのやつだ。

 

「なんですかせんぱーい。そんなにユイ先輩の唇の感触を覚えてないことが悔しんですかー?」

「ばっかばか、なんでそういう話になるんだよ」

「えへへへっ」

 

 なんだよその気持ち悪い笑方。

 まだ撫でてもいねぇのにそんな声出すなよ。まだとか言っちゃってるよ俺。

 

「あ、お兄ちゃん。もう起きて大丈夫なの?」

「おう、コマチ。もう大丈夫らしいぞ」

 

 遅れてコマチが登場。

 

「あ、………ヒッキー…………」

「ユイガハマ…………」

 

 その後ろには寝起きのユイガハマがいた。

 なんでみんなしてタイミング悪いんだよ。

 顔が見れねぇだろ。

 

「えと、その………、や、やっはろー?」

「なんで疑問系なの? それとその挨拶はどの時間帯でも有りなの?」

「あ、はははは………だよねー、うん」

 

 なんかすげぇ話しづらいんですけど。

 ちょ、なんでそこで顔を赤くするんだよ。

 

「その………昨日は助けてくれてありがと……………」

「お、おう…………」

「…………………」

「…………………」

 

 き、気まずい…………。

 誰か会話に割って入ってきてくれよ。

 いつもだったら空気を読んで入って来るユイガハマがこれじゃ誰も入ってこれないってか?

 

「ふふんっ」

「えへへっ」

「…………」

 

 あ、違った。

 こいつらこの状況を楽しんでやがる。ユキノシタなんか全く興味すらないのか本読み始めちゃったし。なのにチラチラ目線を上げて見てくるのはどういうことなのでしょうか?

 

「あ、と………その、悪いんだが、昨日のこと全く覚えちゃいないみたいなんだわ………」

「そう、なんだ…………そっかそっか。覚えてないのか……………」

 

 え、なんでそんな嬉しそうなのに残念そうなんだよ。意味分かんねぇよ。

 

「「せーのっ」」

「え、ちょ、イロハちゃん、コマチちゃきゃあっ!?」

「うおわぁっ!」

 

 えー、何この状況。

 会話に割って入って欲しいとは思ってたけど、これはねぇだろ。会話関係ないし。

 なんだってこんな柔らかい乳圧に顔を埋めなちゃならんのだ。

 ああ、助けてよかった。覚えてないけど、こんな柔らかい感触を味わえるのならば悪くないかも……………。

 

「ひ、ヒッキー!? う、動いちゃダメ!? く、くすぐったいよぅ」

「すまんユイガハマ。でもお前がどいてくれなきゃ俺にはどうすることもできないんだわ」

 

 ヘビーボンバーってこんな感じなのだろうか。

 え、なにそれめっちゃ楽しそう。

 

『ハチマン、メールだよ。ハチマン、メールだよ』

 

 …………………。

 

「「「「…………………」」」」

 

 な、なんだよ。言いたいことあるなら隠さず言えよ!

 

「お、お兄ちゃん…………」

「それはちょっと…………」

「絶対ダメだからね! そっち側に行っちゃダメだからね!」

「うおっ、ちょ、ユイガハマっ、あ、暴れんなっ、む、胸が……………」

 

 うおぉぉおぉおおおおお!

 い、息が………息が、できん……………。死ぬ………。

 

「あ、ごめん………」

 

 ようやくユイガハマのお胸様から解放されて大きく空気を取り入れることができるようになった。

 

「それで、その危ない着信音は一体なんなのかしら?」

「お願いだからそんな目で見るのはやめてくれ。これはな、ザイモクザがポリゴンで作り上げた試作品なんだよ。トツカの声も本人の協力を経て作った。だから問題はない」

「まあいいわ。ヒキガヤ君の今後の対処は要注意ということで。それでメールの相手は誰からなのかしら?」

「お、おう…………なんだ先生からかよ」

 

 なら見なくていいか。

 どうせ面倒な内容だろうし。

 

「いいから見なさい」

「はい…………」

 

 ギロリと睨まれてしまったので、中を開いて読んでいく。

 えーと、なになに。

 

『ヒキガヤ君、旅の方は順調でしょうか。昨日お別れしてから私はプラターヌ研究所の方へと戻りました。そして今朝、とても一大事な問題が起こりました。つきましてはその動画を添付しておきます。確認してください。 P.S. 動画は昨日撮られたものです』

 

 いつもいつも思うけど、なんであの人メールだとこんなに堅苦しいんだろうか。もっと軽くていいと思うんだが。

 まあ、それはいいとして。

 動画………?

 これか。

 取り敢えず再生と。

 

『ず、ザザッ、「なんだ、あれは!? ポケモンなのか!?」「と、ともかくにげるんだ!?」』

 

 何かを見つけた人々が逃げていく。

 その表情は恐怖心がにじみ出ている。

 

『「うわっ…、うわわわっ!?」「トロバ!!」』

 

 これを取っているのは少年だろうか。

 声はするものの大きく振れて状況がいまいちつかめない。

 ただ緊迫した状態であるのは分かる。

 衝撃音がまるで爆発が起きているかのような凄まじいもので、不意に動画が宙を舞った。

 どうやら少年が投げ出されてしまったらしい。

 そこに何か大きなものが横に流れていった。

 これがポケモンなのだろうか。脚しか見えなかった。

 

『「トロバ!!」』

 

 さっきとは違う少女の声で少年のだと思われる名前が叫ばれた。

 急に動画が引いたかと思うと、少年が今いたところで爆発が起きる。

 衝撃で透明な箱に入ったモンスターボールと………あれはなんだ? 分からないが何か赤いものが一緒くたに飛ばされていった。

 

『「サイホーン! このまま安全なところまで走って!!」「どうするの!?」「アタシはもう一度もどる!! エックスをこのままにしておけない!!」「ワイちゃーん!!」』

 

 顔は見えないが最初の方の少女がエックスとかいう奴のところへ行ってしまったようだ。名前からして男なのだろうか。何をやってるんだよ。

 

「ッッッ!?」

 

 そして最後、二体のポケモンが事の元凶であることが分かるような争う風景が映し出され動画は終わった。

 これって……………。

 

「な、に、それ………」

「特撮………?」

「……………は、ははっ………」

 

 とうとうこの日が来てしまったようだ。

 もうね、乾いた笑いしか出てこないわ。

 

「ヒッキー………?」

「はっ、とうとう始めやがった」

 

 フレア団………フラダリ……………。

 これがどこの町だか知らないが町一個ダメにしてしまうようなポケモンを呼び出してんじゃねぇよ。しかも二体も。

 

「まさか……!?」

「ああ、フレア団だ。こんな常識外れの力を持ったポケモンは伝説に語られるような存在だろう。すなわち………」

「カロスの伝説を動かそうとするバカな人たちはフレア団しかいないと」

「ああ………、すぐにミアレに向かうぞ」

「「いえっさー!」」

 

 お前ら絶対事の重大さ分かってないだろ。まあいいけどさ。

 

「それとハヤマたちにも伝えてくれ。あいつらしばらくついてくるとか言ってたし」

「え? 本当にっ? わ、分かったよ!」

 

 昨日、カロスでは一体何が起こっていたんだ?

 こっちでは伝説の三鳥が暴れてたっていうし、どっかの町では違う奴らが暴れてたみたいだし。

 どれもこれもフレア団のやり口なのか?

 分からねぇ。分からねぇけど、まずい状況だってのは明白だ。

 だから俺が取る行動なんてのは決まっている。

 

「………ハチ公の名を動かすしかないか」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 寝ていたザイモクザ、それにトツカも起こしてフロントでユイガハマを待っているとドタドタと慌てた様子の五人衆が現れた。

 

「ヒキガヤ………、ユイに急かされてすぐに準備はしたが、何かあったのか?」

「ああ、まあな。で、それを調べにここを黙って出て行ったりすればお前の疑いが深まるばかりだろ? だからこうして呼び出したってわけだ」

「殊勝な判断だな。それについては否定しないよ」

「ま、とにかく俺も詳しい事は分からん。研究所に行ってみない事にはさっぱりだ」

「………そうか、事情は分かった。ならば俺たちも一緒に行こう。君の顔を見るにあまり無視できそうな話題ではなさそうだし」

「決まりだな」

 

 トツカたちには先に説明、というか動画を見せておいた。

 苦い顔をしたかと思うと俺の案に賛同してくれた。

 

「おや? みなさんお揃いでどうかなさいましたか?」

「あれ? フクジさん………って、あ、そうか。ヒッキーと」

 

 フロントの自動ドアが一人でに開くと外からフクジという老人がが入ってきた。

 ユイガハマがそう呼んでいるからそうなのだろう。

 

「…………知り合いか?」

「え…………?」

「ヒッキー、何、言ってるの………?」

「お兄ちゃん、昨日コマチとバトルしたジムリーダーだよ!?」

 

 ジムリーダー………?

 ッッ!?

 そういうことか!

 バトル描写は思い出せんが確かにそんなことがあったというのは事実として残ってはいるな。そこには確かにフクジというジムリーダーの名前も残っている。

 

「え、っと先輩? いきなり手帳なんか取り出してどうしたんですか?」

 

 イッシキが聞いてくるが今はそれどころではない。

 俺には昨日の記憶、というか思い出が全くない。

 すなわち昨日出会ったというフクジさんとの思い出は全くもって覚えてないのだ。

 どんな会話をしたのかも全く知らない。

 ただし、出会ったという事実だけはある。名前と肩書きだけは知っている状態なのだ。

 それもこれも全てダークライによるものだろう。あいつとの契約は確か『奴の力を使う代わりに俺のエピソード記憶を食らうこと』だったからな。

 

「あった………。俺史と一致する」

 

 手帳にはこまめに出会った人物たちの顔を肩書き、それにどんな状況で出会ったのかを書き足していっている。

 これもいつダークライに思い出を喰われるか分からないためだ。

 最初の頃はいきなり思い出がなくなっていて会話すら成り立たなかったりしていたが(そもそも思い出を育むような人物がごく僅かだったけど)、こまめに書き残しておけばたとえ忘れたとしても知ることはできると考え出したのだ。

 俺って頭いいな。

 

「えっと、そのすみません。ちょっと急用ができまして…………バトルは次ってことでいいですか?」

「ふむ………、君には感謝しても足りないくらいです。君の頼みとあらば受け入れましょう」

「ありがとうございます」

 

 無難に対処していると後ろから驚きの声を上げられた。だが今は流してやろう。

 

「何と言っても君はこの街のヒーローです。逆に断れば私の名が廃れます」

「………フクジさん、それは違いますよ。フクジさんの言うヒーローってのはいつだって悪と立ち向かうような奴のことを言うんでしょうけど。そこには自分の身を守るために戦ったり、何かを守るために自分のエゴで動いた結果、感謝されてるだけです。別にヒーローだとか思われたいなんてことは考えていないし、ましてやそんな風に見て欲しいとも思っていない。状況からして自分にしかできない、あるいはしないと自分が死ぬ恐れがある。ただそれだけです」

 

 カントーの図鑑所有者たちがそれだ。

 別にヒーローだとか思われたくて動いたわけではない。彼らは彼らでサカキに目をつけられて因縁をお互いに抱いてしまったからだ。

 そして、結果的にサカキの心が動いただけのこと。

 

「例えばロケット団なんかは図鑑所有者たちが歯向かってボスの心を揺さぶることができた。だからしばらくは音沙汰なく、ボスは姿を消していた。その後に問題を起こしたのだってそれを知らない部下たちだ。それを止めたのは紛れもなくロケット団のボス」

 

 だが、奴は自分で自分の組織を止めにかかった。

 それはサカキの意にそぐわなかったからだ。自分のいない間に好き勝手にされて、それで動いただけのこと。

 俺もあれはサカキのやり方だとは思わなかったからな。当然内部から潰しにかかったさ。

 

「結局ヒーローなんてのはその場その時によって誰がその位置にいるかで見え方が変わるんですよ。例えそれが悪党であっても。だから俺がヒーローだなんて全く思ってません。どっちかっつーと悪党の方が向いてたりするまである………。今後何が起こるか分かりませんけど、目の前にあるものだけに囚われていると真実を見落としますよ」

 

 取り敢えず、昨日のことには触れずに会話を終了。

 これで記憶がないことは悟られないだろう。

 

「ほっほ、よくぞ言われた! ヒキガヤハチマン、これを持って行きなされ!」

 

 ぽいっと何かを投げてきたので慌てて受け取ると、ジムバッジだった。

 

「実力は先のことでよく分かった。トレーナーとしての素質も然り。なれば制度に基づき渡すのみです。それに必要となる時が来るかもしれません。持って行きなさい」

「ふっ、そういうことなら遠慮なく。ありがとうございます」

 

 よく分からないが、ジムバッチを渡してもいいと認めてもらえたようだ。

 そもそもジムリーダーは実力を認めた者にバッジを渡す規則となっている。それを明確なものにするためにバトルをするのであって、別にそれが必須というわけではない。

 だからこれは理にかなっている。

 

「んじゃ、行っていきます」

「はい、行ってきなさい」

 

 こうして俺たちはフクジさんに見送られてヒヨクシティを後にした。

 もちろん空から行くぞ。

 急ぎだし。

 

 

 

 

 フレア団が動き出したのならば俺も動かないとな…………………。




取り敢えず、最初にモクローを選ぶのなら物理特化か素早さが伸びるようにするべきですね。

能力的には両刀いけますけど、基本的に物理特化の技しか覚えないという………。


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48話

 俺のリザードンにはイッシキを。

 ユキノシタのボーマンダにはユイガハマを。

 エビナさんとかいうメガネの人はミウラのギャラドスにそれぞれ相乗りした。この配分は仕方ないのだ。ユイガハマもミウラもエビナさんもスタスタと定位置に行ってしまったのだから。残ったイッシキを俺が乗せるしかなかったんだ。

 ……………ハヤマの方に乗ればいいだろ、と言ってやったりしたが、内心あいつのところに乗せたくなかったのはここだけの話だぞ。

 発電所地帯を空から通過して昼近くにはミアレに到着。

 

「ヒラツカ先生、戻りましたよ………………っと」

 

 ………………………。

 え?

 なにこれ。

 どういう状況?

 

「あ、校長先生だ」

 

 プラターヌ研究所に着くと何故か子供がたくさんいた。

 え?

 本当にこれどういう状況なの?

 しかもなんかユイガハマが校長とか言ってるし。

 

「え? 校長…………?」

 

 ……………まさかな。

 ぐいんと首を回してユイガハマが手を振る方を見ると………うわ、なんか見たことのあるじじいがいるんだけど。相変わらず杖ついてるし。

 え? マジでなんでいるの?

 

「久しいのう、皆の者」

「校長先生!? お久しぶりです」

「うっそ、超なついんですけど!」

「あんれー、校長いるべ? マジヤバイっしょ。今日の俺たち神ってるー!」

 

 いや、うん、その………………懐かしいけどよ?

 懐かしいけど、なんか忘れてるような気がするのは俺だけか?

 

「お、ヒキガヤ一行の到着か。ついでにハヤマたちも連れてきたんだな。待ってたぞ」

「ヒラツカ先生。これは一体どういうことなのでしょうか?」

 

 ユキノシタが間髪入れずに奥から出てきたヒラツカ先生に問い質した。

 

「何って修学旅行だよ。お前たちも行っただろ?」

 

 え…………?

 俺、そんなの行った覚えないんだけど?

 覚えてないだけなのん?

 食われた?

 

「え、いや、でも修学旅行って……………」

「どこかのじじいが君達に会いたがって行き先を変更したという横暴の結果だよ」

 

 ……………………。

 

「なあ、コマチ。修学旅行ってちなみに何年に行くんだ?」

「ん? 六年だよ……………て、あ、そうか。お兄ちゃん、行ってないんだった」

「六年かー。道理でそんな行事あったことすら知らないわけだ……………」

「お兄ちゃんのおかげでコマチの修学旅行の時はお小遣いがたくさんもらえたよっ。ありがとうお兄ちゃんっ」

「褒められても嬉しくない…………」

 

 そもそもこんな行事があったとは………。

 

「あの先生………」

「あ、そうか。君はそもそも行ってないんだったな。行く前に卒業したし」

「そう、みたいっすね……………」

「あ、そういえば先輩は行ってませんでしたね。行く前に卒業して」

「我、ハチマンがいなくてすることなかったのは覚えておるぞ………この時ばかりは恨んだものよ」

 

 おいこらお前ら。

 俺が修学旅行に行ってないのがそんなにおかしいのかよ。

 話のネタにするな。

 

「あの、一つ聞いておきますけど、これって積立だったりします?」

「まあ基本的には一年の時からの積立だな」

「なら特別制度で卒業した場合って…………」

「全て返金するぞ? 当たり前だろう。これはスクールの金ではない。ただの預かり金だ」

「………………マジか」

 

 あれ? ってことは俺が卒業したって事後報告した時に親父たちが無性に喜んでたのって、俺が正式にトレーナーになったからとかじゃなくて金が戻ってきたから?

 うーわー、ないわー、マジないわー。

 

「ねえ、ヒッキー。そんなことより何か忘れてるような気がするんだけど」

 

 俺の修学旅行はそんなことで済ませんなよ。

 間違っちゃいねぇけど。

 行ったってしょうがないし。

 

「同感だな。俺も何か忘れてるような気がする」

 

 それよりもこの悪寒はなんなんだろうか。

 身震いとかそういうレベルじゃない。

 恐怖すら感じる。

 

「ふふんっ、ヒッキガーヤくーん!!」

「衝撃のファーストブリットーッッ!」

 

 あ、やべ。

 つい反射的にやっちまった。

 でもまあ、この人だし問題ないか。

 

「つ、ツルミ先生…………大丈夫、じゃなさそうですね」

「わー、ユイちゃんだー。おっきくなってるー。私より育ちすぎだぞ☆」

 

 倒れこんだ悪女に顔を覗き込んだところをユイガハマは襲われてしまった。

 主にあのお胸様が被害に遭っている。

 

「おい、アラサー。年齢考えなさいよ」

「ユイちゃーん。ヒキガヤ君が冷たいよー」

「あっはははは………」

 

 だめだこの人。

 まるで変わってない。

 人間、そうそう変わるもんではないというのが俺の持論であるが、この人に至っては変わってて欲しかった。

 ヒラツカ先生の陰に隠れて誰も見ちゃいないが、あんたも立派なアラサーでしょうに。しかも既婚者で子持ちという上司よりも遥かに上を行ってしまっているという。

 ほんと誰かもらってやれよ。

 

「お久しぶりです、ツルミ先生。ただ生徒の前でそのアホ面醸すのはやめた方がいいんじゃないっすか?」

「大丈夫、みんなこっち見てないから」

「あの………何人かはちらちら見てますよ………」

 

 ほんと、なんでこの人までついてきちゃったの?

 

「それで、ヒラツカ先生。ヒキガヤ君にあんな動画を送っておいてこれはどういう状況なのでしょうか?」

「うむ、実はな。昨日カントーから子供達がやってきたところなのだが、例の動画の通り他所では何かヤバいことが起きているようだからな。しばらくこの子達の警護及び私たちの補佐をしてもらいたいのだ」

「なんつータイミングの悪いこと………」

「そればかりはどうしようもない。来てしまったのだから楽しんで行ってもらわねば、後々トラウマになられても困るしな」

「はあ…………、ボランティアか……………」

「お兄ちゃん、やる気なさすぎでしょ」

 

 そりゃだって、ねえ。

 面倒じゃん。

 年頃のガキ相手にするんだし。

 扱い方が分からん。

 小町のように扱えばいいのならまた話は別なんだが…………。

 

「僕は別にいいよ。先生たちだけじゃ大変だろうし。ダメ、かな?」

「よし、任せてください!」

「急にやる気出しましたよ、この人!」

 

 天使の下した判断には大賛成!

 あんな上目遣いで頼まれた堕ちますって。

 堕ちちゃうのかよ。

 

「では一つ。四冠王にでも挨拶をしてもらおうかの」

「……了解しました」

 

 校長に手招きされてハヤマは子供達の方にへと行ってしまった。

 二つ返事で了承とかどんだけ場馴れしてんだよ」

 

「彼はテレビの取材とかもよく受けているもの。馴れてて当然よ」

 

 あれ? 声に出てた?

 

「そういうお前はどうなんだよ」

「そういうのは姉さんがやるものだから。いつだって表に出るのは姉さんだもの。三冠王と言われようが母が勝手に決めてしまってね」

「すげぇ母ちゃんだな」

 

 うちとは正反対だな。

 うちなんか自主性に重んじますって態度だし。

 

「では、特別ゲストの紹介をします。テレビでも雑誌でも取り上げられて知っている人も多いでしょう。四冠王のハヤマハヤトさんです!」

 

 あれはクラス担任なんだろうな。

 注意点やらの説明が終わるとすっごいキラキラした目でハヤマを見てるんだけど。

 あんた大人だろうが。

 

「えー、皆さん。初めまして。ご紹介に預かりました、ハヤマハヤトです。今回は修学旅行ということで、残り二日間は僕たちも参加させていただくことになりました。短い間ですが、楽しい思い出を一緒に作りましょう」

 

 やべぇ、なんであんなすらすらと文章が出てくるんだよ。

 イケメン、マジパネェ。

 こんだけパネェならフレア団に騙されてることも気づいて欲しいものだ。

 

「ここにいる奴らは全員君たちと同じスクールを出た者たちだ。中にはハヤマのようにすごいトレーナーになった者もいる。遠慮せず聞きたいことを聞くように」

 

 ヒラツカ先生。そんな付け添えしなくていいですから。

 

「そうだ、誰かバトルを見せてくれないか? これだけの面子が揃っているんだ。みんなにもいい刺激になるだろう」

 

 おいこら、スクール生が口々にバトルって言葉に反応し出してんたじゃねぇか。

 俺はやらんぞ。面倒くさい。

 

「ふむ、これも何かの縁じゃ。一つ、儂が孫娘とバトルしようじゃないか」

「つか、予定とか決まってるんじゃねぇのかよ」

「この施設の説明やポケモン達との触れ合いの時間を設けていただけだ。今日は他に予定はない」

「なんて薄い修学旅行なんだ………」

 

 そんなんでいいのかよ。

 行き先からして超適当だな。

 

「あの、ていうか孫娘って…………」

「はあ………おじいちゃん、隠しておくんじゃなかったの? 私にまで隠そうとしてたけど、結構バレバレだからね」

「やはり気づいておったか」

「「「「えええっ!?!」」」」

 

 ユイガハマが老ぼれの言葉を掬い上げて口にすると、イッシキがため息を吐いて暴露した。

 あ、なんだ気づいてたのね。

 それもそうか。

 イッシキにだけ自分のポケモンを贈るとか教育者としてどうなんだって話だもんな。

 

「い、イロハちゃんが…………」

「校長先生の孫ッッ!?」

「なん、だと………、ずっと教師をしてきた私たちでさえも知らなかった、だと?」

 

 いやいや、なんで先生は少年漫画みたいな驚き方してんですか。

 

「…………お兄ちゃん、なんで驚いてないの?」

「知ってたからな」

「うぇっ!? なんですか先輩私のことは何でもお見通しだって言いたいんですか!? 気持ちは嬉しいですし妄想もはかどりますけどこんなところで言われても困るので後日改めて面と向かって言ってくださいごめんなさい」

「おいこら、こんな観衆の前で俺を振るのやめてくれる? 告ってもいないのに」

 

 ああ、マジでシャドーでのこと思い出しちまうじゃねぇか。

 あれはマジで俺史の中でも黒中の黒歴史だわ。

 

「ほっほ、そこの男を侮ってはいかんよ。いつ喰われるか分からんぞ」

「失敬な。校長の方がよっぽど曲者だろうが。そう評価する俺ですら喰らいに来てただろうに」

「それは昔の話よ。あれから強くなったのは見るまでもない」

「あの…………私から言わせてもらえば二人とも曲者ですから………」

 

 おうふ。

 一番痛い一言だわ。

 

「まあよい。してイロハ、旅を始めて一ヶ月。じじいに今の実力を見せてくれい」

「ふふんっ、私は唯一先輩が苦手だって評価してるからね。いくらおじいちゃんでもそう簡単には負けないよ」

「小童が、小生意気に育ちおって」

 

 じじいと孫のポケモンバトルねー。

 未だ現役で校長をやってるあたり、昔のままの実力なのだろう。いや、一つ違うな。プラターヌ変態博士がメガシンカを提唱している。あの時とではメガシンカについての理解もまた違うだろう。はてさてどうなることやら。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 俺たちがカロスに初めて来た時にユキノシタとバトルしたフィールドへと皆で移動。

 いやー、まだあれから一ヶ月くらいしか経ってないんだよなー。

 すげぇ懐かしく思えるんだけど。

 

「ここに来て初めてあなたとバトルしたのは今でも鮮明に覚えてるわ」

「ま、人は負けた時の方が記憶に残りやすいからな。俺やお前は負けるより勝つことの方が多いわけだし」

「それは言えてるかもね。ただ、あの時オーダイルを出していたらどうなっていたのかしらって思う時があるのよ」

「んな変わらんだろ」

「ねえー、お兄さん。あっちのお姉さんは強いの?」

「んー、どうだろうね。俺も今のイロハがどこまでできるのか知らないからね。でも、みんなもトレーナーになればいつかきっと強くなれるよ」

「あ、あたしも! あたしも強くなれる?!」

「う、うーん、どうだろうね」

 

 横にいるユキノシタとやりとりをしていると、離れたところではハヤマたちが子供たちの質問攻めにあっていた。

 

「あいつ、バカだろ………」

 

 ユイガハマのバカっぷりに嘆いていると、ふと反対側にスクール生の女の子がやってきた。

 黒の長い髪を靡かせ、フィールドをじっと見ている。

 

「ほんと、バカばっか……」

「……まぁ世の中は大概そうだ。早く気付けて良かったな」

「あなたもその『大概』でしょう」

「あまり俺を舐めるな。大概とかその他大勢の中ですら一人になれる逸材だぞ」

「そんなことをそこまで誇らしげに言えるのはあなたくらいでしょうね。呆れるを通り越して軽蔑するわ」

「通り越したら尊敬しねぇか、普通」

「………」

 

 なんでこうユキノシタとの会話は脱線ばっかするんだろうか。

 可哀想に、この子置いてけぼりだぞ。俺たちが置いてってるんだけど。

 

「………名前」

「あ、名前がなんだよ」

「名前聞いてんの。普通さっきので伝わるでしょ」

「人に名前を訪ねる時はまず自分から名乗るものよ」

 

 ジロリと一睨み効かせる。

 おかげでちょっと萎縮しちまってるじゃねぇか。

 子供相手に大人気ないな。

 

「………、ツルミルミ」

 

 ツルミ………、まさかな。

 

「私はユキノシタユキノ。そこのはヒキ……ヒキガ………ヒキガエルくんだったかしら?」

「おい、こら。なんでここで会った時のことをまた繰り返してんだよ。いい加減忘れろよ。………ヒキガヤハチマンだ」

「ん? なに? どったの?」

 

 何かを嗅ぎつけてきたユイガハマが顔を覗かせた。

 ほんとこいつポチエナみたいだな。

 

「で、これがユイガハマユイな」

「あ、ツルミルミちゃんだよね? よろしくね」

 

 あれ? なんでこいつ名前知ってんの?

 やっぱりそういうことなのん?

 

「…………」

 

 俺たち二人をじっと見たかと思うとルミが口を開いた。

 

「なんかそっちの二人は違う気がする。あの辺の人たちと」

 

 それはハヤマたちのことを指しているんだろう。

 確かに違うっちゃ違うが。

 

「私も違うの。あの辺の人たちと」

「違うって? 何が?」

 

 ユイガハマが聞き返すとルミは続けた。

 

「みんなガキなんだもん。だから一人でもいっかなって」

「で、でもスクールの時の友達とか思い出って結構大事だと思うんだけどなぁ」

「思い出とかいらない。どうせ、今年で卒業しちゃうし。そしたら………」

 

 天井を見上げて小さくそう呟いた。

 だがその小さな希望をユキノシタは砕いた。

 

「卒業までの辛抱、ね。ある意味それが妥当かもしれないけれど、他の子達はすでにポケモンをもらっている子もいるのでしょう? 卒業してからも旅に出たと知ればまた絡んでくるでしょうね。先輩トレーナーの言うことは聞くもんだとか言って」

「やっぱりそうなんだ。ほんとバカみたいなことしてた」

 

 何かを諦めたような物言いにユイガハマが再度尋ねる。

 

「何があったの?」

「誰かをハブるのは何回かあって………。けどそのうち終わるし、そしたらまた話したりするの。いつも誰かが言い出してなんとなくみんなそういう雰囲気になんの。そんなことしてたらいつの間にか私がなってた。最初は先にポケモンをもらってた子がハブられてたはずなのにいつの間にかもらってない子がハブられるようになって、今は私…………。ほんとバカみたい」

「……………ポケモン、もらってないのか?」

 

 聞いた限りではポケモンをもらってしまえば済むような話のようにも聞こえて来る。

 ポケモンを持っていないからハブられる、そんな風潮が広がっているのだろう。だが、それくらいこいつだって分かっているはず。

 

「………いるよ。ハブられるようになった頃に懐かれた子が」

「ならそれをみんなに見せたら………」

「無駄だよ。今度はこの子が原因で悪化するだけだから。私もそれだけは避けたいの。ポケモンは人間以上に人間の感情に敏感だから」

 

 確かにポケモンは人間の感情には敏感である。

 ポケモンはトレーナーに似ると前にもイッシキに言ったように、ポケモンというのは俺たちが思っている以上に感じ取ってしまうのだ。そして影響されて性格も変わっていく。言うなればトレーナーが好きなものはポケモンも好きになっていったりするのだ。

 

「見せられないポケモンって…………」

「言えない…………どうせ驚くから」

「ま、それだけ意外性を持ったポケモンを持ってるってことか。なるほど、確かにそれは危険だわな」

 

 誰もが驚いて見せられないようなポケモンか。

 伝説のポケモン、なんてな。

 

「あ、そろそろ始めるみたい。ルミちゃん一緒に見よう」

 

 コクっと首を縦に振って俺たちのところから離れる気はさらさらないみたいだ。

 

「ルールを確認する。使用ポケモンはイッシキの方に合わせて四体。技は四つまでとする。交代はなしだ」

「準備オッケーですよー」

「うむ、よろしい」

「では、バトル始め!」

 

 ヒラツカ先生の合図でバトルは開始された。

 向こうではきゃっきゃはしゃぐ子供達。

 こっちとは随分温度差があるように思えてくる。まあ四人しかいないからな。コマチもトツカもあっちで子供の相手をしてるし。

 ザイモクザ?

 あいつは一人後ろの方で見ているぞ。

 

「クロバット」

「ヤドキング、いくよ!」

 

 まずはクロバット対ヤドキングか。

 タイプ相性で考えるとヤドキングの方が有利ではあるが。

 

「最初から儂のポケモンでくるか」

「隠す気なさそうだからおじいちゃんって呼ぶけど、ヤドキングは私の最初のポケモンでもあるから」

「ほっほ、なればよし。クロバット、シザークロス」

「ヤドキング、サイコキネシス!」

 

 ふっ、やっぱりあのクロバットは動きが違うな。

 速さが格段に違う。

 ヤドキングのサイコキネシスも意味をなしていない。

 

「……どういうこと?」

「あ、なにがだよ」

「………今のこそ分かるでしょ。あの女の人の言ってる意味を聞いてるの」

「ああ、あいつのヤドキングは元はあのじじいのポケモンなんだよ。で、あのヤドキングはイッシキが卒業試験でお試しバトルかなんかで使ったらしいんだわ。だから最初のポケモンってことなんだろ」

 

 ルミがキョトンとした顔で俺を見上げてきた。

 何故俺に聞く。

 

「ふーん、そんなのあるんだ」

「俺に聞くな。俺はやってないからな」

「そうね、あなたは先に逝ってしまったものね」

「おい、やめろ。今絶対字が違っただろ。まだ生きてるからな」

「イロハちゃん勝てるかなー」

 

 なんて言っている間にクロバットが旋回して続けてシザークロスを打ち込んでいた。だが、今度はまもるで対応し、その場をしのいでいた。

 ヤドキングが使える技は後二つか。

 

「あの人って強いの?」

「初心者にしては桁外れの強さだな。さすがあざといだけはある」

「………私ならまだ勝てる相手かな」

「……………」

 

 さて、この少女に突っ込むのはやめておこう。

 もう多分言い出したらキリがなさそうだ。

 

「トリックルーム!」

 

 早速使ってきたか。

 もうイッシキも形振り構わずやるしかないと思ったのだろうな。じゃなきゃあのじじいは倒せないし。これでも倒せるか分からないくらいだ。それくらいあのじじいは中々の曲者である。

 

「サイコキネシスで地面に叩きつけて!」

 

 今度はトリックルームにより動きが逆転された空間にクロバットを閉じ込めたことで技の発動に成功した。

 そして、地面へと叩きつけた。効果は抜群ってな。これで倒せるといいんだが。

 

「とんぼがえり」

 

 やはり逃げる手があったか。

 

「あっ!?」

 

 ドリルのように身を捻り回転を加えながら(俺のトルネードみたいなもんだな)ヤドキングへと体当たりをかました。そしてぶつかった衝撃で後ろに下がる力を利用して、ボールの中へと戻っていった。

 トレーナーの意思で交代をしているわけではないし、しっかりと技の効果によるものだからルール違反ではない。

 

「ロコン」

 

 代わりに出されたのは白いロコンだった。

 色違いか何かだろうか。色違いを見たことないからさっぱり分からん。

 というか校長ってキュウコンの方を連れてなかったか?

 

「フリーズドライ」

 

 はっ?

 ロコンがフリーズドライ?

 はっ? えっ? どゆこと?

 

「ヤドキング!?」

 

 急所にでも入ったのだろうか。

 身を屈めて苦しんでいる。

 

「効果抜群な上に急所かよ」

「ねえ、それよりも」

「ああ、俺にもさっぱりだ」

 

 ロコンはほのおタイプのはずだろ?

 一体全体どうなってんだ?

 こおりタイプの技を使うとか聞いたことがないぞ。

 

「ロコンってこおりタイプの技も覚えるんだねー」

「いや、そんなはずは……………」

「ええ、私が知っている限りではロコン、キュウコンはこおりタイプの技を覚えないわ」

「………そういえばお母さんが言ってたよ。おじいちゃんがアローラってところにバカンスに行ったって。その時にこっちでは珍しいロコンを捕まえてきたって」

「ほっほ、うちの娘も口が軽いのう。だが孫娘の持っている知識が広いことは喜ばしい限り。もっとじじいを楽しませておくれ」

「かえんほうしゃ!」

「儂が覚えさせとらん技ときたか。ロコン、躱してほえる」

 

 じじいの言葉に白いロコンはかえんほうしゃを躱そうとしたがトリックルームの中では上手く躱すことができなかったようだ。そのまま炎に包まれたが、それでも「ロォオッ!」と吠えた。

 今度はヤドキングの方が強制的にボールへと帰っていく。

 そして勝手に出されてきたのは運の悪いことにナックラー。

 フリーズドライを使うポケモンを相手に勝てるとは思えない。

 

「すー………はぁー……………、よし! こおりタイプが相手だってこっちは負けないよ! ナックラー、がんせきふうじ!」

 

 多分これまで俺たちが使っていたために覚えたのだろう。

 ナックラーが岩を纏い始める。

 だが、がんせきふうじは当たれば相手の素早さも下げることになる。トリックルームの意味をなくそうとしているのだろうか。

 

「こおりのつぶて」

 

 ふっ、なるほど。

 岩の数だけ氷の礫ってか。

 相殺目的で技を出してくるとは。

 

「もう一度がんせきふうじ」

 

 だが、いつの間にかロコンの後ろに移動していたナックラーが今度こそ打ち出した岩々を当てきった。

 これで素早さは下がっただろう。

 上手くトリックルームを使いこなしていやがる。

 

「ぬう、やるのう。この一ヶ月で何がここまで育てたのやら…………」

 

 とか言いながら俺を見るのやめてくれませんかね。

 距離があるとはいえ、バレバレなんですけど。

 

「ふふん、伊達に元チャンピオンズの元にいるわけじゃないからね。ナックラー、じならし!」

 

 またしても追加効果で素早さを下げてきたか。

 ほんとイッシキはやりにくい相手だわ。

 技の威力よりも追加効果の方に重きを置いている節があるため、それが連続で繰り出されてしまえばあいつの方が有利になってしまう。

 気づいた時にはもう遅いってことになりかねない、そんな怖さを潜めているのだ。

 あざといというか匠というか。

 

「あ、すまん。ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

 ま、こんだけ見れたらもういいかな。

 続きを見たい気もするが、予定外にもカントーからの来客がたっぷりときてしまってるからな。当然博士もあっちにつくことになるだろう。

 今はいないが、はてさてどこに行ったのやら。

 

「あら、お花摘みにいってくるとかは言えないのかしら?」

「俺が言ったらお前らキモイとか言うだろうが」

「全くその通りだから何も言えないわ」

「嬉しくない言葉をありがとうよ」

「あ、じゃあ、この続きホロキャスターで撮っておいてあげるね」

「あ、マジで。ならよろしく」

 

 何かを察したユイガハマが俺が続きを見たがってると踏んだのか、そんな申し出をしてきた。

 俺はそれに甘えることにして、トイレという名の博士の部屋へと向かった。

 あそこにいないってことは今は一人だってことだからな。

 あっちの奴らに聞かれても困るような内容だし、今しかチャンスがないんだろうよ。

 




はい、というわけでルミルミ登場回でした。
それと校長はイロハの母方の祖父でした。


原作の林間学校から修学旅行という事にさせていただきます。
これならまあ、いけるでしょう。内容もなぞる程度でアレンジしていきますんで。




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49話

 イッシキたちのバトルから抜け出して、事の真実を聞くために博士の部屋へと向かった。

 何となくで歩いてきたけど、案外覚えてるもんだな。

 

『ぼ、ぼくの後ろに映っている様子が見えてますか!? これは劇でも映画でもありません! アサメタウンで今、現実に起こってることなんです!』

 

 博士の部屋に近づくにつれ、ヒラツカ先生から送られてきた動画の声の主と思しき音声が聞こえてくる。

 

『博士!! プラターヌ博士!! これ……ブツン!!』

 

 部屋の前までたどり着くとどうやら丁度動画は途切れたようだ。

 あの少年(仮)は動画を二度も送りつけてきていたのか………。

 

「これがメールで送られてきた動画、先日のアサメの騒動の現場にいあわせた少年が撮って送ってくれたんです。 おどろきでしょう! 本当に映っているんです!! あのゼルネアスとイベルタルが!!」

 

 ッッ!?

 なん、だと………?

 ゼルネアスにイベルタル……………?

 まさかあの動画にも映っていたポケモンの脚先もカロスの伝説のポケモン、ゼルネアスかイベルタルのものだというのか?!

 

「原因を調べるためにも貴重な映像です! たまたま持っていたホロキャスターを使ったようなのですが……」

 

 ホロキャスターね。

 どんな時でもお役立ちってか。

 

「そういえばホロキャスターはあなたが開発したんですよね! ある意味、あなたのおかげだと言えるかも!! 世の中に役立つものをたくさん開発されている! あなたは立派だ、尊敬しますよ!! フラダリ氏!!」

 

 フラダリ…………だと!?

 なんで奴がこんなところに来ているんだよ。

 今度は一体何を企んでいるというんだ?!

 

「どう思われます? フラダリ氏! この映像! あなたならばこそ、なにか気づいたことはありませんか?」

 

 つか、なんかいつもより熱く語ってね?

 暑苦しいわ………。

 

「もう一度見せてくださいますか? プラターヌ博士」

「もちろんですとも」

 

 言われて博士は動画を初めから再生し直した。

 俺もドアの隙間から覗き込むと、俺たちが見た動画が流れていた。

 やはりあの少年の声である。ガキのくせにでかい収穫をしたもんだ。

 そして、後半に差し掛かると俺もまだ見ていないところが流れた。輝く大きな角を持つ青いポケモンと赤黒い鳳のポケモン。赤黒い方は見るからに『破壊』を連想させてくる感じである。多分あっちが破壊ポケモン、イベルタルなのだろう。となると、角がゼルネアスか。

 

「見た限り2匹は同時に出現し力も互角。伝説の中でも『対なる存在』として語り継がれていたのでわたしもそう理解していたのだが……」

「ほう、違いますか?」

 

 動画は切り替わり、逃げるイベルタルを追うゼルネアス。

 

「この植えこみを見ていてください。ここでイベルタルの尾が触れます」

 

 フラダリはこの部分に注目し、注視を促す。

 

「あ! 枯れた!!」

 

 博士の言うようにイベルタルが通ったところの草は一瞬で枯れてしまった。

 なるほど、これがこの前ザイモクザが言っていた話の能力というわけか。確かに『全てを覆い尽くし朽ちらせる破壊ポケモン』だな。

 

「そしてここをゼルネアスが通ると……」

「なんと! 一瞬で緑が生い茂った!!」

 

 で、こっちは一瞬にして生い茂るってか。

 はっ、よくできた対なる存在じゃねぇか。

 命を分け与える生命ポケモンらしい能力だこと。

 

「そうなのです。イベルタルは生命を『奪う』、ゼルネアスは生命を『与える』のでは」

「奪うポケモンと……、与えるポケモン………!!」

 

 フラダリに言われてようやく何かにピンときたようだ。

 俺たちに説明してた時のことでも思い出したのだろう。

 

「そうか……!! 2匹がこの真逆の性質を持つからこそ今回の事件が起こったと考えられますね! あなたに見てもらってよかった!!」

「この映像、コピーしていただくことはできませんか?」

「もちろん! ジーナ、デクシオ!」

 

 おっと、やべっ!?

 博士の助手たちが来るじゃん!

 取り敢えずドアの陰にでも隠れよう。

 

「お呼びですか?」

「博士」

 

 ジーナとデクシオという二人の助手は俺に気づくことなく、部屋の中に入っていった。

 

「すぐにコピーして、フラダリ氏にお渡ししてくれ!」

「「わかりました」」

「申しわけありませんが、僕は次の予定がありまして……」

「お忙しいところおじゃました」

 

 申しわけなさそうに博士は先の予定が組まれていることを伝えるフラダリもソファーから立ち上がった。

 

「この世界はもっとよくならないといけない! そのために選ばれた人間、選ばれたポケモンは努力しなければならない! わたしはそう考えている!」

 

 ぐぐぐっと拳を握って力強く続ける。

 

「われは求めん! さらなる美しい世界を!」

 

 なんてかっこいいセリフなんでしょうねー。

 どこにでもいる悪人にしか見えてこねぇわ。

 考え方から見た目までもヤバイ人だな。

 正直関わり合いたくない輩だわ。

 

「またいろいろ教わりに来ます!」

「遠慮なくいつでも!」

 

 博士も上手く騙されてんなー。

 けど、今俺が指摘したところで信じるとは思えないし。

 それすらもフラダリの思う壺なんだろうが。

 

「あれ………? ハチマンくん」

「よ、よお、ちょっと聞きたいことあってきたんだが先客がいたんで………」

 

 部屋の中から出てきた博士に見つかってしまった。

 そりゃもうバッタリと。

 

「シズカくんに送ってもらったメールを読んでくれたようだね」

「ああ、まあ。やっぱり事実だったんだな」

「うん、僕も嘘かどうか最初見た時は判断できなかったけど、でもトロバっちの……ああ、あの声の男の子ね。あの子の必死さからこれは事実だと踏んだよ」

「ゼルネアスとイベルタル。対なる存在の千日戦争…………か」

「なんだ聞いてたのかい? 後半の方の動画はまだちゃんと見せてなかったよね。僕は今から取り敢えずカントーから来てくれたトレーナーズスクールのみんなに挨拶してくるから。後でね」

 

 それはまあ後からでいいんだが………。

 

「あ、ああ………って、待て。今イッシキと校長がフィールドの方でバトルしてる。行くならそっちだ」

「あ、ありがとう!」

 

 プラターヌ博士は言いたいことだけ言って早々と俺が来た方へと行ってしまった。

 うーん、この部屋の中にはフラダリがいるわけだが…………。

 

「ふっ、君は本当にわたしの匂いを嗅ぎ付けるのが上手いな」

「………背後から気配を消して出てくるのはやめてもらえませんかねー、フラダリ氏」

 

 ぬっと背中に悪寒を走らせてくるので、嫌味を効かせて言い返す。

 

「で、なんであんたがこんなところに来ているんだ? このまま捕まえろってことなのか?」

「ふっ、何を言う。わたしはただアサメで起きた事件について調べているだけだ」

「よく言うわ。あんたらフレア団が引き起こしたくせに」

「問題はそこではない。伝説のポケモンについてだ。誰がやったかなんぞ、ハチ公殿くらいしかまだ嗅ぎつけて来てないさ。心配無用」

 

 俺以外誰も、ね。

 ただ一人知っていたとして、それを誰も信じないってか。逆に変な疑いをかけて追放されると。

 なるほど、俺にとっては四面楚歌だと言いたいわけか。

 

「おいおい、それがハヤマに嘘の情報まで流して牽制しようとした奴が言うセリフかよ。俺の存在を重く見てるのはどこのどいつだよ」

「念には念をいれるのは基本だろう」

「なら、念には念をいれて三鳥を呼び出したってのか?」

「うん? それは何の話だ?」

 

 訝しむように俺を見てきた。

 こいつマジで知らないのか?

 

「はんっ、知らないってか。それならそれでいい。あんたらが関わってないならどうでもいい話だ。実際俺も詳しく覚えているわけじゃないし、判断の下しようもない」

「ハチ公殿もお忙しいようだな」

「誰の所為だと思ってやがる」

「それは君が悪いに決まってるだろう。知らぬ存ぜぬの顔をしていればいいものを」

「普段はそうしているさ。だが今回は妹に危険が及ぶ可能性があるからな。動かない理由がない」

「兄妹愛か。美しいものだ」

「何が美しい世界だ。全てを壊そうとしてる奴が美しいもクソもあるかよ」

 

 最終兵器でドカンと一発打ち込もうとしてる奴が言うなよ。

 

「そもそも伝説のポケモンを呼び出して何するつもりだ」

「企業秘密だ。わたしがそこまで教えるわけがなかろう」

「花の蕾は見せたくせに」

「見たところでどうにもならないものは見せようが見せまいが問題はない。だが、こと計画に関しては君は邪魔な存在だからな。……ふっ、今後も身の安全に気をつけるがいい」

 

 オレンジ髪のカエンジシヘアーの男はコツコツと革靴を鳴らして帰って行った。

 マジで腹立つわー。

 いつか絶対潰れろ!

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 思わぬ再会を済ませ、みんなの元へと戻るとまだバトルをしていた。

 

「あ、おかえり」

「長かったわね」

「まあ、色々あったんだ………」

 

 暗に聞くなと申し立て、状況の確認をしていく。

 

「で、どうなったんだ?」

「撮ってるけど、まあいっか。あのね、ヒッキーが出て行った後トリックルームがなくなってね、イロハちゃんがナックラーでロコンの方は倒したんだけど、次に出してきたキュウコンのエナジーボールを一発くらってやられちゃった」

「その後に出てきたヤドキングもよくやったのだけれど、曲者のキュウコンには敵わなかったようね。サイコキネシスでダメージを与えたけれど、先に蓄積していたダメージが大きかったようだわ」

「で、次がモココってわけか」

「うん、でも一方的に押されてるかなー」

 

 なるほどな………。

 ま、さすがキュウコンといったところか。

 俺たちも追いかけられたもんな。このバカのせいだけど。

 

「モココ!?」

 

 ユイガハマの言う通り、モココが押されているようだった。

 で、その相手というのが未だ居座る曲者キュウコン。

 あれは前から連れている方の普通のキュウコンなのか。

 となるとマジであの白いロコンはアローラとかいうところの珍しいロコンなのだろう。

 後で調べておこう。

 

「……全く手加減ないんだから」

「手を抜かぬのが儂の流儀でな」

「モココ、エレキネット!」

 

 炎を纏うキュウコンの足元に向けて電気の通った糸を飛ばした。痺れをもらったキュウコンの足は次第に止まり始め、かえんほうしゃで撃ち飛ばしたモココの体への突進を強制的に諦めさせらてしまった。

 こうなってはイッシキの独壇場といったところか。

 

「パワージェム!」

 

 キュウコンに対していわタイプの技か。捕まえた時には覚えてなかったはずなんだが………。

 

「………イッシキさんはあなたの背中をよく見ているもの。使えそうなものはどんどん試していってるわ。あなたは知らないでしょうけど」

 

 なんでお前が知ってるのかが知りたいぐらいだわ。

 

「キュウコン、戦闘不能!」

「ほっほ、キュウコンも倒されおったか。ついこの間まで旅にも出たことのなかった小娘がよもやここまでくるとは…………」

「これで二対二。モココ、このままいくよ!」

「なれば儂も本気と行こうかのう。フーディン!」

 

 ついに来たか。

 テレパシーで命令する厄介な相手だ。

 さすがにイッシキでもこの組み合わせには勝てるはずがない。

 

「モココ、エレキネット」

 

 もう一度電気の通った糸をフーディンに飛ばしていく。だが、校長とアイコンタクトを取るとするすると糸の間を掻い潜って、モココの目の前まであっという間にたどり着いてしまった。

 

「やばっ! ほうでん!」

 

 電気を撒き散らすように放電を始める。

 所構わず撃ち付けられる電撃はフーディンをも捉えた。

 

「ーーーーーーー」

 

 老ぼれの命が下されたのだろう。

 途端にサイコキネシスで電撃を抑えてしまった。

 そして、再び校長とアイコンタクトを取ると抑え付けていた電撃をモココの方にへと跳ね返した。

 エスパータイプが本気を出すとあそこまでできるようになるんだよな………。

 熟練トレーナーのエスパータイプは要注意だわ。

 

「モココ!? …………えっ?」

 

 や、うん、えっ? だな。

 いきなりモココが白い光に包まれちゃったんだけど。

 

「………ここで進化」

「捕まえてまだ三日しか………」

「すでに進化のエネルギーは蓄えられていたってことだろ」

 

 なんつータイミングだよ。

 まさか進化を読んでじじいの戯言に付き合っていたとか?

 それだったらコマチといい、規格外すぎるだろ。

 

「デン………リュウ…………………進化した」

 

 あ、そういうわけではなかったらしい。イッシキにとっても進化は予想外だったみたいだわ。

 

「ほっほ、よい! これぞバトルの醍醐味と言えよう」

 

 じじいもすげぇ嬉しそうだな。

 ああいうのに限って孫には甘かったりするのかね。

 まあ、自分のポケモンを贈るくらいには甘々だったな。

 

「リュウーッッッ!!」

「ッッッ?! デンリュウ、シグナルビーム!」

 

 雄叫びを上げたデンリュウに毛が逆立ったようにイッシキの眼光が開かれた。

 いくら要注意のエスパータイプと言えどポケモンである。弱点となるタイプももちろん持ち合わせているさ。その一つがむしタイプ。イッシキが出した判断は賢明と言えよう。

 だが、それは相手が普通のフーディンだったらの話。今は校長が相手だ。シグナルビーム程度の攻撃じゃ、多分…………。

 

「いやー、やっぱすげぇな、あのフーディン」

 

 両手に持つスプーンの反りを活かしてシグナルビームの角度を変えてしまった。

 

「デンリュウ、ほうでん!」

 

 バチバチと火花が散る音とともに電撃を乱射していく。

 

「ゴー!」

 

 かと思うと、砂の中に含まれている砂鉄を電気で集め始めやがった。次第に砂鉄は剣へと変わっていく。

 このフィールドに砂鉄まで含まれてたことにびっくりだわ。

 

「マジでどこのミコっちゃんだよ…………」

 

 お前ら、学園都市にでも行くつもりなのん?

 

「ほっほっほ、よい! 実によい! 我が孫娘ながら粋なことをする! フーディン!」

 

 ん?

 今何かしたのか?

 いや、したよな………。

 あんな声を張り上げてまで命令を出すのなんて見たことない気がする。

 

「いっけぇぇぇえええええええっっ!!!」

 

 デンリュウによって作り出された何本もの砂鉄の剣がフーディンに向けて発射された。

 フーディンは一瞬校長を見たかと思うと、自分の周りに壁を作り出した。砂鉄の剣はその壁に阻まれ脇へと逸れていく。まさに防壁である。

 だが、その逸れていった砂鉄の剣が地面に綺麗に刺さったのが気にはなる。

 

「デンリュウ、今だよ!」

 

 何かの陣を作り出したかのように配置された砂鉄の剣から糸が伸び始めていく。

 伸びた糸と糸が絡み合い、網目状になっていく。

 そうして出来上がったのは、フーディンが作り出した防壁ごと覆い尽くすエレキネットだった。

 

「ほうでん!」

 

 手元に残った一本の糸に電気を送り込んでいく。糸の先はドーム状に出来上がったエレキネット。破壊力抜群である。

 

「過激なパフォーマンスだな」

「なんかイロハちゃんじゃないみたい………」

 

 いんや、どんどんあいつらしくなっていってると思うぞ。

 限られた技の中でこんだけのパフォーマンスができれば上等だろ。

 網目状の糸に送られた電撃はフーディンが作り出した壁を壊していく。貫通して中にまで潜り込んでいっているところもある。

 しかし、じじいが何もしてないと思うのはバカな奴だ。あの老いぼれが何もしていないはずがない。

 

「ほっ」

 

 ふと校長が息を吐いたかと思うと、デンリュウの背後から何かが撃ち出された。

 何かではない。ポケモンの技だ。

 そしてあれはなんてことはない普通のみらいよちである。

 

「………はっ!? デンリュウ!?」

 

 声を上げることもなくその場に崩折れていくデンリュウ。

 イッシキは一瞬何が起こったのか理解できなかったようで反応に遅れていた。

 

「ほっほ、儂らを舐めちゃいかんよ」

 

 サイコパワーで身の回りにある何もかもを弾き飛ばしたフーディンが姿を見せた。

 なるほど、あの壁にはそういう意味があったのか。

 

「剣は壁で、電気はサイコ、待つは予知ってか………。相変わらず恐ろしいじじいだな」

 

 あんな感じのやり方でゲンガーにだいばくはつされたもんな。

 曲者というかもう化け物だわ。

 

「デンリュウ、戦闘不能!」

「くっ…………」

 

 うわー、めちゃくちゃ悔しそう。

 あんな顔滅多にしないのに。

 なんか今日は荒れそうだな。

 

「デンリュウ、お疲れ様…………」

「ほっほ、見事な一興であった。儂も心が跳ねておる」

「フーディン…………手強い相手だけど、テールナー! 盗みにいくよ!」

 

 あー、なんかいつものあざとさなんか思いっきり忘れてるバトルモードに入っちゃってるよ。

 こうなると何思いつくか分からんのが怖い。

 

「最後はカロスのポケモンかの」

「すー…………はー……………、テールナー、ニトロチャージ」

 

 低い声で言われたテールナーは炎を纏い始め駆け出した。

 ここでニトロチャージだと?

 マジで最初から何を考えてるのかさっぱり分からん。

 確かにフーディンの防御力は低い。だが、それも技が当たればの話。フーディンの恐ろしさはまずサイコパワーにより懐に潜り込めないところなんだぞ。

 それをイッシキは分かっているのか…………?

 いや、分かってはいるはず。あのあざとい奴が知らないわけがない。ならやっぱり何か策があるとでも言うのだろうか。

 

「ほっ」

 

 校長の一息でフーディンは軽々と躱した。

 だが、テールナーに止まる気配はない。

 すぐに切り返したかと思うと、再び炎を纏ったままフーディンへと突っ込んでいく。

 ふむ………ニトロチャージねぇ。

 

「今度はサイコキネシスで止められたわ」

 

 ユキノシタの言う通り、テールナーは超念力でガチガチに止められていた。その目は何が何でも走ろうという目をしている。

 一体何が目的だって言うんだ?

 

「テールナー」

「テー、ナーッッ!!」

 

 イッシキの一声でテールナーはサイコキネシスを強引に破り、再度フーディンへと突っ込んでいく。

 これには校長も驚いたようで糸目を見開いていた。

 

「フーディン!」

 

 今度は躱すのではなく壁を貼って対応してきた。体当たり系を防ぐ方だから、ありゃリフレクターだな。さっき使ったのもリフレクターだったのだろう。

 

「テールナー」

 

 またしてもイッシキはテールナーを小さく呼びかけるだけ。

 ただそれだけだが、テールナーは纏う炎の勢いをさらに増してきた。

 そしてくるりと身体を回し、壁を通り越す。そのままフーディンに突っ込んでいくのかと思いきや、今度は周りを走り出した。ただ走る度に炎の勢いが増している。

 フーディンは目で追いかけていくが、段々と嫌になってきたのか真っ直ぐ前を向いたかと思うと目を瞑った。

 

「…………すごい……」

 

 ふと俺の横から小さな声が聞こえてくる。

 確かにすごい。

 だが、まだ校長は本気を出していない。あの人にはまだアレがある。

 

「ほっ」

 

 コツン! と。

 校長が珍しく杖を鳴らした。

 だがそれが合図だったのだろう。

 フーディンが空間すべてをサイコキネシスで覆い尽くした。

 前にユキノシタがクレセリアにやらせてきたものと全くの同じものだ。

 俺たちの体の自由まで掌握されてしまっている。

 

「ほっほ、さすがにこれ以上は好きにはさせんよ。いくら孫娘であろうとな」

「………ほんと、私の周りにいる人たちって強さの桁が違うなー」

 

 テールナーが吹き飛ばされていく。

 

「うむ、なんせ我がスクールの黄金世代でもあったからのう」

 

 え? そうなの?

 そんなの初めて聞いたんだけど。

 

「だよねー。いろんなことを盗めるから面白いけど」

「よろしい。そうでなければ旅の価値ものうて」

 

 ん?

 

「でも、こんだけいたらおじいちゃんとバトルする必要もなかったのも事実なんだよねー。先輩とか全く底が見えないし」

 

 なんか、その………。

 

「ほっほ、それは然りじゃ。儂ですらまだ手を出したことのないところに弱冠十一歳で手を出しておったからのう」

 

 テールナーが震えてるような気がするんだけど。

 

「けど、それでもおじいちゃんとのバトルを受けたのはちゃんとこっちにも利点があったからだよ。それをちゃんと出してもらわなきゃ。デンリュウの進化は予想外だったけど」

 

 あれ?

 

「ならば儂にそれを出させてみよ」

「ふふんっ、それじゃ遠慮なく」

 

 イッシキがニタァと怪しい笑みを浮かべる。

 あの笑顔はマジでえげつないこと考えてる時のやつだわ。

 俺の背筋がピリピリしてるもん。

 

「テールナー、ーーー進化」

「テー、ナァァァァアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 はっ?

 マジで?

 あいつやっぱポケモンの進化のタイミングが読めるようになってたのかよ。

 いやいや、デンリュウの時は「えっ?」て顔してたし………。

 テールナーだからか?

 

「ワンダールーム」

 

 新たにイッシキは部屋を作り出し、フーディンと一緒にテールナーは閉じこもった。

 ワンダールームは防御力の入れ替えだったな。今度はちゃんと覚えてるぞ。

 あの部屋がある限り、フーディンの物理的な防御力は高くなっているのか。だが逆に言えば遠距離からの飛び技は効果的である。

 

「進化、しちゃった………」

「………」

「な、なんだよ」

 

 なんか俺を見上げてくる少女がいるんだけど。

 

「ほんと、ばっかみたい」

 

 それは何に対してなんだ?

 

「ほっ」

 

 コツンと鳴らされた杖を合図にフーディンは黒いエネルギー体を作り始める。

 あれはシャドーボールか。

 ということはあのポケモンのタイプも知っているということか。

 そういえばダークライについても知ってるみたいだったし、意外と世界中のポケモンを知っているのかもしれんな。

 

「打ち返して」

 

 それだけでテールナー………じゃなかった、あれは確かマフォクシー? だったか?

 名前がなんだったか覚えてないけど、進化した姿のテールナー(こっちの方がしっくりくるな)は口から炎を吐いて、それをサイコパワーで壁へと作り変えた。

 そこに撃ち出されたシャドーボールが吸い込まれていく。

 その間、奴は尻尾にさしていた木の棒の炎を眺めていた。

 

「マフォクシー」

「フォック!」

 

 両者の技が相殺されるとマフォクシー(イッシキがそう言ってるし合ってたみたいだ)は一瞬にしてフーディンとの距離を詰めた。現れたのはフーディンの背後。

 

「シャドーボール」

 

 早速コピーしてきたか。

 盗むと宣言しているあたり、フーディンを出してきた時点で目論んでいたことなのだろう。だからこそのニトロチャージであり、当然進化も過程に含まれていたというのが驚きではある。

 だが、ある意味イッシキらしいとも言える。

 こうして見ると校長の動きすら計算されているようで怖いな。

 

「フーディン、フルパワーじゃ!」

 

 危険を察した校長は即座にフーディンをメガシンカさせてきた。

 メガシンカとか一切入っていないが、実際に俺は見たからな。あれを言うということはあの姿のフーディンにする合図である。

 

「メガシンカッッ!?」

「………思い出したわ。確かヒキガヤ君とバトルしていた時に一度………」

「ああ、今にして思えばあの人はすでにメガシンカを操れてたんだわ…………。マジで曲者だな」

 

 進化のエネルギーを利用してマフォクシーのシャドーボールは打ち消されてしまった。

 だが当然、これがイッシキが望んでいた展開なのだろう。

 イッシキは俺と校長のバトルを実際に見ている。全てを見ていなかったとしても最後に使っていたメガシンカだけは見ているはずだ。そして、こっちに来てから俺やハヤマたちのメガシンカを見て、実際にコルニのルカリオともバトルをした。

 そんな出来事の積み重ねで校長、いや実の祖父の本気を直に体験したいと思ったのだろう。メガシンカしたフーディンを操るじじいの手腕をその目で見たくなったんだろうな。じゃなきゃ本人が隠しているのに態々自分が孫であることを公表したりしないだろ。隠してるつもりがあったのかは分からんけど。

 さっきのやりとりを思い出す限りではあまりそんな感じはしなかったような気もする。

 

「フーディン!」

「マフォクシー!」

 

 うっわ、イッシキの奴、もうテレパシーでの命令を取得しちゃってるよ。

 吸収力が半端ねぇな。

 

「二人ともシャドーボール………」

「マフォクシーは進化するとエスパータイプが加わるのよ。だからこれはエスパータイプ同士のバトルというわけね」

「そっか、だからシャドーボールなんだ」

 

 ようやくユイガハマは色々と合点がいったらしい。

 よかった…………そこまで馬鹿じゃなかったみたいだ。

 タイプ相性が分からないとか言われたら、俺間違いなく泣くな。

 

「……………」

 

 ゴクリと。

 次々と唾を飲み込む音が聞こえてくる、

 みんな緊張しすぎでしょ。

 

「どっちが、勝ったの………?」

「まず終わってすらない」

「えっ?」

 

 ユイガハマの疑問に答えてやると巻き上がった煙の中から五本のスプーンが飛び出してきた。次第にスプーンにはエネルギーが蓄えられていき、黒いエネルギー体が出来上がっていく。

 煙の中でも混戦しているのだろう。

 あっちではメラメラと炎が焚きついている。

 ともすれば炎を纏ったフーディンが煙の中から飛ばされてきた。そのままワンダールームの壁に当たり、壁ごと崩れ落ちていく。

 砂煙りは次第に全てが炎へと変化を起こし、中から黒い影が見えてきた。

 あれはマフォクシーだな。どうやら特性もうかが発動したらしい。ただ膝立ちをしているあたり、相当ダメージを負ったようだ。

 それを見た校長はコツンと杖を鳴らした。フーディンは五本のスプーンを操り、黒いエネルギー体を携えたままマフォクシーを取り囲む。

 

「………なんか無言のバトルって」

「ヒリヒリするわね」

 

 それな。

 お互いエスパータイプでテレパシーでの命令を取得していると手の内を読まれないようにこうなるよな。

 

「あっ」

 

 とうとうシャドーボールが撃ち出された。

 だがマフォクシーは体勢を変えない。いや、変えられないのだろう。

 いくらもうかが発動しているからといってキツイものはキツイ。

 

「マフォクシー!?」

 

 ようやく声を荒げたイッシキ。

 やはり先に上げたのは孫の方だったか。

 

「いやはや、我が孫娘といえど侮れんわい」

 

 余裕綽々と居座るフーディンが目を瞑った。

 その背後にはマフォクシーの姿があった。

 おい、いつの間に移動してたんだよ!

 でもこれはあれだな。最後の最後でやられるパターンだな。

 

「シャドーボー…………ッッ!?」

 

 最後の技を言い出す前にマフォクシーは今度こそ技を受けた。

 やはりみらいよちを用意していたか。

 シャドーボールが撃ち出されることなく、マフォクシーは地面に落ちていった。

 

「マフォクシー!?」

 

 さっきのが演技だったと分かるくらいに、こっちはガチな反応である。

 

「ふっ、マフォクシー戦闘不能! よって校長の勝利とする!」

 

 おいこら、騒ぐな、はしゃぐな、抱きつくな!

 耳がイカれるだろうが。

 もうね、みんな今のバトルの緊張が途切れたかのようにキャーキャー言っている。

 ほら、ここにも百合百合しく抱きついている百合ノシタと百合ガハマがいるし。

 

「はぁぁぁああああああ、負けちゃったー」

 

 マフォクシーをボールに戻しながら大きなため息をついた。

 こっちもようやく緊張がほぐれたらしい。

 

「おじいちゃん強すぎるでしょ」

「だがイッシキ、ほんと強くなったな」

「そりゃー、毎日盗み放題ですからねー」

 

 なんかフィールドにいる三人が俺を見てくるんだけど。

 え? 何話してんの?

 うるさくてよく聞こえない。

 

「はぁ………、今日は荒れそうだな」

 

 ああして応対してるけど、内心めっちゃ悔しんでるよなー。

 誰もいないところがあるといいけど………。

 

「…………」

 

 ふと横を見るとまじまじと三人を見つめる少女がいた。

 ま、まずはこっちを済ませるべきかもな。

 取り敢えず、あの人がアプローチしてくるのを待つか。



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50話

「マーベラス!」

 

 げっ、ついに出てきやがった。

 どこで見てたんだよ。

 俺たちが三人のものとへ行くと、どこからかプラターヌ博士が拍手をしながらやってきた。気配を消すのが超上手いからストーカーと思われるんだぞ。

 

「お二人とも、実にいいバトルでした。自分が託したポケモンがここまで成長してくれると僕も嬉しい限りだよ」

「ほっほ、すまんのう。急な話で」

「いえいえ、ポケモンに触れ合ってもらうというのも大切なことですから。僕もそのお手伝いができて何よりです」

 

 さすが大人。

 普段のオタクさを微塵も見せないとは。

 ポケモンについて語ってる時とか目がやばいからな。

 

「こちらこそ申し訳ない。先客があって少し予定が狂いましたよね」

「いんや、それは一向に構わんよ。こうして久々の熱いバトルができたからのう」

「みんなはどうだったかな。二人のバトルは。楽しめたかい?」

 

 博士が子供達に話を振った。

 誰かに言いたくて堪らなかった子供たちは口々に感想を言い始める。

 

「はい!」

「もうね、すごかったの!」

「モココが進化してテールナーも進化してね!」

「フーディンの姿も変わってね!」

「お兄さんたちに教えてもらいながらバトル見れたから面白かった!」

 

 などなど。

 聞き取れたのがそれくらいで、それ以外にもバトルの凄みを体で表現したり擬音語を使ったりして、もうよく分からない。

 取り敢えず、ウケはよかったみたいだ。

 

「それはよかった。二人の他にもここにはものすごいトレーナーが集まってるからね。聞きたいことは何でも聞くといいよ」

「じゃあね、私お兄さんとバトルしたい!」

「あ、俺も!」

「あたしも!」

 

 手が挙がっているだけポケモンを連れている子供がいるという証か。

 確かにこれだけいると逆にいない方が浮くな………。

 

「いいんですかね………」

「そうだね、少しくらいはいいんじゃないかな。でもその前に。お待ちかねの触れ合いタイムといこうか」

 

 ハヤマにウインクで返したところをしっかりとエビナさんに見られていたようで、鼻血を噴いて倒れやがった。

 それをミウラが介抱するというね。

 なんだこれ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 観察目的で飼育しているフロアに移動してからは、子供達は半野生化のポケモンたちと遊びまわっている。

 俺たちは所々に分かれてはしゃぐ子供達が危なくないかを見ているわけで。

 まあ、主にポケモンにやんちゃして攻撃されないかだけどな。

 

「ねえ、お兄ちゃん。さっきのマフォクシーがフーディンの背後に現れたのってどうやったの?」

 

 コマチと二人でぼーっと見ていると、ふと尋ねてきた。

 

「………あれはただの人間の視覚を利用しただけに過ぎん。マフォクシーはマジカルフレイムという技を覚えるんだが、それを使ったんだろうな。跪いたマフォクシーの姿を炎で作り上げ、シャドーボールが届く直前に自身と入れ替える。そして、ニトロチャージで素早さの上がっていたマフォクシーは一瞬にしてフーディンの背後に現れたように見えたってわけだ。けどあくまでもそう見えているのは人間だけだ。イッシキは校長の判断ミスを煽ったんだろうな。だが校長は、それすらも読んでいたんだわ。みらいよちのタイミングを合わせていたところを見ると、イッシキが勝てる可能性はほぼなかったと言える」

 

 俺も最初のニトロチャージを連発していたのにも理由があったということに、後になって気がついたからな。まさかそこからすでにあいつの策略が動いていたとは思いもしなかったわ。

 

「そう、なんだ………」

 

 コマチは勝つ可能性がないということに少し落胆した。

 

「けど俺は別にあいつの判断ミスだとは思ってないぞ。そもそもあのバトルで自分のポケモンを二体も進化させることができたんだ。しかもちゃんと進化したポケモンの特徴も理解していた。電気の威力が底上げされたデンリュウではリフレクターをも壊す力を引き出せたし、マフォクシーに至っては校長とフーディンみたいにテレパシーでの会話を会得していた。俺からしてみれば一度のバトルでそれだけのことができたんだから上等だと思うぞ」

 

 でもあいつはよくやった。

 校長にメガシンカを使わせたくらいだからな。

 並みのトレーナーだったらまずそこまで行くことはない。

 それほど、あいつの成長は著しいということでもあるが。

 

「………なんか評価高いね。どしたの?」

「どうもしねぇよ。ただ、急激な成長は先が見えないからな。お前といいイッシキといい、俺がいるうちに独り立ちできるようにしとかねぇと。まあ、もうそれも時間の問題のような気もするが………ただ、ユイガハマだけは俺にはどうにもできんのがな」

 

 マジでどうしようか………。

 いや、分かってるさ。あれが本当の初心者だって。コマチやイッシキが規格外なだけであれくらいが普通のペースだ。何もおかしいことはない。

 

「ユイさんは…………まあユイさんだし。それよりお兄ちゃんってなんかツルミ先生に好かれてない?」

「よく腹が痛くなって保健室で寝てたりしてたからな。ヒラツカ先生と同じくらいには接点がある。正しく言えばあの二人くらいしか接点がなかったとも言う」

「仮病を使って授業サボるとか………それに接点が教師だけって自分で言ってて悲しくないの?」

 

 あれま、バレてるし。

 そうだよ、段々と授業がつまらなくなって保健室で暇つぶしてたんだよ。ヒキガエルとか言われるし。

 

「別に悲しくもないな、こればっかりは。ヒトカゲ………というかリザードか、あいつを俺のポケモンにしてからはほとんど自主学習で学んでたからな。五年に上がる頃にはスクールの全ての過程を図らずも終わらせていたらしい。ただバトルの実践をやる特別講座を受けてなかったのが卒業できない理由だったんだとか」

「………そんな話、聞いたことないんだけど」

「そりゃ、言ってないからな。俺もヒラツカ先生に言われるまで知らなかったくらいだし」

 

 聞くまで教えてくれないのもどうかと思ったけど。

 

「どんだけ優秀だったのさ。お兄ちゃんがこう見えてできる子だったことにコマチは驚きだよ。あ、そういえば、低学年の時に校長先生とバトルした生徒がいたって話が一時期広まってたよ」

 

 コマチが低学年………俺もいた頃か。というかその噂って絶対俺だな。あ、でもユキノシタさんも特例使ったとかなんか前に誰か言ってたような………

 

「多分、それ俺だな」

「………今にして思えば、あの頃にはもうお兄ちゃんはすごいトレーナーになってたんだね。お兄ちゃんが雲の上の人に見えてくるよ」

「おい、それじゃ俺死んでねぇか? ……別にすごくはないだろ。現に校長にはダークライがいなかったら負けてたんだし」

 

 そういえば今日はあのゲンガー、出してこなかったな。爆発のしすぎでイカれたか?

 

「そもそもダークライを仲間にできた時点で逸脱してるんだよ」

「あいつはまあ、ほら、ぼっちとぼっちが引かれあったというか、そんな感じだな。付き合いとしては長いが、未だによく分からん」

「んじゃさ、話戻すけどコマチはお兄ちゃんの中ではどんな評価なの?」

「それ聞いちゃう?」

「聞いちゃうよ。答えなかったらイロハさんにさっきのこと言ってあげるから」

「それは勘弁してくれ………。あいつに何されるか分からん」

 

 なんて恐ろしいことをしてくれようとしちゃってんの?

 マジで勘弁してください!

 

「難しいなら、コルニさんとのバトルとかは?」

「コルニか………あいつとのバトルからするとコマチもイッシキに近いものがあると思うぞ。進化のタイミングを図り、新技で意表を突く。他にも俺やユキノシタのバトルを汲み取ったスタイルにしたりと幅は広いな。イッシキ風に言えば模倣からの鬼畜プレイ?」

「もぐよ?」

 

 もぐって何をだよ。

 

「何をだよ。まあ、冗談はさておき、イッシキにも言えることだが、コマチは俺らのバトルを模倣して自分のものにする。そこに独自の、例えばカマクラの壁で殴る奴とか、ああいうのを加えていって…………やっぱり模倣からの鬼畜プレイが一番しっくりくるな」

「もいでやる!」

 

 だから何をもぐ気なんだよ。怖いよ。あと怖い。

 

「だから何をだよっ。で、イッシキとの違いはここからだ。あいつは模倣というよりは技そのものまでもを盗んでいく。ゲッコウガの素早さを真似るためにニトロチャージを使ったり、クレセリアがサイコキネシスで空間を支配した時のように、いろんな部屋を作って場を支配する。お前らはどっちも似たようなところから入ってるが出るところは全く違うんだよ。だから近いってだけで同じじゃない」

「ふーん、じゃあコマチとイロハさんがバトルしたらどうなると思う?」

 

 コマチとイッシキか。

 まだバトルしてなかったな。

 それについて聞いてるんだとしたら………。

 

「ルールにもよるが………そうだな、イッシキが勝つんじゃないか?」

「その心は?」

「あいつにはまだ何か隠し玉がある、と思う」

「そなの?」

「知らん。けど、なんかそんな感じがするだけだ。みぶるいって奴かもな」

「ポケモンの特性で表さないでよ。分かりやすいけど」

 

 よしよし、ちゃんと知識を持っているな。

 お兄ちゃん一安心だよ。

 

「昔、俺が何かしたような気もするんだよ。あいつと会話したのなんて三日くらいのもんだったけど」

「………何したのさ」

「何したんだろうな…………」

 

 ほんと何したんだろう。

 何もしなかったらあそこまで覚えてるはずがないもんな。

 

「怖いよお兄ちゃん。目がどんどん腐っていってるよ。でも、ある意味すごいことだよね。スクール生活六年間の内のたった三日やそこらの接点であれだけ覚えてるなんて」

「人間の記憶力というのも舐めちゃいかんということだな。ユキノシタやユイガハマが覚えていたのは分からなくもないが、イッシキだけはすごいと思う」

「それだけ気に入られたってことなんじゃない?」

「…………そう、なるのかね………」

 

 気に、入られたのかね…………。

 うーん、さっぱり分からん。

 

「およ? 珍しい。なんか肯定的だね。いつもだったら『はっ? 俺が気に入られる? んなわけねぇだろ。あいつは俺を便利な技マシンくらいにしか思ってねぇよ』くらいは言ってるのに」

「ねぇ、ちょっとコマチちゃん? 言葉遣いが汚いわよ」

「お兄ちゃんの真似でしょ」

「えっ? 俺っていつもそんななの? もっとこうニヒルを効かせた感じのかっこよさを醸し出してるはずじゃ………」

「全然かっこよくないから。お兄ちゃんがかっこいいのなんてバトル中くらいだから」

「お兄ちゃん泣きそう」

 

 バトル以外は格好悪いって言ってるよね、それ。

 

「あーもー、面倒くさいごみぃちゃんだなー。お兄ちゃんはその目がなくて口を開かなかったらかっこいいの!」

「それ、すでに手遅れって言ってる?」

「でもコマチ的には今の方がポイント高いよ!」

 

 ハチマン的にはポイント低いわ………。

 

「ハチマン」

「うおっ、びっくりした………。どした? 何か用か?」

 

 急に声かけてくるなよ。

 少しちびりそうだったじゃねぇか。

 しかも身長がそこまで高いわけでもないから一瞬誰か分からなかったじゃねぇか。

 後呼び捨てかよ。俺を呼び捨てにしていいのはトツカだけだぞ。

 

「ヒマ」

「そうか、ならあっちでポケモンと戯れてこい」

「どうせ一人だからいい」

「さいですか………」

「だから暇つぶし」

 

 暇つぶしで俺を見るのやめてくれませんかね、ツルミさんや。

 これは天然なのか? 可愛いから上目遣いやめてくれる?

 

「俺に何をしろと」

「お兄ちゃん」

「な、なんだよ」

「いつの間に生徒さんに手を出したの?」

「人聞きの悪いこというな。俺は何もしていない。さっきのイッシキのバトルを一緒に見てただけだ」

 

 これでもコマチと二歳くらいしか違わないんだよなー。

 成長期ってすごいな。

 

「………ここにいる人たちの中で一番強いのって誰?」

「誰って、そりゃハヤマだろ。あいつは四冠王とか呼ばれてるくらいのやつだぞ」

 

 なんかコマチがジトッとした目で見てくるけど気にしない気にしない。

 

「…………お母さんが昔から言ってるの。あの人以外にもう一人、最強のリザードン使いがいたって」

 

 俺が言うとルミは向こうで子供たちにポケモンの説明をしているハヤマを見てそういった。

 最強のリザードン使いね。それ誰のことだろうね。

 

「お母さんって、どんな人?」

「保健と家庭科の先生」

「ぶっ!?」

 

 吹いた。

 これもうビンゴじゃん。

 あの人何やってんだよ。

 自分の子供に何吹き込んでんだよ。

 

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、汚い!」

「す、すまん。………で、そのリザードン使いがどうしたんだ?」

「うん、その人だったら私の気持ちも理解できるのかなーって。最強ってことは競り合うような人すらいなかったってことでしょ。つまりは孤独。………私も一人だから」

「……………」

「……………」

 

 三人に無言が走る。

 これ、なんて返せばいのん?

 

「………一人は嫌か?」

 

 出た言葉がこれかよ。

 

「ううん、別に。ただ惨めなのはもう嫌」

「そうか」

「あれ………? お兄ちゃん、どっか行くの?」

「ああ、ちょっと用事ができた」

 

 ま、大体の事情は分かったんだ。原因の解決なんかはできるわけがないが解消くらいならできなくもないだろう。

 もうあの人のアプローチを待つのもやめだ。こっちから動いた方が早い。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 さってとー、先生はどこにいるのでしょうかねー。

 そろそろ見つかってもいいと思うんだがな。

 全くもって見当たらん。

 

「………なあ、ヒキガヤ。端から見てると凄く不審人物なんだが…………」

 

 お、おう………。

 そんなに怪しかったか?

 まあ、結構このフロアを歩き回ってたからな。途中で子供たちにポケモンと間違われたけどな。どう見ても人間だと思うんだが、やはりこの目が原因なのだろうか。

 

「うっ、それ言っちゃいますか。つか、ヒラツカ先生。どこに行ってたんですか」

「そこらへんをウロウロとしてたが?」

「ああ、そうっすか。ならツルミ先生は?」

「ツルミ? あいつは生徒たちのホテルに一度戻るとか言ってたぞ? ツルミがどうかしたのか?」

 

 ホテルか。

 宿泊関係のことで何か用でもあるのだろうか。それとも先に戻って何かの準備をしているとか。あの人、担任でもないんだし、ましてや保健医として付いていてるんだろ? 離れてていいのかよ。

 

「や、別にちょっとアレがアレでして」

「………そうか、どうやら君が先に気づいたようだな」

「………やっぱり先生の回しもんでしたか」

 

 なんだ、知ってたのか。

 なら話は早い。

 

「別にそういうわけではない。たまたまツルミに連絡を入れたら悩みを相談されてな。その時に君たちがこっちにいることを話したら、運良く校長が話を聞いていたというわけだ」

「どこに運気があるんだよ。問題が次から次へと入ってきてるだけじゃん………」

 

 校長何してんだよ。

 タイミングよすぎだろ。

 

「ま、そういうわけだから後はツルミに聞いてくれ。多分君なら答えを出せるだろう」

「みんなして俺に期待しすぎでしょ。俺はいたって普通のポケモントレーナーっすよ。経歴だけを見ればアレですけど、俺は別に教師でもカウンセラーでもない。悩み相談とかまず無理でしょ」

 

 しかも大人からの悩み相談だろ。

 普通こういうのって子供が大人にするもんなんじゃねぇの? したことないから分からんけど。

 だが、逆に言えば俺にまで意見を求めてくるぐらいは深刻なのだろう。

 

「似たような境遇の経験者としてなら語れるだろ」

「それってすでにヒラツカ先生には答えが出ているってことじゃないですか?」

「答えは分かっていても過程が重視されるんだよ。誰に言われるか、どんな言葉を言われるか。ただ答えを突きつけたんでは相手はすんなりと受け入れることはない」

 

 確かに身近にいる大人の言うことをあの賞が素直に聞くとは思えない。ああいうタイプはどちらかというと舞台を作り上げて後は本人に任せる方があってそうである。

 

「はあ………、まあ先生たちには恩がありますし、ここで恩を返すのも悪くないかもっすね」

「取りあえず、話だけでも聞いてやってくれ」

「そうしてきます。だからホテルの場所とやらを………」

「ああ、すっかり忘れていた。グランドホテル・シュールリッシュだ。場所は検索した方が私が説明するより分かるだろう」

「シュールリッシュね。これまた高そうなホテルだこと」

 

 行ったことない聞いたこのないホテルだけど、何そのオサレ感満載のホテル名。

 

「態々行き先を変更してるんだ。校長が余分に出しているさ」

「自分の金使ってまでくるか、普通」

 

 冗談だろうけど、マジでありそうだから怖い。

 校長、そこまでしてないよね?

 

「まあ、それくらいこの系統の問題は解決が難しいってわけだ」

「それは分かりますけど。そもそも問題が解決されることすらないでしょうに。できたとしても表向きな解決、和解………。返って問題を悪化させるだけっすね」

「だからこうして君に意見を求めに来たってわけだ」

「そこまでするってことは相当見せられないポケモンってのはヤバイもんなんすね」

「そこまでは私も聞いていない。ただ校長の判断がそこまでいったということがそういうことの証明になるのだろうな」

「ビックリ箱を開けるようでマジで怖いんですけど」

 

 なんか段々と怖くなってきたんですけど。

 俺の知らないポケモンとかだったらどうしよう。

 暴君様をボールに入れてるけど、あいつはまだ会話ができるからいい。

 会話のできないまだ見ぬポケモンとかだったら、俺にはどうしようもないからな!

 俺を舐めるなよ!

 つか、全く関係ない話だけど三鳥が暴れたって日のことを暴君様に聞けばよくね?

 

「だが、同時にお宝も眠っているようだぞ」

「命張る発掘作業だこと。んじゃ面倒ですけど、行ってきますよ」

「ああ、よろしく頼む」

 

 あー、やだやだ。

 命がけの発掘作業とか勘弁してほしいわ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 研究所を出てグランドホテル・シュールリッシュを、現在ぶらぶらと歩きながら探索中。最初、タクシーに乗って行こうかとも思ったけど、無駄に金を使いたくないので諦めた。正直に言うと財布を忘れた。戻って無くなってたらどうしよう…………。

 

「あ、あの、ちょっと! 困りますっ!」

 

 裏路地入り口と思しきところから声が聞こえてきた。

 なんで聞こえちゃったんだろうな。聞こえなかったらなかったことになるのに。

 でもな、この声残念ながら知ってる声なんだわ。

 やだなー。

 

「………いい歳してナンパされてんじゃねぇよ」

 

 なんであの人は男の人に寄ってこられるんだろうか。

 同じアラサーとは思えない男ホイホイだな。

 甘い蜜垂れ流してる嫁とか旦那がちょっと大変そう。

 

「いいじゃねぇか、姉ちゃん。ちょっと俺たちと付き合ってくれよ」

「あの、本当に困ります! 私今仕事中なので、早く戻らないといけないんですっ!」

 

 まあ、あそこで竦んでないだけマシだな。

 無言でオロオロとしていたら、相手にいいようにされるだけだし。

 

「うーん、どうしようか」

 

 このまま行っても面倒事が増えるだけだろうし………。

 

「よし、取りあえずリザードン。あの人攫ってきてくれ」

「シャア」

 

 リザードンに空から先生を捕獲させる事にした。

 静かに空から先生のところまで飛んでいき下降。

 なんか色々言っているけど、その背中を掴み上げ再度上昇。

 なんかUFOキャッチャーみたいで見てて面白いな。

 

「うーん、動画に撮っておけばよかったかも………」

 

 リザードンに捕まり、先生は空で「え? ちょっ、えっ? リザードン?」なんて言って状況が全く分かってないようである。

 そりゃ当然だわな。俺だってやられたら全く状況が掴めないだろうし。何ならまどっかに誘拐されちゃうのかと思っちゃうレベル。

 

「お疲れさん、面白い画だったわ」

「シャア」

「ひ、ヒキガヤくん!?」

「………なに、いい歳してナンパされてんですか。さっさと年齢バラしちゃえばいいものを」

「だ、だって………」

「ま、取りあえず先生を回収できたんで移動しますよ」

 

 リザードンをボールに戻すと声をかけられた。

 

「待ちやがれ!」

 

 いやです。お断りします。待てと言われて待つ奴がいるかよ。

 

「テメェ、人の獲物を何奪ってんだ。やんのか、ああっ?!」

「俺たちに盾突いたこと後悔するんだな、ハハッ」

 

 やだやだ、こういう輩に限って自分の力を見せたがるんだから。

 捕られたならまた他探せばいいのに………。別にナンパするななんて言ってないんだし。

 

「先生、どうしましょうか。焼くのと煮るのと、あと精神的な恐怖を植え付けるのと」

「え、えっと………火を使うと余計面倒になるんじゃないかなー………って、待って! 何する「はいよ、と」……えっ?」

 

 先生が言い終わる前にゲッコウガをボールから出して一瞬で距離を詰めさせる。馬鹿な男二人の首元には手刀が添えられている。

 いやー、我ながら怖い人だな。

 絶対こんな奴に声をかけたが最後、帰ってこれないよな。

 

「ナンパするなら他を当たってくれ。この人既婚者だから」

 

 がくっと膝から崩折れていく二人。

 うわー、なんか色々終わったって感じの顔してるわ。

 さて、何に怯えているんだか。

 

「で、先生。要件の方は済んだんですか?」

「え、うん、それは終わったけど………」

「ならさっさと帰りますよ。あんたには聞かなきゃならんことが山ほどあるんだからな」

 

 山ほどあったかな………。

 言ってみたけど、さして聞くようなことがないような気もしてきた。

 

「えっ、ちょっ」

 

 はあ………。

 全く、どうしてこの人はこうも問題事を持ってくる人なんだろうか。

 男ホイホイどころか、問題ホイホイだな。………語呂悪。

 

「………にしても先生がナンパされるとか…………」

 

 取り敢えず、ナンパ男二人から距離をとって口を開く。

 

「な、何よ。別に私はまだアラサーなんだから見た目ならまだいけるラインでしょ!」

 

 なんでそこで張り合うんだよ。

 や、美人なのは認めますけど。

 

「別に結婚してなかったらの話でしょうに。でも結婚してるってなるとナンパした相手には結構ショックがデカイんですよ。最初から結婚してるって分かってるなら話は別ですけど。見抜けなかった事に対してはショックを受けちゃう生き物なんです」

「そ、そうなの?」

「俺は知りませんけどね。ナンパなんかできるような生き物でもないんで。そもそも人に声をかける事すら無理なのに、ナンパなんてハードル高すぎでしょ」

「………はー、でも私はまだナンパされるんだなー」

「………ヒラツカ先生が聞いたら卒倒しそうですけどね」

「あ、うん、それはオフレコでお願い………」

 

 ようやく事の重大さが分かったようで、落ち着きを取り戻したらしい。

 ツルミ先生、このことはちゃんと誰にも言いませんから。誰かに言ってヒラツカ先生の耳にでも入ればそれこそ面倒なことになるだけだからな。

 

「………で、なんでヒキガヤくんは私を探してたの?」

「あんたが自分の子供の面倒をちゃんと見れないからでしょうが」

「うっ………、だ、だってあの子何も言わないのに噂とかだけは耳に入ってくるんだもん。遠回しに聞いてみたりもしたけど、私もどうしていいか分からなくて………」

 

 一応、先に打つ手は打ってきてるみたいだな。

 意味なかったみたいだけど。

 

「だからって何で俺になるんすか」

「た、たまたまだから。それはほんとたまたまだから。ヒラツカ先生がどこから聞き入れてきたのか心配してきて、そのまま相談していたらヒキガヤくんたちがこっちに来てるって言ってて、私どうしていいか訳が分からなくなって、ヒキガヤくんの話に変に舞い上がっちゃってその勢いのままに先生に頼み込んじゃったの」

「あんたバカですか………」

「ごめんなさい」

 

 もっと深刻な状態かと思ってたのに、何だよこのバカらしい話は。

 なんで子供の相談をした流れで俺の話になるとテンションがおかしくなるんだよ。

 子供より子供じゃん。

 

「………ま、あの人は口と勘は鋭いっすからね」

「私、どうしたらいいと思う?」

「はあ…………まず先に聞いておきますけど、あいつがどんなポケモンを持っているのかは知ってるんですか?」

「ううん、知らない。教えてくれなくて。なんかポケモンの気配を感じるようになったのはハナダの岬に行った後だっていうのは分かるんだけど…………」

 

 ハナダの岬、ね………。

 

「………先生はあいつにどうなってほしいですか?」

「どうって?」

「ほら、他のみんなと仲良くしてほしいとか」

「………私は別にみんなと仲良くしろだなんて思わないよ。だって、ほとんど仲良くできなかった誰かさんを見てきてるし………」

 

 その誰かさんは一体誰なんでしょうね……………。

 

「スクールの思い出は大事だと思うよ。楽しかった思い出があれば辛い時でも乗り越えられると思うもの。でも、今が辛い時だっていうのなら環境を変えた方がいいのかなって思う時もあるの」

「………実は先生も何か策を思い付いてるんじゃないですか?」

「うっ………、ほんと君は鋭いね。思いつきはしたんだけどね。あの子が捕まえたポケモンってのが何なのかも分からないから、君みたいに上手くできるか検討もつかないの」

「………はあ…………、要はあいつがどんなポケモンを持っているか分かればいいってことですよね」

「でもあの子、頑なに拒否すると思うよ」

「ああ、そのポケモンのせいで状況を悪化させたくはないって言ってましたもんね」

「うん、だから他の手を考えるしかないかなーって」

「そうっすか………」

 

 あ、なんか意外と早く着いてしまった。

 仕方ない。あとは本人に聞く方が早いかもな。親の方はすでに覚悟は出来てるみたいだし。

 

「…………あんまりいい答えを期待しないでくださいよ」

「………うん、ありがと」

 

 ツルミ先生はそう力なく笑った。

 その目には一雫の汗のようなものが溜まっていた。



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51話

いつも感想ありがとうございます。
おかげさまで気付けば50話超えているという。しかもお気に入りまで1500を突破していて。
どれもこれも皆々様のおかげであります。


 夜。

 無駄に広いプラターヌ研究所に一人一部屋を借りた俺たちは各々が就寝作業をしている時間帯。

 ポケモン協会の理事へと報告書をまとめていると不意にコンコンと部屋の扉をノックされた。

 

「せんぱーい、入りましたよー」

「入ってからノックってどうなのよ」

 

 ノックって入る前にするもんなんじゃないの?

 なんで入ってきてからノックしちゃってんの?

 バカなの?

 

「どうせ待ったって開けないくせに」

「ああ、そうだ。俺は寝るんだからな」

 

 分かってるじゃないか。

 なら早々にお帰りください。

 

「えー、少しくらい構ってくださいよー」

「やだよ、面倒くさい。俺は疲れたんだ。寝かせろ」

「んもぅ、だったら私もここで寝ます!」

「やめい、俺がゆっくり寝られんだろうが」

「ぶー、なら少しだけでも構ってください」

 

 あざといから。

 そんな頰を膨らませたってダメだからな。

 

「はあ………、俺の安眠を妨げられちゃ困るし、分かったよ。で、なに? 寝るの?」

 

 だが俺の安眠を邪魔してくるってんなら話は別だ。丁重にもてなして早く帰ってもらわなくては。

 

「寝ませんよ。はっ!? まさか添い寝のお誘いだったりしますか!? それは大変魅力的なお誘いですけど一度寝ると絶対次から我慢できなくなるのでお断りさせていただきます、ごめんなさい」

「段々長くなってんな。もう何言ってるか聞き取れなくなってきたわ。というかよく噛まずに最後まで言えたな」

「ふふんっ、賢いかわいいいろはちゃんですから」

「ハラショーって言って欲しいのか?」

「はっ? 何言ってんですか、キモイです」

 

 知ってて言ったんじゃないのか。

 さすがにおでんを飲み物だとは思ってないわな。

 

「なんだ、偶然か」

「というわけでー、せーんぱいっ! 隣失礼しまーす」

「失礼だと思うなら座るなよ」

「いちいち細かい人ですねー」

「おいこら、擦り寄るな、抱きつくな」

 

 なんでさも当然のように俺の右腕に抱きついてくんの?

 

「………いや、ですか?」

「……ったく、最初からそうしてろよ。分かりにくいな」

 

 急に本題に入りやがって。

 やっぱりこっちが目的だったのかよ。

 なら最初からそうしてろよ。

 

「だって、先輩にこんな顔見られたくないですもん」

 

 確かに俺の腕に抱きついてせいで顔が見れない。

 なんて計算高い子………。

 

「……で、じじいに負けたのがそんなに悔しかったのか?」

「いえ、負けたことは悔しいのは悔しいですけど…………私分からないんです。どうやったら先輩みたいに強くなれるのか」

 

 あ、負けたのは一応自分の中で整理がついてるんだ。

 ということはその先にとうとうぶち当たったというわけか。

 

「アホか、そもそも俺は強くない。世の中俺以上に強い奴はたくさんいる。これ前にも言わなかったか?」

「………そうじゃないです。先輩みたいになりたいんです。先輩ならポケモンたちの力を最大限にまで引き出せます。私はそんなトレーナーになりたいんです」

「…………ポケモンの力ね。お前にどう見えてんのかは知らねぇけど、俺はまだまだだぞ。リザードンにしろゲッコウガにしろ、まだまだあれが限界だとは思ってない。そもそもどこまで行けばゴールになるのかも知らねぇんだ。端からゴールを作ってる時点で強さなんて決まってくるんじゃねぇの。知らんけど」

 

 リザードンの限界がどこまでなのかは知らない。だが少なくともゲッコウガの方はまだまだ先があるのは確かだ。コンコンブル博士も言っていた新たな特性。あれがその片鱗というのであればゲッコウガがその特性を手に入れたなんて日には、劇的に何かが変わるかもしれない。

 ま、そもそもあいつはへんげんじざいなんていう珍しい特性を持っているんだ。あの特性ですら限界なんてものはまだまだ先である。だから俺はイッシキの言うポケモンの力を最大限にまで引き出せてるわけじゃない。

 

「…………」

「お前さ、何か勘違いしてないか? この一ヶ月でお前は強くなった。はっきり言って初心者の成長速度じゃない。じじいの血が流れてるってのもあるかもしれないが、んなもんはほんの僅かな闘争本能に働きかけてる程度だ。紛れもなくあれはお前の実力だ。だがな、イッシキ。さらに強くなりたいんだったらここからだと思うぞ。お前は自分のバトルスタイルを確立できた。それができているかないかで強さなんてのはころっと変わる。だからさらに強くなりたいんだったら、もっと他のバトルを知って経験を積め。盗めるもんは全部盗んでこい。さすればそれがお前の強さになってくる」

 

 結局、昔の俺と一緒なんだよな。

 ストイックに強さを求めたくなった。

 ただそれだけのこと。

 

「…………先輩は、どうだったんですか?」

「はっ、お前ももう分かってんだろ。だから特例を使って俺は卒業して旅に出たんじゃねぇか」

「……ふふっ、先輩って見かけによらずやんちゃですね」

「ばっか、お前は恵まれてるんだよ。すでにその壁にぶち当たった奴らが周りにいるんだ。感謝してもらいたいくらいだわ」

 

 ま、俺と違うのはそれをすでに経験したものが周りにいるってことだな。

 俺だけじゃない。恐らくハヤマやユキノシタもいつかは経験してるであろう強さの探究心。

 

「……………」

「な、なんだよ」

「先輩ってつくづくすごいなーって思うんですよねー」

「はっ? 何が?」

「僅か十一歳であのおじいちゃんに勝っちゃってますし。今日改めて先輩の背中が遠いことを感じました」

「………それで、諦めたくなったのか?」

「いえ、追いかけ甲斐があるなーって」

 

 はっ、さすがはイッシキイロハだな。

 自覚はなさそうだが、その前向きな性格が急激な成長を促したんだ。

 

「お前はつくづく前向きだな。こっちに来た頃のユイガハマだったら『むりむりむり、あたしなんか才能ないって』くらい言いそうなもんなのに」

「先輩キモイです。似てないです。というか先輩がユイ先輩の真似とか気持ち悪いです」

「辛辣だな………」

「やっぱり私、このままここで寝ます」

「いや、帰れよ」

「嫌です」

「や、なんでだよ」

「てーいっ」

「おわっ!」

 

 ちょ、急に押し倒さないでいただけます?

 腰打っちゃったんだけど。

 

「こらこらこら」

「えへへー、せーんぱい」

「頰を擦りつけんな、柔らかいじゃねぇかコンチクショー」

 

 すりすりと俺の腕に頰をこすりつけてくる。布越しなのにその柔らかい肌の感触が生々しく伝わってくる。

 体温が高くなってるからだろうか。熱が伝わりやすいんだろうな。

 

「えいっ」

「あ、こら、おま、どこに挟んでんだよ!」

 

 今度は肢体を使えるだけ使って腕に絡みついてきた。

 ドククラゲに懐かれるとこんな感じなのかね………。

 なにそれ、超ホラー。

 

「えー、先輩だって嬉しいんじゃないですかー? 可愛い後輩の柔らかい感触を楽しめて」

「楽しむ以前に心臓が弾けて死にそうなんですけど」

「ほんとですね、顔真っ赤です」

「や、お前もだからな。顔真っ赤だし、心臓の鼓動がうるさいし」

「ちょ、そういうこと面と向かって言っちゃいます!? わわわ私だってこんなに引っ付いたことないんですから………もう、ばか」

 

 ぷいっと頰を膨らませて俺の腕に顔を埋め込んだ。

 

「だからなんでそこで力を込めるんだよ。さっさと離しなさい」

「ふんだ、このまま寝てやる」

「話聞いてやったのに俺の安眠邪魔するなよ」

「いや、ですか?」

「おま………、それは卑怯だろ」

 

 さっきと同じように俺を見上げてきた。

 だからもっと最初から分かりやすくいてくれよ。

 

「女の子は卑怯なんです。ずるい生き物なんです」

 

 再度顔を腕の中に埋め込むとそう言ってきた。

 なんて面倒な生き物なの。

 

「嫌な生き物だな」

「………でも、それを、見せるのはーーー」

「……………」

「…………すー」

「…………マジで寝やがった」

 

 こいつ、いい性格してるわー。

 最後何を言おうとしたのか分からんが、途中で言葉を切るなよ。気になって寝れねぇじゃねぇか。

 マジで安眠の邪魔してくんなよ。

 しかも今更だけど近すぎるし。

 なんだよ、この甘い香りは。

 俺の回避率、すでにゼロになってたじゃねぇか。ポケモンよりも技の使い方が上手すぎんだろ。

 こいつがポケモンだとすると技はメロメロにあまいかおり、つぶらなひとみとか? あ、あとものまねとか?

 なにそれ、地味に強いんですけど。

 

「………変なこと考えてないでさっさと寝よう」

 

 リモコンで電気を切って俺も寝ることにした。

 ちゃんと寝れますように。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「痛って………」

 

 なんか腕に痺れを感じ目が覚めた。

 なんぞや、と見るとイッシキが俺の腕に絡まっていた。

 あー、そういやこいつ俺の腕に引っ付いたまま寝やがったんだったな。

 

「………ちゃっかり寝れたのかよ」

 

 窓の外を見ると薄く明るさを取り戻してきていた。

 時間は分からんが夜明け前か。

 

「ん?」

 

 寝る前は電気をつけていたため気がつかなかったが、俺のズボンが輝いていた。

 なんでズボンが輝くのん?

 気持ち悪っ!

 

「よっと」

 

 身体を起こしてついでに腕も解放させてやる。

 意外にしぶとく纏わりついていたため、引き剥がすのが大変だった。

 何気に力入れてんじゃねぇよ。

 ったく。

 

「キーストーン?」

 

 布団から立ち上がりハンガーに引っ掛けたスボンのポケットに手を突っ込んでみると、あったのはキーストーン。輝いていた原因もこいつだ。

 

「これまたなんで………」

 

 部屋の中をぐるっと見渡してみるとイッシキの首元からも光が漏れだしていた。

 首といえばペンダントか?

 そういやあの中身は見たことがないな…………。

 いや、さすがにそれは失礼だろ。見られたくないもんでも入ってるかもしれないし。

 でも、このキーストーンの輝き………。

 

「………まさか、な」

 

 ふとあることが頭を過ぎったがそんなわけないだろう。これはただの偶然。

 

「ふっ、仕方ない。ヒントをくれてやるとしよう」

 

 リュックの中から紅いリングを取り出し、イッシキの腕につけてやった。

 

「久しぶりに身体動かすか」

 

 寝るに寝れなくなったため、もう一つのリングと一緒に書置きをして外に行くことにした。

 

 

『ゴゴッとうなるような劫火、ブラストバーン。音速の三倍の速さの超電磁砲、レールガン。一撃必殺、じわれ』

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ジョギングという名の散歩から帰ってくるとみんなが出るところだった。

 え? どこ行くの?

 

「あ、せんぱーい。勝手にいなくなってたんで心配したんですよー。荷物あるんで馬鹿なことはしてないだろうって話してたんですけど」

「お兄ちゃん、どしたの? 朝から汗かいてるとか」

「ヒッキーが…………真面目になってる…………」

「風邪でも引いたのかしら」

「おい、お前ら好き勝手言ってくれんじゃねぇか。俺が朝から身体動かしてきたのがそんなにおかしいのかよ」

 

 いいじゃねぇか、たまには。

 ここ最近物騒だから体力付けとかねぇと保たねぇじゃん。

 

「うぇっ?! 先輩、ごめんなさい。私が悪かったんですね。昨日、私があんなことをしたから」

「イロハちゃん? それどういうこと?」

「おいイッシキ。変な誤解を与えるような言い方はやめろ」

 

 ユイガハマ、笑顔なのに目が笑ってないぞ。

 めっさ怖い。

 

「ヒキガヤくん? ちょっといいかしら?」

「お願いだからイッシキの思わせぶりな発言に惑わされんなよ」

 

 ダメだこいつら。

 俺の言葉が聞こえてない。

 

「はいはーい、みなさん各配置に移動しますよー。急いで急いでー」

「あ、ちょっとコマチさん?!」

「こ、コマチちゃん!?」

「帰ったらイロハさんにはたっぷりお仕置きしないといけないのでさっさとお仕事済ませますよー」

「こ、コマチちゃん!? い、いいい一体何するつもりなの?!」

 

 コマチが全てを無にしてくれた。

 イッシキに何する気なんだろう。我が妹ながら鬼畜な事でも浮かんでしまったのだろうか。ありそうだから何とも言えんな。

 

「それじゃあハチマン。また後でねー」

 

 ああ、今日もとつかわいい。

 思わず手を振り返していた。

 無意識って怖い。

 

「ヒキタニくんも早く用意してくるべ!」

 

 トベ、馴れ馴れしいから。友達と勘違いしちゃうだろ。

 

「ヒキガヤ、勝手な行動はするなよ」

 

 しません。お前の方が勝手なことするなよ。

 

「ふんっ」

「ハロハロ〜」

 

 この二人はいつも通りだな。

 いつも通り俺が嫌いで腐っている。

 ポツンと取り残された俺はしばらくぼーっと彼らの後ろ姿を見送っていた。

 

「ハチマン」

 

 すると急に声をかけられた。

 

「うおっ、てなんだルミルミか」

 

 トツカ以外に俺を名前で呼ぶやつは一人しかいない。

 

「ルミルミキモい」

「…………」

 

 ルミルミいいと思うんだが。

 

「普通でルミでいい」

 

 仕方がない。

 そう呼べというのならそうするしかないな。

 

「で、ルミ。お前はなんでこんなとこに来たんだ? 見た所一人のようだが………」

「今日は班別でミアレシティを探索する予定なんだけど、朝食食べて部屋に戻ったらみんないなかった」

「えげつねぇな………。要するに暇だと」

 

 今のってここまでやるんだな。

 怖いわー、子供怖いわー。

 

「うん、ハチマンは?」

「俺はその班別行動とやらの監視を言い渡されている、と思う」

 

 そもそも今日の予定すら知らなかったぐらいだ。

 みんなが行ったのだし俺も行かないといけないはず。行かなくていいなら嬉しい限りだけど。

 

「なんで思うなの?」

「今聞いたからな。配置とかあるのかどうかもしらん」

「………はい」

 

 ゴゾゴゾと背負うリュックを漁ったかと思う一枚の紙切れを出してきた。

 

「ん? おお、これは…………俺の名前だけないんだけど」

 

 今日の配置ポイントが書かれた紙だった。場所はミアレシティ全域。

 多分何かあったらここら辺俺たちがいるから声をかけろということなのだろう。

 そういうの事前に言ってくれないと困るんだけど。

 もうちょっとしっかりしろよ教育者。

 それともアレか? 俺がいなかったのが悪いのか?

 

「忘れられるとか変なの」

「俺は何もしなくても気配を消せるぼっちだからな。これくらい普通だ」

「………多分お母さんの仕業だと思う」

「………だろうな。ルミがここに来ると踏んで俺を専属にしたらしい」

 

 どうやらあの人に上手く配置されてしまったらしい。

 仕方ない。これはあの人が出来る限りの舞台を作ってくれたってこのなのだろう。自分にはこれくらいしかできないとか言って、校長にでも頼み込んだのだろうな。

 

「今日一日貸切?」

「そういうことでいいんじゃねぇの?」

 

 貸切。

 なんか上に立ったみたいでいいよな。

 貸し切られるのが俺なのがアレだけど。

 

「………何かしたいことでもあるのか?」

「ん、別に。行きたいところとかやりたいこととか特にない」

「よし、んじゃバトルするか」

「えっ?」

「バトルだよバトル。ルミが見せられないっていうポケモン、何のしがらみのない俺くらいになら見せられるだろ」

「……………あのハヤマって人より弱いんじゃなかったの?」

 

 訝しむような目で俺を見上げてくる。

 小さい子にそういう目を送られるとくるものがあるな。

 

「ルミもそろそろ気がついてるんじゃないか? あの人がなんで俺にあんな態度なのか」

「………ん、分かった。でも私、強いよ」

「はっ、俺の方がもっと強い」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 というわけで。

 研究所のフィールドに移動した。

 

「ルールはどうするの?」

「ルミが連れてるのは一体だけか?」

「うん」

「なら一対一のシングルス。技に制限はない。バンバン使え。お前らの実力を俺にぶつけてみろ」

「………後悔しても知らないよ」

 

 後悔か。

 今更してももう遅いだろ。

 

「いくよ、スイクン」

 

 来たか…………。

 何となくあいつと似たような気配を感じてはいたが、まさかルミが連れていたとは………。

 ハヤマが言っていたハルノさんの『俺が伝説のポケモンを呼びつける』という未来予知もあながち間違いじゃなさそうだな。

 どれのことを指して言ったのかは知らないが、こうも伝説のポケモンばかりに巡り会うことになると我ながら自分が怖くなってくるわ。

 

「リザードン」

 

 俺がボールから出したのはリザードン。

 ミュウツーに任せてもいいかもしれないが、ルミに知られるわけにもいくまい。恐怖なんかを覚えてしまったら意味がないからな。

 それにリザードンのメガシンカが他の伝説のポケモンにどこまで通用するのかも見物だろう。

 

「あまごい」

「りゅうのまい」

 

 スイクンは雨雲を作り出し、雨を降らせ始めた。リザードンは炎と水と電気を三点張りに作り出すと、それを絡め合わせて竜の気へと変えていく。

 

「ドラゴンクロー」

「見切って」

 

 竜の気を纏ったリザードンが爪を立てて攻め込むがギリギリまで引かれて躱されてしまった。

 みきりか。

 一瞬だけ視界を止め、隙間に潜り込んで躱す防御の技。

 そうくるのならばーーー

 

「ハイヨーヨー」

「ハイドロポンプ」

 

 急上昇して水砲撃を回避。

 だが、すぐに照準を合わせて撃ち出してきた。

 

「トルネードドラゴンクロー」

 

 急下降に変えて竜の爪を突き出し、回転を始める。

 水砲撃は見事にリザードンに向けて打ち出されていくが、悉くドリルによって突破されていく。

 

「オーロラビーム」

 

 今度は冷気に変えて爪を凍らせてきた。

 段々と凍りついていく爪はやがて腕へと達する。

 

「フレアドライブ」

 

 回転したまま身体全体を炎に包むことで氷を溶かしていく。

 

「スイクン!」

 

 少し声を強く張ったルミはスイクンを呼びかける。

 するとスイクンは結界を貼り、あろうことかリザードンを受け止めた。

 あれは水晶壁、だったか………?

 

「回り込めっ」

「しろいきりっ」

 

 力を流してスイクンの横を通り抜けていくが、その間に白い霧を発生させて視界を撹乱してきた。

 ふむ、視界の撹乱か。

 

「えんまく」

 

 こっちもそれに便乗して視界を混乱させてやろう。

 色のついた空気が混ざれば混ざるほど、視界は暗くなっていく。色の合成が最終的にたどり着く黒への道。

 

「バブルこうせん」

 

 霧と煙の中からいくつもの泡が飛ばされてくる。

 確かどこぞのドラゴン使いのバブルこうせんは割ると爆発したはず。

 このスイクンができるのかは知らないが下手に直接割りに行くもんじゃないだろう。

 

「かえんほうしゃ」

 

 吐き出した熱気によって泡は次々と割れ始める。

 爆発、とはいかないまでも衝撃波は物凄い。

 俺のアホ毛が千切れないか心配なくらいには凄い。

 

「かぜおこし」

 

 スイクンが起こした風により灰色の汚れた空気から解放される。

 その隙を見逃しちゃいけねぇな、いけねぇよ。

 

「ブラストバーン!」

「ハイドロポンプ!」

 

 あっちもそれを読んでいたのかタイミングよく水砲撃を撃ち出してきた。

 こいつほんとに初めてのポケモンか?

 初めてで伝説をある程度使いこなしてるとか、どんな天賦の才能だよ。

 イッシキやコマチが可愛く思えてくるわ。

 

「………バトル慣れしてねぇか?」

「スイクンから懐いて来たって言っても、ある程度使いこなせないとダメでしょ」

「そりゃそうだが………、そもそも伝説のポケモンに命令できてる時点で凄いことだぞ」

「………どうして私なのか知らないけどね。それでも私といるっていってきたんだから、それに応えなきゃ」

 

 ルミはスイクンの頭を撫でながらそう言ってくる。

 背伸びしてギリギリなのが可愛いのう。

 

「そんじゃ、本気を出しますか。リザードン、メガシンカ」

 

 俺のキーストーンとリザードンのメガストーンが共鳴を起こし始め、リザードンの姿が変わっていく。

 

「スイクン、お母さんが言ってた話って本当だったみたいだよ」

 

 コクっと頷き返すあたり意思の疎通もできているのかもしれない。

 もうあそこまで行ったら俺とダークライの関係くらいは成り立っているのかもしれんな。

 

「リザードン、かみなりパンチ」

「くるよ、オーロラビーム」

 

 拳に電気を纏わせて突っ込んでいくリザードンに、スイクンはオーロラを光線を乱雑に撃ち放ってきた。

 リザードンは俺が何も言わないでも自分から身を捻り、オーロラを避けていく。

 

「スイクンっ」

 

 またも名前を呼ぶだけの命令。

 ということは水晶壁ということか。

 

「打ち込め!」

 

 取り敢えず、衝撃だけでも食らわしておくことにする。

 このまま攻撃しないのもリズムが狂うからな。

 

「宙返りからのかえんほうしゃ」

 

 水晶壁を蹴り上げ、くるっと宙返りをし、スイクンに向き直ると火炎放射を撃ち出した。

 

「ミラーコート」

「ッッ!? 躱せっ!!」

 

 あっぶねー。

 ミラーコートとかマジじゃねぇか。

 なんつー上手い使い方だよ。

 タイミングがバッチリじゃねぇか。

 

「はっ、初心者だなんて扱いはしない方が身のためだな。リザードン、ブラストバーン!」

 

 ルミはもうすでに初心者トレーナーとしての域を脱していたみたいだ。

 何ならコマチやイッシキですら敵わないだろう。

 つまりあいつらよりもさらに成長速度が速いということでもある。はっきり言って不安しか抱かないが、こうしてスイクンを扱えているのを見ると、大丈夫なようにも見えてくる。

 炎の究極技がすでに二発目であるのに平然としているし。

 相当な大物になりそうな器だとも言えるな。

 

「ーーーぜったいれいど」

 

 前言撤回。

 こいつ、すでに大物だったわ。

 つか、スイクンってぜったいれいどまで使えんの?

 伝説マジパネェ。

 究極技の青い炎が一瞬で凍るほどの鋭い冷気が一直線に流れてきた、らしい。

 俺には全く見えなかった。青い炎が唯一それを物語っているだけである。

 

「ふっ」

 

 だが、相手が悪かったみたいだな。

 

「シャアッ!」

 

 どうやらこっちの方が格が上だったらしい。

 一撃必殺の技ではあるが、リザードンは瀕死に追い込まれていなかった。

 フレアドライブを瞬時に発動させて、冷気を防いでいた。

 

「………ハチマンは強いね。どうしてそんなに強いの? 私はスイクンの力のおかげでやっとついていけてるってだけなのに」

「……理由か。強いて言えばこういうことだな」

 

 右足で俺の影を踏むとぬっとダークライが顔を出してきた。

 身体まで出さないのがこいつらしい。

 

「……なに、そのポケモン…………?」

「ダークライというらしい。こいつに出会ったのが丁度校長とバトルする…………数日前だ」

 

 何日前に出会ったのか覚えてねぇや。

 

「ルミの母親もこいつを見てるはずだ。知ってるかどうかは別として、だが………。要するに俺はルミよりも早くに伝説のポケモンと出会ってるってことだ」

「…………最強のリザードン使いさんは元々が規格外だったってわけだね」

「失礼な、歴とした普通のトレーナーだ。俺もお前もどこにでもいる普通のトレーナーなんだよ。他と何が違うのかと聞かれたら、きまぐれなポケモン達にただ懐かれたってだけの話だ」

「………そっか、あの時のがハチマンだったんだ」

「あの時? 俺と会ってるのか?」

「ううん、お母さんに連れられて低学年の頃にスクールで校長先生と生徒のバトルを見た覚えがあるだけ」

「……………あの時か………」

 

 おいおいおい。

 待て待て待て。

 まさかルミまであの卒業試験を見ちゃってんの?

 何なの、これ。何の羞恥プレイ?

 

「ようやく噛み合ったよ。最強のリザードン使いさん」

「噛み合いたくなかったわ……………」

 

 でも、そうか。

 俺の五個下となるとスクールにいてもおかしくないわな。

 しかもツルミ先生の娘なんだし、娘連れて見ていたとしても…………あ、でも最後にユイガハマに審判の判断を言い渡してたような………………。

 これはアレだな。

 がっつり見られてますね。

 

「………旅って面白いの?」

「楽しい………うーん、楽しかった記憶がないな。ほとんど誰かとのバトルを求めてただけだし…………ああ、あとここの博士にストーカーされたりだとか、どこぞの悪者のおっさんと雑談しながら歩き回ったことはあるな…………別に楽しいわけではなかったけど」

「ふーん………それはハチマンだからだよね」

「………だろうな、他にもこんな旅してる奴がいたら驚きだわ」

「…………スイクンがなんで私のところに来たのかも分かるかな」

「どうだろうな。少なくともスイクンがルミに連れられて俺の前に来たのは必然的だったと思うぞ」

「なんで?」

 

 こてんと首を傾げてくる。

 非常に可愛いのでやめてほしいだけど。

 

「エンテイ、スイクン、ライコウ。この三体はホウオウという伝説のポケモンによって命を吹き返したポケモンでな。俺は以前、その内の一体のエンテイを一時的にボールに入れていた時があるんだわ。それを知ってるスイクンは久しぶりに会いに来たとみてもおかしくはない」

「………エンテイにライコウ…………ホウオウ?」

「まずはそこからか。逆にどうしてスイクンのことだけは知ってるのかが気になるわ」

「それはミナキって人から教えてもらったから」

「ああ、なるほど」

 

 いたな、そんな人。

 会ったことはないけど、スイクン大好きの追っかけだったか?

 その人なら確かにスイクンだけについて語りそうなもんだわ。

 

「仕方ない。知識がなくて何もできなかったらこいつらがかわいそうだし、教えてやるよ」

 

 取り敢えず、バトルは中止して伝説のポケモン講座でも開くとしよう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ど、どどどどうしよう、ザイモクザくんっ?!」

「わ、わわわ我に聞かれても」

「ルミがででで伝説のポポポポケモンをっ!」

「と、とととにかく落ち着くのである。ハチマンがついているのだ。この後バトルを再開するとしても何が起ころうとも上手く対処するはずである」

「そそそそうよね、ヒキガヤくんがいるんだもんねっ」

「う、うむ」

「……………まさかあの子のポケモンがスイクンだったなんて」

「ポケモンは人間以上に敏感な生き物である。せ、先生のお子に何か見出したのやもしれぬ」

「それって…………」

「今はハチマンに任せるしかないだろう」

 

 あんたら姿隠してるようだけど、いるのバレバレだからな。

 もう少し物音とか気配を消せよ。

 バカじゃねぇの。

 

「ほんと、ばっかみたい」

 




はい、ご想像が叶った人もいることでしょう。
ルミの初ポケモンはスイクンでした。


ポケスペの本編も動き出し、舞台裏でもきな臭くなってきましたね。
ルミとスイクンの登場が後にどう関係してくるのか、楽しみにしていてください。


申し訳ありませんが、次の金曜(9日)はお休みさせていただきます。
今週はちょっと書いてる暇が取れそうにないので申し訳ないです。
次回は来週の火曜日です。


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52話

 えー、これは一体どういうことなんだろうな。

 なんでザイモクザとツルミ先生まで正座しているんだろうか。フィールドのど真ん中で。

 まあ、させたのはルミなんだけど。

 

「………お母さん、なんでいるの」

「いやー、ルミが心配でついてきちゃった☆」

「…………ばっかみたい」

 

 てへっと母親が舌を出しておちゃらけるとじとっと軽蔑の眼差しを送り出した。

 

「勝ち組アラサーが痛いですよ」

 

 俺もつい痛々しいアラサーに物申したくなったのはきっとこの人が悪いからだ。

 

「ひどいっ?! 昔はもっと素直で可愛かったのに、いつの間にか口が悪くなっちゃって」

「や、昔からこうですけど」

 

 うううっ、泣き真似をするアラサー既婚者に呆れを覚えてくる始末。

 

「………なんでいるの」

「……………二度も聞くの?」

 

 ルミが嫌悪感丸出しの声でもう一度聞くと、今度は真面目に取り繕った。

 親子喧嘩がついに勃発しちゃった感じか?

 

「聞く、何度だって聞く。なんでいるの? 正直に答えて」

「………ルミが他の子達から、その………無視されてたりするのが心配でヒキガヤくんにお願いしたからよ。母親なのに何もできなくて、ヒキガヤくんに頼るしかなくなっちゃったダメな母親だけど、ルミが心配だから」

「それだけじゃないでしょ」

 

 やはりこの子は鋭いな。

 鋭いからこそ母親として心配しているのかもしれない。事件やなんやに機敏に動けてしまいそうな素質を俺ですら感じるんだ。親として、家族として一緒に過ごしてきた時間が長い先生なら尚更強く感じているのだろう。

 

「うっ………、ハナダの岬に行ってからルミから何かポケモンの気配を感じるようになって、あんな猛々しいオーラを出してくるポケモンなんてそうそういないから心配になってたのよ」

「心配心配って、私は心配してなんて一言も言ってない」

「言ってなくても親は子供の心配をするものなの」

「………わけ分かんない。もういい、私旅に出るから」

「えっ?! ちょっ、いきなり?!」

 

 ほんといきなりだな。

 いや、まあ、それでいいんだけどさ。俺の計画的には。

 

「スイクンが私のところへやってきたのにも何か理由があるはずだもん。このままスクールに通ってるだけじゃ、スイクンが望む未来はやってこない」

「…………心配、なんて言ったら怒るわよね」

 

 つい今しがた反論されたのを受けて先生は言い留まる。

 

「怒る。私は私のポケモンになってくれた子達の望みをできる限り叶えてあげたいから」

「……ヒキガヤくんにね。昨日忠告されてはいたのよ。期待はするなって。でもあなたが自分からその結論に至ったのだったらお母さんは止めないわ。でもやっぱり心配はする。だって、私はルミの母親ですもの」

 

 あの、お宅ら丸く話がまとまっていってるとこ悪いんですけど………、

 

「………あの、旅に出る前に越えなきゃならない壁があるの忘れてません?」

「ルミの成績はヒキガヤくんと同じ状態なのよ」

「さいですか………、ルミ、本当に旅に出るんだな?」

 

 この子、マジで俺と同じような人生をたどりそうで怖いんだけど。

 どうしよう、こんなのにならないようにするにはどうしたらいいんだ?

 

「うん、行く。最強のリザードン使いさんにも何か理由があって先に卒業していったと思うから。私はスイクンの望みを叶えに旅に出る」

「………そうか。惨めな生活ともお別れだな」

「うん、お別れ。私はみんなよりも先に進むの」

 

 俺が思うにルミはスクールに留めておく必要がない。すでにトレーナーとしての何たるかも備わってるし、逆に自分の能力を制限している感じすらある。スイクンをみんなの前で出さなかったのもその一つだ。興味を持ち出した他の奴らを返り討ちにしてしまうのは目に見える。そんな彼女がすぐに浮いた存在になるのは当然のことだ。それを避けた現状ですらルミはハブられているのだ。そういうお子ちゃま精神の集団にいたところで却ってこの子の成長の邪魔をするだけでしかない。

 

「なら、ルミがこれから出くわすであろう伝説のポケモンについて叩き込んでやるよ」

「ん」

 

 ならば俺にできるのは、自発的に行動させ、そのサポートをするくらいだろう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 親子喧嘩もすぐに鎮火してしまい、俺が伝説のポケモンたちについての講座を開くことになった。

 なんでみんなして硬い地面に正座したままなのだろうか。

 痛くないの?

 

「んじゃ、まず。ジョウト地方の伝説については知ってるか?」

「………おっきな二体の鳥ポケモンがいたってことは知ってる。だけど、そのポケモンたちがどんなポケモンなのかまでは知らない」

 

 俺が質問をするとルミは口に人差し指を当ててこてんと小首をかしげた。

 何このかわいい子。

 もらっていい?

 ザイモクザなんか地面の上を転がり回ってるぞ。

 

「具体的だな。ならまずその内の一体、ホウオウについてな。ホウオウは約150年くらい前にエンジュシティで起きた大火事で命を落としたポケモンを蘇らせたとされてるんだ」

「大火事?」

 

 今度は反対側にこてんと。

 

「ほ、ほら、焼けた塔なんてのがあるだろ。あれがその時の残骸なんだとか。で、そのホウオウが蘇らせたとされるのがエンテイ・スイクン・ライコウってわけだ」

 

 あぶねぇ、この子天然小悪魔だわ。

 気を抜いたら持っていかれそう。

 

「ふーん…………つまりホウオウはスイクンの命の恩人?」

「言葉通りのな。ルミの言った鳳のもう一体の方がルギアって言うんだわ。こいつはカントー地方でも有名なサンダー・ファイヤー・フリーザーが争い出した時に諌める力を持っているらしい」

「うん、その話は聞いたことがある。確か季節を表すポケモンなんだよね。秋以外の」

 

 お、こっちは知っていたか。

 それだけ知っていればこいつらについては十分だわ。

「そうだ、あいつらは自分の力を誇示し、自分たちが過ごしやすい天候へと変えていく。そんなやつらが同時に出会ってしまったらテリトリー争いが起こるというわけだ。そしてそれを止められるのがルギアなんだ」

「………ねえ、ヒキガヤくん。なんか詳しくない?」

 

 ペラペラを珍しく長い文章を口にしていると危ない者を見るような目でツルミ先生が俺を見てきた。

 

「………以前、仮面の男の事件があったでしょう? あれを知ってから俺も色々調べたんですよ」

「あったね、そんな事件も」

 

 先生も当然知ってるわな。

 大事件だったし。

 

「仮面の男?」

 

 ほわぁぁぁあああああああああっ!?

 ねえ、もらっていい? もらっていいよね?!

 あ、こら! ザイモクザ!

 お前の汚い手で触ろうとするな!!

 

「あ、ああ、その、二体の鳳にはもう一つ力があるんだ。正しくは奴らの羽の方にだが」

 

 ああ、やばい、心臓がうるさい。

 え、何この気持ち。

 もしかして、恋?

 

「羽?」

 

 それとも病気かな?

 病気だったら以前トツカにも似たような症状を出したような気もするぞ。

 なるほど。

 ルミはトツカと同じ天使というわけか。小悪魔から昇格だな。

 

「ホウオウの虹色に輝く羽とルギアの銀翼の羽を使ったボールにはセレビィという時渡のポケモンを操れる可能性が秘められていたんだ。そのことがきっかけで仮面の男の事件は起こったと言っていい」

 

 ふぅ、一旦落ち着こう。

 えっと、まずは説明に集中しよう。

 ホウオウとルギアについてだったな。

 仮面の男の事件の時には結局セレビィが目的だったわけだ。ホウオウとルギアは道具に過ぎないとか、あのヤナギのじいさんぶっ飛んでるだろってな。聞いた話じゃ、デリバードにルギアだかホウオウだかを捕まえさせてたんだとか。しかもモールス信号で。

 モールス信号で動けるポケモンも凄いが、あのじいさんの実力が世界最高レベルといって過言ではないことに気づいて欲しいな。

 なんで一ジムリーダーなんだろうか。チャンピオンとかに普通になれそうなのにな。

 ふぅ…………。

 

「時渡………、過去とかにも行けちゃうの?」

「み、みたいだぞ。俺も一度だけ姿を見たことはある」

「………ヒキガヤくんってどうしてそんなに伝説のポケモンと縁があるのかしら」

「知りませんよ。で、まあその、ホウオウ・ルギアはこれくらいとして次はスイクンたちだな。大火事によって焼けた塔で命を落とした三体のポケモンたちは自分たちを蘇らせたホウオウを主人とすら思っているらしい。服従心がヤバかった」

 

 先生の顔を見るとなんか落ち着くわ。

 結論、ツルミルミは色々と危険である。

 こんなこと言ってる俺の方が危険人物ですね………。

 

「そんなに?」

「ああ、我を忘れてたとしてもホウオウのことだけは覚えてるみたいでな。それだけ執着心が強いってことだろ」

「スイクンも?」

「恐らくは。俺が手にしたのはエンテイだったからな。前に事件に巻き込まれた時にエンテイを奪い返して、呪いから解き放つためにセレビィを呼び出したことがあるんだよ。俺とエンテイの関係はそれくらいだな」

 

 一時的、というかほんとに逃がすためだけにボールに入れたようなものだからな。

 そんな大それたことはしていない。

 

「その時にセレビィとはあったというわけか………。ハチマン、その話聞くの我初めてぞ」

「詳しく言ってなかったっけ? まあ、いいや。話を戻すとスイクンたちには色々な呼び方があるんだ。その一つが水の君主、炎の帝王、雷の皇帝。どれも各タイプの王様であることを表している。それくらい強力な力を宿しているってわけだな。具体的に言うとスイクンの水晶壁がそれに当たるな。あの壁を越えられるのは『とうめいなスズ』を持った者しか通り抜けることはできない」

「それはあのミナキって人が言ってた。だからスイクンが役目を果たすまでは私に貸してくれるって約束にもなってるの」

「意外と人がいいんだな、そのミナキって人は」

 

 エンジュのジムリーダー、マツバとか言ったか? あの人から確かミナキって人の話を聞いたことがある。何でもスイクンをこよなく愛する追っかけなんだとか。だが、ただの追っかけではなく、唯一スイクンが作り出す水晶壁の中に入れる存在でもあるらしい。その時に必要なものというのが『とうめいなスズ』なんだとか。見たことないしどんな鈴なのかは知らないが、今の話からすると『とうめいなスズ』はルミが持っているみたいだな。そんな大事なもんをスイクンに魅入られただけのトレーナーですらなかった少女に貸すとかどんだけ心が広いんだって感じだ。

 そのまま奪われても文句すら言えんぞ。

 

「んで、エンテイにはホウオウの炎が受け継がれているんだわ。その炎によって救われたポケモンもいるくらいだし、力は本物だろうな」

 

 ほら、俺のゴージャスボールに入っている暴君様とか超お世話になったらしいじゃないか。炎を受けたのはトレーナーの方だけど。

 

「ライコウは正直ザイモクザの方が詳しいんじゃねぇの?」

「はぽん、よかろう! この剣豪将軍、ザイモクザヨシテル。我が相棒の振りに答えてしんぜよう!」

「あ、やっぱいいや」

 

 話を振ってみたもののなんかウザかったのでやっぱりやめた。

 だって、やっと地面から起き上がったんだぞ。それまでずっと悶えてるとか、ウザいとしか言いようがない。

 しかも起き上がったら起き上がったで鬱陶しいし。

 もう少し、テンション下げようぜ。

 

「ひでぶっ!?」

 

 さて、でんじほうオタクは放っておいて。

 

「ライコウは背中に雷雲を背負ってるんだとか。俺も実際に見たのは一度だけだから、それもトレーナーのポケモンとしてバトルしただけだから、詳しく見れてはないんだわ」

 

 バトルフロンティア、フロンティアブレーンの一人、リラ。

 何故か彼女の元にはライコウがいた。

 暇つぶしに二週間、ホウエン地方にあるバトルフロンティアに行った時に彼女とバトルして俺も初めてライコウを目にしただけに、正直ビビった。

 だって、ジンダイとかいうおっさんも伝説のポケモン使ってたけど、あれは有名だったからバトルする前から知ってたし。それよりも、リラの場合はいきなりだったからな。

 いやー、怖かった。勝ったけど。

 

「うむ、あの者は強い! 我が愛しのライコウをあそこまで使いこなせるのは彼女だけだろう! 我もまだまだということである! あの雷には痺れる! サンダーが羽ばたく時、雷は落ち、その雷からライコウが生まれたとも言われているのだ! ああ、なんて痺れる光景だろうか。想像しただけでも我の血が騒ぐというものよ!」

「はいはい、お前はライコウを見にバトルフロンティアに通ったって言ってたもんな。その内また会えるんじゃねぇの」

 

 全てのフロンティアブレーンを倒しきった後に、ザイモクザが俺の前に現れた時には驚いたさ。まさかリラとのバトルを知り合いに見られてるとか、恥ずすぎんだろ。

 

「けぷこん! 我はまだ会わぬ! 奴が撃ち出したでんじほう、あれに我らの力が達するまでは絶対に会わぬ!」

「あ、そう。好きにしてくれ」

 

 会う会わないはお前の勝手だ。好きにしてくれ。

 

「………取り敢えず、スイクンと周りの状況は分かったよ。でもじゃあ、なんでスイクンは私の前に現れたの?」

「それこそ旅に出てスイクンの行きたいところに行くしかないな。スイクンがルミに何を見出し何を望んでいるのか、その目で確かめてくるといい。ま、何からしたらいいのか分からないのなら、まずはホウエン地方にあるバトルフロンティアに行ってこい。そこにライコウがいる。三体の内の二体が集まれば、自ずとそこに三体目が顔をみせるだろう」

 

 そんな俺が言えるのはこれくらいだな。

 ルミが何故スイクンに魅入られたのかなんてスイクンにしか分からないし、ヒントの出しようもない。

 だが、もう一人。同じ状況を得ている人物に会えば、ヒントないし答えが見つかるかもしれないだろう。

 そこには多分、野生に帰ったエンテイも姿を見せるはずだ。

 

「まあ、スイクンたちが動くのは概ねホウオウを呼び出すためだろうがな」

「ということはホウオウに会えるってこと?」

「確証はないがな。だが、何故会う必要があるのかは俺にも分からん」

 

 本当に会うことになるのかすらも分からんし。

 ただスイクンたちが動き出す理由ってホウオウに関することだろうし………、まあ俺にはよく分からんな。

 

「………ああ、段々心配になってきた………。ねえ、ルミ、やっぱりやめ「やめないよ」…………ヒキガヤくーんっ! ルミが反抗期だよ〜」

 

 頭を抱えて震えだした先生にルミは即答で反論し、結果ガバッと俺に抱きついてきた。

 これ絶対既婚者がするようなことじゃないと思う。

 

「あ、ちょ、先生っ、何引っ付いてきてんですか!? あんたそれでも既婚者かよ!?」

「だって〜、ルミが〜」

「ええいっ、あんたは大人しく子供の巣立ちを受け入れてください! じゃないとルミのトレーナーとしての成長期の妨げになりますよっ! それでもいいんですか!?」

「それはやだ〜」

 

 赤子のように愚図る先生。

 さて、どうしようか。

 

「………お母さんの本性がこんなんだったなんて、娘として恥ずかしいんだけど」

「ううっ、ルミがいじめる〜」

 

 ああ、娘にまで白けた目で見られてますよ。

 この人、ダメだわ。良くも悪くもこんなんだから自分の子供をちゃんと見てられないんじゃないだろうか。

 こうなったら仕方がない。最後の手段を使わせてもらおう。

 

「………ヒラツカ先生呼びますよ」

「はい、ごめんなさい。大人しくします。私は仏になります」

 

 ポツリと呟くと先生はササッと俺から離れて地面の上に正座し直した。

 その顔は青く、恐怖を思い出したかのような目をしている。

 

「………はあ………、ダメだこりゃ」

「……お母さんに頼らなくてよかったかもしれない」

「その辺にしといてやれ。お前の母ちゃんもこれでも自分にできることはやってたみたいなんだから。俺に頼ってきたのも相当参ってた証拠だと思うぞ」

「………もっと話し合えばよかったのかな」

 

 じっと目を瞑る自分の母親を眺めるルミ。

 

「話したって分かることも分からないこともある。話したところで意味なんてないだろうし、逆にただ巻き込むだけになってしまうことだってあるんだ。話すことが得策だとは思わねぇよ。ただ、この人はルミの母親だってことは忘れない方がいいじゃないか? 知らんけど」

「ヒギガヤぐ〜ん」

 

 すると突然、またしても俺の足に抱きついてきた。

 

「ええいっ、泣くな、擦るな、抱きつくな! あんたアラサーでも既婚者だろうが。旅に出られるような年齢の娘を持った母親だろうが。簡単に男に抱きつくとか有りえねぇだろ!」

「ううっ、だって〜」

 

 俺の右足に抱きついて頰を擦りつけて嘘泣きをするアラサーに、益々鉄槌という名の独身アラサーのタックルをくらって欲しくなってくる。

 あれ? つか、これほんとに泣いてね?

 

「ハチマン、既婚者にまでモテるとかもはや流行病の一種だぞ」

「……要するに?」

「羨ましすぎる!!」

「なら、代わってくれ………」

 

 マジで、代われるもんなら代わってやりたいわ。この立ち位置。

 ぼっちの俺には正直ハードルが高すぎる。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「さて、伝説のポケモンたちについてはこれくらいでいいだろう」

 

 あの後、ルミに先生を引き剥がしてもらい、何とか落ち着かせることに成功した。

 うーん、この人ってスクールにいた時ってこんなんだったっけ?

 もっと抱擁力があったように思えるんだが………、今じゃ逆に抱擁力を求めてるまであるぞ。

 おい、旦那。もっと嫁をかまってやってくれ!

 

「次は旅に出る前にスクールを卒業しないとな。先生曰く、ルミは俺の時と同じような状況だってことだし、まあ、間違いなく校長とバトルすることになるだろうな」

「………なんで?」

「それについては先生に聞く方がいいだろう」

 

 自分の職場のことだぞ?

 知ってるよね。

 俺よりも知ってなきゃおかしいぞ。

 

「……スクールを卒業する条件にはね、知識面だけでなくバトルの方も見なくちゃいけないの。ポケモンをもらった子たちは特別カリキュラムが組み込まれてね。放課後とかに先生たちとバトルの特訓をするのよ」

 

 うんうん。

 やっぱりそういう意図があったのか。

 

「……それって必要なことなの?」

「うん、うちのスクールではね。校長先生曰くただポケモンを連れているからといってバトルができるわけではない。野生のポケモンならまだしもロケット団のような悪い人たちに出くわした時の対処法をつけさせたいんだって」

 

 そうか、あのスクールの独自のものだったのか。けど、しっかりしてるといえばしっかりしている。ただ単にポケモンを連れているからといって無闇矢鱈に野生のポケモンと遭遇してバトルできなかったり、それこそ危ない人たちに目をつけられることだってある。そういうことを見越して特別カリキュラムを用意しているのはさすがあの校長といったところである。

 

「ふーん」

「ま、ルミは今更そのカリキュラムを受ける必要はなさそうだけどな。ただその代わり、校長に直で自分のバトルを見せなきゃいけないんだが」

「ヒキガヤくんもね。ずっとポケモンを持ってることは隠してたのよ。それで急に卒業するって言い出して、スクールで一番強い校長先生とバトルすることでそのカリキュラムを終えたと認証されて無事卒業できたってわけ」

「……強かった?」

 

 じっと俺を見上げてくるルミルミ。

 鋭い目つきがなんか歳不相応で可愛いんだけど。

 

「ああ、もうそりゃ負ける一歩手前まで持っていかれたからな。何なら隠し球を用意してなければ負けてたまである」

「負けると卒業は先延ばし。旅もできなくなるわ」

 

 そうだったのか………。

 いやまあ、当然と言えば当然だけど、俺聞いたことがなかったぞ。

 

「………ねえ、それってポケモンを最後まで持ってなかった人たちはどうなるの?」

「それな、俺もよく知らねぇわ」

「心配しなくても卒業までの二ヶ月を教師のポケモンを使ってバトルの体験をしていくの。そうね、昨日校長先生とバトルしてたイロハちゃんがその一例ね。あの子は卒業する時もポケモンを持っていなかったわ。ただ校長先生のヤドキングとは仲良くなったみたいでね。バトルの体験もヤドキングでしてたわ」

 

 なるほど、それがイッシキが言っていたヤドキングとの歴史か。

 ヤドキングも言ってたし、間違いねぇんだろうな。

 

「………ヤドキングってバトルで使ってた?」

 

 となると………。

 

「ああ、あいつだな。なんかヤドキングが言うにはじじいが孫に用意していたポケモンらしいぞ。ああ見えて孫には甘々なんだよな………」

 

 どんだけ甘々なんだって感じだわ。

 バトルの体験で使わせるだけでなく、トレーナーになった暁にはそのポケモンを贈るとか…………。

 やっぱ、孫だからなんだよな?

 変な気とか起こしてないよな?

 

「血縁関係だったなんて初めて知ったけどね。でもすごかったよ、イロハちゃん。トレーナーとしての素質はあの頃から垣間見えてたもの。あそこまで成長してるなんて思いもしなかったけど。これもヒキガヤくんのおかげだね☆」

 

 きゃは☆ とどこかのあざとい後輩を彷彿させてくるアラサー既婚者。

 

「やめてください、アラサーがキャピキャピすんな」

 

 ちょっとイラっときたのでチョップをかました。

 

「あうっ!」

 

 ダブルじゃないだけありがたく思いなさい。

 俺、ドラゴンタイプの技は使えないけどね。

 というかなんでダブルチョップはドラゴンタイプなんだろうな。かくとうタイプでいいと思うんだが。

 

「で、まあ、そんな感じなんだわ。とにかくルミは卒業するにあたって校長とバトルするのは確定だろう。そうなるとさすがのスイクンだけでは太刀打ちできないはずだ。かく言う俺もユキノシタのオーダイルを無断で借りたり、黒いのに出会わなければ負けてたんだ。全員何気に出来る子達だったからいいものの元々のレベルが高かったってのもある。だが、ルミの場合はまた別だろうな。そんな手を貸してくれるようなポケモンなんて…………先生のポケモンくらいだよな」

 

 いや、逆に言えば最初から先生のポケモンを使えるというプラスな話か。

 俺みたいに運とか関係ないし。

 

「………ハピナスとプクリンとタブンネとソーナンス…………」

「…………なんか扱いが難しいのが半分くらいいるな」

「あっはははー、それは、まあ、そうだよね………」

「なんでその面子なんすか」

 

 ハピナスは俺も世話になった。

 だがトツカのハピナスのようにバトル向きのポケモンではない。

 それにソーナンス。

 スイクンのミラーコートを使っていたルミなら使えるかもしれんが、ソーナンスは癖が強すぎて扱いが難しいと思うぞ。

 

「わ、私だって昔はジョーイさんに憧れてその補佐役としてハピナスとプクリンとタブンネを捕まえたのよ! ソーナンスはホウエンの温泉に行った時にもらったタマゴが孵ってソーナノが進化しただけだけど……………で、でも、みんな強いんだからね!」

「いや、ヒラツカ先生の直接的な強さとは真逆の強さですけどね。ソーナンスとか反則でしょ」

「…………そんなに強いの?」

「ソーナンスはな、自分では攻撃できないんだ。だが相手の攻撃をはね返すことだけはポケモンの中でもトップクラスなんだよ。受ける技が強ければ強いほど奴は力を発揮する」

 

 バトルとかしたことはないが、一度くらいだったか、見たことはある。

 どんな攻撃でも跳ね返し、倍にして撃ち出す。やられそうになったら道連れにして相手も巻き込んでバトルを終わらせる。

 いやもう、あれはチートだよ思ったわ。

 何しても攻撃が帰ってくるんだから、相手としては精神をすり減らされていく感じである。見ただけでもそんな感想を抱くんだから、絶対に相手にしたくないポケモンであるのは間違いない。

 

「そうよ、これでも私はスクールの中では三番目に強いんだから!」

「はっ? マジですか?」

 

 おっと?

 今何か聞き間違いであって欲しい言葉が聞こえてきたぞい?

 

「マジよ、大マジよ」

「ちなみに二番目は?」

「先輩」

「ああ………、やだなー、そんなスクールに通ってたとかやだなー」

「な、なんでよ?」

「だって、普通の教師であるヒラツカ先生が強いのは分かりますけど、その次に来るのが保険医だなんて…………んなアホな」

 

 校長、ヒラツカ先生、ツルミ先生…………何この組み合わせ。

 全くもって毛色の違う人種ばっかなんだけど。

 校長強い、うん分かる。

 ヒラツカ先生強い、うん分かる。

 ツルミ先生強い、見たことないからさっぱり分からん。予想もできん。バトル風景すら見えてこん。

 ダメだ、全くもって先生の勇ましい姿が想像できない。

 

「……そもそも私と先輩は校長先生の教え子だもの。強くないとまた扱かれちゃうよ」

 

 …………………………………………。

 

「…………なあザイモクザ」

「う、うむ………」

「今知りたくなかった情報が聞こえてこなかったか?」

「我は聞いていないぞ! 何も聞いてないぞ! ツルミ女史があの校長の弟子とか聞いてないぞ!」

「思いっきり聞いてんじゃん……。はあ………、聞き間違いじゃなかったか」

「そ、そんなにおかしい?」

「や、おかしいというより予想すらしてなかったと言いますか…………」

「よく言われるから気にしないで………」

「………? つまりお母さんのポケモンたちも使って校長を倒せばいいってこと?」

「……ああ、まあそんなところだ」

「ふーん、ならいけるかも」

「えっ?」

 

 おっと、こっちにも問題発言が飛び出してきましたよ?

 何なのこの親子。

 ぶっ飛びすぎだろ。

 

「校長先生が使ってくるポケモンって何?」

「恐らく昨日使っていたフーディン、クロバット、ロコン、キュウコンにゲンガーとワタッコだろうな」

 

 ヤドキングが抜けた穴をロコンで埋めてくるとは。しかも白いアローラとかいう地方のポケモンなんだろ。フリーズドライを使ってたのを見るとこおりタイプで間違いないだろうし、逆に攻撃の幅が広がっているような気もする。

 

「ふーん、ルールは?」

「これが一番の難点なんだよ。ルールは何でもありの野戦、使用技に制限がなく六体が一気に攻め込んでくることもある。囲まれたら終わり、そういうバトルだ」

「こっちも全員で仕掛けていいの?」

「ああ」

「…………」

 

 俺が短く肯定するとルミは深く何かを考え始めた。

 

「どうした? やっぱり無理そうか?」

 

 じっと動かないのでそう聞いてみると、何かを思いついたような目で俺を見上げてきた。

 

「ハチマン、さっきの続きしよう」

 

 どうやら野戦でさっきの決着をつけようってことらしい。

 俺としてもバトルを中断していたし、せっかくだから決着をつけたいと思っていたところだ。

 

「野戦とか、腕がなるね」




今回からシャドーの話にいくのかも、と予想された方もいるようですね。
残念ですが、シャドーの話はまだ先です。キーパーソンが登場する頃に合わせて出そうかと。
それまでもう少しお待ちください。


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53話

 ルミが先生からポケモンを預かり、使える技も教えてもらったところで再度バトルフィールドへと並んだ。

 今頃、みんな何してるんだろうな。子供の相手なのは間違いないが。かく言う俺も子供の相手をしているし、仕事放棄ではないから怒られないよな。

 

「言っとくがこれは野戦だぞ。怪我しても知らんからな」

「大丈夫、校長先生に勝ったハチマンにどこまで自分でやれるかで、きっと校長先生とのバトルも変わってくると思うから」

「そうかい、ならいくぞ、リザードン」

「スイクン、いくよ」

 

 最初は一体ずつか。

 次第に増やしていこうって算段なのかね。

 

「かえんほうしゃ」

「ハイドロポンプ!」

 

 まずは挨拶代わりの打ち合い。

 二体とも気がすむと、スイクンが先に動き出した。

 

「バブルこうせん」

 

 スイクンは走りこみながらこちらへ大量の泡を吐き出してくる。

 よく見ると泡の中にはモンスターボールが入れ込まれていた。

 おいおい、もう少し初心者らしくあってくれよ。いつの俺だよ。

 

「リザードン、打ち返せ!」

「させない。タブンネ、なみのり!」

 

 リザードンが爪を鋼にしてボールを打ち返そうと構えを取ると、泡の中に入っていたボールの中からタブンネが飛び出し、泡をかき集めて水へと変え、波を起こした。

 

「フレアドライブ!」

 

 波に飲まれるのは避けられそうにないので、炎を纏うことで水の蒸発を促し対処する。だからと言ってダメージがないわけではない。ただの軽減策である。

 

「スイクン、あまごい!」

 

 その隙にルミはスイクンに雨雲を作らせ、雨を降らせ始めた。

 室内なのに雨が降るというこの違和感、なんて考えてられているだけ俺は余裕らしい。

 

「ブラストバーン!」

 

 波打ちが終わるのを見計らい、地面に思いっきり拳を叩きつける。

 地割れが起きてその隙間から炎を吹き出してくる。吹き出し口の真上にはスイクンとタブンネがいた。なんと、ジャストヒット。

 

「スイクン、見切って! タブンネは戻って!」

 

 吹き出す青い炎をジグザクに動いて躱すスイクンとは対照に、タブンネは巻き上がる炎の中からボールへと戻っていった。地味にダメージを与えたらしい。

 

「確かに、何でもありだもんな。交代だって然りだ」

「スイクン、バブルこうせん!」

 

 パンパンパンッ! と泡を態と割ることで巻き上がる炎に衝撃を与え、空洞を作り出していく。そこをスイクンが駆けていき、全てを躱し切った。

 

「くさむすび」

 

 だが、それくらい俺だって読んでいる。

 スイクンがこの程度でどうにかなるなんて思っちゃいない。相手は伝説のポケモンなんだ。

 

「ッッッ!?」

 

 ルミは一瞬何が起こったのか分からなかったようだな。まあ確かに俺はボールをいじってないもんな。

 でもな、最初からボールの外にいるってことも考えた方がいいぞ。

 

「プクリン、かえんほうしゃ!」

 

 すかさずボールに手をかけ、プクリンを出した。出たと同時にスイクンを絡め取った草を焼いていく。

 

「プクリンにメタルクロー」

「カウンター!」

 

 ぽいっとプクリンをかばうように投げ出されたのはソーナンスだった。

 またタイミングを上手く合わせてきたな。

 もう、こいつは天性のモンを持っていると見た方が得策だな。知識だとか経験だとか、そんなものには一切頼っていない。天性の勘による危険予知と対処術。

 まさに脊髄反射。

 ユイガハマあたりに見習ってほしいもんだ。

 

「おにび」

 

 技を当てる前に鬼火でソーナンスの視界を覆い、翻って背後へと回り込む。

 タイミングをずらしたことでカウンターは失敗に終わったな。

 

「スイクン、ハイドロポンプ!」

「ソーナンスを投げ飛ばせ!」

「シャアッ!」

 

 リザードンは鋼の爪の甲でソーナンスの頭を弾き、水砲撃を打ち込んでくるスイクンの方へと投げ飛ばした。

 

「はねる!」

「ソー!」

 

 うおっ!?

 まさかのはねる、だとっ!?

 

「まもる!」

 

 影からスッと出てきたゲッコウガがリザードンの前で防壁を貼る。

 ソーナンスが跳ねて避けたことで狙い通りに水砲撃が打ち付けられた。

 

「…………いたの忘れてた」

「まだちゃんと見たことはなかったか。こいつはゲッコウガ。こっちにきて俺に懐いて…………るのかは怪しいが気に入られたポケモンだ。かなり強いぞ」

「ふーん………、プクリン、いやしのはどう」

 

 あ、こいつスイクンを回復させてきやがった。

 何それ、嫌な予感しかしない。

 

「………ジョーイ補佐役候補のポケモンとバトルするとこういう展開も出てくるのか」

 

 これはまた新しい経験だな。

 こんなバトルは初めてだ。初めてだけど、とにかく長期戦になるのはよく分かったわ。

 さっさと終わらさなければこっちが疲れ果てるだけだ。

 

「リザードン、メガシンカ!」

 

 ゲッコウガの後ろでリザードンが白い光に包まれて姿を変えていく。俺の手元ではキーストーンが力を注いでいる。

 

「プクリン、かみなり!」

 

 雨が降っている間はかみなりが必中してくる。

 何なら雨雲の下はどこにいようとも狙われると思ってもいいくらいである。

 

「ゲッコウガ、あなをほる! リザードン、ソニックブースト」

 

 ゲッコウガはタイプをじめんに変え地面の中へ、リザードンはゼロからトップに急加速し落雷を防いだ。

 だが、これが誘いなのは分かっている。

 

「オーロラビーム!」

 

 雨粒を凍らせてリザードンに向けて細かな氷の礫が打ち付けられてきた。

 

「フレアドライブ!」

 

 丁度雨が上がり、フィールドは炎技の威力が元通りになった。

 最後のタイミングだったみたいだな。

 

「ソーナンス!」

 

 ソーナンスが上から降ってきて、リザードンたちの間に割って入ってきた。

 ポケモンに自己判断で返し技を使わせるなよ。

 こっちが判断つかねぇだろ。

 つか、人のポケモンでよくできるな。

 

「ハイドロカノン!」

 

 どこにいるのかは知らないが、ソーナンスの足元からはゴゴゴッ! と唸りを上げ、遂には地面を割って勢いよく噴水した。リザードンを受け止めようとしていたソーナンスは「ソーナンス~」とか言いながらどこかへと飛ばされていき、空いた道を通ってリザードンがスイクンへと突撃した。

 

「グリーンスリーブス・雷」

 

 一瞬の怯みを逃さず、拳に電気を纏わせて宙へと殴り上げる。

 

「スイクン、少しの間だけ耐えて! ハピナス、タブンネ、プクリン! スイクンにいやしのはどう!」

 

 連続でかみなりパンチを受け続けるスイクンに対し、ハピナス・タブンネもボールから出して三体のジョーイ補佐候補が回復し続けていく。

 こうなっては攻撃する意味がなくなるな。

 仕方ない、まだよく分からないこの力を見せたくはなかったが………。

 

「ゲッコーー」

「スイクン!」

 

 何の前触れもなく、スイクンに水晶壁を作らせたルミルミ。

 ここで水晶壁かよ。

 まもるよりも効果的な特殊能力って何なの………。というかリザードンを弾き飛ばしちゃってるし。

 

「くっ、リザードン、ハイヨーヨー!」

「ハイドロポンプ!」

 

 急上昇を図るリザードンを追随するように撃ち出される水砲撃。

 ジグザクに動き回りなんとか逃げ切っていく。

 

「タブンネ、なげつける!」

 

 なげつける。

 持たせていた道具などを投げつけて攻撃する技であるが…………、おいこら、そこのタブンネ。ハピナスを投げてくるとかどういうことだってばよ。

 

「ハピナス、はかいこうせん!」

 

 水砲撃とは別の場所から一直線の光線が飛んでくる。

 スイクンは地面に着地し、タブンネによって再び投げ上げられた。

 

「リザードン、ブラストバーン! ゲッコウガ、くさむすび!」

 

 身体を反転させながらはかいこうせんに対して炎を究極技を撃ち込んでいく。上下逆さとか辛くないのかね。

 元々狙われていた水砲撃はゲッコウガの太い蔦によって方向を変えさせ、尚且つスイクンや他のポケモンを絡め取っていく。

 地面の中からご苦労さん。

 

「ぜったいれいど」

 

 ここで一撃必殺か!?

 だが狙われたのはリザードンでもゲッコウガでもなく、絡まっている蔦。

 

「プクリン、かえんほうしゃ!」

 

 凍った蔦を今度は焼き払い、自由を確保していく。

 

「みずしゅりけん!」

 

 解放されたことによる安堵しているところ悪いが、背後には忍者が待ってますのよ。

 ゲッコウガは複数の水でできた手裏剣を打ち放っていく。

 スイクンは咄嗟に躱したが、ハピナス・プクリン・タブンネは手裏剣を背後から打ち付けられ、そのまま地面へと叩きつけられていく。

 それは丁度三角形ができるような配置で。

 

「みんなっ!?」

 

 ようやくルミが声を荒げた。

 長い、ここまで来るのにすげぇ長いんだけど。

 これからバトルすることになるであろう校長の大変さが身に沁みて感じ取れてしまう。

 その節はどうもお世話になりました。

 

「ッ!?」

 

 かと思えば、何かを閃いたようですぐに不敵な笑みに変わった。

 何をしてくるのやら。これまでが想定外だっただけに次も何をしてくるのか怖いんだけど。

 

「ハピナス、プクリン、タブンネ! マジカルシャイン!!」

 

 そうきたか?!

 三体が飛ばされた位置を上手く利用して広範囲に渡る攻撃。

 チッ、ここまで適応してくるのか。

 

「ゲッコウガ!」

 

 やむを得まい。

 着地したゲッコウガが水のベールに包まれていく。

 フィールドの三箇所では体内のエネルギーを光へと変換させている。

 俺の視界はすぐにゲッコウガのものへと変わり、場の緊張感が一層強く感じてきた。

 まずはリザードンをどうにかしなければ。

 

「リザードン、はがねのつばさで身を固めろ!」

 

 視界はゲッコウガであるが、身体はそのまま動くみたいだな。なんかすげぇ今更だけど、今気がついた。

 

「こっちはまもッッーーー?」

 

 まもるが………できない、だと?!

 なんだ?

 どういうことだ?

 連続して使っているわけでもない。忘れたということもない。というかみずしゅりけん以外の技が使えなくなっている…………。

 考えろ、考えるんだ。

 技自体のデメリットというわけでも忘れたわけでもなく、他の技も使えない………。

 あるはずだ。何か………、この原因となるはずのものが何かあるはずだ………。

 

「ソーナンス、ミラーコート」

「ソーナンス~」

 

 はっ!?

 そうだ、確かソーナンスはアンコールをッッ!!

 アンコールは最後に使用した技以外を使わせなくなるという嫌がらせをするのに最適な技だ。ルミルミのやつ、いつの間に命令していたんだ?

 くそ、やられたっ!

 こうしている間にも大量の光が三方向から発せられてくる。リザードンは鋼にした翼で身を包み、スイクンは水晶壁で、ソーナンスはミラーコートを使うことで、さらに光を反射させているが………。

 何もできていないのは俺たちだけである!

 くそ、暴君を使うか?

 いや、奴を使うのは反則に等しい。あいつは俺のポケモンではない。ただの居候的な、利害が一致しただけの関係。あまり私的な理由であいつの力を借りてしまっては後で何を要求されるか分かったもんじゃない。

 ならば、どうする?

 考えてる暇もない。

 くそ、マジでルミルミ強ぇ。

 こんなの初心者じゃねぇわ。

 

「ーーーあくのはどう」

 

 咄嗟に命令してみたが、準備でもしていたのだろうか。

 手際よくゲッコウガとリザードンを黒い波導で包み込み、白い光から守ってくれた。

 こいつならいいよな。野生ではあるが俺の言うこと聞いてくれるし、なんだかんだ言ってオーダイルを抜いたら付き合いが二番目に長いポケモンでもあるからな。

 

「みずしゅりけん」

 

 一瞬でハピナスの背後に移動してゲッコウガの背中にある手裏剣で殴りつける。

 左から、右下から、真上から。

 三発当ててうつ伏せで倒れ伏したハピナスの体に乗っかる。

 

「じしん!」

 

 リザードンが大きく地面を揺さぶってくる。

 あらかじめ、ハピナスを土台にした甲斐があったわ。

 

「はっ!? ソーナンス、カウンター! スイクン、ハイドロポンプ! タブンネ、なみのり! ハピナス戻って! プクリン、ほろびのうた!」

 

 一気に命令出してきたな。しかもしれっとほろびのうたを使わせちゃってるし。

 

「リザードン、カウンター返し!」

 

 じしんによって揺れた体をそのままリザードンの方へと突っ込む力へと変えたソーナンスの体当たりにさらにカウンター。

 タイミングよくソーナンスを弾き返し、ほろびのうたを歌っているプクリンに投げ飛ばした。さすがにカウンター返しはこちらもダメージをもらうな。弾き返しはしたものの大きく後ろに下がらされてしまった。

 しかもそこにはスイクンのさらなる水砲撃が打ち込まれてしまい、リザードンへのダメージが蓄積していく。ついでにその水砲撃に乗ってタブンネまでやってきた。

 何この集中攻撃。

 

「タブンネ、ハイパーボイス!」

「トルネードドラゴンクロー!」

 

 踏みとどまったリザードンは翼を折りたたみ、竜の爪を立ててドリルのように大きく口を開いたタブンネに突っ込んでいく。

 こっちもさっさと終わらせなければ。

 ソーナンスがいる状況で敵味方関係なく戦闘不能に追い込むほろびのうたは危険だ。

 ボールに戻すこともできないし、技の効果が出るまでのほんの僅かな時間のうちにソーナンスだけは倒しておかなければ。

 

「かげうち」

 

 ようやくアンコールが解け、影に潜ってソーナンスの下へ移動。

 暗いところで落ち着いて今の状況を鑑みると、恐らくルミはバトルスタイルが俺に似ているのかもしれない。自分のポケモンでなくとも容易く命令を出し実行させ、特性をもフルに発揮してくる。自分の力をフルに引き出してくるルミに初めてであろうともポケモンとしても信頼を置いているのかもしれない。

 俺の知る初心者の中では群を抜いて強い。あのイッシキでさえもまず勝てないだろう。ポケモン自体がよく育てられているのもあるだろうが、それでもまだイッシキに足りてないものをすでに持っている。

 天性のモンかもしれんが、ここまでだとさすがの俺もお手上げだぞ。

 校長、後は頑張ってくれ。

 

「プクリン、丸くなってころがる!」

 

 プクリンがソーナンスを守るように身を丸めて影から出たゲッコウガに突っ込んでくる。

 ーーーハイドロカノン!

 水の究極技でプクリンを打ち返す。

 だが、それをソーナンスがさらに打ち返してくる。

 だったら負けるかよ!

 

「コウ、ガァァァアアアアア!!」

 

 水圧をあげてもう一度押し返す。

 さらに影も作り出してプクリンとソーナンスを取り囲む。

 

「ソーナンス、はねる! プクリン、とびはねる! スイクン、ぜったいれいど!」

 

 連続でリザードンに水砲撃を打ち込んでいたスイクンが、こちらの一角を凍らせてしまった。

 う、動けない………。

 これが、一撃必殺………なの、か?

 やべぇ、身体が痺れて動かん。痛みとかも感じないんだけど。それだけ体が麻痺してるってことなのか?

 

「コウ、ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!」

 

 身体が動かないはずのゲッコウガが雄叫びをあげる。

 するとゲッコウガを包む水のベールがさらに厚くなった。

 凍らされた空間を水圧だけで溶かしていく。

 凍ったはずの影も同じような現象を見せてくる。

 これだったら影だけでも倒せるんじゃね?

 

「コウガ」

 

 そんなことをふと思ったのが伝わったのだろうか。

 ゲッコウガは影だけを動かして凍らされる前に一角から上空に離脱したプクリンとソーナンスを黒い刃で切り込んでいく。

 リザードンの方を見るとタブンネを地面に突き落として下降したかと思うと、地面を叩きつけて地割れを起こしていた。

 そこから炎が吹き荒れるのが常であるが今回は違った。

 大きくできた地割れにタブンネが呑まれ、挟まれ、吹き飛び、倒れ伏した。

 ……………えっ? 一撃?

 

「タブンネ!? くっ、スイクン! ハイドロポンプ!」

 

 戦闘不能になったのがルミにも分かったのだろう。

 呼びかけても反応のないタブンネをボールへと戻して、スイクンにバトンタッチした。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 あいつもまだまだ成長し続けているってことか。

 こっちも負けてられないな。

 

「つじぎり」

 

 本体でまずソーナンスにとどめを刺しにかかる。

 

「みちづれ」

 

 手刀を刺してからそれかよ………。

 ヤバい、強制的に体力が持っていかれてるっ!

 ここまで、なのか?

 この力を持ってしてもみちづれには抗えないのか?

 

「コウ、ガッ!」

 

 ゲッコウガから意識が離れていく中。

 置き土産として、プクリンにみずしゅりけんを投げて、戦闘不能に追い込んでいた。

 

「はっ!? ゲッコウガ………、お疲れさん」

「ソーナンス、プクリンも。お疲れ様」

 

 二人してポケモンをボールに戻していく。

 これで残りはスイクンか。

 リザードンが俺の方へ、スイクンがルミの方へと着地した。

 

「スイクン、ぜったいれいど!」

 

 スイクンも一撃必殺で来るならこっちも受けて立とうじゃないか。

 ここにきて新しく覚えやがった一撃必殺、じわれ。誰かさんのせいで何度か目にしている一撃必殺。

 

「リザードン、じわれ!」

 

 リザードンは地面を叩き割り、スイクンがフィールド全体を凍らせてきた。熱と力の衝撃で爆風が巻き起こる。

 

「………ハピナス、タマゴうみ」

 

 ぽいっと投げ出されてきたハピナスが腹のタマゴを抜き取って食べ始めた、らしい。爆風で全く見えん。

 そういやまだハピナスは倒してなかったっけ?

 つか、なんでこのタイミングで出してくんの?

 

「「あ、」」

 

 煙が晴れて出てきたのは凍ったリザードンと倒れ伏したスイクンの姿だった。

 

「スイクン、お疲れ様。おかげでだいぶバトルに慣れてきたよ」

「いや、これで慣れてないとか言ってたらみんなにいろいろ言われんぞ」

 

 リザードンをボールに戻しながら、ついぼやいてしまう。

 だって、ぼやかないとなんかね、もうね………。

 

「………あれ? 残ったのハピナスだけ? ってことはルミの勝ち?」

 

 ツルミ先生がフィールドに残っているのがハピナスだけであることに疑問を抱いてきた。

 まあ確かにこの状況を見ればルミが勝ったように見えるけど。

 

「んなわけないでしょ。………はあ、正直こいつをあまり使いたくはないんだが、校長とのバトルを控えてるわけだし、ここまでいいバトルをしてきたんだ。伝説の力というものを少しだけ見せてやるよ」

 

 コンコンと地面を二回踏むと、黒い影の中からぬっとダークライが顔を見せた。

 

「ちょいと付き合ってくれ」

 

 コクっと頷くと影の中から完全に出てきた。

 

「…………ハチマンの伝説のポケモン………」

「先生も見たことくらいはあるでしょ」

「……えっ? あ、あっ! あの、黒いポケモンっ!?」

「こいつのおかげで俺は校長に勝てたようなもんですからね」

 

 ようやく思い出したツルミ先生が大きな反応を示した。

 

「る、ルミっ。このポケモンすごく強いから! 気をつけて!」

「………言われなくても分かってるし……」

 

 うーん、やっぱりちょっと反抗期?

 というか知っていることを今更言われたことが気にくわないのだろうか。

 でも顔はちょっと笑ってるし………。

 

「うーん、素直じゃねぇなー」

「ハピナス、はかいこうせん!」

「おーおー、早速か。ふいうち」

 

 狙いを定めたところを一瞬で背後に移動し、叩きつける。

 

「ダークホール」

 

 そのまま足元に黒い穴を作らせ、呑み込んでいく。

 

「えっ?」

 

 何が起こっているのか分からないのか、ルミの反応が遅れている。

 やっぱりこういう突拍子もないことには慣れてないんだな。

 それが当然であってよかったわ。

 これすらも対処してきたら、もう俺泣いちゃう。

 

「ハピナス!?」

「はい、出してー」

 

 黒い穴からハピナスを取り出し、地面に放る。

 ぐーすか寝ているハピナスは起きる気配がない。

 

「あくのはどう」

 

 黒い波導でとどめを刺した。

 今までのダメージを回復しきれてなかったみたいだな。それにダークライの悪夢を見せる能力も効いていたみたいだ。

 

「ハピナス………」

 

 意気消沈。

 まさにそんな言葉が当てはまりそうな沈んだ顔つきになるルミルミ。

 ちょっとやりすぎたかな………。

 

「ハピナス、お疲れ様………」

 

 ボールに戻しながら小さくため息を吐いている。

 相当悔しかったみたいだな。

 まあ、今までが対処しきっていただけに、何もできなかったのが悔しいのだろう。

 

「………ルミー、お疲れ様ー」

「………お母、さん……」

 

 ルミの方へと近寄っていく母親の顔を見たルミルミは吸い寄せられるように飛び込んでいった。

 

「どう? 負けて悔しい?」

「うん」

「まあ、最初から勝てないのは分かってたけどね。だって相手がヒキガヤくんだもん」

「でも悔しい………」

 

 胸、というか腹に顔を埋めながらルミルミが短く返していく。

 

「………俺がカロスに来て一番追い込まれたバトルだったんだけどな。結局、リザードンとゲッコウガを倒せたのはルミが初めてなわけだし」

 

 俺もザイモクザと二人のところに寄っていく。

 

「え? そうなの?!」

「ええ、ユキノシタとバトルした時はタイプの相性とゲッコウガのぶっ飛んだ起点で、結果を見れば一方的なバトルになりましたけど。それにシングルバトルでしたし。他にもイッシキが一番俺の嫌いなバトルをしてくるもんで手こずりましたよ」

「イロハちゃんも結構やるんだね。って校長とあれだけやれたのも元々ヒキガヤくんとあんなバトルをしてたからよね」

「どうだか。あいつら俺の知らないところで、打倒俺で燃えてますからね」

「……なんか想像できるなー」

 

 想像できるんだ………。

 すごいな………。

 

「ま、こっちに来てから初心者見るのは四人目になりますけど、妹は予想外の技の使い方してくるし、イッシキはフィールドを支配してコロコロバトルの展開を変えてくるし。個性が強いのばっかですよ。でも一番強いのはルミですかね。野戦ってのもあるでしょうけど、人のポケモンと伝説のポケモンであるスイクンをあそこまで上手く立ち回らせていれば充分でしょ。お互いのポケモンの数が揃ってないくらいのハンデはあったとしても、俺のリザードンとゲッコウガを倒したという事実は獲得したんだ。ルミはこれから相当強いポケモントレーナーに成長しますよ。旅に出てパーティーを作った時が楽しみなまである」

 

 いくらハンデがあったとはいえ、初心者がスイクンと人のポケモンだけで元チャンピオンのポケモンを倒したとなればあの校長といえど、引きさがれはしないだろう。後はあのじじいを焚きつけておくべきかな。

 

「………校長には勝てそう?」

「さあ、どうでしょうかね。あの人は底が知れませんから。ただ俺をここまで追い込む実力があるのは自信を持っていいんじゃないですか?」

「……だって」

「……………最強のリザードン使いさんが言うのなら間違いないよね」

「そろそろその呼び方やめないか?」

「ふふっ、いいじゃん」

 

 ようやくこっちにも笑顔を見せるようになった。

 

「なあ、ハチマンよ」

「………なんだよ」

「我、腹減った………」

「お前な………、少しは空気読めよ」

「いや、空気を読んでいってみたのだが………」

「ふふっ、それじゃ何か食べに行きましょうか」

「わーい、ハチマンのおごりー」

 

 棒読みで突然ルミが口開いた。

 こいつも空気を読もうとしたのだろうか………。

 

「おいこら、せめて感情を込めて言え」

「言ったら本当におごってくれるんだ………」

「その前にポケモンたちを回復させるのが先だけどな」

「うん、分かった」

 

 なんだろう。

 この集団には残念臭が漂い始めてるんだけど。

 まあ、一人天使がいるから別にいいか。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 研究所の回復マシンにボールを嵌め込んで回復させていると、コールが入った。

 ポケナビの方からか。だとすると協会か?

 

「はい」

『私だ』

「なんだ、あんたか」

『ハチマン、報告書は受け取った。すぐに現地の会員に招集を呼びかけて会議を開くことにする。君も参加するだろう?』

「一会員としてなら。さすがに俺の肩書きを使うのはもっと後になってからでしょ」

『よく言う。この会議を開くのにすでに君の意向が示されているというのに』

「それはそれ。これはこれっすよ。で、いつ開くんだ?」

『そっちでの明日の午後一時からだな。場所はミアレの………』

「ああ、どうせ招集をかけるのにメール出すんだろ。んでそこに場所と時間もあるんだろ。なら詳しいことはメールの方を待ちますよ」

『そうか………、無茶、するなよ』

「俺もできることならしたくないんだけどな。でも他に手がなかったらまたやるでしょうね」

『そう言うとは思っていたが………。今回は特に危険な匂いを感じる』

「それには同感だな。こっちの伝説は危険だわ」

『くれぐれも死ぬなよ』

「妹残して死ねるかよ」

『ふっ、ではそっちは任せた』

「はいよ」

 

 電話を切るとなんかツルミ母娘がじっと見てきた。

 目に色がない。

 はっきり言って怖い。

 

「な、なにか?」

「今、誰と話してたの?」

「あ? べ、別に誰でもいいだろ」

 

 あ、あの、近くないですか?

 

「お母さん、ハチマンが犯罪者になっちゃう」

「それは大変。先輩に連絡しなきゃ」

 

 ヒラツカ先生に連絡だと?!

 余計に話がややこしくなるではないか。

 

「や、なんでそうなる。あーもう、ただの仕事の電話だ」

「し、仕事………?! ヒキガヤ君が?! あのヒキガヤ君が?!」

「あんた何気ひどいな。俺でも仕事はしてますよ。割と自由ですけど」

「カツアゲとか?」

「ないから。逆に絡まれる方だから」

「可哀想に………」

「いい歳してナンパされてるあんたには言われたくないわっ」

 

 うううっ、嘘泣きをする先生を誰か、というか旦那よ。どうにかしてくれ。

 あんたの嫁が元生徒をからかってるぞ。大人気ないぞ。

 

「はあ、早く終わってくんねぇかな…………」

 

 あ、またコール入ったし。

 今度はホロキャスターか。

 やだな、出たくないなー。

 でも出なかったら後でもっと何かされそうだし………。

 葛藤の末、渋々出ることにした。

 

「はい」

『あ、せんぱーい。今どこにいるんですかー?』

「研究所」

『あ、ヒッキー、やっと繋がった!』

「え? なに、一斉コールなの?」

 

 画面いっぱいに写っていたイッシキが半分に縮小され、そこにユイガハマが入ってきた。

 

『そうですよっ。全くもう、先輩がどこにいっても見当たらないので気持ち探しましたよ』

「気持ちだけなのね………」

『でね、そろそろお昼にしよーかなーって話になったんだけど、ヒッキーも一緒にどうかなって』

「俺今日は貸切にされてるみたいで、そっちに行けそうにないわ」

『それってルミちゃん?』

 

 こういう時は理解が早いよね。

 もっと他でも理解が早いと助かるんだけど。

 

『誰ですか、先輩。また新しい子ですか!?』

「またってなんだよ、人聞きの悪い。まあ、とにかくこっちはこっちで飯食うから」

『先輩、何もしてないでしょうね』

「あ? バトルはしたぞ。つーか、お前よりも強かったわ」

『あ、なんか先輩のくせに生意気ですね』

 

 意味が分からん。

 ただ事実を言っただけだぞ。

 

『ちょっとー、二人とも帰ってきてー』

『あ、ごめんなさい。悪いのは全部先輩ですから』

「おいこら、イッシキ。責任を全部俺に擦りつけんな」

『まあ、うん、とにかく分かったよ。ヒッキーも頑張ってね』

「や、もう終わったから。というかもう頑張ったから。これ以上頑張りたくない。という、か、誰か、ツルミ、先生を回収し、あ、ちょ、こらっ!」

 

 なんか段々と背後から追ってきたツルミ母娘にホロキャスターを奪われてしまった。

 何なのこれ。

 

「あー、ユイちゃんにイロハちゃんだー。ヒキガヤくんのいけず〜」

『うぇっ!? ツルミ先生?! なんでヒッキーのホロキャスターに?!』

「いやー、まあ、いろいろあってねー」

『ていうかツルミ先生。その子誰なんですか?』

「私の子」

『はっ?』

「だから私の娘」

『マジですか………』

「イッシキー、大マジだぞー」

 

 取り敢えず、声だけ聞こえるので一向に信じようとしないイッシキに言葉を送ってやる。

 

「ハチマンはいただいた」

『あ、ちょ、先生の娘さんがなんか爆弾発言してますよ!? どうしてくれるんですか?!』

 

 こらこら、年下に吠えるな。

 大人気ないぞ。

 そんな大差ない年齢だけど。

 

『あ、ルミちゃん、やっはろー。昨日ぶりだねー。ヒッキーと一緒にいるなら安心だよ。どこの班にもいなかったみたいだからどうしてるのかなーって思ってたんだけど』

「ハチマンが今日は一日貸切になってくれた」

『そっかそっか、ヒッキーに変なことされないようにね。何かあったらいつでも言ってね。ヒッキーくらいだったら私たちでどうにかできるから』

「おい、ちょっと待て、ユイガハマ! それはどういう意味だ!」

『ゆきのんに頼めば快く引き受けてくれると思うんだー』

「勘弁してくれ。あいつ、怒ると何しだすか分かったもんじゃない」

『まー、何でもいいですけどー。せんぱーい、ロリコンに目覚めちゃダメですよー』

 

 うっ………、鋭いな。

 なんで俺の周りにいる女子ってみんな何かしらに鋭く反応するのだろうか。

 考えが読まれてるようで怖いんだけど。

 それとも俺が読まれ過ぎなだけなのん?

 

『それじゃ、先生。ヒッキーのことよろしくお願いしまーす』

『先輩、いい子にしてないとダメですからねー』

「お前ら、俺をなんだと思ってやがる………」

「はいはーい、じゃあねー」

 

 あ、勝手に切りやがった。

 結局、何だったんだ?

 飯を食いに行こうって話からよく分からん展開になってんだが。

 

「さて、お昼ご飯に行きましょうか」

「ハチマン、いこ」

 

 はあ………、もう今日はどうにでもなれ………。

 明日には帰るはずだ。それまでの辛抱だ。

 

 

 あ、でもこの天使が明日で見納めってのもな………。

 まあ、またその内会うだろ。



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54話

ちょっと遅れました。

遅れた理由は後書きにあります。


「それで、ルミはどこに行くか決まってるの?」

「………決めてない」

 

 ちゅーとオレンの実のジュースを吸っていくルミルミ。

 うん、かわいい。

 

「スイクンの行きたいところに行けばいいんじゃないですか?」

「そうかもしれないけど…………、伝説のポケモンなんて出会ったこともなかったし、どうしたらいいのか」

 

 くるくるとスパゲティをフォークに巻いていく先生。

 

「ポケモンはトレーナーを選ぶのは承知のことでしょう? 伝説のポケモンってのはさらに知能が高いか化物みたいなやつらですけど、同じポケモン。だからこうしてルミをトレーナーとして選んでいるし、言うことも聞いている。他のポケモンと違って何か思惑があってのことだってのはありますけど、根幹は同じポケモンなんですからこっちが身構えてちゃ、逆に力を暴走させてしまうだけですよ」

 

 俺たち四人は昼食を食べにミアレの飲食店にきている。

 丸いテーブルを囲み、各々注文したものを食べているが、やはり会話の内容はこれからのことであった。

 

「………そういう、ものなのかしら………」

「先生よりは伝説のポケモンを見てきてますからね………」

 

 だから逆にルミはそれだけの才能を秘めていると見ていい。スイクンに認められたという事実は今後の彼女を大きくしてくれるだろう。

 

「どうしてルミなのかなー」

「それは俺にも分かり兼ねることですよ。でも自分の目的のためには、まずルミを自由にするために働いてくれるでしょうね」

「………ねえ、ハチマンだったら校長先生をどう倒す?」

「あ? 俺がか?」

「うん」

 

 仮定の話をしても意味がないと思うんだけど。

 それにこれはあくまで俺のバトルのリズムであって、ルミのものではない。見様見真似にやるならまだしも、話だけを聞いてそれを真似るのは如何なものかと………。

 

「俺の真似してもいいことないと思うぞ。俺とルミは型は似ててもリズムが違う」

「参考程度にしか思ってない。そもそもハチマンみたいにできるとは思ってないから」

「そうかい、………校長ねぇ」

 

 どうやらそれは承知の上だったらしい。

 一体この子はどこまで理解しているのだろうか。

 案外、他の生徒よりも群を抜いて知識を持っていたりしてな…………。

 いや、これマジかもしれんわ。

 

「……昔バトルしたんでしょ?」

「ああ、したけどよ。細かく覚えてるわけじゃないからな」

「じゃあ、こっちが細かく聞く。クロバットは空を飛んでるし、ゲンガーは影の中に潜ることができる。だけどこっちにはそのどちらもできない。ハチマンだったらどうする?」

 

 素早く動いて攻撃を躱していく、どくタイプの二体か。

 俺ってどう倒したっけ?

 取り敢えず、ゲンガーは爆発したのは覚えてるけど、クロバットは…………同じひこうタイプのリザードンのかみなりパンチかオーダイルのアクアジェットで攻撃しただろうな。

 多分………、知らんけど。

 

「クロバットにはスイクンにあまごいを使ってもらい、プクリンのかみなりを落としていく。あまごいをしておけばキュウコンの炎技を弱らせる効果もあるからな。使っておいて損はないだろうな」

 

 俺の手持ちがスイクンと先生のポケモンだったとすると、使うカードはこんな感じだな。

 スイクンを主軸に置くんだからあまごいをしておくのは有利だし、それを活用してかみなりやらハイドロポンプやらで攻撃していくのがベストだろう。

 

「でもそれだとかみなりが落ちる前にどくタイプの技を使われたらプクリンには効果抜群だよ? クロバットの素早さだとありえなくもないでしょ」

 

 確かに、いくら雨が降っていてかみなりが追いかけるように落ちてくるようにはなるが、そもそもかみなりが落ちる前に攻撃されていれば技を出すこともできないわな。

 

「まあ、そうだな。だがこっちにはソーナンスという返し技のエキスパートがいる。かみなりが落ちる前に狙われたのなら、攻撃が当たる前にソーナンスをぶつけて仕舞えばいい」

 

 だが、それもソーナンスという盾がある。

 奴を上手く使えば反撃の狼煙をあげられるだろう。

 

「…………ゲンガーもどくタイプだよ。当然、どくづきとかヘドロばくだんとか使えるでしょ」

「どくづきは使ってたな。しかも影に潜ってしまう。フェアリータイプのプクリンをその二体で倒しにかかってくることもあるだろうから………そうだな、ほろびのうたでも聞かせてやってもいいか」

 

 攻撃の手がなければ、強制的な退場を迎えさせればいい。こちらにもリスクはできてくるが、相手がゲンガーであればそのリスクも小さく見えてしまう。

 それくらいにはあの大爆発が俺の中で危険なものと捉えてしまっている。

 

「……ほろびのうたの使い方ってさっきみたいなのでいいの?」

「お前、やっぱり直感で出してたか。マジで天然ものだったとは………」

「………何言ってるのかわかんないんだけど」

 

 じとっとした目で見てくるが、だってな…………。

 ほろびのうたを何のためらいもなく使ってきたら驚くって。

 

「ほろびのうたはあれでいいさ。多分、俺とルミの違いは計算してるか直感かってところだろうからな。感じたままに技を出した方がいいのかもしれない」

 

 だが、その直感により俺の心に焦りを生み出したのも確かだ。

 駆け引きとか、そういうのを考えなくとも直感で動けるのだから、逆に考え込まないほうが得策かもしれない。

 

「でもそれだとハチマンには勝てなかった」

「まあ、そこは俺が経験が違うってことにしておけばいいんじゃね?」

「校長先生はもっと経験豊富だと思うけど」

 

 それでも俺に勝てなかったのは経験がものを言っただけだ。それくらいには俺も追い込まれていたし、反則級のダークライがいたから勝っただけである。

 

「あの人も底がしれないからな。先生だったらどうします?」

「えっ? あ、私っ?! 私にも聞くの?」

「先生も一応校長の弟子だったんでしょ。だったら何か突破口とかあるんじゃないですか? 使うのも先生のポケモンなんだし」

「ないないない! 私、ハピナスとプクリンとタブンネのごり押ししかしてなかったから。技を受けるのを前提でいやしのはどうを使いまくってたくらいだもの」

 

 使うポケモンはジョーイ補佐候補でも戦い方はヒラツカ先生と似てるのは、やはり同じ師匠から会得したものだと言えるのだろうか。

 ………ちょっとツルミ先生がバトルしているところを見たい気もしないこともない。

 

「なるほど、いやしのはどうね。俺にはなかった回復技か。見落としてたな………ならばこうしよう。ゲンガーの攻撃はプクリンに受けてもらう。その隙にスイクン、または他の二体で攻撃していく。ゲンガーが距離を取ったらソーナンスをぶつけてハピナスでいやしのはどうを送る。プクリンを攻撃した技がどくづきだったら跳ねて躱し、スカしたところをタブンネで一気に攻める。ヘドロばくだんとか撃ち出すような技だったらアンコールでそれ以外を使わせないようにしてから反撃するのもアリだ」

 

 俺になくてルミにはあるもの。

 それは手数と回復技だ。

 回復ができていればもう少し心に余裕が生まれて、だいばくはつにも対応できていたかもしれない。

 だがこれは仮定の話であって過ぎた話である。

 今更そんなことを思い返してもどうしようもない。

 

「スイクンは使わないの?」

「スイクンはその頃には他の誰かの相手をしているだろうからな。そっちにまで手は回せない。あと、影に潜ったのだったらマジカルシャインの光を閃光代わりにゲンガーの目を眩ましていく。嫌がるゲンガーは影から出てくるだろうからそこを突けばいい」

「ゲンガー以外にはいやしのはどうを使えるのが三体いるからローテーションで使わせた方がいいの?」

「そうだな、いやしのはどうを誰かが使っている間は残り二体でそいつを守る」

「フーディンの姿変わったのは?」

 

 多分、メガシンカのことだな。

 

「あれこそソーナンスかスイクンのぜったいれいどだな。ただ、フーディンの恐ろしいところは校長の命令をテレパシーで他のポケモン達に出していることだな」

「それってこっちには何をしてくるか分からないってこと?」

「ああ、サイコパワー自体も危険だが、そのテレパシーによる命令はもっと厄介だ。正直怖い」

「ふーん」

「他にはあるか?」

 

 あまりに反応が薄いために思わず聞き返しちまったじゃん。

 まあ、いいけどさ。

 

「ロコンとキュウコンは?」

「キュウコンはスイクンで一体くらいはサポートに回ってさっさと倒した方がいいな。後々残られていては面倒だ。ロコンの方はこおりタイプだったか? フリーズドライがあるから逆にスイクンはダメだな。俺だったらプクリンのころがるとかかな」

「キュウコンにもいけるよね」

「ああ、どっちもいわタイプの技は効果抜群だからな。だが、俺はあえて違うポケモンで対処する」

「どうして?」

「校長は強い。加えてロコンとキュウコンはタイプこそ違えど、同じ種族。戦い方も似てくるだろうから、こっちの動きに慣らしてくる可能性もある」

「そっか…………」

 

 何かを深く考え込むルミルミ。

 彼女の中ではこの話がどういう風に役立つのかは俺には分からない。

 だが、参考程度というのなら戦法に幅をもたせるためにも俺の知識を絞り出してやろう。

 

「ねえ、もう少し聞いてもいい?」

「ああ、もう納得いくまで聞いてくれ。ここまできたらとことん付き合ってやるよ」

 

 それから数時間、ルミルミに俺が出せる戦法を叩き込んでやった。

 最後に思いついたことを聞いてみると、俺が考えられることは校長も対策を立ててくるかもしれないから、らしい。

 だから敢えて俺の考えを聞いて、その上をいく戦法を編み出すんだとか。

 まさかの考えに俺も度肝を抜かれてしまった。

 天然娘かと思っていたが、発想だけなのかもしれない。発想に行き着くまでの知識をこうして増やしていたからこそ、俺とあそこまでのバトルをできたのだろう。

 もうね、関心するわ。

 

「あ、そうだ先生。夜に校長と久しぶりに話したいんで都合つけてもらえます? 場所はホテルのロビーでいいんで」

 

 帰り際にそう切り出すと、先生が変なものを見るような目で俺を見てきた。

 

「…………ヒキガヤくんが自分から誘うとかどうしたの? どこかで頭打った?」

「違いますよ。や、打ったかもしれないですけど」

「また危ないことしてるんだね」

「したくないですけどね、ってそうじゃなくて」

「分かってるよ。都合つけておいてあげる」

「うっす………」

 

 この人は一体俺をどう見ているんだろうか……………。

 よく分からなくなってきたわ。

 あ、そういやザイモクザの存在をすっかり忘れてた。

 ごめんな、相手してやれなくて………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 夜。

 夕食を食べた後にルミたちが泊まるホテルへと向かった。

 名前なんだっけ? なんか高級そうな名前のホテル。

 その受付ロビーには目的の人物がすでに顔を見せていた。

 

「ほっ、久しいのう。お主と話すのは何年ぶりじゃ」

「俺がスクールを卒業して五年は軽く経ってますよ」

 

 ソファーに座っていたのは白い顎鬚が特徴の老人、校長である。

 よっ、と俺もソファーに腰を落とす。

 

「元気そうでなによりじゃ。元カントーのチャンピオン殿」

「………やっぱり知ってましたか。どうも引っかかっていたんすよね、ヒラツカ先生がこっちにいる理由」

 

 態とらしくその名で呼んでくるので、そろそろこの話をしてもいいのだろう。

 

「ほっほ、どうじゃ。何か分かったかの?」

「分かるも何もあんたがイッシキの祖父であることが理由でしょうに」

「して、その理由は?」

 

 ニヤッと不敵な笑みを浮かべる老人。

 見た目の割に元気なのがこの人の売りだよな。

 そろそろ隠居しろよ。

 

「どうせあいつのために繋がりのあったプラターヌ博士とオーキド博士を上手く巻き込んだんでしょう? まずプラターヌ博士に卒業してから一度も旅に出たことのなかったイッシキに対してポケモンやるから旅してみないかと誘い出し、心配なため自分の弟子であるヒラツカ先生を派遣させる。それでも心配だったあんたはオーキド博士も巻き込み、俺の妹までをも誘い出す。当然、俺もついてくると見込んで」

「ほっほっほ、見事じゃ。じゃが、杞憂だったようじゃな」

「ハヤマやユキノシタたちもいますからね」

 

 ったく………、全てはじじいらの掌の上で転がされてたってわけかよ。

 コンコンブル博士の方も俺を誘い出すためにプラターヌ博士を使ってたみたいだし。

 案外、俺が旅をしてた頃にあの変態が現れたのも校長の意図かもしれんな。

 うわっ、なにそれめっちゃ怖ッ!?

 

「うむ、それもあるがあの子は本当に強かったわい。お主の影響かのう」

「や、それはないでしょ。あいつは何でも吸収してしまいますから。影響があるとすればあんたが用意したこの環境そのものだろ」

 

 俺がいてハヤマがいてユキノシタがいて。

 肩書きだけを見れば相当なメンバーだぞ。自分で言うのもアレだけど。

 あいつ、本当に分かってんのかね。このありがたさを。

 

「…………お主が卒業してからあの子が寂しそうにしてたからのう。最後の一年なんか目も向けられんくらいじゃった。憧れが次々と目の前から消えていくのが耐えられんかったのじゃろうて」

 

 憧れね。

 あいつの憧れって………。

 

「それにしては旅に出すまでに時間があったように思うんだが?」

「うむ、中々皆の都合が合わなくてな。特にお主の休息を待つのに時間を要したわい」

「おい、それ最初から俺を巻き込む気満々だったんじゃねぇか!」

「………気づいておろう? あの子の憧れはお主じゃ。なればとて、旅をするのに近くに置いておけばいい刺激になると思うての」

「なんか流れですげぇ近くにいるけどな」

 

 だよなー。

 はっきり言われたようなもんだったし。

 気づかないわけがない。

 

「おかげでアフターケアまでついてくるらしいのう」

「………なんかムカつくな、あんたの差金だと思うと」

「………して、今宵は何か用があったのじゃろう?」

 

 やっと本題に入れるのか。

 

「ああ、ツルミルミについてだ」

「儂の弟子の娘よ。あのバカ弟子、一人で抱え込みおってからに。罰としてお節介をしてやったわい」

 

 あ、マジで弟子だったんだ。

 

「楽しむなよ、一応スクールにおける問題なんだから」

「………いつの世もなくなりはせん問題じゃのう」

 

 溢れるため息を隠そうともしない。

 かく言う俺もため息が漏れ出てしまっているから人のことは言えない。

 

「ま、あれだけ人がいれば噛み合わないのも出てきますって。ほら、俺とか超噛み合ってなかったし」

「前例がここにいるからのう…………、やはり特例かの」

 

 話が早くて助かるわ。

 事情も知ってるみたいだし。

 

「ああ、午前中にルミとバトルしてきた。はっきり言って強い」

「ルールはあの時と同じかの?」

「ああ、母親のポケモンも使ったってのもあるが、初めて扱うには十二分にポケモンたちの力を引き出していた。おかげでリザードンとこっちで手に入れたゲッコウガが負けた」

「ほっほ、ダークライを使う事態にまで至ったか」

「だから取り敢えず、俺が出せるあんたのポケモンたちへの対策を叩き込んできた」

「ほっほ、抜かりないの奴め。よかろう、お主を唸らせたその実力。儂は目にしてはいないが特例を使うとしよう」

「うっす」

 

 扇子でもあったら天晴れとかいいそうなくらいに高揚してんな。

 

「………して、なにゆえお主がそこまでする?」

「最初は取り敢えずのバトルだったんだが、出してきたポケモンがポケモンだっただけにな。今後、何に巻き込まれるか分からんから、あのまま放っておくこともできなかっただけだ」

 

 かと思えばじっと見つめてくるのはやめてもらえませんかね。

 

「ほっほ、昔と変わらんのう」

「…………ただ、どうやら俺はあいつの枷を外してしまったらしい。あいつはこれからもっと強くなる」

「よろしい、イロハのこともある。お主の仕事を引き継ごう」

「あざます」

「腕がなるのは久しいのう」

「………あの、校長のフーディンのあれってメガシンカですよね」

「らしいのう。儂も知らずに使っておったわい」

 

 やっぱり知らずに使ってたのか。

 じゃなきゃ、あの時何の説明もなく送り出さんわな。

 

「………俺もこっちにきてあのフーディンのことを思い出しましたよ。今にして思えば、すでにメガシンカを見ていたんだなって」

「イロハもいつか使ってくるかのう」

「どうでしょうね」

 

 今朝のあれが何を意味するのか………。

 案外石の方はすでに持ってたりしてな。んで、やっとこさポケモンの方が進化して…………あれ? まさかもう使えてたりするのん?

 

「帰ってくるのが楽しみじゃのう」

「こっちはヒヤヒヤもんですけどね」

「お主とも一度バトルしてみたいものよ」

「カントーに帰って覚えてたらで」

「仕方ないのう。忘れられちゃじじいは泣くぞ?」

 

 じじいが泣くなよ、気持ち悪いな。

 想像しなけりゃよかった。

 

「面倒なじじいだな………。まあ、こっちが片付けば戻りますよ」

「また何か巻き込まれておるのか。イロハもよくこんなのに付き合うのう」

「それは同感だな。自分から巻き込まれに来るとか何を考えてんだか…………」

 

 ほんと、何を考えてんだか……………。

 

「曾孫の顔を拝む日もそう遠くないのかもしれんのう」

「…………何期待してんだよ………」

「ほっほ、さて儂は寝るとしよう。………イロハのこと、頼んだぞ」

「了解しました」

「ではな」

 

 相変わらず杖をつきながらスタスタと奥に消えていった。

 やっぱり杖いらんだろ、あの人。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 今日帰る日らしいので朝から、と言ってももう昼前だが空港にてお見送り。

 かと思いきや、荷物を預けて土産選びが始まりやがった。

 なのに、何故かベンチからそれを見ている生徒が一人。

 ま、渡すなら今が丁度いいか。

 

「………なに?」

「あ、や、別に大したことじゃないんだが…………」

 

 よっこらせとルミが座るベンチの隣に腰を落とす。

 

「その、どうせ旅に出るんだったらついでにホウエン地方にいるオダマキ博士って人とリラって人に手紙渡してきてくんねぇか?」

「手紙?」

 

 二通の手紙を差し出すと、訝しむような顔つきで俺を見上げてきた。

 なのに、ちゃんと受け取ってくれるという。

 

「おう、ちょっとな。行けば分かると思う。オダマキ博士はポケモン研究家で有名だし、リラってのもバトルフロンティアってところのタワータイクーンを務める強者だ。あっちじゃ結構みんな知ってると思うぞ」

「ふーん、まあ、気が向いたらね」

「ああ、気が向いたらな」

 

 だって、内容なんて特にどうでもいいことしか書いてないし。急ぎの用なんてものはないからな。

 

「………変なの」

「あー、それとこれもお前の母ちゃんに渡しといてくんねぇか?」

「まだあるんだ………」

 

 もう一通の手紙も差し出す。

 こっちはまあ、ちょっと長めにつらつらと書き連ねたもの。

 いくら頼まれ事だって言っても一人の人生がかかってるからな。仕事のしたくない俺でも最後までやりますよ。

 

「昔、世話になったからな」

「まあ、いいけど」

「…………あ、っと、その………頑張れよ」

「………ハチマン、心配しすぎ。ばっかみたい」

 

 ため息と一緒に痛いところを突いてくる。

 

「いや、まあ、なんつーか、俺自身のことじゃないからな………。どうにも落ち着かんのだわ」

 

 なんか、ずっと落ち着かねぇんだわ。

 今なら先生の心配性なのもの頷ける。

 あの三人は俺たちが指導したことをその場で見られるから、安堵の根も上がるのだが、ルミはこれから帰っちまうからな。立ち会えないのがこんなにそわそわするなんて……………。柄にもなく恥ずかしい。

 

「大丈夫だって。何かあったらすぐに連絡取れるようにハチマンのポケナビの番号登録しておいたから」

「おい、いつの間に登録したんだよ」

 

 ちょっと待て!?

 どうしてポケナビの方を知ってる!?

 

「ふふっ、内緒」

「…………くそっ、あの人なんで知ってんだよ。ストーカーかなんかなの?」

 

 ああ、この憎たらしい笑みは百発百中あの人が絡んでるな。

 全く、どこで仕入れてきたんだか………。

 まるでストーカーのようだわ。

 

「なくはないから怖いよね」

「ルミも大変だな。あの人が母親で」

「まあね。でも、あれでいいんじゃない?」

「そうだな。あの人はあれくらいが丁度いい」

 

 ま、確かにあの人はあれくらいでいいのかもしれない。

 自由奔放な性格に見えるが、しっかりと人間らしい戸惑いを抱えている。

 

「でもあげないよ。ハチマンにはあげない」

「………もらえるかっ。あの人お前の母親だろうが」

「うん、そうだけど…………、やっぱりハチマンはハチマンだよね」

「な、なんかどっかで聞いたことのある文句だな」

 

 だからとうまはとうまなんだよ、って言われてるみたいだわ………。

 銀髪シスターじゃなくてほんとよかった。

 

「………結婚もね、何かと大変みたいだよ」

「え? なに急に、どしたの?」

「お母さん、今独り身なの………」

 

 えっ?

 急にシリアス展開?

 父親とは上手く折り合いがついていなかったのだろうか。それとも………。

 

「結婚したのも私ができたからって言ってた」

 

 離婚、の方か………。

 えっ?

 ということは何か?

 ルミの問題ってのはまさかと思うが…………。

 

「………なあ、そのなんだ………、いじめ的なものってのはまさかと思うが………」

 

 俺がそう尋ねると無言でコクリと深く頷いた。

 

「………そういうこと、だったのか…………。そりゃ確かに言える状況でもないな」

「………結局バレてたみたいだけど」

「…………このこと、ヒラツカ先生は知ってんのか?」

「さあ? 分かんない。でもヒラツカ先生がこっちに来たのは別れる前だったから、多分………」

 

 相談するにも頼りの先輩はすでにいなかったというわけか。

 けど、子供は案外鋭いからな。

 塞ぎ込んでるうちに気付かれてたってわけだ。

 お互いに問題を抱えたまま塞ぎ込んでしまうのは実に親子らしいが……………。

 

「そうか…………、ルミも色々と苦労してたんだな」

「うん、苦労した。だから労って」

「どっから覚えてきたんだよ………まあいいけど」

 

 すっと頭を出してきたので、俺のお兄ちゃんスキルが勝手に働いた。

 何のためらいもなく頭撫でちゃってるよ、俺。

 まあ、イッシキにもしてたし別にいいか。

 

「………お母さん、寂しがるかな」

「寂しくないと言えば嘘になるだろうな。でもあの人もポケモントレーナーだ。直前でルミを引き止めるようなことはしないさ」

「………逆に心配になってきた。どうしよう………」

「さすが母娘だな………」

「ねえ、ハチマンはポケモン他に捕まえないの?」

 

 気持ちいいのか、時折身体が震えている。

 今のうちに甘えさせておくのも大事なのかもな。

 今までは甘えるに甘えられる空気じゃなかったみたいだし………。

 

「今のところは足りてるな。元々リザードンだけだったし、ダークライにしても野生のくせに俺に付き合ってくれるし、充分じゃね? それにこっち来てからはゲッコウガも加わったからな。気難しい奴らは事足りてるって」

「そっか………、旅するにはスイクンの他にも必要だよね」

「まあ、いた方がいいだろうな」

「ん、分かった………。それじゃそろそろ時間だし、もう行くね」

「ああ、行って来い」

 

 すっと俺の右手の中からすり抜けたルミはベンチから立ち上がった。

 たたたっ、と駆け足で去っていくのかと思いきや、、途中でこちらに振り返ってきた。

 

「………バイバイ」

 

 無表情でいて少し寂しそうな、そんな印象を受ける小さな手に俺も手を振り返した。

 そして、今度こそツルミルミは自分の旅路へと足を向けていった。

 

「先輩、歳下が好きなんですか?」

「………嫌いじゃないな。コマチもいるし」

「へー、じゃあ私とか超好きなんですねー☆」

「あざとい………」

 

 キランッ☆ ってウインクするんじゃねぇよ。

 しかもポーズが見たことあるし。

 

「ううー、先輩の方がもっとあざといですよ」

「はっ? なんのことだ?」

「うわっ、この人自覚なしですよ!?」

「罪な男ね」

「ユキノシタ………」

 

 見上げるとユキノシタがこっちを見下ろしていた。冷たい眼差しが一層冷たく感じてしまう。底冷えしそう。

 

「どうせまたイッシキさんに何かしたのでしょう? 様子を見てれば分かるわ」

「俺、何かしたのか?」

 

 何かしたっけ?

 昨日の朝のアレか?

 

「〜〜〜〜〜ッッ、先輩の、バカ」

 

 昨日の朝のアレっぽいな。

 ありゃ、いつもの仕返しのつもりだったんだが…………。

 まさかこんな反応をされてしまうとは。

 

「ほんと、弱ってる相手にはとことん強くなるわね。鬼畜だわ」

「それがバトルのことを言ってるんじゃないのは分かるぞ」

「分からなかったらコマチさんの説教部屋行きだったわよ」

「くどくど言われそうな部屋だこと」

 

 コマチの説教部屋とかごみぃちゃんが連呼されるんだろうなー。

 そして最後にため息交じりで「これだからごみぃちゃんはごみぃちゃんなんだから………」なんて言われるのがオチだろうな。

 まあ、天使のお小言を聞くぐらい朝飯前ではあるが。

 ばっちこいだぜ!

 

「ヒッキー、目がどんどん腐ってってるよ………」

「気にするな。元々だ」

「開き直った!?」

「さて、俺たちも帰ろうか。午後からは会議もあるみたいだし」

 

 ユイガハマたちも戻ってきたとこで、ハヤマたちがいたのを忘れるところだったわ。

 ここ二、三日顔しか見てなかったからお前の声を忘れかけてたぜ。

 子供相手によくもまああんな対応を取れるもんだな。俺には絶対無理だね。

 

「会議?」

「あんれー、ハヤトくん何かやってんのー?」

「ポケモン協会からの招集だよ。そんなトベが気になるようなことじゃない」

「俺たちには来てないべ?」

「そりゃ、会員じゃないだから当然だろ」

「だべー、忘れてた」

 

 こいつやっぱりバカだったか。

 

「ハヤト、早く帰ってきてね」

「うーん、それはちょっと難しいかもしれないな。会議の内容は恐らくフレア団絡みの事だろうからな。会議が長引く可能性もある」

「そっか………」

 

 あーしさん、なんか寂しそうですね。

 どんだけハヤマの事好きなんですか。

 

「あれ? ってことはヒッキーとゆきのんもってことなの?」

「そうね」

「そうだな」

「…………」

「な、なんだよ」

 

 何故かじっと俺を見つめてくるユキノシタ。

 俺何かしたっけ? イッシキのことだったら、ユキノシタに睨まれる謂れもないと思うんだが………。

 

「いえ、別に」

「な、何もないならじっと見るなよ。身構えるだろ」

 

 もうね、身体が恐怖を覚えちゃってるみたいだわ。

 反射で切り替わってしまうとか、マジユキノシタさんパネェ。

 

「あら、会議が開かれるようになったのは誰かさんの一声があったからって聞いているのだけれど?」

「へ、へー」

 

 誰から聞いたのだろうか。

 おおよその見当はつくが思い浮かべたくもない。

 そういうときに限って絶対姿を見せてきそうな人だからな。

 何それ、ユキノシタよりも怖いじゃん。

 あ、あの人もユキノシタでしたね。

 

「それじゃあ、ちょっと早いけどお昼にしようか」

 

 ハヤマの提案により俺たちも昼飯に付き合わされることになった。

 何気に俺のこと監視してるのね……………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ねえ、ルミ。ヒキガヤくんから何もらってたの?」

「………これ」

「手紙?」

「旅に出たら渡してくれって」

「リラさんとオダマキ博士さん…………オダマキ博士っ?!」

「二人ともホウエン地方にいる人だって言ってた。今時メールを使えばいいのにハチマンも古臭いことするよね」

「………全く、昔から回りくどいところは変わってないんだから………」

「あとこれお母さんに渡せって」

「私にも? ……………………………………い、いつの間に人妻まで落としにかかってんのよ………、全くもう」

「手紙読みながら泣くとかやめてよ、気持ち悪い。あと、ちゃんと『元』をつけてよね」

「………ねえ、ルミ。校長に勝ったら、どこに行くか決まったの?」

「ふふっ、当たり前じゃん。ハチマンから頼んできたんじゃ断れないよ」

「お母さんのポケモンたち連れてく?」

「………自分で捕まえてくるからいい。チルットとユキワラシは外せないかなー」

「それじゃ、まずは校長に勝たなきゃね」

「大丈夫、ハチマンが色々作戦を立ててくれたから。それを参考に校長先生を倒す」

「………まさか教え子が娘の師匠になるなんてね」

「でも、やっと会えた」

「ふふっ、そうね………」

 




遅れたのはこんなのを描いていたからです。

素人ながらのものなので下手だとは思いますが(特にゲッコウガ)、この作品の表紙のようなものだと思ってください。なんせ全員初めて描きましたからね…………。


【挿絵表示】



何かいて何かいないのは態とです。


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55話

遅れてしまい申し訳有りません。

ちょっとネタがまとまり切りませんでした。


 昼飯を食った後、何故かハヤマとユキノシタに同行されながら、会議場へと向かった。

 しかも会議の場所が路地裏にある空家というね。何でこんな隠れ家みたいなところなんだよ。まあ、フレア団がどこに潜んでいるか分からんからだろうけど。

 

「ここのようだね………」

「みたいだな」

 

 空家に入るとそこまで広くはない空間に机がコの字に置かれていて、椅子も同じように添えられていた。ちらほらと人も入ってきているようで、すでに何人かは席についていた。

 だが、俺の後ろにハヤマとユキノシタがいるのに気がついた途端、ザワザワとし始める。

そりゃ、こんな有名人二人が揃ってきてたら驚くわな。

 端っこがまだ開いていたためそろ〜りとそちらに向かうと、二人ともついてきてしまった。

 や、ついてこなくていいでしょ。折角他人のフリで済ませようってのに。

 俺といると碌なことにならんのは決まってるんだからな。

 

「…………ねぇ、あの人………」

「うん、ハヤマくんとユキノシタさんを連れてきてたよね…………」

「何者なんだろうね…………」

 

 ほらー、ひそひそとも言えない声で探り始められちゃったじゃん。

 やだよ、こんな羞恥に晒されるのなんて。

 

「………お前ら、もういいだろ」

「言わせておけばいいじゃない。あなたはあなたなんだから。というわけでハヤマ君はもう結構よ」

「はあ…………、一体ユキノシタさんに何があったっていうんだ………。昔はもっと「それ以上は言わないことね。この男に弱みを握られてしまうわ」………はあ…………」

 

 うわー、ユキノシタ強ぇ。

 あのハヤマですらため息で終わるとか………。

 少しは俺の立場を理解できたか?!

 

「うっそー、マジで?!」

「それがほんとなんだって!」

 

 重たい空気の中、端の席に陣取ると外から賑やかと書いてうるさいと読む声が聞こえて来る。

 なんか場違いな声だな。

 

「ここだっけ?」

「そうみたいだよ」

 

 ガチャっと扉を開けて中に入ってきたのは赤みのかかった茶髪………とでも表現したらいいのだろうか。派手な女子を筆頭に女三人が入ってきた。

 

「………まだいたのね、スクール生が」

「みたいだね………」

 

 どうやら二人は彼女達を知っているらしい。

 スクール生ということはあそこにいたということなのだろうか。

 まあ、俺にはどうでもいいことだな。

 

「あれっ?! ハヤマ君?! うっそ、なんでカロスに?!」

「や、やあ、久しぶりだね、サガミさん」

 

 うわー、すげぇ営業スマイル。振り向く一瞬だったが、今スイッチが入ったぞ。

 さっきまでの子供の相手をしていた時よりもいい笑顔である。

 二つ隣に座るハヤマに対応を任せ、俺はぼけーっと壁のシミを数えることにした。

 一つ数えるごとに部屋の中の人数が増えて行く。そんな感覚を覚えていると、背後からの寒気によってその行為が強制的に終わりを告げられた。

 恐る恐る振り返ると、部屋の後ろにも取り付けてあった扉の窓ガラスから見たことのある顔がすげぇ笑顔でこっちを見ている。

 なにこれ、めっちゃホラーなんだけど。

 

「ッ?! ね、姉さん………」

 

 どうやらユキノシタも感じたようで同じように振り返り、固まっていた。

 ひらひらと手を振るとすっと消えて前の方の扉から入ってきた。

 

「すみませーん、遅くなりました〜」

 

 こ、この声はっ!?

 このふわんとした癒しボイスはまさかっ!?

 

「ポケモン協会のシロメグリメグリです。当会議の責任者ですので、よろしくお願いします」

 

 ホワイトボードの前に立ち、ぺこりとお辞儀をするメグリ先輩。

 うおーっ! っと拍手が巻き起こる。

 そうか、彼女がこの会議の責任者になったのか。魔王じゃなくてよかった……………。

 それにしても何なんだ、この異様な拍手は。主に男ども。気持ちは分からんでもないが。

 

「それじゃあ、そろそろ会議の方を始めましょう!」

 

 彼女の一声で、まばらに陣取り喋っていたものが適当な椅子に座っていく。

 ハヤマに話しかけていた女子三人も空いている席へと移動していった。こういう時ってハヤマの横に陣取るものだと思って覚悟をしてたんだが。来なかったな…………。なんでだろう。

 あ、魔王がちゃっかりハヤマの横を陣取った。背後からの威圧に押しつぶされたのかもしれんな。

 

「えー、まずはこの会議の趣旨を説明しておきます。この会議では対フレア団を掲げた会議になり、フレア団が起こした事件の調査、対応、対策を主にしていきます。上手くいけば殲滅に出ることもあるでしょう」

「フレア団………?」

「あの、なんですか、その………フレア団? とかいうのは」

 

 聞き覚えのない単語に口々に質問が飛び交っていく。

 

「フレア団はですね、先日カロスにいるポケモン協会の会員の方が襲撃され、私たちが捕獲した者たちのことです。取り調べを行ったところ、彼らはフレア団と名乗り、カロスを大きく変えるなどと証言している、ちょっと危険な組織のようです」

「………具体的にはどういった危険性があるんですか?」

「まだ具体的なことは分かりません。口を割らないようなので催眠術による聞き出しも行いましたが、数人の幹部たちは催眠術に陥る前に舌を噛み自殺。団員たちの方は詳しいことを知らないようでした。唯一分かったのはボスがいること。そして、その傍に佇む『炎の女』がいるようです」

 

 炎の女………?

 それは初耳だな。

 というか何死なせちゃってんのよ。魔王の恐怖には耐えられなかったのか?

 

「………正直に話せば死なずにすんだのにねー」

 

 ちょっとー。

 何さらっと恐ろしいこと言ってんですか、ハルノさん。

 みなさん、凍りついてますよー。

 俺の横ですんごい冷ややかな目を送っているあなたの妹もいるんですけど。スイクンのぜったいれいどを思い出しちゃうレベル。俺とハヤマが実際に凍りつきそう。

 

「とある情報筋によるとフレア団のアジトはセキタイタウンにあるようです」

「………セキタイ?」

「あの何もないところに…………?」

 

 セキタイを知ってる者にはどうしてアジトがセキタイなのか、理解できないようだ。まあ、何も知らなければ俺だってそう思う。あの何もないようなところにアジトを作る必要があるとは思えない。一つ考えられるとしたら、人気がないから。ただそれだけである。

 まあ、実際には地下空間にドデカい花があるからなんだがな。

 

「歴史を遡ること3000年前。カロス地方では大規模な戦争が起きました。この情報筋の人の話には一説ではイッシュ地方との戦争だったのでは、ということらしいですね。そして、この戦争を終わらせるために造られた最終兵器、それが今回の鍵となっています」

「………最終兵器……」

「あ、あの……」

「はい、どうぞ」

 

 一人の少女が手を挙げるとメグリ先輩はそのまま促した。

 

「その話、聞いたことがあります。確か当時のカロスの王のポケモンがその戦争で命を落とし、それに嘆いた王は最終兵器と呼ばれるものを造り出し、自ら戦争を終わらせたとか………」

 

 ほう、知っている奴もいるのか。

 まあ、俺も図書館で調べられたことだからな。知ってる奴がいてもおかしくはない。というか知ってる奴がいて助かったわ。

 

「あ、それ俺も知ってるわ。確かカロス地方を破壊してしまうような威力だったとか」

「マジ!? そんな危険なものがまた使われようとしてるの?!」

 

 ちらほらと知ってる奴の意見が飛び交い、理解が通っていく。

 

「どんな形なの?」

「そこまでは………」

 

 にわかに知ってる奴が詳細を知るはずがなかろう。

 

「ーーー花よ」

 

 急に口を開いたユキノシタに一斉に視線が集められた。

 なんか俺が見られてるようで嫌なんですけど。

 

「セキタイタウンの地下に眠る巨大な花。今はまだ蕾の状態だけれど、恐らく地上で芽吹き花が開けばカロスは終わるという作りになってるのでしょうね」

 

 やっぱりあの時影にいながらでも話を聞いてたんだな。

 

「シロメグリ先輩、まだ続きがありますよね」

「さすがはるさんの妹だねー。セキタイタウンの南に伸びる10番道路の石碑にはポケモンの生体エネルギーを奪う力があり、そのエネルギーを使うことで最終兵器が起動するみたいです」

「ユキノちゃん、よく最終兵器のこと知ってたね」

「たまたまよ、姉さん。どこぞのおバカさんを迎えに行った時に話を聞けただけよ」

 

 どうも、どこぞのおバカさんです。

 というかそもそもハルノさんがユキノシタを送ってきたんでしょうに。

 

「ふーん、それじゃ当然フレア団のボスのことも知ってるんだ?」

「………言ったところで信じないでしょうけどね」

「へー、で、誰なの?」

「…………フラダロラボ所長、フラダリ。ご存知の通りホロキャスターをカロスに広めた人物よ」

「…………」

 

 場に静寂が広がっていく。

 まあ、当然といえば当然だ。

 カロスの有名中の有名人、フラダリがまさかフレア団のボスだなんて思いもしないだろう。

 

「それ絶対嘘でしょ。みんなの気を引きたいからってそんな嘘じゃ無理があるって、ユキノシタさん」

「だよねだよねー」

 

 くすくすと笑っているのはさっきハヤマに絡んでいた女子三人だった。

 まあ信じ難いのは分かるが、なんか気分を害される奴だな。

 あと、そんなに笑ってると魔王にどやされるぞ。

 

「「「ッッ!?」」」

 

 かと思えば急に黙り込んだんだけど。

 何があったのかと見てみるとハルノさんに睨まれていた。

 

「だよねー、もうユキノちゃんたらそんな嘘はいけないよっ」

 

 だけどそれは一瞬のこと。

 次の瞬間には彼女たちに同意していた。

 

「でも、それを今から検証していくのがこの会議なんだよねー。それ分かってるのかなー」

 

 超笑顔なのに声が冷たい。

 魔王の吐息はこごえるかぜさながらサガミたちの動きを鈍らせる。

 怖ッ! 魔王、怖ッ!

 

「……………」

 

 小さな溜息と共に机の下で俺の右腕を掴んできた。

 悔しいなら言い返してやれよ。お前なら出来るだろ。それともあれか? 姉貴がいるからか? まあ、魔王だもんな。相手にしたら潰されるのが落ちだろうよ。

 

「………それはどうかな。俺はフラダリさん直々に依頼を受けている。その内容は忠犬ハチ公がフレア団と接触しているというものだ」

 

 あ、ハヤマめ。

 お前、それを今言うのかよ。

 てか、言っていいのかよ。

 

「忠犬ハチ公!?」

「ハヤマくん、それって…………」

「ああ、みんなもポケモン協会の一員なら噂くらいは知ってると思いますけど、ロケット団内部分裂と殲滅の黒幕と言われている会長の懐刀ですよ」

 

 ………俺って、そんな風に言われてたんだ。

 なんか噂というものを聞くたびに規模が大きくなってってないか?

 俺そんな大層なことしてないんだけど。

 

「………まさか裏切り?」

「どうでしょうね、ただ彼がフレア団と繋がってることだけは間違いないと思いますよ」

 

 チラッとこっち見るんじゃねぇよ。

 エビナさんがいたら喜びそうで怖い。何なら今早速背中に悪寒が走った。どこかでまた腐ってんのかね。

 

「ふーん、ハヤトはそっち側なんだ」

 

 あーあー、なんかもう魔王にこの会議乗っ取られちゃってるよ。まあ、メグリ先輩も止めようとしないから、意外とこれで上手く意見が飛び交ってるってことでいいのかもしれないけど。ただめっちゃ怖い。

 

「はるさん、言い方言い方………」

「ふふんっ、じゃあヒキガヤくんはどう思う?」

「え、はっ? なんで俺に振るんですか」

 

 ちょっと、いきなり振るのやめてくれませんかね。

 あ、ほら、なんかみんなこっちに視線送っちゃってるんだけど。

 ああ、やだよー、誰か助けてー。おうち帰るー。

 

「だって、ハヤトもユキノちゃんもつまんないんだもん」

「あんた、酷いな………」

 

 何を二人に求めてたんだよ。

 つか、俺に面白さを求めんな。

 

「はあ…………、実態がどうあれ可能性としては否定できないんじゃないですか? フラダリラボは表向きな名前であって実はフレア団が正式名称。その両方のトップがどちらもフラダリって人なら辻褄は合うと思いますけど?」

「ハチ公については?」

 

 そこも聞くのかよ。

 しかも本人に。

 

「態々自分から絡みに行く人間がいますか、そんな危ない組織に。俺だったらそんな面倒なことに首すら突っ込みたくないまである。名前だけで恐れられてあっちから接触を図り、事実としては間違ってはいない情報を拡散した。結局のところどっちが接触したかは誰も問題にしませんからね。で、それはハヤマという有名人にも渡り、ハヤマとハチ公をぶつけておくことでハチ公を牽制しようとしたんじゃないですか? 知らんけど」

「さっすがヒキガヤくん、考え方が斜めだねー。ハヤト、利用されてんじゃないの?」

「ははは、どうだろうね………」

 

 利用されてんだよ、まったく………。

 エリートトレーナーなら気付きなさいよ。

 

「では次の情報にいきましょう。次は早速フレア団絡みの事件です。三日前にアサメタウンで大規模な爆発が起きたようなんですけど、これがその情報筋によるとフレア団が関わっているみたいです」

 

 アサメタウンな。

 あ、そういや結局まだ続きを見せてもらってないじゃん。ルミたちの方に気を取られて忘れてたわ。

 帰ってから今度こそ見せてもらおう。

 

「詳しいことはまだその人も分からないみたいですけど、それもみなさんに調査していただきたいと思います」

「あの、そもそもその情報筋の人って誰なんですか?」

「そうそう、なんか一般的に知られてないようなことも知ってるみたいですし」

「というか話を聞いてるとその人フレア団のアジトに乗り込んでません?」

「………あれ? それだったらユキノシタさんも最終兵器のことを知ってたくらいだから乗り込んで………」

「はっ! まさかその人って!?」

 

 いきなり話がフレア団から情報筋の人物の特定に変わっていってしまった。

 皆の視線がユキノシタに集まっていく。

 ヤバいな、さっきの最終兵器の話が仇となってしまったか。

 さて、どうしたものか。

 

「それはどうだろうね。ユキノシタさんがこの情報を持ち込んだのだとしたら態々こんな回りくどいことはしないと思うな。それにハルノさんもいることだし」

「それじゃあ、ハヤマ君?」

「ばっか、そんなわけないでしょ。ハヤマ君もユキノシタさんと同じよ」

「でも、だったら…………」

 

 どこぞの女子三人が口々にものを言っていく。

 

「こうは考えられませんか? 誰かを迎えに行ったユキノシタさん除いてもう一人、フレア団と接触ができている者がこの情報を流している、てね」

 

 それをハヤマはこう切り返した。

 ほとんど俺への当てつけだとしか思えんが。

 

「「「忠犬ハチ公!?」」」

「俺もそれが正しい見解かは分からないけど、可能性としてはなくはないと思いますよ」

「それじゃあ、まさか今までの情報は偽物…………」

「その可能性は否定できません。ただ実際に事件は起きているし、俺がフラダリさんから依頼された後にネットで調べたら、フレア団に関する情報は全くなかった。そう全くね」

 

 あくまでも忠犬ハチ公、もとい俺がフレア団だと見ているハヤマは、完全否定するつもりはないらしい。というか絶対俺のこと攻撃してるな。

 だが、まあネットの検索でフレア団について一切引っかからなかったことに気がついたのは評価してやろう。

 

「全く、なかったの?」

「検索にすら引っかからない。逆に怪しいとは思いませんか?」

「ということはフレア団自体は本当に存在している組織………てこと?」

「恐らくは」

 

 ハヤマの言葉運びによりフレア団自体が存在するということは信じたらしい。ただ、そこからの話はまだまだ信じ難いってところか。

 というかこいつらハヤマの言葉を信じすぎだろ。

 もう少し自分の頭使って考えろよ。

 

「で、ではでは、以上が今あるフレア団に関する情報になります。調査を行うにあたってチームで活動してもらおうと思いますので、適当にチームを組んでください」

 

 なん、だと………?

 メグリ先輩や、それはさすがにぼっちに強いてはいけないことですよ?

 チームとか無理だな。

 

「………あなたは一般会員扱いなのだから私のところに来なさい」

 

 なんて考えてたらユキノシタがこっちを向かずに小声でそう言ってきた。

 どうやら俺はユキノシタの下にいることで決定したみたいだ。まあ、それが一番動きやすいといえば動きやすいか。今回に限っては。

 それにユキノシタもぼっちといえばぼっちだしな。ぼっち同士チームになっておけば何の問題もないだろう。

 

「………俺もこっちに入れてもらっていいかな?」

「………好きにすればいいわ」

 

 げっ、ハヤマも一緒なのかよ。

 面倒だなー、こいつも一緒とか。

 

「あ、じゃあ私も入ろうかなー」

「ハルノさんはメグリ先輩と一緒に本部との架け橋でしょ」

「ぶー、つまんなーい」

「ははは………」

 

 魔王までこっちに入ってきたら、俺絶対部屋から出なくなりそう。もうね、口撃が繰り返されそうで嫌になるわ。

 

「それでは、皆さん。チームは組めましたかー? 最後にこの会議の議長の選出に移りたいと思います」

 

 議長。

 会議の進行とまとめ役か。

 ま、所詮メグリ先輩とハルノさんがいるからいらないような気もするけど、一般会員の代表が欲しいということなのだろうか。

 あの二人は以前の会話から推測するに、割と上の方の人材らしいし。今回はこっちでの本部扱いだろうし。

 

「……………」

 

 えと………、あの………、どうして俺の方を見てくるのでしょうか…………。

 嫌ですよ? やりませんよ?

 一般会員として参加してるのに俺が前に立ったら意味ないじゃん。

 そもそも立ちたくもないし。というか立てるわけないし。まず噛む。次に噛む。そして締めでも噛む。自分で言ってて情けないが、事実なのだからしょうがない。

 

「だ、誰もいませんか~」

 

 ほわわわっ、て感じの声で聞いてくる。

 なのに何故か視線は俺の方を向いている。

 何なら部屋一帯を見渡して戻って来た。

 やだもう、何このめぐりんパワー。承諾しちゃいそうなんだけど。

 

「あ、あの」

 

 俺がめぐりんパワーに対して葛藤を繰り広げていると、一人の女子が手を挙げた。

 さっきハヤマに絡んでいた赤みのかかった茶髪である。

 

「誰もやりたがらないのなら、うちやってもいいですけど……」

「本当? えと………」

「サガミミナミです。あんまり前に出るの得意じゃないですけど、こういうの少し興味あったし………」

 

 それにこういうこともやって成長できたらなー、なんて思ったり………、とかいってるんだけど。

 なんで俺たちがお前の成長を手伝わねばならんのだ。

 

「では、次回から進行の方をお願いしてもいいかな?」

「あ、はい、分かりました………」

「うんうん、えー、では調査内容をまとめると『フレア団、およびそのボスと傍に立つ炎の女』『フラダリラボとの関係性』『アサメタウンでの事件』ですかねー。ハチ公についてはこちらで調査を行いますので、この三つを皆さんに調べていただきます。裏の取れたものならどんな些細な情報でも構いません。それでは明後日、この時間にここでまた会いましょう」

 

 ホワイトボードにきゅっきゅっと書き込んでいった調査内容。

 うーん、まあまずはそこからやるしかないか。

 本当はもっと進みたかったが、メンバーが知らないやつばかりだったからな。

 だが、そううかうかもしていられないだろう。フレア団の計画は着実に進行している。時間はいくらあっても足りない。

 

「がんばるぞー、えい、えい、おー!」

「「「「「「うぉぉおおおおおおおっ!!」」」」」」

 

 …………………。

 え、なにこれ。やらないとダメなの?

 てか男子。なんでそんなやる気に満ちてんだよ。ライブに来てんじゃないからさ、もっと大人しくていいだろ。

 

「じゃねー、ハヤマ君」

「また明後日ー」

 

 ぞろぞろと帰り出す人の流れの中にはサガミ一行もいた。

 皆がいなくなり、ようやく息ができる感じである。

 

「………ヒキガヤ、これはどういうつもりなんだ?」

「あ? 何がだよ」

「この会議の意味だよ」

「……なんで俺に聞くんだよ」

「君以外にあの情報を仕入れてくるのは無理だ。ユキノシタさんまで巻き込んで………」

 

 まあ、確かにハヤマは知ってるからな。俺がハチ公だってこと。一緒に襲われた身だし。

 

「あのな、先に言っておくが俺はフレア団でもなんでもないからな」

「それを証明するものはないだろう?」

 

 うっ、また痛いとこをついてきやがって。

 俺がフレア団だったとしてどうするつもりなんだよ。なんかここまでくると聞いてみたくもなるじゃねぇか。

 

「ああ、ないな。ユキノシタが全てを知っているわけでもないし。だからこそ、この会議を開いたんだが」

「やっぱり自分がフレア団ではないと誰かに調べさせるつもりだったか………」

「別に次いでだ、次いで。フレア団については俺一人で動いたところでお前が盾となって動きようがない。だから会長に取り次いでもらったってだけだ。まあ、まさかそれがユキノシタさんたちに行き渡るとは思いませんでしたけど」

 

 フレア団を追う中で忠犬ハチ公がフレア団でないことが証明できれば、俺的にはそれでいいんだけどな。

 そうすれば動きやすくもなるってのに。

 

「へー、ハヤトはヒキガヤ君を疑ってるんだ」

「まあね。というかハルノさんはどこまで未来が見えてるんだい?」

「なにハヤト、未来を知りたいわけー? と言ってもほとんど見えてないんだけどねー。まあ、でもヒキガヤ君は白だと思うよ」

「ハルノさんまでヒキガヤの肩を持つんだね」

「あれからヒキガヤ君、もとい忠犬ハチ公のことは会長に聞き出したもの。その話を元にネイティオに過去を見せてもらったけど、これまでの経緯を見れば一目瞭然だったよ」

 

 カラカラと笑うハルノさんであるが、今なんか聞き間違いであってほしいこと言ってたよな。

 

「人のプライバシーをなに勝手に覗いてんですか………」

 

 やめてくださいよ。

 俺の黒歴史をポケモンの力で覗くのは。

 まあ、そうやって未来を知ってユキノシタを唆したんでしょうけど。

 

「…………、ハルノさんがそう言うのなら、本当なのでしょうね」

「はあ…………、やっと信じやがったか」

 

 お前がため息を吐くな。俺の方がため息ものだわ。

 全く、どんだけ俺のこと嫌いなんだよ。

 俺も嫌いだけど。

 

「でも俺は君を監視し続けるよ。俺はまだヒキガヤが白だとは認めてもフラダリさんが今回の黒幕だとは認められない。まだ認めるに足る証拠が出てきていない。だから君が不穏な動きを見せれば俺は君を倒す」

「…………はあ、もう好きにしろよ。面倒臭い奴だな………」

 

 やだよ、こいつ。

 プラターヌ博士よりも怖いストーカーだったよ。

 

「ねえ、三人とも。私を挟んで会話するのはやめてもらえないかしら」

「「す、すみません………」」

「わーお、ユキノちゃんに怒られちゃった」

 

 怖いよ、ゆきのん。

 そんな凍えた声で言わないで。

 あと、俺の手をいい加減放して。痛いんだけど。

 

「それで、これからどうするつもりなのかしら?」

「どうって、そりゃアサメの事件の動画を見せてもらいに博士のとこに行くだろ」

「………そうね、言われてみればこっちにきたのはそれが理由だったわね」

「え? なに? みんなしてもう何か掴んじゃってるの?」

「………姉さん、明後日また会いましょうか。それじゃ」

 

 ユキノシタが席を立ったので俺たちもそれに続いていく。

 ハルノさんの背後を通った時、俺にだけ聞こえるような小声で『ユキノちゃんを巻き込むのはよろしくないなー、少年』と脅しをかけられてしまった。

 どんだけ妹が大事なんだよ。妹はそうでもないみたいだけど。

 この二人に何があったんだか………。

 

「はあ………、昔は仲が良かったのにな」

「………お前まで俺の考え読むのやめてくれない?」

「君もそう思ったのなら相当なものなんだな」

「偶然かよ、ややこしいな………」

 

 部屋を出てプラターヌ研究所に向けて歩き出したユキノシタの背中を追っていく。

 こいつと肩を並べるの、なんか癪だな。

 

「ずっと分からないんだ。どうして彼女は君を気にしているのか。俺と彼女は競うように名声を得てきたが、いつだって彼女は俺を見ちゃいない。あの時からずっと………」

「だからなんだってんだよ」

「俺は君が嫌いだってことさ」

「そりゃ奇遇だな。俺もお前のこと嫌いだわ」

「だろうね」

 

 明確な嫌悪感のキャッチボールをしながら、俺たちは先に一人で進む背中を追いかけ続けた。

 こいつとの会話は疲れるな。

 



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56話

ごめんなさい。少し遅れました。


「ただいま帰りましたよーっと」

「あ、おかえりー」

「なんだユイガハマだけか」

「なんだってなんだし! イロハちゃんは中二とでんじほうを撃ってるよ」

「ふっ、そりゃ何より」

 

 どうやらザイモクザに頼み込んでデンリュウにでんじほうを覚えさせているらしい。

 ちゃんと伝わっていたようでよかったよかった。

 

「………あなた、ほんとイッシキさんには甘いわね」

「………見てて危なっかしいんだよ。急成長遂げる奴ほど、滞ると何もできなくなる」

「それはあなたの経験談かしら?」

「ま、それもあるな」

「ユイ、ユミコたちは?」

「ユミコたちなら部屋の方にいるんじゃないかな」

「ありがとう」

 

 ハヤマはそう言ってミウラたちを探しに行った。

 はあ………、ようやく解放された気分だな。

 あいつといるとなんか疲れる。

 

「……で、コマチは?」

「コマチちゃんならさいちゃんと出かけたよ」

「天使がいない、だと!?」

「なんでそこで驚くし!」

「や、だってなんか疲れたから癒されようかと思って………」

「だ、だったらあたしが………」

「あ? なに?」

「な、なんでもない! ヒッキーのバカ!」

 

 酷い言われようだな。いつものことだからもういいんだけど。

 

「………ヒッキーは、さ。二人でしか、その………癒されないの?」

「ばっかばか、そんなわけないだろう。ルミルミという天然もいる!」

「………ロリコン」

「うぐっ………、お前らも一度目にすれば理解できるはずだ。あ、あとメグリ先輩も癒されるぞ」

「ううー、なんでそこにあたしたちが一切出てこないし」

「癒しというのは普段の環境から外れたところで噛みしめるもの。お前らからは日常を噛みしめてるから、逆に癒しにはならない。まあ、だからといって疲労の原因ではないからな。そこだけは穿き違えないように」

「………ねえ、ゆきのん。これって褒められてるの?」

「………少なくとも悪い評価ではないようね」

「そっか、少しはあたしたちにも心を開いてくれたってことなのかな」

「いやいや、開ききってはないぞ」

 

 そもそも人間誰しも開けっぴらになれるわけないだろうよ。

 

「でしょうね。でも開いているのは事実なのでしょ?」

「うっ………、それは…………どうだろうな」

「もう、昔と変わってないんだから………」

「そうなの?」

「うん、昔もね。ヒッキーが卒業しちゃう少し前に初めて話して、それで卒業試験の時には一緒に逃げ回ってたんだけど、素直じゃなかったよ」

「へー」

「あ、でもイロハちゃんにはあの頃も甘かったかも」

「へぇー」

 

 ちょ、近くないですか?

 というか段々と近づいてきてますよね。

 ゆきのんアップとかユイガハマにしてやれよ。すげぇ喜ぶと思うぞ。

 

「ヒキガヤ君ってモテモテだったのね、知らなかったわ」

 

 さらにアップしてんじゃねぇよ。

 それにモテモテってなんだよ。

 んなわけあるか。

 

「ち、近いって」

「ゆ、ゆきのん、近すぎない…………?」

「あ、ごめんなさい。ついヒキガヤ君の女癖が悪いことに我を失ってたわ」

「我を忘れるほどのことでもないだろ。そもそもモテてないし」

「「………鈍感」」

 

 いやいや俺は鈍感なんかじゃないぞ。ただの経験から学んだ事実を言ってるまでだ。

 

「ただいま帰りましたよーっと」

 

 あ、そんなこんなしてたら我が癒しの天使たちのお帰りではないか。

 

「………さすが兄妹……、一言一句同じだ………」

「およ? どうかしましたか?」

 

 ユイガハマがコマチの挨拶に驚いているとコマチが下から覗き込んだ。

 

「いえ、ロリガヤ君の性癖について話し合っていただけよ」

 

 それをユキノシタがさも当然のように答えていく。

 

「おい、さらっと憶測を俺に貼り付けんな。コマチが凄い目で見てくるじゃん」

「まー、お兄ちゃんだし? 今更何があっても動じないつもりだったけど? ロリコンはちょっと………」

 

 ドン引きである。

 妹に捨てられたらハチマン死んじゃう。

 

「待て待て待て! だからそれはただユキノシタが勝手に決め付けているだけだ! 俺はいたって普通のノーマルだ!」

「まあまあ、ヒッキーお疲れみたいだからからかうのは………」

「あら? からかってなんかいないわよ?」

「余計ひどいわ!」

「冗談よ。でもまあそれだけ年下に対して面倒見がいいとしておいてあげようかしらね」

「何故に上からなのん? もうそれでいいけどよ」

 

 前言撤回だな。

 もうマジで疲れてきた。

 でも今日の内に博士から例の動画を見せてもらわなければ………。

 

「ハチマン、お疲れなの? だったら僕が疲れをほぐしてあげるよ」

「トツカ………、お前だけだ、この女性陣に付けられた傷を癒せるのは」

「泣かないでハチマン」

 

 よし、完全復活!

 さすが天使! マジ天使!

 

「………二人とも立場取られちゃってません?」

「たはは………、さいちゃんは強敵だから………」

「………分かってても難しいのよ………」

「まあ、最近は腕を掴めるようになったみたいですから、及第点としておきましょう」

「ゆきのん、いつの間に?!」

「き、気づいたら体が動いてるのよ…………」

「ううっ………、みんな無意識でやっちゃってるよ」

「ユイさんもイロハさんみたいにやってみたらどうですか?」

「や、やー、あれはもうあたしにはできないでしょ」

「案外新鮮でウケがいいかもしれないですよ?」

「どうかなー、やってみようかなー」

「なら私も………」

「いえ、ユキノさんはその調子でやっちゃってください。ユキノさんが計算高くなったらお兄ちゃん頭こんがらがるでしょうから」

「そう、なのかしら?」

「はい!」

 

 女子三人はなんか別の話で盛り上がっているが、俺はこれからのためにトツカパワーを蓄積保存していく。

 これでなんとかしばらくは乗り切れるだろう。

 

「なんだ? このシュールな絵面は」

「あ、ヒラツカ先生」

「あそこの変人は誰だ?」

「先生の元教え子です」

「私はそんな教え子に育てた覚えはない!」

 

 チラッと見ると先生がなんか決めポーズを取っていた。

 あれ、言ってみたかったんだろうなー。

 先生、ああいうの好きそうだし。

 

「で、本当にどうしたんだ?」

「いえ、ただ会議の方がいささか面倒な空気になって、結果ああなったのかと」

「ああ、なるほど」

「それよりも忘れていたこちらも悪いんですけれど、私たちが呼ばれた当初の理由とやらを聞かせてもらえませんか?」

「ん? ああ、そうだった。スクールの方に気を取られていて忘れていたよ。なら全員集めてきてくれないか? 話はみんな集まった後だ。博士には私から言っておこう」

「分かりました」

 

 俺がトツカを堪能していると話はすでに決まっていた。

 ああ、トツカパワー恐るべし。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 女子三人がハヤマたちを呼んでくるということなので俺とトツカはバトルフィールドの方に行くことになった。

 で、着いてみたらなんかすごいことになってた。

 

「どっかぁーん!」

「ぬぅ、ならばこっちもレールガン!」

 

 デンリュウとエーフィがバトルしているのだが、なんかもうイッシキがでんじほうをマスターしていた。しかも命令がザイモクザみたいになってきてるし。なんだよ「どっかぁーん!」って。どこぞの軽巡洋艦なのん?

 

「スーパー念力!」

 

 サイコキネシスな。

 普通に言ってくれ。さっぱり分からん。

 

「コットンガード!」

 

 サイコキネシスにより体の自由を奪われたデンリュウは、自身を綿で包み込むことで地面に叩きつけられる衝撃を緩和させた。

 

「破壊せよっ!」

 

 地面に叩きつけても意味がないと判断したザイモクザはとどめを刺しにかかった。

 はかいこうせんも覚えてたっけ?

 あのエーフィ、滅多にバトルしないから何使ってくるか覚えてねぇわ。

 

「デンリュウッ!?」

「あーあ、やっぱエーフィの方がまだまだ上手か」

「ハチマン?!」

「先輩!?」

 

 二人して俺たちが来たことに驚いている。それくらいバトルに熱中してたということか。

 というか俺の存在だけに驚いてない? トツカには驚かないの?

 

「よお、まずはデンリュウをクリアしたみたいだな」

「ハチマン、何なのだ?! この娘は! 強すぎるとかの問題ではないぞ! コツをつかむのが早すぎて我の二年間が悲しくなってくるぞ!」

 

 ああ、うん、なんか言いたいことは分かるわ。

 ザイモクザはライコウのでんじほうを見てから二年に渡り、研究してきた。そうして今のでんじほうを操ることができている。対してイッシキは今日初めて使っただろうでんじほうを物の見事に完コピしていた。

 やべぇ、こいつ何なの?

 

「誰のせいだと思って」

「誰だよ」

「それを言わせようとするの、先輩らしいですよねー。はあ…………、なんでこんな人に勝てないのかな」

「こんな人とは失礼な」

「それで、どうかしたんですか? こんなところに来るなんて先輩らしくもないですよ」

「ああ、まあちょっと集合かけに来た」

「先輩が人を集めるとか絶対誰も集まらなさそう」

「俺がじゃねぇよ。ヒラツカ先生に言われたんだよ」

「ほら、結局研究所に呼ばれた理由、まだ聞いてないでしょ? だからそれを今からみんなに話そうってことになったんだよ」

 

 トツカが埒のあかない会話に終止符を打ってきた。

 トツカってユイガハマ並みに空気を読めるよな。

 あれ? ってことは、トツカ最高じゃね?

 これからトツカさえいればなんでもできるんじゃね?

 

「ああ、そういやなんで来たのかすっかり忘れてましたねー。そもそもなんで呼ばれたんでしたっけ?」

「アサメタウンでの事件」

「アサメタウン? ……ああ! あの動画の! あれ、アサメタウンっていうところで起きたんですか? そんなこと言ってなかったような……………先輩、またよからぬことでも企んでません?」

「何もねぇよ。企むってなんだよ」

「だって、先輩だし」

 

 おいそこ!

 うんうん、と同意しない!

 

「つーわけだ。ほれ、行くぞ」

「ああん、待ってくださいよー」

 

 回れ右してすったか歩き出すとイッシキはデンリュウをボールに戻して小走りで追っかけてきた。

 続けて後の二人もついてくる。

 

「で、結局先輩の会議はなんだったんですか?」

「フレア団だよ。それ以上は言わん」

「もう、別にいいじゃないですかー。私も巻き込まれてる身なんだし」

「そもそも、まだ外に情報開示できる段階ですらないんだ。だから話すことがない。というわけで会話も終了」

「ぶー、先輩、そんなんだと女の子にモテませんよ?」

「これでモテてたら逆にそいつは好き者だと思うぞ」

「うっ………、なんなんですかね、この攻略難易度が異様に高いゲーム。無理ゲーだよ」

 

 会話終了。

 ほんとに終了しちゃったよ。

 まあその方が楽だけど。イッシキとの会話じゃ何を暴露されるか分かったもんじゃない。まあ、こいつだけに限らんか。最近じゃ、周りにいる女子は皆何かしら俺の過去を知っている。それを度々暴露されたんじゃ、次何を暴露されるかちょっと怖いまである。

 記憶なくなるのも考えもんだな。

 

「と、ここか」

 

 目的地に到着し、扉を開く。

 中にはすでに人が集まっていた。

 

「遅かったな」

「バトルしてましたから。行った時にちょうどザイモクザが終わらせてくれたから良かったものの、続いてたらもっと時間かかってたと思いますよ」

 

 先生との気のないやり取りをして博士の方を見る。

 何をにこやかスマイルのでいるのかは知らんが、気持ち悪からやめてほしい。

 あ、ほら、エビナさんが鼻血吹いてるじゃん。

 貧血にならないのかね。

 

「では、博士。全員集まったことですので」

「そうだね、それじゃみんな。これを見てもらえるかな」

 

 先生が博士を促すとテレビのスイッチを入れた。

 そうして再生されたのはメールに送られてきたものと同じ動画だった。

 

『ず、ザザッ、「なんだ、あれは!? ポケモンなのか!?」「と、ともかくにげるんだ!?」』

 

 何かを見つけた人々が逃げていく。

 その表情は恐怖心がにじみ出ている。

 

『「うわっ…、うわわわっ!?」「トロバ!!」』

 

 これを取っているのは確かトロバという少年だったか。

 声はするものの大きく揺れて、やはり状況がいまいちつかめない。

 ただ緊迫した状態であるのは分かる。

 衝撃音がまるで爆発が起きているかのような凄まじいもので、不意に動画が宙を舞った。

 どうやら少年が投げ出されてしまったらしい。

 そこに何か大きなものが横に流れていった。

 これがフラダリと博士の会話にも出てきた伝説のポケモン、ゼルネアスかイベルタルなのだろう。脚しか見えなかった。

 

『「トロバ!!」』

 

 さっきとは違う少女の声で少年の名前が叫ばれた。

 急に動画が引いたかと思うと、少年が今いたところで爆発が起きる。

 衝撃で透明な箱に入ったモンスターボールと何か赤いものが一緒くたに飛ばされていく。

 

『「サイホーン! このまま安全なところまで走って!!」「どうするの!?」「アタシはもう一度もどる!! エックスをこのままにしておけない!!」「ワイちゃーん!!」』

 

 顔は見えないが最初の方の少女がエックスとかいう奴のところへ行ってしまう。

 

「ッッッ!?」

 

 そして最後、二体のポケモンが事の元凶であることが分かるような争う風景が映し出され動画は一旦終了。

 この画なら分かりやすいな。

 こいつらが恐らく伝説の二体。

 動画は切り替わり、トロバという少年がどアップで映し出される。

 

『ぼ、ぼくの後ろに映っている様子が見えてますか!? これは劇でも映画でもありません! アサメタウンで今、現実に起こってることなんです!』

 

 博士の部屋に近づくにつれ、ヒラツカ先生から送られてきた動画の声の主と思しき音声が聞こえてくる。

 

『博士!! プラターヌ博士!! これ……ブツン!!』

 

 これで動画は終了。

 何故後半のほんの少しを送ってこなかったのかは甚だ疑問ではあるが、まあ容量がでかくて送れなかったってことにしておこう。

 それよりも。

 

「それで、この動画の伝説の二体はどっちがどっちなんだ?」

「「「ッッ!?」」」

 

 俺の一言に部屋中の空気かビクッとなる。

 おかげで俺もビクってなってしまった。

 やだ、何それ。超キモい。

 

「赤黒い方が破壊ポケモン、イベルタル。四足の方がゼルネアスだよ」

 

 そう言って、博士は巻き戻して二体が綺麗に写っているところで再度止めた。

 ふむ、ということはこの四足歩行の方が生命を分け与えるゼルネアスなのか。

 どっちも土地を荒らしてるようにしか見えないが、ゼルネアスが通ったところは草が生い茂っている。

 反対にイベルタルが技を打ち出したところには何もなくなっている。

 まさに自然が破壊されていた。

 

「前にハチマンくんには伝説の二体について聞かれたことがあったよね」

「ああ、聞いたな」

「僕も半信半疑だったけど、これで史実が証明されたよ。生命を与えるポケモン、ゼルネアス。奪う側のイベルタル。この二体は対となるポケモンであり、その力は生命に関わってくる、扱いを間違えれば危険なポケモンたちなんだ」

「なら、やっぱり『Z』はいるのか?」

「それに関しては僕からは何も言えないよ。ただ僕個人の意見としてはいるんじゃないかな」

「ぜっと?」

「取りあえず、お前らにはまずこの二体のポケモンについて知ってもらわねぇと話が進まねぇよな」

 

 ユイガハマがコテンと小首を傾げてくるので説明を付け加えることにした。他の奴らも同じだろうし。

 

「というわけでザイモクザ。説明を頼んだ」

「うむ、というか自分でもできるであろう?」

「資料がない」

「………仕方あるまい。我が相棒の頼み、聞いてやろう」

 

 俺もザイモクザに説明してもらった身。

 だから資料はザイモクザの方が持ってるんだよな、この件に関しては。

 

「我の調べたところによるとカロスではおよそ3000年前に戦争が起きているのだ」

 

 ザイモクザが目線で、これでいいか? と聞いてくるので、俺は首肯する。

 

「そして、それは他の地方とのものだったという説もあるのだ。その戦争では大量の命が奪われた。そこには件の二匹のポケモンの姿もあったのだとか。命を分け与える生命のポケモン、ゼルネアス。全てを覆い尽くし朽ちらせる破壊のポケモン、イベルタル。この二体の力は壮大で後にこの戦争を終わらせることとなった最終兵器の基礎となったらしいのだ。そして、この二体がそれぞれXとYに例えられるポケモンだろうと我は考えている。名前をアルファベットにすると頭文字がXとYになるからな」

 

 取りあえずこれを見よ、とパソコンを操り、図書館で借りた本の内容を一言一句違わず打ち出した資料を画面に映し出した。

 そうそう、これこれ。

 俺が説明するには持ってない資料の一つだ。

 

 

~Xのポケモン~

 千年の寿命が尽きる時、このポケモンは二本足で立ち、七色に輝く角を広げ、カロスの大地を照らす。すると人もポケモンも活力が漲り、荒れた大地は潤いを取り戻した。そうしてエネルギーを使い果たしたそのポケモンは枯れた大木のようになり、その周りには深い森が形成された。後に人々はこう語る。二本足で角を広げる姿はまるで『X』のようだった、と。

 

 

~Yのポケモン~

 千年の寿命が尽きる時、このポケモンは禍々しい翼を広げて、鋭い咆哮を走らせ、カロスの大地を包み込んだ。すると人もポケモンも活力を奪われ、潤う大地は一瞬にして荒れ果てた。そうして無数のエネルギーを得たそのポケモンは翼を折りたたみ繭のような格好になって山奥で眠りについた。後に人々はこう語る。翼を広げて叫ぶ姿はまるで『Y』のようだった、と。

 

 

 厚い胸を張ってえっへんと態度に表すザイモクザ。

 は、放っておき俺も付け加えていく。

 

「ザイモクザが言ったようにXとYで表される要因だ。で、だ。なら、どうしてZで表されるポケモンはいないんだってわけだ。キリが悪いと思わないか?」

「確かに、そうね。XとY。この資料を見る限り、ゼルネアスとイベルタルに結び付けられるわね。そうなるとX・Yと来てZが来なければ些か妙だわ」

「だろ? で、博士にそういうポケモンはいないかって話になったんだが、博士も知らないって言うんだよ」

 

 代わりに出てきたのがポリゴンZだったんだよなー。あいつ、なんだかんだ進化して強くなってるし。

 

「えっと、確かホウエン地方には陸と海を広めたっていう伝説のポケモンがいましたよね。で、そのポケモンの過剰な力を抑える力を持つ竜神様ってのがいたような………」

「おおう、イッシキがちゃんと知ってたぞ…………。バカじゃなかったんだな」

「失礼な! これでも誰かさんを追いかけるのに必死なんですからね!」

 

 あ、こら何変なこと言ってんだよ。

 ほら、みんななんか空気が変になってるじゃねぇか。

 おいそこ! 笑うんじゃねぇよ、ハヤマ!

 

「グラードンとカイオーガ。それにレックウザね。確かにレックウザはあの二体を抑制する力を持っているわ………はっ!?」

「気づいたか。そういうことだ」

「え? なになに? どゆこと?」

 

 ユイガハマは当然分かってない様子。逆に今での理解できていたらアホの子卒業ものだわ。

 いつ卒業できるのやら。アホの子じゃなくなったらユイガハマがユイガハマで無くなりそうな気もするけど。

 

「力の抑制……………、三体目のポケモン、キリの悪いアルファベット表記…………だからZなのね」

「ああ、どんなポケモンかも分からんが、いるとしたらレックウザと同じように強大な力を持つ二体を抑制する力を持ったポケモンだろうな。Zは」

「………実は僕もそこにはずっと疑問を抱いていたんだ。どうしてXとYがいるのにZの話がどこにもないのか。そんなことを頭の片隅に置きながら、ポケモンについて研究をしてきた。それから、ある時ふと思ったんだ。生命を司るXのポケモン、破壊を司るYのポケモン。この二体がそれぞれの力を滞りなく無限に使えるとしたら、カロスは、いやこの世界全てがどうなってしまうんだろうと。君たちはどう思う?」

 

 あんた、またですか。

 ほんと、人に考えさせるの好きだよな。人のこと言えないけど。というか同じ聞き方してるし。

 

「どうって、そりゃ生態環境がおかしくなるんじゃないですか? あるところでは生命力に溢れ、あるところでは朽ち果てた大地が広がっている、的な感じに」

 

 ハヤマが以前の俺と似たようなことを言っている。

 おい、真似すんな!

 

「そうなってしまえば、些か問題ですね。一箇所で起こった生態環境の崩れは連鎖するように次々と無の力が呑み込んでいくでしょうし。生命力も限度を超えれば、朽ち果てる原因となりますし…………。なるほど、一見して正反対な存在で有りながらも、力の抑制がなければ招く結果は同じだということね」

「そういうことだ。だからZという存在がなければこの二体のポケモンは好き放題にできてしまい、結果今のカロスは生まれていない。いわばZは生命の秩序を正すポケモンだろうってことだ」

「あうー、なんか話が小難しくて頭痛くなってきました」

「まあ、頭の片隅にでも置いておけ。知らないよりは知ってた方がいいからな」

 

 まあ、難しくなってくるよな。

 ただ、今回に限っては知らないでいる方が後々怖いことになると思うぞ。

 

「博士や先生にも言っておきますけど、フレア団なんてのがカロスにはいるみたいなんですよ。奴等の狙いはよく分かってませんけど、俺の見てきた限りじゃ3000年前の戦争で使われた最終兵器とやらが鍵となってるみたいですよ」

「ッッ!? それは本当か?」

 

 先生が急に驚愕の色を見せた。

 まあ、先生には何も話してなかったもんな。

 

「ええ、イッシキ。10番道路に行った時のこと覚えてるか?」

「じゅ、10番道路、ですか? うーん………、あっ!?」

 

 イッシキに投げかけると、ちょっと時間がかかったがようやく思い出したようだ。

 あの時のポケモンたちのことを。

 

「思い出したか。俺とイッシキはセキタイタウンに向かう前に一回だけ10番道路に行ったことがある。その時に見つけたポケモンは生体エネルギーを抜き取られた抜け殻と化していた。はっきりいって死んでいるみたいだった。だが実際は死んではいないらしい。そのポケモン自身が生きることを諦めなければ、そのうち活力を取り戻すそうだ」

「それって………」

「まあ、話はここからだ。俺はその事を看過できなくて10番道路を調べた。あそこには列石があるのはみんなも知ってるだろうが、どうもあの石には生体エネルギーを抜き取る力があるらしい。俺たちが見つけたポケモンも恐らくその石が原因だろう。で、だ。何故そんな石が10番道路にあると思う?」

 

 俺が博士みたいに投げかけてみると、ユキノシタは早々にため息を吐いた。

 

「…………だからあなたはセキタイタウンを調べたということね。そしてまんまとフレア団のアジトの中に呼び込まれた」

 

 理解が早くて助かるわ、ほんと。

 

「さすがユキノシタ。話が早いな。どうにも10番道路とセキタイタウンの地形が怪しくてな。こっそり夜にセキタイタウンを調べたらフレア団のアジトとやらに入れてしまったんだわ。それがハヤマが見た場面でもある。しかも入ったら入ったで抜け出せなくなるし、なんか変なのに捕まって牢屋にブチ込められるし、散々な目にあったわ」

「それで生きて帰ってこれてるだけすごいよね………」

「それな」

 

 コマチの言う通りである。

 まあ、後でなんか言われそうで怖いけど、話しておかないとどっちにしても怒られそうだし。

 余り言いたくなかったけど。

 

「………敵のアジトに乗り込んだということは、その、ボスにも会ったのか?」

「ええ、会いましたよ。ハヤマは余り信じてないようですけど。何なら博士も信じないでしょうね。仲良さそうだったし」

 

 先生が早くもその点に気がついてくれた。

 この際だし、全員の前で言ってやろう。

 

「………僕の知ってる人なのかい?」

「フラダリ」

「「「ッッッ!?!」」」

「ま、まっさかー、そんなわけあるわけないじゃないか。だってフラダリ氏はフラダリラボでホロキャスターを開発し世に広めた偉大な人だよ。そんな人がフレア団のボスだなんて有りえないよ」

 

 やはりこうなるか。

 俺と一緒に旅していたものは当然驚きの顔を見せるが、博士とハヤマたちはあり得ないといった顔をしている。

 

「という感じに大体の人は証言するから信じてもらえないんだけどな」

「………私も見ているのだけれどね」

「ま、今はそこは置いといてだ。フレア団のアジトが何故セキタイにあるのか、親切にも教えてくれちゃったわけよ、これが」

「………なんだったの?」

「最終兵器が地下に眠ってるんだわ。実際に見せてくれたから間違いない」

「見せてもらったって、お兄ちゃんなんかお友達みたいになってるね………」

「いやいや、俺に友達ができるわけがなかろう。あんな奴ら友達にもなりたくないわ」

 

 そもそも会話からしてそんな仲良さげなものじゃなかったし。ほとんど皮肉の言い合いだぞ。

 

「で、だ。最終兵器はポケモンの生体エネルギーを使うことで動く仕組みになっているみたいなんだが…………」

「………あの子たちは最終兵器とやらを起動させるためのエネルギーとして使われた、っていうんですか」

 

 ジトッとした目でイッシキが俺を見てくる。

 そんな目で俺を見るなよ。悪いのは俺じゃないんだから。

 

「そういうことだな。ただ、そんなポケモンたちの生体エネルギーをどれだけ使えばカロスを破壊できるのか分かったもんじゃない。ここからは俺の憶測の話でしかないが、もしその最終兵器とやらを起動するのに必要なエネルギーを永遠に蓄えることができたら?」

「…………生命ポケモン、ゼルネアス。あなたが言いたいのはそういうことね」

「ああ、アサメタウンで起きたその動画の事件も俺はフレア団が絡んでると睨んだ」

「ついに動き出したというわけであるな」

 

 ザイモクザの言う通り。

 ついに動き出したのだ。

 その証拠にこの動画で伝説の二体が写っているのだ。

 

「………でも、証拠はなくないか? アサメタウンのこの事件がフレア団と絡んでいるだなんて、俺にはまだ結びつかないな」

 

 ん?

 マジでこいつ馬鹿なのか?

 あれ? でもなんかミウラたちもハヤマのことを変な目で見ているし………。

 これって………、んなわけないか。

 

「まあ君の話は分かったよ。言いたいことも分かった。だけど俺にはそれを信じるに値するまでの証拠が足りていない。だから俺は俺で探ってみるよ。君の証言の裏付けも兼ねてね」

 

 ダメかー。

 どんだけ話してもハヤマは信じる気が全くなさそうだ。まるでフレア団を味方しているかのような、そんな気さえしてくる。

 だが、ミウラたちの反応も気になるな。

 ハヤマと旅をしているのだから当然、フラダリと会ったかもしくは会ったことくらいは知っているだろう。だからフレア団のボスがフラダリだということを信じられないのは置いておこう。しかし、今の反応はどう考えてもハヤマの言っていることに驚いているようだった。

 

「話はそれだけかい?」

「ああ、俺からはな」

「そうか、なら、うん。ちょっと出かけてくるよ」

「………好きにしてくれ」

 

 ハヤマがそう言って出て行くとミウラたちも怪訝な表情を浮かべ合わせながら、ハヤマの後について行った。

 

「………どう、したんですかねー、ハヤマ先輩。なんからしくないというか………」

 

 そういやここにもハヤマを知る人物がいたな。

 少し聞いてみるか。

 

「……お前から見てもおかしく見えるか?」

「はい、なんかいつもだったらもっとこう話を信じた体で話すのに、今日は全く耳を傾けていないというか…………」

「……マジで何なんだろうな」

 

 イッシキから見ても変だと思えるのなら、やはりミウラたちの反応は同じだろう。あいつらもハヤマの反応を訝しんでいる。

 やはり、あいつは、ハヤマは………………。

 ま、仮定の話をしたって意味ないよな。




えー、会議に重鎮がいないことやハヤマの今後を今回やりたかったのですが、思いの外長くなってしまい次回に持ち越しになりました。
気になっている方はたくさんいるかと思いますが、ちゃんと重鎮も用意してありますし、いない理由もちゃんとあるんですよ。

次回をお楽しみに。


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57話

 昨日はあれから質問攻めになり、それに答えているとすぐに夕食時間になってしまった。ハヤマたちもそれに合わせて帰ってくるあたり律儀だよな。

 みんなで食事する方が美味いんだとか。うーん、こうしてみると普通にハヤマだと思えるんだが。なんだったんだろうな、あの態度。

 それから寝る前に俺の上司に文句を言ってやった。

 サガミとかいう奴、大丈夫なのかと。そして帰ってきた言葉が、人手不足なんだから文句言うなだとさ。

 いやいや、あんな爆弾いちゃダメでしょ。

 で、今日は会議がないということで遅めの起床。

 着替えてみんなを探していると博士の後ろ姿が見えた。

 それにヒトカゲとハリマロン?

 バトルしているのか?

 

「すごいな! ヒトカゲ!! ドジっ子だったおまえが! 見違えたぞ!!」

 

 てへー、と振り返るヒトカゲ。

 博士の足元にはフシギダネの姿もある。

 

「ハリマロン自慢のかたいカラも『ほのお』の攻撃の前じゃかたなしだね。ヒトカゲ、追撃のひのこ!!」

 

 倒れ込んでいたところにヒトカゲのひのこが打ち込まれる。

 効果抜群の技を受けハリマロンは苦しそうである。

 トレーナーは一体何をしているんだ?

 

「アサメの事件の後、逃げてきたみたいらしいわよ」

「ユキノシタ………」

「あの動画のトロバって子たちと一緒に来てるみたい。それに、あれを見て」

 

 ユキノシタが指差す方を見ると、博士の相手をしている少年の腕に見たことのある石が嵌め込まれたリングをつけていた。

 

「キーストーン…………」

「アサメの事件が起きる前、博士はポケモンとポケモン図鑑を送っていたらしいわ。その一体があのハリマロンということね」

 

 図鑑所有者!?

 あいつがか?

 どう見ても…………、いやキーストーンを持ってるくらいだし………。

 

「うしろをとれ!」

 

 じわじわと起き上がっていたハリマロンに再度ひのこが打ち込まれ、それを前に飛び込むことで何とか躱したのに少年が反応を示した。

 ハリマロンは躱した勢いのままにヒトカゲの背後に回りこんでいく。

 

「ころがる!!」

 

 身を丸めヒトカゲの背後から転がり込んだ。

 効果は抜群。

 

「あ〜〜〜〜、思わず…………」

 

 額に手を当てため息を吐く少年。

 

「プッ、いざ戦いが佳境に入ったら『負けたくないスイッチ』が入るんじゃないか」

「そりゃ……、まあ………」

 

 左手で帽子を掴むと猫背のまま博士にやる気のない目を送る少年。

 

「……でも……、勝負が甘くないってこともわかってますよ。前半、あれだけダメージを受けたんだ。最後の一撃で持ち込めたのは……、よくて相打ち……。……いや」

 

 ブツブツと語る少年の推測通り、ハリマロンが力尽きた。

 

「これが図鑑所有者ね………」

「……何かあるのかしら?」

「いや、ちょっとな………」

 

 すでにキーストーンを持っている図鑑所有者か。

 …………なわけないか。さすがにこう何度も続かんだろ。

 

「ハイハイどーもー。負けてもどーってことないですよー。自分がやりたくてやったことじゃないんでー」

 

 にこやかに労う博士に棒読みで返す少年。

 何あいつ、めっちゃ面白いんだけど。

 

「よくがんばったな、マリソ」

「はっ!? まりそ!?」

 

 まりそって何?

 

「こいつのニックネームですけどなにか? 手持ちにするならなんてつけるかずっと考えてたんで」

 

 ハリマロンを抱き上げるとそう呟いた。

 

「いやだって、キミ、エックス………、手持ちにしないって……」

「自分が心に決めていること、なんでもかんでも正直に話す人間ばかりとは限らないし」

 

 マジあいつ面白すぎんだろ。

 笑いが声に出そう。

 

「コホン、ともかく、そりゃこっちも願ったりだ」

「あと、よければそのヒトカゲもください」

「なっ!?」

「くくくっ」

「……まるであなたを見ているようね」

 

 ヤバいわ、あいつめっちゃツボるわ。

 その歳でそんな捻れ方してたら将来どうなるやら………。

 俺にもようやく同士ができちゃう?

 

「はいはい、こっちに来そうだから行くわよ」

「お、おう……」

 

 いいわー、今回の図鑑所有者。

 オシャレ好きと野生児の組み合わせも面白かったが、今回は特にいいわ。

 それにしてもあのバカップル。所構わずいちゃついてるイメージしかないんだけど。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「で、私たちはどうして三人でテーブルを囲んでいるのかしら?」

「そりゃ、会議のためしかないだろ」

 

 取りあえず、ハヤマも呼び明日の会議のために俺たちは話し合うことにした。

 したのだが、いかんせんハヤマの目がおかしい。

 

「………ハヤマ君はまだヒキガヤ君を疑っているのかしら?」

「怪しいか怪しくないかと言われれば、怪しいって答えるだろうね。ハルノさんはああ言ってたけど、俺はまだ引っかかるところがあるんだ」

「………具体的には?」

「ミュウツー。何故君がミュウツーを連れているのか、それが分からない」

 

 それが関係あるのか?

 何か話の方向を変えられたような…………。

 

「ミュウツー? ありゃあいつの方からついてきたんだよ。お前だってミュウツーがどういう存在か知ってて言ってるんだろ?」

「ああ、グレンジムのジムリーダー、カツラさんたちが作り出した遺伝子ポケモン。先のロケット団事件にも関わっていた存在だ。だからこそ気がかりなんだ。フレア団はカロス壊滅を目論んでいる組織。そこに忠犬ハチ公がアプローチを図った。そして俺はその忠犬ハチ公が誰なのか知っていて、どんなポケモンを連れているかも知っている。危険視しない理由がない」

「………要はヒキガヤ君とミュウツーが離れてしまえばいいのかしら?」

「一概にそれだけとは言えないけどね。一番いいのは君がカロスから出ることだ。そうすればフレア団との関係もただの強襲に遭ったと納得できるし、これからの関与も否定できる」

 

 俺がカロスにいる限り疑いは晴れないってわけね。

 …………なんかこいつ、おかしいんだよなー。

 四冠王とか言われてるような奴が事俺に関してだけは一切の証言が通じない。怨念があるのか、それともただのバトルバカだったのか…………。

 

「なあ、ハヤマ。お前がフラダリと会ったのは9番道路で襲われた後だって言ってたよな」

「ああ、それがどうかしたかい?」

 

 ふむ………、襲われるまでのハヤマに何か違和感のようなものを覚えた事はなかったはず。よく知らないってのもあるだろうが、それにしてはヒヨクで目が覚めた時の会話からはずっと何か違和感を感じるのだ。敵視が増えたと言われればそれまでなのだが、どうにも釈然としない。

 

「フラダリと会った時に白い顔の男もいたってことはない、よな?」

「ッッ!? ぐっ、あ………」

「ッ!?」

「は、ハヤマ君………?」

 

 フラダリと会った時のことを思い出そうとしたのだろう。だが、ハヤマは急に頭を抱えてテーブルに肘をつけて支え始めた。

 この感じ、俺自身にも経験がある。何かを思い出そうとすると何も思い出せずにただただ激しい頭痛に襲われる。それ以上何も思い出すなと言わんばかりに。なんというか力で記憶を押さえつけられているような、そんな感覚。

 

「ヒキガヤ君………」

「ハヤマ、それ以上無理に思い出さなくていい。お前の反応で大体のことは読めたわ」

 

 ユキノシタが判断を仰いでくるのでハヤマを落ち着かせることにする。

 はあ………、こいつはすでに名前や遠回しな利用だけでは済んでいなかったというわけか。俺への対抗策として四冠王の実力と俺の周辺にいるという身体的な、それこそハヤマの骨の髄まで利用されているらしい。

 ということはあの三人もすでに手を加えられているということか?

 だから一緒に連れ立っていたイッシキを俺に………、なわけないよな。ただの偶然だろう。

 とにかくあの三人も危ないかもしれない。早急に確認しなくては………。

 ん? でも待てよ?

 昨日のハヤマの様子を訝しんでいたよな………。ということはやはりハヤマ一人だけが支配されたということか? 全てを一人で背負ったということか? 敢えて自分がフレア団に支配されることで異変に気づかせようとか、そんなことを考えていたとしてもおかしくはない。ハヤマのことなんて何も知らないからなんとも言えないけど。ま、そもそも知りたくもないしな。

 話が逸れたが、本当にハヤマが自己犠牲に出たとしたのだったら、ハヤマが俺のところに初心者のイッシキを置いていったのは偶然ではなく意図的だったと言われても異論はないな。

 そしてそんなハヤマがあの三人をみすみす敵の手に渡すようなことはしないはずだ。ということはあいつらは白と見てもいいのだろうか。

 とにかく今日中に確認しておかなければ。多分、キーワードはさっきのでいいだろう。

 思い出そうとしてハヤマと同じことになれば黒。そうでなければ白だと判断していい。

 考えをまとめるとコンコンと地面と叩き、黒いのを呼ぶ。

 すると察したのか、俺が言う前にハヤマを黒い穴の中に吸い込んで行った。

 

「ユキノシタ、すぐにお前の姉貴を呼んでくれ」

「分かったわ」

 

 やはりフレア団は危険だ。

 敵の敵は敵。

 自分達以外は敵と見るような危険な集団だ。野放しにしておけば必ずカロスは終わる。あるいはそのまま世界だって呑まれてしまうかもしれない。

 サカキさーん、あんたの野望が果たせなくなっちゃいますよー。

 なんて言ってる暇はないか。

 

「すぐに来るらしいわ」

「分かった。表で待とう」

 

 影の中にハヤマを取り込んだまま、研究所の外に出る。

 しばらく待っていると黒塗りの高級車が走ってきた。

 ……………。

 

「ひゃっはろー、ヒキガヤくん! 今日はどういった用件かなー? あ、お姉さんとデートにでも洒落込もうってことなのかな? それとも姉妹二人で相手してあげよっか」

 

 車から降りてすごい勢いで近づいてくるハルノさん。

 めっちゃ怖いんだけど。つか、近い。その態勢を取られると白いワンピースの胸元が強調されるんでやめていただきたい。

 

「姉さん、そういうふざけた話はまたにしてちょうだい」

「ぶー、雪乃ちゃんのいけずー」

「………そうも言ってられないのよ。ハヤトが、フレア団に乗っ取られてたわ」

「ッッ!?」

 

 ………………。

 ハルノさんも知らなかった事実だったか。

 未来予知でも見えないものはあるということだ。

 あるいは見る対象ではなかったから知らなかったか。

 

「………その顔じゃ、姉さんも知らなかったようね」

「…………ハヤトが……、嘘、でしょ……」

「フレア団にはカラマネロの使い手がいるのよ。ヒキガヤくんもその人にやられてたわ」

「ヒキガヤくんでも………、ハヤトは?」

 

 驚愕の眼差しで俺を見てくるハルノさん。

 俺はコンコンと地面を蹴り、黒い穴から眠らせたハヤマを取り出す。

 

「………分かったわ。ハヤトはこっちで預かるけれど、こうなるとあの会議のメンバーの中にも………」

「……今は何も言えないでしょ。後出しになるかもしませんけど、証拠がつかめない限りは動きようがありませんよ」

 

 それよりも何なんだろうか。さっきから。

 この言いようのない感情は。

 あの黒塗りの高級車が来てから俺の中で何かが蠢いている。

 

「会議の方はなんとかなるわ。ある人にようやく連絡がついたらしいの。だからハヤトの抜けた穴はどうにかなるわ。………ハヤトのことは任せて。絶対に目を醒まさせるから」

 

 高級車にハヤマを引きずり込むと、ハルノさんもそう言って中に入っていった。

 そのまま黒塗りの高級車はどこかへと走り去ってしまった。

 

「…………」

「…………」

 

 残されたのは沈黙だけ。

 正直何を話したらいいのかも分からない。

 

「……………あなたには、あなたたちには「戻ろうぜ。ハヤマがこうなった以上、敵は甘くはないということだ。時間の猶予はない」………バカ」

 

 背を向けて研究所の中に入っていくと、静かにユキノシタもついてきた。

 全く、本当に俺はどうしちまったんだろうか。らしくもない。

 こんなよく分からないものを抱くとか病気にでもかかったのかね。

 やだなー、こんな時に病気とか。

 ほんと、何なんだろうな………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ユキノシタとは別れて、部屋に戻って今後について考えているとコンコンとノックされた。前回のイッシキの件があるので恐る恐る扉の方を見てみると、誰もいなかった。よかった、入ってきてからノックされてるとかなかったか。

 何気に気にしている俺ガイル。

 

「ヒッキー、いる?」

「あ? なんだ?」

「入っていい?」

「………開いてたっけ?」

 

 そもそも鍵をかけたかもしれない。イッシキがあんなことするから悪いんだ。何なら鍵があるから悪い。俺は悪くない。

 

「ああ、やっぱりか。今開ける」

 

 やはり無意識で鍵を閉めちゃってたわ。

 無意識とか覚えてすらないから怖いよな。

 

「あ、ヒッキー」

「どした?」

「んとね、その………ゆきのんにね」

「………取りあえず入れ」

「うん」

 

 どうやらさっきのことでも聞いたのかもしれない。

 

 

「……さっきゆきのんに聞いたんだけど、前にあたしが車に轢かれそうになったこと覚えてる?」

 

 ナチュラルに俺の寝ていたベットに腰掛けんなよ。気にしないのかよ。さすがビッチだな。

 

「……覚えてるぞ。まさかあんな馬鹿な奴がいるんだなって印象深かったわ」

「うっ………、ま、まあそれは置いといてさ。あの車にはゆきのんが乗ってたんだって」

「ふーん」

 

 言われなくてもさっきハルノさんが乗ってたんだから大体は想像がついている。

 あの時に乗っていたのはユキノシタの方。ユイガハマを見た時点で言おうともいつでも言えただろうに…………、あいつは言わなかった。

 ま、人に言えないことの一つや二つあるってもんだ。ただそれだけのこと。

 

「で、それがどうかしたのか?」

 

 だが、俺は別にそのことを気にしてるわけではない。というか忘れてたまである。それなのに何か、あの時あの高級車が来てから変なモヤモヤが俺の中で芽生えた。

 

「どう、って………、ヒッキーは何も感じないの?」

「別にあいつが悪いわけじゃないからな。何なら相手がお前だって知らなかったのかもしれない。だからあいつがどうこうってのは俺にはない」

 

 嘘だ。

 現にモヤモヤしたものがある。だが、それが何か分からない以上口に出すのは得策とは言えないだろう。

 ユイガハマとか超食いついてきそうだし。

 

「そう、なんだ………」

「なんだ? お前、その様子だとユキノシタが嫌いになったか?」

「そ、そんなことないし! あ、あたしはゆきのんのこと超好きだもん! 大大大好きだもん!」

「わ、分かった分かった。お前の百合発言は分かったから」

「ゆっ!? そういうんじゃないし!」

 

 大好きか。

 ま、あいつにはそう言ってくるような存在ができたんだ。だからこそ言えなかったのかもしれない。関係を壊したくなかったから。言ったら絶対に嫌われると思っているから。

 

「……それでいいんだよ。お前も知ってるだろ? あいつはああ見えてずっと弱い。ポケモンを暴走させてしまうような弱さがあるんだ」

「………でもあたしがいたところで何もできないよ」

「別にお前がいたところで何もできないのは百も承知だ。あいつには心の支えってのが必要なんだよ。イッシキにしても追いかけるものがなくなればあいつらは魂が抜ける。途端に弱くなるだろうな」

「…………ねえ、やっぱりヒッキー何か隠してるでしょ。ゆきのんに何も感じないなんて嘘……」

「あ? なわけねぇだろ」

「嘘だよ。ヒッキー、さっきから話がだんだん逸れていってるもん。ゆきのんが弱いのは知ってるけど、ヒッキーが言うような弱さとは別のものだもん。確かに言ってることは間違ってないよ。でも言わなきゃいけないことを言えない弱さはまた別だよ。あたしがそうだから………」

 

 うぐっ………、まさかユイガハマに説かれてしまうとは………。

 いや、ユイガハマだからかもしれないな。

 感情に関してはこいつが一番読み解いている。俺の知らない感情をこいつなら言葉で説明できてしまう。感情論の話に俺はユイガハマに勝てるわけがない。

 確かにユイガハマの言う通りだ。何も感じないわけないし、ちゃんとモヤモヤしている。そして、このモヤモヤを隠そうとしても俺ではどう足掻いてもこいつの前では隠し切れそうにないって分かってるのにな。

 なんてことはない。俺もユキノシタと同じ今のこの関係を壊したくないのだろう。こんな変な感情を抱いている奴なんか普通に嫌われる。どこかでそう思っている俺がいるのだ。

 どうやら俺はユイガハマ、いや今のメンバーに嫌われたくないと思っているのかもしれないな。

 うーん、それなら感情豊かなユイガハマなら俺のこのモヤモヤを読み取ってくれるかもしれんな。試してみるか。

 …………うっ、いざ言おうとするとめっちゃ恥ずかしいだけど。やめようかな………。

 

「…………な、なあ、苗字で呼ぶのと名前で呼ぶのと何が違うんりゃ?」

 

 噛んだ………。

 もうやだ死にたい。

 

「うぇっ?! い、いきなりどったの?」

「すまん………、忘れてくれ。マジで忘れてくれ」

 

 こんな醜態を晒したなんてイッシキやコマチに知られたらネチネチといじられそうで怖い。

 

「いやいやいや、そういう意味じゃなくて! てっきり言わなかったゆきのんに怒ってるもんだと思ってたから、なんていうか予想してなかった質問だっただけで………。それにしても苗字と名前かー。やっぱり親しさなんじゃない? ほら、ヒッキーもあたしたちのことは苗字で呼ぶけど、コマチちゃんは名前じゃん?」

 

 親しさね。

 

「や、コマチを苗字呼びとか逆に気持ち悪いだろ。家族なんだし」

 

 家族で苗字呼びだったらみんなヒキガヤになっちゃう。気持ち悪い家族だな。想像したら吐きそうだわ。

 

「でもそういうことだと思うよ。人との距離の線引きっていうか…………。ヒッキーはいつあたしたちのことを名前で呼んでくれるのかなー」

「………まずそんな日が来ると思わないことだな。この場合、名前で呼んだら家族になっちまう」

 

 名前呼びとか恥ずかしすぎるだろ。

 長年ぼっちの俺にはハードルが高すぎる。

 

「呼ぶ気ないんだ………。というかなんでこんな質問なの?」

「聞くな」

「あ、もしかしてあたしがハヤトくんって呼んでるから? それともその逆?」

「………そうだった。こいつらも名前で呼んでたわ………」

 

 リア充すげぇな。名前で呼び合うとか。

 ということは実はユキノシタもリア充だったってこと?

 うわー、やっぱりぼっちは俺だけだったんだな。さすがプロぼっち。

 つか、まああの二人幼なじみだったっけ?

 

「……ていうかこれ、ゆきのんと関係してんの?」

「……………」

「うーん、ゆきのんと名前呼び。ゆきのんが名前呼び…………っ!? いいね、ゆきのんに『ユイ』って呼ばれてみたいかも」

「おい、何を想像した。顔がすんごいだらしなくなってるぞ」

「はっ!? ごめんごめん。ゆきのんのデレた顔で『ユイ』って呼ばれるのを想像したら」

「おいこら、言ってるそばから涎垂れてるぞ」

 

 やっぱりこいつ百合ガハマだったか。

 

「そういや、昔はあの二人、名前で呼び合ってたのに。なんで今は堅苦しいんだろう」

「あん? あの二人?」

「ゆきのんとハヤトくん」

「ッッ!?」

 

 な、なんだ? またなんかモヤモヤが増えたぞ?

 

「……ふーん、そういうことかー。ヒッキーがねー。あー、でもあたしにはそんな感情抱いてくれないのかなー」

「な、なんだよ………。つか、近くね?」

 

 なんかニヤッと不敵な笑みを浮かべたユイガハマがのそりのそりと近づいてくるんですけど………。ちょっとなんかホラーで怖い。

 

「うおっ!?」

 

 ついには床に押し倒されてしまった。

 しかもちょっと身体を動かしようものなら柔肉に触れてしまい、とんだ大惨事になりそうで怖いんだけど。

 結論、女は怖い。

 

「ヒッキー………、何があったかは知らないけど、あの二人に嫉妬してんだ」

「はっ? 嫉妬? 俺が?」

「……ねえ、ヒッキー。もしあたしがヒッキーの知らない男子に名前で、しかも呼び捨てで呼ばれてたらどう思う?」

 

 はっ?

 なんでいきなりそういう話になる。

 

「答えて」

「……………どちらかといえば嫌、かな………」

 

 なにこの有無を言わせない迫力。

 上から言われるだけでこんなにも迫力を出せるものなのか。

 

「ヒッキー!」

「おいこら抱きつくな! 柔肉を押し付けんな!」

 

 近い近い近いいい匂い近い柔らかい!

 何なのこの柔らかい圧力。

 

「せんぱーい、やばいですやばいですやばいんで……………お邪魔しました」

「待て待て待ってイッシキ!」

「いいいいイロハちゃん!? 待って! お願いだから無言で出て行かないで!」

 

 まずい………。

 こんなところをまさかイッシキに見られてしまうとは。今止めなくてはコマチやユキノシタに言いふらされてしまう。

 

「………せんぱい」

 

 綺麗に回れ右して部屋を出て行くイッシキがようやく止まってくれた。

 聞き分けのいい子で助かった。

 

「コマチちゃんとユキノシタ先輩とどっちがいいですか? きゃはっ☆」

 

 やだこの子。

 全然聞き分けよくなかった。

 というか俺の回避したい部分をまんま突きつけてきてるんだけど。

 

「え、笑顔が……、怖い………」

「ユイ先輩は誰に言われると効きますかねー。やっぱり二人ともユキノシタ先輩かなー」

「ま、待って! お願いだから話を聞いて!」

 

 ユイガハマが跳ね起きてイッシキに掴みかかる。

 

「ユイ先輩? いつからそんな大胆になったんですか?」

「ぐはっ?!」

「ユイガハマ!?」

 

 が。

 振り返ったイッシキの一言で固まってしまった。

 

「先輩? いつからそんなに変態になったんですか?」

 

 うぐっ………、こいつなんか機嫌悪くないか?

 そんなに俺がユイガハマに抱きつかれてるのが不満なのか? 俺は満足だぞ。柔肉を堪能できたからな。

 

「やっぱり変態ですね」

 

 こいつ…………ん?

 

「せーんぱい? 今何考えてたんですかー? あ、私のことをエッチな目で見てたとかー? それともユイ先輩の胸の感触を思い出してました〜?」

 

 やばい………。

 なんか変なスイッチ入っちゃってるんですけど。

 ゆら〜り、ゆら〜り俺の方へ近づいてくるイッシキが段々ゾンビに見えてきた。もしやこれって俗に言う………。

 

「誰がヤンデレですかー? とぉーっう!」

「おがっ!?」

 

 ちょっと病んだような(多分俺がそう意識してしまったからそう見えただけだろう。そういうことにしておこう。じゃないと死ぬ気がする)目で俺を見てきたかと思うと、にこりと笑ってダイブしてきた。

 本日二度目の押し倒し。受けるの俺だけど。やだ、俺って実はヒロイン?

 

「もぅー、ユイ先輩だけじゃなくて私も構ってくださいよー。プンプンですよ」

「うぇっ!? イロハちゃん何してるの?!」

 

 俺の腹の上で馬乗りな激おこイッシキ。全く怒ってる感じがしないのは実にイッシキらしくあざとい。

 それよりも。

 あ、あの………キミスカート短いの忘れてない?

 ちょっとピンクっぽいのがチラリズムしてるんだけど。

 

「ず、ずるい! あたしもやるーっ!」

「あ、おい、ユイガハマ! この状況でこっちくんな! か、完全に見えちまうだろ!」

「〜〜〜〜っ!? ひ、ヒッキーの変態! バカ、ボケナス、ハチマン!」

 

 俺がそういうと出し掛けた足を閉じてスカートを抑えた。

 だからハチマンは悪口じゃないだろ。

 それにお前がスカートのまま床に仰向けになってる俺のところに来ようとするのが悪い。俺は悪くない!

 

「わぁー、先輩ほんとに変態さんだー。そんなに見たいなら私の見ます?」

「おいこらイッシキ。俺の腹に馬乗りになってそういうはしたないことを言うもんじゃない!」

「むー、先輩ノリ悪いですねー」

「俺にノリを求めるな」

 

 それに乗ったら俺の人生が終わるだろうが。

 

「い〜ろ〜は〜ちゃ〜ん?」

「ひぃ!?」

「そろそろ離れてくれないかなー? ふー」

「ひあ!? は、はいぃっ」

 

 背後から首回りをユイガハマに撫でられ、息を吹きかけられついに根を上げた。あ、なんかユイガハマまでもが変なスイッチ入ってる。

 ふぅ………、最後に勝つのはやはりユイガハマの方か。なんかイッシキってやられる側っぽいもんな。反撃しようとして反撃される感じのちょっと詰めが甘そうなキャラだし。

 

「それでイロハちゃん? これはどういうことかな?」

「あ、あの………それって私のセリフになるんじゃ………?」

 

 確かに。

 普通聞いてくるのはイッシキになるはずだったんだが。

 なんかいつの間にふざけたイッシキの方が悪いことになってるぞ?

 まあ、俺としてはイッシキがようやく腹からどいてくれて助かったからいいけどね。

 取りあえず、身体を起こすとイッシキとユイガハマが向き合って正座をしていた。

 

「イロハちゃん、最近ヒッキーに何回撫でられたの?」

「え? そ、そんなこと覚えて…………はっ!?」

 

 こいつバカだろ。

 ユイガハマが知ってるはずなかろうにまんまと騙されやがって。

 

「やっぱり撫でられてたんだ。なーんかイロハちゃんがくっついてもヒッキーが普通に受け止めてるから何かあったのかと思ってたけど、やっぱり何かあったんだね」

 

 ユイガハマもユイガハマだな。

 ここまで策士になれる場面が出てくるとは。

 

「い、いや、決して先輩が想像しているようなことは何も………」

「ゆきのんもゆきのんで知らないうちにヒッキーに触っちゃってるし。ヒッキー、なんかあたしにだけ冷たくない?」

 

 ふむ、これが所謂嫉妬というやつか。

 抱くのは勝手だがこうも表に出てくると厄介な感情だな。

 

「……なんだユイガハマ? 嫉妬か?」

「ぐっ、なんかさっきと逆転してるし………」

「冗談だ。たくっ………」

 

 どうも最近俺がイッシキを構ってばかりなのが不満だったらしい。

 つってもなんか俺はユイガハマに人工呼吸をしたらしいし、その、な………。

 やっぱりつい向き合うとそのことを想像しちゃうんだよなー。記憶がないだけに。

 

「へぁっ?」

 

 なんだよ、「へぁっ?」って。

 イッシキじゃないんだからよ。

 

「これでいいのか?」

「………ぶー、なんか仕方なくって感じで「ならやめようか?」ぶー、………許す」

 

 つーんとしていてここで構わなかったら今後何を要求されるのか分からないので、取りあえず要望通り頭を撫でることにした。

 

「……やっぱり先輩の手ってメロメロ成分でもあるんですかね………。撫でられると人格崩壊起こしますよ」

「え? 俺の手ってそんな能力あったの?」

 

 なにそれ、触った奴の人格変えるとか。

 俺の手っていつの間にそんな能力手に入れてたの?

 

「というより本題の方忘れてますけど、どうしてユイ先輩は先輩を押し倒してたんですか? というか私も撫でてください」

「うっ………、それは、ヒッキー、が、…………デレた、から………?」

 

 うん、まあイッシキを撫でるのは良しとして、今のは聞き捨てならんな、ユイガハマ。

 

「あがっ!?」

 

 ガシッと。

 手を開いて頭を掴んでみました。

 

「い、いだいよ、ヒッギー」

「先輩、デレたんですか?! あの先輩がデレたんですか?!」

「なんで俺に聞くんだよ。別にデレてねぇよ。こいつが仮定の話をしてきて嫌かどうかを聞いてきたから、ちょっと嫌だって答えただけだ」

「………先輩、何聞いたんですか?」

「えっと……、もしあたしがヒッキーの知らない男子に名前を呼び捨てで呼ばれてたらどう思うって聞いたんだけどぎゃっ!?」

 

 おい、なぜ皆まで言うんだ。

 

「………先輩、私はどうなんですか?」

 

 ほら、食いついてきた。

 想像できてしまうあたり、こいつとの生活も長くなったということか。って何考えてんだ俺は。

 

「あ? イッシキ? お前の場合は別に何とも…………うん、何とも思わんな。みんな名前で呼んでるから。うん………」

 

 うん、何とも思わない。思わないぞ。思わないったら思わない。

 ………めっちゃ思ってるな。なんだこれ。俺どうしちまったんだ?

 

「………ヒッキー、また嘘ついてるし」

「うぐっ………」

 

 なんでこいつはそうすぐ人の感情を読み取れるんだよ。怖いんだけど。

 

「………へー、先輩、嫌って思うんですねー」

「……………………………というか名前呼びの習慣がないからよく分かんねぇんだよ」

「え? じゃあ試しに呼んでみてくださいよ」

「却下」

「えー、いいじゃないですかー、はーちまんっ」

「…………なんかやめてくれ。イッシキに名前で呼ばれるのだけはマジで鳥肌が立つ」

 

 マジでないわ。イッシキに呼ばれると背筋が凍る。

 

「な、なんでですか?!」

「……………ハチマン」

「うおっ?! な、なんだよ、いきなり」

 

 急に名前で呼ぶなよ。ビビるだろ。

 

「……ふーん、ヒッキーっていつもの呼び方以外だと、結構抵抗があるんだね」

「あん? どういうことだよ?」

「普段イロハちゃんはあんまり………というか『先輩』以外で呼んでこないから、ヒッキーは慣れないんだよ。でもあたしはまだ『ヒッキー』って言ってるから、一応名前? というかあだ名? 的なのだから、名前を呼ばれるのにイロハちゃん以上の抵抗はない。それと同じなんじゃない? ヒッキーがモヤモヤしてることって。ゆきのんが普段名前で呼ぶことなんてほとんどないから、ましてやあのハヤトくんの名前がゆきのんの口から出たのに抵抗があったんだよ」

「……………」

 

 つまり何か?

 俺はユキノシタがハヤマを名前で呼んだことに抵抗があったっていうのか?

 というか別にあの黒塗り高級車は関係なかったのか?

 

「………その様子だと図星みたいだね」

「え?」

 

 え?

 まさかの当てずっぽうだったの?

 いやでも筋としては通っているか。

 

「へー、先輩、要するにハヤマ先輩に嫉妬してたんですかー。何があったのか知りませんけど。先輩がねー」

「べ、別にそういうことじゃねぇよ。ただ名前の呼び方にふと疑問を抱いただけだ!」

「ふふーん、まあ」

「そういうことにしてあげようか」

 

 二人が顔を合わせてニヤついている。

 ダメだ。

 信じてくれちゃいねぇ。

 だが、まあ。おかげでなんかモヤモヤの正体は掴めた。

 要するに俺はユキノシタがハヤマのことを名前で呼んだのに違和感を覚えたということだ。

 なんだそれ、ただのガキかっての。

 

「でもゆきのんだけじゃなくて、あたしたちも同じみたいだよ」

「あー、だからあの質問だったんですね。全く、この先輩は感情を知らなさ過ぎですよ」

 

 取りあえず、両手を開いて二つの頭を鷲掴みしてやった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ミアレに戻ってきてから五日目。

 昨日はイッシキとユイガハマの前で醜態を晒すという何とも人生の黒歴史を作ってしまったわけだが(というかなんでイッシキは俺の部屋に来たんだろうな、話が有耶無耶になって聞きそびれたわ)。

 その後に気分を変えてミウラたちのところへ行ってみたのだが(そのことをイッシキとユイガハマに言ったら病気扱いされた)、特に変わった様子はなかった。案の定、ハヤマは一人でフラダリの元へ行ったらしいし。試しに白い顔のゾーさんを知ってるか聞いてみたが、ハヤマのような反応を見せることもなかったし、知らないということでいいのだろう。

 マジであいつ一人で背負ってたのかって感じではあるが。

 バカじゃねぇのって言ってやりたいが。言ったところでどうせまた噛み付いてくるし、ハルノさんに後は任せておこう。

 ん? ハヤマ?

 あいつがいないのはハルノさんのところに行ってるからってことになってるぞ。さすがにこれ言っちゃうとミウラたちが魂抜けちまうだろ。打ち明けるのは時期を見直すべきじゃね?

 そして、昼。

 一昨日の会議場である裏路地の部屋にユキノシタと向かうとなぜか人集りができていた。

 

「………あの人、誰……」

「怪しすぎるんだけど………」

 

 口々に出される人物は怪しいらしい。

 

「フレア団が送ってきたとか?」

「ない、とは言い切れねぇよな」

 

 フレア団の刺客か? 的な発想にまで至ってるらしい。それくらいには怪しい人物なのだろう。

 

「ちょっといいかしら」

 

 ユキノシタが道を開けるように促すと俺たちは扉の窓から中を覗き込んだ。

 

「……………」

 

 何かいる。

 確かに怪しい人物である。

 ただ残念なことにまたしても知り合いだった。格好がいつもと違うだけでこうも怪しくなるとは………。

 一度でもあの姿を見ていればすぐに分かるだろうけど、知らない人が見たら確かに怪しすぎる。

 

「はあ………」

 

 ため息を一つ吐いて部屋の中に押し入る。

 

「む………?」

 

 ガチャっと音がなったため音に気がつき、こちらに視線を向けてきた。

 俺たちはスタスタとその人の前にまで行き、頭の後ろ周りを覆う金髪のカツラとオドシシのカチューシャを取った。綺麗な禿げ頭に机に置かれていた白いハットと黒のサングラスをかけてやるとようやくいつもの姿に戻った。

 いつもの装備じゃないとマジで誰か分かんねぇよな。

 

「何やってんですか、カツラさん………」

「む………、若者たちばかりと聞いてウケを狙いにいったのだが………」

「普通に引きますって」

 

 そうだった。

 こういうところはこの人馬鹿なんだった。

 昔はロケット団の研究者として働いてたはずなのに、しかもあの暴君の生みの親でもあるのに、蓋を開ければただのお茶目な老人とか、校長と大して変わらねぇぞ。

 

「お久しぶりです、カツラさん」

「おお、ユキノシタの」

「マジで、何してるんすか」

「うむ、私も声をかけられていたのだが、例の物を作っていたら遅くなってしまった。ん? ハチマン、キミ………」

 

 あ、早速気づきやがった。

 やっぱすげぇなこの人との繋がりは。

 

『マスターがなぜこんなところにいる』

「ちょうどいいんじゃね? お前の本気を引き出せるのはこの人だけだし」

『…………いいのか?』

「別に、元々そういう関係なんだし。ただ事情を知ってる分、働いてくれると助かるんだが」

『それはマスター次第だな』

「どうかしたのか?」

 

 あらやだ。変な人に見えてたみたいだ。

 こいつとの会話って独り言言ってるように見えるから、危ない奴に見えるんだよなー。

 そこだけが難点だわ。

 

「いえ、別に。こっちの話っすよ。まあ、カツラさんに関係ないわけじゃないんで。この話はまた後ででお願いします」

「分かった」

「あ、カツラさん。来てくれてたんですねー。前回に間に合わなくてちょっとハラハラしましたよ」

 

 メグリ先輩の登場。

 今日も相変わらず花が咲いている。

 俺の目がおかしくなってるな。

 

「すまなかったな。私も今は放浪の身。連絡が中々つかなかったと聞いたぞ。申し訳ない」

「いえいえー、来てくれただけで充分です」

「そうか。話はここに来るまでに一通り目を通してある。即話し合ってもらって構わない」

「分かりました。それではみなさん、会議を始めましょうか」

 

 一人消えたけど、上手いタイミングで一人埋まったな。

 俺としては強い味方が増えてなによりだ。

 ようやく本格的に動き出せるのか。よかったよかった。

 

 

 …………マジで面倒な奴だったな、ハヤマの奴。




この作品書き出したのは実は今年の一月末だったんですよねー。
一度消えて七月から一話の文字数を増やして再投稿してきましたけど、それでも半年。
ここまでお付合い頂き本当にありがとうございます。
今年は今話で最後ですが、来年も引き続き同じペースで投稿していくつもりです。半年(実際は一年ですけど)かけてようやくポケスペの内容に触れ出したところですからね。終わるのはいつになるやら………。
まだまだラストまではかかるかと思いますが、来年も何卒宜しくお願い致します。


それでは、良いお年を。


追記:急遽さがみんの手持ちのポケモンをみなさんに決めていただこうかと思い立ち、活動報告にてアンケートを募集しています。
詳しくは活動報告の『年末年始企画:相模南のポケモンをみんなで決めよう』をご覧ください。
ご意見、待ってます。


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58話

遅くなって申し訳ありません。


 さて、二回目の会議が始まったわけだが。

 この配置おかしくね?

 なんで俺がカツラさんの隣に座ってるわけ? しかもコの字型の真ん中の位置に。右側からハルノさん、カツラさん、俺、ユキノシタ。

 なんかこれじゃ俺らが重役みたいになってんじゃねぇか。ダメじゃん。当初の目的が何も達成されていない。

 まあ、みんな俺は他三人のおまけにしか思ってないだろうけど。

 

「それじゃあ、サガミさん。進行お願いね」

「は、はひっ! はい、で、では、今日は皆さんの報告からお願いしましゅ」

 

 その一言で順々に手が挙げられてフレア団について調べたことを発表していく。噛み噛みなサガミは顔を真っ赤にしていた。当然、前に立って進行役を全うできていないサガミたちも発表していたのだが、これといって誰も成果と言える成果はなかった。

 あ、いや一個だけあったな。

 どうやら昨日、ミアレタワーでちょっとしたいざこざがあったらしい。それがフレア団と関係あるのかと聞かれれば全くないとのことらしいが、相手は子供たちだったらしい。

 なんとなく、嫌な予感がする。

 関係ないといいけど。

 

「では、最後にユキノシタさん………」

「分かりました」

 

 なんで順々に発表していってるのに真ん中の面子は最後になるんだろうか。

 まあ、俺が発表するわけじゃないからいいんだけど。

 サガミなんてただ紙に書かれてる言葉を読んでいってるだけだし、順番を選んでるわけじゃないだろうからな。この順番も紙に書いてあったのだろう。大方、真ん中の人たち、あるいはユキノシタさんは最後に、的な感じか。もはやメグリ先輩も他の人たちを当てにしていないということか。かわいい顔して冷たい人だな。

 はっ!? まさかあのお花畑は俺たちだけに向けられているという証拠なのでは!?

 うっわ、なにそれ超ハッピー。天使のご加護が俺たちだけに向けられるとか最高じゃないか。

 

「これまでの発表にもあるようにアサメタウンで爆発が起きています。ただし、その爆発はただの事故などではなく、ポケモンによるものであると付け加えさせて頂きます」

「というと?」

 

 メグリ先輩が食いついてきた。

 

「とある少年が、爆発が起きたとされるほぼ同時刻に、プラターヌ博士のところに当時のアサメタウンの様子を撮った動画が送られてきました。博士の見解ではその動画に映っていたのは二体の伝説のポケモン、ゼルネアスとイベルタルのようです」

「伝説のポケモン!?」

 

 がやがやと一帯が騒がしくなっていく。

 伝説と聞いて静かにしてはいられないか。

 

「その前にまずは今一度、今回の事件に関連するカロス地方の歴史を確認しておきます」

 

 コクコクとメグリ先輩が頷く。それを合図にユキノシタは再度口を開いた。

 

「3000年前、カロスでは大規模な戦争が起きました。前回シロメグリ先輩が仰っていたようにその戦争は『最終兵器』というものにより終わりを迎えました。そして今、フレア団も同じ『最終兵器』と言うものを起動させようとしています」

 

 一呼吸入れるために辺りを見渡す。

 彼女の目にはじっと聞く者、半信半疑で聞く者、手遊びをして一応聞いてますよアピールをしている者。様々な態度が見えたことだろう。

 後半の奴ら、何やってんの?

 

「ここからは私たちの推測ではありますが、フレア団は伝説のポケモンを狙っているのではないでしょうか。前回のシロメグリ先輩の説明にはアサメタウンでの爆発にはフレア団が関わっているという情報がありました。そして、その同時刻に二体の伝説のポケモンがアサメタウンに現れ、暴れていた。全く関係がないとは考えられないでしょう。他にも最終兵器の起動にはポケモンの生体エネルギーを必要とすることが判っています。片や生命を与えるポケモンとされる伝説のポケモン。そのような強大なパワーを持つゼルネアスなら最終兵器を起動させるのに必要な生体エネルギーを供給できてしまうのではないでしょうか」

「………もしフレア団が本当に最終兵器の起動を目的としているのであれば、またとない絶好のポケモンであるな」

 

 うんうん、とカツラさんが首肯する。

 

「一つ、よろしいかな?」

「何なりと」

 

 彼は俺を挟んでユキノシタを見上げた。

 それに気づいたユキノシタが続きを促す。

 

「その最終兵器があるのは………」

「セキタイタウンというところの地下です」

「では、その場にあるという根拠は?」

「実際に見てきました。カツラさんに渡された報告書にもあったと思いますが、フレア団のアジトはセキタイタウンにあり、その地下には大きな蕾のような機械がありました。そして、直接フレア団のボスからの説明も受けています」

「ふむ………、私は実際に見ていないからなんとも言えないが、それを裏付けるものはあったりするのか?」

「ええ、最終兵器の在り処であるセキタイタウンの南に位置する10番道路、そこに佇む列席にはその生体エネルギーを吸い取る力があるということが判りました。ただし、一体のポケモンから取り出される生体エネルギーでは最終兵器が起動できるとは思えません。もし可能であれば危険極まりない代物です」

「なるほど………、実際に目にし、地形からも判断材料があるとくるか………」

「………カツラさんの『兄弟』が教えてくれたんですよ」

「そうか………、ならば真実なのだろう」

 

 ぼそっと俺が伝えると、カツラさんはあっさりと信じてくれた。

 

「………ちょっとー? どうしてそれで認められちゃうんですかー?」

 

 だが、間延びした声のヤジが飛んでくる。

 

「逆に否定する材料はないと思うのだが?」

 

 カツラさんは質問に質問で返すという嫌な技で聞き返す。

 

「いっぱいあると思いますけど? そもそもこの会議に持ち込まれる情報は忠犬ハチ公って人からなんでしょう? しかもその人、フレア団と繋がりがあるとか噂されてるじゃないですか。そんな人からの情報なんて信用できないとは思わないんですか?」

「そうですよ! ユキノシタさんが言うにはフレア団のボスというのもホロキャスターを世に広めたあのフラダリさんだって言うし。全くもって信じられません!」

 

 サガミの取り巻きたちが次々と吠え出す。

 

「そうか………、だが残念ながら私は忠犬ハチ公と呼ばれる男を知っている。彼の噂はほぼ尾びれがついて広まっているだけであって、過激な者でもない。はっきり言ってしまえば君たちと変わりない年頃の奴だ。確かに色々と繋がりを持っているのは否定しないが、彼は優秀な、それこそ私よりも強いポケモン協会のトレーナーだ。こういうのは些か心が痛むが、私だったら君たちよりも彼の話を信じる」

 

 いやー、泣けるね。

 そこまで言われちゃ、俺泣いちゃう。

 でも泣かない。だって、横ですごい危ない者を見る目でユキノシタ姉妹が両側から見てくるんだもん。

 ………カツラさんを見てるようで絶対俺を見てるよね。視線が痛い。

 

「あ、あにょ………、わ、私からも一ついいですか?」

 

 サガミが手を上げてきた。なんか珍しいな。

 

「何だ?」

「そ、そのあなたの横の男が言っていた『兄弟』ってのは誰なんですか?」

「………ポケモンだよ。私のせいで生まれたな」

 

 しかも突いてくるところが鋭いとか。言い換えればそれだけ細かい奴だってことか。やだね。

 

「ポケモン、ですか………?」

「うむ。私もかつては悪に手を染めてしまった者。だからこそ、彼の行動の一つ一つに理由があるというのも理解できてしまう。分からないのであれば分からないままでいい。だが、彼の話だけは信じてやってほしい」

「………………」

「で、では今日はこの辺で」

 

 空気を察したメグリ先輩がパチンと一拍手して強引にターンを奪った。

 

「あ、あの!」

 

 と思ったが他にも手が上がってしまった。誰だよ、空気読めない奴。

 

「どうかしましたか?」

「そ、その……前回いたハヤマ君は…………? 今日、姿がないみたいですけど」

「あー、ハヤトはちょっと用事があるみたいだから。後で会議の内容はこっちで伝えておくよ。だから気にしないで」

 

 ハルノさんの口調は軽いのに、言葉が重い。

 なんだこの威圧感。

 さすが魔王だわ。笑顔で釘さしてきてる。まあ、その方が俺としてもありがたいけど。

 

「では、以上ですかね。最後に話をまとめておきますと、アサメタウンで起きた爆発事故は事故ではなく伝説のポケモンによるものだった。そこにはフレア団が関わっている可能性がある。そして、当のフレア団はセキタイタウンにアジトを構え、その地下には3000年前に造り出された最終兵器が眠っている。最終兵器はポケモンの生体エネルギーを糧に起動する極めて危険なものであり、フレア団はその動力源に伝説のポケモンを使おうとしている可能性がある。以上のことを踏まえて、明日じっくり話し合いましょう。時間と場所は今日と同じです」

 

 ま、これ以上会議を続けても意味はなさそうだからな。

 というかやはり会議なんてやめておけばよかったのかもしれない。

 俺一人………は俺の横にいる奴が許さないだろうから、せめて俺の知っている人物くらいは集めて情報の共有をしておくくらいでよかったかもしれん。マジで使えねぇ。

 

「「「「はいっ!」」」」

「………なにそれ」

「あー、なんか白けたー」

「…………」

 

 おいおい、サガミさんよ。お前の友達(笑)は言いたい放題だな。俺が言うのもアレだけど友達は選んだ方がいいと思うぞ? 友達いないからよく分からんけど、さすがにあれを友達だとは俺だったら思いたくない。

 ぶつくさ言いながら彼女たちは流れに続いて部屋から出て行った。サガミもそれを追うようにして普通に出て行く。

 ま、どうでもいいけどよ。あんな奴ら。邪魔さえしなければ。

 

「…………あの子たち、ハチ公に暴れられたらひとたまりもないんじゃないかなー」

「………そもそも暴れませんって」

 

 ハルノさんや。

 あれくらいの奴らをいちいち相手にしてたら俺が疲れるからしませんって。なんて面倒な。

 

「はあ………、何度言っても聞かない人を相手にしている暇はないわね」

 

 残ったのは結局俺たち五人だけ。

 やっぱり、あのまま流れに乗って出て行くべきだったかも。これじゃ、俺たちもこっち側の人間と思われてしまう。

 や、そもそもユキノシタといる時点でそれも詮無きこと…か。

 

「さて、ハチマン。まずは、遅れて申し訳なかった」

 

 向き直ったカツラさんがいきなり頭を下げてきた。

 え? なに? どしたんすか?

 

「や、別にいいっすよ。そもそも会議に現れるなんて一言も聞いてませんでしたし」

「そうか………。では本題に入ろう。今回の事件、君はどう絡んでいるのだ?」

 

 この人、何もかもが急だな。まあ、いいけど。

 

「どうって………、取り敢えず、経緯から今までの流れを話していきますんで、自分で纏めてもらえますか。多分、俺以外の視点から見るのもいいでしょうから」

「分かった」

 

 どう絡んでいる、なんてただの被害者でしかない。何なら幽閉されかけてもいる。

 だからどうせなら経緯を話して行った方がこの人の場合はいいのかもしれない。端的ながら見てきているユキノシタやハルノさんたちとは違うんだし。

 

「まず、あるジャーナリストが初めてフレア団という単語を使ってきた。どうもその人も何か引っかかっているものがいろいろあるらしい。んで、その後に恐らく3000年前のカロスの王と思われる男から、戦争の話を少しだけ聞かされた。それらを調べている時にフレア団がネットで検索にかけても一切の情報がないことが判った。書き込みすらないのはおかしいと思いませんか?」

「確かにそれは怪しいな………」

 

 問いかけてみると顎に手を当てて考え始めた。

 様になってるところがさすがというか。年の功を感じる。

 

「それでまあ、少し危険視しておくかってなった後しばらくして、フレア団から襲撃されてしまったんすよね。まあ返り討ちにして捕まえましたけど。で、そんなこんなでセキタイタウンに向かっていた時に10番道路で生体エネルギーを抜き取られたポケモンを見つけた。そして列石には生体エネルギーを吸い取る力があることも判った。これらは全部カツラさんの『兄弟』のおかげと言っていい。で、当のセキタイタウンに着いたところでたまたまフレア団のアジトを発見し、呼び込まれたってわけだ。一度白い顔の太った男に捕まってしまったが、ユキノシタがやってきて二人でフレア団のボスであるフラダリの元へ行くと、勝手に説明口調になって教えてくれたってわけですよ」

「へー、それじゃ、ヒキガヤくんが助かったのは私のおかげでもあるんだね」

「ソウデスネ。ソノセツハアリガトウゴザイマシタ」

 

 そういえばユキノシタを行かせたのはあなたでしたね。

 ネイティオの未来予知とか、俺の何を見られてんだか。ちょっと怖いな。

 

「なんで片言なのよ………」

「んで、六日前にアサメタウンで伝説のポケモンが暴れたってのが今までの簡単な流れですかね」

「ふむ………なるほどな。さっきはああ言ったが、実際に見聞した者が一人だけと言うのであれば疑わざるを得ない。しかし二人ともなれば話は別だ。それに、話を聞く限りあちらさんから君たちに絡みに来ている以上、今後も何らかの接触があると見て間違いはなかろう」

「ただここに来てちょっと問題が出ちゃってるんですわ」

「何か、あったのか?」

 

 じっと見つめてこないでくれますかね。なんか恥ずかしいですけど。

 というかサングラスで睨まれてる感じで怖いってのもある。

 あとハゲてるし。

 こっちも様になってるというか。

 何なのこの人。芸人?

 

「ハヤマハヤトがフレア団の白い顔の男に操られていました。恐らく連れていたカラマネロというポケモンの力でしょうね。そのポケモンは催眠術のエキスパート。超強力らしいですよ」

「ハヤマハヤト………? あの四冠王か?」

「ええ」

「私たちの幼馴染なんですよー」

「………そうか。そうなってくると些か面倒なことになっているな。少し考えをまとめる時間が欲しい。また後で………、そうだな、夕食でも一緒にどうだ?」

「分かりました。俺もカツラさんには話がありますし」

「私も参加「姉さん、まずは二人だけにしておいた方がいいわ。カツラさんの『兄弟』の話もあるでしょうし」………ぶー、なんかユキノちゃん。ヒキガヤ君のことは私が一番分かってますオーラがすごいんだけど」

「それは姉さんの目がどうかしているだけよ。それか頭」

「言うようになったね、ユキノちゃん」

「あら、昔からこうよ。ただ姉さんが知らなかっただけ」

「ふーん」

 

 この二人は仲が良いのか悪いのかよく分からん関係だよな。まあ、一つ言えるのはお互いに相手のこと好きすぎでしょって感じか。特にハルノさんの方。皮肉な言い方はしてても、ユキノシタに色々注意喚起とかしてるし。

 

「さて、ヒキガヤ君。帰りましょうか」

「あ? ああ、それじゃカツラさん。また後で」

「ああ、また後で話をしよう」

 

 そう言って俺は立ち上がると、カツラさんも動き出した。

 片付けを一人でせっせとこなしていたメグリ先輩にお礼を言って先に出ると、そのままユキノシタと二人でプラターヌ研究所に帰った。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 会議から戻ると珍しい顔が俺たちを待っていた。珍しいっていうかただ単にミウラが出迎えただけなんだけど。

 

「ねえ、ハヤトは?」

 

 はあ……、やはりこっちは隠しておくのももう限界だよな。

 これ以上隠しておくのは無理か。

 こいつらにどこまで話すかだが、その前に……。

 

「ハヤマについては色々話しておかないといけないことがあるんだが……、その前に俺とバトルしようぜ」

「はっ? なんであーしがヒキオとバトルしなきゃなんないの?」

「これから話す情報は、それだけ重要度が高いものだからだ。その分比例して危険度も高くなってくる。必然、自分の身を守れるだけの力が要る訳だが……ハヤマに関わる話である以上、今一番確かめなきゃいけなくなるのは……」

「あーしってこと? ふん、ヒキオのくせに生意気」

「どうする?」

「どうせバトルしないと話してもくれないんでしょ。だったらやるしかないっしょ」

「フルバトルシングルスの技の使用に制限はなしだ」

「なんだっていいし。この際だから昔あんたに負けたリベンジしてやる」

 

 えっ?

 俺ってミウラともバトルしてたのん?

 

「あ、おかえりゆきのん。あれ? ヒッキーとユミコ? どったの?」

「ハヤマ君がいないことで溜まったミウラさんの鬱憤を晴らさせるつもりなんじゃない?」

「あー、ガス抜きかー。ってか、本当にハヤトくん、どこいったの?」

「その話はあの二人のバトルの後でね」

 

 なんか後ろで言ってるけど放っておこう。

 それよりも。

 

「なあ、もう一回聞くけど、ハヤマ以外はフラダリと会ってないんだよな」

「………何度も言ってるっしょ。あーしらはただハヤトについてきてるだけだし。………いつも一緒にいるのに仕事のこととかはほとんど話してくれないし」

「白い顔の小太りの男も見てないと」

「見てない」

「そうか、ならいい」

「………ねえ、ヒキオ。やっぱりハヤトは…………」

「全員よりは一人だけの方が被害は少ない。あの馬鹿が考えそうなことじゃないか」

「……………………」

 

 うわー、ハヤマの奴、なんて乙女な娘の心を傷つけてんだよ。イケメンのくせに解せぬ。

 そうこうしてると、研究所にあるバトルフィールドに到着した。だが先客がいたようだ。

 

「甘すぎる!!」

 

 あ、今日のイッシキは重雷装巡洋艦か。駆逐艦に軽巡洋艦もやってたからな。そのうち戦艦も来るかもしれんな。……………いや無理か。どう足掻いてもイッシキがお姉さまキャラとかまったく想像がつかん。

 じゃなくて! 今日はマフォクシーのブラストバーンをぶっ放している。例に漏れず相手をしているのはザイモクザ。なんか弱みでも握られたのかね………。怒られてるし。

 

「おーい、代わってもらってもいいかー」

「うぇっ!? せんぱい?! またこの登場の仕方ですか?!」

「や、お前らがここを使ってただけだから。別に企んでやってるわけじゃない」

「………というか何なんですか、その組み合わせ」

「ん? そりゃバトルするからに決まってんだろ」

「はっ? 頭でも打ったんだですか? 先輩が自分からバトルとか、絶対何かあるでしょ。じゃなきゃ先輩、自発的な行動しませんし」

「…………まあ、なくはないな」

 

 ハヤマのこととか。

 

「ま、つーわけで」

「分かりましたよ。私たちの知らないうちにスクールの娘に手を出してた先輩のバトル、しっかりと堪能させてもらいますよ」

 

 おいこら、危ない表現をするな。

 俺の横でミウラがすごい睨んできてるじゃないか。

 ふぇ~、めっちゃ怖いよう。

 

「な、なんでしょうか?」

「………別に。ヒキオがそういう危ない奴だったんだと改めて理解しただけだし」

「間違った方向に理解しないでいただけると嬉しいんですが………」

「ふんっ」

 

 ダメだー。

 ハヤマがいないと誰も止めてくれない。ユイガハマですら止めてくれない。っていうかお前ら見てないで止めてくれよ。

 

「って、お前らなんつー目で見てるんだよ。しかもなんか増えてるし」

「っべー。マジやべーっしょ。ヒキタニ君とユミコがバトルとか」

「あーあ、ハヤ×ハチ見たかったなー」

 

 呑気だね君たち。

 まったく、大丈夫かこいつら。

 

「さっさとやるし」

 

 ふいっと睨んできたあーしさんはさっさとイッシキと交代していった。仕方がないので俺もザイモクザと交代する。

 

「………もう、我は疲れた」

「ご苦労さん。俺の気持ちが少しは分かっただろ」

「苦労しているのだな」

 

 はあ………、と二人してため息を吐いていたのは一瞬である。

 長々とそんな話をしていたらイッシキからヤジが飛んでくるからな。

 

「審判は私がやるわ」

 

 ユキノシタが自分から言い出すとは。相手がミウラだしてっきり嫌だと思ってたんが。

 

「ルールはさっき言ってたようにフルバトルシングルスの技の使用に制限はなし、でいいのかしら?」

「ああ」

「そう、それじゃ。始め!」

 

 さて、ミウラがどこまで全力を出してくることやら。メガシンカできなくなった今、どうやるのかちょっと見物である。

 

「行きな、ミロカロス!」

 

 まず出してきたのはミロカロスか。となると切り札はあくまでもギャラドスということなのかね。

 

「ゲッコウガ」

「コウガ」

 

 呼ぶと影の中から出てきた。

 あ、道理で今日顔見てなかったわけか。

 ダークライとなんかしてたのかね。

 

「ミロカロス、ハイドロポンプ!」

「ゲッコウガ、つじぎり」

 

 ゴゴッと唸るような水砲撃を黒い手刀でいとも簡単に真っ二つにしてしまうゲッコウガ。いつの間にそんな芸を身につけたんだよ。

 

「回り込め」

「くっ……、ドラゴンテール!」

 

 一瞬でミロカロスの背後に回り込むと、ミロカロスは長い尻尾に竜の気を纏わせ、振り回してきた。これではゲッコウガでもそう簡単に近づけないか。

 

「くさむすび」

 

 なら動きを封じてしまおう。

 地面から伸びる草に絡まれていき、ミロカロスを捕らえる。

 

「アイアンテール!」

 

 だが尻尾を今度は鋼に変えて草蔓を切り刻み始めた。

 さすがポケモンリーグの常連、といったところか。

 機転が利く。

 

「とぐろをまく」

「いわなだれ」

 

 上から降り注ぐ岩々を掻い潜りながら、次第にとぐろを巻いていく。

 

「かげぶんしん」

 

 あっちが攻撃力やら防御力を上げてくるのならこちらは影を増やそう。

 使うごとに数が増えていく影でミロカロスの視界を覆い尽くすと、一斉に動き始める。

 

「グロウパンチ」

 

 影の数だけ攻撃できて、攻撃力も上げられる。なんていい流れなのだろうか。

 

「ドラゴンテール!」

 

 薙ぎ払うように次々とゲッコウガの影を消していく。

 だが、それでもこの数ならば………。

 

「ミィッ!?」

「ミロカロス!?」

 

 どれかは当たるよな。

 でもって一発当たると次々と技が決まっていくわけだ。

 ゲッコウガ(影)のパンチを一発受けて少し身体が怯んだところに、次々とポンチが繰り出されていく。

 唸るミロカロスと叫ぶミウラ。

 

「つじぎり」

 

 それではとどめといこう。

 本体が黒い手刀を携えて、影の中を掻い潜っていく。

 

「ミロカロス! りゅうのはどう!」

「ミィっ?! ミィィッ!!」

 

 ぐるんと身体を捻り、空中で態勢を立て直すと黒い手刀を振り上げるゲッコウガに照準を定め、竜の波導を打ち出した。

 

「斬れ」

 

 だがこれも今のゲッコウガなら斬ってしまうだろう。

 こいつは俺の知らないところで成長している。ただ今回に至ってはルミとのバトルで倒れされてしまったのが悔しかったのだろう。何かさらなる強さを求めているのがふつふつと伝わってくる。

 

「なっ!?」

 

 ミウラの反応にはお構いなく、ゲッコウガは黒い手刀でミロカロスを十字に切りつけた。

 そして、そのまま地面へと投げ落とす。

 

「ミロカロス!?」

「あら、ミロカロス、早速戦闘不能ね。………ねえ、さっきからゲッコウガの気迫がいつもと違うんだけど。何かあったのかしら?」

 

 ドスンと身体を地面に叩きつけるミロカロスを見て、ユキノシタは判定を下した。

 

「ああ、まあ、久々に悔しい思いをしたからな。自分を限界まで追い込む積もりみたいだぞ」

「はあ……、全く。あなたのポケモンに限界なんてあるのかしら……」

 

 シュタッと俺の前に戻ってきたゲッコウガをやれやれといった目で見てくるユキノシタ。外野からもそんな視線が送られている。

 

「さあな」

「ヒキオ、あんたマジで何者なわけ? ハヤトやユキノシタより強いし。それにここ最近はあのナントカって連中に狙われたりもしてるみたいだし。おかげで気になってぐっすり眠れやしない」

 

 それは………、なんか申し訳ない気分になるな。だが俺が悪いわけではない。あっちが悪いんだ。それに俺だけが狙われているわけでもない。ミウラのお熱なハヤマだって狙われているのだ。だから俺一人のせいじゃないやい!

 

「何者って言われてもポケモン協会の者としか………」

「あら? あなたは私の物よ?」

「ねえ、ちょっとユキノシタさん? それ絶対違うモノだよね。道具扱いしてるよね?」

 

 なに、ふふんっと勝ち誇ったような態度してんだよ。

 すげぇドヤ顔だな。今の写真に撮っておけばよかった。

 

「ミロカロス、戻りな」

「ちょ、ゆきのん、いきなり何言ってるの?!」

「そ、そうですよ! それじゃあ、まるで愛の告白じゃないですか?!」

「あら、そう聞こえたのならごめんなさいね…………。はあ、意外と口に出すのも憚れるくらい恥ずかしいわね、これ。でもこうでもしないと………」

 

 後半、何か小さい声で言ってるのは分かるんだけど、ちょっと遠くて聞こえない。

 気になるからもう少し大きな声で言ってくれよ。変な想像しちゃって落ち着かないんだけど。主に恐怖心で。

 

「ユキノさーん、ちょっと踏み出したみたいですねー。さあ、二人とも! ユキノさんに負けないよう頑張って下さい!」

「え?! コマチちゃん!?」

「コマチちゃん、何言ってるの!? 私はそんなんじゃ………」

「えー?」

「せ、せんぱーい。大好きですよー。頑張ってー」

「ひ、ヒッキー、あ、ああああああい愛ってあたし何言おうとしてんの!?」

「マフォー」

 

 おおう、棒読みと一人ノリツッコミ。

 なんだろう、これ。全く嬉しくもない愛の告白とか、逆に過去のトラウマを蒸し返されてる気分なんだけど。でもその割にはみんなして顔が赤いのは何ででしょうね。

 というか最後。どさくさに紛れてポケモンがいたよね。

 

「ハクリュー、ゲッコウガを倒すよ!」

 

 あ、ミウラが二体目に出してきたのはハクリューか。

 再開しようってか。

 んじゃ、ゲッコウガ。次もよろしく。

 ほら、マフォクシーに手を振ってや………、そんな目で俺を見るなよ。こっちも怖いんだけど。悪かったよ。俺が悪かったから射殺すような目で俺を見ないでくれ。

 




皆さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

さがみんのポケモンのアンケートに答えてくださって方々、本当に有難うございます。なかなかに面白い案が多く、参考になっています。
まだまだ受け付けておりますので、詳しくは活動報告の『年末年始企画:相模南のポケモンをみんなで決めよう』をご覧ください。

選出は私の独断と偏見でさせていただきますのでご了承ください。


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59話

前回は連絡すらできなくて申し訳ないです。
やはり新年になると忙しいですね。書いている暇すらなかった………。


「ハクリュー、りゅうのまい!」

 

 出てきて早々、ハクリューが使ってきたのはりゅうのまいか。

 水と炎と電気を三点張りに作り出し、それを合成していき、竜の気へと変える技。竜の気を纏うことにより攻撃力と素早さが上がっていく。

 

「れいとうビーム」

「こうそくいどう!」

 

 ゲッコウガのれいとうビームを素早い動きで躱していくハクリュー。

 うねうねと動きやがって。

 

「みずしゅりけん」

 

 いくつか水でできた手裏剣を飛ばしていく。

 

「アクアテール!」

 

 だがハクリューは上がった素早さを生かして旋回し、水を纏った尻尾で全ての手裏剣を弾いていきた。

 

「くさむすび」

 

 草を育て上げ、打ち返されてくる手裏剣を防いでいく。同時にハクリューにも伸ばしていくが、まあ届かないだろうな。

 

「ハクリュー、だいもんじ!」

 

 育った草のせいで見えないが、恐らく炎でできた『大』の文字が作り出されたことだろう。

 

「ゲッコウガ」

 

 アイコンタクトで合図を送り、影を増やしていく。

 吐き出されただいもんじにより草は焼かれ、草壁を壊された。

 その足元には一つだけ穴が空いている。

 

「れいとうパンチ」

「薙ぎ払えし!」

 

 無数の影を竜巻を起こすことで消し始めた。

 長い尻尾でも無理があると判断したのだろう。さっきのミロカロスで学習されたな。

 

「けど、そこじゃない」

 

 竜巻を起こすハクリューの足元(足ないけど)、言うなれば竜巻の中心に穴が開く音がした。

 たどり着いたみたいだな。

 

「コウ、ガッ!」

 

 これで当たっただろうな。しかも一発でハクリューにはご退場してもらうことになるだろう。なんせ、ミロカロスを倒すのにグロウパンチを連発して攻撃力が格段に上がっているんだ。倒れなかったら逆に驚きだぜ。

 

「リューッ?!」

 

 悲鳴とも呼べる叫び声が聞こえてくる。

 効果抜群だもんな。無理もない。

 

「アクアジェット!」

 

 なっ!?

 まだ倒れてないのか?!

 いや、でもさすがに倒れてないとおかしいぞ。それか………。

 

「コウガ!?」

 

 反撃を受けたゲッコウガが俺のところにまで真っ逆さまに吹っ飛ばされてきた。

 何とか地面に叩きつけられる前に体勢を持ち直し、着地を成功させる。

 一方のハクリューはというと竜巻が止み、息を荒くして姿を見せた。その尻尾にはタスキのようなものが模様のように巻かれていた。

 あー、だから見落としていたのか。ハクリューにあの巻き方をされちゃ、模様にしか見えねぇわ。

 きあいのタスキ。

 持たせておくと何とか持ちこたえてくれる不思議なタスキ。

 まさかあんな風に付けているとは誰も思わないって。

 

「しんそく!」

「まもる!」

 

 目にも止まらない、というか音すら後から聞こえてくるような速さで突っ込んできたハクリューは未完成の壁と一緒にゲッコウガを吹き飛ばした。

 ちょっとなんか意外すぎるんですけど。

 あれ? ハクリューってこんなに強かったっけ?

 やべぇ、話で聞いたあのドラゴン使いのよりも恐ろしいかもしれん。

 

「かげうち」

 

 吹き飛ばされた先にあった壁の影にそのまま潜り込み、今度はゲッコウガがハクリューとの距離を一気にゼロにした。

 

「………くっ、ヒキオのくせに生意気………」

「うひゃー、やっぱりあのユミコも押されてんじゃん。マジ、ヒキタニくん、リスペクトっしょ!」

 

 トベよ、何を言ってるのかよく分からん。

 

「ハクリュー、戦闘不能。やっぱりシングルスの方がヒキガヤくんは動きやすそうね」

「あん? あの時のことか? そりゃ、まあ、一人だからな。自分の考えだけでバトルを組み立てられるから楽ではある」

「せんぱーい、忘れてるかもしれませんけどー、ミウラ先輩ってハヤマ先輩と一緒にリーグ戦に参加してるような強者ですよー」

 

 らしいな。

 それは今のハクリューで感じたわ。ようやくなんかスイッチが入ってきたというか乗ってきたというか。

 

「ジャローダ、今度こそゲッコウガを落とすよ!」

 

 ジャローダか。………くさタイプか、キツイな。

 

「どうする?」

「コウガ!」

「ああ、そう。なら最後までお前の全力見せてもらうぞ」

 

 どうやら交代はする気ないみたいだ。まだまだ燃え尽きないらしい。それだけルミとのバトルはいい経験になったということか。

 

「つばめがえし」

 

 今度はこちらから行かせてもらおう。

 白い手刀を携えてゲッコウガはジャローダの懐へ切り込んでいく。

 

「へびにらみ」

 

 身体の模様を見せるようにくねらせ、ゲッコウガに一瞬の隙を与えた。

 怯むというよりは麻痺。

 筋肉が硬直してしまい、思うように動かせ無くなってしまうというのが原理だったような気がする。よくは覚えてない。なんせポケモンの技って多すぎるんだもん。

 

「まきつく」

 

 身動きできない間にジャローダは上手く回り込み、体全体を巻きつけてゲッコウガを捕らえた。

 

「いばる」

 

 そして、えっへんとした偉そうな態度を見せつけてくる。

 うわー、なんかマジでムカつく感じだな。女王の威厳ってか。

 

「メロメロ」

 

 おい、ミウラさんや。一体どこまでゲッコウガを犯ろうとしてんだよ。あ、でもメロメロはあいつ効かないんだったな。

 

「いえき」

 

 あ、特性まで奪ってきた。

 口から紫色の液体を吐いてきたんだけど。絵面が悪いな。

 なんか俺が策を出そうとしても悉く先回りして潰してくるし。

 

「はあ………、しょうがない」

 

 ま、これもバトルだし、ルール違反じゃないし。そっちがそこまでしてくるなら俺たちも犯るしないよな。

 

「ゲッコウガ!」

 

 いばるを使われて頭に血が昇っているかもとか思ったけど、そうでもないらしい。

 いや、実際どうなのかは分からんが、俺の声に反応してあの水のベールを作り出した。おかげで俺の視界もジャローダの身体の模様になってしまっている。

 あ、そういやこれも特性とかってコンコンブル博士が言ってたような………。まだ未完成で特性も変わってないからか? いえきで消えたのはあくまでへんげんじざいの方ってことか? 俺にはよく分からん。分からんけど、こっちはまだいけるってのは分かる。それだけ分かればゲッコウガならばいくらでもやりようがある。

 つか、なんか、締め付け感半端ないな。SMプレイみたいでなんか嫌だわ。さぞかしゲッコウガも嫌だろうな。さっきから外野でゲッコウガとジャローダを睨んでくるマフォクシーがいるもんな。ああ、女って人間とかポケモンとか関係なく、怖い生き物だな。

 さて、頭に血が昇ってたわけでもないし、れいとうパンーーー。

 

「リーフストーム!」

 

 がはっ?! 息がっ………?!

 な、なんじゃこれ。マジか………。

 やべぇ、超痛ぇ。

 拳を氷で覆う前だったからまだひこうタイプなんだろうけど、この衝撃波は痛いっての!

 風を起こして無数の葉で攻撃してくるため、身体中に痛みが走っていく。

 なんとかしないと俺がヤバい。

 ゲッコウガ、めざめるパワー!

 

「コウ、ガッ!」

 

 身体の内から光を発し、無数に舞う葉を焼き尽くしていく。俺も何とか空気を吸えるようになった。なんだよ、これ。結構負担がでかいじゃねぇの。

 次はこのままれいとうビームだな。

 

「コウガ!」

 

 距離を保つために遠距離からの攻撃。本当はパンチの方にしたかったけど、近づいたらリーフストームの餌食になりそうで怖い。

 

「アクアテール!」

 

 え、ちょ、おい。

 ジャローダまでアクアテール覚えてんのかよ。

 え? なに? まさかみんな覚えてたりするわけ?

 

「あっ! ジャローダの尻尾が凍っちゃったっ」

 

 トツカの発言に皆の視線がジャローダに集まっていく。

 どうやら冷気を水で何とかしようと考えたのだろうが、逆に凍りついてしまったらしい。

 

「れいとうパンチ」

 

 今度こそパンチを当ててやる。

 尻尾に気を置いたジャローダに一気に攻め込んでいった。

 

「くさむすび!」

 

 と、足元から草が伸び始めてくる。

 おいおい、ここで足止めかよ。

 ハヤマよりも秀逸に流れを組まれてねぇか?

 

「氷で刃を作り出せ!」

「コウガ!」

 

 だが、まあ、お得意の手刀で斬り裂いていこう。

 あいつならできないはずがないからな。

 

「なっ!?」

「ローダ!?」

 

 ゲッコウガを絡めとろうとした草をいとも容易く斬り裂いていき、ジャローダの懐へと飛び込んでいく。

 

「コウ、コウ、コウ、ガッ!」

 

 パンチなのに刃で攻撃していくという、ちょっと特殊な技に変わってしまっているが、単に拳にまとわりつく氷が刃のように伸びているだけなので、誰も文句は言わないだろう。というか言わないでくれ。自分で命令しておいて実際に見てみるとおかしな状況にしか見えてこない。

 

「ジャローダ!」

 

 氷の刃に斬り裂かれながらもジャローダはミウラの声に応じ、技を出してきた。

 

「リーフ………ストーム……………かよ」

 

 またか。

 だが、一度使っていれば、威力が衰えているはず。それに今は効果抜群となるみずタイプでもない。

 何とか持ちこたえられるだろう。

 

「コウガァァァ?!」

 

 違う!?

 威力がさっきよりも上がっているだと!?

 実際に俺に伝わってくる衝撃波がそれを如実に語っている。

 考えろ。

 リーフストームは使えば使うほど遠距離からの攻撃技の威力を落としていくような効果を備えている。だが、今は全くもっての逆。どちらかといえばその効果が真逆に働いているような…………。

 

「………以前何かで読んだことがあるわ。確かジャローダにはもう一つの特性があって………あまのじゃく、と言ったかしら……………」

 

 あまのじゃく!?

 確か追加効果が真逆に働く特性だったか?

 そうか、それならば納得もいく。

 ということはこのジャローダはリーフストームを使えば使うほど、威力を高くしていくっていうことかよ。

 

「ゲッコウガ! さっさと畳み掛けねぇとまずい!」

「コウガ!」

 

 再び俺のところにまで飛ばされてきたゲッコウガを呼びかけると、奴も気が付いたのだろう。ポケモンのことは俺たちよりもポケモンの方が知っている。しかも直接技を出して受けているんだ。勘のいいこいつならもう俺の出す次の一手も理解しているだろう。初めての試みだが、やってもらうぞ。

 

「えんまく!」

 

 まずは目眩まし。

 

「かげぶんしん!」

 

 次に影を増やす。

 

「あなをほるとかげうち!」

 

 それからの二手に分かれて接近。

 

「ジャローダ! 最大規模のリーフストーム!」

 

 ミウラも動いてきた。

 最大規模のリーフストーム。見てみたい気もするが。出されたらこっちが終わってしまう。

 惜しいが先に潰させてもらうぞ。

 

「とんぼがえり!」

 

 影から、穴から無数のゲッコウガが出てきて、体当たりをかましていく。

 草葉の嵐も吹き始めるが構わず、本体が最後に攻撃を当て、ジャローダを押し蹴り、弾む力を利用して帰って来る。水のベールも丁度解け、視界も元通り。

 

「このまま少し休んでろ。仕事だ、リザードン!」

 

 俺の元に戻ってきたゲッコウガに変わってリザードンの登場。ボールには入らないんだな。

 さて、そろそろこいつにも暴れてもらいますかね。

 

「ジャローダ!?」

「ジャローダ、戦闘不能ね」

「くっ…………」

 

 すげぇ、悔しそう。

 ボールを戻しながら唇を噛んでいるのがよく分かる。

 

「………ゲッコウガ、いつの間にかまた新技覚えてましたね」

「見た技は大体使えるって話だったけど、それ以外でも使えたんだね。やっぱりすごいや、ハチマンたちは。ちゃんとお互いのことを理解し合ってる。タイミングもバッチリだよ」

 

 ああ、トツカに褒めてもらえるだけでここまでやってきていてよかったって気持ちになるわ。

 

「………ハヤトは昔から絶対に負けたくない奴がいるって言ってた。ユキノシタやユイがずっと誰かを探しているのも分かってた。一色がハヤトを見ているようで違う誰かを見ていることにもなんとなく気づいてた。それが全部あんただってのに最近のあんたを見てきてようやく気がついた。…………ヒキオ、あんた本当に何者なの」

 

 あー、これはなんかマジで答えないといけない奴だな。

 というかハヤマは何も説明してなかったのだろうか。あんなイケメンスマイルをふりまくような奴なのに、結局中身は案外俺と大差ないんじゃないか?

 

「………『Raid On the City,Knock out,Evil Tusks.』 町々を襲い尽くせ、撃ちのめせ、悪の牙達よ」

 

 懐かしいな。サカキから直接聞いた時は驚いたが、まああの強さは半端なかったからな。上に立つものとしての強さと風格は持ち合わせていた。それが悪の組織であろうとも。

 

「ッ!?」

「俺はロケット団の幹部の一人だ」

「はっ?」

「えっ? お兄ちゃん?!」

「ちょ、先輩! 何言ってんですか?!」

「なんて言ったところでどうせ信じないだろ。まあ実際、嘘だけど」

 

 みんなコケやがった。

 俺がロケット団とか有り得ねぇだろ。

 まあ、確かに勧誘はされましたよ? しかもボス直々に。でも普通に断るだろ。なんでロケット団なんていう悪の組織だと分かっていながら足を踏み込む奴がいるんだよ。

 

「………あんさー、はっきり言ってくんないとわかんないんだけど。結局何が言いたいわけ?」

 

 ロケット団の話が出てきたというのにこの肝の座りよう。さすが女王だわ。

 周りの空気なんか重たーくなってるってのに。

 

「何が言いたいかなんて愚問だな。何も言いたくないってのが答えだ。お前に教える必要もなければ知る必要もない」

「あーしはハヤトのことを知りたいの。ハヤトは何も教えてくれないし、見せてくれても行き着く先があんたかユキノシタにしか行きつかないし。だったら聞くしかないっしょ」

「……………教えないってのがハヤマの答えなんじゃねぇか? 巻き込みたくないのか、単に言いたくないのか、信用されてないのか。俺には関係ねぇから分からんが」

 

 結局ハヤマも俺と同じ生き物なんじゃねぇの?

 何事も一人でやった方が早いし巻き込んだ方が心が痛む。

 

「そ、それは…………」

「心当たりがないとも言えないって感じだな。実は薄々気づいていたんじゃねぇの? ハヤマはここぞという時には自分たちを頼ってくれない。一人でなんとかしようとしてしまう」

 

 言葉に詰まるということはその兆しがないわけではない。そういうことだろうな。

 

「は、ハヤトはそんなんじゃない! ハヤトは………」

「俺が言うのもなんだが、一人でなんでも出来ちまう奴は臆病なんだよ。協力を仰いだが上に怪我をされちゃ、心が痛むし、苦しくなる。だったら最初から一人でやった方が楽だし、一人だから何も気にしなくていい。それがあいつだろ」

「………でも、それでもあーしはハヤトについていくし! ハンテール!」

 

 あらら、怒り任せのバトルにならないといいけど。

 

「からをやぶる!」

 

 ハンテール。

 パールルという海底に住むポケモンが進化した姿。パールルには二つの進化があり、牙が特徴的なのがこのハンテールである。もう一体サクラビスという進化先があるがあっちは美しい鱗が特徴的である。

 そしてハンテールは見た目の通り牙を使った攻撃などが得意の、いわば物理型。

 

「リザードン、りゅうのまい」

 

 水と炎と電気を三点張りに作り出し、それらを絡め合わせて竜の気へと変えていく。

 

「あまごい」

 

 今度は雨を降らせてきた。

 こうしてみるとイッシキが能力変化やフィールドの細工をするようなバトルの型を身につけたのはミウラの影響なのかもしれない。

 以前俺たちがバトルした時はギャラドスしか相手にしていなかったために、ミウラのバトルスタイルを見誤っていたが、シングルスでフルバトルすればイッシキに似ている気がする。

 はっきり言って上手いと思う。

 

「かみなりパンチ!」

「バリアー!」

 

 殻を破ったことにより防御力が弱まったので、効果抜群のかみなりパンチを出してみたものの、躱すわけでもなくバリアーを張り、受け止めた。

 

「壊せ!」

「ハンテール!」

 

 壁をそのまま壊すよう命じるとハンテールはすいすいすいと身をくねらせてあっさりとバリアーを放棄してジャンプした。動きの一つを取っても俊敏さが上がっているのが分かる。

 なるほど、だから雨ね。

 

「アクアテール」

 

 本当に全員覚えてるんだろうな。

 ここまでくると一貫して覚えていないと面白くないぞ。

 

「ドラゴンクロー」

 

 振り返りざまに裏手の爪で振りかざされる水のベールに包まれた尻尾を弾いた。

 

「かみなりパンチ」

 

 もう片方の腕ですかさず懐に飛び込み雷の拳を叩き込んだ。

 

「ふいうち!」

 

 拳が叩き込まれる前に一瞬でハンテールが姿を消した。

 

「ソニックブースト!」

「シャアッ!」

 

 よし逃げよう。すぐ逃げよう。さっさと逃げよう。

 逃げるは恥だが役に立つ?

 いやいや、逃げこそ正義である。恥ではない。正当で作戦的な行動である。

 だから逃げるは正義で役にも立つ、が正しいんじゃね?

 つか、これいつのドラマだよ。見てないからよく分からん。

 

「かみつく!」

 

 翼を畳んで逃げるリザードンの尻尾に噛みつこうと牙をむいたハンテールが追いかけてきた。だが殻を破り雨の中をすいすいと動き回れるとはいえ、リザードンのこの動きにはついてこれないらしい。

 さすが瞬間的速度だけにかけた動きだよな。

 

「エアキックターン」

 

 ソニックブーストで上がったスピードを急激に押し殺し、空気を蹴って反転。

 向かってくるハンテールの方に向きを変えた。

 

「かみなりパンチ」

 

 右の拳に電気を纏わせ、掬い上げる。

 

「ーーーバトンタッチ!」

 

 ミウラがそう言うとハンテールは右拳に当たる前に強制的に彼女の元へと戻っていった。

 とんぼがえりとは違い、攻撃はしないがその分、自分が上げた能力を次のポケモンに引き継がせることができる技。

 

「サクラビス!」

 

 うわっ、まさか相方まで連れてやがったし。

 交代で出されてきたのはサクラビス。パールルのもう一つの進化先。

 尻尾を絡め合わせてバトンタッチ行う。そして、ハンテールはミウラの持つボールの中へと戻っていった。

 

「サクラビス、あやしいひかり!」

 

 カッと光を発したサクラビスにより俺もリザードンも目眩ましにあってしまった。めっちゃ目が痛い。

 

「ドわすれ」

 

 今度はドわすれか。

 頭の中を一回空っぽにすることで冷静になり、遠距離からの攻撃に強くなる技。

 

「からをやぶる!」

 

 またか。

 こいつも殻を破って素早さを上げてくるのかよ。

 あー、くそ、やっと目が戻ってきた。

 

「リザードン、りゅうのまい!」

 

 殻を破っている間にこっちも動けるようにしておこう。

 再度りゅうのまいで纏う竜の気を高めていく。

 使った回数だけ纏う竜の気が高まり能力も上がるのがこの技の強みだよな。

 

「サイコキネシス!」

「ドラゴンクローを構えろ!」

 

 どうせ身動きを封じてくるなら中からこじ開けるまでよ。

 ここで雨も上がった。

 

「そのまま叩きつけろし!」

「破れ!」

 

 超念力でリザードンの身体を固めてきたところを両腕を開くようにして強引に破った。

 

「ッ!?」

「かみなりパンチ」

 

 拳に電気を纏わせサクラビスに突っ込んでいく。

 

「こ、こうそくいどう!」

 

 ミウラの命令が一瞬止まったことでサクラビスの反応も遅れてしまっている。

 それでもバトンタッチで得た素早さが物を言ったらしく、リザードンの拳は空を切った。

 

「うずしお!」

 

 逃げた先で大きな渦潮を作り出していく。

 そういえば、イッシキのヤドキングも使ってたな。巻き込まれたらほのおタイプのリザードンには少々キツイものがあるぞ。

 

「ブラストバーン!」

 

 究極技の炎でならあの渦も蒸発できるだろう。

 そう考えた俺はリザードンにブラストバーンを打たせた。

 放たれた渦潮は真っ直ぐリザードンの方へと押し寄せてくる。それを地面を叩き割って炎を巻き上げることで壁を作り出し、同時に蒸発させ始めた。

 

「あまごい!」

 

 そうはさせないというかのようにあまごいで水気を増やしてきた。

 天井近くに発生した雨雲により雨が降り注がれ、炎の威力が弱まり始める。

 

「もう一発だ!」

「ちっ、サクラビス! ふぶき!」

 

 もう片方の腕で再び地面を叩き割り炎を巻き上げると吹雪を起こし、巻き上がっていく炎を霧散させていく。同時に雨を氷の粒に変えて、確実に炎へ打ち込んでもくる。

 これ以上の火力を出そうとすれば、策は二つか。

 一つは特性もうかを発動させる。

 もう一つはーーー。

 

「リザードン、メガシンカ」

 

 メガシンカ。

 俺の持つキーストーンとリザードンのメガストーンが共鳴を起こし始める。光に包まれリザードンは姿を変えた。

 黒い蒼炎竜。

 その言葉を彷彿させる黒い体色に蒼い炎を撒き散らすリザードン。

 色を変えた蒼炎は渦潮をいとも簡単に飲み込み、蒸発させた。吹雪も雨も意味をなさない。まさに究極の技。

 

「サクラビス、バトンタッチ!」

 

 ミウラはリザードンのメガシンカを一睨みするとあっさりサクラビスを戻した。いや、戻したというよりはメガシンカを待っていたと言う感じか。

 

「行きな、ギャラドス!」

 

 代わりに出てきたのはミウラの六体目の、そして切り札でもあるギャラドス。以前、フレア団に襲われた時にギャラドスのメガストーンを奪われており、メガシンカはできないはず。

 だから恐るるに足らない存在ではあるのだが…………。

 

「…………なるほど。メガシンカができないのなら能力上昇を引き継ぐことで同等の力を得たってわけか」

 

 バトンタッチを、それも二回も立て続けに行ったのにはそこに狙いがあったのだろう。

 ハンテールとサクラビスを以前から連れていたのかは知らないし、バトンタッチも覚えていたのかも俺には知り得ないことだが、よくもまあ、考え出したものだ。ハヤマの差し金かあるいは自らによるものか。ま、どちらにせよ上手く流れを作れたというのは彼女の実力だ。これだけのバトルを見られれば、俺としては何も言うことはない。

 

「だが、まあ、それで負けてもいいかっていうのは話が別なんだよな………」

 

 やっぱ、バトルって勝ってなんぼじゃん?

 まずはサクラビスと尻尾を絡めて力を引き継いでいるギャラドスを地面に叩き落とさないとな。

 

「ソニックブースト」

 

 急加速、急接近。

 

「ギャラドス、躱してぼうふう!」

 

 ぼうふうか。

 雨が降っている状態ではどこにいようとも技を受けてしまう範囲技。しかも雨粒を大量に打ち付けてくるほのおタイプにはちと嫌な状況である。

 

「エアキックターン」

 

 早々に方向転換。

 引き継いだ能力により上昇した素早さを見事に見せつけられ、ギャラドスは気流を操り風を起こし、荒れた風がフィールド全体を支配していく。

 乱気流と言ってもおかしくはない。

 方向を変えたところで意味をなさないその威力は凄まじく、建物が壊れないかちょっと心配なまである。

 

「トルネードドラゴンクロー!」

 

 暴風の影響をどうせ受けるならこちらも回転させてみよう。

 リザードンは竜の爪を立て、前に出すと回転を始め、乱れた動きをしながらも確実に暴風の中を突き進んでいく。

 

「ストーンエッジ!」

 

 くるっと回って地面に尻尾を叩きつけるギャラドス。

 割れた地面からは岩が突き出し、リザードンへ向かっていく。

 

「トップギアで突き進め!」

 

 ギア最大で岩を突き出される岩を砕いていく。

 

「たつまき!」

 

 今度は身体を円形にして回転を始め、竜巻を起こし始めた。

 このギャラドスは風を味方につけるのが上手いのかもしれないな。

 

「はあ…………、そこまでするならこっちもそれに応えないとな。リザードン、風を斬れ」

 

 それならば、その上をいくまでだ。

 全力を持って叩き潰すのが礼儀ってもんだろ。

 リザードンはその命令だけで回転をやめ、竜の爪をさらに伸ばして吹き荒れる竜巻に振り下ろした。

 その一撃で風は霧散し、雨雲まで消し飛んだ。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

 一同が驚いているが、今までのリザードンを見てきたら、これくらい驚くようなことでもないだろうに。

 

「リザードン!」

 

 呼びかけるとリザードンは一瞬でギャラドスに詰め寄った。

 

「ーーーかみなりパンチ」

「アクアテールで受け止めるし!」

 

 けどまあ、あっちは能力上昇を引き継いでいるからなあ。止められないこともないもんな。

 

「ーーースイシーダ」

 

 だから一瞬の威力を上げ、地面に叩き落とす。

 効果抜群だし、ようやく狙いが定まった。

 さあ、始めようか。

 

「ーーーじわれ」

 

 運良く身体が痺れてギャラドスは動けなくなっている。

 そこに地面を叩き割り、できた穴に落とし、挟み込む。圧力で押されて飛び出してきたギャラドスに戦う力はもうない。

 まさに一撃必殺。

 

「「「「「えっ?」」」」」

「ギャラドス!?」

 

 ミウラが呼びかけるもギャラドスに反応はない。当たり前だ。これが一撃必殺なんだから。

 

「一撃………必殺…………。あなたまさか………とうとう、その領域に踏み込んだというの……………?」

 

 いや、そんな大層なもんでもないだろ。

 ルミなんか普通に使ってきてたし。スイクンだからかもしれないけど。それでも扱えてるのには変わりないんだから、そんな大層なもの扱いされたら俺よりもよっぽどルミの方がやばいと思うぞ。まあ、イッシキには使えないんだし、そう考えるとルミはやばい子だな。

 

「………メガシンカを超えれば何とかなるんじゃないの……………? ハヤト……………嘘つき………」

「俺はメガシンカがリザードンの限界だとは思ってねぇよ。つか、こいつらに限界を決めつける方が間違いなんじゃねぇの」

「……………」

「ま、メガシンカができなくなってどうするのかと思っていたけど、これだけのバトルができれば充分だろ。メガシンカがなくてもギャラドスはメガシンカ並みの動き、いや、それ以上の動きを見せていた。案外、ミウラにはこういうバトルの方が向いてるんじゃないかって思ったくらいだ」

「………メガシンカがない方がミウラさんは伸び伸びしていると、そう言いたいのかしら?」

 

 それは違うな、ユキノシタ。

 

「そうじゃない。メガシンカを切り札にしてた時よりも、できなくなった後の方が強さを求めてたんじゃないかってことだ。これから先、ハヤマに踏み込んで行くにしろ、自分たちに限界を作ってる時点で奴らに勝てはしない。けど今のミウラなら勝ちに拘っている。ハヤマに合わせるわけでもなく自分のリズムで」

「……………限界限界、あんたにあーしの気持ちなんか分かるわけないし!」

「そりゃ、分かるわけがない。俺はミウラじゃない。でも客観的に見た感想は言える」

「くっ、だったらあんたを倒すまでだし! ハンテール!」

 

 ギャラドスをボールに戻すとハンテールを再度出してきた。まだやる気かよ。

 

「ギガインパクト!」

 

 怒りに任せたように怒鳴りつけ、一瞬戸惑ったハンテールはそれでもミウラに従って突っ込んできた。

 

「かみなりパンチ」

 

 ハンテールには悪いがここは全力で行かせてもらう。

 突っ込んできたハンテールに拳を一発叩き込む。

 

「ハンテール、戦闘不能ね」

「ユ、ユミコ! もういいよ!」

「うっさい! あーしはヒキオを倒さないと気が済まないの! サクラビス!」

 

 倒れたハンテールをボールに戻してサクラビスを出してきた。

 ほれほれ、溜まってるもん全て出してみそ。

 

「ハヤトは嫌がるかもしれない! これ以上踏み込んだらあーしたちから離れていくかもしれない! でも! それでも! あーしはハヤトと一緒にいたいの!!」

 

 泣き叫ぶミウラがようやく素直になった。

 いやー、恋する乙女してますなぁ。

 

「あまごいからのこうそくいどうで近づいてハイドロポンプ!!」

 

 一気に命令を出されたサクラビスは、それでも一つ一つを丁寧に練り上げていく。

 恐らく特性がすいすいで、こうそくいどうでリザードンの背後に一瞬で詰め寄る寸法なのだろう。

 そして、近距離からの水砲撃。

 うん、それだけ分かれば充分だ。

 

「ブラストバーン」

 

 どこに来ようが詰め寄ってくるのが分かれば、自分の周りに炎の柱を建てればいいだけの話。

 俺の目で捉えられなかったが、サクラビスは読み通りリザードンの背後に現れ水砲撃を撃ち出す態勢に入った、らしい。

 らしいというのは撃ち出される前に炎柱に狩られてしまったからだ。

 

「サクラビス、戦闘不能」

 

 ふぅ、やっと終わったか。

 やっぱり六対相手は疲れるわ。

 って、おいゲッコウガ。いつの間にマフォクシーに膝枕されてんだよ。

 

「はあ………、ほんとあなたっていつでも強いわね」

「ユミコー!」

 

 いいご身分なボケガエルは置いといて。

 ミウラに話すとしますかね。

 

「………ねえ、ほんとにヒキオって何なの?」

「さあ? でもヒッキーは強いでしょ?」

「なんであんたはそんな嬉しそうなの…………」

「うぇっ!? や、やー、別にそんなことはないんだけどなー、たはは………」

 

 口ではそう言いながらもニヤケ面が止まらないユイガハマ。

 じーっと見てるとくいくいっとシャツの裾を摘まれた。振り返ってみるとイッシキがじとっとした目でこちらを見てきている。

 

「な、なんだよ………」

「先輩、人のこと散々あざといあざとい言っておきながら自分が一番あざといって理解してないですよね」

「あ? なに? どゆこと?」

「ふんだっ、意地の悪い先輩は一生悩んでればいいんですっ!」

 

 それだけ言ってミウラの元へといってしまう。

 何なの、あいつ。何が言いたかったわけ?

 

「……………」

「なんか言いたそうだな」

「あら? ただの鈍感男にこれ以上言うことはないわ」

「すでに言いたいこと言ってるじゃねぇか……………」

 

 はあ…………、何なんだろうか、さっきから。

 イッシキといいユキノシタといい何が言いたいんだよ。

 

「…………全て話すつもり?」

「元よりそのつもりだったが?」

「そ。あなたに任せるわ」

「止めないんだな。仮にもお前の幼なじみだろ」

「あら、それがどうかしたかしら? ………もしかしてヤキモチ?」

「なわけねぇだろ」

 

 ヤキモチとか。

 そう言うんじゃないから。

 や、ちょっとは嫉妬心持ってたみたいですけど? 当たらずも遠からずだからそう言うのやめてほしい。

 人の心の中を読まれてるようですごく怖い。前例がたくさんあるため余計怖い。あと怖い。

 

「そうかしら。私、可愛いからてっきり恋しちゃったのかと思ったわ」

「自分で言うなよ」

「事実だもの」

「………否定はしねぇけどよ」

「………」

 

 ユキノシタの自信にはため息しか出てこない。

 しかも否定の材料がないのが余計に困る。

 

「ミウラ………」

「………なに?」

「いいんだな?」

「ん。あんたのおかげでちょっとすっきりした。あーしはハヤトに踏み込む」

「そうか。なら心して聞け」

 

 ミウラにそう言いながらも全員に目配せをする。

 

「………ハヤマはフレア団に意識を乗っ取られていた」

「「「「「ッ!?!」」」」」

 

 その一言で一同は目を見開く。

 

「ハヤマの様子がおかしくなったのはいつ頃だ?」

「………あーしらが、襲われた、あと………え? でも、そんな………ハヤトが…………」

 

 ようやく合点がいったらしい。

 

「ヒ、ヒッキー。どうしてハヤトくんが………?」

「恐らくハヤマのことだ。以前から何かしらの情報は持っていたのだろう。襲われた後に接触を図られ、お前らを巻き込まないように一人で会ったんだろうな。で、そこでヤられたと」

「ハヤトくん………それはいくらなんでもあんまりだわー。俺らのことも少しは頼ってくれてもよかったっしょ」

「操られていたとはいえ、あいつに色々と掻き回されたのは事実だ。今はユキノシタの姉貴に引き取ってもらってポケモン協会の方で監視している。今後どうなるかは分からんが、先に言っておく。勝手に敵討ちに行こうなんて考えは持つな。はっきり言って迷惑だ。こっちにも算段があるし、奴らを潰すのが最終目的だ。早まるなよ」

「………ハヤト………」

 

 あ、これ、絶対耳に入ってないパターンだ。

 はあ………、仕方ない。

 

「トベ、取り敢えずミウラのことはお前に任せる。やはりショックがでかいようだ」

「い、いやー、マジヒキタニくん、ナニモンよって感じだわー。マジ怖いわー」

「別にお前らを取って食おうってことはないから」

 

 大丈夫だ。少なくともポケモンじゃないから。

 

「はあ………、こう見えて俺もショックでかいんだべ。マジやべー」

 

 呆然とするミウラの肩を抱くユイガハマに目配せをすると頷き返してきた。

 どうやら俺の意図が伝わったらしい。

 ああ、やはりこの話はできればしたくなかったな……………。

 どうか早まりませんように。




さがみんの手持ちポケモンのアンケートにご協力いただきありがとうございました。
結果は私の独断と偏見により誠に勝手ながら選出させていただきます。

誰になったかは後々出てくるさがみんにご期待ください。
選出されなかったポケモンに関しましても他の人のポケモンで出したりと、この作品の今後に反映させていただきます。



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60話

今のインフルエンザってタミフルとか点滴とかしなくていいんですね。
粉吸い込むだけでいいとか、科学の力ってすげぇー。


 ユイガハマが主導でミウラを落ち着かせている間、俺はミウラからボールを拝借し、何故かイッシキと一緒に回復マシンに持って行った(何故かって? そりゃ、マフォクシーがゲッコウガに肩を貸しているかららしいぞ)

 

「せんぱい、やっぱり強いですねー。あのミウラ先輩のポケモンを六体とも倒しちゃうなんて」

「まあ、そうだな。切り札を切り札らしく出してきてたけどな」

「でもあっさり倒しちゃってましたよね」

「そりゃ、来ると分かってたからな。最初から勝算はあった。ただあのバトンタッチは意外だったけど」

「ほえー、先輩でもあれは予想してなかったんですねー」

「お前は俺をなんだと思っていやがる」

「聞きたいですか?」

「いや、やめておく。聞きたくない」

 

 聞いたら絶対立ち直れなくなりそうだもん。ま、そこまではないだろうけど。

 

「んもぅ、でもそういうところ。嫌いじゃないですよ?」

「………言ってろ」

「………先輩、さっきの話って本当なんですか」

 

 急に声のトーンが変わったな。

 ついてきた理由はこっちか。

 

「ああ……」

「………先輩は………、私たちの味方ですよね?」

「どうだろうな………」

 

 あのハヤマが敵に落ちてたくらいだ。相手は相当のやり手。いつどうなるか俺も分からない身。

 あるいはイッシキたちが洗脳されるって可能性もあるか。

 どちらにせよ、油断は禁物である。

 

「嫌ですよ? 先輩と戦わないといけないとか」

「まあ、多分そういうことにはならんだろうな。なったら、そりゃ俺がフレア団に操られている時だ」

 

 そうだな、お前らは絶対にフラダリの手なんかに落としてやるもんか。

 ハヤマではないが、落とされるなら俺一人でいい。

 

「縁起でもないこと言わないでくださいよ!」

「………別に事実だろ。現にハヤマは操られていた。それに気がついたのも昨日のこと。それまでただの違和感にしか思ってなかったんだ。案外、洗脳ってのはそういうもんなのかもしれんぞ」

「………だったら、教えて下さい」

「ん? 俺が? 何を?」

「決まってるでしょ! 先輩が敵になった時に倒せるように私にじわれを教えてください!」

 

 あれー? この子、俺が敵になった場合真っ先に倒しにくるつもりだぞ?

 やべぇ、これはマジで俺まで罠に落ちるわけにはいかねぇわ。

 

「ばっかばか。俺がコマチを置いていくわけがないだろう。仮定の話なんだし、そう熱くなんなって」

「冗談に聞こえないからじゃないですか! 先輩はいちいち回りくどいですから、この際何でもいいのでじわれを教えてください!」

「はあ………、全く………」

「ふぇっ!?」

 

 なんだよ、「ふぇっ!?」って。あざといじゃねぇか。

 ただ頭撫でてるだけだろうが。こういう時はよく頭撫でろとか言ってくるし、たまには先に動いてもバチは当たらんだろ。むしろ褒め称えろ。

 

「………最近のイッシキの成長は著しい。刺激がいい方向へと向かっていってる証拠だ。ただ、それが止まった時、お前は恐らく意気消沈する。そのキッカケが何になるのかは俺にも分からん。だがそれ以上に、フレア団と鉢合わせしたとしてもユキノシタの背中を守れる存在になると俺は思っている。だから俺はお前にかけることにした」

「………なんで、そこに先輩がいないんですか……………? 先輩、やっぱり………算段があるって、そういうことなんですか!?」

「あくまでも仮定の話だって。ただ、俺はフレア団に目をつけられている。いつ排除しに来てもおかしくはない。俺だけならなんとかなるが、俺の知らないところでお前らを人質に取られたら、俺には従わざるを得ない状況になってしまう。だが、まだユキノシタがいる。ユキノシタがいるから大丈夫だとは思うが………、お前も知っての通りあいつは『背中』が弱点だ。俺がいない時にあいつの背中を守れるのはお前しかいない」

「………せんぱい、まだ何か隠してますよね。言ってください。私は………まだまだ先輩と一緒にいたいです」

「………今日の夕食と明日の会議。取り敢えずこの二つが終わってみないことには俺の算段も変わってくる。だから今はまだ言えん」

 

 隠してるわけじゃないのよ。

 まだ何も決まってないのよ。

 

「………だったら明日の夜、聞かせてください!」

 

 明日の夜か。

 まあ、それで打つとするか。どうせ決まってないで済ませばいいだろ。

 …………本当に決まらなかったらどうしようか。

 

「そうだな。明日な」

「絶対ですよ! あと、じわれもよろしくです!」

 

 なんだこいつ、かわいいじゃねぇか。

 涙目で精一杯の笑顔とかどんだけあざといんだよ。一瞬落とされそうになったわ。さすがいろはす。あざとかわいいは伊達ではないな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 夜。

 受け取ったメールに書かれていたレストランに行くとすでにカツラさんがいた。

 

「来たか」

「………もう少し早めに来た方が良かったですかね」

「なに、構わんよ。時間ぴったりなのだ。遅れたわけじゃない。私が少し早めに来てしまっただけのこと」

 

 というか個室で取れたんだな。

 ここどんだけ高い店なんだ?

 

「さあ、まずは好きなものを頼むがいい」

「はあ………んじゃ、そうさせてもらいます」

 

 カツラさんの向かい側に座り込み、メニューを眺める。

 

「それにしても君は相変わらず事件に巻き込まれてるようだな」

「そうっすね。行くとこ行くとこ面倒ごとが増えてく一方で、正直外に出るのが億劫ですらありますよ」

「そこも変わっとらんな」

 

 取り敢えずベルで店員を呼ぶ。なんだよ、今時ベルって………。

 静かにやってきた店員に適当に注文し、一息吐くとカツラさんが口を開いた。

 

「君に頼まれていた薬、一応完成はしているぞ。ただ、まだ試験段階でな。一般普及の目処も立ってなければ実際に使ってすらいない。どうなるかは私でも保証しかねる」

 

 すっと出された小さな箱をパカッと開いた。

 中には結婚指輪、ではなくカプセル式の薬が一錠入っていた。

 

「それでもありがたいですよ。今後どうなるか分からないし、あいつの覚醒した力が必要になってくるかもしれませんから」

「ふむ………、それにしてもポケモンとの意識の共有か………。まだまだ私の知らない事例があるのだな」

「そりゃ、ポケモンには謎が多いですからね。今解明できているのもほんの一部にしか過ぎませんし」

「進化にタマゴ、特性にフォルムチェンジ、その上をいくメガシンカ、それとZ技なんてのもあったりする。こうしてみるとポケモンには様々な姿があるのだな」

 

 ん? Z技?

 聞いたことないな、それは。

 

「………今回のはあくまでも『特性』らしいですよ。俺もよく分かってないですけど、かつてのカロス地方で一度確認されたんだとか」

「ふむ……、それでなんだったかな。そのポケモンの名は」

「ゲッコウガですよ」

「というと………ゼニガメやワニノコたちと同じ特性、げきりゅうを持つポケモンだったな。………そうか、確かにそれは少し謎であるな」

 

 俺の疑問にもすぐに気づいてくれるとか、この人やっぱすげぇわ。

 さすが元ロケット団の研究者。

 ミュウツーの生みの親は伊達ではないな。

 

「俺の知る限り、げきりゅうを持つポケモンは特性を二種類しか持っていないはずなんですよね。けど、コンコンブルっていうメガシンカを継承している博士が言うには、ゲッコウガにはさらにもう一つの特性があるのかもしれないって話なんです」

「かつて起きたゲッコウガの現象、か。まずは君のゲッコウガについて詳しく教えてくれないか?」

「はあ………いいですけど、プラターヌ博士によると俺の前に一度トレーナーのポケモンになってたらしいんですよ。ただ性格が難しくて、しかも特性がげきりゅうじゃなくてへんげんじざい、使う技のタイプに変化していく変わった特性を持っていて扱いきれなかったらしいですよ。ポケモンもトレーナーもお互いを見限ったみたいです」

 

 思い返せば、出会いからして酷いものだったよな。

 気づいたら人の頭を寝床にするわ、技なんて三つしか使う気なかったりだとか、育てやすいポケモンであるはずなのに扱いの難しい珍しい特性、へんげんじざいの持ち主だったり。

 あと、ボールに入るのもあまり好きではないみたいだし。シスコンもか。

 

「なんというか………、よくもまあ君はそんなポケモンの能力を最大限まで引き出してるのだな………。さすがというかなんというか………」

「一度見た技は自分にあっていればどんな技でも使えたりと癖は強いですけど、強いことに変わりはないですから。それに周りの奴らは似た者同士だって言ってますよ」

 

 いつの間にか新しく技を覚えてたりもしたな。

 さっきもとんぼがえりを覚えてやがったし。

 どういう脳細胞をしてるんだか…………。

 で、そんなポケモンが俺と似ているんだとか。全く似てないと思うんだがな。あいつは出来すぎている。

 

「ふむ………それが一番分かりやすい評価であるな。それで、その意識を共有する現象というのはどういったものなのだ?」

「意識、というか視界がゲッコウガになるんですよ。それに攻撃を受けると痛みを感じますし、感覚も共有してるってことでしょうね。後は体感的にメガシンカに近い感じですかね。姿は見れないのでどうなってるのか分かりませんけど、取り敢えず水のベールに包まれています。ただ、これが本来の姿ではないですね。この水のベールが取れた時こそ、本来の姿になる。俺はそう考えてます」

 

 しかも挙げ句の果てには謎の現象まで起こし始めるし。感覚的には進化を超える進化、メガシンカって感じなんだけど。あれも一種のフォルムチェンジみたいなもんだし、コンコンブル博士が言うには特性による変化だって言うし。何なんだろうな、いやマジで。

 

「視界・感覚の共有。メガシンカに近い現象………。水のベールで覆われているのはまだ未覚醒の状態…………」

 

 うんうん唸るカツラさん。研究者のスイッチでも入ったのだろう。

 しばらく考え込んだかと思うと再び口を開いた。

 

「………一つ、今の話を聞いて立てられた仮説がある」

「というと?」

「君のゲッコウガはメガシンカのシステムを特性で行おうとしているのではないだろうか」

 

 特性でメガシンカ?

 んなの聞いたことがないぞ。

 

「メガシンカを特性で? それはさすがに無理があるんじゃ…………。メガシンカにはキーストーンとメガストーンが………あれ? そういや前にプラターヌ博士と話をした時にメガシンカに必要な二つの石はあくまでも絆を一定に保つためのものであって、必須なのはお互いの絆じゃないかって話にもなったな…………」

 

 いや、でもあの変人博士が提唱したメガシンカのシステムに必要なのはポケモンとトレーナーの絆だって言ってたし。俺も博士もメガシンカに必要な二つの石はただの安定剤だっていう可能性も視野に入れてるし……………。

 やはりメガシンカはポケモンとの絆が必須であり、他はただの装飾にすぎなのかもしれない。

 

「それを踏まえて考え直しても辻褄は合うと思わんか?」

「まあ、そうですね。大事なのは絆であって石ではない。けど、ならどうして特性からそんなことが?」

「恐らくへんげんじざいが鍵なのかもしれん。あの特性は君の言うように使う技のタイプに自らを変えるもの。だが、そこに君との絆が絡むことにより自らの姿と能力を変える作用が働くようになったのではないだろうか。名付けるならば『きずなへんげ』と言ったところか」

 

 きずなへんげ、か………。

 実感沸かねぇな。俺とゲッコウガに絆とか………。

 まあ、確かに? 俺の考えてることは大体伝わってるみたいだし? 以心伝心とまではいかないにしても、それなりの信頼? はどちらも置いていると思うぞ。けどやっぱりな………。

 

「いくつか確認させてもらってもいいですか?」

「うむ、なんでも聞けい」

「水のベールをカツラさんならどう説明します?」

「今の仮説を踏まえて考えるのなら、進化の光といったところだな」

 

 進化の光、というかメガシンカのあの白い光と見た方がいいのか?

 どちらにせよ、進化の途中で戦えるとかすげぇな。

 

「なら、視界と感覚の共有は?」

「恐らく現在のメガシンカに使う二つの石を使わない代償、といった感じか」

 

 確かに、あの代替物がなかった場合はそうなるのかもしれん。だが、二つの石無しでメガシンカなんてしたことがないからよく分からんな。

 

「嫌な代償だな。んじゃ最後、カツラさんが作り出した薬がない時代、どうやってそこにたどり着いたと思います?」

「そこなのだよ………、私もそこだけはどうにも分からない。ただ、進化の過程で特性が変化したって可能性もある。元々はげきりゅうでゲッコウガに進化した時に何らかの作用が働き、特性が『きずなへんげ』に変わった、なんてこともあるのかもしれない。あるいは私が仮説の通りへんげんじざいの形の果てか」

「………げきりゅうの理論でいくとへんげんじざいが鍵だってのはおかしくないですか?」

 

 訝しむようにカツラさんを見るとニヒッと不敵な笑みを浮かべてきた。グラサンスキンヘッドでその不敵な笑みは恐怖しか覚えないので是非やめていただきたい。

 

「研究なんてのはそんなものだ。まあ、なんにせよ、君とゲッコウガは出会うべくして出会ったのだろう。私の作った薬が上手く働けばいいが、逆にげきりゅうに戻る可能性もある。そこだけは頭に入れといてくれ」

「はいはい、そこは承知の上ですって。あ、そうだ、お礼と言っちゃなんですけど、これ………」

 

 そう言って俺はゴージャスボールを取り出すとカツラさんの前に置いた。

 

「これは………」

「俺が連れてるよりもカツラさんが連れてた方がいいでしょ。元々はカツラさんのポケモンなんですし」

 

 中には暴君様が入っている。

 元々連れてくる予定のなかったポケモンだ。それを奴自らが連れて行けと言ってボールに収めていただけの関係。こっちに来てからフレア団に絡まれるようになり何度が使ったがやはり俺ではこいつの最大限の力は引き出せそうにない。

 

『………いいのか?』

「なんだ、起きたのか? いいも何も元々お前はカツラさんのポケモンだろうが。俺といるよりもカツラさんといる方がお前のためだ」

『………そうか、死ぬなよ』

「はっ、誰に言ってる。俺はお前がテレパスを送る数少ない人間だろうが。そんな奴がそう簡単に死ぬとは思わないで欲しいな」

『それもそうだな』

「………ハチマン、君は本当によく分からない男だ。私やレッド、それにイエローくんにしか送らないテレパスを受け取ることを許されていたとは」

「でもカツラさんほどこいつを上手く使ってやるのは無理みたいですよ」

「ふっ、これも何かの縁だな。メガシンカを知ってからというもの、兄弟にもできないか密かに研究していた。それで完成したのがついこの前のこと。そしてこちらに来て早々に我が兄弟に出会えるとは………。私も戦う運命にあるということなのだな」

 

 まさかのミュウツーにもメガシンカかよ。驚きを通り越して草生えそう。

 

「メガシンカ、できるんですか?」

「ああ、その過程で君に渡した特性カプセルも完成したのだ」

 

 やべぇ、パネェ。

 この人、マジで何者なんだよ。ただの研究者にしておくのはもったいなくないか?

 や、ミュウツーを造り出したような人だけどさ。ある意味伝説だわ。

 

「だから二つ返事で了承してくれたんすね…………。はあ………、ほんとカツラさんはすごいっすね」

「研究に夢中になるあまり、ロケット団に入り、イーブイやギャラドスの実験を経て兄弟を造り出してしまったが、今ではそれで良かったのかもしれぬ。あのままロケット団にいては碌な人生を歩んでいないだろう。いいキッカケになった」

「そうっすね………。ロケット団と関わると碌な人生歩みませんからね」

 

 サカキと出会わなければ俺ももっと表の世界にいれたのかもしれない。だが、まあそれは仮定の話であって現実には過ぎた話。今更とやかく言ったところで何も変わらない。

 

「サカキも…………巨大隕石の件で改心してくれるといいんだが」

「そりゃ、無理な話じゃないですかね。今のロケット団は昔と違って誰かさんの息子と決着をつけるためだけにあるようなもんですから」

「………ある意味、あの男も丸くなったということか」

「どうでしょうね。性根から腐った人間ですし」

 

 はあ………、どうしてこう人の悪口というのは会話が弾むのだろうか。

 人間のよく分からない部分だよな。

 

「失礼します」

 

 ようやく俺が注文した品物がきたようだ。

 それからは昔話やカツラさんの研究の話で盛り上がった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 そんな時期が俺にもありました。

 現在、俺はカツラさんに連れられ、16番道路のはずれ、南の雑木林に来ている。もう夜も深まってきており、辺りは月明かりが少しあるくらいの真っ暗である。

 俺たちがここにきた理由は一つ。暴君様とのバトルの相手をして欲しいんだとか。まあ、野生のポケモン相手に暴れる暴君様でもないし、自ずとトレーナーの方がバトル相手としてはいいんだろうけど。

 

「すまんな。私も久々なもので上手く使ってやれるか心配でな」

「いいっすけど、勝てたことないからなー」

「ふっ、我が兄弟は強いからな。いくぞ、ミュウツー!」

 

 俺の渡したゴージャスボールから出てきたのは久々に俺も姿を見る暴君様。

 リザードンをメガシンカさせる時にバトルしてたけど、勝てなかったからな。素で勝てないとかさすが暴君様である。

 

「リザードン、最後に一発暴れてやれ!」

「シャアッ!!」

 

 いやー、気合たっぷりですね。

 

「リザードンか。懐かしいな」

「そりゃ、あれからだいぶ経ってますからね。今のこいつはカツラさんの知っているリザードンじゃないですよ」

「だろうな。君たちが成長していないはずがない」

「んじゃ、行きますよ。リザードン、えんまく」

「早速か。ミュウツー、サイコウェーブ」

 

 真っ先に黒煙を吐くとすぐに対処してきた。

 サイコウェーブによる竜巻を作り出し、黒煙を一掃。ほんの一瞬でやり遂げるとはさすがは暴君。

 

「りゅうのまい」

 

 まあ、その間に竜の気を作らせていただきましたけど。

 

「突っ込め」

 

 サイコパワーで作り出したスプーンを片手に一気にリザードンの元まで距離を詰めてきた。

 

「ドラゴンクロー」

 

 振り降ろされたスプーンを左の竜の爪で弾き、懐に潜り込む。

 

「シャドークロー」

 

 今度は右の影から伸び出る爪で反撃。

 だが、それもスプーンの先で受け止められた。

 

「そのまま掴んでバランスを奪え!」

「ぬぅ、ミュウツー、サイコキネシス!」

「くっ…………」

 

 さすがにミュウツーのサイコキネシスを破るのは無茶だよな。

 となるとどうするべきか。

 

「はあ………ちょっと早いが、リザードン。メガシンカ!」

 

 メガシンカの光で破り、反撃をするしかあるまい。

 

「バリアー!」

 

 バリアーとは言っているがあれは確かバリアボールだったか?

 バリアーを球体にして身を包むことで、ぶつかったものを全て弾きかえす。

 メガシンカのエネルギーもその類を出ないようだ。おかげで超念力からは解放されたけど。

 

「シャドークロー」

 

 白い光に包まれ姿を変えたリザードンは地面に黒い爪を突き刺して、ミュウツーの背後にいくつもの影の爪を作り出す。

 

「後ろだ! なぎ払え!」

 

 スプーンで爪を薙ぎ払っていく。

 地味に長さが伸び縮みしてるんだよな、あのスプーン。

 

「ドラゴンクロー!」

「ミュウツナイトYの光よ、我がキーストーンの光と結び合え!!」

 

 カツラさんがミュウツーに何か(口ぶりからしてメガストーンだろう)を投げつけ、途端に光を発し始めた。エネルギーの放出により切り込んでいったリザードンが弾き返されてくる。

 

「リザードン!」

「シャア!」

 

 今攻め込んでも仕方がないことをリザードンも悟ったようだ。様子を見るように奴から距離をとっていく。

 

「さあ、ミュウツーよ。それが新しい姿の一つだ。ハチマン相手に試してみるぞ。サイコブレイク!」

 

 これが、ミュウツーのメガシンカか。

 身体が小さくなり、その分………。

 

「くそ早ぇ………」

 

 シュンシュンシュンと上空へ移動したかと思うと急にサイコパワーでりゅうせいぐんに近いものを作り始めた。

 あれはっ!?

 

「前に一度使ってたやつ………。あれがサイコブレイクだったのかよ」

 

 俺の知らない技だとは思っていたが、たぶんこいつように作られた技なのだろうな。現にカツラさんは知ってるわけだし。

 

「くっ、リザードン! 躱せ!!」

 

 躱せと言ってそう簡単に躱せるものとも思えない。だが、あれはメガシンカを使いだした頃の話。自分で言ったんだからこいつの成長を信じなければな。

 

「ソニックブースト!」

 

 ゼロからトップにキアをシフト。

 降り注ぐりゅうせいぐん擬きから身を躱し、隙間を抜けていく。

 

「包囲!」

 

 あっ、くそっ、マジかよ!

 軌道を変えられるとか聞いてねぇぞ!

 

「トルネードドラゴンクロー!」

 

 竜の爪を前に突き出すと回転を始めドリルのように突き抜けていく。これで攻撃されてもいくらかは安心だ。

 

「サイコーーーぬぉっ!?」

 

 よし、捕らえた!

 

「スイシーダ!」

 

 弾き飛ばされてきたりゅうせいぐん擬きに驚き、命令が滞ったところを一気に攻めると、難なく捕まえることに成功。

 そしてそのまま地面に突き落とした。

 まあ、ダメージなんて大して受けてなさそうだけど。

 

「リザードン、じわれ!」

「ふぅ……、ぬぉっ!? ミュウツー、サイコウェーブで抑え付けるんだ!」

 

 立ち直ったカツラさんが再度命令。

 空から滑空してそのまま地面を叩き割り、できた穴に落とそうとしていたところを竜巻に襲われ、宙へと舞い戻ってしまった。

 

「そのままサイコキネシスで捕まえておけ!」

 

 ぐっ、まさかの反撃か。

 しかもあの竜巻でここまで出来てしまうとかどんだけパワーが上がってんだよ。

 

「サイコブレイク!」

 

 そしてまたしてもりゅうせいぐん擬きか。

 今度は逃げられそうにないし…………。

 できるか分からんし、どうなるかも分からんが、一つ試してみるか。

 

「リザードン、げきりん!」

 

 竜の気を暴走させると、サイコキネシスが内側から割れ始めた。

 ガラスの割れるような音がするけど、大丈夫なのだろうか。

 

「ミュウツー!」

 

 降り注ぐりゅうせいぐん擬きを竜の気で燃やしていく。

 これはあれだな。技を出し切るまでリザードンが耐えられるかがポイントだな。

 

「けど、少しは動くぜ。リザードン、ローヨーヨー!」

 

 自由を取り戻した身体を急下降させ、力を高めていく。

 追尾機能、というより操られているためミュウツーの技が後を追ってくるのは当然か。

 

「ミュウツー、サイコウェーブ!」

 

 再度竜巻を起こしてくるのを、地面を蹴って急上昇を図ることで一男を切り抜ける。

 

「サイコブレイク!」

「リザードン、全てを出し尽くせ。フルパワーだ!!」

 

 リザードンは竜の気を爪にも持って行き、長く伸ばした。

 そして、回転し始め、降り注ぐサイコブレイクを躱しながら、時には弾きながらミュウツーに突っ込んでいく。

 

「……………」

「……………」

 

 爆風で何も見えない。見えないがたぶん…………。

 

「はっ、やっぱ強ぇ………」

 

 メガシンカの解かれたリザードンがフラフラと地面に落ちてきた。

 無理があるよな、さすがに。

 暴君相手だもん。ビハインドを取ってる状態でも勝てなかったんだから同格になったら普通に負けるか。

 

「お疲れさん」

 

 リザードンをボールに戻してやるとカツラさんが口を開いた。

 

「時にハチマン。ゲッコウガの不思議な現象というものを見せてはもらえないだろうか」

「………だって。どうする?」

 

 今日はどこにいるのか知らないが、声をかけてみると木の上から音がした。上で寝てたか。進化してから……というかかげうちを覚えてから影に入ったりするから、もうどこにいるのか俺でもつかめない。ただ、いつも俺の側にはいるってことぐらいしか確かなことが言えないのだ。なんだこの関係。

 

「……コウガ」

「いいみたいっすよ」

「よかろう。ミュウツー、じこさいせい」

 

 あ、ひどっ!?

 リザードンがせっかく与えたダメージを!

 一瞬にして回復しやがったぞ!

 

「何気にゲッコウガは初めてだったよな…………。まあ、とにかく強い相手だって言っておくわ」

「コウガ!」

「あ、それと危険だと思ったらこれ使え。賭けにはなるがお前の求める力を手に入れられるかもしれん。ただ特性は一つだ。自ずと今のようにタイプを変えることはできなくなる。それでもいいなら好きなタイミングで使ってくれて構わない」

 

 コクっと頷くと俺が渡した特性カプセルの入ったケースを舌にしまった。そこしまえるんだな。

 

「つじぎり」

 

 黒い手刀を片手にミュウツーに突っ込んでいく。

 相手がエスパータイプだからって乗り気だな。

 

「はどうだん」

 

 追尾機能………。

 斬り刻むしかないか…………いや?

 

「ゲッコウガ、そのまま突っ込め!」

「コウガ!」

 

 どうすべきか悟ったゲッコウガもリズムを合わせてきた。踏み込むタイミングも躱すタイミングも弾くタイミングも、上手く俺の描くようなテンポでできている。

 

「サイコウェーブ!」

 

 目の前にまで近づいたことに警戒し、竜巻を発生させてくる。後ろからは弾いたはどうだんが追尾機能を発動させて追いかけてきている。

 

「かげうち!」

 

 さあ、逃げよう。さっさと逃げよう。

 影の中に隠れてしまえばこっちものもんだ。はどうだんはかくとうタイプの技。ゴーストタイプになっているゲッコウガなら効果がない。

 

「影に逃げたか………」

 

 影の中では今頃かげぶんしんで増えていることだろう。

 

「つじぎり!」

 

 ミュウツーの四方からゲッコウガが飛び出した。

 

「ぬぅっ!? ミュウツー!!」

 

 カツラさんが咄嗟に何かを交換した?

 

「ミュウツナイトXの光よ、我がキーストーンの光と、結び合え!」

 

 はっ?!

 え、ちょ、メガシンカ?!

 また?!

 一個のキーストーンでできるのは一体だけなんじゃなかったのか?

 

「ゲッコウガ!」

 

 メガシンカの光で飛ばされ帰ってくるゲッコウガ。

 姿を変えたミュウツーは格闘家のような風格になっていた。

 

「どうにも私たちの肉体は繋がったままらしい。悪影響を及ぼし合うことはなくなったが、一度繋がったものは中々切れないものらしくてな。そこを逆手に取ってメガシンカの交換ができるようになった」

「………ということはそれはミュウツーとカツラさんだからこその、いわばミュウツーの特別仕様ってことですか」

「うむ、そういうことになる」

「だってよ、ゲッコウガ。どうする? あれ、マジもんだぞ。下手したら俺ら死ぬぞ?」

「コウガ!」

「ですよねー、やっぱお前もそう思うか」

 

 なりふりなんて構ってられん。

 結果がどうなるとか失敗するかもだとか、もうそんなのは考えてる場合じゃない。こいつに勝ちたいのなら全てを賭けるしかない。賭けたところで勝てる保証もないが、それでも賭けなければその先がまず始まらない。

 

「ゲッコウガ!」

「コウガ!」

 

 ひょい、ぱくっ、て感じに軽く特性カプセル飲んじゃったよ。ケースはポイ捨てだし。

 が、途端にゲッコウガが水のベールに包まれていく。

 …………あれ? 俺の視界は変わらないぞ? もう必要なくなったってことなのか?

 

「コウガ……」

 

 水のベールが段々と集まっていき、背中の一点で球体に変わった。そしてそこから二枚の手裏剣が出来上がり、八枚刃になった。ところどころにある模様も全て手裏剣は八枚刃。何なら目がちょっとアレである。言いたくない。でもたぶんあいつらに言わせたら似てるとか言われそう。

 

「………ゲッコウガ、つじぎり」

 

 シュタッと一瞬でミュウツーの背後に潜り込んだ。

 そして、十字に斬りつけていく。

 ………見えてないはずなのに何故か分かるんだけど、何なのこの感覚。

 

「ミュウツー!」

 

 振り向きざまにスプーンで受け止められてしまった。

 むぅ、さすがは暴君。

 

「ハイドロカノン!」

 

 だが近距離からの究極技ならどうだろうか。

 

『ぐっ!?』

 

 あ、効いたみたい。

 なんか俺にまでテレパスが流れてきてるし。

 

「……なんというパワーだ。メガシンカと遜色ない………。やはり…………」

「みずしゅりけん!」

 

 背中にある八枚刃のみずしゅりけんをミュウツーへと投げた。

 

「打ち返すのだ!」

 

 だがミュウツーはすぐに体勢を起こすとスプーンで弾き返してきた。

 

「かげぶんしん!」

 

 今度は影を増やすことで錯乱。

 

「10まんボルト!」

 

 しかし、そこは熟練者たち。

 放電してすぐに影を消し始める。

 

「みずしゅりけん!」

 

 今のうちに無数の手裏剣を飛ばしておこう。どうせ消されるのも時間の問題なのだし。

 ま、それも届けばの話だけど。電撃によって分解されちゃってってるし。

 

「あーあ、水素いっぱいじゃん」

 

 そこも狙い目なんだけどね。

 

「ゲッコウガ、めざめるパワー!」

 

 ミュウツーの周りにはみずしゅりけんを電気で分解したことで水素が発生している。ならば燃やすっきゃないでしょ。この前まではこれ酸素が爆発してるんだとばかり思ってたからな。トツカには感謝である。化学とかしらねぇよ。

 

「ぬおっ!?」

 

 変な声を上げて驚いているカツラさん。

 まあ、いきなり眩しくなって爆発したんじゃ、ねぇ。

 

「ゲッコウガ、ハイドロカノン!」

 

 一旦影に潜ってミュウツーの背後に回ったゲッコウガは長い舌を解いて口を大きく開き、究極技を放った。

 本日二度目のハイドロカノンはまたしても命中した。

 

「ミュウツー!」

 

 カツラさんが呼びかけると真上から何かが降ってきた。

 ーーーああ、思い出した。前にもこれやられたな。

 

「はどうだん、か。ゲッコウガ! 躱せ!」

 

 メガシンカというべきかフォルムチェンジというべきか。

 まあ、どっちでもいい気はするが、パワーアップしたゲッコウガならこの追尾もいけたりしないかね。

 

「サイコウェーブ!」

 

 舌を背後にある木に巻きつけ一気に後退し距離をとると、待っていたかのように竜巻を起こしてきた。

 

「つじぎり!」

 

 十字切りで竜巻を斬りつけ、できた隙間に身を投げ入れる。そうして無風状態の目にたどり着いた。

 

「ゲッコウガ、こっちに来い!」

 

 果たして、こんな命令であいつはどう動くのだろうか。

 穴掘ってくるか影からくるか、はたまた何か違う策でくるのか。

 

「はどうだん!」

 

 ミュウツーは竜巻の中に四方からはどうだんを打ち込み始めた。

 

「コウ、ガッ!」

 

 竜巻の中からはゲッコウガが飛び出してきた。

 あれまあ、あんな天高くまで飛び跳ねちゃって………、あ、消えた。今度はほごしょくか何かか?

 

「かげぶんしん」

 

 もうね、俺も見えないからあいつの好きにさせようと思うんだけど、誰も反論ないよね。

 

「どこへ消えた?!」

 

 カツラさんも一瞬のことだったため目が追いついていないようだ。

 一瞬でも目を離せば、途端に見失うような奴だからな。仕方ない。

 

「みずしゅりけん!」

 

 おい、ちょっと待て。

 なんでそんなでかくなるんだよ。聞いてねぇよ。

 いくら暴君様でもこれは無理があるだろ。

 姿を見せたゲッコウガたちは天に巨大なみずしゅりけんを掲げていた。

 

『なんと!?』

「メガシンカを自ら行うだけでここまでパワーを肥大化させられるのか…………? いや、それだけではない。これはもしや………」

「ゴー」

 

 まあ、容赦なく行くけどね。

 ここまできたら最後に一矢報いたいじゃん? これで勝てればいいけど。

 

「ミュウツー!」

『ぬぅん!』

 

 はどうだんを無数に作り出して応戦してきた。

 チッ、やっぱ対応されるか。

 発射された八枚刃の巨大みずしゅりけんはミュウツーの放ったはどうだんと交錯し、爆風を生み出した。

 こんなに爆発させてて見つからないのかね。

 

「……………」

「……………」

 

 どうなったんだ?

 前みたいに視界が繋がることはなくなったからよく分からんのだが。あ、でもなんか見えたぞ。

 ん? んん?

 

「………相打ち……、いや、暴君様の方がまだいけるか」

 

 やっぱ敵わねぇか。

 でもまあ、いいものを見せてもらった。これがあいつのさらなる力か。カツラさんの言うようにメガシンカを自ら行ったと説明してもなんら遜色のない能力っぷり。案外、メガシンカよりも強いかもしれん。

 

「………強く育てられておる」

「元々強かったんですよ、こいつは。まあ、俺についてきたことで自分よりも強い相手を見つけられるようになって、それで刺激されてこんなもんまで手に入れちまったようですけど」

 

 最初はどうなるかと思ったが、こいつがいたことで助かる場面は多々あった。

 

「こっからだな、お前の真の力。ものしていくぞ、相棒」

 

 地面に倒れ伏す我が相棒その2をボールへ戻す。

 バトルが終わればフォルムチェンジも解除されるらしい。つくづくメガシンカと似ている。

 

「ハチマン………、最後の技。あれはもしかするとアローラに伝わるZ技かもしれんぞ」

「はっ? なんすか、それ。さっきも言ってたような気もしますけど」

「全力で出す技だ。既存の技をパワーアップさせると言われている。中にはポケモン固有のZ技もあるとも聞くが………、大事なのはこれもポケモンとトレーナーの絆が必要だということだ」

「そっちもか………。ん? メガシンカもそのZ技とやらも絆が必要?」

 

 まさかな。そんなことあるわけねぇ。

 

「あ、あの、カツラさん。一つ、俺も仮説を立ててみたんですけど」

「奇遇だな。私も今立てていたところだ。聞かせてくれ」

「うす、ゲッコウガはまずリザードンのメガシンカに刺激を受けたとしておきましょう。本当の動機なんて奴にしか分かりませんからね。で、自分もメガシンカしようとしたが、メガストーンがなかった。そこで自分にあるものでメガシンカを行おうとした。そもそもにおいてゲッコウガは以前にも今のような現象を起こしている。そこに残っている内容としては特性を使って行われたようで、俺のゲッコウガもそれを知っていたのかもしれない。いや、本能的に、を付け加えるべきか。まあ、そんな感じで特性をいじることした。幸いこいつはタイプを変更させるへんげんじざいの持ち主だった。だから『変化』に関してのシステムはすでにそろっていた。だが実際に使ってみると不安定になり、俺と視覚や感覚を共有することでバランスを保った」

「それが意識の共有というわけだな………」

「ええ、そしてしばらく続けていくのち、さっきの特性カプセルに巡り合った。あれを飲んだことで不安定だった変化は完全に切り離され、完成した。けど、ようやく手に入れたメガシンカ擬きの力は思いの外、高かった。そのため技までもを強化した」

「うむ、それがZ技擬きというわけか」

「カツラさんの話が本当ならどっちも絆に反応するものですからね。システム的には変わらない。だからそんなことまで出来てしまったんでしょう」

 

 メガシンカを手に入れるついでにZ技とやらにまで手を出してくるとは。さすがゲッコウガだわ。

 たぶん、知らなかっただろうけど。

 

「見事だ。私と同じも同じ。そっくりそのままだ」

「そうですか、そりゃ良かった」

「君はやはりこっち側の「それ、前にも誰かに言われましたよ」そ、そうか………」

「あと、カツラさんが言うと危険な匂いがするんで控えてください」

「ぜ、善処する………」

「さて、なんか遅くなってしまいましたし、帰りますか」

「ああ、私はこれから向かうところがあるのでな。そっちに行ってから帰ることにする。我が兄弟を休ませたいことだしな」

「そうですか。なら、また明日」

「うむ」

 

 カツラさんに背を向けてミアレの方へと歩き始める。

 煌々と明かりのついたミアレは北半分が真っ暗だった。

 ああ、そういえばまだ停電してるんだっけ?

 博士の研究所が南側でマジで良かったわ。

 

 

 ああ、誰も起きてませんように。

 起きてたら何を言われるやら…………。




取り敢えず、ここで一旦区切ります。
どこかで切っておかないと結局終わりまでいい区切りがなさそうなので。
そうでなくても結構溜まってますし………。


追記:すいません。もうちょっとで仕上がりますので。


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行間

〜手持ちポケモン紹介〜 (60話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン etc………

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂ 

 持ち物:リザードナイトX

 特性:もうか←→かたいツメ

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、じんつうりき、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく

 

野生

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち

 

一時手持ち

・ミュウツー(カツラ)

 

 

ユキノシタユキノ 持ち物:キーストーン etc………

・オーダイル(ワニノコ→アリゲイツ→オーダイル) ♂

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、ハイドロポンプ、シャドークロー、つばめがえし(ユキノ未知)、りゅうのまい、げきりん、カウンター、ハイドロカノン、ドラゴンテール、めざめるパワー(電)、ゆきなだれ

 

・エネコロロ ♀

 覚えてる技:メロメロ、ソーラービーム、でんげきは、ハイパーボイス、れいとうビーム

 

・ユキメノコ ♀

 覚えてる技:れいとうビーム、みずのはどう、10まんボルト、シャドーボール、めざましビンタ

 

・ボーマンダ ♂

 持ち物:ボーマンダナイト

 特性:いかく←→スカイスキン

 覚えてる技:そらをとぶ、ドラゴンダイブ、ハイドロポンプ、つばめがえし、だいもんじ、かみなりのキバ、いわなだれ、ドラゴンテール、ハイパーボイス、げきりん、ギガインパクト、りゅうせいぐん、ねむる、ねごと

 

・ニャオニクス ♀

 覚えてる技:エナジーボール、シグナルビーム

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト

 

 

ユイガハマユイ

・グラエナ(ポチエナ→グラエナ) ♂ サブレ

 特性いかく(にげあし→いかく)

 覚えてる技:こおりのキバ、かみなりのキバ

 

・ハリマロン ♂ マロン

 覚えてる技:タネマシンガン、つるのムチ、やどりぎのタネ

 

・ドーブル ♀ マーブル

 覚えてる技:スケッチ、おにび、ハードプラント、ダークホール、こらえる、がむしゃら

 

・ウインディ ♂ クッキー

 覚えてる技:ほのおのキバ、バークアウト

 

 

ヒキガヤコマチ

・ニャオニクス ♂ カマクラ/カーくん

 特性:するどいめ

 覚えてる技:サイコキネシス、ひかりのかべ、、リフレクター、でんげきは、てだすけ、なりきり

 

・カメックス(ゼニガメ→カメール→カメックス) ♂ カメくん

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:みずのはどう、はどうだん、りゅうのはどう、こうそくスピン、からにこもる、ロケットずつき、ハイドロポンプ、ふぶき

 

・カビゴン ♂ ゴンくん

 特性:めんえき

 覚えてる技:メガトンパンチ、のしかかり、じしん、いわくだき、ほのおのパンチ、しねんのずつき

 

・プテラ ♂ プテくん

 覚えてる技:はかいこうせん、ストーンエッジ、はがねのつばさ、つばさでうつ、ちょうおんぱ、ものまね

 

 

イッシキイロハ

・マフォクシー(フォッコ→テールナー→マフォクシー) ♀

 特性:もうか

 覚えている技:かえんほうしゃ、ほのおのうず、ソーラービーム、にほんばれ、ワンダールーム、スキルスワップ、メロメロ、ニトロチャージ、マジカルフレイム、シャドーボール、ブラストバーン

 

・ナックラー ♂

 覚えている技:ギガドレイン、かみくだく、むしくい、じならし、すなじごく、がんせきふうじ

 

・ヤドキング ♂(校長からの贈り物)

 覚えてる技:サイコキネシス、みずでっぽう、パワージェム、まもる、うずしお、ずつき、トリックルーム、シャドーボール、でんじほう、かえんほうしゃ

 

・デンリュウ(モココ→デンリュウ) ♀

 覚えてる技:ほうでん、シグナルビーム、わたほうし、コットンガード、エレキネット、でんじは、パワージェム、でんじほう

 

 

ザイモクザヨシテル

・ポリゴンZ(ポリゴン→ポリゴン2→ポリゴンZ)

 覚えてる技:トライアタック、でんじほう、ロックオン、じこさいせい

 

・エーフィ(イーブイ→エーフィ) ♀

 覚えてる技:でんじほう、サイコキネシス、はかいこうせん

 

・ジバコイル

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン

 

・ダイノーズ ♂

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン

 

・ロトム

 特性:ふゆう

 覚えてる技:ほうでん

 

・ニダンギル(ヒトツキ→ニダンギル)

 覚えてる技:てっぺき、きりさく、つばめがえし、せいなるつるぎ

 

 

トツカサイカ

・ニョロボン ♂

 覚えてる技:ハイドロポンプ、グロウパンチ、どくづき、さいみんじゅつ、れいとうパンチ、カウンター

 

・トゲキッス(トゲチック→トゲキッス) ♀

 覚えてる技:マジカルシャイン、つばめがえし、てんしのキッス、ゆびをふる、はどうだん

 

・クロバット ♂

 覚えてる技:クロスポイズン、ねっぷう

 

・ミミロップ ♀

 持ち物:ミミロップナイト

 覚えてる技:とびひざげり、ほのおのパンチ、シャドーボール

 

・ホルビー ♂

 

・ハピナス ♀

 覚えてる技:タマゴうみ、ちいさくなる、いやしのはどう

 

 

ハヤマハヤト 持ち物:キーストーン etc………

・リザードン リザ ♂

 持ち物:リザードナイトY

 特性:???←→ひでり

 覚えてる技:オーバーヒート、りゅうのはどう、エアスラッシュ、ソーラービーム、げんしのちから

 

・エレキブル エレン ♂

 覚えてる技:ほうでん

 

・ブーバーン ブー ♀

 覚えてる技:ふんえん

 

 

ミウラユミコ 持ち物:キーストーン etc………

・ギャラドス ♂ 

 特性:いかく

 覚えてる技:ハイドロポンプ、アクアテール、10まんボルト、かみくだく、ぼうふう、ストーンエッジ、たつまき

 

・ミロカロス ♀

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ドラゴンテール、アイアンテール、りゅうのはどう、とぐろをまく

 

・ハクリュー ♀

 持ち物:きあいのタスキ

 覚えてる技:アクアテール、だいもんじ、たつまき、アクアジェット、しんそく、りゅうのまい、こうそくいどう

 

・ハンテール ♂

 特性:すいすい

 覚えてる技:アクアテール、ふいうち、かみつく、ギガインパクト、からをやぶる、あまごい、バリアー、バトンタッチ

 

・サクラビス ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:ハイドロポンプ、サイコキネシス、ふぶき、あやしいひかり、ドわすれ、からをやぶる、こうそくいどう、あまごい、バトンタッチ

 

・ジャローダ ♀ 

 特性:あまのじゃく

 覚えてる技:リーフストーム、アクアテール、くさむすび、まきつく、へびにらみ、いばる、メロメロ、いえき

 

 

トベカケル

・ピジョット ♂

 覚えてる技:かぜおこし

 

 

ヒラツカシズカ 持ち物:キーストーン(研究所からの借り物) etc………

・カイリキー ♂

 覚えてる技:ばくれつパンチ、どくづき

 

・サワムラー ♂

 覚えてる技:メガトンキック、とびひざげり、ブレイズキック

 

・エルレイド ♂

 持ち物:エルレイドナイト

 覚えてる技:テレポート、サイコカッター、かみなりパンチ、インファイト

 

 

ツルミルミ 持ち物:とうめいなスズ(ミナキからの借り物)

・スイクン

 覚えてる技:ぜったいれいど、ハイドロポンプ、バブルこうせん、オーロラビーム、かぜおこし、あまごい、みきり、しろいきり、ミラーコート

 

 

ツルミ先生

・ハピナス ♀

 覚えてる技:いやしのはどう、はかいこうせん、マジカルシャイン

 

・プクリン ♀

覚えてる技:いやしのはどう、かえんほうしゃ、かみなり、マジカルシャイン、ほろびのうた、まるくなる、ころがる、とびはねる

 

・タブンネ ♀

覚えてる技:いやしのはどう、なみのり、なげつける、マジカルシャイン

 

・ソーナンス ♂

 覚えてる技:カウンター、ミラーコート、はねる、アンコール、みちづれ

 

 

校長

・ゲンガー ♂

 覚えてる技:シャドーボール、シャドーパンチ、10まんボルト、どくづき、だいばくはつ

 

・フーディン ♂

 覚えてる技:サイコキネシス、きあいだま、みらいよち、シャドーボール、リフレクター

 

・クロバット ♂

 覚えてる技:シャドーボール、クロスポイズン、シザークロス、とんぼがえり

 

・ワタッコ ♀

 覚えてる技:わたほうし、とびはねる、おきみやげ

 

・キュウコン ♀

 覚えてる技:かえんほうしゃ、フレアドライブ、サイコキネシス、エナジーボール、リフレクター

 

・ロコン(アローラ) ♂

 覚えてる技:フリーズドライ、こおりのつぶて、ほえる

 

 

ポケモン協会関係

ユキノシタハルノ

・カメックス ♂

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ハイドロカノン

 

・ネイティオ ♀

 覚えてる技:みらいよち、サイコキネシス、つばめがえし、リフレクター

 

・メタグロス

 覚えてる技:サイコキネシス

 

 

シロメグリメグリ

・エンペルト ♀

 

・サーナイト(色違い) ♀

 覚えてる技:サイコキネシス

 

・メタモン

 覚えてる技:へんしん

 変身したポケモン

 ・サーナイト

  使った技:サイコキネシス

 

 

カツラ 持ち物:キーストーン、ミュウツナイトX、ミュウツナイトY etc………

・ミュウツー

 特性:プレッシャー

 覚えてる技:10まんボルト、はどうだん、サイコウェーブ、サイコキネシス、サイコブレイク、バリアー、じこさいせい、

 

 

ジム関係

フクジ

・ゴーゴート

 覚えてる技:ウッドホーン、はっぱカッター、つるのムチ、やどりぎのタネ

 

・ワタッコ

 特性:ようりょくそ

 覚えてる技:ソーラービーム、コットンガード、にほんばれ

 

・ウツドン

 特性:ようりょくそ

 覚えてる技:はっぱカッター、たたきつける、くさむすび、どくのこな

 

 

野生のポケモン

・ファイヤー

 覚えてる技:ゴットバード

 

・サンダー

 

・フリーザー

 

・ルギア(ダーク)

 覚えてる技:エアロブラスト



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61話

後書きにちょっとしたお知らせがあります。


 なんか重い。

 なんだろうか、この重さは。

 まるでポケモンにのしかかられてるような………。

 

「………えっ? 誰?」

 

 朝起きると俺の腹の上で緑色の何か丸いものがいた。

 たぶんポケモンなのだろう。しかし、こんなポケモン俺は連れていない。何なら拾った記憶もない。

 

「はっはっはっはっ」

「…………おい、こらサブロー。寝起きで俺の顔を舐めるじゃない」

 

 マジ寝起きで獣に顔を舐められてるとか、なんなのこの仕打ち。

 腹は重たいし。

 

「あ、ヒッキー、起きた?」

「ガハマさんや。これはどういうことなんでしょうか? 何の嫌がらせだ」

 

 丸椅子に座るお団子頭のユイガハマが覗き込んできた。

 

「マロンが進化したから見せに来たら、まだ寝てたから起こしてあげようと思って。昨日結局帰って来るの遅かったみたいだから、見せられてなかったし」

「進化? こいつか………」

 

 腹のところにいる緑色の丸い物体。こいつがハリマロンの進化した姿なのだろう。色合い的にも似ているし。

 

「重いんだけど」

「あたしも重たくてどかせないの………」

「ボールに戻すとかあるだろうに」

「あっ………」

「ダメだこいつ」

 

 やっぱりガハマさんはガハマさんでした。

 

「ま、まあヒッキーも無事起きたことだし、結果オーライ?」

「良くねぇよ。腹の重みで起きたら顔を獣に舐められてるとか、しばらく夢に出てきそうで怖いんだけど」

「どんだけトラウマになったの!?」

 

 いやー鬱だわー。

 明日も起きたらこうなってるとか考えた日には寝られないわ、夢に出てくるのは確実そうだし………。

 

「うん、これはユイガハマが悪いな。うん、そうだ、そうに違いない」

「うぇっ!?」

 

 体を起こしてグラエナを撫でながら言った。

 

「というわけで罰を与えなければな」

「ば、罰っ!?」

「中間試験、といこうか」

「ヒッキーの笑顔がこんなに怖いなんて……………」

 

 あーあ、まだ八時前じゃねぇか。

 早起きだな、こいつも。

 ふぁあぁぁ…………、ねむ…………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 研究所のバトルフィールドに向かうとイッシキが一人、でんじほうをぶっ放していた。デンリュウの相手をしているのはヤドキング。あいつもでんじほうを撃てたもんな。一からザイモクザに改めて叩き込まれただろうけど。

 哀れ、ヤドキング………。

 

「ね、ねえ、ほんとにやるの?」

「何を今更。ユキノシタばかりだと飽きてくるだろ? たまには違う刺激を受けるのも必要だと思うが?」

「そ、それはそうだけど………、なんかヒッキーが乗り気なのが気になるというか………変に優しくてキモい…………? なんか怖い………」

「はいはい………、褒め言葉だと思っておくよ」

「ほ、ほんとにどうしちゃったのっ!?」

 

 どうもしません。

 暴君様がいなくなって頼れる強みが自分だけになってしまったとか、決してそんなことはないぞ。

 

「はあ……………、狙ったところに飛んでいかない………」

 

 どうやらイッシキはコントロールにあくせくしているらしい。

 まあ、確かにでんじほうは命中させるのが大変だからな。そう思うとザイモクザってすごいよな。ロックオンでそこんとこをカバーしてるし、覚えられない奴はロックオンで培った感覚で正確に当ててくるし。しかもロックオンなんかされたら追尾機能が働いちまうし。こうしてみると相手にしたくない奴だわ。面倒臭そう。つか、面倒臭い。

 あいつとバトルする時用にじめんタイプでも捕まえた方がいいのかね。

 

「撃つタイミングが違うんじゃねぇの」

「うぇっ!? せんぱい?! えっ、マジで先輩?!」

 

 どういう意味だ。

 俺が来たことだけじゃねぇよな、その驚き方。

 

「は、早起きですね………、先輩らしくもない………」

「どこぞのアホの子に起こされたんだよ。だから罰を与えるために来たんだが………」

「早く起こしたくらいで罰とか、女の子に対して何してるんですか」

「お前、そうは言うが、寝起きでグラエナに顔を舐められてるわ、腹のところには緑色の丸い何かが寝てるわで、酷い有様だったんだぞ」

「それはユイ先輩が悪いですね」

 

 うわー、とマジな方で引いている。ドン引きである。ユイガハマ、そろそろお前が犯した罪を自覚するんだな。

 

「あ、あたしが悪いんだっ!? うぅ………、ヒッキーの罰とか鬼畜だから何させられるか怖いよぉ」

「大丈夫ですよ。骨は拾ってあげますから」

「助けてくれないんだっ!?」

 

 ついに後輩にまで見捨てられてしまったガハマさん。

 可愛い顔してえげつないな、こいつも。

 

「で、撃つタイミングってどういうことですか?」

「あ? ああ、うん、まあ、取り敢えず、デンリュウ」

 

 手招きしてデンリュウを呼ぶと、ヨタヨタ歩み寄ってきてくれた。

 

「でんじほう」

「リュウ」

 

 バチバチと電気を発する球体を作り始めていく。

 溜め込むまではいいようだな。

 

「狙うのはあそこであくびをしているヤドキングだ。周りには何の障害物もない一直線上だ。ヤドキングまでレールを引け。…………そろそろいいだろう。弾を上に弾け。………そうだ。重力の力で降りてくるのを待つ。3……2……1……、発射!」

 

 ズドォーン! と。

 

 いきなり飛んできたでんじほうによりヤドキングは後方の壁に吹き飛ばされていった。

 

「なっ!?」

「うわっー、やっぱりヒッキーが何させようとしてるのか怖いよぉーっ。絶対怒ってるよー!」

「ざっとこんなもんか。やー、やっぱ、ザイモクザはすげぇわ。あそこまでは俺にもできん」

「いや………、あの………、せんぱい? 人のポケモンで持ち主よりもキレッキレなの撃たないでもらえます?」

「あ、なんか、すまん………」

『というか、いきなり撃つ奴があるか!!』

「あ、生きてたか」

『生きてるわ! 防壁張ったわ! 張っても飛ぶとかどこまで威力上げてんだっ!!』

 

 ドタドタ走ってくるヤドキングがテレパスを送ってくるが、走ってる姿がどうにも辛そう。やっぱ、痺れてるんだな。痺れてても走れるとか、さすが校長のヤドキング。

 つか、防壁を破壊してしまうとは。デンリュウ恐ろしい子。

 

「まあ、こんな感じでできたら上等なんじゃね?」

「上等なんじゃね? じゃないですよ! もっと分かりやすくーーー」

「別に普通に撃ち出してもいいんだけどよ。俺もそんなに経験がないから敢えて一回上に弾いたんだよ。そして頭の中で描いた目標までのレールにまで降ってきた時に撃ち出す。イメージとしてはそんな感じだ。それでコントロールできるようになったら上に弾かずに撃ち出してみるのもいいんじゃねぇの?」

 

 そんな前のめりに聞いてこなくても。

 胸元開いたその服じゃ、いくらユイガハマほどないとは言っても見えそうなんだからね!

 

「意外と考えてたんですね………、なんか悔しいです。先輩にできて私にできないなんて」

「ま、お前よりはザイモクザに仕込まれてるからな。何度あいつのでんじほうを見てきたことか」

「………はあ、まあ、勉強になりました。で、先輩たちはこんなところに何しに来たんですか? その、罰とやらをやりに来たんですか?」

「あーそうそう、そんな感じ。久しぶりにユイガハマを扱こうかなと」

「扱く? 扱くってまさか………」

 

 悪魔の囁きを聞いたかのように一歩一歩後ずさりをするユイガハマ。なんか段々楽しくなってきたんだけど。

 もう少し、遊んでみようかな。

 

「バトルだよ。言っただろ、中間試験だって」

「テストなんて聞いてないよぉー。助けてゆきのーん!」

 

 ついには頭を抱え出して遠くにユキノシタを呼びかける。

 

「………ユキノシタ先輩が朝弱いのは知ってるでしょうに」

 

 だが、ここにも悪魔がいた。

 

「うぅ………、ゆきのん………」

 

 現実という知りたくもない事実を知らされた彼女はその場に崩折れた。

 

「先輩も鬼畜ですね」

「お前には言われたくないな。なんだよ、現実とかいう一番辛い攻撃って」

「いやー、それほどでも。あ、ということは審判が必要ですね。私がやりますよっ」

「ヒッキーの鬼畜、悪魔!」

「さっきは嫌に優しくて気持ち悪いとか言ってたくせにな」

「あ、あんなのあたしの気のせいだったの!」

 

 ギャーギャー騒ぐユイガハマを引きずってフィールドに立たせると。ヤドキングが吹っ飛んでできたクレーターの前に立った。

 

「ルールはどうするんですかー?」

「俺一体。ユイガハマ全員。技規制なし。交代自由。以上」

「うわっ、なんか簡素にまとめてきましたよ、あの人!」

「あーもー、こうなったらヒッキーなんかギッタンギッタンにしてやるんだから!」

「おーおー、がんばれがんばれ」

「むきーっ!」

 

 うわー、むきーって自分で言っちゃう人、ここにいたよ。まるでアホの子だな。アホの子か。

 

「サブレ!」

 

 一体目に出してきたのはグラエナのサブレ。そうだ、サブローじゃなくてサブレだ。いまだに名前が覚えられん。

 つか、すげぇ威嚇してる。さっきまであんなにじゃれてたのに。

 

「さて、お仕事ですよっと」

 

 俺が出したのはリザードン。

 ま、イッシキいるしね。

 

「えっと、では、バトル始めっ」

「かみなりのキバ!」

「躱してドラゴンクロー」

 

 早速弱点を突いてきたか。

 うんうん、ちゃんとそういうところは身についたようだな。

 

「サブレ! アイアンテールで受け流して!」

 

 防御はただガードするだけじゃなくてアイアンテールで流してきたか。

 ユキノシタの教えなのだろう。

 キンッて弾く音にキレがある。

 

「とっしん!」

 

 方向転換したグラエナは再度こちらに突っ込んでくる。

 

「じしん」

 

 こちらに来るまでにバランスを崩させることにした。

 地面を叩いて起こされた地震によりグラエナはバランスをとられていっている。だが、それでも前に進もうとジャンプしてバランスを取り戻しては走り続けている。

 

「えんまく」

 

 ならば次は視界を奪ってみよう。

 えんまくで視界を奪うとリザードンは黒煙の中を音もなく動き回り、グラエナの背後を取った。

 

「ドラゴンクロー」

「あっ、えっと……こういう時は、あ、ふいうち!」

 

 ほんとよく叩き込んである。

 こういう目眩ましの状態で効果的なのは見えなくても相手を捉えられるふいうちやカウンター系。後はスピードに定評のある技だろうか。

 カウンター系は触れたタイミングで出せるし、ふいうちも然り。スピードがあれば逃げも攻撃にも動き出せる。

 

「捕まえろ」

 

 くるっと身を捻って回り込んできたグラエナの頭を長い爪でガシッと掴む。

 捕獲成功。

 

「うぇっ!? 掴まれた!?」

「先輩、遊びすぎじゃないですか?」

「何を言う。色々と試してるだけだろ。んじゃ、次はそのままソニックブースト」

「ああーっ、サブレーっ!」

 

 上空に連れて行かれるグラエナをユイガハマは涙目で手を伸ばしている。手を伸ばす前に対処してやれよ。

 

「うぅー………、こうなったらじゃれつく!」

 

 ユイガハマが命令を出すとグラエナがジタバタしだした。頭を掴んでいる竜の爪を軽々と砕かられてしまう。

 

「かえんほうしゃ」

 

 リザードンから解放された宙を舞うグラエナを上から焼きにかかる。

 

「サブレ!?」

 

 顔面から受けたグラエナはそのまま身体を地面に叩きつけた。もがく様子から火傷を負ったらしい。

 

「サブレ、がんばって! かみなりのキバ!」

 

 身体を起こしてブルブルと砂を払うとリザードンを睨みつけ、飛びかかってきた。

 リザードンはそれをすぐに見破り、上空へと退避。

 

「くっ、届かない………、どうしたら……………」

 

 この状態を打開できる策が今のユイガハマにはないらしい。

 

「はあ………、見てられませんね………。ユイ先輩、遠距離攻撃とかできないんですか?」

「遠距離攻撃………? はっ、忘れてた!」

 

 見かねたイッシキが彼女にヒントを与えた。俺よりも実際の特訓姿を見ているらしいイッシキが覚えてるってのもどうなんだって話だけど。

 

「サブレ、どろかけ!」

 

 で、使ってきたのがどろかけか。地面の砂を掻き上げ、上空までどろを蹴り飛ばしてきた。結構距離があるはずなのに届くほどには鍛えられているらしい。

 

「リザードン、トルネードドラゴンクロー」

 

 仕方ないので終わらせることにした。まあ、順調に育てられてるのは分かったし、リザードンの顔を汚すわけにもいかないからな。

 

「さすが先輩。こんなの朝飯前でしたね」

「そりゃそうだろ。どんだけバトルしてきてると思ってやがる」

 

 泥の中を回転しながら突っ込んでいき、そのままグラエナに直撃。あっけなく第一ラウンドが終了。

 

「サ、サブレ〜っ」

 

 ダッとユイガハマが涙を流してグラエナに駆け寄って行く。

 そういう姿を見せられるとこころが痛むからやめてほしいよね。

 

「あ、そだ。サブレ、戦闘不能」

 

 おいおい、そこの審判。仕事を忘れるんじゃないよ。

 

「ま、少しはバトルに慣れてきたみたいだな」

「そりゃ、慣れるよ! でも……」

「いや、ユキノシタでもリザードンに勝ててないんだからな。そこんとこ忘れるなよ?」

「そ、そうだけど………うぅ………、なんか悔しい!」

 

 グラエナをボールに戻したユイガハマが吠えた。段々とポケモンに似てきてるような気がする。普通はポケモンの方が似るはずなのに。

 

「さて、次は誰でくるんだ?」

「マーブル、お願い!」

 

 定位置に戻った彼女が次に出してきたのはドーブル。いかようにもなる使い方次第では危険なポケモン。

 

「いわなだれ!」

 

 なぬっ!?

 なんばしよっとね!?

 それはいかんとですよ。

 どげんかせんといかんばいっ。

 なんか驚きすぎてホウエンの野生児ギャルみたいになっちゃってる。

 

「……トルネードメタルクロー。プラスではがねのつばさ!」

 

 こんだけ鋼で固めて回転を加えれば降ってくる岩も砕けるし、防御にもなるだろ。

 爪も翼も鋼に変えて回転をしながら降ってくる岩の中を駆け巡るリザードンを見て、それが正しかったのが伺える。

 

「いつもだったら気張ってるんだが………。やっぱ、ユイガハマを相手にしてると気が抜けるな。どうにも本気を出せん」

 

 イッシキはもうこっちがメガシンカしててもそれなりのバトルになるだろうし、コマチもあまり気を使わなくてよさそうなんだが、ユイガハマだけはな………。まあ、本当はこれが普通であってコマチやイッシキの成長速度が速すぎるだけなんだが………。

 

「うわっ、ほんとに全部砕いちゃった………」

 

 えー、砕かれることまで見越してたのかよ。だったらやるなよ。これはあれだな。ユキノシタが「ヒキガヤ君のリザードンに勝ちたいのなら、まずはいわタイプの技で攻撃するのが一番ね。リザードンはほのお・ひこうタイプ。いわタイプの技ならばどちらにも効果抜群よ。だからいわなだれ辺りを覚えるといいわ。ま、尤もリザードンに技が当たればの話だけれど。いくら弱点を突いたからって躱しきったり、真正面から砕いてくるような育て方をされてるもの。どうしたって無理でしょうね」ってくらいなことを言ってたんだろうな。

 なんか想像できてしまったのが悲しい。

 

「だったら、は、ハイドロポンプ!」

 

 ねえ、ちょっと。

 技名くらいちゃんと覚えようよ。なんかペースを崩されるな。

 

「コブラ!」

 

 まだ撃ち慣れてないだろうからミスを誘うことにする。

 一度止まり、ドーブルが狙いを定めたところで、急加速。

 水砲撃が届く頃にはそこにリザードンの姿はない。

 

「えっ? いない………?!」

 

 取り敢えず、ドーブルに長居されたら後に響く。あいつは前にがむしゃらを使っていた。しかもこらえるも覚えている。何ならダークホールまで覚えていやがる。このタイミングを失くしていつやれって言うんだ。

 

「リザードン、じわれ!」

 

 急加速からそのまま地面に向かい、叩き割る。

 ドーブルの足元までひび割れがいくと呑み込まれーーー。

 

「マーブル、こらえてっ!!」

 

 急な展開にも叫ばれた命令は意外と的確だった。このタイミングで堪えられてはマジでヤバイ。下克上されてもおかしくなくなってしまう。さすがにそれだけは避けたい。じゃないとこのバトルの意味がなくなってしまう。それじゃ俺が何のために重い腰を上げたのか分からないではないか。

 

「マーブル!?」

 

 ーーー押し出されてきたマーブルはまだ戦意を喪失していなかった。

 

「〜〜〜ッ!! がむしゃら!」

 

 きたぁぁぁあああああああああって頭の中では叫んでるんだろうなー。

 見るからに顔がニヤけている。

 

「ソニックブーストからのつばめがえし!」

 

 もうね、マジで倒すしかない。

 メガシンカしないだけ喜べバカやろう!

 

「マーブル?!」

「あちゃー、先輩の変なスイッチいれちゃいましたね。こうなったら先輩、鬼畜ですよ。マーブル戦闘不能です」

 

 あれ………、今の俺ってそんなヤバイ顔してんの?

 顔ほぐすか。

 

「………何してるんですか。キモいですよ」

「や、今の俺って変なスイッチ入ってるんだろ。顔揉んだら少しはマシになるかなと」

「顔は元々なんでどうしようもないですよ」

 

 それはどういう意味だ。

 デフォで目が腐ってるってか。知ってるわ! 余計なお世話だ!

 

「マーブル、お疲れ様。はあ………、なんかヒッキー、マーブルにだけ当たりが強くない?」

「気のせいだろ。こらえるからのがむしゃらをする方が悪い」

「うぅ………、やっぱりだよ………」

 

 しょぼんと落ち込むユイガハマ。

 コロコロと表情の変わる奴だな。

 

「マロン、出番だよ!」

 

 次はハリマロンの進化系か。

 取り敢えず、くさタイプだな。うん、焼こう。

 

「あ、先輩は初めてなんですよね」

「ま、まあ、正確に言えばさっき見せられたけど」

「昨日、先輩がいない間に特訓してたら進化したんですよ。博士が言うにはハリボーグって言うらしいですよ」

 

 ほーん、ハリボーグね。

 俺の避け方を真似しようとしてたっけ。結局あれからどうなったんだろうな。焼きたいけど、先にちょっと試すか。

 

「リザードン、突っ込め」

 

 進化して丸々とした身体には似合わず、ゴロッと転がることで躱される。

 

「反転してドラゴンクロー」

 

 旋回して方向を戻したリザードンは竜の爪を立てて再度突っ込んでいく。

 

「マロン、いくよ!」

 

 ……………。

 命令は? タイミングでも測ってるのか?

 そうこうしてる間に竜の爪がハリボーグを掠めた。

 

「つるのムチ!」

 

 このタイミングを待っていたかのように蔓を伸ばしてきて、リザードンの爪に巻きつけると身体を屈めて投げ飛ばした。力の流れで自分の身体は投げ飛ばされるリザードンと地面の間をくぐり抜けていく。

 何気に完成させてるよ。

 

「タネマシンガン!」

 

 踏ん張って体勢を整えると無数の種を飛ばしてきた。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 地面に手をついてバク転をしたリザードンは後方に下がりながら炎を吐いていく。

 無数の種は炎に飲まれ焼かれていった。

 

「まるくなるからのころがる!」

 

 するとハリボーグは身を丸めて転がり始めた。炎を避けるようジグザグに動き回り、段々とこちらに近づいてくる。

 

「……………」

 

 ふむ、どうしようか。ブラストバーンを放てば一発で焼き上がるだろうけど………。

 ……………。

 ああ、あれしてみるか。

 

「リザードン、シャドークロー」

 

 俺の命令に対しリザードンは自分の影に黒い爪を突き刺した。影を伝って爪の先が出てきたのはハリボーグが転がる道すがら。

 持ち上げるようにして爪が突き刺さり、転がるハリボーグを吹っ飛ばした。

 

「つるのムチ!」

 

 すぐに回転を解いたハリボーグはリザードンの翼に蔓を巻きつけてきた。

 

「タネマシンガン!」

 

 伸ばした蔓を使って遠心力を活かし、種を飛ばしながらこちらにやってくるハリボーグ。

 次の命令次第で動こうかね。

 

「ドレインパンチ!」

 

 ほう、ドレインパンチを覚えさせたのか。

 タネマシンガンの中身もやどりぎのタネ。

 回復しながらバトルしていくスタイルで育てるつもりなのだろうか。まあ、一番効率がいい戦い方ではある。攻撃しながら回復できれば負けないからな。

 

「そんじゃ、焼こうか。フレアドライブ!」

 

 蔓もタネも向かってくるハリボーグも。

 全てを巻き込みながら自らを炎に包んでいく。

 そして、蹴り出した一歩で向かってくるハリボーグを焼き払った。またしても吹き飛ばされたハリボーグは………えっ?

 

「マロン!?」

「結局、焼いちゃいましたか。マロン戦闘不能です」

 

 マロン〜、とまたしても駆け寄ってくるユイガハマ。あいつはまだボールに戻すという感覚が身についてないのだろうな。それでいいとは思うけど。あいつの場合はああしてポケモンと触れ合うことで何かを掴めるかもしれないからな。別にみんながみんな同じようなことをしなければいけないなんて決まりはないし。

 

「それよりも何でお前がそこにいるんだよ」

 

 ぺたんと地面に座り込んだ黒髪少女、ユキノシタユキノが俺のすぐの場にいた。位置からして絶対ハリボークが目の前を通ったよな。よく生きてたな。

 

「ゆ、ゆきのん!?」

「………ヒキガヤくんら………、ヒキガヤ………すー………」

 

 えー。

 なにこれ。

 どういう状況?

 こいつまさか寝ぼけてるのか?

 あ、なんかゆらりゆらりと近づいてきたって、あ、ちょ、待てっ、待って!

 

「………………どうしてこうなる」

 

 いきなり飛び上がってきたユキノシタが俺にのしかかってきた。

 つまり押し倒された。

 や、なんでだよ。

 

「ゆ、ゆきのん?! な、なにしてんのっ!?」

「えっ、というかユキノシタ先輩?! 寝てません!?」

 

 すーっと俺の上で寝息を立てている件のお人。

 何なの、マジで。

 

「あーっ!? いたーっ!!」

 

 この声は!?

 マイエンジェルシスター、コマチではないか。

 

「もー、なんで寝てる時はこんな素直なのさ。お兄ちゃんにベッタリじゃん」

 

 ユキノシタの奇行に追いかけてきたコマチがそう嘆いた。

 これってまさか前の時もそういうことなのん?

 

「………どんだけ寝相悪いんだよ」

「ねえ、イロハちゃん」

「ええ、やっぱりユイ先輩もそう思いましたか」

 

 なんか二人がこそこそしてると余計に怖いんだけど。

 

「はあ………、これだからごみぃちゃんは。そうだけどそうじゃないの! 問題なのは寝相が悪いんじゃなくて、毎回お兄ちゃんのところに行っちゃうのが問題なの!」

 

 へー。

 毎回俺のとこに来てんだ。

 それって俺が長寝してる時の話だよな。俺の知らないところでそんなことになってたのか?

 あ、そうか、だったらあの時俺が早く目が覚めてしまったから……………。

 

「………ねえ、コマチちゃん? お兄ちゃんちょっと状況が掴めてないんだけど、ユキノシタはよく俺の部屋に来てるのん?」

「やっぱり気づいてなかったんだね…………。もう大変なんだから。ぐっすり眠ってるお兄ちゃんを起こさないようにユキノさんを回収するのは」

「…………ストーカー」

 

 マジか………。

 俺って寝込みを襲われてたんだな。

 うわー、寝るのが怖くなってきた。

 

「失礼ね」

「あ、起きた」

「起きましたね」

「…………そう、ここは夢なのね」

「いやいや、現実だから。そろそろどいてくれ、ユキノシタ」

「………………………」

 

 じっと俺の顔を見つめてくる。

 ぼんっと急に顔を赤くしたかと思うとさささーっと俺から離れて隅っこの方で体育座りで何かぶつぶつ言い始めた。

 

「あーもー、だからお兄ちゃんの前では起こさないようにしてたのに………」

 

 あー、だから回収してたのね。さすがのユキノシタでもこの羞恥には耐えられないと見てたのか。さすが俺の妹。

 

「と、とりあえず、続きしましょうか」

「そ、そうだねー」

 

 二人もどんな顔をしていいのか困り顔をしていた。

 ユイガハマはいいとしてイッシキはそれすらも何かあざとく見えてしまう。刷り込みというのも案外恐ろしいものだな。

 

「さて、気を取り直して。クッキー、いくよ!」

 

 自分の立ち位置の戻った彼女はウインディを出してきた。

 

「さて、これで最後だな」

 

 俺も体を起こして少し動いて解していく。

 はあ………、マジで何だったんだ。

 

「クッキー、にほんばれ!」

 

 そうこうしてるといきなりフィールドが眩しくなった。どこからともなく太陽の光が降り注いでくる。

 

「ニトロチャージ!」

 

 炎を纏って走り出すウインディ。

 なんかユイガハマのポケモンの中では一番まともなポケモンのような気がする。まあ、グラエナも本当はまともなんだけど。何なんだろうな、あの異様な懐き方。意味が分からん。

 

「じしん!」

 

 ちょっとレベルを上げよう。

 メガシンカまではいかないからまだまだ本気じゃないけど。

 

「ああっ………、く、クッキー、走って! りゅうのいぶき!」

 

 激しい揺れにバランスを崩して倒れたウインディが、再度立ち上がり炎を纏って走ってくる。加えてりゅうのいぶきとな。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 にほんばれにより炎を技の威力が上がるんだ。使ってなんぼだろ。

 ん? あれ? 効いてない?

 

「チッ、もらいびか。リザードン、一度撤退だ! ハイヨーヨー!」

 

 急上昇をしてりゅうのいぶきを回避。

 はあ………、まさかあいつの特性がもらいびだったとは。そりゃにほんばれを使っても相手の炎技まで考えなくていいわな。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 急下降に切り替えたリザードンが文字通り降ってくる。

 

「クッキー、かみなりのキバ!」

 

 それに対してウインディは電気の通った牙で受け止めるつもりらしい。

 なら。

 

「シザーズ」

 

 ジグザグに動いて照準を惑わせる。

 

「えっと、こういう場合は、しんそく!」

 

 思い出したかのように叫んでくる。

 結構なくらいでユキノシタに対策を練りこまれているらしいな。そしてそれを覚えられたのは特訓のおかげってか。

 

「さすがどっかでは伝説に出てくるだけのことはある。リザードン、エアキックターン!」

 

 神速で駆け抜けたウインディはーーー。

 

「えっと、それから、次は…………」

 

 ーーー決まってないらしい。

 まだまだ不慣れだな。

 ま、こうして特訓の成果を発揮できてるんだからそれ以上を求めるのは酷かもしれん。

 

「も、もう一度、しんそく!」

 

 ようやく決まったのがしんそくか。

 でもそれじゃあ勝てないな。

 

「ブラスタロール」

 

 急加速し出すウインディの背後に回りこみーーー。

 

「スイシーダ」

 

 ーーー地面に思いっきり叩いつけた。

 

「じわれ」

 

 そしてとどめのじわれ。

 またしてもひび割れた(もうあちこちでボロボロになってる)地面にウインディが飲み込まれていく。

 ぼんっと押し出されたウインディに意識はない。

 さすが一撃必殺。

 

「ウインディ戦闘不能。やっぱ無理でしたか」

「はあ………、クッキー、お疲れ様」

 

 うーん、これで良かったのだろうか。

 

「えっ? なに? ああ、もう分かってるって」

 

 イッシキのモンスターボールが動き出したようで独り言とも取れる様子を見せてくる。

 普段の俺ってあんな感じなのか。ちょっと怖いな。独り言は自重しよう。

 

「はあ…………、ほんとあざといよね………」

 

 なんか聞き捨てならない内容が聞こえてきたけど、今はそっとしておこう。触れたら殺られる。

 それよりももっと重大案件ができてしまったし。

 さて、どうしようか、あの子。

 なんで俺の周りってどこか残念な奴が多いんだろうか。しかも美人ばかり。勿体ない奴ら。




ちょっと投稿時間が不定期になってきてしまってますね。

内容を詰めているとどうしても時間がかかってきてまして………。

なので、これからは火曜金曜の内に投稿するってことにしておきます。目標は日付変更でいきますけど。

勝手ですけど、ごめんなさい。


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62話

なんかすっごい急展開になってしまいました。


「さて、どうしたものか」

 

 未だに体育座りでぶつぶつ言っているユキノシタがいる。

 姉貴が見たらどう思うのだろうか。

 

「ユキノさーん、戻って来てくださーい」

 

 コマチが呼びかけているが一向に顔を上げる気配はない。

 ヤバイな。これは重傷だわ。

 

「……………」

 

 それよりももっとヤバイものを見つけてしまった。

 はあ………、見つけなくていいのに。俺の目はそういう時だけ鋭いんだから………。

 

「先輩、どこ見てるんですか。ユキノシタ先輩のことじっと見過ぎです………よ………っ!?」

 

 あ、ついじっと見すぎてしまった。

 今のでイッシキが気付いちまったみたいじゃん。ヤバイよヤバイ。俺、今日が命日になりそう。この予感、何回目だろうか。

 

「お兄ちゃん、ちょっと来てー」

 

 ふぅ、助かった。

 コマチに呼ばれたので下から変なものを見るような目で見てくるイッシキから解放される。

 

「なんだ?」

「ユキノさんの頭撫でてみて」

「ん?」

 

 ん?

 

「ん?」

 

 あれ?

 俺の聞き間違いか?

 

「ねえ、コマチちゃん? 今なんて言ったの? お兄ちゃんの聞き間違いだよね?」

「えっ? 何言ってるの、お兄ちゃん。耳悪いの? 病院行く?」

「いや、大丈夫だ。問題ない。というよりお前の頭がどうかしてると思うんだが?」

「やだなー、そんなわけないじゃん」

「だったら普通ユキノシタの頭を撫でろとか言わんだろ」

「なんだ、ちゃんと聞こえてるじゃん。さあ、早く撫でてあげて! お兄ちゃんのパワーが入ればきっとユキノさんも戻ってくるはずだよ!」

「いつから俺の手にそんな力があったんだよ」

 

 はあ………。

 これ、しないと永遠とこのやり取りが続くんだろうな。

 はあ………、仕方ない。後で何言われるか分からんが、この使い物にならなくなったダメのんを起こさないとこれまた面倒なことになりそうだし。会議もあることだし、うんうん、仕方ない。

 

「じー………」

「じー………」

「ひゃー……」

 

 や、なんでだよ。

 お前ら、なんでそんなじっと見てくるんだよ。いやに緊張してくるだろうが。何なのこの圧力。俺を殺す気なの?

 

「………やりづらい」

「さあ、早く! お兄ちゃん、ガバッといっちゃおう!」

 

 何をガバッと行くんだよ。

 もう、覚悟を決めるしかないか。

 この後に起こることには目を瞑ろう。見ないことにしよう。ああそうだ。未来なんか見えないんだ。なるようになれだ。それに撫でるのなんて初めてでもない。さあ、俺。ガバッといくんだ。あ、ガバッとってこういうことか。

 

「……………」

 

 ……………………。

 毎回思うが、どうしてこう女子の髪というのは柔らかいのだろうか。ふわっとしているのに艶はあるし、男の髪とは質感がまるで違う。

 しかもユキノシタの場合は黒いからなおさら光が反射して、その、なんというか綺麗である。

 

「わひゃー………、ユキノさんすごい顔になってますね」

「ゆきのんがデレのんになっちゃったよ………。うぅ…………、なんか取られた気分」

「天然って恐ろしいですねー」

 

 はふー………、とお三方が吐息を漏らしている。

 マジでこれ何なの?

 俺にどうしろって言うんだ?

 どっかの漫画の主人公みたいに全員を墜とせっての?

 無理無理無理。

 そもそも俺はこいつらにそんな感情を抱かれていない、はず。しかも一人は妹なんだぞ? ダメだろ。色々とダメだろ。まずこんなこと考えてる時点でアウトだろ。

 ………………落ち着けハチマン。今は何も考えるな。目の前の作業に徹するんだ。感情を排除しろ。感覚を除去しろ。何もかも捨て去って無心でやり過ごすのだ。

 

「うへへへへっ」

 

 えっ?

 なにこの聞き覚えのある変な笑い方。

 

「い、イッシキっ!? お、おおおお前何してんの?!」

「あ、おかえりなさい。いやー、なんか先輩の様子がどこか遠くに行ってるみたいだったので、頭を差し出してみたら無意識に撫でてくれちゃってるみたいです。うへへへっ」

 

 お、俺は無意識で差し出されたイッシキの頭も撫でていたのか…………。

 ダメだ、オートでお兄ちゃんスキルが発動しちまってる。どうする、どうすればいい。これ以上続けていたら色々まずいぞ。

 

「うー、ずるい。あたしも!」

「わーお、お兄ちゃんモテモテー。ついでにコマチもおねがーいっ」

「え、ちょ………」

 

 ずいっと二つの頭が追加で差し出されてくる。

 何だろう。何なんだろう、この状況。

 これ、誰かに見られたらーーー

 

「………………」

「………………」

 

 ………………。

 げっ!?

 今一番見られたくない人と目が合っちまったよ。

 やばいよ、殺される。憂さ晴らしに殺される。誤解をされたまま嫉妬に駆られて殺される!

 

「ひ、ヒキ、ガヤ………うぅ………なんであいつがモテて私がモテないんだ………。もう今日はお部屋戻る………。ああ、結婚したい……………」

 

 あ、ダメージが大きすぎたみたいだ。

 これはこれで面倒だ。

 後で愚痴でも聞きに行ってあげよう。

 取り敢えず、誰かもらってやってくれ!

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 結局、コマチの言う通りユキノシタは頭を撫でていると復活しやがった。意味が分からん。加えて他三人も撫でる羽目になるという。さらに意味が分からん。

 朝からどっと疲れながらも朝飯食いに戻ると博士から俺宛に一通のメールが届いているのを知らされた。送り先が俺のアドレスではないということは俺の知らない人物か、あるいは……………。

 だが俺の予想はどちらも外れていた。

 送り主はーーー。

 

「パンジー、さん?」

 

 ユキノシタがひょっこり俺の後ろから覗き込み呟いた。いつも通りの澄ました顔である。

 

「なんかあったのか?」

「知らないわよ。私たちも連絡なんて取ってないもの」

「あ、そう………」

 

 なんだ取ってないのか。てっきりユイガハマあたりがメールをしてそうだったんだが。

 

『前略、ハチマンくん。突然のメールに驚かせてしまいごめんなさい。早速本題に入らせてもらうけれど、ミアレ出版社の編集長は敵だったわ。それとすでにあなたのことだから知ってはいるでしょうけど、アサメタウンで起きた事件は自然なものではなく『起こされた』ものだった。加えてテレビや雑誌、メディアというメディアは全て抑えられているようだわ。もっと早くに連絡できれば良かったのだけれど、遅くなってしまってごめんなさい。

 PS 私が以前書いた記事を載せておきました。何かに役立てば幸いです』

 

 …………………一応、メールを送ってきているってことは無事ってことなんだな。

 で、この下に続くのがパンジーさんが書いた記事ってやつか。

 

『カロスの伝説のポケモンに迫る!!

 

 カロス地方には二体の伝説のポケモンがいる。与えるポケモン、ゼルネアス。奪うポケモン、イベルタル。あまり詳しいことは分かっていないが、今回はこのポケモンたちの技について迫った。

 与えるポケモンであるゼルネアスが唯一与えられた時があった。大地から力を吸収し、七色の光を放つ美しい技で己の能力を高めたというのだ。古の人びとはだれ言うことなくこの技を『ジオコントロール』と呼ぶようになったという。

 奪うポケモンであるイベルタルは唯一与えた時があった。赤黒い風を起こす技で攻撃し、奪った体力で回復したのだ。古の人びとはだれ言うことなくこの技を『デスウイング』と呼ぶようになったという。

 

 今回はここまでだが、次回も何か見つけ次第、記事にしようと思う』

 

 ジオコントロールにデスウイング。

 どちらも行き過ぎた力だってのはよく分かったわ。

 だが、この記事を読んでどうしろと?

 宣伝か?

 

「あ? まだあんの?」

 

 スクロールを続けているとまだ何か続きがあるみたいだった。

 下の方にまで随分スクロールさせるとようやく最後の一文に届いた。

 

『ジガルデって何か分かる?』

 

 知らん!

 なんだよ、ジガルデって。

 分かるわけないだろ!

 

「ジガルデ………?」

「なんですか、それ。美味しいんですか?」

「知るかよ………」

 

 ジガルデ、ね………。

 

「………なあユキノシタ、ジガルデってどういうスペルで書くんだ?」

「たぶんだけれど………」

 

 適当に積まれていたチラシの裏側にしゅるしゅる書き連ねていく。なんで書けるんだろうか。

 

『gegarde』

『gegalde』

『Zygarde』

『Zygalde』

 

 ……………これはあれだな。下のどっちかだな。

 

「………これは困ったことになったな」

「ええ、そうね。困ったわね」

「えっ? なに、どういうこと?」

 

 ユキノシタも自分で書いてて気づいたのだろう。

 重々しい溜息を吐いている。

 

「ザイモクザ、取り敢えずジガルデに関する情報を洗いざらい調べてくれ」

「う、もぐもぐ………んくっ………ぷはぁ…………ゴク、ゴク、ゴクッ…………ぷはぁ……………ん? そ、そんなに見つめられると我照れちゃう」

「気持ち悪………」

 

 くねくね腰をくねらせるなっ!

 気持ち悪いったらありゃしない。

 

「……先に食ってんじゃねぇよ」

「む、それはお主たちが遅いからではないか。我は腹が減って腹が減ってしかたなかったのだ!」

「はいはい、食い意地だけはあるんだから………」

 

 コマチのカビゴンほど食わないからいいけど。

 あいつ何気に毎食食ってるからな。

 もう面倒だからコマチにカードを持たせているけど、一体いくらにまで減ったのやら………。

 本気で貯金しよう………。

 

「小判のお守りが欲しい………」

「ん? なにそれ?」

「なんでもない」

 

 俺の呟きにユイガハマが食いついてきた。

 そういやユイガハマやイッシキはどうやって金が入ってきているのだろうか。親の仕送りなのだろうか。まあ、コマチは一応もらってるらしいし、どこもそんな感じなのかね。

 

「取り敢えず、そっちは任せたぞ」

「あい、分かった!」

 

 口を拭いながらそう言ってくる。

 はあ………、大丈夫かね。

 ポリゴンZもロトムもいるし、何か掴んでくるとは思うけど。まあ、それなりに長い付き合いだし大丈夫だとは思うけど。

 何故かしら、ザイモクザだから心配である。理由がよく分からん。

 

「………大丈夫なのかしら」

 

 早々に朝食を済ませ、そそくさと部屋を出て行くザイモクザを見てユキノシタがそう呟いた。

 

「知らん」

 

 知りたくもない。

 期待しないで待ってよう。

 取り敢えず、俺たちも朝食を済ませることにした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 朝食を済ませた後、俺もネットでジガルデについて検索をかけた。だが、まあ出ない出ない。

 何の手がかりもないので先生の部屋に訪れると、ノック一回で部屋に引き込まれてしまった。それから永遠とやれ結婚したいだの最近の男は草食だの愚痴を聞かされてしまった。あ、もちろん八つ当たりもされたぞ。

 そして昼になってしまった。どんだけ溜まってんだよ。

 先生には悪いが会議があるので退場させてもらい、ユキノシタと合流。会議場に向かうとすでに人集りができていた。

 流れに任せて部屋に入るとまだハルノさんたちは来ていない様子。

 カツラさんも来てないと見ると、みんな自由に羽を伸ばしているのがよく分かる。

 

「気楽な奴らだな」

「実際に目にしていないもの。言われてるのと実際に遭遇するのとでは危機感が違うわ」

 

 ユキノシタの言う通りではあるが、それにしても………。

 中でも一番お気楽そうなのはサガミ一行だ。頭の悪そうな会話が止むことなく、わいわい騒いでいる。

 俺たちは彼女たちを横目に定位置となってしまっている真ん中の席に移動した。

 ああ………、端っこが恋しい。

 

「平和な奴らだな………」

「ガッチガチで居られるよりはマシだと思うけれど」

 

 そりゃそうだけど。

 やっぱり主導者ないし重鎮がいなければ気が引き締まらないのもどうなんだろうな。

 

「あら、来たみたいよ」

 

 ユキノシタが扉の方に顔を向けたので俺も続いて向けるとメグリ先輩とカツラさんが入ってきた。

 あれ? 魔王は?

 

「こ、こんにちわ〜」

 

 弱々しい、覇気のない声で挨拶をするメグリ先輩。いつものめぐ☆りんパワーはどこへいってしまったのだ?!

 それでも二人が入ってくると場の空気が変わり、各々が席に戻っていく。

 それを確認したメグリ先輩は早速口を開いた。

 

「あ、あの今日はとっても大事な話があります。というか一大事な事件です」

 

 ポツポツと呟かれる言葉にはどこかやるせなさを感じられる。

 

「………マスタータワーが、倒壊しました。倒壊したのは一昨日の夜だそうです」

 

 はっ?

 えっ?

 はっ?

 

「今はるさんが現場検証に行ってくれてますが、恐らくフレア団によるものかと思われます」

 

 マスタータワーが倒壊した?

 それじゃ、あいつらは?

 コルニやコンコンブル博士はどうなったんだ?

 

「フレア団はもうすでに表に出て活動し始めています。伝説のポケモンが現れたり、最終兵器の起動実験と思われる動きをしていたり、状況は最悪です。未だ死者は確認されていませんが、ポケモンたちが生体エネルギーを奪われているのは事実です。みなさん、早急にフレア団への対応が必要となります」

 

 くそっ、悪い方にしか考えがいかん。

 そもそも本当にフレア団によるものなのか?

 いや、そんなことをやり兼ねないのがフレア団だ。カロスでこんな大々的なことができるのもフレア団しかいない。

 ということはやはり俺があいつらと接触したせいか?

 あいつらと過ごしたから、今は離れている隙に襲ったとでもいうのか?

 俺があいつらと………いなければ……………。

 くそっ、これだから馴れ合いは………………。

 

「………ヤくん」

 

 だが、どうにも今の俺は馴れ合いを捨てきれないでいる。

 こっちに来てから一ヶ月。俺はその一ヶ月で変わってしまったというのか?

 コマチについてきたばっかりにユキノシタやユイガハマ、イッシキまで現れて旅の同行者となり、ザイモクザやトツカもいて。

 

「ヒキ……くん!」

 

 ああ、くそっ!

 どうしてこうなるんだよ。

 いつもいつもいつもいつもっ!

 俺が何したってんだよ!

 

「ハチマン!」

「えっ? あ、ゆ、ユキノシタ?」

「あなたはこれからどう対処すればいいと思うのかしら?」

「はっ? ど、どうするって、何をだ?」

「フレア団に対してよ。今一人一人意見を言い合っているのだけれど。やっぱりトリップしていたのね」

 

 えっ? 何? どゆこと?

 なんか気がついたら目の前でユキノシタがため息をついてんだけど。

 辺りを見渡すと…………ああ、そうか。まだ会議中だったのか。

 ショックのあまり意識が飛んでたみたいだな。

 で、なんだっけ? フレア団をどう対処するかだって?

 はっ、そんなの決まってる。皆殺しだ!

 

「………皆殺しだ」

 

 だがそれはあくまでも個人的なもの組織的に動くのであれば真っ向から攻め込むとか、そういう方が………。

 

「へっ?」

 

 あ、やべっ。口に出てた………?

 

「あ、ああ、いや、それは、さすがにない、よな。うん、すまん。なんか今気が動転してる………」

「はあ………、あなたときたら。少し感情的になりすぎよ」

「すまん。取り敢えず、ボスを捕まえれば何とかなるんじゃね?」

「だそうです」

「う、うん、そうだね。ボスを捕まえるね」

 

 あはははー、と気を使われた笑みを返された。

 うわー、やってしまった。気が動転してるにもほどがあるだろ。

 

「ハチマン、どうしたのだ?」

「い、いや、なんかすんません。ちょっと、今気が動転してるというか………」

 

 ぼそぼそと隣に座るカツラさんが声をかけてきた。

 俺もそれに習って小声で返すとこう返してきた。

 

「君は少し変わったな。昔よりも棘が無くなった感じだ。ユキノシタの娘といるのがいい傾向なのかもしれんな」

 

 どうしてそうなる!

 いや、まあ、俺も思ったけど?

 他人から言われるとなんか背中がぞっとするんだけど。

 むず痒い。

 

「だが、やはり昔の君も残っているようだ。いつスイッチが切り替わってもおかしくはない」

「……はあ………、肝に銘じておきます」

 

 スイッチね。

 切り変われたらどんなに楽か。

 だけど、どっちも俺だから仕方がない。一人しかいないんだから切り替わることもなければさっきのだって俺の意見だ。

 正直皆殺しにしたい。

 ここまで荒っぽい感情が芽生えたのは初めてではあるが、それでも多分これが本音だ。そんな感情を抱く理由ももちろん分かっている。だからこそ切り変われない。

 

「で、ではカツラさん。さ、最後にお願いします」

 

 サガミに促されてカツラさんの番になる。

 まだ慣れないのかよ。噛み噛みじゃん。

 

「うむ。まずはこの男が言ったようにフレア団のボスを何としてでも探し出して取り押さえるのが先決だ。加えて伝説のポケモンの方も対処しなければフレア団が狙ってることは間違いない。この二点に絞り、早急に両者を対処するべきではないか?」

「分かりました。ではその二点に加えて噂程度のことですが8番道路にある大樹を調べーーー」

 

 ズドン! と。

 

 いきなり爆発のような音がした。

 会議場となっている建物は大きく揺れ、ひびが入った。

 

「み、みんな外に出るんだ! このままでは建物の下敷きになってしまうッ!」

 

 カツラさんの喚起により出口に近い者から出始めていく。

 

「一体、何があったというのかしら」

「知らねぇよ」

「……この気配、もしかすると………」

「えっ? どういう意味ですか?」

 

 カツラさんが何かを感じ取ったようだ。この人戦場に度々いるからこういう感覚養われてるのかね。

 

「なっ!? なんだこれはっ?!」

 

 先に外に出た奴らが一斉に驚き始めた。すぐにポールに手をかけ自分のポケモンたちを出していく。

 

「どこかで情報が漏れていたようだな」

「えっ? マジですか? つーことはフレア団がいるのかよ」

 

 俺も感じ取っていたこの悪意に満ちた気配。

 案の定、外には多数のフレア団の姿があった。すでにあちこちでバトルを始めている。

 

「カツラさん、ミュウツーは使わないでください。どこで情報が漏れているか分からない今、あいつを使うのは得策ではない。フレア団と繋がりのある奴がいる以上、奴は見せてはいけない。全員を捕獲できればいいですが、逃げられたら終わりだ」

「うむ、心得た。と言いたいところだが生憎奴は置いてきている。ああ、心配しなくても野生のポケモンたちの番だよ。少し気になるところがあってな」

「そうっすか。なら丁度いい。マスタータワーの仕返ししてやるよ」

 

 暴君様がいないのなら俺たちが暴れるほかあるまい。

 ちょっと今むしゃくしゃしているし丁度いいサンドバッグだわ。

 

「ちょ、ヒキガヤくん!?」

「ユキノシタ、お前はメグリ先輩と他の奴らの指揮を」

「………お願いだから、法に触れるような真似はしないで」

 

 袖をつかんできたかと思うと急にそんなことを呟いてきた。いつもの凛とした出で立ちはなく、しおらしいいつかの姿と重なった。

 あ、これマジモンのやつだ。

 前の時といい今回といい、ユキノシタが変に甘えてきた後って必ず何かが起きるよな。前はフレア団に捕まったし、今回もこれ以上にあったりしないだろうな。

 

「分かってる。殺さない程度に殺ってくる」

「ん」

 

 俺はそう言って狭い戦場へと出向いた。

 まず目に付いたのはサガミの取り巻き二人。

 名前は知らんが片方はムウマとムウマージ、もう片方はゴチルゼルとチラチーノを使っていた。ゴルバット・クロバット計八体に囲まれ、苦戦している様子。

 こいつらから始末するか。

 

「ゲッコウガ、バット八体の始末よろしく。あとフレア団の連中の意識も刈っといてくれ」

 

 命令を出すと影の中を移動する気配を感じた。

 メガシンカ擬きはまだしなくてもいいだろう。素のままでも今のゲッコウガなら倒せるはずだ。それに一対八とかあいつが超喜びそうな展開じゃん。これで勝てたらかっこいいからな。

 

「建物が邪魔だな。このままフレア団の責任にしてこのボロボロの建物壊すか」

 

 けど、ここ狭いしな。ハルノさんがいたらあの人がしてくれそうだったのに。エスパータイプも持ち合わせていることだし。

 はあ………何もかも計算されてるな。

 この場にハルノさんがこないように上手く情報を操作して戦力を一つ落としやがった。

 そして大群で押し寄せて俺たちの戦力を削いで行くつもりなのだろう。倒せなくてもいい。疲れさせることが目的なのだろう。最初から勝てないと分かってても奇襲をかけてきてるんだし。

 

「ユキノシタ! シロメグリ先輩! ありったけのサイコキネシスを!」

「ど、どうする気!?」

「この建物を壊す。狭くて動きにくいし、倒壊するのも時間の問題だ。なら急に倒れてくるより先に壊した方が被害が少ない」

「分かったわ。ニャオニクス、誰もいないか見てちょうだい。シロメグリ先輩、いけますか?」

「うん、分かったよ。エンペルト、フシギバナ。みんなのサポートお願いね! サーナイト、メタモン!」

「オーダイル、ボーマンダ、ユキメノコ、エネコロロ! そっちは任せるわ! ニャオニクス、クレセリア!」

 

 こんだけエスパータイプがいれば十分だろ。伝説のポケモンもいることだし。

 

「リザードン、じしん!」

「「サイコキネシス!」」

 

 リザードンをボールから出して命令を実行させる。コンクリートでできた建物は激しく揺れ、足元から崩れ始めた。破片が飛び散らないようにクレセリアたちがサイコキネシスで抑えてくれているので、クズ一つ飛んでこない。

 マジハンパねぇよ、あのクレセリア。空間ごとの支配はヤバイわ。それに加えてサーナイト二体(一体はメタモンのへんしんによるもの)にニャオニクスの雌だろ。隙がないわ。

 

「さて、と。俺たちも暴れますかね」

 

 見晴らしの良くなった裏路地を見渡すと今度はサガミが苦戦しているのが見えた。

 うん、まあ、あれは苦戦するわ。なんであいつがバンギラスとサザンドラとワルビアルの相手してんだよ。

 メガニウムにフローゼルにエモンガ? 勝てるわけねぇ。エモンガじゃ無理でしょ。

 

「メガニウム、ソーラービーム! フローゼル、アクアテール! エモンガ、でんげきは!」

「リザードン、サザンドラにドラゴンクロー」

「あ、ちょ、エモンガ!? なんでボルトチェンジ使うのよ! あああっ、ルリリ出ちゃダメ!!」

 

 なんかエモンガがサザンドラに真っ先に突っ込んでいったかと思ったら、ボルトチェンジのヒットアンドアウェイで帰って行っちまったよ…………。こんな時でも言うこと聞かないポケモンって、お前のことトレーナーとして認めてないんじゃないの?

 

「ええっ!?」

 

 突然のリザードン登場にもうわけが分からなくなっているサガミさん。

 よくそんなんでポケモン協会に入れたな。

 多分あの二体が認められたんだろうな。二体の扱いはちゃんとしてるようだし。

 

「もう、二体だけにしとけ。邪魔だ」

「え、ちょ」

「リザードン、りゅうのまい」

 

 有無を言わせずサガミにエモンガもルリリもボールに戻させた。

 

「サザンドラ、りゅうせいぐん!」

「ワルビアル、かみくだく! バンギラス、いわなだれ!」

 

 うわー、もうサガミには眼中にないって感じだな。早々に狙いを俺たちに定めちゃってるよ。

 

「トルネードメタルクロー! 朝と同じようにはがねのつばさもだ!」

 

 朝、ユイガハマとバトルした時のように鋼の爪を前に突き出し、鋼の翼を折りたたんで高速回転で色々と降ってくる中を突き抜けていく。

 こうしてみると尻尾がなんか勿体無い気もしてくる。身体は鋼で覆われているが一つ飛び出した尻尾だけが気になってくる。アイアンテールでも覚えさせた方がいいのかね。

 

「ほらお前も働け。死にたいのか?」

「う、え、あ、はい………、め、メガニウム、にほんばれ! フローゼル、かわらわり!」

 

 あ、晴れた。

 なら一発打ち込みますか。

 

「ブラストバーン!」

 

 全ての攻撃を弾き返したリザードンは思いっきり地面を叩いた。

 割れた地面からは火柱が噴きだしてくる。日差しが強いおかげで火力が強くなっているな。

 

「ソーラービーム!」

 

 フローゼルがバンギラスを叩き、メガニウムがワルビアルにビームを放った。

 リザードンはそのままサザンドラを焼き上げ、バトルは終了。

 次の相手を潰すとしよう。

 

「ゲッコウガ!」

 

 取り敢えず逃げられないようにゲッコウガに意識を刈り取ってもらっておこう。

 呼ぶとすぐに跳んできた。

 もうバット八体とそのトレーナーを潰してきたようだ。なんだこいつ、さらに強くなってんな。まだ例のアレを使ってもないのに。

 

「あ、あんた………」

「ほら、次だ次。働け」

「ちょっ!? 命令しないでくれる!」

 

 ギャーギャー騒いでいるサガミは放っておいて。次はあのデルビル・ヘルガー・グラエナの集団だな。

 

「リザードン、じしん!」

 

 四足歩行どもの足元から崩しにかかる。

 

「フシギバナ、メタモン、はっぱカッター! エンペルト、ハイドロポンプ! サーナイト、マジカルシャイン!」

「オーダイル、ハイドロポンプ! ユキメノコ、エネコロロ、10まんボルト! ボーマンダ、だいもんじ! クレセリア、ニャオニクス、シグナルビーム!」

 

 あっちもあっちでフルで相手してるみたいだな。

 放っておいても大丈夫だろう。

 

「サイドン、サイホーンたち! ロックブラスト!」

 

 うわっ、なんか違うところからも新しいのがきたし。囲まれたな。

 

「私も加わろう!」

「ッ、助かりますっ!」

 

 背中に気配を感じたかと思うと、ナットレイどもを倒してきたカツラさんが助太刀に来てくれた。

 さっきの話の手前、俺のスイッチを入れてはいけないと思ってるのだろう。

 

「リザードン、さっきのだ!」

「シャアッ!」

 

 もう一度トルネードのメタルクローとはがねのつばさで、飛んでくる岩を弾き返していく。

 

「ギャロップ、ほのおのうず! ウインディ、かえんほうしゃ!」

 

 俺が受け持つはずだった四足歩行どもを一気に攻撃していく。

 だが、ほのお使いのカツラさんなら今ので気づいただろう。ヘルガーたちはもらいび持ちであることを。

 

「くっ、もらいびか!」

「ええ、何度か俺とバトルしてます。リザードン対策に入れていてもおかしくはない」

「なるほど、ならばギャロップ、メガホーン! ウインディ、インファイト!」

 

 ほのおのうずで捉えたグラエナたちの方はいいが、もらいび持ちのヘルガーたちには全く炎技が効いていない。それはカツラさんの得意分野すらをも帳消しにしている証明でもある。

 だがカツラさんがそれでどうにかなるわけでもなく、すぐに炎以外の技で対応してきた。

 

「ちゃっかり弱点までついていやがる。ゲッコウガ!」

 

 呼べばすぐくるゲッコウガ。何なら技を言わなくてもすでにみずしゅりけんを撃ち出していた。

 

「リザードン、もう一度だ! 畳み掛けろ!」

 

 ゲッコウガのみずしゅりけんで視界を邪魔されたサイドンたちが一瞬怯んだところに、三回目の鋼のトルネードを叩き込む。

 

「ゲッコウガ、フレア団たちの方は頼んだ! カツラさん、他行きます!」

「うむ、ここは任せい」

 

 リザードンに乗り、今度は空から攻撃しているドンカラスたちの始末に移る。

 上から見るとまあ、こんな狭いところでバトルしてんなーって感じだわ。あの壊れかけの建物を壊しておいて正解だったな。誰も使っていない無人の建物だったみたいだし。

 

「リザードン、かえんほうしゃ!」

 

 円を描いて四方に撃ち出していくが全員には当たらない。狙い損ねたドンカラスとオンバーンとヨルノズクが三方向から同時に仕掛けてきた。

 

「くそっ、リザードン、メガシンカ!」

 

 まずはメガシンカの光で攻撃。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 怯んだところにまずはオンバーンから攻撃をしていく。

 効果抜群でそのまま地面に引っ張られていった。

 

「あくのはどう!」

「ねんりき!」

 

 ドンカラスとヨルノズクがそれぞれ動き出した。

 よし、ならもう俺がいると邪魔になるな。

 

「リザードン、ブラスタロール!」

 

 リザードンから飛び降りながら命令を出すとそのまま翔けていった。

 

「かみなりパンチ!」

「ひっ!? ヒキガヤくん!?」

 

 下からユキノシタの声が聞こえてくるが俺に構わなくていい。

 リザードンが二体に雷の拳を当てたのを確認すると、一拍手。

 黒いオーラが俺を包み始めた。

 

「ドリルくちばし!」

 

 一体のオニドリルが俺を焦点に定めた。

 いいところにきてくれた。

 

「拝借させてもらうぜ」

 

 俺を包み込んでいた黒いオーラをそのままオニドリルに向かわせる。オニドリルは黒いオーラに包まれると目の色が変わった。

 ふっ、さすが黒いの。

 

「乗っ取り成功」

 

 ダークライのさいみんじゅつによりフレア団のオニドリルを拝借。

 地面に落ちて行っている俺を回収させ、リザードンの元へと戻る。

 

「なっ?!」

 

 フレア団員が俺を見てぎょっとしていた。

 

「リザードン、ドラゴンクロー!」

 

 改めて下を見るとユキノシタがボーマンダをメガシンカさせていた。それにメグリ先輩のフシギバナも姿を変えている。あれがおそらくメガシンカした姿なのだろう。

 

「ん? なんで急にダンゴロをたくさん出してきたんだ………?」

 

 ダンゴロ?

 この流れでそんな進化もしていないポケモンを大量に出してくる意味あるのか?

 いや、意味がなければ出さないはずだ。それにあのフラダリが何の目的もなく奇襲をかけてくるなんてことはあり得ない。いくら情報がフレア団に流れていたとしても今このタイミングで来る必要なんて何かがあると言っているようなもの。そしてそれには俺たちが邪魔であるのも伺える。だが、こんな奴らでもポケモン協会に属している者たちを倒せるなんて梅雨にも思っていないのも事実。あいつはそういう奴だし、だったら………やはりさっきの考え通り足止めないし戦力の低下。

 そしてあの大量のダンゴロが鍵だというのであれば………。

 

「ッッッ!?!」

 

 くそったれ!

 まさか捨て身で攻撃してくるとか団員たちも何も思わないのかよ!

 

「ゲッコウガ! 全力でまもる!」

「ッッ!? ギャロップ、ほのおのうず!」

 

 俺の叫びに察したカツラさんも近くにいた奴らを守るためにほのおのうずでバリアボールを作り出した。

 

「「ッッ!?」」

 

 遅れてユキノシタたちも気づいたようだが………。

 

「「遅いぜ。ダンゴロども、だいばくはつ!」」

 

 くっ!?

 やっぱりそうきやがったか。

 上空にいても爆風に煽られて飛ばされそうになる。

 

「こんな狭い裏路地で爆発させんなよ………」

 

 くそっ!

 ユキノシタたちの安否が分からない。

 それに他の奴らも対処できていないはず。これじゃあ死人が出てもおかしくないレベルだぞ。現にフレア団なんて捨て身の爆発だったのだろうし。

 

「…………なんて奴らだ………」

 

 爆風の中降り立ってみるとフレア団どもはしれっと立っていた。煙でよくは見えないがオレンジ色のシルエットははっきりと立っている。

 

「ふはははははっ! さすがはフレア団のスーツ! 五百万もするのは伊達ではないわ!」

 

 誰かがそんな笑い声をあげている。

 スーツのおかげで無傷だと?

 あれにはそんな大層な効果があったというのか?!

 それじゃあいつらは最初から捨て身ではなく、守られていた?!

 

「くそったれ!」

「きゃあっ!?」

「ひゃあっ!?」

 

 煙の中で悪態をついていると甲高い声が二つ聞こえてきた。

 どちらも上ずってはいるがどこか聞き覚えのある声である。

 

「オニドリル、きりばらい」

 

 使えるかは知らんが命令を出すと煙を一掃してくれた。後で野生に返してやろう。

 

「ッッ!?!」

 

 なんて呑気なことを考えていられるほど余裕な状況ではなかった。

 

「ユキ、ノシタ………メグリ先輩……………」

 

 咄嗟にリフレクターを貼ったのだろう。サーナイトとメタモンとニャオニクスは自分で貼った壁に押しつぶされ、あのクレセリアでさえすでに取り囲まれている。

 ボーマンダとフシギバナのメガシンカも解けている。

 

「動くな! こいつらを殺されたくなければ動かないことだな!」

 

 何このよくドラマとかである展開。マジでこんな展開が存在したんだな。フィクションの世界だけだと思ってたわ。

 

「くっ、何、なのよ! あんた、たちはっ!?」

 

 初めて遭遇する名も知らぬ協会のメンバーが腕を押さえながら立ち上がった。

 ゲッコウガを探すとすでに八枚刃のみずしゅりけんを構えていた。その後ろにはサガミたちが転がっている。運のいい奴らめ。

 

「フレア団だよ、フレア団。覚えときな! お前ら余所者にまでボスの邪魔はさせねぇ!」

 

 ユキノシタにテッカニンの刃を突きつけているハゲのフレア団幹部がそう告げた。ハゲは幹部だったもんな。

 

「は、ハチマン………!?」

 

 少し離れたところからカツラさんが声を投げてくる。

 あー、うん、ようやくカツラさんが言ってたことが理解できたわ。確かにスイッチなるものが俺の中にもあったようだ。あんなことを考えてる時点で理性が働いてるってな。

 

「よお、責任者出てこいよ。こいつらの命が惜しくないのか?」

「……あ、あの………責任者は………」

「ハチ公とか言ったか? 奴がトップなんだってな。ボスが言ってたぜ」

 

 ははっ、フラダリが俺を知っている以上、バレてるわな。

 

「………バカな人たち。その名をこんな形で、しかも私たちを人質にして口にするなんて、あなたは終わりよ」

「ああっ!? 何勝手にしゃべってんだ!!」

「くあっ!?」

 

 後ろ髪を引っ張られ苦痛の表情を浮かべるユキノシタ。

 

「命、惜しく、ないの、かしら………?」

「次はないぜ」

「ぐぅ………」

 

 ああ、もうダメだ。

 この内から湧き上がってくる何かに逆らえそうにない。

 

「………すんません、カツラさん。スイッチってこれのことだったんすね」

 

 ぼそっと呟くと聞こえたのか唇から読み取ったのか、カツラさんが再度ハチマンと声を飛ばしてきた。

 だが、もう俺はカツラさんの忠告には従えそうにもない。

 あいつらは犯してはいけない領域に踏み込んできやがった。重罪だ。罪には罰が必要だ。

 

「ダークライ」

 

 一声かけると俺は影に呑まれた。

 そして一瞬でユキノシタを取り押さえているハゲの後ろに降り立つと黒いオーラで包み込んだ。

 隣にいたメグリ先輩の方にも黒いオーラを飛ばしていく。

 オーラに囚われたフレア団幹部二人は強制的に二人を解放し、コケそうになっていたユキノシタを抱きとめながら、今度はテッカニン共々黒い穴に吸い込まれていくのを見届けた。

 

「「な、なんなんだぁぁぁああああっ!?」」

「テメェらは一生そこからは出られない。つーか出てくんな。ギラティナに食われろ」

 

 ダークホールの先がどこに繋がっているのか。いつだったかそんな疑問を抱いたことがあった。何とは無しにダークライに尋ねるとこの世の裏側に繋がっているのだとか。『この世の裏側』と言えばシンオウ地方にそんなところに住む伝説のポケモンがいた。

 名はギラティナ。

 破れた世界とかいうこの世の裏側に住む反物質を司るポケモン。

 ダークホールの先はそこへ繋がっているらしい。

 

「すまん、すぐ終わらせる」

「バカね、あなたたちも無理はできないのでしょうに」

「なんだ、気付いてたのか。でも今回は無理そうだ」

「私たちの、所為よね」

「別に、そんなんじゃねぇよ。ただ今回は我慢できなくなっただけだ。俺の私情だ」

 

 ユキノシタを座らせるとゲッコウガに合図を送る。空ではすでにリザードンが逃亡者を全員火の海に捕えていた。

 

「オーダイル!」

 

 こいつはほんとになんで俺の言うことも聞くのだろうか。そろそろいいだろうに。まあ、俺が呼んだんだから来てくれるぶんには嬉しいけどよ。ボロボロのくせに悪いな。

 

「ユキノシタは任せた」

「オダッ!」

 

 ドッサドッサ歩いてくるオーダイルにユキノシタたちを任せ、俺もお掃除に取り掛かる。

 一匹たりとも逃しはしない。

 

「ダークライ、フレア団全員にダークホール」

「クレセリア、マジカルシャイン」

 

 逃げ出し始めるフレア団員の目の前に黒い穴を作り出し、突然のことで躱せない奴はすぐに呑まれた。

 躱せた者たちもゲッコウガによって意識を刈り取られていく。

 そうして上も下もフレア団は一人も活動できる者を失った。

 

「み、みなさーん、生きてますかーっ!?」

 

 メグリ先輩がみんなの安否を確認していく。

 

「きつ………」

 

 そんな中、俺は立っているのもキツくなっていた。さすがに感情任せに力を使うのは負担がでかい。感情に身を置くのも考えものだな。

 

「ヒキ、ガヤくん…………」

「生きてるよ」

「そう、よかった…………」

 

 その場にへたり込む俺をユキノシタが心配そうに覗き込んできた。

 そのまま仰向けになって空を見上げているとバラバラとヘリコプターの音が聞こえてくる。

 あの人なんてタイミングで戻ってきてんだよ。もうちょっと早く来てくれれば俺が楽できたのに。魔王め。

 はあ…………、これじゃダメなのは分かってはいるんだが、どうしても無理なものは無理なようだ。感情は恐ろしい。




ご報告。
さがみんのポケモンは、メガニウム、フローゼル、エモンガ、ルリリになりました。
フローゼルの案の流れが使えそうだったのと数の多かったエモンガ、マリルリと致しました。ただマリルリはルリリがなつき進化ということで、目に見て分かるなつき具合も必要かと思いましてルリリにしました。
他にもたくさん面白い意見がありましたので、他の人たちのポケモンなどで使わせていただこうかと思っています。


さて、情報漏れは誰が原因なのでしょうね。


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63話

「ユキノちゃん!!」

 

 ヘリから降りてきたハルノさんは一目散にユキノシタに駆けつけていった。さすが魔王。シスコンっぷりを発揮している。

 

「大丈夫!? 怪我ない!?」

「い、痛いわ、姉さん」

 

 ぐわんぐわん揺さぶってくる姉に妹の方は意識を奪われそうになっている。

 心配なのは分かるけど、そんな揺さぶると吐くぞ。

 

「それより、フレア団を………」

「そっちは大丈夫よ。今私のポケモンたちがヘリに詰めているもの」

 

 言われてみるといつの間に命令を出したのか、ハルノさんのポケモン六体が意識を失って地面で寝ているフレア団を回収している。

 カメックスはもちろん、ネイティオにメタグロス、ハガネールにバンギラス二体と………。

 

「はっ? バンギラス二体?!」

 

 思わず起き上がってしまったではないか。

 えー、バンギラス二体って…………えー…………。

 つか、おいゲッコウガにリザードンよ。お前ら何一緒になって運んでんだよ。ちょっと元気すぎやしないか? まあ、爆発の影響受けてないからだろうけど、今まで連戦してたんじゃねぇのかよ。トレーナーよりも元気とかタフすぎだろ。なんかこっちが申し訳なくなってくるじゃん。

 

「あ、ヒキガヤくんだ」

「あ、じゃないですよ。もう少し早く戻ってきてくれると俺がこんなにならずに済んだのに」

「ごめんごめん。私もあっちでフレア団に取り囲まれちゃってさー。あんな大勢を一人で狩るのは大変だったよ。うんうん、今ならあの時の君の苦労も分かるってもんだ」

「はあ………、そっちも大変だったみたいですね」

 

 やっぱりあっちでも一戦交えていたのか。じゃなきゃこのシスコンが遅れてくるわけがないな。未来も見ようと思えば見れるんだし、それでも来なかったのはあっちで手一杯だったってことだろ。数が多かったんだろうな。

 

「それで、結局どこから情報が漏れてたの?」

「………分からないわ。フレア団を倒す以外に気が回せなくて」

「ヒキガヤくんも?」

「まあ、そうっすね………」

 

 ん?

 今サガミがビクって反応したような………。

 

「彼は人間らしく戦ってたわ」

「ふーん」

 

 ねえ、ちょっと。あんたら、その憎たらしい笑みをやめてくんない?

 心がえぐられる感じなんだけど。

 なにこの晒し者感。めっちゃ恥ずい。

 

「あー、そうそう。君が心配してる人たちは無事みたいよ。いまだ行方不明らしいけど、マスタータワーを壊したのは彼らだって話だよ」

「……そう……すか………」

 

 はあ………、生きてはいるのね。

 ならまだ………。

 

「は、ははっ、ははははっ」

 

 なんか安心して笑いが止まらなくなってる。

 力のない笑いってキモいな。声だけでも分かるぞ。また地面に寝直してるからなおさら声出てないし。

 

「ヒッキー! ゆきのーん!」

 

 あれー? 幻聴かなー? そろそろ意識が遠のいてきたのかなー。ユイガハマの声が聞こえてくるぞー?

 

「うっわ、なんですかこれ。ヤバくないですか」

「っべー、マジヤバイでしょー」

 

 イッシキがこの状況を見て戦いているな。あと、トベうるさい。声が地面に響いてくる。

 

「あ、お兄ちゃんが死んでる!」

「生きてるわ!」

 

 あー、身体痛い。二度も勢いよく起き上がれば身体に響くわな。

 

「あ、生きてた」

「勝手に殺すな」

「ゆっきのーんっ」

「あ、暑苦しい………」

 

 爆発騒ぎを聞きつけてきたのだろう。

 あ、百合ノシタと百合ガハマに姉のんがちょっと引いてる。

 

「さて、ゴミは積み込んだことだし、後は情報を漏らした間抜けな子にお仕置きだね」

「姉さん、もう少し言葉を選んで………」

 

 魔王がなんかイライラしてる。

 絶対キレてる。何に対してなのかは知らないけど。知りたくもないけど。フレア団に対してであって欲しいところではあるけど。

 

「ん?」

 

 カツラさんに守られていた………あれはサガミの取り巻き二人か。あいつらがなんかサガミをじっと見つめているんだけど。

 

「そうですね、今からユキノシタさんに一人一人聴取してもらえばいいじゃないですか? 嘘をつけばハチ公に殺されるぞってでも言えば口を割るでしょ」

「わーお、ヒキガヤくん、真っ黒だねー。お姉さん、そういうの大好きだぞっ」

「いやいや、ユキノシタさんほどじゃありませんって」

 

 ふふふっ、はははっ、と笑みを浮かべる俺たちに果たして周りはなんと思うのだろうか。いや、もうすぐそこに結果が出ていたわ。

 

「あ、悪魔が二人もいる………」

 

 ユイガハマの一言はさらに周りへ強い印象を与えたことだろう。

 なんせカツラさんの後ろで女子二人がビクっと大きく反応を示したし。

 

「………なん、なのよ………」

 

 あー、なんでこいつら来ちゃったんだろ。もう少し後に来てくれた方が良かったような気がしてきたぞ。

 

「なんなのよ! その男はっ?!」

「そ、そうだ! そいつは何者なんだ! こんなデタラメな力を使いやがって! ほとんど一人でフレア団を倒したようなものじゃないか!」

 

 ほらきた。

 どうするよ、これ。

 サガミたちがすんごい怯えた目をしてるんだけど。もしかしてあいつら気付き始めてるんじゃね?

 

「ユキノシタさんたちと親しげだったり、シロメグリさんが意見を求めたり、何なんだよ!」

 

 あー、もうこれは収まらないな。

 次々と矛先が俺に向けられてくる。

 まあ、これでどこぞのバカが犯したことは有耶無耶になってるようだけど。

 

「………お、お兄ちゃん………」

「ヒッキー………」

 

 はあ…………、だからそんな目をしないでくれ。やりにくいではないか。

 

「ヒキガヤくん、どうする?」

「言っちゃっていいんじゃないですか? 言わなきゃ収まりそうにないし」

「言っても収まらないと思うのだけれど」

「それな」

 

 仕方ないので種明かしをしてもらおう。

 

「黙りなさい! そんな矢継ぎ早に聞いても何も変わらないわよ。ふふっ、そろそろ気づいてる人もいるようだけど」

 

 魔王が語りだした。

 魔王の一声は場の空気を奪う。どんな技だよ。

 

「彼が恐ろしいかしら? フレア団に奇襲をかけられたというのに平然としている彼が恐ろしいのかしら? それとも彼が使った力が恐ろしいのかしら?」

 

 いえ、あなたが一番恐ろしいです。魔王様。

 なんでそんな煽り立てるような言い方するんだよ。余計にハチ公の名が恐怖の対象になるじゃねぇか。

 もしかして尾ビレをつけてるのってこの人だったりしないよね。あれ? なんかあんまり自信なくなってきたぞ。やっててもおかしくねぇ。

 

「まあ、そうね。あなたたちが思った通り彼は恐ろしいわ。だってたった一体でユキノシタハルノのポケモンを六体とも倒したようなトレーナーですもの。でもまさかそんな彼が私たちの上司になるとは思いもしなかったけどね。ね? ハチ公くん」

 

 なにが、ね? だ。

 今この状況で恐ろしいのはあんたでしょ。

 

「姉さん………、多分今の状況で一番恐怖の対象になってるのは間違いなく姉さんよ」

「あれ………?」

 

 うわー、魔王恐ろしいわー。

 何が恐ろしいって、これでも抑えてるつもりなのに抑えられてないってとこだ。魔王感が抜けきらないとか、普段どんだけ恐ろしいんだよ。

 ほら、サガミなんか一番怯えてるじゃ…………怯え過ぎだろ。

 

「……………」

 

 ーーーああ、そういうことか。

 じゃあもう、こいつら全員いらんな。

 

「………それじゃあ、ハヤマくんはそいつに殺されたっての?」

「あ?」

 

 何を言ってるのかね、そこのポニーテール。誰だよこいつ。人を勝手に人殺し扱いすんなよ。

 

「あっはっはっはっ! ハヤトが殺されたって? そんなことあるわけないじゃない。ハヤトにしろ彼にしろどっちもそんなことにならないって」

「信じられません。だったら彼は今どこにいるんですか!」

「それは教えられないよんっ。これ以上情報が漏洩されちゃ困るもの」

「くっ、あんたたちが知ってること全部教えなさいよ! チャーレム!」

 

 ムキになって攻撃してきたんだけど。

 はあ………、こっちだって辛いっつーのに。

 

「面倒くさ……」

 

 もう面倒なので恐怖なりなんなり与えて帰ろう。

 腕を前に出したのを合図にダークホールが現れる。

 チャーレムが撃ち出したきあいだまが真っ直ぐ吸い込まれていった。

 

「なっ!?」

 

 もう一度、今度はチャーレムの頭上に黒い穴を作り、そこからきあいだまをお返しした。

 タイプ的に特に大ダメージにもならないだろうし、これでいいだろ。

 

「悪いがもうお前らは用済みだ」

 

 よっこいせと立ち上がりそいつを見下すように睨めつけると身体が竦んだように動かなくなった。

 

「用があるとすればフレア団に情報を漏らしたバカくらいだな。別に出て来いとは言わねぇよ。こんなところで出て来いなんて言ったらかわいそうだ。俺は優しいからな。そんな吊し上げるようなことはしねぇよ」

 

 重い足取りで彼女の元へと向かう。

 ゆらりゆらりと歩く姿はそりゃ気持ち悪かっただろう。

 彼女の前に立つと「まあ、でも」と俺は続けた。

 

「いくら優しい俺でもそんな反抗的な目を向けられると、お前を見せしめにしてやりたくなってくるなー」

 

 しないけど。

 言葉だけでしたいとも思わんけど。

 

「チャ、チャーレム!」

 

 まだくるか。

 振り向きもしないで黒いオーラで止めればこの状況も終われるかね。

 

「なっ!?」

「こんな見え見えの動きをされても無駄だっての」

 

 そのまま眠ってもらおう。

 さいみんじゅつを施し、チャーレムを眠らせた。

 ごめんな、チャーレム。お前には何の罪もないのに。

 

「大体こちとらフラダリに命狙われてんだ。対抗策としてこんなごっこ会議なんか開いてみたが、結局何の成果もない。はっきり言って時間を無駄にしただけだ。その上これ以上面倒事を増やされちゃ敵わん。だから今を以てこのごっこ会議は解散とする」

 

 ようやく俺に対して恐怖の眼差しを向けてくるようになった。

 女子相手に何してんだろうな、俺は。

 

「ま、今回は社会勉強をしたとでも思っとけ。裏社会は怖いんだ。いつ命を狙われるかも分からんって事も身をもって理解できただろ。だから、まぁ……」

 

 少し間をおいてこの濁った目でキツく睨みつけた。

 

「とっとと失せろ」

 

 その一言でガクガクと震えだした目の前のポニーテールは後ずさりをして、チャーレムをボールに戻すと一目散に逃げていった。それを見た他の者も次々と逃げ出していく。

 これでいい。これであいつらがこの事件に関わらなくて済むはずだ。これでもまだ首を突っ込もうとするのであれば、そいつはバカかネジの外れた大バカだ。

 怪我した奴らの手当すらせずに逃げていく薄情者どもを見送ってから振り返ると、すっごい冷ややかな眼差しを送ってくる一角があった。

 

「逃がしちゃってよかったの? 情報を漏らしたのが誰かも分かってないのに」

「大丈夫ですよ。逃げたくても腰を抜かしてますから」

 

 ハルノさんが俺の言葉に辺りを見渡すと「ああ」と気がついた。

 残っているのはサガミたち三人と怪我をして動けない者たち。怪我はトツカが手当てして回ってるようだから直になんとかなるだろう。この様子を見る分に誰も死んではいないようだ。瓦礫の下に埋もれてるとかってなったらまた話は別だけど。

 

「ミナミちゃんが言ったのよ!」

「そ、そうよ! 全部ミナミちゃんが喋ったのよ!」

「え、ちょ、ちが………」

「私たちは全部話すつもりなかったのに、ミナミちゃんが!」

「新聞の取材に全部答えるなんてと思ったけど、私たちは割りこめなかっただけよ!」

「そうよ、そのせいでこんな目に遭うなんて私たちは被害者なのよ!」

「っ…………」

 

 責任の押し付け合いか。

 いきなり口を開いたかと思えば醜い奴らだ。

 

「これこれ、人に責任を押し付けるのはいかん」

 

 けど、カツラさんに言わせちゃダメだよな。

 これはあくまで俺が責任者の会議だ。どう扱うにも俺がどうにかしなければ。

 

「……別にお前らが悪いわけじゃない。だから責め立てることもしないし、罰も与えない。悪いのはもっと注意を喚起できなかった俺の責任だ。ま、これでこっちとしてもあいつらの手口が間近で分かったわけだし、収穫はあったさ。だからもう、お前らも用済みだ」

 

 ギロリと睨むとすくむ足に鞭を打って無理にでも動かし走り去っていった。

 カツラさんが呼び止めていたが聞く耳を持たず、一秒でもここに居たくないと言わんばかりに行ってしまった。

 

「で、お前はどうすんの?」

「ッッ!?!」

 

 サガミを見ると。

 

「う、うちは、悪くない………悪くないんだからぁぁぁあああああああああっっっ!!」

 

 こっちもこっちで泣きながらどこかへ行ってしまった。

 うわー、かわいそうに。

 友達(笑)に売られて何も言い返せずに俺たちの目の前で責任だけを背負わされて。

 あーあ、友達って怖いなー。

 

「ふぅ………、良かったのか? あれで?」

「いいんじゃないですか? あいつらに少しでも良心があれば罰が与えられないことがどんだけ辛いことか分かるでしょ」

「そうね、罰がないのは罰を与えられるよりも辛いもの」

 

 経験者は語る。

 いや、あれはユキノシタが………はい、ごめんなさい。俺が悪かったよね。うん、だからそんなに睨まないで。

 

「見事な鬼畜っぷりだねー、ヒキガヤくん」

「ユキノシタさんにだけは言われたくないです。なんですか、あの問い詰め方。魔王かと思いましたよ」

「大丈夫よ。あなたも十分魔王だったから」

「……………」

 

 あれ?

 俺はいつの間にハルノさんと同格になってしまったのだ? いやこれは何かの間違いだ。俺がそんな魔王だなんて………。

 

「んで、シロメグリ先輩………ってなんでそんな怯えた目で見てるんですか。取って食おうなんて考えてませんよ」

 

 えー、意外とこの人も修羅場に弱い系なの?

 大丈夫なのか、ポケモン協会。

 

「い、いや、別に、そういう、わけじゃ、ないん、だけど…………」

 

 人差し指をちょんちょんとこすり合わせて目を合わせてこない。というか泳ぎまくってる。

 これは俺がやりすぎたってことなのか?

 

「なんか結局、ヒキガヤくんが悪役みたいになっちゃったから…………」

「別に間違いじゃないでしょ。結局俺はみんなを利用してただけの悪党ですから」

「でも!? それはフレア団に対抗するためであって……!」

 

 やっと目が合った。

 

「ポケモン協会に属しているからといって、今回はあいつらにとって活動領域外の出来事なんですよ。人は信じられなければ受け入れられない生き物なんです。そんなところにいつまでも首を突っ込んでいたいなんて思わないし、丁度ここには体のいい悪党擬きがいた。だったらそいつに全てを背負わせて知らなかったことにしてしまえば、自分は関わらなくて済むってことなんです」

「でも、そんなの………あまりにも酷すぎるよ」

「けど、それが現実ってもんです。それにそんな奴らがいたところで足手まといなだけ。こっちとしても丁度良く切れてよかったんですよ。こっから先は食うか食われるかの戦争なんですから」

 

 伝説のポケモンみたいに千日戦争とかになったりしないよね?

 終わらない戦いとか俺やだよ?

 

「怖ければこれ以上踏み込まない方がいい。例えポケモン協会の、しかも上の方の立場だとしてもです。今回は特に危険だ。まだサカキを相手にしてる方がマシだと言ってもいい。………お前らもだぞ。今ならまだ引き返せる。というか引き返せ。これ以上関われば命を狙われても文句は言えん」

「あら? 勝手にベラベラ喋っているかと思えば、いつものが抜けていないだけのようね」

 

 スタスタと歩いてきて俺の前に立ったかと思うと、いきなり俺の頬を抓ってきた。

 

「ふぁがっ!?」

 

 痛いんですけど。

 

「以前言わなかったかしら? 私はどこまでもあなたについていくって。何年探したと思っているの? たまに会えば助けられるだけで何もできないのはもうごめんよ」

 

 やっぱり探してたんだ。ストーカーだったんだな。

 なんて冗談でも口にしたら殺されるな。

 

「ひゃんでほれの頬をふねるひふようがあんの………?」

「お仕置きよ。私が言った言葉を忘れるおバカさんには何度だってお仕置きしてあげるわ」

「ほまえ………」

「もう、忘れられるのはもっとごめんよ…………」

 

 ほんとに鋭すぎやしませんかね。

 なに? 俺の最終手段、もうバレちゃってんの?

 ていうか手を離して。絶対赤くなってるから。

 

「先輩、やっぱりおバカさんですね。私たちはとっくに覚悟を決めてますよ。逆に決まってないのは先輩の方ですって。トレーナーになってまだ一ヶ月そこらの私たちがいたらそりゃ不安なのもわかりますけど、この一ヶ月間、誰の下でバトルしてきたと思ってるんですか。まあ、ユイ先輩は危なっかしいですけど」

 

 やれやれといった感じで呆れられた。

 あれ? 俺後輩にまで呆れられてんの?

 

「うぇっ!? イロハちゃんなんか酷くない?! あ、あああたしだってゆきのんに鍛えられてんだから強くなってるし!」

「はあ………、ごみぃちゃんはいつまで経ってもごみぃちゃんのままかー。コマチはなんだか悲しいよ……。およよ」

「あーしらもいくよ! ハヤトの借りはきっちり返さないと収まんない」

 

 あ、やっと解放してくれた。ああ、すっげーヒリヒリする。

 

「……はっ、揃いも揃ってバカな奴らだな………」

 

 ほんと、こいつらに呆れて物も言えなくなってしまう。

 揃いも揃って大バカ野郎だ。

 

「もう、好きにしてくれ…………」

 

 神様よ。いるならどうかこいつらを守ってやってくれ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 リザードンたちがいつの間に詰め込みから瓦礫の撤去に移っていた。あいつらなんなの? 誰が指示してんの?

 と思ったらリザードンだった。長く修羅場を越えてきた者の成れの果てなのだろうか。あいつ、ハルノさんのポケモンたちまでこき使ってるし。怖いもの知らずめ。

 まあ、ポケモン同士知らない仲でもないわけだから、大丈夫なのかもな。

 

「それで、会議を解散させてしまったけれど、これからどうするつもりなのかしら?」

「どうするも何も、何の手立てもない。ただこれ以上時間を無駄にするだけだと思って解散させただけだ。こうなったら使い物にならんし」

「ヒキガヤくん、人をコマ扱いするのはよくないよ」

「うっ………、そんな目で見ないでください………。なんか、心が痛くなってくるんで。マジで勘弁して………」

 

 なんだろう、さっきのを引きずって目が未だうるうるしてるメグリ先輩に見上げられると、マジで心が痛い。

 今の俺には効果は抜群だ。何ならいつでも効果抜群なまである。

 

「ただ、まあ取り敢えず状況を整理しよう」

「そうね」

「会議を終わろうとしたら、フレア団に襲われた。サガミたちが原因で情報が漏れたとみて間違いないだろう。新聞の取材とかって口走ってたし、メディアを抑えていたフレア団がカモとしてあいつらを捕まえただけだな。はっきり言ってそこは誰でも良かったんだと思う」

 

 あ、なんか黄色いテープ貼りだしたぞ。

 どっから出してきたんだよ。

 

「なんか先輩が甘くて気持ち悪いです」

「別に甘くはない。もしカモになったのがお前らだったとしたら俺は、同じように罰を与えないだろうからな。仮定の話ではあるが、お前らだけを贔屓にするのは間違いだと思う。だから罰なんて与えない」

「へー、やっぱり甘いね、ヒキガヤくん。だけど、それじゃあの子達、特に最後の子なんか自殺しようとか思っちゃうかもよ?」

「自殺って………」

「姉さん、ほどほどにしてちょうだい。ユイガハマさんたちがさっきから姉さんのこと引いてるから」

「やーん、みんな引かないでよー。お姉さん怒っちゃうぞ☆」

「そういうのが引かれるんじゃ………」

「……………」

 

 あ、魔王が拗ねた。

 体育座りで瓦礫いじり始めたぞ。

 どうすんだよ、これ。

 

「先輩の所為です」

「俺の所為なのか?」

「放っておきましょう。すぐに元に戻るだろうから」

「妹がこう言ってんだから先進めようぜ」

「それもそうですね」

 

 あっさり流された。かわいそうに。

 これ、構ってやらなかった場合、どうなるんだろうか。

 あ、ドーブルがダークホール開いてそこへ瓦礫を集め始めてるんだけど。ダークホールがゴミ処理場とか酷い使い方だな。

 

「ま、これでメディアが抑えられていたことの実証になったわけだ。パンジーさんの件といい、根は深そうだぞ」

「根深くても穿つのがあなたでしょう?」

「ユキノシタ、お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

「無双状態に入ると無敵のバカ」

「褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ」

「褒めてるのよ」

「ひでぇ。助けてやった相手をそんな風に言っちゃう?」

 

 トベ、ベーベーうるさいぞ。

 

「ええ、言うわ。何度も人の言葉を無視続けるおバカさんはそれくらい言われて当然よ」

 

 どうしたのん? なんか今日は調子違くない? いつもこんなこと言ってこないのに。もう少しなんというか………、うん、なんか分からんけどなんかが違う。何なんだ?

 

「あのー、二人とも帰ってきてくださーい。最近、段々と夫婦漫才化してますよー。というか先輩、ユキノシタ先輩の足見過ぎですよ」

「「えっ?」」

 

 えっ?

 そんな見てた?

 見てるつもりなかったんだけど。

 黒のタイツが破れてるとかその所為でなんか目がいってしまうとか全然ないよ?

 しっかり見てますね………。

 

「朝もですけど、先輩って足フェチなんですか? あ、朝のは違いましたね。ユキノシタ先輩のパンツの紐がパジャマのズボンから見えてたからでしたね」

「ちょっ!? いいいイッシキ!? ななな何口走ってんのかなー?」

 

 えっ、ちょっ、それ今言っちゃう?!

 折角忘れようと言葉にもしないでいたのに。なんでそういう時に限ってこいつは見てるんだよ。なんか怖い。

 

「あれ?」

 

 ユキノシタが何も言ってこないぞ? いつもだったら「ヒキガヤくん?」って色のないゴミを見るような目で見てくるのに。何ならその後に何かされるのに。あれ?

 

「……………」

「ゆきのん………ッ!?」

「うひゃー! ユキノさん、顔真っ赤ですよ?!」

「え? あっ、あ………」

 

 あっれー?

 どういうことだ?

 怒りよりも羞恥心の方が上に行っちゃったのん?

 ユキノシタらしくもない。マジでどうしたんだ?

 

「うっ………うぅ………………」

「お兄ちゃん!? ユキノさんが泣いちゃったじゃん! どうすんのさっ!」

「えっ? 俺の所為なの? 悪いのイッシキじゃないの? 折角人が見なかったことにしようとしてたのに、言っちゃったイッシキが悪いんじゃないの?」

 

 俺悪くないよね?

 イッシキが勝手に言って勝手に泣かせたよね? 俺の行動が悪かったのは認めるけど、忘れようとしてたんだぞ。思い出さないように言葉にすら出さなかったのに。

 

「とりゃーっ!」

「うぉあっ?!」

「ユキノちゃんを泣かせたのはお前かーっ!?」

「えっ? あ、ちょ、ユキノシタさん?!」

 

 いつの間に復活した、というか妹のために復活したハルノさんにマウントを取られてしまった。さすがシスコン。

 あ、これ胸かっ?! 頭に触れるこの二つの柔らかい感触は絶対胸だ!

 つーか、マジで締めないで! 死ぬ!

 何なの、この力。解けねぇんだけど! 海老反り無理! 折れるって!

 

「うーわー、ないわー。ヒキタニくん、マジないわー」

「ヒキオ、キモ………」

 

 なんか普段言われない奴から言われると心にグサッとくる。

 

「ゆきのん、ヒッキーにはキツく言っておくからね!」

「ち、違うのよ………ぐすっ…………ただ、なんかヒキガヤくんとのやり取りが、二人とも生きてるって自覚できたから………」

 

「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」

 

 時が止まった。

 マジで止まった。

 

「…………ゆ、ユキノシタ……? お前………」

「ご、ごめんなさいっ! で、でも、なんか、抑えられないのよっ」

「ゆきのーんっ!!」

「えっ、あ、ユイガハマさんっ?!」

「ごめんねーっ! あたし、もっと強くなるからーっ!」

 

 …………えと………、やっぱりそういうことで、いいの?

 あ、うん、でも、そうだよな。それが普通だもんな? 奇襲をされてまたしてもみんなを守る立場で、さらに以前とは異なり人質にまでされて。

 なんのことはない。俺が勝手にユキノシタのことを大丈夫だと思い込んでただけなんだ。強い奴だと思い込んでただけなんだ。

 ほんとはこんなにもか弱い女の子だったってのに。

 そりゃこんな当たり前のことを忘れていた俺が全部悪いさ。

 

「すまん………確かに、俺の所為、だよな………」

「べ、別にそういうわけじゃ…………。ただ、、よく分からないのだけれど、ぐすっ、感情がこみ上げてきちゃったのよ。安心したというか………」

「ゆきのんはヒッキーとのやり取りで安心したんだよね。ごめんね、あたしたちがまだまだだから色々と背負わせちゃってたんだよね。今は、今だけは全部吐き出して」

「ユイ、ガハマ、さん…………」

 

 ユイガハマに抱きしめられたユキノシタは線が切れたように彼女の胸の中で泣き崩れた。

 

「………またユキノちゃんを守ってくれたんだね。あんな妹だけど、これからも守ってあげてね」

 

 俺はそれを見ながら後ろから抱きついていたハルノさんがぼそっとそう言ったのを聞き逃せなかった。




前回の話で質問があったのですが、最初の方の『見てはいけないもの』というのはユキノのパジャマのスボンからはみ出したパンツの紐でした。

アラサー独身ではなかったのです。


さて、泣き出して何処かへ行ってしまったさがみはどうなったことやら………。


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64話

ついに、というかようやく? 奴の登場です。


 ユキノシタが泣き止んだ後、ガチ百合展開になっていた。百合百合のべったべたな展開にイッシキまでもが引いていたのは俺だけが知っていることでもないだろう。

 マジなんなのこの子たち。目覚めちゃったの?

 

「取りあえず、私はゴミ焼却に行ってくるね」

「煮るなり焼くなり好きにしてください」

 

 真っ黒なセリフを最後に愛しの妹とは別れてヘリの中へ乗り込んでいった。あ、メグリ先輩が置いてかれてる。

 これは連れて行けということなのか?

 まあ一人にするのも可哀想なので、というかこんな状態で放っておくとかどんな罰が降り注ぐか分からないので、一緒に行きますとも!

 カツラさんもトツカが手当てした者たちを病院に連れて行くとか言い出して行ってしまったし。

 

「ん? ザイモクザ? あ、そういやザイモクザ来てなかったのか」

 

 着信があり表示されたザイモクザの名前を見て、奴の存在を思い出したどうも俺です。

 調べ物に夢中で、しかもこいつらに存在も忘れられて、こんなことになってるなんて知らないんだろうな………。

 

「どうした? 何か分かったか?」

『ゴラムゴラム! さっぱり分からん! というかなんなのだ! この地方は! 全くもって情報がないぞ!』

 

 思わず、切ってやろうかと指が動いたぞ。寸でのところで止まったけど。声でかいんだよ。

 

「ポリゴンやロトムでも収穫はなかったのか?」

『ない、こともない、のだが………』

 

 歯切れが悪いな。

 ということはーーー。

 

「ジガルデかどうかが分からない、か」

『うむ、取りあえず見つけてきた情報を言うとだな、とある炭鉱の奥深くに深き緑の眼を持つ化物がいるとかいないとか………。噂程度の話なので我にもよく分からん』

「炭鉱の奥深くに眠る深き緑の眼の化物ねぇ」

 

 化物って点では怪しいが………、ジガルデがそもそもどんな姿形をしているのかも分からないんだし、何とも言えん。ただ調べて無駄ではないだろう。この際ポケモンたちが拾ってきた情報を当てにするしか道がなくなってしまったわけだし。

 

『………ジガルデは本当にいるのか?』

「知らん。それをお前が調べてるんだろうが。で、その炭鉱がどこだか分かるのか?」

『う、うむ、取りあえず今からそれを調べようと思う』

「そうか。あ、それとまたフレア団に襲われたわ。んじゃな」

『なっ!? ちょっ、ハチマーーー』

 

 ふう………。

 無駄に声がでかい奴め。

 さっさと終わらせるに限るな。

 

「ジガルデについて何か分かったのかしら?」

「いや、さっぱり」

「およ、コマチにも電話だ」

 

 今度はコマチにか。

 一体誰からだ?

 男か? 男なのか?

 お兄ちゃんの知らない間に男を作っていたのか?

 

「はいはーい、コマチですよー。およ? タイシ君。どったの? …………ふむふむ、それじゃお兄ちゃんに変わるね」

 

 ずいっとホロキャスターを差し出してくるコマチ。

 

「え? なんで俺に変わる必要があんの?」

「いいからいいから」

「チッ、仕方ない。………なんだクズムシ」

 

 こいつと話すことなんてないのに。

 

『ちょ、お兄さん!? いきなりひどいっす!」

「で、何の用だ? コマチならやらんぞ」

『えっ、や、そうじゃないっす、や、それもそれで困るっすけど…………じゃなくて!』

 

 これは次会った時に刑罰だな。

 

『ねえ、なんか洞窟の奥に化物がいるらしいんだけど』

 

 あ、カワ…………カワ………カワなんとかさん。

 ひょっこり出てきた。

 後ろでニドクインやガルーラと青みのかかった黒髪の小さな女の子が戯れている。妹かね。

 なんかほのぼのとしてる。

 

「お、おおう、カワサキ。なんだよいきなり」

『や、なんか数年前まで炭鉱だったところの洞窟の奥になんか得体の知れない何かがいるとかって噂があって』

 

 炭鉱!?

 今さっき話に出てきたところだぞ?

 偶然か?

 

「なあ、それって深き緑の眼の化物とかそんなやつか?」

『えっ? 知ってたの?』

 

 やはりザイモクザと同じ噂か。

 

「いや、今ちょうどザイモクザから聞いた。それでその洞窟とやらはどこにあるんだ?」

『レンリタウンってところの近く。今レンリタウンに来てるから』

「なるほど、だからその噂を耳にしたってわけか」

 

 どこにあるのか知らんけど。初めて聞いたぞ、レンリタウン。どこだよ、レンリタウン。

 

『うん』

「その洞窟はなんか名前とかあったりするのか?」

『終の洞窟。一度足を踏み入れれば永遠に帰って来れないってところからつけられたんだって』

「帰って来れないってことは『死』を意味するってか。つまりは終わりを意味する洞窟ってことか………」

 

 これはもしかするとビンゴなのかもしれない。

 終の洞窟。偶然かもしれないが、入ったら終わりの洞窟。アルファベット最後のZの名にふさわしい洞窟である。

 深き緑の眼の化物がジガルデを意味しているとみてもいいのかもしれないな。

 

「取りあえず、その洞窟には入るな。多分マジで帰って来れないかもしれん」

『い、行くわけないじゃん! 洞窟とか怖っ………あ、や、な、何でもない!』

『ま、まあ、そういうわけっすから』

「なあ、何でもいいだけどよ、後ろで妹? が野生のゴーストと仲良くなってんぞ?」

『後ろ? けーちゃん!?』

 

 カワサキが慌てて振り返ると妹がゴーストを交えて遊んでいた。

 

『ね、姉ちゃん…………』

『ゴースト………タイプ……………ひぃっ!? 見るなっ?! こっちを見るなっ!?』

『取りあえず切るっす!』

 

 ……………。

 カワサキはゴーストタイプが苦手と。

 うん、だから洞窟にも入りたくないんだな。

 

「終の洞窟ね。いかにもな名前だわ」

「だな。多分ジガルデがその化物の正体と言っていいかもしれん」

「調べてみる必要はあるわね」

 

 いつの間にかポケモンたちにより綺麗さっぱり片付けられているんだけど。何ならミミロップが地面をたがやして土を掘り起こしてるし。

 あ、くさタイプが総出で種を撒き始めた。

 

「そこのあなたたち! 建造物破壊の容疑で逮捕します!」

「はっ?」

 

 えっ? なに?

 いきなり出てきたかと思えば逮捕って。

 

「警察?!」

「なっ!? こっちは被害者なのに!?」

「ないわー、マジないわー」

 

 ぞろぞろと張った黄色いテープを越えて警察どもが入ってきた。

 

「彼女たちは関係ないわ。実行したのは私たち三人よ」

「おい、ユキノシタ………」

 

 ちょっ、俺とメグリ先輩の背中押さないで?!

 何考えてんの?

 

「ユキノシタ………!? いえ、だからと言って犯罪を見逃してはいけない。しっかり反省させなきゃ」

 

 どうやらユキノシタと聞いてピンときたらしい。だがそれでも俺たちは犯罪者扱いなのな。

 

「捕まえて!」

 

 カシャンと俺たち三人の腕に手錠がかけられる。部下三人ですか。ジュンサーさんも偉くなりましたね。

 

「つーか、逮捕の前に事情聴取するべきじゃねぇのかよ………」

「それは署で行います! さあ、連れてってちょうだい!」

「はあ………、やっぱりどこもかしこもカロスの奴らは使えないのばっかだな」

「何か言ったかしら?」

「いーえー、別に。ただ所詮現場は馬鹿ばっかだなって。しかも来るならもっと早く来てほしかったなーって思っただけですよ。権力だけのジュンサーさん」

「なっ!? それ以上言えば公務執行妨害で罪を重くするわよ」

「そもそも犯罪者でなければ公務執行妨害にもならないでしょ。発言の自由はあるわけだし」

「そう、だったらいいわ。あなたを公務執行妨害でも逮捕します。さっさと乗りなさい!」

「へいへい…………ったく、フラダリの狙いはこれだったのかよ………」

 

 テープを潜ってこんな狭い裏路地にバックで入ってきたと思われる白黒のパトカーに、よっこしせと乗り込む。

 後部座席はシートがちゃっちぃな。

 

「ゆきのん………」

「ユイガハマさん、ちょっと行ってくるわ。大丈夫よ、誤解が解ければすぐに戻ってくるから。姉さんによろしく」

「っ!?」

 

 ユイガハマはユキノシタの意図に気づいたのか、目を輝かせていた。

 

「あなたバカなの?」

 

 俺の横に乗り込んできたユキノシタが開口一番にそう口にする。

 

「バカは警察だろ」

「それは否定しないけれど」

「それに誤解が解けて、はいそうですかじゃ立場がイーブンにしかならない。こうして間違いを指摘しておけば、誤解が解けた後に上から言える、こともある」

「そこで詰まってるようでどうするのよ………」

「ねえ、なんで二人はそんなに落ち着いてるの?」

「シロメグリ先輩、人には知らない方がいい過去の一つや二つあるものです。ユキノシタなんかーーー」

「ねえ、ヒキガヤくん? あなた私の何を知っているというの? 返答次第じゃもぐわよ」

「怖ぇよ。言ってみただけだろうが。俺が知ってるのなんてお前がオーダイルを暴走させてたことぐらいだぞ」

「えっ? ユキノシタさん、オーダイルを暴走させたことあるの?!」

「いいわ、ヒキガヤくん。もいで欲しいのね」

 

 ずいっと俺の顔のすぐそばに乗り出してくる。

 近い………。

 メグリ先輩がはわわわっと顔を赤くしてるのが視界の端に映ってる。

 

「えっ? マジで………何をもぐつもりなのん………?」

「わ、私の口からそれを言わせようとするだなんて。それともそっちの方が喜ぶのかしら?」

 

 なんでそこで顔を赤く染めるんだよ。マジで何しようとしてんの?

 

「口に出せないことをしようとしてる時点でアウトだろ………」

「ねえ、二人とも? 一応ここパトカーの中なんだけど………どうしてそんないつも通りなの………?」

「「誤解なんてすぐに解けるからですよ」」

「なんで一言一句被ってるの………」

 

 それはこっちのセリフだ。

 

「車の中で暴れないでちょうだい。暴れたって逃げられないわよ」

「逃げるだなんて。どこかの誰かさんじゃあるまいし」

「それは誰のこと言ってるんですかねー」

「べ、別にあなただなんて言ってないんだからね」

「そんなツンデレ風に言われても棒読みすぎて萌えすらしない」

「この二人………、いつもどんな会話してるの〜」

 

 メグリ先輩の嘆きと同時にパトカーは発車した。

 実は俺もユキノシタも結構テンパってテンションがおかしくなっていることには誰も気づいていないだろう。

 二人とも布石は打った。けど、上手くいくか自信ないのが本音でもある。

 はあ………、どうなるんだよマジで。時間がないってのに。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「だから言ってるでしょ。俺らはフレア団に襲われたんだっつの」

「フレア団なんて組織はないわ。あれはネット上の架空の組織よ。そんなところの名前を出してきても無駄よ!」

 

 はあ…………。

 これ何回目だよ。

 ずっとこれのワンパターン。もう飽きてきたまである。

 それにしてもここまで無能な連中に成り下がっていたとは。

 

「失礼します! ただいま新たな証言が入りました!」

 

 ようやくきたか。

 姉のん、待ってました!

 

「彼らが襲われたのは事実です! オレンジ色のフレア団と名乗る組織が、彼らカントーのポケモン協会より臨時に集められフレア団対策会議を開いていたところを襲われたようです。その際に建物も」

 

 さすが魔王。

 俺が説明しなくてもこれで………。

 

「なお、カントーのポケモン協会の理事より、『忠犬ハチ公と三冠王、そして部下を誤認逮捕とはいい度胸だな』との、こと、です…………はい」

 

 どこぞの魔王が勝手に理事の名前使ったんだろうな。まあ、おかげでこの部屋の連中は血の気が引いて行っている。青い。すっげぇ青くなってんぞ。

 無論、他の部屋でも同じ状況だろう。メグリ先輩は苦笑いを浮かべてるだろうけど、ユキノシタは多分ドヤ顔になってるんだろうな。想像できてしまうのが悲しい。

 

「で、誰でしたっけ? 公務執行妨害だなんだ吠えてたのは」

「ッ!?」

「さっきからフレア団が存在しない組織だって言い切ってたのは誰でしたっけ?」

「ッッ!?」

「折角俺が先に事情聴取した方がいいじゃないかって言ったのに、それを無下にしたのは誰でしたっけ?」

「ッッッ!?!」

 

 あ、なんかもう泣きそうになってる。彼女の部下たちも目を合わせようとしない。あ、でも一人だけため息吐いてるぞ。

 

「先輩?」

「ひぃっ?!」

 

 あれ?

 なんか突然入ってきた男が俺を捕まえたジュンサーに声かけたら、ビクって跳ねたぞ?

 

「また、ですか?」

「ひぃあっ!?」

「すいません、うちの先輩が。誤認逮捕なんて警察として面目極まりない。この人正義感は強いんですけど、早とちりが激しくてよくやらかすんですよ」

 

 ぶるぶる震える彼女の頭をがっちりホールドして握っている。

 あれ? どっかで見たことあるぞ?

 

「いや、それはそれで問題だろ」

「まあ、それで隠れていた事件が見えてくるんでお咎めはないんですよ。今回もフレア団という組織の情報が入り、ここ最近起きていた事件の裏も見えてきたところなのです。といってもあなた方には迷惑をかけてしまった」

 

 彼女の頭を押さえつけながら一緒に頭を下げてきた。

 

「先輩には後できつくお仕置きしておきますので、それでどうかお許しください」

 

 この男、彼女に何する気なんだろうか。

 気になる。けど聞かない方がいいだろう。

 それに………。

 

「分かりました。本当はもっとやり返したい気分ではありますけど、あんたに任せます。次こんなことがないようにしっかり躾けてください」

「はい、お言葉通りに。しっかり躾けておきますよ」

 

 なんか俺と同じ匂いがする。

 

「すっかり遅くなってしまいましたね。車回しましょうか?」

「いいっすよ。それよりあいつらも解放されるんでしょ」

「ええ」

「んじゃ、俺たちは帰りますよ」

「玄関までついていきます。先輩共々」

「ひぃあっ!?」

 

 ああ、この人楽しんでるよ。

 まさか何か仕込んでるとかないよな?

 訝しみながらも部屋から出るとちょうど二人も部屋から出てきた。

 

「それじゃ、みなさん! お仕事頑張ってください!」

「「「はい〜」」」

 

 ほんわかした空気なのは右隣の部屋のメグリ先輩のところ。

 さすがめぐ☆りんパワー。

 さぞ彼らも癒されたことだろう。

 

「もう………仕事やめようかな……………」

「だな………、こんなことしてたって何になるんだって話だよ………」

 

 反対にユキノシタのところはどんよりしている。

 さぞ怒られたことだろう。

 ただ一人だけなんか嬉しそうなのは俺の見間違いであってほしい。

 

「あら、ヒキガヤくん。あなたその目で拘留ってことにはならなかったのね」

「俺の目はそんなに犯罪的なのか………?」

「よかったわ、これでまたあなたといられるもの」

「はいはい、そうですね」

 

 そういうこと、平然と言わないでくれる?

 思わずドキッとしたじゃねぇか。

 玄関まで行き外に出ると、同行してきた警察どもが深々と頭を下げてきた。

 

「本日は……ま、まことにもうひぁっ?!「先輩?」申し訳ありませんでした!」

 

 すでに躾けは始まっているのかね。

 どんな躾けだよ。

 なんか気になって二度見しちゃったよ?

 

「………ねえ、なんだかさっきと随分威勢がなくなっているのだけれど。何したの?」

「俺じゃない。あの横の男だ。よく誤認逮捕をやらかすってもんで、あの後輩に毎度躾けられているらしいぞ」

「…………変態」

「どうしてそこで俺を睨む。俺は無関係だ」

「私が間違ったことをしたらヒキガヤくんもあんな風にしてくるのかしら…………」

「なんだ、してほしいのか?」

「なっ!? そそそそんなこと言ってないわよ! 私はただヒキガヤくんも彼も同じ匂いがしたから、あなたもそうなのかもしれないと思っただけよ! けけけ決してそれも有りかもとか思ってないわ! ええ、断じて思ってないわ!」

 

 なに、この焦り様。

 しかも言葉と表情が一致してないし。

 まさかな…………。

 

「ヒキガヤくん。そういうことはお仕事終わってからだからね! それまで、めっだよ!」

 

 うん、この人は癒される。

 何も爆弾を落としてこないから安心するわ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 警察署を出てぼちぼちプラターヌ研究所に向けて歩いている。別にそれほど遠くはないと思ってたのだが、いかんせんポケモンたちがいないのだ。そのことを忘れていた俺たちは徒歩という考えてもいなかった手段で帰るしかなくなってしまったのだった。

 リザードン、迎えに来てくれー。

 

「て、また電話かよ。今度はポケナビの方だし。悪い、先行っててくれ。多分またあの話だわ」

 

 何なの、今日に限って。

 みんな寂しいのん? 暇なのん?

 

「そう、あまり遅くならないでね。あなたの帰りをみんな待ってるはずだもの」

「ああ」

 

 ポケナビに表示されていたのは知らない番号。

 誰だよ、一体。

 なんでポケナビの方を知ってるんだよ。

 

「もしもし? どちら様でしょうか?」

『………本当に出た』

「あん………?」

 

 この声、どっかで聞いたことあるぞ。

 

『ハチマン、ホウエン地方に来たよ』

 

 ハチマン。

 そう呼ぶのはトツカとーーー。

 

「その声はルミルミか。なんで番号を知ってるんだよ」

『お母さんが教えてくれた。それとルミルミキモい』

「なんであの人が知ってるんだよ」

『ヒラツカ先生から聞き出したみたい』

「俺のプライバシーってなんなの………」

 

 何勝手に教えてくれちゃってんの?

 あの人バカなの?

 

「それで、何の用だ? 何かあったのか?」

『取りあえずホウエン地方のオダマキ博士のところに来たから報告」

「そっか、てことは校長を倒せたんだな」

『強かった』

「だろうな。スイクンが相手でも怯まんだろうからな、あのじじいは」

『それでオダマキ博士がハチマンと話したいんだって』

「ほーん、んじゃ代わってくれ」

『うん』

 

 オダマキ博士か。

 以前世話になったがどうかしたのかね。

 まあ、久しぶりだから話したいことでもあるのだろう。

 

『ハチマンくん! ようやく連絡が取れた!』

「ちょ、なんすか、いきなり。声でかいって」

『いや、すまん。少し取り乱した。積もる話もあるのだが、まずは君に渡したいポケモンがいてだな』

「渡したいポケモン? そっちに預けたポケモンなんていないですけど」

『うむ、そうなのだが、まあ、取りあえずポケモンセンターに向かえるかい?』

「はあ………、まあ、多分もうすぐ着くでしょうけど」

『すまないな。どうしてもトレーナーは君がいいと言って聞かないポケモンなのだよ。まあ、君の知らないポケモンでもないし、使ってやって欲しいんだ』

「俺の知ってるポケモンねー」

 

 ホウエンで知ってるポケモンといえばキモリか?

 えっ、でもあいつどっかの森の中に帰って行ったよな。

 んじゃ誰だよ。全く心当たりがない。

 

「あー、送ってくるんだったらカロス地方のミアレシティってところの南にあるポケモンセンターでお願いします」

『分かった。それにしても君はまた厄介ごとに巻き込まれているのかい?』

「どうしてそう思うんですか?」

 

 鋭いな。

 まあ、娘バカップルが巻き込まれやすいからな。勘も鋭くなるか。

 

『ルミ君がスイクンを連れて君の前に現れたとか、どう考えても君に先のことを示して欲しいといった感じではないか』

「いや、それはないでしょ。ルミが来たのだってただの偶然だし。何ならスイクンとは初対面っすよ………、多分」

 

 あれ? 俺が忘れてるだけ? んなわけないよな?

 

『そうか………何にせよ、初めての旅でスイクンに使命を与えられるルミ君も何か持っているのだろうな』

「でしょうね。と、ああ、着きましたよ」

 

 博士と話していたらミアレ南のポケモンセンターに着いた。

 プラターヌ研究所も目と鼻の先ではあるけど、まあこっちの方がポケモンを受け取るのに野次馬が入らないからな。

 

『お、では転送マシンの方に行ってくれ。こっちも準備する』

「はいよ」

『……ハチマン、私これからどうすればいいの?』

「ルミか。スイクンが何をしようとしているのかは知らんが、まずはライコウとエンテイを集めることだな」

『それなんだけど、博士が言うにはここだけの話、リラって人行方不明なんだって』

「はっ? マジで?」

 

 えっ? なんで?

 行方不明って行方不明?

 あの人が?

 ライコウ連れてるような人が?

 

『でも博士が取りあえず、ライコウやエンテイを呼び出すこともできなくはないって』

「というと?」

『エメラルドって人のところにフーパってポケモンがいるから、そのポケモンに頼めば会えるかもって』

「フーパ? ……あー、なんかそんな名前のポケモンがいたな。すまん、よくは知らん」

 

 フーパ………、どんなポケモンだっけ………。

 名前に聞き覚えはあるが、姿が全く思い出せん。見たことあったようななかったような気もする。どっちだよ。

 

『大丈夫、明日会えるらしいから』

「なんつー段取りだよ。やることが早ぇな」

『もう博士も慣れたんだって』

「それはお気の毒に………」

『あ、準備できたみたい』

「はいよ」

 

 ポケモンセンターの中にある転送マシンの前でルミと話しているとようやく準備ができたみたいだ。

 

『今送ってる』

「何が出てくるのやら………」

 

 転送マシンにようやくモンスターボールが送り出されてきた。

 

「きたぞ」

『うん、開けてみてって』

「めっちゃ怖い」

『いいから』

「はい………」

 

 ルミに促され、ボールの開閉スイッチを開く。

 中からは俺より背丈のあるポケモンが出てきた。

 体色は薄い緑色。

 種族名はジュカイン。

 そう、ジュカイン。

 

「やっぱりお前か………」

「カイカイッ」

「うおっ、ちょ、おま、いきなり抱きつくな」

 

 笑顔でタックルしてくるなよ。お前の方が強いんだから。

 

『君が帰った後にわたしの所に来てな。君に連絡も取れないし、そうこうしてる間に進化したのだよ』

「ちょ、まて、落ち着け! すんません、なんかキモリ………今はジュカインか。居候させたみたいで」

『いや、構わないよ。それにしても随分懐いているようだね』

「それに関しては俺が一番驚いてます。なんなのこいつ」

『ポケモンがトレーナーを選ぶなんて珍しいことだからね。大事にしてあげてくれ』

「俺の場合、そっちのポケモンしかいませんけどね」

『君こそ珍しい生き物なのかもしれないな』

「それ言うとルミもじゃないですか?」

『人間だけが選ぶ側というわけでもないからね。そっちも自然なことだと思うよ』

「つか、あ、ちょ、待て! 取りあえず一旦離れろ! 重い!」

 

 はあ…………、何なのこの懐き様。

 リザードンともゲッコウガとも違う、オーダイルでもないな………あー、ユキメノコか。あいつに近い。だがこいつは雄のはず。

 …………今どっかで愚腐腐って笑いが聞こえたような…………。

 

「で、ジュカインが首に巻いてる丸い石二つは何なんですか?」

『ん? 君はメガシンカを使えるんじゃなかったのかい? ルミ君からそう聞いているのだが』

「そうじゃなくて、なんでキーストーンと誰のメガストーンかも分からない石をもたせてるんですかって話ですよ」

 

 そうなのだ。

 なんかキーストーンとメガストーンを首に巻きつけてきたのだ。

 さっきからそっちの方が気になって仕方がない。

 

『メガストーンの方はジュカインのだよ。ジュカインもまたメガシンカできるポケモンなんだ。ここに来た時から肌身離さず持っていたぞ』

「………森へ帰ったのはメガストーンを取ってくるためだったとか、そういう落ちじゃないだろうな」

 

 おい、そこ。目を合わせろよ。

 

『それとキーストーンは流星の民からのご厚意で戴いた』

「いいのかよ、俺に渡して」

 

 流星の民ってそんなに心広かったっけ? あそこにとっちゃ大事なものだろうに。

 

『一つ、実験をして欲しくてね。キーストーンとメガストーンはそれぞれ一つずつ反応するだろう? だったらキーストーンが二つあれば二体同時にメガシンカできるのではないかって思ったのだよ』

 

 二体同時のメガシンカね。

 

「それこそ、あんたの娘婿に頼めば………」

『まあまあ、表向きはそういう理由ってだけだよ。どうせ君はそっちでも何かと忙しそうだからね。落ち着くまで使ってくれ』

 

 ぐっ、ここまで言われちゃ返しようもない。心配しすぎでしょ。

 

「はあ………、そういうことならありがたく使わせてもらいますよ。俺も二体同時のメガシンカには興味がありましたんで」

『なんだ、やはり君もそこに行きついていたのか』

「俺はどうやらそっち側の人間らしいですよ」

『はっはっはっ、だったらこっちに就職するかい?』

「遠慮しておきます。仕事してますんで」

『ま、こうして研究職の外で動いてくれる若者がいるというのも心強いことだよ。それじゃ、そろそろ切るけどルミ君とは話すかい? ルミ君も何か話すことあるかい?』

 

 話すことねー。

 

「あー、ルミ。取りあえず無理はするなよ。諦めるのも一つの手だからな」

『うん、大丈夫。ハチマンも気をつけてね』

「ああ、んじゃな」

『うん』

 

 まあ、これくらいしか俺にはもう言えることがない。

 あとはルミがどうするかだし、スイクンたちが何を求めてるかだし。

 なるようになるだろ。

 通話を切って後はこの密林の王をどうしたものか。

 ちょっと懐きすぎじゃない?

 メーター振り切ってるまであるぞ?

 

「新しいポケモン、か…………」

 

 俺のパーティーに新しく参加したジュカイン。

 このことを知っているのは俺とルミとオダマキ博士のみ。

 ……………。

 

「悪いな。多分、お前をみんなに紹介するのはもうちょっと後になりそうだわ」

 

 敵を欺くのならまずは味方から。

 誰にもジュカインの存在を知られなければ、最後の切り札になるかもしれない。

 しかもメガシンカするって言うし。

 

「カインっ!」

「うぉ、ちょ、だから飛びつくなっつの!」

 

 ほんとしばらくしか一緒にいなかったってのになんでこいつはこんなに懐いているのだろうか。マジでそこんとこ誰か教えて。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 プラターヌ研究所に戻るとなんか総出で出迎えられた。

 

「お勤めご苦労!」

 

 俺はいつからギャング系になったんだよ。

 

「お兄ちゃん、お勤め大変だったよね。コマチが癒してあげるよ」

 

 だから俺はギャングじゃない。

 

「先輩、背中に刺青ありましたっけ?」

 

 ない。あるわけがない。彫りたくもないわ。

 

「ヒキタニくん、マジヤバイわー。イケイケだわー」

 

 意味が分からん。お前の言語がヤバイわ。

 

「ヒキオ、おかえり」

 

 あ、なんか普通にミウラが大人しい。

 ちょっと新鮮。

 

「………変態」

 

 まだ言ってんのか。

 あれは俺のせいではないと何度言ったら分かるんだ、ユキノシタ。顔を赤くするんじゃない。

 

「ヒッキーががえっでぎだよぉー、うわぁあぁぁああああっ!!」

 

 泣きすぎ。そしていきなり抱きつくな。あ、おい、鼻水付けんなよ!

 一応お前のおかげでハルノさんを呼べたんだろうが。

 

「ひゃっはろー、ヒキガヤくん、大変だったねー」

 

 んで、この人はなんでいるの?

 つか、さっきのって絶対この人知ってたよな?

 だから来る前に退散したんだよな?

 うわー、魔王恐るべし。

 

「ヒキガヤ君、おかえりなさい」

 

 はふぅ、癒される。

 

「ハチマン、おかえり」

 

 はふぅ、二度癒される。

 

「けぷこん! 我が相棒が無事で何よりである!」

 

 うっ、なんか急に吐き気が………。

 

「………何やってんの? みんなして」

 

 ちょっと総出すぎて引く。マジで引く。

 何なの? 新たな嫌がらせ?

 

「いやー、ユイさんがこんなんだから」

「うん、まあ、これは結構深刻な問題だよな」

 

 俺の胸の中で泣き虫るユイガハマに俺もちょっと慄いている。

 

「ユイ先輩、はるさん先輩に連絡してから、落ち着かなくなりだして、しまいにはここまで崩れてくんですよ。落ち着かせる私たちの身にもなってください」

「うん、それは、なんか、すまん………」

 

 なんか湿っぽくなってきた腹回りに不快感を覚えながらも、イッシキにそう返した。

 

「さて、ヒキガヤ君」

 

 え? なに?

 これ以上に何かあるの?

 

「イッシキさんから聞いたのだけれど。あなた、今後の方針を決めたそうじゃない」

「はっ? え? なに、いきなり」

「せーんぱい、約束しましたよね? 会議が終わってみないことには何とも言えないって」

「あー………、言ったな、そんなこと。なんか色々ありすぎてて忘れてたわ」

 

 マジで忘れてたわ。

 そういや昨日言ったな。ミウラとバトルした後にイッシキにじわれを教えろとかも言われたな。思い出したわ。

 

「それじゃ、忠犬ハチ公さんがどう動こうとしてるのか教えてもらえるかしら?」

「…………何も考えてないんだけど?」

「なら、今考えなさい。私たちも考えてるもの」

「へいへい」

 

 はあ………、総出でお出迎えってこれのためかよ。

 ま、分かってたけどね。きゃっきゃうふふなイベントが起こるはずがないんだから。

 さて、これからどうしたものか。



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65話

 どう動く、かね。

 まあ、そろそろいいか。

 

「明日、フレア団を堕とす」

「………本気?」

 

 少し間があった後にユキノシタが苦い顔で聞き返してくる。

 

「ああ、もう好き勝手されても困るからな。物的証拠がないから攻める機会を伺ってたが、こうも俺を目の敵にされたんじゃ我慢ならん。フレア団を壊滅させる」

 

 今まではフレア団の物的証拠、あるいは確定的な何かができないか機を待っていたが、もうここまでされてはただ一方的に被害が出るだけだ。そろそろ堕とさないと本当にヤバイ。

 

「当然、私たちもついて行きますよ?」

「どうせ言っても聞かないだろ。好きにしてくれ。ただ、ついてくるんだったら戦力を教えてくれ。使えるものは全て使う」

 

 イッシキの言う通りこいつらはみんなついてくることになるだろう。本当は連れて行きたくないが、言ったって聞きそうもないし、それならば俺が動かした方がまだ安全かもしれない。

 だったら、初心者三人(もう初心者って言わない方がいいだろうけど)を除いた奴らのポケモンを知っておくべきだ。こっちで捕まえたポケモンよりは今まで育てたポケモンの方が経験があるし、扱いも慣れているはず。それに必要ならばポケモンの貸し借りも行えるからな。コマチたちの戦力強化にも繋がる。

 

「それは私たちが今までに捕まえたポケモンたちを教えろってことかしら?」

「ああ、そういうことだ。ポケモンによっては貸し借りをしてもらうことになるかもな」

「そう……、私のポケモンはあなたが知ってる六体の他に実家にペルシアン、マニューラ、フォレトス、ギャロップがいるわ」

 

 まずはユキノシタ。

 オーダイル、エネコロロ、ボーマンダ、ユキメノコ、ニャオニクス、クレセリアに加えて、ペルシアン、マニューラ、フォレトス、ギャロップがいるのか。

 ペルシアンがいるのはなんかユキノシタらしい。

 逆にフォレトスがいるのは意外だったわ。

 だが、まあいいポケモンばかりだな。

 

「お姉さんはねー………ねえ、ヒキガヤくん。私のポケモンって何知ってる?」

 

 聞き返すなよ。

 思い出せってことかよ。

 

「はっ? えーっと………カメックスにネイティオ、メタグロスにバンギラス二体にハガネールが今持ってる奴ですよね………。後はパルシェンとかドンファンとかいませんでした?」

 

 確か、あの決勝戦で使ってたパルシェンとドンファンが今連れているポケモンの中にいなかったはず。というかすでに六体連れ歩いてるし普通に無理か。

 

「うんうん、記憶力ばっちりだね。さすがリーグ優勝者」

「逆にあれが俺だったって気づいてたんですね」

「そりゃ、私を倒せた相手なんて数少ないからね。嫌でも覚えちゃった」

 

 あの時の話を彼女としたことなかったが、あっちは気づいてたんだな。気づいててずっとなんのアプローチも取ってこなかったのか。

 で、今…………今更なんかされちゃうとかないよね?

 

「…………私から脅迫まがいに聞き出しておいてよく言うわね」

「へー、そんなこと言うんだー。最初のポケモンを選ぶ時に私がみずタイプ選んだからって、同じみずタイプのワニノコを選んできたのは誰だったかなー」

 

 相変わらず仲のいい姉妹だこと。

 なんとなく分かっていたけど、やっぱりそういう理由だったんだな。

 

「あら? 昔のことなんて記憶にないわ。私はワニノコーー今はオーダイルのあの子に魅かれただけよ」

「じゃー次は私ですかねー」

 

 無視ですか。そうですか。

 イッシキ、後でお仕置きされても知らんからな。ほんとこいつは怖いもの知らずだな。

 

「あ、イッシキとコマチとユイガハマはいいわ。知ってるから」

「うぇっ?! 酷いです………」

 

 いや、分かってるのに聞く必要もないだろ。

 それとも何か? 新しく何か捕まえたのか?

 

「逆に何か新しく捕まえたのかよ」

「いえ………、変わりないです………」

 

 そんなに言いたかったのか?

 なんでそこで落ち込むんだよ。

 

「んじゃ、次はあーしらか。あーしはヒキオとバトルしたポケモン六体のみ」

 

 あら意外。

 アーボックとか捕まえてると思ってたのに。

 

「俺はピジョットにエアームドっしょ、それからグライオンにムクホーク、ヒノヤコマ」

「……………」

 

 …………………。

 え? 何こいつ。

 割とガチなトレーナーになろうとしてたのん?

 マジで?

 バトルしてみた方がいいのかね。

 

「せんぱーい……って、あーですよね。トベ先輩がひこうタイプを極めようとしてるの知りませんよね」

「いろはすー、そんな褒めても何も出ないべ?」

「出さなくていいです。それと別に褒めてませんから。それとキモいです」

「ないわー、いろはす、そりゃないわー」

 

 さすがいろはす。躱し方が慣れてる。

 

「あ、私のこそ知らないよね。エビワラーにゴーリキー、ドククラゲにオムスターにモジャンボだよ。筋肉と触手のパラダイス! あ、一つ空きがあるからヒキタニくんもパーティーに入らないっ? 今なら大歓迎だよ。愚腐、愚腐腐腐っ」

 

 ………………………。

 さっきの悪寒はこの人だったのか?!

 というか今までエビナさんのポケモンを見たことがなかったな。

 なんか分かってはいたけど、分かってはいたけど…………マジかー……………。

 拘り方が絶対におかしいと思う。

 

「エビナ、擬態しろし」

 

 さすがあーしさん。

 鼻血を吹き出したエビナさんにすかさずティッシュを渡している。

 おかん力半端ない。

 

「私はフシギバナにエンペルト、サーナイトにメタモンとグレイシアだよ。あ、でもグレイシアは今自宅療養中だけどね」

「……なんで先生がそこで恨めしそうにシロメグリ先輩を見てるんですか。そんなにサーナイトが欲しかったんですか」

 

 メグリ先輩の口からグレイシアが出てくるとすごい目で彼女を睨んでいるアラサーがいた。

 怖いよ怖い。メグリ先輩が怯えちゃってるからそんなに睨まないで………。

 

「うう………、まさか進化の途中で石が落ちてくるなんて…………、結局私はかわいいポケモンとは縁がないのだよ」

 

 あーあ、今度は泣き出してしまった。

 もう放っておこう。その内復活してくるだろ。

 

「トツカも………」

「変わりないよ。それとも捕まえた方がいい?」

「いや、ハピナスのままでいいぞ。一人くらい回復させることができるポケモンを持ってた方がいいだろうからな」

 

 トツカはこのままでいて欲しい。

 何ならいるだけで癒されるからな。

 頑張れるってもんだ。

 

「うん、分かった」

「で、この中でメガシンカできるのは………ユキノシタのボーマンダに先生のエルレイド。シロメグリ先輩のフシギバナと後は………」

 

 誰がいたっけ?

 

「僕のミミロップと」

 

 あ、忘れてた。

 そうだ、コンコンブル博士に仕込まれて安定するようになったんだったな。

 俺としたことが。トツカ検定一級試験を合格できないではないか。

 あったらいいな、トツカ検定。

 

「カメックスとバンギラスよ」

 

 未だメガシンカした姿を見たことのないハルノさんのポケモンたちか。

 バンギラスって二体いたよね? あのどちらかがってこと? それともあの二体すらもできちゃったりするのん?

 

「ヒキガヤくんのリザードンも入れなきゃね」

「キーストーンの数は?」

「私が一つ」

 

 博士にもらったユキノシタが一つだな。

 

「私も一つだ」

 

 この研究所の実験用として借りてる先生のが一つ。

 

「あ、お姉さんは二つ持ってるよー」

 

 二つか。

 ということはメガストーンも二つ、つまりメガシンカできるバンギラスは一体だけってことだな。

 

「私も一つ」

 

 メグリ先輩も一つか。

 というか二つ持ってるハルノさんがおかしいんだよな。今の俺も人のこと言えないけど。

 

「僕も一つ」

 

 そうだな。結局博士からもらってたもんな。

 

「あーしも持ってる。もう使う機会ないけど」

 

 それな。ほんとそれ。

 誰かメガストーン他に持ってないのかね。

 

「俺のを入れて計八つか………」

 

 ほんとは九つだけどね。

 

「どうする?」

 

 どうする? とかいいながらコマチを見ないでください。

 なんか分かりましたから。

 

「いえ、やめておきましょう。メガシンカはまだ早い。タイミングはユキノシタさんの判断にお任せます」

 

 前にプラターヌ博士がカメックスのメガストーンは貸してるとか言ってたのは、ハルノさんのことだったのだろう。

 だからコマチに返そうかってことなんだろうけど。まだ早いよな。

 

「そう」

「それで、だ。ユキノシタ、コマチにニャオニクスを貸してやってくれないか?」

「いいけれど。理由は?」

「ニャオニクスは雄と雌とでは得意分野が違う。雄のカマクラはサポートに回り、ユキノシタのニャオニクスを強化して戦う方が効率がいいと思う」

「………そうね、以前フレア団に襲われた時にコマチさんも上手く使いこなしていたことだし、いいでしょう」

 

 そう言ってユキノシタはモンスターボールを一つコマチに手渡した。

 

「あ、ありがとうございます、ユキノさん………。でも、いいんですかね」

 

 受け取ったコマチであるがちょっと遠慮がちである。

 

「問題ないわ。どうせ実家から誰かを連れてこいっていうのでしょうから」

「ああ、その通りだ。連れてきて欲しいのはマニューラだな。後イッシキにフォレトスを貸してやってほしい」

「そっちの理由も聞いていいのよね?」

「マニューラは素早いポケモンだからな。奇襲をかけるのにも使える。フォレトスは単にイッシキのタイプバランスを考えただけだ」

 

 ペルシアンやギャロップもいいし、フォレトスもびっくりな感じでいいのだが、やはりこういう場合は素早いポケモンを連れていた方がいいと思うんだよ。

 今まで俺もリザードンだけ(いてもダークライ)だったから、忍び寄るようなポケモンは貴重なんだよな。

 それとイッシキのポケモンはあく・ゴースト・くさが弱点になりやすい。むし・はがねのフォレトスでそこをカバーできれば戦力強化に繋がるはずだ。

 

「そう、なら後で送ってもらうようにするわ」

「次はメグリ先輩ですね。グレイシアを呼ぶことはできないんですよね?」

「うん、ちょっと前に無理させちゃったから」

「と言うことは手持ちが四体だけってことになりますね」

 

 グレイシアは戦力外と考えるべきだよな。

 となると………。

 

「うん、捕まえる?」

「いえ、ユキノシタさんのパルシェンとドンファンを借りましょう。………扱いきれないことは、ない、です、よね……………?」

 

 段々心配になってきた。

 あの最強のめぐ☆りんパワーがある限り大丈夫だとは思うのだが、ハルノさんのポケモンだし……………。

 

「どうだろう………、はるさんのポケモンはみんな強いからなー」

「大丈夫だって。メグリだったらあの子達も言うこと聞いてくれるって」

 

 そんな短絡的に言われると余計に心配になってくるんですけど。

 

「そ、そうですかー? それならお言葉に甘えさせてもらいます」

 

 ま、まあハルノさんが予め言い聞かせていることを期待しておこう。

 

「えーっと、次はユイガハマか」

 

 次はこいつらなんだが………。

 

「あ、あたしもあるんだ………」

「いや、ユイガハマは今以上に持たせると却って扱いきれないだろうしな。やめておこう」

「うぅ………、事実だから否定できない………」

 

 特にない。

 というかこれ以上ユイガハマは無理だ。今が精一杯である。

 

「イッシキはユキノシタからフォレトスを借りるとして………、じわれ、上手くいったのか?」

 

 それよりもじわれは扱えるようになったのだろうか………。

 

「ッッ!?」

 

 この悔しそうな表情を見る限り、無理だったのだろう。

 

「そうか」

「………なんとなく、コツというか撃ち方みたいなのは、見よう見まねでできます。でも地面にヒビが入る程度で………」

 

 ポツポツと零れ出る言葉にもどかしさがにじみ出ていた。

 それだけ特訓してたのだろう。

 

「そこから先が上手くいかないと」

「…………はい」

 

 少し間があったが、ようやく認めた。

 間があった理由は分からないが、俺の期待に応えられなかったとか思ってるんだったら思い上がりも甚だしいところだ。

 だってーーー。

 

「そりゃそうだろうよ。今のお前にじわれが使えるなんて思ってもないから」

 

 ーーー誰もイッシキが一撃必殺まで習得するなんて思っちゃいないんだから。

 

「うぇっ!? なんか酷くないですか!? あんまりです! 訴えてやります! かわいい後輩を弄ぶとか鬼畜です!」

「でんじほうにしろ究極技にしろ、扱うのは難しい。でんじほうはコントロールが上手くいかなければ究極技なんてそう簡単に撃てるものでもない。だが、それ以上に難しいのは一撃必殺の技だ。あんなデタラメな技、そうそう扱えるわけがない」

 

 この一ヶ月の急成長には目を見張るものがあるが、そろそろ己の限界、経験の壁を見せる必要があった。

 だからこそ扱いの難しい三種類の技を覚えるように仕向けたんだし、現実を見せたのだ。

 

「なんですか、自慢ですか。大人気ないです」

「いやいや、それなら実際に使えそうな人に聞いてみようか? ユキノシタさん、一撃必殺って誰が覚えてます?」

「うーんとねー、カメックスとハガネールとドンファンがじわれ使えるよ」

 

 ………魔王はやはり魔王だった。

 基本的に覚えるやつら全員じゃねぇか。なんだこの人。マジで魔王じゃん。

 

「ほ、ほらみろ、俺よりも恐ろしい人がいるじゃねぇか。ちなみにユキノシタは?」

「あなた喧嘩売ってるのかしら? 誰も使えないわよ。唯一使えそうなのがギャロップだけど、無理だったわ。………そういえば、あれから特訓も何もしてなかったわね。今は使えるかもしれないわ」

 

 ギロッと睨まれた。

 姉とは逆に恐ろしい。そんな睨まないで。

 ハルノさんに触発されて一撃必殺を覚えさせようとしてたのは分かったから。

 

「一応試してるのね………」

「はあ………、やっぱり先輩たちみたいにならないと無理なんですかねー」

「まあ、そうね。一撃必殺を扱えるトレーナーは真っ黒なのかもしれないわよ」

 

 誰が真っ黒だ。真っ黒なのはハルノさんだけだっつの。

 

「ですよねー。ほら、私たちってピュアピュアじゃないですかー。だからどう足掻いても無理なんですねー」

「おい、お前ら。一撃必殺使えないからって壁作るのやめてくれる?」

 

 誰がピュアピュアだよ。

 お前らの方が腹黒いじゃねぇか。

 それと一歩下がらないでくれます?

 

「………でも、正直言えば、これが先輩のいる領域なんだって思い知りました。でんじほうは狙えますけど、途中で軌道を曲げたりだとか、ブラストバーンは先輩みたいな猛々しい炎にならなかったり、まだまだです。私には到底無理な高みです」

 

 とふざけてたのが一転、イッシキがまた儚げな表情になった。

 

「………いいことではないか。そうやって立ち止まることで技の深みが理解できてくるというものだ。君の得意分野はなんだ? 攻撃か? 防御か?」

「…………フィールドの支配、です」

「そうだ。私の言った二つのどちらでもない。言ってしまえばヒキガヤとは違う路線のトレーナーだ。ならば、何を落ち込む必要があるというのだ? 君はヒキガヤとは違うんだぞ?」

「そう、ですね………。私は先輩やはるさん先輩じゃありませんよねっ」

 

 あ、なんか明るくなった。

 イロハちゃんふっかーつっ! とか宣言してるんだけど、あれどうしたらいいと思う?

 

「ああ、そうだ。ユイガハマたちもだぞ。この際言っておくが、誰かの後を深追いするのは却って自分の道を見失うことになる」

「たはは………、よくわかんないけど、自立しろってことでいいのかな………」

「そういうことだと思いますよ。初心者トレーナーって看板はそろそろ取り下げた方がいいみたいですねー」

 

 うーん、そういうことだったのか?

 うーん、分からん。

 ただユキノシタのことをじっと見ているのが気になる。

 

「それで、どうやって攻め込むつもりなのかしら?」

「回りくどくやっても効果はないだろう。正面突破で行く」

「確か入り口が電子ロックで締まってなかったかしら?」

「そこはザイモクザの出番だ。ポリゴンやロトムに解除してもらう」

 

 というかまずポリゴンたちがいなければ攻めこめもしないというね。

 こういう時、ザイモクザ様々である。

 

「あい、分かった!」

「その次は? 中を把握できているの?」

「いや? 手当たり次第に壊していく。無差別だ。連中がどうなろうが知ったこっちゃない。そもそもあいつらのスーツはあんな形をしてて装甲服になってるからな。ちょっとやそっとじゃ死にはせんだろ」

 

 ダンゴロのだいばくはつで無傷だったのには驚いたぜ。一番近くにいたくせに誰一人として傷一つ負っていない要因が、あのオレンジ色のスーツらしいからな。

 見た目の割の高機能とか何なんだよ、あのスーツ。

 ちなみに俺も1着持ってるんだけど。

 つか、あのスーツもらっとけばよかったんじゃね?

 あ、やべ………、なんでそのことに気づかなかったんだよ。ただで手に入るところなのに、あー惜しいことをした。

 

「攻める時間帯とかも決まってるのかしら?」

「夜の方がいいだろう。日中から動いてたんじゃバレバレだし」

「なんか、泥棒の気分ですね………」

「やることあんまり変わんないし………」

 

 まあ、見る側が違えば盗人だろうな。

 

「俺としてはメガストーンを回収していきたいんだけどな」

「そういえば、あそこでボーマンダのメガストーンも取ってきたのよね」

「そうそう、ギャラドスのを探してたんだが、どうもフラダリが持ってるみたいだし」

「それってあーしの?」

「ついでだ、ついで。なんかムカつくから一個や二個貴重なもん盗ってってやろうって思っただけだ。他意はない」

「はっ? 他意とかキモ………」

 

 えー、別にそういう意味で言ったんじゃないのに………。

 あーしさん、厳しすぎ。

 

「たらし………」

「キモいです」

「ヒッキー、ユミコまで手を出すの………?」

「お兄ちゃん、やっぱり鬼いちゃんだったよ」

「なんでお前ばかりモテるんだ」

 

 アラサーが仰いでいる。その頬には一雫の水滴が流れていった。

 

「ここまでくると、我は羨ましいとも思えなくなってきたぞ………」

 

 逆にザイモクザは女性陣の目に怯え、以前とは異なる感想を抱いている。

 

「ハヤ×ハチの方をぜひ推進!」

 

 聞こえない。

 ハチマン、ナニモキイテナイ。

 

「エビナ、擬態………。あんた、そうやって気遣おうとしなくていいから。あーしは自分の力で取り戻すし、誰かの施しを受けようなんて思ってないし」

「デスヨネー」

 

 マジ勇ましいあーしさん。

 リスペクトっす。

 

「ねえ、一つ聞きたいのだけれど、これって明日に拘る必要あるのかしら?」

「ないな。ただ時間は早い方がいいってだけだ」

「だったら明日一日空けてくれないかしら。貸し借りしたポケモンに慣れる必要もあると思うのだけれど………」

「あ、やっぱそう思う?」

「ええ、使うのはあなたじゃないもの」

 

 うん、確かに俺じゃないな。俺基準で考えてちゃダメなんだったな。

 

「バトル、ってことでいいのか?」

「それでいいとは思うのだけれど。みんなはどうかしら?」

「まあ、バトルが一番分かりやすいんじゃないかなー。これから叩きの場に行くんだし。どういう風に戦うのが好みなのかもそれで分かるだろうし」

 

 と言うのはメグリ先輩。

 誰も反対意見を出してこないし、バトルとなると………。

 

「組み合わせはどうすっかなー………」

「自分のポケモンとバトルするのは何だか気が引けるわ」

「ねー。私もそれは嫌だなー」

「えっ?」

 

 えっ?

 あのハルノさん……あ、違った、魔王が?

 

「んー? なにかなー、その反応はー。ヒキガヤくーん? 説明してくれるよねー?」

 

 怖い。

 笑顔なのに目が笑ってない。

 ユキノシタが本当にこの人の妹なんだって自覚させられるくらい怖い。

 

「え、いや、その…………ハルノさんはてっきり自分のポケモンでも相手なら容赦なくやるもんだと思ってたんで…………」

「酷いっ!? 酷いわ、ヒキガヤくん! 私をなんだと思ってるのっ?」

「えっ? ま、魔王?」

 

 演技臭いセリフを吐いてくるので、思わず正直に言ってしまった。

 あかん、これオワタ………。

 

「よーし、それじゃあパルシェンとドンファンにはヒキガヤくんの相手してもらおうかなー」

 

 つまり、俺はメグリ先輩の相手をしろってことでしょうかね………。

 自分が相手しないところをみると一応時間の方は気にしてくれているらしい。

 

「えっ? でもヒキガヤくんってフルバトルできないんじゃ………」

「大丈夫大丈夫っ! リザードン一体でリーグ戦に乗り込んでくるくらいだからハンデくらいあってないようなものよ!」

「は、はあ………、ヒキガヤくん、えと……、大丈夫なの?」

「ま、なんとかなるでしょ」

「じゃ、じゃあ、調整の相手をお願いしてもいいかなー?」

「喜んで」

 

 メグリ先輩にお願いされたんじゃ、無理であろうとなかろうと引き受けるに限る。

 

「ねえ、ユキノちゃん。ヒキガヤくんってメグリにだけ甘くない?」

「あら、今頃気づいたのかしら? 彼曰く、シロメグリ先輩やトツカくんが癒しの対象らしいわよ」

「メグリはともかくあの子をチョイスってどうなの………? ヒキガヤくんってそっち系?」

「………否定できないのが辛いところね」

「うわー………」

 

 ねぇ、ちょっとそこの姉妹。

 二人で俺の悪口言わないでくれる。ちょこちょこ聞こえるように言ってくるのが、刺さるんだけど。

 せめて聞こえないように言って!

 

「ご、ごほん! えーっと、じゃあミウラとユイガハマとはもうバトルして実力も大体把握してるからいいとして、トベとエビナさんのポケモンたちはお初なんだよなー。誰と相手したい?」

「え、えー、そう聞かれても………あ、取り敢えず、お三方はなしでオナシャス!」

 

 お三方ってのは俺とユキノシタ姉妹だろう。

 取り敢えず、トベを蹴りたい。なにこのチャラさ。

 

「じゃあ、ザイモクザな」

「え、えー、ないわー、ヒキタニくんマジないわー」

「バカ言え、お前どうせ女子相手に本気出すとか無理くね? とか言い出すだろうが」

「ひ、ヒキタニくんが俺のことを理解してくれているっ!?」

 

 なんか超感激って目を向けてくるんだけど。男からそんな目を向けられても嬉しくない。あ、トツカなら大歓迎。トツカの性別はトツカだからな。性別の枠なんてものに縛られない存在なのだ。

 

「目を輝かすな。気持ち悪い。つーわけで、ザイモクザ。トベの相手いけるか?」

「問題ない。我がでんじほうに痺れるがいい!」

「んじゃ、トベとザイモクザで。それとエビナさんは」

「トツカ君とバトルしてみたいなー」

「えっ? 僕っ?!」

「うん、実力的にはトツカくんが丁度いいかなって」

 

 結構普通の選択だったな。もっと極端なところをくるかと身構えてたのに。

 

「どうする、トツカ」

「ぼ、僕はいいけど………」

「んじゃ、決まりな。エビナさんの相手はトツカってことで」

「ちょ、先輩! 私たちの相手は誰がするんですか?! まさかユキノシタ姉妹とやれとか言い出しませんよね?!」

「言わん言わん。イッシキの相手はコマチだ」

「へっ? あ、ふぇっ?」

 

 こらこら、言い直さなくていいから。

 あざといんだよ。

 

「コマチの相手ってイロハさんだったの?」

「それもダブルバトルな。コマチがニャオニクス二体をどう動かすのか見なきゃならんし」

「………全力勝負、だよね?」

「もちろん」

「なんか久しぶりだなー。コマチちゃんと本気でバトルするの」

「そうですねー。負けませんよ!」

「こっちこそ!」

 

 にこにこ笑ってるけど、うん、こいつらは目が笑ってるから安心だ。やはりあの姉妹は高度な技術を持っているんだな。あ、イッシキも使えたか。

 

「んじゃ、明日はバトルで戦力確認。明後日の夜にフレア団を襲撃。それでいいな?」

 

 決定内容を確認すると皆が頷き返してきた。

 どう、なるかね………。本当にこれでいいのか不安ではあるが。まあ、どうこう言ったところで未来なんて変わらないんだし、なるようになれだ。

 というわけでこれにて作戦会議は終了。

 なんか後半はバトルの話になって盛り上がっちゃってるけど、これ一応フレア団倒すための戦力確認だからね?

 

「飯食った後、早速ザイモクザとトベのバトル見るのもアリか」

「おおう! なんか食った後に運動とか腕がなるっしょ!」

「えっ? ハチマン………? それは我に対する嫌がらせか?」

「なにを言う。時間は有意義に使わなくては。それにお前ら今日は一度もバトルしてないだろうが」

「きゅ、救援に向かえなかったのは謝るから、どうか! どうか御慈悲を!」

 

 さあ晩飯だー、と動き出した俺たちにザイモクザが一人泣きついてくるが、まあ今日の罰だ。

 

 

 コマチが今がどれくらいの強さなのか、実は知らないというのは内緒な。

 我が妹ながら中々バトルしてるところに出くわさないんだよ。



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66話

しばらくバトル回になりますね。


 晩飯食った後。

 俺たちは早速、ザイモクザとトベのバトルを観戦するべくバトルフィールドにやってきた。

 審判はどのバトルもヒラツカ先生がやるらしい。なんか「ここは譲れません」って言われた。どこの正規空母?

 

「使用ポケモンはトベに合わせて五体! 技の制限はなしだ! 交代も自由! 思う存分戦ってくれ! それではバトル開始!」

 

 はやっ。

 もう始まったし。

 

「ダイノーズ!」

「はがね・いわ………、ムクホーク!」

 

 まず最初のバトルはダイノーズとムクホークか。

 一見、ダイノーズの方が有利に見えるが、素早いムクホークにはインファイトというかくとうタイプの技がある。トベがしっかり覚えさせていれば戦況はどちらに転がるか分からんな。

 

「主砲、斉射!」

 

 えー、あいつ最初から手加減なしかよ

 食後だからゆっくりしたいんだろうな。ということはさっさと終わらせようって魂胆か。

 

「ムクホーク、こうそくいどう!」

 

 ロックオンで狙いを定めてきたダイノーズから振り切るためか、高速で近づいていく。

 

「ってーっ!」

「上昇!」

 

 発射と同時に切り返して直角に上昇。ムクホークはでんじほうを躱した。

 だが、追尾機能を付けられたためそう簡単に逃げ切ることはできない。軌道を変えたでんじほうがすぐにムクホークを追いかける。

 

「切り返し!」

 

 素早い動きで天井近くまで上昇すると一気に切り返し、天井を這い回るようにでんじほうを引きつけていく。

 

「下降!」

 

 このフロアを一周するように自陣に下降してきた。

 

「斉射、ってーっ!」

 

 ムクホークが降りてきたのを見計らい、ザイモクザは次を仕掛け始めた。

 

「でんこうせっか!」

 

 地面すれすれで切り返し、さらにスピードを上げたムクホークがダイノーズへと突っ込んでいく。

 撃ち出された二発目のでんじほうに臆することなく勇敢に立ち向かっていくが、何か策はあるのだろうか。俺であればギリギリまで引き付けてからの後ろのでんじほうで相殺するが果たしてトベにそこまでの技術があるのやら………。

 

「ぬぅ、ならば連続だ!」

 

 だがあっさりと躱されてしまった。真正面からザイモクザはチビノーズたちも使ってでんじほうの連発に切り替えた。躱したでんじほうも軌道を変えてムクホークを追いかけていく。

 当のムクホークは迫り来るでんじほうの弾群に道を阻まれるも、体を捻ってギリギリのところで躱している。

 

「左にナイフエッジロール!」

 

 ムクホークは素早く動いている中、トベの命令通り転がるように二回転して左に流れた。

 横に一回転して身体を流すことで、急な切り返しについてこれなかった二つのでんじほうが連発で撃ち出されたでんじほうに相殺されてしまった。

 なるほど、少し甘く見てたのかもしれない。

 

「かげぶんしん!」

 

 転がった先で影を増やし始め、ダイノーズを撹乱していく。

 

「ねっぷう!」

 

 影の方が翼をはためかせて熱風を送り込み、その間に本体が熱風の中に潜り込むのが見えた。

 一方ダイノーズはというと落ち着いている。

 

「ボム!」

 

 ボム?

 爆弾?

 今度は何の技のことなんだ?

 …………………マグネットボムとかじゃないよな?

 

「ぬう、当たっていない……」

 

 熱風の中、か。

 多分技が当たらなかったのは蜃気楼でも起こったのだろう。そんでもって熱風で溶けたのだろうな。

 

「インファイト!」

「っ、てっぺき!」

 

 少し上を見ていたダイノーズは下から現れたムクホークに蹴り上げられ、一蹴り入れられる。

 ザイモクザの命令通りにてっぺきを張り二発目を受け止めるが、すぐに壁が壊されてしまった。間もなく三発目が入れられ、ダイノーズの重たい身体は宙に舞い上げられた。

 そして四発目の蹴りで地面に叩き落とされ、猛攻は終了。

 

「ふひっ」

 

 だが、まあ、さすがというか。

 ザイモクザは猛攻の間に動くのをやめ、チビノーズたちにムクホークの背後に回らせていた。

 

「なっ!?」

 

 チビノーズ三体に捕まえられたムクホークは猛攻の疲れが出たのか、動きが鈍くなっていて振り解けない。

 逆にダイノーズはまだまだ戦える状態である。さすがの耐久力だな。

 

「レールガン!」

 

 うわぁー、すげぇ嬉しそう。

 こう決め技を叫ぶことができるタイミングとか、あいつが喜びそうな展開じゃないか。

 

「ムクホーク!?」

 

 ダイノーズが撃ち出した一閃がムクホークに直撃し、トベの背後の壁にまで吹っ飛んで行った。

 あーあ、また壁が。

 

「ふっ、決まった」

 

 なんかあっちではダイノーズと勝利のポーズを取っているが放っておこう。

 

「ムクホーク………は、戦闘不能だな」

 

 ムクホークの容態を見に近寄って行ったヒラツカ先生が判定を下した。

 まあ、あそこで立ち上がったとしても身体が痺れて思うようには動けまい。

 どちらにしろ終わっていただろ。

 

「乙っ、やー、マジザイモクザキくんパネェわ。あんなでんじほうヤバイっしょ。マジリスペクトだわー」

 

 トベが何を知ってるのか理解できないが、まあ褒めているのだろう。

 喜んでいるけど、誰だよザイモクザキくんって。

 

「次はグライオン!」

「ダイノーズ。大義であった。休んでいるが良い。我も次のポケモンと行こう! 出でよ、Z!」

 

 ここでポリゴンZ出してくるのか。

 まあ、対グライオンを考えるとジバコイルたちよりはZの方が動きやすいかもしれない。

 なんせでんきタイプを出したら主砲が使えなくなるからな。じめんタイプというだけで持ち合わせる無効化はザイモクザの天敵とも言える。

 

「れいとうビーム!」

「あくのはどう!」

 

 まずはお互いの技の相殺か。

 いつの間にれいとうビームを覚えていたんだか。

 

「シザークロス!」

 

 技の相殺で上がった煙に紛れて、グライオンがZに向けて飛び出した。

 

「れいとうビーム!」

 

 もう一度撃ってきたか。

 だが今度はグライオンが引かないらしい。特徴的な両腕のハサミを構えて飛び込んでいく。

 

「ジジッ!」

 

 Zは凍ったハサミで斬り付けられ、難なく後ろに下がった。

 

「テクスチャー2!」

 

 テクスチャー2か。

 相手が最後に出した技に強くなるようタイプを変える面白い技である。

 今回はほのお、かくとう、どく、ひこう、ゴースト、はがね、フェアリーのいずれかなのだが、はてさてポリゴンZは何タイプに変化したのかね。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 ということはほのおタイプか?

 いや、あいつが理解できてるとも思えんのだが………。

 

「がんせきふうじ!」

 

 自分の周りに作り出した岩を飛ばして、かえんほうしゃの威力を抑えていくグライオン。

 

「はかいこうせん!」

 

 技を切り替えたポリゴンZのはかいこうせんが飛ばしてくる岩々をも砕き、グライオンを飲み込んだ。

 テクスチャー2でノーマルタイプでなくなってるからタイプ一致ではないが、それでもグライオンの体力を一気に削れたのは間違いない。

 

「だいちのちから!」

 

 踏ん張ったグライオンがヨロヨロと起き上がりながら地面を大きく叩きつけた。

 するとゴゴゴゴッと地響きがして、ポリゴンZの足元から火柱が噴き出しーーー

 

「こうそくいどう!」

 

 ーーー躱された。

 来るのを読んでいたのだろう。

 グライオンは地面に落下した。

 

「れいとうビーム!」

 

 すかさずZのれいとうビームが放たれ、地面に倒れ伏すグライオンに直撃した。

 効果抜群。

 もはやグライオンには戦う力が残っていないだろう。やっぱ最初のポケモンだけあってポリゴンZは強く育てられている。

 

「グライオン戦闘不能!」

「グライオンでも勝てないのー………マジパネェ」

 

 グライオンをボールに戻すトベが一人愚痴ている。

 ムクホークとは系統の違ったひこうタイプを出してきたんだろうが、そこもザイモクザによまれてたんだな。ま、それくらいやってくれなきゃ、俺の部下として働いてないってな。

 

「Zよ、見事であった。次も行くぞ!」

「ジジッ!」

 

 今度は交代なしか。

 なら、次はトベがどう仕掛けてくるかだな。

 

「ヒノヤコマ!」

 

 ヒノヤコマか。

 まだ最終進化を遂げていない状態。進化してほのおタイプを手に入れているが、そこを上手く使えるかだな。だが所詮焼け石に水のような気もする。相手はあのポリゴンZ。ザイモクザのポケモンの中では一番厄介な技を覚えてる奴だ。そう簡単に落ちるわけがない。

 

「ニトロチャージ!」

「トライアタック!」

 

 加速を始めたヒノヤコマに三色の光線が飛び交った。

 隙間を縫うように躱していくが、その間にポリゴンZが次の構えに入っている。

 

「主砲斉射!」

 

 ロックオンでヒノヤコマを捉えると。

 

「ってーっ!」

 

 でんじほうが放たれた。

 すぐに右に折れたヒノヤコマの後を追うようにでんじほうも追尾していく。

 

「切り返し!」

 

 もう一度右に折れ、トベの元へと向かっていく。

 

「ヒノヤコマ、ループ!」

「ヒノー!」

 

 追いかけてくるでんじほうを引きつけて、宙返りをして後ろに付いた。

 そういや、こういう場合ってどう動いてきたっけ?

 

「ひのこ!」

 

 口から吐かれた火の粉によりヒノヤコマの後を追おうとしたでんじほうが爆発。

 半円を描くようにしてヒノヤコマが再度ポリゴンZに向けて駆け抜けた。

 

「ってーっ!」

「はがねのつばさ!」

 

 もう一度放ってきたでんじほうを今度は鋼の翼で打ち返しに行った。

 だが、最終進化のファイアローですら無理かもしれないのに、ヒノヤコマでは無理だ。

 

「あ、あれは!?」

「進化っ!?」

 

 すると皆が驚くように白い光に包まれたヒノヤコマを見ている。

 進化が始まったのだ。

 まさかこのタイミングで進化するのか。それくらい追い詰められているという証拠でもある。

 パチンッ! と指を鳴らしたトベはウインクして命令を出した。なんかウザい仕草だな。

 

「打ち返せ!」

 

 強引にでも鋼の翼ででんじほうを打ち返した。

 

「甘いわっー!」

 

 だが、ロックオンをされていたのだろう。

 ポリゴンZに当たる前に停止し、再度進化したファイアローの元へと帰っていく。

 

「躱してブレイブバード!」

 

 大きな鳥を模した光に包まれ、ファイアローがでんじほうを躱した。

 その先にはZがいるが。

 

「こうそくいどう!」

 

 あっさりとこうそくいどうで躱されてしまった。

 ファイアローの右翼の下をすり抜けたZは向きを変える。

 

「でんじは!」

 

 バチバチとした波を送り、ファイアローを痺れさせた。動きの鈍ったファイアローはとうとう地面に倒れ伏す。

 

「レールガン!」

 

 でんじほうよりも細く、かつ速くなった一閃でファイアローにとどめを刺した。

 

「ファイアロー!?」

「ファイアロー、戦闘不能!」

 

 これでトベのポケモンは残り二体。ピジョットとエアームドだったか。多分次に出してくるのはエアームドの方だろうな。ピジョットが切り札っぽいし。

 

「マジ強いわー。ヒキタニくん相手じゃないから勝てるんじゃね? とか思ってた俺がバカみたいだわー」

 

 いや、バカだろ。

 ユイガハマよりマシかもしれないけど。

 

「Zよ、大儀であった。次は休んでいるが良い」

 

 ザイモクザはようやくZをボールの中に帰したか。

 

「エアームド、お前の実力を見せてやれ!」

 

 こらこら、フラグを立てるんじゃない。

 エアームドがかわいそうじゃないか。

 

「出でよ、ジバコイル!」

 

 対してザイモクザが出してきたのはあいつの乗り物と化しているジバコイル。

 あいつも結構な付き合いらしい。捕まえた時がコイルだったらしいし、それから進化を重ねるために点々としてたみたいだからな。

 強さは充分と言えよう。

 

「げぇ、はがねタイプ…………、ないわー、ザイモクザキくん、それはないわー」

 

 ポリゴンZのまま、あるいは他の違うポケモンで来ると思ってたらしいが、よりによってジバコイルだったことがショックなようである。まあ、ジバコイルもはがねタイプの持ち主だからな。何ならザイモクザのポケモンが割とはがねタイプを持ち合わせているし。仕方ないといえば仕方ない。

 

「いつでも掛かって来るが良い!」

「なら、行かせてもらうよ! エアームド、きんぞくおん!」

 

 うわっ、耳痛ぇ。

 こういう雑音系の技って見てるこっちにも影響あるからやめてほしいよね。

 

「マジックコート!」

 

 遠距離からの防御力を下げる技であるが、しっかり跳ね返しやがった。

 これにはトベも考えが及んでいないことだろう。

 

「うげぇ、マジか………」

「エレキフィールド!」

 

 今度はザイモクザが動き、フィールド一帯に電気を張り巡らせた。これででんきタイプの技の威力が底上げされることになる。

 

「エアームド、こごえるかぜ!」

 

 ひこうタイプでは珍しくこおりタイプの技を覚えてるのか。

 こごえるかぜは当たった相手の素早さも下げてくる。

 案の定、ジバコイルの両脇の磁石が凍ってしまって、上手く電気を発することができなくなっている。そのせいで、磁場で浮いている身体も機動が上手く掛かっていない。

 

「つじぎり!」

 

 翼を黒く染め、動きの鈍ったジバコイルに襲いかかる。

 

「ジャイロボール!」

 

 ジバコイルが高速回転を始めた。

 高速回転により両脇の磁石の氷が溶け始め、動きにキレが出てきた。ジャイロボールに素早さを上げるような効果はないのにな。

 激しいぶつかり合いで、両者とも後退する。

 

「主砲、斉射!」

「エアームド、来るぞ! こうそくいどう!」

 

 エアームドもこうそくいどうを覚えているのか。案外、みんなに覚えさせてたりしてな。

 

「ってーっ!」

 

 ジバコイルのロックオンからのでんじほうが解き放たれた。

 急上昇をして逃げるエアームドの後を追いかけていく。

 

「ウォーターフォール!」

 

 上昇から一転、失速したエアームドがくるりと身体を翻らせて、下降しながらでんじほうを躱した。

 

「ゴッドバード!」

 

 エアームドが急下降しながら内なる力を溜め込んでいく。

 上空ではでんじほうが軌道を変え、再度エアームドを追いかけてくる。

 

「ジバコイル、もう一発!」

 

 ザイモクザにそう命令されたジバコイルはもう一発のでんじほうを作り出していく。

 その間にぐんぐんとエアームドに距離を縮められている。

 

「ってーっ!」

 

 でんじほうが放たれたと同時にエアームドの技も完成した。

 縦横無尽にゴッドバードが炸裂し、全てを巻き込んでジバコイルに突っ込んでいった。

 

「ジバコイル!?」

 

 やられてはいない。

 だが思いもよらない突撃に、場の空気は持って行かれた。

 

「エアームド、交代ーーー」

 

 爆風から出てきたエアームドにトベがスーパーボールを掲げるが、当のエアームドは戻ってこれない。戻ってこないというよりは戻れないといった感じか。

 

「……ああ、そういやあのジバコイルの特性はじりょくだったな」

「じりょく?」

「相手がはがねタイプであれば絶対に交代をさせない、倒れるまでボールに戻せない特性よ。はがねタイプの天敵といってもいいわ」

「ほえー」

 

 ユキノシタの説明にコマチが関心を示しているが、理解しているのだろうか。理解しているよね。じゃないとお兄ちゃん泣いちゃう。

 

「ふはははははっ! 我がジバコイルの特性は磁力。某のエアームド、此奴を倒さぬ限り戻ることはできぬ!」

 

 してやったりとドヤ顔を浮かべて高笑いしている奴がいるぞ。

 つか、交代する意味あったのか?

 残ってるのはピジョットだろ?

 …………ほのおタイプの技でも覚えてるってならまあ分からんでもないが。

 

「くっ、んじゃもう一度ゴッドバード!」

「二度も同じ技ではやられん! ジバコイル、もう一度エレキフィールド!」

 

 いつの間にか消えていたエレキフィールドを再度起こし、フィールド一帯に電気を張り巡らせる。

 

「かげぶんしん!」

 

 エアームドが力を溜め込んでいる間に、ジバコイルの影を増やし始めた。

 影は後ろ向きに上昇しているエアームドを取り囲むように柱になって伸びていく。

 

「全主砲斉射!」

 

 ジバコイルによって道を固定されたエアームドの技が発動した。近くのジバコイルの影から次々と飲み込んでいき、本体へと一気に急降下してきた。

 

「ってーっ!」

 

 無数のでんじほうが降り注ぐエアームドに集結される。

 だが、それでも構わずエアームドはジバコイルの影を強引に突破し、本体に突撃した。

 

「………相打ち………、いやジバコイルに白旗だな」

 

 煙が巻き上がりどうなったかは分からない、恐らく勝ったのはジバコイルの方だろう。

 技の相性、威力共にジバコイルの方が勝っていた。

 

「ジャイロボール!」

 

 ザイモクザの突然の命令に煙の中で何かが動き出した。恐らくはジバコイルが高速回転を始めたのだろう。

 そしてそうであったことを証明するかのように、痺れを受けたエアームドが煙の中から飛ばされてくる。

 

「エアームド!?」

 

 トベが焦りの色の入った叫声を上げ、エアームドを呼びかける。

 地面にバタリと鋼の身体を打ち付けたエアームドに反応はない。

 

「エアームド、戦闘不能」

 

 またしてもザイモクザの勝利。このまま完勝しそうだな。まあ、あいつのことだからするんだろうな。

 

「くはーっ、マジかー。エアームドでも勝てないのかー………」

 

 今のバトルはエアームドだけでなくトベにもダメージが入ったようだ。

 ボールに戻しながら、トベがため息を吐いている。

 

「ふははははっ! 今のバトルは面白かった。だが、それだけでは我には勝てぬ! 某の最後のポケモン、篤と味わわせてくれい!」

 

 いや、そんな決めポーズ取らなくていいから。みんな引いてるぞ。

 

「ザイモクザキくんがここまで強かったなんて、俺たちも考えが甘かったわー。これはマジでやるしかないっしょ! ピジョット、最初から全力でいくぞ!」

 

 とうとうトベの最後のポケモン、ピジョットの登場である。

 前に一度見たことあるが、その時は強さを測るほど見ていられなかったからな。

 最後のポケモンだし、切り札的存在はどれほどの強さなのか見せてもらおう。

 

「ジバコイル、大儀であった。休んでいるが良い」

 

 ジバコイルはこれにて退場か。

 そうなると次は何を出して来るんだ? ロトム? あの二本の剣? それとも唯一の雌であるエーフィか?

 

「出でよ、Z!」

 

 なんだ、またZか。

 まあ、強いからいいけどね。

 

「またポリゴンみたいなの………」

 

 どうやらトベはポリゴンZを知らないらしい。

 まあ、俺たちも知らなかったくらいだし、無理もないか。

 

「ピジョット、ソニックブースト!」

「ぶっ!?」

 

 えっ?

 マジで?

 うそん。

 トベもあれ知ってるのかよ。どういうことだってばよ。実はあいつ、隠れオタクとか?

 エビナさんがいるから否定できねぇ……………。

 

「あら、どこかの誰かさんが使ってる技じゃない」

「遠まわしに言わなくていい………。余計に刺さる」

 

 じとーとした目で横にいるユキノシタが俺を見てくる。

 えー、マジでどういうことなのん?

 

「Zよ、かげぶんしん!」

 

 ゼロからトップに急加速して迫ってくるピジョットを影を増やして撹乱し、攻撃を躱した。

 

「エアキックターン!」

 

 これもか………。

 もはや偶然とは言えないな。

 空気を蹴って方向を180度転換し、再度ポリゴンZに向き直る。

 

「「こうそくいどう!」」

 

 そして二体は高速で移動を始め、互いに隙を狙っていく。

 フィールドを立体的に使い、至る所でいがみ合っている。

 

「ブラスタロール!」

 

 先に仕掛けたのはトベの方だった。

 背後を取られたピジョットが翻り、Zの背後に回りこんだ。

 

「ブレイブバード!」

 

 鳳を模した光に身を包み、背後から襲い掛かった。

 急激な変化に対応できず、Zは攻撃を諸に受け、地面すれすれで態勢を立て直した。

 

「主砲、斉射!」

 

 上空で攻撃の反動を受け、怯んでいるピジョットに照準を合わせる。

 

「ってっー!」

 

 そして放たれたでんじほうがピジョットに襲いかかる。

 

「ローヨーヨー!」

 

 うん、もうこれ絶対知ってるパターンだわ。

 マジかー、ないわー。マジないわー。

 でんじほうに向かっていくように下降をし始め、Zに迫っていく。

 

「れいとうビーム!」

「オウムがえし!」

 

 近づいてくる的には凍らせるというのも手ではあるが、そう簡単に凍るようなものでもない。

 というか、飛行技を使ってる時点であのピジョットは他のポケモン達とは格が違うと見た方がいいだろう。

 しかもピジョットの前には電気が溜め込まれていく。

 恐らくはでんじほうだろう。

 何を狙ってオウムがえしを使ってきたかは分からないが、何か策があるのだろうな。

 でんじほうとれいとうビームが交錯し、相殺された。衝撃で爆風が生み出され、土煙が二体を覆う。

 

「はかいこうせん!」

「ぼうふう!」

 

 いきなり激しい風にフィールド一帯が覆われ始める。

 ピジョットのぼうふうだ。

 そのせいでZのはかいこうせんも的を外れ、建物の破壊になっていっている。

 これ以上、壊すなよ。マジでこの研究所が崩れるぞ。

 

「落ち着くのだ、Zよ。まずは主砲斉射!」

 

 この中でもいつも通り技を使わせるのな。どんだけ好きなんだよ、でんじほう。

 

「そのままかげぶんしん!」

 

 ふむ、複数攻撃か。

 あの状態のまま影を増やすことができるのは初めて知ったわ。まさかそこまで達するほど育てられているとは………。

 

「ってーっ!」

 

 暴風が荒れ狂う中、でんじほうの乱れ撃ちが始まった。

 やっべ、これ俺らの巻き込まれるやつだ。

 

「すまん、ゲッコウガ。まもる」

 

 マフォクシーに膝枕されながらバトルを見ていたゲッコウガが起きることなく、俺たちを守るように壁を貼ってくれた。

 何でもいいが何様だよ、こいつ。イチャコラしやがって。

 

「うひゃー、研究所壊れないかなー」

 

 ほんとそれ。

 天井やら壁やらが乱れ撃ちで破壊されていくのが音だけで分かってしまう。

 さっさと終わらせないと建物の方が持たない気がするぞ。

 

「ソニックブーストで躱せ!」

 

 高速移動ででんじほうが飛び交う中を翔けていくピジョット。

 よくあの中を一発も当たらずに躱せるな。多分リザードンもできるだろうけど。

 

「ゴッドバード!」

 

 躱す間も無駄にせず、力を溜め込んでいく。

 こんなに場を荒らしている当のポリゴンZは、やっぱりどこか壊れてしまったのかもしれないな。進化に失敗したか?

 

「来るぞ、Zよ! 引き付けろ!」

 

 ピジョットが技を切り替えて暴風もやんだというのに、未だでんじほうを乱れ撃ちしていた(ロックオンしてなかったのかと問い質したい気分だ)Zさんがようやく目標をセットした。

 はあ…………、やっと終わったか。あーあ、めちゃくちゃじゃねぇか。

 

「テクスチャー2!」

 

 力を溜め込みながら迫ってくるピジョットを見据えて、タイプを変えてきた。

 

「まだだ! もっと引き付けろ!」

 

 ようやくピジョットの技も完成し、発動に切り替わる。

 それでもザイモクザはまだ引き付ける気らしい。

 

「ーーー今だ! レールガン!」

 

 ピジョットの突撃が成功する瞬間に一閃が迸り、天井へと撃ち上げた。

 今まで撃っていたでんじほうとは比べものにならないほどの速さを持つレールガン。エネルギーを速さに回したザイモクザオリジナルのでんじほうらしい。だがこれくらいのでんじほうをライコウが使っていたというのだから、伝説の恐ろしさは計り知れない。

 

「ふっ、さすが特性てきおうりょく。テクスチャー2でタイプを変えて正解だったわっ! ふはははははっ! ふひっ」

 

 ああ、だからか。

 テクスチャー2を使ったのもそのためだったのか。

 ポリゴンZの特性はてきおうりょく。タイプ一致の技の威力を底上げする特性。そしてテクスチャー2でタイプをひこうタイプに強いでんきタイプに変え、でんじほうをタイプ一致で撃たせた。そのおかげでいつもにも増してレールガンの威力が上がっていたのだ。

 

「さすがザイモクザだな」

 

 ザイモクザはやはりああ見えて結構な手練れのトレーナーである。

 メガシンカこそ使えるポケモンがいないが、何か一つを極めたトレーナーと言うのも恐ろしい限りである。今のあいつとバトルしたら俺たちは勝てるのか想像もつかない。それくらいには改めてあいつの強さを思い知った。

 

「ピジョット!?」

 

 シューと落ちてきたピジョットをトベがダイビングキャッチした。よくキャッチできたな。体壊すぞ。

 

「トベ……、そうか、ピジョット戦闘不能! よって勝者、ザイモクザ!」

 

 先生がトベに尋ねるが、彼は首を横に振りピジョットの状態を伝えた。

 それにより判定が下された。

 

「改めて、ザイ………ザイ……ザイツくんが強いってことが分かったわね」

「お前、せめてこういう時くらい名前覚えてやれよ………」

 

 誰だよ、ザイツくんって。

 トベといい、ザイモクザの名前覚えてやれよ。

 

「ひこうタイプの専門、ね」

 

 トベがここまでひこうタイプに拘り、ポケモンの技以外の飛行術を使ってきたのは驚きだった。もっとこう適当な感じなのだと思ってたが、なんだかんだ言って真剣にひこうタイプと向き合ってるらしい。

 それなら俺もフレア団との決着がついた後にでもバトルがしてみたくもなってきた。

 その時には今以上に強くなってるだろうしな。



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67話

ついにペンダントの中身が………。


 トベとザイモクザのバトルも無事終わり、各々が就寝した日の翌日。

 ミアレに来てから七日目。

 俺たちは朝から熱心にバトル観戦である。そう熱心にである。

 

「あなた、もう少し落ち着けないのかしら?」

「や、だって、コマチのバトル見るの久しぶりだし………」

 

 だってコマチがバトルするんだぞ?

 これが落ち着いていられるかっての。

 

「ルールは昨日と同じで技の使用制限はなし、交代も自由だ。ただし、使用ポケモンは五体だから最後は一体になるだろうが基本ダブルバトルだ。君たちにとっては経験の少ないダブルバトルであろう。やりたいことを全てやって悔いのないよう存分バトルしてくれ」

「「はいっ!」」

「それではバトル始め!」

 

 早速バトル開始か。

 朝食も済ませて活力も滾っていることだろう。

 

「カーくん、ニャーちゃん! いくよ!」

 

 コマチの最初のポケモンは二体のニャオニクス。一体はユキノシタに借りた奴だ。

 

「フォレトス、マフォクシー!」

 

 あ、最初からマフォクシー出して来るんだ。

 何か策でもあるのかね。というかやっぱり俺の見間違いじゃなかったのかもな。それだったらこのバトル、最後が見物になるだろう。

 

「………よかったのか? お前のポケモン同士をバトルさせることになってるけど」

「ええ、平気よ。まだフォレトスにはニャオニクスを紹介していないもの。下手に情が入るよりは紹介を遅らせた方がいいと思ったのよ」

「なるほど。それは一理あるな」

 

 トレーナーのポケモンになればポケモン同士で家族みたいな感覚になってくるかもしれないしな。実際のところは知らないけど、下手に情が入るよりはこうして遅らせておく方が今回は得策かもしれない。

 

「カーくん、てだすけ! ニャーちゃん、シャドーボール!」

 

 二体のニャオニクスが仲良く? 手をつないで、メスの方の技の威力を高めてきた。それだけでなく、一回の技の発動で同時に二つのシャドーボールを作り出してくる始末。てだすけ恐るべし。

 

「フォレトス、こうそくスピン! マフォクシー、マジカルフレイム!」

 

 対して、フォレトスは高速で回転を始め、突っ込んでいき、マフォクシーは炎を巧みに操り壁を作った。

 

「カーくん、リフレクター! ニャーちゃん、チャージビーム!」

 

 カマクラがリフレクターでフォレトスを受け止め、その隙にチャージビームで攻撃を仕掛ける。同時に遠距離系の技の威力も高めてきた。

 

「マフォクシー、雌の方にスキルスワップ!」

 

 フォレトスに意識を引きつけている間に、マフォクシーは雌のニャオニクスと特性を交換か。

 カマクラは確かするどいめだったが、あっちの特性は何なんだ?

 

「なあ、お前の方のニャオニクスの特性って何なの?」

「すりぬけよ。リフレクターやひかりのかべに影響されずに攻撃できるわ」

「………これはイッシキに軍配かな」

「あら、そうとも限らないわよ?」

「どういうことだよ………」

「まあ、見てなさい」

 

 特性をも操り出したんだし、イッシキの方が有利だと思うんだが………。

 何か秘策でもあるというのだろうか。

 

「ニャーちゃん、なりきり! カーくん、リフレクターでフォレトスを叩きつけて!」

 

 そうか。

 確かカマクラもなりきりを使っていた。同じニャオニクスならば当然覚えていてもおかしくはない。

 なりきりで奪われた特性になりきってしまえば、元の特性をマフォクシーにコピーされただけに過ぎないんだ。

 

「そういうことか」

「ええ、そういうことよ」

 

 確かにこれは軍配を上げられるものではないな。

 となると、これから二人ともどう動いてくる?

 

「ジャイロボール!」

 

 受けて止めていた壁でフォレトスを地面に叩きつけようとするカマクラ。そしてその壁を高速のジャイロ回転で壊そうとしているフォレトス。

 なんだあれ………。

 

「マフォクシー、二体にシャドーボール!」

「ニャーちゃん、こっちもシャドーボール!」

 

 激しい技の応酬にユイガハマたちは息を飲んで見ている。

 特にあいつは見入っていた。自分と同じタイミングでポケモンをもらったというのに、成長速度の違う後輩たちに触発されているのだろう。

 

「カーくん、サイコキネシス! ニャーちゃん、みらいよち!」

 

 すかさずカマクラがフォレトスとマフォクシーの動きを封じてきた。

 その間に雌の方がみらいよちを発動。

 上手くコンビネーションが取れている。

 

「フォレトス、パワートリック!」

 

 さすがに叩き落したりするのは難しいらしい。二体同時にかけるだけで精一杯みたいだな。

 逆にフォレトスは動けないのをいいことに、自分の攻撃力と防御力を入れ替えてきた。防御の高いフォレトスが使えば、攻撃力が高くなるという絶妙な技である。

 

「カーくん、ニャーちゃん、一旦交代だよ!」

 

 それを見たコマチが取った行動は惜しむことなく交代だった。

 イッシキが攻撃に切り替えたのを悟ったのだろう。

 

「ゴンくん、プテくん!」

 

 二体のニャオニクスをボールに戻したコマチは、次にカビゴンとプテラを出してきた。どうやらカメックスはトリらしい。

 

「きた! マフォクシー、ワンダールーム!」

 

 ずっとカビゴンとプテラが出てくるまで居座るつもりだったのだろうか。

 狙ってたかのように二体が出てきたタイミングで防御変換の部屋の中に閉じ込めた。

 

「だから先にパワートリックを使ったのね」

「だろうな。パワートリックで攻撃に転じたと表向きは見せといて交代を誘い、あの二体が出てきたタイミングで部屋に閉じ込める。陽動が上手くなってんな」

「妹の方は心配しなくていいのかしら?」

「あれくらいでやられる魂じゃない。逆にスイッチが入ったと言ってもいい」

「さすが兄妹ね」

 

 イッシキの陽動にようやく気がついたコマチの目の色が変わってきた。

 それにコマチも何の布石を打たないまま交代したわけじゃない。最後に放ったみらいよちをあいつが上手く使えれば、展開も変わってくる。

 

「ゴンくん、フォレトスにほのおのパンチ! プテくん、マフォクシーにストーンエッジ!」

 

 カビゴンが飛び跳ねて一気にフォレトスに詰め寄っていく。

 プテラは尻尾で地面を叩きつけ、岩を起こしていく。

 

「フォレトス、躱してプテラにジャイロボール! マフォクシーはブラストバーン!」

 

 フォレトスはギリギリまでカビゴンを引きつける腕の下をくぐり抜けるようにしてパンチを躱し、そのままジャイロ回転しながらプテラに突っ込もうとする。

 当のプテラはストーンエッジを相殺されただけでなく、さらに自分の真下の地面からも炎が噴き出し、慌てて躱していた。

 

「ゴンくん、裏拳!」

 

 逃げるようにしてプテラに向かうフォレトスを裏拳で炎を纏った拳を打ち付けた。

 

「フォレトス!?」

 

 やはりフォレトスでは素早くないため逃げ切れなかったか。

 その間にもプテラがマフォクシーに飛び込んでいた。

 

「プテくん、ドラゴンクロー!」

「くっ、フォレトス、ボディパージ! マフォクシー、マジカルフレイム!」

 

 多分、リザードンとかボーマンダのを見て覚えたんだろうな。

 プテラが竜の爪を携えて、マフォクシーを切り裂いた。だが寸でのところで炎の爪を作り出し、竜の爪を挟むように受けて止めている。

 

「ジャイロボール!」

 

 ジリジリと啀み合うプテラの背後からジャイロ回転しているフォレトスが現れる。

 

「ゴンくん、ふきとばし!」

 

 息を大きく吸い込んだカビゴンが突風が起きたかのような息吹を放った。一息でワンダールームが壊され、こっちにまで強風が舞い、髪がボワってなった。一瞬だがユキノシタの長い黒髪が鼻をくすぐってきてむず痒かった。

 プテラに攻撃を当てたフォレトスはそのままの勢いでイッシキの元へと吹き飛ばされていく。地味に技を当てているところがポイントだな。さすがボディパージ。体重を軽くしたことで動きも早くなっていたか。

 

「フォレトス、ちょ、とまっ!? フォレトス?!」

 

 あーれー、て感じに飛ばされてきたフォレトスが、イッシキの目の前で何かに撃たれた。何かなんて分かっている。ニャオニクスのみらいよちだ。

 ふきとばしもタイミングを合わせていたということか。

 

「も、戻って!」

 

 何とか耐えたフォレトスを見てイッシキはすかさずボールに収めた。というかボールを見た瞬間、勝手に入っていった。

 

「あれは別にフォレトスが勝手に入っていったわけではないわよ。ふきとばしの技の仕様だから」

「……分かってるよ」

 

 そんな誰もユキノシタがちゃんと育てられていないとか思ってないから。逆にそんなに否定されると疑っちゃうよ? 顔真っ赤だし。

 

「あ……」

 

 そして勝手に他のポケモンが出てくるというね。今回出てきたのはナックラーだった。出てきてすぐイッシキに抱きつきにいっている。

 

「あ、ちょ、こら、攻撃しなさい! すなじごく!」

 

 ナックラーに抱きつかれたイッシキは強引に引き剥がして、カビゴンへと向かわせた。

 

「マフォクシー、かえんほうしゃ!」

 

 態勢を立て直そうとしているプテラに火炎放射が放たれる。

 

「プテくん、翼でガード! ゴンくん、じしん!」

 

 プテラは咄嗟に翼を盾にして、炎を受け止めた。

 カビゴンはナックラーが起こした砂地獄を地面を揺らすことで回避した。しかもその揺れはマフォクシーにも伝わっている。

 

「うひゃっ?! マフォクシー!? ん〜〜〜っ、一旦戻って!」

 

 思うように主導権を握れないイッシキはもどかしさが残る中、マフォクシーを一旦ボールに戻した。

 

「少し休んでて。ヤドキング! うずしお!」

 

 交代で出てきたのはヤドキングか。

 マフォクシーは今しがた弱点技を受けたし、フォレトスもなんだかんだダメージを受けている。ここで出せるとしたらヤドキングが安定だろうな。やっぱりデンリュウはそういうことなんだな。

 

「プテくん、上昇! ゴンくんはもう一度じしん!」

 

 ヤドキングが作り出した渦潮を上空に逃げることでプテラは回避。カビゴンはもう一度地面を揺らして二体の足元のバランスを崩してきた。

 

「くっ、こっちも空を飛べたらいいのに………」

 

 上に逃げられたプテラを見て悪態を吐くイッシキ。

 確かにイッシキとユイガハマは上空でのバトルが困難である。唯一できそうなのはエスパータイプのヤドキングとマフォクシーであるが、どちらかといえばそっちは苦手な部類のエスパータイプだ。純粋に浮いた動きができるのは、やはりニャオニクスの方が得意だろう。

 

「分かってる。でも本当はアンタにカビゴンの相手をして欲しい……の………」

「ナァァァァァッ!」

 

 ナックラーが突如、雄叫びを上げた。すると白い光に包まれていく。

 

「しん……か………」

 

 あのナックラーは進化する気がないもんだと思ってたんだが。

 イッシキもどこかナックラーの進化には諦めた感を出していたが、奴の方からイッシキに歩み寄ったということか。

 なるほど、だから最後のハグだったということか。知らんけど。んなアホな。

 

「……!? うん、分かった。ヤドキング、きあいだま! ビブラーバ、りゅうのいぶき!」

 

 進化したビブラーバは一気にプテラとの距離を詰めるべく、上昇していった。

 

「プテくん、はかいこうせん!」

 

 そして放たれた竜の息吹はプテラの破壊光線に受け止められた。ここからは押し合いか。

 

「ゴンくん、メガトンパンチ!」

 

 一方でカビゴンはヤドキングが投げたきあいだまをパンチで弾いた。弾いた方向にはーーー。

 

「ビブラーバ!? 躱して!」

 

 ーーー上空で技の応酬をしているビブラーバがいた。だがイッシキの命令を遂行する余裕はないようで、身を捻った時には正面と下からと同時に技を受けた。

 

「くっ、ヤドキング、でんじほう!」

 

 仇を討つかのようにすぐにヤドキングを動かしてきた。

 放たれたでんじほう、いやレールガンは一閃を描き、プテラに直撃した。痺れを受けたプテラはバランスを崩して真っ直ぐと地面に落ちてくる。

 

「プテくん!? ゴンくん、ギガインパクト!」

「ヤドキング、まもる! ビブラーバ!? お願い、ばくおんぱ!」

 

 だが力尽きたビブラーバがばくおんぱを発することはなく、カビゴンの猛突進をヤドキングが単体で守りきる形となった。

 

「プテラ、ビブラーバ、共に戦闘不能!」

 

 両者ともに初の脱落が出た。プテラを相打ちにできただけでもナックラーは進化してビブラーバとしていい働きをしたと思うぞ。

 

「プテくん、お疲れ」

「ビブラーバ、もっと強くならなきゃね」

 

 ヒラツカ先生の判定の後、互いにポケモンをボールに戻した。

 

「いやー、まさか進化してくるとは思いませんでしたよ」

「私も進化するつもりがないんだとばかり思ってたんだけどね。多分、先輩の与えてくれた試練のおかげなんじゃないかな」

「お兄ちゃん、また何かイロハさんに入れ知恵したのー?」

「入れ知恵って失礼な。現実を見せてやっただけだ」

 

 まあ、じわれを習得しようと悪戦苦闘した結果、ナックラー自身も思い知ったのだろう。今の自分にはじわれは使えない。

 だけど、さっきのイッシキの何気ない悪態がナックラーに火をつけた。そしてその結果進化するという道を選んだのだろう。

 ただの俺の憶測でしかないから本当のところは分からんが、そういうポケモンなりの思いもあっての進化だったのは間違いない。

 

「さて、続きいきましょうか」

「そうだね。フォレトス!」

「カーくん、いくよ!」

 

 イッシキはフォレトス。コマチはカマクラか。フォレトスを選んだのはやっぱカビゴン用にかね。

 

「ゴンくん、ほのおのパンチ! カーくん、てだすけ!」

「フォレトス、ボディパージで躱して! ヤドキング、いやしのはどう!」

 

 カビゴンの背中に乗ったカマクラはカビゴンのパンチの威力を上げてくる。フォレトスは突っ込んでくるカビゴンを体重を軽くして素早い動きで躱した。そのフォレトスにヤドキングが波導で体力を回復させている。

 

「カーくん、サイコキネシス! ゴンくん、もう一度ほのおのパンチ!」

「そう何度も同じ手は使わせないよ! ヤドキング、うずしお! フォレトス、リフレクター!」

 

 反転して再度フォレトスに飛びかかるカビゴンに背後からヤドキングが渦潮を作り出して、飛ばしていく。

 カマクラに動きを封じられたフォレトスは炎の拳をリフレクターを張って弾いた。

 

「カーくん!」

 

 コマチの命令により、自由を奪われたフォレトスは地面に叩きつけられる。

 ちょうどその時、背後からは渦潮が二匹に襲い掛かった。

 

「カーくん、もう一度サイコキネシス!」

 

 サイコキネシスで渦潮の中で水をコントロールし、避難所を作り出していく。

 

「ヤドキング、きあいだま!」

「ゴンくん、フォレトスにのしかかり!」

「フォレトス、躱してジャイロボール!」

 

 カマクラが渦に逆回転を加えていき、相殺している間に、展開は動いた。

 ヤドキングが渦の中に向けて放ったきあいだまはのしかかりのために大ジャンプしたカビゴンに躱され、ジャイロ回転に移ろうとしていたフォレトスを押し潰した。

 

「これはさすがのフォレトスも耐えられないと思うわ」

 

 ユキノシタの言う通り、これまでのダメージを考えるにいくらヤドキングに回復してもらったからといって、立て続けに攻撃を受けていれば、倒れるのも時間の問題だろう。しかもあの巨体に押し潰されているのだ。はがねタイプといえど無理が祟るだろう。

 

「………ゆきのん、カビゴンの体力って底が知れないんだね………」

「そうね、最後まで攻撃の手を緩めずに押し潰されながらもジャイロ回転をしているフォレトスの攻撃をモノともしないものね」

 

 そうなのだ。さすがユキノシタのポケモンといったところか。

 最後の最後までフォレトスは攻撃の手を緩めずに動き回っているのだ。

 これが最後の攻撃だと言わんばかりに。

 

「ゴンくん、もう一度交代だよ!」

 

 堪らず、見ていたコマチの方があっさりカビゴンをボールに戻した。

 今回のバトルはやけに交代が続くな。

 

「フォレトス、戦闘不能!」

 

 巨体から解放されたフォレトスは意識を失っていた。

 これでやられてしまったが、カビゴンには相当のダメージが入っているはず。

 

「お疲れ様、フォレトス。あなたの頑張りは無駄にしないからね」

 

 先生の判定を受け、フォレトスをボールに戻すイッシキ。

 その目は何かを決意するような目をしていた。

 

「ニャーちゃん、エナジーボール!」

「ヤドキング、シャドーボール! マフォクシー、かえんほうしゃ」

 

 その健闘にイッシキも触発されたのか、カマクラを畳み掛けた。

 ようやく渦潮を解いたカマクラの目の前には黒い塊が飛んできており、コマチの叫びも虚しくカマクラは吹っ飛ばされた。

 

「カーくん!?」

 

 ヤドキングを狙ったエナジーボールはボールから出てきたマフォクシーに焼き尽くされ、地面に撒き散らされた。

 

「カーくん、ひかりのかべからの突撃!」

 

 壁に打ち付けられたカマクラはもぞもぞと動いたかと思うと、ひかりのかべを何重にも作り出し、そのままマフォクシーに向けて飛び出した。

 やっぱり壁で攻撃とかどうかしてると思うぞ。

 

「ニャーちゃん、みらいよち!」

「ヤドキング、シャドーボール! マフォクシー、ブラストバーン!」

 

 みらいよちを放つ雌の方にはヤドキングのシャドーボールが、マフォクシーの目の前まで壁を携えて迫ってきたカマクラには炎の究極技が繰り出された。

 何重にも重ねたひかりのかべを強引に突き破るように炎がカマクラを襲い、躱すよりも技を取ったニャオニクスにシャドーボールが直撃した。

 

「カーくん、ふいうち!」

 

 そんな中、新たな命令が下された。

 究極の炎で壁を突き破っていくマフォクシーの背後にカマクラが移動していた。不意をつくように現れ、マフォクシーをぶん殴った。

 

「木の棒!」

 

 だが、寸でのところで尻尾にさしていた木の棒で受け止められ、時は止まった。

 

「マジカルフレイム」

 

 イッシキの命令が一瞬の時を破り、突如究極の炎は向きを変え、木の棒に集まりカマクラに襲い掛かる。

 マジカルフレイムで究極の炎を操ってきたか。なるほど、威力が伴わないなら制御に目をつけたってところか。確かにブラストバーンの炎は普通の技とは種類が違う。あの炎を操れるだけでも攻撃には幅が出てくるだろう。

 

「カーくん!?」

 

 不意をついてもカマクラはマフォクシーには勝てなかった。

 やはりイッシキはコマチよりも一段上にいるのだろう。

 

「ニャーちゃん!?」

 

 二体のニャオニクスは各々で地面に倒れ伏していた。

 これで戦局は大きく傾いてきたな。

 

「ニャオニクス、戦闘不能!」

 

 先生が判定を下したため、コマチはカマクラをボールに戻した。

 そして、雌の方のニャオニクスが近くで倒れていたのもあって自ら拾い上げにいった。

 

「お疲れ様。カーくんもニャーちゃんもゆっくり休んでて」

 

 ん? あれ?

 雌の方はボールに戻さないのか?

 

「ゴンくん、カメくん! 後がないけど全力でいくよ!」

 

 ようやく最後の二体。

 コマチにとっては厳しい戦況になってることだろう。まあ、だからと言って落ち込むかといえば楽しむ魂なんだよな、あいつ。

 

「コマチさんは何度もバトルに出て攻撃を受けてきたカビゴンと一度も出ていないカメックス。対してイッシキさんはヤドキングとマフォクシー、それにまだ一度も出ていないデンリュウがいるのね…………。コマチさん、苦しいんじゃないかしら」

「そうだね、コマチちゃんもイッシキさんもどんどん強くなってってるけど、やっぱりイッシキさんの方が上なのかな」

「イロハちゃん、なんだかんだ言って最初から私たち三人の中じゃ一番強かったし、そうかも…………」

「あら、そうとは限らないかもしれないわ。まだ何か秘策を隠し持っていてもおかしくはないもの。ねえ、シスコンさん?」

 

 誰だよ、シスコンって。

 何で俺を見て言うんだよ。

 

「…………どう、だろうな………」

「ヒッキーがコマチちゃんをヒイキしていない!?」

「どしたの、ハチマン。どこか具合でも悪いの?」

「ねえ、ちょっと? 何で俺がコマチを贔屓してないだけで、おかしい子扱いなの………?」

 

 ついにトツカにまで心配されてしまった。俺はそんなに重病なのだろうか。

 

「だってー、ヒキガヤくんはー、妹ちゃん一筋だもん! お姉さんにももう少し構って欲しいなー」

「はいはい、そういうのは自分の妹にやってください」

「ヒキガヤくん、面倒事は身内で処理しろだなんて、酷い人ね」

「酷いのはお前だろ。しっかりと自分の姉を面倒事って認識になってるじゃねぇか」

「あーん、酷ーい、ユキノちゃんのいけずー」

「姉さん、その這いずり回すような手つきで触るのやめてもらえるかしら。気持ち悪いのだけれど」

 

 うわー、姉妹で百合百合展開ですか。そうですか。

 ユイガハマが羨ましそうに見てるぞ。

 

「ヤドキング、きあいだま! マフォクシー、にほんばれ!」

「カメくん、ハイドロポンプ! ゴンくん、かみなりパンチ!」

 

 お、カビゴンがまた新しく技を出してきたぞ。まあ、どれも俺たちのを見て習得したんだろうけど。

 きあいだまを雷を纏った拳で殴りつけ、どこからか太陽の光を降らせてくるマフォクシーに水砲撃が撃ち込まれた。にほんばれにより水技の威力が抑えられているため、マフォクシーは何とか耐えたが、これまでのダメージの蓄積は拭えない。

 

「ソーラービーム!」

 

 まあ、そうだろうな。

 そのためににほんばれを使ったんだろうし。

 マフォクシーは木の棒を掲げて光を取り込み、瞬時にカメックスに向けて太陽光線を撃ち放った。

 

「ミラーコート!」

 

 おおう!?

 マジか。いつの間に覚えさせたんだ?

 覚えてると言ったら俺の知ってる限り、ルミルミとかコマチがあまり接点のない奴しかいないんだけど。それともユキノシタのポケモンで誰か覚えてたりするのか………?

 

「私は教えてないわよ」

「……なら誰だよ」

「ぼ、僕………なんだけど」

「えっ、トツカ?」

「うん、一応ね、ハチマンにカウンターを教えてもらってから誰か他に返し技を覚えるポケモンはいないかなって調べてみたら、ミミロップが、その………」

「あー……、覚えたな、そういや」

「う、うん、でね、その………ミミロップと試しにやってみたらできちゃって………」

「マジか………」

 

 マジですか。

 まさかミミロップさんでしたか。

 トツカ大好きミミロップなら無理でもできそうだもんな。

 

「マフォクシー!?」

 

 そうこうしてる内にマフォクシーがソーラービームを返されて、戦闘不能になっちゃったよ。

 

「マフォクシー、戦闘不能!」

「マフォクシー、お疲れ様。ゆっくり休んでね」

 

 マフォクシーをボールに戻したイッシキはいつもつけているペンダントを握りしめた。

 

「すー………はー………、いくよ、デンリュウ!」

 

 出てきましたか。ようやく。

 これで二対二。

 タイプ相性で見ればイッシキの方が有利ではあるが、つい今しがたコマチは返し技を見せている。それが今後にどう影響してくるのやら。

 

「でんじほう!」

 

 デンリュウもヤドキングも同時に電気を集め始めた。

 これで決めるつもりなのかもしれない。決まればいいが、そう簡単にいくとも思えないんだよな。

 

「ゴンくん、ギガインパクト! カメくん、からにこもる!」

 

 カビゴンがヤドキングに突っ込んでいき、カメックスが甲羅の中に潜り込んだ。

 だが、カビゴンがヤドキングに届く前に二体のでんじほうが放射された。

 カビゴンは止まる気配がない。否、止まる気がないのだ。このまま相打ち狙いでヤドキングを倒す気なのか………?

 

「いっけぇぇぇええええええええええっ!!!」

 

 コマチが久しぶりに雄叫びを上げている。

 これで決めようとしてたのはコマチの方だったか。まずはヤドキングを堕としてしまうつもりらしい。

 カメックスはクルクル回転しながらでんじほうを躱した。

 

「ヤドキング、きあいだま!」

 

 そして今度はイッシキが突っ込まれる前にカビゴンを堕としにかかる。だが、ヤドキングが命令を遂行することはなかった。

 

「ヤドキング!?」

「………みらい……よち………?」

 

 ユイガハマの言う通り。

 ヤドキングはユキノシタのニャオニクスが最後に放ったみらいよちに撃たれてしまったのだ。そこにカビゴンの猛攻が入り、吹き飛ばされてしまった。

 だが、何か引っかかる。あのみらいよちはヤドキングの周辺からは発動しなかった。どこからか操られてきたかのような………。

 

「………これは………カビゴン、ヤドキング、ともに戦闘不能!」

 

 相打ち覚悟のカビゴンが見事、目的を達成しやがった。

 

「ヤドキング………、お疲れ様」

 

 ヤドキングをボールに戻すイッシキもみらいよちが飛んでくるとは思っていなかったらしい。

 予想していなかった事態に頭がついて行っていないらしい。

 

「お疲れー、ゴンくん。ナイスファイトだったよ。後はニャーちゃん達に任せてね」

 

 カビゴンをボールに戻したコマチの言葉である。

 ニャーちゃんに任せてね?

 どういうことだ?

 ニャオニクスは二体とも戦闘不能になったはず………じゃ………っ!?

 

「くくくくっ」

「ど、どうしたの、ヒッキー!? いきなり笑い出すとかキモいよ」

「いや、すまん、コマチに一本取られたと思ってな」

「えっ? どういうこと?」

「コマチのポケモンはあと何体だ?」

「えっと、そんなの見れば分かるじゃん………。カメックス一体………」

 

 ユイガハマに問いかけるとやはりそう思っているらしい。

 やはりコマチの罠に嵌ってたんだな。

 

「二体よ」

「えっ?」

「私のニャオニクスはまだ倒れていないもの」

 

 自分のポケモンのことだからか、最初から気がついていたらしいユキノシタ。だからコマチに何かあることを匂わせてたのね………。

 最初から言いなさいよ、まったく。

 

「えっ、えっ? ど、どういうこと!? ねえ、ゆきのん、分かるように説明してよ」

「そうね、まずニャオニクスが二体とも倒れたでしょ。その時、カマクラの方は戦闘不能になった」

「う、うん………それがどうかしたの? 先生もジャッジ下してたじゃん」

「あれはカマクラに対してよ。私のニャオニクスはただ倒れてただけで戦闘不能にはなってないわ」

 

 そういうことだったんだよ、いやマジで。自分の妹にしてやられた気分だわ。

 

「そういうことだ。コマチはさも戦闘不能になったかのように見せかけて、ニャオニクスを抱いてただけだ。あいつはまだ戦えるし、みらいよちもそのおかげで軌道修正に入った。だからヤドキングは撃たれたんだよ」

「えっ、と……それだとダブルバトルとして反則にならない?」

「それがならんのだわ。みらいよちが発動する数瞬前には、カビゴンはでんじほうで既に戦闘不能になっていた」

「あっはっはっはっ! 妹ちゃんも中々の策士だねーっ! お姉さん気に入っちゃった!」

 

 豪快に笑うハルノさん。

 彼女もまた気付いてたみたいだ。魔王やっぱり恐ろしい。

 

「さて、イロハさん! これで二対一ですよ! 今度こそ勝たせてもらいますよ!」

「そうだね」

 

 コマチの言う通り、俺の予想とは裏腹に展開はイッシキピンチになってしまった。

 あれ? これ、コマチちゃんがマジで勝っちゃう?

 

「ここまで追い詰められるなんて思ってもいなかったよ。先輩には上手くいった流れもコマチちゃんには対応されちゃうし、やっぱり兄妹でもバトルスタイルには好き嫌いが違うんだね」

 

 どこか吹っ切れたというか、ピンチだというのにどこか落ち着いた口調のイッシキに違和感しか感じない。

 やっぱりそうなのか? だとしたら、いつから持っていたことになるんだ?

 

「おかげで私も決心がついたよ。トツカ先輩やユキノシタ先輩の時みたいになっちゃうのかなーって思って、これをバトルで使うのは躊躇ってたんだけど。もう、私も全力を出し切ることにするよ」

 

 首に巻いていたペンダントを外すと中をカパッと開けた。ここからだと遠すぎて中が見えない。

 

「イロハさん、それっ!?」

「昔、先輩がくれたんだ。知識がなかったからただの綺麗な石だと思ってたんだけど。くれた先輩もただの綺麗な石だって言ってたしね。でもこうしてみんなと旅をするようになって、これが何なのか理解できた。先輩との思い出だし、大切に持ち歩いていたけど、まさかデンリュウがもう片方を見つけてくるなんて思わなかったよ。大雨の日にアズール湾に先輩を追いかけて行ったの覚えてる? あの時にね、途中でデンリュウが見つけてきたの」

 

 これは………ビンゴですね。

 やっぱりこいつも持っていやがったか。けど、話の節々に俺が出てくるんだが………、俺あいつにあげた覚えないんだけど。

 

「いくよ、コマチちゃん! これが私たちの今の全力!」

 

 そう言ってイッシキはペンダントを握りしめた。

 

「デンリュウ、メガシンカ!」

 

 ペンダントとデンリュウの尻尾が光を発し始める。

 その光は徐々に結び合い、反応を示していく。

 白い光に包まれたデンリュウは姿を変えーーー。

 

「メガ、シンカ………」

 

 ーーーメガシンカした。

 

「ちょっと、待って。イッシキさんがどうしてキーストーンを持っているの? それにメガストーンの方だって」

 

 ユキノシタは目の前の光景が信じられないらしい。

 

「ハチマン……は、知ってたの?」

 

 トツカも少し戸惑ってる様子である。

 

「いや、だが何となくそんな予感はしていた。たまに俺のキーストーンと共鳴するかのように光を発してたんだ。もしやと思ってたけど、まさか持ってるなんてな」

「思い、出した………。ヒッキーの卒業試験の時だ! 体育館倉庫で隠れてる時にヒッキーが何か落としてイロハちゃんがもらってた。あたしも何か欲しくて制服預かってろって言われたけど、ヒッキーとの思い出って言ったら絶対それだよ!」

 

 ……………へー。

 全然覚えてないや。

 なんかユイガハマとイッシキと一緒に隠れた記憶はあるんだけど。

 そんな細かいところまで覚えてないっつーの!。

 

「カメくん、ハイドロポンプ! ニャーちゃん、サイコキネシス!」

「デンリュウ、アイアンテール!」

 

 ニャオニクスに身動きを封じられ、カメックスに水砲撃で狙われるも、デンリュウはそれら全てを鋼の尻尾で弾き飛ばした。

 

「こうそくいどうからのシグナルビーム!」

 

 一瞬でニャオニクスの背後に回ったデンリュウはカラフルな光線で意識を刈り取った。

 

「カメくん、りゅうのはどう!」

 

 何故、そこでりゅうのはどうなのだろうか。デンリュウ、つまり電気の竜とでも考えたのかね。タイプがどう変更してるのかは知らないが、安直な考えな気がするぞ。

 

「デンリュウ、りゅうのはどう!」

 

 同じ技なのに威力がまったく違う。

 あれ? やっぱりドラゴンタイプが加わったのん?

 竜を模した波導はカメックスを飲み込み、弾き飛ばした。

 

「取りあえず……、ニャオニクス、戦闘不能!」

 

 あ、先生も戸惑ってるぞ。

 まあ、まさかあのイッシキがメガシンカに必要なものを揃えてくるなんて、思ってもみなかっただろうからな。狼狽えるのも仕方がない。

 そして、今度こそコマチはニャオニクスをボールに戻した。

 

「メガシンカを使うのにはそれなりの覚悟が必要、か。今のイッシキは悩みに悩み抜いて出した答えだから、覚悟は充分ってことかよ」

 

 プラターヌ博士にキーストーンをもらった時に言われた言葉。今のイッシキは充分にその覚悟を備えているらしい。メガシンカを完全に物にしているのが何よりもの証拠である。

 

「カメくん!?」

「ガメーっ!」

 

 起き上がったカメックスはまだまだやる気に満ち溢れていた。

 

「これがイロハさんの全力………。こっちも全力でいくよ! カメくん、ハイドロポンプ!」

 

 気づけば太陽の光もなくなり、水技への影響もなくなっていた。

 

「デンリュウ、ひかりのかべ!」

 

 ひかりのかべ一枚を作り出し、それだけで水砲撃を受け止めた。

 

「カメくん、からにこもる!」

「かわらわり!」

 

 そしてカメックスを狙ったものだと思ったら、自分で作り出したひかりのかべを乱雑に叩き壊した。

 破片が宙を舞う。

 

「デンリュウ!」

 

 イッシキの呼びかけに応じるように戻っていく。

 そしてイッシキの前に立つと電気の塊を上に投げ上げた。

 あ、あれ………使ってるんだ…………。

 

「レールガン!」

 

 落ちてきたところをズドン! と撃ち出した。

 

「カメくん、ミラーコート!」

「ゲッコウガ、まもる!」

 

 カメックスへと伸びる一閃はザイモクザオリジナルに引けを取らない速さと威力。

 しかもひかりのかべの破片に触れるや、プリズムとなり乱雑に屈折していった。これにはカメックスも真っ直ぐ来る一閃しか受け止められず、多方向から次々と襲い掛かる何発もの屈折閃に崩れ落ちた。

 

「カメくん!?」

 

 効果抜群の技を何発も受けたカメックスは身体が痺れたまま気を失っていた。

 

「くっ………、なんという威力だ。と、とにかく、カメックス、戦闘不能! よって勝者、イッシキイロハ!」

 

 あーあーあー。

 建物が。

 穴だらけじゃねぇか。

 何てことしてくれるんだよ。

 

「ったく、成長しすぎだっつの」

 

 妹どもは二人して大きな成長を遂げていた。




ダブルバトルは描くのが難しいです………。

次は腐女子と天使のバトルですよ。


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68話

長いです。


「……ユイガハマ、大丈夫か?」

「う、うん………大丈夫。ゲッコウガが壁を貼ってくれたから………」

 

 プリズムで乱射させるのは問題だな。

 危うく俺たちまで撃ち抜かれるところだったわ。

 

「い、イロハちゃん!」

「なんですか、ユイ先輩」

 

 イッシキの元へと駆けて行ったユイガハマががしっと両肩を掴んだかと思うと、ずずいっと顔を近づけた。

 

「その石って、ヒッキーの卒業試験の時に落としたやつだよね!」

「そ、そうですけど………、近いです」

「あ、ごめん」

 

 しかもこれが無意識だって言うんだから恐ろしい。

 あいつのパーソナルスペースどうなってんだよ。近すぎんだろ。

 

「つまんない日常の中にちょっとした非日常を見せてくれた思い出です。まあ、その先輩にこうしてまた会えるなんて思ってもみませんでしたけど」

「ねえ、待って。ということは私が知ってるヒキガヤくんはすでにメガシンカを使えてたってことなの?」

「…………」

 

 ユキノシタさんや。

 それを今言わないでほしい。

 俺もそれ考えてたところなんだから。コンコンブル博士にも言われたけど、マジでキーストーンを持ってたんだな。

 ただ卒業試験の時にイッシキに渡してるってなると、リーグ戦の時に同じような変化を見せたってところには矛盾が出てくるな。

 まあ何はともあれ、俺はメガシンカの経験があったというのは事実なのかもしれない。

 

「ヒッキー、やっぱり昔からすごいトレーナーだったんだね。私が見た黒いリザードンもやっぱりメガシンカだったんだ………」

 

 仮にオーダイルの最初の暴走を止めた時にメガシンカしたとして、その一年後くらいにキーストーンなしでメガシンカができたりするもんなのか?

 

「おにーちゃーんっ!?」

「な、なんだよ」

「どうしていつもいつも変な伏線張ってくるのさ! おかげでコマチはお兄ちゃんが本当にお兄ちゃんなのか自信なくなっちゃったよ」

 

 失礼な。

 俺はちゃんとコマチのお兄ちゃんだぞ。それ以外の肩書きはいらないまである。

 

「伏線って………、あのな……、イッシキがキーストーン持ってたのもデンリュウがメガストーンを見つけてきたのも全部偶然だっつの。遠因が俺であろうがそれをモノにしたのはイッシキだし、メガシンカに関しちゃ俺は何も教えていない。だから責められる理由もない」

「だったら、コマチはお兄ちゃんにおねだりします! コマチも強くなりたい!」

 

 とか言いながら両手を差し出してくる。何かくれと手が言ってるぞ。

 

「つってもな………、俺が渡せるもんなんてもうこれくらいしかないぞ」

 

 仕方がないので今朝準備してきた水色のリングを二つ渡した。

 

「これ………」

「究極技のリングだよ。イッシキのバトルは何回も見てたから頃合いを図れたんだが、コマチのバトルはあんま見たことなかったからな。どれだけ強くなったか見れなかったし、渡すタイミングがなかった」

 

 イッシキのバトルは何回か見てるし、実際にバトルしてるんだが、担当分けしてからというもの、一度もちゃんとしたコマチのバトルを見たことがなかった。だから実力を測るに足らなかったのだが、今回こうして取りあえず準備はしてきたのだが、充分に素質を感じられた。これならば、コマチにもいずれ究極技が使えるようになる日がくることだろう。

 

「ほんとだ。イロハさん、ブラストバーン使ってた」

「すまんな。このタイミングで渡すのもどうかと思うが、まあ無茶だけはするなよ」

「分かってるよ、ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 ふふんっ、と興奮気味に二つのリングを見つめるコマチを横に、エビナさんがずいっと顔を覗かせてきた。

 

「それで、次は私たちの番かな」

「そうだね。負けないよ」

「ヒキタニくん、やっぱり私のパーティーに入らないっ?」

「い、いや、遠慮させていただきます………」

 

 愚腐腐腐と不気味な笑みを浮かべるエビナさんに思わず一歩後ずさりしてしまった。

 この人、何なの? すごく怖いんだけど。魔王とかとはまた違った恐怖を感じる。なんなんだ一体………。

 

「そっかー、残念。それじゃ、トツカくん。バトルしよっか」

「うん」

 

 トツカとエビナさんがそれぞれバトルフィールドに出て行く。

 定位置についた二人はヒラツカ先生に合図を送った。

 

「それじゃ、ルールはさっきと一緒だ。だが、君たちはシングルスでバトルしてもらうぞ。二人とも、思う存分戦ってくれ! バトル開始!」

 

 それを受け取った先生は簡単な説明の後にバトル開始の宣言を出した。

 すると二人はボールを取り出し、ポケモンを出してきた。

 

「いくよ、ホルビー!」

「ゴーリキー、レッツパラダイス!」

 

 うわー、なんか緊張感なくなるわー。

 この二人、どっちも俺に緊張感を与えてこないってなんなんだろう。ある意味、強者?

 

「わあ、お姫様抱っこー」

 

 出てきたかと思ったら、いきなりエビナさんをお姫様抱っこしましたよ。

 何なの、あのポケモン。

 

「じゃなくて、バトルだよ。パラダイスだけど、それは終わってからね」

「リキー!」

 

 気が済んだのかエビナさんを下ろすとフィールドに出てきた。

 

「ゴーリキー、今日もいい筋肉してるよ。見せつけてあげて、ビルドアップ!」

 

 胸筋を見せつけるようにポーズを取ってくるゴーリキー。

 いいよ、別に。見せなくて。別に見たくもないし。

 

「ホルビー、こうそくいどう!」

 

 ダッと駆け出したホルビーは胸筋を見せつけているゴールキーの背後に回りこんだ。

 

「マッドショット!」

 

 土の塊を幾つも作り出すとゴーリキーに向けて投げつけた。

 

「ゴーリキー、だいもんじ!」

 

 振り向いたゴーリキーは口から炎を吐き出し、大の文字を作り出し、結果として壁の役割を果たす。

 

「あなをほる!」

 

 ジャンプして反転したホルビーは回転し出すと、特徴的な長い耳から地面の中に潜り込んだ。どこから出てくるかなんてトツカとホルビーにしか分からない。

 さあ、ゴーリキーはこれをどう対処してくるか。

 

「ゴーリキー、地面に向けてばくれつパンチ!」

 

 そうきたか。

 ゴーリキーが形振り構わず拳を地面に思いっきり叩きつけると、地面が割れ、中からホルビーが吐き出されてきた。

 何が起こったのかホルビー自身分かってないようで、戸惑いの色を見せている。

 

「からてチョップ!」

 

 飛び出したホルビーの正面にすかさず移動し、ゴーリキーのチョップが振りかざされた。

 

「かげぶんしん!」

 

 だが、ホルビーの戸惑いを拭うかのようにトツカが咄嗟に命令を出し、それを聞いたホルビーが瞬時に影を作り出し、ゴーリキーの目を欺いた。

 空を切ったチョップは地面に突き刺さる。

 

「ワイルドボルト!」

 

 電気をバチバチさせ、影共々にホルビーはゴーリキーに突っ込んでいった。

 

「わおっ! ゴーリキー、ビルドアップ!」

 

 綺麗な流れの攻撃に思わず驚きが口に出たエビナさんは、ホルビーの突撃を筋肉を見せつけることで受け止めることを選択した。

 いや、いいから。そんな二の腕の筋肉とか腹筋を見せなくていいから。電気バチバチしてて痛そうなんだけど。

 

「ホルビー、もう一度かげぶんしん!」

 

 ワイルドボルトは反動を受ける技でもある。少しの間、無防備になるのを影を増やすことでやり切ろうという策らしい。

 

「ゴーリキー、骨の髄まで見破っちゃって!」

 

 瞳孔を開いたゴーリキーが360度、周囲を見渡した。

 何を見切ったゴーリキーはその方向へと駆け出していく。

 

「からてチョップ!」

 

 まあ、見つけたのはホルビーの本体しかないか。

 

「耳で受け止めて!」

 

 振りかざされるチョップを長い耳で真剣白刃取り。

 マジか、なんつー器用さだよ。

 

「投げつけちゃえーっ」

 

 離す気のないホルビーに掴まれたまま、腕を振り回し、壁に向けて投げつけた。すでに壁はイッシキのせいで酷いことになっているが、さらにホルビーが打ち付けられて壁の破片がボロボロと落ちてくる。

 この建物が倒壊するのも時間の問題かもしれない。

 

「ホルビー、でんこうせっか!」

 

 起き上がったホルビーにトツカが次の命令を出した。

 疲れた体に鞭を打つようにして駆け出すと、ジグザグにゴーリキーの元へと走り込んでいく。

 

「とびはねる!」

「ばくれつパンチ!」

 

 ホルビーが飛び跳ね、キックを繰り出してくる。

 ゴーリキーはその間に強く拳を握り締めると、降ってくるホルビーに向けて思いっきり突き出した。

 どちらが強かったなんて見なくても分かりきっている。

 いくら効果抜群の技を選んだといえど、攻撃力を上げてきた筋肉バカの拳には勝てるはずもなく、天井へと打ち上げられた。そしてそのままシューっと真っ直ぐに地面に落ちてきた。

 

「ホルビー、戦闘不能!」

「お疲れ様、ホルビー。ちょっと無茶な命令だったね。ごめんね」

 

 ホルビーをボールに戻すとトツカは自分の非を認めて謝っていた。

 まあ、確かにあそこで直球にいったのは失策だったかもな。もう少し搦め手を加えてからの方が成功率は上がっただろうが、トツカもホルビーの活動限界を察してのことだったんだろう。

 

「クロバット、お願い!」

「次はクロバットかー。ゴーリキー、今度はバチバチブルブルさせちゃおっか」

 

 バチバチはかみなりパンチでブルブルは………れいとうパンチ……か?

 

「わるだくみ!」

「かみなりパンチ!」

 

 不敵な笑みを浮かべるクロバットにダッと駆け出すゴーリキー。拳には電気が纏い出した。

 

「エアカッター」

 

 だがその拳は届かず、空気の刃によって無数に斬りつけられた。

 

「アクロバット!」

 

 くるくると後ろ向きに回って上昇したクロバットは急下降する勢いを力に変えて、怯んで片膝を付くゴーリキー目掛けて突進していく。

 

「れいとうーーー」

 

 エビナさんの命令も言い切る前にクロバットの攻撃が当たった。

 バッサバッサ飛んでいったクロバットの後には俯せに倒れこむゴーリキーの姿があった。その目は白目を剥いている。

 

「ゴーリキー、戦闘不能!」

 

 さすがクロバット。

 身軽な身体を生かした素早い攻撃は、あのポケモンの味のある武器である。

 

「いやー、強いねー。クロバットか………、うんうん、いい勉強になったよ」

 

 へー、自分のポケモンが倒されてもそういう感想を持つのか。

 ある意味大物だな。

 そういうポジティブな考え方は、その内彼女を強く成長させることだろう。

 

「ゴーリキー、お疲れ様。ゆっくり休んでね。さて、次はこの子でいくよ。出てきて、オムスター!」

 

 二体目に出してきたのはオムスターか。

 化石ポケモンとして発見された系統としては割と最初の方。同時期に発見されているのがコマチが連れているプテラやカブトプスの系統である。

 …………こうして並べてみるとコマチって結構レアなポケモン連れてるよな。

 

「あー、こらこら。そんなに絡みつくんじゃないの。こそばいよ」

 

 出てきた途端、触手を伸ばしてエビナさんの脚に絡みついた。

 あ、やっぱりあのポケモンも危ない方でしたか。

 なんか彼女のポケモンの選び方が分かってきた気がする。

 

「バトルだよ。相手はあのクロバット」

「ムー」

 

 殻を撫でられたオムスターは嬉しそうにフィールドに出てきた。

 

「クロバット、クロスポイズン!」

「からにこもる!」

 

 天井近くでバッサバッサ飛び回っていたクロバットは紫色の見るからに危険な翼を光らせて、急下降してくる。

 向かうはオムスター。

 だが、当のオムスターは殻に篭り、身を守る体勢に入った。

 構わずクロバットはバッテンに斬りつけるが少し後ろに下がった程度で効果はまるでなかった。

 

「君の好きなフィールドにしちゃおう。あまごい!」

 

 殻に籠ったままオムスターは雨雲を作り出した。

 

「ギガドレイン!」

 

 その間にクロバットは先の斬り付けの際にでも仕込んだんか、ごっそりオムスターの体力を奪い出した。

 次第に雨が降り出し、二体に雨粒が打ち付けられる。

 

「からをやぶる!」

 

 殻の中から出てきたオムスターはクロバット並み、いやそれ以上の素早さに上がっていた。

 

「殻を破った効果に加えてこの雨………。オムスターの特性はすいすいのようね」

「だな。これで一気に片をつけようってことなのかね」

 

 ユキノシタの言う通り、二つの効果が発揮されているからだろう。でなければあんなに素早くクロバットの正面に移動はできない。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 急に目の前に現れたオムスターにクロバットもトツカも何もできず、無防備に水砲撃を近距離から撃ち付けられてしまった。

 これは痛いな。雨によって水技の威力が底上げされている。そしてオムスターは遠距離系の技が得意な部類。一気に体力を奪われたことだろう。

 

「ミラータイプ!」

 

 ミラータイプ?

 そんな技あったっけ?

 名前からしてタイプを鏡で映す、つまり相手のタイプを自分に反映させると捉えるのが妥当か。

 

「これはまた面白い技を使ってきたわね」

「知ってるのか?」

「ええ、逆にあなたが知らなかったことに驚きだわ。相手のタイプをそのまま自分に映すのよ。今のオムスターはどくとひこうを兼ね備えたタイプだけはクロバットになったってことよ」

「やっぱりそういう技だったか………」

 

 となるともうクロバットはギガドレインを使ったところで先ほどのように体力を奪えるかは期待しない方がいいということだな。エビナさんも考えてきたな。まったく考えてるそぶりを見せてこないのが恐ろしいわ。

 

「ヒッキーでも知らない技があるんだね」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる。何でもかんでも知ってると思うなよ。知らないことだって普通にある」

「エビナはああ見えて怖いよ」

「でしょうね………」

 

 あーしが認めてるということは相当なのだろう。まさか真の覇王はあの人だったとかはないよね?

 

「クロバット、あやしいひかり!」

 

 水砲撃によって壁に打ち付けられたクロバットが這い上がり、眩い光を発してきた。

 いきなり使わないで!

 俺たちの目もやられちゃうから!

 

「しねんのずつき!」

 

 なんと!

 トツカが早速対応してきましたよ!

 あれ? トツカもミラータイプを知ってたのん?

 それとも俺たちの会話が聞こえてた?

 どっちにしようがトツカが以前とは打って変わって成長している。万々歳。

 よく見えないけど、エビナさんが躱すとか云々言わないので光にやられたらしい。

 

「ムーっ!?」

 

 あ、多分オムスターが頭突きされたな。効果は抜群である。

 

「げんしのちから!」

 

 あー、目が痛い。

 取り敢えず、視界が元通りになってきたけど、やっぱり痛い。

 

「クロバット、はがねのつばさで打ち返して!」

 

 オムスターが作り出した岩々をクロバットが鋼に染めた二枚の翼で前に打ち返していた。

 

「ブレイブバード!」

 

 打ち返されてきた岩々を躱している間に、クロバットがオムスターに一気に詰め寄る。

 

「れいとうビーム!」

 

 エビナさんの命令に咄嗟に動いたオムスターは飛んでくる岩ごと、迫り来るクロバットに冷気を飛ばした。

 技と技が炸裂し、爆風が生み出され、雨雲もかき消されていく。

 今度は左隣のイッシキの亜麻色の甘い匂いの髪がぶわっと俺の鼻をくすぐってきた。

 

「ちょ、何嗅いでんですかっ! 嗅ぎたいなら二人きりの時にして下さい!」

 

 理不尽だ………。

 なぜ俺が怒られなければならんのだ。

 

「ふん!」

「うえっ!?」

 

 なんか今度は右隣のユキノシタが態々頭を振って俺の顔に長い黒髪を当ててきた。

 何だよ、何がしたいんだよ。

 

「二人とも…………、なんかずるい」

 

 お団子頭にしていて髪がそこまで靡かないユイガハマが頬を膨らませている。

 

「あ、これって………」

 

 コマチがフィールドを見て目を輝かせたので俺たちもそちらに目を向けると、二体同時に地面に倒れ伏していた。

 

「クロバット、オムスター、ともに戦闘不能!」

 

 今回は早い展開でともに堕ちたな。

 まあ、内容は濃かったけど。

 なんだ、あの人。めっちゃ搦め手使ってくるじゃん。

 トツカは思った以上に成長しているし。

 

「お疲れ、オムスター。意外とミラータイプが使えることが分かったよ。ありがとね」

「クロバット、お疲れ様。もっともっと強くならなきゃね」

 

 二人ともポケモンをボールに戻すと視線を交わした。

 俺もトツカと視線を交えたいなー。

 

「コマチちゃんやイッシキさんとはまた違った搦め手で、僕も勉強になったよ」

「あはは、トツカくんが結構迫って来るからねー。私も気が抜けないよ」

「それじゃ、次いこっか。トゲキッス!」

「モジャンボ、次よろしーーー」

 

 トツカがトゲキッス、エビナさんがモジャンボをそれぞれ出してきたのだが、またしてもエビナさんのポケモンは主人に絡みに行った。今度は直で行きやがったよ。

 

「あー、やっぱりかー。ごめんねー、しばらくこの子、バトルできそうにないみたい」

「あははは…………」

 

 モジャンボの触手に全身を絡め取られたエビナさんが笑顔でそう言ってきたのに、トツカは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 俺だったら苦笑いすら浮かべられるか自信ないわ。

 何なの、あのポケモンども。なんか、一番かわいいのがオムスターに思えてくるぞ。

 

「んー、モジャンボがこれだから………、ドククラゲ、次よろしく!」

 

 改めて。

 次に出てきたのはドククラゲか。

 あ、こいつもこいつでなんか踊りだしたぞ。

 触手を四本、二束に分けちょんちょん動かして踊っている。しっかりターンもしてるし。

 

「なっ!? あれはっ?!」

「な、なんだよ、ザイモクザ。驚かすなよ」

「ハチマン!? お主、あれを知らないのか!?」

「知らん。なんだよいきなり」

「見下げ果てたぞ、ハチマン! あの伝説の舞を知らぬとは我が相棒、なんたる失態! ゴラムゴラム! ならばよかろう。我があの『ツキツキの舞』を見せてやろうではないか!」

「はっ?」

 

 なに、ツキツキの舞?

 あのドククラゲの踊りってそんな大層なもんなの?

 

「ではっ!」

 

 靴を脱いで靴下まで脱いで裸足になったかと思うと、なんか爪先立ちで構え出した。

 

「ついついっ♪」

 

 左足をくねくね動かして左に持って行き。

 

「つつついっ♪」

 

 親指とそれ以外の指で器用に歩き。

 

「ついついっ♪」

 

 右足も同じようにくねくね動かして右に持って行き。

 

「つつついっ♪」

 

 こちらも器用に親指とそれ以外の指で器用に歩き出した。

 

「ついっ♪」

 

 だんっとガニ股に脚を開いたかと思うと一言。

 

「てるーーーん!!!」

 

 ……………。

 なんだこのキモいダンス。

 

「あっちでも同じポーズとってる…………」

 

 見ていたユイガハマが、ドククラゲも同じポーズを取っているのに気がついた。

 気づかなくてもいいのに。

 

「……………」

「……………」

 

 何を思ったのかザイモクザとドククラゲはしばらく見つめ合うと、ドククラゲの方が触手を伸ばしてきた。

 それに応えるようにザイモクザは触手と握手を交わし、心を通わせた。

 

「………………………よかったな、ザイモクザ。友達が増えて」

 

 もう、放っておこう。近づくとやらされそうだし。

 

「よかったね、ドククラゲ」

「クーラッ」

 

 分かってくれる奴が現れて、ドククラゲもさぞ嬉しそうである。

 

「あ、ごめんね。時間取っちゃって」

「あ、うん、大丈夫だよ。あははは………」

 

 トツカもどういう表情をしていいのか分からないんだろうなー。

 分かるぞ、その気持ち。俺もずっとこんなのに付き合わされてたからな。今に始まったことじゃない。

 

「それじゃいくよ。トゲキッス、サイコショック!」

「おおっ、ドククラゲ、バリアー!」

 

 フィールドに転がる壁の破片やら石やらをサイコパワーで浮かせると、ドククラゲ目掛けて飛ばし始めた。

 それをドククラゲは壁を貼ることで防いでいく。

 

「ヘドロばくだん!」

 

 今度はドククラゲの方が仕掛けた。

 黒紫色の、墨のようなヘドロを吐き出し、綺麗な羽毛のトゲキッスに投げつけていく。

 

「躱して!」

 

 トツカの命令に従い、次々とヘドロを躱していくが最後の一撃が左翼に直撃した。

 

「トゲキッス!?」

 

 フェアリータイプであるトゲキッスにどくタイプの技は効果抜群である。

 

「ゆびをふる!」

 

 持ち堪えたトゲキッスが、指を振った。

 指を振ると脳が活性化するのかあらゆる技が使えるようになるらしい。ただ出す技はランダムでその時思いついたものなのだとか。

 

「えっ………」

 

 エビナさんも驚き。

 トゲキッスが光を発したかと思うと、一閃がドククラゲに直撃した。

 

「あれは………」

「ラスターパージだね。ラティオスが使う技だよ」

 

 ユキノシタが技の正体に気づき、先に気づいていたユキノシタさんがそれに答えた。

 ラスターパージ。

 ラティオスの専用技か。

 そんなもんまで使えるのがゆびをふるなんだよな………。

 

「ドククラゲ!? ………まだいけるんだね。それじゃあ、もう一度ヘドロばくだん!」

 

 こちらも耐えたドククラゲが再度ヘドロを飛ばしてくる。

 

「はがねのつばさで打ち返して!」

 

 今後は躱すのではなく鋼の翼で打ち返し始めた。

 どくタイプの技にははがねタイプの技か。確かに理に適ってるな。

 

「つばめがえし!」

 

 吐き疲れドククラゲの攻撃が止むと、トゲキッスは一気に翼を光らせて突っ込んでいった。

 

「触手で受け止めて!」

 

 技がダメなら身体で受け止めるのか。

 エビナさんはやはりああ見えてすごく柔軟なトレーナーなようだ。

 

「まきつく!」

 

 トゲキッスの突進を触手で絡みつくように受け止めると、そのまま触手を伸ばして全身に巻き付いた。

 

「ギガドレイン!」

 

 触手の中ではトゲキッスが体力を吸われているのか。

 こうして実際にバトルを見ると、ドククラゲの恐ろしさがより伝わってくる。相手にしたくないポケモンだな。

 

「巻きつかれて、体力も奪われている………。どうしたら………」

 

 悔しそうに眉をひそめてドククラゲを見つめるトツカ。

 だが、その顔はすぐに晴れた。

 

「ッ!! トゲキッス、でんじは!」

 

 ふっ、なるほど。

 痺れさせることでまずは触手の力を緩める戦法か。

 

「でんげきは!」

 

 全身に痺れが渡ったドククラゲの触手の締め付ける力が弱まったところで電撃。

 煙を上げるドククラゲはついにトゲキッスを離してしまった。トゲキッスは自由の身になるとすぐにドククラゲから距離を取るようにトツカの元へと戻っていく。

 

「トゲキッス、にほんばれ!」

「ハイドロポンプ!」

 

 同時に命令が出されたが、動きが早かったのはトゲキッスだった。どこからか日差しを取り入れ、水技の威力を弱めてきた。

 身体の痺れにより一瞬遅くなってしまったドククラゲの水砲撃が打ち出される。

 

「ひかりのかべ!」

 

 トゲキッスに水砲撃が届く前に光の壁は完成した。

 

「あさのひざし!」

 

 そのまま水砲撃を弾き上げると光を取り込み、体力を回復していく。

 

「ヘドロばくだん!」

 

 痺れに堪えてドククラゲがヘドロを飛ばしてきた。

 回復に集中しているトゲキッスには躱すことができず、効果抜群の技が命中してしまった。

 

「ゆびをふる!」

 

 体制を立て直したトゲキッスが再度指を振る。

 今度は何が出るのだろうか。運任せではあるが、ポケモンの発想でもあるからトツカはそこに賭けたのかもしれない。

 

「どくづき!」

 

 ジャンプして一気にトゲキッスの前に現れたドククラゲが何本あるのか分からない触手で連続で突いていく。

 

「効いてない?!」

 

 だが、まるで効いていない様子である。

 

「あれはテクスチャーであるな。我がZの得意技でもある」

 

 テクスチャーか。

 確か前にザイモクザから説明された時には、自分のタイプを覚えてる技のタイプの中から選んでそのタイプになるって感じだったか。

 取り敢えず、どくタイプのどくづきが効いてないのを見る限り、はがねタイプになったのだろう。

 

「あ、ドククラゲ!?」

 

 連撃の末、再び身体が痺れたドククラゲは苦しみながら地面に落ちていく。

 

「でんげきは!」

 

 さらに電撃を浴びせて追撃し。

 

「ソーラービーム!」

 

 とどめを刺した。

 

「ドククラゲ、戦闘不能!」

 

 これでトツカが一歩リードしたことになる。

 エビナさんの残りにポケモンはあと二体。あそこで主人に絡みついているモジャンボとエビワラーだったか。

 対してトツカはトゲキッスに加えてまだニョロボンとミミロップが一度もバトルに出ていない状態。

 さてさて、どうなることやら。

 

「ドククラゲ、お疲れ様。いいバトルだったよ」

 

 エビナさんがドククラゲをボールに戻した。

 

「さあ、モジャンボ。今度こそ出番だよ」

 

 絡みつくモジャンボを撫でるとフィールドを指差す。

 充分堪能したのか、モジャンボは今度こそフィールドに出てきた。

 

「モジャンボ……、トゲキッス、相手はくさタイプだからこのままいくよ!」

「キッス」

「モジャンボ、やどりぎのタネ!」

 

 ッ!?

 早い!?

 あの巨体があんな早く動けるもんなのか?

 

「ようりょくそ。それが特性なようね」

「ああ、そういうことね。日差しが強い間は動きが早いと。ああ、びびった。あんな巨体に早く動かれたんじゃ、ゲッコウガが泣くわ」

 

 特性のおかげならそろそろ日差しも弱まることだろう。

 種を飛ばしてトゲキッスを捕獲すると、地面に蔦を伸ばして固定。

 案の定その間に日差しが弱まった。

 

「じしん!」

 

 地面に伏せさせたトゲキッスがいる地面を震源に地震を起こした。

 

「にほんばれ!」

「っ! トゲキッス、やきつくす!」

 

 素早さを取り戻そうと再びモジャンボが日差しを作り出すと、何かを閃いたトツカが叫んだ。

 命令を出されたトゲキッスは口から炎を吐き、自身に絡まっている蔦を燃やし始めた。

 なるほど。日差しによって高まった炎で一気に蔦を焼こうってことか。そうすれば炎を身に纏うトゲキッス自身の負担も短時間で済む。

 

「きあいだま!」

 

 トゲキッスに逃げられたモジャンボは即座にきあいだまを撃ち出してきた。

 

「ゆびをふる!」

 

 トツカが命令を出すとトゲキッスが頭を活性化させて、技を繰り出した。

 きあいだまは綺麗に躱され、距離も取られてしまう。

 

「つるのムチ!」

 

 だが、まだここにはリーチがあると言いたいかのように触手を何本か伸ばし、逃げるトゲッキスを追いかけ始めた。

 

「もう一度、ゆびをふる!」

 

 飛びながら指を振り、多方向から叩こうとしてくる触手を躱して、反転すると技を出した。

 出した技はバブルこうせん。

 吐き出された泡が弾け、触手を攻撃していく。

 

「リーフストーム!」

 

 エビナさんはすぐに触手から本体へと切り替え、技を命令。動きの止まったトゲキッスに向けて草が舞飛んでいった。

 嵐に煽られたトゲキッスは上空へと吹き飛ばされ、バランスを崩して重力に従って落ちてくる。

 

「トゲキッス、バランス保って! はどうだん!」

 

 トツカの叫びが聞こえたのか、くるくると回りバランスを取り戻したトゲキッスは加速を始めながら、波導を集め出す。

 一気にモジャンボまで距離を詰めるとはどうだんを解き放った。

 

「きあいだま!」

 

 こちらも負けじときあいだまで応戦してくる。

 

「あっ、」

 

 だが波導を操るトゲキッスの方が上だったのか、技と技がぶつかり合うこともなく、軌道を曲げられ、モジャンボの背後からはどうだんを撃ちつけた。

 

「トゲキッス、ゆびをふる!」

 

 再三に渡り指を振ると今度は遠吠えを始めた。遠吠えなのに、綺麗な声にちょっと癒された。なんかトツカを見ているようである。

 

「っっ! トゲキッス、バトンタッチ!」

 

 トツカも運試だったのだろう。

 ゆびをふるがどう出るかによってこれからの戦法を組み立てていたのだろうが、遠吠えを見て、戦法が決まったらしい。

 

「ま、こんだけ能力が上がればな」

「ミミロップ!」

 

 出てきたミミロップとタッチしたトゲキッスはボールの中へと戻っていく。

 

「ほのおのパンチ!」

 

 速攻で炎を纏った拳を携え、モジャンボの元へと移動した。

 

「しびれごな!」

 

 モジャンボが目の前に迫るミミロップに黄色い粉を振りまく。

 だが、効果がないのか拳は止まらず、モジャンボの触手が焼かれた。

 しびれごなが効かないか…………。確かミミロップの特性にはぶきようとメロメロボディと………ああ、珍しい方のか。

 トツカのミミロップの特性はじゅうなん。身体の痺れを受けない、まあ逞しい身体といったところか。

 

「モジャンボ、そのまま締め付けて!」

 

 直接触れてきたミミロップを背後に回した触手で絡め取り、パンチに耐えながら手繰り寄せる。

 

「ギガドレイン!」

 

 焼かれた分の体力を返せというかのようにミミロップの体力を奪っていく。

 

「ミミッ!?」

「ミミロップ、とびはねる!」

 

 体力を奪われていることに気づいたミミロップが苦痛の表情を浮かべる。気付かなければ、ポケモンといえど痛みもないのだろうか…………。

 

「振り落として!」

 

 言われるがままにモジャンボに締め付けられながら飛び跳ねたミミロップは両拳に炎を纏い、連続パンチでモジャンボを焼き上げ、地面に振り落とした。

 

「なやみのタネ!」

 

 だが、モジャンボもただではやられてくれないようで、背中から落ちているのをいいことに、一つの種をミミロップに植え付けた。種はミミロップに吸い込まれ、効力を発揮したことだろう。

 これでミミロップの特性はふみんになってしまった。

 

「しびれごな!」

 

 そして粉を振りまき、背中から地面に落ちていった。

 

「ミッ!?」

 

 今度こそ身体に痺れを受けてしまったミミロップがバランスを崩して、地面に向けて落ちてくる。

 

「きあいだま!」

 

 起き上がったモジャンボが再度きあいだまを撃ち出してきた。

 片膝ついてなんとか不時着に成功したミミロップは、身体が痺れて思うように身体を動かせないでいる。

 

「ミミロップ、落ち着いて! ミラーコート!」

 

 動けないならばその場で対処すればいい、という発想か。

 タイミングを見て打ち返せばいいからな。まあ、そのタイミングを計るのがまた難しいのだが…………。

 

「トツカ大好きミミロップなら愛の力でやってのけるか」

「お兄ちゃん、何言ってるの………?」

「愛こそ正義って話だ」

「ヒッキーが愛を語るとか、なんかキモい………」

「や、俺はコマチ愛に溢れてるからな。いくらでも語れる」

「ただのシスコンね」

「私はユキノちゃんへの愛なら語れるよー」

「気持ち悪いからやめてちょうだい。気持ち悪いから。あと気持ち悪い」

 

 あーあ、ハルノさんが悄気ちまったじゃねぇか。

 メグリ先輩も大変だな。

 

「弾いて!」

 

 打ち返されて用無しとなったきあいだまを容赦なく弾き飛ばして、捨てた。

 もう次行くのね。切り替え早いのね。

 

「からげんき!」

 

 あ、こっちはこっちで状態異常をフルに活用してきたし。

 またこんな面白い技を覚えさせちゃって。

 力を振り絞り、ミミロップが突進を仕掛ける。

 

「リーフストーム!」

 

 無数の草が舞い、迫るミミロップに襲いかかった。

 

「こうそくいどう!」

 

 だが、さらに加速し嵐を躱す。

 

「ほのおのパンチ!」

 

 背後に回ると、力強く殴りつけた。

 

「やどりぎのタネ!」

 

 吹き飛ばされながらも身体を回して、ミミロップに種を飛ばしてきた。

 

「ミミロップ、躱して!」

 

 だがトツカの命令を遂行することはなく、身体が痺れて動けないミミロップに種が植え付けられた。種は次第に芽を吹き、蔓を伸ばしてミミロップを縛り上げていく。

 

「モジャンボ、戦闘不能!」

 

 なんと。

 最後の最後までモジャンボは攻撃の手を緩めていなかったのか。

 限界に達していたというのに最後まで戦うその姿勢には天晴れである。

 

「お疲れ様ー。モジャンボ、最後までいい働きしてくれたよ」

 

 これはエビナさんが賞賛するのも分かるわー。

 というかエビナさんの判断が地味にすごいんだけど。切り替えとか早いし。

 何というか、突拍子も無いことでも動じないというか………。

 

「さあ、最後だけど。エビワラー、君の出番だよ」

 

 最後に出てきたのはエビワラーか。

 あ、あいつはまともだったか。何もしていないぞ。

 

「ミミロップ、拳のほのおでその蔦を焼いて!」

 

 どうするべきか考えあぐねていたトツカが命令を下した。

 トゲキッスの時のように焼こうと思ったのだろうが、炎技が拳しかなかったことで少し戸惑ってたってとこか。

 

「エビワラー、マッハパンチ!」

「躱して!」

 

 俊足でミミロップの元に駆けつけたエビワラーが拳を振り下ろす。

 だが、それを容易く躱し、間合いを広げていった。

 

「こうそくいどう!」

 

 今回のバトルではよく見受けられるこうそくいどうによりあっさりとその間合いはゼロへとされた。

 

「スカイアッパー!」

 

 今度は掬い上げるように拳を突き出してくるエビワラーを、それでも身体を逸らして躱していく。

 

「とびひざげり!」

 

 後ろに下がって低くしゃがむと、地面を強く蹴り上げ、エビワラーの顎にミミロップの膝が入り、吹き飛ばされた。

 だが、着地と同時に身体に痺れが走り片膝をついた。

 

「エビワラー、ビルドアップ!」

 

 あ、こいつも覚えてるんですね。でも普通な感じでよかった。やっぱ、あのゴーリキーがおかしかったんだな。

 

「………ミミロップ、そろそろ終わらせないと痺れがキツいよね。いくよ、ミミロップ」

 

 とうとうトツカも使ってくるか。

 ミミロップの痺れが相当気になるらしい。

 

「メガシンカ!」

 

 トツカのリストバンドが光りだし、ミミロップの持つペンダントと共鳴を始める。

 ミミロップは白い光に包まれると、みるみる姿を変えていった。

 汗を拭う姿を見たことなかったが、あのリストバンドはただのおしゃれアイテムだったのか。知らなかった………。

 また一つ、トツカ知識が増えたな。

 

「久しぶりだね、さいちゃんのメガシンカ」

「そうね、あまり彼がバトルすることなんてないもの」

「あー、コマチは特訓の時に使われてたから、見慣れてるんですね………」

「……なんだかんだ言ってコマチちゃんもメガシンカしたポケモンを相手してたんだ。だから私の時も驚いても臆しなかったのか」

 

 何かに合点がいったらしいイッシキはふむふむと首を縦に振っている。

 

「いやー、びっくりはしましたけどねー。確かにメガシンカ自体には慣れてますね」

「そういう意味ではコマチもイッシキにないものを持ってたってことなんじゃないか?」

「そういうもんなのかなー」

「ずるいとは思うなー」

 

 確かにイッシキがメガシンカしたポケモンとバトルしたのなんて大体が俺だし、俺はそこまでイッシキとバトルはしていない。というか会議やらなんやらがあってほとんど放任主義になってしまっていた。

 あれ? てことは、イッシキにメガシンカしたポケモンとのバトルの経験が少ないのって俺の所為?

 

「あ、でも今の私なら先輩に勝てちゃったり………」

「昼のバトル見てそう思えたらバトルしてやるよ」

「うっ………」

 

 あざとく見上げてくるので、少し脅しをかけておく。

 このバトルが終われば取り敢えず、一旦休憩がてら昼飯にした方がいいだろう。

 

「スカイアッパー!」

 

 今度はお返しと言わんばかりにミミロップが一瞬でエビワラーの懐に飛び込み、拳を掬い上げた。

 

「見切って!」

 

 だが、注視したエビワラーにより拳は躱され、逆に地面を踏ん張って拳を突き出してきた。

 

「インファイト!」

 

 連続のパンチがミミロップに繰り出される。

 

「躱して、グロウパンチ!」

 

 瞬時に腰を落として重心を下げ、ミミロップが長い耳でエビワラーの顎を狙った。

 

「フェイントからのマッハパンチ!」

 

 それを途中で拳を止めたエビワラーが拳を引いて受け止め、もう片方の拳を上から突き刺すようにミミロップの顔面を狙ってくる。

 

「ともえなげ!」

 

 だがそれも、長い耳と手足を使ってエビワラーの身体を掴み、後ろに転がりながら、ミミロップが投げ飛ばしたことで失敗に終わった。

 地面に背中を打ち付けたエビワラーは滑るようにエビナさんの元へ流れされていく。

 

「エビワラー、インファイト!」

 

 身体が痺れて起き上がるのに悪戦苦闘しているミミロップに、すぐに起き上がったエビワラーが容赦なく拳を構えて突っ込んでいった。

 

「躱して!」

 

 拳が突き出されると同時にトツカの叫びを聞いたミミロップが影を増やした。エビワラーが空を切った拳に戸惑いの色を見せてくる。

 

「影ッ!?」

 

 さすがのエビナさんも新しい技をポケモン自身が使ってきたことには驚いたようだ。

 

「スカイアッパー!」

 

 影に紛れてミミロップが一瞬だけ動きの止まったエビワラーの背後へと現れ、流れるように下から拳を突き上げてくる。

 

「エビワラー、カウンターで打ち返して!」

 

 背中を攻撃されたエビワラーが、押された力を利用して腕を伸ばして裏拳でミミロップの顔を狙う。

 遠心力が働き、速さが増していく。

 

「ッ!? 躱して、おんがえし!」

 

 低く屈むことで裏拳をやり過ごし、猪突猛進でエビワラーの懐に体当たりをした。渾身の一撃はエビワラーをトツカのすぐ後ろの壁に貼り付けるほどの威力を見せ、技名通りにトツカに勝利をもたらした。

 

「エビワラー、戦闘不能! よって勝者、トツカサイカ!」

 

 先生の判定が下され、トツカの勝利が決まった。

 強くなったな、トツカ。最後はものの数秒の技の応戦なのに迫力満載なバトルだったぞ。これならトキワジムもフスベジムもクリアできるんじゃないか? というか余裕でできそうだぞ。

 

「エビワラー、大丈夫!?」

 

 すぐ近くにいたトツカが壁に突き刺さったエビワラーに駆け寄っていく。メガシンカを解いたミミロップを心配そうに近づいていく。

 まあ、無理もない。主人の勝利しか頭になかっただろうからな。というか身体の痺れはいいのかよ。

 

「エビワラー!?」

 

 エビナさんも遅れて駆け寄り、俺たちもぼちぼちトツカ達の元へと移動していく。

 

「お疲れ様。最後はよくついてきてくれたね」

 

 エビワラーをボールに戻しながらエビナさんがそう呟いた。

 

「どうよ、ヒキオ。エビナ強いっしょ」

「そうだな。まさかメガシンカしたミミロップ相手にあそこまでついていけるとは思ってなかったわ」

「ふふんっ、伊達にハヤトと旅してないし」

 

 あーしさんもエビナさんの強さにさぞご満悦のようだ。

 ま、彼女の言う通りハヤマと旅していれば、嫌でもいろんなものを吸収できてしまうか。

 

「つーか、その人ほんとに強いわけ?」

「あ? シロメグリ先輩のことか?」

「そっ」

「さあな。でもあのユキノシタさんが側に置いてるんだから強いんじゃないか?」

「へー、ならヒキオ負けるんじゃね?」

「あははは………、どうだろう………。ヒキガヤくん、ハルさんを倒してるらしいし」

 

 ミウラさんや。その辺にしておいてあげて下さい。メグリ先輩が返答に困ってますよ。

 

「大丈夫大丈夫。私のポケモンもいることだし!」

「あら、パルシェンもドンファンもヒキガヤくんのリザードンに負けた経験を持っていなかったかしら?」

「言うようになったわね、ユキノちゃん………」

「姉さんも少しは上には上がいることを知った方が身のためよ」

「それじゃあ、ヒキガヤくん。私ともバトルしてもらおうかしら」

 

 唐突すぎませんかね、魔王様。

 魔王様だからって許されると思わないで。

 

「あの………、俺の意見は…………?」

「いいじゃない。あなたなら簡単に姉さんも倒せるでしょ?」

「簡単に言うなよ。俺はこの後シロメグリ先輩とバトルするんだぞ?」

「だったら、夜でもいいよー」

 

 分かってて言ってるだろ。

 というか段々と条件を俺に合わせていって最終的に合意させる気だな。

 はっ、どうあがいても無理じゃん。口じゃ勝てん。

 

「はあ………、これが詰みゲーってやつだな。つーか、お前が見たいだけだろ。どっちかが負けるところを」

「あら、そうだなんて一言も言ってないわよ?」

 

 言い出しっぺのユキノシタからすればどっちが負けようが面白いだろうからな。普段にどちらも負ける姿なんて見せないし。姉のんは知らんけど。まあ、負ける姿が想像できんな。

 

「あ、私も見たいです! 先輩とハルさん先輩のどっちが強いのかこの際はっきりさせちゃってくださいよ!」

 

 あ、こら、イッシキ。お前がそんなこと言い出したら………、あーもう、ほらユイガハマもコマチも目をキラキラさせてきてるじゃねぇか。

 詰んだ……………。

 

「これが四面楚歌ってやつか………。分かった分かった分かりました。でも条件としてカメックスとバンギラスとのタッグバトルでお願いします」

「へー、興味あるんだ」

「まあ、一応。トレーナーへの負担とかも見ておきたいので」

「いいよー、それで。後悔しても知らないけど」

「後悔なんて、そもそもすでにしてますよ。ユキノシタさんがいる時点で後悔しかありませんって」

 

 あんたがいる時点でもう後悔以外の何でもないわ。

 この姉妹を二人合わせて近くにおいては俺の身が持たん。片方で充分だわ。

 

「ひどい、ひどいわ、ヒキガヤくん。鬼畜だわ」

「そうね、鬼いちゃんと言われるくらいの鬼畜だもの。仕方ないわ、姉さん」

 

 こういう時だけ仲良いな、この姉妹。

 仕方ない。恨み潰しに夜にも暴れてやろう。ほんとは休みたい気分になってるだろうけど。コテンパンにしてやる!

 

 

 はあ………、結局俺は昼と夜と二回もバトルしなきゃならんのか………。

 超面倒くさっ。



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69話

 取り敢えず、休憩がてら昼食を取り、午後の部。

 俺とメグリ先輩のバトルがとうとうやってきてしまった。

 

「えっと………、バトルする前に一つ確認しておきますけど」

「なあに?」

「俺の強さってどれくらいの設定がいいですかね………」

 

 ほら、ガチの本気でやろうものなら、あの可哀想なハルノさんのパルシェンのようなことになりそうじゃん?

 

「せ、設定って………」

「や、最初から全開でいった方がいいものか、ですね……?」

「最初から全力全開でいいと思うけどなー」

「ちょ、メグリ!? それはあまりにも無謀すぎだって! ヒキガヤくんのことを煽ったりしてるけど、私も負けてる身だからね?!」

 

 結構、あのバトルはハルノさんも堪えてたみたいだ。マジか………。

 

「そうね、ヒキガヤくんが鬼畜になると開始早々戦闘不能にされてしまうもの」

「…………ねえ、今日のユキノちゃんなんか言葉に棘あるよね」

「そうかしら? 誰かさんがベタベタするもんだから、その反動かもしれないわね」

「ベタベタ………」

「な、何かしら………」

 

 ベタベタという単語に反応を示すユイガハマ。

 多分お前のことじゃないぞ。後ろにいる魔王様のことだと思うぞ。

 

「あ、あたしのことかなって…………。ゆ、ゆきのんが嫌なら、あたし、抱きつくの我慢した方がいいよね………?」

 

 あー、やっぱり誤解してるし。

 

「べ、別にあなたのことだなんて言ってないじゃない」

「~~~、ゆきの~んっ!!」

「あ、暑苦しい………」

「あーあ、あの頃のユキノちゃんは可愛かったなー」

 

 ダメだ………、百合空間とその後ろに嫉妬の念が蠢いている。

 後輩たちがニヤニヤして見てますよ。後から気付いてももう遅いからね。俺は知らないぞ、ユキノシタ。いや、デレノシタ。

 

「でー、どうしましょうか………」

「は、はるさんたちの話聞いてたら不安になってきちゃった………。と、取り敢えず私の実力を見てもらうんだし、開始直後に戦闘不能はなしの方向で………」

「了解です」

 

 デスヨネー。

 根本的なところが何もできないしね。

 ガチの本気を出すのは魔王様相手にとっておこう。

 

「ヒキガヤ、お前らもルールは同じでいいんだな」

「ええ、まあ」

「そうか。では二人とも存分に。バトル始め!」

「んじゃま、取り敢えず、ゲッコウガよろしく」

「コウガ」

 

 初手で戦闘不能にするなっていうなら、やっぱゲッコウガ使うしかないよね。

 リザードンだと出てくるポケモンによっちゃ、一発退場させちゃうし。

 横にいたゲッコウガがフィールドに出て行く。

 

「ゲッコウガ………、エンペルト、お願い!」

 

 メグリ先輩の最初のポケモンはエンペルトか。

 みず・はがねタイプを併せ持つ、シンオウ地方の初心者向けのポケモンであるポッチャマの最終進化系。翼とも取れる両腕からの攻撃は危険らしい。実際にバトルするのは初めてだから勝手が分からんが、同じみずタイプってことだし戦いづらい相手ではあるか。

 というかリザードンだったら、マジで初手で倒してたかもしれん。

 

「エンペルト、つめとぎ!」

 

 両腕を擦り合わせて、刃の切れ味を高めていく。これにより技の精度性と威力が向上してしまった。

 

「くさむすび」

 

 動き出される前に草で縛り付けておこう。

 これで動かなくなればいいが、だけど。

 

「はがねのつばさ!」

 

 やはりな。

 あの程度の足止めは役に立たない。

 鋼の翼を広げて一回転し、絡みついた草を斬り裂いていく。

 

「アクアジェット!」

 

 地面を蹴り上げると水のベールに包まれ、ゲッコウガへと一直線に迫ってきた。

 

「かげぶんしん」

 

 まあ、これくらいならどうということはない。

 影を増やしてしまえば、こいつの本体を見つけるのは困難だ。しかも影は攻撃にも使える。

 

「グロウパンチ」

 

 ゲッコウガ唯一の(他にも何か覚えてるかもしれないが)かくとうタイプの技。

 みず・はがねの組み合わせだと弱点となるタイプがかくとうとじめんとでんきになり、ゲッコウガで弱点をつける技がこれしかない。

 まあ尤も、かげぶんしんからのグロウパンチはある意味いいコンボ技だとは思うが。

 

「てっぺき!」

 

 地面に着地したエンペルトがゲッコウガの全方向からのパンチを鉄の壁で薙ぎ倒していく。影は次々と消されていくが、所々でパンチが入っているようだ。

 

「ドリルくちばし!」

 

 本体を捉えられたか。

 あの中でも耐えきる精神力は大したもんだ。

 

「がんせきふうじで突き落とせ」

 

 影を消すのもさておき、身体を高速回転させ頭にある三本の角を光らせ、本物のゲッコウガに突っ込んできた。

 距離を取りながらゲッコウガは岩を打ち付けていき、エンペルトの勢いを殺していく。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 技を切り替え、岩をも呑みこむ勢いで、水砲撃を撃ち出してくる。

 ふむ………、この技の選び方…………、まあ誰にも言ってないんだし当然と言えば当然か。

 やっぱりゲッコウガの特性を『へんげんじざい』だって認識してるんだな。

 かくとうタイプの後にひこうタイプ、いわタイプの後にはみずタイプときてるのが何よりの証拠だ。

 

「こっちもハイドロポンプ」

 

 ならば少し、それに乗ってみよう。

 まずはこっちも水砲撃を撃ち込み、技を相殺させた。

 

「一発も技が当たらないなんて、やっぱりヒキガヤくんは強いね」

「俺が強いんじゃなくてゲッコウガが強いんですよ。俺は別に何もしていない」

 

 これくらいの身のこなしは元々ゲッコウガが身につけていたもの。俺がこいつに何か作用させたってなら、それはあの特性くらいだ。

 

「エンペルト、つめとぎ!」

 

 刃こぼれを直すかのようにまたしても両腕を擦り合わせて刃を研いでいく。

 

「つじぎり」

 

 ならば、その間に攻撃させてもらおう。

 一瞬でエンペルトの背後に回ったゲッコウガは黒い手刀で斬りつけた。

 吹き飛ばされながら、地面に腕の刃を刺し、それを軸にして向きを変えながら着地した。

 

「れんぞくぎり!」

 

 着地の勢いを全面的に使い、地面を蹴り上げると一気にゲッコウガに向けて駆けてくる。

 

「かげぶんしん」

 

 今度はむしタイプか。

 色々と覚えさせてるんだな。

 

「えんまく」

 

 ここは少し、視界を奪い影で全方向から狙えるようになったゲッコウガの恐怖を見せてみるか。

 

「エンペルト、きりばらい!」

 

 なんて考えてたが、一技で計画が台無しになった。

 きりばらいとかマジかー。そういうのもちゃっかり覚えさせてるのか。

 さすが魔王といるだけのことはある。

 

「みずしゅりけん!」

 

 多人数からの多攻撃。

 全部躱すのは無理だろう。

 

「エンペルト、くさむすびで壁を作って!」

 

 自分を取り囲むように地面から草を巻き上げ、壁と成した。

 水手裏剣は全て草の栄養分となり吸収されていく。

 それならまだいいのだが、さらに影も含めたゲッコウガ全員にまで草を伸ばしてくる始末。

 

「攻防一体型の使い方かよ。ゲッコウガ、めざめるパワー」

 

 まあ、草なので内なる力で燃やしてしまえば何てことはない。ゲッコウガが使うめざめるパワーは炎を操るものだからな。

 

「初めて当たった………。エンペルト、はがねのつばさ!」

 

 初手と同じように今度は自分で育てた草をはがねのつばさで斬り裂いた。というのを中から出てきたエンペルトの回転切りによって理解できた。

 

「アクアジェット!」

 

 ふむ……、ここで同じ技で躱しても同じように動いてくるはず。

 だったら、技を変えてみるか。

 

「まもる」

 

 完全防備。

 

「ドリルくちばし!」

 

 えー、マジでー。

 水のベールに包まれながらもさらに回転を加えて、角を光らせてくるとか。

 

「強行突破のつもりですかね………。ゲッコウガ、あなをほる」

 

 ドーム型の壁の中で穴を掘り、壁を捨てさせる。

 するとエンペルトが突然壊れた壁に強力な力を加えていたことで、慣性の力に呑まれ頭から地面に転がっていった。

 

「穴に向けてハイドロポンプ!」

 

 すぐに起き上がったエンペルトに穴から水砲撃を撃ち込ませてきた。

 穴の中なら逃げ場がないと考えたのか。

 

「みずのはどうで掌握しろ」

 

 穴の中だし聞こえているかは分からないが、多分考えてることは同じだろう。

 バンッと穴から出てきたゲッコウガは水砲撃の水を全て掌握し、自分の物にしていた。

 というか何だよ、あの形。まるでギャラドスじゃねぇか。いいよ、そんなところまで凝らなくて。余裕出しすぎだろ。

 

「くさむすび!」

 

 再度地面から草を伸ばして水でできたギャラドスに乗るゲッコウガ目掛けて襲いかかる。だが、それもギャラドスにより噛みちぎられてしまった。

 うわー、あの水のギャラドス、そんな使い方もできるのかよ。あいつ、もうポケモンじゃねぇ………。

 

「いいね、ゲッコウガ。俺はそういうの好きだぞ。ハイドロカノン!」

 

 ギャラドスが大きく口を開き、ゲッコウガがギャラドスの中に潜ると、勢いよく究極技が撃ち出された。

 水でできたギャラドスの尻尾の方から水を使っているのか、段々の頭部に向けて水が減っていく。

 

「え、エンペルト、アクアジェットで躱して!」

 

 エンペルトも自分を水のベールで覆い、地面を蹴り上げ、右に折れていく。

 だが、その程度ではゲッコウガが許すはずもなく、追撃するように向きを変えていった。

 

「エンペルト!?」

 

 そして、エンペルトの逃避も虚しく、ゲッコウガに撃ち落とされ、地面に叩きつけられた。

 

「なんという………、エンペルト戦闘不能!」

 

 あらら……、ヒラツカ先生まで言葉を失ってたか。

 まあ、あんな芸も挟んだ技を見せられたらな。俺は掌握しろとは言ったけど、ギャラドス作れとは言ってないし。

 だから睨まれる筋合いはないんですが、そこの外野たち。

 

「エンペルト、お疲れ様。ゆっくり休んでね………」

「おい、こらゲッコウガ。その頭だけ残ったギャラドス何とかしろよ。不気味なんだけど」

 

 首? から上だけ残し、ギャラドスがコイキングのように跳ねている。そして、その上に座るゲッコウガ。はっきり言って気持ち悪い………。

 

「コウガ」

「あ、こっち向けんな!」

 

 こいつ………、どうしてくれようか。

 

「くくくくっ、あっはっはっはっ! ひぃーっ、なんなのあのゲッコウガ! 面白すぎ!」

 

 魔王様はお気に召したらしい。

 ゲッコウガもハルノさんにも顔が見えるようにギャラドスを動かした。

 

「はあ………、なんかすんません。こんな奴で」

「い、いや、そんなことないよ………。あそこまで水を掌握できるなんて………」

「だってよ。………お前、どうせその水、アレに使うつもりなんだろ」

「………」

「あーもう、だからこっちに向けんなって!」

 

 気持ち悪いからやめてください。いやマジで。噴きそうになるから。

 

「ったく………、それじゃシロメグリ先輩、次のポケモンを」

「あ、う、うん、そうだね。サーナイト!」

 

 次はサーナイトか。

 エスパータイプであるが、同時にあくタイプの弱点となるフェアリータイプでもある。さっさと倒すに越したことはない。

 

「えっ、うそ………、特性をトレースできない………」

「んじゃま、ゲッコウガ。早速いこうか」

「コウガ」

 

 俺がそう言うとゲッコウガがギャラドスの頭を水のベールに変え、自分を覆い隠した。

 

「メガシンカ」

 

 正確にはメガシンカじゃないけどね。ただ特性でその性能を取り入れたってだけだし。カツラさんがつけた名前は『きずなへんげ』だけど、これメガシンカって言った方が凄みが出るし、やってること変わらんし、いいよね?

 

「メガシンカ?!」

「ちょ、先輩、どういうことですか!?」

「お兄ちゃん?! コマチ聞いてないよ」

「私、ゲッコウガにメガシンカがあるなんて、聞いたことない………けど…………そんな、まさか…………」

「ヒキオ、マジで何者なの………」

「うーわー、ヒキタニくん、マジリスペクトっしょ。こんな力をまだ隠してるとか、ヒキタニくん、マジ怖いわー」

 

 そりゃ、誰にも言ってないし、知るはずもない。

 ただ、もう一つ隠し玉ができたんだ。少しは恐怖というものも味わわせておかないと。

 

「ゲッコウガ、かげうち」

 

 ゲッコウガは八枚刃の手裏剣を背負い、身体の模様もそれに合わせて八枚刃の手裏剣が描かれた少し目の濁った感じの姿に変えると陰に潜りこみ、一瞬でサーナイトの背後を取った。

 

「て、テレポート!」

 

 一発叩きつけたが、テレポートですぐに逃げられてしまう。

 先生と同じパターンか。

 ならば。

 

「テレポート先に行くまでだ。ゲッコウガ、つじぎり!」

「っ!? サーナイト、マジカルリーフ!」

 

 移動した先でもすぐに目の前に迫ってきたゲッコウガに無数の葉で攻撃してきた。だが、今のゲッコウガなら全てを切り落とせるだろう。

 

「なっ………!?」

 

 別にそんなに驚くことでもないですって。

 

「ゲッコウガ、みずしゅりけん!」

 

 背中に背負う水の手裏剣を手に取り、サーナイト目掛けて投げつける。

 しかし、それは命令なくテレポートされて躱された。こうなると常備テレポートで移動してくると見た方がいいか。

 

「ムーンフォース!」

「後ろか。ゲッコウガ、かげうち!」

 

 頭にゲッコウガが感じた感覚が流れた。

 視界は奪われなくなったが、感覚が共有されてるってことか。これが完成形ということでいいのだな。

 

「みずしゅりけん!」

 

 影に潜ってサーナイトの後ろを取ると、背中の水手裏剣で思いっきりぶん殴った。

 地面に叩きつけられたサーナイトは気を失ったか。

 

「……………」

「先生、コールまだっすか?」

「あ、ああ、サーナイト戦闘不能!」

 

 みんなして呆気にとられてるのか……。ちょっとやりすぎたか?

 

「ヒキガヤくん………、今の、なに………?」

 

 メグリ先輩が有り得ないものを見るかのように俺たちを見てくる。

 

「やっぱ説明しなきゃダメですかね」

「当たり前だよ! こんなの私聞いてないよ!」

 

 プンスカ怒るメグリ先輩も実に可愛い。

 

「そりゃあ、誰にも言ってませんからね」

「それで、何なのだ……。メガシンカと言っていたが」

 

 先生もそんな睨まないでください。怖いです。男に逃げられちゃいますよ?

 

「言葉通りですよ。ただ一つ、あの二つの石は必要としないって違いはありますけどね」

「はっ? い、言っている意味が分からんぞ」

 

 先生はやはりこういう理論的なことは苦手なのかもしれないな。前もそうだったし。そういや感覚でどうとでもなる、とか言いそうな人だったわ………。

 

「ヒキガヤくん、君のゲッコウガの特性はへんげんじざいっていう使う技のタイプになる特性だって、お姉さんは聞いてたんだけどなー」

 

 魔王様が怖い。笑顔なのに目が笑ってない。

 

「ええ、合ってますよ。過去の話ですけど。ある研究者曰く、他のポケモンたちのメガシンカに興味を示し、自分にも取り込んだ結果だって言ってましたよ」

「ちょっと待って! それだとあなたのゲッコウガは特性を変えたっていうの?!」

 

 逆にこっちは理解が早すぎるんだよな………。

 なんだろう、この姉妹は。

 

「ああ、そういうことだ。今の形にしたのは俺だが、根本的な能力を練り上げたのはゲッコウガ自身。俺はあくまで力をモノにするための手助けをしたやっただけだ。そもそもメガシンカはポケモンの潜在能力を最大限に引き出した姿の一つだ。他のところでは姿を変えるのではなくて、一撃の技に全てを懸けるってやり方もあるらしいぞ。俺たちが知らないだけでポケモンの力を引き出すやり方は色々あるんじゃねぇか?」

「そ、そんな…………」

 

 色々と納得いかないことがあるのだろう。頭では理解しててもそんなことができるのかと言いたげな目をしている。

 

「自分たちの知ってることが全てじゃない。まだ解明されてないのがポケモンという生き物だ」

「えーと………よく分かんないけど、ゲッコウガは強くなったってことなんだよね?」

 

 と、緊張感が走る空気の中にふわっとした声が飛んでくる。

 さすがアホの子。気持ちいいくらいに全部持って行かれたよ。

 

「お前のそういうところ、割と好きだぞ」

「ほ、褒められてるの…………?」

「ば、バカにはされてないんじゃないですかね………」

 

 イッシキにフォローされ、何とか納得したか。

 

「へー、それで、その特性に名前ってあるの?」

「さあ、俺にもこの力はよく分かってませんからね。メガシンカ擬きのシステムに俺というトレーナーまで巻き込んで完成させた特性ってことと、元々の特性の名前から『きずなへんげ』って呼んでますよ。俺とその研究者だけでですけど」

「きずなへんげ………」

「ねえ、お兄ちゃん………。一個聞きたいんだけど、何で手裏剣が八枚刃なの?」

「………………知らん。俺に聞くな」

 

 マジで聞かないで。恥ずい………。

 

「あ、ほんとだ………。模様も八枚刃だし…………」

「あと、どことなく目がヒッキーみたい………」

 

 お前らな………。

 

「なるほどなるほど。そっかー、だからヒキガヤくん、私とのバトルにアレを要求してきたんだ。そっかそっかー」

「ユキノシタさん………? 別にそういうことではないですよ? まあ、お相手できる自信はありますけど」

 

 なんだ、俺がバトルを受け入れたのがそんなにおかしかったのかよ。まあ、これで合点がいったようだし、結果オーライか?

 

「あ、あの……それなら何でメガシンカなんて言ったの………?」

「えっ? だって合図を出すのにきずなへんげって言いにくくないですか? 原理も似てるしメガシンカでいいでしょ」

 

 あそこで「きずなへんげ!」なんて言えるわけないでしょ。まだメガシンカって言った方がかっこいいじゃん。

 

「いい、のかなー。なんかハッタリかまされた気分だよ」

「まあ、こういうのも戦術の一つですよ。相手に何をしようとしているのか悟られないためにもカモフラージュは基本。戦況を変えるために隠し玉を用意しておくのも戦術の一つだし。裏社会はそれだけ危険なところなんですよ。何なら自分の実力でさえ隠すのも一つの手です」

 

 なんで俺はこんなことを叩き込まれてるんだろうな………。どこの誰だよ、こんなこと教えてきた奴。なあサカキ。

 

「さて、どうします? まだまだ本気出してませんけど、もっとギアあげます?」

「………それも戦術の一つなのかな?」

「心を揺さぶるって点では戦術ですね」

「そっか………、はるさんのポケモンたちなら何とかできるかな。ドンファン、お願い!」

 

 三体目はハルノさんのドンファンか。確かじわれを覚えてるとか言ってたな。メグリ先輩に使えるのか? 指示されたら使いなさいって言われてるのかね。

 

「ヒキガヤくんからしてみれば私はまだまだかもしれないけど。全力でいくよ! ドンファン、かみなりのキバ!」

 

 ドシドシ駆け出したドンファンがこちらに迫ってくる。

 

「みずしゅりけん」

 

 背中の手裏剣を投げると一閃の軌跡が出来上がった。

 ほー、投げるスピードを上げるとあんな現象も出てくるのか。

 

「う、受け止めて!」

 

 かみなりのキバで受けるつもりか。

 そんな簡単にいくかね。

 

「あー、やっぱりか」

 

 ズドン! とものすごい音とともにドンファンに突き刺さった。やっぱりキバで挟むタイミングも合わせられないか。

 

「まるくなるからのころがる!」

 

 スライディングしながら後退し耐えたドンファンは身体を丸め、転がり始める。

 

「かげぶんしん」

 

 転がってるなら標的を惑わせてみるか。

 影を増やして転がるドンファンをあっちへこっちへ転がせてみた。

 

「ジャンプ!」

 

 と、メグリ先輩の合図でゲッコウガの囲いからジャンプして上空に逃げ出した。

 

「タネばくだん!」

 

 無数の種を振りまき始め、ゲッコウガの影を消しにかかる。

 

「みずしゅりけん」

 

 だが、多方向からの手裏剣に相殺されていった。

 そして、一体だけドンファンの真上に現れると手裏剣で叩き落としやがった。

 あれ、本体だな。

 

「こおりのつぶて!」

 

 地面に寝転がった状態で氷の礫を撃ち出してくる。

 

「つじぎり」

 

 あらゆる方向からタイミングをずらして氷の塊が飛んでくるが、それを悉く斬り落とし、地面に着地する。

 

「じわれ!」

 

 その間に起き上がったドンファンが地割れを起こしてきた。

 ふーん、一応言うことは聞くようになってるのね。

 

「みずしゅりけんを地割れに転がせ!」

 

 地割れに取り込もうとする前に八枚刃手裏剣を地面に突き刺し、地割れを伝ってドンファンにまで転がっていった。

 転がるなんて言ってるが高速回転していたからな。切れ味はあるだろ。スターミーみたいだなんてこれぽっちも思ってないぞ?

 

「ドンファン!?」

 

 吹き飛ばされてまたしても背中から地面に落ちたドンファンの意識はなくなっていた。

 みずしゅりけんがなんか強いんですけど。

 

「ドンファン、戦闘不能!」

「めっちゃつよっ………」

 

 イッシキ、心の声漏れてるぞー。

 

「はるさんのドンファンでもダメか………。フシギバナじゃメガシンカしてもゲッコウガにはこおりタイプの技があるし……………メガ、シンカ?」

 

 あ、メグリ先輩が何か閃いたらしい。

 すっごいニヤニヤしてる。

 

「ゲッコウガはみずとあく。弱点がでんき・くさ・かくとう・むし・フェアリー。使ってくる技は様々…………でも、いけるかも」

「どうしました? 何かいい案でも浮かびましたか?」

「うん、すっごくいい案があったよ。ヒキガヤくん、さっき言ってたよね。ハッタリや隠し玉も戦術の一つだって」

「ええ、言いましたね」

「私も隠し玉持ってたよ。出てきて、ラグラージ!」

 

 ん………?

 ラグラージ?

 持ってたっけ?

 えっ?

 

「いくよ、ラグラージ。メガシンカ!」

 

 ほう、メガシンカか。

 ジュカインがメガストーン持ってたんだし、ラグラージもできるのかもしれないが…………。

 それを今まで隠してたってことか?

 

「なるほどー、それはいい案かもねー」

 

 ハルノさんはもう理解できたのか。

 白い光に包まれたラグラージが姿を変え、上半身が筋肉で覆ってきた。

 腕っ節が強くなったとみるが、果たして特性は………。

 

「みずしゅりけん!」

 

 取り敢えず、手裏剣を投げてみた。

 

「ばくれつパンチ!」

 

 だが、腕の一振りでただの水に変えられてしまった。

 これは殴られると痛そうだな。

 

「あまごい!」

 

 ラグラージならくさタイプが効果的。

 だったら。

 

「くさむすび!」

 

 雨雲を創り出しているラグラージの足元から草を絡みつかせていく。

 

「躱して、メガトンパンチ!」

 

 おおう、マジか。

 一瞬でゲッコウガの前に現れやがったぞ。

 雨を降らせる意味があったのかは知らないが、メガシンカしたことで素早さが上がったとは考えにくい。いや、足腰も強くなってはいるが、それでもゲッコウガ並みにこんな素早いのはおかしい。

 というとやっぱり雨が関係しているのか。

 

「ゲッコウガ、手裏剣でガード!」

 

 ならばおそらく特性がすいすいなのだろう。それにより素早さが格段に上がっている。そう結論付ければ納得がいく。ただそれ以上にあの腕っ節はヤバい。一発でも入れば致命傷だ。

 現にみずしゅりけんで拳を受け止めたが、手裏剣が弾け、ただの水に変えられている。

 

「ほごしょく!」

 

 急いで水に同化して、姿をくらませる。

 

「ばくれつパンチ!」

 

 そんなのはお構いなく、ラグラージは両腕を振り回し、消えたゲッコウガを捉えようと暴れ出した。

 

「かげぶんしん」

 

 時間を稼いでいる間に、影を増やすことにした。暴れるラグラージを取り囲むように影を作り出し、一層混乱を誘い出す。

 

「ハイドロカノン!」

 

 雨により素早くなっているためすぐに対応してきたが、残っている奴らで攻撃を加えておいた。みず・じめんの組み合わせのためみずタイプの技は普通に通るのに加えて、今は雨も降っているので使う手札は水の究極技以外にないだろう。

 

「メ、ラ、ラグラージ!?」

 

 メグリ先輩が呼びかけるが、当のラグラージは頑丈な腕でガードして耐えていた。技を出し切った影は全て消え、本体だけが取り残された。

 

「仕方ない、ゲッコウガ!」

 

 カツラさんの話が本当ならあれを使うこともできるだろう。

 俺が腕を上に掲げるとゲッコウガも同じように水手裏剣を持って腕を掲げる。

 

「みずしゅりけん!」

 

 くるくると掌で回される手裏剣が巨大化し、八枚刃の怖さを如実に語ってくる。

 振りかざすように手を振り下ろすと、ゲッコウガもラグラージに向けて手裏剣を投げ放った。

 

「ラグラージ、ばかぢから!」

 

 全身全霊を懸けて巨大な手裏剣に飛び込んでいった。

 八枚刃に押されながらも、それでも強引に突破を試みる。

 ヤバいな。破られるかもしれん。けど、今ので体力の消耗は激しく、ゲッコウガも疲れていることだろうし。

 アローラ地方というところに伝わる全力で出すZ技。カツラさんの言い分が正しければ、メガシンカと同時にZ技を取り込んだこの特性でも、あの堅い身体には勝てないというのだろうか。

 

「チッ」

 

 とうとうただの水へと分解されてしまった。

 だが、ラグラージも相当のダメージを負っているはず。

 水が弾けて二体ともに隠されてしまうが、伝わってくる感覚で分かる。この激しい衝撃はラグラージの突撃が成功したという証だろう。

 

「メ、ラグラージ!?」

 

 トレーナーの元に降り立った二体のポケモンたちは何とか立っていた。

 立ってはいるが、もうね…………。

 

「お疲れさん」

 

 雨が上がると、元の姿に戻りながらゲッコウガは地面に倒れ伏した。

 同じようにラグラージもメガシンカを…………解くとか以前になんかふにゃんふにゃんした生き物に変わりやがった。

 はあ……………、そういうことか。

 

「メタモン…………ね」

 

 まさかメタモンで一芝居打ってくるとは。

 思い出してみればメグリ先輩のキーストーンと反応していなかったようにも見える。ただの変身で姿を変えただけのハッタリか。

 

「ゲッコウガ、ラグラージ………じゃなくメタモン、ともに戦闘不能!」

 

 先生も大変だな。

 

「やるじゃないですか、メグリ先輩」

 

 ゲッコウガをボールに戻しながら感想を述べた。

 

「そんな……、ヒキガヤくんのおかげだよ。ヒキガヤくんに言われて初めて思いついたんだから。メタモンにはこういう使い方もあるって考えもしなかった。ただ目の前のポケモンや自分のポケモンたちに変身ばかりさせてたけど。うん、いい勉強になったよ」

 

 お疲れ様、とメタモンをボールに戻しながら、メグリ先輩が笑顔を向けてくる。

 

「そりゃあ、よかった」

「でもラグラージにメガシンカがあるって知ってたんだね」

「いや、知りませんでしたよ?」

「えっ? けど、驚いてなかったよね………?」

 

 あ、結構マジな方で驚いてる………。

 

「驚くとか色々通り越してましたし。それに可能性は捨ててませんからね。ゲッコウガがこんなんだし、他のポケモンの可能性を否定することはしてませんから」

 

 それにジュカインの話を聞いたしね。ジュカインだけができて他ができないわけないもんな。

 あ、でもそれだとなんでゲッコウガだけあの姿になれるんだって話にもなるか。

 やっぱりマフォクシーとかにもあるのかね…………。無いのだとしたら、ますます特性が怪しくなってくるな。

 

「やっぱりヒキガヤくんには敵わないなー」

「や、あの姿のゲッコウガを倒したんだから大したモンですよ」

「でも、まだ一体目なんだよね………」

「そうですね。二体目はこいつですしね」

 

 遠い目を向けてくるメグリ先輩を追い込むかのようにリザードンをボールから出した。

 天井目掛けて飛んで行くと、一周して俺の前に戻ってきた。

 

「リザードン………、ヒキガヤくんとは長い分、ゲッコウガよりもさらに強いってことだよね…………。パルシェン、頑張って!」

 

 パルシェンにとっては苦い思い出の相手だろう。

 なんせ、技を出す前にやられてしまったんだからな。

 あれから数年経っているが、強くなってるよな。特に、念入りに。ハルノさんが育てていないわけが無い。心してかかるか。

 

「パルシェン、からにこもる!」

 

 二枚貝を閉じ、防御力を上げてきた。

 

「なら、こっちもりゅうのまい!」

 

 今回は初手では倒さないって約束だし。

 あっちが殻に篭ってるならこっちは竜の気を纏わせるっての。

 火、水、電気を三点張りに作り出し、それらを一点で掻き集めて絡み合わせていく。そして竜の気を作り出し、それを自分に下ろした。

 

「からをやぶる!」

 

 殻を開いて勢いよくリザードンに突っ込んでくるパルシェン。そんなことしてるとまたパンチで倒されるぞ。

 

「躱して、かみなりパンチ」

 

 ほら、言っちゃったよ。

 どうするよ、パンシェン。

 

「パルシェン、シェルブレード!」

 

 二枚貝のトゲトゲの部分を伸ばして水を纏わせてきた。

 へー、ああやって技出すんだ。

 

「こうそくスピン!」

 

 おおう、あれジャイロ回転してね?

 当たると危険だな。

 リザードンが上手く躱してるからいいが、技を変えた方がいいかもな。

 

「リザードン、掴んでカウンター!」

 

 高速回転してるというに掴めるのか………?

 掴めるよな。俺は知ってるぞ、お前はやればできる子だってことを。

 

「えっ?! うそっ!?」

 

 あ、マジで掴んで投げやがった。

 こいつ俺の無茶な要求も普通に熟すのな。怖いわ。

 

「かみなりパンチ!」

 

 投げたパルシェンに一瞬で追いつき、電気を纏った拳で殴りつけた。

 

「パルシェン!?」

 

 パルシェンは壁に突き刺さり、地面に崩れ落ちた。

 

「まだいけるよね! パルシェン、ゆきなだれ!」

 

 リザードンの頭上に雪山が作り出され、一気に落としてくる。

 あと一発決めたら終わるか。

 

「フレアドライブ!」

 

 全身を炎で纏い上げると頭上の雪を全て溶かし、地面からよろよろと這い上がるパルシェンに突っ込んいった。

 

「………パルシェン、戦闘不能」

 

 リザードンが俺のところに戻り着地するとパルシェンは地面に転がり気を失っていた。

 さすがだな、リザードン。

 

「パルシェン、お疲れ様。…………メガシンカしてなくても強い………」

 

 あのメグリ先輩が珍しく唇を噛んで悔しさを滲み出している。

 後はメグリ先輩の最初のポケモン、フシギバナだけ。相性からしたらリザードンの方が有利だし、メガシンカしてもそれは変わらない。

 

「フシギバナ! リザードンを倒すよ!」

「バナァッ!」

 

 野太い声で遠吠えを上げて出てきた。

 

「最初から全力だよ! フシギバナ、メガシンカ!」

 

 胸元につけたリボンを握り締めると光が迸り、フシギバナの持つメガストーンと共鳴していく。あそこにキーストーンを取り付けていたのか。ただの綺麗な石が嵌め込まれたアクセサリーにしか見えない。

 

「フシギバナ、じしん!」

 

 おっと、足踏みをして地面を揺らすつもりか。

 

「リザードン、飛べ」

 

 翼を扇いで浮上し、地面の揺れを回避する。

 

「つるのムチ!」

 

 今度は蔓を伸ばしてリザードンを捕まえる算段か。一本や二本じゃないところがそう語っている。

 

「かえんほうしゃ」

 

 飛び交う蔓をまとめて燃やし尽くす。

 

「はっぱカッター!」

 

 すると無数の鋭利の利いた葉を起こし、リザードン目掛けて飛ばしてくる。

 

「つばめがえし!」

 

 白い手刀を作り出し、一枚一枚叩き落とし始める。

 

「どくのこな!」

 

 背中の花からボンッ! と紫色の粉を吹き出し、一歩下がったかと思うとまた葉を舞わせてきた。

 

「リーフストーム!」

 

 なんだ今度はこっちの技か。

 ならば。

 

「風に乗れ!」

 

 リーフストームの風を使って葉っぱと一緒に毒の粉も飛ばし、追い込むつもりなのだろうが、リザードンには翼がある。翼を大きく広げて風を取り込み、流されるように後退していけば、毒の粉なんて怖くない。

 さて、そろそろこっちも攻めるかね。

 

「ソニックブースト!」

 

 毒の粉が舞っただろう辺りは避け、大回りしてフシギバナに飛び込んでいく。それでも早いって………。

 

「つばめがえし!」

 

 下から掬い上げるように手刀で斬りつけ、どっしりとしたフシギバナの身体を一瞬だけ盛り上げた。

 

「グリーンスリーブス!」

 

 だがそれでいい。

 後は連続で斬りつけていき、上昇してしまえばこっちのもんだ。フシギバナは何もできなくなる。というかそんな隙を与えるつもりはない。

 

「つるのムチで捕まえて!」

 

 下からリザードンに刺されながらもフシギバナが蔓を伸ばし、リザードンの腕を掴んできた。

 

「フレアドライブ!」

 

 そんなことでこいつを抑えられるわけがないだろう。

 燃やしてしまえば一発だ。

 

「ヘドロばくだん!」

「ブラストバーン!」

 

 口を大きく開けたところに拳を突っ込み、中で究極の炎を滾らせ、爆発させた。

 腕を振り回してリザードンはフシギバナを地面に叩きつけ、クレーターを作った地面からは炎の柱が立ち上った。

 

「フシギバナ!?」

 

 メグリ先輩が呼びかけるが戦う体力なんて残っているはずがない。

 いくらメガシンカしてても相性やバトルスタイルの違いはある。リザードン相手にフシギバナでは相性が最悪だ。だからこれは当然の勝利である。

 

「フシギバナ、戦闘不能! よって勝者、ヒキガヤハチマン!」

 

 メガシンカが解けたフシギバナが炎の柱から解放され、黒焦げになっているのを確認すると、ヒラツカ先生がそう判定を下した。

 

「お疲れ、さま…………。やっぱり、強いよ………」

「お疲れさん。少しは暴れられたか?」

「シャアッ!」

 

 どうやらリザードンが満足してるようなので良しとしておこう。

 それにメグリ先輩をこれ以上いじめたら外野たちに何を言われるか分からんし。

 ま、これでメグリ先輩も裏というものを味わえたことだろう。これでハルノさんもそろそろ魔王引退しないかなー。



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70話

「まったく、この男は一体どこまで強くなれば気がすむのかしら………」

「追いかけるこっちの身にもなれって感じですね」

「そうね……」

「…………たははは………」

「何かしら、その苦笑いは」

「やー、ヒッキーを追いかけてるってところは否定しないんだなーって」

「っ!? べ、別にそういうことではないのよ。これは言葉の綾というかイッシキさんの言葉というか、とにかくそこに私は含まれていないわっ!」

 

 メグリ先輩のポケモンとゲッコウガを回復マシンで休めている間の出来事。

 これまでのバトルを思い出しながら戦力を確認しているとそんな会話が聞こえてきた。ツッコミたいことも色々とあるが、これからのことを考えている俺は忙しいから何も言わないぞ。俺マジクール。

 

「メガシンカねー………」

 

 なんだかんだ今いるメンバーの半分はメガシンカさせることができる。戦力的には申し分ない。イッシキという新たなメガシンカ使いとメタモンという何者にもなれるびっくり箱も出てきたことだし。

 ただメグリ先輩とバトルして分かったこともある。多分、あの人はまるで裏社会というものを見てきていない。ハルノさんの側にいながらも真っ白すぎるのだ。多少はそういう場面にも出くわしているのかもしれないが、肝心なところは全てハルノさんがやっているのだろう。あの魔王というキャラでメグリ先輩を守っているのかもしれない。

 

「ヒキガヤくーん、お姉さんのことそんなにジロジロと見られても何も出てこないよー」

 

 当の本人はこんな調子ではあるが、いつだったか会議でフレア団を殺したようなことを言ってた気もする。メグリ先輩はハルノさんにそういう一面があるのを知ってはいるだろうが、実際に見たことはないはずだ。そもそもハルノさんが見せるわけがないのだから。

 まあ、それを言えば妹の方にも当てはまることかもしれない。態々悪戯するような口調でいじっているが、彼女に危険が迫れば影で汚れ仕事を平気でしているように見える。

 なんであれ、守りたいものを守るための必要悪を演じている、彼女に対しての総括はそんな感じである。

 

「魔王が魔王を倒したところで、世界は平和になるんですかね………」

「どしたの、お兄ちゃん。目がますます濁ってってるよ」

「いや、別に。いつまで経ってもどこに行っても同じような輩はいるんだなーって」

 

 コマチが気持ち悪いものを見るような目で俺を見てくる。泣いていいかな。

 それにしてもフラダリという魔王をハルノさんが倒したらどうなるのだろうか。そんなことにはなりそうにないが、仮にそうなった場合、魔王が変わっただけにしか感じないかもしれん。

 

「英雄が出てこない限り、魔王の支配は終わらないんじゃないかなー」

 

 で、当の魔王様は英雄でない限り支配は続くという。まるで自分が支配しますよって感じに聞こえてしまってならん。暇潰しにこんな想像するんじゃなかった。

 

「英雄か。そういうのはハヤマの専売特許ですね」

 

 しかも英雄っぽい奴は俺たちのせいで囚われの身になってるし。

 

「ハヤトは英雄にはなれないよ………。何でもできて、何でも分かっちゃう。そんな英雄がいたらつまんないよ」

 

 つまんないの一言で英雄を否定されてしまったハヤマさん。マジかわいそうっす。

 

「ま、英雄なんかいたらいたで面倒なことになりそうですけどね。戦争とかドラゴンの分裂とか」

「あー、イッシュ地方の伝説? あったね、そんな話も」

「それくらいしかイッシュ地方に関しては知りませんけどね。行ったことがないですし」

「へー、ヒキガヤくんでも行ったことがない所ってあるんだー」

 

 あ、なんか魔王様と初めてこんな長く会話が続いたかもしれない。今日の俺、超頑張ってる。

 

「そりゃ、そうでしょ。オーレ地方とかに行ったことがあってもよく知らないくらいですし」

「その節は妹がお世話になりました」

「らしいですね。あっちでのことなんてほとんど覚えてないんで、ユキノシタに言われるまで気づきませんでしたよ。今でもそんなことがあったっけなー、って感じだし」

 

 思い出したくもないしな。なんで告白したところはなくなってないわけ。

 おい、黒いの! 俺の黒歴史こそ食ってけよ!

 

「ユキノちゃんも大変だねー。何度も助けられてるのに、当の本人は覚えてないんじゃ、お礼の言いようもないもんねー」

「姉さん、その件に関してはもう済んだことよ。今更蒸し返すのはやめてもらえるかしら? それとも姉さんもヒキガヤくんに助けられたとか?」

 

 ええ、確かに。その件に関しては済みましたね。ユキノシタがあんなことしてくるとは思わなかったが。

 ああ、今でもあの背中の感触は忘れられない。

 

「それはどうかなー」

「そうかしら。彼は会長の懐刀よ。姉さんが関わった事件にもいたかもしれないわ」

「や、それはないだろ。こんな恐ろし………綺麗な見目麗しい、人当たりのいい仮面をつけた人、印象に残らないはずがない」

 

 魔王様を忘れるなんて恐れ多いわ。

 

「あなたの記憶は当てにならないわ」

「そうだった………。俺の記憶なんて食われてるからちぐはぐなんだった」

 

 ユキノシタさん、今日は当たりがキツイっす。やっぱり姉のん嫌いなのん? あ、でも最初のポケモンを同じみずタイプにしてるし、他にもエスパータイプや鋼タイプも連れてたりするし、実は大好きだよな。

 うーん、ツンデレ?

 

「あ、そうだ、記憶で思い出した! ヒキガヤくん、明日死ぬかも」

「はっ?」

「へっ?」

 

 なんて考えていたら思考が停止してしまった。

 一瞬場に無が走る。

 音も匂いも色も何もかもが感じられない、真っ黒な世界。

 

「えっと………、何のご冗談でしょうか? ドッキリ企画とかだったら人選間違えてますよ?」

 

 ぶるっと体が震えたことで我に返り、言葉を紡いでいく。

 全く何の冗談だよ。俺が死ぬとか。ないない。

 

「それが冗談じゃないんだなー。お姉さんがどんな力持ってるか知ってるよね?」

「えっ? なんかできましたっけ? あ、や、でも何でもできそうだから逆に絞りきれねぇ………」

 

 魔王だからなー。何でも知ってそうだし、何でも調べられそう。あれ? できないこと何もなくね?

 これはマジで答えが分からん。言いたいことが分かるから分かりたくない。

 つまり分かってますね………。

 どうせ未来予知だろ。

 

「未来予知………。姉さん、ネイティオに一体何を見せられたのかしら?」

「明後日、ヒキガヤくんはベットの上で寝てます。そしてみんなは悲痛の表情。さあ、そこから導き出される答えは何かなー?」

 

 怪我でもしたんじゃねぇの。んで数日くらい起きないって言われてるとか。

 

「あら、それだけでは彼が死んだとは限らないわ。疲れて寝ているだけかもしれないし、悲痛、というのであれば怪我して帰ってきたとも考えられるもの」

 

 ユキノシタも同じ意見かよ。

 

「ユキノちゃん、これだったらどう? お医者様がヒキガヤくんはもういないって言ってたんだよ?」

「ッッ!?」

 

 ハルノさんの言葉を聞いたユキノシタの目の色が変わった。怯えた目というか何かを確信したという感じで目が震えている。

 ただな、それは間違いだ。

 

「…………なんか結構具体的なようで抽象的ですね。たぶん、それ死んでませんよ。死んだ人間に『いない』って表現もおかしいでしょ。しかもコマチが泣いてませんから、まだ生きてますよ」

「お兄ちゃんの生死の境ってコマチが泣くか泣かないかなの?!」

 

 お兄ちゃん、コマチを泣かせてまで死ねません!

 

「コマチに泣かれたら三途の川を渡ってる途中でも戻る自信まであるぞ」

 

 泣かれないなら泣かれないで悲しくて死ねないんだろうな…………。

 結局どう転んでも俺って死ねないのか。無敵だな。

 

「骨の髄までシスコンだったことに、コマチびっくりだよ!?」

「へー、それじゃ、ヒキガヤくんはどうして寝てるのかなー?」

 

 怖いッ………。

 なんでそんな見下ろすかのように顎をあげてんの?!

 

「そもそも俺はダークライがいる限り死にませんから。あいつが力を使うのには俺の夢を食う必要がある。黒いの曰く、他の夢よりも俺の夢の方が好きなんだとか。何度見ても飽きないらしいですよ。だからあいつがいる限り俺は捕食源であるからして死ぬことはない。どうせまた記憶を食われてるんじゃないですかね」

 

 契約のことも思い出したからな。当然なんで俺なのかって聞いた話も思い出したわ。

 

「でも、それだと『いない』って意味はどうなるのかしら?」

「…………完全記憶喪失。お前らの知ってる俺はいなくなったって意味なんじゃねぇか?」

 

 で、最悪のケースがこれだな。歩くための筋肉の動かし方とか、そういう無意識下での記憶は消えていないが、ダークライと契約したエピソード記憶ーー思い出が全て食われること。当然、思い出がなければ自分が誰かとか相手が誰なのかも思い出せない、まさに記憶喪失となるのだ。

 一度だけ危ないところまできたが、その時は三日もすれば全部思い出した。だが、今回はどうなるんだろうな………。ハルノさんの未来予知の話が本当であれば、俺がそうなる理由は明らかである。

 

「あ、あたしたちとの思い出が………なくなる……ってこと…………?」

「そういうことだ。ま、今に始まったことじゃない。俺とあいつはそういう契約を結んでいる。記憶がなくなるのなんて初めてじゃない。ただ、今回はそれだけ強い力を使う必要があるって話だ」

 

 強い力。

 すなわち全てを破壊するどこぞの最終兵器とやらの力に対抗するため。

 今回の俺のやることはそれなのだろう。

 その後がどうなるかも分からんが、取り敢えずの俺の未来はそこに終結することになる。

 

「………戻るんですか?」

「戻るには戻るぞ。それがいつになるかは知らんが。ほら、思い出してみろよ。俺はスクールのことをこの一ヶ月の間に思い出したんだぞ。記憶を戻すのは黒いのの気まぐれなんだ。詳しい時期なんか俺には分からん」

 

 ま、それがいつ食われたのかは知らんけど。

 だがイッシキが心配するほど長くもない、と思う。

 

「それって、つらく、ないの………?」

「慣れだ慣れ。記憶がなくなるって分かってるんなら、知識で補えば何とかなる」

 

 慣れって怖いな。

 脳が麻痺しておかしくなってくんだもんな。普通、こんなのは異常なはずなのに、俺の脳はこれを当たり前だと認識してしまってるんだから、手遅れである。

 

「どういうこと?」

「文章に書き起こしとくんだよ。しかも今回はユキノシタさんのおかげでこれからその準備もできる。記憶がなくなっても今の自分の状況とかこれまでの経緯なんか書いとけば、その後に自分のすべきことが見えてくるってもんだ」

 

 その間は俺が書き溜めている手帳を使うことにすればいい。何回か記憶を食われてく内に、覚えている間に記録しておけばいいのでは? という結論に至ったのだ。

 多分、それで以前もどうにかなってたんだろうし、今回もどうにかなるのだろう。

 何なら、こうして未来が分かったために今から準備ができるんだから、逆にありがたいくらいである。心の準備もこれからの準備も寝る前にでもやっておこう。

 

「どうして、そこまで自分を犠牲にできるの…………」

 

 すでに悲痛な表情を浮かべているユキノシタが聞いてきた。

 やっぱ、未来予知当たらないかもしれない。

 

「犠牲? 俺は一度も犠牲だなんて思ったことがないぞ。これが俺の日常だ。当たり前なんだよ。確かにお前らからすれば特殊なケースかもしれない。けど、俺はそういうところに縁があるようだから仕方ないんだよ。来るものをいちいち回避なんてできるわけねぇだろ。だったら真っ向から叩き潰した方が早いし、今までもこれからもそうするつもりだ。どんな手を使ってでも相手の息の根を止める」

 

 毎度こんなことに巻き込まれてたら逃げるのも疲れてくるってもんだ。だったら叩き潰した方がスッキリするから、そうすることにしたまでである。

 いつの間にそれが当たり前の日常に組み込まれてしまってるが、これが俺の日常なんだから仕方がない。コマチが旅に出るってなるまでは基本的には家にいたが、たまにこうして事件に出向いていたりもしている。それは親も知らない事実だ。

 だがそれでいいのだ。下手に知られて手伝われるより、一人の方がやりやすかった。それは今も変わらないだろうが、今回はすでにこいつらも巻き込まれてるからな。一人でやらせてはくれない。

 

「いやー、どっちが悪党なのか分からない発言だねー。でもお姉さんは好きだよ」

「姉さん、茶化さないでっ!」

 

 ハルノさんの軽い口調を妹が鋭い口調でかき消した。

 

「それに給料を今以上に下げられたくはないからな。少し無茶なくらいが、後でがっぽり特別手当がもらえる。何なら会長に脅しもかけられる。忠犬ハチ公は会長の懐刀なんて言われてるが、別に実際はそうでもないし。どっちかつーと会長の懐に当てられた刀って表現の方が合ってると思うぞ」

 

 お金って大事だよね。

 特に我が妹のカビゴンとか超穀潰しじゃん?

 コマチのために日々働いてくれてるからいいけど、食費がすごいのなんの。だから俺は少しでも金が必要なのだ!

 あって困るようなもんでもないし。

 

「会長、命狙われてるんだ………」

「命じゃないですよ。金の方です」

 

 今度帰ったらほんとにゲッコウガの手刀でも当ててみようかな。捕まるな。お縄だわ。

 

「………お金のためなの?」

 

 訝しむように俺を睨んでくるユキノシタ。

 お金のためではあるが別にそれだったらもっと他にも稼ぎ方なんていくらでもあるって。それだけで俺が身を削るかよ。

 

「いや、後は俺の腹わたが煮えくり返ってるってのもある」

「でも、だからって」

「勘違いすんなよ、ユキノシタ。俺は平凡な日常を過ごしたいんだ。それを邪魔する奴は例えそれがお前であってもあらゆる手で封じ込める。あるいは手懐ける。それが無理ならギラティナの前に行ってもらう」

「ッ!?」

 

 一睨みきかせたら怯えられた。

 まあ、なんて怖い。いつの間に魔王が乗り移ったんだろうか。

 

「ま、そういうことだ。世界は怖いんだよ。お前らはそんな世界に足を踏み入れてきたんだ。大丈夫、俺がいるからには死なせはしない」

「最後、かっこつけたつもりなの…………」

 

 コマチ、そこは言わない約束だろ。

 

「悪いかよ。俺はこれでも今が結構気に入ってるんだ。だからこそ腹わたが煮えくりかえる怒りを覚えてるんだ。暴れなければ気が済まん」

「悪魔だ………。悪魔がいるよ………」

 

 なんていうのが休憩中の会話であった。

 なんだこの濃い会話。

 よく一度も噛まなかったな、俺。えらいぞ、俺。すごいぞ、俺。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 会話の流れで俺の未来が分かったり、みんなに悪魔と言われて距離を取られたりして、一時の休憩も終わり。

 そんなこんなしてたらすでに外は真っ暗になってしまい、仕方がないので夕食も取り、急遽取り付けられてしまったハルノさんとのバトルにようやくありつけた。

 メガシンカ同士のバトルになるから建物が壊れないか心配だな。

 

「さぁーって、それじゃ始めよっか」

「ほんとにやるんすね」

「当然。あの時のお返しもしなくちゃいけないからね」

「はあ…………」

 

 フレア団の問題を終わらせてからでもいいものを。

 必要あるのかよ、この人とのバトルって。

 ま、言ってもしょうがないし、二体同時のメガシンカを堪能させてもらいますかね。

 

「ルールを確認しておくぞ。使用ポケモンは二体のダブルバトル。技の使用制限はなし。以上だ」

「あ、シズカちゃん。技の使用は公式ルールでお願い」

「……と言ってるが、ヒキガヤいいのか?」

「はあ………、どこまで拘るんですか。まあ、いいですよ」

「それでは、バトル始め!」

 

 技は四つまでの制限付きか。

 なんか久しぶりだな。

 

「カメックス、バンギラス。負けたらお仕置きだよ」

「自分のポケモンを脅すなよ………。リザードン、ゲッコウガ」

 

 ほら、出てきてすぐ振り向いて言葉を失ってるじゃねぇか………。

 かわいそうに。

 やはり魔王は恐ろしい。

 

「「メガシンカ!」」

 

 四体同時のメガシンカ。

 ハルノさんの両中指に嵌め込まれた指輪が光り、カメックスの甲羅とバンギラスの尻尾が共鳴するように光を発し始める。

 俺のキーストーンも反応し、リザードンの首につけたメガストーンと結び合っていく。

 ゲッコウガだけは水のベールに包まれ、その水を背中の手裏剣にかけることでメガシンカを遂げた。

 うっ、目が………。

 これ、は………バンギラスのすなおこしか。また厄介な。

 

「しおふき!」

 

 げっ!?

 一発目からやばいのきたよっ!?

 全快であるほど威力の上がる危険な技、しおふき。

 背中の甲羅から長く伸びた一本の砲台から撃ち出されたしおふきは天高く昇ると弾けて、バケツをひっくり返したかのように一気に降り注いてきた。砂嵐も降り注ぐ水にかき消されていく。

 

「リザードン、ソニックブースト! ゲッコウガ、かげぶんしん!」

 

 急加速したリザードンは降り注ぐ水魔の間をくぐり抜けるようにカメックスの方へと向かいだし、ゲッコウガは影を増やして、バンギラスの意識を引きつけた。

 

「バンギラス、なみのり! カメックス、あまごい!」

 

 降り注ぐ水魔をかき集めていき、波を起こす。サーフィン感覚で波に乗ったバンギラスが次々とゲッコウガの影を消していき、カメックスへと突っ込んでいくリザードンの行く手を阻むべく、道を塞いだ。

 その背後ではカメックスが雨雲を作り出していく。

 

「ブラスターロールで躱して、かみなりパンチ!」

 

 波を制御して突っ込んでくるバンギラスを翻って躱し、そのままカメックスへと突っ込んでいった。

 

「ゲッコウガ、みずのはどうでバンギラスの波の制御権を奪え!」

 

 バンギラスに影を消されながらも気配を消して背後についていたゲッコウガが、バンギラスの操る波の制御権を奪い、ギャラドスの姿へと作り変えていく。降り注ぐ雨粒をも飲み込み、ギャラドスは大きく育ち、バンギラスの足元から水気を奪い、地面に叩き落とした。

 だが硬い鎧を身に纏ったような姿のバンギラスにはあまり効果がなさそうである。

 

「バンギラス、ストーンエッジ! カメックス、ハイドロカノン!」

 

 いつの間にか雷を纏った拳を当てていたリザードンの腕を掴み抑えていたカメックスが、背中の砲台をそのまま下ろしてリザードンの顔面に照準を合わせた。

 バンギラスも鋭利の利いた岩をいくつも纏い、それらをタイミングをずらして撃ち込んでくる。

 

「リザードン、はがねのつばさで身を守れ! ゲッコウガ!」

 

 分かってますよと言わんばかりに、水で作り上げたギャラドスの口を大きく開き、水の弾丸を撃ち出していく。

 みずのはどうだんか。最初から使っていたわやり方だな。つか、今でも使うんだな。

 

「発射!」

 

 鋼の翼で身を包むようにし、直接撃ち込まれた水の究極技を受けた。身体は大きく距離を剥がされて後退し、降り注ぐ雨によって水気を含んだ地面になっていたことで、着地に失敗したリザードンの身体は地面をスライドしていった。

 

「バンギラス、かみなり!」

 

 雨雲から撃ち出された雷がギャラドスに乗るゲッコウガ目掛けて落とされた。

 

「ゲッコウガーーー」

 

 ここでまもるを指示してしまってはゲッコウガが出せる技が後一つになってしまう。それはよろしくない。多分これもハルノさんの算段だろう。

 くそっ、今出した技でできるとすれば………。

 

「ーーーギャラドスを身代わりにしろ!」

 

 乗り物となっていたギャラドスを撃ち上げ、水でできたギャラドスはゲッコウガの身代わりとなって分解されていく。

 

「カメックス、じわれ! バンギラス、なみのり!」

 

 カメックスはゲッコウガが地面に着地したところを狙って地割れを起こし、バンギラスが水の主導権を奪い返すと起き上がったリザードンの目の前に移動した。

 

「げきりん!」

 

 バンギラスは水を一気に竜の気へと昇華させて纏上げ、暴走させて突っ込んできた。

 

「カウンターで撃ちかえせ!」

 

 躱すよりもここはカウンターを狙った方が得策だろう。いや、今この時点で得策なんてないか。リザードンにとっては不利なフィールドと化している。どう動こうが何かしらのリスクは付いてくる。

 

「ゲッコウガ、みずしゅりけんを地割れに転がせ!」

 

 昼間も使ったような気がするぞ。

 まあ、対策されてそうだが何とかなるだろ。

 ゲッコウガが前宙しながらカメックスが起こした地割れに八枚刃の手裏剣を投げ込み、転がした。

 

「かげぶんしん!」

 

 そして、そのまま宙で影を増やしていく。

 

「スイッチ!」

 

 バンギラスを投げ飛ばしたリザードンも飛び上がると一瞬でバンギラスの前にはゲッコウガが、カメックスの前にはリザードンの姿があった。上手く影が働いたようだな。

 

「ゲッコウガ、みずしゅりけん! リザードン、じわれ!」

 

 ゲッコウガは再生された背中の手裏剣をバンギラスに投げ込み、リザードンはお返しと言わんばかりにカメックスの足元だけに地割れを起こした。

 いつの間にあんな正確性を会得したのだろうか。あれじゃもう必中の一撃必殺になってるぞ。

 ヤベェ………。

 

「カメックス、ハイドロカノン! バンギラス、もう一度げきりん!」

 

 カメックスが地割れに落ちる前に一発の水弾を撃ち込んできた。一撃必殺に集中しているためリザードンに躱す余力はない。

 同時にゲッコウガも手負いのバンギラスに狙われていた。影を次々と消されていき、時間の猶予がなくなってきている。

 

「チッ」

「カメックス、リザードン。ともに戦闘不能!」

 

 カメックスとリザードンは相打ちか。

 地割れに挟まれ飛ばされたカメックスも、一撃必殺に集中していて水の究極技を躱せなかったリザードンも、地面に身体を強く打ち付けるとメガシンカを解き気を失っていた。

 

「ゲッコウガ!」

 

 リザードンをボールに戻しながら、腕を掲げる。するとゲッコウガも同じように右腕に八枚刃の手裏剣を持って掲げた。

 手裏剣はみるみるうちに大きくなり、巨大なみずしゅりけんへと変わった。

 

「みずしゅりけん!」

 

 げきりんの反動で混乱しだしたバンギラスに巨大な八枚刃水手裏剣を撃ち込む。

 激しい衝撃音とともにバンギラスの身体は奥の壁にまで一気に飛んで行った。壁にはバンギラスの型跡ができるくらいの衝撃だったらしく、気持ちちょとだけ建物が揺れた。

 うわっ、やりすぎたか?

 

「バンギラス!?」

 

 背中から壁に食い込んだバンギラスの身体は前のめりになっていき、やがて地面に倒れ伏した。その時にメガシンカも解かれ、戦闘不能になったことを表していた。

 

「バンギラス、戦闘不能! よって勝者、ヒキガヤハチマン!」

 

 結局、最後に残ったのはこいつかよ。

 ま、なんとなく予感はしてたけどよ。

 というか、ハルノさんがすげぇ疲れてるんだけど。取り繕ってるみたいだけど、ちょっと隠せていないのがなんか新鮮である。

 

「………あの仮面を持ってしても隠せないほどの気力がいるってことか。使うのにはそれなりの態勢が必要ってことだな。二体同時メガシンカは」

 

 さて、明日に備えて今日は早く寝ましょうかね。



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71話

 就寝前。

 俺が部屋であらん限りの記憶を書きなぐっていると扉をノックされた。

 

「はい?」

『ヒキガヤくん』

 

 この声はハルノさんか?

 

「どうかしましたか?」

『…………』

 

 何の用か尋ねるとだんまりって………。

 何しに来たんだよ。

 

「えっと………入らないんですか?」

『………ねえ、君はどうしてそこまで悪党になりきれるの………?』

 

 ぽつりと漏れてきた言葉。

 魔王らしからぬ言葉だな。

 

「それを言ったらユキノシタさんもじゃないですか? いくら妹を守るがためにそこまで非情になれるってのもどうなんですかね」

『私は押しつぶされそうだよ。こんなことしてたら、その内ユキノちゃんに本当の意味で拒絶されちゃうもの。そう考えただけで胸が張り裂けそうだよ。でも君はそうじゃないよね』

 

 意外だな。

 ああいうのも割り切ってるものだと思ってたんだが。

 

「酷い言われようですね。俺も人間ですよ。心痛くもなりますって。現に俺のやってきたことを一切話してなかったらコマチと喧嘩………というか泣かれましたし。それがあるから今回はこうして一緒にいるだけです。誰が好き好んで実の妹を戦場に立たせますか」

『…………守りきる自信があるからそういうことが言えるんだろうなー』

 

 自信なんてあるわけないだろ。

 そんな自信を持っていればこんなあくせくしてないっての。

 

「バカ言わんでください。俺だって内心ハラハラしてますよ。守りきるなんて自信もなければ、明日マジで死ぬかもしれないって考えが頭を過ってるんです。まあ、死にことはないでしょうけど。それでも眠れそうにもないくらいには自信なんてありませんよ」

『でも結局全部守っちゃうんだろうなー。ねえ、覚えてる? 君が私を倒した時のこと』

「ええ、覚えてますよ、今は」

 

 そう、今は。

 明日には忘れるかもしれませんけど。

 

『あの時すでに私がチャンピオンに就いていたけど、プレッシャーに押しつぶされそうだったんだよ? だから手加減して負けてチャンピオンの座を明け渡そうなんてことも考えてたんだ。ユキノシタの家には不名誉なことになりそうだったけど。でもそれくらい耐え難かった』

「………俺と初めてバトルした時は本気ではなかったと?」

『んーん、本気だった。というか本気を出さないと何もできないと思った。結局本気出しても勝てなかったけどね。でも君はあの時にはすでに私よりも強かったんだなーって』

 

 なんて覇気のない声なんだ。

 一体何を言いたいんだ?

 まさかこんな昔話がしたいだけじゃないだろ?

 

「あの時の俺は変なスイッチが入ってただけですよ。普通、リザードン一体でリーグ戦に出るバカがどこにいますか? じゃなかったらユキノシタさんに負けてましたって」

『謙遜はいいよ。後で君のこと調べたから全部知ってるもの。ユキノちゃんとハヤトの関係の背景にあるのも、シャドーの名がポケモン協会に流れてきたのも、ロケット団の殲滅と復活の背景にあるのも、全部ヒキガヤくんだって知ってる。さっき改めてバトルしてユキノちゃんが私から乗り換えちゃったのも何となく分かっちゃった。だからね』

 

 どこまで知ってんだよ。怖いよ、怖い。

 なんか物々しい空気を孕んだかと思うと、言葉が切れた。

 

『ユキノちゃんのこと、よろしくね』

 

 ッ!?

 おい、待て!

 何考えてんだ!

 

「ハルノさん?!」

 

 急いで部屋の扉を開けたが、そこには彼女の姿はなかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 やはりハルノさんの姿はどこにもなかった。

 あったのは一通の書き置き。内容はこうだった。

 

『ハヤトが脱走したようなので捕まえてきます』

 

 どうやらハヤマが脱走したみたいだ。まだ催眠術が抜けきっていなかったのだろうか。確かに相手はポケモンの中で一番強力な催眠術を使うと言われているカラマネロだが、解除できないとかあるのだろうか。

 この一文しかないため状況も読めない。もしかしたら違う理由でなのかもしれない。だが、これで不安要素がまた一つ出てきてしまったことになる。

 なんてこった。ここにきてまさかの魔王の離脱に寝取られ英雄の再登場かよ。

 

「………どうするの?」

 

 ユキノシタが紙を握りしめながらそう言ってきた。

 

「分からん。だがこれが現実ってやつだ。上の立場になる程自分の仕事もしなくちゃいけなくなる。あの人が何を考えているのかは知らないが、行ってしまったものはしょうがない。とっととハヤマを捕まえて帰ってくることを期待しないで待ってるほかないだろう」

「期待しないんだ………」

 

 期待なんてするだけ無駄だっつの。

 

「下手な期待はただの隙だ。そんなもんは持つだけ邪魔だ。捨ててしまうのがベストだな」

 

 期待はただの心の隙だ。隙を作れば簡単にやられる。だったらそんな感情は捨て置くほかあるまい。

 

「あーし、ハヤトを探しに行く」

「ダメだ」

「なんで?!」

 

 ミウラの感情も分からんでもない。だがこれだけ情報がないとなると危険すぎる。

 

「ユキノシタさんが一人で行ったってことは何かあるはずだ。お前らの事情を知ってるのに連れて行かなかったってことはそれだけ危険なことなのだろう。ったく、マジで何考えてんだよ。昨日のことといい、意味が分からん」

 

 メグリ先輩も当然知らないらしいからな。

 またしても彼女に置いて行かれたというわけだ。そろそろ裏にも連れてってあげろよ。心配してるぞ。

 

「昨日、姉さんと何かあったのかしら?」

「い、いや、別に。ただの昔話を一方的にされただけだ。ただ………」

「ただ………?」

「お前をよろしくって言ってきた」

「ッ!?」

 

 昨夜の彼女とのやりとりを説明したら、急にユキノシタが怖い顔になった。

 

「な、なんだよ」

「ね、姉さん………まさか…………」

 

 何かを悟った彼女の顔は段々と青ざめていく。

 

「何か心当たりでもあるのか?」

「………姉さん、ハヤマ君を殺す気かもしれないわ。それも相討ち覚悟で」

「ッ!? 魔王め」

 

 そういうことかよ。

 それは確かにメグリ先輩を連れて行くこともないな。ミウラたちも然りだ。

 

「ちょ、ユキノシタ!? どうするし!」

「わ、私に言われても困るわ! 私だって何が何だか………」

 

 二人は戸惑い始めている。気づいてしまったからには何か手を打ちたい。だけど何も情報がないし、あるわけもない。あの人がそんなヘマをするなんてありえないから。だから何をするべきなのかも分からなくなっている。そんなところか。

 

「はい……はい、分かりました。伝えておきます。では………」

「先生、どうかしたんですか?」

 

 少し離れて誰かと電話をしていた先生が戻ってきた。

 

「あ、ああ、ヒキガヤ。コンコンブル博士とコルニが見つかった」

「っ、それ本当ですか?」

「ああ、今博士から連絡があった。詳しい話は直接したいそうだ。クノエシティの病院にいるらしい」

 

 見つかったのか。ということは生きてるってことか………。

 よかった………。

 

「クノエに来いと………」

「ああ」

「分かりました。元より俺の計画は崩れてしまったんだ。もうここからはアドリブでいく」

 

 もう後のことなんて考えてられるか。今は目の前のやるべきことからやるしかない。

 

「だ、大丈夫なの?!」

「知るか。毎度毎度俺の計画なんて大体が実行に移す前に崩れてくんだよ。だが、計画を立てておいたおかげであらすじはできている。中身が大きく変わるが、結果だけは計画通りなんだ。だから今回も俺の計画なんて当てにしてなかったんだよ」

 

 毎度毎度何なんだよ。

 せめて最初の何かくらいさせろよ。神様のバカヤロー!

 

「自分でそれ言っちゃうんですね」

「というわけで、まずはクノエに向かう」

「プラターヌ博士には言わなくていいの?」

「いい。あいつに話したところでどうにかなるわけでもない。それにあいつも時期に知ることになるだろ。だからそれまではあの能天気な平和ボケは放っておけ」

「酷い言われよう……」

 

 あんなフラダリを信用してるバカに話したところで何かができるわけでもないだろうが。逆に仕事を増やされそうで敵わん。

 

「………アドリブだけで結果を出すのも凄いことだって分かってるのかな………」

 

 メグリ先輩の呟きに果たして何人が耳を傾けていたことか……。

 俺はしっかりと聞こえてましたよ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 空をぶっ飛ばして翔けること二時間弱。

 カロス地方北部に位置するクノエシティに到着した。

 道中はメグリ先輩にハヤマのことについて聞いてみたが、何も知らされてなかったらしい。ただハルノさんのお付きの人に連絡を入れてもらったが、全くの反応なし。どうにも脱走の際にハヤマにやられたのかもしれないらしい。

 そうだとするとハルノさんが一人で行ったことにも納得がいく。だが相討ち覚悟にハヤマを殺すとかユキノシタの推測だからアレだが、マジで何考えてんだ。

 

「と、ここがクノエか」

 

 ミアレにいた分、どこか物足りなさを感じるが、これはこれで趣のあるところである。

 

「北部にはモンスターボールの工場なんかもあるようですね」

 

 イッシキがホロキャスターをいじりながら説明してきた。

 ボール工場か。

 ここで生産してカロス一帯に流通させているってことだな。

 

「それで、クノエのどこの病院ですか?」

「ああ、クノエ総合病院というところだ」

「こんなとこにも総合病院があるんだな」

「あら、逆に総合しかないと言うことじゃないかしら? 小さい診療所などは個人でやっているかもしれないけれど、総合病院があれば大抵のことができるわ」

「あー、幾つも作るよりまとめた方がいいって話か」

「そういうことね」

 

 イッシキがそのまま調べ始めたのでナビゲートは任せて歩くことにした。

 何故クノエシティにいるのかは知らないが、ジムもあるって話だしジムリーダー繋がりで助けられたのかもな。

 

「コルニちゃん、大丈夫かなー」

「というか先輩。コルニが行方不明だったなんて聞いてませんよ?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

 言って………なかったな。うん、忘れてた。

 

「あははー………ごめんね。私がもっと早くに情報をつかんでいればよかったんだけど。私たちが知ったのもフレア団に襲撃された日だから、ヒキガヤくんを責めちゃダメだよ」

「悪い、もうなんか色々ありすぎて忘れてることが多々あるわ」

「そうね、次から次へと問題が発生してくるからこっちの対処が追いつかないわ」

「で、結局どういう経緯だったんですか?」

 

 どういう経緯だったか。うん、俺もよくは知らん。

 

「知らん。ただマスタータワーが倒壊してあいつらが行方不明になっていたってしか聞いてない」

「うん、それだけしか情報がないの」

「………思えばどうしてあの日にメグリ先輩の耳に入ることになったのか、妙な話ね」

「ゆきのん、どういうこと?」

 

 確かにユキノシタの言う通り妙ではある。

 

「マスタータワーが倒壊したのは四日前なのよ。でも私たちが知ったのはその二日後。この一日の空きがあるなんておかしいと思わない?」

 

 だがそんなもんすぐに分かったわ。

 

「はっ、そんなもんあいつらに情報操作されてるだけだろうが。俺たちがマスタータワーの倒壊を知ったのは偶然ではなく必然的。そしてあのタイミングでフレア団が襲撃してきたということには何か裏でやっていたと考えて間違いないだろう。済んだことだから放っておいたが、どうやら裏にはあいつらがいたってことだ」

 

 何をしてたんだか………。だが俺も何か大事なことを忘れているような気がする。なんかそれが鍵になりそうな………。

 

「それって、足止めされてたってこと?」

「だろうな。俺たちに邪魔をされたくないことでもやったんだろう」

「と、ここだな」

「でかいっすね」

「総合病院だし、それなりの設備を収容しなきゃいけないからどうしても病院自体も大きくなるんだよ。でもこれだけ大きいと入院定員も多いだろうね」

「それはいい病院って言っていいのか?」

「うん、すごい病院だよ」

 

 なんか知らんがトツカが病院を見て評価をしていた。

 まあ、そっち方面の知識は俺たちの中では一番だし、ある意味トツカの武器ともなり得る。

 取り敢えず、何でもいいがトベがうるさい。と思ったらイッシキにキモいの一言を言われて撃沈していた。いろはすこっわっ!

 

「おや、お早いお着きのようで。来てくれたみたいですね」

「ザクロさん……」

 

 病院を見上げていると後ろからアマルルガに乗ったザクロさんと他二人がやってきた。

 ザクロさんといるということはジムリーダーかなんかってことか?

 

「ゴジカ姐さん、この人たちは?」

「さあ、ザクロの知り合いみたいだけど」

「ああ、この人たちはコンコンブルさんが呼んだ人たちですよ。僕はそこの猫背の彼には完敗しました」

「へえ、ザクロを倒すとは相当のトレーナーなようね」

「……で、あのじーさんはどこにいるんすか?」

「中にいると思いますよ」

「えっと………」

「あ、この人たちみんなジムリーダーさんたちだ!」

 

 メグリ先輩がお三方の顔を見て気がついたようだ。

 

「他のお二方は………振袖の人がクノエシティのジムリーダー、マーシュさんで、お姉さんの方がヒャッコクシティのジムリーダー、ゴジカさんみたいですね」

 

 それに合わせてホロキャスターを開き、調べ上げたイッシキが説明していく。

 

「見ない顔もありますので、改めて自己紹介を。僕はショウヨウシティジムリーダー、ザクロです」

「ヒャッコクシティのジムリーダー、ゴジカよ」

「うちはこのクノエシティのジムリーダーでマーシュ言いますんえ。よろしゅう」

 

 アマルルガから降りると各々で自己紹介をしてきた。まあ、確かに線とかメグリ先輩とかはザクロさんのことも初対面だもんな。

 

「あ、あたし、ユイガハマユイっていいます!」

「イッシキイロハでーす、きゃはっ☆」

「ヒキガヤコマチです。ザクロさんには愚兄共々お世話になりました」

 

 うわー、何このコミュ力。超自然的過ぎない?

 怖いわー、なんか怖いわー。

 ユキノシタも若干引いてるぞ。

 

「べー、マジべーわ。チャッス! 俺、トベカケルっす! オナシャス!」

「エビナヒナでーす」

「フン、ミウラユミコ」

 

 あ、こいつらもか。

 トベはあれで敬語使ってるつもりなんだろうなー。大丈夫か?

 

「えっと、ポケモン協会ジョウト・カントー本部特殊犯罪対策課次官、シロメグリメグリです」

 

 え?

 そんな肩書きがあったの?

 初耳なんだけど。

 

「……同じくポケモントレーナー育成推進課のユキノシタユキノです」

 

 え?

 お前もそんな肩書きあったの?

 マジで?

 俺何もないんだけど。

 

「ああ、その形で行くのなら同じくトレーナーズスクール教員派遣課カントークチバシティトレーナーズスクール元教員、ヒラツカシズカです」

 

 長い。長いよ。

 初めて聞いたよ。

 え? なに? それじゃジムリーダーとかもジムリーダー課とかそんなもんがあったりするの?

 あれ?

 俺結構協会所属長いけど、カテゴリ分けされてるなんて初めて聞いたぞ?

 

「………ねえ、俺ってそれでいくと何なの? 肩書きとか何もないんだけど」

「あら、あなたは忠犬ハチ公って名乗っておけばいいのではないかしら?」

「え、やだよ。別に俺がつけたやつじゃないし」

「忠犬ハチ公………」

 

 笑うなよ。

 久しぶりにツボッたか。

 こいつ本当好きだよな、その名前。

 

「忠犬ハチ公。僕も調べさせていただきましたよ。確かに畏怖の対象としてつけられた通り名のようですね」

 

 あ、そういえば前にこの人に調べてみたらとか言ったような気もするぞ。うわー、マジかー。なんかやだなー。

 

「なんか後ろの二人が一歩引いてるんですけど」

 

 マーシュとゴジカと言ったか?

 ジムリーダーに引かれるってなんなの?

 

「彼はヒキガヤハチマン。ポケモン協会の裏仕事をしているようですよ」

「「そ、そんな人呼んで大丈夫?」」

「ええ、大丈夫ですよ。悪いようにはなりませんから」

「何それ、なんかバカにされてる気がする」

「ははは、立ち話もなんですから中に入りましょうか。コンコンブルさんもお待ちですよ」

 

 こいつ………。

 フレア団倒したら覚えてろよ。

 

「はあ………、取り敢えずジムリーダーが集まってるってことは他にも……フクジさんとか来てるのか?」

「ええ、みなさん着いてますよ」

 

 来てるのか。だったら、ハルノさんが抜けた穴でも埋めてもらおうかね。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「いよぉ、ハチマン。よく来てくれた」

「おい、くそじじい。マスタータワーが倒れたって聞いた時は心臓飛び出るかと思ったぞ」

 

 中に入るとロビーにはすでにじじいと他のジムリーダーと思われる奴らが出揃っていた。

 

「悪い悪い。こっちもいろいろ追われてた身でな。下手に誰かと連絡とるのも憚られたんよ」

「ったく……、それで、あいつは?」

「あー、それがそのなんというか………」

 

 目を合わさないし、この歯切れの悪さ。生きてはいるようだが怪我したようだな。

 

「はあ………、そうなる前に一声くらいかけろよ」

「すまん」

「容体は?」

「怪我は軽いんじゃが、どうも精神へのショックがデカかったのか、意識がまだ戻らん」

「意識不明、ね。取り敢えず一顔見せてくれ」

「ちょっと此奴ら借りてくぞ」

「うむ」

 

 なんか白のタンクトップを着た寒そうな、だが体つきを見ればこれは普通なのかもしれないとも思う巨漢の男に声をかけるコンコンブル博士の後ろをついていく。

 

「………今のは?」

「エイセツシティのジムリーダーよ。ジムリーダーの中じゃ最強の男だ」

「へー」

 

 あの人がいわばジムリーダーのリーダー格か。

 

「……マスタータワーを博士たちが壊したって聞いたけど、何があったんだよ」

「フレア団だよ。お前さんたちも気づいてるだろうが、カロスは今フレア団の脅威にさらされておる。わしらもあるポケモンの存在を隠すために態とマスタータワーを壊すしかなかったんよ」

「あるポケモン?」

「その話はフレア団を倒してからだな。まずは奴らを倒さないことには安息できん」

 

 言えよ。気になるだろうが。

 それとも今は俺にも言えないポケモンってことなのか?

 

「それで?」

「一昨日の夜じゃ。8番道路でフレア団と対峙した。その時にコルニはやられた」

「奴らの目的は?」

「大樹の運搬じゃよ」

「大樹?」

「ゼルネアスと言った方が理解が早いか?」

「ッッ!?」

 

 そういうことかよ。

 これで話が繋がった。

 俺たちに奇襲をかけたのはあそこで戦力を奪っておき、夜の計画の邪魔にならないようにしたってわけだ。しかも会議を狙ったところを見るに内通者がいたのかもしれない。

 ーーーああ、そうだ。これだ。俺が忘れてたのはこれのことだ。確かあの日の会議の時にメグリ先輩が8番道路の噂がどうのこうの言っていた。詳しいことを聞く前にフレア団に襲撃されたから今の今まですっかり忘れてたぜ。

 

「くそっ、先を越されたってわけか」

「そういうことだ。奴らは今頃、最終兵器の起動準備に入っていることだろう」

「やっぱり今夜やるしかないか」

 

 これはいよいよもってハルノさんの未来予知が事実になりそうだな。

 

「ここじゃ」

 

 コルニの病室に着くと中に入れてくれた。

 部屋の中には白いベットの上に一人の少女が眠っていた。

 呼吸器をつけて横になってる姿はあの快活な少女の姿からは想像もできないものである。

 

「意識が戻らないって言ってたか?」

「うむ、こればかりは医者でも治せないと言っておった」

「まるであのポケモン達みたいだな」

 

 生体エネルギーを吸われたポケモン達を思い出すな。

 あれも意識不明な状態であったし、起きるのも本人の意思次第だって話だし。

 …………本人の意思ね。

 

「ポケモン相手にはまず会話ができないから使わなかったが、人なら別か」

 

 一つだけ。

 コルニ自身と会話ができそうな案を閃いた。

 

「ユキノシタ、三日月の羽って予備で持ってたりするか?」

「………はい」

「えっ、なんでこんな大量にあるわけ? というかなんか身につけられるようになってね?」

 

 すっと出してきた三日月の羽はなんか首飾りっぽくあしらわれていた。

 えっ? どゆこと?

 

「あなたの記憶がなくなるっていうからよ。どうせ何言ったってしょうがないし、こちらで少しでも軽減できそうな案を考えただけよ」

「えっと……、黒いのの力を抑制できるからって理由か?」

「そうよ。効き目がどの程度かは分からないけれど、お守り程度にでもなればと思っただけよ」

 

 顔を赤く染めてずいっと差し出してくる。もちろんそっぽを向いている。

 

「さいですか………、うん、まあ、ありがとよ。けど早速ちょっと使わせてもらうぞ」

 

 やるっていうんだから頂きますけど。ちょうど使いたいし。

 

「好きにしたら。何をするつもりか知らないけれど」

 

 何このツンデレのん。

 かわええのう。

 

「あー、まあ、ちょっくらコルニと話してくるだけだ」

「あなたたちはそんなことまでできたのね」

「いや、やったことはないんだわ、これが。今思いついただけだ。できるかどうかもやってみないと分からん」

「………先輩、そろそろ人間やめます?」

 

 おいこらイッシキ。

 洒落にならんことを言うな。

 

「待て。俺は人間だ。俺には人間離れした能力は皆無だ。だから俺はただの人間だから」

「なんでそんな二回も言うんですか」

「大事なことだからな。俺は人間だ」

「なんか言い聞かせてるみたいで余計怖いよ」

「おおう………」

 

 そんなつもりはなかったんだがな。

 言い聞かせるとかただの自己暗示じゃねぇか。俺は至って普通の人間だ!

 

「というわけで部屋から出るか端にいるかしててくれ。でないと巻き込まれて帰ってこれないかもしれんぞ」

「なんて危ない橋に立ってるのかしら。決壊したらあなたも帰ってこれないってことなのね」

「俺は大丈夫だ。黒いのが何が何でも守るだろうから」

「どこから来るのかしら、その自信は。あなたのポケモンでもないというのに」

「お前さんも無茶なこと考えるのう」

 

 黒いのが何か分かってるのかね、このじーさんは。

 

「無茶くらいしないと生きていけない世の中になってしまったのが悪いんですよ」

「こわやこわや」

 

 そう言って博士も俺とコルニから距離をとって部屋の端に移動した。

 それを見て俺も眠っているコルニのデコに三日月の羽を置いた。

 

「さーて、始めますか。ダークライ、開門!」

 

 開門なんて言ったが、ただのダークホールですよ。

 ただ俺のこの記憶が正しければ、奴とはこの中で会話をすることができた。夢を食うし、夢を見せるしで、案外この真っ暗な空間の中ならコルニとも対話ができるかもしれないのだ。

 黒い穴は俺たちを包むように降りていき、目の前が真っ暗になった。

 何も見えん。

 

「うおっ」

 

 自分がどこに立ってるのかも分からなくなってきたところでポウッと鬼火が現れた。これはダークライの奴だな。

 鬼火に導かれるようについていくと、一縷の光が見えてきた。あそこにコルニがいると言うのだろうか。

 というか遠くない?

 入ってすぐにあそこに置いとけよ。なんで歩かせるんだよ。足元見えないから怖いんだけど。転けないよね? 段差とかないよね?

 光は段々と強くなっていき、ようやく扉が見えてきた。なんで扉があるのかは知らんが、これが夢の世界への入り口なのだろう。何とも人間界に沿っていること。

 

「開くのか?」

 

 ドアノブに手をかけようとしたら勝手に開いた。自動ドアなの?

 

「………マジか」

 

 扉を潜ると今度は草原の世界に変わった。

 これがコルニの夢の世界ということか。

 

「誰………?」

 

 ポツンと草原の中に一人の少女が立っている。

 振り向いたその顔は俺を見るや、目を見開いた。

 

「ハチ……マン………」

「よお」

「な、んで………」

「なんでここにいるのか、だろ?」

 

 コクコクと首を縦に振ってくる。

 

「先に言っておくがここはお前の夢の中だ。詳細は知らんがフレア団にやられたお前は今ベットで寝てる」

「………ッ」

 

 あー、フレア団って禁句だったり?

 

「そうだ、あたし、フレア団のコレアに、負けて………」

「………何があったんだ……? 話したくないなら話さなくていいけど」

 

 ぶるぶると震え始めたコルニは段々と膝に手が伸びていく。

 地面に座り込んだかと思うと小さく声を漏らし始めた。

 これは相当な何かがあったんだろうな………。

 

「あ、あたし……あたし、ジムリーダー、なのに…………」

 

 見てられないので彼女に近づいてみた。

 すでに俺のことはいないことになってるのか、全く気にも留めていない様子。

 

「落ち着け」

「ふぇ?」

 

 お前はイッシキか。

 頭を撫でただけであざといぞ。

 

「取りあえず落ち着け。俺が悪かった。今はもう何も考えるな」

「う、うぐっ、うぅ、ハチ、マン…………?」

 

 あ、なんか改めて俺を認識したらしい。

 不安定すぎるだろ。

 

「悪かったよ。お前のピンチを助けられなくて」

「ハチ……マン………、うわぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああんっっ!?!」

 

 まるで雄叫びをあげるかのように俺の胸に飛び込んできたかと思うと盛大に泣き出した。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 しばらくして。

 ようやく泣き止んだコルニがポツリと口を開いた。

 

「あたし、もう誰も信じられない………」

「そうか」

「あたしはカロスが好き。カロスはみんなのもの。そう思ってたのに………。アサメが半壊して住民が消えても、マスタータワーが倒壊しても、誰も気に留めてなかった。あたしたちはこんな大変な思いをしてるのに、どうしてあたしたちだけがこんな目に遭わなきゃいけないのかって、そんなことを一瞬でも考えてしまったあたしは自分も信じられなくなっちゃった」

 

 不意に顔を上げてきたコルニは目に涙を浮かべてこう聞いてきた。

 

「あたし、どうしたらいいの? もう誰も、自分も信じられない。こんな、こんなのもう戻れないよ」

 

 誰も信じられない、か。

 

「………これは俺の友達の友達の話なんだが、そいつは昔からなんだかんだ事件に巻き込まれて居たんだ。スクールにいた時にはすでにな。そいつは元々人と接するのが苦手だった。それ故に腫れ物扱いされたこともあった。次第に孤高を誇るようになって、自分もポケモンを持つようになってからも、ずっと一人だった。だがある時ポケモンの暴走に巻き込まれた。スクール生の中ではトップクラスのトレーナーのポケモンのだ。そいつは死ぬのが嫌で暴走を止めた。止めたが当然お礼を言われることはなかった。まあ、ずいぶん後になってから言われたけど。でもその時は結局人間なんてこんなもんだと思ったんだ。助けられても自分のことしか頭にない。誰が助けたかなんてどうでもいいんだよ」

「何が言いたいの?」

 

 うっ、そんな目で俺を見るなよ。

 

「まあ、最後まで聞け。それでそいつはスクールを卒業してから旅に出たんだ。そこで出会った奴が実は悪の組織のボスだったり、誘拐されれば下僕のように働かされたり、碌な人間に出会わなかったんだ。そりゃもう誰も信じられなくなったな。加えて一度記憶も失ったこともあるんだ。自分が何者かも何なのかも分からなくなった。だが今こうして俺はここにいる」

「ハチマンの話だったんだ…………」

 

 え? あ…………。

 

「あ…………、ま、まあ、そういうわけだ。自分でさえも信じられなくなった俺でもこうして生きてるんだ。お前がただの一度でそんなになってたら俺が可哀想じゃねぇか?」

 

 ヤバイ、何これすげぇ恥ずい。

 俺の方が戻れそうになくなってきたぞ。

 

「………なんで、なんでそうしていられるの?」

「俺にはリザードンがいたからな。あいつはどんなになっても俺から離れることはなかった。だから俺はリザードンを信じてみることにしたんだ」

「そ、そんなの………」

「お前にもいるだろ。どんなになっても自分を裏切らない、例え自分自身を信じられなくなっても側にいてくれるようなポケモンが」

「ッッ!?」

「だからな。今はゆっくり休んでいればいいさ。こうしてコルニの様子が分かっただけでも、充分だ。最初は叩き起こしてやろうかなって考えてたけど、気が変わった。後は俺たちに任せろ」

 

 これ以上、こいつを巻き込むわけにはいくまい。

 さっさとフレア団を壊滅させなければ。

 

「ハチマン、に………?」

「俺はこれでも強いからな」

「なにそれ」

「お、おい……コルニ?」

 

 なんか急に抱きついてきた。

 こうしてみるとコルニも女の子なんだなーと実感してくる。というか柔かい。

 

「………分かった。怖いけど、こんな馬鹿なことを言うハチマンならもう一度信じてみようと思う」

 

 馬鹿なこと言ってなければ信じなかったのかね。どっちでもいいけどよ。

 

「………ゆっくりでいいからな。焦るなよ」

「うん………」

「と、時間か」

 

 ポウッと鬼火がやってきた。

 どうやらお迎えの時間らしい。

 

「えっ?」

「最初に言っただろ? ここはコルニの夢の中だ。いつまでもここにいたんじゃ、コルニとの約束が果たせそうにないんでな」

 

 一気に負のオーラを巻き始めるので、急いで訂正する。

 やっぱ、まだここにいた方がいいみたいだな。

 

「…………」

「そんな顔するなって。フレア団を倒してちゃんと戻ってくるよ」

「ほんとに?」

「ああ、俺は死なないからな」

「なにそれ。バッカみたい」

「今度は現実でな」

「うん、ありがと」

 

 悲しそうで、ちょっと嬉しそうなコルニに見送られて、俺は鬼火に導かれるように来た道を戻った。

 




お気付きの方もいるかもしれませんが、そろそろ最終兵器の起動時間が迫ってきています。


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72話

 現実に戻ると外はすっかり日が傾いていた。

 

「えっ? 夕方?」

 

 マジで?

 えっ、あの空間ってそんなに時間の進み具合が違うのん?

 

「なんてこった。初めての試みの代償が時間でくるとか………」

 

 今は時間が惜しいってのに。

 

「しかも誰もいないし………」

 

 見渡す限り、部屋の中には誰もいない。

 まあ、恐らく六時間は経ってるんだし、逆に待ってられても怖いわな。

 

「お前の記憶、少し覗かせてもらったけど。お前はアサメの住民を全員解放したんだ。こんなことになってるなんてほとんどの人間が知らないだろうが、それでもお前は守れたんだ。ちゃんとジムリーダーとしての責務は果たした。今はゆっくり休んどけ」

 

 帰り際にダークライによりコルニの記憶を覗かされた。あの長い道のりは歩いてる時間で俺にコルニの記憶を見せるためのものだったのかもしれないな。

 

「さて、戻りますかね」

 

 コルニの病室を出て取りあえずロビーに向かう。他にどこに行けばいいのかよく分からんし、誰か一人くらいはいるよね?

 それにしてもあれが炎の女の正体なのか。確か彼女の名はパキラと言ったか?

 アナウンサーをやってる傍ら、四天王としても居座るほのおタイプのエキスパート。これが炎の女と言われる所以か。

 

「で、あの白い服の方がチャンピオンね」

 

 ショートカットのコルニたちと一緒に逃亡していたチャンピオンの女性。どうやら彼女は四天王のパキラの動きにずっと気を張ってたらしい。しかも博士の弟子にも当たるみたいだし。まあ、このカロスでメガシンカが使えなければチャンピオンの道も遠いよな。

 

「あ、ヒッキー。戻ってこれたんだ」

「死んでねぇよ」

 

 ユイガハマか。

 他には誰も顔見知りは残ってないのかね………。

 

「それでどうだったの?」

 

 どう、とは聞くまでもなくコルニのことだろう。

 

「もうしばらく寝てると思うぞ」

「それじゃ会えたんだ」

「まあな。ただ、やっぱこういうことには慣れてないみたいでな。あいつ単純だから耐えられなかったみたいだ」

「そっか」

「だからまあ、そのまま休んでろって言ってきた」

「ヒッキーらしいね。…………何時間経っても戻ってこないし心配したんだから」

 

 目線を逸らして俯くと俺の服の袖を摘んできた。

 

「それについては俺も驚いてる。まさか人の夢に入り込むだけでこんな時間差ができるなんて思わなかったわ」

「知らなかったの?!」

 

 くわっと見上げた彼女の顔はガチで驚いている様子である。

 

「やる前に言っただろ。閃いたって。代償とか何も考えてなかったっつの。知ってたら先にやっといて欲しいこととか言ってたわ」

「何して欲しかったの?」

「………………うーん、特に思いつかん」

 

 言われて考えてみたが、そもそも計画がグダグダなためやって欲しいことも特に思いつかなくなっている。

 

「ないんだ?!」

「取りあえず他の奴らは?」

「スルー!? ……ポケモンセンターとかにいると思うよ」

「お前は行かなかったの?」

「ゆきのんが実家に連絡するから待っててって」

 

 指さした方を見るとユキノシタが電話をかけていた。

 すげぇ億劫そうな顔をしている。そんなに電話かけたくないのかよ。実家と何かあったのん?

 

「ここって電話オーケーだっけ?」

「あそこは電話スペースなんだって」

「へー、ちゃんと区画を設けてるんだな」

 

 さすがトツカが評価した病院だけのことはある。設備も柔軟に施されてるみたいだな。

 

「………ねえ、ヒッキー。今夜本当にやるの?」

「あ? やるって?」

「だからその………フレア団を倒しに………」

「ああ、どうやら今日しかないみたいだ。おバカなガハマさんが覚えてるか心配だけど、フレア団はゼルネアスの捕獲に成功したらしい」

 

 今日を逃したらドカンと一発打ち上がりそうだからな。こうしてる間にも打ち上げられる可能性だってあるし。

 つか、もう一体の方は結局どうなったんだろうな。

 コルニの記憶の中じゃ、『大樹の下に繭がある』なんて噂があったらしいが。

 

「ば、バカにすんなし! あたしだってそれくらい覚えてるもん!」

「そうか、それはよかった。成長したなユイガハマ」

 

 ああ、ちょっと感動したら涙が………。

 

「うぅ……、ちっとも嬉しくないよぅ………」

「で、まあ、伝説のポケモンの生体エネルギーが、しかも与える側のゼルネアスを捕獲されたんだったら、今夜あたりに最終兵器が起動するかもしれん。取り敢えず、ゆっくりしてられる時間は皆無だってことだ」

「かいむ? 時間はタイムだよ?」

「やっぱりアホの子は健在だったか」

 

 今度は違う意味で泣けてきた。

 やっぱりアホの子はこのままらしい。

 

「あら、生きてたの」

「生きてるよ、おかげさんで」

 

 開口一番でひどくない?

 さっきはあんなにモジモジ顔を赤くして『お守り』を渡してきたのに。

 

「今実家に姉さんのことを話してみたんだけど、やっぱり何も知らないみたい。ただ一度かけてるみたいで『ユキノちゃんがかけてきたら敵を欺くにはまずは味方からだよって伝えておいて』って言ってたみたいよ。全く………、本当に何がしたいのかしら、あの人は」

 

 似てるようで似てない。

 やっぱりあの恐ろしさまではコピーできないか。

 

「………敵を欺くにはまずは味方から、ね」

 

 要するに今の俺たちはハルノさんの策中にいるってことか。何を考えているのか知らんが、これも妹を守るためなんだろう。

 

「………なに?」

「いや、最後まで怖い人だと思っただけだ」

「そう。ジムリーダーたちにはまだ説明していないけれど。しておいた方がよかったかしら?」

「いや、最初はジムリーダーたちも戦力に入れようかと思ってたけど、ユキノシタさんが何かを狙ってるみたいだから言わなくて正解かもしれん。それに………」

 

 正面玄関には慌てた様子で博士とプラターヌ研究所で見たビデオのアサメの少年たちが走りこんできている。

 これは何かあったみたいだな。

 

「おお、ハチマン無事だったか」

「コルニも生きてましたよ。まだしばらくは寝てるでしょうけど、心の整理ができたら必ず起きてきますよ」

「そう、か………」

「で、何を急いでんの?」

「あ、ああ、すまんの。その………あの子達の連れの一人がセキタイタウンに向かったみたいだ」

「…………図鑑もらった奴か」

 

 今度もやはり図鑑所有者は巻き込まれる運命なんだな。

 ジムリーダーたちも挙って集まってきたし。

 

「博士、ジムリーダーたちに『フレア団の基地はセキタイの地下にある。地下には最終兵器も隠されている。ゼルネアスを手に入れた今、フレア団は最終兵器を起動させてくるだろう。起動されればカロスは終わる』って伝えておいてください。俺たちは先に向かいます。………忘れんなよ」

「わ、分かった。………のう、お前さん。どうやってそこまでの情報を手に入れたんだ?」

「俺を誰だと思ってるんすか。んじゃ、そっちは頼みます。ユイガハマ、今すぐ全員集めろ。セキタイにぶっ飛ばす」

「うん、分かった!」

 

 あいつの名前はなんだったか。

 確か………エックス? だったか?

 どうやらあいつも聡い方なのだろう。そしてやはり誰かを巻き込むのを嫌うところがあるらしい。

 ま、あの捻くれた性格を見れば一発か。実例がここにいるんだからな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ヒキオ!」

「ヒキガヤくん!」

 

 ミウラ一行とメグリ先輩他天使たちもぞろぞろと集まってきた。ユイガハマ、メール打つの早くない? 集まるのにそんなに時間かかってないよね?

 

「一人、フレア団に奇襲をかけに行きやがった。それに乗じてこっちも攻め込む」

「まだ夜にはなってないよ?」

「着けば夜だ」

「そういう理由なの?!」

「とにかく時間がない。急ぐぞ」

「「ラジャー!」」

 

 あざとい敬礼をする年下二人に突っ込むのはやめておこう。これだけ人がいると絶対俺が不利になる。

 リザードンをボールから出して背中にまたがる。

 ユイガハマはユキノシタのボーマンダに(クレセリアは出さないらしい)、コマチはプテラに掴まれ、ミウラとエビナさんはギャラドスに、トベはピジョットに乗り、トツカはトゲキッスに、イッシキは………あれ? イッシキは飛べないのか?

 

「なあ、お前は飛べるんじゃないのか?」

「いつ落とされるか分かりません」

「意味が分からん。自分のポケモンだろうが」

「もう一段階進化しないと人間を運ぶほどの力はないみたいです」

「はあ………、取り敢えず飛行戦ができるようにはなったが、てか。分かったよ、後ろ乗れよ」

「はぁーい、お邪魔しまーすっ」

「あざとい………、つかヤドキングとかの力でも飛べるだろ」

「えっ? そうなんですか?」

「お前ね………。ほら、あそこのアラサーを見なさい。エルレイドにお姫様抱っこされそうになってるぞ」

 

 飛べないけど、念動力でついてくるらしい。来る時にも思ったけど、いっそテレポートした方が早んじゃねぇの?

 

「あっちはもっとすごいぞ。メタモンが何でもしてくれるみたいだ」

「………メタモンってどこで捕まえられますかねー」

「お前今楽できると思っただろ」

「何のことですかー?」

「こいつ………」

 

 いつでもどこでもあざとさは抜け目ないのね。

 

「何してるの、ヒキガヤくん。さっさと行くわよ。時間がないのでしょ」

「はあ………、分かったよ。しっかり掴まっとけよ」

「いえっさー」

「ぶー、なんかイロハちゃんにだけ甘い」

「あら、私じゃ不満かしら?」

「そ、そういうわけじゃないから! ゆきのんにこうして抱きつけるのも今のうちだもの」

 

 こいつらも緊張感がねぇな。いや、逆に今のうちに堪能しておこうってことなのか?

 するとイッシキも………。

 うわー、女って怖い生き物だわ。

 

「それで、結局何がどうなっているのか説明してくれるんでしょうね」

 

 全員で飛び始めるとユキノシタ話しかけてきた。

 というか説明の要求だった。

 

「………四日前、マスタータワーが倒壊した日、博士たちはフレア団からあるポケモンを守るためにマスタータワーを捨てたって言ってただろ。そのポケモンが何なのかは確かに口にできないようなポケモンだ。だがフレア団の計画に必要があるのかって言われたら、そうでもなさそうなポケモンではある」

 

 博士たちが隠そうとしていたポケモンの正体。それはディアンシーというダイヤモンドを作り出すポケモンだった。ダイヤの自動製造ってことで、あいつを狙う輩はそこら中に潜んでいる。だからこそ博士たちは俺にすら言う気が無かったというわけだ。

 ま、すでに俺はあいつのことを知ってるんだけどな。ホウエン地方にいた時にどこかの無人島に降りたことがあり、そこにディアンシーがいた。テレパシーで会話もできるようで二、三日程度ディアンシーの世話になったのだ。まあ、博士たちが知るわけもないしな。教えるわけないか。というかあいつが俺のことを覚えているんだろうか………。

 ただ、ディアンシーにはもう一つ、秘密があったりする。本人に聞いた話だがメガシンカできるんだとか。ただその時はメガストーンを持っていなくて見つけたら教えてくれって言われたことがある。だがやはりディアンシーの存在自体が秘密裏にされているためか、当然メガシンカのことなんてカロスでは誰も知らないみたいだ。

 現に、以前ザイモクザ経由でプラターヌ博士からメガシンカするポケモンの一覧をもらったが記載は一切なし。博士ですらその存在は知らないというわけだ(ちなみにジュカインやラグラージのメガシンカも書かれていなかったな)。俺も当時は理解できてなかったと思う。すまん、ディアンシー。

 カロスに来てるってのは聞いていたが、まさかシャラに匿われていたとは………。

 あれ? そうなると今あいつは無防備な状態ってことなんじゃねぇか?

 ヤバくね?

 

「まあそこは終わってから話すが、その後行き場を失った二人の前にカロスチャンピオンが現れたんだ。彼女は名はカルネ。女優でもある彼女はかつて博士からメガシンカを継承した弟子でもあるらしい。それから三人は転々と歩き回り、二日前の夜、8番道路の噂を聞きつけてやってきた。タイミング良くフレア団と、アサメの子供達に出くわして、コルニは負けた。二日前に俺たちを襲撃したのはあの日の夜に8番道路にあった大樹を移動させるためだったんだ。ポケモン協会の名を連ねる者からの排除。まあフラダリの考えそうなことではある。ただまんまとやられた俺たちはそのことに気がつかなかった。フラダリの思惑通りに事が運んだってわけだ」

 

 ディアンシーのことも心配だが、こっちはこっちで腹立つんだよな。

 まさかあの襲撃の意味がこんな大事なことを隠すためのものだったとか、そのことに気がつかなかったあの日の俺に腹が立つ。

 あそこで俺が気付いていればコルニを始め、アサメのあいつらももう少し安全な動きができただろうに。

 悔やんでも仕方ないが、分かっていても悔やんでしまう。

 

「それじゃ、あの襲撃は足止め………ないし戦力を削ぎ落とすためだったってこと?」

「ああ、戦力が削がれれば対策を考えなければならない。そうなれば自然と大事な事すらも忘れてしまうと考えたのだろう。現に俺はその噂の事を今日まで忘れていた。聞こう聞こうと思っていたが、結局はこんなもんだ」

「………確か、サガミさんたちが情報を流してたんだよね」

 

 メグリ先輩が申し訳なさそうに、それでいて悔しそうに呟いた。

 サガミか。

 あいつ結局あれからどうなったんだ?

 自殺とかしてないよね?

 あ、なんか思い出したら不安になってきた。

 

「ええ、けどそれもフレア団に騙されてですよ。どうやらフレア団の上層部にはアナウンサーが混じっているようだ。インタビューとかこつけてあいつらに近づいたんでしょう。メディアを抑えられたのもそいつの影響だと考えていいでしょうし」

 

 別に庇うつもりはない。事実、あいつはフレア団に情報を漏らした。許しがたい罪である。

 けど、だからと言って責めるのはお門違いだ。そういうのも込みなのがこの裏社会って奴なのだから。

 

「誰だか分かってるような言い方ね」

「そいつの名はパキラ。カロス四天王の一人にして、炎のエキスパート。そしてもう一つの顔がフレア団の『炎の女』って奴だ」

 

 炎の女と呼ばれるフレア団の上層部の女。コルニの記憶の中ではコレアという恐らくバラ様(笑)と同格の奴に指示を出していた。

 そこを鑑みるに彼女たちよりも上の立場、フラダリの次くらいと想定してもいいかもしれない。それくらいには根強くフレア団に関わっている女であることが分かった。

 

「え、それってつまり………四天王の一人が敵ってことですか?」

 

 後ろで驚いた声が聞こえてくるが、それが事実なんだよ。

 

「ああ、そういう事だ。さっき言ったようにチャンピオンも動いている。どうやら彼女もパキラを訝しんでいたらしい」

「それで旧知の博士の前に現れたのね」

「タイミングがいいのか悪いのかは分からんがな」

 

 で、そのチャンプは行方不明ってか。

 姿を眩ませるのが上手いこと。

 さすが女優。………関係ないか。

 

「それで、これからフレア団のアジトに向かうわけだけれど。どう動くつもりなの?」

「まずは何としてでもゼルネアスを解放する。これもさっき言ったが、先に一人アジトに向かった少年がいるんだわ。そいつが何とかしちゃうかもしれんし、できないかもしれん。今頃ジムリーダーたちもセキタイに向かってるだろうし、行ってみない事には何も言えんのが現状だ。はっきり言って後手に回りすぎた」

「もう! それじゃどうするのさ!」

 

 コマチよ。そんなに怒らないでくれ。お兄ちゃん、コマチパワーがなくなったら戦えないぞ。

 ちなみにコマチパワーは俺の防御力をぐんぐん上げちゃう優れもの。コスモパワーとか目じゃない。

 

「最終手段はある」

「でもそれははるさん先輩が言ってたことに繋がるんですよね………?」

「それが俺の運命って奴だろうからな。どうしたって結果は同じだ。それが今回俺のやるべき事なんだよ」

 

 いつだって世間は甘くない。

 俺にだけ甘くないように思えるが、こうしてこいつらと一ヶ月過ごして、俺が記憶を失うことでこいつらにも辛い思いをさせてしまうことに気がついた。

 結局、世間は平等に甘くないのだ。

 

「………考えたくもないけど、あなたの言う最終手段を使って記憶を失ったとして。それから私たちはどう動けばいいのかしら? あなたの記憶がなくなれば指示も出せないでしょ。この際、そこも説明してちょうだい」

 

 こっちにきて出会った当初だったら、こいつは俺を止めただろうに。今じゃすっかりフォローに入ろうとしてるよ。人って変わるもんなんだな………。

 

「………分かった。まず、メグリ先輩と先生とでミアレの路地裏のどこかにあるポケモン協会を襲撃して、乗っ取ってください。俺の推測が正しければ、今のポケモン協会は効力を失っている。何なら誰もいないかもしれません」

 

 ずっとおかしいと思っていたことの一つ。

 どうしてここまでの事態になってもポケモン協会は何の音沙汰もないのか。

 ジムリーダーが選出され、四天王とチャンピオンの座がある時点で、カロス地方にもポケモン協会はあるはずだ。なのにそのポケモン協会が動いてないなんておかしすぎる。フラダリによって丸め込まれているのかもしれないが、それならそれで奪還してしまわなければ、今後が危うくなってしまう。それにフレア団を片付けた後にも支障が出ることだろう。

 ならば今の内に取り返しておいて損はない。

 場所もコルニが一度行ってるみたいだったため、ミアレの路地裏ってのは分かった。裏路地のどこかまでは分からないのは俺の地理不足が原因かもしれん。ふっ、笑いたきゃ笑え。

 

「分かった。私はシロメグリのボディガードってわけだな」

「ええ、さすがに一人で行かせるわけにもいきませんから。それとザイモクザ。お前は終の洞窟に向かえ。何としてでもジガルデを叩き起こすんだ」

 

 俺が動けないのならば、一応俺の部下となっているザイモクザが適任だろう。他に動ける奴がいるわけでもないし。

 ユキノシタでもいいかもしれないが、俺の後釜にはこいつが一番適任なのだ。

 許せ、ユキノシタ。

 

「ゴラムゴラム! 我が相棒の命とあらば、この剣豪将軍。尽力尽くすまでよ!」

「それからミウラたちは好きにしてくれていい。ハヤマを探すなり誰かについていくなり、この戦いから降りるなり、好きにしてくれて構わない」

「ふん、言われなくてもハヤトを探すし」

「最後はユキノシタ。俺にもしもの事があったら、後はお前に任せる。責任を押し付けるようだが、全てはお前に一任する」

「それなら尚のこと、無事でいてもらわないと困るわね」

「そうであったらどんなにいいか。だが未来を変えるなんてそう簡単なことじゃない。可能性は捨てるべきじゃないぞ」

「………分かったわ」

 

 苦い顔で、それでも俺の目を見てそう言い切った。

 別に今生の別れになるんじゃない。だからそんな悲しそうな顔はするなよ。

 

「えっ? それだけなの?」

「それだけだが?」

「もっとこう具体的なこととかあるんだと思ってた!」

 

 ユイガハマ………。

 いくら俺でもそこまで万能じゃないぞ。

 

「あるわけねぇだろ。派生的なところはいいとしてもフレア団自体をどうするかとかなんて、今日が終わらなければ何も見えてこねぇんだよ。ここで具体的なことが言えたらそれこそ未来予知だっつの!」

 

 ハルノさんなら見えるかもしれないが、あの人も何か考えがあっての単独行動に出てるし。当てにしない方がいい。

 

「というか先輩。どうしていきなりそんな詳しくなってるんですか!?」

「コルニの記憶を覗かせてもらった。あいつらの逃亡生活の様子を見てきたんだ」

「やっぱり人間やめましょう! 私はそれでも先輩のこと受け入れますから!」

「やめて! そんな同情の声色出さないで!」

 

 まだ俺を人間のカテゴリーに入れてくれよ!

 やだよ、人間じゃなくなったら何になるんだよ。

 

「………ダークライって恐ろしいポケモンなんだね。ゆきのん知ってた?」

「まさかここまでだとは思っていなかったわ。まあ、それもヒキガヤくんだからかもしれないけれど」

「だよねー………」

 

 お前ら………。

 こういう時でも百合百合しいのはどうかと思います!

 

「ゴホンッ! で、だ。ハルノさんとハヤマのことも一応頭に入れておけ。あの人が何を考えて単独行動に出たのかは知らんが、…………ユキノシタの害にだけはならないはずだ。あの人はお前の実の姉貴だ。普段どんなにおちょくってきててもお前のことは守ろうとするだろうからな」

「………それが相討ち覚悟だったとしても?」

「………お前にあの人を助けたいって気持ちがあれば、時が全てを決めてくれる」

 

 普段はどんなに疎ましく思ってても、実の姉が死ぬかもしれないってなるとここまで心配できるんだ。絶対なんとかできるさ。

 

「イベルタル、デスウイング!」

 

 ッッ?!

 イベルタル、だと………?!

 

「チッ! 全員回避!」

 

 咄嗟に指示を出したことでポケモン自身が判断して下方から飛んでくる黒い光線を躱した。

 変に体勢を崩されてしまったためにイッシキが落ちそうになったとか、口に出そうものならこのまま突き落とされそうだな。

 

「あら、外したのね」

「パキラ………」

「ッ!? この人がですか?!」

 

 赤いフレームの眼鏡をかけた女性が赤黒く禍々しいオーラを放つ伝説のポケモン、イベルタルに乗って現れた。

 これはイベルタルもフレア団に落ちたということか。

 そうなるとますますZに頼る他なくなってくるぞ。

 

「ああ、フレア団の上層部の四天王だ」

「へえ、わたしのことをよく調べ上げてるのね。感心だわ」

「過去にジムリーダーが悪の組織の幹部だったことはあった。ボスがジムリーダーだったこともある。だが四天王ってのは初めてだぜ」

「だったら、こういう敵も初めてではなくて? エスプリ、やりなさい」

 

 一人、じゃないのか?

 

「リョウカイシマシタ」

「………AI?」

 

 全身スーツとヘルメットを着用しており、まるでAIで起動しているロボットのように見える。

 

「中身はいるわよ。あなたたちにとっては最も嫌な相手でしょうね」

 

 だが、生身の人間がいるらしい。

 

「イケ、リザ」

「リザッ!? ハヤト………?!」

 

 出てきたリザードンを見たミウラが口に手を当ててちょっと涙目になって呟いた。

 おいおいマジかよ。まさかのそういう展開なのか?

 伊達にカラマネロで操ってなかったってか。

 脱走したというのもこれが理由なのだろう。

 

「趣味が悪いぞ」

「そうかしら? とっても楽しいおもちゃだと思わなくて?」

 

 ダメだこいつ。

 イかれてやがる。

 

「思わねぇな」

「でもこれはまだ試作品。いつ中身がどうなるかこっちにも分からないのが難点ね。ま、使い捨ての消耗品だし、どうでもいいけど。完成品の方もすでに動いてくれてるし」

 

 こいつ………。

 いくら中身があの寝取られ王子だとしても殺させはしねぇよ。

 あいつには言ってやりたい文句が山ほど残ってるんだ。お前なんかにみすみす殺させてたまるか。

 

「……リザードン、イッシキを任せるぞ」

「シャア!」

「せ、先輩?!」

 

 リザードンにイッシキを任せ、背中に立つ。

 

「イベルタル、やりなさい!」

「来い、ダークライ」

 

 イベルタルが翼を大きく開く。

 同時にダークライが俺を黒いオーラで包み込み、目の前に姿を見せた。

 

「デスウイング!」

「ダークホール!」

 

 リザードンから飛び上がり、一直線に飛んでくる禍々しい光線を黒い穴で吸収していく。

 

「………報告には聞いていたけれど、その力、本当みたいね」

「リザ、メガシンカ」

 

 リザードンに乗ったエスプリがメガシンカさせてくる。

 だが、どこか禍々しいオーラを感じてしまう。

 なんというか、以前にもこの感覚を味わったことがある。

 そう、まるでダークポケモン…………。

 

「ボーマンダ、ユイガハマさんをお願い。クレセリア!」

「え、ちょ、ゆきのん?!」

 

 ユキノシタも戦闘態勢に入り、ユイガハマをボーマンダの背中に残し、自分はクレセリアに飛び移った。

 くそっ、まだ来るのかよ。これキツすぎんだろ。黒いオーラのおかげで落ちないからいいけど、このままじゃ力尽きて落ちかねないぞ。

 

「エルレイド、メガシンカ!」

「メタモン、あのポケモンに変身して!」

 

 先生もメガシンカさせてきたし、メグリ先輩もメタモンをイベルタルに変身させてきた。

 

「みんな、こっちに!」

 

 どうやらイベルタルに変身させたメタモンの背中に俺たちを集めてポケモン達に自由に戦ってもらおうとしているらしい。

 

「イベルタル、あんな小細工は消しとばしなさい」

「させるかよ。ゲッコウガ!」

 

 どこからか出てきたゲッコウガが、軌道を変えたデスウイングを水のベールと防壁で弾き飛ばした。

 えっ? あいつマジで何なの?

 まもるを使いながらのメガシンカのエネルギーで消し飛ばすって………。俺そこまで考えてなかったわ。

 

「あら、変わったポケモンね。いただいちゃおうかしら。イベルタル、もう一度やっちゃいなさい」

 

 身体を引き、翼を大きく開くと一気に黒い光線を飛ばしてくる。駆けつけたいところではあるが、どうやら体力を奪われてしまうようで、身体が言うことを聞かない。

 

「中二先輩、いきますよ」

「うむ」

「「レールガン!!」」

 

 いつの間にかザイモクザと合流していたイッシキがリザードンの上から命令を飛ばした。ジバコイル、その上に乗るザイモクザに抱えられたエーフィ、ダイノーズ、その上に乗るヤドキング、リザードンの上にイッシキといるメガシンカしたデンリュウ、そしてポリゴンZ。計六体からのレールガンがイベルタルへと撃ち出された。

 

「サンダー、カミナリ」

 

 ミウラ達と対峙していた寝取られ王子がハイパーボールを投げ込んでくる。その中からは凄まじい電気が迸っており、雨雲を呼び込んでいるようであった。

 すでにファイヤーがミウラ達の相手をしているのをみるとフリーザーも捕獲されてると思った方がいいかもな。

 

「サンダー………」

 

 ボールの中から出てきたのは伝説のポケモン、サンダー。

 雷を自在に操る、敵に回せば危険なポケモン。

 それにしてもどうしてあいつがそんなポケモンたちを………?

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。サンダーにより六閃は無と化し、代わりに雨が降り出してきた。

 ヤバい、来る!

 

「クレセリア、サイコキネシス!」

「カーくん、ニャーちゃん、サイコキネシス!」

「サーナイト、サイコキネシス!」

 

 エスパー組がサイコキネシスで落雷を止めた。

 だが、伝説の力は伊達ではなく、これでも力が拮抗しているだけの状態である。

 

「フリーザー、フブキ」

 

 またしてもエスプリがハイパーボールを投げてきた。

 守りが手薄になったところにボールから出てきたフリーザーが猛吹雪を飛ばしてくる。

 

「リザードン、マフォクシー、だいもんじ!」

 

 あ、なんかイッシキが勝手にリザードンにまで命令出してるし。

 あれ? つかリザードンってだいもんじ使ったことあったっけ? 多分使えるだろうけど、俺は使った記憶がないぞ。

 それにしてもあいつ、ポケモン二体に人間一人乗せた状態でよく飛んでられるな。全く落とす気配ないし。さすが俺のポケモンである。

 

「ボーマンダ、クッキー、だいもんじ!」

 

 ユイガハマも戦闘に加わってきた。終わった後にショックとか受けてないといいけど。この状況、初めての奴らにとっては結構過酷だぞ。

 

「イベルタル、デスウイング」

「くっ、ダークライ、もう一度だ」

 

 イベルタルが身を引き、翼を大きく広げていく。

 

「マジカルシャイン」

 

 だが、イベルタルの攻撃が出されることはなかった。

 真下から太陽のように光り輝く何かにイベルタルが狙われ、咄嗟に躱したことで技は失敗に終わったのだ。

 マジカルシャインで思いつくのはユキノシタかトツカくらいだが、二人とも首を横に振ってくるのでどちらでもないらしい。

 

「オホホホホッ! まだ虫ケラが混ざっていたようね。いいわエスプリ。後は任せるわよ。私にはやるべきことがあるの」

「あ、おい、待て!」

 

 下にも自分の敵がいると把握したからなのか、高笑いをしてパキラがさっさとセキタイの方へと飛んで行ってしまう。

 

「リョウカイシマシタ。ルギア、オマエモヤレ」

 

 追いかけようとしたが、遮るようにエスプリがボールを投げ、中身を出してきた。

 

「くっ、マジかよ」

 

 あの大雨の日の夜の記憶がなくなってるから、こいつらがどうなってるのか分からなかったが、そりゃ姿を見せないわけだよな。捕獲されてたら行方すら分かるわけがない。

 それにフレア団としてもここまで捕まえてくるような奴をみすみす逃すはずがない。

 

「ダーク、ルギア………」

 

 最後に投げ込まれたハイパーボールから出てきたのは、真っ黒で赤い目のルギアだった。




ディアンシーとも顔見知りなハチマンであった。

To be continued


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73話

 季節を司る伝説の鳥ポケモン、サンダー、ファイヤー、フリーザー。

 そして、ダークオーラにより黒い身体になってしまったダークルギア。赤い瞳が恐怖を煽ってくる。

 

「ダークルギア………」

 

 あの禍々しい気配はこいつだったのだろう。

 そしてあのリザードンもその瘴気に当てられ堕ちかけている、ってところか。

 

「くそ、パキラを追いたいってのに………」

「ルギア、エアロブラスト。ファイヤー、ホノオノウズ。サンダー、カミナリ。フリーザー、フブキ。リザ、ゲンシノチカラ」

 

 おいおい、全員でかかってくるのかよ。

 相手は伝説のポケモンが四体にメガシンカが一体。

 対してこちらは伝説が二体にメガシンカが………これ勝てるのか?

 

「ゆきのん、ボーマンダ使って! あたしはクッキーでやるから!」

「分かったわ!」

 

 エスプリの命令が出されると同時にユイガハマがボーマンダから飛び降り、ウインデイに乗り移った。

 宙を走れるウインデイもある意味伝説だよな。

 

「ボーマンダ、メガシンカ!」

 

 こっちもメガシンカさせるか。

 

「リザードン、お前もメガシンカだ!」

 

 俺たちが持つキーストーンと共鳴しだし、二体が白い光に包まれていく。

 

「ダークホール!」

 

 ルギアのエアロブラストをいつもの三倍増しのダークホールで受け止める。

 

「トゲキッス、ひかりのかべ! ミミロップ、ミラーコート! ファイヤーを抑えて!」

 

 メタモンが変身したイベルタルの上でトツカが標的をファイヤーにし、命令を出した。

 

「ボーマンダ、オーダイル、りゅうのまい!」

 

 ユキノシタはメガシンカしたボーマンダの背にオーダイルを出し、二体揃って竜の気を作り出していく。

 

「中二先輩!」

「うむ、いくのである! レールガン!」

 

 でんじほうをぶっ放す二人。狙いはフリーザーらしい。

 

「サンダー、デンキヲヒキヨセロ」

 

 だが、離れてたって避雷針のようにサンダーの方に流れていき主導権を奪われてしまう。一度見ているためかサンダーも手馴れてきており、集めた電気を圧縮し、自分で溜め込んだかみなりのエネルギーを合成し、新たな雷撃を練り上げ始めた。

 

「インファイト!」

「ムーンフォース!」

 

 先生とメグリ先輩がフリーザー目掛けて攻撃を仕掛ける。

 ふぶきを放つ前に背後から現れたエルレイドに気づいたフリーザーは旋回し、エルレイドをサーナイト目掛けて突き飛ばした。そのままふぶきも放たれ、ムーンフォースも同時にかき消された。

 

「ファイヤー、ゴッドバード」

「ギャラドス、躱してハイドロポンプ!」

「ピジョット、ナイフエッジロール!」

「オムスター、げんしのちから!」

 

 ファイヤーに狙われたミウラたちだが、ギャラドスとピジョットが攻撃を躱しきれず、ギャラドスの上にいたミウラが宙に投げ出されてしまった。

 やべぇ、これ間に合うか?!

 

「ユミコ?!」

「ムクホーク!」

 

 咄嗟にトベがボールからムクホークを出し、ミウラを回収させた。ただ自分もやられて落ちていることに気づいているのだろうか。

 

「フリーザー、フブキ」

「イッシキ、そのままリザードンを使え!」

「ボーマンダ、だいもんじ! オーダイル、アクアジェット! クレセリア、サイコキネシスでサポートしてあげて!」

「リザードン、マフォクシー、もう一度だいもんじ!」

 

 三つのだいもんじで壁ができ、その上をオーダイルとゲッコウガが駆け抜けていく。サイコキネシスにより攻撃側の二体への吹雪も抑えられ、道ができた。

 

「カミナリ」

 

 すると、今度は背後から圧縮した雷撃を飛ばしてきた。かみなりと言えど放電しているためザイモクザまで狙われている。倍返しかよ。

 取り敢えず、俺もいつまでもダークライに頼ってばかりいられない。この前やったみたいにどいつか乗っ取るか?

 乗っ取るとしたら、やはりあのデカ物だろうか。

 

「よっと」

「ヒョウテキ、カクニン。リザ、オーバーヒート」

 

 ルギアの上に飛び降りると、すぐにエスプリが駆けつけてきた。来なくていいのに。

 しかもリザードンでルギアに着地とか何考えてんだよ。いつの間にこいつの背中は戦場になったんだ?

 

「させるかよ、来い! ゲッコウガ!」

「コウガ!」

 

 ジュカインを出すべきか迷うところではあるが、まだ粘れる。

 ゲッコウガ、頼むぞ。

 

「みずしゅりけん!」

 

 飛んできたゲッコウガが俺の前で着地し、八枚刃の手裏剣で壁を作って燃え盛る炎を防いだ。

 

「ハイドロカノン!」

 

 あのリザードンはメガシンカしてひでりの特性になっているが、三鳥のおかげで天気は不安定になり、効力を失っている。

 だからみずタイプの技を使っても今は何の影響も受けないのだ。

 

「イクスパンションスーツ、ソンショウ10パーセント。ルギア、ハイパーモード」

 

 水の究極技を受けて吹っ飛んで行ったリザードンが帰ってきて、ルギアの背中に拳を打ち付けた。

 エスプリはスーツの機能なのか、結局一人でも飛んでいられるという。なんかムカつく。

 

「ルギィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!」

「うおっ?!」

 

 リザードンのせいで、ルギアが暴走を始めた。

 翼を大きく開いて雄叫びをあげ出したため、俺が足元を掬われてルギアから落ちてしまうという。

 しかも真下から炎がせり上がってきて、躱すことができない。

 …………いや、身体が躱そうとしないのだ。

 

「ヒキガヤくん?!」

 

 ユキノシタの叫び声が聞こえてくるが、俺の身体はどうにもならず炎を呑み込まれてしまった。

 温かい。

 なんというか生命力を与えてくれるような………、それに俺はこの炎を知っている気がする。この炎に焼かれても火傷すらしない不思議なことを何故か感じ取ってしまっている。

 

「ルギア、ダークブラスト」

 

 雄叫びの後で再度口を大きく開き、禍々しい黒い爆風を生み出してきた。

 

「カメックス、ネイティオ、まもる!」

 

 爆風は皆を巻き込み、暴れていく。

 さらに三鳥がかぜおこしで爆風の威力を高めだした。

 

「くそっ! ゲッコウガ、めざめるパワー!」

 

 ゲッコウガに注ぎ込まれていく聖なる炎をめざめるパワーの炎と融合させ、エスプリへと走らせた。

 

「ナイトバースト!」

 

 上空からは暗黒の衝撃波がルギア目掛けて一直線に降りかかってくる。

 

「ファイヤー、サンダー、フリーザー、ウチオトセ」

 

 風を起こしていた三鳥がエスプリの命により炎と黒の衝撃波を翼で受け止め、地面に向けて叩き落とした。

 なんて素早い身のこなし。

 

「見つけたわよ、バカハヤト! バンギラス、メガシンカ!」

 

 あ、魔王が帰ってきた。

 

「ヒョウテキヘンコウ。ルギア、ダークブラスト」

 

 ぶうんと翼を仰ぎ背後に現れたハルノさんの方に向き直るルギア。丁度俺たちには背中が見えるようになった。

 それでもまだ三鳥が相手として残っている。

 

「バンギラス、いわなだれ! メタグロス、ラスターカノン! ハガネール、かみくだく!」

 

 メタグロスに乗ったハルノさんが次々と命令を出していく。

 彼女と一緒に乗っているバンギラスはルギアの上空から岩を発生させ、メタグロスはバッテン口を開いて鋼が溶けたような光線を、ハガネールは地面から出てきてそのまま頑丈な口でルギアの尾っぽに噛み付いた。

 

「リザードン!」

 

 生きているであろうリザードンを呼びかけると森の中から飛び出してきた。

 どうやらあそこにみんな落ちたらしい。

 

「フャイヤー、サンダー、フリーザー、ゴッドバード。リザ、ソーラービーム。ルギア、ハガネールヲフリオトセ」

 

 三鳥が天気を操るような技を使わなくなったため、夜なのに日差しが舞い戻り、上空から降り注ぐ岩々をソーラービームで打ち砕いていく。

 対して三鳥はこちらに向かって突っ込んでくるという。

 

「ゲッコウガ、ハイドロカノン! リザードン、ブラストバーン!」

 

 リザードンの背中に飛び移ったゲッコウガ共々、三鳥に向けて究極技を放った。だがやはり三対二。サンダーだけが外れてしまった。

 

「カメックス、オーダイル、ハイドロカノン!」

「マフォクシー、ブラストバーン!」

「フシギバナ、ハードプラント!」

 

 だが、下からそれを補うように同じ究極技が打ち出されてきた。

 よかった、あいつら無事だったみたいだ………。

 

「姉さん!」

 

 ユキノシタがクレセリアに乗って上がってきた。

 駆けつけていくのはハルノさんの方。

 だがーーー。

 

『マッテ! ワタシガヒキツケルカラ、フタリデハイゴカラコウゲキシテ!』

 

 ーーー手負いながらもバッサバッサ飛んできたネイティオから発せられた声が聞こえた。

 これ、この口調、まさか………?!

 

「姉さん………」

 

 ユキノシタも気づいたのか、クレセリアを止めた。

 あの人、やっぱすげぇよ。こんな時でもこんな芸当を見せてくるなんて。

 ネイティオに思念を送って、それを音として出させるとか聞いたことがない。せいぜいテレパシーまでだろう。

 

「ゾロアーク、ホウオウに化けて三鳥を誘導しなさい! バンギラス、メタグロス、はかいこうせん!」

 

 ……なるほど、あれはゾロアークだったのか。

 何か黒いポケモンが度々攻撃しているのが見えたが、ホウオウに化けたことでようやく理解できた。

 何がユキノちゃんをよろしくね、だ。絶対今の方が本気を出してるだろ。

 

「ユキノシタ」

「……ええ」

 

 ユキノシタに声をかけると、首を横に振って今は自分のやるべきことに専念する気持ちに切り変えたようだった。

 その横をホウオウに化けたゾロアークが通り過ぎていく。その後ろにはしっかりと三鳥が続いていた。

 

「ダークブラスト」

 

 エスプリが命令を出した。狙うはメタグロスに乗ったハルノさん…………。

 だが、そこにいたのはメタグロスとバンギラスだけだった。

 バンギラスが黒いオーラを出して守りの態勢に入っている。

 

「ハヤト!!」

 

 ーーーああ、そういうことか。

 ユキノシタの読みは当たらずも遠からず。

 自分自身が囮になることが最もエスプリの気を引けると確信していたらしい。中身が中身なだけに。

 

「リザ、レンゴク」

「姉さん!?」

 

 その証拠にエスプリがリザードンに命令を出した。激しく燃え盛る炎が一気に押し寄せハルノさんを呑み込んだ。

 だが、これでエスプリにはもう攻撃できるポケモンはいない。

 

「ダークライ、あくのはどう!」

「〜〜〜!! クレセリア、ムーンフォース!」

 

 これが彼女が捨て身で作り出そうとしていた隙だというのなら無駄にしてたまるかよ!

 黒いオーラを弾丸にして、ルギアの背中を狙う。

 ユキノシタもクレセリアに月の光を取り込ませて、光の一閃を走らせた。

 見事、技は命中。

 だが、まだ落ちる程ではない。

 

「マニューラ! ユキメノコ!」

「リザードン! ゲッコウガ!」

 

 いつの間に二体を送り込んでいたユキノシタには驚いたが、さすがと言っていいな。倒すなら立てないくらいに倒してしまわないとな。

 マニューラのつじぎり、ユキメノコのシャドーボールと切られ撃たれて、ゲッコウガの巨大なみずしゅりけんとリザードンの直接のブラストバーンが叩き込まれ、ようやく雄叫びではなく悲鳴をあげた。

 そして崩れるように地面に向かって落ちていく。

 三鳥はまだホウオウに化けたゾロアークの相手をしているため助けには来ない。ゾロアークもほとんど躱してるだけだが、一体であの三体を引きつけられるのも相当の育て方をされているのが伺える。

 

「ルギィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!」

 

 おいおい、嘘だろ………。

 これでもまだ起き上がってくるのかよ。

 

「イクスパンションスーツ、ソンショウ50パーセントヲケイカ。ファイヤー、サンダー、フリーザー、ルギア、モドレ」

 

 だが、攻撃してくることはなかった。

 エスプリが伝説の四体をボールに戻したからだ。

 それに気がついたゾロアークは姿を元に戻し、地面に向かって一直線に落ちていく。おそらくハルノさんのところへ向かったのだろう。

 

「リザ、タイキャク」

 

 そう言ってエスプリはリザードンのメガシンカも解き、いきなり影に消えた。

 はっ?

 なんだ、今のは………?

 一瞬、何かに見られていたような………。

 

「姉さん!?」

 

 ユキノシタはハヤマを追いかけることもせず、真っ先にゾロアークが落ちていった方へと走っていく。

 気にはなるので、俺も後を追うことにした。

 地上に降り立つとゾロアークがハルノさんを抱えて木々をかき分けて出てきたところだったようで、奴の腕にはぐったりとしたハルノさんの姿があった。

 

「姉さん?!」

「ユキノ、ちゃん………」

「無茶しすぎでしょ」

「あー、ヒキガヤくんだー」

 

 なんだよ、その甘えたような声は。らしくもない。

 

「………あーあ、やっぱりヒキガヤくんには敵わないなー」

「はっ? 何言ってるんすか」

「時間を超えてまで助けられちゃ、お姉さんもさすがに無理かも…………」

「言ってる意味が全く伝わって来ないんですけど」

「今はそれでいいんだよ………」

「怪我はないの?」

「あははー、それねー、ほんとそれ」

 

 ダメだ、なんか話のテンポが普段と違いすぎてやりにくいんだけど。

 何なのこの人。こんな人だっけ?

 

「………怪我はないよ」

「そう………よかった………」

「心配してたんだー」

「うっ………あ………そ、それは………」

「ゆきのん!」

 

 三人で話していると遅れてユイガハマたちもやってきた。俺的にハルノさんよりもこっちの方が心配なんだけど。

 

「ユイガハマさん! あなたも怪我はないの?!」

「だ、大丈夫だから! ちゃんとみんなかすり傷程度から!」

「怪我してんじゃん………」

 

 こいつの頭の中ではかすり傷は怪我に入らないのだろうか。何それ、ちょっと慢心。怖いわー。

 

「ハルノ………、お前………」

 

 先生が何かに気がついたようだ。

 

「あはははー、さすがにシズカちゃんには隠せないかー。そういうのだけは鋭いんだから。そうだよ、そもそも未来を見るのに何の代償もないわけないじゃん」

「ッ!?」

 

 ーーーああ、そういうことか。

 この人もポケモンと契約してるんだな。

 

「……そ、それって………」

「ま、まさか記憶を…………」

 

 ユキノシタが俺の顔を見たかと思うとハッとして、ハルノさんに詰め寄った。

 

「………ユキノシタさんは何を代償に?」

 

 契約の相手はネイティオ。

 普通にトレーナーとポケモンの関係ではあるが、ネイティオが見る未来や過去を時間を特定して見るために契約をしたってわけだ。

 でなければ、気まぐれに見せられた未来や過去が、あんなピンポイントで使えるはずがない。

 

「私の時間だよ。未来や過去を見通してる間の時間分を後から支払わされるの。つまりは活動時間を奪われて夢の中」

 

 記憶がなくならない分、時間を奪われる、か。

 確かにダークライほどの代償ではない。だが、このタイミングで時間を奪われるというのも痛いリスクではある。こんな力を使うのも危機が迫ってる時が多いんだし。

 

「………それにしても何か今回はぐったりしてるように見えるんですけど?」

 

 眠気、だけとも思えない。

 いつもの快活な魔王の姿がここまで急変するとちょっと心配になってくる。

 

「ピンポイントの未来をたくさん見せてもらったからね。ちゃんと眠れてないし、ちょっと力を使い過ぎちゃった」

「………その割にはネイティオと変な芸を仕込んできてたような気がするんですけどね」

「あれはついでだよ。どうせ私はもうすぐ眠りにつくから。あれくらいちょっと寝る時間が長くなるだけだよ」

「バカですね………」

 

 ほんと、バカだな、この人は。

 一体どんな未来を見てきたんだよ。

 

「だから言ったじゃん。ユキノちゃんは任せるよって」

「ならもう少し明るく言ってくれると助かるんですが。変に考え込みましたよ」

「………それで、どうしてあんなバカな真似をしたのかしら?」

「……バカな真似ね。今からバカな真似をする人もいるから、私もそれくらいやらなきゃなーって思っただけだよ。………でも私の未来はハヤトのリザードンのれんごくを受ける直前までしか見えなかったの。だからあそこが私の最後、だって思ってたんだけどねー」

 

 未来が見えない。

 つまりはあそこで死を迎える。

 だが、彼女はこうして生きていてる。

 一体どういうことなんだ?

 歴史が書き換えられたってことなのか?

 

「君はほんとにずるいなー………」

 

 手を伸ばして俺の頬を撫でてくる。

 一体れんごくを受けた時に何があったと言うのだろうか。

 

「……ね、ねえ、あれ………なん、なの…………?」

「えっ?」

「な、何あれ………?」

「き、綺麗ですね………」

「どうやら時間、の、よう、だね………」

「間に、合わなかった………」

 

 ミウラから始まり、次々と何かを見つけて声を上げだした。

 ユキノシタだけは真っ青な顔をしているが。

 ま、何かなんてのは見なくても分かる。

 とうとう時が来てしまったようだ。

 

「いや、ヒキガヤ。エルレイドを使え」

 

 彼女の不安を払拭するかのように先生が提案してきた。

 

「………いいんすか? 下手すればエルレイドが死ぬかもしれませんよ?」

「元より覚悟はできている。離れ離れになったとしても、それでもやはり世界が滅ぶのだけは阻止しなくては………」

「はあ………、全くそういうかっこいいセリフは言わないで欲しいんですけどね」

 

 どこまでかっこいいんだよ、この人は。

 ほんと誰かもらってやれよ。

 

「ひ、ヒッキー?!」

「お兄ちゃん!?」

 

 コマチとユイガハマが心配そうに俺を見つめてくる。

 

「………大、丈夫………だよ…………彼は……………死な、ない…………ヒキガヤハチマンは…………死なない、よ……………すー………………」

「姉さん?!」

 

 だが、それもハルノさんの寝言のような言葉に一掃された。

 というかマジで死ぬみたいな寝方やめて欲しいんだけど。

 

「………なあ、ミウラ。一つだけ答えてくれ。ハヤマが最後、急に消えたんだが、何か心当たりはないか?」

「えっ………、それ、あ………多分、ヨル、かも………」

「ヨル?」

「ヨノワールのヨル」

「ッッ!?」

 

 そういうことか。

 あれはゴーストタイプ特有の影に潜る性質を使ったってことなんだな。

 確かにあいつがボールから出したポケモンは五体。伝説ばかりに気を取られていたが、まだ一体ボールから出すことができたんだった…………。

 ということは見られていたというのも……………くろいまなざしか。

 自分たちを追ってこないように仕掛けをしたってわけかよ。おかげで追いかけるなんて気力が湧いてこなかった。

 

「次、会った時が決着の時か………」

「ヒキガヤくん………」

「………お前はちゃんと姉貴を見てやれ」

「ん………」

「お前らも、無理だと思ったら身を引くことも大事だからな」

「ヒッキー………」

「お兄ちゃん………」

「せんぱい………」

「んじゃ、エルレイド。セキタイまで頼んだぜ」

「エル!」

 

 リザードンとゲッコウガを一度ボールの中に戻し、ダークライと共にエルレイドの肩を掴んだ。

 すると一瞬で目の前の風景が変わった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 一瞬で変わった風景には。

 煌びやかな光を放つ巨大な蕾が咲いていた。

 

「あ………、なん、なの、……………こんな、こんな……………」

 

 ふと声がしたように思えたので草陰を見ると…………見たことのある顔がいる。

 自殺はしてなかったんだな。

 

「エルレイド、お前はあいつを守ってやれ」

「エル」

 

 シュタッと消えたエルレイドに何しに来たのか分からないサガミを任せ、俺はリザードンをボールから出した。

 

「ライ」

「あ? なんだ?」

 

 リザードンの背に乗ろうとしたら影から出てきたダークライが何かを差し出してきた。

 受け取ってみるとそれは黒い菱形のクリスタル? でいいのだろうか…………?

 

「えっと………、これは?」

『ダークホールヲキョウカスルモノ』

 

 鬼火でゆらゆらとした炎に文字を浮かべ、説明をいれてきた。

 ダークホール、技を強化するアイテムか。

 これが、ね…………まさかな。

 

「分かったよ。お前がこんなものを出してくるということはすでにあの力のヤバさを感じ取ってるってことなんだよな。いいぜ、存分に使わせてもらう」

 

 リザードンに跨ると綺麗な光を放つ最終兵器を見据える。

 そこにはすでに到着していたジムリーダーたちの姿と、バラを含めたフレア団の姿があった。

 あれ? まだパキラは着いていないのか?

 それとも他にやることがあるというのはここではなかったということなのか?

 

「知るかってな。いくぞ、リザードン!」

 

 向かうは最終兵器の先端が向いている上空。

 もうここまできてしまったら中で起動を止める時間もないだろう。

 だからやはり最終手段を使うしかない。

 

「ヒキーー!!」

 

 はあ………、思い返せば中々に濃い一ヶ月だった。毎日が騒がしいし、問題ごとは次々とやってくる。

 だけどまあーーー

 

 ーーー少しは楽しかったかな。

 

 思い出が消えるのはいつものことだし、慣れてしまったが。

 どこかにこの一ヶ月を忘れたくないと思っている俺もいるみたいだ。

 ダメだな、だいぶあいつらに毒されちまった。

 でも………………、それでも。

 死しかない未来なんてごめんだ。

 生きていれば記憶もいつか戻ってくる。

 その時まであいつらには辛い思いをさせることになるが…………。

 

「リザードン、こいつらのことはお前に任せたぞ」

「………シャア」

 

 リザードンの首にモンスターボールを三つくくりつけていく。

 ゲッコウガとジュカインと、あとリザードンのと。

 

「ーーーきた」

 

 天高くまで昇ると地上では花が開き始めた。

 ふっ、来いよフラダリ。

 お前の計画なんざぶち壊してやる!

 

「それと、俺たちの回収も任せた! いくぞ、ダークライ!」

 

 リザードンに後のことは任せ、飛び降りた。

 やばい、スカイダイビングってめっちゃ怖い。

 最終兵器とかよりもこっちの方が怖いとか、なんかめっちゃやばい。

 語彙がなくなるくらいにはやばい。

 

「どう使うか知らねぇけど」

 

 ダークライからもらった黒いクリスタルを右手で花に向けて突き出す。

 

「技を強化ってんなら、やっぱ名前はこうだよな!」

 

 光を帯び始めたクリスタルが俺の隣にやってきたダークライと結び合っていく。

 力を注ぎ込んでいる、そんな印象である。

 

「ダークライ、ブラックホール!」

 

 さっき使った三倍増しのなんかとは比べものにもならない、巨大な黒い穴を作り出した。

 ちょうど花から撃ち出されたレーザーは黒い穴へと吸収されていく。

 爆風が生み出され、地上では建物や置物が舞い上がり、ひどい惨状になっていっている。

 しかもその爆風はセキタイだけにとどまる気配はなく、山を越え。カロスの半分くらいには影響が出たことだろう。

 ………しかし、なんというか、きつい。

 やはり最終兵器は生で受けるようなものではない。

 

「シャア!」

「コウガ!」

「カイ!」

 

 ちょっと脂汗をかいていると別方向から水と草と炎がレーザーを押し返そうと割り込んできた。

 あいつら…………。

 ブラストバーンにハイドロカノン、リーフストームか。ジュカインにもハードプラント覚えさせておけばよかったな。

 

「ダークライ、俺の全部を持っていけ!」

 

 もう何が何でもこれを吸い込んでしまう他ない。

 それが俺の役割なのだから。

 

「ラーイッ!」

 

 吸引機能が働き始めた。

 うわ、これマジモンのブラックホールだ。

 

「ぐぅ………」

 

 頭がいかれちまいそうだ。

 身体も軋むし…………。

 だが、ハルノさんは言っていた。俺は死なないと。

 多分あいつらを安心させるためにも必死に未来をかき集めていたのだろう。俺だけではない。おそらく全員分の未来を。

 だが自分のだけが何故か見えなかった。一番最初にでも見たのだろう。だからハヤマの脱走を機に俺にあんなことを言ってきた。別に何か考えがあったわけではなく、自分の役割を全うするための演出だったのかもしれない。

 それならそれでいい。

 あの人はこれでゆっくり休むことができる。いくら魔王といえど、こんな汚れ仕事をくれてやるわけにはいかない。

 

「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!!」

 

 あらん限りの気をクリスタルに送り込む。

 すると一気にレーザーの吸収を加速させ、全てを吸い取りやがった。

 

「終わっ、た……………」

 

 あー、もうダメだ。

 力がでない。

 顔は濡れてないけど力がでない。

 ふらふらと落ちているであろう俺の身体………とダークライもだな。すぐにリザードンが拾い上げてくれた。

 いやー、すまないねー。

 

「…………リザー……ドン………はあ、はあ……………あそ、この………高台、へ………はあ、はあ……………」

 

 一人、まだ接触しておかなければならない奴を見つけてしまった。

 まさかここにきているとはな。

 

「………お前も無茶をするな」

「はあ………はあ……………、生憎、これが…………俺の、やり方なんでね…………」

 

 降り立った高台にいたのはカントー地方マサラタウン出身、トキワジム現ジムリーダーの初代図鑑所有者、グリーンだった。

 

「ふん、それにしてもゼルネアスにイベルタルまで出てくるとは」

「………それに、関しちゃ………………俺だって、驚いてる、わ……………」

 

 いつの間にか地上ではゼルネアスとイベルタルの戦いとなり、ゼルネアスの方が身を引いてジムリーダーたちを連れて何処かへ飛び去っていった。

 パキラ、やはりきてたんだな。

 

「あいつらが…………戦っても、勝負はつかん……………ぐぅ………」

「勝負はつかない、か。ちがうな。勝負をつける方法はあるはずだ。X・Yにつづく、Z。そいつが本当にいるならば………!」

 

 ………なんだ、知ってたのか。

 それなら、これから先はこの人がどうにかしてくれるだろう。

 

「ヒキガヤ!?」

 

 げっ。

 忘れてた。

 なんで連れてきちゃったのエルレイド。

 

「後は、任せたぜ」

「回復したらお前も働け」

「ひどい、な………、俺、結構………頑張ったぞ」

「ふ、知ってるさ」

「そう、かよ…………んじゃ、な」

「ああ」

 

 リザードンに合図を送り再び飛ばせる。気づいたらジュカインはボールの中に戻っていた。自分でも俺の隠し球であることを理解しているんだろう。

 ゲッコウガはダークライを担ぎ、

 まずはエルレイドを回収しないとな。

 

「ヒキガヤ?!」

「………………」

「なんで………、なんで…………」

 

 おいおい、なんでいきなり泣きだすんだよ。

 怠すぎて喋るのすらキツイんだから俺どうすればいいんだよ。

 

「と、り、あえず………帰る、ぞ………」

「うん…………」

 

 メガニウムに乗ったサガミは小さく頷いてきた。

 声、ちゃんと出てたんだな。

 

「あんた、なんで、あんな…………」

「わかっ、た、だろ………………。これ、が、現実………だ」

「こんな、こんなのってないよ!」

「でも、現実だ………」

 

 どうやら半信半疑だったらしく、ここに来て実際にこの目にしようと考えてたみたいだな。

 だが、それはとても衝撃的なもので心が耐えかねているって感じか。

 

「あんたは………ずっと、こんな世界を、生きてきてたの……………?」

「あ、あ……」

「……………………怖く、ないの………?」

「怖、い………けど……………やる、しか、……ない。………だから、……はあ………、戦う」

 

 怖くないわけがないだろ。

 いつ命が狙われるかも分からん裏社会なんざ、ほんとは足を洗いたいくらいだっつの。

 でもしょうがないんだよ。

 それが俺の運命なんだから。

 

「……………ごめん、うちが、漏らさなかったら、こんなことにはなってなかったよね」

「…………過ぎた、ことだ……。はあ………はあ……………これが、俺の、運命………だ、から……………」

 

 ああ、もう無理だ。

 眠気とかいうより意識が薄らいできている。うとうとじゃなく、なんて表現すればいいかわからんが、もう無理。

 

「も、むり…………ねる」

「………うん」

 

 最後の最後に喋った相手がサガミになるとは。

 俺の意識はここで途切れた。

 目が覚めた俺よ。どうか心乱すなよ。




いよいよ最終章へ突入って感じですかね。


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行間

〜手持ちポケモン紹介〜 (73話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン×2 菱形の黒いクリスタル etc………

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂ 

 持ち物:リザードナイトX

 特性:もうか←→かたいツメ

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、じんつうりき、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく

 

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 覚えてる技:リーフストーム

 

野生

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ

 催眠術で乗っ取ったポケモン

 ・オニドリル

  使った技:きりばらい

 

一時手持ち

・ミュウツー(カツラ)

 

 

ユキノシタユキノ 持ち物:キーストーン etc………

・オーダイル(ワニノコ→アリゲイツ→オーダイル) ♂

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、ハイドロポンプ、シャドークロー、つばめがえし(ユキノ未知)、りゅうのまい、げきりん、カウンター、ハイドロカノン、ドラゴンテール、めざめるパワー(電)、ゆきなだれ

 

・エネコロロ ♀

 覚えてる技:メロメロ、ソーラービーム、でんげきは、ハイパーボイス、れいとうビーム

 

・ユキメノコ ♀

 覚えてる技:れいとうビーム、みずのはどう、10まんボルト、シャドーボール、めざましビンタ

 

・ボーマンダ ♂

 持ち物:ボーマンダナイト

 特性:いかく←→スカイスキン

 覚えてる技:そらをとぶ、ドラゴンダイブ、ハイドロポンプ、つばめがえし、だいもんじ、かみなりのキバ、いわなだれ、ドラゴンテール、ハイパーボイス、げきりん、ギガインパクト、りゅうせいぐん、ねむる、ねごと

 

・マニューラ ♂

 覚えてる技:つじぎり

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト

 

控え

・ペルシアン

 

・ギャロップ

 

 

ユイガハマユイ

・グラエナ(ポチエナ→グラエナ) ♂ サブレ

 特性:いかく(にげあし→いかく)

 覚えてる技:こおりのキバ、かみなりのキバ、アイアンテール、とっしん、ふいうち、じゃれつく、どろかけ

 

・ハリボーグ(ハリマロン→ハリボーグ) ♂ マロン

 覚えてる技:タネマシンガン、つるのムチ、やどりぎのタネ、ころがる、ドレインパンチ、まるくなる

 

・ドーブル ♀ マーブル

 覚えてる技:スケッチ、おにび、ハードプラント、ダークホール、こらえる、がむしゃら、いわなだれ、ハイドロポンプ

 

・ウインディ ♂ クッキー

 特性:もらいび

 覚えてる技:ほのおのキバ、バークアウト、ニトロチャージ、りゅうのいぶき、かみなりのキバ、しんそく、にほんばれ、だいもんじ

 

 

ヒキガヤコマチ

・ニャオニクス ♂ カマクラ/カーくん

 特性:するどいめ

 覚えてる技:サイコキネシス、ひかりのかべ、、リフレクター、でんげきは、てだすけ、なりきり、ふいうち

 

・カメックス(ゼニガメ→カメール→カメックス) ♂ カメくん

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:みずのはどう、はどうだん、りゅうのはどう、こうそくスピン、からにこもる、ロケットずつき、ハイドロポンプ、ふぶき、ミラーコート

 

・カビゴン ♂ ゴンくん

 特性:めんえき

 覚えてる技:メガトンパンチ、のしかかり、じしん、いわくだき、ほのおのパンチ、しねんのずつき、ギガインパクト、かみなりパンチ、ふきとばし

 

・プテラ ♂ プテくん

 覚えてる技:はかいこうせん、ストーンエッジ、はがねのつばさ、つばさでうつ、ちょうおんぱ、ものまね、ドラゴンクロー

 

・ニャオニクス ♀(ユキノ)

 特性:すりぬけ

 覚えてる技:エナジーボール、シグナルビーム、サイコキネシス、シャドーボール、チャージビーム、みらいよち、なりきり

 

 

イッシキイロハ 持ち物:キーストーン

・マフォクシー(フォッコ→テールナー→マフォクシー) ♀

 特性:もうか

 覚えている技:かえんほうしゃ、ほのおのうず、ソーラービーム、にほんばれ、ワンダールーム、スキルスワップ、メロメロ、ニトロチャージ、マジカルフレイム、シャドーボール、ブラストバーン

 

・ビブラーバ(ナックラー→ビブラーバ) ♂

 特性:ちからずく→ふゆう

 覚えている技:ギガドレイン、かみくだく、むしくい、じならし、すなじごく、がんせきふうじ、りゅうのいぶき、ばくおんぱ

 

・ヤドキング ♂(校長からの贈り物)

 覚えてる技:サイコキネシス、みずでっぽう、パワージェム、まもる、うずしお、ずつき、トリックルーム、シャドーボール、でんじほう、かえんほうしゃ、きあいだま、いやしのはどう

 

・デンリュウ(モココ→デンリュウ) ♀

 持ち物:デンリュウナイト

 覚えてる技:ほうでん、シグナルビーム、わたほうし、コットンガード、エレキネット、でんじは、パワージェム、でんじほう、アイアンテール、りゅうのはどう、こうそくいどう

 

・フォレトス(ユキノ)

 特性:がんじょう

 覚えてる技:こうそくスピン、ジャイロボール、パワートリック、ボディパージ、リフレクター

 

 

ザイモクザヨシテル

・ポリゴンZ(ポリゴン→ポリゴン2→ポリゴンZ)

 特性:てきおうりょく(トレース→てきおうりょく)

 覚えてる技:トライアタック、でんじほう、ロックオン、じこさいせい、れいとうビーム、かえんほうしゃ、はかいこうせん、テクスチャー2、こうそくいどう、でんじは、かげぶんしん、テクスチャー

 

・エーフィ(イーブイ→エーフィ) ♀

 覚えてる技:でんじほう、サイコキネシス、はかいこうせん

 

・ジバコイル

 特性:じりょく

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン、ジャイロボール、エレキフィールド、かげぶんしん

 

・ダイノーズ ♂

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン、マグネットボム、てっぺき

 

・ロトム

 特性:ふゆう

 覚えてる技:ほうでん

 

・ニダンギル(ヒトツキ→ニダンギル)

 覚えてる技:てっぺき、きりさく、つばめがえし、せいなるつるぎ

 

 

トツカサイカ 持ち物:キーストーン etc………

・ニョロボン ♂

 覚えてる技:ハイドロポンプ、グロウパンチ、どくづき、さいみんじゅつ、れいとうパンチ、カウンター

 

・トゲキッス(トゲチック→トゲキッス) ♀

 覚えてる技:マジカルシャイン、つばめがえし、てんしのキッス、ゆびをふる、はどうだん、サイコショック、はがねのつばさ、でんげきは、ソーラービーム、やきつくす、でんじは、にほんばれ、ひかりのかべ、あさのひざし

 

・クロバット ♂

 覚えてる技:クロスポイズン、ねっぷう、エアカッター、アクロバット、ギガドレイン、しねんのずつき、はがねのつばさ、ブレイブバード、わるだくみ、あやしいひかり

 

・ミミロップ ♀

 持ち物:ミミロップナイト

 特性:じゅうなん←→きもったま

 覚えてる技:とびひざげり、ほのおのパンチ、シャドーボール、たがやす、ミラーコート、とびはねる、からげんき、スカイアッパー、グロウパンチ、ともえなげ、おんがえし、こうそくいどう、かげぶんしん

 

・ホルビー ♂

 覚えてる技:マッドショット、あなをほる、ワイルドボルト、でんこうせっか、とびはねる、こうそくいどう、かげぶんしん

 

・ハピナス ♀

 覚えてる技:タマゴうみ、ちいさくなる、いやしのはどう

 

 

ミウラユミコ 持ち物:キーストーン etc………

・ギャラドス ♂ 

 特性:いかく

 覚えてる技:ハイドロポンプ、アクアテール、10まんボルト、かみくだく、ぼうふう、ストーンエッジ、たつまき

 

・ミロカロス ♀

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ドラゴンテール、アイアンテール、りゅうのはどう、とぐろをまく

 

・ハクリュー ♀

 持ち物:きあいのタスキ

 覚えてる技:アクアテール、だいもんじ、たつまき、アクアジェット、しんそく、りゅうのまい、こうそくいどう

 

・ハンテール ♂

 特性:すいすい

 覚えてる技:アクアテール、ふいうち、かみつく、ギガインパクト、からをやぶる、あまごい、バリアー、バトンタッチ

 

・サクラビス ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:ハイドロポンプ、サイコキネシス、ふぶき、あやしいひかり、ドわすれ、からをやぶる、こうそくいどう、あまごい、バトンタッチ

 

・ジャローダ ♀ 

 特性:あまのじゃく

 覚えてる技:リーフストーム、アクアテール、くさむすび、まきつく、へびにらみ、いばる、メロメロ、いえき

 

 

トベカケル

・ピジョット ♂

 覚えてる技:かぜおこし、ブレイブバード、ぼうふう、ゴッドバード、オウムがえし

 

・エアームド ♂

 覚えてる技:こごえるかぜ、つじぎり、ゴッドバード、きんぞくおん、こうそくいどう

 

・グライオン ♂

 覚えてる技:あくのはどう、シザークロス、がんせきふうじ、だいちのちから

 

・ムクホーク ♂

 覚えてる技:インファイト、ねっぷう、でんこうせっか、こうそくいどう、かげぶんしん

 

・ファイアロー(ヒノヤコマ→ファイアロー) ♂

 覚えてる技:ニトロチャージ、ひのこ、はがねのつばさ、ブレイブバード

 飛行術

 ・ループ:一回転宙返り

 ・ナイフエッジロール:横に回転しながら切り返し

 ・ウォーターフォール:上昇中に失速し、翻って急下降。

 

 

エビナヒナ

・エビワラー ♂

 覚えてる技:マッハパンチ、スカイアッパー、インファイト、フェイント、こうそくいどう、ビルドアップ、みきり

 

・ゴーリキー ♂

 覚えてる技:だいもんじ、ばくれつパンチ、からてチョップ、なげつける、かみなりパンチ、れいとうパンチ、ビルドアップ、みやぶる

 

・ドククラゲ ♂

 得意なダンス:ツキツキの舞

 覚えてる技:ヘドロばくだん、まきつく、ギガドレイン、ハイドロポンプ、どくづき、バリアー

 

・オムスター ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:ハイドロポンプ、げんしのちから、れいとうビーム、からにこもる、あまごい、からをやぶる、ミラータイプ

 

・モジャンボ ♂

 特性:ようりょくそ

 覚えてる技:じしん、きあいだま、つるのムチ、リーフストーム、しめつける、ギガドレイン、やどりぎのタネ、にほんばれ、しびれごな、なやみのタネ

 

 

ヒラツカシズカ 持ち物:キーストーン(研究所からの借り物) etc………

・カイリキー ♂

 覚えてる技:ばくれつパンチ、どくづき

 

・サワムラー ♂

 覚えてる技:メガトンキック、とびひざげり、ブレイズキック

 

・エルレイド(ラルトス→キルリア→エルレイド) ♂

 持ち物:エルレイドナイト

 覚えてる技:テレポート、サイコカッター、かみなりパンチ、インファイト

 

 

ポケモン協会関係

ユキノシタハルノ 持ち物:キーストーン×2 etc………

・カメックス ♂

 持ち物:カメックスナイト

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ハイドロカノン、じわれ、しおふき、あまごい、まもる

 

・ネイティオ ♀

 覚えてる技:みらいよち、サイコキネシス、つばめがえし、リフレクター、まもる

 

・メタグロス

 覚えてる技:サイコキネシス、ラスターカノン、はかいこうせん

 

・ハガネール ♂

 覚えてる技:アイアンテール、アクアテール、りゅうのいぶき、がんせきふうじ、じわれ、あなをほる、かみくだく

 

・バンギラス ♂

 持ち物:バンギラスナイト

 特性:すなおこし←→すなおこし

 覚えてる技:いわなだれ、じしん、かみくだく、はかいこうせん、なみのり、ストーンエッジ、かみなり、げきりん

 

・ゾロアーク ♂

 特性:イリュージョン

 覚えてる技:ナイトバースト

 イリュージョンしたポケモン

 ・バンギラス

 

 ・ホウオウ

 

 

シロメグリメグリ 持ち物:キーストーン etc………

・フシギバナ

 持ち物:フシギバナイト ♀

 特性:???←→あついしぼう

 覚えてる技:はっぱカッター、じしん、つるのムチ、リーフストーム、ヘドロばくだん、どくのこな、ハードプラント

 

・エンペルト ♀

 覚えてる技:ハイドロポンプ、はがねつばさ、アクアジェット、ドリルくちばし、れんぞくぎり、くさむすび、つめとぎ、てっぺき、きりばらい

 

・サーナイト(色違い) ♀

 特性:トレース

 覚えてる技:サイコキネシス、マジカルシャイン、リフレクター、マジカルリーフ、ムーンフォース、テレポート

 

・メタモン

 覚えてる技:へんしん

 変身したポケモン

 ・サーナイト

  特性:トレース

  使った技:サイコキネシス、リフレクター

 

 ・フシギバナ

  使った技:はっぱカッター

 

 ・ラグラージ→メガラグラージ

  特性:???→すいすい

  使った技:ばくれつパンチ、メガトンパンチ、ばかぢから、あまごい

 

 ・イベルタル

 

・パルシェン ♂(ハルノ)

 覚えてる技:からにこもる、シェルブレード、こうそくスピン、ゆきなだれ、からをやぶる

 

・ドンファン ♀(ハルノ)

 覚えてる技:たたきつける、ころがる、まるくなる、じわれ、かみなりのキバ、タネばくだん、こおりのつぶて

 

控え

・グレイシア

 

 

カツラ 持ち物:キーストーン、ミュウツナイトX、ミュウツナイトY etc………

・ミュウツー

 特性:プレッシャー

 覚えてる技:10まんボルト、はどうだん、サイコウェーブ、サイコキネシス、サイコブレイク、バリアー、じこさいせい

 

・ギャロップ ♂

 覚えてる技:ほのおのうず、メガホーン

 

・ウインディ ♂

 覚えてる技:かえんほうしゃ、インファイト

 

 

サガミミナミ

・メガニウム ♀

 覚えてる技:ソーラービーム、にほんばれ

 

・フローゼル ♂

 覚えてる技:アクアテール、かわらわり

 

・エモンガ ♀

 覚えてる技:でんげきは、ボルトチェンジ

 

・ルリリ ♀

 

 

ハルカ

・ムウマ

 

・ムウマージ

 

 

ユッコ

・ゴチルゼル

 

・チラチーノ

 

 

ポニーテール

・チャーレム

 覚えてる技:きあいだま

 

 

ジム関係

ザクロ

・イワーク

 覚えてる技:がんせきふうじ、ラスターカノン、ロックカット、アイアンテール

 

・ガチゴラス(チゴラス→ガチゴラス)

 覚えてる技:がんせきふうじ、りゅうせいぐん、かみくだく、ドラゴンテール

 

・アマルルガ

 覚えてる技:がんせきふうじ、フリーズドライ、ほうでん、こごえるかぜ

 

 

コルニ

・ルカリオ

 持ち物:ルカリオナイト

 覚えてる技:はどうだん、グロウパンチ、バレットパンチ、ボーンラッシュ

 

・コジョフー

 覚えてる技:とびひざげり、ドレインパンチ、スピードスター

 

・ゴーリキー

 覚えてる技:かわらわり、ローキック、きあいだま、みやぶる

 

 

コンコンブル

・ヘラクロス

 

 

フレア団

パキラ

・イベルタル

 覚えてる技:デスウイング

 

 

エスプリ(試作型) 持ち物:キーストーン etc………

・リザードン リザ ♂

 持ち物:リザードナイトY

 特性:???←→ひでり

 覚えてる技:オーバーヒート、りゅうのはどう、エアスラッシュ、ソーラービーム、げんしのちから、れんごく

 

・ヨノワール ヨル ♀

 覚えてる技:くろいまなざし

 

・ファイヤー

 覚えてる技:ゴットバード、ほのおのうず、かぜおこし

 

・サンダー

 覚えてる技:ゴッドバード、かみなり、かぜおこし

 

・フリーザー

 覚えてる技:ゴッドバード、ふぶき、かぜおこし

 

・ルギア(ダーク)

 覚えてる技:エアロブラスト

 ・ダーク技:ダークブラスト

 

 

フレア団(ミアレシティ裏路地)※複数匹有り

ゴルバット、クロバット、ワルビアル、サザンドラ、バンギラス、デルビル、ヘルガー、グラエナ、サイホーン、サイドン、ナットレイ、ヤミカラス、ドンカラス、オンバーン、ヨルノズク、オニドリル、ダンゴロ、テッカニン、ズルズキン、シザリガー、ドラピオン、ニューラ、マニューラ、キリキザン、スカタンクetc………



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74話

「ーーーおっと、君をこのまま死なせるわけにはいかないな。今君がいなくなればユイやイロハ、それにユキノちゃんも不覚ながら悲しむだろう。それにしても君にはいつも驚かされてばかりだ。まさかこのタイミングでルギアまで呼び出すとは。だけど、今回ばかりは君のその突出した能力に感謝してるよ。これで俺も力を手にすることができる」

 

 ハヤマ………?

 ここは………一体………?

 

「ヨル、くろいまなざし!」

 

 お前、何してるんだ?

 

「かなしばり!」

 

 リザードン!?

 

「トリックルーム!」

 

 それに三鳥まで動きを封じて閉じ込めやがった?!

 はっ? 三鳥?!

 

「じゅうりょく!」

 

 部屋の中ではポケモンたちが押しつぶされている。

 

「リザ、メガシンカ!」

 

 姿を変えたハヤマのリザードンにより天気が晴れになった。どこからともなく太陽の光が差し込んでくる。

 

「コウガ!」

 

 ゲッコウガ………。

 

「ソーラービーム!」

 

 躱すんだ、ゲッコウガ。

 

「ギィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 ルギア、そのまま解放してやれ。

 

「あやしいひかり!」

 

 ぐあっ、なんだいきなり。

 何しやがる。

 

「のろい!」

 

 おい。

 

「おにび!」

 

 やめろ。

 

「あくのはどう!」

 

 やめてくれ!

 

「さあ、ルギア。君の臣下は俺の手だ。君も俺とともに来てくれ」

 

 おいおい、嘘だろ………。

 こんな、まさか伝説の四体が一度に、なんて…………。

 

「………ハヤマ、お前………」

「おや、気がついたかい? それはよかった」

「あ………」

 

 ユイガハマ…………。

 それにイッシキも………。

 あれ…………? いつの間に地上に………?

 いや、今はなんでもいい。

 

「ユイガハマ………、イッシキ………」

 

 起きろよ、起きてくれよ………。

 なあ、なあ………。

 

「………ユイガ、ハマ………?」

 

 息、してない…………だと?

 くそっ!

 

「くそっ!」

 

 死なせてたまるかよ!

 

「俺のせいで、死なせてたまるかよ!」

 

 くそっ、くそっ。

 まずは人工呼吸だ。

 気道を確保して、胸骨を………、あと息を送りこまねぇと。

 息………?

 ええい、知るか!

 生きることの方が大事だ!

 

「………俺は君みたいに優しくはなれないな」

 

 ハヤマ、テメェ………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ん………」

 

 ここは………?

 白い………ベッド?

 …………あれは、夢か……?

 いや、でもハヤマがあの三鳥とルギアを手に入れていたし……………。

 あれが手に入れた瞬間だと、すれば…………ちょっと待て。

 どうして俺はハヤマハヤトのことを覚えている。

 ハヤマだけじゃない。ユキノシタやコマチ、何ならあのクソ虫のことも覚えている。

 あれ?

 俺って記憶を失うんじゃ…………ってことまで覚えてるんだよな………。

 ならどこまで覚えてるんだ?

 俺のポケモンはリザードン、ゲッコウガ、ジュカイン、そしてダークライ。

 あれ? ダークライっていつからいるんだ?

 ジュカインはつい最近、ホウエンから送られてきた。

 ゲッコウガはカロスに来た時にあの変態博士からもらった。

 リザードンは…………ダメだ、思い出せない………。

 えっ、思い、出せない?

 ということは、だ。記憶は確かに失ってはいる。と見ていいのだろう。

 だけど、全て持って行かれたわけじゃないってことなのか?

 てなると、今一番古い記憶といえば………カロスについてすぐにユイガハマのポケモン、サブロー? を助けた……ことか。

 ん? え? マジ?

 そういうことなのん?

 

「…………この一ヶ月の記憶だけギリギリ残した………?」

 

 俺が楽しめたとか思ったからか?

 心残りがあったりしたからなのか?

 今ではこの一ヶ月の記憶しかないのだし、他とは比べようがないが………。

 最終兵器を止めようとしている時にそんなことをふと考えたのは覚えている………。

 

「………それとも、こいつのおかげかね………」

 

 身体を起こし首にぶら下がっている何枚もの羽のネックレスをそっと撫でる。

 ユキノシタが俺にお守りとしてくれた三日月の羽のネックレス。

 この一ヶ月の記憶が残ったのもこれのおかげかもしれんな。

 

「………入るわよ」

 

 噂をすればなんとやら。

 ユキノシタの声が扉の外から聞こえてくる。

 というかここ病院か。しかも俺一人なのを見ると貸切かよ。贅沢だな。

 

「………あら、起きてたのね。と言っても今のあなたとは初めましてになるのよね」

 

 ん?

 

「あ、ヒッキー、起きたんだ!」

「なんか混乱してません?」

「そう、よね。先に自己紹介しておくべきよね。彼からしたら今の私たちは知らない他人みたいなものなのだし………」

 

 んん?

 

「私はユキノシタユキノ。あなたとは…………こここ恋人よ!」

「はっ? ちょ、なななな何言ってるんですか、ユキノシタ先輩?!」

「そそそそ、そうだよ、ゆきのん! ここここ恋人って、ゆきのん!? 一体どうしちゃったの?!」

「いくら先輩の記憶がなくなったからって!」

 

 おい、ユキノシタが今とんでもないこと言ってなかったか?

 …………これってさ、あれだよな。

 ここで「実は記憶あるんですー」なんて切り出したら、俺切られるよな…………。

 えっ、やだよ、そんなの。

 折角ちょっとは記憶が残って万々歳ってところなのに、起きて早々に死ぬのとか勘弁だからな。

 

「………えっと……」

「二人とも考えてみなさい。この際、煮え切らないこの男に記憶が戻るまでの間、恋人として振舞っていれば」

「………少しは進展………する?」

「する………かなー……………」

「ええ、少なくとも意識はするようになるわ………」

「………こういうのって後でややこしいことになりません?」

「そ、そうだよ」

「いいのよ、別に。私はこれで通すから」

「わっ、なんかユキノシタ先輩がやる気出してる!」

「うぅ、ゆきのんがマジ顔だ………」

 

 なんか俺を放って三人で囲んで相談始めやがったぞ。

 こいつらバカなの?

 つーか、ハルノさんの未来予知って当たるんじゃなかったのか?

 記憶を失って、それでみんなが悲しんでるんじゃなかったのかよ。そのことを思い出して早く記憶があるって伝えておこうって思ってたのに、これじゃ言わない方が俺の身の安全が保障されちゃってるじゃん。

 どうすんだよ。

 

「仕方ありませんね、私も本気を出すとしましょう」

 

 あ、くる。

 

「せーんぱいっ☆ かわいいかわいい恋人のイロハちゃんを忘れちゃうなんてー、お仕置きですよっ☆」

 

 ……………。

 うわー、あざとい。

 本気出す方向おかしくない?

 ………ふっ、いいだろう。だったら少し乗ってやるよ。

 

「お仕置き、ですか………?」

「うっ………、そうでーす、お仕置きです。こんなかわいい恋人を忘れた罰です!」

 

 今絶対構えてなかっただろ。つか、お前も恋人で通してくるのか。

 マジでどうしたいわけ?

 アホなの?

 

「罰として、私のことを名前で呼んでください!」

「………はい?」

「あー、私の名前まで忘れちゃってるんですねー。はあ………、記憶がなくなる前に忘れられない思い出でも作っておくべきだったなー」

 

 え、何しようと考えてたの?

 忘れられないって、それトラウマってことだよね?

 やだ、いろはす、チョー怖いんですけどー。

 

「私の名前はイッシキイロハです。さあ、せんぱい、カモン!」

 

 なにこのあざとい生き物。

 こいつ段々楽しくなってきてんだろ。

 

「……い、……イロハ……?」

 

 うわ、はず………。

 こんなことなら乗らなきゃよかった。

 コミュ障の俺になんてことさせるんだよ。

 こんなリア充みたいに名前呼びとか、コマチとコルニくらいだわ。

 ………………なんでコルニはあっさり呼べたんだろうか………。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

 あ、そうでもなかったわ。

 なんか急に顔が真っ赤に茹で上がり倒れやがった。いや倒れたならまだしも悶えだしたぞ。

 あれ?

 俺って死線をくぐり抜けてきたところだよね?

 代償で記憶失ってることになってるんだよね?

 君たちちょっとはシリアスモードになったりしようよ。

 何なんだよ………。

 

「ヒッキー! あ、あたしのことも名前で呼ぶし!」

「………えっと……」

「ユイガハマユイ! さあ、ヒッキー!」

「ゆ、ユイ…………?」

「にょわっ?! も、もっと恋人らしくスキンシップもとるし!」

「こ、こう……か?」

「ふぉわっ?! は、ハッチー………」

 

 なんかすんごい身を乗り出してくるわ、収束つきそうにないわで、頭を撫でることにした。以前もこれで何とかなったしな。うん、今回も何とかなってくれた。

 なってくれたけど、何だよ、ハッチーって………。

 俺はお前のポケモンじゃないぞ。

 これ以上変な名前をつけるな。

 

「ハッチー………」

 

 あ、なんかこっちにも反応示してる奴いるし。

 

「あの、三人は名前で呼び合ったりしないんですか………?」

「「「えっ?」」」

「い、いや………なんとなく………」

 

 ここまで俺を辱めたんだ。

 自分たちも同じ経験をしろい!

 もといユイガハマとイッシキにはそこまでハードなことでもないと思うが。

 

「うっ、そうきましたか。記憶がないくせに中々の返しですね」

「こんなのヒッキーじゃないよ。やっぱりハッチーだよ………」

 

 ヒッキーとハッチーに区別があったとは。

 理解できんが。

 

「………この男、そんなに名前で呼ぶのが嫌だったのね………」

「嫌だったんですか?! あんまりです! 先輩のイロハちゃんは泣いちゃいますよ!」

「ゆきの………ん……ああ、なんか恥ずかしい………」

「え、ちょ、ユイガハマさん?!」

「だ、だって、イロハちゃんのことは名前だし、やっぱりゆきのんも名前の方がいいのかなって………」

「べ、別にどちらでも構わないのだけれど………。そ、その、ちょっと新鮮だったというかいきなりだったからというか………」

「ユキノ………」

「あぅ…………、ゆ、ユイ………」

「ちょっとー、お二人ともー。二人だけの空間作らないでくださーい」

 

 イッシキがすんごい甘いものを見たかのように項垂れている。

 実にいい百合具合である。

 もっとやれっ。

 

「ユイせんぱーい、ユキノ先輩も。そっちの気があるんですかー。それならそれで私は一向に構いませんけどー。先輩のことは私がもらいますから」

「ま、って、ねえ待って! あ、あたしたち別にそういうんじゃないから!」

「そそそそうよ、いいいいイロハさん! わわわ私たちは別にそういうのじゃないからっ!」

 

 ユキノシタの顔が一番真っ赤に染まり上がったな。

 これくらいにしておくか。

 

「………あの、そもそも俺って彼女が三人もいるんですか………? ふっ、クズ野郎ですね」

「「「うっ…………」」」

 

 ただし追撃として最後に確信めいたことをボソって言ってみる。

 案の定効果はあったらしく、三人とも現実に帰ってきてくれた。

 ほんと、バカだろこいつら。

 

「えっと…………、それで………」

「………あ、あ、は、はち、はちま………、あなたはもうしばらく休んでいた方がいいわ。随分と消耗していたみたいだし、記憶もなくなっていることだしね」

 

 俺のことも名前で呼ぼうとしたのかよ。

 そんな無理しなくても………。

 

「そうだね、ヒッキーは頑張ったよ。だからハッチー、後はあたしたちに任せて!」

「そうですよ、先輩。これ以上先輩が傷つくのはヤです」

 

 こいつら………。

 俺をこれ以上いかせないつもりなのか。

 まあ、確かに病人だし? こうして病院のベッドにインしてるんだから?

 安静にしてないといけないとは思いますのことよ?

 

「…………は、はあ………」

「それじゃ、私たちはこれからやることがあるからまた後でね」

「ゆっくりしててねー」

 

 俺の記憶がないと改めて判断を下したのか、そそくさと出て行った。

 何だったんだ、あの茶番は………。

 あれって本気なのか?

 いや、そんなはずは………。

 下手に期待しない方が身のためだよな。ただの勘違い野郎にはなりたくない。

 

「コマチの顔でも見に行くか」

 

 運び込まれたときにでも着替えさせられたのであろう病人服のまま、病室から出ることにした。

 点滴も何もされてなくてよかったわ………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「というわけよ。何としてでも彼にはこれ以上頼れないわ」

「はあ……………、やっぱりお兄ちゃんの記憶はないんですね………」

「ええ、まるで私たちのことを初めて見るかのような目をしていたわ」

 

 三人に気づかれないように後をつけた先は応接間の一室だった。どうやらそこにコマチたちもいたようで。

 しばらくドア越しに耳を澄ましているとこんな会話が聞こえてきた。

 

「………あの、ハチマンの体の中にあったのってキーストーン、だったんだよね………」

「恐らくは、の域だけれど。力の反動が身体に何か影響を与えていないか調べてもらったのだけれど、スキャンの結果、少なくともキーストーンから放たれる波長と同質のものなのは間違いないらしいわ」

「ハチマン、お主は一体何者なのだ………。体内に秘められたパワーを隠し持つとか羨ましい………」

 

 はっ?

 いきなり何言ってるんだ?

 俺の身体の中にキーストーンがあるのか?

 んな、冗談だろ…………。幾ら何でも………。

 それとザイモクザ。お前はどうしてそう悔しがってるんだよ。や、分かるけどよ。実際に自分の身体の中に何かあるって言われると慄くもんだぞ。

 

「ヒッキーってさ、どうしてあそこまで自分の身を削れるのかな………」

「さっきも見せないだけで本当は………」

 

 知らん。

 自分が死にたくないからとしか言いようがない。

 

「とにかく、彼のおかげで最終兵器は阻止されたわ。でもジムリーダーたちと帰ってきた子供たちはフレア団を倒すどころかゼルネアスを開放してこちら側に付かせることに成功するので手一杯だった。いえ、別に彼らは決して弱かったわけではないわ。むしろ伝説のポケモンをこちら側に付かせただけでも大きいもの。ただ………」

「フレア団の活動はまだ終わっていない………」

 

 ………えー、つまりあのアサメの子供たちはゼルネアスを味方につけることができたみたいだな。となるとまだフレア団と、パキラと渡り合える可能性も見えてきたわけだ。

 

「ええ、その彼らは潜伏先を15番道路から16番道路に跨る荒れ果てたホテルにしたみたいだけれど。大丈夫よ。そこにはすでに他の四天王とジムリーダーたちも向かったから」

 

 で、あいつらはここにはもういないと。

 まあ、ここにいたらいたで足取り掴まれてしまうしな。

 俺たちも早々に立ち去った方がいいんだけど………。

 俺とハルノさんが原因で身動きが取れないのも事実なんだろうな。

 

「ただ、フレア団の他にハヤマ君もね。あのエスプリと呼ばれていたスーツの彼も危険だわ」

「カロスの伝説のポケモンだけでも厄介なのに、伝説の三鳥やルギアもいるんだもんね………。勝てるかな………」

「いいえ、勝つのよ。フレア団の方も時間はないでしょうけど、きっとまたあのスーツ姿のハヤマ君も近いうちに出会すことになるわ」

 

 ハヤマなー。

 まさかあいつがルギア他三鳥を捕獲していたとは………。

 さっきの夢? も多分その時のことだろう。

 …………思い出したらなんか恥ずいわ。

 俺、自分からユイガハマに人工呼吸してたんだぞ? つまり………。

 死にたい………。

 死にたくないけど…………。穴くらいになら入ってしまいたい。

 

「………あ、あの………無理な話なのは分かってますけど………、ハヤマ先輩をこちら側につけられたら形勢逆転できませんかね………」

「ッッ!?」

 

 イッシキ…………。

 お前と言う奴はなんでそう恐ろしいことを思いつくんだ。

 誰の影響だよ。きっと俺だろうけど。

 ああ、そうだよ、俺もそれ考えましたよ。

 でもやめておいた方がいい。ハヤマは操られている。ルギアはダーク堕ちしてるし、危険でしかない。リスクの方がでかすぎる。

 

「うぇえっ?! む、無理だよ…………ゆきのん一人だけじゃ…………」

「あら、私も舐められたものね。やってみないと分からないじゃない、ユイ」

 

 おいこらユキノシタ。

 こんな時に負けず嫌いを出してくんじゃない。

 

「…………でも伝説のポケモンを一度に四体も相手することになるんですよね………」

「そうね、対してこちらはクレセリアだけ。すでにシロメグリ先輩や先生はポケモン協会を探しに行ってるみたいだし、ザイ………ザイツ君もこれから終の洞窟へ向かうのでしょう?」

「うむ、ジガルデを探せと言われているのでな」

 

 先生たちはすでに動いてくれてるようだな。

 それとザイモクザ。いまだに名前を覚えられてないとか。哀れだな。

 そんなザイモクザも動くのはこれからみたいだけど。できるだけ早くしてね。

 

「ミウラさんたちはどうするつもりかしら?」

「………闇雲に探すより、ハヤトの狙いはアンタなんでしょ。だったら、アンタを餌に釣り出す方が効率いいっしょ」

「ちょ、ユミコ!」

 

 ふんすと鼻を鳴らしてユキノシタを見るミウラにユイガハマが慌てて止めにかかる。

 

「いいのよ、ユイ。戦力が増えるのならば私を守る手数も増えるということだもの」

「アンタ、いい性格してるし………」

 

 うわー、そんな発想に行き着くとかこいつもやはり魔王の血が流れてるってことだな。

 ないわー、マジないわー。

 ほら、トベが実際に言ってるぞ。

 

「あら、私は元々こういう性格よ。今も昔も変わらないわ。変わったのは彼に対してくらいのものよ」

「………ある意味そっちも変わってないと思いますけどねー。ユキノ先輩、昔から先輩のことキラキラした目で見てたみたいだし」

「なっ、それはあなたもでしょう!」

「否定しないんだ………」

 

 ほんとだよ………。

 否定しろよ。

 

「というかなんか三人とも呼び方変わってません?」

 

 あ、コマチがようやく気がついた。

 それな、ほんとそれ。

 

「えっ? あ、ああ………言われてみればそうだね……………」

「先輩があんなこと言うからこの二人………」

「お兄ちゃんに何か言われたんですか………?」

 

 ぼそっと言ったつもりの言葉が普通に聞こえてきた。

 俺がなんだよ、イッシキ。

 

「え、あ、その………」

 

 ほらー、ユキノシタが対処不良起こしてるじゃねぇか。

 エラーになってるぞ。

 

「みんなでハッチーを名前で呼んでみたら「なんであたしたちは名前呼びじゃないんだ?」って………」

 

 ねえ、ほんとにヒッキーとハッチーの違いってなんなの?

 何を基準に使い分けてるわけ?

 

「ユキノ先輩が刷り込みを利用しようとして恋人だなんて言い出すからですよ」

「あ、あなただって乗ってたじゃない!」

「そりゃ、乗りますよ。こんな面白そうなの」

 

 面白くないから。ウケないから。

 

「みんな反撃されてたけどね………」

「ええ、そうね。記憶がなくてもやっぱりハチマンはハチマンだわ」

「うわー、もう抵抗すらなくなってるし………」

「ゆきのんが本気出してきたよ………」

 

 いつの間にお前は俺を名前で呼ぶようになったんだよ。

 マジでどしたの?

 

「というかお兄ちゃんて本当に記憶がなくなってるんですか? なんか怪しくなってきちゃった………」

「「「…………………」」」

 

 す、鋭いじゃないか。

 さすが俺の妹。できた妹である。

 ただ今は気づかないでいて欲しかったなー。

 

「ど、どっちにしてもハチマンもユキノシタさんのお姉さんも戦う余力はないんじゃないかなー」

 

 真っ青に固まる一同にトツカが慌ててフォローに入ってきた。

 

「そ、そうよね。トツカくんの言う通りだわ。後は私たちで何とかしないと」

 

 それにより我を取り戻したユキノシタがうんうんと首肯した。

 

「怪しーなー、お兄ちゃんだしなー。コマチ、ちょっと様子見てきます!」

 

 げっ、こっちくる。

 ど、こ、か…………非常階段!

 もうこのまま屋上行っちゃえ!

 

「ん?」

 

 ガラララッと扉を開けて出てきたコマチが俺がいたところを見て、首を傾げながら俺の病室の方にへと歩き出した。

 

「はあ…………、心臓に悪っ………」

 

 取り敢えず、マジで屋上に向かうことにした。

 外の空気でも吸って気持ちを切り替えよう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「お前ら…………」

 

 屋上に来てみるとそこには先客がいた。

 リザードン、ゲッコウガ、ジュカイン、そして何故かサガミ。

 えっ………?

 どういう組み合わせ?

 

「………ヒキガヤ……、よかった、起きたんだ…………」

 

 はっ?

 こいつ、俺のこと心配してたのか?

 なんで?

 まあ、確かに目の前であんなことになってたら焦るのは分かるけど、だからってなんでまだいるんだ?

 イミワカンナイ。

 

「ねえ、起きて早々悪いんだけどさ。うちと本気でバトルしてくんない?」

「はい?」

「…………もう、わけが分からない……。あんな、あんなの…………フレア団とかポケモン協会とか、ユッコやハルカも………、うちはもう何を信じればいいのか分かんないの………」

 

 ……取り巻きたちと何かあったのだろう。

 ああ、それで実際に見に来ていたってわけか。

 アホだろこいつ…………。

 

「はっ、んなもん知るかよ………、そもそも他人を信じていない俺に聞くようなことじゃないだろ」

「そんなの嘘………」

「あ?」

「だって、あんたにはユキノシタさんたちがいるもん…………。絶対に裏切らない、特別な関係の。あれからずっと隠れながらあんたたちを見てた。うちらとの違いが見えてきた。あんたたちはさ、確かな絆で結ばれてるんだよ。うちらにはなかった堅い絆で」

 

 空を見上げながら、サガミがそう言ってくる。

 

「絆とか………そんな曖昧なもん、証明できるのかよ。目に見えねぇもん「あるでしょ、メガシンカ」………」

「メガシンカはポケモンとトレーナーの強い絆があって初めて成立する現象だって、そう説明されてる。だから絆はある」

「ッ………」

 

 これは一本取られたな。

 確かにメガシンカには二つの石もそうだが、ポケモンとの息が合わなければ暴走を引き起こすことだってある。

 加えて俺のところにはゲッコウガもいる。あいつのあの現象も立てた仮説では絆が絡んでいた。

 分かった、認めよう。確かに絆は存在する。心と心の繋がりだ。見えるものではない。だからその証明は無理なのも認めよう。

 

「………左様で」

「でもやっぱりその中心にいるのはあんただった。あれだけの人たちがいても何故かあんたが中心になっていた。だから、その理由を知りたい……」

「………お前は俺の怖さを思い知ったんじゃねぇのかよ」

「知ったよ。知ったけど、その怖さを出してくるのにも理由があるんだって見てて気がついた」

「聞いておくが俺の手持ちを知ってるのか?」

「そこの三体でしょ。あと黒いの」

「そうか………」

 

 はあ………、すでにサガミには俺のポケモンが全てバレてるってわけね。ジュカインの隠し球もこいつには意味がないか。

 

「分かった、そこまで言うのなら場所を変えよう。ここは病院だ。万が一何かあっては大勢の人に迷惑がかかる」

「ん……」

 

 この病院にはバトルフィールドなんて……………、外の建物から離れた敷地内に一つだけバトルフィールドがあったわ。屋上から見えるんだな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ゆ、ユキノさん、大変です! お兄ちゃんが!」

「お、落ち着きなさい、コマチさん。息を整えてから、ね?」

「すー………はー…………」

 

 あっれー、コマチちゃん今帰りなのん?

 戻るの遅くない?

 なんでこのタイミングで帰って来ちゃうかなー。

 

「ねえ、ヒキガヤ。なんで行かないの?」

「あー、やー、その、なんか俺が記憶喪失になってるみたいでな。まあ元々そうなるはずだったんだが…………、なんかこの一ヶ月の記憶だけ残ってるんだわ………」

「早く言えばいいじゃん」

「言おうとしたら、記憶があるなんて言えない状況になったんだよ」

「何したのよ…………」

「俺は何もしていない。あいつらが勝手に言い出しただけだ。覚えてるだなんて言ったら俺は斬られる」

「ほんと、何があったの………」

 

 さて、どうしたものか。

 このままここにいてもすぐに見つかるし………。

 

「コウガ」

「あー、お前ってほんと丈夫だよな。なんでそんなケロっとしてるんだよ」

 

 人が折角疲れてるだろうと思って気を遣ったってのに………。

 

「えっ、どうするの?」

「ゲッコウガが影に潜って連れてってくれるってよ」

「え、影?」

 

 俺にリザードンとジュカインをボールに戻させ肩を掴むとサガミ共々影の中に落ちていく。サガミが「わぁっ?!」とか言って驚いているが、まあ初めてだし仕方ないか。

 中は真っ暗で全く見えない。

 ここから先はゲッコウガに任せるほかない。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫なの………? 何も見えないんだけど」

「大丈夫だ、何度も使ってる」

「そ、そうなんだ………」

 

 ゲッコウガに連れられてしばらく歩いていると着いたようで、影から出ることになった。

 ほんと、便利な能力だこと。

 

「ほんとに着いた………」

 

 あーあー、サガミも呆気にとられちゃってるよ。

 

「んで、バトルするんだろ?」

「う、うん…………」

 

 なんかバトルしてくれと言ってきた割には覇気がない。

 

「なんだよ、今更怖気づいたのか? それならそれで一向に構わんが」

 

 あの時の俺を思い出して怖気付いてるんだったらそれでも構わんのだが。

 面倒ごとが一個減るだけだし。

 

「い、いや………なんでそんなあっさりと引き受けてくれたのかなって…………。うちはあんたにとって情報を漏らした裏切り者じゃん。それなのに………」

「別に、単に俺がまだちゃんとバトルで使ってない奴の調整がてら相手するだけだ」

 

 そんなこと考えてる時点でただの自意識過剰者だ。

 裏社会をほとんど知らない人間が狙われるのは当然のことだし、それがたまたまサガミだったってだけの話。サガミだからどうのこうのなんて思ったこともないわ。

 お前はそんな大層な人間じゃない。

 だから責任を感じるのはお門違いである。

 

「新しいポケモン………?」

「ま、あれで懲りたであろうお前相手なら、気兼ねなくバトルできるからな。その前にちょっと打ち合わせさせてくれ」

「え、あ、うん、いいけど………」

 

 そう言ってリザードンとジュカインをボールから再度出した。

 ジュカインの技を俺は知らない。

 しかも伝達方もジュカインとはまだ交わしていない(ゲッコウガはあれから会話のできないテレパシーまがいの伝達方を編み出している。視界が一時的にも繋がったのが功をきたしたらしい)。

 だからリザードンにおにびで通訳してもらうことにしたのだ。

 

「えっと………、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、こうそくいどう、つめとぎ………。ほう、中々に覚えてるじゃん。えっ? くさタイプの技は覚えられるだけ覚えたのん? これ以外にもまだくさタイプはいけるのかよ………。なんなんだよ、お前らは。どうしてこう俺のポケモンってのはどっかが抜きん出てるんだよ」

 

 全くリザードンといいゲッコウガといい、絶対どこかが飛び抜けてるよな。

 そもそもリザードンはもう普通のリザードンから逸脱した力を持ってるし?

 ゲッコウガは見たものを使えるもんはすぐに吸収してしまうし?

 んで、くさタイプの技をコンプしやがったジュカインだぞ?

 もうこのパーティー負ける気がしない………。

 

「よし、それならお前の力を存分に見せてもらうぞ、ジュカイン」

「カイッ」

 

 さて、どこでどう出会ったのか忘れちまったけど。

 それでもこうしていてくれるジュカインとバトルしてみますかね。



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75話

「審判いないけど………」

 

 定位置についてサガミの一言目。

 そりゃいるわけがないだろ。俺とサガミしかいないんだし。

 それともなんだ? ゲッコウガあたりに審判させるか?

 

「戦闘不能になったかどうかくらい、お前も判断つくだろ。あの状態になってもまだ戦えとかいいだしたらお前は相当バカなトレーナーってことだぞ」

「なっ、そ、それくらい判断できるし!」

 

 かっかと怒るサガミさん。

 バトルの前からそんなに血の気が多いと痛い目見るぞ。

 もっと冷静になれよ。

 

「ルールはどちらかのポケモンが全員戦闘不能になるまでな。それとシングルス。後は好きにしてくれて構わない」

「………分かった」

 

 ほんとに分かったのか?

 怖いなー、サガミだしなー。よく知らんけど。

 

「んじゃジュカイン、お前の実力を見せてくれ」

「カイッ」

 

 まあ、俺はジュカインの実力とやらを見せてもらえればそれでいいから、どうでもいいけど。

 

「ジュカイン………、エモンガ、いくよ!」

 

 まずはエモンガか。

 でんき・ひこうタイプ。

 くさタイプの技はタイプ相性では不利か。しかもエモンガの特性にはせいでんきもある。あまり直接触れさせるのはよろしくないな。

 

「エモンガ、でんじは!」

「波か……。ジュカイン、いやなおと」

 

 電磁波という波でくるなら音波で対抗するのみ。

 エモンガの出す波とジュカインが出す波がぶつかり合い衝撃波を生み出す。

 

「かげぶんしん!」

「タネマシンガンで打ち消せ」

 

 風が吹き抜けるや、今度は影を増やしてきたので、タネマシンガンでできた影に種を飛ばして次々と打ち消していく。

 

「エモンガ、アクロバット!」

「こうそくいどうで躱せ」

 

 ジュカインの背後に移動したエモンガが宙でくるくると後転し、力を溜め込んでいく。

 あの溜めの時間が短ければ短いほど、熟練されたものと見ていい。このエモンガはそこまで強いわけじゃない。だから動いて躱せばなんとかなる、はず………。

 俺の知識がそう語っているのだからそうなのだろうとしか言えない。

 

「でんげきは!」

 

 エモンガの突進を難なく躱すと電撃を撃ち込んできた。

 追尾機能がついているため、ジュカインを狙うように折れ曲がってくる。

 

「リーフブレード」

 

 それを腕の草のブレードを伸ばして切り落とす。

 

「くさむすびで捕らえろ」

 

 切り落としたら地面を叩きつけ、エモンガの足元から草を伸ばした。

 蔓のように伸びていきエモンガを絡め取ろうと動く。

 

「でんこうせっかで躱して!」

 

 間一髪で躱したエモンガがそのままジュカインに向かって突っ込んできた。

 

「ボルトチェンジ!」

 

 その体は電気を纏っており、ヒットアンドアウェイよろしく、サガミの元に帰って行く。ジュカインは腕をクロスさせてガードし、衝撃を利用して後ろに下がった。

 

「フローゼル」

 

 交代で出されたのはフローゼル。

 タイプ相性ではこちらが有利である。だが、相手はみずタイプ。こおりタイプの技を覚えている可能性がある。そうなってくるといささか面倒だな。

 

「あまごい!」

「ジュカイン、つめとぎ」

 

 雨雲を作り出してきたので、その間にこちらも腕の草のブレードの手入れをさせておく。

 両腕を擦り合わせて研ぎ、艶が出てきた。出てきたのにはちょっとびっくりである。メグリ先輩のエンペルトなら艶が出てもおかしくはないんだがな…………。

 

「れいとうパンチ!」

 

 はあ………、やっぱり覚えてやがったか。

 冷気を帯びた右拳を一瞬で目の前に振りかざしてきた。

 

「かみなりパンチで迎え撃て」

 

 ふむ、この早さ………。

 俺の知識によるとフローゼルは素早いポケモンとなっている。

 だが、それにしてもこの早さはちょっと意外である。

 それに反応したジュカインも相当だと見ていい。

 

「タネマシンガン」

 

 拳と拳をぶつけ合っている隙に、口から種を飛ばし、フローゼルの身体に撃ちつけた。

 

「みずでっぽうでガード!」

 

 だが、飛ばされながらも途中からみずでっぽうで相殺してきて威力を落とされてしまう。

 

「アクアジェット!」

 

 地面に着地すると滑る力を押し殺し、踏みこむ力に変え、水のベールを纏って突進してくる。

 これは躱せなかった。というか俺の目が追いつかなかった。

 

「……そういうことか。ジュカイン、ギガドレイン!」

 

 フローゼルの異様な早さは雨によるものだ。

 つまりあいつの特性はすいすい。

 雨の状態であれば素早さが飛躍的に上昇する。

 それなのに的確に技を決めていくジュカインはやはり他二体と遜色ない能力を持ち合わせているようだ。

 

「くっ、強い………。フローゼル、スピードスター!」

「こっちもスピードスターだ!」

 

 タネマシンガンではちゃんと体力を吸い取るための種も混ぜ込んでいたみたいだし。そのおかげでちゃんと攻撃だけでなく自身の回復にも漕ぎ着けた。

 そしてすぐにフローゼルの鮮やかな星型のエネルギー体も同じように星型のエネルギー体をぶつけていってるし。

 やるじゃないか。

 

「れいとうパンチ!」

「躱して、リーフブレード!」

 

 星型エネルギー体の衝突による爆風の中、フローゼルが上昇した素早さを生かしてジュカインの背後に現れた。

 だが、伊達に俺を待っていたわけではない。

 こういう死角が出来ようとも感覚を研ぎ澄まして、目で見ることなく躱した。

 そのまま空振りしたフローゼルの背中を取り、両腕の草のブレードで切りつけた。

 

「フローゼル!?」

「よく分かってるな。俺好みの戦い方を」

「カイッ」

 

 フローゼル、戦闘不能。

 確かサガミのポケモンの中では優秀な方だったと思うんだが………。

 それ以上にジュカインが一人で修行を積んでいたということか。

 

「いくよ、メガニウム!」

 

 エモンガじゃないのか。

 今度はメガニウム。同じくさタイプのポケモン。

 雨も上がったことだし、仕切り直しと行こうか。

 

「にほんばれ!」

「つめとぎ!」

 

 おいこら、本当に仕切り直してきたよ。

 なんだよ、今度は日差しをキツくするなよ。

 ころころ天気を変える戦法が好きなのか?

 

「ソーラービーム!」

「こっちもソーラービームで迎え撃て!」

 

 でしょうね。

 じゃなきゃ日差しをキツくしないもんね。

 おかげで眩しいったらありゃしない。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 ソーラービームをソーラービームで相殺すると一気にメガニウムへと突っ込ませた。

 爪は青く赤い竜の気を纏い、鋭く伸びている。

 

「耐えて! つるのムチ!」

 

 その爪で上から斬りつけると態と攻撃を受けたらしく、背中から蔓を伸ばしてジュカインの腕を絡め取り、さらに伸ばして身体全体を巻き上げた。

 

「しぼりとる!」

 

 キツく締め上げられたジュカインの身体は一気に体力を奪われていく。

 また変わったテイストの技を使ってくるな。

 強いのか弱いのか何とも判断し難いバトルスタイルである。

 

「タネマシンガン!」

 

 苦し紛れに種を飛ばして蔓の締め付けを緩めさせた。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 そして竜の爪で蔓を斬り、メガニウムから距離を取る。

 

「こうごうせい!」

 

 その間にメガニウムが日差しを取り入れ、体力を回復してくる。

 何とも嫌な戦い方をする。

 

「こっちもこうごうせいだ!」

 

 ならばこちらもその日差しを活用させてもらおう。

 あ、回復し終わったら、ちょうど日差しも治まったぞ。やっと目が楽になるわ。

 

「つるのムチ!」

「リーフブレードで弾き落とせ!」

 

 またしても蔓を伸ばしたきたので、今度こそ腕のブレードで切り落としていく。同じ手に乗るかよ。

 

「じならし!」

 

 無理と判断するや否や、すぐに地面を四本の足で踏み鳴らし、揺らしてくる。

 

「ジャンプしてリーフストーム!」

 

 バランスを崩す前にジャンプし、そのまま大量の葉っぱを風に乗せてメガニウムに向けて撃ち放つ。

 

「ひかりのかべ!」

 

 足踏みしながら光の壁を作り、葉の嵐を防ぎやがった。

 

「ドラゴンクロー!」

「くさのちかい!」

 

 技を切り替えて爪を叩き落とす。

 だが、草の柱に遮られ、目標へは届かない。

 

「くさむすび!」

 

 壁となった草柱を切り崩し、地面を叩きつける。

 するとメガニウムの足元から草が伸び、絡め取り始めた。

 雁字搦めに縛り上げられ身動きを封じられたメガニウムが踠いている。

 

「くさぶえ!」

 

 ジュカインは腕の草のブレードを口に当て、子守唄のような透き通った音楽を奏で始めた。

 その柔らかい音楽は段々と眠気を誘ってくる。

 見てるこっちまで眠くなってきたわ。

 だが、これで終わりにさせてもらおう。

 

「ドラゴンクロー!」

「ッ、メガニウム、戻って!」

 

 危険を感じ取ったサガミは立ったまま眠ったメガニウムをボールに戻した。

 咄嗟にしてはいい判断である。

 

「エモンガ、もう一度お願い!」

「エモッ」

 

 んで、出てきたのはエモンガか。

 

「エモンガ、アクロバット!」

 

 ひこうタイプであることに有利性を抱いているのだろう。

 

「くさむすびで壁を作れ!」

 

 だが、そのタメがある時点で防御の時間は作り出される。

 どんなに技の相性が良くとも当たらなければ意味がない。

 

「だったら、ほうでん!」

 

 ジュカインが自分の周りに草を伸ばして壁を作ったため、アクロバットは届かない。

 すぐにほうでんに切り替えてきた。草の隙間を縫うように電気を入れるためだろう。

 

「エナジーボールで草を育てろ!」

 

 ならば、草を育ててしまえばいい。

 エナジーボールで栄養を蓄えさせ、草を伸ばし、放電しているエモンガを絡め取った。

 

「リーフブレード!」

 

 アーチ状に伸びた草の上を駆けてエモンガにまで到達。

 そのまま腕のブレードで斬り裂いた。

 

「もう一度ほうで……ちょ、エモンガ!? なんで勝手にボルトチェンジするのよ! あ、こら、ルリリ! でちゃダメ!」

 

 蔓草ごと斬ったために自由になったエモンガがすかさずボルトチェンジのヒットアンドアウェイでサガミの元へと戻っていった。

 また言うことを聞いてないし。

 しかもまたしてもルリリが出てくるというね。

 

「…………」

 

 これはエモンガなりの誘導、なのかもな。

 いくらベビーポケモンに分類されるからってバトルができないわけじゃない。

 なのにサガミはルリリを絶対にバトルさせようとしない。

 

「でもあいつの目を見れば一目瞭然か」

 

 だが、そこにはバトルに対して好奇心を出しているルリリの姿がある。

 ポケモンの意思に反してトレーナーが強制するのは間違ってるだろ。

 ったく、自分で気付きやがれ。

 

「お前、どうしてルリリにはバトルさせようとしない」

「ッ?! そ、そんなのこの子にはまだ早いじゃん! 力も弱いし、すぐに負けちゃう!」

「………そうか。だったらルリリ。そんなトレーナーは捨てることだな。お前はまだまだこれからだ。いろんな経験を積めるしいくらでも強くなれる。だが、それをトレーナーが邪魔しようとしてるんだ。そこにいない方がいい」

「なっ、あんた何勝手なこと言ってっ………!?」

「ケッ!」

 

 えっ?

 なんかいきなり降ってきたんだけど。

 えっ、何あいつ…………ドクロッグ?

 どこから出てきやがった? ボールからじゃないことは確かだけど。

 

「あんた………」

「ケッ」

「いった?! な、なにすんのよ!」

 

 いきなり出てきたかと思えば、サガミにビンタしちゃったよ。それにサガミの方もあのドクロッグを知らないわけでもないみたいだし…………。

 えっ、なに、どゆこと?

 

「ケッ」

「ちょ、痛い痛い痛っ! な、なんなのよ!」

 

 今度は足蹴りされている。

 なんだろう、何か言いたいのだろうか。

 

「人間とポケモンとじゃ、強度が違うんだから痛いのよ!」

「ケッ」

 

 あ、ようやく足を止めた。

 なんなんだ、あのドクロッグ。野生………、だよな?

 

「ケッ」

 

 今度は胸ぐらを掴みやがった。

 これって止めた方がいいのか?

 

「ケッ」

 

 うわ、頭突きかよ。また痛そうな。特にあの頭のとんがり部分。刺さりそうである。

 サガミに血が出てないのが不思議なくらいだ。

 

「痛ッ!? ………だからぁ、人間とポケモンとじゃ、強度がちがうんだってぇ………、………………」

 

 とか言いながら何か大人しくなった。

 地面に寝転がりながら蹲って………、あれ? バトル放棄?

 

「………分かってるわよ………、うちよりもルリリの方が強いってことくらい………。でも仕方ないじゃん………。怖いものは怖いんだから………………」

「ケッ」

 

 あ、なんか頭を押さえながら語り始めた。というかドクロッグと会話しちゃってるよ。なに、あいつ。強いのか弱いのかますます分からなくなってきたんだけど。

 

「ルリリは一度バトルして酷い目に遭ってるのよ?! そんなの………バトルさせられるわけないじゃん………」

「ケッ!」

「いったッ?!」

 

 ぐいっとサガミの上半身を起こすと両手でチョップを入れた。

 あれ、ダブルチョップか?

 

「ケケッ」

「ルリルリ〜」

 

 ドクロッグがルリリを手招きするとめっちゃ笑顔で近寄ってった。警戒心皆無なのん?

 子供って怖いわー。

 

「ルリリ………」

「ルリ、ルリルリ」

「………ごめん、うちがバカだったね………。うん、バトルしよっか」

「ルリっ!」

 

 あっれー?

 急に話が丸く収まったぞ?

 うん、取り敢えずこれはあれだな。ドクロッグが俺のしようとしてたことを全てやっちまったってことだな。

 なんなんだ、あのドクロッグ。何者だよ。

 

「ケケケッ」

 

 不敵な笑みを浮かべてドクロッグはリザードンの方に移動していった。

 

「ルリリ、いくよ! うそなき!」

 

 うっ………、なんだあのあざとい泣き方は。

 イッシキを彷彿させてくるじゃねぇか。

 

「こごえるかぜ!」

「リーフストーム!」

 

 風には嵐で対抗してやる。

 力の差は歴然。

 あっさりとこごえるかぜを呑み込み、ルリリを襲う。

 

「はねる!」

 

 地面を蹴り、尻尾を蹴って二段階ジャンプで葉の嵐の中から脱出した。

 

「リーフブレード!」

 

 だが、そのジャンプ程度はこいつは普通に飛べてしまうぞ。

 ルリリの目の前に移動したジュカインが腕の草のブレードで斬り裂いた。

 

「まるくなる!」

 

 斬られる直前、ルリリは身体を丸め、防御体勢に入り、技を受け流した。

 

「あわ!」

 

 ぽこぽこっと泡を吐き出してジュカインの顔にめがけて飛ばしてくる。

 

「ドラゴンクローで斬り裂け!」

 

 それを竜の爪で割り、相殺していく。

 

「ルリルリっ」

 

 なんかルリリが楽しそうである。

 というか元気すぎない?

 リーフクトームは威力が落ちてるからって言っても、リーフブレードも受けてるわけだし…………。

 まさか効いてない、とか?

 いや、ドラゴンクローならまだ分かるが、リーフブレードが効かないなんてことは……………?!

 

「なあ、サガミ。そいつの特性は?」

「特性? …………知らない………」

「チッ、ならそういうことかよ」

「はっ? なに言ってんの?」

「そいつの特性はそうしょくだ。ムカつくことにくさタイプの技が効かん」

「そうしょく………」

「ジュカイン、くさとドラゴン以外の技だ!」

「カイッ」

 

 ダッと駆け出したジュカインが両腕を光らせる。

 

「ルリリ、こごえるかぜ!」

 

 それを冷気を含んだ風で阻んでくる。

 

「遅い」

 

 だが、これまでのバトルで素早さを高めていたジュカイン。

 すでにルリリの背後を取っていた。

 両腕をクロスで振りかざす。

 あれはシザークロスか。

 

「ルリリ!?」

 

 ジュカインに斬りつけられたルリリはどこかに吹き飛ばされていく。軽い身体だな。

 

「ケッ」

 

 それをドクロッグが回収したようだ。

 マジであいつ何なの?

 

「ケッ」

「ルリルリ〜」

 

 あっれー?

 あのルリリ攻撃されたってのに喜んでないか?

 もう何なの、サガミの周りのポケモンって。変なのばっかだな。

 

「ケッ、ケケッ」

 

 ドクロッグは回収したルリリをサガミの腕の中に押し付けるとフィールドに出てきた。

 ん? どうしろと?

 

「あんた………あのジュカインとバトルしようっての?」

「ケッ」

 

 返事なのかどうかもよく分からない、舌打ちのような声をあげるドクロッグ。

 何なんだよ。

 

「えっ? マジ? そいつ野生だよな?」

 

 野生のポケモン? とバトルしろってか。

 こんな時に?

 でもサガミのポケモンといえばそうなのかもしれないし。俺とダークライみたいな関係なのか? つか、俺とあいつの関係って何なの?

 

「そうだよ、野生のポケモン。でもあの後自暴自棄になってたうちに現実を見るように勧めたのもこいつ」

「道理でめっためたにされてたわけだ」

 

 野生のポケモンにお仕置きされたのかよ。それであそこに来てたとか、こいつも問題だがこのドクロッグはもっと問題だわ。

 これ本当に野生なのかよ。

 

「………なぜかうちについてくる変なポケモン」

 

 でしょうね。

 気に入られてるんじゃねぇの?

 ボールに入れたら?

 

「ま、目つきからして相当の手練れのようだ。ジュカイン、どうする?」

「カイカイッ」

 

 はあ………、なんでこう俺のポケモンというのは血気盛んなのだろうか。

 それが強さの秘訣なのかもしれないけど。

 

「そうか、なら全力でいきますかね。つめとぎ!」

「ンガー」

 

 やる気があるのかないのか。

 何だよ、今の鳴き声。

 あ、こら。首元の毒袋を膨らませるな。

 

「ドラゴンクロー!」

「ケッ」

 

 げ、ねこだましかよ。

 ジュカインが一瞬で竜の爪を携えて駆け寄ったが、パチンと一拍手されて怯まされてしまった。中々に粗野な戦い方をする。

 

「ケケッ」

 

 今度はドクロッグの方が仕掛けてきた。一瞬の怯みを見逃さず、紫色の腕………どくづきを突き出してくる。

 

「タネマシンガン!」

 

 一発もらいながらも種を飛ばして、突かれた衝撃で後ろに下がる。

 

「ケケッ」

 

 ドクロッグは鋼に見立てた高速の拳ーーバレットパンチで次々と種を落としていく。

 

「えっ、やどりぎのタネ?!」

 

 すべての種を落とすと今度はドクロッグの足元から蔓が伸び始める。蔓の元は飛ばした種。タネマシンガンの種を宿木性にしていたようだ。

 さすがくさタイプの技コンプしただけある。

 つか、サガミがただの観客になってるんだけど。

 

「ケッ」

 

 すかさずみがわり。

 蔓が絡め取ったのはドクロッグが作り出した自分の分身体であり、本体はジャンプしてジュカインに狙いを定めていた。

 撃ち出されたのはヘドロばくだん。吐き出されたの方が正しい表現な気もするが。

 

「くさのちかいで防げ!」

 

 さっきメガニウムが使っていた要領で草柱を立て、ヘドロを防ぐ。

 

「グラスフィールド!」

 

 その間に尻尾を地面に突き刺し、栄養を与えていく。栄養源は背中の種。

 徐々に草地が広がり、ジュカインを回復させていく。

 まあ、着地したドクロッグも回復されてるんだが。

 ニヤッと不敵な笑みを浮かべるとドクロッグは腕を紫色に染めてきた。どくづきだ。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 突き出された拳を竜の爪で掬い上げて弾く。

 宙返りをしたドクロッグは口から泥を吐いてきた。どろばくだんか。

 受ければぬかるみのせいで素早さが下がってしまう。それはジュカインの武器の性能を落とすことにもなってしまうか。

 

「躱してギガドレイン!」

 

 さっきのタネマシンガンでこちらの種も植えつけてあるはずだ。草技をコンプしているとここまでいい流れが作れるのも面白いものだな。しかもグラスフィールドのおかげで効力も上がっている。

 

「ケッ」

 

 当のドクロッグは体力を奪われながらも、さも平気な顔で突っ込んできて、拳を叩き込んだ。そしてあろうことか奪った体力を奪い返されていく。

 ………ドレインパンチか。

 

「ケケッ」

 

 今度はもう片方の腕をどくづきに染めてきた。

 ここまでやれる野生のポケモンもいるもんなんだな。

 しかもどこかサガミを自分の望むトレーナーとして育て上げようとしている節も見受けられた。

 全く、羨ましい限りだな。

 早くそのことに気づけよ、このバカ。

 

「かみなりパンチ!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、爆風が生み出される。

 そこまで強い衝撃が双方に走ったということか。

 強い。

 いろんな意味で強いポケモンだ。

 

「おにーちゃーん! どこー?」

「げっ、コマチ………」

「ケッ」

「うひゃ?! ちょ、ドクロッグ?!」

 

 俺がコマチの声に反応を示すや、ドクロッグはバトルをやめてサガミを担いだ。

 どうやら隠れようとしているらしい。

 

「ジュカイン、隠れるぞ」

 

 俺もジュカインとリザードンを連れて、先を行くドクロッグについていく。

 どこかいい場所でも知ってるのだろうか。

 

「よりによってこんな物陰かよ………」

 

 と思ったらただの建物の影というね。

 

「ケッ」

「ちょ、なんーーー」

「ンガー」

 

 うわー、トレーナーを扱うポケモンって………。

 どっちがトレーナーなんだって感じだわ。

 

「あっれー? おかしいなー。こっちで物音がしたと思ったのになー………。それに誰かバトルした形跡があるし」

「コマチちゃーん! ハッチー見つかったー?」

「いえー、こっちにはいないみたいですー!」

「えーっ、それじゃどこ行ったのー?!」

 

 コマチとユイガハマには悪いがあることを閃いてしまった。

 多分、いや確実に終わった後にみんなからお説教が待ってそうだが。

 それでも今がチャンスでしかない。

 

「ジュカイン、お前の実力は充分見させてもらった。俺とどんな出会い方をしたかとかはもう覚えてないが、お前が強いことは理解した。これから頼むぞ」

「カイッ」

 

 そう言ってジュカインとリザードンもボールに戻し、代わりにゲッコウガを出した。

 

「ゲッコウガ、病室戻るぞ」

「コウガ」

 

 俺がそう言うとゲッコウガはまた俺とサガミを背負ったドクロッグの肩を掴み、影の中に潜っていった。

 一瞬で目の前は真っ暗になり、後はゲッコウガに任せてついていく。

 

「ちょ、な、なんなのよ」

「このまま俺たちで後処理を行う」

「はあっ?! たちっ?! どうしてうちまで!?」

 

 影に入ったことで口を開いたサガミにそう言ったら、吠えられた。

 

「お前が俺の秘密を知ってしまったからだ。このまま野放しにするわけがないだろ」

 

 そもそもお前があそこにいなければよかったんだよ。

 そうすればこうして巻き込まれることもなかったのに。

 

「な、なによそれ! ただのとばっちりじゃん!」

 

 とばっちり。

 実にそうである。

 だが、知った以上はあいつらの元に帰すわけにもいかない。

 いっそこのまま俺一人で動いた方がやりやすい。

 

「………お前もこのままじゃ、煮え切らないだろ」

「そ、そりゃそうだけど………」

 

 それにサガミにもついてくる理由はある。

 あそこまで見ておいてもう知らぬ存ぜぬではこいつもいられないはずだ。

 

「大丈夫だ。お前が死ぬようなことはない」

「ちょ、うちをどうしようってのよ!」

「ンガー」

「痛ッ」

 

 ドクロッグが実にいい働きをしてくれる。

 どんだけサガミのこと気に入ってんだよ。

 

「と、着いたみたいだな」

 

 ゲッコウガに促されて影の中から出ると、先ほどまで俺が寝ていた病室にたどり着いていた。なんて便利な移動手段なのだろうか。

 

「こ、これからどうする気?」

「あん? そんなまじまじと見て、そんなに男の着替えを見たいのか?」

「なっ?! 着替えるならさっさとそう言いなさいよ!」

 

 影から出てきたサガミは顔を赤くしてささっと後ろを向いた。

 ちょっとサガミで遊ぶのが楽しくなりながらも俺のリュックに手を突っ込む。

 取り出したのはオレンジ色のスーツ。

 そう、フレア団のものである。

 

「ドクロッグ、お前の特性きけんよちだろ? 誰も来ないか見張っておいてくれ」

「ケッ」

 

 うーん、嫌われてるようにしか思えないこの反応。

 けど、さっきからこんなんばっかだしな。

 まさかのコミュ障?

 え、やだよ。これと同類とか。

 

「なあ、サガミ」

「………なに?」

「お前さ、いいポケモンに巡り合ったよな」

「はっ? なにいきなり」

 

 キッとした目つきで睨みつけてくるサガミだが、彼女のポケモンたちはとてもいいポケモンばかりだ。主戦力であるメガニウムにフローゼル、度々ボルトチェンジでルリリにバトルをさせようとしていたエモンガ、そしてバトルをさせてもらえなくても懐いているルリリ。

 それに加えて、野生のポケモンでありながら、どこかサガミを気にかけているドクロッグ。サガミにはもったいないくらいのやつらばかりだ。

 

「ポケモンたちのためにもさ、変わりたいと思わないか?」

 

 人はそう簡単に変われはしない。

 記憶がなくなっても俺が思うことはこれしかない。

 だが、そんな俺でも少なからず変わっていっているようである。

 だから要は周りの環境次第なのかもしれない。

 

「…………そんな簡単に変われるわけないじゃん。うちだって、今の自分は嫌い………。みんなに、あんたに迷惑かけたとかありえないもん………。でもあんたみたいに強くもユキノシタさんみたいに何でもできるわけじゃない。そんなうちが変われるわけないじゃん」

「なあ、知ってるか? ユキノシタはああ見えて何度も俺に助けられてるらしいぞ?」

 

 ちょうど落ちた手帳を拾ったらユキノシタのことが書き込まれていた。

 俺とユキノシタユキノの関係について。

 どんな出会い方をしたのか、どんなやり取りがあったのか覚えてないが、それでもこの一ヶ月の間に育まれた彼女との思い出は守りたいと思っている。

 彼女だけではない。ユイガハマもイッシキも当然コマチだってそうだ。

 これまで一緒に旅してきたやつらを全員守りたい、そんな甘い考えを俺は抱いている。ペラっとめくった前のページに書かれている忠犬ハチ公についてのイメージからは想像もつかない甘々な考え。

 でもそれが今の俺なのだ。

 だからたぶん、俺は変わった。記憶が有無に関係なく。

 

「何でもできるなんてことはない。そう見えるのは弱い部分を見せないだけだ」

「……………」

 

 無言、か。

 聞いてはいるみたいだな。

 

「俺だって弱い。こうして一人でやろうとしているのが何よりもの証拠だ。俺はあいつらを危険な目に遭わせるのが何よりも怖いんだよ。だから一人でやる」

「…………」

「それでも俺たちが強く見えるんだったら、お前はただのアホだ」

「なっ、その格好………!?」

 

 着替えを終え、窓の外を見るサガミの隣に立つ。

 着替えが終わったことを認識したサガミがこちらを見てくると驚いた顔をする。

 まあ、当然か。

 

「俺の駒として動いてみないか?」

「はあっ?!」

「これから俺はジガルデーー第三のポケモンを起こしに行って、フレア団に潜入する。お前はそのアシストをするんだよ」

「ちょ、もう斜め上すぎるんだけど…………」

「…………」

「ケッ」

「いったっ、だから叩かないでよ! ………分かったわよ、そこまで言うならあんたがどういう人間か見せてもらおうじゃない」

「ケケッ」

 

 ドクロッグもついてくるんだな。

 もうボールに収めちまえよ。

 

「ふっ、んじゃ屋上行くぞ」

「えっ? なんで?」

「外には戻れないだろ。だからと言って部屋から飛ぶわけにもいかん」

「分かった。もう好きにして」

 

 究極技のリングを抜き取ってリュックは置き去り、手帳とユキノシタがくれたお守りを首から下げ、屋上に向かった。

 

 

 

 

「リザードンに乗って行っちゃったか………。やっぱりハチマンはかっこいいなー。あんな状態でもみんなを守ろうと奮闘して。でも少しくらいは頼ってくれないと寂しいよ………。サガミさん、ホルビー、ハチマンのこと守ってあげてね」

 



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76話

後書きにお知らせがあります。


 レンリタウンに向かう道中。俺はずっと手帳に目を通していた。

 こうして手帳を読んでいると日記みたいで面白く、ペラペラとページがめくれていくのだ。俺についてはもちろんコマチやユキノシタ、ユイガハマたちのことがびっしりと書かれている。同じスクールだったユキノシタやユイガハマとはその時のことも大まかに書き記されている。イッシキにいたってはキーストーンの入手経路まで。その話を聞いたことは覚えているのに、当時のことは思い出せないってのも不思議な感覚である。

 

「ーーガヤ」

 

 で、件のフレア団のことももちろんであるが、そこはあの図鑑所有者たちが立ち回ることだろう。どうやらジムリーダーも四天王も合流したみたいだし。

 そこでもう一つの懸念、ハヤマハヤトだ。こっちこそ俺たちが対処しなければならない案件になりつつある。このままジガルデを起こした後はそっちに回る方がいいのだろう。

 とすると、だ。

 あのダークルギアたちをどうにかしなければならない。

 

「ーーてるの、ーーガヤっ!」

 

 手っ取り早いのがあのダーク状態から解放することだろう。ただそれは俺にはできない。そもそもそんなことができる奴がいるとは思えない。

 あれ……? というか何故あのルギアがタークポケモンだと俺は知ってるんだ?

 ダークポケモンはシャドー…………シャドーってなんだ? …………オーレ地方の汚い事業に手を染めていた組織……か。えっと………へー……俺はそこでも生活したことがあったのか。何してんだよ。……………ポケモン育ててたみたいだわ。しかもダークポケモン。

 マジで何してんだよ………。加担してんじゃねぇか。

 いや、そんなことよりもその後だな。ダキム? って奴からエンテイをスナッチ? し、脱走。あ、スイクンもかよ。俺って何者なの? 

 ある男の救援により、エンテイとスイクンのダークオーラの除去に成功とある。

 つまり過去の俺はダークポケモンを戻す方法を知っていたということだ。

 えっと………時の笛でセレビィを呼ぶ…………はっ? セレビィ? マジで?

 …………いや、まあ、これが事実なんだろうな。過去の俺の所業だし。

 

「ということはセレビィを呼ぶ必要があるのか………。時の笛なんて持ってねぇよ。まずどんなのだったか覚えてねぇし」

 

 これ、詰んだだろ………。

 過去の俺よ。もう少し対策を立てておいてくれるとよかったな………。

 

「ヒキガヤ! うちの話を聞け!」

 

 うおっ?!

 な、なんだ?!

 

「えっ? あ、悪ぃ………。なんだ?」

 

 サガミか………。びっくりした………。

 お願いだから後ろから耳元で大声出さないで!

 俺の鼓膜が破れちゃう!

 

「あーもー、だからジガルデって何なのよって聞いてんの!」

 

 えっ? えっ? 知らないんだっけ?

 

「………会議の話は覚えてるか?」

 

 そうか。

 はあ………、また説明しないといけないのか。面倒な………。

 

「お、覚えてるけど」

「そこで伝説のポケモンの話があっただろ?」

 

 えーっと、確かこいつらはゼルネアスとイベルタルのことは知ってるんだよ、な……。

 

「う、うん………」

「与える側のゼルネアス。奪う側のイベルタル。こいつらがカロスの伝説のポケモンとされている。そしてこいつらはアルファベットのXとYで表されるんだが………、おかしいと思わないか?」

「はっ? なにが?」

 

 デスヨネー。

 何となく分かってましたよ。

 ユキノシタ姉妹の理解の早さが恋しくなってくる。

 

「何故Zの話がないのか」

「えっ? ……あ、」

 

 まあ、ガハマさんたちよりはまだいい方か。分からないなりにあいつも頑張ってるのは知ってるから、強くは言えないが。

 

「な、アルファベットの最後はZ。なのに、カロスの伝説にはそのZがいない。キリ悪いと思わないか?」

「………だから第三のポケモン………ジガルデ」

「そういうことだ」

 

 うんうん、ヒントでドーンと答えを出してくれてよかったよ。

 これで説明も楽になってくる。

 

「でも、そんな話………」

「ああ、全くと言っていいほど耳にしたことがない。でもよく考えてみろよ。与える側も奪う側も過剰になってしまったら、環境はどうなる?」

「…………どっちも荒れ果てる……?」

 

 こいつ、ヒントさえ与えれば自分で導けたりするんじゃ………。

 取り敢えずバカではないと認識しておこう。現実を確かめにセキタイまで来たバカだけど。結局俺の中ではバカのままなのね。

 

「だろうな。生態環境も崩れるだろうし、結局どちらも無に還してしまうことになる。だからそんな力を抑える、いわば秩序を正す存在がなければ、二体の関係も成り立たないと思わないか?」

「…………それがジガルデだって言うの?」

「確証はないがな。言っただろ。全くと言っていいほど耳にしたことがないんだ。だから今からこの目で確かめに行くんだよ」

「……………それってあんたんとこのあのデブッチョが先に行ってるんじゃ…………えっ、嘘でしょ?」

 

 でぶっちょって………。

 哀れザイモクザ。

 ここでも扱いがぞんざいとか、もはや才能?

 というか、俺の策に気がついたらしい。

 

「………敵を欺くにはまず味方からってね。それにまだあいつは出ていない。俺たちよりも後に来るだろう」

 

 早くジガルデを起こせって話なのに、一緒になって俺を探してたしな。

 屋上からよく見えて面白かったとか、あいつらに言ったら確実に怒られそう。

 

「あんた…………悪魔だ………」

「俺だってこんなことはしたくねぇよ。けど、これが一番安全に事が運ぶんだよ」

 

 ま、そのおかげであいつは無事でいられるんだ。

 ありがたく思え!

 

「………どこにも安全なんてないじゃん。あんただけ一番危険なところに身を置く事になるじゃん………」

 

 あらら………。

 こいつ段々としおらしくなっていってるよ。俺を心配とか、頭でも打ったのか?

 まあでも、行くのは俺だけじゃないんだよ。

 

「大丈夫だ、俺だけじゃない。お前もだ」

「はあっ?! ちょ、降ろせ! うち、帰る!」

「ば、バカ暴れんな! 落ちるだろうが!」

 

 俺の肩に手を置いて立とうとするがふらついてそのまま俺の背中にダイブしてきた。

 

「………もうやだ………、こいつ何なの………」

 

 背中ではめそめそと項垂れている。

 よだれ鼻水つけるなよ?

 

「悪魔だよ」

「ふん!」

「痛った!? 何しやがる!」

 

 こいつ、背骨を殴りやがった……。

 なんて女だ………。

 

「……………これじゃあんたに何かあったらユキノシタさんたちに顔合わせられないじゃん………」

 

 あ、俺の心配よりそっちに恐れてたのか。

 なんだ、俺の心配じゃないのか。

 うん、分かってたよ。いつものことだって。

 

「旅は道連れって言うだろ」

「あんたと地獄へなんて行きたくないし!」

「ふっ、なら精々地獄に落ちないようにすることだな」

 

 大丈夫だ。

 お前みたいなのまで連れてったらギラティナが怒り狂って俺が襲われるっつの。

 長い時間、なんだかんだ言い合っていると、ようやくレンリタウンに着いた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 レンリタウンに到着するとまずは遅めの昼飯を取る事にした。といっても軽食。何故かといえば俺が財布を忘れたからである。サガミにはおもっくそ笑われた。時間的にはもうおやつだしよ………。

 なんて日だ!

 それからぶらぶらと街の様子を見た後、青みのかかった黒髪の少女ーー幼女の方がいいか?ーーがゴーストやカゲボウズと遊んでいるのを眺めながら、件の炭鉱を目指してレンリタウンの北へと向かう。あれ、なんか増えてね?

 しばらく歩くと確かに炭鉱跡のようなところにたどり着いた。

 

「………ここ………?」

「だろうな」

 

 山……を切り込んでトンネルが掘られており、炭鉱用の線路を引いたままにもなっている。

 恐らくここで間違いない。

 

「入らないの?」

「まだあいつが来てないからな」

 

 サガミが聞いてくるので答えてやる。

 

「………ほんとにやるんだ……」

「これもフレア団を表に出す手段の一端だ。それにあいつがこの情報を持って帰れば、ユキノシタが必ず動く」

 

 このままザイモクザをユキノシタたちの元へ帰せば、あいつは必ず動くはずだ。

 いや、動かしてみせる。

 

「………彼女が動けばどうなるの?」

「ハヤマが出てくるはずだ」

「えっ? ちょ、ちょっと待って! ハヤマくんって言った?!」

「なんだよ」

 

 ちょっと驚きすぎやしません?

 

「ハヤマくんって無事なんじゃなかったの………?」

「無事、か。生きてはいるぞ」

「………どういうこと?」

「今のあいつは敵だよ。俺たちの邪魔をするフレア団の壁役」

 

 邪魔な奴だよ、ほんと。あいつがいなければ俺もフレア団の方だけに集中できたというのに。下手にみんなを守ろうと動きやがって。半端な策じゃ通用する相手じゃないっつの。

 

「うそ………、なんで………あのハヤマくんだよ?」

「昨日………でいいんだよな………、お前は知らないだろうけど、俺たちはハヤマと一戦交えてるんだよ」

 

 そもそも俺ってどんくらい寝てたわけ?

 ザイモクザがまだ行ってなかったから普通に起きたって認識だけど、丸一日寝て二日後でしたとかないよね?

 だんだんと怖くなってきたぞ………?

 

「それって………あんた本当に人間なの?」

「残念なことにこれでも人間なんだよなー。しかも相手は伝説のポケモンばっかだったし」

 

 ここでも俺は人間かどうか疑いをかけられるようだ。

 どうしてみんな俺をそんなにまで人間の枠から出そうとするのかね。そんなに俺と同じカテゴリが嫌なのん?

 なにそれ、ハチマン泣いちゃう。

 

「………こんなのを格下だと思ってたうちって一体………」

「そんな落ち込まんでも………!?」

 

 きた!

 

「え、ちょっ」

「隠れてろ。来たみたいだ」

 

 ジバコイルに乗ったでぶっちょが上空から降りてきた。

 サガミをドクロッグと一緒に洞窟の中へ押し込む。

 

「あ、うん………。分かった」

「ケケッ」

 

 ジュカインとゲッコウガをボールから出して、持ち出した緑色のリングもつけて俺は洞窟から出ると、ジバコイルから降りたザイモクザと目が合ってしまった。ゲッコウガにはサガミとドクロッグを任せ、俺はザイモクザに向き合う。

 

「む、何奴?!」

 

 バレないもんだな。

 

「その服装、フレア団と見た! お前たちの悪行は全てこちらで把握している! 我が相棒の名の下、成敗してくれよう! いでよ、Zよ! 三色攻撃!」

 

 そこはジバコイルで戦えよ!

 ほんとただの乗り物化してんな。

 

「ジュカイン、リーフブレード」

 

 腕のブレードで三色の光線を叩き落とす。

 ただのフレア団の下っ端だと思ってたのか、ザイモクザが驚きの表情を浮かべている。

 

「くっ、れいとうビーム!」

「くさのちかいで壁だ」

 

 地面を叩き、草の柱を立て、冷気を全て柱に当てた。

 柱は凍り、崩れていく。

 

「主砲斉射!」

 

 身を引いたポリゴンZが電気を集め始める。

 ジュカインがロックオンされ、直にでんじほうが放たれるだろう。

 そうなると厄介だな。

 

「カイカイッ」

 

 するとジュカインが首につけたネックレスを指してきた。

 なるほど………、お前がそれを望むのなら、俺は応えるまでよ。

 

「ふっ、ジュカイン、メガシンカ」

 

 奴なりに打開策があるのだろう。

 それなら俺はそこに賭けるだけだ。

 キーストーンと結び合うようにネックレスに付いたメガストーンが反応していく。

 

「んな?! メガシンカ?! 何でも良いわ! ってーっ!」

 

 まあ、高がフレア団の下っ端ごときがメガシンカを使ってきたら、驚くわな。

 それでも構わず撃てるその精神はすごいと思うぞ。

 

「吸収された………だと………」

 

 へー、そういうこと。

 でんじほう、というか電気技が効かないのね。

 つまり特性がちくでんではないだろうから、ひらいしんになったのだろう。

 それなら腕に取り付けたあのリングの威力も高められるということか。

 

「ハードプラント」

 

 地面を叩き割るように打ち付け、ぶっとい根を伸ばしていく。

 一発か。やるじゃないか。

 

「くっ、はかいこうせん!」

 

 ザイモクザも負けじと太い根を破壊してくるが、間に合わず、ポリゴンZは吹き飛ばされた。

 

「Z!?」

「くさぶえ」

 

 ザイモクザがZを呼びかけるが、すかさず草笛で子守唄を流す。

 飛ばされていくポリゴンZが次第に眠りについていく。

 

「くっ………何という失態………。これでは我が相棒に顔見せできぬではないか………」

 

 いえ、すでに目の前にいます。

 というか相手してます。

 

「ええいっ、Zよ、戻れぃ! エーフィ、ギルガルド! ゆけぃ!」

 

 ポリゴンZをボールに戻すとエーフィとなんか剣と丸い盾のポケモン? を出してきた。

 

「ギルガルド、つばめがえし! エーフィ、サイコキネシス!」

 

 ギルガルドとかいう剣と盾のポケモンは盾の後ろから出した剣を白く光らせて振りかぶってくる。

 エーフィは額の赤い玉を光らせた。

 サイコパワー発動の合図か。

 

「くさむすび」

 

 二体同時に草を伸ばして絡め取る。

 

「光沢の砲で押し返すのだ! エーフィはめいそう!」

 

 だが、ギルガルドにはラスターカノン(であってるはず。分かりにくな、こいつのは)で打ち消され、エーフィだけを絡め取るも、当のエーフィは瞑想状態に入り、サイコパワーを高めていく。

 

「ジュカイン、ハードプラント」

 

 仕方ないので、もう一度究極技を打ち付けてやる。

 

「アシストパワー! 黒のつるぎ!」

 

 めいそうにより蓄積された力を解放してきた。

 エーフィにより太い根がほとんど消されてしまい、そこへギルガルドが黒い剣ーーおそらくつじぎりを携え、迫ってくる。

 

「こうそくいどうで躱せ」

 

 それらを高速で移動して躱し、まずはギルガルドの背後を取った。

 

「タネマシンガン」

 

 まばらに打ち出される種に対し、

 

「キングシールド!」

 

 くるっと回ったギルガルドは出てきた時の状態に戻して盾で種を弾いていく。

 

「くさむすび」

 

 種を飛ばしながら二体の背後に草を伸ばしていく。

 

「でんこうせっかで躱すのだ!」

「シザークロス」

 

 まず動きを見せたエーフィから狩ることにする。

 素早い身のこなしで蔓草を躱していくエーフィの目の前にジュカインが飛び出し、クロスに斬りつけた。

 

「くっ、ギルガルド! せいなるつるぎ!」

 

 ジュカインの背後には長く伸びた剣を振り下ろしてくるギルガルドがいる。

 これは躱せるか………?

 と思ったら、剣が振り下ろされることはなく、ギルガルドが地面に叩きつけられていた。

 

「ドクロッグ………だと………」

 

 いちいちリアクションがデカいやつめ。

 単にドクロッグにはたき落とされただけだろうが。

 しかもその間にどろばくだんで攻撃されてるし。

 

「ジュカイン、くさむすび」

 

 まあ、ドクロッグの登場により大きな隙ができたので、こっちもそこを突かせてもらう。

 

「くさぶえ」

 

 草を伸ばして二体を絡め取り、腕の草で子守唄を奏でる。

 

「エーフィ、ギルガルッーーー!?」

 

 言い終わる前にゲッコウガによって意識を刈り取られたザイモクザ。最後まで哀れ。

 

「カ……イ…………」

 

 えっ?

 ジュカイン?

 なんでお前まで寝る………っ!?

 

「最後の最後にやってくれる………」

 

 急にジュカインまで眠り始めたが、その理由がすぐに分かった。

 原因はエーフィ。こいつの特性がおそらくシンクロ。状態異常を相手にもかける特性。

 あっぶね………、ゲッコウガがザイモクザの意識を刈ってバトルを終わらせてなかったら、今頃ジュカインでバトルできなくなってたわ。

 

「………終わった、の………?」

「ああ」

 

 ひょこっと洞窟の中から出てきたサガミが聞いてくる。

 

「………寝てる?」

「殺すわけないだろ」

「だって………」

 

 だってなんだよ。

 最後まで言いなさいよ。

 

「えっと………、何してるの?」

「このままここに放置しておくのもなんだからな」

 

 戦闘に参加していなかったジバコイルがまだ戦闘態勢に入っているため、オレンジ色のカツラを取ってやった。

 すると警戒心を少し解き、近づいてくる。

 

「ザイモクザを連れてレンリタウン、あっちにある町に行っててくれ。あとこれも」

 

 手帳を千切って書きなぐったメモをジバコイルに渡す。磁石でしっかりと固定すると、モンスターボールを操り、エーフィとギルガルドをボールに戻した。こいつ、そんなこともできたんだな。

 そして磁力でザイモクザを振り上げると着下地点を自分の上にして回収し、そのまま南の方に行ってしまった。

 

「………ねえ、あんたの周りのポケモンって絶対どこかおかしいよね」

「……それを言ったらドクロッグもそっちの部類に入るからな」

「うっ………」

 

 嫌味ったらしく言ってくるもすぐに反撃してやると意気消沈した。

 ユキノシタに鍛え上げられた俺に勝てると思うなよ。あいつには勝てそうにないけど。なんかもう、色々と………。

 

「さて、あいつも起きたらあっちに帰るだろうし、俺たちもジガルデを起こしに行きますかね」

「…………洞窟……」

「怖いのか?」

「こ、怖くなんかないし! あ、あんたこそ無理しちゃってるんじゃないのっ?」

「いやー、久しぶりだからなー。洞窟とかこっちに来てからちゃんと入ったことないし、記憶もないから、初めてすぎてすげぇ怖い」

「ちょ、なっ?!」

 

 俺が頼りない存在だと分かるや顔を真っ赤に茹で上がらせた。

 くくくっ、どんだけ怖いんだよ。

 まあ、でもほんと。記憶がないから何が出てくるか怖いよな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「おい、なんでそんなに引っ付いてくるんだよ」

「ひ、引っ付いてなんかないし! あんたが引っ付いてきてるんでしょうが!」

 

 出入り口の光がまだある頃はよかったのだが、リザードンの尻尾の炎だけになると急に俺の右腕にサガミが引っ付いてきた。千切れないか怖いくらいに痛い。

 

「声が震えてるんですけど?」

「そ、そんなことないし!」

「ダメだこりゃ………」

 

 もう何言っても離してくれそうにないので諦めることにする。歩きづらいったらありゃしない。

 世のカップルというのも大変歩きづらい行いをしているということか。ご苦労なことだな。

 

「ね、ねえ、そもそもこの洞窟のどこにいるのよ」

「知らん」

「ちょ、そんな当てもなく歩かないでよ!」

「まず来たこともない洞窟に地理もクソもあるかよ。すでにここがどこだか分からないくらいなんだから」

「ちょ、やめてよ! ここで一生を終えるとか絶対にやだからね! あんたとここで朽ち果てるとか絶対に嫌だからね!」

「はいはい」

「この………」

 

 洞窟だというのにぎゃーぎゃー騒ぎ立てるため、野生のポケモンたちもびっくりして俺たちが歩いてきた方へと逃げて行っている。

 あっちが出口ってことでいいんだな。

 

「………誰かこの洞窟に詳しそうなポケモンを捕まえるしかないかもなー」

「はっ? 冗談でしょ? こんな洞窟でポケモンを捕まえるとか、頭どうかしてるでしょ」

「いやいや、郷に入っては郷に従え。ここでは何もできない俺たちよりもここに住むポケモンを頼りに動く方が安全だと思うんだが?」

「ぐっ………、で、でもモンスターボールなんて………」

「ボールに入れることだけが捕獲じゃない」

 

 世にはポケモンレンジャーなる者たちもいる。彼らは野生のポケモンの力を借りてその場その時に合わせて、人やポケモンを救出するのだとか。何故かそんな知識だけは覚えているというね。

 

「ほら、噂をすれば、ボスゴドラのお出ましだ」

「えっ?」

 

 ちょっと開けたところに出てきたかと思うと、ココドラ、コドラ、ボスゴドラに囲まれていた。

 出会い頭にこれはないだろ。

 さて、やっぱりここは群れのボスにお願いするかね。

 

「リザードン、あの群れのリーダーだろうボスゴドラに事態を説明してきてくれ」

「シャア」

「はっ?」

 

 俺がリザードンにお願いしたら、サガミが目を点にしてぱちくりと瞬かせる。

 

「シャア、シャアシャア。シャア」

「ゴド? ゴー、ゴドゴド、ゴドラ」

「シャア」

「ゴド」

 

 あ、上手く説明はできたみたいだ。

 俺が言ったところで聞いてくれそうにもないからな。

 

「ちょ、ちょっと! これ、この状況どうすんのよ! うちらここで終わりなの?!」

「アホか。野生のポケモンが住むところに土足で踏み込んできたら普通に警戒されるっての。それを今リザードンが説明をして、何なら案内を頼んでるところだ」

「はっ? 捕まえるとか言ってたのは?」

「パーティーメンバーに加えるわけじゃないんだからボールに入れる必要がない」

「そ、そんな…………」

 

 なんかあり得ないものを見たかのような目をしてるんだけど。

 いや、これ普通じゃん?

 いちいちボールに収めてまで案内させるとか、ポケモンが可哀想だろうが。こういう風に群れをなしてるポケモンとかは特に。

 

「シャア」

「あ、どうだった?」

「シャアシャア」

 

 鬼火でオーケーの合図を出してきた。

 上手くいったみたいだな。さすがリザードン。手帳に書いてあった通りの優れ者だわ。

 

「ゴドゥラ、ゴドゴド」

 

 群れに説明しているのか、次第に警戒心を解いてきた。

 そして二番格くらいの奴に群れを任せると、ついて来いと言わんばかりに手招きしてくる。

 さすが群れのリーダー。心が広い。

 

「さて、いきますか」

「こ、こんなの絶対おかしいって…………」

 

 サガミはこの状況をまだ受け止めきれないらしい。

 なんでだよ。いいじゃねぇか。平和に解決できるんだからよ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ボスゴドラについていき、掘り下がっていくと一際開けた場所に出てきた。

 そこには洞窟とは思えない、緑色の光が差している。

 緑色?

 確か、ジガルデの噂が『深き緑の目をした化け物』って手帳に書いてあったような………。

 

「ということはここか」

「えっ? ここ?」

「ああ、おそらくあの緑色のところにいるはずだ」

 

 歩いて近づいていくと、特に何もいなかった。

 うーん、寝てる、とか?

 

「ゲッコウガ、ジュカイン」

 

 ボールから他二体も出す。

 寝てるなら起こさないといけないからな。

 

「えっ、ちょ、ヒキガヤ! 何か光ってない?」

「あ?」

 

 サガミに言われて初めて気づいたが、二つのキーストーンが光を放っていた。

 ぶわっと光に描き出されたのはリザードンとジュカインのメガシンカした姿。ゲッコウガだけは映し出されていない。やはりあの現象はキーストーンもメガストーンも必要としないものへと昇華させたってことなんだろうな。

 

「ふっ、初めてだな、こうして全員を使うのは」

 

 ボスゴドラとドクロッグがサガミを連れて少し後ろへと下がってくれたのを確認すると一言。

 

「全員、メガシンカ!」

 

 リザードンとジュカインの首回りにあるメガストーンが俺の持つ二つのキーストーンと共鳴を始める。石から放たれる光と光が結び合い、二体が白い光に包まれていく。

 一方でゲッコウガは水のベールに包まれた。

 そして三体ともが光とベールを弾き飛ばし、変えた姿を見せてくる。

 

「成功だな。すー………はー………、リザードン、ブラストバーン! ゲッコウガ、ハイドロカノン! ジュカイン、ハードプラント!」

 

 待っていましたと言わんばかりに、三体がそれぞれ究極技を打ち出していく。緑色の光が放たれている湖っぽいところに太い根が走り、それを軸にするように炎と水が螺旋状に駆けていった。

 強い衝撃を浴びた湖は地響きとともに唸り声のような音を発してくる。

 

「オロロロ」

 

 そこに一体の小さな生き物が現れた。

 緑色の………これはポケモンなのか?

 だが次の瞬間、睨みを効かせると、辺りから何かがそいつに向かって飛んできた。小さいポケモンに攻撃されている………かとも思ったが、そういうわけもなさそうだ。

 すると今度は緑色の光に包まれた。

 えっ? これって、進化………? いや、色があるからゲッコウガに近い?

 

「すごい………」

 

 サガミが何に対していったのか知らないが、まあ確かに未知の生き物を見ているわけだ。世紀の大発見といっても過言ではないな。

 

「進化………、いやフォルムチャンジか?」

 

 まあ、何にせよ。

 これがそうなのかは知らないが、どうやらそれらしき生き物だったわけだ。

 

「よお、深き緑の目をした化け物さん」

 

 ヘルガーに近い、だがあれよりももっと強い気を感じる四足歩行のポケモンがそこにはいた。

 

「ガルルルルゥ、ウッガッ!」

 

 威嚇をしたかと思うと、光を発した。

 これはーーー。

 

「リザードン、ジュカイン。もう一度だ! ゲッコウガはドクロッグとサガミをアズール湾、ルギアたちと初めて会ったところの海のどこかに洞穴があるはずだ! そこにディアンシーがいる! そいつを仲間にしてきてくれ!」

 

 コルニの記憶から見つけたディアンシーの潜伏先。おそらく今もアズール湾にある洞穴のどこかに身を寄せているはずだ。俺が直接行って確かめたいところではあるが、この状況じゃ無理だ。ゲッコウガと人間側としてサガミに任せよう。

 ある意味、これもサガミにとっては試練かもしれないな。

 

「コウガ!」

「え、ちょっ?!」

 

 衝撃が地面に渡るや、地割れが起きた。天井からも軋む音がして、今にも崩れそうである。

 

「ゲッコウガ、そっちは任せたぞ!」

「コウガ!」

 

 あいつの足ならばサガミを安全に連れて行けるはずだ。

 それにドクロッグもいることだしな。

 

「ヒキガヤ!?」

「俺はまだこの化け物に仕事をさせる必要がある! お前は逃げろ!」

「ちょ、ヒキガヤ!?」

 

 騒ぎ立てるサガミであるが、ゲッコウガとドクロッグがひょいっと持ち上げるとあっさりと連れて行かれてしまった。

 これでいい。あいつを元々巻き込むつもりはなかったんだから。

 何となく、こうなる予感はしていたしな。

 

「リザードン、ジュカイン。まだ、いけるか?」

「シャア!」

「カイッ!」

「なら、あの化け物を地上に送りあげるぞ! ブラストバーンとハードプラントだ!」

 

 盛り上がった地面に足を取られながらも二体に命令を送る。

 倒れながらも視界に入ってきたのは四足歩行のポケモンを太い根と炎で天井を突き抜けさせ地上に送りあげる姿だった。

 倒れた拍子に頭を打ってしまい、すげぇ痛いんですけど。

 やべ………、痛さで感覚が………。

 

「………さっさとあいつらをボールに戻せよ」

 

 目も掠れてきたし………。

 というか誰だよ、俺に命令するのは…………。

 ああ、でもこいつの言う通りあいつらを戻さねぇと。

 薄れる意識の中、何とかボールに手をかけ、リザードンとジュカインをボールに戻した。

 起き上がれたことが奇跡に近い。

 

「いやー、お前はよく頑張った。経験した俺が言うんだから間違いない。だから次に起きたら12番道路に向かえ。そこがお前の最終決戦の場だ」

 

 誰だか知らないが、俺のことを知ってるような口ぶりである。

 だが、俺はそいつの顔を見ることなく意識を失った。どんだけやられたら気がすむんだよ、最近の俺は。



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77話

金曜日は急遽お休みさせていただき申し訳ありません。
話の型はできていたのですが、ところどころ気に入らず纏まらなかったので、お休みさせていただきました。
それと四月からは週一投稿になることもあります。ご了承ください。
だから本当は三月で終わらせたかったんですけどね。


おかげさまでシャドー編を完結させることができました。
まだお読みでない方は是非、立ち寄っていってください。
これからのキーマンがいます。


 眩しい光が差し込んできたことで目が覚めた。

 ……………どこよ、ここ。

 

「ゴラ……」

「ボスゴドラ………。群れに帰ってなかったのか」

 

 俺を放って群れに帰ればよかったものを。

 まあ、おかげで守られてたわけだけど。

 

「…………全く、自分が嫌になるな」

 

 過去も未来も。

 俺はいつも通り面倒ごとに巻き込まれている。

 裏社会に浸かるようになったのもシャドーが元凶だし、未来からは後始末に来ることになるみたいだし。

 はあ…………、今から憂鬱になるな。

 

「ヘルガー、ねぇ………」

 

 思い出したからよかったものの、思い出さなかったらどうしてたんだろうね。

 一応、俺のポケモンだったわけだし、かつての主人に忘れられてるとか、ヘルガーからしたら悲しすぎるだろ。俺だったらすぐに噛みついてやるな。

 ……………うわっ、マジで思い出してよかった。

 

「他にも俺のボールに収まったポケモンがいたのには驚きだが、どうやらダークライは今回の騒動を解決するヒントを持ってきてくれたみたいだな」

 

 シャドーでの約八ヶ月の記憶しか戻ってきてないけど。それでも全部奪われているよりは断然いい。

 そして今回の鍵はセレビィだ。

 時渡りの能力の持ち主として有名ではあるが、奴にはもう一つの力がある。

 それがダークポケモンの正常化させる、通称リライブという能力。過去に俺はその力のおかげでリザードンとヘルガー、それにエンテイとスイクンをダークオーラから解き放ったようだ。

 過去に実証があるのだから今回のルギアも該当するだろう。

 だが、どうやって呼び出そうか。

 笛はリュックの中にあるはず。そのリュックは恐らくコマチたちが持っているだろう。となるとあいつらと合流しなければならないが今頃どうしているやら。

 それに昔の俺がセレビィを呼べたのは正規のルートで通ったからであるが、今回はここにあの祠はない。果たして、それがどう影響してくるのか。

 

「ーーマン」

 

 ウバメの森ですらセレビィの祠があった。しかもその祠からは時の間にいけるともされている。

 そういうセレビィに関連する祠が何もないここで、果たして本当に来てくれるのだろうか。来てくれなければ、あのダークルギアを俺が…………。

 

「ハチマン!」

「うおっ?! な、なんだ?!」

 

 いきなり名前を呼ばれたので、声のした方を見るが、誰もいなかった。キョロキョロと見渡しても誰もいない。

 え、なに? めっちゃ怖いんだけど。

 

「こっち。上」

 

 上の方から声がしたので、さらに上を見ると空に穴が空いていた。

 えっ? もっと怖い現象が起きてるんですけど?!

 何がどうなってんの?

 

「ハチマン、これ………。もらったからあげる」

 

 ひょこっと顔を出した見覚えのある少女が、いきなり何かを放り出してきた。

 放り出されたそれはひらひらと宙を舞い、風に煽られながら落ちてくる。

 

「羽? ………七色の羽とか珍しい………っ!?」

 

 七色の羽、だと?

 七色、つまり虹色。

 虹色の羽。それってまさか…………!

 

「ホウオウに会えたよ。エンテイもやってきて、ライコウには会えなかったけど、スイクンとエンテイのおかげでホウオウに出会えた」

「ルミ………、お前って奴は…………」

 

 ツルミルミ。

 二週間ほど前、カロスにやってきたスクール生の一人。ただ彼女は他のスクール生徒とは違い、連れているポケモンがスイクンだった。スイクンといえば、伝説のポケモンであり、俺がダークオーラから解放したポケモンである。まさかここでも繋がりがあったのには驚きだ。

 そんなポケモンがどうして彼女のところにいるのかといえば、スイクンがルミに何かを感じ取ったからである。ポケモンも時にはトレーナーを選ぶ。それがルミに働いたというわけだ。

 ったく、なんてタイミングのいい奴なんだ。やはり強運の持ち主というわけか。

 虹色の羽があれば可能性は出てきた。いや、虹色の羽だけではどうこうできないが、これから相手にしようとしているのはルギアである。ダーク化してはいるが、奴はホウオウとは対となるポケモン。そして、虹色の羽と対となる銀色の羽の持ち主でもある。

 この二つの羽があれば、いけるかもしれない。

 

「あ、それとこっちはサプライズプレゼントね」

 

 彼女がそう言ったかと思うと空に空いた穴が急にでかくなった。そこから影が飛び出してくる。俺の頭上を越え、背後に着地したようだ。

 

「お前ら………」

 

 振り返るとそこにはかつて俺のポケモンとなったエンテイとヘルガーがいた。

 

「ルミ、これはどういうことだ?」

「今のスイクンのトレーナーは私。だけど、エンテイとヘルガーは誰のポケモンでもないでしょ? だから連れて行って。ハチマンなら使いこなせるでしょ?」

「ほんとサプライズすぎんだろ。ありがたく使わせてもらう」

 

 この上ないサプライズだわ。

 まさかここで戦力強化とか、全く予期してなかったからな。

 ルミもホウオウに会うのには大変だったろうに、何も言わずに羽を寄越してくるし。これはマジで今回で終わらせないとな。

 

「それとな、ルミルミ」

「なに?」

「エンテイもヘルガーもかつては俺のポケモンだ」

「………やっぱり」

 

 驚いた、という感じにはならなかった。

 

「なんだ、気付いてたのか?」

「んーん、そんな気がしただけ」

 

 どうやらエンテイとヘルガーから何か感じ取っていたらしい。さすがスイクンに選ばれるだけのことはある。これから開花するであろうルミのトレーナーとしての力がどれほどのものか、今から楽しみだな。

 

「ハチマン、私はこっちに残るよ。ほんとは手伝いたいけど、ハチマンが何に巻き込まれてるのかも知らないし、却って足手まといにしかならないから。だから私ができるのはここまでだよ」

「………そう、だな。その方がいい。トレーナーとしての素質は十分だけど、さすがにこういう裏の社会にはそっちの経験の方が必要だ。何も知らないなら何も知らない方がいい」

「うん…………。ねぇ、次会った時にさ、またバトルしてよ」

 

 ちょっと残念そうな顔になるが、それ以上の変化はない。

 すぐに表情も変えてバトルの予約までしてくるし。

 

「ああ、それくらいならいいぞ。いつでも受けて立ってやる」

 

 ま、でもそれくらいならいつでも大歓迎だ。

 お礼も兼ねて、今度会った時には全力でバトルしてやろう。

 

「約束だよ」

「ああ、約束だ。………と、約束ついでに俺のお願いも聞いてくれねぇか?」

「なに?」

「俺、財布も何も持ってない状態なんだわ。モンスターボールくれね?」

 

 いやね? 戦力強化は嬉しいんだけどさ、俺何も持ってないのよ。財布ないからボールすら買えないし。

 

「………ぷ、くくくっ」

「笑うなよ………」

「だって、かっこいいセリフが全部台無しなんだもん」

「そりゃ悪うございました」

 

 自分でも分かってるさ。そもそもかっこいいセリフ自体が似合わないんだし。

 

「いくつ?」

「………三つばかり」

「ちゃんと約束守ってよ」

「ああ、まあ、忘れるまでは覚えておくわ」

 

 この一ヶ月の記憶まで食われたらなー。マジで忘れるからなー。一応、手帳には書き残してあるけど。

 

「なにそれ。はい、ボール」

「すまんね」

 

 カバンから出したモンスターボールを三つ渡してきた。

 いや、ほんとすんません。助かります。

 

「………頑張ってね、最強のリザードン使いさん」

 

 それだけ言うと穴は消えた。

 最後にちらっと奥の方でスイクンが頭を下げてきたのが見えた。それともう一体、ポケモンがいた気がするが、あの不思議な穴はそいつの能力だったのだろうか。

 

「まさかルミにまで助けられることになるとは」

 

 だが、これで方法は見えてきた。

 後はあいつらと合流してハヤマを誘き出し、ルギアをリライブする。

 

「……………だから、そもそもここはどこで、あいつらは今、どこにいるんだって話だ」

 

 結局そこが分からなければ、動きようもなくね?

 

「ほっび」

 

 草むらの中からひょっこりポケモンが出てきた。

 名前はホルビー。カロス地方に生息する耳が器用なポケモンだ。

 

「ん?」

 

 よく見ると特徴的な長い耳には何やら挟まっている。

 人のポケモンか?

 ホルビーといえば近しいところでトツカが連れているが……………えっ? トツカ?

 

「なあ、ホルビー。その耳のもの借りてもいいか?」

「ほっび」

 

 そう言うと素直に差し出してきた。

 ………これ、ホロキャスターだな。

 いくら野生のポケモンでも、こうもあっさり自分のものを差し出したりはしないだろう。はっきり言って人馴れしすぎだ。ということはやはり…………。

 

「ほっびほっび」

 

 受け取ると俺の肩までよじ登ってきて、操作を促してくる。

 えっと、こっちを開くのか? これって録画の再生じゃねぇか。あいつらに繋げるとかって話じゃないのかよ。

 

「まあいいか。取りあえず見ろってことなんだろうし」

 

 言われるがままに動画を再生する。

 

『ーーーえず、ハチマンは生きてると見ていいわ。いくら記憶がなくなっていたとしても彼がそう簡単に死ぬような男じゃないもの』

『自信満々だっ?!』

 

 うん、まずはユイもユキノも落ち着いてるな。

 取り乱してたらどうしようかと思ったわ。

 

『我もそれには同意である! ハチマンが必ずや我らの元へ帰ってくるだろう! 我もその時のために準備している!』

『そんでー? あーしらはどうするっての?』

『本当は姉さんやハチマンをここまでさせたフレア団をこの手で潰したいところだけれど。ハチマンが言っていたようにハヤマ君を何とかしましょう』

『何とかって、何か策でもあるわけ? ないっしょ。ヒキオでもどうしようもなかったんだし』

『………そうね、でも誘き出すことくらいは可能かもしれないわ』

『そ、そんなことできるんですかっ?!』

 

 相変わらず二人は仲がよろしくないようだし、イロハもいつも通りだし。

 

『単なる私の推測よ。だけど、彼は来るわ』

『どうしてそう言いきれるし』

『彼の狙いは恐らくハチマンと私だからよ』

『はっ? なにそれ、嫌味?』

 

 え? そうなの?

 俺って因縁とかつけられちゃってたりしてたのん?

 

『そう受け取ってもらっても構わないのだけれど。………スクールにいた頃、私とハヤマ君が毎日バトルしてたのは覚えてるかしら?』

 

 ごめんなさい。全て忘れました。

 あの二人、そんなことしてたんだ。毎日大変だったんだな。

 

『それがなに?』

『姉さんからの言いつけだったのだけれど、彼は一度も嫌がらなかったわ。その頃の私も姉さんが絶対だったから素直に従ってた。でも私はあることを機にそれをやめたわ』

『ゆきのん、それって………』

『ええ、オーダイルの暴走よ。あの時、初めて追いかけたいと思う背中を見たわ。だから姉さんの言いつけは捨てたの』

 

 動画を一時停止。

 そして手帳を取り出して、えー、と? オーダイルの暴走………ね。おーおー、あったあった。これだこれ。えーっと、なになに? ユキノのオーダイルがげきりゅうに呑まれて暴走。それを二度に渡り、俺が止めたと。三度目にはげきりゅうをコントロールできるようにしたのか………。

 これ、スクールの頃の話なんだよな?

 少なくとも歳が二桁になったばかりのぺーぺーの話だろ?

 俺って一体どんなチート技を使ったんだ?

 一桁の時だったらもう自分が怖くなっッちゃうよ?

 うん、まあ、取りあえず概要は分かったので、再生っと。

 

『……………嫉妬、ですか?』

『分からないわ。でも恐らく近いでしょうね。ハヤマ君は急に態度を変えた私とその原因である彼に何かしらの感情を抱くようにはなったと思うわ』

 

 イロハの推測にユキノは首を横に振って返した。

 だが少なからず感情が挟まっていることまでは否定しない。

 

『ハヤトに限ってありえないっしょ。ハヤトはそんな』

 

 この一ヶ月の間にハヤマと何度か会っているが…………、言われてみれば俺を敵視してるようなところがなくもないな。表に出さないだけで、やはり内側は人間そのものなのだろう。

 

『そんな感情を抱かない、かしら? 全く分かってないわね。そうやって彼を絶対的なものとしているから上手くいかないのよ。私もその一人だもの。彼は私がどんなに冷たい態度を取っていても怒らない、悔しがらない、いつも通りの平然とした態度を取っているってずっと思ってたもの。そのせいでこんな状態になってしまったと言ってもいいわ。だから私が言えた義理じゃないけれど………、ハヤマ君も人間よ? 絶対なんてものはないわ。どんなに優しくても人間なのよ』

『〜〜ッ』

 

 あーあ、言われちゃったよ。

 もう何も言い返せないって顔になってるぞ。

 

『だから私が囮になるわ。場所は昨日と同じ12番道路。場所の特定ができない以上、そこら周辺を張る方がいいと思うの』

 

 12番道路。

 なるほど、だから12番道路なのか。

 そこに俺も向かえば、全てが整うってことか。

 っていうかこの動画、昨日のものなのね。

 

『そ、そんなの危険すぎるよ!』

『そ、そうですよ! 先輩なしで今のハヤマ先輩を相手にするなんて無茶ですよ!』

『ハチマンも姉さんも自分の出せる限界までの力を出してくれたわ。私もそれくらいしなければ、二人に顔を向けられないもの』

 

 ユイやイロハの言葉に顔を背けるユキノ。

 

『………ユキノさん、一つ確認しておきますけど、あっちは伝説のポケモンが四体もいるんですよ? もし本当に来たら勝てるんですか? お兄ちゃんがいても取り逃がしたのに』

 

 そこにコマチが割って入った。

 さすが俺の妹。コミュ力の塊。

 

『………狙うのは、ハヤマ君よ。ハヤマ君を引き摺り下ろして、あの変なスーツから出すのよ。そうすれば、伝説のポケモンたちも鎮静できるはず。そして、それをやるのはミウラさん、あなたよ』

『へっ? あーしが?』

 

 あーしさん、二度目のドッキリ。

 声が裏返って顔が真っ赤である。

 

『意外そうな顔ね。でもあなたが一番の適任者よ。ずっと近くにいて、どんなに振り向いてもらえなくとも彼のこと好きなのでしょう?』

『う、あ………』

 

 あーあーあー、その辺にしてやれよ。

 茹で上がってるぞ。

 

『そろそろ彼も昔の因縁から解放されるべきだわ。私から卒業してもらわないと。そして私もね。ちゃんとけじめをつけないと。…………ごめんなさい、こんな私たちの私情の絡んだことになってしまって。でも、それでもみんな力を貸してくれないかしら』

 

 けじめ、ね。

 俺が撒いた種だってんなら、俺が回収する必要があるんだよな。何にも覚えていないけど。

 

『わ、分かったよ、ゆきのん! あたしも何ができるか分かんないけど、頑張るから!』

 

 空回りしないでね。

 

『まあ、お兄ちゃんが原因でもあるみたいですしねー。終わったらお兄ちゃんに文句をたくさん言いましょう!』

 

 穏便にね。

 

『わ、私も? 先輩には? ユキノ先輩の背中を守ってやってくれ、なんて言われちゃいましたし? それにハヤマ先輩がいつまでもあんな状態なのは嫌ですし? が、頑張っちゃおうかなー』

 

 おーい、いつものあざとさはどこへ行ったんだ?

 

『あーしらは別にあんたのことなんてどうでもいいから。ただ、ハヤトを元に戻せるってんなら、その話乗ってやるし』

 

 こっちはこっちで素直じゃねぇな。

 

『ユミコ、やばいわー。マジ、かっこいいわー』

 

 気楽な奴め。

 

『ユミコが行くなら私も手伝うよー。早くハヤ×ハチのカップリングを見たいし。愚腐腐腐』

 

 腐った奴め。

 

『うんうん、やっぱりユキノシタさんはそう言うよね。だから僕も手札を用意してるんだ。大丈夫、絶対何とかなるよ』

 

 ……………………。

 やられたっ!?

 まさか、トツカに全部仕組まれてた?!

 いや、予防線を張ってたってことなんだろうけど、なんかトツカの手のひらで踊らされてる気分だわ。

 ……………それも悪くないとか思っちゃう俺って一体………。

 や、でも仕方ないだろ。こんなドアップでニヤニヤした笑顔を見せられたらね。カメラ目線とか絶対俺の心を鷲掴みしようとしてる。してないか。

 

『みんな…………。明日で全てを終わらせましょう』

 

 動画はここで終わった。

 意気込んではいるが、すっげぇ心配だなー。

 だって、あんな過去があるんだしなー。

 うーん、ポンコツのんが出ませんように。

 

「ほっび」

 

 えっ?

 もう一個あんの?

 はあ………。

 ホルビーに言われて、その下にあった動画も再生してみた。

 

『ユキノシタさん』

 

 この声はトツカ?

 というか今度は真っ暗なんだけど。まさかの音声だけなのん?

 

『あら、二人とも。さっきの作戦に何か不備でもあったかしら?』

『いや、そういうわけじゃないんだけど、さ。ユキノシタさん、まだ何か隠してるよね』

『………否定はしないわ。でもこれは私にできる最大限のことだもの』

『………我が相棒が心を開き始めた者がいなくなるというのは、我としては残念である』

『……………これは私が原因なのよ。私が全てを懸けて終わらせるのが当然でしょ』

『……………行っ、ちゃったね………』

『うむ、やはり我らでは止めるのは無理そうであるな。皆の手前、口に出すのを憚られたが』

『あれ、死ぬのも厭わない、って感じだよね』

『うむ。ハチマンの背中をずっと見てきた影響なのか、元来彼女の考え方なのか。あやつと考え方が似ている』

 

 いやいや。

 俺は端から死ぬつもりなんてないから。何をするにしても死ぬようなことはしないから。

 だけど、まあ、やはりというか。

 ヤバイな……………。

 このままだと、あいつは絶対に何かする。どうするつもりかは見当もつかないが、最終手段を使うようなことになればユキノは死も厭わないのだろう。

 俺のせい、だよな………………。

 俺があの時、ハヤマを逃さなかったら、こんなことにはなっていないんだ。俺がハヤマ本人を捉えることも視野に入れていれば、ユキノが自分を賭ける博打に出なくてもすんだんだ。

 だったらもう、決まったも同然だ。

 これから行く12番道路が最終決戦の場だってんなら、今度こそ絶対に引っ捕らえてやる。ユキノもユイもコマチもイロハも、全員あんな奴に奪われてたまるかよ。

 決意が固まったところでズドーン!?! と激震が走った。振動でこけた。めっちゃ手が痛い。

 どうやら南の方からは激しい戦いが始まったようだ。

 それなら俺も俺の仕事をするとしますかね。

 

「久し振りのところ悪いが、また力を借りるぞ」

 

 無言で二体は頷いてくれた。

 ヘルガーもずっとエンテイと共に行動してたんだな。よくついて行けたもんだ。

 

「取りあえず、ボスゴドラ。お前はこれからどうする?」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 エンテイに跨り、颯爽と駆け抜ける。

 ボスゴドラも無事俺についてくることとなり、ヘルガー共々ボールに収めた。

 んで、今は12番道路に向けて爆走中。

 

『マスター。聞こえますか、マスター』

 

 えっ?

 何?

 今度はどこから声がすんの?

 と思ったら、テレパシーだった。急に視界が変わり、目の前には見たことのないポケモン? がいて語りかけている。

 

『コウガ』

 

 ああ、そういうことね。

 久しぶりに視界を共有してるのね。必要なくなったから使ってなかったけど、ちゃんとできることに驚きだわ。

 

「えっと………、お前がディアンシー、でいいのか?」

『コウガ、コウガコウガ』

『はい、マスター』

 

 通訳ご苦労さん。

 

『記憶がないことはお聞きしましたわ。わたくしのことを忘れられてしまったのは残念ですが、それも世界を救うためだとお聞きしました。やはりマスターはマスターなのですね』

「その………マスターってのは………」

 

 マスターなんて呼ばれたことないから、なんか恥ずかしいんだけど。

 えっと、ちょっとお嬢様気質な子ってことでいいのかね。

 

『コウ、コウガ』

『マスターはマスターです』

「さ、さいですか………」

 

 もう、呼び方は何でもいいや。諦めよう。

 

「単刀直入に言う。力を貸してくれ」

『コウコウガ。コウガコウガ』

『………カロスに来てからわたくしはあまり人と接することもありませんでしたし、いるのはわたくしを狙う者たちだけでした。わたくしも寂しくしていたところです。そんな時にマスターは来てくださいました。あの大雨の日、わたくしも天候の異常をこの目にし、そしてマスターの姿も見つけました。本当は手伝いたかったのですけれど、すくんでしまって………。でも、今度こそわたくしはマスターの役に立ちたいです。ホウエン地方にいた時に偶然出会ったマスターに優しくされた恩を返したいです。わたくしのこと、使ってくださいますか?』

 

 なんだ、お呼びじゃないとかって言われたらどうしようか迷ったが、まさか寂しかったと言われるとは。

 世の中、よく分からんもんだな。

 

「もちろんだ」

『コウガ』

『ふふっ、マスターならわたくしの力を最大限に発揮することができるのでしょうね。では、後ほどお会いしましょう』

「ああ」

 

 視界の端にメガニウムの上で項垂れている誰かさんがいたが、まあちゃんと会えたみたいだし、許してやろう。

 元の視界に戻ると道無き道を行くエンテイの後ろ頭が映った。

 

「どうやらあっちも上手くいったみたいだ」

 

 これで手札は十二分に揃えられたはずだ。

 エンテイたちが予定外だったために大幅に戦力が強化され、ルギアのダーク化を解くヒントも得た。道具も揃っている。

 今のハヤマのポケモンも全て分かっている。あっちには更なる手札はないだろう。

 

「ユキノの話じゃ、ハヤマをまずは伝説ポケモンから引き剥がす予定らしいが………」

 

 ただ、あいつはフレア団の駒。

 つまり、奴一人が来るとも限らない。

 あいつらはそれを考慮しているのだろうか。

 

「言えるわけないか………」

 

 言ったらそれこそ反対されるもんな。

 あいつらも気づいているかもしれないが、今のユキノには言えなかったのかもしれない。お互いに言い出せなかったのかもな。

 でも言っておかないと後々酷い目に逢うかもしれないってのも分かってるのかね。

 

「ッッ! 見えた!」

 

 ようやく、12番道路が見えてきた。

 なんで分かるかって?

 んなもん、天気がぐちゃぐちゃになってるからだ。

 ユキノの読み通り、ハヤマはやってきて、戦闘中のようだ。

 一体、どんな手で誘き出したんだか………。

 

「っ?!」

「ユキノさん?!」

「クレセリア、ムーンフォース!」

 

 黒いルギアに向かっていくクレセリアに乗ったユキノ。

 だが、俺はその場に出ることはなかった。

 足止めが入ったのだ。

 

「エンテイ、だいもんじ」

 

 コロトックのシザークロス。

 確かカロスには生息していなかったはず。あんまり詳しくは覚えてないが野生とは考えにくい。

 

「ニョロトノ、ハイドロポンプ!」

 

 くっ、今度は横から攻撃してきやがった。

 一体なんだってんだ?

 フレア団なのか?

 

「悪いけど、そのエンテイ、返してもらうから」

 

 返してもらう?

 はっ? どういうことだ?

 

「っ!?」

 

 ニョロトノと焦げたコロトックが警戒を強める中、二人の少女が現れた。

 …………俺はこの内の一人を知っている。

 成長して大人びた印象になっているが、声は変わらないし、何よりこの戦闘モードに纏う空気。記憶がなくても何か危険を感じたことだろう。

 オリモトカオリ。

 俺がシャドーにいた時のお隣さん。そして、俺が人生初の告白をしてしまった少女がそこにいた。



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78話

土日にしか書く暇がないという、この悲しさ。
書きたいことは山ほどあるんですけどね。


「ユキメノコ、シャドーボール! マニューラ、こおりのつぶて! ギャロップ、ほのおのうず! ボーマンダ、ドラゴンダイブ! オーダイル、アクアジェットでルギアの背中に乗りなさい!」

 

 開けた方でバトルをしているユキノの声が聞こえる。

 それを背後に俺は少女二人と対峙していた。

 

「その格好………。さっきあたしらの邪魔をしてきたから全員倒したけど、まだいたんだ」

 

 オリモト…………。

 何故お前がこんなところにいる。

 

「あんたたちみたいな怪しい集団にエンテイが従ってるのには腹が立つんだよね」

 

 怪しい集団。

 そうだ、今の俺ってフレア団の格好をしてるんだった。

 ってことは、まだ俺だとバレてないのか。そもそも覚えてるわけないよな。

 

「………ね、ねえ、カオリ。エンテイってそう簡単に手懐けられるようなポケモンだったっけ?」

「違うから腹立つんじゃん。またあんな目に遭ってるのかもしれないし」

 

 ……………あんな目、か。

 ダーク化のことを言ってるんだろうな。

 えっ? ということはなに? シャドーの一員として追ってるわけじゃないのん?

 

「「っ?!」」

 

 取り敢えず、こいつらを倒すなりどうにかしないとあいつらを助けにも行かせてもらえそうにないので、まずはエンテイから降りた。そしてエンテイにはユキノを助けに行かせ、ジュカインをボールから出した。

 

「ハヤト、いい加減に目を覚まして! お願いだからルギアたちの命令を解いてよ!」

 

 ハヤマに呼びかけるミウラの声が聞こえてくる。もう涙まみれのかすれた声になってるよ。

 

「ジュカイン、メガシンカ」

 

 一つ目のキーストーンを取り出し、ジュカインをメガシンカさせた。石と石と結び合いジュカインの姿を変えていく。

 最初から暴れてもらおう。

 

「ジュカインが姿を変えた………?」

「チカ、多分例の進化を超えた進化、メガシンカだよ」

「服装からして下っ端っぽいけど…………」

「人は見かけで判断しちゃいけないよ。あたしもそれで失敗したから。マグマラシ! ふんか!」

「ユキノ先輩! どうしてエンテイが!?」

「分からないわ! でもどうやら味方になってくれるみたいよ!」

 

 タイプの相性からマグマラシを出してきたか。

 …………マグマラシ、だと?

 まだ進化していないのか………?

 ダークポケモンは進化する傾向が見られなかったが、まさか……………。

 

「ジュカイン、こうそくいどう」

 

 背中から打ち出された溶岩を綺麗に躱していく。

 

「コロトック、シザークロス!」

「ブラッキー、あくのはどう!」

 

 躱した先には二体が技の準備をして待ち構えている。だが、突っ込んできたコロトックを尻尾で殴り、首根っこを掴むと遠心力を使ってブラッキーへと投げ飛ばした。

 

「ニョロトノ、アイスボール! マグマラシ、ダークラッシュ!」

 

 頭上からは新たに氷の塊を持ったニョロトノと黒いオーラを纏ったマグマラシが降ってくる。

 ジュカインもマグマラシの方には危機感を覚えたようで、咄嗟に躱していた。

 こおりタイプの技よりもダーク技は本能的に危険を感じるのか。

 やっぱ、ヤバイものなんだな。

 

「…………シャドーから出たものの、未だダークオーラに囚われている、そんなところか」

「なっ?!」

「シャドーを知って、るの………?」

「エンテイへの反応からして反逆者って感じだな。…………ああ、なるほど。目的はルギアか」

 

 口に出したらようやくオリモトがカロスにいる理由が理解できた。

 恐らくはシャドーから脱退し、ダークルギアの話をどこからか仕入れてきて遥々カロスにやってきたってところか。マグマラシがまだ進化してなくてダークラッシュを使ってるんだから、ダークポケモンのまま。となると、ルギアの話を耳にするまではマグマラシのダークオーラをどうにかしようとしてたのかもしれない。

 ま、フレア団に対して邪魔してきたから倒したって言ってたし、概ね合っているだろう。

 

「ルギアをどうするつもりだ?」

「答えると思ってんの?」

「返答次第じゃ協力しようかとも思ったんだがな」

「協力? ないないない。まずそもそも信用できないでしょ」

「だよなー。仕方ない、やれ、ヘルガー」

 

 ヘルガーをボールから出し、新たに覚えたと思われるほえるで威嚇した。ダークオーラによるものなのか、マグマラシだけはオリモトの元へ戻っていかない。

 強制的な交代で出されてきたのはオンバーンとバクオングと、トロピウスだった。

 二人とも空は飛べるのね。

 

「ヘルガーって…………誰か……………」

 

 ヘルガーを見るや、オリモトが考え込み始める。

 その間もポケモン達とのバトルは続いていく。

 マグマラシが再びふんかで上空から溶岩を落としてくるし、トロピウスが銀色の粉を風に乗せて撒いてくるし、新しく出されたもう一人の方のポケモンであるレントラーがジュカインに向かって電気を帯びた巨大な牙で噛みついてくるし………。

 加えてオンバーンとバクオングがりゅうのはどうとみずのはどうを撃ち出してくるという。

 それをヘルガーが溶岩を特性を発動させて吸収していき、高まった爆炎を放出して水を蒸発。ジュカインが腕に噛みついてきたレントラーの電気を奪い、尻尾をドリルのようにトロピウスに飛ばして、そのまま身体を回してオンバーンへと投げ飛ばした。

 さすがっ。

 

「ジュカイン、ハードプラント。ヘルガー、もう一度れんごく」

 

 統制の取れていないポケモンたちを牽制目的に太い根で取り囲み、根を燃やして火の海に葬る。

 

「っ!? まさかヒキガヤっ?!」

 

 うわっ、マジか!?

 覚えてやがったのか。どんな記憶力してんだよ。

 俺を覚えてるとか。末端の末端だぞ?

 …………今でも覚えられていることにちょっと喜んでいる俺がいる。でもーーー。

 

「ワタシ、ヒキガヤチガウネ」

「ぷっ、くくくっ、なにそれ、ウケるんだけど」

「ウケねぇよ」

「やっぱヒキガヤじゃん」

「うっ……………」

 

 なん、だと………?!

 誤魔化しがきかないだと?!

 まあ、こんな下手な誤魔化しが効くはずもないか。

 

「ちょ、カオリ、笑すぎ。てか、これヤバい状況だから。早く火を消さないと」

 

 それな。

 マジでそれ。

 笑いすぎて腹痛くなってんじゃん。

 火の方もだけど。

 

「あーあー、だからエンテイが、ねー………ぷくくくっ」

 

 やだもうこの子。

 一度笑い出したらずっと笑い続けるじゃん。笑のツボもよく分からないのに。

 なんて思っていると段々と鎮火し始めた。そういえばみずのはどうを使うバクオングがいたな。

 

「はあ………で、どうすんだ?」

「ヒキガヤの言う通り、あたしらはシャドーの反逆者………みたいなもんだよ。誰かさんがエンテイとスイクンを連れ出した後、今度はスナッチ団でも反逆者が出てきて瞬く間にシャドーの計画は潰されちゃってさー。結局ワルダックが捕まってシャドーも潰れて、あたしらは身を隠す羽目になったはずなのに、いつの間にかシャドーが復活してて、ダークルギアを作り上げてた。だからあたしらはそれを追ってここまで来たってわけ」

 

 ワルダックって誰………?

 取り敢えず、俺の知っているシャドーは潰れたと認識していいんだな?

 

「ちょ、カオリ?! それ言っちゃダメじゃん!」

「いいのいいの。ヒキガヤは敵じゃないから」

「味方とも限らんがな」

「でも共通の目的があるんでしょ?」

 

 さすがはロッソ。幹部より下の者の中では強者の位置にいたのは伊達ではない。

 

「そうだな。俺はルギアを止めなければならない。そのためにエンテイに力を借りている」

「へー、スイクンは?」

「………新しい主人を見つけたみたいだ」

 

 まだトレーナーになりたてのだけど。おそらくあの三人よりも強くなってそうだけど。

 …………今度会ったらバトルする約束してしまったが、少し早まったか?

 

『ジジ………、カロスの民よ』

 

 あ? ホロキャスター?

 勝手に起動したやがった?

 トツカのだと思われるホロキャスターを取り出すと、画面にはフラダリの顔がドアップで映し出されていた。

 

『わたしはホロキャスター開発者のフラダリだ。ホロキャスターは大ヒット商品となり、カロスの多くの人たちが所有しているといううれしい報告を受けた。その感謝という意味で、今日はわたしみずから諸君に重大な報告をする。心して聞いてほしい。これよりわがフレア団はカロスの浄化を始める。けがれと混乱を一掃し、美しいカロスを取りもどす。選ばれた者だけによる美しいカロスを築き上げる』

 

 最終兵器の、再起動、か………?!

 

『選ばれなかった諸君とは、残念ですが、さようなら』

 

 この野郎………。

 こんな時にさらに問題を増やすんじゃねぇよ。

 おい、間に合えよ、図鑑所有者ども。

 

「フラダリ………、ジガルデだけじゃ無理があったか。これじゃ時間がねぇ………」

「そっか。じゃあ、早く止めないとね」

 

 ホロキャスターから音が漏れていたのか、すんなり納得しているのが約1名。

 

「なんだ? 俺に肩入れするのか? 信用できなんじゃなかったか?」

「それはその格好の奴らならの話じゃん。中身がヒキガヤなら、まあ、信用くらいはしてあげなくもないかなーって」

「都合のいい奴」

「でも時間ないんでしょ?」

 

 うっ………、こいつマジもんの素で言ってるから手に負えねぇんだけど。

 もう少し魔王みたいな腹の黒さを見せてくれてもいいものを。

 

「そうだな。それにあっちの三鳥もどうにかしねぇと。…………スナッチマシンって今でも持ってるのか?」

「あるよ。あった方が便利じゃん」

 

 左腕を見せて手をひらひらさせてくる。

 

「人のポケモンを奪えるやつだぞ?」

「ヒキガヤも持ってったでしょ?」

「はあ………なら、オリモトは三鳥を。俺はルギアをやる」

「それアグリー! 正直あたしらじゃルギアは相手にできないもん。チカ、ニョロトノたちを預かってて!」

 

 オリモトが乗ってきた。

 まあ、ルギアを相手取るのは嫌だもんな。俺だって嫌だもん。

 

「預かっててって、どうする気よ」

「サポートは任せたよ!」

「ちょ、人の話を最後まで聞きなさいよ!」

 

 かわいそうに。

 自由奔放なオリモトに振り回されちゃって。

 俺もあれが俺だけに向けられてるものだとばかり思い込んでたからな。無自覚ほど危険なものはないな。

 

「ミミロップ、おんがえし! トゲキッス、サイコショック! クロバット、アクロバット! ニョロボン、ハイドロポンプ!」

「Zよ、テクスチャー2! エーフィ、超念力! ダイノーズ、パワージェム! ギルガルド、キングシールド! そしてロトムよ! 今こそ用意したその姿の力を撃ち出すのだ! ハイドロポンプ!」

 

 空ではザイモクザを中心にユイとトツカとトベとエビナさんの五人で三鳥の相手をしている。だが、まあ見るからに空を知らない女子二人がやられまくっている。落ちてこないだけマシか。ポケモンたちが優秀なんだな。ユイなんかウインディに振り回されてるし。トレーナーよりポケモンの方が性能が上だからな。それでも気に入られるんだから、案外大物なのかもしれない。

 ま、あそこにオリモトが加われば何とかなるか。なるといいな……………。

 

「ボスゴドラ、ヘルガー。お前らも手伝ってやれ」

「ゴラ!」

「ヘルゥ!」

 

 ボスゴドラもボールから出すと、すぐにルギアに狙いを定めてロックブラストを撃ち出した。その岩を使ってヘルガーは三鳥の元へと駆け上がって行く。

 

「オンバーン、ばくおんぱ! マグマラシ、かえんほうしゃ!」

「全員ポケモンは全て出してるみたいだが、戦力は見るからに、だな」

 

 ミウラはハヤマの相手に手こずってるし(六対二の戦力差があっても、あのリザードンが悉く潰してしまっているし、それだけメガシンカは大きいってことなのだろう)、三鳥相手には攻撃が入ったりするもののすぐに反撃に出られ、躱すのが精一杯になってきている。

 そして、ルギアを相手にしている女子三人。基本的にエスパータイプにサポートをさせて迫っているが、あの巨体をどうにかできるわけでもないようだ。何度攻撃しても効いていない。

 リザードンをボールから出して、その背中に跨った。

 

「お前もメガシンカだ」

 

 二つ目のキーストーンとリザードンのメガストーンとが結び合い、メガシンカを遂げた。二回目の二体連続のメガシンカができたってことは、キーストーンの数だけできるってことでいいみたいだな。

 

「来なさい、フォレトス! あなただけに辛い思いはさせないわ!」

「トスッ!」

「ユキノさん!?」

「ユキノ先輩?!」

 

 そうこうしている間に、ルギアが口を大きく開いた。

 エアロブラストか。

 狙いはクレセリアからフォレトスに飛び移り、ルギアの口元に突っ込んでいくユキノ。

 

「ニョロトノ! 止めて!」

 

 だが、行き先を阻むようにニョロトノが飛んで出てきた。サポートってこっちもなのね。気が効く。

 というかあいつの意図をすぐに理解できてしまうってなんて人なんだ………。

 

「構わずやりなさい! だいばくはつ!」

 

 フォレトスはニョロトノに体の噴射口を押さえつけられたまま、爆発しようとするも。

 

「えっ? 不発………?」

 

 なるほどな。これがトツカの言っていたことか。

 だいばくはつをフォレトスに使わせるのに、自分も一緒に逝く気でいたのだろう。不発に終わったことに素っ頓狂な声が漏れ出ている。

 

「ルゥゥゥギャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 隙だらけなユキノに目掛けて咆哮が走った。

 

「ジュカイン、ハードプラント」

 

 無防備なユキノを取り囲むように太い根が地面を穿ち這い上がってくる。その根はそのままルギアの咆哮の中を駆け抜け、あろうことか口を塞いだ。

 

「リザードン」

「シャアッ」

「えっ?」

 

 コマチの上を飛びながら突風に煽られて吹っ飛んだユキノの回収に向かった。

 

「おっと」

 

 何とかキャッチしたものの、なにこれ。デジャブ?

 夢で見たのと同じ格好で抱きとめちゃったんだけど。

 それとフォレトスはニョロトノに回収されていた。

 

「はあ………、ったく、ド素人が」

「っ!? あ、あなた………まさか………………」

「すまん、遅くなった」

「………バカ」

 

 ぎゅっと服の袖を握ってきた。こいつはあの時のことを今でも覚えてるんだな。

 

「お前さ、ハヤマを解放してもそこからあいつらをどうするつもりだったんだ?」

「……………」

 

 ま、言いたくはないだろうな。失敗に終わったことだし。

 

「ったく、もう少しマシな案を出せっての。おい、コマチ!」

「やっぱりお兄ちゃんだ!」

「俺のリュックは持ってきてるのか?!」

「あ、あるけど………」

 

 なら、これで準備は整った。

 後はルギアをおとなしくさせる必要があるが…………、ジュカインももう限界か。

 

「その中にポケモンの笛じゃない、もう一つの笛があるはずだ。それを出しておいてくれ」

「わ、分かったよ!」

 

 賭けではあるが可能性の高い賭けだ。やってみる価値はある。

 これでダメなら力づくでもルギアを落とすしかなくなるが………。

 

「それと俺たちで今からルギアを引きつけておくから、その間に究極技を使える奴をタイプごとに整列させておいてくれ」

「究極技………」

 

 コマチが深く考え込んでいる間にイロハにも指示を出した。

 

「イロハ! コマチと俺たちのサポートをしてくれ!」

「えっ? い、今名前で………」

「あ? ああ………言われてみれば。誰かさんが変なこと言い出すからだな。別に俺は悪くない」

「捻デレた?!」

「プテラ、お前はドーブルを回収して、ものまねでブラストバーンを撃ってくれ」

「ラー!」

 

 先に三鳥の方へと飛んでいき、攻撃を仕掛けて隙を作っていく。

 

「おい、こっちだ!」

「全員、かかれーっ!」

「チッ」

 

 また新しいのが出てきやがった。

 こんな時に邪魔するんじゃねぇよ。

 

「ボスゴドラ、ホルビー、フレア団を落とし穴で封じとけ!」

「ゴラァ!」

「ほっび!」

 

 倒したと言ってもまた来るかもしれないから張り巡らせておこうと思ったが、そう必要はなさそうだ。上手くない夢でも少しでも足しにしようと影から奴が出てきて、黒い穴を作ってフレア団を吸い込んでいた。

 

「カマクラ、サイコパワーでジュカインをルギアのところに飛ばしてくれ!」

「にゃーお」

 

 なんてふてぶてしい声。

 ニャオニクスとは思えないふてぶてしさ。

 サイコパワーでルギアの背中にジュカインを飛ばしてくれた。

 

「かみなりパンチ!」

 

 一発打ち込むがあまり効いていないようだ。

 すぐに翼を動かして弾き飛ばされた。

 

「ボーマンダ! ジュカインを拾ってくれ!」

「マンダ!」

 

 なるほど、やっぱデカイの撃ち込むしかなさそうだな。

 究極技の必要性を再確認したところで次の手に移る。

 

「エンテイ!」

 

 ルギアの背後にいるエンテイに声をかけ、ボーマンダがジュカインを回収する時間を稼がせる。

 

「…………やっぱりあのルギアおかしいわ」

「そうだな、あのルギアは正常じゃない。しかもあれはフレア団の仕掛けじゃない。シャドーの仕掛けだ」

「どういう………っ!?」

「ああ、そうだ。ルギアはダーク堕ちしている」

「だから黒くて、目がおかしい………!?」

 

 シャドーでようやく合点がいったようだ。ユキノにはルギアのことを話しておけばよかったんだが、いかんせん話す暇なく最終兵器を止めに行ったからな。すっかり忘れてたぜ。

 

「ど、どうすれば………」

「準備は整えた」

「……………どうしてあなたはいつもいつも私の前を行ってしまうのかしら」

「知るか」

「ちょっとー、こんな時にイチャつくのやめてもらえますー?」

「げっ、イロハ………」

 

 別にイチャついてもいなければ、そんな気も…………うん、ない。ないってばない。

 

「げっ、てなんですか。ユキノ先輩だけ毎度ずるいですよ」

「ずるいって何がだよ。つか、いつの間に進化したんだよ」

「さっきです」

 

 リザードンの横に並走して飛ぶのはフライゴン。

 あのビブラーバが俺の知らない間に進化したらしい。みんな一皮むけていくみたいだな。

 

「マグマラシ、ダークラッシュ! オンバーン、りゅうのはどう!」

「トロピウス、エアスラッシュ! ニョロトノ、アイスボール! ブラッキー、あくのはどう!」

「クッキー、だいもんじ! マロン、ころがる!」

「ミミロップ、ミラーコート! トゲキッス、マジカルシャイン!」

「ピジョット、ファイアロー、ゴッドバード!」

「オムスター、げんしのちから!」

「全主砲、ってーっ!!」

 

 あっちはあっちで大丈夫そうだ。

 

「取りあえず、デカイの撃ち込むから焦点合わせを手伝ってくれ」

「分かったわ」

「ユキノ、お前はクレセリアたちで右側から引きつけてくれ。俺は左側からやる」

「クレセリア!」

「イロハ、お前は全体のサポートだ。ルギアの動きを読んで対応してくれ」

「仕方ないですねー。先輩からお願いされちゃ、断れませんもんねー」

 

 ユキノは呼び戻したクレセリアに再び乗り、ルギアの左翼の方に流れていった。

 こっちで動けるのはユキメノコとマニューラとギャロップ………あれ? いつの間にギャロップを入れてたんだ? 宙を歩けるからあの後にでも入れ替えたのかね。後はオーダイルとボーマンダだし代わったのはエネコロロか。俺はリザードンとエンテイとジュカイン。イロハがフライゴンにフォレトスにデンリュウとヤドキングか。

 

「ギャロップ、だいもんじ! ユキメノコ、ふぶき! マニューラ、こおりのつぶて!」

 

 俺も左に流れて右翼を狙いに行く。

 

「リザードン、かえんほうしゃ! エンテイ、だいもんじ!」

 

 左翼が攻撃されて少しだけバランスを崩したところに炎の塊を撃ち込むと、ルギアが雄叫びをあげた。

 

「ルゥゥゥギャァァァッッ!!」

「フライゴン、りゅうのいぶき! ヤドキング、トリックルーム! フォレトス、ジャイロボール!」

 

 ルギアが再び口を開いたところに赤と青の光線を打ち込み、咆哮の発射を遅らせてくる。上向いた顎にはジャイロ回転のフォレトスが突っ込み、ルギアに体勢を整わせた。

 

「ジュカイン、かみなりパンチ!」

「ボーマンダ、ギガインパクト! クレセリア、ムーンフォース!」

「デンリュウ、ヤドキング、でんじほう!」

 

 その隙に次のポケモンたちで一斉に攻撃。

 ジュカインはボーマンダからルギアの背中に飛び移り、当のボーマンダは形振り構わずルギアに突っ込み、空中に作り上げたトリックルームを足場にデンリュウとヤドキングがでんじほうを撃ち出してきた。

 効果抜群の電気技だが、それでもあまり効果がないようだ。さすが伝説に名を残すポケモン。

 

「コマチ!」

「準備はできてるよ、お兄ちゃん!」

「んじゃ、奴が口を大きく開いたところを狙ってくれ!」

「あいあいさー!」

「エンテイ!」

 

 究極技の方も準備が整ったようなのでエンテイを呼び戻し、リザードンから飛び移ると、ルギアの背中から羽を奪ってきたジュカインを連れてコマチの元へと向かわせる。

 

「ルゥゥゥギャァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

「ゴラァッ!!」

「ほっるぅぅぅぅううううううううっっっ!!」

 

 追加のフレア団がやってきたところからはボズゴドラに投げられた電気を纏ったホルビーが飛んできた。何でもいいけどすごい巻き舌である。

 あ、黒いのがフレア団を餌にしてるからか。ちょっとは復活したのね。

 

「ホルビー!!」

 

 ホルビーの回収に行こうとしたら、トツカに先を越された。

 

「ハチマン!」

 

 トゲキッスに乗ったトツカが何か投げてきた。

 

「お、おう」

 

 スナッチマシンか。

 俺の言う通りザイモクザは準備しておいてくれたみたいだな。んでそれを渡すように頼まれたってとこか。腕にはしっかりとハイパーボールが嵌められてるし。

 

「カオリ!」

「いっけぇぇぇぇえええええええええええっ!!」

 

 あっちはすでにスナッチしにかかったようだ。

 俺もやらないとな。

 早速スナッチマシンを左腕に取り付けていく。

 

「エンテイ、ルギアを引きつけるぞ!」

 

 命令を出すと無言で頷き、一度ルギアの正面にまで移動してくれた。

 

「ルゥゥゥギャァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 ルギアが大きく口を開けて黒いオーラを取り込み始める。

 

「全員下がれ!」

 

 黒いエアロブラスト、ダークブラストが来るのだろう。

 力を蓄えている今がチャンスか。

 

「コマチ!」

「あいあいさー! みんなー! ゴーっ!!」

 

 俺の背後から様々な声が飛んできた。

 逃げないと邪魔だな。

 

「エンテイ、上昇!」

 

 後ろ足で空気を蹴り上げると思いっきり上昇を始める。

 その下をまず二つの太い根が通り、それを軸にして炎と水が螺旋状に走り去っていった。

 ジュカインとドーブルのハードプラント。マフォクシーとプテラのブラストバーン。そしてカメックスとオーダイルのハイドロカノン。

 太い根がルギアの黒い両翼を捉え、二色の螺旋がそれぞれ直撃。大きく開いた口にはリザードンのブラストバーンが撃ち込まれた。おかげでダークブラストは不発に終わった。

 

「うそ………」

 

 だが、それでも。

 ルギアは倒れなかった。

 

「これでも効かないなんて………」

「いいや、まだだ。ゲッコウガ!」

 

 ずっと頭の中で見えていたもう一つの景色。

 ルギアの背中にどんどんと近づいていく世界は、奴の位置を知らせているのと同じである。

 

「コウ、ガッ!」

 

 一度下がって体勢を整え始めたルギアの背中に八枚刃のみずしゅりけんを打ち込み、水でできた二体のギャラドスでハイドロカノンをも撃ち出した。

 前と後ろを挟まれ身動きが取れなくなったルギア。これならいけるかもしれない。

 

「メガニウム、ソーラービーム! エモンガ、でんげきは!」

「フッロォォォ!」

 

 二体のギャラドスの間を水のベールに包まれたフローゼルがポケモンを乗せてこちらに向かってくる。

 

『マスター!』

「来たか。あれを使えるんだよな? 一発デカイの頼むぞ、ディアンシー!」

『はい、マスター!』

「メガシンカ!」

 

 メガシンカに絆がどうとか、そんなこと知ったことか。ディアンシーが俺になら自分を扱いきれると言っていたんだ。メガシンカできるって話だし、全力といったらこれのことしかない。だから俺は命令を出すだけ。

 

「あ、新しいポケモン?!」

「な、なにっ?!」

 

 三体目のメガシンカ。

 そもそも俺はすでにキーストーンを使い切っている。だが、一つだけまだ試していないものがある。

 俺が寝ている間に検査に回されたらしい俺の身体。腹の中からキーストーンと思われる波長が取れたんだそうだ。

 可能性があるなら全て試さないとな。

 

「あれは、メガシンカ………」

「どこにキーストーンが?!」

 

 思った通り、俺の腹が光り出したかと思うと、ディアンシーの姿が変わり始めた。

 下半身が白いドレスのように伸び、まばゆいピンク色の光を発している。

 

「ダイヤストーム!」

『はぁぁぁああああああああああああああああああああああっっっ!!!』

 

 手帳に書いてあったディアンシーの技。

 聞いたこともなければ見たこともない。

 おそらく名前からしてディアンシーだけが使える技なのだろう。

 両手の間から渦巻くエネルギーを溜め、膨張させていき、いくつものダイヤモンドの弾丸に作り変えた。

 それを突風に乗せて黒いルギアに撃ち込んでいく。

 

「ルゥゥゥギャァァァッッ!?!」

 

 力なく叫ぶルギアにもう戦う余力は残っていないだろう。

 そろそろいくか。

 

「エンテイ」

 

 エンテイにルギアの元へと向かわせる。

 上方から降りていき、ハイパーボールを左手で投げた。

 ルギアの頭に開閉スイッチが当たり、そのまま開いてルギアを取り込んでいく。

 よかった、ちゃんと当たった。外したら絶対泣いたからな。

 

「ハヤト!?」

 

 弾けて俺の手元に戻ってきたハイパーボールはファンファン言いながら揺れていたが、離れたところでハヤマが倒れるのと同時にカチッと開閉スイッチがしまった。

 スナッチ完了。

 これで奴を安全に呼び出せるな。

 …………ちゃんと来るよね?

 

「ハヤト!? しっかりして?!」

 

 ミウラに抱きかかえられたハヤマは意識がないようだ。

 まあ、伝説のポケモンを四体も自分のポケモンにして、メガシンカとダーク化、それとカラマネロの催眠術も抜けきってないんだから、ぶっ倒れて当然だわな。

 

「終わった………のね………」

「まだだよ」

 

 あ、戻ってきた。

 三鳥捕まえといてなんて涼しい顔してんだよ。

 

「あ、あなた………たちは………?」

「ルギアのスナッチには成功したけど、まだリライブを行っていない。それが済まなきゃ、今回のことは終わりとは言えない」

「スナッチ………?」

「おい、オリモト。ユキノに言っても専門用語だから分からんと思うぞ」

 

 困惑しているユキノに助け舟を出してやった。

 

「いやー、おめっとさん。スナッチできたみたいだね」

「や、お前には言われたくないわ。なんだよ、結局三鳥を同時にスナッチしやがって。しかも一発って………」

「ベテランを舐めてもらっちゃ困るよ、ワトソン君」

「誰がワトソンだよ」

「あ、あの………そちらの方たちは………」

 

 集まってきたイロハが再度オリモトたちの紹介を促してくる。

 

「やーやー、どうもどうも。以前ヒキガヤに告白されたオリモトカオリっていいまーす!」

「おい、やめろ。それ絶対悪意を持っての自己紹介だろ。蒸し返すなよ、そんな過去の話。ねえ、ちょっと? マジでやめてもらえます? お願いします、マジで勘弁してください! ってか、俺はこんなことしてる場合じゃねぇんだよ。さっさと終わらせてセキタイに行かねぇと」

「うわっ、お兄ちゃんがイロハさん並みの早口で長文を言い切った!?」

 

 思わずスライディング土下座でもしちゃいそうな勢いになってしまったが、何とか抑えた。こんなところでさらに羞恥を晒してたまるか。

 

「「「「こここ、告白?!」」」」

 

 あーあー、四人が口ついてきちゃったじゃん。

 だから今そんなこと言ってる場合じゃないんだって。

 

「と、とにかく、ルギアを元に戻してフレア団の方も片付けないとーーー」

「お兄ちゃん?!」

「ハッチー?!」

「先輩?!」

「ハチマン?」

 

 うん、なんかダメそう。

 このまま最終兵器起動とともに俺の過去も浄化してくれないかなー、なんて思っちゃったり…………。

 

「たらし………」

 

 うっ………。

 それ、そういうの、一番言われたくない言葉なんですが………。

 そもそも俺がどこぞの主人公たちみたいなん展開になってること自体が間違いなんだから。

 ねえ、その目怖いからやめてね、サガミさんや。

 まあ、取り敢えず。みんな無事なようで何よりだな。俺はこの後無事で終わりそうにないけど。

 

 

 

 

 

 

「あいつの読み通り占拠しておいて正解だったな」

「そうですね。一時はどうなるかと思いましたけど、中央を設けておいて正解でした」

「さて、ジムリーダーや四天王たちが上手く動いてくれたおかげで、全て終わったようだし、我々も戻るとしよう」

「そうですね。みんな大丈夫かなー」

「心配ないだろう。あいつが何とかしているはずだ。あいつはそういう男だからな」

「ですね」




取り敢えず、一週間に一話は確実に。
頑張って金曜にも投稿できるようにしたいですね。


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79話

「ゴホン! コマチ、笛は見つけたか?」

「うん、はい」

「まだ持ってたんだ。物持ち良過ぎでしょ」

 

 俺の黒歴史を目敏く食いついてきた女子四人を引き剥がし、コマチから時の笛を受け取った。や、ほんと大変なんだからな。口に出せない状況なんだぞ。

 

「ジュカイン、こっちの羽も持っててくれ」

「カイ」

 

 ルミルミからもらった虹色の羽をルギアの黒い羽を持っているジュカインに預け、笛に指を添えてみる。

 

「さて、数年ぶりの時の笛を吹きますかね」

「ハチえもん………」

「………………ふん!」

「ふがっ!?」

 

 ザイモクザが何か口走っていたので、靴を脱いで投げ飛ばした。

 誰もポケットからは出してないだろうが。

 

「……さて、気を取り直して」

「「ハチえもん………ハチえもんっ…………くくくっ」」

 

 おい、こら、そこ二人。

 君たち好きだよね、人の変なあだ名。

 

「ハチえもんはないわーっ! あっはっはっはっ!」

「ハチえもん…………、新しい通り名としていいかもしれないわね」

「やめい、お前ら。定着してしまうだろうが」

 

 そういうフラグが立ちそうなことは口にしないでいただけます?

 

「ねえ、カオリ? 今更だけど、ここにいる人たち結構有名人だよ?」

「へっ? そうなの?」

「だって、黒髪の長い人は三冠王のユキノシタユキノさんだし、そこで寝てるのは四冠王のハヤマハヤト君だよ? で、そっちの目がそのなんていうか…………アレな人もうちらの中じゃ有名なんでしょ?」

「ぷくくくっ、ヒキガヤが有名人とか………ウケる」

「ウケねぇよ」

 

 有名人とか悪名高いってことだろ。

 

「さっさと終わらせたいんだ。話はその後だ」

 

 いつまでも会話が終わりそうにないので、強引に切り上げ、笛を咥える。

 今度こそ横槍は飛んでこなくなり、しっかりと時渡の曲を奏でた。意外や意外、指が勝手に動くという。大事なことは身体が覚えちまってるのかね。

 

「これ、なんて曲?」

「さあ?」

「ッ!? あの時の………」

「ヒキガヤが笛吹いてるとか、なんかウケる」

「………カオリ、あの人のこと好きすぎでしょ」

「「「「「っ!?」」」」」

「や、あれは反則だって、くくくっ」

「ねえ、みんなすごい目で見てくるんだけど…………」

 

 お前ら………。吹くのに集中させてくれよ。

 

「あ、れ………」

「今度は何なんですか………?!」

「きっとセレビィだわ」

 

 あ、どうやら来たみたいだ。

 上空に白く光る何かが突如として現れた。

 

「久しぶりだな、セレビィ」

 

 久しぶり、と言っていいものか分からないが。このセレビィがいつの時間軸から来た奴か分からないのだし、まだ俺と会ってない可能性だってあるのだ。

 

「ビィビィ」

 

 ま、セレビィにとっては関係ないことなのかもしれないな。

 

「あの場所じゃないけど、いけるか?」

「ビィ?」

「ジュカイン」

「カイ」

「ビィビィ、ビィ!」

 

 ジュカインが差し出した二枚の羽を見ると喜ぶように受け取った。するとルギアの黒い羽が見る間もなく銀色にへと変わっていく。

 ……………いける、かも。

 

「セレビィ、頼みがある。今度も悪いがダークオーラを消して欲しい。相手はその羽の持ち主であるルギアと………」

「へっ? あたし?」

 

 いや、そもそもお前らはダークオーラに悩まされてたんじゃねぇのかよ。

 

「マグマラシも、まだなんだろ? あと、トロピウスもか」

「なっ!? トロピウスのことまで分かってたの?!」

「俺がどんだけダークポケモンを見て来たと思っている。ダーク技を使わなくてもオーラが見えなくても感覚で分かるっつの」

「いやー、参ったね。シャドーにいた頃はもっとバトルにしか目がないようなつまんない奴だと思ってたのに」

 

 蓋を開けばこんなに違うのかー、とオリモトは俺をジロジロと見てくる。

 俺も伊達にダークポケモンとバトルしてねぇっての。まあ、記憶の方はさっき取り戻したばかりだけど。

 だが、こうして改めてじっくりと思い出せたのだから、ダークライには感謝だな。記憶がなくなるのは問題だが、戻ってくる時にはこと細かく思い出せるのでその点においては優秀である。

 

「ビィ」

「んじゃ、よろしく頼む」

「ビィビィ」

 

 セレビィが俺の周りを飛んでいる間にルギアを出すことにした。ちょっと今のこいつをボールから出して大丈夫なのか心配ではあるが、セレビィもいることだし大丈夫だろう。

 

「出てこい、ルギア」

 

 ハイパーボールの開閉スイッチを開くと、中から黒いルギアが出てきた。

 叫ぶ力も残ってないのか、一切声を発さない。翼を弱々しく広げるもすぐに折って地面につけている。踠いている、と表現してもいいのかは難しいところだが、飛べないのは事実らしい。

 

「ビィ」

「ほら、お前らもポケモン出せ」

「あ、うん」

 

 オリモトたちにも促し、マグマラシとトロピウスを出させた。

 マグマラシの方がやはり色濃く残っている感じだ。トロピウスからはほとんど感じない。

 

「ダーク技の使用量に比例したりするってことか。何とも胡散臭い代物だな」

 

 早々にシャドーを断ち切った過去の俺は偉いと思う。

 例えば今に至るまでエンテイがダークポケモンのままだったらと考えると、恐ろしくて仕方がない。ダークオーラに完全に呑まれている可能性だってあるのだ。そうなれば、伝説の力が暴走している、なんてこともあるからな。しかもエンテイだぞ? ホウオウの炎を受け継いでいるエンテイがその炎を暴走させたら街一つなくなるかもしれない。言い過ぎかもしれないが、それだけ危険があったってことだ。

 

「ビィビィ」

「んじゃ、一つよろしく」

 

 マグマラシとトロピウスをルギアの方にまで行かせた。一応俺のポケモンになったらしく、二体が近寄っていっても何もする気がないようだ。というかできないのだろう。まあ、トレーナーが違うってのもあるのかもしれないが。ふっ、さすが俺。

 

「ビィビィ、ビィビィ、ンビィィィィイイイイイイイッ!!」

 

 セレビィがルギアたちの周りを一周し、体内から光を迸らせた。淡い緑色の光は三体を包み込み(ルギアまで覆われるとは相当な力を込めてるということだろう)、浄化を始める。セレビィの手には二枚の羽があり、その羽で光を制御・増幅させているのかもしれない。

 なんにせよ、面白いものを見れた気分だ。あの時はサカキに邪魔をされてセレビィに任せっきりだったし、リライブというものをじっくり見れていい経験なったな。

 

「綺麗………」

「なんか、力が湧いてくる感じだね」

「………どうしたって二人には追いつけそうにないのね。嫉妬しちゃうわ」

「ラシ」

「トロー」

 

 先にリライブを完了させたマグマラシとトロピウスが光の中から出てきた。二体ともさっきまでの強い気を感じられなくなっている。

 

「おかえり、マグマラシ」

「やったね、トロピウス」

「ラシ」

「トロロロー」

「えっ?」

 

 オリモトに抱きついていったマグマラシの方がまたしても白い光に包まれた。リライブ、かとも思ったがそういうわけではない。これは進化の光だ。

 

「進化………?」

「ダークオーラにはポケモンの進化のエネルギーを強制的に抑えつける力もあったんだ。そのオーラがなくなった今、マグマラシの進化のエネルギーが解放されたってわけだな」

 

 ダークオーラは単にポケモンを強くさせるだけではない。そもそも強くする力を進化のためのエネルギーやらから取ってくるような代物であり、過剰な力を凝縮させて技にしているのだ。言ってしまえば、相当な危険なものである。強力な力の代価はいつでもどこでもついてくるってもんだ。経験者が言うのだから間違いない。

 

「つか、知らねぇのかよ」

「や、あたしら他の人のポケモンのことなんて知らないもん」

「まあ、おかしいとは思ってたけど」

 

 おかしいと思ってたんなら許そう。

 全く気づいてないんじゃ、話にならんからな。何年シャドーにいたんだよって話だ。

 

「てか、あたしらより詳しすぎでしょ」

「仕方ないだろ。いろんなダークポケモンを見てきたんだ。ただ俺より長くいたのに知らないのはどうなんだって思っただけだ」

「バグーっ!」

「バクフーンか。なんたかんだでジョウトの初心者向けのポケモンが揃ったな」

 

 ユキノのオーダイルにサガミのメガニウム、そして今しがた進化したオリモトのバクフーン。

 この三体がジョウト地方での初心者向けポケモン、通称御三家となるが、他に揃っている地方はカントーとカロスくらいである。他の地方には誰も行ってないのかね。

 

「オダッ」

「バグバグ」

「メガ、ニャー」

 

 …………………これは驚いた。

 まさかこんなところでそういう展開に出くわすとは。

 

「えっ?」

「すげぇな、まさかこんなところで揃うとは」

 

 ユキノが驚く目線の先にはジョウトの御三家たちが仲良さげに挨拶を交わしていた。

 

「揃うって?」

「あの三体、トレーナーに渡される前は同じところにいたポケモンのようだぞ」

 

 ゲッコウガが何気に頭の中に翻訳したものを流してくれている。

 それによると、ジョウト御三家どもはユキノがポケモンを選ぶ際に揃えられたポケモンたちらしい。それまでの生活環境も同じ場所だったんだとか。

 

「それってつまり……………」

「幼馴染、と言ったところだな」

「うっそーっ!?」

 

 コマチの質問に答えてやると、何故かユイの方が驚き出した。

 

「………ごめんね、メガニウム。二人みたいに強いトレーナーになれなくて………」

 

 それを聞いたサガミは影を落とす。

 

「あら、そう卑下するものではないわ。私もまだまだよ」

 

 とユキノが言ったものの、あまり効果はない。

 

「あたしは別に強くないって。そこにもっと強いのいるんだしさ」

 

 オリモトなんかは俺を指差して励まそう? としている。

 何故俺を指差す必要があるのかは分からんが。

 

「そうね、人のポケモンですら普通に扱えてしまう人だものね」

 

 そして同意するな。

 

「え、それマジ………?」

 

 ほら、引いちゃうじゃん。オリモトに引かれるのは相当酷な話だからね? みんなそこんとこ、理解しといてね? 俺の古傷が抉られてくから。

 

「マジよ」

「ヒキガヤ、あんた……………」

「知らねぇよ。また記憶飛んでるんでな。思い出したのはシャドーのことだけだ」

「………………先輩、それだけじゃないですよね」

「あ?」

 

 ひょっこり顔を出してくるイロハ。相変わらず仕草があざとい。

 

「名前! 私たちの名前、以前の先輩でしたら、絶対に名前で呼んでくれませんよ?」

「あー………」

 

 そういえばさっきもイロハに言われたな。

 だが、俺は全く悪くないぞ。あれは勝手に暴走しだしたユキノと、便乗してきたイロハと、一人仲間はずれになるのが嫌だったユイのせいなんだからな。それに合わせた俺を逆に褒めて欲しいくらいだ。

 

「………あ、えっ? まさか………」

「ッ!? あなたまさか………」

 

 あ、ユイとユキノが段々とマトマの実みたいに赤くなってってる。

 

「名前で呼び始めたのはそっちだろうに………」

「「んなっ?!」」

 

 俺が責められる理由が全くもって分からん。

 俺の記憶がどこまであるのかを確認もせずに勝手に変なことを言い出し、そっちなんだし。あれが本心なのかどうかは置いとくとしても、恥ずかしいことを言っていたのは間違いない。その自覚があるからこそ、あの時の俺が少しだけでも記憶が残っていたことを悟った今、こんなにも真っ赤になっているのだろう。

 ふっ、ざまぁ。

 

「つか、あれからかなり時間経ったが、一向に最終兵器が起動された形跡がないな」

「最終兵器? なんで?」

「お前らが戦ってる間に、フラダリからカロス全域に通告があったんだよ」

 

 プシューと煙を上げている対照的な二人は放っておいて話を進めていく。

 ルギアのリライブ完了までの暇つぶしに会話に加わっていたが、そろそろ終わるみたいだしな。俺も次の仕事をしなくては。

 

「フラダリ………」

「宣言からしてもう一度最終兵器を使うらしいぞ」

「えっ? 最終兵器は先輩がどうにかしちゃったんじゃないんですか?!」

「あれは放出されたエネルギーを吸い取っただけだ」

 

 俺に最終兵器を壊すだけの力があるとでも思ってたのかね。そんな力があったらとっくにやってるし、そうすると今度は俺が最終兵器になってしまうぞ? 軍事利用に使われるとかどんな人生だよ。

 ………………あ、シャドーの一件があるから、すでにされてたわ。

 

「………記憶を代価にしてもできたのは………」

「や、そもそも俺らにそこまでの技量がないから」

「ないの?」

 

 何故真顔で小首を傾げるんだ、我が妹は。

 お兄ちゃんがそんな危険人物とか嫌でしょうに。

 

「あったら俺が兵器みたいなもんだろ」

「今でも兵器みたいなものだよ………」

 

 いや、それを言うと俺に勝った人たちはどうなるんだよ。

 世界の破壊者ってことになるのん?

 

「まあ、取り敢えず行って見てくるわ」

 

 とにかく実際にこの目で確かめてこよう。

 

「フレア団なら壊滅したようだぞ」

 

 と思ったら急に先生とエルレイドが現れた。若干ホラーだったのは言わないでおこう。

 

「せ、先生?!」

「シロメグリ先輩も!」

 

 ヒラツカ先生の後ろでひらひらと手を振ってくるメグリ先輩。

 二人とも急に現れるとか心臓に悪いからやめていただきたいんですけど。テレポートするならもう少し離れたところにしてくださいよ。

 

「ヒキガヤ、上手くやったようだな」

「あー、まあこっちは、ってだけですけどね。フレア団が壊滅したなら後は気が楽だわ」

「それって終わったってこと………?」

「一応はな。まだ俺にはやることがあるけど」

 

 早くゆっくりしたいのにな。それを許してくれるセレビィじゃないのは分かってる。俺が行かなきゃ、俺もハルノさんも生きているか怪しいところなのだ。嫌でも行くしかないだろ。

 

「………今度は何をするつもり?」

「時間旅行」

「「「じ、時間旅行?!」」」

 

 時間旅行ですよ。

 じゃないと辻褄が色々と合わなくなるんだよ。

 

「呆れた………。仕事がしたくないとか言っていたくせに、働きすぎじゃないかしら?」

「仕方ないだろ。そうなってるんだから。行かなかったらお前の姉貴死ぬぞ?」

「はあ…………」

 

 さすがにハルノさんを引き合いに出すとため息しか出てこなくなるのか。なんだかんだでこいつも姉貴のことが好きだからな。同じタイプのポケモンを最初に選ぶくらいには。

 

「ヒキガヤも随分と社畜になってきたな」

 

 ほんとそれ。自分でも嫌になってきますよ。

 

「俺を選ぶポケモンたちに罪はないですからね」

 

 ただまあ。ポケモン側には何の罪もないんだからな。

 人間が仕出かしたことの後始末を同じ人間にさせているだけに過ぎないんだし。

 

「ほんとにヒキガヤ君って何者なんだろうね」

「さあ? 何者なんでしょうね。なんでいつも俺ばかりが付き合わされるのか理解できませんよ」

 

 だからと言って、なんでみんな俺を頼るかね。それとも悪いのは俺の方なのか? 俺が偶然そこにいるから悪いのか? そうだとしたらどんだけ理不尽な世界なんだよ。

 世界は俺に優しくないからコーヒーくらいは………の件はいいか。

 

「ま、というわけだ。ルギアのリライブが完了したら…………もう終わったみたいだな」

 

 ルギアの方を見るとすっかり黒い体毛は色を変え、銀翼を羽ばたかせていた。

 はあ………、これであの三鳥も大人しくしてられるか。

 

「ほいじゃ、こっちも」

 

 オリモトは元に戻ったルギアを確認すると、スナッチしたボールを三つとも開いた。中からは当然ファイヤー・サンダー・フリーザーの三鳥が飛び出し、ルギアの元へと飛んでいく。

 

「なんだ、バトルしようとか言い出すもんだと思ってたわ」

「や、あたしにあの三体を使いこなす自信はないから」

 

 そして、そのまま四体は空の彼方へと消えて行った。オリモトは小さく手を振っているが、ほんとに自分のものにするつもりはなかったんだな。

 てっきり、脱走した俺に一発何かしてやろうとか考えてるんだと思ってたわ。

 

「スナッチできる時点で大丈夫な気はするがな。ま、そういう俺もルギアを使いこなす自信はない。あんな未知数なポケモンを使いこなすとかなんて無理ゲーだよ」

「…………ダーク状態のルギアに、一発………エアロブラストを撃たせてる君が………くっ、そう言うとはね……」

「あ? おまっ………起きたのかよ」

 

 新しい声が入ってきたと思ったら、ハヤマがミウラに介抱されながら起き上がっていた。

 カラマネロの催眠術は………解けたようだな。

 

「まだ、頭が痛くて、身体を起こすのが、やっと、だけどね」

 

 時折、頭痛が走るのか額を押さえるハヤマ。ムカつくことにその姿もやはりイケメンであった。顔面偏差値は高いやつは何をしても映えるから腹立たしい。

 

「お前、今回はほんと邪魔しかしてないぞ」

「はははっ、面目ない。みんなを守るつもりが、逆に迷惑をかけてしまったみたいだね。本当に申し訳ない」

 

 本気て申し訳ないと思っているのか、胡座のまま頭痛持ちの頭を下げてきた。いつの人だよ。

 

「…………ねぇ、ハヤマ君。起きて早々のあなたに言う言葉でもないのかもしれないけれど。この際だからハッキリさせておくわ。私は絶対にあなたのものにはならない。身体も心もね。鳥籠の中にいたわたしを連れ出せなかったあなたにはどうしたって私を、ユキノシタユキノを手に入れることは無理よ」

「……………みたいだね。催眠術で俺の意思とは関係なく操られていたけど、記憶はしっかりと残ってるんだ。だからそれは痛いほど見せつけられてたよ」

 

 そっぽ向いたまま悔しそうに言葉を紡いでいく。

 

「そう………」

 

 ユキノはそんなハヤマを見て悲しむわけでもなく一言だけ返した。彼女の心にはハヤマは一切映っていないらしい。

 

「ごめん、ユキノちゃん。俺も君から卒業しないとな。四冠王とかポケモン協会とか、全部君に競り合ってだだけに過ぎない肩書きだよ」

 

 逆にダメージを与えられたのはハヤマの方らしく、今度はユキノの目を見てそう言い切った。

 

「ハヤト………」

「ハヤトくーん、今日は恋バナでもするべ?」

「トーベ、あんたはさっさと寝てろし」

 

 ギロリと睨まないで!

 関係ないけど、見てるだけで鳥肌立つから!

 

「ないわー、ユミコがマジで睨むとかないわー」

「トベっち、ユミコの雷が落ちる前に退散するよー」

「あ、ちょ………」

 

 あーあ、腐女子に連れ去れてしまったよ。まあ、これで少しは静かになるが。トベがいないだけで随分と空気ぐ変わるって逆に凄いな。

 

「ハヤト、あーしはずっとついて行くから。まだまだハヤトには教えてもらいたいことが山ほどあるし、それに……….と、とにかく、ハヤトが決めた道ならあーしもついて行くから!」

「ユミコ…………。うん、そうだね。俺は過去の栄光を捨てることにするよ。しがらみは一度全部捨てることにする。でもって一から自分を鍛え直すことにするよ。………その、よければ手伝ってくれるかな?」

「も、もちろん! あーしがハヤトを鍛えてやるし!」

 

 さっき殺気だった声はどこへやら。

 ミウラがパァーっと笑顔を見せている。キラキラしすぎだろ。乙女してんなー。

 心傷には甘い言葉が何よりもの毒となる。

 このままミウラの毒がハヤマに回りきるのか楽しみだな。

 

「…………どうして君はいつもユキノシタさんのピンチには現れるのかな。正直嫉妬心に駆られてるよ」

「知るか。俺の行く先々にユキノがいるだけだ」

 

 手帳には俺とユキノの始まりはオーダイルの暴走からとなっていた。ペラペラめくっていると所々でユキノらしき人物像が描かれている。どれも素人並の動きで毎度助ける必要にあったんだとか。どうしてそこまでして危ない事件に首を突っ込んでいるのかは知らないが、今回も無事それを更新したらしい。まあ、今回は俺が巻き込んだようなものだけど。

 果たして彼女はいつになったら首を突っ込むのをやめることになるのやら。

 

「ッ!? ………ははっ、まさか君が名前で呼ぶようになっているとは…………」

「俺は悪くない。言い出したそこの三人に言え」

 

 三女を指差すとそっぽを見ており、全く俺と目を合わそうとしない。

 イロハなんかは口笛を吹いているまである。カッスカスだけど。

 できないなら無理するなよ。

 

「君は彼女たちにとってそんなことを言いたくなるような人間なんだろうな。………ヒキガヤ、まだやることが残ってるんだろ?」

「ああ、そうだけど?」

 

 え、なに?

 何を企んでるわけ?

 

「全て終わったらでいい。俺と本気でバトルしてくれないか? それで踏ん切りをつけさせてほしい」

「え、やだよ。面倒くさい。バトルって疲れるんだぞ?」

 

 うわ、面倒くさ。

 こんだけ働いてるのにまだ働けっていうのかよ。少し休ませろよ。

 バトルも体力いるんだぞ?

 しかもこれからまたバトルになるかもしれないんだし。

 

「え、それはちょっと見たいかもです。先輩とハヤマ先輩のバトルとか超貴重映像ですよ」

「そうだよヒキタニくん。こんなおいしいイベント他にはないよ。ハヤ×ハチは至高だよ。愚腐腐」

 

 ………君たち平常運転で何よりだよ。

 少しは…………誰もショックを受けてなさそうだな。なんだ、こいつら。図太い性格してるじゃねぇか。

 

「お兄ちゃん、久しぶりにバトル見せてよ。いつの間にかコマチたちの知らないポケモンたちを連れてるしさ。お兄ちゃんのフルバトル、コマチも見たいなー」

「分かった、全て終わったらな」

 

 コマチにお願いされた断るわけにもいくまい。

 ついでにヘルガーやボスゴドラ………は群れに帰るまでの一旅だし、付き合ってくれるか分からないが、ジュカインもお披露目してやらないといけないしな。

 

「決断はやっ?! どんだけコマチちゃんのこと好きなの?!」

「ばっかばか。コマチは世界の妹だろうが」

 

 何を言ってるんだ、このアホの子は。

 コマチが世界の妹とか常識だろうが。

 

「重度のシスコンになってる?!」

「こんな時でもシスコン過ぎるお兄ちゃんに驚きだよ」

「というかマジでこのメンバーでやるのん? まともなの、ヘルガーとボスゴドラくらいだぞ。しかもボスゴドラは群れから離れてるだけで、その内帰すし」

 

 今の俺の手持ちはリザードン、ゲッコウガ、ジュカイン、ヘルガー、ボスゴドラ、エンテイ。ディアンシーも俺のポケモンと数えていいのか? あとフレア団の下っ端どもの夢を食い尽くして満腹のようであるダークライか。

 うわ、鬼畜。こんなのまともなバトルにすらならねぇぞ。

 

「ヒッキーの、あれ? ハッチーの方がいいのかな………」

「どっちもなしって選択肢はないのか?」

「こんな会話してるんだし、ヒッキーでいいよね」

「………やっぱりそのままなのか」

 

 はあ………、変なあだ名はこいつので十分だわ。他のなんて捨てたいくらい。なんだよハチ公って。ハチえもんって。誰だよ。

 

「いや?」

 

 不意に上目遣いで俺の顔を覗いてくるユイの小首をかしげた顔。

 

「っ?! おまっ、それは反則だろ………」

 

 思わずときめいてしまった。

 

「へへーん、女の子はズルいくらいちょうどいいんだよ。ね、イロハちゃん」

「え? なんのことですか?」

「イロハちゃん?! まさかの裏切り!?」

 

 後輩におもちゃにされてるし。

 あいつ、自分がやろうとしてたこと取られたから仕返ししてんだろうな。

 

「やだなー、冗談じゃないですかー。女の子はいつだってズルいんですよ」

 

 ほら、こうやってごく自然な動きで俺に近づいてくるでしょ。

 

「ね、せーんぱい。私たちをこんなズルい子にしちゃった責任、取ってくださいね」

 

 耳やめて?!

 どんだけあざといのよ、この子は。

 俺の心臓が持ちそうにないな。さっさと時間旅行にでも行ってしまおうかな。

 

「ヒキガヤが狼狽えてるの、なんかキモくてウケる」

「うっ……、俺はお前のウケる基準が分からなくなってきたわ」

「ビィビィ」

 

 オリモトのウケる基準に呆れているとセレビィが俺の頭の周りを飛び始めた。

 どうやら時間のようだ。

 

「あー、はいはい。時間なのね」

「……………帰って来られるのよね?」

「大丈夫なんじゃね? 俺も初めてだから何とも言えん」

 

 時間旅行とか早々できるわけでもないんだから、いくら俺でも(といっても過去に何があったかなんてほとんど覚えちゃいないが)初めてだっつの。そもそも覚えてないから行ってたとしても初めてになるよな。

 

「あ、お兄ちゃん、お土産よろしくね!」

「無理だろ。何持ってこいって言うんだよ」

 

 まず、そんな楽しい旅行になりそうにないし。

 

「ヒッキー、これが最後なんだよね?」

「そうなんじゃね? 穴埋めに行くようなもんなんだし」

 

 最後、とはこれで今回のことが終わるのかってことだろうな。

 終わるといいな、マジで。

 

「そっか………」

「リザードン、ゲッコウガ、ジュカイン、ヘルガー、ボズゴドラ。悪いがお前らは留守番だ。なんだったらボズゴドラはリザードンに頼んで群れに帰ってもいいぞ?」

 

 それぞれポケモンたちで会話をしていたところに声をかけると、みんなして手を振ってきた。察しがいい奴らばかりだな。

 

「んじゃ、ディアンシー、エンテイ、とそこの黒いの。行くぞ」

『了解しましたわ』

 

 ディアンシーちょこちょこ俺の元にやってきて、エンテイも寝そべっていた身体をよっこらせと起こした。黒いのが影に潜って行ったが………、まあすでにいるだろう。

 

「また後でな」

 

 そう言って、俺はエンテイとディアンシー共々、白い光に包まれた。




次回から過去に吹っ飛びます。
二、三話くらいの長さになるかと。


あと数話でこの作品も終わりそうです。
順調にいけばゴールデンウイークあたりですかね。


もう少々のお付き合い、よろしくお願いします。


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80話

久しぶりの金曜日投稿。


「みんな、こっちに!」

 

 声のした方を見ると上空にイベルタルが二体いた。

 ああ、メグリ先輩がメタモンをイベルタルに変身させたところか。となると炎の女、パキラと交戦中の時間に飛ばされたってわけだな。最初がここからって、なんかなー。

 つか、マジで一瞬だったな。一瞬で景色が変わっちまったよ。もっと時空移動を楽しめるもんだと思ってたわ。

 

「イベルタル、あんな小細工は消しとばしなさい」

「させるかよ。ゲッコウガ!」

 

 うわー、ゲッコウガって俺の陰に潜ってたんだ。いるの自体は分かっても姿が見えないんじゃ、そりゃいきなり出てきた感じだわな。

 しかも何回見てもまもるを使いながらのメガシンカでデスウイングをかき消してしまうのはチートだと思う。もはや伝説級だ。

 

「あら、変わったポケモンね。いただいちゃおうかしら。イベルタル、もう一度やっちゃいなさい」

 

 おーおー、動けなくなってんな、俺。ダークライの力は負荷が掛かるみたいだからな。しかもここ最近連発して使ってたから、あそこで動けなくなるのも無理はない。というかそれだけで済んで何よりって話だな。最悪黒い穴の中で待機とかになる可能性だってありそうだし。

 

「中二先輩、いきますよ」

「うむ」

「「レールガン!!」」

 

 俺たちが戦ってる間にあの二人はレールガンを撃つ準備をしてたわけね。

 イベルタルに集中してたから気がつかんかったわ。

 ジバコイルとその上に乗るザイモクザに抱えられたエーフィ、ダイノーズにその上に乗るヤドキング、リザードンの上にイロハといるメガシンカしたデンリュウ、そしてポリゴンZ。計六体からのレールガンがイベルタルへと撃ち出された。

 

「サンダー、カミナリ」

 

 ミウラ達と対峙していた寝取られ王子がハイパーボールを投げ込んでくる。

 あのスーツってのは視界が広かったりするのかね。

 今はもうミウラが引き剥がしてしまって壊れてたからな。 

 

「サンダー、だと………」

 

 ボールの中からサンダーが出てきた。激しく唸らせるサンダーの雷撃により六閃は無と化し、代わりに雨が降り出してくる。同時に雨雲も造り出してたのか。

 

「クレセリア、サイコキネシス!」

「カーくん、ニャーちゃん、サイコキネシス!」

「サーナイト、サイコキネシス!」

 

 エスパー組がサイコキネシスで落雷を何とか止めた。

 伝説のポケモンがこっちにもいるにも拘らずギリギリとは…………。

 それだけ電気ってのは危険な代物ってことなのかね。

 

「フリーザー、フブキ」

 

 またしてもエスプリがハイパーボールを投げてきた。

 守りが手薄になったところにボールから出てきたフリーザーが口から吐かれた冷気を翼を使って仰ぎ、猛吹雪を飛ばしてくる。

 ポケモンを出すタイミングといい、あれで意外に策を弄するんだよな。

 中身がハヤマだからかね。

 

「リザードン、マフォクシー、だいもんじ!」

 

 イロハもひどいよなー。

 リザードンに当てずっぽうで技を使わせるとか、使えたからよかったものの、はずれたら危険だぞ。

 

「ボーマンダ、クッキー、だいもんじ!」

 

 ユイも戦闘に加わってきた。

 今にして思えば、この時にはもう彼女は逞しくなってたんだろう。アホの子だから気づいてないかもしれないが、もっとずっと怯えていてもおかしくない状況なんだぞ?

 ま、それだけ自信がついてきた証拠と取っておこう。

 

「イベルタル、デスウイング」

「くっ、ダークライ、もう一度だ」

 

 イベルタルが身を引き、翼を大きく広げていく。

 ここだな。

 

「それじゃ一発頼むぞ、ディアンシー」

『はい、マスター』

「マジカルシャイン」

 

 ディアンシーから太陽のような光が迸り、上空にいるイベルタルを包み込んだ。

 だが、うん、咄嗟に躱されるんだよな。

 でも、これがあの女が立ち去るきっかけにもなったんだし、よかったと言っていいのだろう。

 

「オホホホホッ! まだ虫ケラが混ざっていたようね。いいわエスプリ。後は任せるわよ。私にはやるべきことがあるの」

 

 俺は虫ケラなんですね。

 ちょっと後で面貸せや。

 

「あ、おい、待て!」

 

 下にも自分の敵がいると把握したからなのか、高笑いをしてパキラがさっさとセキタイの方へと飛んで行ってしまう。

 さて、後で俺もご挨拶に行かないとな。

 

「ルギア、オマエモヤレ」

「くっ、マジかよ。ダーク、ルギア………。くそ、パキラを追いたいってのに………」

「ルギア、エアロブラスト。ファイヤー、ホノオノウズ。サンダー、カミナリ。フリーザー、フブキ。リザ、ゲンシノチカラ」

 

 いやー、これやっぱり無理ゲーだよなー。

 まず飛行戦という縛りがある時点で使うポケモンが絞られるし、伝説のポケモンが四体にメガシンカが一体だぞ。

 よく頑張ったよな、俺たち。

 

「ゆきのん、ボーマンダ使って! あたしはクッキーでやるから!」

「分かったわ! ボーマンダ、メガシンカ!」

「リザードン、お前もメガシンカだ!」

 

 上ではさらにメガシンカが増えていく。

 あ、ここでミミロップとフシギバナもメガシンカしてたのか。

 

「ダークホール!」

「トゲキッス、ひかりのかべ! ミミロップ、ミラーコート! ファイヤーを抑えて!」

「ボーマンダ、オーダイル、りゅうのまい!」

「中二先輩!」

「うむ、いくのである! レールガン!」

 

 あの二人は案外タッグを組むと強いのかもな。

 バトルしたい気もするが先客もいるし、そもそも俺が疲れてやる気が出ないだろう。

 あ、でもバトルするとなると俺も誰かと組まないといけなくなるのか。

 ……………一人で二人相手する方がやりやすそうだわ。やめよ。

 

「サンダー、デンキヲヒキヨセロ」

 

 サンダーが周りの電気を避雷針のように集めていき主導権を奪うと圧縮し、自分で溜め込んだかみなりのエネルギーと合成し、新たな雷撃を練り上げ始める。

 

「インファイト!」

「ムーンフォース!」

 

 先生とメグリ先輩がフリーザー目掛けて攻撃を仕掛ける。

 ふぶきを放つ前に背後から現れたエルレイドに気づいたフリーザーは旋回し、エルレイドをサーナイト目掛けて突き飛ばした。そのままふぶきも放たれ、ムーンフォースも同時にかき消された。

 

「ファイヤー、ゴッドバード」

「ギャラドス、躱してハイドロポンプ!」

「ピジョット、ナイフエッジロール!」

「オムスター、げんしのちから!」

 

 ファイヤーに狙われたミウラたちだが、ギャラドスとピジョットが攻撃を躱しきれず、ギャラドスの上にいたミウラが宙に投げ出されてしまった。

 よくあれでエビナさんが投げ出されなかったよな。逆にすごいわ。ギャラドスひっくり返ってるからな?

 

「ビィ」

 

 ディアンシーに頼もうかと思ったら、先にセレビィの方がサイコパワーでさりげなく落ちる速度を落としやがった。

 さすが伝説。仕事が早い。

 

「ユミコ?!」

「ムクホーク!」

 

 トベがボールからムクホークを出し、ミウラを回収させに行かせる。だが、やはりというか。あいつは自分も真っ逆さまに落ちていることに気づいてなさそうだ。

 ま、生きてたしなんとかなるだろ。

 

『マスター、わたしたちも加勢しなくていいのですか?』

「表立って加勢したらややこしいことになるからな。こうやって見えないところでサポートするくらいが丁度いいんだよ。そのためにやってきたようなもんだし」

『それならいいのですが………』

 

 ディアンシーも心配なんだろうな。

 相手のポケモンがポケモンだけにうずうずしてることだろう。

 

「フリーザー、フブキ」

「イッシキ、そのままリザードンを使え!」

「ボーマンダ、だいもんじ! オーダイル、アクアジェット! クレセリア、サイコキネシスでサポートしてあげて!」

「リザードン、マフォクシー、もう一度だいもんじ!」

 

 三つのだいもんじで壁ができ、その上をオーダイルとゲッコウガが駆け抜けていく。サイコキネシスにより攻撃側の二体への吹雪も抑えられ、道ができた。

 

「カミナリ」

 

 すると、今度は背後から圧縮した雷撃を飛ばしてくる。ゲッコウガとオーダイルはフリーザーとサンダーに挟み撃ちされた気分だろう。

 

『マスター、どうしてあのポケモンは黒いのでしょうか。どんなポケモンなのかわたくし分かりませんが、普通じゃないように思えます』

「あれはダークオーラを纏っている………纏っているって表現も違うな。呑まれたってところか。まあ、とにかくお前の言うように普通じゃないんだ。しかもそれをやったのは人間だ。ルギアは人間の征服欲のために使われ、弄られた。ダイヤモンドを造り出せるというお前もそんな経験、ないわけでもないだろ?」

 

 ディアンシーについて手帳にはそう記されていた。

 ダイヤストームを見る限り、本当にダイヤを作り出せそうだし、実際にその物珍しさにフレア団によって狙われたみたいだからな。コンコンブル博士たちが上手く隠してくれたおかげで、今こうして俺の前にいるのだ。

 

『ええ、そうですわね。わたくしもこの力のせいで狙われました。誰かとは申し上げられませんが』

「いや、いい。そっちの方も知っている。だが、もうそいつらと出会うことはないと思うぞ」

『それもそうですわね。今のわたくしにはマスターがいますもの』

「ま、そっちもあるか。自分のポケモンくらいは守ってやるよ」

『ふふふっ』

 

 自分のポケモンなんて言ってしまったが、本当に俺のポケモンとしているわけ?

 結構面倒なことに巻込まれることになるかもだぞ?

 

「よっと」

「ヒョウテキ、カクニン。リザ、オーバーヒート」

 

 ディアンシーと話していると上空で俺がルギアの背中に辿りついていた。すぐにエスプリも追ってくる。

 リザードンでルギアに着地したエスプリが攻撃に転じようとしたので、ルギアの上の俺も動いた。

 

「させるかよ、来い! ゲッコウガ!」

「コウガ!」

 

 あそこでジュカインを出すべきか迷うところではあったが、ゲッコウガでよかったかもしれない。いきなりジュカインにバトルさせるのとかキツいと思うわけよ。状況もあまり飲み込めてなかったら動きようがないのだし。そしてそれは大きな隙となる。致命的な判断ミスをしなかったと考えた方がいいな。

 まあ、ジュカインを見る限りその心配もなさそうだったけどな。念には念をだ。

 

「みずしゅりけん!」

 

 バネを効かせた身体でルギアの背中にいる俺の前に飛んでくると、ゲッコウガは八枚刃の手裏剣で壁を作って燃え盛る炎を防いだ。

 

「ハイドロカノン!」

 

 炎を防いだ流れで手裏剣の形を変え、一直線に激しく唸る水の究極技を撃ち込んだ。

 ハヤマのリザードンは勢いに飲まれ、遠くへ吹っ飛んでいく。

 

「イクスパンションスーツ破損、10パーセント」

 

 あのスーツの方にもダメージが入ったみたいだな。

 損傷度が激しくなってくると離脱を強制的に行われるんだっけ?

 まあ、あんな独りでに飛んでいられる代物だしな。負荷をかければそれだけ壊れやすくなるか。

 

「ルギア、ハイパーモード」

 

 ハイドロカノンを受けて吹っ飛んで行ったリザードンが帰ってきて、ルギアの背中に拳を打ち付けた。衝撃でルギアはダークオーラに呑まれていく。

 

「ルギィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!」

「うおっ?!」

 

 ハヤマのリザードンのせいで、とうとうルギアが暴走を始めた。

 翼を大きく開いて雄叫びを上げ、上に乗っていた俺がバランスを崩して宙へと投げ出された。頼みのリザードンも三鳥の相手をしており飛んでこられない。ゲッコウガが咄嗟に飛びついてきたが、あいつでは飛べないから危険度は変わらない。

 ふーん、だからか。

 

「エンテイ、せいなるほのお」

 

 だから下から炎が飛んできたのね。

 足場を確保するのと同時に傷を癒すために俺がこうして今いるってわけだ。

エンテイの炎はホウオウの炎でもある。つまりはエンテイたちを蘇らせたと言われている炎。その炎を俺が避けようしないのはやはり本能的に安全だと判断したのだろう。記憶がなくてもエンテイの炎は覚えていたということだ。

 

「ヒキガヤくん?!」

 

 ユキノが炎に呑まれる俺を見て、絶望的な顔になっている。釣られて女性陣が俺を見ていた。

 

「そろそろか」

 

 俺がああして炎に呑まれてるということは、時期に魔王がやってる頃だな。

 

「あれ? セレビィ、どこいった?」

 

 気づけばセレビィの姿がない。

 あれ? 俺たち元の時間軸に帰られない?

 

「ルギア、ダークブラスト」

 

 雄叫びの後に再度口を大きく開き、禍々しい黒い爆風を生み出してきた。

 俺はエンテイの背中に登り、ディアンシーの手も引いて引き上げる。ちょっと重いかもしれないが我慢してくれよ。

 

「カメックス、ネイティオ、まもる!」

 

 爆風は皆を巻き込み、暴れていく。

 さらに三鳥がかぜおこしで爆風の威力を高めだした。

 だが爆風の中に投げつけられたボールから、カメックスとネイティオが出てきて障壁を貼り、黒い爆風を受け止めた。

 

「あ………」

 

 小さいから見えなかったが、二体の隙間にセレビィがいる。

 そりゃ、あの二体の障壁で抑えられるわな。

 

「くそっ! ゲッコウガ、めざめるパワー!」

 

 一緒に炎に呑まれたゲッコウガがめざめるパワーで炎を掌握し、支配権を奪ったようだ。あいつ、水も草も炎もお手の物なんだな。恐ろしいわ。

 ………その内、炎や草でもポケモンを模るようなことをしそうだと思うと、余計に現実味が増してくる。

 

「ナイトバースト!」

 

 上空からは暗黒の衝撃がルギア目掛けて一直線に降りかかってくる。

 なんだかんだで魔王らしいポケモンを連れていたんだよな。俺、ハルノさんに連れてるポケモンのことを聞かれた時、バンギラス二体って言っちまったんだけど。

 うわっ、はず…………。あの人絶対心の中で笑ってたよ。

 

「ファイヤー、サンダー、フリーザー、ウチオトセ」

 

 風を起こしていた三鳥がエスプリの命によりゲッコウガの炎とゾロアークの黒い衝撃波を翼で受け止め、地面に向けて叩き落とした。

 やはりファイヤーがいると例えエンテイの炎でも効果は薄いようだ。

 さて、ゲッコウガがエンテイの炎を掌握したことだし、移動するか。

 

「見つけたわよ、バカハヤト! バンギラス、メガシンカ!」

 

 どこかで一人、未来を見ていたであろうハルノさんのご登場。

 その間に、衝撃波で飛ばされていったリザードンたちを探してみる。

 

「ヒョウテキヘンコウ。ルギア、ダークブラスト」

 

 ぶうんと翼を仰ぎ、背後に現れたハルノさんの方に向き直るルギア。

 

「いてて、………なに今の………」

「カメックスにネイティオ…………っ!?」

「シロメグリ、助かった」

「いえ、みんな無事みたいでよかったです」

「ハチマンはまだ………」

 

 ちょっと離れたところから声がしたため覗いてみると、メタモンが全員を無事に受け止めていた。

 メグリ先輩の咄嗟の判断でみんな助かったってわけか。

 

「バンギラス、いわなだれ! メタグロス、ラスターカノン! ハガネール、かみくだく!」

 

 メタグロスに乗ったハルノさんが次々と命令を出していく。

 地面からはハガネールまで出てきて、第ニラウンドが開始した。

 

「リザードン!」

 

 上空からリザードンを呼ぶ声がする。それを聞いたリザードンはすぐに這い上がり、飛んでいった。相変わらず律儀な奴だな。

 

「フャイヤー、サンダー、フリーザー、ゴッドバード。リザ、ソーラービーム。ルギア、ハガネールヲフリオトセ」

「ゲッコウガ、ハイドロカノン! リザードン、ブラストバーン!」

「カメックス、オーダイル、起きなさい。私たちもやるわよ」

「ユキノシタ先輩、私もやります!」

「フシギバナ、私たちもやるよ!」

「バナァ!」

 

 ユキノの意図に気づいたイロハとメグリ先輩がマフォクシーとフシギバナを連れて集まってきた。そして、焦点を合わせようと空を仰いだ瞬間、サンダーがフリーで動き回っているのが森から見えた。周りには青白い電気をバチバチさせている。

 

「カメックス、オーダイル、ハイドロカノン!」

「マフォクシー、ブラストバーン!」

「フシギバナ、ハードプラント!」

 

 だが、下からサンダーに向けて三色の究極技を走らせ、牽制には成功し、上空の俺から標的をこちらに変えることができた。

 

「ユキノさん、後は任せて下さい!ハルノさんを!」

「分かったわ!」

 

 コマチに後押しされ、ユキノはクレセリアに乗って上昇していった。

 

「姉さん!」

 

 あ、ネイティオがユキノの後を追い出したぞ。これは例のやつだな。

 

「えっ?ネイティオ、どこいくの?!」

 

 ユイが呼び戻そうとするがネイティオはふらふらと飛んでいってしまう。

 

『マッテ! ワタシガヒキツケルカラ、フタリデハイゴカラコウゲキシテ!』

 

 ……………うん、やっぱりおかしいと思う。

 ネイティオってそんな芸ができるようなポケモンだったか?

 伝説のポケモンでもない、ましてやテレパシーを使えるようなポケモンでもない奴が声を発するなんて聞いたことないぞ。

 一つ、可能性があるとすれば、ゲッコウガみたいな存在だ。トレーナーと繋がることで何らかの作用が働く可能性。それがハルノさんとネイティオにあればの話だが。実際に目にした俺にはそれを否定することはできない。

 

「ハルノ………」

「はるさん………」

 

 さて、俺も行きますか。

 

「え、ちょ、そっちはまずっーーー」

 

 エンテイに任せたら急加速して、一気にあいつらの前を通ることになったんだけど。

 バレてないよね……………。何も言ってなかったし、うん………。

 

「ゾロアーク、ホウオウに化けて三鳥を誘導しなさい! バンギラス、メタグロス、はかいこうせん!」

 

 速すぎて見えなかったということにしておいて。

 俺は一人囮役を買って出た魔王の言葉を思い出した。

 

『時間を超えてまで助けられちゃ、お姉さんもさすがに無理かも…………』

 

 あの時、この言葉が何を意味していたのかは想像すらできなかったが、終の洞窟で生き埋めになりそうになった時に理解できた。

 俺がこうしてお姫様を助けにきていたのだ。

 だからあの人は無事だったし、あんな意味不明なことを口走っていたのだ。

 

「ダークブラスト」

 

 エスプリが命令を出した。狙うはメタグロスに乗ったハルノさん…………。

 だが、そこにいたのはメタグロスとバンギラスだけだった。

 バンギラスが黒いオーラを出して守りの態勢に入っている。

 

「ハヤト!!」

「いけ、エンテイ」

 

 ルギアの黒いダークブラストと二体のはかいこうせんが交錯している横を走ることにした。危険ではあるが、その方があいつらからもあの二人からも俺たちは映らなくなる。

 

「リザ、レンゴク」

「姉さん!?」

 

 その証拠にエスプリは気づいていない。

 リザードンに命令を出し、灼熱の炎を身を投げ出したハルノさんに走らせてくる。

 だが、その炎は彼女に届かせはしない。

 

「奪え」

 

 ハルノさんをキャッチし、エンテイに炎の主導権を奪わせ、あたかも攻撃を真正面から受けたかのように動かして森の方へと降りていく。

 

「ダークライ、あくのはどう!」

「~~~!! クレセリア、ムーンフォース!」

「マニューラ! ユキメノコ!」

「リザードン! ゲッコウガ!」

 

 後はあっちで片がつく。

 それよりも俺はこっちをどうにかしないとな。

 

「ルギィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!」

「ファイヤー、サンダー、フリーザー、ルギア、モドレ」

 

「ヒキ、ガヤ………くん?」

「全く………、姉妹揃ってその顔かよ」

 

 驚いたような、どこか嬉しそうな………。

 夢で見たユキノと同じじゃねぇか。

 

「自分の未来が見えないからって普通死ぬ方を選びますか?」

「えっ………、どうしてそれを…………えっ? うそっ………」

「と、迎えが来たか………ぁ」

 

 キャッチしたのが図らずもお姫様抱っこになっていたのは知らないフリをしておこう。

 

「ほれ、お前のご主人様は無事だ」

 

 一目散に駆けつけてきたゾロアークにハルノさんを渡した。

 俺を見るや困惑した表情を浮かべている。まあ、無理もない。あっちにもこの顔がいるんだからな。

 

「ヒキガヤくん………、君ってずるいね………」

「何言ってんですか。『ユキノちゃんをよろしくね』とか脅しをかけてくる方がよっぽどずるいと思いますけど? んじゃ、俺は急いでますんで」

 

 ユキノと俺が駆けつけてきそうだったので、それだけ言ってその場を離れることにした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ハルノさんから離れてセレビィに次に行くように伝えると、いきなりパキラの目の前だった。

 えっ? なに? 早速バトルしないといけないのん?

 

「……あら、ここまで追ってくるなん、て………」

 

 俺の姿を見るやパキラの表情が固まる。そういや俺の格好ってフレア団のものだったな。それにエンテイとディアンシーもいるからか。

 

「なるほど、そういうことね。まさか団員の中にスパイが混じっていたなんて」

「スパイ? 俺が? はっ、んなわけねぇだろ。剥ぎ取っただけだ」

 

 俺がスパイとかやめてくれ。

 あんなおかしな集団、スパイとしてでもいたくないわ。そんなのはシャドーだけで充分である。

 

「剥ぎ取るだなんて行儀が悪いわね。一着五百万円もする高価なものなのよ?」

「らしいな。俺からしたら趣味の悪い服でダサいとしか言いようがないが」

 

 俺の知る限り、どこの組織も趣味の悪い制服しかないような気がする。

 だからもう少しかっこいいのとか作れよ、と思わなくもない。

 

「それで? 今度はどういう要件かしら? ここにいるということはエスプリは負けたようだけれど」

「いや、まだ俺たちは勝っちゃいねーよ。スーツが壊れたってんで途中で逃げやがったぞ」

 

 そうは言ったが、向こうの方では炎の柱が薄っすらと立つのが見えた。俺が聖なる炎に呑まれてるのかね。

 

「そう、さすがは試作品。中身は良くても使えないわね。こんなことなら、生身のまま使った方が良かったかしら」

 

 どうでもいい、といった感じか。

 ま、下々のことなんて本当にどうでもいいんだろうな。

 

「やめておけ。その場合は怒り狂った女王と魔王に殺されるだけだ」

「…………ほんと、読めない子ね」

「見るからに分かるだろ? 俺を理解しようなんざ、あんたには無理だ」

「別に理解しようだなんて思わないわ。私はフラダリ様さえいてくれればそれでいいもの」

「当の本人はそんなこと微塵も考えてなさそうだが」

 

 ほらやっぱり。

 心酔しすぎてるわ。

 恐らく、愛情に似た感情を持ち合わせているのだろう。

 

「予定変更ね。あなた、殺すわ。ついでそこの宝石もいただこうかしら」

「結局やるのかよ」

 

 およよ………。

 やりたくないなー。面倒くさいなー。

 でもディアンシー狙った奴でもあるからなー。

 

「イベルタル、デスウイング」

「はあ………、エンテイ、せいなるほのお。ディアンシー、ムーンフォース」

 

 禍々しい風を聖なる炎で、パキラに向けてはディアンシーに直接仕返しをさせることにする。

 

「………あなたもダイヤを独り占めにしたいようね」

「はっ、別にそういうのじゃねぇよ。お前らと一緒にすんな」

『そうです! マスターは昔からわたくしに優しくしてくれた恩人です! 私利私欲に塗れたあなたとは違うんです!』

 

 ちょ、そういうのを人前で言うなよ。しかも本人の前で。小っ恥ずかしいだろ。

 

「ッ?!」

「おっ」

 

 堂々としたディアンシーの語りを聞いて恥ずかしくなっていると、山の峰の隙間から青白い光の柱が立ち出した。

 やった。めっちゃタイミングいいじゃん。

 上から見た限り、ここはまだシャラシティ付近。一っ飛びでセキタイまで行ける距離だが、なんせもう最終兵器は起動準備に入ったのだ。

 これなら俺が今ここで去ろうが、セキタイに着くのは丁度俺がブラックホールを使った後だろう。

 

「セレビィ、次よろしく」

「ビィ」

 

 セレビィの姿に一層目を開いて驚いたパキラの表情は一瞬で見えなくなった。



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81話

どうやらもう一話時間旅行してますね。


「おい、なんでそんなに引っ付いてくるんだよ」

「ひ、引っ付いてなんかないし! あんたが引っ付いてきてるんでしょうが!」

 

 …………………。

 なんかいきなり目の前にいちゃついたバカップルがいるんですけど。

 

「声が震えてるんですけど?」

「そ、そんなことないし!」

「ダメだこりゃ………」

 

 というか俺とサガミである。

 なんだこれ。傍から見たらただバカップルにしか見えねぇ。

 つーか、何? がっちり俺の腕を掴みすぎでしょ。普通に胸が当たってますよ?

 うん、これじゃ一般観衆の前には出れねぇな。外にいる時は気をつけよう。

 

「ね、ねえ、そもそもこの洞窟のどこにいるのよ」

「知らん」

「ちょ、そんな当てもなく歩かないでよ!」

「まず来たこともない洞窟に地理もクソもあるかよ。すでにここがどこだか分からないくらいなんだから」

「ちょ、やめてよ! ここで一生を終えるとか絶対にやだからね! あんたとここで朽ち果てるとか絶対に嫌だからね!」

「はいはい」

「この………」

 

 最初が夜だったためか今度も暗い洞窟の中である。

 セレビィが気を利かせてくれたのかもしれない。

 ま、そんなことがどうでもよくなるくらいには、目の前の光景を受け入れられないわけだが。何やってんだ………。

 サガミは相変わらずうるさいし、そのせいで野生のポケモンたちが出口の方に逃げていくし。

 

『マスターとミナミさんは仲がよろしいんですのね』

「そう見えるならお前の目がどうかしてることになるぞ?」

 

 仲がいいというよりかは俺がサガミで遊んでいる感じである。

 うわっ、なにそれ、仲がいいとかいうよりもタチ悪………。

 

『えー、そんなことないと思うのですけれど………』

「あいつは俺を目の敵にしてるんだよ。ポケモン協会に属しているからってだけでカロスに来ていたあいつらを招集してフレア団との抗争に巻き込んで、危険な目に遭わせて。しかもあいつは情報漏洩の責任なんてのも感じてるんだろう。だから俺に突っかかってくるんだよ」

 

 ああ、そうだ。仲がいいのではなくムカつくから俺に対して強気でくるのだ。そして、俺がそれに対して普通に接してるから仲良く見えるだけであって、仲がいいわけではない。

 

『そうですわね。ミナミさんも仰っていましたわ。自分のせいでみんなを危険な目に合わせてしまったと。知らなければいいことを知ってしまったと。それも全部マスターのせいだと』

「おう、言いたい放題だな」

 

 ディアンシーに何話してるんだよ。ただの俺の愚痴じゃん。

 

『でも、それ以上にマスターが全て抱え込んでしまっていることに腹を立てていましたわ』

「なんだよ、それ。俺は別に抱え込んでなんて………」

 

 怒ってる姿はなんとなく想像できたけど。

 

『ミナミさんにはわたくしたちを扱うことの難しさを話しましたわ。扱いを誤れば、タイミングを間違えれば、街一つを簡単に破壊してしまうような強力な力を持つわたくしたちのことを』

 

 急に口調を落ち着かせ、静かに呟いていくディアンシーに合わせ、俺も気持ちを切り替える。

 ………言った、のか。

 伝説のポケモンというものを知ってしまったんだな。まあ、そうなるかなー、なるといいなー、とか思ってはいたけど。

 サガミは伝説のポケモンの恐ろしさを知ってしまったんだな。

 

「…………それで?」

 

 話の先を促すとすぐに話を再開してくれた。

 

『ミナミさんは実際にマスターの本気を目の当たりにして、思い出すだけで震えが止まらないと仰っていましたわ』

「ま、それが普通の反応だよな」

 

 実際、俺がちょっとビビってるもん。なんだよ、あのブラックホールとか。マジで吸い上げてたぞ。あんなのに呑まれたらひとたまりもないからな。ああ、恐ろしい。

 

『いえ、恐ろしいからではありませんよ。マスターがいかに危険を冒しているかを理解してしまったから、震えが止まらないのです』

 

 あ、そっち?

 

「はあ………、危険って。まあ、記憶がなくなるのは危険だけどよ。でも何の代償もなしにあんな力使える方がおかしいだろ」

 

 無償であんな力を使えますなんて言われたら、そりゃ最初は使うかもしれないが、実際に使ってから気づくことだろう。こんな強力な力を何の代償もなく使ったんじゃ、いつか自分が力に呑まれてしまうのではないかと。

 それならば、いっそ最初から代償を掲示されていた方が心構えができるってもんだ。記憶がなくなるってんなら日記をつけたり、活動時間を奪われるならやっておかなければならないことを先にしておけばいいのだからな。

 それがないとなると、逆に恐ろしく思ってしまい、結果力に呑まれる時間を早めるだけである。

 等価交換とはよく言ったものだ。

 

『ええ、だから伝説というものを彼女は理解してしまったのです。マスターを知ってしまったのです。それでもわたくしをマスターのところへ行くように言ってくれましたわ』

「…………それ、暗に力に呑まれてしまえってこと?」

『そんな感情はもうないと思います』

「だよな、うん、すまん」

 

 じとっとした声に少したじろいでしまった。

 サガミは全てを理解した上でディアンシーを俺の元へと連れてきたのか。まあ、連れてきたのはゲッコウガであるが。

 だが、それならもうあいつは大丈夫だろう。いかに自分が見てきた世界が狭かったか理解できたはずだ。

 

『それで今回はどうなさるおつもりですか?』

「落盤から俺を助ける」

『なるほど、だからミナミさんは悲痛な表情を浮かべてたのですね』

「まあ、ちょっと悪いもん見せたかなーって思ってはいる」

 

 理解が早くて助かります。

 や、ほんとあれは計算外だった。まさかジガルデがあんな奴だとは思わなかったわ。あんなことできるんなら、もう少し趣向を変えたってのに。

 知らないって怖いな。

 

『まったく……、マスターも罪な人ですわ』

 

 あ、なんかディアンシーに呆れられてる。

 

「ほら、噂をすれば、ボスゴドラのお出ましだ」

「えっ?」

 

 ディアンシーと話していると、どうやらボスゴドラたちの群れに遭遇したらしい。狙われているのはあっちの俺たちなので、その後ろを静かに通り過ぎていく。

 

「リザードン、あの群れのリーダーだろうボスゴドラに事態を説明してきてくれ」

「シャア」

「はっ?」

 

 一度来ているからか身体がどんどん奥へと吸い寄せられていく感覚に陥った。まるでダークホールが奥にあるかのような感覚だ。そんないいものでは決してない。

 しかし、行かなければならないため、身を任せてみる。

 するとしばらくして緑色の光が見えてきた。『深き緑の目をした化け物』、ジガルデがいるところだ。この開けた場所だけ一風変わった空気感があるのはジガルデのせいだろう。

 

「あの時はじっくり観察もしなかったからな」

『ここは………?』

「ここにジガルデっていうカロスの伝説のポケモンがいるんだ。あの緑色に光ってるところがあるだろ。あそこにいたんだよ。もう少しすればさっきの俺たちも来ると思うぞ」

『ジガルデ、ですか………』

「俺も状況をよく掴めていないが、フレア団の方にイベルタルが捕獲されたんだ。ほら、さっきの赤黒いポケモンいただろ? それと対照的なゼルネアスっていう生命を与えるポケモンはこっちの味方になってな」

『つまり千日戦争が始まると………?』

「ああ、だからそれを止めるためにも第三のポケモンの力が必要ってわけだ」

『さすがはマスター。仕事が早いですね』

「そうでもない。ずっと後手に回っていたさ。ただ、俺も限界になってな。堪忍袋が切れた」

『マスターが本気を出すと街一つ消えそうですわ』

「俺は伝説のポケモンかよ………」

『えへっ』

「うん、かわいいから許す」

 

 後ろから上目遣いであざとく笑ってきたので許すことにした。こういう少しあざといくらいならいいんだよな。ほら、イロハだとすげぇあざとさを感じるじゃん? この先に何が待ってるのか怖くなるまであるな、あの笑顔は。かわいいけど。かわいいんだけども。

 コマチ? コマチはどんなにあざとくても世界の妹だぞ? 許さないわけがないだろう。何なら、「ごめんね?」「いいよ」ぐらいのテンポで許すまである。

 

「うわー………」

 

 どうでもいい煩悩を振り払い、エンテイから降りて緑色に光る湖? 池? っぽいのを覗き込む。

 何というか何も見えない。この中にあの四足歩行がいるというのだろうか。

 

『大丈夫、なのですか?』

「さあ。取り合えず触ってみるか」

 

 すげぇ怖いけど、この緑色に光るものが水なのかどうか確かめておきたい。

 ちょっと緊張して震えだした右手を伸ばして光の中に突っ込んでみた。

 

「……………………」

『……………………』

「何も感じねぇ…………」

 

 水があるわけでもなく、単に緑色に光っているだけ。触ったという感触すらない。

 なんなんだ? マジで………。

 

「えっ? ここ?」

「ああ、おそらくあの緑色のところにいるはずだ」

 

 やばっ………もう来ちゃったよ。

 

「ゲッコウガ、ジュカイン」

 

 声のした方がを見るとリザードンとゲッコウガとジュカインがいたので、そそくさとディアンシーとエンテイを連れて物陰に隠れた。

 

「えっ、ちょ、ヒキガヤ! 何か光ってない?」

「あ?」

 

 ああ、そういえばキーストーンの方がなんか急に光りだしたんだよな。あれは何だったん…………こっちも光ってるし………。

 

『マスター、それは………?』

 

 二つのキーストーンと俺の腹が光りだして、その全てがディアンシーを映し出していた。ディアンシー自身も自分が写っていることに驚きを隠せないようだ。

 ふむ……、今いるポケモンでメガシンカできるポケモンが映し出されるということなんだろうか。じゃなきゃ、こっちにだってリザードンやジュカインが写ってもおかしくはないんだし。あるいはボールがあればまた違ったりしたのかね。

 

「俺にもよく分からない。ただ、映し出されたメンバー的にメガシンカできる奴が映し出されるんだろう。どういう原理なのかはさっぱりだが」

『……おなかも…………光ってますわ』

「うわっ、気持ち悪っ! ………どうも俺の腹の中にはキーストーンがあるらしいぞ。まあ、キーストーンというか同じ周波数を出すものらしいけど。でも、ディアンシーをメガシンカさせることができたってことはキーストーンってことなんじゃないか?」

 

 腹が光ってるとかマジで気持ち悪いが、取り敢えず説明だけはしておく。ここにオリモトがいなくてよかった。絶対ゲラゲラ笑いだすに決まってる。

 

「ふっ、初めてだな、こうして全員を使うのは。……………全員、メガシンカ!」

 

 リザードンとジュカインが白い光に、ゲッコウガが水のベールに包まれていく。

 こうしてみると壮観だな。ほのおにみずにくさタイプ。三色の、それも御三家のポケモンが同時にメガシンカして、姿を変える瞬間とかそう見れるものでもない。写真に残しておきたいレベルだわ。

 そして三体ともがベールを弾き飛ばし、変えた姿を見せてくる。黒い体色に青い炎のリザードン、八枚刃の手裏剣を背中に構えたゲッコウガ、胸元のバッテン型の草と尻尾と背中の種が成長したジュカイン。まあ、よくもこんなメンバーがそろったものだと感心してしまう。

 

「成功だな。すー………はー………、リザードン、ブラストバーン! ゲッコウガ、ハイドロカノン! ジュカイン、ハードプラント!」

『すごい、ですわ………。まさかこんな瞬間が見られるなんて』

「ポケモンのお前から見てもやっぱすごいことなんだな」

『それはもう言葉にできないほどですわ。そもそもメガシンカ自体が難しいことなのに三体同時だなんて聞いたことがありません』

「まあ、そうだよな。 けど、お前が来たときは四体同時だったからな?」

『そうでした………。やはりマスターは数々の伝説のポケモンたちに出会うべくして出会ったすごいトレーナーさんなのですね』

 

 待っていましたと言わんばかりに、三体がそれぞれ究極技を打ち出していく。緑色の光が放たれている湖っぽいところに太い根が走り、それを軸にするように炎と水が螺旋状に駆けていった。

 強い衝撃を浴びた湖は地響きとともに唸り声のような音を発してくる。

 

「オロロロ」

 

 そこに一体の小さな生き物が現れた。

 そうだ! 確かあの四足歩行になる前に小さい形をしていたんだった。

 えっ? じゃあ、どういうことなんだ? ジガルデは姿を変える…………進化、いやメガシンカ………はないな。となると………やはりフォルムチェンジか?

 そんなことを考えていると次の瞬間、睨みを効かせたかと思うと辺りから何かがそいつに向かって飛んできた。小さいポケモンに攻撃されている………かとも思ったが、そういうわけもない。

 

「おっ、と」

 

 丁度俺の目の前からも何かが飛んでいこうとしたので、それを咄嗟に掴んでみると……………掴めなかった。

 はっ? 実体がないということなのか?

 それとも単に吸い寄せる力の方が強かったのか?

 何はともあれ、ジガルデは何かを吸収することで四足歩行になる。その事実は確認できた。

 

「すごい………」

「進化………、いやフォルムチャンジか?」

 

 サガミにとってはこの日、初めての冒険だったことだろう。俺とバトルして、ポケモンの方から気に入られ、洞窟に連れてこられたかと思うとボスゴドラたちをバトルもしないで懐柔し、最深部ではジガルデの不思議な力を目撃し、落盤に会い、最後にディアンシーに出会って。人と話せるポケモンというところも新鮮だったかもな。

 そりゃ、精神的にも強くなるわ。

 

「よお、深き緑の目をした化け物さん」

 

 この時、ヘルガーみたいだなとか思ったからヘルガーが帰ってきたとかそういうことじゃないよね?

 

「ガルルルルゥ、ウッガッ!」

 

 あ………。

 威嚇をしたかと思うと、光を発した。

 これだよこれ! 地震とは何か違う、激しい揺さぶり! 肝心なのを忘れてたわ!

 急いでエンテイに乗り、足場を確保しに移動していく。一番安全なのはやっぱりジガルデの側、緑色の地帯だよな。

 

「リザードン、ジュカイン。もう一度だ! ゲッコウガはドクロッグとサガミをアズール湾、ルギアたちと初めて会ったところの海のどこかに洞穴があるはずだ! そこにディアンシーがいる! そいつを仲間にしてきてくれ!」

「コウガ!」

「え、ちょっ?!」

 

 衝撃が地面に渡るや、地割れが起きた。天井からも軋む音がして、今にも崩れそうである。戸惑うサガミを他所にその中をゲッコウガとドクロッグが駆けつけていく。残ったボスゴドラが崩れそうな天井をてっぺきで固めて必死に道を確保しているのも見えるな。

 

「ゲッコウガ、そっちは任せたぞ!」

「コウガ!」

「ヒキガヤ!?」

「俺はまだこの化け物に仕事をさせる必要がある! お前は逃げろ!」

「ちょ、ヒキガヤ!?」

 

 騒ぎ立てるサガミであるが、ゲッコウガとドクロッグがひょいっと持ち上げるとあっさりと連れて行かれてしまった。

 俺も次が来るのでジガルデから離れることにする。

 近くにいて分かったが、どうやらプニプニした何かを吸収していたらしい。技を使った瞬間に溢れ、また吸い込まれてたりしてたから間違いない。

 

「リザードン、ジュカイン。まだ、いけるか?」

「シャア!」

「カイッ!」

「なら、あの化け物を地上に送りあげるぞ! ブラストバーンとハードプラントだ!」

 

 いやー、危ない危ない。助けるつもりが逆に飲まれるとか話にならんからな。

 ゲッコウガたちが安全に出て行ったのを確認するとボスゴドラがメタルクローとアイアンヘッド、それにアイアンテールのフル使用で崩れ始めた天井の残骸を砕いていっている。

 ジガルデの足場には太い根が突き刺さり、地面ごと持ち上げ、それを炎で天高く押し上げると、ジガルデもようやく自主的に地上へと走り去っていった。

 残ったのは倒れた拍子に頭を打った目つきの悪い男とそのポケモンたち。 

 それじゃ、あの言葉からかけますか。

 

「………さっさとあいつらをボールに戻せよ」

 

 近くに寄ってそう声をかけると意識が遠のいていく中、無理に起き上がってリザードンとジュカインをボールに収めた。

 これで後はボスゴドラに任せられるな。

 それじゃ、もう一つの言葉をかけますかね。

 

「いやー、お前はよく頑張った。経験した俺が言うんだから間違いない。だから次に起きたら12番道路に向かえ。そこがお前の最終決戦の場だ」

 

 いや、ほんとマジで。俺は頑張ったと思うよ。というか今もこうして頑張ってるよ。まだ終わらないんだもん。

 

「ディアンシー、こいつをボスゴドラに投げてくれ」

『こいつってマスターですよ?』

「寝てるから大丈夫だ」

『自分の身体をもっと大事にしてくださいよ、まったくマスターは……』

 

 とか言いながらもちゃんと投げるのね。しかもジャストヒットですか。コントロール良過ぎでしょ。

 

「ゴラァ!」

 

 投げつけられたボスゴドラは悟ってくれたのか、一声だけ上げると壁に穴を開けて突き進んでいった。

 よし、これでこっちは終わったな。

 

「セレビィ、次だ!」

 

 マジで早くして! 今度は俺らがピンチだから!

 

「ビイィィ!」

 

 お、きたきた。

 さて、次はどこへいくのやら。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あれ?

 ここって…………。

 

「終の洞窟の、入り口………だよな………」

『そのよう、ですわね』

 

 なんでまたこんなところに飛ばされたんだ?

 他にもっと行かなきゃならないところがあると思うんだが。

 

『あ、あの………マスター………あれ………』

「ん? なんだよ? って、ああ、なるほど。これで今がいつか理解できたわ」

 

 ディアンシーが何かに気づいたようで、そっちを見てみると、ボズゴドラとその傍に俺が寝ていた。

 太陽が昇ってるということはこれから決戦が始まるということか。だが、そんな時にここに飛ばされたってことはやはり何かあって然るべきってことなんだろうな。

 

「取り敢えず道に出るか」

『はい』

 

 ディアンシーとエンテイを連れて道路の方へと移動。さっきもいなかったけどセレビィはどこに行ったんだ?

 移動の時だけ出てくるつもりなのか? それとも俺が見つけられてないだけで、何かしてたりするのかね。

 

「お、おお! ハチマン!」

 

 お、早速きたか。

 どうやら今回のイベントはこの人のようだな。

 

「カツラさん………、久しぶりっすね」

 

 ギャロップに乗って颯爽と現れたのはツルツルした頭が特徴のグレンジムのジムリーダー、カツラさん。今は帽子を被っているためその特徴的な頭は崇めないが、会議を解散させてから会ってなかったため、何だか懐かしく感じる。

 

「無事、だったようだな」

「ええ、おかげさまで」

「と、ここは………む? ここは、まさか………?! そうか………、やはり君だったか」

「なんすか、急に。一人で納得しないで下さいよ」

 

 急に今いる場所を見て何かを理解したカツラさんに詳しく話すように投げかけた。

 だって、なんか気になるじゃん。俺のことらしいし。

 

「君がジガルデを叩き起こしてくれたようだな」

 

 ああ、そういうことか。

 ということはヒャッコクの方へジガルデは行ったんだな。

 

「あー、まあ、一応」

「………すまん、残念だがジガルデは相手の手に落ちたようだ」

 

 えっ?

 

「はっ? マジで?」

 

 うそん。なんでだよ。

 役にたたねぇな。

 

「うむ………、信じがたい話ではあるがな」

「………どうすんだよ」

 

 はあ………、第三のポケモンであるジガルデ相手に渡ったんだったら、これまでの均衡が一気に崩れたってことなんだぞ?

 でも、それでも解決したんだよな? 一体全体何がどうなって解決に至ったんだよ。わけが分からん。想像すらできないぞ。

 

「………それよりも、どうしてエンテイがここに………? それにその綺麗な………」

『ディアンシーと申しますわ』

「む、テレパスか? ………ハチマン、君には恐れ入った。まさかこんな隠し球まで用意しているとは」

 

 くははっ、と頭を押さえて空を仰ぎ見た。

 

「別に用意してたわけじゃないですよ。ディアンシーについては元々カロスにいたからだし、エンテイに至っては別件の方でやってきただけですから」

 

 改めてエンテイに挨拶をしているカツラさんに経緯を簡単に話した。が、聞いてなさそう。

 おい、こらじじい。人の話を聞け!

 

『それよりも………、こんなところで立ち話をなさっていて大丈夫なのでしょうか………』

「おっと、そうだった。はやく兄弟の元へ戻らねば」

 

 なんでディアンシーのいうことには反応するんだよ。このエロじじいが。

 

「俺も行きます。どうやらカツラさんについていくのが今回の目的っぽいので」

 

 だが、これが今回の目的となるなんかなー。マジでどうなるんだよ。

 

「目的?」

「いえ、こっちの話です」

「では、話は移動しながらだな。ギャロップ、ポケモンの村まで突っ走るのだ」

「だそうだ、エンテイ。ギャロップについて行ってくれ」

 

 エンテイに再度跨るとディアンシーも引き上げ、ギャロップの後をついていくように命じる。

 マジ、エンテイ、社蓄の鏡!

 文句ひとつ言わずに言うことを聞くとか、社蓄精神養われすぎでしょ。俺だったら途中で根を上げるな。こんな荷物運ぶのとか絶対に嫌だもん。戻ったらなんか美味いもんでも食わせてやろう。

 

「で、ポケモンの村に何しに行くんですか?」

 

 つか、ポケモンの村って何?

 

「ポケモンの村というところにはかつてトレーナーに酷い仕打ちをされ、あげく捨てられ、人間不信に陥ったポケモンたちの住処なのだ。そこは人の出入りは禁制となっており、そこに兄弟が行くと言い出してな。君から兄弟を引き受けた日、早速そこへ向かったのだ。それからずっとポケモンの村に居ついていたってわけだ」

「はっ? あんな時間から向かったんですか? ミアレから? 場所は知らないですけど、こんなところにいる時点でミアレから遠いのは明白ですよね? アホなんですか?」

「わたしがカロスに来たのはポケモンの村の実態を見るためでもあったのだ。だがやはりそこは兄弟。考えることは同じだったらしい」

「…………あー、あったあった。確か、ミュウツーの方もカロス行くなら連れて行けとか言ってましたしね。それで連れてきたわけですけど、なるほどそれなら納得がいきます」

 

 手帳を取り出してパラパラとめくるとミュウツーのことについても記されていた。カロスに来てからの記憶しかない(後はシャドーのことくらい)ため、ミュウツーがどういう経緯でついてきたのかは覚えていない。だが、あんな奴がついてくるとかそもそもが有り得ないんだし、こんな理由だとも思ってはいた。

 

「ハチマン、この先どうなると思う?」

「どうなる、ねぇ。フレア団壊滅しかないでしょ」

 

 事実、俺の知らないところでフレア団は壊滅し、事件は解決していた。

 こうして時間旅行もしてるわけだし、必ずあいつらは壊滅するだろう。

 

「ふっ、君は相変わらずだな」

「事実を言ったまでですよ。フラダリを倒して、フレア団も壊滅。それをするのが俺かどうかは知りませんけどね」

「心強い限りだ。この老いぼれも負けてはおられんな」

「無茶しないでくださいよ? ただでさえ歳なんだし、そうでなくてもミュウツーと同調してるんですから」

「そのおかげでできることもあるがな」

「ま、そこは一長一短でしょ。等価交換といってもいい。何かができれば必ず何かができなくなる。完璧なんて存在しませんから」

「うむ、そうだな。わが兄弟でそれは学んだ」

「あ、そうだ。カツラさん、ホロキャスターって持ってます? というかシロメグリ先輩と連絡つきますか?」

「ん? シロメグリ……? ああ、あの娘か。あるぞ」

「ちょっと貸してもらっても」

「構わんよ」

 

 ほいっとホロキャスターを投げてきた。持ってるんだな。なんか違和感を感じるわ。

 似合ってねぇな。

 

「あざっす」

 

 ちょっとした思いつき。

 フラダリは今日最終兵器を再起動させようとしていた。だが、上手くいかず、そのままフレア団は壊滅。ならば、それまでにフレア団はセキタイ周辺にいて、誰かに攻められて壊滅したとみた方がいいだろう。それじゃ、それは誰がしたのか。恐らくジムリーダー辺りだろう。違ったとしてもメグリ先輩の指示で動いたのは確かだ。今はもうカロスのポケモン協会を占拠してるんだからな。

 だけど、その配置はどうやって決めたのか。メグリ先輩や先生にそこまで想像がつくとは思えない。いや、優秀な人たちではあるが、最終兵器再起動を今のこの時点で知っているのは俺だけだ。

 つまり、メグリ先輩に指示できて信じてもらえるのは俺だけである。うわっ、ただの自意識過剰者にしか聞こえないとか。ウケる……。

 

「もしもし」

『もしもし、カツラさ………え?」

「あー、手短に言いますよ。ジムリーダーたちをセキタイに回してください」

 

 メグリ先輩はカツラさんだと思って出たらしく、俺の顔を見るや驚いた表情を見せてくる。

 

『そ、それだったらユキノシタさんが先に指示を出してたよ。ジムリーダーたちでフレア団を壊滅して欲しいって』

 

 だが、すぐに言ったことを理解したのか返事が返ってきた。まあ、思ってたのとは百八十度違ったが。

 

「えっ? マジですか………?」

 

 おいおい、ユキノさんや。

 いつの間にそんな手を打ってたのよ。

 

『まあ、でもそれが正解だったって分かって安心したよ。君が言うのなら間違いないからね』

「や、過大評価しすぎっすよ。俺はそんなできた人間じゃない。取り敢えず、そっちはお願いします」

『うん、無茶はしないようにね』

「うす」

 

 …………あいつ。

 偶然かもしれないが、上手く作戦を考え込んでいたんだな。一体、どんなシナリオを描いていたのか気になってくるわ。

 

「ありがとうございます」

 

 エンテイにギャロップと並走させてカツラさんにホロキャスターを返す。

 

「上手く動けていたようだな」

「ええ、ちょっとユキノの方に任せっきりになってましたけど、上手く作戦を立てられたようです」

「みんなどんどん成長していくのう」

「そうっすね。俺みたいにならないといいですけど」

「それはわたしにも言えたことだな」

 

 ふはははっ、とその時は高らかに笑っていられた。

 ポケモンの村に着くまでは。



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82話

今日中に投稿おこうということで。

時間旅行もこれで終わりです。


「さがれ、エックス!」

 

 ポケモンの村にたどり着くと。

 早速修羅場になっていた。

 

「ぐ……!」

「がはっ……!」

 

 えっ? ミュウツー?

 あいつ、何してんの?

 もしかして操られてたり? 

 主人の留守の間に何かが起きたのは間違いない。でなければ、顔見知りであるはずのあのイケメンをミュウツーが襲うとか考えられないからな。

 ミュウツーは自らが作り上げたスプーンにサイコウェーブを乗せて回転させ、竜巻を起こし、二体のリザードンとドサイドンとブリガロンが吹き飛ばしていた。

 

「フフフ、これは好都合だ。こちらが手を下さずとも、邪魔者を一蹴してくれた」

 

 この声、は………フラダリ……。

 なるほど、要するにあいつが一枚咬んでいるのだな。

 

「フラダリ!」

「ミュウツーを操ってるのはきさまか!?」

 

 と、あれはエックス? と言ったか? 新しい図鑑所有者。初代図鑑所有者のグリーンと合流したようだな。

 二人はギャラドスに乗って現れたフラダリに敵意丸出しに吠えた。

 

「ミュウツー……。村を守っていた伝説のポケモン」

「村を守る?」

 

 村を守る、というニュアンスにエックスの方が驚いた。おそらくミュウツーについて何も知らないからだろう。エックスからしてみれば、力を暴走させて襲ってきた凶悪なポケモンにしか見えないし。

 

「カツラさん」

「うむ、分かっている。わが兄弟は操られているのではなく怒っているのだ。しかし、案ずるな。わたしがここにいる」

「んじゃ、あいつを頼みますよ」

 

 ただ近づくのでは意味がないので、二人して高台へと移動し、見晴らしのいいところから全体を見渡すことにする。

 

「われわれが村に入り、潜伏をはじめても村のポケモンたちはにげもかくれもしなかった。不思議だと思わないか? 人間からひどい仕打ちを受けたポケモンなのにわれわれを恐れなかったのだ。やがて気づいた。この村とポケモンたちを守る存在にな。だが、一向にその姿を現すことはなかったのだ。昨夜までは……」

「……昨夜……。村のポケモンたちを最終兵器のもとへ連れていったのか? そのことでミュウツーは怒り、暴れているんだな?」

 

 そんなこんなしていると聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

 村のポケモンたちを最終兵器まで連れて行っただと?

 確かに人間に捨てられたポケモンたちがいるって話だったのに野生のポケモンが見当たらない。グリーンの言う通り最終兵器まで連れて行ったのだとしたら……………再起動以外にないか。

 ゼルネアスがいたから計画が早まっていたが、そもそもは野生のポケモンの生体エネルギーを吸い取っていたのだ。塵も積もれば山となるとはよく言ったもので、体のいいエネルギー資源として捕獲されたのか。

 そりゃ確かにミュウツーが我を忘れてでも暴れるわな。

 

「図星か……」

「フッ、知ったところでなにができる? ミュウツーはわたしのギャラドス、カエンジシ、コジョフーと戦ってなお、体力を残している。果たして勝てるのかな?」

 

 ミュウツーがサイコパワーで固めた無数のエネルギー体を打ち上げた。

 

「せいぜい善戦してミュウツーを疲弊させてくれたまえ。きみたちがたおれたあと、わが戦力となってもらうのでね」

 

 そして、奴が腕をグリーン達の方へと振り下ろすと、りゅうせいぐんのようにエネルギー体が降り注いだ。サイコブレイクだ。

 

「サイコブレイクか!」

「マリソ!! ニードルガード!」

 

 ニヤッと笑みを浮かべるフラダリに反して、ミュウツーが突然腕をフラダリへと向けた。エネルギー体は滑空し、軌道を曲げ、フラダリに襲い掛かる。

 横を見るとカツラさんがキーストーンを取り出していた。

 さすが悪に落ちたジムリーダーである。敵の隙の作り方もよくご存知のようで。

 

「ミュウツー、なぜ……!」

 

 急に軌道を変え、正確に自分を狙ってきたことにフラダリ自身も理解ができていないようだ。手負いながらもその眼差しはしっかりと暴君様へ向けられている。

 

「ミュウツナイトの光よ、わがキーストーンの光と結び合え!!」

 

 当の暴君様は主人の声がしっかりと届いたようで、最初から持たせていたのかカツラさんのキーストーンと共鳴し合い、白い光に包まれると姿を変え始めた。

 

「「あの光は……!」」

 

 白い光に気付いた二人が声をそろえて荒げる。

 

「なに!」

「「メガシンカ!!」」

 

 ミュウツーのメガシンカにグリーンだけがあることに気が付いた。

 

「なるほど持ち主がいたのか。ならば……」

 

 俺たちと目が合うとフラダリは鼻で笑い除け、フラフラとした動きで立ち上がり、何かのスイッチを押した。

 ミュウツーは小さく細くなった姿で、コジョフーとカエンジシの攻撃を軽々とかわしていく。

 

「なんという速さだ!」

 

 メガシンカしたミュウツーの早さにあのグリーンも驚きを隠せないらしい。

 

「「!?」」

 

 すると突如。

 ゴゴゴッ、という唸り声をあげたかと思うとグリーンたちがいる地面が割れた。中からは蛇のような緑色のポケモン? が這い上がってくる。

 

「ジガルデ!」

「エスプリ!」

 

 ジガルデ?! ………なのか?

 俺が知っているジガルデとは姿が全く違う。四足歩行だったのにいつの間にか蛇になっているなんて。

 やはりジガルデはフォルムチェンジを、しかも複数のフォルムに変わるポケモンだったみたいだ。まだまだ謎だらけのポケモンだな。

 

「ハチマン、わたしは行くが君はどうする?」

「俺は少しポケモンの村について調べてみます。まだ何かいるかもしれませんし」

「わかった。気を付けるのだぞ」

「分かってますよ」

 

 そう言うと、ギャロップに乗ったカツラさんはグリーン達の元へと降りて行ってしまった。

 さて。

 俺はこれからどうすればいいんだろうな。

 

「やっぱりヒャッコクで捕獲してたのか!」

「バラはそれを知らなかったんだ! けど………なぜ?」

「エスプリはジガルデを捕獲し、『ポケモン預かりシステム』に預けていた。そのためにわれわれはジガルデの居場所を特定できなくなっていたのだ」

 

 エックスの疑問に答えるようにフラダリがつぶやいた。

 と、ジガルデの上にいるヘルメットスーツは見たことがあるな。だがあれはハヤマではない。恐らくは完成品の方。能力の高さはジガルデを操っている時点で明白である。

 

「エスプリはおまえたちの命令で動いていたんじゃなかったのか?」

「クセロシキという科学者ははんぱに博愛精神を残していてね。イクスパンションスーツの被験者が催眠状態に置かれ、代わりに人工知能がクセロシキの指示に従う。活動時間にも制限をもうけ、心身に負担が残らないように作られていた。だが、たび重なる活動で催眠効果がうすれ、被験者の意識がさめ、制御不能になってしまった。そこで制限をはずした。指一本動かすこともわたしがコントロールできるようになった。そうしてようやくエスプリがジガルデをボックスに入れていたとわかったわけだ。今やエスプリは、被験者がこわれようとわたしの指示通りに動く完全無欠の存在だ。科学の力はすごいと思わないか?」

 

 フッと笑みを浮かべるフラダリにエックスは敵意丸出しにギリッと睨みつけた。

 非道。

 その一言に尽きるな。

 サカキも似たような人間であるが、それでもここまで腐った奴じゃない。じゃなければ、俺と付き合いが保つはずがないんだから。

 フラダリ達の会話に耳を傾けながら、こそこそと村を探索してみる。

 

「こんな言葉を聞いたことがある。神なき学問は、知恵ある悪魔を生む……と。そのクセロシキという科学者はまだ……、踏みとどまり、もどる道がありそうだ」

「やはり……。あなたもこのカロスにきていたのか」

「長い年月を経てようやくわが兄弟に再会できてね、ここで共に暮らしていた。だが、ほんの少し村を離れていた間に兄弟が怒りをおさえられぬほどに事態になっていたとは……」

 

 よし、無事に合流できたみたいだな。それなら後は任せておこう。

 

「ビィビィ」

「セレビィ………。今度はどこに行けってんだよ」

 

 エンテイに汲に現れたセレビィの後をついていくように命令し、様子を伺う。

 どうやら洞窟に連れて行きたかったらしい。

 何があるっていうんだ?

 

「ここに行けってか」

「ビィビィ」

 

 まあ、セレビィが行けってんならしょうがない。

 楽しそうな洞窟ではないが入ってみるか。

 

「暗っ………」

『これでどうですか?』

「すまん、よく見えるようになったわ」

 

 洞窟の中は真っ暗だった。正直前が見えない。

 後ろでディアンシーが気を利かせて明かりを灯してくれた。それでようやくちょっと先が見える程度。どんだけ暗いんだよ。

 

「今回俺が来る意味あったのかね………」

 

 はっきり言って何をすればいいのかも分からない。

 これまでは自分の尻吹きみたいなものだったから何をするべきか分かったものの、今回に限っては元々いなかったところだ。そんなところに来ても動いようがないっての。下手に介入するのも危なっかしいし。帰れなくなったらどうすんだ?

 

「うおっ?!」

『ひぁあっ?!』

 

 なんかいきなり地面が激しく揺れたんですけど。

 おかげでエンテイがバランス崩してこけそうになっちゃったじゃん。

 誰だよ、ド派手な技使ってんの。

 

『すごかった、ですね………』

「そうだな。あいつら無事だといいが………」

 

 エンテイは足取りを立て直し、奥へと進み出した。

 悪いな、エンテイ。もう少し付き合ってくれよ。

 

『誰も………いませんわね』

「使えるものはすべて連れて行ったんだろう。またあのポケモンたちみたいなのが生まれるかと思うと心が痛い」

『ど、どのような………』

「暴君曰く、生体エネルギーを吸い取られた状態らしい。あの状態から立ち直れるかどうかはそいつ次第で、俺たちにはどうしようもないんだと」

『そんな………』

 

 またあんなポケモン達が増えるのかと思うとうんざりだな。

 そうならないようにあいつらには頑張ってもらわねば。

 

「ま、これがフレア団の、フラダリのしてきたことだ。そして今もそれが行われようとしている」

『マスターが止めてくださるんですよね?』

 

 うわー、すげぇ期待の眼差しを感じる。

 

「いや、それは分からん。ここで勝負がつく可能性だってある。いざとなったらセレビィがセキタイへ飛ばすだろ」

『だったら、ここでみなさんが片をつけてくださることを祈るばかりですわね』

「まったくだ」

 

 ダメだ。

 期待の眼差しが消えねぇ。

 

『あ、マスター。エンテイが何か見つけたみたいですよ?』

「何が出てくるのやら………」

 

 しばらく進んでいるとエンテイが何かを察知したみたいで、それをディアンシーが伝えてくれた。

 暴君がいなくなってからというもの、通訳してくれる奴がいなかったからディアンシーの存在はありがたい。しかもあいつみたいに毒吐かないし、すげぇいい子じゃん?

 

「よっと」

 

 エンテイから降りるとそこは部屋になっているらしく、行き止まりだった。

 その奥に何か気配を感じる。

 

『マスター、奥に………』

「ああ、何かあるな………」

 

 変なの出てきませんように。

 特に伝説のポケモンとかもう懲り懲りだからね。

 

『あれの………ようですわね』

「あれ………?」

 

 えっ?

 あれ?

 マジで………?

 

「ポケモンのタマゴ………?」

『何か特別なポケモンのタマゴなのでしょうか』

「どう………、なんだろうな」

 

 洞窟の最深部の空間にポツンと置かれたポケモンのタマゴがあった。

 暗くて柄がよく分からないが、ポケモンのタマゴなのは間違いない。

 

「………まさか俺はこのためだけにここに連れてこられたとか?」

『かもしれないですわね………』

 

 なんだそりゃ。

 結局何しに来たんだよ。

 タマゴの保護が目的だったのか?

 

「はあ………、まあいいか」

 

 これも何かの前触れなのかもしれないしな。保護しろというのならそれに従おうではないか。

 

「えっ………」

 

 タマゴを拾い上げようとしたら、躱された。

 はっ?

 

「まさかのこういうオチかよ」

『どうやら遊んで欲しいようですわね』

「マジで? タマゴのくせに? そんな知能があったりするのか?」

 

 なにそれ、聞いたことないんだけど。

 えー、マジでー。これ追いかけて捕まえろってことなのん?

 

「また面倒なのがきたな………」

 

 きっと碌なポケモンに育たんぞ。

 

「エンテイ、周りこめ。ディアンシーはここで待ち伏せだ。俺が囮になる」

『了解しましたわ』

 

 無言でタマゴの背後に移動していくエンテイを余所目に、俺はタマゴに近づいていった。

 時折ジャンプしている。タマゴってそんなことまでできたんだな。何気にタマゴを育成するのって初めてのような気がする。手帳にもタマゴについては特に書かれてなかったし。

 

「あたっ?!」

 

 おいおい、まさかタマゴに攻撃されたんだけど?

 顎痛すぎ………。唇噛まなくてよかった………。

 

「このやろ…………」

 

 マジでなんなの、このタマゴ。

 セレビィも酷いな。こんなのを相手にしろだなんて。タマゴだから下手に攻撃もできないし。

 頬が引きつるのは仕方ないよな。

 

「少しやんちゃが過ぎんだろ………」

『マスター、相手はタマゴですよ?』

「分かってる。もうこうなったら、意地でも捕まえてやるよ」

 

 さっさと捕まえてさっさと帰ろう。

 

『タマゴさん、こちらにいらして』

 

 いや、そんなんで………おい、マジかよ………。

 泣いていいかな? いいよな?

 

「なんで俺だけこんな目に合わないといけないんだ…………?」

 

 ディアンシーの一言で飛びついていきやがったぞ?

 俺には顎にタックルしてきたくせに。

 

「はあ…………、また碌なのしか生まれてこないんだろうな」

 

 これ、俺が育てないといけないのかね。

 なんだろう、マフォクシーやカメックスといい。ちょっとはオーダイルを見習え。自分のトレーナーと同格以上に俺の言うこと聞いてくれるぞ。

 …………俺には懐くか懐かないかの二極しかないのだろうか。

 

『マスター、捕まえましたわ!』

「あ、ああ、うん、サンキュー」

 

 そんなキラキラした目でこっちみないで!

 

『マスター、お顔の色が悪いようですが』

「気にするな。さっき顎にタックルされて、それが痛いだけだ」

 

 決して心が痛いわけではない。断じてない。

 

「うーん、この色どこかで見たことがあるような………」

『色、ですか………?』

「ああ、お前の光のせいかもしれないが、このタマゴの模様といい、色といい、どこかで見たことがある気がするんだ」

 

 上が濃い深緑で下が淡い深緑色。

 何かで見たことがあるような気がする………。気のせいかもしれないが。

 

『それは実際に目にした、ということなのでしょうか』

「どうだろうな………。なんせ俺の記憶はないに等しい。恐らく図鑑とか写真とかじゃねぇの」

『それだとかなり範囲が広いと思うのですが…………』

「まあ、深緑だし候補は絞れるんじゃないか? というか深緑で合ってるよな?」

『ええ、確かに普通の緑よりは暗めですね。土色が入ったような………、そんな色です』

「………へー、ポケモンも人間と同じ色彩を持ってるんだな。ちょっとした新たな発見」

『言われてみればそうですわね。わたくしたちの見ているものをマスターたちも当然見えているものだと思っていましたわ』

「当然のことのように思えても確認してみると違うことだってあるさ。自分たちの常識が相手に通用するわけじゃない。ましてや俺たちは人とポケモン種族の異なる者同士、同じ色が見えていたことの方に驚きだわ。………はあ、ポケモンってマジですげぇな。人の言葉は理解するし、テレパスで会話もできるし。身体が丈夫で見えているものは同じもの…………。うわ、人間情けねぇ………」

 

 つくづくポケモンという存在は人間より遥かにたくましく思う。なのに人間ときたら使う側に回ってるんだからな。世の中わけ分かんねぇわ。

 

『そうでもありませんわ。マスターたちにはわたくしたちにない発想をお持ちです。わたくしたちでは考えもしないバトルを楽しませてくれますわ』

「うちにはゲッコウガという独特な発想の持ち主がいるんだけど………。あいつ、勝手に変な芸を仕入れてくるからな。しかも何気に使えるし。マジでなんなんだ、あいつは………」

 

 最初から独特な奴だったが、水でギャラドスを作り出した時には「もうこいつ、俺のこといらねぇんじゃね?」って思ったりもしたわ。それくらい、あいつはやばい。

 

『それもマスターに強く影響されてのことだと思いますわ。ゲッコウガはよりマスターに近づくことに成功した。だからそのような技の使い方もできるのだと思いますよ』

 

 要するに、あのメガシンカの影響が強いって言いたいのだろう。

 確かにあれはゲッコウガだけの特別製だ。特別近いってのも理解できる。

 

「ま、今は置いておく話だな。戻ろうぜ」

『そうですわね。みなさんのことも気になります』

 

 再びエンテイの背中に乗り、元来た道を引き返した。後ろに乗るディアンシーの腕の中にはしっかりとタマゴが抱えられている。どうやら定位置が決まったらしい。

 

「………なあ、結局セレビィは俺にどうしてほしかったんだと思う?」

『さあ、タマゴの保護だけとは思えませんが………』

「だよなー………」

 

 暗い暗い洞窟の中を颯爽と駆け抜け、一気に出口へと到着。

 

「散り始めた!!」

 

 ああ、帰りは早かったな。あっという間に洞窟を引き返しちゃったよ。

 で。

 出てきてみれば、なんだこれ………。

 ジガルデ? がどんどん分散していってるんだけど。

 

「ぜるぜる……!」

「がああああ! なにごとだあああ!」

「ルット、ばかぢから!! ラスマ、あくのはどう!! エレク、かみなり!! ガル、げきりん!! サラメ、フレアドライブ!!」

 

 エックスのポケモンたちが持てる力をすべて出してジガルデに最後の一撃を加えていく。一斉攻撃によりジガルデの分離はどんどん加速していき、ジガルデの上に載っていたフラダリは足場がなくなり、宙に投げ出された。

 ………あ、何気にエックスのポケモンが五体もメガシンカしてるんだけど。まさかの五体同時にってやつ?

 あっさり俺の記録を抜かれてしまったな………。

 

「フラダリさま!」

 

 そこに上空から炎の女の声が飛んできた。

 見ると誰かとバトルしていたらしい。

 どうでもいいがここにもサーナイトがいるし。みんな好きだね………。

 

「パキラ!」

 

 おそらく彼女と知り合いなのだろう。

 敵であるパキラを最後は必死に助けようと手を伸ばしている。だが、彼女はその手を振り払い、フラダリの元へ 飛び込んでいった。

 

「終わった、な………」

『………これで、よかったのでしょうか』

「分からん」

 

 見ていないで助けなくてよかったのかって言いたいんだろうが、生憎そんな発想に行かなかった。あいつらは俺の大事な奴らに手を出したんだ。これくらいの罰を受けても俺の奥底では煮え切らないのが実情だ。このまま死んでくれても構わないとさえ思っているくらいだからな。相当の怒りが俺の中にはあったらしい。

 

「パキラ……、最終兵器は………、浄化の光はまだか?」

 

 エックスたちが見守る中、フラダリは混迷していく。

 

「なぜだ……」

 

 だが、返事が返ってこないことにさらに頭の中は迷走しているようだ。

 

「なぜ……」

「なぜもクソもあるかよ」

「フレア団………!?」

「まだ残っていたのね………!!」

 

 エックスとガールフレンドは俺の姿を見ると戦闘態勢に戻った。

 

「エンテイを連れた下っ端がフレア団にいるわけないだろ。………お前、今まで何してたんだ」

 

 だが、グリーンは冷静に状況を判断していた。俺の後ろにいるエンテイに気付いて、エックスたちの警戒を解かせる。

 

「言っただろ。いつかお前らの計画は潰れるって」

 

 ま、質問の方はガン無視ですけどね。

 だって、まずはこっちの方から話しておかないと、いつ死ぬか分かんねぇし。

 

「……それは、君が………」

「誰も俺がやるとは言ってねぇよ。そこのエックスが図鑑をもらったって時点である程度読めていた。最終的に蹴りをつけるのはこいつだってな」

 

 やっぱり俺が手出すと思ってたんだな。俺に対しての攻撃の仕方がえげつなかったし、理解してねぇんだろうとは思っていたが。

 

「な、何者なんですか………」

「ヒキガヤハチマン。最終兵器のエネルギーをすべて吸い上げた男だ」

 

 ねえ、俺と似たような声で紹介しないで。

 一瞬俺の声に俺の声が被さってきたかと思ったじゃん。

 

「また無茶をしおって………」

「おかげで記憶はパーですよ」

 

 カツラさんは呆れた表情を浮かべ、さっきとは別のメガシンカの姿になっているミュウツーもやれやれといった感じである。

 

「………いくつもの、偶然………。わたしの、負けだ……」

 

 フラダリはその一言を最後に動かなくなった。

 

「グリーンさん!」

「カルネ、と四天王か。フラダリもパキラもこの様だ」

「パキラ………」

 

 パキラと空中戦を広げていた女性が、三人の男女を連れて現れた。従えてるといった方がいいのか………。

 えっ? まさかチャンピオン?

 その女性は鉄の鎧の男にパキラを回収させる。同じ四天王の最後に言葉も出ない様子だ。

 

「ああ、そうだ。さっきの質問、まだ答えてなかったな」

「そうだ、お前は今まで何をしていたんだ。見ていたのなら手伝えばいいものを」

「時間旅行だよ。この時間の俺は12番道路の方でバトルしている」

「ビィビィ!」

「セレビィ……?!」

「ま、というわけだ。詳しい話は未来でな」

 

 時間が来たようなのでセレビィに合図を送る。

 結局、俺は何しに来たんだろうな。フラダリと話すためだけに連れてこられたのかね。

 

「はあ………、何もかもがお前の掌の上ってことか」

「俺じゃなくてセレビィのな。俺だって振り回されてるんだぞ。んじゃな」

 

 エンテイとディアンシーを連れて白い光に包まれると、次なる場所へと飛ばされた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 と、ここは………?

 病院………だな。

 しかも見たことのある天井に壁。

 恐らくクノエの総合病院である。

 

「あれ、ディアンシーとエンテイは………?」

 

 一緒に飛ばされたはずなのにあいつらの姿がない。建物の中だからか?

 それとも俺だけ別に飛ばされたとか?

 最悪帰れないとかないよね?

 あ、ってことはハルノさん起きてるかな………。

 

「病室はー…………知らねぇや。さて、どうしようか」

 

 うーん、俺がいたのは個室だったしな。恐らくハルノさんも個室だろうけど。まずは俺がいた病室にでも行ってみるか。

 階段を昇ってとことことことこ歩いていると、ようやく俺の元? 病室に到着。あ、俺の名前まだあるわ。

 

「あ………」

 

 隣の部屋に魔王の名前があった。

 なんだ、隣だったのか。

 

「ノック、しないと怒るだろうな………」

 

 主に見つかった時に妹の方が、だけど。乙女の部屋にノックもなしに入るだなんて、マナーのマの字もないわね、このマの字ガヤ君、なんて言ってきそうだ。

 ダメだな、俺じゃあいつみたいに語呂合わせが上手くできねぇわ。

 そんな妹の方の高い知能の無駄遣いを改めて確認しながら、扉をコンコンとノックした。

 ………………………。

 

「まだ寝てるのか?」

 

 まあ、最初から起きてる保証はなかったんだけどね。

 

「入りますよーっと」

 

 勝手に乙女の入った〜とか言いふらさないでくださいよ。

 ハルノさんならやりかねないから怖い。

 

「なんだ、やっぱり寝てるか………」

 

 一体どんな荒業をしたんだか。

 酷使しすぎて自分の時間を奪われてちゃ意味ないでしょうに。

 

「今がいつか知りませんけど、もう夕方ですよー」

 

 病室の窓からは綺麗な夕焼け空が見えていた。オレンジ色に焼けた空には今日も平和にキャモメの群れが飛んでいる。

 

「ユキノシタさんならもっといい立ち回りの仕方もできたでしょうに。妹のこととなると周りが見えなくなるんですね」

 

 まさかここまでシスコンだったなんて俺も思わなかったぞ。ユキノのこと溺愛しすぎでしょ。

 

「………帰ろ。なんでここに飛ばされたのかも知らねぇし」

 

 えっ?

 動けないんですけど……………。

 扉の方に振り返って歩き出そうとしたら何かに引っ張られる感覚がした。

 

「えっ、ちょ、おわっ?!」

 

 次に来たのは伸し掛かられたような重み。

 器用にも俺の身体を倒れながらに回すというね。おかげで背中がめっちゃ痛い。

 

「………起きてたんなら返事くらいしてくださいよ」

「………君が悪いんだからね」

「はっ? なぜに………!?」

「どこまで、私のこと落とせば気が済むのよ……」

「………なんで急に涙流してんですか。さっき言ったことが気に障ったなら謝りますから」

「バカ………」

「えっ、ちょ!」

 

 ………えー………。

 なにこれ、どゆこと?

 なんかハルノさんに抱きつかれてるんだけど。

 しかも胸には柔らかい感触が。あ、髪が鼻に来やがった。ちょ、なんで寝たっきりだったのにいい匂いしてんだよ。女こわっ!

 

「バカバカバカ、バカハチマン! …………お姉さんのことまで落としちゃダメじゃん。君はユキノちゃんのなんだから………だから………」

 

 …………えっ? 落とす? さっきから出てくる単語だけど落とすって何? 何を落とすの?

 うそだよね………?

 

「なんで来ちゃうのよ………」

 

 あ、これ完全にアウトだわ。

 俺は一体、どこでそんなフラグを立てた?!

 あれか? ルギアとのバトルの時か?

 あの時助けたからこうなったっていうのか?

 勘違いも甚だしいだろ。なんでそうなるんだよ………。

 

「あのハルノさ……」

「何をやっているのかしら、エロガヤくん?」

 

 えっ………?

 マジ………?

 

「あ、お兄ちゃん、おかえりー」

 

 おかえり?

 

「えっ? ここって現実………?」

「さて、説明してもらおうかしら。人の姉に、それも病人に手を出した言い訳とやらを聞かせてもらおうじゃない」

 

 は、はは………。

 デスヨネー。そんな旨い話があるわけがない。

 

「と、とりあえず、このアングルアウトだわ………」

「えっ? あっ!? ヒッキーのエッチ!!」

 

 どうやら俺は元の時間に戻ってきたらしい。

 戻ってきて早々、これはないだろ………。

 今ならこれを言っても大丈夫だよな。

 

 せーの、不幸だぁぁぁぁぁあああああああああああ!!

 

 

 



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83話

 さて氷漬けにされてもおかしくない展開だが、さすがのユキノも姉の言動に驚きを隠せないらしい。

 強く出てはいるものの、ハルノさんが一向に俺から離れようとしない、ならまだしもいやいやと顔を俺の胸に押しつけて駄々をこねるのだから、手のつけようがなくなっている。

 

「ハルノさんが落ちた………」

「はあ………、実の姉のこんな姿を目にする日が来るとは………」

 

 取り敢えず身体は起こしたものの………。

 マジでこれどうすればいいんでしょうか………。

 

「姉さん、起きて早々駄々をこねるのはみっともないわよ」

「…………」

 

 反応のないハルノさんに思わずユキノと目が合ってしまう。やれやれといった感じか。

 と、あることを閃いた。

 ユキノを手招きしてハルノさんの耳を指さす。

 すると意図が分かったのか、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 うわー、すげぇ楽しそう。

 

「ふー」

「うひゃあっ?!」

 

 おーおー、もう完全に仮面が剥がれてんじゃねぇか。

 

「ふー、ふー」

「ひぁ、ひぅ、あ、ちょ、ユキノちゃ………ひぁあっ!」

 

 いやー、実に百合百合しい。

 眼福である。

 

「姉さん、人のものを横取りしようなんて言い度胸ね」

「いつから俺はお前のものになったんだよ」

「あら、いやかしら?」

「それとこれとは別問題だろ」

「お兄ちゃんも落ちた………」

「捻デレがただのデレに………」

「お前ら………」

 

 落ちちゃいねぇよ。なんだよ、落ちるって。

 

「さあ、いいから早く離れなさい」

「んー」

 

 またしてもいやいや。

 この人、いつから幼くなっちまったんだよ。

 

「あなたも何か言いなさいよ。何さりげなく頭撫でてるのよ」

「そこに頭があったから?」

 

 いや、だってこんだけこすりつけられるとねぇ。

 手が勝手に動くのが普通じゃん?

 

「そんなことをするから姉さんが離れないんじゃない」

「はいはい。えっと、ユキノシタさん? そろそろみんなの目が痛いんで離れてもらえます?」

 

 これ以上ユキノを怒らせると怖いので、従っておく。

 

「名前」

 

 手を放して肩を軽く叩くとポツリとそう呟いた。

 

「はい?」

「名前で呼んでくれたら離れてあげる」

 

 この人一体何を企んでいるのだろうか。

 めちゃくちゃ怖い。めちゃくちゃ怖いが、従わなかったらもっと怖い。

 なので仕方なく呼んでみることにする。

 

「えっと、じゃ、じゃあハルノさん?」

「えいっ!」

 

 呼んだら呼んだで胸倉掴まれるってどういうことだってばよ。

 

「んぐっ!?」

 

 えー、なんでハルノさんの顔が俺の目の前にあるんでしょうか。

 というか近すぎない? それに唇が生温かい………生温かい?

 なっ?!

 えっ、ちょ、これ………まさか………?!

 

「ぷはっ。ハチマンの初めてもらっちゃった」

 

 …………くっ、やはり魔王は健在だったか。

 イロハ顔負けのあざとい笑みを浮かべやがって。

 

「………姉さん、覚悟はできてるかしら?」

「やだー、ユキノちゃん。嫉妬?」

 

 いつもの調子に戻ったのかユキノをからかい始める。

 

「ええ、そうよ。嫉妬よ。いけないかしら?」

「ありゃ、ユキノちゃんが本気だ」

 

 だが、その反応は期待してたものではないらしく、ちょっとやりすぎたかなー、と頬をポリポリ掻き始めた。

 や、というか、それって、ねぇ。

 

「あ、あの………先輩の初めては私です………。はるさん先輩は先輩の初めての相手じゃありません」

「はっ?」

 

 ユキノシタ姉妹の言動に戸惑っていると、さらなる爆弾が落ちてきた。

 おい、イロハ。今なんつった?

 

「えっ、それを言ったらあたし人工呼吸されてる………」

「…………」

 

 それは知ってる。ただこの状況で口にしないでほしかったね。なぜそこまでして張り合おうとするんだよ。

 

「……! コマチも「待て、コマチ! それ以上は言うな! 今言ったら冗談じゃ済まなくなる!」はあ……、コマチも混ざりたいなー」

 

 冗談でもそんなことを言っちゃいけません!

 血の繋がった兄妹でとか、マジ危険だから。

 通報されちゃう。

 

「「……ハチマン?」」

 

 うっ、なんだよ、この姉妹は。

 姉妹でそっくりな顔するなよ。怖ぇよ。

 

「な、なんでしょうか………」

「どういうことか説明、してくれるよね?」

 

 俺の膝の上にまたがったままのハルノさん俺の顔を固定して目を合わせてきた。逃げられない。

 

「私に手を出しておきながらずっと放っておいた挙句、他の子にまで手を出すなんて………」

 

 その視界の端ではまたもや聞いてはいけない情報が聞こえてくる。やめて! これ以上修羅場にしないで!

 

「「「「「えっ……?!」」」」」

「えっ……? あ………」

 

 無意識かよ。とんだ暴れ馬だな。

 

「ユキノちゃん、どういうこと!?」

 

 さすがのハルノさんも驚愕でようやく張りなおした仮面を崩している。

 

「ゆきのん、聞いてないよ! いつの間にそんな関係だったの?!」

「ユキノ先輩、ずっとってどういうことですか!!」

「うひょー、正妻きたぁぁぁああああああ!! コマチ的にポイントカンストだぁぁぁあああ!!」

 

 コマチが壊れた。

 

「………ロケット団殲滅作戦の後よ。一暴れしたハチマンが急に、その………えと……キ、キキキキス、してきたのよ!」

「「「「「…………………」」」」」

 

 マジ?

 記憶がないから確かめようがないんだけど。

 

「その後気を失って、私のことも忘れて…………」

 

 おいこら、そこの三人。ほっとするんじゃない!

 まだ危機的状況は変わらねぇんだよ。

 

「………それ、多分ダークライの力借りすぎた反動で倒れたところにお前とキスしたってことじゃね?」

 

 暴れて倒れて気を失って記憶なくなって………って、もう何したか理解できたわ。よかった、ただの事故で。

 

「……………ふん! キスはキスよ」

「キスに拘りすぎだろ………」

 

 それでもユキノはそれをキスとカウントしたいらしい。

 普通逆じゃね?

 あれは事故だからカウントしないよね、ってのが常だろ。

 

「ああ……、みんなハチマンに傷物にされてしまったのね………」

 

 傷物ってなんだよ。傷物って。君たちまだ穢れのない身体だろうが!

 

「せーんぱいっ!」

「ヒッキー!」

「ハチマン!」

「ハーチマンっ!」

 

 ぐふっ?!

 痛い、ぐるじぃ…………首絞まる…………入ってる、から………。

 

「「「「みんなまとめて責任とってね!」」」」

「うひょー、ハーレムきたぁぁぁあああああああああああ!!!」

 

 コマチが煙を上げた。

 

 

 あれ、つか修羅場じゃなかったのん?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 色々と予想外の展開についていけなくなった後、ハヤマたちが来たことでようやく落ち着き、無事エンテイとディアンシーに再会することに成功した。ディアンシーが抱えていたタマゴが勝手にぴょんぴょん動き出し、今度はコマチの腕の中で収まる、なんてハプニングもあったが、土産としてそのままコマチにタマゴの世話をさせることにした。

 タマゴの孵化とか超レアな体験だしな。いい機会になった。

 そして翌日。

 約束通りハヤマとバトルすることになった。

 

「バトルのルールを確認しておく。使用ポケモンは六体。交代は自由。準備はいいな?」

「はい」

「いつでもいいすっよ」

 

 なったのだが、正直眠たい。

 病院の外にあるバトルフィールドにて、朝食後にバトルよ? ゆっくり食休みさせろよって話だ。

 ま、無理だろうね。この面子が観客だと。

 昨日の謎の告白大会? のメンバーに天使二人とハヤマグループ、それにザイモクザと先生は、まあ片や審判してくれるしいいとして。すっかりディアンシーと仲良くなってしまったサガミと俺のポケモンどももまあ分かる。なんか全員ポケモン出してるし。だが…………………あの、そこのお二人さん? 何してんの? 帰らないわけ?

 

「では、バトル開始!」

 

 なんか目的を達成したはずのオリモトたちも見てるっていうね。

 もういいや。さっさと終わらせて二度寝しよう。

 

「ブー、まずはお前からだ!」

「ヘルガー、よろしく」

 

 ハヤマが最初に出してきたのはブーバーン。

 なぜ最初のポケモンのタイプを被らせてくるんだよ。

 俺は別にいいけども!

 

「ブー、グロウパンチ!」

 

 初手から弱点をついてきたか。

 あくタイプを持つヘルガーにはかくとうタイプの技が有利。しかもグロウパンチは当たれば当たっただけ攻撃力が上がっていく面倒な技だ。

 

「ふいうち」

 

 突き出された拳? ………あれ、拳と表現できるような腕じゃないな。噴射口といったほうが無難か。まあ、ブーバーンの突き出された腕を身軽に躱して懐から背後に回りこみ、一撃を加えた。

 

「ブー、ふんえん!」

 

 直接触った相手には近距離の炎で攻撃する算段だったらしい。一応考えられてはいるようだが………。

 

「効いていない?!」

「そいつ、もらいびだから。ほのおのキバ」

 

 特性もらいびの効果で威力の上がったほのおのキバで腕に噛みついた。ブーバーンはヘルガーを引き剥がそうと、腕を振り回していく。

 

「遠心力を使え!」

 

 左右に揺らしていた腕を左回りに身体ごと回し始め、ヘルガーを突き飛ばした。

 

「じならし!」

 

 そしてヘルガーの着地の瞬間を狙って地面を揺らしてくる。

 いやー、さすがに躱せないよね。仕方ない、仕方ない。

 

「きあいだま!」

 

 弱点ばっかついてきますね。

 というかそれだけ炎技以外に覚えてんのね。

 ま、普通と言えば普通だけど。

 

「躱して近づけ」

 

 振り回されて突き飛ばされた分、距離が開いてしまったからな。一発撃ち込むなら近い方がいいだろ。

 ただじならしの効果で素早さが下がったのがツラい。

 

「もう一度きあいだま!」

 

 ポンポン撃ってくるけど、軌道が単調なんだよな。やっぱはどうだんとかの方が操れるから俺は好きだわ。

 

「躱せ」

 

 ジグザグに走り込み、ブーバーンの懐に到着。相変わらず身軽だな。

 

「はかいこうせん」

「くっ、まもる!」

 

 大きく開いた口から至近距離ではかいこうせんを撃ち込んだ。咄嗟にブーバーンが防壁を貼り、防がれてしまったが、衝撃で後方へと下がっていく。

 

「グロウパンチ!」

「ほのおのキバで受け止めろ」

 

 もらいびの力で大きくなった炎でできた牙、で飛び込んでくるブーバーンの右腕を受け止めた。

 

「ほえる」

「ルッガッ!」

 

 グロウパンチを何度も使ってきてるし、ブーバーンには一度退場してもらおう。

 ヘルガーに威嚇されたブーバーンは強制的にハヤマの方へと戻っていきボールへと収まった。

 代わりに出てきたのはヨノワール。

 ハヤマの逃げ足となる厄介なポケモンだ。

 それにあのヨノワールは俺たちとバトルして疲弊していたとはいえ、三鳥の動きを止めている。曲者なのは間違いない。

 

「ヨル……、いわなだれ!」

「アイアンテールで弾け」

 

 ヘルガーの頭上に岩々を作り出し、落としてきた。それを尻尾を鋼にして打ち上げ、逃げ場を作っていく。

 

「かみくだく」

 

 そうして徐々にヨノワールとの距離を詰めたところで一気に攻め込む。

 黒い大きな牙を作り出し、ヨノワールを捕らえた。

 だが、やはり厄介なゴーストタイプ。タイプ特有の消える能力を使ってギリギリで躱しやがった。

 

「トリックルーム!」

 

 チッ。

 また面倒な技を使いやがって。

 空間内では素早さが逆転する部屋を作り出し、ヘルガーが閉じ込められてしまう。

 

「れんごくで自分を取り囲め」

 

 何をしてくるか分からない以上、防御体制に入っておくべきだろう。

 そんな考えから激しく燃え盛る炎で身を固め、壁を作った。

 

「シャドーパンチ!」

 

 またもやヨノワールが消えた。

 次はどこから攻めてくる?

 いや、それよりも大事なのはトリックルームにいるということ。

 攻撃を躱そうと咄嗟の判断で動くと逆に動きが鈍くなり、確実に攻撃を食らってしまう。

 ということは動かなければいい。

 

「…………………きた。かみくだくで受け止めろ」

 

 その場で動かず、正面に現れた拳を黒い牙で受け止めた。

 

「れんごく」

 

 牙が拳を受け止めている間に口から炎を吐き出し、焼いた。

 ほう、やけどが入ったか。

 上々だな。

 

「やけど………、ヨル、さっさと決めるぞ! いわなだれ!」

「ヘルガー、合図を出すまで動くな!」

「!?」

 

 あ、そっか。

 ヘルガーは初めてだよな。リザードンとゲッコウガはトリックルームの経験があるから慣れただろうけど。

 

「まだだ……………」

 

 まだ、落ちてくる岩の距離が遠い。

 もっと、もっと引きつけろ。

 

「まだだ……」

 

 もう少し………。

 

「今だ! ゆっくり躱せ!」

 

 半信半疑って感じだな。

 だが、一応は信用してくれてるようで、のっそりとした動きで目の前に迫った岩を躱す動きをする。

 瞬間。

 ヘルガーの身体は残像を残して移動した。

 

「なっ?!」

「出た! トリックルーム破り!」

 

 イロハは散々俺にこれをされてるからな。

 トリックルームは遅ければ遅いほど速くなる。何を言ってるのか分からないだろうが、そのまんまの意味だ。

 あの部屋の中では遅く動けば動くだけ、速くなるのだ。

 

「ヨル、あやしいひかり!」

 

 今度は絡め手も加えてきたか。

 だったら。

 

「目を瞑れ」

 

 あやしいひかりは光を見なければいい。

 

「はかいこうせん!」

「えっ?」

「ヨノワールに効果ないんじゃ………」

 

 そんなことくらい知ってるわ。

 別に攻撃が目的ではないんだよ。

 

「あ、岩が………!?」

「砕くためだったんだ………」

 

 ユイの言う通り、はかいこうせんは降ってくる岩を砕くため。

 命中するかどうかなんてのはどうでもいい。取り敢えず撃っておけばいいのだ。

 

「それとこっちもな」

 

 パリン! と。

 トリックルームが砕け散った。

 本来の目的はこの以上空間を壊すことだからな。

 

「なっ?! トリックルームが!」

「れんごく」

 

 口から再度炎を吐き出し、トリックルームの破壊に戸惑っているヨノワールを焼き付ける。

 

「い、いわなだれ!」

 

 戸惑いを隠せないのはトレーナーの方、といった方が正しいかもしれない。

 指示が遅れてヨノワールの反応も遅れて。

 後手に回りすぎて、ヨノワールに大ダメージが入ってしまった。さらに火傷の追撃が走る。

 

「アイアンテールで打ち返せ」

 

 変な空間に囚われなくなったので、軽快に鋼の尻尾で岩々をヨノワールへと打ち返していく。

 

「くっ、シャドーパンチ!」

「ふいうち」

 

 もうダメだな。

 ヨノワールはこれで終わりだ。

 トレーナーの方がそもそも焦っている。

 そんなんじゃヘルガーに勝てるわけがない。

 

「かみくだく」

 

 最後に大きく噛み付いて効果抜群のダメージを与えた。

 

「ヨノワール、戦闘不能!」

 

 いくら耐久力のあるヨノワールであろうと火傷のダメージもある。あれで持ち堪えられたら驚きだな。

 

「………お疲れ様、ヨル。すまない」

 

 悔しそうにハヤマは意識を失ったヨノワールをボールに戻した。

 

「うっそ、あのヨルが………」

「タイプの相性から見ればヘルガーの方が有利だわ。それにトリックルームを破られたことでハヤマ君に焦りが生まれていたもの。彼がそこを突かないわけがないわ」

 

 ミウラの驚きに淡々とした口調でユキノが語りだし睨まれている。何やってんだよ。

 

「お疲れさん。交代な」

「ルガ」

 

 えっへんと胸を張ってくるヘルガー。

 このドヤ顔を写真に撮っておきたいくらいだわ。

 変な顔。

 取り合えず顎を撫でておいた。ユイがじっと見つめているが、というかちょっと涎が垂れているが見なかったことにしよう。

 

「んじゃ、次暇そうだしボスゴドラな」

「ゴラ」

 

 欠伸をしていたので、ボスゴドラを出すことにする。すっげぇ暇そうだな。

 

「ボスゴドラ………、重量級には重量級。サイ、いくぞ!」

「ドサイィッ!」

 

 サイ……? ああ、ドサイドンか。

 同じ重力級って言うけど、こっちの方が不利なんだよな。なんせお得意の地面技とか致命傷にしかならない。他にもかくとうタイプの技を覚えている可能性だってある。

 さて、どうしたもんか。

 

「ボスゴドラ、ボディパージ」

 

 同じ重量級なんて言ってたし、まずはそこを崩そうじゃないか。

 同じにならなきゃいい。

 

「サイ、じしん!」

 

 自分の体重を軽くし、身軽な体にしていると足踏みをして地面を揺らしてきた。

 

「ジャンプ」

「跳んだ?!」

「あの重たいのが?!」

 

 いや、ちょっとは軽くなったし。

 

「ボディパージのおかげね。………なるほど、さすがいやらしいバトルが好きな人だわ」

 

 いやらしいって酷くない?

 頭を使ったって言ってくれよ。

 

「もう一回」

 

 ジャンプしている間にもう一度ボディパージ。

 途中で軽くなったためか、まだまだ上昇していく。その内、空飛び出したりしないよね?

 

「アイアンテール」

 

 高くジャンプしたことだし、次は落ちる力を使おうかね。リザードンで言えばハイヨーヨーと同じ原理だな。

 

「アームハンマー!」

 

 ほら、やっぱり覚えてたよ。

 くるっと回って鋼の尻尾を振りかざすと、そこに拳を突き出してきた。

 

「回り込んでもう一度」

 

 尻尾は弾かれ、両者に隙が生まれた。

 同じ重量級ならば、ここで態勢を立て直すところではあるが、身軽になったボスゴドラなら先に動ける。

 ボズゴドラは地面に着地するや、即蹴り上げ、ドサイドンの懐に飛び込んだ。

 

「はやっ?!」

「もうあれはボスゴドラじゃないよ………」

 

 イロハとユイがげんなりした目でボスゴドラを見てくる。

 

「サイ!? くっ……、こっちもロックカットだ!」

 

 どうしても同じ舞台でやりたいのだろうか。

 そこに拘る意味が俺には理解できない。

 

「じしん!」

 

 鋼の尻尾で突き飛ばしたドサイドンがまたしても足踏みをして地面を揺らし始める。

 

「ジャンプ」

 

 同じ手を使ってくるとか、頭大丈夫なのかね。

 こんなのが四冠王とか世の中ちょっと危ういんじゃねぇの?

 

「がんせきほう!」

 

 あー、それが狙いなわけね。

 空中じゃ思った動きが取れない。そこを一発撃ち込めばダメージにはなる。

 巨大な岩石を作り上げると、空中にいるボスゴドラめがけて飛ばしてきた。

 

「メタルバースト」

 

 躱せないなら受ければいいだけのこと。

 何を血迷う必要がある。

 

「なっ………!? サイ、アームハンマー!」

 

 メタルバーストで岩石を打ち返すと、アームハンマーで砕いてきた。そして、もう一方の腕で砕いた岩石の破片を飛ばしてくる。

 

「アイアンヘッド」

 

 ま、所詮岩だし。

 鋼の敵じゃない。

 

「ドサイドン、戦闘不能!」

 

 うーん、そういやドサイドンってハードロックとかいうダメージ軽減の特性を持ってる奴もいたよな? それ考えるとこんなあっさり倒れるとも思えないし、ハヤマのドサイドンはハードロックの持ち主じゃなかったってことなのか?

 

「お疲れ様、サイ。ゆっくり休んでくれ」

 

 ま、何でもいいか。

 

「さすが群れのボスだわ。お前、順応早すぎ」

 

 ポケモン自体がそもそも自分でバトルをある程度組み立てるってのもあるのかもしれない。しかもそれが俺の考えと一致していて、結果順応しやすいのだろう。要はどいつも俺と同じ考え方をしてるってことだな。なんなんだ、俺のポケモンって………。

 

「取り敢えず、交代な」

「ゴラ」

 

 さて、ボスゴドラは下げて、お次は………。

 

「次は………ジュカイン、やるか?」

「カイ!」

 

 じっと見つめてきたのでジュカインに出てもらおうか。

 どうやらバトルしたいみたいだし。

 

「おーおー、やる気だねー」

「エレン、頼む」

 

 ん?

 ここでエレキブルなのか?

 ブーバーンかリザードンが出てくるもんだと思ってたんだが。

 となるとれいとうパンチかほのおのパンチは確定だな。それともかえんほうしゃとかか?

 まあ、何かしら覚えてはいるだろう。

 ま、ジュカインの相手じゃないか。

 

「れいとうパンチ!」

 

 ほら、早速来たよ。

 単純すぎだろ。もう少し搦め手を挟んでから攻撃してこいよ。

 

「くさぶえ」

 

 腕の草に口を当て、ジュカインは心地よいメロディーを奏でた。

 飛び込んでくるエレキブルの足が段々と止まり、とうとう地面に倒れ伏す。あ、寝返り打って仰向けに大の字になりやがった。

 

「寝ちゃった………」

「コマチも眠くなってきちゃった………」

 

 効果はありありのようだな。

 コマチにまで効果あったみたいだが。

 うん、その目をこする仕草も可愛いぞ!

 

「くっ、エレン、一度戻れ。リュー!」

 

 眠ってしまったエレキブルを一度ボールに戻し、次に出してきたのはカイリューだった。

 カイリュー、ドラゴン・ひこうタイプ。くさタイプは相手じゃないってか。

 

「くさぶえ」

 

 寝かせてしまえば意味ない話だな。

 

「りゅうのまい!」

 

 炎と水と電気を頭上で三点張りに作り出し、竜の気を作り出していく。そのせいで草の音色は届かず、眠らすこともできなかった。

 恐らくこれが狙いか。

 同時に攻撃力と素早さも上がって一石二鳥、いやタイプ相性を見て一石三鳥だな。

 

「ドラゴンダイブ!」

 

 竜の気をそのまま赤くて青いドラゴンに模して、突っ込んでくる。

 仕方がない。全力でいきますか。

 

「ジュカイン、メガシンカ」

 

 俺の持つキーストーンとジュカインのメガストーンが共鳴し出す。

 光と光が絡まりあい、ジュカインの姿がみるみるうちに変わった。

 

「メガシンカ………。リュー!」

「回り込んでドラゴンクロー」

 

 引きつけたカイリューの脇に滑り込み、回り込んで竜の爪で背中を切りつけた。

 

「……?」

「あん? どういうことだ?」

 

 効果抜群の技のはずなのにあまりダメージが入った感覚がない。事実、カイリューはこれといったダメージが入っている素振りをしていない。

 どういうことだ………?

 

「フリーフォール!」

 

 振り返ったカイリューがジュカインを掴み上げ、空高く昇り始める。

 なんだ? マジで分からん。

 

「ドラゴンクロー」

 

 チッ、やはり無理があるか。

 カイリューの腕っぷしには敵わない。だったらーーー。

 

「タネマシンガン!」

「振り落とせ!」

 

 地面に投げ出されながらも無数の種を飛ばしていく。いくつかがカイリューに埋め込まれ、蔓を伸ばし始めた。やどりぎのタネマシンガンってか。

 

「ジュカッ!?」

 

 ひこうタイプの技は痛いな。

 メガシンカしてるとはいえ、やはりダメージは大きい。

 

「リュー、蔓を引き千切ってはねやすめ!」

 

 地面に降り立ったカイリューが翼を折り畳み休み始める。

 チッ、回復技かよ………。

 なら、こっも。

 

「ジュカイン、つめとぎ」

 

 両腕の草を擦り合わせて研いでいく。

 

「れいとうビーム!」

「ハードプラント」

 

 直接型から遠距離型に切り替えてきたか。

 ジュカインは吐き出される冷気を地面を両腕で叩いて太い根を掘り出し、壁にする。

 

「リュー! 横からもきたぞ!」

 

 そして脇から新たに根を伸ばして攻撃に移るがハヤマに気づかれてしまった。

 果たしてカイリューはどう対処してくる?

 

「りゅうのまい!」

 

 竜の気を纏うことで根を焼こうというわけらしい。だが、そう簡単に逃すと思うなよ?

 

「なっ?!」

 

 カイリューの足元からも太い根を掘り出しようやく腕と足を絡め取った。

 

「タネマシンガン!」

 

 地面からの根に気を取られている間にやどりぎのタネマシンガンをぶつけていく。さっきは引き千切られたが、今度こそそうはさせまい。体力を根こそぎ奪ってやる。

 

「リュー、ぼうふう!」

 

 自由を残した翼で扇ぎ、暴風を生み出す。

 種は飲まれて散り散りになり、太い根も引き千切られていく。

 風には嵐か。

 

「リーフストーム!」

 

 メガシンカしたことで成長した尻尾を切り飛ばし、回転させながら無数の草を送り込んだ。

 

「躱せ!」

 

 尻尾が迫ると竜の気のおかげで上昇した素早さを活かして軽々と躱す。そのまま旋回し、ジュカインに向けて突っ込んできた。

 

「ドラゴンダイブ!」

 

 竜の気を赤くて青いドラゴンに模して、さらに加速してくる。

 ジュカインが指示を仰ぐようにこちらを見てきた。

 ふむ、ギリギリだがやってみるか。

 

「引きつけて種を植えこめ!」

 

 りゅうのまいによるカイリューの素早さの上昇は著しいが、メガシンカしたジュカインの実力に賭けてみよう。

 

「カイ!」

 

 ジュカインは突っ込んでくるカイリューを迎え討つべく、腰に体重をかけた。

 そして、カイリューの突撃のギリギリのところで身を反らして地面から草を伸ばし、カイリューと自分との隙間に潜り込ませると、口からは一つの種を吐き出した。

 種はカイリューの体内に吸収されていく。

 

「なっ?! あれを躱すのか…………。リュー、戻ってはねやすめ!」

 

 攻撃が当たらなかったことを確認するとカイリューを自分のところに戻らせ、地面に下ろして翼を落ち着かせた。

 今度はこっちから仕掛けるか。

 

「ハードプラント!」

 

 まずは同じような攻撃パターンに見せかける。

 地面から太い根をいくつも掘り出し、あらゆる方向からカイリューに襲いかかった。

 

「れいとうビーム!」

 

 翼を休ませている間は飛べない。そのために全方向に冷気を発し、太い根を食い止めていく。

 

「こうそくいどう!」

 

 食い止められた太い根を素早く駆け抜け、ジュカインがあっという間にカイリューの正面にたどり着いた。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 シャキン! と竜の爪を出し、カイリューを切り裂いた。

 今度は大きくダメージが入ったらしい。

 

「リュー?! マルチスケイルが解けた………のか? はっ!? まさか、さっきの種はなやみのタネ?!」

 

 マルチスケイル。

 なるほど、それが原因だったか。

 ポケモンが持つ特性の中にはマルチスケイルという体力があると頑丈な体になる特性があるという。実際に誰が持っているのかも知らなかった、どうやらカイリューがその特性を所持しているようだ。

 ああ、だから度々回復していたわけだ。

 

「これが本当の種明かしってか」

「面白くないわよ」

「言うな。自分でも思ったから」

 

 ツッコミ早いな………。

 

「リュー、大丈夫だ。こっちもジュカインを倒す手段が見つかった」

「えっ、ハヤト見つかったの?」

「ああ、恐らくジュカインはメガシンカしたことでドラゴンタイプを得た。だからドラゴンクローの威力も上がっているんだ」

「ジュカインにドラゴンとか…………ないわー、ヒキタニくんマジないわー」

 

 トベうるさい。

 

「トベ先輩、うるさいです」

 

 やーい、後輩に怒られてやんの。

 

「いくぞリュー! げきりん!」

 

 ふむ、りゅうのまいの連続使用からの全力のげきりんか。

 ハヤマの話が本当ならば、効果抜群となり致命傷となりうる。

 素直に躱しましょう。

 

「ジュカイン、こうそくいどう!」

 

 目の前で竜の気を暴走させて地面を蹴り上げてきたのを、ジュカインは軽々しい身のこなしで躱した。

 

「まだまだ!」

 

 地面を蹴り直し、ワンステップで向きを変えて、再度ジュカインに向けて突っ込んでくる。

 

「やれ」

 

 面倒になったので、最後はジュカインの好きにさせることにした。

 どんな技でとどめを刺すのやら。

 

「カー、イッ!」

 

 竜の爪を立て。

 一瞬でカイリューの背後に移動すると両爪で背中を切り裂いた。

 あっれー、いつの間に背後に行った?

 俺の目では見えなかったぞ?

 本気のジュカイン、恐るべし。

 

「リュー?!」

「カイリュー、戦闘不能!」

 

 ぶった切られたカイリューは意識を失い、地面に倒れ伏した。

 いやー、実にレアな特性を見せてもらった。

 マルチスケイルなんて初めて見たわ。

 

「勝たせてやれなくてすまない。ゆっくり休んでくれ」

 

 ハヤマってさ。

 四冠王とか言われてるんだよな?

 …………いや、俺のポケモンたちがおかしいだけだ。世間一般的にはハヤマは強いんだ。だから問題は無い。例外しかいないからこんな展開になってるだけだ。きっとそうに違いない。

 

「カイ!」

「えっ? なに? ディアンシー、通訳!」

『まだやりたいそうです』

「まだやるの? いいけど」

『やっと準備体操が終わった感じだと言ってますわ。これから本番だって』

「はっ? 準備体操? マジか………」

「カイカイ」

 

 おいおいおいおい!

 やっぱりこいつも壊れてやがるぞ。

 なんだよ、リザードンといいゲッコウガといいジュカインといい。

 絶対、頭のネジが一本足りてないだろ。

 

「あっはっはっはっ、準備体操とかウケる」

 

 ひぃーっと腹を押さえて笑い転がるオリモト。

 今の笑うとこなのか?

 あいつの笑いのツボは一体なんなんだろうな。謎だわ。

 

「リザ、最初から全開でいくぞ!」

 

 お、ようやくリザードンが出てきたか。

 こいつを倒せばハヤマの負けが加速するな。

 

「我が心に応えよ、キーストーン。進化を越えろ、メガシンカ!」

 

 …………………ぶほっ!?

 なんだ、あの決め顏。

 ウケるんだけど………。

 

「って、そこはウケねぇのかよ」

 

 オリモトの笑いのツボが全く分からん。

 

「お兄ちゃんが一人でぶつぶつ言ってる……」

「目が怖いね………」

「キモ………」

「そ、その割には顔がニヤけてますよ?」

「に、にやけてなんかないし!」

 

 とうとう後輩にまでいじられるようになったか、サガミよ。

 

「ハヤト………」

「姉さん、このバトル勝つのは?」

「十中八九ハチマンの方でしょ。まだまだ全力を出し切ってないもの」

「そうね、まだゲッコウガもリザードンも控えているものね」

「ハヤトが勝つのは無理だろうねー」

「ハヤトー! 四冠王の意地見せろし!」

 

 あーあ、ユキノシタ姉妹の会話にむっとしたミウラが本気で応援しだしたぞ。

 

「いくぞ、リザ! だいもんじ!」

 

 メガシンカしたことで日差しが強くなり、ほのおタイプの技の威力を底上げしてくるんだったな。

 

「躱して、タネマシンガン!」

 

 ま、これくらいなら普通に焼かれるだろうけどね。牽制くらいにはなるだろ。

 

「エアスラッシュ!」

「ドラゴンクローで弾け!」

 

 翼を扇ぎ、空気を圧縮し、刃のように送り込んでくる。飛ばした種も切り裂かれ、そのままジュカインへと押し寄せてきた。

 それを竜の爪で全て弾き、後方に投げ捨てた。

 

「りゅうのはどう!」

 

 刃がダメなら今度は波導を送り込んでくる。

 

「リーフストーム!」

 

 それを尻尾を飛ばして真っ二つに。

 おっと、段々とリザードンが近づいてきてるじゃん。

 

「オーバーヒート!」

「こうそくいどう!」

 

 うわ、もうジュカインの動きが見えなくなってる。

 ジュカインは一瞬でリザードンの背後に移動すると、拳に電気を纏わせた。

 

「かみなりパンチ!」

 

 背中に一発打ち込み、地面に叩きつける。

 

「もう一発!」

 

 上から降りかかるように左の拳を打ち込む。

 

「きあいパンチ!」

 

 くるっと仰向けになったリザードンが電気を纏った拳に力強く拳を叩きつけ、受け止めた。

 日差しが元に戻り、太陽が雲で隠れていく。

 

「押し返せ!」

 

 翼を動かし、仰向けのまま羽ばたき出し、その力でジュカインを弾き飛ばしやがった。

 

「タネマシンガン!」

「エアスラッシュ!」

 

 去り際に種を蒔いてみるが案の定ぶった切られる。

 

「たつまき!」

 

 翼を扇ぎ、竜巻を生み出してきた。

 次から次へと翼を使った技で攻撃してくるな。

 

「リーフストーム!」

 

 空中じゃこれぐらいしか動きようがない。

 あまり連発したくはないが、いつの間にか再生していた尻尾を竜巻の中に送り込む。

 

「かみなりパンチ!」

 

 尻尾を飛ばして地面に着地すると、ジュカインは地面を蹴り上げ、一気に距離を詰めた。

 

「オーバーヒート!」

 

 目の前に迫り来るジュカインに全ての力を吐き出すように、今日一番の炎を爆発させる。

 だが、ジュカインはもう目の前にはいなかった。

 背中に一発、下から一発、最後に上からも一発、拳を叩き込み、リザードンを再度地面に突き落とした。

 

「リザードン、戦闘不能!」

 

 メガシンカが解けたことで、意識を失ったことを教えてくれる。先生もそれを見て判定を下した。

 

「リザ……、いいバトルだった。ゆっくり休んでくれ」

 

 ハヤマは切り札とも言えるリザードンが敗北し、この先の手に行き詰まってる表情をしている。

 

「あ、もういいのか?」

「カイ」

 

 気が済んだのか、ジュカインは自らメガシンカを解いた。

 なら、交代だな。

 次は……。

 

「ゲッコウガ、何か新しい芸増えたか?」

「コウガ」

「あるのかよ。なら見せてみ」

 

 というわけでお次はゲッコウガ。

 ギャラドス以上の芸ってなんだろうな。

 

「ゲッコウガには……エレン!」

 

 寝てますけど?

 ぐっすり寝てるぞ?

 

「何が起きるか分からないから使いたくはなかったが、エレン! ねごと!」

 

 あー、確かに何が起きるか分からんよな。

 ねごととかある意味怖い技だ。

 

「尻尾を地面に………エレキフィールドか」

 

 ということは、だ。

 これ起きるやつじゃん?

 無事何事もなくお昼寝タイムは終了。

 

「みずしゅりけんで顔を洗ってやれ」

「コウガ」

 

 フィールドに電気が張り巡らされ、エレキブルは次第に眠りから覚めていく。

 仕方ないので、一気に起こすことにした。

 

「かみなりパンチ!」

 

 あ、こら。

 人がせっかくさっぱりさせてやろうとしてるのに。

 みずしゅりけんを拳でただの水に分解しやがった。

 

「かみなり!」

 

 尻尾を頭上に伸ばすとエレキブルは雷撃を飛ばしてきた。

 雨雲から落ちてくるんじゃねぇのかよ。

 便利な尻尾だな。

 

「躱せ」

 

 ま、余裕なゲッコウガさんですけどね。

 雷撃をひょいひょい躱して、いつの間にエレキブルの背後に移動してるというね。

 気楽な奴め。

 

「んじゃ、一発芸のためにやるか」

「コウガ」

「メガシンカ」

 

 どうもねメガシンカした方が一発芸の技の出来がいいらしいのよ。

 そのためだけにメガシンカするってのもどうかと思うけど。

 

「メガシンカ………なのか?」

 

 あれ? ハヤマはちゃんと見たの初めてだったんだっけ?

 覚えてねーや。

 

「知らん。現象が似てるからそう呼んでるだけだ」

 

 水のベールに包まれたゲッコウガはみるみる姿を変え、八枚刃の手裏剣を背負った姿になった。

 

「目つきがどことなく君に似ている………。それに八枚刃………」

「それ以上は言うな。ゲッコウガ、みずのはどう!」

 

 合掌して、水を作り出し、何かを練り上げていく。

 大きさ的にギャラドスではない。

 人型っぽいが……………。

 

「コウガ!」

 

 ………………。

 

「お前…………、新しいっちゃ新しいけど、それはないだろ………」

 

 なんでよりにもよって、その………、俺なんだよ。

 や、目の腐り具合とか緻密に計算されていて、水の色をしているって以外は完成度高いけどよ。

 

「…………やっぱり、ゲッコウガってヒッキーのこと大好きすぎるよね」

「まあ、自分からついてきたポケモンだし」

「あのメガシンカも先輩との愛の結晶…………」

「はっ! まさかのゲコ×ハチ!?」

「おい、お前ら! 言いたい放題すぎるだろ!」

 

 なんだよ、ゲコ×ハチって。

 もう種族めちゃくちゃじゃねぇか。

 

「えっと、エレン、かみなりパンチで水のヒキガヤを壊せ!」

 

 あ、ちょ!

 

「おい、ゲッコウガ! お前、俺に対して何か恨みでもあるのか!?」

 

 水でできた俺の首から上が吹っ飛んだ。

 

「グー、じゃねぇよ!」

 

 何がグー! だ。

 ちっとも楽しくないわ!

 自分の首が飛んだような感覚だぞ!

 

「コウガ」

 

 はあ………、やっとまともに動いてくれるのか。

 ……………でもやっぱりギャラドス…………じゃねぇ…………これって………。

 

「なんでルギアなんだよ」

 

 どうやら俺を作ったのは本当に一発芸だったらしい。

 本来はルギアを作るつもりだったってのもどうかと思うが。

 

「もう、めちゃくちゃすぎるでしょ」

「くくくっ、なに、あのゲッコウガ! 超ウケるんですけど!」

 

 君たち楽しそうだよね。

 俺は今自分の首が飛んで落ち着かないわ。

 

「今度は俺に対しての憂さ晴らしかい?」

 

 確かに。

 そうかもしれない。

 だって、こいつシスコンだし。

 マフォクシーを危険な目に遭わせたとかって怒っていてもおかしくはないな。

 

「エレン、かみなり!」

「ハイドロポンプ!」

 

 ルギアがハイドロポンプ撃ってるみたいだな。

 エアロブラストとかできたりすんのかね。

 

「あ、それは無理なのね」

 

 伝わってしまったらしく、頭の中に否定の言葉が流れてきた。

 

「ぐっ、なんてパワーなんだ………」

 

 ほんと、ふざけきってるのになんて威力だよ。

 エレキフィールド上でのかみなりだぞ?

 相当の威力なはずなのに、水砲撃が負けないってマジでやばすぎだろ。

 

「エレン、エレキネット!」

 

 電気の走った白い網をルギアに向けて飛ばしてくる。

 ただの水に戻すつもりか?

 

「飛べ!」

 

 飛べないとは言ってないし、いけるか?

 あ、飛んだ。

 

「………ゲッコウガがついに空まで支配し始めたわね」

「炎も草も氷も使えるのにね」

「あまごい!」

 

 お、ついに雨を降らせてきやがった。ついでにエレキフィールドが放電させちまったけど。

 まあ、それならそろそろかな。

 

「かみなり!」

 

 きたよ。かみなりが来ちゃいましたよ。

 

「ゲッコウガ!」

「コウガ!」

 

 呼びかけるとすぐに対応してきた。

 水でできたルギアから飛び降り、エレキブルに向けて突っ込んでいく。

 

「エレン、かみなりパンチで迎え討て!」

 

 空ではルギアが弾け、ただの水へと戻った。大粒の雨となって降り注ぐ水を、背中の手裏剣へと吸収していく。

 

「躱して、みずしゅりけん!」

 

 巨大化した手裏剣を携え、エレキブルの拳を躱すと、回り込んでみずしゅりけんでぶん殴った。

 エレキブルは身動き取る時間も与えられず、突き飛ばされ、フィールド外の木にぶつかり…………気を失ったな。

 

「っと……、エレキブル、戦闘不能!」

 

 うん、遊ぶだけ遊んで最後は勝つって………。

 こいつもはや伝説になれるぞ。

 

「エレン、お疲れ様。すごい相手だったな」

 

 それに関してはなんかすまん。

 やっぱり一通りやりたそうなんで出してみたけど、エンテイたちと変わりない奴だったな。

 

「コウガ」

「シャア」

 

 あ、自ら交代しましたよ。

 もう気が済んだのか。

 さて、最後はリザードンだな。

 

「今日は何発でやる?」

「シャア!」

 

 中指だけを立ててきた。

 ということは一発かよ。

 なにゲッコウガに触発されてんだよ。

 一発だったら、メガシンカもいらないってことだろ。

 

「はあ………、お前らそんなとこで張り合うなよ」

 

 一発ねー。

 やっぱ、あれかね。

 

「ブー。リザードンだけでも落とすぞ!」

 

 そうだ、最後はブーバーンだ。

 あ、でもヘルガーに結構ダメージ与えられてたような………。

 まあ、一発だし関係ないか。

 

「10まんボルト!」

 

 あー、こっちはこっちで覚えてるのね。

 

「躱せ」

 

 あらよっと、リザードンは躱した。

 

「ブー、グロウパンチ!」

 

 うん、終わったな。

 

「掴め」

 

 突き出された拳を片手で受け止めた。

 

「じわれ」

 

 そのまま地面に押しつぶし、地面を割り、その中に押しやった。

 地面から吐き出されたブーバーンは当然意識を失っている。

 

「ぶ、ブーバーン、戦闘不能! よって勝者、ヒキガヤ!」

「一撃………必殺…………」

 

 ゲッコウガでふざけてた分、リザードンが一発で終わらせたことに驚愕を露にしているハヤマ。

 すまんな、これが俺たちのやり方なもんで。

 

「一発で、終わっちゃった………」

「ゲッコウガの時は遊んでたのに」

「遊んでる時点でもう規格外だと思うのだけれど。仮にも四冠王よ?」

「うわー、鬼畜」

「ハヤマくん、かわいそう」

「くくくっ、やばい、お腹痛い」

「カオリ、笑いすぎ。……………敵に回さなくてほんとによかった………」

 

 さて、これで俺もゆっくりできるな。




続けて短いですが84話もどうぞ。
単に長くなったので切っただけです。


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84話

ついに完結!!


「負けたよ。さすがハルノさんを倒した元チャンピオンだ」

 

 ブーバーンをボールに戻すとハヤマが握手を求めてきた。

 

「んな昔のこと覚えてねぇよ。それに強いのは俺じゃなくてポケモンの方だ」

 

 倒したらしいけど記憶ないんで、その辺の話はしないでいただけます?

 手を振りほどきながらそう答えると、ちょっと残念そうな顔をされた。

 

「そうかな? 君は力がなければ、ポケモンたちも成長できてないと思うけど」

「知るか」

「そんな君だから………、いやそんな君だからこそ、かな」

 

 ハヤマは若干引き気味のユキノたちを見たかと思うと、そう呟いた。

 みんな、なんでそんな目で見てくるんだよ。

 

「………なんだよ、気持ち悪いな」

「ハヤ×ハチきたぁぁぁあああああああああああっ!!!」

 

 うおっ?!

 なんだ、エビナさんか。

 

「ちょ、エビナ鼻血拭けし!」

 

 鼻血で噴水とかすごい芸だな。

 

「ハヤマ、君たちはこれからどうするんだ?」

 

 事情をすでに知っているヒラツカ先生が心配そうにハヤマに声をかけた。

 元生徒なだけあって気になるんだろうな。

 

「一度カントーに帰ろうと思います。自分の原点に立ち返って、見つめ直そうかと。それに協会の方にもいかないと」

「そうか。だったら、スクールに顔を見せてやってくれ。校長が話したいことがあるそうだ」

「分かりました」

 

 …………協会からの何らかの罰を受けに行くのか。律儀な奴だな。

 と、ホロキャスターにメッセージが入った。

 差出人は、プラターヌ。なのに、文章が明らかに彼のものではない。

 

「………げっ、ミアレに来いってか。あいつら、人使いが荒すぎんだろ」

 

 おそらくこの命令口調はグリーンだろう。

 せめて最後に名前書けよ。

 

「ヒッキー、どうかしたの?」

「ちょっと、ミアレに呼ばれた」

「おー、プラターヌ博士にも久しぶりに会いたいかも」

 

 そういや事件に巻き込むと面倒だったからしばらく会わないようにしてたんだったな。そもそも会う時間もなかったけど。

 

「それじゃついて行きましょうか」

「さんせーい!」

「おい、待て。俺の意見は?」

 

 ハルノさんの一言で全員ついてくることになった。

 

「まあまあ、フレア団のことなんでしょ? だったら僕たちも行った方がいいんじゃないかな?」

「はあ………、分かったよ。お前らはどうするんだ?」

 

 トツカに宥められ、しょうがなく了承。

 天使にお願いされては拒否できない。

 

「んー、暇だし行こうかなー。することないし」

「ディアンシーが行くなら、うちも行く」

 

 三人追加と。

 つか、どんだけディアンシーと仲良くなったんだよ、サガミさん。いいけどさ。

 

「お前らは………」

「俺たちも行くよ。自分のしでかしてしまったことの顛末を知りたい」

「そうかい。なら取り敢えず、着替えさせてくれ」

 

 結局、この場にいる全員で行くことになった。

 俺は一体いつになったら休めるんだ?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「来たぞー」

「やあ、ハチマンくん! みんなも! 元気そうでなによりだよ!」

「元気じゃねぇよ。後声でけぇよ」

 

 さすがに先生のエルレイドのテレポートで全員飛ばすわけにもいかず。

 素直にポケモンたちに乗ってミアレまでやってきた。ついでにポケモンたちも元のトレーナーへと返され、残す仕事はここだけ。

 プラターヌ研究所に入ると、フロントで博士が待ち構えていた。

 

「ねえ、聞いてくれないか、ハチマンくん」

「何をだよ」

 

 他の奴が待ち構えているという彼の部屋へと向かう中、博士が愚痴をこぼし始めた。

 

「今回の騒動で大活躍だったエックスたちのために祝賀パーティーとミアレシティあげてのパレードを行おうと思ったんだけどさー」

 

 なに、その傍迷惑な催し。

 

「みんなして辞退しちゃったんだよ! 主役が居なくちゃできないっていうのに!」

「や、んなもん迷惑なだけだろ。そもそも一般人が認識してないことを祝ったところで意味もなければ、ただの辱めだ。それよりも浮かれてお祭り騒ぎをする前にやることたくさんあるだろ。大人なんだからしっかりしろよ」

 

 アホだ、この人。

 んなもんやったところで誰が喜ぶんだよ。

 そんなのあんたらの自己満足だろうが。

 自分の意思に反して巻き込まれて、仕方なく働いて。

 自分たちが生き残るがために戦って言うだけなのに、何がパレードだよ。

 あいつらも変な大人に絡まれて同情するわ。

 

「………………」

「なんだよ、ぽかんとした顔して」

「いや、エックスと同じことを言ってると思って」

 

 あー、言いそうだよな。

 

「はあ………、俺はあいつのことをよく知らないけど、親近感は湧くぞ」

「そうね、あのぬぼーっとした感じはハチマンに似ているわ」

 

 そういやユキノも見てるんだっけな。

 確かにぬぼーっとした感じはあるが…………。親近感湧くのってまさかそこなのか?

 

「…………」

「今度はどうしたんだよ。アホ面丸出しだぞ」

 

 二度も変な顔見せるなよ。

 なんか無性に殴りたくなるんだけど。

 

「な、名前………」

 

 名前?

 ああ、なんかみんなして名前の方で呼ぶようになってるな。まあ、言い出したのがーーー。

 

「ふふん、なんて言ったって私は正妻だもの」

 

 ーーーこいつだからな。

 ユキノシタユキノはずっと、それこそスクールでオーダイルの暴走を止めた時からずっと、俺のことを追いかけているような奴だ。本人がそう言ってたんだからそうなのだろう。大概な物好きがいたものだな。

 ま、俺もそれを受け入れちまったんだから、大概な奴だと思うがな。

 

「いや、そもそも結婚してないからね。正妻だなんだ言うが、事故でお互いファーストキス失くしたってだけだろうが」

「「「えっ? 初めてだったの?!」」」

 

 そこで食いつくなよ。話がさらに脱線するだろうが。

 

「知らねぇよ。記憶ないんだから。けど、最初がそれならそういうことになるんじゃねぇの」

「くっ………、ぬかったわ。実の妹に正妻の座を奪われるなんて」

 

 ユキノシタハルノはずっと、それこそ俺と初めてバトルした時にはすでに仮面をつけていたような人だ。そんな人が例え実の妹を煽ろうと俺にファーストキスまで差し出すなんてアホな真似をするくらいには寂しがり屋だったんだから、まあ、な。ここで妹だけ受け入れるというのも、後で何されるか分かったもんじゃないしな。仕方ない仕方ない。

 つーか、マジでいきなりキスしてくんなよ。思い出すだけで心臓バックバクなんですけど!

 

「や、だから正妻じゃないから。あ、だからと言って全員側室とかそんな制度もないから」

「そ、そんな、責任取ってくれるって、先輩が………」

 

 イッシキイロハは………正直よく分からない。なんだかんだ俺に甘えてくるし、弱い部分も普通に見せてくるんだし、少なからず好意的なものを向けられているんだろうが、経緯がよく分からない。いつフラグを建てたんだ?

 ただ彼女はあざとい反面一生懸命だからな。応援したくなったのは事実だ。

 

「私たちとは遊びだったっていうの?!」

「あ、あたしはそばにいられたらそれでいいかなー、なんて………」

 

 で、一番分からないのがこの少女、ユイガハマユイだ。

 本当にいつフラグ建てたんだ?

 聞くところによると影の薄かった俺をすでに認知し、ずっと声をかけたいとか思ってたんだとか。

 んー、さっぱり分からん。分からんが放っておくと危なっかしい奴だし、優しさは人一倍だからな。コマチ以外でなんか安心するのは確かだ。

 

「「はっ!? ここに裏切り者が!!」」

 

 ユイの呟きにハルノさんとイロハが両脇からユイの肩を掴みかかった。

 

「お兄ちゃん、コマチは? コマチは?」

「俺の最高の妹だ」

「うへへへっ」

 

 頭を撫でながら即答すると、今度はこっちを睨んできた。

 君たち、もう目がやばいことになってるぞ?

 

「「真打登場!?」」

「実の妹に手を出さないだけ安心だわ」

「当たり前だ。妹だぞ」

 

 さすがに妹に手を出そうものならお縄に捕まるっての。

 

「ハッチーっ!」

「おい、こらユイ。抱きつくな」

 

 背中に急に柔らかい感触が押し当てられるのが分かった。

 なんて柔らかいんだ。

 こんな感触を味わえるのも彼女の特権だな。

 ………俺ってただのゲスでしかないぞ、この発言。

 

「えへへへ、ヒッキー」

「つか、せめて呼び方統一しろよ。もうお前に関しちゃ呼び方云々に文句言わんから」

「えー、ヒッキーはハッチーだし、ハッチーはヒッキーだもん」

 

 ヒッキーもハッチーももうどっちでもいいからさ。

 あ、でも「ハチマン」なんて言われた日にはちょっと鼻血出るかも。

 

「あ、あの、シズカくん。これは…………」

「ええ、私も驚きですよ。少し離れている間にこんな状況になっていまして。まあ、ヒキガヤがいい方向に成長してくれたと受け取ってしまえばいいのでしょうが…………。ヒキガヤのくせに羨まけしからん!」

 

 本音、本音出てますよ。

 

「ハヤト、大丈夫? 顔色悪いけど」

「いや、ちょっと、自分がバカバカしくなってきて…………」

「あーあ、もっとハヤ×ハチ見たかったなー」

「っべー、ヒキタニくん、マジっべーわ」

 

 なんかハヤマが酔ったっぽい。

 

「ヒキガヤがハーレム作ってる……くくくっ、ヤバい、超ウケる!」

「あんたも大概だと思うよ。彼のこと、好きすぎでしょ」

「大人だなー、ハチマンは」

「ぬぅ、羨まけしからん!」

 

 あ、アラサーと同じことを言ってる見た目中年がいる。中身は中二だけど。

 …………あれ? サガミは? ディアンシーもいないし。

 部屋にたどり着いたので扉を開けると、そこにはカツラさんとグリーンの姿があった。あ、あと博士のお付きの二人もいるわ。

 

「やっときた………か………」

「無事そうで何より………だ………」

 

 うん、分かる。分かるぞ、その気持ち。俺も見る側だったらそんな気分だから。

 右腕にユキノ、左腕にハルノさん、背中にはユイが抱きつき、前にはコマチとイロハがいるこの状況。

 爆ぜろリア充とはよく言ったものだ。

 

「何も聞くな、聞かないで、聞かないでください」

 

 入ってきた俺たちを見て呆気にとられている二人。

 俺より自分の心配をしてほしい姿だな。

 包帯ぐるぐる巻きじゃねぇか。

 

「で、なに? 詳しいことは未来でな、って言ったから呼ばれたのか?」

「あ、ああ、それもあるが、まずはお前にも確かめたいことがあってな」

 

 あるんだ………。

 ただの去り際の挨拶だったのに。

 

「確かめたいこと?」

「というか、先輩と声が区別できない………」

「お兄ちゃんが二人いるみたい………」

 

 うん、だよな。俺もそう思うわ。

 なんで一緒な声色なんだよ。

 

「緑色の影を見てな。奴が何なのかを確かめたい」

「緑色の影……ですか!?」

 

 シックなテーブルを真ん中に二人がけソファーがあり、どちらも占拠されている。

 付き人二人は立ってるし、俺たちも立って聞けということなのか?

 

「エックスたちがポケモンの村を去り、俺とカルネでフラダリとフレア団科学者らの身柄を確保していたとき……、瓦礫の向こうからこっちを見ていた。オレたちに気づくとにげるように消えた」

「離散したプニプニ、……わたしは仮に『ジガルデ細胞』と呼んでいますが、その残りでは?」

 

 プニプニ……、あれをプニプニと表現するのか?

 

「はっきり同じともちがうとも言い切れない」

 

 グリーンたちはジガルデのフォルムチェンジした後の姿しか知らないというわけだ。

 だから俺も呼ばれたわけか。

 

「これはやはり調査に行かなければ……」

「ポケモンの村へ? しかし、今はもう……」

「いえ、実は……、ほかの地方でも緑色の影の目撃情報がありましてね。ジーナ、デクシオ、きみたちに頼みたい」

 

 カツラさんの指摘に博士は予想外の返答をしてきた。

 ジガルデが他の地方にいるっていうのか?

 

「わかりました」

「ほかの地方というと?」

「温暖な島じまからなる、アローラ地方!」

「アローラねぇ」

 

 これまた偶然か。

 校長がバカンスに行って白いロコンをゲットしてきた地方じゃねぇか。

 

「なんだ? なにか心あたりでもあるのか?」

「いや、ジガルデってカロスの伝説に出てくる奴じゃねぇのかって思って。まあ、ルギアたちもカロスに来てたんだし、ほかの地方にジガルデが行ってたとしてもおかしくはないが………」

 

 おかしくはない。

 別に伝説が語り継がれているだけであって、その地方だけに居座るとは限らないのだから。

 ただ一つ、今回のことにはいささか常識が覆りそうな内容が含まれている。

 

「ジガルデだと?!」

「緑色の影でジガルデ細胞のような奴だろ? どう考えたってジガルデの本体でしかないだろ。あいつは、恐らくそのジガルデ細胞ってのを吸収することで姿を変えるみたいでな。俺が知ってるだけでもヘルガーみたいな四足歩行とあんたらの知ってる姿がある」

「それじゃあ、離散したことで元の姿に戻った、ということか?」

 

 俺の説明にカツラさんは気がついたらしい。

 そうだ、そういうことだ。ただし、その話はどうでもいい。

 

「そんな感じなんじゃねぇの? それよりも気になるのはアローラ地方にいたのが別個体かどうかってことだ。別個体だとしたら、伝説のポケモンに対しての俺たちの認識を覆すことになる」

 

 別個体。

 カロスで暴れていたジガルデの他にアローラで目撃されたっていうことは他にもジガルデの本体がいる可能性がある。つまりは、ジガルデが複数いる可能性があるのだ。

 

「………ジガルデが、二体………いる?」

「その可能性を否定できないだろ」

 

 伝説のポケモンというのは確認されている姿は一体のみ。

 それゆえに貴重なポケモンとされ、他の伝説に名を残すポケモンも同じく一体しかいないものだと認識されている。

 だが、ジガルデが複数体いるとすれば、他の伝説のポケモンだって複数体いてもおかしくはない。

 

「ジーナ、デクシオ。その辺についても詳しく調査してくれないか」

「わかりました」

「では、みなさん。わたくしたちの留守の間、博士のことをよろしくおねがいしますね?」

「はっ?」

 

 ジーナさん?!

 

「わっかりました!」

「はあっ?」

 

 おい、こら、コマチ!?

 

「それでハチマン。お前は一体セレビィで何をした」

「何をしたって………、俺たちにもやることがあったんだよ。ダーク化したルギアを元に戻すためにセレビィ呼んだり。しかもそれまでに過去に飛ばないと辻褄が合わないことが出てきててな。それでセレビィと時間旅行をしてたわけだ。ポケモンの村にいたのも偶然。妹が持ってるタマゴの保護が目的だったらしい」

 

 結局、何もしてないと言った方が正しいんだよな。

 基本的に実際に戦ってる俺たちをサポートしてたくらいだし。

 

「ダーク化?」

「それについては帰ってから自分で調べてくれ。シャドーあたりで探せば自ずと分かるはずだ。記録は全部俺のだからな」

 

 シャドーについては俺の分野だったらしい。

 まあ、しばらく在籍してたしな。他に誰も手をつけてないのは問題だと思うが。

 

「分かった。いいだろう」

「おお、そうだ、ハチマン。実はフレア団のボスのギャラドスがメガストーンを持っていてな。主人がああなってしまっては無用のものと思って持ってきたのだが」

「それ、あーしの!」

 

 カツラさんがポケットから一つのメガストーンを取り出して見せてきた。

 するとミウラががっついた。

 

「む? なんと? もしや奪われたり………」

「ああ、元々はミウラのギャラドスのものだったんすよ。最初に襲撃された時に奪われたらしい」

「それはちょうど良かった。元の持ち主が見つかってなによりだ」

 

 ミウラはカツラさんからギャラドスナイトを受け取ると「あ、ありがと……ごさいます」と柄にもなく敬語でお礼を言っていた。

 段々丸くなってきたよね。

 

「フラダリとパキラのポケモンたちは?」

「ここに………」

「そうか………。どうするんすか? 野生に還します?」

「それも考えたが………」

「暴れられても困るからな」

 

 確かに。

 トレーナーがトレーナーだったからな。

 やらないとは限らないもんな。

 

「そうだ、ハチマン。君が育ててみてはどうかね?」

「はあ? マジで言ってんですか? 生憎、手持ちいっぱいなんすけど?」

「リザードン一体でリーグ戦を優勝したお前が?」

 

 なんだ? 嫌味か、それ?

 

「こっちにきてなんか気に入られたのとホウエン地方から送られてきたのと、危機に際して駆けつけてきたのが二体に、洞窟の案内ついでに力を借りてるやつに、他にも野生だけど保護してるのもいるし………」

「どれも自分でバトルして捕まえてないのが肝よね」

「えっ? なんで知ってんの?」

 

 エンテイとかボズゴドラについては説明してないはずなんだけど。

 ディアンシーかサガミにでも聞いたのか?

 

「だって、あなたあまり自分から捕まえる性格じゃないもの。ついて来る分には拒まないけれど」

 

 なんだ、状況判断かよ。

 それで読まれる俺も大概だな。

 

「カロスにもボックス管理をしている奴がいる。彼に頼めば……」

「いや、いいっすよ。一ついい方法を思いついたんで。今の俺は見ての通り一人じゃないんでね………ははっ………。その分世話しないといけないポケモンの数も一気に増えたんすよ………、いやマジで」

 

 仕方ない。仕方がないのだ。

 だから手帳に書き残してあったことでもやってみるのもいいのかもしれない。

 記憶のなくなる前の俺が何を思って書き残したのかは知らないが、一つだけ今の俺にやってほしいことがあるって書いてあった。

 

「む、それは………」

「どこかで野生に近い状態で生活できるようにしようかと」

 

 ポケモン研究所のような施設。

 それをどこかに作れとのこと。

 実際、そこの女性陣に責任取れとか言われたし、家族でなくとも共同生活するともなれば、デカイ土地が必要になってくる。記憶がなくなる前の俺はこの状況を予感してたのだろうか。今になっては分からないが、それが俺の願望なのかもしれないし、作るしかないだろ。

 

「は、初めて聞いよ、そんな話!」

「今思いついたんだから言えるわけないでしょうに」

 

 ハルノさんがちょっと意外そうな顔で見てくる。

 なんだよ、俺だって今更離れる気なんてないし。いいでしょうが、あんたらの言い分もしっかりこなそうってんだから。

 

「どうも俺はこの女性陣を養わないといけないみたいなんでな。そうなるとやっぱ広いところが欲しいじゃん?」

「………ふっ、今度はハーレム王か。小賢しい奴め」

「………女っけのない奴よりマシだと思うが? 今いくつだっけ?」

「言うようになったじゃないか」

「なんだ、やるのか? すでに一戦やってきたがどいつもピンピンしてるぞ?」

「これこれ、二人とも。さすがに二人が暴れては、この街が崩れるぞ」

 

 カツラさんがグリーンを抑えたことで、バトルにはならずにすんだ。

 チッ、ちょっとガチでやりたくなってたのに。

 

「…………それとポケモン協会についてだが………」

「あ、ちょっとタンマ。電話だ」

 

 なんでこのタイミングでポケナビの方が鳴るんだよ。

 うわー、嫌な予感しかしない。

 ユキノシタ姉妹が力を緩めてくれたので、ポケナビを取り出してコールに出た。

 

「はい、なんすか?」

『今回も大活躍したそうじゃないか』

「誰から聞いた。それと大活躍なんてしてないから」

『君の部下だ』

「よし、分かった。あとでしばいておくわ」

『で、だ。ここから本題なのだが………、ハチマン。独立しないか?』

 

 …………………。

 

「はっ…?」

 

 一難去ってまた一難。

 どうやら俺には落ち着く時間を与えてくれないらしい。

 休まる時間が訪れるのはいつになるのやら…………。

 

 

 独立ってどういうことだってばよ?




はい、というわけでこれにて完結とさせていただきます。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
惜しまれる声もありますが、まずは一区切りということで完結とします。


しばらくはこの作品の手直しなどをしながら充電期間にさせていただこうかと思います。
その間に次回作の方も練ろうかと。
余韻が残っているのはそのためです。


では、また。次回作で。


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行間

〜手持ちポケモン紹介〜 (84話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン×2(3) 菱形の黒いクリスタル etc………

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂ 

 持ち物:リザードナイトX

 特性:もうか←→かたいツメ

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、じんつうりき、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく

 

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:???←→ひらいしん

 覚えてる技:リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、{マジカルリーフ、タネばくだん}、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント

 

・ボスゴドラ ♂

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ

 

・ヘルガー ♂

 特性:もらいび

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール

 

・エンテイ

 覚えてる技:だいもんじ、ふみつけ、せいなるほのお

 

野生

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ

 催眠術で乗っ取ったポケモン

 ・オニドリル(フレア団)

  使った技:きりばらい

 

・ディアンシー

 持ち物:ディアンシナイト

 覚えてる技:ダイヤストーム、マジカルシャイン、ムーンフォース

 

一時手持ち

・ミュウツー(カツラ)

 

・ルギア(ダーク→リライブ完了)

 

一時同行

・セレビィ

 

 

ユキノシタユキノ 持ち物:キーストーン etc………

・オーダイル(ワニノコ→アリゲイツ→オーダイル) ♂

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、ハイドロポンプ、シャドークロー、つばめがえし(ユキノ未知)、りゅうのまい、げきりん、カウンター、ハイドロカノン、ドラゴンテール、めざめるパワー(電)、ゆきなだれ

 

・ギャロップ ♀

 覚えてる技:ほのおのうず、だいもんじ

 

・ユキメノコ ♀

 覚えてる技:れいとうビーム、みずのはどう、10まんボルト、シャドーボール、めざましビンタ、ふぶき

 

・ボーマンダ ♂

 持ち物:ボーマンダナイト

 特性:いかく←→スカイスキン

 覚えてる技:そらをとぶ、ドラゴンダイブ、ハイドロポンプ、つばめがえし、だいもんじ、かみなりのキバ、いわなだれ、ドラゴンテール、ハイパーボイス、げきりん、ギガインパクト、りゅうせいぐん、ねむる、ねごと

 

・マニューラ ♂

 覚えてる技:つじぎり、こおりのつぶて

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト

 

控え

・ペルシアン ♂

 覚えてる技:きりさく

 

・フォレトス

 特性:がんじょう

 覚えてる技:こうそくスピン、ジャイロボール、パワートリック、ボディパージ、リフレクター、だいばくはつ

 

・エネコロロ ♀

 覚えてる技:メロメロ、ソーラービーム、でんげきは、ハイパーボイス、れいとうビーム

 

・ニャオニクス ♀

 特性:すりぬけ

 覚えてる技:エナジーボール、シグナルビーム、サイコキネシス、シャドーボール、チャージビーム、みらいよち、なりきり

 

 

ユイガハマユイ

・グラエナ(ポチエナ→グラエナ) ♂ サブレ

 特性:いかく(にげあし→いかく)

 覚えてる技:こおりのキバ、かみなりのキバ、アイアンテール、とっしん、ふいうち、じゃれつく、どろかけ

 

・ハリボーグ(ハリマロン→ハリボーグ) ♂ マロン

 覚えてる技:タネマシンガン、つるのムチ、やどりぎのタネ、ころがる、ドレインパンチ、まるくなる

 

・ドーブル ♀ マーブル

 覚えてる技:スケッチ、おにび、ハードプラント、ダークホール、こらえる、がむしゃら、いわなだれ、ハイドロポンプ

 

・ウインディ ♂ クッキー

 特性:もらいび

 覚えてる技:ほのおのキバ、バークアウト、ニトロチャージ、りゅうのいぶき、かみなりのキバ、しんそく、にほんばれ、だいもんじ

 

 

ヒキガヤコマチ

・ニャオニクス ♂ カマクラ/カーくん

 特性:するどいめ

 覚えてる技:サイコキネシス、ひかりのかべ、、リフレクター、でんげきは、てだすけ、なりきり、ふいうち

 

・カメックス(ゼニガメ→カメール→カメックス) ♂ カメくん

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:みずのはどう、はどうだん、りゅうのはどう、こうそくスピン、からにこもる、ロケットずつき、ハイドロポンプ、ふぶき、ミラーコート、ハイドロカノン

 

・カビゴン ♂ ゴンくん

 特性:めんえき

 覚えてる技:メガトンパンチ、のしかかり、じしん、いわくだき、ほのおのパンチ、しねんのずつき、ギガインパクト、かみなりパンチ、ふきとばし

 

・プテラ ♂ プテくん

 覚えてる技:はかいこうせん、ストーンエッジ、はがねのつばさ、つばさでうつ、ちょうおんぱ、ものまね、ドラゴンクロー

 

・タマゴ

 

一時手持ち

・ニャオニクス ♀(ユキノ)

 

 

イッシキイロハ 持ち物:キーストーン

・マフォクシー(フォッコ→テールナー→マフォクシー) ♀

 特性:もうか

 覚えている技:かえんほうしゃ、ほのおのうず、ソーラービーム、にほんばれ、ワンダールーム、スキルスワップ、メロメロ、ニトロチャージ、マジカルフレイム、シャドーボール、ブラストバーン

 

・フライゴン(ナックラー→ビブラーバ→フライゴン) ♂

 特性:ふゆう(ちからずく→ふゆう)

 覚えている技:ギガドレイン、かみくだく、むしくい、じならし、すなじごく、がんせきふうじ、りゅうのいぶき、ばくおんぱ

 

・ヤドキング ♂(校長からの贈り物)

 覚えてる技:サイコキネシス、みずでっぽう、パワージェム、まもる、うずしお、ずつき、トリックルーム、シャドーボール、でんじほう、かえんほうしゃ、きあいだま、いやしのはどう

 

・デンリュウ(モココ→デンリュウ) ♀

 持ち物:デンリュウナイト

 覚えてる技:ほうでん、シグナルビーム、わたほうし、コットンガード、エレキネット、でんじは、パワージェム、でんじほう、アイアンテール、りゅうのはどう、こうそくいどう

 

一時手持ち

・フォレトス(ユキノ)

 

 

ザイモクザヨシテル

・ポリゴンZ(ポリゴン→ポリゴン2→ポリゴンZ)

 特性:てきおうりょく(トレース→てきおうりょく)

 覚えてる技:トライアタック、でんじほう、ロックオン、じこさいせい、れいとうビーム、かえんほうしゃ、はかいこうせん、テクスチャー2、こうそくいどう、でんじは、かげぶんしん、テクスチャー

 

・エーフィ(イーブイ→エーフィ) ♀

 特性:シンクロ(てきおうりょく→シンクロ)

 覚えてる技:でんじほう、サイコキネシス、はかいこうせん、アシストパワー、でんこうせっか、めいそう

 

・ジバコイル

 特性:じりょく

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン、ジャイロボール、エレキフィールド、かげぶんしん

 

・ダイノーズ ♂

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン、マグネットボム、てっぺき、パワージェム

 

・ロトム(ウォッシュロトム)

 特性:ふゆう

 覚えてる技:ほうでん、ハイドロポンプ

 

・ギルガルド(ヒトツキ→ニダンギル→ギルガルド)

 特性:バトルスイッチ

 覚えてる技:てっぺき、きりさく、つばめがえし、せいなるつるぎ、ラスターカノン、つじぎり、キングシールド

 

 

トツカサイカ 持ち物:キーストーン etc………

・ニョロボン ♂

 覚えてる技:ハイドロポンプ、グロウパンチ、どくづき、さいみんじゅつ、れいとうパンチ、カウンター

 

・トゲキッス(トゲチック→トゲキッス) ♀

 覚えてる技:マジカルシャイン、つばめがえし、てんしのキッス、ゆびをふる、はどうだん、サイコショック、はがねのつばさ、でんげきは、ソーラービーム、やきつくす、でんじは、にほんばれ、ひかりのかべ、あさのひざし

 

・クロバット ♂

 覚えてる技:クロスポイズン、ねっぷう、エアカッター、アクロバット、ギガドレイン、しねんのずつき、はがねのつばさ、ブレイブバード、わるだくみ、あやしいひかり

 

・ミミロップ ♀

 持ち物:ミミロップナイト

 特性:じゅうなん←→きもったま

 覚えてる技:とびひざげり、ほのおのパンチ、シャドーボール、たがやす、ミラーコート、とびはねる、からげんき、スカイアッパー、グロウパンチ、ともえなげ、おんがえし、こうそくいどう、かげぶんしん

 

・ホルビー ♂

 覚えてる技:マッドショット、あなをほる、ワイルドボルト、でんこうせっか、とびはねる、こうそくいどう、かげぶんしん

 

・ハピナス ♀

 覚えてる技:タマゴうみ、ちいさくなる、いやしのはどう

 

 

ハヤマハヤト/エスプリ(試作型) 持ち物:キーストーン etc………

・リザードン ♂ リザ

 持ち物:リザードナイトY

 特性:???←→ひでり

 覚えてる技:オーバーヒート、りゅうのはどう、エアスラッシュ、ソーラービーム、げんしのちから、れんごく、だいもんじ、きあいパンチ、たつまき

 

・ヨノワール ♀ ヨル

 覚えてる技:くろいまなざし、あくのはどう、かなしばり、トリックルーム、じゅうりょく、あやしいひかり、のろい、おにび、いわなだれ、シャドーパンチ

 

・エレキブル ♂ エレン

 特性:でんきエンジン

 覚えてる技:ほうでん、れいとうパンチ、かみなりパンチ、かみなり、、ねごと、エレキフィールド、エレキネット

 

・ブーバーン ♀ ブー

 覚えてる技:ふんえん、グロウパンチ、じならし、きあいだま、、10まんボルト、まもる

 

・ドサイドン ♂ サイ

 覚えてる技:じしん、アームハンマー、がんせきほう、ロックカット

 

・カイリュー ♂ リュー

 特性:マルチスケイル

 覚えてる技:ドラゴンダイブ、フリーフォール、れいとうビーム、ぼうふう、りゅうのまい、はねやすめ

 

一時手持ち

・ファイヤー

 覚えてる技:ゴッドバード、ほのおのうず、かぜおこし

 

・サンダー

 覚えてる技:ゴッドバード、かみなり、かぜおこし

 

・フリーザー

 覚えてる技:ゴッドバード、ふぶき、かぜおこし

 

・ルギア(ダーク→リライブ完了)

 覚えてる技:エアロブラスト

 ダーク技:ダークブラスト

 

 

ミウラユミコ 持ち物:キーストーン etc………

・ギャラドス ♂ 

 持ち物:ギャラドスナイト

 特性:いかく

 覚えてる技:ハイドロポンプ、アクアテール、10まんボルト、かみくだく、ぼうふう、ストーンエッジ、たつまき

 

・ミロカロス ♀

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ドラゴンテール、アイアンテール、りゅうのはどう、とぐろをまく

 

・ハクリュー ♀

 持ち物:きあいのタスキ

 覚えてる技:アクアテール、だいもんじ、たつまき、アクアジェット、しんそく、りゅうのまい、こうそくいどう

 

・ハンテール ♂

 特性:すいすい

 覚えてる技:アクアテール、ふいうち、かみつく、ギガインパクト、からをやぶる、あまごい、バリアー、バトンタッチ

 

・サクラビス ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:ハイドロポンプ、サイコキネシス、ふぶき、あやしいひかり、ドわすれ、からをやぶる、こうそくいどう、あまごい、バトンタッチ

 

・ジャローダ ♀ 

 特性:あまのじゃく

 覚えてる技:リーフストーム、アクアテール、くさむすび、まきつく、へびにらみ、いばる、メロメロ、いえき

 

 

トベカケル

・ピジョット ♂

 覚えてる技:かぜおこし、ブレイブバード、ぼうふう、ゴッドバード、オウムがえし

 

・エアームド ♂

 覚えてる技:こごえるかぜ、つじぎり、ゴッドバード、きんぞくおん、こうそくいどう

 

・グライオン ♂

 覚えてる技:あくのはどう、シザークロス、がんせきふうじ、だいちのちから

 

・ムクホーク ♂

 覚えてる技:インファイト、ねっぷう、でんこうせっか、こうそくいどう、かげぶんしん

 

・ファイアロー(ヒノヤコマ→ファイアロー) ♂

 覚えてる技:ニトロチャージ、ひのこ、はがねのつばさ、ブレイブバード

 飛行術

 ・ループ:一回転宙返り

 ・ナイフエッジロール:横に回転しながら切り返し

 ・ウォーターフォール:上昇中に失速し、翻って急下降。

 

 

エビナヒナ

・エビワラー ♂

 覚えてる技:マッハパンチ、スカイアッパー、インファイト、フェイント、こうそくいどう、ビルドアップ、みきり

 

・ゴーリキー ♂

 覚えてる技:だいもんじ、ばくれつパンチ、からてチョップ、なげつける、かみなりパンチ、れいとうパンチ、ビルドアップ、みやぶる

 

・ドククラゲ ♂

 得意なダンス:ツキツキの舞

 覚えてる技:ヘドロばくだん、まきつく、ギガドレイン、ハイドロポンプ、どくづき、バリアー

 

・オムスター ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:ハイドロポンプ、げんしのちから、れいとうビーム、からにこもる、あまごい、からをやぶる、ミラータイプ

 

・モジャンボ ♂

 特性:ようりょくそ

 覚えてる技:じしん、きあいだま、つるのムチ、リーフストーム、しめつける、ギガドレイン、やどりぎのタネ、にほんばれ、しびれごな、なやみのタネ

 

 

ヒラツカシズカ 持ち物:キーストーン(研究所からの借り物) etc………

・カイリキー ♂

 覚えてる技:ばくれつパンチ、どくづき

 

・サワムラー ♂

 覚えてる技:メガトンキック、とびひざげり、ブレイズキック

 

・エルレイド(ラルトス→キルリア→エルレイド) ♂

 持ち物:エルレイドナイト

 覚えてる技:テレポート、サイコカッター、かみなりパンチ、インファイト

 

 

オリモトカオリ

・バクフーン(マグマラシ→バクフーン)(ダーク→リライブ完了) ♂

 覚えてる技:ふんか、でんこうせっか、かわらわり、かえんほうしゃ、かえんぐるま

 ダーク技:ダークラッシュ

 

・オンバーン ♂

 覚えてる技:りゅうのはどう、ばくおんぱ

 

・バクオング ♂

 覚えてる技:みずのはどう

 

・ニョロトノ ♂

 特性:しめりけ

 覚えてる技:ハイドロポンプ、アイスボール

 

・コロトック ♀

 覚えてる技:シザークロス

 

一時手持ち

・サンダー

 

・ファイヤー

 

・フリーザー

 

 

ナカマチチカ

・ブラッキー ♀

 覚えてる技:あくのはどう

 

・トロピウス(ダーク→リライブ完了) ♂

 覚えてる技:ぎんいろのかぜ、エアスラッシュ

 

・レントラー ♂

 覚えてる技:かみなりのキバ

 

一時手持ち

・バクオング ♂(カオリ)

 

・ニョロトノ ♂(カオリ)

 

・コロトック ♀(カオリ)

 

 

ユキノシタハルノ 持ち物:キーストーン×2 etc………

・カメックス ♂

 持ち物:カメックスナイト

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ハイドロカノン、じわれ、しおふき、あまごい、まもる

 

・ネイティオ ♀

 覚えてる技:みらいよち、サイコキネシス、つばめがえし、リフレクター、まもる

 

・メタグロス

 覚えてる技:サイコキネシス、ラスターカノン、はかいこうせん

 

・ハガネール ♂

 覚えてる技:アイアンテール、アクアテール、りゅうのいぶき、がんせきふうじ、じわれ、あなをほる、かみくだく

 

・バンギラス ♂

 持ち物:バンギラスナイト

 特性:すなおこし←→すなおこし

 覚えてる技:いわなだれ、じしん、かみくだく、はかいこうせん、なみのり、ストーンエッジ、かみなり、げきりん

 

・ゾロアーク ♂

 特性:イリュージョン

 覚えてる技:ナイトバースト

 イリュージョンしたポケモン

 ・バンギラス

 

 ・ホウオウ

 

控え

・パルシェン ♂

 覚えてる技:からにこもる、シェルブレード、こうそくスピン、ゆきなだれ、からをやぶる

 

・ドンファン ♀

 覚えてる技:たたきつける、ころがる、まるくなる、じわれ、かみなりのキバ、タネばくだん、こおりのつぶて

 

 

シロメグリメグリ 持ち物:キーストーン etc………

・フシギバナ ♀

 持ち物:フシギバナイト

 覚えてる技:はっぱカッター、じしん、つるのムチ、リーフストーム、ヘドロばくだん、どくのこな、ハードプラント

 

・エンペルト ♀

 覚えてる技:ハイドロポンプ、はがねつばさ、アクアジェット、ドリルくりばし、れんぞくぎり、くさむすび、つめとぎ、てっぺき、きりばらい

 

・サーナイト(色違い) ♀

 特性:トレース

 覚えてる技:サイコキネシス、マジカルシャイン、リフレクター、マジカルリーフ、ムーンフォース、テレポート

 

・メタモン

 覚えてる技:へんしん

 変身したポケモン

 ・サーナイト

  特性:トレース

  使った技:サイコキネシス、リフレクター

 

 ・フシギバナ

  使った技:はっぱカッター

 

 ・ラグラージ→メガラグラージ

  特性:???→すいすい

  使った技:ばくれつパンチ、メガトンパンチ、ばかぢから、あまごい

 

 ・イベルタル

 

控え

・グレイシア

 

一時手持ち

・パルシェン ♂(ハルノ)

 

・ドンファン ♀(ハルノ)

 

 

サガミミナミ

・メガニウム ♀

 覚えてる技:ソーラービーム、にほんばれ、つるのムチ、じならし、くさのちかい、しぼりとる、こうごうせい、ひかりのかべ

 

・フローゼル ♂

 特性:すいすい

 覚えてる技:アクアテール、かわらわり、れいとうパンチ、みずでっぽう、アクアジェット、スピードスター、あまごい

 

・エモンガ ♀

 特性:せいでんき

 覚えてる技:でんげきは、ボルトチェンジ、アクロバット、でんこうせっか、ほうでん、でんじは、かげぶんしん

 

・ルリリ ♀

 特性:そうしょく

 覚えてる技:こごえるかぜ、あわ、うそなき、はねる、まるくなる

 

・ドクロッグ ♂

 特性:きけんよち

 覚えてる技:ずつき、ダブルチョップ、ねこだまし、どくづき、バレットパンチ、ヘドロばくだん、どろばくだん、ドレインパンチ、みがわり、はたきおとす

 

一時同行

・ゲッコウガ ♂(ハチマン)

 

・ディアンシー

 

 

以下詳しいことはポケスペ本編を参照

カツラ 持ち物:キーストーン、ミュウツナイトX、ミュウツナイトY etc………

・ミュウツー

 特性:プレッシャー

 覚えてる技:10まんボルト、はどうだん、サイコウェーブ、サイコキネシス、サイコブレイク、バリアー、じこさいせい

 

・ギャロップ

 覚えてる技:ほのおのうず、メガホーン

 

・ウインディ

 覚えてる技:かえんほうしゃ、インファイト

 

 

グリーン

・リザードン

 

・ドサイドン

 

 

エックス

・ブリガロン

 

・リザードン サラメ

 覚えてる技:フレアドライブ

 

・ガルーラ ♀ ガル

 覚えてる技:げきりん

 

・ライボルト エレク

 覚えてる技:かみなり

 

・ゲンガー ラスマ

 覚えてる技:あくのはどう

 

・カイロス ルット

 覚えてる技:ばかぢから

 

 

カルネ

・サーナイト

 

 

フレア団

フラダリ

・ギャラドス ♂

 覚えてる技:たきのぼり、ハイドロポンプ

 

・カエンジシ ♂

 覚えてる技:ハイパーボイス、かえんほうしゃ

 

・コジョフー

 覚えてる技:ダブルチョップ

 

 

パキラ

・ファイアロー

 

一時手持ち

・イベルタル

 覚えてる技:デスウイング

 

 

エスプリ(製品)

一時手持ち

・ジガルデ

 



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