ハイスクール・フリート 旭日のマーメイド (破壊神クルル)
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プロローグ

20世紀は戦争の世紀と言える‥‥。

海に‥‥陸に‥‥戦火は絶えず、近代兵器の発達はその災禍を飛躍的に拡大させた‥‥。

 

 

昭和18年4月18日 連合艦隊司令長官、山本五十六はブーゲンビル島上空で米戦闘機、P-38 18機の待ち伏せに会い、機乗していた一式陸攻が撃ち落され、戦死した。

‥‥‥‥はずであった。

しかし、五十六の魂は現世の世界から後世の世界へと転生した。

そして、五十六は前世の記憶を引き継いだまま、後世の高野五十六として新たな人生を歩んだ。

転生し、目を覚ましたのは日露戦争の最後の決戦、日本海海戦の巡洋艦日進の医務室であった。

だが、五十六が驚いたのは、同海戦において左手の人差指と中指を欠損した筈にも関わらず、この世界では指を欠損していなかった事である。

そして大正時代、前世では旧長岡藩家老の家柄である山本家を相続したのだが、この世界では山本家の家督は相続しなかった。

指や山本家の相続等、前世とは違う事が五十六の身の回りで起きたが、この後世の世界も五十六が体験した前世の世界同様、戦争への道を歩んでいた。

これを危惧した五十六は戦争回避の為、自分同様、前世からの転生者を中心とした同志を集めた紺碧会を結成した。

勿論メンバー全員が転生者と言う訳では無く、五十六の考えに賛同する海軍将校の他に民間技術者、財界人も居た。

 

世間では、軍部の開戦派、右翼、政治家が米英討つべしと戦争気運が高まっていた。そんなある日、五十六は紺碧会の会合が終わると、会合に使用した料亭から出ると、

 

「高野閣下でありますな?」

 

一人の陸軍将校が五十六に話しかけて来た。

 

「そうだが?何か用かね?」

 

声をかけて来た陸軍将校の様子がどうも挙動不審なのを感じ取った五十六。

すると、五十六の背後から、短刀を手にしたヤクザ風の男が五十六に襲い掛かって来た。

五十六はそのヤクザ風の男を一本背負いで投げ飛ばす。

すると、最初に声をかけて来た陸軍の将校が五十六を銃撃してきた。

五十六は咄嗟に左手で防御すると、前世の日本海海戦で失った指と同じ、左の人差し指と中指を失った。

この五十六の襲撃は陸軍の暴論を押さえる結果となり、陸軍の開戦派は、自分で自分の首を絞める事となった。

しかし、五十六は自らの指の欠損からこの世界も前世と同じ世界の歴史を辿っていると改めて認識した。

 

海軍で五十六が紺碧会を結成したのと同じく、陸軍の方でも前世からの転生者、大高弥三郎が五十六と同じように陸軍内部に居た転生者を中心とした青風会を結成していた。

この二人は出会うべくして出会い、前世での戦争と歴史を反省し、この後世ではそれらの悲劇と失敗をせぬように海軍の紺碧会と陸軍の青風会による陸海軍共同のクーデター計画を立案した。

 

1939年 9月1日 独逸がポーランドへ電撃侵攻を行った。

 

これによりこの世界での第二次世界大戦の火蓋がきって落とされた。

 

1940年 9月27日 独逸は日独伊の三国同盟を締結した。

 

さらに翌年の1941年 8月 米国はその独自の太平洋支配戦略に基づき、対日石油の全面禁止を打ち出した。

 

同年 10月 対米強硬策を打ち出す南条内閣が設立した。

 

此処に至り五十六と大高は頑迷な指導者達に日本の将来を委ねないようにするために練りに練ったクーデター計画の実行を決意した。

 

明くる11月26日 択捉島 単冠湾に集結した高杉機動艦隊は密かに出撃。

 

(打つべき手は打った‥‥あとは攻撃命令を待つのみ‥‥)

 

機動部隊司令官の高杉英作は眼前の荒海を睨む。

艦隊旗艦比叡を始めとして各艦艇はこの日の為に最新のガスタービン機関へと換装され、名実ともに高速機動艦隊として一路ハワイへと向かった。

 

12月1日 この日、開戦決定の御前会議が開かれた。

 

帝都東京は厚い雲で日が閉ざされ、寒さが肌を打った。

開戦決定の知らせは連合艦隊司令長官となった五十六の下にも知らされた。

 

(帝国は12月上旬を期し、米英及び蘭国に対し開戦を決す・・やはり歴史は繰り返している・・・・だが、今夜から歴史は変わる)

 

この日の午後11時、大高率いる青風会の部隊が一斉に決起。

首相官邸、陸軍省、警視庁を占拠。

時を同じくして海軍紺碧会の将兵らも決起。

海軍省を占拠。

クーデターはあっけない勢いで成功した。

 

クーデター部隊は帝都の要所を占拠し、戒厳令が敷かれた。

翌日、大高は多数の記者を集めて会見を開き、ハルノートの真の意味と検閲の撤廃を公言し、国内のジャーナリズムを味方につけた。

そして、大高は内閣総理大臣となり、アメリカに対し、新政権の樹立とハルノートに対する断固たる回答を示した。

 

12月8日 択捉島を出撃した高杉航空艦隊の空母から次々と艦載機が発艦、ハワイ諸島オアフ島アメリカ軍施設に向け、出撃。

真珠湾港湾施設、陸海軍の飛行場を空襲した。

真珠湾攻撃時、アメリカ海軍は日本軍への南方資源輸送阻害任務、「レインボー5号計画」の為、アメリカ太平洋艦隊はマリアナ方面に向け出撃中で真珠湾には居なかった。

そのアメリカ太平洋艦隊、主力艦隊司令官、キンメル提督はハルゼー機動部隊と合流し、日本艦隊との戦闘へと移ろうとしたが、ハルゼーは合流する時間も惜しいと言って、単独でハワイを目指した。

その最中、海中から謎の雷撃を受け、ハルゼーは乗艦の空母エンタープライズと運命を共にした。

またミッドウェーからの帰投中であった空母レキシントンも潜水艦からの雷撃を受け、沈没した。

 

一方、キンメル提督率いる主力艦隊はカウアイ海峡にて、高杉艦隊と交戦、その中、背後から坂元良馬提督率いる支援艦隊からの攻撃を受け、両艦隊に海峡内で挟み撃ちにされた。

駆逐艦、巡洋艦を次々と沈められ、戦艦部隊だけとなった時、海中から謎の魚雷攻撃を受け、戦艦アリゾナ、オクラホマが轟沈され、キンメルは降伏、ハワイ諸島は日本軍に占領された。

そして残存のアメリカ主力戦艦ネヴァダ、メリーランド、ペンシルヴェニア、カリフォルニア、ウエストヴァージニア、テネシーは全て日本軍に鹵獲された。

こうしてアメリカ太平洋艦隊は壊滅した。

だが、米国側の不幸はハワイ諸島の占領、太平洋艦隊の壊滅だけでは終わらなかった。

 

1月 日本の潜水空母艦隊の攻撃にてパナマ運河が破壊された。

米国自慢の工業力は大西洋側に集中しており、太平洋側への軍事物質の大量輸送にはパナマ運河を使用しての船舶での輸送がどうしても不可欠であった。

そのアキレス腱とも言えるパナマ運河が破壊された事でアメリカは対日、太平洋戦略の見直しを余儀なくされた。

 

こうした日本側の快進撃にヒトラーは再び日本との同盟回復を図るも日本側はそれに対し、明確な拒否は示さないまでも同盟関係の回復に対して、難色を示していた。

やがて、欧州諸国はナチス機甲師団の手により蹂躙され、英国は孤立状態となっていた。

ソ連も北よりレニングラード、キエフ、オデッサを結ぶラインまで押し込まれ、冬将軍の支援を待つ有様であった。

北大西洋では独国海軍が暴れまわり、今にも米本土への直接攻撃も間近な勢いであった。

 

1943年11月 日本は米国が復旧したばかりのパナマ運河に対して、再度攻撃を仕掛けた。

復旧したばかりのパナマ運河は再び破壊され、またコロンへと急行していた米海軍、カリブ海艦隊も日本の潜水艦隊の雷撃を受けて壊滅した。

こうした事態に危機感を抱いたルーズベルト大統領は原子爆弾の研究・開発、『マンハッタン計画』を急がせた。

しかし、日本はその原爆研究所のあるロスアラモスを空襲し、研究所を破壊しアメリカの原爆開発計画を頓挫させた。

研究所爆撃の報告を受けたルーズベルトは失意の余り、脳溢血で急死した。

 

翌年の4月 ナチスの手を逃れて来た大勢のユダヤ人達を日本は受け入れ、樺太の地を彼らに壌土し、此処に極東エルサレム共和国が樹立した。

 

同年8月 日本はナチス第三帝国に対し、宣戦を布告。

 

そして、超大型大艇富士によるナチスの原爆研究所を爆撃し、アメリカ同様、独逸の原爆製作を頓挫させた。

この攻撃の成功により、日英同盟が復活し、独逸のインド、アジア進出阻止の為、共同歩調をとる事となった。

 

米国では、急死したルーズベルト大統領の後釜となったトルーマンもアイゼンハワー、マッカーサー、リーガンら三将軍のクーデターを受け、失脚した。

そして、1947年10月 日本は占領したハワイ諸島を米国側に返還し、此処に日米講和は成立した。

今や世界の戦局は欧州全土を支配下に置きつつあるナチス第三帝国改め、独逸神聖欧州帝国皇帝ヒトラー対日・米・英との戦いに移行した。

 

そして、ヒトラーの魔の手は欧州だけでなくインドまで伸びつつあった。

インドには名将、コンラッド・フォン・ロンメル元帥率いる機甲師団がヒンドゥスタン平原に侵攻、これに対して熊谷直少将率いる夜豹師団と英印軍が迎え撃ち、海上からは高杉、紅玉、紺碧の三艦隊が(これ)を支援した。

この攻撃を受け、ロンメル機甲師団は800両の戦闘車両と10万の将兵を失い、ヒトラーはインド・亜細亜侵攻を一時諦めざるを得なかった。

また、北海海域でも独逸と米・英の熾烈な戦いに英国救援に赴いた旭日艦隊は目覚ましい活躍をした。

 

旭日艦隊のその艦隊編成は、索敵と哨戒を主な任務とする新型のア号型潜水艦5隻からなる第一潜水遊撃戦隊

 

その後方に虎狼型巡洋戦艦3隻、秋月型防空駆逐艦2隻、神風型対潜駆逐艦5隻の前衛遊撃艦隊。

 

装甲空母信長、信玄型航空戦艦2隻、利根型防空巡洋艦6隻、秋月型防空駆逐艦4隻、神風型対潜駆逐艦1隻の第一遊撃打撃艦隊。

 

そして旗艦である超戦艦日本武尊、天照 秋月型防空駆逐艦5隻、神風型対潜駆逐艦4隻からなる司令直衛艦隊の4段編成となっている。

 

米国は大石長官率いる旭日艦隊の強力な戦闘力に脅威を感じた米国国防省は旭日艦隊の壊滅を内包した日・米共同のニルバーナ作戦を米主導で展開した。

これに対して、大石長官は、米国との関係を損なわずまた旭日艦隊の艦艇を失わずに済む奇策、三方面同時作戦を似てパラダイム変更を行う「理性の術策作戦」を下した。

理性の術策の第一作戦は、ヒトラーの暗殺と独逸軍の指揮系統混乱、麻痺させる「鴉天狗作戦」

第二には霞部隊による独逸軍新鋭円盤戦闘機基地を破壊する「木霊返し作戦」

第三は旭日艦隊による「送り狼作戦」は原子炉爆弾水中航行艦ホズの鹵獲とホズの母港基地の破壊であった。

これら3つの作戦の内、ヒトラー暗殺以外の作戦は全て成功した。

ヒトラーの暗殺は失敗に終わったが、この襲撃でヒトラーは重傷を負い、彼の野望を遅らせる事には成功した。

そして、木霊返し作戦の成功により、空からの脅威がなくなり連合軍は史上最大の上陸作戦を決行し、独逸領ブルターニュに橋頭保の確保を成功した。

 

鴉天狗作戦で重傷を追ったヒトラーは、今回の作戦の失敗の咎を理由に国家元帥兼空軍長官であったエアハルト・ゲーリングを始めとし、大勢の高級将校・士官を粛清した。

これによりヒトラーの側近及び軍上層部には新貴族と称される金髪碧眼の青年将校達がポストにつき、独逸軍の命令系統は従来の陸海軍の3長官からヒトラー一人によって完全に統制される事になった。

しかし、国民的英雄のロンメル元帥を粛清するのは流石のヒトラーにも出来ず、ロンメルには名誉の戦死を与え、排除すべくヒトラーはロンメルに膠着状態となっているソ連のウラル要塞攻略の命を下した。

 

ヒトラーがまさか自分の粛清を目論んでいるとは知らないロンメルは自軍の機甲師団を東部戦線の部隊と呼応し、ウラル要塞に立てこもるスターリン軍を攻撃し、ウラル要塞の防衛網突破を成し遂げた。

尚、肝心のスターリンは行方不明となり、その生死は不明となった。

 

ロンメルによるウラル要塞陥落の報を聞いたヒトラーは直ちにロンメルの暗殺を指示。

しかし、この命令はベルリンに潜んでいたロンメル派の地下組織からロンメルの下へ知らされた。

敬愛していた国家元首がまさか、自分の暗殺を企んで居た事にロンメルは失意を感じた。

その時、大高の親書を携えた本郷少佐がロンメルの下に現れ、ロンメルはヒトラーに対し反旗を翻し、自軍とロンメルを慕う機甲師団を率いて戦線を離脱し、蒙古軍の協力の元、アルタイ山脈を越えてモンゴルのウランバートルに駐屯した。

 

1949年10月 東部戦線に一応の決着をつけたヒトラーは本格的に英国征伐へと乗り出し、「月の兎撃ち作戦」を下令した。

これに対して大石長官は「吉良邸討ち入り作戦」を発動し、ヒトラーの「月の兎撃ち作戦」を打ち砕き、第一次英国征伐作戦「トド作戦」に次ぐ、英国本土占領作戦は再度失敗に終わった。



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プロローグ2

独逸による二度目の英国本土占領作戦は失敗に終わった。

しかし、OKW(国防最高司令部)参謀総長に就任した新貴族、ワルター・G・F・マイントイフェル大将は旭日艦隊本隊とその根拠地であるイーサフィヨルズにノルウェー、トロンへイム基地に駐屯していた噴式型ヨルムンガンドDをさし仕向け、港湾地と艦隊に対して爆撃を仕掛けて来た。

だが、一早く噴式型ヨルムンガンドDの接近を探知した旭日艦隊は港外へ出港した。

そして、爆撃機に戦闘機が護衛していた事に近くに機動部隊が居ると判断した。

イーサフィヨルズに襲来した噴式型ヨルムンガンドDはイーサフィヨルズ基地の対空砲と防空隊の迎撃にて全滅した。

また、爆撃機隊の護衛機を出していた独逸第一航空機動艦隊も旭日艦隊の返り討ちにあり、こちらも全滅した。

尚、この戦いで旭日艦隊は駆逐艦弦月が撃沈された。

 

戦術的に勝利してきた旭日艦隊であったが、戦略的にはヒトラーが勝ち、独・米・英はブレストにて、休戦協定の調印がなされ、北太平洋の制海権は独逸の手に落ちた。

一方、ロシアでは、ウラル要塞が陥落しスターリンは行方不明となり、その生死不明となった。

スターリンの行方不明でソ連は崩壊した。

大高はヒトラーに対抗すべく、レオン・トロッキーを首相とする東シベリア共和国の設立に尽力した。

またロンメル元帥を中心とする亡命独逸人を中心とし、中国の大連近郊にて新国家も樹立させた。

そして、大高自身は来たるべく満蒙決戦の陣頭指揮を執るべく首相の座を退き、新たに設置された亜細亜防衛軍の国連軍総長に就任した。

 

一方、ヒトラーは休戦協定中に新独国であるアルゼンチンを策源地に海軍力を増強してアフリカから南米に至る「鉄十字の鎌」を構築、南大西洋の制圧を目論んでいた。

それを阻止せんと高杉艦隊と紺碧艦隊に対して大西洋への出撃が命じられた。

同じく米国も独逸を迎撃すべく機動部隊及びアルゼンチンへの上陸作戦を敢行するため上陸部隊を編成し、アルゼンチンへと出撃した。

赤道大戦前の前哨戦であるダガール沖海戦で旭日艦隊はバルト海第十一艦隊を殲滅。

 

続く大西洋セントヘレナ島沖海戦では、高杉艦隊が独逸地中海第三艦隊を殲滅。

紺碧艦隊も米部隊の殲滅を目指していた独逸地中海第二艦隊を殲滅した。

しかし、高杉艦隊、紺碧艦隊が地中海第二、第三艦隊を相手にしている最中、アルゼンチンへ向かっていた米機動部隊と上陸部隊は待ち伏せていた100隻近いUボート群の攻撃により壊滅し、米国のアルゼンチン上陸作戦は失敗に終わった。

 

大西洋海戦にて敗北したヒトラーは起死回生を図り、満蒙決戦に勝利すべくカザフスタンに集中させた全兵力に進撃命令を下した。

東アフリカ戦線では、マッカーサー率いる機甲師団と高杉艦隊と川崎弘率いる紅玉艦隊がこれの支援を行い、日・米・英の反攻作戦を展開。

また、紺碧艦隊旗艦亀天号は一時的に旭日艦隊の指揮下に入り、独逸地中海第四、第五艦隊をダクラにて撃滅した。

だが、囮として出撃させた地中海第四、第五艦隊の殲滅を聞いたマイントイフェル大将は超重爆撃機アースを出撃させ、旭日艦隊殲滅作戦、神々の黄昏(ラグナロク)を実行に移した。

アースの攻撃を受け、装甲空母信長は大破し、その後自沈、航空戦艦謙信も中破、巡洋艦・駆逐艦群も壊滅し、第一遊撃打撃艦隊は壊滅した。

 

旭日艦隊、第一遊撃打撃艦隊を壊滅させたアースは続いて旭日艦隊本隊へと迫ったが、超戦艦、日本武尊、天照はこれらの攻撃を退けた。

しかし、巡洋艦、駆逐艦部隊に大きな被害を出した。

 

海上で大きな被害を出した旭日艦隊であったが、満蒙決戦では、日本を中心とした連合陸軍は独逸の機甲師団を破り、独軍の亜細亜侵攻は阻止された。

旭日艦隊本隊から離れた航空戦艦信玄を旗艦とする分艦隊は英国領トリスタン・ダ・クーナ島にて島民の避難と船団護衛の為、展開していた。

そこを独軍の超爆撃機アースとUボート群が襲い掛かり、軽空母尊氏、航空戦艦謙信を始めとした主要艦艇はことごとく沈められた。

 

その頃、高杉艦隊・紅玉艦隊・旭日艦隊所属の前衛遊撃艦隊はマダガスカル島沖に展開しており、マッカーサー元帥率いる連合軍のアフリカ支援を行っていた。

そして、ソマリランドを拠点とするアースの基地を叩いた。

だが、その勝利とは裏腹に次なる危険が迫った。

ジブチ方向から出撃して来たUボート群から発射された対艦噴進弾の攻撃とアースの魚雷攻撃を受け、新鋭装甲空母建御雷は大破し、開戦から第一線で戦い続けて来た戦艦比叡はインド洋にその姿を没した。

この戦いにより、栄光の旭日艦隊の幕も降ろされたのであった。

 

インド洋にて多くの艦艇を失った旭日艦隊に残ったのは旗艦の超戦艦日本武尊と二番艦天照のみとなった。

しかし、旭日艦隊の任務が援英任務と言う事で、未だに英国が解放されていない中、日本へ帰る事は出来ずに、この二艦は大西洋に踏みとどまった。

そんな中、日本武尊は英国からの避難船団の護衛と補給、乗組員の休養を目的として、一時英国近海から離れる事となった。

その際、残された天照は英海軍、米海軍と共同で日本武尊不在の穴を埋めなければならなかった。

 

独軍はさんざん今まで自分達に煮え湯を飲ませ続けて来た日本武尊と同型艦の天照を狙い続けて来た。

今までの戦いに日本武尊と共に連戦連勝し続けて来た天照であったが、これまでの戦いで全くの無傷と言う訳では無かった。

独軍は補修をさせる暇なく、攻撃を繰り返し行い、また天照の方も修繕に使う資材を無限に貯蔵していた訳では無く、応急修理にも限界はあった。

また、武器弾薬も同じで、特殊弾頭は補給がままならず、今は通常の砲弾を使用している状態となっていた。

そして、この日の独軍の襲撃は何時にもまして苛烈を極めた。

既に英・米の小、中型艦艇は撃沈ないし、大破状態となり航行不能。

英国のキングジョージⅤ世級戦艦、アメリカのアイオワ級戦艦も自分達の身を護る事が精一杯の状態で、味方の援護を行える余裕は無かった。

そして、今まで海中から艦隊の支援をしてくれていた潜水遊撃艦隊のア号潜は紺碧艦隊旗艦亀天号の指揮下に入り、潜水艦隊は別命を受けて、大西洋には不在で、天照は味方の潜水艦からの援護は皆無の状態となっていた。

 

「うあわっ!!」

 

「左舷魚雷命中多数!!浸水で艦の傾斜が増しています!!」

 

強力な注排水システムを兼ね揃えている筈の日本武尊級戦艦の注排水システムが既に機能しなくなっている程、天照は押されていた。

日本武尊級戦艦はその両舷に張り出したバラストタンクを要とした水流防御機構を採用しているが、前世の戦艦大和同様、常に片舷からの攻撃ばかり受けていては、どうしようもない。

しかし、だからと言って日本武尊級の防御が弱い訳では無い。

設計では、魚雷20本目までは最大速力を発揮し、魚雷30本を片舷に受けても早急に傾斜復元が可能。

魚雷60本を受けて速度が低下しても、戦闘航行が可能で、戦闘に支障がないように設計されていた。

つまり今の天照は魚雷を既に60本以上受けている状態となっていた。

 

「此方、左舷高角砲指揮所!!浸水の為、指揮不能!!」

 

「此方、第一砲塔!!艦の傾斜が大きいため、砲弾が上がって来ません!!」

 

「此方機関室!!上はどうなっている!?状況を知らせ!!」

 

各部からの被害状況はどれも酷いモノばかりだ。

 

「艦長!!」

 

「右舷バラストタンクに注水!!傾斜復元!!」

 

「はい!!」

 

すぐに右舷側のバラストタンクに注水が行われ、天照は船体の傾斜を復元させようとする。

 

「只今、独軍の艦載機を攻撃中!!大丈夫!!本艦は任務を続行する!!直に日本武尊が戻って来る!!それまで頑張れ!!」

 

天照の艦長は必死に乗員を鼓舞する。

 

「右だァ!!右舷上方から敵機!!突っ込んで来る!!」

 

「取り舵20!!バウスラスター全開!!ダッシュ!!水流一斉噴射!!」

 

天照はスラスターと水流噴射推進装置で敵の爆撃を躱そうとするが、速力が低下していた天照の回避行動を読んでいた別の機からの急降下爆撃を受けた。

 

「後部電探室被弾!!」

 

「電探員総員戦死!!」

 

「艦長、雲が低くて対空砲火が間に合いません!!」

 

「電探も妨害されており、役に立ちません!!」

 

「くっ」

 

艦長は苦虫を噛み潰したように渋い顔をする。

この時には独逸も連合軍も互いに電探を無力化する技術はすでに使用されていた。

そして、独逸は強力な妨害電波を流しており、天照は対空電探が使用できない状況になっていた。

 

「敵機直上!!突っ込んで来る!!」

 

「取り舵!!」

 

「左舷から雷撃機!!」

 

「魚雷、左舷に更に命中!!」

 

「右舷、注水タンク既に一杯です!!」

 

「むぅっ・・・・右舷機械室及び罐室に注水!!」

 

「っ!?か、艦長!!それでは本艦の推進力の半分を失う事になります!!それに多くの作業中の乗員を見殺しにする事になります!!」

 

「これ以上、艦の傾斜を増やすわけにはいかない!!これ以上傾斜が激しくなれば、給弾機が使用できずに高角砲も射撃出来んのだぞ!!」

 

「・・・・分かりました・・・・右舷注水指揮所!!右舷機械室及び罐室に注水!!」

 

副長は悲痛な面持ちで注水指揮所に命令を下した。

しかし、この命令は右舷機械室及び罐室で作業中の乗員を溺死させる命令でもあった。

任務と艦の為、艦長はやむを得ず、右舷機械室及び罐室で作業中の乗員を見殺しにするしか方法はなかった。

左舷側を集中的に狙われた為、左舷側の指揮所と高角砲群はあらかた全滅した。

しかし、独軍は天照が海へ沈むまで攻撃は止めない勢いだ。

やがて、独軍の攻撃は左舷高角砲群から艦橋めがけて攻撃を行い始めた。

 

「艦橋被弾!!」

 

「っ!?」

 

艦橋が被弾した報告を聞き、航海科に所属する青年士官、航海長補佐の役職についている広瀬葉月中佐は艦橋へと走った。

すると、彼の目に飛び込んできたのは、まさに地獄絵図の様な艦橋の有様だった。

 

「艦長!!」

 

葉月が急いで艦長の下へと駆け寄る。

 

「うっ・・・・ぐっ・・・・」

 

「衛生兵!!艦橋へ至急来られたし!!」

 

伝声管に向かって大声をあげて衛生兵艦橋へと呼ぶ。

そして、壁を背に艦長を起こす。

 

「うっ・・・・ごふっ・・・・」

 

艦長は口から大量の血を吐血した。

 

「艦長!!間もなく衛生兵が到着します!!」

 

「ひ、広瀬・・・・中佐・・・・」

 

「はっ、なんでありましょう」

 

「か、艦隊指揮は・・・・アイオワのリー提督に・・・・移譲しろ・・・・そして・・本艦の指揮は・・・・貴様が執れ・・・・」

 

「じ、自分がでありますか?し、しかし自分の指揮権は序列で言えば、三番目です。砲術長や航海長をさしおいて自分が指揮を執る訳には・・・・」

 

「ま、周りを見ろ・・・・既に艦橋は被弾し、指揮を執れる士官はおらん・・・・この緊急時に序列など関係ない・・・・」

 

「で、ですが・・・・」

 

「広瀬・・・・日本の意地を・・・・旭日艦隊の意地をナチ共に見せてやれ・・・・」

 

「は、はい・・・・広瀬葉月、これより艦長代理の任に着きます!!」

 

艦長に敬礼した。

その後、衛生兵が到着し、負傷者を担架に乗せていくが、戦死者もいた。

 

艦の指揮者が変わっても独軍は攻勢を止める事無く、それどころかこれを好機と見て、攻撃の手を苛烈させてくる。

航空機とUボートだけだったのだが、途中からは海上艦までもが海戦海域へ到着した。

ナチス独逸が誇る高速戦艦ビスマルク級に巡洋艦戦艦シャルンホルス級、アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦、ドイッチュラント級装甲艦・・・・旭日艦隊の活躍でかなり沈めたと思ってきたが、まだこれだけの艦船と運用できる人間が居る辺り、独逸の底力をまざまざと見せつけられた気分だ。

 

「アイオワのリー提督より、撤退信号です」

 

ここに来て連合軍も分が悪いと判断し、残存艦に撤退信号を出す。

連合軍艦隊が撤退行動をしても独逸軍は天照だけは確実に沈めようと、撤退する連合軍艦艇には目もくれず、天照のみを狙ってきた。

 

「ぬぅ・・やはりどの艦も本艦を目の敵に狙って来るか・・・・」

 

天照は今使用できる全ての火器で応戦するが、これまでの戦闘でダメージを受け過ぎていた為、満足な抵抗は出来ていない。

 

「流石に多勢に無勢か・・・・しかし、天照の命が続く限り、少しでも多くの敵を道連れにしてやる!!」

 

独軍が自分達のみを狙って来るのであれば、自分達は味方撤退の援護に回る事にした天照。

しかし、人の造ったモノに完璧なモノ、無敵なモノは存在せず、後世日本が作った超戦艦にもいよいよ最後の時が来た。

 

「艦首浸水止まりません!!」

 

「傾斜増大にて主砲旋回不能!!砲撃続行不能!!」

 

「広瀬艦長代理、本艦の命運も尽きました・・・・」

 

「・・・・」

 

「艦長代理、この上は速やかに乗員の退艦を!!」

 

葉月はギリッと悔しそうに奥歯を噛みしめるが、確かにこれ位以上戦闘を続行し、退艦命令を躊躇し続ければ、助かる命も殺してしまう。

 

「総員に告ぐ、残念ながら本艦の命運は尽きた・・皆よく戦った・・・・総員速やかに退艦せよ!!」

 

等々天照に退艦命令が下された。

乗員が艦を退艦していく中、またもや天照の艦橋が被弾した。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁー!!」

 

爆風の衝撃で葉月の身体は床に叩き付けられる。

 

「ぐっ・・・・ごほっ・・・・」

 

起き上がろうとした葉月であったが、その直後に体に走る激痛で再び倒れる。

 

(天照も・・自分も此処までか・・・・)

 

葉月は出血とケガから自分の死期を悟る。

 

(巴・・・・)

 

葉月は胸ポケットから写真入れを取り出した。そこには一枚の写真が入っていた。

その写真を葉月は瞼が重くなりつつなる目で見る。

写真には一人の和服姿の女性が写っていた。

その女性こそ、葉月の許嫁の女性であった。

葉月は大西洋から撤退し、日本へ帰ったら彼女と祝言を上げる予定だった。

 

(巴・・・・お前とも、もう会えなくなった・・・・此処で死ぬ俺を許して・・・・く・・・・れ・・・・)

 

パタッと葉月の手が力なく床に落ち、眠ったように葉月は息を引き取った。

その直後、天照の船体も転覆し、船体は大西洋の冷たい海へと沈んでいった・・・・。

 

 

 

 

とある世界のとある女子中学のとある女子寮のとある部屋

 

「っ!?」

 

女子寮の自分の部屋のベッドで眠っていた一人の少女はバッと目を覚ました。

 

(なに、今の夢・・・・?)

 

先程まで自分が見ていた夢はどこかの国の超弩級戦艦が、どこかの国の艦船と戦い沈んでいき、その乗員の最後を彼女は垣間見た光景だった。

あまり夢見が良い夢では無い夢を見たせいで、彼女の息は荒く、寝汗も掻いていた。

 

「ん?どうしたの?もかちゃん?」

 

彼女と同室の友人が眠そうに目をこすりながら尋ねて来た。

きっと夢で魘される自分を心配していたのだろう。

 

「ううん、なんでもないよ。ミケちゃん」

 

友人を心配させまいと知名もえかは笑顔でそう答えた。

 



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設定

艦艇設定

 

艦名 超弩級日本武尊型戦艦二番艦 天照(あまてらす)

艦影は旭日の艦隊、OVA版12巻からの日本武尊

 

全長:298m

基準排水量:8万5,000t

武装

51cm45口径3連装主砲

噴進弾垂直発射機

17.8cm25連装対空噴進砲

15cm65口径成層圏単装高角砲

10cm65口径高角砲

7.6cm単装両用砲(外見は、オート・メラーラ製76mm単装両用砲)

12.7cm単装両用砲(外見は、オート・メラーラ製127mm単装両用砲)

マ式豆爆雷砲

25mm3連装機銃

ガトリング砲(CIWS)

 

搭載機

多用途オートジャイロ 海兎 (外見はSH-60B シーホーク)

 

概要

日本武尊型戦艦は、前世の超弩級戦艦大和の後世版であり、艦影は若干似ている部分もあるが、大和での失敗例を改善した点が多々見られる。

その為、大和型と比べると艦の能力、戦力規模は大幅に上回っている。

天照はその二番艦で、一番艦日本武尊との見分け方は、日本武尊が前世の大和型の艦橋をそのまま採用しているのに対し、天照は高雄型重巡洋艦の艦橋に大和型戦艦の艦橋を載せた形状なっている。

 

旭日艦隊の一隻として、一番艦である日本武尊と常に行動を共にし、数多くの作戦に参加し、独軍相手に勝利してきたが、後世世界の第二次世界大戦終戦末期に、日本武尊が英国からの避難船団の護衛と補給、乗組員の休養を目的として、一時英国近海から離れ、米国へ向かう事になり、日本武尊級が二隻共不在では、欧州戦線が維持できないと連合軍側の打診を受け、二番艦の天照は欧州戦線へと留まった。

その後、日本武尊の留守を突いて、独軍が連合軍に対し、反攻作戦を実施。

これまでの戦いで傷つき、補給もままならない状態の天照は、日本武尊級と言う事で、独軍からの集中攻撃を受けた。

奮戦虚しく天照は力尽き、大勢の乗員と共に大西洋の海中へと没した。

 

 

一番艦の日本武尊に関しては、米国のニューヨーク港寄航後、再び大西洋へと戻り、援英任務の任に当たった。

日本武尊はスコットランドのティ湾に突入し、艦砲射撃にて北アイルランド軍を支援。

そして1950年9月15日 これまで独軍に占領されていた英国首都ロンドンは解放された。

ロンドンが解放され、旭日艦隊の目的であった援英任務が終了と判断した日本武尊は日本へ帰投する事となった。

しかし、その帰投途中に独軍のUボートと刺し違えて、カムチャッカ半島沖で戦没と公式記録ではそう記載された。

だが、目撃者が多い天照と違い撃沈される様子を見たモノはおらず、終戦後もしばらくは日本武尊は沈んでいないと言う噂があった。

そして、その噂は事実であり、日本武尊は極秘裏に千島列島 宇志知島の秘密ドックにて大規模な改装工事を受ける事となった。

 

 

艦名 インディペンデンス級沿海域戦闘艦

艦影はアメリカ海軍の沿海域戦闘艦インディペンデンス級に似た姿。

 

全長 127.4m

全幅 31.7m

軽荷排水量 2,307トン

満載排水量 3,104トン

武装

Mk.110 57mm単装速射砲

シーRAM近SAM 11連装発射機 (ただし発射されるのはミサイルでは無く、噴出魚雷)

格納式短魚雷発射管

 

搭載機

無人ハイブリッド飛行船 一機

 

概要

ステルス設計の三胴船型。

ブルーマーメイドにて、正式に採用されている戦闘艦。

一部の艦は、横須賀女子海洋学校を始めとするブルーマーメイドを育成する学校でも教官艦として採用されている。

福内と宗谷真冬が艦長を務める艦もこれらの艦と同型艦。

配色は、喫水船は黒、下部は赤、船体は白地に赤いラインが入っている。

 

 

横須賀女子海洋学校の主な所属艦

猿島

天神

 

ブルーマーメイドの主な所属艦

みくら (福内が艦長を務める艦)

みやけ

こうづ

はちじょう

弁天 (真冬が艦長を務める艦、船体色は他艦と違い黒色となっている。これは真冬の趣味)

 

艦名 超弩級大和型戦艦二番艦 武蔵

艦影は昭和17年8月の竣工時の姿をベースに現代の電探を装備している姿。

 

全長 263.0m

全幅 38.9m

吃水 10.4m

兵装  46cm(45口径)砲3連装3基9門

    15.5cm(60口径)砲3連装4基12門

    12.7cm(40口径)連装高角砲6基12門

    25mm3連装機銃12基36門

    13mm連装機銃2基4門

 

正史では、日本海軍が最後に建造した超弩級戦艦。

レイテ沖海戦により、シブヤン海に沈んだ。

後世日本(紺碧・旭日の艦隊の世界)では、大和級の戦艦の建造は行われず、代わりに転生者達の前世の記憶・知識・技術から大和級戦艦撃沈の反省から建造された日本武尊級が建造され、日本武尊が後世の大和、天照が後世の武蔵と言う立ち位置となっていた。

そして、戦争が起きなかった世界では、大和はブルーマーメイドの総旗艦となり、武蔵は横須賀女子海洋高校の超大型直接教育艦となった。

乗艦する生徒は皆、入試での成績が上位のもので固められているエリート艦。

これは、大和の姉妹艦なため、将来的に大和に乗艦する事を約束されているいわば「大和用の練習艦」としての役割を担っている。

自動化されているため、他の学生艦同じ乗員数(生徒数)で運用出来る。

真霜や真冬が学生時代艦長を務めた艦でもある。

大和が軍艦色地の上に青と白の迷彩色が施されている様に、武蔵には軍艦色地の上に赤と白の迷彩色が施されている。

また、兵装に関しては、正史では、昭和19年4月に武蔵は修理を兼ねて改造作業が行われ、航空機に対抗する為に左右両舷副砲を撤去し、そこに高角砲用砲台が設けられたが、レイテ沖海戦までに高角砲増設工事が間に合わず、25mm三連装機銃を計6機増設した。

しかし、この戦争が起きなかった世界では、航空機が存在していないので、大和も武蔵も左右両舷に副砲が有るままとなっており、反対に対空兵装である12.7cm砲と25mm機銃は少ない。

 

艦名 金剛級巡洋戦艦二番艦 比叡

艦影 第二次改装後の比叡に現代の電探を装備した姿。

 

全長 222.0m

全幅 31.0m

吃水 9.37m

兵装  45口径毘式35.6cm連装砲4基

50口径四十一式15.2cm単装砲14基

八九式12.7cm連装高角砲4基

九六式25mm連装機銃10基

13mm4連装機銃2基

 

正史では、イギリスに発注され同地で建造された金剛型巡洋戦艦一番艦金剛の技術を導入し、日本で建造された巡洋戦艦。

第三次ソロモン海戦により自沈した。尚、翌日には姉妹艦の霧島も撃沈された。

後世日本(紺碧・旭日の艦隊の世界)では、前世(正史)の比叡よりも電子・対空装備が充実しており、高杉機動艦隊の旗艦として、真珠湾攻撃を始めとして第一線の戦場を渡り歩いた戦艦。

インド洋の作戦にて、独逸軍の攻撃により撃沈された。

戦争が起きなかった世界では、電探以外ではほぼ正史の比叡と同じ兵装で横須賀女子海洋学校所属の大型直接教育艦となっている。

型は古いものの武蔵同様、自動化されているため、少ない数の乗員数(生徒数)で運用が可能となっている。

 

 

艦名 新造工作艦 明石

艦影 日本海軍が建造した工作艦明石そのままの艦影

 

全長 158.50m

水線長 154.66m

垂線間長 146.60m

全幅 20.564m

水線幅 20.50m

吃水 6.29m

兵装 、12.7cm高角砲4門

     25mm連装機銃 2基

 

正史では日本海軍唯一の新造工作艦で専従艦種として建造されたため、艦内に17ある工場には海軍工廠にすら配備していないドイツ製工作機械など最新の114台が設置されていた。そのため修理能力は非常に優れ 、連合艦隊の平時年間修理量35万工数の約40%を処理できる計算であり『移動する海軍工廠』であった。

1944年(昭和19年)3月30日のパラオ大空襲にて大破着底した。

戦争が起きなかった世界では、横須賀女子海洋学校所属の工作艦として造船科、機関科、技術科の生徒の為の学生艦となっている。

 

陽炎級駆逐艦

 

 

全長 118.5m

全幅 10.8m

吃水 3.76m

 

武装 12.7cm×50口径連装砲×3 

   25mm連装機銃×2 61cm

   四連装魚雷発射基×2 

   爆雷

 

正史では、朝潮型駆逐艦の後継艦として大日本帝国海軍が建造、量産した駆逐艦。

19隻が作られ、終戦まで生き残ったのは雪風一隻のみ。

本型は朝潮型の船体を基本としているが、船体強度と軽量化を考慮した設計が施されている。船体構造の改良で復原性能・凌波性能・船体強度に関して申し分のない艦型に仕上がっており、武装面でも予備魚雷の被弾時の誘爆を防ぐため分散化などの改良を施し、機動力でも海軍設計陣の要求をある程度満たしている事から本型は艦隊型駆逐艦の集大成といえる代物に仕上がっていた。

原作において、岬明乃らが乗艦した晴風(Y467)もこの陽炎級の駆逐艦とされている。

この他にも作中では、浜風(Y470)、舞風(Y471)、萩風(Y464)、浦風(Y462)、谷風(Y465)、磯風(Y460)、天津風(Y459)、時津風(Y461)が名前やわき役として搭乗している。

戦争が起きなかったこの世界では、主に海洋高校の学生艦として使用されている。

 

 

艦名 給糧艦 間宮

 

艦影 日本海軍が建造した給糧艦 間宮そのままの艦影

 

 

全長 150.93 m

垂線間長 144.78 m

全幅 18.59 m

水線幅 18.67 m

吃水 常備状態 5.51 m

   満載状態 7.58 m

 

兵装 14cm砲2門

    8cm高角砲2門

    25mm機銃3連装2基

    25mm機銃連装2基

    25mm機銃単装4挺

    13mm単装機銃2挺

 

 

艦艇に食糧を供給する補給艦。

艦内には巨大な冷蔵庫・冷凍庫設備があり、その他にも屠殺製肉設備もあるため、牛馬を生きたまま積み込んだのちに食肉加工し、保存しておくことも可能。

またパンなどの一般的な食料だけではなく、アイスクリーム、ラムネ、最中、饅頭などの嗜好品からこんにゃく、豆腐、油揚げ、麩などの加工食品を製造する事が出来る艦内工場がある。

正史では1944年(昭和19年)12月20日アメリカの潜水艦の雷撃で撃沈された。

この戦争が起きていない世界では、横須賀女子海洋高校の学生艦として使用され、主に主計科の生徒が運用していると思われる。

 

伊二百一型潜水艦

 

 

全長 79.00m

全幅  5.80m

速力 海上 16ノット

    水中 20ノット

武装 53cm魚雷発射管 艦首4門

25mm単装機銃2挺

魚雷10本

 

 

正史では大日本帝国海軍が建造した潜水艦で潜高型もしくは潜高大型とも呼ばれる。潜高とは水中高速潜水艦の略。

連合国の対潜水艦戦闘 (ASW) 能力向上にともなう日本潜水艦の被害拡大に対処するため水中速力を重視した型の潜水艦である。

水中高速航走性能の追求のため、極力の抵抗低減がなされた。

船体や艦橋は流線化設計され、外舷で使用する機器や儀装装備などの突起物は起倒式にする、もしくは簡素化が図られた。

上構の注水孔やアンカーレセスなどにも整流板を設け、船体下部のビルジキールは廃止された。

砲の搭載はせず、艦橋前後の25mm単装機銃は潜航中には格納スペースに収容された。

日本の潜水艦としては最初にブロック建造方式を取り入れた全溶接船体構造を採用した潜水艦である。

今作に登場した伊201、202は共に撃沈されず、舞鶴で終戦を迎え、伊201は戦後アメリカ軍に引渡され、1946年3月にオアフ島沖でアメリカ潜水艦カイマンの実艦的として撃沈処分された。

伊202はアメリカ軍に引渡された後、1946年4月5日、向後崎西方沖でアメリカ海軍により海没処分された。

戦争が起きなかった世界では、両艦とも東舞鶴男子海洋学校の学生艦として所属している。

海上安全整備局からの通信により反逆した天照を撃沈しようと切り立ったが、降伏勧告をせず、いきなり魚雷攻撃を行い、Z弾により返り討ちにされた。

 

 

あきづき型護衛艦

 

 

全長  150.5 m

全幅   18.3 m

速力   最大で30ノット

 

 

正史では海上自衛隊が運用する汎用護衛艦。

海上自衛隊の第2世代汎用護衛艦の発展型として、17中期防に基づき、平成19年度から平成21年度にかけて4隻が建造された。

戦争の起きなかった世界では東舞鶴男子海洋学校をはじめ、他の海洋高校でも教官艦と使用されていると思われる。

東舞鶴男子海洋学校旗艦の あおつき以下16隻が武蔵追跡を行うも全て武蔵の46cm砲の前に返り討ちにあった。

 

艦名 須佐之男級重巡洋艦一番艦 須佐之男

 

 

全長 204m

 

全幅 20.7m

 

機関 艦本式ジーゼル・エレクトリック方式

軸馬力 75000Hp

兵装 15cm成層圏単装砲 × 3

    10cm連装高角砲 × 8

    25㎜3連装高角機銃 ×10

    3連装ン式弾発射機 ×1

   3連装魚雷発射管 ×2

 

 

天照の造艦コンセプトを基に建造された新型の重巡洋艦。

 

将来、海兎などのオートジャイロの搭載も考慮されて艦尾には格納庫も建設されている作りとなっている。

 

まだ、運用されたばかりの艦なので今度横須賀女子の実習で稼働データをとり、それによっては以後も建造を検討されている。

 

外見は中央公論社より発売された『旭日の艦隊 図解資料集』に掲載されている利根型対空巡洋艦 那智 をイメージ下さい。

 

 

 

艦名 畝傍級重巡洋艦 二番艦 宿祢(すくね)

 

 

 

全長 180.6m

 

 

全幅 21.3m

 

兵装 30cm50口径連装砲 × 2

 

    14cm単装砲 × 8

 

    12.7cm高角砲 × 3

 

    25㎜連装機銃 × 2

 

    3連装魚雷発射管 ×2

 

 

須佐之男同様、新たに作られた新型の重巡洋艦。

 

重巡洋艦でありながら高い攻撃力と長い航続距離が特徴の作りとなっている。

 

外見イメージはイカロス出版から発売されている栗橋伸祐さん連載の『黒鉄ぷかぷか隊』に登場する巡洋艦 畝傍 をイメージして下さい。

 

強奪艦

 

 

 

全長 200m

 

 

 

武装 25mmガトリング砲 × 3

 

   250mm速射砲 × 1

   

   対艦ミサイルランチャー 多数

 

 

アメリカ海軍が試作艦として建造した最新鋭艦。

ハワイのドックにて停泊中にテロリストの手によって強奪された。

 

形状は末広がりのタンブルホーム船型にトリマラン(三胴型)船体となっている。

 

水中の船体から空気の泡を出して包むことで、抵抗を減らしつつ水中翼で浮力も調整して速度を上げることが出来る。

 

 

外見イメージは ガンダムSEED 及び ガンダムSEED DESTINY に登場するオーブ海軍の大型イージス艦。



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登場人物設定

広瀬葉月

 

今作の主人公

 

紺碧の艦隊 旭日の艦隊の世界(後世日本)に転生では無く、普通に生まれた人物。

軍人となり、後世世界大戦に望む。

所属は旭日艦隊 超戦艦日本武尊級二番艦 天照の航海長補佐。

後世独逸第三帝国との戦いで乗艦である天照が撃沈され、乗艦と一緒に運命を共にし、大西洋へと沈む。

許嫁が居り、帰国後は祝言を上げる予定だった。

結婚後は軍を辞めて結婚相手と喫茶店を開くのが夢だった。

しかし、何の因果が、突如、乗艦天照と共に日露戦争後、戦争が起こっていない平行世界へと転生する。

そして、転生時は性別が入れ替わり、更に年も若返った。

転生前の年齢は31歳で階級は中佐。

転生後は16~17歳

男性時の容姿は、そこそこのイケメン。

転生後の容姿はガールズ&パンツァーの登場人物の一人、西住まほをイメージしてください。

 

 

紺碧の艦隊 旭日の艦隊の世界(後世日本)の主な登場人物

 

 

大高弥三郎

陸軍中将。前世日本からの生まれ変わりの一人であり、陸軍内から同じ志を持つ精鋭を集めて「青風会」を結成する。高野五十六率いる紺碧会と共にクーデターを起こし新政府を樹立、内閣総理大臣となる。

陸軍軍人でありながら海軍力を重視するという、当時の陸軍ではきわめて珍しい人間である。恒久平和を目指すため、あえて戦争へと踏み切った。

勝つ戦より負ける戦、つまりはより良き負けを目標に掲げている。

前世でも陸軍軍人であり、昭和20年末に病没している。

容姿はOVA版と同じ。

 

高野五十六

海軍中将→海軍大将。連合艦隊司令長官→軍令部総長(クーデター後に就任)。前世では山本家に養子縁組して山本五十六となったが、後世では高野姓のまま。

前世で日本海海戦の時に失われた指が暴漢の発砲によりなくなっている。

軍国主義に走る日本の将来を危惧するとともに海軍から同じ志を持つ者を集めて精鋭集団「紺碧会」を結成し、大高弥三郎率いる青風会と一緒にクーデターを起こす。

海軍の軍人としては初めて航空機による戦闘の重要性にいち早く気付いた人物である。「紺碧艦隊」及び「旭日艦隊」の生みの親。

容姿はOVA版と同じ。

 

大石蔵良

紺碧会のメンバーであり、海軍元帥。旭日艦隊司令長官。

乗艦は旭日艦隊旗艦、超戦艦日本武尊級一番艦、日本武尊。

奇想天外な作戦を繰り出すため、高野からは「不気味で恐ろしい男」と言われている。作戦を思いつくとき右の耳たぶをつまむ癖がある。海外の人々からは「アドミラル大石」と呼ばれ、慕われている。

趣味はコーヒーを入れることであり、自ら腕を振るう。その腕は艦隊一で、葉月が喫茶店を夢見る切っ掛けを作った人物。

前世では大和に乗艦し戦死した。

容姿はOVA版と同じ。 (肩にかからない程度の長髪をオールバックで固め、制帽を斜めに被る。ややスティーブン・セガールに似た風貌。)

 

ヘンリー・ルーズベルト

米大統領。

日本を戦争へ引きずり込んだが敗北が続き、遂には前世同様原子爆弾の実戦使用を思い立つ。しかし、研究所を爆破された報告を受けた際、「脳溢血」で憤死した。

容姿はOVA版と同じ。

 

ルイス・マッカーサー

米陸軍元帥。北西太平洋戦域司令官。ニューギニアでの作戦失敗で職務を解かれオーストラリアで隠遁同然となるも、米三将軍クーデターで復権し、インド方面軍に赴任する。

容姿はOVA版と同じ。

 

キンメル

米海軍大将。開戦時の太平洋艦隊司令長官。日本艦隊に有効な手を打てず降伏し、艦艇を奪われた。

容姿はOVA版と同じ。

 

ハルゼー

米海軍中将。開戦時の空母部隊司令官。紺碧艦隊により艦隊を壊滅させられ、自身も乗艦していた空母、エンタープライズを撃沈され戦死する。

容姿はOVA版と同じ。

 

ドナルド・ダック・リーガン

米海軍少将。北太平洋艦隊司令長官。ダッチハーバー沖海戦で高杉艦隊に敗れた後は、日米和睦を推進する立場にまわり、大統領選にも立候補した。米三将軍クーデターで元帥に昇進し、太平洋艦隊司令長官に就任する。

容姿はOVA版と同じ。

 

ハインリッヒ・フォン・ヒトラー

後世のナチス第三帝国総統。

全世界の世界征服の野望を抱く。

その野望を打ち砕くがごとく各地で独逸軍を破った日本‥特に紺碧艦隊と日本武尊に激しいまでの怒りと闘争心を剥き出しにする。

霊能力を持ち、連合軍の動きを察知したり、自らの危険も回避したことも少なくない。

容姿はOVA版と同じ。

 

コンラッド・フォン・ロンメル

独陸軍元帥。インド攻略軍総司令官。後にヒトラーが自分を抹殺しようと企んでいることを知り、数十万の将兵と共に蒙古へ脱出し、亡命臨時政府・自由ドイツ政府を樹立。

容姿はOVA版と同じ。

 

エアハルト・ゲーリング

独国家元帥兼空軍長官。

禁欲的な生活をしているヒトラーとは違い、毎晩のように盛大なパーティーをしており、そこから様々な情報を仕入れてくる。「理性の術策」作戦の際の行動が災いし、国家反逆罪で銃殺刑に処せられた。

容姿はOVA版と同じ。

 

ワルター・G・F・マイントイフェル

血の純潔と思想的な信頼を誇る金髪碧眼のエリート集団「新貴族」の一人で、高官粛清と大高が仕掛けた「理性の術策作戦」から危機に瀕したヒトラーを守った功績から参謀総長に就任する。

旭日艦隊を潰そうとするも、旗艦日本武尊の撃沈に失敗し、さらに蒙古決戦で敗れたためヒトラーの逆鱗に触れ、粛清される。

容姿はOVA版と同じ。

 

前世(紺碧の艦隊 旭日の艦隊の世界)において、葉月の婚約者。

容姿は知名もえかを大人にした感じ。

 

 

ハイスクール・フリートの世界の主な登場人物。

 

宗谷 真雪

宗谷真霜、真冬、真白の母。

元ブルーマーメイド所属で9年前は旗艦「大和」の艦長を務めていた。

15年前、領海内を荒らし回った武装船団を単艦で殲滅した事から「来島の巴御前」と呼ばれ、第一線を退いた現在においてもブルーマーメイドはもちろん、海上安全整備局に対しても発言権及び特別発動権限を持ち萎縮させるほど畏敬の存在とされている。

現在は横須賀女子海洋学校の校長を務めている。

容姿はOVA版と同じ。

 

宗谷 真霜

宗谷家長女。安全監督室の室長であり一等監察官。ブルーマーメイドの現最高責任者。

容姿はOVA版と同じ。

 

宗谷 真冬

宗谷家次女。ブルーマーメイド所属でインディペンデンス級沿海域戦闘艦「弁天」の艦長を務めている。体育会系の気質で髪はショートにし、なぜかマントを羽織っている。本人は黒色を好むらしく、制服や帽子、マントなども黒色のものを着用している。

「船乗りは尻が命!」という持論の下、妹や興味を抱いた女の尻を揉む性癖がある。

容姿はOVA版と同じ。

 

福内

タヌキ耳のカチューシャを付けているのが特徴のブルーマーメイドに所属する女性。

インディペンデンス級沿海域戦闘艦みくらの艦長。

容姿はOVA版と同じ。

 

平賀

ブルーマーメイドに所属する女性の一人、福内や真霜と一緒に行動を共にする事が多い。

容姿はOVA版と同じ。

 

山本五十六

この世界の山本五十六。

日露戦争で左手の人差指と中指を欠損。

その後は大きな戦争も起きなかった為、連合艦隊司令長官にも後世世界のように軍令部総長にもならず、呉鎮守府の司令官を務めた。

軍を退役後はモナコへと移り住み、博打打ちとなった。

容姿は紺碧の艦隊の登場人物 高野五十六と同じ

 

アドルフ・ヒトラー

正史では、ナチス第三帝国総統となり、第二次世界大戦を引き起こした人物。

しかし、この世界では第一次、第二次世界大戦は起きていないので、小さい頃からの夢だった画家となった。

容姿は紺碧の艦隊の登場人物 ハインリッヒ・フォン・ヒトラーと同じ。

 

中島クイント

葉月がブルーマーメイドフェスターにて出会った女性。

元ブルーマーメイドの隊員で結婚を機にブルーマーメイドを寿退社した。

今は二児の母親。

ブルーマーメイド時代は『暴食の戦乙女』の異名を持つ伝説のブルーマーメイドの一人。

真雪の学生時代の後輩で、ブルーマーメイド時代は真雪の部下で大和の副長を務め、真雪が現役を退いた後は大和の艦長に就任した。

大和の副長時代、真雪が『来島の巴御前』と呼ばれる戦いでは、一人で敵船に切込みをかけた。

かなりの大食い。

容姿はリリカルなのはシリーズの登場人物であるクイント・ナカジマを想像下さい。。

 

中島ギンガ

ブルーマーメイドフェスターにて柳原 麻侖と黒木 洋美が出会った女の子。

中島クイントの娘で中島家の長女。

性格は真面目でしっかり者なのだが、どこか抜けている一面もあり、今回はブルーマーメイドフェスターにて、迷子になった妹のスバルを探している最中、母親のクイントと逸れ、自身も迷子になってしまった。

母親の昔の話を聞き、自身も将来はブルーマーメイドになる夢を抱いた。

母親のクイントとそっくりの容姿を持ち、長い髪を藍色のリボンで結んでいる。また、容姿だけでなく、大食いな所も同じ。

容姿 リリカルなのはstrikersの過去回想にて登場したギンガ・ナカジマ (6歳)の頃の容姿をイメージして下さい。

 

中島スバル

ブルーマーメイドフェスターにて、葉月、明乃、もえかが出会った女の子。

中島クイントの娘で中島家の次女。

姉のギンガと違い、ショートヘアーで女の子っぽい服装でなければ、男の子にも見える。

しかし、姉のギンガ同様、大食いな所は母親と同じ。

性格は甘えん坊で寂しがり屋。

姉のギンガ同様、自らも将来はブルーマーメイドになる夢を抱いた。

容姿 リリカルなのはstrikersの過去回想にて登場したスバル・ナカジマ(4歳)の頃の容姿をイメージして下さい。

 

中島源也

中島クイントの夫であり、ギンガ、スバルの父親。

文部科学省内に設置されているブルーマーメイド、ホワイトドルフィンにおける教育統轄機関の機関長である教育総監。

天照反乱の知らせに対して真雪や真霜同様、海上安全整備局の報告を不審に思っていた人物。

真雪や真霜同様、天照の撃沈命令の撤回に奔走した。

容姿 リリカルなのはシリーズの登場人物であるゲンヤ・ナカジマをご想像下さい。

 

財前康之

東舞鶴男子海洋学校の校長。

天照による伊201、202の攻撃に激怒し、真雪の下へ抗議しにきたが、その攻撃が海上安全整備局が定めた降伏勧告後、撃沈しても構わないと言う命令に若干背いていた事を知り、更に運悪くその場に教育総監の中島が居た事により、恥をかいてしまった。

真雪と中島の行為により天照と伊201、202の戦闘は公式には無かった事にされて彼の面目はなんとか保たれた。

容姿 遊戯王アークファイブの登場キャラ サンダース教官

 

 



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1話 ブルーマーメイド

二人の少女が息を切らし、林を抜け、海が見える岬に向かって走っていた。

 

「もうすぐ通るよ!!もかちゃん!!」

 

「うん」

 

二人が岬に来ると、ボォォォ~と船の汽笛が聞こえ、目を向けると一隻の軍艦が二人の横を通り港に入ろうとしていた。

 

「来たぁ!!」

 

二人の目の前を通過するのは超弩級大和型戦艦一番艦大和。

 

「すごいね、みけちゃん。おーい!! おーい!!」

 

「おーい!! おーい!!」

 

二人は目の前を通過する大和に向かって手を振る。

すると、大和の艦首に立っている女性が明乃ともえかの姿を見付けたのか、帽子を片手にゆっくりと手を振り返した。

 

「あっ、気づいてくれた!!」

 

「うん、手を振ってくれた」

 

その後も二人は大和が見えなくなるまで大和に向かって手を振り続けた。

 

「すごいね」

 

「もかちゃん」

 

「ん?」

 

「私達、絶対にブルーマーメイドになろうね!!」

 

「うん!!」

 

「海に生き」

 

「海を護り」

 

「「海に行く!! それがブルーマーメイド!!」」

 

二人の少女が同時に誓いの言葉を発する。

すると、辺りが真っ白い光に包まれて行った‥‥。

 

 

「‥‥んぅ?」

 

瞼を開けると、其処には見慣れた天井が目に入った。

幼い頃に海難事故で両親を失い、以後は児童養護施設で暮らして来たが、中学では、親友の知名もえかと共に全寮制の学校に入り、今はこの寮が岬明乃の家で、同じ寮に住む同級生達が明乃の家族であった。

 

(あれは私が7歳の頃の‥‥随分懐かしい夢を見たな‥‥)

 

もえかと共に岬から大和を見て、共にブルーマーメイドになろうと誓いを立てたあの日の夢‥‥

あれから短い様で長い時間がたったが、明乃ともえかの夢は今も尚、変わる事無く、日々、ブルーマーメイドになる為の勉強の日々が続いていた。

 

「っ‥‥っ~‥‥っ!?」

 

ふと、隣を見ると、其処には悪夢でも見ているのか、もえかが魘されていた。

やがて、彼女はバッと目を見開き夢から覚めた。

しかし、悪夢のせいか息は荒く、寝汗も掻いていた。

明乃は心配になり、彼女へ声をかける。

 

「ん?どうしたの?もかちゃん?」

 

「ううん、なんでもないよ。ミケちゃん」

 

もえかは笑顔で明乃にそう答えた。

しかし、先程の魘され方は、どうも尋常じゃない。

心配になった明乃は、

 

「怖い夢‥見たんでしょう?」

 

率直にもえかに尋ねた。

こういう率直さと素直さは明乃の長所でもある。

 

「‥‥」

 

もえかは親友を心配させまいと、明乃から一瞬目を逸らしたが、

 

「だ、大丈夫だよ。ミケちゃん」

 

と、彼女なりに明乃を気遣う。

しかし、

 

「嘘。だってもかちゃん、苦しそうに魘されていたもん」

 

付き合いが長い事も有り、明乃に嘘や隠し事は通じない様だ。

 

「‥‥うん‥‥怖い‥‥夢だった」

 

もえかは頷きながら明乃に怖い夢を見たのだと打ち明けた。

まだ起きるには早すぎる時間帯で、また一人で眠れば先程の様な悪夢を見るかもしれない。

そんな不安がもえかの脳裏に過ぎる。

 

「もかちゃん‥‥おいで‥‥」

 

明乃は自分のベッドの掛け布団をめくり、もえかを自らのベッドへと誘う。

 

「う、うん‥‥//////」

 

もえかは花に舞い戻る蝶の様に明乃のベッドの中へと入る。

そして、二人は再び眠りについた。

もえかは親友の暖かい温もりに身を委ね、明乃はそんな親友をギュッと抱きしめ、もえかの温もりを感じながら、瞼を閉じた。

 

 

 

 

今から100年ほど前、日露戦争の後日本はプレートの歪みやメタンハイドレートの採掘などが原因でその国土の多くを海中に失った結果、海上都市が増え、それらを結ぶ海上交通などの増大に依り海運大国になった。

その過程でこれまで海軍が建造してきた軍艦は民間用に転用され、戦争に使わないという象徴として艦長は女性が務めた。

やがて、艦長だけでなく、乗組員も女性だけと言う艦が多くなり、女性の軍艦乗りは「ブルーマーメイド」と呼ばれ、日本における海の治安を守る女性の職業として女子学生の憧れの職業となっていった。

同様に海の治安を守る男性の職業も存在し、そちらは「ホワイトドルフィン」と呼ばれている。

そして、女子学生にとっては花形の職業と言う事で、ブルーマーメイドになりたいと言う女学生が此処近年急激に増え、文部科学省は将来のブルーマーメイド育成の為、専門の学校を作った。

そして、かつての軍艦のなかにはブルーマーメイドを育てる教育専用の船、教育艦として使用される軍艦が登場し、将来のブルーマーメイド達の育成に尽力した。

 

 

そんな世界にある邂逅が齎された‥‥。

 

 

小笠原諸島沖合い

 

この日、小笠原諸島近海を航行していた船舶から一本の通報が海上安全整備局へと齎された。

それによると、小笠原諸島の近くを大和型の軍艦が漂流していると言う知らせだった。

海上安全整備局は直ちに大和、武蔵の現在位置を調べると、両艦とも航海計画に則った位置におり、小笠原諸島には居る筈もなかった。

信濃、紀伊はドック入りしている状況だった。

念の為、信濃、紀伊が入渠しているドックの方にも連絡を入れると確かに二隻ともドック入りしているのが確認されており、海上に居る筈がなかった。

本当に漂流しているのが、大和型の軍艦なのか、目撃した船舶の乗員に海上安全整備局がもう一度尋ねると、乗員は、

 

「大和型に似ているようだが、大和型では無い様にも見える」

 

と、随分と曖昧な答えをして来た。

そこで、海上安全整備局は直ちに調査の為、ブルーマーメイドに出動を要請した。

調査に向かったのは、インディペンデンス級沿海域戦闘艦みくらを旗艦とするインディペンデンス級沿海域戦闘艦四隻のブルーマーメイドチームであった。

 

調査隊旗艦のみくらの艦橋では、タヌキ耳のカチューシャを付けているのが特徴の女性艦長、福内が神妙な面持ちで水平線を見ている。

その隣には、福内の補佐役の平賀が立っていた。

そして、平賀は福内に今回の調査対象である「大和型の様に見えて大和型でない艦」について尋ねた。

 

「艦長、今回の通報にあった『大和型の様に見えて大和型でない艦』についてどう思われますか?」

 

「そうね、まだ現物を見ていないから何とも言えないけど、少なくとも私達がこれから調査するのは大和でも武蔵でもないって事だけは確かね。ましてドック入りしている信濃でも紀伊でもない‥‥」

 

「何処かの国が大和型の戦艦を模して建造した‥‥なんてことは考えられませんか?」

 

平賀の言う通り、現在世界各国で保有されている数多くの戦艦の内、日本が所有する大和型戦艦、大和、武蔵、信濃、紀伊を凌ぐ戦艦は今のところ、確認されている戦艦の中では存在せず、大和型は世界最大の大きさを誇っている。

そして、それは船体の大きさだけでなく、主砲である46cm砲も世界最大の大きさを誇っている。

大きな戦争は起きていないが、国の中には大和級の存在を危惧する国もあり、国連の場でも大和級の扱い関しては議論された事も有った。

そうした経緯から平賀は何処かの国が大和級の戦艦を模倣し建造した艦なのではないかと思った。

大和級程の戦艦ならば、建造も国ぐるみで隠蔽しながら建造してもおかしくはない。

現に日本の大和級の戦艦も建造されるまでは、その建造は極秘裏にされたぐらいなのだから‥‥。

そしてその模倣の大和級の戦艦が試験航海中機関トラブルでも起こし、現在漂流しているのではないか?

平賀を始めとして、調査に赴くブルーマーメイドのメンバーはそう思っている。

 

「私もその可能性はあると思ったわ。でも‥‥」

 

「でも?」

 

「でも、駆逐艦級ならともかく、戦艦‥まして大和型クラスの超弩級戦艦では、流石に完成したら話題になる筈よ」

 

「た、確かに‥‥」

 

建造中ならまだしも完成後ならば、情報が何処からか漏れて来てもおかしくはない。

噂と言うのは原子よりも小さく光よりも速く伝わるものである。

まして、ネット環境が発達した現代ならば尚更である。

しかし、日本以外の国が大和型の戦艦を建造したと言う事実は海上安全整備局にも日本政府にもはいってきていない。

未知なる大和型の戦艦‥‥。

その不安を秘め、ブルーマーメイド達は調査対象がいる海域へと進んで行く。

そして‥‥

 

「艦長、対水上レーダーに反応があります!!」

 

レーダー員が福内に報告する。

 

「っ!?各員、配置につけ!!」

 

艦内に警報が鳴り響く。

相手は大和型の戦艦・・・・万が一のことだってありうるのだ。

福内らブルーマーメイド達は戦闘配置のまま調査海域へと突入した。

 

「な、なんだ!?あの艦は‥‥」

 

ようやく双眼鏡で視認できる距離まで近づいた時、双眼鏡越しに調査対象である大和型の戦艦を見た福内は声を震えさせながら呟く。

いや、福内だけでなく、平賀を含め、みくらの艦橋要員全員が唖然とした顔をしている。

おそらくみくら以外の他艦でも同じ様な状況だろう。

福内達、ブルーマーメイドの前に姿を現したのは、確かに通報してきた船舶の乗員の言う通り、「大和型の様に見えて大和型でない艦」であった。

 

「不明艦、航行している様子無し、通報通り漂流している模様」

 

観測員が調査対象の動向を福内に報告する。

 

「通信長、不明艦に通信を」

 

「りょ、了解」

 

通信長が調査対象に向け、通信を試みる。

 

「こちら海上安全整備局、ブルーマーメイド所属艦みくら、貴艦の所属、目的を明らかにせよ、繰り返す‥‥」

 

同じ通信を二度送ったが、調査対象からは何の応答も無かった。

福内は続いて発光信号を送るが、此方も調査対象から応答は無かった。

 

「通信、発光信号‥共に応答ありません‥‥」

 

「‥‥もう少し、近づく」

 

通信、信号に答えなかった為、福内はもう少しみくらを調査対象へと近づけてみる事にした。

 

「そんなっ!?艦長、危険です!!」

 

平賀が危険だと意見するが、

 

「このまま呆然と眺めている訳にはいかないだろう。目的はあくまであの不明艦の調査だ。虎穴に入らざれば虎子を得ず‥だ」

 

「は、はい‥‥」

 

「本艦はこのまま不明艦に接近!! 二番艦は右舷方向へ、三番艦は左舷方向へ、四番艦は本艦の後方へ位置し、不明艦に照準をロックしつつ接近!!」

 

みくら以下、インディペンデンス級沿海域戦闘艦は万一の場合に備え、全火器を調査対象である不明艦に照準をロックしたまま調査対象へと接近する。

しかし、いくら接近しても調査対象は砲を動かす気配も機関を始動させる気配もなく、みくらと調査対象の距離はドンドン縮まる。

やがて、接舷可能な距離になっても調査対象からは何のリアクションは無く、福内らは拍子抜けした。

そこで、今度は調査対象の内部を調査する事にして、調査員は防護服を着て、武装(テ―ザー銃)を装備し、みくらの甲板へと集合した。

甲板員がみくらのタラップを調査対象へと接舷させ、調査隊は不明艦の甲板へと足を踏み入れた。

 

「うわぁ~‥‥」

 

「こいつは凄いな‥‥」

 

調査隊が最初に注目したのは前甲板に装備されている二基の三連装主砲であった。

 

「大和型の46cm砲よりもでかいんじゃないか?」

 

調査の為、不明艦に乗り込んだブルーマーメイドの隊員の言う通り、一目見ただけで、この不明艦の主砲はあの世界最大の大きさを誇る大和級の戦艦の主砲、46cm砲よりも大きかった。

 

「ああ、そうかもしれない」

 

「でも、副砲は東舞校(東舞鶴男子海洋学校の略)の教官艦の主砲クラスで通常の大和型の15cm副砲より小さかったり、単装ですね・・・・」

 

「でも、数は大和型のより多いだろう。見て見ろ」

 

ブルーマーメイドの隊員の一人が顎で左舷の高射砲群をさす。

確かにそのブルーマーメイドの隊員の言う通り、船体中央部には高射砲がまるでハリネズミの様に所狭しと装備されていた。

例え、大和型と違い、三連装ではなく、単装であったとしてもこれらすべての高射砲が速射砲だとすると、連射能力は計り知れない。

もし、これらすべての砲が速射砲ならば、駆逐艦クラスならばたちまち蜂の巣にされてしまうのではないだろうか?

いや、大和級の戦艦でさえ、一対一のガチンコ勝負に持ち込まれた場合、この不明艦相手に勝てるだろうか?

そんな考えがブルーマーメイドの隊員達の脳裏をよぎった。

 

一体この艦は何処から来たのだろうか?

 

何処の国の艦なのか?

 

また、どんな人間が乗っているのか?

 

緊張下面持ちで調査隊はいよいよ不明艦の内部へと調査に入った‥‥。

 

 

 



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2話 調査

小笠原諸島沖合に突如出現した大和級の戦艦と似て異なる未知の超弩級戦艦‥‥。

海に生き、海を守りて、海を往く、ブルーマーメイド達はその役柄上、早速この不明艦の調査に赴いた。

そこで、彼女達が見たのは、今まで自分達が最大の大きさだと思っていた大和級を凌ぐ大きさの戦艦だった。

船体の大きさは当然の事で、主砲さえも大和級の46cm砲を凌ぐ大きさだった。

一体この戦艦は何処から来たのだろうか?

そして、一体どんな人が乗っているのだろうか?

調査の為、この不明艦に乗り込んだブルーマーメイド達は不安と緊張の中、いよいよ不明艦の内部調査へと入った。

まず、艦内に入る為、扉を見つけると、一人が扉のノブを握り、その他のブルーマーメイドの調査隊員達がテ―ザー銃を構える。

ドアノブを持つブルーマーメイドの調査隊員が周りの隊員達を見る。

そして、テ―ザー銃を構える隊員達が頷く。

ドアノブを持つブルーマーメイドの調査隊員が一気に扉を開ける。

テ―ザー銃を構える隊員達は扉が開いた瞬間、緊張するが、扉の向こうを見ると、その緊張を緩めた。

扉の向こうには誰もおらず、静寂とした空間が広がっていた。

隊員達は互いに顔を見渡し、頷くと艦内へと足を踏み入れた。

 

調査隊の隊員達が不明艦の艦内へ入った連絡は福内が艦長を務めるみくらに連絡が入り、福内、平賀には、逐次調査隊からの連絡が入る様になっており、福内も事前に調査隊には、定時連絡を欠かさずする様に指示を出していた。

また、不明艦を包囲しているブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦も万が一の事態を踏まえて常に主砲を不明艦にロックしたままで、何時でも発砲可能な状態となっていた。

 

「調査隊、不明艦の内部に進入しました」

 

「了解、艦内の様子は?」

 

「今のところ、乗員との邂逅はなし、艦内は人の気配がないとの事です」

 

「‥‥」

 

(あの巨艦ならば、乗員の数はかなりの人数‥私達が此処までの近距離に接近しているのは気がついている筈‥‥それなのに未だ何のリアクションも無いなんて‥‥)

 

福内はこの静寂な時間がまるで嵐の前の静けさの様な感覚を覚える。

 

(何事も無ければいいけど‥‥)

 

福内同様、平賀も調査隊の安否を気にして、眼前の不明艦を不安そうに見つめていた。

 

一方、不明艦の内部に入った調査隊はゆっくりだが、確実に一歩、一歩前に進んでいた。

 

「艦の構造は、大和級と変わりませんね‥‥」

 

調査隊の隊員の一人が艦内を見渡しながら、呟く。

確かにこの不明艦は外見が大和級と若干似ている事から艦内も大和級と似ていた。

しかし、今のところ、乗員らしき人間とは未だに邂逅していない。

 

「誰も居ませんね‥‥」

 

「まるで、幽霊船、『マリー・セレスト号』みたいですね‥‥」

 

「ちょっ、怖い事言わないでよ!!」

 

「ご、ごめん‥‥」

 

隊員の一人が呟いた船名‥マリー・セレスト号‥‥。

それは、船乗りにとって最も有名な幽霊船の船名であった。

当然、その船名はブルーマーメイド達も知っていた。

 

1872年11月5日、マリー・セレスト号という二本マストのアメリカの帆船が原料アルコール(飲酒用ではないアルコール)を積んで、アメリカのニューヨークからイタリアのジェノバに向けて出港した。

この船に乗っていたのは、ベンジャミン・ブリッグス船長と8人の乗員、そして、船長の妻、マリー(本によってはファニーと記されている)と娘のソフィアの総勢11人であった。

そしてマリー・セレスト号がニューヨークを出港して1ヵ月後の12月5日、そのマリー・セレスト号が、ポルトガルとアゾレス諸島の間の大西洋を漂流しているのが、イギリス船、デイ・グラシア号に発見された。

マリー・スレスト号は航行している様子はなく、海上を漂っている状態だったため、何か事故が発生したのではと思い、グラシア号は、マリー・セレスト号に近づいて船を横付けにして声をかけてみたが、返事がない。

そのため、船長以下、数人のグラシア号の乗組員がマリー・セレスト号に乗り込んで船の中の様子を確認することにした。

しかし、マリー・セレスト号の船中には誰も見当たらなかった‥‥。

航海中に海賊にでも襲われたのか?

それとも船内で伝染病が起き、船に乗っていた皆がその病気に感染して乗組員全員が死亡したのだろうか? 

だが、もし、海賊に襲われたにしろ、船内で伝染病が発生したにしろ、船内に乗員の死体がないのはおかしい。

しかし、不思議なことはそれだけではなかった‥‥。

船内の様子を調べる内に、次々と奇怪なことが分かったのだ。

無人で漂流していたマリー・セレスト号の船長室のテーブルの上にあった食事は食べかけのままで暖かく、コーヒーは、まだ湯気を立てており、調理室では、火にかけたままの鍋がグツグツと煮立っていた。

また他の船員の部屋には食べかけのチキンと、シチューが残っていた‥‥。

洗面所にはついさっきまでヒゲを剃っていたような形跡があり、ある船員の部屋には血のついたナイフが置いてあった。

そして、船長の航海日誌には、「12月4日、我が妻マリー(本によってはファニー)が‥‥」と走り書きが残っていた‥‥。

船に備え付けの救命ボートも全部残っており、綱をほどいた形跡もなかった。

船の倉庫には、まだたくさんの食料や飲み水が残っており、積荷のアルコールの樽も置かれたままで、盗難にあった様子はなかった。

12月4日、一体この船に何が起こったのだろうか?

マリー・セレスト号の乗組員が、どこへ消えたのかは、未だ謎のままである。

 

未だにこの艦の乗員と出会っていない事がマリー・セレスト号の事件と酷似している。

 

「いや、もしかしたらオーラン・メダン号の様な事が起きるかもしれないよ」

 

「だから、怖い事を言うな!!」

 

オーラン・メダン号‥‥。

この船もマリー・セレスト号程ではないが、この船も謎が多い、幽霊船として船乗りの中で、語り継がれている船であった。

 

1948年 航行中のアメリカ船籍の船舶、シルバースター号はインドネシア・マラッカ海峡で一つの無線信号を受信した。

その無線信号はインド・ジャカルタに向かって航行中だったオランダ船籍の商船オーラン・メダン号からの物であり、通信を送って来たのは同船の通信員からだった。

彼は、船員のほとんどが死亡したこと、そして自分自身も死の危機に瀕していることなどを伝えた。

しかし、無線は途中で途切れてしまった。

不審に思ったシルバースター号はオーラン・メダン号の下へと向かい、船員をオーラン・メダン号の船内に乗り込ませると、オーラン・メダン号の乗組員達は恐怖におののくような凄まじい形相で倒れている死体が山のようにあったという。

死体は人間だけでなく、船で飼っていた犬までもが死体となって発見された。

まるで死の直前にこの世の物とは思えない恐ろしいものを見たかのような表情をしていた遺体であったが、その遺体のどこを調べてみても外傷らしき傷は何一つなかった。

それどころか、オーラン・メダン号自体は全くの無傷であったのである。

ますます不審に思ったシルバースター号の乗組員達が詳しく船内の調査をしようとしたその時、オーラン・メダン号は突如、激しい爆発音とともに炎上し、シルバースター号の乗組員達は撤退を余儀なくされた。

乗組員達の撤退後、激しく炎上したオーラン・メダン号の船体は瞬く間に傾き、多くの乗組員達の亡骸を乗せたまま船は海の底に沈んでいった。

後日、調査がなされたが詳しい沈没原因などは特定されず『何らかの突発的要因による』として片づけられた。

乗組員の死亡原因に至っては船体が炎上したこと、沈没していることなどから手掛かりがほとんどない。

ちなみに、オーラン・メダン号へ近づいた際の状況をシルバースター号の乗組員が後に語った話によると、事件当初オーラン・メダン号の船体は無数の鮫によって取り囲まれていたらしい‥‥。

一体この船に何があったのか?

乗組員達は何を見たのか?

そして、その身に何があったのか?

今現在もほとんどが謎に包まれており死亡原因は特定されていない。

 

 

今のところ乗員の姿を見ていない中、幽霊船の船名を連続で聞いた為、隊員達の中で、もしかしてこの艦は幽霊船なのではないかと言う不安と恐怖が芽生え始めて来た。

その為、艦内を歩いていく中で、遭遇した部屋を調べる際、隊員達は逃げ腰の様な格好となっていた。

やっぱりブルーマーメイドとは言え、人間なのだから、怖いモノだってあるのだ。

誰もいない巨艦‥‥。

電気が付いていない薄暗い通路‥‥。

ホラー要素は満点の環境だった。

 

「も、もし、オーラン・メダン号の様なケースだったら、皆、何時でも退避できる様にしておきなさい」

 

「りょ、了解」

 

ビクビクしながら艦内を進んで行き、自分達の母艦であるみくらにも定時連絡を怠らない調査隊のブルーマーメイド達。

一方で連絡を受けるみくらの福内らは調査隊の声が震えている事に何となく疑問を感じた。

しかし、調査隊からの連絡からは相変わらず、「異常なし」 「乗組員の姿を確認できず」 の報告で、声を震わせる要素など無い筈なのに‥‥。

 

調査隊は相変わらず、この不明艦の乗員と邂逅出来ない状況が続き、若干調査隊の気持ちも落ち着きを取り戻し、調査任務を続行していたが、この状況を長々と続ける訳にはいかないので、乗員が居そうな艦橋を目指す事にした。

例え、乗員が居らずとも、もしかしたら航海日誌など、この艦が何処から来たのかを知る手掛かりがある筈だと思い、調査隊一同は艦橋を目指した。

そこで、漸く調査隊はこの艦の乗組員と出会う事が出来た。

 

「っ!?」

 

「人だ!!」

 

乗員らしき人物は、艦橋の床で倒れていた。乗員らしき人物は紺の制帽に同じく紺色の詰襟の軍服を着ていた。その為この床に倒れている人物がこの不明艦の乗員である可能性が高かった。

 

「しっかり!!大丈夫ですか!?」

 

調査隊の隊員が急いで駆け寄り、乗員らしき人物の声をかけるが、乗員は意識不明の状態となっていた。

しかし、身体に傷は無く、負傷している様子は無かった。

 

「みくらへ、こちら調査隊!!不明艦の乗員と思われる人物を発見!!」

 

調査隊はみくらに乗組員発見の報告をいれた。 

調査隊からの報告にみくらの艦橋は一瞬であるが、活気だった。

 

「調査隊、此方みくら、福内。不明艦の乗員の様子は?」

 

「負傷はしていませんが、意識不明の状態です!!至急救護班の派遣を要請します!!」

 

「了解」

 

福内は直ぐに医務室へ連絡を入れ、急いで救護班を不明艦の艦橋へ‥‥不明艦の乗員の下へと向かわせた。

 

みくらの救護班は不明艦の艦橋へと向かい、この不明艦の乗員をストレッチャーに乗せて、みくらへと戻って行った。

不明艦の乗員は医務室へと運ばれ、検査が行われた。

その際、今乗員が着ている服では、検査しづらかったので、みくらの女性医務官は乗員が着ている服を脱がせた。

服を脱がせている最中、医務官はある疑問を抱いた。

 

「あら?この娘、ブラを着けていないわ」

 

露わになる胸部を見ながら医務官は首を傾げた。

しかし、いつまでも胸部をさらしておくわけにはいかないので、疑問を感じつつ、医務官は乗員に検査衣を着せる為、次に乗員が穿いているズボンを下ろした。

すると、またもや不自然な点があった。

 

「‥‥えっ?」

 

(‥‥えっ!?な、なんで?なんで、この娘、男物の下着を穿いているの?)

 

乗員が身に着けていた下着は女物の下着では無く、男物の下着だった。

 

(ま、まさか、この娘、俗に言う男の娘って奴じゃないわよね?でも、胸はあるし‥‥)

 

医務官はますます混乱し、この乗員の性別を確かめるべく、乗員が着ている下着に手をかけた。

ゴクリと生唾を飲み込み、あとは下着を降ろすだけ‥‥

その時、医務室の扉が開いた。

 

「医務長、例の不明艦の乗員‥‥」

 

扉を開けたのは艦長の福内だった。

そして、福内の後ろには平賀の姿もあった。

 

「「「‥‥」」」

 

医務室の扉を開けた福内と平賀見たのは不明艦の乗員の下着を降ろそうとしている医務官の姿が目に入った。

医務官は突然医務室に入って来た福内と平賀の姿を見て固まり、反対に福内と平賀も不明艦の乗員の下着を降ろそうとしている医務官の姿を見て固まった。

 

「「「‥‥」」」

 

長い様で短い沈黙の時間が流れる。

そして‥‥

 

「「お、お邪魔しました‥‥//////」」

 

そう一言呟き、福内と平賀は顔を赤くして医務室の扉を閉める。

 

「ちょっ!!艦長!!待って下さい!!これには訳が‥‥」

 

「そうよね、長い船暮らしだと欲求も溜まるわよね」

 

「そ、そうですね」

 

福内と平賀の二人は医務官から目を逸らしながら通路を何事も無かったかのように歩いていく。

 

「だから、違うんですってば!!」

 

医務官が福内と平賀を追いかけて必死に説明をしていると、

 

「なんじゃこりゃぁあ!!」

 

と、医務室から叫び声が聞こえて来た。

 

 



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3話 目覚め

目の前に広がるのは爆炎‥そして、身体中に伝わる激痛‥‥そして次に目に入ったのは自分に向かって襲いかかって来る大量の海水‥‥

帝国海軍軍人となった時から死は覚悟していた筈なのに‥‥

人間は死ぬ間際に一番大切な思い出が頭の中を巡ると言われている。

所謂走馬燈と言うやつだ。

人によって様々な思いが脳裏に過ぎるだろう。

これまでの自分の過去の出来事

故郷に残して来た家族の事

そして、愛する者の存在‥‥

 

自分が見たのは、愛する者の存在だった。

桜の舞う上野公園で共に歩いたある春の日の事‥‥

隣を歩く許嫁は着物に日傘を差していた。

 

海軍の艦隊勤務と言う事で会いたいときに会えるわけでなく、久しぶりに自分と会う事が出来、許嫁は嬉しそうだ。

自分も嬉しいが、表立ってそれを表す事が出来ない不器用な自分がそこに居た。

折角なのだから手でも握ってあげれば良かったのだが、ここでも自分の不器用さが働き、それさえも出来なかった。

それでも許嫁の彼女は自分に向かって笑みを浮かべてくれた。

彼女が笑みを浮かべていると、自然に辺り一面が真っ白い光へと包まれていく。

 

(待ってくれ!!)

 

必死に手を伸ばしても自分の手は許嫁を掴む事なく、彼女の姿も白い光の彼方へと消えて行った‥‥。

 

「うっ‥‥ここは‥‥一体‥‥」

 

目が覚めると知らない天井が目に入った。

 

(天国‥‥いや、自分は戦争とはいえ、独逸軍の人間を沢山殺して来たのだ。天国なんぞに行ける筈がない‥‥となるとやはり地獄か?しかし、この揺れ‥‥これは紛れもなく船の揺れだ‥‥自分は助かったのか‥‥)

 

死んだかと思ったが、どういう訳か自分は生きている‥‥。

その事実に無意識に自分の目からは涙が流れてくる。

そして、自分が生きている事を実感した後、此処が何処なのか現状の確認をしなければ、ならないと思い、寝台から起き上がる。

すると、自分の身体に違和感を覚えた。

あれだけの大怪我を追ったにも関わらず、自分の身体には傷が一つも無かった。

その他にも胸部は重く、股ぐらもなんかスース―する。

視線を下げてみると、視界に入ったのは二つの大きな山‥‥

おっぱいだった‥‥

そして、ふと横を見ると、其処には大きな鏡があり、その鏡には唖然とした表情を浮かべる女学生くらいの女子の姿があった。

鏡に映る女学生‥‥それは紛れもなく自分の姿であった。

その姿を見て‥‥

 

「な‥な‥な‥なんじゃこりゃぁあ!!」

 

某刑事ドラマのジーパン刑事が殉職する際の叫び声並の声を広瀬葉月はあげた。

 

 

「なんじゃこりゃぁあ!!」

 

みくらの通路にて、みくらの医務官が艦長の福内と平賀相手に自分にかかったあらぬ疑いを晴らそうと必死になっていると、医務室から絶叫が聞こえて来た。

 

「今の声は?」

 

「恐らくあの不明艦の乗員が目を覚ましたのでしょう」

 

「行ってみましょう!!」

 

福内と平賀は医務室へと向かい、医務官も自分にかけられたあらぬ疑いの事も忘れて福内と平賀の後を追った。

そして、医務室に入ると、そこにはワイシャツのボタンを全開にして、男物の下着を穿いた女子高校生くらいの少女は医務室の寝台の上で上半身を起こし、姿見の鏡を見て唖然としていた。

 

葉月が自分の身体を見て唖然としていると、突如、ドアが開き、そこから三人の女性が入って来た。

向こうからしたら、自分の姿は同性に見えるかもしれないが、今の葉月は身体は女でも心は男のままなので、異性から自分の身体を逢瀬を課させる訳でもないのにみられるのは流石に恥ずかしく、急いでシーツで自分の身体を隠した。

葉月の行為に気づき、福内は、

 

「あっ、ごめんなさい」

 

と、葉月から目を逸らし、謝罪する。

 

「あわわわわわ‥‥//////」

 

平賀は顔を真っ赤にして両手で目を隠していたが、指と指の間からちゃっかりと見ていた。

 

「と、とりあえず、目が覚めて良かったわ‥その‥この後、色々事情を聞きたいのだけれど、その前に身体を検査したいから、検診衣に着替えてくれるかしら?//////」

 

みくらの医務官が葉月に検診衣を葉月に渡した。

 

「は、はい‥‥//////」

 

此処が何処なのか、どうして自分は高等学校の学生ぐらいの年頃にまで若返り、しかも何故男から女になったのか全く分からないので、此処は大人しく、向こうの指示に従う事にした。

葉月は渡された検診衣に着替えながら、自分の身体に起こった突然の変化と共に乗艦の天照の事、そして他の乗員の事が気になった。

他の皆も自分同様救助されたのだろうか?

そして、自分と同じく男から女の身体になったのだろうか?

そこで、葉月はカーテン越しにこの艦の軍医(医務官)に天照や他の乗員の事を尋ねてみる事にした。

 

「あの‥‥」

 

「ん?何かしら?」

 

「じ、自分が乗っていた艦はどうなったんでしょうか?」

 

「貴女が乗っていた艦なら無事よ」

 

「そうですか‥‥」

 

一時的とは言え、艦長の職を務めた艦であり、日本の象徴とも言える艦だったので、天照の無事を聞き葉月はほっとするが、あれだけの猛攻の中、沈まなかったと言う事はギリギリで日本武尊が来てくれたのかと思った。

あの後、自分は救助されて病院船に収容でもされたのだろうと葉月はそう思った。

軍艦ならば、女性が乗っている訳がないからである。

彼女達は日本語を話した。ならば、彼女達は日本人と言う事になる。

帝国海軍の軍艦で女性を乗せている軍艦は無い。

だが、この時葉月は日本人の乗った船が未だに独逸海軍が暴れまわる大西洋に入りはずの無い事を忘れていた。

そして次に天照に乗っていた大勢の部下や仲間、上官がどうなったのか、彼らの安否を尋ねた。

 

「自分の他に救助された人はいますか?」

 

葉月はきっと自分以外の乗員も救助されたと思ったが、その思いは無残にも打ち砕かされた。

 

「いいえ、今のところ、救助された人は貴女一人だけよ」

 

「っ!?」

 

あれだけ大勢いた天照の乗員の内、救助された人は自分一人だけ?

‥‥と言う事は他の乗員は全て戦死したのだろうか?

上官である艦長も航海長も‥‥そして自分の大勢の部下や仲間達も‥‥

そんな中、自分一人、おめおめと生き残り、生き恥を晒してしまったのだろうか?

 

「くっ‥‥」

 

自分の不甲斐なさを痛感し、片手で両目を覆う葉月。

 

「大丈夫?」

 

「‥‥」

 

医務官は葉月に声をかけるが、カーテンの向こう側に居る葉月からの返答は無かった。

 

 

 

 

その頃、不明艦(天照)の内部を調査していた調査隊は引き続き、艦内の調査を続行中であった。

今のところ乗員が一人だけ救助されただけであるが、ちゃんと人が乗っていたと言う事でこの艦が幽霊船でない証明が出来た事により、調査隊のメンバーは完全に調子を取り戻した。

 

「まぁ、考えてみればこの科学の時代に幽霊船なんてある訳ないよね~」

 

先頭を歩く調査隊のメンバーの一人が先程まで葉月を救出する前とは打って変わってビクビクする様子も無く、艦内を調査している。

そんな彼女に同僚の一人が、

 

「そんな事言って、コマちゃんが一番怖がっていた癖に」

 

と、茶化す様に言うと、

 

「う、うるさい!!あと、コマちゃん言うな!!//////」

 

からかわれたのが癪に障ったのか先頭を歩いていた調査隊の隊員は顔を赤くして声を上げながら言う。

他の調査隊員はその様子を見て苦笑した。

 

やがて、調査隊の残る調査区画は艦尾方向のみとなって行く。

その過程でやはり、艦内には他の乗員の姿は確認できなかった。

艦橋の調査においても海図台の上には航海日誌等の書類は一切無く、この艦が何処の所属で、何処から来たのか?そして何処へ向かおうとしたのかは一切謎のままであった。

しかし、乗員が居たのだから、追々事情聴取が行われる筈なので、その時にこの艦についての詳細が明らかにされるだろうと調査隊はそう思い、引き続き自分達の任務を続行するのであった。

そして、調査隊はオートジャイロ格納庫へと足を踏み入れた。

 

「ん?何でしょう?コレ」

 

調査隊は格納庫に収納されていた多用途オートジャイロ 海兎を見て首を傾げた。

もし、この場に葉月が居たら、何故オートジャイロをそんなにも初めて見るような目で見るのかと疑問に思っただろう。

しかし、彼女らがオートジャイロをこんなにも不思議そうに見るのには訳があった。

この世界において有人で空を飛ぶ乗り物と言えば、飛行船と気球しかなく、航空機やオートジャイロと言う乗り物は存在せず、その概念も存在していなかったのだ。

故に彼女らが、オートジャイロがどんな乗り物なのかを知らないのも仕方がなかった。

 

「新型のスキッパー(水上オートバイ)かな?」

 

「でも、スクリューみたいなプロペラもあるよ。それにタイヤも付いているし…もしかして潜水艇じゃない?」

 

「いやいや、小型の高速艇かもよ」

 

「水陸両用艇かも」

 

あーだ、こーだと色々な意見が出たが、それが空を飛ぶ乗り物だと彼女らが知るのはもう少し先の事で、結局この場では正解の意見が出る事は無かった。

 

オートジャイロの格納庫から出た調査隊は後部甲板に設置されたヘリポートへと出た。

薄暗い艦内から漸く日の当たる外へ出る事が出来た為、調査隊の中には背伸びをする者居た。

 

「この甲板、私達の艦と同じ感じの飛行船甲板ね‥‥」

 

「でも、飛行船も気球も有りませんでしたよ」

 

確かにこれまでの調査においてこの艦には自分達が装備している無人飛行船も気球の類も発見されていない。

 

「搭載し忘れたのかな?」

 

調査員らは天照のヘリ甲板に関しても本来の使用目的を知る事が出来なかった。

しかし、天照のヘリ甲板ならば、彼女達ブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦に搭載されている無人飛行船くらいならば、十分に運用可能なレベルなので、あながち間違いでは無かったかもしれない。

 

「兎も角、これで調査は終了ね」

 

「ふぇ~やっと戻れる」

 

一通り不明艦(天照)の調査を終え、調査隊はみくらに調査終了の報告をいれると、みくらからは撤収指示が出た。

調査隊は甲板を歩きながら、みくらとの接舷地点まで戻った。

母艦へと戻る際、調査隊は高角砲群の前を通った時、彼女達は数多くの高射砲以外にもガトリング砲(CIWS)も多数装備されていたのも見つけた。

 

「げぇ、この艦、ガトリング砲(CIWS)も沢山揃えているじゃん」

 

「こんなの相手じゃ、飛行船や気球もあっという間に撃ち落されてしまいますね」

 

調査隊の面々はつくづくこの艦相手にドンパチはしたくないと思った。

 

「それで、この艦はどうなるんでしょうね?」

 

不明艦(天照)から降りる際、調査隊の隊員がリーダー格の隊員に今後、この艦がどうなるのだろうか?と質問をした。

 

「さあね‥それは上のお偉いさんが決める事さ、でも、これだけの艦だから、此処で標的にして撃沈‥なんてことはないと思うけど‥‥」

 

リーダー格の隊員の言う事は最もであり、あの大和級の戦艦を凌ぐ大きさの主砲と船体を持つこの艦をこのまま海の藻屑にするには余りにもおしい。

恐らく海上安全整備局もみくらからの調査報告を聞けば、撃沈などではなく、本土への曳航を命令して来るだろう。

調査隊の隊員達は皆、振り返り、自分達が調査した不明艦(天照)を一見した後、母艦であるみくらへと戻って行った。

 

 

 

 

調査隊が調査を終えて引き揚げている最中、みくらの医務室では‥‥

 

「ねぇ、貴女大丈夫?」

 

「‥‥」

 

カーテンの向こうからは医務官が葉月に声をかけるが、葉月の耳には医務官の声は入らない。

助かったと思ったら、訳も分からず女の身体になっており、しかも他の仲間は救助されていないこの状況‥‥。

艦が無事で、自分もこうして無事に生き残った事は嬉しい事だが、自分一人が助かってしまったと言う深い罪悪感が葉月の心をむしばむ。

艦隊の総司令官である大石元帥や軍令部の高野総長は常々海軍の将兵達に言い聞かせて居た事があった。

それは、「艦と運命を共にするのはおろかな行為である」 「生き残ったにも関わらず、捕虜になる事を拒み自決する者は愚か者である」

大石も高野も例え戦に負けても、どんなことがあっても生き残る事が最重要であると何度も将兵達に訓示していた。

だが、今の葉月にはその訓示は余りにも残酷であった。

 

(艦長代理として艦の指揮を預かったにも関わらず、自分は大勢の乗組員を死なせてしまった‥‥。そして自分一人、おめおめと生き残ってしまった‥‥自分は責任をとらなければならない‥‥)

 

そして、葉月の濁った目にはガラス製の水差しが目に映った。

葉月はおもむろにその水差しを手に取ると、その水差しを壁に叩き付けて割り、割れる事によって生じたガラスの先端部分を自らの喉に突き刺さそうとした。

すると、カーテンの向こうから医務官が慌てた様子でカーテンを捲って入って来た。

 

 



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4話 仮処遇

カーテン越しに声をかけても応答がない事に戸惑う医務官。

すると、突如、パリーンとガラスが割れる音がカーテンの向こう側から聴こえて来た。

 

「えっ!?何?今の音?」

 

医務官が慌ててカーテンを捲り中に入ると、其処には割れた水差しで自分の喉を突き刺そうとしている救助者(葉月)の姿があった。

 

「ちょっと貴女!!何やっているの!?」

 

医務官は慌てて葉月の下へと駆け寄り、身柄を抑えようとする。

 

「は、離せ!!」

 

葉月の方も自決を止めようとする医務官を振り払おうとした。

 

 

二人のやり取りは医務室の外で待機していた福内と平賀の二人にも聞こえていた。

突如、パリーンとガラスが割れる音が聴こえて来たと思ったら、

 

「ちょっと貴女!!何やっているの!?」

 

医務官の大声が聞こえた。

しかも声を聞く限り、慌てている様子。

突如、ガラスが割れる音と医務官の慌てているような大声、これはただ事ではないと判断した福内と平賀の二人は医務室へと入る。

そこで、二人が見たのは、割れた水差しを手に持つ救助者とその救助者の両手を抑えている医務官の姿だった。

 

「は、離せ‥‥」

 

「艦長、平賀さん!!手伝って下さい!!この娘、自殺しようとしていたんです!!」

 

「「自殺!?」」

 

医務官の口から自殺と言う物騒な単語が出て来て、尚且つこの状況を見ると、医務官の言っている事が間違いだとは思えず、福内と平賀の二人も医務官と協力し、葉月を羽交い締めにし、手から割れた水差しを取り上げる。

そして、医務官は葉月の腕に鎮静剤を注射し、強制的に葉月を眠らせた。

 

「ふぅ~まさか自殺を図ろうとするなんて‥‥」

 

福内と平賀の二人に羽交い締めのままの姿勢で眠る葉月を見ながら医務官は心配そうな表情で呟く。

それは福内と平賀の二人も同様で、何故葉月がいきなり自殺を図ろうとしたのか判断に困っていた。

 

「医務長、今後彼女の警戒を厳しくしておいて。また自殺行動をとられてはたまらないわ」

 

「りょ、了解」

 

福内は医務官に葉月の警戒を厳重に知る様に注意した後、艦橋へと戻った。

 

「しかし、なんで自殺なんか‥‥」

 

艦橋へ戻る途中、平賀は何故、葉月が自殺を図ろうとしたのかその意図が掴めなかった。

 

「それは、わからない‥でも、彼女には色々聞きたい事がある‥簡単に死なれては困るわ」

 

「事情を聴く前に自殺を図ろうとしたと言う事は‥‥もしかして、彼女には何か重大な秘密ないし重要な何らかの情報を握っているとか?そして、その秘密か情報がバレる前に自殺を?まるでスパイみたいですね」

 

「映画の見すぎよ、貴女」

 

福内は平賀にそう言うが、詳しい聴取をとれていない現状、あながち平賀の言う事も間違ってはいないような気がしてきた。

 

福内と平賀の二人が艦橋へと戻ると、調査隊からの報告が纏まっており、報告では不明艦(天照)の乗員は葉月一人でその他の乗員は見つからなかった事。

不明艦(天照)は外部、内部共に損傷個所は確認されなかった事。

ただし、艦橋を始めとして、不明艦(天照)が何処の所属なのか、何処から来たのか、何処へ向かおうとしていたのかが不明だった事が纏められており、その他にも、唯一の乗艦者であり、救助者である葉月が先程医務室にて、自殺を図ろうとした事が追記された。

福内はこれらの報告を上司である海上安全整備局、安全監督室の室長である宗谷 真霜1等監察官の下に入れた。

ついでに福内はみくらの乗員による不明艦の乗員(葉月)への接触を固く禁じた。

自殺未遂を起こす程、精神状態が落ち着いていない中、乗員との不用意な接触は何が起こるのか、予想がつかず、救助した不明艦の乗員、またはみくらの乗員に負傷者を出す恐れがあったからだ。

平賀もこの命令には協力し、医務室前で監視役を行い、興味本位で不明艦の乗員を見ようとするみくらの乗員を追い払った。

 

 

「そう‥‥ご苦労様。乗員に関してはあまり刺激を与えないように監視をお願いね。横須賀に戻り次第、検査入院を出来る様に手配しておくわ」

 

「はい」

 

「それと、不明艦(天照)に関しては上と協議した後、そちらに連絡を入れるわ。みくら以下、各艦艇は現状維持のまま現海域で待機しておいて」

 

「了解しました」

 

真霜との通信を終えた福内は各艦艇とその乗員に真霜からの命令を伝達した。

みくら以下、各艦艇は真霜の命令通り、しばらくこの海域で待機となった。

みくらの艦内に設けられている食堂では、艦内へ調査に行った調査隊のメンバーに他の乗員らが、どんな艦だったのか気になったらしく調査隊のメンバーは質問攻めにあったが、一応機密扱いと言う事で、喋る訳にもいかず、口を割る事は無かった。

職柄上、機密事項の重要性とそれを破った時の罰則を知っているからこそ、第三者に口を割る事が無かった。

もっとも調査隊のメンバーの一人であるコマちゃんにとっては、自分が調査中に怖がって居た事を調査隊のメンバー以外の者に知られる事が無い事にホッと胸を撫で下ろしたのは本人以外知らない。

 

福内からの報告を受けた真霜は早速、不明艦(天照)の処遇をどうするかを協議する為、海上安全整備局の各部署の局長や室長クラスの幹部を集めて会議を開いた。

明かりが消され、薄暗い会議室にはブルーマーメイドの制服を着た真霜以外にスーツ姿の男が何人か会議室の椅子に座っていた。

全員が揃うと真霜は今回小笠原諸島沖合いで発見された不明艦についての報告を行う。

会議室のスクリーンには、みくらの調査隊が撮影した映像や写真が表示され、真霜が男性幹部達にみくらから受けた不明艦の詳細を報告する。

 

「所属も目的も不明な超弩級戦艦か‥‥」

「ふむ、宗谷1等監察官の報告ではその不明艦は大和級をも凌ぐ大きさであり、予想される戦力も大和級以上‥‥だとか‥‥もし、我が国の戦力に加える事が出来れば、大和、武蔵、信濃、紀伊を含め、大和級戦艦を5隻保有できる事になるではないか‥‥豪気だな、これは‥‥」

「ええ、まさに天祐ですな‥‥」

「それで、乗員の方はどうなのだ?」

「我が国に敵対する意思を持っていないとも言い切れないのではないか?」

「そうだな‥どうなのかね?宗谷1等監察官」

「はっ、みくらが行った艦内部の調査では、不明艦の乗員は1名のみだったとの事です」

「そうか、ならばその不明艦の所有権は我々が得たも同然だな」

「そのとおりですな」

 

男性幹部達は既に不明艦を手に入れた様な素振りを見せる。

真霜は何故、男性幹部達がその様な素振りをしたのかを彼らに尋ねる。

乗員が一人だったとは言え、その乗員から事情を聞き、その後、不明艦についての交渉を行うのがセオリーの筈である。

 

「それはどういう事でしょうか?」

 

「なに、乗員がたった一人なのであれば、どうにでもできる」

 

「その通り、突然の体調不良で亡くなるかもしれないではないか」

 

「みくらの方にはその様な事が起きる可能性も知らせる必要があるのではないか?」

 

男性幹部達の発言を聞き、真霜は‥‥

 

(ふん、下衆共め‥‥)

 

真霜はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる男性幹部達を冷やかな目で見て心の中で毒づく。

彼らの言い分では、不明艦の乗員は一人しかいないのだから、口封じをして、不明艦を頂いてしまおうと言う魂胆であることが窺えた。

その為に福内に乗員の暗殺を命じろと言うのだ。

 

(乗員が自殺未遂を図った事を言わなくて正解だったわね‥‥)

 

真霜は報告の中で、乗員(葉月)が医務室にて自殺未遂を起こしたことは彼らに報告しなかった。

もし、報告をしていれば、乗員への暗殺命令が下され、死因は自殺と言う公式記録が残されるかもしれなかった。

いや、記録さえも残らなかったかもしれない。

 

(こんな下衆連中の思惑に乗せられるのは癪ね)

 

真霜はブルーマーメイドの現最高責任者であり、こんな下衆連中の思惑で、部下の手を血で汚させる訳にはいかず、手を打つ。

 

「お言葉ですが、今回の件案はブルーマーメイドの管轄であり、不明艦の乗員に関しては私に全権があります。今回皆さんにお集まりいただいたのは、小笠原諸島沖合いに不明艦が出現した報告と不明艦への仮の処遇を決めてもらう為です」

 

真霜が宣言するかのように言うと、男性幹部達は苦虫を噛み潰したような顔で真霜を睨む。

きっと心の中で彼女に対して毒づいている事だろう。

 

「宗谷1等監察官。仮の処遇とはどういう事かね?」

 

「現在、不明艦は小笠原諸島沖合いの海域に漂流中です。このまま漂流させていては厄介ですし、存在が気に食わないと言うのであれば、みくら以下のブルーマーメイドの艦艇に攻撃命令を下し、不明艦を沈めます。若しくは、みくらと以下の艦艇と共に横須賀へ寄航させるかのどちらかです。ただし寄港させるにしてもこれはあくまで仮の処遇‥寄航後は私が直々に乗組員と交渉にあたり、正式な処遇を下すつもりです」

 

真霜は一時的にではあるが、不明艦の所有権をブルーマーメイドに、ひいては自分のものとし、不明艦の乗員の生命を守ろうとした。

男性幹部達はあれだけの巨艦をむざむざ撃沈させるのはおしいと判断したのか、渋々といった様子で横須賀への寄港に賛成した。

真霜としては、不明艦の乗員の生命を守ったが、これはあくまで仮処遇で一時的なものに過ぎなかった。

彼女としては、不明艦よりもその乗員の生命を第一優先しなければならないと思い、今後の交渉に関しての草案を頭の中で巡らせた。

 

 

「ふぅ~」

 

会議室を出た真霜は一息つく。

下衆連中が屯していた会議室の空気を長く吸っているだけで吐き気する。

真霜は会議室のドアを一瞥すると、足早に自分の執務室へと戻って行った。

そして、みくらの福内に不明艦の仮処遇を通達した。

 

真霜からの通達を受けた福内は早速、各艦艇へ真霜からの連絡を通達し、不明艦の曳航準備を始める。

不明艦を曳航するのは2番艦と3番艦で、左右から曳航ワイヤーで不明艦を横須賀まで曳航し、みくらは一番先頭を航行し、4番艦は不明艦の後ろを航行する陣形で横須賀へと向かう事になった。

ただし、横須賀の大型船ドックへの入渠時間は、深夜とすることになった。

なにしろ、不明艦の大きさが大きさなので、日中や人目がつく時間帯では、突然横須賀に来た不明艦の姿を見て騒ぎが起きる可能性は十分に考えられる。

その為、少しでも騒ぎを起こさせない様にするために不明艦のドックへの入渠は深夜の時間帯となり、その時間帯も浦賀水道や周辺海域は海上安全整備局が航行規制をかけ、大型船ドック周辺も警察と協力し、交通規制をかけた。

ついでに真霜は自分が最も信頼できる医師が居る病院にも連絡をとり、事情を説明し、不明艦の乗員の入院手続きを行った。

 

 

深夜の横須賀、大型船ドック周辺地域

 

陸では警察車両と大勢の警官達が大型船ドックの周辺地域を交通規制していた。

大型船ドック近くの周辺住民は、

 

「なんか事件でもあったのか?」

 

「事故じゃねぇか?」

 

と、突然の深夜の交通規制に首をかしげる者が多かった。

海上の方も海上安全整備局‥と言うか、宗谷真霜の命令で海上も航行規制が行われた為、みくら以下のブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦と今回小笠原諸島沖合いに突然出現した不明艦は他船とすれ違う事無く、目的地の大型船ドックへと辿り着いた。

 

「な、何だ?あれは!?」

 

「おい何なんだよ!?」

 

大型船ドックで待機していた作業員達は海上安全整備局から小笠原諸島沖合いに出現した不明艦を深夜の時間帯に曳航すると言う報告は受けていたが、まさかその不明艦が大和級かそれを凌ぐ超大型戦艦だとは思ってもおらず、ドックへ入って来た不明艦の姿を見て度肝を抜かされた。

作業員達は大型艦と言っても精々、重巡クラスのモノだと思っていたからだ。

 

「よし、作業開始」

 

「りょ、了解」

 

不明艦がドックへと入渠し、所定の位置へと着くと、作業員達は戸惑いながらも船体を固定する作業を始めた。

作業を終えた作業員達に対し、海上安全整備局は今回入渠した艦についての口外を固く禁じ、これを破った者は身柄を拘束し、知った者も同罪となると言う緘口令まで布かれ、作業員達はこの不明艦が一体何なのか気にはなったが、恐れ多くて聞くことは出来なかった。

 

一方、みくらに収容された葉月も港に待機していた救急車に乗せられて、真霜が手配した病院へと搬送された。

みくらの医務室にて、自殺未遂を起こしたと言う事で、葉月が入院した部屋には刃物は当然の事、花瓶や水差し、紐の類などは全て撤去され、部屋の前には常にガードマンを立たせ、医師や看護師の巡回回数も普通の入院患者よりも多く、定期的に行われた。

真霜は直ぐにでも事情聴取を開始したかったが、葉月の精神状態が落ち着くまで聴取を待つことにした。

 

 



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5話 事情聴取

真霜の手配により、宗谷家からの信認が厚い病院へと入院する事になった葉月。

みくらの医務室で打たれた鎮静剤から目が覚めた葉月は看護師に此処が何処なのかを尋ねる。

すると、看護師の口から意外な場所の名前が出てきた。

 

「横須賀よ‥‥此処は横須賀の氷川病院‥‥」

 

「横須賀?」

 

自分は確か大西洋に居た筈‥‥

それが何故、日本の横須賀に‥‥?

突然自分の性別が変わった事と言い、大西洋に居た筈の自分が何故、横須賀に居るのか?何が何だか分からなかったが、葉月にとってはそんな疑問はもうどうでもよくなった。

自分は大勢の仲間を失い、一人生き恥を晒してしまった死に損ないだ。

葉月はそれ以降まるで生きる屍の様になった。

 

みくらの医務室にて自殺未遂を起こした為、病院のガードマン、医師、看護師が頻繁に葉月の病室を巡回し、異常がないかを確認するが、今のところ、葉月が自殺をするような事はなかった。

真霜は病院の葉月の身を案じ、ほぼ毎日病院へ確認の連絡を入れている。

医師によると、自殺の様な行動は見られないが、食事は一切取らず、点滴のみを受けていると言う。

真霜が葉月の身を案じているそんな中、真霜は自身の妹であり、宗谷家の次女、宗谷真冬から通信を受けた。

 

「どうしたの?真冬」

 

「ああ、姉さん。なんでもつい最近、小笠原でデカイ不明艦を見つけたんだって?」

 

真冬も真霜や福内、平賀らと同じブルーマーメイドに所属していたので、小笠原諸島に現れた不明艦についての情報をどこからか得ていた様だ。

 

「え、ええ‥でも、どこからその情報を?」

 

「私にもそれなりの情報筋があるんだよ」

 

「そう、でもあまりその不明艦に関しては言いふらさない方が身の為よ」

 

「それぐらいは分かっているよ。ただ、気になったからこうして真霜姉さんに直接聞いているんだよ」

 

「現在調査中よ、それ以上は詳しく言えないわ」

 

「じゃあ、乗員は?どんな奴なんだ?」

 

「それに関してもノーコメントよ」

 

「そ、そうか‥一目会ってみたかったな‥‥」

 

「会ってどうするのよ?」

 

「そりゃあ、私好みのいい娘だったら、気合を注入してやらないと」

 

通信画面越しに真冬は手をワキワキと怪しい動きをしながら言う。

真冬の気合注入方法‥それは相手の尻を揉みしだく行為なのを当然、真霜は知っていた。

そんな事を今のあの娘(葉月)にさせてはならないと真霜はそう思い、呆れながらも真冬には不明艦の乗員に関してはノーコメントを貫いた。

真冬との通信を終えた真霜は席を立ち、葉月が入院している病院へと向かった。

 

真霜が葉月の身を案じているのと同じ様に福内と平賀の二人も葉月の身を案じていた。

みくらが不明艦の曳航後、定期検査のためドック入りとなったので、福内と平賀の二人は、葉月が入院している病院へと見舞いに来た。

病室の前に居るガードマンに身分証明書を提示し、病室の中へと入ると、ベッドの上には、憔悴しきった葉月の姿があった。

 

「「‥‥」」

 

その痛々しさに福内と平賀の二人は絶句した。

二人は医師に葉月の普段の様子を尋ねると、葉月は食事も一切摂らずに点滴のみで、昼夜ずっと病室に閉じこもりきりだと言う。

そこで、福内と平賀の二人は車椅子を借りて来て、葉月を強引に車椅子に乗せると、散歩に連れ出した。

 

病院内で車椅子を押す平賀とすぐそばで心配そうな表情で歩く福内。

葉月の目は虚ろで周囲が見えていない様だが、耳は周りから聞こえてくる日本語を拾っており、葉月はおぼろげながらも此処が日本なのだと思い始めた。

中庭へと出ると、そこから港が見えた。

カモメの声や船の汽笛が聴こえ、海には教育艦を始めとし、大小様々な船舶が見える。

港の様子、船の姿を見て葉月の目にはわずかに光が戻った。

その様子を見て、福内と平賀は葉月の回復の兆しを垣間見た様な気がした。

病院内の敷地を粗方散歩した福内らは葉月を病室へと戻そうとし、ロビーを歩いていると、

 

「貴女達何をやっているの?」

 

車椅子を押す平賀の姿を見つけた真霜が声をかける。

 

「む、宗谷一等監察官。こ、これはですね、一種の気分転換といいますか‥‥」

 

福内が真霜に説明するが睨みを効かせる真霜相手にどうもうまく説明が出来ない。

兎に角、病院のロビーでは話す事も出来ないので、皆は葉月の病室へと移動した。

病室に移動した後、真霜は葉月に自己紹介した。

 

「はじめまして、遭難者さん。私は宗谷真霜、海上安全整備局、安全監督室室長を務めているわ」

 

「‥‥」

 

真霜の自己紹介でも、葉月は無反応であった。

しかし、真霜は想定内だと言う確信と共に、形式的な質問を繰り返す。だが、どの質問に対しても葉月は無言のまま‥‥

その態度に真霜の機嫌がどんどん不機嫌なモノへと変わっていくのを福内と平賀の二人は感じ取った。

不機嫌な真霜を前に震える福内と平賀。

やがて、

 

「ああ、もう!!そんなに死にたいならさっさと死ねば!!ほら、これを貸してあげるわよ!!」

 

そう言って真霜は一丁の自動拳銃を葉月の前に放り投げる。

 

「なっ!?」

 

「っ!?」

 

真霜のあまりにも乱暴で彼女らしくない言動に絶句する福内と平賀の二人。

葉月の虚ろな目の視界が、自分の目の間に放り投げられた自動拳銃が入る。

そして、葉月はおもむろにその自動拳銃を手に取ると、自らの蟀谷にその銃口を当てる。

福内と平賀の二人が葉月を止めに入ろうとすると、真霜は手で二人を止めた。

 

(な、何故止めるんです!?宗谷一等監察官!!)

 

(もし、彼女が自殺すれば、宗谷一等監察官の責任問題に発展するんですよ!!)

 

小声で真霜に何故この様な事をするのかと問う福内と平賀の二人。

 

(いいから黙って見ていなさい)

 

真霜には何らかの確信があるのか、二人に黙って見ていろと言う。

福内と平賀の二人は真霜の言葉を信じつつも心配そうな表情で拳銃を持った葉月を見る。

自動拳銃を持つ葉月の手はカタカタと震え、なかなか引き金を引かない。

みくらの医務室にて自殺未遂を起こし、今も憔悴しきっている葉月であるが、先程平賀たちと院内を散歩して、周りの風景を見る程の余裕は無かったが、聞こえて来たのは紛れもなく日本語‥‥

その事実が、此処が改めて日本なのだと実感させる。

もう、二度と踏む事は無いと思っていた故郷日本‥‥

葉月の中で郷里愛が戻り、自殺を思い留まらせているのだ。

銃口を蟀谷にあて、後は引き金を引けば簡単に命を絶つことが出来るのに、引き金が引けない。そして、銃口を押し当てている葉月の脳裏に再び走馬燈の様なモノが蘇る。

その中には当然、許嫁の彼女の姿も映った。

そして、上司である大石元帥の訓示も聞こえて来た。

 

「うっ‥‥あっ‥‥」

 

葉月の目からは無意識なのか涙が流れ始め、手に持った自動拳銃はするりと葉月の手から離れ、ベッドの上にポトッと落ちた。

 

「‥‥な‥‥さい‥‥」

すると、葉月はポツリと言葉を発し始めた。

満足に水分補給をしていないせいか声はかすれた様な声であるが、それでも真霜にはしっかりと葉月の声が聞こえた。

 

「‥‥ごめ‥‥さい‥‥いき‥‥て‥‥生き残って‥‥ごめんなさい」

 

拳銃を落した葉月は両手で両目を覆い泣き始める。

 

「「っ!?」」

 

「‥‥」

 

葉月から発せられた言葉は福内と平賀の二人も聞き取れ、その内容に目を見開く。

そんな葉月に真霜は近づき、葉月を優しく抱きしめた。

 

「そんな事ないわ‥‥生き残ってくれてありがとう‥‥」

 

そして、葉月にそっと呟く。

真霜の呟きを聞き、葉月の涙腺は決壊し、

 

「う‥うわぁぁぁぁー!!」

 

葉月も真霜を抱きしめながら大声をあげて泣いた。

二人の様子は、生き別れとなった姉妹の再会の様にも見え、福内と平賀の二人も思わず涙ぐんだ。

 

一通り、泣きはらした葉月の目には漸く光が灯り始めていた。

 

「‥‥ご迷惑をおかけしました」

 

此処で漸く葉月がまともに真霜達に口をきいた。

その様子にホッとする真霜達。

生きる気力を取り戻したのであれば、葉月はこの先、自殺をする事はないだろうし、食事もきちんと摂ってくれるだろう。

真霜達は今日の内は、このまま帰り、事情聴取は後日と言う事になった。

 

「あ、あの‥‥」

 

真霜達が病室を出る直前、葉月が真霜達に声をかけて来た。

 

「ん?何かしら?」

 

「‥‥に、荷物は‥‥自分の荷物は‥‥どうなりましたか?」

 

「多分、貴女が乗っていた艦の中にあるんじゃないかしら?」

 

「何か大切なモノがあるんですか?」

 

「は、はい‥‥出来れば、すぐにでも引き取りたいのですが‥‥」

 

「分かったわ‥それはこちらで手配しておきましょう」

 

真霜は葉月の頼みを快く了承してくれた。

 

「ありがとうございます‥‥もし、あるとしたら、『航海長補佐室』と言う部屋が自分の部屋ですので‥‥」

 

「ええ、分かったわ」

 

そう言って真霜達は病室を後にした。

 

病室を出て玄関口を目指している中、

 

「でも、さっきのやり取りは、ホント心臓に悪かったですよ」

 

「そうですよ。もし、彼女が引き金を引いていたらどうするおつもりだったんですか?」

 

福内と平賀が先程の真霜と葉月の病室でのやり取りに関して、アレはかなり危険なやり取りだったという。

 

「ああ、アレね‥大丈夫よ。例え引き金を引いても彼女は死ななかったわ」

 

そう言って先程、葉月に放り投げた自動拳銃の弾倉(マガジン)を見せると、其処には弾は装填されていなかった。

 

「ブラフ‥ですか?」

 

「流石に自殺幇助なんてしたら、私一人の責任じゃすまなかったし、母さんにも大迷惑をかけるしね」

 

真霜は福内と平賀にウィンクしながら言って、福内と平賀は「この人には敵わないな」と思った。

 

その後、真霜は大型船ドックへ連絡を入れ、現地へと赴き、葉月の言った航海長補佐室を調査した結果、灰色の小さなトランクと焦げ茶色の大きなトランクを見つけた。

不明艦調査の折、真霜は乗員区画においては、部屋を一見し、乗員がいないか確認だけにとどめる様に乗員の私物に関してはそのままにしておくようにと指示を出していた。

あり得ないと思うが盗難防止を考えての処置であった。

ブルーマーメイドが他船の乗員の私物を窃盗だなんて、大スキャンダルになりかねない事態だからだ。

よって葉月が言っていた様に航海長補佐室には葉月の私物と思えるトランクがこうして残っていたのだ。

 

(あの娘が言っていた荷物はコレね‥‥)

 

真霜はそれらのトランクを持って行った。

 

翌日、真霜、福内と平賀の三人は再び葉月の病室を訪れた。

その際、真霜は昨日葉月に頼まれた荷物を持参して来た。

医師の話では、昨日の夜から漸くまともに食事を摂ってくれたらしく、病室の葉月は昨日よりも血色が良さそうであった。

 

「はい、コレ‥‥貴女の部屋にあった荷物よ」

 

真霜は灰色のトランクを葉月に渡す。

 

「ありがとうございます」

 

葉月は真霜に礼を言ってトランクを受け取る。

 

「それ、中に何が入っているんです?」

 

平賀がトランクの中身を聞いてきた。

 

「この大きなトランクには服や本とかが‥それでコッチは‥‥」

 

葉月が言うには焦げ茶色のトランクには着替え等が入っており、続いて葉月が灰色のトランクを開けるとその中にはコーヒーサイフォン一式とコーヒー豆を挽く手挽きミルが入っていた。

 

「何ですかこれ?理科の実験道具ですか?」

 

コーヒーサイフォンを知らない平賀は頭の上に?を飛ばしながら、何なのかを聞く。

 

「これは、コーヒーサイフォン‥コーヒーを淹れる為の道具です」

 

「ええっ!?これでコーヒーが出せるんですか!?」

 

「は、はい‥‥」

 

「でも、なんでコーヒーサイフォンが?」

 

福内が何で軍艦にコーヒーサイフォンを持ち込んでいるのか疑問に思い葉月に尋ねる。

 

「自分の上官がコーヒーを淹れるのが物凄く上手い人で、自分は将来、許嫁と祝言をした後、喫茶店をやりたくて‥‥その方からコーヒーの淹れ方を教えて貰っていて‥‥このコーヒーサイフォンもその方から頂いた大切なモノなんです」

 

葉月は愛おうしそうにコーヒーサイフォンをトランクから取り出し、手で撫でる。

その様子から葉月がこのコーヒーサイフォンを大切にしているのが分かる。

 

コーヒーサイフォンをトランクへそっと戻し、真霜達は葉月への事情聴取へと取り掛かった。

 

「では、改めて‥私は海上安全整備局所属、安全監督室 情報調査隊の宗谷真霜よ」

 

「同じく海上安全整備局所属所属、インディペンデンス級沿海域戦闘艦みくら艦長の福内です」

 

「海上安全整備局所属所属 安全監督室の平賀です」

 

真霜達は葉月に自己紹介を行う。

葉月は真霜達の所属に関して聞いたことのない組織に戸惑いつつも、

 

「大日本帝国海軍中佐 旭日艦隊所属 戦艦天照航海長補佐の広瀬葉月です」

 

葉月も真霜達に自己紹介をする。

葉月が真霜達の所属に疑問を感じたのと同じく、真霜達も葉月の所属を聞き、疑問を抱いた。

 

(大日本帝国海軍?それってずいぶん昔に解体された組織じゃない)

 

(中佐って、旧軍の階級よね?)

 

(旭日艦隊ってなに?)

 

(む、宗谷さん、この娘、軍事マニアか何かかしら?)

 

福内が真霜に耳打ちする。

 

(い、いえ‥この娘の様子から、嘘を言っている様には見えないけど‥‥)

 

(でも、旧軍では、女性は軍人にはなれなかった筈では?)

 

一方で葉月の方も、

 

(海上安全整備局?そんな組織聞いたことがないぞ‥日本を留守にしている間に新たに新設された組織なのか?でも、女性の艦長なんてよく採用されたな‥‥)

 

互いに疑問を抱きながらも事情聴取は始まった。



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6話 事情聴取 パート2

「‥‥じゃあ貴女は女性ではなく、本当は男性だったの?」

 

「はい‥気づいたら、この姿に‥‥」

 

「でも、今は完全に女の身体なのよね?」

 

「えっ?は、はい‥‥」

 

(あら~かわいそう~‥と言う事は、男の方の大事なタマタマも無くなってしまった訳ね‥‥)

 

事情聴取が始まり、葉月が本当は男で、気がついたらこの姿になっていた事を真霜達に話す。

真霜達は信じられないといった表情であるが、葉月本人もなんでこんな事になったのか知りたいぐらいだった。

大西洋で乗艦と共に沈んだと思ったら、自分一人だけが天照と共に洋上に漂流して気がついたら横須賀に居た。

おまけに女の体になるなんて‥‥。

真霜も心の中で突然性転換してしまった葉月に同情していた。

 

「えっと‥‥今の貴女は見た目、15~16歳くらいなんですけど、男性の時は幾つだったんですか?」

 

平賀が葉月の男の時の年齢を尋ねる。

 

「31です‥‥」

 

「生年月日は?」

 

「太正9年の1月生まれです」

 

「「「えっ?」」」

 

葉月の生年月日を聞いて真霜達は唖然とする。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

葉月は真霜達が唖然とした表情で自分を見てくるので、なんでそんな唖然とした表情をするのかを尋ねる。

 

「‥冗談‥よね‥‥?」

 

福内が声を震わせて尋ねる。

 

「自分の生年月日に嘘を言ってどうするんです?」

 

葉月はなんで自分の生年月日を偽らなければならないと首を傾げながら真霜達に尋ねる。

 

「えっと‥‥言いにくいんだけど、今の年号は『平成』なんだけど‥‥」

 

「へいせい?‥照和ではないんですか?」

 

「昭和はもう28年前に終わっているわ‥‥」

 

「えっ!?」

 

照和の世が既に終わっている事に今度は葉月が絶句する。

自己紹介の時同様、互いに噛み合わない。

 

「‥まずはお互いに状況確認をする必要があるみたいね‥‥」

 

真霜がお互いに状況確認をしようと言う事になった。

そして、真霜が葉月に今のこの世界の状況を葉月に話した。

100年ほど前、日露戦争の後日本はプレートの歪みやメタンハイドレートの採掘などが原因でその国土の多くを海中に失った事、

その結果、海上都市が増え、それらを結ぶ海上交通などの増大に依り海運大国になった事、

戦争が起きず、海洋航路の重要性が再認識されるようになった。

しかし海洋時代に暗躍するかの如く、テロリストグループ‥所謂海賊が目立つようになった。

その他にも海上での事故対応や戦争に使わないという象徴として軍艦は民間用に転用され、女性の社会進出の象徴とも言うべき、女性の艦長の登場により、ブルーマーメイドと呼ばれる職業が生まれ、今やその職は女性の憧れの職業となっている事、

それらを葉月に話した。

真霜の話を聞き、葉月は信じられなかったが、真霜が取り出したタブレットなるものを見て、照和の世には無かったモノを見て、更に画面の中に表示されている文字の羅列や画像が、真霜が言っている事が事実である事を物語っている。

そして、葉月は自分の上官達がこの世界では、どうなったのかを調べた。

しかし、この世界では首相である大高弥三郎も旭日艦隊司令長官である大石蔵良も存在していなかった。

軍令部総長を務めていた高野五十六は山本五十六としてこの世界に存在していた。

さらに『しょうわ』の字も葉月の知る照和ではなく、昭和と言う書き方だった。

自分の生まれた時代の年号である太正も大正と言う字だった。

唖然としている葉月に真霜は、今度は葉月にどういった経緯で此処に来たのかを尋ねた。

 

葉月の話を聞き、今度は真霜達が驚愕する番となった。

葉月の知る世界と日本は、日露戦争後‥太正の世となり欧州では、第一次世界大戦が起き、照和となると、日本は白人からの亜細亜解放を目標とし、米国との戦争へ突入し、ハワイを占領。続いて米国のアキレス腱であるパナマ運河を破壊。

北太平洋の米新機動艦隊とその根拠地であるダッチハーバーを攻略し豪州を閉鎖し、クリスマス島をも攻略した。

続いて日本は世界征服を目論むナチス第三帝国にも宣戦布告。

対独逸戦で苦戦している英国と同盟を組み、マダガスカル島へ進攻し、英印軍と共に同島を攻略した。

その後もインド洋、大西洋にて日本海軍は英軍と共に独逸と戦った。

やがて、日本はハワイ諸島を返還し、米国とも和平交渉の後、停戦。

その後、世界情勢は日・米・英 対 独逸 となり、その過程で葉月は大西洋にて、乗艦していた天照が撃沈され、乗艦と共に運命を共にした事を話した。

 

「第一次世界大戦に第二次世界大戦‥‥」

 

「アメリカと戦争だなんて‥‥」

 

「それにドイツが世界征服なんて‥‥」

 

真霜達は葉月の話した経緯をやはりそう簡単には信じられなかった。

彼女達からしたら、葉月の話は架空戦記物の小説の様な内容だったからだ。

しかし、葉月が話したのは紛れもなく事実なのであるが、今の葉月にはそれを証明する方法がない。

だが、この世界の歴史においても昭和時代に米国との関係が悪化した事が有ったと言う。

 

「あっ、でも昭和の始め頃、アメリカと関係が悪くなったことはあったかな?」

 

「ああ、そう言えば‥‥」

 

「確かあの時は、開戦直前まで行ったけどギリギリの日米交渉とロシアの仲介で開戦は回避したって歴史の授業で習ったわ‥もし、交渉が決裂していたら、貴女の言う日米との戦争が起こっていたかもしれないわね」

 

真霜達は思い出したかのように過去この世界で起こった米国との戦争危機の出来事を言う。

 

「結局、その後も戦争は‥起きなかったんですか‥‥?」

 

「ええ、起きなかったわ。そして、その時に対米のために作られた軍艦が今のブルーマーメイドや各地の海洋学校で使われているのよ」

 

「そうなんですか‥‥あっ、もう一つ聞きたい事があるんですけど‥‥」

 

「何かしら?」

 

「独逸人でハインリッヒ・フォン・ヒトラーと言う人物を知りませんか?照和時代‥1940年代に独逸に存在していたと思うのですが‥‥」

 

葉月は続いてヒトラーの存在を真霜達に尋ねた。

米国との戦争が交渉で回避されても独逸にあの独裁者が居れば、世界征服の野望を抱いてもおかしくはないと思ったからだ。

米国との戦争が交渉で回避されたと言うのであれば、あの独逸の独裁者相手にどんな交渉をして、世界征服の野望を諦めさせたのか?

それが気になったのだ。

 

「うーん‥‥当時の独逸にそんな人は居なかったみたい‥ヒトラーと言う家名で当時の時代にヒットするのは‥風景画家のアドルフ・ヒトラーぐらいね」

 

「えっ?」

 

平賀がタブレットを操作して、1940年代の独逸の事を調べたが、ハインリッヒ・フォン・ヒトラーなる人物も存在していなかった。

あの独逸の独裁者が居ない‥‥。

その事実は葉月を驚愕させた。

一介の画家が世界征服なんて野望を抱くはずもなく、この世界の独逸ではカリスマ的指導者は存在しなかった。

その為、この世界の独逸は世界征服なんて野望を抱かず、ポーランドにも侵攻はせず、第二世界大戦の様な大きな戦争は起きなかったのだ。

しかし、このアドルフ・ヒトラーの顔は高野五十六と山本五十六が同じ顔の様にハインリッヒ・フォン・ヒトラーと瓜二つだった。

あまりにも噛み合わない話に真霜はある結論を導き出した。

 

「広瀬さん」

 

「何でしょう?」

 

「貴女と私達の話の内容から見て考えられる事があるのだけれど‥‥」

 

「‥‥」

 

「これはあまりにも荒唐無稽で、昔読んだ空想小説の内容なんだけど‥‥落ち着いて聞いてね」

 

「は、はい」

 

「多分、貴女はなんらかの拍子で時代を超えて別の世界にきてしまったんじゃないかしら?そしてその過程で性別も入れ替わり、年齢も若返った‥‥」

 

「さ、さすがにそれは‥‥」

 

「この状況からしてあり得ないとは言い切れないんじゃないかしら?」

 

「‥‥もし、そうだとしたら自分はどうなるのでしょうか?それに天照も‥‥」

 

「あまてらす?」

 

「自分が乗艦していた艦の名前です」

 

「その件についても今日は貴女と交渉をしに来たのよ」

 

真霜は続いて天照と葉月の今後についての交渉に移った。

 

「まず、第一に貴女の生存権よ‥この件に関しては私が海上安全整備局から安全の保障を取り付けるわ。いくら日本とはいえ、この世界の日本は貴女にとって他国に等しいのは分かっているわね?」

 

「は、はい‥‥でも、そこまでしてくれるには何か見返りを求めるのでは?」

 

「話が早いわね‥‥貴女が乗艦していた天照‥‥そして貴女共々我々、海上安全整備局の指揮下に入ってもらう‥これが条件よ」

 

真霜が出した条件は半ば拒否権の無い条件であった。

しかし、葉月にはこの条件を拒否するだけの権限も無かった。

自分の知らない世界に一人だけ‥‥

そして、艦には補修、補給行える港が必要だ。

真霜は‥海上安全整備局はそれらと共に葉月の身の安全も保障してくれると言う。

 

「‥‥」

 

「広瀬さん、話を聞く限りでは、貴女が元の世界に戻るのは、事実上不可能だと判断します。ですから、どうか宗谷一等監察官の条件を呑んでください」

 

福内が葉月に真霜の条件を呑むように頼む。

 

(確かに不幸にも天照は指揮系統を失った‥しかし、天照の力はあまりにも危険すぎる‥宗谷一等監察官らが所属する海上安全整備局が一体どんな組織なのか今の自分には判断しかねる‥‥ならば‥‥)

 

「‥海上安全整備局の傘下に入るとしても、天照の指揮権においては自分が執ります。それと、こちらが必要と判断した場合、独断で動くこともありますが、いいでしょうか?」

 

葉月としては天照の力が余りにも強大な事と一時は指揮を執った艦を顔も知らない赤の他人に奪われたくなかった。

天照は葉月にとって数少ない故郷との繋がりでもあったからだ。

 

「分かりました。貴女の条件を呑みましょう‥こちらに敵対行動をとらない場合、法律での範疇での行動を認めます」

 

こうして葉月と真霜‥海上安全整備局との間で交渉が成立した。

 

 

「あ、あの‥‥」

 

交渉が終わると平賀が葉月に話しかけてきた。

 

「なんでしょう?」

 

「此方が行った天照の調査で気になるモノがあったんですが‥‥」

 

「ん?なんですか?」

 

「コレ‥なんですけど‥‥」

 

平賀がタブレットを操作して天照を調査した調査隊が撮影した海兎の画像を葉月に見せた。

 

「コレはなんですか?」

 

「コレって‥‥海兎ですね」

 

「カイト?」

 

「ああ、この機体の名前です。正式名称は、多用途オートジャイロ 海兎です」

 

「多用途オートジャイロ?」

 

平賀は首を傾げ、福内も真霜も訳が分からないとった表情をしている。

 

「何に使うんですか?」

 

「何って‥これで人員や物資を輸送するんですよ‥空を飛んで」

 

「「「空を飛ぶ!?」」」

 

オートジャイロの使用方法を知らない真霜達は海兎が空を飛ぶ乗り物だと知り驚愕する。

 

「これが本当に空を飛べるの?」

 

「え、ええ‥」

 

(なんでそんなに驚くんだ?この世界が照和の次の世ならば、オートジャイロも航空機ももっと性能が良いモノが誕生していてもいい筈だと思うんだが‥‥)

 

「広瀬さん」

 

「はい?」

 

「私が知る限りでは、この世界には海兎の様に空を飛ぶ乗り物はなく、有人で空を飛ぶ乗り物と言えば、飛行船か気球ぐらいです」

 

「えっ!?」

 

福内の言葉に今度は葉月が絶句する。

未来の世界の筈なのにオートジャイロも航空機もなく、あるのは飛行船か気球ぐらい‥‥。

機械技術は照和の世界よりも進んでいるのに空に対する技術は全くと言っていいほど進んでいなかった。

何故この様な技術差が生まれてしまったのか不思議に思う葉月。

 

「もしかして‥‥」

 

しかし、思い当たるフシはあった。

 

「この世界では第一次世界大戦、第二次世界大戦が起きなかった事が原因かもしれませんね」

 

戦争は兵器の‥科学技術を大いに高める出来事である。

葉月の世界では、二度にわたる大きな戦争‥そして、葉月の知らない、前世からの転生者達の記憶にて、本来ならば有り得なかった誘導兵器やジェット機の投入が可能となったのだ。

 

「戦争は技術を高め、平和は人類の進化を緩める‥‥皮肉なモノね‥‥」

 

真霜は葉月の推測を聞きあながち間違いではないと思いつつ平和と技術の進歩は比例しない事に皮肉を感じながら呟いた。

 

「広瀬さん、これが空を飛ぶ乗り物なら、今度乗せてもらえませんか?」

 

平賀が葉月に海兎に乗せてくれと言う。

 

「ああ!!ズルイ、平賀!!私も!!」

 

福内も平賀同様、葉月に海兎に乗せてくれと言う。

 

「あっ、はい‥いいですよ」

 

「「やった!」」

 

平賀も福内も子供の様に喜んでいた。

 

「広瀬さん‥‥」

 

「は、はい」

 

「その時は私も勿論、ご一緒させてもらいますよ」

 

「え、ええ‥」

 

真霜もなんだかんだ言って空への未知なる体験をしてみたかったのだ。

 

「あっ、そう言えば‥‥」

 

葉月は思いだしたかのように言う。

 

「どうしたの?」

 

「此処を退院したら、自分は何処へ行けばいいのでしょうか?」

 

「「「あっ!!」」」

 

真霜達は此処で葉月の身の振りを考えていなかった事に気づいた。

 

「それなら、家で面倒を見てあげる」

 

真霜が退院後の葉月の面倒を見ると言う。

宗谷家ならば、葉月一人ぐらい十分に養うぐらいの経済力はある。

それに宗谷家で面倒を見れば、真霜の目の届く所に葉月を置いておけるので、問題はない。

むしろ、監視しやすい。

葉月としても真霜の思惑はすぐに分かったが、このまま退院して宿なしになるよりは十分マシだったからだ。

話は直ぐにまとまり、この日は解散となり、葉月の病室を出た後、真霜は母であり、現横須賀女子海洋学校の校長を務めている宗谷真雪に電話を入れた。

そして、小笠原諸島での不明艦を発見した事とその乗員の面倒を宗谷家で面倒を見る事を真雪に伝えた。

真雪も元ブルーマーメイドで旗艦大和の艦長を務めていた経緯から真霜から聞いたその不明艦の乗員の心情を直ぐに理解し、快く承諾してくれた。

こうして葉月の異世界暮らしの幕はあがった‥‥。

運命と言う名の歯車は動き出した。

それを誰も止める事は出来ない‥‥。

人はただ、歯車の動きに身を委ねてしまう。

この先、葉月には一体どんな出会いが待ち受けているのか?

この先、どんなことが待ち受けているのか?

それはまだ、誰にもわからない‥‥。



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7話 コーヒーブレイク

宗谷真霜との交渉の末、天照共々海上安全整備局の指揮下に入る事になった葉月。

現在、入院中であるが、退院後は真霜の実家である宗谷家にお世話になる事も決まったが、入院当初、衰弱が激しかったため退院するのはもう少し先になるとの事だ。

そんなある日、葉月の病室に福内と平賀の二人が見舞いに訪れた。

真霜同様、二人は時間を見つけては、何かと葉月の事を心配して見舞いに訪れてくれる。

 

「こんにちは、広瀬さん」

 

「こんにちは」

 

「いらっしゃい、福内さん、平賀さん」

 

病室に来た福内と平賀は葉月に現在適用されている航海に関する法律や現在使われている信号等の通信関連が載った参考書など、葉月がこの後、海上安全整備局で働くのに困らない様に勉強を見てくれたりしているのだ。

三人が勉強会をしてしばらくした後、

 

「ちょっと休憩しましょうか」

 

福内が休憩を提案した。

 

「そうですね」

 

葉月もその提案に乗り、

 

「ふぅ~‥何だか学生時代を思い出します」

 

平賀は学生時代の事を懐かしみながら、一息ついた。

 

「あっ、そういえば‥‥」

 

すると、平賀何か思いだしたかのように持って来た紙袋をゴソゴソと何かを探すかのように漁ると、

 

「私、あのコーヒーサイフォンでどうやってコーヒーを淹れるのか気になって、コーヒー豆を買ってきたんですよ」

 

そう言って平賀は紙袋から一本の瓶を取り出した。

 

「あっ、でも豆を挽く手間を考えて、既に挽いてあるモノを買ってきました!!ジャーン!!」

 

平賀は得意そうに葉月の前に挽いてあると言うコーヒー豆を取り出す。

しかし、そのコーヒー豆は挽いてあるにしては随分と明るい色‥黄土色をしており、妙に思った葉月はその瓶をよく見ると、ラベルの裏側にこう書かれていた‥‥

 

『インスタントコーヒー』

 

と‥‥

 

そして、ラベルには淹れ方も絵で描かれていた。

それによれば、このインスタントコーヒーはカップに瓶の中の粉を適量入れてお湯を注げばコーヒーが出来る様だった。

 

「「‥‥」」

 

この方法を見る限り、このインスタントコーヒーではコーヒーサイフォンの出番は無い様だ。

必要なのはカップとお湯だけ‥‥

葉月も福内もインスタントコーヒーの瓶を見て固まるが、平賀は目をキラキラと輝かせている。

 

(うわぁ~恥ずかしいなぁ~もう~)

 

インスタントコーヒーを挽いたコーヒー豆と間違えるなんて同僚として恥ずかしいと思う福内。

 

「あの‥平賀さん‥‥」

 

「何でしょう?」

 

「これはコーヒー豆を挽いたモノではないので、サイフォンでは、淹れられません」

 

「えっ?」

 

葉月が真実を告げると、平賀はピシッと固まる。

平賀はよほどサイフォンで淹れたコーヒーを飲みたかったのだろう。

 

「あんたねぇ~、インスタントコーヒーを挽いたコーヒー豆に間違えるなんて、恥ずかしいじゃない」

 

福内が呆れながら平賀に言う。

 

「し、仕方ないじゃないですか!!コーヒーなんて、レストラン以外じゃ、自販機かドリップぐらいしか知らないんですから!!//////」

 

(あんた、どんだけ世間知らずなのよ!?)

 

平賀の発言に福内が心の中でツッコム。

 

「ま、まぁ‥これはこれで、興味深いですよ‥自分、インスタントコーヒーは飲んだ事が無かったので‥‥」

 

インスタントコーヒーは1940年代にはちゃんと存在していたが、葉月はこれまでの人生でインスタントコーヒーを飲んだことは無かった。

葉月は葉月なりで平賀をフォローしたが、あまり意味なしていない様だ。

病室が少し気まずい空気となる。

 

そこへ、

 

「はぁ~い、葉月、元気?」

 

真霜が葉月の病室を訪れた。

彼女はあの交渉以降、プライベート時には葉月にフレンドリーな態度で接するようになった。

 

「おっ?ちゃんと勉強していたんだ」

 

真霜はベッドテーブルに広げられている参考書を見て、葉月が先程まで勉強している事が窺えた。

 

「葉月は偉いねぇ~」

 

そう言って真霜は葉月の頭を撫でる。

 

「ちょっ、真霜さん!!子供扱いしないで!!」

 

「えぇ~私より年下なんだから、お姉ちゃんに甘えて良いんだよ」

 

「いや、実年齢は貴女よりも自分の方が上ですから」

 

「あっ、そうだったわね。でも、見た目は私の方が年上よ」

 

そう言って真霜は再び葉月の頭を撫でまわした。

 

「ちょっ!!だから‥‥」

 

葉月は再び真霜に抗議しようとしたが、無駄だと思い止めた。

 

「それで、今日はどういった御用件で?」

 

そして、真霜が今日此処へ来た要件を聞いた。

 

「あっ、そうだ。今日は私のお母さんが、葉月に会いたいって言って、来ているのよ」

 

「「えっ!?」」

 

真霜の母親が今この場に来ていると聞いて驚く福内と平賀。

そして、病室の扉が開くと、そこから一人の女性が葉月の病室に入って来た。

福内と平賀は反射的にその女性に対して敬礼する。

女性も二人に返礼し、福内と平賀は手を下ろす。

そして葉月はその女性を出迎える為にベッドから起き上がろうとすると、

 

「あっ、そのままでいいわよ」

 

真霜の母、宗谷真雪は起き上がろうとする葉月を制するが、

 

「いえ、大丈夫ですから‥‥」

 

と、葉月は起き上がり、真雪の前に立つ。

真雪は葉月の律儀さに感心しつつ、

 

「‥宗谷真霜の母、宗谷真雪です」

 

と、葉月に自己紹介をした。

 

「広瀬葉月です」

 

そして、葉月も真雪に自己紹介をした。

 

「娘から‥真霜から貴女の事は聞いたわ。この度は色々大変だったわね‥でも、退院後の生活は私達がちゃんと面倒をみるから安心してね」

 

「は、はい‥ご配慮感謝いたします」

 

葉月は真雪に深々と頭を下げて彼女に礼を言う。

 

真雪との顔合わせが終わると真霜が、

 

「ねぇ、葉月」

 

「何でしょう?」

 

「実は、今日此処に来る前にコーヒー豆を買ってきたのよ。それで、葉月にコーヒーを淹れてもらいたいなぁ~」

 

「「「っ!?」」」

 

真霜の頼みに固まる葉月達。

このやりとりは先程あったばかりなので、福内と葉月はまさか、真霜が買ってきたコーヒー豆もインスタントコーヒーなのではないかと疑った。

 

「あ、あの‥宗谷一等監察官‥コーヒー豆ってまさかコレじゃないですよね?」

 

平賀がインスタントコーヒーの瓶を真霜に見せる。

 

「それって、インスタントコーヒーじゃない。違うわよ、ちゃんとしたコーヒー豆よ。ホラ」

 

真霜が袋から出したのは紛れもなく、挽く前のコーヒー豆だった。

 

「でも、なんで平賀はインスタントコーヒーを持って来たの?」

 

真霜は平賀がインスタントコーヒーを葉月の病室へ持ち込んだことに首を傾げる。

コーヒー豆を持って来たら、葉月が淹れてくれるかもしれないのに‥‥

 

「あっ、それはですね‥‥」

 

福内が真霜に何故、インスタントコーヒーを平賀が持ち込んだのか言おうとすると、

 

「インスタントの方が手軽ですし、その方が広瀬さんに負担がかからないと思いまして‥‥」

 

平賀は福内の口を手で塞ぎ、葉月には目線で「余計なことは喋るな」と警告してきた。

 

「あら?そうなの?」

 

真霜は平賀の言葉を真に受けた様だった。

 

その後、葉月は真霜からコーヒー豆を受け取り、コーヒーを淹れ始めた。

 

平賀が給湯室へ行き、お湯を沸かしている間、葉月はミルでコーヒー豆を挽く。

尚、平賀が給湯室へお湯を沸かしに行く際、葉月はバケツか洗面器、布巾も用意してくれと頼んだ。

 

コーヒー豆を挽き終えてお湯が来ると、葉月はネルフィルターを準備する。

金属製の濾過器に、円形に型抜かれたネルフィルターをロートにセットする。この時、フィルターが斜めになっていないかを注意していた。

そしてお湯をかけ、フィルターを温める。

フラスコに溜まったお湯をバケツに捨て、水分をしっかりふき取る。

ふき取った後、フラスコにお湯を注ぐ。

アルコールランプに火を点け、フラスコを熱する。

此処までの工程を見て、平賀は、

 

(やっぱり、理科の実験みたい‥‥)

 

そう、思っていた。

真霜と福内は始めて見るコーヒーサイフォンでのコーヒーの淹れ方を興味津々と言った様子で見ており、真雪もジッと葉月の動きを観察する様に見る。

 

フィルターがセットされたロートにコーヒーの粉を入れ、フラスコの湯の沸騰を確認し、ロートをしっかりと差し込む。

お湯がロートの方に上昇すると、葉月は手慣れた手つきで竹べらでコーヒーの粉とお湯をなじませるように、素早く円を描くように数回攪拌する。

 

「「「おおおぉぉぉ~」」」

 

お湯がロートの方に上昇する光景を見て、思わず声が出る真霜達。

お湯が上がり切った状態で、20~30秒ほど待ち‥‥

ロート&フラスコを火から離し、アルコールランプの火を消す。

そして、もう一度竹べらで、丁寧にコーヒー粉を混ぜる。

 

「ま、真霜さん」

 

「なに?」

 

「コーヒーの粉が混じっていますけど、まさかアレをカップに入れて飲むんじゃ‥‥」

 

平賀が不安そうに真霜に小声で尋ねる。

 

「いや‥それはないんじゃない?」

 

粉っぽいコーヒーなんて想像するだけで飲みにくそうだ。

それともコーヒーサイフォンで淹れたコーヒーはそんな感じなのだろうか?

真霜達の中に不安が過ぎる。

すると、

ロートの中のコーヒーがフラスコの中へとゆっくり落ち始めた。

 

「コーヒーが‥‥」

 

「フラスコに落ちている‥‥」

 

やがて、コーヒーの抽出が終わり、葉月は上の部分のロートを外した。

そして、平賀が用意していた紙コップへとコーヒーを注いでいく。

 

(本当は温めたカップに淹れるのが理想なんだけど、大丈夫かな?)

 

葉月は温められていない紙コップでも大丈夫かと不安になる。

 

「では、どうぞ‥‥」

 

紙コップに注ぎ終え、真霜達にコーヒーを振舞う。

真霜達が紙コップを口にあて、中のコーヒーを飲む。

その様子を葉月はドキドキしながら見る。

 

「‥美味しい」

 

「ホント、深いコクと味わいがあるわ」

 

「うん、普段飲んでいるコーヒーとはひと味違う味がする‥‥」

 

「同じコーヒーなのにどうして違うんだろう‥‥?」

 

「‥‥」

 

真霜達が葉月の淹れたコーヒーを褒める中、葉月は自分の淹れたコーヒーを一口飲むと難しい顔をする。

 

「ん?広瀬さん、どうしました?」

 

真雪が葉月の様子に気づき、何故そんなに難しそうな顔をするのかを尋ねる。

 

「うーん‥‥まだまだだ」

 

落胆した感じで紙コップをテーブルに置く、葉月。

 

「えっ?まだまだって?」

 

「自分の上官‥このコーヒーサイフォンをくれた方の淹れたコーヒーと比べると、味が追いついていない‥‥」

 

「そんなに美味しいの?その人が淹れたコーヒーって‥‥」

 

真霜が葉月にコーヒーサイフォンを贈った人物が淹れるコーヒーそこまで美味しいのかを尋ねる。

真霜にとって、今葉月が淹れたコーヒーも十分に美味しいレベルなのだが、そのコーヒーよりも更に美味しいと言うのだから、一体どんな味なのか想像もつかない。

 

「ええ、あの方のコーヒーを飲んだら、もう、その他のコーヒーは飲めませんよ‥それくらいの美味しさです」

 

葉月の言う通り、旭日艦隊司令長官の大石が淹れたコーヒーは艦隊内でも有名であった。

葉月自身も何度か大石の淹れたコーヒーを飲んで、その味に感動し、退役後は許嫁と共に喫茶店を開くと言う夢を抱いたのは大石が淹れたコーヒーが切っ掛けであった。

今日、淹れたコーヒーの反省点を葉月は早速メモ帳へと記入する。

真霜がチラッとメモを見ると、其処にはコーヒーの淹れ方がびっしりと書かれていた。

コーヒー豆の挽き方、

しかも豆の種類よってそれぞれが異なる挽き方が書かれていた。

お湯の温度やお湯を沸かす時間、

文字の他にも簡易的だが、絵も描かれていた。

 

(どれだけ、コーヒーの淹れ方にこだわっているのよ?この娘、本当に元軍人?喫茶店の店員だったんじゃないの?)

 

メモを見て、真霜は本当に葉月が元軍人なのか疑問を抱いた。

そんな真霜の疑問を余所に葉月は、

 

(うーん‥やっぱり、温めたカップで無かったのが要因か‥‥いや、今後はこの紙製コップでもあの味を出せるように研究するか‥‥いつでも陶器製のカップがあるとは限らないからな‥‥)

 

と、新たなコーヒーの研究テーマを見出していた。

 

その後、コーヒーを飲みながら、雑談をしていると、

 

「ねぇねぇ、葉月」

 

真霜が葉月に声をかけて来た。

 

「何でしょう?」

 

「葉月って男の時はどんな顔をしていたの?」

 

「えっ?」

 

「あっ、ソレ私も気になる」

 

「わ、私も‥‥」

 

真霜は葉月の男時代の時の容姿が気になり、尋ねて来た。

福内も平賀も気になった様で、真雪もそれなりに興味がある様だ。

真雪は事前に真霜から葉月が異世界人である事、そしてこの世界に来た時に性別が入れ替わった事を聞いており、驚く様子は無かった。

しかし、始めに真霜から性別が入れ替わった異世界からの人間と言われて困惑はした。

今日、真雪が来たのは、真霜が言って居た事が事実なのか?

そして、この後の同居人となる葉月の人となりを見に来たのだ。

 

真霜からの要望を聞き、葉月は焦げ茶色のトランクから何枚かの写真を取り出した。

写真は白黒またはセピア色の写真で、写っているのは天照にて撮影した写真で、前甲板で乗員全員の集合写真と幹部のみの集合写真を真霜達に見せた。

 

「どれが、葉月なの?」

 

「此処に居るのが、自分です」

 

と、葉月は男時代の自分を指さす。

 

「へぇ~なかなかいい男だったんじゃない葉月は」

 

「ホント‥‥////」

 

「う、うん‥‥////」

 

真霜は男時代の葉月の容姿を褒め、福内と平賀はほんのりと頬を赤らめた。

 

(確かにいい男じゃない。この容姿で来ていたのなら、真霜か真冬のお見合い相手に出来たのに残念だわ)

 

真雪も男時代の葉月の容姿を見て、もし、性転換をしていなければ、自分の娘達のどちらかの見合い相手にしようとしていた。

 

面会終了時間となり、各自はそれぞれ帰路についた。

帰りのタクシーの中で、真霜は、

 

「どうだった?あの娘?」

 

真雪に葉月の印象を尋ねた。

 

「いい娘ね‥まだ、今日一回しか会っていないけど、面白い子だわ。それにコーヒーの淹れ方も上手いし‥‥」

 

「そうね‥‥」

 

真雪も真霜同様、葉月を気に入った様だ。

 

「家に来るのが楽しみだわ」

 

真雪は葉月の退院を楽しみに待っている感じでその声は明るかった。

 

 



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8話 宗谷家

入院生活をしていた葉月であったが、体力等も入院当初よりは随分と回復しており、退院も間もなくと言う所まで迫っていた。

そんなある日‥‥

 

「えっ?私服‥ですか‥‥?」

 

「そうよ」

 

葉月は真霜に私服の話を持ち掛けられた。

 

「でも、服なら、幾つかありますよ」

 

「あの、服は貴女が男の時に着ていた服で、サイズが合わないでしょう」

 

「あっ‥‥」

 

確かに真霜の指摘通り、葉月の焦げ茶色のトランクに入っていた服は葉月が男の時の服で、今の葉月にはサイズが合わない。

 

「でしたら、第一種軍装があるので、それで‥‥」

 

「あの一着だけで、この先過ごすつもり?」

 

「うっ‥‥」

 

確かに服が一着‥‥それも軍服だけとはこの先の生活には不便だ。

 

「で、でも、自分持ち合わせが‥‥」

 

今の葉月は無一文に近い状態なので、とても服を買う余裕は無い。

 

「あっ、それなら大丈夫よ、服の代金ぐらい私が立て替えてあげるわよ」

 

なんと、葉月の私服代は真霜が代わりに払ってくれると言う。

 

「それに、看護師さんにも聞いたわよ」

 

真霜は服の件で看護師に何かを聞いたみたいで、葉月に迫って来る。

 

「な、何を‥ですか‥‥?」

 

「‥‥貴女、看護師さんに下着を注文した時、無理を言って男物を頼んだみたいね」

 

「っ!?」

 

「それに、ブラも着けていないんだって?」

 

「‥‥」

 

真霜の指摘が図星だったみたいで、葉月は真霜から視線を逸らす。

 

「全く、看護師さんに貴女の服のサイズを聞いてみたら、案の定みたいね‥‥」

 

「‥‥」

 

「いい?葉月、今の貴女は女なのよ!?」

 

「は、はい」

 

「女性がそんな隙のある格好をしていてはいけません」

 

「えっ、でも心は男なんだけど‥‥」

 

「つべこべ言わない!!」

 

「は、はい」

 

真霜の謎の威圧に葉月はただ従うしかできない。

これが、一等監察官、宗谷真霜の実力なのだろうか?

 

「兎に角、退院したら、貴女は家(宗谷家)で過ごすことになるのよ。それまでには女性の服にも慣れておかなければ、いけません」

 

「は、はい‥‥」

 

「と言う訳で‥‥」

 

そう言うと、真霜は一度葉月から離れ、何故か病室のドアのカギをかける。

 

「ま、真霜さん?どうして部屋の鍵を‥‥?」

 

「えっ?だって、こうしないと誰かが入って来ちゃうかもしれないでしょう?」

 

病室のドアにカギをかけると、じりじりと葉月に滲み寄る真霜。

軍人としての本能か、生物としての本能か、葉月は無意識に真霜から距離を取ろうと、後ずさりする。

しかし、此処は、病室‥逃げるにしても限りがあり、忽ち葉月は壁の隅へと追いやられる。

 

「フフフフ‥‥」

 

真霜は怪しげな笑みを浮かべ、懐からメジャーを取り出す。

 

「そ、そのメジャーは?」

 

「貴女をしば‥‥貴女の身体の大きさを図るためよ」

 

「ちょっ!?今、『縛る』って言いかけませんでした!?」

 

「貴女の聞き違いよ」

 

真霜は一瞬、何か別な事を口走ったにも関わらず、何事も無かったように振る舞い葉月に迫る。

 

「フフフフ‥さぁ、観念なさい!!はぁっ!!」

 

真霜は一瞬で、葉月のパジャマのズボンを剥ぎ取る。

 

「っ!?//////」

 

パジャマのズボンを剥ぎ取られ、赤面する葉月。

そんな葉月に真霜は更に追撃をかける。

今度はパジャマの上も剥ぎ取られてしまったのだ。

葉月はブラを着けていないので、男物の下着一枚となった。

 

「全く、そんな色気のない下着なんて穿いて‥‥」

 

真霜は葉月の男物の下着を見て、呆れた様に言う。

 

「ちょっ、いきなり何するんです!?」

 

葉月は真霜に抗議するかのように言いながら、一先ずパジャマのズボンを穿こうとする。

 

「あっ、ダメよ!!まだ、ヒップのサイズを測っていないでしょう」

 

「べ、べつにズボンの上からでも出来るでしょう!!」

 

「ダメよ、より正確に測るにはなるべく肌に近くないと‥‥ハァハァハァハァ‥‥」

 

真霜の目つきは怪しく、息遣いが荒い‥‥。

 

(真霜さん、もしかして自分の身体を‥同性の身体を見て興奮しているのか?)

 

真霜の様子を見て、ドン引きする葉月。

 

「さ、さぁ、葉月ちゃ~ん。測定のお時間ですよぉ~」

 

「うわぁぁぁぁー!!」

 

その後、葉月は真霜の手によってバスト、ウエスト、ヒップのサイズを測られた。

最後の砦である下着だけは何とか死守したが、葉月にとっては、この世界で初めて辱めを受けた。

 

「うん、なかなかのモノね、葉月ちゃん」

 

葉月のスリーサイズを測った真霜は満足そうに測ったばかりの葉月のスリーサイズの結果を見ながら言う。

 

(真白ちゃん辺りが、嫉妬するかも‥‥)

 

「それじゃあ、このサイズの服を買って来るわね」

 

「あっ‥その‥‥」

 

「ん?どうしたの?」

 

「その‥‥服はなるべくズボンにしていただけたら‥‥」

 

「まだ、そんな事を言っているの?」

 

「やっぱり、恥ずかしいですよ!!スカートなんて‥‥」

 

「もう少し、自信を持ちなさい。今の貴女はどこからどう見ても女の子なんだから」

 

「うぅ~//////」

 

顔を赤くし、俯く葉月。

そんな葉月の仕草を見て、真霜は、

 

(はぅ~やっぱり、かぁいいよぉ葉月ちゃん、このままお持ち帰りぃ~ したいわぁ~)

 

まだ退院手続きが済んでいないが、このまま葉月を家に持ち帰りたい衝動にかられる真霜。

 

(っ!?今、真霜さんから無邪気の様な何か如何わしい気配を感じた‥‥)

 

ビクッと身体を震わせ、葉月は真霜を見た。

すると、彼女は何故か身体をきねらせて悶えていた。

 

(やっぱり変だ‥‥)

 

葉月は出会った時は、女性ながらも軍人気質な感じの女性だと思っていた真霜にこんな側面があるとは思っても見なかった。

 

「それじゃあ、葉月、楽しみに待っていてね」

 

そして、ようやく真霜は帰って行った。

 

たった一時間ちょっとしか居なかったのだが、葉月にとってその一時間が物凄く長く感じた。

 

 

それから、数日後‥‥

いよいよ葉月の退院する日がやって来た。

退院前に真霜が葉月の病室を訪れ、葉月に着替えを渡す。

 

「‥‥」

 

葉月は渡されたモノをジッと凝視する。

 

「ほら、いいかげん諦めなさいって」

 

真霜は呆れた感じで葉月に言う。

今、葉月がジッと凝視しているのは、女物の下着‥‥ブラジャーだった。

 

(諦めろって、そう簡単な問題じゃないんだけどな‥‥第一コレ、どうやって着けるんだ?)

 

今までの人生の中でブラジャーなんてモノを着ける機会なんて無かった葉月にとって、全くの未知なるモノだった。

 

「もしかして着け方分からないの?」

 

真霜は直ぐに葉月の意を組んで、

 

「ホラ、貸しなさい、着けてあげるから」

 

「は、はい‥‥//////」

 

結局、葉月は諦めて、真霜にブラジャーを着けてもらった。

さよなら、男の自分、こんにちは、女の自分。

そんなナレーションがどこからか聞こえて来た葉月だった。

 

ブラジャーはつける羽目になったが、下着は女物を穿く勇気がまだなく、それに用意して貰ったのは女物のジーンズだったので、下着はそのまま男物の下着を着用した葉月。

真霜もその点は妥協してくれた様だ‥‥今回だけは‥‥。

上は白いTシャツに黒いカーディガンを羽織り、浅靴を穿いて着替えは終了した。

 

「どうも、お世話になりました」

 

病院の関係者にお礼を言って、葉月と真霜はタクシーに乗り、宗谷家へと向かった。

 

「さっ、着いたわよ」

 

(大きい‥‥)

 

宗谷家の門前で葉月は唖然としながら、宗谷家を見た。

華族の屋敷並みに宗谷家はデカかった。

家のデカさに葉月が唖然としているのを尻目に真霜は自分の家なので、平然とした様子でモンを潜る。

 

「何しているの?ホラ、入ってらっしゃい」

 

門前で唖然としている葉月に気がついて声をかける真霜。

 

「あっ、はい‥‥」

 

真霜の声に反応して慌てた様子で真霜の後を追う葉月。

そして、いよいよ葉月は宗谷家へと足を踏み入れた‥‥。

 

宗谷真白は自分の部屋で勉強をしていると、突如、姉である真霜からリビングへ来いと言われた。

何事かと思ってリビングへと行くと、其処には自分と同じぐらい‥いや、一つか二つ年上の少女が居た。

一瞬、誰だ?と思いつつ、姉の真霜が紹介するだろうと思い、ソレをまった。

しかし、次女の真冬が、自分が思った事を口にした。

 

「なぁ、姉さん。ソイツ誰だ?」

 

「この娘は、母さんの古い友達の娘さんで、広瀬葉月さんよ」

 

「ど、どうも‥‥」

 

真霜から紹介を受けた葉月が真冬と真白に一礼する。

葉月の立場は一応、真雪の古い友人の娘と言う事になっている。

まさか、異世界から来ました。 と、言った所でそう簡単に信じてもらえる筈がない。それならば、少しでも混乱を少なくするため、嘘も方便だ。

 

「へぇ~私は、宗谷真冬、よろしくな、葉月」

 

「は、はい」

 

「‥‥宗谷‥真白‥です‥‥」

 

真冬はニッと笑みを浮かべて葉月に名を名乗る。

反対に真白は戸惑いながらも名を名乗った。

 

「それで、葉月なんだけど、家庭の事情で暫くは家で面倒を見る事になったわ。これは母さんも知っているし、了承しているわ」

 

「ほう‥‥」

 

「なっ!?」

 

真霜の発言に真冬は興味深そうに葉月を見て、真白は寝耳に水といった感じで驚いた。

 

 

「それじゃあ、この部屋を使ってね」

 

「は、はい‥何から何までありがとうございます」

 

宗谷家の一室を真霜は葉月の為に用意しており、その部屋へと葉月を案内した。

部屋にはベッドや机、タンス等の最低限の家具は用意されていた。

 

「あの‥‥」

 

「ん?なに?」

 

「天照はどうなりましたか?」

 

「まだ、横須賀の大型船ドックにいるわ。今後はブルーマーメイドの本格的な調査が入ると思うけど、その際、貴女にも立ち会ってもらうわよ」

 

「わかりました」

 

葉月は再び天照と会える日を楽しみに待った。

 

 

その日の夕食は葉月の歓迎会が開かれた。

ただ、宗谷家の中で真雪の旦那‥真霜達の父親の姿が見えない事から、宗谷家は母子家庭なのだと推察できた。

夕食後、葉月は真霜達につき合わされて、トランプをやる事になった。

ババ抜きにおいて、真霜は常に笑みを絶やさないポーカーフェイスで、葉月は無表情‥しかも、手札を一切見ない。

反対に真冬と真白は顔に出るタイプで、これまで成績は真霜と葉月がそれぞれ一位と二位を繰り返し、真白はその幸運度の低さから四位続きとなっていた。

 

「‥次こそ‥‥次こそ真冬姉さんに勝つ!!」

 

真白は意気込んで最後の勝負に挑む。

 

真冬の手札は残り一枚、反対に真白の手札は二枚‥一枚はジョーカーだ。

 

「うぅ~ん‥と‥‥」

 

真冬の手がジョーカーでないカードに触れようとした時、

 

「っ!?」

 

真白の顔がマズイといった感じの顔になり、反対にジョーカーのカードに触れようとした時、それを引け‥‥といった感じのニヤリと笑みを浮かべる。

それをみた真冬はニヤリとし、

 

「こっちだ!!」

 

と、ジョーカーでないカードを引く。

 

「っ!?」

 

ジョーカーが手元に残り、真白の敗北が決定し、彼女は俯く。

そして、

 

「‥どうして‥‥どうして、負けるんだ‥‥」

 

と、まるで呪詛でも唱えるかのように呟いた。

そんな真白にどう声をかけてよいのか分からず、真霜と葉月は困惑している中、真冬が、

 

「そりゃあ、お前は私同様、顔に出るからな」

 

と、真白の連敗理由を暴露した。

 

「っ!?」

 

真冬からの暴露を聞き、真白は、

 

「ならば、次はこの顔でやり続けます」

 

と、無理に顔をつくり、ばれない様にして再びババ抜きに挑んだ。

しかし、持ち前の幸運度の低さでまた負けた‥‥。

 

真白が連敗に次ぐ連敗をし、テンションがダダ下がりの真白にもはやかけてあげる言葉が無く、真霜も真冬も時間が経てば治るだろうと判断した。

 

「葉月、お風呂、入ってらっしゃい」

 

真白を放置して真霜は葉月に風呂を薦めた。

 

「は、はい‥‥」

 

項垂れる真白が居るリビングを後に葉月は着替えを持って風呂場へと向かう。

脱衣所にて着ている服を脱ぎ、後は下着だけと言うその時、

 

「おーっす!!葉月!!一緒に入ろうぜ!!」

 

と、真冬が脱衣所に乱入。

 

「‥‥」

 

突然の真冬の登場に下着姿のままで固まる葉月。

 

「ん?なんだ、その下着は?男物の下着じゃぇか‥お前まさか、本当は男なのか!?」

 

真冬が驚愕しつついきなり葉月の下着をずり下ろす。

葉月が男なのかを確かめたのかもしれない。

 

「っ!?★■※@▼∀っ!?」

 

葉月は真冬の突然の脱衣所の乱入で固まってしまい、動けずに居た為、真冬の行動に後れを取ってしまったのだ。

 

「ん?なんだ、ちゃんと女じゃん。なら、どうして男物の下着なんて着けているんだ?」

 

真冬は葉月が正真正銘、女だと言う事を確認し、葉月に女なのにどうして男物の下着なんて着けているのかを聞くが、葉月にその質問に答える理性は残っておらず、

 

「いやぁぁぁぁぁー!!」

 

宗谷家に絹を割く様な悲鳴が響き、

 

「ぼげらっ!!」

 

そのすぐ後にカエルが潰れた様な鈍い声が宗谷家の脱衣所にした。

 

「どうしたの!?」

 

「何があったの!?」

 

「もしや、ゴキブリでも出たのか?」

 

葉月の悲鳴を聞いて真雪、真霜、真白の三人が脱衣所に来ると、其処にはバスタオルで身体を隠し、顔を真っ赤にした葉月の姿と、ノックアウトされた真冬の姿があった。

 

「な、ナイスパンチ‥だ‥‥ぜ‥‥」

 

そう一言言って真冬はガクッと気を失った。

この光景を見て、真霜達は脱衣所で内があったのかを察した。

真冬の尻好きは家族みんなが知っていたので、大方、真冬が葉月の尻をねらったのだろうと推測したのだ。

 

「ご、ごめんなさい、広瀬さん。家の娘が‥‥」

 

真雪が葉月に謝罪する。

しかし、葉月は‥‥」

 

「ハ、ハハハハハハ‥‥」

 

口からエクトプラズマを出していた。

 

病院では真霜に下着一丁にされ、次女の真冬にはとうとう下着までもを剥ぎ取られた葉月。

真白は心の中で葉月に、

 

(ご愁傷様‥‥広瀬さん‥‥)

 

と、合掌した。

 

真白の不幸体質がうつったわけではないかもしれないが、葉月の今後に幸あれ‥‥。

 

 



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9話 再会と初陣

葉月が宗谷家にお世話になってから、数日が経った。

この日、葉月は自身が乗艦していた天照が置かれている横須賀の大型船ドックへと真霜と共に向かった。

尚、その際、葉月は遭難時に着ていた第一種軍装を身に纏っていた。

一応、公式な訪問なので、私服ではなくちゃんとした服装が良いと言う事で、葉月は一種軍装を着てドックへと来た。

前世で最後に着ていた服装だった為か、一種軍装も一緒に縮んだのだ。

しかし‥‥

 

(ちょっと、胸の部分が少しキツい‥‥)

 

胸の部分は少しきつかった‥‥。

それにズボンだった事に真霜がやや不満そうな顔をしていた。

 

(真霜さんに頼んで、上着だけでも新調しようかな‥でも、真霜さんの事だから、スカートを穿かせようとするかもしれないな‥‥)

 

葉月が一種軍装に若干のきつさを感じながらもドックを歩いていくと‥‥

 

「天照‥‥」

 

大型船ドックには無傷の天照が鎮座していた。

 

(あれだけ、酷い損傷を受けていたにも関わらず、全くの無傷だ‥‥)

 

「真霜さん、天照は既に補修を受けたのですか?」

 

無傷のままの天照を前に葉月は真霜に海上安全整備局が天照の補修をしたのかを尋ねる。

 

「いいえ、天照は最初からこの状態で漂流していたわよ」

 

「そう‥ですか‥‥」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、真霜さんには自分が天照と共に沈んだことを話しましたけど、詳しい詳細を話していませんでしたよね?」

 

「ええ、そうね」

 

そこで葉月は真霜に天照の最後を話した。

病院で話した時よりも詳しく‥‥

大西洋で独海軍と戦った最終決戦時には、船体には60本以上の魚雷を受け、後部電探室は急降下爆撃で完全に破壊され、其処に居た電探員は全員戦死した事、

左舷にばかり集中攻撃を受け、傾斜を戻す為に右舷機械室及び罐室に注水し、大勢の作業員達を見殺しにした事、

艦橋が被弾し、艦長以下艦橋員に大勢の死傷者を出した事、

そんな中でも、多数のビスマルク級、シャルンホルスト級の戦艦、アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦、ドイッチュラント級装甲艦と砲撃戦をやり合った事、

そして力尽き撃沈され、自分もそこで死んだ事、

真霜はその中でも、右舷機械室及び罐室に注水し、大勢の作業員達を見殺しにした事に驚愕した。

艦の安全と大勢の乗組員達の為に少数の乗組員の命を切り捨てた天照の艦長の決断を自分に置き換えてみた。

もし、艦と乗組員の安全の為に、少数の乗組員を見殺しにしなければならない状況下になった時、自分はその命令を下せるだろうか?

考えたくはないが、この職に就いている以上、そう言った機会が来ないとも言い切れない。

葉月の話を聞き、この仕事の危険度の高さと責任者としての立場を改めて認識させられた真霜だった。

 

やがて、葉月は真霜とドックの技術者達を天照に案内しながら、天照の詳細な部分を教えながら歩いた。

当初は高校生ぐらいの少女が天照の乗員だと真霜から伝えられた時、ドックの技術者達は、困惑や疑惑の目線を葉月に向けてきた。

しかし、ドックの技術者でさえも分からないような部分を葉月は淡々と答える事が出来たので、技術者達は真霜が言ったことを‥‥葉月が天照の関係者である事を認めざるを得なかった。

 

葉月はドックの技術者からの話を聞き、天照に搭載している噴進弾を彼らに話して良いモノかと思っていた。

この世界では、噴進弾は存在しておらず、噴出魚雷と呼ばれる垂直発射管から発射される噴進弾に似た魚雷は存在している。

技術者達は噴進弾をこの噴出魚雷と見違えた様だった。

 

「大きいと思ったけど、まさか45口径51cm砲だなんて‥‥」

 

天照の主砲の大きさに驚愕する真霜や技術者達。

現在公式記録で確認されている最大主砲は大和級の45口径46cm砲‥‥

しかし天照は、口径は同じでも大和級よりも5cmも大きな砲を大和級と同じ数だけ揃えている。

副砲に関しては、大和級は60口径15.5cm3連装砲塔を四基、反対に天照は65口径15cm成層圏単装高角砲が九基‥数とcmにおいては大和級が多いが、口径と発射速度は天照の方が上だ。

 

ドックの技術者達と協議した結果、天照は、主砲を始めとする火器と機関は全改装され、少ない人数でも運用可能となる様に改装され、レーダーや通信機器等も今積まれているモノから最新型のモノへと改装される事になった。

被弾の可能性が大きい様な場所にはエアバックも装備される。

また、新たな新装備として、インディペンデンス級沿海域戦闘艦が採用している短魚雷発射管も増設する事になった。

中型のスキッパーも積載される予定だ。

それらの大規模改装は一年かけて行われる事になった。

その間、葉月は艤装員長を務める事になった。

 

技術者達と改装についての意見交換を終えた後、真霜が

 

「ねぇ、葉月」

 

「はい?」

 

「例の約束‥忘れていないわよね?」

 

「約束?」

 

「言ったじゃない、海兎に乗せてくれるって」

 

「あっ、はい」

 

「みくらも整備が終わってこれから試験航海なんだって、だから海兎をみくらに乗せれば、みくらの試験航海と海兎の試験飛行の両方が出来ると思わない?」

 

真霜は有無を言わせない感じで葉月に迫った。

 

「し、しかし、突然そんな事を言ってもみくらの艦長が了承するでしょうか?」

 

いきなり海兎を試験航海に出るみくらに搭載させるのに、みくらの艦長の許可を得なくて大丈夫なのかと真霜に問う。

 

「大丈夫よ、福内には既に話をつけてあるわ。彼女も構わないって言っていたわよ」

 

「は、はぁ~‥‥」

 

今の真霜の勢いに「No」と言える者が真雪以外に何人いるだろうか?

少なくともこのドックにはいないだろう。

真霜の要請を受け、天照に搭載されていた海兎はドックのクレーンとトレーラーによって天照からみくらへと移された。

みくらの後部飛行船格納庫には海兎を十分に搭載できるスペースがあった。

 

海兎と突然ながらも真霜と葉月を乗せたみくらは修繕ドックから出航した。

 

(航空機の類は無いが、艦船の技術力はやはり、照和の世界よりは上だな‥‥)

 

みくらの艦橋の様子を見た葉月はやはり、この世界が未来の世界なのだと思う。

病院から宗谷家に向かう途中の街並みや道を走っている車を見ても照和の世界より技術力が上だった。

なのに、何故航空機開発が全くされていないのか不思議で仕方がなかった。

しかし、海兎の登場でこの世界にも空への道が開けるのではないかと言う思いもあった。

 

(間違った使い方はしてほしくはないなぁ‥‥)

 

気球も飛行船も飛行機も人類が空を飛びたいと言う願いから生まれた筈だったが、いつしかそれは、兵器目的に開発される傾向が強くなった。

この世界が日露戦争以降大きな戦争をしなかったのは奇跡ともいうべき事だろう。

しかし、平和と言うのはほんの些細な事で壊れてしまう。

海兎が戦争の引き金にならない事を切に願う葉月だった。

 

みくらは埠頭より離れ、大海原へと出た。

辺りは見渡す限り、蒼い海‥‥。

みくらの各部のチェックは終わり、試験航海は終わったが、まだ海兎の試験飛行が終わっていなかった。

 

みくらの後部にある飛行船甲板に海兎が配置され、折りたたまれたプロペラが開く。

プロペラが開くと勢いよく回転し始める。

 

「では、どうぞ、乗って下さい」

 

操縦席の葉月が甲板に居る真霜達に乗る様に言う。

葉月は航海科に所属していたが、いざと言う時の為に、ヘリの操縦免許を研修で取っていた。

真霜達は未知なる体験にウキウキしながら、海兎に乗った。

みくらの乗員達は、

 

本当にコレが空を飛ぶのか?

 

危なくないか?

 

と、意味深しい目で海兎を見ている。

 

「じゃあ、行って来るわね、暫くの間、艦の指揮は任せたわ」

 

「は、はい」

 

福内がみくらの副長に艦の指揮権を一時的に壌土し、海兎の搭乗扉を閉める。

扉が閉まるのを確認した後、海兎はみくらの飛行船甲板を離れ、空へと飛びあがった。

海兎が飛んでいくのをみくらの乗員達は唖然とした顔で見ており、

 

飛んだ‥‥

 

本当に飛べたんだ‥‥

 

と、飛び上がるまで、海兎が空を飛べるのか疑問視していた。

 

海上は飛ぶ海兎に真霜達は学生の遠足か修学旅行のバスか電車の時の様にはしゃいでいる。

 

「すごく速いわね‥‥」

 

「ええ、我々が使用している飛行船よりも速いですし、小回りも効きますね」

 

「配備されたら、ブルーマーメイドの活動範囲も大幅に広がりますよ」

 

「そうね‥‥」

 

真霜は海兎のこの性能を見て、将来的に海兎の生産とブルーマーメイド艦艇への配備を検討し始めた。

みくらに乗せられた様に格納庫スペースは十分にある。

問題は生産と周囲に認めさせることだ。

生産に関してはこの海兎は細かく技術調査をすればいい。

周囲に認めさせるには何か前例があれば良いのだが‥‥

何か良い例は無いだろうか?

真霜が海兎の将来性を考えていると、

 

「あれ?」

 

双眼鏡で、周囲の海を見ていた福内が何かを見つけた。

 

「どうしたの?福内?」

 

「い、今、海面に何か‥‥」

 

「どの辺?」

 

「あの辺りです」

 

福内が指さす方向を真霜と平賀が双眼鏡で見ると、其処には転覆した小さな漁船が浮かんでいた。

 

「っ!?漂流船です!!」

 

「葉月、急いで向かって頂戴!!」

 

「は、はい」

 

海兎は急いで、漁船が転覆している海域へと向かった。

 

「宗谷一等監察官、いかがいたしましょうか?」

 

「見捨てる訳にはいかないわ。福内、みくらに連絡を!!」

 

「は、はい!!」

 

福内は急いでみくらに連絡を入れ、漁船が転覆している事、その位置を急いでみくらに教えた。

みくらも福内からの連絡を受け、全速でその海域へ向かうと言うが、到着まで時間がかかる。

 

「葉月、海兎で救助は出来る?」

 

「一応、救助に必要な装備は常備されています。説明書はその座席の下にあります」

 

「コレね」

 

真霜達は早速、救助マニュアルを開き、救助の用意をする。

やがて、海兎は転覆している漁船が視認できる距離まで来ると、漁船の船底には乗組員らしき、二人の人間を確認した。

海兎の姿を見て、船底にしがみついている乗員達はポカンとした顔で海兎を見ている。

その間にも漁船は波間にもまれ、何時沈没するか分からない。

一度海に落されれば、落ちた人間を探すのは難しい。

やはり、みくらの到着は待っていられない。

海兎はハーネススリング救助法と言う方法で、漁船の乗員達を救助する事になった。

出来れば葉月が降下して救助したかったが、今の葉月は海兎の操縦で操縦席から離れる事が出来ない。

そこで、降下するのは真霜、平賀、福内の誰かと言う事になるのだが。

 

「私が降りるわ、平賀、福内、ウィンチの操作お願いね」

 

「む、宗谷一等監察官!?」

 

「そんなっ!?危険です!!代わりに私が‥‥」

 

「いえ、私が!!」

 

なんと真霜は自分が降りて救助作業をすると言う。

平賀と福内は危険だと言い、真霜に代わって自分がやると言う。

しかし、状況は議論をしている暇は無く、切迫している。

 

「つべこべ言わずにさっさと動く!!」

 

「「は、はい!!」」

 

此処でも宗谷一等監察官の本領と覇気が働き、福内と平賀は真霜の指示に従う。

 

「それじゃあ、行くわね」

 

真霜がブルーマーメイドの制服の上からライフジャケットを着て、頭にはヘルメットを装着、手には厚手の手袋を着け、スリングを持って転覆した漁船へと降下する。

 

「ブルーマーメイドです!!あなた方を救助に来ました!!」

 

真霜は大声で漁船の乗組員達に声をかける。

 

「ブルーマーメイド?」

 

「よかった、来てくれたんだ」

 

救助が来た事で安堵の表情を浮かべる漁船の乗組員達。

 

「一人ずつ、引き揚げます。落ち着いて下さい」

 

真霜は乗員に.スリングを着せ、遭難者の体格に合わせてサイズ調整環を調整し、海兎から吊り下げられたケーブルのフックに乗組員の身体をかけ、引き揚げる。

海兎に引き上げられた乗組員からスリングを脱がせ、真霜はもう一度、スリングを持って降下し、残る一人も無事に救助出来た。

乗組員の救助が終わった直後、波に呑まれていな漁船は高波を受け、完全に沈没した。

みくらの到着やブルーマーメイドが使用している飛行船では間に合わなかったのは言うまでもない。

福内と平賀も目の前で起きたこの救出劇で、海兎の‥オートジャイロの必要性を肌で感じた。

 

福内はみくらに遭難者の救助が成功した旨を伝え、海兎はみくらへと戻った。

みくらに着艦した海兎に乗っていた遭難者達は、飛行船甲板で待っていたみくらの医療スタッフの手で医務室へと運ばれた。

幸い大きなけがも無く、陸についても一日の検査入院程度だと言う。

真霜は福内と平賀、葉月と共に今回の救助活動の報告書を纏めた。

そして、真霜は海兎の‥オートジャイロの必要性もその報告書に記した。

 

後日、真霜達からの報告書を見た海上安全整備局の幹部はオートジャイロについて協議が行われた。

その場には実際の救助活動を行った真霜本人がおり、オートジャイロの必要性を説いたが、他の幹部達は、どうもオートジャイロの性能については懐疑的だった。

新しいモノを受け入れるには最初は抵抗がある。

そんな感じが幹部達からひしひしと伝わって来た。

結局、オートジャイロの技術調査は行われるものの、その先の生産、配備については先送りされた。

その理由として、ブルーマーメイドで最近採用され始めた飛行船がハイブリッド飛行船で、従来の飛行船よりも空気抵抗を減らしつつ揚力の恩恵を受けることで、速度、航続距離、搭載量などで通常飛行船を上回ると言う事で注目され始めていた事だった。

突然どこから現れたのか分からないオートジャイロよりも今まで空の移動手段として信頼され続けて来た飛行船の方が、まだまだ信頼度がオートジャイロよりも高かった為だ。

真霜は今回の会議の結果について苦虫を噛み潰したよう顔で聞いていた。



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10話 初体験

「うぅ~‥‥」

その日の朝、葉月はなんだか身体が重く、腹部には何かズキズキと鈍痛が走った。

風邪をひいた訳ではないし、夕べは変なモノを食べた記憶も無い。

確かにここ最近は天照の改装工事で忙しいが、そこまで無理をして居る訳でもない。

体の不調に思い当たるフシがなく、また我慢できない訳では無い痛さであるが、変則的に襲いかかって来るこの鈍痛にいらついてくる葉月。

リビングに降りてくると、

 

「あら?葉月、おはよ‥‥なんか、機嫌悪そうね、何かあったの?」

 

「なんでもありません!!」

 

「「っ!?」」

 

不機嫌且つ何かピリピリしている様子の葉月に真霜と真白はちょっと引く。

今の葉月は何にでも噛みつく狂犬の様な雰囲気を出している。

 

(姉さん、今日の葉月さんなんか物凄く機嫌が悪そうですよ‥‥)

 

(え、ええ‥でも昨日の夜はそんな素振りは無かった筈よ‥一体何があったのかしら?)

 

イラつく葉月に対して、引くと言うよりは少し怖がっている真霜と真白。

 

そこへ‥‥

 

「おっーす!!おはよう葉月!!」

 

スパーン!

 

何も知らない真冬が葉月に挨拶しながら、葉月の背中を叩く。

 

「っ!?痛いじゃないですか!!真冬さん!!」

 

真冬に背中を叩かれ、葉月は何故か声を荒げる。

 

「ご、ゴメン‥そんなに痛かったか?」

 

「あっ‥‥い、いや、怒鳴るつもりじゃなかったんですけど。‥‥すみません‥‥」

 

申し訳なさそうな顔をした真冬を見ると、幾分冷静になったのか葉月も謝る。

 

「ホントにどうしたのよ?葉月らしくないわよ」

 

「そ、そうですよ‥今日の葉月さん、なんかちょっと怖いですよ」

 

真霜と真白が恐る恐る葉月にどうして今日は朝からそんなに機嫌が悪いのかを尋ねる。

 

「何でもありません‥‥」

 

葉月はぶっきらぼうにそう答えるが、

 

「いや、本当に大丈夫?」

 

やはり、大丈夫そうにない葉月に対し、心配そうに聞く真霜に‥‥

 

「大丈夫だって言っているだろ!!」

 

と、思わずきつい言い方をしてしまう。

 

「ゴ、ゴメンなさい‥‥」

 

普段は葉月をからかう側の真霜がいつになく葉月に怯える。

 

「あっ、すみません‥真霜さん。‥‥その‥何か今日はヘンなんです。何か妙に落ち着かないというか‥‥」

 

「ううん、いいの」

 

しおらしい態度の真霜を見て、真白は目が点となっていた。

 

(あの真霜姉さんがあんな態度をとるなんて‥‥)

 

真白が抱く真霜は常に自信満々に満ちていて怖いモノなんて存在しないイメージを抱いていた。

そんな真霜が自分の目の前で怯えている。

姉の珍しい態度と光景を見て真白が驚愕し、真霜がシュンとしている中、

イラつく葉月に対して空気を読むのが苦手な真冬が‥‥

 

「ったく、何をそんなにイラついている?気合が足りないのか?だったら私が気合を入れてやろう」

 

真冬が手をワキワキと怪しい手つきで葉月に迫る。

 

(全く、あの子は諦めが悪いんだから‥‥)

 

(真冬姉さん、そういう恥ずかしい事は身内だけに留めてくれ‥‥)

 

真冬の悪い癖がまた出た様だ。

これまで真冬は葉月の尻を狙ってきたが、葉月は真冬の魔の手から運よく逃れて来た。

しかし、真冬はこれまで失敗続きして来たにも関わらず、今回もまた葉月の尻を狙っている様子。

 

「行くぞ!!葉月!!気合注入!!」

 

真冬が葉月の尻をロックオンして一気に葉月めがけて突っ込んで行く。

普段ならば、此処で葉月がヒョイと身体を逸らして、真冬からの気合注入から躱すのだが、今日は違っていた‥‥。

 

「っ!?」

 

葉月は真冬の腕を掴むとそのまま勢いを殺さず、真冬を一本背負いで投げ飛ばしたのだ。

 

「ぐぇっ!?」

 

「「‥‥」」

 

葉月の行動に真霜と真白は唖然とした。

 

リビングにはいつぞやの脱衣所の時の様に目を回して倒れている真冬と不機嫌さ全開の葉月が其処に居た。

 

「あっ、す、すみません‥‥」

 

リビングでノックアウトしている真冬に葉月は慌てて謝る。

 

「い、一体、どうしたっていうのよ?今日の葉月はホントに変よ」

 

「‥‥何か分からないけど、どうも朝から妙に落ち着かないんですよ‥‥無性にイライラするし、身体は重いし、お腹は何かズキズキと鈍痛がするし‥‥」

 

「えっ?それって‥‥」

 

真霜はようやく葉月の不機嫌な理由が分かった様子だった。

 

「ん?なんです?真霜さん」

 

真冬を沈めた葉月がギロッと真霜を見る。

 

「い、いえ‥何でも無いのよ‥‥アハハハハ‥‥」

 

真霜は引き攣った笑みを浮かべる。

 

(姉さん、葉月さんの不機嫌な理由ってもしかして‥‥)

 

(真白、しっ――!!)

 

此処で真白も葉月の不機嫌さの理由に気づいた。

真霜は真白に声に出すなと言うジェスチャーと共に小声でささやく。

 

(葉月、やっぱり貴女は本当に女の子になったみたいね‥‥)

 

真霜は哀れむ様な同情する様な視線を葉月に向けた‥‥。

不機嫌のままで葉月はこの日もドックへ行き、天照の改修作業の場に立ち会ったが、今までにない葉月の不機嫌さにドックの技術者達も今日は葉月に話しかけにくそうだった。

 

 

そして、翌日‥‥

 

「うわぁぁぁぁ――――――――っ!!」

 

早朝、宗谷家に葉月の叫び声が響いた。

 

「なに?今の声?」

 

「葉月?」

 

「何があった!?」

 

「ど、どうしたんですか?葉月さん」

 

宗谷家の四人が葉月に部屋に駆け込むと、葉月は顔を真っ青にしていて、その下半身は血で真っ赤に染まっていた。

 

「葉月さん、しっかり。気を確かに持って」

 

「ま、真雪さん‥‥血が‥‥あり得ない所から血が‥‥」

 

葉月としては怪我をしたわけでもないのに血が出てきた。

しかも、普段怪我をしないような場所から‥‥。

そんな現象をみれば、驚いて声を出すのも無理は無かった。

 

「あぁ~あ‥‥葉月、やっぱり‥‥」

 

真霜は自分の予想が当たっていた事に思わず声が漏れた。

 

(葉月ったら、女子であることの不都合をまだ理解できていなかったのね‥‥)

 

葉月の様子を見て、真冬もここでようやく昨日から葉月が不機嫌だったのが分かった。

 

「なんだ、葉月の奴、生理だったのかよ」

 

真冬はハハハハと笑いながら言う。

 

「葉月さん、少し保健の勉強をしましょう」

 

真雪が葉月に保健の勉強をしようと言う。

 

「勉強?‥ですか?」

 

「ええ、貴女ぐらいの年齢の女子なら習っているはずの女の子の身体的特徴の事を貴女は全く知らないでしょう?」

 

「は、はい‥‥」

 

前の世界では男だった葉月は学生時代に女子の保健なんて習っている筈がなく、そう言った知識がなくても仕方がなかった。

 

「なら、そう言った知識の習得は必要よ」

 

真雪の話から以前、真霜が使っていた保健の教科書を使い、真雪と真霜の二人は葉月に女性の身体について教える事にした。

ただ、保健の授業の際、葉月はやや頬を赤らめており、その様子を見ながら葉月に教えていた真雪と真霜は、

 

((初心ね‥‥))

 

と、葉月に初々しさを感じた。

それと同時に生理中の葉月をあまり怒らせない様にと言う暗黙のルールが誕生した。

 

女性の身体についての知識を得て、生理痛も収まったある日の朝、

 

生理痛も収まったので、葉月の機嫌は直っていた。

そんな中、

 

「ねぇ、葉月」

 

「はい?」

 

「また、コーヒーを淹れくれない?」

 

真霜が葉月にコーヒーを淹れてくれと頼んできた。

 

「いいですよ」

 

葉月は部屋からコーヒーサイフォンを持ってきてコーヒーを淹れ始める。

 

「おっ?なんだそれは?」

 

(理科の実験道具?)

 

コーヒーサイフォンを見た事のない真冬と真白はコーヒーサイフォンを見て、葉月が何をしているのか分からず、真白は平賀と同じ印象を抱いた。

 

「コーヒーを淹れているんですよ」

 

「ええぇー!!この理科の実験道具でコーヒーを淹れられるのか?」

 

「実験道具って‥‥」

 

真白と平賀がコーヒーサイフォンの印象を口にする真冬。

それを聞いて、葉月が顔を少し引き攣らせる。

一度、葉月の淹れたコーヒーを飲んだ事の有る真雪と真霜は淹れている中、楽しみにしている様子で待っており、真冬と真白はこんな理科の実験道具みたいな機器で淹れたコーヒーは飲めるのか?

それ以前にコーヒーなんて淹れられるのか?

と、疑問視していた。

その後、淹れたてのコーヒーを宗谷家の皆に振る舞う葉月。

真雪と真霜は美味しそうにコーヒーを飲み、真冬も当初は、「これ大丈夫なのか?」とカップに入ったコーヒーをジッと見るが、一口飲んでその思いはあっさりと消え去った。

 

「おおー!!美味いな!!このコーヒー!!」

 

真冬も葉月の淹れたコーヒーを気に入った様子。

しかし、真白は‥‥

 

「‥ニガッ」

 

中学生の真白にブラックコーヒーはまだ早かった様で、飲みにくそうだった。

 

「‥真白ちゃん、飲みにくい?」

 

「い、いえ‥そんな事は‥‥」

 

体裁かそれとも淹れてくれた葉月に対しての心遣いなのか、真白は更にブラックコーヒーが入ったカップを口につける。

 

「‥‥真白ちゃん、ちょっと貸して」

 

と、真白のカップを持って一度台所へ行き、戻って来るとカップの中にはブラックコーヒーではなく、カフェオレが入っていた。

 

「はい」

 

「えっ?」

 

「ミルクと砂糖でカフェオレにしてみたんだ。これなら、飲みやすいと思うよ」

 

「あ、ありがとうございます//////」

 

カップを受け取った真白は頬を赤くしながら、カフェオレを一口飲む。

 

「‥‥美味しい」

 

カフェオレを飲んだ真白は一言そう呟いた。

真白からの感想を聞いて、葉月は微笑みながら葉月も自分が淹れたコーヒーを一口飲むがやはり、葉月が満足のいく結果にはいかなかった。

それでも宗谷家の皆には十分満足の行く味だっため、真霜達は特に不満はなかった。

そして、それ以降、葉月は宗谷家の朝食の際、コーヒーを淹れる係りとなった。

 

 

それから少し経ったある夜の事‥‥

宗谷家の夜の台所で真霜が何かを作っていた。

 

「‥‥後はこれを入れて‥‥っと‥‥フフ、待っていなさい、葉月」

 

真霜はニヤリと口元を緩めた。

 

何かの陰謀が始まろうとしていた‥‥。

 

そんな陰謀が自分の身に降りかかろうとは思ってもみなかった葉月は、就寝前にベッドの上で小説を読んでいると、

 

コンコン

 

と、部屋のドアをノックする者が居た。

 

「どうぞ」

 

「こんばんは、葉月」

 

入室を許可すると、二つのマグカップを持った真霜が入って来た。

 

「真霜さん。どうしたんですか?」

 

「ちょっと、葉月とお話をしたくて‥‥」

 

「はぁ‥まぁいいですよ」

 

「そう?あっ、ハイコレ」

 

そう言って真霜は葉月に二つのマグカップの内、一つを葉月に手渡す。

マグカップの中身はココアだった。

 

「葉月の淹れたコーヒーもいいけど、こういうのもたまにはいいじゃない?」

 

確かに普段淹れて、飲みなれているコーヒーとも違うココアを飲むのもたまには悪くない。

真霜が淹れたココアを飲みながら、彼女と談笑し、ココアを飲み切った後も談笑は続いた。

そんな中、葉月の身体に異変が生じた。

どうも、体中が火照って来て熱いし、頭もボォ~っとしてきた。

流石に夜更かしをし過ぎて眠くなってきたのだろうか?

葉月がそう思っていると、目の前の真霜は突然、とんでもない事を口走った。

 

「フフフフ‥効いてきたみたいね」

 

「き、効いてきた‥‥真霜さん‥何を‥‥?」

 

葉月としては真霜が何を言っているのか理解できなかった。

 

「フフ、さっき貴女が飲んだ、ココア‥その中に媚薬を入れていたのよ」

 

「び、媚薬!?な、なんでそんなモノを‥‥」

 

「決まっているじゃない‥葉月‥貴女を抱く為よ」

 

「だ、抱く!?//////」

 

真霜の発言に思わず、驚愕する葉月。

 

「な、なんで‥そもそも自分達は同性の筈‥‥」

 

「ええ、貴女の言う通り、私達は女‥でも、私にとってはそんな事(性別)は関係ないわ‥‥私は好きな者なら例え同性でも良いの‥‥」

 

「な、なんで‥自分を‥‥?」

 

「病院で入院中の貴女を見た時‥‥それにこの前、貴女が生理痛できつく言われた時‥‥私の身体の中に電気が走ったわ‥‥その時の快感を‥いえ、それ以上を味わいたいのよ

 

そう言って葉月ににじり寄る真霜。

一方、葉月は火照った体のせいで上手く動かない。

忽ちベッドに押し倒される葉月。

眼前には今の自分同様、顔を赤くし火照った様子も真霜。

 

「大丈夫、葉月を気持ちよくしてあげるから‥‥」

 

葉月の耳元でそう囁き、今度は葉月の唇を奪う真霜。

 

「んっ‥‥ちゅっ‥‥んむっ‥‥ちゅっ‥‥んんっ‥‥」

 

「ちゅっ‥‥んんっ‥‥ちゅっ‥‥んっ‥‥んむっ‥‥」

 

部屋にピチャピチャと淫猥な音が響く。

 

お互いの舌を絡めあわせた深く熱い口付けをした頃には、媚薬とこの空気のせいで葉月の頭の中は真っ白になる。

 

「いいわね‥‥葉月‥‥?」

 

「あっ‥‥は‥‥はい‥‥」

 

上手く、思考が働かない中、葉月は無意識に返事をしてしまう。

真霜は自らが着ていた寝間着を脱ぎ、続いて葉月の寝間着を剥ぎ取る。

 

「フフ、綺麗な肌‥‥それにいい形の胸ね‥‥」

 

真霜は赤子が母親の乳房を吸うかのように葉月の乳頭に口をつけた。

次々と感じる未知なる感覚に葉月は理性を捨てて本能だけとなった。

それは相手の真霜も同じ様だ。

 

 

 

~しばらくお待ちください~

 

 

 

数時間後、二人は生まれたままの姿でベッドの上で抱き合っていた。

月の光が二人を照らし、実に神秘的な光景だった。

 

「葉月、なかなか不器用なのね‥彼女、居たんでしょう?」

 

「‥‥じ、自分は‥その‥‥契りを交わすのは、祝言後と決めていたので‥‥」

 

「随分堅い考えね」

 

「今はどうか知りませんが、あの時代ではそんなに珍しい事ではありません」

 

「なら、私の初めてを貰ったんですもの‥責任はちゃんと取ってくれる?」

 

「えっ?」

 

「フフ、冗談よ‥でも、時々で良いからまた、相手をしてくれると良いんだけどな‥‥//////」

 

「‥‥と、時々ですからね‥‥その‥毎日とか‥‥毎週じゃ‥‥身が持ちませんから‥‥」

 

「ええ‥‥葉月‥‥んっ」

 

「んっ‥‥」

 

「んっ‥‥ちゅっ‥‥んむっ‥‥ちゅっ‥‥んんっ‥‥」

 

「ちゅっ‥‥んんっ‥‥ちゅっ‥‥んっ‥‥んむっ‥‥」

 

葉月と真霜は互いの舌を絡ませ合いながらの長いキスは数十分にも数時間にも感じた。

 

その後、二人は互いの温もりを感じ合うかのように眠りについた。

 

 

 



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11話 出会い

※アニメ第一話にて、明乃ともえかの会話から二人は違う中学校に通っている様でしたが、プロローグ2でもちょっと出しましたが、この世界では明乃ともえかは同じ中学校に通っている設定です。



真霜と身体を重ねてから一夜が経った。

カーテンの隙間から朝日の光が差し込む。

 

「んっ‥‥うぅ‥‥ん?」

 

葉月がふと横を見ると、其処には幸せそうに眠る真霜の姿があった。

流石に宗谷家の他の家族が起きてくるまで真霜を此処に置いておくわけにはいかない。

真霜は宗谷家の長女であり、自分は居候の身‥‥。

真霜が自分を求めて迫って来たとはいえ、大切な宗谷家の長女を傷物にしたのだから‥‥。

 

「真霜さん、朝ですよ‥‥真霜さん」

 

葉月は真霜の身体を揺する。

すると、

 

「うぅ‥‥んぅ‥‥」

 

真霜が瞼をゆっくりと開けて、起動し始める。

 

「葉月‥‥?」

 

「はい‥おはようございます。真霜さん」

 

「おはよ~」

 

葉月と真霜は互いに挨拶をする。

 

「はぁ~づぅ~きぃ~‥‥んっ」

 

「んっ‥‥」

 

真霜は寝ぼけたように葉月に迫り、葉月の唇を奪う。

 

「んっ‥‥ん、ごちそうさま」

 

葉月とキスしたら一気に覚醒した様子の真霜。

その後、彼女はベッドから降り、床に散らばった下着と寝間着を着ると、

 

「それじゃあね、葉月」

 

「え、ええ‥‥」

 

ヒラヒラと手を振って真霜は葉月の部屋から出て行った‥‥。

 

「‥‥はぁ~」

 

真霜が部屋から出て行くと葉月は深いため息をつく。

真霜の勢いとその場の空気に呑まれて彼女とあんなことをしてしまった‥‥自己嫌悪に陥る葉月だった。

しかし、真霜以外の宗谷家の皆には気づかれる訳にはいかない。

その日の朝食の席で互いに顔を合わせても真霜も葉月も何事も無かったように普段通りの態度を貫いた。

ただ、真霜はその日オフィスにて、

 

「あれ?宗谷さん、なんか雰囲気変わりました?」

 

と、部下の一人からそんな質問が彼女にとんだ。

 

「えっ?そう?」

 

「はい‥何だか‥その‥綺麗になった感じが‥‥」

 

元々真霜は女性の中では美人の部類に入るだろう。

それが、僅か一晩で磨きがかかったように思う。

化粧や服飾に変化があったわけではないが、些細な表情や仕草にそれを感じていた。

 

「う~ん‥自分じゃあまりわからないわね‥‥」

 

真霜は自分の身体を見渡しながら、何処が変わったのかを確認するが、やはり何処か変わった様子は見られない。

しかし、この日からブルーマーメイド内で『宗谷真霜に彼氏が出来た』と言う噂が広まった。

ブルーマーメイド達は、あの宗谷真霜の彼氏がどんな人なのか気になり、

あの人じゃない?

いや、彼じゃない?

と、真霜の彼氏が誰なのかと言う噂でもちきりになった。

 

 

この日、知名もえかは、一人、街中を歩いていた。

親友である岬明乃はスキッパーの運転免許を取る為、教習所へと行っており、今日は自分一人だった。

そこで、街中を一人散策の旅に出たのだ。

この日は少し風があり、時々突風が吹いていた。

 

(ミケちゃん大丈夫かな?)

 

スキッパーの教習に行っている親友の事を心配するもえか。

実習は海の上で行われるので、突風で海上へ投げ出されないか、スキッパーが転覆しないか心配したのだ。

 

ヒュ~

 

「きゃっ!!」

 

時折吹く強風に舞うスカートと帽子を抑え、もえかはとりあえず、風が収まるまでどこか建物の中に避難しようと歩きはじめる。

しかし、スカートと帽子、更に髪を抑えなければならない状況なので、非常に歩き難いし、気を使う。

中学生とは言え、もえかも女の子だ。スカートや髪等の身だしなみはやはり気にする。

抑えながら歩いてはいるもののかなり歩き難い。

何かに気を取られると酷い事態になりそうだった。それでも突然の風を何とかやり過ごし、もえかは歩いていた。

そんな中、

 

ビュ~!!

 

「っ!?キャっ!‥‥あっ!?」

 

突然これまでにない大きな突風が吹いた。

しかし、一瞬対応が遅れ、被っていた帽子が飛んでしまった。

そんな中、もえかの正面から歩いてくる人が一瞬驚いた様子でとっさに帽子を掴もうとしてくれたのだが、あと一歩届かず木に引っ掛かってしまった。

 

「あぁ~‥‥ど、どうしよう‥‥」

 

もえかは帽子の引っ掛った木を見上げた。

帽子が引っかかった場所はそこまで高くはないが、自分の身長では届かない。恐らく手を伸ばしても無理だろう。

あの帽子はもえかのお気に入りの帽子だったので、もえかの落胆は大きい。

もし、この場に親友の明乃が居たのであれば、木に登って帽子を取りに行っただろう。

もえか自身も木に上って取りに行ったかもしれないが、あいにく今日の自分の服装はスカートを穿いている。

もし、下から誰かに見られたら、下着を見られてしまう。

年頃の女の子としてはそんな恥ずかしい醜態は見せられない。

もえかは困ったように帽子の引っ掛った木の下で、その木を見上げ、立ち止まってしまった。

だからこそ、横から突然声をかけられたもえかは驚いた。

 

「すまない。突然の事で掴めなかった‥‥っ!?‥‥巴‥‥?」

 

「っ!?えっ!?」

 

まさか、先程の人が自分の横に居るとは思ってもいなかった 。

しかも、逆に謝られもえかは困ってしまった。

ただ、その人は自分の顔を見て物凄く驚いていた。

服装はジーパンにワイシャツと男っぽい格好だが、顔立ちと胸部から女性であることを主張している膨らみがあるのを見る限り、横に居る人が女性だと判断できる。

 

(えっ!?私の顔に何かついていたかな‥‥?)

 

「あ、いえ‥‥。こちらこそスミマセン。‥‥気にしないで下さい」

 

もえかは逆に恐縮してしまい、その人に詫びを入れる。

 

「い、いや、掴みそこねた自分も悪かった‥‥ちょっと待っていて‥‥」

 

そう言うと、その人はスルスルと木に登り始めた。

 

 

 

 

この日、葉月は休みを貰い、未来の街中を散策していた。

真霜との一件があり、気分転換にもなるだろうと思ったからだ。

 

(照和の時代とは違い、木造建築も欧州風のレンガ調の建物も少ないな‥‥)

 

(それに日露戦争後、日本の本土が水没するなんてな‥‥でも、戦争が起きなかったのは人類の歴史にとっては奇跡に近い事だ‥‥)

 

途中とは言え、戦争の悲惨さを体験した葉月だからこそ、あの世界大戦がこの世界で起きなかった事に驚きが隠せなかった。

 

(大高総理や高野総長、大石司令がこの世界を見たら、驚くだろうな‥‥)

 

世界平和の為に奮戦していた男たちの事を思いながら、街中を歩いている、突然強い風が吹いた。

すると、前を歩いていた女の子の被っていた帽子がこちらへと飛んできた。

 

「っ!?」

 

葉月は一瞬驚いたが何とかその帽子を掴もうとしたのだが、ほんのタッチの差で帽子には届かず木に引っ掛かってしまった。

女の子は、帽子が引っかかった木を見つめている。

帽子を取れずに、木に引っかかってしまったのは自分のせいでもあるので、葉月はその女の子の下へと向かい声をかけた。

 

「すまない。突然の事で掴めなかった‥‥っ!?‥‥巴‥‥?」

 

葉月はその女の子の顔を見て驚いた。

何せ、その女の子の容姿がかつて男であった前世での許嫁の容姿とそっくりだったからだ。

 

「っ!?えっ!?」

 

女の子も驚いている様子だった。

 

「あ、いえ‥‥。こちらこそスミマセン。‥‥気にしないで下さい」

 

「い、いや、掴みそこねた自分も悪かった‥‥ちょっと待っていて‥‥」

 

そう言って葉月は木に登り帽子を取りに行った。

木に登っている最中、葉月はあの女の子がかつての許嫁そっくりなことにある推測をたてた。

この世界に存在したアドルフ・ヒトラーと前世の世界に居たハインリッヒ・フォン・ヒトラー。

自分の世界にて、軍令部総長を務めていた高野五十六とこの世界で鎮守府司令官からモナコで博打打となった山本五十六。

この二人がそれぞれの世界に存在し、容姿も瓜二つな事から、二つの世界にはそれぞれ似た人間が存在するのではないだろうか?

あの女の子はこの世界における許嫁だった女性と対を成す存在なのではないだろうか?

しかし、今の自分は女性であり、あの子とは何の関係もない赤の他人だ。

この帽子をとったら、それっきりの関係だ。

それでも、こうして許嫁にそっくりな人と一目会えたことに関しては、嬉しさを感じた。

葉月は木に引っかかっている帽子をとり、そこから飛び降りる。

 

「はい」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

その子は帽子を大切そうに抱える。

 

「それじゃあ‥‥」

 

「あっ、あの‥‥」

 

葉月は足早にその場から去って行った。

これ以上許嫁とそっくりなこの子と一緒に居るだけで胸が張り裂けそうになる。

前世で残して来た許嫁はどうなったであろうか?

それが、葉月が前世で残して来た未練でもあったからだ‥‥。

 

 

 

 

木に登り始めたその人は器用に木を登っていき、帽子を取って来ると、なんとそこから地面へ飛び降りた。

 

「はい」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

もえかは帽子を取って来てくれたその人にお礼を言う。

お気に入りの帽子だけあって、もえかは無意識にその帽子をギュッと抱きしめる。

 

「それじゃあ‥‥」

 

帽子を取ってくれたその人はそう言って足早に去って行った。

 

「あっ、あの‥‥」

 

もえかはせめて帽子を取ってくれたその人の名前ぐらいは聞きたかった。

しかし、その人は振り返る事も、立ち止まる事も無く、立ち去って行った。

 

 

「へぇ~そんな事があったんだ」

 

寮に戻ったもえかは明乃に今日の事を話した。

 

「颯爽と現れて颯爽と去る‥まるでヒーローみたいだね」

 

「うん‥今度会えたら、もう一度お礼を言って、名前を聞きたいな‥‥」

 

「私も会ってみたいな‥‥」

 

もえかの話を聞き、明乃もその帽子を取ってくれた人に興味がわいた様だった。

 

それからしばらくして‥‥

 

 

明乃ともえかの通っている中学校は定期試験の期間となっていた。

二人が進学を夢見る横須賀女子海洋学校は日本でも指折りのブルーマーメイドの育成学校であり、当然将来のブルーマーメイドを目指す女子にとっては憧れの学校であり、その入学倍率は高い。

そのあまりの志願者の関係で、入試に関しても中学での成績に一定のレベルを定め、中学で定められたそのレベルの成績を収めなければ、横須賀女子海洋学校の入試さえ受ける事が出来ない。

 

ブルーマーメイドを目指す明乃ともえかはまずは横須賀女子海洋学校の入試を受けるために中学で横須賀女子海洋学校が定めたレベルの成績を収めなければならず、中学のテストでは優秀な成績を収めなければならない。

そして、今はその重要なテスト期間中‥‥。

明乃ともえかは参考書が揃っている図書館にて、テスト勉強を行っていた。

そんな中、明乃は参考書を探しに行き、棚の上に目当ての参考書があるのを見つけてその参考書を取ろうとする。

しかし、明乃の身長では手が届かなかった。

 

「んぅ~‥‥あと、5cm身長が欲しい!!少し、棚低くしてくれれば良いのに!!利用する皆が身長高い訳じゃないのに!!」

 

文句を言いながら必死に参考書を取ろうとする明乃。

すると、

 

―――スッ

 

明乃の後ろから腕が伸び、彼女が必死に取ろうとしていた参考書にその手が触れる。

 

「えっ?」

 

明乃が驚くのは当然だと思う。

彼女は慌てて後ろを振り向くと、一人の女の人が背伸びをして参考書を手に持っていた。

 

「はい、この本であっているだろうか?」

 

その女の人が明乃に参考書を差し出すが、彼女は驚いたまま見上げているだけだった。

 

「この本ではなかったか?」

 

「えっ!は、はい、スミマセン。合っています。ありがとうございます!!」

 

明乃はその女の人にペコリと頭を下げて礼を言う。

 

「テスト勉強かな?」

 

「はい、もうすぐテストなんです」

 

「そうか‥頑張ってね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

明乃が再びその女の人に礼を言うと、その人はその場から去って行った。

 

「あれ?」

 

その人が去ってから明乃は床に定期入れの様なモノが落ちているのに気付いた。

さっきの女の人が落としたものだろうか?

 

「あ、あの‥‥」

 

明乃がソレを拾い、慌ててさっきの女の人を追ったが、既にその人は近くには居なかった。

そこで、明乃はその定期入れを調べてみる事にした。

もしかしたら、さっきの女の人の手掛かりがあるかもしれないと思って‥‥

二つ折りになっている定期入れを開けると、明乃は目を見開いた。

そこにはセピア色の写真が入っていたのだが、問題はその被写体だった。

 

(えっ!?これってもかちゃん!?)

 

なんと、写真に写っていたのは、親友である知名もえかとそっくりな女性だったのだ。

 

(いや、でも、写っているのはもかちゃんよりも年上っぽい‥もかちゃんのお母さんかな?‥‥でも、写真がセピア色だし、なんでさっきの女の人がこの写真を持っているんだろう?もかちゃんの親戚の人だったのかな?あれ?でも、もかちゃんも私と同じでもう家族の人とかは居ない筈だし‥‥)

 

二つ折りの定期入れはその写真以外入っておらず、さっきの女の人の手掛かりはなかった。

もしかしかた、もえかの親戚の人かもしれないと思った明乃であったが、もえかは既自分と同じ天涯孤独の身‥だからこそ、自分と同じ養護施設で出会ったのだ。

それでも何か知っているかもしれないと思った明乃はもえかに尋ねる事にした。

 

 

 

 

その日、葉月はこの世界の歴史と技術を知る為に図書館にやって来て、歴史書と技術書関連の本を読みふけっていた。

そして、帰り際、セーラー服の女の子が棚にある参考書を取ろうと必死に手を伸ばしている場面に遭遇した。

女の子の身長ではお目当ての参考書には届かない。

踏み台を使えばすぐに取れるのに、どうやらその子は踏み台の存在に気づいていない様だ。

葉月は余計な御世話かもしれないが、近づき、取ってやることにした。

その子のお目当ての参考書は葉月も背伸びをしてとれるくらいの高さにあった。

 

(此処の図書館、品揃えは良いが、もう少し利用者に配慮するべきじゃないだろうか?)

 

そう思い、女の子が取ろうとしていた参考書を取り、その子に手渡す。

 

「えっ?」

 

葉月から参考書を手渡されたその子は驚いた顔をしていた。

 

「はい、この本であっているだろうか?」

 

葉月の問いにも彼女は驚いたまま見上げているだけだった。

 

「この本ではなかったか?」

 

もしかしてこの参考書の隣にある参考書だったのだろうか?

葉月がそう思っていると、

 

「えっ!は、はい、スミマセン。合っています。ありがとうございます!!」

 

その子は葉月にペコリと頭を下げて礼を言う。

 

「テスト勉強かな?」

 

葉月はその子に何気なく参考書の使用目的を尋ねると、

 

「はい、もうすぐテストなんです」

 

どうやら、近々この子の通っている学校ではテストがあるらしい。

 

(そう言えば、真白ちゃんもテストが近づいていると言っていたな)

 

「そうか‥頑張ってね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

葉月が彼女に声援を贈りつつ参考書を手渡すと、その子は再び礼を言った。

そして、葉月はその場を後にし、帰宅の途についた。

ただ、葉月はこの時気づかなかった‥‥。

許嫁の写真が入った写真入れを落したことに‥‥。

 

 

 

 

「もかちゃん」

 

「あっ、おかえり、ミケちゃん。参考書あった?」

 

「うん‥それよりも、もかちゃん、コレ見て、コレ」

 

「ん?なに?‥‥っ!?」

 

明乃はもえかに先程拾った二つ折りの定期入れ(写真入れ)をもえかに見せる。

もえかはその中身を見て、目を見開いて驚いた。

そこには自分‥いや、正確には今の自分をもう少し年上にした感じの女性が着物姿で写っている写真が入っていたのだから‥‥。

 

「ねぇ、この写真に写っているのって、もかちゃんのお母さん?」

 

明乃はもえかに、死別した母親なのかと尋ねる。

 

「う、ううん‥お母さんの写真でこんな写真は無い‥‥」

 

もえかはこの写真の女性は死んだ自分の母親では無いと言う。

それにカラー写真ではなく、セピア色の写真なんてもえかが所有するアルバムの中でそんな写真は一枚も存在しない。

 

「ミケちゃん、この写真どうしたの?」

 

もえかは明乃に何処でこの写真を手に入れたのかを尋ねる。

 

「さっき、この参考書を取ってくれた女の人が多分落したんだと思う」

 

「その人ってどんな人だった?」

 

「えっと‥‥」

 

明乃はもえかに先程、参考書を取ってくれた女の人の特徴をもえかに話した。

 

「その人だよ、この前、私の帽子を取ってくれた人は」

 

明乃が話した参考書を取ってくれた女の人と以前、自分の帽子を取ってくれた人と特徴が一致したので、もえかにはその人物が同一人物であると言う確信があった。

 

「ええっ!!あの人だったの?でも、なんでその人がもかちゃんとそっくりな女の人の写真を持っているんだろう?」

 

明乃はてっきりもえかの親戚の人だとばかり思っていたのだが、事態は予想外な展開となった。

写真に写っている人物はもえかの母親ではなく、持っていた人物も、もえかの親戚では無い。

 

「‥‥あの人にはお礼の他に聞きたい事が出来ちゃったな」

 

もえかはセピア色の写真を見つめながら、ポツリと呟いた。



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12話 出会い パート2

図書館から戻って来た葉月のテンションは物凄く低かった。

葉月が一度宗谷家に戻った時に、葉月は許嫁の写真が入った写真入れを落したことに気づき、慌てて図書館に引き返し、受付で写真入れの落し物が無かったかを受付嬢に尋ねたが、その様な落し物は来ていないと言う返答を受けた。

それでも何処かに落ちているのではと思い、館内を隅々探したが、写真入れは見つからなかった。

その写真入れを偶然拾った明乃であったが、葉月が図書館に戻る前にもえかと共に退館していたので、巡り合わせが悪かったとしか言いようがなかった。

夕食時でも葉月のテンションは下がっており、真霜達が心配そうに見ていた。

葉月の後ろには青白い火の玉が浮かんでいるようにも見え、周りは黒い瘴気の様なモノで、囲まれている様にも見える。

 

(真霜姉さん‥葉月さんやけに落ち込んでいるみたいですが、何かあったんでしょうか?)

 

真白が真霜に何故、葉月のテンションが低く、落ち込んでいるのか不思議に思えて尋ねる。

 

(さ、さあ‥‥少なくとも、生理が来た訳じゃないと思うわ‥‥)

 

葉月の場合、つい最近に来たので、今の葉月が生理痛で悩んでいる訳では無いと予測する真霜。

 

(もしかして、この前の一件かしら?)

 

真霜はこの前やや強引に葉月を抱いた事に何か後ろめたいモノでも抱いているのではないかと思ったが、

 

(でも、あの後の朝食の時は、別に普段通りであそこまで落ち込んではいなかったし‥‥)

 

あの後の葉月の様子から今の落ち込み様があの一件とは言い切れない真霜。

 

(真霜姉さん、何か心当たりがあるんですか?)

 

真霜の様子に気づいた真白が真霜に小声で話しかける。

 

(えっ!?な、なんでもないわよ)

 

突然真白に話しかけられ、きょどる真霜。

そんな真霜の様子に真白は首を傾げつつ、意味深しな目で真霜を見た。

 

「なんだ?葉月、随分と元気ねぇじゃねぇか」

 

真冬も真冬なりに落ち込んでいる葉月を心配していた‥‥筈。

 

「よし、それなら私が元気にしてやる!!」

 

(またか‥‥)

 

(ほんと、懲りないわね、真冬)

 

そう言って真冬は葉月の背後へと回り込み、

 

「元気、でろぉ~」

 

葉月の胸を揉み始めた。

普段ならば、此処で葉月の悲鳴と共に真冬に鉄拳が炸裂するのだが、この日だけはそれはなく、葉月は何の抵抗も無く、真冬に胸を揉まれていた。

 

「なっ!?」

 

胸を揉んでいる真冬本人もそれには意外性を感じ、驚いている。

しかし、手は止めない。

真冬も葉月のこの様な事をすればどうなるかぐらいは予想で来ていた。

いつもであれば、鉄拳が飛んでくるか手を抓られるかと思っていたのだが、今日の葉月はそれらの行為を一切行ってこない。

 

(あの葉月さんが真冬姉さんに抵抗することなく、胸を揉まれているだと!?)

 

真冬に胸を揉まれている葉月に驚愕する真白。

 

(これはかなりの重症ね‥‥)

 

真霜はやれやれと思いつつ、

 

「真冬、いい加減にしなさい」

 

真冬に笑みを浮かべて迫る。

その姿は物凄く凄みがあり、背後からはゴゴゴゴゴ‥‥と言う効果文字が浮かび上がっている様だ。

 

(それは私のおっぱいなのよ‥貴女なんかにはもったいないわ。それに触れて良いのは私だけなのよ‥‥)

 

真霜の凄みの中には何やら別の感情も混入している。

 

「わ、わかったよ‥」

 

真冬は真霜の凄みにあっさりと屈し、葉月の胸から手をどけた。

 

「葉月さん、何か悩み事?私で良ければ相談に乗るけど‥‥」

 

真雪が葉月にそう言うが、

 

「いえ‥‥大丈夫です‥‥」

 

ポツリと葉月はそう言うが、とても大丈夫そうでは無かった。

 

「‥‥」

 

真霜はそんな葉月の様子をジッと見ていた。

 

それから‥‥

 

「はぁ~‥‥」

 

葉月は部屋で深いため息をつく。

そこへ‥‥

 

コンコン‥‥

 

部屋のドアをノックする音がした。

 

「‥‥どうぞ」

 

「はぁ~い、葉月」

 

真霜が部屋に入って来た。

 

「真霜さん‥‥」

 

「どうしたの?葉月‥何か物凄く落ち込んでいるみたいだけど‥‥」

 

「‥‥」

 

真霜はジッと葉月を見るが、葉月は真霜からの視線を気まずそうに逸らす。

 

「ねぇ、話して‥‥」

 

「‥‥」

 

「私と葉月の関係ってそんなモノなの?」

 

「うっ‥‥」

 

目をうるわせながら迫る真霜に対し、葉月は真霜とあの一件もあり、真霜に対しては、強気にでれなかった。

 

「‥‥じ、実は‥‥‥」

 

葉月は真霜に話した。

前の世界での許嫁の写真が入った写真入れを落した事を‥‥

その話を聞き、真霜は少し不機嫌そうな顔をする。

 

「葉月、私と言うもモノがあるのに、浮気?」

 

「い、いや、浮気って‥‥そう訳じゃあ‥‥」

 

迫る真霜にタジタジな葉月。

 

「会えないって分かっていても、やっぱりその人を忘れる事はできませんから‥‥それが大切な人ならなおさらです‥‥忘れる事はその人の最後を思い出す事よりも耐え難い事でしょうから‥‥」

 

「‥‥」

 

哀愁が漂う葉月に真霜はこれ以上何も言えなかった。

葉月の返答次第では、今日も無理矢理にでも葉月を抱いてやろうと思ったが、今日はその気が失せた。

 

「事情は分かったわ‥でも、葉月。その人の事を忘れろとは言わないし、忘れなくてもいいけど、いつまでも過去に縛られていては前に進めないわよ‥‥」

 

真霜はそう言って葉月の部屋から出て行った。

 

(‥‥過去に縛られている?自分が‥‥?)

 

真霜の言葉に自分を振り返る葉月。

確かに真霜の言う事も一理あった。

この世界ではもう二度と会える事はない許嫁。

この世界で新たな人生を歩んでいこうと思っていたのだが、やはり前世の世界に残して来た許嫁の存在が強い未練になっていた。

写真を失った事で、その未練が浮き彫りになった。

 

「‥‥」

 

(忘れる訳では無い‥‥いつか‥いつか、また君と出会えることを信じている‥‥だから‥それまで、さよなら‥‥巴‥‥)

 

 

真霜の言葉を一晩考え、葉月は許嫁を忘れる訳では無いが、必死に割り切る事にした。

写真でなくても彼女の姿は心の目に焼き付けている‥‥。

現世ではもう会う事は叶わない許嫁‥‥来世での再会を夢見る葉月だった。

 

翌朝‥‥

 

「おはようございます」

 

葉月は昨日の朝と変わらない様子で宗谷家の皆に挨拶する。

 

「おはよう、葉月‥調子、戻ったみたいね」

 

真霜は葉月が戻ったようにホッとした様だった。

 

「おーす、葉月元気か?」

 

そこへ、真冬が登場し、例の如く葉月の胸を狙ってきた。

 

「っ!?」

 

葉月は咄嗟に身体を捻って、真冬の背後をとり、彼女にコブラツイストをかける。

 

「あたたたたた‥‥い、いつもの葉月だ‥‥」

 

コブラツイストをかけられながらも真冬も葉月が元に戻ったのだと安心した。

真雪と真白もそんな葉月の様子を見て微笑みながら見ていた。

 

 

此処で時系列は進む‥‥。

 

図書館にて、自分(明乃にとっては親友)とそっくりな写真を持った人物。

自分の帽子を取ってくれて、友人が困っている時に助けてくれた人物。

もえかと明乃は気にはなったが、ブルーマーメイドになる為、今は目の前の試験に集中する事にした。

試験の後には試験休みがあり、その時にあの人を探せばいい。

その思いと努力があってはもえかと明乃はその時の試験にはかなりの手ごたえを感じ、試験を終えた。

試験が終わり、学校が試験休みに入ると、もえかと明乃はあの人を探し始めた。

あの人と会った図書館にも何度も足を運んだが、会う事は叶わなかった。

たった一人の人間を探すのにこの街は広すぎて、探す人数は余りにも少なすぎた。

それでも、二人は諦めなかった。

もえかは帽子のお礼の件を含めて、どうしても写真に写っている人物の事聞きたかったから。

そして、明乃はそんな必死に人探しに奔走する親友の手助けをしたかったから。

その思いが二人を動かしていた。

そんな中、二人は運悪く、街の裏路地で社会不適合者と遭遇し、絡まれてしまった。

大きな戦争が起きなかったこの世界。

しかし、世界全体が完全な平和と言う訳では無い。

日常生活の中では様々な犯罪は起きている。

それは人間社会の中で切っても切れない事なのかもしれない。

そして今、もえかと明乃はそんな日常の中で起きている犯罪に片足を突っ込んでしまったのだ。

 

「へっへっへ、嬢ちゃん達可愛いねぇ~」

 

「俺らと遊ばねぇか?」

 

「み、ミケちゃん‥‥」

 

目の前の社会不適合者に怯えるもえか。

明乃はそんな彼女を守っているかのようにもえかの前に立つ。

しかし、明乃だって怖い。でも、その恐怖を表に出してしまったら、自分も動けなくなってしまう。

明乃は必死に恐怖を押し殺すが、相手は自分よりも年上の男達。

本能的に捕まったらきっと痛い目に遭う、酷い事をされる。そんな予感がしていたが、何もせず、男共の言いなりになってたまるか、自分はどうなっても良いから、せめて親友だけでも逃がさなければ‥‥。

 

「す、すみません、私達人を探しているんです‥‥ですから、今急いでいるんです」

 

無駄だと思いつつも明乃は震える声で男達に今の自分達の現状を説明する。

もえかも、無言ながら首をコクコクと縦に振る。

 

「へぇ~人探し?」

 

「それなら、お兄さん達も手伝ってあげようか?」

 

「嘘だ」と明乃ももえかもそう感じた。

男達の醸し出す雰囲気からは自分達に協力しようなんて気概が一切感じられない。

 

「い、いえ‥私達だけで大丈夫です。それじゃあ‥‥」

 

明乃ともえかは男達を見ずにその場を離れようとした。

しかしその態度が気に入らず、男は声を荒げ、

 

「おい、嬢ちゃん、人と話すときは相手の顔を見ろと教わらなかったのか?ええ、おい!」

 

「い、いやっ!!」

 

男は明乃ともえかをつかもうと手を伸ばすが思わず反射的にもえかはその手を振り払う。

 

「こっちが下手に出てりゃ図に乗りやがってこのアマ!」

 

「面倒くせぇ~、ここでヤッちまおうぜ」

 

「ヘヘ、そうだな」

 

男達がナイフを取り出しや明乃ともえかに向ける。

 

「も、もかちゃん‥‥」

 

「み、ミケちゃん」

 

ナイフの登場でとうとう明乃も恐怖で動けなくなってしまった。

そこへ、

 

「其処で何をしている!?」

 

路地裏に凛とした声が響いた。

 

 

 

 

「うぅ~」

 

この日、葉月はまたもや、生理痛で苦しんでいた。

 

(なんで、この前あったばかりだと思ったのに~)

 

身体がずっしりと重く、変則的に襲いかかって来るこの鈍痛‥‥。

またもや、葉月の機嫌はその日の朝から、不機嫌であった。

しかし、幸いな事に今日はドックでの作業は休みとなっていたので、今日は一日家の中で過ごそうと思っていた。

葉月のその思いと行動はドックの技術者達にも幸いしていた。

だが、神は非情だった。

その日の十時過ぎ、宗谷家の電話が鳴った。

出てみると、それは葉月が日ごろ、コーヒー豆を買いに行っているコーヒーショップの店長からで、以前葉月が注文したコーヒー豆が入荷したと言う知らせであった。

葉月としては、今日は一日家に居たかったが、新しいコーヒー豆が届いたと言う事で、その豆を使ってコーヒーの研究もしたかった。

店長に頼んで送ってもらってもいいのだが、その他にももしかしたら、掘り出し物があるかもしれない。

そう言った物は直接自分の目で見て、選びたい。

葉月は、面倒だと思いつつコーヒーショップへと足を運ぶ事にした。

 

コーヒーショップにて、注文した豆を引き取り、ついでに幾つかの豆を自分の目や匂いで選び、会計を済ませて急いで家路につく葉月。

そんな中、葉月が街中を歩いていると、路地裏から人の気配がして行ってみると微かだが悲鳴が聞こえた。

そして、葉月の目の前には、図書館で出会った女の子と帽子を取ってあげた許嫁そっくりの女の人がナイフを持った男達に絡まれている場面に遭遇した。

その光景を見た葉月は生理痛以外で、苛立ちを覚え、声を上げた。

 

「其処で何をしている!?」

 

葉月の声に反応し、男達と一緒に二人の女の子も葉月の存在に気づき、葉月の方へ視線を向けた。

 

 

 

 

「其処で何をしている!?」

 

路地裏に凛とした声が響き、男達も明乃ともえかの二人も声がした方へと視線を向ける。

すると、そこには、明乃ともえかが探していた人物が居た。

 

「あの人はっ!?」

 

「うん、間違いないよ。図書館に居たあの人だよ」

 

明乃ともえかはようやく探し人に会えたことに一瞬であるが、男達に絡まれていると言う恐怖を忘れる事が出来たが、男達の声を聞いて再び恐怖した。

 

「あんだっ!?姉ちゃんよ」

 

「ヒーロー気取りか?」

 

「よく見れば、姉ちゃんもなかなかの上玉じゃねぇか」

 

「俺達と遊びたいのか?」

 

「そうなら、そう言えばいいのに~優しくしてやるよ」

 

ゲスな笑みを浮かべてくる男達に生理痛の鈍痛も合わさって葉月の不快指数は最高潮となる。

 

「遊んでやるから、かかってこいよ、ド三流以下のドぐされ共」

 

購入したコーヒー豆をその場に置き、社会不適合者共を挑発する葉月。

 

「このアマ!!」

 

「後悔すんなよ!!」

 

社会不適合者共がナイフを振りかざしながら、葉月に迫った。

明乃ともえかはその光景を見て、思わず目を閉じた。

葉月としては生理痛から来るこの鈍痛によるむしゃくしゃを少しでも暴れて晴らしたいと言う思惑あった。

 

葉月とナイフを装備した社会不適合者共の戦いは、途中、葉月は腕に傷を付けられたがそれが余計に葉月の闘争心に火をつけ、社会不適合者共をボコボコにした。

始めは目を閉じていた明乃ともえかであったが、恐る恐る目を開けてみると、其処では葉月が社会不適合者共と互角‥いや、それ以上の実力で戦っている光景が目に入った。

 

「すごい‥‥」

 

「相手はナイフを持っているのに‥‥」

 

二人は思わず、戦っている葉月の姿に見とれてしまった。

 

「ぐはっ!!」

 

やがて、フィニッシュを迎え、社会不適合者共は葉月の一本背負いで裏路地にてノックアウトされた。

 

(ああ、すっきりした)

 

一暴れした事により、葉月の顔は満ち足りた顔をしていた。

 

(さて、後は警察に任せるか‥‥)

 

葉月は携帯で警察を呼び、現場に警官が来るのを待つことにした。

そんな葉月に、もえかが声をかけてきた。

 

「あ、あの‥‥」

 

(ん、まだいたのか)

 

葉月が社会不適合者共を相手にしている間に逃げたのかと思っていた明乃ともえかはまだその場に居た。

 

「えっと‥‥無事だった?」

 

「は、はい。あの‥‥助けてくれてありがとうございました!!」

 

「ありがとうございました!!」

 

もえかと明乃は葉月に頭を下げ礼を言う。

礼を言われた葉月の方は少し驚いた。

態々その一言を言うためだけにまだいたのかと。

正直こういう風に割り込んで喧嘩をしても大抵は、面倒事は御免だと何時の間にか逃げているものだとばかり思っていたからだ。

 

「無事なら良かった‥‥もうすぐ警察が来る‥面倒事にならない間に逃げた方が良い」

 

葉月は明乃ともえかにこの場から去る様に言うが、

 

「いえ、私達も待っています」

 

「そ、そうですよ。私達も関係者ですから‥‥」

 

と、何と二人ともこの場に残ると言いだした。

二人の言葉に目をぱちくりさせて驚く葉月の姿が裏路地にあった‥‥。

 

 



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13話 交流

試験休み中に探し人を求めて街中を散策していた明乃ともえかは路地裏にて、社会不適合者共に絡まれてしまった。

そこを助けてくれたのが、明乃ともえかの探し人である葉月だった。

この日、葉月は生理痛で変則的に襲いかかって来るこの鈍痛にイライラしつつ、贔屓にしているコーヒーショップへ頼んでいたコーヒー豆を受け取りに行き、その帰り道、社会不適合者共に絡まれていた明乃ともえかを助けた。

社会不適合者共を片付けた後、面倒であるが、この社会不適合者共をそのまま放置しておくと、また新たな火種を生む恐れがあるので、警察を呼んだ。

その間に明乃ともえかはこの場から去ったと思った葉月であったが、意外にも明乃ともえかはその場に留まり、警察に事情を一緒に説明すると言うのだ。

やがて、現場に来た警察と通報の際、葉月が腕を負傷した事を通報したので、警察と一緒に救急隊も到着した。

葉月は救急隊員に手当を受けながら、警察に事情を説明し、明乃ともえかも警察に今回のいきさつを説明した。

それにより、葉月にはお咎めなしで社会不適合者共は銃刀法違反、傷害罪で逮捕されて行った。

警察が社会不適合者共を連行して行き、騒ぎは沈静した。

そして、葉月が帰ろうとした時、

 

「待ってください」

 

もえかは葉月の服の裾をつかみ葉月を止めた。

 

「えっ?」

 

葉月はもえかのその行動に驚き思わず声が裏返る。

 

「え、いや、その‥‥」

 

もえかは葉月を引き留めたは良いが、何を話していいのやら、わからず困惑する。

 

「もかちゃん、落ち着いて」

 

「う、うん‥‥」

 

明乃はもえかに声をかけて、彼女を落ち着かせる。

 

「すぅ~‥‥はぁー‥‥」

 

もえかは話す前に深呼吸をして、改めて葉月と向き合う。

 

「あの!!」

 

「は、はい」

 

「あの‥今日はありがとうございました!!それに帽子との時もちゃんとお礼が言えなかったので、今日改めてお礼を言わせてください!!」

 

「えっ?あっ、うん‥‥」

 

もえかの律義さに戸惑う葉月。

 

「あっ、それと‥‥」

 

明乃はポケットをゴソゴソと漁り、

 

「コレ、この前図書館に落ちていました。貴女のですよね?」

 

と、葉月に二つ折りの写真入れを差し出して来た。

 

「っ!?」

 

明乃が葉月に差し出して来たのは紛れもなく先日、自分が落とした写真入れだった。

 

「ありがとう‥探していたんだよ」

 

受け取った写真入れをギュッと抱きしめる葉月。

 

「あ、あの‥‥」

 

そんな葉月に明乃が声をかける。

 

「何かな?」

 

「その‥‥悪いとは思ったんですけど、実はその‥‥中身を見てしまいまして、その‥‥すみませんでした」

 

明乃は葉月に無断で写真入れの中を見た事に負い目を感じる様に葉月に語り掛ける。

 

「私も見ました‥それで、気になったんですけど‥‥その‥‥どうして、その写真の人は私に似ているんですか?その人は誰なんですか?」

 

もえかも明乃同様、負い目を感じつつも写真を見た者として、葉月に疑問をぶつけた。

 

「‥‥この人は‥‥自分にとってとても大切な人だったんだ‥‥もう二度会うことは出来ないけれど‥‥」

 

「「あっ‥‥」」

 

葉月の口から発せられた「もう二度会えない」その意味は、明乃ともえかにはすぐに理解できた。

自分達にももう二度と会えない大切な人達が居た‥‥。

写真入れの中の写真の女性はきっと目の前の女の人にとって自分達の死んだ両親と同じくらい大切な人だったのだろうと理解する明乃はもえかだった。

 

「この人が君に似ているのは本当に偶然なんだ‥‥自分自身、あの日初めて君を見た時、驚いたからね」

 

「な、成程‥だからあの時、私の顔を見て驚いたんですね?」

 

「ああ‥世の中には三人、自分の顔と似た人が居るって言うからね」

 

葉月としては許嫁と目の前の居る少女の他に、かつて自分の世界にて、軍令部総長を務めた高野五十六とこの世界に存在していた山本五十六、世界征服を企んだハインリッヒ・フォン・ヒトラーとこの世界で風景画家だったアドルフ・ヒトラー‥‥既に二人のそっくりさんを知っていた。

もしかしたら、前世では自分そっくりな女学生が居たのかもしれないと思う葉月であった。

 

「あっ、自己紹介がまだでしたね!!私は岬明乃だよ!!」

 

此処で明乃が自分の名前を教えていない事に気づき、葉月に名を名乗る。

 

「私は知名もえかです」

 

明乃に続き、もえかも自己紹介をする。

 

「自分は、広瀬葉月です。よろしく、岬さんに知名さん」

 

「あっ、私の事は明乃でいいですよ」

 

「私も、もえかで‥広瀬さんの方が年上でしょうから‥‥」

 

「そ、そう?それなら自分も葉月と名前呼びで構わないよ」

 

こうして葉月、明乃、もえかの三人は互いに名を名乗り、交流を持つこととなった。

 

 

「葉月さん、その紙袋は何ですか」

 

明乃は葉月が持っている紙袋が気になる様子。

 

「ああ、これはコーヒー豆だよ。これを挽いてコーヒーを淹れるんだよ」

 

「葉月さんって喫茶店の方なんですか?」

 

「いや、コーヒーを淹れるのは趣味みたいなものかな?でも、喫茶店を開きたいって言うのは夢でもあるんだけどね」

 

「へぇー」

 

一方のもえかは葉月の腕に巻かれた血が滲んだ包帯が気になった。

自分達を護る為に傷ついたのだから心配して当然だ。

 

「あの‥葉月さん‥怪我は大丈夫でしょうか?」

 

「ああ、この程度大した事は無いよ」

 

(前世では、これ以上のケガを負う事なんて結構あったからな‥‥)

 

軍人である以上、生傷が絶えない職業である事は間違いなく、葉月にとってはこの程度の切り傷など、かすり傷レベルのものだった。

それよりも葉月が今、悩んでいるのが‥‥

 

「うぅ~‥‥」

 

生理痛から来る鈍痛だった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「やっぱり痛いんですか?」

 

葉月が鈍痛で腹部を抑え、顔を歪ませると、明乃ともえかが心配そうに聞いてくる。

 

「だ、大丈夫‥‥その‥‥今日は、あの日なんだ‥‥//////」

 

「「あっ‥‥//////」」

 

明乃ともえかももう中学生‥‥

当然、女の子が言う「あの日」の意味をちゃんと理解していた。

そのため、二人はほんのりと頬を赤らめた。

 

 

立ち話と言うのも現在、生理中の葉月にはしんどいので、どこか座れる場所は無いかと探していると、近くのショッピングモールがあったので、そこのフードコートにて、座りながら、話す事にした。

 

「そう言えば、二人は学生の様だけど、今はいくつなの?」

 

「私達は今、中学三年生です」

 

「そうか、それじゃあ来年は受験だね。何処を目指しているの?」

 

「横須賀女子海洋学校です」

 

(横須賀女子海洋‥‥確か真雪さんが校長を務めて真白ちゃんが目指している学校だっけ?)

 

「それじゃあ、二人とも将来はブルーマーメイドになるんだ」

 

「はい」

 

「まだ、なれるか分かりませんけど‥‥」

 

確かにもえかの言う通り、ブルーマーメイドになるにはまず最初に国が指定したブルーマーメイドの教育・育成機関である学校に入らなければならない。

横須賀女子海洋学校はその中でも最高峰に位置する教育機関だ。

 

「葉月さんは学生さんですか?」

 

「いや、学生‥ではないかな?」

 

(そう言えば、今の自分の身分って一体何なんだろう?)

 

明乃の質問に対して、葉月は今の自分の身分を考えさせられた。

病院で真霜と取引をして、天照の指揮権を確保し、現在は天照の艤装員長を務めているが、正式にブルーマーメイドに所属したわけでもないし、階級章の様なモノも受け取っていない。

 

(真霜さんに今夜あたり聞いてみるか‥‥)

 

自分の身分に関し、悩んでいる葉月に首を傾げる明乃ともえかだった。

 

「では、働いているのですか?」

 

「まぁ、働いていると言えば、働いているかな」

 

現に葉月は今、天照の艤装員長を務めているので、無職ではない。

 

「どういったお仕事をされているんですか?」

 

明乃ともえかは葉月の仕事がどんな職なのか興味がある様子。

 

「今はドックで艤装員の仕事をしているよ」

 

「ドックで働いて、艤装員って事はもしかして葉月さん、ブルーマーメイドの人なんですか?」

 

葉月がブルーマーメイドの人間だと多い明乃ともえかは目を輝かせている。

 

「う、うーん‥どうなんだろう‥‥?契約社員みたいなモノなのかな?」

 

((ブルーマーメイドに契約社員なんて制度があるの!?))

 

葉月の回答があまりにも意外だったので、声には出さないが驚く明乃ともえか。

 

「あっ、でも、今住んでいる家の人で、ブルーマーメイドで働いている人は二人いるよ」

 

「「えええっ!!」」

 

葉月の知り合いにブルーマーメイドの人が居る事に驚く二人。

 

「どんな人なんですか!?」

 

「やっぱり、カッコイイ人なんですか!?」

 

明乃ともえかは葉月にグイグイと迫り、ブルーマーメイドの人がどんな人なのかを尋ねてくる。

 

「うーん‥‥」

 

葉月は知っているブルーマーメイドの人達を思い浮かべる。

真っ先に浮かんだのが、現在居候先の宗谷真霜と妹の真冬‥‥。

真霜は確かに有能だ‥‥しかも美人でもある‥‥しかし、独占欲が強い‥‥性癖はアレだし‥‥。

真冬は黙っていれば、海の女って感じでカッコイイのだが、彼女の癖にはどうにも問題がある‥‥。

平賀はインスタントコーヒーをコーヒー豆を挽いたものだと勘違いするし‥‥。

福内は‥‥まぁ、知っているブルーマーメイドの人の中では唯一普通かな?ファッションは独創的だけど‥‥。

 

「うん、凄い人達だよ‥‥」

 

葉月は明乃ともえかから視線を少し逸らして言う。

 

「やっぱり!!」

 

「ブルーマーメイドになれる人ですからね!!」

 

まぁ、性格や癖、言動はともかく、自分達の職に関しては、誇りを持っている人達なのだろう。

しかし、願わくば、彼女達がブルーマーメイドになってもあの人達の様な人にはなって欲しくはないと思った。

その後、葉月と明乃、もえかはお互いに連絡先等を交換して、この日は解散となった。

 

 

葉月が宗谷家に戻り、宗谷家の皆がそろった時、皆は葉月の腕に巻かれた血の滲んだ包帯に驚いた。

真白は血が滲んでいたと言う事で、「あわわわわ‥‥」と狼狽していた。

 

「ちょっと、葉月!!その包帯どうしたのよ!?」

 

「あっ、ああ‥これですか‥‥これは‥‥」

 

葉月は包帯を巻く事になった経緯を話した。

注文したコーヒー豆を買いに行き、その帰り道に社会不適合者共に絡まれている女子中学生を助けてその過程で腕に傷を負った事を‥‥

その話を聞いた真冬は、

 

「へぇ~流石、葉月。良い根性してんじゃん」

 

と、葉月の行動を褒めた。

 

「でも、あまり危ない事はしちゃダメよ」

 

真雪は葉月に無茶な行動は控える様にと言い、

 

「どこのゴミクズかしら?私の葉月を傷物にしたのは‥‥」

 

(貴女ですよ、真霜さん)

 

真霜の言葉に心の中で突っ込む葉月。

 

「見つけたら、この世に生まれてきた事を後悔させてやろうかしら‥‥」

 

ダークオーラを出しながらブツブツと呟き、真雪を除く、他の皆はそんな彼女の姿にちょっと引いていた。

 

 

そして、その日の夜‥‥

 

「真霜さん」

 

「何?」

 

「自分‥病院で真霜さんと取引をした時、海上安全整備局の指揮下に入ると言う契約をしましたが、結局のところ、今の自分の立場って、どういった立場なんですか?階級や役職も今のところ聞いていませんし‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

葉月が真霜に今の自分の立場を尋ねると、真霜も今思いだしたかのような声を出した。

 

「‥‥まさか、真霜さん‥忘れていたんですか?」

 

「そ、そんな訳ないじゃない。アハハハハハハハ‥‥」

 

葉月も自分の立場の事を忘れていたが、てっきり真霜の方が進めてくれていたのかと思っていたのだが、真霜の方も忘れていた様だ。

そんな真霜をジト目で見る葉月。

 

「ちゃ、ちゃんと用意しておくからそんな目で見ないで~」

 

葉月のジト目に耐えられなくなったのか真霜が涙目で悲願して来た。

今の真霜の姿を真白や職場の部下が見たら、物凄いギャップを感じるだろう。

 

次の日、真霜は急いで、葉月の身分証や階級章を発行した。

これにより、葉月の身分は、

海上安全整備局所属 天照艤装員長 兼 安全監督室 情報調査隊 三等監察官と言う身分となった。

 

真霜と同じ部署所属にしたのは、病院で葉月との取引の際、葉月を護ると言う内容が関係していた。

他の部署では、上層部が移転を命じ、葉月と天照を切り離す恐れがあったからだ。

しかし、真霜が統括する部署に置いておけば、真霜自身の地位と権力でそれをはねのけるぐらいは出来るからだ。

一見、職権乱用にも見えるが、それを最初にやりそうなのはむしろ、上層部の方だ。

真霜自身も自らの権力をこうした形で振るうのは、好まない。

しかし、一度約束をした以上は、全力で葉月と天照を守らなければならない。

約束を違えれば、あの天照の強大な力が自分達に牙を剥けると思うと、これくらいの行為は甘んじて受け入れ実行するぐらいの覚悟は必要で、真霜はそれを実行したのだ。

当然、上層部は葉月のこの配置に不満を零したが、今回の不明艦の発見から乗員の保護に至る全権を真霜が担当した時点で、上層部は勝負のテーブルにさえ座れていない状況だった。

上層部は苦虫を噛み潰したよう顔で今回の葉月の配置を認めるしかなかったのだ。

しかし、上層部もただ何もせずに真霜の独走を許す筈がない。

この先、必ず何らかの陰謀を張り巡らせてくる可能性は十分にあった。

真霜の苦労もまだまだこの先続きそうだった。

 

 



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14話 ブルーマーメイドフェスター

「ブルーマーメイドフェスター‥‥ですか?」

 

「そうよ」

 

明乃ともえかと交流を持ってから暫く経ったある日の夜、葉月は真霜から近々ブルーマーメイドの基地で行われるイベントについての話を受けた。

ブルーマーメイドフェスター‥それはブルーマーメイドが主催する一大イベントで、当日は、普段一般人は立ち入り禁止となっているブルーマーメイドの基地の一部を開放して、ブルーマーメイドの隊員が基地内を案内をしたり、使用艦艇も基地同様、一部を一般開放したりする。

この他にも音楽隊の演奏やパレード、スキッパーショー、ゲストで呼んだアイドルショー、一般客参加のアトラクションに縁日では定番の露店も出店し、またブルーマーメイドフェスター限定のグッズの販売など、文字通り、当日は基地がお祭り騒ぎとなる。

また、ブルーマーメイドだけではなく、横須賀女子を始めとするブルーマーメイドの育成・教育機関の学校の生徒達も参加し、本職の先輩方に負けじと、教育艦の一般開放や露店を出す予定となっている。

しかし、ブルーマーメイドは現在、女性にとって一番の花形職業‥‥。

当然こうして触れ合う機会が少ないからこそ、一般開放されるイベントには大勢の人が押し寄せられる。

開催当初は、来た人、全員を受け入れて来たのだが、年を重ねるごとに来場者数は登っていき、基地の職員、学生では対処できなくなっていき、等々入場者制限がかけられてしまった。

入場できるのは招待状を持つ者で、一般でも販売されるのだが、販売と同時に即完売と言う人気の切符となっている。

 

「それが、この券ですか‥‥」

 

葉月は真霜から手渡されたブルーマーメイドフェスターの入場券をジッと見る。

本職のブルーマーメイド‥‥しかも幹部クラスの真霜の手にかかれば、ブルーマーメイドフェスターの入場券を用意する事なんていとも簡単だった。

 

「当日は真冬や真白も行くみたいだから、葉月もいってらっしゃい。この後、働く先の職場を就職前に見学するのも良いんじゃないかしら?」

 

真霜の言う事も最もであり、葉月はブルーマーメイドフェスターに行く事にした。

 

また、将来のブルーマーメイド候補の為に、中学校にもそれら、入場券は配布されるのだが、入場券の枚数には制限があり、毎年どの学校でも入場券をかけて抽選が行われる。

それは、明乃ともえかが通う中学でも同じで、職員室前の掲示板にはブルーマーメイドフェスターのお知らせとその入場券の抽選会の知らせが張り出されていた。

 

「ブルーマーメイドフェスター、今年は行けるかな?」

 

「行きたいよね」

 

これまで、二度の抽選に応募して、外れてきた明乃ともえか。

今年は受験生なので、せめて受験勉強に集中して入る前にブルーマーメイドの事をより詳しく知る事が出来るブルーマーメイドフェスターに参加したかった。

応募用紙に名前を書き、当たりますように と願掛けをして、抽選ボックスへと用紙を入れる二人だった。

 

そして抽選の結果‥‥

二人は抽選漏れした‥‥。

抽選に落ちた現実にショックを隠し切れない明乃ともえか。

二人の口からは魂の様なモノが飛び出ていた。

 

「‥‥」

 

図書館にて、明乃ともえかの勉強をみている葉月もちょっと引いている。

葉月は明乃ともえかと交流を持ってから、休みの日にはこうして出会い、勉強を教えていたりもしている。

これでも葉月は前世では海軍士官学校、海大甲種卒の経歴を持つ。でなければ、30代で佐官にまで上がるのは難しい。

照和の世と平成の世では多少なりとも学問の内容に違いは見受けられたが、十分葉月の許容範囲内だった。

 

(自分もあの写真入れを落した時にはこんな感じだったんだろうな‥‥)

 

今の明乃ともえかの様子を見て、ついこの前の自分の姿を見ているような心境の葉月。

しかし、いつまでの抽選に落ちた事を引きずっていては、本番の受験さえも落してしまうかもしれない。

何とか、彼女らをブルーマーメイドフェスターに連れて行けないモノかと考える葉月。

そして、ある手が思い浮んだ。

 

(あっ、そうだ!!)

 

葉月は一度、席を立ち、携帯電話のスペースへと行くと、真霜に電話をかけた。

 

「どうしたの?葉月」

 

「実は、真霜さんにお願いがありまして‥‥」

 

「ん?何かしら?」

 

葉月は真霜にあるお願いをした。

 

「‥‥と言う訳なんですが‥‥」

 

「分かった、いいわよ」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ、他ならぬ葉月のお願いだもの‥‥でも、その代わりに私のお願いも聞いてほしいな‥‥」

 

「な、なんでしょう‥‥?」

 

真霜からのお願いに何か嫌な予感がする葉月。

 

「‥‥葉月‥‥今夜‥‥やらないか?」

 

「‥‥」

 

まさに嫌な予感は的中した。

 

「な、何故です‥‥先日も自分を襲ったばかりじゃないですか」

 

「あら?ダメなの?それじゃあ、この話は無かった事に‥‥」

 

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

葉月は慌てて電話を切ろうとする真霜を引き留める。

 

「こう見えてお姉さん、ちょっと妬いているんだぞ~葉月が私を捨てて、私より若い子に夢中になっているんだから」

 

「ち、違います!!明乃ちゃんともえかちゃんはあくまで友人です!!」

 

真霜の芝居がかった声に思わず真っ正直にツッコム葉月。

でも、友人を助けたいと言う気持ちに嘘偽りはない。

 

「‥‥わ、わかりました‥‥真霜さんの条件を呑みましょう」

 

葉月は自分の身体を犠牲にして友人を助ける事にした。

 

「それじゃあ、お願いしますよ。真霜さん」

 

「うん、任せて。それじゃあね、今夜を楽しみにしているわ」

 

「‥‥」

 

硬い表情で電話を切る葉月。

今夜の事を思うとやや憂鬱であるが、それでもあの二人が喜んでくれるなら、真霜に身体を差し出すくらい苦痛では無い‥‥筈である‥‥。

葉月は携帯をポケットにしまい、明乃ともえかの下へと戻った。

 

 

「‥‥」

 

葉月との電話を切った真霜の心中は揺れていた。

自分の欲求を満たす為に自分は葉月からの願いに対して、彼女の身体を求めた。

これは、相手の弱みに付け込む様な人として最低の行為だ。

それを自分は使ってしまった。

これでは葉月を排除しようと画策している海上安全整備局の上層部連中と同じではないか!!

もう一人の自分が今の自分を怒鳴り付けている様な感覚になる。

それでも真霜にはちょっとした焦りがあった。

最近、葉月に友人が出来たらしい。

年は真白と同い年の女の子達だそうだ。

その内、一人はかつて、葉月の許嫁の姿に似ていると言うのだから焦らない筈がない。

葉月にこの世界で新しい友人が出来た事に関しては嬉しい事だ。

しかし、かつての許嫁と瓜二つの容姿を持つその子に葉月が取られてしまうのではないか?

葉月自身も自分よりその子の下に行ってしまうのではないか?

そんな不安が真霜の中に蠢いていた。

しかし、好きな者と身体を合わせる行為は、これまでの真霜の人生の中で、最高の気分を味あわせてくれる時間であった。

これまで、自分で自分を慰めた事は何度もあったが、葉月との時間はその何百倍にも匹敵する快楽を与えてくれる。

一度、入ればなかなか抜けられない‥‥まるで麻薬の様に甘美で危険なモノだった。

しかし、葉月自身は別のそこまで真霜を毛嫌いはしていない。

だが、彼女はその事実を知らない。

真霜の葛藤はまだまだ続きそうだった‥‥。

 

 

葉月が明乃ともえかの下に戻ると、

 

「明乃ちゃん、もえかちゃんの二人に良いお知らせがあります」

 

「ん?良い‥‥」

 

「お知らせ?」

 

項垂れていた顔をゆっくり上げる明乃ともえか。

 

「うん、実は自分の知り合いのブルーマーメイドの人が、何と二人にブルーマーメイドフェスターのチケットを用意してくれる事になりました」

 

「「えっ‥‥」」

 

葉月の言った事が一瞬信じられなくて、フリーズする二人。

 

「「それ本当!?」」

 

念の為、確認をとる明乃ともえか。

 

「ああ、本当だよ。あと、その人からブルーマーメイドについて色々お話も聞かせてくれる事になった。今度の日曜日にその人と会わせてあげる」

 

「「ありがとうございます!!」」

 

明乃ともえかは揃って葉月に礼を言った。

ただ、その裏に葉月の犠牲があったのだが、二人はその事を知らず、葉月自身も二人が喜んでくれるなら、これしきの事‥‥そう思っていた。

 

 

そして、その日の夕食‥‥

宗谷家の食卓に並んだのは、 レバニラ、うなぎ、ニンニクたっぷりの餃子、とろろ、etc……

 

「‥‥」

 

食卓に並んだ料理を見て、葉月は無言。

真白は何故、この料理のチョイス?と首を傾げ、真冬は気にせず、料理をがっついていた。

真霜もお上品に食べているが、普段よりも多く食べている様にも見えた。

 

(明日、大丈夫かな‥‥?)

 

葉月はこの先に待ち受ける蹂躙劇に少しでも抵抗しようと夕食に箸をつけた。

 

そして、真霜と葉月を除く宗谷家の皆が寝静まった頃、宗谷家の一室に本能の赴くまま互いの身体を求めあう二匹の獣が居た‥‥。

一匹が一匹をまさに蹂躙している様はまさに弱肉強食‥‥自然の摂理を表している様だった。

やがて、事が終わり、二人とも荒い息遣いで、ベッドの上で互いにぐったりしていると、

 

「ねぇ、葉月‥‥」

 

真霜が話しかけて来た。

 

「なんでしょう?」

 

「葉月‥私の事、酷い女だと思っている?」

 

「どうして?」

 

「‥‥その‥葉月の弱みに付け込んでこんな事を‥‥」

 

真霜は昼間感じた罪悪感を今ここで葉月に吐露した。

 

「‥‥真霜さん、自分はこの程度で真霜さんの事、嫌いになったりはしませよ」

 

「本当?」

 

「本当」

 

「本当に本当ね?」

 

「本当に本当」

 

「本当に本当に本当ね?」

 

「くどいよ、真霜さん」

 

鬱陶しく思った葉月が真霜の禅問答を止める。

 

「ほら、明日も早いんだから、もう寝よ」

 

「う、うん‥‥お休み‥葉月」

 

「お休み、真霜さん」

 

二人は抱き合って眠りについた。

 

 

それから時は流れ、約束の日曜日‥‥

 

「お待たせ、待った?」

葉月は明乃ともえかとの待ち合わせ場所へ予定の時間よりも15分早く着いたが、そこでは既に明乃ともえかが待っていた。

 

「い、いえ待っていません」

 

「今、着た所です」

 

明乃ともえかはそう言うが、それは嘘だなと思う葉月。

自分だって待ち合わせ時間よりも早く来たのに、それよりも早く来た明乃ともえかは一体いつから待っていたのだろうか?

まぁ、彼女達が興奮するのも無理は無い。

手に入らなかったブルーマーメイドフェスターの入場券を貰え、現役のブルーマーメイドの人の話を聞けるのだから‥‥。

 

「それじゃあ、行こうか?」

 

「「はい!!」」

 

二人は元気よく返事をして、葉月と共に宗谷家へと向かった。

 

「「‥‥‥」」

 

初めて宗谷家を見た明乃ともえかはその家の大きさに圧倒され、門前でポカンとした表情で宗谷家を見ている。

葉月自身も初めて宗谷家を見た時と同じリアクションであった。

 

(うん、わかるよ、その気持ち‥自分も初めて来た時は同じ顔していたと思うし‥‥)

 

「行くよ」

 

何時までも門前で立っている訳にはいかないので、葉月は明乃ともえかに宗谷家の中に入るように促す。

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?」

 

明乃が恐る恐る葉月に声をかける。

 

「こ、こんな大きな家、入っても大丈夫なんでしょうか?」

 

もえかもコクコクと首を縦に振る。

 

「だ、大丈夫だよ。良い人だから」

 

葉月はそう言ってテクテクと宗谷家の敷地内に入っていき、明乃ともえかも慌てて葉月の後を追う。

 

「戻りました」

 

「おかえり、葉月。およ?後ろの二人が?」

 

「み、岬明乃です」

 

「知名‥もえかです」

 

宗谷家に戻った葉月を玄関先で真霜が出迎えた。

そして、葉月の後ろに居る明乃ともえかに気づいた。

明乃ともえかは真霜に自己紹介をした。

 

「はじめまして、宗谷真霜よ。ようこそ、宗谷家へ、さあ上がってちょうだい」

 

真霜は明乃ともえかの二人を宗谷家へと上げる。

 

リビングへと続く通路を歩いている中、

 

「家にも貴女達と同い年の妹が居るんだけど、今日は家族と一緒に買い物に行っていていないのよ。もし、会えたら、良い友達になれると思うわ」

 

今日の宗谷家は真霜以外の皆は買い物に出ていて真霜以外は留守だった。

 

「あっ、でも妹も横須賀女子を目指しているから、ライバルであるけれど、高校へ入ったら、仲良くしてあげてね」

 

「「はい」」

 

リビングにつき、明乃ともえかにソファーに座らせ、

 

「はい、コレ‥今度のブルーマーメイドフェスターの入場券」

 

真霜は薄青色でブルーマーメイドのロゴが描かれた封筒をそれぞれ明乃ともえかに手渡す。

 

「「ありがとうございます!!」」

 

明乃ともえかは両手で封筒を受け取る。

二人は今からブルーマーメイドフェスターの事を思い、目を輝かせていた。

 

「さて、それじゃあ、コーヒーを淹れてくるけど、明乃ちゃんともえかちゃんはどうする?」

 

「あっ、コーヒーで大丈夫です」

 

「わ、私も‥‥」

 

「それじゃあ、淹れるけど、カフェオレにする?それともエッソプレッソにする?」

 

真白の時同様、ブラックでは苦いだろうと思い、甘めのコーヒーにしようと思い、明乃ともえかに尋ねる。

 

「あ、あの‥‥それじゃあ、カフェオレで‥‥」

 

明乃はカフェオレを頼んだが、もえかは‥‥

 

「私はブラックで大丈夫です」

 

なんと、もえかはブラックのままで良いと言う。

 

「へぇ~もえかちゃんはブラック大丈夫なんだ。家の真白ちゃんは、ダメだったのよ。もえかちゃん、大人ね」

 

「そ、そんな‥‥//////」

 

現役のブルーマーメイドの人にそう言われて嬉しいのか、恥ずかしいのかもえかはほんのりと顔を赤らめる。

 

「まっ、葉月の淹れるコーヒーは美味しいから期待していいわよ。本人はまだ納得した味が出ていないって言っているけど‥‥」

 

それから少しして‥‥

 

「お待たせ」

 

コーヒーカップをお盆の上に乗せた葉月がリビングへ戻って来た。

そして、真霜ともえかの前にはブラックコーヒーの入ったカップを置き、明乃の前にはカフェオレの入ったカップを置いた。

 

「さあ、どうぞ」

 

葉月に促され、明乃ともえかはそれぞれカップに口を着けた。

 

「美味しい‥‥」

 

「ほんと、とっても美味しい‥‥」

 

明乃ともえかも葉月の淹れたコーヒーを気に入った様だ。

真霜も美味しそうに飲むが、やはり葉月だけは何となく納得のいかない顔を浮かべていた。

その後、真霜が明乃ともえかにブルーマーメイドでの仕事や苦労話、横須賀女子での高校生活、海洋実習での思い出話、その他に受験対策を二人に話して、明乃ともえかの二人にとってはとても充実した一日となった。

 

「今日はとても楽しかったです!!」

 

「貴重なお話を聞けてとても参考になりました。ありがとうございました」

 

帰り際、明乃ともえかの二人は真霜に礼を言う。

 

「こちらこそ、楽しかったわ。ありがとう。それじゃあ、ブルーマーメイドフェスター楽しんでね」

 

「「はい!!」」

 

明乃ともえかの二人は手を繋いで寮へと帰って行った。

 

「いい娘達だったわね‥‥真白とも良い友人になってくれそうだわ」

 

「ええ」

 

真霜と葉月は二人の姿が見えなくなるまで、二人を門前で見送った。



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15話 ブルーマーメイドフェスター パート2

「まーしろ、走ると転ぶぞ」

 

「だいじょーぶだよー。おかーさーん。おねーちゃーん。はーやーくー」

 

真白は夢を見ていた‥‥。

これは自分がまだ小学生低学年頃の夢だろう‥‥。

母の真雪が横須賀女子海洋学校の校長では無く、まだ現役のブルーマーメイドだった頃、

姉の真霜は横須賀女子海洋学校の女子高生で卒業後は、母の後を追ってブルーマーメイドへ歩むつもりでおり、真冬は中学生だが、まだ中学卒業後の進路は決めていなかった。

 

そんな過去の自分は諏訪大神社の石段を駆け上っていた。

後ろを振り向くと、母と姉二人が石段を登って来る。

 

「昔は横須賀の街も此処みたいに陸地が多かったんでしょう?お母さん」

 

母の隣を歩く真霜は昔の横須賀の街並みを尋ねる。

 

「ええ。学校で習ったと思うけど日露戦争の後メタンハイドレードの採掘を機に日本は地盤沈下を始めた。水没した都市部に巨大フロート艦を建造してフロート都市に変わって海上開発が進んだ‥‥」

 

「それで日本は海洋大国になったんでしょう?軍事用に建造された多くの船が民間用に転用されたけど、戦争に使わないという象徴として艦長は女性が務めるようになったんだよね?」

 

「それがブルーマーメイドの始まり、だよね?真霜姉」

 

「そしてその第一号が‥‥」

 

「あなた達の曾お婆様よ。それから代々宗谷家の女性はブルーマーメイドになっているの。お母さんもね‥‥でもお母さんは次が最後の航海になるの」

 

「「「えっ!?」」」

 

真雪は突如、娘達に現役を退くと言いだした。

その発言に真白を始めとして、真霜、真冬も驚き、唖然とした表情で母、真雪を見る。

 

「これからはお母さんブルーマーメイドの先生になるの。こんな広い海のように豊かで清々しい海に生きる女の子を育てていくのよ‥‥」

 

真雪は諏訪大社から見える海を見つめながら現役を退いた後の事を娘達に語る。

 

「私そんな女の子になりたい!」

 

真霜は母や曾祖母の様な海の女になりたいと言い、

 

「お母さんが先生になる学校に入る!」

 

と、中学卒業後の進路を決めかねていた真冬は母の話を聞き、今ここで明確な進路を決めた。

まぁ、真冬らしいと言えば真冬らしい。

 

「わたしも!わたしもはいる!」

 

そして、真白も曾祖母や母の様に海の女になると言う。

 

「ええ、楽しみにしているわ」

 

そう言って真雪は自分が被っていたブルーマーメイドの制帽を真白に被せる。

真白は嬉し恥ずかしそうな表情をする。

その時、風が吹き、真白が被っていた帽子が飛んで行ってしまった。

真白が慌てて帽子を追いかけるが、当時まだ小さい真白にはその帽子を掴む事は出来ず、真雪の帽子は空の彼方へと飛んで行った。

 

(思えばあの頃から私の不幸は始まった‥‥)

 

真雪の帽子を無くした事に先祖が怒ったのか、それともあの帽子の様にツキが逃げて行ったのか、この日以降、真白の身の回りには不幸な事が起こる日々が続いた‥‥。

 

「んぅ?」

 

真白が目を覚ますと、其処には見慣れた天井が目に入った。

ふと視線をずらし、カレンダーを見ると、今日の日付には色ペンで『ブルーマーメイドフェスター』と書かれていた。

次に目覚まし時計見ると、針はまだ午前4時半を指していた。

起きるにはまだ早い。それに昨日は今日行われるブルーマーメイドフェスターを楽しみにしていた為、興奮して中々寝付けず、最終的に寝たのは午前1時ぐらい‥‥。

まだ眠れるなと思い、真白は二度寝した。

しかし、それがいけなかった‥‥。

 

「おい、シロ、真白、起きろ!!」

 

真冬がまだ寝ている真白の身体を揺すり、彼女を起こす。

 

「んぅ‥‥」

 

「おい、ブルーマーメイドフェスターに行くんだろう?」

 

真冬の言い放った「ブルーマーメイドフェスター」の言葉に真白は一気に覚醒した。

 

「っ!?」

 

バッと身体を起こし、目覚まし時計見ると、針は既に9時を指していた。

 

「ね、寝坊した~!!」

 

真白は急ぎベッドから飛び起き、寝間着から普段着へと着替え、歯を磨き、髪を整える。

 

「もう、真冬姉さん!!何でもっと早くに起こしてくれなかったんですか!?」

 

真白は自分を起こしに来た真冬を睨みながら、尋ねる。

 

「起こしたさ、昨日シロが頼んだ時間に‥でも、お前何度声をかけても全然起きないんだもの」

 

どうやら、真冬はちゃんと昨日自分が頼んだ時間には自分を起こしに来たらしい。

しかし、寝不足の為、それには気づかず、今の今まで自分は眠っていた様だ。

 

「母さんと真霜姉は先に行ったし、葉月もギリギリまでお前が起きてくるのを待っていたんだが、約束があるみたいでついさっき、出たぞ」

 

「そ、そうですか‥‥」

 

真白は葉月にはすまないことをしたと思った。

 

「ほら、行くぞ!!今ならスキッパーを飛ばせば間に合う」

 

「は、はい‥‥」

 

急いで準備をした真白は朝ご飯も食べずに真冬と共に急いで家を出た。

真冬が運転するスキッパーの後ろに乗り、ブルーマーメイドフェスターへと向かう真白。

しかし、寝不足とスキッパーの揺れが再び真白に睡魔を誘う。

真白は暫しの間であるが、その睡魔に身を委ねた。

 

「おい、シロ、真白、着いたぞ。起きろ!!」

 

「ん、んん‥‥」

 

真冬に起こされて真白が目を開けると、其処はブルーマーメイドフェスターの会場であった。

会場は、普段の基地の様相は無く、大勢の人と艦船でにぎわいを見せていた。

港湾スペースにはブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦の他に学生艦として使用されている旧海軍の艦船が停泊し、水上バスが忙しそうに行ったり来たりしている。

真冬はスキッパーの停車場に乗って来たスキッパーを止め、真白と共に桟橋へと降り立つ。

 

「うんうん、今年も先輩方はみんな張り切っているな」

 

真白は基地内で出店を出している横須賀女子の生徒達を見ながら感心する様にそう言うと、

 

「先輩方と言うのはまだ気が早いぞ、シロ。お前が後輩になれるとは限らねぇんじゃないか?何しろお前の受験はこれからなんだからな」

 

真冬は真白の頭をくしゃくしゃと撫でながらツッコム。

 

「そ、そんなこと分かっている!!」

 

真白は真冬の手を払いのけながらムキになったように言う。

いくら年が離れているとは言え、真白も現在中学三年生‥いつまでも子ども扱いは嫌なのだろう。

 

「まぁ、いいけどよ。お前は肝心な所が抜けているからな」

 

真冬が真白に哀れむ様な心配そうな目で語る。

 

「わ、私は抜けている訳じゃない!!ただちょっと、運が悪いだけだ!!」

 

真白は、自分は決して間抜けでは無いと主張する。

とは言え、受験の事を考えると、やはりプレッシャーを感じる。

曾祖母の代からブルーマーメイドを輩出していた宗谷家の娘の一人である自分が横須賀女子を受験して落ちましたでは、洒落にならないし、あってはならない事だ。

真白のそのプレッシャーとそれに打ち勝とうとする決意が空回りしない事を祈るしかない。

 

「いくら、母さんが校長をしている学校だからと言っても、校長の娘と言う理由で入学出来ると思ったら大間違いだぞ。母さん、そう言うことに関しては、贔屓はしないで、公私をちゃんと区別する人だからな」

 

「だから、そんな事わかっている!!」

 

真白は再び声を荒げ、荒ぶった気を落ち着けようと再びブルーマーメイドフェスターの会場を見渡す。

すると、ある違和感を覚えた。

 

「あれ?姉さん‥‥武蔵の姿が見えないのだけれど‥‥」

 

横須賀女子が誇る超大型直接教育艦 武蔵。

横須賀女子の中でも成績優秀者だけが乗る事が許される艦‥‥。

自分の姉である真霜と真冬がかつて横須賀女子の学生の頃、艦長を務めていた艦で、同型艦の大和はブルーマーメイドの総旗艦であり母、真雪が艦長を務めていた。

真白は毎年のブルーマーメイドフェスターには姉の力で来る事が出来、そして毎年開催されている武蔵の体験航海には乗船していた。

今年は受験生なので、ゲン担ぎでどうしても乗りたかった。

海の家系である宗谷家の娘に生まれたからには、横須賀女子に入り、武蔵の所属になりたい、いや、むしろ武蔵の艦長にならなければならない。

偉大な母と姉二人の存在は真白を自然に追い詰めているのかもしれない。

そんな宗谷家にとっては縁のある艦の姿が見えなかった。

 

「あれ?まだ来てねぇのか?途中でなんかトラブったって聞いてはいたんだが‥‥」

 

頭をかきながら武蔵がまだ会場入りしていない理由を零す真冬。

 

「トラブルって、武蔵は横須賀女子の優秀な生徒が配置されるんじゃあ‥‥」

 

「優秀って言っても人間だし、海にはトラブルがつきものだ。それに今回のトラブルは武蔵自体のトラブルじゃなくて、同じ会場に向かっていた僚艦がエンジントラブルで航行不能になって、それを近くに居た武蔵が曳航してくるんだと‥‥」

 

「なるほど」

 

真冬の話を聞き、真白は武蔵の乗員達を感心した。

自分達も大事な役目があるにもかかわらず、困っている仲間を見捨てない。

学業や技術だけではなく、武蔵の乗員は船乗りとしての礼儀も忘れていない。

素晴らしい心意気だ。

 

「ワクワクして居る所悪いが、シロ。まずは開催本部へ行くぞ」

 

「本部?私は早速見て回りたいんですが‥‥」

 

真冬の言葉に何か嫌な予感を感じる真白。

 

「いいから来いって、私は母さんじゃないから、シロを贔屓して、ブルーマーメイドの仕事を経験させてやるよ」

 

ニヤリと笑みを浮かべる真冬。

その真冬の笑みを見た真白は全身に悪寒を感じた。

此処に居てはいけない。

直ぐのその場から逃げろ!!

真白の本能がそう語っている。

 

「や、やっぱり贔屓はいけないなぁ~。 うん‥という訳で、私はこれで‥‥」

 

真白が本能に従ってその場から逃げようとしたが、

 

ガシッ

 

そうは問屋が卸さなかった‥‥。

まるで、万力の様な力で真冬は真白の腕を掴む。

次いで、真白が逃げれない様に首根っこを掴まれた。

真白の不幸は、お祭りのめでたいこの日にも関係なしに発動していた。

 

「不幸だぁぁぁぁぁぁ―――――‐!!」

 

とある男子高校生の台詞と同じ台詞を吐きながら、真白は真冬に開催本部へと引きずられていった。

 

真冬の手で本部へと連行された真白はブルーマーメイドフェスターのスケジュール調整の役を押し付けられた。

武蔵とエンジントラブルを起こした学生艦の到着が遅れている事でブルーマーメイドフェスターのスケジュールに乱れが生じ始めたのだ。

真白は真冬からこのままでは、武蔵の体験航海も潰れてしまうと脅しをかけられて渋々手伝う事になった。

しかも服装は私服だと一般客と分からないからと言う理由で、真冬が横須賀女子時代に使用していた体操服を着せた。

胸の部分には大きく「宗谷」と書かれているので、自分が宗谷家の人間だと直ぐに分かる。

宗谷家の人間だと分かれば、多少は融通が聞くからと、真冬の好意らしいが、

真白が「どうしてこんなモノが?」と尋ねると、真冬は、

 

「そりゃあ、始めから着せて手伝わせるために決まっているだろうが」

 

と、悪びれる様子も無く、真白に言い放った。

どうやら、トラブルが起きなくても何かしらの仕事を真白に手伝わせる気満々だったようだ。

 

「なら、せめてブルーマーメイドの制服にしてよぉ~!!」

 

真白の悲痛な叫びが開催本部の部屋に響いた。

ブルーマーメイドフェスターの仕事を手伝うのであれば、自分もブルーマーメイドの制服を着たかった真白であった。

 

 

その日、黒木洋美は機嫌が悪かった。

 

「なんでぇ、なんでぇ、クロちゃん。折角の祭りなんだからよぉそんな辛気くせぇ顔すんなって」

 

「一体誰のせいだと思っているの?マロン」

 

そんな黒木に江戸っ子口調で話しかけるのは、彼女の幼なじみであり親友の榊原麻侖だった。

黒木が今、不機嫌なのは隣に居る親友が関係していた。

その日、朝早く‥‥まだ黒木が自分の部屋のベッドの中で眠っていた時、

 

「クロちゃん!!」

 

突如、部屋に麻侖が乱入してきた。

 

「っ!?マロン!?」

 

突然部屋に入って来た親友に驚いて飛び起きた黒木。

時間はまだ朝の5時。

起きるにはまだちょっと早い時間だ。

 

「どうしたのよ?こんな朝早くに?」

 

「クロちゃん!!祭りに行くぜぇ!!」

 

「は?」

 

麻侖のその一言で、黒木はベッドから引きずり降ろされ、寝間着を引っぺがされて、強引に着替えさせられて、千葉の実家から船を飛ばして横須賀で開催されるブルーマーメイドフェスターに連れて来られた。

ブルーマーメイドフェスターの事は黒木も知っており、明乃ともえかの中学校で入場券の抽選を行っていたのと同じように麻侖と黒木の中学校でもそれは行われた。

黒木は今時の女子にしては珍しく、別にブルーマーメイドフェスターやブルーマーメイドについて周囲の女子程そこまで強い関心はなかった。

そんな中、麻侖の親の知り合いがブルーマーメイドフェスターの入場券をどこからか入手してきてその券を麻侖にあげ、ブルーマーメイドフェスターには色んな船のエンジンが展示され、更には大型艦のエンジンの模擬操縦もあると言ったらしく、船のエンジンの展示、そのエンジンの模擬操縦、お祭り、その三要素が、麻侖を突き動かした。

入場券は二枚あったので、麻侖は親友の黒木をこうしてブルーマーメイドフェスターに連れて来たのだ。

 

(今日は、映画に行こうと思っていたのに‥‥)

 

黒木は今日、映画を見に行こうとしていたのに、なんで折角の休みを朝早く叩き起こされて、こんな大混雑している場所に行かなければならない?

そんな不満が黒木の中に強く渦巻いていた。

 

「おおおおー!!」

 

エンジンの展示場で麻侖は目をキラキラさせて、エンジンを眺めている。

 

「麻侖、エンジンばかり見てないで、他の所見ないの?」

 

エンジンばかり眺めている麻侖に黒木は呆れながら尋ねる。

 

「う~ん‥‥もうちょっと‥‥」

 

「そう言ってもう30分以上見ているわよ」

 

「う~ん‥‥もうちょっと‥‥」

 

「‥‥私、他の所行くからね」

 

「う~ん」

 

とりあえず、エンジンばかり見ていても楽しくはないので、黒木は強引に連れて来られたとは言え、折角来たのだから、辺りを見て回ろうと麻侖に一言かけて、エンジンの展示場から出て行った。

何かあれば携帯に電話かメールを送って来るだろう。

そう思いながら、黒木は祭りの会場へと向かった。

 

(凄い人‥‥)

 

辺りの人ごみを見ながら歩いていると、

 

「ん?醤油のにおい‥‥」

 

黒木の鼻が焼けた醤油の香ばしい匂いを感じ取った。

その匂いを嗅ぎ、思わず足を止める黒木。

 

(そう言えば、朝ご飯食べてきていなかったなぁ~‥‥)

 

朝、バタバタとしていて朝食を食べていない事を思いだす黒木。

周囲を見渡すと、香ばしい匂いは屋台ブースの方から匂っていた。

黒木はその屋台ブースの方へと足を向けた。

 

 



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16話 ブルーマーメイドフェスター パート3

真冬にブルーマーメイドフェスターのスケジュール調整と言う役を押し付けられた真白は会場の彼方此方のテントや楽屋、ブースを走り回っていた。

電話や無線があるのだから、態々走り回らなくてもいいじゃないかと思った真白であるが、真冬曰く、

 

相手は人間であり、予定が狂えば、当然不満も募る。それが一方的に上からの命令ならば尚更だ。

その時、電話や無線で上から一方的に命令を出された方は不満が強く募り、フェスターの運営には何らかの支障が出る。

その為、予定が狂った時に不平不満・愚痴を言える相手が目の前に居た場合、多少は不満も和らぐだろうと言う。

つまり、真冬は真白に緩衝材になれと言うのだ。

 

「34○プロ、アイドル控室‥‥此処だな」

 

真白はブルーマーメイドフェスターにゲストとして呼ばれたアイドルの楽屋へと訪れ、フェスターの進行の遅れとその調節をアイドル達と同行してきたプロデューサーと打ち合わせをする為に来た。

万が一、武蔵の体験航海とアイドル達のショーが重なり、ショーの方にお客が少なかったら、折角来たアイドル達は立つ瀬がないし、芸能関係‥引いてはマスメディアを敵に回す事になる。

マスコミの中には精巧な出鱈目記事を書く週刊誌もあるので、もしそうなれば、ブルーマーメイドのイメージがかなり悪くなる。

それだけは避けなければ‥‥。

真白は緊張した面持ちでアイドル達の楽屋のドアをノックした。

 

「はい‥‥」

 

楽屋の中から低い男の声がして、ドアが開くと、身長190cmを超えようかという巨躯、三白眼の据えた目つきの男が出てきた。

 

「ひぃっ‥‥」

 

その男の姿を見て、真白は怯える。

 

(此処はアイドル達の楽屋じゃなかったのか?間違えてヤクザの組か殺し屋の部屋と間違えたのか?)

 

ブルーマーメイドの基地内にそんなものが有る筈ないのにも関わらず、真白はそう考えてしまうほど、目の前の男の顔は強面だった。

 

「あの‥‥何か御用でしょうか?」

 

怯える真白に男は声をかけてくる。

 

「ひゃ、ひゃい‥そ、その‥‥開催本部から通達を知らせに来たのですが‥‥」

 

怯えるあまり、舌が上手く回らず、台詞を噛んだ真白。

 

「どうしたの?Pちゃん」

 

「誰か来たの?」

 

すると、楽屋の中からアイドル達が顔を此方に覗かせてきた。

流石、アイドルと呼ばれる女子達は同性の真白から見ても皆綺麗だったり可愛い女の子達ばかりだ。

アイドル達の姿を見て、此処が間違いなくアイドル達の楽屋だと分かりホッとする真白。

 

「アハハハハハハハ‥‥確かにPちゃん、顔怖いもんね」

 

「私も初めて会った時、思わず叫んじゃいましたし‥‥」

 

「私の時は不審者扱いされていたもんね‥‥」

 

(まぁ、この顔なら、怯えられたり不審者扱いされても不思議ではない)

 

と思う真白。

怯えている様子の真白を見て、何があったのか直ぐに分かったアイドル達。

彼女らとプロデューサーの間には強い絆の様なモノがあるのだろう。

アイドル達に茶化されて照れているのかその強面の男は首の後ろに手をやる。

そして、何かを思いだしたかのように懐に手をやる。

 

(っ!?)

 

彼の行動一つ一つにビビる真白。

すると、男は懐から一枚の紙を真白に差し出した。

 

「どうぞ‥‥」

 

「ど、どうも‥‥」

 

ビクビクしながら受け取るとそれは名刺で、其処には、

『34○プロダクション プロデューサー 武内 』

と、書かれていた。

 

「ぷ、プロデューサー!?」

 

名刺を見た真白は思わず声を上げる。

そして、アイドル達の説明でこの強面の男が彼女らのプロデューサーだと説明を受け、

 

(この殺し屋の様な顔つきの男がプロデューサー!?嘘だろう!?てっきり私服の警備員かと思っていた)

 

アイドル達の説明を受けてもやはり、この男がプロデューサーだとは信じられなかったが、このままここで時間を無駄に潰すわけにはいかないので、真白はこの強面のプロデューサーに事情を説明し、ショーの時間帯の調節を行った。

 

「では、この時間帯でお願いします」

 

「わかりました‥‥所で宗谷さん」

 

調整が終わった後、真白はプロデューサーに名前を呼ばれる。

どうして名前が分かったのかと思ったが、体操服の胸部には大きく『宗谷』と書かれていたので、これを見たのだろうと直ぐに分かった。

 

「な、なんでしょう?」

 

「アイドルに興味はありませんか?」

 

「は?」

 

いきなりスカウトされた真白であったが、自分にはブルーマーメイドになると言う夢があるので、プロデューサーからのスカウトは丁重にお断りした真白であった。

プロデューサーの了承を貰い、続いて真白はパレードを行う音楽隊の楽屋へと向かった。

音楽隊のパレードは最終地点を武蔵が停泊する桟橋前で、そこで盛大に盛り上げた所で、集まった一般客は武蔵に乗り体験航海へと出て行く。

パレード自体が武蔵の体験航海を左右するし、この後もパレードが通過する各ブースとも調整しなければならない。

 

「と言う訳で、連絡はきていると思うのですが、何か問題点はありませんか?」

 

「は、はぁ‥‥」

 

体操服姿の真白の姿を見て、音楽隊に所属するブルーマーメイドの隊員は、面食らったが、真白の体操服の胸の部分に貼られた『宗谷』と書かれた名札を見て、「あっ」 っと声をあげ、

 

「宗谷真白さんですね?お姉さんの真冬さんには大変お世話になっています」

 

「あ、あの‥そう言うのはいいので‥‥私はあくまで宗谷真冬の妹で今日は使い走りなので‥‥」

 

年上の‥しかも、ブルーマーメイドの隊員にかしこまった態度をとられ、恐縮する真白。

 

「なるほど、真冬先輩も形式張った事を嫌う方ですが、流石、その妹さんですね」

 

「わ、私はあんな傍若無人な人ではありません!!」

 

真白は真冬と同類だと言われ、心外だと声を上げる。

 

「失礼しました!!」

 

ブルーマーメイドの隊員は真白に敬礼し、謝罪するが、やがて、敬礼ポーズのまま口元を引きつらせ、肩がフルフルと震えている。

やがて‥‥

 

「ぷっ‥‥アハハハハハハハ‥‥だ、だめ‥‥我慢できない‥‥アハハハハハハハ‥‥」

 

突然大爆笑する。

 

「ち、ちっちゃな真冬先輩が居る!!アハハハハハハハ‥‥超かわいい!!」

 

「は、はい?」

 

突然大爆笑したブルーマーメイドの隊員の態度についていけず、ポカンとした顔で大爆笑をしているブルーマーメイドの隊員を見ている。

 

「皆!!ちょっと!!真冬先輩の妹さんが来ているんだけど、超かわいいの!!よりによってあの頃の体操服を着ているし!!」

 

「あ、あの‥‥」

 

流れに全くついて行けない真白は恐る恐るブルーマーメイドの隊員に声をかける。

 

「ああ、ごめんなさいね。私もそうなんだけど、この音楽隊には学生時代に真冬先輩にお世話になった人が多いのよ」

 

ブルーマーメイドの隊員が理由を話すと、楽屋に他の音楽隊のメンバーも入って来た。

 

「なになに?真冬先輩の妹さん?」

 

「わぁ!!本当にかわいい!!」

 

「今何年生?何に乗っているの?」

 

「えっと‥‥あの‥‥」

 

大勢のブルーマーメイドの隊員に囲まれてあわわと困惑する真白。

 

「妹さん、まだ中学生だって、今着ている体操服は真冬先輩のお古だって」

 

「「えええっ!?あの伝説の体操服!?」」

 

ブルーマーメイドの隊員らは今、真白の着ている体操服に驚いている。

それを聞き、真白自身も驚き、ブルーマーメイドの隊員に尋ねる。

 

「で、伝説!?伝説ってなんですか!?姉は一体何をしたんですか!?」

 

「よろしい、ならば妹さんに語ってあげよう!!伝説の生き証人である我々真冬先輩の後輩マーメイドが横須賀女子最強マーメイド、宗谷真冬の伝説を!!」

 

(しまった!!)

 

真白は自分の発した言葉が悪手だと此処で気づいた。

しかし、既に時遅く、音楽隊の楽屋にはパイプ椅子が円陣で組まれ、どこからか持って来たのか大量のお菓子と飲み物が現れ、真白は逃げるに逃げる事の出来ない状況へと追い込また。

 

 

「‥‥ええっと、それでは、パレードの時間前の人払いについてもう一度確認して欲しいと言う事で、本部にはそう伝えておきます」

 

「はい。真冬先輩にもよろしくお伝えください」

 

真冬の高校生時代の伝説を散々聞かされた真白は此処で時間を大きくロスし、同時に気力も奪われた。

まだ、伝達するブースへ回らないといけないと思うと、気が滅入る。

 

「ハハハハ‥‥了解しました」

 

真白は乾いた笑みを浮かべそう言った。

どうも真白は押しには弱いのではないだろうかと自分自身でそう思ったが、それでは、この先、宗谷家の名を背負ってはいけないぞと自身を奮い立たせた。

 

「あっ、それと‥‥」

 

「は、はい」

 

たった今、自分を奮い立たせた真白だが、突如、ブルーマーメイドの隊員にまた声をかけられて、ビクッと身体を震わせる真白。

 

「真白さんに来てもらって正直助かりました。あの子達、真白さんが来る前、武蔵が遅れているって報告を受けて、『近頃の学生はたるんでいる』『武蔵は何をしている』って不満タラタラだったから‥‥」

 

ブルーマーメイドの隊員は小声で真白が来る前の楽屋の様子をこっそりと教える。

真冬の予想通り、かなり不平不満が溜まっていた様だ。

 

「それなら、姉が来た方が良かったのでは?」

 

真白は不満があるのであれば、彼女らが慕う真冬が来た方が、彼女らを喜ばす事が出来たのではないだろうか?と思う。

 

「うーん、でもそれだとかえって萎縮しっちゃうから、かえって逆効果だったかも‥‥」

 

苦笑するブルーマーメイドの隊員を見て、姉が自分を伝令役にした理由が分かった気がした。

確かに真冬が来れば、その場での不平不満は収まるが、彼女がその場からいなくなった時にまた再燃焼しかねない。しかも一度目の燃焼以上に‥‥。

そうなれば、現在の武蔵や航行不能になった学生艦の乗員である横須賀女子の生徒にその矛先が向けられ、彼女らがブルーマーメイドになった時、新たな溝や確執を生む結果となる。

真冬はそれを防ぐために真白を伝令役としたのだろう。

普段の姉の様子からは信じられない考えの深さであるが、やはり真冬も宗谷家のブルーマーメイドなのだと真白はそう思った。

真白は音楽隊の楽屋を後にし、次なるブースへと急いで向かった。

 

 

その頃、屋台ブースでは‥‥

 

朝食抜きとなった為、小腹がすいた黒木は屋台のブースへと近づいた。

屋台ブースでは縁日では、定番のメニューが並んでおり、空腹の自分の胃が食べ物を求めて来る。

黒木は何を食べようかと思い屋台ブースを見渡しながら、歩いていると、

 

「いらっしゃいませ!!そこの素敵なお姉さん!!焼きトウモロコシはいかがですか?美味しいですよ!!」

 

「す、素敵なお姉さん‥‥?」

 

焼きトウモロコシの屋台の売り子からの声で黒木は思わず、辺りをキョロキョロと見渡すが、売り子が言う「素敵なお姉さん」は自分の事を指しているのだと分かった。

 

「そうそう、そこの貴女ですよ。あぁん、クールな瞳も素敵!!大学生さんですか?」

 

確かに黒木は中学生にしては背が高いがよりによって大学生に間違われるとは‥‥。

黒木は売り子をジッと見るが、その子も今の自分と年は大差なく、精々一、二歳ぐらい年上なのだろう。

でも、なんでブルーマーメイドの基地で自分よりほんのちょっと年上の子が屋台をだしているのだろうか?

こういうのはブルーマーメイドの人か業者の人がやるものばかりだと思っていたが、黒木は、まず誤解を解くことにした。

 

「あの‥‥私、中学生なんです‥‥」

 

「へ?」

 

「だから、中学三年生なんです‥‥」

 

「と、年下!?ご、ごめんね。大学生とまちがえちゃって‥‥でも、素敵なのは本当だから、あっ、焼きトウモロコシどう?美味しいよ!!」

 

「じゃ、じゃあ、一本」

 

互いに気まずい空気の中、黒木は焼きトウモロコシを一本購入した。

 

「ホント!?ありがとう!!ごめんね、なんか無理矢理買わせちゃったみたいで‥‥」

 

売り子は申し訳なさそうに焼きトウモロコシを黒木に手渡し、黒木は売り子に焼きトウモロコシの料金を支払う。

 

「い、いえ‥‥あの‥‥この辺の屋台は皆高校生の方々がやっているんですか?」

 

黒木が辺りの屋台ブースを見渡すと、売り子の殆どは目の前に居る売り子と変わらない年代の子が多くセーラー服を着用している。

 

「うん、私達横須賀女子海洋高校の生徒なの!!毎年ブルーマーメイドフェスターにはこうしてブルーマーメイドの人達と混じって模擬店やイベントをやっているの。まぁ、文化祭の予行演習みたいな感じで‥‥」

 

「へぇ‥‥」

 

売り子の横須賀女子の生徒は何故、ブルーマーメイドの基地に高校生がいるのかを説明した。

 

(横須賀女子海洋高校‥‥確かブルーマーメイドの育成する学校ではかなり有名でトップクラスの学校‥‥マロンが今年の春に行きたいって言っていた学校じゃん)

 

黒木は今年の春に進路希望調査にて、普通の高校生への進学を記入したが、今でも自分は本当にその学校に行きたいのか?とモヤモヤした気持ちを抱いていた。

横須賀女子海洋高校‥‥どんな学校なんだろう?

今までブルーマーメイドなんて眼中になかったから、詳しくは知らない。

屋台に戻って聞くのもなんか、気まずい。

別の横須賀女子海洋高校の生徒に聞こうかな?

そう思いつつ焼きトウモロコシを齧る黒木。

焼きトウモロコシの味はとても美味しかったのだが、高校の事と焼きトウモロコシに注意が集中していた為、周囲への注意が散漫になっていた様で、黒木は艦と艦を結ぶ橋で誰かとぶつかった。

 

「うわっと!?」

 

「きゃっ!?」

 

ぶつかった拍子に黒木は手に持っていた焼きトウモロコシを落しそうになり、反射的にソレを追いかけて、焼きトウモロコシは無事に落とさずに済んだのだが、黒木の身体は橋の外へ落ちかけていた。

このままではバランスを崩して海へ落ちてしまう。

しかし、咄嗟の事で、黒木は思考が停止していて動けない。

 

「危ない!!」

 

すると、自分にぶっかった人が手を掴み、黒木は海へ落ちずに済んだ。

黒木は助かった後も目をぱちくりさせていた。

 

「ぶつかっちゃってごめんなさい。大丈夫?ケガは無い?」

 

「は、はぁ‥‥大丈夫です」

 

「そう、それならよかった」

 

黒木が無事だと分かると、そのぶつかった人はホッとした様子で笑みを浮かべた。

見たところ、その人は同い年ぐらいの女の子なのだが、その笑みを見て、黒木は思わずドキッとした。

 

「それじゃあ、急いでいるからこれで、失礼するね。ほんとにごめんなさい」

 

そう言ってポニーテールを靡かせて颯爽とその場を去って行く。

黒木はその後ろ姿をポカンと見ていたが、その人が消えて我に戻る。

 

「な、なんで、体操服?‥‥はっ!?そうじゃなくて、結構危なかったし、もう少しなんかあってもいいんじゃないの!?」

 

一歩間違えれば、海へ落ちていたのかもしれないのにあんななげやりな謝罪じゃ気が済まない。

 

「今の子を追いかけ一言文句言ってやる!!」

 

黒木は慌ててさっきぶつかった体操服の女の子を追いかけた。

ただその際‥‥

 

(べ、別にあの子がちょっと私より背が低くてもかっこよくて大人の余裕みたいなのがあるからって絶対にそれだけじゃ済まないんだから!!)

 

と、幼馴染が照れ隠しをしているような思いを抱いて、『宗谷』と書かれた体操服姿の女の子を追った。

一方、その『宗谷』と書かれた体操服姿の女の子、真白の方も、

 

(さっき、ぶつかっちゃった子、私と似た匂い(苦労人・不幸体質)をしていたな‥‥)

 

と、そう思っていた。

類は友を呼ぶと言う言葉がぴったりな真白と黒木だった。



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17話 ブルーマーメイドフェスター パート4

「おおおおー!!」

 

「うわぁ~‥‥」

 

ブルーマーメイドフェスターの会場入口前では明乃ともえかが目をキラキラと輝かせていた。

行けないと思っていたブルーマーメイドフェスターにこうして行く事が出来たので、二人は嬉しさと興奮で満ちあふれていた。

 

「さてと、それじゃあ、行こうか?」

 

葉月が明乃ともえかに入場を促すと、

 

「「はい!!」」

 

明乃ともえかは元気に返事をする。

そして、入場券を受付で見せて会場入りをする三人。

会場入りした三人がまず、最初に行ったのは、横須賀女子の生徒達が主催している屋台ブースであった。

明乃ともえかの二人は朝早くから出てきた為、朝食を食べていなかった。

そこで、何かを食べる事にした。

明乃ともえかの二人はホットドッグを食べながら、屋台ブースで売り子や客の呼び込みをしている横須賀女子の生徒達を見て、

 

「私‥来年、あの制服を着れるかな‥‥」

 

明乃は不安そうに言う。

 

「大丈夫だよ、ミケちゃん。この前の模擬試験で合格率60%だったんでしょう?」

 

もえかは明乃を励ます様に言う。

 

「う、うん‥‥」

 

明乃の成績はここ最近になり、うなぎ登りとなっている。

中学二年に行われた最後の模擬試験では明乃の合格率は横須賀女子を受験するギリギリの成績だった。

それが僅かこの半年の間で合格率が上がった。

これならば、受験時には80%代ぐらいはいけるのではないかとさえ、思ったが、やはり、不安な様子。

 

「でも、もかちゃんは凄いよね、合格率98%だったんだよね?」

 

「う、うん‥‥」

 

明乃は羨ましそうにもえかを見る。

もえかは中学生二年時での合格率は80%後半から90%前半だったが、中学三年時となったこの前の模擬試験では、合格率90%後半と言う好成績をたたき出した。

担任からも横須賀女子合格は間違いなしと言うお墨付きである。

 

「もえかちゃんの言う通り、大丈夫だよ、明乃ちゃん。明乃ちゃんも着々と力を着けてきているから、自信を持って」

 

「は、はい‥‥」

 

葉月もこのままの調子を維持できれば、明乃も来年は横須賀女子の生徒になれるのではないかと予測する。

そもそも明乃がここ最近になって合格率を上げる事が出来たのはもえかと葉月が勉強を見ているおかげであった。

その葉月が言うのであるのだから、明乃も少しは自信を持ってくれればと思うもえかであった。

 

「でも、もえかちゃんも油断はダメだよ」

 

「えっ?」

 

葉月は合格率98%をたたき出したもえかにも警告する。

 

「合格率98%ってことは残り2%‥つまり、100回やって2回は落ちる可能性がある。その内の1回が本番の受験の時に起こるかもしれないんだから」

 

「あっ‥‥」

 

葉月の指摘を受けて改めて自分も絶対に横須賀女子に受かる訳では無いと自覚させられたもえか。

落ちる確率は低いがそれが本番の受験で絶対に起きないとは言い切れない。

 

「う、うん‥が、頑張る‥‥」

 

もえかは緊張した面持ちで言う。

 

「さっ、今日は楽しいお祭りなんだから、今は受験の事は忘れて楽しもう。せっかく来れたんだから」

 

「「はい!!」」

 

葉月の言う通り、今は楽しみにしていたブルーマーメイドフェスターの日‥‥来れないと思っていたにも関わらず、ブルーマーメイドフェスターにこうして来れたのだから、今だけは受験の事を忘れて、ブルーマーメイドフェスターを楽しもうと気分を受験モードから切り替える明乃ともえかだった。

 

 

屋台ブースにて、食事を終えた明乃ともえか。

そこへ、

 

「間もなく、ブルーマーメイドによるスキッパーショーを開催いたします」

 

と、ショーの案内が放送された。

 

「行ってみようか?」

 

「「はい」」

 

三人はスキッパーショーが行われる会場へと足を運んだ。

 

スキッパーショーの会場では色とりどりのスキッパーが居り、やがて開催時間になると、一斉に走り出した。

一糸乱れない動きや交差、更には空中一回転など、難易度が高い技もブルーマーメイド達は行い観客を圧倒させた。

 

「わぁぁ~」

 

つい最近、中型スキッパーの免許をとった明乃はブルーマーメイド達の見事な曲技に釘付けにとなり、

 

(私にも出来るかな?)

 

と、あまりにも無謀な思いを抱いていた。

特に空中一回転ジャンプの時などは明乃の周囲からキラキラした何かが出てきた様にも見えた。

中学一年の頃、明乃は新聞配達のバイトの為、小型スキッパーの免許を取得したのだが、免許取得以降、スキッパーの出すスピードに魅了されていたのだった。

ちなみに葉月もつい最近、スキッパーの免許をとった。

ドックでの作業中の合間にそこでの教習を受けていたのだ。

この先、スキッパーの免許は役に立つと思い、免許を取得したのだ。

 

「‥‥明乃ちゃん、もしかして『今の技、自分にも出来るかな?』なんて思ってない?」

 

「えっ!?そ、そんな事ないですよ、アハハハハハハハ‥‥」

 

乾いた笑みを浮かべる明乃。

彼女のその様子から十中八九思っていたなと明乃の心を読むもえかと葉月。

 

「あのね、明乃ちゃん、いくら中型のスキッパーの免許を取ったと言っても、いきなりあんな高度の技が出来る訳ないでしょう」

 

「そうだよ、ミケちゃん。危ないよ」

 

「わ、分かったよ」

 

生兵法は大怪我の基、葉月ともえかに促され、明乃は諦めた様子だった。

 

スキッパーショーが終わり、次は何を見に行こうかとパンフレットをいている中、葉月は、体操服姿で走っている真白の姿を見つけた。

 

「ちょっと、ごめん。少し、此処で待っていて」

 

「あっ、はい‥‥」

 

「わかりました」

 

葉月は明乃ともえかの二人に声をかけた後、真白を追いかけた。

 

「えっと、次は‥‥」

 

真白が真冬に渡されたスケジュール表を見ていると、

 

「真白ちゃん!!」

 

真白は突如、声をかけられた。

 

「葉月さん」

 

真白が振り返ると、其処には葉月の姿があった。

 

「真白ちゃん、その恰好どうしたの?」

 

葉月は真白が何故、体操服姿でフェスタ―会場を走り回っているのか、理由を尋ねる。

 

「そ、その‥‥ま、真冬姉さんが‥‥」

 

真白は葉月に何故、体操服姿なのか理由を話す。

 

「まぁ、真冬さんらしいと言えばらしいけど‥‥手伝う?」

 

「い、いえ大丈夫です。葉月さんは連れが居るのでは?」

 

「ま、まぁ‥‥そうなんだけど‥‥」

 

「でしたら、その人達についていてあげて下さい、私の方は大丈夫ですから‥それじゃあ」

 

真白はそう言って再び走り出した。

ただ、真白の後を一人の女の子がまるで真白を尾行する様に後を追って行ったが、その子からは特に悪意的なモノは感じられなかったし、見た所真白と同い年ぐらいの子だったので、葉月は、

 

(真白ちゃんの友達かな?)

 

と、思い明乃ともえかの二人に下に戻った。

 

葉月と分かれた真白は次なるブースへと向かった。

ブルーマーメイドのブースは大体回り、スケジュール調整は解決し、次は横須賀女子達高校生のブースを中心に回った真白。

すると、そこでは何やら揉め事が起きていた。

話を聞くと、スケジュール調整のせいで、イベントを掛け持ち出場する予定の子が参加するイベントの時間が重なってしまい、どちらか一方に穴が開いてしまうのだと言う。

 

(しまった!!)

 

こういうケースは考えられた事ではないか。

これならば、やはり葉月について来てもらいたかった。

しかし、今更葉月を呼び戻す訳にはいかない。

本部に連絡を入れて指示を仰いでも良かったのだが、あの真冬がきけば、どちらかのイベントを切り捨てる可能性が大である。

イベントに参加する生徒達はこの日の為に猛練習をしてきたのだ。

それを参加メンバーが足りないから中止では、あまりにも報われない。

こうした生の感情を目の前でぶつけられてしまうと人間、どうしても感情に左右されやすくなる。

今の自分はあくまで伝令役だ。

と、真白はあくまで自分に与えられた職務に忠実にあれを貫こうとしたが、先輩方に頼まれ、真白は自らが助っ人となる事でこの事態を収める事にした。

 

真白を追いかけて来た黒木は行く先々で真白がブルーマーメイドの人や高校生の人達と何やら話をしている姿を目撃した。

真白は年上相手でも物怖じせずに話をし、彼女が立ち去った時、皆笑顔で真白を見送っている。

その姿を見て、黒木は心の中で、

 

(宗谷さん、凄い)

 

と、真白に対して尊敬の眼差しをいつの間にか彼女に向けていた。

そんな中、黒木は真白の姿を見失ってしまった。

黒木は辺りを見渡して真白の姿を探していると、彼女の姿はインディペンデンス級沿海域戦闘艦の甲板で行われる艦上競技のスタート地点に居た。

 

『第五コースの宗谷真白さんは今回の競技は特別参加となります。まだ中学三年生なのですが、な、な、な、なんと!!彼女は、横須賀女子海洋高校の校長、宗谷真雪さんの娘で、ブルーマーメイドに所属している宗谷真霜・真冬両姉妹の妹でもあります!!気になる実力ですが、此処に彼女の中学から取り寄せた資料があります。尚、提供者は匿名希望の宗谷真冬さんからです』

 

匿名希望なのに提供者の名前を出しちゃダメじゃんと黒木はそう思った。

 

『数値を見る限りでは、素晴らしい数値です。これは期待できるかもしれません!!』

 

「あんのぉ~バカ姉がぁぁぁぁー!!」

 

司会の実況を聞き、ギャラリーもにわかに盛り上がる。そして、真白は自分の情報を他人に流した真冬(バカ姉)に咆哮する。

 

(そっか、やっぱり凄い人だったんだ‥‥宗谷さんって‥‥)

 

自分と同じ年なのに、彼女と自分の人柄が天と地ほどの差があるように思えた。

ぶつかった事実は消えないが、自分はケガもしていないし、海に落ちてもいない。

ついでに買った焼きトウモロコシも落していない。

真白の様子を見ると、本当に忙しい様だったし、あの時ちゃんと真白は自分に謝った。

だから、今更彼女に文句なんて言う筋合いなんて無い。

そう思うと自分の人としての器が小さすぎると惨めな思いがこみ上げて来た黒木だった。

やがて、競技が始めると、真白は年上の‥しかもブルーマーメイドの候補生相手にも関わらず、勝利をおさめた。

勝者インタビューもそこそこに終わらせて真白は次ぎの会場へと向かう。

 

次の会場はクイズ会場で一人がクイズに答え、もう一人は滑り台の上に乗ると言うモノで、解答者が間違えると、滑り台が上がり、乗って居る者が滑り台から落ちたら、負けとなるルールである。

真白は自分のチームパートナーとなった横須賀女子の女生徒を励まし続けた。

例えパートナーが答えを間違えても怒ったりはせず、最後までパートナーを信じ続けた。

そんな彼女の姿勢はギャラリーや黒木に好感を与えたのは言うまでもなかった。

クイズ大会が終わり、到着が遅れていた武蔵が漸く到着したとの連絡が入った。

武蔵自体は到着したが、体験航海までもう少し、時間的余裕が有る。

しかし、真白は此処でも大きなミスを犯した。

自分の体力の限界を考慮していなかったのだ。

しかし、今自分が助っ人から外れれば、これまでのスケジュール調整が全て水の泡になってしまう。

重くなる身体を引きずりながら、次の助っ人会場へと向かう真白。

そして、会場を見て、真白は固まる。

真白が助っ人に来たのは何と400m水泳リレーだった。

体力は既に限界に近い中、400mも泳げない。

しかも、朝バタバタとして、朝食も食べていない。此処までの間でお腹に入れたモノと言えば、音楽隊の楽屋で少し食べたお菓子ぐらだ。

しかし、コレに出なければ、スケジュールが乱れ、武蔵に乗れない。

だが、この競技に出ても、体力が尽きて、その場に倒れるかもしれない。

倒れたら医務室へ運ばれ、当然武蔵に乗る事が出来ないかもしれない。

 

(やっぱり、ついていない‥‥)

 

真白は自分の不幸体質を呪ったが、どちらにしても武蔵に乗れないのであれば、少しでも先輩方の役立つ方を選んだ。

しかし、此処で真白にとって奇跡が起きた。

武蔵が到着した事で、遅れていた生徒達も到着し、人員が揃ったのだ。

先輩方は真白に精一杯の感謝の言葉をかけ、真白はその言葉を聞き、思わず涙が出る。

やはり、母が校長を務める横須賀女子の生徒は素晴らしい生徒達だ。

自分は何が何でも横須賀女子に入ってみせる!!と意気込んだ真白だった。

 

真白の活躍を見て、黒木は感動した。

彼女の行動は横須賀女子海洋高校の生徒達の心も動かした。

真白が横須賀女子海洋高校の校長の娘、ブルーマーメイドでは有名な姉妹の妹だと言う面もあるかもしれないが、ただそれだけでは人の心は動かせない。

真白の自らの犠牲も厭わない行動に皆感謝したのだろう。

真白と自分は同じ中学生なのに、どうしてこうも違うのだろう?

黒木は自分の非力さを嘆いたが、それでも自分は真白の力になりたいと思う自分がそこには居た。

 

「ブルーマーメイドになれば、私も宗谷さんの力になれるのかな?」

 

黒木はそう呟き、ブルーマーメイドフェスターの会場を見渡す。

同じ会場なのに最初見た時と今見ている時、それが何だか違って見えた。

 

「横須賀女子海洋高校か‥‥」

 

今年受験生にも関わらず、明確な進路をまだ定め切れていない自分に明確な進路が導き出せた気がする。

それはまさに濃霧の中で、陸地を求めている時、一筋の灯台の明かりを見つけた様な感覚であった。

そんな時、黒木の携帯が鳴り出した。

ディスプレイを見ると、それは親友の麻侖からだった。

出てみると、いきなり大声で、「クロちゃん!!今何処に居る!?」と居場所を聞いてきた。

とりあえず、黒木は麻侖と合流する事にした。

合流すると、黒木は麻侖から出会い頭、

 

「ひでぇじゃねぇか、クロちゃん!!アタシを置いてきぼりにするなんて!!」

 

と、愚痴られた。

 

「ごめんごめん」

 

普段の黒木ならば、「一言声をかけたじゃない」とドライな対応をしていたが、今の黒木は何か良い事でもあったのか、ご機嫌な様子。

 

「ん?どうしたんでぃ?クロちゃん、随分と機嫌がいいじゃねぇか」

 

「ん?そう?‥‥ねぇ、マロン‥‥」

 

麻侖に言われて、黒木自身もいつの間にか自分の機嫌が治って居た事に気づく。

 

(これも宗谷さんのおかげかな?)

 

黒木はそう思っているが、もし、彼女が麻侖に一連の出来事を話していたら、

「麻侖ちゃんのおかげでぇい!!」と言っていただろう。

確かに麻侖が強引に黒木を今回のブルーマーメイドフェスターに連れて来たからこそ、黒木は真白に出会う事が出来たので、あながち間違ってはいなかった。

でも、黒木はこの思いは自分の中だけにとっておきたかったので、麻侖には言わなかった。

 

「ん?なんでぇい?クロちゃん」

 

「ブルーマーメイドも‥‥いいかもね‥‥」

 

「ん?」

 

今までブルーマーメイドに関心が無かった黒木がいきなりブルーマーメイドに興味を持ちだしたことに首を傾げる麻侖だった。

 

「それより、折角の祭りなんだから、クロちゃん!!楽しもうぜぇ!!」

 

「ちょっ、マロン!?‥‥いいけど、もうエンジンの展示だけ見るのは勘弁してよね」

 

麻侖は黒木の手を引いて祭りの雑踏の中へと消えて行った。

 

 

真白が助っ人として、色んなイベントに狩りだされていたその頃、ブルーマーメイドや横須賀女子の模擬店やイベントを回っていた葉月達は、武蔵が到着し、その体験航海がある連絡を聞いた。

 

「武蔵って一体どんな艦なんだろう?」

 

「これですよ。これが武蔵です」

 

もえかが葉月にパンフレット見せ、武蔵についての詳細を教える。

大和級戦艦の二番艦で、現在は横須賀女子海洋学校所属の超大型直接教育艦として使用されている戦艦で、乗員は横須賀女子の中でも優秀な学生が選ばれている。

武蔵の艦影を見て、葉月は、

 

(何か、日本武尊級に似ているな‥‥一番艦の大和も日本武尊に似ている名前だし‥‥高野総長、ヒトラー、巴のそっくりさんがいる様に戦艦にもそっくりなモノが存在したのか‥‥それに二番艦と言う事はこの武蔵はこの世界における天照なのかな?)

 

自分がこの後、指揮を務める艦と武蔵に何か因果なモノを感じる葉月。

 

「この後、体験航海があるみたいですし、乗りませんか?」

 

明乃が武蔵に乗ろうと言う。

 

「そうだね、乗ってみよう」

 

葉月も武蔵に興味を持ち、折角だから乗ろうと決めた。

そして、三人は武蔵の体験航海が行われる埠頭へと向かった。

 

 

 



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18話 ブルーマーメイドフェスター パート5

※今回ゲスト登場する中島姉妹は名前の通り、リリカルなのはシリーズに登場したナカジマ姉妹がモデルです。
容姿は、リリカルなのはstrikersの本編18話にて、ゲンヤ・ナカジマの過去回想話にて、クイント・ナカジマの手によって研究所から保護された時のギンガ(6歳)とスバル(4歳)の頃の容姿を想像して下さい。



ブルーマーメイドフェスターは入場制限がかけられてはいるが、来場者人数は多く、当然この様な大きなイベントには迷子はつきものであった。

事実、葉月達がフェスター会場を見ている間にも、

 

「迷子センターから迷子のお知らせを申し上げます。デニムの半ズボンにデニムのシャツをインして、デニムの帽子をかぶった女のお子さんがお母さんを探しています。お心当たりの方は、迷子センターまでお越し下さい」

 

「迷子センターから迷子のお知らせです。身長130センチ程度のお子様を・・・「お子様じゃないって言ってんじゃん!」」

 

こうした迷子放送を幾度も聞いた。

 

武蔵の体験航海へ参加しようと、武蔵が停泊している埠頭へ向かっている葉月達であったが、人ごみを歩いているので、歩く速度が遅くなっていた。

そんな中、葉月は、

 

「ん?」

 

いつの間にか服の裾を誰かに掴まれていた。

葉月が振り返って見れば、小学生よりもさらに小さな子供の姿があった。

見た所、幼稚園の年中か年長ぐらいだろうか。

そして、女の子の右手はしっかりと葉月の服の裾を掴み、涙ぐんだ瞳で葉月をジッと見つめていた。

辺りにこの子の家族らしき人物はいない。

そもそも居れば、見ず知らずの人の服の袖など掴む必要はない。

小さな子供がイベント会場にて一人で涙目、近くに親の姿は無い‥‥それらの要素だけで状況把握には十分すぎる状況だった。

 

「えっと‥‥」

 

葉月は困惑し、どう声をかけていいものかと思っていると、

 

「どうしたの?」

 

「お父さんかお母さんは?」

 

明乃ともえかの二人も葉月の服の袖を掴んでいる女の子の存在に気付いて、女の子に声をかけると、

 

「ふぇ‥‥」

 

女の子の涙腺は臨界点を突破しようとしていた‥‥いや、突破した‥‥。

 

「うわぁぁぁぁ!おねぇぇぇちゃぁぁぁん!おかぁぁぁぁさんっ!」

 

言葉にならない女の子の泣き声に行きかう人々が次々と足を止め、少女に裾を掴まれた葉月達に視線が集中する。

 

「あわわわわ、な、泣かないで~」

 

「だ、大丈夫、お姉ちゃんもお母さんもすぐに見つかるからっ。ね、ねっ」

 

大声で泣きわめく迷子に明乃ともえかもタジタジの様子。

 

「‥‥」

 

そんな中、葉月は、慌てる様子も無く、泣いている女の子の目の前で屈んで、

 

「よっ、と‥‥」

 

「ふぇ?」

 

女の子を抱き上げた。

葉月の脳裏には前世で桜舞う上野公園にて、許嫁であった巴と歩いている中、公園の中で、今のこの状況の様に迷子が居り、巴が、今葉月が迷子を抱き上げた様に、巴もその時、迷子を抱き上げた事が蘇った。

その後、二人で一緒に迷子の親を探し回った事も‥‥。

 

「どうしたのかな?迷子になっちゃったのかな?」

 

葉月は女の子を抱き上げ、その女の子に優しく問う。

 

「う、うん‥‥」

 

確認するまでもなく、女の子は迷子であったのだが、葉月は女の子に現状を尋ねると、女の子は涙を流しながら、自分が迷子である事を肯定する。

 

「そっか‥それじゃあ、自分と一緒にお母さんとお姉ちゃんを探しに行こうか?」

 

「「「えっ?」」」

 

葉月の言葉に明乃、もけか、そして迷子の女の子もきょとんとした目で葉月を見つめている。

 

「おかあさんとおねえちゃん、探してくれるの?」

 

首を傾げて訪ねる少女に葉月は、

 

「ああ、見つかるまで一緒に探してあげる」

 

「うん、ありがとうっ!」

 

葉月が力強く頷くと、少女も先程まで涙を流していたのだが、はちきれんばかりの笑顔を見せる。

 

「あ、あの葉月さん‥‥」

 

「ん?」

 

恐る恐るもえかが葉月に声をかける。

 

「大丈夫ですか?」

 

「何が?」

 

「いえ、もし、時間がかかるようでしたら、武蔵の体験航海に間に合わないのでは?」

 

「うん‥‥だったら、この子の面倒は自分が見るから、もえかちゃんと明乃ちゃんは武蔵に乗っておいで」

 

もし、武蔵の体験航海の入場終了時間までにこの子の母親と姉が見つからない様ならば、明乃ともえかの二人で武蔵に乗っておいでと葉月は言う。

 

「わ、私も一緒に探します!!」

 

と、明乃は最後まで葉月に付き合うと言う。

 

「明乃ちゃん‥‥いいの?武蔵に乗るのを楽しみにしていたんじゃないの?」

 

「構いません、本当なら、このブルーマーメイドフェスターには来れなかったんですから‥‥それに会いたいのに会えないのは寂しい事ですから‥‥」

 

「ミケちゃん‥‥そうだね、私も一緒に探します」

 

明乃ともえかは両親と死別した事を思い出し、母親と別れる事がどれほど寂しい事か二人とも知っていたので、今のこの子がどれだけ不安を抱いているのかを理解しているつもりだった。

 

「そう言えば、お名前は何って言うの?」

 

「‥‥す、すばる。中島スバル」

 

「スバルちゃんね、自分は広瀬葉月」

 

「私は岬明乃」

 

「私は知名もえかだよ」

 

互いに自己紹介を済ませ、葉月達は迷子の女の子、中島スバルの母親を探す事となった。

 

 

葉月達が迷子となった少女、中島スバルと出会っていたその頃、

麻侖と合流した黒木もブルーマーメイドフェスターの会場を歩いていた。

そんな中‥‥

 

「あ、あの‥‥」

 

突如、麻侖と黒木は後ろから声をかけられた。

 

「「ん?」」

 

二人が振り返ると、其処には小学生低学年くらいの女の子がいた。

長い髪を藍色のリボンで結んでいる女の子で、困ったような表情をしている。

 

「何かしら?」

 

黒木がその子に要件を尋ねる。

 

「あ、あの‥この辺で髪の短い、青い服装の女の子を見ませんでしたか?」

 

「どうしたの?はぐれたの?」

 

「は、はい‥妹なんです」

 

「そう、残念だけど見ていないわ」

 

「アタシも見てねぇな」

 

麻侖と黒木はすれ違った通行人の中で、尋ねて来た女の子に該当する人物は見覚えがない事を告げる。

 

「そう‥ですか‥‥」

 

女の子はこの近くに妹が居ない事に対し落胆した様子。

 

「お母さん、スバル居ないって‥‥」

 

女の子が後ろを振り返ると、その子は固まる。

 

「え?あ、あれ?あれあれ?あれれ?お、おかーさーん?おかーさーん?」

 

母親らしき人物の姿が見当たらない事に女の子は、露骨に顔色を変え、焦りに満ちた顔でキョロキョロと辺りを見回している。

その子につられて黒木と麻侖も辺りを見回すが、女の子の母親らしき人物はまったく見当たらない。

 

「えっ、えっと、あ、あれー?あれー?お、おかーさーん?」

 

「もしかして‥‥」

 

「迷子?」

 

妹を探していた姉がこの人ごみの中で母親と離れ離れになった様だ。木乃伊取りが木乃伊に‥‥迷子が二人に増えただけで何も解決していなかった。

 

「うぅ~」

 

自分が迷子になってしまったと言う現実を知り、女の子の瞳に涙が浮き始める。

 

「泣くねぇ、嬢ちゃん。この柳原麻侖様がお前さんのお袋さんと妹さんを見つけてみせらぁ!!」

 

麻侖が迷子になった女の子の肩にポンと手を置いて、逸れた母親と妹を探してやると言い放つ。

 

「ちょっ!!マロン!?」

 

勝手に迷子の親を探す事を決めた麻侖に黒木は慌てて声をかける。

 

「迷子なら、迷子センターに連れて行けばいいじゃない」

 

「てやんでぇい、困った子供を見捨てちゃあ、江戸っ子の名が廃るってもんでぇい!!」

 

「いやいや、私達、江戸っ子(東京)じゃなくて千葉県民だから」

 

「細けぇ事はいいんだよ。さっ、行くぞ!!嬢ちゃん!!クロちゃん!!」

 

「う、うん‥‥」

 

麻侖のテンションにさっきまで泣く寸前だった女の子はついていけず、キョトンとしていた。

 

(宗谷さんなら、こんな時どうしていただろう‥‥)

 

黒木はもし、迷子を前にした時の真白の事を想像した。

 

(宗谷さんなら、きっと目の前で困っている子を見捨てはしないわね)

 

「はぁ~しょうがないわね」

 

黒木も麻侖に付き合い、女の子の母親と妹を探す事になった。

 

「そう言えば、嬢ちゃん、何て名前なんでぃ?」

 

「ぎ、ギンガ‥中島ギンガです」

 

「ギンガか‥何かキラキラしていそうな名前だな」

 

(所謂キラキラネームってやつね‥‥)

 

麻侖はハハハハ‥‥と笑いつつ、ギンガの頭をくしゃくしゃと撫でる。そして、黒木はギンガの名前が、一般常識から著しく外れているとされる珍しい名前‥所謂キラキラネームだと判断した。

 

「アタシは柳原麻侖様だ!!で、あっちが‥‥」

 

麻侖は先程、自分の名前を名乗ったのだが、改めて自分の名前をギンガに伝え、次に視線と手で黒木を指す。

 

「私は、黒木洋美」

 

此処で、自分の名前を名乗らない訳にはいかず、黒木もギンガに自分の名前を名乗る。

 

「それじゃあ、ギンガのお袋さんと妹さんを探しに行くか!!」

 

「う、うん‥‥」

 

麻侖と黒木も迷子となったギンガの母親と妹を探しにフェスター会場を歩き始めた。

 

 

同じく迷子であるスバルの親と姉を探している葉月達は、

 

「ねぇ、スバルちゃん」

 

「はい?」

 

「スバルちゃんのお母さんってどんな人なの?」

 

明乃が葉月に抱っこされているスバルに母親がどんな人なのかを尋ねる。

 

「う~んと‥‥おかあさんはきれいな人!!いつもおとうさんと朝、チューしているの」

 

スバルの漠然とした説明では、彼女の母親がどんな顔なのか分からない。

 

「えっと‥‥それじゃあ、今日お母さんはどんな服を着ていたの?」

 

次にもえかがスバルの母親の服装を尋ねる。

 

「はづきおねえちゃんとおなじズボンをはいていた」

 

スバルが言うにはスバルの母親はジーンズを穿いていると言う。しかし、この会場でジーンズを穿いている女性が一体何人いるだろうか?

入場制限されているとは言え、かなりの人数が居る筈である。

服装でもスバルの母親を探すのも無理があった。

 

「それじゃあ、名前は何って言うのかな?」

 

明乃がスバルの母親の名前を尋ねる。

 

「クイント、なかじまクイント」

 

「クイントさんだね」

 

「お姉ちゃんは?」

 

「ギンガ、なかじまギンガ」

 

スバルの母親と姉の名前を知り、明乃ともえかは、

 

「クイントさぁーん!!中島クイントさん!!いらっしゃいますか!?」

 

「クイントさーん!!ギンガさーん!!」

 

近くにスバルの母親である中島クイントか姉の中島ギンガが居ないか声を上げる。

しかし、近くには居ない様で明乃ともえかの呼びかけに応じる気配がない。

 

「ねぇ、スバルちゃん」

 

「なあに?」

 

「スバルちゃん、このお祭りに行く前にどこか行きたい場所とかをお母さんかお姉ちゃんに言ってない?」

 

事前にフェスターのイベントかブースを回る計画を立てていれば、其処にスバルの母親か姉がいるかもしれないと思った葉月。

 

「う~んとね、みんなで大きなお船に乗ろうってやくそくしたの!!」

 

「大きなお船?」

 

「それって‥‥」

 

スバルの言う大きなお船、それに心当たりのある葉月達は急ぎ、その場所へと向かった。

 

 

その頃、スケジュール調整とイベントの助っ人を終えた真白は開催本部へと戻った。

武蔵に乗るのに、この体操服姿では流石に恥ずかしいので、着替えに来たのだ。

しかし、それが不味かった。

開催本部に戻った真白は真冬を始めとするブルーマーメイドの隊員らに捕まって、お礼を言われつつ絡まれた。

 

「あ、あの‥私は武蔵に‥‥」

 

「大丈夫、大丈夫!!体験航海まで時間があるって!!ハハハハハハ‥‥」

 

真冬は真白の背中をバンバンと叩いて大丈夫だと言う。

しかし、真白にはどうも不安がぬぐえないのだが、真冬は真白を逃がす気配はなかった。

 

真白が開催本部にて、真冬に捕まっている中、スバルを連れた葉月達は武蔵の体験航海が行われる埠頭へと辿り着いた。

もしかして、スバルの母親か姉がこの埠頭に着ているかもしれないと思い、辺りを見回す。

すると、

 

「あー!!やっと見つけたわよ!!スバル!!」

 

葉月達の下へ一人の少女が駆け寄ってくる。

どうやら、近づいてくる少女はスバルの家族の様だ。

そう判断した葉月はスバルを下ろす。

 

「おねーちゃんっ!」

 

駈け寄って来る少女の姿を見たスバルは姉の元へ駆け出す。

 

「全く心配したんだからね!!一人で勝手に歩いちゃ駄目って言ったでしょ?めっ!!」

 

妹を嗜める姉と反省する妹という微笑ましい光景に、足を止めていた人々は口元に微かな笑みを浮かべながらその場を後にしていく。

ただ、ギンガよ‥‥今の君がその台詞を言っても説得力はないぞ。

 

「良かったね、スバルちゃん。お姉ちゃん見つかって」

 

明乃が姉と再会出来たスバルに声をかける。

 

「うん!!」

 

「あの、どちら様ですか?」

 

スバルを抱きしめながら、スバルの姉は葉月達が誰なのかを尋ねる。

 

「はづきおねえちゃんとあけのおねえちゃん、もえかおねえちゃんだよ。一緒におかあさとおねえちゃんを探していてくれたの」

 

スバルが姉に葉月達が何者なのかを教える。

 

「そうだったんだ‥‥」

 

スバルが事情を聴いたスバルの姉は、抱き付いていたスバルを引きはがし、姿勢を正して、

 

「妹がお世話になりました。私はスバルの姉の中島ギンガと言います」

 

頭をペコッと下げて、ギンガは葉月達にお礼と自己紹介をした。

その時、

 

「どうしたんでぃ?ギンちゃん、突然駆けだしたりして」

 

人ごみの中からギンガの後を追うように赤みがかった茶髪で小柄の少女(麻侖)と茶髪で長身、切れ長の目(黒木)の二人の少女がやって来た。

 

(あっ、あの子、さっき真白ちゃんを追いかけていた子だ‥‥)

 

二人の内一人は、葉月は見覚えのある少女だった。

 

「あっ、マロンさん、洋美さん。妹が見つかりました」

 

ギンガが二人に自分の妹が見つかった事を知らせる。

 

「ん?そちらさんは?誰でぇい?」

 

赤みがかった茶髪で小柄の少女(麻侖)は葉月達の存在に気づき、尋ねてくる。

 

「あっ、妹がお世話になった方々です。えっと‥‥」

 

ギンガが、赤みがかった茶髪で小柄の少女(麻侖)に紹介しようとしたが、ギンガは葉月の名前を知らない事に気づいた。

 

「あっ、自己紹介がまだだったね、私は岬明乃」

 

「知名もえかです」

 

「自分は広瀬葉月です」

 

「アタシは柳原麻侖でぇい!!」

 

「‥‥黒木洋美です」

 

迷子となった中島姉妹との出会いは葉月達、そして麻侖と黒木にまた別の出会いを呼び寄せたのであった。

 

 

 



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19話 ブルーマーメイドフェスター パート6

※今回の話でゲスト登場する中島クイントは、名前の通り、リリカルなのはシリーズに登場したクイント・ナカジマがモデルです。
容姿もクイント・ナカジマをそのままご想像下さい。



武蔵の体験航海が行われる埠頭では、葉月達が出会った迷子の中島スバルと麻侖と黒木が出会った迷子の中島ギンガの中島姉妹は無事に会う事が出来た。

迷子となった中島姉妹を保護した葉月達と麻侖&黒木は互いに自己紹介をした。

そして、何故この武蔵の体験航海が行われる埠頭に来たのかを尋ねると、スバルが武蔵に乗ろうとしていた様に当然、ギンガも武蔵の体験航海に参加するので、葉月が思った様にギンガもこの埠頭ならば、妹と母親が来るのではないかと思い、この埠頭に来たのだと言う。

やがて、武蔵への乗船が始まったのだが、葉月達はまだ武蔵には乗船せず、ギンガとスバルの母親が来るかもしれないと言う事で、そのまま埠頭で待っていた。

すると、

 

「ギンガ!!スバル!!」

 

ギンガとスバルの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「「おかーさん!!」」

 

中島姉妹が駆けだし、一人の女の人に抱き付く。

女の人の服装は確かにジーンズを穿いている女性で、容姿はギンガをそのまま大きくした感じなので、三人が揃って「親子です」と言われても別に不思議では無かった。

ただ、二児の母にしては若い様に見えたが‥‥。

 

そして、ギンガとスバルが葉月達の事を説明すると、中島姉妹の母親が姉妹達と共に葉月達に近づいて、

 

「本当にありがとう。娘達がお世話になったみたいで‥‥」

 

と、葉月達に頭を下げて礼を言ってきた。

年上の女性にお礼を言われて、何だかこそばゆい感じがした明乃達であった。

 

「間もなく、超大型直接教育艦、武蔵は出航致します!!ご乗船のお客様はお急ぎください!!」

 

武蔵の出航を知らせる放送が流れる。

葉月、明乃、もえかの三人と中島親子は元々武蔵に乗る予定だったので、乗船タラップへと向かい、麻侖と黒木も此処まで来たのだから、折角なので武蔵の体験航海に参加する事にした。

 

その頃、武蔵の体験航海に参加したがっていた真白はと言うと‥‥

 

「あ~あ、もう!!『何が大丈夫』だ!!あのバカ姉め!!」

 

真白は開催本部から武蔵が停泊している埠頭へ走っていた。

フェスターのスケジュール調整とイベントの助っ人をこなした後、真白は着替える為に開催本部へと戻り、着替えたのだが、その後、真冬達に捕まり、お礼と称した女子会に強制参加となった。

武蔵に乗る為、時間が無いと言う真白に真冬は大丈夫だと言って、真白は女子会に強制参加させられたのだが、やはりと言うべきか、真白は時間ギリギリに解放された。

そして、走りながら体験航海の時間ギリギリまで自分を拘束していた姉(真冬)に対して、走りながら毒づく。

 

やがて、埠頭に着くと、

 

「すみません!!乗ります!!宗谷真白です!!乗せて下さい!!」

 

声を張り上げて真白は埠頭の横須賀女子の生徒達に声をかける。

真白自身、こんな私事で『宗谷』の名前を使うのは好ましく思っていなかったが、時間ギリギリで武蔵に乗れるか乗れないかの瀬戸際にもはや恥や外聞もない。

乗れるのであれば、『宗谷』の名前でもなんでも使ってやる。なりふりなんてかまっていられない真白。

タラップを仕舞おうとしていた乗員を押し切り、真白は何とか乗る事が出来た。

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥な、何とか間に合った‥‥」

 

息を整えながら、ポケットからハンカチを取り出し、額に浮き出た汗を拭う。

やがて、ほんの少し体力と呼吸が回復し、楽になり、辺りを見回すと、真白は違和感を覚えた。

甲板上に一般客の姿が無かったのだ。

既に艦内に入ったのだろうか?

スケジュールが変わったとは言え、武蔵に乗りたいと思う一般客が少ない筈がない。

やがて、少し離れた所で音楽隊が演奏する音楽が聴こえて来た。

その音楽を聴いて真白は、

 

(あれ?この音楽が終わってから武蔵は出航する筈‥‥と言うか、音楽隊は武蔵の前で音楽を演奏する筈‥‥)

 

スケジュール調整をしていたので、真白は武蔵がどのような経緯で出航するのかを知っていた。

音楽が終わり、出航ラッパが鳴り響く。

真白の本能が自分に呼びかけている。

 

(これは武蔵では無い)

 

と‥‥。

しかし、

ガコンと、真白が乗っている艦が揺れる。

 

「ん?んんっ?」

 

突如、乗っていた艦が揺れた事により、

 

(なんだ、やっぱり、出航するんじゃないか、やはりこの艦で間違っていなかった‥‥)

 

真白がやはり、自分が乗っているのは武蔵だと確信を持ったその瞬間、

 

「支援教育工作艦 明石、接舷完了しました!!」

 

状況を報告する乗組員の声を聞いて、真白はピシッと固まった。

何故、今から出航する筈の武蔵に支援教育工作艦明石が接舷する必要がある。

武蔵同様、横須賀女子に所属する支援教育工作艦明石は主に艦船の整備・修繕を主目的としている艦だ。

その整備・修繕を主目的としている艦が今、自分の乗っている艦に接舷していると言う事は‥‥

真白は恐る恐る今、自分が乗っている艦の艦橋や周囲を見渡す。

すると‥‥

 

「こ、これは武蔵じゃない‥‥比叡だ‥‥!!」

 

真白は、声を絞り出しながら今、自分が乗っている艦が武蔵では無い事を察する。

エンジントラブルを起こした比叡の修理を行う為、明石と比叡の乗員達が修理作業を開始し始めている中、真白は自分の名前通り、真っ白になり、膝から崩れ落ちた。

真白の周囲では明石と比叡の乗員達の声が聞こえる。

そして、比叡と接舷した明石の横を、一般客を大勢乗せた武蔵が通過して行くのを真白の視線が捉えた。

全ての不幸は未来への踏み台の布石に過ぎない。

今日のこの出来事を自分は僥倖と思もうできだ。

確かに今年のブルーマーメイドフェスターは苦難の連続であったが、ブルーマーメイドへの‥‥横須賀女子への思いもより強固なものにする事が出来た。

それが分かっただけでもいいじゃないか‥‥

真白はそう割り切り、出航して行く武蔵に対してまるで宣言するかの様に、

 

「うぅ~‥‥待っていろよ!!武蔵!!私はお前に絶対に乗ってやるからな!!」

 

両手を高々にあげて、真白は武蔵に向かって叫んだ。

艦首で出向して行く武蔵に対して、叫んでいる真白を明石と比叡の乗組員は怪訝そうな顔で見ていた。

 

 

武蔵が埠頭を離れ、出航して行く際、甲板上に居た葉月の目の前にある別の埠頭には一隻の戦艦と工作艦が停泊していた。

 

(あれは、金剛級の戦艦だ‥‥この世界には金剛級の戦艦はそのままの艦影でそんざいしていたのか‥‥)

 

大和級と日本武尊級は似て異なる存在であったが、その他の艦船はそのままの姿で二つの世界に存在していた様で、艦尾から見た艦影から葉月は埠頭に停泊している戦艦が金剛級の戦艦である事を認識し、艦尾に書いてある名前を見て、驚いた。

艦尾には白い塗料で、『ひえい』と書かれていた。

 

(ひえい!?ひえいって、もしかしてあの比叡か!?)

 

葉月の知る比叡はあの真珠湾攻撃を始めとして、数多くの戦場を渡り歩いた高杉艦隊の旗艦として名をはせた戦艦だった。

武蔵が停泊している比叡の横を通り過ぎると、自分の知る比叡と目の前に止まっている比叡とでは幾つかの違いが見受けられた。

その大きな違いは電探と武装であった。

目の前の比叡の電探はこの時代の電探を装備しており、金網の様な電探では無く、棒状の電探で、兵装に関しても電探連動砲や高角砲群に全周防盾が装備されていない等の違いがあった。

葉月がジッと比叡を見ていると、艦首にて葉月の知る人物が武蔵に向かって叫んでいるのが見えた。

 

(真白ちゃん!?なんで比叡に乗っているんだ!?何か用があったのかな?)

 

葉月は真白が比叡に乗っている事に驚いたが、今日の真白はフェスターの運営を手伝っていると先程本人に聞いていたので、比叡に何か用があったのだろうと判断した。

まさか、本当の理由が武蔵と比叡を間違えた事など知る由も無かったが‥‥。

 

武蔵の体験航海は順調で、まず最初に乗員が一般客達を艦内に案内した。

そこで、設備の説明や一般客からの質問に丁寧且つ分かりやすく答えていった。

流石、横須賀女子の成績上位者と言うべき生徒達で、明乃ともえかは武蔵の乗員達を尊敬のまなざしで見ていた。

武蔵の機関室では、麻侖が目を輝かせていた。

大型戦艦の動いているエンジンに麻侖の気分は最高潮に達していた。

そんな子供の様に輝いている麻侖に黒木は苦笑しながら彼女の様子を見ていた。

一通り、艦内の案内が終わると、あとはフリータイムとなった。

 

「へぇ~クイントさんも元はブルーマーメイドだったんですね」

 

そこで、明乃達は、先程埠頭で知り合った中島姉妹の母親、中島クイントと後部甲板に設けられたテーブル席で談笑した。

それによると、クイントも元はブルーマーメイドの隊員であったのだが、結婚を機に寿退社をしたのだと言う。

しかし、現役時代には何と彼女はあの大和の副長を務め、その後は艦長となったと言う。

真霜の時と同じように明乃達はクイントからブルーマーメイド時代の事を聞いて、目を輝いており、今日になってブルーマーメイドに興味を抱いた黒木も興味深そうにクイントの話を聞いていた。

明乃達がクイントの話を聞いている頃、ギンガとスバルの面倒は葉月が見ていた。

 

「はづきおねえちゃん、かたぐるまして!!」

 

「いいよ‥よっ、と‥‥」

 

スバルにせがまれて葉月はスバルを肩車する。

 

「わぁぁぁぁ!!たかい!!たかい!!」

 

葉月に肩車をされてご満悦のスバル。

 

「ああ!!いいな!!私も!!」

 

スバルは迷子の一件で葉月に慣れ、そんなスバルと共にギンガも葉月に慣れた様子だった。

葉月に肩車されているスバルを見て、ギンガも羨ましくなったのか、彼女も葉月に自分も肩車してくれと頼んできた。

葉月はスバルに一言声をかけた後、彼女を下ろし、今度はギンガを肩車した。

肩車をしてもらったギンガもスバル同様、喜んでいた。

 

やがて、武蔵の体験航海が終わり、一般客達がタラップを使い、次々と武蔵から下艦して行く中、

 

くぅ~

 

くぅ~

 

可愛らしいお腹の音がギンガとスバルから聞こえて来た。

迷子になり、飲まず食わずでずっと家族を探していた中島姉妹はお腹が空いた様だ。

時間も既にお昼を過ぎている。

 

「おかーさん、おなかすいた‥‥」

 

「私も~」

 

中島姉妹の二人は両手でお腹を押さえ、母親に自分達がお腹が空いている事をアピールする。

 

「そうね。それじゃあ、お昼御飯にしましょうか?」

 

「「やったー!!」」

 

お昼御飯が食べれると言う事で、万歳をして喜ぶ中島姉妹。

 

「貴女達も一緒にどう?娘達がお世話になったみたいだし、ご馳走するわよ」

 

クイントは葉月達に一緒に昼を食べないかと誘う。しかも、食費は全てクイントが持つと言うのだ。

 

「はづきおねえちゃん、あけのおねちゃん、もえかおねちゃん、いっしょにたべよー!!」

 

「マロンおねちゃんとひろみおねえちゃんも!!」

 

『うっ!!』

 

純真無垢な中島姉妹の瞳に断れない雰囲気となる葉月達。

しかし、食費を全てクイントが持つと言われて何だか負い目の様なモノを感じる。

 

「さぁ、行くわよ!!」

 

「「おぉー!!」

 

「えっちょっ‥‥!!」

 

クイントが号令をかけ、ギンガは麻侖と黒木の両手を引き、スバルは葉月の手を引いていく。

葉月がスバルに連れて行かれたので、明乃ともえかはなし崩しに後を追う形となった。

 

『‥‥』

 

そして、屋台ブースの中に設けられたフードコートにて、クイントが屋台の商品を買ってきたのだが、幾ら八人いるからと言ってもクイントが買ってきた商品の量は物凄かった。

フードコートのテーブル二つを突き合わせてやっと全部が乗り切る形で、葉月達はその量の多さに圧倒された。

 

(こんなにたくさん買って来て大丈夫なのだろうか?)

 

それが、葉月達が抱いた印象であった。

しかし、それは杞憂に終わった。

 

「んー、美味しかったー。もう大満足っ!!」

 

「まんぞくー!」

 

「まんぞくー」

 

あれだけあった屋台の商品の殆どは中島親子のお腹へと消えていった。

中島親子は三人とも両手でお腹をさすり満足そうな表情をしている。

容姿だけでなく、沢山食べる所も親子であった。

 

『‥‥』

 

テーブルに並んだ屋台の商品の量にも驚いたが、それをほとんど片付けた中島親子にも驚いた葉月達だった。

 

「相変わらず、沢山食べるわね、クイントちゃん」

 

不意にクイントに声をかける人物が居た。

 

「流石にこの年で『ちゃん』は、やめて下さいよ。雪ちゃん先輩」

 

クイントには声だけで誰が自分の事を呼んだのか察しがついた様子。

 

「そっちだって学生時代からずっとその呼び名じゃない」

 

「えっと‥‥ほら、先輩のは、あだ名みたいなものですから」

 

クイントがそう言いながら振り向く。

彼女の視線の先には、雪ちゃん先輩こと、宗谷真雪が居た。

 

「あっ、真雪さん」

 

「あら?葉月さん」

 

葉月は真雪に声をかけ、真雪はクイントと同じ席に居る葉月を見て、意外そうな表情をする。

 

「あれ?雪ちゃん先輩、知り合いですか?」

 

「え、ええ。私の古い友人の娘さんで、今は私が預かっているのよ」

 

「そうなんですか。いやぁ~葉月さんには家のスバルがお世話になったみたいで、お礼を兼ねてこうして一緒に食事をしていたんですよ」

 

「あら?そうなの?」

 

真雪は一瞬キョトンとした顔になったが、学生時代からの後輩の言葉に納得した様子だった。

その後、真雪も中島親子、葉月達と同じ席に着いた。

 

「いやぁ~それにしても久しぶりですね、雪ちゃん先輩」

 

「ええ、貴女も‥‥暫くの間音信不通だったけど、どうしていたの?」

 

真雪の話では、クイントは暫くの間、音信不通の状態だったらしい。

 

「この子達と一緒にヨーロッパ経由でアメリカに行っていたのよ」

 

クイントの話では、彼女は自分の子供達とヨーロッパ、アメリカを旅していたと言う。

そして、彼女は両手で子供達の頭を撫でて自らの子供達を真雪に紹介する

 

「しばらく見ない間に大きくなったわね、ギンガちゃん、スバルちゃん。最後に会ったのはギンガちゃんがまだ3歳の頃で、スバルちゃんは1歳だったから覚えていなくても仕方がないと思うけど‥‥」

 

真雪はギンガとスバルに微笑む。

しかし、ギンガとスバルは目の前の女の人に見覚えがないので、少し警戒している様子。

そりゃあ3歳の頃に出会った人物なんて、年がら年中出会っていなければ、忘れる。

まして、1歳の頃の事なんて覚えている筈がない。

 

「ほら、二人ともそんなに怖がらないの。この人はお母さんのお友達なんだから。さっ、挨拶しなさい」

 

「「う、うん‥‥」」

 

母親(クイント)のお友達と言われて、幾分警戒心が和らいだ二人は真雪に対して姿勢を正し、自己紹介をした。

 

「な、中島ギンガです」

 

「なかじますばる‥です」

 

「私の名前は宗谷真雪よ。よろしくね、ギンガちゃん、スバルちゃん」

 

「「は、はい‥‥」」

 

(宗谷真雪って、宗谷さんと同じ苗字‥‥それに名前も似ているし‥‥もしかして、この人‥‥)

 

黒木は真白と真雪の苗字が同じで名前が似ている事から真雪は真白の関係者ではないかと思った。

彼女がそれを知るのはそれからすぐの事だった。

 



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20話 ブルーマーメイドフェスター パート7

ブルーマーメイドフェスターにて、迷子の姉妹を見つけた後、その姉妹の母親と無事に再会させる事に成功した葉月達。

お礼にその迷子達の母親、中島クイントから昼食をご馳走して貰った葉月達。

そこへ、ブルーマーメイドでは、有名で現横須賀女子海洋高校の校長を務める宗谷真雪が現れた。

迷子の女の子達の母親、中島クイントの話では彼女は元でブルーマーメイドだった事は知っているが、彼女はどうもただの元ブルーマーメイドではなく、真雪の後輩であり、真雪とはかなり親しい仲であった。

 

 

「クイントちゃんもすっかり、お母さんが板についたわね。ブルーマーメイド時代、『暴食の戦乙女』と呼ばれていた頃が嘘みたいに」

 

「ちょっ!!雪ちゃん先輩!!私、暴食何てしていませんから!!」

 

(((((えええーっ!!)))))

 

先程まで大量の屋台の商品を食べていた人物の発言とは思えず、葉月達は心の中でクイントにツッコム。

 

「そう言う、雪ちゃん先輩だって、聞いた話ですけど、校長職に就いてから、『雪夜叉』と呼ばれて恐れられていた頃が嘘みたいですよ」

 

クイントが皮肉交じりに言い返す。

 

「校長?」

 

「真雪さんって、学校の先生なんですか?」

 

明乃ともえかが真雪の職業が教職員なのかと尋ねる。

 

「ええ、横須賀女子海洋高校の校長をやっているの」

 

「「「「えええーっ!!」」」」

 

真雪の仕事を聞いて、目の前の人物が、まさか自分達が目指している学校の校長と言う事に驚く明乃達。

 

 

「それじゃあ、貴女達は今度の受験で横須賀女子を受験するのね?」

 

「は、はい」

 

「将来はブルーマーメイドになりたくて‥‥」

 

明乃達は真雪を目の前にしてガチガチに緊張している。

まるで、面接をしているかのように‥‥

 

「あ、あの‥‥」

 

黒木は恐る恐る真雪に声をかける。

 

「ん?何かしら?」

 

「あの‥‥宗谷さんはもしかして宗谷真白さんの‥‥」

 

「真白は私の娘よ」

 

(やっぱり!!)

 

「あ、あの‥さっき宗谷さん‥い、いえ、真白さんを見たんですけど、真白さんとてもすごかったです。ブルーマーメイドの人や高校生の人に怖気づくことなく、気丈に接したり、イベントの助っ人をしたり‥‥私、感動しました!!」

 

「ありがとう。真白が聞いたらきっと喜んでくれていたわ。それと今度の受験には真白も横須賀女子を受けるみたいだから、高校生になったら、お友達になってあげてね」

 

「は、はい!!勿論です!!」

 

真雪からそう言われ、黒木は笑顔で答える。

 

(むぅ~なんかクロちゃんが取られちまいそうな気がする‥‥)

 

一方、真雪と黒木のやり取りを麻侖は面白くないという表情で見ていた。

 

「そう言えば、さっきクイントさんが言っていた『雪夜叉』ってなんですか?」

 

明乃達が真雪との間に緊張した空気を出している中、葉月がクイントに真雪の二つ名の由来を尋ねる。

 

「ああ、あれね。雪ちゃん先輩、ああ見えて、現役時代は物凄く厳しくて怖い人だったのよ。それで、海を荒らす犯罪者や同僚や部下のブルーマーメイドからも畏怖されていて『雪夜叉』って呼ばれていたのよ。あっ、でも鉄拳制裁とかはやっていないわよ。部下や同僚には口で注意していたわ」

 

「へ、へぇー」

 

クイントの話を聞く限り、今の真雪からは想像もつかない。

 

「まっ、中には『そんなものただの噂だ』って言って雪ちゃん先輩が指揮する大和に挑んだお馬鹿さん達もいたけどね」

 

「そ、それで、そのお馬鹿さん達はどうなったんですか?」

 

雪夜叉(真雪)に挑んだ愚か者の末路をクイントに尋ねる葉月。

 

「武装船で徒党を組んできたけど、殲滅されたわ。その戦果、雪ちゃん先輩は海上安全整備局から『来島の巴御前』って呼ばれるようになったけど、私達の代はやっぱり雪ちゃん先輩か雪夜叉がしっくりくるわね」

 

「あら?クイントちゃんだって、人の事は言えないんじゃない?」

 

クイントと葉月の会話を聞いた真雪も二人の会話の中に入ってきた。

 

「ん?それはどういう事ですか?」

 

「あっ、さっき真雪さんクイントさんの事を『暴食の戦乙女』って呼んでいましたよね?」

 

「ええ、私が『来島の巴御前』って呼ばれるようになったあの時の戦闘でクイントちゃん、一人でスキッパーに乗って、敵の武装船に乗り込んで行っちゃったのよ」

 

『えっ?』

 

真雪の発言でクイント以外の皆が固まる。

彼女が言うには、クイントはなんとテロリストがわんさか乗っている船に一人で切り込みをかけたのだという。

 

「そ、それでどうなったんですか?」

 

話の続きが気になるのか、明乃達は固唾を飲んで真雪の話に耳を傾けている。

まぁ、目の前に本人が居るのだから、無事なのは確かなのだが‥‥

 

「甲板にいたテロリストを千切っては海に叩き落としていたわ」

 

『うわぁ~』

 

(筋肉モリモリマッチョマンのコ○ンド―みたいね)

 

若干引く感じで皆はクイントを見る。

そして、黒木は以前に見たアクションモノの主人公を思い浮かべた。

 

「ちょっ!!あれは昔の事よ!!い、今はやっていないからね!!本当よ!!」

 

慌てて体裁を整えようとしているクイント。

 

「ほ、他にはないんですか?」

 

葉月としては真雪とクイントの現役時代の事が気になり、この他にも印象に残ったエピソードがないかを尋ねる。

 

「わ、私も気になります」

 

「私も‥‥」

 

明乃ともえかも葉月同様気になり、黒木と麻侖も口には出さないが、気になっている様でソワソワしている。

 

「私もききたい!!」

 

「わたしも!!おかあさんのむかしばなしききたい!!」

 

ギンガとスバルも自分達の知らない頃の母親の事が知りたい様子で、真雪とクイントに昔話をせがんできた。

 

「しょうがないわね」

 

「それじゃあ、どこから話そうかしら?」

 

「やっぱ学生時代からはどうでしょう?」

 

「そうね」

 

こうして、真雪とクイントの学生時代、現役時代でのエピソードを聞けた明乃達はとても有意義な時間を過ごせた。

クイントの娘のギンガとスバルも母の昔話を聞いて、

 

「私もお母さんみたいな強いブルーマーメイドになる!!」

 

「わたしも!!」

 

と、母の様な大人になると宣言した。

その様子を見て、真雪は学生時代の真霜と真冬、小学生時代の真白を思い出し、明乃ともえかも小学生時代、一緒に岬で大和を見たときのことを思い出した。

 

「そう、お母さんの後を継ぐのね‥‥二人とも頑張りなさい」

 

「「うん!!」」

 

クイントは娘たちの頭を優しく撫で、皆はその光景をほほえましく見ていた。

 

「それじゃあ、私は外回りの挨拶の続きがあるから、これで」

 

真雪はこの後も色々予定がある様子で席を立った。

 

「あっ、はい。ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

「色々と話が聞けてよかったです」

 

「とっても面白かったです」

 

「また、機会があれば、色々聞かせてください」

 

明乃達は真雪にお礼を述べる。

 

「ええ、皆も受験頑張ってね。春、入学式で皆に会えるのを待っているから」

 

『はい!!』

 

真雪の言葉に元気よく返事をする明乃達。

 

「あっ、そうそう、聞き忘れていたけど、クイントちゃん。午後のあのイベントに参加するの?」

 

立ち去る前に真雪は立ち止まり、クイントに午後にあるイベントに参加するのかを問う。

 

「ええ、勿論です」

 

クイントは真雪の言うイベントに参加するつもりのようだ。

 

「そう。頑張ってね」

 

「ええ。そういえば今のチャンピオンは誰なんです?」

 

「私の娘の一人、宗谷真冬よ」

 

「へぇ~でも、雪ちゃん先輩の娘さんとは言え、手加減はしませんからね。別に倒してしまっても構わないんですよね?」

 

「フフ、お手柔らかにね」

 

そう言って真雪は今度こそ去って行った。

 

「クイントさん、午後に参加するイベントってなんですか?」

 

葉月がクイントにイベントの内容を尋ねる。

 

「ん?それはね‥‥」

 

クイントは、ニマッと嬉しそうな顔でイベントの内容を葉月達に話した。

 

そして、イベント開催時間となり‥‥‥‥

 

「さあ!!やってまいりました!!ブルーマーメイドフェスター恒例のわんこそば対決!!」

 

司会役を務めるブルーマーメイドの隊員がイベントの開催を宣言すると、会場は歓声で盛り上がる。

 

「この競技はブルーマーメイド、高校生、一般来場のお客さん達の中で大食いに自信のある方なら、誰でも出場可能な大食い対決!!今年も数多くの猛者達が集まってくれました!!では、勇敢なる猛者達を紹介します!!皆さん!!拍手で出迎えてあげてください!!では、どうぞ!!」

 

会場にあふれんばかりの拍手が鳴り、ステージに挑戦者達が登場する。

その中にはクイントの姿もあり、

 

「お母さん頑張って!!」

 

「がんばって!!」

 

会場の応援席からギンガとスバルがクイントを応援する。

 

「では、挑戦者の方々が集まりましたので、いよいよチャンピオンの登場です!!どうぞ!!」

 

司会役がチャンピオンの登場を促すと、プシューという白いガスが出てそれが収まると、

 

「とお!!」

 

黒いマントに黒いブルーマーメイドの制服を着た真冬がステージに立った。

 

「チャンピオンの宗谷真冬さんの登場です!!」

 

司会役がチャンピオンである真冬の紹介をすると、会場は再び歓声に包まれた。

 

「では、チャンピオンが登場したので、ルールを説明させていただきます!!ルールは至ってシンプル!!一番多くのそばを食べた人が勝ち!!以上です!!では、皆さん位置についてください!!」

 

チャンピオンの真冬以下、チャレンジャー達はそれぞれ席へと着く。

 

「では‥‥スタート!!」

 

司会役が合図をすると、皆は一斉にそばを食べ始めた。

そして、ゲームが進んで行く内に、挑戦者の者達は次第に顔を苦痛で歪め、次々とギブアップしていく者が出る中、真冬とクイントは平然とした様子でそばを食べている。

 

(クイントさん、昼にあれだけ食べてよく平気だな‥‥)

 

クイントと昼食を共にしたギンガとスバル以外の者達はそんな印象を抱いた。

やがて、ゲームも終盤となり、残っているのは真冬とクイントの二人だけとなった。

 

「お母さん!!頑張って!!」

 

「ガンバレ!!」

 

「真冬先輩!!頑張って下さい!!」

 

「真冬先輩!!」

 

会場からは真冬とクイント、双方を応援する声援が飛ぶ。

 

「すさまじいデットヒートです!!チャンピオンである宗谷真冬さんに平然とついていくこの女性チャレンジャーは何者なのでしょうか!?」

 

司会役もクイントが誰なのかは分からない様子。

そこへ、運営スタッフから一枚のメモが司会役に渡される。

 

「えー‥‥只今入った情報ですですと、な、な、な、なんと!!チャレンジャーの女性はあの宗谷真雪さんが現役時代、大和の艦長を務めていた時には大和の副長を務め、真雪さんが現役を退いた後は、大和の艦長となったあの伝説のブルーマーメイドの一人!!『暴食の戦乙女』の異名を持つ、中島クイント(旧姓クイント・スカリエッティ)さんでした!!」

 

司会役がクイントの紹介をすると、ブルーマーメイドの隊員達はザワつく。

 

「あの人が‥‥」

 

「真雪さんと同じ伝説の‥‥」

 

真雪同様、やはりクイントも現ブルーマーメイドの隊員には伝説的存在の様だ。

 

「尚、情報提供者は匿名希望の宗谷真雪さんからです」

 

(匿名希望なのに提供者の名前を出しちゃダメじゃん!!)

 

(午前中にも何か似たような展開を見た様な気がするわ‥‥)

 

匿名希望と言っているのに情報提供者の名前を暴露する司会役に葉月はツッコミ、黒木はこの光景にデジャヴを感じた。

 

「更に追加の情報では、クイントさんは過去このブルーマーメイドフェスターにおけるわんこそばのチャンピオンでもあり、その最高記録は未だに破られていないとの事です!!これは現チャンピオンの真冬さん、かなりピンチかもしれません!!」

 

しかし、いくら伝説のブルーマーメイドの人が相手でも真冬はそう簡単に諦める性格ではないので、例え相手が伝説のブルーマーメイドの人物だったとしても食らいつける所まで食らいついてやると言うハングリー精神でクイントに食いついた。

だが、勝敗は見えており、やがて‥‥

 

「ぎ、ギブアップ‥‥」

 

真冬は力尽きた。

 

「勝負あり!!勝者!!中島クイント!!」

 

司会役が新たなチャンピオンの名を高々と宣言すると、三度会場は歓声に包まれた。

 

「よく頑張ったわ。流石、雪ちゃん先輩の娘さん。ナイスファイト」

 

「あ、ありがとうございます//////」

 

そして、クイントは自分に食らいついて来た真冬の健闘を称え、真冬も伝説と呼ばれたクイントに褒められて嬉しそうだった。

 

 

葉月達がブルーマーメイドフェスターを楽しんでいるその頃、某所に有る海上安全整備局 海洋研究機関の研究所では‥‥

 

「ん?なんだ?このマウスは‥‥」

 

この研究所で働く研究員が実験用マウス(ハツカネズミ)の飼育篭の中で生まれた個体の中で、通常のマウスとは違った個体が混じっているのを見つけた。

他のマウスは通常のマウスと同じく白一色なのだが、そのマウスはハムスターに似た形状と色をしていた。

 

「突然変異種か?」

 

研究員はそのマウスを隔離した後、その他の飼育篭も調査すると、同様のマウスが多数見つかった。

突然変異と思われるマウスを集めた後、早速そのマウスの検査が行われた。

すると、そのマウスは通常のマウスと姿形は勿論のこと、遺伝子構造の異なる生物であることが判明した。

何の原因があってこの様な突然変異種のマウスが生まれたのかは不明だが、偶然発見されたこの新種のマウスを研究員達は突然変異種と言う理由だけで処分するのは勿体無いと判断し、このマウスを繁殖させる事に決め、繁殖した後、この新種のマウスの調査・研究する事にした。

この時、研究員達はまさかこの判断が後に起こるあの事件の引き金になるとは思いもよらなかった。

 

 

楽しい時間と言うモノは早く終わる感覚があり、様々な出会いとアクシデントがあった今年のブルーマーメイドフェスターにも終わりの時間が迫っていた。

 

「今日は娘達が色々お世話になったみたいで本当にありがとう」

 

クイントは改めて葉月達にお礼を言った。

 

「いえ、こちらこそ色々お話が聞けて楽しかったです」

 

「ギンガちゃんもスバルちゃんもまたね」

 

「うん。バイバイ」

 

「またね」

 

中島親子は手を繋いで、家路へと戻って行った。

 

「それじゃあ、自分達も帰ろうか?」

 

「「はい」」

 

葉月が明乃ともえかに帰宅を促す。

 

「受験、お互いに頑張ろうね」

 

「絶対に横須賀女子に皆で入ろう」

 

明乃ともえかは麻侖と黒木にエールを送る。

 

「おう、そっちもガンバレよな!!」

 

「私は宗谷さんが入るから受ける訳であって、別に貴女達となれ合う気は‥‥」

 

「ハイハイ、クロちゃんはツンデレだから素直になれねぇんだよな」

 

「マロン!!」

 

「ま、まぁ、貴女達も精々頑張りなさい//////」

 

黒木のそんな様子に麻侖はニヤニヤと笑みを浮かべ、明乃ともえかは苦笑する。

葉月はそんな学生達を微笑ましく見ていた。

 

「それじゃあなぁ!!また会おうぜ!!」

 

麻侖は帰りの船から大きく手を振りながら帰って行き、黒木も小さく手を振っていた。

 

「春‥皆で入れると良いね‥‥横須賀女子海洋高校に‥‥」

 

去って行く麻侖と黒木を見て、葉月は明乃ともえかに呟く。

 

「はい」

 

「絶対に受かってみせます」

 

今日のブルーマーメイドフェスターでの出会いが明乃ともえかに更なる意欲を与えた様だ。

 

「葉月さん」

 

「ん?」

 

「今日は、ブルーマーメイドフェスターに連れて来てもらって本当にありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

二人にお礼を言われ、葉月は照れ隠しをしながら、

 

「さ、さあ帰ろうか//////」

 

「「はい」」

 

葉月達も家路に着いた。

尚その際、明乃ともえかは葉月の片腕にそれぞれ抱き付いた。

今日の事が余程うれしかったのだろう。

二人の顔は終始笑顔だった。



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21話 初詣

海上安全整備局の海洋研究機関内で偶然誕生した突然変異種のマウス〈通称RATt(ラット)〉は、調査・研究が重ねられて行き、その結果特殊な生体電流が確認された。

この生体電流に関しては、まだ調査中でどういった電流なのかは不明だったが、それ以上の研究目的として、「密閉環境における生命維持及び低酸素環境に適応するための遺伝子導入実験」と言う研究が行われる事になった。

この実験に何故このマウスが使用されたのかと言うと、その理由は、このマウスの遺伝子が通常のマウスと異なる為であった。

実験は文部科学省海洋科学技術機構、海上安全整備局装備技術部、国立海洋医科大学先端医療研究所の三者共同で行われ、マウス達を実験艦(潜水艦)に乗せ、その実験艦をある程度の深さの海の底へ一定期間沈めた後、その後浮上させ、マウスの状態を見ると言うモノだった。

マウスを乗せた実験艦は現在海底火山の動きがみられ、現在船舶・潜水艦の航行が禁止となっている西之島新島付近の海域に沈められる事になった。

この海域ならば、船舶及び潜水艦の航行が無いので、誰にも邪魔されずに実験を行えると言う為、この海域が選ばれたのだ。

 

マウスを乗せた実験艦は予定通りの深さで海の底へと沈められ、後は浮上時期に生き残っていたこのマウスと搭載されている計器のデータを回収し研究・解析をするだけだった。

勿論実験艦の位置はビーコンで常にその位置は探知されており、見失う心配はなかった。

しかし、選んだこの海域が現在海底火山の動きがみられる海域であり、ある日、その海底火山の活動により、実験艦はサルベージ不可能な水深1500mまで沈没してしまった。

深海深くへと沈んだ事で実験艦からのビーコンも届かなくなり、その事から、実験艦は水圧で圧潰し、マウスは全滅したものと推測され、文部科学省海洋科学技術機構、海上安全整備局装備技術部、国立海洋医科大学先端医療研究所はこの実験の存在を闇へと葬った。

実験艦には研究員や技術者が乗っていた訳ではないので、人的被害は無く、死んだのは突然変異種のマウス達だけで、精々一部のマスコミや動物愛護団体からの抗議が来るぐらいだが、災いの芽は出てくる前に潰してしまおうと考えたのだ。

そして、世間では突然変異種のマウスが誕生していた事も、このマウス達が実験で海の底へと沈められた事を知る由も無く、普段と変わらない日常の時間が流れた。

 

 

ブルーマーメイドフェスターから月日は流れ、間もなく本格的な受験シーズンが近づこうとしていた。

そんな中、宗谷真白は、横須賀女子を目指す為、学習塾に通って勉学に勤しむ日々を送っていた。

 

「うぅ~」

 

その日、真白は先日行われた、模擬試験の結果表を見て、険しい表情をしていた。

その結果表には、

 

『志望校 横須賀女子海洋高校 合格率 20% 志望校の変更を考える必要あり』

 

と、書かれていた。

 

「何故だ!!何故!!こんな低い結果なんだ!!あの時の模擬試験は九割以上あっている筈なのに!?」

 

真白本人としては、模擬試験後の自己採点では、90点代の筈なのに、どういう訳か、点数は殆どが20点代と表記されている。

その事実に真白は、「これは何かの間違いじゃないか」と一人憤慨していた。

 

「真白ちゃん?」

 

そこへ、葉月が真白の部屋を尋ねて来た。

 

「なんです!?」

 

尋ねて来た葉月に真白は声を荒げる。

それはまるで、生理中の葉月の様に機嫌が悪かった。

 

「ご、ごめん‥部屋の外にも聞こえる程の大声を出していたから‥‥その‥気になって‥‥」

 

「っ!?な、なんでもありません」

 

真白は気まずそうに葉月から視線を逸らす。

 

「あっ、それ‥‥佐々木ゼミナールの模擬試験結果だね」

 

葉月は真白が手に持っている封筒に見覚えがあったので、確認するように真白に尋ねる。

 

「ど、どうして知っているんです!?」

 

どうやら、真霜の持っている封筒は葉月の予想通りのモノだった様だ。

 

「自分の知り合いがこの前、佐々木ゼミナールの模擬試験を受けていたから。ちなみに受験する学校は真白ちゃんと同じ、横須賀女子だよ」

 

「‥‥そ、そうですか」

 

葉月の知り合いが自分と同じ横須賀女子を受けると言う事実を聞き、やはり横須賀女子は人気が高いと思い知らされると同時に、この時期に合格率がたった20%の自分が受かるのかと言う不安が真白を支配する。

 

「ち、ちなみに葉月さんは、その知り合いの結果はご存知なんですか?」

 

「うん、知っているよ。結果が出た後、皆で集まって自己採点をして、問題点や課題点を話し合ったからね」

 

「‥‥その知り合いの合格率は幾つでしたか?」

 

真白はグッと唇をかみしめた後、声を振り絞るかのように葉月の知り合い(もえかと明乃)の合格率を尋ねる。

 

「うーんと、二人いるけど、その内、一人(もえか)は90%後半で、もう一人(明乃)は80%後半だよ」

 

「‥‥」

 

葉月の知り合いの横須賀女子の合格率を聞いた真白は悔しそうに顔を歪め、唇を噛んだ。

真白は根が真面目なのだが、その反面、どうもプライドが高い所がある。

それは自分がブルーマーメイドの名門家、宗谷家の出身であると言う事を誇りに思っている所からきている。

その為、真白は受験に関してもあまり周りには頼らず孤高を貫いていた。

真白の様子を見て、葉月は真白の模試の結果が思わしくないのだと判断した。

そして、真白と一緒に生活をしていて、彼女が受験に関してあまり人を頼っていない事も見て来た。

このままでは、本当に真白は受験に失敗すると思い、葉月は余計なお節介かもしれないが、アドバイスをする事にした。

 

「‥‥これは余計なことかもしれないけど、真白ちゃん、もう少し人に頼った方が良いんじゃないかな?」

 

「‥‥」

 

真白もそれは分かっている。

もうすぐ受験だと言うのに模擬とは言え、こんな低い合格率では、志望校に落ちてしまう。

ブルーマーメイドの名門家、宗谷家の者としてそれは何としても避けなければならない。

だが、その反面、どうしても自分の中のプライドが人に頼ると言う事を許さない所が反発する。

まして、今回の様な恥ずかしい成績結果を他人に見られたくないと言う所もある。

でも、今は横須賀女子に受かる為、時間も無い‥‥恥も外聞も気にしている暇はない。

ブルーマーメイドフェスターで武蔵に乗ろうとした時も自分は宗谷家の名前を使ったじゃないか。

横須賀女子に落ちれば、それこそ目も当てられない。

母や姉達は自分に失望するかもしれない、家を勘当されるかもしれない。

追い詰められたあげく、真白は‥‥

 

「‥‥葉月さん」

 

「ん?」

 

「その‥‥これから見せる模擬試験の結果は‥‥姉さん達や母さんには黙っていて貰えませんか?」

 

真白はそう言って、今回の模擬試験の結果を葉月に見た。

 

「‥‥」

 

葉月は真白の模擬試験の結果を見て、違和感を覚えた。

あの真面目な真白がこんな低い成績結果を出すだろうか?

勿論努力=結果が必ずしも比例するとは言い切れないが、それでもこの結果は普段の真白を見ている限りあまりにも低すぎる。

 

「真白ちゃん、今回の模擬試験の問題と解答用紙はある?」

 

「え、ええ‥あります」

 

「見せて」

 

「は、はい‥‥コレです」

 

真白は模擬試験の時に配られた問題用紙と封筒に同封されていた解答用紙を葉月に見せる。

 

「‥‥」

 

葉月は問題用紙と真白の解答用紙を見比べる。

すると‥‥

 

「‥‥真白ちゃん」

 

「は、はい」

 

「‥‥これ、本来の解答すべき解答欄がズレている」

 

「‥‥」

 

葉月の指摘に気まずい空気が真白の部屋に流れる。

 

「本来の解答なら、九割以上の正解だけど、解答欄がズレていたから今回の様な成績になっていたんだけど‥‥」

 

自己採点した結果、真白の予想通り、本来ならば、合格率の数値は高かった。

その事から、真白は成績には特に問題はなかった。

欠点と言えば、真白が緊張したのか試験の際におっちょこちょいなミスをした事だろう。

真白は、解答用紙は見ずに、今回の模擬試験の結果表を見てショックを受けていたのだ。

 

「‥‥真白ちゃん、答えを記入する時、ちゃんと解答欄を確かめて記入した?」

 

「‥‥//////」

 

葉月の問いに真白は顔を赤くして、葉月から視線を逸らした。

どうやら、真白は問題の答えを記入する時、解答欄をよく確かめずに答えを記入した様だ。

 

「‥今度から答えを書く際には、手か定規で未記入の解答欄を隠して記入したらどうかな?」

 

「‥‥そ、そうします//////」

 

真白は羞恥で顔を赤くしながらそう言いつつ、

 

(よかった、自分は決してバカじゃなかったんだ‥‥)

 

と、安心している自分も居た。

 

その後、真霜は別の学習塾で行われた模擬試験を外部参加として受けた。

その時の模擬試験で真白は葉月の忠告通り、未記入の解答欄には定規を当て、解答の記入ミスを防いだ結果、合格率は90%代の数値を叩きだし、受験に関して自信がついた。

しかし、真白は葉月から、たとえ合格率が90%代でも油断はするなと忠告は受けた。

その時、真白は、「分かっています」と答えたが、彼女の浮かれ具合を見て、本当に分かっているのかとちょっと心配になる葉月であった。

 

 

そして、年が明けた新年‥‥

 

神社は初詣の参拝客で大変な賑わいを見せていた。

そんな参拝客達を巫女衣装に身を包んだ八木鶫(やぎつぐみ)と鶫の幼馴染である宇田慧(うだめぐみ)は眺めていた。

慧は今日、鶫の神社が初詣で混雑する事が予想されたので、手伝いに呼ばれたのだ。

しかし、今の慧は巫女装束でなく、私服の上にコートを羽織っている姿だ。

 

「お~お~相変わらず、凄い人数だね」

 

「大きい神社だからね」

 

慧は大勢の参拝客を見て呟く。

そして、鶫は神社が賑わっている理由を話す。

 

「それにほら横須賀女子の受験で来ている子も多いだろうから‥きっと、この中にも横須賀女子を受ける子もいると思うよ」

 

「そう言えば、もうすぐだよね‥‥」

 

慧はもうすぐ横須賀女子の入学試験が近づいている事を指摘する。

鶫の神社は横須賀女子の直ぐ近くにあり、しかも学業成就の神社であり、この時期は大変賑わうのだ。

 

慧からの指摘で鶫も受験が迫っている事を自覚する。

 

「鶫ちゃんは、受験勉強は進んでいる?」

 

慧は鶫に受験状況を尋ねる。

鶫も慧も共に横須賀女子を受験する受験生なのだ。

 

「言わないで~」

 

慧からの質問に鶫は視線を逸らし、やや落ち込んだ様に言う。

どうやら、あまり芳しくない様だ。

 

「とにかく今は巫女としての奉仕を頑張らなくちゃ」

 

「そうだね」

 

鶫は気分を切り替えて、受験よりも今は目の前の仕事に集中する事にした。

 

鶫が社務所でお守りを売っている時、慧は鶫の後ろで小さな旗を振って鶫を応援し、鶫がお使いで神社の彼方此方を駆けずり回っている時、慧はカルガモの雛の様に鶫の後を追い、案内所での仕事の時は、

 

「声出して頑張ろう」

 

と、慧は鶫を励ますが、

 

「あの、手伝ってほしいんだけど‥‥」

 

慧の声援はたいして役に立ってはいなかった。むしろ手を出してくれた方が鶫としては助かった。

その間にも神社の参拝客は増々増えていく。

 

「それにしてもどんどん人が増えてくるね」

 

「ますます忙しくなるよ」

 

この後も仕事量を考えるとなんだけで、モチベーションが落ちてくる。

 

「もう少し人手が必要なんじゃない?」

 

慧がこのままの人数で運営できるのかちょっと心配になる。

 

「うん、そうだね‥‥でも、宇田ちゃんが手伝ってくれれば一番手っ取り早いんだけどね‥‥その辺どうお考え?それに今から人手を増やすと言っても巫女経験者じゃないと‥‥一から作法を教えている時間も暇もないし‥‥」

 

「それじゃあ、私が探してあげよう!!これだけ人が居るんだし、一人くらい見つかるかも~ 人探し宇田レーダー発動~~!!」

 

慧は変なポーズをとり、参拝客の中から巫女経験者を探し始める。

 

「なに、その変なポーズ?それにそんなに都合よく‥‥ん?」

 

鶫がふと、手水舎の方を見ると、其処には一人の少女が手水を使っていた。

その少女は、手水舎に一礼した後、右手で柄杓(ひしゃく)を取り、手水を掬(すく)い、その手水で左手を清め、次に柄杓を左手に持ち替え、同様の動作で右手を清めた。

次にもう一度右手に柄杓を持ち替え、左の手のひらに手水を溜めて口に含み音を立てずに口をゆすいで清め、左手で口元を隠してそっと吐き出す。

その後、最初に左手を清めた動作で左手を清め、最後に柄杓の柄を片手で持ち、椀部が上になるよう傾け、柄に手水をしたたらせて洗い流し、柄杓を元の位置に静かに戻し、一礼した。

それは洗礼された手水作法であり、それらの動作から彼女が巫女または神職の関係者だと鶫はすぐに分かり、彼女の方へと近寄った。

 

 

知床鈴(しれとこりん)は今年、横須賀女子を受験する予定の受験生で、受験成就と名高いこの神社の御利益にあずかろうと一人で神社に参拝に来ていた

鈴の実家も神社であり、昔からの癖なのか、手水舎にて一般的な手水作法を行い、その後、参拝しようとした時、

 

「お嬢さん」

 

背後から突然声をかけられた。

 

 

「お嬢さん」

 

鶫は手水舎にて、手水作法をしていた少女に声をかけた。

 

「はい?」

 

声をかけられ、鈴が振り向くと、其処には巫女衣装の同い年ぐらいの少女が立っていた。

そして、鈴に

 

「貴女、もしかして神職関係者では?」

 

と、自分が神社の関係者ではないかと尋ねて来た。

その巫女さんは笑みを浮かべているが、彼女の後ろでは、

 

とても忙しくて人手が足りない

 

お手伝いが欲しい

 

手伝って

 

人手欲しい

 

お願い

 

等の煩悩が鈴には見えた様な気がした。

 

「ち、違います」

 

本能的に危険を察知した鈴は無意識的そう答えた。

 

「その歳で手水作法を完璧にこなす素人なんて限りなくゼロに近いですよ!!お願いします~!!手伝って下さい~!!」

 

鶫は鈴が逃げ出さない様に抱き付いて、彼女に懇願する。

しかし、鈴は、

 

「ぐ、偶然です!!奇跡です!!テキトーにやってみただけです!!」

 

面倒事に巻き込まれるのは御免だとあくまで白を切る。

 

「わ、私はただお守りを求めに来ただけなんです!!」

 

そして、今日この神社へ参拝しに来た目的を鶫に話す。

すると、

 

「あら?ご自分の神社じゃダメなんですか?お守り?」

 

慧が鈴に尋ねる。

 

「いやぁ~家の神社の御利益はどちらかというと縁結び系で合格祈願はこの神社がいいかなぁ~と思いまして~」

 

「ほうほう、なるほど」

 

と、背後から現れた慧の質問につい正直に答えてしまった。

慧は鈴の答えを聞き、何故自分の家の神社では無く、他の神社に参拝しにきたのか納得した様子。

 

「やはり、神社の生まれでしたね~言質取りましたよぉ~」

 

(し、しまった!!)

 

当然鈴に抱き付いていた鶫にも鈴が神社の家の者だと聞こえており、鈴はあっさりと鶫に神社の家の生まれだとバレた。

 

「さっそく着替えましょう!!」

 

「あああああ~なし崩し的に手伝わされるぅ~」

 

鈴は号泣しながら。鶫に引きずられて行った。

何が悲しくて正月の三が日の期間、他の神社の手伝いをしなければならないのだろう?

鈴は自分の迂闊さと不幸と共に世の中の理不尽さを呪い、

引きずられて行く鈴を見て、慧は、

 

(私もちゃんと手伝おう)

 

鶫の様子を見て、本当に追い込まれているのだと確信し、今後はちゃんと手伝う事にした。



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22話 初詣パート2&受験と言う名の戦争

 

「さあ、皆さんにご奉仕しましょ――――!!」

 

「いやぁぁぁー!!帰してぇぇぇぇぇぇ・・・・!!」

 

「ゴメンね、普段はこんな子じゃないんだけど・・・・」

 

鈴は鶫に拉致られて、社務所の奥へと引きずられて行き、その後ろを慧はついて行く。

慧は鈴に自分のカマかけでこの様な事になった事について少しすまなそうに言う。

 

鈴が鶫の手で社務所に連れられて言った時、境内では、一人の少女が参拝客の列をジッと見ていた。

参拝客を見ている少女、立石志摩(たていししま)はあまりの混雑に唖然としている。

立石も今年横須賀女子を受験しようとしている受験生でこの神社に合格祈願をしに来たのだった。

 

「‥‥にぎやか‥‥参拝‥‥行列‥‥ながい‥‥」

 

こんなに長い列だとお賽銭箱に辿り着くのにかなりの時間をかけることになる。

立石としては人ごみの多い列には並びたくない。でも、お賽銭は入れたい。

 

「ん」

 

そこで立石はある事を思いつき、参列から少し離れると、

 

「とど‥‥け」

 

賽銭箱に向かって百円玉を投擲した。

 

(入りますように)

 

立石は投擲した位置から、かしわ手を打ち、神頼みを行った。

近くに居た人は立石の行動を見て唖然としている。

彼女の願いである「入る」とは賽銭箱に賽銭が入る事を指しているのか? それとも志望校に入る事を指しているのか?それとも両方か?それは彼女しか分からない。

投げられた百円玉は参拝客の頭上を飛んでいき、賽銭箱へと向かって行く。

その賽銭箱がある境内の最前列では、合格祈願に来ていた真白が今まさに賽銭箱に賽銭を入れようとしていた。

 

(すごい行列だった‥‥お賽銭、お賽銭)

 

時間をかけて並んだ為、真白は少し疲れていたが、学業成就として名高いこの神社を参拝するのは受験生である真白にとっては物凄く意味の有る事だった。

そして、財布を取り出し、御縁がある様に五円玉を取り出し、賽銭箱に放ると、先程立石が投げた百円玉が失速して落ちて来た。

このままでは、立石の百円玉は賽銭箱前に落ちるかと思いきや、百円玉は真白が投げた五円玉に当たり、再び勢いを取り戻すと、賽銭箱の中に見事入った。

一方、立石の投げた百円玉に当たった真白の五円玉は急に失速し、賽銭箱前にチャリーンと音を立てて落ちた。

 

「‥‥」

 

「なんだ?何かが飛んできたぞ」

 

「鳥か?」

 

真白の後ろの列の人がざわついているが、真白本人は、神から見放されたような気分となる。

自分が入れようとした賽銭が、弾き落とされたのだから‥‥。

先程の光景は受験生である真白にとって決して縁起の良いモノとは言えないモノとなった。

 

「新年早々ついていない‥‥」

 

五円玉を拾い、賽銭箱に入れ直した真白は重くなるような気分で境内を歩く。

すると、目の前にはおみくじが売っていた。

ただ、おみくじを売っているツインテールで同い年ぐらいの年齢の巫女さんはなぜか泣いているようにも見えたが、今の真白にはそんな事を気にしている余裕はなかった。

 

「おみくじか‥‥」

 

引いてみようかと思ったが、どうせ引いても大凶か凶だろうと思った。

しかし、

 

(いやいや、宗谷真白、そんなネガティブ思考じゃダメだ!!心機一転!!此処で運を取り戻すんだ!!)

 

真白は頭を振ってネガティブな思考を振り捨てるかのようにおみくじを引いた。

 

「よしっ、コレだ」

 

勢いよくおみくじが入った箱に手を入れ、その中から一つを取り出し、開く。

其処に書かれていたおみくじの結果は、『大凶』‥‥だった。

 

「わかっていた‥‥わかっていたさ‥‥」

 

大凶のおみくじを引いた真白は、両手を地面につけ、orzの姿勢となる。

 

「い、いや、待て‥細かく読んでみよう。こういうのは大抵不幸への対処法が書かれている筈‥‥」

 

真白はこれまで大凶や凶のおみくじを引いて来た経験からおみくじをよく読んでみる事にした。

 

「はぁ~帰りたい‥‥」

 

真白がおみくじを見ている間、先程のツインテールの巫女さんは相変わらず、仕事はしているのだが、何だか嫌々でやらされているようにも見えるが真白はそれに気づかなかった。

真白がおみくじの用紙をよく見て見ると、印刷ミスのせいで肝心の部分がよく読めなかった。

 

(こうなったら、枝に結んで厄落しをしていくか‥‥)

 

真白はおみくじを神社の枝に結ぼうとその場を離れた。

彼女がおみくじ売り場を離れてすぐ後、

 

「あっ、大吉だ」

 

「私は中吉」

 

真白、立石、鶫 鈴、慧ら同様、受験生である明乃ともえかも本日、この神社に来ていた。

二人は真白よりも少し後に来ていたので、参拝順も真白より少し後に済ませる事になり、参拝後は、おみくじを引いて今年初の運試しを行った。

おみくじの結果は明乃が大吉でもえかが中吉だった。

 

「新年早々幸先が良いね、ミケちゃんは」

 

もえかは明乃の大吉の結果を祝う。

普段からついていない真白に比べ、明乃はこれまでの人生において両親を亡くしたこと以外はどちらかというとついている人生であった。

まるで、神が幼い明乃から両親を取り上げてしまった事を詫びるかのように‥‥

懸賞に応募すれば、八割から九割の確率で当たるし、福引においても大体三等~二等は当たる。

おみくじを引けば、中吉以上の結果をたたき出している。

しかし、明乃が一番ついている事は恐らくもえかとの出会いであろう。

幼い頃から今までずっと一緒に居る事が明乃にとっては何よりの幸運なのだろう。

 

反対に大凶を引いた真白は、厄落しの為におみくじを結ぶ、おみくじ結び所へと来たのだが、そこは既に他のおみくじだらけで結べるスペースが無い。次に境内にある木に結ぼうとしたら、其処も一杯だった。

 

(なんで、どこもかしこも一杯なんだ?一つぐらい何処かに空いている場所があっても良い筈だ)

 

真白が辺りを見回すと、木に一箇所だけ、おみくじが結べそうなスペースを発見した。

 

(あった!!)

 

真白が早速其処におみくじを結んでいると、枝が折れた。

 

「‥‥やっぱりついてない」

 

真白は折れた枝が着いたおみくじを見てボソッと呟いた。

 

「今年は不要な外出は控えようかな‥‥」

 

そんな事さえも考えていた真白であった。

 

 

昼近くになると、混雑していた神社も参拝客が次第に減り始めた。

 

「うーん、だいぶ参拝者の数も落ち着いてきたけど、あの子は何処に行ったんだろう?」

 

「つ、疲れた~」

 

鶫は鈴の姿が見えない事に気付き辺りを見渡す。

 

「ああ、あの子なら、さっきお手洗いに行くって出てってから、それっきり帰ってこないけど‥‥」

 

社務所に居た他の巫女さんが鈴の事を鶫に伝える。

 

「いなくなっちゃったの?」

 

「あの子には随分助かっちゃったよ」

 

「ね~」

 

「何も言わずにいなくなっちゃうなんて、なんて謙虚なのかしら?もしかしたらあの子は忙しい私達を助けるために神様が与えてくれた御使い様だったのかも‥‥」

 

鶫は鈴が神からの使いなのではないかと思った。

その鈴は、人知れず帰路についていた。

 

「はぁ~また逃げてきちゃった‥‥怒っていないかな‥‥でも、やる事はやったし、大丈夫だよね」

 

鈴は神社の人達が怒っていない心配だったが、鶫達は怒るどころか鈴に感謝していた。

しかし、鈴にはそれを知る由も無かった。

 

「お守りを買ってすぐ帰るつもりが随分遅くなっちゃったな‥‥」

 

鈴の手の中には社務所の巫女さんから貰ったお守りが握られていた。

まぁ、お守りをタダで貰ったと思えば、お守り代は浮いたので、鈴はそれで『良し』とした。

 

「早く帰って受験勉強しないと」

 

鈴はお守りを手に家路へと急いだ。

 

その頃、神社では、

 

「あの子を称える像を作るぞ!!」

 

鶫は鑿と木槌を手に鈴の像を作ろうと意気込んでいたが、

 

「勉強したら?」

 

そんな鶫に慧は一言ツッコンだ。

 

横須賀女子海洋高校の入学試験までもう間もなくだ。

受験生達は本番の試験に向けて最後のラストスパートをかけた。

 

そして、いよいよ横須賀女子海洋高校の入学試験の前日‥‥。

 

「真白、明日はいよいよ入学試験だが、大丈夫か?」

 

真冬が真白に明日の本番について尋ねる。

 

「だ、大丈夫です」

 

「そうか?お前は肝心な所で抜けているからな」

 

「抜けているんじゃありません!!不幸なだけです!!」

 

真白はあくまで自分は間抜けでは無く、不幸体質なのだと主張する。

 

「そこで、いくつか対策を練ってみたよ」

 

真冬と真白の会話を聞き、葉月が真白の不幸体質を予見し、幾つかの対策案を練って来た。

 

「荷物チェックに関しては、自分も立ち会うよ。真白ちゃん、受験票を忘れそうだし」

 

「確かにシロならありえそうだ」

 

「‥‥」

 

葉月の指摘に真冬はあり得そうだと口にし、真白自身も自分の不幸体質からあり得ると思った。

 

「次に受験会場までは、自分が送ってあげよう。公共交通機関だと遅延が起こるかもしれないからね」

 

「おお、確かにシロの場合だと確かに起こりそうだ」

 

「‥‥」

 

この件に関しても真白は反論出来なかった。

自分がもし公共交通機関で行けば、絶対に遅延が起こり、試験時間ギリギリか遅れるかもしれない。

遅れれば、入学試験を受験する事も出来ない。

試験を受ける前に受験失敗なんて洒落にならない。

しかし、自分の不幸体質からそのような未来も十分考えられる。それもかなりの確率で‥‥。

無事に試験会場である横須賀女子に辿り着かなければならないので、

 

「お、お願いします」

 

真白は葉月に頼る事にした。

 

荷物整理の時、案の定真白は受験票をカバンに入れ忘れており、葉月が立ち会わなければ、受験票を忘れている所だった。

そして、受験票を入れたと思ったら、今度は試験問題に出そうな問題を纏めたノートや筆記用具を入れ忘れ、何かもうグダグダだった。

 

そして、翌日の横須賀女子入学試験当日‥‥

真白は葉月の運転するスキッパーの後ろに乗っていた。

 

「もうすぐで着くけど、真白ちゃん」

 

「なんです?」

 

「試験の時、解答欄の記入ミス、気をつけてね。あと受験会場の場所もよく確認しておきなよ。特に実技試験の方はね」

 

「わ、分かっています」

 

葉月は以前真白がした模擬試験でのミスを指摘する。

本番で解答欄の記入ミスなんて起こしたら、不合格の確率もグッとあがるからだ。

そして、筆記試験の後に有る実技試験で、ちゃんと受験する実技科の試験会場の場所もチェックしておくように言う。

 

「はい、到着」

 

「あ、ありがとうございます」

 

葉月の運転するスキッパーは無事に受験会場である横須賀女子海洋高校に到着した。

時間に余裕を持って早めに宗谷家を出たので、真白以外の受験生の人数もまだ少数だ。

 

「いいって‥‥それじゃあ受験、頑張ってね」

 

「は、はい」

 

真白は緊張した面持ちで受験会場の中へと入って行った。

 

葉月は真白の事も気になったが、明乃ともえかの事も気になっていた。

夕べ、電話をした時、「何時も通りの調子でいけば大丈夫」と言っていたが、模擬試験と本番の試験ではその時の空気が違う。

本番の受験の空気に呑まれないか少し心配だった。

元々真白を受験会場に送るのは彼女の不幸体質の予防と共に明乃ともえかに会う事も目的の一つだった。

受験本番前に明乃ともえかにもエールを送くろうと門前で二人を待つことにした。

やがて、時間が経つにつれ、受験生の人数も増えてくる。

 

「人が沢山‥‥みんな私と同じ受験生かな?」

 

「多分ね、横須賀女子はブルーマーメイドの登竜門だから」

 

明乃ともえかの二人が受験会場に姿を見せた。

 

「明乃ちゃん、もえかちゃん」

 

葉月は二人の姿を見つけると、二人に声をかけた。

 

「「お姉ちゃん!?」」

 

明乃ともえかは葉月の姿を見て、声を揃えて言う。

二人は何故かブルーマーメイドフェスターの後から葉月の事を「お姉ちゃん」と呼ぶようになった。

 

「お?おーい!!明乃!!もえか!!」

 

門前で葉月と明乃、もえかが出会うと、船着き場から二人の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あっ、マロンちゃん!!クロちゃん!!」

 

船着き場からはブルーマーメイドフェスターにて知り合った柳原麻侖と黒木洋美が此方に向かって来た。

 

「クロちゃんって呼ばないで」

 

明乃にクロちゃんと呼ばれて少し顔を歪める黒木。

 

「ごめんごめん」

 

「全く‥‥」

 

明乃と黒木のやり取りを見て葉月ともえかは苦笑する。

 

「葉月さん、おはようございます」

 

黒木は葉月に気づき、挨拶をする。

 

「おはよう、黒木さん」

 

「葉月さん。あの‥‥宗谷さんは‥‥」

 

黒木は葉月が宗谷家に居候している事を知っているので、葉月が受験会場に居るのであれば、近くに真白も居るのではないかと思い、葉月に真白の居場所を尋ねる。

 

「真白ちゃんなら、もう受験会場に入ったよ」

 

「そう‥‥ですか‥‥」

 

真白に会えなかったことに落胆する黒木。

 

「むぅ~クロちゃんにはマロンちゃんがいるじゃねぇか!!」

 

麻侖は頬を膨らませながら黒木に抱き付く。

彼女のそんな行動に葉月達は思わず苦笑する。

葉月達が門前でそんなやり取りをしていると、

 

「ほら、早くーっ!!」

 

「待ってよ~っ!!」

 

「試験に遅刻とかマジ洒落になんないーっ!!」

 

「時間はまだ大丈夫だってば~!!」

 

「汗かいちゃった」

 

「折角朝シャワー浴びたのに‥‥」

 

慌てて受験会場に飛び込んできた四人の受験生が居た。

 

「も~レオちゃんてば、『大丈夫』っ言っても止まらないんだもん」

 

青みがかった黒髪にツーサイドアップの髪型の女の子が息を整えながら愚痴るかのように言う。

 

「もとはと言えばルナが寝坊したのが悪いんじゃん」

 

白いカチューシャをつけた女の子が急いでいた理由を言う。どうやら、ツーサイドアップの髪型の女の子が寝坊したのが原因の様だ。

 

「あ~全力疾走したから数式忘れたかも‥‥」

 

赤いリボンのついたカチューシャをつけた女の子が息を整えながら嘆く。

 

「あっつ~い。コート脱いじゃおうかしら」

 

四人の中でも背の高いサイドテールの女の子は手で仰ぎながらコートを脱ごうとする。

 

「サクラ、エロいからやめな」

 

「えっ!?」

 

白いカチューシャをつけた女の子が背の高いサイドテールの女の子にコートを脱がせるのを止めた。

エロいと言われ、ショックを受けているような感じの背の高いサイドテールの女の子。

四人はワイワイと談笑しながら会場の中へと入っていった。どうらや、四人とも同じ中学の同期の様だ。

 

「賑やかな人だったね」

 

明乃が笑みを浮かべて今の四人の感想を言った。

 

「それじゃあ、これ以上引き留めるも悪いから、自分はこの辺で失礼するよ。皆、試験頑張ってね」

 

『はい!!』

 

明乃、もえか、黒木、麻侖の四人は勇んで受験会場の中に入って行った。

 

明乃達が受験会場の中へと入っていき、葉月も戻ろうとした時、近くに一匹の大きなドラ猫が居た。

ドラ猫は据わった目つきで葉月をジッと見ている。

 

(学校で飼われている猫なのかな?)

 

野良猫にしては体格が大きいので、葉月は目の前のドラ猫が横須賀女子で飼われている猫なのだと思った。

そして、朝食代わりとしてポケットに入っていた魚肉ソーセージを取り出し、地面に置くと、ドラ猫は躊躇なく魚肉ソーセージに食いつた。

葉月は魚肉ソーセージに食らいついているドラ猫に手を伸ばし、頭を撫でてみた。

ドラ猫は気にする様子も無く、魚肉ソーセージに食らいついている。

 

(やっぱり、学校で飼っている猫か‥‥)

 

葉月がドラ猫を撫でていると、

 

「クシュンっ!!」

 

くしゃみが出た。

 

(風邪でも引いたかな?)

 

そう思い、葉月はくしゃみを連発しながら宗谷家へと戻ったが、宗谷家に戻った後しばらくしたらくしゃみは治まった。

 

(一体何だったろう?)

 

葉月は謎の連発くしゃみに首を傾げる。

葉月がこのくしゃみの原因を知るのは、もう少し先になってからだった。

 

 



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23話 受験と言う名の戦争 パート2

横須賀女子海洋高校の入学試験は午前中が筆記試験で午後からはそれぞれの専門科に別れ、その専門の実技試験となる。

その午前中の筆記試験では‥‥

 

(本番でも模擬試験の時みたく、いつも通りに行けば‥‥)

 

もえかは模擬試験の時の様に落ち着いて問題を解いていき、

 

(あっ、コレ、もかちゃんとお姉ちゃんと対策した問題だ‥‥あっ、コレは昨日やった問題と同じ公式でやれば‥‥)

 

明乃はその生まれながらの幸運と葉月、もえかとの受験勉強の成果があったのか、順調に問題を消化していき、

 

(ちゃんと定規を当ててやっていけば‥‥)

 

真白は葉月から言われた定規戦法で解答欄を間違えない様に慎重に問題を解いていく。

やがて、午前の試験終了時間となり、

 

「では、これで午前の試験は終了です。午後からは各自、受験する専攻の実技試験会場に移動する様に、以上解散」

 

試験官が答案用紙を纏め、午後の予定を受験者達に告げると教室を去って行く。

午前の試験が終わると、自信の無い者、手応えがあった者と分かれる。

そんな中、真白は葉月の忠告通り、午後の実技試験の会場とその場所を受験票と学校のパンフレットを見比べて会場のチェックを念入りにした。

実技試験前の昼食時の食堂では、午後の実技試験に緊張しているのか食堂に居る受験生達は皆、食が進んでいない様子。

 

「午後の試験会場どこだっけ?」

 

「機関科は機械実習室だって」

 

麻侖と黒木が昼食を摂っていたテーブルの傍では、今朝横須賀女子海洋高校の門前で賑やかだったあの四人の受験生達が午後の受験会場について話しているのが、麻侖と黒木に聞こえた。

 

「お?あのうるせぇ四人組もマロンたちと同じ機関科志望か」

 

「さすがのマロンも今日は静かね」

 

いつもは騒がしい麻侖も入学試験の今日はいつもよりも大人しく静かだ。

麻侖は麻侖なりに緊張しているのだろう。

黒木はそう思っていたのだが、

 

「女ってなぁ、三人集まりゃ姦しく二人だけなら女々しくなるもんなんでぃ」

 

「女々しくないと思うけど‥‥」

 

やっぱり麻侖は麻侖で、一応受験会場だから周りに配慮している様だった。

 

「うぅ~なんだか、喉を通らないや‥‥」

 

明乃は昼食のサンドイッチを食べようとしたが、中々口まで運べない。

極度の緊張で食欲もわかないのだ。

筆記の試験は模擬試験や受験勉強の時に対策は出来るが、実技試験ではなかなかそうはいかない。

どういった実技内容なのかは、いざ試験が始まらないと分からないからだ。

 

「だ、大丈夫ミケちゃん?」

 

もえかが心配そうに明乃に声をかける

 

「うぅ~‥‥ちょっときついかも‥‥もかちゃんは?」

 

「私も‥‥」

 

合格率90%代を誇るもえかもやはり本番の空気に呑まれかけ、緊張して食欲がわかない様子だった。

それに合格率はあくまでも筆記試験の合格率でこの後の実技試験の出来で、合格率にも変動はある。

もえかが緊張するのも無理はなかった。

 

そして、昼食時間が終わり、各自午後の実技試験へ会場移動する中、一人の受験生が通路で迷っていた。

この迷子の受験生、等松美海(とうまつみみ)は辺りを見回し、今日自分と一緒に来た受験仲間を探すが、その姿は見当たらない。

 

「うーん‥‥困ったなぁ。試験会場はどこかしら‥‥」

 

美海は昼食の後、一人お手洗いに行った後、食堂に戻ったら、受験仲間は誰もいなかった。これは別に美海がいじめを受けて居ると言う訳では無く、受験仲間はお手洗いに行った美海が先に会場へと行ったのだと思い食堂を後にし、それぞれの受験会場へと向かったのだ。

 

「慣れない学校だと迷路みたいで意味わかんないわね‥‥はぁ~どうしよう、このままじゃ試験に間に合わない‥‥」

 

美海の脳裏に試験放棄により不合格と言う思いが強くなり、思わず泣きたくなる。

涙は見せられないと通路で蹲る美海。

その時、

 

「どうかした?」

 

一人の受験生が美海に声をかけて来た。

美海が顔を上げると其処には背の高い眼鏡をかけた受験生が居た。

 

「きみ、受験生?」

 

(い、イケメン!!)

 

声をかけて来たのは同性の筈なのに美海は思わず赤面してしまう。

 

「私も受験生なんだ。航海科」

 

「あ、あの‥何故あそこに?」

 

「筆記試験の教室に忘れ物をして戻ったの。君は?」

 

「しゅ、主計科で‥その受験会場がわからなくなって‥‥」

 

「それなら私、場所知っているから案内するよ」

 

「あ、ありがとうございます//////」

 

美海にとって、試験会場までの時間は至福の時間であった。

 

「あった、主計科の試験会場は此処だよ」

 

教室の扉には『主計科 実技試験会場』と書かれた張り紙が張られていた。

 

「じゃ、頑張ってね」

 

「は、はい‥‥//////」

 

美海を案内したその眼鏡をかけた受験生は颯爽と自分の受験する会場へと去って行った。

 

(か、カッコイイ―――!!)

 

美海はその受験生の後姿に見とれていた。

そんな美海に主計科担当の試験官が見つけ、

 

「貴女、主計科の受験生?もうすぐ試験始まるわよ」

 

と、試験が始まる事を告げるが、

 

「おかまいなく」

 

と、返答する。

 

「いや、構うから」

 

試験官は美海の手を引いて、彼女を会場へと入れた。

 

航海科の実技試験では、海図の上に船の駒を乗せて、想定された様々な天候や海上におけるケースの中、船の駒を動かし、運用方法を試験官に説明する。その間、適用する法規・旗旒・警笛・発光等の信号を答える。

試験前は緊張していた明乃ともえかであったが、いざ試験が始まると、先程までの緊張は一体何だったのかと言うぐらい、まるで人が変わった様に試験官に説明しながら駒を動かす。

真白も自分の持っている知識をフル稼働して実技試験に望んだ。

 

一方、麻侖と黒木が受験している機関科では‥‥

 

 

「機関科の実技試験は、目の前に有る分解された機関を制限時間内に正常に機能させる事、不具合を見つけた場合、それらを修理し、出来る限り理想の状態まで組み立てる事」

 

機関科の試験官が機関科の受験生達に実技試験の内容を通達する。

 

「思ったより簡単だな」

 

「そう?」

 

実技試験の内容を聞いた麻侖は問題ないと自信がある様子。

 

そんな中、

 

「コラ!!そこ!!筆記試験の自己採点は家でやりなさい!!」

 

実技試験の最中にも関わらず、午前中の筆記試験の自己採点をしている者達が居た。

それは、例の如くあの門前で賑やかだったあの四人の受験生達だった。

 

「す、すみません」

 

「気になって他の事が手につかなくて‥‥」

 

試験官に注意を受けて、筆記試験のテスト用紙を仕舞う。

 

「既に決まっていると思いますが、この実技試験は幾つかのグループで行ってもらいます。それでは始め!!」

 

試験官が試験の始まりを告げる言葉を言うと、教卓の上のタイマーがカウントを始める。

機関科の受験生達は一斉に工具と部品を手に機関を組み立て始めた。

そんな中、あの四人の受験生達は同じグループで、

 

「そう言えばこの学校、試験の成績でクラス分けするみたいね」

 

サイドテールの髪型の伊勢桜良(いせさくら)が横須賀女子の合格後のクラス分けについて話しながら機関を組み立てていた。

 

「あーらしいね」

 

白いカチューシャを着けた若狭麗緒(わかされお)もそのシステムについては知って居た様子。

 

「ここでいい点取れれば、特待生も夢じゃないかも」

 

若狭のその発言に赤いカチューシャを着けた広田空(ひろたそら)は、

 

「下手に夢見ても足元すくわれるよ」

 

と、警告し、

 

「大企業のヒラ社員と中小企業の社長、特待生のビリと一般クラスの主席‥‥どっちがいい?」

 

微妙な選択肢を突きつける。

 

「ソラちゃん頭いい」

 

ツーサイドアップの駿河留奈(するがるな)はそんな広田を褒める。

 

一方、麻侖と黒木のグループはというと‥‥

 

「マロン、こっちは終わったわよ」

 

「おうよ、あとは此処をこうしてこうすれば‥‥」

 

麻侖が最後の仕上げをし、機関の始動ボタンを押すと、

 

ドドドルルルルルル‥‥

 

麻侖と黒木が組み立てた機関は音を上げて動き出した。

 

「どんなもんでぇい」

 

「流石マロンね‥‥って、アレ?まだ部品が残っているわよ」

 

黒木が台の上に置かれたままとなっている機関の部品を見つけた。

 

「部品は少ない方が優秀なんでぃ」

 

「いやいやコレ、試験だからちゃんと全部使い切らないと!?と言うか、何で動いているの!?」

 

本来部品が足りない筈の機関が問題なく動いている事にツッコム黒木。

 

「すごーい、あの班もう動いているよ」

 

「マジで!?まだそんなに時間が経っていないのに!?」

 

留奈と若狭は麻侖達のグループが既に機関を組み立て動かしている事に驚く。

 

「ホントだ」

 

「特待生クラスにはあんな子がゴロゴロいるのかな?」

 

広田と桜良も麻侖達のグループを見ながら呟く。

 

「あんな小さいのにすごいわね~」

 

「ほんとだ。凄く小さい」

 

そんな中、広田と留奈は麻侖の身長につっこむ。

 

「人は見かけによらないね」

 

「かわいー」

 

広田は麻侖の外見と中身の違いを指摘し、桜良は麻侖の外見の感想を言う。

 

「うるせぇーやい!!なんでぃおまえら!!」

 

彼女らの会話は麻侖に聞こえており、麻侖は失礼な四人組に抗議する。

 

「コラ!!其処、私語は慎め!!」

 

しかし、麻侖の声もデカかったので、機関科担当の試験官に注意された。

 

やがて、入学試験は全て終わり、受験生達はそれぞれ帰路に着く。

 

「おわった!!」

 

留奈は両手を高く上げて背伸びをする。

 

「まぁ、やるだけやったよね~」

 

「まぁまぁやったよね~」

 

「ぼちぼちでんな~」

 

「自信満々」

 

広田、若狭、桜良はまぁやるだけのことはやったという感じだったが、留奈だけは自信満々の様子。

 

「ダメな子ほど、自信があるよね」

 

「ひどい!!」

 

広田のジンクスに留奈はツッコんだ。

 

「四人とも受かるといいね~」

 

桜良はそんな留奈をフォローする。

 

「うぅ~一人だけ落ちていたらどうしよう~」

 

広田のジンクスを聞き、不安になる留奈。

そんな四人の横を主計科の試験を受けた美海が通り過ぎる。

 

「あの人とまた会えるかな?そう言えばお礼も言えてないし‥‥受かっていると良いなぁ~あの人も私も‥‥そして同じクラスになりたーい!!」

 

思わず叫ぶ美海に周囲の受験生達は驚く。

 

「はっ!?そう言えば、私あの人の名前知らないし、自己紹介もしていない‥‥あーもー私のバカ!!」

 

美海はそんな周囲の受験生達が引いているのも知らず、頭を抱えていた。

しかし、彼女は後に再会する事になる‥‥自身が運命の人だと思っていた野間マチコ(のままちこ)と‥‥。

 

(葉月さんからの定規戦法で模擬試験の時の様なミスはない‥‥筆記、実技共に完璧の筈だ。死角は無い)

 

真白は今回の試験において絶対の自信があり、思わずガッツポーズをとる。

 

(高校に入ってこの不幸体質から抜け出すんだ)

 

真白は高校に入って新たな転機を迎えるのだと意気込んだ。

 

「どうだった?ミケちゃん」

 

もえかは明乃に試験の出来を尋ねる。

 

「いや~一杯一杯だったよ。でも、葉月さんともかちゃんと受験勉強したところが出てくれて助かったよぉ」

 

「私も」

 

「でも、実技試験は無我夢中でやったから、あまり内容を覚えていないんだよね‥‥大丈夫かな?」

 

明乃は、たははと笑いながら今回の試験の出来をもえかに言う。

 

「大丈夫だよ、ミケちゃん。皆であれ程頑張ったんだから。『努力に勝る天才無し』だよ」

 

「う、うん」

 

もえかの励ましで少しは不安が取り除かれた様子の明乃。

 

「あっ、麻侖ちゃん、黒木さん」

 

もえかは門の近くで、麻侖と黒木の姿を見つけ声をかけた。

 

「おお、お前さん達、試験の出来はどうでぃ」

 

「まぁまぁかな?」

 

「うん」

 

「こっちは、筆記の方はまぁ平均って所だけど、実技が大変だわ」

 

黒木は試験に疲れた様子で呟く。

 

「機関科の実技試験、そんなに難しかったの?」

 

「うーん、内容的にはそこまで難しくは無かったわ。ただ、マロンが先走って機関を組み立てて、部品が残っていたから、一度機関を止めて、ばらして、組み立て直すのに時間が掛かったのよ」

 

麻侖達のグループは機関科の中では一番に機関を動かしたが、部品が残っていたので、それでは、試験結果をクリアーしていない為、一度機関を止めて、折角組み立てた機関をばらして、残った部品がどの部品なのか検討し、また組み立て作業となり、大幅に時間をロスした。

なんとか制限時間内に組み立てて動かす事が出来たが、組み立ててばらしてまた組み立てる二度手間をしたので、疲れるのも無理は無かった。

 

「それじゃあ、またね、貴女達も合格できると良いわね」

 

黒木は麻侖と共に帰って行った。

 

「それじゃあ、私達も帰ろうか?」

 

「そうだね」

 

明乃ともえかも帰ることにしたが、その前に一度、振り返り、横須賀女子海洋高校の校舎を見てから、帰って行った。

 

 

それから数日後‥‥

横須賀女子海洋高校の合格発表が行われた。

通常の高校と違い入学試験から僅かな期間で合格発表をするのは、この高校独自のシステム‥‥入学試験の成績によりクラスを決める為、早急に入学予定者を集める必要があったのだ。

更に合格には補欠合格もあり、横須賀女子に入学の意志がある者には直ぐに手続きを取ってもらう必要もあったのだ。

 

合格者の受験番号が掲示されている掲示板の前には、多くの受験生達が集まっていた。

掲示板の前では、喜んでいる者、涙を流している者、緊張した面持ちで掲示板を見ている者、様々なリアクションをとる受験生達の姿が其処に有った。

そんな受験生達の中に明乃ともえかの姿があった。

二人とも受験票をギュッと手で握りしめながら緊張した面持ちで掲示板を見る。

そして、二人の受験番号は掲示板に表示されていた。

明乃は自分の受験番号が表記されていた事に思わずガッツポーズをとる。

 

「ミケちゃんどうだった?」

 

「あったよ!!もかちゃん!!私!!合格したよ!!横須賀女子に!!」

 

もえかに聞かれ明乃は目一杯の笑みを浮かべる。

 

「もかちゃんはどうだった?」

 

「私もあったよ」

 

「ホント!?じゃあ、高校も一緒だね!?」

 

「うん、一緒だよ」

 

明乃は高校ももえかと同じという事で、思わず彼女に抱き付き、嬉しさを表現し、もえかもそんな明乃を抱きしめ、微笑んだ。

 

明乃ともえかが自分達の合否を見ている頃、真白も同じく合否結果を見に来ていた。

彼女は掲示板に自分の受験番号が掲示されていたのを見て、

 

(ふむ、当然の結果だ)

 

と、特に喜びを体で表現する事は無かったが、その帰り道では、スキップをしていたので、彼女は彼女なりに嬉しかった様だ。

 

また、明乃ともえか同様、横須賀女子を受験した麻侖と黒木も横須賀女子に合格発表を見に向かっていた。

この時、彼女らは屋台船にて、千葉の実家から横須賀へと向かっていた。

屋台船の持ち主は麻侖の実家の近所で和菓子屋を営んでいる杵崎家の移動販売船で、杵崎家の双子の姉妹、杵崎ほまれ、あかねの二人も横須賀女子を受験しており、今日の合格発表を見に行くので、麻侖と黒木、そしてほまれ、あかねの友人である伊良子みかんは便乗させてもらったのだ。

麻侖と黒木は夏にこの三人と出会っており、顔馴染みの仲であった。

ただ、船の中の緊張の為か空気は重かった。

黒木は平然としているのだが、麻侖は少し落ちつきがないし、みかんはじっと黙って顔を俯かせている。

 

(空気が重い)

 

便乗した友人達の様子を見て、少し引くほまれ。

 

「杵崎さん、ありがとね。私達まで船に乗せてもらって」

 

黒木は杵崎姉妹に礼を言う。

 

「気にしないで、目的地は一緒だし」

 

「うぅぅ~‥‥き、緊張するよぉ~もし、落ちていたどうしよう~」

 

みかんは、甲板に座り込みまるで祈る様なポーズで不安がっている。

 

「何言ってやがんでぃ、すっとこどっこい!!結果を見る前から落ちた事を考えてどうすんでぃ!!」

 

麻侖は、そんなみかんを勇気づける。

 

「マロンちゃん‥‥」

 

「ししししししし心配しなくても受か受か受か受か受か受か受か受かてやてやてやてやてやてでぃでぃでぃでぃでぃ」

 

「マロンちゃんが壊れた」

 

麻侖にしては珍しく動揺しまくっていた。

 

(あんなマロンの姿初めて見た)

 

麻侖と付き合いの長い黒木でさえ、此処まで動揺している麻侖の姿を見るのは初めてであった。



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24話 受験と言う名の戦争 パート3

※ 今回天照の艦首番号281の由来は某平成から昭和の時代にタイムスリップしたイージス艦の艦ナンバーが182であり、天照はこのイージス艦とは逆に照和の時代から平成の世にタイムスリップをしたのですが、同じタイムスリップしたモノ同士ということで、艦ナンバーを182にしました。




横須賀女子の合格発表を見に行くため、麻侖達は杵﨑家の移動販売船にて、実家のある千葉から横須賀へと向かっていた。

この先の人生の大きな分岐点となる今回の受験‥‥。

その結果がこの先に待っている。

その緊張の為か、麻侖は今までにないくらい動揺していた。

そんな動揺している麻侖にあかねはお茶を差し出す。

 

「はい、お茶」

 

「お、おお‥すまねぇ」

 

麻侖は差し出されたお茶をゆっくり啜る。

 

「緊張するなって方が無理だよね~」

 

「今日で進路‥‥もとい、未来が決まる訳だしね‥‥」

 

何だか人事の様に言う杵崎姉妹。

 

「そうだ、新作のスイーツがあるんだけど食べない?甘いモノを食べたら落ち着くかもしれないよ」

 

ほまれが麻侖に杵﨑屋の新作メニューを薦める。

 

「おっ、そんならお言葉に甘えるとするか」

 

麻侖はほまれに薦められるまま、その新作メニューを注文する。

 

「はーい、新作スイーツ入りまーす」

 

あかねはオーダーの確認を取ると厨房へと向かう。

 

「あっ、ちなみにサービスじゃないよ」

 

ほまれが注文した後でちゃんとお金は取ると言う。

 

「しっかりしていやがるな‥‥」

 

「商魂たくましいわね‥‥」

 

杵﨑姉妹の商人としてのたくましさにちょっと引きつつも、麻侖は杵﨑屋の新作メニューを食べ、少しは気分を落ち着ける事が出来た。

 

杵崎家の移動販売船が横須賀を目指している頃、

麻侖達と同じく機関科の試験を受験した若狭、留奈、桜良、広田の四人組も他の受験生同様、合格発表を見に来ていた。

その結果、

 

「あった‥‥良かった‥‥」

 

「「イエーイ!!」」

 

桜良は自分の受験番号が掲示板にあった事に胸を撫で下ろす。

その後ろでは若狭と広田が互いにハイタッチしており、この三人が合格したのは三人のリアクションを見れば、一目瞭然だった。

 

「みんな、良かったね」

 

そんな三人を留奈は祝福する。

 

「留奈はどうだった?」

 

「まだ探している所」

 

残っている留奈はまだ自分の結果を知らない様子。

そこで、皆で留奈の受験番号を探す事にした。

 

「留奈の受験番号は?」

 

「これ」

 

留奈は三人に自分の受験番号が書かれた受験票を見せる。

彼女の受験番号は100005で、100000番代を探すと、掲示板に表記されていたのは100000 100001 100003 100008 だった。

この結果を見た留奈は真っ白になった。

 

留奈が合否の結果を見て真っ白になっている時、麻侖達も横須賀女子に着いて合否を確認した。

麻侖達の番号はあっさりと見つかり、麻侖、黒木、みかん、杵崎姉妹は全員合格していた。

 

「みんな合格していてよかったね」

 

ほまれがホッとした様子で言う。

 

「当然の結果でぇい!!」

 

移動販売船であれ程動揺していた麻侖は完全にいつものモチベーションに戻っていた。

合否を確認し、実家にいい報告が出来ると、皆は笑顔で家に帰ろうとしていると、

 

「うわーん!!」

 

一人の少女が麻侖達の列の横を走り抜けていく。

 

「人間なんてやめてやるぅ~!!」

 

「待て、ルナ!!」

 

「ルナ、人間やめるってよ」

 

「意味が分からん」

 

走り抜いていった少女を追って三人の少女達が後を追いかけていく。

 

「な、なんだ?」

 

突然の出来事に麻侖は首を傾げ、黒木達も唖然としていた。

麻侖達が唖然としている間も少女は桟橋の方へと走っていく。

 

「私は今日からお魚として生きていく」

 

「何言ってんだ!!お前は肺呼吸だろう!?」

 

「お魚さんなめんな!!」

 

後を追いかける少女らもなんかズレている事を言う。

 

「母なる海よ!!」

 

そう言って彼女は桟橋から海へとダイブした。

 

桟橋付近ではこの日、他の受験生同様、合格発表を見に来ていた勝田聡子(かつたさとこ)は自分が狭き門である横須賀女子に合格したのを確認した後、自身のスキッパーで家に帰ろうとしていた。

 

「ぞな?」

 

すると、桟橋の方から一人の少女が走って来たと思うと、何の躊躇も無く、海へと飛び込んだ。

季節はまだ2月‥‥。

冬の横須賀の海は当然冷たかった。

 

「冷たいし!!寒いよ!!助けて!!母も私を拒絶するのか!!」

 

「いや、お前の母親は海じゃないだろう」

 

自分から海へ飛び込んだのに、助けを求める少女に聡子は若干引いている。

 

「な、なんぞな?」

 

すると、桟橋の方から海に飛び込んだ少女の友達なのか、

 

「すみません!!ソレ、ちょっと助けてもらえませんか!?」

 

と、聡子に救助を頼んできた。

 

「では、これで‥‥」

 

「どーもお騒がせしました」

 

若狭と広田は海に飛び込んだ友人の留奈を助けた勝子に頭を下げて礼を言う。

そして、聡子はスキッパーで今度こそ、家路へと向かった。

 

「さ、寒い~‥‥」

 

冬の横須賀の海に飛び込んだ留奈は寒さで身体をガタガタと震わせる。

 

「もぉ~ずぶ濡れじゃない」

 

桜良がハンカチで留奈の身体を拭くが焼け石に水である。

 

「どこかで乾かさないと風邪ひいちゃうよ」

 

広田が心配そうに言う。

そこへ、

 

「何でぇ、誰かと思えば実技試験で隣に居た四人組じゃねぇか」

 

麻侖達が現れた。

彼女らも千葉から横須賀まで船で来ていたので、帰りにこの船着き場である桟橋に来るのは別に不思議では無かった。

 

「あっ、ちっちゃい凄い人」

 

麻侖の声に気づいた四人が振り返る。

 

「ちっちゃいは余計だ!!」

 

「あの‥‥よかったら、家の船で休んでいきます?そのままだと風邪を引いてしまうので‥‥」

 

ほまれが自分の家の船に留奈達を誘う。

そして、案内された杵﨑家の船にて、

 

「とりあえず、全部脱げ」

 

麻侖は留奈に来ている服を全部脱げと言う。

すると、

 

『変態だ!!』

 

四人は声を揃えて麻侖に変態だと叫ぶ。

 

「バッキャロ―、濡れた服なんざ、脱いだ方がマシだろうが!!」

 

麻侖は、自分は変態では無いと言う事を含めて服を脱げと言った訳を話す。

杵﨑家の船の中に有るストーブの上には濡れた留奈の服が干され、留奈は桜良から借りたコートを羽織る。

 

「はい、杵﨑屋特製の蜂蜜生姜柚子湯です」

 

「とりあえず温まらないとね」

 

「あ、ありがとう」

 

ほまれは留奈に体の温まる飲み物を出す。

 

「しっかし、一人だけ試験に落ちて、そのショックで魚になろうとして海に身投げするたぁ、すっとこどっこいかオメェは?」

 

麻侖は留奈が海に飛び込んだ理由を聞き呆れる。

そんな麻侖に黒木は、

 

「いや。マロンも落ちていたら似たような事をしていたと思う」

 

流石、麻侖と付き合いの長い黒木も、もし、麻侖が試験に落ちていたら海に身投げしていたと言う。

黒木の発言を聞き、

 

「「何となくそんな気がするわ」」

 

若狭と広田も黒木の意見に同調した。

 

「するか!!」

 

麻侖は必死に否定するが、あながち黒木が言っている事も間違いなさそうな感じもする。

 

「まぁ、でも正直意外だったよね~」

 

「まさか三人も受かるとは‥‥」

 

若狭と広田は自分達があの横須賀女子に合格出来た事を奇跡の様に言う。

 

「えっ、そっち!?」

 

ほまれは留奈が落ちた事に驚いたと思っていたのに、その逆でまさか、受かる事に意外性を感じていた若狭達に思わずツッコム。

 

「私達って大体同じ学力なのよねー」

 

「受かるなら皆受かって、落ちるなら皆落ちていると思っていたからね。勿論皆受かるつもりで勉強はしていたけどね」

 

若狭と広田は自分達の学力について語る。

 

「多分、私達もギリギリで受かったんだと思うよ」

 

桜良が自分達だけが受かった事についての予見を言う。

 

「紙一重だったってぇことか。残念だったな‥約一名は‥‥」

 

麻侖はチラッと落ちてしまった約一名‥留奈を見る。

 

「はぁ~いくら積めば裏口入学できるかな?」

 

留奈は重いため息と共にとんでもないことを口走る。

 

「人生詰む気か!?」

 

「金を積むより徳を詰め!徳を!」

 

もう打つ手はないのかと思っていると、

 

「あの‥‥」

 

そこへみかんが声をかける。

 

「さっき言っていた学力が大体同じって話が本当なら、ルナちゃんも補欠合格枠くらいには入っているんじゃないの?」

 

「えっ?」

 

「補欠‥‥」

 

「合格‥‥?」

 

留奈達四人はみかんの言う補欠合格と言う言葉にポカンとする。

 

「見ていないの?」

 

黒木がてっきり補欠合格枠を見ても番号が無かったから、ここまで落ち込んでいるのだと思っていたのだが、どうやら、彼女達は補欠合格枠を見ていなかった様だ。

 

「補欠合格者は通常の合格者とは別の場所に貼り出してあったと思ったけど‥‥」

 

ほまれが補欠合格者の掲示板の位置を伝える。

 

「うそっ!!見ていない!!」

 

やはり、彼女達は補欠合格枠を見ていなかった。

 

「なにぃ!!全員立て!!今すぐ見に行くぞ!!」

 

それを聞いて麻侖は留奈達に補欠合格枠を見に行くぞと奮い立たせる。

 

『イエッサー』

 

「随分息が合っているね」

 

麻侖と留奈達の様子を見て、ほまれはポツリと呟いた。

幸い留奈の服は乾いていたので、留奈は急いで服を着て、皆で補欠合格者の掲示板を見に行った。

そして、補欠合格枠には留奈の受験番号100005が表示されていた。

 

「あった‥‥ほんとうにあった!!」

 

「よかったね」

 

留奈は補欠とは言え、合格して居た事に桜良に抱き付いて喜んだ。

 

「ってか、補欠合格ってなに?」

 

若狭が補欠合格のシステムの意味を尋ねる。

 

「簡単に言えば、合格者が辞退した時の穴埋めね」

 

「繰り上げ合格なら学校から連絡がくるよ」

 

黒木とみかんが補欠合格のシステムの意味を教える。

 

「それじゃあ、私にもまだ希望が‥‥」

 

まだ、自分にも横須賀女子に入れるチャンスがあると言う事で先程までの重い空気から一転した留奈。

 

「まぁ、そうそう辞退者何て出ないと思うけどね‥‥」

 

黒木は折角受かった横須賀女子の合格枠を捨てる者がいるとは思えないと言うが、

 

「まぁまぁクロちゃん無粋な事は言いっこなしでぇい」

 

麻侖が黒木に折角喜んでいるのだから水を差すなと言う。

黒木が留奈達の様子をチラッと見ると、互いに抱き合っている留奈達を見て、

 

「‥‥そうね」

 

と、ポツリとそう呟いた。

 

それから数日後‥‥

 

「クロちゃん!!アイツらからメールだ!!」

 

「あいつら?」

 

麻侖が黒木に自分の携帯を見せながら走り寄って来た。

黒木は麻侖の言う『あいつら?』の言葉に首を傾げる。

そして、麻侖が携帯の画面を見せると、彼女の言う『あいつら』の意味が分かった。

麻侖の携帯の画面には『無事合格』と言うメッセージと嬉し涙を流している留奈と若狭、広田、桜良の四人の画像が添付されていた。

どうやら、留奈は補欠合格枠で合格できた様だ。

携帯の写真からはその嬉しさが伝わってくる。

 

「良かったわね、あの子達」

 

「そうだな」

 

黒木と麻侖も留奈の合格を祝福する様に言った。

 

 

葉月がこの世界に転生した時に同じくこの世界に葉月と共に来た天照は横須賀の大型船ドックにて改修工事を施されていたのだが、その作業が漸く完成した。

艦首の付近には白い塗料でY182と明記されている。

 

「外見は対して変わらないけど、この戦闘指揮所も随分と変わったな‥‥」

 

葉月は改装された天照の戦闘指揮所を見て呟く。

天照の戦闘指揮所は現代の護衛艦のCICのような作りとなっていた。

そして、明日は改修後のテスト航海を行う事となった。

改装され少数の人員でも動かせる事が出来るようになった天照であるが、流石に葉月一人では動かす事は出来ないので、人員に関しては真霜が手配してくれることになった。

 

天照の会議室にて、ドックの技術者とテスト航海の打ち合わせを行った後、

 

「そう言えば、『弟君』の建造はどの程度まで進んでいますか?」

 

葉月は天照の隣のドックをチラッと見ながら、ドックの技術者に尋ねる。

 

「ハッ、現在80%の工程まで進んでいるので、あと二ヶ月ほどで完成します」

 

「そうですか」

 

天照が鎮座している隣のドックには一隻の重巡洋艦が鎮座していた。

この重巡洋艦は元々船体が六割の所まで完成していた時に、工事が一時中断されていた所に天照の技術を一部導入し、新たに建造されたのだ。

艦首は日本武尊級と同じクローズド・バウ形式の形状をし、左右には半潜航行が可能とする大型のバルジを装備している。

それはまさに日本武尊級を重巡洋艦のサイズにした船体であった。

艦名も天照の技術を元に作られた艦と言う事で『須佐之男』と言う艦名が内定している。

スサノオは伊邪那岐命が黄泉の国から帰還し、日向の橘の小戸の阿波岐原で禊を行った際、産まれた三貴子の一人で天照の弟に当たる。

天照の技術を元に作られた此の艦にはピッタリの名前だった。

既に艦首付近には天照同様、白い塗料でY281と明記されている。

この番号の由来は姉の天照の番号が182なので、弟の須佐之男にはその逆読みの番号が振当てられたのだ。

 

翌日、天照のテスト航海の為の人員が集められた。

真霜が手配したのは福内ら、みくらの乗員達だった。

 

天照の乾ドックに水が注水され、ゲートが開かれる。

 

「機関、微速前進」

 

「機関、微速前進」

 

第一艦橋では、葉月が指揮を執る。

福内はその補佐についた。

ドックから大海原へと出た天照は、さっそく機能のテストを行った。

電探能力、自動速射砲を行い、その都度、システムに問題が無いかをチェックした。

自動速射砲の発射速度を見たブルーマーメイドの隊員達は、その発射速度の速さと砲の数に圧倒していた。

射撃の際、海面には幾つもの水柱が立っていた。

それは、大和級の両舷に装備されている自動砲や副砲の水柱よりも多く、水柱が出来る速さも段違いだった。

副砲は大和級の三連装よりも少ない単装であるが、やはり速射速度が違っていたので、ブルーマーメイドの隊員が驚くのも無理は無かった。

 

(ハンバー川を遡上した時、独軍の戦車部隊と戦った時よりも速いな‥‥流石未来の技術だ‥‥)

 

葉月は前世で見た時よりも天照の両舷に設置されている機銃や高角砲、副砲の発射速度が上がっている事にこの世界の技術が照和の世界よりも上な事を実感する。

 

新たに装備された器具のテストが終わると次に従来の天照の機能もテストする事になった。

 

「半潜航行‥両舷バラスト注水」

 

「半潜航行、両舷バラスト注水」

 

天照の両舷バラストには大量の海水が注水されていき、天照の船体は次第に沈み始めた。

船体が徐々に沈んでいくのを見た葉月を除くブルーマーメイドの隊員達は緊張した面持ちで計器や外の様子を見ている。

 

「両舷バラストタンク満水」

 

やがて、両舷バラストタンクが満水となり、半潜航行状態となる。

 

『・・・・』

 

艦内はまるで水を打ったように静かになる。

それはこのまま沈んでしまうのではないかと言う不安が彼女らの中にあったため、何も言えないのだ。

そんな彼女らに葉月は更に不安を抱かせる命令を下す。

 

「右舷バラストタンク排水‥‥片舷半潜航行にはいる」

 

「えっ!?」

 

葉月の命令に福内は思わず、驚愕した顔で葉月を見る。

 

「は、葉月さん、そんな事をしたら、転覆してしまいます」

 

「安全傾斜角度が設定されているので、その角度まで傾けても大丈夫ですよ」

 

「し、しかし‥‥」

 

「大丈夫です。福内さん‥自分はこの艦と共に戦ってきたのですから」

 

「‥‥は、はい」

 

葉月の正体を知る数少ない福内だからこそ、葉月の言葉を信じたのだ。

右舷バラストから海水が排水されていき、天照は左舷側へと傾き始める。

船体から鈍い音がするたびに、ブルーマーメイドの隊員の口から「ひぃっ」と言う悲鳴が聞こえる。

やがて、安全傾斜角度となり、天照は左舷に傾いたままで航行する。

傍から見たら、事故でもあったんじゃないかと思われる光景だ。

更にそこへ偽装煙を出すと、沈没寸前の軍艦の出来上がりである。

次に天照は左舷のバラスト水を捨て、右舷バラストに注水し、今度は右舷側に傾いたままで航行する。

安全傾斜角度で航行しているとは言え、慣れないブルーマーメイドの隊員にとっては心臓に悪い体験であった。

 

「傾斜戻せ、船体復元」

 

葉月のこの命令が出た時、ブルーマーメイドの隊員はホッとした表情となっていた。

船体を復元し、通常航行となっている中、葉月はレポート用紙に、

 

『注排水システム、問題なし 半潜航行 問題なし 右舷バラストタンク 問題なし 左舷バラストタンク 問題なし』

 

と、記載した。

次に天照はいよいよ主砲の発射テストとなった。

 

「一番から三番主砲に模擬弾装填‥‥」

 

「了解。一番から三番主砲に模擬弾装填」

 

天照の主砲全てに模擬弾が装填される。

 

「主砲、一番から三番に模擬弾装填完了」

 

「警報鳴らせ」

 

天照の艦内に警報が鳴り響く。

 

「主砲、一番から三番‥撃て!!」

 

「主砲、発射!!」

 

発射命令が出て天照の主砲から轟音と共に模擬弾が発射された。

 

着弾した海にはこれまでにないぐらいの水柱が上がった。

 

「す、すごい‥‥」

 

初めて見る51センチ砲の砲撃に福内らはまたも唖然とする。

その後、水流一斉噴射のテストでは、艦橋や各所にブルーマーメイドの隊員の悲鳴が上がった。

やがて、全ての工程を終えた天照は再び横須賀の大型船ドックへと戻って行った。行った。



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25話 入学式

※晴風(の出番)が無くなっちゃったわ。
それはいわゆる、コラテラル・ダメージというものに過ぎない。作品のための、致し方ない犠牲だ。
本編で、もかちゃんの出番が少なかったので、この世界ではもえかとミケ&シロの立ち位置が異なります。
また、本編で武蔵がどういう経緯であのネズミが乗り込みウィルス感染したのか描かれていなかったので、武蔵のウィルス感染の発端についてはオリジナルとさせて頂きます。



無事に試験航海を終えた天照は再び横須賀の大型船ドックへと戻った。

今回の試験航海では、真霜が手配してくれた福内らみくらの乗員達が乗り込んだが、今後は正式な乗組員達が配置される事だろうと思っていた葉月。

それからすぐに葉月は横須賀女子海洋高校の校長‥宗谷真雪から呼び出しを受けた。

校長室のドアをノックすると、中から「どうぞ」と、真雪が入室の許可をだす。

葉月は校長室に入り、ドアを閉め、軍帽を脱いで脇に抱えて真雪に一礼する。

 

「広瀬三等監査官参りました」

 

一応今回の呼び出しは公務と言う事で、葉月は一種軍装の姿で来て、新たに自分に与えられた階級を真雪に言う。

 

「待っていたわ。さっ、どうぞ座って」

 

「はっ」

 

真雪は葉月を応接用のソファーへと座る様に促すと、葉月はソファーへと座る。

 

「それで、本日の御用件は何でしょうか?」

 

葉月は早速真雪に今日、自分を呼んだ件について尋ねる。

 

「その前に先日、天照の試験航海を行ったと聞いたのだけれど、試験航海の結果はどうだったかしら?」

 

「問題ありません。新装備も全て順調でした」

 

「そう‥‥実は葉月さんに折り入って頼みがあるのよ」

 

「何でしょう?」

 

「横須賀女子海洋高校では、入学式のすぐ後、新入生達は新たなクラスメイトとの親睦を深めると言う事で、二週間の海洋実習を行う事になっているのよ」

 

「存じております」

 

「ただ、今年の海洋実習に使用する学校の艦艇が急遽不足してしまったのよ」

 

真雪の話では、横須賀女子海洋高校が保有する学生艦の内、一隻の艦が高圧缶式の機関を採用している艦なのだが、新入生の海洋実習前の整備中にその機関に不具合が見つかり、長期のドック入りとなってしまったのだ。

とても今度の海洋実習まで間に合わない。

その穴を埋めるために天照を今年の新入生の海洋実習に使用したいと言うのだ。

しかし、実習後はどうするのかと思った葉月だが、その点も真雪は説明をし、海洋実習後は、暫くの間は校舎での座学となり、遠方からの生徒は陸地での寮生活となるので、一先ず今回の海洋実習期間中だけでも天照を借りたいとの事だ。

 

「宗谷真霜一等監察官はなんと?」

 

一応、天照は現在ブルーマーメイド所属艦艇と言う事で、ブルーマーメイドの現最高責任者である真霜は許可を出しているのかと真雪に尋ねる。

 

「宗谷一等監察官は貴女の判断に任せると言っていたわ」

 

真霜は葉月が断らないと踏んでいるのか?それとも例え葉月が断っても別の艦艇を既に手配しているので、問題ないのか?

しかし、真霜は自分を信頼して、判断を委ねると言ってきた。

本来なら、ブルーマーメイドの現最高責任者である真霜ならば、一言命令するだけで、済むはずなのに‥‥。

 

(此処まで信頼されていちゃ、期待を裏切る訳にはいかないな‥‥)

 

「分かりました。そう言う事でしたら天照をお貸し致しましょう」

 

「本当に?」

 

「はい‥ただし、二つ程条件が‥‥」

 

「何かしら?」

 

「まず一つに、自分を先任士官(副長)としてその実習の参加する許可を頂きたい」

 

葉月は今度の新入生の海洋実習に天照の先任(副長)として参加させてほしいと真雪に頼んだ。

病院で葉月は真霜に天照をブルーマーメイドに所属させるにあたって天照の指揮権の保持を真霜との取引の中に組み込んでいたからだ。

もしかしたら、真霜が今回天照を学校側に貸す判断を葉月に委ねたのもこの為なのかもしれない。

 

「あら?でも、貴女は本来天照の艦長じゃ‥‥」

 

「今度の海洋実習の主役は横須賀女子の学生ですから‥自分はその学生の補佐として参加します」

 

「分かったわ」

 

「次に乗員に関して、自分にもその人事権を頂きたい」

 

「ん?なぜかしら?天照は学生艦で言うと超大型直接教育艦に相当するから、優秀な学生が割り当てられると思うけど‥‥?」

 

「優秀な学生に関して文句はありません‥ただ‥‥」

 

「ただ?」

 

「ただ、天照は通常の戦艦と違ってトリッキーですから、乗員も個性の強い乗員でないと乗りこなせないと思いまして」

 

「フフ、そう」

 

真雪は苦笑しつつ葉月に天照の乗員を選出する権利を与えた。

 

個性の強そうな学生と優秀な学生、その二つの学生達の成績を見ながら真雪と一年生の担当教官との間で話し合うことになった。

そして、校長室に今度の新入生担当の教官が呼ばれた。

 

「今年度の一年生の指導教官を担当する古庄です」

 

「広瀬三等監査官です。今度の海洋実習では、お世話になります」

 

「よろしく。これが、今年の新入生の資料です」

 

「拝見します」

 

古庄は今年の入学予定者の成績表と試験時の様子が書かれた資料、志望動機が書かれた履歴書を持って来た。

勿論、個人データ保護の為、履歴書はコピーで住所等は黒ペンで塗りつぶされている。

その中で、まず今回の入学試験の結果を見ると、主席合格はもえかで、なんと次席合格は明乃だった。

 

(もえかちゃんも明乃ちゃんも頑張ったな‥‥そう言えば、真白ちゃんはっと‥‥)

 

葉月は続いて真白の成績を探す。

すると、真白は三席で合格を果たしていた。

点数を見ると、もえかの総合評価が100、明乃が98、真白が97であった。

真白のテスト用紙を見ると、最後の問題を含め三つが間違っていた。しかも葉月が指摘した解答する場所を間違えて‥‥。

 

(真白ちゃん、最後の最後で詰めを誤ったな‥‥)

 

葉月は真白の答案用紙を見て、真白は最後の方は恐らく問題数も少なくなったので定規を当てずに解いたのだろうと判断した。

それでも三席での合格なのだから、十分誇れるだろう。

 

主席から三席までの生徒三人の中から天照の艦長にはこの三人に絞られた。

しかし、武蔵の艦長、副長もこの三人の内、二人なのだ。

普通に考えれば、もえかが武蔵の艦長、明乃が武蔵の副長、真白が天照の艦長となるのだが、真白はどうもマニュアルにとらわれすぎていて臨機応変で柔軟な対応に不向きと言う側面が見受けられる。

まぁ、その場合艦長の補佐となる自分が真白を支えればいいのだが‥‥。

それに学校側も主席合格のもえかを武蔵の艦長に置きたい所だろう。

もえかと明乃の仲は葉月も良く知っている。

二人はもう双子の姉妹と言ってもおかしくはないぐらいの堅い絆で結ばれている。

できれば、同じ船に乗せてやりたい所だが、公私は分けなくてはならない。

葉月は古庄との協議の末、天照の艦長にもえか、武蔵の艦長に明乃、副長に真白を当てる事にした。

その後、他の乗組員の割り振りも行われ、天照の乗員はこうして揃った。

 

「確かに個性的な乗員になったわね」

 

天照の乗員名簿を目にした真雪は微笑みつつそう呟いた。

葉月が校舎から出ると、受験の時に出会ったあのドラ猫がベンチの上に座って居り、ジッと葉月の事を見ていた。

葉月はまた会えるかなと言う思いからポケットに入れていたパック入りのおやつ煮干しを取り出した。

そして、葉月はドラ猫の座るベンチへと向かい、ドラ猫の隣に腰を下ろす。

このドラ猫にとって人間は見慣れた存在なのだろう。葉月が隣に座ってもそのドラ猫は逃げ出さなかった。

そして、ベンチの上にハンカチを置き、その上に煮干しを乗せると、ドラ猫は煮干しをうまそうに食べ始めた。

葉月は煮干しを食べているドラ猫を撫でていると‥‥

 

「クシュンっ!!」

 

入学試験の時と同じように何故かくしゃみが出た。

葉月はドラ猫が煮干しを食べ終え、その場を後にするまでドラ猫を撫でていたが、その間も葉月のくしゃみは止まる事はなかった。

 

天照の乗員も揃い、その他の学生艦も乗員が決まり、後は入学式を控えるだけとなった横須賀女子海洋高校の生物研究部の部室では数多くの小動物が飼育されていた。

その中の一つ、ハムスターの飼育スペースでは、年始に生まれたばかりの個体が居たのだが、その個体の中には通常のハムスターよりもなんだかネズミっぽい姿をした個体が一匹居た。

しかし、年始は冬休み、その後は入試試験で学校自体がドタバタしていた為、横須賀女子の生物研究部の部員達はこの新種のハムスターの個体の存在には気づかなかった。

それに沢山のハムスターの中に混ざっていた為、部員もそこまで詳しくは見ていなかった事も部員達が気づかなかった要員の一つであった。

そんな中、ハムスターの飼育篭を掃除していた部員が他の部員に呼ばれた際、飼育篭の蓋を閉め忘れたままその場を立ち去ってしまった。

部員が居ない間に、その新種のハムスターは篭の外へと出て行き、横須賀女子の敷地内を歩き回ったが、やがて、桟橋の方へと行くと、入学式会場である武蔵のタラップに乗り、そのまま武蔵の艦内へと入って行ってしまった。

この招かざる客が武蔵に乗艦した事に気づいた者は誰もいなかった。

 

武蔵に招かざる客が乗艦していたその頃、海上安全整備局の海洋研究所の画面にはあるビーコンの反応が突如現れた。

それは紛れもなく、西之島新島付近の海域に沈められた例の実験艦からのビーコンであった。

研究員達は驚きつつも恐れおののいた。

もし、世間に例の実験の事がバレたら厄介な事になる。

あの時の実験に関わった幹部達は早急な話し合いの結果、密かに実験データを回収した後、実験に使用した実験艦を今度こそ、海の底へ自沈処分させよと命令を下した。

あおつらえむきに今度横須賀女子の海洋実習での集合場所が西之島新島付近と言う情報を手に入れた研究機関は横須賀女子に海洋生物の研究と銘打って今度の海洋高校の際に研究員達を西之島新島へ便乗させる手筈を整えた。

 

招かざる客と何かの陰謀が蠢く中、横須賀女子海洋高校の入学式が始まろうとしていた。

 

入学式の日の朝、

明乃は後ろにもえかを乗せながらスキッパーで横須賀女子を目指していた。

なお、明乃の片手には朝食代わりとしてのバナナがあり、彼女はバナナを食べながらスキッパーを運転していた。

 

「み、ミケちゃん。片腕運転は危ないよ」

 

後ろからもえかが心配そうに言う。

 

「大丈夫だよ、もかちゃん。私これでもスキッパーの実技試験で最優秀の成績だったんだよ」

 

もえかの心配を余所に明乃はスピードをあげ横須賀女子を目指す。

その横須賀女子では明乃同様、スキッパーで来た者、水上バスで来たもので、桟橋は賑わっていた。

真白は水上バスで横須賀女子に来た者の中の一人で、水上バスから降り、桟橋を歩いていると、

 

「ん?」

 

真白の目の前に一匹のドラ猫が居り、真白をジッと見ていた。

真白もその猫の存在に気づき、一人と一匹は暫く見つめ合う形となったが、

 

「うわぁぁぁ」

 

真白は突如悲鳴を上げて後退る。

そこへ、

 

「あっ、猫だ!!」

 

ドラ猫の存在に気付いた明乃が駆け寄る。

 

「ミケちゃん、走ると危ないよ」

 

もえかが忠告するもそれは僅かに遅く、

 

「うわっ!!」

 

明乃は転んでしまい、真白にタックルする形となった。

その際、手に持っていたバナナが桟橋へと落ちる。

 

「あっ、ごめんなさい!!大丈夫?」

 

「大丈夫だ」

 

真白は制服についた誇りを手で掃うと、

 

「全く気をつけろ‥‥」

 

校舎へと向かおうとしたが、その際、先程明乃の手から落ちたバナナの皮を思いっきり踏んづけた。

 

「うわっとっとっと」

 

真白は何とか、バランスを保とうとするが、それは無駄な努力となり、カバンを明乃に放るような形で、自身は桟橋から海に落ちた。

 

「ぷはっ‥‥はぁ~ついていない‥‥」

 

海に落ちた真白はお決まりの台詞を呟いた。

 

「つかまって」

 

明乃は真白に手を伸ばすが、

 

「いい、着衣泳は得意だ」

 

真白は自力で桟橋の上に上がった。

 

「うわぁ~濡れちゃったね‥‥」

 

「ずぶ濡れだ。あぁ~これから入学式なのにぃ~」

 

「ついてないね」

 

「お前が言うな!!」

 

もえかを含め、周辺に居た生徒達は唖然として二人のやり取りを見ていた。

その後、明乃はもえかに先に入学式の会場へと向かってもらい、真白と共にシャワー室へと向かった。

真白がシャワーを浴びている間に濡れた真白の制服と下着を洗濯及び乾燥機にかけてきた。

洗濯と乾燥が終わった頃、シャワー室の脱衣所へと行くと、真白もシャワーを浴び終えたのか、ドライヤーで髪を乾かしていた。

 

「下着と制服乾いたよ。此処に置いておくね、プレスもしておいたから」

 

明乃が制服と下着を渡すと、真白は恨めしそうな目で明乃を睨む。

 

「でも、よかった入学式には間に合いそうだし‥それにしてもバナナの皮って本当に滑るんだね、驚いちゃった‥アハハ‥‥」

 

明乃なりのフォローを入れるが、

 

「着替えるから出てってくれないか?」

 

「あっ、ゴメン」

 

明乃は慌てて脱衣所から出るが、一度、顔を出して、

 

「折角同じ学校になったんだから、これからよろしくね」

 

一言声をかけた後、入学式会場である武蔵に向かった。

武蔵の甲板上では、新入生の他にその家族も何人かおり、娘の晴れ姿をカメラに収めていた。

 

「もかちゃん、お待たせ」

 

「ミケちゃん。もう、間に合わないかと思ったじゃない。さっきの人、大丈夫だった?」

 

「うん、もうすぐ来るよ」

 

「クラス発表は最後みたいだよ」

 

「もかちゃんと同じ船だといいな」

 

「うん、そうだね」

 

『間もなく入学式を開始いたします。新入生は整列してください』

 

明乃ともえかがそんな会話をしていると、入学式の開始を知らせる放送が流れ、新入生達は、武蔵の前甲板に整列した。

そして、武蔵のマストに横須賀女子海洋高校の校旗が掲げられ、入学式が始まった。

 

「では、宗谷校長よりご挨拶です」

 

校長の真雪が艦首に設置された壇上に上がる。

 

((((あっ、ブルーマーメイドフェスターで会った校長先生だ))))

 

ブルーマーメイドフェスターにて、真雪と出会い、彼女の学生時代、ブルーマーメイド時代の話を聞いた明乃、もえか、黒木、麻侖の四人は壇上の上の真雪をジッと見つめる。

 

「皆さん、入学おめでとうございます。学校長の宗谷真雪です。皆さんは座学、実技で優秀な成績を収め、この横須賀女子海洋高校に晴れて入学しました。すぐに海洋実習が始まりますが、あらゆる困難を乗り越えて立派なブルーマーメイドになって下さい」

 

真雪の話が終わり、古庄教官から今度の予定が伝えられ、入学式は終わった。

ブルーマーメイドフェスターにて、真雪と交流を持った四人は早速入学後の挨拶へと向かった。

 

「「「「宗谷校長先生」」」」

 

「あら?貴女達‥久しぶり、ブルーマーメイドフェスター以来ね‥皆、無事に合格できた様で良かったわ。皆、入学おめでとう」

 

「「「「ありがとうございます」」」」

 

「クラス分けはもう見たのかしら?」

 

「いえ、まだです」

 

「そう‥あっ、そうだ。今年の海洋実習には、物凄い船が助っ人に来てくれたのよ」

 

「物凄い船?」

 

「ええ、実は学校の船が一隻、長期のドック入りになっちゃってね、それで急遽、手配をしたのよ」

 

「どんな船なんですか?」

 

「それは見てからのお楽しみ」

 

真雪と親しそうに話している四人の姿を見て、周囲の生徒や教官達は「あの四人は何者だ?」と首を傾げていた。

真雪への挨拶を終え、明乃ともえかはクラス分けが表示されている掲示板を見に行った。

黒木と麻侖は家族が来ているらしく、一度そっちに顔を見せてからクラス分けを見に行くと言う。

 

「このクラス分けによってどの艦の所属になるのかも決まるんだよね」

 

「うん、そうみたい」

 

「艦種に問わず、一クラスの人数は大体30人‥それぞれに所属する艦に乗って海洋実習‥‥」

 

「楽しみだね!ねぇ、もかちゃんは乗りたい艦とかって希望ある?」

 

「えっ?うーん‥‥どうだろう‥‥あんまり気にした事ないかも」

 

「そうなんだ」

 

「ミケちゃんはあるの?乗りたい艦」

 

「んー‥‥私も特に無いかも」

 

「なんだ、てっきりあるのかと思った。でも‥‥」

 

「でも‥‥」

 

「強いて言うなら、ミケちゃんと同じ艦に乗りたいかな」

 

「それ、入学式の前に私も言った」

 

「うん、お返し」

 

二人はそんな何気ない会話をしながらクラス分け発表が貼られた掲示板の前に立つ。

 

そして、互いに目を閉じて、

 

「それじゃあ、『せーの』で見ようか?」

 

「うん」

 

「「せーの」」

 

二人は目を開いて掲示板を見て、自分達の名前を探した。

 



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26話 天照出航

 

「「せーの」」

 

二人は閉じていた目を開けてクラス分けの掲示板を見て、自分達の名前を探した。

そして、明乃の名前は、

 

『超大型直接教育艦 武蔵 艦長 岬明乃』

 

と、書かれていた。

 

「ミケちゃん凄いじゃない!!武蔵だよ!!ミケちゃん武蔵の艦長さんだよ!!」

 

「‥‥」

 

もえかは明乃が武蔵の艦長になっていることに驚きつつ祝福するが、明乃自身は目が点になっている。

 

「ミケちゃん?」

 

「わわわわわわ私が‥‥むむむむむ武蔵のかかかか艦長‥‥」

 

もえかが声をかけると、明乃は珍しく動揺していた。

 

「そそそそそんな‥‥私で大丈夫かな?艦長の仕事なんて受験勉強でやっただけだし‥‥」

 

「大丈夫だよ、ミケちゃんならきっと良い艦長さんになれるって」

 

「そ、そうかな‥‥」

 

もえかに励まされてもやはり不安な様子の明乃だった。

 

「もかちゃんはどのクラスなの?」

 

「えっと‥‥私は‥‥」

 

もえかが掲示板に目を通し、自分の名前を探す。

そして自分の名前を見つけると其処には、

 

『超大型直接教育艦 天照 艦長 知名もえか』 

 

と、書かれていた。

 

「「天照?」」

 

聞いたことのない艦名に二人は首を傾げた。

 

「天照って聞いたことのない艦だね」

 

「う、うん‥‥」

 

「それに超大型直接教育艦って事は武蔵と同じ位の大きさだよね?」

 

「でも、武蔵と同じ位の大きさの艦なんて見当たらないよ。それに副長さんの名前も無い」

 

二人は辺りを見回すが、武蔵と同じ位のデカイ艦ならば嫌でも目立つはずであるが、辺りに武蔵と同レベルの大きさの艦など見当たらない。

更には各艦にいる筈の副長の名前も空白になっていた。

 

「あっ、此処に何か書いてあるよ」

 

天照クラスの下には、追加の張り紙があり、

 

『なお、天照クラスの生徒は海洋実習日の当日、桟橋に集合』

 

と書かれていた。

 

「もしかして宗谷校長が言っていた助っ人ってこの天照って言う艦なのかな?」

 

「そうかもね。でも、副長さんが不在なのはちょっと気になるなぁ‥‥」

 

天照のことに関して一応、納得した二人。

しかし、もえかは副長が居ない事で、もしかしたら、実習中、自分は副長抜きで実習を行わなければならないのかと明乃とは違う意味で不安を感じた。

 

「大丈夫だよ、船は別々だけど同じ海の上だもん。私には武蔵の、もかちゃんには天照の新しい仲間ができるし」

 

明乃は、自分が武蔵の艦長が務まるのか不安に思ったが、もえかも不安に思っているのを感じ取り、彼女を励ます。

 

「そうだね。海の仲間は家族だもんね」

 

「頑張って卒業してブルーマーメイドになろうね!もかちゃん!!」

 

「うん」

 

「海に生き!」

 

「海を守り」

 

「海を行く!」

 

「「それがブルーマーメイド!」」

 

明乃ともえかがブルーマーメイドの標語を語り合うと、

 

「ブルーマーメイドの標語だ~。懐かしいね」

 

「私達も子供の頃やったよね」

 

「「//////」」

 

他の生徒に聞かれ、二人とも赤面した。

 

「各艦の艦長となった生徒は、今から艦長服と制帽を支給しますので、至急体育館までお越しください」

 

艦長服と制帽の支給があると言う事で、明乃ともえかは体育館へと向かった。

体育館にて各艦の艦長となった生徒達が集まる。

艦長の生徒全員に制帽は配られるが、制服については中型教育艦(重巡)以上の艦長に支給された。

白い制帽と同じく白い詰襟タイプの艦長服を受け取り、明乃ももえかも終始笑みを浮かべていた。

 

明乃ともえかの二人が体育館に向かった後、真白はクラス分けの掲示板を見て、唖然とする。

 

(ふ、副長‥‥わわわわ私が武蔵の副長だと!?)

 

武蔵に乗れるのは嬉しい。

しかし、武蔵のトップではなく、ナンバー2と言う事実に真白は愕然とした。

 

(な、何故だ‥‥試験は完璧だったはずなのに‥‥何故‥‥)

 

真白は自分の敗因を知る由も無く、暫くの間ベンチに座り、そのままショックを受けていた。

 

一方、真白が去った後、麻侖と黒木もクラス分けの掲示板を確認した所、二人は同じクラスとなっていた。

ついでに言うと合格発表の際、色々あった留奈達四人組と顔馴染みの杵﨑姉妹とみかんも同じクラスだった。

 

「やったぜぃ!!クロちゃん同じクラスだな!!それに他の奴等も一緒か‥‥こりゃ、楽しい航海になりそうだな!!」

 

「そ、そうね‥‥」

 

麻侖は黒木と同じクラスになれた事に大喜びをしたのだが、黒木の方は、

 

(宗谷さんは‥‥やっぱり武蔵ね‥‥)

 

真白の名前を見つけ、クラスが異なる事にショックを受けつつも、

 

(まぁ、当然の結果ね‥‥半年足らずの努力じゃ、やっぱり無理よね‥‥)

 

真白と同じクラスになれなかったのは仕方がないと割り切った。

 

 

海洋実習は翌日と言う事で、新入生達は家へと戻り、明日からの海洋実習の準備へと取り掛かった。

その日の夜、葉月も翌日の海洋実習の準備を済ませ、一人部屋で小説を読んでいた。

すると、部屋のドアをノックする音がした。

 

「どうぞ」

 

「はぁ~い~こんばんは、葉月」

 

「ま、真霜さん‥‥」

 

夜更けに尋ねて来た真霜に警戒する葉月。

これは何時ものパターンかと思ったが、真霜は、

 

「しばらく葉月と会えなくなるので、葉月の淹れたコーヒーが飲みたい」

 

と言って来た。

確かに葉月は明日、朝早くに出るので、朝食でコーヒーを真霜に振舞う時間的余裕は無い。

そこで、葉月は真霜のリクエストに応える事にした。

 

真霜と自分の分のコーヒーを淹れ、葉月は再び読んでいた小説に目を通す。

時計の針のチッ、チッ、チッと言う音だけがする葉月の部屋で真霜は葉月の淹れたコーヒーをゆっくり味わうように飲み、葉月は相変わらず小説に目を通している。

すると、不意に葉月が真霜に声をかける。

 

「ねぇ、真霜さん」

 

「ん?なにかしら?」

 

「真霜さんはドストエフスキーの『罪と罰』を読んだことはありますか?」

 

「えっ?ええ‥学生時代に‥‥えっとアレは‥‥」

 

真霜は学生時代に読んだことの有る小説の内容を思いだそうとするが中々思いだせない。

 

「高利貸しのお婆さんと殺害現場に偶然居合わせたその妹を殺してしまった青年、ラスコーリニコフの物語ですよ‥‥彼は罪の意識さいなまれる‥‥」

 

葉月は振り返り、真霜の顔をジッと見る。

 

「‥‥」

 

真霜は葉月の無表情なその表情に少し寒気を感じた。

 

「真霜さん」

 

「な、何かしら?」

 

「ラスコーリニコフが‥‥自分が本当に殺したかったのは誰だと思います?」

 

「さ、さぁ‥‥」

 

「‥‥そう」

 

葉月は再び真霜に背を向けて小説へと目を移す。

真霜はコーヒーを飲みながらチラチラと葉月の様子を窺った。

後ろから見た葉月の姿は何だかはかないようにも見え、このまま葉月が帰って来ない様にも見えた。

 

やがて、葉月は小説を閉じ、真霜もコーヒーを飲み尽くした後、

 

「はぁ~づぅ~きぃ~」

 

真霜は先程の思いを振り切って葉月に抱き付く。

 

「ま、真霜さん!?」

 

真霜に抱き付かれ、驚いた時の葉月の表情は普段の葉月に戻っているように見えてちょっと安心した真霜だった。

 

「明日から実習でしょう?暫く葉月に会えなくなるから、やっぱり葉月分を此処でもらいたいなぁ~」

 

(やっぱりこんな展開かよぉ~!!)

 

真霜は葉月をベッドに押し倒すし、一度距離を取ると、

 

「はぁ~づぅ~きぃ~ちゃ~ん」

 

「うわぁぁぁぁ~!!」

 

ルパンダイブをかまして葉月を抱いた。

 

 

翌日、真霜は目を覚ますと、葉月の姿はなく、机の上には『罪と罰』の文庫本が一冊ポツンと置かれていた。

 

(葉月‥‥行っちゃったんだ‥‥)

 

真霜は人知れずに行ってしまった葉月に寂しさを感じつつ、葉月の匂いが残ったベッドに再び沈み、二度寝した。

 

横須賀女子の桟橋では、天照クラスの生徒達は昨日、クラス分けの掲示板に貼られていた張り紙の指示に従って、待機していた。

ただ、自分達は何故、他のクラスと違って桟橋に集合なのか不思議に思っていた。

 

「私たちだけ此処(桟橋)に集合って、何だろうね?」

 

「さあ?」

 

「天照ってそんな艦あったけ?」

 

「聞いたことない艦名だよね」

 

皆がざわついている中、白い制帽に白い詰襟の艦長服に身を包んだもえかに、

 

「ねぇ、知名さん。知名さんは何か聞いていない?」

 

黒木がもえかに何か知っていないかを尋ねる。

 

「私も詳しくは知らないけど、昨日宗谷校長が言っていた助っ人なんじゃないかと私は思っているわ」

 

「成程‥確かに天照なんて艦聞いたことが無いものね‥‥新造艦かしら?」

 

「うん、多分そうだと思う」

 

クラスメイトがざわついていると、横須賀女子の教官の制服を着た女性が桟橋に現れた。

 

「天照クラス全員揃ったか?」

 

教官の声を聞き、生徒達は整列する。

 

「艦長、クラスメイトは全員揃っているか?」

 

「はい」

 

「指導教官の古庄です。今日から貴女達は高校生となって海洋実習に出ることになります」

 

古庄は天照クラスの生徒を見渡し、自己紹介をする。

 

「辛いこともあるでしょうが『穏やかな海はよい船乗りを育てない』という言葉があります。仲間と助け合い厳しい天候にも耐え荒い波を超えた時あなた達は一段と成長しているはずです。また丘に戻った時立派な船乗りになった貴女達と会えることを楽しみにしています」

 

古庄が実習の意義を皆に伝ええ、

 

「なお、貴女達が乗艦する艦ですが、現在、横須賀大型船ドックに停泊しているので、これより、水上バスにて、横須賀大型船ドックへ向かい、そこで乗艦となります。出航後は他の学生艦と一時合流した後、各自指定された針路で合流地点の西之島新島を目指してもらいます」

 

乗艦する艦が横須賀女子の港に停泊していない理由を話し、水上バスにてこれより乗艦する艦の下へ向かってもらう旨を伝える。

 

「では、各自、準備出来次第、乗船」

 

『はい』

 

天照クラスの生徒達は荷物を手に持ち、次々と用意された水上バスへと乗って行く。

すると、水上バスには生徒達よりも早く先客が乗っていた。

 

「あれ?猫だ」

 

水上バスの座席には横須賀女子の敷地内で度々目撃されていたあのドラ猫がチョコンと座っていた。

 

「どこから来たんだろう?」

 

「勝手に乗り込んできたみたい」

 

「どうする?」

 

「もうバス出ちゃったし」

 

今から桟橋へ戻る事は不可能なので、仕方なく、連れて行く事になった。

 

もえか達、天照クラスの生徒達が水上バスで横須賀大型船ドックへ向かっているその頃、武蔵の教室では、

 

(はぁ~‥‥何で副長なんだ‥‥そりゃ武蔵に乗れるのは嬉しいが‥‥)

 

真白が未だに落ち込んでいた。

すると、そんな真白に声をかけてくる人物が居た。

 

「あ~!一緒の船なんだ!」

 

「ついてない‥‥しかも此奴が武蔵の艦長‥‥」

 

その人物は紛れもなく、昨日自分を海へ叩き落とした明乃であった。

しかも明乃は横須賀女子のセーラー服ではなく、艦長の証である白い制帽と白い詰襟の制服を着ていた。

 

「縁があるのかな?」

 

「絶対ない!」

 

真白は思わず声を荒げる。

 

「私、岬明乃」

 

「‥‥宗谷‥真白」

 

明乃が自己紹介をしたので、真白も渋々自らの名を名乗る。

 

「宗谷真白さん?副長さんだよね!よろしくね!」

 

「あ、ああ‥‥」

 

(岬‥明乃‥‥)

 

そこへ、桟橋から武蔵へ指導教官の古庄がやって来て自己紹介と挨拶を行い、武蔵は出航準備となる。

古庄が武蔵の教室を出ると、明乃は慌てて古庄の後を追う。

 

「あの!古庄教官!」

 

「何かしら?」

 

「どうして私が艦長なのでしょう?その‥‥私は艦長になれる程の器じゃ‥‥」

 

「では聞くけど貴女の理想の艦長とは?」

 

古庄は明乃に理想の艦長像を尋ねる。

 

「それは‥‥船の中のお父さん。みたいな‥‥船の仲間は家族なので!」

 

「ではそうなればいいわ。この武蔵に相応しい艦長に‥‥」

 

武蔵は横須賀女子のエリートが乗る船だが、古庄は押し付けるような教育はせず、生徒の自主性を重んじる教官だった。

 

 

その頃、もえか達を乗せた水上バスは横須賀大型船ドックへと着いた。

 

「お待ちしておりました。横須賀女子海洋高校の皆様」

 

船着き場では、ドックの技師がもえか達を出迎えた。

 

「では、皆様が乗艦される天照へご案内させて頂きます。どうぞ此方へ‥‥」

 

技術者の案内の下、もえか達がドックの中を進んで行く。

ちなみに水上バスに便乗していたあのドラ猫はもえかが抱いている。

 

『っ!?』

 

ドックには超大型の戦艦が鎮座していた。

 

「な、なにこの艦‥‥」

 

「デカっ!!」

 

クラスの皆は天照の姿を見て唖然としている。

そして、タラップの前には黒い詰襟に軍帽を被った人物が立っていた。

 

(あっ、アレはっ!?)

 

もえかがタラップ前に立つ人物に気づく。

 

「ようこそ、天照へ」

 

タラップの前に立つのは葉月であり、葉月の姿をみたもえかは思わず、

 

「お姉ちゃん!!」

 

と、声を出してしまった。

 

「ええっー!!」

 

「あの人、知名さんのお姉さんなの?」

 

もえかの「お姉ちゃん」発言にざわつく生徒達。

 

「えっ、あ、あの人は、その、血の繋がったお姉ちゃんってわけじゃなくて‥‥」

 

「それじゃあ、『お姉さま』ってやつ?」

 

「禁断の愛‥‥」

 

またもやもえかの一言にざわつくクラスメイト達。

このままでは収拾が点かないので、

 

「ああ、もう!!みんな、整列!!」

 

もえかは抱いていた猫を下ろして声を上げて、皆を整列させる。

 

「知名もえか以下、三十名、天照クラスへの着任を受け、只今到着いたしました」

 

もえかが葉月に着任の挨拶をする。

 

「天照艤装員長の広瀬葉月です。今回の実習では先任士官として皆さんの実習に同行いたします」

 

葉月ももえか達に挨拶し、

 

「これが、艦内図と部屋割りが記してあるしおりです。各自、部屋に荷物を置いたら、教室に集合させてください」

 

もえかに事前に製作したしおりを手渡す。

 

「分かりました」

 

もえかはクラスメイトにしおりを配る。

そして、もえか達は天照へと乗艦する。

クラスメイトは今まで見た事の無い大型艦が物珍しいのか辺りを見渡している。

しおりをもらってもまだ来たばかりで慣れずに部屋を間違えたり、迷ったりするクラスメイトも居た。

漸く教室に集まったのは、乗艦してから10分もかかった。

 

教室に集まった皆は葉月から天照の大まかなスペックとドックを出航した後、その他の学生艦との合流地点である西之島新島沖への航路を説明する。

葉月の話を聞いて、麻侖は大型艦の機関を動かせると興奮し、

制服の上からオレンジ色のパーカーを着ている西崎芽依(いりざきめい)はデカい砲を撃てると目をキラキラして、

航海科に所属している鈴は、「こんな大きな艦、操艦できるかな?」と不安な様子だった。

ミーティングが終わり早速皆は出航準備へと取り掛かる。

 

葉月達艦橋メンバーが艦橋に上がると、ジャイロコンパスの上に猫が座っていた。

 

「あっ、お前は‥‥」

 

葉月はこの猫に見覚えがあり、猫の頭を撫でる。

すると、

 

「クシュン」

 

くしゃみが出た。

 

「あれ?おね‥‥先任、風邪?」

 

もえかが顔をのぞかせて尋ねてくる。

 

「い、いやそんな筈は‥‥クシュンっ!!クシュンっ!!」

 

葉月は相変わらずくしゃみを連発する。

 

「もしかして猫アレルギーかな?」

 

「猫アレルギー?」

 

「猫と接触することによってくしゃみとかが出るアレルギー反応の事だよ」

 

「そうなの?クシュンっ!!‥‥で、この猫何処から来たの?学校に居た猫に見えるけど‥‥クシュンっ!!」

 

「此処に来る水上バスに乗り込んできたみたいで‥‥」

 

「クシュンっ!!」

 

「大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫‥‥クシュンっ!!」

 

葉月は大丈夫と言うが大丈夫そうではないので、とりあえず、猫を艦橋から出す。

 

「では、改めまして艦長の知名もえかです。よろしくね!」

 

艦橋メンバーは役職と名を名乗る。

 

「先任の広瀬葉月」

 

「私は書記の納沙幸子(のさこうこ)です」

 

「水雷委員の西崎芽依よ」

 

「わ…私、航海長の知床鈴です」

 

「ほ‥‥ほ‥‥」

 

立石は自分の所属と名前を名乗ろうとするが、口下手なのか上手く出て来ない。

 

「砲術委員の立石志摩さんだよね?」

 

そこでもえかが確認するかのように立石に尋ねる。

 

「う、うん」

 

立石は間違いないと頷く。

 

「では、艦長、出航の指示を」

 

「はい。総員定位置に着いて!出航準備!」

 

「出航準備!」

 

もえかが出航の指示を出し、葉月が伝声管にて皆に出航の指示を出す。

 

「舫いはなて」

 

天照とドックを係留していた舫いが放たれ、機関が始動する。

 

「天照出航!機関、微速前進!」

 

「機関、微速前進!」

 

天照の機関がうなりを上げ、ゆっくりとドックを離れる。

 

ドックから海原へと出ると、

 

「左舷前方、横須賀女子、学園艦を視認」

 

天照から左前方に横須賀女子から出航した武蔵以下の学生艦の姿が見える。

 

「航海長、本艦を武蔵の右舷側へ」

 

「りょ、了解」

 

「機関、微速から巡航速度へ上げろ」

 

鈴が舵をきり、針路を武蔵の横へと向ける。

天照も速度を上げて他の学園艦と合流する。

天照の姿を見た学生達はさぞや驚いている事だろう。

念の為発光信号にて所属を知らせながら、天照は武蔵の右舷側を航行する。

 

「ん?‥‥艦長、展望指揮所(防空指揮所)へ上がられては?」

 

「えっ?」

 

葉月は双眼鏡で武蔵の展望指揮所を見てみる様にアイコンタクトをもえかに送る。

もえかが武蔵の展望指揮所を双眼鏡で覗くと、其処にはもえかの友人の姿が見えた。

 

「先任、少しの間、艦橋を頼みます」

 

「了解」

 

もえかは急ぎ、展望指揮所へと登る。

そして、展望指揮所へと登ったもえかは、帽子を振り、

 

「ミケちゃん!」

 

武蔵の展望指揮所に居る友人に声をかける。

 

「もかちゃん!」

 

明乃ももえか同様、帽子を振ってそれに答える。

横須賀女子の学生艦は、暫くは艦隊行動をとったが、その後は学校側が指定した別々の航路で集合地点の西之島新島沖を目指した。



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27話 世にも奇妙な天照の夜

天照は横須賀の大型船ドックを出航し、横須賀女子の港から出航したその他の学生艦と合流、暫くは艦隊行動をとった学生艦は学校側が決めた各々の航路を通り、合流地点の西之島新島沖を目指す。

西之島新島沖までの航路の間、ただ何もしない訳にはいかず、短い時間ながらも合流地点の西之島新島沖まで、天照の基本的な能力だけでも学生達にも身に着けてもらわなければならず、他の学生艦と別れた後、天照は早速訓練に入った。

 

「本艦はこれより、水流一斉噴射に入る。総員ショックに備えよ」

 

もえかが艦内に警報を発し、

 

「機関室、ダッシュ!!水流一斉噴射!!」

 

葉月が伝声管で機関室に水流一斉噴射を指示する。

 

「合点承知!!ダッシュ!!水流一斉噴射!!」

 

伝声管からは麻侖の威勢のいい声が響く。

それからすぐに天照の両舷艦底部に装備されている水流噴進機から勢いよく大量の水流が放出され、天照は急加速する。

 

『うわぁぁぁぁぁー!!』

 

乗艦がいきなり、急加速‥しかも戦艦ではありえないぐらいの急加速をして、思わずバランスを崩す生徒や何かにしがみつつ、衝撃に驚く生徒が多発した。

この水流一斉噴射は緊急回避用の加速装置なので、ため込んだ水流を出し切れば、後は通常の航行速度に戻る。

 

『‥‥』

 

水流一斉噴射を体験した生徒達は皆唖然としていた。

 

「す、凄い‥‥」

 

「遊園地のアトラクションみたいだった」

 

立石と西崎は目をパチクリしながら呟いた。

鈴は舵輪を握ったまま固まっている。

よほどびっくりしたか怖かったのだろう。

続いて天照は半潜航行へと移った。

 

ブルーマーメイドの隊員を乗せた試験航海の時同様、天照の船体が沈んでいくと、葉月を除く艦橋メンバーは皆、息をのむ。

このまま沈んでしまうのではないか?

ブルーマーメイドの隊員同様、それが、生徒達が抱いた印象である。

続いての片舷半潜航行では、艦が大きく傾き、船体がギシギシと音を立てるたび鈴が悲鳴をあげてパニック寸前にまでなった。

一方で、西崎と立石は物凄く興奮していた。

幸子は半潜航行、片舷半潜航行の時、現実逃避したのか一人で独り芝居をしていた。

もえかは艦長としての責務なのか、取り乱す事はなかったが、緊張した面持ちで固まっていた。

 

航行性能、電探性能をある程度体験した生徒達は続いて仮想戦闘訓練を行った。

しかし、仮想戦闘訓練のやる時間は艦長のもえかと先任の葉月を始めとし、各部署の長のみが知っており、タイミングを見計らって突如始まる事になった。

そうでなければ、いざという時に咄嗟の行動がとれないし、古庄が言った『穏やかな海はよい船乗りを育てない』精神であった。

 

それは、昼食後皆がお腹いっぱいでウトウトし始めた時に起こった。

 

「対水上レーダーに感あり!」

 

「不明艦発見!!総員戦闘配置!!」

 

艦内に警報が鳴り響き、艦内の緊張感は一気に高まる。

 

「左舷方向124、艦影数3!速力33ノットで接近!」

 

「目標は航洋艦(駆逐艦)クラス!登録船舶ビーコン応答無し!」

 

「納沙さん、不明艦に警告文を送信!!」

 

「りょ、了解!!‥‥『こちらは横須賀女子海洋学校所属超大型直接教育艦天照。ただちに停船し、こちらの指示に従われたし、繰り返します、ただちに停船しこちらの指示に従われたし』

 

最初に日本語による警告が行われ、続いて制海共通用語でもある英語による警告文を発する。

しかし、それらに対しては不明艦三隻共反応を示さない。

 

「不明艦より応答なし!!」

 

「警告射撃用意!」

 

「警告射撃用意!」

 

「第一、第二、第三副砲スタンバイ」

 

砲術長の立石が射撃指揮所へと指示を出す。

自己紹介の時、口下手だった立石がここまで多弁なのは珍しい事だが、今はそんな事を言っている余裕は無い。

 

「第一、第二、第三副砲射撃用意よし!!」

 

「撃て!!」

 

「不明艦より、噴進魚雷接近!!」

 

「機関最大船速!!面舵20!!バウスラスター起動!!」

 

「機関最大船速!!面舵20!!バウスラスター起動!!」

 

「噴進魚雷、左舷後部に命中!!」

 

「被害報告!!」

 

「損害軽微!」

 

「防水作業(ダメージコントロール)かかれ!!」

 

防水作業を命じられた被弾箇所では、ジャージの上着にスパッツ姿が特徴の和住 媛萌(わずみ ひめ)応急長・美化委員長とベレー帽を被っている同じく応急員の青木 百々(あおき もも)以下、主計科の美海やみかん、杵﨑姉妹らが防水作業をしていたのだが、

 

「えっと‥‥これどうやって当てるんだっけ?」

 

「こっち向きかな?」

 

慣れない手つきで、防水シートと当て木に悪戦苦闘していた。

そこへ、

 

「お前達、学校で何を習って来た!?それじゃあ当て方が逆だ!!ぐずぐずしていたら、溺死するぞ!!」

 

「は、はい‥‥!!」

 

艦内を回っていた葉月が来て、応急員らに喝を入れて、自らも防水作業を手伝う。

 

 

「艦長、17:35に訓練終了しました」

 

葉月がもえかに敬礼しながら訓練の終了を告げる。

 

「お疲れ様」

 

「予定よりも20分遅れですね」

 

幸子は時計を見ながら当初の訓練終了時間から遅れていた事を呟く。

 

「でも、初めての訓練で20分遅れなら十分だよ」

 

もえかは艦橋メンバーにそう言った。

 

航海初日から中々ハードスケジュールな訓練をしたためか、皆少々お疲れの様子だったので、夜間での訓練は『無し』となった。

やりすぎて実際の演習の際、使い物にならなくなったでは、洒落にならないので‥‥。

日が落ちて来た中、

 

「夜間は艦橋の明かりはつけず、航海灯のみの点灯とする」

 

葉月が夜間航行中、艦橋の明かりは点けないと言う。

 

「えっ?でもそれじゃあ、まっくらで何も見えなくなるんじゃ‥‥」

 

「暗い中にいると、時期に目が慣れる。それに夜間に航海灯以外の灯火を点けていると、他船に誤認されたり幻惑させて、最悪衝突する恐れがある。艦橋内での明かりは海図台のみとする」

 

「わ、わかりました」

 

衝突と言う言葉を聞き、艦橋メンバーも夜間の明かりの点灯の件については納得する。

 

日が完全に落ち、辺りは漆黒の闇が覆い、天照の艦橋も明かりは海図台のスタンドライトのみで薄暗い。

そんな艦橋にて、

 

「これはとある戦艦で起きた本当にあったことなんだけど‥‥」

 

幸子が声のトーンを低くして話始める。

 

「その戦艦はある日、係留中に謎の大爆発を起こして沈んでしまって、乗員に大勢の犠牲者を出したらしいの‥‥原因は諸説あって、某国のスパイの破壊工作、砲弾の自然発火による暴発、乗員のいじめによる自殺や精神異常をになった一下士官による放火説まであるんだけど、結局原因は不明のまま‥‥でもその予兆めいたものがあって、爆発事故の前の日の夜、複数の乗員が見たんですって‥‥」

 

「見た?一体何を?もったいつけないでよ」

 

西崎がそわそわした様子で、話の続きを急かせる。

幸子が頷き、続きを話す。

他の艦橋メンバーも幸子の話を聞き逃すまいと聞き耳を立てている。

 

「その戦艦の第三砲塔の上で二人の女性が言い争っていたんだって」

 

「ふ、二人の女性‥‥?」

 

鈴がゴクリと生唾を飲む。

 

「ええ、一人は白い衣物に赤い袴の巫女の様な女性‥‥もう一人はボロボロの着物を纏った般若の様な形相の女だったらしいよ」

 

「ヒィッ‥‥」

 

艦橋メンバーの誰かが悲鳴をあげた。

その後、幸子が独り芝居を行い、その妙な二人の女を見た乗員のリアクションが行ったであろう台詞を言う。

 

(暗い艦橋の雰囲気に悪のりしたな‥‥しかし、怪談か‥‥まぁ、ソレを言うなら、自分とこの天照も幽霊みたいなものなのだけどね‥‥)

 

葉月としては一度死に、天照も撃沈された筈なのだが、こうして蘇った事から、自分自身と天照自体がオカルトの塊だと思った。

 

(航行中と言っても別に問題があるわけじゃないし、まぁいいか)

 

もえかも幸子を止める事無く、好きにさせていた。

 

「さて、そろそろ就寝時間だよ。夜間当直以外は各自の部屋にね。休むのも仕事のうちだよ」

 

もえかが解散を言うと、当直者以外の者達は艦橋を離れる。

非当直者はそれぞれの部屋へと戻って行った‥‥。

 

 

 

 

大勢の人で港はごったがえしていた。

 

「はい、そうです。救助されたのはこれで全員です」

 

「乗船していたのは乗員乗客を含め全部で423名です。現時点で死亡11名、行方不明者は29名となっております」

 

港の一角にある青いシートの下からは人間の腕がのぞいているのが見えた。

 

「ほとんどの方が落下時に岩礁に打ち付けられ、荒波にかき回されていますから、損傷が激しく‥‥」

 

「そうか‥‥船外に放り出された行方不明には生存は見込めないな‥‥船体の方は?」

 

「そちらも完全に沈没しました。この辺の海域の深さは約50mあり、船内に取り残された者も恐らくは‥‥」

 

「そうか‥‥あっ、おいコラ!!勝手に触っちゃ‥‥」

 

「おかあさん!」

 

幼い少女が捲り上げたシートの下にあったのは、すっかり見分けがつかなくなった人間の変わり果てた姿だった。

 

 

 

 

「っ!?」

 

幼い少女がシートに下に置かれていた人間の変わり果てた姿を見た所で葉月はバッと目を覚ました。

 

(なんだ‥‥今の光景は‥‥)

 

上半身をベッドから起こすと、其処は天照の自分の部屋で先程見た光景は自分が見ていた夢だと悟る。

しかし、内容は余りにも生々しく、動悸が激しく体の中を打ち、大粒の汗が額にはりついた前髪を伝って、からからに乾いた口に落ちた。

震えの止まらない背中が胃を揺らし、軽い吐き気を覚える。

 

(少し感覚がなまったか‥‥)

 

前世では軍人として人の生死をたくさん見て来た葉月だったのだが、この世界に転生してからはそうした人の生死を見ていない為か、夢とは言え、久しぶりに人の遺体を見て動揺していた。

 

(それにしてもあの少女‥‥もえかちゃんに似ていたような気がするが‥‥)

 

何故、夢の中にもえかそっくりの少女は出てきたのか分からない。

 

(そう言えば、もえかちゃん、明乃ちゃんと親しくなったけど、自分は彼女達の家族構成は一切しらなかったな‥‥)

 

明乃ともえかの二人と会うのは何時も外で、二人から家族の話を聞いたことは無かったので、特に気にもしていなかったが、今さっき見た夢で少々気になった葉月だった。

変な夢を見てしまったせいで、すっかり目が覚めてしまったので、艦内の巡回でもしようと思い、寝間着から制服へと着替えた葉月は部屋を出た。

そしてまず、艦橋へと上がると、其処には今日の夜間当直者の幸子と鈴が居た。

 

「他に何かありませんか?海での怖い話」

 

鈴が幸子に怖い話をもっと聞きたいと強請っている。

怖がりな鈴が意外にも怖い話を強請っていると言う珍しい光景だが、「怖いもの見たさ」と言う心理が有る様にこの環境で鈴も普段の怖がりもナリを潜めてこうして幸子に怖い話を強請っているのだ。

 

「えっとですね、ある釣り人が船で釣りをしていたんですけど、いつの間にか居眠りをしちゃったその釣り人が起きると辺りは既に日が暮れちゃっていて、その時に船を借りた時、この辺りじゃ、決して夜釣りはしちゃいけないって地元の漁師さんに言われた事を思いだしたの」

 

「そ、それで‥‥」

 

「その時、釣り人は漁師さんに聞いたんです。『夜釣りをするとどうなるんだい?』『そりゃ、海に呼ばれるんですよ‥‥おーい、おーいって‥‥でも、呼ばれても決して返事をしてはいけませんよ‥‥』」

 

鈴は舵輪を握りながらガタガタと震えながら幸子の怖い話を聞いている。

特に異常なさそうなので、葉月は艦橋を後にした。

 

夜間は必要最低限の所のみ明かりがついており、それ以外は消灯しているので、夜の艦内は基本薄暗い。

そんな中、葉月の後ろからコッ、コッ、コッ、コッ、と足音が聞こえて来た。

葉月は立ち止まり、振り返る。

足音は尚も葉月の方へと迫って来る。

自分自身の存在がオカルトの様な存在である葉月も流石にこの時は少し緊張した面持ちとなる。

 

「あれ?葉月さ‥‥じゃなくって、先任?」

 

「もえ‥‥いや、艦長」

 

葉月の後ろから来たのはもえかだった。

 

「どうしたんですか?てっきり、お部屋でお休みになっているかと‥‥」

 

「うーん‥なかなか寝付けなくて‥‥それで艦内の巡回をしようと思って巡回をしていたの」

 

「そうですか」

 

「先任は?」

 

「自分も艦長と同じです」

 

「じゃあ、折角だから、一緒に巡回をしましょう」

 

「ええ、いいですよ」

 

こうしてもえかと葉月は共に艦内の巡回を行う事となった。

居室区画では、今日の昼間の訓練で疲れたのか、非当直者は静かに寝息を立てている。

それ以外でも各部、水漏れ等の問題点は見つからない。

とは言え、天照は超弩級戦艦なので、見回るところは沢山あり、二人の巡回は続いた。

そんな中、厨房から明かりが漏れているのが見えた。

 

「なんでしょう?」

 

「なんだろうね?」

 

葉月ともえかはドアの隙間から中の様子を窺った。

すると、厨房では‥‥

 

「私、絶対に此処に置いたもん!!」

 

「そんな事言っても無いじゃない!!」

 

「ちょっ、ほっちゃんもあっちゃんも落ち着いて、今は就寝時間だから、皆の迷惑になるよ」

 

炊事委員のほまれとあかねが口論しており、同じく炊事委員のみかんが二人を宥めていた。

みかんの言う通り、就寝時間に騒がれては流石に寝ている他の皆に迷惑なので、葉月ともえかは厨房へと入って内を揉めているのか、尋ねる事にした。

 

「どうしたの?こんな夜遅くに?」

 

「あっ、先任」

 

「今は就寝時間だぞ。何を騒いでいる?」

 

葉月が就寝時間なのに何故起きているのかを尋ねる。

 

「ごめんなさい、新作レシピの研究をしていたらこんな時間になっちゃって‥‥」

 

みかんが杵崎姉妹を庇うように言う。

 

「研究熱心なのは良いが、あんまり無理をしない様に。でも何があった?何か口論していたみたいだけど?」

 

葉月が三人に事情を尋ねる。

 

「実は‥‥」

 

ほまれが口論の原因となった理由を話す。それによると厨房の台の上に置いた食材が無くなったのだと言う。

あかねはほまれが何処か別の所に置いたのを勘違いしたんじゃないかと言い、ほまれがそれに反論して、先程の口論に発展したのと言う。

しかし、ほまれは確かに此処に食材を置いたのだと言う。

そこで誰かがつまみ食いをしに厨房へ侵入したのではないかと疑ったが、誰かが厨房に来た気配はなかったと三人は証言する。

 

「これはやっぱりアレだよ!!ホラ、中学生の時にもあったでしょう?家庭科室のあの話」

 

あかねが思いだしたかのように言う。

 

「家庭科室?‥‥ああ、アレね」

 

「そうそう、家庭科室の消える食材の話、アレ、オチが怖かったよね」

 

ほまれとみかんは、思いだしたかのように言い合う。

 

「それ、どんな話なの?」

 

葉月が興味深そうに尋ねる。

 

「えっと、ですね、家庭科室からよく食材が無くなる事件が多発して、誰かがつまみ食いをしているんじゃないかと思って、食材を置いた後、監視カメラをセットしたんですよ」

 

「そして、翌日になるとやっぱり食材は消えていたので、監視カメラの映像を再生してみた所‥‥」

 

「キッチン台の下から手が伸びて来て食材を持って行ったらしいの‥‥」

 

ほまれ、あかね、みかんの三人が台詞を分ける形で、彼女らの中学校にあった七不思議の一つ、消える家庭科室の食材を話し始める。

 

「それってキッチン台の下に誰かが潜んでいたの?」

 

葉月はまさかのオチで実はキッチン台の下に人が隠れていました。なんてオチはないだろうと思いつつ三人に尋ねてみた。

 

「もちろん誰もがそう思ってそのキッチン台を調べてみると‥‥」

 

「そのキッチン台は流しがついているタイプのものだったんだけど、その台の下には人が隠れるスペースなんて無かったの‥‥」

 

「「‥‥」」

 

あかねは少し俯き、不気味さを演出しながら話す。

彼女らの話はまだ続きそうなので、葉月ともえかはジッと三人の話に耳を傾けた。

 



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28話 世にも奇妙な天照の夜  パート2

海洋実習初日、合流地点の西ノ島新島沖を目指していた天照。

その日の夜、夜間の薄暗い艦橋でその雰囲気に呑まれて天照では怪談話が流行った。

そんな中、葉月は奇妙な夢を見た後、眠れず、艦内の巡回へと出ると、通路にて同じく寝付けなかったもえかと出会い、二人で艦内の巡回を行うと、厨房にて明かりが点いていた。

そこでは、炊事委員の杵崎姉妹が口論しており、みかんが二人を宥めていた。

艦の幹部として、艦内の揉め事は放置しておくわけにはいかず、葉月はもえかと共に厨房へと入り、杵崎姉妹に口論の理由を尋ねる。

すると、杵崎姉妹の話では、新作メニューの研究中に用意していた食材が突如消えてしまったのだと言う。

そこから、杵崎姉妹とみかんの中学校にも似たような怪談が有るとの事で、その話を聞くことにした葉月ともえか。

話を聞く限り、今天照の厨房で起きた事と似ていた。

話は進んで行き、やがて、話のオチとなる。

 

「キッチン台の下に人の隠れるスペースが無いって言っても全くなかったの?」

 

葉月は本当にそのキッチン台の下には人が入るスペースが無いのかを尋ねる。

すると、あかねは首をゆっくりと横に振った。

 

「確かに無理すれば入れたかもしれないね。でも、皆が余りにも気持ち悪いって言うから、そのキッチン台を新しいモノに替える事になったの」

 

(ちゃんとオチがあったんだ‥‥)

 

「そうしたら、床下から出てきたんですよ‥‥」

 

「何が?」

 

「‥人の死体が‥‥」

 

「何でそんな所に人の死体が?殺されて遺棄されたの?」

 

葉月はキッチン台の下になんで人の死体があったのかが気になってその真相を杵崎姉妹に尋ねる。

 

「それがその後、司法解剖をした結果、その人の死因は餓死だったらしいです」

 

「餓死?」

 

「どういう訳か床下に潜り込んでそのまま抜け出せなくなってしまったようなの‥‥きっと、お腹がすいて死んだ後もキッチン台の上の食材に手を伸ばしてしまったんでしょうね?」

 

「‥‥」

 

あかねの話を聞き呆気にとられる葉月ともえか。

だいたいなんでその人は中学校の家庭科室の床下に隠れていたんだ?

まずそこから疑問に思う。

 

「あっちゃん、盛りすぎだよー。そこまで判明しちゃっていたら七不思議じゃなくなっちゃうよ」

 

「あっ、そうだった。失敗、失敗」

 

ほんのさっきまで口論していた筈の杵﨑姉妹はいつの間にか仲良くなっている。

 

「おいおい、盛ったって事はさっきの話は所謂都市伝説ってやつなのか?それに今は食材がなくなった件を話していたんじゃないか?」

 

「えーでも、私達の三人の誰かじゃなければ絶対に無理ですよ」

 

「そうですよ、人が来れば絶対に気づきましたし‥‥」

 

ほまれとみかんは犯人が自分達厨房スタッフでなければ、食材を盗むことは不可能だと言い、勿論自分達厨房スタッフは食材を盗んでもいなければ、つまみ食いもしていないと言う。

そんな時、あかねが、

 

「あっ、でもこんなパターンあるよね?ほら、実は私達の三人の内、誰が偽物だったとか?」

 

「なるほど、例えば私があっちゃんだと思って食材を渡したあっちゃんが実はこの世のならざる者だったとか?」

 

「あーそのパターンね」

 

あかねの仮説を聞き、ほまれもみかんもすっかりその気だ。

 

「とりあえず、無くなった食材はどれくらいの量?今後の航海に影響しそう?」

 

葉月はもう犯人なんてどうでもよくなりつつあり、とりあえず食糧の被害と備蓄量を聞く。

 

「一人分のさらに半分の量です。元々試作だったので、そこまでの量は作っていなかったので、この先の航海には影響はありません」

 

みかんが食糧の被害を報告し、この先の航海には支障はないと言う。

 

「では、この件はそこまで大事にしなくてもいい。下手に話が広まって艦内で疑心暗鬼の様な事が生まれれば、そっちの方がこの先の航海に支障が出る」

 

「わかりました」

 

「それから、新作料理の研究もいいけど、休める時にはしっかり休まないと身体を壊しちゃうよ」

 

「「「はーい」」」

 

三人にあまり無理をしない様に忠告した後、葉月ともえかは厨房を出た。

 

「でも、意外でしたよ」

 

厨房を出た後、葉月がもえかに話しかける。

 

「えっ?何が?」

 

「艦長の対応が」

 

「私の?」

 

「些細な事とは言え、一応艦内での窃盗ですからね、『犯人を絶対にみつけるぞ』と思っていたのですが‥‥」

 

葉月は厨房でのもえかの対応に意外性を感じた。

三人の話の中、もえかは一切喋らず、話を聞いていただけだったので‥‥。

 

「うん、それも考えたんだけど、家族を犯人扱いしちゃうみたいで、あんまり気分良くなくて‥‥」

 

「家族?」

 

「そうだよ、船の仲間は皆家族なんだよ」

 

「まぁ、自分としても真相が知りたいだけで、犯人探しをして下手に波風を立てたくないですからね」

 

その後も葉月ともえかは巡回を続けた。

そんな中、

 

タンッ

 

と、妙な音が聴こえてきて、葉月は立ち止まる。

 

「先任?」

 

「艦長‥今の音、聞きましたか?」

 

「音?どういう?」

 

「足音‥‥と言うか、何かが跳ねるような音が‥‥」

 

「その音はどこから聴こえて来たの?」

 

葉月はその妙な音が聴こえて来た方を見ながらもえかに音が聴こえて来た方向を示す。

 

「この上‥‥上甲板からです。まぁ、どこか他の部屋から聴こえて来た足音がたまたまそう聴こえただけかもしれませんし、風の音が足音の様にきこえただけかもしれませんし‥‥」

 

「んーでも、こんな時間に上甲板に上がっている子が居たら注意しないといけないし、念の為、あがってみよう」

 

「そうですね」

 

上甲板にもしかしたら、クラスメイトが居るかもしれない。

そこで、確認の為、葉月ともえかは上甲板に上がって確認する事になり、上甲板を目指す。

二人が上甲板を目指している中、もえかが、

 

「そう言えば、さっき納沙さんが舟魂(ふなだま)の話をしていたでしょう」

 

「ええ」

 

「私も怪談とかあまり得意じゃないんだけど‥‥あっ、でもそう言う話じゃなくて‥‥」

 

「ん?」

 

「舟魂(ふなだま)って船の守護霊って言うか、一説には船の魂そのモノみたいでその魂が抜けちゃうと船は沈んじゃうんだって」

 

「なるほど、心身二元論みたいな考えですね」

 

(魂が抜けたら沈むって言うなら、あの時天照の舟魂(ふなだま)は抜けて今は別の舟魂(ふなだま)が天照に宿っているのかな?)

 

「艦長はその舟魂(ふなだま)の話を信じているんですか?」

 

「まぁ、それなりには‥‥舟魂(ふなだま)は私達船乗りの命を預ける大切な仲間だし‥‥ほら、艦内には艦内神社があるじゃない。だから、『舟魂(ふなだま)はあるんじゃないかな?』って私はそう思っているよ」

 

「艦長、もし、一度沈んだ船がサルベージされた後、また使用された時、その船には舟魂(ふなだま)が宿っているのでしょうか?」

 

天照はサルベージではないが、一度沈んでいるが今はこうして海の上に浮かんでいる。

今の天照には舟魂(ふなだま)は宿っているのだろうか?

宿っているとして照和の時の舟魂(ふなだま)なのだろうか?

それとも別の舟魂(ふなだま)が宿っているのだろうか?

葉月がそう思っていると、

 

「予期せぬ事態で船が沈むと、舟魂(ふなだま)も船と共に沈むと思いますよ。きっとその舟魂(ふなだま)は再び海の上を走れると分かっているのかもしれないから、敢えて船と共に沈んでいるのかもしれません」

 

「‥‥そう言うモノなのですか?」

 

「そう言うモノなのです‥‥経験者ですから」

 

「えっ?」

 

もえかは最後に何かをボソッと言ったが声が小さくて聞き取れなかった。

 

「あっ、なんでもないです」

 

もえかは慌てる様子で手をバタバタとさせる。

 

「でも、やっぱり意外かな?」

 

「何がです?」

 

「横須賀女子主席合格のもえかちゃんが舟魂(ふなだま)なんて信じるなんて」

 

「主席合格って、なんで葉月さんがそんな事を知っているんですか?」

 

「今回の天照の人員に関しては、自分も関係しているので、その時に‥‥」

 

葉月はもえかに彼女が今期の横須賀女子の主席合格を知っている訳を話す。ただ、この時、葉月は何か違和感を覚えたが、それが何なのか明確に答えを出すことが出来なかった。

 

「そうなんだ‥‥あっ、私が舟魂(ふなだま)を信じるには訳が有るの」

 

「訳?」

 

「その‥‥見間違えかもしれないけど‥‥実は‥‥その‥‥見ちゃったの‥‥今日の昼休みに‥‥」

 

「見た?何を?」

 

「その‥‥前甲板で白い服を着た女の子を‥‥」

 

「クラスメイトの誰かじゃないの?」

 

「私も最初はそう思ったんだけど、その子が来ていた服が制服じゃなくて、白いワンピースだったの‥‥だから、多分私が見たのはクラスメイトじゃないと思うの‥‥」

 

「そうですか‥‥」

 

「はづ‥‥先任はあまり怖がらないんだね」

 

「まぁ、自分はそう言ったオカルトは‥‥信じてはいますが、それに対して怖がる要素はないので‥‥」

 

葉月は淡々とした様子でもえかの質問に答える。

やがて二人は上甲板へと辿り着く。

今夜は雲一つなく月と星の明かりが辺りを照らす明るい夜だった。

只時折、生温い風が吹く。

 

「見て、見て、綺麗なお月さまだよ」

 

「確かにこんなに良い月夜ならば、上甲板に出て月見をしたくもなるでしょうけど、こんな夜更けに甲板から落ちていたなんて事になっても誰も気づかないので、危険ですね」

 

「そうだね」

 

上甲板に出た二人は他に誰か上甲板に出ていないかを確認する為、上甲板を見回る事にした。

 

「誰も居ないみたいね‥‥」

 

「そうですね‥‥」

 

とは言え、姿が見えないのはあくまで今葉月ともえかが居る地点なので、上甲板全てを見回った訳ではなかったので、葉月ともえかは上甲板を回ったが、やはり上甲板には、誰もいなかった。

そんな中、

 

「あれ?艦長?」

 

葉月のすぐそばを歩いていたもえかの姿が突如消えた。

 

ぐるりと辺りを見渡すが、それでももえかの姿は見当たらない。

 

『こんな夜更けに甲板から落ちていたなんて事になっても誰も気づかないので、危険ですね』

 

葉月の脳裏に先程もえかに入った自分の言葉が蘇る。

 

(い、いやいくらなんでもそんな事はありえない‥‥)

 

葉月は首を振り、もえかが海に落ちたかもしれない可能性を必死に否定する。

ついさっきまで葉月の隣を歩いていたのに、海に落ちるなんてあり得ない。

それも声を上げずに‥‥

 

「先に艦内に戻ったのかな?」

 

海に落ちたのではないのだとしたら、そう考えられるが、もえかの性格からして黙って艦内に戻るなんてことも考えにくい。

そんな中、

 

『実は私達の三人の内、誰が偽物だったとか?』

 

『実はこの世のならざる者だったとか?』

 

今度は杵﨑姉妹の言葉が葉月の脳裏に蘇る。

 

(バカバカしいそんなオカルトめいたことがホイホイと起こる筈が‥‥あっ、でもこの天照自体が半幽霊船だからな‥‥それに自分も‥‥)

 

「ま、まさか、今までいた艦長が偽物だったとか‥‥?」

 

あり得ない。

そんな話、あり得ない。

だが、思い返してみれば、さっきのもえかの言動には妙な所があった。

なぜ、もえかは突然舟魂(ふなだま)の話なんてしたのだろうか?

あれは、自分が上甲板で足音が聴こえたと言ったからで‥‥きっとそれを舟魂(ふなだま)と連想して話しかけた訳であって‥‥

 

『前甲板で白い服を着た女の子を‥‥』

 

『その子が来ていた服が制服じゃなくて、白いワンピースだったの‥‥だから、多分私が見たのはクラスメイトじゃないと思うの‥‥』

 

もえかが見たと言う舟魂(ふなだま)らしき女の子の特徴が葉月の脳裏に蘇る。

その時辺り一面に生暖かい風が吹く。

不気味な環境であるが、もえかを見つけなければならず、一人で艦内に戻るわけにも行かない。

もう一度上甲板を回って、それでも見つからなければ、艦内に戻ろうと思い、上甲板を回る葉月。

 

「っ!?」

 

その最中、葉月の視界はあり得ないモノを捉えた。

 

「おいおい、うそ‥‥だろう‥‥」

 

葉月の視線の際には丁寧に揃えられている靴があったのだ。

 

「ま、まさか‥‥」

 

考えたくはないがこれはまさか、もえかのモノか?

それとも自分が聴いた足音の正体ってクラスメイトの誰かが海へ身投げしたクラスメイトのものだったのか?

葉月は慌ててこの靴が誰のモノなのか確かめるために靴を手に取るが、靴は学校側が支給した靴で、しかも名前は書かれていないので、この靴の持ち主がもえかの靴なのかそれとも別のクラスメイトの靴なのか判別できない。

とりあえず、当直者にこの事を知らせなければならず、上甲板にある有線電話の元に駈け寄る。

そして、受話器を取った時、

 

「捕まえた!!‥‥クシュンっ」

 

「っ!?」

 

突如、葉月の後ろから声がして慌てて振り返ると、そこにはあのドラ猫を抱えたもえかの姿があった。

 

 

「ごめんなさい」

 

「ニャー」

 

もえかはドラ猫を抱えながら葉月に頭を下げて謝る。

 

「つまり突然消えたのは上甲板でその猫を見つけて、海に落ちない様に捕まえようとして、靴を脱いだ‥‥と‥‥?」

 

「う、うん‥‥クシュンっ!!」

 

もえかは頷きながらくしゃみをする。

 

「こっそりと近づいて捕まえようと思って‥‥クシュンっ!!ほら、この靴だと上甲板を歩くと音が鳴って気づかれちゃうでしょう?‥‥クシュンっ!!」

 

「自分は見回した時、姿が見当たりませんでしたが?」

 

「砲塔の影に行っちゃって、それを追いかけて行ったの」

 

「はぁ~」

 

何事もなかった事に安堵しつつ、先程まで慌てていた自分が馬鹿らしく思えて来た。

 

「そんなに驚くとは思っていなくて‥‥ホントにごめんなさい」

 

「ニャー」

 

再び猫を抱きながら葉月に頭を下げて謝るもえか。

 

「‥‥もういいです。上甲板には異常なさそうですし、もう戻りましょう」

 

多分、葉月が聴いた足音の正体はこの猫なのだと思った。

大方、高射砲の上から飛び降りて着地した時の音が足音にでも聞こえたんだろう。

 

「あっ、あと‥‥」

 

「なんです?」

 

「厨房で消えた食材の件‥犯人はこの子だよ。ホラ」

 

「えっ?」

 

もえかから差し出された手には頭のついた魚の骨があった。

 

「魚?でも、厨房じゃパイを作っていたって‥‥」

 

「多分作っていたのはニシンのパイだったんじゃないかな?」

 

「魚のパイ‥‥あっ、そう言えば、あったなそんなパイ‥‥」

 

パイと聞くと真っ先に果物を使用したお菓子のパイを想像するが、外国の方では魚や野菜を使ったパイがある事を思いだした葉月。

 

「なるほど、この子ならば、厨房に居た三人に気づかれずに食材(魚)を掠めとることもできるわけだ‥‥クシュンっ!!」

 

猫の頭をなでるとくしゃみが出る葉月。

 

「ならば、明日炊事委員の三人には、今回の事を説明しましょう‥‥クシュンっ!!」

 

「そうだね。‥‥クシュンっ!!でも、先任が上甲板で音がするって言ってくれたから、この子を見つけられたから、ありがとう‥‥クシュンっ!!」

 

「‥‥艦長、先程からくしゃみを繰り返していますが、風邪ですか?」

 

「い、いやそういう訳じゃあ‥‥クシュンっ!!」

 

「そろそろ戻りましょう。これ以上起きていては明日の演習に支障をきたしそうですし」

 

「そうだね‥‥クシュンっ!!」

 

上甲板から艦内へ戻り、

 

「それじゃあ、おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

それぞれの部屋へと戻った。

 

翌朝、葉月はもえかに声をかけた。

 

「艦長」

 

「おねえちゃ‥い、いえ、何でしょう?先任」

 

もえかは猫に餌を与えていた。

 

「昨夜はあれから大丈夫でしたか?」

 

「あれから?」

 

「艦長、昨夜上甲板でくしゃみを出していたので、風邪を引いたかもしれないと思いまして‥‥」

 

「えっ?何の事?昨日の夜は当直が終わった後、私部屋で直ぐに寝ましたけど‥‥」

 

「えっ?」

 

もえかからは意外な返答が返ってきた。

 

「そんな‥‥昨日の夜は一緒に上甲板に上がって艦長が猫を見つけたじゃないですか‥‥それに厨房でも一緒に‥‥」

 

「で、でも私は本当に‥‥」

 

「そ、それじゃあ‥‥」

 

葉月はもえかを連れて厨房へと向かう。

昨夜はもえかと一緒に厨房へ向かったし、あの食材消失の件もあるので丁度良かった。

 

「失礼する」

 

「あっ、先任」

 

「それに艦長も」

 

「どうしたんですか?」

 

「へ、変な事を聞くかもしれないが、昨夜自分は艦長と一緒に厨房へ来たよね?」

 

葉月は此処でみかんと杵崎姉妹が肯定してくれることを願ったが‥‥

 

「いえ、昨日の夜、厨房に来たのは先任一人でしたよ」

 

「「うんうん」」

 

みかんは昨日の夜、厨房に来たのは葉月一人だと言い、杵崎姉妹も首を縦に振ってみかんの言う通りだと言う。

 

「そ、そんな‥‥」

 

それじゃあ、あの時一緒に居たもえかは一体‥誰だったんだ‥‥。

 

「それより、昨日の犯人分かったんですか?」

 

あかねが昨日の厨房で起きた食材消失の犯人を尋ねて来た。

 

「えっ?それ何の話?」

 

話について行けないもえかが、炊事委員に事情を聞いている。

 

「そんな事が‥‥それで、先任、犯人は分かったんですか?‥先任?先任?」

 

もえかが首を傾げながら葉月に声をかけるが、葉月は顔色を悪くして固まっていた。

 

(そう言えば、もえかは自分ことをプライベートでは『おねえちゃん』と呼ぶが、昨日のもえかは自分の事を『葉月』と呼ぼうとしている場面があった‥‥それにくしゃみをしていたのは猫を抱いている時だけ‥‥でも、もえかは猫アレルギーじゃない‥‥じゃあ夕べ自分と一緒に居たもえかは一体誰だったんだ‥‥?)

 

(いや、そもそも自分が聴いた音‥‥あのドラ猫が幾ら太っていても高射砲の高さから飛び降りたぐらいで音が鳴下の階まで聞こえるのか?)

 

葉月は昨日のもえかと聴いた音に抱いた違和感の正体に此処で気づいた。

その頃、天照の展望指揮所の更に上の方位盤の屋根の上には白いワンピースを纏ったもえかそっくりの女の子が立っていたが、やがてその姿は溶ける様にスゥーッと消えてしまった。

葉月が出会った昨夜のもえかは一体何者だったのだろうか?

そして聴いた音も‥‥

それは誰にもわからない‥‥



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29話 異変

 

唐突だが、此処で場面は天照から武蔵へと移る。

天照や他の学生艦同様、武蔵も横須賀女子の港を出航した後、一時他の学生艦と艦隊を組み、艦隊行動をとったが、やがて、他の学生艦と別れ学校側が指定した針路をとり、合流地点の西之島新島沖を目指す。

西之島新島沖を目指す中、武蔵も天照同様、訓練は行った。

当初、武蔵の艦長が無事に務まるかと不安だった明乃だったが、本人の不安とは裏腹に明乃は十分な指揮ぶりを発揮した。

訓練中は指揮官らしく指揮をする明乃だが、訓練が終われば、本来の人懐っこさでクラスメイトと触れ合う。

そんな明乃にクラスメイト達は次第に心を許し始めた。

ただ、副長の真白だけは未だ納得がいかない様子だった。

確かに明乃の指揮ぶりには驚いたが、そこは本来自分のポジションだったと言う思いがあったのだ。

 

夜になり、天照にて怪談話が流行っていたその頃、武蔵の艦橋では、

 

「明日から他のクラスと合流ですね」

 

海図を見ながら当直中のクラスメイト、吉田親子(よしだちかこ)が明乃に声をかける。

本来、明乃は当直勤務では無かったのだが、明日からの演習を控えて最終確認の為、艦橋へと上がっていた。

 

「そうだね。皆怪我の無いようにしないとね」

 

「はい」

 

海図から吉田に笑みを浮かべながら言う明乃。

 

「左60度、距離10000に貨物船発見」

 

「動向に注意しろ。操舵室へ連絡」

 

「了解」

 

見張りを行っていたクラスメイトの小林亜衣子(こばやしあいこ)が近くに貨物船が航行しているのを見つけ、報告すると、本来の当直責任者である真白がその貨物船の動向に注意しろと指示を出す。

 

吉田が艦内電話にて、操舵室へ電話を入れるが、

 

「もしもし‥‥あれ?」

 

受話器を耳にあてながら、吉田は眉を顰める。

 

「ん?どうかした?」

 

吉田の様子を見て、明乃は彼女に尋ねる。

 

「‥‥艦長、副長。操舵室、応答ありません」

 

「えっ?」

 

「まったく、居眠りでもしているのか?」

 

真白は応答しない事に操舵員が居眠りでもしているのかと思った。

その直後、武蔵の第一砲塔が旋回し、突如貨物船を砲撃し始めた。

幸い砲弾は貨物船を外し、貨物船は急ぎ退避行動に入った。

後に救助を要請したブルーマーメイドに合流した貨物船の乗員は聴取に対し、いきなり発砲された。

暗がりだったので、相手の姿はよく見えなかったと証言し、武蔵が貨物船に対していきなり発砲した事実は当分の間知られない事となり、更にこの時点で武蔵が既に学校側の指揮を外れた事に気づかれる事もなかった。

 

「なっ!?」

 

『っ!?』

 

突然の貨物船への砲撃に艦橋に居た皆は唖然とした。

 

「砲術委員の連中は一体なにをやっているんだ!?勝手に戦争でも始める気か!?」

 

真白は突然貨物船を砲撃した砲術委員に憤慨する。

 

「射撃指揮所!応答して!」

 

明乃は何故突然貨物船に砲撃したのか、その理由を聞く為、伝声管で射撃指揮所を呼び出すが、此方も操舵室同様応答がない。

そこで、明乃は様子を見に艦橋を降りた。

 

「シロちゃん、暫く此処をお願い」

 

「ですから、宗谷さん、若しくは副長と‥‥」

 

「私も行きます」

 

「‥‥」

 

明乃と吉田に無視された真白は唖然としてその場に残った。

 

「アハハ‥‥」

 

真白と共に艦橋に残った小林は乾いた笑みを浮かべた。

 

明乃は吉田と共に艦橋を降りて射撃指揮所へと向かう。

その最中に武蔵は予定針路からズレ始めたが、この時点でそれに気づいた艦橋員は居なかった。

射撃指揮所へと向かっていると、通路の向こうからまるで何かから逃げているかのように走って来るクラスメイト、角田夏美(かくたなつみ)が居た。

 

「角田さんどうしたの?」

 

「艦長!!」

 

角田は明乃に飛びついて涙を流す。

 

「みんなが‥‥みんなが‥‥!」

 

「お、落ち着いて。一体何が‥‥」

 

「ん?艦長、アレ!!」

 

吉田が、角田が逃げて来た通路の先を指さすとそこには大勢のクラスメイトの姿があった。

ただ、其処に居るクラスメイト達の様子は何か変で皆無口無表情で立っている。

中には本来勤務シフトが有る筈のクラスメイトも居る。

 

「ひぃっ」

 

角田はそんなクラスメイト達の姿を見て怯える。

 

「み、みんな、どうしたの?何があったの?」

 

明乃は恐る恐るクラスメイト達に声をかけるが、やはり彼女達は無口無表情のまま。

昼間の訓練の時と比べて余りにもクラスメイト達の様子が違いすぎる。

すると、彼女達は無口無表情のままゆっくりと明乃達に近づいてくる。

それはまるでゾンビの行進の様にも見えた。

 

「っ!?逃げて!!」

 

本能的に危機感を感じた明乃は角田の手を掴んで、急いで艦橋へと引き返した。

そして、角田を艦橋へ向かわせ、真白と小林に事態の説明とバリケードを構築する為に応援に来てもらうように伝令役にした後、明乃と吉田は三人が戻って来るまでに階段(ラッタル)のハッチを閉め、モップの柄とロープを使い、階段(ラッタル)のハッチを開かないようにした。

次いで、消火斧(ファイヤーアックス)にて、エレベーターのワイヤを切り、エレベーターを落して使用不能にした。

 

「どうしたんです?」

 

「一体何があった?」

 

「詳しい説明は後でするから急いで他のラッタルのハッチを全部閉鎖して!!その他の艦橋に入れそうな箇所も全部!!」

 

三人が艦橋から降りてくると、バリケードの強化とその他の侵入の可能性がある様な箇所も急いでバリケードを構築し、艦橋へと戻った。

艦橋へと戻った皆の顔色は悪く、何でこんな事になったのか?

皆どうしてしまったのか?

これからどなるのか?

不安が次々とこみ上げてくる。

 

「はぁ~ついていない」

 

真白がおもわずいつもの口癖を呟く。

 

「それにしても、みんな‥どうして‥‥」

 

「まさか‥叛乱‥‥とか‥‥?」

 

小林はクラスメイト達が叛乱を起こしたのかと思った。

 

「そう言えば、副長。武蔵に乗ってからずっと艦長に対して不満や愚痴を零していましたよね?」

 

「まさか、副長が皆をそそのかして‥‥」

 

角田、小林、吉田の三人の睨む様な視線が真白に突き刺さる。

 

「なっ!?ち、違う!!わ、私はそんな事‥‥」

 

いきなり叛乱の首謀者と疑われ、うろたえる真白。

 

「多分それは無いと思う」

 

しかし、真白が叛乱の首謀者説を艦長の明乃は否定した。

真白としては明乃が自分の弁護をした事に意外性を感じたが、自分の無実を晴らしてくれるのであれば、それで良かった。

 

「通路で会った時のみんなの目‥あれは正気を失っている目だった‥‥それに一言もしゃべらなかったし‥‥もし、叛乱なら何かしらの声明は出すんじゃないのかな?」

 

「た、確かに‥‥」

 

確かに明乃の言う通り、クラスメイト達が叛乱を起こしたと言うのであれば、何らかの声明を艦内に発しても良い筈だ。

現に艦橋への電話も伝声管も通じるのだから‥‥

しかし、そう言った声明は未だに出されておらず、また艦橋に立てこもった自分達に降伏や投降の勧告が無いのも不自然だった。

明乃の一言で真白にかけられた叛乱の首謀者説は何とか鎮静化する事が出来た。

しかし、クラスメイト達に何らかの異常事態が起きたのは間違いなく、そんな状況の中で仲間割れを起こすのはかえって事態を悪化させる。

 

「か、艦長!!」

 

「どうしたの?」

 

ジャイロコンパスを見ていた吉田が声を上げる。

 

「武蔵が‥予定針路を離れています」

 

「なっ!?」

 

「何だって!!」

 

予定針路を離れ、迷走し始めた武蔵。

操艦機能は奪われており、針路がずれたとなると、これでは西之島新島で待っている他の学生艦とも合流が出来ない。

他の学生艦と合流出来れば、何とか今の事態を改善できたかもしれないのだが、それさえも出来なくなった。

 

「私達どうなっちゃうんだろう‥‥」

 

角田が涙声で呟く。

 

今の自分達は孤立無援状態となり不安になるなと言うのが無理である。

 

(此処は私が何とかしないと‥‥)

 

皆が不安がっている中、明乃は何とか皆の不安を和らげ、今の自分達が出来る事はないかと打てる手は打たないと思い皆に声をかける。

 

「みんな、まずは落ち着いて」

 

「落ち着けだと?こんな状況で落ち着ける訳ないだろう!!」

 

真白がムキになった様子で明乃に食って掛かる。

 

「こんな状況だからこそだよ!!」

 

明乃は真白よりも更に大きな声で言い放つ。

 

「今自棄になって飛び出しても、勝てない‥今は落ち着いて、現状を確認して、必要な物、成すべきことをしないと」

 

「‥‥」

 

「艦長」

 

「そうですよね」

 

「艦長の言う通り」

 

真白は明乃の言葉を聞いて少し顔を歪める。

確かに明乃が言っている事は間違っていないからだ。

悔しいがカリスマ性では自分よりも明乃の方が勝っている様でそれが悔しかった。

自分はブルーマーメイドの名門家である宗谷家の出身なのに‥‥

しかし、そう思う反面、明乃を見て自分が艦長の立場だったとして明乃の様に振舞えるだろうか?と言う疑問も浮かび上がる。

不安がっている皆をあっという間に纏め上げたカリスマ性‥‥自分に出来ただろうか?

真白がそう思っている中、明乃は皆に次々と指示を飛ばしていく。

幸い艦橋には簡易なトイレと入浴の設備があり、排泄や身体を洗うことは可能だ。

問題はトイレットペーパーやボディソープ、シャンプー等の生活物資に水と食糧、そして外部へこの事を伝える無線機の確保。

そして、バリケードの強化となる資材の調達等が急務となった。

何かしらの使用制限は避けられそうにないが、五人で集められる備蓄では長期間の籠城には耐えられないだろう。

備蓄が尽きる前にこの事態を何とか解決しなければならなかった。

こうして明乃達の約一ヶ月にもわたる艦橋ぐらしが始まったのだった。

 

 

武蔵に異常事態が起こり、針路を外れ、迷走し艦橋に立てこもった明乃達が孤立無援となってから約11時間後の西之島新島の沖では、横須賀女子の教官艦の猿島以下、多数の学生艦が集結していた。

ただ、西之島新島の島影には一隻の潜水艦が放棄されていたが、島影に隠れていた為、レーダーには探知されず、その存在に気づく者は居なかった。

 

「全艦集合した?」

 

猿島の艦橋で古庄は副官に学生艦が全て揃ったかを尋ねた。

 

「いえ、武蔵と天照がまだです。天照は通信によると‥‥遅刻です‥‥」

 

副官は気まずそうに報告した。

 

その遅刻となった天照の艦橋では‥‥

 

「これは一体どういう事かな?」

 

もえかが引き攣った笑みで幸子と鈴に尋ねている。

しかも蟀谷には青筋を立てて‥‥。

葉月が自分に妙な事を聞いて来て、厨房へと向かい、昨夜起きた食材消失の件を聞いた後、もえかは艦橋へと上がり、天照の現在位置を確認すると、予定地点よりも大幅にズレていた。

そこで、当直者に事情を尋ねると、幸子と鈴にその原因があった。

昨日の夜の当直にて、幸子と鈴は怪談話で夢中になって変針点を過ぎても変針することなく、そのままの針路を進んでしまったため、航路を大きくズレてしまい、幸子と鈴がそれに気づいたのは当直が間もなく終わろうと言う時だった。

急いで天照を予定のコースに戻したが、大幅なロスは免れなかった。

その結果、天照は海洋実習の集合時間に遅刻確定となった。

 

「うぅ~」

 

「そ、それは‥‥その‥‥」

 

もえかのダークスマイルに当てられて鈴は既に涙目となり、幸子はどう取り繕うかと狼狽する。

その後、二人はもえかから口頭で厳重注意を言い渡された。しかし、もえかの方もアフターフォローを忘れず、

 

「まぁ、怪談話で夢中になっている時に止めなかった私も悪いからこの件はこれでおしまい。遅刻の件に関しては、艦長である私が全部責任を取ります」

 

と、言って遅刻に関しては自らの監督不行とした。

そんなもえかの姿勢に幸子と鈴は罪悪感でいたたまれない気持ちとなった。

 

「‥で、見事に遅刻‥と‥‥」

 

もえかから事情を聞いた葉月は、天照が集合時間に遅刻が確定した事を知った。

 

「ご、ごめんなさい。私が変針点に気づかなかったばっかりに‥‥」

 

「い、いえ‥もとはと言えば、私が無駄話をしたのが悪いんです」

 

艦橋メンバーに謝る鈴と幸子。

 

「まぁ~事故を起こしたわけじゃないんだし、古庄教官とかにネチネチ怒られるぐらいで済むんじゃないの?」

 

西崎がまるで人事の様に言う。

 

「うぅ……」

 

「古庄教官ってそんなに怖いんですか……?」

 

教官から怒られるかもしれないと言う事で鈴と幸子は萎縮する。

 

「う~ん、自分も一度しか会っていないから、分からないけど、教育熱心な人って言う印象は受けたかな?」

 

葉月が鈴と幸子に古庄の印象を話す。

 

「それで、現在地は?」

 

「28°10′50″N(ふたじゅうはちど じゅってんごふんノース)、139°33′30″E(ひゃくさんじゅうきゅうど さんじゅうさんてんさんふんイースト)です」

 

葉月が天照の現在位置を鈴に尋ねると、やや震えた声で天照の現在位置を報告する鈴。

もえかと葉月は海図に天照の現在位置を記し、合流地点までの到着距離と時間を算出する。

 

「約三時間程の遅刻になりますね」

 

「ええ、遅れる旨の連絡はもうしてあるの?」

 

「はい、通信員の八木さんが既に打電済です」

 

「古庄教官はなんて言っていた?」

 

「承認されたそうです」

 

「なら問題ないでしょう。でも、口頭注意ぐらいは覚悟しといたほうがいいかもね」

 

「やっぱり怒られるんだ‥‥」

 

どうあがいても教官からのお叱りがあると分かり、ちょっと憂鬱な感じになる鈴と幸子であった。

 

「では、順次交代で朝食を食べておいで」

 

葉月は艦橋メンバーに朝食を取って来るように言って、艦橋メンバーは順番に朝食を摂りに行った。

艦橋には葉月、鈴、幸子が残り、もえか、立石、西崎が朝食を摂りに行く。

すると、艦橋の出入り口であのドラ猫がまるでもえか達を待っていたかのように座っていた。

 

「五十六もお腹が減ったのかな?」

 

もえかがドラ猫(五十六)を抱き上げる。

 

「いそろく?」

 

「学校で先輩達がそう呼んでいるのを思い出して‥‥」

 

「へぇーコイツ、五十六って言うんだ」

 

もえか達艦橋メンバー第一陣が朝食を食べに降りて、朝食を食べ、続いて葉月達艦橋メンバー第二陣が朝食を食べて再び艦橋へと戻った頃、天照は、集合地点である西之島新島に近づく。

すると、西之島新島沖で一発の砲声が鳴り響いた。

その砲声を聞き、展望指揮所の更に上の方位盤の見張り台に居た野間マチコは眼鏡をはずし、目を細める。

彼女の耳にはヒュ~と空気を切り裂く音が水平線の彼方から聴こえて来たと思ったら、突然の水柱が天照の右舷側に上がる。

 

「着弾!右30度!」

 

伝声管からマチコの大声が響く。

 

「着弾?」

 

艦橋メンバーを始めとして、天照の乗員は何が起きたのか理解できなかった。

そんな中、再び砲声が鳴り響き、今度は天照の左舷側に水柱が上がった。

 

「また、着弾!!」

 

「現状報告!!各部被害状況を知らせ!!」

 

各部から被害なしの報告が続く中、

 

「厨房で茶碗が割れちゃったよ~!」

 

厨房で茶碗が割れたぐらいで被害は無い様だ。

 

「艦長!!猿島からの砲撃です!!」

 

「古庄教官?」

 

「ちょっ、いくら遅刻したからってこれはマジ洒落にならないって」

 

もえかが古庄が何故砲撃を行って来るのか理解できず、西崎はたかが遅刻程度で砲撃して来るなんて何の冗談だ?と言う。

しかし、尚も猿島からの砲撃が続き、そのうち一発は天照の前方の海面すれすれで炸裂した。

 

「前方に着弾!!」

 

「爆発した‥‥?これ‥実弾?」

 

その一発の砲弾から、先程から猿島から放たれている砲弾が模擬弾ではなく、実弾だと認識する艦橋メンバー。

猿島が模擬弾ではなく実弾射撃してくるにもえか達は目を見開いたまま硬直している。

そんな中、真っ先に動いたのは葉月だった。

 

「総員戦闘配置!!これには訓練に有らず!!繰り返す!!これには訓練に有らず!!」

 

天照の艦内に警報が鳴り響く。

 

「っ!?知床さん!!回避運動!!」

 

「りょ、了解」

 

葉月の動きにもえかも我を取り戻し、鈴に回避運動を促す。

 

「お、面舵いっぱい!」

 

「機関、全速!!」

 

「納沙さん、遅刻に対しての謝罪文を急ぎ猿島に送って!!」

 

「は、はい。八木さん、遅刻に関しての謝罪文を至急猿島に送って下さい。内容は‥‥」

 

幸子は通信室に居る鶫に謝罪文を猿島へ送る様に指示を出す。

その間にも猿島はまだ射撃してくる。

 

「ま、まだ撃って来るよぉ~」

 

鈴が涙目と涙声で言う。

 

「決める気ならとっくに決めているわよ。猿島なら」

 

西崎はやや余裕がある様子で鈴に言う。

たしかに西崎の言う通り、インディペンデンス級沿海域戦闘艦ならば、精密な電探射撃が可能であり、猿島が本気で天照へ攻撃しているのであれば、とっくに命中弾があってもおかしくはない。

 

「艦長、打電返答無しだそうです」

 

「そんなに怒っていたの?」

 

「右舷に着弾!」

 

またもや天照の右舷側に水柱が立つ。

 

「さっきより位置が正確になっている!こうなったら反撃しようよ!」

 

猿島も徐々に精密な射撃へとなり、着弾距離も徐々に迫りつつある。

そんな中、西崎は反撃に打って出ようと言う。

しかし、もえかは最後まで交渉による解決を模索する。

 

「野間さん!!発光信号!!」

 

「了解!!」

 

マチコは発光信号にて猿島に謝罪文を送るが、それさえも無視して猿島はさらに砲撃を続ける。

 

「古庄教官‥一体なにを考えている‥‥電探射撃にしても照準が甘いし、射撃に関しても射撃速度が遅い。まるで真綿で首を締めてくるかのようだ‥‥」

 

葉月は猿島の古庄が何を考えて天照へ攻撃して来るのか理解できなかったが、これはもう演習と呼べる代物では無かった。

 

「着弾~!猿島、主砲を旋回中! こちらに照準を向けています!!」

 

流石、超弩級戦艦なだけにインディペンデンス級沿海域戦闘艦の主砲、57mm単装速射砲ではビクともしないが、艦橋に当たれば、艦の頭脳を失い、戦闘力、航行能力は大幅に失う。

 

「艦長」

 

「先任?」

 

「魚雷攻撃を具申します」

 

葉月は天照に新装備された短魚雷発射管による魚雷攻撃を具申した。

 

「えっ?」

 

もえかは葉月の言葉を聞いて、目を見開いて固まった。



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30話 濡れ衣と言う名の反逆

遅刻しながらも何とか合流地点の西之島新島沖へ到着した天照。

そんな天照に対し教官艦、猿島は突如、牙を剥いた。

猿島から放たれる砲弾に回避運動を続けながら、必死に謝罪文を送る天照。

しかし、それさえも無視して尚も砲撃を続ける猿島。

このままでは、撃沈はされなくとも被弾し乗員に死傷者が出る恐れがある。

そんな中、葉月は一つの決断を下し、艦長であるもえかに意見具申をした。

 

「艦長」

 

「先任?」

 

「魚雷攻撃を具申します」

 

「えっ?」

 

もえかは葉月の言葉の意味が一瞬理解できずに目を見開いて固まる。

今、葉月は何と言った?

魚雷攻撃?

それって猿島に魚雷を撃ち込むことになる。

もえかが固まっている中、葉月の一言に真っ先に反応したのは水雷長の西崎だった。

 

「お、撃っちゃう? 撃っちゃうのっ?」

 

魚雷をぶっぱなせると言う事で、西崎はウキウキしている。

 

「せ、先任、そんなことをしたら‥‥」

 

もえかが震える声で葉月にその先の結末を言おうとする。

しかし、葉月の方もそれは理解している。

でも、今は天照の乗員の安全を確保しなければならない。

 

「分かっています。自分も本来ならば、教官艦に魚雷なんて撃ちたくありません。でも、このままで乗員に死傷者が出る恐れがあります」

 

「死傷者‥‥」

 

葉月の言う死傷者と言う言葉を聞きもえかが固まる。

猿島を黙らせるには砲撃戦に持ち込んでも良いが、天照の主砲、51cm砲で猿島を撃てば、紙装甲である猿島の船体を完全に破壊し、猿島は轟沈する恐れがある。

そうなれば、乗員の殆どが死亡する恐れがある。

副砲も同じで、副砲の速射で猿島の船体を穴だらけにしたら、確実に猿島の乗員に死傷者を出す。

猿島乗員に負傷者を出さない為にも艦上部を狙うのは極力避けたい。

そこで艦底部に模擬弾頭の魚雷を撃ち込んで、一区画だけ浸水させ猿島の足を止める。

それが今、天照が出来る最上の策だと葉月は判断した。

 

「‥‥分かった‥‥魚雷を撃とう」

 

葉月の事を聞き、もえかは猿島へ魚雷攻撃を決心した。

 

「艦長、本当に撃つんですか?」

 

幸子がマジで猿島へ魚雷攻撃をするのかと尋ねる。

 

「私も先任と同じように教官艦に魚雷なんて撃ちたくない‥‥それでも、これ以上天照の皆を危険にさらしたくない‥‥このまま攻撃を受け続けていると、怪我人が出る。ううん、考えたくないけど最悪、誰かが死んじゃうかもしれない。それだけは絶対に嫌!!私がこの艦を‥皆を守らないと‥‥私はこの艦の、天照の艦長なんだから!」

 

もえかが正面を見据える。

 

「訓練弾だったら絶対沈まないから大丈夫!うまく動きを止めてその間に逃げよう」

 

もえかの言葉に艦橋メンバー全員が頷く。

 

「右舷、魚雷戦用意!!弾種、弾頭模擬弾!!」

 

葉月がCICへ魚雷戦の指示を送る。

CICからは水雷委員の松永理都子(まつながりつこ)と姫路果代子(ひめじ かよこ)から魚雷の発射角や天照と猿島との距離が報告され、その報告を頼りに天照を操艦し、猿島へと魚雷の軸線を合わせて行く。

そして‥‥

 

「魚雷、発射、用意よし」

 

「猿島、本艦の軸線に乗った!!」

 

魚雷の発射準備が整った。

 

「撃ち方始め!!」

 

「撃ち方始め!!」

 

もえかが発射命令を出し、葉月は復唱しCICに発射命令を下す。

すると、魚雷は発射管から勢いよく飛び出し、海中へと落ちるとすぐにスクリューを始動させ白い航跡を残しながら猿島へと向かって行く。

やがて、魚雷は猿島の左舷後部へと命中し、猿島の左舷からは大きな水柱が立つ。

 

「よっし!命中!」

 

魚雷が当たった事で西崎がガッツポーズを決める。

 

「猿島、急激に速度を落としていきます!!」

 

魚雷命中直後にマチコから猿島の異常を知らせる報告が入る。

 

「艦長、今のうちです!!」

 

「うん。針路変更!!鳥島南方10マイルの地点まで退避!!」

 

「りょ、了解」

 

もえかの指示に鈴は舵を切って、一刻も早くこの海域からの脱出を決行する。

 

天照が西之島新島沖の海域から退避した後、猿島の艦橋では‥‥

 

「‥‥総員退艦」

 

古庄は無表情のまま、乗員に退艦命令を下す。

猿島の乗員は古庄の指示に従って次々と退艦して行くが、乗員達は古庄の一連の行動が余りにも不可解だと思った。

いくら遅刻をしたからといって学生の乗る艦を砲撃するなんて‥‥しかも模擬弾ではなく、実弾を使用しての砲撃だ。

相手が大和級以上の超弩級相手だから大丈夫かと思ったのだろうか?

猿島の乗員は、古庄には何らかの考えがあるのだろうと思い、深く突っ込まなかった。

彼らが、救命ボートにて猿島を脱出した時、

 

「あれ?他の学生艦は?」

 

「そう言えば何処に行ったんだ?」

 

西之島新島沖に集結した他の学生艦の姿も何処かに消えていた。

この時も猿島の乗員は戦闘に巻き込まれると思い退避したのだろうと思っていた。

そして、乗員が退艦した猿島の艦橋にて、古庄はやはり無表情のまま、瞬きもせずにひたすらモールスキーを叩いていた。

その通信は羽田港港湾局へと受信された。

 

「横須賀都市海洋学校教官艦、猿島より受信!学生艦、天照より攻撃を受け大破!」

 

「学生艦が攻撃!?」

 

「至急海上安全整備局へ連絡を!!」

 

「此方、羽田港港湾局!!只今、横須賀都市海洋学校教官艦・猿島より受信!早急の応対を求む!!」

 

羽田港港湾局からの緊急伝は瞬く間に海上安全整備局へと知らされた。

そして、通信を打った後、古庄はそのままその場に倒れた。

猿島は艦尾から浸水し、航行不能のまま漂流した。

ただ、その際に猿島の破孔から黒いプラスチック製のプラボックスが海へと流出していった。

この黒いプラスチック製のプラボックスが新たな騒動の火種となる事をこの時、誰も予見はしていなかった。

 

 

「天照が叛乱!?」

 

羽田港港湾局からの報告を受けた海上安全整備局は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、当然のその報告は、ブルーマーメイドの責任者である宗谷真霜の元にも届けられた。

 

「どうするつもりかね?宗谷一等監察官」

 

「我々はこの様な事を危惧して、あの時君に提案したのだぞ」

 

「にも関わらず、君はあの艦の乗員を保護し、更に艦には最新鋭の改装まで施した」

 

「この件についての責任はもちろん君に有るが、君一人の責任で賄えると思っているのかね?」

 

「それはどういう事でしょうか?」

 

「なんでも、今回の天照の海洋実習参加は君のお母様である宗谷校長も関係していると聞くが?」

 

「‥‥」

 

「当然宗谷校長にも今回の件の責任の一端はあると思うのだが?」

 

海上安全整備局上層部連中はニヤついた笑みを浮かべ、真霜に天照と葉月を保護した責任を追求して来た。

更には真雪にも責任があると言い出す始末だ。

男性幹部である彼らから見たら、宗谷家の女性達は目の上のたん瘤の様な存在だったのだろう。

女の癖に目障りだ。

そう言う認識なのだろう。

 

「ですが、猿島からの‥古庄教官からの通信のみでは、現段階で天照が本当に叛乱を起こしたのか不明です。猿島の古庄教官や乗員から直接事情を聴く必要があると思いますが?」

 

「その古庄教官は意識不明でとても話が出来る状態では無いそうだ」

 

「なっ!?」

 

「兎に角、今はまだブルーマーメイドの責任者と言う立場なので、君の仕事はこの件を早急に解決する事だ」

 

「ついでに身辺も整えておくのだな。再就職が上手くいく事を祈っているよ」

 

「もし、次の就職先が見つからんようなら、儂の秘書(愛人)にでもしてあげよう。ハハハハ‥‥」

 

上層部連中とのやり取りを終えた真霜の顔はまるで般若の如く殺気に満ちていた。

真霜は自分の執務室に戻った後、頭を抱えながら今回の事件について考えを巡らせた。

 

(葉月が叛乱?いや、ありえない‥‥そんな事ありえないわ‥‥)

 

この一年、葉月と生活はおろか、肌まで交わした真霜としては葉月が叛乱を起こしたなどと信じたくは無かった。

 

(まさか、古庄先輩が金で奴等に買収された?いや、あの先輩に限ってそんな事は‥‥)

 

次に疑ったのが、今回の叛乱の一報を送って来た古庄であった。

古庄が上層部に金で雇われ、葉月を叛乱の首謀者に仕立て上げた。

しかし、教育者としての母にも負けないくらい誇り高いあの古庄が買収されたとも考えにくいし、何らかの弱みを握られて無理矢理やらされたとも考えにくい。

それ以前に‥‥

 

(猿島は沈没したって聞いたけど、なんで乗員が無事なの?)

 

(仮に天照が叛乱を起こして、猿島や学生艦へ攻撃したとして、猿島が学生艦を守る為に応戦したのなら、分かるけど、幾らなんでも猿島一隻で天照の相手が務まるとは思えない‥‥天照がその気になれば、猿島は木端微塵に破壊されていてもおかしくは無い‥‥にも関わらず、猿島は乗員が脱出できる余裕があった‥‥やっぱり変だわ‥‥今回のこの事件‥‥)

 

真霜の元には余りにも情報が少なすぎる。しかし、真霜には今回の一件、猿島の報告全てを鵜呑みにする事が出来ない違和感があった。

 

「‥‥私よ、平賀二等監察官を直ぐに呼んで」

 

真霜は内線をかけ、自身の部屋に平賀を急いで呼び出した。

しかし、平賀が真霜の部屋に到着する前に海上安全整備局は真霜に今回の件を任せるような事を言いながら別の手を打とうとしていた。

 

 

「天照が叛乱!?」

 

海上安全整備局から飛び込んできた凶報に横須賀女子海洋学校校長、宗谷真雪は驚愕した。

 

「はい、本日0903時、教官艦猿島が演習に遅れていた天照に接触しようとしたところ、天照は猿島に突如発砲、雷撃を行い、猿島を撃沈。逃走したとのことです」

 

「0903時?報告が来るまで随分と時間が掛かったわね。学園所属艦がトラブルにあったというのになぜ報告が遅れたの?」

 

「事実確認を行っていたためです。既に海上安全整備局が確認に入っています」

 

海上安全整備局の対応の遅さに真雪はイラつく。真雪に報告をいれた眼鏡にスーツ姿の男性秘書は眼鏡を気にしながら薄型のタブレットに視線を落としていた。

 

「それで、猿島の乗員は?」

 

「猿島の乗員は沈没前に離艦、全員の無事が確認されましたが、艦長の古庄教官が意識不明で、現在病院にて治療中です。艦の方は曳航され次第、ドック入りとの事です」

 

「天照は?」

 

「猿島との戦闘の後、鳥島南方方面に逃走した後、行方は分かりません。ビーコンも切っているようなので位置も特定できません‥‥」

 

「音声通信もないの?」

 

「なにもありません。痕跡はゼロです」

 

「天照の燃料と弾薬は?」

 

「出航時に満載状態なので、燃料、弾薬共に推定で9割強残っているはずです」

 

「なぜそんなに搭載を?」

 

「天照は大和級以上の大型艦でありますし、大和型同様、砲弾を洋上補給するのは困難ですので‥‥」

 

「他の学生艦は?」

 

「そちらの方も未だに連絡がとれません」

 

「‥‥わかりました。直ぐに校内に対策会議を設置、海上安全整備局とは独自に調査を行えるよう体制を整えます。準備出来次第、猿島沈没事件対策会議を開きます。演習監督官以外の全教員を集めてちょうだい。それと他の学生艦の位置特定にも全力をいれて頂戴」

 

「承知しました」

 

男性秘書は急ぎ対策室準備の為、校長室を出て行った。

 

「‥‥真白‥‥葉月さん」

 

真雪は席を立ち、窓から見慣れた横須賀女子から見える海をジッと見つめた。

 

 

西之島新島にて猿島との戦闘言う予想外の事態に巻き込まれた天照は急ぎ、西之島海域から脱し、追撃も無く、鳥島南方へと向かっていた。

尚その際、追撃を防ぐため、ビーコンも切り、乗員には携帯のGPS機能を切るか電源を切ってもらい、通話・メールの使用を禁止する旨を伝えた。

勿論、幸子の愛用しているタブレットも例外ではない。

乗員は皆、携帯を不用意に使えば、また戦闘になると思い、素直に携帯の電源を切った。

 

「それにしてもあの砲撃は何だったんでしょう?」

 

幸子が、何故猿島が砲撃をして来たのかを尋ねる。

しかし、真実を知り、答えられる者など居る筈も無く、

 

「ちゃんと逃げ切れるかどうかの抜き打ち特訓だったんじゃない?」

 

西崎はあくまでもアレは演習内容の一つなのではないかと言う。

 

「うーん‥その可能性も無くはないと思うけど‥‥」

 

西崎の意見を聞き、もえか自身もアレは演習と思いつつあった。

 

「それにしては本気すぎるよぉ~」

 

鈴が幾ら演習でもアレはあまりにもやり過ぎだと言う。

その意見については葉月も同じで、訓練弾ではなく実弾を使用していたアレは演習レベルのものではなく、もはや奇襲攻撃にしか見えなかった。

 

「あぅ~」

 

立石は疲れたのか、少しぐったりしている。

そんな中、幸子が突拍子もない事を言いだす。

 

「もしかしたら猿島がクーデターを起こしたとか?『海上安全整備局は遺族や被害者達に嘘八百を並び立て、賠償金さえ支払わない!組織の傲慢をこれ以上許すわけにはイカン!!我々の手で鉄槌を下す!!我々は独立国家、さぁるぅぅぅしぃぃぃまぁぁ~』」

 

「真面目に考えろって!!」

 

西崎が幸子にツッコム。

 

「でも、大きな怪我の子が出なくてよかった。皆かすり傷程度で済んだみたいだし。被害状況まとめたら学校に連絡しましょう」

 

もえかがこの後、学校と連絡を取ろうとした時、無線電話が鳴る。

 

「あっ、無線ですね。とります」

 

幸子がそれに応じる。

受話器を耳に当てて、無線内容を聞いている幸子の顔色が悪くなっていく。

 

「‥‥大変です」

 

「えっ?」

 

そして、幸子は皆に無線内容を伝えた。

 

「天照が‥‥我々の艦が叛乱したって!」

 

「叛‥乱‥‥」

 

幸子からの報告を聞いて艦橋はどこか御通夜のような雰囲気になっていた。

そこで、幸子が言っている事が本当なのか無線をスピーカーに繋ぐと、

 

「‥‥ザー‥‥学生艦が叛乱。猿島を攻撃。猿島は沈没、艦長以下乗員は全員無事‥‥ザー‥‥なお、この事件の首謀者は‥‥横須賀女子海洋高校所属、超大型直接教育艦、天照とし、海上安全整備局は同艦を叛乱者とみなし、行方を追っている‥‥」

 

確かに幸子の言う通り、天照は反逆者になっていた。

 

「なんで天照が叛乱したことになっているんだよ!先に撃ってきたのは猿島だろう!?」

 

西崎は無線を聴き、怒気を露わにする。

 

「うぇ!? 私に言われても‥‥」

 

鈴は西崎に詰め寄られすでに涙目。周りもそれを咎めたり、からかったりする余裕はなさそうだ。

 

「西崎さん、知床さんに言っても仕方ないだろう」

 

「あ。そっか、ごめんごめん」

 

西崎は葉月に引きずられながら謝る。それを素直に受け取った鈴が艦橋を見回す。

 

「でも、なんで沈んじゃったんでしょう?模擬弾だったのに‥‥」

 

「あの魚雷、間違えて実弾を撃っちゃったとか?」

 

「砲弾は兎も角、天照に積んでいた魚雷は全部模擬弾だ」

 

「なら、これもまだ演習なんじゃ‥‥」

 

「猿島の実弾を使った砲撃時点でとても演習とは思えない‥超大型直接教育艦(天照)相手とはいえ、実弾を使用していたし、現に猿島は沈んでいる」

 

「ならわざと沈没したとか? 私達、偶然にも猿島の黒い秘密を知ってしまったんですよ!」

 

幸子が何故か此処でヒートアップする。

 

「私たち遅刻しただけじゃん」

 

ヒートアップした幸子とは反対に他の艦橋メンバーは白けている。

その為、艦橋内には幸子の声のみが大きく響く。

 

「『お前らー見たなー』『わたしたち、なにもみてましぇーん』」

 

幸子は声色と共に顔芸で独り芝居をする。

 

「『ええーいこのまま生かしてはおけーん! 砲撃開始ー!』ずどーん!『あ、逃げられた。ええ~いこのまま秘密と共に沈んでやる~』‥‥みたいな感じで‥‥」

 

「それ、全部妄想でしょう?」

 

西崎が呆れたような表情を浮かべながら言う。

 

「いや、妄想の世界だったら、かなり楽だったよ」

 

「えっ?」

 

「それってどういう意味ですか?」

 

葉月の言葉に西崎と幸子が驚いた様な顔をする。

 

「状況的には此方側が不利と言う事だ。自己防衛行動のためとは言え、猿島を雷撃し、沈めたことは事実だし、此方が叛乱したと言う情報が流されていると言う事は、猿島が海上安全整備局に通報したのだろう‥つまり先手を打たれたと言う訳だ‥この後、猿島の方が先に発砲したと言ってもどれだけの人がそれを信じてくれるだろうか‥‥」

 

「‥‥」

 

葉月の言葉に一層重くなる艦橋の空気。

 

「あっでも、艦長。魚雷攻撃を具申したのは自分です。責任は自分に有るので、そこまで落ち込まないでください」

 

葉月はもえかにあくまで猿島が沈んだのは自分の責任だともえかを庇うが、

 

「ううん、最終的に命令を下したのは私だよ、先任。‥‥責任は艦長の私にある」

 

もえかはあくまで責任は艦の長たる自分に有ると言う。

 

「まぁまぁ、艦長に先任、責任を庇い合っても私らが追われているって事にはかわりないじゃん。今は、責任の所在よりもこれからの事を考えよう」

 

「そうだね」

 

「そうね‥‥」

 

西崎が葉月ともえかを仲裁する。

 

「そ、それって‥‥」

 

「「「ん?」」」

 

西崎の言った「追われている」と言う言葉に鈴が舵輪を握ったまま反応し、涙声を出し、言い続ける。

 

「それって、私達お尋ね者ってことですよね? 高校生になったばかりなのに犯罪者になっちゃったってことですよね!? こんなの嘘ですよね!? 嘘だと言って~!」

 

舵輪を握りながら号泣する鈴。

 

「あ‥‥う‥‥」

 

すると立石が何かを言いだそうとする。

 

「どうかしましたか?立石さん?」

 

立石が何かを求めているのかと思った幸子が立石に声をかける。

 

「あ‥‥う‥‥あれは嘘だ」

 

「あ、ありがとう言ってくれて! 志摩ちゃん、あっ、わたしのことは鈴って呼んでくれていいよ!」

 

立石の「嘘」と言う言葉を聞き、安心したのか泣き止む鈴。

しかし、例え立石が否定しても事態は何も変わらないのに、何故か嬉しそうな鈴だった。

 

天照は鳥島南方を目指す事となったが、馬鹿正直にまっすぐの航路では待ち伏せに遭う危険があるとの事で、大きくジグザグ航路で偽装針路をとりながら時間をかけて慎重に行く事になった。



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31話 遭遇

※武蔵同様、シュペーもどんな経緯があってあのウィルスに感染したか描かれていなかったので、シュペーの感染経緯もオリジナルと言う名の想像で描きました。



天照が叛乱を起こしたと言う知らせを聞いて、その日は真霜も真雪も対応やら対策室の設立やらで帰宅時間が夜遅くとなった。

真雪は急ぎ学校内に対策室を設け、今回の事件を協議した結果、支援教育工作艦明石と補給艦間宮の派遣が決まり、更に明石、間宮の護衛として航洋艦二隻の派遣も決まった。

明石、間宮には天照‥もえかと葉月と接触して貰い今回の件の事情聴取と天照への補給を命じ、物資の積み込みが終わり次第、出航してもらう予定だ。

反面、海上安全整備局は葉月が叛乱の首謀者と決めつけており、真霜の知らない所で何やら動いていた。

真霜は真雪同様、平賀達に葉月と接触し、今回の件の事情を聴くようにと密命を下していた。

事実がまだ判明しない為、不安なのか、宗谷親子の纏う空気が重い。

こんな時、真冬が居れば、少しは明るくなるのかもしれないが、あいにくと真冬は現在海に出ている。

一言もない親子の間で、真霜は海洋実習前夜の葉月の会話を思い出し、席を立つと、葉月の部屋へと行き、机の上に置いてあった『罪と罰』の本を持ち出し、リビングでソレを読みだした。

 

(真霜さんはドストエフスキーの『罪と罰』を読んだことはありますか?)

 

(高利貸しのお婆さんと殺害現場に偶然居合わせたその妹を殺してしまった青年、ラスコーリニコフの物語ですよ)

 

(ラスコーリニコフが‥‥自分が本当に殺したかったのは誰だと思います?)

 

真霜が『罪と罰』を読んでいる時も葉月の言葉が脳裏をよぎる。

そこで、真霜は母、真雪に意見を求める為に声をかけた。

 

「ねぇ、お母さん」

 

「何かしら?」

 

「コレ、読んだことある?」

 

真霜は真雪に『罪と罰』の表紙を見せる。

 

「『罪と罰』?ええ、昔に‥‥」

 

「この中で、主人公のラスコーリニコフが『自分が殺したのは老婆では無く、自分自身だ』と叫ぶシーンがあるんだけど、この意味分かる?」

 

「‥‥それはきっと神様殺しね」

 

「神様殺し?」

 

「ええ、隣人を殺すなかれと言うキリスト教の教えを破る事で自分の中に存在する神様を殺したって意味じゃないかしら?」

 

「自分の中の神を?」

 

「ええ、そうすることによって自分自身も殺すと言う意味になるの‥‥」

 

「そうなんだ‥‥」

 

(‥‥自殺‥‥まさか葉月‥‥‥)

 

真霜の脳裏には葉月と出会ったばかりの頃、葉月が自殺未遂を起こした事を思いだした。

 

(まさか、葉月本当に‥‥いや、そんな事は‥‥)

 

真霜は暫くの間、不安な日々を過ごす事となった。

 

 

それから日付は変わり‥‥

天照は学校やブルーマーメイドからの追撃を防ぐため、大きくジグザグ航行の偽装航路をとりながら、鳥島南方を目指していった。

 

その頃、近くの海域では‥‥

今回の横須賀女子の演習にはドイツのヴィルヘルムスハーフェン校からの留学生艦が途中参加する予定となっていた。

その演習参加予定のアドミラル・グラーフ・シュペーは洋上でエンジントラブルを起こして機関を停止し、現在その復旧作業にあたっていた。

シュペーのエンジンは、燃料消費の少ない高出力大型ディーゼル機関を採用しており、長時間の補給無しに長大な航続力を有していたが、機関の回転総数が耐久限界の7,200万回転に達する間に、クロスヘッド・ピストン棒の取り付け部の故障が多く、今回のエンジントラブルもクロスヘッド・ピストン棒の取り付け部分の故障であった。

 

「機関室、あとどれくらいかかる?」

 

シュペー艦長のテア・クロイツェルはシュペーの艦橋から伝声管で機関室に修理状況を尋ねる。

 

「あと三、四時間はかかります」

 

「できるだけ急いでくれ」

 

「わかりました」

 

機関室とやり取りした後、テアは海図に目を落す。

 

「これでは時間通りに着かんな‥‥」

 

深刻そうな顔をするテア。

 

「副長」

 

「ハッ」

 

「すまぬが、手空きの者と共に機関室へ応援に行ってはくれぬか?」

 

「承知しました」

 

シュペー副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクはテアから機関室へ応援しに行くよう言われて機関室へと向かった。

そんな中、停船しているシュペーの船体に黒いプラスチック製の箱が漂着しているのを甲板にいた乗員が見つけてそれを引き上げた‥いや、引き上げてしまった。

 

「何だろうコレ?」

 

「不審物‥じゃないよね?」

 

「兎も角、開けてみよう」

 

「そうだね」

 

箱を引き上げた箱の蓋を恐る恐る開けると、中には飼育箱が入って居り、それは海を漂流中、蓋が開いた様で、プラ箱の蓋も開けた事で、中に居た一匹のネズミの様な生物が突如、プラ箱から飛び出して来た。

 

「きゃっ!?」

 

「ね、ネズミ!?」

 

驚く乗員を尻目にプラ箱から飛び出たネズミはシュペーの甲板を走り、何処かへと消えた。

 

「ど、どうしよう~」

 

「どうしようって‥兎も角捕まえないと」

 

艦内にネズミを連れ込んだと分かれば、艦長と副長から叱られると思った乗員がネズミを捕まえに行こうとすると、

 

「お前ら何をサボっておる!?」

 

「ふ、副長」

 

「こ、これは‥その‥‥」

 

ネズミを追いかける前に副長のミーナに見つかってしまった。

 

「サボる暇があるなら、来い」

 

「あっ、いや‥‥」

 

「私達はその‥‥」

 

「あん?」

 

ミーナがギロッと睨むと、

 

「「な、なんでもありません‥‥」」

 

二人の乗員はミーナの眼光の前に屈し、ネズミの事を伝える暇も無く、ミーナと共に機関室へと連れて行かれ、エンジンの修理を手伝わされた。

手空きの者達の応援もあり、シュペーの機関は予定よりも早く復旧する事が出来、一路横須賀女子の学生艦との合流地点を目指した。

その最中、

 

「ん?あれ?」

 

「どうした?」

 

「レーダーがホワイトアウトしました」

 

「どれ?」

 

電探員の報告にもう一人の電探員がレーダー画面を覗くと確かに画面は雲に隠れたかのように機能不全を起こしている。

 

「エンジンの次は電探か?」

 

電探員はボヤく様に呟いた。

しかし、異常は電探だけではなく、

 

「此方、通信室。通信機から原因不明のノイズが出て通信機器が使用不能です」

 

レーダーだけでなく、通信機器にも異常が生じ始めた。

その他にもシュペーに搭載されている電子機器が次々と機能不全を起こす報告が艦橋へとあがる。

 

「どういう事だ?」

 

次々と上がる報告にテアを始めとし、艦橋メンバーは困惑する。

 

「副長、艦内を回って詳しい被害状況を見て来てくれ」

 

「わかりました」

 

ミーナは艦橋から、艦内巡回へとまわった。

しかし、これがミーナとテアとの暫しの別れとなる事を二人は知る由も無かった。

 

 

その頃、天照は針路を変え、鳥島沖を目指していた。

これまでの航海でブルーマーメイドも学校側の接触も無く、第二目標の鳥島では、学校側の艦艇もいるかもしれない。

事情を説明して、保護して貰おうと言う意見で一致した。

 

「学校側からの連絡は?」

 

「未だにありません」

 

もえかの質問に幸子が答える。

 

「私達見捨てられたんじゃないの?」

 

しかし、学校側から連絡が一切無く、皆は不安がっている。

 

「大丈夫だよ、きっと事実確認中なのかも」

 

もえかが不安がっている皆を励ます。

 

「こ、このまま鳥島沖10マイルまで退避で良いんだよね?」

 

鈴がもえかに行き先の確認をとる。

 

「うん。私達が猿島を攻撃して沈めたみたいに言われているけど、ちゃんと説明して誤解を解かないと」

 

「合流地点に着いた途端、捕まっちゃわないかな?」

 

もえかの説明を聞くが鈴は不安なのか涙目で不安を吐露する。

すると、

 

「『おまえらーなぜ猿島を攻撃した?』 『ちがうんです!さきに攻撃したのは猿島のほうで…』 『うそをいうな!』」

 

幸子が恒例の一人芝居を始めた。

彼女の『うそをいうな!』の大声に一番近くに居た立石がビクッと身体を震わせる。

 

「やっぱり、信じて貰えないって事?」

 

幸子の一人芝居を聞いて西崎が、いくら此方側が真実を話しても『うそをいうな!』の一言で蹴られると思う。

 

「でも、私達には叛乱の意志なんてないし、このまま永遠に海を漂流するのは不可能だから、此処は速やかに何処かの港に入って学校に保護を求めよう。港の中に入れば、攻撃される事はないだろうから‥‥知床さん、横須賀までどれくらいかかりそう?」

 

「巡航で約35時間‥‥かな?」

 

(長い、一日になりそうだ‥‥)

 

鈴の話を聞いて、無事に横須賀に入るまで油断できず、それが長く感じるだろうなと思う葉月だった。

現在は周囲に船舶、艦船の姿が見えない平穏な海。

こんな航海が横須賀まで続けは良いのにと思うもえかと葉月だった。

 

「鳥‥‥」

 

すると、艦橋の横を海鳥が飛び去るのを立石が見つける。

 

「こんな時あんな風に学校に戻れたらいいんですけど‥‥」

 

飛び去って行く海鳥を見て幸子が呟く。

そして彼女は更に続け、

 

「水素やヘリウムを使わない空飛ぶ船って作れないんですかね?」

 

水素やヘリウムを使わない空飛ぶ船、つまり航空機やオートジャイロは作れないかと幸子は皆に尋ねる。

 

「そりゃ無理でしょう」

 

「うぃ」

 

西崎と立石がそれは無理だと言う。

 

(いや、この世界の技術なら、設計図さえあれば十分可能だと思うけどな‥‥)

 

葉月は図面さえあれば、この世界の技術で十分に航空機やオートジャイロは作れるだろうと思った。

現に天照搭載機の海兎は技術調査の為、今は真霜が技術部に預けている。

しかし、今回はそれが仇となり、こんな事態が起こるなら、海兎を持ってくるべきだったと後悔した葉月だった。

やがて時刻は昼時となり‥‥

 

「みなさーん。食事の用意ができましたー!」

 

厨房から昼ごはんが出来た放送が流れる。

 

「本日のメニューはカレーです!」

 

今日の昼ごはんのメニューを聞き、

 

「カレー‥‥」

 

立石が真っ先に反応した。

彼女の目は普段の立石とは違い、輝いて見えた。

 

「そう言えば、今日は金曜でしたね」

 

「カレー!!」

 

旧海軍時代からの伝統、長い船乗り生活の中で曜日間隔を失わない為に、毎週金曜日にカレーを食べる習慣はこの世界の今でも続いていた。

 

「じゃあ、交代で食べに行こうか?」

 

「うぃ」

 

「ウチの艦のカレーどんなのかな?」

 

カレーは学生の中でも好物のメニューであり、皆嬉しそうだった。

そんな楽しみにしている昼食時に天照にとって、無粋な輩が姿を現した‥‥。

水平線の彼方から一隻の艦影が現れたのだった‥‥。

 

「右60度。距離30000。接近中の艦艇はアドミラル・シュペーです!」

 

方位盤の見張り台にいるマチコが艦橋へと報告する。

 

「アドミラル・シュペー!?」

 

「ドイツからの留学生艦です」

 

「総員配置につけ!!」

 

艦内に警報が鳴り響き、乗員は折角の昼ご飯(カレー)がお預けとなった。

 

「速度20ノットで接近中‥‥」

 

「見つかっちゃいました?」

 

「そりゃあ、これだけデカい図体をしているからね、見つからない方が変だよ」

 

幸子の質問に葉月が之だけの晴天と波の無い静かな海で、しかも30000の距離で天照が見つからないと言うのは流石に無理があると言う。

 

「シュペー、主砲を旋回しています!!」

 

「えっ?」

 

マチコからの報告で艦橋は一気に緊張した空気へと変わった。

 

一方、そのシュペーでは‥‥

 

「か、艦長!!機関室で暴動が!!」

 

「此方、通信室!!皆の様子が変です!!」

 

「此方、操舵室!!皆が突然暴徒と化して‥‥うわぁぁぁぁぁー!!」

 

「射撃指揮所です!!艦長!!皆が・‥‥皆が‥‥きぁぁぁぁぁぁー!!」

 

艦の各部からクラスメイト達が突如暴徒化したと言う報告が艦橋に上がる。

 

「一体どういう事だ!?」

 

相次ぐ報告にテアはシュペーの艦内で何が起きたのか把握できずに、困惑する。

 

「わ、わかりません」

 

「艦長、第一主砲が旋回しています!!」

 

「なに!?」

 

テアが艦橋の前面の窓から見下ろすと、確かにシュペーの第一砲塔が旋回し、何かを狙っていた。

 

一方、そのシュペーに狙われた天照では

 

「まさか、撃つ気か?」

 

「問答無用ですね」

 

そう言っている間にシュペーは主砲を斉射した。

 

「シュペー主砲発砲!」

 

「回避!!180度反転、面舵いっぱい!左舷バウ・スラスター全開!!反転後、前進いっぱい!!」

 

「面舵いっぱ~い」

 

鈴が舵を右側に切る。

シュペーから放たれた砲弾は天照の左側に着弾する。

転進した天照に対し、シュペーも転進し後を追って来る。

 

「納沙さん、シュペーのスペックは?」

 

もえかが幸子にシュペーの基本スペック、速力、防御力、攻撃力を尋ねる。

 

「シュペーは基準排水量12100t、最大速力 28.5ノット、28cm主砲6門、15cm砲8門、魚雷発射管8門、最大装甲160mmと小型直教艦と呼ばれるだけあって巡洋艦並のサイズに直教艦並の砲力を積んでいます」

 

幸子がシュペーのスペックを話している間にもシュペーからの砲弾がまたもや天照の周囲に着弾する。

 

「しゅ…主砲の最大射程も約36000m、重さ300kgの砲弾を毎分2.5発発射可能です!」

 

「速力では、0.5ノット向こうの方が上か‥‥此方が勝っているのは攻撃力と防御力‥‥」

 

天照の最大速力は 28ノット‥‥水流一斉噴射を使えば、30ノット以上出るが、通常の航行ではシュペーの速力が勝る。

 

「でも、スラスターと水流一斉噴射を使用すれば、俊敏さでは、僅かに此方が勝ります」

 

もえかと幸子がどうやってシュペーを巻くか、思案していると、

 

「‥‥距離‥‥速度差‥‥風向きは‥‥Z弾と水中弾を併用し主砲に装填すれば、ドイッチュラント級なんて‥‥」

 

葉月は電探を睨みながら、何やらブツブツと呟いていた。

 

「先任?‥先任!!」

 

西崎が葉月に声をかけると、葉月は我に返ったように西崎の顔を見る。

 

「っ!?‥‥水雷長‥‥」

 

「どうしたの?顔色が悪いけど?どこか具合が悪いの?それともシュペーの砲撃でブルっちゃった?」

 

西崎が心配そうに尋ねると、他の艦橋メンバーも心配そうに葉月を見る。

 

「い、いや‥大丈夫だ」

 

葉月はそう言うが、葉月としては攻撃してくる独逸の艦艇を見て、前世での経験が無意識に過ぎったのだ。

 

「先任、本当に大丈夫?」

 

「はい、ご心配なく。それよりも今は、この状況を切り抜けましょう」

 

「そうだね」

 

とは言え、相手も同じ学生艦。

前世の様に攻撃して沈める訳にはいかない。

逃げ切るにしても速力はシュペーの方が上なので、いずれは追いつかれてしまう。

そんな時、

 

「ぐるぐる」

 

「「えっ?」」

 

立石が何かを呟く。

 

「ぐるぐる」

 

「っ!?そうか!!煙突を立てて!!」

 

「先任?」

 

葉月が指示を出し、天照の倒立式の煙突が、左右両舷四基が起立する。

 

「偽装煙放出!!」

 

更に左右上甲板に設置されている偽装煙発生装置から煙が排出される。

 

「煙幕を張ってジグザグ航行して相手を巻く」

 

「そうか!!知床さん!!取舵いっぱい!煙の中に逃げ込んで!!」

 

「は、はい!!」

 

鈴は今度、左に舵を切る。

 

「戻せ!!面舵いっぱい!!」

 

「戻せ‥面舵30度」

 

再び鈴は右に舵を切って、針路を戻す。

 

「知床さん、不規則に進路を変えて。できたら速度も。ただしできるだけ速度を落とさないように‥‥機関室、逃げ回るんで機関には負担かけるけどよろしくね」

 

「よろしくって‥‥」

 

「やるしかねーんだい!」

 

黒木は機関に負荷がかかるのが少し不安な様子なのだが、逃げるには致し方ないと麻侖は割り切る。

 

「でも、逃げ切れますでしょうか?」

 

幸子が煙幕とジグザグ航行で逃げ切れるのか疑問に持つ。

 

「シュペーを止めるには実弾を使用するしかないよ」

 

西崎は実弾を使用し、シュペーを止めようと言う。

その間にもシュペーからの砲撃は続き、またすぐ近くに着弾する。

 

「‥‥砲撃戦用意」

 

もえかも猿島の時の様にこのままシュペーの砲撃を受け続けたら、天照に死傷者が出る事を危惧してシュペーとやりあう決意をかためる。

しかし、足を止めるにももう魚雷は無い。

そこで、砲弾をスクリューシャフトに当てるしか手は無い。

 

「それなら、水中弾を使いましょう」

 

シュペーを攻撃すると言う事で葉月が天照に搭載されている特殊弾頭の使用を提案する。

 

「水中弾?」

 

「天照に搭載されている特殊弾頭の一つで、水中突入時に被帽が吹き飛ぶ事で水面下を疾走し、喫水下を破壊する砲弾です。上手く、スクリューシャフトを撃ち抜けば、足止めになるかと‥‥ただし、主砲全てに装填するとシュペーを沈めてしまう可能性があるので、砲身一つに装填しましょう」

 

Z弾を使用すれば、確実なのだが、それではシュペーの乗員に多数の死傷者を出してしまう。

そうなれば、自分達は本当に反逆者になってしまう。

その為、葉月はZ弾ではなく、水中弾の使用を提案したのだ。

また、前世でのシャルンホルスト戦では、三発の水中弾を装填して撃ち、シャルンホルストの船体を真っ二つにした事から、三発撃つのは危ないと判断し、一発だけとした。

 

「わかりました。それでいきましょう」

 

葉月から水中弾の概要を聞いたもえかは早速水中弾の使用にとりかかる。

 

「で、でもこれ以上やったらほんとに叛乱になるんじゃ‥‥」

 

鈴が涙声で言うが、

 

「このままだと怪我人が出る。相手は猿島よりも強力な砲を持っている‥‥今は天照の乗員の安全を最優先にする!!」

 

もえかはそう宣言し、

 

「第三主砲に水中弾装填!!ただし、装填は一発のみとする!!」

 

もえかが命令を下し、第三主砲の砲身一つに水中弾が装填された。

 

「まる」

 

立石が、砲撃準備が出来た事をもえかに伝える。

あとはもえかの発射命令を待つだけとなった。

 



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32話 決着

此処で場面は天照からシュペーへと移る。

突如、電子機器が使用不能となり、更に乗員であるクラスメイト達が暴徒化したと言う報告に次いで、

 

「艦長、第一主砲が旋回しています!!」

 

シュペーの主砲が動き出したと言う報告が艦長のテアの下に入る。

 

「なに!?」

 

テアが艦橋の前面の窓から見下ろすと、確かにシュペーの第一砲塔が旋回し、何かを狙ったと思ったら、いきなり発砲した。

しかも訓練弾ではなく実弾を撃った。

 

「射撃指揮所!!何故撃った!!現状を報告しろ!!」

 

「‥‥」

 

テアは艦長である自分の許可なく発砲した砲術委員に事情を聴く為、伝声管で射撃指揮所へと声を上げるが、射撃指揮所からは何の応答も無い。

 

「くっ」

 

テアは応答の無い射撃指揮所からの対応に思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「発砲目標は何だ?」

 

テアは見張り員にシュペーは何に向かって発砲したのかを尋ねる。

万が一、民間船を撃って撃沈なんてしたら、外交問題に発展しかねない。

そうなれば、いくらシュペーの艦長と言えども学生の身分である自分では責任をとりきれない。

双眼鏡で水平線の彼方を見張る見張り員からは、

 

「超弩級の戦艦です!!恐らく日本の大和クラスと思われます!!」

 

「大和?」

 

「これです」

 

見張り員は艦橋にあった戦艦の図鑑を引っ張り出し、テアに大和級戦艦の図を見せる。

 

(なんか、形状が少し異なる気がするが‥‥)

 

図鑑の絵と眼前にいる大和級らしき戦艦が本当に大和級なのかと疑問に思ったテアだった。

その間にもシュペーは大和級と思しき戦艦の追撃に入る。

この事から、射撃機能だけでは無く、操艦機能も既に働いていない事を思い知らされるテア達艦橋メンバー。

射撃指揮所同様、勝手な操艦をし始めた操舵室にも直ちに停船する様に伝えるが、返答は無く、追撃も止まらない。

すると、目の前の大和級はジグザグ航行をしながら、沢山の煙を出し、その煙幕の中に紛れ込み、シュペーを撒こうとし始めた。

すると、シュペーも逃がさないとばかりに速度を上げる。

艦内が突如、起きた暴動で射撃機能と操艦機能が奪われた中、この艦橋もじきに暴徒化したクラスメイト達に占拠されるのも時間の問題だ。

そこで、テアは先程艦橋を出た副長のミーナの無事を信じて艦内に放送を流した。

 

「副長!!無事なら聞いてくれ!!艦内は今、謎の暴動が起きて、次々と要所は占拠されている!!このままでは、艦橋が占拠されるのも時間の問題だ。副長は急ぎ艦を離れ、救援を連れて来てくれ!!」

 

テアはミーナに離艦し、救助を連れてくるよう命じた。

無線は原因不明の動作不良で使えない。

誰かが、艦を離れて直接救援を呼ぶしか手はなかったのだ。

そこで、テアは親友であるミーナにその役を任せた。

艦内で暴徒から逃げていたミーナはその放送を聞き、

 

「艦長‥‥」

 

一時とは言え、艦と親友を見捨てて艦から降りる事にためらいを覚えるが、

 

「副長、行ってください!!」

 

「此処は私達が時間を稼ぎますから!!」

 

ミーナと行動を共にしていたクラスメイト達が、ミーナが離艦する間は自分達が暴徒化しているクラスメイト達を相手にして時間を稼ぐので、救援を呼んできてくれと言う。

 

「お前達‥‥すまぬ!!」

 

ミーナは後髪を引かれる思いで、小型艇収納庫へと向かった。

そして、小型艇でシュペーを脱出したミーナは離れていくシュペーを見て、

 

(逃げるんじゃない‥‥ワシは逃げるんじゃないぞ! 必ず帰ってくるからな‥‥テア‥‥みんな‥‥)

 

必ず救援を連れて戻って来ると言う決意の元、小型艇を操船し続けた。

そんな中、艦橋に居たテアも無事に脱出するミーナの姿を見て、安堵しつつ自らが被る艦長帽を脱ぎ、ウィングに立つと、

 

「副長!!預かっておいてくれ!!」

 

ミーナに向かって艦長帽を投げる。

テアから託された艦長帽をキャッチしたミーナは一路、目の前の大和級らしき戦艦へ救援を求めに向かった。

しかし、暴徒と化したクラスメイト達はそんなミーナの乗った小型艇に副砲弾を撃ち込んできた。

 

「うっ‥‥くっ‥‥」

 

副砲弾をジグザグで躱しながら、目の前の大和級らしき戦艦へ救援依頼を伝えに向かうミーナ。

そんなミーナの姿は彼女が目指す大和級らしき戦艦、天照からも確認できた。

 

「アドミラル・シュペーから小型艇が向かってきます!」

 

ミーナはあともう少しと言う所まで来たのだが、至近距離で副砲弾が着弾し、それによって発生した大きな水柱に小型艇が転覆し、乗っていたミーナも海に投げだされたが、親友から託された艦長帽だけは決して手放すことはなかった。

 

「小型艇の乗員が海に落ちました!」

 

マチコからの報告に艦橋メンバーは戸惑う。

 

「味方を攻撃した?」

 

「なんで?」

 

すると、

 

「『わたしは艦長の指示に従えません!天照を攻撃するなんてあまりにも無謀です!!自殺行為です!!』『なんだとー艦長に逆らう気か!?』」

 

幸子の恒例(?)の妄想と言う一人芝居が始まった。

 

「『ええ~い!こんな船脱出してやる~』」

 

「全部妄想じゃん」

 

西崎が呆れながら、幸子の一人芝居を見る。

 

「私にとってはノンフィクションよりフィクションが真実です!」

 

幸子が得意気に言い放つ。

 

(それって現実逃避していないか?でも、今回は納沙さんの妄想は兎も角、それに近い事がシュペーで起きたのかもしれない‥‥ならば‥‥)

 

「艦長」

 

「なんでしょう?先任」

 

「溺者の救助を具申します」

 

「えっ?」

 

「まさか…何で敵なのに助けるの!?」

 

「うぃ」

 

「そ、それよりも早く逃げようよぉ~」

 

西崎や立石、鈴は救助よりも今は一刻も早くこの海域からの離脱を求める。

 

「シュペーがいきなり発砲してきた事、そしてそのシュペーからの脱出者、その脱出者をも撃つシュペー‥‥納沙さんの妄想ではありませんがシュペーの艦内で何かが起きたのは明白です。そしてそれを知るのはあの溺者だけです。それに‥‥」

 

「それに?」

 

「それに、海上での救助は全ての船舶における当然の義務なのではないのでしょうか?海の仲間は家族なのですから‥‥」

 

葉月はあの夜に出会った偽もえかの言葉が言った言葉をもえかに話した。

 

「‥‥」

 

(海の仲間は家族)

 

それはかつてもえかが親友の明乃に言った言葉であり、ブルーマーメイドだった母からの言葉でもあった。

また、葉月の方も前世において、大西洋で独軍相手に戦っている中、上官である大石は撃沈した独逸艦、撃ちおとした独逸機の乗員への救助は必ず行っていた。

敵でも戦う力を失った者には助けの手を差し伸べる。

それが日本海軍流の武士道でもあり、シーマンシップでもあったのだ。

 

「‥先任‥‥そうだね‥‥保健委員の美波さんに連絡!!あと本艦を囮とし、独逸艦を引き付けて救助隊の援護を行う」

 

「近づくの?怖いよ~」

 

発砲するシュペーに接近すると言う事で、怖がる鈴。

 

「こっちも戦艦なんだから、一発や二発喰らっても沈みはしないから大丈夫だ」

 

葉月が鈴に天照の防御力を信じろと言うが、

 

「で、でもやっぱり怖いよ~」

 

「じゃあ、わかりました」

 

天照の方が、防御力が高いのだが、一方に撃ってくる相手に対し、近づくのは怖いと言ってなかなか舵を切らない鈴に幸子が彼女の目を手で押さえた。

 

「何するの?」

 

「近づいてください」

 

「見えないよ~暗いよ~」

 

目隠しされて砲弾を撃ってくるシュペーが見えなくなったことで舵を切る鈴。

それでも今度は見えない恐怖が彼女を襲うみたいで体は震えていた。

そんな中、葉月はもえかに救助隊の指揮を自らが執る事を言いだした。

葉月がもえかにそう言ったのは、本来艦長であれば、艦を離れる訳にはいかないが、今の葉月の立ち位置は先任(副長)、つまり艦を離れてもそこまで大事では無い。

それに今海上では発砲し続けるシュペーが居る。

学生をそんな戦場じみた場所へ送り込み、自分は安全な場所でのうのうとしている事が葉月には我慢ならなかった。

 

「‥わかりました。先任、頼みましたよ‥でも、必ず帰って来てくださいね」

 

「了解しました。では、艦長‥後を頼みます」

 

もえかに天照を託し、葉月は小型艇にて、溺者救助へと向かった。

シュペーは当然、葉月の乗った小型艇に向かって砲撃をしてくるが、

 

「先任を援護します。天照をもっとシュペーに近づけて!!牽制射撃開始!!」

 

天照はその巨体を囮とし、シュペーの関心を葉月から天照の方へと寄せ、副砲と高射砲をシュペーに向けて撃つ。

勿論わざと外す様に撃った。

もえかのその読みは当たり、シュペーはちっぽけな小型艇よりも大物で、自身に発砲してくる天照の方へ砲撃を加える。

天照が囮を務めている間に葉月は溺者を小型艇に乗せる。

溺者は心肺停止状態だったため、葉月は気道を確保した後、人工呼吸を行った。

外人の女子高生へ人工呼吸とは言え、胸を触ったり、キスをするのは恥ずかしいが、今はそんな事を言っている余裕も無く、葉月は無我夢中で人工呼吸を繰り返し、溺者は息を吹き返した。

 

一方、天照とシュペーとの戦いも終盤となる。

 

「通信マスト被弾!!」

 

「右舷後部被弾!!」

 

シュペーに接近をしたため、後部に被弾するももえかはそのまま水中弾が装填された主砲を討つタイミングを見計らい、

 

「第三主砲撃ち方始め!!」

 

「てーっ!」

 

シュペーが天照の軸線に乗り、もえかが発射命令を出し、第三主砲の砲身一つに装填されていた水中弾が放たれ、水中弾は海中を進みながら、シュペーの艦底を目指して突き進み、やがて、左舷のスクリューを撃ち抜いた。

まさに肉を切らせて骨を切る様だった。

片舷の推進機を失ったシュペーは急激に速度を落した。

 

「目標に命中!シュペー速力落ちています!」

 

マチコからの報告で艦橋、機関室をはじめとして彼方此方で歓喜の声が上がる。

 

「針路変更!取舵いっぱい!」

 

「取舵いっぱい!」

 

シュペーから離れる命令が出されると、鈴は嬉々として舵を切る。

そんな鈴に幸子は、

 

「逃げる時はてきぱきしていますね‥‥」

 

と、呟いた。

やはて、溺者を救助してきた葉月が天照へと戻り、溺者を上甲板で待っていた保健員の鏑木美波(かぶらぎみなみ)らに引き渡す。

 

「うぅ~重いッス‥‥」

 

「よいしょ、よいしょ‥‥」

 

救助した溺者を担架に乗せ、青木と和住が愚痴を零しながら医務室へと運んで行く。

 

「それじゃあ、鏑木さん後をお願いします」

 

「うむ」

 

美波も頷いた後、医務室へと向かった。

葉月と溺者の収容が終わると、天照は最大船速で現海域から撤退していた。

 

シュペーから脱出したミーナがこの時、意識を失ったため、シュペーへの救援はこの後先になってしまった事を天照の乗員はこの時は、知る由も無かった。

しかし、ミーナが乗った小型艇が撃沈され、その後、彼女は救助された所を目撃したテアは最後まで希望は捨てず、いつかミーナが自分達を助けに戻って来ると信じ、今は自分と行動を共にしてくれるクラスメイト達と共にシュペーの艦橋にて、救助が来るのを待つことにした。

 

 

天照がシュペーと海上でドンパチやっているその頃、

シュペーより先に艦橋ぐらしを強いられる事になった明乃達はと言うと‥‥。

クラスメイト達の異変が起きてから初めての日の出を迎えた頃、行動を起こしていた。

消火斧(ファイアーアックス)の刃の部分にはガムテープと布を巻いて殺傷力を無くして、いざという時為の武器とし、次に物資の確保へと向かった。

艦橋に立てこもったメンバーの内、明乃が一番小さかった事と艦長と言う責務から、明乃は積極的に動いて通風孔から艦内へ潜入を試みた。

ただ、その際明乃は残った艦橋メンバーにもし、自分に万が一の事があり、捕まる様ならば、指揮権は副長である真白に移乗し、自分の救助には決して来るなと言い残した。

また、艦橋メンバーは明乃の支援として、明乃が向かう箇所とは反対側の区画へ電話をいれたりして陽動を図った。

明乃は無線機を確保するため、まずは通信室へと向かった。

しかし、通信室の通信機器は全て破壊されており、使用するには、ドック入りしなければならなかった。

こうなると、部屋に置いてある携帯電話も恐らく壊されているだろう。

記録係りの子もあの異変が起きた夜、操舵室に居た為、あの異変に巻き込まれたと思われるし、当然彼女が持っていたタブレットも破壊されていると見て間違いないだろう。

それでも何かないかと探していると、比較的、損傷が軽い無線機を見つけ、それを艦橋へ持ち帰った。

 

「艦長!!」

 

「御無事で!!」

 

「通信室はどうでした?」

 

「残念だけど、通信機器は全部壊されていたよ‥‥」

 

「そうですか‥‥」

 

通信機が壊されていた。

それはつまり、救助を呼べないと言う事である。

 

「でも、壊れているけど、修理すれば、使えそうな無線機は持ってきたよ」

 

「本当ですか!?」

 

「うん」

 

明乃は皆に壊れた無線機を見せる。

 

「これ、直せる?」

 

「完全‥とは言い切れませんが、何とかやってみます」

 

角田が早速無線機の修理に取り掛かった。

 

「じゃあ、次は食糧と水の確保だね」

 

「では、私も行きます」

 

次いで明乃は食糧確保へと向かうと言うと小林も其れについて行くと言う。

 

「私は元々主計科ですから、食糧倉庫や生活物資の保管庫の位置には詳しいですよ」

 

「わかった。一緒に行こう。でも、無茶だけはしないようにね」

 

「了解です。艦長」

 

「それじゃあ、角田さん、無線機の修理お願いね」

 

「はい。艦長と小林さんも気をつけてね」

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

明乃と小林は食糧と生活物資の確保へと向かった。

その際、他のクラスメイトが艦内をまるで巡回しているかのように彷徨っている場面に遭遇したが、そんな時は部屋の中に隠れたりしてやり過ごした。

武器が有るとはいえ、極力クラスメイト達には危害を加えたくないし、仲間を呼ばれては数の差でとても太刀打ちできない。

明乃は小林と共に何とか無事に食糧倉庫へと向かった。

 

「どうやら、中の物資は移動されていなかったみたいですね」

 

「うん、一度に全部は持って行けそうにないから何回かに分けて取りにこよう‥‥なるべく、悟られないように」

 

「そうですね」

 

明乃と小林は持てる分だけの食糧と生活物資を持って艦橋へと戻った。

それを一日に時間をおいて、ゆっくりだが、慎重に行った。

その結果、

 

「うん、糧食と水の確保はまずまずですね」

 

艦橋に集められた物資を見て小林が明乃に尋ねる。

 

「そうだね。角田さん、無線機の修理はどう?」

 

「やはり、完全に直すのは無理ですね‥応急で何とかなるかもしれませんが、何時使用不能になってもおかしくはありません」

 

無線機は部品の都合上、やはり完全に直すことは出来なかった。

 

「そう‥でも、無いよりはましだよね」

 

「ええ」

 

「それで、艦長、艦内はどんな様子でした?」

 

「射撃管制・機関・操舵機能は全て占拠されていたよ‥‥」

 

「そう‥ですか‥‥」

 

「まともに会話できないなんて‥‥まるで、みんな何かに操られているような感じだった」

 

「艦の奪還は可能でしょうか?」

 

「人数が人数だからね‥‥まともにやっても勝てないし、みんな単独行動は控えて、二、三人の組で動いていた‥‥多分、夜もシフトを決めて動いていると思う」

 

相手の人数は、二十五人、一方此方は僅か五人‥‥向こうの戦力は此方の五倍‥‥。

まともにやりあえば、あっという間に此方が鎮圧される。

 

「みんなの動きはまるで鍛錬された軍隊みたい‥だった‥‥」

 

いくら、横須賀女子がブルーマーメイドの教育機関とは言え、自分達は入学したての高校生‥‥それが、いきなり厳しい訓練を施したような兵士の様な動きをとることから、他のクラスメイト達は自分達の意志で行動しているのではないと推察する明乃達だった。

 

 

此処で場面は武蔵から天照へと移る。

 

シュペーからの追撃を振り切った天照の乗員は漸く一息つける事が出来た。

そんな中、葉月ともえかは救助者の様子を見に医務室へと向かった。

 

「美波さん」

 

「ん?おお、艦長に先任」

 

「様子はどう?」

 

「外傷はない。脳波も正常。後は意識が戻るのを待つしかない」

 

救助者はベッドの上で静かに寝息を立てている。

 

「そっか、ありがとう。私が見ているから美波さん食事してきて」

 

「感謝極まりない」

 

もえかが美波の代わりに医務室に残ると言って、美波は食事を摂る為に食堂へと向かった。

 

「では、艦長。自分も当直があるので、艦橋に戻ります」

 

「うん、わかった」

 

葉月も艦橋へと戻って行った。

 

食堂では、シュペーの追撃で昼食が抜きとなり、しかも今日のメニューがカレーだったと言う事で、食堂に集まったクラスメイト達は我慢していたカレーの登場をわくわくしながら待った。

しかし、全員がカレーを食べられると言う訳では無く、シュペーとの戦いで被弾した箇所‥特に通信マストは急ぎ修理しなければならず、通信委員は、カレーはお預けでマストの応急修理となった。

 

「はぁ~カレー食べたかった‥‥」

 

「ついてない‥‥」

 

通信委員たちは愚痴を零しながら修理し、そのかいあって通信は受信のみならば、使用可能となった。

その頃、食堂では、

 

「さぁ!食べてよ!」

 

炊飯員が食堂に集まったクラスメイト達にカレーを振る舞っていた。

 

「美味しい!!」

 

「甘口だけどコクがあります!」

 

「ブルーベリージャムを隠し味に入れているから」

 

「マッチにも持ってってあげよ~っと」

 

美海は見張り台のマチコにカレーを持って行く。

 

「何がマッチよ‥‥」

 

「美化委員長はクロちゃん派ッスか?それとも先任派?」

 

「はぁ!?」

 

食堂でクラスメイト達が和気藹々とカレーを食べ、談笑している頃、葉月は一人、艦橋で当直をしていたが、突如、非常通信を知らせる着信音が鳴り、受話器をとって耳に当てる。

 

「っ!?」

 

その通信内容を聞いた葉月は思わず目を大きく見開いた。

 



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33話 不穏

独逸からの留学生艦アドミラル・グラーフ・シュペーからの追撃を振り切り、天照の乗員らが、昼から我慢していたカレーに舌鼓をうっている中、艦橋ぐらしをしている武蔵では‥‥。

 

「艦長、無線の修理できました」

 

明乃が通信室から持ってきた無線機の修理が漸く終わった。

 

「これで届くの?」

 

吉田が不安そうに尋ねる。

 

「問題はない筈です。ただ電源はバッテリーしかないので使える時間は限られていますし、受信機能はあまり期待できません。それでもやらないよりはマシかと‥‥」

 

無線機を修理した角田がこの無線機の状態を説明する。

角田の説明を聞く限り、決して頼もしい訳では無いが、今は四の五の言っている余裕は無い。

 

「そうだね」

 

明乃は緊張した面持ちで、無線機のスイッチを入れる。すると、無線機は作動音を出し、稼働する。

無線機が動き、明乃達はほんのわずかであるが、安堵した表情をする。

そして、明乃はマイクを手にして、

 

「こちら武蔵。こちら武蔵‥‥至急救援を!」

 

救難信号を送る。

 

明乃はこの通信が何処かの誰かに受信される事を祈って通信を送り続ける。

いや、明乃だけでなく、艦橋に居るメンバー皆がそれを祈った。

 

(この先の人生、ずっと不幸のままでいい‥だから‥だから、これだけは上手くいってくれ‥‥)

 

真白は自分の不幸体質がこの時だけは作用しないでくれと願いつつ、この通信が受信される事を願った。

そして、その願いは叶った‥‥。

 

天照の艦橋にて、当直をしていた葉月は突如、鳴り出した非常通信回線の着信音を聞き、受話器を耳に当てる。

すると、そこから葉月の知る一人の少女の悲痛な声が聞こえた。

葉月はその声を聞き、目を見開く。

そして、急いで艦長のもえかを艦橋に呼んだ。

 

「先任どうしたの?」

 

「‥‥非常通信回線です」

 

「どこから?」

 

「‥武蔵‥‥明乃ちゃんからです」

 

「っ!?」

 

もえかは葉月から受話器を受け取ると明乃に話しかける。

 

「ミケちゃん!?どうしたの!?何があったの!?」

 

「こちら武蔵‥こちら武蔵‥非常事態です‥至急救援を‥至急救援を‥‥現在位置は‥‥至急救援を‥‥」

 

もえかは明乃に話しかけるが、向こうの無線機の受信感度が低いのか、もえかの応答に明乃は答える事無く、必死に救援要請を伝えている。

しかも運が悪い事に武蔵の現在位置を知らせている部分がノイズで消されている。

 

「ミケちゃん!?今、何処に居るの!?返事をして!!ミケちゃん!!」

 

「非常事態です‥至急救援を‥至急救援を‥‥きゅう‥‥え‥‥ん‥‥を‥‥‥‥」

 

やがて、受話器から明乃の声は聴こえなくなり、天照の艦橋は不気味な程の静寂に包まれた。

 

「ミケちゃん‥‥」

 

もえかは受話器を持ったまま固まっている。

 

「艦長‥‥」

 

葉月としてももえかにこれ以上かける言葉が見つからなかった。

その頃、天照にも新たな危機が迫っていた。

横須賀女子の対策室に海上安全整備局から一本の連絡が入った。

 

「校長、海上安全整備局から連絡です」

 

「内容は?」

 

「はい、今回の一件、速やかに学内で対処しきれない場合、大規模叛乱行為と認定し、その際、貴校所属の学生艦を拿捕、それが不可能であるならば、撃沈するとの事です」

 

「っ!?」

 

学生の乗る艦を沈める?

悪い冗談だ。

 

「このままでは本当に叛乱と見なされて、ブルーマーメイド本隊の治安出動もありえます」

 

ブルーマーメイド本隊全てを使えば、天照と言えども数と補給の問題で撃沈は免れないかもしれないが、それでは乗艦している生徒の生命にも危険が生じる。

 

「まだ、真実が明らかになっていないのに、生徒達を危険な目に遭わせる訳にはいきません!!私達は生徒の安全の為、あらゆる手を尽くしましょう」

 

「はい」

 

「国交省の統括官と文部科学省の教育総監に連絡を入れて頂戴」

 

「はい」

 

教頭と秘書が慌ただしく動いている中、

 

(真霜があの命令を下したの?いや、そんな筈は‥‥)

 

海上安全整備局から下されたあの命令を真霜が下した命令とは思えない真雪。

最悪の場合、自らの後輩達を殺す様な命令を自分の娘が下したとは思えなかったのだ。

いや、思いたくなかった。

真雪の読みは当たり、自分の知らぬ間に下されたこの命令の内容を知った真霜は激怒し、

 

「なんですか!?この命令は!?」

 

海上安全整備局の作戦室にて命令を下した上層部に食って掛かっていた。

 

「どうしたのかね?宗谷一等監察官」

 

「何をそんなに怒っておる?」

 

(どの口がほざくか!!)

 

「この命令は何なのですかと聞いているのです!!今回の件に関しては私に全権が委ねられている筈です!!ソレを勝手に!!」

 

「我々は少しでも君の仕事を早く片付けられるよう手助けをしただけだ」

 

「その通りだ。それで君にとやかく言われるのは心外だ」

 

(コイツら、何が何でも葉月を反逆者に仕立て上げて殺すつもりね‥‥)

 

「兎も角、ブルーマーメイドの責任者として、この命令は撤回するので、そのおつもりで‥‥」

 

真霜はそう言って作戦室を足早に出て行った。

しかし、一度出た命令を撤回するにはそれなりの時間がかかり、今日中に撤回するのは無理があった。

 

(葉月‥無事で居てね‥‥)

 

真霜は葉月の無事を祈りながら、一分一秒でも早くこのふざけた命令が撤回できるように動いた。

 

その頃、天照では‥‥

 

(武蔵からの‥ミケちゃんからの救援要請‥‥私はどうすれば‥‥)

 

もえかの心は揺れ動いていた。

未だに叛乱者の烙印が押されたままで武蔵の救援に行けるのか?

途中でブルーマーメイドに見つかれば、そのまま拿捕されてその後は長時間の事情聴取の為、拘束され武蔵の救援には行けない。

武蔵の救援に行くには一度、叛乱社の誤解を解いた後ならば、自由に航行出来る。

しかし、それでは、時間が掛かる。

もえかの心中は揺れに揺れ動いていた。

 

甲板では推測員兼ラッパ手の万里小路楓(まりこうじかえで)がラッパを吹いていたが、お世辞にもうまいとは言えない。また楓と通信委員の他に砲術委員が火器管制の整備・点検を行っていた。

この先もなにがあるのか分からない為、武器だけは何時でも使える状態にしなければならいない。

ある程度自動化されているとはいえ、ちゃんと整備をしなければ動作不良を起こす事だってある。

砲術委員の仕事は今後の天照の乗員の生命の安全が掛かっていた。

そんな砲術委員やマストの修理を行っていた通信委員にみかんはおにぎりと唐揚げ、スティック野菜を差し入れする。

幸子はそんな整備中のクラスメイト達に声をかけ、修理・整備状況を聞いて回り、纏め上げた内容をもえかと葉月に報告した。

それによると、やはり通信に関しては、送信は不可能で受信のみで、既に日が暮れ始めたため、高所である通信マストの修理はこれ以上危険と判断し、明日へと持ち越しとなった。

また、機関部も猿島、シュペーとの戦いで無理をしたので、総点検となった。

そんな中、天照は海上安全整備委員会からの広域通信を傍受した。

その内容は‥‥

 

 

現在、横須賀女子海洋高校の艦艇が逸脱行為をしており、各港湾施設は同校の艦艇の入港を一切認めないモノとする。

また、以下の艦艇は拿捕が不可能な場合、または抵抗する場合は撃沈もやむなしと判断する。

超大型直接教育艦 天照

 

 

「げ、げき‥‥」

 

撃沈と言う言葉を聞いて立石は固まり、

 

「撃つのは好きだけど撃たれるのはやだ~!!」

 

西崎は頭を抱える。

と言うか、誰だって撃たれるのは嫌に決まっている。

 

「‥と、言う事はどこの港にも寄れないって事?」

 

「そう言う事になりますね‥‥」

 

もえかは海上安全整備局からのこの命令で、日本に存在する数多くの港に入れなくなった事にやや狼狽する。

無理矢理入港すれば、その行為自体が治安を乱すと判断され、攻撃を受ける可能性もある。

 

「私達完璧にお尋ね者になってるよぉ~」

 

鈴は舵を握りながら大号泣。

 

(もしかして武蔵も同じ状況なのかも‥‥だから、ミケちゃんは助けを‥‥でも、武蔵もこの天照同様、超大型直接教育艦‥にも関わらず、撃沈命令が出ているのは天照のみ‥‥これはどういう事?)

 

もえかはこの海上安全整備局から命令に疑問を感じた。

 

「艦長、どうします?」

 

幸子がもえかに今後の方針を尋ねる。

一般の港には入港できなくても学校の港には入れる筈‥‥。

学校側に訳を話し、武蔵の救援を頼むか?

それとも港にはもう入れないのだから、このまま武蔵の救援に向かうか?

もえかに重い決断が迫られた。

 

そんな中、葉月は人知れず海図台の近くで一人憤慨していた。

 

(真霜さん、これは貴女の命令ですか?‥‥確かに貴女は『敵対行動をとらない場合、法律での範疇での行動を認めます』と言っていたが、詳しい事実確認をせずにこんな命令を‥‥いや、そもそもの発端は真雪さんからの依頼だった‥‥自分が天照に乗艦する事を知った後、真雪さんが古庄教官に密かに天照を反逆者に仕立て上げる様に密命を下していたら‥‥そして、それを機に真霜さんが討伐命令を下す‥‥そうすれば全て辻褄が合う‥‥そんなにも自分を殺したかったのか?‥‥そんなにも‥‥そんなにも‥‥)

 

今回のこの通信を受け、葉月の中で、真霜と真雪に対して不信感が生まれた。

 

葉月が宗谷親子に不信を抱いていた頃、もえかも決断を下した。

 

「‥‥学校へ戻る方針は変えず、このまま学校へ戻ろう。武蔵の件は学校に報告して先生達に任せよう」

 

学校へ戻る方針を変えずに当初の予定通りの行動をすると言った。

もえかとしては武蔵の‥親友の様子は気になる。

しかし、艦長と言う今の立場から、もえか一人の私情でクラスメイト達を危険な目に遭わせる訳にはいかなかった。

もえかとしては苦渋の決断であっただろう。

 

「みんな、今日は色々あって疲れたでしょう?此処は私が残るからみんなは休んで‥‥」

 

もえかは皆を労おうとして、他の艦橋メンバーに休みを言い渡すが、

 

「今夜の当直は私と広瀬さんです」

 

幸子に出鼻を挫かれた。

 

「正しい指揮をするためにも休むのも必要ですよ。艦長」

 

今後の方針を聞いて海図台からもえかに声をかける葉月。

 

「わ、私は大丈夫だから‥‥」

 

「艦長」

 

「な、何かな?先任」

 

葉月はもえかにツカツカと近づく

 

「休める時は休んでください」

 

「で、でも‥‥」

 

「いいから‥休んでください。い・い・で・す・ね?」

 

「う、うん‥わかったよ‥先任」

 

葉月の勢いに負けてすごすごと部屋に戻るもえかだった。

 

部屋に戻ったもえかは寝間着であるジャージに着替え、ベッドに横になる。

 

(ミケちゃん‥‥助けに行きたい‥‥でも今は‥‥ゴメン‥‥ゴメンね‥ミケちゃん)

 

超弩級戦艦の艦長を務めていながら、親友を助けに行く事が出来ない無力な自分。

助けに行けない罪悪感にかられながらもやはり体は疲労していた様で、ベッドに横になった途端、もえかは急激な睡魔に襲われ、目を閉じた。

それからどのくらい時間がたっただろうか?

ベッド横の内線電話が鳴り、その着信音でもえかは起きた。

 

「艦長!水測の万里小路さんが海中で変な音がするって‥‥艦長、艦長」

 

「すぐ行く!!総員起こし!!配置につけ!!」

 

幸子からの報告にもえかは飛び起きて急ぎ艦橋へと上がった。

天照の艦内では夜にも関わらず、総員起こしがかかり、眠っていた乗員は起こされ、配置につかされる。

起こされた乗員は皆、眠そうでブツブツ文句を言いながら配置について行く。

 

「状況は!?」

 

「えっと‥‥方位30に二軸の推進機音を探知、感2‥現在音紋照合中‥‥です」

 

「既に航海灯も消しています‥‥」

 

艦橋に飛び込んできたもえかに幸子と葉月は現状を報告するが、二人はもえかの姿を見て、固まる。

 

「水上目標がいないってことは…潜水艦!?」

 

「恐らくは‥‥ただ‥あの艦長‥‥」

 

葉月がもえかに気まずそうに声をかける。

 

「ん?なに?」

 

「その‥‥大変言いにくいのですが‥‥」

 

「どうしたの?」

 

「‥‥艦長、寝癖が凄いですよ」

 

「えっ?」

 

幸子が手鏡を渡し、もえかが自分の顔を見ると、確かに寝癖が酷かった。

 

「//////」

 

「艦長、此方へ」

 

葉月はもえかを艦長席に座らせ、持っていた手櫛でもえかの髪を梳かし始めた。

 

「納沙さん、艦内に対潜戦闘の用意を下令して」

 

葉月はもえかの髪を梳かしながら幸子に指示を出す。

 

「は、はい。全艦、対潜水艦戦闘用意!!」

 

幸子は伝声管で葉月の指示を艦内に流す。

 

そんな中、

 

「ふぁぁぁ~どうしたの?こんな時間に‥‥?」

 

アザラシの様なアイマスクをつけた立石とあくびしながらまだ寝ぼけ眼な西崎が艦橋に入って来た。

 

「って言うか艦長何やっているの?」

 

「うぃ」

 

西崎と立石が葉月に髪を梳かしてもらっているもえかをジト目で見ながら尋ねる。

 

「あっ、これは‥その‥‥//////」

 

「す、すみません遅れました~!!」

 

次いで鈴が慌てて艦橋に入ると、彼女も寝癖が酷かった。

 

「うわぁっ、航海長すげぇ寝癖」

 

西崎が鈴に寝癖を指摘すると、

 

「えっ?ああっー!!」

 

寝癖の事をすっかり忘れていた鈴は慌てる。

 

「知床さんも髪、梳かしてあげるからこっちおいで」

 

「は、はい//////」

 

もえかの髪を梳かした後、次は鈴の髪を梳かす葉月。

 

「なるほど、そう言う事ね」

 

西崎は鈴と葉月の行動を見て、なぜもえかが葉月に髪を梳かしてもらっていたのかが分かった様だった。

鈴の髪を梳かし終えた後、各部から配置完了の報告が来た。

夜寝ていたせいか時間がかかった。

 

(今後の課題だな‥‥)

 

時間が掛かり過ぎた事でやはり、夜間訓練の必要性もあった。

 

「音紋照合いたしました。東舞校所属艦、伊201ですわ」

 

音紋照合の結果、近くに潜んでいる潜水艦の所属と艦名が分かった。

 

「ありがとう万里小路さん」

 

「どういたしまして」

 

「東舞校?」

 

聞き慣れない学校名に首を傾げ西崎。

 

「男子校ですね」

 

幸子が、東舞校がどんな学校なのかを説明する。

 

「へぇー男子校なんだ」

 

すると、左舷側の見張りをしていた山下秀子(やましたひでこ)が意外そうに言う。

更に右舷側の見張りをしていた内田まゆみ(うちだまゆみ)も男子校のイメージを言う。

 

「潜水艦は全部男子校ですもんね。でも狭くて暑くて臭くて‥‥」

 

「わ、私には無理‥‥」

 

鈴が潜水艦の生活を想像して涙目で言う。

 

(確かにUボートや伊号潜は狭いからな‥‥でも、独逸の潜水空母や砲撃潜水艦、そして、大西洋で一度だけ見たあの秘匿潜水艦なら居住性は良さそうだったけどな‥‥)

 

葉月は前世で見た独逸と日本の巨大な潜水艦なら居住性はきっと海上艦並みによかっただろうと思った。

 

「絶対追手だよ!撃っちゃおう!」

 

西崎が先制攻撃を仕掛けようと言うが、もえかも葉月も其れに対してはやはり消極的だった。

もし、あの潜水艦がたまたまこの海域を航行していただけならばどうだろうか?

航行していただけで此方が先制攻撃を仕掛ければ、正真正銘の反逆者になってしまう。

 

「何とか、伊201とコンタクトはとれないかな?」

 

「普通の電波は海水で減衰するので届きませんね。しかも天照は今、送信できませんし‥‥」

 

「じゃあ、アクティブソナーをモールスの代わりに使ったら?」

 

「確かにそれならコンタクト取れるかもしれませんが、下手にソナーを打てば戦闘行為とみなされて攻撃を受ける可能性があります」

 

葉月がアクティブソナーを打つ危険性も指摘する。

 

「ソナーでも何でもいいから撃っちゃえ!」

 

西崎はうてるモノなら砲弾だろうと魚雷だろうとアクティブソナーでも何でも良いようだ。

 

「何を言っている?ダメに決まっているだろう」

 

(トリガーハッピーか?この娘は?)

 

確かに葉月が選んだ天照の乗員は皆、個性的だった。

 

その頃、海中では‥‥

 

東舞校の伊201は潜望鏡深度で海上を航行する超弩級戦艦を補足していた。

 

「見てみろ副長、バカでかい艦だ」

 

伊201の艦長は副長に海上を航行している超弩級戦艦を確認させる。

 

「うぉっ!!確かにデカイですね‥‥艦長、アレが例の‥‥」

 

「ああ、反逆艦だ」

 

伊201の下にも海上安全整備局からの通信が入っており、あの通信には、天照の写真もFAXにて送信されており、伊201もその写真を手に入れていた。

 

「どうしますか?」

 

「追撃するぞ。幸い奴は先行している伊202の方向へと向かっている。直ぐに暗号通信で伊202にも知らせろ。準備出来次第、連繋攻撃を行うぞ」

 

「‥ですが、攻撃は最終手段で最初は降伏勧告を送るべきでは?」

 

副長は艦長に攻撃する前に降伏勧告を送るべきではないかと言う。

すると、艦長は‥‥

 

「何を言っている、俺達はもう降伏勧告を送っただろう?それにも関わらず、奴は逃げている‥‥だろう?」

 

ニヤリと悪巧みをしていそうな笑みを浮かべる。

 

「‥‥」

 

「副長、言いたい事は分かっている。だがな、潜水艦乗りたるもの勘を鈍らせないようにしないとな。あんな大物を狩れるチャンスはもうこの先来ないかもしれないのだぞ」

 

「し、しかし‥‥」

 

「俺達は何も悪い事をするんじゃないぜ、何せ反逆者を討伐するんだからな、正義は俺達に有る」

 

「は、はい」

 

伊201は通信アンテナを海上に出して、先行する伊202に暗号通信を送った。

しかし、天照を捕捉した連絡は、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィン、海上安全整備局、そして自分達の学校にも連絡はいれなかった。

もし、ここで伊201がブルーマーメイド、ホワイトドルフィン、海上安全整備局に連絡を入れていたら天照はいずれの組織に捕捉、拿捕されていたかもしれない。

そう言う意味では天照は救われたのかもしれない。

この時、伊201の乗員達は反逆者を撃破した英雄、狩人気分になっていただろう。

だが、彼らはまるで英雄か狩人にでもなった気分だったのだろうが、残念、狩人は自分達では無かったと自覚する事になるとはこの時、彼らは知る由も無かった‥‥。



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34話 紺碧のチート艦隊にあらず

反逆者、そして更には討伐命令までも出されてしまった天照。

海上安全整備局は、天照の全ての港の入港を禁止し、包囲網は確実に完成されつつある。

そんな状況でも天照は自分達の潔白を訴える為、学校への帰路を目指す。

途中、独逸からの留学生艦アドミラル・グラーフ・シュペーとの戦闘後、もえかの親友、明乃が艦長を務める武蔵からの緊急伝が入る。

もえかとしては本来ならば、一刻も早く明乃の下へと駆けつけたかったが、乗員の安全の為、武蔵の事は学校側に任せる判断をした。もえかにしてみればそれは苦渋の決断だった。

そんな中、天照は海中で潜水艦の反応を探知した。

討伐命令が出ている中、戦闘艦艇との接触は戦闘の可能性が大きい。

不要な戦闘を控える為、アクティブソナーにて、コンタクトを取ろうかと模索したが、下手にアクティブソナーを打つと相手を刺激するかもしれないと言う事で、警戒しつつ潜水艦は無視して先を急ぐ天照。

そんな中、伊201は天照を討つ為の準備を始めた‥‥。

 

「例の伊201より、通信電波を捉えました!!」

 

『っ!?』

 

通信員の鶫からの報告に艦橋内に緊張が走る。

 

「通信文の内容は?」

 

もえかが鶫に尋ねる。

もし、伊201が海上安全整備局に天照の位置を通報したのであれば、ブルーマーメイドかホワイトドルフィンの艦艇が来る。

伊201は一体どんな通信文を打ったのか?

艦橋の皆は鶫の報告に息をのむ。

 

「そ、それが暗号変換されていて内容は‥‥」

 

伊201の通信文は暗号変換されていて解読するにはかなり時間が掛かるとの事だった。

 

「目標、急速に深度を増していますわ」

 

通信文を打った伊201は潜望鏡深度から更に潜航して行った。

海上安全整備局に通報するのに暗号文を態々使うだろうか?と言う疑問もあったが、警戒するに越した事は無い。

しかし、それ以前に伊201は確実に此方を追尾している。

 

「やっぱり追手なんだって!」

 

「は、早く逃げようよ‥‥」

 

西崎は、やはり伊201は追手であり、海上安全整備局に此方の位置情報を流していると予測し、鈴もブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの艦艇が来る前に振り切ろうと言う。

 

「‥‥航海長、ソナーの邪魔にならない速度で現針路を維持」

 

「りょ、了解」

 

葉月は鈴に速度と針路を指示する。

万が一に備えソナーは何時でも使用可能な状態にしておく。

どうせ、機関点検中で全速はだせないのだからせめてソナーだけは何時でも使用可能な状態にしておきたい。

 

「納沙さん、伊201の情報ってある?」

 

もえかが幸子に伊201の情報が無いかを尋ねる。

もし、戦闘となった場合、相手のスペックを知っておくといないとでは、それだけでも勝敗に左右する。

 

「えっと‥‥あっ、ありました」

 

幸子がタブレットのページをめくり、伊201の情報を探し当てる。

 

「基準排水量1070t、水中速力20ノットは出る高速艦ですね」

 

「水中で20ノット‥‥今の天照にはちょっと厄介ね‥‥武装は?」

 

「53cm魚雷発射管4門、25mm単装機銃2挺、魚雷は10本!」

 

「10本‥‥発射管に全門装填して撃ってもあと2本は撃てるわけか‥‥」

 

「対処すべきは10本の魚雷ですね‥‥天照相手に恐らく水上戦闘は幾らなんでも挑んではこないでしょうから」

 

「そうだね」

 

葉月の予測に頷くもえか。

 

「‥‥水雷長」

 

「はい」

 

「マ式豆爆雷砲の発射準備。いつでも撃てるようにしておいて」

 

「了解」

 

天照では万が一を想定し、対潜水艦戦闘が進められた。

しかし、今の天照は機関部の点検中で全速、巡航維持が出せない‥タイミングが最悪だった。

 

一方、伊201の方でも、

 

「‥‥このまま、何もせず、ただ追いかけっこもつまらんな」

 

「はぁ‥‥」

 

「向こうも俺達の存在は探知している筈だ。ならば、反逆者のお嬢さん方にまずは挨拶として魚雷をプレゼントしてやろう」

 

「了解、発射管一番、二番魚雷装填」

 

「一番、二番魚雷発射用意!!」

 

「発射口、開口」

 

「ふん、恨むなよ、お嬢さん方。恨むのなら、反逆した自分達と此処で俺達に出会った運命を恨め」

 

「発射準備完了!!」

 

「発射!!」

 

「発射!!」

 

伊201から挨拶代わりの魚雷が放たれた。

 

「魚雷2本いらっしゃいました!!」

 

楓からの報告で葉月は急ぎ西崎に指示を出す。

 

「水雷長!!マ式豆爆準備!!」

 

「了解!!マ式豆爆発射準備!!」

 

「万里小路さん!発射音はどっちから!?」

 

もえかは楓に魚雷の接近方向を尋ねる。

 

「魚雷音方位、270。近づきます!!感2‥‥感3‥‥」

 

「野間さん!!目視確認を頼む!!方位270!!10時から11時の方向!」

 

続いて葉月は展望指揮所で見張りをしているマチコに魚雷の確認を頼む。

 

「了解」

 

マチコは目を細めて、葉月から指示が来た方向を見張る。

すると、彼女の目には此方に接近して来る2本の雷跡がはっきりと確認できた。

 

「雷跡左30度距離20! こちらに向かっている!」

 

「航海長!!取舵いっぱい!」

 

「と、とりかじいっぱーい!」

 

もえかが鈴に回避運動を指示し、葉月は、

 

「水雷長!!マ式豆爆発射」

 

「了解!!マ式豆爆発射!!」

 

対魚雷防御用の兵装であるマ式豆爆雷の発射命令を出した。

天照からはマ式豆爆雷海中へと放り投げられ、迫り来る魚雷を迎撃する。

 

「魚雷撃破に成功!!」

 

「あと8本‥‥副砲、高射砲群、発射準備」

 

「うん」

 

もえかは即時に副砲と高射砲の発射準備を下令し、立石もそれに従い砲身を魚雷が来た方向へと向ける。

 

「目標、ロスト!!」

 

「万里小路さん、相手の位置分かる?」

 

「お、恐れ入りますが、先程の爆雷で音が乱れて‥‥」

 

マ式豆爆雷と魚雷の爆発音で海中が掻き回され、水音が乱れて伊201の正確な居場所が掴めなくなってしまった。

 

「そ、それならアクティブソナーを使ったら‥‥」

 

鈴がアクティブソナーを使って相手の位置を探知すればと提案するが、

 

「いや、この状況でアクティブソナーを使ったら、相手に此方の正確な位置を伝えることになる」

 

葉月が今アクティブソナーを使ったデメリットを指摘する。

 

「な、なら全速が出せれば多分逃げ切れる‥‥」

 

「だから全速は出せねぇって!」

 

「わかっています~」

 

鈴が全速を出せれば、逃げ切れるのだが、今は機関の点検中なので全速を出すことが出来ない事を忘れていたのかそう呟くと、機関室の麻侖から怒声が飛び、縮こまる鈴だった。

 

「とにかく今は逃げ回ろう」

 

「ええ」

 

天照が今できるのは逃げ回る事だけだった。

しかし、ただ逃げ回るだけでは無く、ちゃんと対策もうった。

 

「砲術長」

 

「うぃ?」

 

「第一主砲と第三主砲の砲身一つにZ弾を装填」

 

「う、うぃ‥‥第一主砲‥‥第三主砲‥‥Z弾‥‥装填‥‥」

 

立石は本当にあの弾を使うのかと言う表情をしながらも葉月の指示通り、第一主砲と第三主砲の砲身一つにZ弾を装填した。

なにせこの時の葉月の顔は無表情で立石は葉月の顔を見て、寒気が走ったので、此処は指示に従わないといけないと本能的にそう思ったのだ。

 

「Z弾?」

 

聞き慣れない砲弾の名前を聞き、皆は首を傾げる。

 

「Z弾は親子爆弾式(クラスター式)砲弾で、砲弾の中に小さな小型爆弾が内蔵されていて、容器となる大型の弾体のカバーが外れると中から多数の子爆弾が広範囲に散らばって目標や構造物を破壊する」

 

「そんなの撃って大丈夫なの?」

 

葉月の説明を聞き、西崎がそんな砲弾を伊201に向けて撃って撃沈してしまわないか尋ねる。

 

「敢えて、目標から外して水中爆発を起こさせてその衝撃波で相手の船体を傷つけて潜水不能に追い込めれば逃げ切れる」

 

「成程」

 

武装の関係から伊201の装備での水上戦闘は、向こうはしてこないだろうから、潜水不能にしてしまえば、相手が逃げるか、追撃は断念すると判断した。

 

「本当はこれを使わずに逃げ切れるのが一番いいんだけどね‥‥」

 

そう言いながらZ弾が装填された第一主砲をジッと見る葉月だった。

 

 

最初の接触から既に一時間が経過した‥‥。

時間が経ち、伊201からの攻撃が無い事から次第に緊張は緩み始め、眠気により集中力も落ちて来た。

 

「周囲異常なし‥‥」

 

マチコから周辺に異常はなく、平穏な夜の海が広がっている報告を受ける。

 

「あれから一時間か‥‥」

 

「向こうも水の中を常に全速で航行している訳では無いでしょうけど‥‥」

 

「何とか振り切ったかな?」

 

「逃げるなら任せて!」

 

鈴が自信満々で答える。

 

「それって自慢する所ですか~?」

 

幸子が茶化す様に鈴に尋ねる。

 

「こ、ココちゃ~ん」

 

鈴と幸子のやり取りに艦橋は笑い声が満ちた。

 

「万里小路さん。何か聞こえる?」

 

もえかが水中にも何か変化がないか楓に尋ねる。

 

「あら、お許しあそばせ。起きておりますわ‥‥」

 

楓は少しウトウトしていた様だった。

 

「ごめんね、こんな遅くまで‥でも、もう少しお願い」

 

本来ならば、寝ている時間であったが、完全に潜水艦の脅威が去っていない中、推測員の楓を任務から外すわけにはいかなかった。

其れに対してすまなそうに言うもえか。

 

「かしこまりました」

 

楓ももう一息と気合を入れて、ヘッドホンを耳に当てた。

 

「ふわぁ~‥‥ねむぃ‥‥」

 

「駄目だ~‥‥眠い‥‥」

 

立石は大きなあくびをし、西崎の目の下には隈が浮き出て来た。

眠気と疲労で集中力はダダ下がりの中、

 

「そんな、みなさんに杵埼屋特製のどら焼きです」

 

ほまれが夜食の差し入れにどら焼きを艦橋に持ってきた。

艦橋のメンバーは炊飯委員からの差し入れに食いついた。

 

「どら焼き!?」

 

特に西崎の食いつきがものすごく、もし、彼女に尻尾があれば、勢いよく振っていただろう。

 

「‥‥メイ‥犬みたい‥‥」

 

そんな西崎の様子を見て、立石がポツリと呟く。

 

「い、犬!?そう言うタマは猫じゃん!!//////」

 

「うぃ」

 

西崎と立石のやりとりに艦橋メンバーは苦笑しつつどら焼きを食べ始める。

 

「他の部署にはもう配ったの?」

 

葉月が他の部署にはもうどら焼きがいきわたったのかを確認する。

 

「はい、艦橋が一番最後です」

 

「そう、ありがとう」

 

どら焼きの登場で艦橋の気が緩んだその頃、海中では、

 

「伊202、所定の位置に着きました」

 

「よし、狩りの始まりだ」

 

伊201と伊202が天照に牙を剥けようとしていた。

 

「一番から四番、発射準備!!どちらに舵を切っても当たる放射状に撃て!!」

 

「了解」

 

「発射管開口!!」

 

「発射準備完了!!」

 

「発射!!」

 

「発射!!」」

 

伊201から4本の魚雷が放たれた。

 

「雷跡ヨン! 左120度30! 接近中!」

 

マチコからの報告で艦橋はさっきまでの空気から一転し、再び緊張した重苦しいものへと変わる。

 

「緊急回避!!ダッシュ!!水流一斉噴射!!」

 

「了解!!でも、これ一回きりだからな!!」

 

機関室からは水流一斉噴射がこれ一回きりしか使えない報告が入る。

 

「取り舵いっぱい!!」

 

「と、取り舵いっぱい!!」

 

「右舷スラスター全開!!」

 

「右舷スラスター全開!!」

 

水流一斉噴射とスラスターにて、回避運動をとる天照。

全速は出せなくても水流一斉噴射で大きく距離を取る事が出来、魚雷回避は成功したかと思われたが、

 

「左舷、前方からまた別の雷跡!!」

 

今度は伊202の放った魚雷が天照へと向かう。

 

「もう一隻いたのか!?」

 

「なんで気づかなかったの!?」

 

「も、申し訳ありません。水中雑音が多い表面層の音響屈折部(ダクト)に居たみたいですわ」

 

楓が申し訳なさそうに報告する。

 

(やはり、対潜水艦戦闘の訓練不足か‥‥)

 

元々今回の演習は海上艦同士の演習でそこに潜水艦が入る事など想定されていなかった為、対潜水艦戦の訓練不足が此処で仇となった。

 

「面舵いっぱい!!」

 

「お、面舵!!」

 

続いて鈴は舵を右に切るが、船体の大きな船は舵を切っても直ぐには方向転換が出来ない。

 

「だ、だめです!!当たります!!」

 

回避運動も虚しく、伊202の魚雷は天照の左舷側に命中する。

 

ドドンッ

 

轟音と揺れは艦全体に響く。

 

「な、なんじゃ~!!」

 

その揺れと轟音は医務室で眠っていた独逸娘を起こすには十分の威力だった様だ。

 

「って、此処は一体どこなんじゃ?」

 

「気がついたか?」

 

起きた独逸娘に美波が声をかける。

 

「お主は何者じゃ?」

 

「私か?私は鏑木美波‥この天照の保健委員だ」

 

「天照?」

 

美波は独逸娘にこれまでのいきさつと現状を説明した。

シュペーから脱出した独逸娘を救助し、母校へ戻る途中、潜水艦と遭遇し、現在その潜水艦と戦闘中である事を‥‥。

そして今の揺れと轟音は魚雷が命中した事を独逸娘に教えた。

すると、

 

「ワシの制服はどこじゃ」

 

「此処に有る。濡れていたが洗濯し、乾燥機にかけてある」

 

美波が机の上に置いてあった独逸娘の制服を彼女に手渡す。

すると、独逸娘は美波がいるにも関わらず、今着ている検診衣を脱ぎ捨て、制服を着用する。

 

「艦橋はどこじゃ?」

 

「これが艦内の地図だ」

 

「すまぬ」

 

独逸娘はそう言って美波から地図を受け取り、その地図を頼りに艦橋を目指していった。

 

その頃、艦橋では、命中した魚雷の被害がどれくらいなのか被害状況の調査に入った。

 

「被害報告!!」

 

「左舷中央部付近に魚雷2本命中!!ただし、浸水被害なし!!水線下装甲に僅かな歪みが発生!!」

 

応急修理へと赴いた和住から報告でほっと胸を撫で下ろすもえか達。

 

「ば、バカな!!魚雷を2本くらってノーダメージだと!?化け物め!!」

 

伊201の艦長は潜望鏡から伊202の魚雷が命中した光景を見たが、天照は全くの無傷。

 

「魚雷全弾発射用意!!伊202にも今度は2本ではなく、4本撃てと伝えろ!!平文で良い!!」

 

「了解」

 

もう暗号文に変換して送る時間的余裕がないのか伊201は伊202に平文で追加の魚雷攻撃を指示した。

 

 

「伊201からの通信電波を傍受!!さかんに電波を飛ばしています!!恐らくもう一隻の潜水艦と連絡を取り合っているものと思われます!!」

 

「位置は?」

 

「後方と左前方約十五海里!!」

 

「砲術長!!砲撃準備!!」

 

鶫の報告を聞き、もえかが立石に射撃準備命令を出す。

 

「うぃ」

 

第一主砲は左前の伊202に第三主砲は後方の伊201に照準を合わせる。

ただし、わざと外す形で‥‥。

前から来るかもしれないと用意しておいた第一主砲がまさかこんな形で使用するとは思っていなかった。

だが、今回はその予測が外れた事で、一気に形勢を逆転できる展開となった。

 

「まる」

 

「撃て!!」

 

もえかから発射命令が出されたちょうどその瞬間、

 

「このドヘッタクソな操艦はなんなんじゃ!? 艦長はだれじゃい!?この船はド素人の集まりか!」

 

勢いよく艦橋の扉が開かれた。

そして独逸娘が艦橋内に入り、辺りを見回した瞬間、第一主砲と第三主砲がZ弾を放つ。

 

「うおっ、な、なんじゃ?」

 

51cm砲の発射音に独逸娘が驚く。

驚いたのは独逸娘だけではなく、伊201の乗員達も同じだった。

 

「ううっ‥‥目標から主砲射撃です!!来ます!!」

 

「何発だ!?」

 

「2発‥‥内1発は此方に向かってきます!!」

 

「それなら大丈夫だ!!大口径とは言え、たかが主砲弾の1発ぐらい何とも‥‥」

 

艦長がそう言った瞬間、伊201の周辺を凄まじい爆音と衝撃波が襲い掛かった。

艦長としてはまさか、一発の主砲で海に潜っている潜水艦にダメージを与えるなんて不可能だと思っていた。

しかし、実際は‥‥

 

「うわぁぁぁぁぁー!!」

 

艦内に激しい揺れが生じる。

 

「な、なんだ?何が起こった!?」

 

「目標からの攻撃です!!」

 

「直撃したのか!?」

 

「い、いえ‥しかし、船体とパイプの彼方此方に亀裂が入り、浸水し始めています!!これ以上の潜航は危険です!!」

 

伊201の艦内には浸水を知らせる警報が鳴り響く。

 

「くっ‥‥浮上しろ‥浮上後は直ちに国際救難信号を打て!!」

 

「は、はい」

 

このまま潜航し続けたら、沈没の恐れがあると判断した艦長は浮上を決断した。

だが、浮上しても今度は天照の攻撃もあると思ったが、このまま沈むよりはマシである。

 

 

「潜水艦の様子はどうだ?」

 

「機関音は聴こえませんが、船体の軋み、圧搾空気の排出音を確認、急速浮上中と思われます!!」

 

楓の言う通り、やがて天照の後方と左前からは潜水艦が急浮上した姿が見えた。

 

「今です!艦長、退避しましょう!」

 

「最短コースは既に選定澄みです!」

 

「うん、両舷前進強速!」

 

「伊201、伊202からの国際救難信号の発信と応答を確認。現在東舞校教員艦が30ノットで接近中」

 

「面舵いっぱい。20度、ヨーソロー!!」

 

「さっさと逃げようよ~」

 

鈴は号泣しながら、舵を切り、天照は浮上した二隻の潜水艦を放置して、東舞校教員艦が来る前に現海域を離脱した。

 

「な、なんじゃ‥あの砲弾は‥‥」

 

ようやく潜水艦との戦闘海域から脱出した時、独逸娘が口を開いた。

 

『あっ‥‥』

 

そこで、艦橋メンバーも独逸娘の存在に気付いた。

 

「お前は誰だ?」

 

西崎が独逸娘に正体を尋ねる。

 

「あっ、ワシか?ワシは‥‥」

 

独逸娘が名を名乗ろうとした時、

 

「あっ、救助したドイツ艦の子ね?目が覚めたんだ!よかったぁ」

 

独逸娘が名乗る前にもえかが彼女の正体を言ってしまう。

 

「あっ、私は知名もえか。この艦の艦長です」

 

もえかの行動に面食らった独逸娘だが、表情を切り替えて、

 

「ドイツ、ヴィルヘルムスハーフェン校所属、アドミラル・グラーフ・シュペー副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクじゃ」

 

互いに役職名と自己紹介を終えた後、

 

「聞いてもいい?あなた達の船で何があったか?」

 

もえかは早速、ミーナにシュペーの艦内で一体に何が起きたのかを尋ねた。

 

「我等がアドミラル・シュペーか‥‥」

 

「そう‥‥あっ、でも、もし、言いたくなかったら‥‥」

 

「いや、ワシもよくわからんが聞いてもらった方がいいな」

 

そう言ってミーナは自分の乗っていた艦に何が起きたのかを話し始めた。

艦橋メンバーは静かにミーナの話に耳を傾けていた。

 

「我らの船も貴校との合同演習に参加する予定だったのは知っておるな?」

 

「うん」

 

もえかは頷くが、艦橋メンバーの中には、『えっ?そうだったの?』と初めて知った感じの子も居た。

 

「ワシらは合流地点に向かっていたんだが、突然電子機器が動かなくなって調べようとしたら誰も命令を聞かなくなった‥‥」

 

「それって叛乱?」

 

「わからん。ワシは艦長から他の船に知らせるよう命じられて脱出してきた」

 

「艦長?」

 

「ああ‥帽子を拾ってくれたのは感謝している。あの帽子は我が艦長から預かった大事な物‥シュペーに戻って艦長に返さなければ。必ず‥‥」

 

そう話すミーナの瞳には明確な決意が宿っていた。



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35話 未帰還

男子高である東舞校所属の伊201、伊202との遭遇・追撃戦にてZ弾を使い、両潜水艦からの追撃を免れた天照。

そんな潜水艦との戦闘中、独逸艦から脱出し、天照に救助された独逸からの留学生、ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクこと、ミーナは天照の艦橋メンバーに乗艦であるシュペーに何が起きたのかを話した。

 

「シュペーでそんな事が‥‥」

 

もえかはシュペーで武蔵同様、異常事態が起きた事に驚愕した。

 

「‥‥ごめん」

 

ミーナの話が終わると、いきなり葉月はミーナに謝った。

 

「ん?どうしたんじゃ?突然‥‥」

 

「いや‥あのままあの海域でシュペーを行動不能にすれば、シュペーを救えたかもしれないと思って‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

葉月の言葉にもえかもシュペーを救えたかもしれない機会を自らの判断で潰してしまった事に罪悪感を覚える。

 

「ご、ごめんなさい」

 

そこで、もえかもミーナに謝る。

 

「い、いや‥お主らにはお主らなりの事情があったのだろう。あの時、我がアドミラル・シュペーで何が起こったのか知る筈がなかった訳じゃし。それにワシもお主らに要件を言う前に気を失ってしまったからのう‥‥」

 

ミーナももえか達の事情を察したのかそれ以上は言わなかった。

そして、ミーナには目が覚めたと言う事で部屋が用意される事になった。

 

 

「万里小路さん、周辺に他の潜水艦の反応は無い?」

 

「‥‥はい、周辺に潜水艦のスクリュー音はございませんわ」

 

周辺に潜水艦の反応は無く、潜水艦の脅威はどうやら収まった様だ。

海中同様、周辺の海域にも他の海上艦反応は無い。

 

「それじゃあ、警戒態勢解除、非直者は休んで」

 

もえかが警戒態勢を解除し、本来非直であったクラスメイト達は欠伸や目をこすりながら、部屋へと戻って行き、これから当直のクラスメイト達は部屋へと戻って行く彼女らを羨ましそうに見ていた。

 

「それじゃあ、この部屋を使って」

 

「すまぬ、世話になる」

 

もえかがミーナの為に用意された部屋へと案内する。

 

「学校に戻ったらシュペーの事も伝えるから、その‥‥不安かもしれませんが‥‥」

 

「ああ、分かっておる。でも、我が艦長はきっと今でも立派にシュペーを守っている筈じゃ」

 

「信頼しているんですね、シュペーの艦長の事を‥‥」

 

「ああ、テアは幼い頃からのワシの親友じゃからな」

 

「親友‥‥」

 

「ん?どうした?」

 

「あ、いや、なんでもない。それじゃあ何か困った事が有ったら言ってね。おやすみ」

 

もえかはミーナとの会話を切り上げて、その場から足早に去って行った。

ミーナの言った親友と言う言葉に武蔵でどうなっているのか分からない自分の親友に姿を重ねたのだ。

 

それから約五時間後‥‥

天照は学校が発した広域通信を受信した。

その通信内容を見た鶫は目を見開き、次には笑みをこぼす。

そして、その通信内容を幸子に知らせ、幸子はもえかに報告する。

 

「艦長!校長からの全艦帰港命令が出ました!」

 

「えっ?」

 

「‥‥内容は?」

 

葉月が幸子に学校からの帰港命令の内容を尋ねる。

 

「あっ、はい。『私は全生徒を決して見捨てない。皆を守るためにも全艦可及的速やかに学校に帰港せよ』とのことです!」

 

学校からの帰港命令の内容に艦橋メンバーはホッとした表情になるが、ただ一人、葉月だけは皆と違い、神妙な顔つきをしていた。

 

(帰港したとたん、陸戦隊が強襲して全員の身柄を拘束‥‥そんな事だってあり得るな‥‥もし、港に臨検する為の部隊がいたら‥‥その時はそいつ等に副砲弾や25mm機銃弾を食わしてやる‥‥)

 

未だに真雪に対して、不信感が拭えない葉月だった。

 

朝食の席にて、もえかは学校からの帰港命令の内容を皆に伝えた。

しかし、深夜の潜水艦戦が影響しているのか、集まったクラスメイト達の何名かは舟を漕いでいたり、テーブルに突っ伏して寝ている者も居る。

 

「学校から全艦帰港命令が出ました。天照も学校側が責任をもって保護するので戻ってくるようにとの事です。尚、帰還中は一切の戦闘行為は禁止だそうです」

 

もえかの説明に皆はもう戦闘が無い事に安堵した表情になる。

 

「だが天照に対する警戒は続いている。そして、現状我々は学校以外の港にも寄港できない状況だ。よって密かに、そして迅速に学校に戻らねばならない」

 

学校に戻っても警戒が必要だと思っている葉月だが、猿島、シュペー、潜水艦とほぼ連続で戦って来た彼女達をこれ以上不安にさせない為、迅速に学校に戻る方針は変えない事を伝える。

 

「それからこちらは、独逸からの留学生でヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクさん」

 

もえかがミーナを紹介する。

 

「ドイツのヴィルヘルムスハーフェン校から来たヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクだ。アドミラル・シュペーでは副長をやっていた」

 

ミーナが自己紹介すると、パチパチと拍手が起こる。

予想外のお客(ミーナ)を乗せた天照は一路学校を目指した。

 

その頃、艦橋ぐらしをしていた明乃達にはある問題が起きていた。

あの非常回線無線から他船との接触は一切無く、学校側やブルーマーメイドからの接触も無い事から恐らくビーコンを切って位置情報を消しているのだろう。

そんな中、度重なる不安と緊張から角田と小林が体調を崩してしまったのだ。

保管庫から持ってきた物資の中には薬は入っておらず、二人を治すには医務室から薬を持って来なければ、ならなかった。

 

「ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

「うぅ~‥あ、あつい‥‥」

 

高熱で魘される角田と小林の額に明乃は濡れタオルを置き、吉田と真白は心配そうに見るだけしか出来ない。

それと同時に明乃は自分の考えの浅はかさを呪った。

こうなることは少し考えれば予測できたことじゃないか。

しかし、今は後悔することよりも早く治さなければ、二人の命にも関わるかもしれないし、また自分達にも感染の危険もある。

全員が病で倒れれば、かなりマズイ状況になる。

 

「‥‥」

 

明乃は高熱で苦しんでいるクラスメイトをこれ以上見るのは忍びなく、

 

「‥薬を取りに行こう」

 

決意したかのように呟く。

 

「しかし、大丈夫でしょうか?」

 

吉田が不安そうに言う。

ここ最近、武蔵の艦橋メンバー以外のクラスメイト達も明乃達が時々艦橋から下りて来て、倉庫から物資を持って行っている事に気づいたのか、封鎖しているバリケード周辺の巡回を強めている。

その為、最近は物資の補給が滞っている。

そんな警戒が厳重となっている中、医務室に薬を取りに行くなんて無謀であり、下手をしたら、捕まってしまうかもしれない。

しかし、高熱で苦しんでいる仲間を見捨てる訳にもいかない。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

明乃が薬を取りに行こうとしたら、

 

「いえ、私が行きます」

 

真白が自ら志願した。

 

「えっ!?シロちゃん!?」

 

真白がこんな危険な事に自ら志願した事に驚く明乃。

すると、真白は自ら志願した理由を話し始めた。

 

「こうなったのも元々は私の責任です‥‥ですから、私が二人を‥‥薬を何とかします‥‥」

 

真白の言う通り、外の警戒が厳重になったのは、元々真白が物資を取りに行っている最中に他のクラスメイト達に見つかった事が発端だった。

その後も真白が物資を取りに行くたびに、彼女の不幸体質が邪魔をして、直ぐに見つかり、物資が取れなかったり、苦労して取りに来たわりには少数だったりと艦橋に立てこもる他のクラスメイト達のお荷物になっていた。

真白自身もそれを自覚していたので、これ以上自分が居ても皆のお荷物になるくらいなら、居ても居なくても同じ様な自分が志願したのだ。

 

「‥‥分かったよ、シロちゃん‥でも、必ず‥‥必ず戻って来てね‥シロちゃんも武蔵の大事な家族の一員なんだから」

 

「‥‥分かりました」

 

真白は自嘲めいた様子で口元を小さく緩め、薬を求めて医務室へと向かった。

 

まだ、朝で朝食の時間なのか、通路にはクラスメイト達の姿はなかった。

 

「‥‥」

 

真白は急ぎつつ慎重に医務室を目指し、辿り着いた医務室にて、解熱剤を始めとし、包帯、絆創膏、鎮痛剤、湿布薬、風邪薬、胃腸薬等様々な医薬品を持ってきた背嚢へと詰め込んだ。

幸い保健医の生徒も医務室には居なかったし、救急箱は鍵のかかった棚には置かれていなかったので、真白は難なく医薬品を手に入れる事が出来た。

 

「よし、これぐらいあれば大丈夫だろう」

 

無事に薬を手に入れ、後は皆が待つ艦橋に戻るだけであった。

此処までは真白自身驚くほど、好調であった。

しかし、真白の不幸体質は最後の最後に働いた。

 

「くっ、こんな所で‥‥」

 

艦橋まであともう少しと言う所で、真白は巡回していたクラスメイト達に見つかり追いかけられる羽目になった。

そして、一人からタックルをくらい、その場に倒れる。

 

「くっ‥このっ!!」

 

真白はタックルして来たクラスメイトに蹴りを入れ、自分から引きはがそうとするが、その生徒は真白の足を掴み、真白が立つよりも先に立つ。

 

「あっ‥‥あっ‥‥」

 

眼前には、自分のけりを喰らい、鼻血を出しながらもそれを痛がる様子も拭う様子も無く、ただ無表情のまま、自分を見下ろすクラスメイトの姿があった。

そして、そのクラスメイトの後ろからは同じく無表情のクラスメイト達がゾロゾロと集まって来る。

その様子を見た真白に恐怖が生まれる。

自分が居なくなっても艦橋メンバーには迷惑はかからないと思っていたが、こうしてピンチになるとやはり、怖い‥‥。

そして、鼻血を出したままのクラスメイトの手が真白に迫って来る。

 

(も、もうダメだ‥‥やっぱり‥ついていない‥‥)

 

真白が絶望し、諦めるかのように目を閉じたその時、

 

「やぁ!!」

 

明乃がファイアーアックスの先端で突き技を繰り出し、真白に迫る生徒を真白から引き離す。

 

「か、艦長‥‥」

 

「シロちゃん大丈夫?」

 

「ど、どうして‥‥」

 

「やっぱり、シロちゃんが気になって」

 

「そ、そんな‥貴女は艦長なんですよ!!貴女は私より‥皆に必要な人‥なんですよ‥‥」

 

「それでもやっぱり見捨てるなんて出来ないよ!!」

 

突然の明乃の援軍で真白はピンチを凌ぐ事が出来た。

この時、真白は自分よりも背が小さな艦長の背中がとても頼もしく見えた。

 

「シロちゃん、先に行って!!」

 

薬を持っている真白を先行させ、自分はクラスメイト達をけん制しつつ、艦橋へと戻る明乃。

 

「艦長!!早く!!」

 

真白が明乃に早く艦橋へと戻る様に促す。

 

「う、うん」

 

明乃もこの辺が引き時だと判断し、一気に駆け抜けて艦橋へと戻ろうとしたその時、通路の横から別働隊だろうか?

クラスメイトが明乃にタックルをして、今度は明乃が倒れてしまう。

 

「艦長!!」

 

真白が急いで駆け寄ろうとすると、

 

「シロちゃんは先に行って!!此処は私が何とかするから」

 

明乃は半身を起こし、ファイアーアックスを振りかざしながら、尚もクラスメイト達をけん制するが、既に明乃は周りをクラスメイト達に包囲されている。

 

「し、しかし‥‥」

 

「シロちゃん!!」

 

「は、はい」

 

「後は‥‥頼んだよ‥‥」

 

「えっ!?」

 

「早くハッチを閉めて!!」

 

明乃はこれ以上、ハッチを開けたままにしていたら艦橋に侵入される危険性を指摘して真白に自分を見捨てろと言ったのだ。

 

「そ、そんな‥‥」

 

真白の声は震えている。

今、ハッチを閉めたら、自分達は助かるが、それでは確実に明乃を見捨てる事になる。しかし、閉めなければ、自分を含め、艦橋に居る角田、小林、吉田の三人危険が及ぶ。それに今、明乃を助けに行っても確実に自分も捕まる。

そうなれば、折角医薬品を持ち出したのに艦橋で待っている角田達に薬を届けられなくなる。

真白は今、最大の選択を突きつけられた。

しかし、いくらピンチだからと言ってもこの選択は女子高生には余りにも重すぎる選択だ。

 

「シロちゃん‥‥私、信じているから‥‥シロちゃん達が武蔵を何とかしてくれるのを‥‥」

 

そう言って明乃は微笑む。

真白の目からは涙が流れる。

 

「艦長!!必ず!!必ず!!何とかします!!そして、そしてまた会えると信じていますから!!」

 

「うん。私も信じているから‥‥」

 

真白は明乃の姿を目に刻みながら、ハッチを閉じた。

ハッチを閉じた真白は暫くその場で膝をつき、涙を流しながら、何度も同じ言葉を繰り返した。

 

「艦長‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥」

 

と‥‥。

 

一方、明乃の方もハッチが完全閉鎖されたのを確認した後、

 

「船の仲間は家族でも、あんまりオイタがすぎる時にはちゃんと叱らないとね‥‥」

 

明乃は無理矢理笑みを浮かべる。

彼女の眼前には大勢の無表情のクラスメイト達。

 

「うわぁぁぁぁぁー!!」

 

明乃はファイアーアックス片手にクラスメイト達に立ち向かって行った‥‥。

 

 

その日、明乃が艦橋へと戻ることはなかった‥‥。

 

 

一方、横須賀女子では、上級生は座学の講義が行われている時間帯なのだが、彼女達は既に天照の事件を始め、今年度の新入生の海洋実習で起きた事件の事は既に学校中の噂になって居り、皆新入生達を心配したり、事件のいきさつや現状が気になり、お世辞にも勉強に集中しているとは言えない状況下である。

そんな横須賀女子に一人の人物が学校を訪れた。

しかし、その来客は本来、来校予定の無い客の様で、教頭と真雪の秘書が対応したのだが、聞く耳を持たず、校舎の通路をズカズカと歩きながら校長である真雪の下へと向かう。

 

「お、お待ちください。宗谷校長はこの後、接客予定がありまして‥‥」

 

「お会いするならば、事前のアポイントメントが無いと困ります」

 

「うるさい!!お前達に用はないすっこんでいろ!!」

 

その人物は教頭と秘書を振り払い、真雪が居る対策室へと行くと、扉を思いっきり開け、

 

「宗谷校長はいるか!?」

 

大声で真雪の所在を確認した。

 

「なんでしょう?東舞鶴男子海洋学校、財前康之校長」

 

真雪の下にやってきたのは、横須賀女子海洋学校と対を成す東舞鶴男子海洋学校の校長、財前康之(ざいぜんやすゆき)であった。

 

「宗谷校長!!貴校所属の学生艦にうちの潜水艦が攻撃を受けたと言う報告を受けたのだが、これは一体どう言う事だ!?説明をしてもらいたい!!」

 

財前は深夜行われた伊201、伊202と天照との戦闘報告を真雪に詰め寄った。

 

「その情報でしたら、今朝此方にも入ったばかりで、現在事実確認中です」

 

「確認も何も、現にうちの生徒が乗った潜水艦が攻撃されたのだ!!聞けば、伊201と伊202を攻撃したのはあの反逆者の艦というではないか!!お宅らの教育方針は一体どうなっている!?ブルーマーメイドではなく、テロリストを育てるのが君達の仕事なのか?」

 

財前の言葉に教頭と秘書はムッとする。

 

「お言葉ですが財前校長、天照の件でさえ、現在我々は現在調査中であり、猿島からの報告全てを鵜呑みにするのはかえって彼女達を追い詰める事になると、教育者であるのであれば、何故それに気づかないのです?」

 

「ふん、調査中も何も真実ならば、既に海上安全整備局から発表されているではないか」

 

「ですから、それが間違いと言うのです。猿島側だけでなく、天照の方にも事情を聴くべきだと思うのですが?」

 

「テロリストの言い訳を貴女は鵜呑みにするとうのですかな?宗谷校長」

 

「彼女達はテロリストではなく、うちの生徒達です!!」

 

「だが、海上安全整備局から既に討伐命令が下されたでないか」

 

「あれは誤報です!!そうに決まっています!!」

 

真雪も自分の学校の生徒がテロリスト扱いされて黙って居る訳にはいかず、彼女にしては珍しく声を荒げる。

かつてクイントが言っていた雪夜叉の一面を垣間見た気がする教頭と秘書であった。

真雪、財前の両者がヒートアップしていく中、

 

「御二方、そのくらいにして少しは落ち着いてはどうかな?」

 

と、二人の言い合いを止める声がした。

財前は、「誰だ?話の腰を折る無粋な奴は?」と、憤慨しつつ声のした方向を見ると、彼は顔を強張らせた。

 

「な、中島教育総監‥‥」

 

財前の視線の先にはブレザータイプの黒い軍服を来た一人の男が居た。

 

「そ、総監‥何故此処に‥‥?」

 

「今日、此方の宗谷校長と今回の一件で協議する予定があってね」

 

口調は穏やかなのだが、財前の方は冷や汗が流れ出す。

 

(そう言えば、教頭が、来客があると言っていたな‥‥それがまさか教育総監とは‥‥)

 

財前は此処に乗り込んで来た時に教頭がこの後、真雪は来客予定が有ると言っていた事を思いだした。

 

「何やら揉め事の様ですな‥‥教育総監としての立場上、海洋機関における教育関連については把握しておく必要があるので、私も同席しても構わないかな?」

 

「も、勿論です総監‥‥」

 

財前は緊張した面持ちで真雪との話し合いに彼が立ち会う事を了承した。

 

「私も問題ありあせん」

 

真雪の方も財前同様、この総監と呼ばれた男の立ち合いを許可した。

 

 

 



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36話 東舞鶴男子海洋学校校長 教育総監


※前回の終盤に登場した中島教育総監は名前の通り、リリカルなのはシリーズに登場したゲンヤ・ナカジマがモデルです。
容姿もゲンヤ・ナカジマをそのままご想像下さい。




 

深夜に行われた天照と伊201、伊202との戦闘報告を聞いて、伊201、伊202の所属校である東舞鶴男子海洋学校の校長、財前康之は横須賀女子海洋高校校長の宗谷真雪の下に事実確認と言う名目でクレームをつけに来た。

一方的に天照に過失があると主張する財前校長。

そして、乗員をテロリスト呼ばわりするその姿勢に流石の真雪も気分を害し、二人の校長の間には火花が散る。

そんな二人の校長のいさかいを止めたのは一人の男だった。

 

「な、中島教育総監‥‥」

 

「何やら揉め事の様ですな‥‥総監としての立場上、教育関連については把握しておく必要があるので、私も同席しても構わないかな?」

 

「も、勿論です総監‥‥」

 

「私も問題ありあせん」

 

財前、真雪、両校長が了承し、昨夜の天照、伊201、伊202の戦闘についての協議が行われた。

彼の役職である教育総監とは、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンにおける教育統轄機関であり、文部科学省内に設置されている。仕事内容は、海洋関連学校の試験、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの研修・教育を掌った。

教育総監の発言は、その身分が文部科学省、海上安全整備局高官の一つであること、またその職権が教育カリキュラムに大きく影響することなどから重視されている。

 

「まず、経緯を説明して貰えるかな?」

 

「はっ、では‥‥」

 

中島総監が昨夜の戦闘報告を尋ね、財前が説明をする。

 

「‥‥以上であります」

 

「成程」

 

「総監、これは明らかに横須賀女子海洋高校側の過失であります」

 

と、財前はあくまで横須賀女子側に問題があり、東舞校はその被害者であると主張する。

 

「ふむ、確かに先日の海上安全整備局から出た命令に関しては此方も把握している」

 

「で、では‥‥」

 

「しかし、宗谷校長の言い分も分かる」

 

「なっ!?」

 

「一方の事情側だけを全て鵜呑みにする事も出来んのは当然だ。それは裁判と同じ事だろう?」

 

「で、ですが‥‥」

 

「勿論、君の言いたい事も分かるが、彼女達の事情を聞かず、一方的テロリスト扱いにするのは早計ではないだろうか?ましてや相手は学生であり、我々は教育者なのだ。生徒の言い分を聞かずに、真実を知ろうともせず調査も行わず決めつけるのは無能者の考える事ではないのか?」

 

「うっ‥‥ですが、現に我が校の潜水艦が被害を受けているのです。これは事実です」

 

「うーん‥では、もう一度確認するが、貴校所属の潜水艦は先日の海上安全整備局から命令に従って、横須賀女子海洋高校所属艦、天照を攻撃した‥‥しかし、何故伊201は天照の位置を海上安全整備局か貴校に通報しなかったのか?」

 

「さ、さあ‥‥」

 

財前はまさか伊201の乗員らが手柄欲しさに天照を攻撃したなんて知らなかった。

伊201、伊202の乗員らもまさか、自分達が負けるとは思ってもいなかったので、救助された後、教官らの聴取に対し虚偽の報告をしており、東舞校にはその虚偽の報告が事実だと伝えられていたのだ。

 

「それに海上安全整備局から命令では、攻撃は最後の手段で最初は降伏勧告を送るとされているが、伊201は降伏勧告を送ったのでしょうか?」

 

「っ!?」

 

中島の質問にビクつく財前。

 

「しょ、少々お待ちください」

 

そう言って携帯で確認する財前。

 

「‥‥そうか‥‥うむ‥‥お待たせしました。伊201の乗員の話では、降伏勧告はちゃんと送ったとの事です」

 

「ふむ、そうですか、しかし、此方にも伊201の件は今朝、私の下にも話が来ていてね・・その通信記録のコピーが今、私の下にもあるのですが‥‥」

 

「は?」

 

財前は中島の言葉が信じられないのか、ポカンとした顔をしたが、

 

「伊201の通信記録によると最初の通信が暗号通信を発しているのだが、妙だとは思いませんか?」

 

「な、何がでしょうか?」

 

「降伏勧告を送る相手に降伏勧告を暗号で送りますかね?」

 

「っ!?」

 

中島の指摘に財前はビクッと震わせると彼から脂汗が流れ出す。

 

「そ、総監は既に暗号の内容を解読されたのですか?」

 

「いや、まだだ」

 

「か、確認させてもらってもよろしいですかな?」

 

「どうぞ」

 

震える声で財前は中島から伊201の通信記録が書かれている用紙を受け取り内容に目を通す。

確かに用紙に書かれている暗号文は東舞校で使用されている暗号文であり、財前は伊201の通信内容の確認をすると、忽ち顔色が悪くなっていく。

通信は暗号文になっているが、東舞校の校長である彼ならば暗号内容も解読表を見なくても解読する事が出来た。

 

「どうかしましたか?財前校長。顔色が悪いですよ?」

 

「い、いえ‥‥なんでもありません」

 

財前は脂汗を流しており、彼の様子から何かあったのは明白であった。

それは受け取った通信記録には伊201が天照に対して降伏勧告が送られていなかったのだ。

学生艦の通信内容と履歴は、消す事が出来ないように強力なプロテクトが掛けられており、この事から伊201は天照に降伏勧告を送らず、一方的に攻撃を仕掛けた事になる。

いくら天照に討伐命令が下されていても、もしそれが事実ならば東舞校側としてもいくらかマズイ。

ましてや真雪だけなら、兎も角、財前の目の前には教育総監の中島が居る。

虚偽の報告を鵜呑みにし、他校の生徒をテロリスト扱いし更には降伏勧告をせずに他校の艦を攻撃した事になる。

これは大問題だ。

そこで財前は、

 

「あ、あの‥‥大変申し訳ないのですが、確認したところ、さ、昨夜の遭遇戦は此方の学校の学生艦でない事が、は、判明し‥‥」

 

苦しい言い訳であるが、昨夜伊201、伊202が相手にしたのは天照ではないと言って来た。

 

「おや、そうですか」

 

「む、宗谷校長に大変不快な思いをさせて、も、申し訳ありませんでした」

 

財前は真雪に深々と頭を下げた。

 

「まぁ、間違いは誰にでもありますからね。間違いと言うのであれば、この件は無かった事にしましょう」

 

真雪の方も天照、伊201、伊202の学生は全員無事だったので、この件に関しては無かった事にすると言った。

正直に言って真雪としてはこの件よりも今は自分の学校の生徒の件でいっぱいだったので、他校とのいざこざに時間を割いている余裕などなかったのだ。

 

「あ、ありがとうございます。では、私はこれにて失礼させて頂きます」

 

財前は真雪と中島に一礼し、そそくさと出て行った。

しかし、通路を歩いている時、虚偽の報告をし、自分に恥をかかせた伊201と伊202の乗員らをどうしてくれようと憤慨していた。

狩人気取りの彼らがこの後、厳罰をくらったのは言うまでもなかった。

 

 

財前が去り、中島と真雪は当初の予定通り、横須賀女子所属の学生艦の案件を話し合った。

 

「では、此方の方でも海上安全整備局の命令を撤回する様に働きかけましょう」

 

「お願いします」

 

「ですが、万が一、猿島からの報告が正しかった場合‥‥貴女はどうするおつもりですかな?宗谷校長」

 

真雪は今のところ、猿島からの報告、海上安全整備局から報告を鵜呑みにしている訳では無く、学生達を信じているが、万が一猿島からの報告が正しかった可能性もある。

もし、その場合は‥‥

 

「‥その時は、私は責任を取り、校長の職を降ります。勿論、それだけでは済まないかもしれませんが、私の生涯全てをかけても償うつもりです」

 

「‥‥」

 

中島は真雪の目を見て、彼女は本気だと悟った。

その後も協議を再開して時間は既に昼時になっていた。

二人がそれに気づいたのは、秘書が昼食の話を持ちかけて来た時だった。

 

「あら?もうそんな時間?」

 

「はい‥それで‥中島総監の昼食はいかがいたしましょうか?」

 

「そうね‥まだ、話し合いは終わっていないので頼めるかしら?中島総監もよろしいですか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

「じゃあ、二人分お願い」

 

「わかりました」

 

こうして中島も真雪と共に昼食を摂る事となった。

 

昼食が進んでく中、真雪が中島に話しかけた。

 

「そう言えば、この前のブルーマーメイドフェスターでお嬢さん達にお会いしましたが、ずいぶん大きくなりましたね」

 

真雪は中島の子供についての話題を振った。

 

「そりゃあ、母親に似て毎日食べていますからね‥‥」

 

中島は遠い目をしながら、子供達の成長を振り返る。

もう、お気づきかもしれないが、今、真雪の目の前に居る中島教育総監は、真雪の後輩である中島クイントの旦那であり、ギンガ、スバルの父親だった。

 

「あのブルーマーメイドフェスター以降、二人ともブルーマーメイドを目指すと言いだしてね‥‥何かあの時のブルーマーメイドフェスターで心境の変化でもあったのでしょうか?大人達には遊びに見えても本人達は真剣でしたし‥‥」

 

「そうですか」

 

「でも、親としての立場から言えば、あまり危険な仕事には着いてほしくない‥‥コレが本音です」

 

「‥‥」

 

ブルーマーメイドは確かに現在、女性に人気の職業であるが、その仕事内容は決して楽なモノではないし、安全かと言われればそうではない。

海での現場は常在戦場(オールウェイズ・オン・デッキ)。

そして、海は常に平穏では無い。

荒天下の救助では、救助者と共にブルーマーメイドの隊員が殉職する事なんて珍しくない。

それに訓練においても実戦さながらの訓練内容から事故により殉職したり、半身不随になったり、四肢のどれかを失ったり、失明したりと身体的喪失もある。

また、組織である以上、人間関係が付き纏う為、上司や先輩からのパワハラや男性局員からのセクハラで辞めて行く者も居る。

そうした中、まだギンガは小学校入りたてでスバルに関してはまだ幼稚園‥‥。

将来の夢を語り合う時間はまだまだたくさんある筈‥‥。

しかし、真白はちょうどギンガと同じぐらいの年でブルーマーメイドになると決めて、今横須賀女子へと入学を果たした。

ギンガもスバルもクイントに似ていて、真正直で夢に突き進む傾向が有るので、真白同様、もしかしたら横須賀女子への入学を目指し、ブルーマーメイドを目指すかもしれない。

しかし、ギンガにはギンガの‥‥スバルにはスバルの人生を歩む権利があるので、親である中島はそこまで強くは言えない。

まさに親の心子知らずであった。

 

「‥‥そう‥ですね‥‥私も娘が三人おりますが、皆、私や私の母‥あの子達から見たら、祖母ですが、私達を見て、みんな同じ道を辿りました‥‥実は末っ子が今回の海洋実習に参加しておりまして‥‥」

 

「‥そうですか‥‥今回のこの異常事態、早期に解決しなければなりませんね」

 

「はい」

 

食事時間なのだが、二人の会話はやはり、仕事を含んだような内容となった。

昼食後、再び真雪を中島は、協議を重ね、午後3時ごろに纏まった。

 

「では、私はこれで」

 

「はい、今後の事、よろしくお願いします。中島源也教育総監」

 

真雪は中島に深々と頭を下げて彼を見送った。

 

 

真雪が中島と今後の事で協議をしているその頃、海上では、天照が急ぎ学校への航路を走っていた。

そんな中、生活物資が保管されている倉庫にて、和住と青木が備蓄物資のチェックを行っていた。

 

「お米が120kg、缶詰肉が10箱‥‥」

 

和住がタブレットに備蓄物資の量を記入していく。

 

「まだまだ余裕っすね~」

 

青木がこの分なら学校に着くまで物資は持つだろうと思い呟く。

そして、倉庫のチェックが進んでいく中、

 

「あれ!?」

 

青木が空になった段ボール箱を見つける。

 

「どうしたの?」

 

和住も気になって青木が見つけた空の段ボール箱に目をやる。

そして、二人の顔色が忽ち悪くなった。

空の段ボール箱にはこう印刷されていた‥‥

 

『トイレットペーパー』

 

と‥‥

 

所変わって天照の艦橋では、普段と変わらない当直体制が行われていた。

 

「横須賀までどれくらいかかる?」

 

「えっと‥‥あと、24時間ってところかな」

 

もえかが鈴に横須賀までの予想到着時間を尋ねる。

 

「艦長。可能な限り急ぎましょう。学校側から戦闘停止命令が出ているとはいえ、あまり他船とは遭遇したくはないので‥‥」

 

葉月はもえかに進言する。

確かに学校側からは戦闘停止命令が出ているが、大元の海上安全整備局からはあの命令は撤回されていない。

猿島や伊201の様に先に攻撃を仕掛けて来て、返り討ちに合った後で、「天照から攻撃をうけたので、自己防衛の為反撃した」と偽証をする輩が今後出て来てもおかしくは無い。

 

「あぁ~もう撃てないんだ~」

 

大好きなドンパチが出来ないと知り、残念がる西崎。

 

「う、うん‥そうだね‥‥」

 

もえかは葉月の進言に対して返事はするが、どこか上の空のようにも思える。

 

「‥艦長、気分がすぐれないのであれば、無理せず休んでください」

 

「い、いや、そんなんじゃないの‥‥」

 

もえかは慌てて取り繕う。

そんなもえかを見て、幸子が

 

「『私、本当は武蔵のSOSに応えたいの!』『何を言っている!全艦学校に戻れと言われただろう!』『わかっている!でも!』」

 

と、もえかの気持ちを代弁するかのように幸子が一人芝居を始める。

 

「‥‥」

 

もえかは顔を少し引き攣らせて幸子の一人芝居を見る。

 

「ううん。きっと武蔵は大丈夫。私達は急いで学校へ戻ろう」

 

やはり、もえかは艦長として乗員の安全を最優先した。

そんな時、

 

「艦長!大変大変!」

 

「一大事っす!」

 

和住と青木が血相を変えて艦橋に飛び込んできた。

 

「どうしたの?二人とも?」

 

「と、トイレが……!」

 

「トイレ?」

 

「ん?何処かのトイレが故障でもしたの?」

 

「と、兎に角、緊急会議の招集を要求するッス!」

 

「えっ!?そんな深刻な事態が起こったの!?」

 

「えっと、じゃあ、皆を集会室に集めよう!!」

 

もえかは機関室に機関停止の指示を出し、次いで天照全乗組員を集会室に集めた。

集会室に集まったクラスメイト達は突然の招集に何事かと思っていた。

教壇では、和住が今回の招集の理由を話し始めた。

 

「日本トイレ協会によると一日に女性が使うトイレットペーパーの長さの平均は12.5メートル。うちのクラスは30人、航海実習は2週間続く予定だったので250ロールは用意していたんです。それが‥‥もうトイレットペーパーがありません!」

 

『えええっー!!』

 

和住の話を聞き、集会室にどよめきが起きる。

トイレットペーパーの在庫は今出ている分だけで、ソレを使い切ればもう無いと言う。

しかもその在庫も残りが少ない。

このままでは、今日中にはトイレットペーパーは尽きてしまう。

そうなれば、明日からトイレはお預け‥‥それはかなり無理がある。

 

「誰がそんなに使ったの!?」

 

「このクラストイレ使う人ばっかりなの?」

 

「1回10cmに制限すれば?」

 

「えぇ~困る~」

 

トイレットペーパーの制限案も出たが、直ぐに却下された。

 

「誰よ?無駄に使ってんのは!」

 

「あぁ~でも私トイレットペーパーで鼻もかんじゃいますね~」

 

「すいません!私、持ち込んだティッシュがなくなったので一個通信室に持ち込みました!」

 

鶫が自分の持ち場にトイレットペーパーを持ち込んだことを白状する。

 

「じ、自分も‥‥その‥‥五十六が艦橋に居る時には必要なので‥‥艦橋に一個‥‥」

 

猫アレルギーの為、葉月も艦橋にトイレットペーパーを持ち込んだことを白状する。

 

「食堂でも見たよ、ロール」

 

「ちょこっと拭くのに便利なんだよね」

 

「うん。便利、便利」

 

「たくどいつもこいつもすっとこどっこいだな」

 

「どうしよう‥なくなったらおトイレ行けなくなるのかな‥‥?」

 

鈴が今後のトイレの不安を言う。

一方立石は今後のトイレ問題が深刻化するかもしれないと言うのに、手製の猫じゃらしで五十六と遊んでいる。

 

「それもこれも日本のトイレットペーパーが柔らかすぎるのがいけないんだ!だからつい沢山使ってしまう!」

 

ミーナが席から立ち上がり日本のトイレットペーパーの素晴らしさを力説する。

まぁ、ミーナの乗艦予定は本来無かった事なので、何かしらの影響はあると思っていたが、その影響がまさかトイレットペーパーとは、思いもよらなかった。

ただ、ミーナの言葉からだと独逸のトイレットペーパーは硬い事になるが、どうなんだろうか?

 

「蛙鳴蝉噪」

 

トイレットペーパーの問題でどよめくクラスメイト達を見て美波がポツリと呟く。

 

「戦争だと!?」

 

ミーナが美波の聞こえた言葉の部分に反応する。

 

「意味は「うるさいだけで無駄な論議」ってことですよ~」

 

幸子がミーナに蛙鳴蝉噪の意味を教える。

兎に角集会室はトイレットペーパーの議論が飛び交い纏まりが無くなりつつある。

みんなの言葉が切れたタイミングでもえかが声を上げた。

 

「みんな、ちょっと待って!!」

 

もえかの一声に皆は議論を止め、もえかに注目が集中する。

 

「他にも足りない物、必要な物ない?」

 

もえかがトイレットペーパーの他に何か不足している物は無いか尋ねる。

 

「魚雷」

 

「ソーセージ!」

 

「模型雑誌!」

 

「真空管」

 

「いやいや、魚雷なんて売っているわけないだろう!?ソーセージはなくてもウィンナーがあるから、それで我慢して、模型雑誌は娯楽品だから却下、万里小路さん、真空管はなんに使うんだ?」

 

西崎、ミーナ、和住、万里小路から出てきた意見を切って捨てた葉月。

 

「艦長、今は横須賀に戻る事を最優先として、此処は最低限必要な日用品だけの補給を目的としましょう」

 

「うん、そうだね‥‥燃料・弾薬は学校経由じゃないと補給できないから、トイレットペーパーの他に薬品や衛生面に関わる品の補給を念頭に置こう」

 

しかし、問題はその物資をどうやって補給するかである。

横須賀女子の学生艦は海上安全整備局から学校以外の港の入港が禁止されている。ましてや天照のようなバカでかい艦が入港なんてすれば、嫌でも目立つ。

 

「位置がバレるんで通販もできないですし‥‥」

 

「買い出し行こう!買い出し!」

 

「買い出し?」

 

西崎の買い出しと言う案に幸子がこの近くで買い出しが出来そうな施設を探す。

 

「ここにオーシャンモール四国沖店があるみたいですけど」

 

すると、この近くの海域で買い出しが出来そうな施設がヒットした。



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37話 逃走中 オーシャンモール四国沖店

※二匹目のあのラットがどういう経緯で入り込んだのか、原作では描かれていなかったので、二匹目も一匹目のラットと同じ箱に入っていた設定です。




 

学校への帰校航路をとっていた天照。

しかし、そんな天照にある問題が発生した。

トイレットペーパーの在庫がなくなったのだ。

このままでは、用足しに支障が出る恐れが出てきた。

乗員達は花も恥じらう思春期の女学生達。

皆はこの問題を解決するため、買い出しへと行くことになった。

ちょうど近くには大型の海上ショッピングモール施設がある。

物資を補給するには其処に行くしかなかった。

 

「買い物…行きたい行きたい!」

 

「日焼け止め持ってくるの忘れちゃったし」

 

「私もヘアコンディショナーなくなっちゃった。みんな私の使うんだもん」

 

周りの皆の反応を見ると、その海上ショッピングモールへ行きたい様子。

とは言え、今の状況下で天照の乗員達全員が買い物へゾロゾロと行ける筈がない。

買い物を楽しみにしているクラスメイト達には悪いが、此処は少人数で目立たない様に買い出しに行くしかなかった。

 

「艦長!もう一つ重大な問題が!」

 

海上ショッピングモールへ買い出しに行く事が決まった中、突然美海が立ち上がり、もえかに声をかける。

 

「どうしたの?等松さん。まだ何か足りないモノがあった?」

 

「い、いえ‥‥大変言いにくいのですか‥‥」

 

「何?」

 

「‥‥お金が‥‥ありません」

 

「えっ?」

 

美海の発言の内容を聞いて全員が硬直する。

買い物をするにしても先立つ物が必要である。

それが無ければ買い物は出来ない。

まさか、万引きをするわけにもいかない。

 

「お金‥‥ないの‥‥全然?」

 

「はい‥元々二週間の航海予定で寄港地はありませんでしたし、補給に関しても実習中に間宮、明石から受ける予定だったので‥‥」

 

「ということは、トイレットペーパーを買いに行けるようなお金も‥‥」

 

「主計科にはありません」

 

お金がない、トイレットペーパーが買えない。

その事実を知り、皆の顔が絶望に変わる。

すると、もえかは艦長帽を脱ぎ、逆さにすると、

 

「トイレットペーパー募金お願いしまーす!」

 

もえかは駅前で募金活動を行っている人と同じように張り上げる。

お金がなければ作る‥‥と言う訳にはいかないので、クラスメイト達から募金と言う形で巻き上げるしかなかった。

皆もそれをわかっているのか、素直に財布を取り出していく。

しかし、なけなしの小遣いなのか、皆の表情は優れない。

中には不満そうな顔の者も居る。

 

「麻侖ちゃんは‥‥」

 

「宵越しの金は持たねぇ主義だ!」

 

「いや、マロンそれ胸を張って言うことじゃないからそれにまだ宵越してなから‥‥杵﨑さん達と初めて会った時も同じ事言っていたし‥‥って言うか、あの時立て替えたお団子代、まだ返して貰っていないんだけど」

 

「なんでぇクロちゃん文句あんのか!」

 

「私のお金なんだから、ちゃんと返して!!」

 

「‥‥」

 

麻侖と黒木のやり取りを見て先行きに不安を感じるもえか。

 

「小切手は使えませんわよね‥‥?」

 

「うん‥多分。万里小路さんの家ってもしかしてお金持ち?」

 

お金持ちのお嬢さんがなんでブルーマーメイドを目指しているのだろうか?

まぁ、人様の家の事だから細かく突っ込まないもえかだった。

 

「ジンバブエのお金ですがいーですか?」

 

幸子は帽子の中にジンバブエのお金を入れる。

 

「なんでジンバブエのお金なんて持っているの?っていうか、日本じゃそれ、紙切れ同然だよ!!」

 

(納沙さんって、紙幣コレクター?)

 

ツッコミどころが多すぎて対応に困る。

 

「ワシはユーロしかない」

 

「うん、わかっていたよ」

 

ドイツ人のミーナだから持っているのは円ではなくユーロだと思っていた。

 

「「ワシ?」」

 

ミーナの一人称に杵﨑姉妹が聞き違いか?とミーナの顔を見ながら聞き返す。

 

「‥‥何かワシの顔についてるか?」

 

周囲の人が自分の顔を見ていたので、ミーナは周りの人に尋ねる。

 

「ワシ‥‥?」

 

女学生の一人称にしてはおかしかったのか、周囲から笑い声が立ち始める。

 

「むっ!?何がおかしいんだ!!」

 

ミーナは両手をあげ、ムキッーと声を上げた。

 

「ま、まぁユーロでもいいよ、向こうで円に換金するから」

 

「そうか?」

 

こうしてクラスメイト達全員の協力で何とかお金を手に入れた。

お金を手に入れ、買い出しに行く事になり、その買い出しメンバーは引率者として葉月、スキッパーの運転手兼物資の選別員としてみかんと和住、医薬品の専門である美波の四人となった。

四人は私服に着替え、スキッパーで買い出しへと向かった。

 

「一度、スキッパーを停車場に止めて、水上バスでオーシャンモールへ行こう」

 

どこにブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの目があるかわからないので、直接では無く、ワンクッション置いてからショッピングモールへと向かう事にした。

 

「お忍びでいくわけだな」

 

「なんか、カッコイイね」

 

「船の話とか専門用語を出しちゃダメからね。それと無駄な買い物もダメ」

 

和住が一応、注意を入れる。

 

「卵と生クリームとイチゴを買いたいんだけど‥‥」

 

「ダメに決まっているでしょう」

 

「媛萌ちゃん、レバーとかチーズ食べている?」

 

「どっちも嫌い」

 

「やっぱり、ビタミンB12が足りないとイライラするらしいよ」

 

「してないから!!」

 

そして、四人は予定通りスキッパーを停車場に止めて無料送迎の水上バスにてショッピングモールに着いた。

 

「やっと着いた」

 

「お茶する時間あるかな」

 

「ないから」

 

「媛萌ちゃん、それかえって目立つよ」

 

和住は変装なのかマスクにサングラスを装着しており、みかんの言う通り怪しさ抜群な姿でかえって目立つ格好だった。

 

「うん、伊良子さんの言う通り、和住さんせめてマスクだけにしよう」

 

葉月が和住にサングラスは外せと言い、和住は渋々サングラスは外した。

 

その頃、天照はこのまま停船する事になり、最低限の見張り等を残してシフト態勢は半舷上陸日の様にお休みモードになった。

杵崎姉妹は甲板で洗濯物を干し、普段は機関室で籠っている機関委員のメンバーも水着になり甲板で日光浴をしている。

 

「麻侖ちゃんは?」

 

「機関室の方が落ち着くんだって」

 

「ええーたまには太陽を浴びないと」

 

「流石機関長殿」

 

折角の休みなのに麻侖は甲板には出ず、機関制御室で寝ていた。

 

艦首ではマチコ、青木、美海が写真を撮っており、マチコに抱き付いてピースサインをする青木に美海が嫉妬していた。

左舷側の甲板では、松永と姫路が漂流物をフックに引っ掛けて何か目ぼしい物は無いか確認していた。

 

「あんまり使える物流れてこないね」

 

「トイレットペーパーとか流れてこないかな」

 

使えそうな漂流物が流れてこない事に愚痴る二人だった。

と言うか、トイレットペーパーが流れてくる筈がないだろう!!

 

艦橋では見張り体制がとられているのだが、周りの空気に影響されてか、何とも緊張感が無い。

 

「平和っていいね」

 

トラブルらしいトラブルもなく、平穏な時間が流れている艦橋で鈴が呟く。

 

「いい」

 

立石も鈴の意見に賛同し、一言呟く。

 

「今日の晩御飯何がいいかな?」

 

「カレーが‥‥いい」

 

「今日は金曜じゃないよ」

 

そんなまったりムードが流れている艦橋に

 

「艦長」

 

黒木が訪れた。

 

「ん?黒木さんどうしたのかな?」

 

「ミーナさんが艦内案内してほしいそうです」

 

「うん、いいよ。知床さん、納沙さん、立石さん、艦橋お願いできるかな?」

 

「「いいですよ」」

 

「うぃ」

 

もえかは三人に艦橋を任せて黒木と共にミーナに艦内を案内した。

 

「それにしても大きな艦じゃのう」

 

ミーナが辺りを見回しながら呟く。

 

「一体どのくらいの大きさなんじゃ?」

 

「えっと‥‥その‥‥それは機密ってことで、詳しくは言えないんだ」

 

「そ、そうか」

 

軍艦は一国の技術の塊である事はミーナも知っているので、そう簡単に教えてもらえるとは思っていなかった。

甲板に出ると、機関科と炊飯員、主計科のメンバーによる女子会の様なモノが行われていた。

 

「杏仁豆腐作ったから食べて」

 

「どうぞ」

 

杵﨑姉妹が作って来た杏仁豆腐を皆に振舞う。

 

「学校に帰ったら私達怒られるのかな」

 

「まさか停学とか退学にならないよね?」

 

不安そうな機関科の留奈の嘆きに、同じく機関科の広田がどこか悲しそうな顔をする。

お菓子やお茶が並んでいる女子会なのに何故か空気は重い。

 

「学校に着いた途端、捕まったりするのかな‥‥」

 

「ブルマーになれないとか?」

 

「ブルマー?」

 

「ブルーマーメイド」

 

「そうなったら何のためにこの学校に入ったんだって話よね」

 

美海がそう言うと周囲の皆が頷いた。

あまりにも空気が重かったのを感じたのかそれとも忘れたいのか若狭が別の話題をふった。

 

「そ、そう言えばさ、先任って結構謎の人だよね?」

 

話題は何故か葉月の事になった。

 

「あっ、私もそう思った」

 

「「うんうん」」

 

「私達と同級‥じゃないよね?」

 

「初めて会った時も艤装員長って言ってたし」

 

「そう言えば、あの人がお風呂に入っている姿見た事ある?」

 

「私は無い」

 

「私も‥‥」

 

「えっ?あの人、お風呂入っていないの!?」

 

「いや、それは無いよ、この前会った時、髪の毛が少し濡れていたし、石鹸の匂いもしたから、お風呂には入っている筈だよ」

 

「まぁ、私らとは科が違うから‥‥」

 

「でも、洗濯とかは自分でやっているみたいだし‥‥」

 

「うーん‥‥怪しいッス‥‥」

 

「もしかして、先任って実は男なんじゃ‥‥」

 

『えええっー!!』

 

若狭の突拍子もない仮説に驚く。

 

「り、リアル男の娘ッスか!?」

 

青木は驚愕のベクトルが他の皆よりも違う方向に行っている。

 

「た、確かに先任ってちょっと女の子っぽくない所があるような気が‥‥」

 

「制服も一人だけズボンだし‥‥」

 

「ねぇ、今度先任の後をつけてお風呂に入った時、確かめる?」

 

「た、確かめるって何を?」

 

「先任が男か女かを」

 

何やら、葉月に危機が迫っている様な流れの時、

 

「余計なおしゃべりはそこまでになさい!」

 

女子会の会話に割り込んだ冷たい声に場が凍り付く。

メンバーが声のした方に視線や首を向けると、そこには黒木ともえか、ミーナがやや不機嫌そうな顔で立っていた。

 

「この噂好きのドグサレ野郎共!修理する箇所がいくらでもあるだろ!とりかかれ!」

 

『は、はい~!!』

 

ミーナの一喝を受け、まるで蜘蛛の子を散らす様に皆は思い思いの方向に散っていく。

 

「全く、同胞への噂は度が過ぎると本当にいかんのぉ」

 

「そうね」

 

「‥‥」

 

ミーナと黒木は呆れながら言うが、もえかはさっきの女子たちの会話の中で、自分もあまり葉月の事は知らないと言う事実を突きつけられた。

もえかにとって葉月は明乃同様、大切な人になり始めていたのだ。

故に葉月の事を知りたいと言う知的好奇心がもえかの中に沸いた。

その頃、漂流物を拾っていた松永と姫路は、

 

「あ~。Abyssの箱だ」

 

通販会社のロゴが書かれたプラ箱を引き上げていた。

 

「通販の箱なんだから雑誌とか入ってないかな~」

 

ワクワクしながら蓋を開けると、其処には蓋が開いた飼育箱があり、中からはハムスターの様な生き物が飛び出して来た。

そのハムスターは甲板を走り去っていくと、五十六がその姿を見つけ、追いかけて行く。

 

「な、なんだ?アレ?」

 

「さ、さあ‥‥」

 

松永と姫路は首を傾げながらハムスターと五十六が走って行った方向を見ていた。

すると、その隙にもう一匹のハムスターの様な生き物が逆の方向へと走り去って行った。

二人はもう一匹のハムスターの存在には気づかなかった。

 

その頃、葉月達が買い出しにいったオーシャンモール四国沖店にある一室では‥‥

 

「東舞校所属の潜水艦との戦闘位置、目撃情報から天照はこの近くを通る筈よ」

 

平賀が二人の部下に天照の目撃地点から天照はこの近海にいると判断し、二人に説明する。

 

「間宮と明石、浜風、舞風にこの近海の哨戒を依頼しますか?」

 

「そうね、そうして頂戴。ただ、夕方まで見つからない様なら、戻って来るように言っておいて」

 

「わかりました」

 

「それと私達も哨戒艇にて哨戒を行います。準備をして」

 

「了解」

 

平賀達は間宮と明石、浜風、舞風にこの近海の哨戒を依頼し、自らも哨戒艇にて哨戒する為、桟橋へと向かう。

すると、反対側の桟橋に平賀の知る顔が見えた。

 

(あれはっ!?葉月さん!?どうして此処に!?)

 

「平賀さん?」

 

「哨戒任務は中止!!」

 

「えっ?」

 

「今、天照の乗員らしき人物を見つけたわ」

 

「本当ですか?」

 

「ええ、身柄を抑えるわよ」

 

「は、はい」

 

「わかりました」

 

平賀達は急いで葉月達を追うが、既に人ごみの中に紛れてしまった。

 

(天照は港への入港が制限されている‥となると葉月さん達はスキッパーか水上バスで着た‥‥)

 

「警備員に言ってスキッパー停車場のスキッパーを全て調べて、もし、天照搭載のスキッパーがあったら、それを抑えてもらって!!後、水上バスの乗り場にも広瀬三等監査官の顔写真を送ってその人物が乗る様なら、引き留めてもらうように連絡を!!」

 

「はい」

 

平賀迅速に行動し、葉月達を追い詰め始めた。

 

出入り口を封鎖した形で後はモール内を捜索し始めた平賀達。

 

「しかし、三等監査官とは言え、年齢は一介の学生と同じですから、直ぐにつかまるのではないでしょうか?」

 

平賀の部下の一人がそう言うが、

 

「相手はプロよ。決して舐めてかからない様に」

 

慢心している部下に平賀は釘を刺す。

 

「「は、はい」」

 

平賀達は葉月を探しにショッピングモール内へと入って行った。

ただ、平賀達はブルーマーメイドの証である白い制服のまま葉月を探しに出たので周囲からの視線を浴びる事になった。

中には小さい子供が、

 

「あっ、ブルーマーメイドの人だ!!」

 

と声を立てたりして、自分達の存在を教えている様なモノだった。

 

「ちょっとお茶でもしようか?」

 

『えっ?』

 

買い物を済ませた時、葉月が皆に休憩がてらお茶でも飲もうと言う。

その言葉に他の買い出しメンバーが一瞬固まる。

 

「で、でも、せんに‥‥いや、葉月さん、もうお金が‥‥」

 

和住がもうも打ち合わせが無い事を指摘する。

 

「大丈夫、自分が奢るよ」

 

「ほんと!?」

 

「やった!!」

 

「いいのか?」

 

「うん、あっ、でも他の皆には内緒だよ」

 

そう言って葉月達は近くの喫茶店へと入り、テーブル席に着くと、和住、みかん、美波は好きなメニューを注文する。

そんな中、葉月はこのショッピングモールの案内パンフを広げ、ペンで何かを書いている。

 

「何しているんですか?」

 

気になったみかんが葉月に尋ねる。

 

「‥‥みんな、驚かない様に‥‥自分達は先程から見張られている」

 

『えっ!?』

 

葉月が声を殺して他のメンバーに囁く。

そして他のメンバーは葉月の言葉を聞き、ギョッとする。

 

「だ、誰なんでしょう‥‥?」

 

「恐らくブルーマーメイド」

 

「ぶ、ブルーマーメイド!?」

 

和住が慌てて周囲を見渡そうとするのを葉月が止めた。

 

「和住さん、立たないで、それと周囲を見ないで」

 

「あっ、はい‥‥」

 

「でも、どうしよう‥‥ブルーマーメイドに捕まっちゃったら、私達牢屋行き?」

 

みかんが不安そうに言う。

 

「大丈夫、それを回避する為の作戦をこれから皆に教えるよ」

 

葉月が出した作戦では、この後、四人で店を出た後、二人一組となり分かれる。

その後、葉月と組んだ者は更に葉月と分かれる。

そして、トイレにて、葉月が用意した眼鏡、帽子で変装し、髪型も変えて三人は合流した後、水上バスにてショッピングモールを脱出、スキッパー停車場では恐らくスキッパーは抑えられているだろうから、別のメガフロート都市へと向かった後、そこで船かスキッパーをチャーターして天照へと戻る指示を出した。

 

「何時の間にこんなものを‥‥」

 

手渡された帽子や眼鏡を手に美波は葉月の用意周到さに感心する。

 

「えっ?でも、それじゃあ先任は?」

 

葉月の指示を聞く限り、葉月はこのショッピングモールに残るような言い方だ。

和住が気になり、葉月に尋ねる。

 

「自分はどうしても確かめなければならない事が有る‥‥自分が戻らなくても天照は学校へ向かってくれと艦長に伝えておいて」

 

「そ、そんな‥‥」

 

皆は葉月を見捨てる事にためらいを感じているが、

 

「小を殺して大を生かす‥‥それが最善の方法だ。まして、君達はまだ学生だ‥‥わけのわからない陰謀に巻き込まれるいわれはない筈だ」

 

「で、でも‥‥」

 

「いいから、此処は自分に任せて」

 

葉月の真剣な眼差しにそれ以上の事は言えない和住、みかん、美波の三人であった。

 

「さて、それじゃあ、ミッション開始といきますか?」

 

葉月は不敵な笑みを浮かべる。

そして、葉月達一行が店を出た瞬間、平賀達、葉月達を確保しようとするブルーマーメイドと彼女らを撒き、無事に天照へと戻る和住、みかん、美波達三人のミッションが同時に開始された。



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38話 駆引きと豹変

 

トイレットペーパーがなくなり、オーシャンモール四国沖店へと買い出しに来た葉月達。

しかし、其処には運悪くブルーマーメイドの平賀達も居り、葉月達一行を見つけた。

平賀は、直ぐに包囲網は敷き葉月達一行を拘束する準備を整える。

だが、平賀達の存在をいち早く察知していた葉月は一緒に同行しているみかん達を逃がす策を立てた。

そして、今入っている喫茶店を出た所で平賀達ブルーマーメイドと葉月達天照の乗員組、互いにミッションが開始された。

 

「あっ、目標が店から出てきました」

 

平賀の部下が喫茶店から出て来た葉月達一行に気づき平賀達は早速葉月達を追う。

まずは一定の距離を取りゆっくりと距離を詰めて行く。

 

「‥‥」

 

葉月は、顔は向けずに視線を後ろに向けつつ平賀達の動きを警戒する。

そしてT字路に出た時、葉月達は左右の路地にそれぞれ分かれて走り出した。

左側にはみかんと美波、右側には葉月と和住が走り去って行った。

 

「「っ!?」」

 

「なっ!?」

 

葉月達の行動に平賀達は慌てた。

 

「くっ、貴女はそっちをお願い!!私達はこっちを!!」

 

「は、はい」

 

平賀はみかん達の方へ一人を行かせて、自分達二人は葉月達の方を追いかけた。

 

「葉月さん、次はこの先のY路地で二手に分かれれば良いんですよね?」

 

走りながら和住が葉月に確認をとる。

 

「そうだ、くれぐれも捕まらない様に。それと天照に着くまでは携帯は使える様にして、伊良子さん達と連絡を取れるようにしておいてね」

 

「わかりました」

 

やがてY路地に出ると葉月と和住はそれぞれ左右に分かれて走り去っていく。

 

「またわかれた!!」

 

「どうしますか?平賀さん」

 

平賀は此処で決断を強いられる。

二人で葉月を追うか、それとも此方も二手に分けるか。

そして、平賀は決断した。

 

「貴女はもう一人を追って!!私は広瀬三等監査官を追います!!」

 

「はい」

 

二手に分かれる方をとった。

例え、葉月に逃げられてももう片方の乗組員の身柄を抑えれば、葉月は必ず出てくると踏んだからだ。

人質をとるようなマネであるが、葉月の身柄を抑えられるためならば今は手段を選んでいる余裕はない。

しかし、これは平賀にとって悪手であり、葉月にとっては望む結果となった。

 

「くっ、速い‥‥」

 

平賀が予測していたよりも葉月の足は速かった。

そして、ある路地を曲がる前、葉月は平賀の方を見た後、路地へと入っていった。

 

(読まれている‥‥でも、此処で逃がすわけには‥‥)

 

平賀は葉月が自分を誘導している事を悟ったが、此処で諦める訳にはいかなかったので、敢えて葉月の誘いに乗り、路地へと入って行った。

葉月が逃げ込んだ路地は建物と建物の間で狭く、薄暗く、そして人通りが少ない。

平賀は警戒しつつ路地を進んで行く。

すると、平賀の後ろから葉月が襲い掛かって来た。

平賀一瞬対応が遅れたが、一応彼女もブルーマーメイド、日々の訓練で格闘戦の訓練は行っていた。

葉月が繰り出す拳と蹴りを平賀は手で裁く。

そして、足で葉月の足を払うが、葉月はジャンプし、それを躱し、逆に平賀の足を払う。

 

「キャッ!!」

 

葉月の足払いを受け、バランスを崩す。

バランスを崩した平賀を葉月は袖と後ろ襟を持ち、壁に押し付け、手をねじる。

 

「イタッ!!」

 

そして、平賀の首筋にヒヤリと冷たい金属が押し当てられる。

 

「声を出すな‥‥騒いだり、変な真似をしたら、このまま頸動脈をバッサリと切る」

 

「っ!?」

 

平賀の背後からは葉月の声がした。

その声は、平賀が聞いた事のある葉月の声では無く、冷たい無機質な声だった。

 

「‥‥久しぶりですね‥‥平賀さん‥‥まさかこんな形で再会する事になって残念です」

 

「そ、そうね‥‥」

 

「では、質問に答えて貰おう‥此処で何をしていた?」

 

「わ、私は宗谷監察官からの密命で‥‥」

 

「密命?それは、自分を暗殺することかな?」

 

葉月は未だに宗谷親子を疑っていた為、平賀が真霜の暗殺命令を受けてきたのではないかと思った。

 

「ち、違います!!宗谷監察官は天照の‥‥葉月さんの無実を訴えています」

 

「ならば何故、あんな命令を出した!?自分一人の為に天照に乗る大勢の学生をも殺しかねないあんな命令を!?」

 

「あれは、宗谷監察官が出した命令じゃありません。海上安全整備局の上層部‥宗谷監察官や葉月さんを快く思わない連中が勝手に出した命令です。逆に宗谷監察官も宗谷校長もその命令を撤回する為に奔走しています」

 

「口ではどうとでも言える」

 

「本当です!!信じて下さい!!」

 

「ならば、直接真霜に聞いてみる事にしよう‥‥電話をかけろ‥‥ただし片手でな‥‥」

 

葉月は片方の手で平賀の腕を拘束し、もう片方の手にはあるモノを握り、それを平賀の頸動脈に押し当てているので、今は手が使えない状況。

一方の平賀も片腕は葉月に拘束されているがもう片方の手は使える。

しかし、今葉月を拘束しようとすれば、葉月の言う通り、頸動脈を切られるかもしれない。

そんな恐怖の為、平賀は葉月の指示に従い、器用に懐から携帯を取り出し、真霜に電話をかける。

 

「もしもし」

 

平賀からの電話を真霜は海上安全整備局にある自分の部屋で受けた。

 

「む、宗谷監察官ですか?」

 

「平賀二等監察官。どうしたの?何かあったの?」

 

通話口から聞こえてくる平賀の声は心なしか震えている。

 

「そ、その‥‥広瀬三等監察官と接触したのですが‥‥」

 

「はづ‥‥広瀬三等監察官と!?それで、彼女は今何処に!?」

 

「そ、それが‥‥」

 

「やあ、真霜‥まさか、まだ自分に役職名が残っているとは思っていなかったよ‥もう、とっくの昔に除籍されたかと思っていたよ」

 

「葉月‥‥ね、ねぇ葉月、聞いて頂戴‥‥」

 

真霜は久しぶりに葉月の声を聞いたのだが、葉月の声は真霜が知っている葉月の声とは全くの別モノのように聞こえる。

それに対して驚いたのか、真霜は葉月の事をつい、いつもの様に名前で呼んでしまう。

 

「あの命令は‥‥貴女が出したモノですか?宗谷真霜」

 

真霜が葉月にあの討伐命令の事を言う前に葉月が真霜に尋ねた。

 

「い、いいえ‥違うわ‥‥」

 

真霜は当然、あの命令は自分が出したモノではないと言う。

 

「そうですか‥‥しかし、今回の真雪さんからの依頼、そしてあの討伐命令‥‥貴女達親子が裏から糸を引いて、自分と天照を学生共々抹殺を考えていたとしたら、辻褄が合うのですが‥‥」

 

「っ!?それは、誤解よ!!私も母さんも貴女達を助けるために‥‥」

 

「その証拠は?」

 

「‥‥」

 

「証拠は無いんですか?」

 

「‥‥今は私達を信じてとしか言えないわ‥‥それに葉月の方も私があの命令を下したって言う証拠は持っていないのでしょう?」

 

「ええ」

 

「なら、此処はお互いに信頼関係が必要だと思わない?」

 

「しかし、現に天照は猿島とドイツからの留学生艦、アドミラル・シュペー、潜水艦伊201、202からの攻撃を受けました。船体は傷つきましたが、幸いな事に負傷者が出ていないのは奇跡です‥‥学校側から戦闘停止命令が出ているとはいえ、今後猿島の時の様に先制攻撃をして、後で先制攻撃を受けました‥なんて虚偽の報告をする輩がいないと言い切れるのですか?」

 

「だからこそ、母さんが天照の補給の為、明石と間宮を派遣したわ。私もあの討伐命令を撤回する様に動いている‥‥ねぇ、葉月お願い私を信じて」

 

「は、葉月さん‥宗谷監察官を信じて下さい‥‥大体この状況からどうやって逃げるつもりです?既に水上バスの停留所とスキッパーの停車場には警戒網を敷かせてもらっています。此処を出るには、私達の協力が‥‥」

 

平賀も葉月に真霜を信じてくれと言う。

 

「‥‥そうですね‥‥確かにこの状況では、平賀さんに協力してもらわなければなりませんね‥‥」

 

葉月のこの言葉に真霜と平賀はホッと安堵するが、次の葉月の言葉で再び凍り付く事になる。

 

「自分の目の前に有るブルーマーメイドの制服を奪っていけばいいだけですから‥‥」

 

「「っ!?」」

 

(自分の目の前にあるブルーマーメイドの制服?それってまさか‥‥)

 

平賀は葉月の言葉に嫌な予感を感じる。

 

「は、葉月、どういう意味よ?それっ!?」

 

真霜は葉月のブルーマーメイドの制服姿を見たいと言う願望を抱きながらも葉月に言葉の意味を尋ねる。

 

「言葉の通りですよ‥‥平賀さんには自分がこのショッピングモールを出る為の生贄になって貰いましょう‥‥とりあえず、息の根を止めた後、顔を潰せば少しは時間も稼げるでしょうし、それに水上バスとスキッパー乗り場を抑えられても、平賀さんの制服を奪った自分が警備体制を解除すれば問題ありません」

 

(ひっ、殺されて服を奪われて顔まで潰されるなんてそんな死に方は嫌!!)

 

平賀の震えは最高潮となるが、葉月の拘束から逃れる事も出来ない。

 

「真霜さんも平賀さんも自分が前世では軍人だった事は知っていますよね?‥‥つまり、自分は人を殺す事に関しては何のためらいもないと言う事です」

 

「ひっ、た、助けて下さい!!宗谷監察官!!」

 

平賀は死への恐怖からとうとう泣き出してしまい、真霜に助けを求める。

 

「大丈夫ですよ、平賀さん‥‥痛みを感じる前に殺しますから‥‥」

 

「全然大丈夫じゃないです!!」

 

「葉月、バカなマネは止めなさい!!」

 

真霜は、このままだと本当に葉月は平賀を殺すかもしれないと思い、説得をする。

 

「ブルーマーメイドの隊員を殺したりしたら、それこそ本当に重罪になるわよ!!その後貴女は如何するつもりなの!?」

 

「そうですね‥‥天照を手土産にアメリカにでも亡命しますかね」

 

「なっ!?」

 

「学校も海上安全整備局も自分達をだまし、学校についた途端身柄を拘束し、反逆罪の罪をきせるつもりだと皆に伝え、その後、アメリカに亡命する旨を説明します‥‥勿論、退艦したい者は退艦させるつもりですが‥‥」

 

葉月のアメリカへの亡命話を聞き、真霜は、葉月なら本当にやりかねないと思い、

 

「ちょっと待って!!さっきも言った様に、私と同じ、母さんも葉月達の無実を信じているからこそ、補給と補修の為、明石と間宮を派遣したの!!平賀を殺すのはそれを見極めてからでもいいじゃないかしら?」

 

(む、宗谷監察官!!結局それって葉月さんに信用されないと私、殺されるんですけど!!)

 

「‥‥わかりました」

 

葉月は真霜の提案を呑んだが、一応警戒しておくに越したことはないので、平賀に残りのブルーマーメイドの隊員を撤収させて、水上バス乗り場、スキッパー停車場の警備も解かせた。

そして、葉月は平賀を後ろ手に彼女が持っていた手錠をかけた。

平賀の手の自由を奪い、その後、葉月はみかんと和住に連絡をとった。

他の皆は追っ手のブルーマーメイドの隊員を撒くのと、変装に時間がかかっていたみたいで、まだショッピングモールに居た。

葉月は水上バス乗り場とスキッパー乗り場の警備が解かれた事を説明し、来た時と同じルートで帰れることを皆に説明した。

そして、天照へ帰る為に皆と合流した時、ブルーマーメイドの隊員である平賀を捕まえて来た葉月を見て唖然としていた。

天照に帰る際、二艇のスキッパーの内、一艇はみかんがもう一艇には和住と美波は乗り、葉月は平賀達が使用していたブルーマーメイドの哨戒艇を使い天照へと戻った。

平賀は後ろ手に手錠をかけられたうえ、更にその上からロープで縛られていた為、哨戒艇の運転は葉月が行っている。

途中、ショッピングモール沖で待機していた間宮、明石、浜風、舞風と合流し、それらの艦艇全てで天照が停泊している海域を目指した。

 

その天照では‥‥

日が落ちて海が少し荒れて来た中、

 

「漂流物漁っている場合じゃなくなってきたねぇ~」

 

「うぇ~気持ち悪い~」

 

昼間からずっと漂流物を漁っていた松永と姫路であったが、荒れてきた海の中で、下を向いて作業をしていた為か船酔いを催した様子。

彼女達の周りには沢山の漂流物(ゴミ)があった。

 

「先任たちはまだ戻らない?」

 

「まだですねぇ~」

 

もえかが葉月達一行の帰りを待っていると、五十六が艦橋へとやって来た。

 

「ん?五十六、何を咥えているの?」

 

五十六が口に咥えているのは昼間、通販会社の箱から最初に逃げたあのハムスターの様な生物であった。

そして、五十六はそのハムスターの様な生物を生け捕りにしており、まるで艦橋のメンバーに自慢するかのように見せた。

 

「かわ‥‥いい‥‥//////」

 

五十六が床に置いたそのハムスターの様な生物を立石が手に取ると五十六は、

 

「俺の獲物を横取りするな!!」

 

と言っているかの様な態度をとるが、西崎に抱きかかえられて、ハムスターの様な生物を取り返せなかった。

 

「こら、こら、落ち着け、五十六」

 

ハムスターの様な生物は自らを掌に乗せてくれた立石の頬に自らの頬を寄せる。

 

「人懐っこいですねぇ」

 

「それネズミ?」

 

「色を見る限り、ハムスターじゃないですかね?」

 

「誰かのペット?」

 

「さあ?とりあえず飼い主が見つかるまで預かっておきましょうか?」

 

もえかと幸子がこのハムスターの様な生物について話している時、

展望指揮所で見張りをしていたマチコが水平線から此方に接近して来る艦船を発見した。

 

「間宮・明石および護衛の航洋艦二隻!右60度!!距離200此方に向かう!!」

 

「また攻撃されちゃうの~!?」

 

「どうする?撃っちゃう?」

 

「それはダメ、絶対にこっちから手を出しちゃダメ」

 

不安そうに事の成り行きを見ていた立石。

その彼女の手にはあのハムスターの様な生物が居たが、この時、この生物は先程見せた人懐っこい姿はなく、まるで魔界の使い魔か小悪魔の様な雰囲気を出していた。

艦船が接近していると言う事で艦橋に緊張が走るが、それは間宮、明石、浜風、舞風の乗員も同じであった。

間宮、明石は殆ど武装なんて施されていない艦船で、駆逐艦の浜風、舞風では天照とドンパチやっても勝てる訳がない。

天照の主砲だけでも自分達を殲滅出来る。

そんな艦船に近づくのであるから緊張しない筈がない。

また、天照の方もいきなり攻撃をされるのではと言う不安があった。

やがて、間宮、明石、浜風、舞風は探照灯と照らしながら天照の左右を固める。

甲板に居た砲術委員の武田美千留(たけだ みちる)と小笠原光(おがさわら ひかり)も松永と共に不安そうに周囲を見渡す。

姫路だけは船酔いでそんな余裕も無く、一人吐いていた。

 

「ドマヌケ共が何をやっている!買い出し組はどうした!?」

 

「まだ戻ってきていません!」

 

「なにっ!?」

 

間宮、明石、浜風、舞風が天照を包囲すると、その後ろから天照のスキッパーとブルーマーメイドの哨戒艇が近づいてきた。

 

「先任達が戻ってきました!ブルーマーメイドの哨戒艇もいます!」

 

「ブルーマーメイドって私達を捕まえに来たの~!?」

 

艦船に包囲されさらに後ろからはブルーマーメイドまで現れた。

天照の艦橋の不安と緊張がピークに達したその時、

 

「カレーなんか食ってる場合じゃねぇ~!!」

 

突如、艦橋に怒声が響いた。

 

「た、立石さん?」

 

「なんだ?カレーって‥‥」

 

幸子は普段の立石からは考えられない声を出した彼女に困惑し、ミーナは今日の夕飯のメニューでもないカレーの事を口走った立石に困惑する。

 

「それより逃げないと‥‥」

 

鈴は何とかしてこの場から逃げようと言うが、

 

「何言ってんだ!逃げてたまるか!攻撃だ~!!」

 

立石は攻撃をしようと言う。

その態度は余りにも普段の立石らしからぬ態度であった。

 

「おっ、撃つか?撃つのか?」

 

そんな立石の態度に疑問を感じつつ砲を撃てるかもしれないと西崎は少し期待した目をする。

 

「ダメよ、立石さん」

 

もえかは絶対に此方からは手を出すなと言うが、

 

「黙れ!!腰抜け!!」

 

「っ!?」

 

もえかは立石から腰抜けと言われショックを受けた。

武蔵からのSOSを無視して学校に戻ろうと決めたのは艦長として天照の乗員の為の決断だったのに‥‥

此方から発砲しない様に言ったのは、学校から戦闘停止命令が出ている中、先制攻撃をすれば、今度こそ本当に反逆者となってしまうかもしれないから‥‥皆天照の乗員の命を守る為の決断だったのに、それを腰抜けと言われてショックを受けない筈がなかった。

 

「タマちゃんどうしちゃったの?急に~!」

 

「『もう逃げるのは嫌!』『そうよね。逃げちゃ駄目。私戦う~』『元グリーンベレーの俺に敵うもんか』『お前らは女や子供たちを殺したんだ。だが今、迫害されたもの達の手に、敵に反撃する強力な武器が与えられた!!』」

 

幸子がもう恒例となった一人寸劇を始める。

 

「た、立石さん少し落ち着いて」

 

もえかと西崎が立石を取り押さえるが、

 

「HA・NA・SE」

 

「うわっ!?」

 

「キャッ!!」

 

立石は物凄い力で二人を振りほどき、艦橋から出て行った。



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39話 名誉挽回

停泊していた天照に接近してきた間宮、明石、浜風、舞風の四隻の学生艦。

学校から戦闘停止命令が出ているが、包囲されている為、いつまた戦闘になるか不安になる天照の乗員。

更にその後方からブルーマーメイドの哨戒艇も来て、天照の乗員の不安は尚も増大する。

そんな中、砲術長の立石がいきなり豹変し、間宮、明石、浜風、舞風へと攻撃を仕掛けようと言いだした。

その様子は普段の立石からは信じられない程の豹変ぶりだった。

此処で機銃一発でも発砲すれば、ややこしい事態になるので、もえかは絶対に攻撃をしかけてはならないと言うが、立石はそんなもえかに反発して艦橋を出て行く。

そんな立石をミーナは急いで追いかけて行った。

一足先に艦橋を出て行った立石はまるで猫の様に高所でも飛び移って行く。

 

「ド○キーコングのマ○オみたいだな」

 

その様子を見た西崎はゲーム業界で有名なイタリアの配管工兄弟の兄の名前を呟く。

やがて、立石は機銃にたどり着くと、

 

「明石!間宮!お前らにやられるタマじゃねーんだこっちは!誰がテメェなんか!テメェなんかこわかネェェェ!野郎ぶっ殺してやああぁぁる!」

 

銃口の照準を明石へと向ける。

 

「本当に撃つ気だ!?」

 

西崎はてっきり立石が冗談で言っているのかと思ったが、どうやら立石は本気の様で、引き金に指をかけると、それを引いた。

 

ダダダダダダッ

 

明石に四、五発機銃弾を撃ち込むと、次は間宮に対しても機銃弾を撃ち込む立石。

 

「撃っちゃったね‥‥」

 

「なんてことを‥‥」

 

もえかの中にこれで本当に自分達は反逆者になってしまったと言う絶望感が沸きあがる。

 

「広瀬さん、これはどういうことですか!?」

 

突然の天照からの発砲は平賀と葉月の両者も困惑する。

 

「そんなのこっちが聞きたいぐらいだ」

 

もえかの性格からして此方から攻撃命令を下すとは思えない。

それに発砲しているのは機銃一基だけ‥‥攻撃命令にしてはあまりにも不自然だ。

やがて、機銃弾全弾を討ち尽くした立石は別の機銃へと移動しようとした時、

 

「このドアホウのドマヌケが~!」

 

追いついてきたミーナが立石を掴むと海へと投げ込んだ。

 

「しまった!」

 

立石を海へと投げ込んだ後、ミーナは止めるためとは言え、夜の海に人を投げ込んでしまった事の重大さに気づいた。

 

「タマちゃーん!!」

 

「立石さーん!!」

 

甲板からはクラスメイト達が海に投げ飛ばされた立石の安否を心配する。

 

「っ!?」

 

立石が海へと投げられるのを見た葉月は急いで海へと飛び込み、海中へ沈む立石を拾い上げた。

 

「ぷはっ!!砲術長、大丈夫!?」

 

「う、うぃ‥‥」

 

「先任!!これに捕まって下さい!!」

 

天照から縄が着いた浮き輪が投げられ、葉月は立石と共にそれに捕まり、船体から降ろされた縄梯子で天照の甲板へと戻った。

甲板には艦橋メンバーも降りて来て、立石を海へ投げ飛ばしてしまったミーナは立石に抱き付き、

 

「よくぞド無事で~」

 

「それを言うならご無事だって‥‥」

 

間違った日本語で立石が無事だった事に安堵し、西崎は冷静にミーナの間違った日本語にツッコミをいれる。

 

「あら?あなたそんな所にいたの?」

 

幸子は立石のスカートのポケットに入っていたあのハムスターの様な生物に気づく。

ハムスターの様な生物は直ぐに助けられたとは言え、一時的に海水に浸かったせいかぐったりとしていた。

 

「立石さん、大丈夫?」

 

もえかが立石に怪我がないかを尋ねる。

 

「うぃ」

 

「あれ。いつもの調子に戻っている」

 

立石は先程の様子と違い何時もの無口な様子で一言返事をした。

その後、明石、間宮が天照へと左右に横付けされ、天照は補修と補給を受けることが出来た。

ブルーマーメイドの哨戒艇の艇内で身柄を拘束されていた平賀はスキッパーに乗っていたみかんが拘束を解き、天照へと案内した。

明石が横付けされた際、葉月は明石艦長の杉本珊瑚(すぎもとさんご)より、真雪からの親書を手渡された。

親書を受け取った葉月は平賀と共に天照の艦内に有る自室へと行く。

受け取った新書にはこれまでの経緯が記されており、海上安全整備局の一部が勝手に暴走してあの討伐命令を下した事、そして、自分達が討伐命令を撤回する事に対し奔走している事、学校側からも今回の事件の原因究明の調査を行っている事と命の危険にさらしてしまったことに関しての謝罪が記されていた。

 

「‥‥」

 

「わかってもらえましたか?」

 

親書を読み終えた葉月に平賀が宗谷親子は今回の一連の事件に関して葉月の味方である事が理解できたかを尋ねる。

 

「分かりました‥‥真霜さんや平賀さん達には大変不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」

 

葉月は平賀に深々と頭を下げて謝罪する。

 

「いえ、分かってもらえたなら‥‥でも、葉月さんは本当にあの時、私を殺す気だったんですか?」

 

平賀は恐る恐る葉月にショッピングモールでの件を尋ねる。

 

「流石に素手で殺すには時間がかかるので、平賀さんを眠らせて制服を奪うだけのつもりでした」

 

「でも、ナイフを持っていたのに‥‥」

 

「ナイフ?ああ、それは‥‥」

 

葉月は懐から折りたたまれた鉄扇を取り出した。

 

「あの時のナイフの正体はこの鉄扇ですよ」

 

「えっ?‥えええええーっ!!」

 

ナイフの正体が実はナイフでは無く鉄扇だったと言う事実に驚く平賀。

 

「ほら」

 

葉月は折りたたんだままの鉄扇を平賀の首筋に当てる。

 

「っ!?」

 

その感触はまさにあの時、自分の首筋に当てられたナイフと同じ感触であった。

 

「極限状態でしかも見えない中、ナイフと言われ、首筋に冷たい金属質なモノを当てられて、平賀さんはこの鉄扇をナイフだと思い込んだんですよ」

 

「なっ、なっ、なっ‥‥//////」

 

思い込んでいたとはいえ、泣いて真霜に助けを求めていた時の事を思い出し、赤面する平賀。

唯一の救いは彼女があの時、失禁しなかったことだろう。

もし、していたら彼女の人生の中で物凄い黒歴史を残していただろうから‥いや、今回の事も十分黒歴史となるかもしれない。

 

「だ、騙したんですか!?//////」

 

赤面のまま葉月に掴み寄る平賀。

 

「あの時はああするしかなかったんですよ、実際効果はてきめんだったでしょう?」

 

「うぅ~//////」

 

「‥‥わ、分かりました‥じゃあ、お詫びに良質のブルーマウンテンのコーヒーをご馳走しますから」

 

葉月はせめてものお詫びとして良質のブルーマウンテンの豆を使ったコーヒーを平賀にご馳走した。

最初は納得できない様子だった平賀であったが、葉月の淹れた良質なブルーマウンテンの豆を使ったコーヒーを飲み少しは機嫌をなおした。

コーヒーを飲んだ後、葉月は平賀をもえか達に紹介した。

 

「こちら海上安全整備局・安全監督室情報調査隊の平賀二等監察官」

 

「あ、あの‥この度は誠に申し訳ありませんでした」

 

もえかは立石が明石、間宮に発砲した件について平賀に謝罪した。

 

「今回攻撃した生徒は?」

 

「とりあえず身柄は拘束しています」

 

「そう‥‥」

 

「すみません、普段は大人しくてあんな攻撃する子じゃないんだけど‥‥」

 

「また戦闘になると思って気が動転したのかもしれないわね」

 

平賀はこれまでの経緯から葉月と同じく立石も疑心暗鬼になっていたのだろうと思い立石やもえかに対して、厳罰を下す様な事はしなかった。

 

その明石、間宮に対して発砲した立石は一応、軟禁と言う形で運用倉庫にて補給してもらったトイレットペーパーを段ボール箱に詰めていた。

 

「しばらく拘束されるのは仕方ないよね~。まぁ、私も付き合うからさ」

 

「うん‥‥」

 

立石と仲の良い西崎も立石一人では心細いだろうと思い、立石の軟禁生活につきあった。

自分のせいで西崎は始めとし、大勢の人に迷惑をかけたと思っている立石は気分が沈んでいる。

 

「いや~いい撃ちっぷりだったよ、タマ。引っ込み思案な砲術長だなって思っていたけど見直した!」

 

そんな立石を元気づけようとしているのか西崎は立石に励まし?の言葉をかける。

 

「でも‥‥なんであんなことしたのか‥‥」

 

立石は明石、間宮に発砲したと言う記憶がなく、艦橋に居たと思ったら、気づいたら自分は海中にいて、そこを葉月に助けてもらった。

自分が明石、間宮に発砲したと知ったのは助けられた後、もえかから聞いた時だった。

 

「心に撃て撃て魂があるんだよ!」

 

「うぃ?」

 

安定のトリガーハッピーな西崎の発言に首をかしげる立石。

そんな時、

 

コンコン

 

立石達が軟禁されている運用倉庫のドアがノックされ、

 

「「差し入れで~す」」

 

杵﨑姉妹が差し入れを持ってきた。

 

「立石さんがカレー食べたがっているって聞いたから」

 

杵﨑姉妹が持ってきた差し入れは、立石が好きなカレーだった。

 

「あ‥‥と‥‥」

 

「ありがとうって言っている」

 

杵﨑姉妹の粋な計らいに不器用ながらも喜びながら、カレーを食べた。

 

 

「あ、あの今後、私達はどうなるのでしょう?」

 

もえかはこの後の自分達の処遇を尋ねる。

自衛とは言え、猿島、シュペー、伊201、202へ攻撃をしたのは事実である。

なにか処分の様なモノを受けるのであろうか?

 

「その件について、海上安全整備局は猿島の報告を鵜呑みにして天照が反乱したという情報を流しています。ですが我々安全監督室の見解は異なっており、天照は自衛のためにやむを得ず交戦したのですね?」

 

「はい、その通りです」

 

「ホントに教官艦が攻撃してきたの?」

 

杉本がもえかに確認をするかのように尋ねる。

 

「うん」

 

「我々は演習が終わった後に合流する予定だったから状況がよくわからなかったの」

 

間宮艦長の藤田優衣(ふじたゆい)が間宮と明石の予定を伝え、あの時何故あの場所にいなかったかをもえかに伝える。

 

「じゃあどうして私達に補給を?」

 

「校長先生の指示で‥‥」

 

「校長先生の?」

 

「我々も宗谷校長に依頼を受けたの。海上整備局の見解と違って、校長は天照が猿島や潜水艦に対して先制攻撃したとは思えない、と主張しているわ。それに潜水艦が所属していた東舞校とは既に話はついていると、宗谷校長は仰っていました」

 

平賀はもえかに先程、葉月が見た新書と同じ内容をもえかに説明した。

 

「それと、猿島の艦長、古庄教官の意識がやっと戻ったみたいだからこれで、あの時猿島で一体何が起こったのか解明できると思う」

 

「「‥‥」」

 

葉月ともえかにしてみてもあの時、何故古庄がいきなり実弾を使用して発砲してきたのか?

何故、先制攻撃をしてきたにも関わらず、古庄は虚偽の報告をしたのか?

二人はその事実を知りたかった。

 

「後ほど発砲した生徒には聴取を行います。それでは後は頼んだわね、二人共」

 

「「はい」」

 

平賀は補給と補修の指揮を杉本と藤田に任せ、聴取の準備の為、一度哨戒艇へと戻って行った。

もえかと葉月も補給と補修の現場を立ち会おうとした時、

 

ニャー

 

ニャ~

 

猫の声が聞こえて来た。

 

「ん?」

 

猫の声がした方へと二人が視線を向けると、其処には五十六の他にロシアンブルーと三毛猫が居た。

 

「あれ?猫が増えている」

 

見慣れない猫の姿にもえかが首をかしげる。

 

「ああ、うちと明石の猫よ」

 

藤田が増えた猫についてもえかに教え、

 

「へぇ~そうなんだ」

 

「補給艦はネズミが発生しやすいから飼っているの」

 

杉本が艦で猫を飼っている理由を話す。

すると、二匹の猫はどういう訳か葉月に近づいてきた。

 

「えっ?ちょっと‥‥」

 

「先任は猫に好かれる体質なのかな?」

 

もえかは呑気にそんな事を言っていたが、天照の甲板に葉月のくしゃみが響いたのは言うまでもなかった。

 

哨戒艇に戻った平賀は天照の様子を真霜へと報告し、真霜は真雪へと伝えた。

 

「部下からの報告では、天照の艦長・乗員共おかしな様子は無かったとの事です」

 

「そう」

 

「海上安全整備局にも報告を上げたけどまだ天照に危険分子がまだ乗船してるいのではと疑っている。その急先鋒が‥‥」

 

「葉月さんね」

 

「ええ、学校に戻る前に全員拘束するべきではないかとの意見もあるの。これ以上天照に何かあると、私だけじゃなくお母さんや葉月の立場も危うくなるわ」

 

「私の心配はしなくていいわ。でも何か異常事態が発生している。貴女はその解明を急いで」

 

「はい」

 

真霜としては折角葉月の誤解を解くことが出来たのにまた海上安全整備局の上層部連中が余計な茶々をいれたら今度こそ、葉月からの信頼を失い天照は自分達に牙をむけてくるかもしれない。

天照‥葉月と敵対する事だけは、どうしても避けたかった。

 

その頃、天照の医務室では‥‥

 

「結局飼い主が見つからなくて。ここで預かってもらえますか?」

 

幸子が美波に例のハムスターの様な生物の面倒を頼んでいた。

 

「無問題(モーマンタイ)」

 

美波はこのハムスターの様な生物の面倒を見ると言う。

 

「ただしハムスターにはあらず‥‥」

 

美波は飼育箱に入っているハムスターの様な生物をジッと見て、この生物はハムスターではないと断言する。

 

「じゃあ何ですかね?」

 

「調べてみる」

 

美波はこの生物が一体何なのかを調べると言った。

彼女がこの何故の生物の正体を知るのはもう少し先になってからの事だった。

そしてその日のうちに、海上安全整備局から出された天照への討伐命令は撤回され、天照は反逆者の汚名を返上する事が出来た。



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40話 半舷上陸

軍艦には「半舷上陸」という制度がある。

全乗組員を半分に分けて、一方は艦に残り、もう一方は艦を降りて陸で休暇をとるというものだ。

そのグループ分けを右舷の組と左舷の組に分けることからそう呼ばれているらしい。

宗谷真雪、真霜の尽力により、反逆者の汚名を雪いだ天照は現在、四国沖にて明石、間宮からの補修、補給を受けていた。

補給に関しては、一日もあれば、終わるが、補修に関しては、これまでの戦いから、各部総点検となり、時間がかかることりなり、数日はこの海域に留まる事になった。

幸いにもこの海域の近くにはオーシャンモール四国沖店があり、クラスメイトからの要望もあって交代でそこへ休暇を取る事になった。

猿島からの先制攻撃から今日まで、頑張って来たのは何も天照だけではなく、乗員達も頑張り、心身ともに疲弊していたのは明白である。

そこで、ガス抜きと英気を養う為にも丁度良かった。

今後は追手の脅威も完全に消え去って居り、後は学校に戻るだけなのだが、まだ航海が続くことには変わりない。

艦長、先任(副長)両方が居ないのは、流石に困るので、半舷上陸では必然的に艦長組と先任組に分かれる事になった。

組を分け、後はどちらの組が最初に休暇をとるかとなり、もえかは、

 

「それじゃあ、先任、じゃんけんできめようか?」

 

「えっ?」

 

と、じゃんけんで休暇をとる順番を決めた。

その結果、先任組、つまり葉月達が最初に休暇を取る事になった。

 

「おおっ、でかしたぞ、先任!!天気の方も上々の様子、いい休暇が過ごせそうだな」

 

ミーナが葉月の背中をバンバンと叩き、喜びを体で表現している。

そんなミーナにすすすっと近づく幸子。

 

「叔父貴、お供しまっせ。おっとっと、行くなと言われても行きまっせ。叔父貴ひとり行かして四国へのこのこ帰ってみなはれ」

 

「「わい親分に絞め殺されますがな!!」」

 

任侠映画の台詞なのだろうか、ミーナと幸子の台詞がハモる。

別にミーナと一緒に回りたいならそんなまどろっこしい誘い方をしなくてもストレートに「一緒に回ろう」と言えばいいのに‥そう思う葉月であったが、まぁ、当の本人達はあれで意思疎通が出来ている様子なので、問題ないだろう。

 

「それじゃあ、先任、楽しんできてね」

 

「は、はぁ‥‥でも、自分が先でよろしいのですか?」

 

「勿論だよ。でも、なんで?」

 

「いえ、買い出しの時に自分は外出したので‥‥」

 

「でも、先任が勝ったのは結果だから、先に入って来ていいんだよ。それに行くのは先任一人の訳じゃないし、折角勝ったのに、私に譲ったりしたら、先任の組の皆が、がっかりするんじゃないかな?」

 

もえかはそう言って葉月を送り出してくれた。

葉月達とショッピングモールへ行くクラスメイト達は私服に着替えて甲板に出ると、そこには平賀が待っていたのでお互いに敬礼を交わす。

 

「半舷上陸の報告は受けています。問題はないと思いますが、海上安全整備局の中には未だに天照に危険分子が存在していると疑っている人もいます。派手な行動は慎むようにお願いします」

 

「はい」

 

平賀は此処までは職務だったと言わんばかりに、急ににっこりと笑みを浮かべて、口調を崩し、

 

「とは言っても犯罪行為や警察、警備員が大勢集まるような騒ぎは起こさないようにってだけのものだから、あんまり気にせず休暇を楽しんできてね。特に艦長のもえかさんもそうですけど、先任の葉月さんやも今まで大変だったでしょう?まとめ役はなんやかんやで休めなかっただろうし、この際、思いっきり息抜きをしてらっしゃい」

 

「お気遣い感謝いたします。では、行ってまいります」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

平賀は笑みを浮かべて葉月達を見送った。

そんな平賀をクラスメイト達は尊敬の眼差しで見つめていた。

オーシャンモールへは天照の内火艇で向かい、集合時間を決めて現地で解散、集合時間になったら、内火艇を泊めてある場所に戻り天照へと戻る。

 

(派手な行動はなるべく慎め‥か‥‥うーん、ちょっと心配だな‥‥)

 

天照のクラスメイト達は、海洋実習に出てから休みらしい休みをとっていない。

この久しぶりの休みに羽目を外して騒ぎを起こさなければいいのだが‥‥

女三人寄れば姦しいと言うが、今回はその五倍の人数のクラスメイトがこのオーシャンモールに来ている。

 

「思わず羽目を外してしまう‥‥十分に考えられるな‥‥」

 

そこで、葉月は今回オーシャンモールに来ているメンバーの確認をする。

今回オーシャンモールに来ているは、葉月の他に幸子、ミーナ、小笠原、武田、万里小路、山下、八木、野間、柳原、伊勢、広田、青木、杵﨑姉、等松‥‥以上である。

この面子を考えると警察沙汰になるほどの羽目を外すメンバーが居るとは思えないが、あの大人しそうな立石がいきなり豹変し明石、間宮に発砲したことから日頃の印象は案外とアテにならないのかもしれない。

 

「念の為、見て回るかな‥‥」

 

心配になった葉月はクラスメイト達の様子を見て回る事にした。

どうせ、欲しいモノや、見て回り合いモノなんて今は特にないし、もし、羽目を外しそうなクラスメイトがいたら注意しようと思い、葉月はショッピングモール内を見渡した。

葉月の眼前には色とりどりの店にごった返す人の群れ。

このショッピングモールには様々な店舗の他にもテーマパークやスパ、銭湯などのレジャー施設も備わっている。

その為、女性同士で買い物に来ている者やカップル、家族連れ出来ている者も居る。

前に買い出しに来た時には、それらの施設を見回る余裕なんてなかった。

さて、天照の乗員達は何処に向かったのだろうか?

葉月がショッピングモールの案内図を見て、天照の乗員達が何処へ行ったのか予測していると、

 

「あら?先任?」

 

「ん?」

 

背後から葉月に声をかけてくる人物がおり、葉月が振り向くと、其処には、

 

「やっぱり」

 

「ああ、万里小路さん」

 

水測員の楓が居た。

彼女は葉月の姿を確認すると、葉月に歩み寄って来る。

 

「あれ?万里小路さん、一人なの?」

 

「はい、お恥ずかしながら‥‥失礼ながら伺いますが、先任も今、おひとりでございましょうか?」

 

彼女の言う通り、周りには楓の連れと思しきクラスメイトの姿は無い。

楓は普段の様子と変わらず、柔らかい笑みのまま葉月に尋ねてくる。

 

「うん、特に誰かと行動をしている訳では無いよ」

 

「まぁ、それは‥もし、よろしければ、私も同行させてもらえませんでしょうか?」

 

「えっ?自分と?」

 

「はい。そうでございます。私、恥ずかしながらこの様な場所には慣れておりませんので、誰かとご一緒されて頂ければと思っておりましたところ、先任をお見掛けしたという次第なのです」

 

「へ、へぇ‥‥」

 

(そう言えば、万里小路さんってお金持ちのお嬢様だったからな‥‥お嬢様なら、ショッピングモールに買い物なんて来ないだろうし、来ても護衛やメイドと大勢で来ただろうからな‥‥)

 

「そういうことなら、自分もあまりこういう所は慣れていないけど、それでもいいなら‥‥」

 

「構いませんわ。慣れていない者同士それはそれで案配なのではないでしょうか?慣れている方とではその方の楽しみの邪魔になってしまいますし」

 

「まぁ、確かに‥‥」

 

(なんだろう?やっぱり、お嬢様なのか、言葉遣いは丁寧で物腰柔らかいためか逆らいがたい雰囲気を出している‥‥)

 

「あっ、でも、自分は他の人が羽目を外し過ぎないように見廻る役目もあるから、あまり楽しくないかもしれないけど‥‥」

 

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします。さて、どこから見回りましょうか?」

 

こうして葉月は楓と共にショッピングモールを見て回る事になった。

葉月が楓をチラッと見ると、彼女も葉月の視線に気づき、にっこりと微笑んで小さく首を傾げる。

持ち前の雰囲気のせいか、いまいち楓は何を考えているのかわかりづらい。

 

「それじゃあ、近場から見回って‥‥」

 

「おおお?先任と万里小路さんとはなんとも変わった組み合わせッスね」

 

「おーホントだ~」

 

葉月と楓に声をかける人物達が居たので、葉月と楓がその声がした方へと視線を向けると、其処には青木と美海が居り、その二人の真ん中にはマチコが居り、葉月と楓にペコッと一礼した。

 

「三人で見て回っているの?」

 

「はい」

 

美海が返事をする。

 

「そう‥まぁ、大丈夫だと思うけど、久しぶりの休暇だからと言ってあまり羽目を外さないようにね」

 

葉月が三人に忠告を入れる。

 

「分かっていますよ」

 

「むっ、ピンときたッス。ミミちゃん、ちょっと‥‥」

 

「ん?なに?なに?モモちゃん」

 

青木が美海を呼んで何やら耳打ちをしている。

 

「このお二人にも付き合ってもらうのはどうッスか?」

 

「その心は?」

 

「先任もマッチ同様、なかなかのスタイルをしているじゃないッスか、それに万里小路さんもお嬢様雰囲気でそれを引き立ているッス」

 

青木からそう言われ、美海は葉月と楓を見る。

確かに青木の言う事も最もであり、

 

「ふむ、確かに映えるかも」

 

美海は青木の意見に納得した。

 

「ん?二人とも、何の話をしているんだ?」

 

青木と美海の会話についていけない葉月が二人に尋ねる。

 

「もちろん、ショッピングモールを見て回る算段ッス」

 

「さあ~行きましょう~この等松美海が、お二人に最先端のコーディネートをしますから、ほら、ほら、マッチも~」

 

そう言って美海はマチコの手を取り、青木は葉月と楓の手を取り、ショッピングモールの奥へと進んで行った。

葉月は自分が皆の様子を見回る仕事があるのにいいのだろうか?と思っていると、

 

「先任、どうかしましたか?」

 

マチコが声をかけてきた。

 

「い、いや‥‥その‥‥いいのかな?と、思って‥‥」

 

「えっ?」

 

「他の皆が羽目を外さないかな?と心配で‥‥」

 

「で、でも‥‥でも、先任にも息抜きが必要‥だと思う」

 

「おおっ、流石マッチ、良い事を言う。と言う訳行きましょう」

 

「行くッス」

 

「万里小路さんはこれでいいの?」

 

「今日の私は、先任のお供をさせてもらっている立場でございますから、先任が行くのであれば、私もお供をさせて頂きます」

 

にっこりと微笑む楓。

こうして、葉月と楓は青木と美海、マチコらと共に洋服屋へと連れられて行った。

 

 

そして、洋服屋では、

 

「や~、マッチ似合いすぎ、カッコイイ~!!」

 

主に美海と青木がチョイスした服をとっかえひっかえで着させられているマチコ、葉月楓の姿がそこにあった。

 

「おおおおっ!!先任と万里小路さんもナイスッス!!これはメラメラと沸き上がるッス!!」

 

青木はスケッチブック片手にコーディネートされたマチコ、葉月、楓をデッサンしている。

一体何に使うつもりなのだろうか?

葉月としては女物の服を着るのはどうかと思ったが、幸いにも美海と青木が選んだ服は、所謂カッコイイ系の服で、下は主にレディースジーンズが中心となっていた。

 

「いや~堪能させてもらったッス」

 

「そうね‥‥写真も一杯撮ったし」

 

青木はスケッチブックに描いていたが、美海は携帯で写真を撮っていた。

堪能したのだから、これで終わりかと思っていた葉月であったが、

 

「さっ、次のお店に行くッス」

 

「えっ?」

 

どうやら、まだ続くようだ。

 

「どうかしましたか?先任」

 

「いや、さっきので終わりかと‥‥」

 

「何を言っているんですか、たったあれだけで」

 

「そうッスよ。洋服の店は何軒も見て回るモノッスよ。最初のお店だけで終わるなんて断じてあり得ません」

 

美海と青木は「何を言っているんだ?」みたいな様子で葉月に洋服屋の何たるかについて語る。

 

「さっ、さっさと着替えて次のお店に行くッス」

 

「‥‥」

 

この調子で葉月と楓、ついでにマチコは青木と美海の着せ替え人形となった。

 

 

果たしてこれで何件目だろうか?

着せられた服の種類や数を数えるのもバカらしくなる。

っていうか、この二人、目のつく服屋という服屋に入っている様な気がする。

幸いなのは、葉月は青木と美海の中ではカッコイイ系にカテゴリーされている様なので、薦められる履物は全てジーンズかスラックス、ハーフパンツ等のズボンなので、スカートを履いていないと言う事だ。

しかし、このまま服屋を回っていては何時かスカートを履く時がくるかもしれない。

そう思うとゾッとする。

それにこのままでは、休暇時間全てをこのショッピングモール内の服屋を見るだけで終わってしまうかもしれない。

そんな中、

 

「うぉほっ!やっぱり万里小路さん着物似合うッスね」

 

もはやどういった経緯でこの店に入ったかなんて覚えていない。

恐らく目についたから入ったのだろう。

和服何て滅多に着る機会もないだろうし、珍しいので‥‥。

ただ、和服の店なのに着付けが出来る店員が少なく、楓は自分で着付けをしていた。

そして、楓は今、着物姿となっている。

確かに青木の言う通り、楓は洋服よりも和服の方が似合う。

 

「恥ずかしながら、実家では着物を着る機会が多かったものですから」

 

(そう言えば、万里小路さん、制服の上から羽織を着ているのをよく見かけるから、実家では着物を着ている機会が多いと言うのは本当みたいだな)

 

葉月も羽織袴を身に着けていた。

勿論、青木達に薦められたモノだ。

そして、葉月も前世の経験上、羽織袴の着付けぐらいは出来た。

 

「店員さん、店員さん、もっとですね、マッチのよさを活かして、もっと、こう、なんていうんですか?賭場の壺振りみたいなニュアンスでお願いします!!」

 

「良いッスね!!捗るッス!!」

 

(一体どんなニュアンスなんだ?この二人もミーナさんや納沙さんみたく、任侠映画の影響を受けているのか?)

 

店員に目をやると、青木と美海の意見に同調する者とちょっとドン引きしている者の二者に分かれている。

葉月は自分同様着せ替え人形となっているマチコに同情の視線を向けると、マチコは視線で何か合図を送っているように思えた。

葉月がマチコのアイコンタクトに疑問を抱いていると、

 

「壺振りなら、もっと着流しの様なモノがいいんじゃないかな?二人はそれっぽい奴を選んできて」

 

マチコは青木と美海の二人に声をかける。

 

「うん、わかったマッチ。着物はあんまり得意じゃないけど、私頑張る!!」

 

「いいのを見つけてくるッス」

 

そう言って二人は店の奥へと姿を消した。

そして、マチコは二人が店の奥へと行ったのを確認すると、葉月と楓の方を向き、小さく首を縦に振る。

 

(なるほど、この隙に逃げろって事か‥‥)

 

「万里小路さん」

 

「心得ております。十秒で済ませましょう」

 

「えっ?十秒?せめて四十秒にして」

 

そして、楓は本当に僅か十秒足らずで着替えを済ませてしまった。

 

「ふぅ~‥‥どうにか無事に脱出できたみたいだ‥‥」

 

「お疲れ様です」

 

穏やかな笑みを絶やす事無く微笑んでいる楓。

 

(野間さん‥すまん)

 

葉月が後ろを振り向いて確認するが、青木と美海の二人が追ってくる気配はない。

自分らを逃がすために囮となったマチコ、なんだかんだ言って楽しんでいた青木と美海の二人にはすまない事をしたと思ったが、葉月としてもあのままずっと洋服屋巡りをするわけにはいかなかった。

 

「でも、よく考えたら、万里小路さんは、残っても良かったんじゃないの?今、出てきた和服のお店、万里小路さん、興味があったんじゃ‥‥?」

 

「確かに興味が全くないと言えば嘘になりますけど、今日は先任のお供をすると決めましたので」

 

「い、いや、でも、自分の事は別に‥‥」

 

葉月がそこまで言いかけると、楓の人差し指が葉月の唇に押し当てられ、葉月の唇はそれ以上動かなくなる。

 

「お嫌でなければ、今日はこのままお傍においてくださいませ」

 

「わ、わかった」

 

「ふふっ」

 

相変わらず、微笑んでいる楓。

やっぱり、楓は何を考えているのか分からない葉月。

葉月が楓の態度に困惑していると、

 

「あっ、万里小路さんと先任」

 

葉月と楓はまた別のクラスメイトに呼ばれた。



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半舷上陸 パート2

 

半舷上陸にて、再びオーシャンモール四国沖店へとやってきた葉月。

天照のクラスメイト達も久しぶりの休暇に羽目を外さないか心配でクラスメイト達の様子を見回ろうとした時、葉月は楓と出会った。

楓はこうしたショッピングモールを巡る事には慣れていなかった様で、葉月と同行する事になった。

楓と共にショッピングモール内を見回ろうとした時、葉月と楓は青木と美海、マチコの三人に捕まって服屋を巡り、着せ替え人形化させられたが、マチコの機転で、脱出に成功。

改めて見回ろうとした時、別のクラスメイトから声をかけられた。

 

「あっ、万里小路さんと先任」

 

葉月が振り向くと、其処には

 

「ああ、杵﨑さんか‥‥」

 

葉月の視線の先には先程、自分らの事を呼んだ杵﨑姉と山下、鶫の三人の姿があった。

 

(あまり見ない組み合わせだな)

 

普段一緒に行動を共にする様な組み合わせでない事に意外性を感じつつも、

 

(まぁ、自分も万里小路さんとは普段行動を共にしていないから、自分らも同じ様なモノか‥‥)

 

と、限られた人数の中で出来た特殊な組み合わせなのだろうと納得する葉月。

 

「炊事委員は私だけなので、航海科の二人に混ぜてもらったんですよ。先任と万里小路さんは?」

 

杵﨑姉がこの二人と行動を共にしている理由を話す。

確かに彼女の言う通り、炊事委員の残り二人はもえかと同じ組であり、葉月の組では、杵﨑姉一人だ。

恐らく、楓と同じように一人で回るはつまらないと思っていた中、たまたま近くを山下と鶫が通りかかり、パーティーメンバーに入れてもらったのだろう。

 

「こちらも似たようなモノだよ。エントランスで偶然、会って一緒に回ろうってことになったんだ」

 

「一人と言うのも心細く思っていましたので、先任のお供をさせていただくことにした次第です。おかげさまで楽しいひと時を過ごさせていただいておりますわ」

 

にっこりと微笑みながら言う楓に葉月は照れくさいモノを感じる。

 

「いや、さっきまで、等松さんたちと一緒に居て、服屋を巡り歩いていたんだ。自分、そう言うのあまり、詳しくなくて‥だから、楽しかったのはきっと等松さんのおかげだと思う」

 

どうにも慣れていない時代背景に女性を上手くエスコートできたか自信がなかったので、楓を満足させることが出来ているのかちょっと不安なのだ。

 

「‥‥先任、どうしたの?」

 

「えっ!?あっ、いや、なんでもない」

 

山下に覗き込まれて慌てて顔を背ける。

 

「んんん~?」

 

山下はちょっと不審がっている。

 

「そんなことより先任、折角ですし、お昼ご飯一緒に食べません?私達、ちょうど美味しそうな店がないか探していた所なんですよ」

 

鶫が葉月と楓を昼食に誘う。

 

「もう、そんな時間か‥‥」

 

青木と美海らに付き会っていた時、かなりの時間が経っていた様だ。

 

「確かにもう正午だし、どうだろう?万里小路さん」

 

「はい、勿論私は先任のお供をさせていただきます」

 

「それじゃあ、行こ行こ!先任と万里小路さんはなに食べたいですか?」

 

「おおっ、そういえばお腹すいた~」

 

鶫がはしゃいだ様子で言うと山下も空腹を覚えたようでお腹をさすった。

そして、葉月達は空腹を満たす為、昼食を摂る店を探し始めた。

ショッピングモール内には飲食店が数多く存在し、ざっとみても和食、洋食、中華、イタリアン、カレー、うどん・そば、ラーメン等の麺類、ありとあらゆる飲食店が並んでいた。

どのお店の食べ物も美味しそうなのだが、コレだと言う決め手がない。

 

「誰か、これが食べたいって言うモノはある?」

 

葉月がクラスメイト達に沢山あるメニューのカテゴリーの中から何が食べたいかを尋ねる。

 

「むしろ、あれもこれも食べたい」

 

「‥‥」

 

山下の答えに戸惑う葉月。

流石にこの辺の飲食店全てを食べ歩きするのは無理がある。

だが、山下の答えに鶫は何か閃いた様で、

 

「あっ、それだよ、しゅうちゃん。そうしよう」

 

「ん?どれ?」

 

鶫の言葉の意味が分からないのか首を傾げる山下。

 

「なになに?八木さんどうするの?」

 

杵﨑姉も鶫の言葉の意味が気になる様子。

 

「空いているテーブルを確保した後、それぞれが食べたいものを持ち寄るのはどう?」

 

「ふむ、なるほど」

 

「いいかも!!それ!!」

 

「でしょう?」

 

「じゃあ、早速テーブルを確保!!」

 

「おー!!」

 

そう言って鶫と山下がフードコートにあるテーブルを確保しに行く。

そんな中、

 

「外で買って、外で食べる‥‥」

 

楓がポツリとつぶやく。

 

「ん?どうしたの?万里小路さん」

 

葉月が楓に尋ねる。

お嬢様の楓はもしかした、この様な食べ方は嫌いなのかもしれないと思ったが、意外な返事が返って来た。

 

「私、これまでそのような食べ方をしたことがございませんでしたので、大変興味深いです!!どのようにすればよいのか、是非ご教授下さいませ!!」

 

と、楓は目を輝かせていた。

 

その後、テーブルにはそれぞれが購入した食べ物が並べられた。

定番の焼きそば、フランクフルト、鶏の唐揚げ、たこ焼きにイカ焼きが並べられたのだが、中には‥‥

 

「これは‥‥なに?オムレツ?」

 

「あっ、それは、バインセオって言うベトナム風お好み焼きだよ」

 

と、杵﨑姉は自分が買ってきた料理を説明する。

さすが、炊事委員。一風変わったものを選んでくる。

 

「あれ?これはたい焼き?」

 

テーブルの上にはたい焼きが置いてあった。

 

「あーこれはね、ベーコンエッグたい焼きなんだって、外見はたい焼きだけど、中身はベーコンエッグなんだよ」

 

鶫も変わったモノをチョイスする。

山下はイルカのゆるキャラを模した人形焼きを買ってきたのだが、

 

「このキャラ、私的には微妙に怖いんだよね、なんか目が虚ろで何考えているのか分からなくて」

 

杵﨑姉がいきなりダメ出しをする。

 

「あっ、わかる。なんかえっちな事を考えていそう」

 

鶫も杵﨑姉と似たような意見を言う。

 

「いやいや、その気持ち悪さがいいんでしょう」

 

山下はそのキャラの気持ち悪さで買ってきた様だ。

 

(かわいいから買って来たんじゃないの!?)

 

鶫、杵﨑姉、山下の意見に思わず心の中でツッコム。

 

「いずれにしろ、食べてしまうのは少々かわいそうな気がいたしますね」

 

楓が微笑みながら、人形焼きを見る。

 

「人形焼きだし、食後のデザートにでもしようか?」

 

「大丈夫!!まかせて!!こっちも買ってきたらか」

 

と自信満々な様子で山下が出したのは、カラフルなトッピングがされた物体だった。

 

「何コレ?」

 

「チョコバナナ」

 

「えっ?これ、昼食?」

 

「いやぁ同じモノを買うよりもいいかなって。先任はなんか変わったモノとか買ってきていないの?」

 

「駅弁祭りがやっていたから、幾つか買ってきた」

 

葉月は駅弁を幾つか買ってきた。

定番の峠の釜めし、牛たん弁当、イクラとウニの海鮮弁当など‥‥

 

「万里小路さんは何を買ってきたんですか?」

 

杵﨑姉が楓に狩って来たモノを尋ねる。

 

「はい、此方が神戸牛の串焼き、そしてこちらが毛蟹汁でございます」

 

((((一番高いヤツだ!!))))

 

楓を除く、皆のメンバーの目がくわっと開く。

 

どちらも目立つ位置にあったのだが、値段の高さ方皆は真っ先に除外した商品であった。

 

「こうしていても冷めてしまいます。これらをみなさんで分け合って食べるのですよね?とても楽しみです。さあ、みなさん、いただきましょう」

 

楓はマイペースを保ち、皆に食べようと言う。

 

「それもそうだね。では、いただきます」

 

「「「「「いただきます」」」」

 

手を合わせていただきますをして、皆は昼食を食べ始める。

すると、杵﨑姉が早速動き出す。

 

「じゃ、じゃあ万里小路さん、私のバインセオあげるから、ぎゅ、牛串を少し‥‥」

 

「なるほど、物々交換の様にするのですね、承りました。それではこちらをどうぞ」

 

楓は杵﨑姉に牛串を少し分けて、

 

「では、私はこちらをいただきますね」

 

「はい、どうぞ‥‥ウフフ、神戸牛の串焼き♡~」

 

神戸牛の串焼きを手に入れてホクホクの笑顔の杵﨑姉。

そんな杵﨑姉に鶫がボソッと耳打ちする。

 

「‥‥ほっちゃん、バインセオって意外と安くなかった?」

 

「値段の事は置いておこうよ。美味しいから大丈夫だよ」

 

「もぐもぐもぐ‥‥大変、美味しゅうございました。中身はもやしなのですね、はじめて食べました」

 

楓は本当に嬉しそうに微笑みながら杵﨑姉をフォローする。

確かにこういう時に交換先の値段を気にするのは野暮と言うモノだ。

値段よりも食べたモノの味やこうした仲間たちの交流を楽しむ事の方が重要だろう。

食事が終わり、デザートで山下が買った人形焼きとチョコバナナを食べている時、

 

((((なんか、エロい‥‥))))

 

チョコバナナを食べている楓に思わず、皆はそんな印象を受けた。

楓本人は、その事を気にせずチョコバナナを食べていた。

 

「それじゃあ、私たちは行きますので」

 

「うん。あんまり羽目を外し過ぎないようにね」

 

『はーい!!』

 

昼食が終わり、葉月は楓と共に鶫達を見送った。

食事後も一緒に回らないかと誘われたのだが、三人はこの後服屋を見る予定だと言うので、慎んで辞退した。

服屋で青木達と鉢合わせをする可能性が高いので‥‥

 

「ふぅ~お腹一杯に食べたけど、ちょっと疲れたかな」

 

「ふふふ、私もです。このような食事の仕方もあるのですね。とても楽しいひと時を過ごせました」

 

「それは良かった。さて、次は何処に行こうか?」

 

「私は先任のお供をさせてもらいます」

 

「うーん‥‥」

 

葉月はショッピングモールのパンフレットを見ながらこの後、何処へ行こうか行先を決めかねていると、

 

「よぉ、其処に居るのは先任と万里小路さんじゃねぇか」

 

「ん?」

 

「あら?」

 

葉月と楓が振り返ると、其処には機関長の麻侖の他に伊勢と広田の機関科のメンバーが居た。

機関科も葉月ともえか同様、機関長と機関長助手に分かれていた。

 

「先任、万里小路さん、此処であったのも何かの縁だし、マロン達と一緒に回らねぇか?」

 

と、麻侖が誘いをかけてきた。

 

「ん?一緒に?」

 

「おう?ん?もしかして、もう何処か行く当てがあるのか?」

 

「いや、これから万里小路さんとどこに行こうか話していた所」

 

「なら、ちょうどいい。ちぃっとばっかしマロン達に付き合いな!!」

 

今日はこんなパターンばかりなのだろうか?

葉月と楓は、今度は麻侖達に付き合う事になった。

 

今度はどんな店につき合わされるのかと思いきや、麻侖達が来たのは広大な入浴施設だった。

 

「‥‥」

 

「まっ、裸になって腹割ってはなそうじゃねぇか、交流も含めて」

 

と、麻侖は皆で風呂に入ろうと言う。

しかし、葉月は、

 

「そ、それじゃあ、万里小路さんは機関長達と一緒に入っておいで、自分は此処で待っているから」

 

と、皆と風呂に入る事を拒否する。

葉月は、身体は女でも心は男なので、年頃の女子の裸を見るのはどうしもて恥ずかしいのだ。

故に葉月は天照でも、時間をずらしたりしてクラスメイト達と鉢合わせしない様に入浴している。

その行為が一部のクラスメイト達に本当は女ではなく男なのではないかと言う疑惑を抱かせた。

麻侖は別にそんな事を気にしてはいないが、伊勢と広田はやはり気になる様子で、麻侖の提案に心の中で、

 

(機関長、グッジョブ)

 

と賛辞を送っていた。

 

「何言ってんだ、先任。先任も一緒に入んだよ!!」

 

麻侖は葉月の手を引いて銭湯に入ろうとする。

 

「い、いやいや、自分は大丈夫。クラスメイトと親睦を深めるなら、自分は邪魔だし‥‥」

 

「えぇ~先任も一緒に入りましょうよ」

 

広田も葉月の性別が気になるので、何としてでも葉月を風呂に入れたいと思い、麻侖同様、葉月の手を引く。

葉月はアイコンタクトで楓にフォローを頼むが、それは楓には通じなく葉月は麻侖と広田の手によって銭湯の中に引きずり込まれて行った。

 

「うぅ~‥‥何でこんな事に‥‥」

 

葉月は辺りをチラッと見まわしていると、近くに居る伊勢が服を脱いでおり、そのボリュームのある胸に思わず赤面する。

 

「//////」

 

「先任、サクラちゃんのおっぱいすごいよね~なんと特盛のEカップ!!機関科の誇るエースだよね」

 

「なんのエースよ、それ」

 

広田の軽口に伊勢も笑って応える。

 

「むぅ~」

 

小さな唸り声が聞こえて来たと思ったら、麻侖が自分の胸を抑えながら伊勢を睨んでいた。

葉月が視線を逸らすと、其処には楓が視界に入る。

楓はまだ着替えておらず、何だか困惑している様子。

 

「万里小路さん。どうかした?」

 

「女性同士とは言え、見知らぬ人達の前で肌を晒す事など考えておりませんでした。‥‥でも、大丈夫でございます。私も天照の乗員の一人として皆様と湯船を共にして参りました。ここでもそれと同じようにするだけでございます」

 

楓は少し硬い表情ながらも服を脱ぎ始めた。

 

(そうか、万里小路さんもこうして一つ一つハードルを乗り越えているんだ‥‥)

 

楓の姿勢を見て、葉月もいい加減自分も変わらなければならないと感じだ。

 

「あ、あの‥‥先任。その‥‥女性同士とはいえ、そこまで熱心に服を脱ぐところを見られては恥ずかしいです」

 

「し、失礼そんなつもりは‥‥」

 

「なんでぃ、先任はそっちの気がでもあるのかい?」

 

「いや、違うから」

 

麻侖に同性愛者と間違われそうになり、速攻で否定する。

最も真霜はそうなりつつあるような気がするが‥‥

兎も角、楓も腹を括って銭湯に入る気になったので、葉月も腹を括って銭湯に入る事にした。

ただ、葉月は、ブラはつけていても下着は未だに女物ではなく、男物を愛用しているので、他の皆に気づかれない様に重ね脱ぎをして素早くロッカーの中に服を入れた。

そして、バスタオルで身体を覆う。

皆は入浴準備が完了し、浴室へと入る。

浴室は普通の浴槽もあれば、ジャグジーや打たせ湯、足湯、寝湯、電気風呂、薬湯、サウナもあった。

どれも心身の疲れを癒すには効果が高そうなものばかりだ。

葉月が浴室内を見渡していると、広田と伊勢が居り、彼女達からは耳を疑う様な会話が入って来た。

 

「先任はやっぱり女の人だったね」

 

「噂なんてアテにならないね~でも、意外だったのが、お相手が万里小路さんとはね」

 

「ねぇ~私はてっきり艦長が相手だと思っていた」

 

「私も~だって先任、艦長と一緒に居る事が多かったしね~」

 

「は?」

 

葉月は思わず口をポカンとあけて呆然とする。

自分はもしかして天照の中では同性愛者と思われているのだろうか?

いや、確かにこれまで同性の真霜とは関係をもったが‥‥

呆然とする葉月に広田はニヤリと笑みを浮かべてビシッと指を差し向けて来た。

 

「先任は何時の間に万里小路さんとそう言う仲になっていたの?」

 

「ちょっと待て、万里小路さんとは、別にそんな特別な関係ではない!!大体艦長とだってそんな関係ではない!!」

 

「でも、一緒に居る時間が結構多いですよね?」

 

「それはあくまでも職務上でだ!!そういう君達だって機関長や、他の機関科の人と一緒に居る時間が多いじゃないか」

 

「そりゃあ‥‥」

 

「私達、同じ科の仲間でもあり、小、中からの友人ですから」

 

「自分もそれと同じ様なモノだ」

 

「えぇ~でも、さっき、二人で見つめ合っていたし」

 

「見つめ合っていない!!」

 

「じゃあ、やっぱり艦長が本命?」

 

「だから、なんでそうなる!?」

 

「ハッキリしないのはイイ女とは言えないわよ」

 

「ハッキリも何も自分は誰とも付き合っていないから」

 

これ以上は水掛け論になるので、そう言って葉月は逃げるように浴槽へと入って行った。

でも、広田や伊勢はそんな葉月をニヤニヤしながら見ていた。

 

「はぁ~いいお湯だった‥‥」

 

「本当に色んなお風呂があって大変楽しゅうございました」

 

銭湯から出た葉月達はゲームセンターのゾーンへと辿り着いた。

そこで、葉月と楓は其処でも見知った一団と出会った。

 

「おお、おぬしたち、休暇を楽しんでおるか?」

 

「おお、ミーナちゃんじゃねぇか、そっちも楽しんでいるかい?」

 

麻侖がミーナの問いに応じる。

ミーナと一緒に居るのは幸子と小笠原、武田の計四人。

 

「おうともよ、機関長。おお、先任もおっかた、つれないのぉ」

 

「えっ?どういう事?」

 

葉月はミーナの言葉の意味が分からなく、首を傾げる。

 

「どうもこうも、わしとココとおぬしの三人で一緒に回ろうと思っていたんじゃが、声をかける前に居なくなっておってな、それでしばらく探していたんじゃが‥‥なぁ、ココ」

 

「まぁ、いいじゃないですか。先任もいろいろと楽しんできたみたいですし」

 

「い、いや‥その‥‥」

 

自分と一緒に回りたかったと言うミーナの気持ちを汲んでやれなくて、ミーナにすまないと言う気持ちだった。

 

「良くない!!わしはまだ、先任と楽しんでいないんじゃ!!」

 

ビシッと葉月に人差し指を突きつけるミーナ。

葉月がリアクションに戸惑っていると、葉月の右腕にするっと絡んで来る腕があった。

 

「というわけで、先任も一緒に遊びましょう」

 

「えっ?ちょっ、小笠原さん!?」

 

「万里小路さんも行くよね?」

 

楓の方には武田がとりついていた。

 

「先任がいらっしゃるのでしたら、お供させていただきます」

 

「せっかくですから機関科組も行きませんか?ここ、結構ゲームの種類は結構そろっているみたいなんですよ」

 

幸子が機関科の皆も一緒に来ないかと誘う。

 

「おう、そういうことなら大勢で楽しんだ方が良いに決まってらぁ!!サクラちゃん、ソラちゃん!!それでいいかい?」

 

「ええ、いいわよ」

 

「おっけ」

 

伊勢と広田もあっさり頷き、皆でゲームセンターゾーンへと行く事になった。

幸子の言う通り、ここのゲームセンターゾーンには様々な種類のゲームがあり、中にはスカッシュテニスのコートさえ完備されていた。

 

「‥‥」

 

MissionComplete

 

ゲーム画面にはステージクリアを明記する文字が表示された。

葉月はシューティングゲームをやり、一度のプレイで全クリをした。

 

「おおお、やるのぉ、先任、どれ次はわしの番じゃ!!」

 

ミーナとタッチして機器から少し離れ、ミーナのプレイを見学する。

 

「さすが、先任。なかなかやりますね」

 

「ありがとう、納沙さん。あれ?他の皆は?」

 

「小笠原さんと武田さんはクレーンゲームの方へ行きました。立石さんと西崎さんにお土産を持って帰りたいそうです」

 

「万里小路さんは?」

 

「私なら、此処に居ります」

 

いつの間にか葉月の背後には楓が微笑んで佇んでいた。

 

「実は先程まで榊原さんと太鼓のゲームで勝負しておりました」

 

「へぇ~その勝負は是非見て見たかったです。それでどちらが勝ったんですか?」

 

幸子が興味深そうに楓に尋ねる。

 

「多分、万里小路さんが勝ったんじゃないかな?」

 

「まぁ、御明察でございます。でも、どうしてお分かりに?」

 

「なんとなくだけど、万里小路さんの笑みに誇らしげなものを感じたからかな?」

 

「それはそれはお恥ずかしいところをお目にかけました」

 

楓は恥ずかしそうに目を伏せる。

楽しい時間と言うものはあっという間に過ぎるモノで、艦へ帰る時間となった。

帰りの内火艇の中で、

 

「ありがとう」

 

葉月は楓に礼を言った。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いや、万里小路さんのおかげで良い休日を過ごせたよ」

 

「いえ、それはこちらの言葉でございます。先任のおかげで私も大変楽しい休暇を過ごす事が出来ました」

 

楓は今日一番の微笑みを見せた。

 

 

その日の夜‥‥

 

「ええぇー!!お姉ちゃ‥‥じゃなくって、先任と一緒にお風呂に入った!?」

 

天照の食堂で麻侖が今日の休暇の事をもえかに話すともえかは思わず声を上げる。

 

「おう」

 

「なんで、なんで、私はその場に居なかったの!?」

 

「いや、艦長は明日休暇で行けるからいいじゃねぇか」

 

「先任がいないんじゃ意味がないよ!!」

 

「おいおい、艦長正気に戻れよ。って言うか、なんでそんなに怒っているんだよ?」

 

「私だってまだ先任と一緒にお風呂入ったことないのに!!」

 

「んーダメだなこりゃ」

 

麻侖は今日の休暇の事をもえかに話したことを深く後悔した。



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42話 武蔵と歓迎会

補給と補修の為、オーシャンモール四国沖の近くで停泊し、乗組員達の休暇も終わり、天照は再び出航しようとしていた。

 

「天照艦長。ここに修理した箇所を記載しておいた」

 

珊瑚がもえかに天照の補修箇所のデータが入ったUSBを渡す。

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃ我々はこれで。これから武蔵の補給に向かう」

 

「えっ?武蔵‥‥」

 

「うむ、武蔵もビーコン切ってて位置がわからないんで調査を兼ねてなんだけど‥‥」

 

「そう、武蔵も‥‥」

 

もえかはあの時、明乃からのSOSが入ってから武蔵でも何か異常事態が起こっていると確信しており、未だに安否がわからない親友の事を案じる。

 

明石、間宮からの補給・補修を受けた天照は横須賀へと帰港しようとしたら、学校側からの通信を受信した。

しかも、天照個艦宛てに‥‥

通信内容は、武蔵の他にあの時の海洋実習でビーコンを切り、行方不明になっている学生艦が多数あり、天照にその捜索を依頼するモノであった。

ブルーマーメイドの方も捜索にあたっているのだが、探し手は少しでも多い方が見つかる確率は高い。

天照にかけられた反逆者の汚名は拭い去られているので、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンから攻撃を受ける心配はもう無い。

もえかとしても親友の明乃が行方不明になっているので、この依頼はまさに天佑でもあった。

しかし、艦長と言う立場上、独断で決める訳にはいかず、もえかはクラスメイトを集め、事情を説明し、学校側のこの依頼を受けるか受けないかの審議を問うた。

すると真っ先に賛成したのは西崎と立石そしてミーナであった。

西崎と立石は艦に乗っていればまたドンパチをする機会があると思い賛成し、ミーナはやはり自分の乗艦が心配という理由からだった。

次に機関科も賛成した。

麻侖はもう少し、大型艦のエンジンを弄りたい。黒木はもえか同様、武蔵に乗っている真白が心配、他のメンバーは座学より実践の方がわりかし自由がきくし、楽しいからという理由であった。

他の科のクラスメイト達も次々と賛成していき、天照は学校側の依頼を受けることにした。

ただ、その中で鈴一人が暗い顔をしていた。

天照は行方不明になった学生艦の捜索活動へ向かう方針が決まったが、まだ平賀達による立石の事情聴取が終わっておらず、もう少しこの海域で足止めを喰らう羽目となった。

その頃、天照やブルーマーメイド、ホワイトドルフィンが行方不明になった学生艦を捜索している様に東舞鶴男子海洋学校の教官艦も今回の捜索活動に参加していた。

伊201、202の失態を犯した東舞校としても積極的に任務に参加して、高評価を得ようとアピールしていたのだ。

そんな東舞校の教官艦が南方の海域で武蔵を補足した。

 

「教官先生、哨戒船から入電です。発5分隊2号船宛旗艦あおつき 武蔵を発見。北緯19度41分東経145度0分で航行中。無線で呼びかけるも応答。ビーゴンの反応もなしで電装系の故障だと思います」

 

あおつきの副長が艦長でもある東舞校の教頭に武蔵発見の報告を入れる。

 

「武蔵の位置を横須賀女子海洋に伝えろ。まぁ見つかってよかった。随分と心配しただろ、生徒の身に安全を保障するのが我々教官の優先事項だからな。それにしても複数同時に学生艦が行方不明になるとは‥‥」

 

「幸い我が校の伊201、202に乗艦していた我が校の生徒達は全員無事に救出できましたが‥‥」

 

「聞けば、超弩級戦艦、天照は教員艦とも撃ち合いになったというし一体何がこの海で起こっているんだ‥‥いや…何が起きたにせよ武蔵の保護に向かおう。哨戒船を呼び戻せ」

 

「了解」

 

東舞校の教官艦は武蔵発見の海域へと向かった。

そこで彼らは予想もしない事態に巻き込まれる事も知らずに‥‥

 

 

平賀達による立石の事情聴取が終わるまで、手空きの者は海水浴を楽しんでいた。

マチコはパラセイリングを楽しみ、近くにはイルカの群れが通りかかり、青木が興奮しながらその姿をスマホのカメラでとらえていた。

 

「ちょっと、ちゃんと準備運動をしないと!!」

 

甲板ではもえかが甲板から海へと飛び込んでいくクラスメイト達に注意を促す。

そして、海水浴や水鉄砲で遊んでいるクラスメイト達みて、

 

(はぁ~こんなにのんびりしてていいのかな?)

 

折角武蔵の捜索活動を堂々とできる事になったのにまだ出航する事が出来ない事にちょっと焦りを覚えるもえかだったが、しかし、この後どうしても外す事の出来ないイベントが控えていたので、今は必死に焦りを抑えるしかなかった。

 

「は~い。撮るよ~」

 

もえかの焦りを余所に甲板では写真を撮ったり、スイカ割りも行われており、楓が叩き割ったスイカを食べているクラスメイト達の姿もあった。

 

「今月の運勢は‥‥」

 

そんな中、若狭はショッピングモールで買ってきた雑誌の占いコーナーで自分の星座の運勢を確認していた。

 

「おうし座は11位‥‥」

 

自分の星座は12星座の内、ブービーだった。

 

「ビリじゃないからいいんじゃない?」

 

留奈がフォローを入れる。

ちなみに12位はふたご座‥‥真白の星座だった。

 

「獅子座は何位?」

 

もえかが気になって自分の星座の順位を尋ねる。

 

「7位‥‥大切な友人と喧嘩をしてしまうかもしれません‥‥だって」

 

「‥‥」

 

「えっと‥‥心理テストもあるよ。艦長、やってみる?」

 

伊勢が心理テストをもえかに薦める。

 

「いや、いい‥‥」

 

もえかは再び視線を海へと向けた。

 

「知床さんやってみる?」

 

「私!?」

 

もえかが心理テストをやらないといったので、広田が近くに居た鈴に変わりに心理テストを受けてみるかと尋ねた。

鈴は物は試しとその心理テストを受けた。

その頃‥‥

 

「あ~い~な~。私もキャッキャウフフしたいな~」

 

「ごめんね、もう少しで終わるから」

 

天照のある部屋では、西崎、立石の他、葉月と平賀、福内の姿があり、先日の立石の明石、間宮へ対する発砲に関する聴取がとられていた。

しかし、立石の発砲に関して西崎は全くの無関係なのだが、立石が一人だと寂しそうだからという理由でこうして立石に付き合っていた。

 

「立石さん。もう一度聞くけどなぜ急に攻撃したのかどうしても思い出せないのね?」

 

福内が改めて立石にあの時の事を尋ねる。

 

「うぃ‥‥」

 

立石にしてみれば、気づいたらいつの間にか明石、間宮に発砲した犯人にされており、何が何でもわからない状況だった。

 

「思い出せないなら仕方ないよ、タマちゃん。私だって撃てるものなら撃ってたし。あの状況だったらさ」

 

「終了しましょうか?」

 

「以上の聴取内容をまとめ海上安全委員会に報告します」

 

立石の事情聴取はこれにて終了した。

 

その頃、横須賀のある病院に真霜がある人物の見舞いへと来ていた。

 

「天照の反乱を最初に報告したのは猿島ですよね?なぜ反乱と断定を?」

 

「天照が実習の集合時刻に遅れて当該海域に到着。その際こちらから砲撃を行いました。天照は短魚雷で反撃し本艦に命中。これを反乱とみなし報告しました」

 

「遅刻程度で先制攻撃を行った理由は?」

 

「それは‥‥」

 

「他の乗員は全て艦長が命令したと証言しています」

 

とある病室では猿島艦長である古庄が事情聴取を受けていた。

 

「命令したことはよく覚えています。ですがなぜそういう判断に至ったか自分でも不明なのです」

 

古庄は立石程ではないが所々記憶が欠如しており、何故たかが遅刻程度で実弾を使用しての砲撃に至ったのか分からないと言う。

そこへ、

 

「監督官の宗谷です」

 

真霜が古庄の病室を訪れた。

 

「差し入れを持って来たわ。私も古庄教官から話を聞きたいのだけど少しいいかしら?」

 

「はい」

 

「大丈夫ですか古庄先輩。つい最近まで意識不明だったと聞きましたけど?」

 

「後輩に心配かけるなんて情けないわね。ありがとう大丈夫よ」

 

「すみません、調書が完成するまでは此処に居てもらいます」

 

古庄のこの処遇は軟禁に近い処遇であった。

 

「これ、食べて下さい」

 

「ありがとう」

 

真霜は持って来た差し入れの品を古庄に渡す。

 

「生徒に向かって発砲したの。なぜそんなことをしたのか思い出せないなんて自分に腹が立つわ‥‥」

 

古庄も教官としてあるまじき行為をしたと自覚しているのだが、肝心の詳しい経緯が思いだせない。

そんな自分に腹が立っていた。

 

「他の乗組員もちゃんと記憶はあるのになぜこんなことをしたのか思い出せないと証言しているのです。先輩だけじゃありません。サルベージした猿島の戦術情報処理システムもログが消えていました」

 

真霜は事件の経緯が纏められた報告書を古庄に見せる。

 

「ログ‥消失‥13時20分から機能を喪失していたとみられる、か‥‥天照は本当に大丈夫?」

 

「艦長以下全員無事です」

 

ピリリリ‥‥

 

真霜は天照のことを伝えた時、彼女の携帯にメールが入った。

メールの内容は武蔵発見の報告だった。

 

「先輩すいません。ちょっと急用が。それ食べてくださいね」

 

武蔵発見の報告を受け、真霜は急ぎブルーマーメイドの隊舎へと戻って行った。

 

クラスメイト達の殆どが水着に着替え、海水浴をしている中、

 

「ちょっと小さいな‥‥」

 

ミーナも水着を貸して貰って来てみたのだが、どうも胸のサイズが合わない様だ。

そこへ杵﨑姉妹が通りかかる。

 

「お?主計課は遊びに行かんのか?」

 

ミーナの姿を見た途端、杵﨑姉妹は咄嗟に手に持っていた物を隠した。

 

「うん、後で行くよ」

 

「それじゃあ」

 

杵﨑姉妹は急ぎ足でその場から去って行った。

 

「わし‥‥避けられとるのかな?」

 

杵﨑姉妹の対応に首を傾げるミーナだった。

 

 

「聴取が終了したのでこれで失礼します」

 

「発砲についての正式な処分は帰港した後で学校から下されると思うけど損害もなかったし厳重注意程度で済むんじゃないかしら」

 

「ありがとうございます」

 

「お疲れ様でした」

 

立石の聴取が終わり、平賀と福内は哨戒艇に乗り、帰って行った。

 

「立石さんもお疲れ様」

 

「うぃ~」

 

表情がとぼしい立石だったが、見るからに落ち込んでいるのがわかる。

 

「だ、大丈夫だよ、立石さん。学校にはちゃんと説明して私も一緒に謝るから」

 

「また私もばっちり付き添うよ~」

 

「うぃ‥‥」

 

もえかと西崎に励まされて少し嬉しそうな立石だった。

その頃、葉月は甲板で項垂れている鈴の姿を見つけた。

 

「こ、航海長、どうしたの?皆と遊ばないの?」

 

「さ‥‥さっき心理テストをやったんだけど‥‥私の性格って真面目系クズって言う結果で‥‥」

 

「えっ?クズ?」

 

鈴の口からなんか普段は出ないような言葉が出て来た。

 

「当たっていると思う‥‥だって私逃げてばっかりの逃げ逃げ人生だし‥‥」

 

「逃げ逃げ人生?」

 

それから鈴は葉月に「逃げ逃げ人生」とはどんな人生なんかを話した。

 

「うん‥‥小学校の時にね。みんなで肝試しをしたんだけど‥‥友達を置いて逃げちゃったの!!」

 

「‥‥」

 

「いつもいつも気付いたら逃げてばっかりで‥‥」

 

過去を振り返す鈴。

小学校時代、下校時犬に吠えられて、逃げてわざわざ遠回りして帰り、修学旅行の時、仁王像を見て、怖くなって逃げ出して担任の先生やクラスメイト達に迷惑をかけ、今年の年始には神社にお参りに行ったら、そこの巫女さんに絡まれて、無理矢理労働を強いられて、その途中で逃げて‥‥

確かにこれまでの人生、鈴本人の言う通り、辛い目や怖い目に会った時は逃げてばかりいた。

 

「そんな時はいつも一人で海を見てた。不思議と気持ちが落ち着いて‥‥それで海が好きになって‥‥ブルマーを目指して船に乗っていれば逃げ場はないから逃げ逃げをやめられると思ってたんだけど‥‥結局また船ごと逃げ出して‥‥」

 

「‥‥逃げるのは悪くないと思うよ」

 

「えっ?」

 

「戦術にも『三十六計逃げるに如かず』ってやつもあるし、こうしてみんなが無事なのは航海長が逃げてくれたおかげなんじゃないかな?的確に状況を見極めてうまく逃げるのは航海長の長所だと思うよ。名将は引き際を心得ないとね」

 

葉月は微笑みながら鈴に言うと、

 

「‥‥」

 

鈴は葉月の顔をじっと見ていた。

 

医務室では美波が例のハムスターに似た小動物に餌を与えていた。

与えられた餌を食べ始めるハムスターに似た小動物。

すると、

 

ビィービィー

 

「?」

 

美波の腕についている電波時計がなり、彼女はその時計に目をやると、

 

「っ!?」

 

電波時計はバグを起こした。

 

「‥‥」

 

美波はバグを起こした時計とハムスターに似た小動物を交互に見た。

 

 

その頃、南方海域では、東舞校の教官艦が武蔵へと接近していた。

 

「武蔵安定して巡航中ですね」

 

双眼鏡であおつきの副長が武蔵の状況を報告する。

見た所、特に武蔵には異常を感じられず、動いている事から機関も正常に稼働し、損傷箇所も見当たらない。

 

「みんな無事ならばいいが」

 

すると、武蔵の砲塔が旋回しはじめて、東舞校の教官艦めがけて発砲してきた。

 

「撃ってきました!」

 

「四番艦から受信、機関部被弾、航行不能!」

 

武蔵の初弾で東舞校の教官艦の一隻が航行不能となる。

 

「発光信号を送っていますが応答ありません!」

 

「我々を脅威と誤解しているのか?」

 

東舞校の教頭は、武蔵の生徒が、自分達が武蔵に攻撃を仕掛けてくると思い込んでいるのかと思い、

 

「二番艦は接近し音声にて呼びかけてくれ」

 

発光信号ではなく、音声信号にて武蔵へと呼びかける様に指示を出した。

 

「武蔵の生徒諸君!我々は東舞高の教員だ。君達を保護するために来た!速やかに停船し指示に従い‥‥」

 

二番艦が音声信号をやりはじめると、武蔵は右舷の副砲を旋回させ、発砲。

二番艦は艦首に浸水する被害を受けた。

 

「‥‥砲撃をやめさせよう。どこかに穴を開けて傾斜させれば砲は仕えなくなる」

 

教頭は武蔵相手にこのあきづき型大型教員艦では不利であり、撃ってくるのであれば下手に接近も出来ない。

そこで、浸水させて武蔵の船体を傾斜させることにより給弾機を使用不能にさせる事にした。

 

「生徒の船を撃つことになります‥‥」

 

「砲を撃てなくしてから生徒を保護する」

 

「‥‥了解。対水上戦闘用意!」

 

この間にも武蔵の攻撃は続き、

 

「三番艦被弾!」

 

「対水上戦闘噴進魚雷、攻撃始め!」

 

残った教官艦から一斉に噴進魚雷が発射され、武蔵の右舷に命中する。

しかし‥‥

 

「目標、速力変わらず、主砲動いています!」

 

「演習弾では無理か!」

 

先程撃った噴進魚雷は全て模擬弾の為、武蔵には損傷は全くなかった。

武蔵の艦橋では、

 

「折角助かると思ったのに‥‥やっぱりついていない」

 

真白が項垂れており、他の皆も不安そうに外の状況を見ている。

若狭の見ていた雑誌の占いは奇しくも此処で発揮された。

真白本人としては外れて欲しかっただろう。

だが、諦めきれなかった。

此処で何とか武蔵を航行不能にでもしてくれれば、真白達の艦橋ぐらしも終幕し、明乃を助ける事も出来る。

今の真白達は東舞校の教官らに自分達の命運を託すことしか出来なかった。

 

南方海域で武蔵と東舞校の教官艦がドンパチやっている頃、

 

「艦長、準備出来ました」

 

みかんがもえかに例のイベントの準備が出来たと報告する。

 

「じゃあ、始めようか?艦長の知名です。クラス全員急いで艦首付近の前甲板に集まって下さい」

 

もえかはクラスメイト達を艦首の前甲板に集めた。

集まったクラスメイト達はこれから何をやるんだ?と言う表情をしている。

 

「では、今から‥‥ミーナさんの歓迎会を始めま~す」

 

「わ、わしの?」

 

もえかが招集内容を言うと拍手が起こった。

船の皆は家族。

その信条をもえかは忘れておらず、イレギュラーながらも天照の乗員となったミーナの歓迎会をする事にしたのだ。

その企画を立てたのは、学校側から行方不明になった学生艦の捜索依頼が来る前の事で、炊事委員の子らも賛成してくれたので、今更中止には出来なかった。

歓迎されるミーナは突然のサプライズに驚いている。

 

「じゃあ私達の新しい仲間のミーナさんから一言!」

 

「え~。天照乗員諸君。全くこの天照というのは変な船じゃ‥‥じゃ、じゃが‥‥こんな風にわしを歓迎してくれるとは…天照乗員諸君‥‥わしはこの手厚い歓迎にド感謝する!」

 

ミーナは感謝の言葉を述べてケーキの上に立つロウソクの火を消す。

 

「はい!じゃあみんなでケーキを食べようね」

 

こうしてミーナの歓迎会が始まった。



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43話 追跡断念

ミーナの歓迎会が始まり、クラスメイト達はそこで出されたケーキに舌鼓をうっている中、

 

「ねぇ、ミーナちゃんは何で自分の事を『わし』っていうの?」

 

和住がミーナの一人称に関して、今まで疑問に思っていたのだろう。

此処で彼女に質問をした。

 

「ん?おかしいか?日本の映画を見て覚えたんじゃが?」

 

「仁義がない感じの映画ですね。『あんたは儂らが漕いどる船じゃないの。船が勝手に進める言うなら進んでみぃや!』」

 

幸子がサングラスを取り出し、例の一人芝居をする。

すると、

 

「『ささらもさらにしちゃれー!』じゃな」

 

ミーナもそれに乗る。

 

「しかし、上手いなぁこのケーキ」

 

ミーナが再びケーキに口を着けていると、

 

「これ記念品」

 

「貰って」

 

杵﨑姉妹からは紅白の達磨がプレゼントされたミーナ。

 

「お、おう‥ダンケシェーン 」

 

ミーナは達磨にちょっと引きながらも折角のプレゼントと言う事で杵﨑姉妹から紅白の達磨を受け取った。

 

「あの映画シリーズ全部見たんですか?」

 

「見たぞ」

 

「私、四作目が好きで」

 

「おお、あれかあれはええのう」

 

幸子は天照でやっと話が合う人物が見つかり嬉しそうだった。

そんな中、

 

「艦長!学校から緊急電です!」

 

鶫が学校からの緊急伝を伝える。

 

「総員、出航配置!!」

 

歓迎会から一転、天照はドタバタとクラスメイト達が忙しく動き、出航準備となる。

 

「通信長、電文の内容は?」

 

葉月が鶫に学校からの電文内容を尋ねる。

 

「武蔵を捜索していた東舞高教員艦との連絡が途絶えた。周辺で最も近い位置にある天照は現地に向かい状況を報告せよ。なお戦闘は禁止。自らの安全を最優先すること‥‥以上」

 

「武蔵がこんなに近くに‥‥」

 

まさか、探していた武蔵がこんな近くに居たとは予想外だった。

 

「艦長、命令はあくまで状況報告です」

 

「そうだね‥‥出航用意!!錨をあげ!両舷前進強速ヨーソロー!見張りを厳に!」

 

天照は電文であった地点へと向かう。

 

その頃、武蔵を捕捉していた東舞校の教官艦群は‥‥

 

「増援の八隻到着!陣形整いました!」

 

あおつきは、あれから此方が不利だと直ぐに悟ると援軍を呼んだ。

直ぐ近くに居た艦隊を含めて全部で十六隻となった。

武蔵は主砲を左右に旋回し、東舞校の教官艦に対して発砲。

南方海域は戦争でもしているかのような光景となった。

 

「すごい‥‥すごすぎます‥‥」

 

幸子が震える声で目の前の光景の感想を口にした。

 

「夾叉もなしにいきなり命中させるなんて‥‥あんなのに狙われたら‥‥」

 

西崎が武蔵の砲術の凄さを言う。

確かに此方も超弩級の戦艦だが、武蔵の46cm砲は十分脅威である。

 

「操艦もあんなに大きな艦なのにあっという間に針路を変えている‥‥」

 

鈴も武蔵の操艦能力を褒める。

やはり、横須賀女子の中でも成績優秀者を乗せているだけのことはある。

 

「どうして‥‥なんでこんなことに‥‥」

 

もえかは震えながら双眼鏡を見ている。

 

一方、武蔵と戦闘を続けているあおつきの艦橋では、

 

「なんとしても足だけでも止めなければ‥‥噴進魚雷攻撃始め!」

 

もはや手段を選んでいる時では無かった。

多くの艦で武蔵を包囲しても武蔵はその包囲艦に攻撃を行い、そこからできた包囲網の穴を縫って逃亡を図る。

しかし、迷走しているあの超弩級戦艦をこれ以上、海を航行させたら、一般商船にも被害が及ぶ可能性がある。

そこで、東舞校の教頭は実弾を使用して武蔵の足を止めようとした。

しかし、発射された噴進魚雷は武蔵の方へと向かわず見当違いの方向へと進んでいく。

 

「何!?」

 

「教頭!イルミネーターに異常発生!増援艦隊との通信も取れずCICでも動作不良が発生!データリンクも止まっています!」

 

「バカな!?」

 

教頭がこの突然の事態に驚愕していると、あおつきの後部甲板に武蔵の砲弾が命中した。

あおつき以下、被弾した艦は通信が使用不能なので、発光信号にて救難信号を行った。

 

東舞校の教官艦をあらかた片付けた武蔵は次に天照へその主砲の照準を向けた。

 

「武蔵の主砲こっちに向いています!」

 

マチコが武蔵の次の狙いがこの天照である事を知らせる。

 

「っ!?」

 

艦橋内に緊張が走る。

 

「面舵一杯!!武蔵と反航」

 

即座に葉月が鈴に操艦指示を出す。

 

「はい!!」

 

「よく逃げずに頑張っているね、今日は」

 

西崎が鈴にいつもとは違うと言う。

確かに普段の鈴であれば、「逃げようよぉ~!!」と騒いでいる筈であった。

学校側から行方不明になった学生艦の捜索依頼が来た時も猿島やシュペーの時の様なドンパチに巻き込まれると思って暗い顔をしていた鈴だったが、昼間、葉月に褒められてちょっとは前向きに取り組む姿勢が芽生えてきた鈴だった。

それでも目はやはり涙目だった。

 

「感あり!主砲弾3こちらに向かっています!10秒後艦首右前方に着弾!」

 

CICに居る電測員の慧からの報告を聞き、立石は、

 

「340の60」

 

射撃指揮所に砲撃指示を伝える。

 

「撃つんだ…やっぱり撃っちゃうんだ!」

 

主砲を撃つことに西崎はやや興奮している。

 

「弾で…弾を撃つ!」

 

「砲塔回す。340度広角60度!‥‥はい回した!」

 

武田が砲塔を旋回させ、

 

「バキュンといくよ!」

 

日置が引き金を引く。

 

轟音と共に天照から51cm砲弾が発射される。

 

「感3そのままきます!」

 

天照の第一主砲の砲弾は外れた。

 

「面舵一杯!内側に入って!」

 

「ダメです!!間に合いません!!」

 

「第二主砲、350度発射!」

 

続いて第二主砲からもう一度51cm砲弾が発射される。

すると、今度は武蔵の砲弾と天照の砲弾が空中でぶつかり炸裂した。

 

「やった!!」

 

「イエーイ!!」

 

西崎と立石がハイタッチをしている。

 

何とか武蔵からの砲撃を回避した天照。

すると、もえかが、

 

「知床さん、このまま武蔵を追って!!」

 

と、武蔵追撃の命令を出した。

 

「えっ!?」

 

もえかのこの命令に鈴はドキッとする。

さっきはたまたま武蔵の砲撃を何とかすることが出来たが、この次もそううまくいくだろうか?

もし、艦橋に46cm砲弾があたったら、自分達は一瞬で木っ端微塵になるかもしれない。

他の艦橋員もちょっと不安そうな表情をしている。

そんな時、葉月が、

 

「艦長、それはあまりにも危険です。それに学校からは『戦闘は禁止。自らの安全を最優先する』と指示が来ている筈です」

 

「でも、私達には武蔵の捜索依頼も来ていた!!それにあそこにはミケちゃんがいるんだよ!!」

 

もえかの声は震えていた。

今まで安否不明となっていた明乃が目の前に居る。

助けに行きたくても実習の始めには、反逆者の烙印を押され、探しに行けなかったが、ようやく反逆者の汚名も拭われ、学校から武蔵の捜索を正式に依頼されて、そしてやっと武蔵が‥‥明乃が目の前に居る。

耐えに耐えてきた明乃に対する感情が此処で爆発したのだ。

もえかとしては、天照にどんな被害が出ても良い、武蔵を何としてでも止めたい、明乃に会いたいと言う感情が優先されてしまった。

横須賀女子主席とは言え、もえかだって一人の人間である。

人としての感情があり、それが爆発したっておかしくはなかった。

 

「お姉ちゃんはミケちゃんが心配じゃないの!?」

 

「‥‥勿論、心配です」

 

「だったら‥‥!!」

 

「でも、幹部二人ですぐに決める案件ではないでしょう!!貴女は自分の感情を優先させて、天照全員の命を危険にさらす気ですか!?それに‥‥」

 

葉月は周辺の海を指差す。

 

「今、海上には助けを求めている人が大勢いるんです!!その人達を見捨てて武蔵を追いかける事が、艦長が目指すブルーマーメイドの姿ですか!?」

 

「っ!?」

 

葉月に指摘されてもえかが周辺の海を見渡すと、そこには東舞校の教官艦乗組員達がボートで漂流または、ライフジャケットを着たままで海に漂流している姿が見える。

彼らが乗っていた艦は全て大破し、沈没するのも時間の問題と言う艦もある。

 

「‥‥」

 

もえかは唇をグッと噛んで、拳を握り、悔しさを露わにした後、決断する。

 

「‥‥機関停止‥漂流者の救助を‥‥それと学校にも連絡を‥‥」

 

もえかは武蔵追跡を断念した。

 

「‥‥」

 

艦橋は武蔵との戦闘が終わったにも関わらず、まるでお通夜のような空気であった。

もえかは何処かへと去っていく武蔵の姿を双眼鏡で見ると、後部にある予備射撃指揮所にもえかと同じ、白い艦長帽に白い詰襟を着た人物がチラッと見えた。

 

「っ!?ミケちゃん!?」

 

もえかは双眼鏡を一度、目から離し、もう一度、武蔵の予備射撃指揮所を双眼鏡で見るが、そこには誰も居なかった。

 

(見間違い‥‥? でも‥‥あれは間違いなくミケちゃんだった‥‥)

 

夕陽の光を浴び、武蔵は何処かへと去って行った。

その武蔵の艦橋では、真白達武蔵の正常者達が項垂れていた。

 

「折角助かるかと思ったのに‥‥」

 

「私達の武蔵が東舞校の教官艦を‥‥」

 

ようやく救助が来たと思ったら、武蔵はその救助者へ攻撃を加えて、返り討ちにして、新たにやって来た天照は救助の為、武蔵追跡を断念した様子。

助かるかと思った矢先にやっぱり無理でした。

この結果は真白達にかなりの精神的ダメージを与えた。

 

天照は母校である横須賀女子海洋高校へ事の次第を通信で送り、ブルーマーメイドにも東舞校の教官艦の乗員救助の通信を送った。

ブルーマーメイドが到着するまで、天照の乗員は東舞校の教官艦乗組員の救助を行った。

初めての救助作業と言う事でまごついたが時間が経つにつれ、クラスメイト達も慣れてきた様子で次々と東舞校の教官艦乗組員の救助が行われた。

 

「東舞鶴男子海洋学校教頭兼教官艦あおつき艦長の大野です」

 

「横須賀女子海洋高校、大型直接教育艦、天照艦長の知名もえかです」

 

「この度は救助の手を差し伸べて頂いた事に感謝いたします」

 

「い、いえ‥‥」

 

東舞校の教頭から礼を言われ恐縮するもえか。

それと同時になんだか、自分の事が物凄く醜く感じた。

自分はついさっきこの人達を見捨てようとした。

それをこの人達は知らず、自分に感謝の礼を言ってきている。

自分は、本当は感謝されるべき人間じゃないのに‥‥。

その事がもえかの心を傷つけた。

やがて、東舞校の教官達は到着したブルーマーメイドの艦艇に乗り、報告の為、東舞鶴へと帰って行った。

 

天照から、武蔵との戦闘経過報告が横須賀女子の真雪の下にも入った。

 

「東舞鶴教官艦艦隊十六隻が航行不能!?まさか本当に武蔵が反乱したの?」

 

反乱をしたのは天照ではなく武蔵の方だったのかと言う憶測が真雪の脳裏をよぎった。

 

「天照は攻撃から離脱後、東舞校の教官の救助作業で追跡を断念し、目標をロスト。でも、あそこの教官艦は最新鋭だったはず‥‥」

 

「電子機器と誘導弾が全て機能不全を起こしたようです」

 

最新鋭の教官艦が何故、武蔵に返り討ちにあったのかその原因を真雪に報告する秘書。

 

「乗組員は?」

 

「三重の安全装置は伊達ではありませんね。報告では、死者は0。軽傷者数名です」

 

死者が出なかったのは不幸中の幸いだった。しかし、今回の件は伊201、202の時の様にはいかず、証言者が大勢いる。

またあの財前校長が此処に殴りこんでくるかもしれないと思うと頭が痛い真雪だった。

そこに追い打ちをかける様に、

 

「校長!比叡・鳥海との連絡が途絶しました!!」

 

教頭が駆け込んで来て、新たに連絡が途絶した学生艦が出たと報告した。

 

「何ですって!?」

 

「それは確かなの?」

 

「はい、間違いありません」

 

「‥‥武蔵以外に所在不明の艦は?」

 

「比叡・鳥海・摩耶・五十鈴・名取・天津風・磯風・時津風ならびにドイツより演習参加予定だったアドミラル・シュペーです」

 

「そんなに‥‥今、動かせる船は?」

 

「補給活動中の間宮・明石・風早、護衛の秋風・浜風・舞風、偵察に出ている長良・天照・浦風・萩風・谷風のみです」

 

「山城・加賀・赤城・伊吹・生駒はドッグに入っていてどんなに急いでも半年以上は動けません。航洋艦は前倒し可能ですがそれでもせいぜい三か月かと‥‥」

 

この非常時に主力戦艦の殆どがドック入りの状態となっていた。

動かせるのは駆逐艦、軽巡洋艦の小型艦艇ばかり‥‥。

 

「武蔵との遭遇地点に向かわせられるのは?」

 

「天照以外は他の艦艇の捜索に出ているので少なくともあと数日は…」

 

「はぁ~一体どうすれば‥‥」

 

天照以外、武蔵の近くに居る艦居らず、武蔵の行方は再び不明となった。

真雪は、この後しばらくは頭を抱える事となった。

 

 

(私…艦長失格なのかな?)

 

救助作業が終わり、無駄だと思うが天照は武蔵が去って行った方向へと針路をとり、急いで武蔵追跡へと移ったが、今のところレーダーには武蔵の反応がなく、現在はあてもなく南海を彷徨っている様な状況だった。

そんな中、もえかは夕食を前にしても食事に手を付けずにただひたすら物思いにふけっていた。

そこへ、

 

「艦長!!」

 

「黒木さん」

 

機関科の黒木が物凄い剣幕でもえかに近づいてきた。

 

「艦長、何で武蔵を!!宗谷さんを見捨てたの!?」

 

「‥‥そ、それは‥‥」

 

「貴女、まさか、東舞校の教官を助けて内申点を稼ごうとしたんじゃないでしょうね!!」

 

「ち、違う!!私だって!!」

 

もえかも黒木に負けじと彼女を睨む。

 

「そこまで!!」

 

いつ殴り合いになるかわからない雰囲気の中、其処に待ったをかけたのは葉月だった。

 

「黒木さん、艦長に武蔵の追跡を断念させたのは自分だよ。艦長は最後まで武蔵を追いかけようとしていた」

 

「なら、何故武蔵を追いかけなかったの!?貴女だってあの艦に宗谷さんが乗っていたことを知っていた筈よ!!」

 

武蔵追跡を断念させたのが葉月だと知ると今度は葉月に食ってかかる黒木。

 

「ああ、知っている」

 

「だったらどうして!?」

 

「何の策も無しに飛び込んで行って勝てる相手か?武蔵は‥‥?それに海上には多くの助けを求めている人達が居たんだ。あのまま武蔵を追いかければその人達を見捨て、死亡者を出すところだったんだ。ブルーマーメイドの主任務は海難救助じゃないのか?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「それに真白ちゃんも曲がりなりにもブルーマーメイドの名門家‥‥仮にもし、あのまま武蔵を追って真白ちゃんを助けた反面、東舞鶴の教官たちに大勢の死傷者を出した時、真白ちゃんはどう思う?黒木さんに礼を言うと思う?」

 

「‥‥」

 

葉月は黒木の名を言うが、それはもえかに対しても安易に同じ事を言っていた。

自分もそうだが、明乃も海難事故で両親を亡くしていた。

でも、その時、ブルーマーメイドに助けられたことが切っ掛けで自分達はブルーマーメイドになろうと決めたのだ。

その自分が助けるべき人を見捨てるなんて、あってはならない事だった。

 

「もし、今回の事が我慢ならないというのであれば、ブルーマーメイドになる事はお薦めしない‥‥今のうちに諦めた方が良い‥‥」

 

「「っ!?」」

 

葉月は心を鬼にして言い放った。

 

(そうだ、辛いときに辛い決断が出来ない様ならば、ならない方が良い‥‥あの時、艦長は大勢の乗員と艦を救うために右舷側の乗員を見捨てたんだ‥‥それがどれほど辛い選択だっただろうか‥‥そう言った選択をこの娘達は出来るであろうか?)

 

前世における天照最後の戦いで、当時の天照の艦長は艦の傾斜を戻す為、まだ乗員が居る区画に海水を流し込んだ。

それはそこいた乗員を見殺しにする命令でもあった。

海での仕事は決してあこがれだけでやっていける仕事ではない。

葉月自身も辛そうに帽子を目深にかぶり直して食堂を出て行った。

すると、食堂の直ぐ近くの通路には麻侖が立っており、

 

「随分と無理をするじゃねぇか先任」

 

「機関長‥‥」

 

「まっ、先任が言っている事も分かるさ‥‥クロちゃん達の事はアタシに任せな」

 

「‥‥すまない」

 

そう言って葉月は麻侖に一言礼を言って天照の通路を歩いて行った。



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44話 機雷の海

葉月が食堂から去って行った後でも食堂はやはり、重い空気が流れている。

そんな中、

 

「なんでぃ、なんでぃシケた面して辛気臭せぇな」

 

麻侖が普段のノリで食堂へと入って来た。

 

「マロン‥‥」

 

「榊原さん‥‥」

 

「ったく、艦長もクロちゃんも何てェ面してんでぃ」

 

「「‥‥」」

 

麻侖の言う通り、もえかも黒木も泣きそうな感じの顔をしていた。

 

「とりあえず、こんな時には風呂に行くぞ!!風呂に!!」

 

麻侖はもえかと黒木を風呂へと連れて行った。

 

その頃、艦橋へと戻った葉月は操舵輪を握っていた勝田に現在位置を尋ねた。

 

「武蔵~すごかったぞな!」

 

「勝田さん。現在位置は?」

 

「わからんぞな」

 

「えっ?」

 

勝田の解答に葉月はキョトンとする。

 

「「ぞな?」」

 

一方、勝田の伊予弁の語尾に変な口調と思った立石と西崎がおかしなものを見る様な目で勝田を見る。

 

「武蔵を追いかけるので精いっぱいで位置を把握する余裕など欠片もありませんでしたぞ」

 

勝田が何で現在位置を知らないのか理由を話す。

 

「‥‥被害報告と周辺状況の確認」

 

葉月は、呆れながら伝声管に通達する。

 

「前方何も見えません」

 

展望指揮所からはマチコが、

 

「左弦何も見えません」

 

左からは山下が、

 

「右弦もです」

 

右からは内田が、

 

「電探真っ白です!」

 

「通信もダメでーす」

 

「水測も聞こえません」

 

CICからは慧、鶫、楓が一斉に報告をあげる。

確かに報告しろとは言ったが、一斉に報告されては混乱する。

葉月は聖徳太子ではないので、一度に言われても処理しきれない。

 

「ちょっ、みんな一斉に言わないで!!」

 

「何か電子機器が全滅っぽいです。原因不明のノイズばっかりで‥‥」

 

幸子が現在、天照の電子機器が全て不調だと報告を上げる。

 

「そんなバカな!?」

 

葉月がレーダーを確かめてみると、確かにレーダー画面がホワイトアウトしていた。

原因が判明し、修理が済むまでは、航行はジャイロコンパスと天測が頼りとなる。

 

「星が見えまーす」

 

再び展望指揮所のマチコから空に星が見えると報告が入り、

 

「天測急いで!」

 

葉月は六分儀による天測を命じた。

 

「「了解」」

 

山下と内田が六分儀を使って天測をし、

 

「現在位置でましたー」

 

「北緯29度15分29秒、東経136度4分35秒!」

 

天測された数値を納沙のタブレットに打ち込んでいく。

すると‥‥

 

「現在地はえっーと‥‥」

 

「何処?」

 

「あのーそのー」

 

幸子は何故か現在位置の報告をためらっている。

 

「ん?どうしたの?」

 

「現在位置は‥‥琵琶湖中心です」

 

「そっかー琵琶湖か!」

 

「そうだよね。今入れるもんね。」

 

「道理で波が静かだと思ったぞな!」

 

山下、内田、勝田はなんか納得したように言うが、

 

『ってんなわけないだろ!』

 

葉月、幸子、西崎、そしてさっき納得した勝田が山下と内田にツッコミを入れる。

 

「「すみませ~ん。もっかい調べま~す」」

 

「なんか不安だから、自分もやる」

 

こうして葉月、山下、内田が天測をやり直して、天照の現在位置を割り出し、海図へと記入した。

 

その頃、海上安全整備局の会議室では‥‥

 

「東舞校の教官艦が武蔵の攻撃で航行不能?」

 

「やはり学生の反乱なのか?」

 

南方海域であった武蔵と東舞校の教官艦の戦闘報告書を見ながら海上安全整備局の幹部ら会議をしていた。

 

「今のところ証拠はまだ固まっていません」

 

「そそ、フニャフニャでね」

 

「確証を掴め!!国会議事堂や首相官邸、皇居に46cm砲弾が撃ち込まれてから騒いでも遅いんだ!」

 

「もし、反乱だとして都市部に向かって来たら食い止められるのか?」

 

「天照の報告によると誘導弾は効かなかった。大量の魚雷を浴びせるか砲撃でなんとかならんのか?」

 

「武蔵には成績優秀な生徒が集められている。無誘導の射程外からそう簡単に当たるか?」

 

「難しいな。だとしたら…同等の戦力をぶつけるしかない」

 

「18インチには18インチか」

 

「だが呉の大和も舞鶴の信濃もドッグ入りしている」

 

「佐世保の紀伊は?」

 

「駄目だ。遠洋航海中で今、地球の反対側だ」

 

多くの主力戦艦がドック入りをしている時、大和級の戦艦もドック入りか遠洋航海で不在となっていた。

 

「16インチ砲や14インチ砲では太刀打ちできん!」

 

「天照の主砲は20インチ砲らしいですが‥‥」

 

「うーむ‥‥天照か‥‥」

 

幹部の中には葉月が‥天照が今回の武蔵の反乱に同調して、反乱するのではないかと言う危惧があった。

海上安全整備局の幹部連中が頭を抱えている頃、天照の風呂では‥‥

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

麻侖ともえかが服を脱いでいるミーナの姿に釘付けだった。

主にその胸に‥‥

風呂へ向かう途中、ミーナと出会い、麻侖が彼女を誘ったのだが、まさかそれがこんな所でショックを受ける羽目になるとは‥‥。

ミーナの胸が機関科一の胸の大きさを誇る伊勢よりも大きかった。

湯船に入り、

 

「しっかし、これはいいな。うちの船にも欲しいぞ」

 

ミーナは風呂にご満悦の様子。

 

「15万馬力でたいた天照自慢の風呂でい!」

 

ミーナに褒められ、麻侖は自慢げに言う。

その後、麻侖が今回の武蔵との一件を尋ね、もえかがその経緯を伝える。

そして、本当は武蔵を助けたかったが、葉月の言う通り、海上には大勢の助けを求める人が居たため、武蔵追跡を断念した事を‥‥

黒木も不満そうな顔をしていたが、麻侖は葉月の意見に賛同した。

それはやはり、江戸っ子気質の麻侖からすれば、確かに親友は大事であるが、助けを求める大勢の人を見捨てて行くのはやはり、人としてどうなのかと言う事、親友だって大勢の人を見捨てて自分が助けられたと知った時、本当に感謝するだろうか?

むしろ、罪悪感を感じさせてしまい、その親友に重い十字架を背負わせてしまうのではないだろうか?

 

「「‥‥」」

 

「それに武蔵だって沈んだわけじゃねぇんだろう?海に浮いているなら、また会う事だってあらぁ!!そん時に今回の借りを返してやればいいじゃねぇか」

 

麻侖はまた次があると言う。

彼女の言うことも間違ってはいない。

まだ武蔵は海に浮いている。沈んではいない。

ならば、まだ明乃や真白を助けるチャンスはある。

次のチャンスにかけようじゃないか。

もえかと黒木のモヤモヤは少し晴れた。

 

「あぁ~良い風呂だったなぁ~」

 

ラムネを飲みながら麻侖は満足そうに戻って行き、黒木もその隣を歩いて行った。

 

「武蔵の艦長はお主の友人なのか?」

 

「うん、幼馴染‥‥昔からの‥‥武蔵に一体何がなったんだろう‥‥どうしたら助けられるんだろう‥‥」

 

「もしかすると我が艦長と同じように一人で船を守ろうとしているのかもしれんな。武蔵の艦長も‥‥」

 

「ミーナさん‥‥」

 

(そうだよね、ミーナさんだって自分の乗っていた艦が行方不明なんだもんね‥‥そこには当然大切な人だって乗っていた筈‥‥不安を抱えているのは私達だけじゃないんだよね‥‥)

 

「我が艦長は、テアはいつも素早く決断し毅然と行動する素晴らしい艦長じゃ‥‥きっとお主とも気が合うと思うぞ」

 

「私はそんな立派な艦長じゃ‥‥」

 

「いや、十分お主にも素質がある。もっと自信を持て、此処まで艦を引っ張って来たのはお主じゃないか」

 

「‥‥」

 

ミーナはそう言うは、もえかは果たしてそうだろうか?と疑問に思う。

此処まで来れたのは勿論、皆の力があった事には変わりないが、もえかの中には葉月の存在があり、彼女こそがこの艦を率いた方がいいのではないかとさえ思える。

 

「ん?どうした?」

 

考え込み、落ち込みそうになったもえかの様子を気にしてか、ミーナが声をかける。

 

「あっ、いや、なんでもないよ」

 

「そうか?だが、艦長が不安になれば、艦内全ての乗員が不安になる。だからいつも艦長は、その不安を胸に押し隠し、一人で全てを背負う‥‥我が艦長はそう言っておった‥‥」

 

「一人で背負う‥‥か‥‥」

 

(じゃあ、もしかしてお姉ちゃんも‥‥)

 

もえかの中にミーナの言葉が深く刻み込まれ、染み込んだ。

それと同時に葉月も心の内に何かの思いを押し込めているのでは?と思った。

 

艦橋へ戻ったもえかであるが、やはり葉月の姿を見てちょっと気まずくなる。

それは葉月の方も同じでちょっと気まずそうだ。

そこへ、

 

「あの、艦長。ちょっといいですか?」

 

通信長の鶫が艦橋へと上がって来て、もえかに声をかける。

 

「どうしたの?」

 

「さっきから全然通信が入らないんだけど艦内から微弱な電波を拾っていて‥‥」

 

「携帯じゃないの?」

 

天照の通信機器以外の電波と言う事でクラスメイトの携帯かと思い西崎が尋ねるが、

 

「ううん、携帯とは違う周波数なの‥もちろん、ラジオでもない」

 

鶫が言うには携帯やラジオの電波ではない様だ。

 

「確認する必要があるね。わかった。案内して。先任、あとをお願い」

 

「はい」

 

もえかは鶫の案内の下、変な電波が流れている場所へと向かった。

そして何故か、五十六を抱いた立石もついて行く。

その途中、楓と慧も合流し、鶫がダウジングを使って怪電波の発生箇所へと皆を導く。

 

「それでお分かりになりますの?」

 

楓がダウジングを興味深そうに見る。

 

「無理でしょう。そんなので電波が拾えたら‥‥」

 

しかし、慧は無理だろうと否定する。

その時、

 

「あっ、こっち」

 

「「えっ?」」

 

鶫の持つダウジングが反応し、その反応は医務室からだった。

 

「ここ?」

 

「うん」

 

そして、恐る恐る医務室のドアを開けると、其処には‥‥

 

「うふふふ‥‥」

 

スタンドライトの灯りだけを灯し、怪しい笑みを浮かべ、あのハムスターに似た小動物を解剖しようとしている美波の姿があった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その姿を見た慧は思わず絶叫する。

 

「あら?お化けですわ」

 

楓はお化けと言う割には落ち着いた口調で言う。

 

「いや、よく見て、あれは美波さんだから」

 

もえかが、冷静にツッコミを入れる。

すると、開けられた医務室へもう一匹、ハムスターに似た小動物が入って来た。

 

「むっ?」

 

美波とハムスターに似た小動物が睨み合っていると、立石が抱いていた五十六の目も光り、眼前のハムスターに似た小動物へと襲いかかる。

 

「五十六すごいね!ネズミ捕まえたんだ!あれ?色が違う‥‥」

 

もえかが五十六が捕まえたハムスターに似た小動物へと手を伸ばそうとすると、

 

「触るな。それはネズミではない」

 

美波がそれに待ったをかけた。

その直後、

 

「通信回復しました!」

 

「電探復活!これでなんでも見えます」

 

「周辺の音がよく聞こえています」

 

天照の電子機器の回復の報告が続々と上がり始めCICの機能も回復した。

 

「どうやらコイツが原因だったようだな」

 

「これ何なの?ネズミじゃないって言っていたけど‥‥もしかして、ハムスター?」

 

「いや、遺伝子構造を調べたがソイツはネズミでもハムスターでもない。更にソイツは変なウィルスに感染している。そのウィルスは砲術長の血液からも出ている」

 

「う、ウィルス‥‥」

 

「うぃ‥‥」

 

未知のウィルスに感染していたと言う事で、立石は恐ろしくなったのか思わずもえかにしがみつく。

 

「砲術長が暴れたのも電子機器が故障したのもそいつが原因の可能性がある」

 

「じゃあそれを調べれば、対策を立てられる?」

 

「可能性はある」

 

美波の仮説を聞いて、もえかは五十六を抱き上げる。

 

「五十六凄いね!今日から提督って呼ぼうね」

 

「大」

 

「大提督だね」

 

「勝手に提督とかつけたらまずくないか?」

 

美波はそう言うが、もえかと立石は五十六を大提督とする事に決めた様だ。

 

「では、艦長、私はもう少し、研究を続ける。ただ、このネズミの事を一刻も早く学校に知らせてくれ、もし、他の船に紛れ込んでいたら大変だからな」

 

「そうだね」

 

もえかが学校にこのネズミの危険性を知らせようとしたら、

 

「前方右舷方向に浮遊物‥‥っ!?機雷です!!」

 

マチコが天照の針路上に機雷がある事を報告する。

 

「取舵一杯!!全速後進!!」

 

「と、取舵一杯!!」

 

葉月が勝田に指示を出し、自らはテレグラフを操作し、機関室へ前進から後進へと変える指示を出す。

機雷は天照の右舷方向で爆発した。

しかし、超弩級戦艦である天照は機雷一つの爆発で浸水や沈没する事はなかった。

 

「機関停止‥‥航海日誌に現在位置と時刻を記入」

 

「は、はい」

 

勝田が海図台の上にある航海日誌にペンを走らせ、葉月は周辺の海域に機雷があると言う事で、夜間のこれ以上の航行は危険と判断し、機関を止めた。

 

「山下さんと内田さんは探照灯を使い周囲の状況を確認」

 

「「はい!!」」

 

「八木さんは広域通信でこの周辺の船舶に注意を促して」

 

「了解」

 

「艦長、夜間にこれ以上の航行は危険です。今日は夜が明けるまで此処で待機した方がよろしいのではないでしょうか?」

 

「わかりました」

 

葉月はもえかに進言し、もえかも葉月の判断は適切だと思い、天照を今日は此処で止めた。

 

「万里小路さん」

 

「何でございましょう?」

 

「今のうちにソナーで周辺海域の測定をして、機雷の分布を探索して」

 

「承知しました」

 

「探照灯はこのままつけて、当直者は機雷の接近に厳重注意。次直にもその事を伝えて」

 

「「「はい」」」

 

夜間当直者達はこうして機雷の接近にも注意する事になった。

 

そして夜が明けると、朝靄で周辺海域はまるで雲海の様な光景となった。

 

「つっついて大丈夫なの?」

 

みかんが長い竹棒で近くの機雷をつっついて天照から遠ざける。

 

「古い触発機雷だから突起を押さなければ問題ないよ」

 

「全部爆破すればいいんじゃない?」

 

「霧が晴れないと周辺にどれだけあるかわからないし一つ爆発させてそれが連鎖したら怖いから‥‥」

 

「「大変だね~」」

 

そして、朝食の時間、食堂で朝食を食べながら艦橋メンバーは楓の測定結果を元に今後の方針を決めていた。

 

「夜のうちにソナーで周辺探索行いました。」

 

「範囲はどれくらい?」

 

「おそらく航路阻止を目的としているので比較的狭い範囲です。機雷の種類は不明ですが水深を考えると係維機雷・短係止機雷・沈底機雷だと思われます」

 

「‥‥」

 

ネチョッ‥‥

 

楓が周辺海域の機雷について話している横でミーナは納豆を箸でつっついて顔を歪めていた。

 

「係維機雷って何?」

 

「ほらあれでしょ。ワイヤーで繋がってぶつかるとどかー!っていくやつ」

 

「進むには掃海する必要がありますね‥‥」

 

「掃海手順は?」

 

「説明させていただきます!」

 

幸子が自信満々の様子で機雷の掃海手順の説明に入る。

 

「まずは各掃海具を掃海柵で繋ぎ、展開器を水中に落とします。船が進むにつれ展開器は左右へ広がって沈降具が艦尾から引っ張られていき掃海柵に機雷が引っかかると、動いていって切断機でちょきんと切れるのです。後は浮いてきた機雷を機銃でどっかーん!」

 

「おお!!私の出番だ!早く撃たせて!」

 

「うぃ」

 

機銃掃射が出来ると知って西崎と立石は目を輝かせる。

 

「‥‥うぇぇぇ~」

 

幸子が掃海手順の説明している中、ミーナは納豆のネバネバに吐き気を催していた。

 

「あれ?ミーナさん、納豆口に合わなかった?」

 

「いや、そういう事はないじょ」

 

「あっ、噛んだ」

 

「噛んだ」

 

「噛んだね」

 

「もしかして、ミーナさん、日本食が口に合っていないんじゃない?」

 

お盆の上のほとんど手つかずの朝食と納豆を見てのミーナの反応から葉月はミーナと日本食が相性が悪いのではないかと尋ねた。

 

「い、いや、そんな事は‥‥」

 

居候の身で贅沢は言えないと思ったのか、ミーナは否定するが、

 

「ここ最近、見ていたけど、ミーナさん、サラダと飲み物しか食べていないでしょう。パンの時はパンを食べていけど、米の時はほとんど残していたし‥‥」

 

「‥‥その‥実は、‥‥先任の言う通りなんじゃ‥‥実は日本料理が口に合わなくて‥‥」

 

ミーナは気まずそうに言う。

 

「えぇ!そうなんだ。ゴメンね、気がつかなくて。じゃあ今日はドイツ料理を作ろうか!」

 

艦の食事担当なのにミーナの事に気づかなかったみかんは彼女に謝り、今日の夕食は彼女の故郷であるドイツ料理にすると言う。

 

「え、いやいや!」

 

居候の身なのにわざわざそこまでしてもらわなくてもとミーナは恐縮してしまう。

 

「折角、作ってくれるって言うんだから、此処は伊良子さんの行為に甘えてはどうかな?たまには故郷の料理を食べて英気を養わないと」

 

葉月はミーナにみかんの行為に甘えると良いと言う。

 

「そうだよ!それに私ドイツ料理得意だから!」

 

「う、うむ‥‥じゃあありがたく頂く」

 

「任せて!それじゃあ、今日はドイツ料理祭りに決定!!」

 

こうして今日の夕食はドイツ料理となった。

 



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45話 故郷の味

 

今日の夕食はドイツ料理と言う事で、炊事委員の三人は早速夕食に向けての下拵えを始めた。

その他の部署では掃海作業が始められた。ただ、天照の巨大な船体で機雷の掃海は不可能と言う事で掃海作業にはスキッパーが使用される事になった。

日が昇り、朝靄が晴れていき、

 

「周辺の機雷状況も確認完了!」

 

展望指揮所からマチコが周辺海域の状況を報告し、掃海の準備が整った。

 

「掃海準備!」

 

「うんうん、掃海は安全に航行するために重要な事じゃからな」

 

「まずは視界内の機雷を機銃で除去して!」

 

「やった、やっと出番だ!行くよタマ」

 

「うぃ」

 

「なんか、楽しそうだな‥あの二人‥‥」

 

機雷の掃海に妙に楽しそうな西崎と立石を見て、彼女らの態度の様子を語る葉月。

 

「機銃を撃ちたがっているんでしょうね。あの二人、トリガーハッピーな所がありますからね」

 

幸子が何故、二人があそこまでウキウキしているのか何となく察しがついた様子。

 

「そう言えば、そうだね」

 

幸子の意見に納得する葉月。

 

「ヒャッハー!」

 

ウィングから様子を窺ってみると、西崎が声を上げながら機銃を撃っていた。

 

「快感!実感!ジンギスカン!」

 

「ヒィー、ハァー、ラムー」

 

(あの二人大丈夫かな?)

 

ちょっと二人の将来が心配になる葉月であった。

 

「完成っす~」

 

掃海器具の固定箇所では、青木がペンキでアザラシっぽい顔を書いていた。

 

「ねぇねぇ。名前付けようよ」

 

「アザラシだから…タマちゃん!」

 

みかんの発した「タマちゃん」と言う言葉に反応して、立石が振り向き、その銃口をみかん達に向ける。

 

「危ないっす~!」

 

同級生に撃たれてはかなわないので、急いで物陰へと避難するみかん達であった。

 

「でも、誰が機雷なんて敷設したんだろうね?危ないよね?」

 

艦橋では、鈴がなんでこの海域に機雷が設置されているのか疑問に思い、それを口にした。

すると、

 

「過去に敷設された機雷が時代を超えて蘇ったんだ!サルガッソに巻き込まれ消失した機雷がこんな所に。某国の陰謀に違いない!」

 

幸子が恒例の一人芝居を始める。

 

(まぁ、似たような経験をしているからな‥‥自分も天照を‥‥でも、言ったところでそう簡単に信じてはもらえないだろうけど‥‥)

 

確かに葉月も天照も過去(照和)から未来(平成)へと時間と時空を超えてタイムスリップしたがコレを言ったところでそう簡単信じてはもらえないだろう。

幸子や青木あたりは興味を持ちそうだが‥‥

 

「はいはい、一人劇場はそこまで、あと、航海長。このあたりの機雷はおそらく各国が自国の権益を守りかつ航路帯防御用に大国が敷設したものだよ」

 

「現実は浪漫ないですねぇ~」

 

「納沙さんはちょっとぶっ飛びすぎな思考を持っている様な気がする‥‥ブルーマーメイドよりも脚本家か小説家の方が似合っていたんじゃないかな?」

 

「えぇーちょっと酷くないですか?先任」

 

葉月の言葉にちょっとむくれる幸子。

 

「でも、戦争が起こっていたら大変だったよ~」

 

鈴がもし戦争が起きていたらとその惨状を想像する。

 

「ああ‥‥戦争は悲惨なモノさ‥‥さっきまで隣で話していた戦友が目の前であっさりと死ぬ事だってあるし、大勢の人間をボタン一つ押しただけで殺す事もある‥‥でも、蚊を殺したほどの実感も湧かない‥‥それがだんだん慣れて来て、気づいた時には大量殺人者になっている‥‥」

 

葉月は前世において自らが経験してきた事を思い出して遠い目をする。

 

「先任?」

 

「まるで、戦争を経験したみたいな言い方ですね?」

 

「いや、昔の資料を読んだだけだよ。それにそうならないよう国を超え、海を守るためにブルーマーメイドやホワイトドルフィンが設立されたんだろう?」

 

(それにしてはやけに言葉に重みがあった気がします‥‥)

 

葉月はあくまで資料を読んだだけと言うが、幸子は資料を読んだだけなのかと疑問に思った。

 

「ブルーマーメイドの主任務は人命救助や機雷掃海とかの航路を守る事だもんね」

 

「海に生き」

 

「海を守り」

 

「海を」

 

「往く」

 

『それがブルーマーメイド!』

 

(志が高いのは良い事だ‥‥だからこそ、彼女達には危険な目にはあって欲しくないのだけれど‥‥)

 

葉月はブルーマーメイドの標語を高々に言う彼女を見守る様に彼女らの将来を案じた。

 

スキッパーの助走距離を十分に保てたので、いよいよ針路上の機雷の掃海となり、スキッパーを降ろして掃海具をつけた。

スキッパーには水雷員の松永と姫路が乗った。

 

「安全には十分に注意してね」

 

もえかが掃海作業に出る二人に注意を呼びかける。

 

「「りょ~かい」」

 

スキッパーが進むと後ろの海中から掃海具が展開されて行く。

 

「掃海具展開されました」

 

みかんが艦首の方で展開を確認した事の無線を入れる。

 

「掃海開始!!」

 

「了解。全速前進~!!」

 

「あんまりとばさないでよ~!!」

 

掃海具が展開されて行くと、幸子が食堂で説明したのと同じように系維機雷の系維策が掃海具のワイヤーカッターによって切られて海上へと浮いてくる。

 

「浮いて来た‥‥見張り員は浮いて来た機雷の動きに注意、機雷が此方に流れてくるかもしれないからね」

 

「「「了解!」」」

 

まだ機雷源にはスキッパーが掃海中なので、機銃掃射が出来ない。

よって今は機雷が此方に流れてきたら、朝の時の様に長い竹棒で引き離すしかない。

 

「‥‥でも、ある程度の速度が必要でもちょっと飛ばし過ぎじゃないか?」

 

双眼鏡で掃海状況を見ているが、ちょっとスキッパーの速度が出過ぎだと感じる葉月。

一応あの海域は機雷源なので、ちょっとでも接触すれば爆発する恐れがある。

 

「無線で少し速度を落す様に伝えますか?」

 

「そうだね」

 

無線でスキッパーを運転している松永に少し速度を落とす様に伝えようとした時‥‥

 

「りっちゃん浮いてきたよ~」

 

「よ~し。どんどん行く‥‥っ!?」

 

ドカーン!!

 

前方の海上で爆発が起きた。

 

「何!?今の爆発!!」

 

「現状報告!!」

 

「前方で水中爆発!スキッパーが巻き込まれました!」

 

前方の海上からは機雷の爆発により煙が出ている。

 

「掃海具が機雷に接触したのか!?」

 

スキッパー自体が海中の機雷に接触したとは考えられないので、考えられる原因は海中での機雷と掃海具の接触だった。

 

「救難信号が出ています!」

 

「感二つで安全装置からです!」

 

通信員の八木と電信員の宇田から報告が続く。

 

「急いで救助を!!」

 

「スキッパー二号機の降下準備!!鏑木さん、応急手当ての用意をして急いで甲板へ!!万里小路さん、ソナーで周辺に他の沈底機雷と短系止機雷がないか確認して!!」

 

「「了解(しましたわ)!」」

 

葉月は船内電話と伝声管を使って次々と指示を出す。

本来は艦長が下す筈であったが、人命がかかっていたので、此処は一秒も無駄には出来なかった。

そんな葉月の行動を見て、もえかは、

 

(やっぱり、私よりもお姉ちゃんの方が‥‥)

 

そう思っていた。

 

「艦長、自分も救助作業に従事しますがよろしいですか?」

 

「えっ?あ、うん‥‥」

 

「では、艦の事をよろしくお願いします」

 

葉月はもえかに敬礼し、艦橋を後にした。

 

「大丈夫かな?」

 

鈴は心配そうな顔で葉月を見送った。

 

「勝田さん、すまない‥自分が中型スキッパーの免許があれば、こんな危ない事をしなくても済んだのに‥‥」

 

葉月がすまなそうにスキッパーを運転する勝田に声をかける。

 

「気にしなくてもいいぞな」

 

勝田はニッと笑みを浮かべた。

 

その頃、作動した安全装置の筏の中で姫路が目を覚ます。

 

「あれ‥‥?私どうしたんだっけ‥‥?あっ、掃海に行ってて‥‥そうか‥‥安全装置の中‥‥」

 

姫路が何で自分が安全装置の中に居るのかを思い出した。

 

「りっちゃん?りっちゃんどこ!?」

 

姫路は同じスキッパーに乗っていた松永の事を呼ぶが、彼女の姿は見当たらない。

そして、波によって安全装置が大きく揺れ、不安が恐怖へと変わる。

 

「誰か助けに来てくれるかな‥‥?くれるよね?絶対‥‥」

 

そんな時、出入り口のチャックが開けられる音がして、誰かが中を覗き込んで来る。

 

「きゃぁぁぁー!!」

 

姫路はとうとう耐え切れなくなり、悲鳴をあげる。

 

「姫路さん、大丈夫!?」

 

「あっ‥‥」

 

「さあ、掴まって」

 

葉月が姫路に手を伸ばす。

 

「せ、先任‥‥」

 

姫路が葉月の手を掴み、安全装置から外へ出ると、

 

「かよちゃん!!」

 

「りんちゃん‥‥よかった‥‥」

 

松永の方も既に救助されており、見た所大した怪我はない様子。

友達の無事と助かった事に思わず涙を流す姫路であった。

 

「救出に成功!」

 

艦橋から双眼鏡でその様子を見ていた内田が報告をすると、艦橋に歓喜の声が沸き上がる。

そんな中、もえかはクラスメイトが無事に帰ってきた事に喜びを感じつつもどうも浮かない顔をしていた。

そして、夕食の時間となり、みかんはミーナの為に用意したドイツ料理を提供する。

 

「えーと‥‥まず、ドイツ料理といえばコレ。アイスバイン!」

 

「うーん‥北方の料理でうちの方ではシュバイネハクセ‥‥つまりローストすることが多かったな」

 

「えっ?」

 

同じドイツでも地方によって作り方が違う様で、ミーナの故郷とは違う作り方をしてしまい、ミーナからいきなりダメ出しを受けるみかん。

 

「じ、じゃあ次は定番!ザワークラウト!」

 

「サワークラウト。それとこれは酢漬けのキャベツじゃな。ホントは乳酸発酵させるのが本物じゃが‥‥」

 

「うっ、つ、次はカツレツ!」

 

「とんかつだね」

 

「カツってドイツ料理なの?」

 

松永と姫路がカツレツを見て、意外そうに呟いた。

 

「おお、シュニッツェルじゃな!‥‥我が国ではこんなに厚く切らないぞ」

 

ミーナはみかんの作ったカツレツの厚さを見て、ちょっと不思議がる。

 

「じゃあこれぞ真打!ドイツ料理といえばやっぱりハンバーグ!」

 

「これはフリカデレか?ドイツではあまり見かけない料理だぞ‥‥」

 

「工エエェェ(д`)ェェエエ工」

 

ハンバーグはドイツ料理だと思っていたみかんであったが、ミーナのダメ出しで彼女の作った料理はすべて全滅した。

 

「それよりこのふかしたジャガイモとアイントプフはおいしそうじゃな」

 

ミーナはみかんの作った手の込んだ料理よりもジャガイモを使った手軽なドイツ料理を褒めた。

 

「わしは他にブルストがあれば文句は言わんぞ!」

 

「これ誰が作ったの~」

 

「「私達です‥‥」」

 

気まずそうに杵﨑姉妹が手をあげる。

その事実を知り、みかんはΣ(゚д゚lll)ガーンとショックを受け、

 

「ま、まけた‥‥」

 

みかんはショックのあまりにその場に倒れた。

ミーナは美味しそうに杵﨑姉妹が作ったジャガイモを使ったドイツ料理を食べ始める。

 

「まぁ、外れはしたけど、十分美味しいよ。伊良子さん」

 

葉月がみかんをフォローしながら、彼女の作ったドイツ料理モドキを口にする。

 

「ミーナさんも伊良子さんが折角作ったんだから、食べてみなよ。美味しいよ」

 

「ん?そうじゃな」

 

みんながワイワイとドイツ料理を食べている様子をもえかはジッと見ていた。

その表情はやはりどこか晴れないものであった。

 

食事の中、美波が近くに居た青木と和住に声をかけた。

 

「二人とも、食事が終わったら、ちょっと手伝って欲しい事があるのだが、後で医務室にきてくれないか?」

 

「えっ?良いけど‥‥」

 

「了解っす」

 

そして、食事が終わり、二人が美波と共に医務室に行くと‥‥

 

「一応抗体らしきものはできた。本当にこれが効けばいいが‥‥」

 

美波が何かの液体が入った試験管を置き、一本の注射を手に持ち、背後に居る青木と和住の方へと顔を向ける。

其処には和住を羽交い絞めにしている青木が居た。

 

「これを知るはこれを行うに如かず。学はこれを行うに至りて止む‥‥」

 

そして、ゆっくりした足取りで和住へと近づく。

 

「止めて美波さん!!」

 

和住は美波が手に持っている注射を自分がやると思い声をあげる。

 

「止めて!!」

 

「何かあったら止めるんだぞ」

 

和住は思わず顔を背けて目を閉じる。

しかし、いくら待っても注射針を刺されるような痛みが来ない。

恐る恐る目を開けてみると、美波は自分の腕に注射をしていた。

 

「美波さん‥‥注射を打つんなら消毒ぐらいしなよ、バイ菌が入ったら大変だよ」

 

と、青木に羽交い絞めにされながら和住は美波に一言そう呟いた。



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46話 嵐

機雷源を掃海して突破した天照は引き続き武蔵捜索のため南海を航行していた。

そんな天照の風呂でそれは起きた‥‥

 

砲術委員と水雷委員のクラスメイト達が入浴中に‥‥

 

「お亡くなりになります…」

 

シャワーを浴びていた楓がポツリと呟く。

すると‥‥

シャワーからお湯が出なくなった。

 

「ま…まさか…」

 

小笠原が震えながら呟いた。

船上生活では死活問題である水不足が起きたのだった‥‥。

 

そんな中、艦橋では艦橋メンバーが海図とにらめっこをしていた。

 

「マークされたのが、武蔵が目撃された位置です」

 

海図の上には武蔵の目撃地点に印がされているが、法則性がなく武蔵の行き先が明確に掴めない。

陸に近づいたと思ったら海へと向かい海を航行していると思ったら陸へと向かう。

 

「武蔵は何処へ向かうつもりなのかな?」

 

「私の推測ですが本土に近づきたいのかも…」

 

「学校からは『武蔵を追いかけろ』って言われたもんね…」

 

「現在確実に学校と連絡が取れてすぐに動ける艦が我々しかないらしい‥‥それに武蔵と対等にやりあえる艦も本艦だけだと言う‥‥」

 

葉月が現在の天照が置かれている現状を皆に説明する。

大和級以下の主力戦艦が全てドック入りしているこの状況で武蔵と対等に遣り合えるのは20インチ砲を持つ天照だけだった。

 

「あぁ~あ、美波さんが言っていた通りみんなあのネズミっぽいのにどうにかされちゃったのかな?」

 

「とりあえずは、この海域で捜索してみるしかないですね?」

 

そんな中、お風呂に入っていた砲術委員、水雷委員のクラスメイト達からシャワーが止まったと言う連絡が入り、もえかと葉月、記録係の幸子、応急委員の和住、青木が船底の貯水タンクを見に行った。

すると、タンクの残り残水量がかなり減っていた。

 

主だった水漏れは修理した筈だが、何処からまだ水が漏れていた様だ。

更に運が悪く蒸留装置も今は不調で海水からの蒸留が出来ない状態となっている。

 

「真水の補給を要請するしかないですね」

 

「うん…そうだね」

 

幸子がタブレットを操作している中、もえかは葉月をチラッと見る。

もえかと葉月の間には未だに気まずさがあった。

 

「補給艦との合流は五日後です」

 

「それまでは節水ですね‥‥トイレやお風呂、洗濯に使う生活水は海水をそのまま使用し、食器は紙皿や紙コップ、割り箸を使い、出来るだけ真水を使わない様にしましょう」

 

(補給後、パイプの洗浄をしないとな‥‥)

 

海水を使うことで、海水を通したパイプを後で洗浄しないとそこから錆びてしまうので、真水を積んだ後、そこを洗浄しなければならなかった。

 

「‥‥そうだね」

 

「納沙さん、周辺の天気で雨雲がないかを調べて」

 

「わかりました」

 

こうして五日間の節水生活が始まった。

 

「あぁ~喉乾いた~」

 

医務室のベッドで勝田が横になりながら愚痴る。

 

「ラムネを飲めばよかろう」

 

美波はパソコンを打ちながらあっさりと勝田の愚痴を返す。

 

「もう飽きたぞな~」

 

「そうか」

 

「太るしね~」

 

慧はラムネを大量に飲まない理由を話す。

やはり、年頃の乙女、体重は気にするのだ。

 

「お水を使わないメニューってあったかな?」

 

講義室では、青木、和住、みかん、杵﨑姉妹が節水を呼び掛けるポスターや貼り紙を作っていた。

 

「そう言えばトイレはどうなるの?」

 

「えっ?もしかしてトイレ禁止?」

 

杵﨑姉妹がトイレの問題を心配をする。

 

「トイレ流すのは海水を使うみたい」

 

「そうなんだ」

 

和住がトイレは問題なく使用できる事を伝える。

 

「あんなにトイレットペーパー買い込んだのに‥‥」

 

オーシャンモールでトイレットペーパーを買い込んだのが何だか無駄になった気分だった。

そして出来上がったポスターや貼り紙を艦内に貼りに行ったら、

 

「誰だ!塩水使ったのは!出てこい!どいつだ!」

 

まだ艦内に海水を使用する連絡が行き届いていなかったみたいで、ウォシュレットを使った黒木のデリケートゾーンに海水は合わなかったみたいで黒木はトイレの中から怒声をあげる。

海水使用の被害はトイレを使った黒木以外でも‥‥

 

「クロちゃんの話聞いた?」

 

「うぃ」

 

風呂に入る為、服を脱いだ西崎と立石。

すると、風呂の扉には、

 

「本日より浴槽とシャワーは海水を使用」

 

と書かれた貼り紙があった。

 

「あっちゃ~」

 

「うぅ~」

 

「三日ぶりなのに…洗うべきか?洗わざるべきか?」

 

海水が使われている為、風呂を諦めるか?

しかし、三日も待ったので、身体や頭を洗いたい。

そして、二人が下した決断は‥‥

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

「なんじゃ?その頭は?」

 

食堂で西崎と立石が爆発した頭で無言のままラムネを飲んでおり、何故頭が爆発しているのか怪しんだミーナが二人に尋ねる。

二人は海水だがやはり三日ぶりの風呂への誘惑には勝てずに海水風呂へと入った。

 

「見事に爆発しちゃったね」

 

「うん」

 

ただ、海水が二人の髪に合わなかったみたいで二人の髪の毛はボサボサとなった。

そんな二人の横を‥‥

 

「髪は女の命ですのに‥‥」

 

同じ海水を使用した筈なのに楓の髪はちっとも痛んでいなかった。

 

「キラキラ‥‥」

 

「あれ?なんで?」

 

「知るか」

 

全く痛んでいない楓の髪を西崎と立石は信じられないモノを見たように見ていた。

 

「鯖の水煮にトマトの水煮~」

 

「ミックスベジタブルにカンパン‥‥」

 

「見事な缶詰料理だな~おい」

 

「贅沢言わない」

 

「まっ、しょうがないよ」

 

「食べよう」

 

「一雨降らねぇかな?」

 

「もう限界だよ~」

 

食事に関してもなるべく水を使わない料理‥‥というか缶詰が提供された。

とは言え、何も食べれない状況より遥かにマシなので、機関科のクラスメイト達は割り切って缶詰め料理を食べた。

 

「どうしよう…」

 

「パンツが潮の香りってイヤだよね…」

 

「うん」

 

「なんかね‥‥」

 

洗濯室でも洗濯には海水を使用しているので、衣類‥とくに下着を洗濯に出す事を嫌悪したり躊躇ったりするクラスメイトも居た。

そんな中、天照は幸子が調べた雨雲へと向かっていた。

 

「前方に濃霧」

 

双眼鏡で前方を見ていた葉月が針路上に濃霧があるのを発見する。

幸子は青木が作った節水に関する同人誌を読んでいた。

 

「このまま霧の中に入っていいんですよね?」

 

鈴がもえかに針路を尋ねる。

 

「あっ、うん。針路はこのまま‥‥濃霧の中に入って」

 

「よ、ヨーソロー」

 

天照は濃霧の中へと入って行く。

 

「勝田さん探照灯を点灯。納沙さん霧笛鳴らして」

 

ボォォォォー

 

霧の中で天照の霧笛が不気味に響き、探照灯の光が辺りを照らす。

そして、

 

ポタ‥‥ポタ‥‥ポタ‥‥ザァァァァー

 

雨が降り始めた。

クラスメイト達は水着に着替えて甲板に出ると、雨水をためるバケツを置き、雨水を貯めた後、身体を洗った。

しかし、海面は次第に荒れ始めた。

天照は嵐の中に突っ込んでしまった。

これでは雨水を貯める事は不可能で出来るだけバケツを中に運び込んだ。

嵐は酷くなる一方で雷もなり始めた。

そんな中、もえかは雷が怖いのか甲板の出入り口の扉のとこでうずくまっている。

でも、この後自分は当直があるので、雷が鳴りやんだ隙を見て、艦橋へと上がったが、やはり、怖いのか足が震えていた。

 

「荒天につき上甲板の通行は禁止します」

 

鶫が艦内放送をかけて上甲板の通行を禁止する旨を伝える。

そんな中、艦橋では当直のもえかと鈴の姿があった。

外の天候は雷や嵐であれているが、鈴は怖がっている様子はなく、

 

「凄い‥‥」

 

と外の様子を見て呟く。

しかし、もえかは‥‥

双眼鏡を握る手はカタカタと震えており、怖がっている様子。

 

「か、艦長どうかしたの?」

 

心配になった鈴がもえかに声をかける。

 

「うん‥‥ちょっと‥‥」

 

もえかがそう答えた瞬間、雷が鳴る。

すると、もえかは悲鳴をあげて、

 

「ごめん…私‥もう…当直代わってもらってくる!」

 

艦橋を急いで降りて行った。

その頃、葉月の部屋では‥‥

 

「マユゲ抜くんも」

 

「同じことなんでぇい!」

 

ミーナと幸子が任侠映画を見ていた。

 

「ここ、えぇよな?」

 

「激しく同意であります」

 

「‥‥あの、どうして自分の部屋で見るんだ?」

 

葉月は至極当然の質問を二人にした。

 

「私の部屋にテレビないんで‥‥」

 

「食堂にだってテレビがあるだろう?」

 

「今、他の科の子達がドラマを見ているんですよ」

 

どうやら、食堂で任侠映画は見ることが出来なかったから、テレビのある葉月の部屋がこの二人の溜まり場になったようだ。

 

「先任も一緒に見るか?」

 

「い、いや‥いい」

 

「そうか?‥‥おっ、此処じゃ、此処じゃ」

 

葉月は今、コーヒー研究をしており、任侠映画には見向きもせず、コーヒーサイフォンとにらめっこをしていた。

其処へ、

 

コンコン

 

部屋をノックする音が聴こえた。

 

「ん?はい」

 

「先任‥その‥夜分にすみません‥‥」

 

「艦長?」

 

「あ、あの‥悪いんだけど…当直代わってもらえない‥かな?」

 

「どうしたん?」

 

「言うてみぃ!」

 

任侠映画を見ている二人はすっかりその気になっていた。

 

「ちょっと凄くて‥‥」

 

「何がじゃ?」

 

「言うてみぃ!」

 

「‥‥雷」

 

「えっ?」

 

「ほうか。わかった」

 

すると幸子が立ち上がり、

 

「ほいじゃあ行ってくるけぇの。風下には立たんけぇ」

 

幸子がもえかの代わりに当直に立つと言って部屋を後にしようとする。

 

「あっ、納沙さん、まって」

 

「ん?なんじゃい?」

 

「コレ、持って行って」

 

葉月は幸子にバスケット渡す。

中にはコーヒーが入った魔法瓶と紙コップ、ミルクに砂糖、マドラーがあった。

 

「眠気覚ましにね」

 

「お、おう。恩に着るけぇ」

 

幸子は葉月から手渡されたバスケットを持って艦橋へ上がって行った。

そして、葉月はもえかにホットミルクをだした。

 

「そんなに雷が怖いのか?雷はヘソを盗ったりせんぞ」

 

ミーナは何故もえかがそこまで雷を怖がるのかを尋ねる。

 

「雷が怖いっていうか…ただ…思い出すの‥‥あの日の事を‥‥」

 

もえかは葉月とミーナに語り出した。

自分が何故雷が‥‥嵐が怖いのかを‥‥

もえかの家庭は元々母子家庭で母親はブルーマーメイドだった。

そんな母親がある日、もえかを連れて豪華客船で旅行へ連れて行ってくれた。

しかし、その客船が嵐に巻き込まれ、沈没した。

もえかの母親は自分もブルーマーメイドである以上、助けを求めている人が船にいる以上離れる訳にはいかないと言ってもえかを先に救命ボートに乗せ、沈みゆく船に残り、救助作業を援助した。

しかし、船の沈没は予想以上に早く、もえかの母親を含め、多くの人を乗せたまま海へと沈んだ。

その後の救助作業でもえかの母親の遺体は見つかったが、損傷が激しかった。

母子家庭で母親を亡くしたもえかはその後、児童福祉施設へと預けられ、その施設で明乃と出会った。

明乃もあの事故の時、偶然同じ船に乗っていて両親を亡くしていた。

それ以降、二人は一緒に行動を共にしていた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

(あの時の夢‥‥まさか‥‥)

 

もえかの家庭事情を知り、葉月もミーナもいたたまれない気持ちになる。

そんな時、

 

「艦長!救難信号です!」

 

幸子からの報告を聞き、急いで艦橋へと上がる。

 

「救難信号ってどこから!?」

 

「新橋商店街船です。全長135m、総トン数14000。現在左に傾斜し船内に浸水している模様!」

 

「乗員の数は?」

 

「全乗員552名。現在避難中とのことです」

 

「近くの船は?」

 

「我々が一番近いです」

 

「ブルーマーメイドと学校に通報して。これより本艦は新橋商店街船の救助に向かいます」

 

『了解』

 

もえかは乗員に指示を出し、新橋商店街船の船長にこれから救助へ向かう旨を伝え、座礁するに至った経緯と現状を尋ねた。

 

「新橋の位置は?」

 

「ココです」

 

「この位置だと現状に到着するのは約一時間後か‥‥」

 

「知床さんなるべく最短コースを算出して」

 

「は、はい」

 

「機関室、機関はこのまま最大船速を維持」

 

「がってんでい」

 

「達っすーる!ウルシー環礁で座礁船発生!本艦は当該船舶の救助を行う。海難救助よーい!手空きの人は科を構わず準備に入って!」

 

伝声管でもえかは天照の乗員に新橋の救助に向かう事を知らせる。

そして、新橋が座礁したとされる海域へと近づく天照。

 

「天気晴朗なれども波高し」

 

「でも、雨が止んでくれた事にはありがたい。雨天での救助作業は大変だからね」

 

「低気圧は西に移動した模様です」

 

幸いなことに嵐は晴れてくれた。

 

「此処からは速度を落として慎重に近づいて、此方まで暗礁に乗り上げてしまったら、悲劇が二重に起こるから」

 

「りょ、了解」

 

そして天照は新橋の近くまで来た。

ただ、船体の大きさでこれ以上接近しては此方も暗礁に乗り上げる危険もあり、内火艇で救助作業をするしかなかった。

 

「傾きは‥‥現在40度ぐらいか?」

 

「50度を超えると転覆する危険が高まるぞ」

 

双眼鏡で新橋の現状を確認する。

新橋は左に大きく傾いていた。

 

「新橋の船内図です」

 

幸子が見せた新橋の艦内図を見て救助手順と救助隊の準備の確認をした。

 

「救助準備は完了した?」

 

「準備OKでーす!」

 

「それじゃあ‥‥えっと‥‥」

 

もえかにしては珍しく決断を渋らせている。

 

「艦長?」

 

葉月はもえかのその不審な行動に首を傾げる。

 

「えっと‥‥こういう時艦長ってどうすればいいのかな?」

 

「えっ?」

 

「その‥‥こういう時、どんな事をするのか、分かんなくなっちゃって‥‥」

 

もえかが突然戸惑った様子で尋ねた。

嵐による昔のトラウマとこの前の武蔵の一件で自分に自信がなくなっていた。

 

「艦長は艦で指示をしてください」

 

「救助隊と指揮は?」

 

「自分がやります」

 

艦長は艦を離れることは出来ないし、例え現場に行くとしても今のもえかを沈みかけている船の救助現場に連れて行くのは危ない気がした。

 

「ワシも行こう!」

 

ミーナはポージングをして葉月と共に新橋へと行くと言う。

葉月は内火艇一号艇に乗り、ミーナは二号艇へとそれぞれ人数は少ないが分譲し、少しでも新橋の乗員を乗れるようにした。

 

「自分とミーナさん砲雷科三名で船内に入る。ダイバー隊は海に潜って船体の損傷を確認。応急員は救命ボートに乗っている乗員を天照へ誘導、航海科は内火艇を操舵し、新橋と天照を往復し乗員を天照へ移乗させる救助を!!」

 

無線で二号艇と一号艇に乗っているクラスメイト達に指示を出す葉月。

救助作業は一分一秒を争う大事な作業‥‥

一秒たりとも無駄には出来なかった。

 

「東舞校の教官達の救助実績がある君達なら大丈夫だ。焦らず、急いで、慎重に作業を進めてくれ」

 

『はい』

 

「探照灯照射はじめ!」

 

内火艇から探照灯を照らすとデッキには人が溢れ、恐怖や不安、沈みゆく船から早く逃げたい衝動からか、海へ飛び込む人もいた。

先程葉月が出した指示通り、天照の乗員達はそれぞれの役目を果たした。

そして葉月とミーナは新橋へ乗り込むと船橋へとあがり、新橋の船長と邂逅する。

 

「天照、先任士官の広瀬葉月です。ただいまから船内確認に入ります!」

 

「居住区はまだ乗員が残っている模様です。よろしくお願いします」

 

葉月はミーナと砲術委員の小笠原、武田、日置の三人で船内捜索を行う。

 

「スプリンクラーが作動していない‥‥」

 

非常時にも関わらず新橋のスプリンクラーが作動していない事に疑問を感じる葉月。

 

「それって‥‥」

 

「非常用システムがやられちゃったってこと!?」

 

「恐らく‥‥火災が起きていたら大変だ。ともかく天照にこの事を伝えよう」

 

天照の艦橋には救助に向かったクラスメイトから次々と報告は入る。

 

「此方、広瀬。新橋の非常用システムが動作不良を起こしている模様。現在船内で火災は起きていません。船内の乗員もまもなく避難を終えます!」

 

「わかりました。船内捜索が終わりましたら、速やかに甲板へ上がって下さい」

 

「了解」

 

船内にはもう人はおらず、自分達も避難しようかと思った矢先、

 

「あの…多聞丸がいないんです!」

 

「気が付いたら傍に居なくて…」

 

一組の夫婦が自分達の子供(?)がいないと言って来た。

 

「まだ小さい子ですか!?」

 

「はい」

 

「捜索していないのは第五区画、飲食店地区だ」

 

「よし、行こう」

 

「ああ」

 

「多聞丸くんは任せて!お二人は避難を!」

 

葉月は日置に夫婦を任せてミーナと共に多聞丸を探しに行った。



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知名もえか 

 

水不足、そして嵐に巻き込まれた天照。

嵐の中を航行する天照でもえかのかつてのトラウマが発動。

彼女の過去を知った葉月とミーナ。

そんな中、商店街船、新橋が暗礁に乗り上げ、航行不能に‥‥

一番近くにいる船は天照しかいない。

天照は直ちに現場へと急行し救助作業を始める。

乗員の救助が進んで行く中、ある夫婦の子供、多聞丸が行方不明に‥‥

葉月とミーナは沈みゆく新橋にまだ子供が残されていると言う事で捜索へと向かった‥‥。

 

「乗員の避難は終了しました!」

 

「中に入った救助隊、船底を調べていたダイバー隊も船から出てきたそうです!」

 

全員の避難が終了した報告が入り、天照の艦橋にホッとした安堵感が出始める。

ただ、次の報告でその空気は一転した。

 

「でも先任とミーナさんが船尾方向の捜索に向かったとの報告が…」

 

「えっ?」

 

「小さいお子さんが行方不明だそうで‥‥」

 

(先任‥‥ミーナさん‥‥)

 

もえかに出来た事は二人が無事に戻ってくることを祈るしか出来なかった。

 

「自分はこっちを!!」

 

「それじゃあ、わしはこっちを!!」

 

新橋の飲食店街地区へと入った葉月とミーナは二手に分かれて捜索する事にした。

船が沈んでいく中、二人で探すよりも分かれて探した方が、時間短縮になる。

 

「ただし、時間がない‥最悪の場合は自分の安全を優先して‥危ないと思ったらすぐに上甲板に避難を!!」

 

「分かっておる。先任も気をつけてな」

 

二手に分かれて葉月とミーナは既に電源が落ち、暗闇となっている新橋の中を懐中電灯の灯りだけで捜索した。

 

「多聞丸君!!」

 

こんな暗闇の‥‥まして沈んでいく船の中、独りでいては心細い筈。

一刻も早く両親の下へと連れ戻さなければ。

葉月とミーナはそんな思いを抱いて新橋の中を走る。

そんな時、新橋のコンビニの中から、

 

「ニャー」

 

猫の鳴き声が聴こえた。

すると、コンビニの中の出入り口の前に子猫がちょこんと座っていた。

 

「‥‥小さい子って…子猫のことか…」

 

葉月は電源が落ち開かなくなった自動ドアをこじ開けて目の前の子猫を見る。

子猫がつけている首輪には確かに「TAMONMARU」と文字が彫られていた。

人間の子供ではなかったが、子猫だって生きている。

沈んでいく船に残して良い筈がない。

猫アレルギーの葉月であったが、内火艇に連れて行くまでの短い時間、辛抱すればいいだけの事。

 

「ミーナさん、多聞丸を見つけた」

 

「本当か!?」

 

「ああ、だから、ミーナさんは先に上甲板に戻って避難を!!」

 

「了解」

 

ミーナに多聞丸が見つかった事を知らせて、先に避難させ、子猫を抱き上げて戻ろうとする葉月。

幸い多聞丸は人懐っこい猫の様で葉月が近づいても逃げる事がなかったので、簡単に抱き上げることが出来た。

 

「クシュンっ!!」

 

やはり、猫アレルギーの葉月は案の定、多聞丸を抱き上げるとくしゃみが止まらなかった。

多聞丸を抱き上げ、上甲板に避難しようとしその時、

 

ギッギギギィ‥‥

 

新橋の船体は鈍い音を立て始めた。

どうやら、この船の最後が来たみたいだ。

破孔からの浸水は勢いを増し、新橋の船体は海へと沈んでいく。

 

「ヤバッ‥‥」

 

「大変どころじゃ‥なさすぎる‥‥」

 

内火艇で葉月とミーナの帰りを待っていた姫路と松永は沈み始めた新橋を見て呟く。

 

「艦長!新橋が沈み始めました!!」

 

「っ!?」

 

もえかが双眼鏡で新橋を確認すると、新橋は沈みながら真っ二つに折れた。

 

「真っ二つじゃん!!」

 

「艦長!!まだ船内に先任とミーナさんがいるそうです!!」

 

「そんな・・・・」

 

もえかは幸子の報告に絶句した。

 

その沈んでいく新橋では、

 

「えらいこっちゃえらいこっちゃ!」

 

先に上甲板に避難したミーナが船の縁を走って逃げていた。

 

「いた!!ミーナちゃん!!こっちよ!!」

 

「ミーナ、早く逃げて!!」

 

内火艇のみんなは探照灯でミーナを照らす。

 

「逃げとるんじゃい!!」

 

「飛び込んでください!!」

 

ミーナは海に飛び込み、内火艇まで泳ぎ、無事に救助された。

 

「先任、先任、聞こえる!?」

 

「聞こえています」

 

「船体が真ん中から裂けたの。このままじゃ沈没する。早く避難を!!」

 

「了解‥‥クシュン!!」

 

葉月も逃げていたが、突如通風孔から大量の海水が流れ込んできた。

 

「ミーナさんは無事に脱出されました」

 

楓がミーナの無事をもえかに報告する。

 

「先任は!?」

 

「まだ確認できていません。その‥‥連絡が‥‥切れましたわ‥‥」

 

「っ!?」

 

楓の報告を聞き、もえかの手から受話器がするりと床に落ちた。

 

(また‥‥なの‥‥私はまた海で大事な人を失うの‥‥)

 

もえかは震える自身の身体を抱きしめた。

 

その連絡が途絶えた葉月はまだ新橋の船内に居た。

葉月はコンビニの商品棚の上に多聞丸と共に避難していた。

だが、先程海水が押し寄せてきた時、無線機を落としてしまった。

しかも、此処も何時までも安全とは言えない。

既に商品棚の上部まで浸水しかかっていて、いずれここも水没する。

 

「ニャ~」

 

「クシュン‥‥怖いよな‥‥自分も正直に言うとちょっと怖い‥‥クシュン」

 

多聞丸が不安そうに鳴く。

溺死は苦しい。

海での死を覚悟している海軍軍人も心の中では海の中での窒息死は避けたいと思っている。

 

「でも、諦める訳にはいかない‥‥お前をあの夫婦の下に返すのが今の自分の使命だからな‥‥行くぞ、こんな結末認められるかよぉ!!」

 

葉月はコンビニの天井にあった通風孔の蓋を懐中電灯の底で叩いて外して中へと入った。

 

天照の艦橋では、もえかが震えながら固まっている。

 

「艦長」

 

幸子が心配そうに声をかける。

 

「艦長しっかりしてください!!」

 

鈴も声をかける。

 

「っ!?」

 

鈴の大声でもえかは、ハッと我に帰る。

 

「‥‥そう‥‥だね‥‥救助者に毛布と何か暖かい食べ物や飲み物を‥‥タンクの中が空になってもいいから出してあげて」

 

「はい」

 

真水の残量が少ない中、もえかは惜しみなくそれを使って構わないと指示を出した。

 

沈んでいく新橋から離れていく内火艇。

 

「みんな‥‥いるよね?」

 

「航海科の子達は?」

 

「一号艇で救助した人達と先に戻ったよ」

 

不安そうに新橋を見る内火艇に乗るクラスメイト達。

ミーナは防寒ポンチョをきて、非常食をかじっている。

 

「あとは先任だけ?」

 

「先任‥‥」

 

その時、突如空から内火艇を照らす無人飛行船がいた。

その無人飛行船は紛れもなく‥‥

 

『ブルーマーメイドだ!』

 

そう、新橋の救助に来たブルーマーメイド隊の無人飛行船だった。

それからすぐにブルーマーメイド隊員が乗ったスキッパーが次々と新橋へと向かって行く。

そんな中、一艇のスキッパーが内火艇へと接近する。

 

「ブルーマーメイド保安観測部隊の岸間です」

 

「天照!砲雷科、小笠原光以下救助隊です!」

 

「ありがとう。後は任せて!」

 

「まだ船内に乗員一名が!」

 

「了解」

 

岸間は小笠原に応えるようにハンドサインを返した。

 

「要救助者一名!」

 

ブルーマーメイドのスキッパーは全速で新橋へと向かった。

 

その頃、新橋船内の通風孔では葉月が匍匐前進の姿勢で先を進んでいた。

しかし、葉月の持っていた懐中電灯の光が電池切れか動作不良を起こして消えてしまった。

 

「くそっ‥‥クシュン!!」

 

葉月は光が消えた懐中電灯を苦虫を嚙み潰したような顔で見た。

 

天照では、もえかが乗員に指示を出し続けていた。

 

「救助者に毛布と食べ物、飲み物は行き渡った?」

 

「はい」

 

食堂では杵﨑姉妹、みかんが救助者におかゆ、お汁粉、生姜湯を配っていた。

そして、医務室では美波が救助者のメディカルチェックを行っていた。

 

「艦長、救援艦より通達。現在、ブルーマーメイド隊が先任の捜索をしているそうです」

 

(先任‥‥お姉ちゃん‥‥)

 

「ニャ~」

 

「‥‥しょうがない‥アレを使ってみるか‥‥クシュン!!」

 

葉月はショルダーバッグが手榴弾を取り出した。

取り出した手榴弾を葉月はジッと見る。

 

(もし、船体が完全に水没していたら、破孔から海水で流れ込んで自分も多聞丸も土左衛門になる‥‥でも、此処でこのまま何もしないとやっぱり土左衛門になる‥‥それなら‥‥)

 

葉月は少しでも生き残れる可能性の方を選んだ。

まず、手榴弾を上部にテープで固定し、安全ピンにワイヤーを結んで、少し離れる。

そして、安全距離をとると、ワイヤーを引っ張った。

すると、手榴弾から安全ピンが抜けて‥‥

 

ドカーン!!

 

爆発が起きた。

 

「なに!?」

 

新橋の船底で救助作業をしていたブルーマーメイド隊は突然の爆発に驚いた。

新橋の船底の一部に大きな穴が開いた。

 

「い、一体何が‥‥」

 

岸間は突然空いた穴を緊張した面持ちで見ていた。

 

爆発が起きた後、破孔から海水で流れ込んでくる気配はなく、葉月は爆破した破孔へと進んで行く。

そして、破孔からは朝日の光が差し込むのが見えた。

葉月が破孔から顔を出すと、

 

「ん?」

 

「えっ?」

 

キョトンとした岸間の顔が見えた。

 

「あっ、どうも‥‥クシュン!!」

 

「要救助者一名確認!」

 

二人が顔を見合わせると、葉月は岸間に挨拶をし、岸間は仲間のブルーマーメイドの隊員を呼び寄せる。

 

「先任!!」

 

「よう、生きとったの?我」

 

「ニャ~」

 

多聞丸も嬉しそうに鳴く。

 

「助かったぞ、よかったにゃ~‥‥クシュン!!」

 

「なんで、ネコ言葉になっとる‥‥?」

 

つい出してしまった言葉にミーナ達は困惑していた。

そして、天照へと戻った葉月は多聞丸の飼い主夫婦に多聞丸を無事に救助出来た事を報告する。

 

「多聞丸無事救助しました!‥‥クシュン!!」

 

「ありがとうございます。多聞丸」

 

奥さんが葉月から多聞丸受け取ろうしたら多聞丸は逃げ出し、葉月の足元にすり寄り、そこから離れない。

 

「こらこら、多聞丸。行かないと‥‥」

 

「ニャ~」

 

「多聞丸」

 

「あ、あの‥‥」

 

葉月と多聞丸の様子を見ていた若夫婦は、お互いに目を合わせて。

 

「よかったら面倒見てやってください」

 

「えっ?」

 

「ご迷惑でなければ」

 

「きっとそいつも喜びます」

 

「で、でも‥自分、猫アレルギーで‥‥」

 

「何を言うとる!!沈みゆく船で生死を共にした仲じゃろうが」

 

ミーナは夫婦の折角の行為なのだから、受け取ってやれと言う。

 

「わ、わかりました。引き取らせて頂きます‥‥クシュン!!」

 

こうして猫アレルギーにも関わらず、葉月は多聞丸を引き取る事になった。

 

「お手数ですがそれを横須賀女子海洋学校まで届けてください」

 

美波は岸間に例のハムスターに似たあの小動物をケースごと手渡した。

 

「了解しました」

 

「それと、これも‥‥」

 

美波は更に大きめの茶封筒も岸間に手渡した。

 

「これは?」

 

「抗体と私の報告書です」

 

「わかりました」

 

岸間は美波の報告書とハムスターに似た生物を持って自艦へと戻って行った。

 

「ただいま戻りました。艦長‥‥クシュン」

 

顔も服も煤で汚れたままであったが、葉月はもえかに帰還報告をした。

葉月の声を聞いたもえかはすぐに振り返り葉月に抱きつく。

 

「よかった無事で!私待っている間ずっと苦しかった!また大切な人が海に消えちゃうと思って‥‥よかった‥‥ホント無事で‥‥」

 

もえかは葉月の胸元で泣き始めた。

すると、

 

「ニャ~」

 

葉月の胸元から多聞丸が出て来た。

猫アレルギーの葉月が猫を持っていることに艦橋にいたクルーは驚いていた。

しかし、葉月は猫アレルギーだが、別に猫が嫌いと言う訳では無い。

 

「もう一匹‥乗せてもいいだろうか?艦長?」

 

「うん!勿論だよ!!」

 

「うわー可愛い!!」

 

「ホント、可愛い!!」

 

艦橋にいたクラスメイト達は多聞丸に触り始めた。

子猫の多聞丸はあっという間にみんなに人気のマスコットとなった。

天照はブルーマーメイドの救援艦から真水を補給してもらい、再び武蔵捜索の任へと戻った。

 

「本職のブルマーは流石だったな」

 

「私もお母さんがブルーマーメイドで、遭難した時助けてもらったからブルーマーメイドになろうと思ったんだ‥‥それに船に乗れば家族ができると思って‥‥」

 

「へぇ~艦長のお母さんブルーマーメイドだったんだ‥‥」

 

西崎がもえかの母親がブルーマーメイドだった事を知り、意外そうに言う。

 

「今も海で働いているんですか?」

 

幸子が尋ねると、

 

「ううん‥私が遭難した事故で‥‥」

 

「あっ‥‥ごめんなさい」

 

幸子はまさか、もえかのお母さんが死んでいたとは知らず、思わずシュンとする。

 

「ううん。お母さん言ってた。海の仲間は家族みたいなんだって!」

 

もえかは幼いとき、施設で出会った明乃と約束した事を艦橋メンバーに話した。

 

「その明乃という子が武蔵の艦長か…わしもうちの艦長‥‥ティアとはずっと一緒じゃった。ウイルスの抗体もできたことじゃしな。早く助けに行きたい」

 

ミーナはシュペーに残して来た親友の身を案じた。

 

その日の夜‥‥

 

昨夜からの救助作業でほぼ徹夜状態の葉月は寝間着に着替え、ベッドへと倒れ込む。

これだけ疲労していたらすぐに眠れるだろう。

ちなみに多聞丸は念の為、今日は検査の為、美波の所に居る。

そう思っていると、

 

コンコン

 

と、部屋のドアをノックする音が聴こえた。

 

(ん?誰だろう?こんな時間に?またミーナさんと納沙さんが来たのかな?)

 

眠い中、葉月はベッドから起き上がり、ドアを開ける。

すると其処には‥‥

 

「艦長」

 

「‥‥こんばんは‥先任」

 

葉月の部屋に訪れたのはもえかだった。

 

「どうしたんですか?艦長」

 

「その‥‥先任‥‥ううん‥お姉ちゃんと話をしたくて‥‥」

 

もえかは敢えて葉月を役職名でなく、普段の私生活で呼んでいるお姉ちゃんと呼ぶ。

 

「‥‥どうぞ」

 

葉月はもえかを部屋へと招き入れた。

ただその時、葉月は疲労で集中力が低下していた為、もえかが後ろ手に部屋の鍵をかけた事に気付かなかった。

ベッドに座ったもえかと葉月。

 

「それで、話と言うのは?」

 

「‥‥その‥‥お姉ちゃん、ゴメン」

 

「ん?」

 

「私、武蔵のあの一件から自信を無くして‥‥それでお姉ちゃんに嫉妬してた‥‥でも‥‥今日、お姉ちゃんが新橋に残されたって聞いて本当に怖かった‥‥お姉ちゃんもお母さんみたいに私を置いてどこかに行っちゃうかと思って‥‥」

 

「‥‥」

 

葉月はもえかの頭に手を乗せ、彼女の頭を撫でる。

 

「お姉ちゃん?」

 

「自分の方こそ、ごめん‥‥もえかちゃんの傍に居ながら君の焦りの感情を受け止める事が出来なくて‥‥これじゃあ、お姉ちゃん失格だね」

 

「ううん、そんな事ないよ‥‥でも、今日は本当に心配したし、怖かったんだよ‥‥だから‥‥その‥お姉ちゃん‥‥」

 

「ん?」

 

「今日は一緒に寝よう」

 

「‥‥」

 

この時、葉月はもえかは自分と添い寝をしようと言っているのかと思い、

 

「わかった」

 

もえかと一緒に寝る事を了承した。

すると、もえかはベッドから立ち上がると、寝間着を脱ぎ始めた。

 

「えっ?も、もえかちゃん?い、一体何を?」

 

「えっ?だってこれから一緒に寝るんでしょう?」

 

「い、いや、そうだけど、もえかちゃん、寝るときは服を着ない人なの?」

 

「?服を着ていたら寝るのに邪魔でしょう?ほら、お姉ちゃんも」

 

そう言ってもえかは葉月の服も脱がし始める。

 

「ちょっ、もえかちゃん!?寝るってそっちの意味!?」

 

「えっ?何だと思ったの?」

 

「ちょっと待って!!高校生になったばかりの女の子がそんな事‥‥」

 

「でも、私、ミケちゃんとよく一緒に寝ていたよ」

 

(明乃ちゃんと経験済み!?君達早すぎない!?)

 

「大丈夫、いつもはミケちゃんにしてもらっているけど、今日は私がお姉ちゃんを気持ち良くさせてあげるから」

 

「い、いや、そう言う問題じゃ‥‥」

 

そんな事を言っている間にももえかは葉月の寝間着のズボンをずり下ろす。

 

「あれ?お姉ちゃん。どうして男物の下着何て穿いているの?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「もしかして‥‥」

 

もえかは確認するかの様に葉月の下着を一気にずり下ろす。

しかし、そこには男のシンボルはなく、葉月は正真正銘女の身体だった。

葉月が女だと分かるとなぜかもえかはホッとした表情を見せた。

そして疲労困憊で体力が低下していた葉月はもえかの餌食となった‥‥

 

翌朝‥‥

 

「‥‥クシュン」

 

葉月の部屋のベッドには生まれたままの姿の葉月ともえかが寝ていたが、新橋で海水を浴びたまま長時間、身体を拭かなかった事と、生まれたままの姿でもえかと一晩過ごした事から、葉月は風邪をひいてしまった。



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48話 戦艦 比叡

「‥‥クシュン!!」

 

朝一、天照にある葉月の部屋から、葉月のくしゃみが聞こえた。

 

「うぅ~‥‥//////」

 

部屋の主である葉月がゆっくりとその身をベッドから起こす。

しかし、葉月の顔は妙に赤く、瞳も少々ぼやけており、焦点が合っていないように見える。

 

(何か頭が重いし身体が妙に熱い‥‥あれ?自分、なんで服を着ていないんだろう?)

 

自分がどうして服を着ていないのか、気になり辺りを見回す。

すると、ベッドの隣には葉月同様、裸のままのもえかが眠っている。

 

「‥‥//////」

 

しかし、葉月は驚く様子もなく、ボゥっとした目でもえかを見ていた。

 

「う~ん‥‥お姉ちゃん‥‥」

 

葉月と違い、もえかが幸せそうな寝顔をしている。

そして‥‥

 

「うっ‥‥うーん‥‥」

 

もえかの瞼が動くとゆっくりと開かれる。

そして、もえかの視線は顔を赤くしている葉月を捉えた。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「‥‥おはよ~//////」

 

「お、おはよう//////」

 

生まれたままの姿の葉月を見てもえかも顔を赤くする。

しかし、これは羞恥で顔を赤くしたのだ。

もえかは自分の姿と葉月の姿を見て、昨夜のことを思い出した。

恥じらい、もえかに止めるように言う葉月を見て、もえかは逆にもっと葉月を攻めたいと言う嗜虐心がうずき、そのまま葉月を攻め立てた。

その後のことは覚えていない。

 

「えっと‥‥あの‥‥お、お姉ちゃん‥‥その‥‥き、昨日の事は‥‥//////」

 

「‥‥//////」

 

「お姉ちゃん?」

 

もえかが声をかけても葉月はぼぉ~っとした目でもえかを見ている。

しかも未だに顔が赤い。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

「‥‥ん?//////」

 

葉月は焦点が定まらない目でもえかを見る。

違和感を覚えたもえかは自らの額を葉月の額にくっつける。

 

ピタっ

 

すると、葉月の額は熱かった。

 

「あっつ、お姉ちゃん大丈夫!?なんか熱いよ!?」

 

「ん?//////」

 

もえかの言っている事もまだよくわかっていない感じで葉月は首を傾げる。

 

「美波さんに診てもらおう」

 

そう言ってベッドから降りるもえかであったが、自分達が今、裸である事に気づき、

 

「‥その前に服を着ようか」

 

「‥‥//////」

 

葉月に服を着せて、自分も服を着たもえかは医務室に連絡をとり、美波に葉月の部屋に来てもらった。

 

「ふむ、38.6‥‥風邪だな」

 

体温計を見た美波は葉月が風邪をひいていると診断した。

 

「解熱剤の注射を打つ。今日はゆっくり休め」

 

美波は葉月の腕に解熱剤の注射をして、薬を処方する。

 

「それじゃあ、お大事に」

 

処置を終えた美波は医務室へと戻って行く。

診察後、葉月は急激な眠気に襲われてそのまま眠る。

 

「ごめんね、お姉ちゃん‥‥私のせいで‥‥」

 

眠った葉月の手を握り、もえかは昨夜、葉月と無理矢理関係を持ったせいで葉月が風邪をひいたと思った。

しかし、何時までも葉月の部屋にいる訳にもいかず、後ろ髪を引かれる思いでもえかは艦橋へとあがった。

 

「えぇーっ!?先任が風邪!?」

 

もえかは艦橋メンバーに葉月が風邪を引いたため、今日は休む事を伝える。

 

「‥‥」

 

「あれ?鈴さんどうしました?」

 

鈴が舵を握りながらちょっと不安そうな表情をする。

そんな鈴に気づき、幸子が鈴に声をかける。

 

「その‥‥大丈夫でしょうか?」

 

「何がですか?」

 

「その‥‥もし、先任が倒れている最中に新橋みたいに救助依頼が来たリ、その‥‥む、武蔵に遭遇したら‥‥」

 

『‥‥』

 

鈴の指摘に艦橋メンバーはみんな黙ってしまう。

これまでのピンチの時、葉月の存在が大きく影響していた。

葉月の指示でこれまでのピンチを切り抜けてきた事から葉月の存在が艦橋メンバーにとって安心感があった。

その葉月が風邪の為、ダウンして今は艦橋に居ない‥‥。

そんな中、鈴の言う通り、もし武蔵と遭遇したらと思うと艦橋メンバーに不安がよぎった。

 

「で、でも。いつまでも先任に甘えている訳にはいかないよ」

 

もえかが皆の不安を拭う様に言う。

 

「私達が今、不安になっているのはそれほど、先任に依存してきた証拠だよ。でも、これから先、ずっと先任が私達の傍にいてくれるわけじゃない‥これを機に私達も少し先任離れをして、先任にはゆっくりと休んでもらおう」

 

「は、はい」

 

「そうですね」

 

「うぃ」

 

「まぁ、何とかかるでしょう」

 

もえかの言葉に頷く艦橋メンバー。

葉月を除くメンバーで天照は何事もなく南太平洋を巡航で航行していた。

そんな中、それは現れた。

 

スコールで少し霧がかかった海。

 

天照の丁度正面から一隻の軍艦が姿を現した。

 

「正面に艦影!艦橋形状から武蔵と思われます!」

 

展望指揮所からマチコが伝声管で艦橋へと知らせる。

 

「武蔵!?」

 

「うぅ~やっぱり嫌な予感があたったよぉ~」

 

「撃っちゃう?てか、これ撃たれたらやばいですよね?これ‥‥」

 

「艦長!余裕でむこうの射程に入っています!」

 

「当たったらひとたまりもないぞ」

 

「相手との距離は?」

 

もえかが武蔵と思われる戦艦との距離を尋ねる。

幸子がレーダーにて確認し、報告する。

 

「目標、距離13マイルです!」

 

「13マイル!?そんなに近いはずは‥‥」

 

幸子の報告を聞き、マチコは眼鏡をはずし、もう一度、双眼鏡で確認する。

 

「ん?‥‥武蔵‥‥じゃない!前面に二基の連装主砲。それにあの艦橋の形状‥‥接近中の戦艦は金剛型です!」

 

マチコは接近して来る戦艦が武蔵ではなく、金剛型の戦艦である事を報告する。

 

「武蔵じゃない‥‥」

 

一応、接近して来る戦艦が武蔵でないことにちょっとだけホッとする艦橋メンバー。

そして、もえかが双眼鏡で接近して来る金剛型の戦艦を見ると、

 

「あれは‥‥まさか、横須賀女子の比叡!?」

 

艦に施されている迷彩からあの金剛型の戦艦が行方不明になっている横須賀女子の比叡であると認識するもえか。

 

「確かに遠くから見ると武蔵そっくりですね。でも大きさが全然違いますし野間さんもそのせいで距離感が狂ったんでしょう」

 

幸子がタブレットを使い、武蔵と比叡の正面映像を出し、比較する。

 

(ん?でも、そんなに似ているかな?)

 

と、もえかがそんなに武蔵と比叡が似ているのかと疑問視する。

 

「比叡の位置と進路を学校に連絡して」

 

もえかは比叡発見の知らせを学校へ報告する様に指示を出す。

その時、

 

「比叡発砲!」

 

マチコから比叡が発砲してきたと報告が入る。

いきなり発砲してきた事から、比叡も武蔵やシュペー同様、乗員がウィルスに感染している可能性が出てきた。

 

「撃ってきたということは比叡も例のウィルスに…?」

 

「うん。感染しているんだと思う。武蔵やシュペーと同じように…機関全速!!ダッシュ、水流一斉噴射!!」

 

もえかは比叡の現状を予測し、機関室へと指示を出す。

天照は水流噴射にて、比叡の砲弾を躱す。

 

「艦長、学校からの指示です」

 

「何て言って来た?」

 

「ブルーマーメイドの派遣要請をしましたが、到着は4時間後。それまで可能な限り比叡を補足し続けよ。ただし安全を最優先に、とのことです」

 

幸子が学校からの指示をもえかに話す。

 

「ですが‥‥」

 

「ん?何か不味い事でも?」

 

「はい。比叡がこのままの進路・速度で航行すると3時間後にはトラック諸島に到達します!」

 

「っ!?‥トラックってたしか‥‥」

 

「はい。居留人口は1万を超えます。おまけに海上交通の要所なので1日平均千隻の船が出入りします」

 

「ブルマーの到着は4時間後。間に合う可能性は低い」

 

ミーナがブルーマーメイドが間に合わない事を示唆する。

 

「もし、比叡がトラックへ入り、そこからウィルスが拡散したら‥‥」

 

鈴が最悪の事態を想像する。

 

「トラックの船舶利用から予測すると、世界中にこのウィルスが広がる‥‥私達で比叡を止めないと」

 

「具体的にはどうするつもりじゃ?」

 

ミーナがもえかに比叡の対処を尋ねる。

 

「天照で引き付けてトラックへの航路から逸らす‥‥でも、これは追尾と比べると被弾の危険性が格段に上がる。次に砲撃戦で比叡を航行不能にする」

 

「おぉー撃っちゃう!?」

 

砲撃と聞いて興奮する西崎。

 

「でも、それだと比叡の乗員に負傷者を出すかもしれない‥‥比叡に乗ってるのは私達の同級生だし‥‥」

 

「それなら、シュペーの時の様にスクリューを撃ち抜いて速度を落としてブルマーの到着を待ちますか?」

 

幸子が比叡の速力を落してブルーマーメイドの到着を待つことにするかと案を出す。

 

「それも考えたけど、確実性がない。それにあの時ですら無理だったし‥‥」

 

例え比叡の速力を落しても時間内にブルーマーメイドが来てくれるか保障はない。

比叡がトラックに入ったらその時点でアウトだ。

 

「それでもまずは比叡の注意を此方に向かせる必要がある。砲撃戦用意!!ただし、弾種は模擬弾頭を使用!!」

 

「おぉー!!撃っちゃうぞ!!よっしゃ!きたー!きたよー!私の時代!」

 

「うぃ」

 

やはり、砲撃戦と聞いて興奮するトリガーハッピー二人娘だった。

 

「比叡速力を上げ、左に回頭しました!!」

 

「第一、 第二主砲、模擬弾撃て!!」

 

「うぃ」

 

天照からお返しとばかりに51cm砲弾が比叡に向けて放たれた。

 

 

天照が南海のトラック諸島近海で比叡とドンパチを始めた頃‥‥

真霜は横須賀女子海洋高校の廊下を校長室目指して歩いていた。

 

(うーん‥‥今朝から妙な胸騒ぎがするわ‥‥)

 

真霜は朝起きた時から、妙な胸騒ぎを感じていた。

 

(まさか、葉月の身に何かあったのかしら?‥‥夕べは何となくだけど、葉月が誰かに寝取られた感じがしたし‥‥か、考えすぎよね‥‥?学生がまさか、葉月を襲うなんて‥‥そんな事ある訳ないわよね‥‥)

 

胸騒ぎを感じつつもやがて真霜は校長室へと辿り着いた。

 

コン、コン

 

校長室のドアをノックし、

 

「どうぞ」

 

中から自分の母であり、横須賀女子海洋高校校長の真雪の返答を聞き、校長室の中へと入る。

 

「失礼します」

 

「真霜‥‥あなたがここに来るということは余程のことね」

 

「ええ」

 

真霜は早速、真雪に今日此処へ来た要件を話した。

真霜はカバンの中から一冊の報告書を真雪に見せた。

その報告書の表紙には、

 

『密閉環境における生命維持及び低酸素環境に適応するための遺伝子導入実験』

 

と、書かれていた。

それは紛れもなく、文部科学省海洋科学技術機構、海上安全整備局装備技術部、国立海洋医科大学先端医療研究所がRAT(ラット)を使用して行った実験の報告書であった。

真雪はこの実験の報告書に目を通した。

 

「実験艦は深度1500mまで沈降。制御不能。サルベージは不可能‥‥」

 

「‥‥のはずが海底火山の影響で押し上げられて浮上してしまった」

 

「西之島新島。ここは今年の海洋実習の集合地点よ‥‥あっ、そう言えば‥‥」

 

真雪は今回の実習の際、ある事を思い出した。

 

「何かあったの?」

 

「実習直前に教官艦猿島に研究員を乗せる手配をしたわ。西之島新島付近で海洋生物の生態を研究したいという依頼があって‥‥」

 

「でも、その研究員達の目的は実験艦からデータを回収してその後自沈させるためだった‥‥」

 

「貴女の話を聞くとそのようね‥‥」

 

「‥‥」

 

真霜は先日、古庄の見舞いと聴取を取りに至った時のことを思い出した。

古庄の聴取と見舞いを終え、病院の通路を歩いていると、ある病室から話し声が聞こえてきた。

 

「予想をはるかに超える感染力。猿島だけでは済まないかもしれないな」

 

「うちの研究員全員が入院…こんなことになるとは…上にどう報告すればいいんだ!我々の責任問題になるぞ!」

 

そこは、猿島に便乗していた研究員が入院している病室だった。

そして、先程の会話‥‥

真霜は研究員達が何らかの事情を知っていると判断し、その部屋へと入った。

 

「随分と、面白そうな話をしていますね」

 

「「っ!?」」

 

突然の真霜の登場に狼狽える研究員。

 

「さっきの話詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

ダークオーラを纏い、研究員へと詰め寄る真霜。

やがて、研究員達は今回の騒動の発端となった実験の事を喋った。

 

「それで私が独自に調査したんです」

 

「RAT‥‥」

 

「海中プラントで偶然生まれた生物に彼らがつけた名称です。この生物が媒介するウィルスは生体電流に影響を及ぼします。そのため感染者同士は一つの意思に従い行動する」

 

「一つの意思…まるで群体ね。蟻やミツバチみたいな」

 

「ええ。だから記憶があるのに行動が説明できない‥‥古庄先輩の記憶があいまいなのはこのためだった‥それに付近の電子機器が狂う原因もこの生体電流の影響です」

 

「付近の電子機器が狂う‥‥じゃあ、東舞校の教官艦が電子機器と誘導弾が全て機能不全を起こしたのって‥‥」

 

「このRATのせいかもしれないわね」

 

「でも、手は残されているわ」

 

「えっ?」

 

「天照から報告書が届いたわ。この生物が媒介するウィルスあり。試作した抗体を送るので増産されたし、と」

 

「抗体を学生が?」

 

「天照には鏑木美波が乗っているのよ」

 

「え?あの海洋医大始まって以来の天才?」

 

「飛び級でまだ海洋実習をしてなかったから今年済ませたいと言われてね」

 

「変わり者とは聞いていたけど…でも助かりましたね」

 

「感染後の経過時間が短ければ海水がウィルスに対し有効と推測される。しかし時間経過と共にウィルスが全身に行き渡った場合抗体の投与のみが効果的と思われる」

 

「急いで抗体の量産を始めます」

 

「そうね、そうして頂戴」

 

真雪は急ぎ、抗体の量産を依頼した。

 

そして、場面はトラック諸島近海へと戻る。

 

天照の51cm砲を至近で受けた比叡の周りに大きな水柱が立つ。

模擬弾頭とは言え、ただ炸裂しないだけでも、その迫力はかなりのものだ。

比叡は第一から第四主砲全てを発砲して来る。

その内、一発が天照の左舷後部甲板に命中する。

 

「被害報告!!」

 

「左舷後部甲板に直撃弾!!」

 

「第一装甲板で防ぎました!!被害微小!!」

 

「流石、八門斉射‥‥」

 

「こっちも第一から第三主砲撃て!!」

 

再び天照から51cm砲弾が放たれ、比叡の艦首と艦尾に一発ずつ命中する。

比叡は第三砲塔で応戦する。

 

「取舵一杯!!」

 

「と、取舵一杯ヨーソロー」

 

「各主砲、それぞれ自由射撃!!」

 

第一から第三主砲は、砲撃準備が整い次第比叡に向けて51cm砲弾を放つ。

比叡は天照相手では不利と判断したのか針路を変更し、逃走を図り始めた。

 

「比叡、針路変更」

 

「トラックへの接近は何とか避ける事が出来た様だな」

 

「どうしますか?艦長」

 

「‥‥追撃する」

 

「えっ?」

 

今回は武蔵の時の様に付近の海域に救助者はない。

そして、自分達に与えられた使命は『可能な限り比叡を補足し続けよ』である。

故にこのまま追撃をしかけても何ら問題はない。

天照は比叡の追撃を行った。

その際、もえかは海図を見て、ある策を思いついた。

 

「比叡を…止められるかも!」

 

「えっ?」

 

「学校側に連絡して作戦の許可を!!」

 

「は、はい」

 

「タマちゃん、このまま砲撃を続けて比叡をこの海域に誘い込んで」

 

「うぃ」

 

天照は定期的に比叡に対して砲撃を行い、比叡の針路を誘導し始めた。

 

一方、もえかかた連絡を受け取った真雪はメールに添付されていたもえかの作戦を真霜と共に読んだ。

 

「よく考えられているわ。確かにこれなら実行可能ね」

 

「でも、危険すぎないかしら?」

 

「今この海域にいるのは私達だけです!やらせてください!」

 

「燃料は足りる?故障個所はない?クラスの子達の体調は?」

 

「被弾箇所は一箇所ありますが、戦闘、航行に支障はありません。燃料、弾薬は問題ありません。乗員については、先任の広瀬葉月が風邪をひいていますが、その他の乗員には問題ありません」

 

(葉月が風邪!?)

 

もえかの報告を受けて真霜は胸騒ぎの原因はこれだったのかと悟る。

 

「わかりました。作戦実行を許可します。但しクラス全員と話し合ってからにして」

 

「わかりました。ありがとうございます! 」

 

学校側の作戦許可を得たもえかは真雪との電話をきる。

 

「いいの?お母さん。」

 

「作戦概要を見た限り決して無謀なものではなかったわ。それにほら‥‥」

 

真雪はパソコンにある物を映した。

 

「えっ?猫?」

 

パソコンの画面には五十六と多聞丸の姿が映し出される。

 

「天照の報告ではRATを捕まえた猫には感染しなかったのよ。いい風が吹いてかもしれないわよ。あの艦には‥‥」

 

真雪は微笑みながら天照の作戦の成功を祈った。

 

 



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49話 トラック沖海戦

南方のトラック諸島にて、天照は突如、行方不明になっていた同じ学校の戦艦比叡を発見した。

しかし、比叡の乗員は謎のウィルスに感染し、暴走状態となっていた。

感染した比叡はトラック諸島へと入り込んだら、ウィルスが世界中に広まってしまう恐れがある。

だが、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンは比叡がトラック諸島に入る前には間に合わない。

天照は‥もえかは葉月が風邪でダウンしている中、葉月からの依存を打ち消す為にも‥‥世界をウィルスの脅威から守る為、比叡と戦う事に決めた。

砲撃戦により、比叡は天照相手では不利だと判断したのか、逃走を始めた。

もえかはウィルスの脅威から世界を守るのと同時にウィルスに感染した比叡乗員を救うため、比叡を追撃する事となった。

 

そして、もえかは作戦の概要、そして現在比叡が置かれている状況を天照乗員に放送で伝えた。

 

「…以上が作戦の概要です」

 

「そこまでして止めなきゃならないの?」

 

等松は比叡を追撃するのにこの天照を使うほどオーバーな事なのかと懐疑的であった。

しかし、次の美波の言葉で納得した。

 

「比叡は現在、ウィルスに感染している。私が抗体を開発した。データは学校に届けた。だから足止めさえしておけば比叡の生徒は後日治療ができるはずだ。しかし、今ここで比叡を放置したら、世界中にウィルスがばら撒かれる恐れがある」

 

「私は比叡の乗員を‥‥ううん、トラックに住む人達も守りたい!!海の仲間は家族なんだから!!だから、この作戦を成功させるにはみんなの力が必要なの!!だけど、この作戦にはみんなにも危険が及ぶ可能性があり、私はみんなの安全を完全に保証できない。だから私一人じゃ決められない。みんなの意見を聞かせて!!」

 

もえかの放送を聞き、天照の足である機関室では、

 

「比叡クラスって、武蔵の次に優等生のクラスだよね?」

 

「私達じゃ無理っぽくない?」

 

何だか諦めモードとなっている。

それはCICに居る通信委員も同様だった。

 

「大型艦だもんね~」

 

「武蔵の時も怖かったし…」

 

一応、天照は超大型艦なのだが、やはり武蔵とドンパチやった時の恐怖が残っているのか消極的な意見が飛び交う。

そんな中、

 

「わ…私やります!頑張ります!」

 

艦橋にて鈴が目一杯の声を張り上げた。

 

「タマはどうする?」

 

「うぃ」

 

「私はやるよ!!ドンパチ撃てるし」

 

「うぃ!!」

 

鈴の精一杯の行動に艦橋メンバーはやる気を出した。

 

「やぶさかではありません!」

 

「わしも手伝う。他人事ではないしな」

 

「私達もやります!!」

 

艦橋メンバーに次いで砲術委員、水雷委員も比叡の救出に賛同する。

 

「ま、なんとかなるぞな」

 

勝田が海図を広げる。

 

「波飛沫一滴さえも見逃さない!」

 

マチコが展望デッキにて、比叡を睨む。

 

「マッチもやる気になっているみたいだし頑張ろう!」

 

やがて、消極的だったクラスメイト達も次々と比叡救助に賛同していく。

 

「私達は…」

 

「どうすれば…」

 

「う~ん…とにかくご飯を炊こう!」

 

炊飯委員は戦勝後にクラスのみんなに心尽くしの料理を食べてもらおうと、夕食の準備を行った。

 

そして、機関室では、

 

「でもやっぱり無謀よ。…ねぇ麻侖」

 

「よーし!やってやろうってんでぃ!」

 

『ええっ!!』

 

最後まで難色を示していた機関科委員達であったが、麻侖はもえかに賛成した。

 

「艦長ってのは神輿よ!軽くて馬鹿でも神輿を担ぐのが江戸っ子の心意気でぃ!」

 

「いや千葉出身でしょ機関長殿」

 

「でもまぁ、機関長が言うなら…」

 

「やりますか!」

 

「やれやれ、麻侖は一度決めると頑固だからねぇ…いいわ、付き合ってあげる」

 

こうしてもえかは天照乗員の全員の了承をとりつけた。

 

「みんな…ありがとう‥‥戦闘用意!」

 

「戦闘用意!総員、配置につけ!!」

 

天照の艦内に警報が鳴り響く。

 

(さて、お手並み拝見といきますか‥ガンバレ、もえかちゃん)

 

葉月はベッドの中で、もえかを応援した。

 

「納沙さん、例の海域のデータを」

 

「はい、艦長」

 

幸子はこの先にある岩礁と潮流が入り組んでいる海域のデータをもえかに見せる。

 

「すごいねこれ」

 

「データはより多くより新しくがモットーでして。個人的に収集してます!」

 

「流石です」

 

「お主やるではないか」

 

幸子のデータ収集力を褒めるもえかとミーナ。

 

「このへんでええとこ見せんともう舞台は回ってきませんけぇ」

 

「間尺に合わん仕事かもしれんなぁ」

 

こんな時でも何故か任侠映画のセリフを吐く幸子とミーナであった。

 

「艦長!進路の候補でました!」

 

「‥‥このルートでいこう…知床さん、立石さんお願い!」

 

「は、はい!!」

 

「うぃ」

 

鈴に航路の設定と立石にこの航路に沿うように比叡を模擬弾で攻撃する様に伝えるもえか。

やがて比叡は後部の第三、第四砲塔を使って天照を攻撃してきた。

 

「撃ち方はじめ!!」

 

「うぃ、攻撃‥撃て」

 

天照も第一主砲で応戦する。

もちろん弾種は模擬弾で、比叡の船体スレスレを狙って撃つ。

 

「此処が勝負どころじゃ…」

 

「後がないんじゃ!」

 

台詞どころか顔も任侠を意識している。

 

「あ…当たりそう~…」

 

前方から降って来る比叡の砲弾に震えながら舵を握る鈴。

 

「大丈夫、当たらないよ」

 

もえかは鈴の不安を拭うように微笑みながら言う。

 

「か、艦長」

 

もえかの表情と言葉に葉月と同じ様な安心感をこの時、感じた鈴だった。

 

「比叡、第一ポイントへの誘導へ乗りました!」

 

展望デッキからはマチコから比叡が予定のコースに乗った報告が入る。

 

「ここで座礁させれば沈めずに足を止められる!」

 

「撃て」

 

第二主砲から比叡に向けて模擬弾が放たれるが、流石は高速戦艦、比叡は速力を上げて天照の砲弾を躱した。

 

「外した!?」

 

比叡がお返しと言わんばかりに撃ってきた。

 

「撃ってきた!とーりかーじ!」

 

「左舷に着弾!」

 

「被害報告!!」

 

「第一装甲板で防ぎました!!」

 

「被害微小!!」

 

「比叡、第二ポイント通過確認!」

 

マチコからは二か所目の予定座礁ポイントを比叡が無事通過したと報告が入る。

 

「座礁させるポイントを今度も抜けられたらどうする?艦長」

 

既に二か所も座礁ポイントを躱されて、ミーナがこの後どうするのかを尋ねる。

 

「まだだよ…まだ終わってない!!」

 

「しかし艦長!もう…」

 

「超えられない嵐はないんだよ!砲撃を続行!!比叡を絶対にこの海域から逃がさない様に!!」

 

「う、うぃ」

 

立石も今日のもえかは一味違うと思いつつ、指示に従って比叡に模擬弾を放つ。

天照の砲撃で比叡は再び同じコースをたどる。

レースで言えば、二周目に突入した。

 

「此処はさっきと同じ所じゃ!!」

 

「でも、ここじゃ比叡は座礁しませんでしたよ」

 

「納沙さん、タブレットを見せて」

 

「は、はい」

 

幸子はもえかに言われてタブレットを見せる。

 

「‥‥」

 

もえかは幸子のタブレットと時計を交互に見る。

 

「‥‥和住さん、合図したらバラストを限界まで排水して」

 

「りょ、了解」

 

「か、艦長、バラストを限界まで排水したりしたら、艦の安定性が!」

 

「それに主砲も撃てなくなります!!」

 

51cm砲の衝撃は凄まじい。

バラストを排水した状態で撃てばバランスを崩して転覆する恐れがある。

 

「砲撃は第一から第三副砲を連射して比叡を座礁ポイントへと追いやる」

 

「しかし、主砲を使用しても座礁出来なかったのに副砲で出来るでしょうか?」

 

幸子が副砲のみで比叡を座礁させることが出来るのかと不安視する。

 

「大丈夫、今度はちょっと比叡の針路をズラすだけでいい」

 

『?』

 

もえかは自信ありげに言うが、艦橋メンバーは首を傾げる。

 

「鈴ちゃん!速度いっぱいで!」

 

「りょ、了解」

 

天照は速度をあげて比叡に接近する。

 

「比叡、先程と同じコースに入りました!」

 

「副砲、連続斉射」

 

天照の第一から第三副砲が連続して斉射され、比叡の右舷側に幾つもの水柱が立つ。

比叡は左へと舵をきる。

もえかを除く艦橋メンバーはまた比叡はその高速を利して座礁ポイントを躱してしまうのかと思ったが、

 

ドゴッ‥‥

 

ズシャァァァ‥‥

 

轟音を立てて先程躱された座礁ポイントにて比叡は座礁した。

 

「比叡停止!」

 

マチコは比叡が完全に停止した事を報告する。

 

「比叡の機関停止を確認しました…」

 

座礁し動くことが出来なくなり、比叡は機関を停止する。

 

「ど、どうして‥‥」

 

「比叡が?」

 

先程は座礁しなかったポイントなのに今回は何故、このポイントで比叡に座礁したのかをもえかを除く艦橋メンバーは不思議がっている。

 

「それはね‥‥」

 

もえかは何故、このポイントで比叡が座礁したのかを皆に説明した。

 

「成程、潮の満ち引きか?」

 

ミーナが納得したように頷く。

 

「納沙さんおかげだよ」

 

「私ですか?」

 

「オンラインの海図だったから水深の変化はリアルタイムでわかったし」

 

「成程。前に通った時より潮が引いて水位が下がってると‥‥だから、バラストを限界まで上げたんですね」

 

「うん。天照も座礁したら大変だからね」

 

先程、もえかが幸子のタブレットと時間を確認したのは潮流によって海底の深さが変わる時間と場所を確認していたのだった。

 

「さっ、最後の仕上げをしようか。ブルーマーメイドに現在位置を通報、本艦はブルーマーメイドが来るまで比叡の監視を行います」

 

もえかは美波から例のウィルスの抗体を大量に用意してもらい、比叡の乗員を助ける事にする。

しかし、比叡は機関を止めたが、武装はまだ使用可能な状態だったので、砲撃してきた。

 

「バラスト復元!!」

 

「バラスト復元!!」

 

「立石さん、散弾の模擬弾を!!」

 

「うぃ」

 

天照は散弾の模擬弾を撃ち、比叡の主砲の砲身を変形させて主砲を封じた。

 

「比叡、完全に沈黙」

 

比叡の機関、武装を封じ、後はブルーマーメイド隊が着くのを待った。

やがて、通報したブルーマーメイド隊がやって来た。

やって来たのは黒いインディペンデンス級沿海域戦闘艦だった。

艦尾には「弁天」と書かれている。

真冬が艦長を務める艦だ。

弁天の乗員は天照に一度、乗艦し、ワクチンを受け取ると、比叡に臨検を行い、比叡の乗員にワクチンを打った。

尚、その際、艦内ではブルーマーメイド隊と比叡の乗員との間で戦闘があったが、所詮は入学したての女子高校生とプロのブルーマーメイド隊、勝負にはならなかった。

比叡乗員を鎮圧させ、後は座礁した比叡の曳航だけとなった。

その比叡の曳航作業はブルーマーメイド隊が行ってくれる事になっており、比叡の乗員達も病院へと搬送される予定だ。

 

「私達が助けたんだよね…」

 

「トラックと比叡と両方とも…」

 

「やっぱり、うちの艦長っていけるクチなのかも」

 

「いや、その誉め方おかしいから…」

 

比叡、そしてトラック諸島、ひいては世界を救った事に天照の乗員達は歓喜した。

そして、それは彼女達にも今後の大きな自信にもつながった。

 

「そう‥‥無事に救助を出来たんだ」

 

「はい」

 

もえかから比叡の一件を聞き、葉月も安堵した。

そして何より、もえかに自信が取り戻せたことにもホッとした。

 

「艦長、ブルーマーメイド隊の指揮官の方が艦長にお会いしたいそうです」

 

鶫から館内放送を聞き、もえかが甲板へとあがった。

もえかが甲板へとあがると、横付けされている弁天の後半から黒いブルーマーメイドの制服と同じく黒いマントをつけたブルーマーメイド隊員が降りてきた。

 

「ブルーマーメイドの宗谷真冬だ」

 

「横須賀女子海洋高校、大型直接教育艦、天照艦長の知名もえかです」

 

もえかは真冬に敬礼し、自らの所属、役職、氏名を名乗った。

 

「おう、よろしく。比叡と乗員の事は任せろ」

 

「はい、お願いします」

 

女性ながら爽やかスマイルを見せる真冬。

彼女のこの笑みに惚れてしまうブルーマーメイドの隊員も多いのだ。

 

(あれ?この黒マント‥‥この人、確かブルーマーメイドフェスタで‥‥)

 

もえかは真冬の顔を見て、去年のブルーマーメイドフェスタでクイントとわんこそば対決をしていた人であり、宗谷校長の娘の一人ではないかと思った。

そこで、もえかは真冬本人に確認することにした。

 

「‥あの‥‥」

 

「ん?なんだ?」

 

「宗谷艦長は、宗谷校長の娘さんですよね?」

 

「お?なんだ?私の事を知っていたのか?」

 

「え、ええ。去年のブルーマーメイドフェスタでクイントさんとわんこそば対決をしていた方ですよね?」

 

「あ、ああ‥‥もしかして、見ていたのか?」

 

「はい」

 

「そ、そうか‥あの戦いは私にとっては善戦でもあり、屈辱的な敗北でもあるんだ‥‥」

 

真冬の周りには哀愁が漂っていた。

どうやら、あの時のわんこそば対決は彼女の中では黒歴史の様なので、これ以上触れないで上げようと思ったもえかだった。

 

「そう言えば、葉月の奴はどうした?実は真霜姉から葉月に渡しておいてくれと言われたモノがあるんだが‥‥」

 

「先任でしたら、実は先日風邪をひいてしまい、今はお休み中です」

 

「何!?風邪!?」

 

「は、はい‥‥」

 

真冬の大声に思わずビクッと震えるもえか。

 

「ったく、しょうがねぇなぁ、風邪をひくなんて根性が足りない証拠だ!!こうなれば、真冬さまが気合を注入してやろう!!」

 

「‥‥」

 

「それで、葉月の奴は今何処だ?医務室か?」

 

「いえ、自室です」

 

「そうか。それじゃあ案内を頼む」

 

「えっ?あっ、はい‥‥」

 

現役のブルーマーメイド隊員。しかも校長の娘と言う事で、下手に断ることも出来ず、もえかは真冬を葉月の下へ案内した。

 

コンコン‥‥

 

「はい、どうぞ」

 

もえかが葉月の船室の扉をノックし、中から葉月の応答を確認すると、もえかと真冬は葉月の部屋へと入る。

葉月はベッドの上で上半身を起こして、寝間着の上に第一種軍装のホックボタンを全開にした状態で羽織っていた。

 

「おーす!!葉月、お前風邪ひいたんだって?」

 

「えっ?ええ‥まぁ‥‥」

 

(なんか嫌な予感‥‥)

 

「ったく、この大変な時に風邪だなんて、体調管理が出来ていない証拠だぞ」

 

「す、すみません」

 

「そこで、体調管理が出来ていない葉月に私が根性注入してやろう!!」

 

そう言って真冬は葉月に襲い掛かったが、

 

「ふん!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁー!!ギブギブ!!って、元気じゃねぇか!!葉月!!」

 

葉月は真冬にコブラツイストをかけた。

 

「流石に注射を打って半日も寝ていればある程度はよくなります!!」

 

「‥‥」

 

葉月と真冬のやりとりを唖然とした顔で見ていたもえか。

 

「それで?態々真冬さんが自分の下に来たのはお見舞いですか?」

 

「お~痛てぇ‥‥まぁ、お見舞いもあったが、真霜姉から葉月に渡すモノがあるんだよ」

 

「渡すモノ?」

 

「ああ、とりあえず甲板に来てくれ」

 

「わかりました。ただ、着替えるので、少し外で待っていて下さい」

 

「えぇーいいじゃん。女同士なんだし」

 

「『外』で待っていて下さい!!いいですね?」

 

「わ、わかったよ」

 

渋々と言った様子で真冬は外へと出て、もえかも同じく外で葉月を待った。

それからすぐに葉月は着替えて出てきた。

そして、弁天の後部の飛行船甲板からクレーンを使って天照の後部ヘリ甲板に降ろされていくモノを見て思わず声をだした。

 

「海兎!!」

 

「かいと?」

 

海兎がなんなのか分からないもえかと真冬は首を傾げていた。

 

「おい、葉月。これは一体何なんだ?」

 

「えっ?真霜さんからは何も聞いていないんですか?」

 

「いや、何も」

 

「これは空を飛ぶ乗り物ですよ」

 

「空を‥‥」

 

「飛ぶ?」

 

葉月の説明にキョトンとする真冬ともえか。

 

「本当にこれが空を飛ぶのか?」

 

真冬は懐疑的な視線で海兎を見る。

 

「本当に飛びますよ」

 

「うーん‥‥なら、飛ばしてくれ」

 

「えっ?」

 

「ホントに飛ぶならそれぐらい良いだろう?」

 

「まぁ、いいですよ」

 

葉月が海兎を飛ばそうとしたら、

 

「宗谷艦長!!比叡の曳航準備できました!!」

 

「艦にお戻りください!!」

 

「ええっー!!もう!!」

 

「さっ、行きますよ」

 

「えっ!?ちょっ!!まって!!」

 

時間切れの様で弁天の乗員に引っ張られて艦へと連れ戻されて行った。

 

「なんか、騒がしい方でしたね」

 

「まぁ、それが真冬さんだからね‥とりあえず、海兎は格納庫に格納しよう。いずれ機会があれば、海兎を使用する事も有るだろうから」

 

「う、うん」

 

こうして海兎は天照の格納庫へと格納された。

しかし、戻って来た海兎がこの後すぐに使用される事になろうとはこの時、もえかも葉月も知る由もなかった。



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50話 アドミラルティ諸島

行方不明になっていた比叡を座礁させて、トラック諸島に住む大勢の人々と比叡の乗員を救った天照の乗組員達。

しかし、天照にはまだ武蔵捜索の任務が残っている。

座礁した比叡をブルーマーメイドに任せ、天照は武蔵を求めて再び南海を航海する事になる。

そんな中、

 

「艦長!広域通信に正体不明の大型艦の目撃情報が多数入っています!」

 

鶫がもえかに広域通信の内容を伝える。

 

「場所は?」

 

「南方200マイル、アドミラルティ諸島と北東300マイルの海域です」

 

「アドミラルティ諸島とトラック諸島方面か‥‥」

 

この二か所の海域で大型艦の目撃情報があった。

距離にしては離れているので、これらの目撃情報がそれぞれ別の艦艇を示しており、そのどちらかが武蔵の目撃情報で間違いないだろう。

 

「艦長、続いて弁天より通信です」

 

大型艦の目撃情報の次に真冬が艦長を務める弁天から通信が入った。

それによると、比叡の曳航と共にトラック諸島へは、自分らが行くので、アドミラルティ諸島の方を天照に任せたいと言う内容だった。

確かに比叡を曳航する任務がある以上トラック諸島へは弁天に向かってもらう方が時間短縮に繋がるので、天照は針路をアドミラルティ諸島へと向けた。

 

「よーし、やるぞー!」

 

「単位よーけもらえるぞな!」

 

「ねぇねぇ。ひょっとして私達って結構やるんじゃない?」

 

「そうそう!比叡ってすっごい船なんだよね。それを止めたってすごくない?」

 

「下剋上…」

 

艦橋メンバーは比叡の件で自信をつけた様だが、慢心を抱かないかちょっと心配になるもえかであった。

 

明日の昼間には天照はアドミラルティ諸島に到着するだろう。

アドミラルティ諸島に行けばその海域を航行している大型艦の情報も詳しく入る筈。

その海域に居るのがもしかしたら、武蔵かもしれない。

もえかは緊張した面持ちで水平線の彼方をジッと見る。

 

その日の夜‥‥

 

葉月はもえかの部屋に居た。

 

「やっぱり不安なの?」

 

自らが淹れたコーヒーを一口飲み、もえかに尋ねる葉月。

 

「う、うん‥‥」

 

もえかは葉月に淹れてもらったコーヒーが入っているカップをジッと見ながら考え込んでいる。

これから先に向かうアドミラルティ諸島にはもしかしたら武蔵が‥‥明乃がいるかもしれない。

だが、相手はあの武蔵である。

それに明乃の安否も気になる。

武蔵艦内の情報が此方には一切ないのだから‥‥

前回の遭遇戦や比叡の事を含めると明乃もあのウィルスに感染している可能性もある。

そうなれば、自分は親友と砲火を交えなければならない。

その時、自分は戦えるだろうか?

それでも武蔵を‥‥明乃を助けなければならない。

もえかの不安は尽きなかった。

 

夜のコーヒータイムを終えた葉月はカップやサイフォンを片付けて部屋に戻ろうとしていたら、

 

「お姉ちゃん‥‥」

 

もえかが葉月の服の裾を掴む。

 

「な、何かな?」

 

「‥‥今夜は一人で寝るのは寂しいの‥‥お願い‥‥一緒に寝て‥‥」

 

「‥‥」

 

もえかの言う『一緒に寝て』は当然、肉体関係も含まれていた。

 

「‥‥わかった」

 

意外にも葉月はもえかのお誘いを受けた。

葉月自身も前世の許嫁と同じ容姿を持つもえかと体を重ねる事はとてつもなく気持ちの良い快楽を得られる。

それはもえかの方も同じであった。

葉月はもえかにその身を委ねた。

 

 

葉月ともえかが互いに性欲と言う名の快楽を得ている頃、

 

「はぁ~やっぱり食堂のテレビは倍率が高いですねぇ~また先任のお部屋でテレビをかりますか~」

 

手に任侠物のDVDを持ち葉月の部屋へと向かい、部屋をノックすると中からは応答がない。

 

「先任、いませんか?」

 

そこで、扉を開けて見ると、葉月は居なかった。

 

「あれ?いませんね~さすがに黙って使う訳にはいきませんし‥‥探しに行きますか~」

 

その後、トイレ、お風呂、食堂へと向かったが、葉月の姿は見つからなかった。

 

「うーん、此処にもいませんか?‥‥もしかしたら、艦長の所ですかねぇ~」

 

そこで、艦長室へと行き、控えめに扉をノックするが中から応答がない。

艦長は今日の夜は非番で艦橋へは上がっていない。

 

「おかしいですねぇ~艦長も留守でしょうか?」

 

そこで、扉をゆっくりと半ばまで開けると、その部屋の中では‥‥

フィクションを凌駕する様なとんでもびっくりノンフィクションに彼女は遭遇してしまった。

艦長と先任がベッドの上で同衾していた。

 

「あ、あの凛々しい先任があそこまで乱れるなんて‥‥」

 

2人に気づかれずに扉を閉め、息を整える。

 

「な、何かの見間違えかもしれませんね‥も、もう一度見て見ましょう」

 

何かの見間違えかもしれないと思い、もう一度扉をそっと開けて見ると、

 

「あっ、今度は攻守が変わっている‥‥」

 

先程見た時は、もえかが葉月を攻めていたが、次見て見ると葉月がもえかを攻め立てていた。

 

(さっきはあれほど乱れていた先任が今度は獣の様に艦長におそいかかっていますねぇ~)

 

「‥‥」

 

これ以上二人の世界を邪魔しては悪いので、彼女は扉を閉めて戻って行った。

 

 

翌朝、アドミラルティ諸島海域に入った天照に同海域を航行している大型艦の情報が入る。

 

「目標が分かりました!識別帯は白と黒。ドイツのドイッチュラント級直教艦アドミラルシュペーです!」

 

「っ!?」

 

その報告にいち早く反応したのが、他ならぬミーナであった。

 

「今度はシュペーか‥‥」

 

武蔵、比叡に続いて再び天照の前に現れるかもしれないシュペーに葉月は呟く。

あの時は、前世の事が脳裏を一瞬過ぎりシュペーを沈めようとしてしまった。

再びドイツ艦のシュペーを見て大丈夫だろうかと少し不安になる葉月。

一方、シュペーの所在が知れてからミーナは落ち込んでいる様な考え込んでいる様な仕草が多かった。

朝食の席でもぼんやりとしていた。

シュペーの居所がわかり、尚且つ、今自分の近くにいる事で艦に残して来た友人や仲間の心配が彼女につき纏った。

 

「ミーナさんが乗ってた船っすよね?」

 

「あの時大変だったな~」

 

「そうっすよね~!」

 

シュペーの名前が出たことでシュペーと初邂逅した時のことを思い出したのか和住と青木はあの時の事を話題にしていた。

 

「艦長どうします?」

 

葉月がもえかにシュペーの対処についての意見を求めた。

 

「私は‥‥」

 

もえかはチラッとミーナを見る。

やはり、ミーナはぼんやりとして朝食にも手をつけていない。

親友の安否が気になると言う点で今のミーナの気持ちはよくわかるもえか。

しかし、シュペーの奪還はやはり、それなりのリスクが付き纏いう。

シュペーの乗員が例のウィルスに感染している事はミーナの話から明白。

と言うことは必ずシュペーとの間で戦闘が起こる。

艦長としては乗員に危険が分かっている海域へは向かわせたくはない。

だが、親友を思うミーナの気持ちもわかる。

シュペーの位置をブルーマーメイドに通報し、海域を脱出するのも一つの手であるが‥‥

どうするべきかと悩むもえか。

そこへ、

 

「カチコミです!助けに行きましょう!」

 

幸子らはシュペーの救出をもえかに進言する。

 

「‥‥わかった。やりましょう」

 

もえかは乗員の皆がシュペー救助に意欲を燃やしているのを見て、シュペーの救助作戦を行うことに決めた。

 

「前に聞いた足止めする具体的な方法教えてもらえます?」

 

「本気なのか?ド本気なのか?」

 

「当然です!」

 

ミーナは当初、自分一人のエゴの為に天照の皆を危険にさらす事に億劫な様子だったが、その天照の皆がシュペーを救おうとしているのを見て、シュペーの足止めを出来るかもしれない作戦を伝えた。

 

「燃料中間タンクを加熱するための蒸気パイプが甲板上に露出しておる。それを壊せば足止めできる筈じゃが‥‥」

 

「確かにシュペーは比叡に比べると砲力も装甲も速力も下だ。まして、前回の戦闘で左舷の推進機は破損している筈だから、速力は更に低下している筈‥‥」

 

「楽勝っぽいのー」

 

「ただ、推進機が一機破損しているだけで、武装は無傷‥‥巡洋艦並の小さな船体に28cm砲を搭載している。船体が小さいということは小回りが利くということだ。旋回性能は多分、シュペーの方が僅かながら、上かもしれません‥‥どうします艦長?」

 

「‥‥ミーナさんはどうしたい?」

 

もえかは当事者のミーナに気持ちを尋ねる。

 

「わしは‥‥」

 

ミーナの言葉に皆が視線を彼女に向け、彼女の言葉を待つ。

 

「我が船アドミラルシュペーの乗員のみんなを…そして艦長を、テアを助けてほしい!天照のみんなを危険にさらすことになってしまう‥‥」

 

やはり、ミーナは天照の皆を危険な目に遭わせることに対して負い目を感じていた。

 

「大丈夫!!やってみましょう!!」

 

「やろう!!やろう!!」

 

「うぃ!!」

 

「一度舐められたら終生取り返しがつかんのがこの世間よのう。時には命張ってでもっちゅう性根がなけりゃ女が廃るんだわ!」

 

例え危険であっても友達の為、多少の危険が伴ってもやろうと天照の皆の士気は高かった。

 

「では、本艦はこれより、アドミラルシュペー救出に向かう!!」

 

もえかの号令と共に皆は配置につき、艦の針路をシュペーが居る海域へと向けた。

 

その頃、アドミラルシュペーの艦橋では‥‥

 

艦橋に続く扉には先程からドシン、ドシンと言う音が響く。

ウィルスに感染した乗員達が艦橋の扉をこじ開けようとしているのだ。

ドシンと言う大きな音が響く度に艦橋に居たメンバーは震える。

艦長のテア自身も怖いが、艦長たる者、乗員の前で不安な姿を見せれば、それは乗員に余計な不安を与えてしまう。

故に彼女は必死にこの恐怖と不安と戦っていた。

だが、無常にも扉は破られ、そこからぞろぞろとウィルスに感染した乗員達がなだれ込んで来る。

テアは艦橋に居る乗員を守るかのように彼女達の前に立ち両手を広げる。

しかし、ウィルスに感染した乗員達はそんなテアの行動などお構いなしに近づいてくる。

 

(くっ、此処までか‥‥だが、希望はまだある‥‥副長‥‥ミーナ‥‥彼女なら必ず、みんなを‥‥元に戻して‥‥く‥れ‥‥る‥‥は‥ず‥‥だ‥‥)

 

テアは正気を失うその直前まで、親友が戻って来て皆を元に戻してくれると信じていた。

 

 

「前方に艦影を確認!!」

 

「間違いないアドミラルシュペーだ‥‥」

 

天照の前方に当てもなく航行するアドミラルシュペーの姿を捉えた。

 

「CIC、艦橋。シュペーとの距離は?」

 

「艦橋、CIC。シュペーとの距離、前方10マイル」

 

「野間さん、シュペーの様子は?」

 

「砲の仰角はかかっていません!!」

 

「確かに‥こちらに気が付いた様子はないぞ…」

 

「よし、総員戦闘配置。戦闘用意!!」

 

「総員戦闘配置!!戦闘用意!!」

 

もえかの命令を葉月は伝声管を使って全艦に通達する。

楓がラッパで開戦を伝えるが、やはり、お世辞にもうまくはない。

戦闘用意の号令が艦内を駆け巡り、主砲を始めとする天照の砲には模擬弾が装填される。

 

「速力上げろ、第4戦速」

 

もえかが速度指示をすると機関の出力を上げて、天照は速力を上げて、シュペーの左側に舵を取る。

 

「ドアホ、もうちょい右じゃ、シュペーの艦橋から死角になるように」

 

ミーナからの指示で知床が舵を右に回し、針路を修正する。

ただ、死角とは言え、これだけ巨大な船体なので、気休め程度にしかならないかもしれない。

 

「テア、今行く」

 

次第にシュペーとの距離を詰めていく天照。

段々と大きく見えてくるシュペーを見てミーナが小声でドイツ語をつぶやく。

 

「「戦闘! 右魚雷戦! 30度シュペー!」

 

「敵針180度、敵速20ノット、雷速52ノット」

 

西崎が水雷方位盤でシュペーの位置を確認し、魚雷の発射方向指示をする。

 

「距離2万で遠距離雷撃!」

 

「右舷魚雷発射管雷数3、ありったけぶっ放すよ!」

 

魚雷発射管が西崎の指示した方向に向けられる。

 

「発射準備よし!」

 

「攻撃始め!」

 

「撃てぇ!」

 

西崎が指示を出すと魚雷発射管から魚雷3本がシュペーに向けて放たれる。

 

「っ!シュペーの主砲、旋回しています!」

 

その時野間がシュペーの主砲が旋回しているのを報告する。

 

「ようやく気付いたか‥‥」

 

「知床さん、回避、面舵」

 

「は、はい。面舵!!」

 

知床が右舷に舵を切る。

 

「向こうが魚雷を回避して、速度を落ちたところを主砲で狙う。シュペーの動きを見逃さない様に!!」

 

「「はい」」

 

内田と山下は双眼鏡でシュペーをジッと見て、その動きを見逃さない様に集中して見る。

 

「シュペー発砲!」

 

シュペーの後部砲塔から主砲弾が放たれる。

 

「舵、もどーせ」

 

「もどーせ」

 

鈴が舵を中央に戻すと天照の周りに三つの水柱が立つ。

 

「魚雷、シュペーに向かっている!」

 

「魚雷に合わせて突入!」

 

魚雷が真っ直ぐシュペーに向かってもえかが魚雷がシュペーに到達するのに合わせて突入する指示をするが此処で予想外のことが起きた。

 

「シュペー回避しません!」

 

「何!?」

 

何とシュペーが魚雷への回避行動を取らずそのまま直進して魚雷の直撃コースをたどっているのだ。

 

「魚雷が見えていないのか!?」

 

「CIC魚雷を自爆させて!!」

 

これが戦争ならば、このままシュペーに魚雷を当てるのだが、今回は戦争ではなく、シュペー乗員の救助が第一優先。

このままシュペーに魚雷が当たれば、シュペーに致命傷を与えかねない。

もし、シュペーが沈む様な事があれば、それこそ外交問題に発展する可能性もある。

そこでもえかはやむなく魚雷を自爆させることにした。

 

「主砲斉射!!」

 

「うぃ!!」

 

「かよちゃん。次行くよ!」

 

「はいー!」

 

魚雷を次弾装填し再びシュペーに向けて放つ。

ただし、今度の魚雷は最初の魚雷を比べ、深度を深く設定している。

シュペーが本当に魚雷を無視しているのかを確かめる事を念頭に入れて‥‥。

魚雷に第二斉射と共に比叡の時同様、主砲で回避行動させようとするがシュペーは針路をそのままで回避をしない。

此方がシュペーに当てないと分かっているのだろうか?

やがて、シュペーの副砲も天照に向けて火を吹いた。

その内、一発が天照右舷後部に命中する。

 

「被害報告!」

 

「右舷後部、高射砲群に被弾!!」

 

「被害微小!!」

 

各所から被害報告が上がる一方でシュペーは砲撃を立て続けに続けて、天照の周りに多数の水柱を立たせる。

 

「夾叉されました!」

 

「知床さん、回避を!!」

 

「よ、よーそろー」

 

鈴が涙目になりながらも舵を切る。

そして先程放った天照の魚雷がシュペーの船底を通過した。

深度を深くし当たらない様に設定してあったが、普通の場合ならば回避行動をするものだが、シュペーはやはり回避行動をとらなかった。

 

「魚雷、シュペーの船底を通過!」

 

(どうする?このまま平行線状に天照を持って行って砲撃戦に持ち込む?いや、それだとお互いに大きな被害が‥‥)

 

回避行動をまったくとらなかった事により、当初の足止め作戦は瓦解した。

もえかはこのまま砲撃船に持ち込みつつ強制接舷を考えたが、互いに撃ちながらの接舷は両方に大きな被害をもたらす。

 

「これじゃ、接舷乗り込みなぞ不可能じゃ‥‥出直すべきじゃ‥‥」

 

ミーナが悔しそうに呟く。

やっとここまで来て接舷は不可能。

もう一度出直すしか方法はない。

そんな思いがミーナを始め艦橋内に漂い始めた。

 

「ミーちゃん!諦めちゃ駄目だよ!」

 

「しかし、これ以上みんなを危険にさらすわけにはいかん‥‥」

 

幸子はミーナに諦めるなと言うが、そのミーナ本人が既に諦めモードとなっている。

 

「艦長。スキッパーなら行けるんじゃない?」

 

西崎がスキッパーならば、接舷乗り込みが出来るのではないかと提案する。

 

「確に小さくて小回りのきくスキッパーなら砲弾を避けながら接近するのは可能かもしれないけど、至近弾を受ければスキッパーはあっという間に粉々に‥‥」

 

もえかがスキッパーでの接舷に伴うリスクを予測する。

 

「それにシュペー、スキッパー‥互いに動いている中での接舷乗り込みは突入隊の隊員を海に落してしまう可能性もある」

 

ミーナもスキッパーならばあるいはと思ったが、ウィルスに感染したシュペーは機関を止める事はないし、当然タラップなんて降ろさない。

そうなれば、スキッパーで突入した突入部隊はシュペー、スキッパー、互いに動いている中、シュペーに乗り込まなければならない。

動いていると言う事で海に落下する危険がかなりの確率である。

もし、抗体を持っている美波が海に落ちたりしたら、それこそシュペーの乗組員を助ける事なんて不可能だ。

 

「‥‥ミーナさん」

 

「なんじゃ?」

 

そんな中、葉月がミーナに声をかける。

 

「シュペーの主砲は全自動で主砲塔は無人?」

 

「ん?あ、ああ。そうだが‥‥」

 

「分かった。艦長」

 

「なに?」

 

「シュペーの第一砲塔だけを使用不能にして下さい」

 

「えっ?」

 

「前部砲塔を使用不能にしてもらえれば、自分が突入部隊を空から送ります」

 

「空から?」

 

「海兎を使って突入部隊をシュペーに送り込みます」

 

葉月の言葉に意味を艦橋に居たメンバーは一瞬理解が出来なかった。

 

「えっ?先任何を言っているの?」

 

「空からだなんて気球や飛行船なんて積んでないでしょう」

 

「先日、弁天から受け取った物資は空を飛ぶ乗り物なんだよ。それを使って突入部隊を乗せ、シュペーの前部甲板に強行着陸、ウィルスの除去作業と乗員の救助作業にはいります。ただ、その為には前部甲板にある第一主砲が脅威なのです‥ですから、シュペーの第一主砲だけを使用不能にしてもらいたいのです」

 

葉月の話が未だに信じられない様子の艦橋メンバーだが、

 

「分かった‥やりましょう」

 

もえかは葉月を信じ、作戦を許可する。

 

「本艦をシュペーと同航させて、その後、シュペーの第一主砲に照準を合わせて砲撃、シュペーの第一主砲を使用不能にします」

 

「突入部隊は至急後部甲板へ集合!!」

 

葉月は海兎が格納されている格納庫へと急ぎ、ミーナも葉月の後を追った。




次回の更新は2月23日以降になります。


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51話 アドミラル・シュペー

※レオナと共にマチコによって倒されたシュペーの乗員の特徴がマリーアと似ていたのですが、マリーアは一番最初にマチコに倒されていた為、レオナと一緒に居たのはマリーアのそっくりさんと判断したので、シュペーの乗員の中でも名前持ちであり、原作ではほんの僅かしか描かれなかったローザに変更してあります。
また、美海が艦橋の階段下でシュペーの乗員と戦った際、リーゼロッテは登場しませんでしたが、一応彼女もシュペーの乗員では数少ない名前持ちだったので、登場させました。


では、本編をどうぞ



アドミラルティ諸島にて、ミーナが副長を務めていたドイツからの留学艦、アドミラルシュペーを発見し、ウィルスに感染した乗員の救助を決め、救助作戦を実行した天照。

しかし、アドミラルシュペーは天照の思惑通りの行動をとらず、救助作戦は困難を極めた。

抗体ワクチンを乗員に打ち込まなければ、アドミラルシュペーの乗員を救うことは出来ない。

だが、スキッパーでの接舷乗り込みをするには大きな危険が伴い、そう簡単にアドミラルシュペーへの接舷乗り込みが出来ない。

そんな中、葉月は先日、受け取ったばかりの海兎を使用してアドミラルシュペーへ乗り込みを行うことにした。

後部甲板に海兎を用意し、何時でも発艦できる用意を整える。

アドミラルシュペーへの突入部隊はアドミラルシュペーの副長であるミーナの他に抗体ワクチンを持っている美波、戦闘要員としてマチコ、楓、応急要員として、美海、青木が志願した。

 

「本当にコレが空を飛ぶのか?」

 

ミーナは海兎を見て、半信半疑の様子。

彼女の他の突入部隊のメンバーも同様のリアクションだ。

 

「大丈夫」

 

ミーナの様子を尻目に葉月は着々と海兎の発艦シークエンスを進める。

 

「先任、ミーナ、お前達も抗体は打っておけ、木乃伊取りが木乃伊になっては元も子もないぞ」

 

ウィルスが蔓延するアドミラルシュペーへ行くので、事前に抗体ワクチンを打っておかなければ、突入する自分達もウィルスに感染する恐れがあった。

その為、突入部隊の隊員達は事前に抗体ワクチンを打った。

抗体ワクチンを打ち、発艦シークエンスも完了した海兎は天照の甲板より飛びたった。

 

「と、飛んでいる!?」

 

「まさか、本当に‥‥」

 

「おおー」

 

「‥‥」

 

海兎が天照から飛び立つと、海兎に乗った突入部隊の隊員達は目を見開いて驚いていた。

それは天照に残った者達も同じで、天照の横を飛行している海兎を見て、驚いていた。

 

「あんなのが本当に空を飛ぶなんて‥‥」

 

「ちょっと信じられませんね」

 

「立石さん、散弾式の模擬弾を第二主砲に装填。目標、アドミラルシュペーの前部甲板、第一主砲」

 

「う、うぃ」

 

皆が驚いている中、もえかは立石に主砲の準備をさせる。

葉月の言った通り、アドミラルシュペーの第一砲塔を潰すためだ。

比叡の時の様に完全に破壊する事が目的ではなく、砲身を歪ませることだけで、主砲は使用不能に出来る。

前部甲板の第一主砲を使用不能にしてしまえば、海兎はアドミラルシュペーの前部甲板に着陸でき、そこから突入部隊をアドミラルシュペーに乗り込ませることが出来る。

 

「本艦をシュペーと平行させて」

 

「は、はい」

 

もえかはジャイロコンパスで正確にアドミラルシュペーの距離感と方位を調整しながら、鈴と機関室に指示を下していく。

やがて、二艦は並ぶように航行すると、天照の第二主砲が右舷に旋回し、その砲口をアドミラルシュペーへ向ける。

 

「第二主砲、散弾式模擬弾装填完了!!」

 

「仰角、距離測定完了!!」

 

「主砲、いつでも撃てるよ!!」

 

小笠原、武田、日置の三人から主砲の発射準備が整った事が伝声管から伝えられる。

 

「まる」

 

「‥‥砲撃開始!!」

 

「撃て」

 

もえかが発射命令を出し、立石が復唱し、天照の第二主砲から散弾式の模擬弾が轟音と共にアドミラルシュペーへ向けて放たれた。

着弾直前に砲弾の中から無数の小さな礫がアドミラルシュペーの前部甲板に降り注ぎ、礫はアドミラルシュペーの第一主砲の砲身を変形させた。

砲身がひしゃげた為、アドミラルシュペーの第一主砲は使用不能となった。

 

「よし、成功だ」

 

空の上からアドミラルシュペーの第一主砲が使用不能となった事を確認した。

 

「それじゃあ、これからアドミラルシュペーに強行着陸をするよ。いいね?」

 

葉月が突入部隊の皆を見ると、皆は頷く。

どうやら、覚悟はできている様だ。

 

「じゃあ、行くぞ。皆、何かに掴まっていてね」

 

海兎は速度を上げてアドミラルシュペーの前部甲板を目指した。

 

「突入部隊、アドミラルシュペーへ向かいます」

 

右舷側の見張り担当の内田が、海兎がアドミラルシュペーへ向かって行くのを確認し、報告する。

 

(お姉ちゃん‥‥皆‥‥頑張って‥‥そして、必ず無事に帰って来てね‥‥)

 

「本艦はこれより、シュペーの主砲射程外に出る!!機関最大船速、取舵一杯!!右舷バウスラスター全開!!」

 

「よ、ヨーソロー、取舵一杯!!」

 

突入部隊が無事にアドミラルシュペーへ強行着陸をしたのを確認し、もえかは天照乗員の安全を考慮してシュペーの第二主砲と副砲の射程外への離脱を命じた。

 

「向こうの射程外に出るのにどれくらいかかる?」

 

「主砲射程外まで最大船速で35分。副砲は25分です」

 

「ふぇ~後35分もかかるの!?」

 

あと35分はシュペーの砲弾にさらされる事実に鈴は涙目に泣きそうな声を出す。

 

「それにあと25分は副砲の射程内だから、25分間は副砲も撃ってきますね」

 

幸子が35分のうち、25分は主砲の他に副砲弾も放ってくる事実を言う。

 

「第二主砲も潰す?」

 

立石がこの際、シュペーの後部、第二主砲も使用不能にするか尋ねる。

 

「これ以上、壊すと外交問題に発展しかねないから、此処は反撃せずに退避に専念して」

 

もえかは、第一主砲は突入部隊を送り込む為、やむを得ず使用不能にしたが、日本国籍ならともかく、ドイツ国籍のアドミラルシュペーをこれ以上損傷させたら、日本とドイツとの外交問題に発展する事を懸念してこれ以上の攻撃を控え、射程外へ退避することにした。

ただでさえ、ミーナを初めに助けた時、シュペーの左舷側のスクリューを壊しているのだ。

これ以上はシュペーの構造物を傷つける訳にはいかなかった。

 

一方、海兎にてアドミラルシュペーの前部甲板へ無事に強行着陸出来た突入部隊は直ちに行動を開始した。

各々が獲物を持ち、海兎から降りると、前部甲板にはウィルスに感染したシュペーの乗員、アレクサンドラ・ティエレ、エルフリーデ・ルフト、マリーア・ローフ、エリーザ・アウグスタ・レーマンの四人が立ち塞がる。

 

「私を倒せると思うなよ」

 

そんな四人に対してマチコが恐れる事無く立ち向かっていく。

アレクサンドラとエルフリーデの拳を躱し、水鉄砲にて彼女らを殴打した後、正面に居たマリーア、エリーザの顔に海水を撃ち込んでいく。

マリーア、エリーザはテア同様、ウィルスの感染時間が短かった為か、海水を浴びて意識を失い、背後から迫るアレクサンドラとエルフリーデの二人は再びマチコに拳を打ち込むが、マチコは冷静に水鉄砲の銃身でそれをいなし、彼女らの僅かな隙を見定め、マリーア、エリーザ同様に顔面に海水を浴びせて二人を倒した。

 

「見事だ」

 

マチコの戦闘を見てミーナはドイツ語で一言そう呟いた。

艦橋の占拠を目指し、ミーナの案内の下シュペーの前部甲板を駆け抜けると、第一主砲の影からレオナ・ベックナーとローザ・ヘレーネ・カールスの二人が襲い掛かって来るが、マチコが水鉄砲であっという間に無効化し、美波が注射器で二人にワクチンを打っていく。

 

「こっちじゃ」

 

ようやくシュペーの艦内に侵入し、艦橋を目指していくと、通路の反対側からレターナ・ハーデガン、アウレリア・ブランディ、ロミルダ・ハンネ・カールスの三人が立ち塞がる。

 

「くっ、レターナ‥お主までも‥‥」

 

ミーナはなかなか艦橋へ辿り着けない事、そして友人達がウィルスに感染している事に対して悔しそうに顔を歪ませる。

特に今、ミーナの眼前に立ち塞がった三人の内、レターナはミーナにとってテア同様、昔からの友人だった為にショックも大きかった。

すると、ミーナの前に楓が出てきて、持参した白樫製の薙刀が入った布カバーを外し、構える。

 

「万里小路流薙刀術…当たると‥痛いですよ!」

 

楓は俊足で一気に相手の懐へと踏み込むと、レターナ達を一瞬の内で無力化してしまった。

 

「凄いッス‥‥」

 

楓の薙刀の技に青木は唖然とした表情で感想を呟いた。

それはミーナも同様でまさか三人を一瞬の内に無力化させる腕前とは思わなかった。

 

「万里小路さんの言う通り、痛そう‥‥ウィルスに感染して、痛感か意識が無かったのが彼女達にとっての唯一の幸いだろうか?」

 

万里小路流薙刀術を喰らい通路の床に倒れているレターナ達を見て、葉月は楓の言う通り、物凄く痛そうだったので、レターナ達に同情しつつ、意識を取り戻した時にはこの時の痛みもなくなっている事を祈った。

 

「兵は敵に因りて勝ちを制す」

 

美波はこれまでと同様、倒したシュペーの乗員にワクチンを打って行く。

その時、レターナの服から黒と白のネズミが逃げて行った。

それはこのウィルスの感染源である例のラットだった。

 

「ぬぉー!」

 

逃げて行くラットを見るやラット捕獲用に連れてきた五十六が物凄い勢いでラットを追いかけて行った。

 

「五十六!!」

 

五十六を追いかけて青木が駆けて行った。

 

葉月達シュペー突入部隊がシュペーの艦橋を目指している頃、未だにシュペーの主砲射程外へ退避中の天照は未だシュペーからの砲撃を浴びていた。

右舷の後部甲板や高射砲・副砲群にはいくつもの被弾箇所がある。

 

「シュペーから11マイル! 副砲の射程外に出ました!」

 

何とかシュペーの副砲の射程外へ退避したがまだシュペーの第二主砲からの射程内に居る為、シュペーは第二主砲を天照に向けて撃ってくる。

 

「うっ‥くっ‥‥射程外まで、あとどれくらい?」

 

「主砲射程外まであと10分!」

 

「見張り員は見張りを厳として!!射程外に完全に退避するまで気を抜かないで!!」

 

「「了解!」」

 

内田と山下は返答した後、双眼鏡でシュペーの動向をジッと睨むように窺う。

 

その頃、シュペーの突入部隊は艦橋目前の所まで来ていた。

 

「ここを上がれば艦橋じゃ」

 

ミーナを先頭に楓、マチコ、美波、美海、葉月が艦橋に続く階段を登ろうとした時にシュペーの砲術長、リーゼロッテ・フォン・アルノーらシュペーの乗員らが後ろから来るのに気付いた。

 

「ここは行かせない! マッチは私が守る!」

 

「等松さん一人じゃ、流石にあの人数はきついだろう?自分も此処に残る。皆は艦橋へ!!」

 

と、美海と葉月がミーナ達の殿として残った。

 

「さて、あの人数に対して、こっちは二人か‥‥」

 

眼前に迫るシュペーの乗員達を逸らさず、見ながら懐から鉄扇を取り出す。

 

「ちょっときついかもしれませんね」

 

美海は無理に笑おうとし、引き攣った笑みを浮かべる。

 

「例え二人でも離れなければ良い‥互いの背中を任せ、眼前の相手のみ集中すればいい‥自分が倒れなければ、もう一人も倒れない」

 

「は、はい」

 

「行くぞ!!」

 

「はい!!」

 

葉月と美海はリーゼロッテらウィルス感染したシュペーの乗員達に向かっていった。

シュペーの乗員が繰り出した拳を葉月は広げた鉄扇で防御し、相手が怯んだ隙に鳩尾には拳、首筋には手刀を打ち込みシュペーの乗員達を次々と倒していく。

シュペーの乗員も美海よりも葉月の方を厄介な敵だと判断したのか、美海よりも葉月の方が数が多い。

そんな中、一人の乗員が葉月の背後から迫り、葉月を羽交い締めにする。

 

「ヤバッ」

 

動けない葉月に殺到するシュペーの乗員達。

その時、

 

「やぁ!!」

 

美海が葉月を羽交い締めにしているシュペーの乗員の脇腹に拳を打ち込む。

突然脇腹に拳を撃ち込まれたシュペーの乗員は不意を突かれ、葉月を掴んでいた手を緩めてしまう。

羽交い締めから脱出した葉月はそのシュペーの乗員を一本背負いで投げ飛ばす。

 

「助かったよ、等松さん」

 

「い、いえ‥そんな‥‥」

 

葉月に礼を言われて美海は照れていた。

 

葉月と美海が殿を務めたおかげでミーナ達は無事に艦橋へとたどり着いた。

そしてウィングに立つアドミラルシュペーの艦長、テア・クロイツェルと対峙した。

 

「艦長!」

 

「‥‥」

 

しかし、テアはミーナの呼び掛けには一切応じず、それどころかテアはミーナに向かって回し蹴りをしてくる。

 

「うぅぅあ!」

 

「‥‥」

 

テアの回し蹴りをミーナは左の蟀谷に食らうが、彼女は表情を変えず、そして動じず冷静にテアの足をはたく。

 

「くっ‥‥」

 

テアは自らの蹴りがミーナに効かなかった事に顔を歪ませる。

その隙にミーナはテアを抱きしめる。

当然、テアはミーナを振りほどこうと暴れるが、ミーナは決してテアを離さなかった。

ミーナがテアを押さえている隙に美波がテアの腕にワクチン入りの注射器を刺し、ワクチンをテアに打つ。

すると、ワクチンが効いてきたのかテアは大人しくなった。

 

「遅れてすまない…」

 

意識を失ったテアにミーナはすまなそうに謝罪をした。

テアを救い、機関を止めて、シュペーの機能を完全に奪還すると、シュペーのメインマストには制圧完了の合図である白旗が上がる。

 

「艦長、シュペーのマストに白旗を確認!!」

 

「シュペー、行き脚が止まりました!!」

 

「やったぞな!」

 

「やった! 」

 

もえかも双眼鏡でシュペーのメインマストに翻る白旗を見てホッと安堵する。

 

「マッチ…私…役にたったかな? 」

 

「ああ、こうして殿を立派に務めたんだから、野間さんもきっとそう思っているよ」

 

艦橋に続く階段の下では、ボロボロになった美海と葉月が居り、床にはリーゼロッテ達シュペーの乗員達が倒れていた。

 

「‥そう‥‥よ‥良かった‥‥」

 

美海は満足そうな表情でその場に倒れるが、そこを葉月が受け止める。

 

「お疲れ様‥等松さん」

 

眠る美海に葉月は礼を言う。

そこへ、艦橋を制圧したミーナ達が戻って来た。

 

「先任‥代わります」

 

「‥うん」

 

眠る美海をマチコに託す葉月。

マチコは美海をお姫様抱っこで海兎へと運んだ。

青木が見れば興奮する様な光景だったが運悪く彼女はこの場には居なかったし、美海にとっても夢の様な時間であったかもしれないが、彼女も眠っており、この夢の様な時間を記憶することなく逃してしまった。

 

シュペーの甲板上では五十六が捕まえてきたラットを青木の前で置く。

 

「これで10匹目…お手柄っすね~」

 

取りあえず、素手で直接触るのは危険なので、青木は手袋をはめて五十六が捕まえたラットをケースへと入れた。

 

救助作戦が無事に終了すると天照はシュペーに接近し、両艦の間にはタラップが接舷され、行き来が可能となる。

ワクチンを打たれ、昏倒していたシュペーの乗員らが目を覚ましてから暫くして、シュペー甲板上では天照とシュペーの炊事委員達による手料理が振舞われていた。

大きさでは天照の方が大きかったのだが、天照の後部甲板はシュペーの砲撃を受けて、損傷した状態で見栄えが悪かったので、会場はシュペーの後部甲板となったのだ。

 

「美波さん、抗体の接種は?」

 

「うむ、全員終わった。見た限り、皆初期症状だったようで、今の所は問題ない。突入部隊の隊員達もウィルスに感染した形跡はない」

 

「そう、よかった」

 

「もえか、葉月」

 

「あっ、ミーナさん」

 

「紹介する。こちらが我が艦の艦長…」

 

「アドミラルシュペー艦長のテア・クロイツェルだ。話は副長から聞いた。我々を救ってくれて感謝する」

 

そう言ってテアはもえかに手を出して、もえかもそれに応え、もえかもテアに自己紹介する。

 

「天照艦長、知名もえかです。こちらは‥‥」

 

「天照先任士官の広瀬葉月です」

 

葉月もテアに名を名乗る。

 

「全員無事でしたか?」

 

「現状は‥これからゼーアドラー基地に戻って補給と補修だ」

 

シュペーは現在、左舷のスクリューと第一主砲が破損している状況だ。

それに乗員がウィルスに感染した後、補給が一切されていない状況なので、補修と補給は急務であった。

 

「それじゃあ、ミーナさんも‥‥」

 

「ああ。当然我々と行く」

 

「えっ!?」

 

テアのこの言葉に一番のショックを受けたのはもえかと葉月の後ろにいた幸子だった。

幸子はそのまま夕食会に参加することなく、目に涙を浮かべて人知れず自室へ籠ってしまった。

 

「基地に戻ったら、念の為、精密検査を受けて欲しい」

 

「わかった」

 

「ごはんできました~」

 

「できました~」

 

杵﨑姉妹が夕食の準備が出来た事を知らせ、夕食会が始まった。

 

「これは…」

 

テアは寿司桶の中にある寿司に首を傾げている。

 

「それは寿司と言います」

 

「「我々も手伝いました!」」

 

この寿司作りにはレオナとアウレリアも一緒に参加した様だ。

 

「スシ、サシミ、カロウシってやつか?」

 

「最後のはなんか違う」

 

「これはアイントプフだな?」

 

続いてテアはおでんに興味を持った。

 

「そうです艦長。おでんともいいます」

 

「お、おでん?」

 

「ん?」

 

レオナとアウレリアはおでんを初めて見た様子でおでんをジッと見ていた。

 

「艦長、挨拶を」

 

「うむ」

 

ミーナに挨拶をする様に促され、テアは皆の前に立つ。

 

「我々の不断の努力により、艦と自らの制御を取り戻した。このめでたい事に対して天照艦長から乾杯の音頭を頂きたい」

 

「えっ?私?」

 

突然の役目に戸惑いながらももえかはテアの隣に立ち、乾杯の音頭をとる。

 

「それじゃあ‥‥みなさん‥乾杯!」

 

『乾杯!』

 

『プロ―ジット!!』

 

天照とシュペー乗員達は手に持ったジュースの入ったコップで乾杯をし、食事をする。

日本とドイツの料理が入り混じった夕食会で山盛りのザワークラウトに美波はドン引きしたが、その山盛りのザワークラウトはテアが全て片付け、レオナとアウレリアの二人が作った寿司ネタのクネーデル寿司やアチェス寿司は日本人の口に合う者と合わない者に分かれた。

 

マチコはシュペーの前部甲板で戦ったアレクサンドラ、エルフリーデ、マリーア、エリーザに囲まれ、同い年なのにお姉様の扱いされており、美海と葉月はローザから奮戦を称えられて賞状を送られた。

葉月はマチコ同様、お姉様扱いをされて、それを見たもえかが、ムッと頬を膨らませる場面も見受けられた。

 

「はい、艦長。あ~ん」

 

「はむっ、ムグムグ‥‥」

 

ミーナはテアにソーセージを食べさせていた。

そもそも二人の交流の切っ掛けが、10歳の頃、テアと一緒に入ったホットドッグ店でミーナがテアに餌付けをしたことが切っ掛けであった。

 

「それ、ソーセージ?」

 

「我が船特製のヴルストじゃ。これがずっと食べたくてな~」

 

「はむっ、モグモグ‥‥なかなかいけますね」

 

皿に残った二本のヴルストの内一本を食べた楓はうっとりしながらヴルストを食べている。

シュペーのヴルストはお嬢様である楓の舌をも満足させる一品の様だ。

最後の一本は五十六がかすめ取って行った。

 

「艦長…ずっと預かっていたこれ…」

 

ミーナは被っていた艦長帽を脱ぐ。

 

「被せてくれ」

 

ミーナはテアの頭に艦長帽を被せる。

その時、テアの目からは一筋の涙が流れた。

信じていた友人とこうして再会し、乗員も元に戻ったことが余程嬉しかったのだろう。

 

「艦長さん…」

 

感動の再会に鈴も涙目であった。

 

「私は泣いてない!!…しかし、そちらの船は相当酷い状態だな」

 

テアは袖で涙を拭き、話を逸らす為、被弾した天照の後部甲板を見る。

 

「誰のせいかな~。でもナイスパンチだったよ。私達を倒すにはちょっと足りなかったけど」

 

西崎がシュペーの奮闘を称える。

だが、ポケット戦艦と超弩級戦艦とでは比較にならない。

 

「我々と共にゼーアドラーに行って修理を受けたらどうだ?」

 

テアはこの後も行動を共にしないかともえかに提案するが、

 

「いえ。私達は明石と合流するように連絡を受けています」

 

もえかはこの後、明石と合流し補修を受ける旨を伝える。

それに自分達にはまだ武蔵探索の任務がある。

今は、一刻も早く武蔵を見つけなければならず、基地へ寄る余裕はなかった。

 

「そうか。ではここでお別れだな」

 

「はい。お元気で‥‥」

 

もえかとテアは再び握手を交わした。

 

「あっ‥‥」

 

そして、ミーナは此処で幸子が居ない事に気づいた。

その幸子は部屋で毛布にくるまってミーナとの別れを一人悲しがっていた。

そしてシュペーは出航の準備が整い、いつでも出せる状態となる。

シュペーのメインマストには国際信号旗の『U』 『W』 『1』 の旗が翻っており、意味は『協力に感謝する。御安航を』という意味で、反対に天照のメインマストには国際信号旗の『U』 『W』 の旗が翻っており、意味は『御安航を祈る』となっていた。

 

「八木さん」

 

「何でしょう?」

 

「シュペーが出航したら、見送りにこの曲を流してもらえるかな?」

 

葉月は鶫に一枚のレコードを差し出す。

 

「いいですけど、何の曲ですか?」

 

「ドイツの民謡で、再会を胸に別れゆく友を想う歌だよ。別れは辛い‥でも、人は再び出会う‥それを込めてね‥‥」

 

「わかりました」

 

葉月の頼みを聞き、鶫はレコードをセットする。

 

シュペーの左舷甲板にはミーナとテアがいた。

 

「どうした?」

 

「ココ…いえ、なんでもありません」

 

そしてシュペーはゆっくりと前に進みだす。

 

「楽しかったぞ!」

 

ミーナがそう叫ぶともえかも、

 

「私達もです! 良い航海を!」

 

ミーナとテアに航海の安全を祈った。

 

「Gute Reisen!!」

 

シュペーがボォ―!!と汽笛を上げると、幸子は急ぎ部屋から飛び出て甲板に出る。

やはり、このままミーナと顔を合わせずに別れるのはこの先、ずっと後悔すると思い、その思いが彼女を突き動かしたのだ。

甲板から幸子の姿を見つけたミーナは、

 

「わしゃあ旅行ってくるけん!」

 

ミーナに別れの言葉を投げかける。

 

「体を厭えよ~!」

 

すると、幸子もミーナに返答する。

 

「ありがと!!」

 

ミーナは幸子に手を振る。

そして、天照からは一曲の音楽が流された。

 

「~~♪~~♪」

 

「これは、『Muss i denn』‥‥」

 

音楽家一族出身のテアは瞬時にこの音楽が何の曲なのか分かった。

Muss i dennを聞き思わず口ずさむシュペーの乗員も居た。

 

「間尺に合わん仕事をしたのう…」

 

涙を流しシュペーを見送る幸子に葉月が声をかける。

幸子とミーナがよく部屋に来て任侠物のDVDを見ていたせいか思わず任侠っぽい台詞で幸子を慰める。

 

「…もう一文無しや」

 

「‥‥そうか‥‥でも、出会いがあれば必ず別れは訪れる。でもその別れは永遠ではない筈‥‥別れが永遠になるか一時になるか‥‥それは全てこの後どう動くか‥だ‥‥納沙さんが、またミーナさんと会いたいと思えば、必ず会えるさ」

 

「先任‥‥そうですね‥‥//////」

 

Muss i dennが流れる海原で遠ざかるシュペーの姿を葉月は幸子と共に見つめていた。



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52話 赤道祭 準備

海原にMuss i dennが流れている中、シュペーの姿は次第に小さくなり、やがて水平線の彼方へと消えて行った。

 

「行っちゃったね‥‥」

 

「はい‥‥」

 

幸子は未だにミーナの事を思っているのかシュペーが消えて行った方向を寂しそうに見ている。

シュペーの姿が完全に消え、天照も明石と間宮との合流地点へ向かう事になる。

そこで二艦と合流後、天照は補修と補給を受ける予定だ。

葉月が艦内へと戻ろうとした時、幸子が不意に葉月の服の裾を掴む。

 

「ん?納沙さんどうしたの?」

 

「‥‥先任‥私‥‥今日、とても寂しいんです‥‥だから、今日は一緒に寝てください////」

 

顔を赤くし、俯きながら葉月に今夜一晩付き合ってくれと頼む幸子。

 

(あれ?なんかこんな展開、前にあった気がする‥‥)

 

デジャヴを感じつつも葉月は、

 

「の、納沙さん!?いきなり何でそんな事を!?‥‥だ、ダメに決まっているじゃん!!」

 

勿論拒否した。

しかし‥‥

 

「あれあれ~良いんですか?そんな事を言って」

 

幸子はニマッと何か悪巧みを考えていそうな笑みを浮かべる。

 

「ど、どういう事かな?」

 

「ふっふ~ん‥‥先任、この前艦長とこんな事をしていたじゃなですか~」

 

幸子はタブレットを操作して先日、葉月ともえかが関係を持っていた時の写真を見せた。

 

「っ!?」

 

「いや~驚いちゃいました~まさか、先任と艦長がこんな関係になっているなんて‥‥これが、他のクラスメイトにバレたら先任も艦長も立場無いんじゃないんですか~?」

 

幸子は幾分か顎を逸らし、胸を突き出すようにしている。

そして眼には蔑みの色がある。女性が良くやる挑発のポーズだ。

 

「くっ‥‥」

 

葉月としては自分よりも、もえかがクラス内で孤立するのは何としても避けたい。

それ以前にもし、この事実が学校にバレたら、もえかは退学処分になる恐れがある。

 

「こ、今夜‥一晩‥付き合ったら、その写真は‥‥」

 

「勿論、消しますよ」

 

「‥‥くっ、分かった‥‥」

 

葉月は幸子の要求を呑む事にした。

 

「~♪」

 

「‥‥」

 

幸子の部屋へと向かう中、幸子は葉月が逃げない様にがっちりと腕をホールドし、鼻歌を歌っている。

 

(艦長があそこまで、乱れるなんて先任って意外にテクニシャンなのかもしれませんねぇ~楽しみです~)

 

(な、なんでこんな事になったんだ‥‥あの時、ちゃんと鍵を確認しておくべきだった‥‥でも、見られたのが納沙さん一人でこの場は良かったのだろうか?)

 

その後、幸子の部屋に着いた葉月は拒否権がある訳もなく、幸子と関係を持ってしまった。

葉月と幸子が部屋で共に乱れている頃、

 

(むっ!?)

 

キュピーン!!

 

天照の艦橋で勤務中だったもえかは何かを感じた。

 

「艦長、どうかしましたか?」

 

もえかと共に艦橋に居た鈴が声をかける。

 

「‥‥お姉ちゃんが何処かでフラグを立てた気がする」

 

「はい?」

 

鈴はもえかの言っている事が分からず、首を傾げた。

 

また、宗谷家でも、

 

「むっ!?」

 

キュピーン!!

 

「ん?どうしたの?真霜」

 

「葉月がまた誰かにとられた気がする!!」

 

「えっ?」

 

真霜がなんか怒っている様子で真雪には何故、真霜が此処まで不機嫌なのか分からなかった。

 

翌朝、幸子の部屋には生まれたままの姿で眠る幸子が居り、彼女の顔はとても幸せそうだった。

幸子が寝ている間に、葉月は例の写真のデータを消した。

 

天照は予定通り、明石と間宮の邂逅地点まで無事に到着し、そこで早速補修と補給作業に入った。

作業中は特にすることも無かったので、周辺の警戒にとどまっている。

そんな中、艦橋に、

 

「てーへんだてーへんだ!てーへんでーい!」

 

背中に「大漁」と書かれた浅葱色の半被を来た麻侖が飛び込んできた。

 

「マロンちゃん、どうしたの?」

 

「機関部でどこか問題でもあった?」

 

「違う!!」

 

麻侖が慌てて飛び込んできたので、機関部で問題があったのかと思ったが、違う様だ。

 

「じゃあ、機関科の誰が体調悪いの?」

 

「みんな元気でぇい!」

 

次に機関科の誰かが病気にでもなったのかと思ったが、どうやらそれも違うらしい。

 

「だったら何!?」

 

西崎が麻侖に何をそんなに騒いでいるのかを尋ねると、

 

「もう天照は赤道を越えているじゃねぇか!!」

 

明石との邂逅点が既に赤道を超えている事に麻侖は目を輝かせて言う。

 

「赤道?」

 

「確かに…そうですね」

 

幸子がタブレットで天照の現在位置を確認すると、確かに麻侖の言う通り、天照は赤道を越えていた。

 

「で?何かやりたいの?」

 

麻侖のテンションから恐らく何かのイベントをやりたがっているのだろうと予想する葉月。

 

「赤道祭だ!!」

 

麻侖は折角赤道を越えているのだから、赤道祭をやろうと言う。

確かに現在、補給・補修中の天照は、周辺の警戒のみでやる事もない。

それに乗員もオーシャンモール以降、比叡、シュペーとの戦いが続いて息抜きも必要だろう。

もえかは麻侖の提案を了承して赤道祭をする事にした。

赤道祭をするにあたって、もえかは天照の乗員、全員に赤道祭を行う事を伝える為、全員を講堂に集めた。

集められた乗員の中で赤道祭を行う事をまだ知らない乗員達の間にはなんだろうと声が上がっている。

そして、全員が集まり、もえかは今回、全員を集めた訳を話す。

 

「本艦は補修中でもありますし、赤道祭を行いたいと思います」

 

「赤道祭?」

 

「また適当に名前つけたっすね」

 

青木は赤道祭が安直なネーミングセンスな祭りだと言う。

その発言はちゃんと麻侖の耳にも入っていた。

 

「なにいってぇんだ!赤道祭は由緒正しい祭りでぇい!」

 

麻侖は決して安直なネーミングセンスの祭りではないと反論する。

 

「どこが由緒正しいのですか?」

 

そこへ、楓が赤道祭について麻侖に質問する。

 

「それはなぁ…クロちゃん説明してくれぇい!」

 

麻侖は隣に立って来た黒木に赤道祭の由来の説明をする様に促す。

 

(マロン、このために私を一緒に前に立たせたわね)

 

黒木は何故、自分が麻侖と共に教壇の前に一緒に居る様に言われたのかその訳がようやく分かった。

 

「風が吹かないと航海できなかった大航海時代に赤道近くの無風地帯を無事に航海できるように海の神に祈りを捧げたのが始まりだったそうよ。そして赤道通過した時に乗員が仮装をしたり寸劇をしたりとまさにお祭り騒ぎだった記録が残っているわ」

 

「ふーん」

 

「へー」

 

「そうなんだ」

 

日値、武田、小笠原の砲術科三人娘は赤道祭の由来を知っても「そんなのどうでもいい」と興味なさげな様子。

いや、砲術科三人娘の他、大半のクラスメイト達も興味無さそうな様子だった。

 

「実行委員長には機関長の柳原さんが立候補してくれました」

 

「やっぱり‥‥」

 

「まじか‥‥」

 

同じ機関科の若狭と留奈は恐らく機関制御室で麻侖が赤道祭をやりたいと聞いていたのだろう。

反応は、「マジでやるのかよ!?コイツ」と言った感じだった。

 

「皆の衆盛り上がっていくからな!それぞれ出し物を考えておいてくれよな!祭は明日の明日だからな!」

 

(ちょっと準備期間が短すぎないか?)

 

明日に赤道祭をやると言って準備期間が今日と明日の二日だけで大丈夫かとちょっと心配する葉月。

 

「めんどくさいっす…」

 

青木は赤道祭についてストレートで口にする。

彼女以外にもやはり赤道祭に対して大半のクラスメイトはやはり、やる気がない様子だった。

ただ、青木の隣に居る和住は口には出さないが、何かを決意した様子で、彼女は赤道祭には積極的な様子だった。

赤道祭の旨を伝えた後、解散となり、もえかは補修と補給作業を指揮している杉本と藤田の二人から作業の様子を聞きに行った。

 

「どうです?」

 

「必要な物は全て補充しといたわ」

 

「ただ、補修作業はもう少し時間がかかる」

 

「ゴメンね。また手間かけさせちゃって」

 

「ううん。天照の奮闘ぶりは私達も聞いているから。比叡を座礁させたり、シュペーへの乗り込み作戦を成功させたり‥‥」

 

「変わり者を寄せ集めたって印象だけど凄いね~」

 

「ハハ‥ありがとう‥‥」

 

(変わり者を寄せ集め‥‥って事は私もその内の一人に入るのかな‥‥?)

 

杉本がそう思うのも無理は無く、天照の乗員は、天照自体がトリッキーな戦艦と言う事で葉月が個性の強い乗員を集めたから、そう思われていたのだ。

その頃、艦橋では、

 

「出し物何やります!?」

 

幸子が葉月に赤道祭での出し物は何がいいかを尋ねていた。

どうやら、幸子は赤道祭の参加に積極的な様だ。

ただ、幸子と葉月との距離が物凄く近かった。

 

「やっぱ、やんなきゃいけないの~?」

 

「う~」

 

しかし、西崎と立石は大半のクラスメイト同様、あまり赤道祭には積極的な様子ではなく、むしろめんどくさいと言う印象が強かった。

 

「私考えてもいいですか!?」

 

「止めとけ」

 

「え~!」

 

幸子の普段の一人芝居や任侠物が好きな様子を見る限り、演劇なのかもしれないが、とんでもない内容のモノになりそうだったから、葉月は幸子に止めておくように言った。

幸子はそれに対して不満そうだった。

 

「ココちゃんの考える事私達きっとついていけない気が…」

 

鈴も葉月と同じ事を考えていた様だ。

まぁ、普段の幸子の様子を見れば分かるかもしれない。

 

「じゃあ、先任も一緒に考えてくださ~い」

 

そう言って幸子は葉月に抱き付く。

その様子を作業現場から戻って来たもえかが目撃した。

 

(むぅ~‥‥なんか、納沙さん‥ちょっとお姉ちゃんと距離近すぎじゃない?)

 

葉月と幸子の様子が気に入らないのかもえかは頬を膨らませた。

 

天照で補修と補給作業、赤道祭の準備が行われている頃、横須賀のブルーマーメイドの会議室では、各艦の艦長、副長クラスのメンバーが集まり、現段階までの調査報告が行われていた。

 

「検査の結果ウィルスに感染した生徒は正常に戻ったわ。天照がシュペーに行った作戦は成功よ」

 

「すごいですね!」

 

「表彰ものです」

 

スクリーンには天照が行ったシュペーへの強襲作戦の映像が流されていた。

これはゼーアドラー基地に戻ったシュペーからブルーマーメイドに提出されたモノだった。

 

「あの海兎と呼ばれるオートジャイロは、やはり今後のブルーマーメイドの活動において必要なのでは?」

 

「私もそう思うわ。でも、今は今回のこの事態の収束を優先する。海兎の実戦配備はこの事態が終わった後、本格的に議題に上げるつもりよ。さぁ、私達も学生達に負けていられないわよ。我々、ブルーマーメイドもこれからパーシアス作戦を展開するわ。抗体の増産は現在急ピッチで進んでいる。完了と共に一斉に行動開始よ」

 

真霜の言葉に皆が頷く。

 

「鳥海、摩耶、五十鈴は真冬部隊によって制圧済みで残るのは涼風、天津風、磯風、時津風それから‥武蔵」

 

武蔵の写真が映し出されると、皆は緊張した面持ちになる。

巡洋艦、駆逐艦クラスならば、ブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦でも十分に対処可能であるが、46cm砲搭載の超弩級戦艦相手では、インディペンデンス級沿海域戦闘艦は少々頼りない。

しかし、他の46cm砲搭載の戦艦がドックと近海に居らず、しかも他の戦艦もドック中と言うまさに最悪のタイミングの中、現状の戦闘力でやるしかない。

武蔵相手にインディペンデンス級沿海域戦闘艦が少々頼りなくても数ではブルーマーメイドの方が勝っている。

数の力で押し切るしかなかった。

 

「真冬部隊によると武蔵最終確認地点はウルシー南方。進路は西。おそらくフィリピン方面に向かったと思われるわ。ただし現在位置は不明よ」

 

(真白‥無事だと良いけど‥‥)

 

武蔵の現状を説明している中、真霜は武蔵に乗っている妹の身を案じた。

また、今回の作戦の決定と詳細は天照が所属する横須賀女子‥真雪の下にも伝えられた。

 

「今後はブルーマーメイド主導で作戦を展開するとのことですが学生艦にも協力の要請が来ています」

 

今回の事態の収束においてはあくまでもブルーマーメイドを主体とし、海軍への出動要請は行わないものとした。

軍を動かせば、隣国にいらぬ刺激を与えかねない為、国際的にも共通の組織であるブルーマーメイドが行えば、外交問題にもある程度は弁解が出来るからだ。

 

「生徒に負担はかけたくないけど感染の拡大は何としても防がなければ‥‥船の現況は?」

 

「風早・秋風・浜風・舞風は学校に戻ってきています。長良・浦風・萩風・谷風は依然偵察中。そして天照は間宮・明石による修理中です。天照の修理が終わり次第、明石と間宮も学校に呼び戻す予定となっております」

 

「天照の生徒達の様子は?」

 

「艦長からは赤道祭の準備中との報告がきています」

 

「フフッ、そう‥修理が完了したらブルーマーメイドの作戦に協力せよと伝えて」

 

「承知しました」

 

(葉月さんにはまた、面倒をかけるかもしれないけど、今、この事態を解決させるには天照の力がどうしても必要なの‥‥頼んだわよ‥葉月さん)

 

 

天照が補修と補給作業を受けてから二日が経った。

炎天下の中、黒木が甲板上に提灯をぶら下げる作業をしている。

周りを見ると赤道祭の準備をしているのは黒木だけで、砲術科三人娘達は水着に着替えて水鉄砲でサバゲーをしているし、同じ機関科のメンバーは砲術科三人娘と同じく水着に着替えてデッキチェアで優雅に日光浴をしている。

和住は木箱の上に座り何かを書いている。

マチコはパラグライダーをやっていた。

 

「あなた達も手伝ってよ!」

 

そんな現状に不満なのか黒木が不機嫌そうな顔と声で日光浴を楽しんでいる機関科のメンバーに声をかける。

しかし、返答は、

 

「暑いから動きたくな~い」

 

である。

 

(はぁ~これで赤道祭なんてできるのかしら?)

 

黒木は進んでいない赤道祭の準備に不安を覚えた。

 

「なかなか大変大変~」

 

一方、近くで何かを描いていた和住は描いていたものが完成したらしく、スケッチブック片手に食堂へと向かった。

その食堂では麻侖と炊事委員の三人が赤道祭で出す模擬店について話し合いをしていた。

 

「やっぱり屋台はほしいよな。定番もいいけどスカっぽい感じもほしいよな!」

 

「スカ?」

 

「横須賀のことじゃない?」

 

「分かった、色々考えてみる」

 

麻侖のテンションに若干押され気味なのか炊事科の三人はちょっと困ったような笑みを浮かべて模擬店の内容を考えると言う。

そこへ和住がやって来た。

 

「ねぇねぇ。主計課でいらない木箱とかない?」

 

「お!出し物で使うのか!?」

 

「ううん。ちょっと個人的に作りたい物があるんだ」

 

「なんだよ個人的って!」

 

「な・い・しょ」

 

和住は口に人差し指を当てて自分が作りたい物を秘密にした。

 

「むぅー」

 

和住の行為に納得がいかない様子の麻侖は不機嫌そうな様子で甲板を歩いて赤道祭の準備確認をすると、甲板で楓と鶫、慧の三人がスイカ割りをしていた。

 

「何やってんでぃ」

 

「スイカ割り~」

 

「万里小路さんすごいの!絶対外さないの!」

 

「参る!!」

 

楓が木刀を振り下ろすとスイカは綺麗に割れた。

 

「‥‥」

 

麻侖が唖然として割れたスイカを見ていると、

 

「機関長もスイカ食べる?」

 

割られたばかりのスイカを食べるかと誘いを受けるが、

 

「い、いらねぇよ!!」

 

麻侖は断ってまたズカズカと甲板を歩きだす。

 

「まったく、どいつもこいつも‥‥」

 

遊んでいるばかりで祭りの準備をしていないクラスメイト達に愚痴る麻侖。

そこに、砲術科三人娘の水鉄砲の水が麻侖に直撃する。

 

「あっ、機関長」

 

「ゴメン」

 

「遊んでいる暇があったら祭りの準備をしろー!」

 

「えー」

 

「全方位盛り上がってないんですけど‥‥」

 

「も…盛り上がってない…?」

 

「水鉄砲大会の方が面白くない?」

 

武田の発した言葉が麻侖の胸にグサッと刺さる。

それは、麻侖にクラスメイト達の現状を代弁させるかの様だった。

更に日値による駄目押しの言葉は水鉄砲>赤道祭と言う公式を麻侖に突きつけているかのようだった。

そして、決定づけたのは黒木を除く同じ科の仲間の様子であった。

麻侖の目の前では、祭りの準備をせずに水着で日光浴を楽しんでいる仲間たちの姿。

若狭が女性雑誌を見ていると、雑誌を影が覆う。

太陽が雲に入ったのかと思い、顔を上げると其処には前髪の影で顔を覆った麻侖の姿があった。

 

「み…みんな何やってんのよ!」

 

若狭の大声で他の皆も目を開けると、其処には不機嫌そうな様子の麻侖の姿。

 

「「うぅん?げぇっ!」」

 

「き、休憩終わりー!」

 

「これどこにつけるんだっけー?」

 

「祭りだー祭りだー!」

 

麻侖の姿を見た皆は直ぐに立ち上がり、黒木を手伝う。

しかし、その姿は余りにも無理があり、もはやその場しのぎで麻侖の機嫌を取ろうとしているのは一目でわかる。

 

「わざとらしいしなくていいんだよ」

 

当然、麻侖もそんな事はお見通しだ。

 

『えっ!?』

 

「よーくわかったよ…みんな赤道祭なんてどうでもいいんだな!」

 

クラスメイト達があまりにも赤道祭への参加に積極的でない事に等々麻侖がキレた。

 

「マロン…そ…そんなことないってば…」

 

「めっちゃ楽しみー」

 

「わーいわーい」

 

皆は必死に取り繕うがそれは焼け石に水、火に油を注ぐ行為だった様で、

 

「無理すんな…おめぇらに慰められたくねぇや!」

 

「あっ、マロン」

 

麻侖は完全にブチ切れると何処かに走り去って行った。



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53話 赤道祭 本番

赤道を越えたとある地点にて、明石と間宮の補修と補給作業を受けている天照。

そんな中、機関長の榊原麻侖が赤道祭をやろうと言いだし、もえかも乗員の休息にはちょうどいいと思い赤道祭の許可を出した。

しかし、乗員のほとんどは赤道祭には興味ない様子で、準備も進まず、本当に赤道祭を開くことが出来るのか?と言う空気の中、実行委員長の麻侖が赤道祭に興味がないクラスメイト達の様子と発言で拗ねてしまった。

そんな麻侖の様子を知る由もなく、艦橋では‥‥

 

「せぇ~ん~にぃ~ん。この続きはどうしたらいいと思います?」

 

幸子が葉月に台本が書かれたタブレットを見せる。

クラスメイト達の大半が赤道祭には興味がない中、幸子は赤道祭には興味がある方で、葉月が予想した通り、赤道祭では、演劇をやりたいらしく、その台本を書いていた。

 

「好きにすればいいと思う‥‥監督・脚本は納沙さんなんだから‥‥」

 

「えぇ~。投げやりだな~」

 

「むぅ~納沙さん、最近ちょっと、お姉ちゃ‥‥先任にべったりな様な気がするんだけど‥‥」

 

葉月にベッタリとしている幸子をもえかはジト目で見る。

 

「えぇ~艦長、気のせいですよ、気のせい」

 

そう言いながら、幸子は葉月に腕を絡めてくる。

 

(気のせいなんかじゃない。お姉ちゃんからは納沙さんの匂いがするし、反対に納沙さんからは、お姉ちゃんの匂いがする‥‥って言うか今まさにベッタリとしているじゃない!!う、腕なんか絡めちゃって!!)

 

もえかがふくれっ面で幸子を睨んでいると、

 

「艦長。校長より連絡です」

 

「えっ?校長先生から?どんな内容?」

 

鶫が学校からの伝達事項を伝える。

 

「『天照は補給・修理が終わり次第ブルーマーメイドが行うパーシアス作戦に協力せよ。ブルーマーメイドに合流後は後方第二陣に着くように』だそうです」

 

「後方第二陣‥‥予備兵力か‥‥」

 

葉月が天照の位置から天照は本格的に戦闘に参加するわけではなく、万が一の為の戦力だと予測する。

流石に学生を最前線に立たせる訳にはいかないが、天照は現在、稼働中の戦艦の中でも最強クラスの戦力の為、ブルーマーメイドも戦力に組み込みたいと言う事なのだろう。

それ故の後方配置‥つまり、予備兵力と言う事なのだろう。

 

「予備兵力なら、戦うこともないかもしれませんね」

 

鈴がホッとした様な様子で言う。

 

「あとどんだけ覚醒させるんだ?」

 

西崎があとどれくらいの艦がウィルスに感染しているのかを尋ねる。

 

「五艦ですね。四艦は所在が判明していますが武蔵は不明です」

 

幸子が現在、ウィルス感染している艦数を西崎に教える。

 

「‥‥となると、天照が参加する作戦の相手は‥‥」

 

「武蔵でしょうね」

 

「‥‥」

 

この後、本格的にブルーマーメイドと共に武蔵と砲火を交えるかもしれない事にもえかは顔を俯かせる。

そこへ、

 

「艦長!機関長が…」

 

黒木が艦橋に飛び込んできた。

 

「どうしたの!?」

 

黒木の慌てようから麻侖が祭りの準備中に怪我でもしたのかと思ったもえか。

 

「その‥‥拗ねました…」

 

『えっ?』

 

黒木の言葉に唖然とする艦橋員一同だった。

 

その頃、天照のとある通路では、和住が何かを作っていた。

そこをお手洗いから戻った小笠原が見つけ、和住に声をかける。

 

「何作ってんの?」

 

「できてからのお楽しみお楽しみ~」

 

そう言って彼女は木材に釘を打ち込んでいった。

 

 

黒木から麻侖が拗ねたと聞き、もえかと葉月が赤道祭の様子を見に行くと、準備は思いのほか進んでいなかった。

麻侖と黒木以外の機関科のメンバーは先程の麻侖の様子を見たせいか、祭りの準備をしているが、内田、勝田、山下の三人は甲板でトランプをしている。

 

「成程。自分の思うように盛り上がらなくて拗ねたのか‥‥」

 

「いつもは威勢がいいんですが一旦ヘソを曲げるとテコでも動かなくて…」

 

「ううん、お祭りの準備を榊原さんに任せっぱなしにしていた私も悪かったよ」

 

もえかが赤道祭の準備全てを麻侖と黒木に任せっぱなしだったことに関し謝罪する。

 

「一晩寝ればすっかり気分も変わるんですがどうやって機嫌を直したものか…」

 

麻侖の機嫌をどうやってなおすか頭を抱える黒木。

そこへ、

 

「あのさ。私が個人的に作った物で気分が盛り上がるんじゃないかと‥‥」

 

和住が『我に策あり』と言う感じで麻侖の機嫌をなおす方法を提示する。

 

「確かにそれなら、麻侖の機嫌の機嫌もなおりそうね」

 

黒木は和住の提案を聞き、納得し、麻侖を探しに行った。

 

「‥‥艦長」

 

「ん?」

 

「道化になる覚悟はありますか?」

 

「はい?」

 

葉月の問いに首を傾げるもえか。

 

その頃、黒木は麻侖をあっさりと見つけた。

伊達に麻侖の幼馴染をしている訳では無い。

 

「やっぱりここにいた」

 

「よくわかったな」

 

麻侖は機関制御室で不貞寝していた。

 

「麻侖いつも拗ねると船の下に潜り込んでいたじゃない」

 

「そうだったかな?」

 

「ちょっと来て。麻侖が喜ぶ物があるから」

 

「焼肉?」

 

「食べ物じゃない」

 

「パイナップル缶?」

 

「それも食べ物じゃない」

 

「来ればわかるから」

 

「?」

 

黒木に促され麻侖は渋々ついて行く。

そして、着いて行った先の甲板では‥‥

 

『ワッショイ!!ワッショイ!!』

 

クラスメイト達が神輿を担ぎ、楓が笛を吹き、松永が太鼓を叩いていた。

 

「神輿なんてどこにあったんでぃ?」

 

「私が作ったんだ」

 

「個人的に作っていた物ってのはこれだったのか‥‥」

 

「私両親が神田の生まれで祭りって聞くとつい血が騒いじゃうんだ」

 

「生粋の江戸っ子!」

 

麻侖がキラキラした尊敬の目で和住を見つめた。

 

「はっはっ! いやーめでたいめでたい」

 

するととある素晴らしい世界に登場する駄女神のコスプレをして水芸を披露しているもえかの姿があった。

 

「なーにやってんだ?艦長は?」

 

普段のもえかからは信じられない光景を見て麻侖は唖然とする。

他のクラスメイト達ももえかのコスプレと水芸を見て笑っている。

 

「浮かれてんのよ。お祭りだから」

 

「クロちゃん」

 

もえかのコスプレと水芸、そして和住が作った神輿の登場であまり乗り気ではなかったクラスメイト達もその様子を見て関心を持ち始める。

 

「なんか楽しそー」

 

「水鉄砲大会よりは楽しそうかも」

 

「折角のお祭りだから、目一杯楽しんでいこう!!」

 

「艦長‥‥よーし!盛り上がっていくかー!」

 

『オオォー!!』

 

こうして意外な展開をみせつつも麻侖の機嫌は治りクラスメイト達も赤道祭に興味を示しだして、赤道祭の準備は何とか間に合い無事に赤道祭を開くことが出来た。

赤道祭の開始は板で作った赤い扉の前に美海が海の神ポセイドンを意識したコスプレをして桜良が女神を意識したコスプレをし、赤道を渡るための鍵を艦長のもえかに渡す寸劇から始まった。

 

「これが赤道を渡るための鍵であるぞー!」

 

美海がもえかにボール紙で作った鍵を渡すとありがたくそれを頂くもえか。

 

「拍手~!」

 

麻侖が言うとみんなも拍手をする。

 

「じゃ、次は航海の無事を祈るんでぇい!」

 

次は艦内神社があるところで巫女姿になった鈴と鶫が居り、二人の手伝いをする為に楓と慧も同じく巫女の衣装を着て鈴と鶫の少し後ろに控えていた。

そして鈴と鶫はもえかに航海の安全を祈願するお祓いをしていた。

 

「お二人のご実家は神社だったんですね」

 

「そうなの。お諏訪様」

 

「あの‥‥」

 

「あれ?先任?」

 

「どうしたんですか?」

 

「その‥‥ちょっと色々あって‥‥念の為祓っておいてもらえるだろうか?」

 

「えっ?」

 

「あっ、ハイ‥‥」

 

最近になって色々フラグが立っている葉月はこれ以上、クラスメイト達との肉体関係が広がらない様にと鈴と鶫の二人にお祓いを依頼した。

甲板では麻侖が大きな団扇を持ち先頭を歩いて後ろからはクラスメイト達が神輿を担いで天照を一周していると通信マストでマチコが綱一本で華麗なバランス感覚の芸を見せた。

 

「こっちも負けてらんねぇぜ!それわっしょいわっしょい!」

 

麻侖が大きな団扇を思いっきり振り風が舞うと神輿を担いでいたクラスメイト達は片手でスカートを押さえた。

 

その後日は落ちてきて甲板では各々が出した屋台からいい匂いが立ち始める。

 

「おいしいたこ焼きだよー!」

 

みかんと若狭がたこ焼き屋の屋台を開き、多聞丸はたこ焼きを頬張っていた。

桜良がフランクフルトの屋台を開いたのだが、そこに五十六がやってきてフランクフルトを一本口に咥えてそのまま走り去って行く。

 

「あー!ちょっと五十六!」

 

シュペーで食べたソーセージが余程美味しかったのかソーセージが大好きになった五十六だった。

 

「これ梅干し?」

 

葉月は杵﨑姉妹と共にハンバーガーとケーキを売る屋台を開き、葉月はコーヒーやカフェオレを提供する。

そして慧がチーズケーキを貰いに来てケーキの上に乗っている具に付いて尋ねる。

 

「横須賀名物チェリーチーズケーキなの。レモン絞って食べてもおいしいよ」

 

あかねが慧にケーキの説明をする。

砲雷科のメンバーは射的の屋台を開いたのだが、西崎と立石がその景品を根こそぎ持っていってしまった。

その為、砲雷科は出禁となった。

松永、楓、鶫の三人が笛と太鼓で演奏をしてマチコが踊りを披露するとマチコのファンのクラスメイトは踊るマチコの姿にうっとりとしていた。

そして周りの屋台も盛り上がって気分が最高潮になった時、

 

「皆の衆!七時からは教室で出し物をやるぜぃ!」

 

「盛り上がっていくぞ!」

 

『オオォー!!』

 

午後七時になり講堂にみんなが集まった。

 

「本日の司会を務めさせていただきます機関課の広田空と‥‥」

 

「若狭麗緒でーす」

 

「まずは砲雷科さんによるモノマネです」

 

若狭と広田の司会で出し物が始まり、先頭を切るのは砲雷科によるモノマネであった。

 

「それでは小笠原やります。ずぼーん」

 

「‥‥」

 

小笠原のモノマネは細かすぎて伝わらず、葉月は唖然として

 

「何のものまね?」

 

鈴も一体何のモノマネなのか全く理解出来ず、

 

「あーコアラの鳴き声じゃないですかねー」

 

幸子は全然興味が湧いていない様子で雑なコメントをする。

 

「今のは、イージス艦5インチ砲のまねでした」

 

小笠原が何のモノマネをしたのかを言うが、

 

(5インチ砲ってあんな砲声だっけ?)

 

葉月はやはり小笠原のモノマネに疑問を感じた。

しかし、

 

「おー。似ている」

 

「うま」

 

西崎と立石には理解出来た様子。

 

「「「えっ?」」」

 

しかし、葉月、鈴、幸子には本当に似ていたのか分からなかった。

 

「武田やります。どぅん」

 

「長10cm砲長10cm砲!」

 

「うぃ」

 

武田のモノマネもやはり砲撃音のモノマネで、西崎と立石は直ぐに分かったのだがやはり他のクラスメイト達にはまだ分からない様子。

 

「日置やります!ぼー」

 

「今のは52口径11インチ砲ぞな!」

 

すると、日置のモノマネは勝田も分かった様子。

 

「もえかちゃん‥今の分かった?」

 

葉月はもえかに砲雷科のモノマネが分かったか尋ねると、

 

「‥ううん‥分からなかった」

 

もえかにも砲雷科のモノマネは分からなかった。

 

「そ、それでは次に参りましょう」

 

砲雷科のモノマネはマニアック過ぎてちょっと滑った感があった。

 

「航海科です」

 

砲雷科に続いて次は航海科の番となった。

 

「航海科! 航海ラップをやります!」

 

山下、勝田、内田、鶫、慧の五人がリズムに乗ってラップを歌い始める。

 

『私、航海、後悔、公開中!あなたの後悔なんですか!?』

 

まず歌っているメンバーが内田を指さすと、

 

「私の後悔知ってるかい?ついついしちゃった日焼けだよ!」

 

内田が後悔した事を公開する。

 

(えっ?日焼け‥していたの?)

 

元々色黒な内田が日焼けしたと言っても全然わからない。

しかし砲雷科の出し物よりは盛り上がっている。

 

『そりゃするね!後悔するね!しちゃうよね!私、航海!後悔!公開中! あなたの後悔なんですか!?』

 

すると次はみかんが指名された。

 

「え…私?えとね…見たいドラマの録画をね。忘れてきちゃったことかしら?」

 

『あなたの後悔なんですか!?』

 

続いてあかねが聞かれると、

 

「えと…航海中に425g体重が増えたこと!あぁ言っちゃった…」

 

あかねは航海中に体重が増えた事を暴露する。

 

『おっと後悔二倍だね~あなたの後悔なんですか!?』

 

あかねに聞いたので次に次に双子の姉妹であるほまれに尋ねる航海科。

 

「実習に来る前幼馴染に告られたんだけど返事せずに逃げちゃったこと…」

 

『えええええぇぇぇ!!』

 

ほまれの後悔の告白は衝撃的だった。

 

「聞いてない聞いてない!」

 

「誰? 誰?」

 

みかんとあかねがほまれに詰め寄る。

恋に関して興味あるのか他のクラスメイト達もほまれにどういった状況だったのかを尋ねる。

 

「ちょっと今しなよ」

 

「そうでぇい、そうでぇい」

 

航海科のメンバーは、

 

『してみな、してみな、やってみな』

 

と告られた幼馴染に聞いてみろと煽る。

そしてほまれがメールを送り暫くして‥‥

 

「…ということでメールしたら返事が来ました」

 

『返事は?返事は?何なのよ?』

 

「ごめん…他に好きな子ができたって…」

 

『えええええぇぇぇ!!』

 

ほまれの返答にまたもや衝撃が走る。

彼女の目には薄っすら涙が見える。

 

(これ、本人にとってはかなりの黒歴史じゃないか?)

 

自分の失恋現場を大勢のクラスメイトに見られ知られたほまれに同情するクラスメイト達。

 

「うわぁ‥‥」

 

「ご、ごめん」

 

「私達が後悔しているよ」

 

まさか、失恋現場をクラスメイトに知らせてしまった原因を作ってしまい、

 

『私達、航海、後悔、公開中~』

 

歌いながらほまれに謝る航海科だった。

 

「次は砲術長・水雷長による漫才です」

 

「どうぞ!」

 

舞台袖から立石と西崎が黒いドレスに頭に奇抜な被りものと胸に何かしらの詰め物をして出てきた。

 

(言われないと誰だかわからない格好だ)

 

葉月は二人の衣装の感想を心の中で述べる。

 

「はじめましてメイタマでーす」

 

「す」

 

そして漫才が始まる。

 

『51音マンボウ!』

 

(あんなに喋る立石さん初めて見るかも)

 

51音マンボウとやらを歌っている立石を見て葉月は普段の立石からは考えられない饒舌ぶりに驚いた。

 

「ビックリのア行」

 

「あ、こんな所にケーキが食べちゃお。ムシャムシャ‥‥」

 

「それ腐っているよ」

 

「い!」

 

「お腹壊すよ、それ」

 

「う!」

 

「トイレ一杯だったよ」

 

「え!」

 

「間に合わないかもね」

 

「お~」

 

二人の独特な漫才にクラスメイト達は大笑いし、赤道祭を楽しんでいるみたいだった。

 

「次は艦橋メンバーによる劇!」」

 

「仁義ある天照です!」

 

司会の二人が出し物の名を説明すると舞台は一気に暗転し舞台にスポットライトが照らされるとそこには制服の上から羽織を着た鈴がセリフを言い、鈴の隣で膝をつきながら鈴の部下役をしている萌香の姿があった。

 

「くっくっく。これで天照もわしらのシマじゃ」

 

「うまくいきましたね親分」

 

「待てや!」

 

「ま、待てや…」

 

そこへ羽織を着た幸子と横須賀女子の制服を着た葉月が姿を見せる。

 

(うぅ~は、はずかしい‥‥)

 

普段はズボンと詰襟の制服を着ている葉月だが今回だけは劇と言う事で横須賀女子の制服を無理矢理着せられた。

 

「お~。なんだ。天照のイモか?」

 

鈴はこういった劇に関して恥ずかしいと感じるかと思ったが意外とノリが良かった。

 

「天照乗員はイモかもしれんがのう。相手の風下に立った事は一度もないんじゃ!」

 

「な、ないんじゃ!」

 

「ほぉ~来るならこいやー!」

 

「こいやー!」

 

「根性注入しちゃる!」

 

(鈴ちゃんもそうだけど、もえかちゃんも結構ノリノリだ‥‥)

 

鈴に続いてもえかも意外と劇の配役にのめり込んでいた。

そして鈴が腰に差していた小道具の刀で幸子に斬りかかり、

 

「頭」

 

幸子を庇って葉月が斬られる。

 

「葉月の!!」

 

「頭…頼むけん…仇討ってくっせぇ…」

 

葉月は幸子の腕の中で息を引き取る。

やっぱり仁義の無い感じの劇になった。

そして最後に麻侖の提案により甲板上で相撲大会をする事になった。

 

(甲板での相撲大会なんて久しぶりだな‥この世界にきて初めてかも‥‥)

 

前世ではよく甲板上で剣道、柔道、相撲、リレーなどの競技をよくやったものだ。

甲板の上にマットが敷かれ、相撲大会が始まる。

優勝したのは機関科の黒木で対戦相手を瞬殺する程の腕前だった。

黒木は元々地元の女相撲大会で優勝経験があるのでそれも当然の結果だ。

 

「よーし!じゃあこれで終了!」

 

相撲大会が終わり、麻侖が赤道祭の閉会を宣言すると、

 

「私だけまだ何もやってない」

 

美波がボソッと呟く。

確かに美波の言うとり、彼女はこの赤道祭でまだ何もやっていない。

 

「えと…美波さん何かする気?」

 

「ちゅ…注射とか…?」

 

美波の芸と聞いて皆はすこし引く。

良識がありそうで彼女はマッドサイエンティストの一面も備えているのでクラスメイト達が警戒するのもわかる。

 

「最後にみんなで歌いたい。『我は海の子』を」

 

「なんでぃ随分かわいい歌を歌うじゃねぇか」

 

「民謡とか演歌じゃないんだ」

 

広田は美波の歌のチョイスに意外性を感じる。

 

「もしかして自分の子供に聞かせてた?」

 

「私はまだ十二歳だ」

 

「マジ!?」

 

「嘘だ!」

 

「嘘」

 

美波の実年齢を知って驚くクラスメイト達。

 

「てっきり年上かと‥‥」

 

(いやいや、みんな体型でわかるでしょう?)

 

葉月は乗組員の選抜時に美波の情報を予め見ていたので彼女の実年齢を知っていた。

 

「飛び級して大学に入ったからな。とにかく歌うぞ! みなさんのもご唱和ください!」

 

美波が歌いだして皆も其れに続いて歌いだす。

歌を歌い終えて今度こそ天照の赤道祭は幕を下ろした。

 

 

赤道祭が無事に終わり片付けが行われている最中、もえかは深刻そうに水平線の彼方をジッと見ている。

 

「艦長」

 

「先任」

 

「やっぱり‥不安?」

 

「う、うん」

 

この後のパーシアス作戦では武蔵と‥明乃と砲火を交えるかもしれないと思うともえかにしてみれば不安しかない。

予備兵力とは言え、武蔵の近くへと行くのだ。

明乃が今どうなっているのか?

それが心配でならない。

もし、予備兵力も投入しなければならない程の戦いになったら‥‥

もえか安は尽きない。

 

「大丈夫だよ」

 

「えっ?」

 

「必ず明乃ちゃんは助ける‥‥この艦は何度も奇跡を起こして来たんだ‥‥今度も必ず勝ってみせる‥それでみんなで横須賀に帰ろう。明乃ちゃんや武蔵の皆を連れて」

 

「う、うん」

 

(そうさ、この艦は今まで大石長官と日本武尊と共に何度も死線をくぐり抜けてきたんだ‥‥今度も必ず勝ってみせる)

 

もえかと葉月は共に水平線の彼方を見つめた。



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54話 決戦海域へ

 

赤道祭も無事に終わり乗員達の良い休息にもなった。

祭りの後片付けが進んでいく中、もえかは水平線深刻そうに水平線の彼方をジッと見ている。

 

「艦長」

 

「先任」

 

「やっぱり‥不安?」

 

「う、うん」

 

「大丈夫だよ」

 

「えっ?」

 

「必ず明乃ちゃんは助ける‥‥この艦は何度も奇跡を起こして来たんだ‥‥今度も必ず勝ってみせる‥それでみんなで横須賀に帰ろう。明乃ちゃんや武蔵の皆を連れて」

 

「う、うん」

 

もえかと葉月は共に水平線の彼方を見つめた。

そして水平線を眺めていた時、もえかがポツリと呟いた。

 

「お姉ちゃん‥‥」

 

「ん?なにかな?」

 

「私…私ね。やっと天照のみんなと家族になれたと思ってきたのに‥‥」

 

「もえかちゃん‥‥」

 

もえかの脳裏にはこれまでの戦闘における天照が被弾した時の光景が浮かび上がってくる。

今までは何とか勝てたが、今度の相手はこれまで相手にしてきた艦とは全然違う。

補給・補修が終われば天照はいよいよ武蔵救出の為の作戦、パーシアス作戦に参加することになる。

位置は第二陣形後方という予備兵力の位置であるが、相手はあの46㎝砲を持つ武蔵であり、第一陣で完全に防ぎきれるか100%の保証はない。

もえかはまた被弾して誰が傷つく事を恐れていたのだ。

そんなもえかの姿を見て葉月は一計を案じた。

もえかと分かれた後、通信室に来た葉月は横須賀女子の校長室へと連絡を入れた。

 

「‥‥ええ、では‥そのように取り計らってください。はい‥では、正式文書を急ぎFAXで天照へ送ってください。はい‥感謝いたします。宗谷校長先生」

 

葉月が真雪と連絡を取ったすぐ後に天照のFAXは一通の文章が書かれた書類を受信した。

葉月はそのFAX用紙をもえかに渡した。

 

「先任‥これって‥‥」

 

「差し出がましいことをしたと思っておりますが、大事な戦の前です。思い残すことがないように身辺を整理しておいたほうがいいと思いまして‥‥」

 

「ううん、先任ありがとう」

 

「艦長」

 

「ん?なに?」

 

「艦長もその‥‥もし、怖いと言うのであればそれを使って‥‥」

 

「先任‥それは出来ないよ‥‥」

 

「艦長‥‥」

 

「この実習中私はこの天照の艦長なんだから」

 

もえかは葉月の目を逸らさずにジッと見る。

 

「‥‥はい。出過ぎたことをしました」

 

もえかの目を見て葉月はもえかに一礼し非礼を詫びた。

 

それから天照は間宮、明石からの補給・補修を概ね終えて、間宮と明石が撤収準備に入っている中、明石艦長の珊瑚が天照の修理状況をもえかと葉月に伝える。

 

「できる限りのことはしたがすまない、何せ急な補修作業だったので全ての破損個所を修理する時間も資材もなくて‥‥」

 

間宮と明石の乗員はよくやってくれたが、時間と資材の量の関係から天照を完全に修理することが出来なかった。

 

「第三砲塔と右舷側の高角砲群はほぼ使用不能か‥‥」

 

タブレットに表示されている天照の破損個所を見てもえかも葉月も深刻そうな顔をする。

シュペーとの平行戦と砲撃可能距離からの離脱で天照の右舷側にはかなりの損害を受けていた。

 

「もし、武蔵と戦う事になったら左舷平行戦で武蔵には後ろを取られないようにしなければなりませんね」

 

「そうだね」

 

ブルーマーメイドの第一陣が何とか武蔵を止めてくれることを祈るしかなかった。

補修・補給を終えて後は撤収するだけとなった明石と間宮に出航を少し待ってもらうように伝えたもえかは艦内放送を入れた。

 

「艦長の知名もえかです。天照全乗組員に達します。本艦は補修・補給が終わり次第、ブルーマーメイドとの共同作戦、パーシアス作戦に参加します。相手は十中八九、あの戦艦武蔵が相手となるでしょう。私達は予備戦力という位置付けですが、絶対に戦わないという保証はありません」

 

もえかの艦内放送にクラスメイト達は手を休めて静かに聞いている。

 

「また、艦長の私もクラス全員の安全を保障できません。故にこれより皆さんに選択の時間を設けます」

 

もえかの言う『選択の時間』という言葉にクラスメイト達はざわつく。

それにブルーマーメイドとの共闘とは言え武蔵を相手に『絶対に戦わない』 『絶対にけがをしない』という保証はないというもえかの言葉にも重みを感じる。

 

「先ほど、学校より退艦許可証が発行されました」

 

退艦許可証という言葉にクラスメイト達は困惑の色を深かめる。

 

「これはパーシアス作戦への参加は決して強制的なものではないという学校側の意志であり、此処で退艦しても実習の成績には影響しません。退艦を希望する者は速やかに間宮・明石へと移乗してください。‥‥以上です」

 

もえかの艦内放送を聞き、クラスメイト達は困惑する。

此処で降りても成績には影響しない。

このままパーシアス作戦に参加すれば武蔵と戦うことになるかもしれない。

武蔵と戦えばケガをするかもしれない。

最悪の場合は死ぬかもしれない。

そんな不安な空気が漂う。

 

「マロンはどうするの?」

 

機関制御室で黒木が麻侖に退艦するのか残るのかを尋ねる。

 

「てやんでぃ、此処で逃げちゃ女が廃るってモンよ!!此処まで来て今更逃げる訳にはいかねぇじゃねぇか!!」

 

麻侖は退艦せず残るつもりだ。

 

「だと言うと思った」

 

「クロちゃんはどうなんでぇい?」

 

「勿論私も残るわ。マロンが残るんですもの」

 

「クロちゃん‥‥」

 

「貴女を一人にしておくと残った人が大変そうだからね」

 

「ハハ、言うじゃねぇか‥‥んで?お前さん達はどうする?」

 

麻侖は黒木以外の機関科のメンバーに退艦するか残るかを尋ねる。

 

「正直に言って‥怖いです‥‥」

 

「うん」

 

「私も‥‥」

 

「わ、私もです」

 

「多分実習始めの私ならきっと降りていました‥でも、機関長の言う通り此処で逃げたらこの先絶対に後悔しそうですし、ブルーマーメイドなんてなれません!!だから‥お供させてください!!」

 

留奈が麻侖と黒木に自分も残ると言う。

 

「留奈‥‥」

 

「留奈に此処まで大見得をきられちゃ、私も残らない訳にはいかないなぁ」

 

若狭も艦に残ると言う。

 

「機関長、私も残ります!!」

 

「友達を置いて一人で降りるなんて出来ませんから」

 

「すまねぇなぁ‥‥みんな‥‥」

 

機関科のメンバーは全員残ると言う。

そんな皆の行為に麻侖は思わず涙腺が緩む。

 

「ほら、泣かないの」

 

「泣いてんじゃねぇ!!こ、これは緊張で目から汗が流れただけでぃ!!おっしゃ!!一暴れしてやるか!!」

 

「それよりもマロン‥艦長に報告して」

 

「あいよ!!」

 

もえかの艦内放送の後、艦橋も重い空気に包まれていた。

そんな中、

 

「か、艦長‥先任」

 

鈴が震えた声でもえかと葉月に声をかける。

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

「わ、私は艦に残ります!!」

 

「「えっ?」」

 

「私はこれまで怖い事や辛い事に目を背けて逃げてきたけど、此処で逃げたら私‥本当のクズになっちゃうし‥武蔵に居る皆を助けたい‥‥こんな私でも人の役に立ちたい!!だから、私艦に残ります!!」

 

「知床さん‥‥」

 

「艦長、私も残るよ」

 

「うぃ」

 

「西崎さん‥立石さん」

 

「降りたら、もう砲が撃てないでしょう?」

 

ニッと笑みを浮かべながら言う西崎。

 

「うぃ」

 

理由はどうあれ西崎と立石残ると言う。

 

「私も記録係として残ります。此処で逃げ出しちゃ仁義に反するので」

 

幸子もタブレットをギュッと握りしめ残ると言う。

 

「艦長」

 

「私達も残ります」

 

「ぞな!!」

 

内田、山下、勝田も残りと言う。

艦橋メンバー全員が残ると決意した時、

 

「此方機関室、榊原麻侖以下、機関科五名‥お供しやす!!」

 

「こちら医務室‥共に参るぞ」

 

美波も残ると言いい、

 

「聴音、万里小路楓お供いたしますわ」

 

「応急員行かせてください!!」

 

「主計科行きます!!」

 

「砲雷科全員いきます!!」

 

皆は艦から降りられると言うのに降りず次々と艦に残ると申告してくる。

 

「‥‥」

 

もえかは次々と残ると申告して来るクラスメイトの声に耳を傾ける。

 

「艦長‥乗組員退艦者なし‥降りる者は居ません」

 

幸子が集計結果をもえかに報告する。

 

「みんな‥ありがとう‥‥天照出航準備!!」

 

退艦者なしということでもえかは明石と間宮に連絡を入れた。

 

「では、我々は先に横須賀で待っている」

 

「頑張ってね」

 

珊瑚と藤田は天照に激励をする。

 

「ありがとうございました」

 

「道中お気をつけて」

 

もえかと葉月も珊瑚と藤田の二人に返礼する。

天照の補修・補給を終えた明石と間宮は一足先に横須賀へと戻って行った。

そして天照も合流地点に向けて出航した。

 

5月4日の午前6時半富士山の山頂にある遠水平線レーダーが日本近海で武蔵と思わしき艦影を捉えた。

その報告は直ちにブルーマーメイド特別作戦本部、真霜の下にも伝わった。

 

「はい。特別作戦本部」

 

「福内です。武蔵が日本近海で捉えたとの情報がはいりましたが‥‥」

 

「えぇ、今さっき富士山頂の遠水平線レーダーが武蔵を補足したわ」

 

「武蔵はフィリピンに向かっていたはずでは?」

 

確かに武蔵の最後の目撃情報はフィリピン近海だった。

だからこそ、ブルーマーメイドはフィリピンに第一陣となる主力をフィリピンへと集結させ予備兵力である第二陣を日本近海に配備する様にしていた。

特別作戦本部のモニターには現在の部隊の配置図を確認すると主力の作戦部隊は全てフィリピン方面に展開していた。

そして予備兵力である第二陣もまだ集結が完了していない。

 

「主力は間に合わない。あなたの艦隊で武蔵を止められる?」

 

真霜は第二陣の一部隊である福内の部隊に武蔵の足止めを依頼した。

 

「最善を尽くします。それでは‥‥」

 

真霜は現在の福内が率いる部隊の位置と天照の位置を確認する。福内の部隊は紀伊半島の沖合をインディペンデンス級沿海域戦闘艦四隻で航行している。

そして天照は小笠原諸島を全速で航行中。

水流一斉噴射も可能な限り行い距離と縮めている。

福内のインディペンデンス級沿海域戦闘艦四隻で果たして武蔵を止める事が出来るだろうか?

真霜も特別作戦本部のメンバーも不安は隠せなかった。

それは恐らく現場に向かっている福内達も同じだろう。

しかし、艦隊が居ないのだからどうしようもない。

このまま何もせずに武蔵を横須賀に案内するわけにはいかない。

真霜も福内も‥ブルーマーメイド達全員は現在の状況に焦りを感じつつ最善を尽くそうとしていた。

 

小笠原諸島を全速で航行している天照の艦内では航行に必要な最低限の人数を除いてクラスメイト達が教室に集まり幸子の説明によってパーシアス作戦の概要と武蔵の現在の状況を聞いていた。

 

「現在武蔵は伊豆半島の南西10マイルを進路40度、速力10ノットで航行中と推測されます」

 

「本艦は現在全速で武蔵を追尾中で、学校からの指示はブルーマーメイドが到着するまで本艦の安全を優先しつつ武蔵を補足し続けよ、とのことだ」

 

「今度こそ遅刻しないように、って早めに出発してきたのに」

 

「おかげで武蔵の一番近くになっちゃうなんて‥‥」

 

「武蔵の生徒もウィルスに感染しているとみるべきだ」

 

尚その際、武蔵の乗員の状況を美波が追加説明を行い、武蔵の乗員は十中八九シュペーや比叡と同じ状況になっていると伝える。

 

(やはり、明乃ちゃんや真白ちゃんもあのウィルスに感染してしまっているのだろうか?)

 

(ミケちゃん‥‥)

 

美波の説明を聞き、武蔵に乗っている明乃と真白の安否が気になる葉月ともえか。

 

「私達も何かできないかな!」

 

比叡、シュペーと乗組員達を救ってきた天照の乗員としては武蔵の乗員らも救いたいと言う気持ちは強かった。

だが、

 

「私達は学校からの指示通りブルーマーメイドの支援を行います」

 

もえかはまだ何も始まってはいないが、武蔵には福内の部隊が向かっている。

彼女自身直接武蔵に接舷して明乃を助けたいが、もし福内の部隊で対処できるのであれば本職のブルーマーメイドに任せようと意向を固めていた。

皆が艦に残ってくれたことは嬉しい事だが、怪我だけはしてほしくないと言う気持ちがやはり強かった。

 

(万が一、福内さんの部隊が武蔵の足止めに失敗したらやはり天照を戦線投入しなければならないが、まだ手はあるな‥‥ようは武蔵の足と止めて時間を稼ぐことができればいいのだから‥‥)

 

葉月は海図とにらめっこをしながら万が一のことを想定した。

 

その頃、真冬率いるブルーマーメイド主力艦隊も武蔵を全速で追尾していた。

 

「我々の部隊は石垣島南方を40ノットで航行中。とにかく急行します!」

 

「主力のほとんどがフィリピン東方。戦力を集中する作戦が裏目に出たわね」

 

武蔵とブルーマーメイドが入れ違いになった事が今回のパーシアス作戦の前提を崩した。

特別作戦本部のモニターには真冬の艦の弁天と横須賀女子に設けられた対策室との映像回線が開かれている。

 

「間に合うのは最低限の備えとして九州沖に残しておいた福内隊だけで正直武蔵の足止めが出来るのか不安ね」

 

「他に動かせる船は?」

 

「ドッグでメンテ中の船が一隻…出せるかどうか…」

 

「約三時間半で武蔵は浦賀水道に入ります」

 

「天照は?」

 

「およそ二時間後に武蔵に追い付きます」

 

「‥‥葉月さん」

 

真雪はモニターに映っている天照の光点を祈るように見つめていた。

その頃、武蔵との会合点に向かっている天照では‥‥

 

「‥‥航海長」

 

「は、はい」

 

「少しの間、艦橋を任せても良いかな?」

 

「は、はい」

 

「艦長、少しいいですか?」

 

「えっ?う、うん」

 

葉月はもえかを連れて一時艦橋を降りた。

そして、葉月の部屋に行くと、葉月はクローゼットの中から一振りの刀とそれを吊るすベルトを取り出した。

 

「お、お姉ちゃん‥それは‥‥?」

 

「守り刀‥‥どうも嫌な予感がする‥‥これをつけていればきっとこの刀がもえかちゃんを守ってくれるだろうと思ってね」

 

そう言って葉月はもえかの刀が吊られているベルトを装着する。

 

「お姉ちゃんの分は?それに皆のも‥‥」

 

「自分は大丈夫だよ。それに皆は戦闘海域が近づく前に夜間艦橋とCICに分散させる」

 

「‥‥」

 

もえかは不安そうに自分の腰にベルトをつけている葉月を見ていた。

 

「か、艦長‥‥」

 

「ソレってまさか本物の刀?」

 

艦橋に戻って来たもえかは腰に刀をぶら下げていた事に皆はちょっとびっくりしていた。

 

「う、うん‥先任からの守り刀」

 

「良いですね、なかなか様になっていますよ艦長」

 

「あ、ありがとう」

 

そして武蔵との会合まで一時間を切った時、

 

「あと一時間以内で武蔵と会合する‥此処は艦長と自分が残る。他の乗員は夜間艦橋及びCICへ分散せよ」

 

葉月が艦橋メンバーに艦橋からの退避を呼びかけた。

 

『えっ?』

 

葉月の言葉にもえかを除く一同は一瞬唖然とする。

 

「で、でも‥‥」

 

「ど、どうして‥‥」

 

「もし、武蔵と戦闘になった時、この艦橋が狙われる可能性があるからね」

 

「でもそれだと艦長と先任が‥‥」

 

鈴が心配そうに言う。

 

「‥たとえ私達二人が倒れても今の皆ならきっと大丈夫だよ。それに私達もそう簡単にやられるつもりはないよ。だから此処は私達を信用して」

 

もえかと葉月が艦橋員メンバーを見て

 

「わ、わかりました」

 

「気を付けてください」

 

もえかと葉月を除く艦橋員メンバーは渋々といった感じで艦橋を降りて、鈴と内田、山下は夜間艦橋でそのまま操艦作業を続け、その他のメンバーはCICに移った。

ただマチコだけは展望デッキに残り引き続き見張り業務を続けた。

彼女の運動神経ならば問題ないともえかと葉月はそう判断したのだ。

 

この後戦闘が行われるかもしれないと言うのにこの一時間は穏やかな航海が続き、二人っきりの艦橋は静かでこの先戦闘が待っているとは思えなかった。

やがて、天照は武蔵の艦影を捉えた。

 

「目標こちらに向って発砲した模様!」

 

展望デッキに居るマチコが伝声管で報告する。

 

「回避! 面舵一杯!!」

 

マチコからの報告を聞きもえかが夜間艦橋に繋がる伝声管に向かって叫ぶ。

 

「お、面舵一杯!!」

 

もえかの指示で鈴が舵輪を思いっきり右に回し、回避するが武蔵の主砲弾は天照の近くで着弾し高い水柱を上げる。

そしてその衝撃で艦が揺れる。

 

「くっ‥‥」

 

「うっ‥‥」

 

「艦長! 撃った方がいいよ!」

 

「撃った方がまだ回避しやすいかと!」

 

「うぃ」

 

CICから砲雷科が此方も反撃した方が良いと言う意見具申が届く。

 

「‥‥くっ‥弾種、通常模擬弾!!第一、第二主砲に装填!!」

 

もえかが主砲に模擬弾を装填する様に伝える。

 

「通常模擬弾!!第一第二主砲に装填!!」

 

CICからもえかの命令を復唱する武田の声が聞こえる。

 

「装填完了!!」

 

「撃ち方始め!!」

 

「撃て!!」

 

天照の第一第二主砲が火を吹いた。

そして航行している武蔵の周りに天照から放たれた20インチの模擬弾が海上に着弾し高い水柱を上げる。

 

「武蔵に何か変わった動きは!?」

 

葉月が展望デッキに居るマチコに武蔵の事を尋ねる。

 

「武蔵、針路変わりません!!ただし速力は少し上げています!!」

 

マチコからの報告で武蔵はシュペー同様、針路を変えずに横須賀へと向かって行く。

そこへ、

 

「艦長、ブルーマーメイドです!ブルーマーメイドが到着しました!!」

 

CICに移った幸子からブルーマーメイドの到着を知らせる報告が届いた。

武蔵の後方からは福内が率いる四隻のインディペンデンス級沿海域戦闘艦が姿を現した。



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55話 決戦海域

 

フィリピン方面へと向かっていたと思われる武蔵はブルーマーメイドの監視網の網をくぐり抜けて横須賀へと向かっていた。

このまま武蔵が横須賀に辿り着けば横須賀、横浜、東京が武蔵の46cm砲により火の海になるかウィルスが拡散してしまう。

それは日本の政府機能をマヒさせてしまうことになる。

ブルーマーメイドの主力はフィリピン方面に展開中であったが、知らせを聞いて全速で引き返しているが武蔵の横須賀到着前に現場へと着くのはほぼ不可能。

残されたのは日本近海に残されていた福内率いる予備隊と天照のみ。

その天照は福内の部隊が到着する前に武蔵と会合し互いに一発ずつ砲火を交えた。

20インチ砲に流石の武蔵も分が悪い判断したのか速力を上げた。

そこへ、福内が率いるブルーマーメイドが到着した。

福内艦隊は天照の戦線離脱を支援するかの様に武蔵に五発の噴進魚雷を放つ。

放たれた噴進魚雷の内三発が武蔵の左舷に命中するが、三発程度の魚雷では武蔵の足を止める事は出来ず、武蔵は何事もなかったかのように航行を続けている。

 

「艦長、ブルーマーメイドより通信! 天照は至急この海域から退避せよとの事です!」

 

「事実上の撤退命令か‥‥」

 

鶫がブルーマーメイドからの通信内容をもえかに伝える。

ブルーマーメイドからの通信内容を葉月は撤退命令と判断したがやはり不安は拭えない。

本当に福内の艦隊だけで武蔵を止める事が出来るのか?

もえかもやはり武蔵の事が気になるのか海上の武蔵をジッと見ている。

 

「艦長、撤退命令は出ましたが予備兵力としてブルーマーメイド、武蔵の火器の射程外まで退避し引き続き武蔵監視の任を続行しましょう」

 

「う、うん。そうだね」

 

葉月はもえかにこのままこの海域に留まろうと言うともえかもそれに賛同し、夜間艦橋に居る鈴に指示を送る。

 

「本艦はこれより武蔵に対し強制停戦オペレーションを実行する」

 

福内が各艦に指示を送る。

 

「突入チームは武蔵乗員が学生であることを留意し極力格闘は避けるように」

 

今回のブルーマーメイドの作戦はスキッパー隊による強制停船オペレーション。

武蔵を停船もしくは減速させ抗体をもったスキッパー隊を武蔵に強襲させてウィルス感染した生徒に抗体を打ち込み、武蔵を完全停船させる作戦だ。

武蔵とやや距離を取り、同艦の左舷後方から単縦陣で接近した福内艦隊は作戦開始に合わせて右に90度回頭しつつ単横陣に続けて再び左に90度回頭し武蔵と同航し単縦陣を組む。

 

「凄い‥‥あんな綺麗に艦隊運動できるなんて‥‥」

 

夜間艦橋から福内艦隊の艦隊行動を見た鈴は感嘆する。

陸上とは異なり海では潮流の向きや速さ、海上の状況の影響を大きく受ける艦船は複数の艦船が統一された統一運動を行うことが難しい。

その難しい行動を一糸乱れずに行っている福内艦隊はたとえ予備兵力でも練度が高い事が窺える。

 

「二番艦(みやけ)、四番艦(はちじょう)。噴進魚雷攻撃始め」

 

福内艦隊の攻撃は武蔵の船体を捉え、再び武蔵の近くに幾つもの水柱が立つ。

 

「すご~!全部当たっているよ!」

 

CICから二番艦(みやけ)、四番艦(はちじょう)の攻撃が全弾当たった事を知った西崎が思わず声を上げる。

艦隊行動の他に攻撃による命中練度もやはり高かった。

それでも大和型特有の強固な水中防御構造に阻止されて効果的なダメージを与えられない。

やはり、艦数が圧倒的に足りない。

これが真冬率いる主力艦隊ならば、武蔵の足を止めるか速力を減速出来たかもしれない。

 

「武蔵の様子は?」

 

「砲撃は止まったけど損傷不明。速力変わらないわね」

 

福内が平賀に武蔵の状況を確認する。

だが、武蔵の速力が変わらない事から致命傷は与えていない事が窺える。

 

「一番艦(みくら)、三番艦(こうづ)右90度一斉回頭。突撃せよ」

 

福内艦隊はその機動力を生かして一度武蔵を追い抜き前方で大きく回り込むと続いて武蔵の右舷側へ攻撃を仕掛けた。

 

「主砲、攻撃始め」

 

一番艦みくらと三番艦こうづが武蔵に肉薄して武蔵を砲撃する。

スキッパー隊の脅威となりうる副砲を潰すのを目的としていたものでみくらとこうづの砲撃は武蔵の右舷副砲を潰した。

 

「目標右舷副砲破壊しました!」

 

「続いて二番艦(みやけ)、四番艦(はちじょう)噴進魚雷攻撃始め」

 

さらに武蔵の後方へ回り込むように運動した二番艦みやけ、四番艦はちじょうが再び噴進魚雷で武蔵を攻撃する。

しかし発射された噴進魚雷は見当違いの方向へと飛んでいく。

 

「何!?」

 

「作動不良!?」

 

「誘導システムにエラー発生!」

 

「魚雷発射管発射準備。無誘導に設定」

 

「了解」

 

無線による誘導が出来ないのであれば、学生艦と同じく無誘導のマニュアルで魚雷を打たなければならなくなった。

 

(んっ?何故、右舷側へ攻撃を変えたのだろう?)

 

葉月は福内艦隊の動きに疑問を感じた。

武蔵の足を止めるか減速させるならば、あのまま左舷を集中攻撃した方が良かったのではないかと思ったからだ。

両舷への散発的な攻撃はかえって武蔵に致命傷を与える事が出来ないのではないだろうか?

左舷に集中攻撃を加えて武蔵の左舷を浸水させれば注排水システムが作動して右舷の注水タンクへと海水が注水されるが、引き続き左舷側に攻撃を集中して右舷側のタンクを満水にしてしまえば武蔵の吃水は大きく下がり速力は嫌が追うにも低下する。

かつて天照が撃沈された時のように武蔵にも同じ戦法を使えば、撃沈させる訳では無いが武蔵を止める事が出来るはずだと葉月はそう思っていた。

 

「残弾各砲塔およそ90~100」

 

「針路変わらず。以前として浦賀水道に向かっています」

 

武蔵の艦橋では真白達正常組が武蔵に搭載されている砲弾の数と武蔵の行く先を検討していた。

 

「私達の船が…ブルーマーメイドを…」

 

乗艦している艦が味方の筈のブルーマーメイドを攻撃していることに関して意気消沈する角田。

 

「諦めずに私達は今、私達が出来る事を務めよう‥艦長がいたらきっとそう言うだろう。今は状況把握に努め、船を止めるチャンスを見つけることが私達の出来る精一杯の行動だ」

 

涙ぐむ角田に真白はハンカチを渡す。

今この艦橋での最高位は自分だ。

その自分が不安を見せればそれは他のクラスメイト達にも伝わり不安を増大させる要素となる。

真白だって不安で仕方ない中、気丈に振舞った。

それが上に立つ者の役割だと思って‥‥。

 

「副長‥‥」

 

とは言え、真白達にも余裕はなくなってきている。

約一ヶ月にもわたる艦橋ぐらし‥その途中で艦長の明乃の未帰還と言う最悪の事態がより状況を最悪にした。

と言うのも明乃が未帰還の後、警備が物凄く厳重となり真白達はあの日以降、艦橋の外へ物資を調達できずにおり艦橋にある残りの生活物資も残りが後僅かとなっていた。

 

二度にわたる攻撃でも武蔵に致命的なダメージを与えられず誘導兵器も使用不能となった福内艦隊は危険だが近距離での武蔵への攻撃を決意する。

 

「全艦魚雷攻撃始め」

 

武蔵の左舷側、単縦陣で同航戦から無誘導の魚雷で攻撃を仕掛けるが、やはり水中防御に守られた武蔵には大ダメージを与える事が出来ない。

逆に武蔵の砲撃を受けて四番艦のはちじょうが被弾し艦隊から落後した。

 

「四番艦被弾!ブルマー四番艦速力低下!」

 

展望デッキに居るマチコからの報告に葉月を除く天照の乗員は衝撃を受ける。

プロである筈のブルーマーメイドの艦が被弾して落後したのだから当然と言えば当然かもしれない。

 

「四番艦、はちじょうから報告!我航行不能!戦闘の続行不可能!」

 

「通常魚雷残弾ありません!」

 

はちじょうが落伍し、魚雷も残弾がなくなり戦況はいよいよ福内艦隊は追い詰められてきた。

 

「艦隊は目標右艦尾に回り込み突入要員の乗り移りを行う。各艦無人機準備次第発艦!」

 

魚雷を撃ち尽くした福内は最後の手段としてスキッパー隊による強襲接舷を選択する。

しかし、武蔵の火器及び機関はまだ健在の為、せめてものアシストとして無人飛行船を使用して艦橋及び測距儀と電探を目隠しして武蔵の砲撃を封じようとした。

無人飛行船が武蔵の火器を封じている間に機動力で勝るインディペンデンス級沿海域戦闘艦の機動力を生かして武蔵に肉薄し主砲と副砲を破壊、スキッパー隊で武蔵に強襲をかけようとした。

みくら、みやけ、こうづからは無人飛行船が発進し武蔵の艦橋近くを飛行する。

 

「無人機で目隠しを‥‥」

 

「流石ですね!」

 

今度こそ上手くいくかもしれないと思った福内の最後の作戦であったが、その作戦を武蔵はまるで読んでいるかのような対応をとった。

みくら、みやけ、こうづが武蔵に接近するのを狙っていたかのようにまず目障りな無人飛行船を武蔵は両舷の12.7cm高角砲で撃ち落した。

 

「速射砲!?」

 

突然の武蔵の反撃で判断が遅れた福内。

 

「面舵いっぱい!全速退避!」

 

福内は全艦に退避行動を命令するが武蔵の砲撃でみやけとこうづが被弾し落伍。

残るは福内のみくら一艦だけとなってしまった。

 

「ブルマー艦、残り一艦だけです!!」

 

マチコからの報告で天照の艦内では重い空気が流れる。

 

「ブルマー…一隻だけになっちゃったんだけど…」

 

CICで西崎が重苦しい感じで呟く。

 

(やはりこうなったか‥‥やむを得ない‥‥)

 

葉月は福内艦隊が全滅する事も計算の内で武蔵の足を止める策を練っており今こそそれを実行に移す時だと確信した。

 

「艦長‥‥宗谷校長と連絡を取ってもらえますか?」

 

「えっ?」

 

「武蔵の足を止める作戦があります。それを行うにはまず、宗谷校長の許可がなければ実行できないので‥‥お願いします。」

 

「わ、分かりました」

 

もえかは急いで真雪と連絡をとった。

 

「宗谷校長、天照艦長の知名もえかです」

 

「知名さん‥天照は今どこに?」

 

「現在、武蔵の主砲射程外ギリギリの距離を航行中‥引き続き武蔵を追尾しています」

 

「足止めに向かった福内さんの部隊が壊滅した報告はこちらでも受けました‥‥天照は直ちに現海域から離脱しなさい」

 

真雪は天照に戦線離脱を指示した。

 

「艦長」

 

葉月はもえかに声をかけ、真雪と繋がっている受話器を貸してくれと言う。

もえかは葉月に受話器を手渡す。

 

「宗谷校長」

 

「葉月さん」

 

「校長、撤退にはまだ早いです」

 

「貴女‥何を言って‥‥」

 

「武蔵の足を止めることが出来るかもしれない策があります」

 

葉月は真雪に自らが立てた作戦を伝える。

 

「成程‥‥」

 

「そのためにはまず、武蔵の測距儀を破壊しなければなりませんが‥‥その後‥‥」

 

「‥‥わかりました‥作戦を許可します」

 

「‥ありがとうございます。宗谷校長」

 

葉月は受話器を戻してもえかをジッと見る。

 

「艦長‥お話の通りです‥校長からの作戦許可は得ました。後は艦長の御決断次第です」

 

「‥‥」

 

真雪と葉月のやり取りを直ぐ近くで見ていたもえかは作戦の内容は理解していた。

だが、それでもリスクはある。

でも武蔵は止めなきゃいけない。

ブルーマーメイドも助けたい。

武蔵に乗っているみんなも助けたい。

それでも天照のみんなに何かあったらって思うとすごく怖い。

 

「でも‥それだと皆を‥‥」

 

「艦長‥‥皆は覚悟の上でこの艦に残ったのです‥‥皆を‥‥天照を信じて下さい」

 

「お姉ちゃん‥‥うん‥‥わかった」

 

もえかは早速、葉月が立てた作戦の準備をする。

 

「和住さん!!」

 

「は、はい」

 

「これから海兎を飛ばします!!準備をして下さい!!」

 

「えっ?この状況で海兎を飛ばすんですか!?」

 

「ええ、主計科の皆も和住さんと青木さんを手伝って!!」

 

もえかが和住に海兎の準備をする様に伝えている時葉月は、

 

「立石さん」

 

「うぃ」

 

「武蔵の測距儀を副砲で撃ち抜ける?」

 

「うぃ?」

 

葉月の言葉を聞き流石の立石も思わず声が裏返る。

 

「武蔵の艦橋の上の測距儀と後部の予備測距儀の両方を撃ち抜ける?主砲じゃなくて副砲で‥‥」

 

主砲では武蔵の乗員に死傷者を出す恐れがある。

故に測距儀を破壊するには副砲によるピンポイント射撃で破壊するしかない。

 

「で‥できる‥ただ‥‥ここからじゃ‥無理‥‥」

 

立石が言うように此処から出は副砲の射程外で撃っても届かない。

 

「距離に関しては海兎の発艦後に詰めるから大丈夫だよ。だからお願いね、立石さん」

 

「うぃ」

 

「艦長‥‥」

 

葉月がもえかの顔を見ると彼女を微笑んで頷く。

それを見て葉月も頷いた。

 

「それと西崎さん」

 

葉月はCICに居る西崎にも声をかける。

 

「ん?どったの?」

 

「砲雷科と水雷科で射撃が上手い人は誰?」

 

「えっ?射撃が上手い人?‥‥そりゃあ、私とタマだけど‥‥ああ、あと小笠原さんもなかなかの腕前だよ」

 

「じゃあ、西崎さんは高所恐怖症?」

 

「えっ?そこまで苦手じゃないけど‥‥」

 

「小笠原さんは?」

 

「わ、私ですか?私もそこまででは‥‥」

 

「じゃあ、二人は救命胴衣(ライフジャケット)を着て立ち入り禁止区画の前まで来て!!急いで!!」

 

「えっ?あ、うん」

 

「は、はい」

 

葉月は軍帽と上着を脱ぎ、ワイシャツの上から救命胴衣を着て西崎と小笠原を立ち入り禁止区画の前に集合させた。

本来ならば西崎といつも一緒に居る立石がいいかもしれないが立石には武蔵の測距儀を砲撃する仕事が有るので今回は小笠原に来てもらうことにした。

 

「では、艦長。自分は海兎の方へと行きます。艦を頼みます」

 

「うん。気をつけてね」

 

葉月ともえかが互いに敬礼して別れた。

そしてもえかは天照の乗員に作戦を下令する。

天照は一時、武蔵へと接近、同艦の測距儀と後部の予備測距儀を副砲で破壊する。

その後、海兎による攻撃で武蔵を止めるか足止めをする。

狙い目は武蔵の煙突だ。

もえかは葉月と真雪の会話を思い出す。

 

「武蔵の煙突を攻撃する?」

 

「はい‥内部の煙路を破壊して塞げば排煙は機関部に逆流して武蔵の機関員は退避せざるを得ない筈です。例えウィルスに感染しても生存本能が働き煙の籠る機関室へはとどまらない筈です」

 

「‥‥わかりました‥作戦を許可します」

 

葉月と真雪との間でこのような事があった。

空から煙突を攻撃するなんて今まで誰も考えたことは無い。

大和型の設計思想では想定していない攻撃方法だ。

だが、日本武尊型の場合はそれを想定して煙突を船体の上ではなく横に設置している。

もえかもこの作戦ならば成功するかもしれないと思った。

だが、その作戦を行うには武蔵の対空砲を黙らせなければならない。

やみくもに武蔵の上空へ行けば先程の無人飛行船と同じ末路を辿る事になる。

その為には武蔵の測距儀を破壊する必要がある。

測距儀を破壊すれば武蔵の射撃制度はガタ落ちになる。

その隙に海兎を武蔵の上空に飛ばして煙突を攻撃、武蔵を停止または足を鈍らせる。

これが葉月の考えた策であった。

 

葉月の指名により救命胴衣を着て立ち入り禁止区画の前まで来た西崎と小笠原。

天照には葉月の許可がなければ艦長のもえかでも入れない立ち入り禁止区画があった。

 

「そう言えばこの立ち入り禁止区画の中って何があるのかな?」

 

西崎が小笠原に立ち入り禁止区画の中には何があるのかを尋ねる。

 

「何だろう?でも此処って確か艦長でも先任の許可が無いと入れない場所なんでしょう?」

 

「じゃあ、私達が初めて入るって事?」

 

「まぁ、そうなるね‥‥でもさっきの先任の言葉も気になるし‥‥一体何をするつもりなんだろう?」

 

其処へ葉月がやって来た。

葉月は立ち入り禁止区画の前の扉に設置されている電子ロックのキーを叩き、次にブルーマーメイドの身分証をカードリーダーに通して鍵を開ける。

そしてガチャと音がして立ち入り禁止区画の扉が開く。

 

「こっちだ、急いで!!」

 

「「は、はい」」

 

葉月の後に続いて西崎と小笠原は初めて立ち入り禁止区画の中へと足を踏み入れた。

そしてある部屋のドアを開ける。

部屋の外の看板には『武器庫』と書かれていた。

 

「「‥‥」」

 

部屋の中に入った西崎と小笠原は唖然とした。

なかには沢山のライフルや手榴弾、拳銃が保管されていた。

 

「な、なんでこんなものが学生艦に積まれているのさ?」

 

西崎がもっともな質問を葉月にする。

 

「ん?万が一のことを思って積んでいたの。まさか、此処で役立つとは思わなかったよ」

 

((先任が思っていた万が一って一体何‥‥!?))

 

葉月の返答にも唖然とする二人だった。

そんな二人を尻目に葉月は武器庫の中であるモノを探してソレを見つけた。

 

「あった‥‥数は‥‥五個か‥‥少々心もとないけど贅沢は言っていられないか‥‥二人とも手伝って!!コレ全部持って行くよ!!」

 

「えっ?」

 

「この大きな箱全部ですか?」

 

「相手は超弩級戦艦‥ケチケチしてられないよ。むしろこれだけでも足りないぐらいだ」

 

そう言って武器の中にあった台車を用意して、三人は台車に箱を乗せ始めた。

 

「それでこれをどうするの?」

 

「海兎の所まで持って行く!!」

 

「その後は!?」

 

「コレを積んで、二人には空からこれで武蔵を攻撃してもらう!!」

 

「「空から!?」」

 

台車を押しながら葉月の言葉に驚く二人。

やがて、台車は海兎の下へとやって来た。

そこには和住、青木の他に主計科のメンバーが待っていた。



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56話 決戦海域 パート2

ウィルス感染した武蔵が横須賀に迫っている中、ブルーマーメイドの主力はフィリピンから全速で戻っているが、間に合わず最後の頼みは福内の予備隊だったが、その予備隊も武蔵に攻撃するが大和型特有の強固な防御の前に攻撃は意味をなさず、反対に武蔵からの攻撃で福内艦隊は壊滅状態となった。

福内は学生艦である天照に退避を指示するが、葉月ともえかは射程外まで退避しつつ海域からは退避することなく武蔵の動向を窺っていた。

そんな中、葉月が海兎を使ったある策を思いつき真雪に許可を得て作戦を実行した。

集められたのは砲雷科、水雷科の中でも射撃が得意とされる西崎と小笠原の二人。

そして、葉月を含めた三人は普段は立ち入り禁止区画となっている武器庫から大きな箱を五つ台車に乗せて後部甲板の海兎の下へとやって来た。

 

「先任何それ?」

 

後部甲板で海兎の準備をしていた美海は葉月達が持って来た箱の中身を尋ねる。

 

「ロケットランチャー」

 

「ろ、ロケットランチャー!?」

 

葉月の返答に海兎を準備していた美海、青木、和住、杵﨑姉妹、みかんは唖然とし、ロケットランチャーを運んでいた西崎と小笠原もまさか自分達がロケットランチャーを運んでいたとは思わず、彼女らも唖然としている。

 

「西崎さん、小笠原さん」

 

「「は、はい」」

 

「二人にはこれから海兎に乗ってコイツを武蔵の煙突の中に撃ち込んでもらいたい」

 

「えええっ!!」

 

「私達が武蔵に!?」

 

西崎も小笠原も此処に来て作戦の詳細を知り驚いている。

 

「で、でもなんで煙突を狙うのさ?」

 

西崎は攻撃目標が何故武蔵の煙突なのか疑問に思い葉月に説明を求める。

 

「それは‥‥」

 

葉月が真雪に説明した通り、武蔵の煙突を攻撃目標にする事を説明する。

 

「でも、ロケットランチャーで武蔵を止める事が出来るの?」

 

「そうですよ。武蔵の煙突にだって装甲が施されている筈です」

 

「確かに煙路開口部には『蜂の巣装甲』と呼ばれる厚さ30cm以上の銅板がある」

 

「それじゃあ‥‥」

 

「それでも、ブルーマーメイドの主力が間に合わず、福内艦隊が壊滅し、武蔵が横須賀に迫っている中、やらないという選択肢はない筈だ」

 

葉月は西崎と小笠原をジッと見る。

 

「もし、怖いと言うなら構わない。今から代わりの人員を選定する」

 

葉月はそう言うが、今から代わりの人員など選んでいる時間的余裕はない。

これは賭けに過ぎなかった。

西崎と小笠原、最悪どちらか一人でも来てほしかった。

 

「代わり?何言ってんのさ、先任」

 

西崎はニヤリと口元を緩める。

 

「堂々とあの超弩級戦艦に向けてロケットランチャーを撃てるんだよ。こんな機会もう二度とないじゃん。タマには悪いけど私は行くよ!!」

 

西崎は行くと言う。

 

「私も!!あっ、でも先任一つ確認」

 

「なにかな?」

 

「壊しても成績に響いたり、犯罪とかにはならないよね?」

 

「ああ、有事の際の出来事だ。超法規的措置がとられる」

 

「じゃあ、行きます!!」

 

西崎も小笠原も堂々とロケットランチャーを撃ててしかも物を壊しても罪に問われないと言う事で行くと言う。

ロケットランチャーを海兎に積み込み西崎と小笠原も海兎へと乗り込む。

 

「海兎が発進したら、天照は武蔵の電探と測距儀を破壊する為、一時武蔵へと接近する。被弾の可能性があるから左舷側には近づかない様に!!なるべく中央区画か右舷側に居て!!」

 

葉月は海兎の発進準備をしていた美海、青木、和住、杵﨑姉妹、みかんらに海兎の発艦後の注意を呼び掛ける。

 

「分かりました!!先任たちも気を付けて!!」

 

やがて、海兎の発艦準備が整うと、

 

「こちら、海兎。発艦準備完了!!」

 

「艦橋了解、発艦を許可します。気をつけてね、皆」

 

発艦許可が出て海兎は天照の飛行甲板から飛び上がった。

 

「おおー本当に飛んでいる!!」

 

「凄い!!」

 

初めての飛行体験に西崎と小笠原は物凄く興奮していた。

海兎が天照から発艦したのを確認し、天照は武蔵の電探・測距儀を破壊する為、武蔵へと接近する。

 

「発光信号用意」

 

もえかは武蔵に対して無駄であると思うが発光信号を放つ。

その発光信号は武蔵の艦橋で立てこもっている真白達も確認した。

 

「副長、天照から発光信号です」

 

「何と言っている?」

 

「ム・サ・シ・二・ツ・グ・テ・イ・セ・ン・セ・ヨ」

 

天照は武蔵に対して停船信号を送るが武蔵は当然無視をしてしかも砲塔を天照へと向ける。

 

「艦長!!砲塔が動いています!!前部第一、第二主砲の旋回を確認!!」

 

「砲口はこちらを向けています!!」

 

「機関、最大船速!!目標、武蔵!!」

 

天照の機関が轟音を上げ、速力を上げ武蔵へと迫る。

 

「半潜航行開始!!」

 

もえかは天照の被害を最小限にする為天照を半潜航行させる。

そんな天照に向けて武蔵は砲撃して来る。

 

「武蔵より発砲炎を確認!!」

 

展望デッキからマチコの叫びが艦内に響く。

やがて、ヒューッと空気を割くような音が聞こえてきたと思ったら、天照の周りに大きな水柱が立つ。

 

「初弾近弾!!」

 

(武蔵の砲弾が尽きるまで回避したい所だけど、そんな時間はない)

 

「発光信号は止めずにこのままの速度を維持して武蔵へ接近!!」

 

もえかは恐れる事無く各パートへと指示を送る。

舵を握る鈴も武蔵の46cm砲の至近弾を受け、ビビるが今ここで勝手に舵を回す事は出来ない。

恐怖を必死に誤魔化す為、舵輪をギュッと強く握る。

 

「天照、尚も発光信号を発しながら接近してきます」

 

「‥‥こちらも天照へ発光信号用意。天照に此方の状況を知らせつつ退避を要請」

 

「は、はい」

 

真白は艦橋に備えてあった発光信号機を使って天照へと発光信号を送った。

その発光信号を展望デッキのマチコが確認する。

 

「武蔵艦橋より発光信号!!」

 

「っ!?」

 

武蔵からの発光信号という報告を聞き天照の艦内に衝撃が走る。

まだ艦内にはウィルス感染していない者がいた。

 

「野間さん、武蔵は何て?」

 

「えっと‥‥キ・カ・ン・ハ・ソ・ノ・マ・マ・キョ・リ・ヲ・ア・ケ・タ・シ・セ・ッ・キ・ン・ハ・キ・ケ・ン・シュ・ホ・ウ・ダ・ン・イ・マ・ダ・ホ・ウ・フ・ム・サ・シ・フ・ク・チョ・ウ・ム・ネ・タ・ニ・マ・シ・ロ」

 

「宗谷さん無事だったのね!!」

 

マチコの報告は天照の艦内に伝えられ、真白の無事に機関制御室にいた黒木は歓喜した。

 

「なら助けるしかない!」

 

例え明乃の安否が知れない事がもえかにとって不安であってもまだ正常者が居ると言うのであれば助けなければならない。

 

「立石さん、まだ副砲で艦橋上部の電探・測距儀を狙えない?」

 

「まだ‥‥距離が‥足りない」

 

もえかが立石にまだ武蔵の電探・測距儀を狙えないか尋ねるがまだ武蔵と天照の距離があり狙えない。

武蔵の電探・測距儀を破壊するにはもっと武蔵に接近しなければならない。

その間にも武蔵からは46cm砲弾が降り注ぐ。

 

「総員、衝撃に備えよ!!」

 

距離が近づくにつれ夾叉する間隔が短くなってくる。

そして、天照に凄まじい衝撃が襲う。

 

「左舷高角砲群被弾!!」

 

等々武蔵の46cm砲弾が天照に命中した。

 

「艦長、応急処置はどうします!?」

 

和住がもえかに被弾箇所の応急処置はどうするかを尋ねるが、

 

「今はいい!!」

 

もえかは武蔵との接近最中に応急処置作業は危険と判断し、和住達応急員達には待機を命じた。

 

「艦長、間もなく武蔵が副砲の射程内に入ります!!」

 

「野間さん、武蔵の宗谷さん達に発光信号!!」

 

「はい!!」

 

マチコは武蔵の艦橋に居る真白達に発光信号を送る。

 

「ふ、副長。天照より再び発光信号です!!」

 

「天照は何と言っている!?」

 

「‥‥破壊予告です」

 

「破壊予告!?」

 

「はい、電探・測距儀を破壊するので艦橋に居る者は衝撃に備えよとのことです」

 

「っ!?総員衝撃に備えよ!!」

 

真白が艦橋に居る角田、小林、吉田に注意すると皆は床に伏せる。

 

「第三副砲、第九副砲、諸元入力完了!!目標、自動追尾開始!!」

 

「撃ち方始め!!」

 

「てぇぇー!!」

 

第三副砲は武蔵の艦橋上部にある電探・測距儀を狙い、後部の第九副砲は武蔵の後部にある予備電探・測距儀に狙いを定めて撃つ。

やがて武蔵の艦橋に衝撃と轟音が襲い掛かる。

 

「キャァァァァ」

 

「うっ‥くっ‥‥」

 

衝撃と轟音に真白達は思わず悲鳴を上げる。

そして目を開けた真白の目に飛び込んできたのは撃ち落された武蔵の電探・測距儀が落下していく光景だった。

 

「予告通りに電探・測距儀を!?」

 

目の前の現実に真白達は驚愕するしかなかった。

破壊された武蔵の電探・測距儀は轟音を立てて武蔵の甲板上に落ちた。

艦橋上部の電探・測距儀が破壊されたのと同時に後部にある予備の電探・測距儀も天照の副砲弾の攻撃を受けてバラバラになった。

これで武蔵の射撃性能と命中精度はガクッと落ちる事となった。

 

「やりました!!艦長!!目標の撃破を確認!!」

 

マチコから目標である武蔵の電探・測距儀を破壊した報告を受け、もえかは、

 

「退避行動!!左舷バウスラスター全開!!面舵一杯!!ダッシュ!!水流一斉噴射!!」

 

武蔵からの射程外への退避を命令した。

 

「お、面舵一杯!!」

 

鈴が舵を勢いよく右へと回す。

 

「ガッテン!!水流一斉噴射!!」

 

機関制御室では機関員が機関を制御して水流を一斉に噴射して天照の速度を上げて武蔵との距離を取る。

電探・測距儀を破壊され射撃性能が落ちた武蔵であるが標的である天照がデカい為に目視による直接射撃で『逃がさん』と言わんばかりの砲撃をして来る。

 

「左舷後部被弾!!」

 

「構わない!!このまま射程外まで退避!!退避後は半潜航行止め、応急処置にかかれ!!」

 

(後は任せるよ‥お姉ちゃん。頑張って)

 

もえかはやるべき事はやり、後の事を海兎の葉月達に委ねた。

 

「よし、予定通り天照は武蔵の電探・測距儀を破壊したみたいだ‥」

 

「でも、武蔵の針路も速力も変わらないままみたい」

 

射撃性能が落ちても武蔵はそれを無視して横須賀を目指していく。

 

「電探が破壊された事で武蔵はまだ此方を補足していない。こちらも予定通り、このまま武蔵後方より突入する。攻撃準備を」

 

「は、はい」

 

「了解」

 

西崎と小笠原は箱の蓋を開けて中のロケットランチャーを取り出す。

 

「間もなく攻撃開始地点だ‥これより高度1千まで上昇する」

 

(電探をやられたととは言え、武蔵も攻撃されれば嫌でも気づくはず‥‥二発目以降は対空砲火浴びるかもしれないな‥‥)

 

「いくよ」

 

「「はい」」

 

「突入開始!!」

 

海兎は武蔵に気づかれる事無く後ろから忍び寄る。

 

「うひょ~空から見てもやっぱり武蔵は大きなぁ~」

 

ロケットランチャーの照準器越しに空か見た武蔵の感想を述べる西崎。

 

「ターゲットは‥‥あそこか‥‥15万馬力の機関の熱源‥‥頼むよ迷わずに‥‥食らいつけ!!」

 

そして狙いを定めて西崎は引き金を引いた。

 

「次!!」

 

一発目を撃った後、すぐさま次弾を撃つように西崎は小笠原に次のロケットランチャーを撃つように言う。

 

「OK!!」

 

ズドーン!!

 

西崎が撃った一発目は見事に煙突の天井部にある軽装甲を破って命中する。

その直後に二発目‥小笠原が撃ったロケットランチャーが命中する。

 

「二発とも命中を確認!!上手いぞ、西崎さん、小笠原さん!!」

 

海兎のコックピットから初弾と次弾が命中した事を確認した葉月は二人を褒める。

 

「武蔵も此方に気づいた筈だ。次からは回避運動をしながらの発射になる!!安全ベルトの確認を要チェックね!!」

 

「「はい!!」」

 

「先任も当たらない様にしてよね!!」

 

「ああ、任せろ!!」

 

葉月は操縦桿をグッと握る。

西崎は三発目のロケットランチャーを放つ。

武蔵の方も空から攻撃をしてくる正体不明の飛行物体を放置しておくわけにはいかず、高角砲群の中になる測距儀から指示を送り高角砲を撃って来た。

武蔵の高角砲群火を吹いたのと同時に三発目のロケットランチャーが命中する。

 

「三発目、命中」

 

「先任、武蔵に何か変化はある!?」

 

小笠原が武蔵に何か変化があるかを尋ねるが、

 

「いや、未だに針路・速力変わらず」

 

ロケットランチャーを三発食らっても武蔵の機関は未だに健在の様子だった。

 

「かぁ~やっぱ手ごわいねぇ~」

 

「此方、海兎。天照へロケットランチャー三発目の命中を確認。武蔵機関へのダメージは確認不能。しかし、未だに針路、速力に変化が無い事から無傷化と思われます」

 

葉月は天照に現状を報告する。

 

「武蔵も其方に気づいた筈です。詳細を報告してください」

 

「はい、武蔵も此方に向けて高角砲を射ち上げて来ています。ですが、射撃管制は甘く本機の機動にはついていけていません。これなら十分に躱せます。引き続き武蔵への攻撃は続行します」

 

武蔵は電探を破損している為、高角砲群の測距儀では機動力のある海兎を捕捉する事が出来ず、高角砲は弾幕を張るぐらいでとどまっている。

 

「ロケットランチャーの弾はまだまだある。派手な花火をもっと武蔵に見せつけてやれ!!」

 

「「はい!!」」

 

その後も西崎と小笠原は武蔵の煙突にロケットランチャーを撃ち込むが武蔵には未だに変化がなく、ロケットランチャーの弾だけが減って行く。

 

「先任、武蔵に何か変化は!?」

 

「未だに27ノットの速力を出している‥‥最後の攻撃は少し待って!!」

 

「は、はい?」

 

「どうして?」

 

葉月の言葉に西崎と小笠原は首を傾げる。

 

(ロケットランチャーの弾は残りあと一発‥‥どうする?このまま攻撃して止められるか?それとも多少危険を冒してでも武蔵の至近距離‥直上までいって攻撃するか?)

 

最後の一発だからこそ、これで決めなければならない。

 

「先任、煙突の上まで行ける?」

 

「えっ?」

 

西崎が海兎を武蔵の煙突の上に飛ばしてくれと言う。

時間的にも横須賀への距離も考えても多少の危険もやむを得ない。

 

「‥‥わかった。海兎より、天照へ」

 

「此方、天照。海兎どうしました?」

 

「ロケットランチャーの残弾数‥残り一発。ですが、武蔵未だに速力変わらず‥作戦の変更を行います」

 

「作戦の変更?どうするんです!?」

 

「燃料が一杯に詰まった増槽を武蔵の煙突内に投下、その後ロケットランチャーを打ち込みます」

 

「『煙突内に投下』って、まさか武蔵の煙突の直上に行く気ですか!?危険です!!」

 

「大丈夫‥電探を潰されて対空砲はお粗末‥対空砲の弾幕が薄い後部上空からの突入なら接近は簡単です」

 

「で、でもそんな危険な事は‥‥」

 

「では、どうする?艦長?このまま武蔵を横須賀に案内する?」

 

「うっ‥‥」

 

葉月の言葉にもえかは言葉を詰まらせる。

 

「‥‥分かりました‥でも、絶対に帰ってきてね」

 

「了解。機体反転、目標、武蔵後方上空!!二人ともしっかり掴まっていて!!」

 

葉月の指示に従い西崎と小笠原はギュッと手すりにしがみつく。

 

(武蔵まであと2千‥‥すでにこの機体は両舷の高角砲の死角に入った。主砲、副砲も沈黙したまま‥‥残る脅威は艦尾の機銃‥この砲火を抜ければ煙突開口部はすぐそこだ!!)

 

「突入するぞ!!」

 

海兎は武蔵の対空砲を避けるため海面すれすれの超低空で武蔵の懐に侵入し甲板を掠めてほぼ垂直に上昇する。

 

「高度一千に達したら、今度は一気に三百まで降下する!!攻撃準備を!!」

 

「了解!!」

 

「今度こそ、止めてやる!!」

 

西崎と小笠原は最後に残ったロケットランチャーの準備を行う。

 

「目標高度まで残り50m‥最終針路を確認‥引き起こし!!ホバリングに移行!!左舷増槽投下用意!!」

 

やがて、海兎は武蔵の煙突の上に到着した。

 

「左舷増槽投下!!」

 

海兎の左舷に備え付けの増槽が武蔵の煙突の中に吸い込まれて行く。

 

「先任!!うまい具合に入りました!!」

 

小笠原が増槽は無事に武蔵の煙突の中に入った事を伝える。

 

「撃って!!」

 

「了解‥くらえ!!」

 

続いて西崎が放った最後のロケットランチャーが煙突の中に入って行く。

 

「よし、命中!!」

 

「爆炎は!?」

 

「まだ確認できていません!!」

 

増槽そしてロケットランチャーは見事命中したが未だに武蔵の煙突からは何のリアクションも起きていない。

失敗かと思われたその時、轟音と共に武蔵の煙突の一部が吹き飛んだ。



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57話 決戦海域 パート3

横須賀に迫るウィルス感染した武蔵を止める為、海兎からのロケットランチャーの攻撃を開始した葉月達。

しかし、強固な武蔵の防御力に決定打を与えられないままロケットランチャーの弾は次第に減って行く。

やがてロケットランチャーの弾は最後の一発だけとなる。

だが、武蔵は未だに平然と航行している。

最後の一発を決める為、危険を冒して武蔵へと急接近する海兎。

そして武蔵直上にて海兎の増槽と最後のロケットランチャーの弾を撃ち込む。

しばらくして武蔵の煙突から大爆発が起こり、煙突の一部を破壊した。

 

「やった!!」

 

「おぉーすっごい!!」

 

「武蔵の様子は!?」

 

操縦席の葉月は西崎と小笠原に武蔵の状況を尋ねる。

武蔵の煙突から起こった爆発を見て武蔵はもう止まるかと思った。

だが‥‥

 

「‥‥武蔵の艦尾より、航跡(ウェーキ)を確認」

 

「武蔵、約10ノットでなおも航行中‥‥」

 

しかし、武蔵は10ノットになりながらもまだ動いていた。

武蔵がまだ動いている報告を西崎と小笠原は悔しそうに葉月へと伝える。

 

「くっ‥‥作戦は‥‥失敗だ‥‥」

 

西崎と小笠原からの報告を聞いて葉月はギリッと奥歯をかみしめる。

危険を冒してまでも敢行した作戦は武蔵の足を鈍らせることは出来ても完全に止める事が出来なかった。

作戦が失敗した事に葉月は悔しそうに呟く。

 

「此方海兎‥‥作戦は‥‥残念ながら‥失敗です‥‥武蔵は未だに速力10ノットにて航行中‥‥」

 

葉月は天照へと現状を報告する。

 

「‥‥此方天照。了解しました‥海兎は直ちに帰還してください」

 

「了解」

 

もえかから帰還命令を受けて海兎は天照へと戻ろうとする。

しかし、煙突を破壊された武蔵もこのまま海兎を逃がすつもりはないらしく12.7cm高角砲と25㎜機銃が海兎目掛けて火を吹いた。

行きは武蔵の死角を突くことが出来たが帰りはそうはいかない様で海兎は武蔵の弾幕の中をその機動力を生かして必死に逃げる。

 

「うわぁぁぁぁぁ」

 

「きゃっ」

 

「二人とも!!しっかり掴まっていて!!」

 

何としてでも二人を無事に天照へと帰さなければならない。

そう思いつつ必死に操縦桿を操作する葉月。

しかし、武蔵の対空射撃は容赦なく撃ち続けられ、25㎜機銃の銃弾が海兎の機体を捉えた。

操縦席からはヴィー、ヴィーと警報音が鳴り響く。

 

「せ、先任どこからやられたの!?」

 

警報音を聞き西崎と小笠原は不安そうな顔をする。

葉月が急いで被弾化箇所を調べると燃料の残量を示すメーターがぐんぐんと降下していくのが見えた。

被弾箇所はどうやら海兎の燃料タンクの様だ。

 

「せ、先任?」

 

「燃料タンクをやられた」

 

「「えっ!?」」

 

葉月の言葉に固まる西崎と小笠原の二人。

 

「ちょっ、先任、それ大丈夫なの!?」

 

「天照まで戻れるの!?」

 

燃料タンクがやられた事に無事に天照へと戻れるのか?

このまま海へボチャンになるかもしれないと言う不安が西崎と小笠原にはあった。

 

「此方海兎、緊急事態発生」

 

「此方天照。どうしたの!?現状を報告されたし!!」

 

「武蔵の攻撃により海兎の燃料タンクを被弾‥‥残念ながら、天照へは‥‥戻れそうにありません」

 

今の海兎の位置から天照までの距離、そして燃料の噴出から考えて葉月は天照へと帰ることが出来ないと判断した。

増槽があればギリギリで戻れたかもしれないが、その肝心の増槽は武蔵の煙突に落としてしまった。

 

「そ、そんな!?」

 

葉月からの報告を聞いてもえかは絶望に染まった声を出す。

 

「せ、先任‥‥」

 

「私達死んじゃうの?」

 

海兎に乗っている西崎と小笠原も顔を青くしている。

 

「乗員は墜落前に海へ避難させます。よって乗員の救助をお願いします」

 

「分かりました。直ぐにスキッパーを救助に出します!!」

 

「お願いします‥‥すまない‥そう言う訳だ。二人とも救助が直ぐにくる。海兎が墜落する前に海へ逃げて。海面ギリギリまでホバーリングするから」

 

「先任はどうするのさ?」

 

「此奴(海兎)を離れた海域に落す」

 

「そ、そんな!?」

 

「それじゃあ、先任は‥‥」

 

西崎と小笠原は葉月がこのまま海兎と一緒に海へ沈んでしまうのではないかと思った。

 

「大丈夫、自分も墜落前に海に逃げるから」

 

海兎は武蔵から離れると海面ギリギリの高さでホバーリングをして停止する。

 

「さあ、今のうちに逃げて!!」

 

「う、うん」

 

「先任も天照で会おうね!!」

 

西崎と小笠原はそう言って海へと飛び込んでいく。

二人はライフジャケットを着ているので沈む事はないし、救助もすぐにやってくる。

西崎と小笠原が海に飛び込んだのを確認した葉月は二人を海兎の墜落から巻き込まない様に一人海兎の操縦席に残って海に浮かぶ西崎と小笠原から離れる。

そしてある程度二人から離れるとシートベルトを外して操縦席のドアを蹴りで壊すと自らも海へとダイブする。

操縦者を失った海兎は錐揉み状態となりやがて海へと墜落した。

 

(ゴメン‥‥海兎‥‥)

 

墜落し海へと沈んでいく海兎を見ながら葉月は天照へと帰す事の出来なかった海兎に謝った。

 

「先任!!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

葉月が海に沈んでいく海兎を見ていると後ろからスキッパーに乗った西崎と小笠原が声をかける。

どうやら二人とも無事に救助されたみたいだ。

 

「先任、掴まるぞな」

 

スキッパーの運転席から勝田が手を伸ばす。

 

「すまない」

 

葉月は勝田の手を掴んでスキッパーに救助された。

 

海兎の乗員を救助したスキッパーは天照へと戻った。

西崎と小笠原は着替えに戻ったが、葉月は着替える時間も惜しいと思い濡れたままの状態で艦橋へと戻った。

 

「お姉ちゃん!!」

 

艦橋に戻るともえかが葉月に抱き付く。

 

「も、もえかちゃん。服‥濡れちゃうから離れて」

 

葉月は濡れている自分に抱き付いたままだともえかの服も濡れてしまうので自分から離れろと言うがもえかは葉月に抱き付いたままで呟く。

 

「心配したんだからね」

 

もえかの声は大事な人を失う不安のせいか震えていた。

 

「ごめん‥それに武蔵の足を完全に止められなくて‥‥」

 

葉月はもえかに心配させた事、そして武蔵を止められなかった事を謝った。

 

「ううん、お姉ちゃんが‥‥皆が無事に戻って来てくれたことが今は嬉しい」

 

「もえかちゃん‥‥」

 

葉月もそんなもえかを抱きしめ返す。

もえかの服が濡れてしまうが既に上着は海水で湿っている。

これ以上はもう関係ないのでお互いに気にせずに二人は抱き合った。

 

「艦長、みくらから通信です」

 

抱き合っていた二人を現実に戻したのは鶫の声だった。

彼女の声を聞いて慌てて離れる二人。

しかし、頬はほんのりと赤い。

 

「な、なにかな?」

 

「『これよりみくらは武蔵の航路を妨害すべく機雷を敷設。天照は現海域より離脱せよ』‥以上です」

 

「機雷を敷設!?」

 

みくらの行動に思わず声を出すもえか。

非常時とは言え、本来は航路啓開と安全維持を目的とするブルーマーメイドにとって機雷敷設という手段は福内にとっても断腸の思いだったに違いない。

しかし、速力が低下しても武蔵の攻撃力が落ちた訳ではない。

武蔵はみくらを航路上の危険と判断し、みくらへの攻撃を開始した。

みくらは機雷敷設の為、動きが単調になり機雷敷設前に被弾し航行不能に陥った。

 

「みくら被弾!!」

 

「航行不能に陥った模様!!」

 

「福内さん!!大丈夫ですか!?」

 

「え、ええ‥‥なんとか‥‥でも、ごめんなさい。折角、葉月さん達が武蔵の足を鈍らせてくれたのに‥‥」

 

葉月は急いでみくらと連絡を取り福内の安否を確認する。

艦は被弾して大破したが乗員は無事な様子。

だが、みくらがやられた事により福内艦隊は全滅。

残っているのは中破した天照一艦のみとなった。

 

「横須賀には緊急避難警報が出されるわ。天照も避難して」

 

福内は天照へと再度退避を指示する。

 

横須賀では、福内艦隊全滅の報告が入る。

 

「福内艦隊は全滅」

 

「武蔵、速力10ノットにてなおも横須賀へと進行中」

 

「避難状況は?」

 

「東京湾内全域に警報を発令しました。しかし間に合うかどうか‥‥」

 

「学校艦に総員退艦命令を‥それから国土保全委員会にホットラインを繋いでください」

 

「はい」

 

真雪は国土保全委員会に現状を報告する。

 

「校長の宗谷真雪です。報告します。海上保安法第12条に基づき横須賀女子海洋学校に緊急事態を宣言します」

 

「なん…だと…」

 

「私は艦橋に上がりますので失礼します」

 

真雪はまだドックで整備中の艦を動かし自らが乗艦する旨を国土保全委員会に伝えると校長室を後にしようとした。

 

「委ねるしかないのか…来島の巴御前に…」

 

国土保全委員会のメンバーの一人がボソッと呟く。

 

「何ですかそれ…?」

 

「十五年前領海内を荒らしまわっていた武装船団を単艦で殲滅したのがあの校長だ」

 

国土保全委員会が真雪の過去の武勇伝を語った。

 

真雪が校長室を出ようとした時、

 

「校長」

 

真雪に声をかける人物がいた。

 

「貴女は‥‥」

 

「私に行かせてください」

 

「体の方はもう大丈夫なの?」

 

「はい。それに生徒達が頑張っている中、病院で呑気に休んでいる訳にはいきません」

 

「‥‥分かりました。貴女に任せます」

 

「ありがとうございます」

 

その人物は真雪に礼を言うと艦船ドックへと急いで向かった。

 

 

みくらが航行不能になり天照は武蔵の主砲射程外を並走している。

 

「私達…何もできないの…?このまま武蔵を浦賀水道に行かせちゃうの…?」

 

着替え終わりCICに戻った西崎が残念そうに呟く。

彼女としては海兎で武蔵を攻撃し、その武蔵を止められなかったと言う苦い思いがあるので悔しさは人一倍ある。

 

「…主砲。いつでも撃てるけど」

 

「艦橋!速力このままでいいの!?」

 

「艦長!おにぎりできています!」

 

「カレーもあります」

 

「おしるこも」

 

「‥‥艦長‥どうしますか?」

 

各部署から報告を聞き、葉月はもえかに決断を尋ねる。

このままブルーマーメイドの指示に従い現海域を離れるか?

それとももう一度学校に具申して武蔵へ向かうか?

 

「‥‥」

 

しかし、もえかは決断を下せない。

先程の海兎の件を見て今度は天照を武蔵へと向かわせれば一体何人の怪我人がでるだろう?

いや、死者が出るかもしれない。

皆、覚悟を決めて艦に残ってくれた。

でも、本音を言えば誰も怪我をして欲しくはない。

でも、このまま武蔵を横須賀へと向かわせれば大勢の人々が傷つく。

 

「‥‥」

 

もえかは親指の爪を噛み決断に迷う。

不安、恐怖の為か小さく震えている。

 

「‥‥艦長‥艦長の優しさ‥そして艦長と言う役職の重責、辛さはわかります。でも、艦長は最善だと思う決断をして下さい。艦長の決断を皆が‥‥天照の皆が支えますから‥‥そう思っているのはきっと自分だけではない筈です。その為、皆は敢えて艦に残ったんです」

 

「艦長!!私達もっとやれるよ!だから行こう!!」

 

CICから西崎がもえかに退避ではなく武蔵へと行こうと言う。

 

「私だってもう逃げてばかりじゃありません!なんだってできます!だから‥行きましょう!!武蔵の皆を助けに!!」

 

夜間艦橋からは鈴が涙目になりながらももえかに武蔵へ行こうと言う。

 

「そうですとも…」

 

「できるできる!」

 

西崎と鈴の言葉を着て楓と慧も賛同する。

 

「為せば成る」

 

医務室では美波も武蔵へと行こうと言う。

 

「海の仲間に超えられない嵐はないんでしょう?」

 

「先任‥皆‥‥」

 

「明乃ちゃんはきっと艦長が来るのを待っています。行きましょう!!」

 

「‥‥うん!!各員に達する!!本艦はこれより武蔵の横須賀進行の阻止、および乗員の救助を行う!!機関、最大船速!!目標武蔵!!」

 

もえかは決断を下した。

 

「野間さん、武蔵に発光信号!!宗谷さんに救助に向かう事を伝えて!!」

 

「了解」

 

もえかからの指示でマチコは武蔵の艦橋に居る真白達に発光信号を送る。

 

「副長!天照から発光信号です!」

 

「天照はなんと言ってきている?」

 

「『コ・レ・ヨ・リ・ア・マ・テ・ラ・ス・ハ・キ・カ・ン・ノ・キュ・ウ・ジョ・ニ・ム・カ・ウ‥‥ク・リカ・エ・ス・ワ・レ・キ・カ・ン・ノ・キュ・ウ・ジョ・ニ・ム・カ・ウ』以上です」

 

「‥‥」

 

真白はジッと武蔵の横を並走している天照の艦影をジッと見た。

 

「このままではあと二十分で武蔵が浦賀水道に侵入する!」

 

『繰り返します。ただちに全員退艦してください』

 

ウィルス感染した武蔵が接近していると言う事で各地に避難警報が発令される。

 

「校長。天照から通信です」

 

「繋いで」

 

「はい」

 

「天照艦長、知名もえかです。校長先生、もう一度武蔵への作戦行動を許可願います。クラス全員の同意は取れています。やらせてください!!お願いします!!」

 

「‥‥分かりました。武蔵への作戦行動を横須賀女子海洋学校校長・宗谷真雪が許可します」

 

真雪としては海兎の攻撃が失敗し、福内艦隊も既に全滅し、ウィルス感染した武蔵が迫っている今、心苦しいがもはや手段を選んでいる暇はなかった。

本音を言えばもうこれ以上生徒を危険な目に遭わせたくはなかったが、このままウィルス感染した武蔵が横須賀に入れば国家そのものが危機にさらされる。

真雪は断腸の思いで天照に攻撃命令を許可した。

 

「ただし攻撃は一回だけ地上側でも武蔵への対応を用意しています。反復攻撃の必要はないわ。五分…いえ、三分時間を稼いでくれればそれで十分よ」

 

「はい!」

 

三分もあれば、ドックから出撃したあの人が率いる艦隊が天照の援護を出来ると確信していた真雪。

 

「それと武蔵の艦橋では宗谷副長が艦橋に立てこもって奮戦中です。無線は通じませんが発光信号での通信は可能です」

 

「分かりました。ブルーマーメイド側も作戦行動を許可します。武蔵への接近及び作戦行動を了承します」

 

真霜も真雪同様、天照の武蔵攻撃を許可した。

 

「それでは行きましょうか?艦長」

 

葉月は流石に濡れたワイシャツは気持ちわかったのかワイシャツを脱ぎ、その上から一種軍装の上着を纏い、軍帽を被り直してもえかに声をかける。

 

そしてCICからもクラスメイト達がもえかに声をかける。

 

「狙われるものより狙う方が強いんです!」

 

「その通り!」

 

「うい!」

 

「艦長、指示をお願いします!」

 

「うん。30度ヨーソロー!」

 

「30度ヨーソロー!」

 

鈴がもえかの命令を復唱して舵輪を回す。

 

「機関最大船速、前進いっぱーい!」

 

「前進一杯でぇい!」

 

天照の機関がうなりと轟音を上げて速力が上がっていく。

 

「ミケちゃん‥‥待っていて」

 

次第に近づき姿が大きくなってくる武蔵をもえかは睨むようにジッと見つめる。

其処に居る大事な親友を助けるために‥‥

天照と武蔵‥‥国家の命運をかけたラストバトルが始まろうとしていた。

 



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58話 決戦海域 パート4

ウィルス感染した武蔵が浦賀水道に到達するまであと残りわずか20分の猶予しかない。

だが、福内艦隊は既に全滅し残された戦力は天照一艦のみと言う不利な状況‥‥。

武蔵はバカスカ撃てるが、天照の方は撃つに関してもウィルス感染しているとは言え、同級生が乗る艦に主砲はそう簡単には撃てない。

だが、武蔵をこのまま浦賀水道、横須賀へと向かわせる訳にはいかない。

もえかを始め、天照の皆は武蔵への攻撃を決意。

速度をあげて武蔵へと迫る天照は艦橋に立て籠もっている真白達に発光信号にて救助に向かう旨を伝える。

 

「左舷、魚雷戦用意。西崎さん武蔵の側面に来たら全魚雷発射!」

 

もえかが水雷戦闘を命じる。

 

「憧れの全射線発射…まじ!?」

 

もえかの魚雷命令を聞いてテンションがあがる西崎。

 

「射撃のチャンスはおそらく一回だけ‥一回でなんとか足を止めないと‥‥」

 

「では、シュペーの時の様に推進器がある武蔵の艦尾を集中的に狙いましょう」

 

「うん、そうだね。西崎さんお願い」

 

「わかった。絶対命中させる」

 

北東方向にある浦賀水道へと向かう武蔵を右舷方向から追走する態勢で肉薄する天照。

シュペーの時の様に武蔵の艦尾‥‥推進器へと魚雷を叩きこんで武蔵を停止させようとするが46cm砲を搭載する武蔵へと肉薄するからにはかなりのリスクがある。

天照の装甲がいくら強力であっても至近距離から連射されれば致命傷となる。

故に魚雷での攻撃は一度きりだ。

 

「りっちゃん、かよちゃん。いくよ!」

 

「了解でーす!」

 

「はーい!」

 

「目標武蔵艦尾!攻撃始め!」

 

「照準点武蔵艦尾!全弾当てるよ!発射用意!てーっ!」

 

「よっしゃ!全弾命中!」

 

天照から放たれた魚雷は武蔵の艦尾へと向かっていき全弾命中するが、武蔵の分厚い装甲の前に致命打を与える事が出来ない。

それに武蔵の行き脚が止まっていない事から恐らく魚雷は推進器には命中しなかったのだろう。

 

「駄目だ…びくともしない」

 

「武蔵の主砲、副砲が旋回しています!!」

 

「来るぞ!!総員衝撃に備え!!」

 

「武蔵発砲!」

 

魚雷を一斉に放った天照に対して武蔵は主砲と副砲による一斉射で応える。

武蔵の砲弾を一方的に浴びる天照。

その様子を見て真白は何かを決意したように艦橋にある艦内の出入口を塞いでいるバリケードを動かす。

 

「副長、何をしているんですか!?」

 

「砲撃を止めなければ‥‥射撃管制室へ乗り込んで‥‥」

 

真白は玉砕覚悟で射撃管制室へ切り込みをかけようとしていた。

 

「落ち着いてください副長」

 

自棄になりかけていた真白を小林が引き留める。

今自棄になれば事態をより悪化させる。

 

「信じましょう‥‥天照を‥‥」

 

「‥‥」

 

真白は無力感に苛まれながらもただ頷くことしか出来なかった。

 

 

武蔵からの砲撃を浴びた天照は、直撃はなかったものの多数の至近弾を浴び各所で被害が発生する。

通信もマストが折れて使用不可となる。

やはり武蔵を止めるには天照の51cm砲弾を叩きこまなければならないのか?

しかし、万が一弾薬庫に命中でもすれば武蔵を吹き飛ばしてしまう恐れもある。

だが、目の前の脅威を拭い去るにはもう手段を選んでいる余裕はない。

もえかが武蔵の撃沈を含めた51cm砲での射撃命令を下そうとしたその時、武蔵の周りに幾つもの水柱が立った。

 

「後方!艦影視認!」

 

「もしかしてブルーマーメイド!?識別信号を確認!!」

 

「はい‥‥識別信号を確認!比叡です!!」

 

武蔵の艦尾方向‥‥南西方向から真雪がかき集めた救援艦隊が到着した。

比叡の他にも駆逐艦、舞風と浜風そしてドイツ戦艦、アドミラルシュペー、インディペンデンス級沿海域戦闘艦のてんじんが救援に駆けつけた。

てんじんの艦橋には古庄がおり、そしてアドミラルシュペーのウィングにはミーナとテアの姿があった。

 

「ココ、わしは戻って来たぞ」

 

「今こそ借りを返す時だ」

 

テアがドイツ語にて語る。

 

「みんなが来てくれたならまだやれる!作戦変更!これより武蔵に乗り込む!」

 

もえかは水上戦で武蔵を止める作戦からシュペーの時の様に武蔵へと直接乗り込んで、武蔵の制圧へと作戦を変更する。

 

「艦長、シュペーが作戦を尋ねています!」

 

展望デッキにいるマチコがシュペーからの発光信号を読みもえかに伝える。

 

「武蔵に乗り込こむので、その援護を要請して」

 

「了解」

 

マチコは発光信号で救援艦隊に作戦内容を伝える。

 

「‥‥との事です。艦長」

 

「了解した。任せろ」

 

ミーナが双眼鏡で天照からの発光信号を読み取りそれを艦長のテアに伝える。

 

「これより我々は天照の武蔵乗艦作戦に対してこれを援護します。各艦、突撃準備を成せ、目標武蔵‥全艦突撃せよ!」

 

てんじんの艦橋にて古庄が突撃命令を下す。

古庄の指揮の下、艦隊は左右二つの縦陣に分かれて武蔵を挟み込む。

これは武蔵に強制的に両舷戦闘をさせて砲力を分散させるためであり、また武蔵の逃走を阻止してこの海域で決着をつけようという強い意志の表れでもあった。

そしてこれより武蔵に切込みをかける天照の援護と共に武蔵の目を天照から逸らす役割があった。

武蔵へと切り込みをかける天照。

そんな中、葉月は徐にポケットから一本の鍵を取り出す。

 

「‥‥」

 

「お姉ちゃん?」

 

もえかはそんな葉月の様子に首を傾げる。

 

「艦長、ほんの僅かですが、天照の指揮権をいただけませんか?」

 

「えっ?」

 

葉月の発言に驚くもえか。

 

「武蔵への接近する際に使用する兵器は学生である艦長の権限を越えているので、接舷まで自分に天照の指揮権を貸してはもらえませんか?」

 

葉月ともえかの視線がそれぞれ交差する。

 

「‥‥わかりました。武蔵への接舷まで天照の指揮権を先任に譲渡します」

 

「ありがとうございます‥艦長‥‥たっする先任の広瀬だ。これより一時、天照の指揮は一時自分が執る事になった。これは艦長も了承している。しかし、作戦に変更はない。本艦はこのまま武蔵へと接舷し、乗員の救助を続行する。各自、作戦遂行の為、奮迅してもらいたい」

 

葉月は乗員に指揮権が一時自分に移った事を皆に伝える。

 

「納沙さん」

 

「はい」

 

「今から天照の最高攻撃命令、兵器自由を発動する。日誌に現在時刻と現在位置を記録して」

 

「は、はい」

 

幸子に記録を任せ、葉月は鍵を艦橋に設置されているボックスへと差し込む。

 

「‥‥立石さん、西崎さん」

 

「ん?なに?先任」

 

「うぃ?」

 

「二人は物覚えが良い方?」

 

「ん?何それ?先任、それは私達をバカにしているの?」

 

「うぃ」

 

「いや、そうじゃなくて臨機応変に対応できるって言う意味なんだけど‥‥」

 

「それってどういう事?」

 

「武蔵に接近する際、天照の最終兵器を使用する。その使い方をこの短時間で理解してほしい」

 

「最終兵器!」

 

「うぃ!?」

 

葉月の言う『天照の最終兵器』という言葉に西崎と立石は驚愕する。

 

「今からCICのコンソールにIDとパスワードを入力して」

 

「わ、わかった」

 

西崎は葉月に言われた通りのIDとパスワードを入力するとある兵器の仕様書がモニターに表示される。

 

「ん?なにこれ?噴進弾?」

 

「うぃ?」

 

「この後それを使う。照準の仕方と自爆のやり方だけでも覚えて」

 

「わ、わかった。一般教科は苦手だけど、こういうのは覚えるのは得意だから」

 

「うぃ」

 

西崎と立石は必死に表示されている噴進弾の使い方を読み始めた。

天照の武蔵への接舷を成功させるためにてんじん以下の艦艇は武蔵へ猛撃を行いその注意を引きつける。

 

「面舵一杯、本艦の艦尾を武蔵へ」

 

武蔵の右舷側より前面に出た天照は武蔵の艦首正面で大きく転舵して自らの艦尾を武蔵へと向ける。

 

「艦首垂直発射管、扉開口」

 

天照の最終兵器、噴進弾の発射口が開く。

 

「諸元入力」

 

「うぃ」

 

立石が覚えたての噴進弾の発射準備を行い、西崎がその補佐を務める。

 

「諸元入力完了」

 

「まる‥‥いつでも撃てる」

 

「噴進弾発射用意!!発射と同時に面舵一杯!!左舷バウスラスター全開!!本艦の艦首を武蔵右舷中央部に接舷させる!!」

 

「りょ、了解」

 

「噴進弾撃ち方始め!!」

 

「いけぇぇぇー!!」

 

立石が噴進弾の発射ボタンを押す。

すると天照の艦首から18発の噴進弾が一斉に空へと放たれた。

 

「噴進魚雷か?」

 

てんじんを始めとしてその場にいた艦艇の乗員は天照から放たれたのは噴進魚雷かと思われた。

勿論武蔵の艦橋に居る真白達も同じくそう思った。

しかし、それは海へと潜る気配はなく、そのまま空を飛翔して武蔵へと迫って来る。

 

「な、なんだ!?あれは!?」

 

自分達へと猛スピードで迫って来る飛行物体に戦々恐々する真白達。

 

「面舵一杯!!左舷バウスラスター全開!!」

 

「面舵一杯。左舷バウスラスター全開」

 

噴進弾の発射と共に鈴は舵を急いで右へと回し、天照は大きく時計方向に旋回する。

目指すは武蔵の右舷中央。

右舷側の副砲は潰れているのでそこならば接近中に気づかれても副砲の砲撃が来る事はない。

天照が旋回している中、噴進弾は武蔵へと迫る。

 

「立石さん!!西崎さん!!噴進弾を全て自爆させろ!!」

 

「了解」

 

「うぃ」

 

葉月はタイミングを見計らって噴進弾全てを自爆させる。

元々武蔵に噴進弾をぶつけるつもりはなく、あくまでも噴進弾は注意を引き付けるのとその煙で目くらましをさせるのが目的であった。

18発の噴進弾が一斉に自爆する。

爆煙と噴進口からの煙で武蔵の周辺は煙だけとなる。

そこへ天照が武蔵へと迫る。

日本武尊級の艦首は砕氷機能も有しているのでかなり頑丈に作られている。

これまでのブルーマーメイドからの攻撃を受けて多少のダメージを受けている武蔵の装甲ならば艦首を突き刺す事ぐらいは出来るはずだ。

 

「武蔵へと接舷する!!総員衝撃に備え!!」

 

天照の乗員は伏せたり何かにつかまってその時を待つ。

そして武蔵の艦影が見える。

もえかと葉月はジッと迫る武蔵を睨みつける。

その時、爆煙の切れ間から葉月と武蔵の12.7cm高角砲の砲口と目が合う。

 

「っ!?伏せろ!!」

 

「えっ?きゃっ?」

 

咄嗟に嫌な予感がした葉月はもえかを抱えるようにして床に押し倒す。

勿論、もえかが頭を床にぶつけない様に手で彼女の頭を包み込んでいる。

葉月がもえかを床に押し倒した瞬間、武蔵の12.7cm高角砲は葉月ともえかの居た艦橋を撃ち抜く。

凄まじい衝撃波は葉月ともえかを襲う。

しかし、天照を止めるにはもう遅すぎた。

天照の艦橋が撃ち抜かれたのと同時に天照の艦首は武蔵の右舷中央部に突き刺さった。

尚も射撃して来る武蔵の右舷25㎜機銃に対して天照は第二、第三副砲で応戦し、武蔵の右舷側の高角砲群を潰していく。

 

「‥‥うっ‥‥うぅ~」

 

もえかが目を開けると体中がズキズキと痛むが骨は折れていない様だ。

そして彼女の上にはまるで自分を守るかのように覆いかぶさっている葉月の姿があった。

 

「お姉ちゃん!?」

 

もえかが驚いて葉月に声をかける。

 

「うぅ‥‥う‥‥だ、大丈夫?」

 

もえかは葉月に声をかけ体を小さく揺する。

すると、葉月は目を覚ましてもえかに怪我がないかを尋ねる。

 

「う、うん。私は大丈夫だよ」

 

「そ、そう‥よかった」

 

もえかが無事だとわかり、弱々しくも微笑む葉月。

 

「接舷は‥‥成功したみたい‥‥だね‥‥」

 

葉月が現状を確認しながら上半身を起こす。

 

「うん、そうみたい」

 

「明乃ちゃんを迎えに行きたいけど、ちょっと自分には無理みたいだ‥‥」

 

「えっ?もしかしてお姉ちゃんどこか怪我を!?」

 

「足首をひねってね‥‥もえかちゃん」

 

「は、はい」

 

「指揮権はまだもえかちゃんに返していない‥‥故に天照の艦長はまだ自分だ‥‥」

 

「それってどういう‥‥あっ」

 

もえかには葉月が何を言いたいか直ぐに分かった。

指揮権をもえかに返せばもえかは艦長となり、天照からは動きにくい立場となる。

しかし、未だに指揮権を葉月が有していればもえかは艦長でないので葉月の命令があれば、自由に動き回れる。

 

「自分は此処からは動けない‥だから、もえかちゃん。君が明乃ちゃんを迎えに行ってくれないか?」

 

「それは艦長命令ですか?」

 

「‥‥両方‥かな?艦長の命令でもあり、明乃ちゃんの友人としてのお願いでもある」

 

「‥‥わかりました。知名もえか、岬明乃艦長以下武蔵の乗員の救助に向かいます」

 

葉月に敬礼しもえかは艦橋を降りて行った。

 

「‥‥」

 

もえかを見送り葉月は這いずる様に壊れた羅針盤に近づいてそのまま壊れた羅針盤に背を預ける。

その時葉月の手は腹部を抑えた状態で、羅針盤に背を預け床に腰を下ろした後、腹部に当てていた手を見ると葉月の手は自分の血で真っ赤に染まっていた。

艦橋への被弾の際、葉月はもえかを庇い負傷していた。

それも出血の量から見て危険な状態な‥‥

しかし、葉月はその事をもえかには伝えなかった。

これまで明乃の事を心配し不安していたもえか。

そしてようやくその明乃を助ける事が出来る中、自分の事で更にもえかに不安を抱かせたくはなかったのだ。

 

 

「救出部隊突入準備!」

 

「できておりますわ」

 

艦橋から降りたもえかが甲板に出るとシュペーの時の突入メンバーや手空きの者がワクチンと海水が入った水鉄砲を片手に待っていた。

マチコも艦橋被弾時には展望デッキの最長部にある方位盤の中の床に伏せていたのでケガもない様子なので今回の武蔵突入に参加している。

 

「艦長大丈夫なの?さっき艦橋から被弾したみたいだけど?」

 

和住がもえかに怪我がないかを尋ねる。

もえかの白い艦長服は煤で彼方此方汚れて足のストッキングは所々破れている。

打ち身でまだ体の彼方此方が痛むけど動けない訳ではない。

それに明乃が自分を待っていると思うと居ても立っても居られない。

 

「大丈夫。怪我はないから」

 

もえかは腰にある守り刀をベルトから外し鞘に収まったまま手に取ると、

 

「突入!!」

 

先陣をきって武蔵へと乗り込んでいく。

 

「ぐはっ!!」

 

「ぐほっ!!」

 

シュペーの時の様にウィルス感染した武蔵の乗員達がもえか達突入隊の前に立ちふさがるが楓やマチコのハイスペック女子の手によって次々と無力化されて行く。

突入隊はまず正常者である真白達が居る艦橋を目指した。

ラッタルを昇っていく中、もえかは一抹の不安があった。

武蔵の艦橋から天照へ発光信号を送っていたのは副長の真白だった。

ならば、艦長の明乃は何処にいるのだろう。

もし、明乃が艦橋に居るのであれば、明乃が自分達に発光信号を送ってきたはずだ。

明乃は艦橋には居ないかもしれない。

艦橋に居ないと言う事は明乃もウィルスに感染しているのかもしれない。

兎も角、艦橋に居る真白ならば明乃について何か知っているかもしれない。

必然的にもえかの足が速くなる。

そこへ、ウィルス感染した武蔵の乗員が立ちはだかるが、

 

「どいて!!」

 

「ぐあっ!!」

 

もえかは鞘越しに守り刀を振るいウィルス感染した乗員を倒して先へと進む。

 

「艦長って意外と強い?」

 

これまでもえかがこうした戦闘に参加した事がないので、初めてもえかの戦闘シーンを見た和住や青木は驚愕すると同時にちょっと引いていた。

ウィルス感染した乗員を倒してやっとたどり着いた艦橋外部の扉。

 

「天照の知名もえかです!!救助に来ました!!」

 

もえかは扉を叩きながら中に立て籠もっている真白達に救助しに来た事を告げる。

真白がバリケードを構築している木箱や消火器、鉄パイプをどかして扉を恐る恐る開ける。

そこには天照の艦長、知名もえかの姿があった。

息を切らし、額に汗を掻き此処まで来るのにかなり体力を使った事が窺える。

もえかの姿を見てようやく自分達は助かったのだと実感が湧き、角田、小林、吉田は思わず腰が抜ける。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥貴女が宗谷真白さん?」

 

「は、はい」

 

「ミケちゃんは!?岬艦長は何処に!?艦橋には居ないの!?」

 

もえかは事情を知っていそうな真白に明乃の行方を尋ねる。

 

「そ、それが‥‥」

 

真白は気まずそうにもえかから視線を逸らす。

 

「教えて!!ミケちゃんは何処!?何処にいるの!?」

 

「そ、それが‥‥岬艦長は‥‥」

 

「えっ?」

 

真白の発した言葉にもえかは言葉を失った。



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59話 無言の帰還

武蔵との強襲接舷の際に艦橋に砲撃を食らった天照。

その時にもえかを庇った葉月は負傷を追うもその事をもえかには伝えずに彼女を武蔵乗員の救助へと向かわせた。

艦橋を出ていくもえかの後姿を葉月はジッと見守る。

壊れた羅針盤に背を預け艦橋の出入り口をジッと見つめる葉月。

その間にも身体からは血が流れて行く。

葉月の周りには忽ち血だまりが出来る。

血が抜けているせいか身体中が寒く、そしてとてつもなく眠いせいか目が霞んできた。

葉月はこの感覚を前に一度体験している。

前世において大西洋で独逸軍と交戦し、天照と共に海へと沈んだあの時と同じ感覚だ。

 

(自分の命は風前の灯火と言う事か‥‥せめて最後まで見届けたかったな‥‥)

 

あの時の感覚と同じと言う事は自分の命はもう長くはない事を悟った葉月。

それでも今回の事件の終息をこの目で見たかった。

それが葉月にとっての未練となった。

その時、葉月のすぐ傍に人の気配を感じた。

そこには白いワンピースを纏ったもえかそっくりの少女が立っていた。

 

(もえかちゃん?‥‥いや、違うな‥‥さしずめ自分を迎えに来た死神ってところかな?)

 

少女は葉月の前で膝を折ると、その両手で葉月を抱きしめる。

 

(‥‥この感覚‥‥なんだかすごく懐かしい気がする‥‥)

 

少女からの温もりは葉月にとって凄く懐かしさを感じさせるものであった。

 

「巴‥‥」

 

葉月は前世での婚約者の名をポツリと呟いた後、静かに目を閉じた‥‥。

その顔は決して死に対して恐怖している様な顔ではなく、薄っすら微笑んでいるようにも見えた‥‥。

 

 

ウィルス感染した武蔵の乗員を倒しながらもえかはようやく正常者である真白が立てこもっている艦橋まで登り詰め、真白達を救出できた。

しかし、そこには武蔵の艦長である明乃の姿はなかった。

 

「教えて!!ミケちゃんは何処!?何処にいるの!?」

 

「そ、それが‥‥岬艦長は‥‥」

 

「えっ?」

 

そこで事情を知っているであろう真白に明乃の行方を尋ねるもえか。

そして、真白の発した言葉にもえかは言葉を失った。

真白の話では以前、薬を取りに行く際、明乃は囮となりそのまま戻らなかったと言う。

 

「そんな!?‥じゃあ‥ミケちゃんは‥‥」

 

「‥‥恐らく‥他の乗員の様にウィルスに感染したと思います」

 

真白は気まずそうに明乃の現状をもえかに伝える。

明乃がウィルス感染したのは半ば自分の失態のせいなのだから、重く感じるのも無理はない。

あの時、病気になってしまった角田と小林も気まずそうな表情をしている。

真白から明乃の状況を聞いたもえかは急いで艦橋を出る。

 

「知名艦長、何処へ!?」

 

「ミケちゃんを探してくる!!」

 

「一人では危険です!!知名艦長!!」

 

「大丈夫!!ワクチンを持っているから!!」

 

もえかは真白の注意も聞かずに明乃を探し回る。

 

「ミケちゃん!!何処!?返事をして!!ミケちゃん!!」

 

やみくもの武蔵の艦内を探しても人一人を探すには時間がかかる。

しかも艦内にはまだウィルス感染した乗員が残っている。

 

「‥‥もしかしたら」

 

もえかは以前、明乃らしき人影を見た後部の予備測距儀のある艦尾へと向かった。

すると、そこには確かに明乃は居た。

 

「ミケちゃん!!」

 

「‥‥」

 

もえかは明乃に声をかけるが、明乃はもえかの姿を見ても声をかけないし、近付いて来ようともしない。

普段の明乃であればもえかの姿を見つければ、

 

「もかちゃーん!!」

 

と言いながらもえかに抱き付いてくるのに‥‥。

明乃は無表情のままもえかを見つめる。

 

「ミケちゃん?」

 

もえかもようやく明乃の様子がおかしい事に気づく。

その時、

 

「はぁぁぁぁぁぁ」

 

明乃が手に持っていたファイアーアックスを振りかざしながらもえかに襲い掛かってくる。

その時、明乃の被っていた艦長帽が脱げるが明乃は気にすることもなくもえかとの距離を詰めてくる。

艦長帽を貰った時、あんなに嬉しそうにしていた明乃の姿からは考えられない姿だった。

 

「ミケちゃん!?くっ‥‥」

 

ガキーン!!

 

明乃のファイアーアックスともえかの刀がぶつかり合う。

その時の衝撃でもえかの艦長帽も脱げた。

艦橋に立て籠もっていた時、ファイアーアックスは布やガムテープで刃を覆って殺傷能力を無くしていたが、今明乃が手にしてあるファイアーアックスは布とガムテープが取り払われ刃が剥き出しの状態となっている。

 

(やっぱりミケちゃん、ウィルスに感染している)

 

明乃が冗談でこんな事をする筈がない。

それに自分を見る明乃の目がこれまで見たことがない程、敵意に満ちた目で自分を睨んでいる。

やはり、真白が言うように明乃はウィルスに感染して、攻撃的になっていた。

 

「ミケちゃん!!止めて!!私だよ!!」

 

無駄だと思ってももえかは明乃に声をかけずにはいられなかった。

 

「うぅぅぅ~」

 

しかし、もえかの声は今の明乃には届かず、まるで威嚇する猫の様に唸りながらファイアーアックスを握る手に力を入れる明乃。

すると、

 

ピシッ

 

もえかの刀の鞘に小さなヒビが入り始める。

 

「くっ‥‥このままじゃ‥‥」

 

このままではもえかの刀が砕けてしまう。

そうなれば明乃のファイアーアックスの刃がもえかに襲い掛かって来る。

その時、

 

「艦長!!」

 

真白が明乃の横から体当たりを食らわせる。

突然いきなり横っ腹に体当たりを食らった明乃はバランスを崩す。

真白はその隙を見逃さず、明乃の両手を自らの両手で抑えて、

 

「知名艦長!!私が抑えている間に艦長にワクチンを!!」

 

「う、うん‥ぺっ‥‥」

 

もえかはワクチンが入った注射をポケットから取り出し、針の部分を覆っている蓋の部分を口を使って外し、

 

「ミケちゃん」

 

明乃の腕に刺した。

明乃はしばらくの間、真白に両腕を押さえつけられながらも唸り、抵抗していたがやがてワクチンが効いてくると、大人しくなりそのまま気を失った。

 

「はぁ~」

 

明乃が気を失い大人しくなったので、真白は深いため息と共に明乃上からどいた。

その後、福内艦隊の強襲要員たちがスキッパーで武蔵に乗り込みまだ残っていたウィルスに感染した乗員の鎮圧とワクチンの接種、ラットの駆除へと取り掛かった。

 

「終わった‥‥のかな?」

 

「ああ、これで終わりだ」

 

誰かがポツリとつぶやく。

武蔵を止め、乗員達を救助出来たのだが、まだ実感が湧かずに最初は唖然としていたが、次第にその実感が分かって来ると彼方此方で歓声が上がった。

やがて、武蔵の左舷側にてんじんが横付けされ、武蔵の乗員は武蔵よりも医療設備が整っているてんじんへと移されることになり、武蔵の乗員は次々と担架に乗せられててんじんの医務室へと運ばれて行く。

もえかも明乃について行きたかったが、まだ自分には天照を横須賀へ運ぶ仕事が残っているので、天照へと戻った。

 

「お姉ちゃん、只今」

 

もえかが艦橋に戻り葉月に声をかける。

葉月は壊れた羅針盤に背中を預けたまま座っていた。

 

「お姉ちゃん?」

 

「‥‥」

 

もえかが声をかけたにも関わらず葉月は何も言わない。

不審に思ってもえかが葉月に近づく。

 

「お姉ちゃん?‥‥っ!?」

 

そこでもえかは初めて気づいた。

葉月の周りには血溜まりが出来ていた事を‥‥

 

「お姉ちゃん!!ねぇ、お姉ちゃん!!」

 

もえかが葉月の身体を揺すっても葉月は目を開けないし、声も出さない。

 

「ど、どうしよう‥‥えっと‥‥あっ、み、美波さんを呼ばないと!!」

 

もえは怯える様な声をだして急いで美波を呼び出す。

震える手で受話器をとり、医務室へと電話をかける。

武蔵の方はブルーマーメイドの隊員と横須賀女子の教師達が対応していたので、美波は天照の医務室へと戻って居り、天照の突入部隊で負傷した者の手当てをしていた。

そこへ医務室にある艦内電話が鳴り響く。

 

「此方医務室」

 

「美波さん!!」

 

「どうした?艦長」

 

「美波さん!!お姉ちゃんが血まみれで倒れて‥‥目を開けてくれないの!!急いで来て!!早く!!お姉ちゃんが死んじゃう!!早く艦橋に来て!!」

 

「‥‥分かった。直ぐに行く」

 

美波はもえかの慌てようから最悪の事態も考えていた。

カバンに包帯や止血剤、造血剤、AEDなどの応急措置に必要なモノを詰めて艦橋へとつくと、

 

「美波さん!!早く!!お姉ちゃんを助けて!!」

 

もえかが葉月の傍で涙を流しながら美波に助けを求める。

美波が葉月の容体を見ると彼女が予想していた通り最悪の事態だった。

葉月の身体は冷たく、呼吸をしておらず脈もない。

 

「‥‥」

 

美波は首を横に振り葉月は既に手の施しようがないと意思表示をする。

 

「艦長‥残念だが、先任は‥‥」

 

「そ、そんな訳ない‥お姉ちゃんは死んでなんかいない‥‥死んでなんかいない!!」

 

「艦長」

 

美波が呼び止めるがもえかは止まらずカバンからAEDを取り出し用意する。

しかし、そんなもえかの手を握り美波は辛いかもしれないが現実を突きつける。

 

「無駄な事は止めろ‥‥艦長、辛いかもしれないが現実を見ろ‥‥先任は死んでいる‥‥死んでいるんだ!!」

 

美波にしては珍しく声を荒げてもえかに葉月は既に死んでいる現実を突きつける。

 

「う‥‥うわぁぁぁぁぁー!!」

 

もえかは葉月の身体にしがみつき大声をあげ目からは溢れんばかりの涙を流して泣いた。

涙を流しているもえかを見て美波も泣きたい衝動を必死に抑えた。

そして美波は暫くもえかと葉月を二人っきりにしてやろうと思うのと同時にこの事は他のクラスメイト達には秘匿した方が良いと判断した。

だが、学校側には伝えねばと思いてんじんへと連絡を入れた。

そのてんじんでは武蔵の乗員の移送と艦内に潜んでいたラットの駆除も終わり福内艦隊から武蔵を横須賀へと動かす為の人員も配置された。

武蔵の横須賀進行阻止と乗員の救助作業が終わった事を学校とブルーマーメイド本部へと伝えようとした時、

 

「古庄教官、天照の鏑木美波と言う生徒から電話です」

 

「鏑木さんから?何かしら?」

 

古庄が電話に出るとそれは衝撃的な内容だった。

 

「古庄教官‥うちの先任、広瀬葉月が死亡しました」

 

「広瀬さんが!?‥それは間違いないの?」

 

「はい‥‥私が直接確認した時には既に手の施しようがありませんでした」

 

「そう‥‥それで天照の乗員にはこの事を‥‥」

 

「知名艦長以外にはまだ知られていません」

 

「そう‥‥それなら、他の乗員には知らせない方が良いわね。武蔵を止めてもその事を知ったらショックが大きいでしょうから」

 

「はい。それでも学校側には知らせない訳にはいかないと思いましてこうして古庄教官に連絡しました」

 

「分かったわ。後のことは学校側で対処します。鏑木さんは知名艦長の傍にいてあげてちょうだい」

 

「わかりました」

 

美波との電話を切った後、古庄は悲痛な面持ちをした。

でも、美波の言う通りこの事は学校に‥‥校長の真雪には伝えなければならない。

古庄教官は任務の終了と美波からもたらされた訃報を真雪に伝えることにした。

 

「校長、てんじんの古庄教官からお電話です」

 

「繋いで頂戴」

 

「はい」

 

「校長、古庄です」

 

「武蔵はどうなりました?」

 

「天照が強襲接舷し武蔵を止めました。乗員もワクチンを打ち、救助も完了。あとは横須賀へ帰還するだけです」

 

「そうですか‥‥貴女も天照の皆もよくやってくれました‥‥お疲れ様です」

 

真雪は武蔵の乗員救助と横須賀にせまる脅威が排除された事に胸をなで下ろす。

 

「あの‥‥校長‥もう一つお伝えしなければならない事がありまして‥‥」

 

すると、古庄は重い口調で真雪に語り掛ける。

 

「なんでしょう?」

 

「‥‥天照先任将校の広瀬葉月さんが亡くなりました」

 

「えっ?」

 

真雪は古庄が何を言ったのか一瞬理解できなかった。

 

「‥‥古庄教官、もう一度言ってくれないかしら?」

 

「‥‥広瀬葉月さんが亡くなりました」

 

「‥‥」

 

もう一度確認しても古庄の口からは葉月が死んだと言う報告が入る。

 

「間違い‥ないの?」

 

「‥‥はい、残念ながら‥‥天照の鏑木さんが確認しましたから間違いないかと‥‥」

 

「‥‥」

 

「あの‥‥宗谷校長‥大丈夫ですか?」

 

「‥ええ、大丈夫よ‥‥それで、天照の生徒達は広瀬さんが亡くなった事をしっているのかしら?」

 

「いえ、知っているのは天照の知名艦長と鏑木さんだけです」

 

「そう‥‥では、天照の生徒達には広瀬さんの死は出来る限り秘匿してちょうだい」

 

「はい、承知しております」

 

「貴女達は予定通り武蔵と共に横須賀に帰還してください」

 

「了解です」

 

真雪は古庄にとりあえず葉月の死を隠し、予定通り横須賀に戻ってくるように伝え電話を切った。

 

「あの校長‥なにがあったんですか?」

 

「武蔵は‥生徒達はどうなったんですか?」

 

真雪と古庄の話を断片的にしか聞こえていない教頭と秘書は心配そうな顔で武蔵や生徒達の安否を真雪に尋ねる。

 

「武蔵の件は片付いたわ‥‥生徒達も全員無事よ」

 

「そうですか‥‥」

 

「よかった」

 

「‥‥」

 

武蔵の件が無事に片付いたにも関わらず真雪は悲痛な表情をしていた。

 

「‥‥校長、何かありましたか?」

 

教頭はそんな真雪の様子に気づき、声をかける。

 

「‥‥広瀬さんが亡くなったわ」

 

「えっ?」

 

「私はこの後、横須賀港へと向かいます。後の事は任せるわ」

 

そう言って真雪は席を立ち、出撃した艦船が帰港する横須賀港へと向かった。

 

ブルーマーメイド本部でも武蔵の救助作戦が成功した報告が入り、本部内も歓喜の声があがる。

真霜もホッとした様子で椅子にドサッと座る。

ここ数日は緊張のしっぱなしで精神的疲労が凄かった。

 

(武蔵が帰って来るってことは天照も帰って来る‥‥天照が帰って来るって事は葉月も帰って来るわね‥‥今晩は久しぶりに葉月を抱けるわ)

 

真霜は今夜の事を想像して思わず興奮する。

そんな真霜の携帯が鳴る。

それは彼女にとって凶報を知らせる着信だった。

 

「ん?お母さん?」

 

スマホのディスプレイに表示された「宗谷真雪」と書かれた文字に首を傾げつつ電話に出る真霜。

 

「はい、もしもし」

 

「真霜‥‥」

 

「ん?どうしたの?武蔵の事ならこっちにも報告が入ってきているけど?新しい伝説を作り損なったわねお母さん」

 

「‥‥真霜‥心して聞きなさい」

 

「えっ?なになに?改まっちゃって」

 

真霜のお茶らけた声がこの後すぐに悲痛なモノへと変わる。

 

「‥‥真霜‥‥葉月さんが亡くなったわ」

 

「えっ?」

 

真雪の言葉に真霜は固まる。

 

「ちょ、ちょっと、ちょっとお母さん、変な冗談はやめてよ」

 

「冗談じゃないの‥‥まだこの目で確認はしていないけど、天照の鏑木さんが確認したからほぼ間違いはないと思うわ」

 

「そ、そんな‥‥か、鏑木さんの誤診とかじゃ‥‥」

 

「‥私はこれからそれを確かめに行くわ‥貴女はどうする?」

 

「わ、私も行くわ。場所は横須賀港ね?」

 

「ええ、横須賀港の〇×埠頭よ」

 

真雪との電話を切った真霜は急いで横須賀港へと向かう。

ただ、この時、移動中のハイヤーの中で真霜は何度も「嘘よ‥‥そんな訳が無いわ」と一人ブツブツと呟いていた。

 

その頃、海上では各艦が横須賀への帰路の為の準備をしていた。

 

「‥‥知床さん」

 

「艦長?」

 

「‥ごめん‥横須賀に着くまで、航海長操艦‥頼めるかな?」

 

「えっ?あっ、はい‥‥」

 

「勝田さん、内田さん、山下さんも知床さんの補佐‥お願い」

 

「分かったぞな」

 

「う、うん」

 

「了解です」

 

もえかから急に横須賀まで操艦を頼まれた航海科のメンバーは、

 

「艦長どうしたんだろう?」

 

「疲れたんじゃないかな?」

 

「武蔵の艦長とやりあったって聞いたし」

 

武蔵での死闘で疲れたのだろうと思い、横須賀に着くまで休ませてやろうと配慮した。

 

武蔵は天照が接舷した区画の前後を隔壁で遮断し、その後天照はゆっくりとエンジンを後進させて武蔵にめり込んだ艦首を引き抜く。

一区画に浸水するがその程度で沈むほど武蔵は軟ではなく、航行も出来た。

武蔵をはじめとして、天照、比叡、てんじん、アドミラルシュペー、浜風、舞風は悠々と横須賀へと戻る。

福内艦隊の艦艇は後に救助艦が到着し、無事に横須賀へと帰還を果たした。

横須賀のある埠頭では沢山の救急車が待機していた。

まず初めにてんじんが接岸し、武蔵の乗員達を下ろす。

ワクチンを打ったとはいえ、検査が必要だったからだ。

そして横須賀女子所属の艦船も次々と接岸し、生徒達は次々と埠頭へと降りていく。

そんな中、もえかは天照からなかなか降りようとはしなかった。

いや、降りたくはなかったのかもしれない。

でも、いつまでも乗っている訳にはいかないので、一番最後に降りた。

泣き顔を皆に見せまいと顔を洗い気丈に振る舞うもえかを美波はジッと見つめていた。

そして校長である真雪の労いの言葉と共に海洋実習の終わりを告げられ、解散となる。

生徒達が寮や自宅へと帰宅していく中、

 

「知名艦長」

 

「校長先生‥‥真霜さん」

 

真雪と真霜がもえかに声をかける。

 

「その‥葉月が死んだって本当なの?」

 

真霜の問いにもえかは首を縦に振る。

 

「‥‥」

 

葉月の死‥やはりこれは紛れもない事実だった。

 

「‥それで葉月さんは今どこに?」

 

「私が案内します。艦長、いいですね?」

 

もえかに代わって美波が真雪と真霜を案内すると言う。

美波の案内の下、天照の破壊された艦橋の床に葉月は静かに横たえられていた。

 

「葉月‥‥葉月!!」

 

真霜は葉月の遺体を見て感極まったのか葉月に駈け寄り声をかけるが、当然葉月は起きないし、真霜の声にこたえる事はない。

話を聞いた時はまだ葉月が死んだと信じられなかった真雪と真霜であったが、こうして葉月の遺体を見て、葉月の死が事実だと突き付けられた。

必死に葉月に声をかける真霜の姿を見てもえかも真雪も‥そして美波の目からは涙が流れる。

それからどれくらいの時間が経ったか分からないがいつまでも葉月をこのままにしておくわけにはいかない。

 

「真霜‥辛いかもしれないけど、葉月さんをこのままにしておけないでしょう?」

 

「うぅ~‥‥葉月‥‥葉月」

 

葉月の遺体は天照の艦橋から運ばれて、真霜達の手によって風呂場で湯灌をして、煤や血を洗い落とし、傷口を美波が丁寧且つ綺麗に縫い、葉月が一度も袖を通す事の無かったブルーマーメイドの制服へと着替えさせ担架に乗せる。

白いシーツが被せられ、胸の辺りには葉月が被っていた軍帽が置かれ、天照から降ろされる葉月の遺体。

タラップの両脇には知らせを聞いて駆け付けた横須賀女子の教師陣とブルーマーメイドの隊員らが敬礼し葉月を見送る。

 

こうして横須賀女子海洋学校の新入生海洋実習はウィルス騒動と初の死亡者と言う波乱の展開で幕を下ろした。



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60話 終わらぬ航海

横須賀女子海洋学校の新入生海洋実習の最中に起こったラット騒動により、横須賀女子初の死亡者を出した海洋実習。

その舞台となった天照は武蔵との戦闘で大破し、横須賀の大型船ドックへとその身を横たえた。

そしてその隣にはその天照と戦った武蔵の姿もあった。

後日、初の実習での死亡者となった広瀬葉月の部屋をブルーマーメイドの隊員が私物の整理をしていると机の中から葉月がしたためた遺書が見つかった。

その遺書はブルーマーメイドの責任者である真霜の下へと送られた。

真霜が葉月の遺書を開けてみると其処には以下の内容が書かれていた。

 

『 宗谷 真雪 様 宗谷 真霜 様 へ

 

この手紙をもって天照先任将校としての最後の仕事とする。

 

もし、自分の死を秘匿できるのであれば可能な限りその死を秘匿して頂きたい。

 

そして自分の遺骨は横須賀の海へと散骨をお願いしたい。

 

天照に関しては真霜さんにその指揮権をお渡し致します。

 

以下に、今回の事件についての愚見を述べる。

 

今後実習を行う際、各学生艦には指導教官を最低二名と医務官を乗艦させる事を望む。

 

しかしながら、現実には人材に限りがあるように、全ての艦に教官と医務官を乗艦させるには難しい現状があるかもしれない。

 

その場合には、ブルーマーメイドとの連携を行い、ブルーマーメイドより指導教官と医務官の派遣を要請するものである。

 

これからの人材育成の飛躍は、実習の安全の発展にかかっている。

 

また、使用艦船についても今回の事件を鑑みて40cm砲搭載艦以上の艦は使用しないことを提案する。

 

自分は、貴女方がその一翼を担える数少ない権力者であると信じている。

 

能力を持った者には、それを正しく行使する責務がある。

 

お二人には今後の人材育成とその発展に挑んでもらいたい。

 

遠くない未来に、海洋実習での海難事故や事件がなくなることを信じている。

 

ひいては、自分の死を今後の実習の教訓として心の中に留めておいてほしい。

 

屍は活ける師なり。

 

最後に横須賀女子海洋高校の実習で死亡者を出してしまったと言う汚点を残してしまったことを心より恥じると共に深くお詫びを申し上げます。    

                                            広瀬 葉月 』

 

「‥‥葉月」

 

これまでブルーマーメイドの責任者として殉職者は見てきた。

しかし、それはあくまでも客観的に見てきたがこうして自分の大切な人の死を見て見方が変わった。

実習が終わったあの日、真霜は枕を濡らした。

翌日の真霜の容姿は酷かった。

髪の毛はボサボサで目の辺りは赤く腫らしていた。

真雪も同じ感じで目の下にはくっきりと隈が出来ていた。

そしてもえかは天涯孤独であると言う事と葉月の死を目の当たりしたと言う事で彼女の精神を不安視して真雪はもえかを宗谷家に連れて来た。

一年生は今回の実習と事件の影響で実習後も一週間の休みとなった。

もえかもやはり真霜同様、枕を濡らしていた。

だが、もえかは真霜よりも重症で丸一日泣きはらした。

その次の日も泣いて過ごし、次の一日は泣き疲れて眠り、その次の日は再び泣いて過ごした。

 

「知名さんの様子はどう?」

 

宗谷家のリビングにて真雪は真霜にもえかの様子を尋ねる。

 

「完全にまいっちゃっている様子で声をかけても応答がないし、ここ数日は食事も食べていないわ」

 

「‥‥貴女はどうなの?」

 

「‥‥私は」

 

真霜も葉月の死を悲しんでいない訳ではない。

だが、ブルーマーメイドの責任者と言う立場上いつまでも悲しんでいられない。

真霜は仕事に没頭することにより必死に忘れようとした。

海上安全整備局は葉月の死をいいことに天照を好き勝手に使用しようとしている。

葉月から託された天照を真霜には守る義務があった。

そして、葉月の遺書の内容の検討‥ブルーマーメイドと各海洋高校との連携に実習で使用する使用艦船の規制の施行。

それに今後を見据えて海兎自体は失われたが、天照に引き渡す前に技術調査は終わっているので、海兎の生産し、試験飛行、大量生産、搭乗員育成などやることは山積みだった。

 

「実はこの前、知名さんの食事を下げに行った時、これが置いてあったの」

 

真雪は真霜の一通の封筒を見せる。

そこには『退学届』と書かれていた。

 

「退学届け!?」

 

真霜はもえかが真雪に退学届けを出したことに驚いた。

 

「お母さん、それ受理‥したの?」

 

「まだ‥‥ただもうすぐ中間試験があるでしょう?」

 

「そうね」

 

「その期間までは待つつもりよ」

 

もえかは入試の結果を見ても横須賀女子創設以来の秀才であることには変わらない。

将来はブルーマーメイドをしょって立つ人物である。

そんな優秀な人材を高校課程の途中で放り投げるのはあまりにも勿体ない。

今度の試験までにもえかが何とか復帰してくれることを願うしかなかった。

 

「真白の様子は?」

 

「元気なんだけど、岬艦長の事で責任を感じているみたいで彼女の傍にいるわ。もうすぐ退院だけど、それまでは一緒に居るって‥‥」

 

明乃を始めとする武蔵の乗員達は現在も検査入院中で、真白達艦橋に立て籠もっていた正常組は早くに退院出来たのだが、真白は自分のせいで明乃がウィルスに感染してしまったのだと責任を感じ、彼女の身の回りの世話をしている。

 

「確か岬さんと知名さんは親友の間柄だと聞いたけど‥‥」

 

「岬さんに知名さんの事を任せるの?」

 

明乃に傷心中のもえかの事を任せる。

それはつまり明乃に葉月の死を伝える事になる。

それが好機となるか悪手となるかはまだわからない。

もえか同様、明乃自身も葉月を姉の様に慕っていた。

自分の指揮する艦の戦闘で葉月が死んだと知れば明乃自身も傷つくのではないだろうか?

宗谷親子の悩みは尽きなかった。

そのもえかはと言うと、ベッドの中で涙を流しながら今後の自分の未来について悶々としていた。

母親の意思を受け継いでブルーマーメイドのなろうと親友と共に頑張ってここまで来た。

しかし、その海は母親に次いで今度は自分が姉と慕う葉月までも奪ってしまった。

 

(お姉ちゃん、私どうしたらいいの?もう、分からない‥‥分からないよ‥‥)

 

(お姉ちゃん‥‥助けてよ‥‥)

 

(どうして死んじゃったのさ‥‥お姉ちゃん‥‥)

 

(会いたい‥‥会いたいよぉ‥‥お姉ちゃん‥‥)

 

もえかは枕に顔を埋めた。

 

翌日、真霜の姿は武蔵の乗員達が入院中の病院にあった。

 

「岬‥明乃・・此処ね‥‥」

 

(悪手にならない事を祈るしかないわね‥‥)

 

真霜はもえかの事を明乃に託すことにしたのだ。

 

「はぁ~‥‥」

 

真霜は明乃の病室の間に立ちドアをノックする。

だが、心情はこの後、彼女に葉月の死を知らせなければならないと思うと気が重くなる。

 

「はい」

 

中からの応答を聞いて真霜はドアを開けて中に入る。

 

「こんにちは」

 

「姉さん」

 

「あっ、真霜さん」

 

明乃の病室には入院中の明乃の他に彼女の世話を行っている真白の姿があった。

 

「具合はどうかしら?岬艦長」

 

「もう、大丈夫です。色々ご迷惑をかけたみたいで申し訳ありません」

 

「貴女のせいじゃないわ。今回の事件は私達大人達の対応に問題があったことだもの。学生の貴女が気にする事は無いわ‥‥それよりも今日は貴女に伝えなければならない事があるの」

 

「何でしょう?」

 

「‥‥真白」

 

「はい」

 

「ちょっと、岬艦長と二人っきりで話したいから暫くは席を外して頂戴」

 

「えっ?でも‥‥」

 

真白は明乃と真霜の両方をチラッと見る。

 

「私は大丈夫だから」

 

明乃は笑みを浮かべて真白には大丈夫だと言う。

 

「わ、わかりました」

 

そんな明乃を見て真白は渋々ながらも明乃の病室から出ていった。

彼女は根が真面目なので病室の前で聞き耳を立てるなどと無粋なマネはしないだろう。

真白が部屋を出て行ったのを確認した真霜は明乃のベッドの脇にある椅子に座り、

 

「岬艦長‥‥」

 

真剣な表情で明乃に向かい合う。

 

「は、はい」

 

真霜の真剣な雰囲気に明乃は思わず吞まれる。

 

「これから話す事は岬艦長にとって辛く悲しい事だけど、今はどうしても岬艦長の力が必要なの‥‥協力してもらえるかしら?」

 

「な、なんでしょう?」

 

真霜は明乃に語った。

葉月が武蔵との戦闘で死んだこと、そして葉月の死を目の当たりにしたもえかが心に大きな傷を受け、ふさぎ込み、学校に退学届けを出したことを‥‥

 

「そ、そんな‥‥お姉ちゃんが‥‥それにもかちゃんが‥‥」

 

案の定、明乃も葉月の死にショックを受けていた。

それと同時にもえかが何故、自分の見舞いに来てくれなかったのかも理解した。

 

「岬艦長‥葉月が死んだことに悲しい中、貴女にこんなことを頼むなんて酷いと思うけど、貴女しか知名さんを助けられないの‥‥葉月の死を忘れろとは言わない、葉月が死んだのは貴女のせいでもない‥‥」

 

「‥‥」

 

「でも、知名さんは葉月の死に大きなショックを受けて精神的にボロボロになっているの‥‥このままじゃ、葉月の後を追ってしまうかもしれないの」

 

「そんなっ!?もかちゃんが‥‥」

 

「これ以上、葉月以外に死者を出したくはないのよ。お願い岬さん」

 

確かに葉月の死は悲しい。

でも、それ以上に生きているもえかまでもを失う訳にはいかない。

 

「わかりました。もかちゃんの事は私に任せて下さい」

 

明乃はもえかを立ち直らせることを決意した。

なお、真霜は明乃に葉月の死は未だに一部の人間しか知らない事で葉月自身の遺書に自分の死は可能な限り秘匿してくれとの事なので、葉月が死んだことは真白にも黙っておいてくれと伝えた。

 

真霜は明乃の退院を前倒しにして退院手続きを行うともえかの居る宗谷家へと向かった。

ただ、葉月の死を知らない真白はのけ者にされた感が否めずに真霜や明乃に何を隠しているのかを聞いたが、

 

「ゴメン、シロちゃん。これだけはシロちゃんにも言えないの‥‥」

 

「姉さんも言えない事なんですか?」

 

「ええ、これだけは妹の貴女にも言えないわ」

 

真霜は妹である真白にも葉月の死を教えなかった。

 

「そう言う訳だから、貴女は此処で待っていて」

 

「‥‥」

 

真霜は真白をリビングで待たせると明乃を連れてもえかがいる部屋へと向かった。

真白はやはり腑に落ちないという顔をしていた。

 

「知名さん。入るわよ」

 

ドアをノックして声をかけるが、中からもえかの応答はない。

それでも、もえかは部屋の中に居る筈だ。

真霜がドアを開けると、もえかは起きており、ベッドの上で上半身を起こしたまま呆然としていた。

 

「もかちゃん‥‥」

 

明乃はもえかと久しぶりの再会を果たしたのだが、もえかの変わりようを見てびっくりした。

髪の毛はボサボサで目は光を宿しておらず、心ここにあらずと言った様子で目は連日泣いているせいか赤く腫れていた。

こんなもえかの姿、これまでの付き合いの中で見たことがなかった。

もしかしたら、もえかの母親が死んだ時もこのような感じだったのかもしれない。

自分も海難事故で家族を失いもえかと同じ施設に入ったがその時、もえかは自分の知る明るいもえかだった。

母親の死をどうやって乗り越えたのか分からないが、今の自分の使命はもえかを自分の知っているもえかに戻す事だ。

ウィルスに感染した自分をもえかは必死になり戻してくれた。

今度は自分の番なのだと決意して明乃はもえかに声をかけた。

 

「もかちゃん?」

 

「‥‥」

 

明乃の声にもえかは反応せず、顔も向けてくれない。

真霜は今のもえかの様子が救助された時の葉月の様子と似ており、あの時の葉月と今のもえかの姿が重なった。

あの時、ショック療法で葉月を元に戻したが、もえかと葉月は当然違う。

今のもえかにあの時と同じ方法をとれば、もえかは躊躇わず引き金を引いてしまうかもしれない。

知名もえかという少女の中で広瀬葉月と言う存在はそれほど大きなものだったのだ。

 

(なんな、ちょっと妬けちゃうな‥‥)

 

今更ながらもえかと葉月の関係にちょっとした嫉妬心を抱いた真霜だった。

 

「もかちゃん。その‥‥真霜さんからお姉ちゃんの事を聞いたよ‥‥それに学校に退学届けを出したことも‥‥私、嫌だよ‥もかちゃんが学校を辞めちゃうの‥‥一緒にブルーマーメイドになろうって言っていたのに‥‥」

 

しかしこの日、明乃がどんなにもえかに声をかけてももえかが明乃に反応してくれることはなかった。

明乃は学校の寮へと戻ったが明乃自身も葉月の死には彼女なりにショックを受けていた様なので、彼女の傍には真白を向かわせた。

真白本人は真霜と明乃が自分に何かを隠しているのに対して気に食わないが明乃の傍にいる事に対して不満はないので明乃と共に学校の寮へと戻り、この日は明乃の部屋で彼女と共に過ごした。

その後、学校が調査のために設けた休日の間、明乃は宗谷家に通いもえかに声をかけ続けた。

だが、もえかが明乃に反応する事はなかった。

そして明日でもう休みは終わってしまう。

少なくとも休み明けにはもえかの退学届けが受理しされてしまう。

明乃は折角一緒に入れた高校を辞めてしまうのは何としても阻止したかった。

でも、もえか自身が心を開いてくれないのではなどうしようもなかった。

だが、そう簡単に諦められない明乃は、明日は一日中もえかの傍に居よう。

もえかに話しかけよう。

絶対にもえかの心を取り戻そう。

そう決めていた。

 

「‥‥」

 

(私‥‥もうどしたらいいのかわからない‥‥わからないよぉ‥‥お姉ちゃん‥‥)

 

そのもえか本人はやはり今日も枕を涙で濡らしいつの間にか眠ってしまった。

退学届け出したのも半ば自棄でもあり、母を失い姉と慕う人物を奪った海に対して恐怖心を抱いたのかもしれない。

 

 

‥‥か‥ちゃ‥‥もえ‥‥もえかちゃん‥‥

 

暗闇の中から自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 

「誰?」

 

もえかが辺りを見回しても辺りは暗闇だけで人の気配がない。

それでも人の声は確かに聞こえる。

 

‥もえか‥ちゃん‥‥

 

「お姉ちゃん!?もしかしてお姉ちゃんなの!?」

 

もえかにはその声が葉月の声だと分かった。

 

「何処!?お姉ちゃん!?」

 

もえかは辺りを必死に見回して葉月を探す。

すると、もえかの前に葉月の姿が現れる。

しかしその姿は薄く宙に浮いている。

夢の中とは言え、目の前の葉月が幽霊なのだと分かったが、例え幽霊でももえかにとって葉月を会えたことが嬉しい。

 

「お姉ちゃん‥‥私は‥‥私がどうしたらいいの?‥‥私‥‥私‥‥私はどうすればいいの?もう、何もわからない‥‥分からない‥‥お姉ちゃん‥‥教えて‥‥私はどうすればいいの!?」

 

もえかちゃん 自分にはもう 君に教えることは何もない‥‥

 

「そんな‥‥私は‥‥私はお姉ちゃんを助ける事が出来なかったそんな私がブルーマーメイドなんて‥‥」

 

そんな事はないよ。君はあの実習で立派に成長したよ。

 

「でも‥‥」

 

もえかちゃん‥君は諦めるのかい?

 

「えっ?」

 

ブルーマーメイドになる夢を‥‥

明乃ちゃんや天照の皆を見捨てるのかい?

艦長ならば最後まで艦と乗員を見捨てず信頼しなければならないんじゃないか?

 

「‥‥」

 

人は必ず間違いをする。

その間違いを経験し成長していく‥‥

何かの犠牲なしに何も得ることはできない 何かを得るためには、それと同等の代価が必要になる。

今回の実習で君はそれを糧に大きく成長した筈だ。

それに君にはまだ残されているじゃないか。

戦うための大事な武器が‥‥

 

「どこにあるの!?何が武器なの!?」

 

命だよ。 

 

「えっ?」

 

君にはまだ命が残っているじゃないか。

 

もえかちゃん、人間の命だけが邪悪な暴力に立ち向かえる最後の武器なんだ。

素手でどうやって勝てる?

死んでしまって何になる?

誰もがそう考えるだろう。

自分だってそう思う。でもね、人間はそう言う時でも立ち向かっていかねばならない時もある。 そうしてこそ、はじめて不可能が可能になってくるのだ。

もえかちゃん、君ははまだ生きている。生きているじゃないか。

命ある限り戦え‥‥わかるね?もえかちゃん。

 

葉月の問いにもえかは頷くと、葉月はそれを見て満足そうに微笑むと葉月の姿は次第に消えていき辺りは光で満たされた。

もえかが瞼をゆっくり開けるとそこは宗谷家の自分が借りている部屋だった。

 

「お姉ちゃん‥‥」

 

夢だったのかもしれない。

でも、あの声は確かに葉月のモノだった。

 

「お姉ちゃん‥私、もう少し頑張ってみるから‥‥」

 

 

宗谷家のリビングでは真雪と真霜の二人が居り、真雪は朝食を作っており、真霜は朝刊を読んでいた。

そこに、もえかが部屋から降りて来た。

 

「知名さん!?」

 

もえかが部屋から出てきた事に真雪、真霜は驚いた。

 

「もう、大丈夫なの!?」

 

「‥はい、ご心配とご迷惑をおかけいたしました」

 

「朝ご飯はどうする?」

 

「‥‥いただきます」

 

朝食の後、真雪が

 

「それで知名さん、貴女の退学届けなんだけど、どうする?まだ受理されていないけど‥‥」

 

「そ、その‥‥撤回できれば‥また学校に通いたいです」

 

「そう、分かったわ」

 

もえかは真雪に休み明けも学校に通う旨を伝えた。

その後、明乃が宗谷家を訪れもえかが復活していた事安堵した。

そしてもえかは次のテストに向けて明乃と共にテスト勉強に励んだ。

 

(お姉ちゃん‥‥見ていて‥‥私、絶対にブルーマーメイドになってみせるから)

 

実習、そして葉月の死を完全にとは言えないが乗り越えることが出来たもえか。

しかし、この後、もえか達天照クラスはある試練が待ち受けている事をこの時知る由もなかった。



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61話 密封指示書

 

もえかが何とか立ち直り学校へと復帰し、まもなく横須賀女子では中間試験が迫っている中、葉月の葬儀がひっそりと行われようとしていた。

そんな中、真白は真雪、真霜、もえか、明乃の四人をジッと睨みながら詰め寄っていた。

 

「お母さんも姉さんも艦長達もいったい私に何を隠しているんですか!?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「「「‥‥」」」

 

四人は互いに互いの視線を泳がせながら真白にどう答えて良いのか分からなかった。

 

「何故お母さん達は制服の上に喪章をつけているんですか!?」

 

四人はこれから葉月の葬儀に出る為に制服の上に喪章をつけており、それがこの後誰かの葬式に出る事を示している。

 

「それに実習が終わったのにどうして葉月さんは家に帰ってこないんですか!?答えて下さい!!」

 

「‥‥」

 

真白は未だに宗谷家に帰らない葉月の行方を尋ねる。

 

「はぁ~‥‥わかったわ。真白‥話してあげる」

 

「お母さん!?」

 

真雪はこうなってはもう仕方がないと真白に葉月が死んだ事を伝えることにした。

だが、可能な限り自分の死を秘匿してくれと言う葉月の遺言に反するのではないかと真霜は反対するが、こうなってはもうどうしようもない。

このままはぐらかしても真白は追及を止めないだろう。

 

「真白‥葉月さんはね‥‥」

 

真雪は真白に葉月が先日の武蔵との戦闘で戦死した事を真白に伝えた。

 

「そんなっ!?葉月さんが‥‥」

 

真白もやはり、葉月の死についてはショックを受けていた。

 

「艦長は知っていたんですね?」

 

真白は、今度明乃をキッと睨む。

 

「う、うん‥‥ゴメン‥」

 

明乃はやはり真白に葉月の死を黙っていた事に対してはそれなりの罪悪感を感じていたが真霜にきつく口止めされていた為口外は出来なかったのだ。

 

「真白、岬艦長に葉月の死を黙っているように言ったのは私よ。それに自分が死んだ事をあまり他の人に知らせないでくれと言ったのは葉月自身なのよ」

 

「でも、艦長は知っていた。それに姉さんやお母さんも知名艦長も‥いくら葉月さん自身が言っていても私には言って欲しかった!!私はそんなに信用がないんですか!?」

 

「‥‥貴女の場合、貴女自身の不幸でどこから情報が洩れるのか分からないからよ」

 

「なっ!?」

 

真霜の返しに絶句する真白。

 

「ま、真霜さん落ち着いて」

 

険悪なムードの宗谷姉妹の中をもえかが仲裁する。

 

「そ、そうですよ。シロちゃんは皆から仲間外れにされた事に拗ねているんですよ」

 

「べ、別に拗ねてなんかいません」

 

明乃も援護射撃を行いこの険悪なムードを和ませようとする。

この後葉月の葬儀なのになんでこんな険悪なムードのまま行かなければならないのかともえかも明乃も思っていたからだ。

 

「宗谷さんも行きますか?お姉ちゃんのお葬式」

 

そしてもえかは真白に葉月の葬儀に出席するかを尋ねる。

 

「‥‥行きます」

 

真白も短い間とは言え色々葉月には世話になった。

葉月がいなければ横須賀女子に入れなかったか武蔵には乗れなかったかもしれないのだから‥‥

こうして真白も葉月の葬儀に出席する事になった。

 

葉月の葬儀会場はブルーマーメイドの基地内ある講堂で行われ、式が始まると宗谷姉妹にはさっきまでの険悪なムードもなく、厳かに進められて行く。

棺に納められている葉月は本当に死んでいるのかと思わせるぐらい綺麗な顔をしていた。

声をかければ目を開けて起きてくれるのではないか?

葉月を慕う者達はそんな錯覚を覚える。

 

(葉月さん‥本当に‥‥)

 

出棺の後、火葬場で荼毘に付している時、もえか、明乃は煙突から出ていく煙を見ながら自分達の家族の最後を思い出していた。

 

(あの時と一緒だ‥‥お父さんとお母さんの時と‥‥)

 

(泣くのはまだ早い‥‥お姉ちゃんを見送るまでは‥‥)

 

もえかも明乃も散骨の時までは泣かないとグッと涙を堪えた。

やがて、火葬が終わり、遺骨が骨壺に納められて散骨の為に海へと向かう。

てんじんの甲板には関係者らが集まり葉月の遺骨を横須賀の海へと還す。

遺骨を散骨し終えると、

 

「広瀬葉月一等監査官に敬礼!!」

 

葉月の遺骨が散骨された横須賀の海にその場にいた者達が敬礼し、てんじんの放送からは『海ゆかば』が流され、弔砲が撃たれる。

これまで我慢していたもえかと明乃であったが、涙がブワッと出てきて敬礼していたがやがて、その場に崩れて泣き出す。

古庄や真雪がそんな二人を慰める。

こうして広瀬葉月は一部の人達に見送られながら横須賀の海へと還って逝った。

なお、余談であるが、葉月の忘れ形見の一つである多聞丸であるが、当初もえかが引き取るか五十六の様に学園の敷地内に住まわせるかと色々検討された。

そんな中、多聞丸は何故か真白に物凄く懐いたので、多聞丸は宗谷家で引き取られる事になった。

 

 

 

 

あの海洋実習から約一ヶ月の月日が流れた。

 

 

 

 

この間、横須賀女海洋高校を始めとして各海洋高校、大学、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィン、文部科学省が今回の事件解明と原因となったラットと呼ばれる生命体の解析及び背後処理にあたっていた。

再度の感染があった場合の対策は国立海洋大学で編成された特別チームがワクチンと抗体の研究を行い対策はすでに確立されようとしていた。

また、葉月が遺書に記したように学生艦の規制についての検討が行われ、中島教育総監も今回の事件と学生の安全を鑑みてやはり40cm砲以上の搭載艦の使用を控える事とし、学校が保有できる最大の大きさを36cm砲搭載艦とする事を決めた。

各学校には36cm搭載艦の金剛、比叡、榛名、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向が割り当てられることになり、地球一周などの超遠洋航海時のみ40cm砲以上の搭載艦の使用が認められることになった。

これを受け、各造船所では急遽巡洋艦クラスの艦の建造依頼がふえた。

そして、海兎の製造も検討される事となった。

やはり飛行船よりも速度、旋回性能に勝るオートジャイロは今後のブルーマーメイドの活動において不可欠だと判断されたからだ。

近い将来、海洋高校にオートジャイロの搭乗員を育成する飛行科が誕生したのは言うまでもなかった。

 

そんな中、横須賀女子では中間試験が行われその結果が吉と出るか凶と出るかまだ分からないハラハラドキドキしながらの試験休みとなった。

幸子は記録係としての今までの癖なのか、実習後も航海記録と言う名の日記をつけていた。

そして今日もそれを書いていると、

 

「なあにをしとるんじゃ?」

 

幸子に声をかける人物がいた。

ドイツからの留学生のミーナだった。

 

「ん?ああ、航海日誌をつけているんですよ」

 

「航海しとらんじゃないか」

 

「してなくてもつけるんです」

 

「お主らしいな‥‥ところで‥‥」

 

「おう、今夜も仁義なき上映会をやるけぇのう」

 

幸子とミーナは今夜もまた二人で任侠物のDVDをみる約束をする。

そこへ、

 

「楽しそうに会話している最中すまない‥‥」

 

澄んだようなドイツ語が聞こえる。

ミーナの親友であり、アドミラルシュペー艦長のテアがミーナに声をかけてきた。

 

「昼休みが終わったら会議室に来てくれ」

 

「わかりました」

 

ドイツ語がわからない幸子には二人が何を言っているのかわからない。

テアがチラッと幸子を見ると、幸子は一瞬ドキッとする。

そして、テアは手をシュッタとあげるとその場を去って行く。

幸子がテアとミーナの会話の内容が気になる様子でミーナを見ると、ミーナは先程テアと何を話していたのかを幸子に教える。

 

「ん?」

 

「二学期からどうするかカリキュラムの組み直しをするそうじゃ‥‥例の事件のせいでな‥‥噂で聞いたのじゃが、天照クラスはこのままでは実習が出来ん‥‥その為、学校側は何らかの対策を行うと‥‥」

 

「えっ?それはどういう事なんですか?」

 

「今回の事件を受けて、学生が使用する艦船に制限が設けられるみたいなんじゃ」

 

「そう言えば、天照は本来、横須賀女子の学生艦ではありませんでしたし‥‥っ!?もしかしてクラスが解体されるんじゃ‥‥私、この後艦長に呼ばれているんですけど‥‥まさか、その件で‥‥」

 

幸子の脳裏にクラス解散の最悪の事態が過ぎる。

 

「あまり悪い予想せん事じゃ、今回の事件では天照の活躍が事件解決の大きな要因じゃ、そう簡単に解体なんてさせんじゃろう」

 

「で、ですよね‥‥」

 

ミーナは幸子を励ますが、幸子は不安を完全に拭い去る事が出来なかった。

 

その頃、横須賀女子の図書室に隣接する資料室では、明乃、真白、もえかが何かにとりつかれたようにペンを走らせていた。

そして、明乃はさっきから「うんうん」唸っており、それがピークに達したのか、

 

「うぅ~うぅ~うぅ~‥‥うわぁぁぁぁぁぁぁ!!分かんなくなってきたよぉ!!」

 

「ですが、艦長、今回の事件の報告書を学校に提出しないと」

 

三人がやっていたのは今回の事件の報告書の作成だった。

 

「書類仕事は苦手なんだよぉ~私のスタイルじゃないし、それに私、途中から記憶がないもん」

 

「この仕事にスタイルもクソもあるか」

 

確かに明乃は途中でウィルスに感染してしまった為、その間の事は覚えていない。

報告書を書けと言われても無理がある。

だが明乃よ、ブルーマーメイドになれば当然書類仕事とは切っても切れないモノになるのだが、大丈夫なのか?

 

「み、ミケちゃん。私の分が終わったら手伝ってあげるから、頑張ろう」

 

もえかが明乃に手伝ってあげると言うと、明乃は目を輝かせて、

 

「ありがとうもかちゃん!!」

 

明乃にとってはまさに地獄で仏と言う感じだった。

だが、量はあきらかにもえかの方が多いので明乃が終わる間にもえかの分が終わるのか微妙な所である。

もえかは今回の報告書に関して心苦しいが葉月が死んだ事を省いていた。

決して学校から隠蔽するように言われた訳ではないが、あくまで省いているのは表側に出る報告書で秘匿保管される方にはちゃんと葉月の最後が書かれていた。

 

「知名艦長、あまりうちの艦長を甘やかさないでください」

 

「あっ、でもちょっと手伝うだけだから」

 

「はぁ~」

 

真白は深いため息をつく。

と言うのも明乃がウィルスに感染してしまった後の責任者は真白だったので、真白が書く報告書が明乃よりも多かったからだ。

出来れば自分の方を手伝ってもらいたい。

そんな心境だった。

そこへ、幸子がやって来た。

 

「失礼‥します」

 

「あっ、納沙さん」

 

「艦長‥あの‥‥私が呼ばれたのはもしかして‥‥」

 

幸子はもえかの口からクラス解散と今後自分が配属される新しいクラスの場所かと思っていた。

そして、自分の前には他の誰かがきて同じ様な事を言われていたのではないか?

そんな不安ばかりが幸子の脳裏を過ぎる。

しかし、もえかの口からは幸子の予想とは異なった事が発せられた。

 

「納沙さんにお願いがあるんだけど‥‥」

 

「な、なんでしょう?」

 

「これをクラスの皆に渡してほしいの」

 

もえかは机の上に置いてあった封筒の束を幸子に手渡す。

 

「ん?クラス全員にですか?」

 

「校長先生からなんだけど、大事なモノで必ずクラス全員に配る様にって‥‥私は暫く此処で缶詰状態だから、頼まれてもらえるかな?」

 

「わかりました」

 

クラス解散の事ではないので幸子はホッと一息ついて資料室を後にした。

だが、出た後で今後のクラス運営について尋ねるのを忘れている事を想いだした。

でも、報告書の作成で忙しいもえかにまた部屋に入って尋ねるのも無粋なので、まずは頼まれ事を片付けようと行動を開始する幸子。

学校の昇降口で自分の名前が書かれた封筒を見ると、そこには名前の下に開封日時が指定している指示が書かれていた。

 

「これは‥‥密封指示書‥‥」

 

幸子が太陽に封筒を透かしても中身は見えない。

 

「‥‥『おはよう天照の諸君、今回の君の使命は横須賀女子海洋学校に潜入したスパイのあぶり出しだ。追いかけ、見つけ出してコロス。成功を祈る』」

 

ただの頼まれ事に対しても一人芝居をする幸子。

 

「何と言う困難な任務だ。まさにインポッシブルな大作戦!!」

 

幸子がキメた時、

 

「ココちゃん?」

 

「何しているの?」

 

「っ!?」

 

背後から声をかけられて現実に戻る幸子。

後ろを振り返ってみるとそこに鶫と慧が立っていた。

 

「八木さん、宇田さん。丁度いい所に‥‥うーん‥‥はい」

 

幸子はさっきの一人芝居を見られたにも関わらず恥ずかしがる素振りも見せずに二人に封筒を渡す。

 

「ん?」

 

「何コレ?」

 

「学校からの指示書です。開封期日が指定されているので、気を付けてください」

 

「ありがとう」

 

「それ、全部配らないといけないの?」

 

慧が幸子の手にある封筒の束を見て尋ねる。

 

「はい、艦長が書類仕事で忙殺されていたので‥‥」

 

「艦長も大変だね」

 

「折角のテスト休みなのに‥‥そう言えば、先任はいないの?

 

慧は葉月の行方を幸子に尋ねる。

 

「そういえば、実習の後、先任と連絡がつかないんですよね~どこに行ってしまわれたんでしょう?」

 

幸子も葉月と連絡を取りたがっていたのだが、葉月とは連絡も付かず、出会う事も出来ていない状態だった。

 

「あっ、そうだ。それ配るの手伝おうか?」

 

鶫が幸子に封筒配りを手伝うと提案してきた。

 

「えっ?」

 

「私、横須賀出身だし、これからめぐちゃんを案内するとこだったんだけど‥‥」

 

「うん、ついでだし、みんなにソレを配りながら町を歩くのも良いね」

 

「でも、折角の御予定を‥‥」

 

「クラスメイトなんだし、水臭いこと言わない」

 

「ココちゃんとは航海中あんまりお喋り出来なかったし、いい機会だよ」

 

「宇田さん‥八木さん‥‥ありがとうございます」

 

「じゃあ、早速‥‥」

 

鶫はカバンから自分のスマホを取り出すと物凄い速さでメールの文章を作成してクラスメイトにメールを送る。

その速さは指の動きが残像みたく見えるかの様だ。

鶫の指裁きも凄いが彼女の指裁きに対応できた彼女のスマホも凄いのかもしれない。

 

「あの?何が早速なんでしょう?」

 

「クラスメイト全員にメール出したよ。居場所教えてって」

 

「流石電信員」

 

「勿論です。プロですから」

 

「時期に返信が来るだろうし、とりあえず出ちゃおうか?」

 

慧がクラスメイトの返信を待ちながら横須賀の町を歩こうと提案し、

 

「うん、行こう、行こう」

 

鶫も慧の後を追い、幸子も二人の後を追った。

その頃、横須賀市内のとある雑居ビル内にある雀荘では、機関科の若狭、広田、駿河、伊勢の四人が麻雀を興じていた。

 

「うーん‥‥よーすがおかしーぞぉ?」

 

駿河は自分の手牌を見て呟く。

 

「そりゃまぁ、おかしいでしょう。手牌、足んねぇみてぇだぜ」

 

「えええっー!!えっと‥‥」

 

広田の指摘を受けて駿河は自分の手牌の数を数えると一つ足らない。

 

「ほん゛だぁ゛ぁ゛!!じゅ゛ーに゛ま゛い゛しかな゛い゛よぉぉ!!」

 

この時点で駿河の負けが決定されており、彼女は頭を抱えて絶叫する。

 

「アホだな、お前」

 

若狭からそんな事を言われている駿河であるが、彼女は別の世界では学校で生活をしながらシャベル片手にゾンビと戦っている元陸上部(元グリンベレー)の少女なのだ。

 

「配牌の時、一枚取り忘れたんじゃないの?何時も平気でやっている事だろうが‥‥やっとリーチね」

 

「うっうぅ~‥‥ポン」

 

「あがれないのになんでポンするの!?」

 

「ツモ」

 

その間に広田があがってしまった。

その牌を見て、若狭が、

 

「堅いなぁ~」

 

と呟くと、

 

「地味でお堅い女さ」

 

伊勢がそれに乗っかる。

 

「今度余計な事を言うと口を縫い合わすぞ」

 

そして、ビリとなった駿河へのお仕置きが実行される。

駿河は広田からおでこにデコピンを食らった。

そこへ、幸子達が封筒を届けにやって来る。

 

「これはこれは書記殿」

 

「あ、いたっ!!

 

「レオちゃん。レスありがとう」

 

「メール気付いたの私だけだったし」

 

「皆さんにお渡しするのがありまして‥‥」

 

幸子は卓を囲んでいる機関科のメンバーの封筒を手渡す。

 

「何コレ?」

 

「学校からだって‥‥」

 

「へぇ~なんだろう?成績表かな?」

 

駿河は封筒を手で破って中を見ようとする。

 

「此処で開けちゃダメだ!!」

 

それを幸子が大声を出して止める。

 

「これ、開封日時が定められている密封指示書なんですよ。今開けたら校則違反で停学ですよ!!」

 

「ええっー!!」

 

幸子に注意されて事の重大さに気づく駿河。

 

「開けなくてよかったわね、留奈」

 

「マロンちゃんとクロちゃんは?」

 

鶫は同じ機関科のメンバーでこの場に居ない麻侖と黒木の居場所を尋ねる。

 

「ああ、機関長達なら今日は研修するんだって」

 

若狭が麻侖と黒木の予定を幸子達に教える。

 

「研修?はっ!?まさか‥『君達は選ばれしエンジニアだ。この特別訓練をクリアーし、ワンランク上の仕事について貰いたい』 『てやんでぃ。朝飯前でぇい』 『ワンランク上とやらを目指そうじゃないの』‥みたいなことになったりはしないですよね?」

 

幸子は研修と聞いて麻侖と黒木がクラスを離れる為の特別訓練を受けているのではないかと伊勢と若狭に詰め寄る。

 

「‥‥それは無いと思うけど」

 

しかし、伊勢は幸子の考えを否定する。

 

「まっ、確かにうちの機関長はずば抜けて腕が立つけど」

 

「クロちゃんも機関長とは阿吽の呼吸だし」

 

「そうそう」

 

「二人そろえば最強だよね」

 

広田達も入試の時の実技試験と実習を通じて麻侖と黒木のエンジニアとしての腕は認めていた。

 

「指示書、私が渡しておこうか?晩御飯は機関長達と一緒に食べる約束をしているから」

 

若狭が麻侖と黒木の分を渡しておこうかと尋ねる。

 

「では、お願いします」

 

幸子は麻侖と黒木の指示書を若さに手渡す。

 

「ところで、例の噂ご存知ですか?」

 

そして、若狭達にクラス解散の噂を知っているかを尋ねる。

 

「噂?‥‥なんの!?」

 

どうやら、若狭達は知らなかった様で、噂と聞いて目を輝かせて幸子に聞いてくる。

 

「実は‥‥」

 

幸子が若狭達に伝えようとした時、

 

「お待たせしました」

 

そこへ、お茶が乗ったお盆を持ったみかんがやって来た。

 

「「みかんちゃん」」

 

みかんにも当然指示書を渡さなければならないので、幸子達は噂の事を若狭達に伝えずにそのままみかんに指示書の事を伝えると、どうやらこの雑居ビルにはみかんと杵﨑姉妹がバイトをしている和菓子屋があるみたいなので、幸子達はその和菓子屋へと向かった。



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62話 密封指示書 パート2

もえかから直接頼まれて学校が天照のクラスメイト達全員に配る様に指示された開封日時が定められた密封指示書をクラスメイト達に配る事になった幸子。

横須賀市内の雑居ビルで麻雀をしていた麻侖と黒木を除く機関科のメンバーに指示書を渡すとそこにみかんがやってきた。

彼女はどうもこの雑居ビルにある和菓子屋でバイトしている様だ。

そこにはみかん以外にも杵﨑姉妹も居る様なので、幸子達はその和菓子屋へと向かった。

その和菓子屋は杵﨑姉妹の親戚のお店らしい。

早速幸子はみかんと杵﨑姉妹に封筒を渡す。

 

「へぇ~十三日まで開けちゃダメなんだ」

 

「艦長、凄く忙しいみたいだね」

 

「確か資料室に籠っているんだよね?さっきおやつを差し入れしてきたんだけど、武蔵の艦長が苦しみに耐え切れずに大声で泣き叫びながら、右往左往していたよ」

 

「ワーッハハハハァ!本当かぁ、えぇ?」

 

「ええ、その件なんですけど‥‥」

 

「あっ、そうだ」

 

幸子が噂の事をみかんや杵﨑姉妹に言おうとしたら、あかねがお盆に乗った三つのエクレアを差し出す。

 

「試作したんだけど食べてみて」

 

「いいの?いただきます」

 

慧はエクレアの一つを手に取り一口食べると、

 

「うっ‥‥ウググググ‥‥」

 

突然顔色を悪くする。

彼女の顔は忽ち脂汗まみれになり、目を回して失神しそうになる。

倒れそうな慧を鶫が抑え、床に倒れる事は免れた慧。

 

「あれ?美味しくなかったのかな?エクレアに甘納豆を入れて見たんだけど‥‥」

 

「あっちゃんは攻めすぎよ」

 

「悪くなさそうな組み合わせですけどね」

 

ほまれはどう考えてもエクレアと甘納豆は合わないと言うが、反対に幸子は悪くないと言う。

その間に鶫は恵のカバンの中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、蓋を開けて慧に水を飲ませてやる。

 

「めぐちゃん、甘納豆苦手なの」

 

そして慧が何故、失神しそうになったのかを話す。

 

「宇田さん、大丈夫ですか?」

 

「な、なんとか‥‥次行こうか?」

 

「まだ、返信来ていないんだけど‥‥」

 

「心当たりがあります」

 

そう言って幸子はクラスメイトの誰かが居るであろう次の場所へと向かう。

その頃、横須賀市内のとある銭湯では、西崎と立石が風呂上りの牛乳を飲んでいた。

 

「ぷはっ‥‥いや~テスト明けはやっぱり、温泉に限るなぁ~」

 

「うぃ~」

 

西崎の意見に同意する様に牛乳瓶に口をつけ牛乳を飲む立石だった。

 

その頃、幸子達は横須賀市内のとある自然公園に来ていた。

そして公園にある電波塔の上にはマチコが居り、彼女は電波塔の上から風を一身に感じていた。

 

「ホントに居た」

 

慧はまさか本当に居るとは思わず、マチコの姿を見て思わず声に出す。

 

「アイツ、なにやってんだ?」

 

「うーん、いい電波が出ている」

 

鶫は鶫でなにか変なモノを受信している様子。

 

「ないない」

 

慧は即座にそれを否定する。

 

「マッチは陸に上がったてもサイコー!!サイコーよ!!」

 

聞き慣れた声がしたので、声がした方を見るとそこには等松、青木、和住の三人がいた。

等松は電波塔の上マチコをスマホで写真を撮っていたのだが、手ぶれ補正が補正できないぐらい手を振りながら写真を撮っていたので、本当に写真が撮れているのか疑問な感じである。

青木はスケッチブックにマチコの姿をデッサンしており、和住は帆船の模型を作っている。

 

「カッコイイ」

 

慧がデッサン画を見て一言呟く。

 

「マッチと先任のW主人公の漫画を仕上げて、夏のビッグイベントで金をガッポリせしめるッス」

 

「資本主義者め」

 

「野間さんが高い所に居そうなのは読めていましたが、更に三人補足できたのは幸運でした」

 

「ココちゃん名推理だったね」

 

幸子は其処に居るメンバーの封筒を手渡す。

そして、幸子は青木がデッサンしていたスケッチブックを見る。

其処には実習中に描いていたであろう葉月のデッサン画が何枚もあった。

 

「そう言えば、青木さんは先任と連絡は取っているんですか?」

 

幸子は葉月のデッサン画を描いていた青木ならば葉月の行方を知っているかもしれないと聞いてみる。

しかし、

 

「いやぁ~私も実は先任を探しているッス‥‥実習の後、先任のデッサン画を描こうと思って連絡を取ろうとしたッスけど、先任の連絡先を聞くの忘れちゃって‥‥艦長に聞いても『知らない』って言っていて‥‥」

 

「そう‥ですか‥‥」

 

幸子は葉月ならば何か知っているか、良い策を授けてくれるのではないかと思っていたのだが、青木も知らないと言う事に落胆の色が隠せなかった。

 

「そう言えば、二学期から私達どうなるんだろう?」

 

「天照は元々横須賀女子の艦じゃないみたいだからねぇ‥‥」

 

青木や和住も天照が横須賀女子の所属でない事を知っており、二学期からの実習では自分達はどの艦に乗るのか心配そうだった。

 

「あっ‥‥機関長と黒木さんは研修‥主計科の三人も和菓子屋さんで修業‥わざわざテスト休み中にですよ」

 

「言われてみればちょっと変かも‥‥」

 

「二学期から海洋実習、私達は乗る船が無いんです‥それを見越して動いているんだとしたら‥‥」

 

幸子には言い知れぬ不安がよぎる。

そこへ、楓からメールが入り、彼女は今、天照が入居している大型船ドックに居るらしい。

封筒を渡す為、幸子達は大型船ドックへと向かった。

 

大型船ドックでは武蔵と天照がその傷ついた船体を修理しており、楓はそれをジッと見ていた。

 

「お嬢様だと思っていたけど、此処まで凄いとはね‥‥」

 

武蔵と天照の修理を行っていたのは楓の実家である万里小路重工だった。

 

「お嬢様、そろそろお戻りになっていただかないと‥‥」

 

楓の隣居る執事が彼女に声をかける。

 

「時期に戻りますからもう少し待って下さい」

 

「分かりました。では、御当主様にもそうお伝えいたします」

 

そう言って執事はその場から立ち去った。

 

「分かっております‥‥そこにいらっしゃるのは‥‥」

 

楓は物陰から様子を窺っていた幸子達の気配に気づいており、彼女達に声をかける。

自分達の存在が既にバレているのでは仕方がなく、幸子達は物陰から出てくる。

 

「えっと‥‥お渡しするモノが‥‥」

 

幸子は楓の分の封筒を手渡す。

 

「ご丁寧にありがとうございます」

 

「あの‥‥万里小路さん。さっき話していた『戻る』って‥‥」

 

「実は、お父様から何度も言われておりまして‥‥」

 

「っ!?」

 

楓の言葉に絶句する幸子。

 

「ね、ねぇ万里小路さん」

 

「なんでしょう?」

 

幸子に代わって慧が楓に声をかける。

 

「万里小路さん、先任が何処にいるか知らない?」

 

「葉月さんですか?」

 

「うん。何か実習の後、連絡が取れないし、行方が分からないみたいなの」

 

「申し訳ございません。実は私も葉月さんを探しているのですが‥‥」

 

「万里小路さんも分からない‥と」

 

「はい、お役に立てずに申し訳ございません」

 

楓の情報網にも葉月の行方はようとしてわからなかった。

そして、鶫のスマホに姫路からメールが入り、幸子達は姫路がいる場所へと向かった。

その頃、銭湯の休憩室では西崎と立石が将棋をしていた。

 

「よーし、打っちゃうよぉ~取っちゃうよぉ~ソレ」

 

「うぅ~うぃ~」

 

大事な駒が取られ、立石は次の手を打つ。

 

「おぉっと、また取れちゃうねぇ」

 

「うぃ~」

 

折角打った手も西崎には通じず、かえって被害が大きくなる立石。

 

「タマの仲間はどんどん減って行く~」

 

立石が西崎に将棋で勝つのはまだまだ先の様だった。

 

ところ変わって横須賀市内のゲーセンでは、水雷科の姫路と松永がボーリングをして、砲術科の小笠原、武田、日置の三人はダーツをやっていた。

姫路と松永はストライクを連発しており、ダーツをしている砲術科の三人で小笠原が一番の成績でビリは日置だった。

彼女は輪投げならば得意だと言って、ゲーセンに輪投げが無い事を嘆いていた。

そして、陸よりも船の上が良いと言う。

すると、小笠原もやはり陸よりも船の上が良いと言う。

やはり、乗っていた船が大破した事と元々の所属が横須賀女子でない事から二学期からの実習はどうなるのか?を不安視していた。

そこへ、

 

「失礼しまーす」

 

幸子達がやって来た。

 

「あっ、一緒にダーツやる?」

 

小笠原は幸子達にダーツをやらないかと誘う。

 

「ビリヤードでもいいよ」

 

「いや~みんなでやるならボーリングでしょう」

 

「いやいや、ここはやっぱりドキュンと輪投げで‥‥」

 

「「「「ないから」」」」

 

ゲームセンに輪投げが無い事に対して日置以外の砲術科と水雷科の全員がツッコム。

 

「いえ、任務が残っているので‥‥ですが、近いうちに是非、一緒に遊びたいです。できればクラスのみんなで」

 

幸子はまだ封筒配りが残っているので、遊ぶのはまた今度と言う。

 

「クラス皆って大げさな‥‥」

 

「ドキュンと集まるかな?」

 

陸ではやはり船と違い、集まる機会が少ない天照のクラスメイト。

現に何人かは固まっているが、基本バラバラになっている。

幸子はそんな現状に恒例の一人芝居をして一人項垂れた。

 

「大丈夫?ココちゃん」

 

そんな幸子を慧は慰める。

 

「なんかただ事じゃないってのは伝わって来たよ」

 

「皆で集まれるのは今の内だけかもしれないので‥‥」

 

「えっ?それって私達船がないから‥‥」

 

「じゃあ、私達のクラス‥‥」

 

幸子の呟きを聞いて今まで幸子と行動を共にして来た鶫と慧もここでやっと自分達のクラスが解体されるかもしれない可能性に気づいた。

 

「ま、まだ、決まった訳ではありませんから、御内密に‥‥」

 

確かにもえかからも古庄からも真雪からも直接、天照クラスが解散になるとは言われていない。

あくまでも幸子の予想の範疇である。

しかし、この場にいる皆に与える不安は大きかった。

 

「あっ、そう言えばさっき、メイちゃんとタマちゃんの居場所を掴んだんだけど、ちょっと離れているんだよね」

 

鶫が西崎と立石の居場所を幸子に教える。

 

「じゃあ、私達でメイちゃんとタマちゃんに届けておくよ」

 

慧が幸子に代わって二人に封筒を渡しておくと伝え、西崎と立石の分の封筒を慧に渡す。

 

「航海科はこの後、ドブ板通りのレストランでご飯だって」

 

航海科のメンバーの居場所が分かったので、幸子は其方へと向かう。

幸子が去り、

 

「やばいよ、クラス無くなるの?」

 

砲術科と水雷科のメンバー+鶫と慧がクラス解散の危機かもと言う事実にあれやこれや言っていると、

 

「あれ?皆お喋りタイム?」

 

そこへ、先程麻雀をしてきた機関科のメンバーがやってきた。

駿河は額を手で抑えていた。

あの後、また罰ゲームを受けた様子。

 

「あれ?機関科の‥‥」

 

「麻雀していたんじゃ‥‥?」

 

「留奈が負けてばっかで、おでこ痛くなったから他のコトをして遊ぼうって」

 

若狭がゲーセン来た訳を話す。

やはり、駿河はあの後、連戦連敗した様だ。

 

「皆さん、仲がよろしい様で何より。で?お揃いで何のお話ですか?」

 

広田が皆で何の話をしているのかを尋ねると、皆は不安そうな顔でクラスが解散になるかもしれない噂を機関科のメンバーに話した。

 

その頃、銭湯の休憩室では、西崎と立石がまだ将棋をしていた。

立石の手には将棋の本があった。

恐らくあまりにも弱い立石にハンデとして西崎がOKを出したのだろう。

序盤は将棋の本のおかげで勝っていた立石であったが、僅かな隙を西崎に見破られて、

 

「ココが急所なんだなぁ、これでタマの船はバラバラとなり、ただの案山子ですな」

 

「うぃ~」

 

ハンデを貰っても立石は不利な立場となった。

 

漁港では麻侖と黒木が漁船のエンジンの修理をしていた。

 

「いい自主研修ね、コレ」

 

「だろう?勘も鈍らねぇしな」

 

機関科のメンバーが言っていた研修とは学校側が提案した研修ではなく、麻侖と黒木が自主的に行っているボランティアで漁船のエンジンの点検や修理、整備をするものであった。

研修と言われ幸子達は学校側が提案し麻侖と黒木がそれに参加しているのではないかと勘違いしているだけだった。

しかし、当の麻侖と黒木は勘違いされていることなど知る由もなかった。

 

「マロンと二人で何かをするのって結構久しぶりね」

 

天照に居た時は当然、黒木は麻侖と一緒に居たが、二人っきりではなく、他の機関科のメンバーもいたので、二人っきりと言うカテゴリーからは外れる。

 

「ああ、たまにはいいもんだろう?」

 

そんな漁船のエンジンの修理をしていた二人に声をかける人物が居た。

 

「やっぱりいい腕しているね」

 

その声に反応して麻侖と黒木が桟橋を見ると、そこには横須賀女子の制服の上に防水コートを羽織った小柄な女子生徒が一人立っていた。

 

「なんでぇ、あんたは?」

 

「明石艦長、杉本珊瑚‥‥妙な噂を耳に挟んだんで会いに来た」

 

「さんご?なるほど、その服のサイズは3号か?来いミニペンギン」

 

漁港で麻侖と黒木が明石の艦長、杉本と邂逅を果たしている頃、みかんと杵﨑姉妹がバイト兼修業をしている和菓子屋でも‥‥

 

「いらっしゃいませ」

 

「貴女は確か‥‥」

 

和菓子屋の自動ドアを潜り入って来たのは横須賀女子の制服を身に纏う一人の女生徒で、みかんと杵﨑姉妹はその女生徒に身に覚えがあった。

 

「話があるんだけど、いいかしら?」

 

「令状はあるの?」

 

「きついジョークだ」

 

和菓子屋を訪れたのは間宮艦長の藤田優衣だった。

 

辺りが夕焼けに包まれ始めた横須賀の町を幸子は一人トボトボ歩いていた。

しかし、その顔色は優れず不安に包まれている。

 

「まだ‥‥決まった訳じゃ‥‥あっ‥‥」

 

幸子が航海科もメンバーがあつまるレストランに向かっている最中、前方からセグウェイミニに乗った美波がやってきた。

 

「美波さん」

 

美波も幸子に気づいて、彼女の前でセグウェイミニを止める。

 

「よかった。これを」

 

幸子は美波に封筒を手渡す。

 

「ん?」

 

「学校からの期日付の密封指示書です」

 

「感謝する」

 

美波が封筒を受け取った瞬間に彼女のスマホが鳴り出す。

 

「もしもし‥‥分かった」

 

「あの?」

 

「研究室に戻る。衣帯不解‥‥」

 

幸子が声をかける間もなく美波は大学へと戻っていく。

研究が忙しい様子で此処には夕食でも食べに来たのだろう。

幸子は美波が去り際に残した『衣帯不解』の言葉の意味を調べた。

タブレットには、

衣帯不解‥‥衣服を着替える事もせず、ある事に熱中すること。

         不眠不休で仕事に打ち込むこと。

    「衣帯」は着物の帯の意。

と表記された。

 

銭湯ではまだ西崎と立石が将棋をしていた。

 

「いよぉし、此処は一気に広げていこう!!」

 

盤上は立石の駒が完全に西崎の駒に包囲された形となっている。

どうやったらこんな風になるのか知りたいぐらいの盤上になっていた。

 

「うぃ~」

 

立石にはもう打つ手がない。

と言うか、此処まで来る前にすでに自分の負けは分かっていたはずなのに立石は徹底抗戦の構えで臨んでいたのだろう。

その結果がこれだ。

 

「一度火が着くと、ぅあ!っと言う間にこうなって皆殺しだぁ!!」

 

結局この日、立石は将棋で西崎に勝つことは出来なかった。

 

航海科のメンバーがいるレストランでは、まるでお通夜のような暗い雰囲気を出していた。

 

「「「「‥‥」」」」

 

テーブルに置かれた横須賀名物の横須賀海軍カレーをメンバー達は手をつけずにただジッと頷いていた。

そこに幸子が来店した。

 

「あの‥‥失礼します~」

 

幸子も航海科のメンバーの暗い雰囲気に声を掛け辛かったのだが、いつまでも黙って立っている訳にはいかないので恐る恐る声を掛ける。

幸子の声に反応して航海科のメンバーが一斉に幸子へと視線を向ける。

 

「ココちゃん‥‥」

 

幸子の姿を見て鈴と内田が涙目になる。

そして、一斉に幸子に駈け寄る。

 

「「うわぁぁぁん!!」」

 

「ど、どうしたんですか?皆さん!?」

 

突然泣きつかれて狼狽える幸子。

 

「私達、皆バラバラになっちゃうんだって~」

 

「お、落ち着いてください。公式にそんな発表は‥‥」

 

「でも、見たぞな。さっき和菓子屋でみかんちゃんと杵﨑姉妹が間宮の艦長にスカウトされていたぞな」

 

「えっ?」

 

聡子の言葉を聞いて幸子も驚く。

 

「マロンちゃんとクロちゃんも明石の艦長がヘッドハントしに来たって聞いたよ」

 

「ええっ!?」

 

内田の言葉に更に驚く幸子。

みかんと杵﨑姉妹、麻侖と黒木が他艦の艦長にお誘いを受けたなんて幸子には寝耳に水だった。

 

「きっと私達の航海長も比叡あたりから引き抜きに来るよ」

 

炊飯員、機関長と機関助手が声を掛けられたのだから航海長もきっと他艦からのお誘いが来るのではないかと予想する山下。

 

「いやだ!!皆と離れたくないよぉ~!!」

 

鈴は天照のクラスメイト達と離れるのを泣いて嫌がった。

卒業すればそれぞれの進路はバラバラになるがせめて高校の時だけはこうして仲良くなったクラスメイト達と一緒に過ごしたい。

それはクラスメイト達全員の総意だった。

 

「ココちゃん、先任は!?先任は今どこにいるの!?」

 

「そうだよ、葉月さんなら何か知っているかもしれないし、知恵をかしてくれるかもしれないじゃん」

 

鈴と山下が葉月の行方を幸子に尋ねる。

 

「それが、皆さんも葉月さんの行方を捜しているみたいなんですけど、見つからなくて‥‥」

 

「うぅ~」

 

「先任、何処に行ったぞな‥‥」

 

クラスがバラバラになるかもしれないと言う不安と力になってくれるかもしれない葉月が行方不明と言う事態に天照のクラスメイト達の不安は益々募るばかりだった。

 

暗い面持ちで寮に戻る幸子。

彼女は寮の手前で自分の名前が書かれた封筒を見る。

 

「これは‥‥転属指示書と言う訳ですか‥‥」

 

此処までの話を総合するとクラスの解散は既に決定されており、有能だと思われる人材は他艦の艦長らが直接赴いてヘッドハンティングしてクラスの能力を高めようとしている。

幸子にはそう思えて仕方がなかった。

いずれは自分の下にも他艦の者がヘッドハンティングに来るのだろうか?

それとも封筒の中身には既に今度転属するクラスが既に表記されているのだろうか?

沈んだ気持ちで寮に入る幸子。

ロビーではミーナが任侠物のDVDを見ていた。

 

「‥‥」

 

「ん?おう、帰りが遅かったから視聴会先に始めていたぞ」

 

幸子に気づいたミーナが片手をあげて声をかける。

 

「ミー‥ちゃん‥‥」

 

ミーナの姿を見て、幸子はこれまで我慢していたモノが一気にあふれ出し、ミーナに抱き付いて声を上げて泣いた。

 

「ココ‥‥」

 

「うちのクラス‥解体‥されるかも‥‥しれないんです‥‥」

 

「噂は本当じゃったか‥‥」

 

「クラスがバラバラに‥‥もう、私の居場所無くなっちゃう‥‥」

 

「‥‥もし、そうなったら‥‥お主、わしの学校に留学せんか?」

 

「えっ?」

 

ミーナの提案に暫し呆然とする幸子だった。

 

その頃、横須賀女子海洋高校の校長室では真雪があるところへ電話をかけていた。

 

「‥そうですか‥建造は順調で予定通りの期日に就航できると‥‥分かりました。ご苦労様です」

 

真雪が受話器を置き、チラッと机の上の書類に目をやる。

そこには『クラス再編成案』と書かれた書類が置いてあった。



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63話 署名活動、クラス解散を阻止せよっ!!

もえかから密封指示書をクラスメイト全員に手渡す様に頼まれたその日、幸子はやはり以前から噂になっていた天照クラスの解体は現実のものなのだと確信をした。

みかんと杵﨑姉妹は間宮から、麻侖と黒木は明石からのヘッドハンティングの話がきていた。

航海科のメンバーは鈴も比叡あたりからヘッドハンティングが来るのではないかと言う。

そして自分もついさっき、ミーナからドイツのヴィルヘルムスハーフェン校への留学を勧められた。

 

「ドイツに行けばミーちゃんと一緒で‥‥でも、クラスの皆とも‥‥」

 

幸子も選択肢を突きつけられた結果になった。

翌日、幸子は登校途中に真白と出会い、校長の娘である真白ならばなにか知らないか尋ねてみた。

 

「あの指示書でそんな事が?」

 

「はい。このままだと私のクラスがバラバラになっちゃいます。武蔵の方は何かきいていませんか?」

 

「いや、私からは何も‥‥母は家では仕事のことはあまり言わない人だから‥‥」

 

だが、真白も他人ごとではない。

二学期からは学生の使用艦に制限が掛けられて最大でも36cm搭載艦しか運用できなくなる。

そうなれば、当然武蔵のクラスメイトも他艦に割り当てられる可能性もある。

 

「私も岬艦長に聞いてみるが、決して早まらないように落ち着いてクラス全員を上手く纏めておいてくれ」

 

「は、はい」

 

真白の言う通り、今は不安がっている場合ではなくこんな時だからこそクラスメイトの団結が必要な時だった。

 

その頃、真雪の姿は横須賀にある造船所に来ていた。

彼女の目の前には二隻の重巡洋艦クラスの艦が鎮座していた。

建造経過についてはドックの技術者から聞いていたが、やはり生徒が乗る艦なので、校長たる自分が直接目で見たかった。

ドックの技術者の案内で重巡洋艦の艦内を視察し、安全性や機能性、居住性などの説明を受けた。

 

放課後、資料室に集まった明乃、もえか、真白の三人。

真白は今朝の事を明乃ともえかに伝える。

 

「どうやら。知名艦長のクラスが解散になるって噂が立っている様なのですが‥‥」

 

「えっ?もかちゃんのクラスが?」

 

「そんな話は聞いてないけどなぁ‥‥」

 

明乃は親友のクラスが解散になると聞いて驚いていたが、当のもえか本人はそんな話を聞いてはおらず、冷静な様子。

 

「あっ、でも‥‥」

 

もえかには何か思い当たる節がある様だ。

 

「もかちゃんなにか知っているの?」

 

「うん、明石と間宮の艦長がうちの子を欲しがっているって言う噂は聴いたけど‥‥」

 

「家族がバラバラになるのは嫌じゃない?」

 

「そうだね‥‥私達の場合ただでさえ家なき子だし‥‥」

 

もえかの場合バラバラになるどころかもう、会う事さえ叶わない経験をしている。

 

「艦長、他人の心配よりも私達だって二学期からの心配をしなければなりませんよ」

 

「えっ?それってどういう事?」

 

「今回の事件で学生が使用する艦に制限が掛けられたんです」

 

「制限?」

 

「はい。学生が使用する艦は36cm砲以上の艦は特別な事情が無い限り使用できなくなったんです」

 

「えええっー!!」

 

真白の説明を受けて驚く明乃。

どうやら、彼女は学生艦の制限について今、真白から聞いて知った様だ。

 

「じゃあ、私達のクラスも解散しちゃうの?」

 

「それはまだ分かりません。クラス全員で他の艦に移るのか、それともクラスを再編成するのか‥‥」

 

真白は天照のクラスの解散騒動は決して対岸の火事ではない事を示唆する。

しかし、36cm砲搭載艦が学校で保有する最大限の艦ならば、武蔵のクラス全員が比叡に転属し、本来の比叡の乗員達が他艦への異動になる可能性もある。

 

「じゃあ、私の方でも情報を集めてみるね」

 

もえかはスマホを使って情報を集め始める。

 

「私もみんなの所に行かなきゃ‥‥」

 

「天照の方は納沙さんに、武蔵の方は角田さん達にクラスの取り纏めを頼んであります。なので、艦長はまず報告書の提出を急いでください」

 

「えええっ~じゃあ、シロちゃんも手伝ってよぉ~」

 

「はぁ~仕方ありませんね」

 

「わぁい、ありがとう!!」

 

三人はまだまだ資料室通いが続きそうだった。

 

諏訪公園のベンチで幸子、鶫、慧の三人が今後の活動についてどうやったらクラス解散を阻止できるのかを話し合っていた。

 

「クラス全員を取り纏めるといってもどうやったらいいんでしょうか?」

 

「まずは、連絡」

 

「それだけでは何か足りなさそうですね‥‥」

 

三人が悩んでいると幸子の視線の先に戦艦三笠の装甲板が目に入った。

 

「東郷ターンですよ!!東郷ターン!!」

 

「「?」」

 

幸子の言う東郷ターンの意味が分からず首をかしげる鶫と慧。

そこで鶫はスマホを使い東郷ターンとは何なのかを調べる。

東郷ターン‥‥この世界の日本が最後に経験した戦争、日露戦争の勝敗を分ける戦い、日本海海戦において当時の日本連合艦隊が行った丁字戦法の際、ロシアのバルチック艦隊を前に連合艦隊司令長官、東郷平八郎は全艦に取舵を指示し、敵に横腹を見せる様に舵をきった。

この時のターンの事を司令長官の名前をとって東郷ターンと呼ぶ。

鶫が調べ、東郷ターンとクラス解散阻止と一体何の関係があるのかと疑問に思っていると恒例の幸子の一人芝居が始まる。

それを鶫と慧は冷えた目で見る。

 

「みんなが一つになれば、どんな難関でも打ち破れます。その為に署名を集めましょう」

 

「なんで署名?」

 

「全員の一致団結には最適じゃないですか」

 

「横須賀市の人にも広く呼び掛けて、クラス解散阻止を呼びかける‥‥いいかもしれない」

 

慧は本当に大丈夫なのか?と疑問視していたが、鶫は幸子の意見にのってやる気満々だった。

 

そして三人は早速署名活動を開始した。

 

まず、三人が向かったのは先日、砲術科と水雷科のメンバーがいたゲーセンだ。

そのゲーセンでは、予想通り、砲術科と水雷科のメンバーがボーリングをしていた。

 

「勝った!!」

 

「イエーイ」

 

先日とはちょっと異なり砲術科と水雷科のメンバーは混合のチーム対抗戦をしており、武田&松永ペアが勝ち、小笠原&日置&姫路のチームは負けた。

 

「次は負けないよ」

 

「足引っ張ってゴメン」

 

「大丈夫、フォーム直せばいけるから」

 

「ホント?」

 

其処へ、クリップボードを抱えた幸子がやって来る。

 

「楽しそうですね~ちょっといいですか?」

 

幸子は彼女らに事情を説明して署名活動の協力を仰いだ。

当初は他艦の砲塔に興味があった砲術科であったが、当然他艦にも砲術科の生徒はおり、バラバラに配置されるか人数が多いと射撃指揮所にも入れない可能性がある。

水雷科は艦によっては魚雷を装備していない艦もある。

天照の場合は改装工事で魚雷を装備させたが、36cm搭載艦には魚雷はなく、水雷科は配置されていない。

それらの要素から砲術科と水雷科のメンバーは署名活動に協力した。

麻侖と黒木を除く機関科のメンバーはあの雑居ビルの麻雀店に居り、麻雀をしていた。

先日、大負けをした駿河は今回もボロボロであったが、今日の駿河は先日とは違い、上の空状態でぼろ負けをした。

その様子に気づかない程、卓のメンバーは付き合いが浅い訳ではない。

案の定、メンバー達は駿河の異変に直ぐに気づく。

訳を聞くと、やはりクラス解散の噂がどうしても気になる様子。

若狭は皆一緒に艦が変わるものだと思っていたが、機関科のメンバーが足りない艦はなく、配置されるとしたら皆バラバラの配置になる事を広田が指摘する。

伊勢も若狭同様、皆一緒だと思ってい様で驚いて椅子から立ち上がると衝撃で牌が倒れる。

其処へ幸子と慧がやってきて伊勢の牌を見る。

そして、

 

「これ、あがったら死ぬんですよねぇ~」

 

と縁起でもない事を平然と言った後、次に来る予定の牌を手に取る。

すると、次の牌は上がりの牌だった。

あのまま続けていたらどうなっていた事やら?

 

「ええーっ!!これまだ大丈夫でしょう!?私まだツモってないし!!」

 

幸子の縁起悪い話を真に受けて慌てる伊勢。

 

「じゃあ‥‥生きている内に署名して」

 

慧がデビルズスマイルを浮かべて伊勢に署名を迫る。

その後、事情を説明して機関科のメンバーから署名を貰う幸子と慧であった。

 

先日は銭湯の休憩室で将棋をしていた西崎と立石だったが、今日は屋外でやっていた。

だが、戦況は相変わらず立石の不利だった。

 

航海科のメンバーはよこすかポートマーケットの屋外フードコートでクラス解散について話していた。

やっぱり彼女らもクラス解散には反対の様子だった。

 

「ソンナ、アナタガタニ、ビッグニュース~ワタシノハナシヲキケバ、ソンナナヤミイッキニカイケーツ!!」

 

そこへ幸子がチャライナンパ口調か怪しい宗教勧誘口調で航海科のメンバーに声をかける。

 

「胡散臭い」

 

やはり鶫も今の幸子は怪しい宗教勧誘している人にしか見えない。

そしてそんな鶫の手にはあのダウジングに使う金属棒が握られている。

前回と違い、今回はダウジングでクラスメイトの居場所を探っているみたいだ。

 

「落ち込んでいる時は其処にドンドン漬け込むのが定石」

 

慧の方は怪しいデビルズスマイルを浮かべてボソッと呟く。

彼女が闇墜ちしたら詐欺師にならないか心配である。

 

「あれは完全にダメなパターンでしょう」

 

しかし、鶫は明らかに幸子の口調、態度は怪しすぎると言う。

幸子は航海科のメンバーに署名に協力すればクラス解散はしなくて済むし、その上、成績も上ると言うと、

 

「「サインする(ぞな)」」

 

鈴と聡子がまっさきにサインすると言う。

 

「サインするんだ‥‥」

 

そんな鈴と聡子の様子を冷めた目で見る慧と鶫。

将来鈴と聡子の二人が詐欺や怪しい宗教勧誘に騙されないか心配である。

でも、内田と山下は怪しいと疑う。

そもそも、署名しただけで成績が上がるのであれば苦労はない。

其処を慧が美白効果と胸が大きくなると言って幸子の援護射撃をする。

すると、内田と山下もあっさりと署名した。

やはり、航海科のメンバーが詐欺や怪しい宗教勧誘に騙されないか心配で慧が将来詐欺師にならないか心配である。

 

「えっ?それでいいの?」

 

鶫も航海科のメンバーの行動を見て、彼女らの将来を心配した。

 

「で?これ、何の書類ぞな?」

 

署名した後に書類について尋ねる聡子。

 

「勝田さん、絶対に振り込め詐欺に引っかかるタイプ」

 

航海科のメンバーの協力を得て次なる獲物を求める幸子達であった。

 

中央公園では、マチコ、等松、青木、和住がマチコの写真撮影を行っていた。

そこへダウジングでクラスメイトを探している幸子達がやって来た。

 

「「「居た!!」」」

 

幸子と慧はまさかダウジングでクラスメイトの居場所が分かるとは思ってはおらず、見つかった事に思わず声をあげる。

だが、慧の場合は以前、天照でも鶫のダウジングは見たのにその事をすっかり忘れているのか、あの時は偶々だと思っていたのだろう。

幸子はマチコたちにクラス解散阻止の為、署名活動を行っている事を説明する。

すると、

 

「ふっふっふ、そう言う事なら、私のコレクションが火を吹くッスよ」

 

青木が『我に策あり』と言った様子で協力すると言う。

その策と言うのが、マチコにコスプレ衣装を着せて駅前に立たせると言うモノだった。

しかし、喜んでいるのは等松だけで、署名活動には何の影響もなかった。

 

「ダメですね」

 

幸子は一言でこの策は失敗だと言い切る。

 

「いい案だと思ったッスけど‥‥」

 

「釣れるの美海だけでしょう!!

 

和住も幸子同様この策は失敗だと言い放つ始末だ。

 

「私、次行きますね~」

 

幸子も此処で無駄に時間を潰すわけにはいかないのであっさりと見限って他のクラスメイト達を探しに行った。

 

その頃、横須賀女子の校長室では真雪と中島教育総監が面会をしていた。

中島教育総監はもえかがしたためた秘匿用の報告書を読んでいた。

 

「‥‥」

 

「‥‥成程‥学生艦の使用制限の裏にはこのような事が‥‥」

 

中島教育総監は事件終息時に真雪と真霜が何故、今後の学生艦の使用について制限を設ける様な案を提示したのか分かった気がした。

 

「今回の実習で横須賀女子初の死亡者を出してしまった事に関して私は責任をとるつもりです」

 

「責任?」

 

「はい‥‥今年一杯をもって校長職を辞職する考えです」

 

真雪は今年度一杯で校長職を降りると言いだす。

 

「今回の事件では他校にも迷惑をかけましたし‥‥」

 

天照と伊号潜とのやり取りについては東舞校と手打ちは住んでいるが、武蔵と東舞校の教官艦とのやり取りは未だに問題視されている。

調査により、あの時武蔵乗員の9割がウィルスに感染していたとはいえ、東舞校の教官艦を十六隻も大破ないし撃沈したのだ。

乗員が例のウィルスに感染していました。

天照が乗員の救助をしたので、いいのではないでしょうか?

なんて簡単に片づけられる問題ではない。

情状酌量の余地があったとしても責任者として責任ある行動をとらなければ示しがつかない。

 

「宗谷校長は本当にそれでいいのですか?」

 

中島教育総監は真雪に確認するかのように尋ねる。

 

「はい。もう決めたことですので」

 

「そうですか‥‥」

 

真雪の意志は固く、もう校長職に対する未練はない様で今年一杯の中で出来る事をしようと決意していた。

 

「広瀬葉月さん‥‥ですか‥‥妻や娘達から話を聞いていましたが、一度お目にかかりたい人物でした‥‥」

 

中島教育総監は葉月の顔写真を見ながら呟いた。

 

その頃、署名活動中の幸子は大型船ドックの近くで楓と出会った。

楓は相変わらず大型船ドックで修理中の天照を対岸の位置から見ていた様だ。

 

「万里小路さん」

 

「納沙さん。それに皆様もお揃いで、どうされたのですか?」

 

「昨日、つい聞いてしまったのですが‥万里小路さん、実家に連れ戻されてしまうんですか?」

 

「いったん戻りますが、直ぐ帰ってきますわ」

 

楓は18歳になれば社交界にデビューするが、その予行練習として一度舞踏会に出席しなければならなかった様だ。

この世界では第二次世界大戦もGHQの占領政策も行われていない為、まだ華族制度が生きていた。

もっとも明治時代からの華族特権は見直され形だけの階級となっていた。

それでも彼らには華族としての誇りはあった。

幸子は楓の会話について行けたが、慧はついていけず、

 

「二人が宇宙語を話している」

 

と言うしまつで、鶫は出て来た単語をスマホで検索し、その言葉の意味を調べていた。

 

「で、今署名活動をしているんですけど、協力してもらえますか?」

 

「まぁ、面白そうですわね」

 

「万里小路重工の協力があれば、あっという間に数万人あつまるんじゃない?」

 

楓の実家の力を期待したが、楓は親の力を借りては本当の協力にならないと言って、協力は万里小路重工の娘、万里小路楓ではなく、個人としての万里小路楓として協力すると言う。

慧としては残念がっていたが、幸子は楓のその心意気に感激していた。

 

横須賀中央駅前でも天照のクラスのクラスメイト達が署名活動を行っていた。

そこへ美波がセグウェイミニに乗ってやって来た。

 

「そこのお嬢さん、ちょっと寄っていくぞな」

 

「ん?」

 

「美波さん、大学の研究でもう戻ってこれないんじゃ‥‥?」

 

「なんだ?それは?そんなつもりはないぞ」

 

「えっ?」

 

幸子としては、美波はもう実習にも学校にも戻ってこないと思っていたのだが、それは本人から否定された。

そもそも美波がセグウェイミニに乗っているのも揺れに対する訓練だった。

美波はまだ海洋実習の単位を満たしていないので、それを満たすまでは船に乗らなければならない。

そこで、美波にも署名活動の協力を求めた。

 

「なんの署名活動だ?」

 

「うちのクラスが解散になるかもしれないので‥‥」

 

「なっ!?そ、それは困る」

 

美波も自分の所属するクラスが解散させられそうになっているのを今知り、署名活動に協力することにした。

ただ、その協力がハッキングにより、個人情報や他人のプライバシーを無視する様なやり方だったので、それは流石にマズいので慌てて止めると同時に美波は手段を択ばない人物であり、危ない人だと認識させられた。

折角協力できると思った美波はがっかりしていたが、やり方が不味いだけで美波が協力したいと言う心意気と情熱は皆に伝わったので、やり方を変えて署名を集めればいいと聡子と鈴は美波を励ました。

 

その頃、漁港では麻侖が冷凍保存用の大型冷蔵庫の修理をしていた。

漁港の漁船全部なおしても機械を弄っていないと落ち着かないみたいだ。

そこへ砲術科と水雷科のメンバーがやってきて署名に協力してくれと頼んだ。

 

寮の門限前に幸子が寮に戻るとロビーではミーナとテアが居り、彼女達も署名活動に協力してくれると言う。

 

密封指示書の開封まであと三日前の出来度だった。



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64話 新たなる旅立ち

クラス解散を阻止するために署名活動を行った天照のクラスメイト達。

しかし、思ったよりも署名は集まらず、横須賀駅で署名活動をしていた鈴は現実を嘆いて駅前で涙を流し絶叫する。

 

「署名集まらないよぉ~!!」

 

「日に焼けちゃうよぉ~!!」

 

太陽の下で活動している為、日焼けをしてしまうと内田も嘆く。

美波曰く、署名してもらうにはまず、人を集めて趣旨を説明してから署名を貰わなければならないと言う。

だが、密封指示書の開封まであと残り二日。

二日までに解散阻止の署名を集めなければクラスは解散処分されるかもしれないと言う焦りもある。

そこへ、

 

「それなら、いい手があるよ」

 

報告書の作成を終えたもえかが合流し皆に策を授ける。

もえかは美海と共に公園の使用申請書など行政に届けるイベントに必要な書類を用意し、主計科の皆には食材と料理の下拵えをしてもらい、青木にはイベント告知のチラシを作成してもらう。

そしてチラシの他に天照がウィルスに感染した武蔵と戦った事が書かれている号外も作ってもらい、チラシと一緒に配り、天照の存在をアピールする狙いも含ませ、クラス解散阻止の材料とした。

 

もえかもクラス解散阻止に動き出したころ、西崎と立石はとある商店街のベンチの上で積み将棋をしていた。

 

「話しかけないでよ‥‥ぜぇ~ったいに話しかけないでよぉ~」

 

慎重に一つの駒を山積みになっている駒から引き抜いていく西崎。

しかし、駒が崩れてしまう。

 

「ああーっ!!しまった!!」

 

「うぃー」

 

次に立石のターンになると、何故か駒は接着剤でくっついているのかと疑ってしまう動きを見せた。

なんと、立石が掴んだ駒一つで山積みになっている駒全体が移動したのだ。

 

「嘘でしょう!?」

 

これには西崎も驚く。

 

「うぃ」

 

立石は西崎にドヤ顔をする。

これまで将棋で散々西崎に辛酸を舐めさせられて来た立石がついに将棋で西崎に勝つことが出来たのだ。

 

「ああー!!此方に居たんですね、実は‥‥」

 

そんな西崎と立石を幸子が見つけ、現状を説明した。

 

三笠公園では、和住や主計科、砲雷科の皆が屋台の製作を行っていた。

そして密封指示書の開封まであと一日前に迫った中、三笠公園では天照のクラスメイト達主催のカレーフェスが行われた。

以前、天照で提供していたカレーの販売の他にあかねが和菓子屋でバイトしていた時に作っていた甘納豆エクレアや砲雷科が中心となって企画したダーツ、射撃、輪投げ、ボーリングの屋台もある。

序にコスプレ衣装を来たマチコとの記念撮影ブースもあった。

しかし、肝心の人が辺りに居ない為、いまいち盛り上がりにかける。

このままでは時間切れで署名が集まらない。

そこへ、明乃と真白、角田達武蔵のクラスメイト達も合流し手伝ってくれることになった。

武蔵のクラスに関しては天照クラスと違い解散の噂などは一切無く、恐らくクラス全員が比叡辺りに移乗と言う事だと思い、こうして手伝いに来てくれたのだ。

公園内にある舞台で明乃ともえかがデュエットで歌を歌い、西崎と立石が漫才を行い、テア、ミーナ、真白と角田達が駅前まで行きチラシと号外を配る。

その成果があってか三笠公園には徐々に人が集まり始めた。

これならば署名活動も捗るかと思いきや、予想外の出来事が起きた。

予想よりも人の集まりが多く、飲食店の食材が切れかけた。

しかし、あかねと慧、聡子、若狭達機関科のメンバーが追加の食材を持って来た事でなんとかうまく回る事が出来た。

もえかと明乃が集まった人々に署名活動の趣旨を説明し、署名の協力を求める。

そして夕方になると黒木が用意した打ち上げ花火を打ち上げる。

 

「花火何て打ち上げていいんですか?」

 

打ち上げ花火は普通の花火と異なり様々な手続きや資格が必要だ。

それを心配して幸子は麻侖に尋ねる。

しかし、黒木が必要な手続きを行い、打ち上げ花火を出来る資格を持っている事から問題はないと言う。

花火玉に関しては砲雷科のお手製らしい。

出来るだけのことはやった、後は運を天に任せるしかない。

そして、今はクラスメイト達が集まったこのひと時を楽しみたいと思う皆だった。

カレーフェスは大盛況に終わり、打ち上げの際、皆はラムネで乾杯し、カレーフェスの成功を祝った。

署名もかなりの数が集まった。

 

「しかし、どこからクラス解散の噂がたったんだ?」

 

真白がそもそもの噂の出所を尋ねる。

 

「みかんちゃん達が間宮にスカウトされてたぞな」

 

「断ったけどね」

 

みかんが間宮からのスカウトを蹴った事を伝える。

 

「マロンちゃん達も明石にヘッドハントされて‥‥」

 

「それも断ったんでぇい」

 

「ええっ!?」

 

「万里小路さんと美波さんも誤解でしたし‥‥」

 

「あれ?ひょっとして‥‥」

 

「話広げたのって‥‥」

 

「えっ?私達?」

 

「‥‥」

 

砲雷科と機関科、鶫と慧が話しをここまで広げてしまった様で、真白は彼女らを睨む。

 

『ごめんなさい』

 

なにあともあれ、署名活動は成功したのでよしとしたもえかだった。

打ち上げが進んでいく中、砲雷科のメンバーはアドミラルシュペーの艦長であるテアの事をジッと見ていた。

テアと会うのはこれが初めてではないのだが、アドミラルシュペー救出後の祝賀会の時は自分達もどんちゃん騒ぎに夢中でテアの事をよく見る事を忘れたのだ。

なぜ、彼女達が今になってテアの事を見ているのか?

それは以前、こんな事があったのだ。

天照がオーシャンモール四国沖店に行き、立石が一時ウィルス感染し明石、間宮に発砲し平賀から事情聴取を受ける羽目になった時、当然天照のクラスメイト達も平賀に出会った。

それからある日のコト、食堂で砲雷科のメンバーが集まっている時、

 

「平賀さんすごかったね~」

 

姫路が突然平賀の事を褒めだす。

 

「平賀さん?」

 

武田は一瞬「えっ?平賀って誰?」って顔をする。

 

「ああ、ブルマーの」

 

そこを日置が補うかのように言う。

日置に言われて武田も平賀が誰なのかを思い出した。

しかし、何故姫路は突然平賀の事を褒めだしたのだろうか?

まぁ彼女は現役のブルーマーメイドなので学生である自分達からすれば憧れの対象ではあるが‥‥

 

「スキッパーの運転技術が凄いらしいよ。私習ってみたい」

 

平賀本人から聞いたのか小笠原は平賀がスキッパーの運転技術が高い事を知っていた。

 

「そう、それも凄いけどやっぱ凄いのが‥‥あのバスト!!」

 

姫路は平賀のブルーマーメイドとしての能力も凄いが胸の大きさも凄いと言う。

むしろ、ブルーマーメイドとしての能力よりも彼女の胸の方が印象が強かった。

 

『ああー』

 

姫路の言葉に納得する皆。

 

「あれはもうバキュンっというよりもドカーンって感じだよね~」

 

「流石ブルマー」

 

日置と小笠原はブルーマーメイドであるから平賀の胸は凄いと言うが、

 

「いやいや、胸は関係ないでしょう」

 

と武田は冷静にツッコム。

 

「うちのクラスのバスト事情を考えると砲雷科は肩身が狭いよね」

 

姫路が次は天照のクラスメイト全員のバストを比較した中で砲雷科のメンバーはやや胸の大きさに劣るのではないかと指摘すると、皆の顔が暗くなる。

 

「あれ?地雷踏んだ?」

 

「砲雷科だけにね‥‥」

 

取りあえず惨めになるので、自分達よりも他の科に目を向けて見た。

 

「機関科ではやっぱりサクラちゃんだよね」

 

松永が機関科一のバストの持ち主は断然伊勢であると言う。

 

「航海科は?」

 

次に武田が航海科のメンバーを尋ねると、

 

「うーん‥まゆちゃんかな?」

 

日置が航海科一のバストの持ち主は内田ではないかと予測する。

そこに、

 

「航海長も結構大きいよ」

 

姫路が鈴は隠れ巨乳だと言う。

 

「マジで!?意外だ‥‥」

 

姫路の告白に小笠原は驚く。

 

「主計科は‥‥」

 

機関、航海に続き主計科のバスト一は誰なのかという話題になった時、

 

「みなさーんちょっといいですか?」

 

幸子がやって来た。

食堂に入って来た幸子の姿を見た砲雷科のメンバーは一斉に幸子に視線と指を向けて、

 

『主計科だ!!』

 

と声を上げた。

 

「ええっ?な、なんですか!?」

 

突然、指を指され大声を上げられた幸子はビックリする。

そして砲雷科のメンバーは幸子に先程上がっていた話題を話す。

すると、幸子は、

 

「はぁ~胸の大きさですかぁ~まぁ、私もそこそこありますけどねぇ~」

 

と、あまり胸の話題には食いついてこない。

 

「うわっ、すごい興味なさげ」

 

姫路は幸子がこの話題に食いついてくれない事にちょっと意外に思った。

 

「別に大きくて得する事はないですしね~」

 

「ないんだ」

 

小笠原が期待していたような返答が幸子からはなく、ちょっと残念そうだった。

 

「まぁ、確かに得する様なものでもないわね」

 

武田が幸子の言う事もあながち間違いではないと指摘する。

 

「映画が安くなったり、おかずが一品増えたりとかならありがたみがあるんですけどねぇ~」

 

「完全に関係がない」

 

日置が幸子の言う特典と胸の大きさが全く関係ない事にツッコむ。

すると、

 

「参考までにちょっと触ってみてもいい?」

 

松永が幸子の胸を触らしてくれと言う。

しかも怪しげな手つきで‥‥

 

「ほら、しまいにはこんな事を言われるんですよ!!安い女だと思って!!」

 

松永の言動に幸子は声を上げる。

 

「苦労しているんだねぇ」

 

姫路が胸のある者にはあるものでそれなりの悩みがあるのだと思ったメンバーだった。

 

「ココーなんじゃ、此処におったのか」

 

其処にミーナがやって来た。

 

(ミーナさん、今何気にダジャレを言ったよね?)

 

姫路は先程のミーナの何気ない会話の中で彼女がダジャレを言った事に気づく。

彼女の服装はヴィルヘルムスハーフェン高校の制服ではなく、横須賀女子のジャージ姿と言うラフな服装だった。

 

「あっ、ミーちゃん」

 

「映画を見ると言うから部屋で待っとったのになかなか来ないから探したぞ」

 

「そうでした!!こうしちゃいられません!!ディスクをとって来るのでちょっと待っててください!」

 

突然現れたミーナに砲雷科のメンバーは新たな獲物を見つけたと言わんばかりミーナを凝視する。

詳しく言えば、ミーナのジャージからその存在感を表している二つの山にだ。

 

「ん?なんじゃ、ジッと見て‥‥わしの顔に何かついているか?」

 

当然、その視線にはミーナも気づいた。

 

「アメリカンサイズ」

 

そして姫路が思わずミーナの胸を見てその感想を声に出す。

 

「わしはドイツ人だ!!」

 

姫路の発言に思わずツッコム、ミーナだった。

そして、砲雷科のメンバーは幸子同様ミーナに先程自分達が話していた胸の話題について話した。

 

「何かと思えばそんな話をしておったのか?」

 

胸についての話題を聞き、ミーナは呆れながら言う。

 

「やっぱミーナさんの所の艦長も胸、大きいの?」

 

姫路がミーナにアドミラルシュペーの艦長について尋ねた。

他の皆もアドミラルシュペーの艦長について興味津々の様子。

副長のミーナがこれだけ大きいのだから艦長もきっと大きいに違いない。

それが、皆の予想だった。

 

「むっ?我が艦長‥‥テアか‥‥」

 

親友のテアの事を言われて彼女の容姿を思い出す。

 

(とんでもない!!)

 

(テアはあの控えめな身体もまた愛らしいのだ!!)

 

(しかし、ここでテアの胸が恐らく此処にいる誰よりも小さいと言ってしまうのはいかがなものか)

 

(副長として友として、テアに不名誉な回答をするわけには‥‥)

 

ミーナは親友の為に、此処にいる皆が納得する回答を考えた。

確かにテアは天照のクラスメイトと比べると本当に一七歳なのかと疑ってしまう程、身長も胸も小さい。

せいぜい、一二歳の美波といい勝負なのだが、身長においてはなんとテアは美波に3cm差で負けていた。

しかし、その事実は当人たちも知らない。

 

「わ‥‥わしよりは‥‥ない‥‥かな‥‥」

 

ミーナは何とか妥協案な回答をする事が出来た。

 

「まぁ、ミーナさんよりはねぇ~」

 

「うんうん」

 

「納得」

 

「少し安心した」

 

ミーナの回答を聞いて当時はまだ見ぬアドミラルシュペーの艦長について納得した砲雷科のメンバーだった。

そのメンバーの様子を見てミーナは、

 

(よしっ、わしは嘘はいっとらんぞ、テアの名誉は守られた)

 

と謎の達成感を優越していた。

たしかにミーナは、あの時のメンバーに嘘は言ってなかった。

嘘ではない。

でも、ミーナと比較してテアはあまりにも小さかった。

 

「なんか想像していたのとちょっと違うね」

 

「うん、確かにミーナさんよりは小さいけど‥‥」

 

「いや、あれはどう見ても美波さんレベルでしょう」

 

ミーナよりも小さいと言われ、砲雷科のメンバーが想像したのは精々自分達と同じぐらいかと思っていたからだ。

 

「あっ、もしかして美波さんと同じくあの子も飛び級なのかも」

 

「ああ、なるほどね」

 

美波と言う一二歳で飛び級をしたクラスメイトが居るので、飛び級が普通な外国ならば、美波と同世代の子が艦長をしていてもおかしくはないと思った砲雷科のメンバーは、テアは美波と同じく飛び級したスーパーキッズなのだと思い込んだ。

砲雷科のメンバーが、テアが本当は自分達よりも年上だと知ったらきっとビックリしていただろう。

ミーナと美波の存在のおかげでテアの名誉は何とか守られたのであった。

 

そして、もえかたち艦橋メンバーは集まった署名を持って横須賀女子の職員室へと要望書を持って行った。

密封指示書の開封まであと14時間前の出来事だった。

 

そして密封指示書の開封日時となり、天照のクラスメイトは横須賀女子の中庭に集まった。

学校は自分達の要望を聞いてくれたのか?

集まったクラスメイト達は皆不安そうな表情でざわついている。

 

「静かに」

 

教頭の一声でクラスメイト達は静まる。

 

「時間になりました‥‥密封指示書を開封せよ」

 

真雪から開封の許可がおり、クラスメイト達は次々と封筒を開けて中に入っている書類を取り出す。

皆ドキドキしながらその書類に書かれている事に目を通していく。

 

「えっ?」

 

幸子はそこに書かれている内容を見て思わず声を漏らす。

書類には以下の内容が書かれていた。

 

『 天照クラス編入に関しての通知

 

標記の要項について、横須賀女子海洋学校関係者の審議を踏まえ

6月13日をもって、貴殿に中型甲級航洋直接教育艦 Y-281への異動を通知します。

 

より、一層の能力を発揮して学業に励む事を言対します。

                                            以上』

 

と書かれていた。

 

「‥‥28‥1‥‥」

 

もえかはこの後に乗る事になる艦番号を口にする。

 

「知名艦長」

 

真雪に声をかけられ、もえかは書類から顔をあげる。

 

「貴女がたの行動力と団結力を見せてもらいました。職員の中にはクラスを分けるべきだと言う意見もあったけど、一緒にしておいてよかったみたいね」

 

真雪のこの言葉を聞いてまた皆一緒のクラスに慣れた事に喜ぶクラスメイト達。

ただ、もえかだけは他の皆と違って喜びの色が薄かった。

 

(みんな一緒だけど‥‥だけど‥‥)

 

クラスは守ることが出来、皆とこれからも一緒であるが、全てがあの時の実習と同じではない。

乗る艦も違う。

そして、姉と慕うあの人が居ない。

もえかは完全に現状を喜ぶことは出来なかった。

その後、クラスメイト達は乗艦予定の艦、Y-281が係留されているドックへと向かう。

まさに海洋実習で初めて天照に乗った時と同じ状況だった。

でも、艦の前にはあの人は当然待っていなかった。

 

「あれが‥‥」

 

「私達の艦‥‥」

 

ドックについて自分達が乗る艦を見たクラスメイト達は思わず目を奪われる。

其処には天照を重巡洋艦サイズにしたような艦が係留されていた。

 

「須佐之男級重巡洋艦、『須佐之男』‥‥天照の造艦コンセプトを受け継いで新たに作られた艦よ」

 

真雪がY-281、須佐之男についてクラスメイト達に説明する。

 

「あっ、もかちゃん!!」

 

すると、隣に係留されている巡洋艦から明乃の声がした。

 

「ミケちゃん」

 

隣に係留されている重巡洋艦は武蔵のクラスの生徒達が乗っていた。

明乃は甲板上からもえかに手を振り、もえかも明乃に手を振り返す。

 

「校長先生、あの艦は?」

 

西崎が武蔵のクラスメイト達が乗っている艦について質問をする。

 

「畝傍級重巡洋艦、二番艦の『宿祢(すくね)』よ。武蔵のクラスの生徒は皆あの艦の異動になったの」

 

武蔵のクラスも天照のクラス同様、全員が他艦への異動になったようだ。

二艦はこの後、試験航海に出る事になった。

 

「あっ、知名さん。貴女に一つ注意することがあるのだけれど」

 

「なんでしょう?」

 

出航の少し前、真雪がもえかに声をかける。

 

「機密解除されたとはいえ、勝手に天照の情報を開示されては困ります。以後気をつけるように」

 

「は、はい。すみません」

 

一般的に武蔵と天照が横須賀の沖合でドンパチした事はまだ一般には詳しく出回っていない。

しかも噴進弾と言う未知の兵器まで使用した戦いだったので、情報管制は慎重に行わなければならない。

クラスを守る為とは言え、それを一般に開放してしまった事に真雪はもえかに厳重注意をした。

 

「それと‥‥」

 

(まだ何かあるのかな?)

 

「あの人も一緒に連れて行ってあげて」

 

そう言って真雪は一つの軍帽をもえかに差し出す。

その軍帽は横須賀女子で配布されている艦長帽とはちょっと異なり、横須賀女子の校章ではなく桜と錨のマークが描かれていた。

 

「これって‥‥」

 

「そう、葉月さんが被っていた軍帽よ。あの人も天照の仲間でしょう?」

 

「はい!!」

 

もえかは真雪から軍帽を受け取り、ソレを頭に被る。

やがて、須佐之男と宿祢は試験航海へと出航して行った。

 

 

若き人魚たちの航海はきっとこの先も続くことだろう。

横須賀の海はそんな若き人魚たちの旅立ちを穏やかに見守っていた。

 




※ 須佐之男と宿祢の外見イメージや設定は『設定』に記載されています。


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ブルーマーメイド編
1話 進路


此処から先は新章突入なのですょ~。


 

あの実習から二年‥‥

 

若き人魚達は逞しく、そして立派に成長した‥‥

 

時は流れ、あの時の実習生たちも今では最上級生である三年生となった。

その間に様々な事があった。

あの実習に使用した天照は修理後、艦長には真霜が就任した。

真雪は中島教育総監に言った通り、その年の三月で校長職を辞職した。

後任に当たっては中島教育総監の妻であり、自身の後輩である中島クイントに譲ることにした。

当初、クイントは真雪からの要請には消極的だった。

 

「自分はもう、ブルーマーメイドを引退してからかなりのブランクがあり、実績もありませんので、校長職には向いていません」

 

それがクイントの意見だった。

実際にクイントはブルーマーメイドを寿退社してからずっと専業主婦をやっていたので、今更校長職は無理だと言う。

一応、ブルーマーメイド時代にクイントは教官研修を受けていたので、教官免許はもっている。

よって、学校の教官になる事は可能だった。

クイントはブランクがあり教育者としての実績が無いと言うが真雪はクイント以上の人材はいないと思っていた。

渋るクイントとどうしてもと頼み込む真雪の姿をクイントの娘のギンガとスバルは心配そうに見ていた。

母とそのお友達の真雪が一体何の話をしているのか分からないギンガとスバル。

二人の目からは真雪が母に何かお願いしているのが分かったが、母はそれに対してどうも難しい顔をしている。

クイントがなかなか校長職の件について消極的な態度を取る為、真雪はクイントの娘を味方につける作戦に出た。

おあつらえ向きにギンガとスバルは直ぐ近くに居る。

更に運気が真雪に味方をした。

それは、ギンガが真雪とクイントに何の話をしているのかを尋ねてきたのだ。

真雪はこのチャンスを見逃さずにギンガとスバルに分かりやすく説明した。

 

「実はおばちゃん、今は学校の先生をやっているんだけど、今度の三月でおしまいなの。それで、ギンガちゃんとスバルちゃんのお母さんに学校の先生になって欲しいってお願いをしているのよ」

 

「えっ?お母さん学校の先生になるの!?」

 

「ほんと?お母さん」

 

「えっ?」

 

ギンガとスバルがクイントに詰め寄り尋ねる。

クイントは娘達に詰め寄られしどろもどろ。

そこへ真雪は一気にたたみかける。

 

「ええ、ブルーマーメイドになるための学校の先生よ。しかも一番偉い先生なの」

 

「「ブルーマーメイド!?」」

 

「ちょっ、雪ちゃん先輩!?」

 

ブルーマーメイドと言う単語を聞き、ギンガとスバルの目が輝く。

反対にクイントはまさかの真雪の発言に狼狽する事しか出来なかった。

 

「お母さん、やるの?ブルーマーメイドの学校の先生」

 

「偉い先生になるの?」

 

「えっと‥‥それは‥ね‥‥何というか‥‥」

 

段々と包囲網が狭められクイントの逃げ道が減っていく。

 

「私、大きくなったらお母さんの学校に入る!」

 

「私も!!私も!!」

 

「えっ?ちょっと‥‥」

 

「フフ‥‥」

 

ギンガとスバルに引っ付かれて困惑しているクイント。

そんなクイントを見て真雪は思わず微笑む。

真雪自身も昔、諏訪神社にて似たようなことがあった。

ブルーマーメイドを引退する直前、諏訪神社にて娘達にこれからはブルーマーメイドではなく、教育者として将来の人魚達を育成していく事を伝えた時、娘達が本格的にブルーマーメイドを志した時と今の状況が似ていた。

末娘の真白も当時、六歳。

今のギンガと同じ年頃だった。

その真白は今の所順調にブルーマーメイドへの道のりを歩んでいる。

いずれはギンガとスバルも自分の娘の様にブルーマーメイドとなるのだろうか?

ただ、その反面、葉月の様に志半ばで死んでほしくはないと思う真雪だった。

 

「それで?どうするの?クイントちゃん?」

 

真雪は微笑みながらクイントに校長職の話を受けるのかを尋ねる。

 

「き、汚いですよ、雪ちゃん先輩。娘達を使うなんて」

 

「あら?私はあくまでも可能性の一つを教えてあげたに過ぎないわよ」

 

「くっ‥‥」

 

真白の言葉にクイントは僅かに顔を歪ませる。

 

「それでどうするの?クイントちゃん?」

 

「‥‥分かりました!!やります!!やりますよ!!やればいいんでしょう!!」

 

等々クイントは真雪、ギンガ、スバルの連合軍に降伏した。

 

「ただし、必ず務まるとは言い切れないですからね」

 

「大丈夫よ、私はクイントちゃんを信じているから‥‥それじゃあ‥‥」

 

そう言って真雪はカバンの中から書類をクイントの前に出す。

 

「この書類を記載してくれるかしら?」

 

それは校長職に必要な研修参加の申込書であった。

 

「雪ちゃん先輩、随分と用意が良いですね?まさか、こうなる事を読んでいたんじゃ‥‥」

 

「あら?『備えあれば患いなし』よ」

 

どうやらクイントに最初から勝ち目はなく、彼女は真雪の掌の上で踊らされていた様だ。

 

「研修中、ギンガちゃんとスバルちゃんの面倒はまかせて」

 

「そうでもしてもらわないと割に合いませんよ、まったく‥‥」

 

こうしてクイントは真雪が引退する来年の三月までみっちりと校長研修を受ける事になり、その間ギンガとスバルは宗谷家に厄介になる事になった。

横須賀女子に通っている真白や現職のブルーマーメイドである真霜や真冬はギンガとスバルにとっては憧れの存在となり、また三人も自分達の小さい頃を思い出し、未来の後輩達にこうして尊敬されるのも悪くはない気分だった。

 

 

そして月日が流れ、真白やもえか、明乃は三年生となり、来年の三月には卒業となる。

卒業生のその後の進路も様々だ。

ブルーマーメイドの養成機関でもある横須賀女子はその殆どがブルーマーメイドへと就職する。

しかし、中には別の道へと進む者もいる。

まずは通常の高校の様に大学、短大、専門学校へと進学する者達だ。

進学と言ってもそこから更に道も分かれる。

知識をもっと増やしたと思う者は国立海洋大学へと進み、大学卒業後からブルーマーメイドになる者も居るし、勿論一般企業や海運・海洋系の会社に就職する者も居る。

または、海洋学とは全く関係ない一般の大学、短大、専門学校へと進学する者も当然いる。

その他にも就職と言ってもなにもブルーマーメイドだけが就職口ではない。一般企業や海運・海洋系の会社に就職する者も居るし、実家の家業を継ぐ者も居る。

そして、これは華族出身者を始めとするほんのごく一部の者であるが、高校卒業後に結婚をする者たちだ。

楓はそんな数少ない進路先の一人だった。

そんな様々な卒業先の進路についての調査が三年生では行われる。

そしてこの日、三年生の進路調査が行われた。

 

「全員、進路希望は書けた?書けたら前に持ってきなさい」

 

古庄が三年生達に尋ね、調査表が書けた者は前に出せと言う。

ただ、古庄は毎年この時期になるとあの時の事を思い出す。

それは、古庄が教官になったばかりの時の事だった‥‥

あの時も当時の三年生に卒業後の進路希望調査を行う為、三年の生徒達に用紙を配って進路調査を行った。

 

「出来た?出来たら前に集めて」

 

やがて、進路相談の用紙が古庄の手元に集まる。

 

「‥‥一応聞くけどさぁ…皆、真面目に書いたよね?」

 

「「「‥‥」」」

 

古庄の問いに無言の生徒達。

何故、彼女はこのような事を聞くのか?

それはこの代の生徒達は何かと問題児が多い世代だったのだ。

 

「‥‥念の為、この場でチェックするわ」

 

古庄がそう言って調査用紙を捲ると、

 

進路→進学

第一希望→中学生

 

と書かれていた。

 

「そらみろぉ~!これだよぉ~!頼むから真面目にやってくれよおぉ~!!」

 

「「「‥‥」」」

 

最初に見た進路希望が明らかに悪ふざけすぎる。

古庄の悲痛な叫びに対しても生徒達は無言のままである。

次の用紙を捲ってみると、

 

進路→その他

第一希望→地縛霊

 

「死ねよ!ホント死ねよ!すぐ死ねよ!」

 

教卓を叩きながら思わず教官らしからぬ言葉を発する古庄。

三枚目の用紙では、

 

進路→就職進学

第一希望→スポーツ・冒険家

 

「どっちだよお~~~~!!!」

 

用紙には第二希望まで書く欄があるのにその生徒は第一志望に二つの志望先を書いていた。

四枚目の用紙には、

 

進路→その他

第一希望→先生のお嫁さん

 

「うわぁぁあっ!もぉおう!キモいなぁああっ!もぉおう!」

 

思わずその志望先を見て絶叫する古庄。

そもそも同性同士結婚できるわけがない。

明らかに悪ふざけな内容である。

もし、本気なら本気で古庄の言う通り、ちょっとキモいかもしれない。

五枚目の用紙には、

 

進路→就職

第一希望→サイエンスエンターテイナー

 

「はっぁあああ~?!」

 

訳の分からない職業が書かれていた。

もはやブルーマーメイド関係ねぇ~

そんな訳の訳が分からず、聞いた事もない職業に古庄は思わず呆れかえった声を出す。

そして六枚目、

 

進路→就職

第一希望→弁護士         になりたくない

 

「なら書くなよ!!」

 

最もな意見である。

古庄はその用紙に拳を叩き付ける。

七枚目、

 

進路→進学

第一希望→国立海洋大学

 

「‥‥」

 

ようやくまともな進路希望が出ていたのだが、古庄は教卓の端を持って‥‥

 

「ボ~ケ~ろ~よぉおおおお~~!!!」

 

思いっきり教卓をひっくり返す。

此処まで来たのだから最後までボケを貫き通せとでも言いたかったのだろう。

 

 

「‥‥」

 

古庄は過去の出来事を思い出し、複雑な思いを抱いた。

だが、今の三年生はあの時の三年生と違い真面目な者が多いからあの時の様な事は行らないだろうと自分に言い聞かせた。

三年の生徒達が次々と進路希望の紙を古庄の下に提出していく。

その殆どが就職、ブルーマーメイドと記載されていた。

そんな中、もえかは進路希望用紙を前に『うーん』と唸っていた。

 

「あら?知名さん。どうかしたの?」

 

もえかの様子に気づいた古庄が彼女に声をかける。

 

「あっ、古庄教官」

 

「どうかしたの?」

 

「その‥‥」

 

古庄はもえかのその態度を見て、彼女が迷っている事を悟った。

もえかは入学してから常に学年主席をキープして来た。

周囲はもえかがブルーマーメイドになれば優秀な人材になると信じてやまなかった。

そんな優秀な人材だからこそ、最終学歴を高卒ではなく、大卒としブルーマーメイドに入った後は幹部研修等を受けさせて優秀な幹部にしたいと考えていた。

周囲のそんな考えにもえかも当然気づいていた。

もえか自身、別に周囲の大人達が決めたレールの上を走るつもりはなかったし、ブルーマーメイドになりたいと言う思いは今でも変わらない。

でも、高校で学んでいく内に大学へと進学しもっと自分自身を高めたいと思う気持ちと恐らく明乃は高校卒業後にはブルーマーメイドへと入隊を希望しているだろう。

家族を亡くしてこれまで一緒に居た明乃と別れてしまう。

最終的には自分もブルーマーメイドに入れば会えるのだが、大学に言っている間に明乃が自分から離れてしまうのではないだろうか?と考えるもえか。

いや、それだけならまだマシな方で、自分が大学に在学中に明乃がもし、ブルーマーメイドの仕事中に殉職をしてしまったらどうしようと考えた。

自分は海で母を亡くし、実習で姉と慕う人物の死に目にも立ち会えなかった。

そして、その次は親友までも亡くしてしまったら、もう立ち直る事はできないかもしれない。

そんな不安がもえかにはあった。

もし、葉月が死んでいなければそのような思いを抱く事はなかったであろう。

古庄はもかの細かな心情は分からなかったが、もえかが進路に迷っている事は理解できた。

 

「知名さん、進路に困っている様なら、放課後進路相談にのるわよ」

 

「は、はい」

 

もえかは結局、この時は進路希望調査表を出せずにいた。

 

「えっ?もかちゃん、ブルーマーメイドに来ないの!?」

 

昼休み、食堂で明乃はもえかが進路に迷っている事を聞いて思わず声にする。

 

「ううん、ブルーマーメイドにはなるつもり‥‥ただ、高校を卒業してから入るのと、大学を卒業してからはいるの‥‥を迷っていて‥‥大学に行ってもっと勉強したいと言う気持ちがあるから‥‥」

 

「そっか、もかちゃん頭いいもんね」

 

「‥宗谷さんはやっぱり進学するの?」

 

宗谷家は代々ブルーマーメイドに入っている名門家とも言える家だが、高卒から入るのか、大卒ではいるのかをもえかは真白に尋ねる。

 

「わ、私か?私は高校卒業後にはブルーマーメイドに入るつもりだ」

 

真白の進路にもえかは意外性を感じた。

ブルーマーメイド出身の名門家ならば皆大卒かと思ったからだ。

 

「大学へは行かないの?」

 

「真霜姉さんは行ったが、真冬姉さんは行っていない。母も私の進路に対してはとやかく口にはしていないからな」

 

世間の会社において高卒と大卒の給料が違うようにブルーマーメイドも高卒の入隊者と大卒の入隊者とでは、給料も昇進速度も異なる。

最も二十代半ばで艦長職についている真冬の出世はかなり早い。

恐らく現場での実績を積み重ねたのだろう。

そして真白は真冬と同じく高卒でブルーマーメイドに入ると言う。

それに対して真雪は真白に大学へ行けとは言っていない。

真白の人生は真白のモノだ。

真白は僅か六歳で自分の将来を決めてそれに向かって突き進んでいる。

ここまで来ればもう、母親の口出しは無用と言う事なのだろう。

ブルーマーメイドに入った後の事は全て真白自身の責任である。

真霜も真冬もそれを覚悟の内でブルーマーメイドに入ったのだから、真白だけ特別扱いはしない考えだ。

 

「そっか‥‥」

 

真白から参考までに進路の事を聞けたもえかはもう一度自分に自問自答をしたがやはり答えは出なかった。

そして放課後、もえかは進路指導室で古庄に相談に乗ってもらっていた。

 

「なるほど」

 

もえかの悩みを聞いて古庄は、

 

「知名さんはもしかしてまだ葉月さんの事を‥‥」

 

「‥‥はい‥お姉ちゃんの最期を思い出すのは辛い。だけど、忘れることはもっと耐え難いことですから‥それに私はお姉ちゃんに誓ったんです‥ブルーマーメイドになるって‥‥」

 

「だったら、それでいいんじゃないかしら?」

 

「えっ?」

 

「悩む必要はないわ‥貴女は貴女の信じる道を進みなさい」

 

「でも‥‥」

 

「岬さんの事を心配しているの?」

 

「‥‥」

 

古庄の問いにもえかは頷く。

 

「知名さんが心配するのも無理はないわ‥あれだけの体験をしたんですもの‥でも、それを引きづって知名さん自身の将来を棒に振る事をあの人はどう思っているのかしら?」

 

「‥‥」

 

「貴女が岬さんの心配をするのは分かるわ。でも、岬さんの視点から見れば、自分のせいで貴女のやりたかったことを潰す様な結果となった時、岬さんはどう思うかしら?」

 

「‥‥」

 

「岬さんをずっと見守るなんて出来ないことは貴女だって分かっている筈よ」

 

古庄の言いたい事は分かる。

 

「まだ進路希望の提出もう少し待ってあげるから、もう一度自分を見つめ直して、貴女にとって最善の選択をしなさい」

 

進路指導室を後にしたもえかに、

 

「もかちゃん」

 

明乃が待っており、声をかけた。

 

「ミケちゃん‥‥」

 

二人の視線が交会う‥‥

 

二人の姿は横須賀市内のとある喫茶店にあった。

コーヒーサイフォンで淹れたコーヒーはあの人を思い出す匂いだから、もえかも明乃もこうした喫茶店が好きだった。

 

「進路‥‥悩んでいるみたいだね」

 

「う、うん」

 

「もかちゃんは大学に行きたいんでしょう?」

 

「‥‥」

 

明乃の問いにもえかは顔を俯かせる。

 

「‥私じゃ、流石に大学には行けないから‥‥あっでも、ブルーマーメイドで先に待っているからさ、もかちゃんはもかちゃんのやりたいことをやって」

 

「でも‥‥」

 

「私の方は大丈夫だよ。シロちゃんや皆がいるから」

 

明乃は明るい笑みを浮かべてもえかを心配させまいとする。

 

「‥‥」

 

明乃の言葉に対して、もえかは明乃が成長した事と自分から離れて行ってしまう様な寂しさ、そして彼女の口から出て来た『シロちゃん』こと、宗谷真白に対して嫉妬の様な感覚を覚え、複雑な心境だった。

でも、明乃は立派に成長している。

ならば、自分も成績だけでなく人として成長しなくてはならない。

確かに、この先ずっとみんなで一緒に居る事なんて無理なのだから‥‥

 

「ありがとう、ミケちゃん」

 

「ううん、どういたしまして」

 

 

そして、月日が流れ、もえかは国立海洋大学を受験し見事合格した。

三月の某日‥‥

この日、横須賀女子海洋高校で卒業式が行われた。

 

「答辞、卒業生代表、知名もえか」

 

「はい」

 

クイントから呼ばれたもえかは壇上に立ち卒業生、在校生、教職員、そして保護者の前で答辞を読んだ。

卒業証書授与が終わり、卒業生達が『仰げば尊し』を歌うと、泣きながら歌う者が続出した。

涙もろい麻侖や鈴は号泣しながら歌っていた。

普段は泣かない様な黒木やマチコでさえ、その目には光るモノがあった。

やがて式が終わり、卒業証書が入った黒い筒を持ち、もえかは三年間通った学び舎を振り返る。

もえかが三年間の思い出にふけっていると、

 

「おーい!!艦長!!皆で一緒に記念写真撮ろう!!」

 

遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえる。

 

「うん、今行くよ!!」

 

もえかは須佐之男の艦上でクラス皆と記念写真を撮った。

式では泣いていたクラスメイト達もこの時は皆、とびっきりの笑顔を浮かべていた。

若き青い人魚たちは海原に行く者、さらなる学術向上の為、進学する者など皆はそれぞれの道を歩み始めた。




あ、活動報告にてアンケートを取ってますので、ご協力お願いします。


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2話 再会

高校、大学を主席入学、そして主席卒業をしたもえかは念願のブルーマーメイドとなった。

そして、もえかがブルーマーメイドになり、幾つかの年月が流れた‥‥

 

 

海上を航行しているインディペンデンス級沿海域戦闘艦。

その艦橋にはこの艦、白浪(しらなみ)の艦長、岸間菫と副長、知名もえかの姿があった。

 

「もうすぐ横須賀か‥‥いや~長かったなぁ~」

 

岸間はうーんと背伸びをしながら横須賀に戻った事にホッとする。

白浪はハワイで行われたブルーマーメイド、アメリカ支部との合同演習に参加してようやく母港である横須賀に到着しようとしていた。

 

「そうですね、私も横須賀の海に戻るとなんだかホッとします」

 

岸間の隣に立つもえかも安心したような顔をする。

横須賀の海はもえかにとって大切な人が眠る海。

その海へと戻ってくると、あの人の下に戻って来た様な感覚がしたからだ。

 

「知名君とはこの航海でお別れか‥別れるのは寂しが、優秀な君の事だ、次の艦でも上手くやっていけるだろう」

 

「岸間艦長には色々とお世話になりました」

 

ハワイでのアメリカ支部との合同演習が終わった日、もえかはブルーマーメイドの人事課から横須賀に到着後、出頭せよと言う命令がきていた。

大まかな事はまだ知らされていないが、異動命令だった。

 

白浪は岸壁に到着し、物資の搬入搬出を行う中、もえかは下船準備をし、各部署を回り、最後の挨拶をして、白浪を下船した。

下船する際、乗員達がもえかを見送ってくれた事にもえかは感謝した。

そしてその足でもえかはブルーマーメイド本部の人事課へと出頭した。

 

「知名もえか、出頭しました」

 

人事課の部屋に入るともえかは人事課長に敬礼する。

 

「待っていたよ、知名君。君に新しい内示だ」

 

「はい」

 

人事課長は一枚の書類をもえかに手渡す。

 

「これはっ!?」

 

手渡された書類を見たもえかは、思わず声をあげる。

その書類には、以下の文章が書かれていた。

 

『知名もえか。 貴君を須佐之男級重巡洋艦 二番艦 櫛名田(くしなだ)艦長に任ずる』

 

内示によるともえかは再び須佐之男級重巡洋艦の艦長になるようだ。

 

「私が艦長‥ですか?」

 

「ああ、君は高校、大学を優秀な成績をおさめ、ブルーマーメイドになってからも様々な実務を経験し、そこでも優秀な結果と評価を残している。それ故の人事だ」

 

「‥‥」

 

「艦は今、この基地の第十七ドックに係留されている。早速、現場へ赴き、受領してもらいたい」

 

「わ、分かりました。 辞令、確かに拝命しました。知名もえか、『櫛名田』艦長に就任します。では、失礼します」

 

「うむ、頑張ってくれたまえ」

 

もえかは人事課長に敬礼し、部屋を退出した。

 

(須佐之男か‥‥懐かしいな‥‥)

 

高校時代、艦長を務めた同型の艦に艦長として乗艦する事にもえかは懐かしさを感じる。

 

(みんな、元気にしているかな?)

 

もえかはふと、高校時代のクラスメイト達のことも脳裏に蘇る。

クラス解散阻止の為、奮闘した仲間達も高校卒業後はそれぞれ別の道へと進み、職業柄、なかなか会う機会が見つからず、同窓会も未だに開かれていない。

かつてのクラスメイト達との思い出に浸りながら、もえかは艦が係留されているドックへと向かった。

 

「知名もえかです。この度、重巡洋艦 櫛名田の艦長の任を拝命し、艦の受領に参りました」

 

「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ‥‥」

 

ドックの技術者に案内され、艦船ドックへ行くと、そこには高校時代に艦長を務めた艦と同型の艦が鎮座していた。

 

「知名さんは、横須賀女子海洋高校時代、一番艦の須佐之男の艦長を務めていたとか?」

 

「はい。ですから、こうして同じ型の艦を見ていると懐かしく思えます」

 

艦内に入ったもえかは早速、ドックの技術者と共に艦内巡検を行った。

いくら同型の艦の艦長を務めたからと言ってもやはり、この艦の艦長となるからには、艦内の詳細を隅々まで把握しておく必要がある。

ゆっくり、散策するように艦内を歩き回るもえか。

時間をかけ、艦内巡検を終えたもえかは、艦長室へと入ると、技術者達と様々な打ち合わせを行った。

そして、須佐之男と櫛名田の違いは機動性が須佐之男よりも上がっていた事だった。

一番艦の須佐之男が建造されてから艦のエンジン技術も上っていた。

そして、後部のン式弾も須佐之男は学生向けに作られた艦と言うことで単装だったが、櫛名田はブルーマーメイドの使用艦、より実戦向きにと言う事で左右三連装の発射台となっていた。

そして、搭載されたオートジャイロも海兎の他に新たな機体が一機追加された。

MV/SA-32J「海鳥」。

ティルトウイング方式の垂直離着陸機で、従来の艦載ヘリの任務である対潜哨戒に加え、FCS装備により対艦、対空、対地戦闘に対応するオールラウンダーのオートジャイロだ。

固定武装はAH-1と同じM197 ガトリング砲を装備し視認照準装置を用いて射撃が可能で、機体下部のウェポンベイに最大2tまでの赤外線監視装置やミサイル、爆弾を搭載できる構造になっている。

 

「他の人事の方も間もなく決まるかと思いますので」

 

「はい」

 

艦は艦長だけでは動かせない。

この後、もえかの新たな仲間となるメンバーも決まる。

それまで、もえかは暫しの休みとなった。

 

短いながらも休暇を得たもえかは久しぶりに母校である横須賀女子海洋高校へと向かった。

久しぶりに来た母校、横須賀女子の風景はもえかが入学から卒業するまでの間と何も変わっていない。

もえかが校舎を眺めていると、

 

「もかちゃーん!!」

 

校舎の方から聞き慣れた声が聞こえて来た。

 

「ミケちゃん」

 

「久しぶり!!」

 

もえかを出迎えたのは、横須賀女子の茶色い教官服を来た明乃だった。

何故、明乃がブルーマーメイドの制服ではなく横須賀女子の教官服を着て、横須賀女子に居るのか?

明乃は別にブルーマーメイドを諦めた訳ではなく、現在明乃は教官免許を取る為に横須賀女子に教育実習中だったのだ。

もえかの場合、教官免許を取る為の教育実習は大学の在学中に済ませていたのだが、高卒でブルーマーメイドに入った明乃はブルーマーメイドとしてある程度の経験を積んだ後、こうして教官免許をとる為、横須賀女子で教育実習を行っているのだ。

 

「元気だった?」

 

「うん、もかちゃんは?」

 

「私も元気だったよ」

 

もえかと明乃は抱きあい、久しぶりの再会を喜んだ。

 

その後、二人はベンチで互いの身の上話をした。

明乃は相変わらず書類仕事は苦手の様子で報告書や日誌に悪戦苦闘の日々を送っていると言う。

そして、明乃が教育実習中に起こったある訃報をもえかは知った。

 

「‥‥そう、五十六が‥‥」

 

「うん‥でも、五十六らしい最後だったよ‥‥羅針盤の上に座ってそのまま海を見ながら‥‥」

 

「‥‥」

 

もえかにとってまたあの時の航海を共にした仲間が逝ってしまった。

しかし、猫である以上人よりも寿命が短いのでこれは自然の摂理で抗いようのない事だった。

五十六の亡骸は横須賀女子の校庭に埋葬されその上には猫塚が築かれた。

そして、五十六の後継者には治三郎と言う猫が務めていると言う。

治三郎は五十六同様、ちょっと身体がおデブな体型で、普段は動きがゆっくりなのだが、ネズミを前にすると五十六同様俊敏な動きをする黒と白模様の猫で首に赤いスカーフが特徴的な猫だと言う。

五十六の訃報の後は、明乃の教育実習生活、もえかのブルーマーメイドでの生活‥特に先日あったハワイでの演習を話していると、

 

「岬教官」

 

明乃を呼ぶ声がした。

 

「あっ、中島さん」

 

其処に居たのは横須賀女子のセーラー服を来たギンガだった。

彼女も真白、明乃、もえか同様、ブルーマーメイドを志してこうして横須賀女子に入学出来た。

 

「あっ、もしかして、ギンガさん?」

 

もえかは恐る恐るギンガに声を掛ける。

 

「はい。知名さん。お久しぶりです」

 

「うん、久しぶり」

 

ギンガはペコッともえかに一礼し、挨拶をする。

 

「そっか、ギンガさんもブルーマーメイドになるんだ」

 

「はい」

 

「妹のスバルちゃんはどうしている?元気?」

 

「はい。スバルも私と同じくブルーマーメイドを目指して来年、横須賀女子を受験するって言っていました」

 

スバルもどうやら、来年は横須賀女子を受験するつもりで受かれば、姉妹揃って同じ学校に通う訳だ。

 

「ギンガさんは今、どの艦に乗っているの?」

 

「須佐之男です。かつて知名さんが初代艦長を務めた艦です。私は其処の航海長をしています」

 

「へぇ~」

 

ギンガが今乗っている艦を聞いている時、

 

「な~ご~」

 

何だかやる気をなくなせるような猫の声が聞こえた。

もえかが声のした方へと視線を移すと、其処には首に赤いスカーフを巻いた一匹の黒と白の模様の猫が居た。

 

「あっ、治三郎」

 

どうやらこの黒と白の模様の猫が五十六の後釜の猫らしい。

確かに体型は五十六と同じで猫の割にはスリムとは言えない体型だ。

明乃が持ち上げると重いのか持ち上げにくそうだ。

 

「それで、中島さん。何か私に用があったんじゃないのかな?」

 

「あっ、そうでした‥これ、この前出された課題のレポートです。クラス全員分あります」

 

「ありがとう」

 

ギンガからレポートの束を受け取ろうとしたが、腕の中には治三郎が居るので、上手く受け取れない。

そこで、

 

「ごめん、もかちゃん。治三郎いいかな?」

 

「えっ?あっ、うん」

 

もえかが明乃から治三郎を受け取ると、

 

(重っ!?)

 

治三郎の重さに思わず驚く。

 

(五十六も重かったけど、この子も重いな‥‥)

 

治三郎を抱っこしてみてもえかが抱いた感想だった。

そして、とうの治三郎はもえかの腕の中で気持ちよさそうに目を細めていた。

課題のレポートを出したギンガはもえかから治三郎を受け取り戻って行った。

ギンガは慣れているのか治三郎を抱っこしても重そうなそぶりや持ち抜くそうなそぶりも見せずに軽々と治三郎を持ち上げていく。

再び明乃ともえかは二人っきりになった時に明乃が、

 

「そう言えば、この前福祉施設の園長先生からお手紙を貰ってね」

 

「うん」

 

「今度、園に来てブルーマーメイドの事を施設に居る皆に教えてくれって言ってたの。それをもかちゃんにも伝えておいてって」

 

「えっ?そうなの?」

 

「うん。それでもかちゃん、明日時間ある?」

 

「大丈夫だよ」

 

「それじゃあ、園長先生からは私が伝えておくね」

 

「わかった」

 

こうしてもえかは明日、明乃と共に以前世話になった児童福祉施設へ久しぶりの里帰りをする事になった。

 

その夜、明乃の携帯に真白から電話がきた。

 

「もしもし‥あっ、シロちゃん。久しぶり、元気だった?‥‥えっ?」

 

電話口の真白の言葉を聞いて明乃は目を見開いた。

 

 

翌日、もえかは明乃と待ち合わせ場所である連絡船乗り場におり、明乃を待っていた。

 

「おまたせ」

 

そこへ明乃がやって来た。

もえかは一応、ブルーマーメイドの説明をするとの事でブルーマーメイドの白い制服。

明乃は今、横須賀女子で教育実習中なので、横須賀女子の茶色い教官服を着ていた。

 

「ううん、私も今来た所だから。それじゃあ行こうか」

 

「うん」

 

二人は連絡船に乗り、広島の呉にある児童福祉施設へと向かった。

施設において明乃ともえかはお世話になった園長先生と久しぶりの再会を果たし、その後、施設の講堂でブルーマーメイドの仕事やブルーマーメイドになるにはどうすればいいのかを施設に居る子供達に分かりやすく教え、皆で歌を歌ったり、食事を共にした。

未だに女子には憧れの職業なので明乃ともえかは施設の子供達から一心に憧れの視線を受け、様々な質問をされた。

施設に居る子供達も先輩であり、憧れのブルーマーメイドの人に会えて大喜びの様子だった。

帰り際に園長先生からお礼を言われ、子供達が作った折り紙の船や花を貰った。

そして、帰りの連絡船の中でもえかは今日の明乃は何か違和感があり、二人っきりとなった今、それを尋ねた。

 

「ねぇ、ミケちゃん」

 

「ん?なに?もかちゃん」

 

「‥‥ミケちゃん、何か困った事でもあるの?」

 

「えっ?ど、どうしてそう思うのかな?」

 

「だって、ミケちゃんの様子‥昨日となんか違うんだもん。昨日の夜、何かあったの?」

 

「‥‥」

 

昨日、横須賀女子で再会した時は明乃の様子は普段、自分の知る明乃だった。

だが、今日の明乃は何か違和感がある。

そう、まるで無理に笑顔を浮かべている‥そんな違和感だ。

施設に居る後輩たちの前で不安そうな顔は見せられなかったのだろう。

それがもえかの違和感を抱く結果となった。

だが、それは明乃との付き合いが長いもえかだからこそ、気づけたのかもしれない。

 

「やっぱりもかちゃんには隠せないか‥‥」

 

明乃はやはり何か悩み事を抱えていた様だ。

 

「実は昨日の夜、シロちゃんから電話があって‥‥」

 

「宗谷さんから?」

 

「うん‥‥」

 

明乃はもえかに昨夜、真白からかかって来た電話の内容を話した。

それによると、真白は近々結婚をする事になったのだが、真白自身はその結婚に対してあまり積極的ではなく、むしろ結婚したくはないと言う考えだった。

しかし、結婚相手の方が、社会的地位が上みたいで変に断れば何をされるか分からないので断るに断れないらしい。

 

「なにそれ!?そんな勝手な!!」

 

もえかは明乃の話を聞いて憤慨する。

 

「でも、私じゃどうすることも出来なくて‥‥」

 

明乃が悩んでいるのは真白の結婚をどうやったら阻止するかなのだが、今の明乃ではとても太刀打ちできない。

大切な友人が困っている中、手助けをする事が出来ない事に明乃は悩んでいた。

天照のクラス解散阻止の様に署名を集めればなんて問題とはちょっと違う。

確かにこれは自分達では解決しにくい問題だった。

翌日、もえかは真白の結婚相手がどんな人なのかそれを知るためにある人物の下を訪れた。

 

「此処も久しぶりだな‥‥」

 

もえかが来たのは高校一年生の時、初めての実習で艦長を務めた戦艦、天照だった。

あの実習で武蔵とはげしくドンパチをした天照は長期のドック入りとなり、その間に学生が使用する艦に制限が掛けられ、40cm砲以上の艦は全てブルーマーメイドの管理下に置かれた。

元々天照はブルーマーメイド所属艦だったのだが、当時指揮権を持っていた葉月が戦死してしまったので、その後の指揮権は葉月の遺言で真霜へと移され、天照は今でも真霜が管理をしていた。

 

「あら?知名さん、久しぶり」

 

「はい。お久しぶりです。真霜さん」

 

「今日はどうしたの?」

 

「‥‥あの‥真白さんが今度、結婚するって聞きまして」

 

真白の結婚話を聞いて真霜は目を細くする。

 

「そう、聞いたのね‥あの話を‥‥」

 

「はい。真白さんは結婚には反対だって聞きました」

 

「私も真白の結婚については反対派よ」

 

「えっ?」

 

意外にも真霜も真白の結婚に対しては反対だった。

 

「意外ですね」

 

「まあね、普通なら妹の結婚を祝福するべきなんだけど、相手が相手でね‥‥」

 

真霜は真白の結婚相手の事を想いだしたみたいで顔を歪める。

 

「どんな人なんですか?真白さんの結婚相手って」

 

真霜が此処まで嫌う真白の結婚相手‥‥

今日、自分が真霜を訪ねて来たのはその結婚相手を知る為でもあるので、その相手を真霜に尋ねるもえか。

 

「コイツよ」

 

真霜は机の引き出しから一枚のクリアファイルを取り出しもえかに差し出す。

クリアファイルの中には真白の結婚相手の顔写真やプロフィールが書かれた履歴書があった。

写真には顔の整ったイケメンの男が写っており、普通の女性ならばこんな男性との結婚は嬉しく思う筈である。

この男の一体何処が受け付けないのだろうか?

次にプロフィールを見てみる。

 

(えっと‥‥名前は‥葉山隼人)

 

葉山隼人

小学校、中学校は公立の学校に通い、高校は千葉にある海洋系の高校では名門の総武海洋高校へと進学するが、二学期からは海洋系の高校から一般の名門校で東京にある海成高校へと転校している。

その後、大学は東帝大の法学部に進み、現在はブルーマーメイドの法務部に所属している。

高校一年生の転校の件は気になるが、経歴をみれば絵にかいたようなエリートである。

そのうえあのルックス‥一体何処に不満があると言うのだろうか?

確かに法務部所属と言うのはブルーマーメイドにとって厄介な部署の人間である。

軍には憲兵、警察には監察官があるようにブルーマーメイドにもブルーマーメイドを取り締まる部署がある。

それが法務部だ。

ブルーマーメイドの人間が法務部所属の相手の結構話を蹴ったりしたら、確かに目をつけられるかもしれない。

顔を見る限りこういったイケメンは変にプライドが高いヤツばかりだからだ。

家族構成を見ると、彼の父は弁護士、母は医者‥まさにエリート一家。

プライドが低い訳がない。

 

「私がソイツを好きになれないのは別に彼が法務部の人間だからじゃないの」

 

「えっ?」

 

「彼の人となりが好きじゃないのよ」

 

「どういう事ですか?」

 

「これは彼の高校時代の人から聞いた話で、裏をとったから確かな話よ‥‥」

 

「どんな話なんですか?」

 

真霜はもえかに葉山と言う男がどんな男なのかを語って聞かせた。




※治三郎の外見はNEW GAME!の登場キャラ もずく をイメージして下さい。


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3話 集結 

※今回、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』より、葉山隼人がゲスト出演します。
ですが、彼に対してのアンチが含まれます。
葉山隼人にアンチが苦手な方はブラウザバックをして下さい。
葉山隼人に対するアンチがOKな方はどうぞ


大学を無事に卒業し晴れてブルーマーメイドとなったもえか。

ブルーマーメイドとなり幾月の時間が過ぎ、ハワイで行われた合同演習から戻ったもえかは教官免許の取得の為、母校である横須賀女子で教育実習中の明乃と再会した。

そして、自分達が幼い日に育った呉の児童福祉施設での訪問からの帰り、もえかは明乃の様子がおかしい事に気づく。

明乃の話ではかつての高校の同級生である宗谷真白が近々結婚をするとの言うのだ。

女性であるならば結婚を夢見る事はおかしくはないのだが、この結婚について真白本人は乗る気が全くなかった。

むしろ結婚なんてしたくないと明乃に相談までしてきた。

明乃としては何とかしてやりたいが、世の中にはどうしても越えられない壁が存在した。

もえかは明乃が悩んでいるのを見過ごすことが出来ずに真白の姉である真霜の下へと向かい、今回の真白の結婚についてどう思っているのか?

また、真白の結婚相手はどんな人物なのかを直接真霜に尋ねに行った。

すると、真霜も今回の真白の結婚に対しては反対な様子だった。

真霜さえ反対する様な人物が一体どんな人なのかを尋ねると、真霜は結婚する相手のプロフィールと顔写真をもえかに見せてくれた。

家柄や経歴を見る限り絵にかいたようなエリート街道を歩いている人物でありおまけになかなかのイケメンな男だった。

一体彼の何が気に食わないのだろうか?

それをもえかは真霜に聞いた。

 

「これは彼の高校時代の同級生の人から聞いた話で、裏をとったから確かな話よ‥‥」

 

「どんな話なんですか?」

 

真霜はもえかにこの葉山と言う男がどんな男なのかを語って聞かせた。

 

 

葉山隼人は父が弁護士、母が医者のエリートな家柄の家に長男として生を受けた。

兄弟は他に居らずその為、彼は葉山家の期待を一身に背負って育てられた。

小、中と公立の学校に進んだが成績も極めて優秀、サッカー部のキャプテンとして部活動でも優秀な成績を残していた。

この世界では女子がブルーマーメイドに憧れる様に男子もホワイトドルフィン、海洋関係の仕事が人気の職業であった。

彼もそうした風潮に当てられたのか関東では横須賀女子と同じ位人気で有名な進学海洋高校である総武海洋高校へと進学した。

勿論入学試験の成績も彼は優秀だった。

ここまでは順風満帆な彼のエリート街道だった。

だが、この高校に進学した事で彼のエリート街道に一筋の影が生じた。

横須賀女子同様、総武海洋高校でも新入生は入学してから直ぐに海洋実習が行われる。

そしてこれも横須賀女子同様、学生艦の艦長には成績優秀者が選ばれる。

東舞鶴海洋高校と同じく男子は基本的には潜水艦を使用しての実習となる。

葉山は潜水艦伊168号潜の艦長に任命された。

この時、葉山は当然の結果であり自分は艦長と言う職を上手くこなす事が出来る自信があった。

そして実習は始まった。

新入生の実習の基本は船舶の操縦の他に海上での共同生活に慣れてもらう事も含まれている。

全国から集まった生徒の中には当然顔馴染みのない者ばかりだ。

故に親睦を深める事も実習のコンセプトに含まれている。

だが、限られた特殊な空間に閉じ込められると言うことは意外と気を使う。

ましてやこれまであった事のない者同士‥最初は戸惑いや不安が隠せない。

さらにいくら改修されたとはいえ、海上艦と違い伊号潜での生活環境は快適とはいえない。

そして段々と慣れて来た頃には意気投合する者も居ればいがみ合う者もいるし、人の数だけ意見が分かれる時もある。

そうしたいがみ合う者同士が限られた空間で顔を合わせ続けると当然ストレスも溜まり、それがお互いにほんの些細な事で爆発する事もある。

艦内においてそうしたいざこざが起きた場合、それを素早く収めるのも艦長としての責務でありいかに禍根を残さない様に事態の収拾に納めるかは艦長の手腕次第だった。

ただ、この葉山隼人の信条は「『皆が仲良く出来れば良い』であるが、そんな信条が通じる程、世界は優しくない。

幸いこの世界では大きな戦争は起きてはいないが犯罪は日常茶飯事で起きている。

彼の信条通りの世界ならば犯罪なんて起きないし、警察だっていらない。

故に彼自身もその己の信条故に行動が取れなくことが多々あった。

クラスメイトがいがみ合っている時も彼は決まって、「みんな仲良く」の台詞を連発していた。

そして彼はなぁなぁな日和見主義的な態度をとる。

彼は決まっていがみ合っている中で人数が多い方の味方をして、少数の方を悪だと決めつけていた。

そしてかかる火の粉や責任については他の誰かに押し付けていた。

特に被害を受けたのが葉山を補佐すべき立場にあった168号潜の副長と航海長だった。

しかし、そうした彼のなぁなぁな態度や責任を他人に押し付ける態度は次第にクラスメイトから信頼を失わせ不満を高めていく結果となった。

優秀な艦長を演じたと思った葉山であったがその目論見は失敗した。

実習が終わった頃、葉山が艦長を務めた艦の成績は実習に参加した艦の中で一番悪かった。

優秀な成績で終わると思っていた葉山はこの成績を見た時愕然とした。

また彼に期待していた教官も驚いていた。

そして教官は成績不振な結果を彼に尋ねてみると彼は成績不振の原因は、自分ではなく、自分を除いたクラスメイト達のせいだと主張した。

これに憤慨したクラスメイト達は職員室へとなだれ込み、葉山の艦長としての資質を教官らに問いただした。

葉山とクラスメイトの意見が真っ向に食い違う中、記録係の生徒が実習中の葉山の言動を公開した事により事態は葉山にとって不利になった。

少数と多数の意見の中でこれまで多数の味方をしてきた葉山が少数派となった。

いや、正確に言うと葉山対クラスメイト達の構図だった。

クラスメイト達からの抗議を受け学校側は葉山に艦長の任を解く処分を下した。

これまで蝶よ花よと褒められながら育ち順調にエリート街道を歩いて来た葉山にとって今回の出来事は自身のプライドを大きく傷つけられた。

また、葉山がクラスメイト達に失敗の責任を押し付けた噂は忽ち学校内を駆け巡った。

特に艦長を務めている他艦の生徒からの視線や言葉は辛辣だった。

『本来責任を取るべき上の者が下の者に責任を押し付けて逃げるなんて、元々お前は上に立つべき人間じゃないのではないか?』と‥‥。

葉山は自分の能力を認めぬ学校などこっちから願い下げだと言わんばかりに一学期だけ在籍した後、総武海洋から普通科の海成高校へと転校していった。

そして大学は父の様な法律家となる為に国立大学の法学部へと進んだ。

だが、彼は屈辱を忘れぬ男だったようで自分を認めなかった海洋職で働いている人間を見下す為にブルーマーメイドの法務官を目指しその法務官となった。

真霜の話を聞く限り『学業や成績が優れている者=人間性も優れている』とは限らない様だ。

真白や真霜が今回のこの結婚に反対する気持ちが分かる気がする。

自分だってこんな人と結婚しろなんて言われたら嫌だもの‥‥。

今回の結婚の件に関して真白の母親である真雪はどう思っているだろうか?

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?」

 

「真雪さんはどう思っているんですか?今回の真白さんの結婚に‥‥」

 

「本心では私や真白と一緒よ‥でも‥‥」

 

「でも?」

 

「でも、やっぱり立場的には断りにくいのよ‥‥」

 

相手が法務部所属の人間で断れば真霜、真雪、真白の三人に何らかの影響がでるかもしれない。

真白自身もそれを分かっているからこそ、表立って結婚の反対を伝えられないのだ。

 

「‥‥」

 

明乃同様、なんだか無力感に苛まれる真霜の姿がそこにはあった。

もえか自身も真白の為に何かしてあげたかったが、何かいい案が浮かぶ事はなかった。

 

真白と葉山の結婚の日が迫っている中、もえかが艦長を務める巡洋艦、櫛名田の人選が決定した。

 

「これは‥‥」

 

決まった櫛名田の人選を見てもえかは思わず顔を緩める。

櫛名田の人選は、

艦長 知名もえか

副長 納沙幸子

航海長 知床鈴

機関長 榊原麻侖

通信長 八木鶫

砲術長 立石志摩

水雷長 西崎芽衣

飛行長 桜野音羽

 

各パートの長はかつて高校のクラスメイト達でサブリーダーの乗員も昔のクラスメイトの名前が記入されていた。

やはり、須佐之男級を扱った事のある人員が適切に櫛名田を運用できるのだと人事課の者もそう考えたのだろう。

ただ飛行科については新設されたばかりの部署なので知らない名前だった。

人員も決まり出航日時等のミーティングの日程調整に入った。

そんな中、アメリカのハワイから横須賀へブルーマーメイドのアメリカ支部の艦隊が演習に来る事が決まり櫛名田はアメリカ支部の艦隊と合同演習を行う事になった。

ついこの間もハワイにて合同演習が行われた筈なのに再びこの短期間で合同演習を行うのにはある理由があった。

それは、もえかが参加したハワイでの合同演習後、白浪が日本に向けて帰国した後の事だった。

ハワイ、オアフ島のアメリカ海軍基地がテロリストに襲撃されその軍港に係留されていたアメリカ海軍の最新鋭艦がテロリストに強奪されると言う事件があった。

当初、アメリカ海軍はテロリストに試作とは言え最新鋭艦を強奪された何て恥ずかしい事を公表できるはずもなく新鋭艦強奪事件は隠蔽されていた。

しかし、その後太平洋の各所にてアメリカ海軍の軍艦、ブルーマーメイドの艦船が正体不明の艦に攻撃される事件が多発した。

白浪も一つ間違えればこの事件に巻き込まれていても不思議ではなかった。

事態を重く見たアメリカ国防省はブルーマーメイド、ホワイトドルフィンに対して新鋭艦強奪の事実を説明した。

ブルーマーメイドもホワイトドルフィンも当初はアメリカの対応に憤慨すると同時に呆れた。

しかも軍事機密と言う事で強奪された艦の詳しい詳細は知らされなかった。

これでは手の打ちようがない。

ただ、一つ言える事がこの広い海のどこかにテロリストが乗ったアメリカ海軍の最新鋭艦が居ると言う事だけだった。

そこでブルーマーメイドもホワイトドルフィンも演習を行いつつ警戒する事しか出来なかった。

 

出航当日、櫛名田の艦橋に立ったもえかの服装は白いブルーマーメイドの制服ではなく、濃紺色のスラックスに同じく濃紺色の詰襟、帽子は使い古した軍帽を被っていた。

 

「艦長‥その恰好‥‥」

 

鈴がもえかの服装を見て唖然とする。

 

「先任と同じ服装ですね」

 

幸子がもえかの服装をかつて天照にて先任将校を務めた葉月と同じ服装だと言う。

被っている軍帽も高校時代使用していた葉月の軍帽である。

 

「艦長特権で許可は貰っています」

 

ブルーマーメイドには艦の艦長には一つだけ可能な限りの特権が与えられる。

もえかはその特権を使い通常のブルーマーメイドの制服から今自分が着ている詰襟の制服への変更を申し出た。

制服の変更にあたっては余程ブルーマーメイドの職務に著しい支障をきたす様な服装でなければ構わないと言う事で今回許可がおりた。

まぁ、制服に関しては真雪も同じように艦長特権を使いその変更を申し出ていた。

そして福内はあの狸耳のカチューシャの着用に艦長特権を使っていた。

 

「出航準備‥完了しました」

 

やがて、出航が整うと、

 

「機関始動、両舷微速前進」

 

「機関始動、両舷微速前進」

 

もえかが出向命令を下すと櫛名田の機関が唸りをあげる。

櫛名田はアメリカ支部の艦隊との合流地点を目指し横須賀を出航した。

 

アメリカ支部の艦隊との合流を目指していた櫛名田であったが、あの時の海洋実習同様、何もせずに合流地点を目指すわけではなく合流後の演習で日本のブルーマーメイドとして恥ずかしくない行動を取らなければならない。

 

「噴進魚雷本艦に接近中!!」

 

「方位、125、距離十七マイル、数は‥三本!!」

 

「機関最大船速面舵二十!!バウスラスター左舷全開!!」

 

「機関最大船速面舵二十!!バウスラスター左舷全開!!」

 

「この機関はじゃじゃ馬だかなら、今のうちにしっかりと乗りこなしておけ」

 

『は、はい』

 

機関室では麻侖が新人の乗組員相手にその姉御肌ぶりを発揮して機関の指導をしていた。

 

「迎撃!!六二式魚雷発射用意!!」

 

「六二式魚雷発射用意!!」

 

「撃て!!」

 

「撃て!!」

 

「二本命中!!」

 

「残り一本、本艦左舷後方に命中!!」

 

「ダーメジコントロル!!至急、応急修理急げ!!」

 

「メディックアは負傷者の確認と救助を!!」

 

「応急処置急げ!!」

 

被弾した箇所では防水シートと当て木を使用して防水作業へと入る。

 

「敵艦接近!!」

 

「主砲を此方にロックしています!!」

 

「迎撃する!!ン式弾発射用意!!」

 

「諸元入力‥‥入力完了!!」

 

「発射準備よし!!」

 

「撃て!!」

 

「新たな目標発見!!」

 

「海鳥、発艦始め」

 

櫛名田の後部の飛行甲板では搭載されたばかりの海鳥の発艦準備が始められる。

 

「シーバード001、発艦準備完了」

 

「発艦!!」

 

「海鳥、発艦しました」

 

「シーバード001、此方櫛名田CIC、感度どうか」

 

「感度良好」

 

「櫛名田了解。座標を送る、目標の地点へ急行し現状を報告されたし」

 

「了解」

 

海鳥は櫛名田から送られた座標へと向かい、そこで目標の敵艦と接敵、向こうが迎撃してきたので状況を説明し退避行動にはいる。

櫛名田は応急修理を行いつつ反撃を加え目標を無力化したところで、その日の訓練は終了した。

当然、仮想模擬戦なので貴重なン式噴進弾や主砲の弾を本当に撃ったりはしていない。

 

「報告します。本日18:45、訓練終了」

 

「予定よりも5分ほど遅れましたが、まぁ最初の航海にしては十分ではないかと‥‥」

 

「そうだね」

 

幸子は訓練の記録を日誌とパッドに記入していく。

櫛名田は訓練をしながらアメリカ支部の艦隊との合流地点へと向かった。

 

それから二日後‥‥

 

「前方に艦船を確認」

 

「味方識別信号を確認」

 

「了解‥‥識別信号を確認。ブルーマーメイド、アメリカ支部、旗艦、スイートフラッグ以下四隻を確認」

 

櫛名田は無事にアメリカ支部の艦隊と合流した後、早速合同演習に入った。

 

アメリカ支部の艦隊との合同演習最終日、艦隊は輪形陣をとり航行していた。

すると‥‥

 

「っ!レーダーに感あり!!」

 

突如、艦隊のレーダーが此方に向かって来る何かを捉えた。

 

「噴進弾です!!」

 

飛んできたのは噴進弾‥つまりミサイルだった。

 

「噴進弾、スイートフラッグに着弾!!」

 

「敵襲!!総員戦闘配置!!」

 

模擬戦や訓練ではなく突然正体不明の噴進弾の攻撃を受け、艦隊は一時大混乱に陥る。

 

「更に新たな熱源を確認!!第二波です!!」

 

「各艦、迎撃態勢!!対噴進弾戦闘開始!!」

 

各艦は主砲、CIWSを空に向けて撃ち、迫ってくる噴進弾を迎撃する。

 

「敵噴進弾の発射位置は?」

 

「方向は分かるのですが、レーダーには映っていません!!」

 

もえかは海鳥を飛ばそうかと迷ったがこの戦闘の最中、海鳥を飛ばすには対空戦闘を止めなければならない。

敵がいつ噴進弾を放ってくるのかわからないこの状況で対空戦闘を止める訳にはいかないし、相手が噴進弾を装備していると言うのであれば海鳥が撃墜される恐れもある。

 

「構わない、発射位置から一マイルおきにン式噴進弾発射!!」

 

この為、めくらうちになるがもえかは海鳥ではなく、こちらも噴進弾を撃つことにした。

ン式弾が空を舞い上がり目標の海域へと飛んでいく。

すると、ン式弾が空中で爆発した。

 

「ン式弾撃墜された模様」

 

「レーダー波をン式弾撃墜海域へ照射」

 

「やはり、ノーコンタクトです。ですが、二次攻撃の兆候は見られません」

 

「敵噴進弾、全弾撃墜」

 

「敵は逃げた‥のでしょうか?」

 

「わからない‥‥」

 

幸子がもえかに敵の動向を尋ねるがもえかとしては判断に困った。

まだ近くに潜んでいる可能性もある。

それに相手は一隻だとは限らない。

 

「アメリカ支部艦隊の指揮は?」

 

「現在、フェイロンがスイートフラッグにかわり代行指揮を執っています」

 

「では、此方はスイートフラッグ乗員の救助に当たります。周辺の警戒を厳とし、救助活動開始。それから海鳥を飛ばして空から周辺の警戒に当たらせて」

 

「了解」

 

アメリカ支部の艦隊との合同演習は突然の噴進弾攻撃によるスイートフラッグの撃沈と言う事件で幕を下ろした。

スイートフラッグの船体は海へと沈み乗員には大勢の死傷者を出す結果となった。

 

合同訓練の為、遠征に来たアメリカ支部の艦隊旗艦の撃沈。

ブルーマーメイドはフェイロン以下の艦艇からの報告を重く受け止めた。

また今回の攻撃が例のアメリカ海軍からの強奪艦の仕業なのかを調査する為の調査チームが直ぐに結成された。

フェイロン以下合同演習を行った艦隊は演習を切り上げて横須賀へと帰港した。

横須賀へ戻ったもえかの下にブルーマーメイドからのお達しが届いた。

明日の夕方、再び今日の演習海域へと戻り沈没したスイートフラッグの調査を行う為の調査船団の護衛をせよと言うモノだった。

尚、櫛名田には今回の事件調査の為の法務官が乗艦すると言う事だ。

ただ、その法務官というのが‥‥

 

「葉山隼人です。明日はよろしくお願いします」

 

もえかの目の前に金髪のイケメン男が形だけのまるで仮面の様な笑みを浮かべて挨拶をしてきた。

 

(気持ちの悪い笑み‥‥)

 

もえかは眼前の男の笑みを見てゾワッと生理的な寒気を感じた。

普通の女性ならばコロッとこの甘いマスクに騙されてしまいそうだが、これまでの家庭環境や男っ気がなかった事で彼女は騙される事はなかった。

 

「こ、此方こそよろしくお願いします。葉山法務官」

 

もえかは顔を引き攣らせながらも社交辞令的な挨拶をした。

アメリカ海軍の最新鋭艦の強奪。

真白の結婚相手の乗艦。

今度の航海も何やら波乱の予感がした。



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4話 強奪艦

※今回、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』より、葉山隼人がゲスト出演します。
ですが、彼に対してのアンチが含まれます。
葉山隼人にアンチが苦手な方はブラウザバックをして下さい。
葉山隼人に対するアンチがOKな方はどうぞ


ブルーマーメイド、アメリカ支部との演習中に強奪されたアメリカ海軍の新鋭艦からと思われる攻撃を受け、アメリカ支部の旗艦が撃沈され、そのサルベージと調査の為、作業船の護衛の為に出航予定の櫛名田。

そして、今回の航海には真白の婚約者である葉山隼人法務官も同行することになった。

真霜から事前に葉山隼人と言う男がどんな男なのかを聞いていたが、実際に会ってみると、真霜の言う通り表面上はイケメンなエリート法務官であるが、その内面は何か腹黒いモノを抱え込んでいる感じの男だった。

そして、いよいよ出航日時となった。

 

「出航用意、総員配置に着け」

 

「出航用意、総員配置に着け」

 

「舫い放て」

 

「錨上げ」

 

「錨上げ」

 

船体を繋ぎとめていた舫いが放たれ、金属がこすれる様な轟音を上げてアンカーチェーンが巻き取られる。

 

「錨収納」

 

「本艦はこれより、事故調査任務護衛の為、出航する。機関、微速前進」

 

「機関、微速前進」

 

櫛名田の機関が唸りを上げゆっくりと進む。

艦橋では艦長のもえか、副長の幸子、航海長の鈴、見張り員として内田と山下、そして‥‥

 

「艦長、今朝送った被害額の予想報告書は目を通してくれたかな?」

 

今回の事故調査担当の葉山が居た。

 

「はい。出航前にすでに確認済みです」

 

「スイートフラッグにかけられた保険金を効率よく回収するために、調査船の燃料費や人件費などの必要経費はその先行投資だ‥つまり、今回の航海には莫大な金が絡んでいる。そう、それこそ、君が一生働いても稼ぐことのできない莫大な金がね」

 

(ねぇ、なんであの法務官が此処にいるの?)

 

(さ、さあ、分かんない)

 

内田と山下は小声で何故、葉山が櫛名田に居るのかを疑問に思っている。

本来ならば、実際に調査を行うのは櫛名田ではなく、この後沖合で合流する調査船であり、櫛名田はその調査船の護衛。

事故を調査するのであれば、櫛名田ではなく調査船の方に乗船する筈である。

 

(大方、非武装の調査船よりも武装している櫛名田の方が安全だと思っているんでしょう)

 

もえかは葉山の行動を何となく理解した。

彼は日和見主義であるが、自分の逃げ道だけはちゃんと用意している男だ。

これまでの人生を彼はそうやって手柄と人気は自分のものとし、面倒事や責任は他人に擦り付けて来た。

今回の調査でまた強奪艦の襲撃があるかもしれない。

その際、非武装の調査船では、足も遅く撃沈される恐れがある。

それならば、武装しているこの櫛名田に乗っていた方が、生存率が調査船よりも上がると考えたのだろう。

調査結果は後でデータ化してもらいメール等で送ってもらえばいい。

本音を言うのであれば、オフィスで事故調査の結果を待っていたいと言うのが彼の心情なのだろうが、実際に目で見なければ分からない事もあるのでこうして嫌々で現場に派遣されることになったのだ。

 

「そもそも、君達があの時、強奪艦を何とかしてくれればこんな手間を取らす事にはならなかったんだ。今回の事故調査の護衛が任されたのは、上層部が君達に汚名返上の機会を与えてくれたのだと思ってほしい」

 

「上層部の御厚意には感謝しています」

 

「相手が試作艦とは言え、アメリカ海軍の最新鋭艦だったから勝てませんでしたなんて何の言い訳にもならない。大体そう言った海賊やテロリストを取り締まるために君達、ブルーマーメイドが居るのではないのか?」

 

嫌々で襲撃されるかもしれない現場に送り込まれた事に対して葉山は今回の調査の元凶はもえか達、櫛名田に原因があると愚痴り出す。

昨日浮かべた笑みはやはり、偽りの仮面の笑みだった。

第一印象を良くしたいと思ったのだろうが、もえかが今までの女性と異なり自分に対して好感を持たなかった事に彼の男としてのプライドに罅でも入ったのだろう。

 

「うるさいなぁ‥‥」

 

「まぁ、仕方ないですよ。現場を知らないド素人みたいですし‥‥」

 

鈴と幸子も葉山のもえかに対する言動にはちょっとイラっときたのかボソッと愚痴る。

すると、その愚痴は葉山にも聞こえたのか彼は鈴と幸子をギロッと睨む。

しかし、二人は何処吹く風の様に葉山を無視する。

高校入学当時の鈴ならば、こんな事を言わないし、睨まれたら涙目になっていた所であるが、高校生活における実習とブルーマーメイドとなってからの現場で鈴の精神もかなり鍛えられたみたいだ。

 

「艦長。前方、調査船『白鯨丸』を確認」

 

艦橋内に漂い始めたギスギスした空気を破ったのは今回の護衛対象である調査船を視認し、もえかに報告した内田の声だった。

 

「こちらも目視にて確認。『白鯨丸』に通信を‥これより、予定通りの針路をとり、調査海域へと向かいます」

 

「了解」

 

櫛名田は調査船、白鯨丸の前を航行しながら調査海域へと進む。

翌日には目的地に到着し、早速調査が始まる予定になっている。

 

「艦長、気象庁からの報告です」

 

「ん?」

 

幸子がもえかに気象庁から送られて来た天気図が描かれた用紙を渡す。

 

「調査海域の近くで低気圧が発生、調査海域の近くに接近中との事です」

 

気象庁から送られた気象FAXを見るもえか。

 

「調査作業は大丈夫でしょうか?」

 

「うーん、予想針路じゃあ、調査海域の近くを通るみたいだね。それでも多少波が荒れるかもしれないから天候にも注意を払わないとね」

 

天候によっては一時退避しなければならず、調査作業が遅れる可能性がある。

櫛名田は周辺の海域に潜んでいるかもしれないテロリストが乗る強奪艦の他に天候にも注意を払わなければならなくなった。

 

夕食の席にて葉山は婚約者がいるにもかかわらず、櫛名田の乗員にモーションをかけていた。

新人の乗員達は葉山の言葉と甘いマスクにコロッと行きかけているが、旧天照クラスの乗員達は逆に葉山の事を胡散臭い男だと感じていた。

昼間、艦橋で鈴と幸子もそうであったが、彼女らが葉山に靡かないのは、クラスメイトにそこら辺の男よりもレベルが上の野間マチコと葉月の存在が大きかった。

また、男よりも海、機械が好きという変わり者の性格も関係していた。

 

「艦長。なんでぇ、あの中身がスカスカな優男は?」

 

機関長の麻侖がもえかに葉山が誰なのかを尋ねる。

 

「今回の事故調査担当の法務官だよ」

 

「へぇ~あんな胡散臭い男が法務官とはねぇ~法務部ってのはいつからホストクラブになったんだか」

 

麻侖は呆れる様な口調で夕食をかっこんだ。

もえかは一応、無いとは思うが、葉山に対して夜間における部屋からの外出を禁じた。

部屋には小さいながらもお風呂とトイレが完備されているので、風呂や生理現象を理由の外出は封じた。

彼の場合、自分と親の権力で乗組員を襲っても、『誘ってきたのは向こうの方だ』と主張して逃げ切りそうな感じがしたからだ。

最も日和見主義の彼ならば、自分から乗員に対する性的暴行問題を起こすとは思えないが、予め釘を刺しておくに越したことはない。

そして、乗員の方にも用もなく葉山の船室の近くにはいかない様に徹底した。

 

翌日、白鯨丸と櫛名田は調査海域に到着した。

調査を開始しようとしたその時、

 

「本艦に向かって高速移動物体を探知!!噴進弾と思われます!!」

 

「左右前方後方から、本艦を包囲するように向かってきています!!」

 

櫛名田のレーダーが白鯨丸ではなく櫛名田に接近してくる噴進弾をキャッチした。

 

「全武装、安全装置解除、弾幕射撃開始!!」

 

「了解」

 

櫛名田の砲が旋回し、噴進弾が接近してくる方向に向けられ火を吹く。

 

「敵噴進弾一撃墜‥‥続いてニ撃墜‥‥三撃墜‥‥四撃墜」

 

「敵噴進弾、全弾撃墜」

 

CICから敵の噴進弾の撃墜を知らせる方向が入る。

 

「本艦の被害は!?」

 

「艦首、露天甲板の一部に噴進弾の破片による軽度の損傷を確認。戦闘、航行に支障なし」

 

「敵の位置は!?」

 

「敵噴進弾、発射概略位置にコンタクトなし、敵を捕捉できません!!」

 

「消えた‥‥?そんなバカな‥‥」

 

「もしかして噴進弾を搭載した潜水艦‥でしょうか?」

 

水上レーダーに探知されなかった事は、敵は潜水艦で急速潜航した事から水上レーダーに映らなかったのかと思った幸子。

 

「ソナー、海中に潜水艦らしき音源は?」

 

幸子の可能性も否定できない事からもえかはソナーで海中に潜水艦がいないかを確認する。

しかし、

 

「‥‥確認できません!!」

 

海中には潜水艦は確認されなかった。

 

「すると、やはり先日の強奪艦の仕業ですかね?」

 

先日の演習襲撃の際も強奪艦はレーダーに映らなかった。

海中にも潜水艦の存在は認められない。

この共通のパターンから今回噴進弾を撃って来たのはやはり、先日の演習に襲撃して来た例の強奪艦だと判断したもえか。

 

「恐らく‥‥総員戦闘配置!!対水上戦闘用意!!通信で白鯨丸にこの海域からの退避を通達」

 

「了解」

 

櫛名田からの通信を受け、白鯨丸は現海域から退避していく。

もえかは今回のこの攻撃に対して違和感を覚えていた。

 

(でも、敵はどうして非武装の白鯨丸じゃなくて、櫛名田を狙ったんだろう?)

 

先程の噴進弾は四発‥‥その四発全てが櫛名田に向かってきた。

一発でも非武装の白鯨丸には脅威な筈だった。

にも関わらず敵は四発全てを櫛名田に向けて来で、非武装の白鯨丸にはまるで興味がないみたいだ。

 

(もしかして、敵の狙いは白鯨丸じゃなくて、櫛名田の方?)

 

先に武装している櫛名田を攻撃して撃沈ないし航行不能にしてから白鯨丸を襲うつもりだったのだろうか?

兎に角敵の目標が白鯨丸に移る前に敵を無力化しなければならない。

 

「更に六発の噴進弾を確認!!」

 

「熱源放射弾発射!!」

 

櫛名田から花火の様な特殊弾が放たれると、敵の噴進弾はその花火の方へと飛んで行き爆発すが、放った弾が二発だけだったので、残り四発は引き続き櫛名田に向かって来る。

 

「くっ、電波妨害弾発射!!」

 

櫛名田からアルミ箔が詰まった特殊弾が放たれ、櫛名田周辺に散布される。

 

「敵噴進弾二発は無効化されましたが、残りは此方に向かってきます!!」

 

二発の噴進弾は見当違いの方向へと飛んで行き海に落ちた。

 

「煙幕弾発射!!取舵一杯!!」

 

「弾幕射撃開始!!」

 

煙幕に包まれた櫛名田からCIWSと対空砲が再び火を吹く。

至近距離で爆発した為その衝撃波が櫛名田を襲う。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「きゃぁぁぁ!!」

 

「か、艦長、何とかしろ!!」

 

「損傷は軽微です。白鯨丸は既に退避コースに乗りました」

 

「そ、そうか‥では、次は自艦の安全を最優先してくれたまえ」

 

「はい」

 

(くそっ、こんな事なら予定通り調査船に乗っていればよかったぜ‥‥)

 

櫛名田への立て続けに攻撃を受けた事に葉山の予想は狂った。

最新鋭艦を強奪するようなテロリストならば、真っ先に非武装の船を狙うと思ったからこそ、自分は強引な手段を使ってでも武装されている櫛名田に乗ったのに、敵は非武装の白鯨丸には目もくれず、櫛名田ばかりを狙って来る。

これならば、当初の予定通り白鯨丸に乗っていれば自分は攻撃を受けずに済んだと今更ながら後悔する葉山だった。

 

「右舷、電探部に損傷を受けました。索敵能力に若干の影響を受けます」

 

「敵はどうしてステルス能力を維持したまま、こうも噴進弾を誘導できるのでしょう?」

 

「分からない‥‥でも、このままだと私達は敵の餌食になるわね」

 

「な、なに!?何とかしろ!!」

 

櫛名田が撃沈されるかもしれないと言われ、焦る葉山。

その姿からはエリート法務官の姿など微塵も見られない。

 

「‥納沙さん、タブレットを貸して」

 

「はい」

 

幸子からタブレット受け取ったもえかは気象ページを見る。

 

「‥‥針路変更、コース、090。低気圧の中へ退避」

 

「りょ、了解。変針、090」

 

鈴は舵輪を回して櫛名田の艦首を接近中の低気圧へと向ける。

 

「ですが、白鯨丸から離れてしまって大丈夫でしょうか?」

 

山下が先に退避行動に移った白鯨丸を案じる。

 

「これまでの攻撃から敵の狙いは白鯨丸ではなく、櫛名田みたいだし、むしろ離れた方が白鯨丸は安全だよ。それに白鯨丸から多分、ブルーマーメイドに連絡はいっている筈だし」

 

もえかはこれまでの敵の攻撃から敵の攻撃目標は白鯨丸ではなく、櫛名田だと判断した。

それに櫛名田がこうして攻撃を受けているので、白鯨丸の方も恐らくブルーマーメイドに通報を入れている筈である。

敵の注意を此方に引き付け、白鯨丸はこの後で来るであろうブルーマーメイドの援軍に救助してもらおうと考えた。

そして、櫛名田は調査海域の近くにで発生した低気圧へと針路をむけ、低気圧を目指して進んでいく。

そんな櫛名田の行動は強奪艦でも既に把握されていた。

その強奪艦の艦橋では、

 

「目標、針路を変更、低気圧へと向かっています!!」

 

「低気圧へと向かっている護衛艦を狙う」

 

「アイサー」

 

強奪艦も櫛名田の後を追って低気圧の方向へと進んでいった。

 

「波が荒い‥‥艦の安定を保て!!フィンスタビライザー展開!!バラストタンクにも注水!!」

 

「りょ、了解。フィンスタビライザー展開、バラストタンク注水」

 

荒天の中、櫛名田は低気圧の中を進んでいく。

そんな中、

 

「レーダーに微弱な反応を確認、本艦を追尾してきます」

 

この荒天で相手もステルス機能の性能が落ちたのか、それとも此方と同じく航行に専念するために余計なシステムの稼働を止めているのかもしれない。

 

「間違いなく、強奪艦ですね」

 

「ええ、やっと姿を捉えた」

 

この荒天の中、周囲にいる船舶は限られている。

そして、低気圧の中にまで入って来て櫛名田を追いかけて来る様な船は襲撃して来た強奪艦以外考えられない。

 

「やっと姿を見ることが出来たけど、かなり強力な妨害電波とステルス機能ね‥‥」

 

「最近、兵器ブローカーの間でどうも独自の電波妨害システムが開発されたとか‥‥」

 

「成程、そのシステムを搭載している可能性もあるってことか‥‥」

 

「艦長、この後どうするつもりだ?」

 

幸子ともえかがようやく姿を捉える事の出来た強奪艦について話をしていると葉山がもえかに声をかける。

この荒天航行の中、船酔いしていない分だけ、彼には一応褒めておきたい所だ。

 

「どう‥とは?」

 

「決まっている。この低気圧を抜けた後、どうするのかを聞いているのだ。相手も低気圧を抜けたら、再び攻撃してくるだろう。振り切れるのか?」

 

「さあ‥‥」

 

「『さあ』って‥‥君はこの艦の艦長なのだぞ!!乗員の安全を尽くすのが艦長の役目なのではないのか!?」

 

「最善は尽くします。それにこの荒天の中、では向こうも此方の姿は見つけにくく、航行に専念する為、攻撃はしてこないと思います」

 

「‥‥」

 

もえかの話を聞いて葉山は納得できないと言った顔をするが、この状況下では何もできないので、大人しく椅子へと座り、荒天による揺れに耐えた。

 

「ステルスシステム、妨害システムに異常発生、再構築化に失敗」

 

「量子コンピューターの一部を索敵と航行の支援に割り当てます」

 

強奪艦の方でもこの荒天の中を航行しているせいで、妨害システムとステルスシステムに異常が発生し、もえかの予想通り、今は航行に専念していた。

 

「やるではないか、我らの攻撃を二度もかいくぐり、自ら嵐の中に飛び込むか‥‥その根性と勇姿は称賛に値するな‥‥しかし、逃がさんぞ!!我らが得たこの艦がまさに無敵!!幽鬼の如き張り付き、悪鬼の如く食らいついてやるわ!!ハハハハハ‥‥」

 

「‥‥」

 

テロリストのリーダーの男は艦橋で高笑いをしていた。

その様子を仲間のテロリストの一人の少女は冷めた様子で見ていた。

 

 

「此方が、強奪艦の予想位置です。電波妨害システムの使用は認められません」

 

「やはり、艦長の予想通り今は航行に専念しているみたいですね」

 

「針路と速度はこのままを維持‥‥」

 

(この低気圧を出た後、一気に勝負を挑む‥‥相手のシステム再構築が済むまでが残された最後の勝機‥‥このチャンスを逃がしたら、逃げ切れない)

 

相手の妨害システムはかなり強力だ。

これまでは何とか相手の攻撃をかわす事が出来たが、それもいつまで続くか分からない。

勝負が長引けば此方が不利になるのは目に見えている。

ならば、相手が妨害システムをOFFにしている間が櫛名田にとって最後のチャンスとなる。

 

「艦長、何か考えがあるのだろうな」

 

「一応ありますので、大人しく座っていてください」

 

「‥‥」

 

もえかにあしらわれた葉山は小さく顔を歪めた。

 

「納沙さん、荒天脱出予想時刻と位置を割り出して」

 

「は、はい」

 

「内田さんと山下さんは敵艦の位置を見失わない様に注意して」

 

「「はい」」

 

強奪艦との勝負の時は刻一刻と迫っていた。



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5話 叛乱と決着

アメリカ海軍から強奪された新鋭艦による襲撃事件の調査の為、調査船と共に出航した櫛名田。

しかし、強奪艦の目標は調査船ではなく、櫛名田だった。

非武装の調査船ではなく、何故武装した櫛名田を襲って来るのか相手の目的は不明であるが、このまま何もせずに撃沈されるわけにはいかない。

だが、強奪艦はかなり優秀なステルス機能を有していた。

それらの事から櫛名田は今、逃げに徹して調査海域の近くで発生した低気圧の中へと入る。

当然、櫛名田を撃沈、もしくは拿捕しようとしている強奪艦も追ってきた。

しかし、優秀なステルス機能を有している新鋭艦も荒天の中ではその優秀なステルス機能も役には立たず、今は機能を停止して航行機能を優先している。

そのおかげで櫛名田は強奪艦の姿形、位置を特定することが出来た。

 

「針路はこのままを維持‥荒天を脱出しだい、敵艦を迎え撃つ」

 

もえかはこの低気圧を脱出しだい、強奪艦と戦闘を行うと言う。

 

「荒天を脱し、敵がシステムを再構築する前が勝負‥‥各員、戦闘配置!!」

 

「ま、まて、艦長」

 

そこへ葉山が待ったをかけた。

 

「なんですか?葉山法務官」

 

「相手はアメリカ海軍の最新鋭艦だ。そんな艦を傷つけたら、国際問題になるんだぞ!!分かっているのか!?」

 

「強奪艦の対処を何とかしろと仰ったのは法務官の方ではありませんか」

 

此処に来て葉山は強奪艦を傷つけるなと言う。

 

「そ、それはそうだが、此処は無用なリスクは負わず、やはり撤退をするべきだ」

 

葉山としては自分がいないときならば、強奪艦を撃沈しても構わないが今回は自分が乗っているので、それを見送れと言う。

彼の誤算はもえかが強奪艦を本気で攻撃しようとしていた事だった。

強奪艦を前にその艦の実力を見せられれば恐れをなして逃げるかと思っていた。

尻尾撒いて逃げて、このいけ好かない女艦長に嫌味を言い、今回の件での弱みを握り、もえかを愛人にでもしようと思っていた葉山。

だが、もえかは葉山の考えとは180度異なり逃げるどころか荒天を脱出しだい、強奪艦に対して攻勢する姿勢を見せた。

もし、此処で櫛名田が強奪艦を撃沈でもすればアメリカ海軍がクレームをつけてくる可能性がある。

何しろ、相手は試験艦とは言え、アメリカ海軍が多額の予算をかけて建造した最新鋭艦なのだから‥‥。

そうなった場合、勿論、艦長であるもえかにも責任が課せられるが、同時にその場に居た法務官にも責任が及ぶ。

葉山はその責任問題を恐れた。

これ以上、自分のキャリアに傷をつける事は許されなかった。

高校時代の時、葉山は両親からかなりきつくお説教をされ、もし今後葉山家の名前に泥を塗る事が有ればその時は勘当するとまで言われていた。

だからこそ、葉山はこれまで以上に責任やリスクを他人に押し付ける傾向を強くして今の地位に辿り着いた。

そして自分は間もなく、ブルーマーメイドの名門家である宗谷家の娘と結婚する。

宗谷家の娘と結婚できれば、ブルーマーメイド内での地位は確たるものとなる。

それをこんなつまらない任務で潰されてたまるか!!

葉山としては何としてでも強奪艦への攻撃を止めなければならなかった。

 

「今更何を言っているんですか!?」

 

「この荒天を利用すれば逃げ切れるかもしれないじゃないか。今回は撤退しろ!!」

 

「性能からして本艦が逃げ切れる保証はありません。でしたら、この荒天を利用して敵を沈めます。それ以外、本艦が生き残る道はありません!!」

 

「そんな考えは浅はかだ!!やってもいないのに決めつけるなんて‥‥それに有史以前の蛮族ならともかく、僕たちはもっと知的で政治的な判断をするべきだ!!」

 

「法務官、艦では艦長の下した決断に従うのが‥‥」

 

幸子が葉山を説き伏せようとするが、

 

「逃げきれないのであれば、交渉をするべきだ!!相手が金銭を要求するのであれば、それをのんでもいい!!その為の資金もちゃんと用意がある!!話し合えば相手も分かってくれる!!」

 

「バカな、テロリストと交渉をするつもりですか!?」

 

「相手がテロリストでも人間だ。人間が人間と交渉をして何が悪い!?」

 

「テロリストには譲歩しない。これは国際常識の筈です。法務官も法律のエキスパートならば、それぐらいはご存知の筈です」

 

「政治的手段を講じるのであれば、上層部、外務省を通じて行えば困難な事ではない」

 

「では、その場合法務官自身がテロリストと交渉をするのですよね?」

 

幸子がテロリストと交渉するのであればその交渉役は葉山がやるのかと尋ねると、

 

「何を言っている?この艦の責任者は艦長ではないか。当然その役は艦長の役割だろう?」

 

葉山はテロリストと交渉しろと言うが、その時の交渉役はもえかがやれと言う。

彼のあまりにも身勝手主張に艦橋員は皆、顔を顰める。

 

「相手はアメリカ海軍の新鋭艦を強奪する程のテロリストです。そんな連中が金銭だけを目的とするでしょうか?」

 

もえかはテロリストが金銭のみを要求するのかと葉山に問う。

 

「どういう意味だ?それは?」

 

「相手は当然、金銭も要求するかもしれませんが、本艦自体も要求する可能性があると言う事です。ですが、私には艦と乗員の安全を守る義務があります」

 

「ふん、テロリストがこの艦を欲しがるのであれば渡してやればいいだろう?たかが巡洋艦一隻で僕達の命が助かるなら安いものだろうが!!奪われても保険でまた新しい艦なんて幾らでも替えがきくじゃないか!!死んだら元も子もないんだぞ!!」

 

葉山のこの言葉に堪忍袋の緒が切れたもえかは、

 

「黙れ、ド素人が!!」

 

これまでにない怒声で葉山を怒鳴る。

その態度にもえかと付き合いの長い者達も今のもえかの態度には驚いた。

 

「海から逃げて、海賊の恐ろしさも知らない、状況も読めないお前の様な青二才はさっさと自分のオフィスに戻ってエロゲーでもやってマスでも掻いていろ!!」

 

「艦長がエロゲーって‥‥」

 

「マス‥って‥‥」

 

もえかの口から思わず出た下品な言葉に驚く幸子達。

そんなもえかの発言を聞き、葉山はフルフルと身体を震わせる。

もえかは葉山に言いたい事を言って彼から視線を逸らす。

 

「戦闘準備は終わった?」

 

「は、はい」

 

もえかが幸子に戦闘準備が終わったのかを訊ねていると、

 

ガチャ

 

もえかの後頭部に何か堅い鉄の様なモノが押し付けられる。

 

「‥‥」

 

幸子達はその光景を見て思わず目を開き、驚愕の表情を浮かべる。

しかし、もえかは動じる様子はない。

もえかの後頭部には拳銃が押し付けられていた。

銃を押し付けているのは勿論、葉山だ。

 

「さっきの言葉を取り消せ」

 

「血迷いましたか?法務官」

 

「うるさい!!法務官である僕に先程の屈辱的言葉は許せん!!」

 

「こんな事をしてタダで済むと思っているのですか!?貴方の行為はれっきとした反逆行為ですよ!!これはっ!!」

 

もえかに拳銃を突きつける葉山に向かって幸子は怒鳴りつける。

鈴は唖然としながらも艦が航行しているので舵から離れる事は出来ない。

 

「法務官である僕と一巡洋艦の艦長であるお前の証言‥‥上層部は一体どちらを信じると思う?」

 

「ならば、私を撃ちなさい‥‥ただその後、貴方はどうする?拳銃一丁で乗員全員を掌握できるとでも思っているの?」

 

もえかは振り向き、葉山と対峙する。

彼女の問いに葉山は息詰まる。

この拳銃に込められている弾丸は全部で八発。

そして替えのマガジンは持っていない。

もえかをこのままヘッドショットで殺したとして残りの弾数は七発‥‥

一人一発にしても櫛名田の乗員はそれ以上いる。

艦橋員全員を殺しては運行に支障が出る。

もえかの言う通り、拳銃一丁で、櫛名田乗員の全員を掌握は出来ない。

だが、此処まで来てはもう引くに引けない。

拳銃を握る葉山の手がカタカタと震えているのが見える。

ちっぽけなプライドで道を踏み外した葉山。

その間、もえかは幸子達にハンドサインを送っていた。

勿論、葉山はもえかのその行動に気づいていない。

 

「‥‥」

 

葉山とは異なり幸子はもえかのハンドサインに気づいていた。

彼女のハンドサインはバラストタンクを排水しろと言うモノだった。

現在、櫛名田は荒天を航行中で艦の重心を深くする為、両舷にある半潜航行用のバラストタンクには大量の海水が入っている。

もえかはそのバラストタンクに入っている海水を出せと言うのだ。

幸子はもえかの思惑を読み取り、葉山にバレない様にそっと航海計器の前へと移動する。

葉山の注意はもえかが引き付けてくれている。

そして、幸子はバラストタンクを排水するレバーを引く。

艦が揺れたが、それは荒天のせいだと葉山そう思い、バラストタンクの海水が排水されたのに気づかなかった。

しかし、次第に揺れが強くなり何かに掴まらなければ倒れてしまう程の揺れが櫛名田を襲う。

 

「ぬおっ!!」

 

「くっ」

 

もえかは手近の手すりに掴まり、転倒を免れるが片手に拳銃を持っていた事と突然の揺れでバランスを崩して床に倒れる。

その隙をもえか、幸子、内田、山下は見逃さずに一気に飛び掛かり葉山を取り押さえる。

収束バンドと縄で葉山の身柄を拘束し、内田と山下が船倉へ葉山を放り込んだ。

葉山を取り押さえるのと同時に再びバラストタンクに海水を注水して艦の安定を保つ櫛名田。

 

櫛名田にてまさか、法務官である葉山が一人で反乱を起こして鎮圧された事など知る由もない強奪艦のテロリストは未だに自分達が狩人であることを信じて疑わない。

強奪艦の艦橋にてその場に似合わない白いフードマントを纏った人物にテロリストのリーダーがコインを投げ、

 

「賭けをしないか?ラム」

 

床で回っているコインを拾い話しかける。

 

「この勝負に‥‥」

 

リーダーは手の中でコインをまるでペン回しをするかのような見事な指裁きでコインを弄り、最後は手品の様に手のひらからコインを消した。

 

「まぁ、貴様の薦めにより手に入れた艦だ。こちらに賭けたいと言うのが人情であるが、それでは賭けにならん。ヌハハハ‥‥ワシもこの艦に乗る全員も我々の勝利に微塵の疑いもないのだからな」

 

「‥‥」

 

リーダーからラムと言われた白いフードコートを纏った乗員の一人は、フード越しにリーダーを冷めた目で見ていた。

自信があるのは構わないが、今のリーダーは完全に慢心していた。

そんなリーダーの姿をラムはまるで見下した様に見ていたのだった。

 

櫛名田は強奪艦よりも先に荒天を脱し、横腹を荒天に横腹を見せるような位置で停止する。

航行中と違い、まして荒天に横腹を見せているこの状況で、櫛名田はバラストタンクとフィンスタビライザーでかろうじて船体維持を保っている状態であり、長くこのままの状態が続けば転覆の危険もある。

勝負は一度っきり‥‥一発で決まる。

 

「敵艦と邂逅との予想時間は?」

 

「192秒後です」

 

「測的、射撃管制準備よし」

 

「敵艦の予想針路が出ました‥‥しかし、二つあり、どちらから来るのは不明です」

 

CICから送られてくる情報が幸子のタブレットに転送され、もえかはタブレットに表示される強奪艦の予想針路を見る。

 

一つは風上から、もう一つは風下からのコースだ。

 

「‥‥」

 

予想針路をジッと見つつ、もえかは決断を下す。

 

「敵は風上のコースを通る筈‥‥」

 

「なぜ、そう言えるのですか?」

 

「櫛名田の行動を見て、相手は自分達が勝っていると慢心している‥‥そうした慢心している連中が用心深くパターンを外して裏をかくなんてまどろっこしい事はしない。それに相手はあの優秀なステルス機能を直ぐに再構築したい筈‥‥ならば、艦を風向きに対して立て少しでも早く艦の安定のため、セオリー通りの動きをする筈‥‥ン式弾発射準備!!」

 

櫛名田は着々と強奪艦を迎え撃つ準備を整える。

一方、船倉に放り込まれた葉山にも櫛名田が強奪艦との戦闘を準備している報告が艦内放送によって聴こえている。

 

「こ、これは‥僕の責任じゃない‥‥皆‥‥皆‥あの艦長の責任だ‥‥」

 

此処まで来ても彼は責任から逃れようと現実逃避していた。

そして、荒天から強奪艦も出てきた。

もえかの予想通りのコースを通って‥‥

 

「荒天を間もなく脱します。気象解析フェイズに移行中‥‥」

 

「最適化モデルを構築後、システムを再起動します」

 

「システム稼働まであと45秒」

 

「索敵レーダーが復帰次第、直ぐに噴式弾の発射準備に入れ」

 

「アイサー」

 

「この荒天を出たばかりだ。そう遠くへは逃げてはおるまい」

 

リーダーは、櫛名田はまだこの近海を逃げている判断している。

 

「‥‥」

 

しかし、ラムはその判断に懐疑的な視線をリーダーに送っていたが、ラムは敢えて何も言わなかった。

 

「さあ、狩りのクライマックスだ」

 

リーダーの興奮は最高潮に達している。

獲物をしとめるその瞬間が、何よりの興奮と気分を高める。

しかし‥‥

 

「予測海域区内に艦影を捕捉」

 

「気象、海象の影響でミサイルの命中率が20%ほど低下します」

 

「構わない。それで十分!!ン式弾撃ち方始め!!」

 

「撃ち方始め!!」

 

櫛名田の後部にあるン式弾の発射機から三発のン式弾が発射された。

 

「熱源探知!!敵の噴式弾です!!」

 

強奪艦のレーダーが櫛名田のン式弾を捉える。

 

「な、なに!?」

 

「敵艦、距離、5マイルの地点で停船しています!!」

 

「ば、バカな!?待ち構えていたと言うのか!?こ、こんな事‥ありえん!!この荒天の中、転覆の危険も恐れず、立ち止まっていたと言うのか!?」

 

「敵の噴式弾、本艦に着弾まであと20秒!!」

 

「迎撃しろ!!」

 

「ダメです!!測的不能!!」

 

「それに艦の安定が‥‥」

 

「いいから撃て!!」

 

強奪艦はミサイルではなく搭載している砲でン式弾を砲撃するが、何もかもが手遅れで、櫛名田のン式弾は強奪艦の左舷に二発、右舷に一発命中する。

 

「ン式弾、ターゲット上での爆発を確認」

 

「敵艦、航行不能に陥った模様」

 

「八木さん」

 

「はい」

 

「敵艦に降伏勧告を通達」

 

「了解」

 

八木が強奪艦に対して降伏勧告を送ると、強奪艦はすでに浸水し、航行不能となっていた為、強奪艦のテロリスト達はあっさりと櫛名田に降伏した。

強奪艦は沈んではいないが、大破、漂流中だったので、もえかは八木に援軍の要請もしてもらい、強奪艦を近くの港まで曳航してもらうように手配を取った。

テロリストの武装解除と身柄の拘束が終了し、援軍であるブルーマーメイドの艦艇が到着した事で、もえか達は漸く一息つくことが出来た。

新人の乗員の中には未だに興奮している者もいる。

 

「ふぅ~‥‥」

 

もえかは艦橋の椅子に溜息をつきながら座る。

 

「お疲れ様です。艦長」

 

そんなもえかに幸子はコーヒーが入ったマグカップを差し出す。

 

「ありがとう、納沙さん」

 

幸子からマグカップを受け取り、一口コーヒーを飲む。

そして、幸子もマグカップに口をつける。

 

「‥‥うーん‥やはり、先任の淹れたコーヒーにはまだまだ及びませんねぇ」

 

幸子は自分が淹れたコーヒーは昔、葉月が淹れてくれたコーヒーにはまだまだ味が及ばない事にがっかりした様子で言う。

 

「‥‥」

 

幸子が葉月の名前を出した事で、もえかも葉月の事を思い出す。

葉月はよくコーヒーサイフォンでコーヒーの研究をしていた。

自分も幸子も高校の実習中はよく葉月の淹れたコーヒーを飲んでいた。

あの味は今となっては懐かしい味だ。

 

「あの‥‥艦長‥‥」

 

もえかと幸子がコーヒーを飲みながら援軍の手によって曳航準備されている強奪艦を見ていると、幸子が徐にもえかに声をかける。

 

「ん?なに?」

 

「私、ブルーマーメイドに入ってからずっと先任を探しているんですけど‥‥先任‥見つからなくて‥‥」

 

「えっ?」

 

「艦長は先任の配属部署とか知りませんか?」

 

高校の実習の時、葉月がブルーマーメイドに所属している事は聞いていたが、どの部署に所属しているかは聞いていなかった。

その為、幸子はブルーマーメイドに入ってから彼女はずっと葉月の事を探していた。

しかし、未だに葉月は見つからない。

それもその筈だ‥‥

葉月はもうこの世に居ないのだから‥‥

高校を卒業してからも葉月の死は未だに一部の人間以外は知らない事実だった。

 

「‥‥ごめん‥私も知らない」

 

もえかは心苦しいが幸子に嘘をつき、葉月の行方は知らないと答えた。

 

「そうですか‥‥」

 

幸子は残念そうに答えつつ再びマグカップに口をつけた。

 

(ごめん‥‥納沙さん‥‥)

 

もえかは心の中で再び幸子に謝り、マグカップに口をつける。

強奪艦による被害調査は後日改めて行われるだろう。

そして、強奪艦自体の調査は十中八九アメリカ海軍の手に委ねられる。

しかし、その前に必ず、あの葉山が何らかの行動を示してくるのは目に見えている。

あのプライドの塊の様な男があそこまでされて黙っている筈がない。

もえかと葉山の戦いはまだ続きそうだった。

 




※強奪艦の外見イメージや設定は『設定』に記載されています。


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6話 強襲

 

テロリストの手によってアメリカ海軍から奪われた最新鋭の軍艦を航行不能とし、その新鋭艦に乗っていたテロリスト全員の身柄を拘束したもえか率いるブルーマーメイド所属の重巡洋艦 櫛名田。

しかも互いに死亡者なしの結果は傍から見たらこれは大戦果である。

しかし、港に帰港した櫛名田はブルーマーメイド本部より、ある通達を受けた。

それは、

 

「櫛名田全乗員は上陸を禁止とする」

 

と言う櫛名田の乗員全員に対する謹慎を伝える通達だった。

櫛名田は港に係留されたが、タラップを下ろす事は許されず、片舷からはブルーマーメイドの艦艇、陸らかも監視される状態となった。

新人の乗組員にとっては『自分達はテロリストを捕えたのに何故謹慎処分がくだされなければならないのか?』と不満たらたらだった。

そんな不満を募らせる新人のメンタルケアを行うのも艦長‥そして上級士官の務めであり、謹慎処分二日目の夜にもえかは酒保物品庫の一部の開放を許可して甘味品、酒、煙草を放出した。

謹慎中とは言え、飲酒等が禁止された訳ではなく、あくまでも上陸のみが禁止されただけであり、酒保物品庫の一部の開放はなんら規則違反ではなかった。

杵埼姉妹やみかんが作ったスイーツ、お酒をふるまわれた新人達は一晩のこの宴会を大いに楽しんだ。

それから数日後、櫛名田に謹慎中だったもえかに海上安全整備局本部より通達が来た。

 

「櫛名田艦長、知名もえかは本部へ出頭せよ」

 

これは、強奪艦への発砲及び葉山法務官に対する暴行の事情聴取の為であった。

もえかが、櫛名田が停泊する港湾地区からバスで海上安全整備局本部へと行こうとした時、もえかの前に一台の車が停まる。

車に乗っていたのは真霜だった。

 

「真霜さん」

 

「送るわよ」

 

真霜はもえかにウィンクしながら彼女を海上安全整備局本部へ送ると言う。

もえかは真霜の運転する彼女の愛車、ユーノスロードスターで海上安全整備局本部へと向かった。

 

 

「艦長、大丈夫かな?」

 

「心配しても、今の私らにはどうする事も出来ないじゃん」

 

「うぃ」

 

櫛名田のサロンで鈴は海上安全整備局本部へと向かったもえかの事を案じる。

一方、西崎と立石は謹慎中の身ではどうする事も出来ない事を示唆する。

 

「でも‥‥はっ!?ま、まさか、私達このままクビ‥‥なんてことはないですよね?」

 

テロリストに強奪されていたとはいえ、アメリカ海軍の軍艦を攻撃したので、櫛名田乗員全員には何かしらの重い処分があるのではないかと思ってしまう。

既に謹慎処分を受けている身であるが、これはあくまでも仮の処分‥‥

この後、海上安全整備局本部で本当の処分が協議されてブルーマーメイド本部から正式な処分が下り、その処分が懲戒免職処分なのではないかと想像して、不安になる鈴。

 

「『誰がクビなんか クビなんか怖かねぇ!!』」

 

と、幸子は声質を変えて恒例の一人芝居をする。

 

「でも、ココちゃん‥‥」

 

「『怖いか、クソッタレ。当然だぜ。ブルーマーメイドの私に勝てるもんか』」

 

「でも、このままじゃ、私達、ブルーマーメイドの前に『元』がついちゃうよぉ~」

 

「まぁ、落ち着いてください、知床さん。学生の時なんかは反逆者の烙印を押された私達ですよぉ~大丈夫ですって」

 

「そうでぇい、航海長、此処でウダウダ悩んでいてもしかたがねぇだろう」

 

「うーん‥だといいけど‥‥」

 

幸子は学生時代には一時的であるが、自分らは反逆者の汚名を着せられ、半ば賞金首扱いをされた事もあったのだ。

それに比べたら今回の出来事なんてどうって事ないと言う

同じく、麻侖も悩んでいても仕方がない、なるようになると言う楽天主義だった。

それでも、鈴はやはり不安が拭いきれなかった。

 

「まぁ、まぁ、知床さん、榊原さんの言う通り、此処で悩んでいても仕方がありませんし、ここは気を紛らわせるためにしりとりでもしませんか?」

 

幸子は気を紛らわせる為にしりとりをしようと言う。

 

「えっと‥‥じゃあ、『魚雷』」

 

西崎が最初の言葉、『魚雷』から始まったしりとり。

 

「い、インク‥‥」

 

続いて鈴が『魚雷』の終わりの言葉、『い』から始まる『インク』と答えると、三番目の回答者である幸子は、

 

「クルンテープ・プラマハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット‥‥次は『と』です」

 

とドヤ顔で『く』から始まる言葉を言い放ち次は『と』であると伝えると、

 

「ドヤ顔やめい!!『と』ですじゃないよ!!」

 

幸子の答えに西崎がすかさずツッコミを入れる。

 

「なにそれ!?呪詛!?呪詛なの!?副長、一人芝居や任侠モノに飽き足らず、とうとう呪いにまで手を染めたの!?」

 

「えぇー知らないんですか?バンコクの正式名称ですよ。やんごとない名前ですよー」

 

「そんなの知るか!?」

 

幸子と西崎のやりとりを見ていた鈴は昔、高校時代の実習中にあったある出来事を思い出して、幸子に尋ねた。

 

「ココちゃんって外国が好きなの?ほら、高一の春の実習中の時にもジンバブエのお金を出していたし」

 

「うっ‥‥」

 

グサッ!!

 

鈴の問いに対して幸子の胸にグサッと矢が刺さったように見えた。

 

「ああ、あの時盛大にスベっていたよね。確かトイレットペーパー募金の時」

 

鈴の言葉から西崎もあの時の出来事を思い出した。

当時は滑ったかもしれないが、今となっては懐かしい思い出で、思い出すと自然に笑いがこみ上げてくる。

 

「んもっー!!滑ったとか言わないでくださいよ!!」

 

幸子にとってあれはどうやら黒歴史だった様だ。

 

「あの時は、いつか使えるかと思ってずっとお財布の中に忍ばせていたジンバブエドルだったのに万里小路さんの小切手のインパクトに食われちゃったんですよ!!」

 

悔しさを間際らせるために言い訳をしながら鈴に抱き付く幸子。

 

「あんま、関係ないと思うけどね‥‥万里小路さんは‥‥」

 

西崎は呆れながらツッコミ返す。

なんかグダグダとなってきた空気の中、

 

「それじゃあ、次は古今東西ゲームでもしますかー」

 

幸子はしりとりを止めて古今東西ゲームをやろうと言う。

 

「切り替わり早っ!?なんか怖いよ‥‥」

 

あまりの切り替えの早さにちょっと引く西崎。

 

「まぁ、めげない所がココちゃんの良い所じゃないのかな?」

 

一方、鈴は幸子の切り替えの早い所は彼女の美徳なのではないかと思った。

まぁ、何はともあれ、幸子のおかげでこのどんよりとした空気を変えることが出来たのは事実なのだから‥‥

 

 

その頃、真霜の運転する車で海上安全整備局本部へ向かっているもえかは‥‥

 

「ここぞと言わんばかりにあの男(葉山)は偉く気合が入っていたわ」

 

運転中、真霜がもえかに葉山の状況を伝える。

 

「彼、随分と貴女ことを目の敵にしていたけど、何かあったの?」

 

「艦橋内で少々もめごとになりましてね」

 

「へぇ~艦橋内‥‥でね‥‥」

 

「ええ、艦橋内で‥‥それよりも例の強奪艦はあの後、どうなったんですか?やはり、アメリカ海軍の元に返還されたんですか?」

 

もめごとが起きた現場が艦橋と言う事で真霜ももえかも含む言い方をした。

そして、もえかは葉山も事は放っておいて、自分達が戦った例のアメリカ海軍の強奪艦について尋ねる。

 

「船体はアメリカ海軍横須賀基地のドックへ運ばれてブルーマーメイドアメリカ支部の立会いの下、調査中‥‥乗員に関しては海上安全整備局本部で現在取り調べ中よ」

 

「そうですか」

 

強奪艦についてその状況を聞いた後、もえかは車窓の外の風景を呆然としながら見ていた。

やがて、海上安全整備局本部の出入り口まで来ると、門の守備をしている警備員と誰かが揉めていた。

いや、揉めていると言うよりも警備員が困惑していると言っていた方が正しかった。

警備員が対応しているのは右目に前髪が掛かっている水色の髪でショートヘアーが特徴のメイドだった。

 

((なんでこんな所にメイド?))

 

あまりにも釣り合わない場所と人物に真霜ともえかもギョッとする。

そしてそのメイドは日本語でも英語でもない言語を話して門の警備員を困惑させていた。

 

「えっと‥君の言っている事が分からないんだけど‥‥おい、誰か通訳できるヤツ、居るか?」

 

仲間の警備員に助けを求めてもメイドの言葉を聞いて他の警備員達は首を横に振るだけだった。

 

「あれは、何処の国の言語でしょう?」

 

「あの発音とアクセントは‥‥恐らくマレー語ね」

 

真霜は、あのメイドの会話の内容は分からないが、あのメイドが話している言語については何処の国の言葉かは分かった。

 

「マレー語‥‥」

 

(なんで、そんな言葉を話す人が‥‥しかもメイドがどうして此処に居るんだろう?)

 

もえかはマレー語を話す謎のメイドにちょっと不審感を抱いた。

 

「どうぞ、お通り下さい」

 

マレー語を話す謎のメイドをチラッと見ている間に通行手続きが終わり、柵がどけられる。

そして真霜が車を出そうとした瞬間、メイドはダッと駆け出した。

 

「あっ、待て!!」

 

メイドは突然駆け出し、ジャンプすると真霜のユーノスロードスターの後部に飛び乗るメイド。

警備員は咄嗟に銃を構えるが、真霜ともえかが車に乗っているので下手に発砲出来なかった。

 

「なっ!?」

 

「っ!?」

 

突然車に飛び乗ったメイドに驚く真霜ともえか。

メイドは驚く二人を尻目にどこしまっていたのか‥‥?

 

ジャラ‥‥

 

鈍い金属音を出しながら、棘と鎖のついた鉄球‥モーニングスターを取り出した。

 

「貴女‥一体‥‥」

 

「止まらず、そのまま車を走らせて‥‥此処でひき肉になりたくなかったらの話ですが‥‥」

 

メイドは冷たい目でギロッと真霜を睨みながら車を走らせろと脅す。

真霜としても此処で抵抗すればもえかも自分も命の危険があったので、メイドの指示に従うしかなかった。

 

「こんな事をしてもココは海上安全整備局の本部‥すぐに追手が来て捕まるわよ」

 

「‥‥」

 

もえかの忠告を無視してメイドは腕時計を見る。

すると、海上安全整備局本部の建物の一部で爆発が起きた。

 

 

海上安全整備局本部で爆発が起きる少し前‥‥

本部内の留置場の一室に先日の強奪艦の乗組員一人‥‥強奪犯のリーダーから『ラム』と呼ばれた人物がそこに収監されていた。

 

「飯の時間だ」

 

そこへ、配食係がやってきて留置人に食事を配って行く。

そして、ラムの収監されている留置場へと行くと、

 

「ほら、飯だ」

 

「‥‥」

 

配食係から食事を受け取った。

 

「大事に食べろよ‥‥特製だからな」

 

「‥‥」

 

配食係は何やら意味深な言葉をラムに投げかけた後、去って行く。

 

「‥‥」

 

配食係から受け取った大きな二つのパン。

ラムが慎重に二つのパンを手でちぎると、中には爆薬と起爆装置が仕込まれていた。

それを見たラムは手慣れた様子で爆発物を設置し起爆させた。

爆発の轟音は港にまで響き渡った。

櫛名田で当直をしていた見張り員が向かい側の岸にある海上安全整備局本部ビルが突如爆発するのを見て、目を見開く。

そして、急いで副長の幸子に報告を入れる。

 

「副長!!海上安全整備局本部にて爆発を確認!!」

 

「なっ!?」

 

「海上安全整備局の本部で!?」

 

「確か、今艦長がそこに行っている筈じゃ‥‥」

 

幸子達の間に動揺が広がる。

 

「状況は!?」

 

「分かりません。何せ、突然の事でまだ此方にはなんの情報も入って来て来ません!!」

 

「くっ‥‥緊急スクランブル!!海鳥発艦用意!!」

 

幸子は状況確認の為、櫛名田に搭載されている海鳥の発艦命令を下す。

 

「えっ!?でも、私達今、謹慎中だよ。海鳥なんか飛ばしたりしたらそれこそ、本当にクビになっちゃうよぉ~」

 

鈴がこれ以上の命令無視をしたら自分達はブルーマーメイドを解雇されてしまうのではないかと幸子に言うが、

 

「全責任は私がとります!!今は艦長の安全確認を最優先するべきなんじゃないんですか!?」

 

「そ、それはどうだけどぉ~」

 

「桜野さん!!園宮さん!!飛んでください!!海鳥なら最短距離で現場に行けます!!」

 

「は、はい!!」

 

「りょ、了解です」

 

幸子から呼ばれた海鳥搭乗員の桜野音羽と園宮可憐は急いで海鳥が格納されている格納庫へと向かった。

 

その頃、海上安全整備局本部では、

 

「貴女、一体何が目的なの?」

 

真霜がメイドに目的を尋ねるが、やはりメイドは無視をする。

 

「こんな事をして逃げ切れると思っているの!?」

 

もえかがメイドに再び尋ねた瞬間、正面玄関前でまたもや爆発が起こり、海上安全整備局の本部ビルの中から誰かが此方へと走って来るのが見えた。

それはあの強奪艦の乗員の一人、ラムだった。

ラムは此処まで来る途中で奪ったと思われるライフルを片手に真霜、もえか、メイドの居る所へと走って来る。

 

「桜野さん、園宮さんは空から艦長を探してください。私達も準備が出来次第、現場に向かいますから」

 

「「了解」」

 

翼についているプロペラを勢いよく回転させて海鳥は櫛名田の飛行甲板から離れると、爆発を繰り返す海上安全整備局本部へと飛んで行った。

 

「さっ、車から降りてください」

 

メイドは真霜ともえかに車から降りるように言う。

相手はモーニングスターとは言え、武器を持っており、此方は逆に丸腰‥‥

二人はメイドの指示に従うしかなかった。

真霜ともえかがシートベルトを外し、車から降りると、ラムがやって来る。

 

「姉様、御無事で何より」

 

「レム、陽動が甘いわ。爆薬の量も足りない。おかげでかなり手間取ったわよ」

 

「それは申し訳ありませんでした。姉様」

 

「連中は私達をただの泥棒か海賊の類だと思って慢心しきっていたわ。それに足りないとはいえ、この爆発で混乱しきっている‥‥長居は無用よ。此処からお暇をしましょう」

 

「はい、姉様」

 

二人のやり取りを見る限り、このモーニングスターを持つメイドの名前は『レム』と言う名前で彼女はラムの妹である事が伺える。

 

「貴女、もしかしてあの強奪艦の乗員?」

 

「人質はいらないわね。この状況じゃ足手まといになりそうだし」

 

「そうですね。姉様」

 

そう言ってラムはライフルを構え、レムはモーニングスターを構える。

真霜ともえかが命の危険にさらされた時、空からプロペラのローター音が聞こえてきた。

櫛名田から発艦した海鳥が到着したのだ。

 

「真霜さん、今です」

 

「ええ」

 

ラムとレムが海鳥に目を奪われている隙をついて真霜ともえかはその場から走る。

ラムがライフルを構えるが、其処を海鳥が威嚇射撃をする。

 

「くっ、此処は逃げるが勝ちよ、レム」

 

「そうですね、姉様」

 

ラムとレムもその場から逃げた。

海鳥はラムとレムの二人を追尾したが、敷地内の建物が入り組んでいる箇所に逃げられ、二人を見失ってしまった。

 

その後、救命艇で櫛名田から海路で海上安全整備局本部へとやってきた幸子達と合流したもえかと真霜。

 

「艦長!!無事ですか!?」

 

「艦長!!」

 

「みんな‥どうして‥‥?」

 

「そりゃあ、艦長が心配だったからにきまっているじゃねぇか」

 

「‥‥どうして」

 

「えっ?」

 

「どうして、こんな危険な所に来たの!?皆!?それも命令を無視して!!」

 

「か、艦長?」

 

もえかの言動に困惑する幸子達。

 

「無茶だと分かって‥‥分かっている筈なのに‥‥こんな事‥‥私は皆に傷ついてほしくないのに‥‥私なんかの為に‥‥」

 

海上においては櫛名田と言う鋼鉄の鎧と武器があってもこの地上ではほぼ丸腰状態‥‥しかも爆発が起こり、近くには武装したテロリストも居た。

そんな中で見は自分を心配して丸腰でこんな危険地帯へと飛び込んできた。

もえかにとってそれは武蔵の攻撃から身を挺して守り、そして自分が気づかぬうちに命を落とした葉月の行為を思い出させる。

もう、自分の為に自分の大切な人が傷ついたり、死んだりするのは見たくなかったのに‥‥

そう思うともえかの目からは自然と涙が流れだす。

 

「艦長に心配させるなんて‥‥皆‥‥皆‥‥大っ嫌いだ‥‥」

 

もえかはまるで癇癪を起したかのように泣きわめき、幸子達を困惑させた。

 

「知名さん‥‥やっぱり葉月の事を‥‥」

 

真霜はもえかの言動にやはり心当たりがあり、それに葉月が関係しているとすぐに分かり、複雑そうな表情で泣きわめきもえかを見ていた。

 

海上安全整備局本部にて突如起こった爆発事件のせいで、もえかへの事情聴取は改めて後日となり、もえかは幸子達に連れ添われて櫛名田へと帰った。



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7話 参考人

 

海上安全整備局本部へ先日のアメリカ海軍新鋭艦強奪事件の参考人として事情聴取へと向かったもえかと真霜はひょんなことから収監したテロリストの脱獄騒動に巻き込まれた。

留置場から脱獄したテロリストは外部にも協力者が居り、海上安全整備局本部ビルの一部を爆破し、もえかと真霜はあわやそのテロリストに殺されそうになった時、櫛名田の乗員達は謹慎命令が出ていたにもかかわらず、もえかを助けにやって来た。

テロリスト達には逃げられてしまったが、もえかも真霜も無傷で無事だった。

しかし、上からの命令を無視し、自分達の命を危険にさらしてまで自分を助けに来た櫛名田の皆に向かってもえかは、

 

「艦長に心配させるなんて‥‥皆‥‥皆‥‥大っ嫌いだ‥‥」

 

と、まるで癇癪を起したかのように泣きわめき、助けに来た幸子達を困惑させた。

 

事情聴取は会場である海上安全整備局本部ビルが脱獄騒ぎで爆弾が使用された事でとても今日、これから事情聴取を出来る状況ではなくなったことから後日、場所を変えて行われる事になり、今日の日は事情聴取が行われる事無く解散となった。

泣きわめく艦長の姿を流石に他の乗員に見せる訳にはいかないので、もえかには幸子が付き添い、櫛名田のもえかの部屋である艦長室でもえかが落ち着くのを待った。

幸子はもえかの為に自前のコーヒーサイフォンを艦長室に持ち込み、それでコーヒーを淹れ、砂糖とミルクを多めにしたカフェオレを作りもえかに手渡した。

 

「艦長、どうぞ。カフェオレです。まずは気分を落ち着けましょう?ねっ?」

 

「‥‥うん‥納沙さんありがとう‥‥」

 

「いえいえ」

 

もえかは幸子から手渡されたカフェオレを一口飲み、幸子も自分が淹れたコーヒーを飲む。

 

(コーヒーサイフォンとコーヒーはお姉ちゃんを思い出す味と匂いだ‥‥)

 

「‥‥その‥さっきはゴメンね‥‥みっともない姿を見せちゃって‥‥」

 

コーヒーの香りと幸子の淹れたカフェオレを飲んで少し落ち着きを取り戻したもえか。

 

「そんな事ありませんよ。命の危険にさらされたんですからパニックや混乱するのは当たり前ですよ」

 

幸子はもえかが取り乱した理由がテロリストに殺されそうになったためかと思った。

しかし、本当の理由は自分の母親や葉月の様に目の前で失うのが怖かったのだ。

 

「‥‥ねぇ、納沙さん」

 

「はい?何ですか?」

 

「‥‥納沙さんはお姉ちゃ‥‥いえ、先任を探していたみたいだけど、それはどうしてかな?」

 

「‥‥あの‥その‥‥」

 

もえかが幸子に葉月に会いたい理由を訊ねる。

すると、幸子は体をもじもじさせ始めた。

 

「の、納沙さん?」

 

「あの‥‥艦長には申し訳ないんですけど‥‥その‥‥」

 

「うん」

 

「私、実は先任と関係を持ったことが有るんです!」

 

「えっ?」

 

「それで‥‥また先任と会えたら、その‥‥抱いてもらいたくて‥‥それにコーヒーの淹れ方も教えてもらいたくて‥‥」

 

「‥‥」

 

もえかとしては幸子が葉月と関係を持ったことが信じられなかった。

あの実習中にもえかは葉月と何度か関係を持ったがまさか幸子とも関係を持っていたのは寝耳に水だった。

 

「‥‥納沙さんは‥その‥‥どういう経緯で先任と‥‥?」

 

「‥その‥‥大変申しにくいんですが‥その‥‥艦長と先任が‥やっている所を偶然に目撃して‥‥先任に抱かれている艦長を見て‥‥わ、私も先任に抱かれたくて‥‥」

 

「‥‥」

 

もえかとしては思い当たる節は幾つもある。

そのどれかを幸子に見られたのだ。

 

「あっ、でも決して先任からではなく、私から先任を誘ったんです。ですから、先任は悪くないんですよ」

 

「そ、そう‥‥」

 

もえかはマグカップに視線を移す。

先任‥葉月はもうこの世にはいない‥‥

葉月はその事を黙っておいてくれと遺書に残していた。

その秘密は今日まで守られており、葉月の死を知っているのは一部の人間に留まっている。

このまま幸子には葉月の死を黙っていた方が良いのかもしれない。

でも、自分と同じ、葉月を慕う者として、葉月の死を知った方が良いのかもしれない。

そんな葛藤がもえかの心の中でグルグルと思考を巡らせる。

しかし、あの時と違い自分達はもう学生ではなく社会人となっている。

葉月の事を教えてもいいのではないだろうか?

幸子はあの実習以降ずっと葉月の行方を探している。

ならば、真実を教えてあげてもいいのではないだろうか?

 

「‥‥納沙さん」

 

「はい?なんですか?」

 

「‥‥納沙さんには辛い話になるかもしれないけど‥‥」

 

「えっ?あっ、ま、まさか『おのれぇ、ワシの女に手を出すとはいい度胸だな』的な美人局を‥‥」

 

「違うの!!」

 

もえかの大声で思わずビクッと体を震わせる幸子。

 

「艦長?」

 

「違う‥‥違うの‥‥納沙さん‥‥先任は‥‥お姉ちゃんは‥‥もう‥‥死んでいるの‥‥」

 

「えっ?」

 

もえかの言い放った葉月は死んでいるという発言に幸子は固まる。

 

「い、いやだなぁ~艦長、変な冗談はやめてくださいよぉ~」

 

幸子はぎこちない笑みを浮かべながら、やや震える声で言う。

 

「本当なの‥‥お姉ちゃんは武蔵との戦いで、艦橋の被弾時に私を庇って‥‥」

 

「‥‥」

 

「私が今日、あんなに取り乱したのはお母さんやお姉ちゃんの時の様な経験を‥‥私のせいで目の前で大事な人が傷ついたり、死んじゃったりするのを見たくないからの‥‥あの男が拳銃を突きつけた時も私が殺されることよりも納沙さん達が殺される方が怖かった‥‥」

 

「か、艦長‥先任が亡くなったって本当なんですか?」

 

「‥‥」

 

もえかは頷いた後、マグカップをテーブルに置いて、デスクの引き出しから一通の古びた封筒を取り出し幸子に差し出す。

それは葉月が残した遺書だった。

もえかは葉月の遺書を形見として受け取っていた。

震える手で葉月の遺書を受け取り、中身を読む幸子。

 

「‥‥」

 

手紙の内容を読んでいる幸子の手が心なしか震えている。

 

「納沙さんがブルーマーメイドになってからお姉ちゃんと出会っていない理由はそう言う事なの‥‥」

 

「先任‥‥」

 

葉月の遺書を読み、目にジワッと涙を浮かべる幸子。

 

「これまで、お姉ちゃんの死を納沙さん達に隠していた事については本当に悪いとおもっているけど、私はお姉ちゃんの最後のお願いを守りたかった‥それに高校生だったあの時、お姉ちゃんの死を知ったら、皆がきっと心に深い傷を負ったと思うの‥‥それはきっとお姉ちゃんは望んでいない筈だった‥だから、お姉ちゃんは自分の死を隠せるだけ隠してほしいって遺書に書いたんだと思う」

 

「‥‥」

 

「でも、私達はもう、学生じゃない‥‥社会人として、ブルーマーメイドとして働いている‥皆、あの頃と比べて強くなった‥今日、あんなことがあったから、納沙さんに知ってもらいたかったの‥‥」

 

「艦長‥‥」

 

「お姉ちゃんの死を黙っていたことがどうしても許せないって言うなら、納沙さんが満足いくまで私を殴ってもいい‥罵倒してもいい‥‥私は何年も納沙さん達を裏切ってきたんだから‥‥」

 

「いえ‥いえ、艦長は先任との約束を守っただけに過ぎません‥‥艦長は何も悪くはありません」

 

幸子はもえかをギュッと抱きしめる。

 

「納沙さん‥‥」

 

「艦長‥辛かったですよね?目の前で先任が亡くなって‥‥先任との約束を守って、これまでずっと黙って来たんですから‥でも、艦長の仰る通り、私達はもう学生ではありませんし、あのころと比べて強くなりましたから大丈夫です」

 

「納沙さん‥‥ありがとう‥‥」

 

もえかも幸子をギュッと抱きしめ返した。

 

「納沙さん‥‥」

 

「はい?」

 

「納沙さんにお姉ちゃんの死を教えたように櫛名田に居る元天照のクラスの皆にもお姉ちゃんの死を教えようと思う‥‥」

 

「そう‥ですか‥‥そうですね‥私の様に先任の事を気にしていた方もいましたから‥‥」

 

「納沙さん‥‥」

 

「はい?」

 

「ありがとう‥納沙さんのおかげで少し元気になれたよ」

 

「‥艦長の補佐をするのが副長としての役目ですから」

 

 

その後、もえか櫛名田にある会議室にて、元天照のクラスメイトだった乗員を集め、葉月の死を皆に教えた。

幸子同様、葉月の死を最初に知った元クラスメイト達は信じられなかったり、動揺する者が居た。

しかし、どんなに否定しようが、葉月が死んだ事には変わりないし、葉月は生き返らない。

やがて暫しの時間が経ち、皆は落ち着きを取り戻した。

もえかと幸子の言う通り、皆はもう高校生ではなく、社会人‥ブルーマーメイドなのだ。

広瀬葉月と言う人物が確かにあの実習の時に居て、自分達に様々な経験をさせてくれた。

皆が忘れない限り、葉月は皆の心に生き続けている。

皆は葉月の死を受け入れた。

 

 

後日、海上安全整備局から通達があり、改めて今回の事件の事情聴取を執り行う旨の通達が届いた。

会場は場所を変えてブルーマーメイド本部のビルとなり、先日起こったテロ事件により警備も厳重となっていた。

そして、今回の事件の事前報告と現時点で判明している所までの報告がなされた。

 

「調査は依然継続中でありますが、今後の調査委員会の対応を決定するためにも現時点における事故の詳細の纏めは急務となっております」

 

(事故!?)

 

もえかは報告を行っている海上安全整備局の幕僚の報告の中にあった『事故』と言う単語に引っかかるものを感じた。

 

「本日は参考人として事故当時、近海におりました。ブルーマーメイド所属、巡洋艦 櫛名田の知名もえか艦長に出頭を願いました」

 

もえかは呼ばれて傍聴席から証人席へと移動する。

 

「さて、知名艦長。事故の経緯から‥‥」

 

「その前に一つ質問をよろしいですか?」

 

「ん?なんだね?」

 

「私が召喚されたのは、軍所属艦への攻撃と言う敵対行為とも捉えかねない行動に関する処罰‥と言う事で間違いないのでしょうか?」

 

「知名艦長、参考人は勝手なはつげんを‥‥」

 

進行役の幕僚が注意しようとしたら、

 

「敵対行為?それはどういう事かな?」

 

「参考人の発言の意味が不明なのだが?」

 

「今回わざわざ知名艦長に出頭を願ったのは、事故により航行不能となったアメリカ海軍の第一発見者としての意見を述べてもらいたいと言う事だ」

 

(バカなっ!?あの戦闘が無かったとでもいうの!?)

 

「お言葉ですが、先日、アメリカ海軍の最新鋭艦がテロリストによって強奪されたと言う報告を受けたばかりなのですが?今回、私が艦長を務める櫛名田が攻撃したのはその最新鋭艦だったと記憶しているのですが?」

 

「最新鋭艦がテロリストに強奪?何を言っているのかね?そんな事実はない」

 

「そんな筈は‥‥」

 

「アメリカ海軍からの通達と何か別の情報が混同してその様な報告になったのではないかね?」

 

(何年経ってもこの組織はやはり変わらないわね)

 

傍聴席に海上安全整備局の幕僚達の言葉を聞いていた真霜は葉月が‥天照がこの世界に転移してきた時からの隠蔽体質が変わっていない事に呆れた。

 

「君の言う、軍所属艦に対する攻撃‥及び対艦噴進弾への使用に関する報告を我々は受けてはいない」

 

海上安全整備局の幕僚らはアメリカ海軍と取引でもしたのか、あの最新鋭艦の強奪自体無かったと言い、あの艦は低気圧の中を航行中にエンジントラブルを起こしたことになっていた。

 

「待ってください!!」

 

「ん?どうしました?参考人」

 

「私は納得できません」

 

「はぁ?」

 

「私は今回の事件の全てを証言する為に今、この場に立って居ます。ですが、これまでの説明では、証言どころか‥‥」

 

「知名艦長には、あくまで参考人として立ち会ってもらっている。発言は求められた時だけにしてもらいたい」

 

「その通り、君が納得する必要などないのだよ」

 

「あまりキャンキャン吠えるとまるでヒステリーを起こしているようにも見えるぞ」

 

「くっ‥‥」

 

海上安全整備局の男性幕僚らの言葉にもえかは思わず下唇を噛む。

 

「大体、先日における櫛名田乗員らの整備局敷地内への不法侵入‥あれこそかなりの問題行動だと思うのだが?」

 

「それに葉山法務官への暴行及び監禁問題もあるのだが?どうなのかね?」

 

「法務部では、櫛名田乗員全員の配置転換、引いては海上警備資格の剝奪も検討されていると聞くぞ」

 

「もし、そうなればもう二度と艦には乗れなくなると言う事だ」

 

「まぁ、ブルーマーメイドとは言え、役職は様々だ。陸上勤務もすぐに慣れるさ」

 

「それが組織内での規律と言うモノだ」

 

「我々が行っている事は遊びではない。一つ対応を間違えれば国際上重大な問題に発展しかねないと言う事を君程の秀才ならば理解できると思うが?」

 

口元を僅かに上げ、ニヤついた笑みを浮かべながら言い放つ男性幕僚達。

更に、そこへ援護射撃をするかのように、

 

「恐れながら、その件についてこの私、ブルーマーメイド法務部所属、葉山隼人が補足させていただきます」

 

葉山が手を上げ、傍聴席から意見を述べる。

 

「彼女らに対するこれまでの規定違反について、我々ブルーマーメイドも重く受け止めておりまして、この私の判断と指示で櫛名田全員の懲戒免職処分が決定されつつあります。これは私が今回のテロ事件に対する実直な対応と組織の規律を守る為の‥‥」

 

葉山が海上安全整備局の幕僚らに媚を売っていると、もえかは葉山の発言の中に突破口を見つけた。

 

「そう、テロ‥‥」

 

「ん?」

 

「先程、葉山法務官が仰ったようにそのテロの実行犯は何故海上安全整備局本部ビルでのテロ活動が可能だったのですか?」

 

「なんだと!?」

 

「あのテロの実行犯は最新鋭艦の事故の際、私達の協力の下、救助された乗員だった筈です。アメリカ海軍の最新鋭艦が事故で航行不能となったのであれば、当然乗組員はアメリカ海軍の軍人‥ならば、何故、アメリカ海軍の軍人が海上安全整備局の本部ビルを爆破する必要があるのです?」

 

「‥‥」

 

もえかの問いに答えられる者はおらず、もえかは発言を続ける。

 

「あの艦の乗員は救助後、海上安全整備局本部の留置場へと留置された筈‥だからこそ、本部でのテロ行為が可能だった筈‥‥ここで問題なのは彼らが乗っていたのがアメリカ海軍の最新鋭艦だったと言う事‥‥まさか、アメリカ海軍が正規の軍人ではなく、テロリストを代わりに乗せて試験航海をしていた‥‥そんな筈がありませんよね?」

 

「だ、黙り給え!!」

 

「君の発言を許可した覚えはないぞ!!」

 

「そもそもそんな記録は存在しない!!」

 

「そちら(海上安全整備局)の記録には残っていないのでしょう。ですが、私達は救助した後、その乗組員を取り調べ、詳細を入国管理局へ報告しております」

 

「つまり、入国管理局にはアメリカ海軍の最新鋭艦に乗っていたのは国籍不明のテロリストであるという記録が残っていると言う訳だな?」

 

「はい。勿論、報告をする際、報告書を作成した櫛名田のコンピューターにもその記録と履歴が残っています。そして、葉山法務官への暴行、監禁についても艦橋内に設置されているブラックボックスにあるボイスレコーダーがその経緯を記録してあります」

 

「なるほど、君達の規定違反を処分するためにはテロの詳細を明らかにしなければならず、それは単なる事故である筈の最新鋭艦の事例に致命的な疑問点を生み出す‥‥そう言う事だな?」

 

「それに葉山法務官への暴行及び監禁については音声記録があり、何故そうなったのかの経緯が判明する‥と‥‥」

 

「その通りです」

 

「我々やアメリカ海軍と取引でもするつもりか?」

 

「‥‥」

 

もえかとしては自分一人の処分は覚悟していた。

しかし、櫛名田全員の処分を免れる為には彼らが行おうとしていた今回の事件の隠蔽‥それを黙って受け入れるしかなかった。

 

「‥‥櫛名田乗員の施設内への侵入に関しては、何ら確証はなく、アメリカ海軍への最新鋭艦事故への質疑もこれ以上は不要とする。本日の聴取はこれまでとする。参考人の協力に感謝する‥‥以上」

 

海上安全整備局の幕僚はもえかと視線を交わし、もえか達櫛名田乗員の処分を見送る見返りとして今回の事件を単なる事故として処理し、葉山に対する暴行及び監禁についても無かった事になった。

 

「そ、そんな~私の立場は‥‥?」

 

葉山をオロオロしながら呟いた。

 

会場を後にしたもえかは真霜の運転する車に乗り、車窓から外の景色を見ていた。

 

「どうしたの?処分が免れたのに不服そうな顔ね」

 

車窓を見ていたもえかは明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

 

「‥‥私は皆を守るためとは言え、あの人達に加担した‥‥今回の事件を単なる事故として処理する事に目をつむってしまいました。これではあの時、必死で戦った皆になんか申し訳なくて‥‥」

 

皆の頑張りを無碍にする様な今回の行為に対してもえかは自己嫌悪さえ覚えていた。

 

「でも、結果的に貴女は櫛名田の皆を守る事が出来た。それにあの男にも墓穴を掘らせることが出来た‥‥隠蔽体質っていうのは見ていてムカつくけど、時にはほんの少しだけ役立つ時もあるのよ」

 

「えっ?」

 

「公然と墓穴を掘ったあの男を、海上安全整備局のお偉いさん達が黙って見ていると思う?」

 

「?」

 

真霜の言葉に首を傾げるもえかだった。

それからすぐに櫛名田の謹慎命令は解除された。

そして法務官の葉山であるが、彼は突如異動を命じられた。

しかも場所は、出世コースから大きく外れた離れ小島の小さな港町‥‥

詳しい理由は話されなかったが、事実上の左遷と事で当然、真白との婚約も解消された。



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8話 要人警護

まず最初に、俺ガイルの登場キャラ相模南ファンの方、すみません。
今回の話には相模アンチな部分が含まれます。
相模に対するアンチが許せないと言う方はブラウザバックをお願いします。
また、今回ゲスト出演した天童菊之丞と天童和光は原作であるブラックブレットでは祖父、孫と言う関係でしたが、この世界では親子関係と言う設定です。


 

アメリカ海軍最新鋭艦の強奪事件、真白と葉山との婚約騒動が終結してから少しして、もえかはブルーマーメイド本部から招集を受け、出頭時間の15分前に出頭した。

 

「知名もえか、招集に応じ、出頭しました」

 

「待っていたわ、知名艦長」

 

出頭した先の執務室には平賀が待っていた。

もえかが高校時代まで、この部屋の主は真霜であったが、彼女はあの横須賀女子の海洋実習の後、葉月から天照を託された後、調査室室長の役職から天照の艦長職へと異動し、室長の地位を平賀に譲ったのだった。

 

「あの‥‥今日はどのような件で‥‥?」

 

もえかは平賀に今日自分を呼び出した要件を訊ねる。

 

「あっ、ちょっとまって、もう一人来る事になっているの‥‥」

 

今日、この日呼ばれたのは自分だけでなく、もう一人誰かが呼ばれたみたいだった。

そして、出頭時間となるが、もう一人の人物は一向に現れる気配がない。

 

「うーん‥ちょっと遅いわね」

 

平賀が腕時計をチラッと見てもう一人この執務室に来る予定の人物が遅刻している事をボソッと呟く。

 

「すみません、ちょっと道が混んでいてちょっと遅くなってしまいました~」

 

執務室にショートカットで紫がかった茶髪のブルーマーメイド隊員が入って来た。

一応平賀に遅れた理由を話したが、その様子から罪悪感など一切感じていないような様子にも見える。

 

「遅いわよ、相模艦長」

 

平賀もその様子を感じたのか、注意する。

 

「ですから、艦から此処まで来る途中の道が混んでいたんですよぉ~」

 

「知名艦長は出頭時間の15分前には来ていましたよ。貴女もブルーマーメイド隊員ならば、時間前行動の精神を新人研修でやったと思うけど?」

 

平賀は少しムッとした顔で相模と呼ばれたブルーマーメイド隊員に言い聞かせる。

 

「それはすみませんでした~それで、うちは今日は何の用で呼び出されたんですか?」

 

「‥‥今日、二人を呼んだのは貴女達にある任務を行ってもらうからです」

 

相模の態度に相変わらずムッとしながらも平賀は二人を呼び出した要件を話す。

もえかも相模の態度には好感を得られるはずもなく、やや嫌悪感を覚える。

 

「「ある任務?」」

 

「今度、小橋総理のお嬢さん、小橋若葉さんが公務の為、海外へ渡航します。その護衛を貴女達にしてもらいます」

 

平賀は今回首相官邸とブルーマーメイド本部にて作成した総理大臣の娘の当日の行動と護衛計画の資料を相模ともえかに手渡す。

 

「当日、若葉さんは相模の艦、夷隅(いすみ)に乗艦してもらい、知名艦長の櫛名田は夷隅の随行護衛をしてもらいます」

 

手渡された資料を相模ともえかは見ながら、自分達の予定を確認する。

 

「では、小橋若葉さんの護衛、しっかりと頼みましたよ。いいですか?くれぐれも粗相のないように‥ああ、それから知名艦長はもう一つ、別件があるから残ってくれる?」

 

「は、はい」

 

要件を伝え終わり、相模は平賀の執務室から出ていく。

 

「‥‥平賀さん、何なんですか?あの人?」

 

もえかは相模の態度を見て相模の態度は問題があるのではないかと平賀に問う。

 

「相模南‥私と同期入隊の隊員で、夷隅の艦長よ」

 

平賀は相模の人となりをもえかに伝える。

出身校は異なるが、平賀と相模はブルーマーメイドの同期入隊で、新人の頃は同じ隊に居た事があった。

平賀が見た彼女の人となりは、自身の信念や正義というものは基本持ち合わせておらず、人よりも秀でた能力も無く、人より秀でた行動もできない。

ブルーマーメイドになったのもブルーマーメイドが女子の花形職業だったから‥しかも彼女は集団内におけるカーストのトップに君臨すること」のみに自身の存在意義を見出しているため、集団内において常に主導権を握らないと気が済まない性格で集団内における自身の地位とイメージに異常に執着し、自身のイメージを美化するためなら、偽善的なパフォーマンスも平気でやってのけるほど。そのためなら、手段も選ばないこともある。

しかも、これらのことを楽して行うとするから余計にタチが悪い。

平賀の他の同期の隊員には相模を毛嫌いする者が当然居た。

当然相模本人はその事をちゃんと理解しており、自身の気に入らない人物・事象は徹底的に見下す傾向があり、それは今でも変わらないと言う。

現に彼女が艦長を務める艦でも新人が異動願を出してくるケースが度々ある。

それは先程の平賀と相模のやりとりを見れば一目瞭然だった。

もえかとしてはそんな人物がよく艦の長になれたのか不思議でたまらない。

 

「今回の総理大臣の御令嬢の護衛も、正直に言って彼女の艦には任せたくなかったんだけど、シフトの都合上、どうしても彼女と貴女の艦しか出来なかったの」

 

「はぁ‥‥」

 

「貴女の艦だけで担当しようかと思ったんだけど、官邸側から『一隻で大丈夫なのか?』って言われてブルーマーメイド側としては『絶対』とは言い切れなかったの‥‥最近、政府の方でも色々スキャンダルが報道されているでしょう?」

 

「ああ、確か国交省副大臣の海上都市建設の談合‥ですね?」

 

「ええ、総理としては自分の内閣内のこの問題を徹底的に追及していく構えだけど、政治家って言うのは色々と裏の顔があったりするから、総理、総理夫人も我が子の事を結構気にしているみたいなの」

 

「それなら、御令嬢の公務を中止にしては‥‥?」

 

「そうしたいのもやまやまなんだけど、この公務は談合騒動の発覚の前から決まっていた事で、今更キャンセルをして国の恥を諸外国に晒したくないって政府の意向というか、プライドもあってね‥‥」

 

「それはまた面倒な‥‥」

 

「まぁ、流石に彼女も現職総理の御令嬢を無碍に扱うって事は無いと思うけど‥‥」

 

平賀としてはやはり、総理大臣の娘が関係する案件と言う事で不安が拭えなかった。

もえかが平賀の執務室を出てブルーマーメイド本部の通路を歩いていると、

 

「ねぇ」

 

もえかは背後から声をかけられ、振り向くと其処にはさっきまで平賀の執務室に自分と一緒に居た相模が居た。

 

「あっ、たしか‥相模‥さん?」

 

「ええ」

 

相模は目を細める。

その目つきはあきらかにもえかを見下しているかのような目付きだった。

そして口元を緩め、もえかを小馬鹿にしたような笑みを浮かべて近づいてくる。

大方、自分が年上な事と今回の護衛任務で、その護衛対象である総理大臣の娘が自分の艦に乗艦する事から今回の任務の主役は自分であり、もえかはあくまでもお飾り脇役だと思っているのだろう。

 

「今度の任務、私の艦に総理大臣の娘さんが乗るみたいだから、貴女には随行護衛を完璧にこなしてもらうわよ」

 

「はぁ‥‥」

 

「まぁ、いくらなんでも航行中に海賊やテロリストが襲って来る訳無いと思うけど、万が一、襲ってきてうち等の艦にかすり傷一つでも追う事が有れば、それは随行護衛を全うできなかった貴女の責任だからぁ~その点は忘れないでよねぇ~」

 

「‥‥」

 

相模の言葉から万が一、今回の護衛任務中に海賊やテロリストの襲撃があり、夷隅が被弾したりしたらその責任は全てもえかが取れと言う。

襲撃が無いに越した事が無いが、物事に絶対など存在しない。

 

「それじゃあ当日の護衛お願いねぇ~せいぜい頑張って私の艦を守ってよねぇ~」

 

相模はヒラヒラと手を振りながらその場を去って行った。

 

「‥‥」

 

もえかは先程の平賀同様ムッとした表情で相模の後姿を見ていた。

 

 

櫛名田に戻ったもえかは早速、今回の護衛任務の件を乗員に説明した。

ただし、相模が言った万が一、海賊やテロリストの襲撃があり、総理大臣の娘の乗艦している夷隅が一発でも被弾する様な事があれば、その責任はもえかにある事を黙っていた。

相模の言う通り絶対に海賊やテロリストの襲撃があるとは言い切れないし、変な事を言って乗員の士気を低下させたり、不安にさせたくは無かったからだ。

 

もえかと相模が総理大臣の娘の護衛が決まった日、某所にある廃ドックでは、そこが廃ドックにもかかわらず、ドックには水が満たされ一隻の大型貨物船が係留されていた。

そして、その貨物船を整備する大勢の整備士たちの姿もあった。

そんな廃ドックの事務所にはサングラスに黒服を着た男と青い髪にメイド服を着た少女が居た。

 

「まぁ、個人的な意見では、政治家の汚職は後を絶たず、見ていて胸糞が悪くなる部分もあるが此方としても小間使いの身でね‥‥そう言う意味では君達、テロリストと言う生き物が時々羨ましく見える事があるよ」

 

 

黒服の男は今回何故この様な事になったのか先日の出来事を思いかえす。

男が自分の飼い主である天童菊之丞から呼び出しを受けたのは彼の息子にして国土交通省副大臣のポストについている天童和光が海上都市建設の談合疑惑をマスコミに叩かれ、本来彼を庇うべき総理大臣が談合の詳細を明らかにすると国会で明言したその日だった。

天童菊之丞‥‥東京帝国大学を主席入学、主席卒業をした後、財務省官僚を経験し、政財界に深いパイプを築き上げ、退官した後、金融、不動産を始めとする様々な企業を起業し成功した人物で日本は勿論、世界的に有名な人物であった。

ただしそれはあくまでも表向きであり、裏では決して表沙汰にできない行為や法に引っかかるかなりあくどい事をして今の地位と財産を築き上げていた。

そんな彼の息子が父親と同じく法に引っかかる行為をしたのだが、父親と違い詰めが甘かったのか、彼の汚職が世間にバレてしまった。

これが菊之丞の子飼いの部下ならば彼は簡単に切り捨てる所だが、今回不正をしたのが自分の息子と言う事で菊之丞は彼を擁護することにしたのだが、親子である為表立って彼を擁護することが出来ない。

そこで彼は息子の上司にも当たる現職の総理大臣に彼の擁護を頼んだが、総理大臣はそれを拒んだ。

勿論、菊之丞もバカではなく、息子が談合に関わっていた事を隠し、適当に国交省の官僚に責任をなすりつけてうやむやに終わらせようとしたのだが、総理は菊之丞からの脅しに対しても「脅迫には屈しない」とあくまでも彼からの頼みを断った。

 

「あの堅物め、政には金がつきものだと言うのにそれを全くわかっとらん。ああいう堅物は一度痛い目に遭わねば政治を理解しないとみえる‥‥そう言えば、今度奴の娘が公務の為、海外へ行く予定があったな?」

 

「ええ」

 

「‥‥海には危険がつきものだ‥‥命を落とす事だってあるかもしれんな‥‥そうだろう?」

 

「‥‥」

 

(獅子身中の虫とはまさに貴方の様な人間ですね)

 

菊之丞は遠回しにテロリストか海賊を雇い、襲撃しろと言ってきたのだった。

飼い主から頼まれた彼は世界的に有名なテロリスト、双角鬼と呼ばれる双子の姉妹のテロリストと接触し、いい値を払って今回、総理大臣の娘が公務で海外へ遠征する際襲撃し、総理大臣の娘を亡き者にしてくれと依頼したのだった。

総理本人ではなく、彼の娘を狙ったのは天童菊之丞に逆らえばどうなるか、それを総理に知らしめるために敢えて彼の娘を狙ったのだ。

彼の娘を殺した後、自分の頼みを無視した報いと今後、自分に逆らえない様にする為の見せしめでもあったのだ。

使えている身としては否定も文句も言えないが、男は内心、この親子が日本をダメにするのではないかと心の中で思った。

 

 

「そうですか‥‥だから、何十億もする船をポンと簡単にくれる訳ですか?」

 

青髪のメイド少女こと、レムは黒服の男の言葉に対して興味ないですと言った感じで返答する。

 

「理由はそれだけではない。『双角鬼(そうかくき)』と呼ばれる君達、姉妹の腕を信じてこその先行投資だ」

 

「ビジネスにはあまり興味はありません。私達は依頼された事を行い、それなりの報酬をもらう‥‥それだけです」

 

(先行投資‥‥つまりは今後も私達に依頼をすると言う事‥‥?私達は暗殺者じゃなくてテロリストなのに‥‥それとも秘密を知ったから私達を子飼いにでもする気でしょうか?もし、そうだとすれば、私達は貴方達のような下衆如きが飼いならす鬼でないと証明するまでですけどね)

 

レムは無表情のまま、黒服の男をジッと見る。

 

「いい答えだ。流石は一流のテロリストだ」

 

「でも、いいのですか?国際的な指名手配犯に依頼なんかして‥‥そう言うスキャンダルは貴方の飼い主的にも不味いんじゃないんですか?ただでさえ、貴方の飼い主の息子がスキャンダルのネタにされているのに」

 

「バレないさ‥‥うまくやっているし、こういう裏の案件を積み重ねてあの方は今の地位に居るのだからな」

 

「私達がマスコミに売るかもしれませんよ。お小遣い稼ぎの為に」

 

「それはない。双角鬼は義に厚いと聞いている。だからこそ、今回の依頼を君達に任せた」

 

「義‥ですか‥‥?それは随分と時代錯誤な事を言いますね。フリーのテロリストが信じるのは、クライアントとのお金で繋がる刹那的な関係と切っても切れない肉親との関係だけですよ」

 

レムはそう言ってドックで整備士たちに対して毒を吐いている姉のラムの姿をチラッと見ていた。

 

 

政財界の影の黒幕とも言える人物の野望が絡む中、やがて要人護衛の日となり、相模の夷隅ともえかの櫛名田の二隻は東京湾晴海埠頭に停泊していた。

見送りには今回の護衛対象の父親でもあり現政府の内閣総理大臣である小橋総理大臣も来ており、晴海埠頭は物々しい警戒態勢がとられていた。

 

「初めまして、小橋若葉です。今回は私の海外公務の為、お世話になります」

 

もえか達の前に現れ挨拶をしたのは、黒髪にサイドアップテールをした一見女子高生と見間違えるぐらいのあどけなさをもった女物のビジネススーツを着た女性だった。

この女性こそ、現職総理大臣の娘であり、今回の護衛対象である小橋若葉だった。

彼女の前には夷隅の艦長である相模と副長らしき明るい茶髪でお団子の髪型をした女性、そして櫛名田の艦長であるもえかと副長の幸子が立っていた。

最も相模はもえかに責任を押し付けたが、今回の護衛対象や現職総理の前で、あくまでも今回の任務では一番偉いのは私ですと言わんばかりにもえかや幸子らより一歩前に若葉の近くに立って居る。

 

(ふん、いかにも世間の辛さを知らない箱入り娘って感じね)

 

相模は若葉を一目見て心の中で毒づいた。

父親が政治家、しかも現職の総理大臣と言う事で生活に関しては大した苦労もなく、実家も金持ちなのだろう。

勿論、社会的地位もブルーマーメイドである自分よりも高い。

 

「はじめまして、若葉さん。私は今回、貴女の護衛を務めます、ブルーマーメイド所属、夷隅艦長の相模南です」

 

相模は当然心の中で思った嫉妬心を表に出す事無く、営業スマイルを浮かべて若葉に挨拶をする。

 

「同じく、夷隅副長の由比ヶ浜結衣です」

 

「よろしく、相模艦長、由比ヶ浜副長」

 

夷隅側の乗員の挨拶が終わり、続いてもえか達櫛名田側の挨拶となる。

 

「はじめまして。ブルーマーメイド所属、櫛名田艦長の知名もえかです」

 

「同じく櫛名田副長の納沙幸子です」

 

もえかと幸子が若葉に自己紹介をしたら、若葉のテンションがいきなり高くなり、

 

「まぁまぁまぁ、貴女があの天照の艦長、知名もえかさんですね!?」

 

もえかにズイッと近づく。

彼女の父親である小橋総理は娘のそんな様子が初々しいのか思わず苦笑している。

 

「えっ?ええ‥ですが、私が天照の艦長だったのは高校一年生の実習の時だけで‥‥」

 

「存じ上げておりますわ。あのラット騒動の中、勇敢に艦と乗員を指揮し、ウィルス感染した武蔵を止め、日本をラットウィルスからの脅威から救った救世主」

 

「い、いえ、それは私だけの力ではなく、天照の皆の力があってこそです」

 

(それに、一番の功労者は‥‥)

 

若葉はまるで英雄かファンであるアイドルにでもあったかのような口ぶりだったが、もえかとしてはその賛美を浴びるのは自分ではなく、あの実習で命を落としたあの人だと思った。

 

「今回の航海であの救世主である貴女と共にできる事を無情の光栄と思います」

 

「きょ、恐縮です」

 

もえかが一礼すると、若葉はもえかとの距離を更に詰めると、

 

「んっ‥‥」

 

「んっ‥‥」

 

いきなりもえかの唇を自らの唇で塞いだ。

若葉のこの行為に相模も由比ヶ浜も幸子も唖然とし、キスされたもえか本人は完全に思考が停止した。

一方、若葉の父親である小橋総理は娘が同性とは言え、もえかにキスをした事に対して何らリアクションは取らなかった。

 

「素晴らしい航海を期待していますわ。知名艦長」

 

若葉はもえかにキスを終えると、まだ思考が停止しているもえかに輝く様な笑みを浮かべてそう言った。

様々な思惑の中で、前途多難な要人護衛の航海が始まろうとしていた。



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9話 要人警護 パート2

総理大臣の娘である小橋若葉の海外公務の為、その公務地への送迎と護衛をする事になったもえか達、櫛名田。

正確には若葉の乗る艦の随行護衛だ。

もえかと若葉は今回の任務にて初対面であったが、若葉の方はもえかが高校時代に遭遇したラット騒動についてもえか達、天照の活躍を知っていた様子で、あの騒動の立役者であるもえかに出会う事が出来て、若葉は少し興奮している様子で、なんと彼女は出会い頭になんともえかにキスをした。

突然のキスに、キスをされたもえか本人は勿論の事、櫛名田副長の納沙幸子、若葉が乗艦する夷隅艦長の相模南と同艦の副長、由比ヶ浜結衣も唖然としていた。

 

「素晴らしい航海を期待していますわ。知名艦長」

 

唖然としているもえか達を尻目に若葉は笑みを浮かべてそう言った。

 

 

夷隅と櫛名田は浦賀水道を出て列島沿いに外洋を目指す。

そんな中、夷隅の艦橋では、

 

「むぅ~」

 

夷隅副長の由比ヶ浜結衣が不満そうな顔をしていた。

 

「結衣、どうしたの?そんなふくれっ面して」

 

そんな由比ヶ浜に対して、相模が何故不機嫌そうなのかを訊ねる。

 

「だって、今回の任務は私達が総理大臣の娘さんのわかっちを乗せる筈だったのに、なんであっちの艦に乗る訳!?マジっ、意味わかんない!!」

 

(わかっち‥って、相変わらず結衣の仇名のセンスは壊滅的に悪いわね)

 

総理大臣の娘に『わかっち』といきなり仇名呼びをする由比ヶ浜。

彼女は仇名をつける癖があるのだが、その仇名をつけるのは自分に親しくなれそうな者につけるのだが、その仇名のセンスは壊滅的に悪い。

相模はそんな由比ヶ浜のセンスにちょっと引いた。

そして、由比ヶ浜の言う通り、本来の予定では総理大臣の娘である、小橋若葉は相模と由比ヶ浜の艦、夷隅に乗艦する予定だったのだが、乗艦直前で、若葉本人が自分の乗る艦に変更をかけたのだ。

そして現在、若葉はもえかの艦である櫛名田の方に乗っている。

 

「まぁ、いいじゃん。面倒な要人の世話をする手間が省けるし、総理大臣本人が乗って居る訳じゃないんだから、海賊やテロリストの襲撃なんてどうせ無いわよ」

 

と、相模は要人の世話をする手間もなければ、要人のレベルとしては低いことから海賊やテロリストの襲撃は無いと言い切る。

それに今回の任務が成功したら、要人護衛を成功させたと言う評価を受け、自分の株があがると思っていた。

要人の世話をする必要もなく、航海中に海賊やテロリストの襲撃がなければ、まさに楽をして自らの株を上げる事が出来るので、相模は若葉がもえかの艦に乗艦した事について、由比ヶ浜の様に不機嫌になることもなく、むしろ感謝していた。

しかし、相模はすっかり忘れていた。

夷隅に予定通り若葉が乗れば、万が一海賊やテロリストの襲撃があった場合、責任回避を出来る要素があったのだが、その要素である若葉は今、もえかの艦である櫛名田に乗っている。

つまり、万が一海賊やテロリストの襲撃があり、櫛名田が被弾し、若葉が死傷でもすれば、それは櫛名田を守り切れなかった相模にも責任が及ぶと言う事である。

もえかに責任を全て押し付けたつもりが、知らず知らずのうちに自分にも責任が及ぶ事態になっていることを相模はすっかり忘れていた。

そんな責任問題を忘れ、相模は思い出したかのように由比ヶ浜に話題を振る。

 

「それにさ、見た?さっきのアレ」

 

「えっ?ああ、もっちーとその‥キスをしたアレね」

 

由比ヶ浜は若葉の他に今回の任務で初めて出会ったもえかに対しても『もっちー』という仇名をつけていた。

しかし、こちらは親しくなれそうな者ではなく、自分よりも年下にもかかわらず、艦長職についているもえかに対する嫉妬と自分の方が年上であり、ブルーマーメイドの経験が自分の方が上だと言う見下した部分があった。

 

「そう、ソレ、ほんと信じられないよね。女同士でさぁ」

 

埠頭での事を思い出したのか、相模は女子高生がファミレスなどで、学校の教師や気に入らない同級生の陰口を言うノリと笑みを浮かべながら小馬鹿にしたように言う。

艦橋にいた相模の取り巻きの乗員も相模と同じようにニヤニヤしている。

 

「う、うん‥確かに‥‥あれは見ていて『ないわぁ~』って思ったけど‥‥」

 

「でしょう?あの人がウチらの艦に乗っていたら、ウチらもキスされていたかもしれないんだよ。そういう意味ではウチらは助かった訳じゃん」

 

「そ、そうだね」

 

確かに相模の言う通り、若葉が自分達の艦に乗っていれば、もえか同様、若葉にキスをされたかもしれない。

そう思うと彼女が櫛名田に乗っている方が自分の貞操が守られた事になる。

しかし、相模も由比ヶ浜も知らなかった。

若葉は相模も由比ヶ浜も眼中になかった事を‥‥

眼中にない人物とのキスなんて元々望まない事を‥‥

 

 

一方、櫛名田の艦橋では今回の任務の主役である小橋若葉と付き人であろうメイド服を着た女性が居た。

もえかにとってメイドは最近になって巻き込まれたテロリストが着ていた衣装なだけにあまりいい思い出がない衣装だ。

 

「この度の要請に応じていただき、まことにありがとうございます」

 

「‥‥」

 

もえかとしては若葉と面と向かっていると先程、埠頭であったことを思い出してしまう。

 

「ん?どうかしましたか?知名艦長」

 

「えっ?あっ、いえ‥‥なんでもありません」

 

「そうですか‥‥でも今回、あの騒動解決の立役者である知名艦長と出会えたことに震えるような感動を覚えております。ましてや、知名艦長の指揮する艦に乗せていただけるとはまさに僥倖ですわ」

 

「し、しかし、若葉さんには本来、相模艦長の夷隅に乗艦する予定だったのでは‥‥?」

 

「ええ、本来ならばそうでした。でも‥‥あちらの艦は‥‥」

 

「夷隅は?」

 

「美しくなくて‥‥」

 

「えっ?」

 

「例えば、あの足場が沢山取り付けられたマスト、まるで細かい意匠が施された祭壇の様です。ステルスだとか言ってドンドン無機質になって行く艦船デザインの中で愚直なまでの武骨さと作業効率を優先させたあのデザインが残っていること自体が驚きです。そういう美意識があちらの艦にはまるっきり欠如しています」

 

若葉は艦橋脇のウィングに出て櫛名田の後部マストをうっとりとする様な目で見て褒める。

反対にインディペンデンス級沿海域戦闘艦の夷隅には興味なさげな表情で見る。

もし、もえかが須佐之男級の櫛名田ではなく、夷隅と同じインディペンデンス級沿海域戦闘艦に乗っていたら予定通り夷隅に乗っていた可能性もあるが、もえかが艦長をしていると言う事で、やはりもえかの艦に乗っていたかもしれない。

 

「はぁ‥‥」

 

(なんか、若葉さんの声、駿河さんに似ているなぁ‥‥)

 

確かに櫛名田はインディペンデンス級沿海域戦闘艦を主力とするブルーマーメイドと異なり、海洋高校で使用しているような旧海軍型の艦影をしている。

天照、大和級戦艦、そして長門を始めとする40cm砲搭載戦艦はあの実習以降の現在ではブルーマーメイドの艦艇として活躍しているが、巡洋艦級で旧海軍型を模した艦艇は今のところこの櫛名田だけである。

最も形を模しているだけであり、櫛名田は新型の艦艇の部類に入る。

若葉としては天照に乗りたかったかもしれないが、もえかと出会い、そして旧海軍型の艦に乗れた事で満足している様子だ。

なお、若葉の声を改めて聴いたもえかは今、横須賀女子にて教官職についている元クラスメイトの駿河留奈と若葉の声が似ていると思った。

 

「申し訳ございません。お嬢様は重度の艦艇オタクでして‥‥あっ、申し遅れましたが、私、お嬢様の付き人を務めさせていただいております、篠崎咲世子と申します」

 

若葉の付き人のメイド‥篠崎咲世子はペコッともえかにお辞儀をして自己紹介と共に若葉の性格を伝える。

 

「あっ、どうも、艦長の知名もえかです」

 

(艦船オタク‥‥また濃い性格ね。私の周りには変わった人が集まるのかな?)

 

高校時代からもえかの周りには変わった性格の持ち主が集まる。

そして、今回の任務の要人もかなり変わった性格の人物だった。

 

「艦長、まもなく外洋にでるぞな」

 

勝田が海図に書かれた計画航路と現在位置を確認してもえかに報告する。

 

「わかった。勝田さん、予定通り速度を上げるよ」

 

「了解ぞな」

 

勝田がテレグラフを操作し、針を全速前進の位置へと合わせる。

艦橋からの指示は直ちに機関制御室へと伝わる。

 

カン、カン、

 

機関制御室のテレグラフが艦橋から速度のオーダーがきた事を知らせる。

 

「ん?おっし、オーダーだ!!全速前進!!」

 

「全速前進」

 

麻侖が艦橋からの指示を確認し、機関員に指示を出し、黒木が復唱して、返信の為、テレグラフを操作する。

そして、機関員らが機関を操作するとピストンが轟音を奏でその動きを加速させる。

その加速はやがてスクリューシャフトへと伝わり、スクリューは回転数を増していく。

天照と同じクローズド・バウの作りの艦首が波をかき分け海を進んで行く。

勝田の一連の動作を見ても若葉は目を輝かせていた。

艦橋の航海機器も櫛名田はテレグラフの形状、操舵輪の形状は現代の船舶の型よりも古い形をしているので、旧軍の艦船オタクにとってはたまらないのだろう。

最も艦の外見同様、航海計器も形が古い様に見せているだけで、性能に関しては現代の艦船と同じ性能を有している。

自分に操作させてくれとは言わなかったが、今後その可能性もあるのだが、流石にそれだけは出来ない。

その後、若葉は自分が乗る艦の艦内見学を申し出てきたので、もえかは幸子にその役目を頼もうとしたら、

 

「此処はやっぱり、艦内を隅々まで知る艦の長たる艦長の務めではないでしょうか?艦の運航に関しては副長の私が責任をもって行いますので、艦長は若葉さんを案内してあげて下さい」

 

(ココちゃん、逃げたわね!!)

 

幸子自身、埠頭でのもえかと若葉とのやり取りを見ていたので、若葉と行動を共にすれば、自分も若葉の唇の餌食になると思い、案内役をもえかにおしつけた。

若葉自身も自分よりも、もえかに案内してもらいたいだろうし丁度いい。

もえかとしては断りたいけど、ゲストと言う事で無碍には出来ないし、なによりも若葉の機体に満ちた綺麗な目が自然と拒否できない状況を作り出している。

 

「で、では、参りましょうか?若葉さん」

 

「はい」

 

もえかは少しぎこちない表情で若葉を連れて櫛名田の案内をする事になった。

まず最初にもえかが若葉を案内したのは櫛名田の主砲が装備されている艦首、前部甲板。

若葉は櫛名田の主砲、15サンチ成層圏単装高角砲の感触を確かめるかのように頬ずりをしていた。

そして艦首では、

 

「I'm the king of the world!!」

 

若葉は両手を広げて流暢な英語で叫んだ。

 

「先日、拝見した映画を見て、今回の海外公務の際にはぜひこれをやってみたかったんです」

 

「はぁ‥‥」

 

やることがやれて満足そうな若葉。

反対にもえかは、

 

(確か、その台詞の映画って、実際にあった海難事故をテーマにした恋愛映画だったけど、船は大西洋に沈没したから縁起が悪いよね‥‥?)

 

若葉が見た映画は船乗りにとってはあまり縁起のいい内容ではなかった。

 

「あの映画は主人公とヒロインとの身分を越えた恋愛も素敵ですが、船の乗員達の姿も格好よかったです。音楽隊のリーダーの方がバンドのメンバーと別れ、一人賛美歌をバイオリンで弾くと、それを聞いてリーダーの下に戻り、最後まで一緒に演奏した音楽隊のシーンでは私、思わず涙を流してしまいました」

 

「は、ハァ‥‥」

 

確かに若葉の言う通り、あの映画は船乗りにとって決して縁起のいい内容ではなかったが、今日の海運業にとって様々な教訓を与える結果となっていることも確かである。

 

次に案内されたのは櫛名田の心臓部とも言える機関室。

機関室では常に轟々とした機関音が鳴り続けている。

もえかは若葉を機関制御室へと案内する。

 

「あら?艦長、どうかしましたか?」

 

もえかが来た事に最初に気づいたのは黒木だった。

 

「今回の護衛対象の小橋若葉さんを案内していて‥‥」

 

「はぁ~全く、いつから櫛名田は武装艦から客船になったんですか?護衛対象の案内だなんて‥‥ましてやこの機関室は常にピストンや機械が動いていて危ないのに‥‥」

 

黒木は呆れながら言う。

 

「クロちゃん!!」

 

そんな黒木の態度を窘めるかのように

 

「せっかく来てくれたお客さんになって事を言うんでい!!しっかりと持て成すのが人情ってもんだろう!?」

 

麻侖が黒木に注意する。

 

「でも、マロン、此処は上と違って常に状態を維持しておかないといけないのに‥‥」

 

「まぁ、それはわかっている。確かにクロちゃんの言う事もあるが、見るだけならいいだろう?」

 

「‥‥ま、まぁ‥見るだけなら‥‥‥」

 

黒木も見るだけならば‥と、渋々であるが、若葉の機関室での見学を許可した。

若葉が機関室を見学中にもえかは麻侖と今後のスケジュールについて確認を行う。

 

「夕方ごろには難所のカラケチル海峡に到着すると思う」

 

「カラケチルか‥‥交通の難所だな」

 

「うん。航行中は速力も全速から巡航まで落としてその都度、速度調整をするとおもうからよろしくね」

 

「おう、がってんでぃ」

 

若葉の方は黒木に櫛名田の機関について説明を受けていた。

あれだけ皮肉めいたことを言ったにも関われば、若葉は黒木本人に説明を頼んだのだ。

若葉曰く、麻侖も黒木も誇り高きプロフェッショナルだからだと言う。

嘘偽りのない言葉と目に流石の黒木も毒気を抜かれたのか、やれやれと言った感じであったが、ちゃんと若葉の質問には受け答えしていた。

なんだかんだ言っても面倒見のいい黒木であった。

 

粗方艦内を案内した後、最後にもえかは若葉を艦内食堂へと案内する。

 

「此処が、櫛名田の艦内食堂です」

 

「まぁ、食堂の内装には随分と気が使われていますのね」

 

若葉は櫛名田の艦内食堂を見渡しながら言う。

櫛名田は戦闘艦艇であるので、客船とことなり、通路などは破損してもすぐに取り換えられるようにパイプやボルトが剥き出しの武骨な風景となっているが、今回の様に要人警護にてその要人を乗せる事も考慮してこうした食堂の内容にはそれなりに気を使っている。

 

「ご夕食はお部屋よりもこちらの食堂で摂る方がよろしいかと思いまして、その様に手配をしておきました」

 

「まぁ、ありがとうございます。知名艦長」

 

「いえいえ、では、間もなく本艦は狭水道に入りますので、私は艦橋で指揮をしなければなりません。等松さん」

 

「はい」

 

「すみませんが、若葉さんの事を任せても良いかな?」

 

「はい、わかりました」

 

「では、後の事は此方の主計科長の等松さんに聞いてください」

 

「はい、お忙しい中、わざわざありがとうございました。知名艦長」

 

「では、私はこれで」

 

若葉の事を等松に託したもえかは艦橋へと上がる。

 

「達する、本艦はこれより、カラケチル海峡へと入る。総員、狭水道配置部署につけ、繰り返す、本艦はこれより、カラケチル海峡へと入る。総員、狭水道配置部署につけ!」

 

もえかはこの先の狭水道を航行する為、櫛名田を狭水道航行部署につかせる放送を流す。

 

「総員、狭水道航行部署につきました。予定通り、本艦及び夷隅はカラケチル海峡へと入ります」

 

副長の幸子が総員の部署配置が完了した事を報告する。

カラケチル海峡‥マラッカ海峡と同じく海峡の幅が狭いが船舶の往来が激しい渋滞海域‥若葉の海外公務地へ行くにはこの海峡を通らなければならない。

狭水道であるが、船舶の往来が激しい分、管理ネットワークは通常の海域よりも完備されている。

よってこの海域での海賊、テロリストの襲撃はないだろうと判断した海上安全整備局は要人警護にはもってこいの海域だと判断していた。

その為、公務地がこの海峡を通った先の地になっていたのだ。

 

「速度を落とせ、巡航維持」

 

「巡航速度、アイ・サー」

 

勝田がテレグラフの針を全速から巡航へと移す。

 

「相変わらず、此処は船舶の往来が激しいですね」

 

幸子が外を見ながら呟く。

櫛名田の周りには大小さまざまな大きさ、様々な形の貨物船、タンカー、フェリー、自動車運搬船、コンテナ船などの商船が航行していた。

 

「うん、そうだね。だからこそ、衝突事故には十分気をつけないとね」

 

「はい」

 

(何事もなければいいけど‥‥)

 

海上安全整備局はこの海域は船舶の往来が激しいから海賊、テロリストからの襲撃は無いと踏んでいるが、同じ狭水道のマラッカ海峡でも海賊による襲撃例はある。

だからこそ、このカラケチル海峡だけが海賊、テロリストの襲撃は絶対にないとは言い切れない。

他船との衝突以外にこの狭い水道だからこそ、海賊、テロリストの襲撃に注意しなければならなかった。

カラケチル海峡を航行する中、もえかは言い知れぬ不安を感じていた。

 

櫛名田、夷隅がカラケチル海峡に入った頃、反対側の海峡口では、一隻の大型コンテナ船が海峡に入って来た。

そのコンテナ船のブリッジでは、

 

「奴等、カラケチル海峡に入ってきましたよ、姉様」

 

「そうね、レム。まさか本当にセオリー通りの航路を通るなんて、連中も随分と間抜けね」

 

あの双子のテロリスト、双角鬼と呼ばれたラムとレムの姿があった。

もえかの不安はこのあと的中する事になった。



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10話 要人警護 パート3

※今回の話では『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』の登場キャラである相模南と由比ヶ浜結衣に対してアンチが含まれます。

両キャラのファンの方、アンチは無理と言う方はブラウザバックを‥‥

アンチOKと言う方はこのままどうぞ進んでください。


総理大臣の娘である小橋若葉の海外公務の為、公務地への送迎と護衛をする事になったもえか達、櫛名田と相模が艦長を務める夷隅は狭水道であるカラケチル海峡へと入った。

マラッカ海峡と同じく狭水道ながらも船舶の往来が多い海上交通の難所‥‥

ただし、そう言った難所であるからこそ、管理ネットワークが行き届いている為、海賊・テロリストの襲撃はないと海上安全整備局はそう予想して此処を通る様に航海計画を立てた。

しかし、まだ公務地へ着いたわけでは無く、櫛名田も夷隅もまだ海の上‥‥

中国の古典、「戦国策」に「百里をいく者は九十を半ばとす」という言葉があるように例え船舶の往来が激しく、管理ネットワークがきちんと整備されている海峡だからといって油断はできない。

海賊・テロリストの襲撃は無くとも、他船との衝突には勿論気を付けなければならない。

既に日は落ち、辺りは夜の闇に包まれている。

その為、レーダーと目視による監視は十分にしなければならない。

櫛名田が厳戒態勢でカラケチル海峡を進んでいる中、櫛名田とは反対の方向を航行している一隻のコンテナ船のブリッジでは、

 

「姉様、作戦海域に到着しました。システム起動に問題はありません」

 

「では、始めましょうか?一号艇から四号艇までを全てリリース」

 

「分かりました」

 

双子のテロリスト、双角鬼と呼ばれるラムとレムの作戦が始まろうとしていた。

コンテナ船のコンテナが突如、ガントリークレーンで海上に降ろされると、そのコンテナの中から魚雷艇が海に降ろされ、降ろされた魚雷艇はその高速の機動力で夜のカラケチル海峡を進んで行った。

その頃、櫛名田の艦橋では、櫛名田の艦内とみかん、杵埼姉妹の食事を堪能した若葉が今日のお礼の為に来ていた。

 

「今日はどうもありがとうございました。櫛名田をたっぷりと堪能させてもらいましたし、お食事もとても美味しかったです」

 

「それはなによりです」

 

「では、私達は部屋にもどります。今日はお世話をかけました。それではおやすみなさい」

 

「はい。良い夜を、若葉さん」

 

若葉は咲世子を連れて部屋へと戻って行った。

その頃、櫛名田よりも先の海域を航行している貨物船の船員が甲板で休んでいると、超高速で回転するエンジン音を聞き、漁船かクルーザーが無茶な運転でもしているのかと思い、海を見ると、自分らが乗る貨物船のすぐ横を複数の魚雷艇が横切って行った。

 

「ぎょ、魚雷艇!?」

 

こんな海峡で魚雷艇が徒党を組んで航行するのはあまりにも不自然だった。

海賊かと思いその船員は急いでブリッジへと上がり、当直者に報告。

当直者は海上安全整備局、カラケチル海峡運行管理センターへ連絡を入れた。

 

「貨物船の船員が複数の魚雷艇らしき船を目撃したと報告があった!!なんで、こちらで確認できない!?」

 

「レーダーにはそれらしい船の影は見当たりません!!」

 

「誤報だと言うのか?」

 

「恐らくは‥‥」

 

最初は漁船かクルーザーを魚雷艇と見間違えたのかと思われたが、次々と運行管理センターには海峡を魚雷艇が複数航行していると言う連絡が次々と入った。

 

「兎に角、海峡を航行している船舶全てに警戒警報を出せ!!」

 

「りょ、了解!!」

 

運行管理センターの通信員は現在海峡を航行している船舶、これから海峡へ入ろうとしている船舶に対して警戒警報を流した。

当然その警報は櫛名田、夷隅にも入った。

 

「艦長、カラケチル海峡運行管理センターからの緊急通信です」

 

通信長の八木がもえかに緊急電が入った事を知らせる。

 

「内容は?」

 

「『現在、当海峡内において複数の魚雷艇が目撃され、海峡航行中の船舶は注意されたし』‥以上です」

 

「魚雷艇‥‥」

 

「やはり、海賊かテロリストでしょうか?」

 

まだ詳しい状況が分からない現状では正確な判断が出せず、相手の姿、目的はわからないが警戒する事に越したことはない。

 

「総員戦闘配置!!」

 

万が一の事もあるので、もえかは臨戦態勢をとった。

櫛名田の艦内には警報が鳴り響き、乗員が慌ただしく配置部署へと向かう。

夷隅の方も流石に運行管理センターからの報告を無視するわけにはいかないので夷隅の方も警戒態勢に入る。

すると、水平線の向こう側からいくつもの噴進魚雷と噴進弾が飛んでくると、夷隅へと命中した。

 

「おい、ありゃなんだ?」

 

「ブルーマーメイドの船が火を吹いているぞ!?」

 

「海賊か!?」

 

周辺を航行している船舶からも夷隅が火を吹いているのが確認できた。

また夷隅の被弾はカラケチル海峡運行管理センターでも確認が出来た。

 

「カラケチル海峡、西航路上で重大事故発生。ブルーマーメイドの艦船が何らかの攻撃を受けた模様。繰り返す。カラケチル海峡、西航路上にて重大事故発生!!」

 

「直ちに当海域への乗り入れを制限しろ!!航行中の船舶の退避ルートを確保せよ!!」

 

「無理だ。航行中の船舶の数が多すぎる!!このままでは衝突事故を引き起こしてしまう!!一旦、現海域で留まらせるしか‥‥」

 

「この密集した状況で停まれだと!?連鎖的な事故を引き起こすぞ!?」

 

運行管理センターの方も夷隅への攻撃で混乱していた。

航行中の船舶の数が多すぎて退避ルートが確保できない。

下手に動かしたら、船舶同士で衝突事故を引き起こす可能性がある。

しかし、一方でこの海域に留めると、流れ弾で被弾する船舶が出るかもしれない。

事態は悪化の一途を辿っていく。

そんな中で夷隅は更にもう一発噴進弾をくらう。

 

「こんな往来が激しい海域で攻撃をして来るなんて‥‥相手はイカレているよ!!マジ、キモイ!!」

 

夷隅の艦橋で由比ヶ浜が喚く。

 

「CIC!!なんで発見が遅れたの!?居眠りでもしていたの!?」

 

相模はCICの監視員に文句をつける。

 

「分かりません!!レーダーには攻撃してきた艦艇を捉えていません!!」

 

夷隅のレーダーには攻撃して来る艦の姿なんて捕捉できていない。

 

「見えない!?何バカな事を言っているの!?アンタ達が見過ごしたんでしょう!?そうじゃなきゃ、被弾するわけがないじゃない!!この事は上層部に報告させてもらうわ!!厳罰を覚悟する事ね!!」

 

相模は夷隅が被弾したのはCICの監視員のせいで艦長たる自分は何ら責任はないと喚く。

その間にも魚雷艇は接近し、再び噴進弾と噴進魚雷を撃ってくる。

 

「さがみん、今はそんな事を言っている場合じゃないよ!!何とか此処から逃げないと!!」

 

「そうね、今は逃げる事に専念しましょう。櫛名田に本艦の前に出るように伝えて」

 

相模は自分達が逃げる為、櫛名田を囮にしようとした。

 

「ちょっと、待ちなよ、艦長」

 

そんな相模の意見に対して異議を唱える者が居た。

 

「なに?航海長」

 

それは夷隅の航海長、川崎沙希だった。

 

「あっちには護衛対象が乗っているんだ。今、櫛名田が攻撃を受けて護衛対象が怪我でもしたらどうするつもり?」

 

「そんなの被弾して、護衛対象を傷つけたあっちの責任じゃない!!」

 

相模はあくまでも自分達‥いや、自分には責任はないと言い張る。

 

「アンタ、バカ?そんなんでよく、艦長になれたのか全く不思議でしょうがないよ」

 

「何ですって!?」

 

「櫛名田が被弾して護衛対象が傷つけば当然、向こうの責任でもあるけど、その櫛名田を護衛していた私達にも責任はあるんだよ」

 

「だ、だから何だって言うの?」

 

「此処は本艦が櫛名田の盾となり、櫛名田にはこの海域からの退避を伝えるべきなんじゃないのかい?」

 

「そんな事をしたら私達が死んじゃうかもしれないじゃん!!それにあっちの船はまだ無傷なんだし、何とかなるかもしれないじゃん!!」

 

由比ヶ浜はこのままこの海域に留まると夷隅が撃沈されて自分達の命が危険であり、その為のリスクを回避する為、相模の言う通り櫛名田を囮にして逃げようと言う。

 

「はぁ~呆れた‥‥アンタ達は一体何の為にブルーマーメイドになったんだい?」

 

「さきさき、今更何言ってんの?」

 

「海の安全を守る為にアンタ達はブルーマーメイドになったんじゃないの?」

 

「じゃあ、聞くけど、その安全の中にウチらは含まれないって訳?」

 

「私達だって人間なんだよ!!それなら、私達にも安全を確保する義務があるんじゃないの?」

 

「その為に任務を放棄して、護衛対象や仲間を見捨てろって?‥‥とんだブルーマーメイドだよ、アンタ達は‥‥」

 

「なっ!?」

 

「もういい、そんなに逃げたきゃ勝手に逃げたら?」

 

「あっそう、じゃあ、そうさせてもらうわ。アンタみたいな現実を見ないで理想ばかり言っている奴は此処で艦と一緒に海に消えたら?そうしたら本物の人魚になれるかもね、行こう結衣」

 

「う、うん」

 

相模と由比ヶ浜は任務を放棄して逃げ出した。

艦橋に居た何名かのクルーも任務よりも自分の命が惜しいのか、相模や由比ヶ浜と共に逃げ出す者も居たが、川崎と同じくブルーマーメイドとしての仕事に誇りのあるクルーはその場に留まり続けた。

ただ、これはあくまでも艦橋内での出来事であり他の部署でも相模や由比ヶ浜の様に任務よりも自分の命を優先に考えるクルーも居たかもしれないが、相模は退艦命令を発令せず、艦橋内で自分と考えが同じ者だけを連れて夷隅から脱出した。

 

 

櫛名田の方でも突然の襲撃と夷隅の被弾は勿論確認出来た。

 

「状況は?」

 

「熱源を確認、敵は噴進魚雷と噴進弾を使用しており、二発、夷隅に命中」

 

「攻撃予測地点にレーダー反応なし、敵艦の位置、確認できません」

 

「立石さん、ン式弾による攻撃は出来る?」

 

「無理‥‥他の船を巻き込む」

 

「くっ‥‥」

 

「噴進弾、さらに夷隅へ向かっています」

 

夷隅の方もただ何もしないわけではなく、57mm速射砲で果敢に応戦するが、噴進魚雷が右舷に一発命中する。

 

(敵の姿はレーダーには映らない‥‥でも攻撃して来る限り、敵は確実に存在する‥‥)

 

「ソナー、海中に潜水艦らしき音源は確認できる?」

 

もえかは一応、潜水艦からの攻撃も視野に入れた。

しかし、

 

「いえ、この周辺の海域に潜水艦らしき音源も艦影も確認できません」

 

櫛名田のCICからは潜水艦の存在は確認できなかった。

 

(潜水艦ではないとするとやはり、先程運行管理センターから入った魚雷艇からの攻撃‥‥でも、その魚雷艇はレーダーには映らない‥‥これはまるで、あの時と同じ状況‥‥)

 

もえかは以前、アメリカ海軍の新鋭艦強奪事件の状況と今の状況が似ていると‥‥

彼女がそんな事を考えていると、

 

「艦長、夷隅から無線電話が入っています」

 

「夷隅から?はい、もしもし‥‥」

 

「知名艦長。此処は夷隅が時間を稼ぐ、その間に櫛名田は現海域を離脱しな」

 

無線電話から聞こえてきた声は艦長の相模の声ではなかった。

 

「艦長の相模さんはどうしたんですか?」

 

「アイツは任務を放棄して逃げた。副長の由比ヶ浜もな‥‥今は、航海長の私が臨時で指揮を執っている」

 

「そんなっ!?」

 

川崎の話を聞いてもえかは相模と由比ヶ浜に対して怒りが混み上がって来た。

 

「でしたら、今はこの海域からの離脱を考えましょう。本艦も協力します」

 

艦長も副長もおらず、しかも被弾しているのであれば、まともな運航など無理だと思い、もえかは夷隅にこの海域での避難を提案する。

 

「いや、今は無駄話をしている暇はない。アンタ達はさっさと逃げな‥‥こっちだっていつまでも連中を足止め出来る訳じゃないんだ‥‥それにこっちが一緒じゃあ、むしろアンタ達の方に迷惑をかける」

 

川崎は既に被弾している夷隅では櫛名田の足手纏いになるから、むしろ夷隅はこの海域でとどまって敵の目を引き付けると言う。

 

「で、でも‥‥何とか此方からの支援を‥‥相手は優秀なステルス機能を搭載しています!!このままでは夷隅は‥‥」

 

「知名艦長、今のアンタの仕事はなんだい?」

 

「えっ?」

 

「護衛任務だろう!?守る人が居るのに、わざわざ危険地帯に入り込んで来るバカが何処にいるんだい!?いいから、此処は私達に任せてさっさと逃げな!!いいかい、護衛対象にかすり傷一つでもつけたら許さないからね」

 

「は、はい‥‥」

 

「んじゃ、航海の安全を祈る‥‥」

 

川崎はそう言って無線電話を切った。

 

「艦長‥‥?」

 

もえかと川崎のやり取りを見ていた幸子は恐る恐る声をかけ、もえかがどんな指示を出すのかを待つ。

 

「機関全速!!進路090!!この海域から離脱する!!」

 

もえかは悔しさから拳をぎゅっと握り、カラケチル海峡からの離脱を指示した。

 

「艦長‥‥機関全速、進路090!!」

 

幸子自身も、もえかの悔しさは理解出来た。

しかし、今は川崎の言う通り、櫛名田は護衛対象である若葉を乗せている。

その護衛対象を守る為に仲間を見捨てる様な行動は物凄く悔しいがこのまま夷隅の援護に回ればこちらも被弾する可能性は大である。

故にもえかの決断はまさに苦渋の決断であった。

 

櫛名田の行動は魚雷艇からの報告でラムとレムの下に送られた。

 

「無傷の艦が離脱‥‥くっ、ターゲットはあっちに乗っていた様ね‥‥」

 

「その様ですね、姉様」

 

「くっ、ガセネタを教えるなんて、三流以下のド素人ね」

 

「どうします?」

 

「とりあえず、合流されても厄介だから、先に弱っている方を狩るわよ、レム」

 

「はい、姉様」

 

ラムとレムは離脱する櫛名田よりも先に被弾している夷隅をターゲットにした。

 

「艦内各所で被害拡大!!」

 

「機関出力低下!!速力も現在10ノットほどしか出ません!!」

 

「応急修理班は修理に全力を尽くせ!!最悪、砲が撃てるだけでもいい!!監視員、レーダーは効かない!!目視による視認を強化!!」

 

「りょ、了解!!」

 

「航海長、こちらから、撃って出る事は出来ないんですか?」

 

「まだ、周辺の一般船舶の避難が終わっていない。このままでは、他の一般船舶を巻き込んでしまう可能性があるから無理だ!!」

 

「敵、噴進弾接近!!」

 

「迎撃!!櫛名田が逃げるまで何としてでも敵を引き付けろ!!」

 

夷隅は艦長、副長が不在の中、航海長の川崎が指揮を執り、奮闘したがやがて力尽き、カラケチル海峡へその姿を没した。

 

夷隅の撃沈を聞いたラムとレムの二人は、

 

「獲物を一匹、片付けたみたいね。レム」

 

「はい。ですが、もう一匹は例の海域へ向かいました、姉様」

 

「そう‥それじゃあ、作戦の第二段階に移るわよ、レム」

 

「はい。ですがまさか、保険の方も使うとは思いもよりませんでしたが‥‥」

 

レムはコンテナ船の自動航法システムを作動させて航路を選択する。

 

「一応、相手もプロって事ね‥‥さあ、長居は無用よ。怖い人魚さん達が来る前に此処を離れるわよ、レム」

 

「はい、姉様」

 

「でも、人魚さん達へのお土産はちゃんと置いて行かないとね」

 

「そうですね、姉様」

 

ラムはコンテナ船のブリッジにある仕掛けを施した後、二人は脱出用にコンテナ船に搭載しておいた偽装漁船に乗って、コンテナ船から去って行った。

 

やがて日が昇り、あの悪夢の様な夜が明けると、櫛名田の前方の海域には大嵐により壊滅し、そのまま放棄された海上プラントの廃墟があった。

海上に障害物がある為、航行には不自由があるが、あの状況でカラケチル海峡を抜けるにはこの航路を選ぶしかなかった。

 

「艦長、あの襲撃は‥‥」

 

「ええ、十中八九、若葉さんを狙ったものよ」

 

周辺には沢山の船舶が居るにもかかわらず、あの襲撃犯はブルーマーメイドの艦船である夷隅のみを狙ってきた。

元々若葉は夷隅へ乗艦する予定だった。

それが直前で若葉本人たっての願いからこの櫛名田へと変更された。

そう言った理由から今回の襲撃犯はただの海賊ではなく、若葉の命を狙った暗殺者とみるべきだろう。

 

「副長」

 

「はい」

 

「海鳥の発艦準備を」

 

「海鳥を‥‥ですか?」

 

「うん‥障害物が多く、スピードも出ない、しかも相手はあのステルス機能を揃えた敵‥‥上空からの先行偵察で少しでも早く敵の位置を知る必要がある。あの廃墟は魚雷艇を待ち伏せるには持ってこいの場所じゃない?」

 

「そうですね」

 

幸子は急ぎ海鳥の発艦指示を出す。

 

「勝田さん、この海域の最短脱出ルートを急いで選定して」

 

「了解ぞな」

 

「知床さん、操艦は慎重にね」

 

「よ、ヨーソロー」

 

「CIC、レーダーの探索状況は?」

 

「周辺の廃墟の残骸が多く、索敵範囲が大幅に制限されています」

 

「分かった。内田さん、山下さんは目視による監視を厳重にして!!」

 

「「はい!!」」

 

「桜野さん、園宮さん。海鳥の発艦準備は出来た?」

 

「もう少しです」

 

「なるべく急いで‥海鳥は発艦後、櫛名田より先行して空から周辺海域の哨戒に当たって‥多分この海域にも敵が待ち伏せている可能性が高いから」

 

「はい」

 

「‥あの、艦長」

 

発艦前、園宮がもえかに恐る恐る声をかける。

 

「どうしたの?」

 

「その‥‥夷隅はどうなりました?」

 

「‥‥通信が途絶したままで、現在確認中よ」

 

「そう‥ですか‥‥」

 

「‥‥」

 

園宮は意気消沈した様子で答え、桜野も暗い表情をしながら発艦準備を進める。

もえかの答えに園宮と桜野も夷隅がどうなったのかを何となく察していた。

 

「海鳥、発艦準備完了。これより哨戒任務の為、発艦します」

 

「了解。くれぐれも気を付けて」

 

「はい」

 

重たい空気の中、桜野が海鳥の発艦準備が整ったことを報告する。

やがて海鳥はプロペラの回転数を増し、エンジンの轟音を立てて空へと舞い上がって行った。



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11話 要人警護 パート4

 

総理大臣の娘である小橋若葉の海外公務の為、公務地への送迎と護衛任務を行ったもえか達、櫛名田と相模が艦長を務める夷隅は狭水道であるカラケチル海峡を航行中、ラムとレムの双角鬼と呼ばれる双子のテロリストの襲撃を受けた。

当初、双角鬼達は若葉が夷隅に乗っていると思い夷隅へ集中攻撃を加えたが、出航直前、若葉本人からのたっての希望で若葉は本来乗艦する夷隅ではなく、もえかが艦長を務める櫛名田へ乗艦した。

流石の双角鬼達もその情報は入手していなかった為、若葉はテロリストの襲撃を免れる事が出来た。

一方、襲撃を受けた夷隅では、艦長の相模が本来警護人が乗っている櫛名田を守らなければならない立場にも関わらず、自分達が逃げる為に櫛名田を囮にしようとした。

しかし、それを夷隅の航海長である川崎が反対し、このまま夷隅の方を囮にして櫛名田をこの海域から脱出させるべきだと主張した。

このままでは夷隅は撃沈されると思った相模は艦長としての役目を放棄し、副長の由比ヶ浜ら、数人の艦橋要因と共に夷隅から脱出した。

艦長が不在となった夷隅を川崎が相模に代わり指揮を執った。

しかし、奮戦虚しく、夷隅は撃沈された。

夷隅の犠牲を払いながらも若葉を乗せた櫛名田は全速で襲撃を受けた海域から脱出した。

 

カラケチル海峡での襲撃から一夜明けた。

現場となったカラケチル海峡の航路から少し離れた海域には大型のコンテナ船が漂流しており、その周りをブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦が数隻包囲していた。

コンテナ船は誰も乗っていないのか、テロリストからの攻撃らしい攻撃もなく沈黙を保っている。

そこで、船内を探索し、テロリストが居るのであれば、その身柄を拘束する為、コンテナ船へと強襲をかけるブルーマーメイド。

防弾チョッキ、ヘルメット、ゴーグル、安全靴に手袋、手にはマシンガンや拳銃と言った完全装備でコンテナ船へと潜入するブルーマーメイド達。

しかし、船倉、機関室、甲板には誰も居ない。

勿論、魚雷艇が搭載されていなコンテナの中にも誰も居なければ、何の手がかりもない。

そこで、ブルーマーメイドの隊員たちは最後にコンテナ船のブリッジへ突入する事にした。

ブリッジへ続く扉と通路を固め、扉を蹴破るように入り、銃を構えるブルーマーメイドの隊員たち‥‥。

しかし、此処も他の部署同様、ブリッジにも誰も居ない。

そこで、何か手掛かりがないかと思い、ブリッジの捜索をしようとした隊員たちの耳に、

 

ピッ‥ピッ‥ピッ‥ピッ‥

 

と言うデジタル音が聞こえてきた。

すると、航海計器の上にカウントダウンを始めるデジタル数字が表示された黒い箱が置かれていた。

それを見た隊員たちは、

 

「総員退避!!」

 

「逃げろ!!」

 

急いでブリッジから逃げる。

そして数字が0になると、轟音を立ててコンテナ船が大爆発を起こした。

コンテナ船に一番近くに居たインディペンデンス級沿海域戦闘艦もその爆発に巻き込まれ、更にコンテナ船の船内探査に向かった隊員たちのほとんどがその爆発前に退船出来ず、多くの犠牲者を出す大惨事となった。

 

コンテナ船が爆沈した頃、カラケチル海峡の近くの漁村の港に停泊している一隻の漁船にノートパソコンを手にしている双角鬼の一人、ラムの姿があった。

彼女が手にしているノートパソコンの画面にはコンテナ船のシグナルが消えた瞬間が表示された。

 

「まったく、あんなベタなトラップに引っかかるなんて只の案山子ね」

 

ラムとレムはあのコンテナ船から脱出する前、ブリッジに時限爆弾を仕掛けていた。

それはブリッジの扉を開けるとカウントダウンが開始される仕組みになっており、ブルーマーメイドの隊員たちはそれを知らずにブリッジへ突入してしまったのだ。

コンテナ船のシグナルが消えたと言う事はあのコンテナ船が沈んだと言う事‥‥

しかも沈没地点もビーコンの位置からブルーマーメイドの基地に曳航した形跡はなく、ブルーマーメイドが自分達の仕掛けた罠に引っかかったのだと判断したラムは、呆れるように呟いた。

 

「姉様、まだ前菜とスープが終わっただけで、メインが残っています」

 

双角鬼のもう一人の片割れ、レムがラムに仕事はまだ終わっていないと告げる。

 

「分かっているわよ、レム‥‥さあ、残ったメインも喰らってあげましょう」

 

ラムがニヤリと怪しげな笑みを浮かべ、

 

「はい、姉様‥‥」

 

レムのラムと同じく怪しげな笑みを浮かべた。

 

 

カラケチル海峡にてテロリストの襲撃を受け、夷隅の奮闘により辛くも脱出に成功した櫛名田は放棄された海上プラントの廃墟が佇む海域へと入った。

しかし、これもテロリスト側の思惑なのではないかと思うもえか。

だが、あの状況下では脱出経路がこの海域しかなかったのだ。

もえかは櫛名田の航路上の安全確認の為、海鳥を飛ばした。

この廃墟だらけの海域では速力も制限され、更には電探もまわりの廃墟で敵艦を探知しにくい。

向こうは此方を見つけて攻撃すればいいだけなのだかが、此方は相手よりも早く、その攻撃して来る相手を見つけなければならない。

櫛名田の方が圧倒的に不利だった。

 

「‥‥カラケチルに引き返すと思ったら、まさかこのままあの廃墟プラントを突っ切ろうとするとは随分と慎重な艦長さんなのかもしれませんね、姉様」

 

「そうね、レム‥‥でも、相手が一隻だからと言って何もこちら側がそれに合わせてあげる必要はないのよ、レム」

 

「そうですね、姉様。私達は騎士ではなくテロリストなのですから‥‥では、そろそろ‥‥」

 

「ええ、メインディッシュを喰らうわよ‥‥さぁ、悲劇の第二幕の開演よ」

 

櫛名田が航行している廃墟から小型の飛行船が数隻、空へと飛びあがる。

 

その頃、哨戒中の海鳥は海上に潜んでいるかもしれない敵の魚雷艇を探していた。

あの魚雷艇は先日のアメリカ海軍の強奪艦同様のステルス機能を有していた。

ならば電探は役に立たず、目視だけが頼りだ。

 

「くっ、こうも廃墟が多いと、敵を見つけにくい‥‥」

 

「赤外線センサーに切り替えて‥‥魚雷艇ならばエンジンを温めている筈だからそれに反応するかもしれない」

 

「了解」

 

園宮が赤外線センサーに切り替えたモニターを睨み、魚雷艇が潜んでいないかを確認する。

しかし、モニターには熱源がない青か緑の色が広がっている。

 

「今の所、敵影無し‥‥」

 

「よし、このまま櫛名田の予定航路を進んで行くよ」

 

「了解」

 

海鳥は引き留める続き哨戒を続けるが、海鳥の後ろを航行していた櫛名田には異変が起きていた。

 

「ん?」

 

切っ掛けはCICからの報告だった。

 

「艦長、レーダーに異変が‥‥」

 

「どうしたの?」

 

「原因不明のノイズが映り始めました」

 

「レンジを切り替えてみて」

 

「‥‥そ、それがどのレンジでもノイズが映って‥‥このままでは電探が使用不能になるかもしれません」

 

「分かった‥‥CICはノイズの原因と改善に努めて」

 

「了解」

 

「電探にどこか損傷を受けたのでしょうか?」

 

幸子がノイズの原因は電探の破損ではないかと言うが、

 

「うーん‥でも、さっきまで使えていたのに突然ノイズが走るなんてやっぱり変だよ」

 

しかし、櫛名田の電探はこの廃墟の海域に入ったばかりの頃はちゃんと使えていたので、電探の破損とは思えなかった。

 

「ラットの仕業‥‥とも考えにくいですしね‥‥」

 

「うん‥‥それも無いと思う」

 

高校時代のあの海洋実習での騒動となったあの特殊生物ラット‥‥。

ラットはあの実習後、全てのラットの処分が完了されているので、このノイズの原因とも考えられない。

 

「兎に角、これから先は、電探は使用できないモノと思って周囲の警戒を厳しくして‥‥海鳥にも念入りに哨戒をしてもらうように通達」

 

「はい」

 

櫛名田の先を先行する海鳥に櫛名田の電探の異常が知らされる。

 

「櫛名田の電探に原因不明のノイズ?」

 

「はい」

 

「こっちの電探に異常は?」

 

「いえ、此方にはありません」

 

操縦桿を握る桜野は後方のオペレーター席に座る園宮に海鳥の電探に異常がないかを訊ねると海鳥の電探は異常がなかった。

 

「妙ね‥‥」

 

「櫛名田からは念入りな哨戒をとの通信が来ています」

 

「了解、センサーブイ投下用意」

 

「了解、センサーブイ、投下」

 

海鳥は少しでも多くの情報を電探が使用不能となった櫛名田に送る為、自分達に出来るありとあらゆる方法を行った。

センサーブイを投下し、再び哨戒を続けていると、海鳥の赤外線センサーが熱源を捉えた。

 

「赤外線センサーに反応」

 

「敵!?」

 

「いえ、反応は廃棄されたブラント上ですから、艦艇とは思えません」

 

「艦艇では無いとすると、飛行船?」

 

「いえ、それも違います‥‥対象に動きが全く見られませんので‥‥」

 

園宮は熱源の反応は魚雷艇でも飛行船でもないと言う。

しかし、この時すでに双角鬼の二の矢として櫛名田を仕留める為、飛行船部隊は既に櫛名田へと向かっていた。

最初の襲撃が魚雷艇だった為、次も魚雷艇で攻撃を仕掛けてくると思い込んでいた櫛名田側の判断ミスと飛行船部隊が飛び立った後に赤外線センサーでの探索をしたタイムラグが原因だった。

 

「このプラントがまだ生きているのかな?」

 

「それはあり得ません。ここのプラントに使用されていた機械は二世代前の旧式なモノですから‥‥」

 

「そっか、そんな旧式なモノが未だに動いている訳がないか‥‥」

 

旧式で、しかも大嵐に合い、廃棄されたプラントが未だに稼働しているとは思えない。

海賊やテロリストがこの廃墟をねぐらにしている可能性も捨てきれないが、園宮と桜野は妙な違和感を覚えた。

その為、海鳥はこの赤外線センサーに反応した妙な箇所の報告を櫛名田へと入れた。

ちょうどその頃、櫛名田に双角鬼の二の矢が襲い掛かった。

 

「上空より、飛行船らしき飛行物体接近!!」

 

見張り員の山下が飛行船を見つけ報告する。

 

「飛行船!?」

 

「数は!?」

 

「視認できる限り、四隻です!!」

 

もえかが双眼鏡で飛行船を視認すると、飛行船のブリッジの両舷には明らかに武装らしきモノが装備されていた。

 

「対空戦闘用意!!」

 

もえかは飛行船に装備された武装を見て、あの飛行船は民間の飛行船ではなく、明らかに若葉を狙うテロリストの飛行船であると判断し、対空戦闘を命ずる。

電探が使用不能な櫛名田は目視により対空戦闘を行わなければならなかった。

しかし、相手はオートジャイロよりも動きが鈍足な飛行船なので、大した影響はないと思っていた。

飛行船からは対戦車ロケット弾が発射され、櫛名田は両舷の高角砲、CIWS、そして艦首の主砲で応戦する。

 

「さあ、まずは対空防御を潰して丸裸にしてやるわ」

 

ラムはノートパソコンのキィーを打ち、舌なめずりをして、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

「それにあの飛行船がただの飛行船でないと分かった時、あの連中はきっと驚くでしょうね、姉様」

 

レムは反対に冷静な表情でクスっと笑みを浮かべていた。

 

対空戦闘を始める櫛名田に飛行船のロケット弾が着弾し、反対に櫛名田が撃った高角砲、主砲の砲弾が飛行船の上部にあるタンクへと命中する。

 

「左右、両舷に敵、飛行船のロケット弾が多数命中!!」

 

「被害報告!!」

 

「敵飛行船に弾着!!‥‥今!!」

 

高角砲、主砲弾が命中した飛行船は爆発を起こす。

もえか達はこれで飛行船を撃墜したと思ったら、爆炎の中から上部のタンク部分を切り離した飛行船のブリッジ部分が飛行していた。

 

「分離した!?」

 

「アレは、ブリッジの部分がオートジャイロに変わる新型の飛行船ですよ!!まさか、テロリストがこんな最新兵器を持っているなんて‥‥」

 

「それよりもタンクの部分を切り離したと言う事は、運動性能がさっきよりも上がったって事に‥‥」

 

「そうかもしれません。航続距離は短くなりましたが、運動性能は格段に上がった筈です」

 

幸子が現状はさっきよりも悪化した事を説明する。

 

「対空戦闘を続けつつ、現海域から脱出する!!取り舵一杯!!」

 

「と、取り舵一杯‥‥取り舵一杯、ヨーソロー」

 

オートジャイロと化し、運動性能が上がった飛行船に対して、これまでの対空戦闘では分が悪い。

しかし、上部のタンクを失い、予備タンクと増槽での飛行ではそこまで航続距離は長くない。

ならば、この海域から脱出し、相手を振り切ろうとする櫛名田。

だが、燃料事情は当然、テロリスト側もそれを理解しているので、此処で櫛名田を何としてでも仕留めんばかりに猛烈な攻撃を仕掛けてくる。

ロケット弾を回避し、進むもこの辺りの廃墟が櫛名田の行く手を遮り、思う様に進まない。

しかも電探が使用不能なので、正確な射撃も出来ないし、しかも電探と連動しているン式弾を撃っても当たらないし、櫛名田にとってン式弾は切り札とも言えるので、そう簡単にやみくもに撃って無駄弾を撃つわけにはいかない。

そこでもえかは、

 

「煙幕弾発射!!発射と同時に煙幕に隠れつつ、廃墟の中へ逃げ込め」

 

「よ、ヨーソロー」

 

煙幕を焚いて、廃墟の中へと逃げ込み、時間を稼ごうとした。

 

「姉様、奴等は煙幕を焚いて廃墟の中へと逃げ込みました」

 

櫛名田の行動は飛行船についているカメラから双角鬼の下へと送られていた。

 

「無駄なあがきね。煙幕だってずっと続く筈がないのに‥‥せいぜいもって数十分‥‥それぐらいの燃料は十分にあるわ‥‥のこのこと煙幕から出てきたところを蜂の巣にしてやる」

 

ラムは肉食獣の様なギラギラした目つきでノートパソコンのモニターを見ていた。

煙幕と廃墟の中へと逃げ込んだ櫛名田であったが、当然ラムの予想通り、煙幕で何時までも逃げ切れるとは思っていなかったが、少しでも時間が稼げれば儲けもの。

この貴重な時間を無駄にはせずに、何とか態勢を立て直さなければならなかった。

とは言え、電探が使用不能で対空防御も既にオートジャイロの攻撃を受けて全体の四割ほどが使用不能となっていた。

煙幕が効いているこの短い時間では応急修理にはちょっと無理があった。

 

「煙幕と瓦礫で何とか時間が稼げましたが、この後はどうしましょう?海鳥を呼び戻しますか?」

 

幸子が不安そうに呟く。

 

「‥‥」

 

とは言え、もえかにもいい案が浮かばない。

海鳥を呼び戻しても相手は四機‥櫛名田と合わせても心もとない。

そこへ、電探の不調を調べていた鶫から連絡が来た。

艦内通信用の受話器を取り、鶫からの報告を受けるもえか。

 

「艦長、電探の不具合の原因がわかりました」

 

「原因はなんなの?」

 

「妨害電波の影響です」

 

「妨害電波!?」

 

「はい。その妨害電波を受けて、電探が不調だったんです」

 

「その妨害電波はやっぱり、あのオートジャイロから発せられているの?」

 

「いえ、あのオートジャイロからではありません」

 

「じゃあ。どこから‥‥」

 

「恐らくこの廃墟のどこかに妨害電波を流している施設かシステムがある筈です」

 

「発信地は分からないの?」

 

「申し訳ありません。この周囲には無い事ぐらいしか分かりません」

 

「‥‥分かった、ありがとう」

 

鶫との通信を終えて受話器を元の位置に戻す。

 

「艦長‥‥」

 

「海鳥に通達」

 

もえかは海鳥にある指示を出す様に命じた。

 

 

櫛名田が飛行船からの攻撃を受けている事は海鳥にも当然伝えられた。

 

「飛行船からの攻撃!?」

 

「はい。しかもその飛行船はブリッジの部分が切り離し、オートジャイロになって、櫛名田は現在も攻撃を受けているそうです」

 

「飛行船‥しまった、そっちまで気が回らなかった」

 

最初の襲撃が魚雷艇だったので、次もきっと魚雷艇で来ると言う固定概念で自分達は海ばかり見ていたが、相手はその予想を反して空から襲い掛かって来た。

しかも相手は最新式のブリッジを分離してオートジャイロに出来るタイプの飛行船だった。

 

「機長、急いで櫛名田の援護に回りましょう」

 

園宮が急いで櫛名田の空中援護へ向かおうと言う。

桜野もそうしようとして、操縦桿を倒し、機首を櫛名田へと向けようとした時、その櫛名田から通信が来た。

二人は空中援護の要請の通信かと思ったのだが、通信の内容は二人が予想していたものと違った。

 

「妨害電波!?」

 

「はい、その影響で現在、櫛名田の電探は使用不能となっていますので、その妨害電波を発生させている装置を見つけて破壊してください」

 

「破壊って言っても‥‥」

 

「広範囲に電波を飛ばしている装置ですから、きっと電波塔のように高い塔の様なモノだと思います」

 

「分かりました。これより海鳥は妨害電波発生装置の発見と破壊に向かいます」

 

「よろしくお願いします」

 

海鳥は櫛名田の下へは戻らず、妨害電波を発生させている装置の探索の為、この廃墟が広がる海域の空を飛び回った。

 




※今回、テロリストが使用した分離型飛行船は遊戯王、バトルシティ編に登場したバトルシップの様な飛行船を想像してください。
バトルシップも上部のタンクとブリッジの部分が分離可能な飛行船だったので‥‥



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12話 要人警護 パート5

 

もえかが艦長を務める櫛名田は総理大臣の娘である小橋若葉の海外公務の為、公務地への送迎と護衛任務を行った。

しかし、その途中、カラケチル海峡にてラムとレムの双子のテロリストの襲撃を受け、共に護衛をしていた夷隅が落伍し、櫛名田は廃棄された海上プラントに追い込まれた。

廃棄された海上プラントで、櫛名田の電探は原因不明のノイズで使用不可となり、そこへテロリストの飛行船部隊が襲い掛かって来た。

しかもそれは最新型の飛行船で、ブリッジの部分が、切り離しが可能となり、ブリッジだけの時は攻撃型オートジャイロとなる構造になっていた。

電探が使用できず正確な射撃が出来ず、逃げるにも周囲が海上プラントの廃墟や瓦礫で櫛名田は思うように速度が出せない、まさに絶体絶命な状況に追い込まれていた。

もえかは先に哨戒へ出た海鳥に対して、妨害電波を出している発信源を叩くように命令を下す。

 

「とは言え、機長、この広い海域からどうやって電波妨害装置を発見するんですか?」

 

「‥‥」

 

園宮が機長である桜野にどうやってこの広い廃墟の名から目標物を探すのかと問う。

もしかしたら、妨害電波発生装置は複数あるかもしれない。

さまざまな憶測が桜野の中をめぐらす。

 

(そう言えばさっき‥‥)

 

桜野は先程、赤外線センサーが廃墟内で熱源らしきモノを捉えた事を思いだした。

敵の襲撃で忘れていたが、もしかして思い、

 

「園宮、さっき赤外線センサーで妙な熱源を捉えたところがあったでしょう?」

 

「は、はい」

 

「其処かもしれない」

 

「っ!?確かに、廃棄されたプラントなのに稼働している形跡がありましたものね」

 

「すぐに櫛名田に通信」

 

「了解」

 

海鳥から櫛名田へ通信が入る。

 

「海鳥より通信、『敵システムらしき痕跡を発見、これより当該海域へ向かう』です」

 

「そこに妨害電波発生装置があればいいんですが‥‥」

 

幸子が通信を聞いて海鳥が向かう先に妨害電波を発生させている装置があればと不安げに思う。

煙幕も永遠に続くわけでは無い。

出来れば煙幕が発生中に相手のオートジャイロの燃料が尽きてくれればいいのだが、どれくらいの燃料が残っているのかも不明。

こうして追い詰められているとマイナス思考が強くなる。

 

「今は、海鳥を信じよう」

 

しかし、もえかは海鳥を信じ、大人しく冷静に待つ。

 

 

「暖められた海水が冷たい海水へと流れ込み対流形成している‥‥確証はないけど、この流れを逆にたどれば敵システムを見つける事が出来るかもしれない」

 

赤外線センサーで暖流を見つけ、その流れとは逆に飛行する海鳥。

 

「櫛名田は現在、煙幕の中にいるみたいですが、長くはありません。櫛名田事態にも損傷が出ているみたいです」

 

「敵システムらしき構造物は発見次第攻撃し、破壊する。櫛名田がまだ戦っている内に‥‥」

 

「了解‥ありました!この先に高熱源を発する熱源ポイントを発見!!」

 

「よし、きっとそれだ!!熱源ポイントにマーカーを設定」

 

「了解、熱源ポイントにマーカーを設定します」

 

海鳥が確実に妨害電波を発生させている装置へと近づいている中、当然妨害電波発生装置に海鳥の接近はラムとレムの二人も気づいた。

 

「姉様、邪魔な鳥が電波塔に近づいています」

 

「それなら、撃ち落してあげなさい。五月蝿くさえずる鳥は落とし、焼いて、食べるのが常道よ」

 

「はい、姉様」

 

 

「機長、IRスキャンが妨害システムの熱源らしきモノを探知」

 

「よし、攻撃態勢にはいる」

 

桜野が爆弾のハッチを開きいつでも爆撃できるようにする。

すると、

 

「下方より噴進弾」

 

「っ!?」

 

下から海鳥目掛けて小型の噴進弾が近づいてくる。

 

「くっ‥‥敵もバカではなかったか‥‥」

 

大事な目と耳を潰す装置を無防備で置いてある筈が無く、周辺には対空防御陣地があった。

 

「よく見つけられましたね。でも、ちゃんとそう言う事は見越してあるんですよ」

 

レムは慌てる様子もなく、ポツリと呟く。

 

「機長、敵システムの本体の設定ポイントを特定。先程の高熱源マーカーから西に480m、南に640m‥‥あれです!!あの電波塔です!!」

 

「あれか‥‥」

 

海上プラントの廃墟の中にまるで溶け込む様に一本の電波塔が立っていた。

その電波塔及び周辺には色々な機械が取り付けられていた。

元々この廃墟にあった電波塔に妨害電波発生装置を取り付けたのだろう。

パット見ただけでは分からないようにカムフラージュされている。

攻撃したくても対空防御陣地があり、海鳥は攻撃できずにいた。

その頃、煙幕の中にいる櫛名田も敵のオートジャイロの攻撃を受けていた。

煙幕があろうとなかろうと、煙幕の中に確実に櫛名田は居るのだから、撃てば当たるかもしれにない。

煙幕を吹き飛ばせるという思いがあるのだろう。

更に櫛名田に当たらなくても降り注ぐ瓦礫が櫛名田にわずかながらもダメージを与える。

 

「敵、オートジャイロの攻撃により、後部甲板に損傷。ダメージは軽微」

 

「応急修理要員は損傷個所の確認と被害調査を急いで!!」

 

「煙幕もあと十分ほどで消えます」

 

オートジャイロの攻撃が周囲の瓦礫に当たり、その衝撃が櫛名田にも伝わり、船体は大きく揺れる。

 

「なかなか手ごわかったですが、よく頑張りました‥‥でも、この勝負、最初から私達の勝ちで決まっていたのよ」

 

ラムは既に勝利を確信していた。

一方、電波塔の防御を担当していたレムはイラついていた。

海鳥がなかなか撃墜出来なかったからだ。

 

「くっ、五月蝿い雀め!!さっさと墜ちろ!!」

 

その間も櫛名田を包む煙幕はだんだんと薄れて行き、時間が経つにつれ、ラムの言う通り、状況はラムたちに傾きつつある。

そんな中、櫛名田に近づきすぎたオートジャイロ一機が櫛名田のCIWSの餌食となる。

 

「ちっ、一機落とされた‥‥ド素人が‥‥でも、まだ奥の手はあるのよ」

 

ラムの方は余裕だが、レムの方はちょっと劣勢で、海鳥は対空防御の一瞬の隙を突き、電波塔に爆弾を投下する。

海鳥からの急降下爆撃を受けた電波塔は崩れ落ち、海へと落下する。

 

「あっ!!妨害システムが!!」

 

「大丈夫よ、レム、今更レーダーが使えたところで私の勝利に揺るぎないわ」

 

妨害電波発生装置が破壊され、レムは少々慌てるがラムは冷静に自分達の勝利は揺るぎないものであると、慌てるレムを落ち着かせるように言う。

海鳥が妨害電波発生装置を破壊した事で妨害電波が消えて櫛名田の電探の機能が回復した。

 

「電探回復!!敵オートジャイロを捕捉!!」

 

「海鳥がやってくたようです!!」

 

「うん‥これより反撃に移る!!各砲、ン式弾任意の目標に照準!!」

 

「あっ、新たにもう一機捕捉!!熱源を確認!!噴進弾を発射した模様!!」

 

「迎撃!!」

 

櫛名田のン式弾と主砲、使用可能なCIWSが一斉に火を噴き、迫りくる噴進弾及び敵のオートジャイロを次々と攻撃し、噴進弾、オートジャイロを撃墜していった。

 

「‥‥周辺に敵機影なし‥‥敵部隊全滅した模様」

 

「はぁ~‥‥終わった」

 

敵のオートジャイロを全て撃墜した事でやっと危機を乗り越えたと櫛名田の艦橋に安堵した空気が流れる。

敵部隊全滅の知らせは海鳥にも伝わる。

 

「機長、櫛名田周辺の敵影は全て無し、どうやら危機を脱した様です」

 

「はぁ~良かったぁ~‥‥」

 

桜野も櫛名田が無事な事に深いため息を漏らす。

しかし、そんな中、海鳥の対空電探が何かを捉える。

 

「ん?今、何か反応が‥‥」

 

「どうしました?機長?」

 

「今、対空電探に何か反応が‥‥ちょっと調べてみて」

 

「は、はい」

 

桜野に言われ、園宮は対空電探のモニターを見ると、時折、電探に反応がある。

 

「反応あり、やはり何かいます」

 

「高度は?」

 

「推定高度15000の高高度です」

 

「‥‥行ける所まで行くよ。櫛名田にも連絡」

 

「了解」

 

哨戒任務がある以上、その正体を確かめなえればならない。

もし、民間の飛行船が迷い込んできたのであれば、警告を送りこの空域から退避させなければならない。

敵ならば、その情報を詳しく櫛名田に通達しなければならない。

海鳥は全速で高度を上げる。

 

「15000の高高度に機影?」

 

「はい。海鳥からの連絡で、現在海鳥が高度を上げ、確認に向かっています」

 

とは言え、海鳥の速度、性能からして高度一万までにはいけないし、高度を上げるにしても時間もかかるだろう。

しかし、ここら辺の空域は飛行船の飛行禁止空域となっている。

そんな空域を飛行しているのはどう考えても民間の飛行客船とは思えない。

 

「‥‥念の為、噴進弾の発射用意」

 

「は、はい」

 

もえかは万が一の事を考え、噴進弾の発射準備を指示した。

その頃、15000の高高度にはドイツのツェッペリン級飛行船並みの巨大な飛行船が航行していた。

 

「カラスを追っ払ったぐらいで安心しているなんておめでたい連中ね」

 

オートジャイロ部隊を失い、妨害電波装置を壊されたにもかかわらず、ラムはまだ勝負を諦めていなかった。

 

「せいぜい、束の間の勝利を味わっているがいいわ。その間に死神は天高い大空から貴女たちの頭上から鎌を振り下ろすわ」

 

ラムは見下す様な目でパソコンのモニターを見ながらポツリと呟く。

 

空の果てを飛ぶ海鳥。

園宮と桜野念の為、酸素マスクを装着している。

 

「赤外線センサーで上空を探知」

 

「了解」

 

桜野はせめて機影を捉えようと赤外線センサーで上空の機影を探す。

すると、

 

「見つけました!!大型の飛行船です!!‥‥飛行船、高度を落としています!!」

 

上空の飛行船は高度を徐々に降ろして来た。

 

「チャンスだ!!このまま上昇を続ける」

 

「了解」

 

その頃、上空の飛行船では、

 

「艦長、此方に近づいてくる飛行物体があります」

 

「爆撃はこのまま続行する。各銃座は射撃体勢をとれ」

 

「ハッ!!」

 

海鳥は分厚い雲海を抜け、赤外線センサーで捉えた機影を目指して突き進む。

飛行船も徐々に高度を落とし、間もなく接敵する高度に達する。

そして、桜野と園宮の目に移ったのは巨大な飛行船だった。

 

「敵機捕捉!!」

 

「撃ち方始め!!」

 

飛行船の銃座からは機銃が海鳥に向けて襲い掛かってくる。

 

「くっ、やっぱり敵か!?櫛名田に通信」

 

「は、はい!!」

 

海鳥から上空の飛行船は敵だと櫛名田へ伝わり、もえかは海鳥へその空域からの退避を命じた。

櫛名田からの噴進弾が海鳥を敵と誤認してしまうかもしれないからだ。

 

「敵機が逃げて行きます」

 

「構うな!!フィーゼラー投下用意、ハッチを開け!!」

 

飛行船のブリッジより後方にある格納庫の床下部分のハッチが開かれる。

 

「爆撃手、ターゲットをよく確認しろ」

 

「ハッ」

 

爆撃手は照準器越しに櫛名田を確認し、

 

「目標を確認、捕捉」

 

「フィーゼラー投下用意‥‥投下!!」

 

飛行船の格納庫からフィーゼラーと呼ばれる誘導噴進弾が投下された。

一方、櫛名田も海鳥からの報告を受け、上空の飛行船が敵だと分かると海鳥を退避させ、用意していた噴進弾を発射する。

 

「対空電探に反応!!前方から高速飛行物体接近!!」

 

「二機いたの!?」

 

もえか、幸子は双眼鏡で確認する。

しかしそれは飛行船ではなく、その飛行船が放った噴進弾だった。

 

「右舷前方に敵噴進弾接近!!距離3800!!」

 

「電波妨害弾発射!!」

 

櫛名田からアルミ箔が詰まった特殊弾が櫛名田の周りに多数発射される。

チャフを撒いて、誘導装置を妨害しようとしたのだ。

 

「ダメです!!効果ありません!!」

 

しかし、相手の噴進弾は進路を変える事無く、櫛名田に突っ込んで来る。

 

「熱源放射弾を撃て!!」

 

続いて熱源を放つ特殊弾を討つ。

噴進弾は熱を探知して向かう性能があるからだ。

 

「これもダメです!!」

 

しかし、相手の噴進弾は熱源放射弾をスルーして接近して来る。

 

「どうあがいた所で、フィーゼラーからは逃れる事などできん」

 

飛行船の爆撃手は照準器越しに櫛名田の行為を笑う。

 

「防御手段、すべて効果がありません!!」

 

「煙幕弾発射!!取舵一杯!!」

 

櫛名田はもう一度、煙幕弾を撃ち、何とか相手の噴進弾を撒こうとする。

 

「無駄だ、無駄だ‥‥ハハハ‥‥」

 

噴進弾は煙幕の中を突っ切って櫛名田へと迫る。

 

「敵噴進弾は無線誘導の様です!!方向を変えて突っ込んできます!!回避は不可能!!」

 

「何かに掴まれ!!」

 

「迎撃!!」

 

「なんとしてでも撃ち落とせ!!」

 

櫛名田の主砲、CIWSが迎撃の為、射撃を開始するがオートジャイロよりも早い噴進弾を撃ち落とすのはあまりにも至難の技であった。

 

「命中まで‥‥」

 

「下方からミサイルが!!」

 

「なにっ!?」

 

その頃、飛行船にも櫛名田の噴進弾が近づいていた。

 

「回避!!」

 

「‥‥ダメです!!間に合いません!!」

 

櫛名田の噴進弾は飛行船の船底中央部に命中した。

無線誘導を行っていた飛行船が撃墜され、コントロールを失った敵噴進弾は櫛名田に命中する事なく、針路を変え、海へと墜落した。

 

「こちらの噴進弾の発射が少しでも遅れていたら、撃沈されていたのは此方でしたね」

 

「うん、そうだね」

 

海に落ちた噴進弾を見て、生きた心地がしないもえか達だった。

 

「くそっ」

 

その頃、用意した全ての罠を突破されたラムはパソコンを床に叩きつけ、

 

「二度も同じ艦にやられるなんて‥‥認めない‥‥認めないわよ!!」

 

ラムは更に追い打ちをかけるようにラムはパソコンが壊れているにもかかわらず、足蹴りをする。

レムも悔しい思いはあったが、ラムの様に表立ってそれを見せることはなかった。

 

波乱の航海ながらも櫛名田は無事に目的地へ若葉を届ける事が出来た。

そして、若葉が目的地に到着したその頃、日本では天童家に東京地検特捜部の家宅捜索が入り、天童家がこれまで行ってきた不正の数々が暴かれることとなった。

 

カラケチル海峡にて魚雷艇と戦い、撃沈された夷隅の乗員も近くを航行していた船舶の救助を受け、川崎も無事に救助された。

あの海峡が船舶の往来が多かった事が幸いした。

しかし、川崎達よもいの一番、自艦と多くの乗員を見捨てた相模たちを救助した船舶はおらず、彼女らは行方不明となった。

 

櫛名田は今回の航海で中破となり、少しの間、ドック入りとなり、帰りの護衛に関しては別の艦が手配されたが、復路は海賊・テロリストの襲撃はなく若葉は無事に日本へ帰国した。



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