貞操観念が逆転したインフィニット・ストラトス (コモド)
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ぷろろーぐ

 この世界では男性専用車両が存在する!

 

 嘘みたいだけど悪夢のような現実がここにありました。ぼくも外に出るまで半信半疑だった。でも男性専用車両が確かにそこにあって、むさ苦しさから逃れるために一般車両に乗ったら痴女されたんだから信じるしかないじゃない。

 『エロ画像』で検索したら若い男の半裸で画面が埋め尽くされる。週刊誌は際どい恰好をした男のグラビアが表紙を飾り、T○Loveるでは転ぶたびに主人公である女の子の顔面に男がチ○コを押し付け、如何にしてチ○コを瞳に描いて表現するか少女誌の限界に挑戦している。

 少年漫画では女の子が男の子の髪についた芋けんぴをかじり、少女漫画の基本は友情・努力・勝利、国民的アニメの主人公はお尻を出すスケベな幼女に射撃とあやとり以外何もできないドジ眼鏡っ子。

各国の首脳は女性ばかりで、過去の偉人はみな女体化しており、ニュースではアメリカで初の男性大統領が生まれるかもしれないとニュースになる。

 

 そんな世界でぼくはIS学園に通っていた。世界で二人だけの男性IS操縦者として。

 

 ここまでの倒錯した情報の数々に常人なら理解に苦しみ悶えるだろうが、安心してほしい。ぼくも理解に至っていない。

 ただひとつ確かなことは、ぼくが前の世界の女子高生に相当する立場で、世界の最重要人物の一人で、IS学園という男に飢えた女子校に放り込まれた男だということ。

 

 ここの生徒がみな、前の世界の男子高校生に相当する立場で、男子校の学生並みの性欲を有しているということ……!

 この世界は男女の立場を逆にして読んでもらえると、納得が行くというか腑に落ちると思う。

 すなわち、女は男に、男は女に置き換えて考えれば、その行動が何となくだけど、「あーやるやる」と頷けるはずだ。

 

 ぼくは天乃唯。女の子のような名前だがれっきとした男であり、ISを動かせる男性のひとりであり、世界観の異なる世界に迷い込んでしまった被害者である。

 これから始まる物語については、ぼくと一夏を男子校に放り込まれた美少女、他の女生徒を女に飢えた盛りの付いた男子高生徒に脳内変換して読んで頂きたい。

 でないと精神衛生上、大変よろしくないと思われるので。

 

 

 

 

 

 

 平凡だけど、それなりに裕福で何不自由ない中流家庭が、ぼくの生まれ育った天乃家だった。商社勤務の父と専業主婦の母、二つ年下の妹とぼくの四人家族。

 幼いころ、父はぼくに、「生まれもったもので差別したり、口実を見つけて人を虐めるような人間にはなるな」と口を酸っぱくして説いたけれども、一方でぼくに接する人々は選別して、子供にとって有益か有害かを常に考えている大人だと気づいたのは、つい二年前、私立中学に入ってしばらく経ったころだった。

 みんなが遊んでいるのに、どうしてぼくは勉強を強制されて塾に缶詰になっているのか、流されている最中のぼくには到底両親の考えを探るだけの余裕がなかったけれど、夢のマイホームを購入した後に残った地獄のローンに頭を悩ませているのにどうして、わざわざ高い学費を払って通うだけの価値があると思わされたのは、入学して中学校に馴染んでから、ふと小学校時代を振り返る余裕が生まれた時だった。

 父は先天的な要素よりも後天的な要素、すなわち環境が人を育てるのに大きく影響すると深く信じていて、努力すれば成功への道が拓けると言って憚らない人であった。また、努力せずに遊び呆けている人、馬鹿げた非行に走る人を見ても相手にしてはいけないと言ったが、見下したりしてはいけないとキツく言い聞かせた。

 一方で、そういった人々を内心、とても侮蔑しきっていることの裏返しであることにもその頃になるとぼくは薄々勘付いていた。

 酒に酔った際、父が愚痴るように語った話では、父の通っていた公立中学校は窓ガラスが割れない日がないくらい荒れていたらしく、あまり多くは語らなかったが、父の「動物園のようだった」のひとことで惨状が想像できてしまった。

 父はその経験から、わが子には優れた環境で伸びやかに育ってほしいと、育児に手間と金を注ぎこむことに全く躊躇いのない親になった。厳しくて、多忙で、あまり家族の時間が取れない人だったけれど、GW、夏休み、冬休みには必ず旅行に連れ出して家族サービスに精を出してくれる当たり、良い親父だと思う。自分が父親になったら、いっそう強くそう感じるに違いない。

 

 環境が人を育てる。人の集まりが環境になる。

 父は、子供が自分の言葉の通り育つよう環境を整えるのに労力と出費を惜しまない人だった。

 ぼくを共学の中間一貫校に進学させて、妹は女子校に入ったのは一方通行な父の教育方針に沿った結果だけれど、今となっては感謝している。

 朱に交われば赤くなる。人は周りに影響を受けやすい人と流されず影響を与える人の二通りいて、ぼくは前者で父が後者だった。

 

 流されやすいぼくは父のそういうところを尊敬していたのだけど、ある日、世界が変わって、ぼくは目標というか、目指すべき背中を失ってしまった。

 忘れもしない。休日だからと二度寝して寝過ごしてしまい、昼前になってリビングに行くと、厳格な父はソファに寝っ転がりながらせんべいを齧ってワイドショーを観ていた。

 その姿は、専業主婦をしている母の日常だった。

 ぼくは疲れているのだと思った。父だけでなく、あるいはぼくも。

 異変に気付いたのはネットサーフィンしていたときだった。ネットをしていると嫌でも下劣な広告や欲望丸出しの文字の羅列が目に入るが、それらが全て男性の裸を対象にしたものだった。

 

 

 

『イヤぁぁ助けてパパー!』

『お前がパパになるんだよオラァン!』

 

『ね、年齢=彼女いない歴なんてそんな事あるワケないじゃないですか。童貞賭けてもいいですよ!』

 

『あら、いい女』

『やりませんか』

 

『おばさんですって! ふざけんじゃないわよあなた! お姉さんでしょぉ!?』

『やりましたわ。投稿者:変態糞婆』

 

 

 

 ……抜き出したネタのチョイスに作為的なものを感じなくもないが、要は男女が逆になっていると捉えればわかりやすい。

 上記のものは女性が対象になっていたり、まだネタの範疇で済むので耐えられたが、普通のエロはきつかった。何せ、グラビアアイドルと言えば際どい水着を着た男を指すし、AVは男優ばかりがメインで映る。コンビニに行けばアダルトコーナーは半裸の男(しか他夫もの……中年男性が多い)ばかりが目に付く。

 この辺はかなり精神的にきた。もうたまらんかった。でも、ぼくを追い込んだのは他にある。

 

 

 

 この世界のぼくは、男子校に通っていたのだ。

 

 

 

 つまりだ。前の世界で父は妹を女子校に通わせたけれど、この男女が逆転した世界では、ぼくは前の世界の女に当たるため、母はぼくを異性のいない男子校に通わせていたのだ。

 これがぼくには地獄だった。あれだ、前の世界の庶民が想像するテンプレお嬢様学校。あれそのものだったと言っていい。あれを男に置き換えてみてもらいたい。

 

 ほら、地獄だろう? 野太い声で『ごきげんよう、お兄様』って呼ばれる気持ちわかるかい? しかも年上に憧れて『お兄様……』な薔薇な世界が広がってるんだよ?

 な、地獄だろう? 『女なんて下品で粗野で、けがらわしい存在です!』

 そんなことを野太い声で叫ぶんだよ? きみたちは存在がホラーだよ。

 くわえて、この学校は名前が『私立黒薔薇学院』というストレートすぎる命名になっており、おまけに下級生が上級生に憧れを抱くのが普通の校風だった。

 つまるところ、前の世界でぼくらが女子校を陳腐な発想で、お嬢様たちが慕っている先輩を『お姉さま』と呼び、先輩が『あらあらうふふ』と優しく微笑みかけてくれる百合百合な空間だと妄想しているのを、男女を入れ替えた上で繰り広げられているのだ。

 なんだよこれ……地獄じゃないか。いや、ある意味地獄よりタチが悪いよ。

 

 何より堪えたのは、学校がちがうことで交友関係が完全に異なっていることと、この学校でぼくは、どうしてか下級生に慕われていたことだ。

 つまり、以前の世界で仲のよかった友人は身の回りで影も形もなく、誰かわからない人に親しく話しかけられては誤魔化し、なぜか『お兄様~』と太い声ですり寄ってくる後輩を、引き笑いを浮かべながら相手にしなければならなかったのだ。

 ぼくは、この世界のぼくとその周囲の人々の心と関係性を垣間見ながら、社会的な死と隣り合わせの一人旅を強制させられているようなものだった。

 

 そうして、ぼくがこの世界にやってきてからひと月ほど経ち、慣れはしないけれどどういう世界か理解は出来始めたころ、またしても意味不明な出来事がぼくを襲った。

 ISの男性適正検査だ。

 ISというものが以前の世界には存在していなかったので、前日に調べてみたが、どうやらマッドな博士が開発した最新の軍事兵器? のようなもので、既存の兵器を凌駕する性能を有し、あっという間に世界の常識を覆した。

 で、この兵器は女性しか動かせなかった。この女性のみ、という項目に、この世界の男性は人権団体やら何やらが騒ぎ立てたらしく、政府は動かせないと分かっていても中学三年になると全国の学生に適性検査を受ける決まりにした。

 それが原因で男子校に通うぼくにも適性検査を受ける義務が生じ、何が何だか分からないまま検査を受けたら、どういう訳か適性が見られた。

 

 これに驚いたのが政府で、「え、マジで?」、「男は乗れないんじゃねえの?」、「しかも二人も?」と、元々適性のある男子は出ない前提で行っていたため、てんやわんやの大騒ぎになり、念入りに再検査を何度も受けさせられたが、適性ありの結果は変わらず。

 ぼくは世界初のIS操縦者――もう一人居るのだが順番的にぼくの方が早かった――になり、一躍時の人になった。

 

 個人というものは、よほどの大人物でもない限り、大きな流れには逆らえないものだ。

 ぼくは強いて言うなら、プロ野球チームに初の女性選手が入団したかのような扱いを受けた。

 世間のぼくを見る目はとても優しく、そしていやらしい。

 ぼくも以前の世界の自分を思い出してみれば心当たりがあって強く言えないのだが、男性の世界に女性が進出しても、注目されるのは能力ではなく容姿だったりする。

 ぼくも男性のIS操縦者として脚光を浴びたときも、まず着目されたのは容姿の良さだった。

 マスコミはまるでぼくをアイドルのように連日取り扱ったし、世間もそんな取り上げ方を望んだ。

 よくマスゴミだ何だと言われているけれど、彼らがそうするのは世間での需要があるからで、ゲスい情報を求めている層が一定数いるのである。

 ぼくだって男しか乗れない機体のパイロットに女子中学生が選ばれたとなったら、少しはプライベートな情報を知りたいとは思うし、多少なりは同情や罪悪感を覚えるだろうけど、マスコミが世間に批判される代償にそのコの記事が読めるなら、ラッキーと思って胸を躍らせると思う。

 

 そういった世間の下衆な欲望もあって、ぼくはなぜか表に出てこないもう一人の男性適性者の分も注目を一身に集めることになった。

 その間、ぼくは政府やIS学園への入学手続き、IS関連企業との対応に追われながら慌ただしく過ごしていた。

 多忙さに身を任せて、ややこしい事柄を考えてしまうのを放棄していたのかもしれない。

 そんなぼくでも悶絶してしまう出来事があった。

 ISの男性用インナースーツが完成したというのでその企業に足を運ぶと、マスコミが集結して、着用した姿を披露して欲しいと言われた。

 どこかでリークされていたのか、圧力に負けたぼくは素直にスーツを着て撮影に臨んだ。

 それが間違いだった。

 

「あの……近くないですか?」

「大丈夫大丈夫、似合ってるよー」

「……どこから撮ってるんですか?」

「あー、気にしないでー。ちょっとポーズ変えてもらえるかなー?」

「……」

 

 ISスーツは、スパッツを分厚くしたような素材の、体のラインが如実に浮き出る造りだった。

 しかも布面積が水着と大差なく、上半身はへそ出し、下は膝上十センチ。セクハラだった。これ着て授業受けろと言われたら、ぼくは羞恥心で自殺する。

 言われるがままセクハラスーツ着て、怪訝に思いながらカメラマンの要求に応じ、最後に軽くインタビューを済ませて、写真撮影は終わった。

 帰ってから軽く悶絶したが、ベッドでもんどりうつ羽目になったのは後日、その時撮った写真がグラビアとして週刊誌に載せられた時だった。

 グラビアになっただけでも恥ずかしいのに、その光景が映像としてニュースで流された。

 ぼくは逃げ場を求めて趣味のネットサーフィンをしていたが、そこで人間の本性を目撃してしまった。

 

 

 

 

 

男性ISパイロット天乃唯くんのスーツ姿wwwwww

 

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2:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

即ハボ

 

3:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

>>1

ああ^~

 

4:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

>>1

もっとハラデイ

 

5:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

マ○コビショビショですよ 神

 

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有能

 

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こんな美少年を女子校に入学させるとかイカンやろ

 

8:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

>>7

レイプ不可避

 

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これと一緒に受けるとかガン見してもうて授業にならんやん

 

10:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

今年のIS学園生はサルみたいに抜きまくるやろなぁ

 

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この顔、このスタイルに加えて厳格なお坊ちゃま学校育ちというクッソポイント高い案件

 

12:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

あああああああああああああああああ!!!!!!

ウチもこんな男の子と一緒に青春したかったンゴォォォォォ!!!!!!!

 

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嫌そうにポーズとってるのが滅茶苦茶そそるわ

 

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すっげえ良い匂いしそう

 

15:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

発見当時からこの子の何がいいかわからないんだよねえ

パート先にも若いってだけで女からチヤホヤされてる子いるけど

あと二十年もしてヒゲが濃くなって髪が薄くなり始めたくらいに劣化して初めて気づくのかな?こういう勘違いしてるイタイ男

 

16:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

>>15

ち~ん(笑)

 

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>>15

ち~ん(笑)

 

18:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

>>15

ちちちち~ん(笑)

 

19:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

>>15

天乃唯嫉妬民見苦しいぞ

 

20:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

念願の男性IS操縦者が見つかったのに

どうして男は天乃唯を叩くのか

 

21:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

>>20

・美形

・男性IS操縦者という選ばれた存在

・美少女が多いIS学園で逆ハーレム

・マスゴミや私たちがちやほやする

男は嫉妬するに決まってるんだよなぁ

 

22:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

>>21

不細工だったら「かっこいい(笑)」「がんばれー(笑)」って

上から目線で応援してたんやろな

 

23:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

ジジイの嫉妬はどうでもいいから天乃唯くんと汗だくセックスしたい

 

24:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:NoHoh0NNN

IS学園受かってよかったぁぁぁぁ!

ひゃほおおおおおおおおおお!!!1

 

25:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:7sUMMerdE

>>24

ウチもやで!

女だけのむさ苦しい学園生活覚悟してたけど

こんなコと3年間青春できるなんて最高や!

 

26:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:KIY0kaIkw

>>24

同期だ!

この学園生活で一生おかずに困らなくなりそう

 

27:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:sH1zuneta

>>24-26

不穏な発言は慎むように

間違っても匂い嗅いだりセクハラしたりしないで

天乃くんが不登校や退学にでもなったらどうするの

 

28:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

何でこのスレにIS学園関係者湧いてんだよクソが

 

29:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

学生証貼れ

 

30:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

このコ若いからちやほやされてるだけで

年取ったらジジイになりそう

 

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>>30

加齢臭漏れてるぞジジイ

 

32:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

このスーツデザインしたヤツ変態やろ

 

33:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

男アスリートなど性の対象でしかないと言わんばかりの秀逸なデザイン

 

34:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

男軍人だぞ

 

35:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

ISは運転技術を競う競技種目だから(すっとぼけ)

 

36:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

宇宙での活動を目的とした強化外骨格だから宇宙パイロットだぞ

 

37:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

最高!マ○コビショビショになりそう!できたら私服制服姿ありますか?

 

38:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

}}1 もっと貼ってくれませんか?

 

39:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

}}1 他にありませんか?

 

40:笛吹けば名無し20XX/XX/XX(金) XX:XX:XX.XX ID:XXXXXXXXX

他の方もアップしてもOK

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ぼくはそっとブラウザを閉じた。

 目を閉じ、深呼吸をする。しばらくしてから、吐き出した。

 

 

 

「女の子って、フケツ……!!!!!」

 

 

 

 ……重ねていう。ぼくは男女が入れ替わった世界にきてしまった。これが胡蝶の夢、もしくは水槽の中の脳が見ている幻想なのか判別する術はない。

 ただひとつだけ確かなことは、この世界の女はオープンスケベで、果てしなくはしたない生き物であり、男の性は売り物だということ……!

 

 前の世界の父さん。前の世界との差異に、ぼくは眩暈がして、まっすぐ立っていられなくなるかもしれません。

 でも、強く生きていこうと思います。ただ、ひとつだけ言わせてください。

 この世界のあなたは牛でした。人は環境で変わる生き物です。

 ぼくがこの世界で自立した時、前の世界の父さんが育てようとしたぼくではなくなってても、どうか自分の息子だと認識して下さい。

 ぼくだってソファで寝っ転がりながらワイドショー観てせんべいを齧るあなたを父と認めたのだから、そうしてもらわなくては困ります。

 

 では――。

 



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真っ盛りな君たちへ~イケマンパラダイス~

「日本代表候補生の専用機? 知るかバカ! そんなことより男性IS専用機だ!」というメディア、スポンサー各企業、国民の総意により本来代表候補生のISに割かれるリソースを全力で注ぎ込み、ぼくのISが完成した。

 求められているのはISを操縦できるパイロットではなくアイドルでした。

 ぼくがISを操縦している映像や写真は大々的に宣伝され、史上初めてISに乗った男性として広告塔として表に立たされることになった。

 

『打鉄でもいいけど、なんかパッとしないじゃないですか』

 

 ぼくの専用機が造られる過程で、関係者から出たひとことである。男がISに乗る記念すべき機体が量産機じゃ見栄えがよろしくないらしい。

 経緯はどうあれ、ぼくがISに乗った事実は世間に凄まじいインパクトを与え、もうひとりの男性操縦者の専用機の開発プロジェクトが始動し、結果として代表候補生の専用機の開発はさらに遅れることとなった。

 ぼくが謝る必要があるのかわからないけど、ごめんなさい日本代表候補生の人。せっかく日本代表候補生になったのに、ぼくがISに乗れたばっかりに後回しにされてしまって可哀想だ。

 

 

 

 ともあれ、大人の事情で専用機パイロットにまでなったぼくは、待機状態ではネックレストップになっているISを引っ提げてIS学園に入学した。

 予想はしていたが、半年前から騒がれていたぼくは奇異の目に晒された。視線が質量を持つことを実体験で確信する。

 すごい見られてる。とっても見られてる。滅茶苦茶見られてる。

 入学式が終わり、教室に移動して自分の席についてからもずっと視線が集中している。自惚れではなく、ぼくの席は一番後ろなのに振り向いている人が大勢いるからもうガン見されているといっていい。

 一番前にはもうひとりの男性操縦者、織斑一夏くんがいるのだが、彼は肩を縮めて小さくなっている。

 自己紹介も簡潔で控えめだった。なのにぼくのときだけ、クラスメートが騒ぎ立てたり、質問が飛び交ったりした。

 どうやらぼくはメディアに露出しすぎて目立ち過ぎたらしい。本来、ぼくと織斑くんとで分散される注目度が、織斑くんの取材拒否でぼくに集中したから当然なのだけれど。

 ……ぼくは事前に、同学年にぼくを下心満載の目で見ている人が複数人いることを知っていたので、比較的マシだったが、前の世界の女性に相当する織斑くんには、かなりきついのではないだろうか。

 

 ぼくからすると、俗っぽい言い方をしてしまえば、女の子の物凄い良い匂いがするのだが、織斑くんには男子校のむさ苦しい匂いに感じるのかもしれないし。

 ぼくが心を空にして、クラスメートの黄色い声の荒波をやり過ごしていると、タイトなレディーススーツの凛々しい美人が教壇に上がった。

 

「このクラスの担任を勤める織斑千冬だ。適性と成績が優秀なだけで選ばれた貴様らを一人前に仕上げるのが私の仕事だ。このクラスには都合上、男子生徒が二人いるが、特別扱いする気はない。女子生徒諸君も色恋に浮かれることなく、勉学に励むように」

 

 教室が浮かれているのを引き締める厳格な声と態度だが、反対に女生徒は色めきたっていた。

 恐らく、前の世界観でいうオリンピック金メダリストに相当する有名人だから、憧れの選手に会って興奮してしまうようなものだと思う。

 織斑先生は額に手をあて、これ見よがしにため息をついた。

 

「まったく……どうしてここの生徒はこんなのばかりなんだ。言っておくがお前たち」

 

 呆れ顔から一転しておっかない顔つきになり、浮かれっぱなしのクラスを見渡して、

 

「私の弟に手を出したら殺すぞ」

 

 ……ぼくは?

 静まり返るクラスの中、ぼくはそう質問しそうになる衝動を何とか堪えた。

 おかしいな。ぼくの名前が入ってなかったぞ。これじゃまるでぼくには手を出してもいいみたいじゃないか。

 公私混同しない、特別扱いする気はないってさっき公言してたのに、さっそく翻意にしてるよ。

 ケダモノの群れに放り込まれた弟が心配なのは分かるけども、ブラコンをこじらせているからか、ぼくが蔑ろにされている気がする。

 ぼくの心の叫びが通じることはなく、織斑先生はそれ以上語らなかった。そうして、ぼくのIS学園生活が表面上は穏やかに、しかし内情は混然と始まったのである。

 

 

 

 

 

 休み時間になると、ぼくと織斑くんの半径三メートルくらいに空白地帯が生まれていた。

 クラスメートたちは皆遠巻きにぼくたちの様子を窺っている。廊下にはぼくたちを一目見にきた学園中の生徒でごった返している。何となく動物園の檻の中を彷彿とさせる光景だった。

 彼女たちは一様にひそひそと何事か話し合っているが、ぼくにはその心情が容易く想像できた。

 

 織斑くんは織斑先生が怖くて手が出せない。ならぼくに行くか? お前行けよ。お前が行けよ。誰も行かないなら私が行くけど。抜け駆け禁止。ならどうすんだよ。みんなで行こう。

 

 躊躇いと好奇心と先んじたい功名心がひしめき合い、全員が様子見に徹していた膠着状態から、フットワークの軽い人が抜け駆けしようとする足を引っ張り合った末に、折り合いをつけて赤信号みんなで渡れば怖くないの結論に至って集団で動こうとする頃合いだ。

 案の定、牽制し合うみんなを差し置いて、動く人がいた。長身で物凄くスタイルの良いポニーテールの女性が織斑くんの方に歩いていく。

 女生徒が「しまった!」みたいな顔になったと思ったら、「え、織斑くんに!? なにあいつ勇者!?」と仰天し、固唾を飲んで凝視する。

 綺麗な姿勢と足取りで悠々と織斑くんに歩み寄っていくが、辿り着く前に織斑くんが席を立った。

 と、思いきやぼくの方へ向かってきた。というか走ってきた。そしてぼくの手を力強く握った。

 

「男ーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 

 あっ、はい。男です。

 突然叫ばれてショートしたぼくに織斑くんが畳みかける。

 

「よかった、男がいて。天乃唯だよな? 俺は織斑一夏。よろしくな!」

「う、うん」

 

 虚をつかれてぼんやりと返事するぼくの手をブンブンと振り回す。

 

「女子高に強制入学なんて聞いた時は頭が真っ白になったけど、同じ境遇の人がいるなら耐えられそうだ。お互い、助け合って生きて行こうな」

「そ、そうだね。二人だけの男だしね」

 

 第一印象は、快活な美形の男の子だった。顔立ちは織斑先生に良く似ているが、笑うと人懐っこい愛嬌があって親しみやすい。

 同じ造形なのに、どうしてこうも印象がちがうのか不思議になるくらいだ。

 前の世界でも相当に女子に人気があっただろう。なぜかこの男女の立場が逆転している世界でも、美意識とでもいうか、美醜の感覚とでもいうべきか、そういった価値観は変わっていなかったから、きっと織斑くんはモテるはずだ。

 怖いお姉さんがいなければ。

 

「一夏、少しいいか」

 

 そして怖いお姉さんがいるのに、めげずにポニーテールの娘が織斑くんに声をかけた。

 織斑くんは、「えー」とでも口にしそうな、不満げな顔をしたが、彼女の背中についていった。

 名前を呼び捨てにしていたし、雰囲気からして昔なじみか、元々友達だったとかかな。

 ぼくがじっと彼女を見ていると、不意に目が合った。どう反応したらいいかわからず、曖昧に笑いかけると、ぷいと逸らされた。

 二人が教室を出ていく。周りの女生徒はポニーさんを「勇者だ」と尊敬するような口ぶりで讃えていた。別に手を出さなければ、話すくらい大丈夫だと思うんだけれど。

 

「もし、そこのあなた」

 

 鈴の鳴るように澄んでいて、それでいて艶やかな響きの声のする方に目を向けると、ぼくの斜め前にいた長い金髪の白人少女が瀟洒な立ち姿でぼくの傍にやってきていた。

 異国の人に話しかけられて、ぼくは僅かに緊張した。

 

「ぼくですか?」

「わたくしの眼には、あなたの他に何も映っていませんが」

 

 それもそうだ。流れるように返されて、ぼくは返す言葉もなかった。

 流暢に日本語を話すことにも驚いたけれど、なんというか、グイグイと距離を縮めてくる感覚にたじたじのぼくに彼女は優雅に微笑みかけてきた。

 

「あら、ごめんなさい。意地悪するつもりはなかったのですけれど。わたくし、セシリア・オルコットと申します。イギリス貴族・オルコット家当主にして代表候補生ですわ」

「天乃唯です。恥ずかしながら、オルコットさんのように誇れるものはありませんけど」

「そんなことありませんわ。男性の身でありながらISのパイロットとして努力しているではありませんか。わたくし、あなたとはぜひ、お近づきになりたいと思っておりましたの」

 

 現代に貴族なんて本当にいるんだなとか、貴族のお嬢様と言われれば成程と頷きたくなる気品というか物腰に気圧されていたぼくの手を、オルコットさんはごく自然に会話の流れに乗って握った。

 

「あの……お、オルコットさん?」

「セシリアでかまいませんわ」

 

 柔和な笑顔と対照的に行動は強引で、息がかかるほどに顔を寄せて言う。

 

「唯さん、周りが女性ばかりで不安になることもあるでしょう。でも安心なさって。わたくしがあなたの騎士になって差し上げますわ!」

「……はい?」

「わたくしに、あなたのことを守らせてくださいな」

 

 ……ひょっとして、口説かれているのだろうか。金髪白人の美少女が、自らを騎士と称して気障なセリフを恥じらいもなく口にするものだから、ぼくは疑心暗鬼になって現実を受け入れられずにいた。

 セシリアさんにちゃんと向き合っていないからか、外野の声がいやに耳に届く。

 

「ちょ、天乃くんが金髪イケマン(※イケてるウーマンの略)の毒牙にかかっちゃうよ!」

「このままだと、気になる清楚なあのコがチャラい女にいつの間にか落とされてる鬱展開に!?」

「目の保養してる場合じゃねえ!」

 

 ぼくがセシリアさんの綺麗な湖面のような青い瞳に映っている自分から視線が固定されて身動きが取れないでいるあいだに、周囲が大移動する気配を感じた。

 セシリアさんは反応のないぼくに困った顔をしていた。

 

「ちょっと、聞いてまして? つまりですね、これからわたくしがあなたの剣となり盾となり――」

「――どっせい!」

「はぐッ!?」

 

 またしても口説き文句らしきものを口にしようとしたセシリアさんは、押しかけてきた大勢の女生徒に弾き飛ばされて揉みくちゃになり、ぼくの視界から消えた。

 入れ替わりに前にきた快活そうな女生徒が挙手し、元気にアピールしてくる、

 

「あまのくぅーん! アタシ、相川清香! 出席番号一番、一番だよ! 趣味はスポーツ観戦とジョギング! よろしくね!」

「布仏本音~。隣の席だよ~」

「あたしは谷本癒子! よろしく天乃くん!」

「な、何なんですのあなた方! 今はわたくしが――」

「新聞部でーす! 天乃くん、写真撮っていいかな!? できれば織斑くんと一緒に!」

「あああっ! 次から次へと~~~!」

 

 濁流のごとく押し寄せるメスの群れ。人口密度が急激に上昇し、圧倒的な熱量と指向性の伴った情念が隠しきれずに迸っている。

 彼女たちの顔には、『性欲』と書いてあった。義務教育から解放された途端、全寮制女子高に閉じ込められた彼女たちの前に現れた、唯一手が出せる異性を前にした態度がこれである。

これが前の世界の男か……ここまであからさまだったかな。大学生はともかく高校生はもう少しシャイだった気がしなくもない。

このバカ騒ぎは織斑先生が来るまで続いた。気分はオタサーの姫だった。いや、アナタハンの女王かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 長い一日が終わり、あてがわれた自室に赴くと、先客がいた。分かっていたが、織斑くんだった。

 男子は二名、寮は二人部屋だから当然である。すでにTシャツにハーフパンツとラフな格好に着替えていた織斑くんは、入ってきたぼくを見て安堵の笑顔を浮かべた。

 

「おぉ! よかった、同じ部屋だな。もし女子だったらどうしようかと思ってた」

「あはは、さすがにそれはないと思うよ」

 

 なったらその女子は織斑先生に殺されてると思うから。

 と、まあ、笑えない冗談は置いておいて。ぼくは織斑くんが元の世界の女子高生に当たることから、話が合うかとか、男っぽくないと言われるかもしれないと多少警戒したのだけれど、そんなことはなかった。

 挨拶を交わしてから、親睦を深めるためにとりとめのない雑談をしていたが、普通の男の子と何ら変わったことはなかった。

 これなら意識することなく友人として接することができそうだ。会話がいくらか続いた頃には、お互いを名前で呼び合うようになっていた。

 ぼくが学園生活に展望を見出していたとき、一夏は思い出したように憤懣をもらした。

 

「あ、そういえば今日、女子が唯に言い寄ってたよな。バカみたいに何人も何人もさー」

「え? あー、うん」

 

 ぼくが言い澱み、歯切れの悪い言葉しか返せないでいると、一夏は咎めるように言った。

 

「気をつけろよ。女は全員ケダモノなんだぞ。四六時中発情して、男とヤることしか頭にない野蛮な生き物だ。唯なんて美少年だからみんな狙ってるぜ。危なくなったらすぐ助けを呼ぶんだぞ」

「そうかな……いくら何でも、そんなことする人たちじゃないと思うけど」

 

 男性の立場からつい否定してしまう。ややこしいけれど、ぼくはこの批難を受ける立場だったのだ。こういう偏見には一言二言言い返したくなる。

 これに対して一夏はムッとして強い口調で言った。

 

「女なんて男の顔と胸と尻しか見てないだろ」

 

 ご尤もです。しかもこの世界の女子は男子の竿のサイズを推測して興奮するらしく、ズボンの膨らみを見て妄想を膨らませているとか。男が服に包まれた胸を見て興奮するのと同じですね。

 まだ言い足りないのか、一夏はぷりぷりと怒り出した。

 

「今日一日見てて気づいたけど、唯はガードが緩いんだよ。男子校にいたから仕方ないのかもしれないけどさ、ここは女子校だってこと忘れちゃダメだぜ」

 

 有り難い説教が続く。気をつけてなくては思うけれど、十五年も男として生きてきた意識を改善することは難しく、中学校は男子校で女子の目がなかったからそこは考えたことなかったのである。

 さて、この世界の男子代表である一夏と接してきて、気づいたことがある。

 説教を耳に入れながら、ぼくは隙を見て質問してみた。

 

「あの……一夏ってひょっとして、女の子のこと苦手?」

「え、うん。苦手つーか、嫌いかな」

 

 その答え方がとてもあっけらかんとしたもので、「何言ってるんだよ、当然だろ?」とでも言いたげな顔で口にするので、ぼくはしばし閉口してしまった。

 あーやっぱりそうか……そうきたか……

 




たぶん元の世界に変換するとこうなるんじゃないかという思いつきで考えた少女漫画風登場人物紹介

天乃唯…主人公。運命のイタズラで男子校に入学させられてしまった美少女。周りはイケメンの男ばかり!
    ヤリタイ盛りの男に囲まれた彼女の高校生活はいったいどうなってしまうのか!?

織斑一夏…主人公の親友ポジ。どうしてか男子校に入学させられた女生徒2号。男嫌いで唯にべったり。
     超がつくブラコンで一夏に首ったけな幼馴染も眼中にない。

篠ノ之箒…一夏の幼馴染。片思いの幼馴染との再会を喜ぶが、再会した一夏はいつの間にか男嫌いになっていた。
     主人公には特に思い入れはないがグラビア写真は持っている。

セシリア・オルコット…俺様系金髪金持ち美少年。主人公に「俺の女になれよ」と言い寄ってくる。

鈴ちゃん…2組。




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黒髪ロング=清純清楚という方程式の誤り

 この世界でのぼくの異常な人気に、ふと疑問に思い、ネットに散りばめられた匿名の混じり気のない風評から、元の世界の女性に置き換えるとどのような人物像になるのか推測してみた。

 まず、概ね、ぼくの容姿は持て囃され、美少年と形容されている。そこに『アイドルよりかっこいい、かわいい』だの尾ひれがつくが、まぁ斜に構えている人が多いネットでも絶賛されていたから顔は良いのだろう。

 そこに顔以外の付加要素を足してゆくと以下のようになる。

 

 『黒髪』で『スタイルが良く』、『清楚』で『育ちがよくお坊ちゃまっぽい』、これに『名門男子校だから恐らく童貞』に発覚当時中学生、現在高校生の『若さ』がつく。

 この『スタイルが良い』の定義がイマイチわからない。AV男優を見るに、マッチョな男性がセクシーというかグラマーでセックスアピールになるようなのだが、ぼくにそんな筋肉があるわけがなく、モデル体型に近いのだと思う。

 

 まとめると、元の世界の女性に置き換えたぼくは、黒髪の清楚な美少女で、名門お嬢様学校育ちで男慣れしてなさそうなモデル体型の女子高生になる。

 すごい、ここまで男に媚びた属性がてんこ盛りだと返ってビッチっぽくなるくらいだ。

 ここまで完璧な存在だったこの世界のぼくは、どんな性格をしていたのか大変気になる。スマホには女性のアドレスがほとんどなかったから、女遊びしていたわけではないだろうけど。

 身体的には元の世界のぼくと差異は全くないから、ぼくの体がこっちに来たのか、魂だけ憑依したのか、それすら判別がつかないため、幾ら考えても栓無きことではあるが。

 

 

 

 一夏が女嫌いを告白した翌朝、ぼくは同性の一夏と彼が嫌う女性たちとの付き合いのバランス感覚をどうすればいいか憂慮しながら朝食を摂っていた。

 生徒は三食無料、寮もそこそこのホテルのようで住環境に不満はない。まぁ、異性ばかりで気を使わなければいけないのが難点だけれど、正直男子校だった中等部よりも気楽である。

 見知らぬ人にいきなり親しく接されると、どうしても拒否感が出るのだ。この世界のぼくの友人だった彼らには悪いけど。話も女性の方が合うような感じもするし。

 

「あ、天乃くん。隣いい?」

 

 注目されながらも声をかけてくる人もいないので、一人でもそもそ食べていたのだが、緊張がちな声色で近寄って来る人影が複数居た。

 誰かと思えばセシリアさんの次にぼくの印象に残っているクラスメートたちだった。元気なショートカットが相川さんで、おさげが谷本さん、ほんわかした布仏さんに……黒髪ロングが鏡さん、一夏の隣の席のおとなしそうな人がかなりんと呼ばれたコかな?

 ウチのクラスは代表候補生のセシリアさんや男子二人がいる問題の多そうなクラスだが(だから織斑先生が宛がわれたのだろう)、他は全員日本人で編成されている。行動力や社交性からして、彼女たちがクラスの中心になるだろうし、仲良くしておいて損はない。

 ぼくは快く受け入れた。

 

「どうぞどうぞ」

「ありがとー。そいじゃ失礼して」

 

 隣に相川さんが腰を下ろす。後ろの四人はぼくがOKを出すと、小さく「やった」と顔を見合わせて喜んでいた。まあ、こういうのは男女関係なくかわいいかな。

 

「あれ、織斑くんは居ないの?」

 

 鏡さんが言う。ぼくは苦笑した。

 

「朝はいらないって、部屋にこもってるよ」

「へー、そうなんだ」

「まぁ男の子だしねえ」

 

 女性陣は思い思いに口にする。本当は女の子がたくさんいる環境が嫌で籠城してるんだけど。

 入学早々からこれだと、まだまだ先の長い一夏の学園生活が大丈夫なのか心配になるが、元の世界でいう男性恐怖症みたいなものなのかな。何で嫌いなのか聞けなかったが、会ってすぐに深く切り込むのも躊躇われるし、おいおい向こうから話してくれるまで待とう。

 雑談を交えながらゆっくり朝食を楽しんでいたが、会話を重ねていく内に彼女たちが同年代の女性のモデルケースというかティピカルというか、一般的・普遍的な感性を持っていると思えてきた。

 前々からこの世界には疑問が多かったから、思い切って聞いてみることにした。

 

「ねえ、やっぱり女の人って筋肉質な男の方がいいのかな?」

「えっ?」

 

 切り出し方が唐突過ぎたのか、異性から好みの話をされて驚いたのか、五人はそろって固まった。

 

「それってどういう――」

「人によると思うなー。マッチョがいいって人も居れば、スレンダーがいいって人も居るし、行き過ぎなければどっちもありー」

「だねー。デブだったりガリガリだったり、極端にムキムキじゃなければ別に気にしないよ」

 

 谷本さんが身を乗り出して何か聞き返そうとしたのを布仏さんが遮って答え、それに相川さんも同調した。

 

「そうなんだ。でもグラビアアイドルはマッチョな人が多くない? それって筋肉に魅力感じる人が居るってことじゃないの?」

「えーと……ま、まぁそれなりに引き締まってる方がいいのは確かなんだけど、正直アメリカの俳優みたいに凄いマッスルなのは色気通り越して引くなぁ」

「それに運動してるわけでもないのに、見せ筋つけまくってるの見ると、そこまで女にモテたいのかって思っちゃうかな」

 

 なるほど、胸や尻がデカすぎても引いちゃうと同じ感覚なのか。あと、筋肉は女性の胸とちがって鍛えようと思えば身につけられるから、あまりセックスアピールに必死だとビッチに見えると。……変な価値観。

 ぼくが一人納得しながら、それでも腑に落ちない妙な気分に陥っていると、鏡さんは期待しているような、含みのある笑みを浮かべた。

 

「意外だなー。天乃くんもそういうの気になるんだ」

「へ?」

 

 ………………ああ、今のは『男は胸が大きい娘の方が好きなのか尋ねる女の子』になるのか。めんどくさい。ぼくは慌てて取り繕う言い訳を考えた。

 

「いや、あの……男子校育ちだから、そういうのに疎くて、気になってしまって」

「へー。まぁ、あの黒薔薇学園育ちだもんね。もしかして、同年代の女の子と接する機会も、殆どなかったり?」

「……はい」

 

 たぶん。この世界の記憶がないから確証ないけど環境的に機会に恵まれてないし。

 頷くと、この五人だけでなく周りからも「おー」と感嘆の声が漏れた。聞き耳に立てていたのか。

 嫌な空気になったので、ぼくは話を変えることにした。

 

「みんなはどうなの? みんな可愛いけど、彼氏とか居たりしなかった?」

「居ない居ない!」

「うんうん、彼氏なんて、全然!」

「フリーもドフリー! ノーマークよノーマーク!」

 

 話題を振ると、必死なくらいアピールされた。嘘でもちょっと前は居たとか見栄張ったりしないのか。潔い。

 

「そうなんだ。でもIS学園生ってエリート中のエリートだし、男の子にモテモテでしょ?」

 

 ぼくに下心が集中されても困るので、意識を外に向けようと画策する。彼女たちは彼女たちで、学年で一番とか、学校で一番可愛いレベルの容姿をしている。

 普通に異性に人気あるだろうし、他校の男でも見つければいいんじゃないかと思ったぼくだが、発言した途端にみんなの顔が暗くなり、空気が冷えた。

 

「……? どうしたの?」

「あのね、天乃くん……教えてあげる。――IS学園に出会いは、ない」

 

 谷本さんが憂鬱な顔色で断言した。え、そうなの?

 

「IS学園は、ISの特性上、生徒は女性のみ。おまけに安全と情報保護のために、生徒は外界から隔離された場所で寮生活を強いられる。他校との交流は一切なし。外出にも面倒な書類に長々と理由を記入して許可をもらわなければならず、外の人が訪れる学祭も生徒が配るチケットがないと入れないから必然的に保護者に限られる。そうなると出会いは長期休暇でナンパして彼氏をゲットすることに限られてくるんだけど……」

「全寮制だから滅多に会えないんで、強制的に遠距離恋愛になるのよね。それで、その、満足できるわけもなく長続きしなくて……」

「卒業したら引く手数多で、合コンでもモテるって聞くけど、少なくとも在学中は諦めろってのが現状なのよね……」

 

 一様に暗い顔で話す面々にぼくは少し同情してしまった。そういう事情でぼくに殺到するわけか。いや、全然良くないんだけど。

 

「さすがに入学前から彼氏居るコのことは分かんないけど、まともな恋愛はここでは望めないわけですよ、私たちは」

「天乃くんとなら話は別だけどねー。あたし、彼女に立候補しちゃおっかなー」

「調子乗るなボケー、コイツぅー!」

「ギャー」

 

 最後はボケでお茶を濁していたが、これは本気だろう。確かに、二人部屋でプライベートはあってないような環境で、十代男子並みの性欲に苛まれ続けている彼女たちの前に、世間知らずのお坊ちゃまがきたら跳びかからずにはいられない。

 ぼく、大丈夫? レイプされない? みんな可愛いから、ぼく自身はそんなに抵抗感ないけど、後々面倒になりそうでやっぱり何とかしないといけないのかなぁ。

 校則で不純異性交遊禁止だったりしないの?

 後で調べてみようと思うぼくだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏が先に行っててくれというので、一人で登校したぼくが昇降口に着くと、セシリアさんとばったり出くわした。

 

「あら」

「おはようございます、セシリアさん」

 

 男子校で仕込まれた癖で、上品に微笑みながら挨拶する背筋がむず痒くなる行為をすると、セシリアさんは優雅に微笑み返した。

 

「はい、おはようございます。ふふ、朝から唯さんと会えるだなんて、今日はついていますわ」

 

 まぁ、クラスが一緒だから不幸でも教室で会いますけどね。特に会話も思いつかないからどうしたものかと困っていたが、世辞を述べたセシリアさんはえらい綺麗な手を差し出してきた。

 

「ここで会ったのも何かの縁。わたくしにエスコートさせてくださいな。と言っても、教室までの短い間ですけども」

 

 何でこんな気障ったらしいセリフポンポン出てくるんだろうと不思議に思うものの、特に断る理由もないのでぼくはその手を取ってしまった。

 だって物凄い美少女の誘いなんだもの。これは仕方ないよ。

 並んで歩いてみて、横顔の綺麗さ、肌の白さ、毛先が巻かれた金髪の見事な鮮やかさとか、そういった彼女を構成する派手な部位よりも、意外と背が低いことが目についた。

 背丈は日本人の女性と大差がない。他の女性的な部位は発育が良いようだけど、まっすぐに伸びた背筋や、自分が特別なのだと他者に認識させるオーラが大きく見せているようだった。

 

「日本には慣れましたか?」

「部屋が少し狭いですわね。それに使用人も居ませんから、身の回りのことを自分でやらなければいけないのが不便で仕方ないですわ。その他には思うところはありません」

 

 使用人だって、使用人。住む世界が違うとしみじみ思わされる単語が出てくるなぁ。

 ぼくが本物の上流階級の人の話に感心していると、こちらにも話を振られた。

 

「唯さんはどうなのですか? 女子校に入学した男性の初日の感想が聞きたいですわ」

「特に何も。皆さんはとても親切ですし、今のところは問題ありません」

「本当ですか? 困ったことがありましたら、いつでもわたくしを頼ってくださいね? 必ず駆けつけますから」

 

 ……こういうのを積極的というのだろうか。肉食系女子とでもいうのだろうか。

 可愛い女の子に言い寄られるのは素直に喜ばしいことなのだけれど、初対面から守護ると言われても警戒心が先に立つのは当然なわけで、少なくとも元の世界でぼくが女だとしたら、こんなこと言ってくる男に心を許したりしないと思った。

 幾ら何でもイケメン白人に話しかけられただけでホイホイついていく女の子なんて居るわけないよね。

 

「あの、どうしてぼくにそこまでしようとしてくれるんですか?」

「どうしてとは?」

「面識もない人に突然、私が守ってあげると言われたら、不自然だと思うのは普通じゃないですか?」

「何もおかしくないですわ。男を守るのは女として当然のことですもの」

 

 お前怪しいんだよ、と指摘したら、セシリアさんはあくまで男女の共通認識として当然のことをしたまでだと宣う。なにその男が絶対奢らなければいけないみたいな価値観。

 唖然とするぼくにセシリアさんは余裕を携えた微笑を向けた。

 

「織斑さんのように頼れる近親者が居るわけでもなく、寄って来るのは牙を隠そうともしないケダモノばかり。大人も女性ばかりで気を許せる者が居ない環境。そんなあなたに手を差し伸べてあげたくなるのは女性として当然だと思いませんか?」

 

 あー、そこまで考えてくれてたのか。父性みたいなものかな。納得しかけたぼくにセシリアさんは、僅かに柳眉をしかめて言う。

 

「もちろん、誰でもいいと言うわけではないですのよ? わたくしの祖国・イギリスの男ときたら、プライドが高くて、粗野で皮肉屋で、全く可愛げがありませんの。それに比べて、唯さんは素直で慎み深く、愛らしい。噂にきく日本男児そのものではありませんか。

 わたくし、そういう男性をとても好ましいと思っているんですの」

 

 ……日本男児? 大和撫子の、この世界バージョン? そんなもの幻想で既に実在しないニンジャ、サムライと同格の存在なのに、外国人はまだ信じてるの!?

 酷い誤解だ。時代錯誤なセシリアさんの認識を解かなくてはと憤るぼくを見て、何を思ったのかセシリアさんは一歩踏み込んできた。

 

「そう思い悩まなくてもいいではないですか。迂遠な物言いで納得されないのでしたら、率直に申しあげますわ」

 

 そう言うと、ぼくの顎に指で触れ、自信に満ち溢れた瞳でぼくを見上げた。

 

「――わたくしにも下心がありますの。こんなに美しい男の子を、他の女性に渡したくない。自分のものにしてみたい。あなたを見ていると、どうしようもなく独占欲が湧くのですわ」

 

 妖艶な空気に気圧されて、ぼくは青い瞳に吸い込まれる感覚に陥った。すごい告白だ。こんな口説き文句言われたことない。

 告白というには上から目線というか、ぼくが王冠か宝物みたいな扱いされてるように感じるけど、とにかく美少女に言い寄られるのは耐えがたい誘惑だと身に染みて実感した。

 ラブコメの主人公って毎日これに抗ってるんでしょ? 修行僧でも目指してるのって耐性だよね。

 

「フフ、顔が赤くなってますわ。そういう初心なところも素敵です。さて、どうしましょうか。朝のHRまで時間もありますし、どこかで暇を潰し……」

 

 そこまで言いかけたところで、ぎょっとセシリアさんが目を剥いて身を引いた。後ろ?

 振り返ると、ぼくの背後に織斑先生が立っていた。いつの間に? 全く気配を感じなかったんだけど。

 

「朝からお盛んだな、オルコット。そんなに元気が有り余っているなら、グラウンドを走って発散してきたらどうだ?」

「お、オホホホホ、遠慮しますわ……では唯さん、御機嫌よう。教室でお会いしましょう」

 

 セシリアさんでも織斑先生の威圧感には逆らえないのか、冷や汗を流しながら、引き攣った笑顔を残してスタコラと先に行ってしまった。

 ポツンと佇むぼくの肩に手を置き、織斑先生は幾分柔らかい声音と微かな笑顔をぼくに向けた。

 

「大丈夫だったか、天乃」

「え、ええ……まぁ」

 

 別にそこまで危ない目にあってないのだが、とりあえず合わせておく。織斑先生はすぐに厳しい顔つきになって小さく嘆息した。

 

「済まないな。女所帯だから、数少ない男のお前には、こういう輩が寄って来ることも多いだろう。弟ばかりに目が行って、天乃への配慮が足りなかったな。申し訳ないことをした」

「いえ……」

 

 おざなりに答えて、確信する。この人、絶対ブラコンだ。しかもただのブラコンじゃない。超がつく本物のブラコンだ。

 ぼくがちょっと冷めた目で見ていると、織斑先生はぼくに微笑みかけて、力強く語りかけた。

 

「困ったことがあったらすぐに私たち教師を頼れ。必ず力になる」

「はい……」

 

 頷いておいてなんだけど……あれー?

 セシリアさんと言ってること一緒……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式の翌日に一夏が遅刻しかけるハプニングがあったものの、セシリアさんから変なことをされることもなく朝を終え、HRの時間となり、副担任のやたら胸元を強調する服を着た巨乳の眼鏡女教師、山田先生が教室に来て早々、こう言った。

 

 

 

「突然ですが転校生を紹介します」

 

 そう口にした途端に教室がざわついた。そりゃそうである。だってつい昨日、入学式を終えたばかりだもの。何で転校生なのか、入学式に間に合わなかっただけじゃないのか。

 みんなひそひそと疑問を口にしていたけれど、山田先生が精いっぱい声を張り上げると、すぐに静まった。

 

「では、入ってきてください」

 

 扉が開く。入ってきた人影は、小柄で華奢だった。長めのツインテールを揺らした高校生よりも大分幼く見える少女は、教卓の傍で立ち止まると、八重歯を見せて笑った。

 

 

 

「中国代表候補生・凰鈴音! よろしく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´∀`*)


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クラス代表をねらえ!

「一夏~! ひっさしぶりー! 元気してたー?」

「え、なんで居んの?」

 

 入学式の翌日にやってきたエクストリーム転校生は、どうやら一夏の友達だったらしく、一夏の横の席を確保すると、休み時間に親しげに話しかけていた。

 彼女の様子からして、けっこうな仲の良さが窺えたのだが、一夏は再会を喜ぶでもなく、心底どうでもよさそうな顔で転校生を出迎えていた。

 転校生にとっては感動、あるいは驚きの再会になると踏んでいたのか、梯子を外された彼女はズッコケていた。

 

「さっきの紹介聞いてた!? 中国代表候補生だって言ってたでしょうがッ!」

「なんで鈴が代表候補生になれるんだ? お前、二年前まで日本にいただろ」

「いやあ、それはひとえにアタシの才能ってやつ? なろうと思ったらあっという間だったわ」

「ふーん」

 

 ぼくは教室の最後列で最前列の二人の会話を聞いていたのだが、傍目に見ても二人の温度差が酷い。

 代表候補生ということは、ISのパイロットとしていずれその国のトップになれる適正と能力を持っているわけで、中国の人口を考慮すると、転校生は凄まじい競争を勝ち抜いた上澄みの限りなく上層の人のはずだ。

 それは自信になるだろうし、誇ったりもするだろうが、肝心の見せびらかしたい対象の一夏が全く興味ない。

 転校生の加入で席が一つずれ、ぼくの隣になったセシリアさんの方が対抗心を燃やして執心しているくらいだ。ところで、この代表候補生って制度、よくわからないんだけど、先生か代表候補生の人説明してくれません?

 

「つーか、なんでこんな中途半端な時期に転校してきたんだ? 普通に入学してくればいいだろ」

「それは、その……専用機が納期に間に合わなくて」

「鈴って昔からついてないよな」

 

 さて、この二人が旧来の友っぽい雰囲気で会話しているのをぼくらは耳を澄ましながら窺っていたわけだが、二人だけの空間を築かれて二人の関係に関心が高まらない筈がなく、野次馬根性とあわよくばこれをきっかけに一夏との橋頭保を築きたい面々が特攻した。

 

「ねえねえ、織斑くんと転校生ずいぶん仲良いみたいだけど、どういう関係なの?」

「フフン、知りたい? アタシたちはね――」

「ただの幼馴染だよ。小中って同じ学校だっただけだ」

 

 得意げに話そうとして、一夏のそっけない返事に転校生は撃沈していた。あれはどう見ても片思いだな。

 そしてこの会話を凄まじい形相で睨みつけ、一言も聞き漏らすまいとしている篠ノ之さんの姿がぼくの視界の端にあった。ただの幼馴染発言にほっとしたような、それでいて喜べない微妙な表情になっている。

 特攻組は恋人じゃないと分かってますます踏み込んだ。

 

「へー、幼馴染なんだ」

「どういう関係だったの? やっぱり家が隣同士で家族ぐるみで仲がよかったとか?」

「いや、鈴が転校してきたばかりの頃、女子にイジメられてたのを助けたら何か懐かれた」

「人のことペットみたいに言うなぁ!」

 

 ……女の子嫌いなわりにけっこう男勝り、いや女勝りで剛毅なところあるんだな一夏。

 そして不憫だ、転校生。これまでの会話を繋ぎ合わせると、小学校で転校してイジメられていたところを助けられて一夏を好きになり、そのまま中学生までずっと片思いで二年前に中国に帰ることになってしまったが、それからIS操縦者として努力して代表候補生にまでなって日本に戻ってきた。

が、専用機の開発が遅れて入学式に間に合わず転校扱いになり、念願叶って片思いの相手と再会を果たしたら第一声が「なんで居んの?」……。

一夏も酷い男だが、まぁ異性に興味なさそうだし、恋愛にも疎いっぽい。むしろ女嫌いと言っていた一夏が普通に話せる時点で良いポジションにいるのではないだろうか。

 

 

 

 会話は織斑先生と山田先生が入ってきたところで打ち切られ、ISの座学の授業になった。

 予習はしてきたが、この世界はぼくが元いた世界よりかなり文明が進んでいるようで、3Dホログラムがそこら中にあったり、勉強はともかく時代が飛躍した感覚についていけなかった。

 ちょっとした浦島太郎の気分だったが、教科書は電子媒体ではなく紙媒体で購入が必要だったり、時代が進んでもそういうところは変わらないのだと少し残念な気分になった。

 ぼちぼち授業が始まり、山田先生が教壇に立ち、講義を始めようとしたとき、ぼくの隣の布仏さんが手を挙げて立ち上がった。

 

「はい、先生~!」

「なんですか、布仏さん」

「教科書忘れたので、隣の人に見せてもらっていいですか?」

「はい、構いません。でも初日から忘れ物とは感心しませんね。今日は大目に見ますが、次は許しませんよ?」

「はい、すいません~」

 

 布仏さんは形だけ反省した素振りを見せると、くるりと反転して、仏さまに祈るポーズでぼくの方を向いた。

 

「というわけで天乃くん、見せて見せて~」

『!?!!?!』

 

 教室の空気が一変した。

 

「しまったぁ!!」

「その手があったか!!」

「うるさいぞ貴様ら」

 

 何人か席を立ち、クラス中から感心と驚きの怒号が飛び交った。が、織斑先生の一声で沈黙した。

 

「別に構いませんけど……」

 

 この机と椅子、動かせないから物理的に無理じゃない? と言おうとしたら、OKをもらってご機嫌な布仏さんは丸椅子を取り出してぼくの横にやってきた。

 用意周到ですね。

 

「よろしく~」

「あ、はい」

 

 教科書を二人の中間地点に移動させると、それを覗き込もうと身を寄せてくる。当たり前だが女の子の匂いがした。この世界の女子も男の匂いを嗅いで興奮したりするんだろうか。

 周囲から恨みがましい声なき声がする。

 

(やられた……!)

(席が隣だからこそできる裏技……!)

(先生の評価を犠牲にしても構わない……その覚悟がなければ成立しない策……!)

(普通は照れや相手への迷惑を考えて躊躇してしまう筈なのに、奴には全く迷いがない……!)

(ちくしょう……ちくしょう!)

(人畜無害そうな顔して、なんて奴……!)

 

「あ、一夏。アタシも忘れたから見せて」

「いまカバンに仕舞ったのなんだよ」

 

 最前列では転校生が布仏さんを真似しようとして失敗していた。そろそろ織斑先生がキレそうだから授業に集中した方がいいと思う。

 授業内容はISの歴史や国際的にどう扱うか、条約や法律上での注意点など、そういったところを掻い摘んでおさらいする感じだった。

 男女逆転しているから当たり前だが、法律も微妙に違うんだよね。と言っても性別が逆転してるだけなんだけど。

 

「?」

 

 授業を聞いている最中、ぼくの右手に布仏さんの手が当たって、何かと思って目をやると慌てて引っ込んだ。

 見ると焦った表情をして顔を赤らめて目を伏せていた。どうやらわざとではなく、ふとした拍子に手が触れてしまっただけらしい。

 法律のことを考えていた為、こういうので手を握るのも身体接触型のセクハラになるのかなと思い立ち、恥ずかしがる布仏さんが可愛らしかったから、悪戯心が湧いた。

 少し置いて、おずおずと机に手を戻してきた布仏さんの小指を、ぼくの小指でくすぐった。

 

「っ」

 

 身を竦ませた布仏さんは驚いた様子でぼくを見た。ぼくは「気にしてないよ」と笑いかけたら、布仏さんは安堵したのか喜んだのか、どちらとも取れる曖昧な笑顔を浮かべて、おっかなびっくりぼくの手に自分の手を重ねてきた。

 あれ?

 

「イタッ」

 

 今度はぼくが戸惑ったのだが、突然布仏さんが顔を仰け反らせて、小さく呻いた。

 コロコロと机の上に千切られた消しゴムが転がる。飛んできた方に振り向くと、隣のセシリアさんがにっこりと微笑んでいた。

 どっちに向けてか分からないけど、怒っているのは分かったぼくと布仏さんはそれからずっと大人しくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタが天乃唯? ふーん。写真よりかっこいいじゃん」

 

 一夏がぼくをお昼に誘ってきて、それについてきた転校生と一夏を介して知り合った際に、ぼくを見ての感想がこれである。

 食堂のテーブル席で、転校生・一夏・ぼくの並びで座って昼食を摂っていたのだが、否が応にも目立つ。聞き耳立てられているのはいつものことだが、今日は一夏がセットで、男子二人を転校生が独占している状態だから余計に目立つらしい。

 転校生がぼくに色目を使ったのを見るや、一夏は呆れ顔になった。

 

「気をつけろよ、唯。コイツほんとスケベだから」

「ちょっ! な、なに言ってんのよ!」

「小学生のときから部屋にエロ本置いてたじゃないか。エッチで綺麗なお兄さんだっけ?」

「わー! わー!」

「他にも、俺と弾が着替えてるところを蘭と一緒に覗こうとしたりな。普段は仲悪いくせに、こういう時だけ一致団結するんだよな、女って」

「お願いだからやめてよ! 転校初日からアタシのイメージがエロ女になるじゃない!」

 

 ぼくは適当に笑って聞かなかったことにした。うーん、覗きはともかくエロ本は普通じゃないかな、男なら。

 しかし、なんだろう、この二人の関係。やんちゃな弟と口うるさいしっかり者の姉? なんか一夏が異性として見てなさそうな反応だ。

 転校生が対外的な印象を気にして半泣きなので、ぼくがフォローしてあげることにした。

 

「あはは……でも年頃の女の子ってそういうのに興味津々だって聞くし、しょうがないんじゃないかな」

「そうかぁ?」

「そ、そうよ! そうなの! そういうものなの! いやー、天乃くんは理解があって助かるわー、あはははは」

 

 転校生はぼくに乗っかって冷や汗を掻きながらやり過ごした。ぼくに理解されても一夏に理解されなきゃ意味ないけどね。

 お互いに自己紹介して、名前で呼び合うことを許したところで、このテーブルに突撃してくる猛者がいた。怖い顔をした篠ノ之さんだった。

 

「一夏!」

 

 テーブルに両手をついた篠ノ之さんは覚悟を決めた面持ちで一夏を睨みつけた。

 

「この女はお前のなんだ!?」

 

 なにこれ、修羅場? ぼくは不謹慎ながら心を躍らせ、周囲も盛り上がったが、一夏はきょとんとして答えた。

 

「なにって、幼馴染だけど」

「なら私は!?」

「幼馴染だけど」

 

 ぼくは力が抜けて椅子からずり落ちそうになった。一夏って神経図太いな。こういう風に問い詰められて、平然と受け答えできるメンタルは素直に凄い。

 

「そ、そうか」

 

 一分の隙もなく、異性として見てませんと返された篠ノ之さんは、振り上げた拳の行き場に困って頬を引き攣らせていたが、やがて彼女を睨んでいた鈴さんの視線に気づいて睨み返していた。

 

「立ってないで座れば?」

「う、うむ」

 

 一夏のメンタルはどうなっているんだろう。恋敵同士を同じ席に座らせて、自分は呑気に昼食を食べられる胃袋もどうなっているんだろう。

 篠ノ之さんは一夏の隣に座りたかったようだが、一夏をぼくと鈴さんで挟んでいる形になっている為、ぼくの隣に腰を下ろした。

 

「篠ノ之さんでしたよね? 天乃唯です、よろしくお願いします」

「え!? あ、あぁ! よ、よろしく……」

 

 ぼくが声をかけると、先ほどまでの勢いはどこへ行ったのかキョドりだして、視線をさ迷わせ始めた。

 ……これは異性とろくに接する機会のなかった人の反応だ。座る位置も微妙に距離が空いてるし。ぼくは会話のネタと緊張を解そうと一夏から聞いていた話題を切り出した。

 

「篠ノ之さんって剣道の全国大会で優勝したんですよね。凄いじゃないですか」

「い、いや! そ、そんなことはないぞ、全然! 大したことじゃない……です」

 

 肩がガチガチで表情も硬い。これはダメっぽい。この反応を見ていた鈴さんは、篠ノ之さんを鼻で笑って意地悪く口元を隠した。

 

「ぷぷ、なにその処女丸出しの反応」

「くっ……!」

「鈴も中学の頃、口癖みたいに『早く処女卒業したい』って言ってたろ。もう卒業したのか?」

「……」

 

 鈴さんは押し黙った。なにこのグダグダなお昼……

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みの一件でドッと疲れたぼくは早く学校が終わればいいと思いながら残りの授業を過ごした。

 放課後のホームルームの時間になり、あとは帰るだけだと肩の力が抜けたあたりで山田先生が言った。

 

「そういえば再来週行われるクラス代表を決めなければなりませんね」

 

 なんですか、それ。浦島太郎の気分が抜けないぼくを置いて話は進む。

 話を掻い摘んでいくと、現時点でのクラスごとの実力を測るためと競争意識を生むために年始に実施している行事らしい。

 あの、これ二年生以上ならともかく一年生は専用機持ち以外はろくにISを操縦する機会もないから、代表候補生がいるウチの圧勝で終わるんじゃ……

 

「誰か立候補や推薦はいるか?」

「わたく――」「アタ――」

「天乃くんがいいと思いまーす!!」

「賛成ェー!」

「やっぱり男子が代表の方が華があるし!」

「異議なーし!」

 

 二人くらい立候補しようとしていたが、誰かがぼくの名前を挙げると全員が賛同して、ぼくの同意を得るだけの空気になった。いやいや……

 

「無理です、操縦経験もろくにないですし」

「えー」

「その通りですわ! 専用機持ちとはいえ、代表候補がいる他クラスとの戦いに素人同然の唯さんを出すなど無謀も良い所です!」

 

 ぼくが断ると、案の定不満が出たがセシリアさんがフォローしてくれた。助かった。

 ぼくが胸を撫で下ろしていると、セシリアさんは自分を誇るように胸元に手をやって言った。

 

「その点、専用機持ちで経験も同学年では抜きんでたわたくしなら、クラス代表に相応し――」

「はいはーい! 天乃くんやらないならアタシやるー! 専用機持ちの代表候補生なら文句ないでしょ!」

「大有りに決まってますわー!」

 

 鈴さんに割り込んで立候補されて頭にきたのか、机を叩いてセシリアさんが喧嘩を売った。

 

「何ですの!? あなた、英国代表であるわたくしを差し置いて選ばれるほど、自身が優れているとでも思っていますの!?」

「はあ? 当たり前でしょ。イギリスが世界の覇権国家だったのなんて大昔の話じゃない。見る影もなく落ちぶれた癖にプライドだけは昔のままって、実が伴ってなくて滑稽ねえ」

「はん! 専用機の納期さえ守れない杜撰な第二世界国家が、何を宣っているのやら。そのIS、本当に動くのですか?」

「あぁ!?」

「そこまでにしておけ。天乃は辞退、立候補はオルコットと鳳だな?」

 

 教室で代表を決めかねない一触即発の状態だったのを織斑先生が諫めて事なきを得た。

 そうか、この人たち国家の代表としてきてるから対抗意識強いのか。こえー。超こえー。

 

「話し合いでは決着はつかんだろう。明日の放課後、アリーナで試合を行い、勝った方を代表とする。それでいいな?」

「構いませんわ」

「上等、分かりやすくていいわ!」

 

 二人が燃えている。格闘技の試合前の睨み合い並みに視線がバチバチいってクラスも盛り上がっていたのだが、ぼくの耳には確かに聞こえた。

 

「やっぱり女子って野蛮だな……」

 

 なにその、盛り上がっている男子を尻目に盛り下がって、冷めた目で見つめる女子みたいな反応……一夏……

 

 

 




うわっ……この主人公、ビッチすぎ……?


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我が党は神速を尊ぶ

 

 

 夜の就寝前に部屋を出て、人気のない廊下でぼくは携帯を取り出し、着信履歴の一番上にあった母の名前をタップした。常夜灯で照らされた、薄明りの寮はやっぱりホテルに宿泊している気分になる。

 コールして間もなく母に繋がった。

 

「もしもし、お母さん? どうしたの――お母様と呼べって……ウチは家族をそんなふうに呼ぶほど立派な家柄じゃないでしょ」

 

 第一声から冗談とも本気ともつかないお叱りを受けて、辟易としながらぼくは相好を崩した。母はぼくを名門男子校に入学させた経緯から察せるとおり、息子を蝶よ花よと育てたかったようで、どうも上流階級のやりとりに憧れを抱いている節があった。

 そういう無駄に見栄っ張りなところに、環境だけを整えたらあとは真っ当に育ちさえすればいいと考えていた元の世界の父との差異を感じて、ぼくは乾いた笑いが表に出てしまうのである。

 この世界の父と元の世界の母は似たり寄ったりで、連れ合いがよく稼いで教育熱心だし、子供は手間かからないから楽で助かるわー。と、容姿で世の中イージーモードを勝ち取った人なのでぼくは全く尊敬できないのだが、専業主婦(夫)としては何も非の打ち所がないため、こういう要領の良さも良い相手を捕まえるのには重要なのだと思わされた。

 

 まぁ、両親の世界別性格の差異はさておき、問題は『この世界のぼくがどういう子供だったか』になるのだが――これまでは元の世界の妹を参考にして接していたのだけれど、どうも微妙にちがうっぽい。

 思春期と反抗期を同時に迎えた妹が父に刃向かっていたのをしばしば目にしていたから、きっとこの世界のぼくも似たようなものなんだろうと思っていたのだが、母から見たぼくはISの適性が発覚して以来、急に反抗的になったように映ったらしい。

 「あの可愛かった唯が……」と変貌ぶりにショックを受けていた。父は「年頃だしそういうものだろう」と冷めていたけれど。

 ともあれ、ぼくがIS操縦者になってからというもの、母がぼくの変わりようを嘆いたり、ぼくが世界的有名人になったり、ぼくの恥ずかしい写真が電子の海にばらまかれたりと色々なことがあったが、ぼく以外の家族には何の影響もなかった。

 何もないからこそ、取り巻く環境が急変したぼくを、女親は心配になるのは仕方ない。

 

「うん、うん……変なこと? 大丈夫、みんな良い人だから。……女はみんな狼? やだなぁ、なに言ってるの」

 

 そんなこととっくに知ってるわ。とにかく、この世界の女の子がどういう存在か身に染みているぼくには、母の気持ちが痛いほど理解できたため、頻繁な連絡を鬱陶しいとも言えず、こうして貞操は無事だと伝えているわけである。

 ぼくにも、外見は同じなのに中身がちがう両親に思うところもなくはないが、口にするだけ無駄どころか徒労になると分かっているから唯々諾々とこの世界に従っているのだ。

 元の世界ならセシリアさんのような人に、あんなに情熱的に口説かれることはなかったと思うし……当初は警戒と戸惑いで引いてしまったけど、思い返すと美少女に熱烈に迫られる経験は希少だし、後ろ髪を引かれるものがある。

 この世界のぼくみたいにちょっと育ちがよいお坊ちゃまではなく、正真正銘の貴族の令嬢みたいだし。

 

「うん……全然、辛くないよ。みんな上品で肩が凝りそうな男子校よりも気が楽……はいはい。……うん、おやすみなさい。父さんたちにも元気だって言っといて」

 

 通話を切った途端にぼくの口から盛大なため息が漏れた。思いのほか神経を使っていたらしい。肉親との電話なのに疲れるとは……妹が男子校に入学した心境になって強引に納得しているけれど、あんまり過保護だと反発したくもなる。

 なるほど、これが元の世界でしょっちゅう父と喧嘩していた妹の気持ちか。……いや、でもこの世界のぼくは反抗的ではなかったみたいだし、参考にならないか。

 

「唯さん? どうなさったんです、こんな夜更けに?」

 

 ちょっと考え事をしていたら声をかけられた。特徴的な口調と声だったので誰なのかすぐわかった。

 

「セシリア――」

 

 顔を向けて名前を呼ぼうとしたのだが、姿を見て声に詰まった。なにこのもんのすんごいセクシーなネグリジェ。

 ぼくは慌てて顔を背けた。薄明りのなかでも――いや、薄明りに照らされたことで、やたら淫靡に――見えた、透き通るような白い生足と大胆に開いた胸元、下着なんて隠す気が毛頭ないスケスケの意匠を凝らしたエロエロな衣装。

 細身なのに胸、腰、太ももの肉付きはやたら扇情的で、小柄なのがそれを強調していた。

 

「? ……あぁ、ごめんあそばせ。あまり男性に見せるものではありませんわね。ですがわたくし、眠るときはいつもこれなもので」

 

 ぼくが顔を背けた理由に気づいたようで、謝罪はするものの恥じらいは感じなかった。貞操観念は変わってもファッションは大して変わってないのが、この世界でぼくが納得いってないことだ。男性は胸を隠すインナーがあるのだが、それ以外は本当に大差ない。

 せめて男子の部屋着みたいにラフな格好が標準になって欲しかった。

 直視できないでいるぼくを見るセシリアさんはたいへん上機嫌だった。

 

「本当にかわいらしい方ですわ。そんな反応をされると、思わず襲ってしまいたくなります」

「し、淑女なセシリアさんはそんなことしませんよね……?」

「ええ。でも、何気なく淑女からケダモノに変貌するかもしれません。わたくしも女ですから、あまりに無防備な背中を見せられると、つい飛びかかりたくなります」

 

 この恰好のセシリアさんに襲われるならそれはそれで悪くない。……こう思うのはぼくだけではないはずだ。少なくとも元の世界の男性なら誰もが同意してくれるにちがいない。

 首から下の誘惑が凄まじいため、セシリアさんの顔に意識と視線を集めて、やっと正視できた。

 

「それで、どうしてこんなところに?」

「母から電話がかかってきたんです。元気してるかって」

「なるほど。かわいい息子さんが気になって仕方ないのでしょうね」

 

 くすくすとセシリアさんがおかしそうに笑った。たぶんぼくの母は親バカに分類される人種なのだが、過保護に扱われているのが妙に気恥ずかしくて、ぼくは続けた。

 

「でも、毎日何度もかかってくるんですよ? 変な事されてないか、気をつけろって……耳にタコができるくらい。幾ら何でも、心配性が過ぎるというか」

「わたくしはそう思いませんが。もし唯さんがわたくしの息子なら、ボディガードをつけて女を近寄らせませんもの」

 

 ぼくは頬が引き攣るのを感じた。この世界の母は母性本能が転じて、過保護になりやすいのだろうか。娘を傷物にされたら堪らない感覚に近いのかな。でも男を傷物とは言わない気がする。

 セシリアさんはどうなのだろうか。単身の海外留学だし、高校生が一人で異国の地にいると考えると相当不安になるはずだけど。

 

「セシリアさんのご両親はどうですか? 海外の娘さんが元気にしているか心配しているのではありませんか?」

「いえ、わたくしの親はすでに他界していますから。姉代わりのメイドが時折電話してくるくらいですわ」

「あ……すいません」

 

 聞いていけないことを尋ねてしまったと思い、ぼくはとっさに頭を下げた。セシリアさんは努めて明るい声で言った。

 

「いいえ、気にしていませんから大丈夫です。……質問に答えるとすれば、そうですね。母は特に心配などしないでしょう。オルコット家の令嬢として不甲斐ない結果を出したときに電話で叱り飛ばすくらいで。父は大人しい人でしたから、心配はしてくれるでしょうが、母の意思を尊重してあえて何もしないでしょうね。今と何も変わりありませんわ」

 

 肩を竦めてセシリアさんは笑っていたが、ぼくは申し訳ない気持ちになり、とても笑えなかった。両親がいない人に親が鬱陶しいという愚痴は、自分がとても幼く思えたし、本人からすれば失礼なのかもしれないが、この歳で両親を亡くすのは可哀想に思えた。

 ぼくの表情が翳るのを見たセシリアさんは少し慌てた顔で距離を詰めてきた。

 

「あぁ、そんな顔しないでください。本当に大丈夫ですから。気持ちの整理もとっくについていますし、経済的にも問題はありませんから特に困っているわけでは……」

「あ、はい。わかりまし、た……」

 

 距離を詰められると、必然的にぼくは背の低いセシリアさんを見下ろすことになるのだが、そうすると角度的に上目遣いのセシリアさんとそのさらに下にある真っ白な胸の谷間が目に入るわけで。

 ぼくの声はどんどん尻すぼみになり、最後の方は詰まって再び目を背けてしまった。風呂から上がって時間が経っていないのか、湯上りの熱と薔薇の香料の芳しさに少しあてられる。そんなぼくを見て、セシリアさんがにんまり口角をつり上げたのが視界の端に映った。

 

「ふふ、でも偶に、優しかった父を思い出して寂しくなる夜がありますの。唯さんのせいで在りし日の父を思い出して、今夜は一人で眠れそうにありませんわ。責任をとって慰めてくださいます?」

「あの、そういう冗談は……」

「ええ、こういう冗談を言える程度には、もう平気ということですわ」

 

 晴れやかな笑顔でそう言うと、パッと距離をとった。案外、本当に気にしてないのかもしれない。もちろん、異性の前で弱弱しい姿を見せたくなくて強がっただけなのかもしれないが。

 踵を返す前にセシリアさんは茶目っ気を含んだ澄まし顔でぼくに言った。

 

「そうそう、明日のクラス代表決定戦、応援よろしくお願いしますね。必ずわたくしが勝ちますから」

「はい。あ、でも油断しないでください。自信満々の人って、よくそれで足元掬われて負けちゃうじゃないですか」

「あら、信用されてませんのね。では、宣言します。明日はあなたのために勝ちますわ。あなたを護ると言った騎士の力、見逃さないでくださいね?」

 

 振り返る前にウィンクして、綺麗な姿勢でセシリアさんは去っていった。

 おー、なんか顔熱い。ぼくがこの世界の男なら惚れてたね。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のクラスはピリピリしているセシリアさんと鈴さんの影響もあって、前日より静かだったが、それでも寄って来る女子生徒は後を絶たなかった。

 今日は上級生が声をかけてきたが、ディフェンスに定評がある一夏の鉄壁を前にすごすごと立ち去った。一夏のブロックはすごい。きっとスティールもすごいにちがいない。

 冗談はさておき、一夏の女嫌いがこのIS学園で過ごしていくうえで女子との隔たりを生むのはまちがいなく、これが原因で女子、あるいは一夏との仲がこじれるのはぼくの学園生活においても支障をきたすのは時間の問題だと思えた。

 今のところ、織斑先生という絶大な防波堤が機能しているから、一夏を狙っているのは幼馴染コンビの他には特になく、代わりに美少女に囲まれ、オタサーの姫ならぬIS学園の王子状態で浮かれ気味のぼくが集中砲火されているからいいものの、仮にぼくに彼女ができたら一夏はどのような目に合うのだろうと考えてしまう。

 ぼく狙いのコが一夏に流れたら、その内キレるじゃないかとか、彼女ができたら女嫌いの一夏はぼくを軽蔑しないかとか。

 だいぶ仲良くなったとは思うのだけど、ぼくにはどうしていいか分からなかった。

 身も心も男同士ならともかく、一夏は元の世界の女性にあたるから、その辺がややこしいし気の使い方もよく分からないし話の切り出し方も分からない。

 もし彼女云々の話をして、恋バナ大好きな女の子みたいな反応を一夏にされたら、ぼくはこの世界の男と上手く付き合える自信がなくなってしまう。

 何というか、ぼくはこの世界の男子校の空気に馴染めなかったように、女が男のように振る舞うのは許容できるが、男が女のような言動をするのはオカマっぽくてちょっと……うん。

 

 まだ会って一週間も経ってないのに考えすぎなのかもしれない。というより、この世界を深く考えると頭が痛くなるので、そういうものなんだと納得するしかないのかな。

 

 

 

 

 

 放課後、数千人が収容できそうなアリーナがバトルフィールドと化す。

 これから競技場くらいの広さの空間でどんな兵器よりも強いIS同士がガチンコ対決を繰り広げるらしい。

 ……狭くない? 近代兵器を遥かに凌ぐパワードスーツでロボットアニメばりのレーザーとか撃ち合う戦いするんでしょ? 観客と設備吹っ飛ぶんじゃないの?

 という疑問は、観客席に被害が及ばないようバリア張れる安心設計が施されているとの説明で解消した。それでも兵器がビュンビュン飛ぶには狭いと思うけど、日本だからね。これだけの土地を確保するだけでも大変だったんだよ、たぶん。

 現代と男女が逆転していたり、ISという謎の超兵器が存在していたり、軽く異世界にやってきた気分のぼくは、前述のとおり考えるのをやめてそういうものなんだと納得した。

 納得はしたつもりだったんだが、観客席からISスーツに着替えたセシリアさんと鈴さんを見て、「あれ現代社会ならブルマやスク水みたいに廃止されるな」とまじまじと眺めながら考え込んでしまった。

 男子のISスーツがへそ出しタンクトップにショートパンツのような布面積なのに、なぜ女子も競泳水着と変わらない露出を強いられているのだろう。普通減るよね? ここの世界観だと女子の際どい恰好なんて見たくないから露出減らすよね?

 陸上や水泳のように軽量性とか抵抗を減らす意味合いもあるのかもしれないけど、操縦経験あるぼくから言わせてもらうと、ISに衣服の抵抗は殆ど関係ないよね?

 ていうか授業でISスーツって筋肉の電気信号をISに伝える補助機能があるって習ったんだけど、なんで胴体しか覆わないの? 普通四肢を覆うよね。女子のハイソックスはむしろセックスアピールだよね。どうして布面積を減らしても機能するように設計しちゃったの?

 そんなに男女無差別エロデザインにしたかったの? そういう技術の進歩は人類に必要なの? このデザインのせいでぼくは恥ずかしい写真を世界中に拡散されたの?

 

 よみがえる羞恥心。思い出す異性に媚びるポーズを取ったぼく。そのグラビア写真を見て沸き立つ屈辱感。ぼくの痴態に興奮している女性たち。それを眺めてむず痒くなるぼくの心と背中……

 考えないようにしていても、化学反応のように感情は揺れ動く。

 ぼくの杞憂ならいいのだが、この世界の女の子、普通の男の子に比べても性欲強くない? かなり押しが強い気がする。ウチのクラスメートはチャラチャラした、元の世界のヤリチンのような人はいないのに、大学の飲み会で目当てのコを酔い潰して持ち帰ろうとする男の気迫を感じる。大学生を知らないから勝手なイメージだけど。

 

「織斑、天乃。お前たちはこっちだ」

 

 いざ試合が始まろうとしていたとき、織斑先生から呼び止められ、連れて行かれた先は管制室のような部屋だった。

 モニターの明かりだけが室内を照らしており、山田先生が全作業をこなしている。

 

「天乃はもう専用機を持っているな?」

「はい」

 

 厳粛な声で問われたから、真面目に返事をした。持っているだけでろくに使った覚えがないんだけど。ぶっちゃけ護身用だもんね。

 

「織斑はまだだが、じきに専用機持ちになる。第三世代の最新鋭機が学生のお前たちに預けられたのは、護身もあるが、各国の第三世代のテストと性能の確認が大きい。

 これは単なるクラス代表決定戦ではなく、次期代表候補の実力、第三世代の技術力を計る戦いでもある。男子とはいえ、お前たちも国家の重要機密情報で作られた機体を預けられた身だ。それを意識してこの試合を観ろ」

 

 その割にぼくの専用機が作られた経緯ってすごく雑っていうか、欲望にまみれてたと思うんですが。いや、軍事機密なのは分かってるんだけど、造るきっかけが『量産機だと見栄えが悪い』だし、機能よりデザインに凝ってた節が関係者の発言から見え隠れしてたし……

 思うところはあったが口に出せないまま、クラス代表決定戦が始まった。

 ぼくは多面モニター(マルチディスプレイ?)で様々な角度から観戦していたのだが、開始後しばらくして感動を覚えていた。

 

「すごい! ロボットアニメみたいだ!」

 

 セシリアさんはビーム出して空を高速で飛び回っているし、鈴さんは見えない衝撃波を出していた。

 まさかリアルでこんな非現実的な戦いを目にする機会が訪れるとは思っていなかったので、感動が思わず口を突いて大きな声をあげてしまった。

 そんなぼくにその場にいたみんな苦笑いを浮かべた。

 

「ロボットアニメって」

「天乃くんもアニメを観るんですか?」

 

 一夏が吹き出しそうな顔でぼくを見、山田先生は心なしか声を弾ませてぼくを見ていた。ぼくは気恥ずかしくなって顔を伏せた。

 織斑先生がコホンと咳をして話題を変えた。

 

「天乃が驚くのも無理はない。第三世代はイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装の実装がメインの機体だ。武装の多様性が売りだった第二世代までとは方向性が異なる。天乃の感想も一般人から見た場合、真っ当な反応だ」

 

 一応フォローしてくれた。その後、二人の使っている兵器の解説を織斑先生がしてくれたのだが、ぼくにはビームと衝撃砲としか分からなかった。

 すいません、科学技術に差がありすぎて言葉だけの説明じゃ理解できません。そもそもISが何なのか未だに分からないので第二世代とか第三世代とか言われてもちんぷんかんぷんです。

 

「なぁ千冬姉、よく分かんないだけど、ISは束さんが造ったんだろ? 第三世代だか何だか知らないけど、束さんならもっとすごいの造れるんじゃないのか?」

 

 ぼくと同じくよく分かってない一夏が尋ねた。束とはISを造った篠ノ之束博士のことだろう。篠ノ之さんの姉らしいから面識があったようだ。

 弟の質問に織斑先生は眉間にしわを寄せて、肩を震わせたかと思うと大きくため息をついた。

 

「さぁな。造れるのだろうが、あの馬鹿はISを現存する数、千機目を作り終えた後に『こんなブラックな職場やってられるかー! 辞めてやるぅぅぅ!』と言い残して失踪したからな。私は知らん。アイツのことは私に聞くな」

 

 どうやら怒りで震えていたようで、ぼくたちはその怒気にあてられて黙り込んだ。MIPが突然行方不明になり、世界中が震撼した事件の原因がブラックな労働環境とは、日本らしいというかなんというか。

 昔を思い出した織斑先生が噴出する篠ノ之博士に振り回された過去のあまりの多さに機能停止したため、山田先生の解説を交えて観戦する。

 セシリアさんと鈴さんはしばらく互角に戦っていたが、次第に鈴さん優位に形勢が傾いていった。

 

『――何よ、人のISにケチつけてたくせに、アンタの機体こそ試作機の未完成品じゃない!』

『!? くっ……!』

 

 中~遠距離が得意のセシリアさんの機体に比べて、鈴さんの機体は近距離向きの機体らしく、またセシリアさん自身が近接戦闘が苦手なのを見抜いた鈴さんは強引に格闘戦に持ち込んでいった。

 セシリアさんも距離を取ってビームを放つが、鈴さんは上手いこと躱して距離を詰める。

 

「どうやらオルコットさんはまだ兵装を使いこなせていないようです。使用するのに多大な集中力を要するのか、隙も大きいですね。鳳さんの攻撃を凌いでいますが、このままではジリ貧。エネルギー切れで鳳さんの勝ちでしょう」

 

 山田先生の解説によると、もう鳳さんの勝ちはほぼ揺るぎないらしかった。確かに、セシリアさんの顔は苦渋に満ちていて、苦戦しているのが見て取れる。

 負けてしまうのか……どちらか片方に肩入れしてるわけではないけど、昨日のやりとりがあったから、セシリアさんを応援したくはなってしまう。

 追い詰められていたセシリアさんだが、覚悟を決めた面持ちになると、ファンネルっぽいのを鈴さんに向けて射出した。

 

『それを使っているあいだ、本体のアンタが隙だらけなのは分かってんのよ!』

 

 ビームの雨を完璧に回避した鈴さんは、一気に距離を詰める。この後セシリアさんの取る行動は、今までは回避か離脱だった。

 鈴さんは追撃の為に次の攻撃の用意をしていて、振り上げた青竜刀は逃げ道を限定させる牽制の手段だった。

 だから、これまでろくに近接戦をしなかったセシリアさんが、ライフルを犠牲に受け止めるのは想定していなかった。

 

『はぁっ!?』

 

 ついでに、受け止めた直後の硬直を狙って、鈴さんの背後にビームを撃つのも。直撃を受けた鈴さんは、ある程度の距離を保って苦々しくセシリアさんを睨みつけた。

 

『や、やるじゃない……まさか自分に向けて撃つとは思わなかったわ』

『勝つために四の五言ってる場合ではありませんもの。もし外れてわたくしに直撃して敗北したとしても、このまま何もせずに負けるよりマシですわ』

『ふふん。でも、もうメインのレーザーライフルは使えないわよ?』

『これしきのことで、わたくしより優位に立ったと思わないでくださいます? 兵装がなくなったなら、なくなったなりの戦術を組み立てればいいだけのこと。鈴さん、わたくし、こう見えて負けず嫌いですの。

だから――嘗めた戦い方したら、隙だらけの喉元に噛みついてズタズタに切り裂いてやりますわ!』

『上等ッ!』

 

 おぉ、熱いやりとりしてる。少年漫画のライバル同士のやりとりっぽい。こっちだと少女漫画だけど。

 

「んー、青春してますねー。若いなぁ。私にもあんな時代がありました」

 

 山田先生がしみじみと言う。……本当に?

 山田先生の青春は置いておいて、試合は白熱した。油断を捨て慎重に、堅実に攻める鈴さんと大胆で思い切った行動をとるセシリアさんの対決は、観ている側からすると手に汗握る展開になった。

 けれど、隙を見せず、燃費の良さを逆手にとって守勢に入った鈴さんを攻めきれず、最後はシールドエネルギー切れで鈴さんに軍配が上がった。

 

『あたしの勝ちね』

『ええ……わたくしの敗けです』

 

 勝敗が決まると、ISを待機状態に戻した二人は、歩み寄って握手をした。

 

『その……何かごめんね、昨日は頭に血がのぼってて』

『いえ、わたくしも昨日の発言は撤回します』

 

 試合が終わると、お互いの健闘を讃えあって、爽やかな風が二人のあいだに吹いていた。

 スポーツマンみたいだ。二人はいがみ合っていたのが嘘のように言葉を交わし、会場からは拍手が降り注いでいた。

 

『あれ? 一夏は?』

 

 試合後の挨拶が終わった鈴さんは会場を見渡して一夏を探していたが、セシリアさんはアリーナをあとにした。

 

「意外だな、鈴が勝つなんて。昔は泣き虫だったのに」

 

 一夏が感慨深そうにつぶやく。今の一夏って幼馴染の成長した姿に驚く女の子に相当するのかな。

 

「迎えに行って労いの言葉でもかけてやったらどうだ? 喜ぶぞ」

「それしたら際限なく調子に乗るタイプだろ、鈴は」

 

 からかうような織斑先生の言葉に一夏が苦笑する。そのやりとりを横で聞きながら……ぼくはセシリアさんが気になっていた。

 仮に、ぼくが男でセシリアさんの立場なら、あれだけ大言壮語を吐いておきながら負けたらどうなるだろう。ひどく落ち込むはずだ。しばらく立ち直れないくらいだろう。

 それにセシリアさんは、ぼくよりもプライドが高い。それがへし折れていたら……ぼくは心配になり、いても立ってもいられなくなった。

 

「あの、ぼく、行ってきます」

「へ?」

 

 そう言い残すと、管制室を飛び出して、セシリアさんを捜しに走り回った。

 どこにいるか分からなかったけど、まだ遠くには行っていないだと思い、アリーナ内の通路を闇雲に走った。途中で、ISの機能を使えばいいと気づいたけど、面倒になって結局駆けずり回った。

そして、息が切れるくらい走って、やっと見つけたセシリアさんは、人気のない通路に座り込んで泣いていた。

 

 

 

 

 

 

「セシリアさん……?」

 

 ぼくが声をかけると、嗚咽を漏らしていたセシリアさんは、ぼくが近くにいるのに気づいていなかったのか、勢いよく顔をあげた。

 

「ゆ、唯さん!? どうして……」

 

 ぼくに向けられた驚きに満ちた顔は、泣き腫らした目と涙で濡れた頬とわななく唇でぐちゃぐちゃだった。

 セシリアさんはぼくがいると分かると、強引に笑顔を作った。

 

「な……情けないところを見せてしまいました。申し訳ありません、あなたの為に勝つと、約束していたのですが……っ」

 

 が、最後まで笑顔を保てず、そこまで口にすると、涙を堪えきれなくなって顔を伏せてしまった。

 

「セシリアさん……あの」

「何も言わないでくださいッ! 慰めの言葉をもらったところで……敗者には惨めなだけなんです!」

 

 ぼくが言おうとした言葉を悲痛な声で拒む。ぼくは彼女の気持ちが痛いほど理解できた。

 唾をつけてた女の子に、明日の試合は君の為に勝つよ、と嘯いて置きながら、負けて落ち込んでいる所を慰められたら、惨めで当たり散らしてしまう。

 男の子の意地とプライドは、こういう時に刺々しくなるものだ。だからそっとしておいてほしい気持ちも分かった。

 

「すみません……あなたに八つ当たりすべきではないと分かっているのですが……あなたにこんな所を見られたくなかった……こんな、情けない姿……」

 

 声を荒げたと思いきや、途端に弱弱しい声音になり、膝に顔を埋めて静々と泣いた。

 

「……」

 

 ぼくは何も言えないまま、少し時間が経った。その間、泣き崩れているセシリアさんを見ながら、色々な考えが頭を駆け巡った。

 ぼくはどうするべきなのか。いま目の前で泣いている女の子は、例えるなら『試合に敗れて悔し泣きしているぼくと同い年の男の子』なのだ。こんなとき、ぼくならそっとしておいてほしいと思う。口説いていた女の子に慰めの言葉をかけられたら、情けなくてもっと泣いてしまうかもしれない。

 でも、このまま立ち去ることもできなかった。泣いている女の子を前にして、何もしないで立ち去るのは見捨てるような気分になって、その選択はとれなかった。

 何より、昨夜、彼女の身の上話を聞き、同情ではあるけれども情が湧いていた。また、これだけ綺麗な人に情熱的に言い寄られて、悪い気分になるわけがなく、何かしてあげたかった。

 

 ただ、彼女にしてあげられることとなると……思い浮かぶのは、男として躊躇するようなことばかりで。

 

「……」

 

 けれども、小さな肩を震わせて泣いているセシリアさんを見つめていたら、やはりどうにかしてあげたくなった。

 ぼくは気持ちを固めると、セシリアさんの隣に腰を下ろした。ぼくの気配を察したセシリアさんの動きが一瞬はたと止まる。

 

「お願いですから、一人にしてください」

「無理です。今のセシリアさんを放っとけませんから」

 

 顔を膝に埋めたまま、セシリアさんはくぐもった声で言う。ぼくはセシリアさんの方を見ず、前を見て語りかけた。

 セシリアさんはそれを聞いて恨みがましく言った。

 

「女心を察してくれませんのね。それじゃ良い男になれませんわよ」

「それが良い男の条件なら、ぼくは、なれなくてもいいです。ぼくはただ、泣いてるセシリアさんを見て、傍にいたくなったのと、伝えたいことがあっただけですから」

 

 前半部分は本音だったが、後半部分も紆余曲折を経ているものの事実だった。

 セシリアさんは何も言わず鼻をすすった。ぼくはほぼ密着していた状態から、肩を触れ合わせて、セシリアさんに向けて言った。

 

「かっこよかったですよ、セシリアさんは」

 

 安易すぎる慰めの言葉が癪に障ったのか、セシリアさんは顔を上げると泣き腫らした目でぼくを睨んだ。

 

「どこがですか……! わたくしは敗けたのです! あんなに大見得を切っておきながら、約束を守ることも出来ずに、敗れて……情けなくて、このまま消えてしまいたいのに……そんな手慰めの、気休めの言葉をあなたにかけられたら、わたくしは……」

「セシリアさん。ぼくは、勝ち負けのことを言ってるんじゃないですよ」

 

 ぼくはその目を見つめ返して、

 

「ぼくを護ると言って、最後まで諦めずに戦ってくれたセシリアさんの姿が、ぼくの眼にはとてもかっこよく映ったんです」

 

 そう言われたセシリアさんは、きょとんとした顔つきになって、慌てた様子で目を逸らした。

 

「そ、そんなもの、ただの詭弁ではありませんか!」

「あはは、そう言われると何も言い返せません。……でも、本当にかっこよかったですよ。……かっこよかった」

 

 優しく語りかける。セシリアさんは口を噤んで、顔も背けてしまった。でも、その表情は悲しみや怒りよりも、照れが勝っていた。触れ合った部位から伝わるセシリアさんの熱は、試合が終わったばかりで溶けるように熱い。

 ぼくは緊張をひた隠しにして、語りを続けた。

 

「だから元気をだしてください。セシリアさんが落ち込んでいるのを見ると……ぼくも悲しくなります」

「……ですが」

 

 まだ気落ちした心は立ち直れないようで、声は沈んでいた。それはそうだ。簡単に立ち直れるようなら苦労はない。

 だから、こういうときは劇薬が必要だ。

 

「じゃあ、これならどうですか?」

「え?」

 

 ぼくはさらに身を寄せて、汗で張り付いた金糸の髪を掻き上げて――白い頬に触れるだけのキスをした。

 虚をつかれたセシリアさんは間近にあるぼくの顔を確認してから、唐突に顔をこわばらせたかと思うと、飛び上がって半歩分距離を取った。

 そして頬を手で押さえて、紅潮し、テンパりまくった顔でぼくに向き合った。

 

「ゆ、ゆゆゆ唯さん!? な、なななな、何を……!?」

「元気が出るおまじないです。どうです? 元気……出ましたか?」

「げ、元気も何も、こんなことされたら驚くに決まって――!」

「よかった。元気、出たみたいですね」

 

 ぼくが微笑みかけると、セシリアさんは困った表情で視線をさまよわせた。何度か唇が触れた個所に指先を滑らせ、時折ぼくの唇に目をやっては気恥ずかしそうに視線を逸らす。

 ……口説き方から、勝手にプレイガールかと思っていたのだが、意外と遊び慣れていないというか、純情っぽい反応をされて、ぼくの悪戯心が鎌首をもたげた。

 

「セシリアさん、どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ」

「え? あ、これは」

「セシリアさんって意外と初心で、かわいいところがあるんですね。素敵です」

「なぁ――!?」

 

 意趣返しに成功したぼくは、瞬間湯沸かし器みたいに真っ赤になったセシリアさんを確認すると、目標は達成したからさっさと立ち去ることにした。

 

「じゃあ、ぼくはこれで」

「お、お待ちなさい! 唯さん! 唯さーーーーんッ!」

 

 セシリアさんのぼくを呼び止める悲鳴のような声にも振り返ることなく、一目散に逃げだした。

 逃げに逃げて、誰も居ないところに着くと、脱力して顔を覆った。

 

 

 

「うわぁぁぁ……恥ずかしい……!」

 

 熱い顔を掌で覆い尽くし、羞恥に耐える。アニメや漫画のヒロインを意識してみたけど、女の子ってこんな恥ずかしいことしてんのか……!

 しかも無理やり元気を出させるためとはいえ、女の子にキスまで……!

……ぼくはもうダメかもしれない。いや、でも今回は落ち込んでるセシリアさんの為だったからセーフ……? いやいや……

 

 

 

今度はぼくが人気のないところで蹲って落ち込んだ。しばらくしてから、突然いなくなったぼくを探しに来た一夏に見つかって、ぼくは帰路についた。

 答えはなかなか見つからなかった。

 

 

 

 





          ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
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  、ヾ|:::::::::|:::/、|:::::i:::::/:::::.メj:::/:l
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.    ∧::::ト “  ,rェェェ、 “ ノ:::/!
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 (   丶- 、        しE |そ  ドンッ!!
  `ー、_ ノ         l、E ノ <
               レYVヽl


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この中で黒髪ロング清楚系美少女に誘惑されても襲わない自信のある者のみメインヒロインに石を投げなさい

最近は貞操逆転ものが増えているらしいですね。


 いや、ちがうんですよ。

 ビッチとかそういうのじゃ全然ないんです。現実問題、女の子が泣いてたら放っとけないじゃないですか。それが自分に好意を向けてくれるコなら、尚更手を差し伸べてあげたくなるじゃないですか。

 もしそれが普通の女の子なら、よく話を聞いて溜まってるものを吐き出させてから、こう男らしいことをして慰めてたと思いますけど、ややこしいことに、この世界の女の子って中身が男なんです。

 男を相手にしてるんだから、こっちは女になりきるしかないじゃないですか。そうするほかないじゃないですか。

 でもぼくは男だから女の子にキスするのは抵抗があるじゃないですか。逆転してるからぼくが女で向こうが男になるけど、女になりきってキスしたら、何か罪悪感と変わり果てた自分を思い出して悶えて当然じゃないですか。

 ぼくは俳優でもなんでもないんだもの。漫画やアニメのヒロインの言動を、何ら違和感なく演じて不自然さも欠片もない自分がいたら、自身の雄性に疑問を抱いてしまうじゃないですか。

 

 かの塵芥川賞受賞作家の大先生の体験談を思い出す。その作家は高校時代を男子校で過ごしたそうなのだが、男子校の宿命か皆、女に飢えていたらしい。飢え過ぎて小柄で可愛い顔をした男子生徒を「可愛い!」と女の子と見立てて愛でていたのだが、最初は女扱いされて嫌がっていた男子生徒も、可愛いと言われ続けて満更でもなくなったのか次第に仕草や髪型も女らしくなっていたのだという。

 その男子生徒は男子校のアイドルになり、話によると普通にキスもしてくれたとかいう話なのだが……これ、ぼくもそうなるんじゃないか?

 男だけど女としての役割を求められていくうちに、かつての世界の女性の立場でいることに何の疑問も抱かなくなるんじゃないか!?

 それはダメだ。ぼくの男としてのアイデンティティに深刻な異常をきたす。でも、男らしさを取り戻す為に、男らしい行動をとれるかというと、それもちがう。

 ぼくの雄の部分を取り戻すとしたら、それは欲望のままに男に飢えた処女を食い漁ることくらいしか思い浮かばないのだが、こんな閉鎖されたコミュニティでビッチだという噂が流れたら一瞬で詰む。

 どうすればいいんだ……

 

 

 

 

 

「頼む! 私を女にしてくれ!!」

 

 

 

 深夜の密室。男と女が二人きり。夜の静寂を引き裂く少女の声。

 男はぼくだった。女は箒さんだった。ぼくはベッドに腰掛けていて、箒さんは床で土下座していた。

 ぼくは女だった。箒さんは男だった。箒さんはぼくの足元で土下座してヤらせてくれと懇願していた。

 ぼくは呆けた。箒さんは切実だった。箒さんのポニーテールが背中を伝って地に落ちた。

 どうすればいいんだろう……ぼくは哀れを催すほど必死な処女と書いて童貞と読む巨乳ポニーテールな美少女の姿を見下ろして考えた。

以下、回想。

 

 

 

 

 

 

「おい唯、コップ。乾杯するぞ」

「あ、うん」

「では、転校生のおおとりすずねさんの歓迎会と、クラスの親睦会を開催したいと思いまーす!」

「誰よそれ! リンインよ、ファン・リンイン!」

『カンパーイ!』

 

 鈴さんの叫びを無視してグラスが鳴る音がする。クラス代表決定戦後、夕食後に食堂を借りて鈴さんの歓迎会と親睦会が催されることになった。

 ぶっちゃけ転校生といっても誤差みたいなものだから、同時にやってしまおうということになり、男子で仲良くなりたいクラスメートの思惑と、セシリアさんと鈴さんのわだかまりを無くす目的で、盛大にやる運びになったのだ。

 もっとも、主賓の鈴さんとセシリアさん、親睦会を企画したクラスの騒がしい面子が中心にいて、ぼくと一夏の男子は隅っこの方にいるのだが。

 

「天乃くんたちもー!」

 

 布仏さんがこっちまでトコトコと走って来て、ぼくたちとグラスを鳴らした。それに追随して近くにいる数人が同じように乾杯する。

 異性に堂々と接したいけど、経験がないから気負いのない人の後追いになっちゃう君たちの気持ちはよく分かる。布仏さんは気負いなさすぎだけど。

 

「本音ぇ、天乃くん狙いが露骨すぎよ? 昨日の忘れ物の件なんてセクハラでしょ」

「えへへ、そうかなぁ。えへへへ」

 

 ぼくの隣に座る鷹月さんが、冗談っぽく釘を刺す。向かいの席に戻った布仏さんはグーで頭をコツンと叩いた。たぶん、手を握った辺りの記憶を思い出している。

 小指でくすぐったので勘違いされたのかな。ちょっと距離感を計りかねる。横の一夏は素知らぬ顔でボッキーをかじっていた。ぼくも真似してグラスを口に運んで聞いてない振りをする。

 ぼくらがいる席は、鈴さんやセシリアさんがいる中心から一番離れた場所で、その一番端に一夏、女子側にぼく、そして端っこなのになぜか争奪戦が繰り広げられた横に鷹月さんがいる図式になる。

 つまり今はぼくが女子の防波堤になっている。そもそも一夏は親睦会にも乗り気ではなく、鈴さんの歓迎会も兼ねているから渋々来たのだ。合コンに無理やり連れて来られたコ状態の一夏は完全に食い気モードに入っており、テーブルに散りばめられたお菓子やつまみに関心を払っていて、女子に興味がなかった。

 鈴さんのいる方から怒号のような喧騒が聞こえてくる中、ぼくらの席は愛想のない一夏と愛想笑いを浮かべるぼくと比較的大人しいクラスメートの雑談で平和に時間が流れていたのである。

 

「天乃くんは何か趣味とかある?」

「えっと、ネットはよく見ます」

「へー、意外」

「まぁ、一口にネットと言っても色々あるし!」

 

 そうですよね、色々ありますよね。でも割とどこでもぼくのこと話題にしてますよね。天乃唯で検索したら『天乃唯 童貞』がサジェストに出てくるんですけど、人の貞操がそんなに気になるものなんですかね。

 鷹月さんはあまり押してくる印象がない。真面目でしっかり者といったところだが、こういうタイプは男だとむっつりだったりする。その横のかなりんさんは輪をかけて控えめで、直に会話したこともないのだが、布仏さんや谷本さんとよく一緒にいるから会う機会は多い。目を合わせるとすぐ目を伏せるから、きっとシャイなんだろう。

 肝心の布仏さんは……言う必要あるかな。ないよね。和やかな笑顔からは想像もつかないくらい積極的でごんす。さりげに胸もクラスでトップクラスに大きいし。

 なんだろう、胸が大きい人は性欲が強いのかな。胸の大きさと性欲の相関性を証明できたり……あ、鈴さんがエロいんだっけ。なら違うか。

 

「ちょっとぉ、クラスの華が揃ってなにしてんのよ。何かあたしに言うことあるでしょ?」

 

 その鈴さんがわざわざこっちまで足を運び、一夏にちょっかいをかけてきた。一夏はおやつカル○スを口に咥えながら、

 

「ん、おめでと」

 

 なんかものすごく素っ気なく言った。

 

「それだけ!? いや、ほら、もうちょっとさぁ……」

「どうせエッチなことしてくれって言うんだろ? スマンな、諦めて他を当たってくれ」

「そこまで要求しないわよ!」

 

 余裕あるお姉さんめいた態度で鈴さんをからかう。体格差も相まって好意を寄せる思春期の少年とそれを軽くあしらうお姉さんみたい。

 しかし、鈴さんはすっかりいじられキャラが定着してしまったな。主に一夏の所為だけど。

 

「代わりに席替えを要求するッ!」

「男の子の独占禁止ー!」

「はあっ!?」

 

 鈴さんの後ろから顔を出したのは相川さんら騒々しい人たちだった。彼女たちはそこから、「私たちも男子と仲良くしたーい」と駄々をこね、他の人もそれに同調し始めたので、仕方なくぼくがテーブルを渡り歩いて適当に混ざることにした。

 でも、不思議なことに男子と仲良くしたいと言った割りに、女子だけでいるとバカ騒ぎしているのにぼくが来ると急に大人しくなって会話が弾まなくなる現象が多発した為、一通り済ませるとぼくはまた一夏のところに戻った。

 異性の目がない方が話題の制限がなくて楽しいよね、分かるよ。

 

「あ、あの、唯さん。隣、よろしいですか?」

「セシリアさ……! え、えと……はい、どうぞ」

 

 ぼくの後を追ってきたのか、座ってすぐにセシリアさんがやってきた。キスの件がよみがえり、焦る内心を抑えながら、ぼくは彼女を迎えた。

 合わせる顔がないというか、キスして早々にダッシュをかまして姿を晦ましておいてどの面下げて会えばいいのか分からず、この親睦会では避けていたのだが、やはり逃げ切れなかった。

 同じクラスで隣同士だから、どのみち逃げ切れるわけがないのだけど。

 

「……」

「……」

 

 隣に座ったものの、お互いに顔を合わせることも会話することもなく時間が過ぎる。

 やることもないので周囲を見渡す。ぼくらはセシリアさん、ぼく、一夏、鈴さん、そして箒さんといった並びになっていた。基本的に一夏はぼくから離れない、鈴さんは一夏から中々離れない、そして頑張って一夏の隣を取ろうとするも取れない箒さんの図式が完成していた為、席を変えてもいつの間にか似たような席順になるのだ。

 ふいに箒さんと目が合う。が、すぐに逸らされた。なんだろう、この親睦会のあいだずっと見られてる気がする。あれかな、一夏の隣を譲れって言いたいのか。話しかけても長く会話が続かないんだよね、箒さん。

 

「唯さん、その……」

「は、はい」

 

 セシリアさんに小さな声で話しかけられ、意識を戻される。セシリアさんはまだ俯いて、頬を赤く染めており、こちらを見られないようだった。

 周りがバカ騒ぎしているけれど、他の人には届かない声量で会話するぼくたちは、まるで秘め事を公然の場でするみたいでとてもドキドキした。いや、人に言えないことしちゃったんだけどね。

 

「さ、先ほどは見苦しい所を見せてしまって申し訳ありません……淑女が男性の前であんなに取り乱してしまうなんて」

「い、いえ、ぼくの方こそ……ええと、見てしまってごめんなさい……?」

「……ふふっ。なんですか、それは。おかしな方」

「あはは、あはは……」

 

 ぼくはテンパって自分でも何を言っているか分からなくなっていた。落ち込んで泣いている女の子にいきなりキスをして逃げた男がぼくなのである。

 キスする前のぼくの言動を思い返しても羞恥心で床をゴロゴロのたうち回りたくなるくらい恥ずかしいのに、された本人が話を混ぜ返そうとしているのだからたちが悪いというか、意地の悪い話だ。

 ぼくが乾いた笑いを終えると、焦っているぼくを見て余裕を取り戻したのか、微かに口元を綻ばせた。

 

「本当にズルい人……女の扱いに慣れた男のように振る舞っておきながら、こうも初々しい顔も見せるなんて、女を惑わす娼夫でも敵わない変貌ぶりですわ」

「ちがうんです、あの時の……キスは、その、セシリアさんが落ち込んでたから元気づけようとしただけで、誰にでもするわけじゃ」

「……! わ、わたくし以外にしてはいけませんよ? したら、怒りますから」

 

 ……誤解を解こうとしたら、さらに誤解された気がする。ちょっと拗ねた感じになったセシリアさん。焦って頭が回っていないぼく。周りがどんちゃん騒ぎしている中でぼくたちだけが異質だった。

 なんだろう、これがギャルゲだとしたら、ぼくはさっきから選択肢を間違え続けているような気がする。ていうか、まともな選択肢が出てないし、何を選んでもドツボに嵌っていくような感覚が……

 

「……唯さん」

 

 袖を抓まれた。セシリアさんは変わらず俯いてる。けれども、横顔に照れと決心が入り乱れた赤い頬が目に入った。

 

「わたくし、強くなります。あなたを護れるくらい、強く……だから、それまで、待っていてくれませんか?」

 

 ――後々思い返すと、こういう展開になったら取れる選択肢と言葉が一択に限られていたという言い訳や、これって告白みたいなものではないかという疑問はあったのだが、ぼくがこう返したのは、ぶっちゃけてしまうとその場のノリだった。

 

「――はい、待ってます」

 

 セシリアさん可愛いなー、とか益体のない感想から自然と笑いかけるとセシリアさんも顔も綻ばせた。

 このラブコメっぽい二人だけの空気をぶち壊したのは、ぼくと一夏を挟んでいる鈴さんで、彼女は突然立ち上がってぼくたちを指さした。

 

「あーっ! そこォ! 何か甘酸っぱいことしてるーっ!」

「な、何のことだかさっぱりですわ……」

「誤魔化そうとしても無駄よ。あたしの眼は欺けないわ!」

 

 ぼくはそっぽを向き、セシリアさんはしらばっくれようとしたが、鈴さんはセシリアさんの醸すラブ臭を逃さなかったらしく追求しようとした。

 しかし、間にいる一夏が辟易した様子で口を挟んだ。

 

「うるさいぞ鈴。おまえ、唯を口説く度胸ないからって他の女に嫉妬するなよ」

「は、ハアっ!? 誰が嫉妬なんてすんのよ!」

 

 一夏がずれたことを言うので、鈴さんの顔がカアッと紅潮した。

 

「だいたい――わっ!?」

 

 身を乗り出して一夏に言い返そうとしたが、勢い余って一夏の足に躓いてしまい、ズッコケた鈴さんは、バフっとぼくの胸に倒れこんで顔を埋めた。

 

「……!?」

『ら、ラッキースケベだ!!!!!』

 

 危なかったので咄嗟に抱き留めたが、その行為に会場が一瞬で沸き立った。鈴さんは脱出しようとしてか、はたまた状況が理解できていないのかあたふたともがいていた。

 羨ましがる周囲の声の中、鈴さんはぼくの太ももに手をついて身を起こし、真っ赤な顔で汗を掻きながら弁解し始めた。

 

「あ、あぁぁあ! ち、ちがうから! これはわざとじゃなくて偶然、事故で!」

「そう思うなら早く手を退かしなさい! どこ触っているんですの!?」

 

 ぼくは気にしてないと愛想笑いで済ましたのだが、鈴さんがぼくの腿に手を置き、顔を胸元に埋めているのにセシリアさんが逆上したり、思わぬハプニングに盛り上がったクラスメートが悪ノリしたり、それを見た一夏が軽蔑しきった呆れ顔をしたり……まあ、色んなことがあったのだ。

 それから、寮監の織斑先生が時間だからいい加減に終わりにしろ、と止めに来るまで親睦会は続き、片付けを済ませて、自室に戻ろうとしたら一夏が織斑先生の部屋に寄ると言うので別れた。

 そうして一人になったところに箒さんがやってきて、

 

「相談したいことがある」

 

 と、キョドりながら頭を下げるから、ぼくは一夏のことで相談があるんだろうと思って快諾したんだった。

 で、箒さんの部屋に連れ込まれたと思ったら鍵を掛けられ、言われるがままベッドに腰をかけたら、箒さんが土下座したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、意味が分からないんですけど……」

 

 数十分前までぼくは少年漫画的なラブアンドコメディ作品の主人公だった筈なのに、いつの間にかエロ漫画の主人公になっていた。

 もしかしたらヒロインかもしれないが、そこは着眼すべき所でもないので置いておく。

 

「み、水揚げを頼みたいんだ。私は、その……恥ずかしながら処女だから、それで……」

 

 箒さんは恥じらいつつ処女宣言をして謎の言葉を口にした。

 水揚げ? ……筆下ろしの女性版かな? それをぼくにお願いしたいと。へえ……。

 

「やっぱり意味が分からないんですけど……」

「なっ! わ、分かるだろう!? オ……オルコットにはキスしてたくせに!」

 

 頭を上げた箒さんは赤面して叫んだあと、妬ましそうに言った。え、何で知ってるの。

 

「見てたんですか!?」

「い、いや、一夏を探してたら偶然現場を目撃してしまっただけで、別に覗いてたわけじゃ……それはともかくっ、い、いいじゃないか! 女慣れしてるみたいだし、だいたいこんなエロいグラビア写真を撮れる男の子が清楚な訳ないだろう!?」

 

 そう言って箒さんはベッドの下をまさぐり、雑誌を手に取ったかと思うとセンターフォールドを開いてぼくに突きつけた。

 雑誌の見開きには、ぼくの黒歴史があった。ぼくは眩暈がした。

 

「何で持ってるんですか!?」

「わ、私だけじゃないぞ。みんな持ってるはずだ!」

 

 えぇ……? ぼくは気が遠くなって、思わず顔を覆った。クラスの殆どがぼくの半裸画像を持っていることも死ぬほど恥ずかしいが、セシリアさんへの少年漫画のヒロインになりきった行為を見られたことも同じくらい、いやそれ以上に恥ずかしかった。

 何より問題なのが、異性を口説くような慰めの言葉とキスを目撃した箒さんが、ぼくのことを尻軽な男だと思い込んでいて、それを盾に肉体関係を迫ってきているこの現状だ。

 何も考えずに女の部屋に入ったぼくも悪いと言えば悪いが、逃げ道を塞がれているし、断って土下座までした箒さんを潰すとセシリアさんとの関係をバラされてレッテルを貼られるかもしれない。

 ……正直、エッチなことをするのは全然かまわないんだよなぁ。凄い美少女で、巨乳で、堅物真面目系なコで、元の世界だとこっちが土下座して頼みたいくらいだ。

 ただこの手の男は、一度抱いた女を自分のものみたいに勘違いして彼氏面した挙句、何度も関係を求めてくるタイプだと思う。童貞を捨てたら調子に乗って、それが周囲に一発でバレる男みたいな。先っちょだけと言ったのに最後まで行っちゃったり、一回だけって言ったのに何回もしちゃう言葉が信用ならない人種だ。元々同じ立場だったぼくが言うんだから間違いない。

 だから体を許すのは絶対NGなのだが、普通に断るのもダメ。ダメダメ尽くしの現状で取れる最善の手段はについて本気出して考えてみたが、やはりこれしかなかった。

 

「少し落ち着きましょう、ね?」

 

 ぼくは彼女を刺激しないよう柔和に微笑みかけた。おもむろに手をとり、ベッドまで導く。手を握った瞬間、「ふあっ!?」と素っ頓狂な声を出したが触れないようにした。立場が逆ならぼくもびっくりしていたかもしれないし。

 ベッドに座らせた箒さんはガチガチに緊張していたから、なるべく刺激しないようにしながら心を解してゆく。

 

「どうしてこんなことをしようと思ったんですか?」

「う……そ、それは」

「……鈴さんですか?」

 

 心当たりがあったから挙げてみると図星だったらしく、口を噤んでしまった。

 一夏と話そうと試みて空回りしているのを何度も目撃した。今回の親睦会でも一夏の隣は悉く鈴さんに取られ、話しかけても反応は思わしくなく、鈴さんとの会話は弾んでいる。

 幼馴染の片思い相手が、再会したら他の男と仲良くなっていると置き換えると、彼女の気持ちは痛いほど分かる。その焦りでぼくに向かってくるのは想定外だけども。

 図星を突かれた箒さんは訥々と語りだした。

 

「そうだ。私たちは幼馴染だったが、幼い頃に離れ離れになってしまった。この学校に来て、やっと再会できて私は嬉しかったんだ。でも、私は剣道一筋で男と話した記憶がなくて、一夏とまともに話すことも出来ずにいた……同じ幼馴染でも、私は話せないのに転校生は……」

 

 ……同じ幼馴染でも、物心ついて間もない頃と男女を意識し始めてからの異性では覚えが違うのは当然な気がする。

 女が苦手な一夏には、背が高くて見るからに女性的な肉体をしてる箒さんよりも、ぺったんこな鈴さんの方が女を意識しなくて話しやすいのかもしれないし。まぁ、まず女として見てないのかもしれないけど、日本一剣道が強い高校一年生に迫られるって、普通に恐怖じゃない?

 俯いて話していた箒さんが、躊躇いがちにぼくを見る。

 

「そんな時にオルコットとキスしているのを見てしまってだな……『この男は出会って数日の女とも平気でキスする男なんだ。だったら私にもヤらせてくれるにちがいない』。そう思ってしまったんだ」

「最低ですね」

「はぅっ」

 

 率直に感想を言うと箒さんはショックを受けて胸を抑えた。気持ちは理解できるが、行動してしまうのが頂けない。というか、一夏にはあんなに奥手なのに、ぼくにだけ行動力があるのがおかしい。

 エロスに突き動かされているとしか思えない。男ってみんなこんなものか?

 ……こんなものだったなぁ。ぼくは男であったことを棚に上げながら箒さんを追撃した。

 

「箒さんがぼくの立場だったら、処女捨てたいからヤらせてくれと言ってくるろくに親交もない人をどう思います? 昨日今日知り合ったばかりですよ? それを密室に連れ込んで、逃げられない状況を作って迫ってくるなんて、脅迫と同じです」

「うぅ……」

 

 へこんでしまった箒さんは涙目で俯く。これ以上言うと逆切れされて襲われる危険性があったから、ぼくは笑いかけた。

 さりげなく箒さんの手に自分のそれをそっと重ねて、優しく言う。

 

「でも、好きな人に話しかけられなくて落ち込む箒さんの気持ちも分かります。ぼくで良かったら協力しますよ」

「!? ほ、本当か!?」

「はい」

 

 信じられないものを見る目、でも瞳に期待を満たした眼差しでぼくを見る。ぼくは首肯して重ねた手に力をこめた。

 箒さんの眼が神か何かを見るものになった。元の世界なら、「なにこのコ、女神!?」とでも思ってる顔をしている。ぼくには分かる。

 

 ――少しは良い思いをさせておかないと、セシリアさんとキスしたことを言い触らされるかもしれないし、これくらいはいいだろう。

 これからのことを想像し、期待している箒さんがにやける顔を律しながら言った。

 

「ぐ、具体的には何を?」

「そもそも男の人が苦手で、話しているとアガッてしまうんですよね?」

「そ、そうだな。今も、ちょっと……」

 

 まあ、顔真っ赤だし、吃りまくってるし、そうだと思った。体育会系で性欲は強いけど耐性ない。元の世界でもよくいたなぁ。

 

「だから男に慣れましょう。ぼくも女の子と話したことがあまりないから、お互い練習だと思って。ね?」

「え? ないのか? だってオルコットとは……」

「あれは頬にですし……それにずっと男子校でしたから、同年代の女子と話したのもIS学園に来てからが初めてです」

「そ、そうなのか。ふーん」

 

 たぶんね。元の世界のぼくは共学だから普通に女子がいたし、仲の良いコもいたから苦手意識はない。

 一方、箒さんは経験がないと聞いてじろじろとぼくの体を眺め始めた。気になる女の子が処女と聞いて嬉しくなるようなものだろうか。

 ていうか、肉欲に満ちた視線ってこんなに露骨なものだったのか。めっちゃいやらしい顔してるし。女の子のこんな顔見たくなかった。

 

「と、ところで、どんなことをするんだ?」

「あー、そうですねー」

 

 下心満載の表情で逸る気持ちを抑えきれない箒さんが急かしてくる。ぼくは冷めた気分で考えた。

 仮にも長身・黒髪ロング・ポニーテール・巨乳・剣道娘の堅物美少女と二人っきりでいるのに、何でこんなに色気がないんだろう。

 滅多にお目にかかれないレベルの女の子と男女の真似事をするのに、どうしてこんなに幻滅しているんだろう。

 ぼくはフンフン鼻息が荒くなっているのを隠せない箒さんの方に腰をずらして、肩と腰、そして足を密着させた。

 

「こういうのとか、どうです?」

「!? ……………………い、いいんじゃにゃいか?」

 

 うわ、触れてる肩がガチガチに強張ってる。そして小刻みに震えていた。横を見る。毛穴が確認できないきめ細やかな肌に汗が伝っていた。

 視線は虚空を泳いでいて、心ここに在らず。というより昇天しそうな勢いだ。

 

「ふふ、堅くなってますよ? もうちょっと自然に、ね?」

 

 ここまで童貞丸出し……いや、男慣れしていない反応がおかしくて、からかうように微笑む。

 箒さんは困った様子で言った。

 

「し、自然にと言われても」

「……」

「ひゃっ!?」

 

 見かねてわき腹を突くと全身を跳ねさせて驚いていた。ぼくは悪戯っぽく笑った。箒さんが挑発的な表情をする。

 

「や、やったな。お返しだ!」

「ぎゃー」

 

 おっかなびっくりぼくのわき腹を突き返した箒さんに、ぼくはわざとらしく大仰なリアクションをした。

 おそらく性を意識してからは初めてであろう男子とのスキンシップに箒さんは、感動を覚えつつも興奮しているようだった。

 これで多少は緊張を緩和できたと思うので、ぼくは一歩踏み込んだ。

 

「それで、どうしてほしいですか?」

「そ、そうだな……。こ、恋人……みたいに、接してくれ」

 

 少し考えてから、箒さんの肩にこてんと頭を乗せてみた。

 

「……っ!!」

「こうですか?」

「い、いいい、いいと思う」

 

 せっかく緊張が解けてきたのにまたガチガチになり、声も震えている。慣れる気配がない。大丈夫かな、これ。

 箒さんに重心を傾け、体重を預けながら、傍目には女の子とイチャイチャしているのに冷めている頭で思案する。

少し目を落とすと、学年最高クラスの雄大な山脈がそびえ立っている。その下には程よく締まりながらも柔らそうな刺激的な太ももが見えた。どちらも男子垂涎の代物で触りたくて仕方ないのに……。

 何か興奮しない。相手が焦りまくっているのを見て、返って落ち着いていく自分がいる。

 なんだかなぁ。女の子ってこういう時、こんな気分なの? 演技しなきゃ悪いと思ってしまったんだけど。

 

「――お?」

 

 唐突に、ぎこちなく動いた箒さんの腕がぼくの肩を抱いて、より強く密着する。ぼくを抱く腕の力は、ぼくのそれより強そうだ。

 ……やっばい、やっぱり押し倒されたら抵抗できないぞ、これ。

 女性の雄々しさに戦慄する、どこか間違っている感想を抱いていると、その手が下に向けて滑ってきた。二の腕、肘、腕を離れて腰を通り、臀部へ。

 箒さんの手は恐る恐るぼくの尻を触っていた。……ぼくが電車で出くわした痴女の手つきと同じだぁ……。

 ぼくが視線を向けると、目が合った瞬間、箒さんはテンパって手を離した。

 

「す、スマン! つい、出来心で!」

「いえ、構いませんけど……あの、男の尻を触って楽しいんですか? 女性のと比べると固いし、良いものじゃないと思うんですけど」

「何を言っているんだ! 女の尻より固めな感触がいいんじゃないか!」

「あ、はい」

 

 先ほどまでの緊張はどこに行ったのか、威勢の良い声で断言する箒さん。あれかな、元の世界の男性が柔らかいものに興奮するのと逆で、この世界の女性は固いものに興奮するのかな。

 男のチ○コが固いからだろうか。胸板は当然男性の方が固いし。……ダメだ、分からない……!

 この世界の女性の性的興奮を覚える基準が……!

 何ならその大きいおっぱい揉ませてよ。ぼくは目の前にある標高がIS学園最高峰の巨乳を前にしながら、箒さんに時折尻を触られたり、太ももを触られたりして恋人っぽい空気を体験させてあげた。

 慣れるどころか、密着している耳朶を直に叩く箒さんの鼓動の激しさは時間が経つごとに増してゆくのだが、これは性欲が昂って荒ぶっていっている証なんでしょうか。

 やべえな、どうしよう。一発抜いてあげた方がいいのかな。でも女性って賢者タイムないんじゃなかったっけ。つーか一回抜いてあげたらそれをネタに強請って来ないか。どないしよう。

 脳内が目まぐるしく動いて解決策を出そうとするが、この状況でろくな案が浮かぶ訳もなく、合図のように箒さんが生唾を飲んだ。

 

「あ、天乃ッ!」

 

 気迫のこもった声でぼくの名前を呼んだ箒さんは、ぼくの肩を掴んで姿勢を変えて向き直ると、むふーむふーと荒い鼻息をぼくに当て、ぐるぐると据わった目でぼくをまっすぐ見つめて言った。

 

「き……キスしていいか!?」

「ダメです」

「何故だッ!?」

「だって付き合ってもないですし、そういうのは好きな人とじゃないと」

 

 ぼくはテンプレ回答でお茶を濁した。が、箒さんはどうしてもキスしたかったのか縋ってきた。

 

「れ、練習だからノーカウント……っ! ノーカウントだから大丈夫だッ! これはキスの練習で本番じゃないからいいだろう!?」

「えー」

 

 まあ別にしてもいいんだけど。一度でも許すと後がめんどくさいんだよなぁ。

 回避方法を探して、視線を逸らしたぼくの眼に自分の手が映った。あ、これだ。

 ぼくはおもむろに人差し指と中指を自分の唇に当てると、その触れた部分を箒さんの唇に宛がった。

 

「んむっ!?」

「ええと、直接はダメですけど、これで我慢してくれませんか?」

「――」

 

 指での間接キスをした箒さんはポカーンと惚けていた。が、再起動した箒さんは目を欄々と輝かせて言った。

 

「そ、それ! もっと!」

 

 

 

 

 

「天乃ぉ、もういっか~い」

「はいはい」

 

 猫なで声でしなだれかかってくる箒さんに、ぼくは苦笑して指で唇に触れた。

 その指の腹を、親鳥の餌をまだかまだかと待っている小鳥のようにキスをせがむ箒さんの突き出された唇に当ててゆく。

 

「ん~」

 

 バードキスをするかのように、チュッチュと小刻みに何度も繰り返す。

 そろそろ頃合いかな、と指を離すが、箒さんはキス顔で迫ってきた。ぼくはまたかと思いながら人差し指で唇を止めた。

 

「それ以上はダメですよ?」

「んんーっ」

 

 箒さんが未練たらしい目つきで抗議してくるが、黙殺しているとやがてぼくの真似をして自分の唇に指を当てた。

 

「だったらこっちもお返しだっ」

 

 今度はぼくがされる番になり、ぼくは羞恥心に耐えながらも目を瞑り、指での間接キスを受け止める。

 もう何回目だろうか。ぼくが思い付きで指での間接キスを試してからというもの、それがいたく気にいったらしく、ぼくはこの一連のやりとりをひたすら繰り返すことになった。

 不思議なことに、これを繰り返すうちに箒さんの態度も軟化し、借りて来たネコから飼い主に媚びるネコになってしまったのである。

 初めの頃の男が苦手な箒さんはどこに行ったのだろう。というかこれは誰だろう。キャラが変わり過ぎて誰か分からなくなっているんだけど。

 ぼくが本当に箒さんなのか確信がなくなっている中、男に甘える女の子みたいな顔つきと声の箒さんが耳元で囁く。

 

「ん……天乃は本当にかっこいいな。本当に女性経験ないのか?」

「本当ですよ」

「本当かー? 実は経験豊富なお兄さんだったりしないのか?」

「疑り深い箒さんは嫌いだなぁ」

「あぁ! ごめーん」

 

 しつこく本当本当と勘繰る箒さんにちょっと冷たい態度を取ると、すっかり骨抜きになった彼女はぼくの胸板に顔を埋めてイヤイヤした。

 仕方ないなぁ、と頭を撫でると、とんでもなくだらしない、すっかり骨抜きにされた顔でにへらーと弛緩した笑い顔になる。

 なんだろうな、これ。社会的地位のある年配の人が、そういうお店で赤ちゃんプレイしてるの見ちゃったかのようなはしたない姿。

 ぼくはさながらキャバ嬢とかそういった職業に就いている気持ちの一端を、ちょっとだけ味わった気分だった。

 確かに男はエロに弱いけど、ここまでバカっぽいものなのかな。箒さんの髪を手で梳いて、無聊を慰める。

 胸には箒さんの吐息が当たって熱く、人肌と羞恥心もあってけっこう熱っぽくなっていた。

 茹ってきた頭でぼんやり考える。そういや今何時だろう。けっこう時間経ってるけど――

 

 そう思った瞬間、部屋の扉がガチャガチャと音を立てた。

 

「――!?」

『あれ、鍵閉まってる……篠ノ之さーん?』

 

 心臓が凍り付いた。ここは箒さんの部屋だ。ということは、同居人が帰ってきたのか。

ぼくらは顔を見合わせ、どうすべきか分からないまま慌てふためいた。

 

「……!」

「……!!」

『篠ノ之さーん? いないのー?』

「い、今いく! ちょ、ちょっと待っててくれ!」

 

 バレたらシャレにならん。どうしようどうしようと上手い回避方法はないか探すぼくに、箒さんが懸命にある場所を指さした。

 そこはクローゼットだった。ぼくは転がるようにジタバタしながら潜り込み、外から箒さんが扉を閉め、同居人を迎えにいった。

 狭い暗がりの中、ぼくの耳を痛いほど心臓の音が叩いていた。冷や汗が噴き出し、かつてないほどの焦燥感に苛まれる。

 何も見えない代わりに聴覚が研ぎ澄まされ、扉越しに会話が聞こえた。

 

『す、済まない。つい癖で鍵を掛けてしまった』

『うん、まあいいけど……どうしたの? 凄い汗かいてるけど』

『え? あ、ああ……これは、その、だな』

『あ、もしかして、してた?』

『んなっ!?』

 

 ……この声は鷹月さんだな。同じ部屋なのか。今までは二次会で他の子のところにいたのだろうか。

 動揺している箒さんの声に対し、鷹月さんの声はいたって平静だった。

 

『ごめんね、気がきかなくて。そうだね、今のうちにするときの合図とか決めとく? ティッシュ箱をナイトテーブルに置いたら、三十分外に出るとか』

『あー! うん、そうだな。そうしよう。それでいいと思うぞ、うん』

『グラビアでオカズにしてた男の子が、クラスメートで、さっきまで手が届く所にいたんだもんね。気持ちは分かるよ』

『だろう!? ……それで、帰ってきて早々に申し訳ないんだが、ちょっと一人にしてくれ。まだ途中だったんだ』

『えー……私、シャワー浴びてくるから、その間に済ませてよ』

『済まない』

『換気はしてね』

 

 …………会話のあと、しばらくしてからシャワーの流水の音が響いた。

 クローゼットの扉が開き、眩しさに目を細め、這い出て箒さんに対面する。

 つい先ほどまでだらしない顔をしていた箒さんは、冷や汗をだらだら掻き、青ざめた顔で指と指を合わせていた。

 

「あの……天乃。き、今日のことなんだが」

 

 危機に直面して性欲が薄れ、現実のリスクが思い起こされたのか、はたまた自分の痴態を思い出して死にたくなっているのか、ぼくには分からないが箒さんは死にそうな顔をしていた。

 ぼくは努めて笑顔を作り、何もなかったかのように微笑んだ。

 

「大丈夫です。気にしてませんから」

「う、うん……」

 

 俯いて元気のない箒さんにぼくは言う。

 

「箒さん」

 

 名前を呼ぶと、顔を上げた彼女との距離を詰め、耳元で秘め事を囁くように艶やかな声で、

 

「みんなには内緒ですよ?」

 

 離れて見つめ合うと、一瞬硬直したあとに箒さんはカクカクと何度も頷いた。

 ぼくはウィンクして静かに部屋を跡にした。

 誰にも出入りしたところを見られていないのを確認してから、思いっきりダッシュして自分の部屋に入る。

 一夏はまだ帰ってきていなかった。まだ織斑先生の部屋にいるらしい。

 ぼくはベッドに身を放り投げると、ゴロゴロとのたうち回った。

 なにやってんだぼくはぁぁぁ……!

 




          ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
           {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ    モッピー知ってるよ
       γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i
     、ヾ|:::::::::|: ⌒ト- ::::/⌒ヾj::/:::l  性欲魔人が元ネタではメインヒロインだってこと
      ヾ:::::::::| x=ミ  V x=ミ /::::/  この話が一番文字数あるってこと
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!  作者がこの話を書きたくてこの作品を書いたこと
       /::::(\   ヽノ  / ̄)  |
         | ``ー――‐''|  ヽ、.|
         ゝ ノ     ヽ  ノ |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


          ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
           {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ    モッピー知ってるよ
       γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
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.    | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i
     、ヾ|:::::::::|: ⌒ト- ::::/⌒ヾj::/:::l  本当は乳首舐めさせたりしたかったけど
      ヾ:::::::::| x=ミ  V x=ミ /::::/  一般だから無理で何度も書き直したこと
       ∧::::ト “        “ ノ:::/! 感想で箒ちゃんをエロ魔神だって叩く人がいること
       /::::(\   ヽノ  / ̄)  |  セシリアのヒロイン力には遠く及ばないってこと
         | ``ー――‐''|  ヽ、.|
         ゝ ノ     ヽ  ノ |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄











      ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
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    γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
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 (   丶- 、        しE |そ  
  `ー、_ ノ         l、E ノ <
               レYVヽl


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どうしてフロイトさんは全てを性と結び付けたがったのか

Q.大勢の読者が18禁にすべきだと言っておりますが。

A.えー、作者のコモドです(半ギレ)
18禁にすべきだという異議申し立てがありましたが、ビデオ判定の結果、18禁にすると表現の幅が広がり安易なセックスに逃げてしまいますが、全年齢で貞操逆転することによって制限の中で工夫を凝らそうと作者が試行錯誤し、それに伴って読者が生殺しになることが判明しました。両者ともに餌を前にお預けされた状態になる、マゾヒズム的な苦痛を味わうことになるため、もうそれでいいんじゃないかと作者が考えました。なのでビデオ判定の結果、モッピーを退場処分に致します(半ギレ)


 ISスーツで公衆の面前に立たされることになったとき、整列するクラスメートの最前列に並ぶ一夏は、男子校の中心でスク水を着て視姦される、元の世界の女子高生の気持ちを味わったにちがいない。

 ISの実習授業でぼくたちのクラスは初めてISに触れる機会を得て、全員がISスーツを身にまとうことになり、女子はスク水にニーハイソックスを履いたような、男子はスパッツにへそ出しタンクトップのようなデザインの、デザイナーの性癖を疑うそれをぼくと一夏は嫌々着るはめになった。

 一夏は恥ずかしいのだろうが、ぼくだって恥ずかしくて仕方ないのだ。男がショートパンツ履いて生足を晒す。元の世界の男子だってためらう人は多いのではないだろうか。

 第一、ぼくのはデザイナーが無駄に気合を入れたオーダーメイドなのに加え、面積がボクサーパンツほどしかなくて下着と変わらない露出なので、はっきり言って殺せと誰かに懇願したくなる羞恥心がぼくを襲っているのだが、それがこの世界の『女性的立場』の一夏のものと比べて嫌悪感がどうちがうのか、確かめる術はなかった。

 とにかく恥ずかしい! 周りの人たちはちらちら盗み見しないで真面目に授業を受けてくれ! 生唾飲んだり顔を赤らめたりしないでさぁ!

 

「あのー、みなさ~ん? 気持ちはわかりますけど、そろそろ授業に集中してくれないと織斑先生の堪忍袋の緒が切れちゃいますからねー? ……はぁぁ、私のときは男の子なんて影も形もない灰色の学園生活でしたのに、羨ましいですねぇ。生で見る天乃くんは写真より美少年だし、織斑くんは着痩せするタイプなようで目に毒ですしぃ」

「山田先生、あとで話があります」

 

 頬に手を当てて悶える山田先生に仏頂面の織斑先生が宣告した。

 普通の先生だと思っていた山田先生も陥落し、どんどん少なくなるまともな人材の存在に足元がガラガラと崩れ落ちてゆく感覚にとらわれた。

 よくよく考えると教師であんなに胸元をあけて谷間を強調してセックスアピールしている人が異性に興味がないわけがないのだ。年齢的に大学生くらいのはずだから、失われた青春を取り戻そうと躍起になっている可能性もある。

 学生時代を勉学や部活動に費やして遊んでこなかった人は、その分を取り返そうと社会人になってからも落ち着かない場合がままあるらしい。前の世界の父さんの談だけど。

 

 

 

 

 

「専用機持ちで搭乗経験のあるアタシたちだけ授業免除で自習かぁ。どうする?」

「クラス対抗戦を控えている鈴さんの調整時間にあててくれたのでしょうから、実戦形式の練習でもするのが有意義な時間の使い方では? 付き合いますわよ、クラス代表殿」

「そんなこと言って、甲龍のデータを取るのが目的なんでしょ? 受け取るのが怖いのよねえ、外交に友好が存在しない国の善意を受け取るのは」

「あらあら、残念ですわ。こちらとしては、我がクラスの代表が不甲斐ない戦いをされても困りますから、僅かながらでも助力になればと思っておりましたのに」

 

 鈴さんとセシリアさんが挑発的な微笑みをたたえながらおっかない会話をしている横で、ぼくは所在なく傍観していた。

 事前に受けた講習を受ける必要がないと織斑先生が専用機持ちを自習にし、みんなから離れた場所に隔離されたぼくたちは、持て余した暇を有効活用しようと話し合おうとしていた矢先の出来事だった。

 つい先日、クラス代表の座を賭けた戦いに勝った、敗れたの関係にある二人はギクシャクした仲を隠そうともせず、ISスーツに袖を通した途端に臨戦態勢になったのだ。

 ぼくしかいない状況でこれは勘弁してほしい。ストッパーになれる人いないのに。

 

「煽る意図抜きに、手助けなんて必要ないわよ。一番の障害だったアンタを倒しちゃったんだもの。あとは消化試合みたいなもんだし」

「そんなに余裕綽々で大丈夫ですの? 四組には日本代表候補生がいたはずです。ふんぞり返って、本番で足元を掬われても知りませんわよ?」

「大丈夫よ。その代表候補生は専用機なし、打鉄での出場が確定。打鉄を相手にした戦闘なんて何度もシミュレーションしてるわ。代表クラスならともかく、同じ候補生が相手なら負けやしないわよ」

 

 すいません日本代表候補生の人、ぼく(と一夏)が入学した所為で専用機の開発が遅れてしまってすいません!

 顔も知らない日本代表候補生に申し訳なく思い、心のなかで謝り倒しているあいだに、二人の関心がこちらに向いた。

 

「ま、そういうわけでこっちの心配は無用よ。調整なら一人でやるから、専用機持ちは専用機持ちで各自練習でもしましょう。あ、そういえば、天乃くんはどうしよっか? データだと搭乗経験は殆どなかったわよね?」

「ああ、わたくしたちが唯さんに教えるのもいいかもしれませんね」

 

 素人だというのを指摘され、それにセシリアさんが乗っかって、この授業中で二人に指導を受ける羽目になった。

 確かにぼくはISに乗れるだけの男子だけど、専用機が持たされることになった経緯を考えれば仕方ないんじゃないかと思うんだ。ぼくがISに乗る意義は広告塔の役目を果たすためで、ぼくの専用ISの役割は希少な男性IS操縦者の護身なのだから。

 実際問題、ISでテロとか起こされたら洒落にならない被害が出るし……まあ突発な事態が発生した場合、ある程度は自分で対処できるように操縦を鍛えておくのは意味があるかもしれないが。

 

 本来は宇宙開発の為に開発されたらしいけど、テロ活動に使うのが一番効率的なんじゃないかと思うスペックのISを起動しながら、そんなことを思った初めての実技。

 余談だが、二人の指導は何を言っているかさっぱり分からなかった。感覚派と理論派に挟まれて酔っぱらったような気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ! もう、最悪だ! ジロジロ見やがってあいつら~。誰だよこのスーツのデザイン考えたヤツ! セクハラだろ!」

 

 授業を終え、ロッカールームに戻った一夏は荒れていた。ISスーツを床に脱ぎ捨てると怒りのあまり地団駄を踏んで当たり散らしていた。

 クラスメートに視姦されたのがよほど腹に据えかねたらしい。そこまで怒ることないだろと思うが、発言自体には同意する。

 ぼくも鈴さんにチラチラと何度も体を盗み見されたのだが、見かねたセシリアさんが鈴さんを注意した。その際、鈴さんはあたふたとして、「いやぁ、だって天乃くんのスーツ姿すごく似合ってるから……」と言い訳したのだ。

 それにセシリアさんは、「それはそうですが……」と言葉に詰まって、ぼくを見た。そこは強く非難して欲しかった。

 布面積的に、タンクトップとホットパンツが似合うと言われて嬉しい男子がいるのだろうか。

 あと、女性が「胸を見てる男子の視線に気づいている」というのはよく聞く話だが、こんなの気づかないわけがない。傍から見て視線が下に行っているのはバレバレだし、顔の表情からも判然としているのだから。

 

「落ち着いて、一夏。こういうのに怒ってたらキリがないよ。卒業するまでの我慢だって。水泳の授業とでも思えばいいでしょ?」

「そうなんだけどさー、感情の問題なんだよ……唯はよく気にしないでいられるよな。俺より何倍も注目されるのに」

 

 ぼくが言及すると一夏は口を尖らせながら怒りを収めた。

 元・そのジロジロと異性の裸を見て鼻の下を伸ばす立場だったからです、とは言えなかった。

 元の世界の男嫌いの女の子も、男子のこういうスケベなところに嫌悪感に抱くイメージが強いし、それが男子校に放り込まれたら一夏のような反応をするのも仕方ないと思う。

 でもぼくらは女所帯にいるわけだし、あまり敵対になりすぎるのもどうかと思った。郷に入っては郷に従えではないが、環境に適応していかないと生き辛いだろう。 

 

「女の子が男のカラダに興味を持つのは普通のことじゃない。ぼくたち男は、女の子のそういうところも理解して受け止めてあげなきゃダメだよ」

「……」

 

 性欲を持て余した女の子に付き合ってあげた実体験から学習した持論を展開すると、一夏は感心したような、一目置く人物を見るような眼差しをぼくに向けた。

 

「? どうしたの?」

「いや、唯がモテるのも当然だな、と思って。俺が女なら唯を放って置きませんわ」

 

 先ほどまでと打って変わって、快活で冗談っぽく笑う。……そんなこと言われても嬉しくないんだけど。

 

「男子校で育つとみんな唯みたいになるのか? 現代で絶滅したと言われる日本男児はここにいたんだな」

「そういう風にからかうのホントやめて、一夏……」

 

 ぼくは背中がむず痒くなり、意地悪く笑う一夏に懇願した。

 ついでに早く服を着てほしかった。これまでのやりとりの最中、ずっと一夏はフルチンだったからだ。

 この光景を日本中の女性が見たがっていると思うと、ぼくは悲しくて現実から目を背けたくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、クラス対抗戦まで一組は和気藹々とした空気のまま、親睦を深めていった。

 一夏もぼくには女嫌いを公言して愚痴をこぼしながらも、表面的には上手くやっている。最初は鈴さんとだけだった交流も、クラスメートとして最低限の親交を保つ程度には行うようになった。

 ぼくもまた、クラスメートには全員平等に接するよう心掛けている。下心を持って近づいてくる人が多いから、特定の誰かを優遇していると思われでもして妙な勘繰りをされでもしたら面倒なので、そこら辺のバランス感覚を養うのは骨が折れた。

 布仏さんや谷本さん、相川さんといった、積極的だが仲の良いクラスメート、友人の関係からそれ以上に進むことができない人は、同じように接していればいいから楽なのだが、セシリアさん、そして箒さんは気疲れするのだ。

 特に箒さんがめんどくさい。あれ以降、味を占めたのか忘れられないのか定かではないが、意味深な視線を送ってきたり、何が目的か分からないけれど、「き、昨日は何してた?」と突拍子もない世間話を振ってきたり、とにかく接触しようとすることが増えた。

 ぼくのところに来ることが多くなると、必然的に隣の席で、尚且つぼくに好意的なセシリアさんの目に留まることになる。セシリアさんはぼくの騎士を自称しているから、悪い虫を追い払おうとするだろう。

 ぼくの懸念は当たり、この間、こんなことが起きた。

 

 

 

「そ、そのだな、天乃。そ、相談があるのだが……一人で、私の部屋に来てもらえるか?」

 

 放課後にぼくの席に来て、赤面しつつ、もじもじと話しかけてきた箒さんは、最後の部分だけ小声で耳打ちして誘ってきた。

 なるべく周囲に気を使っていたのだろうが、それが聞き耳を立てていたセシリアさんの耳に入ってしまい、声を荒げて箒さんに食ってかかった。

 

「お待ちなさい! 聞き捨てならない言葉を耳にしたのですが、殿方を自分の部屋に招いてどうなさるおつもりで?」

「む、聞こえていたのか。どうするも何も、少し相談に乗ってもらいたいだけだが」

「わたくしには男性を誘う為の体の良い口実にしか聞こえませんが、なぜ男性を、一人だけ部屋に呼ぶ必要があるのですか? 同室の方にでもすればよいのではありませんか?」

「いや、それは、その……天乃が一番適任だったからで」

「ならわたくしが同席しても構いませんでしょう? 邪魔はしませんし、親身になって相談に乗って差し上げますから、構いませんわよね?」

 

 図星を突かれたか、はたまた初めから後ろめたいところがあったからか、押され気味だった箒さんだったが、高圧的なセシリアさんにカチンときたらしく、みるみるうちに困り顔が険しくなっていき、遂に爆発した。

 

「構うに決まってるだろう! 人が下手に出ていれば言いたい放題……何なんだお前は! 天乃のナイト気取りか!」

「気取りではなく、そのつもりなのですが」

「……自分で言ってて恥ずかしくならないのか?」

「いえ、まったく」

 

 箒さんは激昂したのだが、こっぱずかしいことを平然と宣うセシリアさんに毒気が抜かれて、すぐに気後れしてしまった。

 そしてたじろいだところに、またセシリアさんが追撃の言葉を放った。

 

「それより、わたくしの記憶では、あなたは織斑さんに懸想していた覚えがあるのですけれど、どうして唯さんに言い寄っているですか?」

「うっ……」

 

 再び詰め寄られることになり、痛いところを突かれた箒さんは何も言い返せず、難しい顔のまま口を噤んだ。

 まさかセシリアさんもただで同級生にキャバクラを体験させてもらい、一度させてくれたのだから二回目も大丈夫だろうとお願いに来ているのだとは夢にも思うまい。

 その相手がぼくで、そのような体験をする羽目になった原因が、ぼくがセシリアさんにキスした現場を箒さんに見られたであることも、想像すらしていないだろう。

 これ以上箒さんを刺激すると、短慮で怒りっぽい箒さんが口を滑らす危険があったので、見かねて間に入ってその場は事なきを得た。

 教室のど真ん中で何をやっているんだろう。段々とその場しのぎでやったことがぼくの首を真綿で締め上げてきている気がするが、セシリアさんが変わらず良い人なので箒さんが性欲魔人なだけかもしれない。

 体育会系の性欲を甘く見ていた……冷静に考えてみると、ここは軍人学校みたいなものなので全員が体育会系だといっても過言ではないのだが。

 

 

 

 

 

 それにしても、この世界に来てからというもの、ぼくは本当にモテるなぁ。

 放課後、廊下を歩きながらそんなことを考える。容姿は変わっていないのに前の世界とはえらい違いだ。

 自惚れでなければ、前の世界でもぼくはそこそこ人気があったと思う。告白されたこともあるし、容姿が良いと注目されていたことも知っていたが、人気の本質が根本的に違う気がする。

 前の世界の女子は、ぼくという人間が好きだったが、この世界の女子はぼくの体が好きなのだ。

 恋に恋しているのではなく、ぼくの体に恋しているのだ。憧れではなく、性欲が彼女たちを突き動かしているから、母数が多く、衝動的で稚拙な迫り方をするのだ。

 男性が恋人と街を歩いていても、すれちがう美女に鼻の下を伸ばして目移りしてしまうのと同じ感覚だから、一途に思い続けていた幼馴染と再会しても、箒さんのように顔が良いコに優しくされれば容易く堕ちてしまうのである。

 

 そしてそれに流され続けた結果が、クラス中の男子に言い寄られながらイギリス貴族の美少年をキープしつつ、友人の幼馴染に粉をかけてその気にさせておきながらやはり放置する、前の世界のぼくならクソ女認定すること間違いなしの現状なのだが、本当にどうしたらいいんだろう。

 純粋に恋心を抱き、慕ってくれている――と、ぼくは勝手に思っている――セシリアさんに申し訳ない感情が湧いてくる一方で、この状況が心地よく思い始めている自分もいる。

 こういうの、なんていうんだっけ。ネトゲの姫プレイ? 周りがちやほやしてくれるのって、すごく気持ちがいいものなんだね。

 下心しかないと分かっていても、異性に求められるのは嬉しいものだ。ましてや、それが美少女ならなおさら。健全な男子が思春期の理性で欲望を抑えつけておくには、この状況は刺激が過剰すぎた。

 

 有名になって、名前も顔も知らない無数の誰かに容姿を褒められ、欲望に濁った目を向けられることでぼくの眠っていた自尊心が揺り起こされた。

 赤面物の恰好で異性の前に出ても、それを馬鹿にするでもなく欲情して目を離そうとしない姿に、羞恥心は次第に自信へと変わっていった。

 流石に進んでアイドルの真似事をしたいとは思わないけれども、箒さんにしたような、誘惑紛いのことをして、女性が戸惑っている様子は見たい気持ちが今はある。

 しかし良心の呵責が度々ぼくの心を苛む。具体的には、セシリアさんにキスしたり、箒さんを手玉に取った後に襲ってきたの後悔と元の価値観がブレーキとなって、少年的衝動に駆られるのを踏みとどめていた。

 本音を言えば、これだけ可愛い女の子に好意を向けられているのだから、男らしいことの一つや二つをやってみたいとは思うのだけれども。

 

「わぷっ」

「おっと」

 

 考え事をしながら歩いていたら、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。

 胸に当たった軽い衝撃に、快活そうな少女の声。視線を下に向けると、見覚えのあるツインテールが揺れていた。

 

「!?」

 

 勢いがそれほどではなかったから、その人物の顔は胸に収まってしまっていたのだけれど、やがて状況を理解したらしいぶつかった彼女は、爆発の前兆のように身を竦めてから、猫のように後ろに飛び上がって距離をとった。

 

「わああああああっ! ち、ちがッ! ああ、あ、天乃くんこれはちがうの! ほんと事故! 前をよく見てなかった不慮の事故で、決してわざとじゃ!」

 

 相手は鈴さんだった。ぼくの胸に顔を埋めた鈴さんは、顔を真っ赤にして慌てふためきながら身の潔白を訴えてきた。

 ぼくはその慌てようと男の胸に触れて謝る姿がおかしくて、思わず吹き出してしまった。

 

「そんなに慌てなくても、分かってますよ。わざとじゃないことくらい」

「へ……? お、怒んないの……?」

 

 くすくすと笑いながら言うと、鈴さんはおずおずと様子を窺うようにして尋ねてきた。

 

「怒ってほしいんですか?」

「ううん、そういうのじゃないけど! これが一夏だったらゴミを見るような目であたしを見てたから、ちょっと意外で」

 

 慌てふためいて弁明する鈴さんのセリフには、経験談の一夏の反応が入っていて、実際にやらかしては冷たい反応が返ってきたのだろうなと、想像するだけで面白い場面が浮かんできた。

 まあ、反応が冷たいのは、一夏の友人の妹と組んで着替えを覗こうとしたり、思春期の抑えがきかない欲望に忠実なのが原因だとは思うけれども。

 

「一夏が好きだからといって、あまりエッチなことをするのは感心しませんよ?」

「してないしてない! 天乃くん、一夏の言うことを間に受けないでよ。あたし、そんなにエッチじゃないから」

「本当ですか? 一夏の着替えを覗いたり、大量のエロ本を隠し持ってるって聞きましたけど」

「ち、ちがうの! それは蘭が唆してきたからで、あたしはダメだって言ったのよ!? でも蘭がどうしてもって言うからあたしも渋々協力しなきゃいけなくなっただけなの!」

 

 追求すると鈴さんはますますあわくって否定し始めた。ぼくはその慌てようがおかしくて笑いをこらえるのに必死だった。

 その言動に、少女でありながら少年的なものを感じて、性に目覚めたばかりの男の子と話している気分になった。

 明らかにそのコが好きなのに、好きなんでしょうと言及されると「あんなやつ好きじゃねえよ」と突っぱねてしまう男子小学生のような未熟さと、性に興味津々な男子中学生の好奇心旺盛ぶりがミックスされているような感じ。

 高校一年生なのだが、背丈の低さや容貌のあどけなさから年下を相手にしている感覚がある。一夏もそんな感じなんだろう。ぼくから見ても箒さんやセシリアさんとはちょっとちがう。

 

「蘭というのは、一夏の友人の妹さんでしたよね。その人も一夏のことが好きなんですか?」

「え、えー、いやぁ、うん。そうだったと思うけど……どうなのかしら。あたしたちの年頃って、ほら、身近に優しくて、美形のお兄さんがいたら無条件で憧れちゃうものだし、恋愛と性欲の区別がついてないだけよ、きっと」

「その理屈だと、鈴さんもエッチで綺麗なお兄さんに迫られたら、誰にでも好きになってしまうことになりますけれど……」

「え”っ!?」

「鈴さんって節操ないんですね……」

「ちょっと待って、何でその話蒸し返すの!? 天乃くん、女の子なら仕方ないって言ってくれたじゃない!」

 

 勝手に墓穴を掘って、そこを突かれるたびに半泣きで弁明する鈴さんは、容姿も相まって可愛かった。

 そうか、これが童貞をからかう余裕たっぷりなお姉さんの気持ちなのか。なるほど、確かに、これは良いものだ。翻弄する立場のアドバンテージがあると、余裕をもって接することができるから、楽しむ要素が増えていくんだね。

 ぼくはこの上なく柔らかい声で言った。

 

「ごめんなさい、慌てる鈴さんがかわいくて」

「へ……? か、かわッ!?」

 

 涙目から今度は顔が赤くなった。百面相みたいだ。純粋無垢な少年を誑しこむ悪女の気分になったぼくは、悪意を容姿の皮で隙間なく包み込んだ、異性ウケを意識した微笑を鈴さんに送った。

 

「立ち話もなんですから、どこか落ち着ける場所でお話しませんか?」

 




安西先生……(鈴ちゃんに)セクハラがしたいです……


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人という字は鈴ちゃんの尻の割れ目に似ている

Q.箒はもう出ないんですか?

A.元売りスレのアイドルにして大人気アニメISの非公式マスコットキャラクターモッピー


    _/⌒⌒ヽ_
   /ヘ>―<ヘヽ
   ((/ ̄ ̄ ̄\))
   /    ) \
  /  | | //ヽ ヘ  ←コイツ
  |  ハ | /イ | |
  レ |/ レ| N\|||
  /| |≧ ヽ|≦ |||
 / ヽ|゙    ゙|/ /
 \_(ヽ  ̄ /⌒)ヽ
  / | T ̄ ̄| ヽ |
 / /ヽノ   \_ノ|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


と、深夜アニメの歴史を塗り替えた大人気原作覇権アニメ『インフィニット・ストラトス』の黒髪、幼馴染、巨乳、ポニーテール属性を持ちヒロインレースの勝利が約束された大正義メインヒロイン篠ノ之箒ちゃんは別人。

なので箒は出ます。モッピーは出ません。



Q.この世界のシャルってどうなってるの? 原作を逆転すると擁護不可能になると思うのですが……

A.作者も何も考えてないので安心してください。




 春だが夕暮れ時ともなれば肌寒さを感じることもある、そんな日の放課後に、ぼくと鈴さんは中庭のベンチに並んで腰を下ろしていた。

 鈴さんは心なしか緊張しているように見える。ぼくとの間に30cmほどの距離が空いていた。

 鈴さんを元の世界の童貞少年、それも長い間片思いを続けてきた純情な十五歳に置き換えて、それがある日突然みんなの憧れの美少女にお誘いを受け、『まさかそんなわけない』と思う一方、思春期的期待を捨てきれず意識してしまう状況にあると仮定する。

 すると、異性に興味津々だけど、異性という未知な生き物との接触におっかなびっくりで何をしたら分からないでいる、その期待と不信の折衷案があやふやな現在の距離感30cmであることが窺える。

 

 まぁ、元の世界でぼくが鈴さんに誘われて同じ状況になったら、今の鈴さんのようになるだろうから、気持ちは痛いほど理解できた。

 だから、どうして欲しいのかも察しがついたので、ぼくは身を寄せて距離を詰めた。

 心理的余裕を保てる距離が0になり、鈴さんは小さくギョッと身を竦めた。ぼくは自身で把握できる限り、この上なく柔らかい笑顔を浮かべた。

 

「少し肌寒いですね」

「そ、そうね!」

 

 上擦った声で一瞬だけ目を合わせから、明後日の方向を向いて鈴さんが答える。

 返事のわりに、ぎこちない表情で固定されている頬は赤みがさしていた。口の端はほんの少し上を向いていて、喜んでいるのが隠し切れていない。

 こういうスケベな内心を必死で隠そうとする姿は微笑ましくてかわいいと思う。きっと女の人が童貞の男の子をからかうのも、今のぼくと同じ理由だろう。

 

 ――ここまで来ておいて今更だが、幼気な少年的反応を見せる鈴さんを見て、ぼくの中に躊躇いが生まれてきた。

 ぼくの尊敬する父は、今のぼくを見たらきっと顔を覆って嘆くんだろうなとか、似たようなことをやって箒さんに執着されるようになったばかりなのにまた繰り返すのかとか、本気で好いてくれているセシリアさんをどうするのかとか。

 これまで培われた価値観が、異性を手玉に取って愉悦しようとするぼくを強烈に阻んで、それでいいのかと問いかけていた。

 けれども、目の前の鈴さんはとてもかわいかったので、妥協案として世間話を切り出すことにした。

 

「一夏と鈴さんは幼馴染なんですよね? どういう経緯で知り合ったんですか?」

「一夏? うーん、あんまり良い思い出じゃないんだけど」

 

 共通の話題が一夏とISくらいしか思いつかなかったため、二人の出会いについて質問してみると、鈴さんは気の進まないようだが話してくれた。

 

「あたしが転校してきたばかりの頃、中国人だって理由で虐められててね、そんな時にいじめっ子に『お前らダセェよ』って言って、助けてくれたのが最初かな」

「へえ……」

 

 ぼくは心から感心してしまった。今の女嫌いな一夏が女の子を助けるのは想像もつかないけれど、一夏は気が強かったりするし、男勝りならぬ女勝りな姿は想像しやすい。セリフだけなら言いそうだ。

 鈴さんは気恥ずかしそうにしながら、それでいて嬉しそうに話す。

 

「一夏って女の子に人気あったから、それ以来いじめがぱったり止んでね、でも友達はできなかったんで一夏にお礼を言いに話しかけてみたの。そしたらあいつ、あたしをジロジロ見て『本当に同い年なのか? 年下じゃなくて』よ! アッタマ来て怒鳴ったら、『それだけ言い返せるならもういじめられないな』とか言い出すし、変なやつよね~」

 

 ……話だけ聞いていると、一夏が物凄くかっこいい男の子なんだけど、どうしてこんな少年漫画のイケメン主人公のような子供だった一夏が女嫌いになってしまったのだろうか。

 まぁ、置き換えると男勝りの女の子なのだけれど、一夏に似ている女性は、元の世界でもあまり見かけなかった気がする。ブラコンかつ男嫌いなのに、それを間近で見せられても辟易しないオーラや人徳が備わってるというか、化粧や演技で雲がかかっていない素顔が感じられて嫌味が全く感じられないのであった。

 自称サバサバ系女子とも姉御肌の女子ともちがうのである。この辺は説明しづらい。ぼくとしては行動に嫌悪感を抱かないとだけ言っておく。

 さて、思い出話ならぬ惚気話を聞かされたぼくは、ありったけの笑顔で言ってやった。

 

「それで鈴さんは一夏を好きになっちゃったんですね?」

「そうそ……は、はぁ!? そんなわけないでしょなにいってんのばかなのしぬの!?」

 

 得意げな顔で同意しかけた鈴さんは、真っ赤な顔で捲し立てた。ぼくは微笑みを崩すことなく続けた。

 

「えー、ほんとうですかー?」

「ホントに決まってるじゃない! だいたい一夏みたいな超がつくシスコンで女が苦手なめんどくさいヤツ、好きになるような物好きいないって」

「じゃあ、ぼくはどうですか?」

「へっ?」

 

 ぼくの限りなく自然に発したあざとい質問に鈴さんは呆気にとられた。ぼくはぶりっこになりきった嫌悪感を愉悦で抑えて平静を装っていたけれども、鈴さんは目に見えて取り乱した。

 

「え? あ、唯くん!? えっと、唯くんがカレシになってくれるなら文句なしというか……あ、いや、唯くんをカレシに出来る子は幸せだなって思うわよ」

「本当ですか!? 嬉しいです、ありがとうございます」

 

 可憐な笑顔を意識して、顔を傾ける。気分は男をブヒらせるアニメのヒロインだった。内面は裏表の激しい腹黒ヒロインだった。

 しかし効果はてきめんで、鈴さんの顔からみるみる余裕がなくなり、目まぐるしく様々な誘惑と期待と否定が自己主張しているのが見てとれた。

 ぼくはクスっと短く吐息をこぼした。

 

「なーんて。ふふっ、冗談です。本気にしましたか?」

「な……なんだ、冗談なの。もー、唯くんやめてよ。ちょっと本気にしちゃったじゃない」

 

 鈴さんは一瞬固まったが、すぐに持ち直して場を取り持つ笑顔を浮かべた。少し残念な内心が見て取れた。

 ぼくなら女の子に同じことを言われたら、「もしかしてこのコ、ぼくのこと好きなんじゃないの」と自惚れる。同時にからかわれているんじゃないのかとも疑う。

 そういう期待と疑心暗鬼に苛まれたところで否定されれば、残念だと思う一方で安堵が生まれるのだ。本人の口から冗談だと告げられて、でも態度が友好的なら嫌われてもいないし、むしろ好かれている部類に自分がいると確信するから。

 現にからかわれたと言われても、鈴さんは悪いように思っていないようだし、心理的な距離感は目に見えて縮まった。

 ほくそ笑みつつ、話題を変える。

 

「だって鈴さん、凄くエッチな人だって聞きましたから。付き合ったらどんなことされるか考えたら、少し怖いですし」

「ちょ、一夏ね、それ言ったの! しないから、普通にお付き合いするし、相手の気持ちも尊重するから! 無理やりエッチなこととかは、その……しないわよ!」

 

 なぜ断言するのに間があったのかは訊かないであげよう。男とはそういう生き物だからだ。

 しかし、彼女の心情が痛いほど理解できていながら、ぼくは暗い優越感に浸っていた。

 たとえるなら、女装して美少女のふりをしたぼくの生足に欲情する男を、「馬鹿だな」と思いながら眺めているような気持ち。

 イケないことだと分かっていても道を踏み外したくなる。してはいけないと熟知していればいるほど、その誘惑は強くなるのだ。

 こういう道を誤りそうになったとき、いつもぼくのまぶたの裏には父の背中があった。

 父の言うことはいつも正しかった。たぶん今のぼくを見つけたらぶん殴ってでも止めたと思う。

 

 だけど、この瀬戸際でぼくが咄嗟に思い浮かべた父の背中は、寝転がりながらワイドショーを観てせんべいを齧る、所帯じみたおっさんだった。

 こんなにも蹴りたい背中はない。ぼくは誘惑に負けて、いじわるな少女になりきった。

 

「ほんとうですかー? 二人きりになったら我慢できなくなって、押し倒したりしないって誓えます?」

「当たり前でしょ! そんな自制できない連中といっしょにしないでもらえる?」

「でも、鈴さんは何回もぼくの胸に顔を埋めてきましたし……」

「あ、あれは事故だって! 唯くんも分かってるでしょ!?」

「ほかにも、太ももに手を置いたとき、触ってるのに気づいてからも感触を確かめるように数回揉んだり……ISの授業中にも」

「ごめんなさい。あたしが悪かったです。自分が変態だと認めます。だから許してください、何でもします」

 

 凄まじい変わり身の早さで非を認めた鈴さんは、矢継ぎ早に謝罪の言葉を平身低頭に口にした。

 あ、やっぱり悪いとは思ってたんだ。触られたのは気づいてたけど、直後にセシリアさんが引き剥がしにきたから誤解かもしれないと思ってカマをかけただけなのだが。

 この世界の女子は所々で男性らしいせせこましさを感じる。事故で触れてしまったけど、事故なんだからもう少し触ってもバレないだろうという浅はかな考え方は、実に男らしい。

 ぼくは目の前に垂れていた鈴さんの頭に手を置いた。びくりと震えたが、構わず優しく撫ぜた。

 

「だいじょうぶ、怒ってませんよ。女の子なんですから、そういうこともしたくなりますよね。今度から我慢しましょう。ね?」

「う、うん……」

 

 答える声と表情はしおらしい。借りてきた猫のよう。首根っこ抓まれた猫が適切な表現かもしれない。

 完全に優位に立ったぼくは、思案する素振りをして口を開いた。

 

「女の子といえば、鈴さんはエッチできれいなお兄さんが好みらしいですけれど」

「ギャーッ! やめて! お願いだからこれ以上あたしを辱めないで!」

「あぁ、落ち着いてください。鈴さんのことを責めてるつもりじゃないですから。ただ、女の人がどういう男の子やシチュエーションで興奮するのか気になっただけです」

 

 悶える鈴さんの肩と手にさりげなくボディタッチをして語り掛ける。すると暴れるのをピタリと止め、鈴さんは信じられない様子でぼくを見つめた。

 

「え……そんなのが気になるの……?」

「変ですか?」

「いや、だって男の子が女のそういうことに興味があるなんて、聞いたことないから……」

「男の子だってエッチなことに興味ありますよ」

「そ、そうなんだ。ふーん」

 

 自分の口走った言葉に全身がむず痒くなったが、鈴さんは違ったようだ。頬を赤らめ、ぼくの体を目移りさせている。

 まんまクラスメートの女子がエッチなことに興味津々と知ってやに下がった男子の反応だ。下心がかわいらしい顔に如実に表れているのがちょっと滑稽に映る。

 

「だから、鈴さんの好みのタイプやシチュエーションを教えてほしいなぁ、って」

「あはは……唯くんがそんなことに興味あるなんて意外過ぎてびっくりだわ。あたしの好みなんて参考になるかしら」

 

 後ろ髪を掻き、照れ笑いをしながら鈴さんが言う。これは間を置いて冷静になろうとしているな。

 瞬時に心理状態を見て取ったぼくは、すかさず追撃の言葉を放った。

 

「鈴さんはどんなオカズでオナニーしてるんですか?」

「――ぶはっ!? お、オナ!? ななな、なに言ってるの唯くん!?」

「教えてくれてもいいじゃないですか。みんなには秘密にしますから……ね?」

 

 動揺しているところに柔らかく微笑む。鈴さんはもじもじと逡巡し始めた。

 指を突き合わせ、恥じらいながら上目遣いでぼくの様子を窺っている。

 

「う~……ひ、引かない?」

「引きませんよ」

 

 優しく言う。それを受けて、躊躇いがちに、けれども表情の何処かに秘密を打ち明ける解放感と異性に性癖を話す背徳感に舞い上がっているのが見て取れる顔で鈴さんは言った。

 

「あ、あのね……おにロリ……なんだけど」

「おにロリ……?」

「ああーっ! 引かないって言ったのにぃ!」

 

 耳慣れない単語に「なにそれ」と返事に困っていると、鈴さんは駄々っ子みたいに喚いた。

 

「ごめんなさい、どういうものか分からなくて……」

「あ、そうか。えっと、『おにロリ』はお兄さんとロリータと略で……年上の男の人が、年下の女の人に……その、エッチなことを教えてあげるジャンルなんだけど……えへへ」

 

 と、照れくさそうな口振りでこちらの顔色を窺いながら鈴さん。

 ああ、なるほど。おねショタの逆転バージョンか。つまり、お兄さんがロリ――幼女といかがわしいことをするわけだが……これだと犯罪的な絵面しか想像できない。

 いや、逆転してようがいまいが未成年に手を出すのは犯罪なのだけれど。

 

「それってメジャーな性癖なんですか?」

「うーん、巨チンとかチンチンゴムつけフェチみたいにメジャーじゃないかも……でもエロ漫画だとけっこう普及してるジャンルだと思う」

 

 そんなのが普及してるのか……女性の好みはよく分からない。でもおにロリの位置づけがおねショタに近しいのは当たっているようだ。

 

「お兄さんか……ということは、鈴さんは小さいコに感情移入してオナニーしてるんですね」

「えっ? あ、うん、そうだけど……」

 

 答える声は歯切れが悪かった。あれかな。ロリが可愛いのも大事とか、お兄さんが常に優位なのも重要とか、細かいこだわりを口にしかけたのかな。

 

「お兄さんはどういうふうに女の子としてるんですか?」

「……そういうのは作品によるから、一概には言えないんじゃないかなーって」

 

 目が泳いでいた。それだけは言いたくないらしい。ジャンルまでは言えるけど、具体的なプレイ内容となると理性的な部分が勝るのだろうか。

 そっちがそう来るのなら、こちらもそういう手段を取るだけなんだけど。

 

「えー、いいじゃないですか。教えてくださいよー」

 

 甘えるような声を出しつつ、露骨に媚びすぎないよう意識してしなだれかかる。

 触れた鈴さんの体はとても強張っていた。迷っているのに加えて誘惑にも抗っているから、頭も体も硬直してるのかな。

 やがて顔を真っ赤にした鈴さんは、喉から搾り出したような声で言った。

 

「あの、唯くん……それはちょっと、ホントに、恥ずかしいから……」

「……ふーん」

 

 目論見が外れたぼくはスッと目を細めた。何というか、ぼくの感覚だと男同士で性癖の話をするときは否応なくテンションが上がって、調子外れな話をしたり、安酒に酔ったようにはしゃぐイメージがあった。

 だから異性を相手にしても興奮も相俟ってテンションが上がると踏んでいたのだが、梯子を外された気分だった。

 だからぼく自身がもっと踏み込んでやろうと思った。

 

「あれですよね。お兄さんが鈴さんに『お兄ちゃんで興奮しちゃったんだ? 女の子だからしょうがないよね……もう、手間がかかる妹なんだから……』って言いながら、やさしくしてあげるんでしょう?」

「ふぁっ!? ななな、なんで知って――!」

 

 感情をこめて耳元で囁いた。鈴さんは耳まで真っ赤だ。ぼくは続けた。

 

「『だいじょうぶ、お兄ちゃんに任せて? お兄ちゃんも初めてだけど、がんばってみるから……』」

「……っ! あっ、だ、だめ……ああああ、あの唯くん、こういう悪ふざけは、あの……」

「『もうっ、動いちゃだーめ。お兄ちゃんがぜーんぶしてあげるから』」

 

 白い喉が生々しく動き、生唾を飲む音がした。チョロいものですわ。

 主導権を握り、ぼくの掌の上でコロコロ転がされている鈴さんはたまらなく可愛い。

 ただ元の世界のエロ漫画のセリフを真似しただけなのにこの効果。童貞を殺すのって簡単なんだなぁ。

 いや、まあ、童貞を殺すと銘打ってる大半は、たいてい男だったら耐えられないものだらけな気がしなくもないけど。

 息を震わせながら鈴さんが言う。

 

「ゆ、唯くん……あたし、こんなことされたら、もう……」

「『唯じゃなくて、お兄ちゃんって呼んで』」

 

 

 

 

 

 ――いや、今のはないな。尋常じゃなくキモかった。

 調子に乗ってエロ漫画のお兄さんという役柄になりきっていたのだが、自分の名前を口にした拍子に、同級生にお兄ちゃん呼びを強要していることを客観視してしまい、自分の気持ち悪さに気づいてしまった。

 流石にそれはないわ。いくら何でもやりすぎだよね。お兄ちゃんはない。おにロリもないわ。

 これまでの所業に羞恥心が胸にわだかまって、胃を鷲掴みにされた気分になり、素面に戻った。

 

 けれども、鈴さんはちがった。息が荒い。何というか、獲物を前にして跳びかかる寸前の獣みたいな震わせ方。

 あら? ……どうしよう。

 

「お……お兄ちゃ――!」

 

 鈴さんがあらぬことを口走ろうとした、そのときだった。

 

「おーい、リーン! どこだーっ?」

 

 あまり離れていないところから一夏の声がした。鈴さんを探している。

 鈴さんは驚いた猫のように跳ね上がってぼくから離れた。ベンチの一番端に肩を縮ませるようにしてちょこんと腰を下ろす。

 ……一夏来なかったらどうなってたかなぁ。

 

「一夏ー、こっちー!」

 

 立ち上がって一夏を呼ぶとこちらに向かって走って来る。

 一夏は鈴さんを知らないか尋ねようとしたが、ぼくが無言でベンチを指さすと、見つからないよう小さくなっていた鈴さんを見つけて呆れた顔をした。

 

「なんだ、ここにいたのか鈴。山田先生が探してたぞ。クラス対抗戦が近いのにアリーナで練習してないから、どこにいるんだろうって」

「う、うん」

 

 鈴さんの声は何処となくぎこちない。いつもの快活さがないので一夏が表情に疑問符を浮かべた。

 

「そういや二人で何してたんだ、こんなところで」

「え、えっと……」

「一夏の昔話が知りたくて、幼馴染の鈴さんから聞き出してたんだ。ね?」

「う、うん」

「おいおい、そういうのやめろよー。なんか変な事しゃべってないだろうな、鈴。もし話してたら、オレはお前のもっと恥ずかしい過去を唯に吹き込まなきゃいけなくなるんだが」

「してないッ! してないからクラスメートに言い触らすのやめなさいよバカッ!」

 

 表面上、元気を取り戻した鈴さんは一夏に連れられて山田先生のところに行った。

 去り際、ぼくは一夏にバレないようこっそり、鈴さんに囁いた。

 

「がんばってね、鈴さん。勝ったらご褒美あげますから」

「――ッ!?」

 

 まあ、冗談なんだけど。セシリアさんに勝ったんだし、サボりや慢心で足を掬われたら困る。圧勝してもらわないと。

 

 

 

 

 

 ――それから、クラス対抗戦はつつがなく行われ、鈴さんが圧倒的な内容で一学年の部で優勝した。

 四組の……名前は忘れたけど日本代表候補生の人も奮戦していたが、機体性能の差は覆せず、順当な結果に終わった。

 ……観戦していて思ったんだが、やっぱりこういう場ではみんな同じ機体使わないと不公平じゃないですかね。

 いや、新型のテストやデータ収集を兼ねてるのは知ってるけど、国家不介入が有名無実化と化してるのが……うーん、難しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラス対抗戦が終わってしばらくして、ぼくが誰とは言わないが意味深な視線を感じるようになった頃、またしてもこのクラスに転校生がやってきた。

 

 

 

「シャルロット・デュノアです。よろしくお願いします」

 

 彼女は自己紹介してから、ぼくを見てにこりと微笑んだ。

 




  シャル「俺が本当のあざとさを見せてやる」


              ――クソビッチと化した主人公に対して。


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童貞を殺す服って童貞には脱がし方が分からないとか清楚っぽい服だった気がするけどエロければもうどうでもええわ

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
大変お待たせして申し訳ありまうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!


 

 

「僕、シャルロット・デュノアはきみに出会うために日本にやってきて、きみに見せるためにこの制服を着て来たんだ。どう、似合ってるかな?」

 

 転校生がスカートの端をつまんで、ぼくの前でくるりと回った。短めなスカートから伸びる生足は白く艶めかしくも美しい。

 ひらりと金髪が揺れた。ふわりと石鹸の香りが舞う。くるりとターンを決めてからぼくに愛らしく微笑む。

 その所作のひとつひとつが爪先から指先に至るまでかわいらしさの塊だった。えげつない美少女がそこにいた。

 美少女転校生は返事を催促するように小首をかしげた。その仕草すら堂に入っていた。

 

「あ、うん。似合ってる……」

「ふふっ、ありがとう」

 

 少し驚いた表情を一瞬だけ見せて、照れたように、それでいて屈託のない笑顔をぼくに向ける。受け答えも完璧だった。ここが教室のど真ん中でなければ。

 転校生は自己紹介を終えるとぼくの後ろがデュノアの席だ。と織斑先生に言われ、ぼくの傍に来ると冒頭のセリフをぼくに向けてやらかした。

 満足げな転校生の背後で、セシリアさんが物凄い顔をして転校生を睨んでいた。教室もざわついていた。

 転校生がぼくの後ろの席につくと織斑先生が一声で静かにさせた。うなじに転校生の視線を感じる。

何が目的なんだろう。ぼくは不審に思った。セシリアさんもぼくに近づいてきていたけれども、ここまであからさまではなかったというか、そう。ぼくに媚びてきたわけではなかった。

箒さんや鈴さんたちとも違った。IS学園に入学してからの短いあいだでぼくはぼくを見る人の目に理解がつき、女の子がぼくを性的な目で見ているかどうかの区別はできるようになった。

その識別眼から言うと、彼女はぼくをエロい眼で見ているわけではない。ではどういう理由でぼくにアプローチをかけてきたのかと言われると答えに詰まるのだけれど。

 

 

 

 

 

 

「唯、次の授業はISの実習だよね。僕まだ来たばかりで右も左も分からなくて……だから一緒に組んでくれないかな?」

 

 次はISの授業かぁ、セクハラスーツに着替えなきゃいけないのかぁ。と辟易としながら、更衣室に向かおうと席を立った瞬間だった。

 転校生のデュノアさんがはにかみながら言った。空気が凍りつくのを感じた。

 

「おい、そこのカエル女郎」

 

 セシリアさんがとてもきたない言葉を吐いて立ち上がった。どうでもいいけど野郎はこちの世界だとメロウなんですね。

 

「なにかな、ライム女郎」

 

 デュノアさんが応戦した。どうでもいいけどメロウって言い方だとあまり野蛮に聞こえないね。

 

「転入してきたばかりなのに、ずいぶんと馴れ馴れしいじゃありませんか。唯さんはわたくしと組むので、そういうことやめてくれます?」

「そうなの?」

 

 デュノアさんがぼくを見る。ぼくも初耳だったのだが、これってもしかして助け船だったりするのだろうか。

 とっさの判断にまごついて口ごもってしまった。そこに一夏がきた。

 

「ちがう。唯と組むのは俺だ。男子なんだから当然だろ」

「あら、そうでしたか」

「……ふーん」

 

 ペアを横やり入れた一夏に奪われる形になったセシリアさんだが、べつだん悔しがることもなく、むしろにこやかに答えた。デュノアさんはどういう感情なのか判断に困る表情でぼくたちのやりとりを見つめていた。

 

「行こうぜ、唯」

「う、うん」

 

 一夏に手をひかれて教室を出る。背中にデュノアさんの視線がこびりついている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「あいつには気をつけろよ」

 

 更衣室で『デザインが男性蔑視』と訴えられそうなISスーツに着替えている最中に一夏が厳しい顔つきで言った。ぼくは服を脱ぎながら「なんで?」と生返事した。

 一夏はいつもの不機嫌そうな顔をますますしかめた。

 

「なんでって、あいつスパイとか工作員の類だろ。転校初日から、あんなことする奴、普通いるわけないじゃないか」

「あー……。やっぱり、そうなのかな」

 

 俗に言う美人局やハニートラップなのだろうか。可能性として頭の隅にあった言葉が、一夏の注意で浮かび上がってくる。

 けれどもそれにしては……

 

「でも、スパイってあそこまで狙いが見え見えな態度とるものなの?」

「うーん」

 

 ぼくの疑問に一夏が唸る。だまさなければいけないぼくにファーストコンタクトから疑いをかけられ、周りにも警戒されるのは、ぼくが想像するスパイからあまりにもかけ離れたお粗末な手腕だ。

 スパイがみんな、ソフト帽にサングラスとトレンチコートのコテコテの恰好をしているとは言わないけど、女スパイはみんな色っぽくて色仕掛けを得意としているとか、そういうイメージがあるし。

 それを踏まえると、デュノアさんは別に色っぽくないとは言わないが、かわいらしい女性が初対面の男性を色仕掛けで籠絡しようとする、誰から見てもスパイらしいスパイだった。

怪しい行動を取っているので、まぁスパイに思えるのだが、現実のスパイがここまでわかりやすい行動を取るとも思えないので、ぼくにはスパイではないのかもしれないという疑念も生まれていた。

もっとこう、スパイってすごい人達なんじゃないの? 実はデュノアさんは注意を引くデコイで本命は別にあるとかじゃないの?

そもそも男女が逆転してる世界で元の世界の美人局って効果あるの? ホストが貢がせる感じで情報を引き抜くのかな。

 

「たしかに決めつけるのはよくないけど、怪しいことには変わりないし。とりあえず警戒だけはしとこうぜ」

「うん……」

 

 頷いたものの、ぼくの判断はどっちつかずの曖昧なものになった。怪しいと感じたのは事実だけど、スパイにしては手際が悪くて判断に困る。

 現状、デュノアさんに対するぼくの認識はそんなところだった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、二人組つくってくださいねー」

 

 IS実習の授業が始まるや否や、山田先生がにこやかに言った。ぼくは一夏と組んだ。デュノアさんは余った。

 

「先生、組む人がいません」

 

 さすがにこれは、ちょっとかわいそうだ。普通、美形の転校生なんてちやほやされそうなものなのに。まぁ、興味をもってくれそうな異性がぼくと一夏だけだからこうなるのも当然かもしれないけれど。

 

「あら、じゃあ先生と――」

「あの、よかったらぼくたちといっしょにやりませんか?」

「唯!?」

「いいの?」

 

 見かねたぼくがデュノアさんを誘うと一夏は戸惑いの声をあげた。デュノアさんは渡りに船と言わんばかりの調子で笑顔になる。

 一夏が何か言いたげに不貞腐れていたが、ぼくが引かなかったので渋々三人で準備体操をすることになった。

 

「ありがとう、唯。おかげでジャパニーズアニメによくある先生とペアを組まされて晒し者にされる羽目に陥らずに済んだよ」

「あはは、あれはアニメの世界の話だから。現実であるわけないよ」

 

 ちなみにぼくは価値観の凝り固まった頭で、日本を勘違いしている外国人のようなことを言うデュノアさんを否定したに過ぎない。

 小中と学校生活を送ってきて、一度も組めなかった経験も、組めない人を見た覚えがなかったので、滅多にないことを面白おかしく、ネットでネタにされているだけだと思っていた。

 だからこの発言に誰かを傷つける意図があるわけではないことを言及しておく。

 

「先生と組んだほうがよかったんじゃないか? ほかの女子がデュノアを視線で人が殺せそうなくらい睨んでるぜ」

「いいじゃないか。だって唯が困ってる僕を見かねて助け船をだしてくれたんだよ。唯と組みたくても誘うことも誘われることもない人よりも僕は恵まれてるんだ。それはとても誇らしいことだと思う。だからどんどん見せつけてやればいいんだよ」

「……別に唯はお前と組みたくて組んだわけじゃないけどな!」

「わかってるよ。でもその気持ちが嬉しかったんじゃないか」

 

 小っ恥ずかしくなる歯の浮くようなセリフをのたまうデュノアさんになぜか一夏が噛みついた。あべこべだから違和感は拭えないが、ぼくはこの光景に既視感を抱いていた。漫画やアニメによくあるヒロインの親友が、ヒロインと仲良くしている主人公と喧嘩するシーン。

 あれを彷彿とさせる。まあ、まだぼくと一夏は親友と呼べるほど親しくもないし、ぼくとデュノアさんが主人公とヒロインというわけでもないのだけれど。

 

「織斑くんは僕と組みたくないみたいだから、準備体操は僕と唯でやろう」

「え?」

「ほらほら」

 

 手を引かれて我にかえる。なし崩しに僕は一緒に準備体操をさせられていた。周りがやっているのを真似して形だけ合わせる。一夏はあまりの手際のよさに唖然として置いてけぼりをくらった。

 ポツンと立っている一夏に山田先生が歩み寄る。

 

「織斑くん、わたしと組みましょうか」

「わたしがやりますので山田先生は全体指導に回ってください」

 

 それを織斑先生がすかさずインターセプトした。なんてことだ。ぼくは一夏とペアだったはずなのに、いつの間にかデュノアさんとペアを組まされている。

 開脚前屈をしているぼくの背中を押すデュノアさんが、胸を背中に押し付けて密着してきた。

 

「ごめんね。こうでもしないとお邪魔虫が来るから」

 

 耳元でささやく。え、なにが? いまデュノアさんって着痩せするタイプなんだと実感させられて意識が別のところに行ってるんだけど。

 

「今だけでいいから、ちょっとだけ独占させて」

 

 そう言って肩に頭を乗せてきた。頬に柔らかい髪が触れる。濃密になる甘い匂い。え、なに? ホントこれなに?

 

「先生ーッ! セクハラっ! そこの転校生が男子にセクハラしてますわ!」

 

 沸騰しそうな頭を現実に戻したのはセシリアさんの怒声だった。スッとデュノアさんが離れる。

 

「ほらね」

 

 その際にデュノアさんが小さく呟いた。セシリアさんがお邪魔虫……お邪魔?

 いや、まあ、美少女と密着する時間を遮られたのは邪魔か。物思いに耽るぼくをよそにセシリアさんが額に血管を浮き上がらせながらデュノアさんに詰め寄っていた。

 

「あなたは代表候補生として自分を磨きに日本に来たのか、男と遊ぶために日本に来たのか、どっちなんですの?」

「言っちゃなんだけどさ、男の子が気になってISに身が入ってないのきみの方じゃないか」

「なんですって!?」

「お、なんだなんだケンカかー?」

「いいぞ、セッシー! そのキレイな顔をフッ飛ばしてやれー!」

「そうだそうだ! イケマンは殺せー!」

「でもセシリアもイケマンだよ?」

「……潰しあえー! 相打ちになれー!」

 

 ヒートアップする金髪美少女二人とそれを煽るクラスメート。それを止めるべき教師は、男の子を巡って争うなんてわたしの時代にはなかった、わたしもこんな青春したかったと嘆いていた。もう一人は弟とのふれあいに夢中だった。

 ぼくは冷や汗を流しながら間に入って仲裁した。それはさながら「わたしのために争わないで!」と泣く悲劇のヒロインのようだった。

 

 

 

 

 

※(ここから先は主人公と一夏を美少女に脳内変換しながら読んでください)

 

 

 

 

 

 結局、喧嘩は弟と二人きりの世界から帰還した織斑先生が、女子全員を授業中ずっと走らせることでおさめた。

 ぼくと一夏は教師二人とマンツーマンで授業を受ける羽目になり、そのとき山田先生にどうして止めなかったのか訊いてみると、「中途半端に止めないで、思いっきりぶつからせたほうがすっきりするものですよ。女子なんて単純ですから、殴り合ったあとに友情が芽生えたりするものです」としれっと答えた。

 山田先生の言う女子像が前の世界の男子そのままで、ぼくは閉口した。

 殴っていい顔の作りじゃないと思うのだが、IS学園の女子は血の気が多いのでどんなに綺麗な顔立ちをしていても右ストレートでぶっ飛ばそうとするのである。

 男女が逆転していない世界の彼女たちに会いたかった。きっとみんなお淑やかな美少女だっただろうに。性欲に負けて鼻の下を伸ばす様はどれほどの美少女であっても滑稽だし、暴力を振るおうとするのにはちょっと引いてしまう。

 

 まぁ内面はさておき、彼女たちは見目麗しい美少女だ。美少女動物園というと聞こえが悪いかもしれないが、美少女だらけの箱庭に一夏と二人だけで放り込まれたわけで、自然とその美少女との接触が増えてくる。

 そうなると男はどうなるか。むらむらするのである。興奮するのである。欲情するのである。とりあえず一回抜いとくかという気分になるのである。

 きれいな女の子と一緒にいるだけで心が躍るのが思春期の男子だ。ぼくは躍りすぎて童貞をからかうビッチさながらに振る舞っていたが、迫られる側になってようやく自分が男であることを思い出した。

 

 デュノアさんのやわらかさが鮮明によみがえる。それを皮切りにセシリアさん、箒さん、鈴さんたちとの記憶、クラスメートの制服から伸びる瑞々しい脚やISスーツ姿が次々と頭をよぎり、沸々と煮えたぎらせる。

 思い起こせばだいぶ長い間ご無沙汰だった。中高生の性欲の恐ろしさをこういう閉鎖された環境になってまざまざと実感する。抜きたい。でも個室じゃない。どうしよう。

 

 夕食をとってから、一夏と部屋で二人きりになって、悶々としながら考える。

 トイレで……いやだめだ臭いでバレるししてる最中にノックされたらと思うとできない。風呂……あれ排水溝詰まるんじゃなかったっけ。野外……論外。

 やはり箒さんのように、暗黙の了解を作って一人きりになるしかないのではないか。

 ほら、デュノアさんはスパイ疑惑あるし、次にアプローチされたときに安易に揺らがないようにする対策としてね。処理しておかないと雑念がね。ぼくの意思を無視して身体が勝手に……なんてこともあるかもしれないからね。

 そう、これは仕方のないことなんだ。自己弁護をしながらぼくは羞恥の衣を脱ぎ捨てて開き直った。

 

「一夏、ちょっと話があるんだけど」

「ん? なに?」

 

 織斑先生から出された課題を黙々と進めていた一夏が手を止めてぼくを見る。ぼくはためらいがちに、しかし勢いよく言った。

 

「その、ちょっとのあいだ一人きりにしてほしいんだ」

「え、なんで?」

 

 なんて察しの悪い男なんだろう。性欲に目がくらんだぼくは意を汲んでくれない友人を心の中でなじった。

 

「いや、ほら、その……さ」

「……?」

 

 自分からは言い出しづらいので、なんとか察してもらおうと言い淀んでみたが、一夏は怪訝な顔をするだけだった。

 

「どうしたんだ?」

「えーと、だから……あー」

 

 どうしてそんなに鈍いんだ。世界中の男が一夏なら人類は滅んでるぞ。

 話が進まないのでぼくははっきり口にすることにした。

 

「あの、オ……オナニー……したいから」

 

「えっ」一夏は唖然としたかと思うと「ゆ、唯ってオナニーするのか?」とためらいがちに訊いてきた。

 なぜ顔を赤らめる。男同士の猥談でなにを恥じらうことがあるのか。ぼくらは皆かつては「うんこ! ちんこ!」で笑える生き物だっただろう?

 

「それは……ぼくだって男だし、したくなることだってあるよ」

「そ、そうなのか?」

「……え? まさか、一夏はないの?」

 

 ぼくの唐突に閃いた疑問に、一夏は顔をさらに真っ赤にすることで答えた。嘘だろ……ぼくは呆然とした。医学的に? 生理学的に? 男はこの時期が性欲のピークなはずなのに。いったいどうなってるんだ。

 

「嘘でしょ、だって女に生理があるように男だってオナニーするじゃないか」

「女は生理の何倍もオナニーするぞ」

 

 ぼくの持論を一夏が自信をもって断言したので、ぼくはきっと織斑先生がそうなんだろうなと勝手に決めつけた。

 ぼくは少したじろいで言った。

 

「いや、でもさ、だったら一夏は性欲をどう処理してるの?」

「俺はあまりそういうのないからなあ」

 

 当然のように答える一夏にぼくは空いた口が塞がらなかった。もしかして、本当に頭というか身体の作りがちがうのか。それとも社会構造と精神性が異なるとそれに引きずられて変わってしまうのか。

 どちらにせよ、常識を壊されたぼくは軽いショックを受けて言葉を紡げなかった。

 一方で、一夏は性について興味津々だった。

 

「な、なあ。その、唯はどうやってオナニーしてるんだ?」

「えっ」

 

 一転して自分を掘り下げられる立場になり、気後れしたぼくは、照れながらも目を輝かせている一夏を突っぱねることができなかった。

 目を伏せがちに、ぼそぼそと。

 

「ど、どうって……手で、こう……」

「……そ、それって気持ちいいのか?」

「気持ちよくなければしないんじゃないかな」

「そ、そうなんだ」

 

 一夏がごくりと生唾を飲む。一夏は身を乗り出していたが、ぼくはすっかり萎えていた。

 

「オナニーってどういう姿勢でするんだ?」

「……人それぞれじゃない? 椅子に座ったり、仰向けだったり、胡坐だったり……」

「へえー。ちなみに唯はどんな格好でしてる?」

「教えない」

「えー」

 

 ……おかしい。男子の下ネタなのに全然楽しくない。むしろ恥ずかしい。どうしてぼくがこんな目に合わなければいけないんだ。

 羞恥心に心が折れてしまい、話題を転換する気力もないぼくをよそに、ひとりウキウキの一夏はまた何か思いついたらしく顔をほころばせた。

 

「そういえば弾が言ってたけど、そういうのってさ、誰か好きな人のことを思い浮かべてするものなんだろ? 唯は誰でしてるんだ?」

「は?」

「誰? やっぱりセシリア?」

 

 ――このテンション、どこかで見た覚えが……あ。そうだ、他人の恋バナに遊び半分で首を突っ込もうとするときの女子にそっくりなんだ。

 

「……教えない」

「えー。教えろよー」

 

 女子といるときは不機嫌そうな顔がデフォな一夏が珍しく天真爛漫な表情でからんでくるのは新鮮だったが、ぼくはとても萎びていた。

 男の子と下ネタで盛り上がるのがこんなに苦痛だなんて思わなかった。

 ぼくは野次馬根性で根掘り葉掘り人の恋愛模様を探ろうとする火がついた一夏をどうにかしようと画策したが、性欲が収まるのと同時にオナニー告白した羞恥心にメンタルを焼き尽くされ、自己嫌悪で死にたくなって頭が回らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も転校生を紹介します。ドイツから来たラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

 

 次の日の朝も、転校生が来ていた。

 ……このクラス転校生多っ。

 




少女漫画を参考にしようとしたのですが、数多くの少女漫画を読んでわかったことは、少女漫画が悪魔の本ということだけでした( ˘ω˘)


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貞操逆転って精神的BLだよねって言ったやつ絶対許さねえからな

Q.二話前のあとがきでシャルが『俺が本当のあざとさを見せてやる』と言ってるけど、いつ見れるの?

A.記憶にございません。


 

 

 長い銀髪に眼帯、スカートではなくズボンの制服の小柄な少女は先日の愛嬌を振りまいていたデュノアさんとは対照的に、取り付く島もない自己紹介をした。

 ドイツ代表候補生らしいお堅い感じ。さすが仕事から帰ってもお仕事のゲームしてるお国柄。

 ふと目が合ったが、フンと鼻を鳴らしてすぐ目を逸らされた。嫌われてるのかな。彼女の席はデュノアさんの隣、僕の右隣ののほほんさんの後ろになった。

 しかし、入学してから間もないのにやけに転校生が多い。しかもウチのクラスにだけ。それも代表候補生が立て続け。いったいどうなってるの?

まあいいや。どうせ考えたところで答えは出ないのだろうから。

 

 鈴さんやデュノアさんとちがって、ボーデヴィッヒさんはクラスにかつての友達がいるわけでも、目当ての男の子がいるわけでもなかったようで自らボッチ路線に進んでいった。

 剣呑とした空気を発して近寄るなアピールをしているので話しかけにいく人もいなかった。

 クラスのみんなも連日の転校生ラッシュで食傷気味だったのもあるかもしれないが、彼女たちの目がボーデヴィッヒさんに向かなかったのは、間違いなく昨日転校してきた金髪の彼女が原因だった。

 

 

 

 まず朝、ぼくと会ったデュノアさんは開口一番こう言った。

 

「おはよう、唯。今日もきれいだね。日本の辞書でかわいいや美しいを調べたら、唯の名前が書いてあるんじゃないかな」

「あ、あははは……」

 

 男が女の子にかわいいと言われても嬉しくない。というか女の子のかわいいをぼくは信用していないのだが、男女が逆転している今だとかなり面倒だ。

 現在、ぼくはデュノアさんに出会い頭から全力で口説かれ続けている最中である。

 前の世界で言うとフランスからやってきた金髪イケメンのデュノア君が、ほかのクラスメートには目も暮れずにクラスのアイドル唯ちゃんに言い寄っている状況だ。

 胡散臭いことこの上ない。少年漫画のヒロインなら「馴れ馴れしくしないでよ!」と拒絶して男性読者の好感度を稼ぐ展開だ。

 だが価値観のちがうぼくからすると、金髪美少女から積極的にグイグイズイズイ来られて複雑だけど気分が良い、そんな状況でもある。

 

 ただ、デュノアさんが何を考えているのかわからない。

 セシリアさんや箒さん、鈴さん、その他クラスメートはぼくの男として生きてきた経験から内面を想像しやすかったのだけれども、デュノアさんはどういう考えでぼくに迫ってきているのかてんで想像もつかないのだ。

 思考を読んで行動することができないのでぼくは常に受け身になった。受け身なのに嫌がることもなく、曖昧にお茶を濁す対応をし続けたので、デュノアさんはますますエスカレートしていった。

 

 

 

「そんなに他人行儀じゃなくて、シャルロットって呼んでよ」

「唯、よかったら学園を案内してくれないかな? まだ慣れてなくて」

「ありがとう! 唯は優しいね。……男の子にこんなに優しくされたの初めてだよ」

「手、つないでもいいかな?」

「いいでしょ? 気分だよ、気分。こうしてると……デート、してるみたいでしょ?」

「あっ、唯、照れてるでしょ? 顔赤いよ? ……まあ、そう言ってる僕も恥ずかしいんだけどね」

「今日はありがとね。あとでフランスの友達に『天使の手を握ったよ』って自慢するよ」

 

 

 

 ……下心? もちろんあったよ。当然だよね。というかシャルロットさんに言い寄られて鼻の下が伸びない男いるの?

 もしぼくが男だったら今頃勘違いして玉砕してたね。それとなに考えてるか全くわからないという潜在的恐怖がなければ。

 一緒にいて、いつまでもいつまでもこの時間が続いてほしいと思う美少女なのに、この屈託のない笑顔の裏に何か黒いものがあるのではないか。

 そんな些細な疑念が混じるだけで意外と人はころっと落ちずに踏みとどまれるものなのだ。いや、理由のわからない好意って恐ろしいよ、実際。

 

 と、まあ、シャルロットさんに戦々恐々のぼくだが、そのシャルロットさんは当然のごとく女子の不興を買っていた。

 こう書くと自惚れていると思われるかもしれないが、ぼくはクラスのアイドルであり高根の花でもある。

 性欲旺盛の高校生。その中で二人しかいない異性。唯一手が出せそうで、グラビアのおかげでオカズにもしているぼくにちょっかいを出したシャルロットさんは目を付けらえており、今回の校内デートもどきで我慢の限界を迎えたようだった。

 

 

 

「オウ、姉ちゃん。ちょっとツラ貸してくれや」

 

 休み時間にチンピラのようなドスの効いた声で谷本さんがシャルロットさんにメンチつけて言った。

 相川さんと布仏さんも顔面神経痛にでもなったかのように顔をしかめてシャルロットさんを睨んで囲んでいる。

 

「なにかな?」

 

 シャルロットさんは一見余裕そうに受け答えしたが、少し声が堅かった。そんなシャルロットさんに相川さんと布仏さんが言う。

 

「オウオウオウ! テメエ、なにウチらの男に手を出してくれてんだアァン!?」

「ネタはもうアガってんだよ! どう落とし前つけてくれんだオーン?」

 

 あ、茶番だな。ぼくが若干白けた目でやりとりを眺めていると、一夏がやって来て「見ちゃいけません」と手を引いてぼくを避難させた。きみはぼくのママか。

 本気で〆ようとしているのではなく、まだ冗談の通じる余地があると知ったシャルロットさんは不敵に微笑んだ。

 

「ふーん。そういうことか。つまりきみたちは唯とデートした僕が羨ましいんだ。でも僕を妬むのは筋違いだよ。きみたちが今ここに立っている勇気を唯に向けていれば、きみたちも唯とデート出来ていたかもしれないんだから。

 まあ、もっとも、僕に嫌がらせをするのにも三人も必要なようじゃあ、結果は見えているけどね」

「聞きやしたか、カシラ」

「おう。びっくりするほど流れるような厭味ったらしい皮肉やったな」

「日頃からそういうことばかり考えていなきゃ、咄嗟の場面であそこまで喋れないっすよね」

 

 三人はシャルロットさんにそう返されるのも想定内とばかりに、芝居がかった口調で仕返しを始めた。

 こう来るのは予想外だったのかシャルロットさんの顔に冷や汗が見える。

 

「やっぱりフランス人が皮肉を交えなきゃ会話できないってのは本当だったんだ」

「幻滅だよね~」

「そもそも、転校してきた瞬間に男を口説くってどうよ? そこまで男のことしか頭にないのって引くわー」

「ドン引きだよね~」

「なっ……!」

 

 一瞬、ムッとしたシャルロットさんが反論しようと口を開いたが、何も言い返すことなく閉口した。

 それをいいことに三人の悪口は止まることを知らない。

 

「ていうかさぁ、フランスってイメージと現実がかけ離れてる国だよねー。遠くから見ると綺麗だけど近くから見ると小汚いみたいな」

「華の都パリも綺麗なのは建物だけで下を見ればゴミや犬の糞だらけだしね~」

「時代が進んだのにどうしてパリは道端にウ●コ投げてた頃に逆行してるの?」

「あたしは旅行に行ったらスリに遭うわ、浮浪者がたくさんいるわ、買い物したら店員に『死ぬ前にパリに来られてよかったな、田舎者! HAHAHA!』みたいな態度取られるわ散々だったよ」

「き、きみたちさあ……」

 

 祖国をぼろくそに言われて、シャルロットさんは顔を引き攣らせていた。どうでもいいけど女の子がウ●コ言うのやめようよ。

 

「お待ちなさい! 聞き捨てなりませんわね」

「セシリア!?」

 

 そこにセシリアさんが颯爽と登場して割って入った。厳しい表情で布仏さんたちと対峙する。

 

「先ほどから聞いていれば、皆で寄って集ってデュノアさんの悪口を言って、見損ないましたわ。個人の悪口だけでも許せませんのに、祖国の悪口まで言うとは何を考えているのですか?」

「うう……」

 

 セシリアさんに棘を刺すような声で責められて三人はたじたじだった。まあ、おふざけっぽくしてたけど普通にやっちゃダメだよね。

 

「だいたい、地球の裏側の日本に住むあなたたちがフランスの何を知っているというのですか。パリはあなたたちが思っているようなところではありません」

 

 胸に手を当てて、思い馳せながらセシリアさんが言う。

 

「いいですか? わたくしは旅行や仕事で何度もパリに滞在して、多くのフランスの方々と長い時間を過ごしてきました。買い物や社交でフランス人と接してきた回数は数えきれません。

 そのうえで申し上げますが、パリはとんでもないクソみたいな街でしたわ!」

「言いやがったな、ちくしょう!」

 

 えぇ……。なぜか割って入って場を収めようとしていたはずのセシリアさんが、今度はシャルロットさんと喧嘩する謎の展開にぼくは困惑した。

 そしてこれにはシャルロットさんも我慢ならなかったのか、「ロンドンも似たようなものだろ」「そもそもイギリスと違ってメシが美味い」「パリジェンヌ、パリジャンはクソだけど多くのフランス人は善良だから」と応戦した。

 

「おいおい、とうとうデュノアまでパリをディスりだしたぞ」

「まあ、日本人も京都人は陰湿とか言うじゃない。そういう感覚でしょ」

「あー」

 

 それにしても言葉遣いが汚い。さっきから何回ウ●コとかクソとかファッキンとか言ってるんだろう。

 ただ人を悪く言うにしても、本人に直接言ってる分だけ陰湿でネチネチした部分が少なくて清々しい気がした。人が陰口を叩いてるのを見るのも聞くのも気分が悪くなるから、前の世界の女子よりそこらへんはマシなのかもしれない。

 まあ何かしら綺麗なところが垣間見えたとしても、この世界の女子は浅ましいのに代わりはないのだけど。

 

 

 

 

 

「ああ、そういえば、一月後に学年別トーナメントが行われます。二人一組のタッグマッチなので、それまでにペアを見つけてください」

 

 思えば、このあとに起こった騒動は、SHRでの山田先生の発言がきっかけだった。

 

「試合は各国の首脳もご覧になるイベントですので、皆さん恥ずかしい姿を見せないよう努力を怠らないようにしてくださいね」

 

 SHR終了と同時に――いや、『ペアを見つけてください』の時点でにわかに色めき立ち始めていたクラスメートは案の定――ぼくに殺到した。

 

『天乃くん!』

「はい!?」

『私とペアを組んでください! お願いしゃす!』

 

 ずらりとぼくの周りを囲んだ女子は、まるで示し合わせたかのように手を差し出すと息を揃えてペアを申し込んできた。

 視界一面に握られることを待っている手が並んでいる。勢いと迫力に呑まれていたぼくだが、選べるわけがないのでこう答えた。

 

「気持ちは嬉しいけど、ぼくは一夏と組もうと思ってるから……ごめんなさいっ」

「あー、そうなんだ」

「それならしょうがないね」

 

 はっきり断ると一様に納得して去っていく。……紳士協定ならぬ淑女協定でも結んであったのか疑う女子の団結ぶりにぼくは小首をかしげたが、穏便に済んだので胸を撫で下ろした。

 が、

 

「唯、唯」

 

 背中を指でつつかれ、振りむくとシャルロットさんが口元で人差し指を立て、悪戯っぽくウィンクしていた。

 

「ね、僕と組まない?」

「え?」

「さっきのは断るための方便でしょ? まだ誰とも組む気がないなら、僕と組んで。色々教えてあげるよ」

 

 内緒話でもしているかのようにひそひそと囁かれ、耳年増みたいなことを思い浮かべてしまう。

 確かにシャルロットさんの言う通り、咄嗟に一夏の名前を出して断ったのだが、冷静に考えてみると一夏とペアを組む以上にベストな選択肢がない。

 一夏は女嫌いだし、彼も出来るならぼくとやりたいだろう。ぼくにしても同性を選ぶのが自然だし、何より角が立たない。

 偉い人たちが観に来るということは世間の目に触れるということだ。そのような場で入学早々セシリアさんとかシャルロットさんのような金髪美少女とペアを組んでいる姿を見られたら、『金髪イケマンに靡くクソビッチ』という悪評が流れかねない。

 というか確実に流れる。ネットでぼくがアイドル視されているのを見れば、今の信者の好意が悪意に反転してアンチに回るのが容易に想像できる。ぼくを嫌いな同性も叩く材料を見つけて歓喜しながらボコボコに叩くだろう。

 ゆえに、ぼくには一夏を選ぶほかないのである。だから誘いは断ることにした。

 

「ほんとうに一夏と組もうと思ってるんだ。だからごめんね」

「……え?」

 

 すると、それまで艶笑を浮かべていたシャルロットさんの顔が突如色を失った。

 

「な、なんで? いいでしょ? ほら、僕、代表候補生だし操縦の仕方とか何でも教えてあげられるよ?」

「一夏は友達だから……それに男同士で組むほうが自然だと思うし」

「こ、国家の威信を懸けて行われる大事な行事なんだよ!? 学年別トーナメントは世界中に自国の技術力をアピールする重要な場なんだ。そのペアを友達だからなんて理由で決めるだなんて――」

「しつこいですわよ、フランス代表候補生さん。あなた、IS学園にナンパしに来たのですか?」

「な――!」

 

 狼狽して縋り付くような目でぼくを見ていたシャルロットさんに横からセシリアさんが釘を刺してきた。

 

「それに、そんなにISの技術を披露したいなら、初心者同然の唯さんではなく、技量に優れた人と組んで勝ち上がれば良いのでは? それとも、どうしても唯さんと組まなければいけない理由でもあるのですか?」

「……他意があるかのような言い方はやめてくれるかな」

 

 シャルロットさんはセシリアさんをじろりと睨んだが、しばらくすると頭を冷やしてくると言って教室を後にした。

 その背を見たセシリアさんは満足げにふふんとドヤ顔した。

 ちょっとかわいかった。

 




勘違いされるとアレなので否定しておきますが、別に少女漫画ばかり読んでるわけではないです。

雑食なので何でも読んでますよ。最近は2/22に最新刊が発売されるわたモテにハマってます!(ダイレクトマーケティング)


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IS国はアニメ放送以来シャルロッ党が合法独裁政権を築いている

????「挙句の果てにブラックラビッ党と百合連立政権樹立も目論む始末。汚い方法で手に入れた多数派の座など無意味。そろそろメインヒロインに政権を譲るべき」


 その日の夜、ぼくは珍しくひとりで眠りについていた。

 同室の一夏はいない。姉の織斑先生が体調を崩したので様子を見てくると言ってお泊りしている。

 ぼくは織斑先生って生理が重い人なんだなと勝手に決めつけ、その面倒を男きょうだいに押し付ける女きょうだいの高慢チキなところは男女が逆転していても同じなのだな、と一夏を不憫に思った。

 

 さて、ぼくはひとりだった。

 寮生活、それも二人部屋の、ひとりで住むには広い生活空間で、久しぶりにひとりだった。

 そうなるとやることは決まっている。ひとりですることをするのだ。ひとりではないと出来ないことをするのだ。ひっそりと、孤独で、静かに、それでいて情熱的な秘め事をするのだ。

 きっと、それは気持ちいい。なにせ久しぶりだ。世界が変貌してからは落ち着ける時間が少なかった。

 そしてぼくを滾らせてくれる代物も少なかった。よくよく考えてみると女性が男性のどの部位で興奮しているのか理解できていない。鎖骨だとか喉仏、低い声に色気を感じるというのはよく聞くけれど、男が女のそこに興奮するかと言えば、まあするだろうけどそれらよりも胸や尻などのメジャーな部位がある。

 

 この世界の女性は男の胸や尻に欲情する。元の世界の男性同様に。

 すなわち男性の感性は元の世界の女性のそれである。

 ぼくに女性の高い声やら狭い背中やらネクタイを緩める仕草やらに色気を感じる性癖はない。

 つまり、何が言いたいかというと、この世界にぼくの好みに合うオカズはないということだ。

 

 MAD動画としてセックスを笑いものにされているレズビアンのAVが比較的マシという劣悪な環境。

 苦しかった。だがぼくは見つけた。というより知った。女体のやわらかさを。

 唇で触れたセシリアさんの汗ばんだ頬の感触、指で触れた箒さんの唇の生あたたかさ。

 五感に焼きついた明瞭な女の残り香。体温のあるふれあいは気持ちいい。女の子とのすきまがなくなることはドキドキする。

 指の腹で感じた唇。唇で感じた湿った体温。どちらも近しいはずなのにハッとなるほど異なる体温の生々しさに、人は肉欲を抱くのだと最近になって思うようになった。

 

 一夏は、集団の中で少数派になった異性が、多数派にオークション会場で値踏みするような不躾な視線を送られることが耐えがたいようだが、厳密に言えばぼくらは商品ではないので逆に多くの異性の中から選べることを知らないのである。

 よくよく考えれば自由恋愛なのだから決定権はお互い平等にあるのだから、じろじろ見られようが縮こまらずに堂々としていればいいのだ。

 こうして自慰に耽る際に対象を吟味するように。ちなみにぼくがいちばん欲情するのは箒さんである。別に好きとかそういうんじゃないけど、キャバクラ紛いのイチャイチャをして長いこと触れ合ったので、肉体的接触が最も長いからだ。

 美少女だし、背も高くて胸も大きいし、まあ男ならふつうだと思う。

 兎にも角にも、発散できるときに発散しておかないと、十代の男には不健全な環境なので、冷静でいられなくなると思うから、ぼくは妄想に耽った。

 

 

 

 

 

 

 

 ほうとため息をついたぼくは一風呂浴びると満ち足りた心地でベッドに潜った。

 今日は色々なことがあった。シャルロットさんに執拗にペアを組もうと持ち掛けられ、放課後に自称生徒会長に絡まれた。

 自称生徒会長は、ぼくと一夏に「タッグマッチに向けて二人を鍛えてあげに来たよ」と扇子で口元を隠しながら誘いにきた。

 それに一夏は「結構です!」と新聞の勧誘を断るかのような手際で拒絶した。

 立ち去ろうとしたぼくと一夏を自称生徒会長は「まあまあ」と引き留めて、「国賓まで招かれる場で、男だからと性別に甘えて素人同然の醜態を晒してもいいのか」と口八丁手八丁で言い包めようとしたが、一夏が「だったら千冬姉に教えてもらいます」と反論してしっちゃかめっちゃかになり。

 そこに多数の女子生徒が「生徒会長だからって職権乱用して男子にお近づきになろうなんてズルい!」、「くたばれ露出狂!」、「あなたを殺してわたしが天に立つ」と乱入してバトルロワイヤルが繰り広げられたので、ぼくたちはその場をあとにした。

 

 男を巡って争い合うなんて本当に起こるんだね。

 他人事じゃないだけにぼくは戦々恐々としていた。

 振り返ってみればぼくのしたことは、男性でたとえるなら、童貞を誘惑してその気にさせておきながら、その直前で拒絶して気落ちしたところにその気にさせる言葉を投げかけ惑わせて、自分はそのスリルを楽しみつつ保留をし続ける悪女そのものである。

 

IS学園に来てからすでにそんなムーブを三人にやってしまっている。

セシリアさんに箒さん、鈴さん。セシリアさんは必要に駆られて――少なくともぼくにとっては、あの場面でのキスは後になってから赤面しても、空気に酔っていたのだとしても、やらなければいけないと思ったが、箒さんと鈴さんに関しては言い訳しようがない。

……いや、箒さんは密室に閉じ込められた状況だったわけだしセーフか。言い訳のしようがないのは鈴さんだけだ。

 

とにかく、童貞とはひどく繊細で、無垢な少女よりも傷つきやすい生き物だから、その気もないのにからかうのは自尊心を痛めつけ、女性不信を加速させるだけなのだ。

仮に女の子に男をたぶらかす気がなかったとしても、思春期の男はほんの些細な会話がきっかけでも「もしかしてあのコ、おれに惚れてる?』と勘違いする。勘違いした男は自分が女の子に好かれるようなことをしてもいないのに舞い上がる。

思春期が思春期たる理由は己を客観視できなくて突っ走ることにある。振り返るのは卒業するときだけ。だから気になるあのコがイケメンと腕を組んでいる姿を目撃するまで走り続けたままなのだ。

このときの転倒からなかなか男は立ち上がれない。男女の関係になるというのは旅に出るようなもので、童貞というのはまだ旅立ってもいない勇者未満の男だから、それがトラウマになって家に引きこもったまま、すなわち恋愛に臆病になる。

 

 そうだよ、ぼくも自分を鈴さんに置き換えてみろ。

 黒髪ロングの清楚な美少女――自分で言うのもなんだが――に誑かされて、『もしかしてやれる!?』と勘違いしたまま悶々とし続けたのに、そのコが金髪イケメンと懇ろになっていたら、果たして立ち直れるか。

 無理だ。裏切られたと思って塞ぎこむに決まってる。もしかしたらNTRに目覚める可能性だってある。

え? 付き合ってもいないのにNTRだなんておかしい? おかしくないよ。みんなそれぞれの世界の主人公で、それを取り巻く女の子はヒロイン候補だから主観的にはNTRなんだよ。

 

久しぶりにすっきりして眠りにつこうとしていたからか、ぼくは身の回りのことをあれこれ考えていた。

タッグマッチでISに搭乗し、戦わなければならないこと。流されるままIS操縦者になってしまったが、将来をどうするのか。

面白半分でクラスメートを性的にからかったが、勘違いあるいは肉欲に溺れた彼女たちをどうするのか。

しかし寝ぼけた頭で建設的な思索をしようにも、いつの間にか思考に閉塞感を覚えて、睡魔に負けていた。

先送り、後回しにしようとするのはぼくの悪い癖かもしれない。でも自覚はしていても目先の睡眠欲には敵わないので、ぼくはあっさり意識を手放して枕に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ベッドが軋み、かすかに揺れる刺激でぼくは眠りから覚めた。まだ目はつむったまま、一夏が帰ってきたのかと霞がかかった頭で考える。

間違えてぼくのベッドに入ってきたのかな? 瞼越しの室内はまだ暗かった。それなら仕方ないのかもしれない。

ベッドの弾みと気配から一夏がぼくに覆いかぶさるのを察した。このままだと男同士で恥ずかしいことになるので、ぼくは仕方なく重い瞼を開けた。

 

「あ」

 

 頭上から声が降ってきたが、その声は一夏の、男性の太いそれではなかった。

 目が合う。薄闇の中でも大きなくっきりとした二重瞼ははっきりとわかった。

 ぼくを見降ろす形となった彼女の髪が一房、はらりとぼくの頬に落ちる。

 触れた髪はゴールド、見つめ合った瞳はヴァイオレット、彼女の名前はシャルロットさん。

 ……どういうことっ?

 

「え? ……は? え?」

 

 ぼくは混乱した。ぼくは動揺した。ぼくは動転した。

 どうしてシャルロットさんがぼくの部屋にいるのか。鍵は掛けたはず。ならどうやってここに入ったのか。

 いや待て、この際方法はどうでもいい。何が目的でぼくの部屋に来て――しかも深夜の寝静まった頃を見計らって――寝ているぼくに覆いかぶさっているのか、それが問題だ。

 

「あの、シャルロットさ――」

「……っ!」

 

 首筋が寒くなる危機感を振り払って口を開くと、停止していたシャルロットさんの顔がみるみる強張っていった。

 すると覗き込む態勢だったシャルロットさんは、左手でぼくの腕を抑えると右手でぼくの口を塞いだ。

 

「むぐっ!?」

「さ、騒ぐな!」

 

 顔に焦燥と興奮がブレンドされているシャルロットさんは馬乗りになった。

 頬は強張り、冷や汗が伝っているのに瞳には興奮の色が濃い。

 お腹の上にシャルロットさんのお尻が乗って、マウントポジションを取られ、口と身動きを封じられた。

 やっと寝起きで鈍い脳みそが急速に稼働し始め、状況を正確に把握し始めた。

 

ぼく、レイプされそう。

 

「んー! んんーっ!?」

「この……うるさいっ! おとなしくボクに孕まれろ!」

 

 暴れるぼくにシャルロットさんは叫んだ。

 なに言ってるのこの人。ぼくは正気に戻った。男女が逆転している世界とはいえ、なんだ「孕まれろ」って。

 抵抗するのをやめたことで、夜の静けさを取り戻した部屋にシャルロットさんの荒い息が響いている。ぼくの口をふさぐ彼女のなだらかな掌はぼくの呼気か、彼女の汗かわからないが湿っていた。

 腹の上にあるシャルロットさんは華奢な女の子らしく軽かったが、ぼくを押さえつける力は本気で抵抗しても負けそうだ。なぜこの世界の女子はこんなに力が強いんだろう。ぼくが細身だとしてもシャルロットさんはさらに細い。なのに力は強いから理不尽すぎる。

 

「よ、よし……動かないでね」

 

 ぼくが反抗する気がないと見たシャルロットさんは、恐る恐るぼくの胸に手を伸ばした。

 

「うわあ……こ、これが男の人の……」

 

 シャルロットさんは感動していた。救い上げるように手が動く。シャツの上から脂肪の薄い胸板を不慣れな手つきで。

 

「あっ」

「……」

 

 しばし夢中になって揉んでいたシャルロットさんの手が、ふと止まる。彼女の指の腹が、布越しに僕の乳首を探り当てていた。

 シャルロットさんの喉が艶めかしく動く。唾を嚥下する音が夜のしじまに響く。やがて確かめるように指の腹で擦った。

 僕が微かに身じろぐ。

 

「あ、ご、ごめん」

「……」

 

 ぼくは目を瞑って顔を背けた。下腹部に乗るシャルロットさんの臀部がもぞもぞと動く。

 ぼくが抵抗も反応もしないのを受けて、シャルロットさんは指で転がすように弄りだした。

 

「……っ」

 

 体験したことのない刺激にどうしても小さく身体が反応してしまう。眉根が寄る。男の乳首を弄ってなにが楽しいんだろう。

 されるがままでいると、不意にシャルロットさんの手が止まり、下に移動した。

 そしてするりとシャツの下に手が潜り込み、僕の胸を目指した。

 

「や、ちょ……!」

 

 なまあたたかい手が腹を滑り、胸を直接覆った。裾がめくれ上がってお腹がむき出しになる。

 胸の先がシャルロットさんの指の隙間に挟まれていた。直接触れられて気づいたが、肌が汗ばんでいた。

 彼女の手は動かしていないと死んでしまう回遊魚のように忙しなく胸の肉を揉みしだく。掴めるほどの肉も柔らかさもないのに夢中になっていた。

 触れ合うシャルロットさんの手のなだらかな肌触りや密着した下半身の柔らかさを否応なく意識させられた。

 

「あっ」

 

 シャルロットさんがビクンと反応して後ろを振り向き、またぼくの顔を見た。ぼくは恥ずかしくて顔を合わせられなかった。

 彼女の鼻息がいっそう荒くなる。胸を弄る手に力がこもる。前のめりになって、覆いかぶさってきた。ぼくは覚悟を決めた。

 

「あ、あの」

「えっ。な、なにっ?」

 

 ぼくの声は蚊の鳴くようなか細い声だったが、それにシャルロットさんはひどく動揺した。

 

「い、言っておくけどやめないからね。きみが悪いんだよ、ぼくが頼んだのに、選んでくれなかったきみが――」

「あなたにどんな事情があるのか、ぼくにはわかりません。でも、ぼくが我慢することであなたが救われるなら、受け入れます。だから、その……ひどいことはしないでください」

 

 ぼくは本心から恥ずかしい思いをしながらそう言った。そして襲われると思った。目を瞑ってそのときを待った。

 けれどいつまで経っても反応がない。どうしたんだろう。ぼくは恐る恐る目を開けた。

 

「う、うわぁぁ! できない、僕にはできないよぉ! ごめん、ごめんよぉ!」

 

 見上げた彼女は号泣していた。そして土下座する勢いで頭を下げた。

 ぼくは訳がわからなくて放心していた。

 ぼくはただ、乱暴にされて痛い思いをするのが嫌だから、襲われるなら優しく頂かれたかっただけなのに、どうして寸止めされたんだろう。

 泣く女の子で興奮することはできるが、女の子を泣かせる趣味はないぼくは、そういう気持ちも萎えて彼女が落ち着くのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅ、ごめんね……ごめんね」

「いえ、大丈夫ですから」

 

 ぼくは彼女の背中をさすりながら愛想笑いを浮かべた。

 泣き腫らしてもまだ謝り続けるシャルロットさんを相手しているが、そろそろきつくなってきた。

 なぜぼくはレイプしようとしてきた女の子を慰めているのだろうか。被害者が加害者を労わるあべこべなこの状況。当事者にも理解できないのだから、傍目には余計に意味がわからないはずだ。

 何か事情があって襲いに来たが、良心が痛んで結局手を出せなかった……という顛末だと思うのだけど、正直襲われる心構えはできていたので襲ってもらいたかったというのが本音である。

 ぼくは胸を揉まれて乳首を弄られ、その気にさせられたところでお預けされたわけで、これで男女観が元の世界なら彼女はとんでもない悪女だ。

 色々おかしい世界なのでその可能性はないとはいえ、ぼくの感性はこの世界とはちがうので、そう思うのも仕方ないことであることを言い訳させてもらう。

 

 いや、実際酷いと思うの。

 

 

 

「僕、君を誑し込むよう命令されてたんだ」

 

 落ち着いたシャルロットさんは訥々と身の上を語りだした。

 

「誰にですか?」

「僕の両親」

 

 どうしよう、想像以上に重い話になっちゃったぞ。

 

「ううん。血が繋がってるのは父親だけかな。僕、父親が政略結婚で許嫁と結婚する前に、恋人だった僕のお母さんを妊娠させて産まれた子供でね。お母さんが亡くなったら自分が父親だって名乗り出て僕を引き取ったんだ」

 

 シャルロットさんは俯きながら淡々と重いことを言う。ぼくはどう反応すればいいか分からなくて黙って聞いていた。

 こういう話には、幸福な家庭に育ったぼくが慰める言葉をかけても安っぽくて反感を買うだけだと思うから。

 

「当然、義理の母親は怒り狂ってね。両親の子供が男の子なこともあって、僕は厄介者だったんだ。第三世代の開発も遅れて、会社の業績も悪化してたし、家の空気は最悪だったよ。でも僕にISの適正があるのが分かって、国家代表候補までなると少しだけ周りの態度も良くなったんだ」

 

 シャルロットさんの眉間にしわが寄った。

 

「だけど、両親は僕にデュノア社の為にスパイになることを命じた。何としても男性ISパイロットを誑かして、第三世代のデータを盗んで来いってね」

 

 ああ、だから転校してきた瞬間からぼくをピンポイントで口説いてきたのか。怪しいとは思っていたけど、そういう背景があっての行動なのかと得心がいった。

 

「けど、実際は上手くいかなくてさ。時間がないから焦って接しても疑われて距離置かれるし。家はタッグマッチで君と一緒に出て、活躍してデュノア社製品の宣伝をしろってせっつくし。結局上手くいかなくて、強引に夜這いしてさ」

 

 シャルロットさんは我慢の限界と言わんばかりに身体を震わせて拳を握った。

 

「ああ、もう! 誰だよ日本人の男なんて白人ならポーランド人でも簡単に落とせるって言ったやつ! ピ○チュウって言っておけばヤらせてくれるなんて都合のいいことあるわけないだろ!」

 

 いや、それは事実なんじゃないかな……。

 ぼくが内心肯定しているあいだにシャルロットさんはどんどんヒートアップしていく。

 

「だいたい処女がどうやって男コマすのさ! 経験ないのにそんなの出来るわけないでしょ! こんなんだからウチは潰れかけるんだよ!」

「あの、落ち着きましょうシャルロットさん。言わなくていいこと口走ってますよ」

「……あ。ち、ちがうよ!? 処女じゃないよ!?」

 

 狼狽するシャルロットさんを見て、ぼくはまた弄りたい欲求が鎌首をもたげたが、一応重い話をしていた場面なので自重した。

 

「スパイなのは分かりましたけど、それをぼくに打ち明けたということはもうやめるってことですよね? そんなことしてシャルロットさんは大丈夫なんですか?」

「もちろん国家ぐるみの謀だからお咎めなしでは済まないだろうね。でも男の子を無理やり手籠めにして、その後ものうのうと生きるなんて、ぼくには出来なかった」

「どうにかならないんですか?」

 

 清々しい面持ちで答えるシャルロットさんに尋ねると、その瞳からぶわっと涙があふれてきた。

 

「うぅ……僕みたいなレイプ魔も心配してくれるなんて。きみは優しいなぁ。気持ちは嬉しいけれど、国や大企業が絡んでる案件だから僕個人の力じゃどうにもならないんだ」

 

 国や大企業……?

 諦念を零す彼女に、ぼくはふと疑問をぶつけた。

 

「IS学園って治外法権だからどの国家の干渉も受けないんじゃないんですか?」

「え?」

「え? いや、ほら、校則にも書いてあるじゃないですか」

 

 ぼくは校則手帳を広げて、問題の項目を見せた。

 ちょっと前に女の子に襲われたらどうしようかと、不純異性交遊を起こした場合どうなるか校則を熟読したことがあったのが功を奏した。

 まさか本当に女の子に襲われたあとにそれが役に立つとは思わなかったが。

 校則を確認したシャルロットさんはおもむろに立ち上がると。

 

「そういえばそうだ! ここに来た時点で僕は自由だったんじゃないか! ひゃっほー!」

 

 満面の笑みで小躍りすると部屋を飛び出した。

 

「ちょっと実家に手切れの挨拶してくる! ありがとう、唯は僕の恩人だよ!」

 

 見てて引くくらいのテンションで出ていったシャルロットさん。

 これでよかったのだろうか。ぼくは安易に彼女に治外法権であることを教えたことが正解だったのか自問自答した。

 

 

 

「どうしよう……」

 

 しばらくすると、意気消沈したシャルロットさんが途方にくれながら戻ってきた。

 

「何かあったんですか?」

「あ……その、一方的に別れの挨拶したんだけどね。電話を切ったあとに、今後どうやって暮らすのか何も考えてないことに気づいたんだ」

 

 シャルロットさんは頭を抱えた。

 懸念は当たった。その場の勢いで実家と離縁したはいいが、その後のことを全く考えていなかったのである。

 

「生活費はどうすれば……それに、もし代表候補を外されたりしたら学費も……うわあああ」

「……ぼくがお金貸しましょうか?」

「いいの!?」

 

 あまりに哀れだったので援助を申し出ると、九死に一生を得たかのような顔を向けられた。

 

「ぼくにも責任があるような気がしますし。利子とかはもちろん取りませんよ。出世払いでいいですから」

 

 ぼくはグラビアやスポンサー料で特に使い道のないお金を持て余していたので、何気なしに気楽に言った。両親も事情を話せば納得してくれるんじゃないだろうか。

 シャルロットさんは感極まった様子で泣き崩れた。

 

「天使だ……天使がいる……」

「そんな大袈裟な」

「うう、こんな良い子を穢そうとしてたなんて、僕、自分を一生許せそうにない……」

「シャルロットさんに事情があったのは承知してますし、別に気に病まなくてもいいですよ」

 

 だって、ぼくはむしろ襲ってほしかったし。その気にされたところをお預けされて、とてもがっかりしたし。

 それなのに泣かれるとぼくが罪悪感に苛まれるので、本当に勘弁してもらいたいのだ。

 必死に慰めていると、ごしごしと涙をぬぐった彼女は、決意に満ちた表情でぼくを見つめた。

 

「よし、決めた。僕、きみの奴隷になる!」

「は?」

 

 このとき、ぼくの口から出たのは、これっぽっちも予期しない言葉に対する、嘘偽りない素のぼくの、生涯渾身の「は?」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唯、何が食べたい? 僕が取って来るよ」

 

 翌朝、僕が食堂に行くと入り口で待ち構えていたシャルロットがにこやかに言った。

 先日、彼女とセシリアさんが火花を散らしたのを知っているクラスメートの視線が集まる。ざわ、と波紋が広がる。

 

「じゃあ日替わり定食で。ぼくは席を取っておきますね」

「うん、任せて」

 

 ぼくは背中に冷や汗が伝うのをおくびにも出さずに努めて平静を装って答えた。背を向けるシャルロットの声や足取りは心なしか弾んで見える。

 

「昨日はっきり断られたのに懲りないね、転校生」

「おい、唯。何かされたらすぐ言えよ。あまりしつこいようだったら千冬姉に相談するから」

「あ、あははは……うん、何かあったらね」

 

 もう既に何かあったんだが、ぼくは乾いた愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「カバン持つよ」

「自分で持てますから大丈夫ですよ」

「そう? 困ったことがあったらいつでも言ってね。何でもするから」

 

 登校中もシャルロットはこの調子で僕の隣に侍り続けた。

 なので当然注目を浴びながら教室に着き、案の定セシリアさんが絡んできた。

 

「まだ諦めていませんの? 唯さんの優しさに漬けこむような真似をしたらただじゃ置きませんわよ」

「僕が唯に悪さをするって? ふふ、そんなのありえないね。だって僕は唯に身も心も捧げたから」

「ちょ」

「身も、心も……?」

 

 得意げに胸を張るシャルロットとその発言に、セシリアさんは戸惑いを隠せなかった。

 それはぼくも同様だったが、ぼくが困っているのを見て取ったシャルロットは流し目でウィンクした。

 

「分かってる、言わないよ。僕たちだけの秘密だもんね」

「秘密……?」

 

 わざとらしく思わせぶりな言葉で煽るので、セシリアさんの柳眉を逆立て、頬をひくつかせた。

 流石に看過できないので割って入る。

 

「ダメだよシャルロット。勘違いさせるようなこと言っちゃ」

「あ、はい。そうですね。ごめんね、オルコットさん」

「え? あの、どういうことですの?」

 

 素直に謝ったシャルロットにセシリアさんは再び困惑していた。ぼくも思わず痛むこめかみを揉みながら答える。

 

「詳しくは言えないんですが、その、色々ありまして」

「……やはり取り入り、油断させるための演技ではないですか? フランスですし、信用なりません」

「イギリスに言われたくないよ! 唯、僕に何か命令してよ! 何でも言うこと聞くから!」

「えっ……」

 

 急に無茶ぶりされて困り果てたぼくは、少し考えた後、逡巡しながら手のひらを上に向けて前に出した。

 

「じゃあ、お手」

「ワン!」

 

 シャルロットはこの上なく嬉しそうに跪いてお手をした。

 教室はこの上なく不穏な雰囲気でざわめいた。

 

「ほ、ホントにやったよ転校生!?」

「どういうことなの……?」

「羨ましい……」

 

 騒然とする中、呆気にとられていたセシリアさんが再起動した。

 

「あ、あなた、女としてのプライドはないのですか!?」

「はっ。僕のプライドなんて唯への恩義と比べたらカス同然だね。唯が命じるなら僕は唯の靴だって喜んで舐めれるよ」

「それはあなたが舐めたいだけでしょうが!」

「すいません、ぼくに女の子を奴隷にして悦ぶ趣味ないんですけど」

 

 とりあえず否定しておいたが、これどうやって収集つければいいんだろう。

 僕は内心頭を抱えた。昨夜、レイプしようとしてきた人を慰めて、その人が違う世界から来たぼくでも知ってる一般常識を覚えていなかったので教えてあげたら感謝されて、困っていたのでお金を貸したら今度は奴隷になるとか言い出したのだ。

 そのときは深夜で眠かったのもあって、押しの強さに負け名前を呼び捨てすることを了承させられた上に、奴隷とまではいかないけどぼくに困ったことがあったら助けてくれる関係くらいで妥協させたはずなのに、夜が明けたらこの有様である。

 どうすればいいんだ……途方に暮れるぼくを一夏が肘でつつき、小声で囁いた。

 

「いったい何があったんだよ」

「一夏……えっと、掻い摘んで話すと、シャルロットが困っていたからぼくが助け船を出したら、ものすごく感謝されて、ぼくに尽くすって言って聞かないんだ」

「たった一晩で腹黒そうなあいつがあんなふうになるなんて、唯はいったい何をしたんだ?」

「詳しくは言えないけど、本当に大したことはしてないんだよ」

「大したことしてないなら、ああはならないだろ、普通」

「それはぼくが訊きたいんだけど!?」

 

 何が困るって、彼女がえげつない美少女なのでぼくも悪い気がしないのが最も悪質な点なのだ。

 色んなボーイミーツガールで始まる物語は、ヒロインが美少女でないと成立しないとよく言われるが、美少女というものはあらゆる部分で補正をかけてくるからたちが悪いのである。

 ちょっと満更でもないと思ってしまう自分が心の片隅にいるのが恥ずかしい。

 

 セシリアさんとシャルロットがギャーギャーと口論をし、ぼくと一夏が途方に暮れて、周囲は野次馬と化して騒ぐ空間で。

 誰かどうにかしてくれとぼくが天に願ったとき、彼女は颯爽と現れた。

 

 

「ふん。英仏の代表候補生ともあろうものが、なんと情けない」

 

 長い銀髪に特徴的な眼帯。腕組みしながら胸を張って小柄な体躯を大きく見せようと仁王立ちしている。

 彼女は転校生の――ええと……誰だっけ?

 

 




どうでもいいことですが、今回のシャルの元ネタ?は、
Twitterで腐女子のアカウントが、

「隣の席のイケメンに『俺の女になれよ』と言われたので馬鹿じゃねえのと蔑んだ目で見たら、次の日『君の冷たい目に惚れた。俺、君の奴隷になるよ』ってゆあれたwww」

みたいな嘘松ツイートしてたので、
ああそうか、腐女子や少女漫画を読んでる層はこういう妄想してるのか……と参考にさせていただきました。
でも何か違うと思います。


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