緋弾とサヤビト (ビースト)
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弾籠め

頑張りたいと思います。


突然だが『武偵』というモノを説明したいと思う。

武偵とは凶悪化する犯罪に対抗して新設された国際資格で、武偵免許を持つ者は武装を許可され逮捕権を有するなど、警察に準ずる活動ができる。

ただし警察と違うのは金で動くことである。金さえもらえば、武偵法の許す範囲内ならどんな荒っぽい仕事でも下らない仕事でもこなす。つまり『便利屋』だ。

そして俺、『遠山キンジ』は東京武偵高校の生徒だ。

レインボーブリッジの南に浮かぶ南北およそ2キロ・東西500メートルの長方形をした人工浮島(メガフロート)の上にある。

学園島とあだ名されたこの人工浮島は、『武偵』を育成する総合教育機関だ。

東京武偵高では、通常の一般科目に加えて、その名の通り武偵の活動に関わる専門科目を履修できる。

専門科目にもいろいろあって、強襲科(アサルト)狙撃科(スナイプ)諜報科(レザド)尋問科(ダギュラ)探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)装備科(アムド)車輌科(ロジ)通信科(コネクト)情報科(インフォルマ)衛生科(メディカ)救護科(アンビュラス)超能力捜査研究科(SSR)特殊捜査研究科(CVR)などがある。

その中でも酷い専門科目があり、そして俺が現在在籍中の『強襲科(アサルト)』だ。

 

通称、『明日なき学科』だ。

 

この学科の卒業時生存率は、97.1%。

つまり100人3人弱は生きてこの学科を卒業できない。任務の遂行中、もしくは訓練中に死亡しているのだ。本当に。マジで。

それが強襲科(アサルト)であり、武偵という仕事の暗部でもある。

なぜそんな危な過ぎる学科にいるのかというと俺は、うちの家系・遠山家は代々、『正義の味方』をやってきた。

時代によりその職業は違っていたが、とある特殊な遺伝子の力で力弱き人々のため、何百年も戦ってきた。

俺はが物心つく前に殉職した父さんも武装検事として活躍していたし、武偵だった兄さんも活躍していた。俺にとっては人生の目標となるヒーローだった。

だから俺は何の疑いもなく、自ら進んで、武偵高に進学した。

中学では自分の力のせいで酷い目に遭わされたが、いずれ父さんや兄さんみたいに使いこなせるようになるだろうと前向きに物事を考えられていた。

 

だが、今はそんな事は考える余裕がない。

 

 

浦賀沖海難事故。

 

 

日本船籍のクルージング船・アンベリール号が沈没し、乗客一名が行方不明となり……死体も上がらないまま捜索が打ち切れられた、不幸な事故。

死亡したのは、船に乗り合わせていた武偵……『遠山金一』。

 

俺の兄さんだった。

 

いつも力弱き人々のためにほとんど無償で戦い、どんな悪人にも負けなかった兄さんはーーーー警察の話によれば、乗員・乗客を船から避難させ、そのせいで自分が逃げ遅れたのだそうだ。

だが、乗客たちからの訴訟を恐れたクルージング・イベント会社、そしてそれに焚きつけられた一部の乗客たちは、事故の後、兄さんを激しく避難した。

曰く、『船に乗り合わせていながら事故を未然に防げなかった、無能な武偵』と。

 

「……………なんでだよ……ッ」

 

俺は武偵高の寮のこの部屋に一人で暮らしている。

ここは本来四人部屋なのだが、さっき探偵科(インケスタ)に転科届を出して寮が変わったのと、たまたま相部屋になる探偵科(インケスタ)の男子がいなかった事でルームメイトはいない。

だが、これは今の俺には幸運なことだ。

今ここにルームメイトがいて兄さんの事で同情なんかされた日には衝動的に『9条』破ってしまう。

 

武偵法9条。

 

それは『武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない』。それが9条だ。当然活動中でもなくても当てはまることだ。

俺はソファーに寝転び、気持ちを落ち着かせる。

………さっきまでマスコミに兄さんのことを聞かれた。

思い出したくない質問の数々が俺を苛立たせる。

 

ーーーー兄さんはなぜ、人を助け、自分が死んだ?

ーーーーなぜ、スケープゴートにさせられた?

 

「………ッ。それは……ッ!!」

 

それは、あの力のせいでーーー武偵なんかやっていたからだ!

ああ。武偵なんて、正義の味方なんて、戦って、戦って、傷ついた挙げ句、死体に石を投げられる、ろくでもない、損な役回りじゃないか……!

 

「ーーーーやめよう」

 

そんなバカなものになるのを。

これからは普通の人間になる。

生きて、無責任なことを言うだけ言って、平凡な日々をのうのうと送る側になる。

 

「ーーーー俺は武偵を辞める」

 

とは言ったものの、直ぐに武偵高を辞めることはできない。

武偵高校から一般校への生徒の転出には、時期的な制約がある。これは生徒が持つ銃器・刀剣を一括して公安委員会に登録するよう武偵法で定められているためで、更新期の四月にでないと、学校を辞められない規則になっているのだ。

さらに転出を希望する生徒はこの申請を転出の一年前から六ヶ月前までの間に教務科に提出しておかねばならない。そして俺はその書類を、すでに作ってある。

転出届を出して受理されれば、来年二年に上がって少し経てば俺は武偵の世界から足を洗うことができる。

 

教務科(マスターズ)に行くか…」

 

ソファーから起き上がり、制服を着て机に置いてある書類を持つ。外を見てみると雨が降っていた。

 

「………雨か」

 

最悪だな…….さっきは雨なんて降っていなかったのに。

溜息を吐いて歩き出そうとして

 

 

『なーに腑抜けに腑抜けたその顔は?アンタの目、死んだ魚みたいね』

 

 

足が止まる。

な、なんだ?突然?耳がおかしくなったか?

 

『これまで二週間アンタの事、視てたけど………気持ち悪いわ、アンタ』

 

………はい?

 

『気持ち悪くてコンビニで買って食べたももまん全部吐きそうだったわ。てか吐いたわよ。どうしてくれんの?』

 

………い、いかん、今の俺ではこの状況についていけん。

一応整理しよう。まず、この天の声?は女性。しかも二週間俺のことを監視していた。そしてももまん吐いた。

ていうかももまんって一昔前にちょっとブームなった、桃っぽい形をしただけの要するにあんまんなのだが……。

………どれだけ食べたんだろうか?

 

『ちなみに食べた数は14個よ』

 

マジか。どんだけ食ってんだよ。

 

『以外と美味しかったわ。生地に桃の味が付いて、それにアンコの控えめな甘さ……75点』

 

なに点数付けてんだよ。ていうかなんで俺を監視してたか理由を言えよ。

 

『………あのね。アンタそれでも武偵?少しは自分で考えなさいよ。ま、でも今のアンタじゃあ無理か。「ヒステリアモード」じゃないアンタには』

 

ーーーーは?い今、なんてーーー

 

ヒステリア(Histeria)サヴァン(Savant)シンドローム(Syndrome)だっけ?アンタはヒステリアモードって呼んでるみたいだけど』

 

「な、なんでオマエ知ってーーー」

 

いるんだ?最後は声に出なかったが、もう一度言う、なんでオマエ知っているんだ?

 

ヒステリア(Histeria)サヴァン(Savant)シンドローム(Syndrome)

 

天の声?も言ったように俺はヒステリアモードと勝手に呼んでいる。遠山家は代々このヒステリアモードを使って正義の味方をやってきた。

この特性を持つ人間は、一定量以上の恋愛時脳内物質βエンドルフィンが分泌されると、それが常人の約30倍もの量の神経伝達物質を媒介し、大脳・小脳・脊髄といった中枢神経系の活動を劇的に亢進させる。

その結果、ヒステリアモード時には論理的思考力、判断力、ひいては反射神経までもが飛躍的に向上し、うんたらかんたらがどうたらこうたらで………

まあ、一言で言うと。

この特性を持つ人間は性的に興奮すると、一時的にまるで人が変わったようなスーパーモードになれるのだ。

このヒステリアモードのせいで中学のころに俺の体質を知った一部の女子が、俺を利用することを覚えやがったのだ。

ヤツらは俺をあの手この手のイタズラでヒステリアモードにし、こき使った。ある者はイジメを受けた復讐に俺を使い、ある者はセクハラ教師への制裁をさせたりもした忌々しい中学時代だった。

そんな理由から地元を避け、東京武偵高を受験したのだが、運の悪さに定評のある俺は色んな所でヒステリアモードになる事が多々あったのだ。

この俺の体質を知っているのは中学のヤツらを除けば、俺の祖父さん、祖母さん、そして兄さんくらいなのに……なんで知ってる?

 

『考えれば分かることなのに……ほんっと今のアンタはダメダメね。これは先が思いやられるわ』

 

「うるさい!今の俺はただの高校生だ!どうしようもない」

 

と俺がそう言うと、んー……と天の声?が唸る。

 

『よしっ!分かった!』

 

いや、俺が分からん。

ブツッ!とスピーカーの電源が切れ、静かになる。

 

「………何がどうなっているのか理解できん」

 

というよりも俺がこの状況に追いついていないと言ったらいいのか?

とりあえずもう一度ソファーに座ると制服の胸ポケットにある携帯が鳴った。

画面を見るとそこには知らない番号が映っていた。

恐る恐る電話に出るとーーー

 

『やっほーキンジ』

 

さっきの天の声?だった。

 

「………おい。なんで俺の電話番号知ってんだ」

 

『さっきも言ったでしょ。アンタを監視してたんだからアンタの個人情報くらい持ってるわよ』

 

なにそれコワイ。

 

『あ、そうそう。アンタ今部屋の何処にいる?』

 

「は?」

 

何言ってんだコイツは?

 

『いいから答えて』

 

「………リビングのソファーに座ってる」

 

あー分かったと言って一方的に切られる。

いやだから俺に分かるようにしてくれないか?

だがこの一分後、俺は理解することなる。何故ならーーーー

 

 

ガシャァァァアアアアアアアンッ!!!!!

 

 

「うおおおッ!?」

 

俺はソファーから顔から転げ落ちた。な、なんだ!?襲撃かっ!?

いきなり窓ガラスが爆弾か何かで吹き飛ばされたような音が部屋中に響き渡る。

部屋の中に風と雨が入って俺やソファーが濡れる。

ソファーから転げ落ちた俺は身体を起こして目線を上げるとそこには13、4歳のブルーの瞳にプラチナブロンドの少女がいた。

 

「さっきぶりね。キンジ」

 

俺は声が出せなかった。驚愕で出せなかったのもあるが、その少女の雰囲気だった。

存在が希薄かと思えば、何故か存在が二重三重にも感じられるのだ。今の俺でも、だ。

 

「おまーーーッ!?」

 

なんとか喋ろうするがまた声を発することができなかった。

何故なら、キス、されてしまったから、だ。

 

ああ。ああーーーーこれはアウトだ。

 

いくらなんでも不意打ちだ。

 

体の芯が熱く、堅く、むくむくと大きくなっていくようなーーー言いようのない感覚。

 

ドクン、ドクンーーー!

 

火傷しそうに熱くなった血液が体の中央にあつまっていく。

なってしまう。なっていく。

 

ヒステリアモード、に………!

 

「ッ!?」

 

バッ!と少女に直ぐさま離れる。

 

「さっすが。やっぱりそのモードなると何でも分かっちゃうみたいね」

 

コイツの言うとおり、今の俺には全て分かる。分かった。コイツがなんで俺を監視してたか、何で会いに来たのか。

 

「説明が省けて楽になってちょうどいいから単刀直入に言うわ」

 

少女はニッコリと笑みを浮かべてこう言った。

 

 

「私の主人(アド)になってくれない?」

 

 

 

これが俺、遠山キンジと。『サヤビト』、リヴィアの雨と風の冷たい出会いだった。




次の話は遅くなると思います……読んでくれた方どうもすいません


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『哿』のサヤビト
第一話


やっと書けました


………ピン、ポーン………

 

慎ましいドアチャイムの音で目が覚める。

…………あの時のことが夢に出てきやがった。

枕元の携帯を見るとーーーー時刻は、朝の7時。

 

(こんな朝っぱらから、誰だよ……)

 

居留守を使ってやろうか。

だが、あのチャイムの慎ましさにイヤな予感がする。

 

「んー………たべられないー……すぅ」

 

……コイツ、なんてベタな寝言を。

とりあえずコイツも起こさなければならない。

ワイシャツをはおり制服のズボンをはき、向かいになる二段ベットの上段を見ると、だらーんとプラチナブロンドの髪が垂れていた。引っ張ってやろうか。

 

「おい、リヴィア。起きろ。朝だ」

 

「………う~ん、あさ~?おきる~」

 

片手をヒラヒラさせるが、すぐにだらんと元に戻る。

 

「はぁ……」

 

俺は溜息をついて部屋の廊下を渡り……ドアの覗き穴から、外を見た。

そこには………やっぱりか。

 

「…………はぁ」

 

ーーーー白雪が、立っていた。

純白のブラウス。臙脂色の襟とスカート。

シミ一つ無い武偵高のセーラー服を着て、漆塗りのコンパクトを片手に、何やらせっせと前髪を直している。

何やってんだ白雪。こんな所で。

そう思っていたら今度ははすぅーっはぁーと深呼吸を始めた。

相変わらずワケの分からんヤツだ。

 

ーーーーガチャ。

 

「白雪」

 

ドアを開けると、白雪は慌ててぱたんとコンパクトを閉じ、サッと隠す。

そして、

 

「キンちゃん!」

 

ぱあっと顔を明るくし、昔のあだ名で俺を呼んできた。

 

「その呼び方、やめろって言ったろ」

 

「あっ………ごっ、ごめんね。でも私……キンちゃんのこと考えてたから、キンちゃんを見たらつい、あっ、私またキンちゃんって………ご、ごめんね、ごめんねキンちゃん、あっ」

 

白雪は見る間に蒼白になり、あわあわと口を手で押さえる。

………文句をいう気も失せるな。

 

星伽白雪。

 

キンちゃんという呼び方で分かるように俺とコイツは幼なじみだ。

外見は名前の通り雪肌で、さっき直していたつやつやの黒髪は子供の頃からずっと前髪ぱっつん。目つきはおっとりと優しげで、まつ毛はけぶるように長い。

さすがは代々続く星伽神社の巫女さんだ。相変わらず、絵に描いたような大和撫子を地で行ってるな。

 

「ていうか、ここは仮にも男子寮だぞ。よくないぞ、軽々しく来るのは」

 

「あのね、キンジ。それを言ったら私なんかアンタと一緒に暮らしてんのよ。シラユキくらいどうってことないじゃない」

 

「………リヴィア、起きたのか」

 

白いキャミにブルーの瞳、ぼさぼさの長いプラチナブロンドの髪を櫛で整えながら現れたリヴィア。

 

「うん、チョー眠いけどね。あっ、シラユキの持っているのってまさかお弁当っ?」

 

「う、うん。わ、私、昨日まで伊勢神宮に合宿で行ってて………キンちゃんのお世話、なんにもできなかったから」

 

「いやだか「お弁当もーらいっ」っておいっ!リヴィア勝手に持っていくな

!………白雪、上がってくれ」

 

リヴィアが勝手に持って行ってしまったので仕方なく部屋に上げてやることにする。

 

「お……おじゃましますっ」

 

白雪は90度ぐらいの深ぁーいお辞儀をしてから玄関に上がり、脱いだ黒いストラップシューズを丁寧に揃えた。

俺はリヴィアのいる座卓の脇にどっかりと腰を下ろす。

 

「ね、ねぇキンジ、これ……なんかすごい」

 

「あん?何が……なっ」

 

リヴィアが漆塗りの重箱の蒔絵つきのフタを開けて見せる。

そこにはふんわり柔らかそうな玉子焼き、ちゃんと向きを揃えて並べたエビの甘辛煮、銀鮭、西条柿といった豪華食材と、白く光るごはんが並んでいた。

 

「これ……作るの大変だったんじゃないか?」

 

「う、ううん、ちょっと早起きしただけ。それにキンちゃん、春休みの間またコンビニのお弁当ばっかり食べてるんじゃないかな………って思ったら、心配になっちゃって………あ、ちゃんとリヴィアの分もあるから食べてね」

 

「え!?マジ!?」

 

リヴィアはそのまま重箱を持ってかきこんだーーーっておいっ、俺の分まで食うな!

 

「うっさい!全ての食い物は私のモノよ!久しぶりのコンビニ弁当以外の物が食えんのよ!?今の私は誰にも止められない!」

 

俺とリヴィアが白雪の弁当争奪戦を繰り広げていると白雪は笑いを堪えながらミカンをむき始めた。白い筋を丁寧に取って小皿をに乗せているところを見るに、それも俺たちにくれるつもりらしい。

俺はミカンだけはリヴィアに取られないように自分の傍におく。

まぁ………お礼ぐらい言っておくか。

 

「…………えっと、いつもありがとな」

 

「えっ。あ、キンちゃんもありがとう………ありがとうございますっ」

 

「なんでお前がありがとうなんだよ。ていうか三つ指つくな。土下座してるみたいだぞ」

 

「けっふ。そうよ、シラユキがお礼言う必要ないわ。けふ」

 

確かにそうだが、お前は礼くらいいえ。俺の分まで食いやがったからな。

 

「程良くダシのきいた玉子焼きに、口に運ぶたびに食欲が増すエビの甘辛煮、そして丁度いい塩気のきいた銀鮭、西条柿のしっとりしっかりとした甘さ………100点」

 

点数を付けてスケッチブックに絵を書くリヴィア。だから点数を付けるな。

 

「だ、だってキンちゃんが食べてくれてお礼を言ってくれたから……」

 

白雪は嬉しそうな顔を上げ、なんでか目を潤ませて蚊のなくような声を出す。

あ、あのなー。

なんでいつもそんなにオドオドするんだ。もっと胸を張って生きろ。

そんな、めったやたらに大きい胸をしてるんだから。

そう思ったら俺は……つい、本当につい。

白雪の胸を、見てしまった。

こっちに三つ指をつく白雪のセーラー服の胸元は、ちょっと弛んで開いている。

そこには深ぁーい胸の谷間がのぞいており、黒い、レースの下着がーーーー

 

(く………黒はないだろ!)

 

高校生らしからぬけしからん下着から、俺は慌てて目を逸らす。が………

 

じわっ。

 

体の芯に血があつまるような、あの、危ない感覚がしてきた。

 

「………キンジ。こんな所でヒスるんじゃないわよ(ボソッ)」

 

んなこと言われるまでもない。

 

「ーーーーごちそうさまっ」

 

白雪から逃げるように俺は勢いよく立ち上がる。

ふう。どうやらセーフだったみたいだな。

白雪はテキパキと重箱を片付けると、今度はソファーに放られていた武偵高の学ランを取ってきた。

 

「キンちゃん。今日から一緒に二年生だね。はい、防弾制服」

 

俺がそれを羽織ると、今度はテレビの脇に放り投げてあった拳銃も持ってくる。

 

「………始業式ぐらい、銃は持たなくてもいいだろ」

 

「ダメだよキンちゃん、校則なんだから」

 

と、白雪はその場に両膝をついてこっちのベルトにホルスターごと帯銃させてしまう。

校則………『武偵高の生徒は、学内での帯銃と刀剣の携帯を義務づける』、か。

 

ああ、普通じゃない。

 

ウンザリするほど普通じゃないんだよ。武偵高は。

 

「それに、また『武偵殺し』みたいなのが出るかもしれないし……」

 

白雪は膝立ちのまま、心配そうなうわめで俺を見上げてきた。

 

「ーーーー『武偵殺し』?」

 

「ほら、あの年明けに周知メールが出てた連続殺人事件のこと」

 

「…………………」

 

ーーーーー『武偵殺し』

 

武偵の車などに爆弾を仕掛けて自由を奪った挙げ句、短機関銃《マシンガン》のラジコンヘリで追い回してーーー海に突き落とす。それが『武偵殺し』の手口だ。

 

「………でもあれは逮捕されたんだろ」

 

「で、でも、模倣犯とかがでるかもしれないし。今朝の占いで、キンちゃん、女難の相が出てたし。キンちゃんの身に何かあったら、私……私……ぐす……」

 

女難の相……ねぇ。

チラッと隣にいる食いしん坊を見る。

 

「う?」

 

ミカンを咥えたリヴィアがこっちを見て首を傾げる。ていうか俺のミカンまで食いやがったな、コイツ。

 

「はぁ、分かった分かった。ほら、これで安心だろ。だから泣くなって」

 

俺は溜息をつき、ナイフもーー兄の形見の、バタフライ・ナイフだーー棚から出して、ポケットに収める。

白雪はなんでかそんな俺をうっとりと眺め、ほっぺに両手をあてていた。

 

「………キンちゃん。かっこいい。やっぱり先祖代々の『正義の味方』って感じだよ」

 

「やめてくれよーーーガキじゃあるまし」

 

吐き捨てるように言う俺の胸に、白雪はるんるんと、どこからか取り出した黒い名札をつけてきた。

 

『遠山キンジ』

 

武偵高では、四月には生徒全員に名札を付けるルールがある。

俺はスルーするつもりだったが、白雪はそれを先読みして用意していたらしい。

さすが生徒会長で園芸部部長で女子バレー部長で偏差値75の超人的しっかり者だな。ぐうたらの俺にとっちゃ、すこぶるやりにくいヤツだ。

 

「………俺はメールをチェックしてから出る。お前、先に行ってろよ」

 

「私、学校行きたくな~い」

 

お前、元々学校通ってないだろうが。

 

「あっ、じゃあ、その間にお洗濯とかお皿洗いとかーーー」

 

「いいからっ」

 

「………は、はい。じゃあ……その。後でメールとか……くれると、嬉しいですっ」

 

白雪はもじもじとそんなことを言い、ぺこり。

深ーくお辞儀をしてから、従順に部屋を出て行った。

………ふう。

やっと面倒くさいのが出ていってくれたか。

どっかりとPCの前に座り、だらだら……とメールやWebを見る。

 

「キンジー、時間大丈夫ー?」

 

リヴィアに言われ、時計を見ると時刻は7時55分になっていた。

しまった。ちょっとだらだらしすぎたか。

 

「リヴィア、今日はついて来るのか?」

 

さっきリヴィアは学校行きたくないと言っていたが何故か毎日登校する俺についてくる。

 

「んー……私はあとで行く」

 

「あっそ」

 

58分のバスに乗り遅れたな。

しょうがない、自転車で行くか……。

 

 

ーーーー生涯。

 

生涯、俺はこの時の判断に一生悔やむことになる。

せめて、せめてこの時に無理矢理でもリヴィアを引っ張ってでも連れて行くべきだった。そうしたら状況が少しでも変わっていただろう。

 

 

何故ならこのあと、空から女の子が降ってきてしまったんだから。

 

『神崎・H・アリア』が。

 

 

一度ある事は、二度ある、みたいだな……。

 



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第二話

「ーーーーむ、これは……もしや!」

 

武偵高の情報科の寮のとある一室で13、4歳くらいの長い金髪を前に二つ垂らして赤いリボンでまとめている少女はヘッドホン片手に電波計を見ていた。

 

「サラ!見てください!これは間違いなくーーー!」

 

少女は振り返るが、先ほど後ろにいた主人がいない事に気づく。

まさか……と、恐る恐る下を見ると、そこにはサラと呼ばれた女性が倒れていた。

 

「………………………………」

 

サラはピクリとも動かない。もしかしたら息をしていない……死んでいるかもしれなかった。

だが、少女はそんな状況に何故か呆れた感じに溜息をついた。

その瞬間、少女はキッチンへと走り出す。

湯を沸かし、棚を開けると雪崩のように緊急用と紙が貼られたインスタントコーヒーの袋が落ちてきて埋まってしまう。

コーヒーの山から這いでてきて袋を開けて沸いた湯にぶち込んだ。

お玉で飛び散るのも気にせず書き混ぜ、長い水筒に入れてサラの所へ戻り、そして

 

「早くおきなさいこのコーヒージャンキーがーーーーーーーっっっ!!!!」

 

熱々のコーヒーを口にぶち込んだ。

サラはパチリと目を開けた。

 

「目覚めました?」

 

「起きた」

 

砂糖入ってなかったから頭起ききってないかもと言いながら起きてきたのは清水更紗、情報科の三年生だ。

彼女は小さい頃からコーヒーを飲んでおり、彼女曰く「私の血液はコーヒーで、怪我したら間違いなく美味しいコーヒーが出てくる」と真顔で言って周りを引かせた事がある。

彼女が倒れていた理由は単純で、コーヒーの成分であるカフェインが切れたからだ。

コーヒーをいつも飲んでいないと倒れるカフェイン欠乏症という持病を抱えている。

そしてこれが日常茶飯事である少女にとっては熱々のコーヒーをぶち込むのは玄人の域に達している。

 

「で、どうしたのレトラ?」

 

「あ、はい。これを聞いてください」

 

レトラはサラにヘッドホンを渡す。

 

「………これは」

 

「ええ、『武偵殺し』がよく使う電波のパターンですわ」

 

サラとレトラは今までずっと『武偵殺し』を追っていた。

「武偵殺し』は遠隔操作で爆弾を使う。その際の電波には特徴的なパターンがあり、それを追っていたのだ。

 

「………これ、は電波が近い……?」

 

「近い?どういうことですの?」

 

「あれ、遠くなった……なんで?」

 

サラは疑問を浮かべる。

まるで爆弾が私達のいる学生寮を通りすぎたような……

 

「ッ!」

 

サラは双眼鏡を取り、窓を明けて周りを見渡す。

そしてある一点を見つめる。

サラは双眼鏡を置き、机にある充電中の携帯を手に取り、電話をする。

 

「すぐに考えれば分かった事なのに………もしもし、リヴィア?」

 

『なにどうかした、サラ?』

 

電話の相手はキンジの部屋にいるリヴィアだった。

あー…と頭を抱えるサラ。

 

「貴女…今、寮の部屋にいるね。これから直ぐ遠山君の所に行って」

 

『えー?なんで?』

 

「彼はいま、『武偵殺し』に世にも珍しいチャリジャックに遭っているから」

 

『……………は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降ったら、雨を浴びて楽しめーーーと言ったのはアルチュール・ランボーだったか?

バスに乗り損ねた俺はそのランボーだったかに倣って、仕方なしに通学路の光景を眺めながらチャリで登校することにした………が、

 

 

「その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります 」

 

 

奇妙なーーーチラシを切り貼りして作った脅迫文みたいな、妙な声。

 

「チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります 」

 

ああ、これはあれだ。ネットで人気のボーカロイド。あれで作った人工音声だろ。

そんな分析をしてしまってから、聞こえたセリフの一部を思い出す。

 

ーーーー爆弾……だ?

 

いきなり何だ。どこのバカだ?どういう冗談だ。

眉を寄せて周囲を見回すと、ギョッしたことに俺の自転車にはいつの間にか妙な物体が並走してきた。

車輪を2つ平行に並べただけで器用に走る、タイヤつきのカカシみたいな乗り物。確か、『セグウェイ』とかいう乗り物だ。

 

「助けを 求めては いけません。 ケータイを 使用した場合も 爆発 しやがります 」

 

セグウェイはしかし無人で、人が立って乗るべき部分にはスピーカーとーーー一基の自動銃座が載っていた。

 

「ーーー!」

 

その銃座から俺を見つめる、銃口。

 

UZI(ウージー)

 

秒間10発の9ミリパラベラム弾をブッ放す、イスラエルIMI社の傑作短機関銃(サブマシンガン)だ。

 

「なっ……何だ!何のイタズラだっ!」

 

なんだーーー!?

いきなり何なんだよ!?

混乱する頭でチャリをあちこちまさぐるとーーーサドルの裏に、いつの間にか変な物が仕掛けられていた。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら指でなぞる。

ーーーーやばい。型までは分からないが、どうやらプラスチック爆弾らしい。それもこの大きさ。自転車どころか自動車でも跡形なく消しとばせるサイズだぞ。

 

 

ーーーー マ ジ か よ ーーーー

 

 

全身に悪寒が走り、冷や汗が滲む。

やられた。直感で分かる。こいつはイタズラじゃない。

嵌められた。なんてこった。チャリを乗っ取られた。

 

ーーーー世にも珍しい、チャリジャックじゃないか!

 

ちくしょう。

ちくしょう。

クソ、またか!

これは、あの時とさほど変わらないじゃないか!また『武偵殺し』か!

恨み言を吐きながら俺が全力で自転車をこいでいると、俺を監視していたセグウェイがグルンと向きを変え、発砲した。

い、いったい何がーーー?

 

「キンジ!」

 

「なっ!?リ、リヴィアっ!?」

 

後ろを向くと、そこにはUZI(ウージー)の9ミリパラベラム弾を走りながら避けるリヴィアだった。ていうか避けてる!?

 

「キンジ、何やってんの!?二度も『武偵殺し』に引っ掛かかってさあ!アンタはバカよ!!」

 

「うるせえ!今の俺に言ってもどうしようもねえよっ。とにかく何とかしろっ!ーーーリヴィア、戦え(リベオラ)!」

 

「ーーーーったく、抜刀(リフ)!」

 

と言った瞬間、リヴィアの右腕から黒い影がうねり出てきた。

すると黒い影は、黒いショートソードに形作られた。

それを手に取り、セグウェイに一気に近づいてショートソードで一刀両断した。

 

「よしっ!」

 

「いいえ、まだよっ!!」

 

すると、ビルの物陰から14台ものセグウェイが出てきた。

なっ!?まだあれだけいんのかよっ!?

俺とリヴィアは万一に備え、とにかく人気のない場所を探して走り、走り、第二グラウンドへと向かった。

金網越しに見た朝の第二グラウンドには、いつも通り誰もいない。

 

「私、は!コイツらを何とか、するから!!じゃあ、ねっ!」

 

「お、おいっ!こっちの爆弾も何とかしろよっ!」

 

「それ、は!あそこにいるヤツ、にまかせるわ、よっ!」

 

ショートソードで銃弾を防ぎ、避けるリヴィアはグラウンドの近くにある7階建てのマンションーーー確か、女子寮ーーーの屋上の縁にいる女の子に指を指した。

遠目にも分かる、長い、ピンクのツインテール。

彼女はーーー有明の白い月をまたぐようにして、飛び降りた。

 

(ーーー飛び降りた!?)

 

一瞬ペダルを踏み外しかけた俺は、慌ててチャリこぎに戻る。

ウサギみたいにツインテールをなびかせて、虚空に身を躍らせたその女子はーーー

ふぁさーっ。と。

事前に屋上で滑空準備させてあったらしいパラグライダーを、空に広げていった。チャリをこぎつつその光景に目を丸くしていると、女の子はツインテールをなびかせ、あろうかことか、こっちめがけて降下してくる!

 

「バッ、バカ!来るな!この自転車には爆弾がーーーー」

 

俺の叫びは間に合わない。少女の速度が意外なまでに速い。

ぐりん。ブランコみたいに体を揺らしてL字に方向転換したかと思うと、右、左。少女は左右のふとももに着けたホルスターから、それぞれ銀と黒の大型拳銃を2丁抜いた。

そしてーーーー

 

「ほらそこのバカ!さっさと頭を下げなさいよ!」

 

バリバリバリバリッ!!

俺が頭を下げるより早く、リヴィアの所からこぼれ戻ってきたセグウェイを問答無用に銃撃した!

拳銃の平均交戦距離は、7mと言われている。だが、少女と敵の距離はその倍以上ある。

しかも不安定なパラグライダーから、おまけに二丁拳銃の水平撃ち。

これだけ不利な条件が揃っていたにもかかわらず、彼女の弾は魔法のように次々命中していく。反撃するヒマなく、敵の銃座と車輪はバラバラにブッ壊されていった。

ーーーーうまい。

なんて射撃の腕だ。

あんな子が、うちの学校にいたのか?

 

くるっ、くるくるっ。

二丁拳銃を回してホルスターに収めた少女は、今度は、ひらり。

スカートのオシリを振り子みたいにして、険しい表情のまま俺の頭上に飛んできた。

そうだ。安心するのはまだ早い。向こうのオシリはどうでもいい。

こっちのケツの下にはビルの解体にでも使えそうな爆薬が貼り付いてるんだからな!

俺は少女から逃げるように、第二グラウンドへ入る、

 

「く、来るなって言ってんだろ!この自転車には爆薬が仕掛けられてる!減速すると爆発するんだ!お、お前も巻き込まれるぞ!」

 

「ーーーバカっ!」

 

俺の真上に陣取った彼女は……げしっ!

白いスニーカーの足で、俺の脳天を力いっぱい踏みつけてきた。

 

「武偵憲章一条にあるでしょ!『仲間を信じ、仲間を助けよ』ーーー行くわよ!」

 

女の子が、気流をとらえてフワッと上昇する。

華麗なパラグライダー捌きに、俺は踏まれた怒りも忘れてその光景を見上げてしまう。

なんて運動神経だ。でもスパッツぐらいはけ、と思う。まあ一瞬で飛んでったから、何も見えやしなかったけど。

ていうかーーー今の言いぐさ。

『いくわよ!』って、何をする気だ。

俺を助ける気か?

ーーーーどうやって?

少女はグラウンドの対角線上めがけて再び急降下し、こっちへ向けて鋭くUターンする。

そしてーーーーぶらん。

さっきまで手で引いていたブレークコードのハンドルにつまさきを突っ込み、逆さ吊りの姿勢になった。

そのまま、物凄いスピードでまっすぐ飛んでくる。

都合、俺はアイツに向かって走る形になった。

 

「ーーーーマジかよ……!」

 

相手の意図が分かって、俺は青くなる。

こっちが気づいたことに気づいたらしく、少女は、

 

「ほらバカっ!全力でこぐっ!」

 

大声で命令しつつ、逆さ吊りのまま両手を十字架みたいに広げた。

 

ーーーーバカはそっちだ!

 

そんな助け方あるか!

でも、他に方法もねえしーーーやるしかない、のか!

俺はヤケクソで、チャリをこぐ、

こぐ。こぐ。こぐ。全速力で!

俺はアイツに、アイツは俺に近づいていく。

2人の距離はみるみる縮まっていく。

ああ、昨日見たアニメ映画に、こういうシーンがあったな。

ーーーーでもあれ、男と女が逆じゃなかったか!?

そう自分にツッコんだ瞬間ーーー上下互い違いのまま、俺は少女と抱き合った。

そしてそのまま、空へとさらされる。

息苦しいくらいに顔が押しつけられた少女の下っ腹からは、クチナシの蕾のような、甘酸っぱい香りがしてーーーー

 

 

ドガアアアアアアアアアアンっっっ!!!

 

 

閃光と轟音、続けて爆風。

俺が乗り捨てたチャリが、木っ端微塵に爆発したのだ。

熱風に吹っ飛ばされながら、俺たちはーーー引っかかった桜の木にパラグライダーをもぎ取られ、グラウンドの片隅にあった体育倉庫の扉に突っ込んでいった。

がらがらと音を上げ、何にぶつかったのか分からず………

 

俺の意識は、途切れた。

 

 

 

 

 



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第三話

遅くなりました。すいません


「………ハァハァ…ったく、どんだけいるのよ……ハァ……」

 

キンジのヤツ、面倒なモノを押しつけて。

私は物陰からチラッと見る。

7台のセグウェイが私を探して辺りを動き回っている。

標的をキンジから私に変えたみたいね。

いま私は、新しい学生寮の建設現場にいる。

なんでも年々、武偵になりたい奴が増えてるみたいで、学生寮を新たに建設するようね。

ところでキンジは助かったのかしら?

まぁ、あのピンクのツインテール少女が何とかしたでしょ。まだ私との契約きれてないし。

 

「………とりあえず、いまは自分の事ね」

 

セグウェイはさっきからぐるぐる動き回っている。

UZIの上には小型のカメラがついていて、あれを使って『武偵殺し』が監視してる。

ここで私がセグウェイを破壊して終わらせるものありだけど……それじゃあ『武偵殺し』は捕まえる事ができない。

私は携帯を出してサラに電話をかける。

コールを待っていると、両側から2台のセグウェイが飛び出してきた!

 

「ちょっ!」

 

マズった!

あっちは電波を傍受できるんだった!

私は携帯を上へと放り投げる。

2台のセグウェイが一斉に上に向く。

その隙に私の近くにいるセグウェイに向かって走りだす!

 

「でぇりあっ!!」

 

セグウェイをドロップキックで破壊し、もう一つのセグウェイはショートソードを投げ、UZIの銃身を破壊した。

セグウェイ後ろへと倒れる。

 

「ああもうっ!!バカすぎる私っ!」

 

ショートソードを黒い影に呼び戻して学生寮の壁を蹴り登る。

屋上まで登ると、そのまま走って向かい側のほうに飛び降りた!

空中にいる私は残り五台のセグウェイを確認する。

セグウェイはUZIを私にむけて発砲してくる。私はショートソードを黒い影に戻して銃弾を防ぐ。

私は着地して黒い影を薙ぎ払うようにセグウェイを二台破壊する。

 

(ーーーーあと三台っ!)

 

私は走って黒い影をショートソードに変え、三台の銃撃の嵐を避け走る!

ショートソードを大きく横に振りかぶってーーー

 

「でっりゃあああああああああっっっ!!!!」

 

ザンッ!!

 

三台のセグウェイを斬った!

ガシャンと音を立ててセグウェイは地面に倒れ、動かなくなった。

 

「ハァ…ハァ…終わったっ!」

 

ぜぇぜぇと息を吐いてショートソードを黒い影に戻して右腕に帰す。

あー疲れた…『武偵殺し』の手がかりを潰しちゃったけど、しょうがないか。

 

「ーーーふぅ、さてキンジの所に行きますか」

 

息を整えて歩き出すと、横からさっき破壊したセグウェイが飛び出してきた!

 

「なっ!?」

 

もう一台いたっ!?

終わったと油断していた私は咄嗟のことで動けなかった。

 

ーーーー撃たれる。

 

パン、パンパンッ!!

 

銃声が鳴り響く。

……撃たれた、の?

けど、私の体には撃たれた所はなかった。

私を狙ったセグウェイは上のUZIだけが崩れ落ちる。

い、いったいなにが?

 

「ーーーー間一髪、ですわね」

 

「レトラ!」

 

後ろを振り向くとそこにはサラのサヤビト、レトラの愛銃、グロック17を上に挙げて立っていた。

よ、良かった。私、生きてる!生きてるって素晴らしい!

 

「………まったく、『武偵殺し』に対して最後まで気を抜いてはいけませんわ」

 

レトラはグロック17を持ったままこちらに来る。

 

「べ、別に気なんか抜いてないっ、つ、疲れが出ただけっ!」

 

「だから、そういうことを言ってるんですわ……」

 

レトラうっさい。

私とレトラが言い合っていると『武偵殺し』のセグウェイが14台が出てきて私達を囲んだ。

うっそ、マジで?

 

「………ねえ、『武偵殺し』って黒光りしているGみたいね……うおっ!?」

 

私がそう言うと発砲してきた。こっちの声は筒抜けようだ。

レトラはグロックをホルスターにしまい、私と背中合わせになる。

 

「さっさと倒して!部屋で寝るっ!」

 

「違いますわ!倒してキンジさんの所へ行きますわよっ!」

 

はいはい分かってるって。冗談よ。

それじゃあ、せーの!で行こう。せーの……

 

 

「「抜刀(リフ)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……っ。痛ッてぇ……」

 

ーーーここは、どこだ?

 

俺は確か、体育倉庫に突っ込んで……そこから意識が途切れて……。

俺は何か狭い箱のような空間に、尻モチをついた姿勢で収まっている。

………ああ、分かった。これは、飛び箱の中だ。

どうやら一番上の段を吹っ飛ばして、中にハマってしまったらしい。

しかしなんだろう。身動きが取れない。

身動きが取れないのはここが狭いせいもあるが、座っている俺の前に甘酸っぱい香りのする何かがあるせいでもありそうだった。

なんだろうこれは。あったかくて、柔らかい。

脇腹を、両側から何か心地よい弾力をもったものに挟まれている。両肩に何かがもたれかかっている。さらに額の上には、ぷにぷにした物体が乗っていた。

 

「ん……?」

 

額と頬で、そのぷにぷにした何かを押しのけるようにするとーーー

 

ーーーかくん。

 

(…………可愛っ…….…!)

 

いい、と反射的に言ってしまいそうな……

女の子、の顔だった。

女子寮から飛び降り、パラグライダーに乗ったまま戦い、俺を空中にさらって助けた、さっきの勇敢な少女だ。

 

「………!」

 

それで気付く。

俺の脇腹を左右から挟んでいるのは、彼女のふともも。

両肩に乗っかっているのは、腕。

ーーー何がどうもつれ合ってこうなったかは分からないが、俺は、彼女を抱っこして、ここにハマってしまっているらしいのだ!

 

ありえん。

ありえないぞ。

 

女子と、密着しすぎだ。

じわ……と、俺の体の芯に、熱くなった血液が集まり始める。

や、ヤバい、ヒスるな俺よ!

 

「…お……おい」

 

声を掛けてみるが、少女は眠るように気を失っている。

その目を縁取るのは、ツンツンと長いまつげ。

甘酸っぱい香りの息を継ぐピンクの唇は、桜の花びらみたいに小さい。

ツインテールに結われた長い髪は、細い窓から届く光に、キラキラ……と豊かなツヤをきらめかせていた。色は、ピンク。珍しい、ピンクブロンドってやつか。

さっきは俺も必死だったから気づかなかったが……カワイイ。文句なしに可愛い子だ。まるでファンタジー映画から飛び出してきたような、作りものみたいに可憐な少女。

だが……この可愛さはどちらかというと子供とかお人形さんとかに感じる、そっち系の愛らしさで……というのもコイツ、こうやって間近に見るとひときわチビっ子なのだ。因みにリヴィアもそんな感じだ。

この体格はたぶん、中等部。いや、もしかしたら最近始まったインターン制度で入ってきた小学生かもしれないぞ。

ーーーそんな小さな子が、さっきの救出劇をやってのけたのか。

すごい。それはすごい、のだが……

 

「………くっ………」

 

この子はいま俺の腹にまたがるような姿勢になって、腹部をきつく圧迫してきた。

息が、苦しい。

なので、なんとか姿勢を変えられないものかと藻掻いているとーーー

ちろ、ちろろ。

 

「?」

 

俺の鼻を、少女の名札がくすぐってきた。

今日が始業式なので学年やくらあは未記入だったが、名前はーーー『神崎・H・アリア』

でも、なんでこんな高い位置に名札があるんだ。

そう思って視線を下ろしていくと

 

「ーーーっ!」

 

白地にハート・ダイヤ・スペード……トランプのマークがぽちぽちプリントされたファンシーな下着が、丸出しになっていた!

どうやらここに転がり込んだ時の勢いで、ズレてしまったらしい。

 

『 65A→B 』……?

 

下着の縁からぴょろっと出ていた妙なタグの表記に、ああ、と思いつく。

これはプッシュアップ・プランジ・ブラ。いわゆる「寄せて上げるブラ』だ。

俺の兄はとある事情でこういう事に詳しく、小さいころ教えてもらった……というか、聞かされていたので一応覚えている。言っておくが、断じて自発的に憶えたわけではない。

………しかし、このアリアとかいう少女、AカップをBカップに偽装しようとしているらしい。だが気の毒だが、その偽装は失敗としか言いようがない。

寄せて上げる元手に乏しすぎて、寄りも上がりもしていない。

リヴィアも同じことをやっているのを偶然見てしまい、思わず気の毒で泣きそうになった。

……まあ、そんな事は置いといて、これは、俺にとっては不幸中の幸いだったかもしれない。

もしこの胸がもっと大きくて顔に押し付けられたりしていたら、間違いなく俺はヒスっていただろう。

 

「……へ……へ……」

 

「ーーー?」

 

「ヘンタイーーーー!」

 

突然聞こえてきたのは、アニメ声というかなんというか、この声だけでもファンがつきそうな、おいお前その顔その姿でその声は反則じゃないか?ってぐらいの、ちょっと鼻にかかった幼い声だった。

 

「さっ、さささっ、サイッテー!!」

 

どうやら意識を取り戻したらしいアリアさんは、ぎぎん!と俺を睨んで、ばっ!とブラウスを下ろすと腕が曲がったままで力の籠ってないハンマーパンチを、俺の頭に落とし始めた。

 

「おっ、おい、やっ、やめろ!」

 

「このチカン!恩知らず!人でなし!」

 

どうやらアリアは、自分のブラウスを俺がめくり上げたと勘違いしている!?

 

「ち、違う!こ、これは、俺が、やったんじゃ、なーーーー!」

 

そこまで、殴られつつの俺が言ったとき。

 

 

ガガガガガガガガガガンッ!!

 

 

突然の轟音が、体育倉庫に響いた。

 

ーーー何だ!?

 

それは外から聞こえてきた。

俺を殴っていたアリアも殴るのを止めている。

まるで、銃撃されているようなーー!

 

「だあああっ!鬱陶しいっ!斬っても斬っても出てくる!」

 

「相変わらずしつこいっ!このセグウェイはっ!」

 

外で聞いた事のある声が、轟音とともに聞こえてくる。

するとその二つの声は段々とこちらに近づいており、そして

 

ガガガガガガガガガガンッ!!

 

うおっ!?今、飛び箱にも何発か、背中の側に激しい衝撃があった。

 

「はぁはぁ……ったく、これじゃあ埒がないわ……ん?あっ!キンジを助けたピンクのツインテール!」

 

「あ、あんたは!セグウェイの囮になった!?」

 

アリアが飛び箱から体を乗り出すが、銃撃されないようにすぐに前のめりになる。

ていうか声は……

 

「リ、リヴィアかっ!?」

 

「えっキンジ?いるの?アンタどこにーーってなんで飛び箱の中にいるのよ」

 

そう言ってリヴィアが一緒に入っているアリアをごめんねーと言ってみぎゃ!と呻くアリアを退かして俺を飛び箱から出した。

やっと飛び箱から出られた俺はリヴィアに襟元を引っ張られて壁側に隠れる。

 

「キンジさん、大丈夫ですか?」

 

と言ってきたのはレトラだった。

何でお前が……?

 

「私達が『武偵殺し』の動きを察知したからですわ」

 

なるほど。

……ていうことはさっきの銃撃は『武偵殺し』のセグウェイか!?

おいリヴィア、お前に何とかしろと言ったんだが、どういうことだ。

 

「最初のは全部破壊したわよ。けど、後からウジャウジャ出て来てキリがないからアンタの所まで来たの。14台出てきて、その半分を破壊する事は出来たけど」

 

「……どうやら『武偵殺し』はどうしても私達を潰したいようですわね」

 

おいおいマジか、それは。

 

「ちょっとアンタたちっ!戦いなさいよ!仮にも武偵高の生徒でしょ!」

 

アリアは防弾性のある飛び箱の隙間から応射している。

セグウェイは全部で7台。サブマシンガンが7丁もこちらに向けられている。

戦えと言われても、今の俺ではどうする事もできない。

俺が普通の俺モードで戦うかどうか考えていると、リヴィアが俺の制服を引っ張る。

 

「なんだよ」

 

「ハイこれ。キンジにあげる」

 

リヴィアが俺に渡してきたのは表紙カバーがついた本だった。

なんでこんな時にこんなモン持ってんだ。

リヴィアが見て見てと言うので、見てみるとそれはーーー

 

「ぶっ!?」

 

俺は本をリヴィアに投げ返す。

 

「ちょっと危ないじゃないのよ」

 

「おっ、おま、お前!そんなモノを俺に見せるなっ!」

 

「はぁ?なに言ってんの。キンジくらいの年だとこういうのを読むの普通じゃないの」

 

た、確かに俺くらいの年なら読むのは普通かもしれんが、俺はそういうモノを読まないようにしてるんだ!

リヴィアが俺に見せた本……それは

 

「若い男女がくんずほぐれつのイヤンって感じの面白い漫画よ」

 

エロ本だった。

ていうかどこから出てきたそんなモノ。

 

「え?ここで偶然見つけたけど?」

 

マジか。学校にエロ本隠すなよ。

 

「…….………………ゴクリ」

 

そしてレトラ、エロ本ガン読みするな。

エロ本に夢中のレトラにリヴィアが耳打ちをする。

 

「………分かりましたわ」

 

こっちを向いてレトラは頷いている。

何かすごい嫌な予感がする。

するとレトラは俺の背後に回り、俺の両腕を拘束する。羽交い締めだ。

 

「お、おい!なにするんだ!」

 

「羽交い締め、ですわ」

 

知ってるよ!そうじゃなくて何で俺を拘束するんだ!

リヴィアがエロ本を持ってこっちにくる。

ま、まさか……!

 

「フッフッフ……その表情、分かったみたいね」

 

こ、こいつ……エロ本を見せて俺をヒスらせるつもりだ!

これまでリヴィアにいろんな方法で強制的にヒステリアモードにさせられてきたが……今まで一番酷い。

リヴィアがエロ本を広げてこっちに近づいてくる。ちょっ、くるな!

 

「さぁ……観念しさない!」

 

俺の視界がエロ本だけになってしまった。

リヴィアが広げたページはかなりドギツイ描写が描かれていた。最近のエロ本すすんでるなぁ!

火傷しそうに熱くなった血液が体の中央に集まっていくのが分かる。

ーーーああ。なっちまうんだなぁ……ヒステリアモードに……

 

「ーーーまったくリヴィアは。キミは本当に悪い子だね」

 

ヒスるといきなり口調がクールになるな。

俺はレトラの拘束を解いて立ち上がる。

 

「ええ。私は悪い子よ?知らなかった?」

 

「知ってるよ。リヴィアの事なら全部、ね」

 

………寒いな俺。

 

ズガガガッ!ガキンッ!

 

弾切れの音を派手に上げたアリアが、身をかがめて拳銃に弾倉を差し替える。

 

「ーーーやったか」

 

「射程圏外に追い払っただけよ。ヤツら、並木の向こうに隠れたけど……きっとすぐにまた出てくるわ」

 

「強い子だ。それだけでも上出来だよ。リヴィア、準備してくれ。ーーー戦え(リベオラ)

 

抜刀(リフ)

 

リヴィアは右腕から黒い影を出現させる。リヴィアはショートソードに形作られる。

俺は見て驚いているアリアの細い脚と、すっぽり腕に収まってしまう小柄な背中に手を回し、

 

「きゃっ!?」

 

「ご褒美に、ちょっとの間だけーーーお姫様にしてあげよう」

 

いきなりお姫様抱っこされたアリアが、ぼんっ。

ネコっぽい犬歯の口を驚きに開いて、真っ赤になった。そしてそのままアリアを積み上げられたマットの上に……ちょこん。

アリアを、お人形さんみたいに座らせてやった。

 

「な、なな、なに……!?」

 

さっきまでの俺とは一変してしまった俊敏な動きに、アリアは目をぱちぱちさせている。

 

「姫はそのお席でごゆっくり、な。銃をなんかを振り回すのは、似合わない」

 

ああ、俺よ。

俺はもう、自分を止められないらしいな。

 

「あ……アンタ……どうしたのよ!?おかしくなっちゃったの!?」

 

慌てまくったアニメ声に、被せるようにしてーーー

 

ズガガガガガガカンッ!

 

再び、UZIが体育倉庫に銃弾を浴びせてきた。

だが壁は防弾壁だし、ここはヤツらからみて死角になっている。撃つだけ弾のムダだ。

俺は苦笑しながら……ヤツらの射撃線が交錯する、ドアの方へと歩いていった。

 

「あ、危ない!撃たれるわ!」

 

それなら大丈夫だ。何故ならば、俺には『剣』があるから。

グラウンドに並んだ7台のセグウェイが、一斉にUZIを撃ってくる。

その弾はーーー

 

「ふっ!」

 

俺の前に出たリヴィアが全てショートソードで弾き飛ばす。

 

「リヴィア!」

 

「OK!」

 

俺はリヴィアからショートソードを受け取って走り出す!

またUZIが一斉に撃ってくる。

だが、今の俺の目には、銃弾がまるでスローモーションのように、全部見えてしまうのだ。

いい狙いだ。全て、俺の頭部に照準を合わせているな。

俺はその一斉射撃をーーーリヴィアがやったようにショートソードで全て弾く。

 

ーーーーそして俺はセグウェイの懐に入り、全てを横に斬り飛ばした。

 

 

俺達の、たった一振りの剣で。あっけなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

……遅くなりました、すみません。


 

「先生、あたしはアイツの隣に座りたい」

 

俺が新しくクラス分けされた2年A組の最初のHRで神崎・H・アリアが爆弾を投下してきた。

クラスの生徒たちは一瞬絶句して、それから一斉にこっちを見て……

わぁーーっ!と歓声を上げた。

俺といえば盛大にイスから転げ落ちていた。

絶句。ただ、ただ、絶句するしかない。

 

(う、うそ、だろ……?)

 

朝のセグウェイ襲撃は俺とリヴィア、そしてレトラの三人で治めた。

それはもう剣で銃弾を弾くとか避けたりとか……様々なことをやらかしたなぁ……ヒスった俺は。

それで、何も詮索されたくない俺たちはそのまま呆然とするアリアを放置してその場から逃げた。

なぜ逃げたかと言うとアリアにリヴィア達のことを説明をしたくないのと、ヒステリアモードが切れたからだ。

ヒスった俺ならともかく、普通モードの俺にはどうすることも出来ない。

まあ、それに相手は武偵といえどインターンで入ってきた小学生だ。俺達の事情に巻き込む訳にはいかないからな。

後でメシを奢ってやればいいや……と思っていた、が。

それは勘違いだったようだ。

神崎・H・アリアは俺と同い年、つまり高校生だった!

俺が驚愕の真実に唖然していると、右隣から

 

「よ……良かったなキンジ!なんか知らんがお前にも春が来たみたいだぞ!先生!オレ、転入生さんと席代わりますよ!」

 

まるで選挙に当選した代議士の秘書みたいに俺の手を握ってブンブン振りながら、右隣に座っていた大男、ツンツン頭の武藤剛気は満面の笑みで席を立つ。

俺が強襲科(アサルト)にいた頃よく俺たちを現場へ運んでくれた車輌科(ロジ)の優等生で、乗り物と名のつく物ならスクーターからロケットまで何でも運転できる特技がある。

 

「あらあら。最近の女子高生は積極的ねぇー。じゃあ武藤くん、席を代わってあげて」

 

先生は何だか嬉しそうにアリアと俺を交互に見てから、事情を知らない武藤の提案を即OKしてしまう。

武藤が席から離れて、アリアが座る。

 

「……………(じーーーっ」

 

見られてる。メッチャ見られてる。ガン見されている。

 

「ハーイ、これから一般科目(ノルマーレ)の授業を始めまーす」

 

ちょっ!?ちょっと誰か助けてくれ!

だが俺の願い虚しく、アリアに午前の授業全て監視されながら受けた。

そして昼休みになった途端、アリアがどこへ行ってしまい、これを好機に俺は理科棟の屋上へと避難した。するとそこには、

 

「やあ、遠山君」

 

レトラの主人(アド)情報科(インフォルマ)三年生の清水更紗がいた。

武偵高の三年生はほとんど学校には出てこない。

だが清水更紗、先輩は毎日学校に来ている。何故だかは分からないが、本人曰く「暇だから」そうだ。

先輩はこの武偵高でもかなりの変わり者だ。

強襲科(アサルト)以外の科目で全てSランクという記録を叩き出したスゴイ人なのだが、何故か一度も武偵として依頼を受けたことが一度もないのだ。

例え教務科(マスターズ)から依頼がきてもやる気出ないと言って一蹴するという怖いモノしらずだ。

単位は大丈夫かと俺が聞いたときは「大丈夫じゃない」と言われた。おいおい。

コーヒー中毒者(ジャンキー)である先輩は自前であろうエスプレッソマシンから抽出されたエスプレッソを喉を鳴らして飲んでいる。

 

「ふぅ……今朝は災難だったね。また『武偵殺し』に遭うなんて」

 

「……朝から最悪です」

 

しかもそのせいでアリアに目をつけられたんだからな。

そういえば。先輩にお礼を言わないとな。

 

「先輩、応援にレトラをよこしてくれてありがとうございます」

 

「別にいいよ、仲間だからね。はい、エスプレッソ」

 

俺は先輩からエスプレッソを渡され、飲む。……うまいな。

先輩はクッキーを食べながら軽い調子でこんな事をいった。

 

魔剣(デュランダル)が京都のレベル3拘置所から逃げ出したみたい」

 

俺は飲んだエスプレッソを全て噴き出した。

い、いまなんていった?

 

「なんでも『武偵殺し』が魔剣(デュランダル)の脱獄を手助けしたって話。まあ、そんな話しは跡形もなく潰されちゃったけどね」

 

……おいおい。冗談だろ?

魔剣(デュランダル)とは超能力を用いる武偵・『超偵(ちょうてい)』ばかりを狙うーーー誘拐魔。

だが魔剣(デュランダル)は、その実在自体がデマだと言われているのだが……去年、俺達は戦ったのだ、その魔剣(デュランダル)と。

正確にはリヴィアが戦って先輩が捕まえたと言ったほうがいいな。

俺はなにしてたか?別に大したことはしてない。けど俺が一番睨まれていたな、何故か。

俺は去年の冬に、『武偵殺し』と魔剣(デュランダル)二つ同時に遭っており、しかも『武偵殺し』は二度目だ。

……去年のことはあまり話したくはない。ていうか思い出したくもない。

 

「所長がイライラしながら言ってたよ、『おい食欲旺盛女と根暗ヒステリア、魔剣(デュランダル)をなんで動けないくらいにボコっておかなかったんだよ!』……って。それともう一度魔剣(デュランダル)殴って捕まえてこいという伝言もね」

 

……マジですか。次に会うときは面倒なことになりそうだな。

ていうか魔剣(デュランダル)に殴って捕まえてこい……って無理だろ。

俺がゲンナリしてると先輩はエスプレッソマシンを片付けて俺に渡してくる。

 

「これ、私の部屋に置いといて。これからレトラと一緒に逃げ出した魔剣(デュランダル)について調べるから遠山君とリヴィアは『武偵殺し』……綴先生とアレッシオと一緒に調べろってさ。所長命令だって」

 

もう一度言おう。マジですか?

 

 

 

俺はいま、教務科(マスターズ)の部屋の前にいる。

東京武偵高は隅から隅まで危険極まりない高校だが、その中にも『三大危険地域』と呼ばれる物騒なゾーンがある。

 

強襲科(アサルト)

 

地下倉庫(ジャンクション)

 

そして、教務科(マスターズ)だ。

 

教師の詰め所にすぎない教務科が、なぜ危険なのか?

答えは簡単だ。

武偵高の教師が、危険人物ばっかりだからである。

俺が知っているだけでも、前職が各国の特殊部隊、傭兵、マフィア、噂では殺し屋……などなど、聞かなきゃ良かった経歴の持ち主が大集合している。

探偵科(インケスタ)通信科(コネクト)にはまともな教師はいるが悲しいかな、少数しかいない。

そして俺がいまから会おうとしているのが二年B組の担任で尋問科(ダギュラ)の教諭、綴先生である。

綴は教師の中でも、アブないのの筆頭みたいな女である。

まず目がいつも据わっている。年中ラリってようなカンジだ。そしてタバコ、明らかに市販のものとは違う草っぽい臭いがする。間違いなく違法なモノだ。

なぜそんな危険人物に俺が会いに行くかというとーーーー

 

「遠山ァ、何してんだー……邪魔ァー」

 

女にしては低めの、俺を呼ぶ声にギョッとして振り向くとそこには綴がいた。

 

「なんだー……教務科(マスターズ)に用事かァ?」

 

ぷは、とタバコの煙を輪っか型に吹いた綴は、真っ黒なコートを羽織っていた。そのコートの着方が、マンガとかに出てくるだらしない博士の白衣みたいにだらしない。

腰には黒革のホルスターとそこに入った真っ黒な拳銃、グロック18が丸見えだ。

 

「え、えっとですねーーー」

 

俺は先輩に言われた事を周囲に聞かれないように綴に話す。

それを聞いた綴は凄いイヤな顔をする。

 

「メンドクセー……私はやんないから。あとヨロシクぅー…」

 

……やっぱり。言うと思ったよ。

ここで綴を動かせなかったらこっちが面倒くさいことになる。どうすれば……

 

「ーーーー主人(アド)、タバコは一日五本って言ってるでしょ。いま吸ってるの、六本目ですね?」

 

「……げっ!……アレッシオ」

 

音も無く綴の後ろから現れてタバコを取り上げたのは14、5歳くらいで、落ち着いた雰囲気を持った男だ。

 

「それに酒のニオイ……また昼間っから一杯やったんですか?あーあもう服もだらしない……しっかりしてくださいよ主人(アド)

 

「わ、わかってるってー……」

 

す、すごいな。あの綴が押されている。

よし『武偵殺し』の件もアレッシオに頼むか。

 

「なあアレッシオ、ちょっと良いか?」

 

「あ、はい。なんですか?」

 

「『武偵殺し』の件で俺とリヴィア一緒に調べろって所長命令が出てるんだ。だから……」

 

「ええ、分かってますよ。ちゃんと主人(アド)は仕事しますから、ね?主人(アド)

 

「え、えー……だるいからパ「お酒3本追加」ーーー遠山、とっとと仕事を終わらせるぞ」

 

綴の嫌そうな顔から一転してキリッと表情を変えた。現金だなおい。

だが、こんな綴でも一応は教師の仕事があるため、とりあえずは俺とリヴィアだけで『武偵殺し』を調べることになった。

そのまま学生寮の部屋へ戻り、自室のソファーで寝そべっているリヴィアにこれまでの事を話す。

 

「やだっ!」

 

綴に続き、リヴィアにも断られた。

 

「やだもなにも……所長命令だからしょうがねえだろうが。諦めろ」

 

「やだやだっ!!」

 

リヴィアはソファーでジタバタする。

こ、こいつ…!駄々こねやがって!

殴りたい欲求が出てくるが、なんとか抑える。

 

「……分かったよ。じゃあお前ナシで調べるから後で所長の説教全部聞けよな」

 

「やだやだやだっ!!!所長の説教長いからやだやだやだやだっ!!!!」

 

よっしゃ、もう我慢しない。殴ってやる!

俺は拳を握ってリヴィアの頭に落とす。

 

ピンポーン。

 

「痛ったぁい!!何すんのよ!」

 

「駄々こねる子供に教育的指導だ」

 

「私は子供じゃない!これでもアンタより年上よ!」

 

ピンポンピンポーン。

 

「そうか、じゃあバアさんだな」

 

「言いやがったわね!アンタ言ってはならないことを言いやがったわね!」

 

「ふん、だからどうした」

 

「………!ブン殴る!!」

 

「やってみろ。ただしその頃にはお前は俺に謝っているけどな」

 

ピポピポピポピポピピピピピピピポーン!ピポピポピンポーン!

 

「「あー!さっきからうっさい!」」

 

誰かがさっきから俺の部屋のチャイムを連射している。居留守を使おうと思ったが、ダメらしい。

 

「ったく、誰だよ……?」

 

渋々、ドアを開けるとーーー

 

「遅い!あたしがチャイムを押したら五秒以内に出ること!」

 

びしっ!と両手を腰にあて、赤紫色(カメリア)のツリ目をぎぎんとつり上げたーーー

 

「か、神崎!?」

 

制服姿の、神崎・H・アリアがいた。

俺はマンガみたいに目をゴシゴシ擦って見開くが、やっぱりアリアだ。

なんで コイツが ここに !?

 

「アリアでいいわよ」

 

言うが早いかアリアはケンケン混じりで靴を玄関に脱ぎ散らかし、とてててと俺の部屋に侵入してきてしまった。

 

「お、おい!」

 

俺はそれを止めようと手を伸ばしたが、するっ。ヤツの子供並の身長のせいで、屈んでかわされる。

 

「待て、勝手に入るなっ!」

 

「トランクを中に運んどきなさい!ねえ、トイレどこ?」

 

アリアは俺の話になんか耳を貸さず、ふんふんと室内の様子を見回す。そして目ざとくトイレを発見すると、てててっ、ぱたん。小走りに入っていってしまった。

……いかん。

ここは武偵高。

そして『武偵』はそもそも、『武装探偵』だ。

()けられたーーーってことらしい。

 

「まためんどくさいこと……」

 

リヴィアがそう呟く。うるさい。

 

「つか、トランクって……」

 

何がなんだか分からないまま周囲を見回すと、玄関先にはアリアが持ってきたと思われる車輪つきのトランクがちょこーんと鎮座していた。明らかにブランドものと分かるロゴの入った、小洒落たストライプ柄のトランクだ。

ていうか、これもありえん。

女物のトランクが部屋の前にあるのを近隣の生徒たちに見られたら、後で何を言われるか分かったモンじゃない。

今朝の白雪にも言ったが、このマンションは男子寮なんだぞ。

 

「あんたたち、一緒に住んでるの?」

 

トイレから出てきて手を洗ったアリアは、何が入ってるのか異様に重いトランクを玄関に引きずり入れる俺には目もくれず、部屋の様子を窺っている。

そしてリビングの一番奥、窓の辺りまで侵入していった。

 

「まあいいわ」

 

なにがいいのか。

くるっーーーと。

その身体を夕陽に染め、アリアは俺達に振り返った。

しゃらり。長いツインテールが、優美な曲線を描いてその動きを追う。

 

「ーーーーあんたたち、あたしのドレイになりなさい!」

 

 

 

いきなりそんなことをアリアは言い放った。

 

 

 

 

 



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第五話

………遅くなりました。すいません。


 

 

「「………はあ?」」

 

俺とリヴィアはワケが分からなかった。

コイツは何を言った?ドレイになれ?理解が出来ない。

 

「ほら!さっさと飲み物ぐらい出しなさいよ!無礼なヤツらね!」

 

ぽふ!

盛大にスカートをひらめかせながら、アリアはさっきリヴィアが寝そべっていたソファーにその小さなオシリを落とした。ちゃき、と組んだ足のふとももが少し見えて、そこに提げている二丁拳銃が片方のぞいた。放課後にも帯銃か。物騒なヤツだ。

 

「コーヒー!エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ!砂糖はカンナ!一分以内!」

 

無礼者はそっちだ。

てかなんだその魔法の呪文みたいなコーヒーは。

とりあえずキッチンに行って準備をする。

 

「……ねえ、アイツって今朝のピンクのツインテール?」

 

「ああ、神崎・H・アリアな。しかしなんだ「ドレイになれ」って発言は。意味が分からん」

 

「そうね、意味が分からないわ」

 

お前が言うなよ。お前が。

魔法の呪文みたいなコーヒーは先輩ではないので作れないため仕方なしにインスタントコーヒーを出してやると、アリアは、

 

「?……これホントにコーヒー?」

 

どうやらインスタントコーヒーを知らないらしい。

 

「それしかないんだから有難く飲めよ」

 

「ズズッ……ヘンな味。ギリシャコーヒーにちょっと似てる……んーでも違う」

 

「味なんてどうでもいいでしょ。それ飲んだらとっとと帰って」

 

リヴィアもコーヒーを飲みながら、テーブルのイスに足を置いてアリアを睨みながら言う。するとアリアはカップを持ったまま、きろ、と紅い目だけ動かしてリヴィアを見た。

 

「帰らないわよ」

 

「あ?」

 

顔を歪めて嫌悪を露わにするリヴィアは無理矢理笑顔を作ってもう一度言った。

 

「そのコーヒー飲んだらさっさと帰ってく・れ・な・い?」

 

「やだ」

 

ブチッ!!とリヴィアから聞こえた。

リヴィアの表情が前髪で隠れて見えなくなる。そして俺のほうへと近づいて胸倉を掴んだ。

 

「….…キンジ、私に命令しなさい。「戦え(リベオラ)」って言いなさい。今すぐ!さあ!速く!」

 

ガクガクと俺を揺らすリヴィア。気持ち悪いからやめろ。

キレているリヴィアをなんとか鎮めて俺はアリアのほうに向く。

 

「今朝助けてくれたことには感謝してる。それにその……何も言わずにに黙って逃げたことは謝る。でもだからってなんでここに押しかけてくる」

 

「わかんないの?」

 

「分かるかよ」

 

「あんたならとっくにわかってると思ったのに。んー……でも、そのうち思い当たるでしょ。まあいいわ」

 

全然よくねえよ。

 

「おなかすいた」

 

アリアはいきなり話題を変えた。はあ!?

 

「なんか食べ物ないの?」

 

「ねーよ」

 

「ないわけないでしょ。あんたたち普段なに食べてんのよ」

 

「食い物はいつも下のコンビニで買ってる」

 

あと時々白雪の作るお弁当だな。

 

「こんびに?ああ、あの小さなスーパーのことね。じゃあ、行きましょ」

 

「じゃあって何でじゃあなんだよ」

 

「バカね。食べ物を買い物に行くのよ。もう夕食の時間でしょ」

 

いかん。会話が噛み合ってない。

ていうかここで夕食まで食っていくつもりか。早く帰ってほしいのに。リヴィアの精神安定ためにも。

俺はアリアに今にでも襲いかかりそうなリヴィアを抑えていると、アリアはバネでもついてるかのようにぽーん!とソファーからジャンプして立ち上がった。

 

「ねえ、そこって松本屋の『ももまん』売ってる?あたし、食べたいな」

 

 

 

武偵が気をつけなければならないものが三つある。闇。毒。そして女だ。

その三つ目ことアリアはコンビニでももまんを七つも買った。

 

「私は14個買ったわ。吐いたけど」

 

どうでもいいわ。

すでにアリアは五つ目まで平らげている。リヴィアもそうだが、その小さな体にどこにそんなにももまんが入る。まぁ…リヴィアは吐いたけど。

俺たちはいつものハンバーグ弁当を食べながらこの侵入者に「早く帰れ」と目で伝える。だがアリアは俺の三白眼、リヴィアはジト目などどこ吹く風で六つ目のももまんを食べて、ふにゅうー、と頬に手なんか当ててうっとり味わっていた。そんなにうまかったか、それ?

 

「………ていうかな、ドレイってなんなんだよ。どういう意味だ」

 

強襲科(アサルト)であたしのパーティーに入りなさい。そこで一緒に武偵活動をするの」

 

「何言ってんだ。俺は強襲科(アサルト)がイヤで、武偵高で一番マトモな探偵科(インケスタ)に転科したんだぞ」

 

それに俺にはリヴィア達とやらなければならない事がある。横目でちらりとリヴィアを見る。

 

「それにこの学校からも、一般の高校に転校しようと思ってる。武偵自体、やめるつもりなんだよ。それを、よりによってあんなトチ狂った所に戻るなんてーーーームリだ」

 

「あたしにはキライな言葉が三つあるわ」

 

「聞けよ人の話を」

 

「『無理』『疲れた』『面倒くさい』。この三つは、人間の持つ無限の可能性を自ら押し留める良くない言葉。あたしの前では二度と言わないこと。いいわね?」

 

そういうとアリアは七つ目のももまんをはむっと食べて、指についた餡をなめ取った。

 

「キンジのポジションはーーーそうね、あたしと一緒にフロントがいいわ。そしてプラチナブロンドのあんたもね」

 

フロントとはフロントマン(Frontman)、武偵がパーティーを組んで布陣する際の前衛のことだ。

負傷率ダントツの、危険なポジションである。ていうかなんで俺がお前とパーティーを組む前提で話してんだよ。

 

「よくない。そもそもなんで俺なんだ」

 

「太陽はなんで昇る?月はなぜ輝く?」

 

またいきなり話が飛ぶ。

 

「キンジは質問ばっかりの子供みたい。仮にも武偵なら、自分で情報を集めて推理しなさいよね」

 

だったら俺が断っている理由くらい推理しろよ。そして子供みたいななりのお前には言われたくない。

という言葉がノドまで出かかったが、なんとかグッと飲み込ーーー

 

「はあ?バカじゃないの?だったら私達が断る理由くらい推理しなさいよ。それにアンタみたいなガキに言われたくないわ」

 

むことが出来なかった。おいリヴィア!お前が代弁すんな!

 

「ーーーなんですって?」

 

アリアがギロッ!と睨み、リヴィアも睨み返す。

 

「さっきからゴチャゴチャゴチャゴチャうるさいのよ。キンジが子供みたい?はっ、笑わせんじゃないわよ。人の話しを聞かずに一方的に自分の意見しか言わないアンタのほうがよっぽどガキよ」

 

「なっ!?う、うるさいうるさいっ!!あんたには関係ないでしょ!」

 

アリアは立ち上がり地団駄踏んでツインテールを逆立てる。リヴィアはテーブルに足を掛け身を乗り出し、アリアを頭から足のつま先までじっくりと観察する。

 

「……ああ思い出した。アンタ、『オルメス』ね?なーるほどね、それならアンタの子供っぽい性格も頷けるわ。どう?『あの人』元気にしてる?」

 

リヴィアが俺から見ても、いやリヴィアを知ってるヤツなら気持ち悪いと思ってしまうくらいの笑顔で言った。

するとアリアは何故か表情が固まった。そしてだんだん顔が強張っていき、そしてリヴィアに拳銃を突き付けた!?

慌てる俺をよそにリヴィアはもっと笑みを深める。

 

「ーーーあんた、なんで『その』事を」

 

「何で知ってるかって?武偵なら自分で調べなさいな。そうでしょ、神崎・H・アリア武偵?」

 

「ーーーッ!こんのッ!!」

 

「っ!戦え(リベオラ)!」

 

俺は拳銃の引き金を引こうするアリアを見て反射的にリヴィアに命じた。

リヴィアは突き出された拳銃を素早く掴み、くるっとアリアのほうへ向けさせた!

 

「!!」

 

驚いたアリアの顎に向けて掌底打ちを放つ。アリアはそれをその場で小さく後方宙返りをし、その際に奪われた拳銃を足で後ろに蹴り飛ばし、着地と同時に拳銃をキャッチする。

 

「風穴っ!!」

 

ばりばりばりっ!

 

アリアが拳銃を発砲する。

お、おい!?マジかよ!?

 

抜刀(リフ)!」

 

リヴィアの周りに黒い影が出現して銃撃を防ぐ。黒い影がショートソードに変わり、受け取るとそれをアリアめがけてぶん投げる。アリアはソファーの方へ避け、ショートソードが壁に突き刺さる。

 

「いいかげんに当たりなさい!」

 

「い・や・だっ!!」

 

アリアがリヴィアに発砲するが、ショートソードを黒い影に戻して銃弾を防ぎ、ショートソードを出現させて走りだす。

アリアも拳銃をホルスターに戻し、背中から二本の刀を取り出す。

 

「「はぁ!!」」

 

ガキンッ!!

リヴィアのショートソードとアリアのと刀がぶつかる。

 

「ったく、いきなり銃弾なんか向けんじゃないわよ」

 

「だったらなんで知っているかとっとと白状しなさい!」

 

ギリギリと鍔迫り合いになる。

な、なんだこのハイレベルなケンカは。

俺はただ見てることしかできなかった。リヴィアが言った『あの人』?だったか……アリアはなんであんなにも激昂したんだ?今の俺ではまったく分からん。というかリヴィアはアリアの何を知っているんだ?

と、俺はただ突っ立っていると

 

 

……ピン、ポーン……

 

 

慎ましい(・・・・)、ドアチャイムの音!

こ、この鳴らし方は……白雪か!?

ど、どうする、出るか?居留守を使うか?いや無理だ。リヴィアとアリアが暴れているからそんな事はできない。

俺はリヴィアとアリアの方を見る。

 

「ーーーもう手加減はしないわ。いま謝っても許さないからっ!!」

 

「別に許さなくても結構よ、コッチはなーんにも悪いことしてないし。というか手加減?なんかしてたのね。てっきりそんなのが本気かと思ってたわ」

 

「~~~~~~ッ!!泣かす!ゼッッッッッッッタイ泣かしてやるわっ!」

 

おいリヴィア!なに挑発なんかしてんだよ!これ以上アリアを怒らせるな!!

 

「お前ら!こんな狭い部屋でケンカすんな!やるなら外でやれ!」

 

俺は小さい声で二人にそう叫んだ。

 

「分かったわ。ほら行くわよツインテール」

 

リヴィアは部屋の窓を開けてベランダに出て、学生寮の壁を登っていった。お前はサルか。

 

「あっ、ちょ!待ちなさいよ!」

 

アリアも腰にあるワイヤーを使って上の階のベランダにワイヤーを引っ掛けて上へ登って行った。

二人がいなくなってやっと部屋が静かになった。だがまだ終わってはいない、さっきからドアチャイムを鳴らし続けている白雪を何とかしなければならない。

平静を装って玄関のドアを開けると、緋袴に白子袖ーーー巫女装束の白雪が、何やら包みを持って立っていた。

 

「な、なんだよお前。そんなカッコで」

 

平静を装ったつもりだが、メッチャ声が裏返っている。白雪はそんな俺に首を傾げながら、

 

「あっ……これ、あのね。私、授業で遅くなっちゃって……キンちゃんとリヴィアにお夕飯をすぐ作って届けたかったから、着替えないで来ちゃったんだけど……い、イヤだったら着替えてくるよっ」

 

「いや別にいいからっ」

 

本気で着替えてきかねないムードの白雪を、制止しておく。

授業、というのはS研の授業のことだろう。

S研とは超能力捜査研究科(SSR)という爆発的にアヤシい専門科目の略称で、この巫女さん、詳しくは知らないし知りたくもないがそこで優等生らしい。てかさっきまで我が家は超常現象が起きていた。

 

「ねぇキンちゃん。今朝出てた周知メールの自転車爆発事件って……あれ、もしかしてキンちゃんのこと……?」

 

「あ、ああ。俺だよ」

 

と早口に言うと白雪は文字通り十センチぐらい飛び上がった。

 

「だ、大丈夫!?ケガとか無かった!?て、手当させて!」

 

「俺は無事だからっ。触んなっ」

 

「は、はい……でもよかったぁ、無事で。それにしても許せない、キンちゃんを狙うなんて!私ぜったい、犯人を八つ裂きにしてコンクリ……じゃない、磔にして拷問……じゃない、逮捕するよー!」

 

なんか今……いや気にしない方が良いだろう。

 

「い、いいからっ。武偵高(ここ)ではドンパチなんて日常茶飯事だろ。この話はこれで終了!」

 

「は、はい。えっと……はい」

 

白雪はまだ何か言いたそうだったが、コクリとうなずいた。この従順さ、どっかの二人にも見習ってほしい。

 

「……でも……その、今夜のキンちゃん、なんか……ちょっと、ヘンだよ?」

 

「へ、ヘン?どの辺が」

 

「なんか、いつもより冷たいような気が……」

 

ぎく。なんだこの勘ぐり。

 

「き、気のせいだ!そんなことより用事!用事は何だよっ?」

 

早く白雪を追い払ってあの二人を止めないといけない。

 

「あ、あのね。これ」

 

白雪はもじもじと、持っていた包みを俺に差し出してくる。

 

「タケノコごはん、お夕飯に作ったの。今、旬だし……それに私、明日から今度は恐山に合宿で、キンちゃんのごはん、しばらく作ってあげられないから……」

 

「あ、ああ。ありがとありがと。よし用事は済んだ。さあ帰ろう。な?」

 

俺が包みを受け取ると、白雪は嬉しそうに顔をほころばせる。そして、ぽわっ、と頬を桜色に染めた。

 

「い、一日に二食も作っちゃうなんて、な、なんか私、お嫁さんみたいだね……って、何言ってるんだろうね私は。あは、あはは。ヘンだね。うん、ヘン!……キ、キンちゃん、ど……どう思う?」

 

ああもう!面倒くさい!

 

分かった分かった(・・・・・・・・)!分かりましたからお引き取りください白雪さん!」

 

「『分かった(・・・・)』……って、それってつまり、キンちゃん……私……お、お嫁…….」

 

焦りまくって適当に答えた俺に、白雪はなんでか感激したような顔を上げる。

 

「じゃ、じゃあ!今からお夕飯の支度するねキンちゃん!」

 

白雪はドアノブに手をかける。

 

「ちょっ!まっ、まて白雪!?」

 

俺は白雪を止めるのに似たような会話を繰り返して三十分も掛かった。

 

 

 

 

 

 

 



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『緋弾』のサヤビト
第六話


 

 

「で?ツインテール、アンタは一体なにを知りたいワケ?」

 

屋上へと登ってきたあたしにプラチナブロンドーーーリヴィアと呼ばれていたわねーーーは何故かそんな事を言ってきた。

いきなり何言ってんのアイツは。

あたしが知りたいのはなんであんたが『あの人』の事を知っているかってことよ!

 

「……うーん、なんか噛み合ってないのよねぇ……まずなんでツインテールがキレたのかまったくわかんない…」

 

そんなに嫌いなの?と首を傾げるアイツにあたしは怒りを覚える。

嫌い?なんであたしが『あの人』のことーーー『ママ』のことを嫌いになるわけないでしょうがっ!!

あたしは『あいつら』に被せられたママの冤罪を晴らすために武偵として娘として動いている。

『あいつら』を捕まえて裁判でママの無罪を証言をさせれば目的を達成できる!

……けど悔しいけどあたし一人の力じゃあ『あいつら』を逮捕することが出来ない。

あたしの家系には優秀な相棒が必要だ。自分の足りないモノを補ってくれるパートナーが必要なのよ。

今までは「独唱曲(アリア)』としてやってきたがもうキツくなってきている。

だからあんたたちがパートナーになればあたしはママを助けることができる!だからあんたたちの事情なんか知ったことじゃない。あたしには時間がないのよ!

ママの冤罪はごく一部の人間しか知らない。

でもあんたはママの事を知っている。知っていると言うことは『あいつら』に関して何かを知ってる、情報を持ってることになる。

だから、だからだからだから!!

 

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!つべこべ言わずにあんたの知ってること包み隠さず話しなさいっ!!話さないならーーー」

 

あたしは二本の刀を構える。力強く柄を握りしめる。

 

「ーーー風穴開けるわよッ!!」

 

あたしは正面から突っ込んでいき、アイツの頭上めがけて刀を振るう!

アイツはそれを防ぐが、あたしはもう一本の刀で下から振り上げるが、バックステップ躱されてしまう。

あたしは態勢を治させないよう追いかけ追撃し、アイツがショートソードを振り下ろしてくるが二本の刀を交差して受け止め、挟み混むように強引にショートソードを奪い取る。

 

「!!」

 

アイツはすぐさま後ろに距離をとる。

 

「逃がさないっ!!」

 

あたしは奪い取ったショートソードを地面に突き刺して追いかけ、刀を振り下げる。アイツの蹴りと激突する。

 

「ちょこまかと、動くな!!」

 

アイツはあたしに何もせず、後ろ後ろへと下がる。すると金網にぶつかる。もらったわ!

あたしはアイツの懐に入ろうーーー

 

ドバッ!!!!

 

「きゃ!?」

 

とした瞬間、あたしとアイツの間に黒い影が割り込んで来て地面を抉った。

辺りに砂埃が舞い、周りが見えなくなる。

 

(一体何がーーー!まさか、さっきのアイツの剣!?)

 

地面に突き刺したはずのショートソードはすでに無くなっていた。やっぱ厄介ね超能力(ステルス)は!

 

「出て来なさいよ!この絶壁まな板女っ!!」

 

「…………」

 

ビュンッ!!と砂埃の中からショートソードが飛び出してくる!!

 

(そこねっ!!)

 

あたしは飛んできたショートソードを上に弾いて一本の刀を投擲する!けど、手応えはなかった。じゃあどこにーーー

 

「ふーん。じゃ、ちょっと分けてもらいましょうかねーーー」

 

っ!?まさかーーーー!

 

あたしは上を見る。飛んできたショートソードを弾いた上を。

そこにはアイツーーーリヴィアがいた。囮してショートソードを投げて、それをあたしが上に弾くことを見越して!

反応が遅れたあたしの前に着地して

 

 

失礼(・・)

 

 

黒い切っ先をあたしの胸を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はやっと白雪を追い返してリヴィアとアリアがいる屋上に向かった。

どうせリヴィアがアリアに挑発して遊んでるだろうと思いながら軽い気持ちで屋上に来た。

 

「………は?」

 

だが、いまこの光景を見てそんな気持ちは吹き飛ばされた。

 

「リ……リヴィア?」

 

な、何してるんだ?

 

なんで?

 

なんでアリアに剣なんか突き刺しているんだ?

 

「アリアッ!!」

 

叫んだ俺はアリアの元へ走りだす。

アリアは膝をついて呆然としている。剣が刺さっている胸からは血はーーー出てはいなかった。で、出てない?

 

「あのね、約束はちゃんと守ってるわよ」

 

息切れをしているリヴィアは苦しそうに言った。

で、でもお前の剣が。

 

「よく見なさいな。これ、木の枝よ」

 

は?木の枝?

リヴィアがアリアの胸から離して木の枝をヒラヒラとさせる。

た、確かにそうだ。少し水溜まりで濡れて黒っぽくなっている。一瞬だけなら間違えそうだ。なんでこんな事をしたんだ?

 

「こうでもしないとこのツインテール、全く止まってくれそうになかったからよ。あー疲れたっ!」

 

リヴィアは木の枝を放り投げてそのまま屋上を出ようとする。

お、おい、どこ行くんだよ。

 

「どこって……部屋に戻るのよ」

 

ちょ!?お前!アリアはどうするんだよ!このまま放ったらかしか?

 

「あったりまえじゃない。いきなり襲いかかってきた人間に情けかけるほど私は甘くはないし、面倒くさい」

 

リヴィアはアリアの方を見て、

 

「私もかなりガキっぽいわ。それでよく周りに迷惑かけたりしたし現在進行形でかけてる。けどね、アンタのほうがよっぽどガキよ。何か相手にして欲しかったらまずは自分からして、自分で考えろ」

 

リヴィアの話しを聞いたアリアがポツリと呟いた。

 

「………あたしには時間がない」

 

「ふーん。だから?どうしたの?」

 

話しは終わりだと言わんばかりにアリアに背を向けて歩き出すリヴィアはそのままトドメの一撃を放つ。

 

「世界がテメェ中心に回ってるなんて思うなよ。テメェ以上に不幸な人間はこの世に腐るほどいんの。何一人で悲劇のヒロイン演じてんのよ。バカじゃないの?」

 

バタンッ!!とリヴィアは屋上のドアを閉めて出ていった。

只々、俺は膝をついて呆然としているアリアを見ているだけだったが、なにもかける言葉が見つからなかった。

 

 

無慈悲にも俺はリヴィアと同じに屋上を出ていくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘描写、難しい


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第七話

ホントすいませんッッッ!!!

メッチャ遅れてしまってごめんなさい!!

用事やら研修やらで遅れて…


 

 

リヴィアとアリアのケンカから翌日、俺は探偵科(インケスタ)の専門棟いた。

 

「……『青海の猫探し』か」

 

報酬は一万で、0・1単位分か。探偵科(インケスタ)の掲示板に張り出されていた中で一番安く地味な依頼だな。ま、今の俺には丁度いい依頼だ。

武偵高では一時間目から四時間目まで普通の高校と同じような一般科目の授業を行い、五時間目以降、それぞれの専門科目に分かれての実習を行うことになっている。

 

「キンジ、お腹へった!」

 

探偵科(インケスタ)の専門棟を出たところで俺を待ち伏せしていたリヴィアの一言にずっこけそうになる。

 

「……お前はそれしかないのか?」

 

「私からそれ取ったらなにが残るのよ」

 

お前はそれでいいのか?

 

「で、どんな依頼受けたの」

 

「今日は猫探しだ」

 

「猫探し?」

 

「青海に迷子の猫を探しに行くんだよ。報酬は一万。0・1単位分の依頼だ」

 

ふーん、と言いながら俺のズボンの後ろポケットからサイフを抜いて歩き出した。って待てやコラ。

 

「ほら行くわよ。ファミレスが私を待っているッ!!」

 

誰も待っていねえよ。例え待っていてもお前はお断りだろうよ。

リヴィアに初めて会ったときにファミレスに食べにいった時はメニュー制覇したどころか食材全部食べて全てのファミレスに出禁喰らったバカだ。

俺はそのバカとモノレールで青海まで移動した。

かつて倉庫街だった青海地区は再開発され、今は億ションとハイソなブティックが建ち並ぶオシャレな街になっている。

俺とリヴィアはファミレスに当然のように門前払いを喰らい、仕方なくマックでギガマックセットを買って近くの公園のベンチに座ってマックの紙袋からハンバーガーを出して食べる。

 

「……微妙ね。45点」

 

と言って点数を付けてスケッチブックに絵を描くリヴィア。お前は美食家か。

まぁいいや、リヴィアには聞きたいことがある。

 

「おいリヴィア、アリアーーー」

 

「あのツインテールのことはもういいわよ」

 

リヴィアは言いたい事が分かったのか、俺の話しを遮った。

リヴィアはコーラを飲んで、マックの紙袋をゴミ箱に捨てる。

 

「キンジの言いたい事は分かってる。でも私はあれで妥当だと思ってる」

 

……あれがか?思いっきりアリアのヤツ戦意喪失てか茫然自失だったじゃねえか。

 

「ふん。あんなのまだ優しいほうよ」

 

あれで優しいって……あれよりまだ上があるのか。

 

「あと三回変身を残しているわ」

 

マジか。絶対見たくねえ。

そんなバカな会話しながら、夕方。ようやく迷子の猫を見つけた。

公園の端、ドブというか運河というかの水辺にいたのだ。

にぃ、にぃ、と弱々しく鳴いていた子猫は依頼の資料にあった通りの特徴をしていて、写真にあったちっちゃな鈴もつけていた。あの猫で間違いないな

 

「よーし。おとなしくしてろよー……」

 

運河に落ちたゴミ箱に入り込んでいた猫は、俺が近づくと最後の力を振り絞ってフーと威嚇するような声を上げてきた。

こらこら。俺は敵じゃない。後ろ?安心しろ、俺があの猫でも犬でも食べそうな食欲旺盛女から助けてやるから。

ガサガサと紙くずや空き缶の中にてを突っ込んで、毛を逆立てた子猫を取り出す。

 

「よしよし。良かったな。これで一安心だぞ」

 

「ちょっと待ちなさいなキンジ。誰が猫でも犬でも食べそうな食欲旺盛女ですって?」

 

おい。地の文を読むなよ。

食欲旺盛女ことリヴィアが接近したのがまずかったのか、子猫はにぃー!と鳴くと逃げようと藻掻いた。

 

「お、おい……おっ、うぉっ!」

 

「ちょ……!キ、キン、ぶふっ!」

 

ジャブン!

 

俺は猫を抱っこして、ひっくり返しかえりそうになり咄嗟にリヴィアの肩を掴むが、リヴィアもバランスを崩して一緒に派手にひっくり返ってしまう。

 

「ちょっと何してくれてんのよ!ずぶ濡れじゃないの!」

 

「お、おい!み、水をかけるな!猫にかかるーーー「にぃー!」あっ!?逃げた!リヴィア追いかけろっ!!」

 

鬼ゴッコならぬ、猫ゴッコの末、一時間後に俺達はやっと依頼を完了する事ができた。

 

 

 

 

翌日、メールで呼び出しておいた同じクラスの理子の所へ向かった。

理子は女子寮の前の温室にいた。温室とはつまりでかいビニールハウスで、いつも人気がなく、秘密の打ち合わせには便利な場所だ。

 

「キーくぅーん!」

 

バラ園の奥で、理子がくるっと振り返る。

(みね)理子はアリアとリヴィアと同じくらいチビだがいわゆる美少女の部類に入り、そして探偵科(インケスタ)ナンバーワンのバカ女だ。

二重の目にはキラキラと大きく、緩いウェーブのかかった髪はツーサイドアップ。ふんわり背中に垂らした長い髪に加えて、ツインテールを増設した欲張りな髪型だ。

 

「相変わらずの改造制服だな。なんだその白いフワフワは」

 

「これは武偵高の女子制服・白ロリ風アレンジだよ!キーくん、いい加減ロリータの種類ぐらい覚えようよぉ」

 

「キッパリと断る。ったく、お前はいったい何着制服を持ってるんだ」

 

そう言われて指を折り折り改造制服の種類を数え始めた理子を見下ろしつつ、俺は鞄から紙袋で厳重に隠したゲームの箱を取り出した。

 

「理子こっち向け。いいか。ここでの事は誰にも話すなよ。秘密だ。」

 

「うー!らじゃー!」

 

理子はキヲツケの姿勢になり、両手でびびっと敬礼(?)ポーズを取る。

俺は苦い顔で紙袋を差し出すと、理子は袋をびりびり破いていった。ふんふんふん。荒い鼻息。まるでケモノだな。

 

「うっっっわぁーーーー!!『しろくろっ!』と『白詰草物語』と『妹ゴス』だよぉーー!」

 

ぴょんぴょん跳びはねながら理子が両手でぶんぶん振り回しているのは、R-15指定、つまり15歳以上でないと購入できない、いわゆるギャルゲーである。

ーーー服装から分かる通り、理子はオタクだ。

しかし世間一般のオタク女子と違うことには、こいつは女のくせにギャルゲーマニアという奇特な趣味の持ち主なのだ。中でも特に自分と同じようなヒラヒラでフワフワの服を着たヒロインが出てくる物に強い関心を示す。

もちろん理子も15歳以上なのでこれらのゲームを買うことはできる。

しかし先日、理子はゲームショップも兼ねている学園島のビデオ屋でR-15のゲームを売ってもらえなかったとぶちぶち言っていた。バイトのお姉さんが理子の身長を見て中学生と判断したらしい。

そこで代わりに俺が買ってきてやったというわけだ。

こんなものを買うのは死ぬほど恥ずかしかったし店員のお姉さんにあらぬ誤解を受けてしまったに違いないが、これもアリア対策のためだ。

 

ーーーアリアはなぜ、俺たちをドレイにしたがるのか?

 

まぁ、昨日のアリアを思い出せばアリアも諦めるかも知れないが、念のためだ。

何か明確な理由があるのなら、それを一刻も早く取り除かねばならない。

で、その理由をアイツが教えてくれない以上、こっちでアイツのことを多角的に調べ、推測して対処するしかない。武偵同士の戦いは、まず情報戦と相場が決まってるからな。

 

「あ……これと、これはいらない。理子はこういうの、キライなの」

 

ぶっすぅー、と膨れっ面で理子が突っ返してきたのは『妹ゴス』の2と3、続編だ。

あれ。全て理子好みのパッケージだったハズなんだが。

 

「なんでだよ。これ、他と同じようなヤツだろ」

 

「ちがう。『2』とか『3』なんて、蔑称。個々の作品に対する侮辱。イヤな呼び方」

 

………ワケの分からないヘソの曲げ方をしやがるな。

 

「まぁ……とにかく、じゃあ続編以外のそのゲームをくれてやる。そのかわり、こないだ依頼した通り、アリアについて調査したことをきっちり話せよ?」

 

「あい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴族ぅ?……あのツインテールが?」

 

「らしいな。父親がイギリス人とのハーフでアリアはクォーター。イギリスの方の家がミドルネームの『H』家で、かなり高名な一族らしい。祖母はえっと…確かデイムの称号を持っているとか」

 

Dame(デイム)…王家が授与する称号じゃないの。ふーんアイツが貴族ねえ、似合わない」

 

俺は理子から聞いた情報をシュークリームを頬張っているリヴィアに話しているのだが……興味はあまりないみたいだな。

でもまさかアリアがリアル貴族だったとはな。かなりビックリだ。

強襲科(アサルト)ではランクはS。二年では片手で数えられるぐらいしかいないが、まあなんとなく分かってはいた。アリアの、チャリジャックの時の身のこなしは常人のレベルじゃなかったからな。

理子よりチビでリヴィアといい勝負のアリアは徒手格闘が上手く、流派はボクシングから関節技まで何でもありのバーリ・トゥード、イギリスでは縮めてバリツを使うらしい。

拳銃とナイフは天才の領域でどちらも二刀流のアリアは『双剣双銃(カドラ)』の二つ名を持っている。

二つ名とは豊富な実績を誇る有能な武偵には自然に二つ名がつく。

 

「武偵としての実績はアリアは14歳からロンドン武偵局の武偵としてヨーロッパ各地で活動していたその間、一度も犯罪者を逃がした事がないらしい」

 

しかも狙った相手を全て逮捕している。99回連続、それを全てたった一度の強襲で、だ。

 

「へーそうなんだ……むぐ、シュークリームうまー!」

 

リヴィアは手についたクリームを舐めながら新しいシュークリームを袋から取り出す。

………やはり今のリヴィアにはコンビニのシュークリームにしか興味がないらしい。

 

「ていうかキンジ、ツインテールのことばかり調べててもいいの?」

 

「アイツがなんで俺達をドレイとやらにしたがるのか調べて損はない筈だ。また来るかもしれないからな」

 

いやいやそうじゃなくて。と果たして何個目であろう新たなシュークリームを袋からだして頬張るリヴィアは何故か俺の後ろを指差す。ん?後ろ?なんか

 

「遠山クゥゥゥゥン……『武偵殺し』の件調べてくれたかなァ~?」

 

いた。いたよ。

 

「…………………………」

 

「あ。どうもです。お邪魔してます」

 

尋問科(ダギュラ)の教諭で危なかっしくニヤニヤ笑う綴 梅子と苦笑いのアレッシオがいた。

……マズイ。これはかなりマズイ。

神崎とかアリアとかアリアとかで『武偵殺し』についてまったく調べていなかった。ていうかいつの間にいたんだこの二人は。

 

「アレッシオ、シュークリームありがとねーうまー!」

 

コイツが買った憶えないシュークリームを食べてる理由が分かった……。

 

「遠山ァ……ま・さ・かぁ!調べてないとかないよなあ?」

 

ニタニタと嗤う綴は市販ではなそうなタバコに火をつける。

ど、どうする?俺が『武偵殺し』の件を調べてないことは綴にバレている……どうしよう?

綴は俺の顔に煙を吹きかける。やめろと言いたいがそんなこと言える立場ではない。

 

「あー疲れたわー……お前が神崎とイチャコラしてる間にコッチは『武偵殺し』の件調べてほんっと疲れたわ……なあ?アレッシオ」

 

「ええそうですね主人(アド)

 

「い、いや俺じゃなくてリヴィアのヤツが……って熱っ!?」

 

綴のヤツが俺の手のひらにタバコを押し付ける。

 

コイツ(・・・)のやらかした責任はお前……主人(アド)の責任だろうーが」

 

ぐっ…….た、確かにそうだが。

 

「神崎に目ェ着けられたのは御愁傷様って感じだけどーー不幸な事故だと思っとけ。お前はコッチが優先だ」

 

アイツは良くも悪くも有名だかんなと綴は新たにタバコを取り出して火を付けながら言う。

 

「まあ、武偵としてぇ?神崎に対して対策立てるのは悪かぁねえが今のお前は半分武偵じゃねえだろう」

 

フーッと煙を俺に吹きかける。綴は気怠そうに頬杖をつく。

 

「私達は『黒の守護神(プレティトーレ)』の人間なんだからよ」

 

 

 

 

 

 

 



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第八話

話しが進まない……


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~!!」

 

「……あのな佐々木、静かにしてくんない?周りの目が痛すぎる」

 

武偵高のすぐに近くにあるカフェのオープンテラスの一角でさっきから恨みが篭った唸り声が響いていた。

 

「だってぇ……だってだってだってだってだってだってだってぇぇぇ!!!」

 

「あーうっせー」

 

上から東京武偵高1年探偵科(インケスタ)佐々木(ささき) 志乃(しの)

同じく東京武偵高1年で強襲科(アサルト)火野(ひの) ライカ

 

火野はとっとと帰りたい気持ちで溢れかえっているが今の佐々木を一人にするのはかなり、非常にマズイ。

 

「うぅぅぅぅ…あかりちゃんが…あかりちゃんがぁぁぁあ!!!」

 

そう。これが火野ライカがとっとと帰りたい理由だ。これでも一応友達だ。友が落ち込んでいるなら慰めの一言をかけることくらいするが、理由がこれだと、一気に萎える。

佐々木志乃はここにはいないが火野と同じの強襲科(アサルト)間宮(まみや) あかりのことが好きなのだ。しかもlikeではなくLoveの方なのだ。

普段は普段はお淑やかで礼儀正しい大和撫子だが、あかりが絡んだ途端に変質、変態するストーカーだ。一回逮捕したほうがいんじゃね?と本気で考えている。

で、件のあかりはというと先輩で戦姉(アミカ)である神崎・H・アリアの所にいる。

神崎先輩はこの東京武偵高の数少ないSランクの一人だ。

そんな人とEランクのあかりが戦姉妹(アミカ)契約を結んだなんて今更ながら凄いと思う。っと話しがずれた。あかりは佐々木があかりのことが好きなように、あかりも神崎先輩のことがすきなのだ。困ったことにLoveのほうだ。

 

「あンの泥棒猫……どうシてくレようか……」

 

………危ない感じになってきてんな。

今、あかりは神崎先輩を慰めにいっているようだ。

東京武偵高である噂が飛び交っている。なんでもあの神崎先輩が謎の少女に負けたというウワサだ。しかもコテンパンに。

そのウワサを聞いたあかりが佐々木のランチのお誘いを断って神崎先輩の所に行ってしまって今に至るというわけだ。

 

「ったくあかりのヤツ、この状態の佐々木をアタシに任せやがって……うん?あれは……」

 

「くひっ、くひひひひふひひふひひふひひ……うん?この匂いもとい気配はっ!」

 

アタシと佐々木”だったもの”は人混みの中で見知った姿を見る。

 

「むぅ……」

 

そこには何故かむすっとした顔のあかりがいた。佐々木”だったもの”は佐々木に戻り、あかりのほうへと走り出す。

 

「あっかりちゃーーーん!!!」

 

「ほへ?ええ!?おぶっ!」

 

あかりの顔は佐々木の豊満な胸にうずくまる。

 

「あかりちゃんあかりちゃんあかりちゃんあかりちゃんあかりちゃんあかりちゃんあかりちゃんあかりちゃんあかりちゃーーーーん!!!大丈夫でした?あの雌猫になにかされませんでしたか?されたのですね!な、ならわたしが消毒してあげますね!それはもうわたしの部屋でじっくりねっとりまったりと至福の時をーーー」

 

「佐々木、自重しようなー」

 

火野が佐々木の襟を掴んであかりから引き剥がす。

 

「ああん。何するんですか!あかりちゃんとのスキンシップを!」

 

「ああはいはい。スキンシップは全然いいけどさあかりを見てみ?」

 

「見るってわたしのあかりーーきゃああ!?あかりちゃんが息してません!大丈夫ですか!?くっ!誰がこんなヒドイことを。然るべき粛清をーー」

 

「いや、それやったのお前だからな」

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

「で、あかりよ。神崎先輩の所行ってきたんだろ?なんで機嫌が悪かったんだ?」

 

先ほどと同じオープンテラスで火野は佐々木に抱きつかれているあかりに聞く。

 

「う、うん。だけどアリア先輩の寮にいったんだけどいなくて少し探してみたら……」

 

「みたら?なんだよ言えよ」

 

「……お、男と会ってた」

 

「男って……あれか?神崎先輩が狙ってるっていう遠山先輩か?」

 

遠山キンジ。

強襲科(アサルト)の先輩達が一目置いている先輩。今は探偵科(インケスタ)でランクはEだが、一年の頃はSランクだったらしい。

そして神崎先輩はその遠山キンジをパートナーとして狙ってるらしいのだが……

 

「ううん。違う男の人だった。それを見て逃げて来ちゃった……」

 

へえ。驚きだな。そういったことは苦手な人だと思っていたのに。っておい佐々木。

 

「うふふふふふふふふふうふふふふふふふふふ……こ、これであかりちゃんはわたしのモノ……うふふ!」

 

佐々木ィ……頼むから自重してくれ。

 

「でも話してる事を少し聞いたんだけどよくわかんないこと言ってたなぁ……」

 

「よくわかんないこと?」

 

「うん。確か、さや、びと?だったかな」

 

「「さやびと?」」

 

さやびと?なんだそれ。聞いたことないな。

 

「志乃ちゃんは聞いたことある?」

 

「いいえ。聞いたことありませんね」

 

「うーん。アリア先輩何話してたんだろう……というよりもだれなんだろうあの男……むぅ!」

 

「嫉妬しているあかりちゃん……最高!」

 

佐々木ィ……

 

 

 

そんな騒ぎなんて、梅雨知らずその一時間前あたしーーー神崎・H・アリアはとある公園のベンチに座っていた。

 

「…………………」

 

ただぼーっと空を眺めていた。

あたしはあの銀髪女との一件からずっとこんな感じだった。

怒っているわけでもなく、落ち込んでいるわけもなく。ただぼーっとしていた。

なんて言えばいいのだろうか?毒気を抜かれたというべきか。

 

『何一人で悲劇のヒロインなんかーーーー』

 

銀髪女が言った言葉。

負けた後に言われた言葉はスゥッと不思議とあたしの中に入り込んだ。

あたしは焦っていた。いや現在進行形で焦っている。

一人限界を感じ、パートナーを見つけようとして見つけられず、やっと見つけても断られて切れて返り討ちにあって。

一体いつからだろうか?『あたしには時間がない』と思ってしまったのは。

 

 

普通無理でしょーーーママの懲役864年を消すことなんて。

 

すでに時間は残っていない。残って無いのに『あたしには時間がない』?全然笑えないわ。

なのにどうにかなるなんて考えて、それこそ『悲劇のヒロイン』演じているなんてどうかして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーッ!……ホント最近危ないわね」

 

ぼーっとしてる間にネガティヴ思考に変わってたわね。これもあの銀髪女のせいだ。

思考を切り替えなければ。違うパートナーを見つけないと。でもあたしが見てきた中でズバ抜けているのはあの二人だ。

あれと同等、もしくはあれ以上の逸材を捜すとなると……言葉に出来ない。どうすれば

 

 

「ふーん。あの大食い銀髪バカにボッコボコにされたって聞いて様子見に来たんだが、これはあまり問題なさそうだな」

 

「!?」

 

男の声だった。しかも隣からだ。

 

「どーも」

 

あたしの隣に座っているのは金髪でメガネを掛けた目が寝不足で据わっている気だるそうな男だった。

まったく気づかなかった。このあたしが。今のあたしがあまり良くない状態とはいえ、気づかれずに近づけるなんて。

 

「………誰よアンタは」

 

あたしがそういうと、気だるそうに

 

黒の守護神(プレティトーレ)って言うんだけど、何か質問ある?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第九話

黒の守護神(プレティトーレ)

 

 

金髪の目が据わっている気怠そうな男、リオンは言った。

黒の守護神(プレティトーレ)サヤビトという人造人間、人の形をした兵器(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を登録するのが黒の守護神(プレティトーレ)の主な使命なのだという。

サヤビトは戦争の時に使われ、そのゴタゴタで今でも所属不明となっているサヤビトの管理も使命の一つとも言っていた。そしてその所属不明のサヤビトを手に入れ、「主人(アド)」となった人間が「主人(アド)」として相応しいかどうか審査し、登録の基準を満たない場合はサヤビトを保護する組織。

 

 

主人(アド)~!?ももまん5個目だよ?いくら何でも食べ過ぎだよ!?」

 

 

あたしはそんな咎める声を無視して6個に手を伸ばす。

黒の守護神(プレティトーレ)は表向きはイギリスの人材派遣会社らしいのだけど……そんな組織は聞いたことがない、情報収集能力が甘いと言ったらそれまでなのだけれど……。

あの絶壁まな板女が超能力者(ステルス)の何かと思っていたから人造人間だと言うのはかなりの衝撃だったわね。

 

主人(アド)、ももまんだけじゃ主人(アド)の身体に悪いよ!せめて野菜ジュースだけでも~!?」

 

 

……でもあのリオンって男、喋るだけ喋って何処かに行ってしまったし、それも途中イライラしていたみたいだし。

 

「主人《アド》~」

 

「あーも!!さっきからうるさいわよデュエ!あたしがももまんどれだけ食べようが関係ないでしょうが!」

 

「関係あるよ~!私は主人(アド)サヤビト(・・・・)だもん!ほら野菜ジュースがイヤならさっきおばあちゃんから貰ったトマトがあるよ?食べよ?」

 

「た、食べないわよ!あ、あたしはあたしでちゃんと考えているんだから!」

 

「トマトってスゴイんだよ?ビタミンA、ビタミンC、ビタミンEにリコピン、カリウム、食物繊維、鉄分、カルシウム、その他にビタミンH、ビタミンP、ビタミンB6…こんなにもトマトに栄養素が含まれているんだよ?」

 

「誰がトマトの説明しろって言ったのよ!」

 

 

……さっきからあたしにトマトがいかにスゴイかを話しているのは黒の守護神(プレティトーレ)所属のサヤビト(・・・・)だ。

あのリオンって男が黒の守護神(プレティトーレ)の説明をやっつけ仕事で終わらせ、帰り際に紹介されたのだ。

黒の守護神(プレティトーレ)はサヤビトを保護、登録、管理だけじゃなく、『貸出』もしてるみたいね。まあ、表向きは人材派遣会社だものね。当然といえば当然か。

 

 

「ーーーそれでねあのね、トマトに含まれているリコピンの抗酸化作用にはねーー」

 

 

鬱陶しい……思わず風穴開けたいけどもそれを抑えてあたしは、人造人間であるサヤビト、デュエを観察する。

身長は160~165くらい。体重は50前後かしら。服装は武偵高の女子制服……拳銃やナイフなどの武装はなし….完全に丸腰ね。

視線を下にむけるとスカートからチラッと見える右の太もも、そこから黒いアザが右肩まであるのが見える。

顔は女性からみて可愛い部類に入るだろう。愛嬌ある顔といえばいいのか。

瞳の色はサファイアのような色、それに対して不釣り合いな黒い肩まで伸びる意図的にボサボサにした髪。印象からして普通の女の子と言ったところね。

……何処からどう見ても普通の人間の女の子。これが『人造人間』だと言っても誰も信じないわ。あたしもあの絶壁まな板女と超能力者(ステルス)じみた戦いを体験してなければ信じてはない。

 

「……てかアンタ。そろそろトマトの説明やめなさい!いつまで喋ってんのよ!」

 

「ーーーーえ?トマト嫌いなの?駄目だよ好き嫌いしたら」

 

「誰も嫌いだなんて言ってないわよ……あたしはなんでも食べるわ」

 

「それなら尚更ちゃんと食生活見直さないと!私知ってるよ?ここ最近主人(アド)がももまんしか食べてないでしょ」

 

「なっ!?アンタ監視してたの!?」

 

このあたしが監視に気づけないだなんて!迂闊だったわ。ーーーま、まあ確かにぃ?落ち込んで元気出なかった時や、調べ物やら沢山あったし、色々あったから、色々!……そ、それよりサヤビトは戦闘専門ばかりと思っていたのに。認識を変えないと、

 

 

 

「あ、やっぱりそうだったんだ主人(アド)?」

 

 

デュエはニヤニヤしていた。

え”っ?……もしかして図られた?あたしはそう持った瞬間ニヤニヤしてるデュエに腕を掴まれてズルズルと引きずられた。ちょっ、力強すぎ……!?

 

「さあさあ!そうと決まれば主人(アド)の食生活改善からしようね!そうだな~まず緑黄色野菜中心のメニュー考えて~それで~」

 

 

 

「ちょ!ちょっと待ちなさいよ!アンタはあたしのサヤビトなんでしょ!?あたしの命令聞きなさいよ!!」

 

 

 

 

あたしはそう言った。するとデュエは一瞬真顔になり何故か優しい笑みを浮かべた。

 

「確かにそうだけどね~でも私『達』にはちゃんとした『意思』があるんだよ?確かに私と主人(アド)は主従関係にある。あるけども私『達』は命令を聞くだけの『人形』じゃあないんだよ?」

 

「………じゃあ一体なんなのよ」

 

「私『達』はサヤビトだよ?それ以下でも以上でもない。まあリヴィアが怒るのも無理ないか~……私は怒らないけど」

 

よく間違えられるんだよねーとデュエは笑った。何故かデュエのその笑顔が少し怖いと思った。何故かは分からないけど。

それからは会話がなくなった。デュエはあたしをズルズルと引っ張りながら前を見ていて表情は伺えない。うわ……凄く気不味い。

 

 

 

そして武偵高の女子寮までつくまで一切一言も話さなかった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

「さぁーて、どういうことかさっさとおとなしく文句言わず説明してもらおうか神崎(・・)かなえ?」

 

で、俺リオンは新宿警察署、正確にはその中の留置人面会室にいる。

…ったくよぉ、こっちは早く帰って休みてぇのによ。あの大バカクソ推理野郎が仕事増やしやがってよぉ!アイツ勘付きやがったかどうか知らねえが、まったく連絡付かねえし。

 

「……そう言われても、ねえ……?」

 

困ったように微笑む女性、神崎・H・アリアの母親、神崎かなえだ。柔らかな曲線を描く長い髪に、オニキスのような瞳、白磁のような肌、おっとりとした雰囲気は完全に娘とは大違いすぎて笑える。実際笑ったしな。

 

「一応アンタ達『H』家とウチ(黒の守護神)は長い付き合いで『契約』もしているが……なんでお前さんらの小娘共には説明がされてないんでしょうねぇ……!?」

 

「…そう言われましても…私はすでにこの状態ですし、それに主人も自分から話すと言っていましたから……でも話されていないようですね」

 

「あンのクソ野郎ッッ!!!」

 

俺ら黒の守護神(プレティトーレ)と『H』家は初代から契約を結んでいる。

その契約は…

 

「あのカスは自分が結婚するまでボッチ(・・・)だったことを隠すつもりかよ……!ちっせえ男だなオイ!」

 

『H』家…いやボッチでいいや。ボッチ家は二世の頃からその才能の有能さから今の今までボッチなヤツが多い。

ピンクのガキ、アリアはボッチ家の『欠陥品』なんて言われてるようだが、ぶっちゃけた話し、アイツらボッチ家は友達がいない根暗だらけでアリアと大差ない。

で、そんなボッチでコミュ症なボッチ家を助けたのが、黒の守護神(プレティトーレ)だ。

能力の高さゆえに周りの普通の人は付いていけない。まあ周りにはそれについて行ける人間もいたはずだが、ドがつくほどのコミュ症には話しかけることすら不可能、例えできたとしてもそこから発展出来ずに終わるってわけだ。

だが、サヤビトは個性はあるが、言われた事はそつなくこなせる。何より意思がある、サヤビトが主人(アド)と認めれば主人(アド)の意思に応えられる。

昔は色々あったらしい(・・・・・・・・)がウチとボッチ家は今も良好な関係が続いているワケだ。

 

「……あのボッチは本当に何一つ説明しねえのはよく分かった。帰ったらあのリヴィア食べた食糧の請求書全部アイツ送ってやる」

 

「……お手柔らかにお願いしますねリオンさん」

 

「無理だ」

 

とりあえず愚痴は置いといて。さぁてと、ここから本題だ。

 

 

 

 

 

 

 

「………で、いつまで隠してるつもりだ(・・・・・・・・・・・・)?」

 

お、表情が変わったな。

 

「なにを言っているか理解できませんが?」

 

末恐ろしいくらいの棒読みだな。まるで感情がないな。

 

「心当たりがねえのなら良いわ。俺興味ないしな。仕込みはしたからな」

 

「仕込み、ですか…?」

 

「安心しとけ。あんたの娘共には危害はない。あ、そうだあんたから黒の守護神(プレティトーレ)の事話しといて。こちとら『武偵殺し』や魔剣(デュランダル)の事で手一杯だ。本当ならアンタの娘に会う事自体有り得ないくらい忙しい」

 

「……分かりました」

 

じゃあなと言って面会室から出る。

ああくそ!イライラするなあ!マジであのカスどうしてくれようか…?

警察署を出て、綴に造らせた特注のタバコを咥えて火をつける。ふーっ……少し落ち着いた。

で?あの食欲旺盛女と根暗ヒステリアはちゃんと仕事やってんのか?あー考えるだけイライラするわ。

 



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とあるサヤビト
幕間:ミツヅケル


お久しぶりです!

…誰も見てないと思うけど


 

 

 この場所は暗く蝋燭一本だけの頼りない灯りだけだった。

 何処からか水が漏れ出しているのかピチョン……と不規則に雫が落ちてくる。ヒンヤリとしてかなり不気味な場所。

 

主人(アド)……」

 

 主人(アド)とそう呟いた者は主人(アド)と呼んだ者に拒むかのように赤黒く錆付いた頑丈な鉄格子(・・・)が目の前にあった。

 助けようと思えば助けられる。だが自分には出来ない、させてはくれないだろう。

 自分は無力だ。主人(アド)の命令が無ければ何も出来ない自分。それどころか主人(アド)がいなければ死んでしまう自分。

 

「あらあら。こんな所に主人が恋しくて落ち込んでるワンちゃんいるわ。どうかしたの?」

 

「ヒルダッ……!貴様ッ!」

 

「あらあら?いい反抗的な眼ね?ゾクゾクするわ。安心してちょっとしたストレス解消(・・・・・・)よ」

 

 ニンマリと笑顔で言う。本当に。本当に。本当に楽しそうに。

 ヒルダは鉄格子の扉を開けて主人(アド)の元へ向かう。

 

「やめろヒルダ!やめてくれ!これ以上は主人(アド)が!」

 

 

 

「……安心して頂戴、私は、大好きなモノほど大事に、大事にする方よ?」

 

 

 顔を紅潮させて興奮してるヒルダは声を震わせている

 ああ駄目だ何と言ってもこうなってしまえばもう止める事が出来ないいつものように見てるしかない見たくないけど見てなければ主人(アド)はもっともっと酷い事をさせられる頼む一言だけ命令してくれれば自分は貴女の傍にいけるのに

 

 

 

 

 

 見たくない

 

 ーダメ

 

 

 見たくない

 

 ーーダメよ

 

 

 見たくない

 

 

 ーーー見なさい

 

 

 

どうして

 

 

ーーーー私が愉しいからよ

 

 

いやだ

 

 

ーーーーダ・メ・よ♡

 

 

いやだ!

 

 

ーーーーーあら?何故かしら?

 

 

何故自ら主人(アド)の傷つく姿を見なければならない!?

 

 

ーーーーーーアナタのその歪んだカオも見たいから♡

 

 

主人(アド)の代わりに自分が!だから自分にーーー!

 

 

ーダメよ

 

 

どうして!

 

 

ーー言ったでしょ?私が愉しむためよ♡

 

 

 

 

い、いやだ見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくな

 

 

 

 

 

 

 

 

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーじゃないと、しんじゃうわよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして自分は、毎日のようにミツヅケル




どうでしたか?

愉しめたら幸いです(白目)


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幕間:お人形さん

とりあえず頑張りしました!


 

 

 

 

 

「あ〜!おにんぎょうさんがおきた〜!」

 

 

 

自分が起動して初めて見たのは可愛らしいふりふりのドレスを着た金髪の少女の驚いた表情だった。

辺りを見回すと真っ暗で何も見えず少女の横にある一本の蝋燭の火が唯一の灯り。

少女の声がかなり反響しているからこの場所が広い事が分かる。

この可愛らしい少女は一体誰なのだろうか?先程から自分の周りをぐるぐる歩いている、と思えばジッとコチラを見たり、恐る恐る指で突いてきたり。

 

 

「にーらめっこしましょ!あっぷっぷ!」

 

 

と言っていてきて両頬引っ張って舌を出して、両手を使って顔を潰したりと変顔を作り出してる。かわいい。

すると少女はムスッと不満げな表情をすると唯一の灯りの蝋燭を持ってそのまま自分の後ろに走り去ってしまった。

……しまった。私は一言も喋っていないじゃないか。この少女があまりにもかわいいからつい見惚れてしまった。

しかし何故私は起動しているのだろうか?起動するには主人(アド)の血が必要な筈だ。

……まさかと思うが先程の少女が私を起動した?そんな事は無いだろう。あんな年端もいかない少女がサヤビトである自分の起動方法など知る由もない。

そんな事を考えていると私のいる真っ暗な場所に沢山の蝋燭の灯りが入ってくる。

その灯りでこの場所の全体が見えるようになる。

どうやらこの場所は広く、私が入っていた箱以外にも豪華な額縁に収まってる絵画や宝石が沢山埋めて込まれている箱、大きな秒針、ボロボロな銅像など新しいものから骨董品までありとあらゆる物が綺麗に並べられていた。

それらをただ眺めていると、先程の少女がおそらく少女の母親であろう女性を連れてきた。

少女は私に指を指して、

 

 

「ママー、おにんぎょうさんがうごいちゃった!すごいよねー!」

 

 

ママと呼ばれた女性は少女にそう言われ、困惑していた。

母親は少女に対して貴女がお人形さんを動かしたの?聞くと少女は元気よく言った。

 

 

「うん!ママたちがやってたこととおなじことをやったんだ!」

 

 

あー………やってしまったのかと私は溜め息吐いた。よくよく見てみれば自身の口の周りに少女の血がベッタリ付いてはいるではないか。

気付けよ私。と思ったが真っ暗だったから分かる筈ないか。少女の可愛らしい指に包帯が巻いてある。

指とはいえ血を流してるの娘に呼びは出されば母親も驚いてしまうだろうな。

そして案の定、少女はというと。

 

 

「ひっぐ……えぐ……ごべんなざい……ううっ」

 

 

母親にこっぴどく怒られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから3時間が経過した。

母親のお叱りが終わって少女はやっと泣きやんだ。

………ただ少女はスゴイ落ち込んでいた。

それもそのはず、2時間の私を勝手に起動させた事やそして間違いなく今回に関係ない事のお説教、1時間お尻を叩き続けるなど、流石にやり過ぎではないか?と私は止めようと思ったが少女の母親が笑顔なはずなのにスゴイ怖い笑顔を向けられて諦めた。ごめん主人(アド)。私は無力だったよ……。

そんなこんなで起動してまった私の処遇は二つ。

 

 

一つはこのまま少女のサヤビトになること。

 

二つ目は黒の守護神(プレティトーレ)という組織に預けること。

 

 

………私としてはどちらかと言えばこの小さな可愛らしい主人(アド)に付いていきたい。

本来ならば幼すぎる主人(アド)主人(アド)としては不適格なのだろう。

サヤビトは主人(アド)の命令に逆らえない。

いや絶対というわけではないが。

幼すぎる故に私にどんな命令するか分からないのだ。

いや私が頑張ってこの幼すぎる主人(アド)を導いていけばいいのか?……いや無理だな。だって可愛いし、頭ナデナデしてあげたいし何でも命令聞いちゃいそう。

あれ?これだと主人(アド)じゃなくて私が不適格?

チョロい私がアホなことで悩んでいると可愛い可愛い主人(アド)が涙目で言った。

 

 

「りこ!おにんぎょうさんとはなれたくないもん!このおにんぎょうさんはりこのだもん!」

 

 

心臓を撃ち抜かれた。

 

 

 

 

いやいや違う違う違うよ。

心臓は大丈夫だけど、そんな私の心は目の前にいる幼すぎる主人(アド)に奪われてしまった。

なんてこというんだこんな可愛い涙目で言われたら全私なんか主人(アド)にメロメロになってしまうじゃないかどうしてくれるこんなの頭ナデナデして抱っこして散歩してケーキあーんしてほっぺツンツンしてチューしちゃってキャー叫んじゃってギューって抱きしめてお風呂一緒に入ってか、カラダ洗っちゃったりして隅々まで私が触らない所なんて無いぐらいまでしちゃったりして寝るときも絵本読んであげたりして眠たくてウトウトしてる所にチューしたり主人(アド)の抱き枕になってあげてそれからその

 

 

 

「ねーおにんぎょうさん!きいてるー?りこのおはなしきいてるの?おにんぎょうさーん!」

 

 

はっ!?……ジュルリ。おっと私したことが主人(アド)への愛が暴走してしまった。

コチラを見上げて可愛く怒っている主人(アド)……おっと鼻から愛が溢れてきたようだ。

 

 

「おにんぎょうさんだいじょーぶ?」

 

 

「ああ大丈夫だよ主人(アド)

 

 

私は心配してくれている主人(アド)に目線を合わせる為にしゃがむ。

すると主人(アド)は何故か不機嫌そうにむくれる。

 

 

「むー!りこはあどっておなまえじゃないもん!りこはりこだもんあどじゃないもん」

 

 

「ごめんねリコ。私はリコのおにんぎょうさんだからリコは私のご主人様なんだ。だから私の主人(アド)

 

 

「……う?あどはごしゅじんさまなの?」

 

 

「そうだよ、リコ。……だから私の主人(アド)になってくれるかい?」

 

 

すると主人(アド)は不安げに母親を見る。

母親は怖い顔で主人(アド)を見つめている、がフッと表情を和らげてしょうがないわねと微笑んだ。

主人(アド)凄く嬉しそうに母親に抱きついて次に私に抱きついてきた。ああ可愛いな……!

 

 

「わーい!わーい!やったー!これからよろしくねおにんぎょうさん!」

 

 

「よろしくね主人(アド)

 

 

ひとしきりに喜ぶと主人(アド)が当たり前の事で大事な事を言ってきた。

 

 

「ねーねーねーおにんぎょうさんおなまえはー?なんておなまえなのー?」

 

 

そう言えばそうだ。私は名前を名乗っていなかったね。

 

 

 

「私の名前はクロスだ、サヤビトのクロス」

 

 

 

 

 

私は誓うよ。主人(アド)を何があろうとそばにいて守り続けると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………例え何があっても、必ず。




いかがでしたか?

シリアスあんまりかけない……


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