セキレイにジョブチェンジしたんだが、どうしよう…… (山賀志緒)
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第一羽 俺セキレイ

セキレイが完結していたことを二週間前に知りました。


エノクと言う人物を知っているだろうか。

 

この人、聖書の中で、モーセやエリヤのような劇的な何かがあったわけではないのに、神様と共に歩み、神様が天に連れ去ってしまった人である。

 

重要なのは、神と共に歩いているうちに、神に連れ去られてしまったというところである。

 

なんでこんなことを言っているのかというと、今体験していることが割とそんな感じに近い。

 

今、神と共にいるわけではないが、さっき歩いているうちに周りの景色が欠落した。あたり一面真っ白である。

 

歩きながら本読んでいただけなんだけどなぁ…

 

パニックに陥るわけでもなく、歩き続ける。

 

歩く、歩く、そして歩く。

 

そうしているうちに、古めかしい台座が見えてきた。

 

なんだろうかと見てみると、本が開いたまま置いてある。

 

そのページには、

 

「ここは岐路。

右に行くか、左に行くか。

ただし、戻りは許されない。

戻れば終わり、眠りが待つ。

右に進めば狭き道。足元見ずに光へ向かえ。

左に進めば広き道。悩み惑いて突き進め。されど力は与えよう。

共に終わりは光の門。此方(こなた)へ着くを望めばなり。

さぁ、選ぶはあなた。何を選び、何を捨てるか。

わたしはあなたを待っている。この選びの先に待っている。

進め、進め、さぁ進め。」

 

と書いてあった。

 

他のページには何もない。ペラ紙一枚でもよかったのではと思う。

 

とはいえ、どうするか。

いや、どうするか以前に、自分のことを考えると選択肢は一つだ。

広い道を通るしかない。ずっと光だけを見ることなんて俺には無理だ。

フラフラしながらゴールに向かってへ行こう思う。

 

とりあえず、左だな。

 

左に向かって少し歩いた時に、ふと後ろを振り向いた。

 

なんというか予想通り、そこには何もなかった。台座は消えていた。

 

選択したと見なされたらしい…

 

またしばらく歩いていると、今度は光の玉が五つばかり浮いていた。

 

左からそれぞれ、光の玉は語りかけてくる。

 

「私はあなたを修羅へ誘う。

 

振り返る時あなたは見る、数多の(かばね)に自分が立っていることを。

 

あなたは必ず後悔する。それでも道を選べるか。」

 

「私はあなたの背中を押す。

 

ただし、あなたの胸に穴があく。実感を得ない。己が道を選んだか。

 

それでも自分で選んだと、言えればあなたは門の前。」

 

「私はあなたを顧みない。

 

力を授け、あとはそのまま。そしてあなたは見失なう。選ぶことを、選ばないことを。

 

選ぶことを思い出す時、あなたは私の前にいる。」

 

「私はあなたに背負われる。

 

されど、私は軽すぎる。振り落さぬよう気をつけよ。落とせば元には戻らない。

 

落とさず選べ。落とさず進め。あなたの道は明るいぞ。」

 

「私は何も与えない。与えない、与えない。

 

しかし、あなたが倒れる時、私はあなたを背負って歩こう、あなたが再び歩くまで。

 

共にいる。共にいる。私はあなたと共にいる。」

 

そして、五つの玉は黙りこんでしまった。えっ?説明は一度だけかよ。

 

とりあえず、一つ目と四つ目はないな。修羅は耐えられないだろうし、四つ目は良さそうだけど、一度しくじれば終わりだ。

 

となると、一番良さそうなのは三番だな。二つ目と最後のやつは、なんか見えざる手のようなものにすがってしまいそうだし、己の強度が下がるような気がする。

 

真ん中のやつに手を伸ばした時、光の玉はスゥッと俺の中に入ってきた。

 

胸の中に入ってきたが、別に何かが劇的に変わったわけではないような気がする。

 

胸へ追ってた視線を戻すとやはり、他の玉は消えていた。

 

もう一度、歩き始める。持っていた本を読みながら、ひたすらまっすぐに。

 

 

何ページぐらい読んだところだっただろうか、気づくと喧騒が戻っていた。立ち止まってしまった。

 

周囲にはビル群、人の往来が激しい。

 

立ち止まった俺を不思議そうに見ながら、周りの人は過ぎ去っていく。

 

不思議体験もさることながら、頭の中は、「ここどこだ」である。人に聞くのも変だし、とりあえず地図を探すことにする。

 

 

しばらく歩いていると、米袋を持った目つきの悪いコスプレイヤーがいた。まぁ美人だけど。

 

ジロっと見られたので、じーっと見つめ返す。

 

また足が止まって、注目の的になってしまった。

 

「あたし達も運がいいね。羽化前のセキレイがふらっと現れるなんてさ。」

 

セキレイ?鳥だよな、あの可愛い声で鳴くやつ…昆虫じゃないし羽化なんてしないぞ。

 

頭が残念な姉ちゃんたちかもしれない。

 

そんなことを考えていたら、準備運動しだして、服を脱ぎだした。残念どころか痴女だった。なにこれメイドからSMショーばりの衣装になったぞ。

 

えーっと、どうしよう。知り合いって思われたくないしスルーして人ごみに入るか。

 

そんな決意をして、歩き出そうとしたら見てしまった、彼女らが帯電しているところを…

 

なにこれ、ちょーファンタジーじゃん。これ政府のお偉いさんが見つけたら人体実験送りじゃね?

 

もしかして、最近はこれが普通なのか?田舎暮らしで世間に疎くなりすぎたかな。

 

「いくよ、(ひびき)!」「うん、(ひかる)!」

 

うおっ!電撃飛ばしてきやがった。

 

でも金属ジャラジャラした女の人が脇を通ったので、そっちに電撃が行ってしまった。

 

やばいと思ったので、足を伸ばして電撃を受ける。あれっ?俺こんな速く動けたっけ?

 

そのまま足をコンクリへズドン。

 

めり込んだ足から電撃が出て行ったのを感じた。ちょっと痺れたけど。

 

周りに迷惑かかるし、こりゃ、逃げるが勝ちだ。さっさと退散しよっと。

 

姉ちゃんらに視線を戻すと、彼女らは彼女らで、目を点にしていた。なんでだ?

 

「響、今外れてやばいって思ったんだけど、そしたら一瞬であいつ移動したよね。」

「うん、自分から受けて、コンクリ粉砕しちゃったよ。シングルナンバーじゃないと思うけど、かなりできるやつっぽいね。本気出さないとやばいかも。」

 

うーん、ガチになられるみたいだ。早いとこ退散だ…

 

ちょっと足に力を入れて、反対側の歩道に行こうと思ったら、ビルの上まで飛んでしまった。えっ、マジで…世界記録なんてめじゃないじゃん。

 

考えるのを後にして、このスーパーボディを駆使してビル群を走破していく。まぁ〜て〜っと後ろから聞こえるが、無視無視。

 

 

チャチャっと撒いて、とある公園へ。ベンチに座って思索に耽る。

 

流れからして、俺はセキレイとやらで、素敵ボディを持っているらしい。軽く手を振ったら遠当てができた。割と大きな木が折れてマジやべぇ…

 

そして、羽化というものがある。羽化がどんなものかはわからないが、羽化すると電撃を出せるようになるのかもしれない。とりあえず保留。

 

これからどうするか。これが割と切実。お腹は空くし、寝るとこないし。お金もなさげ。ホントどうしよう…

 

こめかみを押さえていたら、ポッケが振動した。振動元を探ると何やら見たことない携帯電話。いつの間に…

 

液晶を見ると、高美様と書いてあった。名前であっているよな?つーか様って…

 

おっかなびっくり出てみる。ポチッとな。

 

黒宮(くろみや)!やっと出た。あんた今どこにいるの?調整終わってたからいいけど、もうちょっと常識詰め込んでから出したかったのに。」

 

どうやら、俺は黒宮というらしい。どうしたらいいでしょう。

 

「とりあえず、葦牙(あしかび)を探しなさい。そうすれば自分が何なのかわかるはずだから。それと困ったら、北に出雲荘っていうところがあるから、そこを訪ねてみなさい。美哉(みや)が助けてくれるわ。」

 

早口でまくし立てられてる。とりあえず出雲荘を探せばよさそうだ。寝床は重要である。

 

「今廃棄ナンバーを捜索しているから忙しいし、また落ち着いたら連絡するわ。それまで元気にしてるのよ。じゃね。」

 

結局、俺は一言しか話さずに終わってしまった。

 

とはいえ、向かうべき場所は決まった。あとは、葦牙を探せばいいのだろう。葦牙ってでも葦の若芽だよな、こんな都会にあるのか?

 

とりあえず、わかったことを確認しよう。

 

俺は黒宮。そんでもって、

 

セキレイである……

 

 

 




自分が読みたいなと思えるものを書いていこうと思います。

エタらず、頑張っていこう、うん。

一週間に1話ぐらいをめどに…

表明することは大事だよな。


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第二羽 黒の鶺鴒

なんとか一週間で次の話を投稿できた。
続きもコツコツ書いていこう。


高美様のありがたいご助言により、北を目指しているつもりなのだが…

 

ダメでした。迷子になりました。

 

だってそうだろ?地図を見つけたけど、全体地図だよ。わかるわけないじゃん。

 

もっとも、ここが新東帝都であるらしいということだけは収穫だ。太った東京のような形をしている。

 

あとこの新東帝都、かなり物々しい。

 

ヘリコプターがバラバラ飛んでは行ったり来たりしているし、駅前には、メットを被った人たちが見回りをしている。テロでも起こったのかと最初は思った。

 

実際は、通行規制がかかっているらしく、名目上は帝都市民を守るためだそうだ。メットのおっちゃんに聞いたから間違いない。いずれにせよ、物騒である。

 

そんなこんなで、時折お腹が鳴りながら、路地をぶらぶら歩いていく。きっとこっちが北だろう。

 

ちなみに公園で水はたんまりがぶ飲みしといた。水がなきゃ人間死んじゃうし…まぁ、セキレイだけどさ。

 

 

アメリカの、太陽を浴びていれば最強の某ヒーローではないけれど、この素敵ボディは五感がかなり鋭い。

 

指を舐めなくても空気の流れを感じられるし、地上からヘリコプターのロゴがよく見える。ちなみにM.B.Iと書いてあった。パソコンあたりにそんな名前があったような…それはI.B.Mか。

 

他にも腹式呼吸であれば、辺り一帯の匂いという匂いが入ってくる。地下下水の臭いまでくらってしまうぐらいに…オェ〜。

 

そして、他の人の会話がかなり聞こえる。10メートルぐらいなら、周りの人の呼吸音まで聞こえるのだ。集音力半端ねぇ。

 

そんな素敵聴力が、「ザッ、ブシュ、ドッ。」という怪しげな音を捉えた。

 

多分こっちの路地だろう。さっきまで口論らしき会話もあっただけに、救急車的な展開かもしれない。

 

携帯電話を持っているし、助けが必要なら助けよう。これって普通の思考回路だと思う。そう考えた30秒ぐらい前の自分を諌めてやりたくはなったが。

 

 

路地を曲がってみてみれば、世紀末的な光景が広がっていた。いや、ちょっと違うけど、こう、あれじゃん。わかるだろ?とりあえずやばいんだ。

 

目がいっちゃってる刀持った姉ちゃん(でも美人)がいて、その足元には、おそらく切られた姉ちゃん(これも美人。でもツインテールは年齢的にどうよ)がピクピクと痙攣しながら、口半開きで瞳孔も開きかけてる。

 

ちなみに巻き込まれた奴もいたのか、隣の建物の上までピョーンとジャンプして去って行った。この世界のジャンプ標準はえらい高いんだなと思ったが、それよりびっくりしたのは、その跳び去って行った奴である。

 

パンツを履いていなかった。

 

モノホンの痴女だよ!脳内カメラ16連射ぐらいしてガン見してしまったぞ。目が良すぎるのも考えものだ。

 

そっちも驚きだけど、今は目の前に集中しよう。

 

昨日の電撃ビリビリファンタジーなんて比ではない。血の匂いはブワッ。殺気がひしひしどころかビリビリである。非日常ここに降臨。そして極まれりである。

 

今すぐUターンしたほうがいいのは分かる。警鐘もガンガン頭の中に響いている。しかし悲しいかな、俺の足は倒れた姉ちゃんの方へ向かっていく。

 

知らなかったら良かったのに、怪しげな音に気付かなかったら良かったのに…

 

「へぇ〜…君も闘るのかな?まだ羽化前みたいだけど…」

 

灰色の髪の毛以外、黒で統一した格好の美人が尋ねてくる。まだ目がいったままだ。

 

助けられる命は助けないと寝覚めが悪い。知らなければ世はこともなしなのに、気づいてしまっては手を出さざるをえない。

 

見て見ぬ振りは男がすたる?違うな。見ぬ振りをして次の日のうのうと暮らせるほど俺は強くない。

 

「いいねぇ〜ゾクゾクさせてくれよ…」

 

いってしまった目を閉じ、ニコニコしながら近づいてくる。納刀したままなので抜刀スタイルらしい。しかし、こいつ左で抜くのか?

 

こちらも腹をくくって脱力、そして素敵ボディを信じて進む。

 

アスファルトの地面がコツコツとなる。歩み寄る時間は引き伸ばされ、永遠にも感じられる。

 

お互いの領域が重なる前に俺が動いた。黒いのも動く。そして、交差は一瞬だった。

 

 

 

「…!」

 

 

 

カランカランと刀が落ちる。

 

交差はしていない。俺が刀を、というか、刀を持つ手を裏拳ではたき、抜く手を空いた手で押さえたからだ。

 

強そうだと思っていたが、ここまでとはね。うまくいってなによりだ。

 

「器用なことするねぇ。まさか刀を抜けないとは思わなかったよ…」

 

はたかれた右手が痛むのか、声が若干堅い。

 

いやいや、単なる初見殺しだ。目をつむって油断していたが故に、外の間合いから奇襲をしただけのこと…バトルジャンキーっぽい輩には初手で決めるに限る。某スキルがいっぱいある人ではないが、強さに自信を持っているがゆえの余裕は本当に命取りなのだ。

 

「…でも、こんな芸当ができるのなら、もっと傷を負わせることもできたんじゃないのかなぁ?」

 

バカ言え。殺人未遂とはいえ、美人をフルボッコになんてできるわけがない。それに傷に残ったら大変だ。責任取らされそうだし。

 

「…まぁ、そういうことにしておくよ。」

 

先ほどまでの殺気は霧散し、血の香りだけがここを満たす。

 

「ここは頼んだよ。その気だったみたいだしねぇ…」

 

刀を拾い上げ、背を向けて去っていく美人。

 

とりあえず、これで一安心だ。このツインテ美人の止血をちゃっちゃとしちゃおうかね。

 

おぉう、結構ヤバげ。はいはい、カームダウン。いつまでもピクピクしてなくていいから。目を閉じて安心しなさい。救急車も呼んであげるから。しかし、えらい血が出てるな。助かるのかね?心配になってきた。

 

「ねぇ?」

 

ちゃっちゃか止血をしていると後ろから声が掛かった。いや、近いよっ!びっくりした。さっき離れていってたじゃん。一瞬で戻ってきたんかい。

 

「君の名前を教えてよ。自分はNo.4 鴉羽(からすば)。黒の鶺鴒(せきれい)なんて呼ばれてる。」

 

No.4?なんかの四番目か?とりあえず、黒宮です。黒宮。黒がかぶってますな。

 

「ふぅ〜ん、黒宮ね、黒宮…覚えたよ。面白かったし、また会えるのを楽しみにしてるねぇ…」

 

今度こそ、去って行った。

 

 

よし!止血も終わったし、救急車だ。携帯を取り出し119。ポチッとな。

 

数回のコール音の後に繋がったが、

 

「やあ!No.96 黒宮くん、みんなの社長、御中だよ。元気にしているかね。No.38 蜜羽(みつは)を介抱してくれてありがとう。」

 

やたらテンションが高い人が出てきた。どう見ても救急のオペレーターではない。しかもビデオコールで相手の姿が丸見えだし、どうなってるんだ?

 

「No.38のことなら心配はいらない。今、こちらのものが向かっているから、彼らに預けてくれたまえ。」

 

白髪でメガネのおじさんである。椅子にふんぞり返って偉そうだ。服はひらひらで、センスがダサい気がする。マッドサイエンティストを意識しているのかね?

 

「あと、セキレイが闘いに敗れて機能停止になった時は、119じゃなくて、高美くんにでも連絡してくれたまえ。普通の病院じゃ見せられないんでね。」

 

高美様と知り合いらしい。

 

変なおじさんこと御中さんが何かと話しているうちに、バラバラとヘリが近づいてきたし、装甲車っぽいのも見えてきた。この道狭いから対向車きたらやばいんじゃね?

 

「じゃあ私はこれで失礼するよ。あとは彼らに任せる。君も早く葦牙(あしかび)を見つけたまえよ。」

 

ブツッと一方的に切られてしまった。しかし、また葦牙である。そんなにセキレイにとってあの葉っぱが重要なのか?

 

そうこう考えているうちにM.B.Iの人たちが蜜羽?だったかを連れて行ってしまった。めっちゃ手際良かったし、さすがプロ(たぶん…)です。お仕事ご苦労様です。

 

ちなみに、装甲車みたいなやつは、来た道をバックで戻って行った。運転上手だなぁ。

 

とりあえず、さっき手持ち無沙汰で携帯電話をいじくっていた時にわかったことがある。北がこっちだということだ。なんと、携帯電話に地図機能はなかったが、コンパス機能があった。どんな携帯電話だよ、ホント。そしてソーラーバッテリーで動くらしい…ハイテクなのかレトロなのかもうわかんね。

 

 

 

しばらく北に向かって歩いていたが、バス停の椅子に腰掛け、少し休憩。

 

お腹すいたなぁ〜、親切なばあさんとかいないかなぁ〜と考えながら、とりあえず、わかったことをまとめてみる。

 

セキレイとは、どうやら闘う存在らしい。負けて機能停止とはどう意味なのか、何と闘うのかはわからないが、もしかするとセキレイ同士で闘うのかもしれない。あんなバトルジャンキーがいるくらいだし……物騒なところに来てしまった気がする。

 

あと、葦牙とやらがマジで重要な可能性がある。高美様と御中さんが二人して言うくらいだ。本格的に水辺を探すのがいいかもしれない。

 

他には何かあったかな?

 

あぁ、そうか。セキレイには番号と称号がついているようだ。モルモットや競技者の可能性も出てきた。

 

とりあえず、俺は、No.96 黒宮…なんらかのセキレイである。

 

 




次も一週間後に…がんばろう、うん。


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第三羽 水の鶺鴒

一週間以内に投稿できました。万歳。
あと、感想を書いていただいた方、ありがとうございます。励みになります。



人助けならぬセキレイ助けから1日経った。また野宿したよ。布団がマジで恋しい。

 

その間に悲しいことと嬉しいことがあった。

 

まず悲しいことに葦牙は手に入りません。

 

いやね、俺も頑張ったと思うよ。ここ新東帝都の北の端に荒覇川(あらはがわ)っていう川があるんだけど、そこでしばらく粘った。

 

葦を見つけるだけなら、粘んなくてもすぐに見つかる。群生してるしな。でもな、葦牙って葦の若芽だろ?時期じゃない。こいつら成長スピードはんぱないから、すでに小学生の身長ぐらいの葦ばっかりよ。来年まで待てってか?

 

嬉しかったのは、川辺で頑張っている時に、美人なお姉さん(たぶん30歳ぐらい)が食べ物を恵んでくれたことだ。コンビニの惣菜パンとお茶だったんだけど、涙が出るほど美味かった。

 

ちなみに、そのお姉さんは宮島(みやじま)さんというらしい。何をしておるのじゃ(話し方は年寄りくさかった)と聞かれて、葦牙を探していますと答えたら、爆笑された。何でだろう…?

 

あと、お姉さんのおかげで、出雲荘の方角がわかった。あっちらしい。道案内をしてくださる気は無さそうで、指でさして教えてくれただけでした。割と豪快?大雑把なお姉さんのようだ。いやいや、感謝はとってもしてますよ、はい。何でも忙しいらしい。

 

葦牙探しを頑張れよと応援もしてくれたし、とりあえず彼女は命の恩人であり、いい人だ。もっとも来年まで葦牙はどうしようもないけどな。

 

 

 

お姉さんと別れてから、指し示された方角に向かって一直線に歩いているつもりなのだが、なかなか出雲荘にたどり着けない。

 

通りすがりのお姉さんが知っているぐらいだし、なかなかの名荘だと思うのだが、見つからない。

 

そうこうしているうちに、またしてもビル乱立地帯へ突入してしまった。ホントにどうしよう。

 

とりあえず、このあたりは物々しすぎる。野宿している身としては、補導か職質されないかと気が気でないのだ。なんか見られているような気もするし…

 

人目を避けつつ歩き続け、バス停を見つけたのでまたまた椅子に腰掛けた。そのうち全部のバス停の場所を覚えてしまうかもしれない。

 

 

 

空はこんなに青いのに、心はどんより曇っている。おい、ヘリ邪魔だ。雰囲気ぶち壊しだよ…

 

さっきのお姉さんのようなラッキーイベントなんてそうそう起きないだろうし、本格的に衣食住がやばい気がする。

 

ぼーっと空を眺めていたら、膝の上になにやら重みを感じた。いや、接近していることには気づいていたけどね。白い猫だ。結構美人である。いや、オスかメスかなんてわかんないけどさ。

 

おとなしく撫でさせてくれるらしい。ゴロゴロ言っているから、気に入ってもらえたようだ。

 

フワフワもふもふ、モフモフふわふわ…やべぇ、ちょーかわいい。

 

どれくらい撫でていただろうか。結構時間が経ったような気がする。胡散臭いと思っていたが、アニマルセラピーの力はきっとこのようなものに違いない。疑って悪かった。

 

心が回復してきたようだ。もう少し頑張る気がする。ありがとう、白猫。

 

「おーい、そこの髪の毛真っ白のやつ!その猫捕まえててくれ!」

 

なんか首にタグをかけたジャケットの青年が走ってきた。うーん、あんまり言いたくはないけれど少しダメな人間の匂いがする。あと、飼い主に見えない。

 

それに恩人ならぬ恩猫を俺は捕まえているわけではない。撫でさせてもらっているだけだ。少し猫と目があったけど、にこやかに送り出した。元気でな〜、車に気をつけろよ。

 

「ゔぉい、なんで逃がしやがった!こちとら頼まれて三日前から探してたんだよ!」

 

バカ言うな、俺は最初から捕まえていない。青年が勘違いしただけだ。

 

「ん?なんだ、変な感じがするが、お前セキレイじゃねぇか。しかも羽化はしてねぇな。」

 

ん?もしかしてこの人もセキレイか?今まで出会ったセキレイは美人しかいなかったから、美形しかいないと思っていたんだけど、なんかショックだ。

 

「ばっか、俺はセキレイじゃねぇよ。葦牙だ葦牙。ちょっと特殊な、な。」

 

んん?ちょっとびっくりワードが出てきたぞ、葦牙だと?葦牙って人のことなのか?この世界では、人間=葦牙なのか?いや、この人の名字が葦牙という可能性もあるか。

 

「いや、俺は瀬尾ってんだ。なんだ?お前セキレイのくせに、鶺鴒計画について知らないのか?」

 

セキレイ計画?どんな計画だよそれ?

 

「まじかよ、お前どんな調整を受けたんだ?こんな無知なセキレイに出会ったのは初めてだぜ。」

 

ん〜?調整ってなんだ?もはや訳がわからん。しかし、事情を知っている人に出会ったこの好機、逃してなるものか。教えてもらおう。

 

「は?いやだよ、なんで俺がそんな面倒くせぇことしなきゃならねぇんだよ。しかもセキレイとはいえ野郎に。どうしても教えて欲しければこれだな。」

 

指で輪っかを作って金を要求してきた。まじかよ、クズっぽい匂いに間違いなさげじゃないか。とりあえず、猫探しを手伝うことで手を打ってもらおう。

 

「ハァ〜、面倒くせぇ…いいか、一回しか言わねぇからな。…………」

 

 

 

説明中…

 

 

 

長かった。確かに面倒くさいというのがわかるレベルだった。瀬尾さん、クズっぽいとか思って悪かった。

 

要約すると、鶺鴒計画とは、108羽の鶺鴒によるバトルロワイヤルであり、嵩天という場所に至って願いを叶えるために、最後の一羽(セキレイの数え方は鳥の鶺鴒と同じように羽らしい。)になるまで闘うというものだそうだ。あのファンタジックなパワーは鶺鴒の固有能力らしい。やっぱり物騒な世界だった。

 

そして鶺鴒には羽化というものがあり、葦牙という鶺鴒を制御できる人間と粘膜接触をすることで起きるようだ。要はチューである。鶺鴒の安定した力を引き出すためには必要なものらしい。ただ、葦牙を探す意欲は激減したな。出会って間もない人にチューして魔法使いになってよみたいなこととかどんな無理ゲーだよ。恥ずかしすぎる。

 

先ほどの調整とは、羽化前の市井に送り出された鶺鴒が、今の世の中で生活できるように体を弄られることと一般知識を授けられることのようだ。

 

思い出したが、先日の高美様の話だと、俺は調整を終えたことになっている。ただ、覚えはないし、この素敵ボディは大丈夫だろうか…割と不安である。

 

その他、セキレイの闘い方や祝詞(のりと)鶺鴒紋(せきれいもん)などいろいろあった。あと瀬尾さん自身についても。なんだか、瀬尾さんは特殊な葦牙らしくて、セキレイに触れれば、そのセキレイの力が出せないようにできるらしい。俺、触られたけどなんともなかったけどな…女限定なんじゃね?

 

そう問われた瀬尾さんはなにやら難しい顔をしていた。実際、能力については検証しきれていないのかもしれない。触ったことがあるのも女性だけという可能性もあるだろう。

 

何はともあれ、将来的に敵となる俺にこうして塩を送ってくださったのだ。しっかりと猫探しを手伝おう。

 

 

 

猫探しは、この素敵ボディによって楽勝だった。匂いと音で完璧に追跡できた。ホント素敵ボディ様様である。

 

とはいえ、瀬尾さんとともに行動しているせいか、俺もエネミー判定をくらったらしく、逃げる逃げる。なかなか捕まらない。というのも、さっき元気をもらった手前、俺としてはむんずと掴むのに気が引けて本気を出せなかったのである。できるだけ瀬尾さんの方に誘導はしていたのだが…

 

ようやく捕まえられたのは、第三者の協力を得てだった。偶然ぽかったが…

 

助けてくれたのは佐橋(さはし)君というらしい。手をつないでいる小さな女の子は妹か?えらい似ていないが…瀬尾さんの知り合いで同じ葦牙だそうだ。葦牙との遭遇が今日だけで二回である。もしかするとここ二日も結構すれ違っていたのかもしれない。

 

最近知り合ったのか、佐橋君が瀬尾さんのことについて質問していた。瀬尾さんは、大学生でなんでも屋であるらしい。

 

「黒宮さんもセキレイなんですよね?」

 

唐突に質問された。もってなんだ、もって。ここにセキレイは俺だけだろ?

 

「あっ、いや、うちにセキレイの女の子が何人もいるのでつい…」

 

なんと佐橋君、現在三人のセキレイの葦牙らしい。押しに弱そうな感じだが、かなりのプレイボーイのようだ。しかし、一人で三人も抱えていたら、最後の一羽はどうやって決めるのだろう?身内で大乱闘か?

 

「あと、くーちゃんもセキレイですよ。」

 

!!なんとこんな小さな可愛い子もセキレイらしい。ってことはこの子と佐橋君は…いや、何も言うまい。生温かい目で見守るとしよう。

 

しかし、ますますこの鶺鴒計画とやらが闘いづらくなったな。こんな小さな子や美人らをフルボッコで機能停止か、服をひん剥いて鶺鴒紋に祝詞だろ?外聞が悪いし、犯罪臭もプンプンしている。そして、大問題なのが、現状、俺は相手をフルボッコにして機能停止にするしか取り得る手段がないということだ。祝詞の言葉がさっぱりわからない。羽化できれば頭に思い浮かぶのかねぇ。

 

視線を感じたので見てみると、くーちゃんとやらが、あどけない、無垢でつぶらな瞳を俺に向けていた。おぉ、かわいい…

 

「くーね。しーちゃん探してるの。しーちゃん知らない?」

 

しーちゃん?本名なわけないよな?いずれにせよ知らないなぁ。お兄さんこっちに知り合いがほとんどいないから分からんわ。ごめんな。

 

「そっかぁ…」

 

幻聴ではなく、リアルにしょぼ〜んという効果音が聞こえてきた。なんだろう…悪いことをしたわけじゃないのに罪悪感がやばい。とりあえず、しーちゃんとやらを捜索リストの筆頭に入れておこう。安心しろくーちゃん!お兄さん頑張るからな!

 

 

佐橋君と瀬尾さんが会話をしていたが、瀬尾さんは人のセキレイの数がわかるようだ。何かにつけ敏感な葦牙なのだろう。俺、未だに相手がセキレイかどうか分からないんだけどな…この素敵ボディに何も反応ないし…

 

ちょっとがっかりしていると、「瀬尾〜!」と上から声が降ってきた。しかし、この世界は高さの概念がホントにゆるい気がする、でっかい建物いっぱいあるのに。

 

目を向けると、なんと!いつぞやのビリビリファンタジーのお二人さんだった。今日もSM衣装である。大丈夫かな、この人たち。というか、瀬尾さんのセキレイのようだ。となると、彼女たちの衣装は彼の趣味という可能性がある。やはり、付き合い方を考えるべきかもしれない。

 

なるほど、上から降ってきたのは、まずい奴、セキレイに追われているからのようだ。ということは、このままいくと「そこの男!!邪魔だ、退け!!」はい、またまた上からの参上です。そして、上を向くとまた美人(短いスカートでパンツ丸見え)が、佐橋君に突っ込んでいった。ごめん、佐橋君。くーちゃんの保護を優先しちゃったわ。

 

てかよ、俺の会ったことのあるセキレイって露出が激しすぎないか?SMにミニスカワンピース、短いスカート、鴉羽さんもパンツだからいいかもしれないけど、ショート過ぎて絶対領域的なものがあったし、もしかすると、大半のセキレイは衣装がいかがわしい感じなのかもしれない。俺の服(上から下まで真っ黒)が地味だけど露出がなくて助かったわ。

 

そんなことを考えていたら、ここであったが100年目みたいな感じで、佐橋君が殺されそうになっている。なんで?そして、今度はお水のファンタジー。彼女の周りに結構な量の水が渦巻いていた。こりゃあれだな、そのうちロ○ア系のセキレイが大集合するに違いない。

 

しかしよ、佐橋君。セキレイとはいえ幼いくーちゃんに庇ってもらうのはどうよ。あと、やっぱりお水のセキレイさんに幼子まで毒牙にかけたのかって突っ込まれている。渋い顔をしているけど佐橋君、ぱっと見、みんなそう思うよ。

 

抹殺されそうになっているところを止めたのは、SMビリビリファンタジー。あたし達が先約だ、とのことらしい。逃げていた割に態度がでかい。と思ったら、二人していきなり瀬尾さんとベロチューしだした。慌ててくーちゃんの目を俺が塞ぐ。佐橋君がグッジョブと親指を立てていた。なに、当然のことをしたまでよ。

 

お水のセキレイさんは顔を真っ赤にしながら、ナニしておるかと怒鳴っている。意外と初心らしいが、何が、ナニっぽい感じになっていたから、これがどういった行為なのかは知っているみたいだし、興味はあるようだ。

 

瀬尾さんの説明でわかっていたが、これがセキレイの闘い方の一つである。葦牙と粘膜接触することで祝詞を唱えて強力な力を発揮するらしい。うん、羽化しないと使えませんね。

 

「「我らが誓約の迅雷(じんらい) 葦牙が厄災(やくさい) 打ち抜かん」」

 

やっべぇ…………何がやばいって、祝詞って厨二病(ちゅうにびょう)全開じゃん。俺の考えた最強呪文みたい感じになってんじゃねぇか。俺は、たとえ羽化しても、絶対に祝詞を唱えないことを心に決めた。絶対に黒歴史になるわ。

 

「「神鳴(かみなり)!!」」

 

おぉすっげぇ、どんどん(いかづち)が落ちてくる。てか俺も攻撃対象に入っていませんかねぇ、お二人さん。まぁ、くーちゃん抱っこして避けましたけどね。佐橋君はお水のセキレイさんにタックルして行ったから無理でした。庇おうとしたのかね。どう考えても人間よりセキレイの方が肉体強度は上な気がするけど…

 

焦げ臭い匂いとともに、煙がはれると結構な範囲で穿たれた道路が……これ賠償金がやばいことにならないか?次は外さん、覚悟しろ的な感じでお二人さんがドヤ顔しているけど、お金のこと考えた方がいいと思うよ。

 

ピンチと思ったのか、少し苦し紛れに水柱を飛ばすお水のセキレイ。サッとお二人さんは避けて、奥にいた瀬尾さんの顔面に水がぶっかかった。結構威力があったのか、抱えていた猫を放してしまった瀬尾さん。もちろん猫は逃亡…あぁ〜あ。

 

当然、三日前から探していたんだから、瀬尾さんがキレた。お水のセキレイさんに顎をクイっとやってどう落とし前つけてくれんだ、あぁん?となっている。理由はわかるが、美女に絡んでいるチャラ男にしか見えない。羽化して奴隷にしてやろうかとか言っているし…

 

お水のセキレイが動けないところを見ると、瀬尾さんの葦牙としての特殊な力が働いているんだろう。やっぱ女のセキレイ限定なんじゃね?とはいえ、これ以上は心が傷む、ここらが止め時だろう…

 

止めようとしたら、なんと、佐橋君が瀬尾さんに割って入った。しかし、放せの理由が俺のセキレイだからって何よ。セキレイってものじゃないじゃん。って、よく見るとお水のセキレイも頬を染めて、まんざらでもなさそう。なんでやねん。

 

一方、瀬尾さんは、ビリビリファンタジーのお二人さんに目の前で浮気するとはいい度胸だと修羅場に突入していた。そりゃそうだ。セキレイとはいえ、目の前で他の女性に目移りしていたように見える。なんとか言い訳しようとしていたが、問答無用で電撃を浴びていた。ご愁傷様。

 

ふと隣りを見ると、くーちゃんがふるふると震えている。ん?どうしたよ?

 

「けんか だめなのー!」

 

と、くーちゃんが涙目になりながら叫んだ。すると、手に持った鉢植えの芽がぐおっと一気に成長して瀬尾さんたちを拘束した。ついでに俺にも襲いかかってきた。どうして攻撃対象に俺が入っているんだよ。俺なんもしてないじゃん、守ってあげたでしょ?ていうか、セキレイの攻撃って、敵味方お構いなしの範囲攻撃しかないの?まぁ、全部避けたからいいけどさ。

 

植物の成長が止まると、くーちゃんはけんかを止めましたとばかりに佐橋君に向かってドヤ顔している。佐橋君も佐橋君で、すごいやくーちゃんとばかりにぐっと拳を掲げていた。いや、とばっちりを受けた俺に何かないの?

 

瀬尾さんは植物から抜け出そうとジタバタしている。でも、放せゴラと幼女に迫るのはどうかと思うよ。くーちゃんがまた泣きそうになっているし。

 

佐橋君はお水のセキレイと会話中。責任取れだのプロポーズしただの問答になっていた。ちなみにこのお水のセキレイは月海(つきうみ)さんというようだ。しかし、俺のセキレイってだけで、責任やらプロポーズってちょっとちょろインすぎやしないかい?月海さんよ。

 

結局、押しに弱そうだった佐橋君がまさに押されてチューされていた。月海さんの羽化である。羽化というものを初めて見たが、正直思っていたより、神秘的で綺麗な光景だった。背中から羽のようなキラキラしたものがパァーっと出ていた。わぁ〜お。

 

しかし、月海さん、汝を殺して良いのは我だけじゃって激しすぎる告白文句だな。あと、華燭(かしょく)の典とするとか言っていたが、こんなんを結婚式としていいのか?もっとロマンチックなものをした方がいいんじゃね?女の子だし…

 

だと思ったら、月海さんから幾久しく(いくひさしく)だってさ。本人が満足しているみたいだし、ほおっておこう。佐橋君、女の子に幾久しくなんて言ってもらうとか男冥利につきますね。出会ったばかりっぽいけど…

 

くーちゃんがとてとてと歩み寄って佐橋君に抱きついていた。これはくーのだぞと言わんばかりに…いや、くーちゃん…先に瀬尾さんたちを解放してあげようよ。

 

くーちゃんの行動にイラッとしていた月海さん。ちびっこだから大目に見ようとしたようだが、「皆人(みなと)さ〜〜ん」とまたしても空からパンツ丸見えな美人(こちらは(むすび)ちゃんと言うらしい)が降ってきて状況が一変、修羅場に突入した。

 

そうだよね、結婚したと思ったら、旦那が他に三人も女を囲っていたなんて納得できるわけがない。佐橋君、甘んじて水柱(この技は水祝(みずいわい)というそうだ)を受けとけ。

 

 

 

やっと解放された瀬尾さんたち。一度彼のセキレイたちに襲われているからどうしたもんかと思ったが、彼女たちはもう疲れたらしい。ついでに瀬尾さんも猫探しの続きはもうしないそうだ。

 

これからどうするよって尋ねたら、なんと出雲荘に向かうとのこと。今日の俺、運が良すぎる。ちなみに、佐橋君は出雲荘に住んでいるらしい。瀬尾さんはどうして?と尋ねると、飯をたかりに行くようだ…マジで付き合い方を考え直した方がいいかもしれない。

 

和気藹々と歩くセキレイ六羽と葦牙二人。もっとも、佐橋君のセキレイ達が彼をもみくちゃにしながら騒いでいるだけである。周りの目が痛い。少し離れて歩こう。

 

瀬尾さんは頭の中がご飯のことでいっぱいなのかそっけない。仕方がない。こちらも格好的に近づきたくはないが、ビリビリファンタジーのお二人((ひかり)さんに(ひびき)さんというそうだ)に話しかけてみた。てか、そのお洋服恥ずかしくね?

 

「うるさいよ」と顔を赤くしながら返された。そうだよね。好きでこんな格好しているわけがないわ。ちなみに、この洋服、M.B.Iからの支給品だそうだ。まじかよ、御中社長が変態なだけじゃねぇか…あぁ、まんま変態か。

 

 

 

そうこうしているうちに出雲荘に着いた。

 

なんと、何回も通り過ぎた場所だった。仕方ないじゃん、もっと豪華な名荘だと思ったんだよ。しかも表札は塀の中の玄関の前にしかないし…

 

騒がしいのを聞きつけたのか、布団叩きを持った割烹着を着た和服美人が出てきた。大家の浅間美哉(あさまみや)さんというらしい。美人遭遇率はんぱねぇな、ホント。

 

自己紹介が始まり、月海さんが妻だというくだりで一悶着が起きていた。あと家の奥にもう二人、住人がいるようで、何やらむふふと覗きながらしゃべっていた。あまりお近づきになりたくない部類の人たちかもしれない。

 

妻の座をかけて結ちゃんと月海さんが勝負しそうになる段階で、大家さんが出雲荘での暴力沙汰は許しません、と二人の頭を布団叩きで叩いていた。いや、あなたが叩くのはいいんかい…そうですね。大家さんは神ですもんね。

 

ついでにこの大家さん、えらい雰囲気があるお人で、詳しく言うと、お話がOHANASHIである。先の二人がすごすごと引き下がっていた。

 

そして鶺鴒計画についてご存知のようだ。俺の入居も認めてもらえるかもしれない。ちなみにM.B.Iに勤めていた旦那がいるようだ。過去形なのが少し気になるが…

 

瀬尾さんが、鶺鴒計画について知らないふりを佐橋君に対してしていた大家さんに意地が悪いなと話しかけたが、飯をたかりに来たことについてクズ呼ばわりされていた。後ろで光さんと響さんがすみませんと泣いている。かわいそうに…

 

「それで?こちらはどなたですか?」

 

ようやく、空気だった俺に会話の矛先が向いた。No.96 黒宮です。高美様の紹介で、こちらなら助けてもらえると参りました。寝る場所を貸していたでければ幸いです。二日も野宿なので…

 

「あらまぁ、そうでしたか。出雲荘へようこそ。ここは来るものを拒みません。詳しいことはまた中でお話しましょう。」

 

あ、ありがとうございます。ていうか、そんな簡単に決めていいのか?ちなみに俺、今一文無しなんだけど…まぁアルバイトはするけどさ。

 

「ここに来たことも何かの縁です。ここは誰であろうと拒みませんよ。ただ、そうですね。瀬尾さんみたいにならないように気をつけてください。」

 

ナチュラルに心を読まれました。とりあえず、今晩は布団で寝られそうだ。ホント良かった。しかし、瀬尾さん、あんたの扱いの酷さに同情するぜ…

 

「じゃあ御飯の支度をしましょうか。皆さんとりあえず上がってくださいな。」

 

どうやら、御飯も頂けるようだ。大家さん、お手伝いいたします。

 

「あらあら、それじゃあお願いしますね。」

 

ちなみに、奥で覗いていた人たちは、(まつ)さんと(かがり)さんというらしい。これまた美人と美形でした。ここ、モデルの人材で言ったら名荘だわ、絶対に。

 

台所へ行く途中、松さんと篝さんがこそっと会話しているのを聞いてしまったが、篝さんもどうやらセキレイのようだ。ついでに羽化していないセキレイは俺ともう一人いるらしい。篝さんは自分のことをなりそこないと言っていたが、どういうことなのだろうか…

 

 

 

月海さんがメイド服に着替えていた。よく似合ってはいるが、これから何をする気だろうか。ちなみに、203号室に住むうずめさんとやらの持ち物らしい。後で挨拶する必要があるとして、そんなもん持っている人とお近づきになるのは大丈夫だろうか?

 

どうやら着替えたのは買い物のお手伝いをするためらしい。ひらひらした月海さんの服では動きづらいだろうからと結ちゃん。いや、メイド服も大差ないよ…

 

M.B.Iの上限なしのマネーカードを出してお金はここからと月海さんが文句を言っていたが、このカードではここの家賃は払えんらしい。ていうか、そんなマネーカード、俺もらってないんだけど…

 

佐橋君の隣の席で食事をする権利につられ、結ちゃんと月海さんがダッシュで買い物に出かけて行った。大家さんは佐橋君がモテモテと評していたが、彼女たちが単純なだけではないだろうか。てか、ご飯の支度は買い物からなんですか?

 

「いえいえ、明日以降分の買い物ですよ。では、黒宮さん一緒にご飯を作りましょうか。」

 

そうですよね〜。明日以降のですよね〜。とりあえず、さっさと料理を作り上げよう。瀬尾さんも待っているだろうし。

 

 

その後、料理の手際が良いと大家さんに褒められ、料理も完成してみんなで食卓を囲んだ。まぁ、調理師免許を持っていたぐらいだからな、これくらいできないと。ちなみに、お買い物レースは結ちゃんが勝ち、佐橋君にあーんしようと頑張っていた。

 

瀬尾さんも美味しかったと言って満足したようである。三人で帰って行った。ついでにアルバイトを紹介してもらった。深夜で一回一万円以上のやつを。さすがなんでも屋、顔が広いようである。

 

あと、この出雲荘は一日二食の月五万円のアパートだそうだ。晩御飯の支度を手伝うことを条件に、月三万円にまでまけてもらえた。大家さん本当にありがとうございます。

 

とりあえず、204号室を貰い、風呂にも入って、布団を敷いた。いや〜、久々の布団ですよ。畳もいい匂いだし、虫も気にせず寝られます。

 

今日は色々あって疲れたが、心配事がかなり解消されたと思う。葦牙とは何かに始まり、セキレイの目的、セキレイの闘い方、寝床にバイト、ご飯まで。てか、自分の葦牙を見つけることと自分がどういったセキレイなのかについて以外、全部解決している。万歳。今日で運を使い切っていないことを祈りつつ、俺は布団に潜り込んだ。

 

おやすみ〜。

 

 

 




次回も一週間以内に…


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第四羽 死神の鶺鴒

とりあえず、一週間で投稿できたので良かったです。
あと、原作の漫画を読んでいるとそんなところもあったなと思える部分が割とありますので、ぜひ読んでみてください。ストーリーもわかりやすい、おはだけが割とあるバトル漫画です。なかなか名作ですよ。



 

 

 

俺は目覚まし時計を使ったことがない。

 

今までずっとカーテンを全開にして床に就き、朝日と共に起きていたからだ。

 

もっとも、今は、瀬尾さんが紹介してくれた深夜バイトを頑張り、朝に帰ってくるのでカーテンは閉め切って寝ている。

 

それでも目覚まし時計は必要ない。

 

 

ドドドドドーーーッ

 

 

「わあい、また結の勝ちです〜っ。」

 

そう…佐橋君の隣で食事をするために毎日行われる買い物勝負の音である。そのうち、近所の名物になりそうだ。

 

さすがセキレイと言うべきか、結ちゃんと月海さんの身体能力はかなりというか凄まじいもので、人にぶつかれば、ダンプカークラスの衝撃を与えられそうな感じだ。

 

おかげで毎日決まった時間に起きて、規則正しい夜型生活が送られているので感謝するところではある。とりあえず、今は起きて今晩のメニューを考えよう…

 

 

 

「はい、皆人さん❤️あーんして下さい❤️」

 

結ちゃんが佐橋君にカップルがよくやるあれをしている。

 

本来なら、よかったねと言うところだ。しかし、これに対して、月海さんは口にしたら殺すとシャレにならないことを口走っていた。食べられない佐橋君…かわいそうに。

 

下からくーちゃんが、くーも食べさせてあげるとばかりに目を輝かせている。なんだかんだで佐橋君はくーちゃんに甘いからなぁ。ゆくゆくはこの子が一番いいところを持って行きそうな気がしてならない。無垢な子は強い。

 

ちなみに、佐橋君が安心して食事をできるようにあーんしにくいメニューを用意し、お箸だけを置いたつもりなのだが、くーちゃんはいつの間にかスプーンとフォークを持っているし、結ちゃんはお箸の使い方がうますぎる。これは無理だと思っていた刺身こんにゃくもしっかり運んでいたので、最近、もはや諦め気味である。といっても、ここに来てまだ一週間しか経っていないが…

 

食事だけでなく、風呂なんかも背中を流すために突撃してきたり、寝る時は四人(佐橋君のもう一人のセキレイは松さんでした)にもみくちゃにされながら寝ているそうで、嬉しいを振り切って逆に辛い状況らしい。何事もほどほどがいいってことだろう…

 

四羽も羽化させた責任を取るため、日夜頑張る佐橋君であった。受験勉強も頑張れ!

 

ついでに、あちらでご飯を食べてらっしゃるのはうずめさんという方で、先のメイド服といったコスプレ衣装を大量に所持している賑やかでムードメーカー的な美人である。下着姿で出雲荘を徘徊していることもあるので、少し残念な感じではあるが…

 

あと、羽化済みのセキレイらしい。葦牙さんと一緒に住んでいるわけではないようで、何か理由があるのかもしれない。

 

しかし、ホントにセキレイと人間の見分け方がわからない。もう、美人と美形はセキレイでいいですかね?

 

 

 

食事も終わり、バイトに行くために玄関で靴紐を結んでいた俺の背中に声がかかった。

 

「黒宮さん、今日もアルバイト頑張ってくださいね。」

 

はい、いってきます。というか、毎晩見送ってくださる大家さん。この人ホントにいい奥さんだ。頑張りますとも。

 

ちなみに今日のバイトは、上下水道の老朽化チェックと補強作業をするそうだ。こういった公共事業は省庁の許可がいるらしいが、三日前に松さんに聞いた話だと、新東帝都のこの物々しさは鶺鴒計画を敢行するためにM.B.Iがここら一帯を占拠したからで、占拠しているからこそ、法律無視でガンガンに造り直しているらしい。

 

だから、セキレイがあれだけ暴れて壊しても問題が起きなかったわけだ。かといって周囲を気にせず壊しても良いというのはどうかと思うが、まぁ、少し気楽に闘えるということだろう。

 

もっとも、俺の場合、葦牙やセキレイの皆さんは、夜はしっかり寝ているようで、今のところ、アルバイト中にセキレイや葦牙に鉢合わせをして闘うといった事態は起きていない。これからもないといいなぁ…

 

 

 

今日の夜空には、三日月が綺麗に輝いている。

 

高いところが好きというわけではないけれど、こんなにたくさん高いビルがあることだし、月に近いところで宴会でもしたら気持ちいいかもしれない。

 

現在は午後9時。気づいたかもしれないが、この世界と元の世界との違いの一つは、三日月がおそらく上弦の周期で昇っているということだ。本来、太陽の動きを3時間ずれてに追うはずの三日月がまだ沈んでいない。そう。今の時間であれば、三日月は沈んでいないとおかしい。

 

きっと地球によく似た月の周期が異なる世界ということで納得しておけということなのだろう。ということは、満月を夜いっぱい楽しめない世界と言えるかもしれない。こう評価すると少し物悲しい気がするが…

 

とはいえ、こうして日毎に見つかるいろいろな発見を楽しみながら、バイトに勤しんでいる。鶺鴒計画という物騒なものに巻き揉まれているが、一日一日を楽しみ味わって生きるというものは、思いの外、悪くないものだ…うん。

 

 

ドンッ!!

 

 

静かな良い夜に場違いな音が響く。さっきまでの俺の感傷を返してくれ。良い感じに浸っていたのに…

 

セキレイが闘っているのかどうかが分からないし、本当に事故である可能性もある以上、俺としては見に行くしかない。

 

二区画先だな…とりあえず、走って向かう。ここで注意なのだが、走るときにあまり気合を入れて踏み込むと、地面が凹む…というか沈下しかねないので手加減をしなくてはならない。この一週間で、リミッターが振り切っているようなこの素敵ボディとの付き合い方にもだいぶ慣れてきた。最初の頃は、手加減はできたが足加減がうまくできなかった。靴を履いてトントンとしたら出雲荘の玄関が凹んだのがいい思い出である。もっとも、大家さんに大目玉を食らったが…

 

とりあえず、某ジャマイカの最速選手の記録なんてぶっちぎって現場に到着。と思ったら…

 

ドンッ!!

 

またしてもすごい音がして、俺の身長(178cm)と同じくらいのコンクリがこっちに飛んできた。避けるか受け止めるか迷ったが、今回は受け止める方向で…現場がすごく粉っぽくて何か遮るものが欲しかったかったからだ。

 

とりあえず、受け止めたコンクリを壁にして、少し顔を出して覗いてみた。おぉう、今まで見た現場としては、一番大惨事だよ。

 

ヘアバンドのような鉢巻をしたショートカットの美少女(頰に絆創膏があるのが気になる)が、身の丈に合わない巨大なハンマーを振り回し、ハーフパンツの美少年を追っかけまわしていた。振り回すたびに現場はボコボコ、被害総額どれくらいですかと問いたくなるような惨状を作り出していた。というか、あんなの食らったら、美少年が挽肉になっちゃうよ…

 

美少年は美少年で、跳んだり跳ねたりで器用に立ち回り、未だクリーンヒットがない。まぁ、クリーンヒットが出た時点で終わりだけどさ。

 

とりあえず、これは事故じゃなくてセキレイの闘いということだろう。松さんの話だと、セキレイの闘いは基本的に一対一で行うらしい。勝負という時点で勝つためには何でもやったらいいと思うが、セキレイとは気高いものなのだろう。

 

ひとしきり、暴れまわったと思ったら、現場に舞った粉塵の奥から、二人の人が出てきた。おそらく葦牙だと思われる。

 

パーカーを着た目つきの悪い葦牙君と十字の髪留めをした気の強そうな葦牙さんだった。やめるなら今のうちだとか、怖気付いたのはお前らだろだとか口論になっている。

 

葦牙さんの方が頭悪そうだとか言って葦牙君をおちょくっていたが、おちょくっている葦牙さんの顔芸を見ると、彼女もあまり賢そうには見えない。お互い様のような気がする。

 

ただ、その後の葦牙君の行動には驚いた。侮辱されたことを美少女のせいにして殴ったり、蹴ったりしだしたからだ。彼女の頰の絆創膏はDVによるものらしい。彼女の性癖かとも思ったが、喜んでいる様子はないので、葦牙君の性格が悪いだけだろう。

 

「誰だ!?」

 

ここで、ようやく美少年が俺に気付いたらしい。別に隠れていたわけでもないから、素直に皆さんの前へ…どうも、通りすがりのセキレイです。

 

葦牙さんから美形…グヘヘなんて聞こえてはいけない言葉が…葦牙さんのことが嫌な意味でわかった気がする。葦牙君からはイケメン死ね、ケッとあまり友好的ではない視線をぶつけられている。洗面台に立つたびに顔は見ているが、俺としてはそんなにイケメンではないと思っているんだけど…

 

どうしたものかと考えているとあいつもやっちまえと葦牙君が美少女をけしかけてきた。こっちは事故かもしれないと見に来ただけなんだがなぁ…

 

なんか強引にキスして祝詞を唱えさせる葦牙君。恥ずかしそうに顔を赤くしながら祝詞を唱える美少女。うんうん、公衆の面前でキスはしたくないよね…この世界で初めて貞操観念がまともなセキレイに出会ったかもしれない。

 

「我が誓約の鎚 葦牙が敵 叩き潰さん No.84 八嶋(やしま) 参る!」

 

ハンマーを振りかぶり叩きつけようとしてくる八嶋さん。割と真剣な場面なのだが、相変わらず祝詞が厨二病くさくて、真剣になりきれない俺…ごめんね。

 

それと正直なところ、この少女に俺が負ける要素が見当たらない。さっきから見ていたが、ハンマーを振り回して叩きつける一辺倒なのだ。祝詞を唱えた今も振りかぶっているし…ハンマーという一発のでかい武器は、相手に確実に当てなくては意味がない。使い道を考え、必中必殺の状況をつくりあげることこそが重要なのだ。とりあえず、貞操観念がまともそうなこの美少女がこれから生き残っていけるよう、闘いは頭を使えということを身をもって教えてやるとしよう。

 

迫り来る少女、迫り来る武器。

 

さぁ、やったりますかと覚悟をしたと思ったら、目の前に割り込む影があった。美少年である。

 

君の相手は僕だろ?とばかりにいっちょまえに手をかざす。

 

「…可哀そうに。それでも僕らは戦わなきゃならない。No.107 椎菜(しいな)、君にとっての死神。」

 

そして、一人で語り始めちゃったよ。こっちも厨二病っぽい…あと君、これくらったら挽肉だからね…お兄さんに任せなさい。

 

そう思って、彼の前に出ようと肩に触れようとした時、ぞっとするものを感じたので瞬時に一歩下がった。なんだ?この感じ…

 

超重力の鉄槌(グラヴィティ・ハンマー)!!」

 

技名を叫び、気合い十分な八嶋さん。祝詞は堅い日本語なのに技名はカタカナってなんだよ…

 

椎菜君が挽肉にされると思われたが、ズンと音がして、かざした手の前でハンマーが止まっている。なんだ?念力か?

 

「ごめんね。」

 

椎菜君は椎菜君で、なんか哀愁漂う感じで謝っている…

 

死の庭(デス・ガーデン) 僕に触れたもの全てが枯れ朽ちる」

 

厨二くさい、厨二くさいよ。「〜、くらったものは死ぬ」みたいな感じじゃないか…もうさっきから背中が痒くてたまりません。

 

見ると、フッとハンマーが消え去り、ついでに八嶋さんの服まで吹き飛んだ。おぉい、ド○スブレイクじゃねぇか!こいつ、可愛い顔してとんでもないことするな。

 

そして技をくらった八嶋さんが倒れた…なんで?服がなくなっただけじゃん…よく見ると、うなじあたりにある鶺鴒紋がすうっと消えた。機能停止だな。どうやら彼の持つ不思議パワーで倒したようだ。

 

よくよく考えると、椎菜君は僕に触れたものって言っていたが、触れずに倒しちゃったような気がする。

 

ていうか、自分より小さい美少年に庇われ、生き残れるようにレクチャーしようと思っていた美少女は倒され、俺はホントに何をやっているんだか…肩透かしをくらったどころではない、自分が少し助けようとした八嶋さんを一瞬の躊躇で助け損ねたのが痛い…

 

「痛かったよね。ごめんね。」

 

八嶋さんのそばにより、涙を流す椎菜君。あの時君に触らなくてよかったとは思うが、後悔が一入(ひとしお)である。

 

「八嶋〜!!」

 

何してくれるんだと、椎菜君に掴みかかる葦牙君。なんだかんだ言いつつも八嶋さんのことを大切に思っていたようだ。まぁ、男のツンデレは誰も得はしないけどな。

 

「ちょっとオオォ、その汚い手を離しなさい!!」

 

葦牙君に飛び蹴りをかます葦牙さん。スカートめくれてパンツ丸見えです。ここはホントに貞操観念が低い世界だよ。

 

吹っ飛ばした葦牙君をよそに、綺麗な顔が台無しよと椎菜君の涙を拭き取る葦牙さん。なんだこれ…ちなみに葦牙君もなんなんだよお前らって言っていた。意外と気があうかもしれない。

 

そしてまた、葦牙として最低だの、あれは俺のだからいいだの口論が始まった。口論好きだねぇ、君たちは。

 

口論が進むうちに、高ぶった葦牙君がとうとう刃物を取り出した。葦牙さんを刺す気のようだ。いくら自分のセキレイが倒されたからってそれはまずいよ。

 

葦牙君の手首にチョップをかまし、折りたたみ式ナイフを落とさせる。葦牙君は一瞬のことにびっくりして後ずさった。だめだよ、やるなら素手にしてください。

 

そう言われた葦牙君が、こんの〜とそのまま葦牙さんの方へ向かう。えっ?ホントに殴りに行っちゃったよ…ごめん、別にけしかけるつもりはなかったんだよ、葦牙さん。

 

もっとも、椎菜君が再び手をかざして、葦牙君の衣服を消しとばし、葦牙さんが彼の顔面に厚底の靴をめり込ましていた。踏んだり蹴ったりでホントかわいそう…しかし、椎菜君…君は人の服を消し飛ばすの好きだなぁ、おい。

 

素っ裸で吹っ飛ばされる葦牙君。いろいろモザイクをかけなきゃいけない状況になっている。

 

「あんたもだけど、最後に一つ聞きたいことがあるわ。No.108を知ってる?」

 

ん?俺もか。葦牙さんはどうやらセキレイを探しているようだ。とはいえ、俺はセキレイの知り合いが少ないし、そもそも番号だけではわからんよ。

 

葦牙君の方は、頭にきているようで、「知るか…このブス!」とおっしゃっていた。まぁ、知っていたとしても教えたくはないわな…

 

「…ふうん。じゃ、もう用はないわ。」

 

どうやら、ブスの一言におかんむりのようだ。そしていい笑顔で葦牙君のナッツをクラッシュしていた。いや、ホントにひでぇ。

 

「女の子に手をあげるどころか、ナイフまで持ち出すなんて葦牙以前に人として言語道断!ミンチにされなかっただけマシと思いなさいよ!」

 

いや、まさしくその通りなのだが、葦牙君の未来はミンチにされてしまったような気がする…椎菜君はイタイ、イタイヨと男としては同情しているようだ。

 

あと、倒れた八嶋さんに椎菜君が安らかに眠れと声をかけていた。素っ裸の美少女に厨二病の美少年…綺麗だけどなんか痛々しい絵面だ…

 

バラバラと音がして、セキレイを回収するためにM.B.Iのヘリがやってきたようだ。それを見た葦牙さんは、もうここに留まる必要はないとばかりに、椎菜君に行くよと声をかけていた。

 

「なんか、巻き込んで悪かったわね。私たち、No.108を探してて忙しいから行くわね、じゃあ。」

 

あっちょっと…呼び止める間もなく椎菜君が抱えてピョーンと二人は跳んで去って行った。No.108の名前を教えて欲しかったんだがなぁ…

 

八嶋さんをテキパキと搬送するM.B.Iの職員たち…ご苦労様です。ついでに現場を直す人たちも装甲車で到着。これから突貫工事だろう。

 

てか、今回のことはすごく俺は空気だった気がする。あと、自分の闘いにおける甘さも痛感した。一瞬の判断が全てを分けることぐらい分かっていたはずなのに…

 

少ししんみりしていたが、携帯を開くと、なんと、現在9:50である。バイトに遅れるということで、思うことはあれど、俺は急いでバイトの現場にダッシュをするのだった。100Mはきっと5秒台だっただろう…

 

 

 

 




やっと3巻に当たる部分が終わりました。
4巻以降で物語が加速するので、早く書きたくてうずうずしています。
感想や評価のをしてくださった方々、ありがとうございます。
それではまた一週間後に。


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第五羽 比礼の鶺鴒

前回の投稿から6年。
聖書の預言解釈によると、1日は1年に変換できます。
前回の1週間後にという挨拶は、7年を予表しているのだとすれば、言い訳に……なりません。
あれから、19巻が出たり、ちょっと読み直す必要があったりで……何を言っても醜い言い訳です。
構想は練れているのに、書き起こせないのはなぜでしょうかと思う今日この頃です。


 「今日も今日とてバイト三昧。」そう言っていいだろう。厨二病な椎菜君と出会ってから、またしばらくどのセキレイにも遭遇しない毎日が続いていた。

 

 がっつり稼いだのはいいが、お金なんて使い道がないから、前払いで結構な金額をすでに大家さんに納めている。

 

 今もまたバイト先へ向かっている。今日は荷物の積み込みと積み下ろしらしい。

 

 この素敵ボディのおかげでこういった肉体系な仕事はとても楽だ。気をつけることはやはり、気合を入れすぎないこと…前に早くに終わりすぎて手持ち無沙汰になったことがあった。給料はきっちり貰えたから良かったけど…

 

 ん?なんか異臭がするな…いや、都会なんて異臭だらけなんだけど、これは前にも嗅いだことがある臭いだ。

 

 割と近い…300メートルくらいかな?気になるので見に行こう。そう、これはたぶん血の臭いだ……。

 

 

 

 走ってきてみれば、案の定、現場には血だまりでズタボロになった誰かがいた。

 

 セキレイならM.B.Iのお迎えが来るはずなのだが、そんな様子も見当たらない。もしかして本当に殺人現場なのか?いや、死んでいないから殺人未遂かな?微かに息がある。

 

 とりあえず、ご臨終しかけている方のお顔を拝見…短髪の美人さんでした。目尻に涙の跡が残っている。死にたくないよってことかもしれない。

 

 美人だし、セキレイの可能性が大だろう。高美様に連絡するとしよう。

 

 Prrrrrr......

 

 「何?黒宮。今忙しいんだけど?」

 

 ちょっと不機嫌そうな高美様。まぁこんな時間だし当然か……こんばんは。とりあえず、目の前に血みどろのセキレイと思われる方がいらっしゃるのですが……。

 

 「!!それってNo.72 夏だわ。すぐに向かうからその場にいてちょうだい!」ブツッ……。

 

 はいと応える前に切られてしまった。まぁ、おそらく携帯のGPS機能か何かですぐに来るだろう。

 

 

 

 待つこと数分どころか、ホントにすぐに来たよ。はえぇ〜…

 

 よく見ると、ヘリから乗り出している白衣の人がいる。いや、危ないよ。

 

 「連絡ご苦労、黒宮。あとはこっちに任せときな。」

 

 メガホンで叫んできた。おそらくあれが高美様だと思われる。左目にちょっと傷があるけど、普通に美人だよこの人。セキレイじゃないよね?

 

 ヘリとともに降りてきた高美様とM.B.Iの職員さんたち。テキパキと夏さんとやらを応急処置して搬送している……とりあえず、確認したいことがあったので高美様に尋ねてみた。

 

 「ああ、セキレイ同士の闘いでどちらかが機能停止した場合、M.B.Iの回収班が来るまで勝者はそばにいるというのが、まぁ、暗黙のルールといったところだ。」

 

 なるほど。聞いていたルールに間違いはなさそうだ。でも、今日の方は俺が来た時には一人で放置されていましたよ?

 

 「んー。最近、勝者が敗者を置き去りにするケースがいくつかあってね。機能停止のシグナルは受診してすぐに駆けつけようとしてはいるのだが、その前に去られている。よほど姿を見られたくないらしい。だから今回は連絡してくれて助かった。やはり連絡をくれた方が早く回収できるからね。」

 

 なんか、感謝されました。しかし、ちょっとした事件が起きているとは…M.B.Iの監視網も結構ザルなのかもしれない。

 

 「黒宮。あんた、早くバイト行かなくていいの?もう9:45だけど……」

 

 !!やばい、急がなくては……あれ?バイトしていることって高美様に言いましたっけ?

 

 「それくらい知っているわよ。こちとらM.B.Iなんだから。」

 

 あっ、そうですか。さすがM.B.Iっすね。恐るべし……。

 

 とりあえず、遅れそうなので俺は高美様に手を振って走り出すのだった。きっとオリンピック選手なんて目じゃなかっただろう。なんか既視感が……。

 

 

 

 

 

 風呂場の方がすごく騒がしい……佐橋君らみんなで風呂掃除をしているとのことだが、先ほど水着に着替えていたので遊んでいるのだろう。まぁ、仲良きことはいいことだ。

 

 一方の俺は晩御飯の準備中……今日はブリの照り焼きにけんちん汁、青菜のおひたしとレンコンのきんぴらだ。人数が人数なだけに割と大変だが苦ではない。最近は、大家さんが手伝わずにゆっくりお茶してもらえるほどにこの台所にも慣れ、任せて貰えるようになった。よし、出来た。あとは盛り付け盛り付け……。

 

 「何かお手伝いしましょうか?」

 

 調理者の特権でつまみ食いをしようと思ったら声をかけられた。結ちゃんである。もう風呂掃除は終わったらしい。あとは運ぶだけなので皆さんを呼んできてもらえれば大丈夫ですよ。

 

 「はーい」とくるりとターンして皆さんを呼びに行く結ちゃん。なんだかルンルンという音が聞こえてきそうだ。いつも明るいねぇ……。

 

 しばらくして、みんなが大広間に集まって食事をしだした。相変わらず佐橋君たちは、押し合いへし合い賑やかに食事をしている。あと、最近出かけていることが多かったうずめさんも今日は一緒だ。ただ、にこやかに食事をしているが、少し血の臭いがする……どこかでセキレイとやり合ったのか?もしかしたら怪我をしているかもしれないと気になるところだ。

 

 

 ご飯はみんながきれいに平らげてくれた。さぁ洗い物をと思ったが今日は大家さんがしてくれるらしい。ではと、さっき気になったうずめさんの後を追う。おそらくお風呂に入るのだろう、廊下にいた。どこか怪我しているのか、大丈夫?と言ったらすごい怪訝な顔をされた。心配しただけだったんだけど……とりあえずお大事にと言っておいた。そっとしておこう。

 

 さて、今日もバイトを頑張りますかね。佐橋君とお風呂に入ろうと、彼を探している月海さんと結ちゃんを尻目に、縁側の下に隠れているよとは言わず、俺はバイトの準備をしだすのだった。

 

 

 

 

 side うずめ

 

 

 いいんだ。生きていてくれるだけで、それだけでいいんだ……。

 

 眠っている千穂を見ていたらと色々と溢れてきちゃった。今日は、千穂を笑顔にするの、失敗しちゃったな……。

 

 千穂の病室を出るといけ好かないメガネがいて、話しかけてきた。利用することしか考えていないくせにいちいち言葉が長くてうざい。

 

 「御託はいいよ。次のターゲットは?」

 

 M.B.Iから苦労して入手したらしいセキレイの情報から四羽ほど場所に当たりをつけたらしい。ただ、お粗末な写真もあった。後ろ姿だけであったり、完全にブレていてよく分からないものまである。

 

 「No.19 伊岐、No.95 久能、No.03 風花、そしてNo.96 黒宮。あぁNo.03は羽化前ですね。おそらくNo.96も……No.03には葦牙の影はありません。No.96には一人、葦牙の影がありますが、おそらくあなたの方が詳しいでしょう。いずれにせよ、あなたなら楽に勝てるでしょう、なにせかの天才、浅間健人が手がけたセキレイなのですから。」

 

 なるほど、完全にブレている写真は黒宮のらしい。最近出雲荘に入った現出雲荘の料理番。いや、本当に料理は上手。もしかしたら、戦いに向いてないセキレイではないかと思っていた。昨日までは……。

 

 No.72を倒して着替えた時、パンツの端に彼女の血が少し付いてしまっていたらしい。私はお風呂場で服を脱ぐまで気づかなかったんだけど、それより先によくわからない理由で気付いたのがいた。

 

 それがこのNo.96 黒宮だ。

 

 怪我をしているのかと聞かれたので、どうして?と聞き返したら、血の匂いがするという。

 

 後で、服に少し血が付いていたからとわかって安心したけど、その時は、今まで私のやってきたセキレイ狩りを見透かして言っているのかもと心臓を握られたかのような感じがした。

 

 この時初めて彼の顔をきちんと見たけど、対峙すると何か大切なものを吸い取られているかのようで寒気が止まらなかった。吸い込まれそうなほど黒く深い瞳、綺麗で整っている顔。そこには動きがほとんど見られず、まるで人形のようだった。

 

 そして、乾ききった少しの血にすら気付くこの感覚の鋭さ……料理とバイトでセキレイとしての部分をひた隠しにしてきたのだ。

 

 完全にブレている写真もきっと撮らせなかったためだろう。本当はやばいセキレイであることがようやく実感できた。気をつけないと……。

 

 メガネが千穂の容態について嫌味ったらしく言っていたが、頭の中はセキレイを狩る外道としてのスイッチが入っていた。まだ比礼に着替えてすらなかったのに……。

 

 

 side out

 

 

 

 

 「黒宮さん、起きていらっしゃいますか?」

 

 ん〜?珍しく人に起こしてもらった。大家さんである。シャキッとするために床を取り上げてカーテンを開ける。本日も晴れだ。そういえば、今日は買い物勝負がないんですか?

 

 「そのことについてですね。今日は結さんも月海さんもお出かけする用事があるそうです。ですから黒宮さん、お買い物のお手伝いをして頂けないでしょうか?」

 

 なるほど、買い出し要員が今日はいないらしい。美人な大家さんとの買い物は少し胸が踊る……とはいえ、それぐらいなら私一人で行きますよ。買い物リストをください。

 

 「あらあら、ありがとうございます。そろそろ瀬尾さんも来る頃かと思いますので、少し多めにお願いしますね。」

 

 リストをもらったがびっくり、がっつり買いこませる気のようだ。そう、この大家さん、見た目に反してなかなかの性格をしていらっしゃるのだ。

 

 「黒宮さん、何か失礼なことを考えていませんか?」

 

 そして勘が鋭い。あと背後に黒いオーラが出てて怖い。いえいえ、考えていませんとも。今日も大家さんはお綺麗ですね。

 

 「まぁ、ありがとうございます。それではお願いしますね。」

 

 用事は終わったと階段を降りていった大家さん。この人、移動するのにほとんど音が出ないんだよね。武道か何かやっていらっしゃるのかもしれない。

 

 さて、俺もさっさと顔を洗って買い物に行きますか。

 

 

 

 買い物も終わり、帰路についた。ただ、あの大家さん、本当に人使いが荒い。ビニール袋六つと両肩に米を担いで帰っているのが今の俺の姿である。スーパーではやたらジロジロ見られて恥ずかしかった。

 

 とはいえ、こうして難なく大量の荷物を持てているのもこのセキレイとしての素敵ボディのおかげである。そう、視線が痛いだけで肉体的には苦労一つないのだ。おそらく、この荷物ですら揺らさずに走ることだって簡単だろう。

 

 トトトトトッ。

 

 そんなことを考えていたら、向かいから誰かが走ってくる。二人組と……何やらヒラヒラしたのが後ろにいるな……。

 

 「久能っ、早く!!……っ!そこの人、危ないです。どいてください!!」

 

 向こうもこちらに気付いたようで叫んできた。

 

 童顔で小さい二人組だな。ハルカさま、待ってくださいとか言っているから、男の方がハルカくんで、女の方が久能さんなのだろう。しかし、様付けで呼ばれているのか……いいとこの坊ちゃんとかか?

 

 とりあえず、どいてくれとのことだし、道の端でおとなしくしておこう。

 

 「あっ、きゃうん」

 

 平らな地面のどっかに躓いたようである。ズサーではなくコケッと久能さんが俺の目の前で、パンツ丸見えで顔から地面にダイブ……すごく鈍臭そうだ。

 

 ん〜、しかし、この妙な慎みのなさって最近よくあるような……もしかしてセキレイか?

 

 男の方は何転んでいるんだ、無能ときつい言葉を投げかけているようだが、すごく久能さんのことを労わっている。ぶっちゃけイチャイチャしているようにしか見えん。

 

 そうこうしているうちにザアアとばかりにヒラヒラの塊が降り立ってきた。

 

 こちらは完全にセキレイだな。ヒラヒラしてなんかよくわからん力を持っていそうだし、服装も大事な部分と顔はヒラヒラで隠しているだけで、やはり慎みがあまり感じられない……。

 

 「……葦牙はどきなさい。人間にケガはさせたくない。」

 

 これは、俺も攻撃対象に入っているのかな?はたから見たら通行人にだよね、俺……。

 

 しかし、おそらくこの久能さんがセキレイなのだと思うが、ハルカくんの後ろで半泣きで縮こまっているだけである。戦えないのだろうか?

 

 「自分の女置いて……逃げられるかバカヤロー!!」

 

 葦牙ハルカくん、顔や体格に似合わずなかなかの男である。

 

 「……ならせめて、二人一緒に黄泉へ送ってあげる」

 

 躊躇ないね。冥土送りですか。そりゃ殺人だよ……そして、すげぇ、ヒラヒラがギュルギュルいってる。

 

 ん〜、さすがにこれは見捨てるわけにいかないか……しょうがない。

 

 道端に買ってきたものを並べて二人の前に出る。ん?ちょっと相手が驚いたようだ。やっぱり、俺は一般人として見てくれていたのだろう。

 

 「あっ、おい、あんた、危ないぞ!」

 

 なにやらハルカくんが言っているが、俺もセキレイだから安心しなさい。そして、闘うなら俺の見ていないところで闘うように……。

 

 

 ギュルギュルと布の竜巻みたいなのが迫ってくる。

 

 おそらく、絡めてこっちをズタボロにするような切れ味抜群の布なのだろう。ただ……。

 

 正拳突きの要領で体軸を揃え、地面を踏みぬき、掌底で遠当てを放つ。

 

 竜巻ゆえに、ヒラヒラの奥でセキレイが丸見えなのだ。そこから押して距離をとってもらえればいい。ただ、どれくらい布を伸ばせるのかがわからないので、押すにしてはかなり痛くなってしまうだろう……。

 

 ゴオッ!

 

 掌サイズの衝撃が相手に伝わり、ヒラヒラのセキレイが後ろに吹っ飛ぶ。10メートルは距離が開いただろう。

 

 相手が女だし、若干申し訳ないと思うが、こっちも怪我はしたくない。

 

 結構きれいに入ったようで、あちらさん、蹲ってプルプルしている。あっ、お腹が若干赤くなっている。ごめん、ちょっと力入れすぎたかも……。

 

 さて、早く行きなと後ろを振り向くと、ぽかーんと二人して目を見開き固まっていた。いや、君たち、さっさと逃げなさいよ……。

 

 「おう、ありがとう。おい、行くぞ久能!」

 

 復帰したハルカくんが久能さんの手を取るが、彼女は腰が抜けたらしく立てないようだ。このセキレイ、こんなんで大丈夫なのだろうか?

 

 立たせてあげようと手を伸ばしたら、俺の手を見てビクッと怯えられた……ちょっと悲しい。

 

 しょうがない、もう少し時間稼ぎするとしよう。ヒラヒラさんも少しふらついているが、本気になったようである。よくは見えないけど、ヒラヒラの奥に赤い目の光を見たような気がする……お怒りですね。

 

 とはいえ、後ろのお荷物二人を庇いながらできることなんて限られている。どうしたものか……。

 

 見るとヒラヒラさん、今度は右手と左手の両方にギュルギュルと布をまとわせている。

 

 多少の怪我は覚悟しなければと、少し腰を据えて両手を構えた。なんだっけ?掛け受けとかそんな感じの構え方だったと思う。

 

 迫り来る布のドリル。そして、迎撃しようとする俺。

 

 まさに接触寸前だった。全神経は前に注がれ、一秒が何十倍にも感じられた。

 

 もっとも、おかげで上がおろそかになっていた。

 

 

 ザッパ〜!!

 

 

 上から大水を食らった。うん、誰の仕業かわかった気がする。

 

 「No.9 月海!汝!正々堂々勝負じゃ!!」

 

 「No.88 結です!よろしくおねがいします!!」

 

 君たち、名乗る前に、俺に一言ないのかな?(怒)

 




本作主人公と主要人物たちとが関わる話を、ある程度絞ろうとはしているのですが、それでも多くなりそうです。そもそも187話もある漫画ですから、長くなるのは当然と言えば当然です。長くなるのは覚悟の上だったのですが……。
心は折れません。心のマナの補充に時間がかかるだけです。
感想をくださった方に応えるべく、次の次の話を書いております。


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