東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~ (命人)
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東方銀翼伝ep1 F.I.プロローグ
F.I.プロローグ ~銀翼の幻想入り~


東方を、そしてSTGを愛する全てのゲーマーに捧ぐ……

WE LOVE SHOOTING GAMES!


それでは本編をお楽しみください……。



「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである」

「有利な個々の変異を保存し、不利な変異を絶滅すること。これが自然淘汰である」

チャールズ・ダーウィン(1809年~1882年)

 

 

 

 21世紀を迎えてどれくらいが経ったのだろうか。誰もが熱を上げたバブルも、それがはじけた後の吹きすさぶ不況も、技術の進歩もそれによる弊害も人類は経験してきた。どんどんと洗練されていく街中。新たなものが人類に受け入れられると、時代に適応しないものは形を変えて順応したり、それが出来ないものは容赦なく淘汰されていった。そう、今はもはや20世紀ではない。

 

 

 

 これは遠い遠い昔の話。時は1978年、日本全国が突如、タコやカニ、そしてイカにそっくりな「インベーダー」達に侵略された。

 

 特徴的な「デッデッデッデッ」という足音と共に、左右に移動しながらにじり寄ってくる「彼ら」の襲来によって多くのゲームセンターが産声を上げ、全国で100円玉が不足し、喫茶店までもがテーブルをゲーム機にしてしまうほどであったそうだ。しかしもう何十年も昔の話である。過去の栄光は後の世までで語り継がれても、その「侵略」の影響までは強く残ったりはしない。

 

 そう、ゲームセンターの世界にも「変化」の風潮が押し寄せてきたのだ。シューティングゲームが一斉を風靡したのも今は昔。すっかり時代に取り残されたゲームジャンルになってしまった。

 

 不良のたまり場という不名誉なレッテルも貼られていたゲームセンターは次々と姿を消し、もっと明るい雰囲気のアミューズメント施設へと生まれ変わっていく。プライズゲームを興じる家族にカップル。とても微笑ましい光景であり、かつてのゲームセンターが持っていた暗いイメージなど根こそぎ払拭してくれている。

 

 しかし、そこに古き良きシューティングゲームの姿は……どこにもない。

 

 周囲を取り巻く環境もあの時と比べて大きく変わり、ゲームセンターもその姿を変えていった。いや、変えていかなければ、時代に適応していかなくては生き残れない世の中になってしまったのだ。

 

 

____________________________________________

 

 

 

 そんな世界の動きに逆らうかのように20世紀末の趣を残したゲームセンターはそこにあった。今時珍しい個人経営のゲーセン。暗いかもしれない。機械の唸る音、じんわりと汗をかく暑苦しさ、でもどこか懐かしい。俺「(とどろき)アズマ」はここの常連だった。

 

 そしてその建物の中に見慣れぬ、いや恋い焦がれたものが置かれていた。それは大型筺体。中古品なのか、外装がボロいが、個人経営の店にしては大盤振る舞いだろう。店主に何度も入れてくれ入れてくれと我儘を言ってきたものだ。まさか通るとは思っていなかったのに、それはいかんなく存在感を放ってそこに存在していた。

 

 タイトルは「アールアサルト」。かの有名な横シューティングゲームの流れをくむシリーズの1つなのだが、その中でも異色の存在なのだ。何といっても奥行きのある3Dシューティングゲームなのだから。

 

 喜々して筺体に乗り込む。動画サイトでイメトレは万全。どこが難所なのか、どう切り抜けるのかは頭に叩き込んでいた。稼ぎは……また今度練り込むとして、まずはエンディングまでたどり着けるように頑張ろう。コインを入れ、自機「アールバイパー」を発進させる。映像として見ることと実際にプレイすることは結構違う。まして大型筺体ものとなると尚更だ。思っていたよりも苦戦し、1回目は途中でゲームオーバー。悔しい。一度筺体を降りるが、後ろには誰もいない。

 

 どうやらパイロット志願者は俺一人のようだ。それならば遠慮なくと2回目のプレイと洒落込む。再びSFの世界へと浸かり込んだ……。

 

 イメトレが功を奏したか、数回のプレイで最終面まで行き着くことが出来た。ワープ空間を抜けて一気に敵要塞になだれ込むシーン。このゲーム最大の見せ場だ。今流れているBGMがサビに入った瞬間にワープ空間を出て敵本拠地での攻防が始まるのだ。曲も心も高揚する。よし、サビに入るぞ! どこからでもかかってこい……!

 

 しかし紫色の亜空間を抜ける事はなかった。処理落ちでBGMとのシンクロがずれているのだろうか? 少し興ざめ。それにしても随分と長いな。そう訝しんでいると、突然BGMにノイズが走り始める。耳障りだ。やはり中古なのでオンボロなのか。遂にはノイズだけになってしまった。画面までもが揺らぎ始めて本格的に故障したらしいことが素人目にも分かる。店員を呼ぼう。そう筺体を降りようとしたが……。

 

 降りられない。は? どういうことだ? 文字通りのことなのだ。どこを見渡しても見慣れぬ機械。まるで本当にコックピットの中にいるような錯覚さえ覚える。あり得ない事象に頭が混乱する。

 

Watch your back!!(背後に注意!!)

 

 混乱するこちらのことなど無視してシステムボイスが鳴り響く。というか背後だって!? ありえない、何かの間違いではないのか? このゲームで背後から敵の攻撃を受けるだなんてことはない。大体後ろからの敵をどうこうする手段なんて持ち合わせていないが……。仕方ない、回転するように動き回って追跡を振り切ろう。

 

 ズガーン! と衝撃が走る。まるで本当に被弾したかのようなリアルな感覚。機体が大きく揺れ、モニターからはアラート音が鳴り響く。機械がオーバーフローしているのか、時折煙を上げている。うう、駄目だったか。

 

 リアルすぎる。まさか……、いやそんなはずはない。でもこれはまるで……、本物の「アールバイパー」の中にいるとしか考えられない。というかゲームで被弾したなら派手に爆発するはずではないか。そうだ、これはゲームじゃない。リアルで起きている事なんだ。信じがたいが、今置かれている状況をまとめるとそのような答えに導かれてしまうのだ。いつの間にかゲームの世界に迷い込んで戦死する。冗談じゃない! そんな理不尽なことで死んでたまるか! 機体のスピードを最大にし、ワープ空間をフラフラと飛び続ける。よしっ出口が見えてきた。

 

 

 

 愕然とした。宇宙空間に忽然と現れるはずの大要塞などどこにもない。というか宇宙ですらない。地球に戻ってきてしまったのか。再び後ろで爆発音が響く。エンジンに無茶をさせたからか。どんどん高度が下がっていく。眼下に目をやるとまるで時代劇にでも出てきそうな家屋がひしめいていた。タイムスリップ? それとも時代テーマパーク? もうどっちでもいい。こんなところに落ちたら大惨事だ。町を抜けなくては。

 

 町は意外と狭かったようで田園風景、そして森林地帯へ自機は突っ込んでいく。木々が「アールバイパー」にぶつかり無理矢理道をこじ開けるような感じ。そして今までよりも大きな衝撃がわが身を襲う。墜落した。だがそれではまだ終わらずバウンドし始めた。そうして落ちた後もしばらく地面を滑り込み、森林地帯のど真ん中でようやく止まった。

 

 キャノピーが勝手に開いて俺は「アールバイパー」から追い出される。そうして俺は初めて自機を目の当たりにした。当然だがデカい。機体の先端が左右に分かれているという独特のデザインを持つそれはほとんど鉄クズ同然となっていた。惜しいけれどこれは乗り捨てていこう。とても運べるようなものじゃない。幸いにも(というか奇跡的にかも)大きな怪我はしていないようで、体は自由に動く。出口を求め俺は「アールバイパー」のこじ開けた道をとりあえず進むことにした。それにしても木々の倒れた跡が生々しい。

 

 

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(轟アズマが大破した銀翼から立ち去った直後……)

 人間の気配が消える。それを確認するや否や、先ほど大きな音を立てて落ちてきた鉄の塊に近づく者がいた。背丈は人間の少女くらい、特徴的なのは不自然なまでに大きなリュックサックを背負っていることである。

 

「おわーっ、さっきの人間凄そうなものを捨てて行ったぞ」

 

 青色の髪の毛を持った少女はキラキラと目を光らせて戦闘機だったものを見つめていた。

 

「さてはさっき川沿いを飛んでいた奴だな。人間がいなくなったってことは……こいつは捨てられたんだ、そうに違いない。捨てられたのなら今からこの鉄クズは私のものだ」

 

 意気揚々とどこから持ってきたのか、滑車に残骸を乗せてリュックサックの少女は森を出て行った。




このあとがきの項目では主に作中に登場したSTGネタの解説なんかを行っていこうと思います。

まず作中で「アールアサルト」という名前のゲームが出てきますが、これは「ソーラーアサルト」というゲームをモチーフにしています。ソーラーアサルトはグラディウスシリーズでも珍しい奥行きのあるシューティングゲームです。

そして「アールアサルト」に出てくる「アールバイパー(Earl Viper)」ですが、名作STG「グラディウス」の自機「ビックバイパー」の末裔にあたるという設定があります。
アールの名前は「R」ではなく「Earl(伯爵のこと。紅茶のアールグレイのアールと同じ綴り)」、ここ間違えないように。


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東方銀翼伝ep1 F.I.(First Ignition)
第1話 ~最悪のファーストコンタクト~


かくして見覚えのない世界に迷い込んだ我らが主人公「轟アズマ」はこの世界の管理者「八雲紫」と出会います。最悪の形で。


(その頃、轟アズマは……)

 幸いだったのは太陽が真上でさんさんと輝いていた事だ。間昼間である。太陽が沈む前に先ほどの田舎町に辿り着ければひとまずは助かるだろう。

 

 しかしその希望は思っていたよりも早く潰えた。道が途中で途切れているのだ。こう目印もないと森の中で真っすぐ歩くということは難しい。恐らくはこの辺りで高度が下がったのだろう。

 

 もし「アールバイパー」の軌跡を追うのであれば空を飛ばないといけない。もちろん生身の人間にそんなことが出来る筈もないことは分かっている。人間が空を飛ぶなんてばからしい。諦めがちに空を見上げると……俺は驚愕して思わず両眼をこすった。

 

 遂に幻まで見えてしまったのか、虚空が突然「切り裂かれ」たのだ。そう、何もない空間に1本の線が引かれ、線がくわっと口を開いたのだ。中は紫色のおぞましい空間が広がっていた。一種のワープ空間なのか? そしてそこから出てきたのは醜悪なエイリアンではなくて、妖艶な女性。紫色のドレスに身を包み、長い金髪をなびかせる。手には日傘と優雅な容姿であった。人が……空に浮かんでいる?

 

 人の形をした「それ」は自らが開いた空間の裂け目に腰かけてこちらを見下ろしている。髪の毛や亜空間への入り口にたくさんの真っ赤なリボンが結ばれており、それらは可愛らしいが、リボンの持ち主である彼女はかなり威圧的であった。

 

「ごきげんよう、貴方は外来人ね。でも貴方は招かれざる客」

 

 本能が身の危険を知らせている。その証拠に体の震えが止まらない。逃げたいのだが、足がすくんでしまって動けない。

 

「ここはね、『幻想郷』といって人々に忘れ去られたあらゆるモノ、現象が入り込む場所なの。そして私はその幻想郷を管理する妖怪『八雲紫』。私はね、すっかり人間に忘れ去られたゲーム機をこの幻想郷に誘ったわ。でも貴方は誘っていない。そればかりかゲーム機ではなくて物騒なモノをこの世界に持ち込んでしまったわ」

 

 妖怪? ゲンソーキョー? もう何でもありだな。そして彼女の言う『物騒なモノ』とは紛れもなく「アールバイパー」のことだろう。しかしあれはもう大破してしまって動かないはず。今はただの鉄クズだ。

 

「あの鉄の塊はオーバーテクノロジーの塊でもあるの。そんなモノをこの幻想郷に野放しにしていたら幻想が幻想でいられなくなってこの世界が壊れてしまう。そしてそれが私にとってとても耐えがたいことであることも伝えておくわ」

 

「無茶苦茶だ! 俺だってあんな戦闘機知らない。気が付いたらアレに乗っていただけで、アレがどんなシロモノなのかも俺にはさっぱり分からない! そんな状態でテクノロジーを得る事なんて……」

 

 とにかく理不尽な理由で襲われる事を回避しようとするも、途中でピシャリと遮られてしまった。

 

「お黙り! 前にもね、外の世界のテクノロジーを持ちこんだばかりに幻想郷が大変なことになったことがあるの。ええ、超技術をよりにもよってその力と釣り合いの取れない大馬鹿者が手にしてしまったばかりにね。だから今回はそうなる前に技術ごと釣り合いのとれない力を手にした貴方を屠(ほふ)ることにしたわ」

 

 容赦がない。魔法の類だろうか、紫色に光るクナイのようなものを足元に投げつけてきた。それは地面に刺さると爆発を起こした。ヤバい、ヤバすぎるぞ! 怖いからといって膝をいつまでもガクガクと震わせている場合ではない。ジリと後ずさりながら俺はこの場を離れる。この状況を打破するには……逃げる他ない!

 

 ある程度距離を取り後ろを振り向いた瞬間、紫色の亜空間が大口を開けていた。そしてその先には恐るべき大妖怪。踵を返す暇もなく、その妖怪の腕が喉元に食らいつく。為すすべもなく首を絞め上げられた。

 

「あ……が…………」

 

 ギリギリと息道を、頸動脈を締め付けてくる。尋常じゃない力、これが妖怪の……。駄目だ、苦しくて意識が……遠のく…………。

 

「南無三っ!」

 

 そんな矢先のことであった。珍妙な掛け声と共に軽い衝撃、そして瞬間移動の類なのか、紫とは違う女性が突然目の前に現れた。次の瞬間には俺は地面に這いつくばっていた。久々の新鮮な空気を必死に取り込もうとしながら。せき込みながら何度も呼吸した。

 

 さっきの女性は俺をかばうように立ちはだかっていた。紫色と金色のグラデーションが見事なロングヘアの女性はにこりとほほ笑む。柔らかな表情に思わず安堵する。

 

「貴女は……『命蓮寺』の住職『聖白蓮』ね。これはどういうつもりかしら? 私は今から人間の身でありながら異変を起こそうとしたあさましい人間に罰を与えようとしたところなのだけれど」

 

 紫が凄むが聖白蓮と呼ばれた女性は少しもひるまない。

 

「話は聞かせていただきました。先ほどの異変は自らの意思とは関係なく発生したもの。この方はそう言っていましたよ。それなのにこの人を罰するのは、少しばかり勝手が過ぎるのではありませんか? これでは『死刑』ではなくて『私刑』ですよ」

 

 見るからに険悪なムードだ。紫は扇子を取りだしこちらに向けた。対する聖白蓮も光る巻物を手にし、にじり寄る。

 

「それでは決めましょう。決闘……、幻想郷流の決闘『弾幕ごっこ』でこの人をどうするか」

 

「貴女の強大さは知っている。でも……、それでも私は精一杯抵抗します。出会ったときからまるで変わっていな。誠に独善で、土豪劣紳であるッ! いざ南無三――!」

 

 少なくとも自分は介入できないことが分かった。乱れ飛ぶ弾、弾、弾。聖さんが押されているようだが、こちらを振り向き、きりりと一言。

 

「何をしているのです? 今のうちに逃げてください。私が紫を足止めしている間に。さあ! 道なら大丈夫、この巻物で正しい道を描きました。この模様を追いかければ貴方は助かります。さあ、私に構わず逃げて!」

 

 反論の余地はない。少しカッコ悪いかもしれないが……命には代えられない! ぼんやりと浮かぶ巻物の模様をなぞるように俺はひたすらに走った。

 

 

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(その頃、リュックサックの少女は……)

 かつて「アールバイパー」と呼ばれていた鉄の塊はリュックサックの少女に運ばれている。むき出しではなく大きな布に被せられており、中身は見えないようになっている。丸太で作られたイカダがその鉄の塊を乗せて川を遡っているのだ。ただのイカダではなく、スクリューが付けられているようだ。

 

 自動で動くイカダに乗り、リュックサックの少女はにんまりと笑みを浮かべていた。この鉄の塊も彼女にとっては好奇心をくすぐる宝の山なのだ。早く分解したい、動くのならば修理したい。

 

 その上空で爆発が起きていた。少女は「ひゅいっ!」と奇妙な悲鳴を上げると空を見上げる。女性二人が魔法弾を撃ち合っているようだ。空間を切り裂かれた跡と、奇妙な模様の光のライン。彼女にはこの二人に見覚えがあった。彼女の眼はその二人が八雲紫と聖白蓮であるということをはっきり認識していた。

 

「どうしてまたあんな強力な二人が戦っているんだ?」

 

 外界から幻想郷に迷い込んだ戦闘機とその乗り手である外界の人間の存亡をめぐる戦いだなんてこのリュックサックの少女に分かるはずもない。

 

「魔法『紫雲のオーメン』っ!」

 

 聖が強力な攻撃を仕掛けたようだ。撃ちだした弾が流れ弾となり川に着弾した。ドボンと爆発を起こし、イカダを大きく揺らす。リュックサックの少女は頭を抱えてうずくまった。

 

「冗談じゃない! あんな戦いに巻き込まれたら命がいくつあっても足りないよ!」

 

 イカダの速度を最大限に上げて、逃げるように川を進む。その間に鉄の塊が眩い光を放っていた。今の衝撃が原因のようだがどうすればいいのかなど分かるはずもない。

 

「わわわ……、一体全体どうしたっていうんだよーぅ!」

 

 オロオロしているうちに間もなく光は引いてしまった。呼びかけたり軽く叩いたりするが反応はしない。

 

 とんでもないものを拾ってしまったかもしれないとリュックサックの少女は少しだけ後悔し、だがすぐに未知のモノに対する好奇心がその後悔の念を押しのけてしまった。全速力で家を目指す彼女。

 

 今運んでいるモノこそが紫と白蓮が争っている原因であることも知らずに。




それにしても大破したアールバイパーを勝手に持ち出す輩がいるようですね。こんなガメツイ少女、一体誰なんでしょう……?


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第2話 ~駆け込み寺~

命蓮寺は人も妖も受け入れる。そして外来人でさえも……。
迫害される者に広く開かれた駆け込み寺、それが命蓮寺である。


 がむしゃらに走り続けた。つまずき、転んでもまた起き上がり足を進める。日は傾き始め、辺りから光が消えていく。しかし怖くはない。不思議な模様の光る道が俺を導いてくれているから。

 

 そして遂に森を抜けた。ここまで来れば大丈夫だろうか? いや、光る道はまだ先に続いている。まだ油断できないようである。

 

 さらに道を進むこと数十分。道は巨大な建物のところで終っていた。なんとも神々しい。これはお寺なのか? そういえば聖さんはお寺の住職だとか言われていたな。住職だっていうから頭を丸めたおじさんを連想したけれど聖さんは綺麗だったな……。そう感慨に浸りながらも、俺はその門をくぐった。これでひとまずは……あの妖怪に追いかけ回される事はなくなっただろう。

 

 道の左右に灯篭がいくつも並ぶ。小さな女の子が自らの身長と同じくらいのホウキを振り回しているが……あれは掃除のつもりなのだろうか。と、その子がこちらに気がついたようだ。テコテコと歩み寄って来るがその姿にギョっとした。

 

 背丈は低いのだが、髪の色は緑色、そしてなによりも気になったのが犬のような耳が生えていること。彼女がくわっと大きな口を開いた。俺は思わず身構えた。何か仕掛けてくる!?

 

「こんにちはッ!!」

 

 予想外の大声に思わず尻もちをつく。悲鳴を上げながら。嘘、人じゃない。変な耳にあり得ない大声。まさか、この娘も……?

 

「ななな、何っ……妖怪っ!」

 

 さっきまで妖怪「八雲紫」に追い回されていたのだ。彼女は人間の女性にしか見えなかった。今挨拶をした娘も犬耳を除けばまったくもって人間の姿である。でも見た目に惑わされてはいけない。それはさっき嫌というほど思い知った。が、大声妖怪は尻もちをついた俺に襲いかかることはなく、首をかしげていた。

 

「あれれ? ああ、もしかして『こんばんは』だったかな?」

 

 彼女からは敵意は感じない。なんだ、挨拶をしたかっただけなのか。いや、油断するな。昔話では名前を呼ばれて返事をしただけで瓢箪に閉じ込められるだなんてものもあったぞ。きっと挨拶を返したら良くないことが……。

 

 どうするべきだ? 俺は聖さんに誘われ、ここにやって来た。だからこの場は安全であり、この緑髪の妖怪も俺に危害を加えてくるような奴ではない筈だ。これから長い付き合いになるのなら、嫌な奴だとは思われたくない。やっぱり信用して挨拶を交わし、親睦を深めるべきか……?

 

「響子さん、参拝客があまりの大声に驚いて腰を抜かしていますよ。元気がいいのは結構ですが、声が大き過ぎです。ほら、怖くないから君も挨拶されたら挨拶を返して下さいな」

 

 皮を剥いたみかん……いや、蓮の花を咲かせた頭。黄色い髪に黒色の混じった髪、赤い服装に虎柄の前掛け、そして手には槍。この人も人間ではないのだろう。虎……なのかな? 二人とも本当に危険はない様だし、せっかく元気な挨拶をされたんだ。返さないのは失礼だろう。慌てて立ち上がると二人にペコリとお辞儀して挨拶の言葉を発した。

 

 虎のような妖怪はお辞儀し返すと自らの名を名乗った。その物腰は柔らかく、とてもこちらに危害を加えてくるような様子は見られない。

 

「ようこそ『命蓮寺』へ。私は毘沙門天の使い『寅丸星』、そしてこの子は山彦妖怪の『幽谷響子』。命蓮寺は人も妖怪も受け入れる。だから私たちを怖がらないで」

 

 よほど俺の顔が引きつっていたのだろう。笑うようにと促す星。何とか笑顔(のつもり)で名乗ることは出来た。「アールバイパー」に乗り込んでから異常事態の連続なのだ。怖いとかそういうもの以前にどっと心に疲れが押し寄せている。とても笑えるような状態ではなかった。

 

「む、そう言えば珍しい服装ですね。もしかして外の世界からやって来たのでしょうか? 余程のことがあったのでしょう。よろしかったら少しずつでもいいのでお話を聞かせてください」

 

 金髪の少女(中性的な見た目をしていたので性別は定かではないが、そのしぐさから恐らく女の子なのだろうと勝手に推測した)は本堂に目を向けると俺をそちらに招いてきた。響子は「ぎゃーてーぎゃーてー」と連呼しながら掃除の続きを始めている。

 

 ここは素直に厚意に甘えておこう。これから行くアテもないし、日も傾ききっており夕陽が目に刺さるのだから。それにあの恐ろしい亜空間妖怪「八雲紫」がいつ襲ってくるかも分からない。

 

 縁側に腰かけると丸くて大きな耳を持った少女がお茶を差し出していた。星が虎の妖怪ならば、この子は……ネズミの妖怪? 命蓮寺に人間はいないのだろうか? ちょっと素っ気ないお茶の出し方だが、俺が外来人であるということで少し警戒しているのかもしれない。なんだ、妖怪だって怖がったり警戒したりすることがあるのか。

 

 俺は今までの経緯を話した。分かる範囲で。

 

 外の世界でゲーム機(彼女らにはゲーム機が何なのか分からなかったようなので外の世界の遊び道具と説明した)で遊んでいたら幻想郷に入り込んでしまったこと。ゲーム機が幻想入りするはずだったのにゲーム機は武器(戦闘機と説明しても理解してもらえないだろうと思ってそのように表現した)に変じており、自分自身も幻想入りしてしまったこと。そして危険なものを持ちこんだイレギュラーな存在ということで八雲紫に狙われていること、そこをたまたま居合わせていた聖さんに助けてもらったこと。

 

 力説する俺、その言葉ひとつひとつをじっと聞いてくれている星。妖怪といっても色々なものがいるようで、皆が皆問答無用で襲いかかるような奴ではないらしい。少なくとも彼女は良識を持ち合わせているようだ。

 

「そうだ、聖さん! あの後紫の気をそらす為に決闘……ええと『弾幕ごっこ』だっけ? それを始めたんだ。押されていたようだけど大丈夫なのかなぁ?」

 

「ご安心を、聖はそう簡単には屈しませんっ……と言いたいところですが、紫さんですか。ちょっと相手が悪すぎますね。私の読みが正しければ貴方の安全を確認し次第適当に撒くとは思いますが……あっ、聖!」

 

 夕陽をバックにその白黒は見事なまでに映えていた。だが、彼女は勝利の凱旋を上げるわけではなく、どうにか逃げ切ったといった様子。服はボロボロで、あちこちに切り傷が見られる。辛うじて空を飛んではいたが、ヨロヨロとしていた。

 

 聖さんは地上に降り立つや否や、膝からガクリと崩れ落ちそうになる。

 

 自分でも信じられなかったが、真っ先に俺が崩れ落ちる彼女を支えに前に出ていた。肩を抱く形になる。そしてその体のあまりの華奢さに俺は驚きを隠せなかった。あんなに力強く見えていたのに、その体はあまりにも軽く、脆そうであった。でも俺の命を助けてくれた恩人である。実は自分がとんでもないことをしでかしていることに気付き始めて、顔が紅潮するが、でもこれだけは言いたかった。「ありがとう、助けてくれてありがとう」と。

 

 支えるのは何も俺だけじゃない。彼女をよほど慕っているのだろう、星も彼女を支えていた。少しは持ち直したのか、俺たちに「もう大丈夫」と告げてまた立ちあがった。恐らく決闘で勝つことが出来なかったのだろう。だが紫は来ていない。あちらもそれなりの痛手を負っており、深追いが出来ない状態になっているのだろうことが想像できる。

 

 それにしても凛々しいお方だ。グラデーションするロングヘアが風になびきながら、夕陽を受けてキラキラと光っていた。傷を負っているはずなのに直立し、でもその表情は柔らか。

 

「どうやら無事にここまで来られたようですね。改めて自己紹介します。私はこの『命蓮寺』を預かっている『聖白蓮』と申します」

 

 こちらも自らの名前「轟アズマ」を名乗る。だが、彼女は苦悶の表情を浮かべていた。よほど大きな傷を負っているのだろうか。それならば病院に行った方が……。

 

「大丈夫……です。これでも今の私は人ではない……ですから。ですが今日はもう休みます。アズマ君ももう、お休みになって。明日色々と決めなくてはならないことがありますので」

 

 そう言い残すと星と共に部屋に入って行ってしまっていた。さすがにそこまで付いて行くのはまずいだろう。後に残ったのは未だにお経っぽい何かを唱えて箒を振り回す響子と、一連の会話に口を挟むことなく傍観を決め込んでいたネズミの妖怪だけである。

 

「ふーん、これは……アレだね。君に空き部屋を提供しなくてはいけないということだ。まあ能力を使って探すまでもないがね。使っていない部屋などいくらでもある。こっちだ、さあ来たまえ客人」

 

 相変わらず素っ気ないネズミ妖怪の少女。そう言えば彼女はまるで名乗っていないなと彼女をジロジロ見ていたら当然相手にも気付かれるわけで

 

「どうしたんだい、そんなにこっちをジロジロと見て? ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。私は『ナズーリン』、ダウザーだ。君は……ええとアズマだっけ? さて、着いたぞ客人」

 

 あくまで名前で呼ぼうとしない。まだ警戒されているようだ。ナズーリンの手により、ふすまが開かれる。ほこり臭い質素な部屋だったが文句を言う資格は自分にないことは重々承知している。

 

「今日はもう休みたまえ。あと、変な気を起して人の部屋に忍び込まないように」

 

 しないよそんなこと! と反論する間もなくピシャリとふすまは閉じられてしまった。愛想のない奴だな。良くも悪くも仕事人間なのだろう。いよいよ暗くなってきたようだ。晩飯がないのは仕方がないが、今は眠ろう。今日は色々なことがありすぎた。

 

 気がつくと見知らぬ世界に謎の戦闘機で迷い込み、この世界の管理者を敵に回した所を僧侶に助けられる。文字通りの「駆け込み寺」ってやつだな。

 

 いつまでここで匿ってもらえるだろう? いつまでこんな危険な目にあうのだろう? そもそもどうして「アールバイパー」が実体化して幻想入りしたのだろう……? 考えていても仕方がない。

 

ああ、まぶたが重いし、本当に寝よう……。




今回は命蓮寺メンバーの顔出しがメインとなりましたね。

まだまだお話し的にはプロローグ的な存在なのかもしれません。それにしてもアールバイパー、どこ行っちゃったんでしょう……?


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第3話 ~銀翼、再び墜落す~

一輪とムラサがかなりしょーもない理由で弾幕ってます。弾幕ごっこで決めることが人の命運や幻想郷を左右する異変等のようなシリアスなもの以外もあるってのを表現したかったのです、はい。霊夢と魔理沙が拾ってきた食材の調理方法をめぐり、激しい弾幕戦を繰り広げる(東方香霖堂より)みたいな。こういう役どころを命蓮組にやらせるのはちょっと難しいですね。


 命蓮寺の朝は早い。そうか、昨夜は早く眠りについてしまっていたのだ。腕時計は……良かった、動いている。少し奮発して太陽エネルギーで動くタイプのものを買っておいて良かったと思っている。こんな状態では電池を探すことも出来ないし。そもそもこの世界に電池なんてあるのだろうか? それにしても起床するにはいささか早い気もするが……まあいい、起きてしまおう。

 

 元いた世界ではこんなに早く起きる事なんてなかったのでどことなく清々しい。何故か枕元に用意されていた着替え(ナズーリンがこっそり用意したのだろうか)に袖を通すと部屋を出、空を眺めた。突き抜けるような蒼。晴天だ。雲なんてポツリポツリくらいしか見られない。空気もうまいし花火も綺麗……えっ? 花火だって!?

 

 そう、花火なのだ。よく見ると水兵服姿の少女が巨大なイカリを振り回しながら花火……いや、弾幕を放っている。誰と戦っているんだ? 雲と戦っている!? いや、雲じゃない、拳だ。いや待て待て、拳じゃなくてオッサンのでかい顔。いや、雲か。次々と姿を変えていく。ええいハッキリせい! 水兵服の少女と雲のバケモノが弾幕で競い合っているようだ。

 

 更に目を凝らすと、雲の化け物を操っている別の存在に気がつく。頭巾を被ったこれまた少女。あっ、イカリが雲の操り手に思いっきりぶち当たった。ヒュルルルと頭巾の少女が墜落する。が、器用に体をくねらせて上手に着地していた。水兵服の少女も降りてくる。

 

「私の勝ちですよ、一輪。それじゃあ水を汲んできて」

 

 セーラー服の少女が一輪と呼ばれたフード姿の少女に桶を手渡す。何でお寺なのにシスターがいるんだろう……。この世界では外の世界の常識がほとんど通用しないようだ。

 

「ムラサはせっかく柄杓を持っているのだから自分で行ってくればいいのに」 

 

 ムラサと呼ばれた少女に不平を洩らす一輪。雲の化け物は既に行く気満々のようだったが。まああの巨体がいれば水汲みなんて造作もないのだろう。

 

 それにしても朝っぱらからしょーもないことで決闘するとは……。しかしこの「弾幕ごっこ」と呼ばれる決闘、魔法弾らしきものをまるで模様を描くように飛ばしており、攻撃するのにいささか非効率的な気もする。だが見た目は綺麗だしそれぞれ芸術品を見ているかのような美しさを持っていた。美しさでも勝負しているのだろうか?

 

 まあ、生身の人間に弾幕ごっこなんて出来るはずもない。俺には関係のない世界だ……。

 

 そう割り切ると、聖の様子が気になった。何か人ではない体とか言っていたが、あれだけの怪我がすぐに治せるとは到底思えない。確か部屋はこっちの方向だったと思うが……、迷ってしまった。命蓮寺はやたら広いのだ。

 

「あれれ、アズマさん? おはようございます。ふふっ、貴方も早起きさんなんですね」

 

 ご本人に会ってしまった。というかあれだけ傷だらけだったのに、傷口はふさがって……いや、跡すら残っていない。すんごく頑丈なんだな。はぁ、このお寺に人間は俺一人なのだろうか……。ちょっと心細い。

 

「そろそろ朝食の時間ですので一緒に向かいましょうね。一緒ならばもう迷わないわ」

 

 迷子になってるのバレバレだった。うう、恥ずかしい……。

 

 

 

 

 朝食を済ませると、聖がこの話を切り出した。紛れもない俺自身のことである。どうやってかくまい続けるのか。

 

 重苦しい空気が漂う。そもそも紫は俺の居場所を知っているはずなのだ。あのスキマ(紫の能力で生み出すワープ空間の正式名称らしい。聖に教わった)でこちらまで移動して寝込みを襲うくらい造作もないはずなのである。

 

 でも紫はその手段を使用しない。まるで大きな掌の上で泳がされているような嫌な感じだ。そう、答え自体は見えてきているのだ。しかしそれは自らの力ではどうにもできないこと。

 

「『弾幕ごっこ』……。幻想郷での揉め事はこれを使って解決している。でもアズマさんは……特殊な力を持たないただの人間」

 

 水汲みの当番決めから幻想郷を左右する大きな事件(春が来なくなったり、夜が明けなくなったりという「異変」が過去の幻想郷で何度か起きていたようだ)まで、「弾幕ごっこ」と呼ばれる決闘方法で解決されてきたらしい。もしも紫を「弾幕ごっこ」で負かすことが出来ればこれ以上俺の命を狙うことをやめさせることも出来るはずだ。

 

 俺に敵意なんてのはないんだ。紫が俺の話に聞く耳を持たないというのならば、こちらの事情を話し敵意がないことを認めさせなくてはならない。聞く耳を持たないというのならば多少強引な方法だとしても聞いてもらうのみ……だ。

 

「うう、俺も自由に空が飛べて弾を撃つ手段さえあれば……」

 

 しかし飛べない、戦えない俺にその選択肢は選べない。うう、無力な自分が恨めしい。今ばかりは突き抜ける青空も妬ましい。そう、あの鳥のように自由にキーンと飛べるのなら……

 

 ……いや待て。鳥があんな甲高い音を立てるか。というか全身がカクカクで羽毛らしきものが見当たらない。あれは機械だ。いくら常識が通用しない幻想郷だからって機械仕掛けの鳥なんてそうそういるものじゃない。あれは飛行機だ。ってか「アールバイパー」が空飛んでるんですけど。壊れていた筈じゃあ? だが、あのこちらに向かってくるアレは何だ。先端が真っ二つに割れている飛行機なんて他に知らないぞ。

 

「おぅい、盟友! 止め方が分からないー!」

 

 誰か乗っている。素っ頓狂な悲鳴がここまで聞こえるではないか。大声に気付き、俺の他も窓から空を見上げている。その戦闘機はそのまま無理矢理高度を下げ始めているのだ。おい、これはまさか……。

 

「ちょっと荒っぽい着陸をするよっ!」

 

 あろうことか、命蓮寺に落ちてきて、建物に思い切り突き刺さった。爆音が響く瞬間、俺は耳をふさぎ目を閉じた。衝撃が収まり目を開けてみると命蓮寺の壁に大穴をあけてしまった「アールバイパー」の姿が目の前にまで飛び出していた。あと少しで轢かれていたぞ、コレ。

 

 人はそれを着陸とは呼ばない。墜落と呼ぶ。カパっとキャノピーが開くとリュックサックを背負った少女がひょっこり出てきた。人懐っこそうな顔つきであるが何者なのだろうか。とりあえず変人であることは分かる。それが悪戯っぽく舌を出しながらこう言うのだ。帽子を直しつつ。

 

「ええと盟友、落し物だぞ」

 

 落としたのはお前だ。

 

 

 

 

 

 我が愛機は一輪が使役している入道「雲山」がお寺から引き抜いており、ひとまず正しい向きに置いてくれていた。大破していたはずなのに、そして命蓮寺に突っ込んでいたのに傷一つなく、新品同様に戻っているようだ。

 

 壁からアールバイパーが取り除かれて、命蓮寺の穴が明るみに出る。リュックサックの少女はいささか、いや相当ばつが悪そうであった。帽子を取り、聖に何度もペコペコ頭を下げている。

 

「壊してしまった部分は責任を取って直しますから、だから哀れな河童にお許しをー!」

 

 河童? あの頭のお皿に背中の甲羅が特徴的な奴か? きゅうりと泳ぎと相撲が大好きな悪戯好きの妖怪……なのだが、お皿なんてないな。甲羅もない。大きく膨らんだリュックサックが甲羅に見えなくもないが……。

 

 そんなことより! アールバイパーが再び戻ってきたことの方が自分にとっては重要だ。

これが動けば俺は空も飛べるし弾だって撃てる。そう、それはつまり……!

 

「出来る、出来るぞ! 俺にも『弾幕ごっこ』とやらがー!」

 

 喜々として思わず大声で叫ぶ。響子がどこかにいるのか、「やらがー!」と何度かこだましている。それだけ大声だったのだ。

 

 あまりの大声に皆がポカンとこちらを見る。無音が続く。ただ河童の少女が小声で「ひゅい?」と驚きの声をあげていたくらいだ。

 

 皆が自分に何かを言いたそうな顔つきをしている。だがハッキリと言葉を発する者はいない。「あー」とか「ええと」とか的を得ない言葉が時折彼女たちの口から漏れるくらいだ。

 

 意を決したのか、聖が重い口を開く。

 

「とても言い辛いことなのですが、貴方は……かなり可笑しなことを口にしているのですよ」

 

 そうかもしれない。皆に慕われている聖だって、紫に「弾幕ごっこ」で勝てなかったのだ。幻想郷の創造主たる大妖怪にこんなヒヨッコが勝負を挑むなんてのはちゃんちゃら可笑しいということなのだろう。

 

「無謀なのは俺にだって分かっている。でも皆がこんな事態に陥ったのも不可抗力とはいえ俺のせい。だから俺自身の手で決着をつけたいんだ!」

 

 その決意が揺らぐことはない。俺は寺の善良な妖怪達を面倒な事件に巻き込んでしまったのだ。しかも俺が乗っていた銀翼によって天井に大穴まで開けている。

 

「ええっと……それもあるのですが、もっと根本的なことです。そうですね……。貴方はフリフリのワンピースを着て町を歩いたりはしますか?」

 

 変な事を聞くものだ。自分に女装趣味なんてものはない。無言で首を横に振った。

 

「貴方は、殿方である貴方は女の子の遊びに首を突っ込もうとしているのですよ?」

 

 およよ? 予想外の答えに変な声を上げてしまった。「弾幕ごっこ」はこの世界における決闘の手段だと思っていたが、遊び? それも女の子の? お手玉、おはじき、おままごと、弾幕ごっこ。そういうことなのだろうか?

 

 いまいち理解出来ない。それじゃあ幻想郷の平和は遊びで守られてきたということなのか? こうなったら後には引けない。俺はさらに力説する。

 

「問題ないです。外の世界では『ジェンダーフリー』が流行っています。進んで家事を行う男性、稼ぎに出る女性、そういう人も増えつつあるのが今の外の世界なんです。さあ、弾幕ごっこにも『ジェンダーフリー』の風潮を!」

 

 必死になって演説するも、半ば呆れている命蓮寺のみなさん+α。唖然としながらも、今度は星が口を開く。

 

「まあ、確かに人と妖怪が対等の状態で決闘を行う手段として『弾幕ごっこ』そして『スペルカードルール』は作られてきましたが、まさか人と妖の境界だけじゃなくて、男と女の境界まで薄めてしまうとは……」

 

 彼女は苦笑いしているが頭ごなしに否定しているわけではない。だが、誰が何を言おうとも、俺の意思はもはや揺るがない。となるとアールバイパーをそれらしく改造する必要がある。

それが出来そうな人……じゃなくて妖怪は……。

 

 たった一人で、そして一日で鉄クズとなった銀の翼を蘇らせた河童。自分は真っすぐに彼女を見つめる。

 

「ま、まあ君がどうしてもって言うなら協力しないでもない。谷河童のエンジニア『河城にとり』としてもこの銀色の鳥には興味があるわけだし……。よし、乗った! どうせしばらくここで泊まり込みで働かないといけない身だしね。建物の修理よりもメカ弄ってる方が楽しいもん」

 

 河城にとりと名乗る河童はポケットからスパナを取り出しており、やる気満々のようだ。自分も彼女についていく。これから自分自身の武器となるものだ。技術面では分からないことだらけだが、要望くらいは話しておこうと思ったのだ。

 

 先ほどから少々話が上手くいきすぎている気もするが、幻想入りして最初の出来事が最悪だったんだ。これくらいの埋め合わせがないとやってられない。

 

 このまま自分が「弾幕ごっこ」を行うという方向で話が進みそうだ。それでいい、それでいいんだ。

 

 どんなに変な奴と思われても、どんなに無謀だと言われても、聖が、命の恩人が傷つくところをもう見たくない。そしてそれは自分がちゃんと使命を果たす必要があるということも意味する。誰も悲しませない。

 

 生きたい……否。生きる、生き抜いてやる。俺の手で生きる道をもぎ取ってやるんだ。俺の生き様をあのスキマ妖怪に見せつけてやる!

 

 

____________________________________________

 

 

 

 そこに一つの目玉が光った。命蓮寺の天井に有る筈のない「穴」が開いていたのである。穴の中から不気味な目玉が、アールバイパーを、白蓮を、にとりを凝視していたのだ。

 

 一連の出来事を見終わると目玉は消えた。おぞましい紫色の亜空間の「穴」と共に。目玉がわずかにほくそ笑んだ気がした……。




そして大破した筈のアールバイパーが空を飛んでいます! やはりというかご都合主義というか……、メカとは切っても切れない関係を持っているキュウリ大好き娘が出てきます。
「ちょっと荒っぽい着陸」の元ネタ(魂斗羅ザ・ハードコア)分かる人いるんだろうか……?


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第4話 ~人里へ~

戦闘機であるアールバイパーさえあれば、何の能力も持たない人間にだって空を飛んで弾を放つことが、つまり弾幕ごっこをすることが出来る!

そう息巻くアズマであったが、どうやらいろいろな困難が付きまとうようで……。


「しっかし、アズマだっけ? 男のくせに弾幕に興味があるだなんて、君も相当な変わり者だよね。まあ私も変わり者って意味では同じだし、強く言えた義理じゃないけれどさ」

 

 見たことのないような工具が次々とリュックサックから出てくる。腕まくりをしたにとりはかなり気合を入れているようだ。

 

「だけどねー、こうデカブツだと弾幕の隙間なんて潜れないと思うなぁ」

 

 パシパシと機体を叩く河童。確かに「弾幕ごっこ」を嗜む少女なんかよりもずっとデカい。ざっと全長20メートル前後といったところか。

人が乗り込む戦闘機だから仕方がないのだけれどね。

 

「そいつは自分のサイズを小さくすることが出来たんだ。敵弾を防ぐバリアの代わりにその機能を使うパイロットもいたけれど……少数派だったな。攻撃に当たりにくくなるだけで、攻撃を防ぐものじゃなかったからね」

 

 俺はこのアールバイパーの、そしてその祖先にあたる超時空戦闘機「ビックバイパー」のことを思い出しながら語る。そうそう、いつだったかのビックバイパーは自機を纏うオーラのようなバリア(確かフォースフィールドって名前だった)の代わりに自らを縮小させて当たり判定を狭める機能を使うことが出来ていたのだ。確か兵装の名前は「リデュース(※1)」。それにしてもまあ人気のない兵装だった。

 

 河童のエンジニアはブツブツ言い続けているが、辛うじて「そうなのか、やってみよう」と聞こえた。どうやら縮小させる機能は再現可能らしい。河童の技術力ってのはかなり凄いのだろう。

 

「よし、大きさに関してはその『リデュース』とやらを組み込む方向で行こう。あと必要なのは『スペルカード』だね。これがないと『弾幕ごっこ』で生き残るのは難しいよ。それに醍醐味である綺麗な弾幕も出しやすい」

 

 またも見慣れぬ横文字が出てきたが、恐らくはあの芸術的な花火弾幕のことだろう。でも生身の人間に魔法なんて使えないし。まずは空を飛んでちゃんと弾を撃てることの方が大事である。

 

「いや、当面は必要ない。スペルカードとやらよりも、まずは最低限のものを……」

 

「えええっ! 君、『スペルカード』を甘く見ちゃいけない!」

 

 素っ頓狂な悲鳴を上げるにとり。そんなに「スペルカード」とやらは重要なものなのだろうか?

 

「よし、見せた方が早いだろう。私のスペルを一つ見せてあげよう。いいかいアズマ、弾幕ごっこをするってことはこういうのに対応しなきゃいけないんだよ? えいやっ、水符『河童のポロロッカ』!」

 

 驚いたにとりがアールバイパーからよっこらしょっと降りて力説すると、何やら技の名前っぽいのを口にしていた。手にはカードのようなものを持っている。その直後、頭上からまるで滝のように水の弾がバラバラと降って来た。思わず頭を抱えてうずくまる。

 

 水とはいえ、こんな高い所から降ってくる水の塊だ。十分凶器になりえる。狙いを外していたので食らうことはなかったが、水しぶきは容赦なくこちらに降りかかる。まるで滝のすぐそばにいるような感じだ。

 

「ざっとこんな感じかな? 私に出来る事はこのアールバイパーの復元と、あと君の言っていた自機を小さくするって奴を再現することくらいだ。パイロットだったんだろう? 何か弾幕っぽいこと出来なかったか、よく思い出してほしい。そうしたらそれがアズマだけの『スペルカード』になるんだから」

 

 にとり曰く「スペルカード」とは「弾幕ごっこ」のルールで強力な攻撃を仕掛ける際に宣言する為に使うものであり(なので不意をつくことは出来ない)、カード自体は何も仕掛けのないただの紙切れなのだという。つまり今の滝のような弾幕は、にとりの力そのものということだ。

 

 弾幕ごっこで八雲紫を倒す、それを意味することが想像以上に困難であることを俺は見せつけられたのだ。これはもう少し真剣に考えなくてはいけないな。うーむ……。

 

 確かにアールバイパーの出てくるゲームのシリーズでは自分で弾幕を展開して、あらかじめ危険な目に遭わないようにする戦略を取る。どういうのがあったかな?

 

「そうだな……。本体の動きをトレースして援護射撃をしてくれるユニット『オプション』があったり、他には……」

 

 ああそうそう、敵のボスが持っていた武装を奪い取って自機の兵装として使用する便利なシステムも持っていたな。それもにとりに伝えてみる。

 

「うーん、本体とまったく同じ動きするユニットに、敵の武器を奪い取るねえ……。幻想郷で武器といえば魔力の類になるけれど、そんなの再現できるかなぁ?」

 

 やっぱり彼女の力を持ってしても再現は難しい様だ。

 

 まだ幻想郷で戦闘を行うアールバイパーなんて見ていないし、イメージがわかない。大体自機を強化するためのエネルギー物質「パワーカプセル(※2)」が無ければどんな武装だって使用できない。元のゲームではそうだった。

 

 最悪のケース、粒子ビーム(なんて聞くとちょっとかっこよく聞こえるけど、何の特徴もない通常ショットのことだ)だけで戦うはめになることも考えられる。

 

 相手の能力ってアールバイパーで奪えるんだろうか(※3)? スペルカードを学習して代わりに使ってくれるとか虫がよすぎるかな……。

 

「そこにずっといてもそう簡単にこいつは改造できないよ。さあ、こんなところに閉じこもっていないで弾幕の構想を……って、ああもう、またトラブってる!」

 

 にとりはシッシと自分を払いのけると、急いでアールバイパーの様子を見るべく走りだしてしまった。確かに変な風に唸っているようにも、何故か光っているようにも、黒い煙を吐いているようにも見えるが、素人には何が起きているのか分からない。

 

 やれやれ、追い出されてしまったか。まあ邪魔になるだけっぽかったので仕方ないだろう。我が愛機も気になるけれど、ちゃんと命蓮寺の修復もやってくれるのだろうか……?

 

 

 

 スペルカード……か。縁側に座り込み答えの見えない難題に対し、頭を抱える俺。いきなり何か技を作れなんて言われてそう簡単にできるものではないのだ。何せ、今のアールバイパーに何が出来るのかさえ俺には分かっていないのだから。

 

「アズマさん、何だか塞ぎ込んでいますねぇ……」

 

 後ろから貴方の肩にポンと手を置く聖さん。集中していた俺には彼女が近づいてくることに気が付くことが出来なかった。急な出来事に声をあげて驚く。

 

「ねぇねぇ、どうしたんですか? なんだか浮かない顔をしていますよ?」

 

 人懐っこく問いかける住職サマ。俺は今の悩み、自分が魔力を持たず、スペルカードを考案出来ない旨を伝えた。ふんふんと頷きながら聞いてくれる。聖さんはこういう時に親身になってくれるようである。外来人でさえ受け入れる……か。俺は素敵な人に助けられたものだな。

 

「やはり、随分と悩んでいるようですね。でも、こんな時はリフレッシュが必要です」

 

 今も考え事をやめられない、そんな俺の腕をグイグイと引っ張る聖さん。わわわ……と小さく声を上げ俺は縁側から引きずりおろされてしまった。

 

「それにまだ貴方は幻想郷をよく知っていません。新しいものを見れば何か打開策が浮かんでくるかもしれませんよ。そうだっ、人里ならここから近いし、すぐに案内出来ます♪」

 

 そういえば幻想入りしてから命蓮寺から出ていない。命を狙われている身だからということなのだが、確かにここ以外の幻想郷も見てみたい。

 

 ここ以外の幻想郷にも興味がある。でもスキマ妖怪は怖い。俺は素直にその旨を聖さんに伝えた。相変わらずニコリと笑顔を崩さない。

 

「なんだ、そんなことでしたか。大丈夫ですよ。紫さんだってこの前の弾幕ごっこで深手を負っています。それに今は間昼間だし、人里では騒ぎを起こしてはいけないことになっているんです。私と一緒ならば、いくら貴方がイレギュラーな存在だからと言って、迂闊に手を出すような方はいませんよ」

 

 さあさあ、と聖さんは俺の背中を押していく。せ、せめて履物を準備してからにしてくれ……!

 

 

 

 そういうわけで出かける準備を済ませる。日差しがあるので聖さんは三度笠のようなものを被っているようだ。門の前で一輪とムラサに見送られる。一輪も頭巾をかぶっているが、暑くないのだろうか? それよりも日焼けを気にしているのかもしれない。そんな中、ムラサはいつもの水兵の帽子である。幻想郷では被り物が流行っているんだろうか?

 

「姐さん、アズマさん。行ってらっしゃーい!」

 

「にひひ、ラブラブですねー」

 

「こらムラサ、からかわないの!」

 

 真面目だったり茶化しながらだったりの二人に見送られ、俺と聖さんは門を出る。なんかムラサが不穏な事を口にしていたがスルーした。一輪が釘を刺していたし。

 

 あの時は夕闇の中がむしゃらに走っていただけなのでよく分からなかったが、流れる時間も空気も元いた世界に比べてのどかなものだ。よく見ると道端に時折花が咲いており、見る者を楽しませている。

 

「手、繋いじゃいましょう。どこでどんな妖怪が狙っているか分かりませんからね」

 

 どこかで怯えた仕草でも見せていたのだろう。そんな俺に聖さんはこんなことを提案してきた。

 

 急に紫がスキマから現れて、俺をスキマの中に攫っててしまう可能性だって決して低くない。そうでないにしてもいつ妖怪の襲撃があるか分からないような場所なのだ。今は妖怪が活発になる夜ではないにしろ、用心するに越したことはない。

 

 俺はこのありがたい申し出に乗ることにした。喜々として自分の手を差し出す。聖さんのぬくもりが俺の手の平に伝わって来る。温もりと共に安心感を覚えていく。この感覚は懐かしい。まるで見知らぬ場所を母親と手を繋いで一緒に歩いているような感覚だ。

 

 

「こうしていると恋人みたいですね」

 

 こここっ、恋人!? よく見るとその手のつなぎ方はお互いの指を絡め合ったようなもの。俗にいう恋人繋ぎのものであった。これは俺が無意識にやったものなのか、それとも聖さんが……?

 

 門前でのムラサの一言が頭によぎる。うう、余計な事を言って……。意識してしまうじゃないか!

 

「んもぅ、焦り過ぎですよ? 手に汗かいているではありませんか。ふふふっ」

 

 俺をからかったのか? 聖さんには意外とお茶目な所があるようだ。そうしているうちに遠目に木造の建物群が見えてきた。そういえば緊張がほぐれている。そうか、ガチガチだった俺をほぐすために聖さんはあんなジョークを言ったのだろう。

 

 ああ、俺は聖さんには敵わないな。そうひしひしと思わされるのであった。




※1「リデュース」とはグラディウスIIIに登場した「?(バリアのこと。グラディウスシリーズではバリア系兵装は伝統的に『?』に割り振られる)」系の兵装である。
自機を縮小させて当たり判定を小さくするのだが、肝心の防弾機能を持ち合わせていないという欠点を持つ。
後にスーファミ移植版にも同名のバリアが登場するが、小さくなるところまでは同じだが、あちらは被弾するたびに元の大きさに戻っていき、元の大きさに戻るまでは被弾してもミスにならないという特徴があった。

※2「パワーカプセル」とはグラディウスシリーズに登場するパワーアップアイテムの総称である。パワーアップの方法が特殊なので、グラディウス初心者はまずこのパワーアップのシステムを頭に叩き込むところから始まる。
劇中でも言われていた通り、この作品には登場しない。

※3 実際にMSX版グラディウス2(IIではない)ではボス戦艦の内部に入って新たな兵装を手に入れることが出来た。


こんな感じで分かりにくいネタには注釈を入れていこうと思います。でもあんまり「※マーク」を入れ過ぎるとテンポが悪くなるので、さじ加減が難しいですね……。


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第5話 ~繰り返す因縁~

人間にとっては生きづらい幻想郷の中でも、比較的安全な人里。
とはいえ、いつ紫が襲ってきてもおかしくない状況にアズマはビクビクしていた。
それゆえにしっかりと住職サマの手を握る……。


 さて、命蓮寺というのは人里のすぐそばにある。あまり時間がかかることなく、ガヤガヤと騒がしい人里に辿り着いた。ちなみにあの手の繋ぎ方、恋人繋ぎは……したままだったりする。

 

「間昼間なので人通りも多いですね。迷子にならないように気をつけましょ?」

 

 迷子になる、あるいはこの手が離れる時、俺即スキマ行きだ。甘美な手の繋がりは同時に俺の命を繋ぐ生命線でもあるのだ。……考え過ぎか。

 

 二重の意味でドキドキしつつ、この街並みを見て回る。江戸時代か明治時代あたりで時代が止まったかのような街並みであるが、よく見ると時代にそぐわないような道具もそこはかとなく目につく。本当に常識が通用しない世界だ。何よりもそこを歩く人を見るとたまに明らかに人間ではない姿のモノが歩いているのだから。

 

 声を漏らしながら辺りを見回していると、不意に繋いでいた手が急にグイと引っ張られた。

 

「あっ、あそこのお団子屋さん美味しいんですよ? アズマさんもきっと気に入ります。さあ、行きましょう行きましょう!」

 

 はしゃぎながら聖さんは一つのお店へと入っていく。手を繋いだままなので、もちろん俺も引きずられるように。ふむ、甘いものか……悪くない。

 

 お店に入ると色とりどりのお団子が目に入る。聖さんは早速今日はどれにしようかと目を輝かせていた。持ち合わせがないので、自分は奢ってもらう形になるだろう。さて、俺が興味を惹かれたお団子は……よし、このとても甘そうなあん団子にしよう。お勘定を済ませて外で聖と一緒に団子を頬張っていると……。

 

 小さい女の子(本当に小さい、手の平に乗りそうなくらい)がふよふよと目の前を飛んでいるではないか。頭に赤いリボン、ケープを羽織ったその子は小さいながらも美しい顔立ちであった。まるで人形のようである。

 

「シャンハーイ」

 

 その子が振り向く先には金髪の同じくケープ姿の少女が歩いていた。真っ赤なカチューシャに目が行く。彼女もまた人形のように整った顔立ちをしていた。こちらの存在に気が付いたのか、トコトコとこちらに歩み寄ってくる。人形と一緒に。

 

「あれ、白蓮さん。どうしてこんなところに?」

 

 どうやら知り合いのようである。聖さんの知り合いならば、恐らくは彼女も俺の味方になり得る。いずれお世話になるかもしれないから顔をよく覚えておこう。

 

「幻想郷に不慣れな外来人さんに人里を案内しているのですよ、アリスさん」

 

 今の少女はアリス。なんでも自分と同じで人間から魔法使いに転じた少女なのだという。普段は瘴気の充満した「魔法の森」と呼ばれる森林地帯に住んでいるが、時折こうやって人里まで出てきて買い物をしたり人形劇を披露したりするのだとか。

 

 アリスの連れているこの小さい女の子は人形であり、ちゃんと「上海」という名前がついているようだ。しかし聖にしろアリスにしろ、魔法使いという種族は人間とほとんど見分けがつかない。

 

「上海、あなたも挨拶なさい」

 

 スカートの裾を持ち上げ、ペコリと挨拶をする人形。なかなか可愛らしい。アリスの命令通りに自動で動く人形か……なかなか興味深い。俺はそう思いつつ、団子を買いに行くであろう金髪の少女を見送った。

 

 

 

 さて、腹ごしらえも済ませたし、また一人顔見知りが出来た。今はまた手を握っている。さすがに団子を食べている間くらいは手を離していた。

 

「これまあ聖様、この方は護衛ですかい? それとも……アレですかい?」

 

「あらもう、からかうのはよしてくださいな。彼はそういうのではありませんよ」

 

 聖さんは人里でも人気があるのか、よく話しかけられる。俺は当然……面識がないのだから仕方がない。

 

 何だか人通りを通る人に子供達の比率が高くなっているようだ。甲高い声でキャーキャー騒ぐ声が響いてくる。俺は自然と声のする方向を見ていた。

 

「子供達の声が気になりますか? このあたりに寺子屋があるんですよ」

 

 聖さんが指差す先には確かに大きめの建物があった。寺子屋……つまり学校のようなものか。丁度放課後とかなのだろうか。

 

「あまりはしゃいで人様に迷惑をかけるんじゃないぞー!」

 

門の前には先生らしき女性が注意を促しているが……子供たちに耳に入っているのかどうかは怪しい。聖さんはこの女性と面識があるのか、俺と一緒に彼女に歩み寄っていった。

 

「こんにちは、慧音(けいね)さん。いつもお仕事お疲れ様です」

 

 青白く長いロングヘアに青を基調としたワンピース。手には教科書らしきものを手にしている。小箱のような形の帽子は何処か博士帽にも見える。そんな彼女はとても知的に見えた。

 

「ああ、聖さんか。いつも見苦しい所ばかりですまない。……して、今回は何用なんだ?」

 

 サバサバとした口調で用件を聞く慧音先生。それに対し、聖さんは黙って俺の方に視線を向けた。慧音先生も何か心当たりがあったらしく寺子屋に招き入れる。

 

「なるほど、君がアズマ君だね。まあ、ここで立ち話も難だし、積もる話は中で聞こうか。幸い生徒たちもみんな帰ったしな」

 

 

 

 寺子屋の中に案内された。寺子屋なだけあって学習机と黒板……と、学校をイメージさせる道具が揃っている。

 

「っ! またあいつらしょうもないラクガキしやがって……」

 

 慧音先生が憤慨して教室に入ると、黒板の落書きを速やかに消し去り、そして俺達の元に戻って来た。

 

「毎度すまないな。あのラクガキだけはどうしても許せないんだ」

 

 黒板には角の生えた彼女の絵が描かれていた気がした。おそらく普段は知的で優しい慧音先生だが、怒らせると相当怖いということを表しているのだろう。彼女も気にしているようなので、話題に出すのはやめておこう。

 

 更に部屋の奥、居住エリアのような場所に辿り着いた。彼女の生活スペースなのだろうか? 先に席に通された俺達。慧音先生はお茶でも淹れに行ったらしい。

 

 見覚えのない風景に俺はキョロキョロと辺りを見回していると、慧音先生が戻ってくる。その手には人数分の熱いお茶と、何故か新聞紙があった。

 

「前の『文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)』に君のことが載っている」

 

 机にお茶を置くと、丸めてあった新聞紙を広げ、慧音先生が指さす。ええっと『ぶんぶんまる』……? 変わった名前だが、幻想郷における新聞なのだろう。身を乗り出して記事を見てみると、黒煙を上げて墜落していくアールバイパーの姿が写真に収められていた。

 

【謎の銀の鳥、墜落す】

 

 こんな見出しがデカデカと書かれていた。俺はこの銀の鳥に乗って幻想入りしたんだ。文面を見ていくと外来人が中にいたことが書かれているが、俺の写真はなく、特に物騒な事は書かれていない。

 

「事前に聖さんからアズマ君のことは聞いている。随分と大変な目に遭っているようだな。そして随分奇抜なことを考えている……」

 

 うっ、聖さんってば全部話しちゃったんだな。彼女は俺にまつわる事件の内容を全て知っていた。紫に狙われている事、それを止めさせるために彼女と弾幕決闘をしようとしている事。

 

「向こうが滅茶苦茶な事を言ってくるんです! 前に外の世界の『核』の技術を受け入れて大変な事になったから、今回はそうなる前に超文明を使って幻想郷を壊そうとしているであろう俺を排除するって……」

 

「それで……話し合いは無理、生身で戦っても無理と判断し、その超文明たる銀の鳥を使って紫を負かすってことかい?」

 

 弾幕ごっこは一種の決闘。決闘ならばちゃんとルールがあるので、大妖怪である紫にも勝てるかもしれない。俺はその淡い希望にすべてをかけているのだ。だが、そんな俺の信念を真面目に受け取ってくれる人はいない。聖さんですら困惑していたのだから。

 

「馬鹿げてます……よね。まだアールバイパーがどれくらいの能力を発揮できるかも分からないというのに」

 

 どんな辛辣な答えが返ってくるか。ある程度は俺の中で覚悟出来ていた。

 

「全くだ。そんなこと普通の馬鹿だって思いつかないぞ。よりにもよって事の発端となった超技術を使い、()()()()に弾幕を張るだなんてな。しかもそれで幻想郷の大賢者に喧嘩を売るだなんて……」

 

 予想通り、いや予想以上に辛辣な言葉を投げかけられて俺は縮こまるしかなかった。そんな俺を気遣ってか、隣に座っていた聖さんは俺の背中を撫でてくれている。ああ、暖かい。暖かいが俺の心は未だ冷たい。

 

 しかし、慧音先生はこの後意外なことを口にする。

 

「だが、こうなることは必然だったのかもしれない」

 

 慧音先生の口から外界からもたらされた「核融合」の技術による事件の話が語られる。

 

 外界からやって来た神様がとある地獄烏に「核融合」の力を与えたのだが、その地獄烏はその力を使って幻想郷を支配しようとしていたらしい。その異変は一人の巫女が地獄烏との「弾幕ごっこ」に勝利することで阻止出来たものの、その一件以来、八雲紫は外界の技術に対して警戒心を強く持つようになったそうだ。

 

「お前の隣にいる聖さんはこの事件があったからこそ幻想郷にいるようなものだ」

 

 地獄烏が暴れたことであちこちに間欠泉が発生、その際に封印されていた聖白蓮も地底から押し上げられたのだという。

 

 俺が八雲紫に襲われる理由となった事件によって日の目を見た人の元にいる俺。俺の手には地霊殿での事件の首謀者と同じく、超技術が握られている。なんとも因縁深い。

 

「とにかく、その超技術たる銀の鳥が復活してしまった以上、八雲紫とぶつかり合うことは避けられないだろう。アズマ君はせっかく知り合った人間だ。私は出来るだけ君のバックアップを行う。自分が信じる通りに……やってみなさい」

 

 その言葉を最後に交わし、俺と聖は寺子屋を後にした。寺子屋を出るとかなり長く話し込んでいたのか、日は既に傾いていた。そろそろ妖怪の活動する時間だ。人里はまだ安心だとはいえ油断できない。

 

「今日はもう帰りましょうか。手ですか? ええ、また繋ぎましょうね」

 

 陽が沈む中、命蓮寺へと足を進めていった。

 

 

____________________________________________

 

 

 

 その頃、幻想郷辺境の某屋敷(マヨヒガではない)では……。

 

紫「(らん)ー、(ちぇん)ー! もういるのかしら?」

 

 閉め切った部屋の中から紫の声が響く。藍と呼ばれた九尾の狐はその部屋の前に直立し、両手を袖に入れている。彼女の隣に開いたスキマからポトリと落ちてきたのは幼い少女の姿をした猫又。この子が橙と呼ばれる子である。

 

「それで紫様、要件というのは?」

 

「その前に、ゆかりさまー、どーしてお外に出ないんですかー?」

 

 用件を聞こうとした藍を遮るように橙が素朴な疑問を投げかける。藍は橙を睨み付けたが、紫が橙の質問に答え始めると再び表情を柔和なものに戻す。

 

「それはねー橙、ワルーい人にお顔を殴られて顔が腫れちゃったからなのよー。だからゆかりん、お顔が治るまで絶対に外には出ないわよー」

 

 二人の会話を聞いて呆れかえる藍。特に自分のことを「ゆかりん」と言い出したところに。咳払いすると、今度は藍が申し出る。

 

「そうでなくても引き籠りがちだというのに……。それよりお顔は大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫じゃないから貴女達を呼んだのよ、まったく……。弾幕ごっこだというのに『超人』とかいって思いっきり殴りかかって来るんだもの。まだ頬が痛むのよ、まったくもって非常識すぎるわ、あの尼っ!」

 

 ひとしきり喚き散らすと、紫は冷静さを取り戻す。

 

「……まあ愚痴ばかり言っても仕方ないわね。ええっと、二人を呼んだ理由だっけ? それじゃあ端的に命じるわ。今から二人で命蓮寺に潜入して、あの外来人と彼が持ち込んだ超技術の銀翼の偵察に向かいなさい。まだ壊してはダメよ? 何が起きるか分からないのだから。頃合いを見て指示は出していくから、まずは偵察に専念して頂戴」

 

「はーい!」

 

「御意」

 

 二人の式神はくるくる回りながら夕闇の空へと消えていった……。




かつて外の世界より持ち込まれた核の脅威は幻想郷を震え上がらせた。
しかし、その異変があったからこそ白蓮さんは封印から解き放たれた。

時を経て再び外の世界から幻想郷に降り立つは超技術の塊(アールバイパー)。
しかし、その異変が起きたからこそアズマはこの幻想郷に息づいている。

不思議な因縁、奇妙な因縁。地霊殿での異変ではかの八雲紫も動いたという。
繰り返す外界との因縁。もはやアズマと紫の衝突は回避不能なのか?


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第6話 ~銀翼、幻想郷を舞う~

アールバイパー初飛行! ゲームの中ではエースパイロットのアズマ君ですが、それが実際の空になると……。


 聖さんと人里を出歩いてさらに数日が過ぎた……。

 

 俺は河城にとりに呼ばれて「あの部屋」へ向かっている。そう、にとりが俺の戦闘機でお寺に穴を開けてしまったあの部屋。そう、遂に銀翼「アールバイパー」が復活したようなのだ。意を決して、我が武器の格納されているフロアに入る。

 

 命蓮寺の穴は未だに開いたままであったが、戦闘機は見事に復活していた。白銀の翼に先端が二つに割れた特徴的過ぎるフォルム。紛れもない、ゲームに出てきたものと寸分違わないアールバイパーそのものだ。こうやって実物になっているところ(スクラップ及び、墜落しているところ除く)を見ると否応なしに胸が高まる。

 

「ふふーん。私にかかればこれ位、へのカッパ……なんちゃって」

 

 河童って気ままに泳いでキュウリかじりながら相撲取ってるだけじゃないんだな。まさかここまでやってしまうとは……。今もリュックサックを背負っている少女をまじまじと見つめる。

 

「お礼は……ちゃん飛んでからでいいぞ」

 

 悪戯っぽくペロっと舌を出しながらとんでもないことを言いだすにとり。うお、テスト飛行してないのかよ。まあ戦闘機を操作できる人なんて他にいなそうだし(俺も出来るのか怪しいが)、またにとりが操縦桿を握って命蓮寺に穴をあけられたらたまらない。それよりも早く乗り込みたい。俺は足早にコクピットへと近づいて、キャノピーを開いた。

 

 

 

 無数の計器類と操縦桿、カッコいい! 乗り込むや否や、まるで魂がこもったかのように機械がうなりを上げた。まるで主人がここに乗り込む時を待ち続けていたかのように。

 

 エンジン点火、そして爆ぜる後方の空気。よし、出撃だ! カタパルトでも仕込まれていたのか、グンと重力を感じる。この時点ですでにギャップを感じていた。とんでもない加速度に思わず吐きそうになる。さすが戦闘機、乗り心地なんてものには期待できないようだ。

 

 こちらも負けるものかと両目を見開き、そして離陸した。アールバイパーは陸を離れ、大空を舞っていた。丁度命蓮寺にあいた穴を使用したので建物は壊してない……はず。

 

 ゲームの中ではエースパイロットでも、俺は本物の飛行機など操縦したこともない。なので正直不安だったのだが、大方思った通りに動いてくれる。旋回、上昇、急降下、加速。若干雑な挙動なのだが、大体はこなしてくれる。あとは動く度に体にかかる重力をなんとかするだけだ。もっともこればかりは慣れるしかないようだが。

 

 初フライトが気になったのか、命蓮寺のみなさんも外に出てこちらの様子を見ているようである。狭いから手を触れないのが残念だ。というかそんな余裕はない。

 

 

 

 気づくと命蓮寺周辺に風船がプカプカと浮かんできた。幾重にも円が描かれており、まるで的のようである。気を利かせて武器系統のテストも行えるようにしたのだろうか。にとりが地上でサムズアップしている。

 

 撃ち落としてみろってことだな。計器類に目を通すと、使用可能な武装が表示されるディスプレイがあるのに気付く。どれどれ……何が使えるんだ?

 

 

MISSILE:NONE

DOUBLE :NONE

LASER :NONE

 

? :REDUCE

 

 

 愕然とした。ミサイルもダブル(※1)もレーザー(※2)も何もないではないか! オプション(※3)に関しては項目すらなくなっている。

辛うじて「?(バリア系の兵装)」に「リデュース」の文字があるだけである。ちゃんと自機が小さくなっている様子を示したアイコンもあった。まあ仮にも戦闘機だ。トリガーを引けば何か攻撃が出るだろう。

 

 急回転し、的の一つを正面に捕らえる。ターゲットサイトと的の中央が重なった。意を決して操縦桿のトリガーを引く。これは……粒子ビーム(通常ショット)のようだ。

 

 ショットは風船に当たり、派手に光りながら破裂した。やりっ!そのまま宙返りし、背後の的にもショットを浴びせる。……が、爆発しない。どうやら外したようだ。逆さまだったので元の向きに戻り、もう一発ショットを撃つ。今度は爆発した。

 

 残りのターゲットも苦労しながらも次々と落としていく。命中率は……そんなに高くなかった。これで全てを撃ち落としたか? いや、もっと低い所に的が集まっている。

 

「You got a new weapon!」

 

 先程絶望を示していた使用可能な武装を表示しているモニター。そこからシステムボイスが流れた。ゆーがっと……うぇぽん? 何か武装が解放されたというのか?

 

 見てみるとそこには粒子ビーム、つまり通常ショット以外にも別の武装の名前とアイコンが表示されていた。アイコンは一瞬「河童のポロロッカ」に見えたが、すぐに見覚えのある自機の真下斜め後ろにミサイルを落としているものに変わった。そして刻まれた名前は……。

 

「SMALL SPREAD」

 

 スモールスプレッド(※4)、小さな爆風を生み出すミサイルを真下にばら撒く兵装だ。「弾幕ごっこ」ではこんなあからさまな対地兵器を使用する機会はそうそうないだろう。どうしてよりにもよってこんなマニアックな装備が?

 

 そう頭を抱えていると的がふよふよと高度を上げていくではないか。せっかくミサイルも使えるのだからこちらも試してみたい。それならば、風船よりも早く更に高度を上げなくては。体が後ろへ押し付けられるが気にしない。

 

 十分に高い所まで行った。命蓮寺も少し小さく見える。が、しまったと舌打ちする。高く上がりすぎて狙いが定まらない。しばらく待てば狙えるようになるかもしれないが……。

 

 ええい、面倒だ。そこら辺にばら撒いてやれ。これだけ高ければ地上までは届かないだろう。

 

 高高度を横切りつつ、爆弾をポロポロと落としていく。はるか下の方の空で青い爆風が吹きすさんでいる。高度を落とし、結果を確認する。

 

 的はほとんど全滅。残った的はショットで確実に沈めていく。よし、これで全部だ。本当に的はなくなったようなので、着陸することにした。

 

 

 

 初めての空は刺激的で爽快であった。体が急に遠心力とかで押し付けられること以外は。一度降りてこんな素晴らしい体験を提供してくれたエンジニア様にお礼の一つでも言わなくてはバチが当たる。

 

 自機を地上に降ろすと(どういう原理か、垂直離陸及び着陸も可能なようだ)、彼女の手を握り何度も握手する。

 

「い、いやー。そこまで喜ばれるとは思ってもなかったよ。えへへ……」

 

「とんでもない! 飛べない人間にとっては空を飛ぶなんてこと程恋い焦がれるものはないんだ。……でだが、ちょっと気になることがあるんだけど」

 

 一瞬だけ表示された「河童のポロロッカ」のアイコンと、突然解放された武装「スモールスプレッド」について説明した。

 

「ううむ、その口ぶりからするとスペルカードを受けたことが引き金となって、眠っていた兵装が目覚めたと考えればいいのかなぁ? でも最初はそんなものなくて、飛行テスト中に突然解放されただって? もう私にはこれ以上分からないよ。本当に奇妙な飛行機だな……」

 

 敵のボスが持っていた武装を奪う機能がこんな形で再現された……とかだろうか? とにかくこれでショットだけで戦う羽目になることは免れた。まだ心細いが、無限の可能性を秘めている。

 

 とにかく新しい武装をもっと試したく、もう一回的を浮かべてくれとにとりに頼む俺。

 

「ええと、アズマ君。どうやらその必要はなさそうだよ」

 

 違う方向から少し低いトーンの声がする。少し離れてフライトを見ていた寅丸星が空を指差していた。

 

 目を凝らしてよく見てみると、鳥ではない何かがいるようだ。ひっきりなしにこちらに向かってギャアギャア騒いでいるようなのだが、何を言っているのかは聞こえない。

 

 どうやら青いワンピースに身を包んだ小さな女の子のようだ。背中には羽が生えているようなのだが、まるで水晶のように鋭角的であり、とてもこれで羽ばたいているようには見えない。

 

「本当だ。的……おっと失礼、氷の妖精が君の銀翼に興味津々なようだぞ」

 

 星の隣にいたナズーリンから彼女の正体が氷の妖精であることを知らされる。そんなやかましい青髪の女の子がこちらまで降りてきた。

 

 空中を飛びまわっていたアールバイパーにつられてやって来たのだろう。妖怪の次は妖精か。近づくとひんやりと涼しい。が、彼女の性格自体はかなり暑苦しかった。

 

「そこの変な鳥! 最強のあたいと勝負しなさいっ!」

 

 ニカッと笑うと、そのままビシッと指さして、勝負を申し込んでくる……戦闘機であるアールバイパーの方に。もちろん返事はない。「無視するなー!」と騒ぎ立てて我が愛機に喰いかからん勢いだったので、ちょいちょいと妖精の肩をつつき、こっちだよと俺自身を指差す。

 

「その変な鳥を動かしているのが俺だよ。あと変な鳥じゃなくて『アールバイパー』ね」

 

 彼女の手には何やら鮮やかなイラストの書かれたカードがある。おそらくあれがスペルカードなのだろう。つまり弾幕ごっこで勝負しろと言っているようだ。実戦に入るまでが急過ぎる。心配になり、弾幕ごっこの先輩達の方を振り向く。

 

「えぇと……あの子はチルノですね。確かに妖精の中では最強だけど、さすがに紫とはかなり強さの差がありますね。命を落とすことはないでしょうし、よい練習相手になるとは思いますが」

 

「練習相手とかいうなー!」

 

 聖さん曰く妖精という種族は基本的には人間よりも弱いが、チルノのレベルになると確かに人間にとっては脅威の存在となりえるらしい。もちろん生身ではの話だ。

 

「それに、貴方はとてもダイナミックなスペルまで披露してくれたじゃない。弾幕のことを『花火』に例える人がいますが、まさか花火を打ち上げるのではなくて下に落とすだなんて。まるで弾幕花火の滝ですね」

 

 ほへ? 俺はスペルカードなんて考案していない。聖の表現方法からスモールスプレッドの爆撃のことを言っているのは間違いないだろう。……なるほど、こうやって編み出した大技っぽいのがスペルカードになるんだな。全然意識してなかったけど。

 

 というか俺はそのスペルカードルールを把握していないぞ。その旨をこっそり聖さんに申し出る。あと、あの爆撃は今さっき思いついたものなのでスペルカードになる紙が欲しいとも。

 

 聖さんから白紙の紙をもらい、それらしいイラストを描き、カード名を記す。名前は……そのまんまでいいか。名付けて「爆撃『スモールスプレッド』」。

 

 聖さんからルールの説明も受けた。使用するスペルカードの枚数をあらかじめ宣言し、そのカードに記された技を使うときは使用前に宣言をする。一度宣言したらスペルブレイク(一定ダメージを受けるか、一定時間が過ぎることらしい)するまで他の行動は出来ない。全てのスペルカードをブレイクされる、または体力(俺の場合はアールバイパーの耐久力ってことになるな)や気力が尽きたら負けとのこと。

 

「そんなところですね。大丈夫だと思うけれど、万が一命に関わりそうになったら助け船を出します」

 

 まあ命にはかかわらないし、万一のバックアップの約束も交わした。ここまでしてもらったんだ。ここは勝負に応じた方がいいだろう。いずれ八雲紫とやり合うんだ、そう考えると実戦はむしろ早い方がいいのかも知れない。

 

 我が愛機に向かうと、にとりに呼び出される。弾幕ごっこに関わる操作の説明を行いたいらしい。

 

 20メートルほどある自機を2メートル程に収縮させる「リデュース」は実装されているようで、ボタン一つで縮んだり元に戻ったりできるらしい。ただし安全の為、リデュース発動中は機体から降りることは出来ないそうだ。

 

 あと戦闘機の姿を取っているが、その場でホバリングが可能なので、時には立ち止まって周りの様子を確認するのもいいだろうとアドバイスもくれた。

 

「俺が使うスペルカードは1枚だ。まだ初心者だからな」

 

 ルールに則りチルノに宣言しつつ、俺はコクピットに乗り込んだ。

 

「あれ? 鳥の中身は男だったのね。男の弾幕使いってのはなかなか珍しい。でも相手が誰だろうと、あたいはいつでも本気だよ!」

 

 あれ、普通に話が進んだぞ。珍しいとは言われたけれど、馬鹿にされたり、ドン引きされたり、気持ち悪がられてたりというのはなかった。命蓮寺の人たちは弾幕ごっこをやると言いだしただけで(ジェンダー的な意味で)怪訝な表情を浮かべていたが、彼女にはそのような偏見はない様だ。

 

 彼女はスペルカードを2枚手にしていた。若干こちらが不利か。




※1 ダブル系兵装とは、攻撃範囲に秀でている兵装群のこと。
名前の由来は初代グラディウスにおける「ダブル(前方と前方斜め上に通常ショットを放つ。連射能力が落ちてしまうのが難点)」。
そのままだと火力が分散してしまうので、オプションを十分に装備しないと真価を発揮できない。狭く入り組んだ地形で有利。
実弾兵器が該当することが多め。

※2 レーザー系兵装とは、火力や貫通力に秀でている兵装群のこと。
名前の由来は初代グラディウスにおける「レーザー(ザコ敵を貫通する青く細長い光線を放つ)」。
火力は高く扱いやすいが、狭く入り組んだ地形ではオプションをうまく使わないとその力を発揮できなくなってしまう。
「レーザー」の名の通り光学兵器が該当することが多いが、リップルレーザーのような例外も少なからず存在する。

※3 シューティングゲームの兵装でオプションといえば、自機の攻撃をサポートするポッドであることが多い。グラディウスシリーズでのオプションは自機と全く同じ動きや攻撃を行うので(しかもオプションは基本的に無敵)、一つ増えれば火力も倍増するまさに攻略の要となる存在。

※4 スモールスプレッドとは、グラディウスIIIに登場したミサイル系兵装である。
自機の真下及びやや後ろめがけて投下する爆弾である。着弾後、青色の爆風を残すが「スモール」の名の通り、一つ一つの爆風は小さい。しかし、大量にばら撒くことで死角を埋めることが出来る。
基本的に空対空戦闘が主である弾幕ごっこでは相手の真上に陣取って使用する必要がある。


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第7話 ~初陣~

記念するべきアールバイパーの初陣。その相手は妖精最強と名高いチルノである。
果たして初戦を白星で飾れるか……!?


 俺の初陣だ。気合を入れてアールバイパーを再起動させる。にとりから指定されたボタンを押すと周りの景色が大きくなっていく。否、自らが小さくなっているのだろう。

 

 2メートル弱くらいに小さくなるって話だが、確かにこれなら生身の人間よりも少し大きいくらいで済むだろう。垂直離陸を行い、再び大空へ。

 

 先に攻撃を仕掛けたのは向こう側。ツララ状の弾を固めて飛ばしてくる。いくらこちらが小さくなっているとはいえ、隙間をくぐるのは危険だろう。ならばその塊ごと避ける!

 

 右に大きく旋回し、危険なツララをやりすごした。体勢を立て直し、一気に距離を縮める。

ターゲットサイトがチルノと重なった。ここぞとばかりにトリガーを思い切り引き、何発もショットを撃ち込んだ。オレンジ色の弾が一直線に飛び、チルノに命中する。

 

 よし、効いているぞ! 大きくのけ反り、怯んでいるようだ。しかし回復も早い。ショットを受けたチルノは両腕を振り回し、プンスカ騒いでいる。

 

「やったなー! あたいを本気にさせたこと、後悔させてやるっ! 氷符『アイシクルフォール』!」

 

 その手にはカードが握られており、光り輝いていた。今のがスペルカード発動の宣言なのだろう。叫び声と共に、辺りが薄暗くなる。何故かこちらのコクピットも一瞬光っていた気がするが、そちらを調べるのは後だ。

 

 先程はこちらを執拗に狙ってきたツララ弾であったが、見当外れの方向にツララが飛んでいく。ははは、どこを狙っている。いや、急にツララが角度を変えると一気にこちらに押し寄せてきたではないか。急な変化についていけず、思わず後ろに引く。

 

 しかしツララは隙間なく微妙に角度を変えて押し寄せており……、しまった、反対側にも同じようにツララが……駄目だ、かわしきれない!

 

 コクピット全体に衝撃と冷気が走る。被弾したらしい。冷気にエンジンがやられたか、出力がどんどん落ちて、我が銀翼は地に落ちた。……敗北だ。

 

「どーだ! まあ相手が悪かったわね。なにせ最強のあたいだもの」

 

 空中で得意げにふんぞり返る妖精。悔しい……、だがこんな所でへこたれては打倒紫など夢のまた夢。

 

「もう一回だ。まだこいつは動けるぞ!」

 

 少し乱暴にエンジンを吹かす。よし、熱によって復活した。再びアールバイパーで飛行し、再戦を申し込んだ。

 

「なかなかガッツあるじゃない。あたいそういうの好きだよ。それじゃあ今度はあたいからっ」

 

 再びアイシクルフォールが宣言される。先ほどと同じく、ツララ弾は一度チルノから大きく離れ、そして円弧を描きながらこちらに向かってきている。最初に大きく離れる角度も少しずつ変化を付けており、まるで大きな腕を前後に動かしているようにも見えた。まさにツララ落としといったところか。複数の角度をつけてのツララの波状攻撃はやっぱり避けにくい。

 

 と、ここで俺はデジャヴを感じた。そういえば前にもこんな攻撃を受けたことがあったような……。ええと何だったかなぁ?

 

 思い出したぞ、クリスタル型のボス(※1)が触手を振り回しながらレーザーを撃っていたが、弱点を覆う為の腕の懐がガラ空きだったというもの。今のチルノを見るとなるほど、彼女のすぐ目の前だけ弾幕が薄い、いやまるでない。

 

 一か八かスピードを最大に上げてチルノの目の前に飛び込んでみた。案の定ここは安全地帯になっているようだ。

 

「ヤバッ……、フフン。よくぞ見破ったな!」

 

 何故か偉そうである。回避手段がないらしく居直っているらしい。まあやることは一緒だ。これだけ近距離だとわざわざターゲットサイトを見るまでもない。これでもかとトリガーを引きまくる。

 

 周りの薄暗さがなくなり、元の明るさに戻った。それと同時にツララ弾も消えてしまう。どうやらスペルカードを1枚攻略したようだ。

 

 すぐさま次の攻撃に移るチルノ。今度は青白いレーザーを飛ばしてきた。これもまた旋回して……。

 

 うおっ旋回しすぎた。ぐわんと景色が横に流れる。フラフラとした挙動で体勢を立て直すと、次のレーザーがどてっ腹に迫ってきていた。

 

 慌てて高度を下げつつ今度は左に操縦桿を傾ける。ぐるんぐるんとローリングしながら辛うじてレーザーを回避した。チチチチと弾が機体をこする音がしていた。あ、危ねぇ……。

 

 無茶な動きの連続で頭がふらふらする。気を取り直して反撃を……、う、嘘だろ? 目の前に第三のレーザーが!

 

「ぐわあああ!」

 

 もう一度操縦桿を傾けて……駄目だ、かわしきれない!

 

「アズマさんっ、スペルカード発動の宣言をするんです!」

 

 地上から助言が来る。聖さんのものだ。そうだった、こちらもスペルカードが残っているのをすっかり忘れていたよ。ありがとう聖さん。そう心でお礼をしつつ、コクピットの一角に差しておいたお手製カードを取りだし、宣言する。

 

「爆撃『スモールスプレッド』!」

 

 ただの紙切れだったはずのスペルカードが光った。だがその直後、非情にもチルノの放ったレーザーは我がアールバイパーを貫通したのだっ。

 

 そう、そのまま通りぬけてしまっただけだ。被弾していない? これもスペルカードルール特有の現象なのか?

 

 何だか視界に青白いモヤがかかっているような気がする。炎上した? いや、熱さは全く感じていない。一体何が起きているのか、俺の視点からでは見当がつかない。

 

「ちょ、アズマさん大丈夫ですか!? 機体が青白く燃えているんですけどー!」

 

 そんなアールバイパーを指さしながら慌てるのはムラサであった。なるほど、そういうことか。彼女の言動で確信した。どうやら自機全体を包むオーラのようなバリア「フォースフィールド(※2)」を纏っているようだ。

 

 どうやらスペルカードを発動すると、フォースフィールドを纏い、ある程度の攻撃を防ぐことが出来るらしい。となると、このフォースフィールドが完全にはがれた時がスペルブレイクの瞬間なのだろう。

 

 まあいい、せっかくカードの宣言をしたんだ。今のうちに一気に高度を上げて上空からポロポロとミサイルを落とす。

 

 ちょこまかとチルノが爆風の隙間を縫って動いている様が見える。爆風が残っているうちにこちらも高度を下げてショットをお見舞いする。

 

「うわわっ! こっちもスゴイの発動するわ! 最強スペルにビビれー!」

 

 ゴソゴソと懐から二枚目のスペルカードを取りだす氷精。そしてそれを掲げつつ、高らかにカード名の宣言をする。

 

「凍符『パーフェクトフリ……』フンギャ!」

 

 スペル名は「パーフェクトフリーズ」だったのだろうが、宣言が終わる前に遅れて落ちてきたスモールスプレッドがチルノの脳天にぶつかる。ゴツっと痛そうな鈍い音の後、爆発を起こす。哀れ氷精はピヨピヨと頭にヒヨコを飛ばしながらフラフラと墜落していった。

 

 スペルカードは外の世界におけるシューティングゲームのボンバー(緊急回避と強力な攻撃を同時に行うもの)にあたる機能も持ち合わせているらしい。たとえ強力なスペルでも発動出来ずに抱え落ち(緊急回避手段であるボムを残したまま撃墜されること。非常にもったいない)してしまうこともあるのだろう。

 

 俺も聖さんの声がなければ同じ状況に陥っていたはずだ。弾幕ごっこにおけるスペルカードの重要さ、美しさと強さ、そして勝つためには上手く使っていかないといけない。改めてその重要さに気付かされた。

 

 ……と、いつまでも感慨にふけっている場合ではない。脳天に爆弾がクリティカルヒットした妖精の少女の安否が気になる。地上に降り立つと我が愛機から降り、彼女の元に駆け寄る。頭にでっかいタンコブを作って目を回しているようだ。

 

 俺が近づくのに反応するとパチリと目を見開いてこちらに詰め寄って来た。

 

「もう一度あたいと勝負しろ! 今度こそあんたに勝ってあたいが最強であることを証明する!」

 

 その前にこちらの呼び方がずっと「あんた」なのでいい加減名乗ることにした。

 

「俺は『あんた』じゃなくて轟アズマ。アールバイパーの乗り手『アズマ』だ」

 

 大怪我してたらどうしようと思ったが、杞憂だったようである。さすが妖精最強。俺もアールバイパーもまだ動く。彼女の申し出を断る理由などないだろう。俺は再び我が愛機に乗り込み、大空を舞った。

 

「今度はあたいが勝つよ、アールバイパー!」

 

 そっちが俺の名前じゃねぇ!

 

 

____________________________________________

 

 

 

 戦闘機と妖精が上空で戯れている。もうこれで何回戦なのだろうか。下で見ていた命蓮寺一向も聖を除き持ち場に戻っていた。聖も縁側に腰掛けてお茶を啜りながらの観戦だ。

 

 ある時は戦闘機が煙を上げて不時着、ある時は氷精が地上に膝をついたりと、お互いに勝ったり負けたりを繰り返していた。爆風と弾幕が吹きすさぶ上空を見て聖は笑みを絶やすことなく「二人とも楽しそう」呑気にこう漏らすのであった。当人たちにとっては真剣な試合なのだろうが、聖にしてみれば、スケールの小さい可愛らしい勝負といったところである。

 

 そしてそれは聖だけではなく、命蓮寺から少し離れた物陰からアールバイパーの様子をうかがう影二つにとっても……。

 

「あれが超技術の翼か。一応弾幕ごっこのつもりなのだろうか」

 

 耳をぴくぴくと動かす狐の妖怪に、2本の尻尾をゆっくりとゆらりゆらりと揺らす猫又。八雲紫の式神「藍」とそんな彼女の式神である「橙」がその戦いを無言で見届けていたのだ。

 

「実力は氷精レベル……。あの程度では紫様の脅威にはなり得まい」

 

 地霊殿の地獄烏のような強力なものを想像していた藍にとっては思わぬ肩すかしだったようだ。

 

「藍様ー、私もまざりたーい!」

 

 橙が一緒になって遊びたいと口にする程なのである。銀翼、式神たちに相当ナメられている。

 

「これ橙、今日は様子を見に来ただけなんだ。出て行ってはいけないよ。さあ、紫様にこのことを伝えに行こう」

 

「はーい……」

 

 その気になれば藍ならあの場に乱入してアールバイパーを撃墜することも可能だったであろう。だが、式は主の命令に絶対である。ゆえに藍は手出しが出来ない。あくまで任務を忠実に遂行するまでである。

 

 人知れず一組の妖獣たちは寺を去っていった。

 

 

____________________________________________

 

 

 

 日も傾くころ。俺は地べたに寝っ転がっていた。幾度も拳ではなくて弾幕で語り合った氷の妖精のくせに暑苦しい奴も隣にいる。お互いに既に立ち上がる気力はなく、ただただ息を弾ませていた。オーバーワークで煙を上げていたアールバイパーは既に元のサイズに戻り、命蓮寺の庭で横たわっていた。

 

 ああ、涼しい風が心地よい。俺は我が愛機と死闘を繰り広げてきた強敵に称賛の言葉を贈る。

 

「お前……本当に強いんだな。効いたぜ、土壇場で発動した『パーフェクトフリーズ』」

 

 自分で撃った弾幕を凍らせたかと思いきや急に動かされた時は、度肝を抜かされて撃墜されてしまった。お互いの手の内(スペルカード)はあまり多くなかったようで、あとは弾と弾のぶつかり合いだった。撃つ、避ける、時たまスペル発動。

 

「アンタも……ね。あんな高い所にすぐに飛んでまた元の高度に戻るなんて芸当、そうそう見ないわ」

 

 こちらも息を弾ませているチルノから称賛の言葉を貰う。お互い、自然に笑みがこぼれていた。非常にすがすがしい。

 

 夕陽の相乗効果も相まって気分は河原でお互いが倒れるまで拳を交えた後、友情が芽生えるという青春ドラマでよく見るアレである。こうなったらやるしかないだろう。上体を起こすと握手を促す為に右腕を差し出した。

 

 彼女もそれに応じて俺の手をグッと握る。この間は終始無言だった。口元をニヤリとさせる程度。もはや言葉はいらない。言いたいことは弾幕で全部言いつくしたのだから。いかに暑苦しい性格でもその体は氷の妖精、やはり冷たいものだった。体が火照っていたのでちょっとありがたい。夕陽が目にしみる。遠くでカラスの鳴き声まで聞こえてきた。

 

「あ、カラスが鳴いたから帰る! じゃあまた今度、もっともっと最強になって『あたいのマナデシかつえーえんのライバル』であるアズマを驚かせてやるから。バイバイ、また遊ぼうね!」

 

 愛弟子で永遠のライバル? はは、そりゃ光栄なこった。要はまた遊びましょうってことだろうからな。チルノには認められたようである。俺は笑顔のまま帰路につく氷精に手を振り続けた。

 

 弾幕ごっこを通じて妖精と仲良くなれた。思い切り全力と全力がぶつかり合えば友情が芽生える。これはもしかすると、あの大妖怪とも……和解出来るかもしれない。淡い希望が俺を包んでいた。




※1
「グラディウスII」に登場したボス「クリスタルコア」のこと。触手を振り回しながら弾を撃ってくるが、弱点の目の前が安全地帯になっている。恐らくチルノのアイシクルフォールの元ネタの1つ。
なお、遊戯王カード「安全地帯」もこれが元ネタとなっている。

※2
フォースフィールドとは「グラディウスII」以降に登場するバリア。機体全体を青白い炎のようなオーラで包む。3発まで攻撃を防ぐことが出来る。


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第8話 ~それは疾風の如く~

弾幕ごっこを通じて友情の芽生えたアズマとチルノ。
同じように力いっぱいぶつかり合えば紫とも分かり合えるかもしれない。

そんな淡い希望を抱くアズマに黒い影が忍び寄りつつあった……。


 チルノを夕焼けの中見送ると、さすがに俺の体も冷えてきたようであり、小さくくしゃみすると俺は寺の中に入ろうと振り向いた。さすがにクールダウンしすぎたか。

 

 その直後、眩い閃光が俺の目を襲う。驚きのあまり俺は顔を覆った。何事かと指の隙間から光源を見てみる。誰だ? チルノでもなければ命蓮寺の人(妖怪ばかりだが)でもなさそう。

 

 白いワイシャツに黒いミニスカ、手に持たれているのは手帳と旧式のカメラ。光の原因はあれか。下駄のような靴のような変な履物。妙に愛想のよい笑顔を浮かべる黒いショートボブの少女がいたのだ。背中に黒い翼が生えており、人間ではないことが伺える。カラス? ええと……、本当にこの子誰?

 

「あややや、突然消えたにとりさんを追いかけていたらとんでもないスクープが」

 

 スクープ? こいつは記者なのだろうか? いぶかしむ俺を見て、慌てて彼女は名刺を差し出す。

 

「あ、申し遅れました。私、鴉天狗のブン屋『射命丸文』っていいます。『あや』でも『あやや』でもいいですよ。とにかく以後お見知りおきを」

 

 手渡された名刺には「射命丸文」の文字が。名刺には「文々。新聞」とも書かれている。ぶんぶんまる……。ああ、慧音先生に見せてもらった新聞の記者だ。どうやら彼女が墜落したアールバイパーを写真に収めた張本人らしい。名刺を出してくるあたり、礼儀正しくしているつもりであることが分かる。

 

 混乱しつつ名刺に目を通す俺の顔を下からのぞきこむように文は話しかける。

 

「それでー……、ええと取材とかよろしいでしょうか? ああ、名前とか身の上とかはいいですよ。知ってますんで。かの大妖怪『八雲紫』に命を狙われた外来人『轟アズマ』! うーん、カッコイイ名前。これで間違いありませんね?」

 

 何故そこまで知っている! ずっとつけ狙われていたんだろうか。全然気がつかなかった。思わず怪訝な表情を浮かべる俺。

 

「いえいえ、貴方だけじゃなくていろんな人から話を聞いて回っただけですよ。情報は足で集めないと。ああ、私の場合は羽か、あはは……」

 

 人の心を読んで勝手に話を進めるな。そう注意したら「でも貴方の顔が全てを語っていましたよ?」と涼しく答えていた。見た目はただの少女にしか見えないのに、どうも会話が成り立たない。頭の回転が速いらしいのだが、速すぎるのも問題だ。というか勝手に彼女が進めてしまう。これでは会話が成立しない……。

 

「取材いらないだろ?」

 

「あややや! 天狗といえどわからないことってのは結構あるんですよ。そんなに気を悪くしないで……ねっ」

 

 そんな上目遣いで見られながら腕をギュッと掴まれたら断りようがない。くそう、こちらが男であると見てこんな手を使ってくるとは。しかも何かが当たってる(『当ててんのよ』とか言いだしそうなので黙っておく)し。

 

「わかったわかった。取材には応じるから少し離れてくれ。メモも出来ないだろう?」

 

 上手くすれば俺が紫に敵意がないことを上手く伝えてくれて、ぶつかり合うことを避けられるようになるかもしれない。そんな淡い希望を持っていたのだ。取材に応じる旨を聞いて、ぱあっと表情が明るくなる彼女。天真爛漫という表現がぴったりくる。そんな彼女は矢継ぎ早に色々質問してきた。縁側に場所を移して。

 

 ジャーナリストとして、真実を新聞に記してくれれば誰も覆すことは出来なくなるだろう。しかし、彼女の取材に応じたことが最大の愚行であったことを後で知ることになるのだ……。

 

 相変わらず騒ぎ立てながら文は質問を投げかける。いや、押し付けてくる。

 

「それで、紫さんも言っていた幻想郷に持ち込んだ最終鬼畜兵器ってのは?」

 

 うお、なんだその物騒過ぎる呼称は! なんか蜂っぽい言い方だけど、恐らくはアールバイパーの事なんだろう。

 

「蜂かよ! アールバイパーはそんな物騒なものじゃないよ」

 

 俺は庭で鎮座する銀色の翼を指差す。我が相棒は夕陽に反射して美しく輝いている。

 

「あれはアールバイパー。外の世界のゲームに出てくる飛行機だったはずなんだけれど、俺が幻想郷に迷い込む時にアレも実体化していたんだ。それにしてもカッコいいだろ? この美しい銀色の翼、先端が二つに割れた独特のフォルム……」

 

 今度は文がウンザリし始めているようだ。そうかと思うと、いきなり話をぶった切ってきた。

 

「えー、それでアズマさんはそのアールバイパーで実際に幻想郷をどうしようと?」

 

 サラサラとネタ帳にしたためる。信じられない速さだ。……というか、聞けよ! 機体美くらい語らせてよ! まあ勝手にこちらが語り始めたのであちらの方に分があるのだけれど。

 

「いや別に幻想郷をどうこうするって考えはない。ただせっかくの武器なんだ。この世界で色々な事件を左右してきた弾幕ごっこでも興じようかなと」

 

「えええっ!? ああ、スイマセン。いやはや、まさか男性の方が弾幕ごっこを興じるとは夢にも思いませんでしたよ。あのー何でしたっけ? ああ、そうそう、アールバイパーとやらに乗っている時はあまり気にならないんですけどねぇ。ちょっと不細工な鳥だなって」

 

 顔が引きつっている。ドン引きしてるようだ。そんなにジェンダーの区切りがはっきりしているのか? 特に引くこともなく、ちゃんと応じてくれたのはチルノと慧音くらいである。あと不細工な鳥って言うな。

 

「それで……、さっきまで頭の弱い妖精さんと弾幕ごっこをしていた……と。どうでしたか、初めての弾幕は?」

 

 手にはいつの間に撮ったのか、アールバイパーの死闘がおさめられた写真が数枚。チルノに撃墜された瞬間まである。逆もしかりだ。全然気がつかなかった……。

 

「さすが妖精最強。勝敗は五分五分くらいだったな。すんごく楽しかったけどな。でも自機の操縦に慣れてなかったし随分と大変だったよ」

 

 ありのままの感想を述べる。

 

「でもそんなに目立ってしまって大丈夫なんですかねぇ? 確か紫さんが抹殺しようとしている外来人ってのは貴方のことだったような……」

 

 まったくもってその通りだが、こうやって決闘が出来るようになった理由ともつながって来る。

 

「だから八雲紫を弾幕ごっこで打ち負かすんだ。勝ったら俺の命を狙うことを止めてもらう」

 

 あれだけお喋りだった鴉天狗が黙り込む。ポカンとした表情で。数秒後、この鴉天狗は腹を抱えてどっと爆笑していた。

 

「なな、なんと! チルノとどっこいどっこいなのに、あのスキマ妖怪に挑もうというの? 強さは月とスッポンくらい差があるわよ」

 

 酷い言われようだが、笑われて当然なので憤慨しない。なんか敬語までなくなってるし。

 

「俺は『オーバーテクノロジーの塊であるアールバイパーを幻想郷に持ち込み、幻想郷を崩壊に導こうとした』という異変を起こしたことになっている。もちろん違うんだけれど紫は聞く耳を持ってくれなくてね」

 

 フウと一息つく。こんなに長く喋ったことなんてない。

 

「それで一番確実かつ平和な手段がスペルカードルールだったのさ。だから打ち負かして無理にでもあの勘違い妖怪に話を聞かせる」

 

 今は鴉天狗の女の子ではなく、もっと遠い夕陽を見据えこう続ける。

 

「身の潔白を証明して『俺は生きてやる。死んでたまるか!』ってね。その心意気を見せつけるんだ」

 

 文はすごい勢いでネタ帳に書き殴っている。含み笑いをしつつ。

 

「ほほほぅ、これは号外ものですよ! いやぁー、最近ネタがなくて困ってたんです。そんな折に外来人っ、しかも紫を倒す宣言までしちゃうだなんて! 新聞出来たら命蓮寺にも投げ込んでおきますんで見てくださいね。まあ、貴方が生きていればの話ですが」

 

 うぇ、ちょっと? あまり過激な文章にはしないでと最後に添えようとしたのに、それを聞くまでもなく騒がしい天狗は風よりも早く飛び立っていた。後には呆然と立ち尽くす俺と、何やら変な機械でにとりに牽引されているアールバイパーが残るのみであった。

 

 夜が深まりゆく中、賽は投げられたのだ。もう後には引けない。幾多もの侵略者から地球を守ってきたという伝説を持つ人類の希望、アールバイパー。銀翼はこの幻想郷でも最後の希望となりえるのか、それとも……。

 

 

 

 翌日……。清々しい朝だ。だいぶ早起きにも慣れてきている。ちゃんと朝は起きた方が気持ちがいいものだ。さて、身支度を整えて朝食を……

 

「アズマさんっ!」

 

 目の前のフスマが思い切り開かれると、凄い剣幕で怒鳴りつける聖さんの姿が見えた。

 

「ああ、おはよう……」

 

「『ああ、おはよう』じゃないですっ! 貴方は今とんでもないことになっているのですよ!」

 

 んん? 聖さんを怒らせるような事なんかしたかなぁ……。寝起きの頭をフル回転させるが、心当たりがない。的を得ず、ヤキモキした聖の手には灰色の紙、つまり新聞が丸めて握られている。少し語気を弱め、続ける。

 

「新聞の取材に応じましたね? 射命丸さんの」

 

 新聞を広げて見せる。第一面にデカデカと「アールバイパー」の姿が見えた。一面に目を引くほどに大きく太い文字でこう書かれていた。ふむふむ……なっ!?

 

 

外来人、妖怪賢者に挑む!

「そろそろ……御老体には隠居してもらおうか?」

 

 

 その後も、弾幕ごっこで紫を打ち倒し、つけ狙うのを止めさせる旨の文章が書かれていたのだが、いちいち文章が過激である。

 

「どこのゴシップ新聞の煽りだよ……」

 

「文さんはそういう人なんですよ。真実よりも、より面白いネタを記事にすることに重きを置いているんです。こうやってある事ないこと肉付けして。タチが悪いのはベースにしている情報は間違っていないってところですね」

 

力なく俺は膝から崩れ落ちると頭を抱える。これで紫と和解という道は完全に断たれてしまった。だが、宣戦布告が出来たともいえる。ある意味吹っ切れたと感じれば、そこまで悪くはない。

 

「それに『アールバイパー』は、そして俺だってもっと強くなれる。聖さん、俺の生き様を、俺のガッツを……見ていて欲しい」

 

 今のアールバイパーは丸腰に近い状態。装備が充実しさえすれば……もっと強くなれる。そう確信したのだ。だが、その真っ直ぐなまなざしを遮って聖さんがもう一言。

 

「それに、紫さんのことを『御老体』だなんて失礼すぎますよっ」

 

「その冒頭の台詞は絶対に発言していない。誓ってもいい」

 

 

____________________________________________

 

 

 

(同じ日の朝、紫の屋敷……)

 

「ゆかりさま、ゆかりさま! 起きて下さい。大変です!」

 

 子猫の妖怪が紫の部屋に入り込む。もう陽も高く昇っているのにまだ布団の中で包まっているのは橙の主のそのまた主である。

 

「うふふ……可愛い幽々子。これがいいの? もっとシてあげるから、いっぱい可愛い声を聞かせて頂戴……」

 

 夢の中では彼女の古くからの友人「幽々子」とお楽しみ中のようだ。

 

「どんな寝言ですかっ! 早く起きてくださーい!」

 

 無理矢理布団を引っぺがす橙。外気に晒された紫はブルッと身震いした後、肩目をこすりながら起床した。

 

「(もう、折角いいところだったのに……)橙が起こしに来るなんて珍しいわね。ところで何が大変なんですって?」

 

 橙は無言で今日の「文々。新聞」を見せる。寝ぼけ眼だった紫は目を見開き、プルプルと手を震わせる。

 

「だれが御老体よっ!」

 

「怒る所そこですかっ!」

 

 今のですっかり目を覚ましたらしく、冷静にあしらう紫。

 

「だって『文々。新聞』でしょう? いちいち書いてある文字を真に受けていてはキリがないわよ? 主旨と肉付の境界を見極めなさい」

 

「???」

 

 この幼い黒猫には少し難しい話だったようである。

 

「あの銀色の鳥さんがね、私と弾幕ごっこしたいんですって。チルノとどっこいどっこいなのに、随分と大きく出たわね」

 

 スキマを開いて大妖怪がその中に腰かける。

 

「橙、少しお留守番しててね。私行かなくてはいけないところがあるから」

 

 そのままスキマを閉じてどこかへ行ってしまった。

 

「ゆかりさまー、せめて着替えて下さーい!」

 

 直後、小さなスキマから手が出てきて、タンスを開く。そして適当な着替えを手にし、着替えごと手は隙間の中へと消えていった……。



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第9話 ~瘴気の森~

熟睡しているアズマの夢の中に割って入ってくる存在は……


「起きなさい、アズマ。そう、目を開いて……」

 

 不思議な声の中、俺は目を覚ます。しかし見慣れた自分の部屋ではない。体を起こそうとするも、まるで金縛りにあったかのように体が動かないのだ。薄紫色のモヤがかかっており、ここがどこなのかは皆目見当もつかない。

 

「目を覚ましたわね。さて、私に聞きたいことが多そうなお顔……」

 

 どこからか響く声は穏やかではあるものの、どこか俺の心をかき乱すようなものであった。怖い、言いようのない恐怖が襲い掛かってくる。だけど体はまるで動かない。そんな俺の状況など無視して声は勝手に続けてくる。

 

「フフッ、当ててあげる。『ここは何処だ?』、『お前は何者だ?』、『何の用件だ?』。こんなところかしら?」

 

 紫色のモヤが少し晴れる。そこにいたのは日傘をさした金髪の女性。こいつはっ……!

 

「…………っ!」

 

 妖艶な雰囲気を持つ、そして俺の命を狙っているという大妖怪「八雲紫」ではないか! とうとうスキマを使って俺の目の前にやってきた。今度こそ殺されるっ! 聖さんっ、助けてッ! 助けてッ……!

 

 こんな絶体絶命の状態なのに、悲鳴を上げようにも声がまるで出ない。

 

「随分な怯え様ね。あーあー、情けない顔。そんな心意気で本当に私を倒そうだなんて思っていたの? くすくす……。でも安心なさい。私は貴方の夢の中に入り込んだだけ。いくら私でも夢の中の貴方を殺すことは出来ないわ」

 

 今は敵意がないと知り、少し安堵する。それじゃあ何しに来たんだ?

 

「質問には大体答えたわよ。それじゃあ用件を話すわ。3日後の日没、マヨヒガ上空に来なさい。アレを、超時空戦闘機『アールバイパー』を使って私と決闘したかったのでしょう? その時に相手してあげる」

 

 ビシとこちらに指差す紫。指が俺の喉元数センチ前まで迫る。

 

「新聞を使っての宣戦布告だなんて随分大きく出たわね。こんな噂、狭い幻想郷では瞬く間に広がって興味を持った人や妖が集まるでしょうね」

 

 そのまま爪の先っぽで首元をツツツーとなぞり始める。ゾクリとした。妖怪とはこうも恐ろしい存在なのか。

 

「轟アズマはあと3日の命よ。多くの人や妖怪に無様に敗れるところを見られながら貴方は死にゆくの。散々晒し者にされてね、くすくす……。さあ、貴方はどこまでもがけるのかしらね? すぐに殺されちゃ嫌よ? それじゃあつまらないもの」

 

 そのまま爪で頸動脈のあたりを少し強くグリグリと指を押し込んでいく。

 

「もちろん、逃げるだなんて許さないわ。こんなに楽しいこと、貴方が拒むようなら、すぐにでも殺してアゲルから……」

 

 恐ろしいことを最後に口にしながら、紫はスッと俺の首をかき切るようなしぐさを見せる。出血こそしなかったものの、首に引っかかれた跡が出来てしまった。怯え切った俺の姿を見ると、紫は満足げな表情を浮かべてスキマの中へと消えて行った。

 

 紫色のモヤの中、誰もいなくなると強烈な睡魔が襲いかかり、俺は再び瞼を閉じた……。

 

 

 そして気が付くと俺の布団が汗でびっしょりと濡れていた。とんでもない悪夢を見た。そうさ、今のは夢。紫だってそう言っていたじゃないか。だからあのまま取り殺される筈なんか……っ!

 

 それではこの首筋に走る痛みは何だ? そしてうっすらと残る首の赤い跡は?

 

 ガタガタと震えが止まらなくなる。断じて夢ではなかった。俺は半狂乱になりつつ聖さんの名前を叫び、部屋を飛び出した。

 

 野生のカンか、はたまた子が親を求める本能のようなものか、俺は聖さんの部屋に正確に飛び込んでいた。

 

「むにゃ? こんな夜遅くに、一体どうしたのですかアズマさん?」

 

 眠そうにしながらも、俺の姿を見るや否や柔和な表情を浮かべる彼女。俺は返答することなくその胸に飛び込んだ。声にならない悲痛な叫びを上げながら。

 

「あらあらまあまあ、一人で眠れなくなっちゃったのですか? 怖い夢を見たから?」

 

 夢なんかじゃないんだ。今俺のすぐ目の前に紫が現れたんだ。そう訴えかけようとするも、すっかりパニック状態に陥っている俺は上手に説明できない。聖さんはそんな俺を優しく抱き留めると片手で頭を撫で、もう片方の手で背中をポンポンと優しく叩いてくれる。

 

「安心なさいな。私がいる限り、誰にもアズマさんを殺させはしません。こうやってギュっとしながら守り通して見せます。だから、今はおやすみなさい」

 

 そのまま一緒の布団にくるまる。守ってくれるという安心感から、そして彼女の温もりから、俺は次第に平静さを取り戻し、そして再び眠りに落ちていった。

 

 そして俺は聖さんと一緒に朝を迎えた。改めて自分はとんでもないことをしていることに気が付く。慌てふためきながらもお礼を口にして、足早に部屋から立ち去った。

 

 

 

 そんな波乱の夜、そして朝を過ぎてしばらく落ち着いて……。俺は縁側にて幻想郷で初めて空を飛んだ、そして戦闘を行ったアールバイパーについて考察を進めていた。チルノとの弾幕ごっこでやはり気になっていた事。それは「毒蛇(バイパー)」の名を持つ戦闘機だというのに、攻撃支援ユニット「オプション」がまるで出てこなかったことである。

 

「ねぇ、聖さん。オプションってどうやったら出ると思います?」

 

 朝食の後のお茶をすすりながら、俺は聖さんが蓮の花のようなオプションを展開しているところを思い出し、聞いてみる。

 

「ふぇっ、おぷしょん? あ、ああ。後ろで展開しているアレのことですね。あれは法力と魔力の絶妙なバランスの元……つらつら……」

 

 最初こそ驚いてはいたものの、驚くほど冷静に原理を説明しているが……駄目だ、別格過ぎて参考にならない。グイっと湯呑に残ったお茶を全て飲み干すと、そんな聖さんに礼を言い、彼女から視線を逸らした。うぅ、やっぱり昨夜のことを思い出してしまい恥ずかしい。

 

 それよりも考察だ。今のアールバイパーでは紫にはとても太刀打ちできないだろう。オプションが必要だ。ああ、自分が動かさなくても勝手に浮遊して勝手に援護射撃してくれる。そんな技術は幻想郷にはないのかなぁ? 絶望に打ちひしがれ、大の字になって横たわる。

 

 ん、待てよ……。見たじゃないか! 人里で。人里でお団子を買っていたあの子。確かアリスって子だった。あの子の人形「上海」はふよふよ自分で飛んだり、挨拶したり、しかも言葉まで発していた。弾幕ごっこでも彼女が人形達を操って戦わせている様が容易に想像できる。

 

 ならば善は急げ。思い切り飛び起きると「アールバイパー」の格納庫へと急ぐ……前に聖さんに一言声をかけておこう。

 

「この前団子屋であった人形遣いの娘と仲良くなりたい」

 

「あら、アリスさんと? ふふっ、あの子もきっと喜ぶでしょうね。ほら、魔法の森は結構寂しいところですから。でも、どうしてまた?」

 

「オプ……ゲフンゲフン。人形、お人形さんに興味が出た!」

 

 うっかり本音が漏れるのを抑える俺。

 

「お人形さんですって? アズマさんは弾幕ごっこを始めたり、お人形さんが好きだったりと、随分と女の子らしいものに興味を持つんですね」

 

 た、確かに……。弾幕ごっこもこの幻想郷では女の子の遊びってことになっているし、お人形遊びも言わずもがなである。ううむ、否定できない。

 

 本心はさっき言いかけた「オプション」という発言でも分かる通り、アリスの「自動で動く」人形に興味があるだけなのであるが、あまりそれを言いたくはなかった。

 

「うーん……。私も行きたかったのですが、今日は命蓮寺を空けるわけにはいかないので……」

 

 口に人差し指を当てながら「んー」と唸り、宙を見る白蓮。スケジュールを思い返しているのだろうか。

 

「ごめんなさいね、しばらくは休みが取れません。ここ最近忙しくなっちゃって。アリスさんなら時折人里にやって来るのでその時に声をかければいいと思いますよ?」

 

 むう、しかしそれを待っているようでは間に合わないだろう。聖さんを頼ることは出来なそうだ。それならば他の子に同行をお願いしようとしたが結果は全滅。星とナズーリンは別件で忙しそうだし(大切なものを探しているらしい)、一輪は白蓮と同じ業務の為に席を外せず。

ムラサに至っては見つけることすら出来なかった。

 

 タイムリミットはあと3日。俺には一刻の猶予もないのだ。さりとて彼女達の仕事を妨げるわけにもいかない。

 

 こうなったら俺一人で彼女を訪ねよう。「アールバイパー」を用いれば雑魚妖怪程度なら撒くことも出来るだろうし、空から探せばアリス宅も簡単に見つかるに違いない。何も森に入ることはないんだ。ちょっと上を飛んで、見つけたらお邪魔する。見つからなかったら頃合いを見て帰る。

 

 聖さん達には悪いが、俺は「アールバイパー」を発進させることにした。

 

 

 

 人里上空を抜けると、鬱蒼とした森林地帯が見えてくる。あれが魔法の森と呼ばれる場所なのだろう。木々が隙間なく覆い茂っており、上空から目的地を目指すのは困難であろう。しまったな、これは計算外だった。

 

「リデュース、発動」

 

 そうなると狭い森林地帯の中に入り込む必要がある。木々を避けて飛行するために機体のサイズを10分の1に縮小させた。ちょっと危険だが……ここまで来たのだ、今更引き下がれない。

 

 幸い魔法の森入口の座標データは先程記録したので迷子になることはないだろう。あとは妖怪に襲われないように常に周囲に気を配るだけ。それにしても狭いからなのか、この森の中を進んでいくとどうも息苦しい。こう薄暗いと気分も滅入ってしまう。早く見つけたい……。

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 どれくらい魔法の森をさ迷ったのだろうか。陽の光がまるで見えないので、時間さえも曖昧だ。それよりも深刻なのが、どういうわけか俺自身が疲弊していること。アールバイパーが悲鳴を上げるのならばともかく、どうして俺が疲労しないといけないのか? やれやれとため息をつこうとした矢先……

 

 俺は思い切りせき込んだ。一度や二度ではない。まるで喘息のように何度もせき込む。何かマズいものでも吸ってしまったのだろうか。せき込み過ぎて、息が苦しい! 気がおかしくなりそうだ!あまりの苦しさに、視界が白黒になり、そしてブラックアウトした……。

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 再び目を見開くとどうやら何者かにおぶられている感覚を覚える。同時に後ろから何者かに引っ張りあげられている感覚もあった。見上げると、無数の小さな人形がいつの間にか「リデュース」の解除されたアールバイパーを担いでいる姿も見える。

 

 愛機の無事を確認すると、安堵の為再び眠りに落ちた……。



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第10話 ~復讐の女神~

八雲紫から告げられたタイムリミットはあと3日。
それまでに少しでもアールバイパーを強化しなくてはならない。
アズマは失われた攻撃支援ポッド「オプション」に代わるものを探すべく、魔法の森へ向かったが……。


 次に目が覚めるとそこはベッドの上であった。もうせき込むことはない。ゆっくりと体を起こし周りを見渡す。無数の生首が棚に整列しており何だか気味が悪い。よく見るとそれは作りかけの人形の頭部であることが分かる。ここの家の主は人形職人なのだろうか?

 

「(ペコリ)」

 

 そしてどういうわけか勝手に動く人形がふよふよと飛んできて飲み物を手渡す。ブロンドヘアーの眩しい可愛らしい人形である。服はメイド服風だろうか? 俺は飲み物を受け取るが、得体のしれない液体にいきなり口をつける勇気はなかった。そうやってカップをじっと見つめていると……。

 

「瘴気にあてられた人用の薬よ。私も昔はお世話になったわね」

 

 それを聞き、液体に口をつけた。苦い……が、体は幾分楽になった。その様子を見て安堵の表情を浮かべるは金髪蒼眼の少女。自動で動く人形に、金髪の少女。この人はもしや……!

 

 どうやら俺は森で迷って気を失っていたところをアリスに助けられたらしい。となるとここは彼女の家だろうか。色々あったが目的の場所に辿り着けたのだから。何という幸運だ!

 

「貴方は確か白蓮さんと一緒にいた人間ね。ええと、アズマだっけ?」

 

「ああ、人里で会って以来だな。俺は確かに轟アズマだ。アリスに会いにここまで来たぜ」

 

 それだけ言ってのけると、アリスはやれやれとため息をつき、額に手をやり俯く。

 

「なんと命知らずな……。魔法の森は瘴気に溢れていて普通の人間には……いえ、そこら辺の妖怪にとっても対策なしでは長くいられる場所じゃないの。さあ、今日はもう遅いからここで朝が来るのを待った方が……」

 

 待て待て、それでは命懸けでここに向かった意味がない。俺は慌てて用件を口にした。

 

「無理を承知で頼みたいことがあり、ここに来たんです。人形を、動く人形をください」

 

「はい?」

 

 キョトンとした目でこちらを見る。その表情からは明らかに渡すつもりなど毛頭ないことが伺える。

 

「ええと……俺の、俺専用の動く人形が欲しいんです! 渡すのが無理なら作ってもらえると……」

 

「無理よ。あれは私の能力で操っているだけに過ぎないわ。確かにこの子みたいに自分で動ける子もいるけれど、長い間は動けないし、その度に命令をし直さないといけないの。それに……これは『私の』能力。他の人にはそうそう教えたくないの」

 

 やはり角が立ってしまったか。言われた方からすれば、苦労して得た能力を何の対価もなしに「くれ」と言われているようなものなので、気を悪くするのも当然だろう。だが、俺には猶予がない。土下座してでも何かを得て見せる!

 

「猶予がないんです。とある大妖怪につけ狙われていて、その妖怪に弾幕ごっこで勝てないと俺には明日がないんですよ! この通り、この通りだから人助けだと思って……」

 

「その妖怪ってのはまさか紫のこと? あの新聞の記事、本当だったのね……。まったくもって非常識だわ。どんだけ命知らずなのよ!」

 

 どうやら怒りを通り越して呆れている様子だ。額に手を当てて空を仰ぐアリス。俺は人形を使うことで失われていた能力が目覚めるかもしれない旨も伝えてみた。

 

「ああもうっ! 分かった、分かったわ。何か手伝いましょう! アズマはわざわざここまで訪ねた人間だものね。それも死にかけながら。そんな人間を追い払って、次に出会うは無縁塚じゃ、なんだか私が悪いことしたみたいで、後味が悪すぎるし……」

 

 なんと、力になってくれるという。無理を言ってみるものだな。初対面の人間のお願いを聞き入れてくれるなんて、魔法使いはいい人ばかりだ。思わずアリスの手をギュッと握り感謝の意を伝える。

 

「うわわ……。本当に人形が必要だったのね。でもね、人形を作るのは貴方よ。だって『貴方の』お人形さんなのよ?」

 

 それは構わない。それでも我が愛機が本来の力を取り戻せるなら、オプションを展開できるようになるのならばその程度のこと何ら気になることはない。

 

「OK。さっそく取り掛かろう。実はある程度案が出ている。こういう感じだ」

 

 スラスラと書きこむはオプションの丸い形。

 

「……はい?」

 

 ああ、そうか。球体の中心にオプションの本体があって……。よし、確かこんな形だった。これでどうだっ!

 

「……馬鹿にしてるの?」

 

 描いたのは人形とはかけ離れた形状。いかん、ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。どうにか人型にしなくてはならないようだ……。

 

「すまない。ちょっと常識に囚われな過ぎた」

 

 

 

 こうして紆余曲折あったものの、アリス監修のもと、俺オリジナルの人形を作ることになったのだ。今も厳しい「アリス先生」にビシビシ鍛えられている。その度に俺は大汗をかきながらベストを尽くしていくのだ。

 

「型を削り過ぎ!」

 

 あくせく……

 

「目玉がずれてる!」

 

 あくせくあくせく……

 

「関節に使う球体が小さすぎるっ! その部分に使うのはこれよ」

 

 あくせくあくせくあくせく……

 

「そっちは右手! 左側につけてどうするのよっ!?」

 

 あくせくあくせくあくせく、悪戦苦闘……。

 

 どれくらい時間が経ったのだろうか。人形作りとなるとアリスは相当なスパルタ方式である。人形など作ったことのない俺にとっては作業に慣れることもままならない。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

 だが何故だろう。こんなにも口調は刺々しいのにちゃんと教えてくれている。むしろ何処か嬉しそうですらある。

 

「不細工な人形作られて『アリスに教わりました』なんて吹聴されたら私にまで被害が及ぶからよ。別に久しぶりの客人で、しかも人形作りに興味がある人間で嬉しいとかじゃないわよ!」

 

 もっと素直になればいいのに。

 

「ああもう、よそ見していたから穴開けちゃって……。これはやり直しね」

 

 やっぱり厳しいや……。だが、こう四苦八苦しているうちにわずかに手際が良くなっていたようだ。

 

「最初よりも動きに無駄がなくなったわね」

 

 よし、今度こそ成功させる!

 

 

 

 慣れない作業を続け、度重なるダメ出しとやり直しの末に……。

 

「出来たっ……!」

 

 渾身の一作が出来た! 達成感からか、椅子からガタっと立ち上がり両手を大きく上にあげる。窓を見ると既に白んでおり、俺が夜通し人形作りに励んでいたことが分かる。そしてアリスもこんな時間まで俺に付き合ってくれたことも。

 

「ふわわ……。ようやく出来たのね。まあまだ改良の余地はあるけれど、なかなか可愛らしいじゃないの。合格よ」

 

 当たり前だ。これだけ苦労して作ったのだ。愛着だって湧いてくる。完成したばかりの人形の頭を優しく撫でる。

 

「それじゃあ名前をつけてあげないとね」

 

 そうだ、いつまでも「俺の人形」と呼ぶわけにもいかない。さて、どんな名前にしようか……。実は作っている間にもう決めていたりする。

 

「この子の名前は『ネメシス』」

 

 この名前は確か復讐だったか天罰だったかの女神である。それと同時にアールバイパーの祖であるビックバイパーのデビュー作である「グラディウス」の海外での呼び名でもあった筈だ。

 

 これは理不尽にこちらを屠ろうとする紫への復讐、俺はここで生き続けるぞと声高らかに宣言するための人形。そして、幾多もの死闘を潜り抜けていく俺のパートナー。

 

「天罰……? まあいいわ」

 

 ここまで思いを込めて命名したが、アリスにとってはどうでもいいことだったらしく、反応は素っ気ない。まあ他人事だから仕方ないか。さて、アリスはネメシスと名付けられた人形を持ち出すとそれを床に置いた。

 

「それじゃあその子にカリソメの命を吹き込むわ。ちょっと失礼して……」

 

 俺の頭に手を伸ばすとブチっと髪の毛を数本抜いた。ちょ、一言かけてからにしてくれっ!

 

「貴方の髪の毛を媒体にして、ブツブツ……ブツブツ……」

 

 俺の人形の周囲に魔法陣が出現。何やら怪しげな呪文を唱えている辺り、彼女が人間ではなくて魔法使いであることを再認識させる。ひとりでにネメシスはふわりと浮かび上がると、紫色の雷に打たれ、そのまま元あった場所に叩きつけられた。見たところ黒焦げになっているわけではなく、今の雷が魔力的なものであることが推測できる。

 

「ふぅ、この儀式はいつやっても疲れるわね……。儀式が失敗していなければ、これで命が宿った筈よ。もっともすぐには目覚めなくて、少し時間をおくことになるけれど」

 

 額の汗をぬぐいつつ説明するアリス。ふと人形の方へ眼をやると、一瞬人形の指がカクカク動いていたような気がした。おやと思い、目を擦ってもう一度確認するが、その頃には既に元の動かぬ人形に戻っていた。

 

「さて、まだ終わりじゃないわよ。今度はお洋服を作ってあげましょうね。まさか、裸でお外に出すつもりだったわけではないでしょうし」

 

「あっ……」

 

 人形とはいえ女の子の裸体。思わず目をそらした。

 

「いまさら何照れてるのよっ!」

 

 

 

 裁縫なんてものには慣れていないが、それでも人形のボディ作りよりかは取っつきやすいものだった。生地をジョキジョキと切り取り、縫い合わせ……。

 

「イデデっ! 針が刺さった」

 

「舐めときゃ治るわよ」

 

 そう口にすると、おもむろの俺の指をペロリと舐め始めた。思わず小さく悲鳴を上げてしまう。

 

「ただでさえ作業が遅いんだから代わりに舐めてあげる。貴方は作業に集中なさい」

 

 アリスさん、それいろんな意味で無理です。

 

 

 

 なんやかんやで服も完成。結局ボディ作りに比べて手間のかかる作業もなく、サクサクと終わらせることが出来た。そのデザインは「上海人形」のものとよく似ている。さて、いつまでも裸では可哀想だ。早速裸体の人形に着せる。

 

 しっかりと着せてあげると瞳が動き、瞬きをし始める。

 

「おおおっ……」

 

「凄いっ、本当に動くなんて……」

 

 ネメシスを誰かが操って動かしているということはないだろう。そうでなければここまでアリスが驚くことはない。どうやら本人にとっても成功するのは想定外だったようだ。たどたどしい動きでネメシスはチョコンと立ち上がる。

 

「ネ……、ネメシスやーこっちに歩いておいで」

 

 早速命じてみる。おぼつかない足取りでよちよちと前進するが、途中で転倒。

 

「がんばれー! よし、起き上がった。そーれ、アンヨが上手ー」

 

 その動きはまるで二足歩行を覚えたばかりの赤ん坊である。だが、しばらく歩いた後に再び転倒。そのまま動かなくなった。

 

「わわ……死んじまったのか?」

 

「自律人形なんて私にだって完全には出来ないの。むしろ少しでも歩こうとしていただけで驚きだわ。こまめに命令し直さないと自分では動けないものよ。それも単純な命令しか受け入れられない」

 

 そうか、頑張ったんだなネメシス。俺は倒れている彼女を抱きあげ頭を撫でてあげた。あ、今わずかに笑った気がする。そしてもう一度、今度は空を浮かぶように命じようとした。

 

 しかしその声は外から聞こえる爆音にかき消されてしまうのであった。

 

「な、何事っ? 強盗か!」

 

 扉を突き破って現れたのは見るからにステレオタイプな魔女の姿をした金髪の少女であった。とんがり帽子に黒い服。エプロンは白く、そして手には箒。まさに魔女と言えばこの風貌といった出で立ち。そんな彼女が妙になれなれしく挨拶してくるのだ。

 

「いよーう、アリスー。邪魔するぜ—」

 

「ま……魔理沙、ちゃんとドアを『開いて』入って頂戴」

 

 最初は強盗の類と思ったが、この「魔理沙」と呼ばれた少女、どうやらアリスとは知り合いのようだ。

 

 友人なのか? しかしそれにしては随分と乱暴だ。唖然とする俺達を無視すると、ゴソゴソと周囲を物色し始める。そしてその少女は信じられない行動に出た。

 

「人形をいくつか借りていくぜー。なーに、死ぬまでには返すさ」

 

 我が物顔で人形達を鷲掴みにするとそれを持って家を出て行こうとするのだ。やっぱり強盗じゃないか!

 

 しかもその中には俺が散々苦労して作り上げたネメシスの姿も……。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」

 

 アリスの声などどこ吹く風と箒に跨った魔理沙は信じられない速度でアリス宅を離れて行く。

 

「またやられたわ……。あの子すばしっこいから私じゃ追いつけないのよ……」

 

 荒らされた部屋の中、ガックリと肩を落とすアリス。あいつはネメシスを盗んでいった。放っておけるものか。壊された扉に手をやる俺。

 

「俺が取り戻す!」

 

 そのまま地面を蹴り、アリス宅の外に飛び出した。そこで銀翼が出撃の時を待ち、静かに佇んでいる。よかった、無事なようだ。

 

「待ってアズマ。外に出るならこの瘴気避けのマスクをつけて」

 

 投げ渡されたマスクをつけつつ、アールバイパーに乗り込む。こういう便利なものもあるのか。アリスもこの瘴気に悩まされていたことがあるらしい。さて、遠くへ消える前にあいつに追いつかないと。

 

「あの魔法使い、散々苦労して作った俺の『ネメシス』まで持ち出しやがった。何が何でも返してもらう!」

 

「そうは言うけれど、魔理沙は本当に速くて並の足の速さじゃ追いつけな……」

 

「心配ご無用っ! アールバイパー、フルスピードっ!!」

 

 怒りに身を任せ、最高速度で銀翼を発進させた。



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第11話 ~白黒の魔法使い~

オプションへの手掛かりになるかもしれない自律人形「ネメシス」が魔理沙に奪われてしまった!
これを追いかけて取り戻したいアズマであるが……。


 木々をすり抜けるようにアールバイパーを飛ばす。時折迫ってくる小枝をショットで破壊してひた突き進む。しばらく飛んでいると箒に跨った少女を発見。狙いを定めると更に速度を上げた。

 

「いやー、大漁大漁♪ アリスは私よりもずーっと長く生きるんだ。私が生きている間くらいは借りっぱなしでも……」

 

 あの野郎。すっかりいい気になってやがる。あの泥棒にはとびきりキツいお灸をすえてやらないとな。

 

「良いわけないだろうが! 待ちやがれ、盗んだものを全部返せ!」

 

 こちらの追跡に気が付き、ジグザグに飛ぶ魔理沙。あくまで対話するつもりはないのか。ならばこちらにも考えがある。トリガーにかけた指にゆっくりと力が入る。

 

 ターゲットサイトに魔理沙を捉えるとショットを浴びせた……が、木々が邪魔してなかなか命中しない。それじゃあこれはどうだっ!

 

 ショットを上方向に撃ち急上昇。一度森林地帯を抜け、魔理沙の真上に陣取る。

 

「スモールスプレッドを喰らえ!」

 

 小型爆弾を大量に投下して、魔理沙周囲のごく小さい範囲の木々を焼き払い、逃げられなくしてやった。さすがの魔理沙も動きを止めたようである。

 

「何だよ、男が弾幕の真似事か?」

 

 そうだよ、我が相棒「アールバイパー」は危険でいっぱいの幻想郷を一人で行き来するための大切な道具……いや相棒だ。その結果弾幕決闘も嗜むことになるが、こんな奴にそこまで説明する義理もない。手短に用件だけ告げることにした。

 

「さあ、盗んだものを出せ」

 

「人聞きの悪いことを言いなさるな。ちょっと私よりも長生きの友達から物を借りただけだぜ。私が死ぬまでな」

 

 魔法使いというものは人間よりも寿命が長いらしいが、あの口ぶりからすると彼女は人間なのだろう。だが、彼女の盗んだ人形の中には紛れもなくアレも混じっているんだ。俺が必死に作り上げた……。

 

「その中には人間様の、この俺『轟アズマ』の持ち物も紛れこんでいるんだ。さあ返せ、持っている人形という人形、全部返せ。さもなければ……」

 

 機体の中でスペルカードを掲げる。俺が決闘を申し込む姿を確認すると魔理沙もニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ほぉ、この魔理沙さんに弾幕で勝負しようってのかい? 男ってのはヘンテコな鳥に乗っかって弾幕するんだな。だが、香霖よりかは強そうだ。面白い、受けて立ってやるぜ」

 

「だから変な鳥って言うなっ!」

 

 お互いに魔法の森の上空に上がり、改めて決闘を始める。ニヤニヤと笑いながら魔理沙は最後にこう尋ねた。

 

「もう一度確認しよう。私と決闘するつもりなんだな? なんだよな、男に二言なんかは」

 

「ああないぜ。ネメシスを取り戻す為、そして俺を助けてくれた心優しい魔法使いに恩を返す為にも、魔理沙っ、ここでお前を倒す!」

 

 その決意に揺らぎなどない。俺は即答してやった。カラカラカラと今度は腹を抱えて笑い始めた。

 

「いいだろう。そういう無鉄砲な奴は嫌いじゃないぜ? アズマとかいったな、気に入った。この私に勝てたのなら人形は全部返してやろう。でもそれだけじゃあ不公平だ。……そうだな、お前が負けたら私の言うことを一つだけ、聞いて貰おうか」

 

 こちらの返答を聞く前に、先手必勝とばかりに先に攻撃に転じたのが魔理沙。星の形をした弾をじわじわとこちらに向けてくる。チッ、受け入れるしかないようだな。まあいい、勝ってしまえばいいのだから。

 

 さて、この星型の弾は落ちついて機体を細かく移動させれば回避は容易である。だが何か嫌な予感がする。これだけで終わりの筈がない。何を仕掛けてくる……?

 

「星弾はカモフラージュ。その後ろでマジックミサイルが待ち構えているのさ」

 

 星型弾よりも更にゆっくりな挙動をするミサイルがこちらににじり寄っている。星弾はただの目くらましだったようだ。被弾する刹那……ショットを撃ちミサイルを撃ち落とすと、魔理沙の背後についた。

 

「いただきっ!」

 

「させないぜ!」

 

 弾幕は魔理沙の背後からも容赦なく飛ぶ。戦闘機同士での戦闘では相手の背後を取るのが定石なのだが、弾幕ごっこではその常識は通用しないようだ。

 

 隙だらけの背後を攻めようとするも、思わぬ反撃を受けた俺は、被弾しないように慌てて宙返りすると高らかにスペルカード発動の宣言を行う。

 

「ここで決めてやる。スペルカードだっ! 爆撃『スモールスプレッド』!」

 

 宙返りしながらも魔理沙の真上に陣取った俺。よし、いまこそチャンスだ! スペルカード発動の宣言をすると、そのままポロポロと高高度から小型爆弾をばら撒く。いくら相手が素早くてもこれだけ絨毯爆撃されたらひとたまりもないだろう。

 

 青い爆風が消えた頃には爆風に慌てふためく泥棒の姿が拝める筈だ……。

 

 

 

 そして青い爆風が晴れる。しかし魔理沙は微動だにせず何やらマジックアイテムらしきものを掲げている。あの絨毯爆撃を凌いだというのか!?

 

「アズマ、それがお前のスペルカードか。パワーを微塵にも感じないショボさだったぜ」

 

 八角形の不思議な道具がジンワリと発光する。

 

「いいか、弾幕ってのはパワーだ。スペルカードならば尚更だぜ。弾幕はブレインだなんて気取ったこと言うんじゃないぞ? よーし、この魔理沙さんが見せてやるよ、こういうのをスペルカードって言うんだ……ぜっ!」

 

 読めた。あの八角形の物体からレーザーを撃ち出すつもりだ。撃たれる前に回避……。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

 そんな暇は残されていなかった。あの道具の、そして一人の少女が繰り出したとはとても思えないような巨大な真っ白な光がアールバイパーを包む。なんだあのバカでかい光は? 魔理沙の数倍の大きさを誇る光の塊があの八角形の物体から放たれたのだ。信じられない……。

 

 回避行動などまるで意味をなさない高火力に晒された。銀翼はその力を失い、再び森林地帯へと向かう。俺との意思とは関係なく、重力の赴くまま……。

 

 煙を上げ、墜落する最中ただ一つの朗報……。

 

「You got a new weapon」

 

 新たな兵装を手に入れたことを知らせるシステムボイスである。先程の白い極太レーザーのアイコン一瞬表示された後、見慣れたバイパー用のアイコンに変化する。刻まれた名は……。

 

「LASER」

 

 レーザー。様々なレーザー系兵装が登場する今では「ノーマルレーザー(※1)」と呼称することもある。初代ビックバイパーも使用していた由緒正しい青白いレーザーである。弾速が若干遅いが、敵を貫通したり出来るので威力は高い。

 

 しかし負けは負け。魔理沙はこの俺に何か命令するつもりだったが、この後何命令されるんだろう……。落ちながらも俺はそのことが気がかりであり、それをずっと考え込んでいた。

 

 

 不時着したアールバイパーから這い出す俺。箒に乗ってふわふわと降りる魔理沙が悪戯っぽく笑っている。

 

「どこからどう見ても私の勝ちだな」

 

 それは否定するまい。俺は負けてしまった。

 

「うう、最強の妖精とは渡り合えたのに……」

 

「チルノとどっこいどっこいだったのかよ! そんな実力でよく私に挑もうとしたな。私は幻想郷で発生する異変解決の真似事が趣味なんだぜ? 向う見ずというか無謀というか……」

 

 なんてこった、チルノは自らを最強と自称していたが、もっとヤバい奴がいるじゃないか。挑む相手があまりに悪すぎたようだ。だけど、あの状況で戦いを放棄することが出来たか? いや出来なかった。そう考えるとこうなってしまうのは必然だったのだろう。

 

「とにかく負けは負けだ。男らしくそこは腹を決めてくれ。それじゃあどんな命令を聞いて貰うかな……」

 

 ムムムとしばらく考え込む(考えてるフリかも)。頼むから「死んでくれ」とか「聖さん暗殺」とかそういうのはやめてくれよな……。

 

「お前、『紅魔館(こうまかん)』って知ってるか?」

 

 恐ろしい命令を下されると思い、身構えていた俺だが、見知らぬ建物の名前が出てきた。「こーまかん」だって?

 

「吸血鬼が住んでいる真っ赤なお屋敷さ。そこには大きな図書館があってだな……。本を()()()行きたいんだが、どうも私は嫌われているようでね……」

 

「つまり吸血鬼の館にある図書館で略奪行為するからそれを手伝え……と?」

 

「なんだ、物分かりがいいじゃないか。でも略奪じゃなくて拝借だぜ」

 

 最悪だ……。泥棒の片棒を担いだだなんてこと、白蓮に知られたら、軽蔑されるんだろうな……。こんなことなら一人で危ない所に行くんじゃなかった。そうガックリと肩を落としていると遠くからアリスの声が響いてくる。どうやらいきなり飛び出していった俺を追いかけていたようだ。

 

「アズマーっ! いた……、貴方が魔理沙を足止めしてくれていたから追いつけたわ。さあ、盗んでいったものを……」

 

「ちょーっと遅かったな。さっきマスパでケチョンケチョンにしてやったよ。アズマもちょっと借りて行くからよろしく頼むぜっ」

 

「ちょっと待ちなさ……」

 

 ほとんど攫われるような形で俺とアールバイパーが連れて行かれる。アリスの声など簡単にかき消されてしまった。




※1 レーザーとは初代グラディウスに登場する光学兵器である。
様々な光学兵器の登場するグラディウスシリーズでは他と区別するために「ノーマルレーザー」と呼ばれる場合もある。
ザコ敵を貫通する青白く美しいレーザーは当時のゲーマーを魅了した。
光学兵器にしては弾速は遅いが、発射直後は弾道が自機の上下運動に追随するという特徴がある。通称「レーザーワインダー」


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第12話 ~譲れぬ戦い~

一日が過ぎても命蓮寺に戻ってこないアズマ。彼を心配して命蓮寺の皆も動き始めたようだ。

その頃アズマは人間であるはずの魔理沙に浚われると、紅魔館まで連れまわされる羽目に……。


(その頃、命蓮寺では……)

 

 アズマが命蓮寺を出て行ってから1日が経過しようとしていた。いまだに戻ってこないアズマを案じて、命蓮寺の皆が周囲を探し始める。

 

「聖、人里でも見つけられませんでした。やはりもっと遠くに行ってしまったのでは?」

 

 ふわりと着地する星とナズーリン。門前で白蓮が彼女達を迎える。

 

「そうですか……。アズマさんがいなくなってしまってもう一日ですが……」

 

 星の脳裏に最悪の事態がよぎる。

 

「まさか妖怪に襲われて、攫われちゃったんじゃ?」

 

「縁起でもないことを言うんじゃありません! アールバイパーも一緒に消えているんです。恐らくはあれに乗って出て行ったのでしょう。そう簡単には屈しません!」

 

 捜索範囲を広げようということで意見が一致する。だが、どこから探そうかと皆が考えていると、ナズーリンに何かいい案があるらしく挙手していた。

 

「そういえば人里で少し気になる話を聞いた。昨日、銀色の鳥の妖怪が魔法の森に向かって凄い勢いで飛んでいったとか……」

 

 その「魔法の森」に心当たりがあった白蓮はハッと目を見開く。

 

「銀色の鳥の妖怪……。もしかして『アールバイパー』のことでは!?」

 

 そういえばアリスとお近づきになりたいという旨を貴方の口から聞いていたことを思い出した白蓮。次は魔法の森でアズマを探すということで意見がまとまりそうだ。

 

「なるほど、アリスさんに会いに一人で魔法の森に行ってしまったんですね……。大変! あの森の瘴気の中に長くいたら……」

 

 議論の真っ最中、そこに割って入るのは金髪の魔法使いであった。いくらか上海人形を従えている。

 

「その心配はないわよ、聖さん」

 

 息を切らせたアリスが命蓮寺の門前までやって来ていたのだ。

 

「アリスさん。アズマさん、アズマさんと会ったのですか?」

 

 身を乗り出して金髪蒼眼の少女にまくしたてる。

 

「ええ会ったわ。自分だけのお人形さんが欲しいって懇願していたわよ」

 

 心底安心したのだろう。ほっと胸をなで下ろす尼僧。

 

「よかった……。それではアズマさんは今アリスさんの家にいるんですね」

 

 本当はそうなる筈であった。しかし、気まずそうにアリスは視線を逸らす。

 

「ごめんなさい、ちょっと厄介なことになっちゃって」

 

 申し訳なさそうにうなだれるアリス。その様子から何か大きな問題に直面したことを白蓮は読みとった。

 

「アズマは攫われたわ。私の目の前で」

 

「えええっ!?」

 

 アリスの口から事の顛末が語られる。苦労して人形を完成させたものの、突然押し入って来た魔理沙にアズマの人形を他の人形ごと奪われてしまったこと。取り返す為に弾幕ごっこを仕掛けたが、圧倒的なパワーの前に屈してしまい、アズマが彼女に攫われてしまったこと。

 

「魔理沙は霧の湖の方角へ飛んでいったわ。恐らく次の狙いは紅魔館の図書館。アズマにその手伝いをさせるつもりに違いないわ」

 

「魔理沙さんが!? いささか信じ難いですが、それは本当なんですね?」

 

 無言でコクリと頷く人形使い。

 

「人間である魔理沙さんが彼に手をかけるとは考えにくいですね。その点はひとまず安心ですが……。魔理沙さんの手伝いなんかして紅魔館の吸血鬼に目をつけられたらいよいよ危ないですよ! そうなる前にアズマさんを救いださないと!」

 

 白蓮は星に寺の留守を頼むと、アリスと共に大空を舞った。

 

 

____________________________________________

 

 

 

(一方、魔理沙に攫われたアズマは……)

 

 アールバイパーに乗り、魔理沙の後に続く。今も不平不満を漏らす俺に魔理沙も少しタジタジになっているようである。

 

「そんなクヨクヨするなって。お前はこの私に追いついて、そして追い越したんだ。私が天狗以外に追い越されるだなんてこれが初めてなんだぜ?」

 

 こうやって心にもないお世辞をまくし立ててくるのを無視しながら、俺はバイパーの操縦桿を握る。

 

「なぁ、そんな辛そうな顔ばっかりしていると、掴める幸せも逃げちまうぞ。お前、紅魔館は初めてなんだろ? 紅茶はうまいし、珍しい魔道書も読み放題だ。こんな未知の場所にワクワクしたりはしないのかよ」

 

「これ以上妖怪の敵は作りたくない……」

 

 その未知の場所に泥棒しに行くのだ。友達になりに行くわけではない。むしろこれから敵対する。

 

「なんだよ、お前レミリアが怖いのか」

 

 れみりあ??

 

「『レミリア・スカーレット』だよ。知らないのか? あの館の主さ。吸血鬼なんだが、どう見ても小さい子供だ。怖いというかはちんまい。……フム、外来人っぽいのは何となくわかっていたが、まだ幻想郷に慣れていないようだな」

 

 その幻想郷に慣れていない俺に本気のレーザーをぶちかましたのはお前だぞ。

 

 

 

 そうやって悪態をついていると森林地帯を抜けたようで、一気に周囲が明るくなる。モヤのかかった湖を過ぎると、真っ赤……というよりかはレンガ色をした洋館が見えてきた。あれが紅魔館なのだろう。

 

 門の入口には赤毛の少女が立ちはだかり、招かれざる侵入者を見張っている……。

 

「うつら……うつら……ブルブルっ!」

 

 少し寝ていたようにも見えたが、こちらの気配に気が付き、警戒態勢を取っている。

 

「なんだよ、珍しく門番が起きている。アズマ、早速仕事だ。あの門番にちょっかい出して気を逸らさせろ。私はその間に潜入する」

 

 待てと止める俺を無視して魔理沙は門の向こう側へと飛んで行ってしまった。やれやれ仕方がない。人形をあちらに握られている以上下手な動きは出来ないな。ここは大人しくしたがっておこう。紅魔館のみんな、俺を恨まないでおくれよ……。

 

 そう思いながら、俺は二人の間に割って入り、門番の行く手を阻んだ。

 

「あーっ! また侵入を許してしまう。ちょっと、そこをどいて下さい! まるで立ちふさがるように動かない、さては魔理沙さんの仲間ですね?」

 

 赤毛の門番はみるみる小さくなっていく魔理沙の姿を追いかけようとするが、俺がそれを邪魔している。やれやれ、やっぱり魔理沙の仲間ってことになるか。

 

「不本意ながら……な。アイツに大切なものを人質に取られていて逆らえないんだ。恨みはないが、追跡はさせない」

 

「私だってこれ以上侵入者を許すわけにはいかないんですっ! お仕置きされるならまだしも、クビになんてされたら……」

 

 両者とも大切なものをかけており、どちらかが折れるという選択は考えられないだろう。ということは……。

 

「弾幕ごっこ……か」

 

 揉め事をもっとも平和的に解決するには弾幕ごっこが一番だ。後腐れもないしね。

 

「だ、弾幕っ!?」

 

 俺が弾幕ごっこの話を持ちかけると大体驚かれる。次に飛び出る言葉は「変な鳥」だとか「男のくせに弾幕ごっこ」だろう。こんなセリフは聞き飽きた。だからその後の台詞を言わせはしないっ!

 

「だから『変な鳥』とか『男のくせに』とか言うんじゃないっ! この中国妖怪っ!」

 

 言ってやった。溜まりに溜まったフラストレーションをブチまけてやった。これ以上馬鹿にされるのはコリゴリなのだ。

 

 が、突然周囲の空気が変わった気がした。門番はギンとこちらを睨みつけている。いままではあくまで侵入者に対してそれを阻止する程度であったようだが、今の彼女の目つきは言いようのない怒りに染められており、近付いたものに容赦なく襲いかからん勢いであることが分かる。

 

「『中国』って言うなぁっ! 私は『紅美鈴(ホン メイリン)』っ! 紅美鈴っ! 紅美鈴っ!」

 

 地雷を踏んでしまったらしい。なんだか知らないが「中国」と呼ばれると傷ついてしまうらしい。まあこれで皮肉にも魔理沙の手伝いが上手くいったことになるのだが……。

 

 いきなり命の危機。逃げようかしら……

 

 

 

「虹符『彩虹の風鈴』」

 

 相手が名乗っていなかったということもあるが、名前を蔑にされたのだ。そりゃあ怒る。それにあの口ぶりからすると余程「中国」と呼ばれることにコンプレックスを抱いていたらしいことがわかる。その点については謝りたいところだが、まずは落ちつかせないといけないな……。

 

 彼女の放つ弾は虹をモチーフにしているらしく、七色に光り、かなり綺麗である。マズイな、相当のやり手らしい。塊になった弾を大きく避け、ターゲットサイトに美鈴を捉える。今だっ!

 

貴方「レーザー発射っ!」

 

 七色の中を青白い光が一閃、標的めがけて突き進む。いち早く気づいた美鈴はゆらりとそれをかわす。

 

「甘いっ! レーザーワインダー!」

 

 最初はやはりハッタリで言い出した。だが、青白い光線はアールバイパーをトレースするかのように弾道を変えていく。

 

 思った通りだ。ビックバイパーのレーザーは弾速が遅めな代わりに発射直後はある程度自分が動くことでレーザーを振り回すことが出来るのだ。どうやら幻想入りしたアールバイパーでも適用されるらしい。

 

 見慣れぬ軌道を描く光線にはさすがに対処できなかったらしく、なぎ払うように美鈴にレーザーが襲いかかる。へなへなと地面に降りてうずくまっている。勝負あった。

 

 

 

 アールバイパーを低空でホバリングさせると、両手を合わせ謝罪の言葉を投げかける。

 

「名前のこと、すまなかった。でも勝負は勝負だ。中に入れてもらう。何、一緒に入っていった泥棒から盗まれたものを取り戻すだけだ。悪さはしない……はず」

 

 魔理沙を追い、紅魔館へと潜入っ……する前に。

 

「折角だ。今のレーザーワインダーもスペルカードにしよう」

 

 コクピット横に刺しておいたメモ帳とペンを取り出し、簡単に絵を描く。相変わらず残念な絵心だが、分かればいいだろう。

 

「名前はええっと……折角の銀翼だし、そろそろ銀の文字も使いたいな。というわけで、銀符『レーザーワインダー』」

 

よし、謝罪も済ませスペルカードも出来た。このまま魔理沙を追いかけよう。さて、アイツはどっちに行ったのやら……。



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第13話 ~瀟洒なメイド長~

ついに時を止めるメイド長がアズマの前に立ちはだかる。
能力もさることながら、戦闘慣れもしているようだ……!


 リデュースしたまま洋館の内部へと潜入した。吸血鬼の館らしいので気を引き締める。未知の場所ということもあり、薄暗くおどろおどろしい。そう感じる。

 

 事情があるとはいえ、今の俺は招かれざる侵入者。メイド服姿の妖精(……だと思う。昆虫みたいな羽生えてるし)の集団に襲われる。それを一気に青白いレーザーでなぎ払い、進路を切り開いていく。なんだ、吸血鬼の館というから中には怪物や悪魔がウヨウヨいると思ったが、いるのは妖精のメイドくらいである。俺はしばし安堵の息を漏らした。

 

 しばらく薄暗い廊下を突き進むと、特徴的な箒に跨った魔女、いや魔理沙の姿が見えた。

 

「ようやく追いついたぞ、魔理沙。なあ、俺の人形だけでも返してくれよ。そいつは貴重な戦力なんだ。……まだ戦力候補の段階だけど」

 

「まだ言うか。本をちゃんと借りられてからだってあれほど言っただろう。本来なら死ぬまで借りるってってところを、お前さんが人間だからとこっちもこれだけ譲歩しているんだ。それ以上は一歩も譲らないぜ」

 

 変な所でしっかりしている子である。やれやれ、隙を見てネメシスだけでもかすめ取ってやろうか……。

 

 

 そうやって魔理沙の動向を伺いつつ同行していると……。

 

「動くな」

 

 とても冷たい声が投げかけられる。魔理沙の声ではなく、もちろん俺のものでもない。別の声が上方向から聞こえる。とても威圧的だ。声の主を探そうと振り向いた刹那、銀色の光がこちらを掠めるように降り注いだ。

 

「げげげ、その声はまさか……」

 

 こちらの動きが止まったことを確認したのか、声の主がふわりと降りてきた。背の高めの少女である。ヘッドドレスにエプロン姿。服装からすると彼女も紅魔館のメイドなのだろう。だが、今まで相手にしてきた妖精メイドとはその風格がまるで違っていた。

 

 指の間にはナイフが挟まれており、先程投げつけられたものもナイフであったことが伺える。もしそうだとしたら、相当のスピードで投げつけられていることが分かる。何せ最初に見た時は銀色のレーザーに見えたくらいなのだから。

 

 そして目の前のメイドは今もそのナイフをギラつかせてこちらを威嚇している。

 

「やれやれ、また本泥棒ですか。そしてそちらの奇妙な物体は……?」

 

「逃げるぞ、アズマ! いくら私が速いからってこいつには、このメイド長こと『十六夜咲夜』には敵わないんだ」

 

 クルリと向きを変えてトンズラを決め込もうとする魔理沙。だがその直後、周囲から色が失われていく。

 

 揺らめく照明の色が失われ、そしてその動きを止めた。逃げようとする魔理沙の箒、服、そして顔の色が失われ、焦りに歪めた顔のまま、動きを止めてしまった。一体何をしたんだ、あのメイドは……!

 

 揺れる照明、逃げる魔理沙全ての色と動きが失われてしまった。いや、よく見ると咲夜と呼ばれたメイドは動き回っているし、俺も特に動けないという事はない。

 

「何を……した?」

 

 突いて出た言葉は実にシンプル。今の状況が飲み込めないという旨であった。だが、困惑していたのは俺だけではなかったのだ。あのメイドも俺に話しかけられたことにかなり驚いている。

 

「貴方、アズマとか言っていたわね……。なぜ動ける?」

 

 動けるものは動けるのだから何故と言われても分からない。周囲を金縛りにでもする術でも使ったのだろうか? なるほど、メイドの姿をしているが妖怪の類なのだろう。

 

「私の能力、『時を操る程度の能力』を用いて周囲の時間を止めたのよ。どうして貴方だけ動けるの?」

 

 またとんでもない能力が飛び出て来た。時間を止めている間に弾幕を華麗に回避したり、攻撃を加えたり等出来るのだろう。なるほど、いくら足の速い魔理沙でさえ敵わない理由が分かった。時間を止められてしまえば速さなど最早関係なくなる。

 

 そうやって一人で納得している俺に冷酷な声が投げかけられる。

 

「質問に答えなさい。どうして時間を止めているのに動けるの!? 普通ならあり得ないことよ」

 

 そんなこと言われたってなぁ……。時間……時間……。ああもしかしたら、そういうことかもしれないな。

 

 アールバイパーは超時空戦闘機って設定があった。その気になれば時空移動もこなせるのだ。なので時空操作系の能力を受け付けないとかだろうか?

 

「銀翼『アールバイパー』を見くびったな。こいつは超時空戦闘機。時空操作の影響は受けないのだっ!」

 

 しめたっ、今の魔理沙は動けない。……ということは、盗まれた人形をここで取り返すことも可能である。

 

そうと決まればちょっくら失礼して魔理沙の懐をまさぐる。しばらくゴソゴソと物色して、ついにそれらしい人形を発見した。慌てずにゆっくりと抜き取り、あとは痕跡を残さぬように、服の乱れを直す。

 

「ネメシス人形回収成功っ! これでもう用は無くなった。ならばこんな物騒な所とっととトンズラするに限……」

 

 シュっとナイフが目の前を掠め、俺の目の前で止まった。コクピットがなければ喉元に刺さっていたかもしれない。とんでもない速度だ。いくら戦闘機とはいえ、あんなのを食らったらひとたまりもないだろう。

 

「逃がさないわ。お嬢様の領域に土足で踏み入った罪、その身をもって償って貰う……」

 

 話せばわかる……って言える雰囲気ではない。咲夜の切り札たる時間止めは封じたものの、まるでレーザー光線のようなナイフ投げの脅威が残っている。俺は回避するのに精一杯であった。

 

「くぅっ、こちらもレーザー発射!」

 

 放たれた青白いレーザーは咲夜めがけて一直線に伸びて……そして目の前で止まってしまった。まずい、咲夜の投げるナイフが途中で止まったように、放った弾幕は時間止めの影響を受けてしまうらしい。くそっ、どうする!?

 

 ……そうだ、何も戦う必要はない。幸いアールバイパーは魔理沙並みにスピードが出せる上にメイド長の能力も受け付けない。逃げようと思えば逃げられるのだ。もちろんただ逃げるわけではなく、スモールスプレッドで退避しながらの妨害を組み込む。

 

 通路を抜けて広間に出る。ええと出口は……あっちだ。あと少しで脱出できる!

 

「アズマ、私の能力も見くびって貰っては困るわ」

 

 ところが信じられない速度で咲夜が行く手を阻んできたのだ。これだけ飛行して振り切ったと思ったのに、アールバイパーが追いつかれるとは……。

 

 そういえば咲夜はこちらに時間止めが通用しないと分かっていながら、あえて術を解いたりはしなかった。どういうことだ……?

 

 はっ、しまった! 弾幕勝負に慣れている魔理沙と、ほとんど素人の俺を引き離すのが目的だったんだ!

 

「今更気がついても遅いわよ。時間操作は時を止めるだけではない。ふふ、これが正真正銘のタネなし手品」

 

 周囲から色が戻りゆく。そして彼女はスペルカードを手にしていた。何かが来るぞっ。だけどどう仕掛けてくるんだっ? 全く予想がつかない。いや、一つだけ確かなことがある。時間止めの影響を受けないアールバイパーにも有効なスペルであるという事である。

 

「奇術『ミスディレクション』!」

 

 一瞬そう叫んだかと思うと何の変哲もない花火弾幕を浴びせる。スカスカの隙間だらけで回避は容易……。身構えていた俺は思わぬ肩すかしに気合が空回りする。

 

「!?」

 

 いや、なんだこれは……? 先程目の前で弾幕を放っていた咲夜は真後ろにいるではないか。背後を取られた。こちらは狙い撃つかのような素早い攻撃……!

 

「『貴方』に能力が効かないなら、私自身の時を加速させるだけよ」

 

 何という事だ。切り札を潰し圧倒的優位になっていながらもあっさり敗れてしまうとはっ!アールバイパーが地面に叩きつけられる感覚がしたような気がしたが、駄目だ、気が遠くなる……。

 

 これでは、脱出……できな……。

 

「あっけないものね。そこの妖精メイド、この不埒な侵入者を引きずり出して捕らえなさい。お嬢様の館を荒らした罪、その身で償わせる……」

 

 薄れゆく意識の中、勝ち誇ったメイド長の声が聞こえた気がした。




能力バトルはいかに相手の虚を突くかが醍醐味ですよね。それにしてもこうやって書いていると咲夜さんの能力って滅茶苦茶強い。
超時空戦闘機の時間を止めることは出来なくとも、使い方一つ変えるだけでこうやって応用できちゃうんですからね。
時間の巻き戻しだけは出来ないそうですが……。


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第14話 ~紫色の魔女~

圧倒的に有利に立ち回っていた筈なのに、虚を突かれ咲夜に敗北してしまったアズマ。目を覚ますと捕虜として四肢を縛られていた。そして目の前で物静かな魔女が侵入者「轟アズマ」を尋問するべく待ち構えていたのだ……!


 どれくらいの時間が過ぎたのか、十六夜咲夜との戦闘で敗れた俺が次に意識を覚醒させた場所は薄暗い場所であった。

 

 周囲を見渡すと本棚が何処までも連なっており、ここが魔理沙の言っていた図書館であることが伺える。

 

 四肢は縄か何かで拘束されているようで身動きが取れない。アールバイパーも失ってしまい、どうやら捕虜になってしまったようだ……。

 

「目を覚ましたようね。気分はどう?」

 

 背の低い紫色の長髪を持った少女が語りかける。こうやって両手両足を縛られているのだ。気分が良い筈がない。そう言葉を返す代わりに彼女を睨みつけた。

 

「縛っておいて正解だったわね。とても元気。そして反抗的……。さて、一応名乗っておくわ。私はこの魔法図書館を任されている『パチュリー・ノーレッジ』。こう見えても魔法使い……魔女よ」

 

 あえて魔女と言い換えてこちらの恐怖心を煽ろうとしているようだが(最後の「魔女よ」って部分だけ声のトーンが低かった)、残念ながら俺に魔法使いの知り合いは多いので(しかもみんな女性だからある意味魔女とも言える)、その程度では驚かない。こんな状態だが、一応こちらも名乗っておくか。

 

「そう、『轟アズマ』というのね。ところでアズマ、聞きたいことがあるのだけれど」

 

 これから恐怖の尋問タイムといったところか。どんな拷問が待っているのやら……。

 

「貴方、魔理沙の仲間ね。門番からもまるで魔理沙を守るかのように立ちはだかれたって報告を受けているの」

 

俺は強調して「不本意ながら」と付け加え、その件は否定しなかった。恐らく次に来るのは「魔理沙はどこ?」だろう。今となっては黙秘してやる義理もないので話してやりたいところだが、生憎俺もそれは知らない。

 

 だが、質問は思わぬものであった。

 

「そう、ところで貴方は魔理沙の何?」

 

 はい? この子は何を言っているんだ? 返事に困って首をかしげていると、低くドスの利いた声が投げかけられる。小さな声だがとても威圧的であり、思わずヒッと小さく悲鳴を上げてしまった。

 

「聞こえなかったのかしら。アズマは魔理沙の何なの? どこまでの関係なの?」

 

 どんな質問だよ……。関係? 俺と魔理沙の? そんなの決まってる。そうだ、何にも後ろめたしい事なんてないんだ。正直に話してしまおう。

 

「ええと、俺は被害者だ。魔理沙に盗まれたものを取り返そうと追いかけたらここまで来てしまった」

 

 洗いざらい正直に話す。もしかしたらこれで解放されるかもしれないと淡い希望を抱きながら。

 

 ところがパチュリーはこちらの話を聞いているのかいないのか、焦点の合ってない目でボソボソと何か独り言をつぶやき始めてる。

 

 

 

「お前の背中も結構広いんだな。香霖よりも広いぜ。なあ、脚が疲れちゃったよ。なぁ、あずま、おんぶして」

「もう、まりさは甘えん坊だな。ほらっ」

「へへ、あずまは優しいんだな。お前みたいに優しい人、結構キュンと来るんだぜ」

「(俺の心もキュン……)」

 

 

 

 一人で複数の人物を演じているようだ。その内容はパチュリーの抱く妄想なのだろう。とにかく傍から見ると危ない人である。唖然としていると急に彼女は大声を張り上げる。

 

「ああ、なんてこと! 貴方もハートを盗まれたの? またライバルが増えるじゃない!」

 

 なんだろう、会話がまるでかみ合っていないような……?

 

「しかもアズマは男だし、見たところ魔法使いじゃなくてただの人間っぽいし……。こんなの圧倒的に有利じゃないの。どうしてこんな人のハートまで盗んで……」

 

 おーい、盛大な勘違いをしているぞー。俺は魔理沙の恋人ではないんだけどなー。

 

「駄目よ! 魔理沙は私のもの。私の本だけじゃなくてハートも盗んでいったのよ。ああ、魔理沙ぁ……」

 

 いかん、またさっきの妄想モードに突入してしまう。時折ウヒヒと笑いながらブツブツとつぶやいている。四肢さえ縛られてなければこのまま逃げられるというのに……。

 

 

 

「いよーう、ぱちゅりー」

「何よまりさ、また本を盗みに来たの?(ムスッ)」

「へへ、今日は本を借りに来たんじゃないんだぜ? ぱちゅりー、お前を盗みに来た」

「やんっ、そんな心の準備がまだ……。まりさぁ……」

 

 

 

 今度は魔理沙に盗まれる妄想のようだ。駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。再び素面に戻ったパチュリーはさらに鋭く睨み付け、尋問を続ける。

 

「さあ、誤魔化さないで。本当のことを話してもらうわ。貴方は魔理沙の何なの!?」

 

 こんな変な質問で拷問されるのは勘弁だ! 言った通りだろうと口にしても、彼女は聞く耳を持ってくれない。手にしていた怪しげな魔道書まで開き始めて、洗いざらい口にさせる……いや、下手すると危害を加えてくるのでは……。

 

 転倒しないようにピョンピョン跳ねて逃げようとするが、脚元の何かに躓いて転倒してしまう。それは俺の作った「ネメシス」だった。

 

「逃げようったって無駄なのよ! 貴方のような薄汚いお邪魔虫は燃やして排除するに限るわっ!」

 

 異常だ。魔理沙への愛が歪みに歪んでいる。まずい、このままでは……!

 

「ちょっ……アズマっ! いったい何があったの!?」

 

 その図書室の入り口を蹴破る音が飛び込んできた。音のする方を見ると、タッタッタと走ってくる少女の姿が見える。多くの人形を従えており、戦闘態勢に入っているようだ。

 

 おお、助かった。アリスが駆けつけてくれたんだ! この危機的状況でこの面倒くさい俺と魔理沙の関係をしっかり説明してくれそうな人が現れた。

 

「見ての通りだ。助けてくれーっ!」

 

 縛られて倒れたまま、俺はこの紫色の魔女に馬乗りされポカポカと拳を打ち付けられる。大して痛くはないが、早く解放してくれアリス……。

 

「何、貴女もこの人間の肩を持つの? 言っておくけれど、コイツも魔理沙狙いなのよ」

 

 敵意むき出しにアリスを睨み付ける紫色の魔女。俺は彼女に馬乗りにされながらも違う、違うと必死に弁明する。

 

「あのね、パチュリー。冷静になって聞いて」

 

「これが冷静になって……ゴホッ! ゴホッゴホッ……!」

 

 急にせき込むパチュリー。どうやら喘息持ちのようだ。少なくとも腕力や体力は人間並み……いや、それ以下かも知れない。もちろん魔法使いを名乗るくらいなので魔力は凄まじいものを持っているのだろうが。

 

「ゴホッ……。あ、ありがとう小悪魔」

 

 パチュリーの異変に気づいたのか、頭に蝙蝠の羽を生やした赤毛の少女が薬を持ってきた。

 

「パチュリー様、あんまり無理しちゃ駄目ですよ?」

 

 薬を一気に飲み干すと、再び平静さを取り戻す。

 

「ええっと、何処まで話したっけ? ……まあいいわ、これが冷静になっていられるものですかっ! さあ、ハッキリしてもらうわよ。貴方は魔理沙の何なの!?」

 

「下僕だぜ」

 

 やんややんや騒いでいるうちに図書館に新たな侵入者が現れた。箒に跨った金髪のステレオタイプな黒い魔女装束。そう、魔理沙が侵入していた。高所からこの奇妙な取っ組み合いを見物している。

 

「げっ、下僕……!」

 

 とんでもないこと言い出す魔理沙にパチュリーはショックを覚え……、そして妄想を暴走させ始めた。

 

 

 

「ほーら四つん這いになれあずま。うりうり、キノコをほっぺにグリグリ……」

「やめ……やめてくれっ! まりさ……」

「あれれー、違うなぁ? まりさ『様』だろーぅ?」

「やめて下さい、まりさ……様」

「ダメだダメだ。下僕が口答えしちゃいけないんだぞ?」

 

 

 

「どんな想像だよっ!?」

 

 あまりにヨコシマで巨大な妄想は、こちらからもある程度読みとれる程であった。

 

「そんな……。もうそんな所まで進展していただなんて……」

 

 そしてこっちが呆れているのもつゆ知らず、パチュリーは相変わらずであった。相当思い込みの激しい子のようである。

 

「わかったわ……。魔理沙、私も下僕になるっ! あなたの性癖も全部受け入れるから私をお嫁にしなさいっ!」

 

 喘息持ちの体とは思えないほどに勢いよく飛びあがり、魔理沙にアタック(恋のアタック的な意味で)してきた。

 

「ちょ、話が読めないぜ? 暑苦しい、離れろパチュリー!」

 

 ジタバタと振り払おうとするが、意地でも離すまいとしがみついている。俺ほったらかし。うん、これはチャンスだよね。コッソリとアリスを呼ぶ。

 

「アリスー、聞こえるかー? とりあえず縄を……」

 

「上海、縄を切ってあげて」

 

 上海人形が手にする剣で縄が切られる。だが、魔理沙に食いつく紫もやしに気付かれてしまった。

 

「逃がさないわ……。私はアリスと違って生まれた時から魔女。生粋の魔女は執念深いのよ……!」

 

 ひとりでに、パラパラパラと魔道書が一気にめくられる。ついに彼女に火をつけてしまったようだ。

 

「火符『アグニシャイン』 」

 

「上海達、盾を構えて!」

 

 俺は盾を装備した上海人形の後ろに逃げ込むように転がり込み、炎を回避する。

 

「蓬莱人形、援護射撃。大江戸人形は突撃っ!」

 

 魔法使い同士の決闘に巻き込まれたら命がいくつあっても足りない。アリスの後ろで戦況を見守る。あっという間に人形達の布陣が出来上がり、今度は反撃に出ていた。突撃していった人形は一定距離進むと爆発を起こした。火薬入りなのだろう。

 

 その鮮やかな人形さばきに俺は見とれていた。無数の人形に様々なフォーメーションを組ませて戦術に組み込んでいく。ここまで見事なものはアールバイパーにもビックバイパーにも成せない芸当である。

 

「聖さんも来ているの。別のルートでアズマを探しているらしいから、もしかしたら貴方の銀色の鳥を見つけているかも。私は大丈夫だから、今のうちにここを脱出して白蓮さんとうまく落ち合って!」

 

「わかった。アリス、色々と……ありがとう」

 

 深々とお辞儀をし、転がっていたネメシス人形を拾い上げると、この優しい魔法使いの元を離れる。ここまで世話を焼いてくれたんだ。それに彼女と会うのはこれが最後になるかもしれないし、お礼をしっかりするのは当然だろう。

 

 深々と頭を下げた後、俺は一目散に図書室から脱出した。




銀翼シリーズでのパチュリーはlove的な意味で魔理沙が好きなようです。
クレイジーでサイコな感じが出ていればいいのですが……。

3回ほど出てきたパチュリーの妄想シーンですが、原作では文字の色を全部紫色に変えて表現していました。
こちらではこの部分だけ台本形式にしようかとも考えましたがその案はボツにして、妄想の中に出てくる登場人物は全部平仮名表記という形にしてみました。


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第15話 ~脱出、紅魔館!~

ネメシスを取り戻し、パチュリーからも逃げたアズマ。
このままアールバイパーを探して紅魔館から脱出しようとするけれど……。


 とはいえ……。アールバイパーがあるならともかく、生身の状態で紅魔館に投げ出されてもそれはそれで危険なわけで……。

 

 キィキィと甲高い声で妖精メイドが群がってくる。中には槍や剣を装備している者もおり、まともにぶつかっていては命を捨てるようなものであることは容易に想像が出来る。

 

 俺の手には先程俺自身を拘束していた縄と、苦労の結晶「ネメシス人形」がある。さて、どうしたものか?

 

 うわっ、弾幕撃ってきた。容赦がない。と、壁を見ると装飾用なのだろうか、盾が飾られている。ちょっとこれを拝借……と。盾をむしり取ると、ネメシスに持たせる。

 

「守れ!」

 

 そしてダメ元で命じてみる。するとネメシスは盾を構えて弾幕を必死に防いでくれた。鋭い音をたてながら弾幕から身を守ってくれる。よし、使えるぞ!

 

「そのまま後ずさり!」

 

 ガードしながら距離を取ってやり過ごそうという魂胆だ。しかし、ネメシスはその場から動こうとしない。

 

「何をしている? こっちに来い!」

 

 少し語気を強める。言葉が通じたのか、ネメシスはくるりと向きを変えてふよふよと飛んで行こうとする。だが、あろうことか盾を捨ててしまった。

 

「ちょ、ストップ! やっぱり守れ!」

 

 慌てて命じ直すと再び盾を構えてくれた。何故かこちらに向かって。俺はネメシスを抱きかかえると真逆の方向に向かせた。どうやら複数の命令は聞けないようである。特に移動系の命令と併用できないのは致命的だ。

 

 ん、待てよ……。アリスは完全な自律人形は出来ないから糸で操っているとか言っていた。そして俺の手には先程まで俺の四肢を縛っていた縄が握られている。そうか、移動は手動で行い、行動だけを命じてネメシスに行わせる。

 

 アリスみたいに大量の糸を一度に操ることは無理でも、1本位なら自分にも出来るのではないだろうか……。

 

 それはまるで親の後をしっかりと着いて行き、親と同じように行動するカルガモのような。……具体的に言えば、ビックバイパーをトレースして、自機と同じ攻撃を繰り出すオプションのような……これだっ!

 

 実際にネメシスの腰のあたりをロープで縛り、こちらで引っ張ってみると……、おお! 思った通りだ。

 

「攻撃がやんだ。ネメシス、戻れ!」

 

 肩を差し出し、ネメシスにここに乗っかるようにと命じる。同時にロープをクイっと軽く引っ張りこちらに向かう事を促す。よし、上手くいった。

 

 ネメシスだけに任せるわけにもいかないな。こちらも装飾用の剣を手にして振りまわす。とはいえ、武道の心得などないから適当に振りまわして退路を切り開くのが主な目的だ。

 

 そんなわけなので、このままではジリ貧だ。いずれネメシスの魔力も底をつき、動けなくなってしまうだろう。時間を置けば魔力を回復できるらしいが、こんな状況で悠長に休憩など取れるはずもない。

 

 さらに悪いことにパキンと盾の割れる音がした。装飾用ゆえに実戦ではあまり役に立たないようだ。これでは戦うことも身を守ることもままならないぞ。どうする……。

 

「ふぃー。なんとか紫もやしを撒いたぜ。今日は疲れた……」

 

 上空を悠々と飛行するのは魔法の箒に跨る魔理沙。空を飛べるやつは羨ましいな……。そうだ、乗せてもらうか。コイツは散々俺に迷惑かけてきたんだ、これくらいはいいよね。

 

「ネメシス、箒に飛びつけーっ!」

 

 ブンと人形を放り投げると一直線に魔理沙の箒に絡みついた。そのままロープを手にしていた俺も宙に浮かぶ。しかし……

 

「おわああああああっ!!」

 

 振り子の如く俺が揺られる。固まっていた妖精メイドにブチ当たりながらこれをなぎ払っていく。そりゃそうだ、魔理沙は動き回っている。こうやって振り回されるのは至極当然の結果ではある。

 

「うわわ、この人形は……まさかアズマっ! どういうつもりだっ!」

 

 振り落とされまいとロープをよじ登りながら俺は魔理沙に詰め寄る。

 

「俺はアンタの子分だったなぁ。子分の面倒をちゃんと見るのが親分の役目だ、違うか?」

 

 次の振り子の動きで反対側の壁に激突しそうになる。待ち構えていた妖精メイドの頭を踏みつけて、壁への激突を免れる。そのまま弾みで魔理沙に飛びかかり……あ、コラ避けるな!

 

 このまま地面に叩きつけられるのは勘弁ととりあえず己の手を伸ばしてしがみつこうとする。よし、落ちてない。何かを掴んだようだ。

 

「ちょ、お前何処触って……ひゃあっ!」

 

 予想以上に甲高い魔理沙の悲鳴。やはりガサツで男勝りといえ、女の子なんだな。さて、俺はどうやら彼女のスカートの裾にしがみついていたようだ。足蹴にされて落ちそうになるが、落ちるわけにはいかない。意地でも離すものかっ!

 

「離れろっ、この変態っ! ドスケベっ!」

 

 顔面を蹴られながらも必死に抵抗する。ここから離れることは即ち死を意味するからだ。

 

「こっちだって落っこちたくないんだ! ネメシス、手を伸ばしてくれ」

 

 箒の後ろの方で絡まっていたネメシスを呼び起こすと、俺は人形に手を伸ばした。同時にスカートの裾から手を離し、箒の根元にぶら下がる形となった。箒が重量に耐えられないのか、その挙動がフラフラとし始める。

 

「何考えてんだアズマ! 定員オーバーだぜ。早く降りろ!」

 

 なおも魔理沙は箒を左右に振って俺を振り落とそうとしてくる。

 

「俺は生身じゃ空飛べないんだよ。降りて欲しけりゃ俺のアールバイパーを探してくれ。咲夜にやられた時にどこかに行ってしまったんだ」

 

 やんややんや……

 

「なんで私がお前の手助けしなきゃならないんだよ!」

 

 やんややんややんや……

 

「元をたどればお前が人形を盗むからだろう!」

 

 やんややんややんややんや……

 

 不安定な空中での取っ組み合いはいつまでも続いていただろう。だが、今の俺達は追われている身。至近距離で弾幕が爆ぜると、お互いにそれどころではないことを悟り大人しくなった。

 

 それはつまり俺が魔理沙の箒に乗ることを認めさせた瞬間でもある。

 

「ああわかったわかった……。だから箒の上で暴れるなよ。マジで墜落する」

 

 

 

 こうして二人で紅魔館を脱出することになったのだが、定員オーバーというのは本当だったらしく、魔理沙の箒はまったくスピードが出ない。これではいい的である。ノロノロと飛んでいるうちに妖精メイドの放った1発の弾が箒にぶち当った。

 

 被弾の衝撃で箒が大きく揺れる。俺は大きくバランスを崩し落ちそうになる。再び箒にぶら下がった形になった。

 

「それ見ろ、喰らっちまったじゃないか!」

 

 不平を漏らす魔理沙。俺もこのまま落ちるわけにはいかない。と、俺は更なる脅威が迫っているのを目の当たりにした。思わず叫び声を上げる。

 

「ちょ、魔理沙! 前、前!」

 

「え……? おわああっ!!」

 

 眼前に広がっていたのはまるで壁のように立ちはだかった妖精メイドの布陣。このまま突っ込んでいくのは自殺行為だろう。何とか箒をよじ登り、魔理沙の後ろにしがみつくと、俺は魔理沙に指示を出す。

 

「ギリギリまで高度を下げるんだ」

 

「弾喰らってるのにそんな細かい動き出来るかっ!」

 

 箒は低空飛行に失敗し、思い切り墜落した。無様に床を転がる俺達に、わらわらと詰め寄ってくる妖精メイド。絶体絶命か……。

 

 いや、少し遠くに乗り捨てられた銀翼の姿が見える。あれさえあれば……! 全身打ち身で悲鳴を上げる体に鞭打ち、銀翼へと駆け寄る。

 

「させないわ……」

 

 銀翼へ駆け寄る俺を遮るかのようにメイド長が立ちふさがる。くそっ、こんな時に! これはマズい……。アールバイパーなしでは普通に時間操作の能力の影響を受けてしまうだろう。じりじりと後ずさりするが、背後は妖精メイドでひしめいている。絶体絶命か……!

 

 

 

 咲夜が能力の行使に使うであろう懐中時計を取り出す。ここまでの時間の流れが非常にゆっくりに感じられる。そして時計が掲げられた矢先……。

 

「南無三っ!」

 

 目にもとまらぬ速さを持った影がその時計をはたき落とす。その影の正体は……。

 

「聖さんっ!」

 

 間違いない。あの紫色から金色にグラデーションする髪の毛を見間違うはずがない。ようやく聖さんと合流できたんだ。

 

「ええっ、聖がいるのか!?」

 

「お話は後です。さあ、今のうちに」

 

 咲夜から俺達を守るように立ち回る聖さん。俺はただコクリと頷き、銀翼へと駆け寄る。邪魔してくる妖精メイドはネメシス人形でいなし、そしてアールバイパーのコクピットまで辿り着いた。

 

 俺が乗り込んだことで、再び命を吹き返す銀翼。

 

「うぉりゃああああ! アールバイパー、フルスピード!」

 

 魔理沙を襲う妖精メイドの大群めがけてリデュースも使わずに突っ込んだ。ボウリングのピンのように豪快に吹き飛んでいく妖精メイドたち。唖然としながら腰を抜かした魔理沙の前でホバリングする。

 

「箒でここまで乗せてくれたこと、感謝する。さあ、今度は俺の翼に乗ってくれ」

 

 アールバイパーを取り戻した俺はまさに水を得た魚。群がる敵をなぎ倒し、あとはここから脱出するのみだ。魔理沙が振り落とされない程度のスピードで急ぎ、出口を目指す。

 

 

 

 巨大な門の前までやって来た。あとはこの門を破り、霧の湖を抜けるだけ……。

 

「逃がしは……しない! お嬢様の威厳にかけて!」

 

 だが、そうは問屋が卸してくれない。恐るべき執念で咲夜が再び道を塞ぐ。遅れて聖さんが咲夜を追いかけているようだ。いくら魔法で素早くなっても時間を止められてしまうと追いつけないのだ。

 

 仕方あるまい。かくなる上はこの俺が彼女を倒すほかない。だが、前とは違う。あいつが何をするのか大体予想がつくのだ。時間を止める能力は厄介だが、何か対処法がある筈……。

 

「また自分の時間を加速させるのか? 同じ手は通用しないぞ咲夜。それでもまだやるつもりか?」

 

 ジリジリとお互いの間合いを詰めていく。そして決戦の火ぶたが切って落とされんとするその時、呑気な声がその戦闘に水を差した。あの声は聖さんだ。

 

「そもそも、どうしてアズマさんが紅魔館にいてこうやっていがみ合っているんですか?」

 

 ああそうか、外野である聖さんからすればこのような状況を理解する事はほぼ無理であろう。俺はこうなってしまった経緯を丁寧に説明した。

 

「そうでしたか。魔理沙さんに盗まれた人形を取り戻す為にこんな所まで追いかけて……。

咲夜さん、二人の無礼は私からもお詫びしますから、どうか許してはいただけないでしょうか?」

 

 白蓮は床に降り立つと深々と頭を下げる。自分にも落ち度があると思い、自らもバイパーから降りて同じく頭を垂れた。

 

「くっ、事情も事情だったしそこまでされると確かに……。でもお嬢様の場所をここまで滅茶苦茶にされたのもしばらくぶりで……」

 

 彼女の言う「お嬢様」とやらに随分と忠誠を誓っている様子。咲夜は今も葛藤しているようだ。

 

「いいじゃないの。咲夜、この者達を許してあげなさい」

 

 そんな迷いに迷った彼女に道を指し示すのはあまりに甲高い声であった。子供っぽい声ではあったが、どこか威厳に満ちた声。それが優しく咲夜を諭す。

 

「お、お嬢様っ!? ですが……」

 

 メイド長の視線の先にいたのはピンク色のドレスに身を包んだ背の低い少女であった。なるほど、あの子がこの館の主であり、咲夜が「お嬢様」と呼んで慕う……。

 

「私がいいと言っているのよ」

 

 気丈だった咲夜にピシャリと言い放って黙らせてしまった。ピンク色のナイトキャップにやはり薄ピンク色のドレス姿。背中には大きなコウモリの翼を生やし、その口元をよく見ると伸びた八重歯が見え隠れしている。

 

「申し遅れたわね。ようこそ、吸血鬼の館、紅魔館へ。私がこの館の主『レミリア・スカーレット』」

 

 背丈は低く、パッと見は幼い少女だが、見れば見る程ただの子供ではないことが分かる。声だけではない、その風貌からもとんでもない威圧感を放っているのだ。咲夜が忠誠を誓うのも何となく分かる。

 

「心の広い方で……。では私達は用事も済んだのでこの辺で……」

 

 何故かは知らないが、レミリアは俺を許してくれるようだ。それならば気が変わらないうちにご厚意に甘えてしまおう。というわけで、そそくさと立ち去ろうとする俺。しかし……。

 

「待ちなさい」

 

 俺がそう思って銀翼に乗り込もうとした矢先、まるで俺にくぎを刺すように短く声を発する。思わずコクピットの前でビクンと跳ねる。

 

「丁度退屈していたところに、アンタが侵入してきてね。新聞見たわよ。大妖怪『八雲紫』に喧嘩を売る外来人『轟アズマ』、そしてアズマの使役する銀翼『アールバイパー』。随分面白い奴がやって来たなってむしろ心躍ったわよ」

 

 ああ、ちゃんと名前で呼んでくれた。そう、アールバイパーは変な鳥でも無骨な妖怪でもないんだ。

 

「人でもない、妖怪ともちょっと違う存在とちょっと『遊び』をしたくてね……」

 

「『遊び』ってのはまさか……」

 

 ゴクリと固唾を飲む。そしてそれに対する答えは俺が予想している通りのものであった。つまり弾幕ごっこ。

 

「話が早いわね、その通りよ。人とも妖とも分類されず、しかも男の弾幕使い。こんな珍しい方だもの、是非一戦交えたい!」

 

 これ、拒否権はないんだろうな。あと俺はれっきとした人間な。

 

「おー、今日のレミリアは一味もふた味も違うなー。カリスマがすんごいぜ」

 

 完全に部外者となってしまった魔理沙は呑気にこの様子を眺めているようだ。

 

「私はいつもカリスマで満ち溢れているでしょう! さあ、こんなにも紅い月が出ているのだもの。夜は長いわ。弾幕で彩られた舞踏会と洒落込みましょう?」

 

 吸血鬼らしく牙をギラリと見せつける。

 

「Shall we dance? 紅い月の下でさあ踊りましょう?」




銀翼シリーズのレミリアは基本的にカリスマブレイクしません(たまにする)。


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第16話 ~紅い悪魔 前編~

アールバイパーに興味を抱くレミリア。どうやら彼女と弾幕ごっこをすれば今までの無礼はすべて水に流してくれるそうだ。
だが、幼い容姿とはいえ相手は吸血鬼。果たして勝てるのか、いや、生き残れるのか……。


 周囲が赤黒い霧で薄く覆われる。満月も不思議と皆既月食の時みたいに真っ赤に変色していた。この一瞬でこれだけの演出をやってのけている。それはつまり、演出に拘るだけの余裕があるという事なのだ。この吸血鬼の娘……とてつもなく強い筈!

 

「私のカリスマに恐れおののいているわね……。いいわよ、その怯えきった表情」

 

 ブンブンと頭を振ると俺は我に返る。まだ始まってもいないのにここで諦めるとは何事かと自分を律する。

 

 ええい、先手必勝! ロックオンサイトにこの吸血鬼を捉えると、青白いレーザーをお見舞いしつつ急接近する。

 

 そしてすれ違いざまにスモールスプレッドを浴びせる。背後でドカドカと青い爆風が吹きすさぶ。それがやんだことを確認すると機体をUターンさせる。追撃の為にロックオンサイトにレミリアを捉えつつ。

 

「き、傷一つないだと!?」

 

「随分と荒々しい弾幕ね。あんなの喰らったらと思うとゾクゾクしちゃう……」

 

 なんとあのミサイルとレーザーの複合攻撃を全て回避してしまったようである。彼女の口ぶりからそれを感じ取れる。ならばもう一度……いや、何か仕掛けてくる!

 

「それじゃあ私もスンゴイの見せてあげる。神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

 

 スピア……槍か。直線的にこちらを狙い撃つ魂胆だな。俺はバイパーの速度をあえて落とし、やり過ごすことにした。

 

 案の定、俺の目の前を赤い光が凄まじい速度で横切っていく。マスタースパークほど極太でなくて助かった……。その槍からまるで星屑のようにばら撒かれる小さい弾に晒されることとなったが、速度を落としていたことが幸いして、精密移動で回避することが出来た。

 

「You got a new weapon.」

 

 またもシステムボイス。どうやら再び武装を習得したようである。赤くて槍のような直線的で……あれ、これってもしかすると? うーん、ちょっとマズいことになったかも。

 

 ディスプレイに表示されるはレミリアの赤い槍。そして刻まれた名前は「ARMOR PIERCING(※1)」。やっぱり、アーマーピアッシングだ。

 

 原作では敵の装甲を貫通出来る代わりに、連射がまるで出来ないというハズレ武装だったが、果たして幻想郷ではどのような使い心地になっているのか……?

 

「喰らえッ、アーマーピアッシング!」

 

 まず使ってみないことには赤い光の残像をわずかに残し、凄まじい弾速で標的を貫く。まるでさっきのグングニルをそのまま小さくしたような感覚である。よし、威力は申し分ない。よし、ビビっている間にもう1発……。

 

しかし、いやここは案の定というべきか。トリガーをカチと引く音が虚しく響くだけであった。うわぁ、全然連射がきかない。しかも発射までにタイムラグがあるのでこちらの手の内を知られてしまった以上次は当てられないだろう……。

 

「あら、さっきので終わり?」

 

 再び攻勢に出るレミリア。レーザーが使えないとあっては防戦一方……。

 

「神鬼『レミリアストーカー』!」

 

 またスペルカードだ。こんなにバカスカ使うところを見ると魔力は無尽蔵かそれに準ずるものであることが伺える。細かい弾を周囲にばら撒き、こちらの接近を許さないようにしている。じっと様子見で隙間ができたら……。

 

 いや、レーザーが来た! 放射状に放っており、さながら後光である。慌てて機体を傾けると間一髪でレーザーを避けることに成功。しかし……。

 

「まだまだね!」

 

 そのレーザーをガイドラインに巨大な弾が飛んできた。予想外の攻撃には対処しきれずにもろに被弾してしまった。

 

「うわあああっ!!」

 

 錐揉み回転しながら、アールバイパーは落下していく。このままでは地面に叩きつけられるぞ! こうなったら一か八か……。

 

「ネメシス! アールバイパーを支えてくれ!」

 

 ネメシス人形を放ち、自由落下するアールバイパーを引っ張ってもらった。戦闘機を支えるにはいささか細すぎるロープが命綱だ……。どうにか地面に叩きつけられる前にプラーンと振り子運動をし始めたようだ。

 

「それは……人形?」

 

 ロープが切れないうちに再びアールバイパーのエンジンを吹かし、飛べるようにする。そうか、アールバイパーでネメシスを引っ張りながら行動の命令をすれば一緒に戦えるぞ!

 

「ネメシス、盾を構えっ!」

 

 アールバイパーを少し後退させて早速命じる。前方向からの弾幕を丁度ネメシスが防御する格好だ。……って盾はもう壊れているんだっけ!? 慌てて庇うためにアールバイパーを前進させる。

 

「You got a new weapon.」

 

なんだよこんな時に、またシステムボイスか? 更にハズレ武装なんて引いた日には……。そう戦慄していたが、ディスプレイに一瞬表示されたのは紅美鈴が一番最初に見せてくれた弾幕。弾の親玉みたいなのが射程距離の短い弾をばら撒いているアレだ。

 

 そして刻まれる名前は「SHOT GUN(※2)」。ショットガンとは扇状に射程距離の短い弾を発射する武装であり、レーザーとは違う系列の武器である(確かダブルって名前の系統だった)。零距離での攻撃が強力なのだが、弾幕ごっこでそんな機会はあまり見られない。弾に当たっても平気なオプションさえあればどうにか狙えそうだが、ネメシスに同じ動きなんて出来る筈が……。

 

「何をゴチャゴチャと言っているのかしら? 要はマリオネットの糸を切ってしまえば、無力化できるってことでしょう?」

 

 再び放たれたグングニルが生命線であるロープを断ち切ってしまった! なんと無慈悲な!

 

 アールバイパーにぶら下がっていたネメシスはそのまま重力の赴くまま落下していく。この高さから落ちたらまず無事ではない……!

 

 折角掴みかけたオプションへのヒント……。こんなことで手放してなるものかと戦闘機を急降下させて回収を試みる。

 

「な……血迷ったのアズマ!? そんなスピードで地面に向かって飛んだら……」

 

この吸血鬼と外来人の決闘を見届けていたアリスが叫ぶ。そうだ、彼女の言う通りだ。くそう、駄目だ間に合わない……。

 

「なんだつまらない。これじゃあ相手の自滅で勝ったようなものじゃない」

 

「お嬢様、彼は所詮外来人。それも男性の弾幕使いというあまりに特異な存在なのです。技術がまるで磨かれていないのは当然と思います」

 

 地面に突き刺さらん勢いのアールバイパーをある者は嘲笑し、ある者は俺の大惨事を見るまいと両目を覆っている。先程の発言で俺も我に返った。人形一つ救うために今の俺は命を投げ出しているようなものなのだ。

 

 思えば俺はバカだった。世渡りってのが究極的に下手なのだな。この世界を管理する妖怪に喧嘩を売るわ、吸血鬼と戦う羽目になりしかもその弾幕で屠られるのではなくよりにもよって自滅で敗北しこの世を去る……。

 

 もう、俺はここでオシマイなのか。いや、諦めてなるものか! 俺はこの幻想郷で生き抜く、俺の生き様を、俺の潔白を、俺の意地をあの紫に見せつけるまでは死んでも死にきれないっ……!

 

「ネメシスぅーー! 目を覚ませェーーーー!!」

 

 

____________________________________________

 

 

 アズマの最期の叫びが紅魔館周辺にこだまする。その直後、戦闘機が地面に突っ込んだであろう爆音と、おびただしい量の砂煙が周囲を覆った。

 

「アズマさん……、そんなっ、アズマさんっ! アズマさーん!!」

 

 慕ってくれていた人間を、新たな仲間となりうる一人の青年を失った白蓮はただただ崩れ落ち、号泣する。その後ろで視線をそむけながら魔理沙も苦虫を噛み潰したような表情を見せていた。

 

「アイツ……どうしてあんな不細工な人形にご執心だったんだよ? まったく理解出来ないぜ。まさか、あのまま死んじまうだなんて……」

 

 爆音の後の静けさ、白蓮のすすり泣く声だけがこの紅い夜にこだましていた……

 

 

 

「不細工な人形で悪かったな、エセ魔法使い」




※1 アーマーピアッシング
グラディウスIVに登場したレーザー系兵装。非常に貫通力の高い弾丸を撃ち出すが、連射がきかない上に当たり判定は先端の弾丸のみ(レーザーみたいに弾丸の後ろに軌跡のエフェクトが出るがこちらに攻撃判定がない)であり、肝心の威力も低いというまさにハズレな兵装。


※2 ショットガン
オトメディウスに登場したダブル系兵装。射程距離の短い実弾を広範囲に発射する。射程距離が短く、連射がきかないという弱点を持っているが、近距離なら広範囲を対処できるうえに、ゼロ距離で当てるとすさまじい威力を誇る。


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第17話 ~紅い悪魔 後編~

墜落したはずのアールバイパーが飛行している。アズマの声も聞こえる。
そう、新たな力を引っ提げて我らがアズマ君は再びレミリアの前に姿を現すのであった!


 涙ぐむ白蓮の視線の先、砂煙でよく見えないが二つの影が空中に浮いている。そして砂煙が晴れる頃、土を被ったアールバイパーと服や髪の毛がボロボロになりながらも原形を保っているネメシス人形の姿が夜空に映し出された。

 

「アズマさんっ! よかった……。そうでした、アズマさんはそう簡単に折れる人なんかじゃないですもんね!」

 

「何て奴だ……! さすがにあれは死んだと思ったぜ」

 

 バイパーの墜落した地面は大きくえぐれていた。

 

「落ちる間際に『アーマーピアッシング』を撃って地面を削った。それによって作られた空間上で体勢を立て直したんだ。さあ、吸血鬼。再開と行こうか、月夜のダンスとやらを……!」

 

 ビシとレミリアを指差し、闘志がまだ有り余っていることを見せつけるアズマ。

 

「え、ええ。私だってそれくらいはやる男だとは思っていたわ。それじゃあ続きを始めましょう?」

 

 若干困惑しつつも戦意を剥き出しにするのはレミリア。再び激突する……!

 

 

____________________________________________

 

 

 とっさに利いた機転によりどうにか生き永らえた俺。だが、ネメシスはロープを失い制御がより困難になっている。いや、もはやその心配はいらない。今なら出来る。そう確信できたのだ。

 

「ネメシス、行くぞっ!」

 

 呼びかけに応え、ネメシス人形は我が銀翼の真後ろをついていく。

 

 ぐんぐんと高度を、スピードを上げていった。ネメシスは置いていかれる事なく後ろにぴったりとついてくる。

 

 更に速度を上げる……。ネメシス人形がオレンジ色に光り輝いた。摩擦熱か、闘気によるものか、まるでオレンジ色の玉のようなオーラを纏っているのだ。

 

「You got a new weapon!」

 

 どこか誇らしげなシステムボイス。装備した武装を示すディスプレイでの空白の部分、つまりオプションの部分に今まさに「その名前」が刻まれていたのだ。そう、アールバイパーは遂に取り戻したのだ。

 

「OPTION!」

 

 アールバイパーをバイパー(蛇)たらしめる攻撃支援ポッド「オプション」を! オレンジ色の気を纏うネメシスが敵をただ睨みつけている。不思議と上手く行く確信があった。さあ、反撃開始だ。

 

「一気に蹴りをつける! 喰らえ、これが俺のスペルカード! 爆撃『スモールスプレッド』!」

 

 高高度のまま、レミリアの周囲めがけて小型爆弾をポロポロと落とす。今はネメシスも一緒に落としているので単純な火力は2倍である。

 

「お人形さんがアールバイパーにピッタリついてきている……。そういうことだったのですね、あの人形はアズマさんと同じように動いて、本体と全く同じ攻撃を繰り出せるもの」

 

 突然の爆風に驚き一瞬怯むレミリア。爆弾は容赦なく投下されていく。

 

「つまりアズマさんはオプションとなりうる媒体が欲しくてアリスさんにお人形さんが欲しいって……」

 

 爆風の隙間、吸血鬼は優雅に飛び交いこれをかわしているが、まるで退路を塞ぐように爆弾が落とされる。次第に逃げ道が失われるレミリア。

 

「あのスペルは私にも使っていたな。でもあの人形も同じだけ爆弾を落としているから単純計算で火力も範囲も2倍……。あのオプションとやらがもっと増えたら確かにパワフルなスペルになりそうだぜ」

 

 ギャラリーがざわめいている。俺も正直驚いているのだが。まさか本当にネメシスがオプションになれるとは……。さあ、感心している時間はない。爆風が晴れるのを待たずに自らもこの青い弾幕の中に突っ込む。

 

間もなく爆風が晴れる。よし、何とか間に合ったな。だが、この状況に気付いていないレミリアは未だに高圧的だ。だが、彼女はすぐにその表情を恐怖にひきつらせる、間違いない。

 

「フフン……。少しはやるようね。驚かせるじゃないの。でもあんな小さい爆風、当たらなければ意味が……」

 

 そう、俺達は爆風に紛れて俺はレミリアに急接近していたのだ。ネメシスに至ってはレミリアにしがみついている。

 

「悪いけれど、これでチェックメイトだ」

 

 零距離から放つショットガン。それが2つとなれば相当の威力になるわけで……。

 

「うー!」

 

 文字通りレミリアの身体を吹っ飛ばした。最後のあがきだったのか、しゃがんで頭を抱えるような体勢をとって身を守ろうとしていたが、吹き飛ばしてしまったのだからそれすら無意味である。

 

「お、お嬢様っ! アズマ、よくもお嬢様を……」

 

 血相を変えてすっ飛んでこちらを攻撃しようとするのは咲夜。自分のつかえている主がああやって吹っ飛んだのだから当然ではある。しかしそんな彼女を引き留めたのは他でもない「お嬢様」であったのだ。

 

「やめなさい咲夜」

 

 激昂するメイドの目の前に現れると、腕を伸ばしてたしなめた。レミリアの服装はボロボロであったがほとんど怪我らしい怪我はしていない。あんなの普通の人間が食らったらまず命はないというのに。

 

「フランが暴れだしたらこの程度日常茶飯事でしょう? それにこれは轟アズマと私の勝負。貴女が関与することではないわよ?」

 

 何事もなかったのようにケロリとしている。俺は吸血鬼がどれだけバケモノじみた存在なのかをまざまざと見せつけられたのだ。なるほど、やっぱり威厳溢れた態度。見た目は幼くても、これだけの仲間を従えるだけのことはある。

 

「弾幕ごっこ、楽しかったわ。あんたはこの紅魔館の主である私を倒したのよ? もしかしたらあのスキマババアともいい勝負が出来るんじゃないかしら?」

 

 幼い主はメイド長を呼び寄せる。

 

「絶対観戦しに行くからね。今日の日没でしょう? 咲夜、予定入れといて」

 

 そうだった。色々あったがもうそんなに時間が経っていたのか。白みかけた東の空を見てようやく気が付いた。そうやって放心している俺に檄を飛ばすのは咲夜である。

 

「どうしました? 今までのことはお嬢様に免じて不問にしました。もう命蓮寺に帰って英気を養いなさい。それとも、不完全なコンディションで紫と勝負してお嬢様に無様な姿を見せるつもりですか?」

 

 いえいえとんでもない! 改めて二人に挨拶をすると。この館を後にする。……と、その前にあの子に挨拶しておくか。

 

「パワーないとかいってゴメンな。随分とやるじゃないか、気に入ったぜ。もしかしたら……ってこともあるかもな。私も観戦しに行くぜ!」

 

 長丁場だったのであくびをしつつ魔理沙は箒に跨る。何かを思い出したかのように振り向くと一言。

 

「もし生きてまた会えたのなら、リベンジはいつでも受け付ける……ぜ!」

 

 生きて紫を倒す。俺はその意思を固く結び、言葉を返す代わりに魔理沙に向かって無言でサムズアップをした。俺の意地の為にも、聖さんの為にも、皆との約束を果たす為にも……あの戦いは負けられないっ!

 

 

____________________________________________

 

 

(その頃紅魔館周辺……)

 

「それー! やっつけろー!」

 

 レミリアとアールバイパーの一騎打ちを紅魔館から少し離れた茂みで観戦する二つの影があった。尻尾の2本ある化け猫と、尻尾が9本もある妖狐。そう、橙と藍である。

 

「橙、あまり大声を出すな。見つかったらどうする」

 

 アールバイパーを応援し始めた橙を嗜める主であったが、この黒猫はむくれながら主に抗議し始めた。

 

「だって、凄いんだよ。あの銀色の鳥さん」

 

 橙に促されて藍も貴方とレミリアの勝負を見る。丁度レミリアに止めを刺したところを目撃していた。

 

「なっ!? 嘘……だろ? 紅魔館のお嬢様を下しただって。少し前は氷精レベルだったというのに!?」

 

 ワナワナと震える藍。急に強くなったと実感しているのだ。

 

「それにあのオレンジ色のぽわぽわも気になるね」

 

 意外と目ざとい橙。オプションの存在に気が付いているようだ。

 

「あれ以上強大になったらいよいよ幻想郷が危ない……。まだ紫様の指示は出ていないけれど、手が付けられなくなる前に奴を抹殺したほうが……」

 

「藍、勝手な行動は許さないわ。また『待て』の所から躾し直さないといけないかしら?」

 

 藍の前で紫色の空間「スキマ」が開くと、藍の行く手を阻むように紫が出てくる。下半身はスキマの中だ。

 

「決闘の日時、つまり轟アズマの命は今日の日没まで。もう1日もないのよ。それにあの吸血鬼だけに楽しませるだなんて勿体ないじゃない。私だってあんな刺激的な弾幕勝負をしたいわよ」

 

 けげんな表情を浮かべる九尾の狐。

 

「あの、紫様? 超技術が暴走して幻想郷が崩壊するとかのくだりは……?」

 

 そんな式の困惑などつゆ知らず、紫は手にした扇子を口元にあてながら朗らかに返す。

 

「だからぁ、そうなる前に仕留めるんじゃない。弾幕でね。普通に殺すのは簡単だけど、それじゃあつまらないわ? さあ、偵察も終わったでしょうしもう撤収よ。藍の作る朝ごはん、楽しみなんだから♪」

 

 それだけ言い残すと式神たちをスキマに押し込んだ。そしてそのままスキマは人知れず閉じていった。

 

 誰もいなくなった夜明けの中、風に吹かれてボロボロになった新聞紙が舞っている。新聞紙にはこう書いてあった。

 

 

 

「文々。新聞 号外」

銀翼の外来人「轟アズマ」VSスキマ妖怪「八雲紫」

 

×日の日没、マヨヒガ上空で遂に激突!

 

八雲紫が語るには……

 

 

 

 再び突風が吹きすさぶと、新聞紙はまたどこかへ飛んで行ってしまった。決戦の時は近い……。



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第18話 ~カウントダウン~

アールバイパーのオプションとして運用できる上海人形「ネメシス」を手に入れ、さらに紅魔館から脱出することに成功したアズマ。
気付けば八雲紫との決闘の時間まであとわずかとなっていた。


 久方ぶりの命蓮寺だ。ようやく我が家(……じゃないけど)に戻ってこれたのだ。

朝日が輝き、美しい。アールバイパーの帰還を察知したか、ムラサとにとりがこちらに向かって手を振っている。まるでこっちに来いと言っているように見えた。

 

 俺は呼びかけに応え、高度を下げた。

 

「っ!?」

 

 俺たちは大いに驚いた。アールバイパーをひとまず置いていた場所、つまりにとりが思い切り穴をあけてしまった部屋なのだが、穴は見事に……あいたままだったのだから。

 

 そればかりか、穴から部屋に入って分かったのだが、この場所だけお寺と呼ぶには程遠い仕上がりになっている。金属の質感、不思議な模様が光の線となり描かれている壁(白蓮は「法界」みたいだと言っていた)などなど……。どこから調達したのか機械めいた部屋になっていたのだ。悪戯っぽく修理したんだよと宣うのは恐らくこうなった元凶である河童。

 

「部屋なら……この通り完全に修理したよ。穴はシャッターで閉まるし」

 

 まるでこの区間だけSFの世界になったかのような奇妙な風景。よく見ると所々木造であったりお寺のような装飾があったりと本当の意味で「奇妙な」ことになっていた。とにかく幻想郷ではイレギュラーな存在であるアールバイパーにとっては非常になじむ光景が目の前に広がっていたのだ。

 

「それにアールバイパーはしばらくここに置くんだろう? それならばそれっぽい部屋にしてあげないとね」

 

 隅っこで涙目になっている星が縮こまっていた。

 

「あの……、何度も『やめよう』って言ったんですよ? それなのに……」

 

「ああ、部屋の雰囲気のことだよね? ムラサがねぇ、アズマの持ち物物色してたんだけど……」

 

 ちょ、ちょっと待て! 人の荷物を勝手に漁るとは何事だ。

 

「ムフフ……。アズマ君も男の子だねぇ。男の子はみーんな『ああいうの』が好きなんだよねぇ。なーに、恥ずかしがることじゃないよ? くすくす……」

 

「誤解を生むから、普通に喋ってくれよぅ」

 

 にとりのツッコミを受けて咳払いすると改めて状況を説明してくれた船長。

 

「たまたまね、アズマのバッグの中から本がはみ出てたんだけど……」

 

 彼女が手にしていたのは一冊の本。別にいかがわしいものではなく、ただのゲーム雑誌。いや、ただのではないな……。昔や今のシューティングゲームばかりを取り扱った内容という今のご時世ではなかなか見られないものである。幻想入りする前に本屋に立ち寄って買ってきたものだ。

 

 そしてムラサが見せてくれたページには、格納庫で静かに出撃の時を待つ銀翼「アールバイパー」のイラストが描かれていたのだ。

 

「外の世界では、この手の乗り物をこうやって保管するみたいだね。そして母艦から颯爽と出撃していくんだろう?」

 

 彼女達にとって今の外の世界の事情など知る由もない。なのでアールバイパーの世界が外の世界だと認識しているようである。

 

「カッコイイじゃないの。そういうの、私も大好きよ。それでね、私も気に入っちゃったから、早速にとりにお願いしたら……今までとは比べ物にならないスピードで部屋の修復を始めてくれたんだ。すごくノリノリで」

 

「地下核センターよりも凄い見た目になっちゃった……」

 

 なんというかこいつらは……。だが、俺の抱く感情は肯定的なものであった。いやむしろ一緒になって喜んでいた。

 

「凄いやっ! まるで夢みたい!」

 

 俺にしてみればこの区間だけとはいえ、何度も思いを馳せてきた銀翼だけでなく、その銀翼が存在するにふさわしい場所まで用意されたのだ。俺はただただムラサとにとりの手を取り何度も握手する。

 

「いやはや、作ったモノをこう思いっきり喜ばれるのは何度経験してもこそばゆいなぁ」

 

「アズマの好みは私とも合いそうだね。アンタとはいい酒が飲めそうだ」

 

 後ろで白蓮が呆れた表情をしているが、特に止めようとしないあたり、どうにか受け入れてくれたようである。

 

 俄然やる気が出てきた。二人にアールバイパーの整備と装備の換装(アーマーピアッシングからノーマルレーザーへ)を頼むと、俺自身も整備……じゃなかった体を休めようと思い、部屋に入る。そう、いくらアールバイパーが強くなろうとも、それを操っているのは俺。俺がしっかりしないとバイパーだってまともに動くことは出来ない。

 

 他にすることもないしな。迷惑をかけてしまった紅魔館の人たちには改めて謝罪したいところだったが、今はそれすらかなわない。白蓮も少なからず紅魔館で暴れていた為に悪いと思ったのか、少し前に白蓮が人里で菓子折を買いに行くとか言っていた。

 

 恐らく紅魔館に送るものなのだろう。俺もついていこうとしたが「アズマさんは休んでいて下さいな。紫さんには万全の状態で挑まなくては」と断られてしまった。

 

「ネメシス人形」のメンテナンスでもするかな。埃を払うとか髪を梳かすくらいしか思いつかないが。

 

 膝の上に人形を乗せると櫛で梳いてやる。少しくすぐったそうに身をよじっているようにも見えた。レミリア戦では酷使したからな、精一杯ねぎらっておこう。

 

 俺はこの1体だけだが、アリスは何十体もの人形を弾幕ごっこに使用している。当然それだけの数の世話(?)をしているはずだ。よく飽きないな……。それに人形操術の腕もバリエーションも圧倒的に上。さすが自らの能力であると豪語しているだけのことはある。

ただ守らせる、攻めさせるとかだけでなく、一言に守るといっても布陣に色々なパターンがあったりするし、攻めるにしても遠方からショットで援護させたり、突撃させて爆発したりと多種多様だ。

 

 パチュリーとアリスとの戦闘を思い出し、どんな作戦で行こうかとイメトレしてみる。人形を使ったスペルカードも悪くないかもしれない……。

 

 

 

「ごうがーい、ごうがーい! 号外だよー!」

 

 そうやってネメシスを膝の上に乗せて頭を撫でていると、あの失礼極まりない鴉天狗が外で大声で喚きながら空を飛んでいるらしく、こっちに近づいてきた。

 

 声がしたかと思うと窓から薄い新聞が投げ込まれた。メチャクチャな記事を作ったことに対して一言文句を言ってやろうと窓から顔を出すが、既に文の姿はどこにもなかった。魔理沙もかなりすばしこかったが、あのブン屋は彼女以上に素早いのだろう。風か何かか、あの天狗は。

 

 後で一輪に聞いてみたが、新聞を取っていなくても号外はあらゆる場所に投げ込まれるものなのだと言う。下手すると同じ場所に投げ込むケースもあるらしい。やれやれとため息をつくと、新聞の内容に目をやる。

 

 

 

「文々。新聞 号外」

銀翼の外来人アズマVSスキマ妖怪八雲紫

 

今日の日没、マヨヒガ上空で遂に激突!

 

皆さんの誘いの上、こぞってご観戦下さい。

 

 

 

 こっちは命懸けだというのに、まるで何かの試合のようなノリである。読み進めるとどちらが勝つか賭けている妖怪の話まで出てきている。紫の強さは折り紙つきだが、あの銀翼とやらもここ最近急激に力をつけたから分からない……のような内容。

 

 とにかくやるしかない。相手が大妖怪だろうと何だろうと俺の潔白、生き様を見せつけなくてはならないのだ。その為には勝たなくてはいけない。またも新しい戦法が必要だ……。

 

「そこで聖輦船の主砲とやらを……」

 

「いやいや、そんなものないでしょ!」

 

 そう思索を巡らせようとした矢先、にとりと談笑するムラサが俺の部屋に近づいてくる。その時俺は何かひらめいた気がした。

 

「ムラサ、少し弾幕に付き合ってくれ。いいスペルが思い付きそうなんだ」

 

 忘れないうちに形にする必要がある。若干強引だが俺はこうやって弾幕ごっこの練習に誘った。

 

「わ、私!? でもちゃんと休んでいないと……」

 

「ウォーミングアップだ。それなら文句あるまい。お前のアンカー、よく見せてくれよ?」

 

 若干強引にセーラー服の少女の手を引くとバイパーの格納庫へと走った。

 

 

____________________________________________

 

 

 

(その頃マヨヒガ上空……)

 

 まだ日没までには時間があるものの、八雲紫とその式神である藍は既にマヨヒガまで移動していた。

 

「いよいよ……ですね紫様。ところで彼は本当に来るのでしょうか?」

 

 九尾の狐が人里の方向に目をやる。

 

「ええ、きっと来る筈よ? 逃げれば確実に死んでしまうけれど、ここに来て弾幕をすればもしかしたら……ってこともあるし」

 

 空中に浮かぶスキマに腰かけて、そして強烈な日光をピンク色の日傘で防いでいる。

 

「それに文々。新聞がやたらと食いついてくれているし。あれでは引くに引けなくなる筈よ。ほら、号外に誘われて騒ぎ事の大好きな人妖どもが集まってくる……」

 

 迷い家のはずなのだが、わらわらと妖怪や人間がやってくる。弾幕ごっこの観戦、それは幻想郷における娯楽の一つであり、退屈な時間を長く生きてきた妖怪はもちろんのこと、外の世界ほど娯楽に満ちていない人里の人間にとっても十分に楽しめるものであった。

 

 現に今もわらわらと観戦目的の人妖が集まっていき、橙が地上で対応に追われている。特に弾幕ごっこでは屈指の強さを持つ大妖怪「八雲紫」と、外の世界から銀翼に乗って弾幕を繰り広げる男性の対決という触れ込みで宣伝されている。相当魅力的な対戦カードであろう。

 

 とはいえ死人が出るかもしれず、賭け事の対象にもなりやすいという理由もある為、小さい人間の子供がここに現れることはない。なので寺子屋の先生がここに来る事も本来ならばあり得ないのだが……。

 

「考えを……改めるつもりはないのだな?」

 

 青白い長髪、慧音が今も武力衝突を避けられないかと申し出ていた。

 

「当然でしょう? みんな私の弾幕を見たがっているわよ。それに、あの銀翼は幻想郷にあってはならないもの。それを持ち込んで幻想郷を崩壊させようとした不埒な人間にはその命をもって謝罪してもらうわ」

 

「だがアイツは自らの意思とは関係なく、事故で……」

 

 反論に出る慧音をほぼ一瞬でピシャリと切り捨ててしまった紫。

 

「黙りなさい。『妖怪は人を襲うもの』。それはスペルカードルールが発案されてからも幻想郷にあり続ける暗黙のルールよ。幻想郷が平和過ぎて忘れていたのかしら? いい機会だしそれをあの外来人と、ここにいる皆に思い出させる」

 

 扇子を突き出し慧音を制止する。幻想郷の大前提を突きつけられ、グウの音も出ないワーハクタク。

 

「すまないアズマ、私では何も力になれないようだ……」

 

 

 

 太陽が沈み始め、いよいよ時間が迫ってくる。しかしアールバイパーの姿が見えない。

 

「あら、やっぱり怖気づいてしまったのかしら?」

 

 沈みゆく夕陽を眺め、ニヤリと笑みを浮かべる紫。

 

「いいや、あの男はお前程度では怯んだりしないわ」

 

 その長身の女性に何故か自慢げに話しかける紅い悪魔。傍には日傘をさしている咲夜の姿もある。

 

「あら、あなたは私よりもあっちの銀翼を応援すると言うの、負け犬さん?」

 

「あの外来人がどこまでアンタに喰いつけるのかが興味あるだけ。そしてテングになっている貴女へ釘を刺しに来ただけよ。アイツは外来人、私達の予想しえない手段を持っているわよ。ククク……」

 

 まるで自分の手柄のようにニヤつきながら話している。

 

「ご忠告感謝するわ。さっ、あなたも席に戻りなさい」

 

 用事も済んでレミリアは紫の元を離れる。離れつつ従者に一言添える。

 

「咲夜、もう日傘は大丈夫よ。しまって頂戴」

 

 太陽が今まさに山の中に隠れようとして、最後の輝きを放っていた。夜が降りてくる……。

 

「そろそろ……時間切れ。やはり、怖気づいたと見えるか」

 

「藍様っ! 何か来ますっ!」

 

 最後の陽光に照らされてその銀翼は黄金色に輝きを放っている。先端が二つに割れたフォルム、銀色の翼、アールバイパーがマヨヒガの上空に辿り着いたのだ。

 

「待たせたな……八雲紫!」

 

 

 

 今俺は大妖怪前に凄んでいる。怖いのか怖くないのかと聞かれたら、間違いなく怖いと答えるであろう。

 

「時間ぎりぎりね。巌流島の剣豪気取り? 残念ながらストレスは感じていない。私は平静よ」

 

 別に怖気づいたわけではない。ちょっとムラサとウォーミングアップしていただけである。アールバイパーの後ろには白蓮や星、ムラサ等の命蓮寺の住民がバイパーを見届けている。

 

「聖、アズマさんなら何とかしてくれますよ」

 

 心配そうに俺を見つめる聖さんを星が落ち着かせようと励ましている。

 

「……だといいのですが」

 

 眼下に広がるのはこの決闘を一目見ようと集まってきた人や妖怪。おそらく「文々。新聞」の号外で集まってきたのだろう。

 

「とにかく……逃げずに来たわねアズマ。わざわざ死にに」

 

「死にに来たんじゃない。俺の潔白を、俺の意地を、俺の生き様を見せつけに来た。こちらが勝てば俺を狙う事はもうやめて貰うぞ……」

 

 こちらも負けじと返す。ここで圧倒されては屈服してしまう。虚勢だが、とりあえず強気な態度を見せる。

 

「あは、あはははは! 人間風情が何を言い出すかと思えば……。お前はただの人間。妖怪とは明確に境界で隔てられているわ。超技術に腰かけながら吸血鬼を倒して鼻高々……ってところかしら?」

 

 煙のようなオーラのような紫色の気を纏い始める紫。地上ではざわざわしているものの、そんな雑音など耳に入らない。

 

「あとは貴方を妖怪たらしめるその銀翼を貴方ごとへし折ってやれば全ては終わる。そのおごりも含めて全てを無に帰してあげるわ……!」

 

 相も変わらずの威圧感だ。しかしここまで来たのだ。今更引くものか! 止まっていた風が再び吹きすさぶ。そしてピリピリした空気の流れが変わった。攻撃が来るっ! アールバイパーのリデュースを発動させ、自分は2メートル程に縮む。

 

 ムラサとの弾幕で新しいスペルカードを思い付いた。まだ俺とムラサしか知らない隠し玉だ。奴が最も油断した時にアレを使えれば……。

 

 最後は言葉などない。俺は大妖怪に挑み、そしてその大妖怪たる八雲紫は無数のクナイ型の弾幕を放つだけだ。

 

 

 

 決戦の火ぶたは今まさに落とされたっ……!



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第19話 ~生への渇望 前編~

いよいよ大妖怪「八雲紫」との決闘が始まる。
ここで敗北すると、そのまま処刑されてしまうだろう。
生き抜くためにも、勝利せよアールバイパー!


 紫色のクナイ弾が放射状にばら撒かれる。最初にあのクナイ弾を見た時はたった1つでもビビっていたが、今となっては動きの遅い隙間だらけの弾幕であり、特に恐れることはない。

 

 出来るだけ紫に接近し、そしてターゲットサイトに標的を捕らえ、レーザーを放つ。クナイ弾をすり抜けるように青白いレーザーが伸びていく。紫は回避する様子を見せない。よし、命中……、いや、紙一重で避けた。

 

「きゃっ、ゆかりんこわーい」

 

 こんな状況でもふざけやがっている。余裕綽々と言ったところだろう。それにも負けずにレーザーを発射するが、どれもスルリと避けられてしまう。パッと見ほとんど動いていないように見え、しかも避ける度に「はずれー♪」とか「ゆかりん大ピーンチ」とかふざけた言動を繰り返すため、余計に腹が立つ。

 

 いけない、平常心平常心……。確かに紫は今もスキマに腰かけながら片手で弾幕を放つという完全に相手を舐めきった戦い方をしているが、だからこそあのテングの鼻をへし折ったときのカタルシスが増すものである。そうやってヘラヘラしているがいい。これだけの妖怪の前で恥をかくのはむしろお前の方だ、紫。

 

 更に距離を詰めてレーザーを放つ。くそう、また外した。その標的である紫は呑気に日傘をさしながら、扇子で口元を隠しつつクスクス笑っている。

 

「似ているわね……。私の知り合いに庭師さんがいるんだけど、あの子とそっくり。そう、貴方は少し真っ直ぐすぎるの。余裕がない、攻撃にもそれがにじみ出ているわ」

 

 ニヤァっと彼女の口元が歪む。なんと気味の悪い頬笑みか。何か仕掛けてくる……!

 

「結界『動と静の均衡』」

 

 高々と掲げられたスペルカード、アールバイパーの全身(リデュース後の)くらいあるのではないかと思われる巨大な弾を撃ち込んでくる。なんだ、弾の量が少ないな。見かけ倒しか。落ちついて攻撃を再開しようとしたが、自身が魔法陣で包囲されていることに気づく。

 

 しまった! 速くて大きい弾に気を逸らせて、足元に魔法陣を置くスペルだったのか! 魔法陣からぐるぐると弾幕が発射される。慌てて魔法陣の外に脱出したが、スピードを上げ過ぎて制御できない。

 

 少し高度を上げて紫の背後を狙うことにした。スモールスプレッドでけん制しつつ彼女の頭上を飛び越える。そしてツバメの如く機体を180度回転させ、紫を狙う。

 

 素早い動きに紫は翻弄されている。あらかじめスモールスプレッドで周囲の視界を遮ったのも良かったのだろう。背後からレーザーを浴びせ、ようやく紫に1発お見舞い出来た。2発も3発目とどんどん浴びせまくる。よし、効いている!

 

「いったーい! プンプン、もう怒ったぞ!」

 

 ……だというのに、まだこちらをおちょくってくる。弾幕は辛辣なのにこの言動。不気味以外にどう表現できようか。

 

 今度は紫色の他に水色のクナイ弾もばら撒いてくる。いささか避けるのが困難になったが、まだ何とかなるレベルだ。しかしこの攻撃に飽きたのか、もうスペルカードを掲げ始めた。

 

「罔両『ストレートとカーブの夢郷』」

 

 そのネーミングセンスに思わず「野球かよ!」と突っ込みそうになったが、放たれた弾幕はそんな余裕などかき消すようなものであった。針のような弾が素早くこちらの退路をなくすべくこちらを囲いこむと、巨大な弾をゆらりとこちらに向けてくる。

 

 ワインダー攻撃か……。それをゆらりと揺らしてこちらの挙動を狂わせつつ、更に逃げ込めないようにと時折左右すれすれにレーザーまで撃ってくる。

 

 まずい、巨大な弾が目の前で隙間を埋めた。このままだと喰らう……! ええい、ワインダーにはワインダーだ!

 

「銀符『レーザーワインダー』!」

 

 青白いオーラ型のバリア「フォースフィールド」を纏いつつ、こちらもお手製スペルカードを高々と掲げた。なぎ払われるレーザーが、巨大な弾と針のような弾をかき消していく。

 

「カーブだろうがストレートだろうが、俺のレーザーで全部ホームランにしてやる!」

 

 尚も左右に素早く動き回り、特殊な軌道を描くレーザーで周囲を埋め尽くしてやった。レーザーは紫にも命中する。

 

「あら、そんな闇雲にバットを振るものじゃないわ。野球は駆け引き、野球はチーム戦、そして相手の心理をかき乱しての一撃が……」

 

 唐突に放たれた紫の囲いこみレーザーにこちらから突っ込んでしまった。バイパーに衝撃が走る。被弾してしまったようだ……。

 

「無闇にハズレの球にまでバットを振るからよ。ストライク、バッターアウト! ……なんちゃって」

 

 ストライクって……こっちはデッドボールと言いたい。

 

「知らないの? たとえボールが体に当たってもバットを振ったらストライク扱いなのよ?」

 

 こ、この野郎……!

 

 こんなことで負けてたまるか。まだこちらも全力を出しているわけではないのだ。エンジンを吹かし、まだアールバイパーが動けることを確認すると、オプション展開ボタンを思い切り押す。

 

『OPTION!』

 

ここでオプション……というかネメシス人形を展開。こぎみ良いシステムボイスと共に機体からオレンジ色をした楕円型のオーラを纏った上海人形が飛び出てくる。一度間合いを取ろうと、少しバックする。ネメシスもそれに続くように後ろに下がった。

 

「あらあら、とっても可愛いお人形さん」

 

 案の定油断している。しかしただの上海人形じゃないぞ。思い知らせてやる!

 

「レーザー発射!」

 

 2倍に増えたレーザー。微妙に角度に変化をつけているので一筋縄には回避できない筈。よし、反応しきれていない。が、このスキマ妖怪は手にしていた日傘をこちらに向けるとレーザーを防いでしまった。あらぬ方向へ青白い光が反射していく。

 

「そんなのアリなのかよ。ず、ズルいぞ!」

 

 日傘をゆらりと動かすと、スペルカードを掲げた紫の姿が見えた。

 

「あら、2対1だなんて貴方も十分卑怯じゃない。私も仲間を呼ばせて貰うわ。藍ー、出番よー。式神『八雲藍』!」

 

 眼下でのんびり観戦していた九尾の狐が急に浮かび上がる。こちらと同じ高さまで上昇すると、くるくると回転し始めた。何を仕掛けるつもりだ……?

 

 直後、回転した藍が凄い勢いで突っ込んできた。すれ違うように高度を少し落として藍の突進を回避、更にこの時にレーザーからダブル系兵装のショットガンへ換装。相変わらずスキマの上に腰かけてる紫に限界まで近寄るとショットガンを浴びせてやった。

 

「っ!?」

 

 流石に面食らっているようである。これだけのショットを一度に浴びせたのだから。レミリアはこの一撃で倒すことが出来た。だが、相手はあの紫。念のためもう1発ブチ込もうとしたが……。

 

 紫は腰かけていたスキマに潜り込むと、スキマを閉じてしまった。直後、背後から藍の突進を受け、アールバイパーは大きくバランスを崩した。操縦桿を手放さないようにオプションに指示を出す。

 

「ネメシス、支えてくれ!」

 

 必死に追いかけるネメシスに落ちないように支えて貰った。くっ、今ので魔力切れを起こしたようだ。ネメシスのオレンジ色のオーラが消えてしまった。

 

「戻れっ」

 

 呼びかけに応え、ネメシスは再びアールバイパーに格納される。オプションを使役できるのはネメシス人形に蓄えられた魔力が残っている間だけだ。魔力を失い楕円のオーラが消えたら、アールバイパーに格納して魔力がチャージされるのを待たなくてはならない。

 

 もちろんそんな事情を紫が知る由もないだろうし、藍は回転しつつも弾幕を張りながらこちらに迫ってくる。当然のことながら紫の使役する藍の方が主の攻撃を援護する存在として良く出来ている。それは俺も認めなくてはならない。ようやく短い時間の間だけ、自分の後を追って援護射撃する程度のネメシスと、半永久的に縦横無尽に動き回りながら弾幕を展開する藍とでは雲泥の差があるのだ。

 

 本体だけではなく、オプションまでもが劣っている。だが、嘆いている場合ではない。ここで諦めてしまえばこの命を散らすまで。

 

 どうせ散らすのならば俺の命じゃなくて……こいつだっ! 俺は次の攻撃を仕掛けるべく、一気に上昇を始めた。



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第20話 ~生への渇望 後編~

圧倒的な戦力を持つ八雲紫を前に、次々と追いつめられていくアールバイパー。
しかし、絶望に包まれたその時、アズマの懐で新たな「希望」がキラリと光った……!


 高高度を目指し、上昇。そして次々と爆弾を投下する。いくら素早く動ける相手とて、これだけ絨毯爆撃してやればひとたまりもない筈だ。もしも回避していたとしても動きは相当制限される。

 

 爆撃しながらメインショットを再びレーザーに換装。爆風が晴れるのを待たず急降下しつつ、レーザーの雨あられを喰らわす。爆風とレーザーの複合攻撃に紫はタジタジになっている。

 

「ええい小癪なっ! 藍っ、追いかけなさい!」

 

 紫を通り過ぎ様に攻撃を仕掛けたが、その紫本人は俺の後ろを藍に追いかけさせていた。命令を受け、執拗に追いかけてくる九尾の狐。振りきるべく、ギリギリまで高度を下げる。相変わらずくるくる回りながら迫ってくる藍。駄目だ、速度もさることながら精密にこちらを追ってくるじゃないか。これでは振り切れそうにない。

 

 ならばもう一度上昇。案の定追いかけてきた。

 

「かかったな。スモールスプレッドを喰らえ!」

 

 ポロポロと小さい爆弾を落とす。俺の真下にいた藍はそのまま爆風の中へ突っ込んでしまった。あれだけの爆風を受けたのだ。怯んだ藍が墜落していく。致命傷には到底及ばないが、これで奴はしばらく戦えな……

 

「こちら側がガラ空きよ……!」

 

 ゾクリと刺さる声。そうだ、紫のことを忘れていた。藍単体でも脅威だというのに、あくまで紫に付き従うオプションという扱いである。いかに相手がヤバいかを改めて思い知った。

 

 紫が突き出した扇子からの弾幕、藍の対処に夢中になっていた俺はそれに対処できなかったのだ。あれは扇状に発射されるのだが、この近距離で放たれたら……。くそう、零距離ショットガン戦法を真似された!

 

 自らも爆風の中へ突っ込み……、いや、その中から凄まじい勢いで飛び出る藍の体当たりを受けた。なんてこった、藍がもう復帰している! 下から突き上げられるように体当たりを喰らい、大きく跳ねあげられるアールバイパー。

 

「一気にケリをつけるわ。式神『八雲藍+』」

 

 藍のみではなく、別の方向から橙色の光、恐らく藍の使役する式神のものだろう。

 

 体勢を立て直す間もなく、二つの突撃に為すがまま、弾幕と体当たりを受ける。バイパー内の計器類がオーバーフローを起こしているのか、コクピットはアラートの音と、警告を促す赤いランプの点滅で埋め尽くされていた。

 

 反撃するべく、トリガーを引くが、もはや狙うことなどままならず、あさっての方向へレーザーが飛んでいく。うっ、また被弾した。このっ! ……弾が撃てない!? 執拗な攻撃で致命的なダメージを負っているようだ。

 

 普通はここまで粘らない。こうなってしまったら素直に負けを認める。でも今回ばかりはそうはいかないのだ。この戦いで敗北を喫するということは死を意味するからである。だがこれ以上どうすればいい? ショットも撃てないし……。

 

「人間ごときが式を使うとはね。やはりお前を生かすわけにはいかない。急激に力をつけ過ぎよ。いずれ幻想郷のガンとなる」

 

 はるか上空にスキマを開き、紫がこちらを見下していた。だが、スキマに腰かけたりはしていない。ネメシスを使役したことで、遊びで勝負することを止めたと見える。

 

 どうにか機体のバランスを取り戻すことは出来た。今度は急上昇し、もう一度攻撃を仕掛ける。ショットが撃てないのならミサイルで対処する他ない。俺は静かにスペルカードを掲げた。

 

「爆撃『スモールスプレッド』!」

 

 機体を急上昇させ……駄目だっ! ダメージを受けすぎていて速度が全然でない。あっという間に紫に追いつかれてしまった。

 

 更に悪いことに、紫本人まで本格的に攻撃を始めたのだ。日傘をぐるぐる回転させながら、こちらに迫ってくる。

 

 辛うじて直撃は免れたものの、左側の翼に強烈な一撃をもらう。銀の翼が……折れた。翼を損傷した為か、リデュースが解けてしまい、機体が元の大きさに戻る。明らかな異常事態ににとりが叫ぶ。

 

「うわわ……アレは流石にマズいよ!」

 

「あ、アズマさんっ!!」

 

 遠くでかすかに聖さんとにとりの声が聞こえた気がした……。今度はエンジン部分をやられたか、赤い光で彩られたコクピットから光が失せる。飛行能力を失い、黒煙を上げながらアールバイパーがゆっくりと地に落ちようとする。

 

 いや、まだ完全に機能が死んだわけではない。最後くらい、あがかせて貰うぞ……。

 

 止まっているのか、動いているのかが判別できない程に衰弱していたが、ゆっくりとあの紫に接近を試みる。

 

「まだだ、まだ俺は見せていない。お前にっ、俺の、俺のっ……潔白をッ! 執念をッ!! そして生き様をッ!!!」

 

 既に弾幕ごっこを行えるような状態ではないが、まだ落ちるわけにはいかない。どうにか機体を安定させフラフラと紫に接近する俺。しかしそんな俺をゴミ虫でも見るかのような目で睨む。

 

「死に損ないが何をほざく。大人しく地に伏していなさい」

 

 あまりに冷徹なスキマ妖怪の一瞥。それと同時に虚空にスキマが開いた。その亜空間の穴から「何か」が落ちてくる。

 

 回避など出来ず、俺は鈍重な一撃を喰らった。その「何か」と重力の赴くまま、俺は地面に叩きつけられた。相当の衝撃に俺は一瞬失神する。

 

 まだグワングワンと意識がもうろうとする中、上からこちらを嘲笑う声が聞こえる。

 

「それは私からのプレゼントよ。素敵な墓石でしょう? ちゃんと名前も彫ってあるわ」

 

 墓石だと? ちくしょう、しっかりと「轟アズマ」と彫ってあるじゃないか。どこまでこちらをコケにすれば……。だが、あの大妖怪の力は本物だ。こちらが苦労して編み出したスペルカードを嘲笑うかの如く攻略している。悔しいが本当に勝てない相手なのかもしれない……。

 

 墓石のせいでキャノピーが破壊される。残骸を踏みにじるように紫が音もなく近寄ると、こちらの胸ぐらを掴み上げ、ギリギリと絞めつけ始める。

 

「ぐああああっ!」

 

 爪が突き刺さり、そこから血がにじみ出る。首を絞めあげられる前にその痛みで俺は叫び声をあげた。

 

「決定的でしょう? 貴方の負け。勝者の言うことを1つ聞いて貰うわ。……貴方には美しさすら勿体ない。ただ残酷に往ね!」

 

 まだだ、まだここで倒れるわけには……! 俺のアールバイパーはまだ死んじゃいない。ちょっと翼を折られただ……け……。無駄なあがきと分かっていながら、俺は首に食い込んだ紫の指を振りほどこうともがく。案の定ビクともしなかった。

 

「もうやめて! 貴女が恐れているのはこっちのアールバイパーでしょう? この人の命まで取る必要はないはずです!」

 

 その時、俺と紫を阻むように白蓮が立ちふさがった。絞めつけていた手から解放され、再びコクピットにドスンと落ちる。自らの身を襲った衝撃よりも首絞めから解放された安堵の方が勝っていた。

 

「あら、妖怪が人間を襲って何が悪いのです? 至極当然の行動。貴女になら分かるでしょう? それに勝者が敗者を好きなようにする。この人だって私に勝てばこの幻想郷に住まうつもりだったのよ。でもこの人は負けた。この理に何か問題でも?」

 

 反論しようとする白蓮であったが、藍と橙に取り押さえられ、引き離されてしまう。ひっきりなしに俺の名を叫ぶ声だけが鼓膜の中でこだました。

 

「さて……と。ちょっと邪魔が入ったけれど、貴方はもう腹をくくっているのでしょう? 幻想郷を超技術をもって崩壊させようとした罪、その身をもって償うがいいわ。さあ、男らしく覚悟なさい……」

 

 再び喉元を掴まれる。またギリギリと絞めあげてくるのだろう。

 

「さあ、多くの人妖の前でその醜態をさらしながらその命の花を散らすがいいわ!」

 

 ギリと少しずつ力が入っていく。このまま再び絞めあげるつもりなのだろう。

 

 だが、もうそんなことさせない! くわっと目を見開き、敵をただ睨みつける。そう、俺もアールバイパーもまだ負けていない。死んでいない!

 

 今が最後のチャンスだ。紫はすっかり油断している上に聖さんが介入してきたことによって集中力が乱れている。アレを決めるのならば今しかない。

 

「いいや、覚悟するのはお前の方だ。八雲紫!!」

 

 先程コクピットに叩きつけられた際に手にした最後の希望、俺の3枚目のスペルカード。その名前を声高らかに宣言した。頼むぞ、上手く虚を突いてくれ!

 

「操術『オプションシュート』(※1)!」

 

 大破したアールバイパーの一部がパカっと開く。その中から再びオレンジ色のオーラを纏ったネメシス人形が勢いよく飛び出した。そのまま光の軌跡を描きながら、紫に直撃する。

 

 俺は再び紫の手から解放された。先程俺が紫の式神たちに執拗にやられてきたように、ネメシスは紫に何度も体当たりを仕掛け続けている。複数の方向から何度も何度もである。そして最後はそのオレンジ色のオーラを大爆発させた。

 

「イャアアアアッ!!」

 

 オレンジ色の爆風に呑まれ、紫がこちらに吹っ飛んでいった。慌てて俺は伏せると、俺の頭上をかすめて、アールバイパーの真上にのしかかっていた俺の名が刻まれていた墓石に直撃し、それを砕いてしまった。うわ、痛そう……。そこから更にもう少し吹っ飛んでようやく地面に落ちた。

 

 オーラを失いフラフラになったネメシスを回収すると、翼の折れた銀翼に再び乗る。不安定ではあるものの、どうにかゆっくり浮遊する程度は可能なようだ。機体の中から尻もちをついた大妖怪に詰め寄る。

 

「どうだ、まだ銀翼は動けるぞ。俺の勝ちだ。超技術だか、幻想郷を崩壊するだかは知らないが、お前が銀翼本体にばかり固執していたのが敗因だな。何故アール『バイパー』と呼ばれるのか、それは蛇のように本体についてくるオプションがあるからこそ……だ」

 

 ああ、流石に無理をさせたのか、背後で大きく爆発を起こすと今度こそ機能を停止してしまった。しかしもはや紫に戦意は見られない。

 

 俺は……勝ったんだ。かの大妖怪、八雲紫に……!

 

 

 

 ボロボロになりながらも、勝ち誇る俺の足元で未だにペターンと地べたに座り込む紫。その周囲ではまさかの大番狂わせにギャラリー達が物凄く沸いている。賭けに負けて阿鼻叫喚の悲鳴を上げる者もいれば、思わぬ勝利に大金が舞い込み雄たけびを上げる声も聞こえてくる。

 

「俺の……いやこの俺『轟アズマ』とアールバイパー、そしてネメシスがもぎ取った白星だ。さあ紫、約束した筈だったな。俺の願いを叶えて貰うぞ」

 

 その願い、幻想郷で生きたいという旨を口にするその前に、座り込んだ紫が大声で泣き喚き始めた。泣き方がわざとらし過ぎて嘘泣きなのは丸分かりなのだが、問題はその喚いている内容である。

 

「あーん、ゆかりん男の人に退治されちゃったー。ゆかりんこの獣のように鼻息の荒い男の人にこれからナニされちゃうのかしらーん」

 

 そうやって身をよじりながら喚く大妖怪に「いや俺は何もしねぇよ!」と思わずツッコミを入れる。そんな叫びを無視してこちらになだれかかってきた。涙目になりながら上目遣いにこっちを見てくる様は色っぽくて、それはそれで煽情的だが、俺の願いはそっちじゃない。あとあれだけダメージを受けていた筈なのに怪我らしい怪我はまるでしていない。

 

 そう、あんなこと口で言っているが、紫はまるで負けたようには見えない。勝利した俺の方がむしろボロボロなのだから。

 

「そんなことしたって惑わされないぞ。俺の願いはただ一つ。もう俺の命を狙わないで欲しい、俺はこの幻想郷で生きていきたいんだ! 相棒である『アールバイパー』達と、そして命の恩人である『聖白蓮』と生きていきたい! いや、生きる!!」

 

 言い放ってやった。俺はこの一言を紫に伝え、叶えるためにこの日まで頑張って来たのだ。渾身の色仕掛けをスルーしたからか、紫はむくれながらもスックと立ちあがり、こちらの話に耳を傾ける。

 

「そうね、貴方にはもう『心に決めた人』がいるものね。くすくす……。いいわ。もう貴方を狙ったりはしない。スペルカードによる決闘が広まった後も残る『妖怪は人を襲うもので人は妖怪を退治するもの』という幻想郷の摂理。私に狙われて、そしてその私を自らの手で退治しようとしたアズマにはそれを理解できる筈。だからアズマは幻想郷の何処にいたって生きていけるわよ」

 

 こちらをからかったり、柔らかな表情を浮かべたりと素の彼女は結構表情豊かなのかもしれない。決闘中のあの不気味な頬笑みは見せていない。ようやく立ち上がる紫は付け加えるように一言。

 

「でもね、これだけは約束して。その『アールバイパー』を悪用する事はしないで。正直あの銀翼の能力はブラックボックスだらけだわ」

 

 そんなの初めから分かり切っていること。俺は即答する。

 

「悪用するものか。アールバイパーは最後の希望を繋ぐ翼、それは幻想郷でも変わりない。この力は何かを守る時にしか使わない! ああ、約束する」

 

 引き締まった表情で誓う俺に紫はニコリとほほ笑むと、目いっぱいこちらに接近してきた。先程もこれだけ近づいていたけれど、殺気がまるでないと紫もなかなかの美人であることがわかり、思わずドキリとする。

 

「あの子を……聖白蓮を泣かせるようなこと、しちゃダメよ?」

 

 聞こえるか聞こえないかの小さな声で俺の耳元で囁くスキマ妖怪。確かそんなことを言っていた気がする。確認するべく聞き返そうとした矢先、紫は再びスキマの中に潜り込んでしまった。




※1
オプションシュートとは「沙羅曼蛇2」に登場した攻撃手段であり、その名の通り装備していたオプションを敵に向かって飛ばす技である。
飛ばされたオプションは敵を追尾したのちに「オプションシード」と呼ばれるアイテムに変換される(オプションシードを2つ集めると普通のオプションになる)。
しかし本体と同じ攻撃をするオプションを失うリスクに対してのリターンが少なすぎてあまり使用する機会がない。


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東方銀翼伝ep1 F.I.エピローグ
F.I.エピローグ ~ようこそ幻想郷へ!~


八雲紫との弾幕ごっこに不意打ちとはいえ勝利した轟アズマと彼の相棒たる銀翼「アールバイパー」。

さあ、異変が終われば幻想郷ではある催しが行われますよね。

というわけで異変の後の宴会回です!


 決闘の熱狂は冷め、紫とのシンミリとしたやり取りも終わって久しいというのに、どういうわけかスキマに潜り込んだ紫(あと藍もいなかったような……)を除いて誰一人この場を離れようとしない。何事かと訝しんでいると、その答えの方からやってきた。

 

 そう、紫と藍が再びスキマから現れたのだ。二人の手に握られているのは多くの酒瓶。藍の方がより多く持たされているようで少しげんなりした表情を見せている。というかなんでお酒を?

 

「こんなもの持って何をするのかですって? お酒は飲んで楽しむに決まっているじゃない?」

 

 キョトンとする俺にさぞ当たり前のことを言い放つスキマ妖怪。いや、確かにお酒は飲むものだけれど……。

 

 改めて周囲を見渡すと先程の決闘を観戦していた吸血鬼や慧音先生、あと魔理沙がいることも確認できた。いずれもグラスを手にしている。まるで今から飲み会でも始めるような空気だ。現に2本の角を持った小柄な娘が「あつまれー!」とか叫びながら紫色のヒョウタンを振りまわしていたりする度に、どういう原理かお酒とおつまみが集まってくるのだ。あれ、俺ってば雰囲気だけで酔っぱらっちゃったのかしら……。

 

「『始めるような空気』じゃないわ。アズマ、今から宴会が始まるのよ」

 

 せわしなく周囲をキョロキョロする俺に紫が俺の肩にポンと手を乗せてそう告げる。それにしても宴会だって? いやまあいつの間にか机の上に料理とか並べられているし、確かにそんな空気だが、随分と唐突な……。あと何故宴会?

 

 俺が呆気に取られているうちに配置された簡易的なテーブル。さらに驚いているうちにすっかり軽食と無数の酒瓶で辺りが埋め尽くされてしまった。

 

「ようこそ幻想郷へ。轟アズマ、貴方を歓迎するわ! お近づきのしるしに今夜は飲み明かしましょう!」

 

 お、俺を歓迎する宴会だって!? 先程までと随分待遇が違うじゃないか。これが幻想郷に受け入れられたってことなのか?

 

「お前さんも幻想郷の住民だって認められたんだよ。異変の後はみんなで仲良く宴会開いて酒を飲む。そして仲良くなる。これが幻想郷の常識だぜ。お前のところの住職だってこうやって宴会を開いて貰っていたんだ。おうい、アリスおかわりー!」

 

 固まっている俺に今度は魔理沙が近づいてきた。吐き出す息は既に酒臭く、顔をかなり赤らめている。コイツ、既に出来上がっている。見たところ二十歳を迎えていないように見える彼女だが……。

 

「そして魔理沙は飲み過ぎて酔い潰れるのも恒例よね。まったく、誰が介抱してるのかって……ブツブツ」

 

 文句言いながらも新しい酒をつぐアリス。どうやら幻想郷に飲酒の年齢制限はないらしい。

 

「ちょっと紫さん。唐突過ぎてアズマさんが困惑していますよ?」

「飲めば皆仲間さー!」

 

 聖さんの制止など焼け石に水。何とか俺を落ち着かせようとした聖さんは横から魔理沙に絡まれてしまう。もはや収拾がつかない。これは……もう深いことは考えずに楽しんじゃおうか。それが一番正解な気がする。

 

「よーし、俺も飲んで飲んで飲みまくるぞー!」

 

 グラス片手に俺は混沌の中心へと歩みを進めた……。

 

 

 

 チルノの姿が見えたので挨拶でもしておこうと近づく。周囲にいるのはやはりチルノと同じく低い身長の女の子ばかり。

 

「アーりゅバイパーはわしが育てた!」

「そーなのかー」

「チルノちゃんも結構やられていたじゃないの……。あと飲み過ぎよ。一人称も変わってるし……」

 

 周囲を見るともうすでに出来上がっていた。こんな子達が酒をガブガブ飲んで酔っ払っているなんて光景は幻想郷でしか見られないだろう。

 

「その時だった。あじゅまの激しい爆弾を華麗に凍らせると……」

 

 先程、紫を倒したアールバイパーを自分は倒したことがあるから、自分は紫以上に最強だと豪語しているらしい。緑髪の大人しそうな妖精の女の子が苦笑しながら耳を傾けている。にこやかに「そーなのかー」と肯定する声も聞こえてくるが、あの子はさっきからそれしか言っていないような気がする。さて、他の場所に移るか。

 

 

 

 そうやってほろ酔い気分で席を移動していると、突然背中に冷水を流し込まれたかのような冷たい視線を感じ振り向いた。そこで金色の鋭い眼光をこちらに向けてくるのは九尾の狐、つまり藍であったのだ。

 

「轟アズマ、私は認めないからな。紫様に醜態を晒させた上にお前がのうのうとこの紫様の愛する幻想郷で生きながらえる? そんな馬鹿な話などあってはならないのだ」

 

 明確に殺意を抱いた口調に視線。こんなものを向けられたら酔いもさめてしまう。

 

「なんだよ見苦しい。紫は俺に敗北したことを認め、俺をここに住まわせることを許したぞ。今開かれている宴会が何よりもの証拠だ」

 

 今更クレームをつけられる筋合いはない。俺は毅然とした態度を見せた。ここで藍が俺に危害を加えるということは主である紫の意向に背くことを意味する。手出しは出来ない筈だ。

 

 少し苦い表情を見せた藍は振り向きながら続けた。

 

「フン、あれで紫様を倒したと思い込んでいるのか、おめでたい奴め。ならば教えてやろう。紫様は明らかに手を抜いていた。式である私にはすぐに分かったよ」

 

 最後により一層憎悪の眼光を光らせながら、まるで呪いのように低い声で威圧してくる。

 

「覚えておけ、アズマ。紫様はお前を幻想郷に住まわせたいと思っていたようだ。紫様がそう考えた理由までは分からないが……な。そして君が幻想郷で生き続けることを快く思っていない存在がいるってことも……」

 

 それだけ告げると俺の制止も振り切り遠くまで行ってしまった。なんだよ祝いの席で空気の読めない女狐だ。そう憤っているとまたしても藍が戻ってきた。だが、先程とは明らかに様子が違う。なんか慌てているように見えるような……。少なくとも威厳は全くない。

 

 よく見ると藍のボリュームたっぷりの9本の尻尾に、橙が不機嫌な唸り声を上げながらしがみついているようだ。時折金色の毛が飛び散る。もしかして毛をむしり取っているのか?

 

「分かった、分かったから尻尾の毛をむしらないでくれ橙。一緒にお願いすればいいんだろう? ……コホン。橙がね、君とあの銀翼のファンになっちゃったみたいだ。お前だってサインくらいは書けるだろう? それをササっと書いてとっとと橙に渡して……あだだだだ!!」

「アズマにそんな失礼なことしちゃダメー! 人にお願いするときはちゃんと頭を下げるって藍様はいつも教えてきたじゃない!」

 

 ぐっと言葉の詰まった藍は今もプルプル震えながらこちらを睨んでいる。先に橙から一言。

 

「ビューンって飛んでバババーって弾幕放ってね。とってもかっこよかったの! アズマのこと、気に入っちゃった。だからサインちょーだいっ!」

 

 いよいよ観念したのか、ぎこちない動きでペコリと首を垂れる藍。

 

「アズマ、貴様ごときに頭を下げるのは癪だが、橙の為ならば……。その、うちの橙がお前のファンになってしまったらしくてな。サインが欲しい」

 

 上から、そして下からも振り回される藍に若干の悲哀を感じつつも、渡された色紙にサインを書く。もちろんアイドルとかではないので手の込んだサインは書けないのだが、受け取った橙は大喜びしていた。

 

「わーい、ありがとー! さっそく皆に自慢しよーっと」

 

 そのままタッタッタと走り去ってしまった。藍はまた不平を漏らしている。

 

「なんでアズマごときに私の橙が取られて……。いいかアズマ、さっきも言った通り君が幻想郷に住まう事を快く思っていない存在もいる。せいぜい寝首を掻かれないよう気を付けるんだな」

 

 何故か藍は涙目になっていた。溺愛していた子供にそっぽを向かれて嫉妬を感じているようにも見える。九尾の狐といえば妖怪としても高位の存在であるはずだが、案外人間臭いのかもしれない。

 

 そんなこんなでちょっとしたトラブルはあるものの、あちこちを移動しながら挨拶がてら絡んだり絡まれたり……。基本的には楽しめたが、さすがに全部に付き合ってたら体力が持たない!

 

 モミクチャになりながらも、ようやく命蓮寺の皆さんが集まっている場所へと戻ってこれた。

 

「まさかあの土壇場でスペルカード使うだなんてねぇ! あれはそうそう真似できないわ」

 

 真っ先に絡んできたのはムラサ船長。こうやって仲間たちと酒をかわす。何と心地よい。

 

「あれは流石にハラハラしましたよ。本当に、アズマさんが無事で何よりです……グスッ」

 

 心配掛けてごめんなーと言いつつ星の黒髪混じりの金髪をワシャワシャと撫でる。そういえば聖さんの姿が見えない。

 

「姐さんなら風に当たるとか言ってあっちに一人で……」

 

 誰よりも心配をかけてくれた彼女にお礼の一つでも言わなくてはな。一輪に教えられた場所に俺は急ぐ。

 

 

 

 宴会の喧噪から少し離れた場所、白蓮は一人たたずんでいた。俺は彼女の肩をたたき呼びかける。

 

「ふぇ……? ああ、アズマさんでしたか。ちょっと調子に乗って呑み過ぎちゃってね。それで今は休憩中ですよ。アズマさんは気にせずに楽しんでいらっしゃいな。貴方の為の宴会なのですから」

 

 なるほど、一理ある。主役不在では折角の催し物も意味をなさなくなるからな。でも、これを言わないと。

 

「聖さん、ありがとう。そして、これからもよろしく。そしていつか俺は聖さんを……」

 

 遠くの音だった喧騒が突然背後すぐ後ろに迫る。騒動の元凶がこちらに急速接近しているのだろうか。俺は音のする方向を振り向く。

 

「アズマー! 今からリベンジするのかー。どっからでもかかって来いなんだぜー!」

 

「アズマが困っているでしょう。やめなさい!」

 

 泥酔した魔理沙があちこちで絡み回っているらしい。引きずり回されているアリスが不憫だ。

 

「ヒャッハー、マスパ最高ー!」

 

 次の瞬間何か口走ったかと思うとバタンと倒れてスースーと寝息を立て始めた。

 

「アリスが魔理沙の寝込みを……」

 

 その場で倒れて眠り始めた魔理沙を追ってパチュリーまでもがやってきた。酔っているのかどうかは顔を見ても分からないが、言動がいつになくおかしい。あれ、元々だっけ?

 

「襲おうとしているわけないでしょう? アンタも運ぶの手伝って」

 

「今魔理沙のやわ肌に触った……///」

 

「ああもうっ! いちいち喧しいっ!」

 

 喧騒の中心が二人の魔法使いによって運ばれていく。その様子を遠くで見て苦笑いするのはもう一人の魔法使い。

 

「随分とはっちゃけているようですね。やっぱり楽しそう……。さあアズマさん、宴会はまだ始まったばかりですよ。これを機に皆さんといっぱい仲良くなっていきましょう!」

 

 俺は聖さんに手を引かれながら、再びカオスじみた宴会会場へと足を踏み込んでいった……。

 

 

 

 目を覚ますと俺は布団の中にいた。どうやらマヨヒガで酔い潰れた後ずっとここで寝ていたらしい。橙によると大破したアールバイパーはスキマによって命蓮寺に送り届けられ、他の宴会に参加した人は既に聖さんを除き帰ってしまったという。

 

「あまり待たせたら悪いよ?」

 

 無垢な表情をのぞかせる橙。おっしゃる通りで……。俺は急ぎ橙に礼を言うと、外に飛び出していった。

 

「凄く楽しそうにしていたからね……。でもちょっと飲みすぎですよ?」

 

 すまなそうに頭をかく俺。随分と羽目を外していたらしい。そりゃそうだ。生命の危機から解き放たれた後の宴会だったのだから。

 

「さあ、皆がアズマさんを待っていますよ。行きましょう、貴方の帰るべき場所『命蓮寺』へ!」

 

 生身では飛べない俺は聖さんにおぶられる形で空を飛ぶことになる。ぶっちゃけ生身の空はちょっと怖いが、そうそう経験できるものでもないだろう。本来弾幕ごっこを行う少女たちはこの感覚に慣れ親しんでいるのだ。

 

 さあ、短い空中散歩も終わりの時が近付いている。命蓮寺が見えてきた。

 

 まだまだ俺とて幻想郷に慣れきったわけではない。これからも困惑する事はあるだろう。しかし、その1つ1つが俺を大きくする、充実した日々となることは約束されている。

 

 だって、俺は一人じゃない。俺みたいな見ず知らずの外来人にも分け隔てなく接してくれる、芯は強いけれど可愛らしい一面もある素敵な住職サマが傍にいるのだから!

 

 

 

 

東方銀翼伝 ep1 First Ignition END

しかし、轟アズマの幻想郷ライフはまだまだ続く……!




というわけで20話近くに及んで東方×歴代のSTGという題材で主人公の幻想入りまでのエピソードを執筆しきりました。

これにて「東方銀翼伝」の第一部「First Ignition」は完結です。

第二部である「東方銀翼伝 ep2 S.S.」でお会いしましょう!


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東方銀翼伝ep2 S.S.プロローグ
八雲紫の手記 銀翼と外来人の章


「東方銀翼伝 ep1 F.I.」を八雲紫の手記という形で振り返るという内容になっています。


 平穏なる楽園「幻想郷」の空に「それ」は突然空間を切り裂きやって来た。「それ」は本来なら世界から必要とされなくなって幻想入りする筈だったモノ。外の世界ではすっかり忘れ去られた古ぼけた遊具。誰も遊んでくれないのに、大きいだけ大きくてメンテナンスのコストのかさむ大型筺体であった。

 

 しかしそれはスクラップではなく、どういうわけか戦闘機の形をしていた。私は恐怖した。この妖怪たちの楽園たる幻想郷に攻め入る存在が遂に現れたのかと身構える。しかしそれは間もなく墜落。

 

 間もなくしてそれが私自らが呼び寄せた忘れ去られた外界の遊具であることが判明。だが、こんな物騒な形はしていなかった筈。幻想郷ではもちろん、今の外界の技術ですら為し得ることが出来るかどうかの怪しい危険な超技術の塊。半ばスクラップになっていたとはいえ、これが幻想郷に存在してはいけないモノであることは明らか。私はこの招かれざる来客を始末することにした。戦闘機と、その乗り手を含めて。

 

 結論から言うと、私は仕損じてしまった。戦闘機に乗っていた外来人、確か「轟アズマ」とかいったか、そいつを捕らえたまでは良かった。だが、私は思わぬ干渉を受けてしまう。同じく戦闘機の墜落の調査に向かっていたであろう命蓮寺の住職「聖白蓮」に見つかってしまい、一方的に外来人を襲っていると思われた私は彼女との交戦が避けられないことを悟る。

 

 やむなくこの不届きな侵略者である轟アズマを手放し迎撃に集中することにした。この住職もなかなかのやり手である。荷物片手に戦闘出来るような相手でもない。

 

 その間にみすみす奴を逃がしてしまい、また大破していた戦闘機もやはり墜落の轟音に誘われてやって来た河童の小娘に持っていかれてしまった。かの住職との勝負もどうにか勝利こそ出来たものの、こちらも深手を負ってしまい、しばらくは動けないだろう。更に顔面を思い切り殴られてしまい、とても見られるような状態では無くなっていた。ああもう最悪! 大失態もいいところである。

 

 外来人が幻想郷の常識に上手く馴染めないというのはよく聞く話であるが、それはつまり我々幻想郷の住民も外来人の持つ常識に翻弄される事もあり得ると言うことだ。そして今まさにこの外来人「轟アズマ」の発言に私は酷く戸惑っていた。

 

 奴の行動を監視したところ、彼は幻想郷で広く広まっている「スペルカードルール」に着目し、よりにもよって私を弾幕ごっこで負かすことで幻想郷に住むことを許してもらおうと言いだしたのだから。

 

 我が耳を疑った。確かに多くの異変を平和的に解決してきた弾幕ごっこ。決闘としても用いられるそれではあるが、本来は女の子の遊び。それを幻想郷のイロハも知らない男が弾幕ごっこをやって私を倒すと言うのだ。

 

 よし、もうしばらく生かしてみよう。恐らくはあの銀翼を弾幕ごっこに使用するのだろう。アイツにはそのことに集中してもらえば他に悪さをする危険もなくなるし、大の男が女の子の遊びにムキになって取り組むだなんて見ていて滑稽だろうし。

 

 

 

 早速彼は弾幕ごっこを始めるべく動きだした。少女なんかよりもずっと大きい戦闘機がどうやって弾幕の隙間をくぐるのかと思ったら、どうやら小さく縮むことで少女並みの大きさになることが出来るという機能があるらしい。

 

 そして氷の妖精と戯れたりもしていた(恐らく本人達には真剣勝負だったのだろうが)。偵察に向かわせていた藍と橙によると勝ったり負けたりの繰り返しであり、実力的には氷精と大して変わらないとのことなので、さほど脅威的なものではないとのこと。

 

 彼なりに幻想郷に馴染もうとしているのだろうか? 少し興味深くもありこちらに敵意を向けている限り力を持て余して暴走するという事態に陥ることは考えにくいので、もう少し観察してみることにした。

 

 轟アズマの夢に中に入り込んで決闘を受け入れる旨を明かした。アイツは私の姿を見て相当怯えていたようだ。見ていて面白いからもっと脅してみる。なるほど、人間を普通に脅かすだけでもなかなか妖怪らしくなるではないか。

 

 私は私であの戦闘機(「アールバイパー」というらしい)について調べてみることにした。幻想郷で戦闘機についての文献があるとは思えない。案の定、紅魔館の図書館を一通り回ってみたも収穫なし(その際に魔理沙とアールバイパーが紅魔館に入り込む様子を確認した。今度は魔理沙と遊んでいるのか)。

 

 外界に出て戦闘機について調べるもやはりまともな情報は得られない……と、ここで私は重大な見落としがあることに気が付いた。アールバイパーは本来ゲームの中の存在。実在の戦闘機について調べても出てくる筈もないのだ。改めてゲームの方を調べて回る。

 

 アールバイパーについて記された文献自体は発見できなかったが、よく似たタイプの宇宙戦闘機の存在を確認。その名前は「ビックバイパー」というらしい。

 

 ミサイルとレーザーを駆使して戦うがその最大の特徴は自身を追従する「オプション」と呼ばれる攻撃支援ポッド。どうやら最大4つまで装備可能であり、一つ一つが本体と同じ火力を持つようである。更にはオプション自体に攻撃を加えても破壊出来ないというオマケ付き。火力が最大5倍になるのは脅威的だがこれは一気に本体を叩けば問題ないだろう。オプションの見た目は本体とは全然違うので見間違う心配もない。

 

 恐らくはアールバイパーも先程調べたビックバイパーに類似した能力を持つのだろう。もっと調べようとした矢先、慌てる藍から知らせを受け取る。

 

どうやらアールバイパーが紅魔館の主であるレミリアと弾幕ごっこを行い、勝利してしまったらしい。勝因は「ネメシス人形」と呼ばれる上海人形。どうやらその上海人形をオプションに見立てて戦闘したらしい。

 

 少し前は氷精レベルであった戦闘力が異常な速度で上昇している。藍は危険な超技術でありこれ以上放っておくことは得策ではないと言うが、逆に私が興味をひかれてしまった。

 

 私は怖かったのだ、いきがって決闘を仕掛けるあの外来人が恐ろしい程弱くて決闘として成り立つのかが。しかしそれは杞憂となったのだ。あのレミリアを倒す程度の実力ならある程度は楽しめるだろう。

 

 そしてこの状況を私は楽しんでさえいた。ただの口だけではない、今時の外来人にしては珍しい妖怪を倒してやるぞという強烈な闘志を持った人間が現れたのだ。油断していたら私も……退治されるかもしれない。

 

 

 

 いよいよ決闘の時が来た。調べたとおりミサイルとレーザーを用いた戦い方。動きはかなり素早くなかなか決定打を与えられない。しかし攻撃があまりにも直線的過ぎた。あれでは最小限の動きで避けれてしまう。

 

 そして遂に切り札であろう上海人形を展開してきた。なるほど、本体の後をついて回り同じ動きをする。確かに厄介であった。しかしこちらも援軍を呼べばいい。藍の出番だ。式神としての藍とちょっと不格好な人形のどちらが優れているのかは明白であった。さらにあちらは長時間展開できないようであり、途中で格納してしまう。

 

 さて、頼みの綱を失ってこの外来人はどうするのか。うかうかしていると目の前の妖怪に殺されちゃうぞ。さて、そろそろ本腰を入れることにする。この外来人は圧倒的な力を見せつけられてどこまで気丈にふるまえるのか。殺さない程度に轟アズマとアールバイパーを追い詰めていく。

 

 なかなか驚くべき結果が出た。アールバイパーが大破したというのにまだ戦うというのだ。それもその筈、奴はとんでもない隠し玉を持っていたのだから。

 

 上海人形を制御するための魔力を一度に爆発させる大技をやってのけたのだ。油断していた私は思い切りそれを受けてしまう。武器を失いまさに命を散らさんという時に起こした起死回生の一撃。

 

 なるほど、面白い人間だ。殺すのは惜しい。あの住職に監視役を任せればおかしなこともすることないだろうし、コイツが何かやらかさない限りは幻想郷に住まわせてもよいかもしれない。

 

 命蓮寺の新入りとして幻想郷に受け入れられた「轟アズマ」。この忘れ去られた楽園でいったい何を見て何を感じるのだろうか……。




そして物語はS.S.(セカンド・シンクロナイザー)へ……


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東方銀翼伝ep2 S.S.(Second Synchronizer)
第1話 ~博麗のならず者~


東方銀翼伝 新章始動……。


 幻想郷某所、暗がりの中で上ずった女性の声が響き渡る。

 

「素晴らしい、素晴らしいわ! ちょっと見てくれに難ありだけれどこんなに素晴らしい力を秘めていただなんて!」

 

 ほのかな赤黒い光がその狂気に満ちた笑みをボンヤリと映し出しているようだ。

 

「調べれば調べる程、興味深いデータが取れる。ここまで研究者の心をくすぐるだなんて……。アナタのこと、もっともっと知りたいわぁ……」

 

 女性はそこらに落ちていた踏み台の上に乗っかると更に続けた。一体誰に話しかけているのだろうか。周囲には他の人の気配などまるで感じられない。はたまた大げさな独り言なのだろうか、どっち道この女性が正常な状態にあるとは言い難かった。

 

「もっともっと研究して自由にこの力を使えるようにすれば……あの山神様なんかに負けない、つまりこの幻想郷に革命が起こせるわ……!」

 

 そのまま高台の上で高らかに大笑いしている。よほど自分に陶酔しているのだろう。そんな女性をどんな感情で見据えているのか、赤黒い大きな目玉が音もなく不気味に発光する……。

 

 

____________________________________________

 

 

 

 八雲紫との決闘も過去の思い出となった頃……。

 

 幻想郷に住まうことを許された俺は命蓮寺で平穏な日々を送っている。今ではすっかり日課となった境内の掃除から、立場上は妖怪の味方である白蓮では受けにくいような人間サイドな依頼の遂行など……。そんな平和な日々がずっと続く筈であった。そう、実際は平穏でも何でもなかったのだ。

 

 俺が八雲紫に勝利したことがあまりにも衝撃的だったらしく、かの「文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)」で大きく取り上げられてしまったのが原因である(「妖怪賢者 外来人の男性相手に墜ちる」だなんて大きな見出しが出てくれば嫌でも目に入る。そういえば、文を最近見かけないなぁ……)。

 

 幻想郷きっての弾幕ごっこの実力者が命蓮寺に顔を出すようになったのだ。もっとも挨拶程度のものであり、実際に勝負の申し出をしてくる人(……というか妖怪ばかりだが)はいなかったのだが、いつこのような存在に勝負を仕掛けられるか分かったものではない。仮に勝負になった場合、勝敗よりも大怪我をしないことが今の俺にとっては大切なことであった。

 

 いつ強者に勝負を仕掛けられるか分からないということで日課であるお寺での務めの傍ら、これまた最近の日課となった弾幕の特訓も行っていた。

 

「それじゃあ始めるよー!」

 

 遥か遠方、緑色の髪に垂れている犬の耳のようなものを持ったピンクのワンピース姿の少女がブンブンと腕を振り回している。今回俺の弾幕ごっこの練習に付き合ってくれる彼女は「幽谷響子」。小柄な体からは想像もできないほどの大声を張り上げることが出来る。それもその筈、彼女の正体は山彦と呼ばれる妖怪なのだ。山で大声を出すと声が返ってくるというアレである。両手を口に添え始めた。何かスペルを仕掛けてくるに違いない。

 

「大声『チャージドヤッホー』!」

「銀符『レーザーワインダー』!」

 

 ぶつかり合う弾幕と弾幕。実力は互角程度であり、実に修行にもってこいの相手である。つい白熱し過ぎて白蓮に叱られることも少なくないが、おかげで弾幕ごっこにも多少慣れてきたような気がする。

 

 そんな命蓮寺での日常。来る非日常に対して準備をしてきた矢先の出来事であった。響子や白蓮、果てはあの紫なんかよりもずっと凶暴で、ずっと強大な奴が寺の門をこじ開けてきたのだ。

 

 しかも相手は妖怪ではなくて俺と同じ人間だというのだから驚きである。

 

「聞いたわよ。珍しい道具を使って紫を負かした男がいるって」

 

 そう言って門をいきなりこじ開けて俺の前に現れたのは巫女であった。いや、紅白の巫女装束だと思ったがよく見ると色々な所がアレンジされている。特に腋を露出させているのが特徴的であった。急に門が開かれるものだから俺と一緒にいた響子が大きな耳や小さな尻尾をピクンと震わせて硬直していた。

 

 また俺に用があるのか……。あのままだと巫女が響子に喰ってかからん勢いだったので、名乗り出ることにする。

 

「そう、俺が紫と決闘をした(とどろき)アズマだ」

 

 名乗りを上げると巫女がピクリと反応しこちらに詰め寄る。

 

「ふうん、アンタがねぇ……」

 

 自らを「博麗霊夢」と名乗った彼女は一通りこちらをじっくりと見つめると、とんでもない事を言い出す。

 

「なるほどね。命蓮寺ならお宝もいっぱいあるし、アンタも珍しいものを持っているに違いないわ。さあ、私と勝負しなさい。私が勝ったらアンタが持ってる一番のお宝を貰ってやるわ」

 

 なんて強引な人だ。やんわりと断ろうとしたが断ると今度は命を取られかねないので、仕方なくアールバイパーに乗り込んで弾幕勝負に応じることにした。

 

「そうねぇ。あり得ないとは思うけれど、アンタが勝ったら私の一番のお宝をプレゼントするわ。これなら対等でしょう?」

 

 ここで巫女に屈したら俺の大切なものを奪われる……。この戦い、負けられないっ!!

 

 

 

 め、滅茶苦茶だ……。気がつくとアールバイパーは黒煙を上げ墜落しており、その上を霊夢が少し退屈そうな顔をして浮遊していた。

 

 何が何だか分からないうちに俺は霊夢に屈してしまったのだ。こちらの攻撃はことごとく避けられ、相手の攻撃は避けた筈なのに当たっている。それは決闘の体をなしておらず、もはや暴力の領域であった。

 

 どうにかコクピットから脱出する俺。

 

「なんだつまんない。紫を退治したっていうからもう少し骨があると思ったのに」

 

 何故だろう、ここまで潔く負けると悔しささえ感じなくなる。うん、こんな勝負なかった。

 

「勝手に無かったことにしてるんじゃないわよ! さあ、アンタのお宝をいただくわよ」

 

 うう、あの目ざとい巫女はごまかせなかったか。仕方あるまい、俺の一番の宝とやらを渡さなくてはならないな。

 

「俺にとって大切な宝ってコレのことだけど……」

 

 俺と共に幻想入りし、幾多もの危機を共に渡り歩いてきた銀色の翼を持った相棒。それこそが俺にとって一番のお宝だ。それを指差して見せる。

 

「は?」

 

 先程まで霊夢が自らボコボコにしていた銀色の翼。信じられないと言わんばかりに目を見開いている。だけど俺にとっては何よりもの宝物なのだ。嘘はついていない。

 

「だから俺のお宝ってのはコレのことだけど。超時空戦闘機『アールバイパー』、またの名を『希望を繋ぐ銀翼』、ちょっとマニアックな呼び方だと『銀蛇伯爵』。これがあれば自由に空を飛んだり弾を撃ったりできるのさ。俺にとってはなくてはならない大切な存在だ!」

 

 唖然とする霊夢。まるで魂を抜かれたようである。

 

「こ、これが一番のお宝……? (い、いらねぇ……。そんなのなくても私飛べるし弾幕出来るし……)紫ィ、騙したわね!」

 

 天に向かって吼える霊夢。そんな霊夢と俺の間に空間の裂け目が音もなく発生した。そんな登場をするのはあの妖怪賢者くらいだろう。このように呼ばれて一々出てくるのだから、アレで結構律儀な性格なのかもしれない。

 

「あら、私は一言も嘘なんて口にしていないわ。あれこそが幻想郷をひっくり返しかねない超技術の塊『アールバイパー』。外来人の持ち出すものの中でもとびっきりのレアなお宝よ」

 

 開いた扇子を口元に添えながら、涼しい顔でスキマに腰かけている大妖怪。と、そのスキマの中から子供の声が聞こえる。恐らくは橙であろう。

 

「紫様ー、食事中に席を立ったらお行儀が悪いですよー」

 

 直後、スキマに向かって微笑みながら手を振ってその中に潜り込むと、そのままスキマごと消えてしまった。これには霊夢だけでなく、俺もポカンと立ち尽くすしかなかった。どれだけ神出鬼没なんだ、あのスキマ妖怪は。

 

「と、とにかくそんなものじゃ私は満足できないわ! 外来人なんだし、他にも幻想郷ではお目にかかれないレアものとか持っているんでしょう?」

 

 アールバイパーを奪われずに済んだのはよいのだが、これはこれで俺の大切な相棒を侮辱されたようでなんか釈然としない。心の整理をつける間もなく、霊夢がズイと詰め寄ってきた。顔が近いです、そんなにされても出ないものは出ないですよ!

 

 

 

 何か手に入れようと必死に俺の体を揺さぶる霊夢。

 

「ほら、どこに隠し持っているのよ? 吐きなさい、そのほうが楽になるから」

 

 こりゃたまらんということで、俺は自分の部屋に戻って珍しそうな道具をいくつか持ってくる。

 

「ま、待ってくれよ。今見せるから……」

 

 だがその反応はあまりに素っ気ないものであった。腕時計(太陽電池内蔵で幻想郷でもちゃんと使える)も外の世界の雑誌(にとりやムラサに好評だったゲーム雑誌)も、とあるシューティングゲームの自機を象った模型も「こんなのいらない」と一蹴されるばかり。それでも何か貰わないと気が済まないらしく「他にも見せろ」の一点張り。

 

 何なら満足してくれるか思索を巡らせていると……

 

「あらあら、アズマさんってばもう霊夢さんとお友達になったんですね♪」

 

 お茶やお菓子の沢山乗ったお盆を手にしている白蓮がやって来た。この状況をどう解釈すれば友達同士に見える? どう見てもカツアゲの現場だろう。だが、これで霊夢の注意が白蓮に向いた。

 

「気が利くじゃない。お茶菓子まであるわ」

 

 真っ先に縁側に座ると美味しそうにお茶をすすり、茶菓子に舌鼓を打っていた。もしかして霊夢、お腹が空いていただけなんじゃ?

 

 そうやって二人でお茶をしていたらようやく満腹になったのか、非常に満足そうな面持ちでだらける巫女。……と思ったら急にパチっと目を開いて俺の手を引く。一々彼女の行動が読めない。

 

「アンタに弾幕のイロハを教えたげる。あちこちでやるからよく見て覚えなさい」

 

 拒否権なぞなく、俺はアールバイパーに乗り込みこの自由人過ぎる巫女の後をついていく。

 

「お夕飯までには帰ってくるんですよー」

 

 この住職には遊びに出かけているようにしか見えないらしい。

 

 

 

 目を覆いたくなるような惨状。俺が霊夢の後をついて行って見られたものを手短に表すと、その一言に尽きる。人里の人間から『悪さをする妖怪を退治してくれ』と依頼された上での行動ならまだいい。中には『珍しいものを持った妖怪だから』という理不尽な理由で勝負を仕掛け、打ち負かしたうえでそれを持って行ったりだなんてこともしていた。

 

「待ってよ、そいつは何も悪さしてないじゃないか」

「うっさい、私の目の前に妖怪がいる。妖怪は徹底的に退治よ!」

 

 これではどちらが人間でどちらが妖怪なのかわからなくなってくる。正直彼女から学べるものは……ない。弾幕ごっこのテクニックだけでも盗もうとしたが、何せ格が違いすぎて参考にならないのだ。

 

 その後も妖怪退治という名の略奪行為が続き、弾幕の放たれる音と妖怪たちの悲鳴を何度も耳にする羽目になった。

 

 散々夕方まで付き合わされて俺はもうぐったりである。ようやく霊夢から解放された俺はアールバイパーを飛ばし、命蓮寺への帰路につく。

 

 と、キャノピーにベチっと白い何かが落ちてきた。最悪だ、鳥のフンか。いや、それにしては大きすぎる。な、なんじゃこりゃ!? 前が見えなくなったことで飛行が不安定になる。仕方なく緊急着陸するとキャノピーにこびりついた白い物体を引きはがす。

 

 なんだコレ……? 真白く微妙に透き通っている。顔を近づけてみるが特に匂いはしないようだ。触り心地はまるで白玉とかお餅のようにモチモチしている。こんな得体の知らないものは捨ててしまおう。そこらの茂みに投げ込もうとする。

 

 が、その白い塊がふるふると震えた。まるで嫌がっているかのように。うーん、もしかしてこれは生命体なのか? でも一言も発しないし、なんというかいわゆる生気ってものをこの物体からまるで感じないのだ。

 

 ここで頭をひねっても解決しない。誰かの落とし物かもしれないしとりあえず命蓮寺に戻って保管しよう。あそこに置いておけばしばらくは安心だろうし。




というわけで、東方銀翼伝第二部の開始です。
知恵と結束力とあと運と不意打ちでどうにか紫に勝ったものの、霊夢には全く歯が立たないようです。


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第2話 ~白い生命体~

創作の世界ではよく空から美少女が降ってきて、ボーイミーツガールな展開になりますが、アズマの元に降ってきたのは得体のしれない真っ白い生命体……?


 日も落ちるか落ちないかという頃、ようやく命蓮寺にたどり着いた。門をくぐり、格納庫にアールバイパーを置くと謎の白い物体を抱えて自分の部屋に戻る。

 

 床に置いて様子を見てみるが、白い物体はピクリとも動かない。本当に生き物なのだろうか? 試しにもう一度そのモチモチとした物体を撫でてみる。少しだけ身をよじった気がする。やっぱり生き物なのか?

 

 そうだ、食べ物を見せて反応を見てみよう。何か無難なものは……よし、饅頭を見つけた。これなら妥当だろう。そっと目の前に置いて見せる。やはり反応はない……と思った矢先、物体が饅頭に覆いかぶさった。これは、食べているのだろうか。饅頭はすっかりなくなってしまい、物体が先ほどよりも活発に動き回っていた。

 

 やはり生命体だ。食事をするんだから間違いない。それにしても見たことのない生き物だ。後で白蓮に聞いてみよう。そう思い部屋を出ようとした矢先、目の前のふすまが開かれた。

 

「アズマさん、お夕飯の時間……って、ああああっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて星が卒倒してしまった星。俺の顔に何かついてた? いや、それともこの白い生命体がよほど珍しいものだったのか? とにかく星を起こすために手を取る。

 

「おい、大丈夫か? まるでオバケと鉢合わせでもしたような反応じゃないか。こんなところで寝たら冷えちゃうぜ?」

 

 俺は倒れた体を揺すって起こそうとするが、いまだにパクパクと口を動かすことしかできない毘沙門天代理。ようやく出た言葉は意外なものであった。

 

「アズマさんが……、アズマさんが死んじゃった……!」

 

 おいコラ勝手に俺を殺すな。余程錯乱しているらしい。おーい、目を覚ませー! 懸命な呼びかけの甲斐あって、星はようやく起き上がった。

 

「てっきりアズマさんが幽体離脱しちゃたのかと思って……」

 

 おや、この白い生命体は幽霊の類だったのか? 確かにこいつは真っ白だし先端が細長いしで、魂に見えなくもない。うーむ。となると俺はずっとこいつのこと生命体って思っていたけれどそれとはちょっと違うのかな? でも普通に饅頭食べてたし……。

 

「とにかく夕飯を食べに行こう。白蓮なら何か知っているかもしれない」

 

 今も足取りが不安な星の手を引いて俺達は居間へと向かった。

 

 

 

「それでは……」

「いただきますっ!」

 

 食べ物に感謝の気持ちを忘れずに。白蓮が合図をすると響子が大声で「いただきます」と口にするのだ。そんないつもの食事の風景。幽霊らしき真っ白い生命体がいることを除いて。俺はコイツに食事を分けているのであまり腹が膨れないが、一々食べたり喜んだりの反応が可愛いのでなかなか止められない。

 

 一通り食べ終わるとカッチリと体を折り曲げてお辞儀のような動きもして見せた。礼儀作法まで身に着けているようだ。ますます何者なんだコイツは?

 

 食事を終えて皆がまた散り散りになる頃、俺は白蓮に尋ねる。今日の夕方、帰り際にいきなり降ってきた真っ白い謎の物体が落ちてきたこと、どうやら生命体であるらしいということ、さらに言うと魂ような形をしているということ。

 

 俺のわかる範囲での説明を聞きながら幽霊っぽい何かを触ったり撫でたりしている白蓮。しかし表情は浮かない。おばあちゃんの……失礼、年長者の知恵袋でもお手上げなのか。

 

「うーん……。この子はおそらく幽霊ですね。ちょっと生命体と呼ぶには語弊があります」

 

 少し見ただけでは白蓮でもこれ以上はわからないという。心当たりがあるのでもう少し調べますとだけ言い残して白蓮は部屋に閉じこもってしまった。こんな腕白な幽霊を連れていては調べ物の邪魔になるだろう。俺は大人しく部屋に戻ろうとしたが……。

 

「おいっ! どこに行くんだよ?」

 

 俺の腕の中をスルリと抜け出すと真っ白な幽霊は勝手にどこかへ飛んで行ってしまった。俺は見失わないように急いで追いかける。

 

 

 

 幽霊が逃げ込んだ先はアールバイパーの格納庫であった。どうにか捕まえようと手を伸ばすが、狭い場所をスルリと通り抜けられてしまった。人間の体ではそんな芸当できないので、仕方なく大回りして追いかける。

 

「うわわっ!? なんだなんだ??」

 

 今日散々無茶させたアールバイパーのメンテナンス中だったのか、河童の素っ頓狂な叫び声が響いた。

 

「おうい、そいつを捕まえるのを手伝ってくれ!」

 

 しりもちをついていたエンジニアを呼ぶと二人で幽霊を追い回す。

 

「そっち行ったよ!」

 

 しかしこんな実体を持っているのかどうかも怪しいこいつを捕まえるのは並大抵の難しさではない。ある時は俺の股下を潜り抜け、ある時はアールバイパーの真下に潜り込まれ、ある時は二人で捕まえようと同時に飛び掛かったらお互いの額をゴッツンコしたり……。

 

 ヘトヘトになりながら追い回した挙句、ようやく腕白幽霊を捕まえることに成功したのだ。にとりに礼を言うと、今度はまた逃げ出さないようにしっかりと抱きしめながら部屋に戻ろうとする。

 

「ゼエゼエ……散々走り回って汗ぐっしょりだ。そういえばコイツもあちこち汚れているな」

 

 あんな格納庫を縦横無尽に飛び回ったのだ。そりゃあ汚れる。俺はこの幽霊っぽい生命体と一緒にお風呂に向かうことにした。

 

 

 

 修羅場だった。風呂場に連れて行き、脱衣所まで着いたはいいものの、突然白い生命体がジタバタと暴れはじめるのだ。

 

「この腕白小僧め……。キレイにするんだから大人しくしてくれ」

 

 幽霊の先端(細長くなってる)でピシとこちらを叩いてくるが、どうにか逃げ出さないようにホールドしつつ浴場へと向かう。

 

 膝の上に置いて、お湯をかけつつタオルで優しめにゴシゴシ擦る。その間も幽霊は嫌がっているようであった。水が苦手な幽霊だなんて聞いた事ないぞ……。水にトラウマでもあるのか……? いや、船幽霊のムラサだって入浴はするんだ、その線は薄い。単にお風呂嫌いとかなのだろう。

 

 幸い猫のように鋭い爪や牙があるわけではないので引っかかれたり噛みつかれたりはない。石鹸で念入りに洗いつつ汚れを落としていく。が、また暴れ出した。しかも今度は石鹸でヌルヌルになっていたので俺の腕の中から滑り落ちて縦横無尽に飛び回り、そして湯船にダイブした。ああっ、まだ石鹸落としていないのに……。

 

 せめて石鹸だけでも落とすために捕まえようと俺も湯船に入る。幽霊はまるでコブラのように体を持ち上げて威嚇しているようだ。思いっきり警戒されている。仕方ない、一度諦めた風を装って隙を見て捕まえるか。

 

 俺はゆっくりと肩まで湯船につかると、この奇妙な生命体も警戒態勢を解いて湯船に入り始めた。なんだか避けられているような気もするが、そんなに体をゴシゴシされるのが嫌だったのだろうか?

 

 よし、そろそろ行動に出ようと俺は幽霊に掴みかかった。よし、捕獲成功。だが、ジタバタと暴れ始めて思うように動けない。

 

「後は石鹸を洗い流すだけなんだからもう少し大人しくしてくれっ!」

 

今度は取り落とさないようにしっかりと掴んでいるが、暴れるせいであっちへふらふらこっちへふらふら……。そして不意にピョーンと跳ねた。俺もつられて動いてしまう。そして向かった先は入口……。

 

「すっかり遅くなってしまいましたが……」

 

 入口が急に開かれた。その先にいたのは一糸まとわぬ姿の住職サマ……。直後激しくぶつかる音と女性の悲鳴が響いたのは言うまでもない。

 

 

 

「まったく貴方という人は……ガミガミ」

 

……怒られた。こんな遅い時間まで起きていた事(白蓮が風呂場に着いた時は既に日付をまたいで久しい時間だったらしい。さすがに誰もいないと思ったら俺がいたので驚いていたようだ)、風呂場で暴れた事、もちろん俺が白蓮をものすごい勢いで押し倒してしまった事も十分怒られる要因だ。

 

 どれもこれも俺だけの落ち度ではないが、怒られても仕方がないくらい色々やらかしていることは事実である。横では白い生命体もしゅんとうなだれているように見える。

 

「この白い生命体が汚れていたんで一緒にお風呂に入ろうとしたんですよ」

 

 言い訳をするつもりではないが、この事だけは伝えなければいけない気がした。それを聴いた白蓮はフウと一息ついて、額に手を当てて天井を仰いだ。

 

「そりゃあ嫌がられますよ。貴方はペットのような扱いをしたのかもしれませんが、その子、人の心を持っています」

 

 思わず口から漏れ出た驚きの声。そう、白蓮はこのおおよそ人間には見えないこの生命体の事を人間の幽霊だというのだ。原形全然とどめてないぞ?

 

「いいですか、色々とその子について調べてみたのですが、大変なことが分かりました。その子は確かに霊魂の類なのですが、その中でもちょっと特殊な『半霊』と呼ばれるタイプです」

 

 開かれた本を指差して俺に見せてくれた。なるほど、この半霊と呼ばれた幽霊が人間の周りを飛んでいる絵がある。白蓮曰く「半人半霊」と呼ばれる種族であり、人の体と幽霊の体を両方持っているのが特徴であるようだ。両方揃った状態が正常なのであり、半霊単体がこんなところにいること自体が異常事態なのだという。

 

「つまり持ち主が困っているってこと?」

「……でしょうね。どうやら迷子になってしまったようです。半霊もその持ち主の体の一部なので迷子になるなんてちょっと考えにくいのですが……」

 

 考えにくいとはいえ、目の前でこのようなことが起きている。確かに半霊を放っておくとキョロキョロと誰かを探しているようなそぶりを見せる。そんな半霊をやさしく抱きしめてみると大人しくこちらに身をゆだねてくる。なんだか可愛い……。そしてひんやりとしていて気持ちがいい。

 

「とにかく私が調べられたのはここまでです。あとは霊魂のことなら冥界に赴いたほうがよく分かるでしょう。明日になったらそちらに向かってみてはどうでしょうか?」

 

 俺は翌朝、朝食を済ませ次第その冥界とやらに向かうことにした。今すぐ飛び出そうとしたら夜は危険だとか貴方も疲れているでしょうと心配されて止められてしまったのだ。

 

 

 

 翌朝……。幻想郷の空はどんよりと曇っていた。いきなり気分が削がれるが、でも行かなくてはならない。迷子の半霊の為にも俺が一肌脱がなければならないのだ。

 

 冥界への行き方ならあらかじめ白蓮に聞いてある。まずはひたすら高度を上げ、そして巨大な門を目指せとのことだった。かつては現世と冥界を厳重に隔てていたらしいが、今はそれも曖昧であり空さえ飛べれば比較的簡単に向こう側へ行くことができるのだという。

 

 俺は今アールバイパーのコクピットの中にいる。にとりによる最終調整が終わり、まさに発進する時なのだ。外では半霊が待機している。

 

「よしっ、こっちの準備は終わったよ!」

 

 命蓮寺に何故か河童。かつて勝手に乗り回したアールバイパーで寺に大穴を開けてからの縁であり、ここでアールバイパーの整備を行ったりしているのだ。今となっては欠かせない。

 

 さて、ゆっくりと我が銀翼が向きを変える。目の前に広がるのはトンネルのような形をした滑走路、そしてその先は命蓮寺の外側。

 

 ピカピカとアールバイパー内の計器類がせわしなく動いたり点滅し、徐々に大きくなるジェットエンジンの音……。滑走路に緑色のランプが灯る。出撃の時が来た!

 

「アールバイパー発進……! Let's rock'n roll!!」

 

 軽くつぶやいた直後、俺の体に強烈なGがかかる。滑走で光る点は次第に線となる。俺は光に、翼になるっ!

 

 かくして俺は迷子の半霊を救うべく、銀翼を駆って鉛色の空へと一直線に飛ぶのであった……。



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第3話 ~常闇の脅威~

はぐれ半霊の謎を明かすべく、冥界の扉を目指すアズマと相棒の銀翼「アールバイパー」。
しかしここは妖怪の跋扈する幻想郷。人間を餌とする恐ろしい妖怪もそこら中にいるわけで……。


 命蓮寺を飛び出し、ひたすらに高度を上げていく。我が相棒たる銀翼「アールバイパー」の操縦にも慣れてきたようであり、今では自らの手足のように自由に動かせる。……たまにバランス崩すけど。

 

 そのバイパーの後ろを健気についていくのが半霊である。本当は中に入れようとしたのだが、なにせあの形状なので、上手く座席に座らせることが出来なかったのだ。

 

 それにしてもこれだけ目立つと珍しいもの好きな妖精が寄ってくる。ぶつかってはまずいので錐揉み回転しつつ間を縫って飛ぶ。……って、待て! 今弾を放った奴がいたぞ。妖怪どころか妖精にまで弾を撃たれるとは……。幸い弾幕と呼べるほどのものでもなかったのでスピードを上げてスルーすることにした。

 

 雑魚どもをスルーして先に進んでいくうちに、随分と高いところまで飛んできたことが分かった。眼下に広がる地上の風景もまるでジオラマのように小さく見えている。そしてそれは俺が鉛色の雲に近づきつつあるということも意味していた。

 

 ううむ、さすがに暗くなってくるな。早く雲の上に上がりたい。だが、どんどん周囲は暗くなる一方だ。周囲が見えなくなるほどの……、って待て! いくら悪天候だからとはいえ真昼間に周囲が見えなくなるほど真っ暗になるだなんてあり得ないだろう。まるで夜の空と間違えるほど周囲は暗黒に包まれているのだ。

 

 これは雲のせいじゃない。これは誰かが人為的に暗くしているんだ。でも誰が何の為に?

 

 

 

「……のかー。……のかー」

 

 暗闇の中、不意に少女の声がかすかに聞こえた気がする。声の出どころを探して周囲をキョロキョロと見渡す中、ボウっと浮かび上がったのは黒い服を着た金髪の小さな女の子であった。頭にかわいらしい赤いリボンをつけているのも特徴的。

 

 その少女があどけない表情をしながら、アールバイパーの目の前でフワフワと浮遊しているのだ。何故か両手を横に大きく広げている。誰なのか知らないが、ただの人間でないことは明らか。まさかこの暗黒空間を生み出している張本人ではないのか?

 

「お腹すいたなー。私ルーミア、今とってもお腹すいてるの」

 

 ルーミアと名乗った幼い少女は不意に空腹を訴えてくる。お腹に両手を当てて小声で「くーくー」と言いながら。可愛らしい仕草に思わず笑みがこぼれる。……彼女がただの小さな女の子ではないということも忘れて。

 

「悪いけれど食べ物は持っていないんだ。ゴメンね」

 

 これまた可愛らしく「えー!」とブーイングする少女。だが、彼女はあきらめない。

 

「ううん。匂いで分かるよ? 銀色の鳥さん、食べ物を隠し持ってるでしょ? 私、とーってもお腹すいてるの。鳥さんの持ってる人間、食べさせて」

 

 いや、食べ物を隠し持ってなんか……えっ、今なんて言った? 聞き間違いでなければ「人間食べさせて」と言っていたはず。あどけない顔のまま。

 

 思わず全身に鳥肌が立つ。そうだ、妖怪だらけの寺で寝泊まりしていたからすっかり危機感覚がマヒしていたが、この幻想郷の妖怪の中には、当然人間の肉を主食とするタイプだって存在するはずだ。それにあのルーミアという妖怪、周囲を真っ暗闇にするというなんともスケールの大きい能力を持っているらしい。

 

「久しぶりの食べてもいい人間。ごちそう、ごちそう頂戴!」

 

 スペルカードを掲げ、アールバイパーに宣戦布告してきた常闇妖怪。俺は思わずアールバイパーを鳥の妖怪だと勘違いされていることにツッコミを入れる余裕もなく、応戦を余儀なくされるのであった。

 

 この勝負、負けたら喰い殺される……。なんとしても勝利しなくては!

 

 

 

 ルーミアに弾幕勝負を仕掛けられた俺であったが、周囲は暗闇のまま。すぐに彼女を見失ってしまった。

 

 しかしこちらは最新鋭戦闘機。たとえ標的が目視できなかったとしてもレーダーでエネルギー反応を調べれば筒抜けなのだ。ルーミアよ、相手が悪かったな。余裕をかましてレーダーに目をやる。

 

 あ、あれ……? おかしい、そこら中で反応が出ている。故障したのか? これではルーミアがどこに隠れているのかわからない。いや、この暗闇のフィールド全体がルーミアそのものだというのか? ただ一つ確かなのは、その言動から頭は弱そうではあるものの、かなり強力な妖怪であるということ。

 

 不意にレーダーに歪みが発生する。その歪みがまっすぐにこちらに向かっていた。何か弾を発射したのだろうか? 幸いあまり速いものではなかったので、容易に避けることができた。移動を終えた直後に弾らしきものがかすめていたので、俺の推測は当たっていたことになる。

 

 しかしこれはルーミア側からはこちらの場所が丸わかりであることも意味していた。どの方向から仕掛けられるのかも分からないうちに延々と弾幕にさらされるのだ。これではじり貧である。

 

「レーザー装備……」

 

 少しでも明るいものということで光学兵器に切り替える。機械的なシステムボイスが装備した武装名を復唱した。が、どこに狙いを定めればわからない。

 

と、久々に機械的なシステムボイスがバイパーの中に響いた。

 

「You got a new weapon!」

 

 ディスプレイを確認すると大声を出す響子の姿が一瞬見えた。次の瞬間には青いイカリングのような輪っか型レーザーを発射するアールバイパーの姿に変わった。そして刻まれた武装の名前は……「RIPPLE LASER」。

 

 来た、リップルレーザーだ。若干の火力不足感は否めないものの「波紋(リップル)」の名の通り、距離が進むほど輪っかの広がる使い勝手のいいレーザーであった。その火力不足は連射力で補える。

 

 また、レーザーの名前を冠していながら、実はダブル系の兵装であることにも気をつけなければならない。つまりこの戦いで上書きされた兵装はノーマルレーザーではなくてショットガンのほう。もっともこんな暗闇の中では役に立たない兵装なのでどうでもいいのだが。よし、攻撃範囲を広めれば少しくらいはかするかもしれない。淡い希望を抱きつつ発射。

 

 ……駄目だ、全然手ごたえがない。リップルレーザーによって一瞬だけ周囲が明るくなるものの、しっかりと索敵できるレベルとは程遠い。うわっ、今少し奴の弾にかすった。的にされないように動き回りながらレーダーの歪みの出所めがけて攻撃を続ける。

 

 相変わらずの手応えのなさに俺は暗闇という名の大きな掌の上で右往左往している錯覚さえ覚えた。また攻撃が来る。これも避けて……っ!? なんて弾速だ! まずい、喰らうっ……!操縦桿を限界まで倒し、フルスピードで回避行動をとる。

 

 咄嗟の回避行動の結果、どうにか直撃は免れた。だが、急な移動と直撃は免れたとはいえ被弾した機体に襲ったダメージは凄まじいもので、俺はアールバイパーの中で激しく揺られていた。歯を食いしばりその衝撃に耐える。

 

「あっ、半霊……」

 

 自らを襲う衝撃が和らいだ頃、大変なことに気が付く。迂闊だった。自らの安全を最優先するあまり、半霊を置いてきてしまったのだ。この暗闇の中で迷子になったらいよいよ再会できなくなってしまう。

 

 だが、すぐにそれが杞憂であることが分かった。真白い霊体はこの暗闇の中でもわずかに発光しており、場所がわかりやすい。すぐにそばに行ってあげて……いや、またルーミアの攻撃だ。来る弾幕に備え、回避の体勢を取る。

 

 しかし弾幕は見当はずれの方向へ飛んで行った。それは半霊。自らに矛先が向けられていることを察知した真白い霊体はビクンと体を震わせて、とっさにそれらを回避していく。アールバイパーなんかよりもずっと無駄な動きのないスマートな身のこなしであった。攻撃が止んだのを見計らい俺は半霊に近づく。もう危害を加えさせたりはしない!

 

 近づくと半霊が心なしか怒っているように見える。半霊から見れば自分を見捨てて一人で逃げたようなものだ。怒り心頭なのは仕方ない。いや、怒りの矛先は俺に向いているようには見えない。俺ではなくて外側に向けて怒りを露わにしている(ように見える。半霊に顔などないからどっちを向いているのかなんて本当はわからないのだ)。

 

 となると、いきなり攻撃を仕掛けたルーミアに向けての感情……?

 

「半霊……、お前も戦ってくれるのか?」

 

 そこに言葉はなかった。ただ、半霊は常闇妖怪を探すべく、まっすぐに飛び出していった。それが半霊の下した答えであったのだ。

 

 

 

 思えば半霊を追従させていたときはアールバイパーに攻撃が向けられ、離れてからはバイパーではなくて標的は半霊であった。となるとルーミアが標的にしていたのは最初から半霊……? いや、その線はないと断言できる。彼女は人食い妖怪なのだ。弾幕ごっこを始める前に俺を食べてやるみたいなことを言っていたのだからそれは間違いないだろう。それなら俺を狙ったほうがいいに決まっている。だが、彼女は半霊に執拗に攻撃を続けていた。これはどういうことなのか?

 

「違う、半霊に()()()()()()()()()()()んだ!」

 

 実は暗闇の中ではルーミアも前が見えておらず、暗闇の中で光を発する半霊めがけて攻撃していただけなのでは? 確かに半霊はアールバイパーの傍を飛んでいたので目印にしていたとも考えられる。だとしたらこのルーミアという妖怪、強大な能力を持っていながら、その能力をまともに使えていないということになる。あるいは極端に頭が弱いか。俺がそう思考を巡らせているうちに半霊はルーミアを発見、その周囲にまとわりついていた。

 

「うわわ、動けないよ!」

 

 半霊がまとわりつくことにより、ルーミアの居場所が丸わかりになり、さらに動きまで鈍くさせてしまったようだ。こうなってしまえばあとは攻撃を仕掛けるのみ。

 

「俺が喰われるのは御免だ。代わりにレーザーをたらふく喰らえっ!」

 

 兵装をリップルからレーザーに換装しつつ俺は前の異変でアリスと一緒に作った上海人形「ネメシス」を呼び出した。彼女と共にレーザーを発射する。二本の光の槍は一直線に暗闇の中を突き進み、そして瞬く間にルーミアを貫いた。被弾の衝撃でよろけている。よし、効いているぞ。だが決定だとはならない。ならば、このまま一気に畳み掛けるっ!

 

「もっとコッテリしたものが喰いたいか? いいだろう。操術『オプションシュート』!」

 

 さらにトドメと言わんばかりにネメシスの蓄えていた魔力を一気に解放、オレンジ色の火の玉と化したネメシスはあふれ出る魔力の赴くまま、ルーミアに執拗な体当たり攻撃を仕掛ける。連続の攻撃でもはやグロッキーな状態。そのまま残っていた魔力を一気に大爆発させてフィニッシュに持ち込む。もう勝負は決しただろう。

 

 爆風が晴れると半霊とネメシスに纏わりつかれて満身創痍のルーミアがいた。墜落していきながら彼女が力なく尋ねる。

 

「た、ただの変な鳥の妖怪じゃないようね。あなたは一体……」

 

 俺は得意げに一言。

 

「変な鳥の妖怪じゃない。超時空戦闘機『アールバイパー』だ」

 

 ああ、最後の最後でようやく言えた。

 

「そうだったのか~っ!」

 

 直後凄まじい爆発を起こし、暗闇は晴れた。彼女は最後の最後まで両手を広げていた。あのポーズは何かポリシーでもあるのだろうか。

 

 

 

 さて、邪魔する奴も懲らしめたし改めて冥界の門を目指して……あっと。ネメシスを格納するのを忘れるところだった。このオプションシュート、かなり強力なのは明確なのだが、使い切ると魔力が枯渇してしまいネメシスが動けなくなるので、一々回収しに行かなければならない。それを差し引いても強力で派手なスペルだからついつい多用してしまうのだが。

 

 ええと……ネメシスは何処に行ったかと周囲を見渡すと、半霊がぐったりとしたネメシスを頭(っぽいところ)に乗せてこちらにスゥっと寄って来た。

 

「ああ、今回は助かったよ。ありがとう、半霊」

 

 無事にネメシスを回収すると半霊と共に更に高度を上げていく。

 

 鉛色の雲の真っただ中、ルーミアの能力なしでも視界が悪いがレーダーに異常な反応なし。今度こそ安全であろう。このまま雲を突っ切っていく。そして不意に光が射した。鉛色の雲を抜けさんさんと太陽の照る高空に出たのだ。眼下に広がるは雲海。蒼い空は一点の濁りもなくただただ透き通っている。

 

「うわぁ……」

 

 幻想郷は外の世界で失われつつある美しい光景をあちこちに残しているが、この雲海と蒼空は特に素晴らしく、まるでこの世のものとは思えぬ美しさに俺は思わずため息を漏らす。

 

 いや、目的地が冥界なので、現にこの世から離れようとしているのか。しばし任務の事を忘れアールバイパーをゆっくり飛ばす。雲海の傍まで近づいたり慣れない宙返りをして見せたり……。

 

 そうしているうちに傍から見ても分かるような巨大な門が見えてくる。恐らくはあれが冥界への入り口なのだろう。バイパーの傍を飛ぶ半霊もせわしなく動いている。やはり幽霊らしく、この冥界に住んでいたのだろう。

 

 門に近寄ってみたが、門番らしきものは何処にもいない。というより門はかたく閉ざされており、開く気配がない。

 

「さすがにガードは堅い……いやいやいや、俺飛べるじゃん」

 

 そう、いくら巨大な門といえど高さに限界はある。その門を飛び越えてしまえばいいだけだ。勝手に侵入するのは気が引けるが……、でも今回は迷子の半霊を助けるためだ。多少の無礼は仕方がない。そう思うことにした。

 

 冥界、そのあまりに非日常な世界へ、俺は……入りこむ。

 

 

____________________________________________

 

 

 

(アズマが冥界に突入する少し前……。人里路地裏……)

 

 ここ幻想郷でも、こんな真昼間から酒をかっくらう人間というものはいるものだ。飲み屋でどれだけアルコールを飲んだのか、泥酔しながら路地裏を歩く男の姿があった。

 

 訳の分からないことを騒ぎ立てフラつきながら路地裏をゆらりゆらりと闊歩する様ははた迷惑であり、ここが路地裏であることが唯一の幸いであった。こんなのが真昼間から表通りを占拠していたらとんだ恥さらしである。

 

 と、一人の酔っぱらいが誰かとぶつかった。そそくさと立ち去ろうとする相手を捕まえると、因縁でもつけているつもりなのか、早口でまくし立てているが、何を言っているのかさっぱり分からない。哀れ酔っぱらいの餌食になった人は困惑しつつ、時折鼻孔をくすぐる酒臭い息に顔をしかめるしかなかった。

 

 このままどうなるのかというと、その酔っぱらいは唐突にぶつかった相手を解放するとそのまま離れていってしまった。この男、相当酔ってる。

 

 こんなのに絡まれてはたまらないとたまにすれ違う人も避けるように過ぎ去っていく。そんな中、路地裏の特に寂しい場所、酔っぱらいの目の前に立ちふさがる少女がいた。

 

 少女はかなりの小柄であったが、その瞳は不気味なほど紅色にギラついている。手にしているのは少女が扱うには不格好な程の長い刀。見るとポタポタと赤黒い液体が滴っている。

 

「斬る……。斬ればこの世の真理が分かる……」

 

 流石の酔っぱらいもこんな変な少女を前にしたら酔いも一気に醒める。「ヒッ!」と上げる小さな悲鳴そして次に出るのは情けない「辻斬りだァ~!」の筈であったが、男に悲鳴を上げる機会が与えられることはなかった。

 

 無言で降り降ろされる刀。酔っぱらいだった男に血の花が咲き乱れる。ドウと肉の体が地面に突っ伏す鈍い音のみが響き、それだけでは終わらず更に容赦なく刀を突き付ける。

 

「少し外した。これじゃあ分からない。分かるまで斬る……」

 

 今度は急所に狙いを定め、刀を振り下ろす……。男、必死に逃げようとするも酔い過ぎてしまったからか、それとも恐怖のあまり腰を抜かしてしまったのか、ただただ声にならない悲鳴を上げつつ這いつくばっていた。

 

 だが、その刀がこの無抵抗な人間を殺めることはなかった。その一撃が降り降ろされる前に、この凶行を目にした人間が騒ぎ立てたのだ。「辻斬りが出た!」と。

 

 血濡れの刀に血の海を流す人間。そして集まりつつある外野。少女は何一つ取り乱すことなく刀を鞘に納めた。分が悪いと判断したか、高く跳び上がると屋根の上を走りこの場から消えていった……。

 

 後にはこの惨事に驚きおののく声、医者はまだかとどなる声、何の騒ぎだとはやし立てる声が響くのみであった。

 

 その中心では血の海を流しながらうめき声を上げる哀れな酔っぱらい……。

 

 間もなく医者が到着し、瀕死の酔っぱらいが担ぎ込まれる。他の人間に出来ることと言えばこの辻斬りの刃にかかった男が無事であることを祈るのみである……。




久しぶりの投稿になってしまいましたね。
東方銀翼伝の元作品の方を進めていて、こっちの更新がおろそかになってしまいました。
元作品の方はひとまずの完結を迎えたので、こっちに集中できそうです。


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第4話 ~幽雅なる亡霊~

冥界に向かう最中、暗闇を操る人食い妖怪「ルーミア」に襲われるも、新技「リップルレーザー」を用いて撃退したアズマ。彼はアールバイパーを駆ってさらに高度を上げていくと、ついには冥界の扉を通り越えた。この先に待ち受けているのは……?


 冥界というからもっと陰鬱で暗い場所とばかり思っていたが、俺の予想を大幅に裏切る光景が目の前に広がっていた。

 

 肌寒くはあるがそれを除けばまるで現世と変わらない、むしろ美しく見えるような気もするくらいだ。

 

 眼下に広がるはどこまで続くとも分からない石造りの階段。徒歩であそこを進むのは正直死ねる。あ、ここは冥界か……。それにしてもアールバイパーがあってよかった。というかコイツがいなければ俺は空を飛ぶことすらできないわけなのだが。

 

 こんな所にも妖精は紛れこんでいるようで、こちらにちょっかいを出すべく弾を放ったりしてくる。あまり相手にする余裕はないのでスルーしたいところだが、ここで半霊が飛び出して妖精にまとわりついた。動きが鈍っている間に更に先に進む。頃合いを見て半霊を呼び戻せばよい。呼びかけに素早く反応してこの愛らしい真っ白な生命体は俺の元に帰ってきた。

 

 それにしても本当に美しい場所……。道の左右に植えられているのは桜の木だろうか、この冥界のオーナーはよほど桜が好きなのかもしれない。

 

 そう思索を巡らせているととてもこんな高空にあるとは思えないほどの大きな屋敷を発見。建物という事は誰かが住んでいるに違いない。ここの人(いや、幽霊かな?)に聞けば半霊も元の場所に戻れる筈。

 

「あら、どちら様? 鳥料理は好きだけれど、生憎そんな硬そうな鳥はお断りよ?」

 

 俺がここまで来たことに気がついたのか、おっとりとした女性の声が響く。おっとり具合は白蓮にも引けを取らないが、若干声が高い気がする。

 

 見上げると水色の和服に身を包んだ女性がふわりふわりと浮遊していた。帽子には彼女が生者ではないことを示す三角巾がついているのだが、何故か赤い渦巻マークのデザインが為されている。まるで一昔前のゲームハードのマークだ。

 

 見るからに幽霊っぽい見た目。ただし脚はある。桜の花びらを連想させる桃色の髪をなびかせるその姿は怖いというよりかは神秘的であった。なるほど、冥界が美しいならそこに住まう住民も美しいということか。

 

 というかこの幽霊も俺を食べようとしていたのか。幸い「硬そうだからお断り」らしいが。

 

「うふふ、ちょっとしたジョークよ。ところで貴方、奇妙な乗り物に乗っているけれど、中身は人間ね。私にはわかるわ。生きている人間がこんな場所……『白玉楼(はくぎょくろう)』の『西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)』に何か用なのかしら?」

 

 着物の袖から取り出したのは扇子。幽々子と名乗る霊体の女性は開いた扇子を口元に添えている。どうして幻想郷の女性はこうも高圧的な人ばかりなのだろうか? 俺はやれやれとため息をつきつつ、迷子になった半霊の話を切り出す。

 

「あら、そういえばその乗り物……硬そうな銀色の翼を持っているのね。もしかしてその乗り物って『チョウジクウセントウキ』?」

 

 いや、切り出そうとしたのだが、それより前に幽々子はアールバイパーの方が気になって仕方がないようである。さっきまでは硬くて興味ないとか言っていたのに、今では翼の辺りを軽くツンツンと小突いているではないか。

 

「え? あ、ああ。確かにこいつは超時空戦闘機『アールバイパー』だけど……」

 

投げかけられた質問、それは唐突であったにもかかわらず咄嗟に答える俺。いつも「変な鳥の妖怪」扱いなので、ちゃんと名前で呼んでくれた事が嬉しく、思わず返事をしてしまったのだ。だが、それがまずかった。あれだけ威圧的だった幽々子が途端に瞳を輝かせている。

 

「そ、それじゃあ貴方ってあのアズマ君っ!? 紫と弾幕ごっこをして打ち勝ったっていう……」

 

 まるで子供のようにはしゃぐ幽霊。

 

「幽霊じゃなくて亡霊よー♪」

 

心を読むなっ!

 

「私ね、実は紫とは大親友なの。なんたって生前からの仲なのよー♪ それでアズマ君はその私のお友達をコテンパンにやっつけちゃったんだよね?」

 

 明らかに仇討を連想させる物騒な言動であるが、幽々子からは悪意というかそういう負の感情をまるで感じさせない。というより楽しんでいるようにさえ見える。あと言い訳をするようだが、本当にコテンパンにされたのは紫ではなくて俺の方だ。紫との勝負はオプションシュートによる不意討ちで勝ったようなものなので、個人的にはあまりカウントに入れたくない。

 

「ならばー……紫の敵っ! 私とも弾幕して頂戴。今度は私がアズマ君をコテンパンにやっつけちゃうわよー♪」

 

「いや、あの……」

 

 要は変な理由をこじつけるだけこじつけて、俺と弾幕ごっこをやりたいだけらしい。改めて半霊の件を切り出そうにもこれでは話しかけられない。

 

「紫だけだなんてずるいわー。私とも遊んで遊んでー」

 

 とうとう本音が出やがった。彼女も「大妖怪『八雲紫』を倒した外来人」に興味を持ってコンタクトを取りたがっていたのだろう。まったく……あちこちにこの事を広めた文も随分迷惑な事をしたものだ……。

 

 さて、この幽々子という亡霊、紫の古くからの友人だというくらいなので相当のやり手であることは確実。弾幕の結果はともかく大怪我しないようにしなくてはいけない。俺はリデュースボタンを押し、2メートル程度に小さくなる。

 

「遂にやる気になったわね。それじゃあ私も……」

 

 いままでの茶目っ気は一瞬で消え去り、真剣な面持ちをすると亡霊少女は自身の後ろに巨大な扇子のようなオーラを展開させた。か、カッコイイ……!

 

 扇子から無数の蝶々が舞う。あれ1つ1つが弾幕なのだろう。レミリアを相手にした時もそうだが、演出にまで力を注ぐだけの余裕があるという証拠。果たして俺にどこまでできるのやら……。

 

 

____________________________________________

 

 

 

(アズマが白玉楼にたどり着くその少し前の幻想郷某所……)

 

 水色の髪の毛をした少女が紫色の大きな傘と、どこからか調達した釣竿を手にニンマリと笑っていた。

 

 彼女こそ唐笠お化けの「多々良小傘(たたらこがさ)」である。今日も人を驚かせるための準備をしているところのようだ。といってもその驚かし方はこれまた古典的なコンニャクを釣竿に括り付けてってやつなのだが。仕事道具をセットしながらにんまりと笑みを浮かべている彼女はまだ始まってもいないのに上手くいっている様を想像しているようだ。

 

 人通りの少ない場所に陣取って柳の木の裏に隠れる。周囲は薄暗いのでこんな昼間でもそれなりに効果はあるだろう。固唾を飲む小傘、標的は近い。慎重に釣竿を動かし始める。

 

「(今だっ!)うらめしやー!」

 

 しかし、ゆらりと釣竿を操ってこんにゃくを素肌にピタリとくっつければいいものの、何を考えたのか、コンニャクを持った釣竿を持ちながら本人が飛び出してしまった。標的となった人間はポカンとしながらこのいろいろな意味で可哀想なオッドアイの少女を見ている。

 

「ああっ、間違えてわちきまで出てきてしまった!」

 

 ここでキャラ作っても多分意味ないぞ、小傘。驚かすどころか標的にケラケラと笑われてしまい、顔を真っ赤にしながらすごすごと柳の裏へ戻る。

 

「こ、今度こそ……」

 

 再び釣竿を構えてコンニャクをセットするが、その後も何度やってもどうしてもうまくいかない。コンニャク作戦が上手くいかないと悟ったのか、懐からものすごい形相の鬼のお面を取り出す。

 

「こんどはコレで……」

 

 木陰で標的を待つこと十数分……

 

「(来たっ……! お、落ち着くのよ小傘! 今は鬼の顔なんだからきっと驚かせる……。リラックスリラックス……。いつもの通りにやれば上手くいくから……)」

 

意を決して大きな目玉と舌のついた傘を振りかざして飛び出す。

 

「おーどろけー!!」

 

 しかし彼女に待っていたのは驚きおののく人間ではなかった。まず小傘の目に映ったもの、それは自分よりも数倍は大きな巨体。その巨体の中心では瞳孔のない真っ青な目玉が一つ不気味に発光している。その「目玉」を覆うのは頑丈で硬そうな体はまるで鋼鉄のように無機質であった。

 

 それが音もなくゆっくりと錐もみ回転しつつ浮遊している様は不気味としか言いようがない。まさに正真正銘のバケモノ。

 

「ぴゃ~~~~~っ!?!?」

 

 全身の毛という毛が逆立ち、この世のものとは思えない悲鳴を上げる唐笠お化け。顔につけていた鬼のお面もずり落ちてしまった。

 

 対する巨体はその横長の六角形の体をゆっくりと傾けて、素っ頓狂な悲鳴を上げた妖怪に狙いを定める。この巨体を正面から見ると意外と平べったいことが分かる。だが、その平べったい面には見るからに物騒な砲門が4つ……。

 

「ひぇ~~~~!!」

 

 そして放たれるビームも4本。あわや直撃というところで、小傘はビームを回避する。釣竿も鬼の面もかなぐり捨てて(それでも傘は手放さない)、小傘は一目散に逃げ出した。

 

「な、何だったのよ今のは? ビックリした……というかコワかったよぉ~」

 

 泣きべそをかきつつ、小さな妖怪は後ろを振り向くことなく逃げていく……。

 

 

____________________________________________

 

 

 

(その頃白玉楼では……)

 

 対峙する両者の間に一陣の風が吹きすさぶ。桜の花びらが舞い散る中、その巨大な扇子を携えた亡霊少女はあまりにも美しかった。

 

「なるほど。その威風堂々とした面構え、自分よりも明らかに大きなボディ。さながらボス登場ってところだな」

 

 こういう場合はまず援護射撃するであろうパーツからひん剥くと相場が決まっている。よし、最初の狙いはその巨大な扇子だ! 扇子にロックオンサイトを合わせるとレーザーを発射する。

 

「あらまあ、どこを狙っていまして?」

 

 何だと……。レーザーは扇子を焼切ることなく素通りしてしまった。オーラのようにも見えた扇子だ。実体がなかったのだろう。まさかの破壊不可能パーツとは……恐れ入った。

 

 ならば直接コア……もとい幽々子本人を狙う以外にありえない。より小さな標的を攻撃することになるので命中させやすいリップルレーザーに換装し、攻撃を加える。

 

『RIPPLE LASER!』

 

 リップルレーザーは火力こそ通常のレーザーに劣るが、弾速と連射力で十分カバーできるポテンシャルを持っているのだ。更に距離を稼ぐと輪が大きくなって更に当てやすくなると来たものだ。

 

「やーん♪」

 

 しかしその輪っか型のレーザーを何食わぬ顔して避ける幽々子。ま、またバカにされてる俺……。負けじとリップルを何度も放つが、その度に避けられたり輪っかの中に入られたりしてまるで一撃を決められない。

 

「水面に水滴が落ちた時のようで涼しげな弾幕ね。ちょっとワンパターンな気もするけど」

 

 こちらの武装の評価までしてしまう余裕。今度はこちらの番と言わんばかりに両手を突き出す亡霊少女。直後桃色の大小の弾が桜吹雪の如く扇子型オーラから、幽々子本人から放たれる。力の差は歴然か……。

 

 いや、よく見ると弾幕の薄い所濃い所のムラが見られる。よし、そっちに行って反撃を試みる! いや、待ち構えたように大弾が迫っていた。一瞬だけバイパーの出力を落とし、自由落下させ、これをギリギリでかわした。再びアールバイパーのバーニアをふかすと、幽々子を正面に見据え、今度こそリップルレーザーを喰らわす。よし、命中した!

 

「さすが……ね。紫とまともにやりあっただけはあるわ。それじゃあ、これなんてどう?」

 

 掲げられるスペルカード。ついに幽々子の本気が見られる……。告げられた名前は「華霊『スワローテイルバタフライ』」……。

 

 周囲が薄暗くなる。そしてうっすらと浮かび上がるのは見事な桜の樹……?

 

 どこからか湧いて出てきた霊魂がわずかにざわめくと、それら一つ一つが幽々子の周囲へと集まっていく。

 

「どう攻めてくるんだ……?」

 

 読めない。幽々子自身はまるで花がゆっくりと咲くようなイメージの模様を描いて弾幕を放っている。確かに見た目は綺麗だがスペルカードにするほど強力な技には見えない。

 

 俺はあらかじめ弾が通らなそうな安全な場所に陣取ると追撃を行った。回避する様子を見せない亡霊少女に輪っか型のレーザーが次々に命中していく。と、突然幽々子の周囲に渦巻いていた霊魂が一気にこちらに突っ込んできた!

 

 あまり派手に動くとあらかじめバラ撒かれていた弾幕に突っ込んでしまう。最小限の動きで霊魂を回避していく。一々肝が冷える……。少しくらい避けたくらいでは霊魂は微妙に進行方向を変えて……平たく言うとホーミングするのである程度距離を取らないといけないのだ。

 

「なかなかのテクニックね。でも、油断は禁物よ? くすくす……」

 

 不敵な笑いを浮かべているが内心では焦っている筈。なにせ俺はまだ一度も被弾していない。これはもしかすると勝てるかも……。

 

 突如背後から爆発音。訳も分からず後方を確認すると、こちらに突撃してきた霊魂が爆発して弾幕をばら撒いて来たのだ。ゆ、幽霊爆弾……!?

 

 そ、そんなのアリかよ!? 反応できる筈もなく爆風と弾幕に晒され、アールバイパーは前方につんのめり、バランスを崩してしまう。くそう、かなりダメージ入ったな……。

 

 どうにか体勢を立て直し再び幽々子と対峙しようとしたが、先程爆発した筈の霊魂が再びこちらを捕捉して突っ込んできたのだ。

 

「爆発したんじゃないのかよ!」

 

「この子たちはエネルギーを放出しただけよー♪ まだまだアズマくんを追いつめるから覚悟して頂戴ね」

 

 扇子を口元に当てて余裕の表情を浮かべる亡霊少女。こうなったらこちらもスペルカードで対抗しよう。とっさに手にしたカードは「銀符『レーザーワインダー』」。

 

 だが、俺がスペル発動の宣言をするよりも早く霊魂が迫ってくると再び弾幕を撒き散らしてくる。前のようには行くかと余裕を持って回避したが、今度は幽々子から放たれる弾に突っ込んでしまった。襲う衝撃に歯を食いしばる。

 

 その矢先、よいニュースとも悪いニュースともとれるシステムボイスが割り込んできた。

 

『You got a new weapon!』

 

 急いでディスプレイに目をやる。見るとたった今受けているスペルカードのアイコンが一瞬表示される。そしてそのままアールバイパーからミサイルが投下されているアイコンに変化した。投下された場所では青い爆風が広がっている。

 

 こ、これは……!

 

『SPREAD BOMB』

 

 やっぱり、ミサイル系兵装「スプレッドボム」だ。今アールバイパーの主力となっていたスモールスプレッド系統の兵装であり、後ろではなく前方に投下できるより攻撃的な兵装。爆風も今までよりデカいぞ!

 

「この土壇場で……。よし、勝てるぞ! 出てこい、ネメシス!」

 

 俺はネメシス人形を展開し、援護射撃の用意をさせると、機体を上昇させ、早速手に入れた新兵装「スプレッドボム」を幽々子周辺にばら撒く。やはり霊魂達はこちらに向かっているようだが、スプレッドボムによって視界が悪くなり、霊魂どもはあらぬ方向へと進んでいってしまう。

 

 そして幽々子の真上に陣取るとスペルカードを掲げる。

 

「爆撃『スプレッドボム』!」

 

 掲げたカード自体はスモールスプレッドのものだが、同系統だし問題ないだろう。迷子の霊魂、花をかたどる弾幕、そして幽々子本人も全て青い爆風で埋め尽くしてやった。

 

「どうだっ、銀翼の咲かせる青いボムの花は!」

 

 扇子の形をしたオーラが消えており幽々子のスペルを破ったことが伺える。だが、本人はまだケロリとしていた。

 

「さっすがぁ♪ 荒々しいんだけれど、決してそれだけじゃない。とっても不思議なお花を咲かせるのね。流石はアズマくん、強いわねぇ。でもぉ、まだ力を隠し持っているでしょ?」

 

 あれだけの爆撃を受けても服すら乱れない。更には幽々子の方もまだ奥の手を隠し持っているようなのだ。これが幻想郷きっての実力者の力……。

 

 追撃をかけるべくリップルを連射していくが、当の亡霊少女は手慣れたような優雅な動きでこれらを回避していく。だが、あれは確実に逃げて防戦に回っている証拠だ。

 

 ここは強気に出て追いかけつつ攻撃を当てる!

 

 気が付くと、幽々子が一際大きな桜の木の前を陣取った。なるほど、奥の手を隠し持っていたということか。ああ、例によって俺はまたも罠にかかってしまったらしい。白玉楼は俺にとってはアウェーだが、幽々子にとってはホームグラウンドだ。地の利が幽々子に味方するのは少し考えれば簡単にわかることだというのに……。

 

「かかったわね。綺麗で見事な桜の木でしょう? この桜の木は『西行妖』。この妖怪桜の力を借りればずっと強力な弾幕をお見舞いできるのよ~♪」

 

 確かに見事な桜ではあったが、まさかそんな禍々しそうな力を持っているとは……。幽々子の周囲に無数の蝶々が集まる。西行妖はわずかに黒ずみ、それとは対照的に眩い光を放つ幽々子。こ、これはハッタリでもなんでもないぞ……。アールバイパーの操縦桿をしっかりと握りしめ、俺は来る強力な攻撃に備える。

 

「桜符『完全なる墨染の桜 -亡我-』」

 

 あまりにかすかな声、スペルカードの宣言は彼女の儚げな印象も相まって非常に小さく聞こえた。だが、実際に放たれた弾幕は決して弱弱しくはない。開幕いきなり迫って来た大弾を避けると再び扇子型のオーラを展開する幽々子と対峙する俺。

 

 それを過ぎるとばら撒かれる桜の花びら、こちらを狙う蝶の複合攻撃を受ける。どうやらあの西行妖の力も相まってそれは美しく、そして非常に殺人的でもあった。こうなれば自動で狙いをつけてくれて、なおかつ一番パワフルなスペルで対抗するしかない。

 

 俺は静かにネメシス人形へ過剰なエネルギーを送り込む。アールバイパーの隠し玉「オプションシュート」を放つ為に。

 

「やっぱり……。アズマ君ってばまだ力を隠し持っていたのね。さあ、私に見せて頂戴な」

 

 なんと、こちらの攻撃を読まれている……! だが、ネメシス人形は暴走寸前だ。もはやこの攻撃を止めることは出来ない。こうなったらイチかバチか、喰らわせる!

 

「操術『オプションシュート』!」




あの八雲紫の盟友ともいわれている幽々子はやはり一筋縄ではいかない相手。
紫との戦いでの決め手だった奥の手「オプションシュート」は果たして通用するのだろうか……?


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第5話 ~炸裂! サイビット・サイファ~

迷子になってしまった半霊の持ち主を探すべく「白玉楼」までたどりついたアズマと彼の相棒たる銀翼「アールバイパー」。
ところが白玉楼の主である「西行寺幽々子」はあの「八雲紫」を弾幕勝負で下したというアールバイパーに興味津々で弾幕ごっこを申し出てきたのだ。
幽々子はとても強く、アズマも奥の手である「オプションシュート」を使わざるを得ないのだが……。


「操術『オプションシュート』!」

 

 俺の叫びに呼応するように、オレンジ色の光の玉となったネメシスはうなりを上げて弧を描きながら幽々子めがけて突進する。周囲の弾幕も吹き飛ばすパワフルさ。普段ならば勝利を確信できる奥の手なのだが、今回は訳が違う。そう、発動直前で幽々子にこの攻撃を読まれてしまったのだ。

 

 まるで舞い落ちる桜の花びらが自らを掴む手から逃げるが如く、スイッスイッと無駄のない動きでネメシスの突進を回避していく。そしてネメシスが残りの魔力を両腕に溜めこみ、フィニッシュの準備に入っている。

 

「まあ大きい♪」

 

 折角の必殺の一撃もこんな言われようである。ネメシスに蓄えられたあらん限りの魔力を投げだして爆発させるも、この亡霊少女は涼しい顔しながら扇子を仰いでいた。

 

「荒々しい花火ね。ところで……、この子どうなるのかしら? ふふっ、可愛いお人形さん♪」

 

 魔力を使いきって自ら動く術を失ったネメシスの手が幽々子に握られる。いつもならこの技を喰らわせた相手は例外なく倒されていたので安全にネメシスを回収する事が出来た。が、今のお手製上海人形はよりによって幽々子の手の中にいるのだ。これでは回収しようにも回収できない!

 

「かっ……返せっ!」

 

 何度も死にそうな思いをしてようやく手にした俺だけの人形。何度も奪われそうになりつつも知恵と勇気(……というよりかは運と蛮勇)で取り戻したオプションへのヒント。何度も試行錯誤して編み出した俺だけのオプション使役術、そして必殺技「オプションシュート」……。そんな俺の苦労の結晶が今や敵の手中にある。もう失いたくない……。俺は必死に喘ぎ、取り戻そうと幽々子への接近を試みる。

 

「こっちよー♪」

 

 あんなデカい扇子型のオーラを纏っているにもかかわらず、素早い動きでアールバイパーを翻弄してくる。更に弾幕まで放ち続けているのだから凶悪極まりない。不意に迫る蝶弾を避けるべく錐揉み回転しつつ前進する……が、進行方向が複数の弾幕によって閉ざされてしまった。マズイ、突っ込む……!

 

 直後、アールバイパーに襲った衝撃。あんなヒラヒラしていた弾なのに喰らうとここまで重たい一撃とは……。今の衝撃でエンジンが停止してしまう。やむなく西行妖の根元に不時着する。

 

「紫からアズマ君の手の内は知らされているんだもの。それにスペルカードを発動する前の挙動でコレが来ることは簡単に読めたわ。それに……その技だって仕留め損なったらこうなる事だってちょっと考えれば分かる筈よ?」

 

 ネメシスの腕をプラプラさせて余裕の面持ちの亡霊少女。何とか人形を取り戻さないと……。だが、アールバイパーのエンジンがなかなか復活しない。くっ、どうすればいい……!

 

 途方に暮れていると、それまでアールバイパーの影に隠れていた半霊が再び活発に動き始める。冥界ということでこの迷子の半霊にも何かしらの影響を与えているのだろう。こうなったらダメ元でアイツに頼んでみよう。

 

「半霊、あの人形を回収するんだ」

 

 コクリと頷くと真っ白い生命体はヒュルヒュルと幽々子に急接近。首尾良くネメシスを回収すると、そのままヒョロヒョロと俺の元まで戻ってくる。

 

「お前……最高だぜ! これで反撃できるぞ」

 

 心の底から感謝の叫びを上げる。心なしか半霊の頬が桜色に染まった気もした。

 

「幽霊まで使役しているの!? それにしても使役して人形を取り返されちゃうだなんてね……。素早過ぎて対処できなかったわ。幽霊のヒットアンドアウェイだなんて」

 

 そうだよ、何もエネルギーが切れるまでネメシスを暴れさせる必要なんてない。途中で戻るように命令すれば魔力の節約になるではないか。最後の爆風がない分火力は落ちるが攻撃後の隙は圧倒的に小さくなる。

 

 減った火力はオプションをより多く射出すれば補えそうだが、生憎人形は1体しか持っていない。

 

 ふとネメシスに目をやるとアールバイパーの右側に陣取っている。邪魔にならないようにと配慮していたのか、半霊は反対側、つまりアールバイパーの左側で浮遊していた。少し機体を動かすと間合いが変わらないようにネメシスと半霊が追随する。

 

 自機の左右にオプションを固定して……そして標的に向かって突っ込んだり元の場所に戻ったり……。何かひらめきそうだぞ!

 

 爆発が使えない分一気に2つを飛ばして……ハッ、これはもしや! 思い出した。この構えはまさしく「サイビット(※1)」のもの……!

 

 一気に2つのビットを敵に向けて飛ばして頃合いを見て自動で自分の場所に戻ってくれるという非常に便利な「サイビット」。ネメシスと半霊をサイビットに見立てて同時に飛ばせば火力も補えて攻撃後の隙も格段に減る……!

 

「幽々子、これが俺の新スペルカードだ! 行くぞっ!」

 

 即席でメモ帳に簡素なイラストを描き作ったスペルカードをゆっくりと掲げる。その名前は既に考えついている。声を大にしてスペル名を口にした。

 

「操術『サイビット・サイファ』! ネメシス、半霊! 同時に突撃っ!!」

 

 再びネメシスはオレンジ色のオーラを纏う。反対側ではなんと半霊も同じようにオーラを纏っていた。2つのオプションがオレンジ色の光を散らしながら大回りしつつ幽々子に迫る。

 

「えっ……、2つも……?」

 

 最初に標的に辿り着いたのはネメシス人形であった。反対側の光とアールバイパー本体の動きに気をとられていた幽々子に避ける術はなかった。鈍い音が響き、ネメシスが突進に成功した事がわかる。弾き飛ばされる亡霊少女。

 

 撃ち上げられ無防備となっていたところに遅れて飛んできた半霊が同じく突進する。当然これもクリーンヒット。重い突進を2度も受けたのだ。流石の幽々子もグロッキーになる筈。

 

「戻れ!」

 

 俺の号令に素早く反応し、ネメシス達が定位置に戻る。対する幽々子は凄まじい爆発音を立てて地面に突っ伏していた。やられ際も無駄に演出を行ったのか? 念の為銃口を向けておく。下手に油断を見せるとどんな不意打ちをしてくるか分からないからだ。

 

「そんな物騒なもの向けないで。今回は私の負け。まさか途中で新しいスペルを思いつくだなんてね……」

 

 と、降参を意味する白旗を何処からか持ち出して振っている。とはいえ、息を切らせている様子も見せないし、妙にケロリとしている。やはり本気で勝負していたわけではないようだ。

 

「それで、そろそろ本題に入りたいのですが……」

 

 そう、俺は白玉楼へ弾幕をしに来たのではない。迷子の半霊について心当たりがないかと聞きに来たのだ。激しい勝負で疲弊していたが役目はちゃんと果たさないとね。

 

「いいえ、何も言わなくて結構よ。今ので用件は大体分かったから。そんなことよりおなかがすいたでしょう? ちょっと上がっていきなさいな」

 

 用件を知った上でこの対応。かなりマイペースな人らしい。あ、亡霊か……。

 

「いえ、俺はそこまで空腹では……」

「たくさん体を動かしたから、私がお腹ペコペコなのよー! ご馳走するわ、貴方も一緒に食べましょう?」

 

 ぶーっと頬を膨らませる亡霊少女。紫以上に子供っぽいところがあるのだな。

 

 そんなわけで、なんかよく分からない理由で白玉楼に案内された。俺の後に続いて半霊も白玉楼へ入りこむ……。

 

 

⇒驚愕する

 

 

 白玉楼はかなり大きなお屋敷であり、その大きさは命蓮寺にも匹敵することが分かる。そして通された広間に向かうと既にこのようになることを予見したかのように多くの料理が並べられていた。

 

「宴会……?」

「いいえ、違うわ。ほとんどが私の分。もちろん貴方にも分けてあげるわ。さあ、うち自慢の幽霊料理人達が腕によりをかけて作った料理よ。たんとおあがりになって♪」

 

 いやほとんど幽々子一人分って……。ちょっとした宴会ならすぐに開けそうなほどの食べ物の量が食卓に並んでいるぞ。とても二人で完食出来るものではない。まあこれだけ大きなお屋敷なんだ。幽霊の料理人を雇っているというくらいなので、他にも使用人とかが沢山いてここで食事を取っているのだろうと考えたいが、そうではないと幽々子は断言するし……。

 

 まあいいや。折角の御馳走なのでいただこう。一口パクリといく。……んまい。そしてかなりあっさりとした味付けだ。なるほど、これなら沢山食べることができそうだ。特にこのお吸い物なんて薄味ながら喉の奥で絶妙なハーモニーを奏でているではないか。

 

「お吸い物が気に入ったのかしら? それは夜雀という妖怪の出汁が沢山出ているのよ♪」

 

 鳥ガラスープ……? というか食事を始めてまだいくらも時間が経っていないのに、幽々子周辺の食べ物がほとんどなくなっている。この時間であれだけ平らげてしまったのか? 彼女の胃袋はブラックホールか何かなのだろうか?

 

「ん~、おいしー♪ おかわりっ!」

 

 別にガツガツと下品に食物を口の中に流し込むというわけではないのに(むしろ見とれる程、上品に食事をとっている)、脅威的な速度で食べ物が減っていく。なるほど、これだけの量でほとんど自分用だと言うのは理解した。

 

(青年&亡霊少女食事中……)

 

 結局あれだけあった料理の山は全て俺達の胃袋に入ってしまった。もちろんそのほとんどが幽々子の胃袋の中なのだが。こちらの食事が終わると待ちかまえていたように幽霊の使用人達が食器を下げていく。今度はお茶やお団子を出され、二人でズズとお茶をすすっている。

 

「やっぱり甘いものは別腹よねー♪」

 

 コロコロと笑いを浮かべながら食後の甘味を美味しく頂く大食い亡霊。あれだけ食べておいて別腹とはよく言ったものだ。だが、実際に美味しいのだから俺ももくもくと喰らっている。

 

「あれだけごちそうになった上に……、ハッ! まさか俺を太らせて食べる気じゃ……」

「それも悪くないわね……って、冗談よ~♪ そんな怖い顔しないで頂戴な。私も亡霊になる前は人間だったのよ? 人間を食べる筈がないじゃない。ところで……」

 

 一通りジョークをかますとようやく本題に話題を移そうとする。今までのほんわかした表情からは予想できないほど神妙な面持ちになっていた。俺も姿勢をただし傍に半霊を座らせ話を聞く体勢を取る。

 

「白玉楼には自慢の庭師さんがいるの。少しおっちょこちょいだけど真面目でとっても可愛い子。それでその子は『半人半霊』っていうちょっと珍しい種族。名前は『魂魄妖夢』。……端的に聞くわ。貴方、この子と何処で会ったのかしら?」

 

 先ほどとは比べ物にならないほどの鋭い目つき。確かに俺は誰かの半霊をずっと連れ回してきた。彼女が知りたいのはそうなるに至った過程だろう。当然俺が無理矢理に半霊をさらったと考えているかもしれない。

 

「俺を、疑っているのか? 人……いや、半霊さらいの犯人だと」

「いえいえ。その線は絶対にないわ。無理に連れ回した半霊が弾幕勝負で手助けなんてしてくれないでしょう? それに不思議なのよ。見ず知らずの人には気難しい態度を取る妖夢が、半人ではなく半霊の方とはいえ、こんなにもアズマ君に懐いている」

 

 疑われているのではないと告げられ胸をなでおろすと、俺は半霊と出会うまでのいきさつを可能な限り幽々子に話した。突然空から降ってきた事、瀕死の重傷を負っていた事、命蓮寺で介抱しある程度元気を取り戻したから半霊の持ち主を捜しに来た事……。

 

「なるほどね。確かに妖夢はこの白玉楼にいたわ。……数日前まではね」

 

 彼女はおもむろに視線を逸らす。とても悲しげに見えた。

 

「あの子ったら『異変が起きた。犯人を懲らしめる』とだけ口にして数日前にここを出ていってしまったわ」

 

 随分と無鉄砲な少女だったと見れる。だが、俺や白蓮もこの状況に置かれたのなら同じ選択をしていたのかもしれないな。

 

「おかげで私のからかい相手がいなくなってストレスがたまったものよ。あっ、妖夢ってね……根が真面目過ぎるから、ちょっとからかっただけで凄く面白いことになるのよ~♪」

 

 いやいや、なんでそうなるのさ!? このままでは話が脱線しそうだ。話の趣旨があっちへこっちへフラフラしているのは良くも悪くも亡霊らしく芯がしっかりしていないというか……。いや、幽々子自身は芯が強そうだけど……。俺は咳払いをして話題の修正を促す。

 

「あ、あら……ごめんなさいね。それで妖夢が出ていってからもう何日も経っているけれど一向に帰ってこないのよ。流石に少し心配になってきたところ。そうだアズマ君、悪いけれど妖夢を探して欲しいの」

 

 なんてこった! 命がけで冥界まで赴いたのに、半霊の持ち主の名前が「魂魄妖夢」という事しか(他にも妖夢の特徴を幽々子から教わったりもした。銀色のおかっぱ頭で背が低い。緑色のワンピース姿である。刀を2本常に帯刀しているなどなど……)収穫がないじゃないか。だが、肝心の妖夢の居場所がまるで突き止められない。せめて妖夢がどんな異変を解決しに行こうとしたのかさえ分かれば……。

 

「ところで妖夢がどっちに向かったのかは……?」

「ここを出るとき妖夢は何て言っていたかしら? ええと……」

 

 次の瞬間、俺の懐が眩い閃光を放ちながら激しくバイブレーションする。急な出来事に驚き服の中をまさぐると、何やら宝塔のようなものが閃光と振動の発生源であることが分かる。

 

 これはかの毘沙門天代理が愛用している宝塔、それのレプリカだ。俺は「レプリカ宝塔」と勝手に呼んでいる。八雲紫との決闘の後で、アールバイパーでの任務は危険が伴うだろうと白蓮が授けてくれたものである。

 

 暗い夜道を照らしたり空気清浄機になったり(俺はあまり使っていないが)様々なアロマな香りを出したりもする便利なアイテムである。あと持っていると運気が上昇する(ような気がする)。更に通信機としても機能しており、このように命蓮寺と常時コンタクトを取ることが出来るのだ。どういう原理なのかは知らないが、宝塔の光から通信相手がホログラムのように映ったりもする。

 

 俺はそんな宝塔を模した通信機を机の上に置き、コンタクトを試みる。

 

 その光が映し出す姿は寅丸星のものであった。ホログラムとして映し出される表情からかなり焦っている様子がうかがえる。

 

「アズマさんっ! 人里で辻斬りが現れたって大騒ぎになっています! 逃げ遅れた妖怪や人間達が何人も負傷しているようです。自警団が姿をくらませた辻斬りを追っているようですが難航している様子。アズマさんもアールバイパーで支援を!!」

 

 通信を一緒に聞いていた幽々子の表情が固まる。顔色も青白くなっておりワナワナと唇を震わせている。辻斬りに心当たりでもあるのか?

 

「そんな、まさか……! 妖夢、妖夢なのっ!?」

 

 異変解決に向かった筈が人里で辻斬り? だが、その後星の口から告げられる辻斬りの特徴などから確かに辻斬りの正体が妖夢であるという線が濃厚だ。

 

「あの子は昔っから情緒不安定になることが稀にあるの。今は半霊がいないからより不安定になっている筈! アズマ君、私からもお願いするわ。あの子を、妖夢を止めてあげて!!」

 

 異変解決の為に出ていった、その後瀕死の半霊が落ちてきた等から異変の犯人に倒されて捕らえられているとばかり思っていたが、違うらしい。でも何故見境もなく人斬りを? そして半霊だけがこちらに来た理由は?

 

 とりあえず考えていても仕方がない。急いだ方がいいだろう。妖夢とやらのもう一つの体である半霊が近くに向かえば何か変化が起きるかもしれない。半霊を速やかに人里に向かわせることが出来るのは幽々子でも白蓮でもない、紛れもなく俺なのだから。

 

 俺は西行妖の根元に不時着させていたアールバイパーを起動させ、最高速度で人里を目指した。




(※1)サイビット
横STG「R-TYPE LEO」に登場した自機の上下に配置されるオプション。
一定時間、敵を自動追尾して体当たりさせる「サイビット・サイファ」が強烈だ。


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第6話 ~降り立った脅威~

迷子の半霊の持ち主は「魂魄妖夢」という白玉楼の庭師のものであった。
彼女を探そうと試みた矢先、命蓮寺の「寅丸星」から妖夢と思しき少女が人里で刀を抜いて暴れているとの知らせを受ける。

とんぼ返りで現世に戻るアズマであったが……


 太陽も傾き始め周囲にオレンジ色の光をふりまき始める頃、アールバイパーは人里の入口に到着。既に何人かが集まっているようだ。

 

 一人は寺子屋の慧音先生であることがすぐに分かった。そして屈強な男達が数人。恐らく彼らが人里の自警団なる集団だろう。

 

「ヒッ! 鳥の妖怪っ!?」

 

 自警団の一人がアールバイパーを一目見てこの反応。大男が悲鳴を上げて頭を抱えているなんて実に情けない。というかだな……、いつになったら俺の相棒を正しい名前で呼んでくれるのやら。

 

「だから『変な鳥の妖怪』じゃなくて超時空戦闘機『アールバイパー』ですっ!」

「いや、別に『変な』とは一言も言っていないのだが……」

 

 真っ当な突っ込みを受けながらいつもの挨拶終了。うん、確かに「変な」とは言っていなかった。反省反省……。

 

「安心してくれ。こいつは命蓮寺の新入りだし、無闇にお前達に危害は加えないさ。それに中身は人間だからな」

 

 ざわめく自警団達にアールバイパーに危険がない事を説明する先生。ナイスフォローだぜ。

 

「さてアズマ、これから手分けして人里に潜伏している辻斬りを探す。相手はかなりのやり手のようなので、助っ人に来て貰ったんだ。一人は白蓮。彼女は今、里の人間達の避難を手助けしているところだ。もちろんアズマのことも強力な助っ人として頼っているぞ。そしてもう一人強力な子がいる筈なんだが、遅いな……。他の自警団の皆はもう来ているというのに」

 

 助っ人とはこの自警団の皆さんのことなのだろうか? 確かに皆見るからに強そうな体形をしているが、特殊な能力を持っているようには見えない。あえて言うなら自分の住処を何としても守り通すという強い決意が彼らの特別な力になっているところだろうか。

 

「ん? この男たちが気になるのかい? 普段人里を警備している自警団の方だよ。普段は彼らが里をパトロールして人や妖怪のトラブルが起きないように目を見張っているんだ。で、普段は人里にいないのだが、彼等を束ねるリーダーがいるんだ。そいつがもう一人の助っ人であり、私の友人でもあるのだが……」

 

 先生がポツリとぼやいた矢先、山吹色の空の中、一際真っ赤に光る影を見た気がした。それが一際キラリと強く輝いたかと思うと、今度は甲高い鳥の雄たけびのような音が周囲に鳴り響く。それと同時に俺の目の前数メートルに激しい衝撃が走った。風圧に巻き上げられた砂埃が舞っている。

 

 あまりに突飛な現象のラッシュに俺は呆然と立ち尽くしていた。そしてモウモウと立ち込める煙の中、人の姿がボンヤリと見えていた。

 

「わりぃわりぃ……。遅れちまったよ」

 

 立ち込める砂埃とくすぶる炎の中心にいたのは見事な長い白髪を持った少女であった。白いシャツに赤いもんぺ姿と霊夢のように赤と白が眩しい出で立ちである。その彼女が少しかったるそうに片手をあげて皆に挨拶する。

 

「うぃーっす」

「『うぃーっす』じゃないだろう! 大遅刻だぞ、妹紅(もこう)!」

 

 叱責する慧音を無視して自警団に同じように挨拶をする妹紅と呼ばれた少女。この大男たちはこの少女相手に随分とヘコヘコしていた。

 

「妹紅さん、チーッス! 早いところ始めましょうや」

「辻斬りだか何だか知りませんが、サクっとシメてまた伝説作ってくださいよ!」

 

 まるで一昔前のスケバンとその取り巻きのようなやり取りである。遠巻きに見て苦笑する慧音先生の表情は何とも言えない。だが、気を取り直して毅然とした表情で俺達に呼び掛ける。

 

「さて……。わざわざ妹紅や命蓮寺の銀翼『アールバイパー』を呼び出したのは皆も知っての通りだ。人里に現れた辻斬りの確保。出現が確認されてからの時間と被害に遭った者の数から考えてただの人間でないことは確実なんだ。これより作戦を説明する」

 

 真剣な面持ちの慧音を確認するとスケバン……いや妹紅も表情を引き締める。もちろん俺もだ。先生によるブリーフィングを要約すると、聖白蓮があらかじめ里に入り懸命な救助活動を行っている為に里に残った人間は心配ないだろうが、万一はぐれたものを見つけたら救助するという事、そして効率よく任務を遂行するために二手に分かれるとのことの2件が主であった。

 

「大体はそんな所だ。妹紅は自警団を率いて東側から、私はアズマと西側から捜索に入る。どうやら辻斬りからは人ならざる気配を感じるのは先程も話した通りだ。相手が一人だからといって油断しないように」

 

 あまり統率されてはいなかったが、バラバラに「ウッス!」と応えやる気を見せる自警団達は妹紅に率いられながら里へと向かう。それを確認すると今度は俺と慧音が反対側から探索を始める……。

 

 すっかり見覚えのある里の風景であったが、人気がないだけでこんなにも異質に見えるとは思わなかった。温かみのあるはずの周囲の色もどこか不気味に見えてくる。

 

 途中で怯える人々を引率する白蓮とすれ違ったが、軽く会釈しただけで話し込んだりはしない。今は辻斬りの確保が最優先だ。

 

 ただひたすらに歩みを進めていく。ちょっとした風の音すら敏感に感じ取れるくらいに静かになっていた。表通りを見回ったり、路地裏に入り込んだりするが、今のところ怪しい影は見えない。しばらく無言のまま探索が進んでいたが、ふと思い出したかのように慧音が大きく息をつく。

 

「少し休憩しようか。こういうのはガムシャラに歩き回ってもいい結果は出ない。一息つこう。それにアズマなんかはそんなに縮んだ上に機械の翼に閉じ込められっ放しでは息も詰まるだろう」

 

 当てのないものを探すというのは思ったよりも労力を要するものである。俺も二つ返事をし、リデュースを解除し、銀翼を元の大きさに戻す。適当な場所に着地させると俺はアールバイパーから降りて、その銀翼に腰かけた。ふわりとすり寄ってくる半霊を膝に抱え、優しく撫でてやる。

 

「もうすぐだ、もうすぐ会えるからな」

 

 スリスリと甘えてくるこの真白い生命体を可愛がりつつも一抹の不安が俺の脳裏によぎる。半霊の持ち主である妖夢は暴走して辻斬りとなり果てている。そんな状態の半人と会って半霊はどんな気持ちになるのだろうか? ショック受けたりしないのだろうか……。

 

 と、アールバイパーの下から慧音先生がふわっと浮遊し「隣いいかな?」とだけ簡潔に口にすると俺のすぐ横に腰かけ始めた。さらさらの青白いロングヘアーが風になびきながら、夕陽に照らされ光っていた。そのまましばらく黙っていたが、唐突に口を開いた。

 

「ときにアズマよ」

 

俺に唐突に話しかけた先生。ビックリして変な声で返事してしまった。

 

「八雲紫の一件の時は自分も手助けすると言っておきながら、何も出来ずにすまなかった。私は今でも驚いているよ。流石に本気は出していなかったのだろうけれど、あの妖怪賢者の口から『まいった!』と言わせたのだから」

「褒められたようなものじゃない。あの時は勝敗よりもただ死にたくない、生き延びたいって思いで一杯になってそれで……卑怯な手を使って勝っただけだ」

 

 あの勝利は「操術『オプションシュート』」による不意打ちで得たようなもの。弾幕ごっこ用の道具を完全に破壊されているのだ。本来は試合の続行など不可能な状態。だのに俺はスペルカードの発動を宣言し、紫の拘束から逃れたのだ。

 

自らを卑下する俺を見て、先生は諭すように続ける。

 

「いいや、八雲紫は君のスペルに対して『まいった!』と言ったのではなくて、君の抱いていた『幻想郷で生きていく!』という強烈な想いに対して『まいった!』と言ったのではないかな? 紫も『妖怪は人を襲い、人は妖怪を退治するもの』といつも口にしている。そのルールを理解し、受け入れられるかどうか。あの時の彼女はそこを重点的に見ている感じだった。だから胸を張れ、君は幻想郷の住民として認められた!」

 

『生き抜いてやる』という想い。それこそが大切である旨は紫からも言われている。その結果が不意打ちだったのだが、卑怯である事との板挟みで今も葛藤する事があった。

 

 だが胡散臭い紫だけでなく、先生からも同じような事を言われた。おかげで俺は過去の後ろめたさを振り切ることが出来たようだ。それに、どの道もう過ぎた事だ。過去はどうあれ、今の俺は幻想郷の……命蓮寺の轟アズマだ!

 

 薄雲で遮られていた夕陽が再びアールバイパーを射す。沈みゆく夕陽は過去の俺との決別。夜空と夕陽で混ざり合った紫の空に光る星々はこれからの無限の可能性の証。そして同じく紫色に染められた小さな雲は……

 

「そうだ、その意気だ。これでようやく本題に入れる。その『生き抜く』という想い、何か本能的なもの以外も感じた。自分自身以外の為にも抱いた気持ちなのだろう。その相手はやはり……?」

 

 俺はただ無言でうなずき天を仰ぐ。紫雲は吉兆の証。そして右も左も分からない俺を導いてくれた命の恩人の象徴……。

 

「そうか、何も言うな。君の表情が全てを物語っているのだから。ならば尚更胸を張らなくてはいけない。自分の行動に自信を、誇りを、責任を抱け。あの時……アズマが唯々生き抜きたいとひたすら思った時のように。それこそが君自身の、そして君の愛する……」

 

 ありがたい話の途中だと言うのに、突然半霊がざわざわと騒ぎ出す。何か気配をキャッチしたのだろうか?

 

「辻斬りが近いかっ? アズマっ! 銀翼に乗り込み戦闘の用意!」

 

 勢いよくアールバイパーから飛び降りた慧音は凛と気を張り、来る敵に備えている。俺もバイパーのコクピットに飛び乗り、リデュースを発動した。機体の外で半霊は今もせわしなく震えている。見ているこっちが不安になる程だ。

 

 既に陽は沈み辺りは夕闇に支配されつつある。そして薄暗い人里の一画で、不意に人影が飛び出してきた。長い得物を持っている! ついに出たか、辻斬りめ!

 

 俺と慧音は不用意に飛び出した人影を取り囲んだ。

 

「見つけたぞ! 長い刀を振りまわして人里を恐怖に陥れた不埒な辻斬りめっ!」

「ぴゃっ!? ……ど、どひゃあ! 変な鳥の化け物~!」

 

 突如我々の前に飛び出してきた怪しげな人影はヘンテコな悲鳴を上げると尻もちをついた。なんだ、あまりに呆気なさすぎるぞ。

 

 いや、コイツよく見ると辻斬りでも何でもない。確かに小柄な少女ではあったが、長い得物だと思っていたのは刀ではなく紫色の傘。大きな舌と一つの目玉を持った奇妙な傘。今にも涙が零れ落ちそうな両目はそれぞれ色が違う。オッドアイと呼ばれるものだったのだ。というかコイツって確か……。

 

 思い出した。命蓮寺によく遊びに来る「唐傘お化け」と呼ばれる人を驚かせることを生きがいとする妖怪じゃないか。確かこのオッドアイの少女は「多々良小傘(たたらこがさ)」とかいう名前だった。

 

 白蓮も「この子は危険がないから」と言っていたので俺も一緒に遊んでいたな……。さしずめここで人間を驚かせようとしたら運悪く辻斬りに出くわしてしまって逃げ惑っていた途中だったのだろう。

 

「辻斬りがこの先にいるのか?」

「ツジギリ……? そ、そんなレベルじゃないよぉ。もっとビッグでコワい正真正銘のバケモノがいたんだ」

 

 その後もうわ言のように何かを口にしていたが、慧音が落ちつくようにと諭しながら抱き締めると静かになった。俺は今も来る敵に備えて身構える。小傘の口にするバケモノの特徴はやはり妖夢とは似ても似つかないもの。なんだ、辻斬りの他にも脅威が潜んでいるというのか?

 

 程なくして巨大な影がぬっと姿を現す。人里に建つ小さな建物と同じくらいの大きさ。確かに辻斬りなんかよりもずっとデカい。が、その影が近づくにつれて俺も驚愕せざるを得なくなってくるのだ!

 

「なんだ……コイツ?」

 

 その姿があらわとなると慧音も唖然とする。あまりに幻想郷に似合わない機械仕掛けの巨体がゆっくりと近づいてきたのだから。

 

 その巨体はアールバイパーのように無機質な体を持ち、横に伸びた六角形の形をしていた。中央には青く光る円形のコア、前方には大口径のビーム砲が4つ、そしてマンボウのように平べったい体。俺はコイツを知っている。こいつは「ビッグコア(※1)」だ。間違いない。ご丁寧に遮蔽板までついているのだから。

 

「ビッグコア……どうして幻想郷にいる!?」

 

 答える声はない。一斉に照射される4本のビーム砲、それが答えであった。もとより話し合いなど通じる相手でないことは十分承知。さらに言うとビーム砲による不意打ちも予測済み。俺は大回りでビームを避ける。残念だな、お前の戦い方は手に取るようにわかるんだ。

 

 避け際にリップルを放つが、ビッグコアの頑丈な装甲に弾かれてしまう。ビッグコアを倒すためには中央のコアを破壊すればいい。しかし奴の装甲は非常に堅牢であり、アールバイパーの武装では破壊することはできない。なので唯一の脆弱部である遮蔽版を狙い撃ちして壊すことでコアをむき出しにするのが正攻法だ。

 

 その小さな遮蔽版を壊すのにリップルでは少々分が悪い。距離を稼げば輪が広がるということは、それだけ装甲に着弾して弱点に攻撃が届きにくいことも意味するのだ。それならば、リップルからノーマルレーザーへ換装。遮蔽版を狙い撃つことにした。

 

 が、相手も黙っているだけではない。4つのレーザー砲で応戦してくる。リデュースしたアールバイパーでは隙間を潜り抜けることも出来なくはないが、少しリスキーである。よって再びビームの塊ごと回避。しかしこの回避行動によってレーザーが狙った場所に命中しない。

 

「これ以上人間の為の里で好き勝手なことはさせない! アズマ、要はあの青い目玉を壊せば機能を停止するんだな? 助太刀するっ!」

 

 光学兵器の撃ち合いに業を煮やした慧音はスィーっとビッグコアの真横に陣取る。

 

「簡単じゃないか。真横から攻撃すれば目玉をすぐに壊せる」

 

 お、おい……! なんかそれはやってはいけないような……。しかし慧音の放った弾は何もないのに見えない壁に弾かれてしまっていた。

 

「っ! 結界か何かか!?」

 

 どうやら一見弱点がむき出しに見える側面は見えない壁に覆われているらしく、目に見える装甲のように攻撃を遮断してしまうようだ。となると結局は正攻法しか受け付けないということになる。ならばとロックオンサイトを覗き込み再び攻撃の態勢を……いや、何か仕掛けてくる! いや、これは……錐揉み回転してくる!

 

「慧音、すぐに離れるんだ!」

 

 俺が呼びかけ終わるか終らないかという頃、ビッグコアはその薄っぺらい体をギュルンギュルンと高速回転させた。衝撃をまともに喰らい、慧音が弾き飛ばされる。

 

「かはっ……!」

 

 腕のないアールバイパーは吹っ飛ばされた彼女を救う術を持ち合わせていなかった。他の幻想郷の少女のように生身で空を飛べれば抱き抱えながら受け止めることも出来たのにと自責の念に駆られる。重力の赴くままに慧音はそのまま地面に叩き付けられ、小さくうめき声をあげた。

 

 更に悪いことにビッグコアの攻撃はこれだけでは済まなかった。錐揉み回転は未だ止まらず、そのまま俺めがけて突進を始めたのだ。スピードを最大にまで上げて回避行動をとる。間に合うかっ……?

 

 間一髪のところで直撃を免れる。すぐさま振り向いて反撃の準備に出た。さあ、狙いを定めて……!

 

「どうしてお前が幻想郷にいるのか、どうして俺たちを襲うのかわからないが、考察は後だ。お前……撃ち抜く!」

 

 突然の敵に戸惑っておりイマイチ本気を出せないでいたが、慧音が負傷したことで目が覚めた。俺はネメシスを呼び出し自分の後についていくようにと命じる。

 

「ネメシス、トレースオプションの構えだ!」

 

 オレンジ色の魔力のオーラをまとったお手製上海人形はアールバイパーのすぐ後ろを一生懸命ついていき、援護射撃を行う。なんとその後ろでは半霊までもが後をつけていた。さすがに援護射撃はしてくれなかったが。

 

 ビッグコアのビームが再び放たれる。相変わらずの素早さだが、単調さも相も変わらずだ。俺はそれを再び避けるが、ネメシスは光学兵器にさらされる。だが、それでいい。今のネメシスはあらゆる攻撃を受けない。よし、そろそろ反撃だ。ネメシスから放たれる細長い青いレーザー。それがビッグコアの遮蔽版に命中し、それを砕いた。

 

「まだ終わりじゃないぜ!」

 

 回避したその足で今度はビッグコアの斜め上に陣取る。さて、スプレッドボムをお見舞いしてやるか。いくらビッグコアの装甲が分厚くともスプレッドボムの爆風は貫通してしまうのだ。これで2枚目、3枚目と遮蔽板を破壊していく。

 

 ゆらりとアールバイパーに狙いを定めるべく動き始める巨体。しかし、あまりに遅すぎる! 今度は低空飛行し、ネメシスに遮蔽板を破壊させる。よし、これでお前を守っていた板は全部壊したぞ。あとはそのコアを撃ち抜けば……。

 

「うう……」

 

 体当たりを受けてうめきながら気を失っていた先生が目を覚ます。と、慧音は何かに気がついたようだ。

 

「このバケモノを覆っていた結界が消えている……? よし、今なら!」

 

 真横で起き上がった先生は真横からコアめがけて頭突きを喰らわす。急な衝撃にバランスを崩したビッグコアはそのまま地面に倒れ込んだ。コアが赤く変色しており、今の攻撃がかなりのダメージになっていた事が分かる。

 

 先程は横から攻撃しても結界によってビクともしなかったが、今は悶えているようにさえ見える。そうか、遮蔽板を失った事と関係するのかもしれない。遮蔽板を失うと結界の効力が無くなり横からもダメージを与えられるとか?

 

 ともかく再び起き上がったこの巨大戦艦にトドメをさすべく、俺は少し背後に引く。逃げる? いや、俺の後をついて行くネメシスを誘導するためだ。アールバイパー本体とネメシスから同時にレーザーを照射する。

 

 それは一直線にコアに直撃し、それを打ち砕いた。

 

「やった!」

 

 するとあれだけ堅牢だった装甲が音を立てて崩れていく。そして大爆発。カラクリが分かれば大した相手ではなかったな。

 

 物陰に隠れて震えていた小傘がようやく顔を出す。

 

「もう出てこない?」

 

 人里は危険だから離れるようにと小傘に一言。彼女はダッと空に飛びあがり、またたく間に消えていった。

 

「なあ、アズマはさっきのバケモノについて知っていたのか?」

「いや……。アレが何者であって、どう戦えばいいかは知っていたが、どうして幻想郷に姿を現したのかは分からない。信じたくはないが外界で忘れ去られてしまったのだろうか?」

 

 俺は慧音に分かる限りの事を話した。

 

 今の巨大戦艦は昔のとある名作横STGのボスキャラだった。今俺が乗っているアールバイパーの大元となった超時空戦闘機の出てくる作品でもある。いくら「横STG御三家」の1つとして称えられている作品だったとしても、外界ではSTG人気は既に下火になって久しい。

 

 多くの人に忘れられて幻想郷に迷い込んだと解釈する事も出来る。現にこのアールバイパーも本来はそうやって人々に忘れ去られた結果、幻想郷に辿り着いたのだから。

 

 だが、不可解な点もある。ビッグコアの側面が結界に守られているという事。そんな話原作では聞いたことがない。これはどういうことなのだろうか?

 

「それでは今のは君の乗っているアールバイパーと同じ……いや、でもまるで生気というものを感じなかった。……ううむ、分からないことだらけだが、今は本来の目的を達成しよう」

 

 そうだった。今は辻斬りとなってしまった妖夢を止めることが最優先事項。再び振り出しに戻ってしまったが、少しずつ探していかないとならない。

 

 と、また物陰から人が飛び出してくる。今度こそと銃口を向けるが……

 

「お、俺だ! 撃つんじゃない!」

 

 妹紅と行動していた筈の自警団のメンバーではないか。至る所傷だらけで命からがら逃げてきた事が容易に分かる。

 

「その怪我は?」

「例の辻斬りを見つけたんスが……、化け物じみた強さで我々は全滅。一人残った妹紅の姐さんがサシでやり合っているけれど……」

 

 気を失いかける自警団を抱きかかえ、どっちで見たのかと問う先生。男は力なくその方向を指差すと今度こそパタリと倒れてしまった。

 

「もういい、喋るな。少し休んでいるがいい。これだけの人数が皆やられるとは……。妹紅、無事でいてくれ!」

 

 俺も妹紅の援護をするべく、慧音先生の後に続き高速で飛行した。




(※1)ビッグコア
横STG「グラディウス」シリーズに登場するバクテリアン軍の戦艦。
中央のコアとそれを守る遮蔽版以外は頑丈な装甲で出来ているのだが、シリーズが進むたびに少し頑丈なザコ敵扱いにされたり逆に自機になったりと扱いがいいのか悪いのかよくわからないヤツである。


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第7話 ~半人半霊の庭師~

人里で妖夢らしき辻斬りが暴れているらしい。
その報せを受けて白玉楼から再び現世に舞い戻ったアズマとアールバイパー。
だが、人里では妖夢とは別に「ビッグコア」という数メートルサイズの宇宙戦艦までもが降り立っていたのだ。

明らかに幻想郷の住民ではない相手に戸惑うアズマだったが、慧音先生と協力してこれを撃破。
今度こそ辻斬りの情報を得てそちらに向かうのだが……!


(幻想郷某所……)

 

「まさかあんな簡単にビッグコアを倒すとはね。いえ、あの程度で苦戦されてはつまらないわ」

 

 幻想郷のどことも知れず場所、暗室の中怪しげに瞳が輝く。その瞳が見ているものは、やはりどこからか仕入れてきたであろう映写機が投影する映像。

 

 薄暗い部屋の中、壁に人里の一画が映し出されている。ちょうどアールバイパーとビッグコアが交戦しているところであった。

 

 この真っ暗な部屋の中で唯一の光源となっている映写機は、人里の様子以外にもそれをほくそ笑みながら目を通す女性のシルエットも映していた。背後には彼女を凌駕するほどのサイズをした赤黒い球体が不気味にうごめいている。

 

「もちろん……、分かっているわ。貴方の潜在能力はあんな程度ではない。もっともっと研究を重ねて究極の機械生命体を生み出して見せるわ。それこそ幻想郷に革命を起こすほどの……!」

 

 気味悪くクククと笑いながら女性はその巨大な赤黒い球体を撫でる。

 

 

____________________________________________

 

 

 

(その頃、人里では……)

 

 信じられない光景が広がっていた。黄昏時の薄暗い闇の中で息を切らして倒れ込んでいるのは自警団の皆さん。無数の体の上にただ一人立ち尽くすのは両腕を炎で纏った妹紅と辻斬り……。

 

「そんな……!」

 

 幸いなことに致命傷を負っている者はいないようである。だがそれは辻斬りが手負いの自警団に手をかけようとする度に妹紅が必死にその身を差し出して止めに入るからだ。

 

 だが、その妹紅もかなり押されているようである。何度も切り付けられ、肩を押さえながら息を弾ませる妹紅はそれでも眼光を絶やさずに敵を睨み付けていた。

 

 考えてみれば当然だ、相手は武器を手にしている。あんなものを振り回されては徒手空拳の妹紅では分が悪いというのは火を見るよりも明らかであるから。

 

「アレが『魂魄妖夢』……?」

 

 確かに星が言っていたようにおかっぱ頭の背の低い少女ではある。だが、むき出しの2本の刀は血で染まっており、彼女は常に薄ら笑いを浮かべている。明らかに正常な状態とは言えない。

 

 何よりも特徴的であったのはその紅蓮色の瞳。まるで虚空でも見ているようで、焦点が定まっているようには見えない。だが、殺意に満ちた光を常に放っており、非常に危険な状態であることはここに転がっている自警団の皆さんを見れば容易にわかる。

 

 そしてその息使いひとつが命取りとなった。息を吐く際の一瞬の心の緩み、その瞬間を妖夢は見逃しはしなかった。一気に地面を蹴ると一閃、妹紅の胴体に斬りつけた。それこそ誰も反応が出来ないほどの速さで。

 

 一瞬胴体が真っ二つになる様が見えた気がした。慧音の息を飲む音、虫の息の自警団の驚きの表情。

 

「妹紅っ!」

 

 飛び散る鮮血は赤黒色。その赤黒色はいつしか炎となり、そしてその胴体もろとも爆散した。う、嘘だっ。とうとう人を殺した……!

 

 小さく燃える炎は亡骸を灰に帰す。なんということだ、遂に犠牲者が出てしまった。……と思った矢先、弔いの炎が突然激しさを増す。しばらく激しくメラメラと燃えあがると炎は拡散し、そして消えた。その中心にいたのは無残にも胴体を真っ二つに斬られた筈の妹紅が何食わぬ顔して現れたのだ。

 

「甘いな、蓬莱人は殺せない。不死鳥のごとく何度でも蘇る。さあ、もう一度始め……」

 

 しかし台詞を全て言い切る前に、妹紅は地面に血反吐を吐き、ガクリと膝をついた。ゼエゼエと肩を上下させている。連戦のダメージは残っているのだろう。素人目に見てもそれは十分過ぎるほど分かる。

 

「妹紅、ボロボロじゃないか! いくら不死身だからって無茶し過ぎだ! もういい、よくやったよ。後は私達に任せるんだ」

 

 それでも戦地に赴こうとする友人を必死になって止めるのは他でもない慧音先生であった。ってか「殺せない」って比喩でも何でもなく本当だったのかよ……。

 

 とはいったものの、あれ以上彼女に無茶をさせるわけにはいかない。慧音は妹紅の介抱で手が離せないようだし、ここは俺がやるしかない……!

 

 新たな標的を見据えた辻斬り少女は再び刀を構え始めている。ある程度の攻撃を当てて気絶させればいいだろう。まずはショットをお見舞いする。よし、避ける動作を見せない。

 

 が、刀を振るとあろうことかショットを弾き飛ばしてしまったのだ。んなアホな!

 

「そいつに飛び道具は通用しない。全部刀に弾かれちまう!」

 

場外からの助言。どうやら妹紅が不利と分かっていながら近接戦闘を行っていたのはこの為であろう。だが、アールバイパーは格闘戦なんて術を持ち合わせていない。この超時空戦闘機にはロボットに変形するとかそんな機能はないのだ。ならば物量で押し切ろうとネメシスと半霊を呼び出す。

 

貴方「トレースオプションだ。しっかりついて来いよ!」

 

 2体のオプションを追従させる。遠くから見るとまるで蛇のようなオプションの挙動、俺の銀翼が「クサリヘビ(バイパー)」と呼ばれる理由でもあるオプションのフォーメーションだ。ノーマルオプションとも言うが味気ないので勝手に名付けた。

 

 オプションを一列に固めてショットを浴びせる。これで自身も含めて3倍の火力だ、どうする妖夢? しかしこれすらも涼しい顔して斬り落としてしまった。正面から攻めるのは無謀なようである。逆に妖夢は振り下ろした刀から衝撃波のようなものを撃ち出してくる。これを高度を上げて回避すると、次の攻めに入る。

 

「これは斬り落とせまい」

 

 妖夢の真上に陣取ってのスプレッドボムの雨あられ。下手に斬りつけると爆発するぞ。最初は回避行動を取ろうとしていたらしいが、アールバイパー本体とネメシスから投下される爆弾の総数からその選択は諦めると、防御の姿勢を取り始めた。

 

「くっ……」

 

 こちらのショットをことどとく斬り落としていた刀も爆弾の爆風までは防ぎようがない。驚きと悔しさの混じった表情で攻撃を受ける辻斬り。効いているようだ。

 

 刀によるガードが上手くいかないと判断すると、今度は乱れ咲く青い爆風の花をジグザグにかわしてこちらに迫ってくる。近距離戦を挑むつもりのようだ。一気にバーニアをふかし、これを回避する。だが、妖夢はその勢いのまま更に上昇。アールバイパーの真上に陣取った。

 

「しまったな……」

 

 スプレッドボムが投下型ミサイルであることを見抜いたのか、唯一の有効な装備が届かない上に逃げ込むのが目的だったのかもしれない。残念ながらこのミサイルでは上方向に攻撃を仕掛ける術はない。唯一なんとかするには……。

 

「ネメシス、隊列を変えるぞ。フォーメーションオプションだ!」

 

 後ろをついていた上海人形がアールバイパーのすぐ横に付き添うように飛行する。頼んだわけではないが、反対側には半霊が陣取っていた。もしもオプションが全て揃ったらバイパー本体を中心にVの字型の編隊になる。これで少しでも上方向にネメシスを近づけてレーザーを当てようとするが……。

 

 高所を陣取った辻斬りは赤色だったり青色だったりする弾をこちらを囲い込んだり狙ったりするように緩急つけて撃ちこんでくる。やむなく高度を下げつつ右へ左へ凶弾をかわす。スピードではそうそう負けない。いつか隙を見て振り切り、再び高高度から爆撃してやる。それまでは防戦だ……。

 

「おいっ! 後ろに付かれているぞ!」

 

 外野からの声に俺はハッと我に返る。真上からの弾幕の雨あられは妖夢を振り切ることで凌ぎきることはできた。だが、俺がそちらに気を取られている間に、今度は真後ろから攻めてくるらしい。今度も逃げ切って……!

 

 突然の耳鳴り、甲高くキーンと脳内に直接響く。何が起きたんだ? 声が出ない、動けない。妙に周囲がスローモーションだ。何があった? 何が起きる?

 

 思い出せ、こんな緊迫した状況でボンヤリすることは許されない。確か、確か……。こうなる直前に最後に浮かんだのは緑のワンピース姿の少女が刀を構えている姿……。

 

「アズマっ!!」

 

 再びの先生からの甲高い怒声で目が覚めた。レーダーを確認すると妖夢と思われるエネルギー体がバイパーに急接近している。アールバイパーを一刀両断するつもりか! 何て速さだ。避けれるか……いや、無理だ!

 

「操術『サイビット・サイファ』!」

 

 俺は焦りつつもスペルカードを掲げる。発動の瞬間、アールバイパーが青白い炎に包まれた。間一髪で展開されたフォースフィールドが斬撃を凌いでくれたようである。同時に魔力のオーラを纏いつつ突撃するのはネメシスと半霊。逆に背後を取ってやった。奴は確実に喰らう筈。

 

 最初はネメシスが突撃する。標的をその両腕で掴むと小刻みにくるくる回りながら体当たりを連続で仕掛ける。

 

「このっ……!」

 

 対する妖夢は刀の腹でそれを叩くとネメシスを吹き飛ばして撃退した。だが、間髪入れずに今度は半霊が突っ込んでくる。腹の辺りに体当たりしてダメージを与える。む、彼女達のオーラが赤く変色している。魔力切れが近いようだし、そろそろ呼び戻すか。号令をかけると両者は急速に元の位置へと戻る。へへへ、どてっ腹に一発ブチかましてやったぞ。

 

「半霊を……」

 

 追撃をしようとロックオンサイトを覗き込んだが次の瞬間、妖夢はいなかった。レーダーにも反応がない。気配を殺したのか?

 

「返せっ!」

 

 違う、真下だ! 勢いよく天に昇る龍の如く刀を突き出して飛び上がる。纏っていたフォースフィールドに守られてアールバイパーは真っ二つにこそされなかったが、大きくバランスを崩し、地面に突き刺さりながら墜落してしまった。こんな衝撃を受けても爆発炎上しないアールバイパーは凄いのだが、肝心の俺は動けないし出られない……。

 

 自らの身を守るフォースフィールドも消えてしまい、こちらが抵抗できないと見ると妖夢はスタっと地面に降りる。ゆっくりと歩みを進め、間合いを取りつつ、刀の柄に手をやった。まずい、やられる……。

 

 どうする、何か抵抗しなくては……。リップル? いや、地面に撃ってどうする。レーザー? いやいや、地面をえぐってどうする。となるとスプレッドボムの衝撃で飛び出すか。上手く接近した瞬間に炸裂させれば迎撃できそうだが……、正直上手くいく自信がない。妖夢は一瞬だけとはいえ凄まじい速度で一閃するのだから。

 

「You got a new weapon!」

 

 む、この無機質な声はアールバイパーからのものだ。この状況で何か新しい武装が解禁されたらしい。上書きされるノーマルレーザーのアイコンがモザイク状に歪む。レーザー系の兵装のようだ。一体何が……?

 

 周囲の空気が凍りつく感覚、妖夢が刀を抜き攻撃の態勢を取り始めたのだ。賭けよう、この新武装を放ってどうなるのか。

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

 最後のトドメを受けると思った刹那に放った悪あがき。正体も分からぬ新技を繰り出したアールバイパーは青白い刃の軌跡に晒される。

 

 や、やられ……た? いや、俺は無事だ。ということは……。

 

「うぐぁっ!?」

 

 思わぬ衝撃を喰らい、のけ反りながら吹き飛ぶ辻斬りの姿が一瞬見えた。違う、俺は斬られたんじゃない。俺が何かしらの反撃をしたんだ。

 

「そ、その青色の剣は……?」

 

 ディスプレイに目をやると信じ難い兵装の名前が表示されていたのだ。遅れて機械的なシステムボイスが兵装名前を読み上げる。

 

「RADIANT SWORD」

 

 レイディアントソード(※1)、自分の周囲360度を一閃する青い刃。なるほど、刀を使う少女と一戦交えて得る兵装としては至って妥当。そしてこの剣によってめり込んでいたアールバイパーも脱出に成功する。

 

「獄界剣『二百由旬の一閃』」

 

 まさかの反撃に慌てた妖夢は大弾を大量に放ち、それを自らの斬撃で切り刻みながら応戦する。大中小の弾幕でこちらを翻弄する厄介な弾幕であった。だが、俺も得たばかりのレイディアントソードを振るい、小さい弾幕を消し去り応戦した。明らかに焦りの表情を見せた妖夢。

 

 そう、この青い刃を用いれば小さな弾くらいなら斬り落とすことができる。そうか、飛び道具を斬り落とす妖夢を見て既視感があったのはこの兵装の事を俺が知っていたからだ。そのまま接近すると再び剣を振るう。やった、近距離で一発かましたぞ!

 

 弾幕による攻撃が有効でないと判断し、再び刀を構えて斬りつけてくる。すかさずレイディアントソードを振るい応戦した。

 

「そんな付け焼刃で……」

 

 だが、刀を使い慣れている彼女の方が圧倒的に上手。一方のこちらは周囲にくるりと刃を回転させるのが限界。回した後もアールバイパーの挙動の反対側に剣を振るうことができるようだが、練習もしていない状態で制御できるかと言ったらそんなの出来る筈がない。

 

「片腹痛いわっ!」

 

 翼にダメージを受け、フラフラと墜落する。無防備になった状態でコクピットめがけて刃を突き立てようとする。まずい、キャノピーを貫通などしたら、まず俺は助からないっ!

 

 己の最期を悟り硬く目を閉じた矢先……。

 

「スターソードの護法っ!」

 

 聞いただけで安心感を覚える声、白蓮のものだ。第三者の介入に顔をしかめた辻斬りは白蓮の飛ばした弾を斬りつける。

 

「っ!?」

 

 だが、刀で一刀両断された弾は消えない。文字通り剣の形となって妖夢に迫っていった。

 

「小癪なっ!」

 

 もう一度刀を振るいようやく弾を消した。相当焦っていたのか、太刀筋はかなり乱れていたようである。

 

 対する白蓮は身体強化でも施したのか、身軽にステップを踏むとその拳を突き出し真っすぐに辻斬りに突っ込む。それを刀の腹で防いだ妖夢は逆に刃を振りかざし攻勢に出ると、対する白蓮は光る巻物を広げてそれを防ぐ。そんな攻防がしばらく続いた……。

 

「超人『聖白……!」

「隙ありっ!!」

 

 更なる身体強化を用いて白蓮は勝負に出ようとしたのだろう。しかし呪文の詠唱が大きな隙となってしまった。斬り上げられた刃が白蓮を襲う! 危ういところで一歩下がって間一髪それを避けた白蓮であったが、手にしていた巻物を弾き飛ばされてしまう。まずい、あれがないと白蓮は……!

 

 無理矢理にエンジンをふかし、急上昇するバイパー。巻物に接近しそれをキャッチするんだ……! その想いを胸にただただ上昇する。ここまでの動きがスローモーションに感じる。そして上空で巻物に接近。キャッチするぞ……。

 

 でもどうやって? リデュース中のアールバイパーからは乗り降りは出来ないし、大体高速飛行中の戦闘機から身を乗り出すだなんて狂気の沙汰である。仕方がない、己の身で受け止めて送り届ける。

 

 俺はエア巻物こと「魔人経巻」に体当たりするように飛んだ。

 

「アズマさんっ! それに触れては……!」

 

 この身で巻物を受けて送り届ける。俺はそれだけを行おうとした。だが、魔人経巻に触れた瞬間……。

 

「うぐわぁっ!!」

 

 まるで蛇のように巻物が伸びるとアールバイパーを絞め付け始めた。な、なんだコレ……!? 特にコクピットが潰れているわけではないのに頭がギリギリと絞め上げられるような感覚。

 

 同時に魔人経巻に描かれた不思議な模様がディスプレイに乱雑に表示される。コンピューターウイルスの類? そんなまさか!? 幻想郷にそんな奴いてたまるか。となると白蓮の巻物が干渉していることになるが……。

 

白蓮「やめて! その人を、アズマさんを傷つけないでっ!!」

 

 持ち主の必死の悲鳴もむなしく、魔人経巻は俺に苦しみを与え続ける。まずい、意識が……!

 

「お願い、落ちついて! おね……ガハァッ!?」

 

 思わぬ脅威の登場で白蓮はすっかり妖夢の事を忘れていたようであり、背後から袈裟斬りにされる。じわりと白いインナーに鮮血が染みる。ショッキングな出来事に薄れかけた意識は覚醒する。眼は冴えたが、同時にぼやけていた苦痛も戻って来て、俺は顔をゆがめた。

 

 これ以上の追撃をさせまいとリップルレーザーを撃ち妖夢の注意をこちらに向ける。波紋型のレーザーはあっけなく妖夢に斬られてしまうが、その隙に白蓮は退避に成功。ふわりと飛び上がるとアールバイパーに取りついた。

 

「その人を傷つけないで……」

 

 魔人経巻の本来の持ち主が触れた途端、大蛇のようであった巻物はまるで絹織物のように柔らかになり、俺は苦しみから解放された。同時にディスプレイも元に戻りつつある。が、白蓮は吐血するとアールバイパーの翼の上で膝をついた。落ちないように一時的にリデュースを解除する。

 

「その、ごめんなさい。貴方を危険な目に遭わせてしまって」

「白蓮、もう喋らないで。俺はもう大丈夫だから。後のことは俺に任せてくれ」

「うぅ……。確かにこの怪我では貴方のサポートは無理でしょう。でも、これだけは……」

 

 震えた手で懐から取り出したのはスペルカード。その材質、デザインは豪華絢爛であり俺のメモ帳の落書きのようなペラペラの安っぽいスペルカードとは全然違っていた。

 

「貴方にこのスペルカードを授けます。これは『スターソードの護法』、弾を消し去る刀を持った妖夢にはこのようなスペルが必要です。どうか妖夢を止めて、助けてあげて……」

 

 それを最後に白蓮はアールバイパーの翼から落下した。眼下で慧音先生が受け止めている様が見えて少し安心する俺。

 

 手にしたカードはほんのりと暖かかった。裏を見ると魔人経巻の模様がわずかに光を帯びており、ただのスペルカードではない事が分かる。もしかして俺にもこのスペルが使えるように魔力を込めたのだろうか?

 

 今俺が手にしているスペルカードはただのスペルカードではない。魔力が、そして白蓮の想いが込められたものだ。……ええと、どう使うんだろう? とりあえず掲げながら名前を口にしてみた。

 

「スターソードの護法!」

 

 アールバイパーから護符の形をした弾が回転しながら飛んでいく。同時にフォースフィールドが自身を守るように覆ってくる。ゆっくりと辻斬りに迫る護符の数、1つ2つ3つ……あれ?

 

 明らかに白蓮が使用していたものよりも弾数が少ない。もはや弾幕とは呼べないほどのスカスカっぷりに唖然としてしまった。当然刀一振り二振りで処理される。……むなしい。そのままアールバイパー本体も斬りつけるつもりだ。

 

 避ける術もなく、纏っていたフォースフィールドを剥がされてしまう。後がない……!

 

 考えろ、考えるんだ……。普通に弾を撃っても妖夢は刀を用いて防御してしまう。よってリップルレーザーは無効。かといって接近戦を仕掛けるとその剣術に翻弄されてしまう。よってスプレッドボムもレイディアントソードも使用できない。

 

 ならばオプションシュートか? しかしネメシスは相当魔力を消耗しているようで、1発撃てるかどうかも怪しい。同じ理由でサイビットもまともに運用できないだろう。

 

 そして新たに手にした「スターソードの護法」。だが、あんな数も少なくゆったりとした弾幕では1回は消されずに済むとはいえ、すぐさま処理されてしまうだろう。この弾を素早く繰り出すことさえできれば……。

 

 そうだ、スターソードの護法の弾を飛ばさずにレイディアントソードに纏わせよう。弾幕ごっこをするにはあまりに射程距離の短い青い刃ではあるが、弾幕で練り上げて大きな剣とするのだ。これならば一度は消えない弾幕を高速で繰り出すことができる!

 

 俺が案を閃いた矢先、アールバイパーのコンピューターがヴーンと激しく唸り始める。ディスプレイにザザザとノイズが走りちらつく。時折魔人経巻の紋様が浮き出てくるような気もした。

 

「You……g……ew……」

 

 ノイズだらけで何を言っているのか分からない。しかし俺は確信している。これからアールバイパーに何が起きるのかを! マヨイの先にあるヒラメキをっ!

 

 装備していた武装を示すディスプレイ。「?」のマークの右側の空欄にぼんやりと浮かんだものは「!」のマーク。散々迷いに迷って試行錯誤の末に閃いたという証。遅れてノイズだらけの中表示されるのはアールバイパーが巨大な剣を振るう姿。しかし名前は表示されない。慌てるな、名前は俺が付ける。

 

「銀星『レイディアント・スターソード』!!」

 

 青い刃にスターソードの弾が吸い寄せられるようにまとわりつく。俺の技と白蓮の技、ぐるぐると渦を巻きつつ一つの剣へと昇華していく……。

 

 見ると剣はもう1本あった。これで妖夢と同じ二刀流になれたというわけだ。形作られた剣はうっすらと魔人経巻の紋様が刻まれている。俺にはなんだかそれが嬉しかった。

 

「うおおおっ!」

 

 自身を防御するかのように剣をクロスさせつつ急接近し、間合いに入った瞬間に左側の剣を振り払う。

 

 防御の体勢を取る妖夢であったが、これだけの大振りの刀による斬撃は防ぎきれなかったようでまともに食らっている。怯んでいる隙に右側の剣を斬り上げるように振るう。アッパーカットを食らったかのように妖夢は上空に打ち上げられた。

 

「そろそろトドメの一撃だっ!」

 

 銀翼を急上昇させ、妖夢に追いつくと今度は両方の剣を挟み込むように振るう。

 

「ひぃやぁあああっ!!」

 

 剣と剣のぶつかり合う音。纏っていたスターソードの弾幕の欠片がボロボロと零れ落ちる。派手に爆発を起こし地面に落ちていく辻斬りの姿が見えた。今勝負はついた。もはやあの辻斬りに戦意は残されていまい。

 

 俺も彼女を追うように着陸することにした。

 

 地上に降り立つと息を切らした妖夢がまだこちらに刀を向けて臨戦態勢をとっていた。しかしあまりに弱弱しく覇気が見られない。これ以上の戦闘は限界なのだろう。どうしようか、もう少し攻撃を加えて気絶させるべきか……。

 

 と、俺に付き添って飛んでいた半霊が一直線に妖夢に向かって飛んでいく。真っ白な魂のような形状だった半霊は少しずつ変形する。人の形をとっていた。いや、白く透き通っているところ以外は妖夢そのものの姿であった。

 

 半霊がいまだ赤い瞳をぎらつかせる妖夢を抱き締める。直後、彼女の瞳が青くなった気がした。

 

「あ、半霊……」

 

 直後妖夢はその場で崩れ落ちてしまった。半霊も元の形に戻る。

 

「正気を取り戻したのか?」

 

 当の本人は気を失ってしまったので判断しかねる。だが、最後の最後に見せたあの表情は平気で人を斬りつけるような凶悪な奴の顔ではなかった。

 

「終わったのか……? 酷い怪我だ。早く妖夢を永遠亭の病院へ……」

「ダメだ慧音! 診療所はどういうわけか開いていない」

「妹紅、それは本当なのか!?」

 

 無言で頷く蓬莱人の少女。

 

 妹紅から告げられた驚愕の事実。永遠亭の診療所といえば、迷いの竹林の中にポツリとある、どんな難病も治療できるという外の世界の総合病院をも凌駕する診療所である。竹林に住む妹紅がそう言うのだから開いていないというのは間違いはないのだろう。

 

 それではどうすれば……?

 

「命蓮寺に運びましょう!」

 

 痛々しい血の跡を残した白蓮が申し出る。今も腹部に手を当てて少し苦しそうだ。

 

「白蓮こそ病院に……」

「私の能力を忘れましたか? この程度の怪我、人の体が持つ治癒力を強化すれば大したものではありません。それよりも妖夢さんが心配です。アズマさん、妖夢さんをアールバイパーに乗せて命蓮寺に運びましょう」

 

 俺はぐったりとした妖夢を半霊に手伝って貰いつつアールバイパーに乗せる。そして急いで命蓮寺に向かった。




※1 レイディアントソード
縦STG「レイディアントシルバーガン」に登場した兵装。発動後は周囲をクルリと一閃し、その後は格納するまで自機の移動方向とは反対側に剣を向ける。
特定の敵弾を斬り伏せることが出来るぞ。
なお原作東方でも寅丸星のスペルカード「レイディアントトレジャーガン」としてこの作品のネタが使われている。


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第8話 ~本当の敵~

迷子の半霊を持ち主に返すべく冥界へ人里へと奔走する貴方とアールバイパー。
しかし半霊の持ち主である半人半霊の少女「魂魄妖夢」は何らかの原因で暴走し、人里で辻斬り行為を続けているようだ。まずは彼女を止めることが先決であると判断した貴方。

慧音先生や「藤原妹紅」率いる人里自警団と協力し、人里に潜伏する妖夢を追いつめるが、先に彼女を見つけた妹紅達は妖夢に倒されてしまっていた。

弾幕を放つと刀で斬り落とされ、近接戦闘に持ち込むと刃の錆となる強敵に苦戦する貴方であったが、白蓮の「スターソードの護法」の弾をアールバイパーの剣「レイディアントソード」に乗せて斬りつける新スペル「銀星『レイディアント・スターソード』」を繰り出し妖夢を撃破、彼女の暴走を食い止めることに成功する。

だが、妖夢は暴走を止めた途端に気を失ってしまった。幻想郷一の診療所である永遠亭に連れて行こうとするが、妹紅によると数日前から診療所は休業しているらしい。
仕方なく気絶した妖夢を命蓮寺で介抱する事となったのだ……。


 長い長い死闘の末に真っ暗だった夜は次第に明るさを取り戻し、また新たな一日が始まろうとしていた。

 

 とうに意識も失っているというのに、スウスウと寝息を立てつつ、刀の柄をギュッと握りしめたままの少女。半霊と協力し彼女を抱き抱えるとアールバイパーのコクピットに乗せる(複座式なのだ。もちろん操縦するのは俺の役割)。彼女は先程まで脅威的だった様が嘘のように華奢であった。こんなに強くとも女の子なのだなと改めて認識する。そして彼女の半霊は相変わらず機体の外で俺を追いかけるつもりらしい。

 

 俺もコクピットに乗り込もうとした矢先、まだやり残したことがあることを脳裏によぎり、踵を返す。その先にいたのは白黒のドレスに身をまとった俺の恩人。そう、またも助けられてしまったのだからお礼の一つは言わないと。

 

「また……助けられたな。ありがとう、白蓮」

 

 懐からいい紙材で出来た煌びやかなスペルカードを取り出し差し出す。 この「スターソードの護法」は俺の手に余るシロモノだ。返しておこうと思ったのだ。

 

「それは……?」

「これは返そうと思う。白蓮さんのスペルだし俺にはまともに使えないようだ」

 

 腕をまっすぐに突出しカードを差し出す。しかしそのカードを受け取る手はいつまでも出ない。顔を見上げると白蓮はふんわりとした笑顔でこう続けた。

 

「いいえ、それはアズマさんのスペルカードです。私だけでは絶対に成し得なかった技ですから。必死に足掻いて足掻いて、その末に得た紛れもない貴方のスペルなんですよ」

 

 ほんのり熱を持っていた「スターソードの護法」のスペルカードが急に熱くなる。虹色の炎でいきなり燃え盛ったかと思うと一瞬で炎は消える。リアクションを取る間もなく元に戻ったカードをよく見ると……

 

「銀星『レイディアント・スターソード』」

 

 こう書かれていた。イラストも巨大な二振りの剣というそれらしいものに変わっている。

 

「ほら、これならハッキリとわかるでしょう? 私のカードはまた作ってもらうので……。アズマさんもメモ帳の切れ端ではなくてちゃんとした紙のカードのほうがいいでしょう」

 

「さあさあ、怪我人をずっと放っておいては駄目ですよ」と白蓮に背中を押されたので俺は改めて白蓮から授けてもらったスペルカードを懐にしまい、アールバイパーに乗り込んだ。

 

 

____________________________________________

 

 

 

 命蓮寺の一室に妖夢を運び込んで数日が過ぎた。

 

 彼女は今もスウスウと寝息を立てて眠りについている。もっとも寝息も顔に近づいてやっとわずかに聞こえる程度なのだが。そして彼女に何をしても目を覚ますような素振りは見せない。大きい音を立てても揺すってもまるで反応がないのだ。目を覚ましてから事情を聴こうとしたのだが、本人があんな状態では聞くに聞けない。

 

 起こそうと躍起になっていたら「怪我人を無理に起こすんじゃありません!」と白蓮に叱られ部屋から追い出されてしまった。体を拭いてあげたり白蓮なりの彼女の体調を探ろうとしているのだろう。それならば俺は出て行ったほうがいい。少々寂しい気もするが俺は部屋を後にする。

 

 そういえばこの後、俺は薪割りを頼まれているのであった。外の世界では斧を振るうことなどなかったのでまるで扱えなかったが、ここに来てからはそれなりに機会もあるのである程度は慣れたつもり……。

 

「くっ……」

 

 すまない、今の発言は撤回しよう。御覧の通りまだまだ慣れていないもので、傍から見たら危なっかしいことこの上ない。いくつか叩き割って汗も噴き出たので休憩していると、今ではすっかりこの場に馴染んでいる半霊がふよふよと寄ってきた。手を差し伸べるとスリスリと頬ずりしてくる。火照った体にひんやり気持ちがいい。

 

 と、薪割りの途中であることに気が付いたのか、斧の前で漂い始める。

 

「何だ、お前も薪割りやるのか?」

 

 答える声はないが、霊魂のような姿がみるみる姿を変え、妖夢と同じ姿になった。そういえばそんな事も出来たなコイツ。でも相変わらずちょっと白っぽい。

 

「……(フンスッ!)」

 

 見るからにやる気満々だ。だが、まるで刀を扱うように斧を構える。うーん、ちょっと不安になってきたぞ。そのまま薪を一つ手に取ると何を思ったのかポーンと放り投げ始めた。おまっ、まさか……!?

 

 その「まさか」であった。妖夢の姿をした半霊はすぐに高く飛翔、斧を振り回し始めた。すぐさま着地する半霊、遅れてバラバラと落ちてくる薪。半霊はなおもフンと鼻を鳴らして自慢げな顔をしている。と同時にクイックィッと指を動かし催促してきた。なるほど、もっと投げろってことだな。

 

 面白いのでガンガン投げ込む。それをまるで刀を扱うようにスパスパと真っ二つに叩き割っていくのだ。しかし少し透き通っている半霊を認識するのは難しく、遠目に見ると斧がひとりでに振り回されているようにも見えなくもない。軽くホラーである。

 

「ひぇ~、斧がひとりでに飛び回ってる~! 怖いよー!」

 

 視界の端のほうで傘の中に隠れてそそくさと逃げていく小傘の姿が見えた気がした。さて、これが最後の薪だ。いつもよりも高く放り投げる。すかさず追いかける半霊。やたらせわしなく動く刃の軌跡。落ちてきた薪は……何故か妖夢の姿にカットされていた。なんか知らないがスゲェ。

 

 元のお餅のような姿に戻った半霊を抱き寄せる。ありがとうと言いながら。

 

「……♪」

 

 こんな感じで半霊のいる日常、いつまでもとは言わないがもっと長く続くものだと思っていた。あの時は……。

 

 

____________________________________________

 

 

 

 あの衝撃的な薪割りからさらに数日後……。俺は白蓮と談笑しながら廊下を歩む。傍には何かと一緒に仕事をする機会の多い半霊が付き添うように飛び回っている。

 

「それにしても、半霊がアズマさんの傍にベッタリいると、まるでアズマさんが半人半霊になったみたいですね」

「ハハハ……、よしてくださいよ。俺は100%人間ですって……ん、どうした半霊?」

 

 その半霊の動きが妙にせわしない。ここ数日の付き合いで俺は言葉を発さないこの不思議な生命体の意思を、ある程度くみ取れるようになっていた。そしてこの全身を使ったジェスチャーで何かしらのSOSを訴えているらしいこともわかる。もう少し見ていると……。

 

「何、妖夢が目を覚ましそう!?」

 

 俺は制止する白蓮を振り切り、ただただ急いだ。何日も眠りについていた彼女から今回の異変の真相が聞けるのだから。

 何の異変が起きているのか、なぜ半霊と離ればなれになってしまったのか、なぜ異変解決のために白玉楼を飛び出したのに人里で辻斬りなどしていたのか……?

 

 聞きたいことは山ほどある。真実を確かめるために俺は少し乱暴に戸を開いた。

 

 布団の中に一人の少女がウンウンとうなされている。悪い夢でも見ているのだろうか。

 

「おいっ、大丈夫か!」

 

 額からものすごい汗が噴き出ている。俺はそれを拭ってやった。と、次の瞬間うっすらと彼女のまぶたが開かれる。その瞳の色は辻斬りだった時の紅色ではなかった。

 

「あ……。っ!?」

 

 彼女にしてみれば目覚めて最初に見たものが見知らぬ男の顔、それもどアップなのだ。驚きの色を隠せないのは仕方のないこと。あれ、今の俺(+半霊)ってかなり迂闊なことしてる……? だってよく考えたら俺ってば寝ている女の子の部屋になだれ込むように入って、顔をものすごく近づけているじゃん。

 

「ちょっとアズマさ……お、遅かった」

「~~~~~~//////」

 

 言葉にならない悲鳴を上げられながら俺は病み上がりの少女とは思えないほどの腕力で突き飛ばされた。

 

「まったく……。いきなり『半霊がそう言っている』だなんて変なこと言いながら寝ている女の子を襲おうとは何事ですかっ!」

 

 うぅ、こっぴどく叱られた……。二人の少女にそう言われてしまえば俺は正座しながら、塩をかけられた青菜の如くしおれるしかない。だが、本当に半霊が身を挺して教えてくれたんだ。

 

「それだけじゃないですっ! 事あるごとに私の体を触ってきたりそそそその……一緒にお風呂に入れられたり……///」

「まあ! 私の知らないところでアズマさんってばそんなことまで……!」

 

 待て待て待て! 俺は妖夢と入浴なんてした覚えはないぞっ。

 

 そもそも辻斬りとして暴れていた時、気絶した後でアールバイパーに乗せた時、そして先ほどの額の汗をぬぐった時くらいしか俺は妖夢と接触していない。

 

「デタラメ言うな! さっきまで寝ていた奴とどうやって入浴するんだよ! まあ半霊とは何度かハダカのお付き合いをしたが……」

「半霊も私の体の一部ですっ///」

 

 なるほど、汚れた半霊をお風呂に入れてキレイにしようとしたら散々嫌がられたことがあったが、そういう事だったのか。てっきり別の人格があるものだと思っていた。それ以降は一緒に入っても特に嫌がる素振りを見せていなかったので、俺もすっかり忘れていた。

 

 その後も散々油を搾られ続け、日も落ちる頃にようやく解放された。当然半霊は元の持ち主である妖夢の元へと帰って行った。とはいえもう日が落ちたということなので妖夢はもう1泊ここにいるようだ。

 

 だが釈然としない。最初こそ半霊とはギクシャクとしていたというのに、今では向こうからすり寄ってくるくらいに俺に懐いていたのだ。白蓮に「まるで半人半霊だ」と言わしめるほどに。

 

 体を撫でた時もハダカのお付き合いをしていた時も嫌がる素振りは見せていなかった。絶対に妖夢本人とは違う人格が宿っているとしか思えないのだ。

 

 ……とはいえ、妖夢の部屋に飛び込んだときはすっかり忘れていたが、半霊の持ち主が見つかったということは半霊との別れを意味する。こんな形でサヨナラは嫌だ。せめてちゃんと仲直りしてからサヨナラしたい。

 

 その思いを胸にどうにか妖夢に話しかけようとするが、プイッとそっぽを向かれてしまう。

 

「ハァ……。『半霊も私の体の一部ですっ///』か……」

 

 俺には心は別々にあるようにしか見えない。いや、見えなかった。妖夢と一緒にいる状態の半霊はまるで俺のことなど覚えていないようかのように態度が冷たい。ああ、後味が悪いがこれでお別れするしかないのだな……。さみしい。

 

 夕飯の味は忘れた。あんな事があった直後なので頭が混濁しているのだ。今日はもう寝てしまおう。俺が聞きたかったことは白蓮が代わりに聞いてくれるだろう。

 

 明かりを消し布団に入り込む。意識が遠のき始めたころ……。

 

 わずかにふすまの開かれる音がした。消えかかった意識は急覚醒。体を起きあげて侵入者が何者か見据える。

 

 ふすまを開いたのは妖夢……? いや、違う。

 

「お前……半霊か?」

 

 妖夢の姿をした彼女は無言でコクリとうなずく。なるほど。暗くてよく分からんが、これだけ人懐っこいのは半人のほうではなく紛れもなく半霊のほうだ。よしよしと頭を撫でてやる。気持ちよさそうに身をよじると俺に身を預けてきた。

 

「おいおい、こんなところ見られたら俺の命がいくつあっても……」

 

 だが彼女は離れようとしなかった。そうなのだ、俺は最初はともかく半霊を無理に俺の傍に置いていたわけではない。妖夢本人がいくら俺に嫌悪感を募らせても、この愛らしい真白な生命体は俺のことを避けたりはしない。

 

 それは妖夢が見つかった後も変わらない。最初は本来のパートナーが行方不明であることによる不安感から来たものだと思っていたが、妖夢が見つかった後もこの様子である。確かに半霊は妖夢の体の一部ではあるのだろうが、心は別に存在する。そんな気がしてきた。

 

「ありがとう……」

 

 不意に少女の声でこう聞こえた気がした。誰か他にいるのか? 今までも言葉をまるで発していなかった半霊が喋っているとは考え辛いし他に誰かが……!? 声の主を探しキョロキョロとあたりを見回す。

 

 と、いきなり妖夢……もとい半霊の顔がすぐ近くにまで迫っていた。俺がそれを認識するかしないかの瀬戸際で……。

 

 

(ちゅっ)

 

 

 限りなく口元に近い場所の頬に柔らかな唇の感触。紛れもなくキスであった。そうか、さっきの感謝の言葉の主は……。そしてこの行為もありがとうって気持ちをダイレクトに伝えるための……。

 

 って、そんなことはどうでもいい。呆然としつつ血の気が引いてくる俺。理由はどうあれ、相手から迫ってきたとはいえ、こんな事がバレたら間違いなく殺される……!

 

「そうか、『ありがとう』って言いに来たんだな。ちゃんと伝わったぞ。さあ、妖夢が心配するからもう帰るんだ。お前は妖夢の半霊。俺の傍じゃなくて、そっちにいるべきなんだ。最後にちゃんと挨拶できて俺は嬉しいよ。半霊、俺からもありがとう。そして、さような……」

 

 しかし妖夢の姿をした半霊は小さく欠伸をすると元のお餅のような姿に戻ってしまっていた。その姿のまま勝手に俺の布団にもぐりこむ。オイオイ、正気かよ……。

 

 いくら呼んでも揺らしても布団から出てくる気配はない。替えの布団もないし、まして半霊を妖夢の元に送り届けるなど自殺行為だ。布団から追い出すのも可哀そうだし……。そうなると残された選択肢は一つ。

 

「添い寝……か」

 

 十二分に危険度が高いが送り届けるよりはマシだろう。姿が妖夢ではなく元のお餅のような姿に戻っていたのは不幸中の幸いだ。俺は意を決して布団の中に潜り込んだ。待ってましたとばかりにすり寄ってくる霊魂。ふふ、涼しげでいい感じの抱き枕だ。

 

 俺はこの不思議な不思議な半霊と同じ布団の中で一夜を明かした……。

 

 

____________________________________________

 

 

 

 翌朝……

 

「……(ジトー)」

「……(ジトー)」

 

 やっぱりこうなったか。半霊との添い寝はアッサリとバレてしまい、こうやって白蓮と妖夢に詰問されている。全部半霊が仕掛けてきたことだと言ってやりたかったが、半霊が弁解してくれるとは到底思えない。死人に口なし半霊に口なし。

 

「こともあろうに添い寝だなんて……」

「汚らわしいです! ケダモノです!」

 

 くそぅ、全くもって言い返せねぇ。と、俺はあることに気が付いた。今日の半霊、なんかデカくね? うん、俺の目に狂いがなければ二回りくらい大きい気がする。ま、まさか妊娠したなんてオチはないだろうな……。俺はあくまで添い寝しただけ。そのようなこと起こる筈はない。

 

「ちょっとアズマ>さんっ、聞いているんですかっ!」

「あら、今日の半霊ちゃん、ちょっと大きくない?」

 

 白蓮が気が付いたか。うん、完全に詰んだ。

 

「まさか……やるところまでやってしまったのではないでしょうね!?」

「んなワケあるかいっ! 一日って早すぎるでしょうに!」

 

 うん、詰んだら困る。と、半霊が何か苦しそうにじたばたしている。おいおい、お前まで俺に味方してくれないのか? もともと大きめだった真っ白い体がさらに膨張する。今では妖夢と同じくらいの大きさにまで膨れ上がって……。

 

 弾け飛んだ。まるで風船が割れるかのような破裂音とともに。いや、よく見ると大きな半霊から小さなやはり霊魂の形をした物体が飛び出したのだ。

 

「み゛ょんっ!?」

 

 気が付くと半霊が2つに増えていたのだ。驚くの無理はない。片方はそのまま本来の持ち主の元を離れない。もう片方は待っていましたとばかりに俺にすり寄ってきた。間違いない、ここ数日の間俺と一緒にいた半霊だ。嬉しさのあまり頭をナデナデしてあげる。

 

 ……あれ? 何か違和感。試しに妖夢の傍にいる半霊に触れる。ビクンと嫌がるように体を震わせる半霊と妖夢。なるほど、半霊も体の一部とか言っていたくらいだし、感覚を共有しているのかもしれないな。ちなみにその間に平手打ちをくらったのは言うまでもない。

 

 そう、人懐っこいほうの半霊は触れても特に妖夢と感覚を共有している節は見られないのだ。となると全く別の存在……?

 

「ほ、本当に赤ちゃんが……」

「だからそんなわけないでしょーに!」

 

 こんな事あり得ないので再度弁解をしていると……。

 

「ええ、その子は妖夢の赤ちゃんとかじゃないわよ~♪」

 

 突然の可愛らしい声に驚く。周囲を見回すと幽々子が命蓮寺の一室に姿を現していたのだ。フワフワと浮かんでいるのは幽霊っぽい。

 

「暴走していた妖夢が落ち着いたというのに、いつまでも白玉楼に戻ってこないから迎えに来たのよー♪」

 

 これまでの緊縛していた空気が一気に緩むほどのホンワカした口調。俺の傍に付き添う半霊を抱き抱えると頭(と思われる場所)を撫でる。

 

「ゆ、幽々子様……。それじゃあそれじゃあっ! この私の半霊ソックリな生き物は何者なんですか?」

「ううん……。この子は半霊だともいえるし、そうでもないとも言えるわね。アズマ君と長く行動していたために半霊に独立した人格が形成されたみたい。私と弾幕した時も半霊はアズマ君をよくサポートしていたわ。あ、あら、そんな気を使わなくてもいいのに」

 

 気がつくと白蓮がお茶とお茶菓子を持っていた。急な客人にあまりにも早い対応、さすがである。お茶をすすりながら幽々子は続ける。

 

「アズマ君を慕う『想い』が半霊から飛び出して同じ姿を取ったってことね。霊魂は気持ちや意思の集合体とも言えるの。それに妖夢だって半霊を4つにまで増やしたことあったじゃない。何も半霊が増えることはおかしなことではないわ♪」

 

 なんとまあ滅茶苦茶な理論だ。というか半霊って増えるんだ……。4つになったら半霊どころか八分の一霊……? ゴロが悪い。とにかくこの新しく出来た半霊は妖夢との因果関係はないらしいとのこと。いくら触っても妖夢に反応が見られない。

 

「それならその子にも名前を付けてあげては? いつまでも『半霊』ではこんがらがってしまうでしょう? 貴方のオプションとして使う時も」

 

 名前か……。確かにずっと半霊って呼び続けるのはペットに名前を付けずに「犬」と呼び続けているようなものだ。幽々子の提案は的を得ている。さて、どういう名前にしようか……。そういえばオリジナルの半霊よりも一回り小さいようだ。

 

「名前は決めた。ちょっと小さいからコンパクトオプション。縮めて『コンパク』」

「って、それ私の苗字じゃないですか!」

 

 新しい名を貰い半霊……もといコンパクは嬉しそうである。これで名実ともに俺の仲間だ。後でネメシスにも会わせてあげよう。彼女はどんな反応をするんだろうか。

 

「それで……妖夢に一体何が起きたの? ちゃんと説明して頂戴」

 

 いよいよ本題に入るわけだ。異変解決の為に白玉楼を出た妖夢が半霊とはぐれ、暴走して人里で辻斬りとなり果てた顛末を聞かなくてはならない。

 

 俺もこの件は気になるのだ。応えるように促すと妖夢は重い口を開いた。

 

「それが……よく覚えていないのです。まるで人里で暴れていたのが夢の出来事のようで……」

 

 俯きながら指を動かしつつ少しずつ記憶を紡ぎ出すように話す。

 

「もっと前の出来事は? そもそも何の異変が起きていたのか?」

「は、はい! いつぞやの『永夜異変』のような異変が起きているんです。みょんに不自然な月の調査をするべく永遠亭に潜入したまでは良かったのですが……」

 

 永遠亭が休業した時期と偽りの月が現れた時期はほぼ一致するのだと言う。昔も永遠亭は月を隠してしまうと言う異変を起こしたことがあり、それの再来なのではと言うのだ。

 

「ですが、鈴仙に見つかってしまい、彼女の『狂気の瞳』で……」

 

妖夢が言うには、「狂気の瞳」というのは、目を合わせてしまえば最後。たちまち狂気に駆られてしまうという恐ろしい紅蓮の眼なのだという。特に妖夢はこの影響を色濃く受ける体質にあるらしく、鈴仙とかいうヤツに理性を壊されて辻斬りになってしまったのだと言う。

 

「……」

 

 俺に懐く方の半霊によると、その際に半霊は狂気の瞳の影響を受けなかったので、一人彷徨い妖夢を助けてくれそうな人を探していたのだとか。

 

「その子の言葉分かるんですかっ!?」

「何となくだけどな」

「それで半霊が目を付けたのが俺だったと……」

 

 チリチリと空気が緊迫で凍りつく。こうなればやることは一つ。

 

「かつての『永夜異変』では月の光の影響を受ける妖怪達が苦しんだと聞きます。アズマさん、異変の犯人を懲らしめましょう!」

 

 同感である。理由は知らないが多くの人を困らせる異変は止めなくてはならない。俺の銀翼が何かを守る為の力を持つのならば手を貸すのは当然である。言葉には発しなかったが顔つきで白蓮は俺が承諾した旨を理解したようだ。

 

「それなら早速殴りこみに……」

「駄目よ。妖夢はまだ本調子じゃないでしょう? 休養し英気を養うのも庭師の重要な務め。私達は満月の夜に永遠亭へ赴くわ。アズマ君も白蓮さんと組んで一緒に永遠亭に向かって頂戴。二手に分かれれば相手の戦力も分割される筈よ?」

 

 確かにアールバイパーも先程の戦闘でかなり傷ついている。修理するのにも時間がかかるだろうし今すぐというのは得策ではないだろう。俺は幽々子の申し出を快諾し、来る日を待つことにした。

 

 

____________________________________________

 

 

 

(その頃、幻想郷某所……)

 

「ふふふふ……。あと少し、あと少しで究極の機械生命体を私の手で……!」

 

 相変わらず暗い部屋でグロテスクな赤黒い球体と共にほくそ笑む女性。彼女の弟子なのだろうか、少女が心配そうに話しかける。

 

「あの、お師匠様……。私達は本当に正しい事をしているのでしょうか?」

 

 おずおずと切り出す少女を一瞥するとフウとため息一つ。

 

「当たり前でしょう? 幻想郷には新たな勢力がタケノコの如く次々と現れているの。彼女達に淘汰されないように対抗する術を模索する事は何ら問題ないわ。それに……」

 

 それだけ続けると妙齢の女性は赤黒い球体を撫で回す。

 

「ある日突然っ、こんなに素晴らしい技術が降ってきたというのに、それを放っておくことのほうが罪ではないかしら? これだけ探究心を駆られたのは久しぶりなんだから。是非ともこの超技術を己のモノとして制御できるようになれば……」

「お、お言葉ですがお師匠様、みんなソレを気色悪がっています。私が思うにきっと危ないものです! それにここ最近お師匠様だって一睡もしていないようですし……」

「うふふふ……。なーんにも分かっていないわね。危険なものだからこそ……制御するの」

 

 そこまで語ると薄暗い部屋にアラート音が響く。

 

「あら、また侵入者ね。新作の機械生命体をけしかけてやりましょう。もちろん、貴女も防衛に参加してもらうわ。あの時のようにバッチリ守って頂戴ね、ウドンゲ」

 

 尻ごみながらも「了解しました」と一声かけて立ち去る「ウドンゲ」と呼ばれた少女。一人になった女性は若干自嘲気味にぼやく。

 

「しかしまぁ……、まさかまた異変を起こすことになるとはね」

 

 しかしそれもほんの一瞬で、次の瞬間には自らが生み出した者に対して酔いしれるようになった。

 

「まあいいわ、全てが成功した暁には幻想郷の理が描き変わるのだから……。さあ、次の相手は巫女かしら、魔法使いかしら? どこからでもかかってきなさいっ!」

 

 

____________________________________________

 

 

 

(命蓮寺……)

 

 半霊とコンパクが分離して数日が過ぎた。今宵は満月になる。それはつまり、いよいよ永遠亭への調査へ向かう時が来たことを意味する。

 

 我が相棒たる銀翼は修理が施され、また自由に飛行できる状態になっている。今はにとりが最終調整を行っているところだ。

 

「しかしまあ、幽霊の類をオプションにしてしまうとはアズマ、恐るべしだね」

 

 新たに加わった半霊から飛び出したオプション「コンパク」はオプション達のリーダーを気取っているネメシスから何かしら指導を受けているようだ。

 

「さて、兵装はこのままでいいかな?」

 

 このままでよい旨を伝えておく。近距離戦で活躍するであろうレイディアントソード、距離を取ればそれだけ当てやすくなるリップルレーザー、そして目くらましにも使え、直撃させれば高威力のスプレッドボム。そして頼りになるオプションが2つ。十分だ、十分過ぎるコンディションだ。

 

 機体の中にセットされてある宝塔型通信機がビカビカと光る。相手はムラサ船長であった。心なしか胸を張っているように見える。

 

「今回の任務は永遠亭にて月に何かしらの細工を施した犯人の確保。人里を抜け、竹林から永遠亭へ突入する。アールバイパーの機動力ならではの作戦よ。なお、永遠亭内部は鈴仙の他にも人の感覚を狂わせる罠が仕掛けられている様子。くれぐれも気を付けて……」

 

 何故か楽しそうだった。宝塔型通信機から船長の姿が消える頃には整備も終わりいよいよ出撃の時が近づく。ゆっくりと格納庫から移動しあの機械的な滑走路へと向かうのだ。バイパーを牽引するリフト(といっても滑走路は真下なのでエレベーターのようなものだが)の駆動音だけが響き、いやおうなしにテンションが上昇する……!

 

 そして滑走路にまで到達。バーニアがゆっくりと起動し、徐々にその音を大きくしていく。

 

「アールバイパー、出ます!」

 

 次の瞬間、強烈なGがかかり、トンネルの中を銀色の光が駆け抜ける。そしてその先には夜空に浮かぶいびつな満月。

 

 そして同じく異変を解決しようとする妖夢とその主の姿も見えた。

 

「この前のようには行きませんっ。私たちも助太刀します!」

 

 何とも心強い味方だ。だが、彼女だけではない。この距離から俺の名前を大声で呼ぶ声。その声が白蓮のものであることはすぐに分かった。

 

「アズマさんっ! 今回の任務は相当に困難でしょう。私も精いっぱいサポートしますよ。歪な月から発せられる光は妖怪を苦しめると聞きます。黙って見ているだけなんて、出来る筈がありませんっ!」

 

 なんと白蓮自らも任務に参加するというのだ。これはしっかりとミッションをこなさなければ……!

 

 竹林めざし飛行する亡霊たち、そして住職。俺も遅れまいとアールバイパーのバーニアを思い切りふかし、一直線に銀色のラインを引きつつ飛翔した。

 

 ミッション・スタート……!



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第9話 ~永遠亭へ~

人里で暴走し、辻斬りとなってしまった半人半霊の少女「魂魄妖夢」をアールバイパーのスペル「銀星『レイディアント・スターソード』」で撃破した貴方。
どうにか暴走を止めることはできたが、妖夢は力を使い果たしたのか、気を失ってしまった為、幻想郷一の診療所である「永遠亭」に連れて行こうとする。
しかし妹紅曰く永遠亭はしばらく休業中なのだとか。

白蓮の提案で妖夢が目覚めるまで命蓮寺で引き取ることになった。貴方は今回の辻斬り騒動ですっかり仲良くなった半霊と一緒に寺のお勤めやら妖夢の介抱やらに精を出す。

半霊は妖夢が目覚めた後、本来の半霊としての居場所を取り戻すが、貴方と長く過ごしていた為に新たな人格も形成され、その想いが半霊から分離、独立した存在として貴方の元に残る意思を見せる。
貴方は一回り小さいこの新たな半霊に「コンパク(コンパクトオプション)」と名付けた。

2つ目のオプションも入手したのでいよいよ妖夢、幽々子率いる「冥界の住人チーム」と共に永遠亭の攻略へ向かうのだが……


 白蓮が同行するということで俺は彼女をアールバイパーに乗せる。俺が動けるうちは俺が進んで白蓮の体力を温存させるのが狙いだ。

 

 今は竹林をただ一直線に飛んでいる。迷いの竹林というだけあって目視ではどこを進んでいるのかが分からなくなってしまう程だ。しかし俺には(厳密には「アールバイパーには」なのだが)魔力を察知するレーダーがある。はるか遠くに不自然なまでに大きな反応が見えている。あそこで巨大な力が渦巻いているようだ。

 

「速い……」

 

 速度に驚き目を白黒させているようだ。得意になってさらに速度を上げる。

 

 俺は不自然なまでに膨れ上がった魔力に導かれるように一直線に進んでいた。間違いない、レーダー上では大きな白い丸で表示されているコレこそが永遠亭だろう。

 

 高速で飛行していると竹林が突然途切れる。何かしらの原因でここだけ妙に見晴らしがいい。急に月明かりにさらされ空を見ると……確かに月がおかしい。不自然なまでに大きいのだ。

 

「弾幕、来ますっ! 敵影1、2、3……囲まれている!」

 

 チィッ! 見晴らしのいいところに突っ込んだのがマズかったようだ。弾幕をばら撒きながら接近してくるのは恐らく妖精の類。今は相手をしている場合ではないが……。

 

「飛ばすぞ! 切り抜けるまで一言も喋らないように。舌を噛むからね」

 

 バーニア急点火! わらわら寄ってくる敵影を振り切るように絶妙なコントロールで降下しつつ包囲網を抜けていく。

 

「(邪魔だっ!)」

 

 青い刃「レイディアントソード」を振るい、すれ違いざまに進路先にいた妖精を斬り捨てる。一瞬真っ二つになった胴体が見えた気がするが、すぐに爆発して消え去った。むっ、今度は後ろに取りつかれたか。限界まで高度を下げると今度は急上昇。後ろを向きつつスプレッドボムを投下する。青白い爆風が追っ手を吹き飛ばし、更に目くらましを行い直撃を免れた追っ手を振り切る。

 

 そのままくるりと進路を再度変更した。これだけやれば振り切れるだろう。再び鬱蒼とした竹林へと突っ込む。

 

「もう大丈夫だ」

 

 改めてレーダーを確認すると永遠亭にかなり近づいたことが分かる。よし、このまま一気に突入するべく再び速度を上げて……。

 

「待って、永遠亭から高濃度の魔力反応が……」

 

 レーダーを見ると、永遠亭らしき白い点から小さい点がいくつか飛び出しこちらに急接近しているのが分かる。さらにそれよりも小さな点々がアールバイパーのすぐ傍に無数に点在していることも。

 

 その異変に気付いた矢先、虚空からウサギの耳をはやした少女が一直線に跳ねてきた。こいつら、永遠亭の刺客……!?

 

「急接近する大きなエネルギー反応に、急に姿を現して突っ込んでくる刺客……。嫌な予感しかしない」

 

 突っ込んでくるイナバのウサギどもをいなしているうちに、その予感が的中したことを俺は知ることになる。

 

 音もなく浮遊してやって来たのは筒のような姿をした機械であった。

 

「なに……これ……?」

「青白いコア……、また出やがったか!」

 

 人里にて突然遭遇した「ビッグコア」と同じような青いコアを持った巨大な機体。こいつは「デス(※1)」だ。誘導ミサイルと極太レーザーを使いこなす文字通りの破壊者(デストロイヤー)。

 

 永遠亭から飛び出した高魔力反応の正体はこのデスで間違いないだろう。となるとボス級戦艦があと数体存在することになる。幸いデスは真正面にいなければさして驚異的な存在ではないので何とかなる筈……。

 

「怖い……」

「大丈夫だ、俺がやる」

 

 里でビッグコアと対峙した慧音の顔面蒼白ぶりや、今の白蓮の怯えぶり。幻想郷の少女達にはより恐ろしく見えるのだろう。俺に言わせりゃ弾幕のほうが怖いんだが。とにかく安心させるために優しい言葉を投げかけた。

 

 デスの前方のハッチが音を立てて開く。誘導ミサイルが来るか!

 

「ネメシス、コンパク! トレースオプションの構え!」

 

 デスが攻勢に出た刹那、俺は2つのオプションを展開。その後急上昇し、ヤツの真上を陣取る。眼下では白い煙を上げたミサイルがアールバイパーをかすめていた。あ、あぶねぇ……。ミサイルをすり抜けたコンパクが開いたハッチの中身めがけてリップルレーザーを放ち、ネメシスと俺でデスのがら空きになったどてっ腹にスプレッドボムを喰らわす。爆弾とレーザーの複合攻撃に耐えられず、デスのハッチが破壊された。よし、誘導ミサイルを封じたぞ!

 

 上昇しての体当たりでこちらを押しつぶそうとするデス。残念ながらその動きはお見通しだ。俺は一度後ろに引くとオプションの構えを変えた。2つのオプションを自分の左右に1体ずつ配置し、V字型に広げることで擬似的な編隊を形成する。俗にいう「フォーメーションオプション」ってやつだ。

 

「操術『サイビット・サイファ』!」

 

 その構えから俺はスペルカードを発動。魔力をまとったネメシスとコンパクに突撃をさせる。遅れて俺も一直線に突撃。

 

「レイディアント……」

 

 間合いを詰めながら俺はレイディアントソードに換装、更に距離を詰めてすれ違う瞬間に……

 

「ソード!」

 

 青い刃を展開しデスを一閃。そして奴に纏わりついていたオプションたちを呼び戻しつつ静かにその剣をしまう。

 

 背後で一瞬だけ両断されたコアが見えたが、次の瞬間には眩い光と耳をつんざく爆音へと変わっていた。

 

 デスを華麗に撃破したかと思った矢先、再びレーダー上に高エネルギー反応が急接近してくる。デスよりも大きな姿をしたそれは2つのコアを持っている。機体上下に巨大なカバーを装備しており、コアに攻撃が届かないようになっていた。

 

「『ビッグコアMk-II(※2)』といったところか。急いでいるんだ、さっさと終わらせる!」

 

 奴はカバーを閉じている間はまともにダメージを与えられない。狙うならカバーを開いて14の砲門を用いての一斉掃射する瞬間だ。じりじりと間合いをキープしつつその時を待つ。

 

「今っ!」

 

 カバーが開いた。その瞬間に攻撃を叩き込もうとするがおびただしい量のレーザーに怯み、間合いを取ってしまった。

 

「速い……。彼らには弾幕ごっこの常識が通じないのかしら?」

 

 忘れてた、こいつは無敵のオプションに攻撃を任せるのだった。あのレーザーの雨あられの中、隙間を縫って凌ぐのは至難の業である。

 

「ネメシス、コンパク! トレースの構えだ!」

 

 号令と共に一度格納していた2体のオプションを展開、自分の後をついていくようなフォーメーションを組ませる。あとは同じく間合いを計りながら、最大の好機をうかがい……

 

「撃てぇー!」

 

 あらん限りの攻撃を浴びせる。アールバイパー自身もなるべく前に出てスプレッドボムを遮蔽版めがけて投下する。爆風と眩いリップルレーザーが巨大戦艦を襲う。

 

 よし、遮蔽版をすべて取り除いた。あと少しで倒せる。所詮はビッグコアの発展型。(ゲームの中でだが)散々やりあっている相手だ、俺の敵ではない。

 

 だが、遮蔽版を失うと今度はそれを守るようにアームを閉じきってしまった。くそう、これではダメージを与えられない。再びつかず離れずの間合いを保ちつつ……。まずい、突っ込んでくる!

 

 錐揉み回転しつつその巨体で体当たりを仕掛けてきたのだ。かろうじて直撃は避けるものの、衝撃で一瞬バランスを崩す。さらに器用に方向転換をするとカバーを開いてこちらに迫ってきたのだ!

 

 しまった、背後を取られた。今も錐揉み回転しつつこちらを狙うレーザーを乱射しているのだ。

 

「くっ、振り切るぞ!」

 

 背後への攻撃手段のない俺はひとまず逃げることにする。竹林の中、ジグザグに飛び回る。あれだけの巨体だ、竹に阻まれてそこまで素早く動けないはず。アールバイパーを最高速にし、とりあえず背後は見ないことに……。

 

「アズマさんっ、振り切れません!」

 

 なんと……、Mk-IIはそのマンボウのように平べったい体を駆使して背後にピッタリとついているではないか! これではあのレーザーに貫かれるのも時間の問題である。

 

 どうすれば……?

 

「あの……アズマさんっ、一度リデュースを解除してください」

 

 なっ、何を言っているんだ! こんなところで元のサイズに戻ったら妖精やイナバどもの弾幕でハチの巣にされてしまう。それにビッグコアMk-IIだって追跡中なのだ。そんな自殺行為など出来る筈が……。

 

「あれだけの暴力的な弾幕ですが……被害を受けているのは私達だけではありません」

 

 よく見ると無慈悲なレーザー光線に晒されているのは俺たちの他にも、こちらの害をなす妖精どもがいるではないか。

 

「アレは……私が相手します!」

 

 止めても聞かないだろう。俺は静かにリデュースボタンを押し、元のサイズへと戻る。直後、キャノピーが開かれると我らが住職サマは銀色の翼の上に立ち、そこから大きく飛翔した。

 

 飛翔した白蓮が巻物を掲げる。重低音が響き、彼女の背後で巨大な蓮の花が咲く。本気だ、あの美しくも畏れ多い姿。光で描かれたのは蓮の花をかたどった魔法陣。白玉楼で見た幽々子さんの扇子型のオーラも凄かったが、この蓮の花もそれと同じくらい素晴らしい。

 

 魔法陣から小さな「何か」が4つわずかに浮き出る。それは花の蕾であった。その蕾からまばゆい光を宿し、そして……

 

「破ぁっ!!」

 

 白蓮の掛け声とともに、4つの蕾からコアを直接狙い撃つレーザーが照射される。跡形もなく青い瞳は砕け散った。砕けた側のカバーがだらりと垂れさがる。半身が機能停止したMK-IIは未だ機能している反対側のアームをブンブン振り回してレーザーを放ち続けるが……。

 

 それは悪あがきにすらならなかった。問答無用で放たれた2発目の光線に再びコアを撃ち抜かれる。コアを失った巨大戦艦はボロボロと形を失い、そして爆散した。

 

「強い……。白蓮にはまた助けられてしまった……」

「いいえ、貴方がいなければ私も奴を倒せなかったでしょう。私はアズマさんが攻撃を加えようとした場所を狙い撃っただけです。貴方の行動があって奴の弱点を見破れたのですから。それに……」

 

 レーダーを見るとまだまだ強大な魔力がここに集まってくる。これ以上消耗するわけにはいかない。俺は白蓮を再びバイパーに乗せるとリデュースを行い最高速度で飛ばした。

 

「アールバイパーのスピードには目を見張るものがあります。さあ、今度こそ永遠亭を目指しましょう!」

 

 こちらを襲う敵は大体無視し、竹林をひた進む。遂にその屋敷が姿を現した。

 

「おかしい、異変が起きているというのに静かすぎる」

 

 先程まで散々ドンパチやっていたのにこの周辺だけは敵の気配がまるでないのだ。仮にも敵本拠地の入口なのに……だ。

 

「十中八九罠ですね、これは」

 

 直後、こちらを絡め捕らんという勢いで4本の機械の触手が地面から飛び出す。遅れてその触手の持ち主が姿を現した。

 

「テトラン(※3)か。触手による防御は侮れないからな。確かに門番にはふさわしい」

 

 目いっぱいに広げた触手をゆっくりと回転させてこちらににじり寄ってくる。どいつもこいつもオリジナルと同じ動きばかりしやがって……。いや、レーダーに記された巨大戦艦らしき強力なエネルギー反応はまだ残されている!

 

 テトランと対峙する矢先、ワープアウトしてきたのは「カバードコア(※4)」と「ネオビッグコア(※5)」。テトランも含め、いずれも同クラス程度の戦艦と共に本拠地を防衛する任務に就いた経験のあるまさに「恐るべき守護者たち」である。

 

 更に悪いことに、奴らは一気に俺を倒そうとしているのだ。1体ずつならまだしも、これでは多勢に無勢。俺にやり切れるか……?

 

「アズマさんっ! ここは私が切り抜けます。私がここを引き留めているうちに奥に行って異変の犯人を……」

 

 無茶だ、奴らは本気でこちらを殺しにかかってくる巨大戦艦だ。弾幕ごっこの強者とはいえ3体を同時に相手するなど無謀にも程がある。

 

「大丈夫ですっ! こんな奴ら、さっきの戦艦みたいにすぐに片づけてまた貴方と合流しますから。それよりも異変の根源を叩くのが重要です。アールバイパーの機動力ならすぐにたどり着けるでしょう」

「了解……した。白蓮さん、ご武運を……」

 

 共倒れは何としても防がなくてはならない。少し心配だが……このバクテリアンもどきを動かしている犯人を捕らえればいいだけだ。俺は白蓮を外に出すと手薄になった永遠亭入口めがけて一気に飛んだ。

 

 永遠亭内部は月明かりも入らずに相当薄暗い場所であった。どこまで続くかもわからない長い長い廊下を突き進み、最深部を目指す。部屋はいくつもあり、今もウサギの耳をはやした衛兵からの弾幕をいなしつつ探索を続けている。単機での行動は予想以上に困難を極めていた。

 

「大丈夫だ、レーダーによるとこっちの方向で合っているはず」

 

 指示された方向へアールバイパーは飛行している。とはいえ途中で通れなくなったりするかもしれず、この入り組んだ建物の中ではイマイチ信憑性が持てない。

 

 とりあえずこの道を突き進んでいこう。それしか情報がないのだから。それよりも邪魔をしてくる敵どもの処理が先決だ。

 

 背後から追ってくる奴は微妙に速度を落としつつのレイディアントソードで、まとまって突っ込んでくる奴らにはスプレッドボムで、そしておびただしい量の真白い使い魔を引き連れているような奴相手には……。

 

「操術『オプションシュート』!」

 

 この暴力的なまでの執念深さと火力を併せ持ったスぺルで一網打尽にする。撃ち出され、オレンジ色の光の球体となったネメシスは予想以上の働きを見せ、最後にオーラを爆発させる頃にはほとんどの敵を倒していた。仕事を全うしたネメシスを首尾よく回収、さらに先に進む。

 

 散り散りになって逃げ惑うイナバの中で隊長格らしき敵影を発見する。見た目は幼い少女のものだが、よく見ると他のウサギ達をアゴで使っている。こいつだけ黒髪だし目立つ。

 

 しかし、こちらに気が付くと彼女は一目散に逃げ出してしまった。なるほど、アールバイパーには敵わないと見て脱兎のごとく(文字通り)逃げ出しているのだろう。ここでさらなる増援を呼ばれたら厄介だ。追いかけてとどめを刺す。どの道レーダーによるとあまり脇道にもそれないし、不安要素はできるだけ排除したほうがよいだろうから……ね。

 

「このっ! このっ!」

 

 逃げるウサギは空中を跳ねるようにこちらの攻撃を避けていく。おのれ、あの桃色ワンピース、逃げ足だけは速い。こうなればコンパクを用いて……。

 

「操術『オプションシュート』!」

 

 真白い霊魂が唸りを上げて標的めがけて突っ込む。当の標的であるイナバは何故か邪悪な笑みを浮かべていた。な、何がおかしいっ!? オプションシュートは確実に標的に大ダメージを与える。いくら逃げ惑ったところで絶対に……。

 

 だが、コンパクは急にコントロールを失ったかのようにその場でクルクル暴れ出し、そのままあさっての方向で爆発した。な、なぜ? とにかく力を失ったコンパクを回収せねば。俺は霊魂めがけて飛ばす。むう、ユラユラしていてなかなか回収できない。右へ左へと移動するが、一向に回収できる気配がないのだ。

 

 おかしい、まるで酒に酔ったかのように周囲がグワングワンする……。気付くと薄暗かった廊下にボウと赤い光が無数に光っていた。人魂か……? 違う、あれは瞳だ。赤い瞳がこっちを凝視しているんだ。これがあの妖夢が屈したという「狂気の瞳」ってのだろうか。

 

「にししし、お兄さんって騙されやすいタイプ? だって面白いほど深追いするんだもん」

 

 先程まで追い回していたイナバが勝ち誇ったようにふんぞり返る。その声が右から左から反響して脳に響いた。

 

「呆気ないものね。てゐ、よく誘い出してくれたわ。ネズミ……いえ、見た目的にはヘンテコな鳥のバケモノ……」

「だからアールバイパーは超時空戦闘機であって、ヘンテコな鳥のバケモノにゃどぢぃやぬっ……」

 

 てゐと呼ばれたイナバの同僚だろうか、新たに紫色の長髪の少女が現れる。彼女もウサギなので耳があるが少し性質が違うようだ。

 

 とにかく俺はそんな彼女を睨み付けていつもの口上を口にするが、肝心なところで呂律が回らず締まらない。憤りを瞳に込めてさらにきつく睨み付けた。だが、それがまずかったか、再び視界が何重にも剥離し焦点が合わなくなる。間違いない、こいつが狂気の瞳を持つという鈴仙だ。

 

 こんな感覚を狂わせる相手、俺に倒せるのだろうか?

 

 

____________________________________________

 

 

 

(その頃永遠亭門前……)

 

 アールバイパーに永遠亭の攻略を任せ、自らが巨大戦艦達の相手を務める白蓮。その戦況はあまり芳しいものではなかった。

 

 慣れないコア系ボスをそれも複数体を一度に相手しているのだ。執拗にこちらの正面を捉え、細かいレーザーで狙い撃つネオビッグコア、遠方から回転する黒いカバーで防御しつつ、ゆっくりと飛ぶミサイルで援護するカバードコア、そして門をふさぐように触手を四方に伸ばすテトラン。

 

 更に悪いことに定期的に座布団型の機雷「ザブ」がワープアウトし、白蓮へ体当たりを仕掛けてくるのだ。

 

 これらの複合攻撃に晒されて白蓮は防戦一方となっていた。もっとも執拗に侵入者を排除しようとするのがネオビッグコア。対する白蓮も飛び道具で応戦するが、頑丈な外殻に阻まれてしまい、なかなか遮蔽版を破壊できない。

 

 死角から忍び寄るカバードコアのミサイルが白蓮を上下から同時に攻める。前方には広範囲を焼き払うネオビッグコアの赤黒いレーザーが今まさに照射されようとしていた。

 

「超人……」

 

 この危機的状況を抜けるには人では成し得ないほどの高速移動を行う必要があった。それは速く動くための筋力、そして急加速や急停止に耐えうるほどの頑丈さ……。そう、白蓮にはそれが出来る。今まさにスペルカードを掲げ高らかに自らの名を叫ぶ。

 

「……聖白蓮!」

 

 下から迫ったミサイルを蹴り、一気にネオビッグコア目指して跳躍。おびただしい量のミサイルは何度もジグザグに飛行することで避けていく。白蓮の通り過ぎた道が光の道となり、そしてその光は弾幕として周囲に散らされていく。

 

 そしてネオビッグコアの目前に迫ると……。

 

「南無三っ!」

 

 巻物の模様は拳の軌跡。右ストレートがネオビッグコアの遮蔽版を瓦割りの要領で全て真っ二つにかち割った。白蓮の追撃はまだ終わらない。

 

 そのまま巨大戦艦を名乗るには少しばかりサイズの足りないコアの背後に回り込み、横からガッチリと掴むと、白蓮はネオビッグコアを抱えたまま反対側を向いた。その瞬間照射される赤黒いレーザー。哀れ、バクテリアン軍の強力な破壊兵器が味方を蹂躙し始めたのだ。

 

 焼き払われるカバードコアのミサイル、そして今もワープアウトを続けてくるザブども……。

 

 白蓮は次にカバードコアに狙いを定め、抱えていたネオビッグコアを投げつける。手裏剣のようにくるくると回転しながら飛んでいくネオビッグコアはカバードコアの遮蔽版を横から貫通し、そのまま引っかかった。

 

「!?!?!?」

 

 カバーが引っかかってしまい、自慢の漆黒の盾が回らない。本体とカバーによって挟まれ両断されるネオビッグコア、そして異物が混入し正常に機能しなくなったのが原因か、エネルギー暴走を起こしたコアは真っ赤に光り、そして最後は大爆発を起こすカバードコア。

 

 残るはテトランのみ。触手を高速回転させて弾幕を張ってみせるが、弾幕に慣れている白蓮にとっては子供だまし以外の何物でもなかった。触手をじかに使って戦えばまた違う結果になっていたのだろうが、普段通りの戦いをした僚機達が無残な最期を遂げたことに焦りや恐れを抱いたのだろう。

 

 冷静に白蓮は背後に蓮の形をしたオプションを展開、先程ビッグコアMk-IIを葬ったレーザーでテトランの息の根を止めた。触手ごと大爆発を起こすテトラン。

 

「これで全部……ですね?」

 

 しかし、再び数体のザブがワープアウトして白蓮に襲いかかる。これをいなす住職であったが、再びコアを持った巨大戦艦が複数で現れたのであった。

 

「まだ……やる気なのですか! アズマさん、無事だといいのですが……」




(※1)デス
横STG「沙羅曼蛇(サラマンダ)」に登場した宇宙空母。
後にグラディウスIIにも登場したが、空母としての機能はオミットされ、代わりに極太イオンレーザー砲を装備している。
東方銀翼伝に登場するのはこちらのバージョン。
それにしても空母なのか戦艦なのか駆逐艦(英語で「デストロイヤー」)なのか判断に苦しむ。
なお、オトメディウスによると綴りは「DEATH」ではなく「DES」。やっぱりコイツ駆逐艦なんじゃないかなぁ?

(※2)ビッグコアMk-II
横STG「グラディウスII」に登場した宇宙戦艦。
カバーを閉じている間は遮蔽版に攻撃が届かず、カバーを開くと14の砲門からレーザー砲が火を吹く難敵……と言いたいところだが、基本的な対処方法はビッグコアと同じだったりする。
ボスラッシュステージの常連であるらしく、Vに登場した時は攻撃パターンが多数追加されて強化された。

(※3)テトラン
横STG「沙羅曼蛇(サラマンダ)」に登場した宇宙巡洋艦。
4本の触手をゆっくりと回転させる攻防一体の戦い方を得意とする。
触手は撃墜された戦艦のパーツを回収するのにも使われる。
巡洋艦でアイドルっぽいけど、ナカチャンジャナイヨー!
コイツもボスラッシュステージの常連。

(※4)カバードコア
横STG「グラディウスII」に登場した宇宙戦艦。
回転するカバーで遮蔽版を防御しつつ、上下からゆっくり飛ぶ破壊不可能なミサイルで攻撃してくる厄介なヤツ。

(※5)ネオビッグコア
横STG「グラディウス外伝」に登場した宇宙戦艦。
流線型の見た目をした高機動型ビッグコア。攻撃パターンも多い。


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第10話 ~狂気の瞳~

何故か半霊とはぐれて狂気に陥っていた妖夢、何故か人里に現れたバクテリアン軍の戦艦「ビッグコア」、そして何故か休診中で不気味な沈黙を続ける永遠亭……。
これらの手掛かりから永遠亭の面々が異変を起こそうとしていると察知したアズマは白蓮や妖夢と迷いの竹林に向かう。
すると、まるで竹林全体を守るように鋼鉄の宇宙戦艦どもが行く手を阻んできたのだ。
いよいよ永遠亭黒幕説を確信するも、アズマ達はその物量に押されて白蓮と離れ離れになってしまう。
そしていち早く永遠亭内部に侵入したアズマは多数の赤い瞳ににらまれて方向感覚を狂わせてしまい……


(その頃、永遠亭内部)

 

「がはっ……」

 

 何度目の被弾だろうか。この鈴仙の放つ弾は銃弾のような形をしているのだが、これが急に軌道を変えたりするのだ。そんなトリッキーな攻撃に俺が順応出来る筈もなく、何度もその銀翼に弾を受けていた。

 

 鈴仙の赤い瞳が再び光る。まただ。この直接頭の中をこねくり回される感じ。こんなのをずっと受けていたら冗談抜きで発狂しかねない。あの瞳を見ては駄目だ。ではどうやって反撃する? まさか相手を見ないで攻撃だなんてばかげている。

 

 頼みの魔力レーダーもこの周囲が魔力で満ち溢れているからか、まるで機能していない。いや、まだあの手があった! アールバイパーの代わりに攻撃をしてくれる頼もしい味方が!

 

「操術『サイビット・サイファ』!」

 

 ネメシスとコンパクを呼び出し、鈴仙に向かわせる。が、目標に着弾することなくあらぬ方向へと飛んで行ってしまう。慌てて呼び戻すが制御を失っているらしく、戻ってこない。

 

「無駄よ。その人形と霊魂は方向感覚を狂わせてまともに機能しない」

 

 自らが回収に回っているとその隙にもう一発弾をくらってしまう。アールバイパーからアラート音が鳴り響く。これ以上の戦闘は危険だ。何とか退避したいがこう方向感覚をかき乱されている状態では逃げることもままならない。ここまでか……!

 

「弱い、弱すぎるわ。能力使ったとはいえここまでアッサリやられてしまうだなんて。次に考えていることは逃げることでしょう? 私もヤバそうになったらよくやるから分かるわ。追い詰められた者の心理はね」

 

 駄目だ、まるで落ち着かない。平衡感覚の欠如やアールバイパーのダメージから離脱は困難。せめて冷静さを取り戻さなくては。……ならば時間稼ぎだ! 何かしらこの状況を打破する手段がある筈。それを模索するための時間が必要である……。

 

 自殺行為かもしれないが、俺はリデュースを解除し、キャノピーを開いた。突飛な行動に銃口(指なんだけど)をこちらに向けつつ口をぽかんとあけて困惑している鈴仙。

 

「いやはや、君は強い。今の俺では勝てそうにないよ。それよりもちょっと話でもしようや」

「貴方は一体何を……。話すことなんてありませんっ!」

 

 まあ当然の反応。いかんね、隙を見せそうにない。こうなればハッタリをかまそう。俺は懐から宝塔型通信機を取り出し見せつける。

 

「これを見なっ!」

 

 いつ見ても本物そっくりだ。本物の宝塔の持ち主である星がこちらを間違えて持ち出してしまったこともあるくらいに。

 

「そっ、それは……?」

「通称『レーザー宝塔』。命蓮寺屈指のお宝であり、自在に曲がるレーザーを撃つことも出来る。あまり使いたくなかったがこいつは最後の切り札。さあどうする……? 下手に動くとへにょりレーザー、撃つぞ?」

 

 右手で宝塔のレプリカを掲げつつ凄んでみる。当然このレプリカには本物のようにレーザーを撃つなんて芸当はできない。バレたら終わりだ……。

 

「それは毘沙門天の……!? そんな重要なアイテムを貴方ごときが持っているだなんてあり得ないわ。ニセモノでしょう?」

 

 ぐっ……バレてる! いや、確信は得てない筈。ニセモノだと認めなければいい。震えそうな声を必死に張り上げ虚勢を張り続ける。

 

「果たしてそうかな? 裏をかいて俺みたいな人間が本物を手にしていることもあるかもしれないぞ? そういえば寅丸星はよくコレをなくしてしまうそうだが、俺が拾ったとかも考えられる。そもそも本物が1つだけとは限らないぜ?」

 

 警戒して宝塔にジリジリと近寄る鈴仙。よし、懐疑心を大きくさせればこちらのもの。

 

「簡単じゃないの。近くでよく見れば本物かニセモノかわかるでしょうに」

 

 よし、完全に宝塔に注意を逸らすことが出来た。あとは……。

 

 鈴仙は宝塔を警戒し、本来の敵である俺への集中が途切れる。今や宝塔にクギヅケだ。

 

「そぉい!」

 

 おもむろにレプリカ宝塔を投げ込む。今後に備え、俺はアールバイパーのキャノピーを閉じ、耳を押さえながらうずくまった。直後、耳をつんざく高音と眩い閃光が弾け飛んだ。

 

 宝塔型通信機にも光を発する機能がある。それを利用してフラッシュグレネードとして活用してみたのだ。

 

「ああああああっ!!」

「へあぁ……。目がぁ……、目がぁーーー!!」

 

 光と音が収まった後、見上げるとあれだけいた紅蓮の瞳は消え去っており、そして目の前には目を押さえて悶え苦しむ永遠亭の刺客がいた。

 

「『狂気の瞳』とやらでこちらを凝視していたのが仇となったな。急いでいる、お前達の相手はできない。……もっとも聞こえていないか、今のこいつらには」

 

 無力化したウサギどもにこれ以上の干渉は行わない。俺の平衡感覚が正常なうちにこの赤い瞳のエリアを抜ける。もちろん宝塔型通信機をオプションに回収させて。

 

 宝塔に殺傷能力など皆無。一時的に奪った視力と聴力を回復させて、奴らが追いかけてくるであろうことはすぐに予想できた。空き部屋に身をひそめて落ち着くのを待ったほうがいいかもしれない。

 

 ぐねぐねと通路を突き進み、なるべくあの場所から離れようとする。どこを飛んでいるのかはよく分からない。とにかく前へ前へ……。

 

 不意に薄暗い部屋を発見する。人の気配もないし、ここに潜り込もうとバイパーを飛ばす。

 

 一際薄暗い部屋であった。先程までの喧騒が嘘のように。そういえば白蓮はどうしているのだろう? 無事にテトランどもを倒して永遠亭のどこかにいるのだろうか?

 

 頭によぎった矢先、宝塔型通信機が光る。声からして白蓮からの通信であることが分かるのだが、ホログラムも音声もノイズだらけであり状況はうかがい知れない。

 

「アズマさ……次々……コア……きりがな……助け……もう……た……な…………」

 

 くそう、ノイズだらけで聞き取れない。思わず宝塔に耳を傾けてみるが結果は変わらず。どうやらコア系ボス相手に苦戦を強いられているようだ。すぐに手助けしたいところだが、生憎今の俺にそんな余裕はない。次に鈴仙に出くわしたら今度こそ終わりだ。

 

 宝塔を用いて再びフラッシュグレネードとして活用するには魔力を溜めなくてはいけないし、そもそも鈴仙には手の内がバレている。それに今の俺では奴に敵わない。

 

 ジッと息をひそめていると背後で何かが蠢いているのを感じた。敵の奇襲かと警戒し振り向いた。

 

 大部屋の中心にいるのは小柄な少女? 僅かな月明りの中、目を凝らしてみる。

 

 まず目に入ったのが美しくそして長い黒髪。それが月明かりに照らされて妖しく光っている。癖毛などまるでなく、余程大切に手入れしていたのであろうことが分かる。王族とか貴族とか、相当の高家とかそんなレベルかもしれない。

 

 だが、それ以上に驚いたのは彼女が縛られていたということ。どう見ても診療所の職員には見えない(そもそも特徴的なウサミミがない)。それでは何故縛られて? 精神を酷く病んでいて外出すら許されていないとか? ……いやいや考え過ぎか。

 

「ん……誰? 永琳ではないようね。変な鳥の妖怪? いえ、ノッペリしすぎているから宇宙人?? とにかく、見惚れてないで助けてよぉ……」

 

 永遠亭のとある大部屋、その中心の柱に縛られている少女という衝撃的なものを見ていて俺の思考回路が一時マヒしていたようだ。見たところ永遠亭の刺客とは思えないし、見るからに衰弱している。幽閉されて随分時間が過ぎているのだろう。救助しようと俺は彼女に近づく。

 

「だから変な鳥の妖怪でもなければ、宇宙人でもない。超時空戦闘機……」

 

 その矢先、周囲が激しく揺れた。しまった、これも罠だったのか!? 大部屋から出ようと振り向くが入口は無情にも閉じてしまった。俺までも閉じ込められたのか。

 

「ちょっ、何? 何なのよ!?」

 

 少女の悲鳴が聞こえ俺は再び反転する。すると球体が黒髪の少女を捕らえていたのだ。囲われてその中心に球体……。

 

 その球体は少女を閉じ込めたままゆっくりと動き出し突進してくる。動きが遅かったので簡単に避けることができたが、球体は壁に当たると跳ね返り更に着地点に砲台を建設していた。あの短時間で……!?

 

 くそう、何処に行っても敵だらけだ。そしてこいつは恐らく……!

 

「サークルコア(※1)と言ったところか」

「冷静に分析なんてしてるんじゃないわよ! 早く助けなさい! 目が回ってしまうわ!」

 

 やれやれ、目覚めたかと思えばコレか。どの道助けを求めている人を見殺しにはできないしサークルコアは何とかして倒さなければならない。俺は操縦桿を強く握り、バクテリアンの巨大戦艦に勝負を挑む……!

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃永遠亭入口……)

 

「ハァ、ハァ……。キリがないわ……」

 

 次々とワープアウトしてくるおびただしい量のバクテリアン軍が侵入者から永遠亭を守っている。ある時は瓦割の要領で遮蔽板ごとコアを殴りつけ破壊したり、得意の弾幕でコアを射抜いたりと1体ずつ処理していくのだが、無尽蔵にわき出る巨大戦艦を前に流石の白蓮も疲れを見せ始めていた。

 

 今も胸を上下させて苦しそうにゼエゼエと息を吐く。どうにか呼吸を整えようと必死だ。

 

 そして遂に……。

 

「っ!?」

 

 背後から迫ってきた「クリスタルコア(※2)」への対応が遅れその触手に薙ぎ払われてしまう。ビターンと地面に叩きつけられうめき声を上げる魔法使い。

 

「(このまま戦い続けてもいずれ消耗しきってしまう。先に永遠亭に入り込んだアズマさんや幽々子さんも気になるし……)」

 

 白蓮は急に抵抗を止めた。自らの攻撃で戦意を削いだと判断したのか、クリスタルコアは白蓮をその触手で捕らえ永遠亭内部へと消えていく。

 

 外敵を無力化させたことで他のバクテリアン軍も動きを止め再びいずこかへワープしていった。

 

「(この水晶の戦艦、思ったほど力がない。いざとなれば簡単に振りほどけるけれど……)」

 

 そう、白蓮はワザと捕虜になったのだ。永遠亭の中枢に近づくタイミングを見計らい脱出し、永琳と対決しようという目論見である。

 

 そんな魔住職の真意を知ってか知らずか、クリスタルコアは獲物を永遠亭の奥へと運んでいった……。

 

 

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(その頃鈴仙は……)

 

「うう、まだチカチカする……」

 

 アズマの持つ「宝塔型通信機」の激しい光によって、視覚と聴覚を一時的に奪われた鈴仙とてゐ。流石に少しずつ視覚を取り戻し、いまだにガンガン痛む頭を抱えつつヨロヨロと起き上がる。

 

 意識を取り戻した後にするべきこと、それは逃走したアールバイパーの追跡であった。しかしそれは叶わないこととなる。

 

「気をつけなさい妖夢。あの『狂気の瞳』があちこちで光っているわ」

 

 冥界からの刺客が接近しつつあったのだ。

 

「むむっ。このまま進んだらまた狂わされてしまうのですが」

「修行が足りないわよ妖夢。心の目とかそこの半霊で見ればいいじゃない。出来るのでしょう?」

 

 赤い光が点々と光りつつあるというのにこのノホホンとした亡霊は何ともなさそうである。

 

「最近、半霊の扱いが酷いです! 男の人と添い寝させられるわ、無茶な要求されるわで……」

 

 口では文句を言うが再び狂気にとらわれたくない妖夢は静かに目を閉じた。瞼で閉ざされた妖夢の視界。彼女だけに漆黒が覆う……。

 

「幽々子さま、大変です。目を瞑ったらやっぱり真っ暗です!」

「どこかで聞いたセリフよね……。って、滅茶苦茶に刀を振り回すのはやめなさいっ!」

 

 侵入者を排除するはずの月のウサギを無視して幽霊たちは愉快な漫才を繰り広げていた。

 

「どこまで私をコケにするつもりだっ!」

 

 無視され続けたことに耐えかねて大声を張り上げる。それが開戦の合図であった。

 

「前のようにはいきませんよ! 今回は幽々子様もついていますから、恥をさらすわけにはいきませんっ!」

 

 突進する半人半霊とそれに向けて銃を構えるように指を向ける月の戦士。今、因縁の弾幕勝負が始まる……!

 

 

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(その頃、貴方とアールバイパーは……)

 

 

「サークルコア」の本体部分に幽閉された少女を救出し、自らもこの部屋から抜け出るためにひとまず遮蔽版を取り除こうと攻撃を加える。しかし脆弱部である遮蔽版は本体が回転しているためになかなか狙いが定まらない。頑丈なボディにショットを弾かれてしまう。

 

「手早く『サイビット・サイファ』を使えばいいのだが……」

 

 いつもであれば本体めがけてオプションを突撃させていただろう。しかし、今回に限って言えばそれは不可能なことである。閉じ込められた少女にも危害を与える可能性が高いからだ。そしてサイビットを本体に用いることの出来ない理由がもう一つ。

 

「くっ、少しかすったか!」

 

 サークルコアの本体は簡素な兵器工場にもなっているらしく、外殻に接地するたびに固定砲台を置いていくのだ。こちらの処理を怠ると四方八方から狙われる羽目になる。オプションはそちらの処理で手一杯であった。

 

 砲台対策は周囲を一度の攻撃できる近接武器である「レイディアントソード」でも対処しやすいが、肝心の本体へダメージを与えるにはいささか射程距離が足りない。かといってリップルレーザーでは大きくなりすぎることが災いして弱点へ到達しにくかったりするのだ。

 

 となると残るは「スプレッドボム」での誘爆をうまく当てるしかないのだが……。

 

 ゴロゴロと転がってくる本体からゆっくりと退きつつ爆弾を投下。うまい具合にダメージを与えているようだ。しかしタイミングを取るのが難しい。次に投下したスプレッドボムは予想よりも早く炸裂してしまい、ダメージを与えることが出来なかった。

 

「ちょっと! 中に私がいること忘れないでよっ!」

 

 そうだった。このサークルコアはコアの代わりに少女の魔力的な何かをエネルギー源としているようだ。とにかく救い出すには遮蔽版をすべて取り除かないといけない。

 

「がっ!?」

 

 再びサークルコアが跳ね回る。外側の壁もグルグルとまわり軌道を読みづらい。さらに球状の本体からもレーザーを放ってくる。そのレーザーを受けてしまったのだ。直撃ではなかったものの、機体を大きく揺るがした一撃。思わずリップルレーザーで応戦するが、あえなくリング型の光線は外れてしまう。

 

 接近してのミサイル攻撃もあのようにレーザーをまき散らされてしまっては迂闊にできない。

 

「操術『サイビット……』いやダメだ!」

 

 頼れる切り札ではあるが、関係のない人を巻き込んでしまうことが確実であるためサイビットも使えないだろう。

 

「剣では届かない。リップルは大きすぎるし火力も足りない。適度な威力と連射性、そして精密な射撃を行うには……」

 

 今のアールバイパーの武器では成し得ないだろう。思い出せ、今まで戦ってきた相手の中で針のように細く鋭い一撃を放てた奴が……。

 

 おぼろげながらに浮かんだ記憶。霊夢に圧倒的実力差を見せつけられ、散々蹂躙されたあの時だ。一瞬で勝負は決まってしまったが、あの最後の瞬間だけは鮮明に思い出せた。

 

 確か名前は……「封魔針」とかいったか。執拗にこちらを狙うお札を警戒した矢先、霊夢は針のような素早いショットを連続で浴びせかけ、アールバイパーをハリネズミにしてしまったのだ。

 

 思い出しただけでも震えが止まらない。あまりの針の多さに最初は自分も串刺しにされたかのような錯覚を覚えたのだ。

 

 だが、それも昔の出来事としてある程度は割り切れるようになった今、あの時のことをよくよく考察できるようになっていた。

 

 あったぞ、あんな針のようにスマートで、でも激しい武装が……!

 

『You got a new weapon!』

 

 来たっ! 土壇場でこの絶望的状況をひっくり返しうるあの声が! 武装を表示していたディスプレイにノイズが走る。ザザザと激しくノイズを発生させ、消えたのは「レイディアントソード」。そしてそれを上書きするかのように描かれたアイコン。機械的なシステムボイスが告げる兵装の名は……。

 

『TWIN LASER!』

 

 ツインレーザー(※3)。純粋に火力を求めたノーマルレーザーと、純粋に扱いやすさを求めたリップルレーザーのいいところだけを取り入れたレーザー系兵装だ。リップルレーザー並みの連射力を誇り、更に威力もリップルよりも高いというかの名兵装。勝てる、こいつがあればあんなコア系ボスなど敵ではないっ!

 

 

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(その頃冥界の住人チームは……)

 

「ていやっ!」

 

 刀の一閃。その軌跡からウロコのような形をした弾幕が形成される。それらは標的である鈴仙の左右に向かって放たれ、退路を塞いだのちに第二波の狙い撃ちを繰り出しつつ一気に接近した。

 

「ワンパターン過ぎるわ。その弾幕は既に見切ったと前にも言ったはずよ」

 

 接近する妖夢をその紅の瞳で睨み付ける。

 

「何度挑んでも同じ。再び正気を失うがいいわ!」

 

 勝ち誇り、瞳を輝かせる月の兎であったが、睨み付けた直後、硬直する。妖夢がぐにゃりと溶けたのだ。

 

 いくらなんでもそんな能力は行使していない……というよりそんな能力持っていない。何が起きたのかと狼狽しているうちに、溶けた妖夢はさらに人型の原型を失いゆく。そしてこのトリックの正体を知ることになる。

 

「しまった、半霊……!」

 

 元の姿に戻った半霊はそのまま鈴仙の顔に覆いかぶさり彼女の視覚を奪った。本物の妖夢は一時的に高度を下げて身をひそめていたのだ。

 

「これでは自慢の狂気の瞳も使えないでしょう」

 

 床を蹴り、大きく跳躍すると今度はその胴体を向けて一閃。至近距離からのウロコ弾を喰らわせたのだ。とどめの一撃を放った直後、半霊を呼び戻した。

 

「私を狂気の深淵から救ってくれた変な鳥の妖怪が教えてくれた技です」

「おめでとう、妖夢。リベンジを果たせたのね。でも、素直にアズマ君のオプションの真似しましたって言えばいいのに……」

 

 妖夢が必死に戦っていたというのにこの亡霊少女、ポカンと口を開けて眺めていただけであった。相も変わらずの天然っぷりに妖夢はガクリと肩を落とす。

 

「ほら、今日の晩御飯が逃げていくわよ。追いかけないと」

「だから食べちゃダメですってば!」

 

 みょんににぎやかな冥界の住民たちは逃げる月の兎を追って永遠亭の深部へと進んでいく……。

 

 

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(その頃、貴方とアールバイパーは……)

 

 

 ツインレーザー入手後は一気に事態が好転した。一瞬の隙をついての針状の光線狙い撃ちによりすべての遮蔽版を取り除くことに成功したのだ。

 

 だが、その後が分からない。いつもならばこのまま中心のコアを攻撃して破壊すればいいのだが、今回はコアではなくて少女がいる。まさかそれを破壊するわけにもいかないし、どうにかして助け出さないといけない。

 

 だがどうやって? 腕のないアールバイパーでどうやって回収する?

 

 焦る矢先、宝塔型通信機がビカビカと光を放った。誰かからの通信だ。相手は白蓮だろうか?

 

 ノイズだらけのホログラムからわずかに通信の相手が白蓮であることが分かる。しかし声がまるで聞こえない。俺は何度も彼女の名前を叫ぶが反応はない。

 

「っ!?」

 

 一瞬だけクリアになったホログラム。しかしそれはあまり見たいものではなかった。

 

 白蓮がバクテリアン軍に屈していた。「クリスタルコア」の触手に絡め取られてどこかに連れて行かれているところのようである。必死に声を聞き取ろうと通信機に顔を近づける。不意に影が落ちた。

 

「しまっ……!」

 

 サークルコアの体当たりが来る! 白蓮も気になるが助けるにはまず自分が助からないと! もちろんそこで囚われているお姫様も。急ぎ操縦桿を傾け回避を試みる。

 

 どうにか直撃は免れたようだ。しかし……。

 

「ネメシス! コンパクっ!!」

 

 オプション2つがサークルコアの下敷きとなってしまった。潰れる前に機体を押しのける二人の姿が見えた気がした。そうか……。あいつら、俺のことを身を挺して……。ひどくダメージを受けており、ぐったりとしている。俺は舌打ちをしながらも展開していたオプションを格納した。

 

 事態は何も解決していない。逃げ惑っていると再び通信機が激しい光を放っていた。また白蓮と繋がったか!?




(※1)サークルコア
横STG「グラディウスV」に登場するボス。
砲台を生成する球体が縦横無尽に跳ね回る。

(※2)クリスタルコア
横STG「グラディウスII」に登場する巨大戦艦。
全身クリスタルで出来ており、何故か後ろから登場する。
触手をうねらせて弱点を防御しながらレーザーを撃ってくる。

(※3)ツインレーザー
横STG「グラディウスIII」に登場した兵装。
「=」のような形のレーザーを連射する。
劇中での描写の通りリップルレーザーの連射力とノーマルレーザーの火力を併せ持った使い勝手のいいレーザー系兵装。
残念ながら敵を貫通する能力はない。


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第11話 ~希望への一手 前編~

見る者を狂気に貶める瞳を持った鈴仙の前ではサイビット・サイファのような自動追尾系の兵装が意味をなさない。
否応なく苦戦するも、こちらを見ることで能力が発動するという弱点を逆手にとってレプリカ宝塔を光らせることで撃退。
更に永遠亭の奥へ逃げ込むが、そこには黒髪の少女が縛られていた。
早速救助しようとするアズマであったが、近づこうとした矢先、彼女をコアとして取り込むバクテリアン戦艦「サークルコア」の姿が……!


(少し前、冥界の住人チームは……)

 

 

 逃げた鈴仙を追いかけ破竹の勢いで突き進む妖夢。そして彼女を援護する幽々子。

 

「ええい、逃げ足だけは速いんだから……」

 

複雑に入り組んだ通路で鈴仙たちを見失ってしまっていた。

 

「落ち着きなさい。感情だけで動いていては足元をすくわれてしまうわ」

 

 しかし渦巻く魔力が強くなっているのは二人にも感じ取れていた。黒幕が近い……。

 

「あっちです! あの先に永琳がいる筈です!」

 

 いかにもな大部屋。確かに永琳はいそうだが……。

 

「待ちなさい妖夢! 警備もいないこんな部屋はハズレかあるいは罠……」

 

 と、言いつつも幽々子もつられて入り込んでしまう。部屋は真っ暗闇で何も見えなかった。

 

「大変です! 何も見えません!」

「分かっているわよ、それくらい。でもこの暗さは異常ね。夜の夕闇というよりは、意図的に暗くされているような……。妖夢、怪しすぎるわ。一度引き返して……妖夢?」

 

 刀を振り回して意気揚々と突き進もうとする半人半霊の姿があった。

 

「やめなさい妖……っ、危ないっ!!」

 

 もう一歩踏み出そうとしていた妖夢を突き飛ばす亡霊少女。尻もちをついてしまった妖夢は衝撃的な光景を目にすることとなる。

 

 地面から縄が飛び出ると幽々子を捉えそして空中に吊るしてしまったのだ。

 

「あああっ……。幽々子様、今縄を斬りますね」

「駄目よ妖夢、話をよく聞いて。罠は二段構造になっていて……」

 

 次の瞬間、ズボッという穴のあく音とともに、妖夢は幽々子の前から姿を消す。

 

 後にはニヒヒと意地悪そうに笑うウサギの声だけがこだましていた……。

 

 

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(その頃貴方とアールバイパーは……)

 

 黒髪の少女を取り込んだ「サークルコア」にどうトドメを刺すべきかと手をこまねいている中、通信機でもあるレプリカ宝塔が激しく光り始める。期待して宝塔を覗き込むが、相手は白蓮ではなく命蓮寺に残っている筈のにとりであった。

 

「苦戦しているようだね。大丈夫アズマ?」

「俺は大丈夫だが……。敵が人質を体内に捕えている! このままでは救い出せない!」

 

 どうにか接近しようと試みるが、そもそも接近したところで解決策なぞない。

 

「ふふん。要はあの丸いヤツの中心にいるお姫様を助けたいのだろう? こんなこともあろうかとっ! にへへ……。こんなこともあろうかとっ!! ああ、博士キャラなら何度口にしてもシビれる素敵な言葉……」

 

 駄目だこの河童、自分の発言で悦に浸ってる。

 

「勿体ぶらずに早く言ってくれ。せっかくの『切り札』も手遅れになったら無意味だぞ!」

「……オホン。こんなこともあろうかと貯金全部つぎ込んで物質転送装置を開発していたのだっ! 今から助手君のアンカーをそっちに転送する」

 

 不意ににとりにツッコミを入れる手が「誰が助手だ」という言葉と共ににとりをどつく。その手はそのまま河童をグイと掴み引っ張り上げる。代わりにムラサ船長が顔を出していた。

 

「いい? アンカーはただぶつけたり、弾幕展開をするだけではないの。うまく使えば遠くのものを引き寄せることが出来るのよ」

 

 どうやら「道連れアンカー」ばりに思い切りアンカーを射出し、サークルコアの中心で囚われているお嬢様を救出せよという事らしい。無理難題に聞こえるが可能性が0でない。他に手もないのだから、いくら望みが薄いからといってもコレに賭けるしかない。

 

 脇腹を突かれて痛がるにとりが再びムラサの前に現れる。

 

「その為にアンカーをそっちに転送するのだが、座標軸がズレるとうまくいかない。転送中は動かないでほしいんだ」

「待て、正気か!? いま俺はバクテリアンの兵器と戦っているんだぞ! 動かないようにだなんて無理だ」

 

 今も縦横無尽に跳ね回る球体を回避しつつ通話している状態なのだ。

 

「今ハッキリと座標軸が分かるのはアズマのアールバイパーだけなんだ! 自分でも無茶なこと言っているのはわかる。でもアンカーを転送するにはこうするしか……」

 

 これ以上ないものねだりをしても無駄だろう。ならば無理かもしれないがやるしかない。俺はアールバイパーを空中で静止させる。

 

にとり「オーケィ、始めるよ……」

 

 通信機の向こう側からガゴンガゴンと機械類が動く音が響く。そして高まる駆動音。本当に始まったらしい。俺はサークルコアの動向を気にしながらこちらに来ないことを祈るくらいしかできなかった。

 

 目の前でアンカーの形をしたホログラムが下から少しずつ形成されている。本当に物質転送が始まったようだ。

 

「いいかい、くれぐれも座標軸をずらさないように!」

「無茶言ってくれるよ。出来るだけ……な」

 

 身をよじり、執拗にこちらを狙い撃つ砲台の攻撃を凌ぐ。今のサークルコア本体は外殻に沿ってグルグル回っているだけなので体当たりの心配はない。

 

 アンカー型のホログラムが半分ほど表示された。よし、ここから折り返し地点……!

 

 不意にサークルコアの動きが止まる。またこの中をバウンドするつもりだろう。ヒヤヒヤしながらその動向に目を見張る俺。何度もアールバイパーをかすめる度に俺の寿命が縮んでいく気がする。

 

「あと少しだ。もう少しだけ辛抱してくれ!」

 

 だが、悲劇は起きた。唐突に乱反射するサークルコアの本体が一直線にこちらに向かって来たのだ。まずい、あんなの回避できる筈がないぞ!

 

 どうするか……。逃げるか? しかしそんなことをしては作戦は水の泡となる。さりとてあんな巨体の体当たりを食らったらアールバイパー……というより俺がひとたまりもない。

 

 思索を巡らせ最善の答えを導こうとする……。

 

 不意に視界が右に大きくブレた! 脳みそを直に揺るがす強烈な衝撃! 一瞬何が起きたのか分からなかった。グラグラする視界が少しずつ復活する。あろうことかサークルコアの体当たりをもろに受けてしまったようだ!

 

 痛みのあまり悲鳴も上げられない。声が……全然出ない!

 

「アズマっ、大丈夫!? ちょっとにとり、アズマがっ!!」

「座標軸の深刻なブレ! 粒子化したアンカーが亜空間で引っかかっている。質量の割合は全体の10……20……ちょっ、マシンが引火した!! そんでもって小爆発っ! あああっ、私のウン年分の貯金がぁぁぁ~~」

 

 宝塔型通信機の向こう側でも修羅場になっていたようだ。けたたましく鳴り響くアラームがこちらにまで聞こえる。

 

「あっちでは人の命がかかっているのよ! 今更転送装置なんて……」

「分かっている! でも今の私達では手を差し伸べられないだろう! それよりも目の前の問題を何とかしよう。転送装置が火を吹き始めた。水だ、水をかけるんだ!」

 

 お互いに水にゆかりのある妖怪。鎮火はそこまで苦ではないだろう。コクピットの中から見上げるとホログラム化したアンカーがまるで現世とスキマの狭間で挟まっているかのように中ぶらり状態となっているのが確認できた。

 

 向こうは向こうで必死に抗っているんだ。こうなれば俺だって根性見せてやらないと……。

 

「爆撃『スプレッドボム』!」

 

 フォースフィールドを纏い、アールバイパーは高く跳躍した。外殻の中狭しと飛び回り周囲を爆撃していく。青白い爆風が周囲の視界を埋め尽くしていった。厄介な砲台もこれで一掃できただろう。そのまま命蓮寺から送られてきたアンカーの傍に向かう。

 

「よし、どうにか持ち直したぞ! 再び転送に入ろう」

 

 ホログラム化していたアンカーは銀翼の接近に呼応するかのように実体を得ていく。しかし転送が不完全だったのか、先端部分しか転送されていなかった。根元部分が今まさに少しずつ実体を現そうとしている。

 

「くっ! またなのかっ、また暴走を……」

 

 河童の技術力をもってしても転送装置などというものは簡単にできるものではなく。アンカー1つを転送するにもこれだけ苦労しているらしいことが俺にも分かる。

 

 激しい爆発音、それは永遠亭ではなく命蓮寺で俺の為に戦っている方での音。その弾みでアンカーが完全に実体化した。

 

「ああサヨウナラ、私の貯金……」

 

 力なく膝をつく河童。今ので転送装置が完全に壊れてしまったらしい。意気消沈するにとりに代わり、船長が指令を送ってくる。

 

「にとり、あんたはよくやったよ。……コホン、そのアンカーでコアの中心を捉えるんだ」

 

 アンカーはアールバイパーに呼応するかのように吸い付いていた。撃ち込むイメージを持てばアンカーは動いてくれるらしい。ターゲットサイトを覗いてサークルコアの中心を狙う。跳ねまわる奴を捉えるのは至難の技であった。

 

 ……今っ! 完全に動きを止めた。俺はアンカーを撃ち出したっ!

 

…………

 

……

 

 しかし無情にもサークルコアに弾かれてしまう。弾かれたアンカーはクルクルと回転を起こし、無差別に飛び回った。このままではサークルコアに押しつぶされる他に、自分の撃ち出したアンカーで自滅してしまう可能性まで出てきた。

 

「ムラサっ! このアンカーどうやって戻すんだよ! 2つも飛び回る物体があったら俺いよいよ危ない!」

「鎖のイメージだ! 錨を鎖で巻き取るようなイメージ!」

 

 くそう、これだから人の弾幕をそのまま使うのは嫌だったんだ! だが、今は泣きごとを言っている場合ではない。暴走アンカーを引き戻さないと……。サークルコアに押し潰されて二階級特進ならまだしも、自滅してソレだなんて死んでも死にきれない。

 

 アンカーを必死に引き戻そうとするが、変な風に慣性が働いており、錨を引き寄せると言うよりかは釣りをしているような感覚であった。

 

「うおおお……」

 

 このタイミングでっ! この力でっ! 今まさに回転するアンカーを引き寄せた。

 

 しかし少女を救出するまでこれを繰り返すとなる気が滅入る。……いや、そんな必要はない。クルクル回る物体がつかず離れず行ったり来たり……。思い出せ、そんな兵装があったぞ。

 

 くるくるくるーと飛んでいって、一定の距離でしばらく留まってその後戻ってくるヨーヨーのような……。ヨーヨー! そうだヨーヨーだ!

 

『You got a new weapon!』

 

 来たっ! ちょっとマイナーだったから忘れてたけれど、こんな時にあると嬉しいあの兵装が!

 

『REFLEX RING』

 

 リフレックスリング(※1)。リング状の弾を飛ばし、そしてヨーヨーのように戻ってくるダブル系の兵装だ。若干射程は短いが、ダブル系では珍しく貫通性能を持っている武器。その独特の間合いをキープできれば高火力を期待できる。

 

 もしやと思い、少女めがけてリフレックスリングを当ててみた。左方向にギュルンギュルン回転するリングが黒髪の少女を捉えると、こちらに一気に引き寄せた。

 

「さすがアズマ! アンカーから新しい武器を呼び覚ますだなんて、やっぱり一味も二味も違う。貯金はたいて転送装置を作った甲斐もあったものだ……グスッ」

 

 まだ壊れた転送装置の事を引きずってはいたが、素直にアールバイパーの兵装が増えたことを祝福してくれている。

 

 対するサークルコアはエネルギー源たる少女を失いその巨体を維持することが困難になっていた。あちこちで小爆発を繰り返しており、この部屋にもその爆風が及ぶことは容易に想像がついていた。

 

「上だっ!」

 

 俺は天井めがけてツインレーザーを放つ。針のような光線が天井に円を描くように穴を開ける。その中心を今度はリフレックスリングで斬り裂いた。あとはあの穴から部屋を抜けるのみ。

 

 危機一髪、バイパーが部屋から出た直後、爆音が下で鳴り響いていた……。

 

 

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(その頃白蓮は……)

 

 周囲がだいぶ暗くなってくる。無言のまま、水晶の体を持ったバクテリアンの戦艦が聖白蓮をその触手で抱きながら、永遠亭の深部へと進んでいく。そろそろ中枢が近いと判断した白蓮は一気に行動に出た。

 

「破ぁっ!」

 

 クリスタルコアの触手に抱かれて拘束されていた聖は一瞬の隙をついて片腕を触手の拘束から逃れさせる。白蓮の体がわずかに浮き上がり空中で踊った。

 

 自由になった腕は拳を作り、クリスタルコアの弱点に一直線に振り降ろされた。

 

「南無三っ!!」

 

 瓦割りの要領で遮蔽板、そしてコアを貫く超人の拳。制御を失い崩れゆくクリスタルコアから白蓮は手早く脱出した。

 

 背後から激しい爆発音。片足で着地した白蓮はそのまま床を強く蹴り、最奥の部屋を目指す。

 

 そして永琳が潜伏しているであろう部屋が開かれる……。その部屋は薄暗いどころではなく真っ暗であった。視覚が役に立たないと悟った白蓮は神経を研ぎ澄ませ、何処から襲ってくるかも分からぬ罠に警戒する。

 

「ようこそ、永遠亭最深部へ」

 

 紛れもなく今回の異変の黒幕、永琳の声だ。スポットライトの光が突然射してその姿を露わにさせる。音もなくふよふよと浮遊しつつゆっくりと白蓮に近寄る。

 

「異変を起こしたのは貴女ですね。この異変で多くの妖怪たちが今も苦しんでいます。どうしてこんな事を……」

 

 凛とした面持ちで挑む僧侶であったが、それを嘲笑うかのようにへらへらと、でもどこか自虐的に答える女医。

 

「知ってるかしら? 今、幻想郷は書き換えられようとしている。ここ最近様々な力の渦がこの幻想郷にやってきたわ。山の上の神々、そして……妖怪を庇う変わり者の僧侶。このままでは私たちは淘汰されてしまう。だから決めた、再び幻想郷で異変を起こして誰がこの世界の強者足り得るかを見せてやろうとしているのよ。貴女達がそうしてきたように、外の世界の力を借りてね!」

 

 演説しながらゆっくりと浮かび上がる永琳。スポットライトの光が器用に永琳を追いかけていく。

 

「そ……そんなことの為に月を隠して、奇妙な機械の生命体を生み出したというのですかっ!?」

「そうよ。誰からも忘れられ、力を失い淘汰される。幻想郷の妖怪達が最も恐れていることだったわね。もちろん私だってそんなのは御免。その破滅の未来から永遠亭を、そして私の可愛い弟子たちを守るためなら、悪魔に魂を売ることすら(いと)わない……!」

 

 両者、戦闘態勢を取る。もはやこの衝突は止められない。

 

「理由は何であれ、そんな自分勝手なこと、絶対に許しません!」

「生きるという意思を否定するなら、まずは貴女から消えなさい!」




(※1)リフレックスリング
横STG「グラディウス2(IIとはまた別の作品)」に登場した兵装。
前方にヨーヨーのようなものを撃ち出す。
射程距離があるがダブル系兵装にしては威力が高い。


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第12話 ~希望への一手 後編~

永遠亭を守護する不気味な鉄塊たち……。
そして永夜異変以来、再び現れた「偽りの月」
その正体がついに明かされる……!


(その頃アズマとアールバイパーは……)

 

 

 ここはどこだろう? もう罠はないだろうか? しばらく警戒して周囲を見渡す。怪しい気配もないので一度アールバイパーから降りることにした。リデュースを解除してキャノピーを開く。かすかに吹く涼しげな風が気持ちいい。

 

 ここは屋根裏部屋だろうか、格子のついた窓から忌々しい偽りの月が自分を誇張するかのようにギラギラと輝いていた。

 

 こうやって見ると、確かに吸い寄せられるような気分が高揚するような気もする。

 

「あの月をずっと見つめていては駄目。狂ってしまうわ」

 

 先程サークルコアから救出した黒髪の少女が語りかける。かすかな声であったが俺は酷くビックリした。それほど偽りの月に心を奪われていたのだろう。

 

「助けてくれてありがとう。でも、ちょっと乱暴だったかも」

 

 リフレックスリングで捉えて無理に引き寄せたのだ。今思えば普通の人間でそれをやったら首の骨が大変なことになっていた筈。ん、ということはここにいるのは人間じゃない???

 

「中身は頼りないけど、そっちのイカツイ妖怪は強そうだから及第点ね。さあ、早く先に進みましょう。姫のエスコートだなんてそうそう経験できないわ」

 

 ひ、姫!? そういぶかしむ俺を見て、彼女は「蓬莱山輝夜」と名乗ってくれた。俺も名乗っておこう。というか身分的には俺が先に名乗らないとまずかったか……。

 

「かぐや……姫?」

 

 あのおとぎ話のかぐや姫を思い出す。確かに言われてみればそれっぽい気もする……? えっ、実在するの!?

 

「『なよ竹のかぐや姫』って呼ぶ人間もいるわね。気軽に輝夜でいいわ。あなたは恩人だし」

 

 最初こそ驚いたが、次の瞬間にはその事実を受け入れられている俺がいる。俺もだいぶ幻想郷に慣れてきたのだろうか。

 

「さあ、早く永琳を止めないと。あのままでは永遠亭……いえ、幻想郷がメチャクチャになってしまうわ!」

「待ってくれ! どうして永琳や偽りの月のことを知っているんだ? お前まさか永琳の……」

 

 俺は「仲間か」と言いかけて口ごもる。だとしたら変だ。輝夜はあんな暗い部屋に縛られて幽閉され、更にサークルコアのエネルギー源に無理矢理されていたのだ。あの扱いは仲間というには語弊がある。

 

「あ、あら……私ったら一人で勝手に話を進めてたみたい。わかったわ、追って説明する」

 

 外から射し込む月明かりの中、輝夜はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

 

 

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(その頃、永遠亭最奥……)

 

 

 自らの存在の為に戦いを挑む月の頭脳とと、妖怪たちのために尽力する魔住職。周囲は真っ暗であり、お互いの頭上から照らされるスポットライトの光のみがこの部屋の明かりであった。

 

 放たれる弾幕はそれは凄まじいものであり、第三者が介入できるようなものではない。

 

 超人化によって素早く動き回る白蓮に対抗するべく永琳は囲い込むように弾幕を撃ちこむ。魔人経巻の模様の軌跡を残して動き回る白蓮は、突如現れた青い弾に囲まれて右往左往した。

 

 その瞬間を永琳は見逃さなかった。逃げ場を失った獲物を仕留めるかのように手にしていた弓をキリキリと引き絞る。弓に矢は番えられていないが、代わりにエネルギー波のようなものが矢の代わりに番えられていた。これも一種の弾幕なのだろう。

 

「このゲーム、私の勝利ね」

 

 弓から唸りを上げて一直線に弾が発射される。囲われた僅かな隙間でその身をよじらせて凶弾を避けた。直後、囲っていた青い弾が消え、そこから倒れ込みつつ飛び出すように白蓮はその身を飛ばし、反撃を行う。

 

「光魔『魔法銀河系』っ!」

 

 再びこちらを囲い込もうと弾をばら撒く永琳であったが、それをすり抜けるように光のレーザーはへにょりへにょりと曲がりながら標的である永琳を撃ち抜く。暗黒の空間で光を散らしながら突き進むレーザーは、周囲を宇宙空間と錯覚させた。

 

「くっ……」

 

 へにょりと曲がるレーザーを連続で受けた永琳は遂に膝をついた。相手が戦意を失ったと見て白蓮も着地し、ゆっくりと異変の首謀者へ歩み寄る。

 

「八意永琳さん、もう勝負はつきました。貴女の起こした異変で多くの妖怪たちが苦しんでいるんです。さあ、偽りの月を元に戻して下さい」

 

 一瞬恨めしそうに白蓮をにらむ月の頭脳。しかし直後、邪悪な笑みをこぼし高らかに笑い飛ばす。

 

「ねぇ、あくまで私に味方するつもりはないのかしら? 共に革命を成功させ、新たな幻想郷の支配者になるの。貴女ならナンバー2にしてあげるわ」

「ふざけないで! 妖怪たちを苦しめたうえでの新たな幻想郷!? 苦しむ妖怪達を踏みにじって得た世界だなんて幻想郷じゃない! 貴女の計画には手を貸せませんっ!!」

 

 珍しく白蓮が激昂する。偽りの月は月の光に依存する妖怪達を酷く苦しめているのだ。彼らを踏みにじった上で異変を成功させる。白蓮がそのような所業を許すはずがない。

 

「永琳さん、私は悲しいです……。永遠亭という診療所を開いて、傷ついた人間や妖怪達の為に献身的であった貴女ですもの。もっと聡明な方だと思っていた」

 

 先程の怒りが嘘のように今度はかすれるような小声で言葉をしぼり出す。暗黒の中のスポットライトの効果も相まってまるで悲劇のヒロインのように見える。

 

「私こそ……。貴女はもう少し賢い方だと思っていたわ」

 

 次の瞬間、悲しみに暮れる白蓮を突き飛ばし、高く跳躍する永琳。スポットライトの光が懸命に彼女を追いかけていた。

 

「少なくとも、私に賛同してくれた人はいたわ」

 

 パチンと指を鳴らす音。直後、スポットライトの光が2つ増えた。そこに照らされていたのは妖夢と幽々子であった。

 

「この冥界からやってきた彼女達は貴女なんかよりも幾分賢かったってことね。私に賛同し忠誠を誓ったのだもの」

 

 紅蓮の瞳を輝かせ、二人がかりで住職に襲いかかってきた。

 

 

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(その頃アズマとアールバイパーは……)

 

 夜も更けており真っ暗であるはずの周囲であったが、窓から漏れる月明かりが相手の顔を認識できる程度に照らしていた。輝夜がぽつりぽつりと俺に告げる。

 

「永琳……『八意永琳』は一人では何もできない私の世話をしてくれた方なの。親といっても語弊はないかも。本当は貴方のところの住職と同じで優しく、誰にでも慈愛の心を持って接する人だったわ。永遠を生きる月人にとってそれは不変のこと。そう、『あの日』さえ来なければ……」

 

 あの日? 随分と勿体ぶっている。今は状況が状況だから分かりやすく説明してくれと言うが、輝夜の口調は変わらない。

 

「ある日、永琳が奇妙な生き物を拾ってきたのよ。生き物と呼ぶにはちょっとノッペリとしすぎた……。そうね、アズマが使役しているその変な鳥の妖怪みたいに」

「だから『変な鳥の妖怪』じゃなくて、超時空戦闘機『アールバイパー』ね?」

「と、とにかくその妖怪『チョウジクウセントウキ』の『アールバイパー』さんみたいにノッペリとした生き物だったわ」

「『超時空戦闘機』は妖怪の種族名じゃないですっ!」

 

 お約束のツッコミが更にパワーアップしている気がするが、相変わらず姫様のスルースキルは凄まじい。とにかくツッコミばかりでは話が進まないので聞き役に徹することにした。

 

「永琳はそのノッペリとした生き物にひどく興味を持ち、いろいろと研究を進めていったわ。そして同じような生き物を創造してしまったの。永琳は機械生命体だとか言っていたけれど、瞳孔のない真っ青な一つ目が恐ろしげだったわ」

 

 なんと、謎の機械生命体が幻想入りをし、永琳に捕まった後で解析されてしまったらしい。そして彼女の手で新たな生命体を創り出してしまった。月の頭脳とも呼ばれる彼女だが、まさかそんな事まで成し遂げてしまうとは……。

 

「その機械生命体に呼応するかのように永遠亭の真上に巨大な円盤が現れたわ。恐らく永琳の拾った機械生命体はあの円盤に乗って幻想郷にやってきたようね。もちろんそんなものが空にそのまま浮かんでいたら大騒ぎになってしまう」

 

 ここまで話すと輝夜は窓に目をやった。偽りの月が誇示するかのようにデカデカと光り輝いていたが、目を凝らしてよく見ると満月が、より小さくて謙虚な光を弱弱しく放つ本物の満月が見えるではないか!

 

「永琳が偽りの月で隠していたのは本物の月じゃない……!?」

「そう、貴方には知ってもらわないといけない。これから誰と戦うのかをしっかりとその目に焼き付けて。奴の名は……」

 

 

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(その頃、永遠亭最奥……)

 

「あははは! 踊れ踊れ!」

 

 永琳と彼女の手に落ちた冥界の住民達の三位一体の弾幕を前にボロボロになっていた。幻想郷きっての実力者が一度に襲いかかったのだ。流石の白蓮でも対処できる筈がなかった。

 

 度重なる被弾で体は何度も空中をキリキリと舞い、そして最後には床に突っ伏してしまった。

 

 こんなにも何度も飛ばされているというのに、スポットライトの光は執拗に白蓮を追っていて、一瞬たりとも彼女を暗闇に晒すことはなかった。

 

「妖夢さん、幽々子さん……目を覚まして! こんな恐ろしい計画に手を貸さないで……」

 

 倒れ込んだ白蓮の顔面を踏みつける妖夢。無言、そして無表情でやってのける。正気の沙汰とは思えない。

 

「無様なものね。冥土の土産に教えてあげる。貴女が誰に喧嘩を売ってしまったのかを」

 

 新たなスポットライトが永琳の真上に照らされる。合計3本のライトで照らされたそれは球体であった。真っ赤な血の色をしたグロテスクな眼球。白蓮はあまりのグロテスクさに吐き気を催す。

 

「なに……あれ……?」

「欲すれば知識を授けてくれる。欲すれば力を授けてくれる。ただただ欲を求めるものに忠実な、新たなる幻想郷に必要不可欠な存在。その名も……」

 

 

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(その頃、アズマとアールバイパーは……)

 

 

「……奴らは『バクテリアン』。そう名乗っていたわ」

 

 偽りの月に向けて何か術式のようなものを撃ちこむ輝夜。月はぐにゃりと形を変えて巨大な円盤の姿となった。暗い緑色をした円盤。それは幾度となく超時空戦闘機たちが爆破させてきたバクテリアン軍の要塞「ゼロス要塞」そのものであった。

 

 バクテリアンが幻想郷を侵略している……!? 宇宙空間にぽつりと佇むイメージを持っていた俺は地球からその要塞が見える様に驚きを隠せないでいた。

 

「もうあんなに近くに……。前はもっともっと小さかったのよ。奴らはいずれ幻想郷に乗り込んでくるに違いないわ。バクテリアンのもたらす英知に魅入られた永琳を媒体に……! アズマ、もう時間がないわ! 早く永琳を止めに行きましょう!」

 

 無言で俺は頷くと、アールバイパーに輝夜を乗せ出撃する。永遠亭の、幻想郷の希望となるために……!



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第13話 ~頭「脳」戦~

永遠亭を別々に攻略するアズマと白蓮。
新兵装「ツインレーザー」と「リフレックスリング」を用いて「サークルコア」を撃破し囚われの少女「蓬莱山輝夜」を救い出すことに成功するアズマ。

永遠亭の主であり、おとぎ話に出てきたかぐや姫その人である輝夜から、永琳が幻想入りしてきた「バクテリアン」と接触したことで人が変わったようになってしまった旨を聞かされる。
バクテリアンのもたらす英知に永琳は完全に魅了されてしまっているらしい。

バクテリアンは永琳と結託し幻想郷を侵略し、自らにとって住みよい世界に作り替えようとしているのだ。バクテリアンの、そして永琳の恐ろしい野望を食い止めるべく、アズマと輝夜は永遠亭最深部を目指す……!

一方白蓮は咄嗟の機転でアズマよりも先に永遠亭最深部にたどり着き、永琳と弾幕勝負を繰り広げていたが、てゐの罠に屈して彼女の軍門に下ってしまった「冥界の住民チーム」とのコンビネーション攻撃で白蓮は膝をついてしまっていた。

急げアールバイパー。白蓮が危ない!


 サークルコアのエネルギー源として利用され消耗していた輝夜をアールバイパーに乗せると、薄暗い屋根裏部屋から元のフロアに戻る。ここから再び永遠亭通路に戻り、最奥を目指すのだ。

 

 しかし……。

 

 輝夜の幽閉されていた部屋は無数の武装したイナバ達でひしめいていた。あれだけ長時間ドンパチやっていたのだ。見つからない筈がない。サークルコアの残骸を踏みしめ、じりじりとこちらを取り囲み間合いを詰めてくる。

 

「袋のネズミ……といったところかしら。アズマ、どうするの?」

 

 まるで他人事のように尋ねる姫様。お迎えの月の使者を皆殺しにして追われている身であったこともあるというのに、なんとも呑気な人である。もちろん俺の答えは「戦うしかないだろ」なのだが、ちょっとばかり数が多い。

 

「ネメシス、コンパク。戦えるか?」

 

 2体のオプションを呼び寄せアールバイパーの左右に配置する……が、ヘナヘナと力なく地面に落ちてしまった。くうっ! サークルコア戦でのダメージが残っているようだ。まだ戦えるほどの魔力が蓄えられていない。

 

 どうする……どうする……?

 

 ……っ!? 突然激しい頭痛に襲われる。しかしそれはほんの一瞬ズキッとしただけで、次の瞬間には痛みは失せていた。気になるのは頭痛の瞬間、一瞬だけ見えた光景と感覚。見えたのは脳だけになった自分自身がアールバイパーと直結されるイメージ。実体のない俺が後ろに乗っている輝夜と重なるような感覚。

 

 次の瞬間、へばっていたネメシスとコンパクが息を吹き返した。いつものオレンジ色のオーラではなくて竹のような深い緑色のオーラに身をまといながら。

 

「何が起きているんだ!?」

 

 緑色になったオプションはアールバイパーの左右に再び配置され、前後にバルカンを乱射する。射出方向は俺自身が動くことで制御できるようだ。うまく動き回れば効率よくイナバどもを殲滅できるぞ!

 

「ちょっと! 前、前!」

 

 周囲への攻撃に気を取られ、前方からのイナバへの対応が遅れる。放たれるおびただしい量の弾幕。かわしきれない!

 

 不思議なことが起きた。被弾すると思った矢先、アールバイパーの先端から2つの光の輪が展開されたのだ。その輪は弾幕を消し去ってしまった。この緑色に光る輪はバリアであるようだ。

 

 今のバリアと左右の緑色になったオプション達から、何が起こったのかを悟った。

 

「なるほど、アールバイパーに輝夜を乗せて『OF-5(カグヤ)(※1)』になったってことか」

「……なにそれ? 私こんな弾幕使わないけど???」

 

 2方向にバルカンを乱射するグリーンポッドに敵弾から身を守ったり直接当てて攻撃にも転用できるリング型のバリア。間違いない。これはどちらも軌道戦闘機「カグヤ」の武装だ。

 

 左斜めの方向から大量の使い魔を従えたイナバが突っ込んでくる。カグヤの武装がそのまま再現されているならば……。

 

「喰らえっ、ポッドシュート!」

 

 一直線に飛び出す1対のグリーンポッドが使い魔どもを貫通しイナバにぶつかっていく。使い魔を失って出来た空間に入り込むと戻ってきたポッドを再び撃ち出す。サイビットと違い敵を追尾する能力はないものの、近距離で放つことで執拗にポッドによる体当たりを仕掛けることができるのだ。

 

 最後は輪型のバリアを直に当ててトドメ。この後もバルカンやポッドシュートでイナバどもを一掃していく。……あらかた片付いたようだ。

 

「どうだっ! 数を揃えても銀翼の前では赤子同然っ!」

「私の力もあるらしいんでしょう。いや、私こんな力使った覚えないけどさ。お調子者なんだか……アズマっ、まだ1匹残っているわ! 真後ろ!!」

 

 雄たけびを上げながら竹槍を突き出し突っ込んでくるイナバ兵がいた。しまった、ネメシス達も対処しきれていない!

 

 真後ろに攻撃する手段はポッドを除いて持ち合わせていない。グリーンポッドを制御する猶予も残されていない。いや、今のアールバイパーが軌道戦闘機を完全に模倣しているなら「あの手」が残っている筈だ!

 

「スピードチェンジ!」

 

 軌道戦闘機も可変式で、機体速度を自由に上下出来るが、思えばアールバイパーもそうであった。俺はスロットルを思い切り倒し、機体速度を大幅に上げた。

 

 銀翼の背後から青白いバックファイアが勢いよく飛び出す。哀れ竹槍のイナバは突然発せられた炎に炙られて黒コゲになってしまった。

 

 今度こそ包囲していた敵を全滅させたようである。それならば長居は無用。再び永遠亭の廊下に躍り出る。

 

 しかし廊下を抜けた先もイナバどもが大挙して押し寄せようとしているところであった。ええい、一々相手していたらキリがない! とっとと撒いて敵の大将を撃破すればいいだけ。踵を返し、銀翼を反対側へと向けるが……

 

「道が入り組んでいる! どこを通ればいいんだ!?」

 

 迷っている暇はないのだが、こうも同じような道、そして分岐があれば狂気の瞳なしでも発狂モノである。特に時間に猶予がない今の状況では。

 

「言った通りに進んで!」

 

 そうだ、今は永遠亭のお姫様が銀翼に乗っているんだった。彼女なら正しい道順を知っている筈だ。

 

「そこを右折!」

「左折よ!」

「そのまま直進!」

 

 最高速度のアールバイパーを輝夜に言われたとおりに操縦する。正直ここまで速度を上げての精密な操作は困難を極めている。重くなった操縦桿、少しでも油断すれば指がすっぽ抜けて次の瞬間スクラップになってもおかしくないような状況。更に通路は入り組んでいく。

 

「左から2番目!」

「右……いや左だったわ!」

「ええと……忘れた!」

 

 おいおい、「忘れた」はねーだろ! フィーリングに身を任せ通路を選ぶ。

 

……

 

 ふう、行き止まりではなかった。クネクネした道を行き止まりに気をつけつつ高速飛行する……。かの銀翼達が行き先も分からず壁に激突しひし形の爆風に消えていった高速ステージを彷彿させる……。ツブツブや開閉するシャッターがないだけマシなのかもしれない……。

 

「すごーい! スイスイいけるじゃん! アンタなかなかやるじゃないの」

 

 はしゃいでるし……。散々言われたとおりに動きまわり勝手にはしゃがれ、お姫様のエスコートってのは想像以上に体力や精神力を消耗する……。

 

 とはいえ、そういうことをするほどの余裕が生まれたというのも事実だ。迷路のように入り組んでグネグネした道はいつの間にか広がり、一直線の素直な道となっていたのだ。

 

「そろそろ最深部に近……っ!?」

 

 上下から同時に殺気が!?

 

 反射的にアールバイパーの速度を上げる。背後からピシャーンと巨大なフスマのしまる音。

 

「思いっきりうちのセキュリティシステムに引っかかっちゃったみたいね。テヘペロ」

「『テヘペロ』じゃねぇぇぇっ!!」

 

 ツッコミの叫びがドップラー効果によって音階を変えながらこだまする。そう言うことは先に言わんかいっ! 何度も閉ざされるフスマの音。あと少し反応が遅れていたらと恐々とした。

 

 どうにかフスマが閉まる前に銀翼を飛ばしていたが、それにも限界が訪れる。迫るフスマ! もはやこれまでか……。

 

「速度を落とすのよ!」

 

 なにっ、ここでスピードダウンだって!? これ以上飛ばしても間に合うか微妙だというのに速度なんて落としたら……そうか、わかったぞ!

 

 俺は言われたとおりにスロットルを引き、アールバイパーの速度を落とした。目の前で派手な音を立てて閉じるフスマ。しかし程なくして再び開かれたのだ。

 

「た、助かった……」

 

 と、安堵するのもつかの間、再び開いたフスマの向こう側は絶望で埋め尽くされていた。

 

 幾重にも閉ざされたフスマ。開く気配すら見られない。これは完全に詰んだか?

 

 いや、よく見るとフスマがわずかに開いている。どういうわけか微妙に左右に開いている個所がブレており、まるでこちらを試しているかのようだった。

 

 ……やるしか、ないよね? 俺は機体を地面に垂直に傾け、わずかなスキマをかいくぐっていく。

 

 針の糸を通すような思いを何度もし、フスマ地帯を完全に突破したようである。永琳の待つ最深部まであとわずか……。

 

そして遂にその入口らしきものを発見した。意を決して乗り込もうとするが……。

 

「待ちなさい。仮にも永琳がいるとされる部屋。それにしては周囲のセキュリティが甘過ぎると思わない?」

 

 確かに門番の一人でもいてもおかしくない状況。先に侵入した白蓮が倒したとも考えられるが、何せあの黒髪のイナバがあちらの味方にいるのだ。どんな罠が隠されているか分かったものではない。

 

「助けに行こうとして罠にハマってたら様にならないな。よし、周囲を少し調べてみるか」

 

 とはいったものの、身を隠せるようなものもなく素人からすれば特に罠なんて仕掛けられているようには見えない。本当に白蓮が処理してしまったのだろうか?

 

「あと調べると言ったらこの部屋の真上だけれど……」

 

 サークルコアの爆発から身を守るためにとっさに屋根裏に逃げ込んだ事を思い出しポツリと口にする。

 

「この上に部屋なんてあったかしら……?」

「どの道この部屋の様子を見るんだ。上から覗き見るとかするためにも……」

 

 緑色のオーラを纏っているコンパクとネメシスにポッドシュートを命じる。適当な大きさに天井を破壊すると銀翼を忍び込ませた。

 

 ビンゴ! 案の定、月のウサギと地上のウサギのコンビが待ち構えていた。この先に何かがあるという動かぬ証拠だ。恐らくあのまま部屋に入っていたらてゐの罠にかかって大変な目に遭っていただろう。

 

 ……しかし、こちらに気が付いていないようだ。耳をそばだてると何か揉めているらしいことが分かる。

 

「どうしてよりによって私がスポットライトの役をやらないといけないのよ!」

「我らがお師匠様にライトを用意してもらった分これでも楽な方ウサ。ほら、もっとカッコよく光を当てないと」

「そうはいってもこのスポットライト、やたら重たい上に勝手に色が変わるから不便なことこの上ないのよね……」

 

 スポットライト? 俺の聞き間違いでなければ確かにそんな事を言っていた。いったい彼女らは何をしているんだ?

 

「まあこれもお師匠様の、ひいては私達の為……ね。でも、本当に大丈夫なの? こんな事して本物の異変解決屋がやって来たら……」

「今更博麗んとこの巫女さんが怖くなったのかい? 大丈夫ウサ。たとえ巫女だろうが魔法使いだろうが、バクテリアンの戦艦には誰にも勝てないウサ。イザというときはこいつも駆り出すウサ」

 

「私達の為!? よくそんな事が言えたわね! この私をふん縛っておいて!」

 

 しまった、激昂したお姫様がいらんことしてくれたぞ。

 

 リデュースを解除してたのがまずかったか、輝夜はいつの間にかアールバイパーから外に出ており、憤怒の声を発していた。その叫び声に驚き、銀翼と姫様に視線が集まる。

 

「げげげっ、その声は……輝夜! そしてそこにいるのはアールバイパー! ええい、いつもいつもタイミングの悪い時に邪魔ばかりして、鬱陶しいウサ!」

 

 ロックオンサイトにこの2体のウサギ捉え、いつでも攻撃できるようにした。

 

「そうよ。この異変は永遠亭の皆の為。新たに幻想郷に現れた神々や魔住職に淘汰されないよう、私達も外界から力を取り入れることにしたの。お師匠様の見つけた強大な力を! むしろその変な鳥の妖怪こそが姫様の存在を脅かす存在……」

 

 いつになったら幻想郷の住民達はバイパーを戦闘機だと認識してくれるのだろうか? もしかしたらそんな時など永遠に来ないのかもしれない。だが、俺は言い続ける。

 

「だから毎度毎度言うが、アールバイパーは変な鳥の妖怪ではなくて……」

 

 またも鈴仙に遮られた。最近まともにツッコミを入れられたためしがない。

 

「姫様、妖怪『アールバイパー』とそれを使役するアズマという人間。彼らは命蓮寺の回し者です。私達の計画を頓挫させ、永遠亭を幻想郷から消そうとしているんですよ! お師匠様もそう言っていました。なぜそんな奴と手を組むんですか!?」

 

 その赤い瞳に悪意らしきものはなく、ただただ純粋に自らの組織を良くしていこうという向上心の光のみが宿っていた。鈴仙、お前は騙されているぞ。

 

 しかしこれで納得がいった。輝夜は永遠亭の主であるにもかかわらず、この計画に反対した。ゆえに全てが終わるまで、鈴仙はバクテリアンを用いた異変の成功こそが自分たちの存続の為と思い込み、邪魔にならないよう輝夜を小部屋に縛って幽閉していたのだろう。

 

「とにかくこう出てこられては……。姫様、もう一度眠ってもらいます!」

 

 赤い瞳を光らせ、銃をかたどらせた指をこちらに向ける。臨戦態勢だ。前回は敗走してしまったが、今回は輝夜という強力な味方がいる。

 

「待ちな、ウドンゲ」

 

 決戦の火ぶたが切って落とされると思った矢先、妙にドスのきいた声がそれを制止する。困惑する鈴仙をその小さな腕で阻むのはてゐであった。

 

「今回は超時空戦闘機とお姫さんが協力し合っている。普通にやり合っても勝ち目は薄い……ウサ」

 

 うっ……。悔しいが輝夜は今のアールバイパーなんかよりもずっと強いのだろう。察しがついたのか、相方のウサギはスポットライトを照らすマシンに手を当てて無理だと口にする。

 

「た、確かに姫様の実力は凄まじいけれど……。でもこの『バニシングコア(※2)』を動かすエネルギーは貰っていないじゃない! あくまでお師匠様の作戦の為にスポットライトだけが稼働する状態なのよ?」

 

 バニシングコア……? 確かにそう言っていた。バニシングコアとはサーチライトと数多くのミサイルランチャーを装備した哨戒を主な任務とする巨大戦艦。そのライトで侵入者を見つけ出すのだ。

 

 そして次に触れらてたお師匠様とは恐らく永琳のことだろう。やはり、バニシンゴコアを用いて何かを企んでいたのだ。だが、この話の流れからすると奴も戦闘に駆りだされる。そうすれば恐らく下のフロアにいるであろう永琳にも影響を及ぼす筈。白蓮、俺は……いや俺も戦っている。戦っているぞ!

 

「ハァ? 『エネルギーがありません』だァ? 察しが悪いなぁ……ウサ」

 

 邪悪な笑みを俺たちにではなく、鈴仙に向けるてゐ。

 

「てめぇがエネルギーになりゃいいウサ! そこのカグヤ姫がそうしていたようにな!」

 

 突然鈴仙の前に踊り出るてゐ。するとその小さい体全身で仲間を思い切り突き飛ばした。その先に待ち構えるのは「バニシングコア」のジェネレーター。しかしコアらしきものは見当たらず、その部分がスカスカになっていた。ま、まさか……!

 

「ど、どういう事なの? 確かに姫様を縛って幽閉したのは事実だけど、エネルギーにするって……」

 

 バニシングコアの淵にしがみつき困惑する月のウサギ。

 

「言葉どおりの意味ウサ! あんたにはバクテリアン戦艦のコアになってもらうウサ。光栄だろウサ? ウサ……新たなる幻想郷の支配者、バクテリアン軍の手足……ウサ……になって戦えるんウサだから。ウサササササ!!」

 

 響きわたる鈴仙の金切り声と、妖怪兎の高笑い。バチバチと放電を起こし魔力の類がバニシングコアに吸収されているらしい事が分かる。

 

「あなた……てゐじゃないわね!?」

「寝ボケたことウサるのも大概にするウサ。ウサにいるのは正真正銘のウサカワイイてゐちゃんウサ!」

 

 最後の抵抗むなしく、鈴仙はバニシングコアに取り込まれてしまった。全身に陰のさしていたボディは命が宿ったかのように赤みを帯び始める。それが機械の体で為されているのだから奇妙な光景だ。

 

「ウサ、ウサササッササ! ウーササササ!! サササーウウササササ!!」

 

 突如浮かび上がるイナバは奇声を発しつつぶらりぶらりと両肩を軸に大きく揺れ始めた。がくりと垂れた頭部がガクンガクンとスイングしている。

 

「てゐ、後ろにいるのは……?」

 

 よく見るとてゐの両腕はダンゴ状に連なった太い触手と連動して動いていた。その宿主は虚空からゆっくりと姿を現す。

 

 鈴仙やてゐの頭部と同じくらいの大きさをした脳みそであった。ギロリとした1つ目がこちらを凝視している。脳みそから2本だけ生えていた触手をモノを捨てるようにポイっと動かすと、てゐも首根っこを掴まれた後、放り投げられる猫のように地面に叩きつけられた。

 

 バクテリアン軍の触手を持った脳みそ(それでいて1つ目)。そんな奴は大体見当がつく。こいつは「ゴーレム(※3)」だ。

 

 一言にゴーレムといっても、巨大戦艦ばりの巨体を持つ個体もいるし、今俺の目の前にいるような女の子の頭の上に張り付いていられる小さいものまでいる。ちなみに岩や土で作られた巨人のゴーレムとは容姿が全然違う。

 

「テメェは用済みだ。ったく。任務とはいえ、こんな小娘の洗脳なんざやらせて……」

 

 うつぶせに突っ伏したてゐの上に乗っかるとまるで愚痴をこぼすように続ける。うめき声をあげて起き上がろうとする彼女を触手で小突いたりしている。

 

「しかもコイツ狡猾だったけど月の頭脳とやらじゃなさそうだし。まぁいっか。バクテリアンに懐疑的だった鈴仙とかいう月の兎を消せたし。テメェらはこのバニシングコアと死ぬまで遊んでな!」

 

 それだけ早口でまくしたてると、小さいゴーレムはピューとどこかへ逃げ出してしまった。

 

 すぐさま追いかけようと銀翼を飛ばそうとする……が、一斉にスポットライトを浴びせられる。アラート音をけたたましくかき鳴らし、バニシングコアが行く手を遮った。

 

「アズマ……」

「分かってる。鈴仙は何としても救う!」。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、白蓮は……)

 

 不意にスポットライトの光が失せた。上のフロアでアズマがバニシングコアと戦闘を始めたからである。

 

 すぐさま訪れる暗闇……いや、スポットライトの眩い光がない分、視力は暗所に慣れやすくなっている。今や薄暗いながらも周囲を確認できるようになっていた。

 

「アズマさんも……必死に抗っているんです! 私だって……まだまだ!」

 

 第六感と言うべきか、アズマとの長い付き合いによる勘と言うべきか、白蓮にはこの状況の変化はアズマが何か行動を起こしたからであると悟っていた。

 

 はやる心を必死に抑え、神経を研ぎ澄ませ周囲の様子を探る。倒すべきは永琳と、先程ライトで照らされていた赤黒い眼球のような見た目のバクテリアンのみ。そして、白蓮は彼女の居場所を突き止めた。地面を蹴り、飛翔する。

 

「南、無、三っ!」

 

 飛び上がってのタックルが永琳に炸裂。空中でバランスを崩したところを今度は鉄拳を浴びせる。これだけ綺麗にクリーンヒットしているのに、アザ一つつかないあたり、月人の頑丈さがうかがい知れる。いや、人間があまりにもろすぎるだけか……。

 

「(接近戦では分が悪いわ……)冥界組! ボーっと突っ立ってないで援護なさい!」

 

 うつろな瞳をした妖夢がようやく動き始め、行く手を阻むように立ちふさがった。やや後ろでは幽々子も援護しようとしている。

 

「そこをどいてください……。貴女達は傷つけたくない」

 

 その瞳が見据えるもの、それはすべての元凶たるバクテリアンの眼球……。

 

 だが、一時的に得ていた優勢も相手も暗所に目が慣れてしまえば結局は多勢に無勢となり、白蓮は再び窮地に陥る。的確にこちらを狙う三人がかりの複合攻撃には対処しきれず、再び膝をついてしまった。

 

「往生際の悪い……。今度こそ仕留められなさい!」

 

 再び弓を引きしぼる永琳。その弓につがえられたエネルギー弾だけが、この暗所で不気味な光を放っていた……。




(※1)OF-5
横STG「R-TYPE FINAL」に登場した自機の1つ。
同じくアイレムの縦STGである「イメージファイト」の自機をイメージした「ダイダロス」系の機体の最終強化版。
輝夜ではなくこっちのカグヤの力が引き出されてしまったようである。

(※2)バニシングコア
横STG「グラディウスIV」に登場した巨大戦艦。
色とりどりのサーチライトでこちらを照らした後、ミサイル攻撃を仕掛けてくる。
ライトの色によってミサイルの性質も異なってくる。

(※3)ゴーレム
横STG「沙羅曼蛇」に登場し、その後もグラディウスシリーズに度々登場するボス敵。
2本の太い触手と一つ目を持った脳みそのような姿をしている。


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第14話 ~ボスラッシュ~

永遠亭で囚われの身となっていた輝夜を救出したアズマ。
館の主ということもありその後はスイスイと中枢部へと向かうことが出来たが、妖怪ウサギのてゐがバクテリアン軍「ゴーレム」に洗脳させられていたのだ。
近くにいた鈴仙をコアに「バニシングコア」がアールバイパーに襲い掛かる!

一方、白蓮は敵に寝返ってしまった妖夢と幽々子相手に本気を出せないでいた……。


 黄色いスポットライトに照らされた矢先、ミサイルの発射される音を耳にした。反射的に機体を移動させていたため直撃は免れたものの、思った以上の速度に俺は縮み上がってしまった。まだ心臓がバクバクいってる……。

 

 これは思った以上に危険だ。あのサーチライトに捕捉されないように死角から攻撃を与えるしかない。俺はバイパーの高度を下げ、ライトから逃れるようにバニシングコアに接近する。

 

 じりじりと近寄る矢先、スポットライトの色が赤色に変わった。ひっきりなしにこちらを探すように赤いライトが縦横無尽に動き回る。そして照らした場所を狙うかのようにこれでもかとミサイルを飛ばしてくるのだ。

 

 あのライトに捕まったら終わりだ。それに流れ弾にも気を付けなければならない。近づくミサイルをツインレーザーで破壊すると更に接近する。スポットライトの根元は比較的安心だろう。灯台下暗し。

 

 意を決してバクテリアン戦艦の目の前に一気に躍り出る。当のバニシングコアは遠方に気を取られ、アールバイパーに気が付いていないようだ。このままネメシスとコンパクを一気に展開し、遮蔽版めがけてツインレーザーを浴びせる!

 

 不意にスポットライトの光がアールバイパーを照らす。暗闇から急に光に晒されて俺は思わず目を覆ってしまう。スポットライトの色は紫……しまった!

 

 バニシングコアは時折紫色のスポットライトで自らを照らすのだ。自らを傷つけようとする敵弾幕や敵機を確認するために。そしてそんな不埒な輩を撃ち落とすために自らの周りをミサイルに巡回させるのだ。

 

「リフレックスリング!」

 

 武装をリフレックスリングに換装。すぐさま射出し適当な壁に打ち付ける。引っ張られるような形でアールバイパーはミサイル弾幕地帯から脱出。すぐさま踵を返し、なぎ払うようにリングを再射出。迫るミサイルを一掃した。

 

壁をバックに攻勢に転じようとした矢先、スポットライトが俺ではない違うものを発見したらしい事を察知する。黄色いスポットライトの照らされた先、それは先程までゴーレムに乗っ取られ、今はぐったりしているてゐであった。

 

「距離があり過ぎて援護が間に合わないっ……!」

 

 妖怪と言えどあれだけのミサイルを食らったらひとたまりもないだろう。しかし標的をロックオンしたバニシングコアは止まらない。煙を吐きながらてゐめがけてミサイルを何発も撃ち込んだ。着弾する度に響く爆音と硝煙……。俺はその惨状を直視する事は出来なかった。

 

 煙が晴れる。そこには変わり果てたてゐの姿があるはずであった。だが、ボロボロになっているのはてゐではなく、輝夜だったのだ。妖怪兎を庇うように両手を広げ、バニシングコアからのミサイルを全て受けきったようなのだ。

 

「侵略者っ! 月人を……蓬莱人をっ! ……輝夜姫をナメるんじゃないわよっ!!」

 

威勢良く吼える姫。確かに服はボロボロになってはいたものの、特に致命傷を受けたようには見えずその眼光をバクテリアンの戦艦に向けている。……って、コイツも蓬莱人だったのかよ!

 

 未だ唖然としつつその光景を傍観していた俺。輝夜に庇われたてゐがゆっくりと起き上がる。

 

「姫……。あんな酷いことをした私を庇って……」

「部下一人守れないようでは、人の上に立つ者として失格よ。それにあんな攻撃、妹紅の弾幕に比べればヌルいヌルい」

 

 差し出された輝夜の手を取り、ゆっくりと立ち上がる地上の兎。彼女を見る優しいまなざしは、振り向いた瞬間……つまりバニシングコアに向いた瞬間、鋭いものへと変化した。

 

「悪いのはあそこにいるバクテリアン軍よ。永琳を、てゐをたぶらかした侵略者、あいつが全ての元凶。さあアズマ、ボケっとしてないで鈴仙も助けるわよ!」

 

 そうだった。一人蚊帳の外で呆然としている場合ではない。奴はまた赤いライトを縦横無尽に走らせてミサイル弾幕を広げている所だった。

 

「どんなものでもいい。弾幕を張ってミサイルを撃ち落としてくれ。俺が奴のコアを……鈴仙を救いだす!」

 

 今もデタラメな軌道を描くミサイルを撃ち落としながら二人に援護を要請する。

 

「やってやるウサ! てゐちゃんの『のーみそ』弄ったツケを返してやるウサね!」

「お姫様に指図するなんて大それた男……。でもいいわ、丁度私も同じことを考えていたもの」

 

 了承を得た俺は一気に前方に躍り出る。外敵の接近に気がついたのか、バニシングコアが俺を黄色いスポットライトで照らした。

 

「今だっ! ありったけの弾幕をぶつけてくれっ!!」

 

 赤の、青の、色とりどりの光がアールバイパーの背後を通り過ぎていく。少し遅れてこちらをスポットライトで照らしていたバニシングコアが大量に展開していたミサイルを一気にこちらに向けて発射し始めた。

 

 この一撃で雌雄を決する。本命がいるんだ、お前にそこまで時間はかけられない。その思いを胸に俺は操縦桿を強く握りしめる。銀翼は薄闇の中で色とりどりの弾幕の星が瞬く幻想の宇宙空間を飛翔し始めた。バイパーに搭載されたAIが機械的に、そして事務的にこちらを鼓舞してくる。

 

『Destroy them all!』

 

 白煙を上げて迫るミサイルは二人がかりの弾幕に阻まれ途中で爆破されていく。対するバニシングコアもライトを一瞬たりとも外さず、次から次へとミサイルを乱射してくる。3人を相手しているだけあって、向こうも必死の抵抗を見せているのだろう。

 

 1発の弾がミサイルにかする。ミサイルは着弾後に爆発せず、弾道を狂わせつつアールバイパーのすぐ横をかすめ飛んだ後、爆発を起こした。ヒヤリと嫌な汗が一筋垂れる。いかんいかん、こんなことでビビっては駄目だ! 俺はさらに標的へと接近する。

 

 コア、つまり鈴仙を閉じ込めている遮蔽版をバイパーの射程圏内に捉えた! 奴の遮蔽版を取り除かないとコアにまで届かない(遮蔽版は一種の結界を張っており、これが残っている限り、一見脆弱に見える横部分からの衝撃を無効化してしまうのだ)。遮蔽版は複数が連なっている。ここは貫通性能を持った兵装で一気に片付けよう。

 

「リフレックスリング!」

 

 右回転させたディスク状のショットを撃ち出す。ガリガリと遮蔽版を削っていく。リングが戻る頃には遮蔽版を破壊出来ていた。もう1発、今度は鈴仙を救うために逆回転させたリングを撃ち込めばいい。狙いを定め、もう1発を発射しようとする。

 

「アズマっ、1発撃ち漏らしたわ! そっちに向かってる」

 

 姫様の声に反応し、周囲を見渡す。程なくして1発のミサイルを発見。すぐさまこちらもスプレッドボムを爆破させ迎撃。この場にとどまるのは危険と判断し、このままバニシングコアの周囲を1回転したのち、攻撃を加えることにした。一度巨大戦艦から離脱する銀翼。しかしその巨体を視界から逸らすことはしなかった。

 

 逃げる者に追い打ちをかけるべくミサイルでの追撃が来た。背後から追われる形となっており、戦闘機としてはかなり分が悪い状況。仕方がない。奥の手を使わせてもらう。

 

「銀星『レイディアント・スターソード』!」

 

 懐から良質な紙で出来たスペルカードを取り出す。それと同時にアールバイパーの速度を限界まで落とした。機体左右斜め後ろに1対形作られるのはアールバイパーよりもずっと大きな青い刃。左右同時に振りかざし、追ってくる脅威を斬り落とした。

 

 振りかざす直後に再び加速。爆発を免れたものの、その軌道を大きく狂わせたミサイルが発射主、つまりバニシングコアの側面へ飛ぶ。そして側面に着弾、爆発。思わぬ衝撃にバニシングコアが激しく揺れ動く。デタラメな色をしたスポットライトが無秩序に暴れまわる。恐らくパニック状態に陥っているのだろう。

 

 そして体勢が整わないうちに発射されるミサイル。それは銀翼や少女達でなく、永遠亭の柱に向かって発射された。思わぬ標的に誰も対応できない。もちろん柱も攻撃を避けたり迎撃したりなどはしない。

 

 突如衝撃が振動となり周囲が揺れる。続けて床や天井に炸裂。パラパラと天井が剥がれ始めた。これは……本格的に天井が落ちてくる。

 

「迎撃はもういい! 天井が崩れる。安全な場所へ避難してくれ!」

 

 安全な場所、それは……バニシングコアの懐だ。遮蔽板があった場所は今は空洞になっている。バイパーや少女二人も入れるだろう。

 

「コイツの中心に入るんだ! 無駄に頑丈だから傘になる」

 

 どの道鈴仙を救出するために俺はあそこに向かわないといけない。ようやく立ち直ったバニシングコアの中心へ銀翼を飛ばしていく。地響きと時折落ちてくる天井の破片を避けながら輝夜達もこちらに向かっていた。

 

 一足先にコアの目の前に達した俺は逆回転でリフレックスリングを射出。鈴仙をバニシングコアから引き離した。程なくして姫とイナバも到達。

 

 その巨体が降り落ちてくる脅威から身を守っていた。……と、突然アールバイパーのモニターにノイズが走る。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

 この感覚はバイパーが新しい武器を手に入れるとき。しかし少女との弾幕ごっこなどしていなかった。いや、随分前での弾幕勝負が遅れて武装に変換されることもあるにはあったが……。

 

『You got a new weapon!』

 

 スプレッドボムのアイコンが砂嵐に溶けてなくなり、そして空中にミサイルが発射されるアイコンに変わった。

 

『FLYING TORPEDO』

 

 フライングトーピード(※1)。「フライング」の名前通り、空中を直進する空対空ミサイルである。自分で狙いを定めないといけないが、一度に二発も発射できる地味だがかゆいところに手の届く武装だ。

 

確信した。これはバニシングコアとの交戦で得たものだ。巨大戦艦の残骸の中に入り込んでの武装入手とは恐れ入った。確かにそうやって超時空戦闘機が武装を増やすこともあったなぁ……(※2)。

 

 と、感慨深くなっていたら、天井よりも先に床が抜けてしまった。鈴仙というコアを失ったバニシングコア、そして俺たちは重力の赴くまま真下のフロア、つまり白蓮と永琳が交戦している場所へと落ちて行った……。

 

 床と天井がブチ抜かれることによって白蓮と永琳は月明かりに晒されることとなった。

 

 不自然に暗黒空間にされていた場所はバニシングコアのスポットライトを失い、そして天を覆うものを失ったことで適度な薄暗さに戻ったのだ。

 

 眼下に広がるのは膝をついて屈してしまった白蓮と彼女に最後の一撃を放とうとする永琳。

 

 バニシングコアの残骸は頭上からの瓦礫から俺と輝夜達を庇い、白蓮と永琳を阻むように落下した。ズシンという重苦しい地響きと振動。無事に落下できた以上、このバクテリアン軍の残骸にはもはや用はない。目の前の邪魔なスクラップをツインレーザーで吹き飛ばすとかつて暗黒に覆われていた永遠亭最深部へ躍り出た。遅れて地上のイナバと姫様も。

 

 まず喉を突いて出たのは長い間別行動をしていてその安否が心配だった我らが住職サマの名前であった。

 

「白蓮っ! 大丈夫かっ!?」

「アズマさんっ! 来てくれると信じていましたよ」

「へへっ、当たり前だ! 人々が希望を持ち続ける限り、銀翼は危機を救うべく、時を超えて馳せ参ずる!!」

 

「希望の銀翼」そして「最後の希望」。ともに銀翼の超時空戦闘機を比喩した言葉。アールバイパーはそんな伝説や神話を残してきた銀翼たちの末裔。ここぞとばかりにキメる。最愛の仲間の無事を確認すると、俺は踵を返し今回の異変の犯人をギンと睨み付けた。




(※1)フライングトーピード
横STG「グラディウスIV」に登場した兵装。
ミサイルボタンを押している間、上下に投下され、ボタンを離すか地形に触れると直進を始めるテクニカルなミサイル。
ミサイルボタンを連打すれば対空ミサイルにもなる。

(※2)
MSX版の「グラディウス2(IIとは別作品)」では倒した戦艦の内部に侵入して武装をゲットすることが出来る。


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第15話 ~応病与薬の月の民~

バニシングコアを撃破し、鈴仙を救出したアズマ。
すぐさま下のフロアで戦っている白蓮を援護しに向かう……。


 最奥で威風堂々と佇むは永遠亭の月の頭脳、そして幻想郷にバクテリアンを呼び寄せた張本人。先程のバニシングコアとの戦闘でブチ抜かれた天井からは星空が、そして忌々しい緑色の円盤「ゼロス要塞」がのぞいていた。

 

「来たわね、超時空戦闘機『アールバイパー』。そして銀翼の駆り手『轟アズマ』! 彼らバクテリアンは私たちの存続にかかわる存在。この異変の、私の生きるという意思を邪魔するというなら全力で抵抗するわよ……」

 

 いまだ弓にエネルギー弾を番え威嚇する永琳。生きるための戦い。確かにそう言っていた。でも蓬莱人は決して死ぬ事はない筈……? いぶかしむ俺に白蓮が事情を説明した。

 

「それは……」

 

 彼女から事情を聴き、合点がいった。存在を否定される、忘れられると妖怪は消滅してしまうようだが(命蓮寺の響子もあと少しで消えてしまうところだったらしい)、さしもの蓬莱人もこの消滅までは対処できないのだという。

 

 なるほど、確かに生きる為の戦いだ。そういえばかつての俺も生きる為の戦いを繰り広げてきた。

 

 訳も分からぬうちにアールバイパーが具現化し、訳も分からぬうちに幻想入り。理不尽な理由で強大な妖怪「八雲紫」に命を狙われ、そして気がつくと白蓮に庇われ、命蓮寺の一因になっていた。

 

 そこから始まる八雲紫に弾幕で勝利するための戦い。あれはまさしく幻想郷で生き続ける為の戦いであった。

 

 俺のしてきた事は正しかったのだろうか? 俺が幻想入りした事で幻想郷のどこかで歪が生じていないか、誰かが踏みにじられていないか……。思わず操縦桿を握る腕の力が抜ける。

 

 いいや、今は悩んでいる場合ではない! 永琳の異変を完遂させてしまえば幻想郷はバクテリアンの支配する世界になってしまう。それは何としても阻止しなくてはならない! 抜けかけた力を、闘志を呼び覚まし、雄たけびを上げつつ高らかに宣言した。

 

「ならば幾度となく繰り返されてきた伝説や神話のように、この銀色の翼『アールバイパー』でバクテリアンごとお前の野望を打ち砕く!」

 

 今度は大丈夫だ。ロックオンサイトに永琳を捉え、臨戦態勢を取る。

 

「伝説ぅ? アッハハハハ……! 随分とロマンチックな事を言い出すのね。この無数に現れるバクテリアン達をたった数人でどう料理するのかしら? そんな古臭い伝説など打ち砕いて誰が新たなる幻想郷の支配者に相応しいか、思い知らせてあげるわ!」

 

 最初にけしかけてきたのは妖夢と幽々子さん、つまり永琳の手に落ちてしまったという冥界の住民チームの2人であった。だが、夜空の星々の光がこの異常事態のタネを煌々(こうこう)と照らしていた。

 

「何かと思えば『パラサイトコア』じゃないか」

 

 パラサイトコア。本体から生えた機械の触手で標的を突き刺すことで、それを操るという能力を持ったバクテリアン軍の戦艦である。白蓮が対峙していた時は真っ暗闇でこの二人にしかスポットライトが当たっていなかったために操り主の存在に気が付かなかったのだろう。

 

 すぐに永琳を倒したいところだが、この二人をまず救出しないと何をされるかわかったもんではない。人盾、人質、生贄……。ちょっと思索しただけでこれだけの陰惨な手段が思い浮かんだ。うむ、まずは彼女たちを助けよう。

 

 ならば話は簡単。パラサイトコアを破壊してしまえばこの二人は解放される。

 

 妖夢達を傷つけるわけにもいかないし、俺はその触手の懐目指してアールバイパーを発進させた。一気に懐に潜り込まれた奴は慌てて触手を動かし俺を排除させようと妖夢を操る。

 

「リフレックスリング!」

 

 先程のバニシングコア同様、一度に多くの遮蔽版にダメージを与えるべく、このヨーヨー状に動くリングをめり込ませる。ガリガリと遮蔽版の削れる音。そして悲鳴……悲鳴?

 

「アズマさんっ、後ろ!」

 

 反射的にアールバイパーの高度を下げ、少し引く。光を失った瞳で妖夢がその楼観剣をギラつかせていた。あと少し反応が遅れていたらアールバイパーが、下手したら俺までもが真っ二つになっていただろう。

 

 もちろん妖夢は攻撃の手を緩めない。仕損じたと認識すると異常なほど首を回転させ、こちらを凝視、再び楼観剣を振り上げて突っ込んできた。攻撃を当てるまでやめるつもりはないらしい。

 

 俺は無意識にスペルカード「銀星『レイディアント・スターソード』」を手にしていた。喉の奥までこのカード名が出かかったが、途中でハッとなり声を飲み込んだ。こんな場所でスペルカードを発動して大ぶりの剣なんて振り回したら妖夢も幽々子さんも無事では済まないだろう。再び回避を試みた。

 

 ……危ういところで刃がかすめる。しかしその直後、断末魔なのではないかと見紛うほどの金切り声が響く。

 

 まさかオプションのどちらかがその凶刃の犠牲になったのか!? 俺は声のする方向を振り向き驚愕した。

 

「アアアア……!」

 

 なんと左肩からバッサリと楼観剣で袈裟斬りにされた幽々子の姿があったのだ。

 

 楼観剣といえば幽霊をも斬り刻むことの出来る刀であるらしい。そんな一撃をモロに受けてしまったのだ。いくら幽々子といえどまず無事ではない。

 

「ああっ! 幽々子様っ!?」

 

 自らの主の悲鳴だ。妖夢の洗脳を一時的に解除するには十分すぎる大音量であった。自らがしてしまった事実を前にオロオロとたじろいでいる。

 

「今が好機ですっ!」

 

 アールバイパーを踏み台に、大きく跳躍する白蓮は一気にパラサイトコアの中心部に取りつき、至近距離から手刀を振るった。空を切り、そして遮蔽版を両断するチョップ。さらに反対側の腕で今度はコア目がけて拳を当てようとする……が、反撃を警戒したのか、一度離脱した。

 

 その直後、バチバチと放電するエネルギー弾を弓に番えた永琳がそれを思い切り射る。間一髪、白蓮はその直撃を回避したが、エネルギー弾はそのままパラサイトコアに直撃。青く濁りのなかったコアは灰色に変色し、その機能を停止させてしまった。

 

「安心なさい。小うるさい僧侶など端から狙っていなかったわ。せめて盾くらいに働ければと思ったけれど、それすら全う出来ない、それどころか邪魔をするのならこんなデクの棒は要らない。そこで勝手に朽ち果てていなさい」

 

 巨大戦艦の洗脳から完全に解放された妖夢は手負いの幽々子を抱き、戦線を離脱する。当の亡霊少女は今も弱弱しく喘いでおり、相当のダメージを負ったのであろうことが伺えた。

 

「味方を味方とも思わずに道具扱いってところか。まあいいさ、ならば道具の使い主を叩き潰すだけだ!」

 

 この非情なる月の頭脳の暴走を止めなくてはマジで幻想郷が危ない。俺は持ち前の機動力で先制攻撃を仕掛けることにした。

 

 持ち前の機動力で一直線ではなく、ジグザグに少しずつ接近する。対する永琳は弓を番えてエネルギー弾をこちらに狙って撃ち込むのだが、速いだけでただ直進するだけの弾なので、簡単に対処できた。

 

「は、速い……」

 

 ついに標的を真正面に捉えた。ロックオンサイトから永琳が外れないことを確認するとネメシスとコンパクを展開し、習得したばかりの対空ミサイルをお見舞いする。

 

「フライングトーピード!」

 

 音もなく浮遊したミサイルが一度ぴたりと止まると、一直線に直進する。その数6発。弓を番えて迎撃を試みる永琳であったが、アールバイパーを放っておくわけにもいかず撃ち落とすのは難儀している様子だ。もちろん俺とてこれで攻撃の手を緩めるわけではない。さらに間合いを詰めて追撃を行うつもりだ。

 

 今度は近距離からのリフレックスリング。一番ダメージの通る絶妙な間合いで放つことに成功した。再びこちらに矢を向けるが、縦横無尽に動き回るアールバイパーには追いつけていない。どうやら彼女は接近戦が不得手のようだ。ならばこのまま一気にケリをつける!

 

 だが、そう簡単にはいかない。この状況を打開すべく永琳が掲げたのはスペルカード。

 

「神符『天人の系譜』」

 

 宣言と共にバイパーから距離を取り、弓からではなく直接レーザーを放つ。動きこそ遅かったが、ハニカム状に拡散していったのだ。目の前をレーザーが横切り俺は一度アールバイパーの速度を落とし突っ込まないようにした。

 

 だが、それは彼女の思う壺であったのだ。これは素早い鳥を囲うためのケージ。もとよりレーザーで仕留めようだなんて考えていなかったようだ。アールバイパーから機動力を奪ったうえでの狙い澄ました一撃……。番えられた弓から素早いエネルギー弾がアールバイパーを貫く。

 

 強烈な衝撃に悲鳴すら上がらない。文字通り貫通された銀翼はバランスを崩し落ちていく。今の一撃で動力が止まってしまったらしい。追い打ちをかけるように扇状にショットを放ち、アールバイパーの腹に穴をあけていく。

 

「まずい、やられる! 誰か援護を……」

 

 だが、周囲の戦況を見て愕然とした。鈴仙も輝夜も他のバクテリアン軍との戦闘で手一杯であるようなのだ。これでは援助は期待できない……。

 

「これでジ・エンドね」

 

 今度はコクピットを狙い弓を引き絞る。操縦不能に陥ったアールバイパーに回避する術はない。これが撃ち抜かれるということは即ち俺があの凶弾の餌食となること。まず命は助からないだろう。目元は暗くてよく見えなかったがニヤリと笑みを浮かべているのはわかった。

 

 今まさに放たれる。その電気の走った光が俺を破壊する……。

 

 そして訪れる衝撃。終わった。何もかもが……。我が銀翼は圧倒的な衝撃を受けて吹き飛ばされて……吹き飛ばされる!? おかしい、あんな攻撃受けたらそんなことを認知する前に俺がお陀仏になっている筈。それではなぜ……?

 

「アズマさんは……アズマさんは……! 誰にも殺させ……ませんっ……!」

 

 眼下に広がった光景は矢を胴体に受けた白蓮。あわや被弾するという直前にアールバイパーを押しやり身代わりになったに違いない。なんてことを! いくら身体強化を使えるからって無茶しすぎだ! 白いインナーを赤黒く染めて苦悶の表情でその部分を押さえうずくまっている。

 

 更に悪いことに白蓮の頭めがけて永琳が再び弓を放ったのだ! 1発や2発なんてものであない。それ全てが白蓮を深く傷つけた高出力のエネルギー弾。助けなくては! 俺は高らかに叫ぶ。

 

「ツインレーザー!!」

 

 いまだに不調なエンジンを無理矢理稼働させ、アールバイパーは錐揉み回転をする。そしてこれでもかと短いレーザーを乱射したのだ。出力も安定せずまっすぐに飛べないので、錐揉み回転してまっすぐ飛ぼうと試みる。それでも左右にブレてしまいあらぬ方向へレーザーが飛んで行ってしまう。

 

 回転しながら短いレーザーの乱射。バイパーというよりかはビッグコアMk-IIの弾幕っぽいが今は白蓮を救えればどうでもいい。俺は目が回るのも気にせずこれでもかとトリガーを引きまくった。

 

 十分に白蓮に近づいたので回転をやめる。グラグラと視界が揺れるが、どうやら全弾迎撃に成功したらしいことが分かる。あとは武装をリフレックスリングに変えて白蓮を回収するだけだ。首尾よく彼女をリングで掴み、一度この場を離脱する。

 

 一度リデュースを解除し、白蓮をアールバイパーに乗せた。

 

「アズマさんを助けたはずなのに、逆に助けられてしまいましたね……。新作のスペルカードまで使わせて……」

「スペルカード……? まあいいさ、白蓮さんがいつもしてきたことを真似しただけだから」

 

 今のはスペルカードに見えたのか……。後でカードを作っておこう。名前は「銀符『ツインレーザー』」ってところでいいだろう。あまり名前を考える余裕もなさそうだしな。

 

 さて、今の状況をどうにかして打開しないといけない。輝夜達はうまく戦えてると信じるとして、問題は俺たちだ。負傷した白蓮を安全な場所に送りたいがそんな隙を見せたらまず無事では済まないだろう。……となると永琳を倒す、最低でもしばらく行動不能にすることが必須となる。

 

 こちらが体勢を立て直したらしいことを悟ると永琳は再びレーザーで囲い込んでくる。あの時は下手に動きを止めたからマズかったのだ。こんどは完全に囲い込まれる前に包囲網を抜ける。

 

 ……が、間に合わない。こうなったら多少無理矢理でも突破してやる!

 

「銀星『レイディアント・スターソード』!」

 

 一際豪華なスペルカードを指に挟み空を切る。青白い炎「フォースフィールド」を纏いつつ、アールバイパーの何倍もの大きさの青い刃を形成する。そしてレーザーや弾幕を切り刻んでいく。

 

 こちらを迎撃せんと、永琳も速弾を連射して応戦してくる。左右にそれをかわし、十分に接近するとその刃で斬りつける。やはり接近戦は不得手のようだ。斬撃を防ぎきれずに何度も吹き飛ばされている。そして動けなくなったところを見計らい、2本の剣を前方に突き出した。

 

「これで終わりにしよう!」

 

 錐揉み回転させつつ、その剣を永琳に突き立てる。そして貫通。背後では執拗な斬撃とトドメの突撃を喰らい爆発四散する永琳……。異変の首謀者を下したのだ。これで終わった、何もかもが……。

 

 緊張の糸が切れ、フウと一息。額の汗をぬぐい暴れる鼓動を鎮めるべく深呼吸をする。

 

「終わり? あの程度で終わったつもり?」

 

 しない筈の声がする。ゾクリと背筋を凍らせ、背後を見ると……剣に貫かれた筈の体は何事もなかったかのように元に戻っていたのだ。

 

「まさか人間相手に蓬莱の薬の効果を使う羽目になるとはね……」

 

 こ、こいつも蓬莱人なのか!? これでは倒しても倒しても復活してしまうではないか! そんなバケモノじみた永琳とバクテリアンが手を組もうものなら恐ろしいことになる事は火を見るよりも明らかであった。

 

「そちらが(あやかし)と手を組むのならば、私も外界の叡智を身に纏うわ!」

 

 彼女の背後が不気味に暗く赤い光を灯す。そして亜空間からワイヤーフレーム上に展開される鋼鉄のアーム。月人の両手には青く澄み渡ったコアが2つ。それらが全て形成されると、ガシャーンと派手な音を立て、アームが閉じた。どうやらアームは攻撃を防御する装甲であると同時に大口径のレーザー砲でもあるようだ。

 

 3つのコアを持ち、こちらを挟み込むように極太レーザーを撃つ巨大戦艦。こ、この形状はまさか……!



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第16話 ~その戦艦、三度改造され~

異変の首謀者である永琳をどうにか追い詰めたアズマ。
しかし、彼女もまた蓬莱人であり殺すことが出来ない。
更に悪いことに永琳は切り札たりうる巨大戦艦と一体化して襲い掛かってきたのだ。


 永琳が呼び出したのは3つのコアを持ち、こちらを挟み込むように極太レーザーを撃つ巨大戦艦。こ、この形状はまさか……!

 

 こいつはヤバいぞ……。永琳自身をコアとしたその姿は俺の見間違いでなければ「ビッグコアMk-III(※1)」のもの。

 

 今までの図体だけがデカいザコ戦艦どもとは勝手が違う。少しでも動きを見誤れば極太レーザーの餌食になるか、囲いこまれてまともに動けなくなってしまう。そうなれば光学兵器を反射させるレーザーを用いてジリジリとこちらを追いつめてくるのだ。

 

「恐れているわね、その顔は? さすがアズマ。この戦艦の恐ろしさを知っているようね」

 

 正面を捉えられては駄目だ! 俺はアールバイパーを旋回させ、一度永琳から距離を取る。直前まで俺のいた空間に青い極太レーザーが通る。今も大口径をこちらに向けてバンバン放ってくる。幸い発射にタイムラグがある為アールバイパーで動き回っている以上は安全である。

 

 だが、彼女は不気味な笑みを浮かべると、オレンジ色をした細いレーザーを撃ってきたのだ。しまった、あれはこちらを追いかける為に一度軌道を変えるシロモノだ。

 

「止まれない……!」

 

 軌道を読まれないようにジグザグに飛行してオレンジ色のレーザーを回避する。これもどうにかやり過ごした。

 

「うううっ!」

 

 うめく白蓮。そうだ、聖は先程の戦闘で深い傷を負っているのだった。あまり無茶な飛行をしては彼女の負担になる。だが、永琳がバクテリアン戦艦の装甲を身に纏ってしまった以上、俺に白蓮を途中で降ろす猶予がある筈なかった。

 

 逃げ続けていても埒が明かない。俺は覚悟を決めてビッグコアMk-IIIの装甲を纏った永琳と対峙することにした。

 

 案の定極太レーザーがこちらの退路を塞いできた。そして反射レーザー。MK-IIIの極太レーザーに当たると反射して複雑な軌道を描きレーザーの籠に閉じ込めた銀翼をいたぶるものだ。

 

「ぎゃあぁっ!!」

 

 角度の計算が正確過ぎる。永琳はずっと俺と交戦する事で動きの癖のようなものを読み取ってきたのだろう。まるで避けるルートすら予測したかのように反射レーザーの軌道は面白いようにアールバイパーと重なる。

 

「貴方の行動パターンなどお見通しなのよ。流石にあんな素早く飛行されたら追いつけないけれど、レーザーの籠の中でスピードを出せない状況での貴方の動きなんて、手に取るように分かるの」

 

 再び永琳は反射レーザーを撃つ。恐らく俺の動きを読んでいるものだろう。つまりあれを回避する事はほぼ不可能。ならば……!

 

「(次は一気に接近すると見たわ。反射の範囲外くらいの懐にね)」

 

 やる事は1つ! 反射したレーザーがこちらに来ないうちにあらん限りの勢いで接近するのみ! 俺はアールバイパーの速度を最大に上げて一気に接近……しようとしてやめた。

 

 すぐに接近する癖は何とかしないとな。永琳だって接近戦が弱い事は露呈されているんだ。同じ手が2度通用するとは思えない。

 

 ではどうしようか。アールバイパーではないところから攻撃を加えるか。真っ先に思いついたのはオプションたち。オプションシュートやサイビット・サイファならコアにダメージを与えることもできるだろう。

 

 ……いや、駄目だ。あからさまにオプションを展開したら絶対に警戒される。一度攻撃らしいものをして、不発と思わせといて……くらい裏をかかないといけないだろう。ではどうすれば……?

 

「他に弾が出せるところと言えばアンカーですよねぇ」

「アンカーが弾を出す!?」

 

 白蓮からの助け舟だったのだが、それは初耳であった。リフレックスリングはムラサのアンカーの扱い方をヒントに得た兵装。もしかしたら弾も撃てるのかもしれない。イメージすれば為し得るかも分からないぞ。とにかく試さない事には何とも言えない。

 

「リフレックスリング!」

 

 言われたとおりに射出した。距離が遠過ぎて遮蔽板まで届かない。だが、あそこから弾が出れば……!

 

 信じられない事が起きた。回転するリングが渦巻き状に弾幕を展開しているではないか。

 

「これはムラサの『ファントムシップハーバー』? 1つしかないけど」

 

 聞くとムラサ船長はアンカーを撃ちながらそのアンカーからも弾幕を展開する事が出来たのだという。ではリフレックスリングをアンカーに置き換えて考えると、クルクル回転しているからその弾道も渦巻き状になるらしいと俺の中で結論づいた。

 

 こいつはスペルカード級の発見だ! メモ帳にスペル名をサラサラと記入し、さっそく発動する。ムラサのような陽気な妖怪が教えてくれたスペル。少し趣向を凝らして……。

 

「名付けて……陽妖『リフレックスリング』!」

 

 これで「ヨーヨー」と読むのだ。まるでヨーヨーのようなリフレックスリングの挙動とムラサ船長のような陽気な妖怪由来の兵装、そのダブルミーニングである。

 

 反射レーザーが貫くは回転するリング。俺は痛くも痒くもない。そしてリングから放たれる弾幕で遮蔽板を削っていく。怯んだのか、アールバイパーを囲っていた極太レーザーが途切れた。

 

「こうなればこっちのものだ! 出てこいっ、ネメシス、コンパク! フォーメーションオプションだ」

 

 2つのオプションを左右に配置させる。剥き出しになったコアめがけて俺は怒声を上げる。

 

「操術『サイビット・サイファ』!!」

 

 光の弾丸となったネメシス達は弾幕もレーザーもお構いなしにコアめがけて突撃する。2つのコアを、そして永琳をこの巨体から追い出すことに成功。ビッグコアMk-IIIの装甲は音を立てて崩れた。

 

「さあ、今度こそ切り札を潰したぞ! いい加減投降するんだ!!」

「外装を破壊しただけで随分上機嫌になるのね。こんなのまた纏えばいいじゃない」

 

 片手を掲げ合図を送ると再び永琳の周辺に機械の装甲が形成される。これではジリ貧だぞ……。

 

 赤黒い光が鈍く光ると、再びバクテリアン戦艦の装甲を身に纏う永琳。今度は先ほどとは違う種類の巨大戦艦のようだ。

 

「今度は『デルタトライ(※2)』かよ……」

 

 こちらを追いかけてくるドラゴン型のレーザーやあらゆるものを貫通する剣型のレーザーを使いこなす強敵。

 

 先程から強力なコアばかり呼び出してくる。そしてこのデルタトライを倒したところで、また別のコア系ボスを呼び出すに違いない。こんなのが続けばいずれ俺は潰されてしまうだろう。

 

 永琳を攻撃しても無駄だ。装甲を壊してもすぐ呼び戻され、永琳自身を倒そうとしても復活してしまう。そう、初めから俺は勝てない勝負を仕掛けていただけなのだ。

 

「ならば最初から勝負などしない!」

 

 そう、永琳に機械の装甲を与えているバクテリアンの親玉が何処かにいる筈なのだ。そして先程の赤黒い光でなんとなくそれを確信した。奴はすぐそばにいる。

 

「永琳をいくら攻撃しても無駄だ。絶対に倒せない。彼女に力を与えている赤黒い眼球『ゼロスフォース(※3)』を打ち砕かない限りはな」

 

 アールバイパーが向かう先は永琳の奥、不自然に未だに暗黒が支配する空間。そういえば永琳はその場所を守るかのように立ち回っているように感じる。

 

「ツインレーザー!」

 

 遠くまで届く兵装にチェンジし、奥に潜んでいるであろうゼロスフォースに攻撃を加えるが、一向に手ごたえを感じない。やはりバイパー自体があそこに行かなければならないのだろうが……。

 

 迫る機雷を避けて、それをツインレーザーで破壊する。間髪いれずにうねるドラゴンレーザーをぎりぎりで回避するが反撃の機会は見られない。こんな調子では永琳の背後など取れる筈がない。どうにか弾幕を避けて安全そうな場所に躍り出た。だが直後、俺はその選択を酷く後悔することになる。

 

「ライトニングソード!」

 

 剣の柄のような形に変形していたデルタトライから青白い大口径レーザーが発射される。それをもろに受けてしまった俺はバランスを崩し、墜落させてしまう。バウンドする機体の中、俺は耐えがたい衝撃に両目を堅く閉ざす。

 

「これ以上はマジでやばい……」

 

 辛うじて飛行を続ける我が銀翼。だが、俺やバイパー以上に深刻だったのが白蓮。今の衝撃で閉じかけていた傷口が再び開いてしまったらしい。白いインナーを染める赤黒色が痛々しい。

 

 追い打ちをかけるかのように赤色や青色の機雷がゆっくりとアールバイパーに忍び寄っている。

 

「ちくしょう! 弱っちい自分が情けない……。俺も白蓮さんみたいに強力な弾幕ができれば……」

 

 叶いもしない事が脳裏をよぎる。そんな夢みたいな事ある筈が……。

 

 次の瞬間、強烈な頭痛と吐き気を催した。俺の体も参ってしまったのか……。いや違う。この感覚は前にも……。

 

 俺の脳が白蓮と一体になるような不思議な感覚。俺はアズマであり白蓮だ。そうだ、前も疲弊していた輝夜をアールバイパーに乗せていた時に……。

 

 おもむろに虚空めがけてリフレックスリングを射出する。回転しながらの小さい弾幕を展開する筈だったリング。しかし、今はおびただしい量の紫色の弾幕が広がっていく。二重にも三重にも……。速さの違う弾が美しい軌跡を描き、デルタトライの機雷を一掃する。

 

 この弾幕は俺のものじゃない。こんな美しく強烈なもの、今の俺には扱える筈がない。それにこれってそのまんま……。

 

「『紫雲のオーメン』ですね。アズマさんに魔力が流れる感覚があったので何かと思いましたが……。しかし今は、この状況を打開する事が……」

 

 もう何も言うなと彼女の口を止めると、俺は改めて操縦桿を握り直す。白蓮の分まで戦っているんだ。こんな所で負けるわけにはいかない!

 

 紫雲のオーメンを放つリングを更に奥に飛ばし、デルタトライの遮蔽板を破壊した。ここで俺はリフレックスリングの回転を逆方向にする。今度は周囲のものを吸い寄せるようになった。目的は永琳の確保。

 

 リング内に永琳を捕らえた事を確認するとアールバイパーを中心に大回転。ハンマー投げの要領で永琳をデルタトライから引き離し投げ飛ばした。

 

「今しかないっ!」

 

 銀翼を永遠亭の最深部へと進める。

 

 むわっと蒸し暑い最深部。不自然に真っ暗になっていた場所には赤黒い眼球があった。ギョロリとこちらを睨みつけるそれは非常にグロテスクである。

 

「こいつが全ての元凶『ゼロスフォース』……」

 

 背後からは物凄い形相でアールバイパーを追う永琳の姿があった。相変わらずデルタトライ型の装甲を纏っている。だが、俺は待たない!

 

 オプションを呼び出し、ありったけの火力をこのバクテリアンの大ボスに向けてぶっ放す。

 

「やめ……」

 

 懇願する月人の叫びは、それよりも大きくおどろおどろしいゼロスフォースの断末魔にかき消された。

 

「ヴァー!!」

 

 グチュと肉が潰れる嫌な音と共に、ゼロスフォースは爆発四散した。特徴的な断末魔は永遠亭中に響き渡り、俺達が永遠亭の異変を解決した事を知らせた。

 

 輝夜達が戦っていた場所に戻ると無数のコア系ボスがそのコアの光を失い生気が抜けたかのように横たわっていた。バクテリアンを生み出し使役していたゼロスフォースが倒されたことによってその機能を止めてしまったのだろう。

 

 俺は銀翼から降りて永琳に接近する。

 

「今度こそチェックメイトだ。もうお前の切り札であるバクテリアンはいないぞ」

 

 永琳を取り囲む俺や白蓮、そして輝夜達永遠亭の住民達も……。

 

「恨めしい……恨めしい……。そこまでして私を消そうというのね! この魔住職の犬ッコロがぁー!!」

 

 俺に掴みかからん勢い。執念の為せる業だろう。俺は足がすくんでしまって動けなかった。

 

「お師匠様、もうやめましょう……! これ以上異変は起こせないんです。私達の敗北なんですよ……」

 

 月のウサギが今や怒りでオーバーヒートした月の頭脳の暴走を止めようと躍起になっている。

 

「せめて最期くらいは綺麗に消えたいものウサ……。あまり往生際が悪いと後の歴史で笑い物にされるウサ」

 

 永遠亭の住民にとってこの異変は自らの存在を守るための異変という認識。それの完遂に失敗したという事は自らの消滅を意味している。彼女らの頭の中はその考えに支配されているのだ。

 

「消える……? そんなことはないと私は思いますが……」

「その口が言うの!? 散々私達の存在を脅かしておいて!」

 

 今度は住職につっかかる。しかしその結果を予測していたかのように白蓮は少しも取り乱さない。永琳をかわすように立ち回ると、今も地面でうずくまる幽々子のところまで案内した。

 

「永琳さんは幻想郷一のお医者さんでしょう? 人間だけではなくて妖怪や果ては亡霊なんかも診察できる……そんな方永琳さんを除いて幻想郷にいましたか?」

 

 そこまで言うと白蓮を押しのけるように涙目になった妖夢が永琳に頼みこむ。

 

「幽々子様が、幽々子様が……。この深い傷を治して下さい……」

 

「ほらね」と言わんばかりに白蓮は月人を見る。目が覚めたかのようにハッと目を見開く永琳。その瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。

 

「私は……必要とされているのね。忘れ去られたりなんかは……」

「当然です。人里では永遠亭がずっと閉まっているから混乱していましたし、妖夢が寝込んだ時もここで診察が出来なかったので、何日も命蓮寺で看病していたのですよ。永琳さん、それだけ幻想郷に貢献しているのに、今更誰が貴女達の事を忘れるのです?」

 

 住職サマに優しく諭されると心の荷が下りたのか、ガックリとバクテリアン戦艦の残骸でひしめく床に崩れ落ちる。

 

「そんな……。私は忘れられたりなんてしなかったのに、外界の技術に(うつつ)を抜かし、なんて恐ろしい事をしてしまったのか……」

 

 バクテリアンももはや復活せず、永琳も自らが忘れ去られ消滅してしまうなど起きえないことを知った。どうやら今回の異変もこれにて一件落着のようだ。

 

 俺も全てが終わったことに安堵し、深くため息をついた。さあ、命蓮寺に帰ろう。俺は踵を返し来た道を戻る……。

 

「ヒヒヒ。まったく、とんだ茶番だったな」

 

 次の瞬間、地面の一部で青色の閃光がほとばしる。俺は急な状況の変化に対応できずに手をこまねく。だが、相手は待ってはくれない。

 

 地面から機械の触手が無数に伸びると、崩れ落ちて泣いていた永琳を絡め取りガッチリとホールドしてしまったのだ。

 

「『パラサイトコア』っ? どうして動けるんだ!?」

 

 キイキイと甲高い声で笑う脳みそが浮遊していた。ゴーレム、生きていたのか!

 

「やりぃっ! 遂に『月の頭脳』を手に入れたぞ! ずぅっと隠れていたかいがあったもんだ」

 

 反射的に俺はゴーレムの目玉めがけてツインレーザーを撃つ。避けるそぶりも見せずに、ゴーレムは目玉にレーザーを受けた。その目玉はつぶれてしまった。

 

「今更俺様を倒してももう遅いさ! 月の頭脳だけあって心に隙を見せなかったから付け入れる事が出来なかったが、お前らが倒してくれたおかげでこの通りさ、ヒャーッハッハッハ! これで『あの方』がお目覚めになる。バクテリアン軍、万歳ー!!」

 

 それだけ言うと脳みその化け物は触手でバンザイしつつ爆発した。

 

『ハハハハ……、ハーッハッハッハ!』

 

 小さい爆発の直後、まさに悪役の高笑いとしか表現できない不気味で下品な笑い声が周囲にこだまする。白蓮や輝夜が声の主を探し周囲を見渡すが、それらしい姿は見当たらない。

 

 間もなくバニシングコアのスポットライトがひとりでに再起動するとある一点を照らし始めた。永琳を捕らえたパラサイトコアのすぐ隣である。

 

 そこにはあまりにもおぞましい姿が映し出されていたのだ!

 

 赤黒いグロテスクな顔。脳みそが剥き出しの頭部からは無数の血管が伸びておりそのグロテスクさにより一層拍車をかけている。俺はこいつを知っていた。大きな野望を持ってバクテリアン軍を使役するアイツだ……!

 

「お前が本当の黒幕か『ゴーファー(※4)』!?」

 

『我が名を知っているようだな。いかにも、我こそ最強のバクテリアン特殊部隊を率いるゴーファーである』

 

 余程上機嫌なのか、常に笑い声が絶えない。

 

「貴方が永琳を、てゐを騙して弄んだ犯人……!?」

 

『左様。この幻想郷と呼ばれる地を我らバクテリアンの要塞に変えるのだ! そのために紛い物の小賢しい脳と、本物の月の頭脳を利用させてもらった。思い通りに事が進んで実に気分がいい。

ハーッハッハッハ!』

 

 なおも得意げに豪語する巨大な顔。自らの魅力的な技術力を餌に永琳たちを騙していたのだ。初めからバクテリアンは幻想郷の住民に付け入り野望を達成させ易く利用していただけだったのである。今度は白蓮が突っかかる。

 

「幻想郷の……支配!? どうしてそんな馬鹿げた事を!」

 

『簡単な話だ。この地で生き抜くため、その為には貴様らが邪魔だからに他ならない。

……特にそこの超時空戦闘機! 貴様ら銀翼には何度辛酸を舐めさせられたか……。

だがそれも今終わった! この永遠亭を足掛かりに幻想郷を頂く』

 

 永琳を絡め取っていたパラサイトコアが天井の大穴から飛び立とうとしている。はるか上空に浮かぶ「ゼロス要塞」へと運ぶつもりなのだろう。

 

『それにしても素晴らしい娘だ。

頭脳明晰な上に死してもたちどころに息を吹き返す蓬莱人。

この娘を取り込めば我らバクテリアンは

至高の頭脳、永遠の命、朽ち果てぬ体を得られる!

究極の軍団が完成するのだ……!』

 

 永琳が連れ去られる……。俺は怒りに任せ、ゴーファーにショットを当てる。だが、ホログラムの類に攻撃しても無意味であり、空しくもショットは透き通ってしまう。今度はゴーファーの虚像を照らすバニシングコアの残骸にショットを当てた。

 

 ライトの光がわずかにちらついたかと思うと、ザザザとノイズが走り、憎たらしい赤い顔も大きくゆがむ。

 

『娘を、幻想郷を取り返したくば、はるか上空のゼロス要塞まで来るのだ。

丁重に、それはもう丁重にお持て成ししよう……』

 

「ふざけやがって……。そんな馬鹿デカい要塞など爆破させてやる! ゴーファー、首を……いや、頭の血管を洗って待っていろよ!!」

 

 ゴーファーの姿は見えなくなっても不気味な笑い声だけが永遠亭に何度も響き渡っていた。早速アールバイパーに乗り込み、逃げたパラサイトコアを追跡しようとする。

 

「アズマ、私も連れて行きなさい」

 

 意気揚々とゼロス要塞へ向かおうとする俺に水を差すのは姫様。裾を引いて俺を引き止めている。せっかく気分が盛り上がっていたのに俺はつんのめってしまった。

 

「永琳を連れ戻すのでしょう? 一発ブン殴らないと気が済まないわ。超技術の誘惑、そしてそこから生まれた悪夢から永琳を解放するためには……ね」

 

 要は自分で永琳を連れ戻したいということらしい。ただワガママなだけの箱入り娘かと思ったら、随分と部下思いである。こちらの返答も聞かぬままバイパーに勝手に乗り込んでしまった。

 

「どうしよう……」

「戦力は多い方がいいでしょうし、輝夜さんにとっては特別な方を連れ戻すのです。是非とも作戦に参加させてあげて!」

 

 やる気満々だし、断る理由も見つからない。俺は再び姫のエスコートを行うことになったのだ。ええい、ゴチャゴチャ考えていても埒が明かない。要はあのいけ好かないデカ顔をぶっ潰せばいいだけだ!

 

「その意気です。今のアズマさん、とってもかっこいいですよ。永遠亭や幽々子さんの件は私や鈴仙さんに任せて頂戴な」

 

 月の頭脳の弟子、鈴仙もある程度の医療技術を持っているのだろうか。いつも師匠と慕っているのだし。とにかく行かなくては。俺はアールバイパーのキャノピーを閉じる。

 

「アールバイパー、出ます!」

 

 轟音を立て、俺は永琳を追ってぐんぐんと高度を上げていくのであった……!




(※1)ビッグコアMk-III
横STG「グラディウスIII」に登場する巨大戦艦。
極太レーザーでこちらを囲い込んだのちに細い反射レーザーで追い詰めてくる。
初登場時は反射レーザーの速度があまりに速くて目で見ての回避が困難であった。

(※2)デルタトライ
横STG「グラディウス外伝」に登場する巨大戦艦。
こちらを追尾する「ドラゴンレーザー」と極太レーザー「ライトニングソード」が特徴的。
実はグラディウスと同じコナミが手掛けた縦STG「トライゴン」の自機がモチーフとなっている。

(※3)ゼロスフォース
グラディウスシリーズに登場する赤い球体をした生物兵器。断末魔が「ヴァー!」。
コレを標的の惑星に埋め込んで成長させることでバクテリアン軍の要塞惑星に変貌させる。
「沙羅曼蛇」ではラスボスに抜擢されてたり、「オトメディウス」では特定モードの最終ボスとして君臨してたりする一方で、「グラディウスV」では大量に湧いて出てくるザコ敵……いや、障害物扱いに……。

(※4)ゴーファー
グラディウスIIやIVのラスボスである巨大な顔。実は中間管理職。
オトメディウスでは彼の娘がバクテリアン軍として暗躍しているようだ。


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第17話 ~使命を背負って~

ここまでのあらすじ

輝夜や白蓮の力もあり、ついに永琳を追いつめたアズマとアールバイパー。
ただでさえ強大なのに、バクテリアンと組んだことによってより一層脅威的な存在となった月の頭脳に苦戦する。

更に悪いことに何度倒しても「蓬莱人」ゆえにその度に蘇ってしまうのだ。

アズマは永琳を倒すことは諦め、彼女に力を与えているであろうバクテリアンの生物兵器「ゼロスフォース」を発見し、これを破壊した。バクテリアン軍の中枢を破壊され、機能を停止させる巨大戦艦達。

もはや永琳にバクテリアンを使役する術はない。新たな勢力を前に自らが霞んで消えてしまうという恐怖も、彼女が幻想郷一の医者としての誇りを取り戻したことで振り払われた。

異変は解決したと誰もが思っていた……

しかし不気味に上空に残り続けるバクテリアン軍の「ゼロス要塞」。アズマの嫌な予感は的中し、永琳が復活した「パラサイトコア」に捕らわれて要塞に連れて行かれてしまう。

全てはゼロス要塞に鎮座する「ゴーファー」が仕組んだことだったのだ。外界の英知として自らを受け入れた永琳に取り入ることで永遠亭を支配し、それを足掛かりに幻想郷をゼロス要塞のようなバクテリアンの世界に変えてしまうという恐ろしい計画……。

アズマは輝夜と共にアールバイパーを飛ばしてゼロス要塞へと突入する……。

恐るべきゴーファーの野望を食い止めるために……!


(その頃、人里では……)

 

 突如現れた緑色の円盤「ゼロス要塞」。みるみる大きくなるそれは、人々の間ではこのまま幻想郷に落ちてくるのではと噂になっていた。最初は憶測で誰かが何気なくつぶやいた一言。しかしそれは噂となり人々の間で広まっていき、「実は外界からやってきた妖怪が攻めてきた。あの円盤は侵略者の乗り物だ」等の尾ビレをつけながら、瞬く間に人里中に広がる大きな噂となっていたのだ。

 

「ににに……逃げなくちゃ!」

「逃げるったってどこに逃げるんだよっ? 下手に人里から離れてみろ、次の瞬間には妖怪どものエサになっているぞ!」

「そんなこと言ったって、あんなのが頭に落ちてきてもオダブツじゃないか!」

 

 パニックになり半ば暴徒と化した人々を押さえつけているのは人里を守る自警団の皆さんであった。

 

「危ないッスから……人里から出ないでくだせぇ!」

「あの円盤のほうが危ないだろう! どこでもいい、少しでも遠くに……」

 

 彼らのリーダーたる妹紅もそれに加勢する。

 

「外の方が十分危ないぞ! ここは慧音の妖術で隠されているんだ。空の奴らもここには気付いていないから安心して異変解決の専門家が来るのを待ってくれ!」

 

 人里を抜けだそうとする人間を妹紅と自警団がなんとか取り押さえている。ゼロス要塞の脅威もあるのだが、その前にただの人間が人里から出るのはそれ以上に自殺行為になるのだ。

 

 ところ変わって寺子屋では……。恐怖のあまりシンと静まり返った子供たちでひしめく教室。慧音先生も窓の外に目をやり、今もゆっくりと接近してくる緑色の円盤の様子をうかがう。

 

「落ち着くんだ! これだけの大規模な異変、博麗の巫女や妖怪賢者が黙っている筈がないだろう! 彼女たちを信じるんだ」

「いつ来るんだよっ!?」

 

「そ、それは……」

 

 それは先生にも分からない事。そもそも霊夢が赴くこと自体憶測の域を出ない事であったのだ。ゆえに的を得た答えは返せない。だが、彼女なら絶対に何かしらのアクションを起こす。それだけは確信できていたのだ。もちろんそんな答えで満足する子供達ではない。「いつ来るんだよ?」と口々にする子供達に慧音はほとほと困り果ててしまった。

 

「あっ! 何か飛んでいってるぞ!」

 

 そんな喧騒の中、一人の子供がゼロス要塞に向かう小さな影を発見した様子。やはり、霊夢がこれを無視する筈はないとひとまず安堵する先生。

 

「たった一人で立ち向かうつもりなんだ……。あれは巫女か、それとも妖怪賢者か!?」

「いや違う……鳥だ! ノッペリとした変な鳥の妖怪だ!」

 

 子供たちが見たものは異変解決のスペシャリストではなかった。慌てた慧音は窓の傍に駆け寄り夜空の様子を見る。子供達が言うように、あれは人の形をしていなかった。鳥のような、いや、慧音先生はこれが鳥ではない事を知っていた。

 

「いや、あれは巫女でも妖怪賢者でも変な鳥の妖怪でもない。超時空戦闘機『アールバイパー』だ」

 

 聞いた事のあるようなないような名前。子供達は頭にハテナマークを浮かべる。

 

「そう、アールバイパーだ。侵略の脅威が母なる星に迫る時、銀翼は時を超えて人類の希望となり飛翔する……。そういった伝説があるらしい。今はアレを信じよう!」

 

 銀色のラインを描き一直線に高度を上げていく。最後に先生はポツリと祈る。

 

「上手くやってくれよ、アズマ……」

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、博麗神社周辺……)

 

「ああもうっ! 折角の満月がヘンテコな円盤で台無しじゃない!」

 

 神社で地団太を踏んで怒り狂うのは異変解決のスペシャリスト、頭の大きな赤いリボンが特徴的な博麗の巫女であった。キッと睨む先はゼロス要塞。喧嘩早い彼女だ、次には「これは異変よ! あのヘンテコな円盤をぶっ壊す!」だろう。そして案の定その通りに捨て台詞を吐くとお札と御幣(お祓い棒のこと)を手に暗黒の夜空を飛行する。

 

「霊夢、今回は出ない方がいいわよ」

 

 が、声がしたかと思うと目玉だらけの異空間に突っ込んでしまう。普通ならこの異常事態にたじろぐであろうが、霊夢にとっては日常茶飯事のことであり、今更心を乱したりはしない。

 

 やれやれとため息をつきつつ、腐れ縁の妖怪の名を口にした。

 

「紫、邪魔をしないで頂戴! あれはどう見ても異変でしょう!?」

 

 紅白な少女を元の空間に押し戻すと、突如虚空に出現した「スキマ」と呼ばれる異空間の入口に腰かける少女を睨みつける。

 

「霊夢、もう一度言うわ。今回は出番なし」

「なんでよ?」

 

 刺々しく返答する。紫をも退治してしまうのではないかと思わせるほど彼女はイラついていた。

 

「あの要塞の周りを目を凝らしてよーく御覧なさいな」

 

 このスキマ妖怪はいきなり何を言い出すのかといぶかしながらもゼロス要塞の周辺を凝視する霊夢。程なくして銀色の光を描く飛行物体の存在を発見した。

 

「あの乗り物は確か……」

 

 彼女の目にはいつか弾幕ごっこでコテンパンにした乗り物の姿が映った。

 

「そうよ、超時空戦闘機『アールバイパー』。そしてそれを操る轟アズマ。あの円盤……『ゼロス要塞』というのだけれど……はアールバイパーと同じく外の世界からやってきたものなの。随分と厄介なシロモノが絡んでいるわ。外界の存在同士で異変が解決できるのなら私達は手出ししない方がいいい。……わかる?」

「わかんない」

 

 そんなに厄介な存在なら尚更戦力が多い方がいいのに……と不可解だという気持ちを思い切り顔に出している。そんな博麗の巫女の様子を見て扇子を口元に当ててクスクス笑う妖怪賢者。

 

「まあいいわ。とにかくまだ出てはダメ。わかったわね?」

 

 苦虫を噛むような表情ですごすごと神社へ戻る霊夢。まあ紫が行かなくていいと言うのなら大した異変ではないと言う事なのだろう。そう自らに言い聞かせ、ストレスを鎮めるべくお茶を飲むことにした。

 

 出撃を諦めたようである霊夢を神社の外から覗き込みながら、スキマ妖怪はゼロス要塞を仰ぎ見る。

 

「紫、霊夢を行かせなくて良かったの? アズマ君だけだとちょっと心配よ」

 

 自分が腰かけているスキマとは別の小さなスキマから友人である亡霊少女の声がする。彼女は今大怪我をしているので、紫は幽々子の声だけを博麗神社に移動させている。随分と器用な使い方だ。

 

「大丈夫よ。あいつは一人じゃないの。あの蓬莱人の姫もついているから。ほら、永琳が向こうにいるのよ。黙っている筈ないじゃない。それよりも体の調子はどうなの幽々子? 随分と派手にやられたそうじゃないの。よりにもよって可愛い飼い犬に」

 

 僅かに平謝りする妖夢の声が聞こえた気がした。

 

「うふふ、大丈夫よ。だって永遠亭だもの。月のウサギさんがいい薬を処方してくれたわ。亡霊にもちゃんと効くので助かったわよ。それで話は戻るけれど、どうして霊夢を……」

「さっき、霊夢との会話聞いてなかったの?」

「無茶言わないでよ……」

 

 聞いてる筈がない。霊夢と会話していた時は幽々子と通信などしていないのだから。

 

「外界からやって来た問題事は外界からやって来た銀翼で解決出来ればそれに越した事はないわ。それに……伝説だか神話だかお笑いだかは知らないけれど、あのゼロス要塞が出てくる度に、銀翼があの内部まですっ飛んでアレを破壊するって伝えられているそうよ」

 

 アールバイパーとの決闘の後、紫は外界に赴いて銀翼の事をあれこれ調べていたらしい。今も描かれる銀色の光に目をやりながら紫は続ける。

 

「謎だらけのアールバイパーについて何か解明できるチャンスよ。もちろんアレがしくじったら霊夢を向かわせるつもり。もっともあの男はこの私を決闘で下した程の実力者だし、そう簡単にくたばるとも思えないけれどね」

 

 紫の言う「決闘」とはアズマが幻想郷で生きていく権利を勝ち取るために仕掛けた弾幕ごっこのことである。

 

「決闘って、あの上海人形の突撃でやられた時? かなり手を抜いていたんでしょう? 紫ったらバレバレだったわよ。でも人間にしては……十分すぎる強さよね」

 

 投げやりに「まあね」と答えると妖怪賢者はゼロス要塞に向かう銀翼に改めて目をやる。そして幽々子にも聞こえないほどの小声でつぶやくのであった。

 

「『人類最後の希望』……か。胡散臭い二つ名だけれど、その希望とやらに賭けてみるのも面白いかもしれないわ」

 

 あくまで演劇でも見るかのように呑気にスキマに腰かけ、薄ら笑いを浮かべながら円盤の浮かぶ夜空を深呼吸をして仰ぎ見る妖怪賢者なのであった。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、霧の湖……)

 

 いつもは静寂に包まれる湖であったが今夜に限って言えば相当やかましい。至る所で妖精たちがキイキイと甲高い声を上げて空を指さしているのだ。これだけの注目の的となっているのはもちろんゼロス要塞である。

 

「チルノちゃん……、あの緑色のやつ本当に落っこちてくるの?」

 

 はやし立てる者、逃げ惑おうとする者、ただただ訳も分からず踊りまくっている者。様々なやかましい反応を見せる妖精たちの中、少しオドオドしながら友達に話しかける緑髪の彼女は異彩を放っていた。

 

「へへーんだっ! おっこちてこようともあたいが蹴散らしてやるわ! それともピューンってあっちへ飛んでいって凍らしてやってもいいわね! だから大ちゃんはなんにも心配いらないよ!」

 

 大見得を切る氷精であったが、チルノ自身もどうすればいいのか分からないままであった。でも大ちゃんと呼んでいた友達が怯えている。自分まで弱気になってしまってはいけない。だからこそいつも通りの振る舞いをしているのだ。

 

「む、無茶だよ……。すっごく大きいんだよ? 落っこちた時点で大惨事になると思うの。それにあの円盤は空のずっとずっと上の『宇宙』ってところにあって、そこに辿り着くには『大気圏』ってのを抜けなくちゃならないの。そこはとっても熱い所らしいわ。いくらチルノちゃんでも……」

「うう、あたい熱いのニガテ……あれ、なんか飛んでる!?」

 

 氷精の青い瞳が映し出したのは緑色の円盤に一直線に立ち向かう銀色の光。キラリと光るそれは超時空戦闘機「アールバイパー」が描く銀色のラインであった。それを指差してチルノはドヤ顔で胸を張る。

 

「大ちゃん、何も心配する事はないよ! ほらアレ! 銀色の光りがピューって飛んでる。アールバイパーがやってくれるみたいだ!」

「あーるばいぱー……?」

 

 まあ当然の反応である。大ちゃんはこの銀翼との面識がないのだから。

 

「『チョウジクウセントウキ』の『アールバイパー』だよ。あたいのマナデシかつ、えーえんのライバル! あたいがちょっと鍛えたらあのスキマババアもやっつけちゃったんだよ! 最強なあたいのオスミツキだし、あの円盤もサクっとぶっ壊してくれるよ!」

 

 まるで自分の手柄のように大笑いしながら空を見るチルノとは真逆の反応を見せる大妖精。大丈夫かなぁと心配しながら円盤を見つめるのであった。

 

「ほら、アイツを信じられないの? アイツを信じないって事はあたいを信用していないって事にもなるのよ! さあ、アールバイパーが上手くやってくれるように応援しないと! ガンバレー、ガンバレー!!」

 

 訳も分からずはやし立てるように空に向かってエールを送る。他の妖精達も趣旨が分かっているのかいないのか、思い思いの応援の言葉を空に投げかけていく。

 

 霧の湖ではかつてない程の大声が何度もこだましていた……。

 

 

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(その頃、紅魔館では……)

 

 紅の洋館でもゼロス要塞は異彩を放っていた……。下唇をかみしめながらそれを鋭く睨みつけるのはメイド長こと十六夜咲夜。偽りの月の異変かと思えば奇妙な円盤が出てくるのだから。

 

 そして彼女が一番信じたくなかった事。先程から震えが止まらないのだ。

 

 寒いからでも武者震いをしているからでもない。……怖いのだ。明らかに幻想郷に似つかわない奇妙な円盤だ。メイド長と言えど少女。そう感じるのも無理はない。だが、それを認めたくない咲夜はただ震えをこらえつつ睨みつけることしか出来いのだ。誰の助けも借りられず。

 

「咲夜、本当は怖いのでしょう?」

 

 背後から幼き主の声、それも不意にかけられたので咲夜は思わず変な声を出してしまう。

 

「おおお、お嬢様! ここにいては危険です。あの円盤がいつ次の行動に移るか分かったものではないのですよ」

 

 そんなのお構いなしにツカツカとメイド長に歩み寄る吸血鬼。その小さな手が咲夜の頬を優しく包んだ。優しく触れられたことで思わず体中の力が抜けてしまう咲夜。へたりとその場に座り込んでしまった。

 

「虚勢を張らなくてもいいわ。いつだって運命が味方してくれるのだから。咲夜、ゼロス要塞……緑色の円盤の周りをよく見て御覧なさい。銀色の翼が見えるわね?」

 

 言われたとおりに座り込みながら夜空を凝視する咲夜。そして彼女は見つけた。たった1機で円盤に突っ込まん勢いで飛行する銀色の翼を。

 

「あれは確か……お嬢様をショットガンで吹き飛ばしたいつぞやの侵入者?」

「そう、銀翼『アールバイパー』ね。バクテリアンが人類を脅かす時、銀翼は時を超えて人類の希望として飛翔し、あのバクテリアンの要塞を爆破させるそうよ。幾度となく繰り返されてきた運命、歴史、伝説そして神話……。アズマがその伝説通りにあんな円盤を爆発させるわよ。そういう運命なのだから」

 

 咲夜には夜空をバックに腰に手を当てる吸血鬼の少女がとてもカッコよく見えた。いつになくカリスマを放っているように見えたのだ。

 

「よく言うわよ。あの変な鳥の妖怪……アールバイパーだっけ? アレを最初に見つけたのは私なんだけど」

 

 ジト目でレミリアを睨みつけるのは相変わらずゆったりとしたローブに身を包むパチュリーであった。表情を読みにくい彼女ではあるが、口元や口調から不満を募らせている事が分かる。

 

「それにあの円盤が何者なのかとかその神話だかお笑いだか極上だかは知らないけれど、文献を見つけてきたのも私よ。大体レミィだってそんなに偉そうにしているけれど私が色々と調べる前は……」

 

 サァっとレミリアの顔から血の気が失せる。口封じをしようと翼を展開し紫もやしめがけて接近するが時既に遅し。しゃがみ込みつつ声色をレミリアに寄せてパチュリーが続けた。

 

「『うー、怖いよぅ! 円盤が落っこちてくるよぉ……』って情けない声を上げながら頭抱えてしゃがみこんでいたのは何処の誰だったかしら?」

「あーあーあー! それ言わないって約束したのに! パチェのばか~!」

 

 涙目になりながらポカポカポカと図書館の魔女を殴る吸血鬼。そのやり取りを座り込みながら一部始終見ていた咲夜は少しだけ恐怖心から解放されるのであった。

 

 

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(そして永遠亭最深部……)

 

 天井が崩落し、夜空が覗く永遠亭最深部。

 

 そこから勢いよく発進したアールバイパーは幻想入りしたバクテリアンの要塞を爆破させるべく戦地へ赴いて行った。輝夜も永琳を救うというまた別の戦いの為、アズマと共に出撃している。

 

 そして部屋の隅っこでは鈴仙による投薬での治療を受けている幽々子と彼女を看病する妖夢が怪我というまた別の脅威と戦っているのだ。

 

そ んな中、白蓮はと言うとただただゼロス要塞とそれに向かっていく銀色の光から目が離せないでいた。そしてゆっくりと目を閉じて祈りをささげる。

 

「アズマさん、輝夜さん、永琳さん……。どうか無事に帰って来て……」



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第18話 ~強襲、ゼロス要塞~

幻想郷の住民たちの想いを背負い、銀翼「アールバイパー」はバクテリアン軍の巨大要塞「ゼロス」へと向かう。

パラサイトコアにさらわれた永琳を救出するべく、幻想郷を侵略するバクテリアンの脅威を伝説の通り打ち払うべく……!


 バーナーから炎と轟音と推進力を放ちながら、アールバイパーはぐんぐんと高度を上げていく。永琳をさらったパラサイトコアを追って。ゼロス要塞がどんどん大きくなってくる。それだけ接近しているのだ。

 

「随分と揺れるのね」

「限界まで速度を上げているんだ。ちょっと不安定にもなる」

 

 俺も気を抜いていると操縦桿を握る手が弾き飛ばされそうである。思いのほかパラサイトコアは素早くなかなか追いつくことができない。

 

 不意に宝塔型通信機がビカビカ光る。通信のようだ。その相手はにとり。

 

「飛ばしているけれど、まさかあの円盤に向かうつもりかい?」

「そうだ。永琳がさらわれた。何としても救出しないと!」

 

 一瞬にとりが凄い驚いたような顔をしていたが、今はそれどころではない。要塞に近づく侵入者を排除するべくバクテリアンの戦艦が背後から迫って来たのだ。「また後で」と通信を切ると迫るバクテリアン軍を迎撃する。

 

 後ろからの突撃を微妙に機体を傾けて回避する。通り過ぎた数は3機。その後まるでこちらの行く手を阻むようにアールバイパーの周囲を取り囲む。

 

「こいつら……『トリプルコア(※1)』か!」

 

 三位一体の小型高機動戦艦。それがこのトリプルコアである。多勢に無勢なので素早く数を減らしたいところだが、こいつらは仲間がいなくなるとより激しい攻撃を放つので一気に倒した方が安全なのだ。

 

 奴らはこちらを取り囲み退路を塞ぎつつ動き回り、弾幕を放ってくる。へっ、もとより逃げるつもりなんてサラサラねぇんだけどなっ!

 

「このっ! このっ……!」

 

 ネメシスとコンパクを展開し、ツインレーザーを当てていく。コアは耐久力が減ってくると青色から徐々に赤色に変色してくる。3機全てが赤くなった時に強烈なスペルをぶつけてやれば倒せるだろう。

 

 今は3体が電磁フィールドで繋がり合い、こちらを三角形のオリに閉じ込めつつ弾幕を放っている。フラフラと揺れ動きそれをかわしていく。こんな高速で飛行して交戦した状態、もし被弾したら銀翼から投げ出されてしまいまず命はないだろう。にとりの通信も気になるしこいつらはさっさと倒してしまおう。

 

「銀符『ツインレーザー』!」

 

 電磁フィールドが途切れた瞬間を狙いすかさずスペルカードを発動させる。……別に弾幕ごっこではないので兵装を変えない時は口にしなくてもいいのだが、すっかりクセになってしまったようだ。

 

 ショートレーザーの乱れ撃ち。今度はオプション達も加勢しているから3倍の火力だ! 錐揉み回転しつつのレーザーの雨あられは奴らのコアを全て一度に撃ち抜いていった。

 

「やりぃっ! ……おえっぷ」

 

 このスペルの弱点は俺自身が非常に目が回る事である。錐揉み回転しながら激しく左右に動くのだ、目が回らない筈がない。特に今のように調子づいて長時間やっていると吐き気まで催す。

 

「ちょっとぉ、吐いたりしたら承知しないわよ? それより誰かと通信していなかった?」

 

 そうだ、にとりが何か言いたそうにしていた。急いで宝塔型通信機を起動させ、にとりに繋げる。

 

「やっと繋がったか……。アズマ、今すぐ戻るんだ! アールバイパーは大気圏でしか運用できない! 防水や空調の対策はしてるから水中や深海は大丈夫だけれど熱対策はしていない! そんな状態で大気圏突破なんてしてみろ、あっというまに溶けてしまうよ!」

 

 気付くとアールバイパーがかなりの高度に達している事が分かる。もちろん永遠亭などここから見えない。空なのか宇宙空間なのかその瀬戸際なのではないだろうか。

 

「そんな事言ったって……、今は急がないと!」

 

 永琳を見殺しにはできない……。俺はにとりの忠告を無視して更に高度を上げようとした。

 

「わかったわかった! もう引き止めないよ。……でもちょっとだけ待って欲しい。こんなこともあろうかとアールバイパーに装着して使う大気圏突破用のブースターを作っておいたんだ。そっちに飛ばすからそいつと合体してから向かうんだ。いいね?」

 

 おお、それは凄い! しかし気になるには到着までの時間。それを聞いておかないと。

 

「ええと……。まず今君のいる座標軸をセットして、ブースターに燃料を注入し、その後飛ばすから……」

 

 やたら時間がかかるらしい。どうしよう、にとりを待っていたら手遅れになるかもしれない。でもこのまま向かったら溶けてしまう……。俺はどうすれば……?

 

 こうしている間にも永琳はゼロス要塞へと運ばれているのだ。モタモタしていると取り返しのつかないことになるかもしれない!

 

「それを待っている猶予はない。悪いけれど行かせてもらう!」

 

 強制的に通信を遮断し、俺はゼロス要塞めがけてフルスピードで飛び上がった。そしてついに捉えたのだ。永琳を触手で絡め取っていたパラサイトコアを! いや、厳密には遠過ぎて永琳までは見えないが、あの触手を見紛う筈はない。

 

 周囲の空間が熱を持ち赤く変色してきた。じんわりとコクピット内部が熱くなる。

 

「だ、大丈夫なの!?」

 

 ぶっちゃけ大丈夫じゃない。でも追わなくては、ここで引き下がったら凄く後悔すると思う。だから俺は突き進む。限界のその時を迎えるまで……。

 

「輝夜、よく聞いてくれ。今からあんたを『リフレックスリング』で掴んで、パラサイトコアめがけて射出する。輝夜は伸びきったところで飛ぶんだ! そしてパラサイトコアから永琳を救いだしてくれ!」

 

 熱い……。コクピット内の計器類も警告を発しており、赤い光がせわしなく動き回っている。

 

「馬鹿言ってるんじゃないわよ! そんなことしたらアズマは……」

 

 少し自虐気味にうすら笑いを浮かべながら返す俺。

 

「ははは、このままじゃあ燃えて何もかも溶けちまうな……。でも輝夜は頑丈な月人だ。きっと上手くいく」

「やらないわよ! 蓬莱人を何だと思っているのよ!? 確かに頑丈だし絶対に死なない体だけれど、痛いものは痛いし熱いものは熱いの! それにアンタのところの住職がそんな作戦絶対に許さない筈よ。みんな生きて帰るの。私も、永琳も、そしてアズマも……」

 

 確かに白蓮ならこんな自己犠牲の伴う作戦、絶対に許さないだろう。だが、このままでは……俺は無駄死にしてしまう。空気の摩擦による熱で燃えて溶けて……あっ!

 

「いいことを思いついた。かぐや姫なら持っているんだろう、『火鼠の皮衣』っ! 貸してくれ。アレがあれば燃えずに済むじゃないか!」

「ごめん持ってない。……でもいい考えね。ちょっと待って、これで代用できるかしら?」

 

 懐をゴソゴソとやり取り出したのは炎を纏った盾。何か間違っている気がするが……。

 

「神宝『サラマンダーシールド』っ!!」

 

 掲げられたスペルカード、その刹那再び感じる謎の一体感。永遠亭で輝夜と共闘した際にカグヤの兵装が使えるようになったあの時のような。アールバイパーを覆うのは真紅の炎。赤きフォースフィールドがアールバイパーの先端に取り付けられた炎の盾からなびくように全身を覆ってくれる。立ちどころに暑さが引いた。

 

 相変わらず大気圏突破を試みているところだが、この出力では突破ができなそうだ。ならば……。

 

「リフレックスリング!」

 

 逆回転させたリングをパラサイトコアに突き刺す。これでゼロス要塞まで運んで貰おう。

 

 輝夜と敵であるパラサイトコアの力も借りてどうにか大気圏を突破する。炎のように展開されていたフォースフィールドを解除すると、再び輝夜の元に盾が戻ってきた。

 

 振り返ると青々とした地球が見える。そしてその反対側にはバカでかいゼロス要塞の姿が……。もう目の前にまで迫って来ているのだ。

 

 だが、パラサイトコアに取りついているのがバレたようで、バクテリアンの妨害が始まる。リフレックスリングを離さないように回避するのだが、何せ慣れない宇宙空間だ。思うように動けない。危なっかしい挙動でどうにか回避していく。

 

 ついにはマスタースパーク並みの強烈なレーザー砲まで飛んできた。これ以上ここに取りつくのは危険だ。

 

「ぐっ、一度離れるぞ!」

 

 突き刺していたリングをまた逆回転させ、永琳から離れる。やはりゼロス要塞内部でないと決着がつかないようである。ならばまずはゴーファーを倒してしまおう。俺は迫る弾幕から逃げるようにゼロス要塞周囲をぐるりと回るように飛翔する。

 

 そして発見した。堅牢な要塞の壁面の中、内部に侵入できる穴を。ハッチからコアを持った巨大戦艦が出撃しているところだ。当然しばらくはハッチが開いたまま。

 

「あそこだっ、飛ばすぞ!」

 

 一声かけるとバイパーは急加速を行う。そしてハッチから出撃するビッグコアMk-IIと入れ違うように俺はゼロス要塞の内部へと侵入したのだ……。

 

 程なくしてハッチが閉まり始める。退路を断たれてしまったが、もとよりゴーファーを倒すまではここから離れるつもりはない。さあ、決着をつけよう!

 

 幻想郷とは遠くかけ離れたメカメカしい内装。デコボコに入り組んだ地形には、侵入者を排除すべく弾幕を張る砲台、執拗にこちらを狙ってひた走る自走砲「ダッカー」、背後から跳ねつつ弾幕を張り退路を塞ぐ「ジャンパー」等が待ち構えていたかのようにこちらに迫ってくる。

 

 床や天井だけではない。そちらにばかり気を取られていたら、虚空からワープアウトしてこちらに突っ込んでくる機雷「ザブ」への対処が遅れそうになった。慌ててバイパーの速度を落とし、前方に奴らを捉えると落ち着きを保ちつつショットで仕留めていく。

 

「どこもかしこも敵だらけじゃないの。アズマ、大丈夫?」

 

 天井すれすれを飛行し、ダッカーどもを1体ずつ丁寧に処理しながら俺はただ無言でうなずいた。その質問はナンセンスだ。大丈夫じゃないからと言ってここで諦めるわけにはいかない。今は少しでも前へ前へ進むことを考えるのみである。

 

「ねぇ、何か返事してよ……って後ろ!」

 

 しまった。小型の敵を吐き出すハッチを倒し損ねていたのだ。俺たちが素通りをしたのを見計らい、無数の雑魚敵を吐き出してこちらに突撃させてくる。バラバラと弾をまき散らしながら的確に迫ってくる。

 

「ちっ、これは賭けだが……」

 

 背後に回って撃ち落とすのが困難と判断し、俺はあえて機体の速度を上げ、狭い通路へもぐりこむ。吸い込まれるように通路に押し入ってくる雑魚敵ども。

 

 そして通路を抜けると、大きめなくぼみを発見。ここなら弾幕に晒されずに済む。すぐさまそこに潜り込んだ。

 

 くぼみの中で体勢を変えると、追ってきた敵機にこれでもかとツインレーザーをお見舞いする。よし、全滅させた! 周囲の安全を確認すると再び向きを変えて要塞の奥を目指す。

 

「全部やっつけたの……?」

「レーダーを見る限りではそんなにいないはずだ。さあ、手薄なうちに……」

 

 安心したのも束の間、天井が落ちてきたのだ。いや、頭上だけではない。通路そのものの地形が隆起している。なんとしても侵入者たる俺を排除したいようだ。

 

 なるべく壁に近寄らないようにし、激突させないように進めていく。と、遠くの通路が閉じられようとしていた。いかん、間に合わないぞ……。

 

「しまった、閉ざされる……」

「このままでは閉じ込められるわ!」

「ダメだ! バイパーの機動力では間に合わない」

 

 閉ざされた通路に激突しないよう減速する。これでは打つ手なしか……。いや、他にもルートがあるようだ。

 

「見てくれ! あっちの閉じた道ではなくてこっちが正しいみたいだ」

 

 レーダーを指さしながら輝夜に説明する。新たに開いたルートの先には強烈なバクテリアン反応が見られたのだ。ゴーファーのもので間違いないだろう。

 

 狭苦しい通路を抜けるとだだっ広い空間に出た。複雑に入り組んでおりレーダーがなければ迷子になっていただろう。敵要塞の深部でこれである。嫌な予感しかしない。

 

「大量の座布団がっ!」

 

 四方八方からおびただしい量のザブが突然虚空から姿を現すとこちらに突っ込んできたのだ。くっ、いくらバイパーでもこの物量はさばききれない……。

 

 すぐ目の前にワープアウトしてきたザブに反応できず俺はぶつかってしまう。

 

「ぐぁっ……」

 

 バランスを崩した銀翼目がけて次々に突進してくる座布団型の機雷。

 

「こういう時こそ『弾幕』よね。アズマ、私も加勢するわ!」

 

 ザブから逃げるように機体をフラフラと飛ばすと、リデュースを解除し輝夜を射出した。すぐさま美しくも力強い黄金色の弾幕を披露してくれる。板のように押し寄せる弾がザブのラッシュを薙ぎ払っていく。

 

「んースッキリ! アズマだけでは心もとないから私も外から援護するわ。感謝なさい」

 

 俺は無言でサムズアップしてそれに応えた。輝夜を置いて行かないように速度を抑えつつ先へ進むと、目の前の床が再び大きく隆起してしまった。同時に背後の床も盛り上がっている。これはもしや要塞の防衛システム? ボンヤリしていると立往生したり最悪押しつぶされてしまうだろう。

 

「囲まれちゃったわ! どうしよう……。わわっ、天井まで下がってきている!」

 

 こちらを閉じ込めて圧殺しようって魂胆か。いや、確かに天井は下がってきているが同時に床も下がっている。これでは押しつぶされようがない。ひとまず命の危機が来てないことを認識し、俺はため息交じりにつぶやく。

 

「違う、周りの床が上がったんじゃない。俺たちの周囲が下がっているんだ」

 

 何のことはない。どうやら巨大なエレベーターの類であったようだ。円柱型に切り離された小部屋はゴウンゴウンと重低音を撒き散らしながら下へ下へと俺たちを運んでいる。まさかバクテリアンが縦穴を使ってくるとは……。

 

「この先にあのゴーファーって奴がいるのかしら?」

 

 それは俺にも分からない。アールバイパーのレーダーはあくまで平面のみを表示するレーダー。機体の上下移動についてはさっぱり分からないものなのだ。答えが返ってこないと見るや、姫様はムスっとふくれっ面になり、エレベーターの中心の柱にもたれかかる。

 

 このエレベーター内には中心を少し外した場所に等間隔に3本の柱がそびえ立っているのだ。それらは半分くらいの高さで一度1本に収束し、再び折れ曲がるように3つに分かれ天井に至っている。変わったオブジェだ。バクテリアンも変な所でセンスを発揮しているな……。

 

 と、感心していたら柱がわずかに動いた気がした。3本の柱のうちの1つが浮き上がったのだ。

 

「輝夜っ、すぐに離れろ!」

 

 こいつは柱なんかじゃない! 要塞の最深部を守護するカニのような機械。こいつは……!

 

 迂闊だった。俺は「クラブ(※2)」のことをすっかり忘れていたのだ。バクテリアンの要塞最深部を防衛する多脚兵器。銀翼の兵装では破壊出来ない強靭なボディでこちらににじり寄って来て踏みつけてくる。

 

 幸い動きはゆったりしているので、もし出てきたらとっとと無視して飛び去ろうと思っていたが、このような閉鎖空間ではそうはいかない。赤紫色のボディをガシャガシャと動かし、こちらに寄って来た。

 

「踏み潰されるぞ。脚をくぐるんだ!」

 

 輝夜にそう指示を出し、俺自身も持ちあがった脚の中に入り込む。股下に潜り込まれたクラブはこちらを踏みつぶそうと脚を動かしてくるが、届かない。ざまぁ見やがれ! その巨体が仇となったな。

 

「なんかプルプルしてるけれど……」

 

 上から聞こえる声。気になって見上げてみると、確かにクラブの中心がプルプル震えている。何故かこいつはこうやって腰を振るようなモーションを見せるのだ。何故なのかって? わっかりましぇーん。

 

 ……と、ボケかましている余裕はなさそうだ。震えたクラブの腰から数体のダッカーが泡に包まれて出てくるのだ。どういう原理なのか、床に向かって重力が働くものと天井に向かって重力が働くものがいた。

 

「ぷぷぷ! 泡吹いてる。本当にカニそのものじゃない」

 

 泡を割って出てきたダッカーどもがクラブに踏まれないようにチョコマカと床や天井を駆け回り、弾を狙い撃ってくる。輝夜、笑っている場合ではないと思うぞ。ひとまず脚の間を再びくぐり、クラブの外側に退避した。

 

 機体をターンさせるとオプションを呼び、ダッカーどもを掃除していく。スペルカードであるオプションシュートやサイビット・サイファを使えば楽ではあるが、長期戦が予想されるので魔力の無駄使いは出来ない。フォーメーションオプション、つまり左右に編隊を組み、プチプチと敵機を倒していくのだ。

 

 再びクラブがにじり寄ってくる。今度は下にくぐらずに壁面ギリギリに陣取る。プルプル震える腰。またダッカーを産み落としてくる。その前に俺は腰めがけてツインレーザーとフライングトーピードを撃ちまくる。オプションのフォーメーションもトレースに変えており、一点を集中して放ち続けた。

 

 まずは青い光の針が、遅れて空飛ぶ魚雷がクラブの腰に着弾する。案の定手ごたえがないのだが、吐きだされるダッカーを処理することには成功した。……っ! クラブの脚が降り上げられる。ひざ蹴りを喰らってはひとたまりもないと機体をローリングしつつ平行移動を行う。

 

「上からも来ているわ!」

 

輝夜に注意される矢先、奴は上の脚を振り下ろしてきた。間に合わないっ……!

 

「操術『オプションシュート』!」

 

 咄嗟のスペルカード発動。アールバイパーが青白いオーラに包まれ、クラブのひざ蹴りから守られる。同時に勢いよく縦横無尽に飛び回るネメシスが残りのダッカーを体当たりで倒していった。

 

最後の1体を倒した後、大爆発……厳密にはネメシス人形の纏っていた魔力的オーラの爆発。魔力を失いふよふよと漂うネメシス。

 

「輝夜、その人形を回収してくれ」

 

 爆風によってよろけたクラブはしばらく動きを停止させた。輝夜、今のうちに人形を回収すれば安全だぞ。

 

 どうにかネメシスを回収した直後、再びクラブが動き出した。なんだか地団太を踏んでいるように見える。エレベーターの床が剥がれていく。どういう原理か、瓦礫は上方向に「落ちて」いく。それも何故かアールバイパーを狙うかのように。

 

 前に引きながら、瓦礫をツインレーザーで砕いていく。同時に踏みつけ攻撃も避けなければならないのでかなり苦しい。それでも銀翼を落とせないと見ると、遂に奴はジャンプまで始めてしまった。

 

「あああ……、危なっ!」

 

 上方でやり過ごしていた輝夜は急に迫るクラブの腰に激突しそうになり、一気に距離を取っていた。何度もその3本足で踏みつけようとズシンズシンと地響きを立ててくる。その度に俺は機体を細かく制御して踏まれないように逃げ回った。

 

 踏みつけたところからはまた床が剥がれ飛び散っていく。今度はこちらを追いかけたりはしないが、量がハンパなものではない。どうにか喰らわないようにショットを撃ちっぱなしにしつつ立ち回っていく。

 

これで何度目だろうか、クラブの脚が床に思い切り叩きつけられる。ズズンと床が大きく沈み込んだかと思うと、一気に床が抜け落ちてしまった。それはもちろん床に足付けてガシャガシャ歩き回っていたクラブも同時に落っこちることを意味している。

 

 6本足をシャカシャカ動かしながら、クラブは奈落の底へと消えていった……。この高さから落ちればいくら頑丈なボディでもひとたまりもないだろう。

 

 輝夜をアールバイパーに乗せると開いた大穴めがけて機体を進めていく。真っ暗であったが、一筋の光が漏れている。あそこがおそらく……!




(※1)トリプルコア
「グラディウス外伝」に登場したボス。それぞれは小型であるが3機が様々なフォーメーションを取って複合攻撃を仕掛けてくる厄介な相手だ。

(※2)クラブ
「グラディウスII」に登場した巨大な敵。要塞深部にて6本足でこちらを押しつぶそうと迫ってくる。グラディウスシリーズではおなじみの要塞深部での「蟹」ポジション、その元祖である。
基本的に倒すことは出来ないので(作品によっては倒せることもある)脚の間をかいくぐってやり過ごすしかない。
何度か往復するとどこかへ立ち去っていく。


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第19話 ~ゴーファーの野望~

ゼロス要塞への決死の侵入、そして数々の罠を切り抜けた先には巨大エレベーターがあった。

これで深部へ降りることにするも、エレベーター内には多脚兵器「クラブ」が待ち構えていた。

これをどうにか退けると要塞ゼロスの最深部へとたどり着く。そこに待ち構えていたのは……!


 縦穴に潜り込み、見つけた光。新たな通路と確信し、俺は一直線にその場所へと飛ぶ。何の変哲もないメカメカしい通路を少し進むと、少しずつその無機質な壁面から有機物特有のブヨブヨした質感の壁に変わっていく……。

 

「なっ、なにこれ……?」

 

 姫様が目と口を覆いながらウエエとえずく。無理もない。まるで巨大な生物の中身のような場所だ。壁面も脳みそなのか、小腸なのか、ウネウネとうごめいており、直視するとグロテスクである。それに、アールバイパーの機体ごしにも生温かさと嫌な湿気が伝わってくるのだ。そう、ここがゼロス要塞の中枢部。そしてその奥に鎮座しているのが……。

 

『我こそ最強! 我こそ宇宙の中心! ハーッハッハッハ……!!』

 

 出た、相変わらず下品な笑いを浮かべているグロテスクな顔。こいつが永琳を、間接的には妖夢を狂わせた全ての元凶……バクテリアンを率いて幻想郷を侵略しようとしたゴーファーだ!

 

『むん? 遂に現れたか、我が宿敵よ。

我を撃つのか? 最強であるこの我を!?』

 

 追い詰められているにもかかわらず今もくぐもった声でこちらを挑発してくる巨大な顔。問答無用で頭から伸びている血管を1本撃ち抜く。頭から数本伸びた血管をすべて断ち切ればゴーファーは倒せるはず。苦痛に顔をゆがめるが、奴は意外な事を口にした。

 

『やはり撃つのだな。しかし、我を破壊したら後悔することになるぞ?』

 

「知っているよ。アンタとは別に本当の親玉がいるって言うんだろ?」

 

 そう言いつつ俺は血管を撃ち抜いていく。その度に苦しそうにうめき声をあげる。そしてこちらの予想通りゴーファーは何も抵抗してこない。否、抵抗できないのだ。

 

『そ、そうではない。

蓬莱人の娘の居場所を把握しているのは我だ。

それを聞き出す前に我を倒してしまうと、娘の場所が分からなくなる。

それでいいのか?』

 

 む……。そういえばそうだった。俺たちはゴーファーの撃破の他に永琳の救出もしなくてはならなかったのだ。トリガーを引く指がピタリと止まる。確かにこれではトドメをさせない。

 

「そうよ、永琳を助けなくては! コイツは憎いけれど何とかして聞き出さないと」

 

 確かに永琳を助けなければならないが、どうやって聞き出そう? 1本ずつ血管を撃ち抜いて拷問しようにも吐きそうにないし……。

 

『蓬莱人の娘はこのフロアの反対側、エレベーター地帯の反対側に幽閉している』

 

 あれれ? こんなにアッサリ教えてくるとは……。いや待て、いくらなんでもおかしいだろ! こんな状況で出された敵の情報、信用しろというのは無理がある。

 

「わかったわ! すぐに助けに行ってくる」

 

 えええっ!? 駄目だ、永琳が絡んできているから正常な判断が下せていない。

 

 どう考えても罠だ! それにゴーファーは外敵が接近してくるとその通路を塞いでしまうという特徴がある。つまり輝夜は来た道を戻ろうにも肉の壁が立ちはだかっており、戻れない筈なのだ。

 

 現に輝夜は行き止まりを前に立ち尽くしていた。こいつめ、元から永琳に会わせる気など毛頭ないのだ。

 

「デタラメ吐きやがって……。往生際が悪いぞ!」

 

 俺は再び頭の血管を撃ち抜く。残るはあと1本……。

 

『ぐああっ! 確かに貴様らを謀るべく、デタラメな場所を口にはした。

だが、どうする? 我を破壊すれば娘の本当の居所は永遠に分からぬまま……』

 

「どうせお前を倒さないとここから出られないんだ。お前を倒してから考える」

 

 最後の血管を撃ち抜いた。これでゴーファーはひとたまりもないはずだ。

 

『うう、無念だ。またしても銀翼に我が野望が潰されるのか……。

だが、後悔するぞ。蓬莱人の娘はいまだ我らバクテリアンが握っている。

それに貴様らは何故バクテリアンが幻想郷で生き抜くことを欲するのかも知っていない。

我は何度でも蘇る。野望を達成するその時まで何度でも何度でも……!』

 

「黙れ、使い走りの中間管理職(※1)めっ!」

 

 何かと思えばいつもの負け惜しみのセリフ。鬱陶しかったので、口にショットを浴びせて黙らせることにした。

 

『ヴァー……!』

 

 周囲を震わせるほどの大きな断末魔を上げ、巨大な顔は大爆発。これにより退路が確保された。ゼロス要塞の中枢を破壊したことによって辺りはみるみる崩壊していく。俺は輝夜をアールバイパーに乗せると、退路目がけて飛ぼうとした。

 

「今のがバクテリアンの大ボス……? 口だけであっけない奴だったわね。さあ、今度は永琳を救出しましょう!」

 

 そうは言ったものの、崩壊は予想以上に早く進んでいる。どうにか退路の途中で出会えればいいのだが……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃永遠亭最深部……)

 

 銀色の光がゼロス要塞に突入してから久しい。誰もが空中の宇宙要塞に釘づけになっていた。アールバイパーの安否を案じながら。

 

「まるで反応がないわね……。あの鳥モドキ、もしかして途中でやられちゃったんじゃ」

 

 空中の巨大な要塞を目にウサミミの少女がため息交じりに口にすると、すぐさま反論するのは尼僧。

 

「アズマさんはそんな簡単に屈してしまうような人ではありませんっ! それは誰よりも私が理解しているつもりです!」

 

 口では毅然としていたが、それでもその安否を一番案じていたのは彼女に他ならない。周りに悟られぬように両手を組み、祈り祈る白蓮であった。

 

 不気味な緑の円盤がわずかに発光した気がした……。次の瞬間、外側から少しずつ形が崩れていく。

 

「円盤が……崩れている。バクテリアンは滅んだの!?」

 

 だが、心配事は他にもあった。ゼロス要塞に向かった3人。彼らが要塞の中枢を破壊したらしい事は分かったが、まだ生きて脱出できる保証ができたわけではないのだ。

 

「アズマさん……どうか無事に帰ってきて……!」

 

 

__________________________________________

 

 

 

 長く響いた断末魔。ゼロス要塞の中枢であるゴーファーが破壊されたことで、要塞全体で爆発が起きる。その不気味な要塞は少しずつ崩壊を始めていたのだ。

 

「ここにいると危ない。離れるぞ!」

 

 輝夜をアールバイパーに乗せ、ゴーファーが塞いでいた道を退路に爆炎があちこちで咲き乱れる通路を高速で飛行した。グネグネと複雑な道を衝突しないように小刻みに操縦桿を操り進む。

 

「早く永琳を……」

「分かっている! でも俺達まで爆発に巻き込まれたら……」

 

 悔しさをかみしめるように口ごもる姫様。要塞の崩壊は加速度的に早まっており、今も壁面がボロボロと崩れていっている。その破片1つ1つがまるで意思を持っているかのようにアールバイパーに群がってきた。

 

「輝夜、力を貸してくれ!」

 

 アールバイパーと、そして輝夜と俺の脳みそが一体になる感覚。展開してたオプションが緑色のオーラを纏った。前後二方向にバルカンを乱射するオプション。微妙に機体を制御させ、振りまわすように扱う。破片は粉々に砕けていった。

 

「あっちだ、あっちに出口が……!」

 

 機械的な内装のはるか先、漆黒の宇宙空間が広がっていた。あの先は要塞の外側。あそこまで行ければ……!

 

 しかし、そんな俺をあざ笑うかのように目の前で壁がせり上がり、希望への道を塞いでしまった。この期に及んで要塞のセキュリティが生きているとは! 仕方がない、他のルートを探そう。

 

 とはいったものの、これだけある分岐路。一体何処に行けば……?

 

「アズマっ、あっち行ってみよう!」

 

 何か根拠があるのか、輝夜はそのうちの1つを指差していた。だが、その先は薄暗く、更にクモの巣のように道が入り組んでいる。とても出口には見えない。それに入口は今にも崩れ落ちそうであった。いくらアールバイパーの機動力をもってしてもあの瓦礫を完全に回避するのは難しいだろう。

 

「そっちはかえって中枢に近づいてしまう。来た道を戻る気か?」

「えっとね、あっちに永琳がいる気がするの! 根拠はないけど……」

 

 要は当てずっぽうである。これだけ要塞内で俺達は混乱していたのだ。

 

 今も崩壊を続けるゼロス要塞。ゴーファーを失ったのだから当然と言えば当然だ。永琳もこの混乱に乗じて脱出しているかもしれない。

 

 そう思索を巡らせている矢先、輝夜の指差した方向に瓦礫が落ちていく。

 

「道が塞がる! あの道は諦めて脱出を優先するんだ。永琳もきっと脱出している。さあ、俺達も!」




(※1)
「ゴーファー(gofer)」とは「使い走り・雑用係」という意味がある。
またゴーファー自身も「グラディウスII」で自分はバクテリアンの一部でしかないと死に際にカミングアウトしていた。


※今後の展開ですが東方銀翼伝SSはマルチエンディングとなっております。複数の結末があり、それを順々に公開していき、最後に正史であるトゥルールートを公開していく予定です。


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第20話A ~自由への逃走~

要塞ゼロスの最深部でバクテリアンを率いる「ゴーファー」を撃破したアズマと輝夜。主を失ったことで要塞は加速度的に崩壊していくが浚われたはずの永琳の姿が見えない。

アズマは輝夜の無事を優先し、永琳もこの騒ぎに乗じて脱出したであろうと考えて一直線に脱出することを選んだのだが……。


※こちらは正史ではないエンディングになります。


 確かにここにいる筈の永琳をまだ救出していない。だが、これ以上この要塞での探索は危険だろう。このままでは俺たちも危なくなってしまうことが予想される。

 

 残念ながら輝夜の勘だけを理由にリスクを取るのは分の悪い賭けと言わざるを得ない。

 

 脱出することを告げると今も恨めしそうに塞がった中枢への道を見据える輝夜。この場所も大きな爆風に飲み込まれそうになっていた。これ以上この場にとどまるのは危険だ。俺はここと決めたルートめがけて銀翼を加速させた。

 

 通路内では狂ったように「ガーメイド(※1)」が左右移動しながらレーザーを撃ってくる。意地でも俺達を道連れにしようとしているらしい。もっとも狭い通路ではないので、こちらも容赦なくレーザーを撃ち、機能停止させる。

 

「おっと……」

 

 残骸を錐揉み回転しながら回避。錐揉み回転からのスペルカード発動。

 

「銀符『ツインレーザー』!」

 

 回転したまま、針状のレーザーを乱射。行く手を阻むバクテリアン軍を次々と機能停止に追いやる。

 

 何度も誘爆してこちらに迫ってくる爆風は辛うじてアールバイパーの速度を超えておらず、迫る事も遠のく事もなくあちこちを破壊しながら突き進んでいる。

 

 敵も少なくなってきた。クネクネと入り組んだ地形を更に進む。そして、遂に見えた。要塞の外側……。俺は急ぎそこから脱出を試みる……!

 

 だが、非情にも脱出口が閉じてしまう。恐らくバクテリアン軍が出撃するハッチの類だったのだろう。慌ててレーザーやミサイルを撃ち込むがハッチはびくともしなかった。

 

「そんな……」

 

 これでもかと更に攻撃を続けるがアールバイパーの兵装ではどうにもならないようだ。

 

『逃がさん。

貴様だけは、超時空戦闘機の末裔だけは決して逃がさんぞぉ!

ゼロス要塞もろとも……』

 

 爆風からゴーファーの声が聞こえた気がした。爆炎が風が吹いた時のようになびき、ゴーファーの顔のような形になっていたのだ。

 

「一種の亡霊みたいなものでしょう。怖くないわよ!」

 

 少し声を震わせながらも毅然と振る舞う姫様。確かにあのゴーファーの亡霊はどうでもいい。しかし困ったぞ。扉が閉ざされている以上行き止まり。引き返そうにもゼロス要塞の崩壊はもうすぐそこまで迫っている。

 

 駄目だ、完全に退路を塞がれてしまったようだ……。もうオシマイなのか……!

 

 荒れ狂う爆風の中、一筋の光が走る。大きな矢を番えた背の高い女性、永琳のものだった。

 

「アズマっ、離れて!」

 

 あれは強烈な弾幕を纏わせた矢。確かにあの一撃ならハッチを破壊出来るかもしれない。しかし……

 

「永琳、それを撃っては駄目っ!!」

 

 輝夜の悲鳴。あれだけ強力そうなものだ。足元のおぼつかない場所で放ったら反動で永琳は後ろ側、つまり爆風に飲み込まれてしまうのは明白。ここまで来て永琳の救出に失敗するなんて悔やんでも悔やみきれないだろう。

 

「姫様、出口をこじ開けないとアズマが爆風に飲み込まれてしまうわ。このままでは誰も助からない」

 

 再三制止を呼び掛ける輝夜を無視して、永琳は頑丈なハッチめがけてエネルギー弾を射った。一直線に走る赤と青の光。それらは螺旋を描き、ハッチの中央に着弾。あれだけビクともしなかったハッチに大穴をあけたのだった。

 

 一方の永琳は強烈な弾を放った反動で爆風に向かって飛ばされていく。

 

「いけないっ!」

 

 俺は機体をターンさせ、リフレックスリングを射出する……が届かない。みるみる月の頭脳が爆風に飲まれ消えていく……!

 

「くっ! もう一回……」

 

 更に永琳に接近し、リフレックスリングを放とうとするが、爆風に煽られて近づけない。これ以上近づくと機体のバランスを崩してしまうだろう。

 

「アズマ、姫様を最後までエスコートするのよ。姫様、私がいなくて自堕落な生活など送らず姫らしくお淑やかにするのですよ。私はちょっと帰りが遅くなるけれど……この程度の爆発、なんて事はないわ。……蓬莱人だもの」

 

 なんと……これでは最初から永琳は自らを犠牲にしていたように聞こえる。

 

「何を言っているんだよ! 皆で生きて帰るんだ。さあ、一緒に帰ろう! 白蓮とそう約束している。もう一度リングを飛ばすから……」

 

 だが、一際大きな爆発音が響くと、アールバイパーはまるで突風にあおられるように吹き飛ばされてしまう。そのままハッチに開いた大穴を飛び出してしまった。最後の最後に倒した筈のゴーファーが大笑いしている姿が見えた気がした。

 

「永琳っ! えいりーん!!」

 

 コクピット内部で外に出ようと暴れる輝夜。気持ちは分かるがそんな事をしても変わらない。そしてどうにか宇宙空間で機体をバランスを取り直す頃に……

 

 至る所から光が漏れ出るゼロス要塞が見えた。この要塞ももう持たないだろう。じきに大爆発を起こす。俺はそれに巻き込まれないように出来るだけゼロス要塞から離れていく。

 

 間もなく異変の元凶はかつてない程の光を散らし、大爆発を起こした。

 

 俺、そしてアールバイパーは、神話の銀翼「ビックバイパー」の紡いできた幾多もの伝説の通り、バクテリアンの脅威から幻想郷を見事救い出したのだ。……だというのに心はやるせない気持ちで一杯であった。

 

「永琳を救えなかった……。すまない、輝夜。すまない……」

 

 後ろでは、少女がすすり泣く声が響いていた。俺までも目頭が熱くなり、とめどなく涙があふれ落ちた。ああ、何て顔して地球に戻ればいいんだ……。だが、成功した事も、失敗したことも幻想郷で話さなければならない。

 

 もうバクテリアンの脅威は去った事、永琳は救出出来ずにゼロス要塞の爆風の中に消えていった事……。

 

 俺は無言で地球に戻ることにした。俺には後ろを振り向く勇気などなく、ただただ母なる青い星を目指す。これから何て顔して輝夜に接すればいいのだ……。

 

 そろそろ大気圏に突入する。再び輝夜からサラマンダーシールドを借り受けなくてはならない。正直気まずいってレベルではないのだが、俺は意を決して姫に話しかける。

 

「凄い悲しそうな顔。アズマだって辛いんだよね」

 

 泣き晴らして目が赤くなった姫は無言で盾を手渡す。アールバイパーが炎の色をしたオーラを身に纏った。

 

「すまない。謝っても謝りきれないが、すまない。俺は永琳を……」

「そのことはもういいわ。とても悔しくて悲しい事だったけれど少なくとも永琳は生きている。あのバクテリアンって奴らも復活する気満々のようだし、その時に永琳を助ければいいわ」

 

 あれだけ泣き晴らしていたというのに、今はすっかり立ち直ったらしい。

 

 なんともたくましい精神をお持ちのようだ。それでも迷いの消えない俺に輝夜は「過去なんていつまでも引きずるものではないわ。『今』を、そして『これから』をどうするか、それが大切よ」とありがたい言葉を頂く。

 

 俺なんかよりも、そしてあの白蓮よりも長い時を生きてきた彼女の言葉はとても重いものであった。それだけ輝夜の過去は追っても追い切れないほどに多いのだ。その一言で俺の心は幾分救われたようだ。

 

「そう、もっとシャンとしないとね。アズマはバクテリアンから幻想郷を救ったヒーローなのだからもっと胸を張らないと。それと、一つだけ約束して。またあの要塞が現れたら私も連れて行く事。まだ永琳を殴っていないわ」

 

 無言で頷くと、気を確かに持ち俺は操縦桿を握り、大気圏へと突入した。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 ゴーファーを撃破して数ヶ月が過ぎ、季節の色が移り変わって久しいくらいだ。

 

 永琳のいない今は鈴仙が代わりに永遠亭を切り盛りしているらしい。俺も心配になって何度か立ち寄ってみたが、彼女は師匠のような立派な薬師になると意気込みはバッチリであった。

 

 そしてゼロス要塞は消えたものの、あの異変以来、幻想郷各地でバクテリアン軍の残党をよく見かけるようになった。表向きには「人間に害為す新種の妖怪」ということで妖怪退治、異変解決のスペシャリストである霊夢が対応に追われている。

 

 もちろん霊夢一人で、さばききれるような状態ではないので俺もアールバイパーに乗り込み、野良バクテリアンを退治するべく出撃する。永琳を救えなかったという罪滅ぼしもかねて……。

 

 今回は人里からではなく、霊夢からの要請であった。強力なバクテリアンが現れて一人では倒せないとのことである。急ぎ現場に急行してみると、おそらく顔があったらドヤ顔なのだろうなぁとカッコつけてる「ビッグコアMk-III」と巫女服のあちこちがボロボロになっている霊夢がいた。

 

「ぶっといレーザーでこっちを閉じ込めると、ジグザグに反射するレーザーがすごい速さで飛んできて……」

 

 なるほど、こいつは久しぶりにきつい仕事になりそうだ。さっそく退治しようと巨大戦艦を正面に据えるが、Mk-IIIがもう1機接近してきていた。

 

「さすがの俺もコイツら2体は厳しいぞ。奴を倒す魔法の言葉を教えてやるからそっちは任せる」

 

 俺は一瞬空を見上げる。確か……よし、思い出した。

 

「これが魔法の言葉だ。『ううまま、うままう、うまう、うままう』。これで奴も怖くない」

「ううまま……うまうま? なにそれ? 唱えればいいの?」

 

 頭にハテナマークを浮かべる腋巫女。まあ当然か。もう少し詳しく説明することにした。

 

「『う』が後ろ、『ま』が前だ。反射レーザーを撃つたびに前後に細かく動けば避けられるぞ」

「前? 後ろ?? 何に対して???」

 

 あっ……。そういえば何に対してだ? ウェポンゲージの……いやいや、そんなの見えないもんな。俺だって今は見えないもの。な、なんて説明すればいいんだろう。的を得ない言葉をちらほらと口にするがそんなもので霊夢が納得するはずがない。何だかイラついているようにも見えて怖い……。

 

 悶々としていたら2体のコアがレーザーを撃ち始めた。

 

「ほんっと図体だけデカくて役に立たないわね。こんなのが幻想郷の危機を救ったってヒーローなの!? 紫はそう言っていたけれど買いかぶり過ぎにしか見えないわ! もう……勿体ないからあまり使いたくなかったけれど……『夢想封印』っ!」

 

 巫女は懐から紙切れを取り出す。妙にカラフルなスペルカードであった。青白い光に貫かれるはずだった霊夢。しかし今は周囲の何物にも干渉しないかのようにすり抜けてしまう。

 

 巫女から発せられる色とりどりの光の球体は的確にMk-IIIのコアに直撃し、大爆発。同時に2機倒してしまった。これはいつぞやの弾幕ごっこでアールバイパーを一瞬で葬った恐怖のスペル……。

 

 つーか一人で倒せたじゃん。まさかスペル使うのが面倒だからって理由で俺を呼び出した? こんの怠け者の巫女がぁ~~~!

 

 憤りを発散するべく胸倉に掴みかかろうとした矢先、宝塔型通信機がビカビカと光り出した。命蓮寺からの通信だ。俺は再びアールバイパーのコクピットに乗り込んだ。

 

「アズマさんっ! また上空にゼロス要塞が出現したようです。輝夜さんも気付いたらしくて命蓮寺に来たのですが……、貴方のところへ向かっている筈ですよ」

 

 ここ最近のバクテリアンどもの狂暴化、凶悪化にも納得がいった。奴らは懲りずに幻想郷を侵略しようとしているのだ。程なくして輝夜も俺の元を訪ねてきた。

 

「さあアズマ、今度こそ要塞のどこかにいる永琳をブン殴ってでも連れ戻すわ! だから私を永琳のところまで連れて行きなさい!」

 

 姫らしからぬ血の気の多い発言だ。だが、やることは一緒。あの要塞のどこかに永琳がいる筈。これは俺の推測だが、ここ最近のバクテリアンの復活のペースが早まっているのは蓬莱人である永琳が影響しているからだと思う。何としても救い出そう。

 

 輝夜を銀翼に乗せると虚空に忽然と姿を現した緑色の円盤向かって急上昇を始めた。

 

「前は行けなかったけれどコレはれっきとした異変よ! あのヘンテコな円盤、この前のように爆破してやりましょう!」

 

 異変解決のスペシャリストもやる気満々である。皆の気持ちは1つ。永琳を救出し、そしてゼロス要塞を徹底的に破壊する。強力な味方をつけて、俺は再度バクテリアンの巣窟へと向かうのであった。誰にも聞こえないくらいの小声で俺はつぶやいた。

 

 

「Destroy them all……」

 

 

 

東方銀翼伝ep2 S.S. Normal End




(※1)ガーメイド
「グラディウスIII」に登場した敵。狭い通路からこちらを狙い撃ちしてくる。
倒しても残骸がその場に残ってしまうため、破壊する場所を考えないと道をふさがれてしまう。


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第20話B ~自由への闘争~

要塞ゼロスの最深部でバクテリアンを率いる「ゴーファー」を撃破したアズマと輝夜。主を失ったことで要塞は加速度的に崩壊していくが浚われたはずの永琳の姿が見えない。

輝夜がほの暗い道の先に永琳の気配を感じていた。危険を顧みず輝夜を信じて再び最深部へと向かう……。

※本エピソードが正史となります。


「急いでっ!!」

 

 鬼気迫る姫様の大声に俺の体は勝手に動いてしまう。考えるよりも先に俺は銀翼のスロットルを押し込んでしまった。

 

「ええい、いざ南無三っ!」

 

 崩れゆく瓦礫にアールバイパーが一直線に突っ込んでいく。こうなったらヤケだ。ショットを連射して落ちる瓦礫を砕き、この狭くて入り組んだ通路へと突っ込んでいく……。

 

 複数のバクテリアン軍戦闘機が狭い道を飛ぶこちらを撃墜するべく背後から迫ってきていた。その数……5機っ!

 

 中枢を失い、それこそ死にもの狂いで暴走しつつ、ただただ執念だけでこちらを追いかけているように見える。

 

「まったく次から次へと……」

 

 早速ショットを撃ち込み、1体を撃墜した。残り4機が執拗にバイパーに群がってくる。

 

 障害物にぶつからないように慎重に進んでいく……。ゼロス要塞は今も崩壊を続けておりあちこちで小爆発が何度も起きていた。

 

 狭い通路の中、落ち着いて敵機の背後を取ると、ツインレーザーを乱れ撃ち。狂える猟犬どもはあっけなく爆発四散した。

 

 不意に視界が開ける。通路を抜けた先は広間となっており、そこには機械の触手に囚われて気を失っている永琳の姿が見えたのだ。

 

 だが、それよりも巨大な存在が行く手を阻んでいる。本体には青色に光る2つのコア、それとは別に独立して動くユニットにもそれぞれコアがあり、その先端部はアンカーのように射出するであろう兵装をつけている。

 

「『ビッグコア Mk-IV(※1)』……!」

 

 主を失い、それでも外敵を排除せんと狂ったように左右ユニットからアンカーを撃ち出してくる。唸りを上げて迫る物理的脅威は難なく回避できたが、本体から大きく蛇行するレーザーが撃ち出されている。

 

「囲まれたわ!」

 

 それだけではない。うねるレーザーをガイドラインにユニットからは何とも巨大なエネルギー弾まで押し寄せてくるのだ。何としても俺を生かして逃がさないという執念を感じた。

 

 どうにか狭い隙間を見つけてやり過ごそうとするも、今度は折れ曲がりながらこちらを追尾する細いオレンジ色のビームがそれを許さない。ギリギリの隙間の中に身を潜めていた俺にビームを回避する手段は残されていなかった。

 

「がぁぁっ!?」

 

 大きく横にぶれる機体。それでも操縦桿を握り、敵を見失わないようにすると、スペルカードを取り出す。ここは短期決戦に持ち込もう。

 

「操術『サイビット・サイファ』!」

 

 装甲を無視してオレンジ色の火の玉が的確に弱点へと体当たりを続ける。角度をつけつつこちらを狙い撃ってくるユニットは銀翼からの直接攻撃が届きにくい。オプション達がそちらに体当たりしている間に俺は本体のコアを狙い撃つことにした。

 

 どうやら主を失っていることもあってかビッグコアMk-IV自体もそこまでの耐久力が残っていなかったらしく、どうにかこれを撃破することが出来た。

 

 大きく爆発する前に逆回転リフレックスリングを用いて永琳を回収……する前に輝夜が外に出たいというので出してやる。

 

「再会を喜ぶのはここを出てからにしよう。もう長くはもたない。すぐに脱出するぞ!」

 

 今度は機体に衰弱していた永琳を乗せると最高速度で機体をぶっ飛ばし最後のゲートを抜ける。どうやら迷宮地帯を無事に抜ける事が出来たようだ。俺が迷宮から抜け出した直後、無数のフロアが爆風の波に飲まれていった。

 

「危ない危ない……」

 

 今はアールバイパーの外にいる輝夜。意識を失いぐったりした永琳は自力で飛べないので、このような状態になっているのだ。

 

「永琳……帰ろうね。一緒に、永遠亭に……。みんな待っているからね」

 

 彼女を救出したのだ。もはやこんな壊れかけの要塞に用事はない。今も中途半端に生きているセキュリティシステムが暴走し、俺が向かおうとする道も塞がろうとしている。

 

 俺はアールバイパーを全速力で飛ばしていく……。もはやこんな場所には何の用事も未練もない。止まることなくひた進む。

 

 通路内では狂ったように「ガーメイド(※2)」が左右移動しながらレーザーを撃ってくる。意地でも俺達を道連れにしようとしているらしい。もっとも狭い通路ではないので、こちらも容赦なくレーザーを撃ち、機能停止させる。

 

「おっと……」

 

 残骸を錐揉み回転しながら回避。錐揉み回転からのスペルカード発動。

 

「銀符『ツインレーザー』!」

 

 回転したまま、針状のレーザーを乱射。行く手を阻むバクテリアン軍を次々と機能停止に追いやる。

 

 何度も誘爆してこちらに迫ってくる爆風は辛うじてアールバイパーの速度を超えておらず、迫る事も遠のく事もなくあちこちを破壊しながら突き進んでいる。

 

 敵も少なくなってきた。クネクネと入り組んだ地形を更に進む。そして、遂に見えた。要塞の外側……。俺は急ぎそこから脱出を試みる……!

 

 だが、非情にも脱出口が閉じてしまう。恐らくバクテリアン軍が出撃するハッチの類だったのだろう。慌ててレーザーやミサイルを撃ち込むがハッチはびくともしなかった。

 

「そんな……」

 

 これでもかと更に攻撃を続けるがアールバイパーの兵装ではどうにもならないようだ。

 

「逃がさん。貴様だけは、超時空戦闘機の末裔だけは決して逃がさんぞぉ! ゼロス要塞もろとも……」

 

 爆風からゴーファーの声が聞こえた気がした。爆炎が風が吹いた時のようになびき、あのグロテスクな顔のような形になっていたのだ。

 

「一種の亡霊みたいなものでしょう。怖くないわよ!」

 

 少し声を震わせながらも毅然と振る舞う姫様。確かにあのゴーファーの亡霊はどうでもいい。しかし困ったぞ。扉が閉ざされている以上行き止まり。引き返そうにもゼロス要塞の崩壊はもうすぐそこまで迫っている。

 

 駄目だ、完全に退路を塞がれてしまったようだ。もうオシマイなのか……?

 

 こんな時にひどい頭痛。脳みそを直に鷲掴みにされるような痛みに俺は悶絶する。同時に機体と永琳と直結するイメージ映像。こ、この感覚は確か……。

 

「アズマっ、どうしたの!?」

 

 機体ごしでも俺の異変に気がついたのか、姫様が心配そうに顔をのぞかせる。途切れ途切れの単語で状況を説明した。永琳と俺の脳が一体となる幻覚、それに伴う激しい頭痛。そう、輝夜を乗せた時にも感じたあの感覚だ。

 

「それって確か……。永琳の力をアールバイパーを通じて借りている状態じゃないの? 何か攻撃してみて!」

 

 襲い来る頭痛をはねのけるように俺はトリガーを引く。しかし何も発射されない。……ハズレなのか?

 

 ……いいや違う。機体全体が青白い光に包まれる。最初はスペルカードを発動するときに同時に身に纏うフォースフィールドかと思ったが、炎のような揺らめきはない。ではこれは一体?

 

「光が集まってくる。どんどん大きくなって……」

 

 トリガーを引くことでエネルギーを溜めているのか? それってもしかして……R戦闘機によく搭載されている「波動砲」!? それとも、いつぞやのバクテリアン戦役でビックバイパーが使用した溜め撃ちの出来るレーザー「エネルギーレーザー」なのか? ええい、どっちでもいい! とにかく強そうな一撃を放つ事が出来るようだ。

 

 頑丈そうなハッチに狙いを定め、限界まで引き絞った弓を解き放つが如く、トリガーから指を離す。アールバイパーが纏っていた青白いエネルギーが矢のように飛んでいった。いや、矢そのものだ。エネルギー弾は矢そのものの形となり、ハッチの中央に突き刺さると、爆発を起こし、風穴を開けたのだ。

 

 その直後、背後で巻き起こっていた爆発も一層激しくなる。吹き飛ばされるかのように俺達はゼロス要塞の外へと追い出されていった。

 

「うわああああ!!」

「きゃああああ!!」

 

 無事に姫様も要塞の外側に脱出できたようである。俺はバランスを取り、横目で後ろをチラと見る。爆風が要塞を飲みこんでいく。いよいよバクテリアンの最期だ……。

 

 

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(その頃永遠亭では……)

 

 幻想郷の上空に忽然と姿を現した緑色の円盤は、あちこちで小爆発を起こしていた。それは地上にいる白蓮達にもハッキリと分かる程である。

 

「円盤が壊れるわ! 姫様がやったのよ!! さっすが姫様。普段はぐうたらだけど、やる時はビシっとやる!」

 

 ガッツポーズをしながら鈴仙が叫ぶ。これだけの盛大な花火だ。てゐをはじめとした妖怪兎達も意味が分かっている者と分かっていないものが半々くらいで、でもはしゃいでいるのはほぼ全員といった状況。

 

「ですが輝夜さんは? それにアズマさんはっ!?」

 

 そう、永琳を救出しに向かった銀翼と永遠亭の姫。彼らの姿が何処にも見えないのだ。輝夜は蓬莱人ゆえにさして心配はしていない。銀翼を操るアズマの安否。尼僧にはそれが一番の心配ごとであった。

 

「アズマさん。お願い、どうか無事に……」

 

 尼僧はただ祈る。両手を組みながら。ゼロス要塞はかつてない程の大きな光に包まれていく……。そんな中、銀色の光が爆風よりも速く空を一直線に横切った。

 

「あれは……っ! アールバイパー、アールバイパーですよっ! よかった……。アズマさんは無事だったのね……」

 

 

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(その頃ゼロス要塞周辺……)

 

 至る所から光が漏れ出るゼロス要塞が見えた。この要塞ももう持たないだろう。じきに大爆発を起こす。俺はそれに巻き込まれないように出来るだけゼロス要塞から離れていく。

 

 間もなく、ゼロス要塞はかつてない程の光を散らし、大爆発を起こした。爆風に煽られながらもバランスを崩さぬように機体を制御する。アールバイパーのスピードについていけない輝夜は妖夢の姿に変わったコンパクが抱きかかえている。もちろん永琳は俺と一緒だ。

 

 俺、そしてアールバイパーは、神話の銀翼「ビックバイパー」の紡いできた幾多もの伝説の通り、バクテリアンの脅威から永遠亭を、そして幻想郷を見事救い出したのだっ……!

 

Farewell(あばよ)……バクテリアン」

 

 背後では、最期の閃光を放ち、わずかな残骸を残して消えていったゼロス要塞。それを横目に俺は慣れない言葉でかの好敵手に別れを告げた。

 

 結局、なぜ幻想郷にバクテリアンがやって来たのかは分からずじまいであった。永遠亭を攻略している際は永琳がバクテリアンを真似て巨大戦艦を作り出していたと思っていたが、こうやって本物が現れているのだ。

 

 バクテリアンを率いていたゴーファーは「幻想郷で生きる為」と言っていたが……。それとも人の欲望から生まれると言われているバクテリアンだ。永琳の科学の進歩という欲望がゴーファーを、ゼロスフォースを生み出したなんてことも考えられる。……まあ、これも推測の域を出ないのだが。

 

 とにかく幻想郷からバクテリアンの脅威は去ったのだ。これ以上考えても仕方がないだろう。さあ、皆が待っている。早く地球に戻ろう!

 

 そろそろ大気圏に突入する。再び輝夜からサラマンダーシールドを借り、赤いフォースフィールドを纏うと一直線に地球へと降下を始めた。

 

 幻想郷の迷いの竹林の一画……つまり永遠亭に戻ると早速修羅場が訪れた。

 

 ようやく意識を取り戻した永琳を輝夜は思いっきり平手で殴ったのだ。大団円を迎えようとしている矢先での突飛な行動。周囲の空気が凍りついたのは言うまでもない。殴った側、殴られた側、双方無言。一番近い距離で見てしまった俺は非常に気まずい。

 

 長い長い沈黙を経て、先に口を開いたのは永琳であった。

 

「……そう、ですよね。殴られて当然です。あんな自分勝手な事をずっとしてきたのですから。口では永遠亭の存続、繁栄をうたっていましたが、心のどこかで異星の者がもたらす科学を己がモノにしたいという私欲があったのでしょう」

 

 なみだなみだに言葉を紡ぐ月の頭脳。それに応える殴った側、つまり姫も涙声であった。

 

「本当よ。私は狭い部屋に恐ろしい機械と一緒に閉じ込められるし、ウドンゲやてゐにも迷惑かけて……」

 

 途切れ途切れに、しかし意思をはっきりと伝えていく。

 

「仰る通りです姫様。こんな私など、姫様と一緒にいるだなんてもう……」

「永琳がいなくなってから仕事も家事も溜まりに溜まっているのよ。これから目いっぱい馬車馬のようにコキ使ってやるから覚悟なさい!」

「えっ!? そ、それでは……」

 

 天井の抜けた永遠亭の一画。今宵は満月。遮るものの無くなった夜空で、その静かな光はキラキラと降り注ぐ。そして幻想郷で誰よりも月が似合う少女を照らしていた。そのままへたり込んでいた永琳に手を差し伸べる。

 

「何をしているの? やってもらいたい事は山ほどあるわ。せいぜい過労死しないよう気をつけることね」

「姫様……!」

 

 その小さな手を掴む永琳の両手。そしてスックと立ち上がる。

 

「ちゃんと動けるようね。それに永琳の手、あったかい。それじゃあ早速だけれど……」

 

 吸い寄せられるように姫は月の頭脳に抱きつき、顔を埋めた。

 

「ギュっ……てして頂戴。そして……えっぐ……もう何処にもいかな……ヒッグ……いで……」

 

 溢れる涙をぬぐうよう、自分よりも大きくて包容力のある従者に甘えるよう、グリグリと永琳に顔を擦りつけるかぐや姫。いつだったか、輝夜は永琳のことを自分の母親のような人だと紹介していた。なるほど、こうやって見ると親子にも見える。……親の方も子の方も軽く一億年は生きているらしいが。

 

 俺は二人の月人が抱き合っているを見てボンヤリと思考を巡らせていた。ゼロス要塞での戦い、幻想入りした時、そして幻想郷に来る前での生活、知人、家族……。

 

 家族……か。ひとり暮らしを始めて久しかったが実家はどうなっているのだろう。しばらくは里帰りなど出来そうもないしな。

 

「外の世界に残してきた家族が気になるのですか? そんな顔していましたよ」

 

 ズイと横に並んだ住職サマは俺の心を見事に当てていた。やれやれ、彼女には隠し事は出来ないようだ。

 

「さすがに外界の、それもアズマさんのご家族のこととなると安易に推測する事はできません。ですが……アズマさんには私達がいます。命蓮寺という場所もあります。この幻想郷という地においては、ちゃんと迎えてくれる人も、帰る場所もあるんですよ!」

 

 そうだ……そうだったな、もはや俺は一人ではない。すっかり命蓮寺の一員だ。今となってはここの皆は幻想郷における家族のようなものと言っても過言ではないだろう。

 

「さあ、異変も解決したことですし、私達も行きましょう。私の、そして貴方の帰るべき場所『命蓮寺』へ!」

 

 外界のことはまた落ちついた時に紫に交渉するとして、今は幻想郷における俺の居場所にいればいい。白蓮は俺のようなヨソモノにも優しく手を差し伸べてくれた。寺に集まる妖怪達も俺につらく当たったりはしない。……そうだな、確かに俺は命蓮寺の一員だ。

 

 さて、迷いも晴れた。俺は再びアールバイパーに乗り込もうとするが、白蓮に行く手を阻まれた。そのままぎゅっと抱きしめてくれたのだ。

 

「よしよし……。ちょっとホームシックになってしまったようですね。心が落ち着くまでこうやって抱きしめながら撫でますよ」

 

 折角の好意だ。無下にはできない。俺は母性溢れる抱擁を受けているうちに幾多もの戦闘で体が疲れていたのか、力が入らなくなり、そして夢心地のまま意識が消えていった。

 

 命蓮寺に戻るのは、少し眠ってからでも……いいよね?




(※1)ビッグコア Mk-IV
横STG「グラディウスV」に登場した巨大戦艦。
Mk-IIIが確立したレーザーで囲いこんでの攻撃をさらに発展させており、コイツの囲い込みレーザーは大きくうねる。
押し潰されないようにオプションを駆使して4つのコアを破壊しよう。

(※2)ガーメイド
横STG「グラディウスIII」に登場したザコ敵。
狭い通路で上下移動をしながら地形の隙間からレーザーを撃ってくる。
コイツが厄介なのは破壊してもその場で破壊不可能な残骸が残り続けてしまう事。
うっかり通路を塞いだ状態で破壊してしまうと詰んでしまうぞ。


今回のタイトルはグラディウスIIIにおける要塞脱出シーンのBGM「Escape to the Freedom」が元になっており、結末によって「逃走」になるか「闘争」になるかを分けてみました。


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東方銀翼伝ep2 S.S.エピローグ
S.S.エピローグ ~ある少女の愚痴~


 アイツの言葉はどこまでいっても到底納得できるものではなかった。そりゃ私だって何度も抗議した。だが、アイツはとうとう首を縦に振ることはなかったのだ。

 

 私はここ博麗神社でその「アイツ」と共に夜空を見上げ、そして大きくため息をついた。

 

「……つまんない」

 

 夜空を見上げると見える筈の満月はなく緑色の巨大な円盤。あからさまに大きな異変だというのに、私はアイツに「今は静観しろ」と言われてしまっているのだ。

 

「霊夢、これは外の世界の関係する異変なの。『外』の不始末は『外』が対処する。外界の『彼』がものすごい気合を入れて出撃したから様子見しましょ? 分かったわね?」

 

 あのデカブツを見つけて早速出かける支度をしていた矢先、アイツが急に空間に穴を開けて出てきた。こんな現れ方をするヤツは他にいない。アイツ……八雲紫だ。

 

 最初は紫自らも動くほどの大事件だと胸を躍らせていたのに、告げられたのは留守番命令だというのだからたまったものではない。

 

 その紫の口ぶりからすると魔理沙も同じく出ていないのだろう。外来人が解決しに行ったというが、まさかあの銀色のノッペリとした変な鳥の妖怪でもけしかけているのかしら? えっとアレに乗ってる男の名前……確かアズマとかだったっけ?

 

「あいつ滅茶苦茶弱かったじゃない。私が出たほうが早く解決できるんじゃないの?」

「銀翼『アールバイパー』をあまり甘く見ない方がいいわよ? それに、今回関わっているらしい外の世界の技術も……」

 

 確かにあの鳥の妖怪は紫と決闘をして土壇場で勝利したというが、あの時の紫は明らかに手を抜いてたとしか思えない。何せこの私が一瞬でアイツを倒してしまったのだから。

 

 言う事を全部言ってしまうと、紫は勝手に上がり込んでお茶を淹れ始めた。やれやれ、ここはアンタの家じゃないっての……。

 

 

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 霊夢、これはそんな単純な異変ではないのよ。鍵を握るのは希望の銀翼……!

 

 そう、今の幻想郷にとって銀翼は希望なの。今はまだ小さく、弱弱しい光だけど、きっと大きく成長して、いずれこの幻想郷に迫る未曽有の異変から救ってくれる。

 

 幻想郷に住まうことを本気で覚悟し、なおかつ外界の力を持つ轟アズマ、そして銀翼アールバイパー……。

 

 どうか私をガッカリさせないようにね。

 

 

 

 

東方銀翼伝 ep2 Second Synchronizer END

しかし、轟アズマの幻想郷ライフはまだまだ続く……!



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東方銀翼伝ep3 T.F.V.プロローグ
T.F.V.プロローグ ~ある少女の邂逅~


東方銀翼伝 第3部始動……!


 私が生きてきた中で、あの日のことを忘れることはないでしょう。ええ、それだけ強烈な出来事があったのです。

 

 そう、今でも思い起こせば情景が蘇る……。あの日は特に風が強く吹きすさんでいました。こんな日は何か「奇跡」が起きる。良し悪しまでは分かりませんが、私の心の中でそう騒ぎ立てているのです。そう思い立つや否や、私は神社の境内に一人立ち、空を仰ぎました。

 

 そして瞬間的にそれは突風となりこの神社を通り抜けて行ったのです。でも、異変はそれだけでは終わりません。上空で何かが引き裂かれるような凄まじい音が響き、私はあまりの轟音に肩をすくませながらも音のする方向に振り向きました。眼前に広がった信じられない光景に私は言葉を詰まらせてしまいました。

 

 空が、割れている……?

 

 かと思えばその引き裂かれた空から銀色の怪物が飛び出していったのです。いいえ、怪物ではありません。よくよく見るとそれは私も知っているシルエットを持っていたのですから。先の割れたフォルム、銀色の翼。

 

 あ、あれは……間違いありません。銀翼「アールバイパー」……。

 

 幻のシューティングゲーム「アールアサルト」の自機ですよ、あれは! 外の世界で一度は遊んでみたかったのに、どこへ行っても筐体がなかったので叶わなかったあのゲームの自機ですっ。さすが幻想郷。実物を拝めてしまうだなんて。私は興奮を隠せずにその場でピョンピョン跳ねてました。

 

 でも、その銀翼は黒煙を吹き出しながら神社に突っ込まん勢いで接近したかと思うと急に方向を変えて山のふもと目がけて飛び去ってしまったのです。一瞬の出来事とはいえ見間違えるはずがない、私はそう確信しました。

 

 こんな時どうすればいいのだろう? 恐怖というよりも好奇心があふれ出る。でもひとまずは……。

 

「神奈子さまー! かーなーこーさーまー!」

 

 我が神社の主の名前を叫ぶことにしました。

 

 急ぎ神社に入るのですが、そこにしめ縄を背負った神様はいませんでした。辺りを見回してもその姿は見えません。その代りにいたのは特徴的な帽子をかぶった小柄な神様、諏訪子様でした。

 

「うるさいねぇ。神奈子ならすっ飛んで行ったよ。早苗もあの変な蛇の妖怪がお気に入りなのかい? 私は見ただけで寒気がするよ……」

「変な蛇の妖怪じゃなくて超時空戦闘機『アールバイパー』ですっ!」

 

 私は気だるそうな諏訪子様にそう口調を強めて訂正する。あんなにカッコイイのに妖怪の筈がありませんっ。どうして飛行機を皆知らないんでしょう?

 

「んなのどっちでもいいよ。それよりも、早苗も行きたいんだろう? いいよ、行っておいで。どうせ止めても無駄だろうし。『シューターとしての血が騒ぐ』とか言って」

 

 そう。私は、いえ私達はつい最近まで外の世界で生活をしていました。こう言うと自慢になってしまうかもしれませんが、外の世界での私はシューティングゲームのプレイヤーであり「奇跡の女性シューター」としてその筋の間ではそれなりに有名であったのですよ。

 

 幻想郷に入ってからはゲームに全然触れていませんが、この幻想郷ではよく似た遊びに「弾幕ごっこ」というものがあるのです。

 

 似ているとはいえ、結構違うこともあるし、何よりも衝撃的だったのは外の世界では男性のシューターが多かったのに、幻想郷での弾幕ごっこは逆に女の子の遊びとして広まっていること。これには本当に驚きました。

 

 これで挨拶することが幻想郷での常識なのだとか。挨拶はもちろん決闘の手段だったりもする由緒正しいもの。もちろん、霊夢さんにもちゃんと「挨拶」しましたよ。

 

 さて、諏訪子様から許可もいただいたことだし、私も行ってみよう。大あくびをする諏訪子様に留守をお願いし、私も空を飛び銀翼を追いかける……。

 

 が、その必要はなくなってしまった。御柱に乗った神奈子様が戻ってきたのです。悔しそうな表情を浮かべて。

 

「クソッ! 先客がいた。スキマ妖怪と超人住職が銀翼(アールバイパー)を取り合って弾幕していたんだよ。どっちか一人だったらまだ何とかなったが、一度に幻想郷屈指の実力者二人を相手するのは流石の私でも分が悪い」

 

 実力者が二人も取り合いをしていたとはいえ、新しいものや珍しいものに目がない神奈子様がこんなにあっさり引き下がるなんて珍しい。ほんの少しだけ私はそう思いました。ええ、一瞬にしてその考えを撤回するに至ることになるのですが。

 

「仕方ないから部品の一部をちょろまかしてきたよ。誰も拾わないからあのままじゃあ朽ち果てちゃうだろうしね」

 

 誇らしげに語る神様はオレンジ色に発光する円錐型の物体を取り出してきました。こ、これってオプションじゃ……?

 

 とはいえ故障しているらしく頻繁にショートした時のようなスパークを発している。ですけど神奈子様、それって泥棒じゃ……?

 

「人聞きの悪いこと考えてるんじゃないよ。いいか早苗、私はただ落し物を預かっているだけだ。落とし主がここに来たらちゃんと返すさ。でも、来る前にいろいろ調べるのは構わないだろう? 早苗だって興味あるだろうし」

 

 そこまで言われると私も反論できなくなり、神奈子様はオプションの残骸を手にどこかへ向かってしまいました。

 

 あの日、空からとんでもないものが落ちてきました。そしてその超技術のカケラは守矢神社に、そして幻想郷に新たな風をもたらすでしょう。罪悪感にさいなまれながらも私も好奇心には打ち勝てなかったのです……。

 

 あれから月日がたち、風の噂でアールバイパーがどうなっていったのかを耳にする機会が出来ました。

 

 なんでも武装という武装をすべて失ってしまったり、スペルカードを受けると失った武装を取り戻せるなど……。

 

 結局あんな異端な物体はそのまま放っておくことも出来なかったらしく、紫さんの手でパイロット(「轟アズマ」さんというらしい)ごと闇に葬られそうになったのだそうです。

 

 彼は何を考えたのか、どこで修業したのか、アリスさんの人形をそれこそ「グラディウス」のオプションにように使いこなして……いや、オプションシュートとか使っていたのでまさかの「沙羅曼蛇2」でしょうか、とにかくあのパイロットが、紫さんを弾幕ごっこで打ち負かしました。私もこの目で勝負を見たので間違いありませんっ!

 

 というか神奈子様と諏訪子様はどちらが勝つかで賭けていたのです。まったくもう……。アールバイパー側に賭けていた神奈子様がドヤ顔でお金を巻き上げていた様子は私の記憶に新しいです。

 

 私としてはその後の異変のほうが印象的でした。アールバイパーの幻想入りに呼応するかのように「バクテリアン」の巨大要塞「ゼロス」が現れたのですから。

 

 あの特徴的な緑色の巨大円盤のような姿を見間違えるはずもありません。なんでも要塞ゼロスの接近をいち早く察知した永遠亭の方々はあろうことかバクテリアンと手を組み異変に加担したのだといいます。

 

 相手がどう出てくるか読めないということで神奈子様からは今回は静観するように命じられていました。私としても超時空戦闘機と人間の欲望から生まれたとされる侵略者の対決の結末を知りたいというのもあったので、反論はしませんでした。

 

 アールバイパーは上海人形のほかに妖夢さんの半霊(実際にはコンパクという別物らしい)をオプションとして使役しており、二つのオプションを飛ばして攻撃していたそうです。その姿はもはや「沙羅曼蛇2」ではなくて「R-TYPE LEO」の「サイビット・サイファ」といったところでしょう。アズマさんもなかなかのシューターのようです。きっと実際に会ったら気が合うのではないかと思います。

 

 紆余曲折ありアールバイパーは見事にゼロス要塞を爆破。爆風の中、颯爽と飛行する銀翼を生で見られました♪

 

 まだあちこちでバクテリアンの残党が残っているようだけど、リーダーを失って統率を失った彼らは新種の妖怪の一種として認識されているみたいですよ。

 

 より順応しようと屋台を始めたりする個体もいるみたいです。

 

 そして平和になってしばらくが過ぎ、あちこち飛び回ったり部屋に閉じこもってばかりだった神奈子様がついに戻ってきたのです。

 

「この前の機械をいろいろ調べ終わったぞ。面白いものも出来た」といの一番で豪語し、そのついでに手招きしながら私の名前を呼んで……。



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東方銀翼伝ep3 T.F.V.(Third Fear the ”Visitor”)
第1話 ~リターンマッチの時~


 幻想郷の支配をもくろんでいたバクテリアン。奴らの要塞「ゼロス」に我が銀翼が果敢に挑み、そして見事爆発させ、永遠亭と幻想郷を救って早数週間……。

 

 俺は相棒たる超時空戦闘機「アールバイパー」に乗り、命蓮寺上空を飛行していた。

 

 抜けるような青空の命蓮寺上空……。銀翼ことアールバイパーは今も交戦状態にあった。

 

 永遠亭でのバクテリアン騒ぎも落ち着いてきたので、まだオプションを使役していなかった頃に俺をたやすく下した泥棒魔法使いに再戦を申し込んだのだ。

 

「この前とは一味も二味も違うぜ。ネメシス、コンパク! 配置につけっ!」

 

 左右に1つずつオプションを装備すると、牽制のツインレーザーをお見舞いする。単調な攻撃故に容易に回避するのは分かっていた。目的はコレを当てることではない。避ける際の軌道を読み、魔理沙に接近を試みる……が、読みが外れた。すぐさま星形弾幕での反撃が来たので、宙返りし、魔理沙の真上に陣取る。

 

「銀符『ツインレーザー』!」

 

 器用に機体を真下に向けるとスペルカードを掲げる。錐揉み回転しつつの急降下から雨のように短いレーザーを乱射する。ネメシスとコンパクからも援護射撃があるので正真正銘の「弾幕」になれているだろう。

 

 しかし相手もかなりの手慣れ。ホウキや帽子のふちへの被弾は確認できるものの、細かく動き回り致命的な直撃を避けている。

 

「ああっ、お気に入りの帽子が……! お返しだぜっ。このっ! このっ!」

 

 急降下しつつ魔理沙本人を通り過ぎたために今度はアールバイパーが背後を取られる形となる。そこを細いレーザーで追撃してくるのだ。レーダーを頼りに回避行動を続けるが、この状況が続くのはマズイ。仕方ない、奥の手だったが……。

 

「操術『サイビット・サイファ』! ネメシスっ、コンパクっ、突撃だっ!」

 

 懐からスペルカードを取り出しとっさの攻撃を回避する。それと同時に左右にいたオプションが光を纏い背後の魔理沙へ突っ込んでいった。弧を描きながらの突撃という思わぬ反撃に魔理沙の横っ腹にコンパクが直撃する。怯んだところをネメシスが体当たりを仕掛けようとするが、こちらは避けられてしまった。

 

 その間にアールバイパーの体勢を立て直し、再び魔理沙と対峙する形を取った。俺はオプション達を呼び戻すとそのまま格納し、ここでショットをリフレックスリングに換装。被弾でフラフラする魔理沙に追撃を行う。

 

 強烈な逆回転で繰り出されたリングはかろうじて回避した魔理沙を吸い寄せるようにリングに捕えた。そのまま俺自身を大きく右側に振る。ハンマー投げの要領で思いっきりぶん回したのだ。

 

「なんだなんだ? 目が回るぜ~」

 

 十分に速度を上げ、リングの回転を再び正しい方向に変更させる。するとまるで同じ極の磁石のようにリングと魔理沙が反発するように離れていった。傍から見ればそのまま投げ飛ばしたように見えるだろう。たった今思いついたが随分と有効なようである。

 

 だが、ここで追撃を怠らない。ターゲットサイトを覗き込み無防備になった魔法使いをその中心に捉える。そしてミサイル発射。

 

「当たれっ、フライングトーピード!」

 

 ゆっくりと標的めがけてまっすぐ進む空中魚雷。追撃が来ることを読んだのか、ミニ八卦路を手にする魔理沙。マスタースパークで俺ごと撃ち落とそうとする魂胆のようだ。

 

 だが、平衡感覚を失っているのか、見当違いの方向に極太レーザーが飛ぶ。マスタースパークやぶれたり! あとはミサイルの着弾を待つのみ……。

 

 信じられないことが起きた。結論から言おう、俺は再び魔理沙に敗れた。誰が信じられようか、切り札たる極太レーザーが2発も発射されるだなんて。

 

 1発目のマスタースパークを回避した直後、あの極太レーザーがもう1発来て、フライングトーピードごとアールバイパーを焼き尽くしたのだ。「弾幕はパワー」とは彼女の信条らしいが、いくらなんでもデタラメである。

 

 黒煙を上げ墜落したアールバイパーから這い出ると可愛らしくも憎たらしい勝ち誇った顔をした魔理沙が手を差し伸べていた。

 

「パワフルな技も編み出したようだし、あの時から随分と強くなったじゃないか。そう気を落とすなよ? あんたは十分強い。あの『ゼロス』とかいう円盤の異変を解決したじゃないか」

 

 これだけコテンパンにしておいてこちらを褒めてもフォローの「フ」の字すら成り立たない。したり顔で彼女は続ける。

 

「ただ、私のパワーがあんたよりもずっと凄すぎただけだ。マスパは2発撃てるんだぜ。恋心『ダブルスパーク』っていうスペルだ。覚えておくんだぜ?」

 

 俺はその手をぶっきらぼうに取ると、よろよろと立ち上がる。くそっ、また負けた……。

 

「分かったからそんな恨めしそうな目でこっちを見るな。そうだ、一緒に無縁塚いかないか?」

 

 彼女の口から物騒な場所の名前が出てくる。無縁塚、訳も分からぬうちに幻想入りし、妖怪の手で殺められた人などのように身寄りのない人間達を葬る場所のことである。俺も白蓮と出会っていなければ今頃あそこで眠っていただろう。

 

 その特性から外の世界とのつながりも強く、外界で忘れ去られたものがこの無縁塚に流れ着くこともあるのだ。確かに新しい武器になりそうなものが漂着している可能性も無きにしも非ずだが……。

 

「香霖もよくあそこに行っているらしい。面白いものがいっぱい落ちているんだ。私も久しぶりに行きたくなったんだぜ」

 

 こちらの意見など聞かずにこの小さな魔法使いは俺の背中をアールバイパーのコクピット入口まで押しやると箒にまたがり飛んで行ってしまった。やれやれ、勝負に負けた身だし付き合うか……。ひとまず外出する旨を白蓮に伝えよう。一度バイパーから離れる。

 

 すぐ近くで俺達の弾幕ごっこを観戦していたらしく、白蓮さんはすぐに見つかった。というより趣旨をすでに理解していた。

 

「すっかり魔理沙さんと打ち解けられるようになったようですね♪ 命蓮寺にいると妖怪ばかりですので人間のお友達は初めてではないですか?」

 

 そういえば幻想郷で人間とここまでお近づきになるなんてことはなかった。

 

「止める理由もありません。一緒に行くとよいでしょう。ただし、お夕飯までには戻るように。それとあんまり危ないことをしてはいけませんよ? あとは魔理沙さんはああ見えて結構繊細なので傷つけたりなんかしないように……」

「大丈夫だって!」

 

 ひじりんマジお母さん。

 

「あ、あらごめんなさいね。うっかり子供扱いしてしまいました。貴方には頼りがいのあるパートナーがもういましたね。銀翼『アールバイパー』と共に幻想郷のあちこちを見て回り、考え、経験を積むのです。それらは貴方だけのかけがえのない宝となるでしょう。それでは……怪我に気を付けて行ってらっしゃい♪」

 

 手を振って見送る白蓮。俺も振り返すと銀翼に乗り込み魔理沙の後を追った。

 

 そして無縁塚……。

 

「遅いぞー。その鳥は私に負けないスピードを持ってるんじゃなかったのかー?」

 

 この陰鬱とした場所に降り立つと不満げな表情をした魔理沙の顔がコクピットにデカデカと映し出された。俺は軽く謝ると周囲を見渡す。

 

 至る所に朽ち果てた骨や、元々は墓石だったであろう崩れた石柱や、元がどのような姿だったのかも分からないようなスクラップが散乱している。そこはもはや墓地としての役割は機能しておらず、正直ゴミ捨て場にしか見えない有様であった。

 

「本当に使えるものが落ちてるのか?」

 

 アールバイパーから降りるとそこらの鉄くずを手にしてみる。じっと見てみるが……ううむ、さっぱり分からない。というより言うほどメカっぽいのが落ちていないのだ。一方の魔理沙はというとチョコチョコとあちこちを物色しており、手際よくゴミを回収したりまた投げ捨てたりしていた。

 

「うひょー、大当たりだぜ!」

 

 何をもって大当たりなのかは知らないが、彼女にしてみればいいアイテムが落ちていたのだろう。それとは対照的に俺にとって有用なアイテムは一向に見つからない。ん? 見覚えのある機械の塊を見つけた。もしやと思い、俺はそれに近づいてみた。

 

 真っ黒い鏡のような板、その下にはボタンと先端が丸くなっているスティック状の何か。恐らくは外の世界のゲームセンターなんかに置かれているアーケード筐体だったものだろう。

 

「なんじゃいそりゃ?」

 

 いつの間にか魔法使いの少女が俺の後ろにやってきて、俺が見ているものをよく見ようと人の方押しのけて身を乗り出そうとしている。それをさらりと払いのけると俺は筐体に近づきよく調べてみる。

 

 パネルはひどく劣化しており何のタイトルなのかは特定できなかったが、所々かすれながらも読み取れる文章から日本語のゲームであり、なおかつ縦スクロールのシューティングゲームだったらしいことも推測できた。画面が縦長なのも俺の推理を決定づけている。

 

「何のタイトルか知らないが、お前も幻想入りしちまったんだな……」

 

 そう感傷的に浸っていると、近くで派手な爆発音が響いた。思わず身構える俺。

 

「あっちから聞こえてきたぜ!」

 

 そうか、ならばその方向に向かえば……!

 

「だからこのホウキは一人乗りだぜ。しれっと乗ろうとするんじゃない!」

 

 いかんいかん、今はちゃんとアールバイパーがあるじゃないか。わざわざ魔理沙のホウキにしがみつく必要はない。

 

 一足先に飛び出していった魔理沙を追いかけるように俺は銀翼に乗り込もうとした。

 

「ゆわ~~ん!!」

 

 その矢先、やたらと肉付きのよさそうな生首が大声をあげながらこちらに向かってきた。いくらどんな化け物が出てきてもおかしくない無縁塚とはいえ、こんなもの目にしたらさすがに驚く。

 

 驚きのあまり変な悲鳴を上げつつしりもちをついてしまった。あの特徴的なリボンは霊夢のものだ。でもあの霊夢が何故さらし首に……!?

 

「さらし首じゃないよ、ゆっくりだよ! ゆっくりれいむ!」

 

 こちらの心を読んだのか、ピョンピョンと跳ねながら抗議するゆっくりと名乗る生首。泣きじゃくっていたのか、その瞼は腫れて赤くなっており、髪の毛も乱れていた。これは何かあったのだろう。さっきの爆発とも関係があるかもしれない。俺は彼女をヒョイと持ち上げると事情を聴いてみることにした。

 

「遊んでたら、急にクモさんがやって来て、ゆっくりのこと、いじめてくるの。お兄さん、クモさんをこらしめて!」

 

蜘蛛? 雲? 彼女から「クモ」と聞いて真っ先に思い浮かんだのは雲山。だが、こんな小さな妖怪を苛めて楽しむような男には見えない。大体雲山の鉄拳なぞ喰らったら泣きながら助けを求めることすらできずにノックアウトしてしまうだろう。じゃあスパイダーの方なのか?

 

「まだお友達が襲われてるの。はやくはやくー!」

 

 むう、手遅れになってはいけないし、先に向かっていった魔理沙も心配だ。俺はゆっくり霊夢をネメシスに預けるとコクピットに乗り込み飛翔した。

 

 相変わらずのゴミの山……いや、違う。ゴミはゴミでも鉄くずや機械の部品っぽいのが増えてきている。なんだか幻想郷に似つかわしくないスクラップがそこらに散乱しているのだ。

 

 前を見るとのんびり飛んでいる魔理沙の姿を確認できた。そしてその真下で「デス(※1)」の残骸が極太レーザーを発射しようとしている様子も……!

 

「危ないっ!」

 

 瞬時にリフレックスリングを装備。急加速すると逆回転のリングで魔理沙を捉え、ブン投げた。

 

「お、おい! 何するん……」

 

 不平の声はレーザーの照射音によってかき消される。地面が不自然にあちこち盛り上がると多くの鉄くずをばら撒きながら大きな影が這い上がってくる。

 

 カバーの壊れた「ビッグコアMk-II」に、制御を失いながらもミサイルを撃ち続ける「カバードコア」……。かつてのように今はもうない触手を伸ばし回転しつつ進路を妨げようとする「テトラン」までいる。

 

 こいつら……バクテリアンの残骸か!?

 

「こいつら、クモさんの仲間だ! 怖いよぅ……」

「へっ、どいつもこいつもアズマに負けた奴らばっかりじゃないか。今だって不意打ちだなんて卑怯な手しか使えていなかった。こんな奴ら、コイツよりもパワフルな私の敵じゃないんだぜ!」

 

 小刻みに震えるゆっくり霊夢をなだめるコンパク。一方の魔理沙はというと威勢の良いことを口にしているがその言動が少し震えているように感じた。

 

 弾幕ごっこには基本的に不意打ちなどない。想定外の事態に気が動転しているのだろう。この場にゆっくり霊夢の言う「友達」はいないようであるが、こいつらを放っておくわけにもいかないだろう。ならば迎え撃つまでだ。

 

「性懲りもなくバクテリアンか。『Requiem for Revengers(復讐者達に鎮魂歌を)』。ネメシス、コンパク! 配置につけ!」

 

 オプションを二つ装備し、装備をツインレーザーに換装。弧を描くようにまずはテトランに接近し、レーザーとフライングトーピードをお見舞いする。遮蔽板による結界のないテトランはまるで豆腐のようにたやすく崩れ去ってしまった。

 

「なんだ、全然大したことないじゃないか。ビビって損したぜ」

 

 デスの極太レーザーをいなしつつ、魔理沙も負けじと極太レーザー「マスタースパーク」を放つ。

 

「パワーが足りないぜ? ポンコツさんよぉ」

 

 デスをレーザーごと飲み込む暴力的な光。真っ白い光の中、筒状の巨大戦艦は消滅していった。

 

 残るはカバードコアのみ。攻撃のつもりか、身を守っているつもりかは知らないがデタラメにミサイルを乱射してくる。負けじとツインレーザーを撃ちまくるが、ミサイルに阻まれて有効打を与えられない。スクラップになっても奴のミサイルは厄介だな……。

 

 だが、スクラップになっていたのが災いしたか、カバーが剥がれ落ちてしまっていた。これでは正真正銘のオープンドコア(※2)である。

 

「こいつはいただきだ! 操術『サイビット・サイファ』!」

 

 2つのオプションがミサイルを掻い潜りカバードコアの弱点に体当たりを仕掛けた。あっけないほどに奴は崩れ再び鉄くずとなった。最後に戻ってきたネメシス達をアールバイパーに格納すればすべて完了。

 

「生首みたいな妖怪の話によると(その間に『生首じゃないよ、ゆっくりだよ!』とゆっくり霊夢が騒ぐ)バクテリアンの残党がこの辺りにまだ潜んでいるらしい。放置すると危険だ。退治しよう!」

 

 今度は俺が先導するように飛行する。

 

「この辺りだよ! お友達、大丈夫かなぁ?」

 

 しばし飛翔したのち、背後から張り上げた声が聞こえる。ゆっくり霊夢が座席の上をピョンピョン跳ねて仲間が近くにいることを知らせてくれた。先程のバクテリアン襲来のことからこの「クモさん」というのも奴らで間違いないだろう。そしてごく近くで息を潜めている可能性が高い。心してかかろう。

 

「魔理沙、何か見えるか?」

 

 アールバイパーの中では下部を見渡し辛い。レーダーを覗いてみたが、ゆっくり程度の魔力ではまるで反応しないようだ。仕方ないので生身で飛行する相方に状況を聞く。

 

 俺よりも低空を飛行していた魔法使いはしばらく旋回した後、「あっ!」と声を上げる。何か見つけたらしい。だが、その表情からはあまり嬉しそうには見えなかった。

 

「うえぇ、私の顔みたいなのがいるぜ……」

 

 考えてみれば気味が悪いよな。自分の顔の生首が飛んだり跳ねたり喋ったりするのだから。声のするほうへと降下すると、確かに生首の妖怪が数体確認できた。魔理沙のようなゆっくり、レミリアのようなゆっくり(すごい満面の笑みだ……)、命蓮寺にいる寅丸星のようなゆっくりまでいた。

 

「これで全員かな? この辺りは危ないから安全な場所まで連れて行ってあげよう」

 

 銀翼から降りて俺は屈みこむと、ゆっくり達に手を差し伸べる。だが、ビクンと体を震わせたかと思うと足もないのにススススと逃げて行ってしまう。意外と素早いようで、人間の足では追い付けない。

 

「あっ、待て!」

 

 仕方なく再びアールバイパーを起動させゆっくり達を追いかける。ゴミの山にぽっかりと空いた穴に潜り込んでしまったようだ。身を隠したかったのだろうが、これでは袋の鼠だ。知恵はあまりないらしい。

 

 二人でゆっくり達の後を追う。やはり思った通りだ。出入口は一つしかなく逃げ込んだゆっくり達の姿を確認できた。ふうと一息つくと今度こそ確保しようと接近する。

 

「俺たちは敵じゃないよ。さあ、帰ろ……」

 

 ぱらり……と塵が落ちてきた気がした。そう思うとグラグラと周囲が揺れ始める。地震か!? ええい、四の五の言ってられない。装備をリフレックスリングに換装すると迷子のゆっくりを無理矢理確保しようとするが、それよりも早くに魔理沙が救出する。

 

「自分と同じ顔した奴が潰されるのを見るのは嫌だからな。反射的に手が出ちゃったぜ」

 

「ひっ!?」

「うえぇん、怖いですー!」

 

 ゆっくり達が魔理沙に確保されるのを確認し、俺は安堵の息を漏らす。ならば俺もこんなところに長居は無用。こちらも潰されないように脱出を試みる。しかし、ひときわ大きな物体が行く手を遮るように落下。俺達は思わず停止してしまった。

 

 これだけの大きな瓦礫は壊すのも一苦労……違う、レーダーに強力な反応あり。こいつはバクテリアンだ!

 

 初めに紫色の球体が浮かび上がると、それを守るように蟹の脚のような外殻がくっつく。こいつは……

 

「グレイブ……」

 

 ゴミだらけの無縁塚がよほど居心地が良かったのか「グレイブ(※3)」がこの辺りを根城にしていたらしい。ガシャガシャと脚を動かし、威嚇しているようだ。

 

「コイツだよ! コイツがゆっくり達をいじめるクモさんだよ!」

 

 ゆっくり達をいじめて回る「クモさん」ってのはコイツのことだろう。確かに凶悪なバクテリアンを放っておくわけにはいかないし、あちらもあちらで俺達を逃がすつもりはないらしい。

 

 うむ、一戦交えることになるな。そう思索を巡らせていると魔理沙が先制攻撃を仕掛ける。星型の弾幕を展開しグレイブに当てていくが、びくともしないようで、じりじりと接近してくる。

 

「おい、全然効いていないようだぞ? アズマ、コイツどうするんだ?」

 

 やはり強力な装甲を持っているようだ。こいつは何かしら攻撃をする時に弱点となるコアを露出させる。その瞬間に強力な攻撃を叩き込めば倒せるだろう。俺はネメシスとコンパクを呼び出すと臨戦態勢をとる。

 

「魔理沙、こいつは俺がすぐに片づける。その間、ゆっくり達を守ってやってくれ」

 

 思った通りだ。追尾ミサイルを剥き出しのコアから発射させている。トレースの構えでオプション共々グレイブのコアに狙いを定めるとツインレーザーを乱射。ミサイルを撃ち落としつつダメージを与えていった。

 

「よし、あの光ってるコアを撃ち抜けばいいんだな? 任せろアズマ。そんなチマチマしたものじゃなくてパワーで押して一撃だぜ」

 

 そう言うと片手でミニ八卦炉を手にエネルギーをチャージし始めた魔法使い。こいつ、マスタースパークでも撃つつもりか? 慌てて俺は静止した。

 

「バカっ、やめろ! 今にも崩れそうな瓦礫の洞穴でそんなもんぶっ放したら、瓦礫の下敷きになっちまう!」

 

 今まで通りゆっくり達の護衛を頼むと俺は再びグレイブと対峙する。ガシャガシャとこちらに接近し……そいつは急にジャンプした。

 

「着地の衝撃で瓦礫が落ちてくる。迎撃の準備だ!」

 

 ズーンと地響きを起こしながらグレイブは着地。天井がグラグラと揺れるといくつかの瓦礫が落ちてきた。慌てずに俺は降り注ぐゴミを処理。魔理沙も器用に迎撃をしているようだが……。

 

「しまった、壊し損ねたぞ……」

 

 一際大きな瓦礫が魔法使いとゆっくりを襲う。危ない! 俺はくるっとターンするとツインレーザーを撃ちこむが、手応えなし。仕方ない、武装をリフレックスリングに換装し、投げ飛ばす。俺は大きな瓦礫に接近した。

 

「俺が守る!」

 

 リフレックスリングを逆回転で発射。大きい瓦礫を掴むことに成功した。

 

 だが、掴んだ瓦礫は非常に重たいようで、挙動がよろつく。落下エネルギーに引っ張られ、あわや瓦礫が魔理沙に直撃しそうになる……が、どうにか持ちこたえた。ふう……。あとは適当な場所にブン投げればOKだ。

 

「おいアズマ、後ろ……!」

 

 背後を指さす魔理沙の一言で俺はヒヤリとした。その直後、一瞬背後でグレイブの中心が光ったのを確認した気がする。

 

 まずい、完全に狙われている。だが、そう思ったころにはもう遅い。虹色のレーザーを薙ぎ払うように照射するグレイブ。機動力を失っていたアールバイパーでは回避が間に合わず、左側の翼に直撃。バランスを失い墜落してしまう。

 

「オマエ、オレノナカマ、タクサン……タクサンコロシタ」

 

 ガシャガシャと勝ち誇ったように詰め寄るグレイブ。テレパシーなのだろうが、こちらに語り掛けるは積もり積もった呪詛。コアを閉じたままなので反撃もできない。

 

「オマエモ……ミチヅレ……」

 

 脚の一つを大きく持ち上げる。このままアールバイパーを踏み潰すつもりのようだ。くそっ、バイパーはまだ浮かび上がらない。必死にエンジンをふかすが、機能は復帰しない。

 

「シネェェェェェ!!!」

 

「もうダメです、オシマイでーす!」

 

 振り下ろされる鉄の脚。ゆっくり星はもう助からないとあきらめ泣きじゃくっていた。俺もどうすればいいのかわからない。もはやこれまでか……。

 

「諦めないで!」

 

 背後からの激励はゆっくり霊夢のもの。そうだ、オプションたちならまだ動ける。決定打にはならないかもしれないが、せめて時間稼ぎだけでもしよう。そうしているうちに何か、何か突破口が見つかるはずだ。その思いを胸に俺はスペルカードを掲げる。

 

「操術『サイビット・サイファ』!」

 

 オレンジ色のオーラをまとった上海人形と半霊がグレイブにまとわりつく。バランスを崩したのか、振り上げていた脚を戻してしまった。それを見ていたゆっくり達は魔理沙の手を離れ一緒に突っ込んでいった。

 

「散々いじめてくれたな! もう逃げてばかりなのはゴメンだぜ。倍返しにしてやる!」

「ぎゃおー、ばいがえしー!」

「ええとええと……えーい!」

 

 ゆっくり霊夢の必死な叫びに感化されたのか、次々に反撃に打って出るゆっくり達。もちろんバイパーの中にいるゆっくり霊夢も例外ではない。一度リデュースを解除して外に出してやった。

 

 もちろん決定打にはなっていないが、当のグレイブも困惑しているはずだ。何せあのレーザーは地面の敵を撃つようには出来ていない。踏みつけようにもこれだけ多くのゆっくりやオプションにまとわりつかれては満足に移動もできない。

 

 そうこうしているうちに再び地面が大きく揺れた。また地震だろうか? だが、グレイブはゆっくり達にまとわりつかれて動けないでいる。ではいったい……?

 

 一際大きな揺れは天井を崩すのには十分すぎる威力であった。

 

「グレイブの真下に逃げ込め!」

 

 動けぬ蟹は脅威でも何でもない。いまだに動けないアールバイパーは乗り捨ててグレイブの股下に陣取る。遅れて魔理沙、ゆっくり達がもぐりこむ。

 

 ガラガラガラと天井が崩れ、久方ぶりに空を見た気がした。その空に今の揺れの原因であろう誰かが浮遊していた。

 

「お、お前は……?」




(※1)デス
グラディウスシリーズに登場する小型戦艦。
初出の「沙羅曼蛇」では空母だったのだが、空母としての機能をオミットされ代わりに極太イオンレーザー砲を搭載したモデルの方が主流。

(※2)オープンドコア
グラディウスIIIに登場したカバードコアの蔑称。
回転するカバー部分に当たり判定が設定されていなかったので、遮蔽版を壊したらそこに入り込むことによって簡単に倒せてしまう。

(※3)グレイブ
グラディウス外伝に登場する大型多脚兵器。
大ジャンプして踏みつぶそうとしてきたり本体である球体から追尾ミサイルや薙ぎ払いレーザーを撃ってきたりする。


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第2話 ~復讐者達への鎮魂歌~

ここまでのあらすじ

 バクテリアン襲来の異変を解決し、平和を勝ち取った「轟アズマ」と彼の相棒である銀翼「アールバイパー」。
 大きな異変も解決し、失っていたオプションも2つまで取り戻せたアズマは自らが強くなれたと感じたために魔理沙にリターンマッチを申し込むも、「恋心『ダブルスパーク』」を前に屈してしまった。

 更なる機体強化のためのパーツを探す為に、魔理沙と一緒に「無縁塚」の探索に向かうことに。だが、ここを遊び場にしていた生首のような饅頭のような妖怪「ゆっくり」達から倒したはずのバクテリアンのスクラップがまるで意志を持ったかのように動き出し、暴れているらしいことを聞く。

 スクラップとなったバクテリアン戦艦を次々と倒していくが、一瞬の隙を突かれ、蟹のような脚を持った「グレイブ」に踏み潰されそうになる。

 なんとか抵抗を続けていると突然天井が崩れ始めて……


 天井は崩れ去り、さわやかな青空と一人の少女の姿がはっきりと見えるようになる。恐らくはあの子が天井を破壊したのだろう。

 

 あれは空飛ぶ巫女だろうか? しかし巫女といえば霊夢みたいに赤色と白色の装束の筈。だというのにあの巫女は青色と白色の装束であった。なんかカエルやヘビの髪飾りしているし誰だコイツ?

 

「早苗じゃないか。助かったぜ」

 

 俺とともにグレイブから離れつつ感謝の言葉を口にする魔理沙であったが、それに応えることなく早苗と呼ばれた巫女はすぐに移動を開始していた。直後、その場所にグレイブのレーザーが薙ぎ払われていたのだ。そして空とぶ巫女はそれを予見してたかのように……

 

「えーい!」

 

 お祓い棒から電撃をまとったレーザーを発射。だが、若干タイミングが遅かったようでグレイブはコアを閉じることでガード。今度は距離を取るとおびただしい量の追尾ミサイルを発射してきた。

 

「……むんっ!」

 

 一斉に新たなターゲットめがけ発射されるミサイル。だが、早苗は微動だにせず、目を閉じて両手を合わせる。何やら簡易的な祈祷を始めたようであり、ブツブツと何かを唱えているらしいことが分かる。

 

 そうしているうちにカッと目を見開いた早苗は、青い球状の弾を凄まじい勢いで発射した。球体は意志を持ったかのようにミサイルに近寄っていき、すべてを撃ち落してしまっていた。

 

 再び攻勢に出るグレイブ。今度は大きくジャンプをしつつ、コアを開いてミサイルを発射しようとする。

 

「次で……決めますっ!」

 

 グレイブのコアに限界まで接近すると両手を前にかざす。するとおびただしい量の電撃が掌からほとばしり、コアに直撃した。電撃は相当の威力のようであり、そのままグレイブのコア焼き切ってしまった。コアを失ったグレイブは崩れ落ちて元の瓦礫に戻っていく。

 

「強い……」

 

 幻想郷ってのは巫女さんをやっていると逞しくなれるのだろうか? 正直な感想が俺の口から漏れ出ていた。

 

 いまだに腰を抜かしていた俺に手を差し伸べる。どこぞの乱暴者の巫女や泥棒魔法使いとは違って非常に礼儀正しい方と見受けられる。俺は安心してその手を握る。

 

「いえいえ、こんなの大したことありません。それよりもお怪我はありませんか?」

 

 よいしょと立ち上がると巫女はニコリと微笑み「東風谷早苗です♪」と自己紹介してくれた。こちらも名乗ろうとした矢先、魔理沙が割って入ってきた。

 

「凄いよな、あんなバカでかい怪物をいとも簡単にやっつけちゃうんだから。私もウカウカしてられないぜ」

 

 ただ素直に強さを褒め称える魔理沙であったが、早苗さんは少しはにかみながら首を横に振るだけであった。

 

「いえいえ、たまたま私がグレイブのことを知っていたので何とかなっただけです。しかしこんなスクラップ置き場に現れるなんてまるで『グラディウス外伝』のワンシーンですね。……まあ魔理沙さんに言っても何の事だかサッパリだとは思いますが」

 

 っ! 待て、今早苗さんは何と言っていた? 聞き間違いでなければ「グラディウス外伝」と言っていたぞ? 幻想郷の住民がどうして外界のゲームのことを知っている?

 

「おい、今なんて……」

 

「さて、探し物の途中だったので私は失礼します。これだけ探しても見つからないし、ここにはいないのでしょう。魔理沙さんもお宝探しに精を出すのはいいですが、あんまりボーイフレンドを危険な目にあわせてはいけませんよ? その……個人的には応援していますので」

 

 だが、こちらの制止する声に気が付かずに早苗さんは空を飛び無縁塚を去っていく。魔理沙の「なっ!? コイツとはそんな関係じゃないぜ!」と騒ぎ立てる声をバックに。俺も追いかけ……って生身では空を飛べない。勢い良くジャンプしたはいいものの、すぐさま重力に縛られてしまった。

 

「ちくしょう……」

 

 俺が空を飛ぶために必要な道具は今ガレキの下に埋まっている。わずかに銀色の翼が見え隠れしているので場所自体はわかるが、これを掘り返すのは至難の業であろう。

 

 今の早苗さんの発言のせいでお互いに気まずくて目を合わせられない。いかんいかん、変なこと意識している場合ではない。ガレキに埋まった銀翼を掘り出さないと俺は帰ることすらできなくなる。

 

 少し探すとボロボロになったスコップのようなものを見つけた。数本あるしこれを拝借しよう。魔理沙の分のスコップも確保すると俺は銀翼の真上に移動する。なんと魔理沙がアールバイパーの埋まっている場所めがけてミニ八卦炉を向けていた。

 

 思わず悲鳴を上げながら制止する。

 

「それはやめて! 俺の銀翼を本当にスクラップにするつもりか! 地道に掘り返すぞ」

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、無縁塚から離脱した早苗は……)

 

 ゼロス要塞の時の異変ではお留守番でしたが、私もバクテリアンと戦えて満足です。これも一種の妖怪退治ですしね。

 

 それにしてもアールバイパー、見つかりませんでした。魔理沙さんと一緒にいた男の人がそうかなとも思いましたが、銀翼がないことには判断が付きません……。そういえば私ってアズマさんのお顔、知らないんですよねぇ。

 

 アズマさんについてわかっていることと言えば、銀翼「アールバイパー」のパイロットである男性で普段は命蓮寺に住んでいる……。あっ! そうですよ、命蓮寺です。あそこに住んでいるのがハッキリしているのならばそちらに向かえば……。

 

 今度こそアズマさんに会えるかも。彼もなかなかのシューターとお見受けします。きっと友達にもなれるはずです。私は人里はずれに向かうことにしました

 

 

__________________________________________

 

 

 

 ミニ八卦路を向けるも俺に制止された魔理沙は不満そうに口をとがらせていた。

 

「なんでだよ。こういうのは全部パワーで吹き飛ばしてからだな……」

 

「そんなことしたらアールバイパーまで吹っ飛ぶっつーの! ほら、スコップ拾ってきたぞ。掘り出すのを手伝ってくれ」

 

 ボロいスコップがいくつか落ちていたので1つを魔理沙に投げ渡す。

 

「やなこった。ミニ八卦炉(こいつ)を使わせてくれないなら私はもう手伝わない」

 

 なんだか随分と愛想が悪いな。だが、ここまで誘っておいて今更俺を捨てるのはあまりに薄情だ。考え直すようにと俺は説得を試みる。

 

「ふんだ。パワーが云々って言うとアリスみたいにチマチマと細かいこと考える割に、お前のところの住職みたいにアンタはいっつもいっつも大きいほうにばっかり吸い寄せられて……。今だって私を無視して早苗を追いかけようとしていたし……」

 

「待て魔理沙、何のことを言っているのかわからないぞ?」

 

「私だってもう少し成長するんだぜ! うわぁ~ん!!」

 

 それだけ言うと俺を突き飛ばし、泣きながらホウキに乗って飛んで行ってしまった。だから大きいって何が? 無縁塚のスクラップ置き場にポツンと置いていかれる俺。これを俺一人で片づけるのか、キツいなぁ……。日暮れまでに終わるだろうか?

 

 ふと背後から気配を感じ、振り向くとコンパクが妖夢の姿となり片手を差し出していた。おお、手伝ってくれるのか。どこぞの薄情魔法使いとは大違いだ。

 

 軽く頭をナデナデしてあげるとスコップを手渡し、一緒に埋まってしまった銀翼を掘り出そうとする。本当にこの子はいい子だ。もう一人のオプションは……

 

「ムリ。サイズヲ、カンガエテ」

 

 ですよねー。ただこの上海人形(ネメシス)も何もしないのは悪いと思ったのか、ヘンテコな音楽を奏でてこちらを鼓舞させようと試みた。同じくサイズ的にサポートが不可能なゆっくり達も趣旨を理解したのか、口々に応援の言葉を発する。やかましいながらも心のこもった応援歌だ。あまり知性は感じられなかったが。

 

(少女達穴掘り中……)

 

 数時間かけてガレキを掃除すると銀色に輝く翼が完全に姿を現した。日はすでに傾いておりこれ以上仕事が滞っていたら夜になって非常に危険であっただろうことは容易に推測できる。声高らかに俺の愛機を起動させる。

 

「よし、アールバイパー発進っ!」

 

 俺の一声で銀翼は鼓動を開始し、地面の呪縛から逃れて浮遊できるはずだ。

 

 だが、声はすれど何も起こらない。どこまでも響く俺の声、むなしい。なんだよ、動かないのかよ。エンジンが不調のようであり空を飛べないのだ。くそう、やはりガレキの下敷きになっていたのでどこかが故障してしまったのだろう。

 

 よくよく考えたら結構ヤバいな。銀翼が動かなければ俺はただの人間。ただの人間が夜の無縁塚にたった一人。妖怪どもに「襲ってください」と言っているようなものである。せめて魔理沙を怒らせなければ……。なんで怒ったのか知らないけれど。

 

「お兄さん、帰れないの?」

「そろそろ夜。怖~い妖怪の活動時間だぜ」

「えっ、じゃあみんな襲われて食べられちゃうの? そんなのイヤですー!」

「うー、しゃくやー!」

 

 口々に泣き出すゆっくり達。泣きたいのは俺も同じだが、どうにかしないと。俺が真っ先に思い付いたのは宝塔型通信機。そうだ、これで命蓮寺と通信して助けを呼ぶんだ。

 

 よし、宝塔をセットしてあとは通信したい相手を口にする。そうすると相手の姿がホログラムで形成されて通信ができるのだ。もっとも命蓮寺のメンバー限定という制約があるのだが、今の俺には大した障害にならない。俺は命蓮寺の住職の名を叫ぶ。

 

「白蓮、白蓮! 聞こえるか? 俺だ、轟アズマだ。無縁塚でアールバイパーが故障した。日没が近い、すぐに救助してほしい!」

 

 通信機がビカビカと輝きだす。そして白蓮の姿を映すであろう光が……へにょりと曲がってレーザーとなって拡散した。そのうちの1本がれみりゃに直撃しそうになるが大事には至らなかった。

 

 予想だにしない結果に俺はキョトンとしてしまう。こんなこと宝塔型通信機には出来ない。このへにょりレーザーを出せるものといえば……

 

「コレ本物じゃねぇかァァァァァァ!!!」

 

 どこで入れ替わったのだろうか? これは寅丸星が持っているはずの本物の宝塔。非常にありがたい一品であり、強力なレーザー攻撃を仕掛けることもできるのだが、残念ながら通信機能は持っていない。本物だってわかってたらアールバイパーが埋まる前に使ってたのに……。

 

 とにかく妖怪に襲われたらコレを使えば何とか生き残ることはできるだろう。しかし飛べないしバイパー放っておくわけにもいかないし……。

 

 ネメシスがアールバイパーを引っ張り上げようとしているがこんな程度で持ち上がるはずもない。コンパクも加勢するが焼け石に水。ゆっくり達はバイパーの上に乗っかって応援歌を歌うがそこに乗られたら逆効果だ。

 

 邪魔になるからとゆっくり達をどかそうとする。1匹、2匹、3匹、4匹、5匹……あれ? ゆっくり達は4匹だったよなぁ。1匹増えてる……。

 

 手にしていたゆっくりは見たことのない奴であり、俺が驚いたのに反応して両腕から零れ落ち、ふわりとひとりでに浮遊した。

 

「ぎゃあっ、空飛ぶゆっくり!」

 

「ゆっくりじゃない。赤蛮奇」

 

 暗めの声で自己紹介する赤毛に青いリボンの生首。

 

 そうしているうちに赤毛の生首が次々と現れこちらを取り囲んだ。そして最後に同じく青リボンの生首を脇に抱える首なしの胴体が俺の目の前に現れる。

 

 もうおしまいだ……。あの冷たい視線はとても友好的に見えない。このままろくろ首に襲われて俺は食われてしまうのだ。ああ、せめてアールバイパーが動けばこいつと戦って、たとえ勝てなくても逃げるくらいはできたのに……。

 

 生身で逃げようにもあちこちで生首に睨み付けられて恐怖で動けない。何か……何か突破口は……? そうだ、宝塔だ。宝塔のレーザーでこいつらを撃退して……

 

「セキバンキお姉ちゃーん!」

 

 震えながらも宝塔を取り出そうとする俺の足元をゆっくり霊夢がスススと通り抜けると赤蛮奇に抱き付いた。

 

「よしよし、こんなところまで遊びに行っていたのか? 怖かったろう?」

 

 途端に柔らかな目つきになるとゆっくり霊夢を撫で始める。他のゆっくり達も彼女のもとに駆け寄っていく。まるで迷子になったペットと飼い主の感動の再会のようだ。生首だらけだが。

 

「さて、この子たちがここまで遊びに行っていたのか。それともそこの不埒な男が誘拐していたのか、体に聞いてみるかねぇ?」

 

「乱暴はダメだぜ? こいつはヒーローなんだ」

「そうでーす! ゆっくり達のこといじめてくるクモさんと勇敢に戦ったんです」

「かっくいいの! 銀色の翼を持った鳥の妖怪さん! うー♪」

 

 口々に俺の潔白を証明するゆっくり達。怪訝な表情でこちらを睨むろくろ首。浮遊する首がこちらに近づくと懐疑の目でジロリとこちらを凝視する。そんな中、ゆっくり霊夢が再び俺に抱き付く。取り落とさないように俺はキャッチすると頭を撫でた。

 

「おにーさんはワルモノじゃないよ! こんなにやさしいんだもん」

 

 それだけ聞くと空飛ぶ生首は持ち主の傍らにまで戻る。表情も幾分穏やかになったようだ。マフラーのせいで口元は分からないが。

 

「そう、疑って悪かったわ。そして私の可愛いペット達を守ってくれて……感謝する」

 

 ペコリと首を垂れると頭がポロリと零れ落ちた。一瞬ビクっとなったが、同じ手は2度も通用しない……、しない筈だ。いや、本当はビックリした。その反応を見て彼女の目がわずかに笑った気がした。してやったり、と。

 

「それでさぁ、セキバンキお姉ちゃん。かくかくしかじかで……。とにかくお兄さんはすごく困ってるの」

 

 俺の抱えるゆっくりが、アールバイパーが故障してしまい空を飛べず、帰れない旨を伝えてくれていた。ただ、超時空戦闘機ではなくあくまで妖怪の一種として認識しているらしく、故障ではなくて怪我と表現していたが。

 

「こんな闇の支配する中、戦う手段を持たない人間がたった一人。確かに風前の灯火。この傷ついた変な鳥の妖怪を安全な場所まで送ればいいのね。まかせなさい」

 

 だから変な鳥の妖怪ではなくて超時空戦闘機なのだが、今はツッコミを入れる余裕もないので黙っておく。そして赤蛮奇はそれだけ言うと9つの生首を使ってバイパーを引き上げ始めた。

 

 特別腕っぷしが強そうには見えない彼女であったが、さすがにこれだけいれば持ち上がるようだ。それでも相当きつそうだが。引き続きネメシスとコンパクにも手伝ってもらい、俺はゆっくり達と一緒にコクピットに乗り込んだ。

 

(銀翼移動中……)

 

 周囲も真っ暗な中、宝塔の光が道を照らしている。それ以外の光源といえば時折キラリと流れ星が走るくらい。さすが幻想郷だ、よくよく空を見ると星々が精一杯きらめいている。美しい星空に気を取られているうちに命蓮寺が見えてきた。よし、ここまでくれば安心だ。

 

「重かっただろう? それにこんなところまで出向かせちゃって」

 

「別に構わない。私の家もこっちの方だから。それよりも人間なのに妖怪に対して抵抗が少ないなって思っていたけれど……妖怪寺の人間だったのね。なるほど納得」

 

よっこらしょと銀翼を下しても顔色一つ変えずにポーカーフェイスのまま返す。ボソリとした「さあ行くよ」の声とともに、ゆっくり達は赤蛮奇の後についていく。

 

「その……何というか、この子たちは私の大事な家族なの。急にいなくなっちゃってもし何かあったと思ったら、いてもたってもいられなくなってね。でも貴方のような優しい方に見つけて貰ってよかった……」

 

 俺とて彼女なしには無事に帰ることが出来なかった。お互い様だよと言ってやる。さて、もう時間も遅いし別れの時が来たようだ。

 

「おにーさん、ばいばーい!」

 

 もみあげを手のように動かして手を振っているつもりだろうか? 俺も別れの言葉を告げると我が家に足を運んだ。

 

 命蓮寺の居間では、おたまを持った白蓮が出迎えてくれた。ちょうど晩御飯時であったようだ。なんとか間に合ったな……。

 

「お帰りなさいアズマさん。いろいろと大変だったみたいですね……」

 

 特に何も言っていないのにどうしてわかるんだろうか?

 

「アールバイパーが故障しているようですし、貴方もとても疲れているではありませんか。顔に出ています」

 

 まあ確かに……今日は色々なことがあったな。雲山に後でバイパーを格納庫に押し込むように、そしてにとりに修理を依頼し、晩飯にありついた。

 

 白蓮さんの料理は本当にウマイ。味付けがしつこくないからいくらでもイケる。それはそれは勢いよく食べていたようで「がっつきすぎですよ?」と注意されてしまった。

 

「そうそう、俺の宝塔型通信機を返しておくれよ」

 

 同じくご飯を一生懸命かきこんでいる星に話しかける。当の本人はキョトンとしている。

 

「何言ってるんですかアズマさん? これは私の宝塔ですよ。まさかなくしてしまったのですか?」

 

 頬を膨らませて抗議する毘沙門天代理。しかし星の持つ宝塔からホログラムが流れている。うむっ、あれこそ俺の本来持つべき「宝塔型通信機」。

 

「あれれー? これニセモノのほうでーす! どこ行っちゃったんでしょう? ナズー、ナズー!」

 

 大騒ぎになる前に本物の宝塔を手渡す。皿のように見開いた星の目はなかなか忘れられないだろう。

 

「あーっ! それですよ、それ! どうして持っているんですか!?」

「俺が聞きたいよ。おかげでバイパーが故障したときに通信して助けを求め……」

 

 そこまで言ったが、このままでは星がボロクソに叩かれるだけだ。せめてものフォローをしてあげるか。

 

「いや、おかげで凶悪な無縁塚の妖怪にやられずに済んだ」

 

 それだけ言うと本物の宝塔を星に手渡す。すぐさま俺の通信機を取り戻した。そうそう、この感触。

 

 さてと、食事を再開させよう。再び俺は黙々と箸を進める。

 

 こうして食事の時間は過ぎていく。そろそろ就寝してもよいのだが、俺はこれからのことに少し思索を巡らせることにした。窓を開き外の空気を取り入れ頭を冴えさせると座り込んだ。

 

 正直俺はまだまだ弱い。今日だって魔理沙に敗れたし、グレイブ戦でも魔理沙を庇う為とはいえ傷を負ってしまった。最終的に奴を仕留めたのは乱入してきた早苗さんだし。

 

 そう、その早苗さんのことも気になって仕方がない。何故バクテリアンのグレイブを知っていたのか? しかもスクラップ置き場に現れる奴を見て「まるでグラディウス外伝だ」と口にしていたのだ。恐らくは俺と同じで外の世界の住民……?

 

 だが、早苗さんはとても強かった。アールバイパーを用いてようやく露払い程度の戦闘をこなせる俺と違って、奴の弱点を知っていたとはいえ、鮮やかに倒して見せたのだ。どうしてそこまで強くなれたのか、彼女に会えばなにかヒントを得られるかもしれない。

 

 窓の外ではまたしても流れ星が落ちていた。そのきらめく星を見て、俺は決意する。そう、俺はもっと強くならなければならない。直前の皆の団らんを思い出し、改めて口から漏れ出る言葉を噛みしめた。守りたい、平穏なひとときを、皆の笑顔を、そして何よりも誰よりも俺の命の恩人の……!

 

 思わず懐から取り出すのはスペルカード「銀星『レイディアント・スターソード』」。白蓮から譲り受けたそれはしっかりとした材質でできた煌びやかなものであった。絆の証ともいえるそのカードを俺は焼き付けるように見る。

 

「どうしましたかアズマさん。もう寝る時間ですよ?」

 

 傍から見ると異様な光景だろう。いつの間にか敷かれた布団の上に棒立ちになってスペルカードを凝視しつつブツブツつぶやいていたのだから。

 

 そんなところを後ろから白蓮に見られて声をかけられたのだ、変な声をあげながら驚き振り向いた。

 

「今日早苗さんっていう巫女に会ったんだ。すっごく強かったし、無縁塚に現れたバクテリアンのことを、そしてそのバクテリアンの出てきたゲームのことを知っていた。彼女は何かアールバイパーの手掛かりも持っているかもしれない」

 

 それだけ一気に告げると白蓮は俯き気味に少し俺から視線を逸らした。

 

「早苗さん……。妖怪の山の頂にあるという守矢神社の風祝『東風谷早苗』さんですね。確かに彼女は外の世界の出身です。彼女を訪ねれば何かしらの変化が訪れるでしょう。今日も訪ねてきたのですが、行き違いになっていたようです。貴方は明日にでも行くのでしょう? 早苗さんは明日以降しばらく神社にいないといけないらしいので」

 

 どうやら俺が早苗さんに会いに行く、つまり妖怪の山に向かうこと前提で話を進めているようだ。というか命蓮寺に来てたのか。何という不運なすれ違い。

 

「そうしたいんだけど、白蓮は止めないのか?」

 

 妖怪の山というくらいだし、それこそ妖怪がウヨウヨいるのだろう。今でこそアールバイパーの整備に精を出しているにとりも、俺が幻想入りしていなければこの山で平穏に暮らしていたはずだ。

 

 もちろんにとり以外にも河童はたくさんいるんだろうし、皆が皆彼女のように友好的とも限らない。そんなどんな妖怪がいるとも知らない場所に行こうというのに止める気配はないのだ。

 

「貴方が自分で考えて、そうしようと思ったのでしょう? 止める理由もありません」

 

 確かにこれは誰かに強いられてとかではなく自らがそうしたいと望んだこと。だが、あれだけ危険な区域、俺に切り抜けることが出来るのだろうか?

 

「でもやり遂げられるか不安なんだ。俺は……弱い」

 

 彼女を前にすると本音を隠せない。希望も迷いも不安も何もかも洗いざらい話すことになるのだ。俺がそれだけ白蓮という人を頼りにしているから……かもしれない。

 

「弱くなんてありませんっ!」

 

 そうやってナーバスになる俺に白蓮は一喝。

 

「アズマさんは自分の手で幻想郷で生きるすべを手にしたし、大きな異変も解決しました。そんな貴方が弱い筈ありませんっ! 今のアズマさんに足りないものは幻想郷での経験値。実力が伴っているのは私もわかります。その為にも、貴方は色々な人に会って、いろいろな考え方に触れていくべきです」

 

 なるほど、経験……か。アールバイパーの武装だけではなく俺自身の力にもなる。そう、武器だけ強くなっても意味がないように俺も銀翼を操るに相応しい強靭な心を手にしなければならないのだ。

 

「それに相手は神社だ。一応商売敵になるはずだけれど……」

 

「アズマさん、確かに立場上はそうなるかもしれませんが、早苗さんも、あそこの神様である神奈子さんも立派な方ですよ。彼女達から何か学ぶこともあるでしょう。貴方なら無事に達成できます。もっと自分を信じて……。さあ、出発の時は近いです。今のうちにおやすみなさい」

 

 それだけ言うと白蓮さんはくるりと踵を返して俺の部屋を出ようとした。ふと、その歩みが止まり再び俺の顔を覗き込む。

 

「私はいつでも、いつまでも待っています。貴方の帰るべき場所は命蓮寺の他にありませんから。逞しくなって帰ってくる日を楽しみにしていますよ。ちゃんと帰ってきてくださいね? 確かにお二人も魅力的な方ですが……私のこと忘れちゃ嫌ですからね!」

 

 何を心配しているかと思えば……。神奈子さんって方には会ってないから何とも言えないが、確かに早苗さんも可愛らしい人ではあった。でも命の恩人を、俺が紫さんに打ち勝つまでかくまってくれた白蓮さんを悲しませることなんてするつもりはない。

 

「ははは、その心配はないよ」

 

 安心するようにと告げると白蓮は部屋を出ていった。さて、明日は出撃の時だ。今日はもう寝てしまおう。窓を閉めようとするとまた流れ星が光のラインを描いていた。本当に今日はよく流れ星を見る。

 

 さて、もっと星を見ていたかったが、明日は大事な日だ。鬼が出るか蛇が出るか。機体だけでなく俺も知識を吸収し、さらに強く、そしてアールバイパーの謎を少しでも解明するために……今はゆっくりと休むとしよう。



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第3話 ~河童と天狗と~

アズマが無縁塚でバクテリアンの残党「グレイブ」に襲われていたところを助けたのは守矢神社の風祝である「東風谷早苗」であった。

その際に早苗はグレイブの元となったゲームの名前を知っていたことから元は外来人、そして謎だらけのアールバイパーについても何か知っていると推測するアズマ。

早速妖怪の山の山頂にあるという守矢神社を目指すのだが……


 あくる日……。にとりの手によって鮮やかに蘇ったアールバイパーはエンジンの心地よい高音を立て、滑走路を踏みしめていた。

 

「守矢神社に向かうなら天狗のテリトリーに気を付けるように。勝手に入ると問答無用で攻撃を仕掛けてくるからね」

 

 妖怪の山で生まれ育ったエンジニアが注意点を述べてくれる。

 

「黒い羽根を持った奴らに近づかなければいいんだな? うまく迂回して向かおう。ルートはあるか?」

「……ない! あのあたり全部天狗のテリトリーだもん」

 

 ないのかよ! それでは守矢神社に向かうためには天狗と一戦交えないといけないことになる。天狗と聞いて真っ先に思い浮かんだのは文。ただのやかましい新聞記者にしか見えないが、にとりが言うには能ある鷹は爪を隠すなんだとか。つまりメチャクチャ強い。

 

 更にいうと鴉天狗という種族は飛ぶ速さも凄まじく、なんでもあの魔理沙以上に素早いやつらがウヨウヨいるらしい。これではアールバイパーの機動力に任せて逃げるという手段も取りづらいだろう。何という強大な障害だ……。

 

「おーい、聞いてるかーい? どうして戦うこと前提なのさ? 君は守矢神社にお参りに行くのが目的だろう? ならばしかるべき場所でその旨を告げればちゃんと通してくれるって。あんまりキョロキョロすると怒られるけど」

 

 テリトリーの入り口に関所のようなものがあって、そこでまっとうな理由で申請すればテリトリーの向こう側、つまり守矢神社には容易にたどり着けるのだとか。なんだ、それなら安心だ。

 

「話の分からない知性の低い妖怪だっているんだから戦闘の準備は怠らないように!」

 

 怒られてしまった……。よし、妖怪の山の山頂目指して……アールバイパー、出撃!

 

 幻想郷でひときわ大きい山という存在はかなり限られており、単純に「山」と言えばこの妖怪の山のことを指すのだ。俺はその天に向かってそそり立つ頂上目指しひた飛行する。

 

 朝日が周囲を金色に彩る中、突如レーダーに強力な反応が見られた。バイパー上空に落ちる影。そしてこちらを覗き込む真っ青な球体型のコア。こちらを見つけるとクルリとこちらを向き両腕を広げるかのように武装を展開してくる。

 

「こいつ、『ブラスターキャノンコア(※1)』かっ!」

 

 厄介な奴と遭遇してしまった。こいつは幻想郷の少女も真っ青になるであろう強烈な弾幕を左右のアームから展開することが出来る。本来なら隕石のように浮遊した障害物を盾として活用して弾幕をしのぐのだが、宇宙空間ですらない幻想郷に隕石が浮かんでいるはずもない。

 

 こちらがたじろぐことなどお構いなしに殺意を持った白い弾幕がアールバイパーめがけて飛んできた。どうする……どうする……!

 

 ええい、障害物がないなら作ってしまえ! 俺はバイパーを低速飛行させると武装をリフレックスリングに換装。逆回転で射出して地面の土や石ころを集め始めた。

 

「ど……どうだ! 即席の盾を作ってやったぜ!」

 

 それらを固めてアールバイパーの前方にセットする。弾幕が岩に阻まれていくが、すぐに崩れてしまった。数発程度しか耐えられないらしい。ならば何度も作るまでだ!

 

 地面を掘り返し砕かれを繰り返しているうちにブラスターキャノンコアの攻撃がやんだ。どうやら景気良く撃ち過ぎて弾切れを起こしたらしい。ざまぁ見やがれ!

 

 次はオレンジ色をしたレーザーで迎撃を試みているようだが、アールバイパーをまるで狙えていない。俺はその間に奴の目の前を陣取ると遮蔽板にショットを撃ち込みまくる。今度は逆に隕石が邪魔しないために本当に隙だらけである。

 

 かなりの数の遮蔽板を取り除いた。だが、奴も弾の再装填が済んだらしく、再び弾幕を展開しようとする。俺はそうはさせまいとスペルカードを取り出した。

 

「これで決めるっ! 操術『オプションシュート』」

 

 ネメシスをコアめがけて突撃させる。直後アールバイパーを無数の弾幕が襲ったが、スペルカード発動とともに展開されたオーラ型バリア「フォースフィールド」が防いでくれる。よし、この勝負貰った……!

 

「何してるのっ!」

 

 突然の外野から響く怒声。ブラスターキャノンコアはその声に驚いたのか攻撃をやめてしまった。ネメシスも狙いを外して暴発。戦闘は中断された。

 

 声のした方向を振り向くと二人組の金髪の少女がいた。声を上げたのは帽子を被ったほうだろう。口をへの字に曲げて腰に手を当てて威嚇している。

 

 少し控えめに立っている後ろの少女は、紅葉型の髪飾りと裾がやはり紅葉っぽいワンピースが特徴的な子であった。どこかからかほのかに甘い香りが漂った気がした。

 

「芋コアちゃんはケンカしにここに来たんじゃないでしょう! おいしいお芋作るんでしょう?」

 

 帽子の少女が口にする「芋コア」ってのは、おそらく自分よりもずいぶん小さい少女に怒られてうなだれているブラスターキャノンコアのことだろう。

 

 元になったゲームでこのボスキャラと一緒に出てくる隕石がジャガイモに見えるのでそういうあだ名を持っているのだ。あの少女がどういう経緯でそういうあだ名をつけたのかは知らないがなかなか的を得ている。

 

「穣子、それくらいにしてあげようよ。芋コアちゃん、怖がってるよ?」

「静葉お姉ちゃんは黙ってて!」

 

 どうやらあの色々と秋を彷彿させる少女たちは静葉と穣子という姉妹であるらしい。その穣子(帽子の少女)が肩をいからせて俺に詰め寄ってきた。

 

「それで……どうしてこの子に乱暴したの?」

 

 心外な。こいつから攻撃を受けたから反撃をしただけだ。俺は彼女にそう告げた。俺を見てすぐに殺そうと武装を展開してきたのだから。

 

 まあ俺もゼロス要塞を爆破させたのだ。バクテリアン達に恨まれるのはごく自然であるし、致し方ないとも思っている。事実、無縁塚のグレイブもまさに怨念の塊といった状態であった。

 

「それじゃあ戦意はなくて絡まれたってことね? 芋コアちゃんったら銀色の空飛ぶもの見るたびに目の色変えるんだものね……。とにかくこの子が危害を加えたのなら謝るわ」

 

 ペコリと一礼する姉妹。あまりに拍子抜けした真実に俺はいまだに唖然としていた。

 

 先ほどの戦闘でほどよく耕された地面に芋コア……もといブラスターキャノンコアは種芋を埋め込んでいる。あのアームを用いてなのでかなり広範囲だ。その間にこの姉妹ともいくらか会話を交わした。

 

 彼女たちは秋をつかさどる神様の姉妹(姉の静葉が紅葉の神様、妹の穣子がいわゆる豊穣の女神)であり、穣子は特に芋が大好物なのだという。

 

 そんな中リーダーであるゴーファーを失い、見知らぬ土地で行くアテのないブラスターキャノンコアが穣子と出会い、芋繋がりで意気投合。こうやって農耕に精を出すようになったのだとか。

 

「そういうわけで芋コアちゃんは悪い子じゃないからケンカは駄目よ?」

 

 平和に農業にいそしんでいるだけなら俺もコイツを始末する理由はない。これも白蓮の夢見る妖怪にも優しい幻想郷の一環であると思えば不思議と心も安らぐものだ。

 

 俺はバクテリアンが必死に幻想郷との共存の道を進む様を尻目に妖怪の山へと潜入するのであった。

 

 山のふもとから鬱蒼とした森林地帯を抜ける。ジメジメしているとはいえ、魔法の森のように明らかに危険な瘴気で満たされているわけではないのでそこまで急ぐ必要もない。その証拠にあの時のようにせき込んだりはしない。

 

 とはいえ、あまりに陰気くさい場所なのですぐに抜け出したいのだ。瘴気は充満していない筈なのだが、なんかそれとはまた別の嫌な気が充満しているような気がするし。

 

 そんな中、いきなり光が差し込むエリアを発見した。むむむ、気になる。何事だろうと銀翼を光のある場所まで飛ばす。

 

 見たことのない黒い塊が周囲を吹き飛ばしつつその場所に鎮座していたのだ。この部分だけ木々がまるでないことから推測すると、おそらく空から落ちてきたものであろうことがわかる。どうやら小隕石のようだ。流れ星はロマンチックだし綺麗だけど、こんなのがぶつかってきたらひとたまりもないな……。

 

 記念に持って帰ろうかとも思ったが、ちょっとここでバイパーを降りたくはない。何だか知らないが嫌な気のようなものが漂っているのだから。

 

 さあ、こんな森はさっさと抜けよう。この先に河童の集落があるのでそこの川をさかのぼればもうそこは天狗の住処だ。目的地目指してひた飛翔する。

 

(銀翼移動中……)

 

 急に視界が開けた。眼下には大きなリュックを背負った少女達の姿が見える。おそらくあれが河童なのだろう。一人一人がエンジニアとしての素質を持っており、もちろん水場での作業もお手の物。上空から眺めていると宝塔型通信機が輝き始めた。取り出すとなんとにとりの姿を映し出しているではないか。

 

「無事に妖怪の山に入れたね。この先はまだまだ長いから一度補給や修理を受けるといい」

 

 よく見るとまさに「ここに降りて来い」と言わんばかりに河童が両手を振っている。よく見ると赤い誘導灯をまるで光のラインを描くように振り回すにとりの姿であった。

 

 指示通りに着陸させると、にとりを筆頭に多くの河童たちが群がってきた。

 

「こらこら、これ以上近づいちゃダメだって。ってそこ! 触るなー! そっちもその物騒なスパナはしまうっ!」

 

 いつも変な鳥の妖怪呼ばわりなのだが、河童たちにはこれが機械であることがわかるようで、興味津々といったところか。

 

「ところでお前、命蓮寺はどうした?」

「河童専用の水路で実家と行き来できるようにしたんだ」

 

 そういって彼女が指さすのは地面に突き刺さった緑色の土管。あの中は水で満たされているうえに複雑な構造をしているために河童以外の種族ではとても使用できないものらしい。で、もちろん戸締りも完璧なので他の河童が勝手に使うこともないのだとか。

 

「この前里帰りした時にアールバイパーの話をしたらうらやましがられてさ。ぜひ見てみたいってみんなが言うからここに呼び寄せたのさ。ああもちろん補給とかはするよ。それとちょっとしたプレゼントも……ね。見学の対価だと思ってくれ」

 

 ちょうど芋コア……もといブラスターキャノンコアと交戦していたので多少消耗をしている。アールバイパーの整備中に機体から降ろされると握手を求める河童や勝手にコクピットに乗り込もうとしてにとりに止められる河童などがおり、非常ににぎやかであることが分かる。今もにとりの悲痛な「やめろよーぅ!」という声が響き渡っている。苦労してるなあの子も……。

 

 俺は俺で他の河童に誘われ発明品の品評会につき合わされたり、やたらみずみずしいキュウリを振舞ってくれたりと随分と丁重にもてなしてくれた。

 

 ただ、皆が「尻子玉」と呼ぶ食べ物だけは口にする気が起きなかった。人間の尻から抜き取ったものではなくて、あくまでそういう名前をした普通のお菓子ではあるようだが、やっぱりねぇ……。

 

 俺がいらないという旨を伝えると一瞬驚いたような顔をしていたが、高級品だったらしく、他の河童たちがうまそうに平らげてしまった。

 

 そうしているうちにバイパーの整備が完了。新品のように綺麗になっており思わず声が漏れる。そして先端に先割れ部分がわずかにコンモリしている気がした。どうしたのかと河童に聞いてみる。

 

「バイパー用の近接兵器『リフレックスリング』と『レイディアントソード』の2つをいつでも使えるようにしたんだ。ずいぶんと使い込んでいるようだし、いろいろな武装を取り戻したり使用したりすることでアールバイパーの謎を解明する手助けにもなるだろうしね」

 

 すっげぇ! 整備だけではなく強化までしてくれたのか。喜びのあまりにとりの手を取り大きく振る。ずいぶんと大げさな握手である。

 

 これだけもてなしを受けたのだ。何としても目的を達成せねば。気持ちも新たにふたたび頂上目指して飛び立つことにした。多数の河童たちに手を振られながら。

 

 河童の集落からさらに上流へとさかのぼる。

 

 ゆったり広々とした流れは次第にその幅を狭め、そしてより激しい流れになっていく。もはや知能を持った生物が生活している様子はなく、河川以外だとはるか下方に細々と続く獣道くらいしか見つからず、人の入り込む領域を大きく越えているのだなという実感もわいてくる。

 

 そして切り立った崖が見え始める。集落の河童たちが口々に「九天の滝」と呼んでいたものであろう。つまり天狗のテリトリーも近い。うっかり無断侵入しないように警戒しつつ飛行を続けることにした。

 

 さて、どこかに関所のようなものがありそこで手続きを済ませれば神社への参拝、つまり早苗さんとコンタクトを取ることは可能になるわけだが、いかんせん、木々と岩場だらけの山肌からその門を見つけるのは至難の業である。

 

「どこだよ……」

 

 あまり滝に近づくと危険であろうからその周囲を迂回するようにそれらしきものを探し続けるが一向に成果はあがらない。こんなところで時間を食って夜になられてはたまったものではない。何とかしないといけないのだが……。

 

 と、空を仰ぐと鳥ではない何かが浮遊しているのを見かける。真っ白な犬のような耳を持ち、やはり見事な尻尾を生やした少女のようだ。それが空を飛んでいるのだから恐らく妖怪の類だろう。

 

 天狗といえば文を連想するが、それとは少し違う容姿。だが、こんなところを我が物顔で飛べるのははやり天狗に準ずる存在なのだろう。武骨な剣と盾で武装しているし、おそらくは見張り役なのであろう。

 

 どうするか、天狗であれば彼女に道を尋ねるという選択肢も取れるだろう。うまく意思疎通を取れれば、安全にしかるべき処理を行うことが出来るだろう。しかし不用意に近づいて侵入者だと思われたらこの後に起きるであろう惨劇はまず避けられない。

 

 さて、どうしたものか……と頭をひねる前にあちら側から俺の姿を認識、接近してきた。

 

「すまない。守矢神社に向かいたいんだが、関所がどこにあるのかが分からない。出来れば案内を……」

「未確認飛行物体発見! これより排除します!」

 

 うわぁ! 最悪の事態だ! 何とかこの場を取り持たなくては……。

 

「待てっ、俺に戦う意思はない! ただ道案内を……」

 

 ダメだ、まるで聞く耳なし。この少女は剣を抜き今にも襲い掛からんといったところだ。

 

「見たことのないあまりにヘンテコな鳥モドキ妖怪……怪しすぎる! 白狼天狗『犬走椛』、参る!」

「だからヘンテコな鳥モドキ妖怪じゃねぇっ! 超時空戦闘機アールバイパーだっ!」

 

 ああっ、俺は俺でやっちまった。これでは売られた喧嘩を買ったようなものではないか。でもああ言われるとこうやって反射的に啖呵を切ってしまうんだ。

 

 というかいつになったら超時空戦闘機だと認識してくれるんだ、幻想郷の大部分の住民は……。河童くらいじゃないか、初対面で機械だって分かってくれたの。

 

 嘆いていても仕方がない、こうなってしまった以上ひとまず彼女を落ち着かせよう。穏便に済ませるのは絶望的と判断し、俺はオプションを展開し戦闘態勢を取る。ああもう、結局こうなるのかい……。

 

 手始めにフライングトーピードを発射する。ネメシスとコンパクの分を含めて合計6発。対する椛は早々に青白い大きな丸い弾を連なるように発射し、それらを撃ち落としていく。こちらも負けじとミサイルを撃ち続け、敵影とすれ違った。

 

 接近戦は不利であると判断し(剣士相手にレイディアントソードだけで勝負するのは危険だ。妖夢にもまるで敵わなかったではないか)、武装をツインレーザーに換装。椛の背後を取ると改めてロックオン。トリガーを引きこれでもかと針状の光線を乱射した。

 

 しかし命中したのはほんの数発。とっさに振り向いた白狼天狗はその紅葉の描かれた盾を構えながら振り返ったのだ。

 

 あのシールドは厄介だな……。だが、天狗という割には随分と足が遅い気もする。この白狼天狗というのは鴉天狗と違ってそこまで速いわけではないのだろうか? 大体あんな重武装でスピーディな動きなど不可能だろう。

 

「くっ……無駄な抵抗はやめなさい! そして幽閉している人間を解放してあげなさい!」

 

 幽閉? そんな物騒なことは……違う。椛は俺を鳥の妖怪に拘束されて閉じ込められている人間と勘違いしているのだ。なんちゅう視力だ……。

 

「他でもない俺だよっ! これは乗り物であって俺が操縦しているの!」

 

 そう言い切ってやると、椛はハッと瞳を見開く。ようやくわかってくれたか。いや、分かって欲しいのはそこじゃないけど。

 

「妖怪に意識を乗っ取られているようですね。仕方ありません。奥の手ですが……。狗符『レイビーズバイト』」

 

 ちっがーう!!

 

 俺の悲痛な叫びもむなしく掲げられたスペルカード。ようやく本気を出すといったところか。さあ、どう来る? 身構え、来る弾幕に備える。

 

 だが、いつまでたってもその時は来なかった。なんだ、不発なのか? 不敵な笑みを浮かべる白狼天狗がなにか怖い。どこから来るんだ? どこから……?

 

 ……見えたっ、それは椛のはるか後方。まるで牙を見立てたようにギザギザに撒かれた弾の壁。あれが大挙してこちらに突っ込んでくるのだ。なるほど「噛みつく(バイト)」なだけあって牙をモチーフにした弾幕だったのか。

 

 俺は冷静に弾の隙間を見つけると掻い潜るようにやり過ごすことに……しようとして何かがおかしいことに気が付く。噛みつくのだから当然牙が片方だけではおかしい。今俺が見ているのを上あごだとすると下あごもどこかにあるわけで……。まずいっ!

 

 改めてレーダーを見ると背後からも魔力の壁が迫っているではないか。そしてそれは上あご側の隙間を埋めるように配置されている。レイディアンソードで弾幕を斬りつければ……いや、牙状の弾幕が分厚すぎて対処しきれない。これでは回避不可能だ! どうする……。

 

 焦り再び周囲を見渡すが安全そうな場所は見当たらない。つまりこの顎に囲まれた時点で俺の敗北は確定……いや、一つだけ安全地帯がある。椛のすぐそばだ。もしも本当に隙間なく配置されているのであれば他でもない椛が自滅してしまうのだ。きっとそれを回避する手段があの傍らには用意されているに違いない。

 

 剣を扱う椛に接近することは賭けになるが、やるしかない。狭まる空間、俺は速度を限界まで上げて椛に急接近。案の定その無骨な剣を振り回し始めた。大剣にはさらに巨大な剣で対抗だっ……!

 

「銀星『レイディアント……」

 

 アールバイパーの翼をかすめるように牙が突っ込んでくる。白蓮さんの用意してくれた高級な紙質のカードを高々と掲げ、さらに椛との距離を詰める。

 

「スターソード』!」

 

 青いワイヤーフレーム上の剣を左右に展開。椛を挟み込むように斬撃を食らわせる……が、とっさに出た盾に防がれてしまう。さすがに勢いはあったので弾き飛ばすことに成功したがこちらの剣はバラバラと崩れ落ちてしまった。

 

 そうしているうちに椛の牙が再び生成される。もう一度噛みつくつもりのようだ。レイディアントスターソードは砕けてしまったし接近戦は不可能。ツインレーザーもフライングトーピードもあの盾の前には無力。

 

 ならば……その盾を使わせてもらうっ!

 

 逆回転リフレックスリングの吸引機能であの盾をもぎ取ってやろう。兵装をリフレックスリングに換装すると逆回転で発射。案の定椛はガードするべく盾を構えた。よし、かかったぞ!

 

「お前の盾をいただきだぁー!」

 

 腕から紅葉柄の盾がすっぽ抜ける。リングをそのまま引き寄せると、盾がアールバイパーの前方にセットされる。視界が悪くなったが、おそらくはあの牙を模した弾幕にも耐えられるだろう。

 

 強引に椛と距離を取りつつ迫る牙を勢いだけで突破。確かに弾幕から身を守ってはくれた。だが、このままではショットも撃てないしどう反撃するか……。

 

 こんな状況は前にもあった。どんな時だ? 魔理沙をブン投げた時、瓦礫を放り投げた時……。そうか、コイツをそのまま椛にぶつけてやればいい。

 

 その前に迫る牙を何とかしないと。だが、確信を持てた。弾幕の防御と投擲を同時にこなす術があることを。

 

 俺は再びリフレックスリングを射出。伸ばした状態で機体をハンマー投げの要領で回転させる。最初はゆっくりと、そして次第に勢いをつけて。盾に当たった牙状の弾幕はかき消されていく。

 

「何、何をしようというの?」

 

 自らを襲う牙から己が身を守り切った俺は狼狽する天狗に狙いを定めリフレックスリングの回転方向を反転。勢いよく椛に持ち物を返す一撃となった。これぞスペルカード級の一撃。なんだ、強くなる鍵はこんな身近にも転がっていたのではないか。ならば高々と宣言してやろう。

 

「これが俺の新スペル。陰陽『アンカーシュート』!」

 

 陽気な妖怪「ムラサ」からヒントを得たリフレックスリング。普通(陽)に回転させればリングからも弾を撃てて、逆回転(陰)させれば色々なものを引き付けることが出来る。

 

 これぞ射程距離こそ短いけれど便利な兵装。陰となり脅威を集め固め、そして陽に転じてそれを一気に放つ。カッコいいこと言ってるけど、要はやってることはジャイアントスイングなんだけどね。

 

 ゴォウと唸りをあげ、残りの「牙」を吹き飛ばしつつ、紅葉柄の盾は椛にクリーンヒット。剣で試みた防御もむなしく綺麗にヒットしたのだ。パカーンと甲高い音を立て、椛は崩れ落ちた。

 

 大人しくなったのを確認したのち俺は武装を解除。本来の目的を果たすべく椛にゆっくりと近づく。

 

「だから俺は戦いに来たんじゃなくて関所を案内してほしくて……」

「私では手に負えません。一度離脱します!」

 

 それだけ言うと紅葉を巻き上げながら姿を消してしまった。むう、逃げられたか。恐らく俺と交戦したという情報は他の天狗にも知れ渡ってしまうだろう。

 

 だとすると関所どころではないな……。事情を分かってくれそうなのは射命丸文くらいだが、彼女に会えるかどうかもわからない。とにかくこの場所にとどまるのは愚策だ。このテリトリーを抜けるにしろ和解するにしろ解決に向かって動かないと!

 

 椛と交戦し逃がしてしまった以上、いつ天狗が襲撃してくるかわかったものではない。ここで取りうる選択は、大人しく引き下がるか強行突破するか……。いやいや、天狗のお偉いさんに会って誤解を解いてもらうのが一番だろう。鴉天狗の足の速さや執念深さは文を通じてある程度理解しているつもりだ。放っておくとロクなことにならない。

 

 レーダーを頼りに進行方向を決めるのだが、突如レーダーに強大な魔力が急接近しているのを確認。これだけ速い魔力の動きは……弾幕かっ! 俺は身構えて回避動作に入ろうとしたが、弾幕などどこにも見当たらない。

 

「どこだ……?」

 

 周囲を警戒し迫る脅威を探し出すのだが、待てども待てどもそれらしきものは出てこない。いや、2時の方向に……違う、6時? いやいや9時の方向かっ?

 

「おっと、それ以上動くな」

 

 結論から言うと全部正解。いつの間にか俺は多数の白狼天狗に取り囲まれていたのだ。そして12時、つまり真正面に現れたのは狼のような耳を持たず、漆黒の翼を持った天狗……鴉天狗であった。射命丸かと一瞬期待したが、どうも容姿が全然違うようだ。

 

 全体的に白と紫のイメージが強く、帽子も紫色、ツインテールをまとめる髪飾りも紫色。ついでにスカートもチェック柄の紫。知らない天狗だ。

 

「はたて様、一気に確保しましょう!」

 

 詰め寄る白狼天狗を「はたて」と呼ばれた鴉天狗が制止する。こいつ、目的は何なんだ?

 

「とある白狼天狗からタレコミがあったのよ。ノッペリとした変な鳥の妖怪が妖怪の山に侵入したと」

 

 俺に向けるのは携帯電話だろうか? いや、小さいレンズがついているのであれも一種のカメラなのだろうか?

 

「だからノッペリとした変な鳥の妖怪じゃなくて超時空……じゃなかった。俺はただ守矢神社に向かいたいだけだ。勝手に戦闘を仕掛けたのはそっちじゃないか!」

 

 まるで融通の利かない白狼天狗とは違い、はたてはフムと顎に手を当てて考え込む。

 

「分かっているわ。それは道具なのでしょう? 最近になってアレが増えてきたのよ。ちょうど流れ星を多く観測するようになってからだったかしら?」

 

 増えてきた? 何が? まさかアールバイパーがたくさんいるだなんてことは考えられまい。

 

「『付喪神』よ。道具が何らかの理由で暴走して妖怪化するというアレ。迷惑な付喪神は徹底的に叩きのめして元の道具に戻すべきよ。そしてその道具もきっと暴走している」

 

 つ、付喪神!? アールバイパーは正真正銘の乗り物だ。俺が操縦しているんだからそんなわけないだろう。

 

「バカなことを言うな! これは乗り物だ。俺が俺の意思で操って……」

「大変! 持ち主まで道具に乗っ取られているわ。コテンパンにしてもう悪さできないようにしてやりましょう!」

 

 俺の「だから違うわー!」という悲痛な声は次々と襲い掛かる天狗たちの雄たけびにかき消されてしまった。

 

 ちくしょう、結局やりあうしかないのか……!




(※1)ブラスターキャノンコア
「グラディウスV」に登場したバクテリアン戦艦。
遊戯王カードにもなっている。
圧倒的な弾幕を展開してくるのでアステロイドなどを防壁代わりにして切り抜けよう。
アステロイドをジャガイモに見立てて「芋コア」なんてあだ名もついている。


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第4話 ~決死の抵抗~

守矢神社を目指して銀翼「アールバイパー」を駆り、妖怪の山を目指すアズマ。しかしいつの間にか天狗のテリトリーに迷い込んでしまい、見張りの天狗「犬走椛」と交戦せざるを得なくなる。

これを辛くも撃退したアズマであったが、鴉天狗「姫海棠はたて」を筆頭に次々と不審者であるアズマを排除するべく他の白狼天狗達が集まってきてしまい……。


 一斉に襲い掛かる白狼天狗どもをすべて回避するのはおそらく無理……というか多勢に無勢すぎる。こんなの相手にする馬鹿はいない。ひとまずは逃げよう。

 

「操術『サイビット・サイファ』!」

 

 カードを掲げるとオプション2つを突っ込ませる。ヤツらがネメシスとコンパクに気を取られている間に俺自身は離脱するべく最大速度で飛行……しようとするが、数が多すぎてさばききれない。魔力が尽きてふよふよ漂うオプション2つを瞬時に呼び戻すと一度アールバイパーの中に格納した。

 

 背後から弾幕多数。サイビットの影響を受けなかった白狼天狗が平仮名の「の」の文字のような弾の壁を多数展開してくる。まずいっ、まさに「前方に鴉天狗、後方に白狼天狗」ってやつだ。とにかく防御しないと……。

 

 リフレックスリングでまた即席の盾を作って……いや、これだけの物量をしのぎ切るのはまず無理だ。どうする……どうする……。

 

『You got a new weapon!!』

 

 久しぶりに聞いた機械的なボイス。何かこの危機的状況を打開する兵装があるというのか? こんな広範囲にわたる弾幕をワイドに防ぐシールドのような……。

 

 ディスプレイをのぞき込むとミサイル系の兵装部分を表示する画面にノイズが走り、一瞬だけ白狼天狗が自らを挟み込むような弾幕を放つアイコンに書き換わる。直後、銀翼によるアイコンに差し替わり、再び機械音が今回入手した武装の名前を淡々と告げる。

 

『KIKU BEAM』

 

 キクビーム……? ああ菊ビーム、つまり「菊一文字」か。これってミサイル系兵装になるんだ。上下に伸びるバリアを展開するポッドを射出するものなのだが、バリアを直接当てると凄まじい威力になるというものだ。どうやらレイビーズバイトを受けた時に習得したらしい。

 

 さっそく使ってやろうとクルリと背後をむくと、ミサイルを発射させる。ゆっくりと球体のポッドが撃ち出され、一定の距離まで進むとバリアを展開。おおっ、見事に弾幕を防いでくれている!

 

だが、相手も間抜けではない。バリアが防いでくれるのは1方向のみ。当然菊一文字が覆われていない場所狙って再び弾幕を張るのは当然の流れであった。よし、ならばもう一度ミサイルボタンを……。

 

 カチリとトリガーを引く音だけが空しく響いた。一度展開したら再装填するのに時間がかかるらしい。恐らくはさっき展開した菊一文字が消えないと次を発射できないとかだろう。焦って何度もトリガーを引いても結果は同じ。強靭なバリアもこれでは役に立たない。

 

ようやく次の菊一文字を発射できたのは改めて撃ち出された「の」の字弾幕が相当接近してから。ポッドがそれらの弾幕を通り抜けたうえでバリアを展開。まるで意味がない。複数からの弾幕で避ける隙間すら見つからない俺が取れる行動といえば……。

 

「逃げるしかない!」

 

 そもそも最初の菊一文字のおかげで退路は開かれたのだ。こんなところにいつまでもいる道理はない。アールバイパーを急加速させてそこから少しでも逃げるのが得策であろう。

 

「しまった、あいつを確保しないと!」

 

 レーダーを見るとやはりというか、はたてがこちらを追いかけているのがわかる。白狼天狗程度ならなんとか振り切れるようだが、鴉天狗となるとそうはいかない。

 

 秘密裏に連絡を取り合っているのだろうか、おそらく鴉天狗のものであろう魔力があちこちからこちらに迫ってくるのがわかる。このままではまた囲まれてしまう!

 

 いくらアールバイパーといえど、あの黒い羽根を持った天狗ども相手にスピード勝負では敵わない。このままではいずれ捕まるのは必須。そもそもアールバイパーにこんな多方向を対応するすべなど持ち合わせていない。この状況を打開するには散らばっている標的を何らかの理由で狭い範囲でまとめ、一気に行動不能にするほかない。

 

 そしてそれがあまりに無謀なことであることは大して考えずとも俺には理解できた。こんな開けた山岳地帯に天狗がわざわざ固まって行動せざるを得ない場所なんて……いや、一つだけあったな。山の妖怪たちが「九天の滝」の呼んでいる大きな滝を利用するんだ。

 

 目視で滝の場所を確認すると大きく迂回するように飛行。山肌ギリギリまで詰めて急旋回。この時点でスピードを上げ過ぎた何人かの鴉天狗が山肌に衝突して行動不能に。機体を縦に傾け山肌に沿うように高速で飛行する。少しでも腕を誤れば銀翼も無事ではあるまい。

 

 着実に滝との距離を縮めていく。そして鴉天狗どもは俺の目論見通り山肌をそって追いかけていた。そして容赦なくこちらを撃ち落そうと放たれる弾。最低限の動きでこれを細かく避けていくのだが、なにぶんこの速度でこの体勢。レイディアントソードを使う余裕もないし、回避行動は困難を極めている。このまま弾幕にさらされ続けるといずれ被弾してしまう。間に合えっ……!

 

 ザアザアと水が絶え間なく落ちる音が聞こえてきた。そうかと思うと俺は九天の滝の裏側にもぐりこむことに成功できたらしいことがわかる。そして同じく滝裏に突っ込む鴉天狗たちも……。よし、今しかない!

 

「菊一文字、発射!」

 

 滝の裏側、俺はあえて真ん前に向けてレーザー型バリアを展開するポッドを撃ち出した。

 

 撃ち出されたポッドはゆっくりと前に進むが、高速飛行を続けていたアールバイパーはそれをすぐに追い越してしまう。コンマ数秒後に鴉天狗も銀翼を追うように滝の裏を飛行するが……。

 

 決まった! タイミングよく菊一文字が展開。鴉天狗どもは菊一文字が発する高出力のレーザーに自分から突っ込んでいったのだ。悲鳴、そして爆発音、ついで墜落していく黒い翼たち。

 

 もはや俺を追う敵はいないと判断し、いまだ響く爆音を背に……

 

「やってくれたわね……」

 

 振り向くとツインテールの片方の先端が焼け焦げて短くなっている鴉天狗の姿がいた。今のトラップを抜けてきたというのか!? 今更戦うつもりはないといっても弁解はできないだろう。俺は何人の天狗を倒してきた? どれだけ武器を振るってきた?

 

「こちらを許すつもりなどさらさらないだろう? ならばやるしか……ないな」

 

 正直どうしていいのかわからない。この可憐な見た目をした少女は紛れもなく天狗。この妖怪の山を治めている種族の一人なのだ。その強さは未知数。そもそもこうやって襲ってくる天狗を倒したところで誤解が深まって事態はさらに悪化するだけだ。

 

 それでもただ一つ、分かることがあった。彼女の目に光る殺意ある眼光。あれはプライドを傷つけられた時の目だ。負けたらまず命はないだろう。ならば……絶対に屈してはならないっ!

 

 先手必勝、針状のレーザー「ツインレーザー」をオプションたちと一緒に照射。適度にばらけつつ鴉天狗に向かう。間髪入れずに移動すると別方向からも攻撃。相手はあくまで避けに徹しているようであり、反撃する様子は見えない。

 

 いったい何を考えているのかといぶかしむと、はたては小型ポーチから携帯電話を取り出した。どこかと通信するのか? この期に及んで仲間を呼ぶつもりか?

 

 いいや、違う。携帯電話をよく見ると小さいレンズが見える。あれはカメラだ。こいつも新聞記者なのだろうか? すると迫るレーザーに向けてシャッターを切る。小気味良いカシャリという音とともに、ツインレーザーが消えた。もう一度言う、消えたのだ。

 

「バカなっ? ならばこれでどうだ。操術『サイビット・サイファ』!」

 

 オプションたちを一気に突っ込ませる。さすがに人形はカメラで消えるまい。迫るネメシス達にカメラを構える。ふふん、かかったぞ!

 

 切られるシャッター。オプションは……消えないが、まとっていたオレンジ色のオーラが失われてしまう。魔力切れを起こしてしまったようだ。落下するネメシス達を急いで回収する。あの写真に撮影されると魔力の類が無力化してしまうのだろうか?

 

「せっかくの力もこのカメラの前ではスポイルされてしまうわ」

 

 天狗のカメラにそんな機能がついていたのか。飛び道具が軒並み通用しないとなると接近戦を行わなければいけない。レイディアントソードを構え、バイパーを急加速。すれ違いざまに一閃……しようとするが、それ以上にはたてが素早く引いたためにいつまでも距離を詰められない。

 

「このっ、待ちやがれっ!」

 

 一向に距離を詰められない中、逆にあちらから接近してきた。カメラを構えつつ。さすがにレイディアントソードは消えない筈。大人しく細切れにされるがよい!

 

 剣を振るう風の音、そしてシャッターを切る音。それらがほぼ同時に鳴り響いた。

 

「……あ、あれっ!?」

 

 急にバイパーの挙動がガクンと落ちた感じといえばいいのだろうか? なんと表現したらいいのだろうか、全身から力が抜けるというかなんというか油断するとそのまま意識を失うかのような……? あと視界が一瞬暗くなったかのような錯覚も覚える。うう、意識が朦朧とする。いったい何が起きたんだ?

 

「昔々、カメラに撮影されたものは魂を抜かれるって迷信があったそうね。コレ、こういう使い方のできるのよ。取材用じゃなくていわゆる戦闘モードってやつね。とりあえず動けないようにしてからただの道具に戻したげる」

 

 滅茶苦茶だ。あれは魔力をスポイルする上に魂を抜くカメラだという。おそらく撮影された時に生体エネルギーを奪われたのだろう。確かに何度も喰らっては命がもたない。すぐに逃げないと、こんなの相手にするのは自殺行為だ。だが、どう逃げる? 身を隠す場所も鴉天狗を振り切る速度もないのだ。

 

 せめて入り組んだ地形があればまだ希望はあったが……。仕方ない、いい案が出るまで時間を稼ぐか。そう思い、一定の距離を置いて、でも何をしていいのか分からないのでじっとする。だが、次のアクションがなかなか来ない。さすがにあの化け物カメラもそう何回も使えるものではないらしい。

 

 つまり一度カメラを使わせて間髪入れずに追撃をかませば……。

 

「操術『オプションシュート』!」

 

 もう一度ネメシスを突撃させる。やはり構えるカメラ。そして筋書き通りにシャッターを切る。

 

「コンパク、お前も突っ込めぇー!」

 

 間髪入れずにもう一度突撃を命令。ビンゴだ、カメラの準備が終わらぬうちにコンパクが突進。避けようとするもこいつは標的をしつこく追い掛け回す。そしてついにドテっ腹にコンパクの一撃が入った!

 

「ひっ……!」

 

 だが、これだけでは終わらせない。エネルギーの尽きたネメシスとコンパクを回収しがてら、俺は再びレイディアントソードを構える。怯むはたてに接近すると青い剣を一閃……!

 

 背後で甲高い悲鳴と爆発音が響く。レイディアントソードを格納すると振り向き、標的を撃破したことを確認。はたての手にしていたカメラはバチバチとショートしていた。あの調子では修理は必須だろう。

 

「危険なカメラは処理させてもらった。もはや戦う手段もあるまい」

 

 勝ったのだ、鴉天狗に。カメラのないブン屋など恐れるに足りない……筈なのだが様子がおかしい。

 

「よくも……よくもっ! 河童のオーダーメイド、完全防水性だったのにぃー!」

 

 天下の天狗がこんなにもあっけなく倒れるはずがなかったのだ。食い掛からんという勢いでこちらに一瞬で詰め寄るとアールバイパーを殴打。大きく煽られ機体バランスを崩してしまう。

 

 まずい、今の俺はスキだらけだ……!

 

 空中でフラフラとする銀翼にさらなる追撃を行うべくはたてが動きに出る。さらに別の翼をもった天狗が接近していることがわかった。もはやこれまでか……!

 

「はたてさーん、探しましたよー!」

 

 突き抜けるような声。この快活な声を持つ天狗といえば……文だ! 何とかバランスを取り、俺は文に懇願する。

 

「文、天狗たちの間で俺が付喪神だと思われているらしいんだ。違うってことをこの子に教えてやってくれ!」

 

 これで、これで誤解が解ける筈だ……。わざとらしくフムフムと相槌を打つと怒れるはたてをなだめるように文が歩み寄る。

 

「はたてさん、これはアレですよ、アレ。今幻想郷で最もホットな妖怪『チョウジクウセントウキ』ってやつです」

 

 だからアールバイパーは妖怪じゃねぇっ! 誰にも気づかれず、俺は一人でコクピット内でずっこけた。

 

「そんなまさか? だって乗り物だって自分で言ってたし……」

「あーあー、これだから引きこもりは困るんですよ。バクテリアンの異変、解決したの彼なんですよ? あの日の文々。新聞、読んでないんですかぁ~?」

 

 ニヘヘーっと笑いながら、今もむくれているはたての頬を指でツンツンする文。見たところこの二人は友達であるらしい。その後、はたてが「誰がライバルの新聞を定期購読するのよっ!」と返していた。なるほど、切磋琢磨する仲なんだな。

 

「とにかく、俺はここを抜けて守谷神社に向かいたいだけなんだ」

「これだけ盛大に人のテリトリーで暴れておいて、そのままみすみす逃げるつもり?」

 

 冷たい視線を向けるはたて。うう、やはりダメか。だが、具体的に何をすればここを通してくれるのか……?

 

「うーん。はたてさん、わかってないですねぇ。何も『タダで』だなんて言っていないのに。アズマさん、ここ最近、道具の付喪神化があちこちで確認されて困っているのは、はたてさんの言う通りなんです。空から隕石が降ってくるのと関係があるのかもしれませんが詳しいことは我々にも……。でっ! あなたにお願いしたいのですが……」

 

 心がこもっているのかどうかも怪しいが、両手を合わせてお願いする文。その直後地面を大きく揺るがす轟音。何やら巨大な物体が地面を蹴破って出てきたのだ。しかしその後地上に出ることには失敗したのか、再び地中へと姿を消してしまった。

 

「河童に借りていた削岩機が付喪神化しちゃいまして、止めてほしいのです。我々では手に負えなくて……ねっ? なんか今のはたてさんマトモに戦えなさそうですし」

 

 ううむ、付喪神が暴れていること自体は本当のようだ。確かに俺の手で仕留めれば少なくとも奴らの仲間ではないことを証明できる。

 

「むぅ……分かったわ」

 

 不服ではあるようだが条件をのんでくれた。俺も本物の付喪神退治とやらに取り掛かろうではないか。



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第5話 ~暴走削岩機~

誤解からアールバイパーを付喪神と間違われれ、敵対することになってしまった「犬走椛」を撃退したアズマであったが、今度は鴉天狗「姫海棠はたて」と交戦することになってしまった。
彼女が率いる無数の白狼天狗達は新技「菊一文字」でまとめて撃退するも、はたてには通用しない。

どうにかカメラの弱点を突いてこれも撃退するも険悪なムードは変わらず。
そうしているうちにアズマと面識のある鴉天狗「射命丸文」が到着したことで、両者のわだかまりは解消された。

文が言うには付喪神があちこちで発生して悪さしていることは事実のようであり、今は大きな削岩機が付喪神化して暴れ回っているのに手を焼いているというので、それを止めに行くことに。


 文に案内された場所は山肌にポッカリとあいた穴の中であった。何かしらの鉱石でも採掘していたのだろうか? 奥に目をやると何やら巨大な物体を取り囲む天狗たちの姿が見えた。

 

 エネルギーの供給源であろう3つのコアはそれぞれ信号機のような色をしており、上下にはムカデのように短い脚が無数に生えている。そしてそれらを攻撃から身を守るために工具が取り付けられているのだ。

 

「追い詰めました。これより攻撃に移ります」

 

 統制のとれた動きで巨大な削岩機に剣での攻撃を仕掛けるが、頑丈な黄色い外殻はびくともしない。予想以上の硬さに手をこまねいた白狼天狗は逃げる間もなく、削岩機のまるで腕のような形をした工具に一気に薙ぎ払われてしまった。包囲から解放された削岩機はバックするように洞窟の奥へと逃げ出す。

 

「奴を逃がすなっ!」

 

 今度は編隊を組み鴉天狗が追いかける。対する削岩機は真っ赤なドリル型ミサイルを展開、一気に煙を吐き散らしながら発射させる。

 

「前衛を援護する。スポイラー隊、映写機用意! 敵弾幕を無力化せよっ!」

 

 後ろで控えていた天狗たちが一斉に取り出すのはカメラ。まさかあれでドリルミサイルを消そうって魂胆なのか?

 

「やめろっ! ドリルミサイルはカメラで消せないっ……」

 

 はたて戦でオプションたちを突撃させた際に吸い取られたのはあくまでオプションに蓄えられていた魔力。実体のあるものを消すなんて不可能である。

 

 案の定、前衛も後衛も迎撃に失敗。あれだけ統制のとれていた天狗の兵隊はほぼ壊滅状態となった。

 

「あわわわ……」

 

 信号機のようなコアに赤いドリルミサイル。こいつは「クレイジーコア(※1)」で間違いないだろう。しかし河童がどうしてこんなものを? いや、付喪神化したことで姿が変わった可能性も否定できないな。

 

「こいつに弾幕ごっこの常識なんて通用しない。そして機能を停止するだけってのは難しそうだ。破壊してしまってもいいか?」

 

 思っていたよりも強大な敵を前に、俺は視線だけを文に向けて確認する。

 

「破壊もやむなしってことですね。河童の皆さんには後でお話ししておきましょう……」

 

 おそらくこれだけ暴走したものを沈静化させるには破壊するほかないだろう。

 

 まずは上下の工具だ。接近してレイディアントソードを振るうが、まるで手応えなし。外敵を排除するかのように工具を振り回し始めた。機体を左に振り、紙一重で避けるとスピードを落として一度距離を取る。

 

 ツインレーザーに換装すると迫るミサイルを撃ち落としつつ錐もみ回転しつつ再び工具に攻撃。そのくすんだ銀色に無数の穴をあけてやった。ついでに何故か回転している遮蔽板にも攻撃を加え、数枚を砕いた。

 

「あの腕っぽいのが邪魔ですね。私たちもサポートしましょう!」

 

 羽団扇を掲げ振るうとドリルミサイルをいくつか切り裂きながら工具を切り裂いていく。片方の工具がバラバラになった。

 

「アズマさんがさっき切り付けてくれたので、そこを狙えばこの程度は楽ちんですっ!」

 

 ドヤ顔をしつつ軽く言っている文であるが、なるほど納得。実はとんでもなく高い技術を見せつけているようだ。

 

 クレイジーコアの工具が届かない程度の距離からレイディアントソードのつけた傷を正確に狙ったらしいのである。本当に天狗ってのは敵に回したくない。

 

 感心しているとドリルミサイルが目前にまで迫ってきていた。慌てて俺は武装をリフレックスリングに換装。逆回転で射出するとミサイルをつかみ取った。

 

「お返しだっ、てぇいっ!」

 

 ミサイルを抱えたまま接近し、もう一つの「腕」に落とす。派手な爆発とともにもう片方の工具もバラバラに砕け散った。これで弱点の攻撃に集中できるぞ。

 

 薄闇の中、クレイジーコアが焦っているのがよくわかる。腕を失ったことで後退しつつミサイルをさらに激しく飛ばすようになったのだ。

 

「一気に決める! 陰陽『アンカーシュート』!」

 

 再び飛び交うドリルミサイルをリングで確保。これをコアに投げ込めばかなりのダメージが期待できる。最初はゆっくりと回転、そして徐々に加速をつけて……。一瞬別のドリルミサイルが目の前の視界に躍り出た気がした。しまった……!

 

 その結果俺の目の前で大爆発。振り回していたミサイルが別のミサイルにぶつかってしまったようなのだ。お互いに爆発物ゆえに途中で爆発。アールバイパーはその爆風にあおられて地面を数回バウンド。襲い掛かる衝撃に歯を食いしばり、再び追いつこうとエンジンを吹かす。

 

 今回は幸いにもちゃんと動いた。事前に河童に整備を頼んでおいて正解だったな。はるか先で文とはたてがミサイルを避けながら遮蔽板に攻撃を加えようとしているらしいのが見える。

 

 遅れを取ってたまるかっ! スロットルを握る手に力が入る。その場にとどまろうとする慣性の力を背後に押しのけ、あらん限りに急加速した。

 

 飛び交うミサイルも弾幕に比べればさすがに少ない。邪魔なのは撃ち落とし、ようやく先行していた天狗たちがハッキリと見えるくらいに追いついた。

 

 不意にクレイジーコアから多量のミサイルが撃ち出される。追いつめられてあちらも必死なのだろう。派手に煙を撒き散らし、一瞬本体が見えなくなったくらいだ。

 

「しまっ……!」

 

 煙から突如現れたそのうちの1発に直撃こそ免れるも、かすってしまったツインテールの天狗。バランスを崩し壁に激突した。そして動きを止めたことを奴が見逃すはずもなかったのだ……。

 

「はたてっ!?」

 

 手負いの天狗に追い打ちをかけるべく赤いドリルがうねりを上げて突っ込んでくる。文は文でライバルの被弾が想定外だったのか、かなり前に進んだうえでの急停止。助けに行くと敵に後ろを見せることになり、リスクの大きい行動となる。

 

 こうなれば俺が彼女を庇う他ない。だが、どうやって?

 

 ツインレーザーでは火力が足りないだろうし、リフレックスリングやレイディアントソードでは届かない。頑張って間合いに入ったころには既に手遅れになっているだろう。

 

 サイビット・サイファならギリギリ届くかもしれないが、そんな魔力が尽きかけた状態で間合いに入っても満足に結果を残せないのは明白だ。

 

 火力があってでも範囲が広い兵装と言えば菊一文字があるが……。ダメだ、論外。あんなところまで飛ぶはずないし、大体浮遊速度も全然速くない。これならオプションを突撃させた方がまだ希望が……。

 

 そうだっ、それだよ! オプションに菊一文字を持たせればいいんだ。オプションシュートの要領でネメシスかコンパクを飛ばして持たせた菊一文字を展開。上手くいくかわからないが、今はこれに賭けるしかない。

 

「コンパク、今から思いっきり前に飛ばすから、このポッドを持ちながら行くんだ。いいな?」

 

 無言でコクリと頷く半霊。それを確認するとオプションを展開、ビームを出すバリアをコンパクに託し、ただ叫んだ。

 

「操術、オプションシュート……。いや、もはや別の技だな」

 

 少し激しく自分の頭を左右に振ると、改めて号令をかける。

 

「操術『ソードレーザー』!」

 

 銀翼からゆっくり撃ち出される菊一文字。ほぼ同時に勢いよく飛び出たコンパクがポッドを手にするとオレンジ色の光を散らしながらギューンと前方へ一気に飛翔。

 

 そして思惑通りはるか前方で菊一文字のビームが展開。無数のドリルミサイルが光の壁に阻まれて爆発四散した。

 

 遅れて俺もはたての傍に到着。へたり込んではいたが、ビームのおかげで彼女はほとんど無傷のようだ。フウと安堵の息を漏らすが、クレイジーコアの猛攻は止まらない。

 

「これで終わりにしてやる。ネメシス、お前にも手伝ってもらうぞ。ソードレーザー!」

 

 任務を全うして魔力の切れかかったコンパクを回収すると、今度はネメシスを飛ばす。狙うはクレイジーコアの信号機の部分、つまり原動力たるコア。数多のミサイルをかいくぐり、コアの目の前に到達した頃に菊一文字が発動。上下に伸びたビームが3つのコアに強烈なダメージを与えた。

 

 信号機の光が消え、クレイジーコアの動きが止まる。俺は急ぎネメシスを回収すると一気に距離を取った。爆発するぞ……!

 

 いまだに動けぬツインテールの天狗をリフレックスリングで確保すると、文と共に来た道を戻る。クレイジーコアにコテンパンにやられた天狗たちはすでに脱出しているようで、途中で誰かに出会うこともなかった。崩れ落ちる岩盤よりも早く銀翼と黒翼は開けた場所まで脱出できたのだ。ゴゴゴとこもった爆音が響いた。あの爆発、しかも地盤が崩れて埋もれてしまったのだから、さすがにヤツもおしまいだろう。

 

 一仕事終えた俺はリデュースを解除して機体から降りる。いまだに腰が抜けているはたてに手を伸ばし、立ち上がらせる。

 

「いつまで腰を抜かしているつもりだ?」

 

 伸ばした手を悔しそうに睨み付ける鴉天狗であったが、おずおずと俺の手を掴むと勢いよく立ち上がった。それでもまだ不服そうにブツブツつぶやいている。

 

「まだ俺やアールバイパーを付喪神と呼ぶかい?」

 

 乗り手がいないので今は石のようにピクリとも動かない超時空戦闘機を見せて一言。

 

「ふん、とりあえず害なす存在ではないことは分かったわ。それと、助けてくれて……ありがと」

 

 今も自分の勘違いを認めたくないのか、消え入るような声であったが自らの過ちを認めてくれたようだ。

 

「なーに、人間だろうと妖怪だろうと間違えるときは間違えるさ。だからそんなに気にすることはない」

 

 さて、誤解も解けたし付喪神も退治した。これでこの長すぎる寄り道も終わりを告げて、守矢神社に向かうことが出来る。さて、文にでも案内してもらって……。

 

「うわちゃぁ……。貴方という人は、なんとまあ……。私は上への報告やら新聞作りで忙しいのですよ。はたてさんにお願いしてはどうですか?」

 

 彼女はそう言うといつの間に撮影したのだろうか、アールバイパーがはたてと交戦しているところやクレイジーコア相手に果敢に突っ込む写真を取り出した。

 

 冷静に考えるとこいつはまともに戦ってなかったことになって憤慨ものなのだが、普段自分では見られないアールバイパーの雄姿が写っているのだ。俺はもっと見せてくれと彼女に近寄る。

 

「ダメですって! 続きは新聞で……と言いたいところですが、他でもないアズマさんのお願いですんでちょっとだけ……チラッ」

 

 少しだけ見せてもらったが、なかなかの奮戦ぶりに自分のことでありながらも大きく唸った。しかし最後の一枚をよく見ると俺がへたり込むはたてに手を差し伸べるものであった。見られたことに気付いたこのパパラッチ天狗は小さくペロっと舌を出すと、いたずらっぽくこう続けた。

 

「えーっと人と妖の平等とかでしたっけ? 命蓮寺での教えをキチンと守っていて感心感心♪ これぞ人間と妖怪の友情、いやそれ以上? にひひ……。それにしてもアズマさんはネタに事欠きませんねぇ♪」

 

 一緒に写真を見ていたはたてが大きく目を見開いたかと思うと、その顔がユデダコのように紅潮していく。反対側では相変わらずニヤニヤ笑いの文がこちらに限界まで顔を近づけるとボソボソと一言。

 

「で・す・がっ! 私も負けませんからね? 貴方は私のものです。ああ、記事的な意味でってやつですよ」

 

 それだけ言うと背中から黒い翼を一気に展開し、バサバサと羽音を立てて空の向こうへ消えてしまった。後ろではたてが「そういうのじゃなーい!」と騒ぎ立てるのを尻目に。あれ、似たようなことが昨日もあったような……?

 

 まあいいか。文も忙しい身だし、はたてに道案内を頼もう。

 

 俺は再び銀翼に乗り込むとリデュース発動し、2メートルほどに縮小。このツインテールの鴉天狗に道案内をお願いする。

 

「守矢神社でいいんだっけ?」

「天狗のテリトリーを通る以外にルートがあればいいんだが、そんな都合のよさそうなモノ、なさそうだしな。よろしく頼むよ」

 

 あまり周囲をキョロキョロすると怒られると聞いていたが、俺の周囲を取り巻くように逆に天狗の方から寄ってくるのだ。しかし監視をしているというよりかはアールバイパーを見ているといった感じだろうか?

 

 本物の付喪神を倒したとはいえ、文やはたての口ぶりから他にも道具の付喪神化は進んでおり、今もどこかで付喪神化した道具が暴走しているのかもしれない。こうやって警戒するのは至極当然である。

 

 その傍観者たちも次第にまばらになり、そしてある地点を境にぱったりと途絶えたのだ。

 

「もう少し行くと鳥居が見えるわ。ねぇ、アズマ。付喪神と戦って転んだ時。私はもう駄目だって思ってたの。でも、貴方が体を張って守ってくれたわね。あの盾のようなビームがなかったらって思うと……。命拾いしたというか希望の光みたいだったというか……。一度は敵対した身だし、何よりも文がいるとこだと照れちゃって言えなかったけど、本当に感謝してるわ」

 

 別れ際に若干顔を俯かせつつ思いを口にしている。こう感謝の念や好意を向けられるのはすがすがしい。

 

「気にするな。俺はただ諦めずに自分に出来ることをしただけ。希望を失わなければ銀翼は時を越えて馳せ参ずるっ! ……なんてな。俺の、いや、アールバイパーの力を借りたい時は命蓮寺にいるからいつでも訪ねるといい」

「そういうことじゃないのに……ばか」

 

 ん? なんか不服そうである。照れてる? ……いやまさか。確かにソードレーザーで危機を救ったがあれだけで恋慕にまで発展するはずがない。俺の思い違いだろう。

 

 そんな鴉天狗の少女を尻目に、銀翼は鳥居に向かい飛翔する。妖怪の山にはびこる付喪神異変も気になるが、手掛かりもないし今は本来の目的を果たそう。いざ誰かを本当に守らないといけないという時に腕が振るえなくなるなんてことにならないように……。




(※1)クレイジーコア
「極上パロディウス」に登場したボスであり、壁コアの一種。
自走する壁コアというアイデアは後に「グラディウスV」の「キーパーズコア」として逆輸入されることになる。


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第6話 ~山の神々~

天狗の里を抜けて、守矢神社に到着……


(話はさかのぼり、アズマが樹海近くを飛行していたころ……)

 

 妖怪の山ふもとに広がる樹海……。日の光も満足に降り注がないこの場所は嫌な「気」が集まりやすい。ゆえに人も妖怪も気味悪がってめったに近寄っては来ないのだ。

 

 私はそんな樹海でソレを集めるのがお仕事。人間の為、そして山の住民の為。地面からわずかに浮遊しつつゆっくりと舞を舞うようにくるくると回ると嫌な「気」が一緒に渦巻き私に寄ってくる。

 

 これら瘴気の正体は災厄。普通は目にも見えないものだが、ここまで渦巻くと青みがかったくすんだ灰色のような煙のようになり、肉眼でも見えるようになる。誰も触れてはいけない、触れさせてもいけない。だから私は一人ぼっち。これを浄化してくれる他の神様に引き渡すまでは。

 

 そんな折、強烈な瘴気を感じた気がした。厄? それとも違うもの? とにかくあんなものを放っておくわけにはいかないわ。私は引き寄せられるようにそちらへ浮遊する。薄暗い樹海をひたすら進むうちに突如日の光が私の視界全体を覆った。

 

 っ!? まぶしい!

 

 何度も瞬きながら状況を確認。くすんだ灰色の向こう側には真っ黒い岩が落ちていた。先ほどから感じる強烈な瘴気はあの石から出ている気がする。どうしよう……? これも持って行ったほうがいいのかしら?

 

 と、私は別の気配を感じた。今度ははっきりとした生者の気。いけない、鉢合わせなんてしたらあの方に厄が……。

 

 それでも黒い岩は調べたかったし、万一近づいてきた人間や妖怪があの危ない岩の特性を知らずに触れようとしたら私が全力で止めなければならない。そういうわけで、あまり離れるわけにもいかず物陰に隠れて様子を見ることにした。

 

 こんなところに近づく物好きは一体誰? 間もなく現れたその姿は明らかに人のものではなく、翼を持った妖怪のものであった。

 

 白銀の翼は日光に照らされて神々しいまでに光を放っている。均整の取れた整ったラインは美しくてまるで人の手によって作られた彫刻のよう。とにかくこんな薄汚れた樹海などには全然似合わない銀色の鳥の妖怪であった。あれが神様だと言われれば私は信じてしまうだろう。

 

 そんな銀翼の妖怪が見るも禍々しい黒い岩と対峙しているのだ。駄目っ、それ以上近づいては……。かといって私もうかつに出ることも出来ない。ただ祈るしかない……。

 

 ハラハラと銀翼の様子をうかがう。周囲をぐるぐると回り、だが最後まで近づくことなくこの場から立ち去っていった。

 

 よかった……。関係のない人がこんな見るからに危険な瘴気にあてられるのを見るのは本当に忍びない。さて、誰もいなくなったことだし、私も調べてみましょう。そう思い日光降り注ぐこの場所まで向かうのだが……。

 

 なんと黒い岩が地面に溶け込むようにゆっくりと沈み込むと、そのまま跡形もなく消えてしまったのだ。えええっ!? 慌てて消えた辺りの土を両手で掘り起こしてみるが、黒い岩など影も形も残っていなかった。

 

 あれは一体何だったんだろう? 岩と同時に強烈な瘴気も消え失せ樹海はまたいつも通りの静かな空気に戻る為、調べることも出来なくなったし、そもそも調べたところで答えにたどり着ける保証などどこにもない。

 

 だけど一つだけはっきりしたことがある。

 

 あれは、普段私が集めている厄とは根本的に違う何かであること……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(そして、天狗の里を無事に突破したアズマは……)

 

 

 天狗の住処はスッタモンダの末にどうにか切り抜けることが出来た。無駄に時間を使ってしまったが、新しい武装やスペルを手に入れたので良しとしよう。そして俺は今まさに守矢神社の鳥居をくぐろうとしている。

 

 この先は神様の住処。粗相のないように振舞わねば。とにかく手を合わせるか。

 

 アールバイパーを適当な場所に停めると、リデュースを解除して機体から降り立つ。標高が高いだけあって寒い。身を震わせながら両手と口を清め鈴を鳴らした後、小銭を賽銭箱に投げ込み手を合わせる。確か二礼二拍一礼だったな。

 

 誰もいないのかな? 人の気配もしないのでとりあえずアールバイパーに再び乗り込んで周囲の探索をしようとする。俺は再び銀翼に乗り込むために神社に背を向けた。

 

「おいおい、挨拶しておいてそれだけかい?」

 

 背後で呼び止める声がっ!? 驚き振り向くと長身の女性が仁王立ちしていた。豊かな青髪を広げ、赤と黒の服に身を包んだ彼女であるが、それよりも背中に背負う巨大なしめ縄が一番特徴的である。

 

 風貌、振舞い方から彼女こそこの神社の主である神奈子さんで間違いないだろう。その佇まいに俺は思わず萎縮してしまう。

 

「あんたがここの神様……?」

 

「さよう。『八坂神奈子』とはこの私のこと。人の子『轟アズマ』、そして銀の翼を携えし超時空戦闘機『アールバイパー』よ。このような辺境までよくぞ赴いた」

 

 この女神様、アールバイパーを知っている……!? さすが外界出身の神様だ。まあその真相は全部早苗に教えてもらっただけってオチもあるかもしれないが。

 

「ところで、お前の話を聞く前に神であるこの私に捧げものはないのか?」

 

 捧げもの? お賽銭なら入れた筈だけど……。その旨を伝えたら神奈子さんはすごく渋そうな表情を見せた。不服だったのだろうか?

 

 お賽銭の金額に不満があるのだろうか? なんか霊夢みたいだなぁ。仕方ないので更に小銭を入れようとしたが「あー違う違う」とそれを遮って止めようとする神奈子さん。

 

「違う違う! お金ではない。どこぞの貧乏神社と一緒にするな」

 

 ならば食べ物だろうか? 何食べるんだろう? お米とかお酒かな? どのみち持ち合わせがないし、神奈子さんに話を出してみたが「それも違う」と言われてしまった。お酒飲みそうなんだけどなぁ、あの神様。ならばお菓子だろうか? たとえば……。

 

「ドーナツとか?」

「ちっ、違うわっ! 背中の注連縄(しめなわ)見て思いついただけだろう? そうではなくて神遊びだ!」

 

 カミアソビ? 神……遊び……遊び……ま、まさか!? その趣旨を俺が理解し始めた矢先、どこからか漆黒の柱が音もなく飛び交い、神奈子の背部に突き刺さる。しめ縄も含めてかなりいかつい姿になった。

 

「我は軍神なるぞ。お前が願いを聞くに相応しい男か見定めさせてもらう。さあ妖怪寺に住まう人間よ、この私にあらん限りの力を示せ!」

 

 怒らせてしまったわけではなさそうだが、弾幕勝負は回避できそうにない。この戦いが楽に終わるとは微塵にも思えないな。心してかかろう。

 

 来るなら来いっ……!

 

 菊一文字を使えば大方の弾幕には対処できるだろう。発動に時間こそかかるが、上手に活用すれば互角以上に立ち回れる筈……。

 

 ジリジリと間合いを調節し、相手の出方をうかがう。しびれを切らしたのは神奈子の方。放射状に弾幕を展開し始めた。

 

「いまだっ! ここで菊一文字っ!」

 

 タイミングよく射出されたポッドは神奈子の目の前まで迫るとバリアを展開した。惜しい、もう少し近ければ直撃したが……。だが、バリアとしての役割はしっかり果たせている。米粒のような弾幕は菊一文字のビームに阻まれて消え去ってしまった。

 

 ここから攻勢に出る。バリアの隙間から狙い撃つようにツインレーザーを放つ。あれだけの重装備だ。そう素早く動けるものでもない。よし、命中。さらにせわしなく平行移動すると再び攻撃。これを数回繰り返した。決定打にこそならないが、確実に追い詰めているぞ。

 

 菊一文字の効果が切れると背後に回り込むように飛行、もう一度菊一文字を発射する。

 

「そこかっ!」

 

 対する神奈子が繰り出したのは米状の弾幕ではなくて巨大な黒い柱。それがすさまじい勢いで菊一文字バリアへと向かう。それもど真ん中へ。いったい何を考えているんだ? 弾幕を防ぐ盾として機能しているのは今のを見て知っているはず……?

 

「!?」

 

 が、柱とバリアがぶつかる瞬間、菊一文字は砕けた。どうせ防いでくれると回避行動を怠っていた俺は慌てて逃げに入る。エンジンを一気に吹かして急上昇を試みた。

 

 しかし柱は想定以上に速い。直撃こそ免れたものの、激しい衝撃がコクピットを襲った。視界が激しく揺れる! バランスを失い錐もみ回転しつつアールバイパーの高度が下がるが、俺の目の前はいまだに火花が飛び散っており、意識を集中できない。まるで激しく頭を叩かれた後のようだ。

 

「たった一撃でそのザマか。笑止!」

「負けるかぁー!」

 

 意識を取り戻した俺は再びバランスを取り、再度戦神と対峙する。こちらが戦意を取り戻したと見るや否や再び攻勢に出た。

 

「ただの御柱でそんなではスペルカードなんて喰らったらどうなるかな? そろそろ決着をつけよう! 贄符『御射山御狩神事』!」

 

 スペルカードか。どう攻めてくる? カードの発動を宣言すると神奈子は周囲に短剣を大量に浮かび上がらせる。なるほど、こちらを狙い撃つつもりか。同時に丸い弾を幾何学的に配置するものだから、何かの花を思わせる。最初に丸い弾が広がってきた。

 

「狙っているのがバレバレだ。菊一文字!」

 

 さっきの御柱とかいう柱は見るからに硬そうだったので防御に失敗したのだろう。だが、今度はあまり大きい弾ではない。こいつで防いでやろう。

 

 ふよふよと前に進むポッド。そして展開。怒涛の弾幕もバリアに阻まれれば無力……いや、短剣型の弾が着弾したかと思うと、ポッドはその機能を停止させて落下してしまったのだ。

 

「バカな! 菊一文字のど真ん中だぞ。どうしてバリアで防げない?」

「まだ分からないのか? ど真ん中()()()()()だ」

 

 なんでバリアの中心が脆弱部……あっ! 菊一文字の本体を狙ったんだ。ポッドから展開されるバリアは確かに優秀だけど、ポッド自体は衝撃にも弱いしちょっとしたことで壊れて機能停止に追い込まれる……。

 

 なんということだ。武器を振るう本人よりも先に敵にその弱点を見切られてしまうとは……。こうなってしまった以上、菊一文字は迂闊に使えないだろう。となるとあの狂気じみた弾幕に正面から挑まなければならなくなる。

 

 短剣はこちらを狙っているようで微妙に左右にぶれており、かえってタチが悪い。アールバイパーの機動力で振り切ることも出来なくはないが、これではいつまでも攻勢に出ることが出来ない。

 

 こうなればサイビットを用いるしかないのだが、いかんせん弾幕が激しすぎて有効射程内に入ることは絶望的だ。何か他に相手を自動で捕捉して攻撃してくれる優秀な兵装はないのか……。

 

 たとえば大量にばら撒かれたミサイルを一気に撃ち落とすことが出来るような……。っ! あったじゃないか。早苗さんが使っていたアレが。凄まじい速度で標的に迫る青いボール型の弾が。あの兵装は確か……。

 

『You got a new weapon!!』

 

 そう、あの動きは間違いない。ディスプレイを見るとリフレックスリングを標準装備化したことで空欄になっていたダブル系兵装の部分にノイズが走る。表示されたのはその素早い動きと低威力をカバーする圧倒的物量で確実に標的を屠る青き狩人。

 

『HUNTER』

 

 ハンター(※1)。やっぱりそうだ。霊夢のホーミングアミュレットにも負けない追尾力を持ったショット、あの青い巫女服と緑髪が映える彼女が使っていたのはそれに非常に似ていた。ガレキに埋まっていたとはいえ、あの技をちゃんと記録していたらしい。

 

「ハンター装備。標的、八坂神奈子!」

 

 横滑りしつつ弾幕の向こう側にいる赤い神様をロックオンサイトに捕捉。思い切りトリガーを引いた。

 

 おびただしい数の青い球体が正面の上下斜めに撃ち出される。そして球体はまるで意志を持ったかのように、神奈子めがけて突っ込んでいくのだ。

 

 どこから撃っても必ず命中する。その弾道は過剰に大回りしているような気もしないではないが、これで回避に集中しながら攻撃を加えることが出来るぞ。

 

散りばめられる花びらも突き刺さるように突っ込んでくるナイフも全て持ち前の機動力で振り切るとハンターの青い弾を当て続けた。

 

「この程度の攻撃……効かないわ!」

 

 確かに被弾してもびくともしているようには見えない。とはいえこちらも神奈子の攻撃をすべて回避している。アールバイパーが疲弊するのが先か、それともこの軍神がバテるのが先か……。

 

「チッ! ちょこまかと……。このままじゃ埒が明かないわね。もっとパワフルなのを喰らわせるっ! 」

 

 しびれを切らしたか、大技が来るぞっ……!

 

「御柱『メテオリックオンバシラ』!」

 

 こちらもスペルカードを取り出して迎撃を試みることにした。ゆっくりと錐もみ回転を始め、徐々に加速していく。ここぞとばかりにオプションを2つ展開。これで火力全開っ……!

 

「銀符『ツインレーザー』!」

 

 無数の隕石の如し御柱と光の針が正面からぶつかる……。純粋に力と力のぶつかり合いだ。絶対に負けられない……。

 

「何してるのさ!?」

 

 だが、この勝負を切り裂く甲高い声が響いたと思うと、俺も神奈子さんも弾幕を中断してしまった。どこから声がした? 周囲を見渡すとあまりに特徴的な目玉のついた帽子を被った金髪の背の低い少女が睨み付けていた。

 

「諏訪子っ、神聖な決闘を邪魔するというのか!?」

「なーにが『神聖な決闘』よ? 今のままぶつかり合ったら人間の方が潰れちゃうでしょ? アツくなりすぎ。本来の目的はどうしたのさ?」

 

 その「本来の目的」が何なのかはこちらは分からないが、諏訪子と呼ばれる少女に怒られて神奈子さんがシュンとうなだれていることだけはよく分かった。

 

「ぐ……。返す言葉もない……」

 

 今までの威厳などどこへ行ったのか、フランクな口調で再戦の約束を交わした。意外な結末に驚きを隠せない俺であったが本来の目的って何だろう?

 

「まったくもう。なんで私が神奈子のやろうとしていたことを指摘しなきゃいけないのさ? ブツブツ……」

 

 彼女曰く守矢神社では2柱(神様の数え方は「柱」なのだ)の神様をまつっており、神奈子と諏訪子がそれにあたるのだそうだ。つまりこのちんまいカエルっぽい子も神様。あんまりぞんざいに扱うと祟られそうだ。

 

「もっとお前さんとは神遊び(弾幕ごっこ)したかったが、ここは我慢だ。なんたって今アズマにバテられたら困るからね。だが、お前さんの実力が本物だってことは分かった。もっと見たいものがあるのよ。おうい、早苗ー。出ておいで!」

 

 戦神の大声が守矢神社中に響き渡る。かすかに「はーい!」と返答が聞こえたかと思うとドタドタと走る音が聞こえた気がした。もうじき早苗さんがここに来るのだろう。

 

 諏訪子いわく、神奈子は本当は俺と早苗さんが弾幕をしているところを見たかったらしいが、それでもアールバイパーの実力を肌で感じたかったために、力量を試すという建前でつまみ食い的に勝負を挑んだだけとのことらしい。

 

 で、その旨を俺に伝えるためにわざとかしこまった口調で俺と接する姿を、後ろで見てクスクスと声を殺して笑っていたのが諏訪子だったのだとか。

 

 で、あのままメテオリックオンバシラを食らってたら諏訪子さんいわく俺は潰れていた……と。つまみ食いで潰されたらたまったもんじゃないよ、もう……。

 

「なっ!? そんなところまでバラさなくてもいいじゃないか! そうよ、私だってアズマと弾幕したかったんだよ。白玉楼の亡霊もスキマ妖怪も、永遠亭の蓬莱人だってコイツと弾幕したことあるらしいのよ? で、命蓮寺に住んでるからきっと白蓮とも弾幕済みだろうし……」

 

 まあ白蓮とは弾幕ごっこしたことないんだけどね……。そうしていると見事な緑髪を持った青い巫女が息を弾ませながらやって来た。守矢神社もかなりの広さなのだろうことが見てわかる。

 

「あっ、貴方は……!?」

 

 驚き俺を指さす風祝。そう、実は俺と早苗さんは初対面ではない。無縁塚での一騒動でお世話になった恩がある。

 

「そう。俺が銀翼『アールバイパー』のパイロット、轟アズマだ。早苗さん、無縁塚では世話になった」

 

 後ろのアールバイパーと俺を交互に見比べると、早苗さんはきゃーきゃーと黄色い声をあげてまず俺に握手を要求、その後アールバイパーに近づいてその外装をあちこち触り始めた。

 

「すごーい。本物ですよ、本物! 近くで見ると迫力満点ですね♪」

 

 はしゃぐ女子高生の後ろでやはりもの珍しそうに神奈子も細部をよく観察していた。

 

「これはあの時もう少し粘って何としても家に引き入れたかったな。アズマよ、今からでも遅くない。これからはうちの子として……」

「やめんかいっ! というか私はコレ苦手……。なんか蛇っぽくてさ……」

 

 この3人を見ていると神様と巫女というよりかは家族に見えて仕方がない。家族……か。

 

「本当なら今すぐ早苗と勝負してほしいところだが、お前さんも疲れただろう。私と戦う前に天狗に絡まれたり、天狗の里に現れた付喪神退治をしたそうじゃないか」

 

 情報が早い……。もしかして山の上から見ていたのだろうか?

 

「大したものもないが、少しお茶でもしないか? これからの対戦相手、お互いをよく知っておくもの良いだろう」

 

 なんか戦うこと前提になってるんだが……。しかし疲弊しているのも事実だし、ここは施しを受けておこう。

 

 命蓮寺以外の場所で食事(今回はお茶だけど)のお誘いがあったのは白玉楼で一度あったきりである。俺は振舞われた茶菓子やお茶を手に、同じ外界出身で、しかもその外界ではシューターであったらしいということで早苗さんとは会話が弾んでいた。

 

「クレイジーコアって知ってるか? アレが天狗の里に現れてさ……」

「『極パロ』の高速面のボスですよね? うわぁー、見てみたかったです。あのー、ゼロス要塞でのエピソードも聞いてみたいです」

「ああ、あのときか。あれはだな……」

 

 ここ最近幻想郷に現れたSTGゆかりの兵器やら外界での思い出やらに花咲かせる。

 

思えば幻想入りしてから人間の友達っていなかったなと思い出させる。霊夢も魔理沙も散々俺を振り回すだけだったし、咲夜さんもなんか俺のこと認めてくれてない感じだったし……。

 

 他にもどの面でどの装備で進んでスコアを稼ぐかとか、お蔵入りして幻と消えたゲームの話題とか出てきた。二人とも外界の出身なのだから。

 

「それでー、こうやってオプションを広げて……」

「『このようにかせぐのだ』って?」

「そうそれですっ!」

 

 だが、今は幻想郷の住民だ。なので話題は過去の外界の話から現在の幻想郷の話題へとシフトしていく。

 

「最近、流れ星多いですね。アズマさんも見ましたか?」

「ああ、見たぞ。それどころか小隕石として幻想郷に落ちているところも目撃したことがある」

 

 樹海で見かけたあの黒い石。あれは隕石で間違いないだろう。濛々(もうもう)と煙が立ち込めており、落ちてまだ間もなかったかもしれない。

 

「流れ星はロマンチックですが、落ちてくるのは怖いです!」

「さすがに頭の上に落ちてくるなんてのは天文学的な確率だろう」

 

 順調に消費されゆくお茶菓子。しばし談笑し、その身を休めるとどちらともなくお互いをよく知ろうという欲求がわいてくる。

 

「幻想郷式の挨拶と言えば……」

「アールバイパーの凄さを知ってもらうためには……」

 

 ほぼ同時に顔を見合わせてこう言い放った。

 

「弾幕ですね」と。




(※1)ハンター
サンダーフォースシリーズに登場する自機の兵装。
青くて丸い弾を高速発射する。弾は大回りするような軌道で標的を追尾して命中する。あまりに近い距離の敵を狙うのは少々苦手。
本作品に出てくるハンターはサンダーフォースV版なので、地形を貫通することは出来ず、閉所では思うように力を発揮できない


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第7話 ~偉大なる者共が作りし鉄塊~

守矢神社に到着すると、戦神としての側面もある八坂神奈子につまみ食い的な感覚で弾幕勝負を挑まれる。

これは途中で諏訪子のストップがかかり引き分けに終わるものの、どうやら神奈子は守矢神社の風祝「東風谷早苗」と弾幕ごっこをさせたいようで……。


 妖怪の山、守矢神社境内……。今銀翼と風祝がお互いの全力をかけてぶつかり合わんとする……。

 

「早苗、例の()()はいいのか?」

「ええ、()()はまだいいです。まずは幻想郷の一少女として銀翼(アールバイパー)と対峙したいので」

 

 何やら気になるやり取りを見せる二人。「アレ」のことが気になるが恐らく今の俺には全く察しがつかないモノだろう。ならば目前にまで迫った戦いに集中するべきだ。

 

 静かに吹き付ける東風。間合いを微調整させ攻める時を伺う。風の音がわずかに弱くなった。

 

 最初に仕掛けたのは早苗。振りかざす御幣から弓のような(矢ではない。弓なのだ)形をした青い弾を拡散するように連射してきた。これはウェーブ弾か。切り裂かれまいと機体を降下させこれを回避。負けじとこちらもツインレーザーをばら撒き気味に発射した。

 

「ネメシス、コンパク! 援護を頼むっ!」

 

 外の世界出身とはいえ幻想郷の住民としては早苗さんだって先輩だ。アールバイパー単機ではどうしても火力で負けてしまう。ならばその名前の通り、蛇になろう。オプションを二つ呼び出すとトレースのフォーメーションを取り、さらに追撃を行った。

 

「おおっ、『グラディウス』そのまんまです! ちょっと感動しました」

「当り前さっ。こいつはビックバイパーの末裔だぞ」

 

 ようやく同じくらいの火力を叩き出すと、持ち前の機動力で急接近。オプションたちは一度格納し、青い刃を構えた。

 

「伊達にスピーダしてきたわけじゃないぜ。今度はこいつを喰らえ!」

 

 すれ違いざまにレイディアントソードの一閃。手応えを感じなかったことからどうやら空振りに終わったらしいことが分かる。次の反撃に備え、急旋回。

 

 案の定ヘビのようなニョロニョロした弾を飛ばしていた。思っていたよりも弾速も遅いので余裕でその弾道から離れる……。

 

「ぐっ?」

 

 蛇はこちらの回避行動に反応するように直角に曲がると再び銀の翼に食らいついたのだ! 機体が衝撃を受けて大きく傾く。あの蛇、標的に当たるまでカクカクと曲がって追いかけていくようだな。

 

 再び早苗さんが蛇を放ってきた。同じ手は通用しないぞ。再びアールバイパーの速度を上げて逃げるのではなく逆に近距離戦を仕掛ける。ツインレーザーを放ちつつ。すれ違う蛇どもはこちらの速度に反応できないようで、奴らが直角に曲がるよりも先に通り過ぎることに成功している。

 

 あとは今度こそレイディアントソードを当てれば……いや、懐からカードを取り出した。何か仕掛けてくる……!

 

「蛙符『手管の蝦蟇』!」

 

 眩い光を両手に携えふわりと空中に浮かべる。レーダーによると強烈な魔力の塊であるようで、あれだけ小さく圧縮されているのだから、じきに大爆発を起こすことは明白であった。あのまま突っ込むと巻き添えを喰らう……。

 

「リフレックスリング!」

 

 咄嗟にもう一つの近接武器であるリングをヨーヨーのように突き出す。逆回転させて。早苗さんをリングにとらえると急ぎ光の爆弾から離れる。十分に離れた後、ジャイアントスイングの要領で回転し、そのまま投げ飛ばした。

 

「今のは……そんなまさか!? 低威力、短射程であんなにいらない子状態だったのに……」

「原作での性能の話はよしてやれ。さて、そろそろ()()ってやつの力に頼った方がいいんじゃないか?」

 

 挑発してみたが、「まだまだ!」と一言早苗さんが口にすると後ろに跳躍するように距離を取る。そしてスペルカードを掲げた。

 

「開海『海が割れる日』!」

 

 星のような紋様を地面に描くと突如左右から水が噴き出た。んな滅茶苦茶な……。海水なのか、熱湯なのかは定かではないがあれだけの水圧に飲み込まれたらまず無事ではないだろう。

 

 割れるというだけあって早苗さんのいる場所は安全であるが、間欠泉は出たり止まったりを繰り返して安全な場所がグネグネと変わっていくのだ。

 

「なんちゅうスペルだ。でもな、このスペルカード『ビッグコアMk-IV』とかに改名した方がいいんじゃね?」

「えっ……。ちょっとは参考にしましたけど、そんなの奇跡っぽくないから嫌ですっ!」

 

 インパクトは凄まじいが下手に動かなければ絶対に食らわない。とはいえ水しぶきがすぐ近くまで迫るのでかなり威圧的である。肝心の早苗さんはというとやはり自分も水を被らないように動き回りつつこちらを狙って星型のショットを放っていた。

 

「狙い辛いな。こういうときは……」

 

 武装をハンターに換装。これで回避行動に集中できる。無数の青い球体が早苗さんに襲い掛かり、そして彼女は地面に膝をついた。

 

「凄い……。ビックバイパー、シルバーガン、ステュクス……。武装のバリエーションが多すぎます……。ただの超時空戦闘機ってわけではないようですね」

 

 ゼエゼエと息を切らせながらもアールバイパーの兵装を言い当てていく。全部当たりだ。そして人間相手にこんなに善戦したのも多分初めてだ。

 

「早苗、このままだとアールバイパーに負けてしまうよ。そろそろ()()の動いているところを見てみたいし、今が使いどころだと思うわ」

 

 さっきから神奈子さんが口にしている()()がついに出てくるようだ。秘密兵器の類なのだろうか? 何故か地面からウィーンと音を立ててスイッチのついた柱が生えてくる。ちょうど神奈子さんの目の前で柱が止まると、彼女は握りこぶしで赤いスイッチを殴りながら思いきり押す。

 

 ピッという電子音と共にどこからか大きな鉄塊が高速ですっ飛んで行った。あれが切り札なのだろうか?

 

「神奈子様、どこに飛ばしているんですかっ! もう……」

 

 フラフラとした足取りで早苗さんは立ち上がると見当違いの方向に飛んで行った()()を追いかけていった。

 

 早苗さんがすっ飛んで行った切り札に追いつくと、その鉄塊に跨るようにして乗り込んだ。移動しながらなものだから中々に器用である。そして再び俺の目の前に戻ってきたのだが、その出で立ちに俺は驚きを隠せなかった。

 

「そのマシンは……。まさか『戦闘騎(ライディングバイパー)』(※1)……!?」

 

 早苗さんは戦闘機を模したような飛行バイク「ライディングバイパー」に跨っていたのだ。思春期の乙女が多く持っているという「プラトニックパワー」なるものを原動力とする乗り物である。

 

 青色と白色の眩しいカラーリングは一瞬ビックバイパーのものと思ったが、どうもデザインが違うようである。ビックバイパーよりも大きく左右に開けた翼。先端はブルーに塗装され大きく前に突き出している。銀色と青色というよりかは青色と白色が目立つ。早苗さん本人の緑色の頭髪が際立って見えた。

 

「その機体、ビックバイパーじゃないな? いや、そもそも超時空戦闘機モチーフではない……?」

 

 明らかに困惑している様を得意げに地上から見上げる神奈子さん。何か言いたげだ。というかオレンジ色に発光する物体を手にしているではないか。あの円錐はアールバイパーのオプションじゃないか。どうして守谷神社の神様が持っているんだ!?

 

「その反応。やはり、これはアールバイパー、つまり轟アズマの持ち物だったか。困惑しているようだな。少し、昔の話をさせてくれ」

 

 クククと静かに笑いつつ、神奈子は続ける。

 

「忘れもしないあの日……。幻想郷の空が割れた日があったんだ」

 

 空が割れる? 随分と凄いことをやってのける奴がいるんだな。

 

「そう、銀の鳥が幻想郷の結界を突き破って飛び去ったあの日だ。異変と言っても差支えないほどの衝撃だった」

 

 なんと、アールバイパーが幻想入りする瞬間を目撃していたのだという。これはもしかしたらアールバイパーの謎に近づけるかもしれないぞ。俺は次の発言に備え集中する。

 

「傷ついた銀の鳥『アールバイパー』はそのまま樹海に墜落。その後オーバーテクノロジーを巡ってスキマ妖怪とお前の所の超人住職が争ったのは知っているな? 私もその戦いに参加したかったが、あいにく足が遅くてたどり着いたころには、銀翼も争っていた二人もすでにこの場から姿を消していた」

 

 なんという運命のいたずらだ。俺はもしかしたら守谷神社の勢力に属していたかもしれないというのだ。だが、技術革命や新しいものに目のなさそうな神奈子さんが、戦いに加護を持つ軍神がこんなにあっさり手を引くとは考えにくい。つまり手を引くに相応しい何かを得たに違いない。そしてその答えは神奈子さんが今まさに手にしているではないか。

 

「そうか、俺はあの時に破損したオプションを落とした……」

「察しがいいなアズマ。その通り。突如幻想郷上空に現れたオーバーテクノロジーの欠片。ああ、あれはまさしくオーバーテクノロジーだった。私の知る限り幻想郷はおろか、この地よりも科学の発達した外界にさえこのようなものは存在しない」

 

 さすが外界出身。アールバイパーが明らかに異質なものであることを感じ取っている。が、その超技術の出どころにはあまり興味がないらしく、彼女は意外なことを口にしていた。

 

「これを回収した私は解析を行い、そして推測は確信へと変わった。スキマ妖怪はそのことで不安を感じていたようだが、私は違った。紫には災厄の塊だったとしても、私にとってはまさに『偉大なる者共が作りし鉄塊』だった」

 

 浮遊する円錐を手のひらの上でクルクルと回しながら続ける。

 

「誰が生み出したのかまでは知りうることはできなかったが、この際誰だっていいじゃないか。これだけ素晴らしいものを作ったんだ。さぞ偉大なお方だろう。このオプションを解明すれば、新たな技術革命を幻想郷で引き起こせる……と」

 

 俺が落とした超技術の塊、その技術をもとに新たな兵器を生み出したというのだ。まさに紫が恐れていた事態が目の前で起きている。

 

 待てよ、こんな話どこかで聞いたことがあるぞ。早苗さんの操る異質な戦闘騎は突如幻想郷に現れた謎の超技術から生まれた。そして戦神が口にする超技術を「偉大なる者共が作りし鉄塊」と呼称している。

 

 で、「偉大なる者共が作りし鉄塊」はまたの名を……「Vastian's steel(ヴァスティアンズ・スティール)」、縮めて「VASTEEL(ヴァスティール)」という。まさか……!

 

 間違いないぞ。あの戦闘騎(ライディングバイパー)の誕生した経緯、あの白色と青色の際立った見た目。偶然か必然か、頭部つまり戦闘機のコクピットにあたる部分はその特徴的な緑髪でちゃんと緑色になっている。

 

「アールバイパーのレプリカってつもりか? 似ても似つかない……。だが、似たような話を聞いたことがある。超技術を模倣した戦闘機を駆る特殊部隊『222(トリプルツー)』通称……」

 

 ここに来てようやく早苗も口を開く。勝ち誇ったような声で。

 

「『サンダーフォース』……! そう、この機体は『Refinrd Vasteel Replica』、縮めて『RVR』。この戦闘騎は『RVR-01 GAUNTLET』(※2)のもの! アズマさん。このようにオリジナルと戦えるだなんて光栄です」

 

 おいおい、ということは俺がヴァスティールオリジナルってことか!? ……じゃない。スキマ妖怪の恐れていた事態が今まさに起きようとしているんだ。止めないと最悪俺の命にかかわる。

 

「おい、そんなことしたら幻想郷のパワーバランスが……」

「次にバクテリアンのような侵略者が幻想郷を襲ってきたらどうするのだ? 少しでも抵抗する力が必要だろう! それにお前ばかり、いや、仏教勢ばかりカッコイイ超技術を持つだなんてずるいぞ! お前の持つオリジナルと私が模倣したレプリカ。どちらが強いのかこの私の前で戦い、その結果を見せてみろ!」

 

 幽々子さんにしろ神奈子さんにしろ地の部分は結構子供っぽい。変な鳥とか言われてけなされることも多い中、良い評価を持って接してくれるのは嬉しいのだが……。唯一この状況を冷めた目で見ているカエルっぽい神様に救いの手を求め視線を寄せるが、やれやれと首を振るのみ。

 

「私にはどうにもできないよ。とりあえずその変な蛇の妖怪で早苗をぶちのめして、こいつらの目を覚まさせてくれ」

 

 結局戦うしか道はないのか。だが、交戦は不可避と悟った瞬間、不思議と俺も気分が高揚としてきた。変則的とはいえビックバイパーとガントレットの一騎討ちなど幻想郷ならではのこと。

 

 そう、まさに夢の対決なのだ。俺も心のどこかでこのようになることを望んでいたのかもしれない。これだけワクワクする弾幕ごっこは初陣だったチルノ戦以来だ。

 

「この戦神に至高の戦いを捧げるのよ! ……条件をのむのなら、このオプションは返そう」

 

 ふわりと放り投げられる円錐。それはアールバイパーの真後ろでぴたりと止まると機械的なボイスがバイパー内に流れる。

 

『OPTION!』

 

 3つに増えたオプション。どうやら神奈子さんの手で修理されたらしく、動きは良好だ。

 

 さて、シューターの誇りとしても、これ以上の神奈子さんと早苗さんの暴走を止めるためにも、この戦いは負けられないっ!

 

「どちらの機体が幻想郷一か決めましょう! オリジナルには負けませんよ?」

「こうなったらヤケだ。早苗、いい勝負をしよう。全力でかかってこい。いざっ……!」

 

 満面の笑みを浮かべる軍神とウンザリしている祟り神が見守る中、Duel of Top(頂上決戦)(※3)の火ぶたが今まさに切って落とされた……!




(※1)戦闘騎
オトメディウスに登場した歴代の超時空戦闘機の力を秘めた戦闘飛行バイク。「ライディングバイパー」と読む。
思春期の女性だけが多く出せる「プラトニックパワー」を原動力とする都合上、女性パイロットが圧倒的に多いのだが、男性の乗り手も少なからず存在する。

(※2)RVR-01 GAUNTLET
サンダーフォースVに登場した自機。
冥王星周辺に漂着した前作自機「RYNEX」の残骸から得たテクノロジーで地球人が生み出した戦闘機。
サンダーフォースVにおいてはRYNEXは「ヴァスティールオリジナル」と呼称されている。

(※3)Duel of Top
サンダーフォースVで使用されるBGM。
実はサンダーフォースIVのOP曲のアレンジ。
前作自機との一騎打ちで流れるものであり、とてもアツい展開。


本作品における早苗さんはシューター、つまりシューティングゲーム愛好家という設定になっています。


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第8話 ~ 頂 上 決 戦 ~

東風谷早苗の隠し持っていた切り札、それはアズマが幻想入りした際に落としたアールバイパーのオプションの残骸から得たテクノロジーで生み出された「RVR-01」型の戦闘飛行バイク「戦闘騎(ライディングバイパー)」であった。

今まさに妖怪の山の頂で、オリジナルと模倣品の頂上決戦が始まる……!


 お互いに距離を微調整すべくじりじりと間合いを離したり近づけたりして様子をうかがう。

 

 何せ相手はあのRVR-01、ガントレットだ。あらゆる方向に対応可能な武装を数多く持つ。ゆえに下手な行動を起こせば逆にこちらが被害をこうむるのは火を見るよりも明らかだ。最適なタイミングと距離をお互いに探っているのだ。

 

 そしてほぼ同時に動き始める。だが、その方向性はまるで違うものであった。早苗さんは回転しながら突っ込み、雷マーク型のショットを放ち、俺は弧を描くように接近しつつハンターをばら撒いた。

 

 衝突するのではないかというほど接近し、そしてすれ違った。こちら側の被弾はなし。早苗さんはというと数発のハンターを受けたようだが、あの数では大したダメージは期待できない。

 

 とどまることなく宙返り。さすがにあの乗り物を完全に使いこなせていないのかしばらくまごついた動きを見せる早苗さん。アールバイパーの兵装をツインレーザーに換装し、その隙だらけの背後狙って追撃を行った。

 

 案の定というか、早苗さんは向きを変えずに反撃を行ってきた。青色のショットを一直線に放つのだ。それもツインレーザーを凌駕する物量で。何かしらの反応があることを予見していた俺はその直撃こそは避けられたものの、早苗さんの周囲でクルクルと回る3つのオプションが斜めに弾幕をばら撒くものだからそちらの弾を受けてしまう。

 

「ちっ……!」

 

 カンッ、カンッと銀翼が被弾するたびにコクピットにも振動が走る。致命傷とは程遠いがあまり喰らいたくはないものだ。こうなれば強烈な一撃を喰らわせて黙らせる他ない。このまま一気に間合いを詰めてレイディアントソードで斬りつける。

 

「かかりましたね!」

 

 銀翼の機動力をもってすれば接近するのは容易でる。だが、そのような状況になることをまるで待っていたかのようにニヤリと嫌な笑みを浮かべる現人神。気づくとアールバイパーは早苗さんを頂点とするようなワイヤーフレームで描かれた四角錐に捕捉されていたのだ。

 

 ガントレットから発せられるワイヤーフレームの四角錐が執拗に銀翼を捕捉してくる。まさか……!?

 

 四角錐がわずかに帯電を始めた気がした。ここに留まるとマズい。だが、体が動かない。間に合わないっ!

 

「フリーレンジ(※1)!」

 

 籠手(ガントレット)の名を持つ戦闘騎(ライディングバイパー)とその周りを回転する3つの青白いオプション「クロー」からアールバイパーを狙うかのようにレーザーが一直線に貫いてくる。その速さは目視では認識できず。気が付いたら既に被弾していたという感じだ。

 

「銀星『レイディアント・スターソード』!」

 

 大きくバランスを崩しながらも咄嗟にスペルカードを取り出して発動する。その発動はあまりに遅すぎた気もするが、どうにか体勢を立て直すと巨大な剣を振り回した。

 

 風切る青い刃がパイロットごと戦闘騎を斬りつける。が、その刃の軌跡から東風はスルリと抜け出してしまう。

 

「危ない危ない……」

 

 もう一振りもかわすと、早苗さんはそのまま俺の背後に陣取った。今度はこちらが避ける番か。

 

 一度振り切る為に速度を上げて逃げようとするが、相手もかなりの機動力を持っているようで距離が稼げない。そうしているうちに青い球体「ハンター」を乱射してきた。どんなにジグザグに飛行しても確実にこちらに迫っている。回避は絶望的……。

 

「菊一文字!」

 

 ミサイル発射のトリガーを引く。一瞬だけアールバイパーの前を浮遊していたポッドは一瞬で遥か背後に。そして光のバリアを展開した。青い球体がバリアに阻まれて消えていく。さらにそれらを発射していた早苗さんもバリアに突っ込もうとしていた……。

 

「そうはさせませんっ! フリーレンジ!」

 

 四角錐のワイヤーフレームを前方に突き出す早苗さん。菊一文字のポッドを感知すると一気にレーザーを照射した。小さい爆発を起こし菊一文字が崩壊する。だが、バリアの向こう側に俺はいないっ!

 

「あれ……?」

「真上だぁー! レイディアントソードを喰らえ!」

 

 機動力は変わらなくとも経験は俺の方が多い。視界の外からの迅速な一撃にはそうそう対応できない。フリーレンジを回転させてこちらに照準を合わせるよりも先にガントレットを模した機体を斬りつけた。

 

 攻撃に成功したのを確認すると今度は一気に距離を取る。背後から迫るハンターよりも素早く宙返りすると再びレイディアントソードを構えて突撃を試みる。

 

「そう何度も同じ手は……」

 

 御幣を掲げて更なる追尾弾を放つ早苗さん。だが、それよりも速くアールバイパーは標的を間合いに捉えんとする。無駄に大回りするハンターでは追いつけまい。

 

「レイディアント……」

 

 だが、何かがおかしい。このままでは早苗さんは大ダメージを受けるのは先ほどの一撃で理解しているはずだ。だというのにあの余裕。だが、いちいち模索している時間はない。すでに動き始めた体に今更ブレーキなどきかない。何が来る? 何を企んでいる? 俺は何か大切なことを見落としているというのか……?

 

「ソード!」

「通用しませんっ!」

 

限界まで接近した俺は青い刃を振るい、再び距離を取る。今度は手応えがない。外したよう……

 

「っ!?」

 

 突如小爆発とともにバランスを崩す我が銀翼。なんとアールバイパーに光の針が何本も突き刺さっていたのだ。あと少しずれていたらコクピットに直撃していた……。みるみる揚力の下がるアールバイパー。機関部を損傷したのかもしれない。

 

 けたたましいアラート音とまばゆい赤いランプが点灯する中、オプションを展開してどうにか足りない浮力を補うように引っ張り上げてもらう。

 

「なんなんだ、この針は。針なんていつの間に仕込んでいた?」

「あら、意外ですね。忘れてしまったのですか? 模倣品だけが持っていてオリジナルは持っていない『アレ』を」

 

 ちくしょう、また「アレ」か。出し惜しみしやがって……。フリーレンジのことだろうか? いや、そういう次元の話ではない。ここでいう模倣品とは早苗さんの使用している戦闘騎のモデルになった戦闘機「RVR-01ガントレット」のことだろう。ガントレットにとってのオリジナルは「ヴァスティールオリジナル」。何故か知らないが早苗さんはアールバイパーをそのオリジナルと重ねて見ている節がある。

 

 ガントレットが持っていてオリジナルが持っていなかったもの……。急な火力上昇に見たことのない光の針……。ああ、そうか。すっかり忘れていた。瞬間的に火力を上げる手段をガントレットは持っていた。恐らくはそれをモチーフにした早苗さんの戦闘騎にも同じ機能が備わっているのだろう。

 

 周囲で回転している3つのオプション……いや、クロウの耐久力を消費して超火力を得る。それはまさしく……

 

「『オーバーウェポン』(※2)か。俺としたことがすっかり忘れていた」

 

 俺が先程の超火力の正体を見抜くと早苗さんは嬉々として答える。

 

「その通り! 凄い火力でしょう? 舐めてかかるから痛い目を見るんですよ?」

 

 今ので調子づいたのか、今度は太いレーザーをいきなり放ってきた。マスタースパークよりもサイズは圧倒的に小さいものの、ツインレーザーの比にはならない威圧感である。あと弾速もすさまじい。

 

 機動力の落ちている状態では避けるのも一苦労である。機体の先端をわずかにかすったらしく、アールバイパーは再びバランスを崩してその場でクルクルと回転してしまう。

 

「うお、落ちる……!」

 

 そのまま墜落するさなか、より一層思い切り引っ張り上げるネメシス達。魔力の消費が激しいのか、彼女達を覆うオレンジ色のオーラがどんどん小さく薄くなる。今魔力が尽きたら確実に落ちてしまうだろう。

 

 ぐるんぐるんと3つのオプションが回転している……否、俺が回転している。そういえば早苗さんのオプションは回転してるんだよな。そんなことを考えつつ体勢を立て直す。

 

 と、急に機体のふらつきが止まった。今度は3つのオプションがアールバイパーの周囲を回転している。なるほど思い出した。こんなオプションのフォーメーションもあったな。そのまんま「ローリングオプション」というフォーメーションだった気がする。

 

 それと気になる点がもう一つ。アールバイパーを支えるのに精いっぱいで魔力の消費が止まらなかったオプションたちだったのだが、それが止まった気がするのだ。回転することでエネルギーの消費を安定して行えるようになったためだろうか? オプションを格納してもバランスはそのままとれている。

 

 こちらが動けないことをいいことに早苗さんはさらに追撃を行う。それらをレイディアントソードで切り払い被弾を避けていくのだが、完全に防御するのは不可能。近接武器を警戒して接近してくることはないものの(フリーレンジを封じたことになるのだ。アレをもう一度喰らったら流石にヤバい)、これではじり貧である。さらに悪いことに……。

 

「これなら防御出来ない筈。ウェーブ!」

 

 ジリジリとゆっくり焼き焦がすようなレーザーを放ってきた。ウェーブとは非常に色の薄いレーザーであり威力自体はハンター以上に低いのだが、地形や防壁を無視して攻撃可能という今の状況だと結構厄介な代物である。

 

「モウダイジョウブ」

 

 そんな中、オプションたちが元の魔力を取り戻したらしいことが分かる。再びオプションを新たに得たローリングのフォーメーションで展開。

 

 回転によって3つのオプション安定してエネルギーを消費している。早苗さんのクローも同じように回転させて、必要時に過負荷をかけて強烈な攻撃を繰り出した。もしや銀翼でも再現が出来るのではないだろうか。あのオーバーウェポンとやらを。

 

 ふと早苗さんの戦闘騎の周囲を回転していたクローが動きを止めた。こちらを焼き焦がすような薄いレーザーがわずかに変色。試すしかない! 俺も回転するオプションたちにその場にとどまるように指示。

 

 直後に感じる吐き気。何か見えない力で外側から締め付けられるような感覚。苦痛に顔をゆがめながらもこの感覚に似たものを前にも感じたことがあるのを思い出した。

 

 あれは人里で暴走した妖夢と対峙した時。事故で白蓮さんの魔人経巻に触れた時にぐるぐる巻きにされたことがあった。あの時の感覚、つまり魔力がアールバイパー本体に収束している違いない。

 

 俺の中で推測は確信に変わった。あとはこれを一気に放つことが出来ればオーバーウェポンの成立だ。声高らかに吐き気を催すほどにたまり切った魔力を解き放つように宣言。

 

「模倣品に負けてたまるかっ! 俺も使ってやるぞ。操術『オーバーウェポン』!」

 

 仕掛けが分かれば後は単純だ。ネメシス達の蓄えている魔力をアールバイパー本体に収束させて通常よりも段違いの火力で武装を使用する、それだけだ。

 

 魔力の血潮がオプションから俺自身に、そして増幅された火力が機体前方へ一気に放たれるイメージ。まさに魔力の血管でつながれて銀翼と一体化したような感覚を覚えた。その火力に翻弄され機体がガタガタと揺れる。操縦桿を取り落さないようにしっかり握りなおすと、再びトリガーを引いた。

 

 細い2本の光の針を放つ筈であったアールバイパー。しかし今はなっているのは無数の針が連なったもの。遠目に見れば巨大なレーザーにも見えるもの。やはりマスタースパークに比べると圧倒的に細い(早苗さんが放って見せたものよりもさらに一回り細い)ものであったが、バチバチとあちこちでスパークが走っており見た目以上に派手であった。

 

 思わぬ強烈な反撃に早苗さんはまるで反応できず、オーバーウェポンで強化されたツインレーザーをもろに受けた。

 

 ヨロヨロとバランスを崩す早苗さんの戦闘騎。

 

「イタタ……。や、やりますね……。そうやって戦ううちに、色々な武装を覚えていくのですね」

 

 眼下では神奈子が拳を振り上げて鼓舞するように早苗さんにげきを飛ばす。

 

「早苗ー、このままじゃ負けちゃう! こっちも強烈なオーバーウェポンで対抗するんだ!」

 

 ふらついていた風祝はその声で目を覚ましたかのようにキリリと表情を引き締める。

 

「これでおあいこってところでしょうか? いいでしょう。最大最強の火力をその銀翼にぶちかまします!」

 

 静かに目を閉じると御幣で空中を切るように横に掲げる。口元がわずかに動いていることから何かしらの奇跡を起こそうとしているらしいことが分かる。

 

 静かに、だが激しく周囲の空気が渦巻き始める。抜けるような青空は今や暗雲立ち込め時折雷鳴が鳴り響いていた。明らかにヤバい雰囲気だぞ……。

 

 しかし異変はそれだけではない。早苗さんよりも明らかに近い距離で何かがスパークする音が聞こえたのだ。何事と周囲を見回すも音の出元は分からずじまい。それもそのはず、なんとレイディアントソードが帯電を始めていたのだ。恐らく嵐を呼ぶ奇跡の恩恵をこちらも受けているようだ。あれだけスケールの大きいものだ。自分だけ恩恵を受ける……だなんて虫のいい話はないってことだな。

 

 そういえばレイディアントソードをオーバーウェポン状態で放つとどうなるのだろう?

 

 一足先に攻撃の準備の整った早苗さんは四角錐型のワイヤーフレームを展開し始めた。恐らく近距離からのフリーレンジによるオーバーウェポンを仕掛けるつもりなのだろう。

 

「せっかくだ。こっちも最大パワーでレイディアントソードをぶちかます。どっちがパワーで勝るか……正々堂々と勝負だ!」

 

 俺の持つ武器で最も火力の出るものはこのレイディアントソード。いいだろう、力と力、どちらがより強大か比べようではないか。相手ももとよりそのつもりだったようで

 

「フリーレンジ……」

「レイディアントソード……」

 

 未だにスパークの止まらない青い刃を振りかざし一直線に突っ込む。ぐんぐんと互いの距離は縮み……

 

「オーバーウェポン、発動ですっ!」

「オーバーウェポン、発動だぁっ!」

 

 放たれる無数の電撃のムチとほとばしる光の刃。あれは確か無縁塚でノービルにトドメをさした攻撃……。あれが最大最強の攻撃のようだな。それが限界まで近づいた矢先、轟音と共に周囲がまばゆい光で包まれた。

 

 交錯する雷と刃……!

 

 

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(その頃、アズマと早苗さんの対決を観戦している2柱の神様は……)

 

 互いに一歩も引かない一風変わった弾幕ごっこ。それを見る神様は2柱。日本酒片手に満足げにそれをじっくりと見据える神奈子と、そして最初こそウンザリしていたのにいざ戦いが始まるとピョコピョコ跳ねまわって応援を始める諏訪子。

 

「いけー! どっちもがんばれー!」

「私としては早苗に勝ってもらいたいんだが……しかしアールバイパー、只者ではないな。オーバーウェポンのからくりに気づいただけでなく自分のものにしてしまったようだ」

 

 そして周囲の空気が渦巻き、両者が最大最強の力をもってして正面からぶつかっていった。

 

「力と力のぶつかり合いはいつ見ても素晴らしいね。早苗は安定のフリーレンジか。

「そしてアズマ……だっけ? あっちの蛇はレイディアント……」

 

 そこまで口にする諏訪子を神奈子は引き留めた。

 

「違う、ただのレイディアントソードじゃない。オーバーウェポンを使ってるんだ。そうでなければあんなにスパークしない。そうだな、あえて名づけるなら……『サンダーソード』(※3)といったところね」

 

 澄まし顔でそんなこと言うので、ずっこける諏訪子。何せネーミングがあまりにそのまんまだからである。

 

「確かに電気が走ってたけど、こりゃまた安直なネーミング……」

「別にいいだろっ! 分かりやすくて」

 

 その瞬間、大きな雷が守矢神社に落ち、バリバリと轟音を撒き散らしながら閃光を放った。

 

「ぐっ、何も見えないっ!」

「どうなったの!?」

 

 閃光が収まった後もモウモウと土煙が立ち込めておりその状況はうかがい知れない。勝ったのはアズマのサンダーソードか、それとも早苗のフリーレンジか……。

 

 嵐の後の穏やかな風が土煙を舞い上げて少しずつ周囲を明るみにする。最後に立っていたのは……早苗であった。

 

「勝負ありっ! この勝負は早苗の、戦闘騎『ガントレット』の勝利……」

「いや、待って!」

 

 祟り神が叫んだ直後、戦闘騎「ガントレット」はわずかにグラリと傾き、電気がショートし始める。そうなったかと思うと爆発を起こし墜落してしまったのだ。

 

「早苗ーっ、大丈夫か!?」

 

 顔色を瞬時にかえてドタドタと墜落現場へと走る戦神。

 

 

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(その頃、墜落したアールバイパー内部……)

 

 うぅ、頭がフラフラする。確か早苗さんのフリーレンジ……いや、オーバーウェポン状態で放つフリーレンジは「ウィップ」って名称だったか……。

 

 とりあえず早苗さんの大技と俺のレイディアントソードがぶつかり合ったと思ったら思い切り落雷して……その後の記憶がない。

 

 あちこち痛む中、周囲を見回すとアールバイパーは墜落してしまったことが分かる。リデュースも解除されているようなのでどうにかコクピットから這い上がることにした。

 

「あっアズマさん。無事みたいですね。よかった……」

 

 巫女服のあちこちがボロボロになった早苗さんが満面に笑みを浮かべて俺に手を差し出している。俺は自分の右手をじっと見つめるとガッチリと彼女の手を掴んだ。その背後では黒煙を上げる戦闘騎の姿があった。最後の一撃は相打ちだったようだ。

 

「勝負は引き分け。早苗の大技とアズマの大技がぶつかり合ってどっちも墜落しちゃったんだ」

「いいや、早苗の勝ちだ。早苗は生身でも弾幕が出来るからな!」

 

 ズイと割り込んできた神奈子だったが、諏訪子に鬱陶しがられながら額を小突かれる。

 

「まだ言ってるよ……。戦闘騎の性能テストを兼ねた勝負なんだからアレが動かなくなった時点でそれはないっての!」

 

 神様たちの話によると、電撃を纏ったレイディアントソードと早苗さんの電撃を纏ったフリーレンジ、つまりウィップと正面衝突をし最初にアールバイパーが墜落するも、間もなく早苗さんも墜落ということで引き分けに終わったことだそうだ。

 

 そうだ、だんだん思い出してきた。あの時のレイディアントソードは制御がきかずに前に突き出すだけで限界であった。切るというよりかは突くという表現が相応しかったその挙動はまさしく「サンダーソード」のものであった。後でスペルカードに登録しておこう……。

 

 名前は何がいいか……。あれはただの銀符って感じではなかったな。オーバーウェポンを使ったことだし……よし決めた。スペル名は「重銀符『サンダーソード』」にしよう!

 

 それにしてもあの場面でまさかのサンダーソードか……。かのSTG「サンダーフォースV」の自機はオーバーウェポンを使っていたがその自機のオリジナルに当たる機体はやはり光る剣を突くように使っていた。この幻想郷でもオリジナルが光る剣、模倣品がオーバーウェポンを使ったってのは何かの因縁を感じる……。

 

「……オホン。とにかく心躍るアツいバトルだった。私も大いに満足した! いいデータも取れたしそのオプションは正式に君のものだ。いろいろとありがとう!」

 

 色々と疑問も残るが、これまでにない程のギリギリの接戦を早苗さんと行ったということは明らかだ。弾幕ごっこ中の息遣い、挙動、攻撃を仕掛けるタイミングから彼女の人となりがぼんやりと見えた気もした。

 

 決闘というよりもスポーツで競った後のような爽やかさが後には残った。さすがは宴会と並び、幻想郷で親睦を深める遊びなだけはある。日も傾きその暑さも鳴りを潜める中涼しげな風が吹きぬける。そんな中、俺は風祝とガッチリと握手を交わした。

 

「これで本当の友達ですね。幻想郷での人間のお友達は結構珍しいものです……」

「俺もだ。というより初めてだ」

 

 全力を出してぶつかり合った後、夕日をバックに友情を結ぶ。なんと清々しいことか!

 

「いいねいいね。青春だよコレ。こういうのはいつ見ても素晴らしいわ!」

 

 軍神が頷きながら固く結ばれた友情を見届けている。

 

 幻想郷で出来た初めての人間の友達。心躍るところだが、次の瞬間、山が大きく揺れた。

 

「地震っ!?」

 

 たじろぐ早苗さん。だが、違う。ただの地震じゃないぞコレ! その証拠にズドンと何かが落ちてきた音が直後に響いてきたのだ。あれは空から何かが落ちた音。まさかこのタイミングで隕石群が? 俺は反射的に早苗さんを庇うように腕と自らの胴体で覆う。

 

「こんなに降り注ぐだなんて明らかにおかしい! いったいどうしたというんだ?」

 

 膝をついて転倒しないようにする神奈子。その間にも妖怪の山に幾多もの小隕石が降り注ぐ。

 

「こっちにも来るぞ!」

 

 1つの黒い塊が轟音を立てながら守矢神社に急接近。迎撃しないと! 俺は銀翼まで歩みを進めようとするがいまだに地面の揺れが収まらずに転んでしまう。いけない、間に合わない……!

 

「ひっ……!」

 

 万事休すのところ、神奈子が俺達を阻むように立ちふさがった。

 

「うちの早苗をやらせないよっ!」

 

 そのまま腰をかがめると背中に背負った注連縄と御柱から無数の弾幕を展開。しかし降り注ぐ隕石を砕くには至らず、そのまま神奈子の背負う注連縄に隕石が直撃してしまう。激しい激突音を立てて神奈子は数メートル吹っ飛んだ。

 

「うぁっ……」

「か、神奈子さまー!」

 

 軍神様の体を張った迎撃で俺たちは無事だったが、身代わりになった神奈子の身を案じて駆け寄る。

 

 注連縄はぐにゃりとひしゃげ、自慢の御柱も折れてしまっていた。神奈子もうつぶせに倒れ伏したままで起き上がる気配がない。

 

「そんな……こんなことって!」

 

 悲観に暮れる俺達。だが、少し距離を取って何かを訝しむのは守矢神社のもう一柱の神様、諏訪子。

 

「おかしいな……、だって直撃じゃないんだろう? あの速度での激突とはいえ即死だなんて神奈子の頑丈な体ではあり得ない……」

 

 そう口走った矢先、むくりと起き上がる神奈子。安堵する早苗であったが、諏訪子はその表情を崩さない。

 

「待つんだ早苗、様子がおかしい!」

 

 俯きながらフラフラと歩み寄る神奈子は確かに異常である。いつでもどっしりと構え、笑う時は豪快に笑い、弾幕するときは豪快に弾をばらまく明快なのが神奈子である。だというのに今はまるで操り人形のように挙動が弱弱しくふらついているのだ。

 

これは確かに様子がおかしい。早苗さんも表情を曇らせてその様子を見届ける。そして俯いていた神奈子がついに顔を上げる。

 

「神遊びの時間だ! オマエラ、武器を取れ! 弾幕乱れ飛ぶパーティしようぜ!」

 

 裂けるのではないかというほど吊り上がった口元。そこから覗く歯がギラギラとしている。その顔は明らかに正常なものではなく飢えた獣のようなものであった。

 

 不気味に砲台のようにこちらを向く御柱に明らかにヤバそうなオーラを出した注連縄。そしてこちらを睨みつける神奈子の瞳は夕陽をギラギラと反射させていた……!




(※1)フリーレンジ
サンダーフォースVに登場する兵装。
ワイヤーフレーム状の四角錐を展開し、ショットボタンを押すことで範囲内にいる敵にレーザーを食らわせる。

近距離であるほど威力が上がり、サンダーフォースVにおいてはかなりの高性能の武器だった。

(※2)オーバーウェポン
サンダーフォースVに登場する攻撃手段。
オプションであるクローの耐久度を犠牲に発動。発動中はより強力な攻撃を仕掛けることが出来るようになる。

(※3)サンダーソード
サンダーフォースIVに登場する兵装
サンダークロー装備中に、しばらくショットを撃たないでいるとクローにエネルギーが溜まっていくので、そこでショットボタンを押すと前方に光の剣を突き出す。


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第9話 ~「訪問者」来たる~

守矢神社にて早苗との弾幕ごっこでオプションの魔力と引き換えに圧倒的な火力を引き出す「オーバーウェポン」を習得。

幻想郷では初めての人間の友達も出来、大団円に終わろうとした矢先、激しい地震と共に黒い隕石が神奈子を襲った!

どうにか無事ではあったものの、神奈子の様子がどこかおかしい……?


 米粒のような弾幕をばら撒きながら赤く焼けた御柱を撃ち出してくる。神奈子さんの豹変ぶりは明らかに異常である。

 

「神奈子様……、神奈子様……。お願いやめて!」

 

 親しいものが狂気に満ちた瞳で睨み付けて襲い掛かってくる。すがるように正気に戻ってくれと懇願するも今の神奈子さんの耳にその言葉が響くことはない。

 

 そんな早苗さんは戦闘騎(ライディングバイパー)に跨りつつも回避に精一杯で攻撃に転じることが出来ていない。圧倒的力量の差以外にも原因はあるのは明白。早苗さんのショックは想像に難くないものだ。

 

「気をしっかり持て早苗! 原因はハッキリしているだろう。さっきの黒い隕石だ」

 

 黒い隕石の直撃から人が変わったかのようになってしまった神奈子さん。さっきの隕石に何か秘密がある筈なのだ。思い出せ、ここ最近頻発してきた事件、まるで意志を乗っ取られたかのように勝手に動き出すモノたち……。

 

 無縁塚に打ち捨てられたバクテリアンの残骸、天狗の里の削岩機、そして今回の神奈子さん……。

 

「そうか、付喪神だ! あの隕石の正体はモノに取り付いてそれを乗っ取る付喪神のコアなんだよ!」

 

 何故そんなものが空から降り注ぐのか、理由は分からない。分からないが、今は原因を解明することよりも成さねばならぬことがある。

 

「それじゃあ神奈子様は付喪神に乗っ取られたってこと!? 道具じゃなくて神様に取り付く付喪神っていったい……?」

「あるいは本人ではなく、背負っている注連縄かもしれない。とにかく大人しくさせるのが先決だ!」

 

 現人神、そして後ろでまごつく祟り神を庇うようにアールバイパーを前進させ、レイディアントソードを掲げる。ひっきりなしにばら撒かれる米粒型弾幕を切り捨てると、こちらを狙わんというばかりに数本の赤く焼けた御柱が突っ込んでくる。隙間ない柱に銀翼は一度距離を取り再び接近の機会をうかがう。

 

「なんて物量の御柱だ。まるで隕石群だぞ!」

「あれは『メテオリックオンバシラ』。神奈子さんは何としても接近させまいと必死です」

 

 先程神奈子さんと対峙した時に発動しようとしていたスペルだ。まさかここまで強力なものだったとは……。あんなに重い上に速く動く物体はリフレックスリングでも掴めない。捕えることはできるだろうが、そんなことをしたら自分自身が御柱に引っ張られてしまうのは明白である。

 

「しまっ……」

 

 考え事をしていた隙を突かれ、銀翼は熱された御柱の直撃を受けてしまう。思い切り地面に叩きつけられ、小さなクレーターを形成してしまう。いまだにチカチカする視界。銀翼はほどなくして息を吹き返していた。……まだ俺までは潰れていない。

 

 朦朧とした意識の中、再びアールバイパーは飛翔。今度こそと言わんばかりに今度は遠方からツインレーザーを発射する。避ける動作を見せない神奈子さんに青い光の針が突き刺さっていくものの、さほどダメージも入っていないのだろう。勢いが全然衰える気配を見せないのだ。

 

 今度は御柱など比べ物にならないほどの米粒弾が迫ってくる。とっさに俺は菊一文字を放った……が、先ほどのダメージでアールバイパーの出力が低下しているのか、ポッドが力なく落ちていって地面でバリアを展開していた。

 

 完全に防御に頼っていた俺は弾幕をもろに受け、機体がグラグラと揺れる。ダメだ、本気になった神奈子さんは格が違い過ぎる。

 

 だが、思わぬ収穫も得た。菊一文字を出力を落として発射すると縦長の爆風を残す対地ミサイルとして機能するのだ。まさかこんな形で「バーティカルマイン」(※1)を再現するとは。

 

 もっとも今の戦闘で空対地ミサイルはそう役に立ちそうにない。これだけの強敵、俺一人で手に負える代物ではないのだ。

 

「早苗っ。お願いだ、援護してくれぇー!」

 

 気持ちは分からないではないが、早苗さんがまるで戦えないでいる。銃口をそちらに向けるまではいいのだが、その先が動かないようだ。

 

「……出来ません。だって神奈子様を……。それに、嫌な予感がするんです。だって人に取り付く付喪神だなんて絶対におかしいですよ。アレは本当に付喪神なんですか?」

 

 もう夕暮れ時なのか、琥珀色に染まりつつある守矢神社、その上空で暴走を続ける神奈子さんの瞳の色も琥珀色。確かにただの付喪神と片付けるのは早計かもしれない。実は思い当たる節がないわけではないが、俺はそれを認めたくはない。それを認めてしまうということは俺の手で神奈子さんを……葬らなければいけなくなる。

 

 ぞわと俺の背筋が震える。これが狩るか狩られるかということか、おそらく早苗さんも同じものを想像しているのだろう。俺の腕が鈍る。

 

 しかも早苗さんの場合は俺の場合と更に事情が違ってくる。今の今まで親しくしていた、傍にいるのが当たり前だったそんな人を殺さないといけないということになるのだ。

 

 そんなの戦いを生業とする軍人でさえ即決はできないだろう。ましてや遊びで弾幕ごっこを興じるだけの少女に課する荷にしてはあまりに重すぎる。

 

 だが誰かがやらねば。ならば俺が、たとえ刺し違えてでも……!

 

 葛藤のさなか、再び銀翼が大きく揺れた。しまった、スキを突かれてまた攻撃を受けたのかと思ったが、そうではなかった。大きく跳躍した諏訪子の頭突きを喰らったのだ。

 

 機体が大きく跳ね上げられる。その直後、熱された御柱がさっきまでアールバイパーのいた場所を突き抜けていったのだ。諏訪子さんに助けられたらしい。冷や汗が頬を伝う。

 

「アズマ、大事な時なのにボーっとしすぎ! 早苗ももっとシャンとしなよ!」

 

 ただ一人、事情を知る由もない祟り神が俺達を叱り飛ばす。早苗さんは「神奈子様がー!」と叫びながら泣き崩れてしまう。ここで俺まで折れるわけにはいかない。

 

「付喪神なんでしょ? 多分神奈子本人じゃなくて後ろの注連縄に取り付いているんだ」

 

 そうか、あくまで黒い隕石は神奈子本人ではなくて後ろの注連縄や御柱に命中していた。付喪神化するならまずはそっちの筈だ。

 

「でもまあ持ち主まで操るだなんて随分と厚かましいヤツだね。というわけで……」

 

 彼女の手には鉄でできた輪っかが握られている。その淵は鋭利に研ぎ澄まされており、扱い方を間違えれば手を切ってしまいそうなものであった。

 

「生意気な付喪神はぶっ壊すに限るけど、まずは暴れている神奈子と切り離さないといけない。アズマは神奈子の気を引いて動きを鈍らせるんだ。そしたら私がこの輪っかで神奈子としめ縄を分断するわ!」

 

 なるほど、あくまで変異したのは道具の方であり、神奈子はその瘴気にあてられているだけ。随分と理にかなっている。俺はその仮説を信じようと思った。もしも本当に最悪の事態が起きていた場合は……その時はその時だ。今はもう少し希望を持とう!

 

 俺は今も弾幕まき散らす荒ぶる神への接近を試みた。

 

「操術『オーバーウェポン』!」

 

 使用武器をツインレーザーからハンターに変えると、オプションを3体呼び寄せてオーバーウェポンを発動する。青白い球体は針のような形状を取り一目散に神奈子に突っ込んでいく。先ほどのツインレーザーなど比にならないほどの物量。一度御柱のラッシュを止めると、神奈子は守矢神社から逃走しようとする。

 

 俺の背後で輪を構える諏訪子に気が付いたようである。神奈子はさらに上昇すると妖怪の山山頂の湖上空まで逃げ込んだ。キラキラと夕陽を受けて水面が光っている。

 

 再びメテオリックオンバシラが発動され、無数の柱が横殴りに降り注いでくる。湖に突っ込むたびに水しぶきを引き起こし、その威力に肝を冷やした。今度はレイディアントソードを前に構えてエネルギーをため始める。

 

 オプションから魔力が流れ始める。バチバチとレイディアントソードが帯電を始めた。

 

「重銀符『サンダーソード』!」

 

 そのまま上昇し、神奈子に接近。だが、目前に御柱が迫っている。柱が着弾するその前に、俺はスペルカードを発動。レイディアントソードが一気にエネルギーを解放、巨大な剣となりオンバシラを逆に貫いてやった。

 

「甘いわっ!」

 

 そのまま神奈子にもダメージを与えられたと思ったものの、背負っていた御柱を取り出すととっさに防御。そのままつばぜり合いが始まる。

 

 なんて力だ。こっちは振り回すことすらできないサンダーソードを片手で軽々と持ち上げた御柱によって防がれているのだ。加えて俺はオーバーウェポンを使っている身。このつば競り合いが長時間維持できるとはとても思えない。

 

 追い打ちをかけるように、こちら側が押され気味なのだ。まずい、もうオーバーウェポンの魔力が持たないっ!

 

 まさにオーバーウェポンが途切れんとするその時、助け船がやって来た。

 

「よくやったアズマ! 隙だらけだよ神奈子っ、これが洩矢の鉄の輪だぁー!」

 

 側面から諏訪子が鉄の輪を投げつける。唸りをあげて神奈子の背後をかすめるように切り付けて、貫通した。

 

 見事に注連縄と神奈子を分断することに成功。神奈子はスイッチが切れたかのように急に動きを止めて湖へ吸い込まれるように落ちていく。付喪神化したであろう注連縄と共に……。

 

「落とさせませんっ!」

 

 神奈子を受け止めるように飛翔したのはガントレットの戦闘騎、つまり早苗さんであった。ドスンと一瞬高度を落とした早苗さんであったが、持ちこたえて湖のほとりまで運んでいく。一方の注連縄はボチャンと池に落ちていった。飛ばしていた御柱も湖へと落ちていき、次々と水柱を上げている。

 

「神奈子さんっ! 大丈夫ですか!」

 

 付喪神に取り付かれていた神奈子が元に戻ったのか、その身を案じて俺と諏訪子も早苗を追いかける。俺はアールバイパーから降りた。

 

 湖のほとりでは仰向けに横たわる神奈子さんの横で、早苗さんがこれでもかと号泣していた。助からなかったのか……?

 

「何にも知らないだなんて! 心配で心配で私は……うぇーん!!」

 

 今も神奈子のスカートに顔をうずめて涙を拭いている。おそらく早苗さんの顔は涙でぐしゃぐしゃになっているだろう。そんな様子をボンヤリと眺める神奈子はまるで二日酔いでもしたかのように頭を抱えて周囲を見回していた。

 

「早苗はなんで泣いてるんだ? 確か早苗とアズマを隕石から庇って……ダメだ、その後が全然思い出せない。それにしても背負ってた注連縄がないし、全身の疲労感がすさまじいし、なんでそもそも私は湖に……?」

 

 すっかり元の色の瞳に戻った神奈子さん。彼女はどうやら隕石がぶつかった後の記憶がないようである。なるほど、これなら俺の想定していた「最悪の事態」は起きていなかったことが分かる。早苗さんもそうであることが分かり、こうやって甘えながらも泣きじゃくっているのだろう。

 

「とにかく冷えるな。体に良くないし神社に戻ろう」

 

 そう現人神を諭すとスックと神奈子が立ち上がるが、俺は吹き出してしまった。なんたって、神奈子さんと注連縄を分離するのに余分に服の後ろ側も切り裂いたらしく、背中からお尻からひざ裏まで肌が色々とあらわになっていたのだから。神奈子さん、冷える理由はそれですよ。

 

 そんなこと気も付かずに振り向く神奈子さん。

 

「あのっ……」

 

 そのことを教えようとした矢先、涼しい風が吹き付ける。はらり、と前側だけの服が剥がれ落ちそうになる。

 

「っ……!?」

 

 すんでのところで抑えたからよかったものの、よりによって俺の目の前でやらかした。頬を紅潮させる神様。

 

「~~~~~! 忘れろっ! 忘れろぉっ!!」

 

 この後、諏訪子さんや早苗さんに止められるまで俺が理不尽な暴力に襲われたのは言うまでもない。

 

 どうにか彼女を落ち着かせると、今度こそ帰ろうとするが、不意に湖が揺れた気がする。

 

 周囲がグラグラと揺れ始めるとこれは明らかに異常だと言わんばかりに湖が盛り上がる。俺は慌ててアールバイパーに転がり込むと、そのまま飛翔。早苗さんもガントレットに跨りつつ俺の後を追う。

 

 湖の水が限界まで盛り上がると、ザバーという派手な音を立ててその異形の姿があらわとなった。

 

「ミシャグジ様!? いや、こんな奴知らないよ?」

 

 頑丈そうな甲羅で頭部を守る蛇のような怪物が湖から現れたのだ。その胴体は球体を数珠つなぎにしたような見た目をしており、その中心では醜い肉塊がブヨブヨとうごめいていた。醜悪、その一言が何よりもの特徴である。

 

 どうやら飛行能力を有しているようで、こちらを見つけると蛇のような化け物は体当たりを仕掛けてくる。しかし途中で飽きたのか、湖の中に戻ってしまった。

 

何事かと互いに顔を合わせていると、同じ怪物が再び湖から浮上。再度突撃を試みるもまたも湖に帰っていく。

 

「あいつ、何がやりたいんだ……?」

 

 そう訝しんでいると再び湖の水が盛り上がる。しかも先ほどの比にならない程の規模。さっきの蛇の親玉だろうか。俺は身構えてその姿を凝視した。

 

そして露わになる怪物たちの親玉に俺は驚愕した。早苗さんも目の色を変えて、だが声を失いつつ叫んだ。

 

「こいつは……!」

 

 それは心臓のようなグロテスクな見た目をしていた。あちこちに無数に開いた穴から数珠つなぎの蛇の怪物が出たり入ったりしており、まるで奴らの住処のようになっている。

 

 親玉の上部には青色の瞳が瞬きしており、それが俺たちを捉えた。出たり入ったりを繰り返していた蛇は一斉にこちらに襲い掛かる。

 

「早苗、こいつって……もしかして……いや、もしかしなくても……」

早苗「『インスルー』と『ゴマンダー』(※2)……。そんな、バイドが幻想郷にやってくるだなんて……」

 

 一度は回避したと思った最悪の事態。だが、結局奴らはこうやって肉塊を蠢かせながら、俺たちの前に現れた。

 

 バイド、それは26世紀の人類が生み出した惑星級の星系内生態系破壊用兵器のなれの果て。

 

 あらゆるものに取り付き、同化するという恐ろしい能力を持った奴らだ。さっきまで乗っ取られかけていた神様はその脅威を知らないのか、キョトンとしながら聞いてくる。

 

「ばいど? バイドってこの前に早苗がやってた『アールなんちゃら』ってゲームに出てた?」

 

 無言で頷く早苗さん。恐らく付喪神のコアだと思っていた隕石の正体は「バイドの種子」。神奈子さんの注連縄と衝突することで注連縄と御柱がバイド化してしまったのだ。

 

 しめ縄に取り付いたバイド体が神奈子さんを完全に侵食する前に切り離されたのが幸いしたのか、彼女は辛うじてバイド汚染を免れたのだろう。

 

 しかし相手がバイドと判明した以上、猶予はない。こんな山頂の湖に居座られては下流、つまり河童の里はもちろん山のふもと、ひいては人里までがバイド汚染を受けてしまう。

 

 先んじて行動に移ったのは諏訪子。俺達を庇うように躍り出ると先ほどバイド化した注連縄と神奈子を分断した鉄の輪を投げつける。するとゴマンダーを庇うようにうねるインスルーが接近し、その体で受け止めようとするが、それよりも速く鉄の輪はゴマンダーの一部を斬りつけた。

 

「やるなっ、諏訪子」

 

 いつの間にか新しい着替えを持ってきたのか、元の服装に戻った神奈子が純粋にライバルを称賛していた。

 

 だが、俺も早苗さんも表情が晴れない。あれではゴマンダーを倒せない、そんな気しかしないのだ。

 

 案の定、切り落とされた部分からボコボコと肉塊が盛り上がると、すぐに再生してしまった。

 

「なっ……」

 

 この二人には任せておけない。バイドならではの恐るべき再生速度に対抗するには、再生などさせる猶予を与えずに速やかに破壊する必要がある。その為には弱点である青い「眼」に強力な攻撃を叩き込む必要があるのだ。軽く目配せをし、早苗と連携を取ることを試みる。

 

「早苗、わかっているな?」

「ええ、サクっと退治しちゃいます」

 

 バイドのことは早苗さんも知っていた。ノロノロと外敵を排除しようとするインスルーが早苗さんの背後に迫るが……。

 

「おらっ、お前の相手はこっちだ!」

 

 銀翼を飛翔させ、インスルーの数珠状の胴体に攻撃を加える。ブヨブヨとした肉塊がただれ落ちるとまるで骨だけになったような姿になる。あの胴体は放っておくと弾幕のようにそのバイドの肉片をまき散らすのでその前に手を打ったというわけだ。

 

 そうしているうちに早苗さんはゴマンダーの「眼」の真上に到達。あとは強力な一撃を叩き込むだけだ。

 

「武装をフリーレンジに変更……標的にロックオン!」

 

 ワイヤーフレームが「眼」を捉えた。わずかにバチバチと帯電を始める。細かい動きを苦手とするインスルーはこんなデリケートな場所までは入り込めないのか、この弱点である「眼」のすぐ前はむしろ安全な場所になっているのだ。

 

「よし! オーバーウェポンを決めてやれ!」

 

 そしてゴマンダーの「眼」に電撃が走った。バチバチとスパークの始める音、立ち込める肉の焦げる悪臭。醜悪に胎動していたゴマンダーの動きが止まった。

 

「やったね!」

「しかしこんなデカブツどう片づけるんだ?」

 

 神様たちはなんか呑気に話していた。でもなぜだろう? こいつは死んでいるような気がしないのだ。

 

 嫌な予感ばかりが的中する。機能停止に追い込まれていたゴマンダーが再びドクンドクンと胎動を始める。しかも興奮しているのか、まるで汗をかいているかのようにゴマンダー本体は体液をまき散らし始めたのだ。

 

「強酸だ! 早苗、すぐに離れろ!」

 

 今度は俺が「眼」の前に向かうとレイディアントソードを振るう。だが、これも一時的に動きを止めるだけで致命傷にはならない。

 

「こいつは不死身なのか!?」

 

 悪態をつきながら狼狽する神奈子。いくら神様といえ、バイドとはこれがファーストコンタクトになる。うろたえて当然だ。

 

 だが、違和感は俺も感じていた。確かにこんなのはおかしいのだから。俺達はゴマンダーの弱点に2度も再生不可能なくらいの致命傷を与えたのだ。

 

 いくら最強の生体兵器たるバイドだって不死ではない。形成するバイド体が死んでしまえばそれまでであり、息を吹き返すなんてありえないのだ。

 

「違う、ゴマンダーはそもそも死んでいないんだ。恐らくコアはもう1つある」

 

 俺には心当たりがあった。それはゴマンダー内部に存在するもう一つのコア。あちらを同時に破壊しないとゴマンダーを撃破できない。

 

「アズマさん、それってどういう……はっ、まさか!?」

「『ゴマンダーさんの中あったかいナリ』。そういうことだ。俺は内側から奴のコアを叩くから早苗さんはもう一度『眼』を突くんだ!」

 

 あの醜悪なバイド体の中に入って戦闘を行う。生身の神様たちや早苗さんではたちまちバイド汚染を受けてしまうだろう。というか女の子にとって、あんなところで任務を行うのはあまりに荷が重すぎる。

 

 もちろん俺とてバイド汚染のリスクはあるが、アールバイパーという鎧を身にまとっている以上、ある程度は耐えられると踏んでいる。それに誰かが奴の息の根を止めなければ、幻想郷全土がバイドに支配されてしまう。それは何としても避けなくてはいけない!

 

 俺は引き留める早苗さんの言葉を無視し、ゴマンダーへ接近した。

 

 今も体を震わせながら強酸をまき散らしている。確かにこれ以上の接近は困難だが何か手段があるはずだ。そうやって様子見をしていると、ゴマンダーの穴の一つが不自然に押し広げられた。

 

 ヘビのようなバイド、インスルーが飛び出してきたのだ。その少し下、俺は細長い体を降り注ぐ酸の雨への傘代わりに、ゴマンダーの内部に突入した……!

 

 ムワっと蒸し暑いゴマンダーの内部。汗のように外側へまき散らしていた強酸はもちろんここでもあふれ出ており、まるで胃袋の中である。外敵を排除せんと液体が降りかかる。

 

 バイド汚染も心配だし、ここは短期決戦を心がけよう。俺はネメシスとコンパクを呼び出すとうねりながらこちらをひき殺そうとするインスルーをいなしつつ、上部からコアが垂れ下がる瞬間を待った。

 

 ……今だっ!

 

「操術『サイビット・サイファ』!」

 

まずはオプションの突撃。オレンジ色のオーラをまとい、コアを殴りつけると、まるでサンドバッグのように左右に大きく揺れた。

 

 思わぬ反撃に驚いたゴマンダーはコアを引っ込めようとするが、それよりも速くオプションを呼び戻す。フォーメーションをローリングに変えるとレイディアントソードを取り出し、魔力を剣に収束。限界まで溜めた後、声高らかにスペルカードを掲げる。

 

「重銀符『サンダーソード』!」

 

 剣からほとばしる閃光がコアをゴマンダー本体ごと切り裂いた。あちこちで爆発を起こす肉塊。引き裂かれた「眼」の裏側からキラキラとした夕陽が顔をのぞかせる。俺は空めがけて全力で飛翔。

 

 少し離れていた早苗さんも爆発に巻き込まれまいと俺の後を追うように上昇していた。眼下ではその巨体を維持できなくなったゴマンダーが大爆発を起こしていた。宿主を失ったインスルーが必死の抵抗を見せているが、元々ゴマンダーの養分を貰って生きていたインスルーだ。先は長くないだろう。

 

「やりぃっ! ……で、俺の体大丈夫そうか?」

 

 緊張がほぐれると真っ先に気になることを聞いてみる。うっすらと水面に映る俺はちゃんとした銀色の翼。特に問題はない筈……。

 

「ええ。私の目の前にいるのはちゃんとした超時空戦闘機、アールバイパーですし、パイロットもちゃんとアズマさんですっ♪」

 

 それを聞いてほっと胸をなでおろす。バイドがいなくなったことで山頂の湖も汚染が止まり、ひとまずは幻想郷そのものがバイド化するという最悪の事態は回避できたことが分かった。

 

「でも……これで終わったわけではありません」

 

 ここ最近幻想郷で観測された流れ星、それは物質を付喪神化させるという恐ろしい性質を持っており、さらに悪いことにその正体はバイド体だというのだから。この隕石がなくならないかぎり、バイドはまた幻想郷に入ってくるだろう。

 

俺はこのような事件を知っていた。バイド討伐を行ったR戦闘機を放置した結果、格納していたコロニーごとバイド化してしまい、それがまるで黒い種子のような形を取って地球に降り注ぐという事件……。

 

「サタニック・ラプソディー……」

「デモンシード・クライシス……」(※3)

 

 二人の口からは違う事件名が出てきたが、これはどちらも正解である。ほぼ同じ時期に発生した「降り注ぐバイドの種子に関連する事件」という意味では共通しているのだ。

 

 だが、どうして? 別に幻想郷はバイドに襲われたことなく、もちろんバイド化したR戦闘機を格納したコロニーが宇宙に浮かんでいるはずもない。なのにバイドの種子が降り注ぐのだ。まるで理由が分からない。

 

 思索を巡らせてみるが、どうやら俺達にはそんな猶予すら与えられないらしい。再び地面が揺れる。また何かが衝突したのか!?

 

「また地震……いや、バイドの種子が落ちてくる!」

 

 これ以上被害を出すまいと神奈子と諏訪子が空中めがけて弾幕を張る。だが、今度は少し離れた場所に着弾。ほっと胸をなでおろすが、今度はその物量に驚く。ひっきりなしにバイドの種子が着弾しているのだ。

 

「と、とりあえず神社に戻るぞ!」

 

 背中に注連縄のない神奈子さんは足が速い。俺達も置いて行かれまいと歩みを早めるのだが、早苗さんが表情をこわばらせて空を指さすのだ。

 

「早苗さん、ここは危険だ!」

「いえ、だってアレって……」

 

 微動だにしない早苗さん。しびれを切らし、彼女の指さす空を見ていると……。

 

「あっ、あれは……!?」

 

 早苗さんの指さす空。ポツリと小さな影が浮遊しているのだ。雲一つない美しい夕暮れ。だからこそ……ハッキリ見える。影が夕陽に照らされてゆっくりと横切っているのだ。

 

 目を凝らしてよく見ると巨大なスラスターを左右に装備した真っ赤な巨大戦艦であることが分かる。そしてその縦長の戦艦を取り巻くように大小さまざまな浮遊生命体、そして戦闘機が飛び交っていたのだ。

 

「あれは……『コンバイラ』?」

「他にも『ボルド』に『ゲインズ』、『バイドシステムα』まで! 間違いありませんっ、バイドの艦隊です! あいつら、幻想郷を本気で征服するつもりなんですよ!」

 

 そしてタイミングよく俺の懐にしまわれていた宝塔型通信機が激しく光り出す。慌てて取り出すと通信機を地面に置く。ほどなくして現れたホログラムは白蓮さんのものだった。

 

「大変です! 正体不明の妖怪たちが命蓮寺を横断して、そして人里に向かっているようです!」

「命蓮寺を横断!? まさかバイドか? それで、被害は……?」

 

 少なくとも白蓮は無事だったようだが、命蓮寺がバイドにやられた……?

 

「彼らはただひたすら目的地に向かって直進しているようで、たまたま命蓮寺の墓地がそれに被っていたらしくて……。今は雲山たちに修復作業をお願いしているところです」

 

 墓地ならお彼岸でもない限り人が頻繁に出入りすることはないだろう。人的被害は出ていなかったようだが、今度は人里に思い切り入り込むらしい。まだバイドと確定したわけではないが、障害などものともせずに目的地まで直進するだなんてバイドならやりかねない。

 

 もしも命蓮寺を横切った妖怪の軍勢がバイドのものだとしたら大惨事だ。

 

「アズマさんは先回りして妖怪たちが人里に入り込まないように足止めをお願いします!」

「了解した。俺の推測だと、その妖怪達はかなりヤバい奴らだ。すぐに出撃する!」

 

 俺はアールバイパーに乗り込むとエンジンを起動させる。横では早苗さんがガントレットに跨っていた。

 

「戦力は多いほうがいいでしょう? 私も行きます!」

 

 ありがとうと呟くと、銀色の翼と蒼い稲妻は妖怪の山を飛び立ち、一直線に人里へと向かうのだった……。




(※1)バーティカルマイン
グラディウスIVに登場したミサイル系兵装。
自然落下して縦長の爆風を残す空対地ミサイルを発射する。非常に高火力。
慣性が働いており自機の動きに合わせて落下する軌道が変わっていく。

(※2)インスルーとゴマンダー
R-TYPEに登場したボス。
心臓と女性器を組み合わせたような醜悪な見た目をした「ゴマンダー」と彼女に寄生しつつ守っている蛇型の生物「インスルー」の組み合わせ。
弱点は時折開く青い目玉なのだが、原作においてはその弱点目の前が安全地帯だったりする。

(※3)サタニック・ラプソディーとデモンシード・クライシス
それぞれ「R-TYPE⊿」と「GALLOP」での事件の名前である。


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第10話 ~狂機と提督と~

神奈子を襲った黒い隕石の正体はなんと「バイドの種子」であった。
あらゆる物体に取りついて侵食する恐るべきバイドの侵略に戦慄するアズマと早苗。

更に悪いことに人里目指してバイドの軍団が一直線に進んでいるというのだ。

最悪の事態を回避するべく、アールバイパーを飛ばす……


(幻想郷よりはるか上空。大気圏外……)

 

 私は今青く澄みとおった美しい星を眼前に捉えている。他でもない、あれは地球。そう、私の故郷だ。

 

 しかし、忌まわしき緑色の要塞が行く手を阻んでいた。

 

 クソッ! どいつもこいつも何故私の帰還を阻むのだ?

 

 苛立ちを覚え打ち震える中、私は少しでも落ち着こうとビターチョコレートをかじりつつ冷めかけた紅茶で喉を潤した。束の間の安堵を得ると、私は艦隊に出撃の命を下した。

 

 誰であろうと邪魔するものは撃破する。なんとしても地球に帰るんだ!

__________________________________________

 正体不明の要塞と戦艦群に我が艦隊は敗北を喫した。触手のようなものを持った戦艦に不気味な青い瞳……いや、あれはコアなのか? とにかく機械のような体を持っていながらその容貌や挙動は奇怪そのものであった。

 

 あれはバイドではない。かといって私の知る地球の兵器でもなかった。いったい地球で何が起きたというのか?

 

 あと少しで地球に、私の故郷に降り立てるというのに! こんなところで足踏みをしている場合ではない。

 

 一度後退し、再度突破を試みる。これで何度目なのだろうか……。

__________________________________________

 信じられないことが起きた。我々がいくら攻撃を加えてもびくともしなかったあの要塞が突然爆発四散したのだ。

 

そして私は見た。1機の銀色の戦闘機が爆発する要塞から脱出するところを。あいつがやったんだ。信じがたいがそうとしか考えられない。

 

あれも地球の兵器なのだろうか? 少なくとも私が見慣れている戦闘機とはまるで違う形状を取っていたような気がする。

 

あの機体も私を見たら襲ってくるのだろうか? 不安は残るが、私は待望の地球に降り立つ用意を進めた。

 

さあ、行こうか……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、幻想郷地上では……)

 

 命蓮寺の一角を踏み荒した妖怪の軍団だ。人里に近づけるのは危険すぎる。早苗さんの戦闘騎がついていける程度の速度でただただ前進する。魔力レーダーにそれらしき姿はまだ見えない。

 

 夕陽が銀翼を照らす中、わずかにレーダーが魔力を察知した気がした。次の瞬間にはそれがわらわらと数を増やし始める。バイドとは生体物理学、遺伝子工学、魔道力学までも応用して合成した人工の生ける悪魔。それゆえ魔力の類も持っているのだろう。

 

 近いぞ、この速度で進むのなら会敵まであと3……2……1……

 

「見つけたぞ、バイドの軍勢だ。心してかかるぞ、早苗っ!」

 

 地面を砂埃を撒き散らしながら多数のバイドが跋扈する。まさに地獄絵図であった。

 

 地面を這い寄る「ガウパー」に低空飛行を行う「ストロバルト」、さらには幻想郷の道具達がバイド化して暴走しているらしきものまで。その寄せ集めのような軍勢が一直線に進軍しているのだ。彼らの目指す先には……。

 

 奴らに人里の土を踏ませるわけにはいかない。俺はオプションを3つ展開するとローリングの陣形を取る。

 

 そのまま銀翼を危険がない程度に高度を下げて飛行させると、低出力菊一文字、つまり「バーティカルマイン」をばら撒く。

 

 自由落下するポッドは着弾後に縦長の爆風を発生させる。スプレッドボムよりも範囲は狭いものの威力は折り紙付き。ガウパーどもが甲高い悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。

 

 標的を見つけたバイド達も黙ってはいない。地面からは銀翼をひっ捕らえようとガウパーがノミのように高く跳躍してくるし、空中のストロバルトもどこからかき集めたのか、大量のゴミをまき散らしてきた。

 

「さすがに数が多すぎる……」

 

 爆弾をばら撒きながらハンターで追撃を行っていく。大回りしながらも素早い球体は主にストロバルトのばら撒くゴミを砕いていた。やはりバイドを叩くほどの火力は持たないか……。

 

「このっ、このっ……!」

 

 目の前で大切な人を酷い目に遭わされたのだ。早苗さんの攻撃は容赦ない。細長いレーザーを低空で放ち、次々とバイドを駆逐していく。オーバーウェポンも用いたその様にはある意味執念も感じる。

 

「放っておいたらそこらの妖怪よりもずっと厄介です。全滅させ……また隕石が!?」

 

 一瞬だけ俺たちの頭上を横切った影、それは大きな塊であった。だが、隕石にしては妙に角ばっている……?

 

「隕石……? 違う、こいつはメカだ!」

 

 必死の回避行動によって落ちてきた塊の下敷きになることはなかったが、落ちてきたその姿に俺は驚愕した。

 

「こいつ『モリッツG』(※1)だ! 隕石に紛れて幻想郷に落ちてきたんだよ!」

 

 緑色の巨体に赤く光る大きなコア、まるでスフィンクス像のようにどっしりと横たえている4つの脚、大口径のレーザー砲とこちらをじわじわ追いつめる球体のミサイルを発射するランチャー。

 

 そしてこれだけの巨体でありながらその機動力には目を見張る。背部のバーニア2本がそうさせているのだ。

 

 こいつは投下させた周囲を制圧させるという兵器。幻想郷、それも人里近いこの場所に投下させたということは……。

 

「こんなのが人里で暴れ出したら大惨事です! なんとしても破壊しましょう!」

 

 案の定、モリッツGは俺たちの姿を確認するも、大して興味を持ったそぶりは見せずにクルリと向きを変えて立ち去ってしまう。

 

 ジグザグに走行しながら向かう先は……。

 

「まずい、やっぱり人里に向かうつもりだ。奴に人里の土を踏ませるな! 早苗、あんたはコイツらを片付けてくれ。俺はこの素早い大物をやる!」

 

 速度を上げてバイドに指揮系統を乗っ取られた兵器を追う……。

 

 ヤツもこちらの接近に気付いたようであり、大型バーニアを思いきりふかし、距離を離そうとする。更にこのバックファイアでこちらを丸焼きにしようとしているのか、微妙に上下に揺らしてくるのだ。

 

「このっ、ツインレーザー!」

 

 少しでも機動力を削るべく、バーニアを破壊しようとするものの、吹き出す炎の威力が高すぎて中々損傷を与えられていない。どうにか振り切られないように最高速で追いすがっているといった感じだ。

 

 とはいえ、相手側も振り切ることが出来ないと判断したのか、器用にこちらを振り向くと速度を殺さないようにレーザー砲をこちらに向けてくる。

 

「まずいっ、来る!」

 

 慌ててアールバイパーの高度を地表ギリギリにまで落とす。その直後、魔理沙のマスタースパーク級の極太レーザーが頭上をかすめた。こんなのが人里に向けて撃たれたらと思うとゾッとする。

 

 仕留め損ねたらしいことを察知されると二つの副砲から円形のミサイルを乱れ撃ってくる。速度も遅く追尾精度も甘いものであったが、その物量は無視できないものとなっている。

 

 俺は高度を急上昇させつつ低出力菊一文字、つまりバーティカルマインを放り投げるように打ち出した。空中で縦長の爆風をいくつも残しながら迫りくるミサイルを迎撃していく。

 

 こちらを撃墜したのを確認する前にモリッツGは再び踵を返すと人里めがけて爆走し始める。よし、バーニアをまたこちらに向けたな?

 

「重銀符『サンダーソード』!」

 

 オプションから少しずつ魔力を貰い、突き出したレイディアントソードに収束させる。お互いにかなりの速度で移動している身。操縦桿がブレそうになるのを必死に抑えて狙いを定める。

 

「うおりゃあああ!」

 

 どうにか片方のバーニアにクリーンヒットさせた。片方から噴き出る炎が目に見えて少なくなっているのが分かる。

 

 それと同時にモリッツGの機動力も落ちたのが分かった。更にバランスを崩したのか、しばらくフラフラに走行を続け道を外れて林に巨体を突っ込ませてしまう。

 

 それでも木々をなぎ倒しながらほとんどスピードを落とさずに猛進するのだから始末に負えない。そこまでして人里を破壊したいのか。

 

 再びモリッツGが振り向く。これ以上コイツと遊んでいる時間はない。今度は薙ぎ払うように振り向きつつレーザーを放っている。そしてコイツの弱点はレーザー砲の下にある剥き出しのコア……!

 

「うおおおおお!」

 

 俺はレーザーがこちらを薙ぎ払う前にヤツの懐に潜り込む。流石に砲台の真下にまでレーザーは届いておらず、さらに弱点の目の前に陣取ることが出来た。

 

「もう一度……重銀符『サンダーソード』!」

 

 オプションに蓄えられた魔力をアールバイパーに収束させる。襲い来る吐き気などものともせず、レイディアントソードを前に突き出し、次は剣に送り込んだ……。

 

「はあああああ!」

 

 幻想郷に雷鳴轟く。光の剣が狂えるバイドの兵器の弱点を見事貫いたのだ。どうにか人里に入れずに済んだ。こちらの仕事が片付いたので早苗のところに戻ろうと元の道に戻ろうとするのだが……ここで俺は愕然とすることとなる。

 

「ひいいい! こっちにもモリッツGがぁぁぁぁ!」

 

 悲鳴を上げながら倒したはずの緑色の巨体に追い掛け回されてながら林に突っ込んでくる早苗の姿が。おいおい、もう1機いるのかよ! そんな話聞いたことないぞ!?

 

「早苗、掴まれっ!」

 

 早苗の戦闘騎ではいずれモリッツGに追いつかれてしまうだろう。こうなれば逆回転リフレックスリングを撃ち出してアールバイパーが引っ張っていくしかない。追いかけていた筈が今度は追われる状態になってしまった。

 

「アズマさん、これからどうするんですか!?」

「分かんねぇ。なんでモリッツGが後ろから追いかけてくるんだよ!」

 

 元になったゲーム(※2)ではヤツはボスキャラなので、倒したらそれで終わりの筈なのだ。理由は分からないがコイツも撃破しないと俺達はもちろん、人里もただでは済まない。だが……

 

「お生憎様。早苗は後ろの敵を攻撃する手段を多く持ってるし、それだけ速い速度で迫ってくるのなら、俺にだってアテがある」

 

 早苗はフリーレンジのワイヤーフレームをモリッツGのコア部分にセット。俺はそんな早苗をリフレックスリングで牽引しながら高度を上げつつバーティカルマインをばら撒くことにした。

 

 だが、地形が俺達の味方になってくれなかった。フリーレンジは木々にばかりロックオンしてしまい、同じくバーティカルマインも木に阻まれてモリッツGに届かないのだ。

 

 それは相手側も同じ……と思っていたのだが、モリッツGは圧倒的な火力と機動力で木々をなぎ倒しながらこちらに迫って来る。時折腕のような部分で折れた木をぶん投げてくることさえ。

 

 それでも極太レーザーは木々にやはり阻まれてしまうようで思ったほどこちらにまで迫ってこない。

 

「わああっ! コレどうしましょう!? 一度高度を上げますか?」

「ダメだ早苗。遮蔽物のない空中に逃げたらモリッツGのいい的だ」

 

 コイツを何とかするにはやはり一瞬のスキを突くしかない。あちらも攻めあぐねているのか、今度は薙ぎ払うようにレーザーを放ってきた。次々と蒸発していく林。遮蔽物をなくしてからこちらを仕留めるつもりなのだろう。

 

 だが、この瞬間こそが俺達にとっても最大のチャンスとなる。

 

「早苗っ! 急ブレーキをかけろ! そして振り向いてありったけの火力をブチ込め!」

 

 視界が開け、動きを急に止めた俺達。確かにモリッツGにとって今の俺達はいい的だろう。だが、それだけ高速で走っていてはホーミング性能のそこまで高くない弾は役に立たないし。レーザーはさっき放ったばかり。つまりヤツが取り得る行動はただ一つ。

 

「突っ込んでくるぞ! 近距離からのフリーレンジで一気にカタをつけろ!」

 

 俺も再びオプションを回転させてオーバーウェポンの準備にかかる。ありったけの一撃を同時に決めたら一気に左右に避ける。そうすれば俺も早苗も無事の筈だ。

 

「アズマさん、息を合わせましょう! せーのっ……」

 

 再び幻想郷に雷落ちる。しかし今度は2つ。ゼロ距離からのフリーレンジとサンダーソードが狂える機動兵器のコアを貫いた。コアの爆発による爆風に煽られるように俺達は左右に避ける。

 

 よし、うまくいったぞ! コアを失いその巨体が崩壊する中、ヤツは両腕で狂ったように地面を掘ろうとしていた。だが、それも一瞬だけであり、すぐさま他のパーツも爆発。そして完全にその姿を維持できなくなり、跡形もなく四散した……。

 

「人里も心配だ。急ぐぞ、早苗!」

 

 他のバイドが人里に侵入していないだろうか? 俺は案じつつも漆黒に塗り替わりつつある夕暮れを高速飛行する……。




(※1)モリッツG
R-TYPE⊿に登場するボス級バイド。
本来は人類の兵器だったのだがバイド汚染を受けてアジアのとある都市に降下、街を破壊しながら爆走していた。

(※2)R-TYPE⊿とR-TYPE FINAL2
R-TYPE FINAL2のオマージュステージではモリッツGはなんと2機登場する。
ちなみに東方銀翼伝の原作「銀翼と妖怪寺」では1機倒して終わりだったのだが、こちらではFINAL2よろしく2機出てくる。


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第11話A ~沈む夕陽~

人里に向かって狂ったように進撃するバイド達。アズマと早苗は人里に到着する前にバイドを全滅させようとする。
しかし巨大バイド「モリッツG」が2機も投下され、2人はそちらの対応に追われてしまう。
狂ったように突き進む兵器をどうにか無力化出来たアズマ達は、他のバイドが既に人里に到達していないかと案じつつ、飛翔する……。


※こちらは正史ではないエンディングになります。


 人里に到達した。長い長い夏の夕暮れ。いまだ日の入りを迎えず夕陽射すこの場所は……あちこちの建物が破壊されていた。

 

 上空のコンバイラ率いるバイドの艦隊が地上の建造物にミサイルを撃ち込んだりレーザーを照射したりしたのだろう。住民達は既に避難したのか、生きている人間の気配はない。

 

 そう、()()()()()人間はいない。つまり、逃げ遅れた人もいるのだ。そのような人間は既に屍となっている……。

 

「ひどい……」

 

 妖怪賢者や慧音先生の尽力によって妖怪の跋扈する幻想郷において安息が約束されているはずの人里は見るも無残な廃墟になっている。思わず早苗も言葉を漏らしていた。

 

 だが、上空を見ると恐らくフラグシップであろう赤い暴走戦艦「コンバイラ(※1)」を除くとバイドはいない。そのコンバイラも片方のスラスターから黒煙が上がっており随分と痛手を負っているらしいことが分かる。

 

「誰か戦っているのか?」

 

 あれだけいた艦隊はほとんど全滅、しかもコンパイラも手負いなのだ。いったい誰が……?

 

 思索を巡らせていると七色に光る弾が弧を描きながらコンバイラに迫っていく。光はコンバイラに着弾するとはじけ飛んでいく。対するコンバイラもミサイルで反撃を試みるが、その対象はまるで実体を持たないかのように残像をまといながらすべて回避してしまう。

 

「霊夢さんっ! それに紫さんまで!」

 

 光弾は紅白巫女のものである。そう、俺なんかでは全然歯が立たないあの反則級の人間「博麗霊夢」だ。しかも妖怪賢者こと恐らく最強の妖怪の一人であろう「八雲紫」まで加勢しているのだ。

 

「遅かったじゃないのアズマ。ちょっとイタズラが過ぎたから勝手に始めているわよ」

「紫、これがバイドっていう侵略者? 大したことないわね」

 

 まさか二人であれだけいたバイドの艦隊とやり合ったというのだろうか? つくづく滅茶苦茶な二人である。

 

 更にこの結果組の追撃は続く。霊夢は高く跳躍したかと思うとコンバイラに飛び蹴りを放ち、怯む間もなく紫は式神である藍を突撃させた。

 

 再びコンバイラの推進装置が爆発を起こすと、光が失せた。動力を失ったコンバイラはゆっくりと高度を下げていき……激しい地響きを起こしながら墜落した。遅れてバイドを屠った二人も地上に降り立ち、ゆっくりとコンバイラに向かう。

 

 コツコツと靴の音が遠ざかり、そしてコンバイラにとっては近くなっていく。手負いの暴走戦艦は破損したスラスターを強引に起動させようとスラスターを吹かすが、虚しく擦れた音が響くのみであった。

 

『ウォォォォォン……』

 

『ウォォォン……』

 

『ウォ…ォン……』

 

 次第に弱まりゆくスラスターの音。漏れ出る光の粒子。迫る脅威を前にして何の抵抗も出来ずに泣き叫んでいるようにも見える。粒子はまるで流れる涙だ。

 

「コイツ、泣いている……?」

 

 すっかり弱ったコンパイラはいまだに悲しげな声を上げる。沈む夕陽の中、規格外の人間と妖怪に敗れ、まさに息の根を止められる彼。泣くだけのエネルギーも使い果たしたか、スラスターを吹かして嗚咽していた。俺にはそのように聞こえてしまったのだ。

 

『キガ ツク トワ タシ ハバ イド ニナ ツテ イタ』

 

 不意に声を聴いた気がした。それは恨みつらみこもった声というよりかは、本当に理不尽な暴力にさらされて涙しているような声であった。声はまだ続く。

 

『ソレ デモ ワタ シハ チキ ユウ ニカ エリ タカ ツタ』

 

 こいつ、まさか……!?

 

『ダケ ドチ キユ ウノ ヒト ビト ハコ チラ ニジ ユウ ヲム ケル』

 

 間違いない、これはコンバイラ……いや「提督」の声だ。幻聴かもしれないが、今の状況を考えるとそうとしか考えられない。その彼は今まさにとどめを刺されそうになっている。俺は反射的に声を上げていた。

 

「待ってくれ!」

 

 無意識の力というのは恐ろしい。大声を上げたかと思うと、俺はまるでタックルするかのように俺はお札を掲げる霊夢の肩に抱き付いていた。

 

「待ってくれ! こいつは、こいつはぁっ……!」

 

 こちらも気が動転しており次の言葉が出てこない。

 

「何よ、手柄を横取りする気?」

 

 当然のように冷めた反応。知らないからだ、霊夢は何も知らないんだ!

 

「違う、手柄なんてどこにもない! こいつは人間だっ! 英雄なんだ! だのに……こんな仕打ちはあんまりじゃないか!」

「気でも触れたのかしら? どう見ても化け物じゃない」

 

 相変わらず冷淡な反応。わずかに冷静さを取り戻した俺はなおも反論を続ける。やはり霊夢は何も知らない。ここは一から説明をしなくては。

 

「それでも人間だ。いや、正確には人間だった。艦隊率いてバイドの中枢を破壊して帰って来たんだよ!」

「でもこいつどう見てもバイドとかいうバケモノじゃないの。仮にアンタの言っていることが正しいとしても中枢で負けたとか乗っ取られたとかしたんでしょ?」

 

 ぐ……反論できない。さらに悪いことに追撃が別の方向から仕掛けられた。

 

「どの道……、バイドの種子で幻想郷を汚染しようとしたり、人里を荒らし回って犠牲者まで出した怪物を英雄として迎え入れることはできないわ。貴方は本当に私、ひいては幻想郷の意思に反抗するのがお好きなのね」

 

 確かに……。後ろで控えていた早苗さんも俯いてしまっていた。

 

 今も悲しげな音を張り上げるコンバイラの傍にいた俺はつまみ出されてしまった。抵抗したら「アンタも巻き添えにする」と言い出すのだ。これではどうしようもない。

 

 抵抗出来ないのをいいことに堅牢な結界を展開する準備を執り行い、そしてスペルの名前が紡ぎだされた。

 

「二重結界!」

 

 四角形の結界が2つコンバイラを中心に回転し、そして爆発四散した。残った残骸もドロリと溶けてそして消えてしまった。

 

「『提督』、おかえりなさい。そして、ありがとう……」

 

大物を仕留めたと喜ぶ結界組の後ろで、俺は静かに涙した。

 

「……」

 

 恐らく俺の必死の説得を見て何かしらの事情をくみ取ったのだろう。早苗も無言で俯いていた……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 コンバイラが人里を襲撃して1年が過ぎた。バイドの爪痕は深いものではあったものの、人里はかつての活気を取り戻しつつある。

 

それでも俺は夏の夕暮れになるとあの事件がどうしても脳裏によぎってしまうのだ。ああ、またあの夏がやって来たのだ……と。

 

 命蓮寺墓地の一画、俺は比較的新しい墓標に金水引を手向ける。金水引の花言葉は「感謝の気持ち」。

 

「幻想郷中の誰もが認めなくても、俺は貴方を知っている。提督、ありがとう……」

 

 どうしてもこの時間になると勝手に足が向かってしまうのだ。手を合わせて墓地を後にしようと振り向くと神妙な面持ちをした住職サマがいた。

 

「貴方にとってとても大切な人だったようですね」

 

 正直言うと確信は持てない。あの時聞こえた悲痛な叫びが幻聴だったのか、それとも本当にコンバイラのものだったのか。さらにそのコンバイラが本当に「提督」つまり「ジェイド・ロス(※2)」のものであったのか?

 

 それでも俺は弔わずにはいられなかったのだ。白蓮さんにも相当無理を言って葬儀を執り行って貰ったりもした。だからこそ、俺は「提督」の声を聴いたと信じたい。

 

「ああ、かつて地球を救った英雄だからね」

 

 白蓮さんには「ジェイド・ロス提督」の話をしている。英雄としてバイドに挑み、そして帰還した後の涙なしには語れない経緯も含め。

 

「人里の件は許されないことですが、アズマさんの言うことが本当なら悲劇ですね……」

 

 俺の隣で白蓮さんも手を合わせる。しばし無言の時が流れるが、懐で激しい振動と光が発生する。宝塔型通信機だ。慌てて取り出すと地面に置いてホログラムを表示させる。一輪のものであった。

 

「妖怪の山ふもとにてバイドらしき妖怪の大群を発見しました! 私一人ではどうにもなりませんっ!」

 

 うむっ、緊急連絡か。俺はレプリカの宝塔を乱暴に回収するとアールバイパー格納庫へと走った。

 

 この1年で幻想郷も大きく様変わりした。人里を蹂躙したコンバイラを屠った霊夢は突如体調不良を訴え昏睡。共にコンバイラを退治した八雲紫も何か神妙な面持ちで昏睡する霊夢を連れて地底へと潜り込んでしまったのだ。

 

 あれから数か月、妖怪賢者や博麗の巫女の姿を見た者はいない。連絡も途絶えてしまい、紫の式神達や霊夢と特に親しい関係にあった魔理沙がその身を案じる日々が続く。

 

 幻想郷の結界を司る二人が一気に音信不通となったのだ。下手すると幻想郷も危ないかもわからない。もちろんそんなことにならないように藍が尽力してはいるが……。

 

 そして二人が地底へ向かってからだった。その地底から地殻を蹴破ってバイドが幻想郷を襲い始めるようになったのは。

 

 ここ最近はそのバイドも数を増やし、なおかつ狂暴化しているという。バイドが地上に出てくるのを待って叩くばかりでは埒が明かない。

 

「これはいずれ本格的に対バイドミッションを発令しないといけないかもしれない……」

 

 そんなことを脳裏に描きつつ、銀翼は命蓮寺から出撃するのであった……。

 

 

 

東方銀翼伝ep3 T.F.V. Bad End




(※1)コンバイラ
R-TYPEに登場した暴走戦艦。4面のボスであり分離合体を繰り返して攻撃してくる。
番外編であるR-TYPE TACTICSではバイド編の主役艦のような立ち位置になっている。こちらでは分離機能はオミットされているようだが、強力な波動砲「フラガラッハ砲」を装備している。

(※2)ジェイド・ロス
R-TYPE TACTICSシリーズに登場する提督。階級は少将。
かつて艦隊を率いてバイドの中枢「漆黒の瞳孔」を撃破するも、取り込まれてしまいバイド化。本人はそのことに気付くことなく地球に戻ってきてしまう。理不尽な暴力に晒されながらも……。


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第11話B ~幻想郷の海鳥たち~

人里に向かって狂ったように進撃するバイド達。アズマと早苗は人里に到着する前にバイドを全滅させようとする。
しかし巨大バイド「モリッツG」が2機も投下され、2人はそちらの対応に追われてしまう。
狂ったように突き進む兵器をどうにか無力化出来たアズマ達は、他のバイドが既に人里に到達していないかと案じつつ、飛翔する……。

※本エピソードが正史となります。


 人里に到達した。長い長い夏の夕暮れ。いまだ日の入りを迎えず夕陽射すこの場所は……未だバイドの脅威は達しておらず特に破壊された形跡は見られない。

 

「ここは危険だから妹紅……自警団の指示に従って避難するんだ!」

 

 人々は空中から降りてくるバイドの艦隊を指差して騒ぎ立てたり恐怖におののいたりしつつも、自警団によって誘導されていく。奴らの攻撃対象は人里で間違いないだろう。

 

 逃げ惑う人間達の真上には暴走戦艦「コンバイラ(※1)」や暴走巡洋艦「ボルド」がひしめいている。その気になれば彼らを手にかけることなど造作もない筈だ。だというのに人間達には目もくれずといった感じだ。あのバイド、いったい何が目的なんだ……?

 

「何かあってからでは遅いです。ここはこちらから仕掛けて……」

「いや、まだ避難している人間がいる。それが済んでからだ。コンバイラの奴、その気になればこんな木造だらけの建物なぞ簡単に破壊しつくせる筈なのに、何もしてこないのも気になるし」

 

 バイド艦隊は更に高度を下げ、建物スレスレのところまで降りてきた。それでもサーチライトであちこちを照らすだけで攻撃の気配は感じられない。夕陽に照らされた大人しいバイドはどこか美しくすらあった。

 

 相変わらず警戒しながらいつでも攻撃できるように追随するが、人里上空を一通り飛び回るだけで遂に何もしてこなかった。

 

「あちこちをサーチライトで照らして……何かを探しているんでしょうか?」

 

 睨み合いが続く中、誰もいない人里に新たな影が下りてくる。妖怪が跋扈する幻想郷に置いて人間の安全が保障されるはずの人里を蹂躙せんとする外敵を排除するべくやって来たのは博麗の巫女。そして彼女と共にいるのはスキマの入り口に腰掛ける妖怪賢者。

 

 彼女らはただバイド艦隊のみを睨みつけていた。

 

「あれが侵略者ね。気持ち悪い見た目だけど、要は異変を起こしている妖怪みたいなもんでしょ? さっさと退治するわよ!」

「待ってくれ、あいつら様子がおかしい!」

 

 コンバイラを庇うように俺は二人の前に立ちふさがる。早苗さんは困惑の表情を浮かべてその場から動けないでいた。

 

「侵略者を庇うのかしら?」

 

 すぐに憎悪の対象はコンバイラから俺に移る。ものすごい形相で睨みつけられるがこちらも怯むわけにはいかない。

 

「そういう訳じゃない。バイドの侵略は許されざるものだ。だけど、様子がおかしい。こいつは戦いに来たようには見えないんだ。それにアンタ達だってこんな場所でドンパチやりたくない筈だ」

 

 ただ攻撃するのみ。その本能に忠実に従いあらゆるものを破壊し同化する生体兵器、それがバイドの筈だ。だが奴らの行動はバイドの本能によるものではない。本能に抵抗してまで突き動かされている。理性だ。

 

「本能にあらがえるのは人類だけ……それじゃああの艦隊はっ!?」

 

 人間、そうだ! あれはもともと人間であったものがバイドに変異した存在。自らがバイドに変じたことに気が付かずに地球に帰還したとある艦隊の悲劇を思い出した。

 

「『ジェイド・ロス少将(※2)』……。あれは『提督』だというのか!?」

 

 人としての理性が残っているのであれば説得して追い返すことが出来るのではないか?

 

「紫、霊夢。俺に1度だけチャンスをくれ。誰も血を流さずに異変を解決できるかもしれない」

「デタラメなこと言うんじゃないわよ! こんなのとっとと退治して……」

「……いいでしょう。やって御覧なさい。さて、今回はどんな奇術が飛び出るのかしらね? それとも化けの皮が剥がれるのかしら? くすくす……」

 

 扇子を取り出い口元を隠す紫に掴みかかる霊夢。

 

「なっ……!? 紫、いいの?」

「あの子、何かあのバイドとやらの正体を知っているそうよ。情報を引き出すまで待ってあげてもいいじゃない。それにいざ戦いになったとしてもあの程度の敵なら楽勝でしょ?」

 

 決まりだな。俺は再びコンバイラに向きなおるとコンタクトを試みる。

 

「提督、ジェイド・ロス提督……。聞こえますか? 私の声が聞こえますか? 今の我々に交戦の意思はない。ここにやって来た理由を問いたい……」

 

 しかし反応は見られない。人違いなのか、そもそも元人間で間違いなかったのか? 確証がなかった故に俺は焦燥する。やはりコンタクトはとれないか……。

 

『まだ、その名前で呼んでくれるのか?

いかにも、「ジェイド・ロス」は私の名である』

 

 テレパシーの類だろうか、ふいに周囲に声が響いた。会話が通じたぞ。やっぱり「提督」だ。このコンバイラは元々人間だったんだ!

 

『ここは地球なのか?

それと君は正体不明の宇宙要塞を爆破した機体に搭乗している。

見たことのない戦闘機だ。どこの所属だ?』

 

 正体不明の……? もしやゼロス要塞のことだろうか。俺たちの活躍を見ていたんだ。まずはこちらの素性を明かしておこう。少しでも警戒心を緩めなくては無用な衝突が起きかねない。

 

「提督。ここは地球です。『幻想郷』と呼ばれる地です。ここには決まった軍隊はいませんが、あえて答えるなら俺は命蓮寺所属のアズマ、轟アズマです」

 

『幻想郷? 軍隊がない?

君の言動といい友好的な反応といい、私は夢を見ている気分だ……』

 

 いささか、いやかなり困惑している様子だがこのまま話を進めてしまおう。

 

「提督、貴方の武勇はこの幻想の地にも知れ渡っています」

「知れ渡っとらん!」

「もぉ霊夢さんっ! ここは話を合わせておきましょうよ? 後で細かいところ教えますから……」

 

 ここまでのやり取りで、早苗もようやく真実に気が付いたのだろう。そんな早苗に茶々を入れた霊夢は注意されてわざとらしく「すごーい」とか口にしている。紫はそんな俺やコンバイラ、二人の巫女を少し距離を取って扇子で口元を隠しながら様子を伺っている。無言なのが、そして表情が読めないのが逆に怖い。

 

「提督、おかえりなさい。しかし貴方は既に……」

 

 この後の言葉がなかなか出ない。だが、これは絶対に告げなければならないことだ。意を決すると俺は喉元まで飛び出た言葉を租借し、綺麗にまとめた上で発言を行った。

 

「貴方は既にバイド化しています。恐らくは交戦中にバイド汚染を受けたのでしょう」

 

 静寂が辺りを包む。あまりにショッキングな一言の筈。コンバイラもぴたりと動きを止めてしまった。

 

 自らがバイドであることを通告される、それはつまり彼にとって帰るべき場所である地球には迎え入れる人も居場所もないから出ていけと言い放っているようなものなのだ。

 

 だが、俺にはこれ以上オブラートに包んだ物言いが出来なかった。恐る恐るコンバイラに目をやる。

 

『分かっている。今の私はバイドだ。英雄でも何でもない』

 

 だが、提督はあまりにも意外なことを口にしたのだ。バイドであることを知っている。自らがバイドであることを知りながら地球に戻って来たのだ。

 

「ほら見なさい。帰る場所だか何だか知らないけれど、ここに居座ろうって魂胆が丸見えじゃないの! 妖怪は、侵略者は、バイドは、異変の犯人はっ! 徹底的に退治するに限るわ!」

 

 懐からお札を取り出し、コンバイラに投げつける。奴に戦意を向けたら収拾がつかなくなる! 慌てて俺はレイディアントソードを取り出すとお札を切り刻んだ。

 

「無暗に危害を加えてバイドの本能を呼び覚ましたら、『提督』が俺達を敵と認識して説得できなくなるぞ!」

「だって敵じゃないの」

 

 そこを穏便に済ますための交渉だというのに……。今ので交渉に影響が出たのではないかと狼狽する俺。だが、コンバイラは穏やかなままである。

 

『それが人類がバイドに向ける普通の反応だ。

しかし君が止めてくれたことはありがたい』

 

 確かに……。だが、そこまで分かっていてどうして「提督」は再び地球に戻ってきたのだろうか?

 

「提督、教えてほしい。その姿で地球に向かったらこうなることは分かっていたはずだ。どうして戻って来たんだ?」

 

 数拍置いて提督がポツリと告げる。

 

『けじめを……つける為だよ』

 

 けじめ……? 何のことを言っているのか理解しないうちにコンバイラはゆっくりとこちらに背を向ける。

 

 ほどなくして赤黒い夕焼け空に一筋の光がキラリと走った。

 

「隕石……! バイドの増援がっ!?」

 

『総員、配置につけ! A級バイド「ファインモーション(※3)」多数接近中!』

 

 ものの数秒で大量の黒い楕円形がこちらに向かって降り注いでくる。対するコンバイラはそれと真っ向から対峙して迎撃する形だ。

 

「えっ? ええっ!?」

「仲間割れ……かしら?」

 

『言った筈だ。けじめをつけると。

奴らの好きにはさせない!!』

 

 どの道あんなデカくて堅そうなものを地上にぶつけるわけにはいかない。俺もファインモーションめがけて援護射撃を行う。早苗も続けて援護し始めた。

 

「少し癪だけれど、あの『提督』とかいうバイドの援護をしましょう。霊夢、ついてらっしゃい」

 

 多数対多数。量と量のぶつかり合い。多数の弾幕や波動砲によってファインモーションの頑丈な外殻にひびが入り、1機2機と爆発四散していく。

 

名もなき小隊よ、勇気ある行動に感謝する!

 

「だから軍隊じゃないっつーの!」

 

 口では不平不満を漏らす博麗の巫女だが、大暴れできるとあって、随分と機嫌がよさそうだ。針、お札、陰陽玉……ありとあらゆる武器で次々とバイドを潰していく。

 

「大方片付いたか?」

 

 いや、もう1機いた。くっ、速い!

 

「霊夢さんっ、来てますっ!」

「えっ……」

 

 錐もみ回転しながら唸りをあげて突撃する黒きバイド。彼女の足の速さではとてもかわしきれない……。俺は最高速度まで加速させるとオーバーウェポンの構えを取る。だがアールバイパーの場所から霊夢は結構離れている。間に合うか……?

 

「重銀符……」

 

『フラガラッハ砲!』

 

 しかしそれよりも早くコンバイラが強烈な波動砲をお見舞いする。光の槍がファインモーションを貫いた。

 

 庇うようにコンバイラから放たれたフラガラッハ砲で霊夢は九死に一生を得た。

 

『人間がバイドに蹂躙される光景はもうたくさんだ……』

 

 山吹色の光に照らされた「提督」はバイドと化していてもなお美しかった。やはり夕陽の見せる魔法だろう。

 

 美しさは魔法の力によるもの。だが「提督」は姿こそバイドに変じていても、その誇りは人間であった頃と何一つ変わることもなかったのだ。これは魔法でも何でもない、正真正銘の事実。

 

 人里を守りきると静寂に包まれる。落ち着きを取り戻したので、俺は改めて提督に問う。

 

「提督、教えてくれ。どうしてバイドが降り注ぐんだ?」

 

 穏やかさを保ちつつ赤き戦艦はこう続けた。

 

『それはバイドの本能がそうさせて……む?

轟アズマ、まずはこの場所を解放しようではないか。

私達が居座っていてはここに住む人間が恐怖におののいたままだ』

 

 的確に突かれた正論に俺は言葉を詰まらせてしまう。どうしよう……。

 

「こっちに来ないでよ?」

 

 我先にと拒絶する博麗の巫女。コンバイラと戦わずに和解を試みたのは他でもない俺だ。仕方ない、命蓮寺で受け入れてもらえるだろうか……?

 

 既に日が落ちつつある人里はずれ。山吹色から紫、そして深い群青色に変わりつつある空の元、俺は早苗さん達と別れると命蓮寺の門前までたどり着く。自分で言うのもアレであるが、銀翼の後ろにバイドがぞろぞろと付いてくるという異様な光景だ。

 

 その間にジェイド・ロス提督と他愛のない会話をつづけた。

 

「命蓮寺の住職サマはね、人間も妖怪も分け隔てなく受け入れる心優しい人なんだ。大人しくしていればバイドも受け入れてくれる……かもしれない」

 

『バイドを? いや、期待はしないでおこう。

私の常識ではそんなことはあり得ない』

 

 ところがここは幻想郷だ。常識にとらわれていると足元をすくわれるとよく早苗が口にしていた。

 

 間もなく俺の帰るべき場所命蓮寺に到着。門の上をそのまま飛行して中に入る。

 

「白蓮、ただいま」

 

 聞き慣れた声に反応し、我らが住職サマがひょっこり顔を出す。が、あまりに珍妙な来客に目を見開いてしまっていた。

 

「アズマさん、おかえりなさ……まあっ!?」

 

 当然の反応だろう。後ろにゾロゾロといるのはバイドなのだから。

 

「待ってくれ。こいつらは悪さしない」

 

 だが彼女の口から出た言葉はあまりに意外なものであった。

 

「うちではそんな大きなペットは飼えませんよ?」

 

 ペット……。破壊の権化であるバイドをペット呼ばわり……だと?

 

「聖、こいつらは墓地を荒らした妖怪の一味です! ほら、後ろにいる奴なんてそっくり。アズマさん、捕まえてきたのですね」

 

 騒ぎを聞きつけ本尊である星も出てくる。やはりというか何というか、最初の印象はさすがの命蓮寺でも芳しくない。

 

『無理もない。地球上にバイドの居場所なんてないのだ……』

 

 ああ、帰ろうとしないで提督! なんとかジェイド・ロス提督を引き留めながら今までのいきさつを話す。

 

「……つまりここ最近空から降ってくる妖怪はバイドという悪い種族だけど、中には善玉のバイドもいると。分かりました、異変について何か鍵を握っているようですし客人として迎え入れましょう」

 

 後ろでどっと歓声が巻き起こる。だが、これら艦隊を率いる提督の表情はいまだ暗い。

 

 本当にバイドを受けて入れてしまった。頼んだ俺が案ずるのも変な話だが、あまりにとんとん拍子であった。もう少し警戒してくれないとちょっと心配だ。

 

『私を迎える……?

ですがご婦人、私としてはバイド汚染が非常に心配……』

 

「お風呂もありますよ。さすがに大きい方々ですので別々の時間に入ってもらいますが」

 

 うおぉい、それでいいのかバイド対策? 減菌処理しかしていないバイドの鱗を使ったアーヴァンクもビックリだぞ?

 

『ここまで良くしてくれるのだ。

汚染させないように厳重に注意しよう』

 

 どう注意するのか分からないが、バイド側もその気になれば気を付けられるらしい。原理こそ分からないが、今は少しでも味方が多いほうがいい。

 

 バイド汚染のリスクは拭えていないものの、異変を起こすバイドに屈してしまえば結局幻想郷はバイドに支配されてしまうのだ。

 

「『バイドを以てバイドを制す』か……。少し意味合いが違うが間違ってはいないな」

 

 いずれ起きる大きな戦いに武者震いする俺など気にせずに、さっそくバイド達が命蓮寺に入り込んでくる。バイドシステムαにストロバルト。あちらの緑色の人型兵器はゲインズ(※4)だったか。

 

「お邪魔しまーす。あ、ちゃんと体を拭かないとね」

「早く食事の時間にならないかなー、地球の水飲み放題じゃん」

「異形の我々を受け入れてくれて感謝する。この恩は決して忘れぬ」

 

 これからの命蓮寺、異変の真相、バイドとの交戦……。俺の不安は絶えないが、当事者どもは一部を除き呑気そのものである。ともあれ賽は投げられた。こうなった以上何としても異変を阻止しなくてはならない。

 

 そんな俺たちを見守るように、紫色の雲が立ち上っていた。その紫雲を飛来してきた黒い隕石が切り裂いた……。




(※1)コンバイラ
R-TYPEに登場した暴走戦艦。4面のボスであり分離合体を繰り返して攻撃してくる。
番外編であるR-TYPE TACTICSではバイド編の主役艦のような立ち位置になっている。こちらでは分離機能はオミットされているようだが、強力な波動砲「フラガラッハ砲」を装備している。

(※2)ジェイド・ロス
R-TYPE TACTICSシリーズに登場する提督。階級は少将。
かつて艦隊を率いてバイドの中枢「漆黒の瞳孔」を撃破するも、取り込まれてしまいバイド化。本人はそのことに気付くことなく地球に戻ってきてしまう。理不尽な暴力に晒されながらも……。

(※3)ファインモーション
R-TYPE FINALに登場した大型バイド。殻を閉じている間は無敵で開いた時に露出する弱点を攻撃する必要がある。

(※4)バイドシステムα、ストロバルト、ゲインズ
いずれもR-TYPEシリーズに出てくるザコ敵や中ボス。バイド化したR-9Aがバイドシステムα、ゴミ集積機がバイド化したのがストロバルト。
ゲインズは人型ロボットのような形をしたバイドであり、波動砲や装備している剣で攻撃してくる。

ところで今回のタイトルの由来ですが、R-TYPE FINALのF-Bルートの最後のモノローグ「夏の夕暮れ、やさしく迎えてくれるのは海鳥達だけなのか?」からの引用となっています。
バイドの姿になってしまったジェイド・ロス提督を受け入れたアズマや命蓮寺の皆さんを海鳥になぞらえてみたのです。


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東方銀翼伝ep3 T.F.V.エピローグ
T.F.V.エピローグ ~「脅威」は未だ去らず~


 また目玉があった。命蓮寺の天井に有る筈のない「穴」が開いていた。

穴の中から不気味な目玉が「提督」を、白蓮を、アズマを凝視していたのだ。

 

「これはこれは……。侵略者を手懐けるとはなかなかの手腕だこと。まああの銀翼もある意味侵略者だけどね。さて、毒には毒をってことでしょうが、これは私も何かしておかないと……」

 

 目玉は部屋の壁をツツツと伝うと赤い暴走戦艦とその取り巻きに目をやる。

 

「凶暴な侵略者と幻想の民の境界は決して曖昧にはできないわ。貴方達は『他』とは違うようだけれど、はてさて一体どんな活躍をなさるのでしょうね? くすくす……」

 

 一人ほくそ笑んでいるとバイドの種子が再び飛来してくる。命蓮寺からは遠い場所であったが、スキマ妖怪にとっては遠くに「目」をやることなど造作もない。

 

「あれがバイドの種子。今度はどんな怪物が……あら、溶けてなくなった? いいえ……違うわ、アレは地面の下へ潜ったのね。奴らの親玉が地底にでもいるのかしら?」

 

 あーあと残念そうにぼやくと、気だるそうに続ける。

 

「地底だなんてまた厄介な場所に……。これは霊夢に調査させないといけないわね」

 

 そうしているうちに命蓮寺に居候するバイド達は皆境内へと入っていった。一連の出来事を見終わると誰かに気づかれることもなく目玉は消えた。おぞましい紫色の亜空間の「穴」と共に。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃幻想郷某所……?)

 

 深淵の深淵、そのまた更に深淵。ここ地面の底は暗黒に包まれているも、真っ暗闇ではなかった。ゴウゴウと燃え盛る紅蓮色が周囲を暗く照らす。そしてその燃える暗闇を見る「眼」はやはり深紅色であった。

 

 その「眼」に映るもの。それは黒い大小の塊。塊が一心不乱に「眼」へと群がっていく。

 

 それはたった1つの卵子に群がる無数の精子のようであった。

 

 引き寄せられるように、漆黒の塊が更なる漆黒に誘われるように。「眼」はそれでも表情を変えることはなかった。

 

 あたかも「それが当然の摂理」と言わんばかりに……。

 

 そう、地上での異変は氷山の一角。アズマ達は未だ「本当の脅威」を退けられないでいたのだ……。

 

 そんな事も知らずにいるアズマ達を、その「眼」はどのような心情で見据えているのだろうか?

 

 そして「眼」が心臓のような鼓動を、不気味に、それはもう不気味に刻んでいた。

 

 まるで、間もなく引き起こされる「幻想郷史上最悪の異変」までのカウントダウンのように……!

 

 

 

 

東方銀翼伝 ep3 Third Fear the ”Visitor” END

しかし、轟アズマの幻想郷ライフはまだまだ続く……!




東方銀翼伝第三部は比較的短めだったと思われますが、実は続く第四部があまりに長くなってしまったので、二つの部に分けたという経緯があったためです。

第四部ではいよいよバイドの脅威が本格化してきます。
幻想郷を襲うバイド異変はここからが本番なのです……!

それに伴い、東方銀翼伝も作風がシリアス寄りになるかもしれません……。


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東方銀翼伝ep4 A.X.E.プロローグ
A.X.E.プロローグ ~這い寄る「悪夢」~


東方銀翼伝 第4部始動……!


(人里の寺子屋……)

 

 カンカン照りの陽射しも若干遠慮がちになってきたとある晴れた日。この日も人里の子供達相手に教鞭を振るう女教師の姿があった。しかしその授業の状況は芳しいものとはとても言えないものであったのだが……。

 

 淡々と進められる歴史の授業は興味を抱かないものにとっては子守唄に過ぎない。ワーハクタクの教師である慧音は必死に教鞭を振るうも真剣に耳を傾けるものが1割、とりあえず板書だけは取ろうとするものが2割、話半分に聞き流すのが3割。残る4割のうち半数は舟をこぎながらもなんとか意識を保とうとしており、もう半数は完全に夢の世界に旅立っていた。

 

「寝てるなっ!」

 

 要所要所で怒声やチョークが飛び交うのもいつもの光景。これで飛び起きることもあるが、頑として動かない子も当然いる。慧音先生がやれやれと額に手を当ててため息をついていると……。

 

「地震っ!?」

 

 突如、寺子屋が揺れた。否、揺れているのは大地。地震だ、それも結構大きい。

 

「机の下に潜って脚を掴め!」

 

 流石に居眠り組もこの衝撃を受けたら飛び起きる。日々の避難訓練の賜物か、寝ぼけ眼ながら的確に避難行動を取ることが出来ていた。

 

 ひとしきりガタガタと教室を揺らすと、再び平穏が戻ってきた。ガヤガヤと騒ぎ立てる子供たちに落ち着くように促すが、彼女の意識はそこにあらず。別のことに思索を巡らせていた。

 

「(ここ最近で妙に地震が増えたな。異変の前触れでなければいいのだが……)」

 

 

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(妖怪の山山頂、守矢神社……)

 

 暦の上では秋になっても、いまだ終わらぬ夏の陽気。日が傾きかけてもその蒸し暑さは鳴りを潜めることはない。うるさいセミの声がまた暑さに拍車をかけるような気もする。そんな神社に1機の青い乗り物が降り立った。

 

「ただいま戻りました、神奈子様」

 

 ガントレットの戦闘騎から颯爽と降りる風祝。今しがた幻想郷の主要な場所を見て回っていたのだ。

 

「おかえり、さすがに遠くの様子は分からないからね。早苗の足の遅さもその戦闘飛行バイクさえあれば全然問題にならないだろう? これも技術を提供してくれたアズマのアールバイパーのおかげだな。わっはっは……」

「それで本題に移りたいのですがっ!」

 

 何のために高速で空を飛び回っていたのか、それはここ最近頻発する地震とバイドの種子異変との関連性を調べるためだ。

 

「ジェイドさんによるとバイドは地底に向かって一心不乱に近づいているとのことで、今後地底に入ったバイドの種子が何か悪さをしないかという事で見て回ったのですが……」

 

 そこまで語ると早苗は口ごもる。柱を背負う神様に促されてその続きを重々しく口にした。

 

「地震と一緒に間欠泉が発生しているようです。そして時々バイドを伴って……」

 

 間欠泉にバイドが混じる。これは紛れもなくバイドが関わっている異変であることを意味していた。だが、守矢神社の神々にとってはそれ以上の意味も孕んでいる。神奈子は技術革新の為にとある地獄鴉に八咫烏の力を与えたことがあったのだ。

 

「まさか……な。元々灼熱地獄のあった場所だ。バイドが地獄のマグマ活動を活発化させているだけかもわからない」

 

 しかし無情にも守矢神社からけたたましいブザーが鳴り響く。ふもとの間欠泉地下センターでの異常を示すものであった。

 

 二人は真っ青になりながら妖怪の山を駆け下りた。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(間欠泉地下センター入口……)

 

 急ぎ麓まで駆け寄ると縦穴からおびただしい量の熱湯とバイドが湧き上がっていた。

 

「そんなっ、バイドがこんなに……!」

 

 ビシャビシャと湯気立つ液体が足元にかかる中、風祝は反射的に戦闘騎に飛び乗ると一気に飛翔。オーバーウェポン状態のハンターで飛び交う肉塊どもを駆逐していく。

 

「仕方ない。封鎖するぞ!」

 

 空中での奮闘を案じながらも、制御パネルの場所まで神奈子は御柱に乗りながら進む。もちろん邪魔するバイドを弾幕で追い払ったり柱でぶん殴りながら。首尾よくパネルを操作するが、バイドの数は一向に減らない。

 

「な、なんじゃこりゃ!? でっかい奴が挟まっていて封鎖できない!」

 

 苦戦しているようである神奈子の声のする方向に目をやる早苗さんだが、その「でっかい奴」を目の当たりにして心臓が口から飛び出そうになった。

 

早苗「ド、『ドブケラドプス(※1)』!?」

 

 そう、地下センターのゲートにちょうどその巨体が挟まっていたのだ。異様に長くて大きい頭部に、胸部から時折覗き込むもう一つの頭、そしてそれを微妙に丸めた体には長い尻尾が生えており、ムチのようにしならせて外敵を排除している。

 

 彼は空を見て何を思っているのだろうか? いや、何も思っていない。ただただ攻撃するだけなのがバイドなのだから。早苗はそう思った。

 

「早苗、こいつをどう倒すんだか知っているんだろう? やっぱり頭をブン殴るのか?」

「頭は頭でも、もう一つの頭が弱点です!」

「もう一つの頭? こいつは映画のゼノモーフ(映画のエイリアンに登場する怪物)みたいに口の中に口でもあるのか?」

 

 混乱する最中、ドブケラドプスの胸部から弱点である頭が飛び出る。

 

「なるほど、こいつね。御柱を喰らうがよいっ!」

 

 全てを理解した神様は高く飛翔すると御柱を突き立ててドブケラドプスの胸部を思い切り踏みつける。御柱と共に巨大バイドを叩き落とすと、すぐさまゲートを閉じる。

 

 空中のバイドも早苗さんが仕留めたか、どこかへ散って行ってしまったかでここにはもう残っていない。

 

「それにしても今回の異変、随分と大がかりですね。私が地底に向かって……」

 

 バイドの蠢く真っ暗な洞穴を早苗がたった一人でほぼ生身で向かう様子を想像した神奈子はブンブンと激しく首を振って止めに入る。

 

「いいや、ダメだ! 異変の元凶を叩くのも大事だが、力なき人々を地上に飛び出たバイドの脅威から守るのも立派な務めだ。早苗にはそれを命じる」

「……はい!」

 

 一宗教の神様として、脅威を叩くのも重要ではあるが、それ以上に自らを信仰する民の安全も重要である。神奈子は自分にそう言い聞かせた。と、ここで何か忘れ物でもあったのか、飛行バイクと共に飛翔しようとする早苗を呼び止めた。

 

「あっ、バイドに襲われた人間や妖怪を助けたらこのお守りを渡して神社の宣伝してこい」

 

 早苗は盛大にずっこけた。

 

 気を取り直して、再び神社を飛び立った巫女を尻目に神奈子は地下の様子を案ずる。

 

「(バイドとかいうやつ、あの地獄鴉に目を付けなければいいのだが……。そうなる前にバイドを集める黒幕を叩きたいのは山々だが、私のいない間にここを制圧されては厄介だ。くっ、動けない……)」

 

 

__________________________________________

 

 

 

(幻想郷どこかの岩場……)

 

 あちこちに切り立った洞穴がぽっかりと口を開けているような岩場。ゴツゴツと隆起の激しいこの場所は刺激的ではあるものの、地面の底まで続いているのではないかと思われる穴も所々口を開けており、真っ当な人間の親であればこんな危険な場所で子供たちを遊ばせることはないだろう。

 

 しかし、自由に空を飛ぶことが出来て、なおかつ好奇心旺盛な妖精たちにとっては、こんな場所も遊び場となる。キャイキャイと甲高い声で騒ぎながら飛び交っているのはチルノとリリーホワイト、その少し後ろで二人を心配しながらも一緒にいるのが大ちゃんこと大妖精である。

 

「ふふん、あたいが一番だったね。力だけじゃなくてスピードでも最強!」

「はやーい……。頑張り過ぎて脚が張るんですよー」

 

 どうやらかけっこでもしていたらしく二人は息を切らしていた。今も不安げな面持ちで二人に声かける大妖精。

 

「ねぇ、こんなデコボコした場所で危ないよ? 怪我をしたり穴に落っこちたりしたら……」

「へーきへーき! よし、今度はあのとんがった岩まで競争だよ!」

 

 少し前までへばっていたリリーも元気を取り戻すと、再びチルノとこの岩場を駆け回る。

 

「よーし、準備はいいね? よーいドン!」

「今度は負けないわ! 今度こそ……」

 

 妖精同士のどこか微笑ましい勝負……だが悲劇は起きる。

 

「リリーちゃん!」

 

 岩場の窪みに躓いてバランスを崩したリリーホワイトが転倒するのだが、その先にはぽっかりと大穴が口を開けていたのだ……。

 

 走るのに夢中のチルノは気が付かないし、大妖精も二人から距離を取り過ぎていたせいで間に合わない。リリーホワイトは穴に落ちてしまったようだ。穴は真っ暗であり、既に彼女の姿は見えなくなっていた。

 

「どどど、どーしよー……」

 

 一人オロオロする大妖精であったが、ゴールまで着いた後に戻ってきたチルノはあっけらかんとしていた。

 

「穴に落っこちたの? 大丈夫大丈夫。あたい達妖精には羽があるでしょ? フワーって飛んで戻ってくるよ」

「でも落ちた時に羽に怪我とかして飛べなくなったら……」

 

 リリーの身を案じる大妖精であったが、どうやらそれは杞憂に終わるようである。というのもその穴から1人の妖精がふわりふわりと出てきたからである。

 

「ほら、大丈夫だったでしょ?」

「ねぇ、リリーちゃんは本当に大丈夫だったの? なんだか目がうつろだけど……」

 

 穴に落ちたもののすぐに戻ってきたリリーホワイト。しかし大妖精が言うようにその様子は明らかにおかしいものであった。その両目は虚ろであっただけでなく、どこか黄色がかった目の色、そして猫や爬虫類を思わせるような細長い瞳をしていたのだ。

 

「はルですヨー!」

 

 両手で掴んでいたのは黒ずんだ桜の花びら。それをチルノと大妖精に投げつける。

 

「なんだい、今度は弾幕で勝負? 春でもないのにいい度胸ね。その勝負、受けて立つわ!」

 

 宣戦布告と捉えたのか、チルノはやる気満々であるが、明らかに様子のおかしいリリーの身を一人案じるのは大妖精。

 

「ねぇ、リリーちゃん。穴に落ちた時に頭とか打ったんじゃないかなぁ? だってなんか変だもの。そういうときはやっぱり病院に行った方が……」

 

 勝負が始まる直前に大妖精はリリーの片腕を掴み大人しくするように促すが、軽く払われてしまった。

 

「痛っ、リリーちゃんやっぱり何かがおかしいよ!」

 

 戦闘の邪魔をするなと大妖精を突き飛ばしたのだろうが、こんな腕力があるはずもない。そんな何かがおかしいリリーといまだに異変に気が付かぬチルノが一騎打ちを始める……。

 

 勝負は瞬く間に決着してしまった。圧倒的物量でこの勝負を制したのはリリーホワイト。敗れたチルノは岩肌に膝をついていた。

 

「た、確かにおかしいわ。春でもないのにこの威力……」

「そうでしょう? やっぱりおかしくなっているのよ。何とかして診てもらわないと」

 

 だが、チルノを倒したリリーは次に大妖精を標的に弾幕を繰り出し始めた。

 

「いやっ、やめて! 私は別に弾幕したいわけじゃ……」

 

 必死に逃げ惑う大妖精。一方のチルノもただ見ているだけではない。

 

「一人だとキツいわね。ここはあたいの『マナデシ』にも手伝ってもらわないと。大ちゃん、うまくリリーホワイトを引きつけておいて。あたいの強力な助っ人『マナデシ』を呼んでくるから!」

 

 それだけ告げると氷精は岩場を後にした。残された大妖精は琥珀色の瞳をしたリリーの猛撃から逃れようと逃げ惑うが、被弾するのも時間の問題である。

 

 そんな危機的状況を打破したのはチルノがいう「マナデシ」、つまりアールバイパーを操る轟アズマではなくて紅白色の眩しい博麗の巫女であった。おそらく妖精が騒いでいるという苦情を誰かから受けてやって来たのだろう。

 

「さっきからうるさいっ! 春でもないのに騒ぐのなら退治するわよ!」

 

 そう言いながら無数の針をリリーに向ける。典型的な口より先に手が出てしまうというやつである。

 

 妙な力で強化されているとはいえただの妖精と妖怪退治のスペシャリスト。これまた勝負になるはずなく、リリーホワイトは地面に突っ伏した。

 

「まったく面倒なこと頼むわね、里の人間も。とりあえずそこの頭が春の妖精、次何かやらかしたら、今度は『一回休み』にしてやるからね。で、そっちの妖精はこいつを家まで運んでやりなさい」

 

 やれやれとため息をつきつつ、霊夢は嵐のように去っていった。再び取り残された妖精二人。大妖精はぺたりと座り込んで動けないでいた。腰が抜けてしまっているようだ。

 

 一方のリリーホワイトも倒れたまま動かない……と思ったら、わずかに指が動いた気がした。

 

 そしてムクリと起き上がる。琥珀色の瞳で座り込む大妖精を凝視しながら。

 

「ハるデすよー!」

 

ヒッ、と短い悲鳴を上げながら大妖精は座りながら後ずさりを行う。霊夢の、そしてチルノの名前を叫びながら。しかしその声が誰かに届くことはなかった……。

 

 再びピンチに陥る大妖精なのであった。

 

 幻想郷各地を風のように飛び交うは氷の妖精。探すは銀翼を操り弾幕を展開するあの人間。

 

「どこいっちゃったのよ、あたいの『マナデシ』は? 大ちゃん、すぐ戻るから無事でいてよね……」

 

 命蓮寺にそれらしき銀色の翼がないのを確認すると、再びあちこちを探し回る。

 

 大妖精、そしてリリーホワイトの無事を祈りつつ……。




(※1)ドブケラドプス
R-TYPEシリーズに登場する大型バイドでありシリーズの顔。
ド「ブ」ケラドプスなのかド「プ」ケラドプスなのか、公式でも表記が揺れていたが、R-TYPE TACTICSシリーズ及びR-TYPE FINAL2ではド「プ」ケラドプスのようだ。
東方銀翼伝では一貫してド「ブ」ケラドプスと呼称する。


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東方銀翼伝ep4 A.X.E.(Abyssal Xanadu Eroded)
第1話 ~散るのは花弁か鮮血か~


26世紀の人類が生み出した「厄災」は幻想郷でも容赦なく悪夢を見せる……


 命蓮寺で匿ってもらうことになったバイド達は真っ先に風呂場へと向かった。心配になって後をつけてみると……。

 

脱衣所は無数の小型バイドでひしめき合っていた。一際グロテスクな肉塊のバイドが大はしゃぎしている。確かあいつらはバイド化したR戦闘機「バイドシステムα」とナマコのようなバイド「ノーザリー」だ。

 

「ヒャッハー、水だよ水! 久方ぶりの『地球の水』じゃねーか!」

「もう我慢できねぇ! 思いっきり浸かろうぜ」

 

 そんな騒がしい二人を叱責するのは深緑色のロボットの姿をしたバイド「ゲインズ」。手にしているのはシャワーだろうか。

 

「体を流さずに浴槽に飛び込む奴があるか!」

 

「冷たっ! まだ温まってないじゃないかよ!」

「先っぽはらめぇ!」

 

 入浴の心得なきバイドどもには無慈悲な冷水シャワー。その冷たさと水勢に悶絶する二人。

 

 正直異様な光景であった。そこにいたのはただ標的を攻撃して破壊しつくす生体兵器ではなく、普通に生活をしようとする……そうだな、幻想入りした妖怪と言ったところだろうか?

 

「しばらく風呂には入れそうにないな……」

 

 何処か和む光景ではあるものの、バイド汚染したら非常に困る。俺は黙って脱衣所を後にするとアールバイパーの眠る格納庫へと足を運んだ。

 

 俺の翼は照明に照らされて白金色に輝いていた。特に異常はなさそうであると分かると胸をなでおろす。バイドとはどうも難儀な種族である。愛機が無事なのを確認していると、隣で不意に声がする。

 

「アールバイパーは特に異常なしだ。それより隣の部屋ででっかいのが寂しそうにしていたよ。話し相手になってあげてはどう?」

 

 でっかいの……? ああ、ジェイド・ロス提督だ。あの巨体じゃお風呂にも入れないからな。

 

 にとりが指さす大部屋に入ってみると、その部屋いっぱいに窮屈そうに「提督」が収まっているのだ。軽く挨拶をすると返事をしてくれたが、頭の中に響くような声ではなくなっていた。

 

「この巨体だと風呂にも入れない。河童の娘がメンテだけでもと言ってくれたが、機械の体とはいえバイドなんだからそんなものはいらないし……」

 

 確かにコンバイラの体では移動するのも一苦労だろう。

 

「分離とかできないの? その姿は3つに分裂できたはずだけど」

「残念ながら、私の体はそれが出来るようには作られていないようだ。他のコンバイラタイプのバイドはどうだか知らないけどな」

 

 それきり会話が途切れてしまう。仕方ないので「提督」の武勇伝なんかを聞いて時間を潰すことにした。その声は何処か嬉しそうではあったが空虚にも感じた。

 

 そう話していると遠くからかすかに笑い声と白蓮が「南無三っ!」と叱りつける声が聞こえてくる。

 

あいつら、何かやらかしたな? 様子を見てきてくれ。私は……もう少し星空でも眺めているよ」

 

 何処か哀愁漂うジェイド・ロス提督。今も降り注ぐバイドの種子が心配で仕方ないのだろう。俺は「提督」に別れを告げると声のした方へと走った。

 

(青年移動中……)

 

「よりにもよってお風呂を覗くだなんて……南無三っ!」

「ひぃ! 魔が差して……。もう許してー!」

 

 お互いに順応するの早すぎるだろっ!? この皮被りのイチモツは何覗いてるんだよ! んで、白蓮は白蓮でいきなり南無三とか容赦ないだろっ! 俺は唖然とした。

 

 なお、思い切りノーザリーの先っぽに鉄拳を喰らわせた白蓮がこの後バイド化したということはなく、結構ディープな触れ合いをしてもバイド化しなそうであることが判明した。

 

 このようにイタズラも絶えないバイド達だが、基本的には礼儀正しい集団であるらしい。風呂場を使ったら綺麗に掃除するし、誰かが深夜まで騒ぎ立てていると提督やゲインズが注意して回ったり……。

 

 特に掃除という観点には異様なこだわりを見せている。もしかしてバイド汚染を気にしている結果なのだろうか? 艦隊にはおおよそ戦闘向けでないゴミ収集を仕事とする機械系バイド「ストロバルト」がいるくらいだし……。

 

 なぜこんなに行儀がいいのかとある日「提督」に聞いてみたら「我々は元々軍人だ」と返って来た。なるほど……。

 

 そんな奇妙で新鮮なバイドとの濃厚な日々が続く……。

 

 だが忘れてはならない。人間としての記憶を残し、友好的に接してくれるジェイド・ロス提督率いるこのバイド達が異常なのであって、本来のバイドは凶暴な生体兵器であるということを……。

 

 そしてあの日、俺はバイドの恐ろしさを改めて思い知らされることになったんだ……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 それから更に数日後……。

 

 すっかりこの新たな「珍客」も命蓮寺に馴染むと、俺は白蓮を連れてジェイド・ロス提督のたたずむ大きな部屋へ向かう。

 

 モリッツGを撃破し、空からやって来たジェイド・ロスとも和解したものの、バイドの種子は今も幻想郷各地に降り注いでいる。いよいよ提督に何か知っていることがないかと聞き出すことにしたのだ。

 

「ジェイドさん、貴方達が本当にこの地に降りかかる災いとは別物であると皆さんが理解しました。今こそ異変の真相を……」

 

 少し傾く「提督」。少し間を置くと重苦しい口調で語り掛けてきた。

 

「うむ、我々を信用してくれたか。では話そう。バイドはまるで『何か』に吸い寄せられるようにこの地に落下しているのだ」

 

 吸い寄せられるように!? つまり隕石は落ちてきたわけではなく幻想郷にまるで誘われたかのように引き付けられた……と。電灯に群がる虫じゃあるまいし何がバイドを引き寄せているんだ?

 

「かく言う私もその本能で再び地球に吸い寄せられた。この地に居場所がないと悟り、地球を立ち去ろうとした矢先のことだ」

 

 その後、本能に打ち勝ち我に返った「提督」はバイドを引き寄せる原因を探し回ったものの、ついに見つけることが出来なかったのだという。

 

 バイド、それも元人間である場合は自身がバイド化していることを知らずにただ地球に帰ろうとしているだなんて話をよく聞くが、それとは根本的に話が違うようである。

 

 少なくともジェイド・ロス提督は自らがバイドであることを知っていた。それにもかかわらず引き寄せられたというのだ。いったい何が「彼ら(バイド)」をこの幻想郷に縛りつけるのだろうか?

 

「貴方達を引き寄せる『何か』……? 地上を探し回っても見つからなかったってことは地底にその何かがあるのかもしれませんね」

「地底……。地面のさらに下か。なるほど、その発想はなかったな」

 

 地底と言えば幻想郷の地上での生活が肌に合わずに地上から去っていった凶悪な妖怪たちのひしめく場所であり、そこにいる妖怪の危険度も地上のそれの比ではないらしい。

 

「ということは地底はバイドの支配下に……?」

 

 あれだけの隕石が地下に浸透していったということは地底は既に……。いや、地上なんかよりも凶暴で厄介な妖怪の巣窟なのだ。そう簡単にバイドに屈するとも思えない。ああ、そう簡単には屈しない……よな?

 

「まだバイドと決まったわけではありませんが、落ちた隕石が地面に溶け込むように消えていっただなんて目撃情報もあるようです」

 

 ううむ、不安が不安を呼ぶ。いったい地底で何が起きようとしているのだろうか……?

 

「うむ、ならば地底を調査してバイドがいるようなら叩く!」

 

 準備ができ次第地底への入り口へ向かうことにした。地上と地底を繋ぐ場所と言えば間欠泉地下センター……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 確か場所は妖怪の山のふもと。提督、そして白蓮が先に空を舞っている中、整備を終えたばかりの銀翼を飛ばすと俺も地下へと続くエレベーターへ向かう……。

 

 どうやら神奈子が幻想郷へやって来る際に技術革新を試みようとして核融合実験を行う施設を地底に用意していたらしい。

 

 だが、肝心のその入り口であるエレベーターが見つからない。

 

「私がこの辺りを血眼になって探したが、そんなものは見つからなかった。巧妙に隠されているのだろう」

 

 そうしているうちに、山から下りてきた風祝を発見。恐らく山の上で見知った影と不審な巨大な影が見えたので様子を見に来たのだろう。

 

 これは好機とエレベーターの場所を聞き出すべく俺は彼女に近づいた。が、彼女の視点は俺ではなくてその更に後ろに行っている。

 

「わわっ、すっかり仲間になったんですね♪ 提督さん、後でサインください」

 

 サインかぁ。それは俺も欲しいな……って、違うっ! 空から飛来するバイドの種子がどうやら地底に集まっているらしいことを告げると、間欠泉地下センターの入り口の場所を聞き出す。

 

「ええ、こちらですが……今は封鎖されているんで利用できませんよ?」

 

 一応案内をして貰ったが、ここで驚愕の事実。

 

 封鎖だって!? 詳しく早苗に事情を聴くと、バイドの地下や地上への出入りを容易にするこのエレベーターは、神奈子の手によって封鎖されてしまったのだという。現にバイドがここから飛び出たこともあるようで、無暗にこのエレベーターを動かすのは危険であると何度も強調していた。

 

 次にここを開いたら大量のバイドが噴き出してくることだってあり得る。確かにここを開くのは愚行と言えるだろう。

 

「それでは地底に突入できないではないか!」

 

 驚愕しながらも提督は色紙にサラサラと自分の名前を書いている。それを手渡すと早苗は嬉しそうに掲げていた。

 

「後で俺にもサインを……じゃなくって誰か地底に詳しそうな人に入り口を聞き出さないと」

 

 と、ここで俺は白蓮と目が合った気がした。そうか、かつて地下の奥底の魔界に封印されていた彼女なら何か知っている筈……。

 

「えーと……。私も封印されていた時なので詳しくわかりませんが、地底に通じる穴に『幻想風穴』という自然の洞窟があるらしいと。詳しい場所は私よりも先に地上に出て私を救出しようとした一輪やムラサのほうが詳しいと思います」

 

 そうか、では一度命蓮寺に戻って情報を集めようとした矢先、見知った影が猛スピードで俺に近づいてきた。青いワンピース姿の背の低い少女。あれは氷精じゃないか。

 

「チルノちゃん、どうしたのです? 顔が真っ青ですよ!?」

 

 誰かと思えばチルノではないか。見間違うはずもない。初めての弾幕ごっこの相手であり、彼女曰く俺は「あたいのマナデシかつ、えーえんのライバル」なんだそうだ。

 

 そんな彼女が髪の毛や身に着けている服だけでなく、顔までも真っ青にしている。白蓮さんが落ち着かせるように促すと、どうにか事情を口に出来る程度に落ち着きを取り戻したようだ。

 

「どうしたんだ? 『喧嘩したからアールバイパーの力を貸してくれ』ってのはナシだぞ?」

「そんなじゃないんだよ! 春でもないのにリリーホワイトが荒ぶってるの。こんなの変でしょ!? あたいだって季節くらいわかるし」

 

 リリーホワイト、またの名を「春告精」ともいう彼女は、その名の通り春の妖精である。主に春先に大きな力を持つようになり、毎年冬の終わりに「春ですよー!」と大声を張り上げながら群れて飛行するのだ。

 

 春の到来を告げながら、桜の花びらや弾幕を伴ってたくさん飛行する様は圧巻であるし、近づくと危険である。

 

 とはいえこれは彼女が最も力をつけている春先での話。普段は力の弱い妖精ゆえに大人しくしているはずだ。こんな残暑に元気になるとは考えにくい。確かにおかしな話である。

 

「暴れ出しちゃって手が付けられないんだ。というわけでアズマ、援護を命ず!」

 

 とにかくチルノの言ってることが本当ならこれは明確な異変だし、暴れ出している以上、被害が出ないように止めなくてはならない。

 

「確かに野放しには出来ないな。アールバイパー、出撃する!」

 

 銀翼をくるりとターンさせると、一気にバーニアを吹かす。チルノと共にリリーが暴れている場所まで向かう為に。

 

「春を告げる妖精がこんな晩夏に活発な活動……か。嫌な予感がする」

「私はこの件を神奈子様にお知らせします。本格的に動かなくてはいけないのではと提言して」

 

 遅れて提督と白蓮が続き、俺たちとは別の方向へ早苗は向かう。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 しばらく移動を続けていると、照り付ける暑い日差しの中、この季節に相応しくないものが目の前に現れた。そいつは甲高い声でキャイキャイ騒ぎながら「何か」をばら撒いているのだ。

 

 春の妖精だし桜の花びらなのだろうか? いや、そんな筈はない。もう少し近づいて様子を見てみよう。

 

「春ですよー、春ですよー!」

 

 もう夏も終わりだというのに、壊れたラジオのように騒ぎ立てながら、くすんだ桃色の弾幕をまき散らしている。いや、投げつけているという表現の方がシックリくるか。

 

「春はもう終わってるよ!」

「春ですよー、春ですよー!」

 

 駄目だ、まるで会話が成り立たない。今も友人の言葉などどこ吹く風と言わんばかりに弾幕を投げつけて周囲の妖精に攻撃を加え続けている。緑髪をした大人しそうな妖精が泣きながらその猛攻から逃げ惑っている。

 

「ううっ、ぐすっ。リリーちゃん、もうやめて……」

「大ちゃん、もう大丈夫だよ。あたいが認めたマナデシを連れてきたから」

 

 どういうわけか妖精最強のチルノですら手が付けられなくなっているというのだ。季節外れの春の妖精がチルノを凌駕する……。やっぱりこんなのおかしいよ! いや、一つだけ可能性がある。

 

 だが、それを認めてしまうということは……。そうやって思考を巡らせまいと頭を振るが、妖怪の山山頂での豹変した神奈子の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 そんなまさか! だって神奈子さんは結局大丈夫だったじゃないか。そんなこと、そんなことあり得ない! 有り得てはいけない……!

 

「春デすよー、はルでスよー!」

 

 古ぼけて音が所々飛んでしまうレコードのように同じ言葉を復唱する。それはどう見ても狂っているようにしか見えない。そしてついに彼女と目が合ってしまった。琥珀色をした彼女の目と……。

 

「この感じ、私に似ている。これはつまり……『そういうこと』だ。恐らく放つ弾幕はバイド物質だろう。アズマ、覚悟を決めるんだ。奴を放置するわけにはいかない」

 

 バイドだ。彼女はバイド化しているんだ……。この忌まわしき呪いから彼女を救うためには……!

 

「殺す……。バイド汚染から解放するにはその肉体を滅ぼすしかない!」

 

 頭では分かっていた。だが、体が動かない。操縦桿を握る手がガタガタと震える。な、何を今更……。

 

 俺は幾度となく幻想郷の希望として侵略者どもに手をかけてきたではないか。今度だってそうだ。乗っ取られて、でもそのことに気が付けずにバイドの尖兵と化した彼女を屠るだけだ。

 

 やっていることは前と変わらない……だというのに動けない。

 

 人の形をしているから? いずれ愛する人を手にかけなくてはならなくなるかもしれないから?

 

 俺は……俺は……!

 

「来るぞ!」

 

 ジェイド・ロスの声で俺は我に返る。赤黒くくすんだバイド粒子がビッシリとこちらに迫ってきたいたのだ。

 

 躊躇っていては俺まで……。俺は覚悟を決めた。静かにレイディアントソードを展開するとこれを一閃。迫るバイド粒子を斬り落とした。粒子が剣に残らないようにもう一度空を振るう。よし、反撃の時だ。やるしか……ない!

 

「ちっくしょぉーーー!」

 

 バイド化したリリーホワイトめがけて俺は錐もみ回転しながらツインレーザーを浴びせかける。ぐんぐん縮まる間合い。このあともう一度至近距離からのレイディアントソードで……。

 

「!?」

 

 だが、リリーは消えた。そう、忽然と。むなしく空気を引き裂く蒼い刃。どこに消えた……。俺は魔力レーダーに目を通しつつ感覚を研ぎ澄ませる。

 

 …………4時の方向で魔力の増大を確認! そこかっ! くるりとターンするとリリーが出てくると思しき場所に菊一文字を撃ち出した。音もなくゆっくりと前進したポッドが、ちょうど魔力の収束する空間のど真ん中でぴたりと制止、ビーム状のバリアを展開した。

 

 案の定リリーホワイトは罠の張られた空間に姿を現し、ビームに自分から直撃。恐らく再び瞬間移動をして撹乱しようとしたのだろうが、思わぬダメージを受けて怯んでいる。

 

「このまま畳みかける! 銀符『ツインレーザー』!」

 

 オプションを限界まで呼び出すとスペーシングのフォーメーションを取らせる。そのまま俺はスペルカードを掲げながら、自分を中心に横一直線に並んだオプション編隊ごと高速回転しつつ、細く短い光線をこれでもかと撃ちまくる。

 

 そのたびにのけ反りながら吹っ飛んでいくリリー。バイド化しているとはいえ所詮は妖精。数々の修羅場を切り抜けた俺とアールバイパーの敵ではない。

 

「やりました、銀翼の大勝利ですっ!」

「いや、まだだ! これで終わってはいけない!」

 

 服のあちこちがボロボロになり、薄羽にも無数の穴が空いており非常に痛々しいことになっている春告精。普通の弾幕勝負なら勝負が決まっているようなもの、むしろ痛めつけすぎな部類に入る。だが、これは普通の弾幕ごっこではない。俺は操縦桿を握り直す。

 

「いけません! それ以上は本当にリリーちゃんが……。ジェイドさんっ、他に方法はないのですかっ!?」

「……」

 

 尼僧の必死の叫びに耳を傾けるも、頑なに口を閉ざしたままの提督。言葉はなくとも、その悲壮な面持ちが全てを語っていた。

 

「ちくしょう、ちくしょう……!」

 

 照準をバイド化した妖精に合わせると、俺は固く目を瞑り……!

 

 声にならない悲鳴を上げながら引き金を引く。か細く甲高いレーザーの照射音の直後、グチュと嫌な音が俺の鼓膜を襲った。

 

 最初の一撃がその胴体に風穴を開けたかと思うと、次々と着弾し、それはもはや原形を保たないほどに穴だらけとなり、割れた水風船のごとく鮮血が飛び散ったのだ。

 

 それでも幸いだったのが彼女の、バイドに取り付かれた哀れな妖精が自らの体に引火してその姿がほとんど焼け落ちてしまったこと。

 

 炎は瞬く間にその体を包み、そして何事もなかったかのように亡骸は灰となってしまった。

 

「あ……あああ……!」

 

 俺はアールバイパーを何とか軟着陸させるとコクピットから這い出すように脱出。自分で立ち上がれない程にまで精神をやられてしまったようだ。フラフラと亡骸のもとへ向かおうとするも足がもつれて自分の脚に躓いてしまう。

 

「アズマさんっ!」

 

 そんな俺を思い切り抱き寄せるのは白蓮。俺は彼女の胸の中で涙を流していた。今も震えが止まらない。その様子を遠巻きに見ていたのがコンバイラタイプのバイド。

 

「辛いことをさせてしまったな……。君の代わりに我々が手を下すことも出来た。だが、それではいけないんだ。バイド相手に躊躇いを見せるということは……」

 

 そうだ、それは最悪の結末をもたらす。どうあがいてもバイド化した機械、肉体は元には戻らない。今ここで手を下さなかったら被害はさらに大きくなっていた。だが、それでもリリーは止まらない。どこかで必ず……必ず止めなければならなかった。

 

「そんなっ! こんなことをせずに異変を止めることはできないのですか!?」

 

 涙ながらの訴えるのは白蓮。彼女とてこのような結末は耐え難いのだろう。

 

「そんな手段があれば我々も人の姿を取り戻している。つまりはそういうことだ。暴走するバイドから解放するにはその肉体を破壊する他ない……」

 

 絶望し、涙を流す住職サマ。

 

「ただ周囲を破壊するだけのバイドに容赦などいらぬ。地底に奴らの親玉がいるはずだ。これ以上の被害を出さないためにも早急に地底に向かい、そいつを破壊するんだ。奴を倒して地上に、元の楽園に戻った地上に帰ろう!」

 

 白蓮の胸に泣きすがっていた俺は再び自ら立ち上がる。そうだ、泣いているのは簡単だ。だが、それでは何も変わらない。

 

 ついに犠牲者を出してしまったが、これで終わったわけではない。むしろ始まったばかりだ。散っていったリリーホワイトの為にもここで立ち止まってはいけない。

 

「これ以上の犠牲は出さない、出したくない。だから出さないためにも……行くぞ地底に! 悪しきバイドに鉄槌を下すんだ!」

 

 リリーの暴れていたすぐ傍に暗い暗い洞窟を発見。恐らくここから漏れ出たバイド粒子に汚染されて……。

 

「これです、これこそ『幻想風穴』! ここから地底に入り込みましょう!」

 

 今日この日……。俺はバイドの本当の脅威を目の当たりにしたのだ。こんな奴らを幻想郷にのさばらせている限り、悲劇は決して終わらない……!

 

 ならば、俺はもう迷わない。バイドを倒して、異変を解決して、すべてを終わらせて地上に帰る、それだけだ。



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第2話 ~嫌われ者の楽園~

ここまでのあらすじ

 幻想郷に今も絶えず降り注ぐ「バイドの種子」。
バイドでありながらかつては人間であったためにアズマ達に協力的なバイド「ジェイド・ロス提督」によると、どうやら地底にバイドの種子を呼び寄せている親玉がいるらしいのだ。

 間欠泉地下センターから地底に向かおうとしたものの、バイド異変の為に閉鎖されていた。アズマは「白蓮」と「ジェイド・ロス提督」の艦隊と共に地底の別の入り口である「幻想風穴」を目指すが、その付近で遊んでいた妖精「リリーホワイト」がバイド化して暴走、チルノや大妖精相手に暴れていた。

 バイド汚染から解放するにはその汚染された肉体を滅ぼさなければならない。アズマは躊躇いながらもリリーに手をかけてしまう。

 自らが引き金となり人が死ぬ(リリーは妖精なので厳密には「一回休み」なのだが本人は知る由もない)ところを直視してしまったアズマはひどくショックを受けてしまう。

 が、それと同時にこれ以上の犠牲者を出さない為にもと、地底のバイドを倒す決意を固めるのであった。

 確固たる決意のもと「幻想風穴」へと飛び込む。

 今もまだリリーの断末魔が脳裏で何度も響く中……。


(その頃チルノ達は……)

 

 地底へとつながる洞窟「幻想風穴」へと飛び込んでいった1機の超時空戦闘機に1人の魔法使い、そして数隻のバイド艦隊……。

 

 その様子を放心しながら眺めていたのが大妖精である。

 

「リリーちゃん、リリーちゃんが……」

 

 ガタガタと震え、炎と消えた友達の名前をうわ言のように何度も口にしながら。その様子を見て彼女なりに神妙な面持ちをしているつもりなのがチルノである。

 

「ありゃ見事に『一回休み』ね。明日になるか一週間後か、まあ遅くても次の春にはまた元気な顔を見せてくれるに違いないわ!」

 

 そう、アズマは知る由もなかったが、妖精という種族はその肉体を滅ぼされても媒体となる自然が残っていれば一定時間後に復活するのである。

 

 そんな特性を持ち、更に基本的には人間より力の弱い妖精達を鬱憤晴らしに使う心無い人間も少なくない。大妖精にはアズマ達がそんな心無い人間の一人なのではないかと疑念の念を抱いていたのだ。

 

「そうだけど、あんな酷い事……彼らはおかしくなっていたとはいえ私達の友達を殺しちゃったのよ? ねえチルノちゃん、あの妖怪さん、ええと『愛弟子』だっけ? 彼は本当に救世主なの?」

 

 永遠亭をバクテリアンが侵略した時、チルノは湖の妖精達に『アールバイパーは救世主だ』と言いふらしていたようだ。もちろん、彼女が一番言いたかったのは銀翼の武勇伝のことではなくて、チルノ自身がそのアールバイパーを鍛えた師匠だという事であるが。『あたいは凄い奴の師匠だから、あたいはもっと凄い、つまり最強!』とのこと。

 

 当初はその凶行に戸惑っていた氷精ではあったが、すぐにニヤリと笑みを浮かべるとゆっくりと頷いた。

 

「そりゃあ、あたいも最初はビックリしたけどさ……。でもアズマは、あたいのマナデシかつえーえんのライバル! あたいの次に最強のアイツは無暗に弱い者いじめなんてしないわ。あれには深い訳があるとしか思えないな。『イヘン』だとか『オセン』だとか言ってたし」

 

 何処かで聞きかじったバイド汚染の話を自慢げに語る。もちろんチルノがその全容を理解している筈はないが、妖精にとって自然の汚染はもっとも忌むべきもの。とんでもない単語が飛び出したものだから大妖精は目を思い切り見開いた。

 

「お、汚染!? チルノちゃん、その話は本当? それって異変で幻想郷が汚染されているってことよね。そんな事されたらリリーちゃんはもちろん、私達も……」

「永遠に休み、消滅しちゃうよ。やっぱり、アイツは一本の木じゃなくて森全体を見る男だったってことよ。流石はあたいのマナデシ!」

 

 何者かが異変を起こして幻想郷を蝕んでいる。しかしその存在の正体についてはとても自らの手に負えないことも何となく理解していた。

 

「だから信じよう? あたい達も知らないことをやってのけてくれる、それがあたいのマナデシなんだから」

 

 そう言いつつ、今もリリーの横たわっていた地面をじっと見つめる大妖精の背中を優しく撫でるのであった。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 幻想風穴……。

 

 そこは地上を追われた妖怪の暮らす地底へとつながる長い長い洞穴……。天井の所々に穴が空いており、陽光がその異世界への入り口を心もとない光で照らしていた。

 

 しかしこの洞窟の奥まで照らすにはあまりに弱々しい光であった。それもその筈、眼下に広がるくすんだ紫色の雲が視界を阻んでいるからである。雲が太陽の光に照らされており、洞窟の中だというのにまるで雲海広がる高空のような光景。まさに幻想的であった。

 

「この空気は……。アズマさん、あちこちに高濃度の瘴気が漂っています。決してアールバイパーから出ないように!」

 

 見た目の美しさとは相反するような言葉が飛び出る。この洞穴の雲海は瘴気によるもの。たとえ銀翼の中にいるとしても完全にシャットアウトできるものではないことを俺は知っている(かつて魔法の森で酷い目に遭ったからな……)。

 

「確かこの辺りに……あったあった」

 

 アリスから譲り受けた瘴気避けのマスクを着用し、一気に突き進もうとする……が、行く手は霧のように立ち込めており進路が分からない。闇雲に突き進んで壁に激突だなんてのは、あまりに笑えないオチである。

 

 瘴気は魔力を帯びているのか、魔力レーダーもまるで役に立たない。どうしたものかと頭を抱えていると、背後からまばゆい光が突き刺してきた。

 

「サーチライト照射。これで少しはマシになるだろう」

 

 光の正体はコンバイラに装着されていたライトのものであった。真っ直ぐな光が進むべき道を照らしていた。

 

「慎重に進みましょう。何が潜んでいるかわかったものではありません」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと穴の奥底へと潜っていく。

 

「むっ、進行方向に障害物を確認。これは岩が浮遊しているのか? まるで宇宙空間のアステロイドだ……」

 

 地下の雲海にふよふよと浮かぶ大岩。この程度の岩ならばアールバイパーの武装でも砕くことが出来そうである。狙いを定め、バーティカルマインを落とす。

 

 1発目……空振り。2発目……これもハズレ。3発目……惜しい! 4発目……命中!

 

 障害物に着弾すると光の槍を突き出す。浮遊する岩は粉々に砕け散った。ところで自由落下をする筈の爆弾だが、外した3発の爆風が見えない。まだまだ地底到達まで距離があると思うとゲンナリとしてきた。

 

 そんな中、素早い影が目の前を横切った気がした。暗がりの上にあまりの速さに何者であるのか認識できない。

 

「何かいるな……クソッ、捕捉できない!」

 

 サーチライトを振り回しあちこちを照らすが、岩肌が見えるのみである。そうしているうちに先行していたバイド戦闘機から通信が入る。

 

「なんだこの糸は? うっ、粘ついて動けない! 離れろっ、このっ!」

 

 どうやら粘着質の糸が竪穴に張り巡らされているようで、数機のバイドがそれに引っかかってしまったようである。ジェイド・ロスは声のした方向へ光を照らすと、確かに空中でもがくバイド達の姿があらわとなった。

 

 そしてその糸の発生源と思われる見慣れぬ少女も……。

 

「あ、貴女は……ヤマメさんっ!」

「こいつを知ってるのか?」

 

 どこかから垂れ下がった糸に逆さ吊りになっているように見えるが、どうやら自分の意思でぶら下がっているらしい。全身茶色いワンピースはスカートの部分が異様に膨らんでおり、粘着質の糸の存在もあってまるで蜘蛛のようである。

 

 その状態から体をよじらせてスイングを始めると、おもむろに腕から糸を撃ち出す。的確に岩肌に蜘蛛の糸をくっつけると、そこを支点にブランコのように大きく揺れ、バイドシステムαを捕えている蜘蛛の巣の上に乗っかった。

 

「おやおや、天下の尼僧様がこんな救いようもない妖怪どもの掃き溜めに何の用だい?」

 

 嫌味たっぷりに白蓮にねちっこく声を掛ける蜘蛛の妖怪。明らかに歓迎しているようには見えない。どうやら白蓮とは何か遺恨があるようだ。

 

「白蓮、こいつは……?」

「彼女は『黒谷ヤマメ』。土蜘蛛といって、感染症を操る能力と粘着質の糸を駆使して人間に絶望を与えながら貪り食う凶悪な妖怪です!」

 

 妖怪も分け隔てなく受け入れる筈の白蓮に凶悪と言わしめる妖怪。こいつはかなりヤバい奴だ。

 

「説明ご苦労さん。そゆことなの。こんな私もね、ちょっとは反省して命蓮寺に入門しようとしたらさ……断りやがったのよ、この魔住職」

「嘘ばっかり! 貴女の本当の目的は、お墓参りに来た人間を襲うことだったでしょう!」

 

 なるほど、全ての人間が命蓮寺をよく思っていないように、妖怪は妖怪で色々と確執があるようだ。そしてこんな奴をのさばらせることは白蓮さんの理想を妨げる要因でしかない。

 

 更に追い打ちをかけるようにコクピットの中に置いてあった宝塔型通信機が激しい光を発しながら震える。通信の相手はにとりであった。

 

「そこにいるのは土蜘蛛だね? あんな奴容赦しなくていいよ。川は汚すし仏の白蓮さんは怒らせるし……この際だからギッタンギッタンにやっちゃってくれ!」

 

 よし、決まりだ。こいつを倒さないことには地底でのバイド調査もままならない。特にバイドとは関係なさそうだが少し懲らしめてやるか。

 

 薄紫色の瘴気がゆらりとうごめくのがコンバイラのサーチライトで見えた気がした。相手もやる気満々のようだ……。

 

 しかしまあ瘴気が雲海のように漂うこの場所で土蜘蛛とやり合うことになるとは。雲と蜘蛛もダジャレなんじゃないかと思うとどうにも気が抜ける。もちろん気を抜いてはいけない相手だという事は重々承知しているが。

 

 なし崩し的に戦闘する羽目になってしまったが、改めて戦況を確認すると決して有利とはいえない状態であることが分かる。

 

 まずこの幻想風穴という縦穴という地形が足枷となっている。これではアールバイパーの強みである機動力を活かせない。更に狭いのか、コンバイラも窮屈そうにしており、援護を受けるのは無理だろう。小型バイド達の大半は蜘蛛の巣に引っかかっておりやはり支援不可能。ゲインズが救助に向かっているようなのであちらは彼に任せよう。

 

 すると残るは俺と白蓮。最初は白蓮さんが自らヤマメと戦おうとしたがそれは俺が止めた。彼女は感染症を操る能力があるという。万一白蓮さんがとんでもない病気を押し付けられたらと思うとゾッとしたのだ。

 

 一方の俺はアールバイパーという防壁の中にいるのでその影響をじかに受けることはないだろう。

 

 それに彼女は端から俺のことなど狙っていない筈である。毎度毎度のことだが、幻想郷の少女であるヤマメは俺のことについてこんなことを口にしていたのだ。

 

「それにしても命蓮寺もしばらく見ないうちに随分と賑やかになったもんだね。そこのやたら喧しい変な鳥の妖怪も新しい門徒なのかい?」

 

 毎度毎度、銀翼を「変な鳥の妖怪」として認識されるのは悲しいが、今回に限ってはこの誤解が役立ちそうなのだ。

 

 超時空戦闘機、つまり乗り物であるアールバイパーは感染症にかかりようがない(さすがのヤマメもコンピューターウイルスなんかは操らないだろうし)ので、良い囮になれるという算段だ。

 

 一瞬ウイルスがどこかの隙間から入り込んで……とも思ったが、ゴマンダーの内部で戦っても俺は全然バイド化しなかったくらいだし大丈夫だろう。

 

 しかし問題は狭さだけではない。薄暗くてよく見えないことも不安要素だし、この辺りを根城にしているであろうヤマメは縦穴での戦闘にもきっと慣れている筈。まだまだ心配な点は残っている気もするが、それでも俺がやらないといけないことは変わらない。

 

 対するヤマメは蜘蛛の糸を巧みに利用して縦横無尽に飛び回っている。こういう相手には……

 

「『ハンター』装備! こいつからは逃げられまい」

 

 対象を執拗に追いかける蒼い球体を大量に発射した。いくら相手が素早いとはいえ、ハンターの追撃を振り切ることなど……あ、あれ?

 

「どうしたのさ。もしかして攻撃おしまい?」

 

 蒼き狩人が土蜘蛛を仕留めることはなかった。ああしまった、そういうことか……。

 

 大回りしてしまうハンターはこのような狭い場所ではまともに機能しない。恐らくヤマメをホーミングする間に壁にぶつかってしまったのだろう。こうなると地道に狙い撃つしかないのだが、なかなか相手を捕捉できない。

 

「仕方あるまい。ネメシス、コンパク、ローリングフォーメーションだ!」

 

 オプションを3つ呼び出すとアールバイパーの周囲をくるくる回転させる。意識を集中させ、俺はスペルカードを取り出した。

 

「操術『オーバーウェポン』!」

 

 何度経験しても慣れるものではない。回転するオプションから銀翼に、そして俺の両腕に魔力が伝わってくる。襲ってくる吐き気に負けないように、俺は再びハンターを使用する。

 

「……!?」

 

 狙い通りだ。光の針となったハンターは一直線に飛んでいく。これらは少しも遠回りすることなく飛び回る土蜘蛛に突き刺さっていった。

 

 このまま倒そうと思ったがオプションたちの魔力が枯渇してしまう。やはり長時間の稼働は無理か……。急いで3つのオプションを格納するといまだに怯んでいるヤマメに接近戦を仕掛けることにした。

 

「喰らえっ、レイディアントソード!」

 

 追撃を逃れるためにヤマメは蜘蛛の糸を吐き出し、この場を脱しようとしていたが、そもそも俺はヤマメ本体なんか狙っていない。本当の狙いは蜘蛛の糸にぶら下がった瞬間の糸のほうである。

 

「かかったな? 奈落の底に落っこちろ!」

 

 蒼き刃が異様に細い蜘蛛の糸を斬りつけ……あれ? ビクともしないぞ。見るとレイディアントソードが蜘蛛の糸まみれになっておりその切れ味を完全に失っていたのだ。

 

「ふう、間に合った間に合った。これならただの棒と変わらないわね」

 

 そのまま体を揺らすと受け止めたレイディアントソードを軸にヤマメ自身が大回転をした。こうすることでアールバイパーと蜘蛛の糸でつながれたことになる。それをゆっくりと手繰り寄せると銀翼の上に乗っかった。

 

「くそっ、降りやがれ!」

 

 必死に機体を左右に揺らして振り落とそうとするが、びくともしない。糸まみれのレイディアントソードは使い物にならないし、サンダーソードを使用するほどのオプションの魔力も残っていないだろう。さっき盛大にオーバーウェポン使ったし。

 

 万事休すか。くそっ、こいつはどう出てくる?

 

「あんまりこういうのは好きじゃないけど、今回は能力使わせてもらうよ。アンタはあのいけ好かない住職サマのお気に入りっぽいし、何よりその銀色が気に食わないからねぇ」

 

 こいつ、何かしらの疫病をもたらすつもりのようだ。余裕たっぷりの邪悪な笑みで「さーて、どんな病気がいいかねぇ」とか怖いことを口にしている。そして不意に周囲の瘴気がわずかに揺らいだ気がした。

 

「よし決めた、鳥インフルエンザにしてやる!」

 

 嫌な気がヤマメの両手に収束し、銀翼を包み込んだ。ぐっ、何も見えない。しかし魔力を帯びた瘴気の雲がこちらに集中したことで魔力レーダーが正常に機能を始める。俺の周囲を除けば瘴気はなくなっているからだろう。土蜘蛛、破れたり! 俺はレーダーを頼りにもう一つの近接武器「リフレックスリング」を逆回転で射出する。

 

「な、なんだってんだい? 今頃高熱にうなされている筈なのに……」

 

 抵抗などされる筈もないと高を括っていたヤマメはあっさりとリングに拘束されて慌てふためく。俺はジタバタと暴れる土蜘蛛をリングでガッチリと捕まえると、高度を一気に上げて瘴気の塊から脱出。

 

「そういえば、お前にはまだ言っていなかったな」

 

 なおも抵抗を続けるヤマメをゴツゴツした岩の壁にぶつけガリガリと擦りつけて、大人しくさせる。風穴に火花が散る。これだけ叩きつけたのだから手足をぐったりとさせているようだ。

 

「いいか、覚えておけ。アールバイパーはやたら喧しい変な鳥の妖怪じゃなくて……」

 

 そのまま縦方向に銀翼を回転させる。最初はゆっくりと、しかし段々と勢いをつけて。

 

「超時空戦闘機だっての! 陰陽『アンカーシュート』!」

 

 最後にスペルカード宣言を行いつつ、ヤマメを思い切り上方向にブン投げた。花火のように爆発を起こし、懲らしめることが出来たことが分かる。糸のすっかりほどけたレイディアントソードで、残った瘴気と今もバイドを捕えている蜘蛛の糸を斬り払う。

 

「かーっこいい♪ お、他のバイドもゲインズが救出したようだな」

 

 今俺が救出したバイドシステムαで最後のようだ。今回はどうにか切り抜けたものの、地底の妖怪はこんな奴ばかりなのかと思うとゲンナリとする。だけど行かなくてはならない。バイドを倒して地上に帰るためにも。

 

 傷ついたコンバイラ隊の一員が旗艦に格納されるのを確認したのち、俺達はさらに深部へと進路を取った。

 

 更に深く深く……。もはや地上の光など届かないほどの暗黒が周囲を取り巻いていた。

 

「妙な瘴気が消えたと思ったら今度はバイド粒子が濃くなってきたな。この辺りはバイド汚染が結構進行していると見える」

 

 俺にはよく分からないのだが、バイドそのものであるジェイド・ロス提督がそう言うのだから間違いはないのだろう。

 

「ひじりん、生身でバイド粒子に触れるのは危険である。アズマ殿の機体に避難されよ」

 

 確かに、バイドを除けばこんな場所で生身でいるのは白蓮くらい。ゲインズに言われた通り、もしものことがあっては困るのでアールバイパーに乗せることにした。

 

 それにしてもいつになったら地の底までたどり着けるのだろうか?

 

 暗がりの中、そんなことを提督にボヤいていると突如、提督がいきなり高度を下げ始める。

 

「ぐっ、引っ張られる! 体が勝手に……」

 

 見ると提督だけでなく、他のバイドもまるで見えない力に引きずり込まれるように高度を下げているのが分かる。

 

「見てくださいっ! 漂っていたバイド粒子まで。バイドだけが引き寄せられているようですね。黒幕の仕業なんでしょうか?」

 

 提督を引っ張り上げようとリフレックスリングで捕えて引っ張り上げようとするが圧倒的に力が足りない。しかしそうしているうちにバイド達は静止した。

 

「と、止まった……。某を呼ぶ声がずっと響いて、それで勝手に動き出してしまう。この某が本能に屈してしまうとは、不覚!」

 

 前にもバイド達は地底に引き寄せられそうと口にしていたことを思い出す。恐らく隕石……もといバイドの種子も同じように地底の「何か」に引き寄せられているんだ。

 

 一体何に引き寄せられているのだ? そう思っていくら下を見ても真っ暗で真っ暗で答えなど出るはずがない。分かってはいたが俺は見ることを辞めることが出来なかった。

 

 もちろん漆黒は等しく前面にいきわたり……いや、一瞬緑色に何かが光った気がする。

 

「敵襲! 正体不明の生物が高速接近中!」

 

 先行していたバイド戦闘機から知らせを受ける。恐らく「緑色に光った何か」の正体であろう。魔力レーダーでも異常な値を示している。

 

 ほどなくして謎の生物が姿を現す。緑色に光る蛇のような怪物であり、バイド艦隊を見つけると食らいつくようにして突っ込む。

 

「ぐっ。回避、間に合えっ……!」

 

 緑色の人型兵器を狙った蛇だったが間一髪で回避する。その後大きくターンすると、今度はアールバイパーに狙いを定めたようだ。持ち前の機動力で余裕を持って回避するが、コイツはいったい何者なのか……?

 

「『アウトスルー(※1)』か? しかしどうにも形状が違うような……」

 

 敵の正体は分からぬが、こんな奴を野放しには出来ない。俺は蛇の頭部に執拗にレーザーを当てることでどうにかこれを撃退。その長い体を爆発させた。

 

「どうにか撃退したね。でもバイド粒子は全然減らない。あいつ、本当にバイドだったのかなぁ?」

「いいえ、今のはバイドではないようです」

 

 コクピットの後ろからの白蓮の凛とした声が前を見るようにと促す。薄暗がりの中、おそらく緑色の怪物をけしかけたであろう妖怪が不満げな表情で立ち塞がっていた。

 

「嫉妬妖怪『水橋パルスィ』ですっ。こちらの嫉妬心を煽る能力も持っており、長期戦は不利になります」

 

 感染症に嫉妬心……。確かに忌み嫌われそうな妖怪が地下にはワンサカいるようである。

 

 ここは通さないと言わんばかりに先ほどの緑色の化け物と共に立ちはだかっていた。

 

「この先は危険よ。悪いことは言わないから帰りなさい」

「その『危険』を排除しに来たんだ。地上で平和に暮らすには避けては通れない道、ここを通してくれ」

 

 出来るだけ相手を刺激しないように説得を試みる。しかしパルスィがさっきから睨み付けているのは俺達ではなくて、後ろに控えるバイド艦隊であった。

 

「そうね、確かにかつてない脅威が地底に押し寄せているわ。今のようにね。まさか妖怪寺の一味がこいつらをけしかけていたとは……」

 

 こいつ、何か盛大な勘違いをしているぞ! 確かに俺達はバイドを連れて地底に向かっているが、それは地底を荒らす為ではない。

 

「こいつらは他のバイド達とは違うっ。姿こそこんなになっているが、その心は人間そのもの……!」

「アズマ、熱くなっては上手くいく交渉もうまくいかないぞ。ここは私に任せるといい。コホン……お嬢さん、我が同胞が多大な迷惑をかけているようで申し訳ない。私は同じバイドとして彼らを連れ戻さなければならない。せめてもの罪滅ぼし、させてほしい」

 

 深々と頭を下げるようにその巨体を動かすジェイド・ロス提督。相変わらず不機嫌な表情を崩さない嫉妬妖怪。

 

「なんで侵略者のくせにそんなに紳士的なのよ。その器の大きさが妬ましい……。妖怪なら妖怪らしく襲い掛かりなさいよ!」

 

 なんか霊夢が言い出しそうな訳が分からない理論を並べてくる。まるで態度を軟化させない少女にたじろぐバイド艦隊。

 

「罪滅ぼしすら許されぬというのか? そこをどうか……(ペコリ)」

「うるさい! リア充もバイドもみんな爆ぜればいいのよ! 帰らないというなら、みんなまとめてやっつけてやる!」

 

 説得に応じるつもりはないようだ。あと誰がリア充だ。

 

「この少女……精神がバイドに汚染されかけているに違いない。卑屈すぎて対話もままならないぞ!」

「いえ、元々こういう性格なんですよ……」

 

 余計な戦闘は行いたくなかったがこいつを無視して万が一、その能力を使われてチームワークを乱されたら厄介である。致し方あるまい……。

 

「ならば進むか引くか、正々堂々と弾幕で決着をつけよう。アールバイパー……参る!」

 

 ゴチャゴチャ御託を並べても動かぬなら、幻想郷の絶対的ルールを行使するまで。俺は静かにオプションを展開し、戦闘態勢を取った……。




(※1)アウトスルー
R-TYPEシリーズに登場する数珠つなぎのようになった蛇のようなバイド。
TACTICSシリーズを覗いて、本体を破壊することは出来ないが、胴体からバイド体をまき散らすので、胴体を破壊しないと始末に負えない。
基本的にはゴマンダーに寄生しているのだが、時々単体でも登場する。


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第3話 ~地底を進む緑の業火 前編~

ここまでのあらすじ

 幻想風穴から地底を目指すアズマと白蓮、そしてジェイド・ロスの艦隊。

 リリーホワイトの一件もあり、これ以上の被害を出すまいと決意するアズマは早くバイドの親玉を倒したいところだが、地底の妖怪は曲者だらけで思うように先に進めないでいた。

 命蓮寺への入門を断られたことでこちらを逆恨みする黒谷ヤマメをどうにか撃破するも、間髪入れずに嫉妬妖怪の水谷パルスィが行く手を阻むのだ。

 彼女から、地底を侵略するバイドの話を聞くもアズマ達がバイド(ジェイド・ロス提督)を連れていることを理由に、バイドをけしかけている犯人と誤解されて襲われてしまう。

 いくら弁解しても聞き入れてくれない為に、やむなく弾幕勝負で白黒つけることになるが……。


 戦闘が始まるや否や、バッと後方に跳躍しつつ円状に広がる弾幕を放つのはパルスィ。その一つ一つが独特な軌跡をたどっているようで、隙間が広がったり狭まったりする場所が出来る。

 

 俺はその隙間を縫うように接近し、ツインレーザーを浴びせる……が、上手く当てることが出来ない。コンバイラのサーチライトだけでは明るさが足りないのだ。ヤマメもそうであったが、地底の妖怪は暗所でも目がきくらしい。

 

 ならば目視でもわかる程度に接近して近接攻撃を浴びせようとさらに接近するが、再び放射状に弾幕を張り、それを阻止してくる。慌てて俺は宙返りして距離を取った。

 

「こうなれば……ネメシス、コンパク。出てこい!」

 

 ヤマメにも有効だったオーバーウェポン状態のハンターを使っておこう。周囲で3つのオプションを回転させて、武装をハンターに換装。よし、心の準備は出来た。一思いにオーバーウェポンの号令を行う。

 

「操術『オーバーウェポン』!」

 

 光の槍となり嫉妬妖怪を貫け狩人よっ! しかし魔力の回復が不十分だったか、細長く弱弱しい針がちょろちょろと出てくるのみであった。

 

「しょぼっ! バカにしているのね。私なんて本気出すまでもないと。ああ妬ましや……」

 

 なんかあっちはあっちで面倒くさい解釈しているし……。こうなってはハンターもダメだ。どう攻めればいい……?

 

「これ以上は時間の無駄。その妬ましい程に綺麗な翼を穴だらけにしてやる。恨符『丑の刻参り』」

 

 暗所で唐突に光を放った紙切れ。スペルカードを用いて確実にトドメを刺そうとしているらしい。未だにこちらの狙いが定まらないうちに小型の弾が連なってこちらに迫ってきた。

 

『You got a new weapon!!』

 

 なんだって、このタイミングで新武装だと。よし、何が来るかわからないが地底の洞穴ではまるで役に立たないハンターに代わって新たなるダブル系兵装を……と胸を躍らせたが、どうやら俺が得たのはレーザー系の兵装のようだ。ツインレーザーのアイコンが書き換わっていく。

 

「今のは……?」

「アールバイパーのシステムボイスだ。どうやら何か兵装を手に入れたらしい。しかし何がトリガーになったんだ……?」

 

 いつもなら元となった少女のスペルカードが一瞬表示されるはずのディスプレイだが、今回は直に書き換わっていく。

 

 アールバイパーからツインレーザーのような細くて青いレーザーが6方向に放射しているアイコンが表示される。ついで機械的な声が兵装の名前を告げた。

 

『NEEDLE CRACKER』

 

 ふむ、「ニードルクラッカー(※1)」が来たか。ツインレーザー状の細いレーザーにホーミング機能を付加させたものだが、不発に終わったオーバーウェポン状態のハンターが引き金になったというのだろうか? まさか自分の攻撃が鍵になっていたとは……。

 

「反撃開始だ!」

 

 詰んでいたところの救いの一手。活用しない手はない。持ち前の機動力で連なる弾幕を避けると、再び同じような攻撃を仕掛けてくる。

 

 縦穴狭しと銀翼を飛行させてパルスィをかく乱させると、覚えたてのニードルクラッカーをばら撒いていく。ハンターとは違い素直な弾道で標的を狙ってくれる青い光の針。

 

 ふわりとした挙動で6本の光がアールバイパーの周囲に配置されると嫉妬妖怪を貫いていく。効いているようだが、次の瞬間機体が大きく揺れた。くそっ、被弾したか。どこから?

 

「ちっ! そういうことか」

 

 よく見ると壁に着弾した弾幕が乱反射して空中を漂っているようであり、その1つに突っ込んでしまったらしい。どうにかバランスを取り直すと再び逃げ回りながらニードルクラッカーを撃ち込む。

 

 ホーミング性能はそこまで高いわけではないが、パルスィはこちらを狙い撃つのに手いっぱいなのか、微動だにしていないようで、確実にダメージを与え続けている。

 

「その機動力が妬ましいわね。どうにかしてとっ捕まえたいわ。花咲爺『シロの灰』」

 

 再び行われたスペル宣言。微動だにしなかった彼女はゆらりゆらりと左右に揺れながら、相も変わらずこちらを狙ってくる。今度はアールバイパーがすっぽりと入ってしまうほどの大玉であった。

 

「やっていることは同じじゃないか。その程度の動きならニードルクラッカーでも捕捉できるぞ!」

 

 狙いをつけられないように縦穴狭しとぐるぐる飛び回る。どうやらあの大きい玉が通り過ぎた場所は桜の花をモチーフにした弾の壁が形成されるようであるが、そんなものではこちらの動きは止まらない。

 

「アズマさんっ、前を見て!」

 

 不意に迫る桜の壁。どうやらしばらくは残るようであり、気が付くと壁だらけになっていた。これでは思うように動けない。

 

「捕まえたわ。いくら素早くてもこれでは動きようがないわね。彼女と2ケツだなんて妬ましい……」

 

 狙いすましたかのように大玉をぶつけてくる。あのサイズではレイディアントソードで斬り払うこともままならないだろう。こうなったらイチかバチか……。

 

「リフレックスリング!」

 

 壁に逆回転のリングを突き刺してこの桜の監獄を抜けようと試みる。……が、壁まで届かない! 虚空を空しく左回転するリングは再び持ち主である俺の元に戻ろうとしていた。

 

 まずいっ。リングを戻すまでに大きな隙が出来る。このままではあの大玉の餌食になるのは明白。焦った俺はスペルカードを発動する余裕もなく……そうだ、今は白蓮が機体にいるではないか。意識を集中させればあの時のように紫雲のオーメンのような弾幕が……。

 

 ドクンと胸を打つ心の臓、俺の脳味噌だけが白蓮と、そしてアールバイパーと一体化する感覚。来たっ! 俺は白蓮の力を引き出したんだ。常人が膨大な魔力にさらされた時のあの吐き気のするような感覚、間違いない。白蓮、また力を貸してくれるのですね。ならば、俺はそれを放つまでだ。

 

「魔法『紫雲のオーメン』!」

 

 息苦しい程に増大した魔力を飛ばしたリングに流し込むイメージを何度も脳内に描く。これであのリングから多量の弾幕が発生して今の状況に対抗できる……。

 

 いや、結論から言うとそれはあり得ないことであった。今射出しているリフレックスリングは逆回転、つまり物体を引き寄せる方向に魔力のベクトルが働いているという事だ。これでは弾幕を放つことは出来ない。むしろ敵弾を集めてしまう……。

 

「しまった……」

 

 だが、一度勢いのついた魔力は急には止まらない。恐ろしい程にギュインギュインと唸りをあげて回転するリングにパルスィの弾幕が、余計な瓦礫が、そして漂っていたバイド粒子が集まっていく……。

 

 冷静に考えれば回転方向を逆にしてやればいい。だが、いくら念じても白蓮さんの膨大な魔力を流し込んで暴走したリングはもはや制御がかなわない。あらゆる塵や弾幕を吸い寄せて黒ずんでいた塊はエネルギーが過剰に放出されているのか、オレンジ色の光を放ち始めた。

 

「まずいぞ、あれだけのバイド体が一気にぶつかってきたら……」

 

 オレンジ色に発光するバイド体が一気に銀翼に引き寄せられて……ん? どこかで聞いたような響き。これってもしかして……。

 

「こ、これは……!」

 

 あれだけゴミの集まった塊はエネルギーを発し始め、それに伴いオレンジ色に発光し始めた。そしてその球体は今まさにアールバイパーの目の前で浮遊している。その禍々しい3本の爪を勝手にギチギチと蠢かせながら。

 

「あれは『アンカーフォース(※2)』。バイド粒子を集め、それを限界まで圧縮することでフォースを即席で生成したというのか!?」

 

 あまりのバイド係数の高さから光学チェーンで繋ぎながら運用するフォース、そのアンカーフォースが俺の目の前にあるのだ。

 

 弾幕や敵に貪欲なまでに喰らいつき、己の力にするまさに人類が制御するバイド。それがフォースである。特にこのアンカーフォースは見ての通り、標的にその爪が深々と突き刺さって、一度喰らいついたらなかなか離れない凶悪なフォースである。

 

「アズマ殿、そのフォースの使い方は分かっているのか?」

「ああ、俺も今すぐ試してみたい」

 

 普通の弾幕ごっこではこんなの禁じ手だろう。だが、今は一刻の猶予も残されていないのだ。何もかもが手遅れにならないようにするためにも、俺はこんなところで時間を潰している暇はないっ! 悪いが今はこいつを使わせてもらうぞ。

 

「禁術『アンカーフォース』!」

 

 本能的感覚で危機感でも覚えたのか、嫉妬妖怪はデタラメに弾幕を展開する。自らを中心に花火のように拡散するそれは特に趣向も凝らしていないもの。俺はその真っ只中でリフレックスリングを射出した。

 

 解き放たれると共に狂えるケダモノは唸りをあげて標的めがけて飛び掛かる。無数に放射状に広がった弾の壁を打ち破りながら。

 

「ひぃっ!?」

 

 その正体を知らないものにとっては悪夢以外の何物でもないだろう。いくら弾幕を浴びせてもそれを吸収し、ただただこちらに食らいつく無慈悲なケダモノなのだから。今も3本の爪をまるで猛獣の牙のようにガチガチと鳴らしながら、嫉妬妖怪に食らいついていく。

 

「これくらいでいいだろう。フォースを呼び戻す……くそっ、こいつ命令を受け付けないぞ!」

「暴走しているのか? まるで『カロン(※3)』のフォースだな」

 

 まずい、このままではバイドの犠牲者がまた……と思った矢先、暴走したアンカーフォースは急にドロリと溶けて、そして消えてしまった。

 

「やはり急ごしらえのバイド体では長時間の維持は無理か。生成した直後から激しく劣化を起こしていた」

 

 つまりあのアンカーフォースは一度射出しただけで暴走する上に、生成直後から激しく劣化しているので短時間しか運用できないという色々な意味で欠陥品という事らしい。

 

「今のもバイドの力? これ以上ならず者を地底に向かわせるわけには……」

 

 再び攻勢に出ようとするパルスィが懐からスペルカードを取り出そうとした。だが、それよりも早く周囲に異変が生じ始めていたのだ……。

 

「ぐっ、まただ。また見えない力に引き寄せられる……!」

 

 この地底で働くバイドだけを本能的に引き寄せる力。ジェイド・ロス提督が言うにはそれが今まさに発生しているのだという。確かにバイド艦隊も周囲を漂うバイド粒子も地底へと落ちていくように見えた。

 

「我々よりも頭上に注意するんだ。またバイドの種子が降り注ぐかもわからない!」

 

 見上げると薄暗い中で漆黒の隕石がすさまじい勢いで落ちているのが分かる。被弾しそうなものはあらかじめニードルクラッカーで迎撃するが、なにぶん数が多すぎる上に……

 

「アズマさんっ! 一際大きな隕石が……。まるで天井が落ちてくるようです!」

 

 一際周囲が暗くなったかと思うと俺のすぐ脇に特大の隕石が、それこそ縦穴ギリギリの大きさの巨大なバイドの種子が降り注いできたのだ。大きいだけではない、非常に長いのだ。

 

「くっ、回避できない!」

 

 縦穴の隙間に身を隠す俺達であったが、手負いのパルスィと元々巨大な体を持つコンバイラは回避のしようがない。このままでは巨大隕石の直撃を受けて二人とも叩き落とされてしまう。

 

「パルスィ、こいつにつかまれ!」

 

 手負いの彼女を逆回転リフレックスリングで確保。すんでのところで隕石の直撃は免れたものの、当の本人はこちらを鋭い目つきで睨み付けている。

 

「敵だというのにアッサリ助けちゃうその優しさが妬ましい……」

 

 リングにとらわれながらブツブツと悪態をつく妖怪はどうでもいい。コンバイラタイプのバイドはそのまま直撃して地底に叩き落されてしまったのだ。

 

「ジェイドさーーーーん!」

 

 まずい、早く助けに行かないと。しかしそれはかなわないようだ。というのも、この隕石はただのバイド体を凝縮させた物体というわけではなさそうだからだ。

 

「緑色。こんなにでっかい緑色……。次から次へと何なのよもう……ぐすん」

 

 妬むことすら疲れたか、シクシクと泣きながら現状を嘆いているパルスィ。そう、こいつは超巨大バイドであったのだ。

 

 常識を逸脱した超巨大戦艦、噂ではどことも知れない文明の築き上げた兵器のなれの果てとも聞く緑色をした地獄の業火。間違いない、こいつの正体は……。

 

「グリーン・インフェルノ(※4)……」

 

 頑丈な上にバイドならではの再生能力を付加した艦首の主砲、不気味にゆっくりピストンする棒状の動力炉、無暗に近寄るのは自殺行為なゴテゴテと配備された対空砲、そしてその巨体を支えるためのブースターさえも己の武器としてしまう超巨大戦艦、もちろんその巨体による体当たりも脅威的なのは言うまでもない。

 

 このグリーン・インフェルノもバイドの本能のまま、まるで落っこちるように地底に向かっているんだ。

 

「この先は旧地獄市街地なのよ! あんなのが落ちてきたらそこに住む鬼たち、そして勇儀が……」

 

 友人が住んでいる町でもあるのだろう。リングにとらわれながらもギャアギャアと泣きわめく橋姫。落ち着かせるために白蓮さんと入れ替わりでアールバイパーに格納する。

 

 ゴテゴテと配備された砲台に狙われぬように、その巨体をかすめるように背後(といってもグリーン・インフェルノは落ちるように進軍しているようなので、厳密には上部)を取る。ブースターから発せられるバックファイアが爆音とともに周囲を焼くチリチリという微かな音を立てる。それだけ肉薄しているのだ。

 

「こんな規格外のサイズのバイドまで……。このままでは地下都市が……」

「分かっている。動力炉を叩いて何としても撃墜させよう」

 

 操縦桿を握り直すと緑の怪物と対峙する。




(※1)ニードルクラッカー
アクスレイに登場する兵装の一つ。若干のホーミング性能を持った細いレーザーを放つ。
威力は弱弱しいが連射がきく。

(※2)アンカーフォース
R-TYPE⊿に登場するケルベロスの装備するフォース。3本の爪が付いているのが特徴で、一度喰らい付くと倒すまで離さない。
バイド係数が高すぎて光学チェーンで繋いでいないと暴走してしまう。

(※3)カロン
R-TYPE FINALに登場するケルベロスの後継機。更にバイド係数を高めたアンカーフォース改を装備しているが、チェーンがあっても時々暴走してしまう。

(※4)グリーン・インフェルノ
R-TYPEに登場する超巨大戦艦。画面全体に収まりきらないボスのパイオニア的存在。


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第4話 ~地底を進む緑の業火 後編~

シューティングゲームにおける「画面に収まりきらないほどの超巨大ボス」のパイオニア的存在であるグリーン・インフェルノ戦のノベライズ!


 今も地底に向けて進撃を続けるグリーン・インフェルノを撃破して、突き落とされた提督を救出、ひいては旧地獄市街地への被害を最小限に食い止めなければならない。

 

 その為にはどうするべきか、答えは考えるまでもなく俺の目の前で爆音を上げている奴を破壊する……で間違いないだろう。

 

 あれだけの巨体を持ちながらも高速で航行する機動力、その原動力の1つであるブースターである。あのブースターを破壊すればある程度は動きも鈍くなるだろう。

 

 今もバックファイアを噴出させるブースター。十分に安全な距離を取ったうえでニードルクラッカーを発射する。炎の吹き出ないタイミングを合わせたのだが、予想外の反撃に銀翼が大きく傾く。

 

 ブースターからエネルギー弾を3方向に放ってきたのだ。恐らく余剰エネルギーか何かを攻撃に転用しているのだろう。とっさに回避行動によって直撃こそ避けたものの、その弾道は大きくそれてしまった。

 

 普通ならこちらの攻撃も外れるところだが、そこはニードルクラッカー。細長い青き針は的確にブースターへと突き刺さっていく。しかしブースターはビクともしない。

 

 そうしているうちに二度目のバックファイア。今度はその炎に焼かれないギリギリを飛行、急接近しレイディアントソードで切り払った。再びの3way弾を警戒し宙返りしつつ大きく距離を取る。

 

 振り向くとブースターは本体から剥がれ落ち、爆散した。これで機動力が落ちたはずだが、安心したのもつかの間、ゴッテリと配備された砲台がその奥に控えており、執拗に銀翼を狙って砲撃してきたのだ。

 

 この場所にいるのは危険だし、いつまでもここを攻撃していても決定打は与えられないだろう。

 

 このデカブツの艦橋、その先にある動力部を破壊すれば爆散するであろう。直接そこへ向かうことが出来れば手早くコイツを倒せるだろう。

 

 だが、あんな対空砲がゴテゴテと配備された機体上部は危険だ。確かこいつは下からもブースターでその巨体を持ち上げていた筈である。

 

 更に安全策をという事で、俺はそちらのブースターを叩いてさらに機動力を削ぐ作戦に出た。それに元のゲームでも確か下側から攻めてたからな。

 

 さすがに上の対空砲ほどではないが、数多くの砲台がこちらを撃ち落とさんと砲撃を開始してくる。しかし弾幕ごっこでの物量には遠く及ばない。更にこちらの主武装はある程度のホーミング能力を持ったニードルクラッカー。回避に集中してもちゃんと標的を叩いてくれる。

 

「ニードルクラッカーを喰らいやがれ!」

 

 トリガーを引き無数の砲台めがけて青い針を撃ち出す……が、どういうわけかあらぬ方向に分散してしまい、まともな火力が叩き出せない。ちっ、ターゲットが多すぎる上に硬いからな。

 

 ハンターもまともに使えないとなると通常ショットで一つずつ潰していくほかない。装備を変更させると砲台に照準を合わせるが、あちらの方が早くこちらを捕捉し砲撃してくるのでまともに攻撃に入れない。

 

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 無数の砲撃に晒され回避もままならない中、この状況を打破する機械音が響く。

 

『You got a new weapon!』

 

 ニードルクラッカーに続き新武装を得たらしい。ディスプレイを見るとダブル系兵装の部分にモザイクがかかり、エルフ耳の金髪少女が一瞬映し出される。間もなくしてアールバイパーのものに切り替わり、前方と別の方向にショットを発射しているアイコンに切り替わった。

 

 これはもしかしてもしかすると……。

 

『FREE WAY』

 

 コイツは「フリーウェイ(※1)」だ。前方だけでなくてアールバイパーを操作している方向にも別にショットを放てるという玄人向けの兵装。

 

 ニードルクラッカーのように全方位を攻撃可能であるが、その違いは自分で狙いを定めないといけないこと。手間はかかるがそれは逆を言うと……。

 

「自分で狙いを絞ることが出来る。そういうことだな?」

 

 キャノピー越しの視界に電子のノイズが走り始めたかと思うと、一瞬だけ真っ暗になった。その直後、再び視界が開けた。

 

 さっそく奴のブースターに狙いを定める。ちょうどアールバイパーから見ると真上に当たる場所でこちらを焼き尽くさんとしている。

 

 俺はロックオンサイトを上に動かすと視界もそれを追いかけるように切り替わっていった。驚きのあまりそのまま狙いを定めることなくカーソルを上へ上へと動かすと、視界もまたグルンと一回転した。

 

 どうやら合成映像へと切り替わったようであり、あらゆる角度を視認できるようになっているみたいである。なるほど、360度好きな場所を目視しつつ攻撃出来るというわけだ。

 

「ネメシス、コンパク、反撃開始だ!」

 

 オプション達を呼び出して「スペーシング」のフォーメーションを取ると、改めて照準を覗き込む。グルンと視界を回転させ、同じくこちらを狙う補助ブースターにカーソルを合わせる。お互いに激しく移動している身、照準が頻繁にブレてしまうので、確実に当てるようにアールバイパーを標的に向けてわずかに接近させた。

 

「今だっ!」

 

 グリーン・インフェルノが噴射を始める前にこちらから狙いすました一撃をお見舞いする。もちろんオプション達も一緒に。見事にクリーンヒット。ブースターは音を立てて崩れ落ちていった。

 

 すぐにバランスを崩したのか、緑色のゴツい巨体がまるで落ちるようにこちらに迫ってきた。このままだと押しつぶされてしまう。

 

「ど、どうするのよ!?」

 

 後ろで喚くは嫉妬妖怪。だが、俺は冷静さを失わない。再び他の補助ブースターに狙いを定め、これを破壊。これによってアールバイパーが潜り込むほどの隙間を確保した。すかさずそこに逃げ込むことで圧死を回避した。

 

 ガリガリと岩肌を削り取る鈍い音が響きわたる。しばらく騒音を掻き鳴らしたのちに、不意に音が途切れ、目の前に空間が開けた。よし、脱出しよう。

 

 お互いに落下しながらの戦闘。後ろの嫉妬妖怪によれば、この縦穴の向こう側に都市があるのだという。到達する前にこいつを仕留めなければいけないのだが……。

 

「でかい……」

 

 アールバイパーから見て真上にゴツい黄色い装甲とこれまた強烈な主砲がズラリと並んでいた。時折火の玉を放っており、砲撃の度に空気が震える。喰らわなくてもわかる、半端ない威力のようである。

 

 あの主砲の目の前に何の対策もなしに飛び出すのは自殺行為だ。まずは無力化しなければいけない。ロックオンサイトを忌々しい主砲に合わせ、フリーウェイを放つ……が、びくともしない。圧倒的に火力が足りていないようだ。

 

 続いてレイディアントソードを取り出し斬りつけようと試みる。青い刃が砲台を1つ打ち壊した。崩れ落ちる残骸を回避し、再び斬撃を加えようとするも、他の主砲に狙われていることに気が付き、一度離脱する。

 

「狙われている!」

 

 容赦なく火の玉がこちらに襲い掛かってきた。やむを得ない。レイディアントソードで斬り落として……、いや駄目だ。炎を刀で斬ることが出来ないように、この弾も斬り落とすことが出来ないようである。刃をすり抜けた火の玉が銀翼を焼き始めた。

 

「ぐわぁっ!」

 

 グラグラと揺れる機体。弱まるジェットエンジンの音。どうやら噴射口を損傷したようであり、機動力を大幅に失っていることが分かる。追撃をかけんと言わんばかりに頭上(アールバイパーから見ると背後)から巨体が近寄ってくる。

 

 先ほど破壊した主砲も復活してこちらを撃ち落とさんとその砲口を容赦なく銀翼に向けてくる。反撃も回避もままならないだろう。だが……

 

「ただ指をくわえて死に行くのは御免だ。せめてもの抵抗、させてもらうぞ!」

 

 しかし逃げながら狙った場所にフリーウェイを当てるのは至難の技。あらぬ方向へショットが飛んで行ってしまう。どうにか逃げながら攻撃する手段はないものか……。

 

「賭けになるが……。操術『オーバーウェポン』!」

 

 フォーメーションを「ローリング」に変更後、俺の周りをぐるぐる回転するオプションから魔力を集め、フリーウェイを喰らわせる。凄まじい勢いでショットが連射されていく。……進行方向、つまりグリーン・インフェルノとは真逆の方向に。

 

 駄目だったか。オーバーウェポン状態で使うことでショットの射出方向が反転するのではという淡い希望を持って試みたものの、結局ショットが目当ての場所へ飛んでいくことはなかった……。

 

「ちょっと、後ろで何が起きているのよ!?」

 

 起死回生を狙い試みたオーバーウェポンも無意味と悟り、オプションを格納しようとした矢先のことであった。背後からキンキン声でまくしたてるのはパルスィ。何事かと背後に目をやると……。

 

「こ、これは……!」

 

 信じられないものを見てしまった。進行方向とは真逆の方向にショット「は」放たれなかった。kロエは扇のように拡散するのはミサイルだろうか。いままでのアールバイパーでは考えられない程の物量で小型ミサイルが進行方向とは真逆の方向に連射されているのだ。

 

 5方向に拡散した実弾兵器がグリーン・インフェルノの主砲に一直線に突っ込み損傷を与えていく。着弾するたびに爆破されるわけだからうるさいことこの上ない。

 

「そうか、フリーウェイといえば……」

 

 俺はアールバイパーの祖であるビックバイパー以外に同じ名前の武装を使用する機体があったことを思い出した(同じ名前なだけで、別物であるのだが)。そう、「ライネックス(※2)」である。進行方向に通常ショットを、その反対方向に5方向に拡散するミサイルを放つ全方位武器。

 

 この前の「重銀符『サンダーソード』」といい今回といい、オーバーウェポン状態になると妙にライネックスが関わってくるな……。ライネックス自体はオーバーウェポン使わないのに。

 

 とにかくあとは対空砲を蹴散らしてあのピストンする機関部を破壊すればこいつは無力化するだろう。さあ、もう一息だ!

 

 フラフラと機体を微調整させ、前方から機関部に接近しようとするが、対空砲に阻まれてうかつに近寄れない。フリーウェイで狙い撃とうにもグリーン・インフェルノの装甲が邪魔で有効打が与えられないのだ。

 

 そうしているうちに真っ暗だった前方にぽつりぽつりと光がともっているのが見えてきた。

 

「あれは旧地獄市街地。もう時間がないわ!」

 

 このままだと地底の都市がメチャクチャになってしまう。あ、焦るな俺……。焦ってもいい結果は得られない。ここで不用意に接近しても蜂の巣にされるだけ。じっくりと隙を見計らい……。

 

「聞こえるかアズマ殿? またバイドを引きつける不可視の力が流れている!」

 

 はるか上方でゲインズの無駄に畏まった声が響いたと思った矢先、グリーン・インフェルノは加速、いや、正しくはより速く落下しだす。まずい、機関部に近寄ったはいいが、これではいい的でしかない。

 

 どうすればいい? 悠長にフリーウェイで狙いを定めるのは自殺行為だし、自動で敵を狙うニードルクラッカーなら気軽に使えるが、これでは火力が足りないだろう。サイビットでは遠くの砲台まで届かないしそもそも全部を倒しきれないだろう。レイディアント・スターソードなら火力はあるが、攻撃範囲の狭さは変わらない。いったいどうすれば……。

 

 考えろ、考えるんだ俺……。いや、こんなことしている場合ではない。こちらを狙った砲台が一気に砲撃を開始してきた。なんでもいい、とりあえずスペルを発動しないと……。

 

 何かないのか、まるで意志を持ったかのように敵という敵を薙ぎ払うような、それでいてもっとも重要な場所を狙ってくれる都合のいい武器が……。

 

……あった。あったぞ! パルスィがこちらに不意打ちする際に放った緑色の長い怪物。アレを再現すれば……。

 

 再び俺はオーバーウェポンを発動させる。そして使用するスペルは……操術「オプションシュート」。これを可能な限り同時に発動する!

 

 アールバイパーの周囲を回転するオプションが一際オレンジ色に輝く。そのまま回転速度も上昇し、光の点が繋がり線となった。有り余る魔力の塊がブンブンと唸りをあげる。その音もだんだんと甲高くなり、まるで龍の咆哮のように大きく地底で響き渡った。オレンジ色をした光の線はいつしか胴の長いドラゴンの姿と化していた。

 

「これは……。そうだ、間違いないぞ。これこそ俺の新スペル!」

 

 銀翼を中心にとぐろを巻くようにグルングルン回転する光の龍は襲い来るグリーン・インフェルノの砲撃を俺に代わって受けている。もちろん龍はこの程度では止まることなどない。

 

 一通り相手の攻撃がやんだ瞬間を見計らい、俺はこの新しい必殺技の名前を声高らかに宣言した。

 

「重光龍『ドラゴンレーザー(※3)』!」

 

 掛け声に応じるがごとく、漆黒の闇を光の龍が俺のもとを離れ飛翔する。砲撃などものともせず、貪欲に緑色の巨体に食らいついていった。

 

 ごってりと配備された脅威はドラゴンレーザーで全て焼き払われ、無防備に弱点である機関部を晒す形となっている。

 

 機関部がせり出した瞬間を狙いとどめの一撃を浴びせんと、俺は慎重に幅寄せをした。今や目と鼻の先。お互いに落下している身、少しでも操縦を誤れば大惨事は免れないだろう。

 

 ジリジリと更に接近するが、あと少しで間合いに入るというところでどうしてもまごついてしまう。やはり精密な操作は難しいか。

 

 そうしているうちに、狭くて長かった縦穴は終わり、ぽっかりと開けた空間に出てきてしまった。眼下に広がる無数の光は町のもの。

 

「駄目だ、間に合わない……!」

 

 このままでは地下都市が巨大バイドの手によって蹂躙されてしまう……!

 

 巨体の影がアールバイパーの頭上に落ちる。もはや惨劇は避けられないのか?

 

 いや、違う。広々とした空間に出たグリーン・インフェルノは俺と同じくらいの高度で飛行している。ではいったい何が真上にいるというのだ……?

 

「いけませんねぇ。聖もアズマも、幻想郷中を巻き込む大異変だってのに自分達だけで解決しようだなんて水臭いではありませんか」

 

 見上げると巨大な木の船がまるで踏みつけるようにグリーン・インフェルノに体当たりを仕掛けたではないか。さすがの巨大戦艦もこの鈍重な一撃を食らうとフラつく。あれは……聖輦船だ。ムラサ達が俺達を追いかけて幻想風穴に突入したのだろう。

 

「さすがだぜ、キャプテン!」

 

 新たな標的を認知した緑色の地獄火は残った砲台を聖輦船に向け、砲撃。うなりをあげて聖輦船の胴体を貫かんとするが、ムラサが取り出したアンカーがこれを防いでしまった。彼女は不敵な笑みを浮かべながら、アンカーを向ける。

 

「船幽霊に会ってしまったのが運の尽き。どんな屈強な戦艦も沈めてしまうのさ。相手が悪かったわね、バイドの戦艦さん」

 

 親指で喉を掻き切るようなジェスチャーを見せた後、躊躇することなくアンカーを一直線に飛ばす。ジャラジャラと鎖がやかましい音を立てながら、確実にバイドの弱点である機関部に向かっていた。

 

 そしてグリーン・インフェルノの機関部に深々と突き刺さるアンカー。あまりの威力に機関部を破壊するだけに至らず、その船体を真っ二つにへし折ってしまった。

 

「ヒュー! 今のムラサ、めっちゃカッコいいぜ!」

 

 さすがのバイドも機関部を失って真っ二つになったらひとたまりもない筈だ。今もそれぞれのパーツが爆発を起こしながら空中を漂っている。これが海の上ならそのまま轟沈といったところだろう。さて、こいつは放っておいて、地底に叩き落されたジェイド・ロス提督を探さなくては。

 

「おお、助けが来た。私はここだ」

 

 程なくして頭が地面にめり込んでいるコンバイラを発見。ムラサが先程のアンカーで引っ張り上げようと狙いをつける。

 

 ブンブンと振り回される錨はそのまま提督めがけて……いや、大幅に右側に逸れた。

 

「なっ……コイツまだ生きていたのか!」

 

 見ると聖輦船がグリーン・インフェルノのバックファイアを喰らい、そのどてっ腹に大穴を開けていたのだ。

 

 なんということだ、俺は何度も目の当たりにしていて知っていたはずだというのに! この程度で黙るほどバイドどもはヤワではないのだ。

 

 真っ二つになった緑色の巨体がまるで何かに操られるかのようにフラフラと浮遊すると、こちらを取り囲むようにゆっくりと回転を始めたのだ。破壊したはずの砲台もいつの間にか復活しており、こちらを撃ち落とさんと砲撃してくる。

 

 聖輦船は聖輦船で揚力を失ったらしく、どんどんと高度を下げている。

 

「ゴメン、離脱するわ。どこか安全な場所に不時着を!」

 

 我らがキャプテン自らが舵を取り、おぼつかない挙動で旧地獄へと降りていく。俺は追撃させまいと割れたグリーン・インフェルノの相手をすることにした。

 

「これは……何と面妖な! ジェイド殿、ジェイドどのー!」

「ムラサぁっ、大丈夫ですか!? 私も今そっちへ向かいます!」

 

 巨体に阻まれて後れを取っていたゲインズと白蓮も合流。聖輦船は少女達に任せよう。俺達は奴を仕留めることに集中するべきだ。

 

 とはいってもまたあの機関部を機能停止に追いやればいいだけなのだが。指揮系統も混乱しているらしく、狂ったように見当違いの方向に砲撃を繰り返している。さっさと倒してしまおう。

 

「ニードルクラッカー装備!」

 

 一度ボロボロになった体はさほど耐久性も高くないのか、砲台はこの程度の火力でも次々と潰れていく。そのままふよふよと回転するグリーン・インフェルノの片割れは機関部をアールバイパーに晒した。

 

「ここで決める。レイディアントソード!」

 

 一気に接近して青い刃で一閃……するも、さすがに一撃では破壊できない。何度も斬りつけていればいずれ沈むだろう。グリーン・インフェルノの機関部自体も必死に抵抗するために青いボール型の弾を噴射させるが、すべてレイディアントソードの錆にしてやった。俺は気にせずに斬撃を放ち続ける。

 

「しぶとい奴め。だが、これで終わりだっ!」

 

 一際気合を入れて刃を振り下ろす。棒状の機関部が一瞬真っ二つになり、直後爆炎に包まれた。俺も巻き込まれないように宙返りし、離脱。背後では炎上しつつ墜落する緑色の戦艦が一瞬見えた気がしたが、間もなく跡形もなく爆発してしまった。

 

 振り返るとムラサのアンカーと白蓮さんの腕力(!)によって地面にめり込んでいたジェイド・ロス提督を救い出そうとしている姿を目にした。

 

 アンカーが地面に突き刺さり、その巨体を持ち上げようとする。白蓮さんは身体強化の魔法でも使っているのだろうか、やはり引っ張り上げようとしていた。そんな中、ゲインズはたどり着いたはいいものの、まごついているようである。いや、気持ちは分かる。

 

 そしてここで異変が起きる。背後で大きな爆発が起きると、アールバイパーも墜落していったのだ。くっ、やはり受けたダメージが大きかったか。

 

 どうにかバランスを取ると、同じく大破した聖輦船の傍に不時着。その様子に気が付いたのか炎上するバイパーに思い切り水を噴射したのがにとり。どうやら聖輦船に一緒に乗っていたようである。

 

「お疲れ様。アズマがバイド倒しに地底に行くっていうんで、いてもたってもいられなくなってね。キャプテンと相談して支援することになったんだけれど、どうやら正解だったようだ」

 

 火の気の失せた銀翼から這い出ると今まで自分が搭乗していたアールバイパーを見る。確かに後ろの方が黒く焦げてしまっており、非常に痛々しい。聖輦船と同じく修理する必要もあるだろう。

 

「ほらね。修理は水回り系妖怪二人に任せて、あの赤い提督のところに行ってやりなよ。まだひっくり返っているみたいだし」

 

 ムラサが聖輦船を、にとりがアールバイパーの修理に専念するようだ。さて、俺はもう一つの戦艦の安否を確認しないといけないが。見るとようやく救出できたようであり、今も頭に土がくっついたままのジェイド・ロス提督がすまなそうにしていた。

 

「いやはや酷い目に遭った……。そうか、アズマとその仲間達があのグリーン・インフェルノを撃破したのか。我々は軍隊だというのに大して役に立てず、すまない……」

 

 コンバイラタイプのバイドの頭をゲインズが払いのけている。提督は特に気にするそぶりもなく状況を確認しつつ続ける。

 

聖輦船(友軍)も銀翼もかなりのダメージを負ってしまったようだな。私も叩き落とされた衝撃でまだ頭がくらくらする。ちょうど町もあるようだし、しばらくここで体勢を立て直すべきだ」

 

 確かに、生身でも戦闘の出来る白蓮さんやバイド達はいいのだろうが、こんなでっかい船を放置するわけにもいかないし、特に俺なんかはアールバイパーがなければただのお荷物だ。そういえば俺は地底のことをよく知らないし、今は進軍を中断すべきという案には賛成であった。

 

 特に反対するものも他におらず、俺達は旧地獄市街地にてしばしの休息をとることとなった。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃地底某所……)

 

 無数のマグマの河川が縦横無尽に広がる地殻の下。そのマグマの流れの隙間があった。よほど溶岩の動きが活発なのか、上から下から火山弾が噴き出るまさに地獄と呼ぶにふさわしい場所。

 

 そのマグマの噴出口を見事に避けながら猫車を引いていく赤毛の少女の姿があった。おそらく地上での仕事を終えて住処である地底へと向かう途中なのだろう。

 

「やっぱりこの近道はあたいくらいしか知らないようだね」

 

 時折揺れる地面にも動じず、飛んでくる大岩をスルリと避けて、ひた走る。そして開けた場所までたどり着いた。

 

「また……だね」

 

 真っ黒い隕石もといバイドの種子が今も地底へと降り注ぐ。そのまま地面と衝突すると思った瞬間、急に方向転換をはじめ、一つの火山の火口へと潜り込んでしまった。

 

「地上の奴らは隕石だって騒いでいるけれど、あれは違う。あれは……」

 

 ポツポツと一人で口にしていると、ひときわ大きく地面が揺れ、火山が噴火した。

 

「前よりも激しくなっているね。いったいあたいはどうすれば……?」




(※1)フリーウェイ
グラディウスIIIに登場した兵装。前方と最後に移動した方向に1発ずつショットを放つ。
使いこなせればあらゆる方向を攻撃できるが、自機を固定して発射角度だけ変えるということが出来ないので扱いづらい。

(※2)ライネックス
サンダーフォースIVの主人公機。この機体も「フリーウェイ」という名前の武器を装備しており、アールバイパーの使うオーバーウェポン版フリーウェイの元ネタはこちらが使うものである。

(※3)ドラゴンレーザー
トライゴンに登場する兵装。いわゆるボムアイテムの一つであり、発動すると金色の龍がしばらく自機周囲でとぐろを巻いた後、敵目がけて一定時間、体当たりを仕掛ける。
ザコ敵に囲まれたときはもちろん、ボス戦でも活躍できるが、一部のボスには全く通用しないので注意。
ちなみに遊戯王カードにもなっている。


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第5話 ~旧地獄街道を行く~

ここまでのあらすじ

 バイドを連れて地底を侵略しようとした犯人と間違われ「水橋パルスィ」と交戦することになったアズマとジェイド・ロス艦隊。
 
 その戦闘の最中、超巨大バイド「グリーン・インフェルノ」が地底目指して落下するかのように進撃。新しい兵装を手にしたり、途中で加勢した聖輦船に乗ったムラサ船長の助けもあってこれを撃破するも、聖輦船もアールバイパーも大破してしまった。

 修理が済むまで地底を探索して情報を集めることにしたのだが……。


 プスプスと黒煙を上げていたアールバイパーはにとりの手によって今も修理を受けている。ムラサ船長が乗っていた空飛ぶ船「聖輦船」も同じく。それに加えてジェイド・ロス提督もまっさかさまに落ちて地面に頭をぶつけたので今も本調子ではないという。

 

「うう、随分強烈にぶつかったからな。私がバイドでなければ即死だった。とはいえ、私の都合に合わせてもらって申し訳ない……」

 

 今もふらつく赤い巨体は白蓮やゲインズの手によって支えられている。誰もが満身創痍、そんな感じだ。

 

「俺の都合もあるし、みんなも迂闊に進軍できないんだよ。提督が悪いわけじゃない。それだけあのグリーン・インフェルノは強大な敵だったって事さ」

 

 生身ではまともな戦闘など出来ない俺を置いて進むことは出来ない。俺もいずれ始まるであろう激闘に備え、体を休めておきたいところだ。しかし俺はある異変に気が付く。

 

「あれ、パルスィは?」

 

 先程まで共に銀翼に搭乗していた嫉妬妖怪の姿が見えないのだ。まさかあの「勇儀」とかいう友人に会いに行っているのではないだろうか? この市街地だって既にバイドが潜んでいる筈。どこで凶暴なバイドに襲われるかわからないような場所だ。

 

 まともに動けるのは俺だけだな……。彼女だって手負いの筈だ。危険ではあるが連れ戻さなくては。俺は旧地獄市街地を探索する準備を始めた。

 

「ヒトリ、アブナイ。イッショニ、イコ」

「……(こくこく)」

 

 出発しようとした矢先、バイパーのオプションであるネメシスとコンパクが申し出る。そうだった、俺はバイドどころか元々ここに住んでいる妖怪に出くわしても危ないのだ。

 

 一礼すると、ネメシスを肩に乗せ、反対側にコンパクを従え、俺は街に繰り出した。

 

 案の定、しばらく歩いて間もなく柄の悪そうなチンピラに絡まれる。辛うじて人の形はしていたが、品性の欠片もない妖怪どもだろう。皆ガッチリとしており、とても俺では太刀打ちできなさそうな相手である。

 

「なんだぁ、ヘンテコなお人形さんを連れてる野郎がいるぞぉ」

「オウオウ、食材のくせして今こっちにガンたれたろぉ?」

「こんなところに丸腰で人間が紛れ込んでくるたぁ、襲ってくれって言っているようなもんだぜ」

 

 わらわらと寄ってくると、逃げられないように取り囲んでくる。思わず「ヒッ!」と小さい悲鳴を上げてしまった。

 

「でもよぉ、野郎なのが勿体ねぇなぁ。これが女だったら()()()()()楽しめたのによぉ」

「いいじゃねえか。躊躇なく腹を満たせられるぜ」

 

 そうやって飛び掛かった一人のチンピラに俺の後ろで控えていた真っ白い霊魂が体当たりを仕掛ける。

 

「ごふっ!? なんだ、今どこから……?」

「……!」

 

 しゅるしゅると回転しながら、俺を守るようにコンパクは居座る。今も威嚇するように体を大きく震わせている。

 

「なんじゃい、このわらび餅は?」

 

 次の瞬間、訝しむチンピラの顔面が大きくめり込んだ。コンパクの突撃によって。

 

「こいつまさかただの人間じゃない……? 妙な霊魂が傍にいるってことは……分かったぞ、こいつは半人半霊だ!」

 

 顔面を殴られて吹っ飛んだ仲間を目の当たりにした他のチンピラがなんか都合のいい勘違いをしてくれている。

 

「なにぃ、半人半霊だぁ? あの武芸に秀でると言われているあの?」

「つつつ……。それじゃあ『テメーらは3人まとめても半人前以下だから、半霊だけで十分だ』ってか? 舐めやがって!」

 

 鼻血をボタボタと垂らしながら今も顔を大きな片手で抑えているチンピラ妖怪は今も鋭い眼光をこちらに向けてくる。こっちの勘違いはちょっと厄介である。

 

「こンのぉ、わらび餅野郎っ!」

 

 再び拳を突き出し突っ込んでくるチンピラだが、同じくコンパクが顔面に体当たりで迎撃。綺麗に決まったらしく、吹っ飛ばされたまま起き上がらない。醜かった顔が更に醜くなってしまっており、それを晒したままノックアウトしてしまったようだ。

 

「あっ、アニキ! ちくしょう、よくも……」

「おい、あいつヤベェよ! 俺達までやられちまう」

 

 なおも激昂する仲間のチンピラ相手にコンパクは大きく体を震わせて威嚇する。その挙動にすっかりビビってしまった二人の妖怪は揃って尻もちをついてしまった。腰が抜けてしまったらしく逃げ出す気配はない。

 

 丁度いい、あまりに情報が少なすぎる。ちょっとコイツらに聞いてみるか。ここにはパルスィの友人であるらしい「勇儀」ってのが居るはずで、あの時の彼女の狼狽えぶりからその勇儀ってのを訪ねている可能性が高いのだ。

 

「おい、人を探している。パルスィってやつの友人に勇儀ってのがいるらしいが何処にいるか知らないか?」

 

 こちらもハッタリで相手をビビらせているだけ。それがバレないようにとなるべく気丈に振舞う。ツカツカとコンパクを従えながら聞き込む。

 

「し、知るわけないだろ! 彼女は『鬼の四天王』の一員なんだぞ。なんでまたそんな方を……?」

「わ、分かったぞ。お前、勇儀さんに試合を申し込みに来たんだな。そんな奴に俺らが敵う訳ないって!」

 

 最初のドスの利いた声からは想像出来ない程の上ずった声。あの狼狽えぶりから嘘をついている可能性は低いだろう。

 

「チッ、もういい目障りだ。そこで伸びてる奴を連れて俺の視界から消えろ」

 

 コンパクが再び体を大きく震わせて威嚇すると、いまだ起き上がらないチンピラを背負って何処かへと逃げてしまった。

 

 3人のチンピラ妖怪が立ち去ったのを確認すると、恐怖から解放されたことから俺の体中がガクガクと震え、立っていられなくなりその場で崩れ落ちてしまった。その様子を見てコンパクが慌てて俺の目線の高さまで高度を下げてくる。

 

「あ、ありがとうコンパク。助かったよ」

「~~♪」

 

 優しく抱きしめながらハンカチで彼女についてしまった汚れをふき取る。そして彼女に支えられるように俺は再び立ち上がった。

 

 なるほど、傍にコンパクを連れていると半人半霊と認識されるようだ。これなら無暗に襲われることもないだろう。安心した反面、アールバイパーやこの可愛いオプション達なしだと本当に自分は無力なんだなぁという事を思い知らされたのであった。

 

 ちょっとしたトラブルに巻き込まれたものの、ただの人間ではないことが周りの妖怪達にも認識されたのか、無暗に絡んでくるような輩はいなくなった。

 

 そんな折に小さな酒場を見つける。鬼と言えば居酒屋なのかな……? とにかく予備知識のない俺にとっては雲を掴むような話。情報収集といえば酒場というファンタジーものの作品の常識にすがって探していかなければならない。

 

 もちろんそんな簡単に上手くいく筈もなく、何軒も回るが芳しい結果は得られない。今度こそと目をつけた少し年季の入った酒場に入る。

 

 暖簾をくぐると喧騒が一斉に俺を出迎えてくれた。ここの妖怪は皆飲んだくれなのだろうか? しかしこれだけ客であふれ返っているが人間は一人もいないのだろう。

 

 適当な酒を頼むと人ごみを掻き分け、店内を見て回……ろうとしたが、その必要はなさそうであった。探し回るまでもない程に目立つ存在と俺は目が合ってしまったのだから。

 

 額に見事な一本角を生やし、豪快に酒瓶の中身をグビグビと飲み干す。水色の着物は少しはだけているのか、胸の谷間が覗いており、目のやり場に困ってしまう。

 

「もしや鬼の四天王……?」

 

 角の生えた酒豪の妖怪といえば地上ではめったにお目にかかれない「鬼」で間違いないだろう。

 

 それらしい角の生えた人なら何人か見かけたが、何というか威圧感が全然違う。傍にいるコンパクも今度は恐怖で小刻みに震えているようだ。

 

 先程絡んできたチンピラどもは勇儀は「鬼の四天王」の一人であるらしいことを口走っていたし、もしかしたらあの一本角の彼女がそうなのかもしれない。

 

 そしてその金髪の鬼と同じ卓で飲んでいるのがこれまた金髪の少女。いつの間にかアールバイパーから抜け出した嫉妬妖怪がそこにいたのだ。泣きながら何かを喚いているようであり、泣き上戸なのだろうがと思ったが、案外先程のバイドの巨大戦艦が怖かったと愚痴っているだけかもしれない。

 

 そうして二人の様子をまじまじと見つめていたら鬼と目が合ってしまった。フウと酒臭い息を大きく吐き出すと、無言で手招きし始めた。これは、大人しく従った方がいいな。俺は警戒しつつ鬼のいる卓へ向かった。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃白蓮達は……)

 

 

 貴方が抜け出したことに気が付き、白蓮さんが探し回るものの、見つかる気配がない。

 

「ハッ! 今とてつもなく嫌な予感が……。アズマさんっ、アズマさーん! いったいどこへ行っちゃったんでしょう?」

 

 恐らくこの後に出てくる言葉は「探しに行かなくちゃ!」であろう。それを遮るのは幾分か気分の良くなったジェイド・ロス提督であった。

 

「ひじりん、貴女はいわばこの艦隊の総司令官。そう軽々と出歩くべきではない。それにひじりんをよく思わない妖怪も少なからずいるだろう。あの土蜘蛛のように」

 

 そうやってコンバイラタイプのバイドに窘められてしまい、しゅんとしょげかえる住職サマ。しかしどうにかして貴方の様子を確認したいという気持ちが崩れることはなかった。

 

「ここはゲインズに向かわせよう。あの機械の体ではそう簡単にバイドだとは分からないだろうし、彼もこちらに来てからロクに手柄を立てていないのですぐに役立ちたいと息巻いているんだ」

 

 呼ばれてもいないのに緑色の機械の体を持ったバイドがジェイド・ロスの目の前に躍り出ると膝をついた。

 

「ひじりん、そしてジェイド殿、ここは某にお任せ下され! アズマ殿の捜索及び救出の任、必ず成し遂げましょう!」

「で、ではお願いしますね」

「御意!」

 

 それだけ告げると踵を返し、飛んで行ってしまった。後に残るのは超時空戦闘機と空飛ぶ船の修繕作業の音のみだ。

 

「……行っちゃいましたね。彼、大丈夫なんでしょうか?」

「私はゲインズを信じている。ちゃんとやってくれるさ。そして、ひじりんのところのアズマも。銀翼がなくとも何か役立とうと奮起したのだろうな」

 

 遠くで揺らめく街の明かりを眺める司令官二人。今も黒い隕石がぽつりぽつりと降り注ぐ様を見、それでも慌てても良い結果は得られぬと自らをさとす白蓮なのであった。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃旧地獄市街地……)

 

 

 いきなりの俺の登場にパルスィは目を丸くして驚いている様子だった。一本角の鬼の方は何やら機嫌よさそうに笑っている。

 

「なるほど、こいつが噂の人間だな?」

 

 大声で人間と言い出すものだから俺は焦った。周囲の妖怪たちの視線が一斉にこちらに向いたのを肌で感じ取れたくらいだ。

 

 こんな妖怪だらけの場所に人間がいるなんてわかれば大騒ぎになるのは火を見るよりも明らか。俺は反射的にこう返した。

 

「ち、違う。俺は人間じゃなくて……半人半霊だ!」

 

 傍を浮遊していたコンパクを両手で掴むと前に差し出してあたかも近くに半霊を漂わせている人間とは別の種族になりすます。

 

「ほぉ……」

 

 感心したかのようなため息が漏れ出たと思った矢先、信じられないことが起きた。次の瞬間にはその鬼が俺の目の前にいたのだ。そして思い切り胸ぐらを掴まれる。

 

「あ……が……」

「そんな人間と幽霊がチグハグな動きをする半人半霊がどこにいる? 覚えておけ、鬼ってのは嘘つきが大嫌いなんだ」

 

 獲物が来たとギラつく妖怪どもの視線は一気に恐怖にひきつったものに変わっていた。屈強な妖怪どももこの怪力の鬼には歯向かえないのだろう。やっぱり俺って鬼の四天王とやらに絡まれてる……?

 

「パルスィがやたらと褒めちぎるから、少しは骨のある人間だと思っていたが、結局はその程度の……」

「勇儀、こんな人食い妖怪だらけの場所で人間だってカミングアウトするなんて不可能よ!」

 

 わずかに絞め上げる手の力が弱まる。勇儀と呼ばれた鬼ではあるが、どうやらパルスィとは親しい仲であるようだ。

 

「む、それもそうだな。安心するといい、私の目が黒いうちは無暗に襲わせないよ。ではもう一度聞こうか。お前の種族は人間で間違いないな?」

 

 無言で「そうだ」と意思表示するべく首をカクカク動かすと、ようやく解放されたのか降ろしてくれた。それもゆっくり優しくと。

 

「やはりそうか、こいつが今地上を沸かしている妖獣使いの轟アズマ」

 

 よ、妖獣使いだって!? 俺はそんなものになった覚えはないぞ。

 

「なんだ、違うのかい? 今だって妙な幽霊を従えているし、いつもはノッペリとした変な鳥の妖怪を使って異変解決してるんだろう? 天狗の新聞で何度か見かけたし」

 

 どうやら地底では俺のことが随分と歪められて伝わっているらしい。とりあえず一番間違えて欲しくないところは修正しないとな。

 

「だからアールバイパーは変な鳥の妖怪じゃなくて超時空戦闘機っていう乗り物であって……」

「もう忘れたのか? 鬼は嘘つきが大嫌いだと……」

「本当のことだよ! もう……」

 

 勇儀は「これだこれだ」と言いながら、どこかから新聞紙を持ち出してきた。パルスィと一緒に見てみるとなるほど、我が銀翼が妖怪の山で「クレイジーコア」と戦闘をしている様子が記事になっているようであった。写真多めでとても読みやすい。

 

 犬走椛との一騎打ち(どこで撮ったんだ……?)、高速でクレイジーコアを捕捉する銀翼、新スペル発動でクレイジーコアを仕留める瞬間、そしてへたり込むはたてに手を差し伸べ、そして手を取り合う瞬間……っておい! あンの鴉天狗、よりにもよってあの写真を記事に使いやがったな!

 

「確か命蓮寺ってのは『人間と妖怪が歩み寄る社会』ってのを目指しているんだったな? ちゃんと住職サマの教えを守っていて感心できるぞ。これぞ人間と妖怪の友情、もしやそれ以上の関係かもわからない。とにかくいい画だな」

 

 同じような感想を持たれてるし。

 

「その時の戦いであの子が負傷したから手を差し伸べたんだよ。それ以上の意味は……」

「忘れたのか? 鬼は嘘つきが大嫌いだと……」

「それ乱用し過ぎでしょ! だから本当だってばぁ!」

「ぱるぱる……」

「そっちも事実無根の噂で妬まないっ!」

 

 ようやくパルスィを見つけたと思ったらこんなに精神的に疲労する羽目になるとは……。キリがないので本題に移ろう。

 

「それで、だ。俺がパルスィを探していたのはわざわざ鴉天狗の一件で赤面しに来たわけではなくてだな……」

「そうよ勇儀、その地上から恐ろしい化け物がどんどん流れ込んでいるの。最初はこの人間が送り込んでいると思ったんだけれど、なんか違うみたい……っていうか他のでっかい化け物を退治したりして……」

 

 わたわたと事情を説明するパルスィだが、当の勇儀はゆっくりと酒瓶を傾けてのんびりと聞いている。

 

「あいつら、『バイド』っていうんだ。有機物無機物問わずにあらゆる物体に取り付いて暴走させるというグロテスクな化け物。この旧地獄市街地にもバイドが沢山入り込んでいる筈で、そんなのがウヨウヨいる中でこの子とはぐれたから……」

 

「バイドねぇ……」

 

 うーむと口元に指を当てながら虚空を見上げる一本角の鬼。これだけ恐ろしげな侵略者、さしもの鬼の四天王だって状況がちゃんとわかれば慌てふためくはずだ。しかしこの直後、逆に俺が慌てふためくことになる。

 

「バイドならとっくに住み着いているじゃないか。よく力比べとかしてるよ。うん、確かにあいつらはバイドとか名乗っていた」

 

「えええっ!?」

 

 バイドが地底の住民として受け入れられているだって!? 俺もパルスィも素っ頓狂な声で叫んでしまった。でもバイドの種子として幻想郷を汚染しながら降り注いでるのは確かにバイドなのであって……。

 

 訳が分からない。バイドは既に地底に住み着いているだなんて、いったいどういう事なんだ!?

 

 予想だにしていなかった情報に俺が混乱していると……

 

「轟アズマ、パルスィ! 伏せろっ!」

 

 後頭部からものすごい力で押されると卓の下に潜り込まされた。その直後にガラスの割れる音と銃声……。

 

 かなりの弾幕を張っているらしく、銃声で耳がおかしくなりそうだった。

 

「出たな、性懲りもなくバイドのお出まし……おや、見ない顔だね。まあいいさ、不意打ちなんざ仕掛けてくれる性悪にはキツーいのをお見舞いしてやるからね」

 

 テーブルの下から覗き込むと勇儀も襲撃したバイドも既に酒場の外に出ているようであり、荒らされた店内で両者の姿を見ることはなかった。外からはバーニアで空を駆ける甲高い音と、空気を震わせるほどの重低音で放たれる銃器のけたたましい音が鳴り響いていた。

 

「あのバイド、最初から勇儀を狙っていたわね」

 

 俺も割れた窓から覗き込む。形成は勇儀が有利なようで、今も勇儀の放つ大玉が襲撃してきたバイドを蹴散らしているところだった。だが、俺はそのバイドの姿を見て愕然とする。

 

「ゲインズじゃん!」

 

 何度も被弾し、地面を転がるゲインズであるが、そのまま俺の傍まで転がり込むとまるで俺を庇うように勇儀の前に立ちはだかっていた。

 

「くっ、何という強さ! さりとて、この際勝敗などは無意味。某はアズマ殿救出という任を受けていたのみ。成し遂げた今、もはやこの場には用はない。早々に……」

 

 事態がややこしくなる前に俺はゲインズに話を聞くようにと促す。

 

「あの妖怪は悪い奴じゃないよ。勇儀といって誇り高い鬼の四天王なんだ。それよりも彼女は重大な情報を掴んでいる。バイドは今回の異変が起きる前から既に地底に住んでいたらしい……!」

「面妖な、それは真か!?」

 

 どうにか臨戦態勢の両者をなだめると、他に落ち着ける場所をということでこの場を後にした。ゲインズに壊したものを弁償させて。



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第6話 ~「神」と呼ばれたバイド~

 旧地獄の市街地にて鬼の四天王「星熊勇儀」と接触した轟アズマ。早速バイドの事について聞き込みをしようとするものの、勇儀が言うには既にバイドは地底に住み着いてしまっているらしいのだ。

 これはどういうことなのか更に問い詰めることになるのだが……


 何故か地底に住み着くバイドという存在を勇儀に教わり驚愕していた矢先、居酒屋の外側で誰かが騒いでいるようなので、勇儀と一緒に外に出ることにした。

 

 外でガヤつく喧噪の正体を見て俺は驚きを隠せなかった。確かに変な奴がいたのだから。股間に見事な真っ赤なバラを咲かせ、大きく「罪」と書かれた白い覆面で顔を覆う以外は何も身にまとっていないのだ。しかも同じような格好をした変態が7人もいる。

 

「彼奴等が……バイド? 某は斯様なバイドは知らぬ。何奴……?」

 

 いつでも抜刀できるようにジリジリと間合いを詰めるゲインズ。未知の相手に恐怖しているのがこちらからも分かる。

 

「ゆーぎちゅわーん! 今日こそ白黒つけようじゃないの!」

「そのはだけかけのセクスィーな着物の下はブルマなのかおパンティなのか!」

「ブルマなら青か赤か緑か!」

「おパンティなら白か黒か桃色か!」

「イッツチェーックターイム!」

 

 変態だ。こいつらは、まごうことなき変態だ! 言っていることは最悪なのに一々ポーズをキメるのが無性にムカつく。断言する、こんなのがバイドの筈ない。全然違う妖怪だ!

 

「かかれー!」

「性懲りもなくまた『罪袋』どもか。お前ら雑魚は……すっこんでろ!」

 

 一斉に飛びかかる「罪袋」と呼ばれた変態ども。なるほど、罪と描かれた覆面はすっぽりと頭部を覆うので袋とも言えるかもしれない。

 

 対する勇儀は片手を空に掲げ、同時に片足で思い切り地面を踏み鳴らす。グラグラと地面を揺るがしながら、一瞬のうちに大小さまざまな弾を呼び寄せた。

 

 弾は微動だにしないが、罪袋がそれらの弾幕に自分から突っ込む形になる。当然結果は……。

 

「ぐわああああ! やられたー!」

「我々の業界では、ひぎぃ! ご、御褒美ー!」

 

 ボトボトと地面に落ちた変態どもを関節技で絞め上げていく。

 

「黒だ、黒だった! 視界全体に広がる漆黒……ギブギブ!」

「それ見えてないだけじゃ……らめぇ!」

 

 勇儀はバイドとはよく力比べをする仲だと言っていたが、実力に差があり過ぎる。ということはこいつらの親玉がバイドなのだろうか?

 

「オーマイガー、オーマイガー……! こうなったら『我らが神』を呼ぶネー!」

「よしきた、『神様』なら勇儀ちゃんもイチコロ間違いなし。じゃあいくぞ、せーの……」

 

 ヨタヨタと立ち上がる7人の罪袋は無駄に体をのけぞらせながらジャンプ。そして大声でバイド……と思しき親玉を呼び出す。

 

「かみさまー! 出番ですよー!!」

 

 変態どもの呼び声に応えるがごとく、巨大な影がヌッと姿を現す。

 

「あー、ご立派様ー!」

「ああ、今日も雄々しくそそり立ってらっしゃる!」

 

 現れるや否や、罪袋どもは膝をついてひれ伏した。

 

 どういう経緯でこのこの天に向かってそそり立つイチモツがご立派な化け物が幻想郷にやって来たのか、どういう経緯で罪袋達に崇められているのか、それはサッパリわからない。

 

 だが一つだけ確実なことがある。こんな卑猥でグロテスクな存在はバイドに他ならない。こいつは確か……

 

「バラカス(※1)!?」

 

 そう、罪袋達によってまるで神様のように崇められているその怪物は「バラカス」と呼ばれるバイドであったのだ。先端を潤わせるために水場によく現れるというが、このバラカスはどういう訳かフワフワと空中を浮かんでいる。

 

「バラカス神様、あいつです、勇儀姐です。我々がこの世の真理に近づくためにはあの着物の中身を知る必要があるのです。どうかお力を!」

「ふむ、我がソウルフレンド達を随分と可愛がってくれたようだな。その中身が何色か、決着をつけようではないか。ゆくぞ!」

 

 なんだか動機がおかしいけれど、いくら鬼の四天王である勇儀とて、何の知識もなしにこんな強力なバイドと戦うのはあまりに危険である。そう思っているとゲインズが先に行動に出た。

 

「こんなところに『A級バイド(※2)』。幻想の世界に仇なす侵略者め! ここで成敗してくれる!」

 

 待ってましたとばかりにゲインズは腕に仕込んでいた光る剣「エクスカリバー」を展開しながらその赤黒くテカる先っぽ目指して飛翔。対するバラカスは空から雷を呼び寄せると何度も落雷させるが、ゲインズはスイスイとこれを回避。

 

「御命頂戴!」

 

 そのままバラカスの先っぽを一閃。弱点に強烈な一撃を食らうとバラカスは反撃……してくると思ったら逃げ出してしまった。

 

「痛い痛い! 刃物は駄目だってば! 何なのさ、いきなり乱入してきて……。これは勇儀ちゃんの下着の色というミステリーを解明する神聖なる決闘なんだぞ!」

 

 何故だかふてくされているように見える。というか決闘の理由が酷い。何が「神聖な」だよ……。むしろお前らが真正の変態だ。

 

「ゲインズ、血の気が多いのは結構だが、今は手出しするべきではなかった」

 

 あれー、こっちも怒られた。わ、訳が分からない。バラカスは確かにバイドであり、今もバイドの種子として幻想郷に降り注ぐ侵略者と同類の筈だというのに、彼からはそういう殺気をまるで感じない。

 

「しかし、バイドが目の前にいて……えっ、えっ? でも斯様なバイドはジェイド殿の艦隊にはいなかったはずだし……」

 

 すっかり混乱しているゲインズ。

 

「あ、分かったぞ! お前、ここ最近になって黒い隕石に乗って幻想郷各地で大暴れしている悪いバイドだな? こっちはそれでどれだけ迷惑しているか……」

 

 まずい、このままではバイド同士で戦闘が始まってしまう。今は各々の混乱を解くのが最優先だろう。俺はどうにか二人の間に入ってこの場を取り持つ。

 

「待って待って。お互いに何か勘違いをしているような気がする。我々も何が起きているのかさっぱり分からないんだ。とりあえずそちらの、そして我々の置かれた現状を整理しよう!」

 

 どうにか臨戦態勢の皆を落ち着かせて、それぞれの境遇、そしてこれからの目的を嘘偽りなく公表していく。

 

「俺達は地底に吸い寄せられる黒い隕石を追いかけている。黒い隕石は要は幻想郷を侵略しようとするバイドであり、地底のどこかにそいつらを呼び寄せている親玉がいると踏んで地底にやって来たんだ」

 

 ふむふむと頷く鬼とイチモツのバイド。ゲインズが続けようとしたが、俺が代弁したほうがよさそうだな。

 

「でも中には理性を残して俺たちに味方してくれるバイドもいるの。そいつらは『ジェイド・ロス提督』っていう元人間で今はバイドの……」

「待ってくれ! 黒い隕石は周囲をバイドっぽくする恐ろしい能力を持っているようなんだけれど、ひょっとしてそれで人間もバイドになっちまうのか? 俺そんなこと出来ないべ?」

 

 あれ……。バイド化を知らない? これは一体どういう事だ?

 

「帰る場所がないだとかヒッソリ生きているとか鬼の娘に聞いたのだが?」

 

 バイド化した人間は元いた地球で受け入れてもらえずに帰る場所を失う。普通はそういう運命をたどるのだ。ゆえにバイドはただ故郷に帰りたかっただけとも言われている。てっきり俺はこいつら元人間であり、紆余曲折を経て幻想入りしたものと思っていたが……。

 

「ああ、俺の母星はとっくにR戦闘機に壊されちまったからな」

 

 これはこれで随分と壮絶な過去なのであるが、バラカスはケロリと言いのけていた。それにしても母星だって? バイドといえば異層次元とかいう亜空間みたいな場所を本拠地にしている筈であり、故郷の星なんてのは聞いたことが……いや待て、もしかしたらそういうことかもしれないな。ちょっとこの質問をぶつけてみよう。

 

「その母星って、もしかして『バイド帝星』ってやつ?」

「っ!? どうしてそれを……?」

 

 そういうことか。今回のバイド異変が起きる前から幻想郷に住み着いていて、勇儀がよく力比べをしているというバイド達の正体が分かった。

 

 今回の異変で降り注ぐ侵略者もバイドだし、その異変が起きる前から地底に住み着いていたグロテスクな怪物達もバイドで間違いない。だが、この両者は同じようでいて全然性質の違う存在ということだ。

 

 R-TYPE、それは人類とバイドの戦いをテーマにしたシューティングゲームである。

 

 その中に出てくるバイドといえば、26世紀人が生み出した生体兵器のなれの果てであり、あらゆる物体に取り付くことで対象をバイド化させるという恐ろしい存在であった。

 

 しかしその設定は長く続いたシリーズの途中で後付のように組み込まれたもの。初期のうちはただのグロテスクな外宇宙からやって来た侵略帝国という設定しかなく、母星もちゃんと存在していた。

 

 なにより初代R-TYPEのタイトル画面には「BLAST OFF AND STRIKE THE EVIL BYDO EMPIRE!」、平たく言うと「悪のバイド帝国をやっつけろ!」と出てくるくらいだ。

 

 つまりこの目の前にいるバラカスは設定が再構築される前のバイドということになる。おそらくバイドが今の設定にリファインされた時に幻想入りしたのだろう。

 

 つまり区別をするなら、ジェイド提督やゲインズ、そして幻想郷を侵略するバイドどもが「現行バイド」で、バイド化という概念がなく、母星を失い地球を第二の故郷としたバラカスのような奴らは「原始バイド」といったところか。

 

「その顔は何か理解したな。某にも説明を」

「うん。ただ非常に複雑な事情があるようだ。分かりやすくザックリ言うと、偶然同じ名前と似たような容姿を持ったまったく別の種族ってこと。前々から幻想郷に住んでいたようだし、区別して名づけるなら『原始バイド』ってところかな」

 

 当のバラカスはイチモツをピョコピョコ跳ねさせて嬉しそうにしていた。

 

「原始バイドだって。なんかイカすね! バラカス、原始回帰……なんつって♪ 幻想郷ってところに来てからは毎日が楽しいよ。コソコソしないで済むし、罪袋や勇儀ちゃんみたいな遊び相手もいるし、今日はカッコいいニックネームまで貰っちゃった♪」

 

 何か知らないが打ち解けたみたいだ。

 

「今日はいろいろあり過ぎて疲れてしまったよ。バトルはまた今度にしてくれないか?」

 

 そりゃそうだろう。ゲインズともやり合っているし、さすがの鬼もクタクタの筈。

 

「ちぇー。じゃあまた今度遊ぼうね。よーし帰ろうぜ我がソウルフレンドよ!」

「ういーっす!」

 

 原始バイドか……。変態ではあるが悪い奴ではなさそうだ。原始バイド達も今回の異変でかなり風評被害を受けているようなので何かあったら手助けしてくれるだろう。

 

「ああそうそう。君は色々とイイコトしてくれたから俺もイイコト教えてあげよう。真っ黒い隕石だけどね『地霊殿』っていうお屋敷に向かって真横に飛んでいくのを俺見たことあるよ。でもあそこの妖怪はとんでもなく恐ろしい能力を持っているらしい。とにかく一つ目に睨まれたら大変なことになるらしいよ。もしかしたら悪いバイドの親玉かもしれないから行くなら気を付けてね」

 

 それだけ口早に告げると今度こそやかましい変態集団は消えていった。そして彼らと入れ替わるように……。

 

「ゲインズ、こんなところにいたのか。二人とも帰ってこないからひじりんが心配してたよ」

 

 頭を打ってヘロヘロになっていた提督だが、どうやら持ち直したらしい。そのまま俺らは格納される。

 

 機体の中ではゲインズが必死になって今回の探索で得た情報を伝えているようだ。

 

「バイド化の概念の無い原始バイドに、黒い隕石……もといバイドの種子を集める地霊殿か……。二人ともよくやってくれた。ひじりんの船もアールバイパーも修理が終わったようだ。しっかり休んだら地霊殿とかいう場所に行ってみよう」

 

 バイドの種子を集める地霊殿……か。つまり地霊殿にバイドの親玉がいるってことになるな。奴らとの決着をつけるときが刻一刻と近づいているということだ。ドクンと心臓が強く鼓動する。

 

 そうだ、俺たちは悪いバイドを倒して平和な幻想郷に帰る、その思いだけでここまでやって来たのだ。

 

 しかし地霊殿の主が持つ恐ろしい能力というのも気になる。もしも主がバイドを集める親玉だとしたら苦戦を強いられることになるだろう。

 

 だが、負けるわけにはいかない。銀翼は希望を繋ぐ程度の能力、こんなことで怖気づく暇はないのだ。

 

 俺は一人戦艦の中で自らを鼓舞していた……。




(※1)バラカス
R-TYPE IIに登場した2面ボス。男性器に酷似した器官を持つ見た目のバイド。
水面に浮かんでおり電撃を呼び寄せたり圧縮ドライアイスを撃ち出したりする能力を持つ。

(※2)A級バイド
メタ的なことを言うとボス級バイドのこと。R-TYPE TACTICSシリーズでこう呼ばれている。


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第7話 ~誰からも好かれない恐怖の目~

ここまでのあらすじ


 旧地獄市街地に向かう途中にバイドの超巨大戦艦「グリーン・インフェルノ」に遭遇し、これを撃破したアズマと聖輦船、そしてジェイド・ロス艦隊。

 しかしこちら側も相当の痛手を負ってしまい聖輦船もアールバイパーも大破。修理の為にしばらく足止めを食らう羽目となった。

 そんな折にアズマは先程まで一緒にいたパルスィが居なくなっていることに気が付き、彼女が心配になりコンパクを連れて市街地へと入っていく。

 途中でチンピラ妖怪に絡まれるなどのアクシデントはあったものの、アズマはパルスィが友人である勇儀と一緒に飲んでいるのを発見。しかし勇儀からとんでもない情報を引き出す。

 なんとバイドは今回の異変が起きる前から既に地底に住み着いているというのだ。

 どうやらこのバラカスはバイドが今の設定にリファインされる前のバイド「原始バイド」であるようで、とっくの昔に幻想入りして普通に幻想郷ライフを楽しんでいるだけのようなのだ。

 つまりあの悪名高い侵略者としてのバイドとはまた別の存在。そんなバラカスから「地霊殿」と呼ばれる屋敷にバイドの種子が流れ込んでいるのを目撃したという情報を得る。

 なんでもこの館の主は恐ろしい能力を使いこなすらしいが……


(地霊殿最深部……)

 

 薄暗い地底に構える屋敷「地霊殿」はその場所柄からあまり明るくなく、かの紅魔館にも劣らない陰鬱な雰囲気を醸し出している。

 

 とはいえ地霊殿は日の光を忌み嫌う吸血鬼の館ではない。そんな現状はこの屋敷の主にとっても不服なのだろう、窓という窓は色とりどりのステンドグラスで出来ており、わずかに入り込む光を上手に活用して彩を与えているのだ。

 

 その主はというと特に外出の予定もないのか、スリッパを履きながら大きな椅子に腰かけている。そしてその周囲には無数の小動物たちが放し飼いにされているのだ。どうやら彼女はペット好きであるらしい。

 

 そんなペットたちの中に、1匹の黒猫が紛れ込んできた。威勢よく「にゃーん」と声を上げると主の膝に飛び乗り、ゴロゴロと寝転がる。動物、特に猫好きな人にとってはこれ以上ない至福の時であろうが、当の主本人の表情は晴れない。

 

「そう、そんなことが……ね。大丈夫よ(なでなで)、これ以上は奴らに好き勝手なことはさせないわ。それにしても危険だったし、何より怖かったでしょう? とにかくご苦労様。少し休んでくるといいわ。あとは私に任せない」

 

 動物の言葉でもわかるのか、この黒猫が何を言いたいのかしっかり手に取るように分かるようである。

 

 黒猫は大あくびをしながら再び「にゃーん」と声を上げると、バッと床にジャンプして部屋の隅っこで丸くなった。対する主は椅子から立ち上がり、扉を険しい表情で睨みつける。

 

「地上は地上で侵入者もいるようね。土足で入り込んで平穏な日常を破壊する侵略者にこれ以上好き勝手なことはさせない! 撃退してやるわ……」

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃旧地獄市街地……)

 

 

 コンバイラに格納されてどれくらいの時間が過ぎたのだろうか? わずかに機体が揺れると提督の声がどこからか響いてきた。

 

「お待たせ。君の相棒の場所まで到着したよ。河童の娘がしっかりと修理してくれたようだ」

「アズマ殿、こちらが出口である」

 

 ゲインズに連れられて開いたハッチから地上に降り立った俺。前を見えるとピカピカに磨かれたアールバイパーと白蓮が出迎えてくれている。後ろには同じくバッチリと修繕された聖輦船が控えており、見事に体勢を立て直したことが分かる。

 

「急にいなくなるから心配したんですよ?」

 

 少々不機嫌そうに腰に手を当てる住職サマ。

 

「すまない、俺も何かしないとって息巻いていたからね。でも色々と有益な情報を得られた」

 

 今まで俺の脚で回り見てきたことを白蓮達に話していく。

 

「地霊殿……。確かにバイドの種子は地霊殿に集まっているのですね?」

「ああ、目撃情報もある。あまり考えたくないがバイドの親玉ってのは……」

 

 脳裏にフラッシュバックする地上の惨劇。光の針で春告精(リリーホワイト)をハチの巣にしたあの記憶が……。クソッ、やはりそう簡単に克服できないよな。思わず奥歯をギリと鳴らす。

 

「地霊殿と言えば『古明地さとり』さんのお屋敷。そんなっ、さとりさんはもう……」

 

 またも幻想郷の少女がバイド化してしまったというのか? いやいや、そう決まったわけじゃない。忌まわしき思いを断ち切るように俺はブンブンと首を振った。

 

「今ハッキリしているのは、地霊殿のどこかにバイドを集めている黒幕がいるってことだけだ。俺達はその黒幕を倒して地上と地底の平和を取り戻しにここまで来たはずだ! ここまで来た……来てしまったんだ、どんな結末が待っていようとバイドを倒して進むしかない!」

 

 俺は我が相棒たる銀翼のコクピットに乗り込む。ああ、やはりこの乗り心地だ。体にしっかり馴染んで安らぎすら覚える。一息つくと俺はエンジンを動かし始めた。

 

「その意気だ轟アズマ。今更引き返せない。バイドを倒して地上に帰ろう!」

 

 今も震えが止まらない白蓮さんであったが、本当は俺だって怖い。またも少女をこの兵器で殺めなければならなくなるのかと思うと恐怖しないほうが異常であるのだ。だからこそ、俺はより大きく声を張り上げたのだ。自らを鼓舞するために。

 

「さあ……」

 

 目的地は地霊殿。ジェイド・ロスの艦隊たちも出撃の瞬間を待ちスタンバイを始めていた。そしてジェイド・ロス少将が号令をかける。

 

「……行こうか! 出撃っ!」

 

 無数のバイドが、提督が、銀翼が、轟音を響かせて地底を飛翔する。遅れて白蓮と聖輦船がその後を追う……。

 

 ぐんぐんと高度を上げていくと、旧地獄の全容が浮かび上がってくる。そしてそのずっと奥に見るからに怪しい洋館が静かに佇んでいたのだ。

 

「あれが地霊殿です」

「しかしここからでは黒幕から丸見えだ、どうにか見つからないように侵入したいところだが……」

 

 遮るもののない空中にバイド艦隊がうじゃうじゃいるのだ。隠密性は皆無である。確かにこの状態で地霊殿に殴り込みをするのはリスクが大きいだろう。うかつに動く事は出来ない。

 

 と、ここで魔力レーダーが背後に異常な魔力を観測する。振り向くとバイドの種子がなんと降り注ぐのではなく地面と平行に飛んでいたのだ。こんな動きをただの隕石がするはずない。こいつらが地霊殿の何者かに引き寄せられていることを裏付ける光景である。

 

「バラカス神が言ってた通りだ……。よし、こいつらに紛れて接近しよう」

 

 幸いにもこちらに味方するバイドも少なくない。上手くカモフラージュになってくれればいいが……。

 

「そうはいっても提督さんもこの船もそんなにスピードは出ないよ。普通にやっていたら後ろからのバイドの種子が直撃して結構なダメージになる」

 

 そこで俺の出番だ。2隻の戦艦をぶつかってくる隕石から守るべく迎撃してしまえばいい。もともと戦艦であるコンバイラなら迎撃システム自体も備えているだろう。

 

「近づいたものは弾幕やミサイルで撃ち落としてくれ。俺は周囲を飛び回ってこちらにぶつかってくる危険そうなバイドの種子を叩く」

 

 かなりの負担を強いているのは俺にもわかっていた。だが、やらねばならぬ。俺達はバイドの種子に紛れ込み、そしてジェイド・ロス提督と聖輦船は可能な限り加速してもらいこの作戦を遂行する……。

 

 そしてそれを効率よく遂行するためには適切な武装を装備することが必要不可欠。俺は聖輦船の甲板に一度着陸した。

 

「にとり、兵装を変えよう。ダブル系を『ハンター』に換装してくれ」

 

 高速飛行しながら悠長に標的など狙えるはずがない。手動で狙いを定めないといけない「フリーウェイ」では分が悪いだろう。呼びかけに応じると背中にプロペラ付きのでっかいリュックサックを背負った河童の少女がこちらに寄ってくる。

 

「よしきた。それより背中のコレどう? 空中で安定してホバリング出来るんだ。これがあれば私の行ける場所ならいつだって武器の交換や簡易的な修理なら出来るんだ♪ 練習すれば飛んだままでも出来たりするんだよ」

「なにそれ、すっげぇイカす!」

 

 はにかむ河童の少女は次の瞬間、着艦していたアールバイパーに飛びつくとさっそく作業に入った。

 

 程なくして武装の換装は終了。遠距離から高速かつ的確に標的を追いかける「ハンター」で牽制し、間近に迫った隕石からは「菊一文字」をバリアとして展開して防衛するという作戦だ。

 

「グッドラック!」

 

 河童の少女に見送られ、銀翼は再び飛翔。さっそくハンターをばら撒きつつ、隕石群に紛れ艦隊を進めていく。

 

 戦力は俺だけではない。ゲインズをはじめとしたジェイド・ロス艦隊のメンバーはもちろん、少女達も弾幕を張り、艦が傷つかないように奮起している。俺も負けちゃいられねぇ!

 

「菊一文字発射!」

 

 展開した菊一文字をその場に置くように配置する。背後から迫る隕石群はポッドから展開されたバリアに阻まれ爆発しつつ、その数を減らしていく。

 

ぐんぐんと地霊殿と思しき建物が接近してきた。隕石の影響で穴が空いているのだが、艦隊が突入できるほどの広さは持たない。同じ小さな穴に集中して入り込んでいるのだ。このことがこの黒い隕石が意思を持っており、地霊殿に吸い寄せられているという事が分かる。

 

「屋根をフラガラッハ砲で撃ち抜いて突破口にする。ゲインズ、轟アズマ。砲台の周囲の隕石を頼む」

 

 コンバイラの波動兵器でしっかりチャージすればそれくらいは容易だろう。その邪魔にならないよう二手に分かれ付近の種子を迎撃していく。

 

「むっ、不覚!」

 

 ゲインズが隕石の迎撃に失敗する。無理もない、隕石群はゲインズを集中して狙っているように見えるのだ。同じバイドという事で引き寄せられているのだろうか?

 

「ゲインズを援護しよう! ネメシス、『ソードレーザー』の用意!」

「オッケー!」

 

 菊一文字を遠くに飛ばそう。狙いを定めつつ、スペルカードを取り出す。

 

「操術『ソードレーザー』!」

 

 射出したポッドをオプションに掴ませ、そのままオプションシュートを行う。ネメシスはオレンジ色の光の線を描きつつ、ゲインズの目の前まで躍り出るとポッドを投げる。

 

 間もなくポッドは自身を中心にバリアを展開。ゲインズに群がる隕石群を粉砕した。

 

「……かたじけない」

 

 彼の背後で砲台を薄紅色の光が収束した砲台を携えた戦艦。チャージが完了したようだ。

 

「フラガラッハ砲のチャージが完了した。巻き込まれないように私から離れるんだ」

 

 紅色の光が更に赤みを帯びる。俺は大きく後退し、白蓮と共にその様子を見届ける。

 

「3……2……1……フラガラッハ砲、発射!」

 

 紅色の粒子が二股の剣となり、絶大な力をもって地霊殿の屋根を貫く。見事に大穴をあけた俺達はバイドの親玉を探す。

 

 屋敷の主がバイド異変にかかわっている可能性もある。黒幕かもしれないし、被害者かもしれない。どの道、真実を早急に確かめなければならないのだ。これも平和の為、もしも地霊殿の主が何の関係もなかった場合は……すまない。

 

 さて、悔いることは後でいくらでもできる。砕けたステンドグラスが床に散乱するだだっ広いフロアを見回す。既にバイドが隠れている可能性もあり得る。警戒しながら進んでいると……。

 

「今何かが動いた。バイドか?」

 

 コンバイラのサーチライトの光が踊り出す。間もなく明らかにこちらに敵意をむき出しにした影が浮かび上がった。

 

「猛獣!?」

 

 素っ頓狂な叫びをあげる住職サマが言う通り猛獣。そう、猛獣なのだ。トラとかパンサーとかのようなネコ科の猛獣であり、あくまで妖獣ではないようだ。のどの奥でグルルとうなり声を上げてこちらを威嚇しているようだ。

 

 その直後、一番狙いやすそうな白蓮の喉元めがけて飛びかかっていたが、あらかじめ警戒していたこともあり、白蓮さんはスッとこれを回避。

 

 猛獣はそのまま壁に激突し、そのまま動かなくなった。

 

「ここで飼われていたペットなんでしょうか? だとしたら悪いことをしてしまい……っ!?」

 

 ぐったりしていた猛獣がムクリと立ち上がる。立ち上がったかと思ったら今度は空中を浮遊し始めた。

 

「もしや奴も既にバイドの……」

 

 今度は猛獣の唸り声ではない。キィキィと甲高い笑い声が聞こえてきたかと思うと、浮遊した猛獣はまるで投げ飛ばされるように再び床にどさりと落ちた。

 

「ああっ、お前は!?」

 

 巨大な脳味噌に大きな一つ目。先程まで猛獣と繋がっていたであろう2本の太い触手。間違いない、こいつは「バクテリアン」の「ゴーレム」だ。

 

 永遠亭での苦い思い出がよみがえる。永琳をゼロス要塞へとさらった張本人なのだから。

 

 だがおかしい。俺はあの時確かにゴーレムを倒したはず。どうしてここにいるのだ……?

 

「ゴーレム、そこをどけ。今お前に構っている暇はない」

「そうはいくか銀翼の末裔とその取り巻きめ! ここで会ったが百年目。地獄の底から蘇り、パワーアップした俺様にもはや敗北などあり得ない! 今度はオメーらが地獄に落ちる番だ!」

 

 鋭い爪のついた触手を突き出す脳味噌の怪物。負けじとこちらもニードルクラッカーを発射するが、まるでプロボクサーのように触手で一つ目を覆うと平行方向にスライドするように回避してアールバイパーにアッパーカットを仕掛けてきた。

 

「どうだっ! 地獄から蘇り、さとり様のペットとして鍛えられた俺様は」

「ぐっ……。こンの野郎っ!」

 

 大きく煽られた俺はすぐに体勢を立て直すと、今度はレイディアントソードを取り出して斬りかかる。しかしこれもスルリと回避してしまった。

 

「相変わらず逃げ足だけは早いようだな。こうなったら……」

 

 俺はオプションを3つ展開してローリングのフォーメーションを取る。こんな奴に時間を割くのは勿体ない。オーバーウェポンで一気にケリをつけよう。

 

「待つんだ轟アズマ!」

 

 グルングルンとオプションの回転速度を上げていた最中、ジェイド・ロス提督に止められてしまう。戦闘態勢を解くと、今度は小声で話しかけてくる。

 

「地霊殿の事情に通じている可能性がある。幸い相手はバイドではなさそうだし、随分とおしゃべりなようだ。君もあの程度の敵なら本気出せば楽勝だろうし、もう少し秘密を喋らせよう」

 

 こちらが動きを止めるや否や、この脳味噌は分かりやすいまでに増長し始めた。

 

「キヒヒヒ。どうしたどうした、ビビってるのか? 今になってようやく俺様の凄さに気が付いたようだな」

 

 なおも上機嫌になるゴーレムは、触手をくの字に曲げながら腰に手を当てるような恰好でふんぞり返っていた。

 

「忘れもしねぇぞ、銀翼の末裔! テメェに目ん玉潰されて地獄に突き落とされてからだな、それこそ死に物狂いで這い上がって這い上がって……、そしたらこの地霊殿の主であるさとり様に拾われたのだ。ペットとしてな」

 

 よく分からないが、ゴーレムは俺が仕留めた後で復活したらしい。バクテリアンのしぶとさはある意味バイドを凌駕しているし、分からない話ではない。

 

 だが、この屋敷の主にとってこんな気持ち悪い脳みその妖怪もペットって扱いなのだろうか? というかゴーレム本人は犬猫と同列って扱いになるが、プライドはないのだろうか?

 

 それにしても提督の言う通り色々なことをベラベラとしゃべくってる。

 

「あの……それでは貴方は犬や猫と同じ扱いってことになるのですが……?」

 

 至極真っ当な白蓮の指摘にも怯む様子を見せない。

 

「プライドなんざとうの昔にかなぐり捨てちまったよ! 憎たらしい銀翼の末裔にキツ~いの一発ぶちかます為ならな。もっとも、俺様の真のマスターはゴーファー様ただ一人。今でこそ冴えないさとり様のペットやってるが、バクテリアン軍復興の準備が整った暁には……」

 

 次の瞬間、白蓮は身構える。もちろん俺もだ。それはゴーレムが何かを仕掛けてくる気がしたから……ではない。そんな小さなものよりもずっと強大なものが接近していたのだ。

 

「おい、後ろ……」

「なんだァ? 振り向かせてだまし討ちでも仕掛けるつもりか? バレバレなんだよっ!」

 

 俺はそんな卑怯な手を使おうとなんてしていない。コイツはしてきそうではあるが、俺は断じて使わない。そう、実際に迫っているのだ。俺達はそれを見たから身構えたのだ。

 

 大きな口と長い胴体を持った怪物がゴーレムの後ろに忍び寄るのを……。不意に怪物の口からヨダレがポタリと垂れた。

 

「水? ったく、お前らが屋根に大穴開けるから雨ざらしに……」

 

 そうボヤくゴーレムであったが、次の瞬間奴は硬直した。

 

「ひいぃっ! ば、ば、『バイター(※1)』だー!! なんでお前までさとり様のペットになってるんだよぉ!?」

 

 脳味噌が悲鳴を上げるのと、バイターと呼ばれる青いヘビのような怪物が雄たけびをあげながら突っ込むのはほぼ同時であった。

 

「バイター? こいつもバイドの一種なのですか?」

「いや、おそらくバイドじゃない。こいつはゴーレムの天敵なんだが、まさかゴーレムと一緒に幻想入りしていたとは……」

 

 とぐろを巻きながら屋敷狭しと這いずり回るバイターと必死に逃げ回るゴーレム。

 

「こんなヤバい奴がいたんなら、先に教えてくれたっていいじゃないか! 俺はコイツが大嫌いなんだ!」

 

 ちゃんと教えたんだけどなぁ……。なおも逃げ回るゴーレムであったが、ついにその鋭い牙にガブリと捕えられてしまう。

 

 パニックに陥ったゴーレムは触手をバタつかせながら脱出を試みるが、とても抜け出せそうにない。どうにか鋭いキバの間から這い出ようとすると必死に声をあげる。

 

「なぁ、助けてくれよぉ。お願いだぁ!」

 

 先程とは打って変わった口調で懇願している。だが、ずる賢いこいつを助けたところで何のメリットもないだろう。有益な情報も全部吐き出してしまったようだし。なおもゴーレムはガブガブと何度も噛みつかれている。

 

「そうか、永遠亭での出来事を根に持ってるんだな? 俺はあれから変わったんだよ、心を入れ替えたんだ。だからさ、この俺を仲間にしておくれ。そしてここから出しておくれよぉ!」

 

 何度も噛みつかれることで血まみれになる脳みそ。抵抗するために激しく動かしていた触手の動きも弱まっていく。助けようとしたのか、白蓮が動こうとしたので俺は止めた。

 

「こいつは手の平返しですぐに態度を変えるような奴だぞ? 特に俺なんていつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない。助ける必要はないさ」

「そんなぁ……。ヤダよぉ、こんな奴のエサになって死にたくないよぉ! そうだっバイド、お前らバイドをやっつけたいんだろ? 俺もさとり様も地霊殿に勝手に入り込んでくるバイドにはほとほと迷惑しているんだ。ほら、利害が一致した。だからさ……今度だけっ、今度だけでいいんだ、一時的に手を組んで……」

 

 不意にバイターが体を大きくひねらせる。ゴーレムの片方の触手がブチブチと切れて、奴の腹の中へとおさまっていった。

 

 こいつは今でこそ「さとり様さとり様」と地霊殿の主を慕っているようだが、いずれは裏切るつもりのようだった。俺達の仲間になったところで奴は同じことをするだろう。こんな奴を信用することは俺には出来ない。

 

 自分でも恐ろしくなるほどに俺の意識は冷めていた。そのまま冷たい視線を向ける。

 

「おね……がい、たす……け……」

 

 次に大きく天に向かって首を上げるともう片方の触手も引きちぎり、そして瞬く間に脳みそがバイターに飲み込まれてしまった。

 

 次にバイターが眼を付けたのは俺達。血生臭い息を吹きかけながらヨダレを垂らしつつこちらににじり寄ってくる。どうやらゴーレム1体では奴の腹は膨れないようだ。

 

「来るぞ!」

 

 しかしゴーレムの時と違って俺達は大所帯である。流石のバイターもコンバイラや命蓮寺のメンバーを一度に食べるのは無理と判断したか、口からヒルのような生き物を大量に吐き出してきた。

 

 あれはバイターの幼体か何かだろうか? あれを取りつかせて体力を奪い、動けなくなったところをゆっくりペロリって魂胆だろう。

 

「弾幕を張るんだ。1匹残らず迎撃しよう!」

 

 ウネウネとただ真っ直ぐ向かうバイターの幼体に対抗するべく、無数の弾幕が飛び交う。なすすべもなく迎撃されると、全てを喰らうのが無理と判断したのか、一人に絞って突っ込んできた。その相手は……

 

「白蓮っ! 危ない!」

 

 バイドだったり機械だったりするメンツの中で唯一の人間(厳密には魔法使いだが)となれば、真っ先に標的になる。俺は機体を平行移動させ、白蓮の目の前に躍り出た。

 

「アズマさんっ!」

 

 これが生身だったら俺は生きていないだろう。だが今は違う。銀翼が、アールバイパーがこの状況を打開する。オプションを限界まで展開し、レイディアントソードを突き出す。バチバチと青い刃が帯電を始めた。

 

 だが、まだだ。もっと引きつけて……。奴の大きな口がアールバイパー全身を飲み込んだ。このまま口を閉じれば俺はゴーレムと同じ運命をたどることになるだろう。だが、まだなんだ。もう少し……。

 

 赤黒い喉の奥が迫ってくる。あの先に待ち受けているのは「死」そのもの。その真黒な喉の奥に……見えた、あそこだっ! あの喉の奥の電球のような物体こそバイターのコア。限界まで魔力を帯びたレイディアントソードを一気に解放する。

 

「そこだっ、重銀符『サンダーソード』!」

 

 バイターの口内で雷が爆ぜた。激しい閃光を散らし驚いたバイターは大きくのけぞると、そのまま尻尾を巻いてどこかへと逃げて行ってしまった。むう、サンダーソードといえど一撃で倒すのは無理だったか。

 

 まあ奴はバイドでも何でもないし放っておいても問題ないだろう。屈強な地底の妖怪どもならただ食い意地が張っているだけのバイターくらいなら不意打ちでも食らわない限りは対処も難しくない筈だ。

 

「今までの行いが悪いとはいえ、さすがにあの最期はちょっと可哀想……」

 

 そう思うのも無理はない。いや、普通はそう思うはずだ。俺は幻想入りして戦いに明け暮れるようになってから、いや厳密にはリリーホワイトを殺めてからその辺りの感覚がマヒし始めているのかもしれない……。

 

 だが、俺達に停滞は許されない。この地霊殿に潜むバイドの親玉を砕くまでは……。

 

 屋根から侵入したので下りの階段しか見つからない。ここは最上階のようだが、あのゴーレムが「さとり様」と言って上辺だけ慕っていた地霊殿の主はどこにいるのだろう?

 

「下のフロアも探すか」

 

 ゾロゾロと破壊された最上階から階段で降りていく。そして下に行くたびに感じる嫌な気配……。

 

「バイド反応が凄まじいな。ここの主はバクテリアンをペットとして受け入れたくらいだ。まさかバイドをも手中に収めているのでは……いや、ただバイド化したと考えた方が妥当だな」

 

 小型バイドが群がってくるが、これは主にジェイド艦隊が追い払っている。どこかに動物の面影を残したバイド達は恐らくここで飼育されていたペットで間違いないだろう。

 

 フロアを降りるたびにバイドの数が増えて増えて……そしてついに1階まで到達してしまった。

 

 そして、それらしき妖怪を発見した。身長は低く顔立ちも幼いが、胸のあたりで光る一つ目が恐ろしげでもあった。こいつが……地霊殿の主に違いない。バラカスたちが恐れ、ゴーレムが上辺だけ慕っていた……。

 

「そう『古明地さとり』。ごきげんよう、屋根から侵入するお行儀の悪い皆様」

 

 ステンドグラスの鮮やかな光に照らされたさとり。彼女のピンク色の瞳はどこまでも冷たくこちらを睨みつける。確かに屋根を壊したのは悪いことだが、俺だって不本意であった。これも……

 

「これも正義の為なんですってね。その為に上の階で暮らすペット達は雨ざらし。可哀想……」

 

 ペットといってもバイド化している奴ばかりだったし、そもそもバクテリアンが住みついていた……

 

「まああの脳みその妖怪は何処か胡散臭かったので、別に構わなかったのですがね。よからぬことも考えていたようですし」

 

 何なんだコイツは。俺は何も口にしていないのに勝手に話が進んでいくぞ。まるでこちらの心の中を見透かされているような……。うすら寒い恐怖が俺を襲う。なんなんだよこいつは、気味が悪すぎる。

 

 得体のしれない恐怖におののき後ずさりする俺に白蓮は伝えてくれる。

 

「あれがサトリ妖怪です。人の心の中をのぞき込む……ね」

 

 正体が分かったところで自由に思索できなくなることには変わりない。まごついているとジェイド・ロス提督がズイと前に出る。

 

「難航しているな。交渉事なら任せなさい。我々は地上から……」

「あ、貴方は……! 答えなさい、貴方達は地上からバイドを呼び寄せる親玉を破壊しに来た、違う?」

 

 先程とは違い少し焦ったかのような口調。提督は手ごわい相手だと分かったのだろうか?

 

「ふむ、話が早い。まったくもってその通りだ」

 

 涼しい風でも吹いたかのように飄々と答える提督。さらに続ける。

 

「ある筋から空から降り注ぐバイドの種子がこの地霊殿に集まっているという情報を得た。ここの主もさぞバイドに苦しんでいることだろう。何か今回の異変を引き起こしているバイドの親玉について……」

「うるさい! 貴方達に流せる情報なんてないわ! バイドなんてここにはいない、分かったらすぐに帰って!」

 

 うーん怪しい、あまりにも怪しすぎるぞ。これではまるでバイド異変に加担する側のような反応ではないか。いやむしろ今回の異変の首謀者とも取れる。

 

「こりゃ『黒』だな。ゲインズ、準備はいいか? 今度こそ『けじめ』をつけるぞ!」

「御意」

 

 格納庫からバイド戦闘機が多く展開される。対するサトリ妖怪もふわりと浮きあがる。こいつが本当に黒幕なのか? 違うとしても何かしらの形で関与している筈。聞き出せない以上実力行使で情報を得るほかない!

 

 俺も標的を睨み、操縦桿を握り直す。さあ、戦闘開始だ!

 

「クロークロー及びゲインズは巡航艦『ボルド』を用いて前線へ! 奴と戦い時間を稼いでいる間に波動砲を撃てる者は後ろで波動エネルギーのチャージを! アーヴァンクとタブロックは前線の援護及び前線が撃ち漏らした弾幕の迎撃」

 

 わらわらと布陣を組むはバイドの艦隊。提督の一声であっという間に陣形が完成していた。俺はというとゲインズと共に前線での作戦に従事することとなっている。

 

「数が多いわね……」

 

 だが心を読まれている割りにはまるで苦戦しないコンバイラたち。クロークローの牙が突き刺さり、放った弾幕も俺がレイディアントソードで迎撃するか、打ち消せずに後ろに飛んで行った弾もアーヴァンクのスケイルディフェンス弾が防いでしまう。

 

 そうしているうちに後ろに控えていた提督達が砲門や銃口に光を携え始める。

 

「波動砲チャージ完了。射線上にいるものは速やかに避難せよ!」

 

 心が読めるのならこの作戦だって分かっていたはずである。だが、さとりは悔しそうに唇を嚙みしめているのみである。

 

「相手の手が分かっていても、上手く対処できない。そういうことでしょう。ジェイドさん達が少数精鋭との戦いに慣れていないように、さとりさん……いえ、私達幻想郷の少女もこのような戦い方には慣れていないのですから」

 

 背後に控えていた提督たちが波動砲を当てるべく接近する。対するさとりは弾幕による攻撃は無理と判断したか、レーザーを当てる為に狙いでも定めているのか、ガイドとなるであろう光を薙ぎ払うように照らしている。

 

「む、この光は……? なるほど、そういうことか。ライトに照らされたら避けるんだ」

 

 しかし狙いを定めて攻撃に移るまでに時間がかかりすぎており、大した被害を出すには至っていない。

 

 ついに提督たちが射程距離内に標的を捉えた。発射の号令と共にまばゆい光が地霊殿を包み込む。これだけの波動砲を喰らえばひとたまりもない筈だ。

 

 閃光と爆炎、そして煙で周囲が何も見えないが、確実に仕留めただろう。いや、若干やりすぎたか?

 

「ケホケホ……なんて威力よ。でも見えたわ。貴方達のトラウマが!」

 

 ボロボロになりながらも、したり顔を見せる地霊殿の主。さすがに手ごわいか。

 

 それにしてもトラウマだって? そんなものでどう戦うというのか? ええい、訳の分からぬことを言っているが、降参しないというのなら更に追撃を決めなければならない。

 

「提督、あいつ全然へこたれてないよ。もう一度波動砲をぶちかまそう!」

 

 しかしバイド艦隊は微動だにしない。あれだけハキハキと艦隊に指示を出していたジェイド・ロス提督も何かに恐れて小刻みに震えているように見える。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

 一体何が起きたんだ? あれだけ勇ましく戦っていたというのに今ではすっかり怯えきってしまい、これでは完全に無力化されているようなものだ。

 

「あ、あああ……!」

「なんで……なんで……?」

 

 何か見えない脅威に恐れおののくバイド達。対するさとりは不敵な笑みを浮かべている。胸の目玉が異様に血走っていたりもした。

 

「だから言ったでしょう? 貴方達のトラウマを見つけたと。ほら、貴方にも見えないかしら、あの『夏の夕暮れ』とやらが」




(※1)バイター
沙羅曼蛇2に登場した1面ボス。大蛇のような姿をしている。弱点は口の奥だが常に口は開いているためいつでも攻撃できてしまう。
原作ではゴーレムを捕食してしまうなんて一面も見せた。


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第8話 ~うろおぼえの「夏の夕暮れ」~

ここまでのあらすじ


地底に住む変態紳士「罪袋」達や彼らのソウルフレンド(バラカス)から、バイドの種子と思われる黒い隕石が「地霊殿」という大きな屋敷に入り込んでいくのを目撃したという情報を得たアズマ。

ジェイド・ロス艦隊や白蓮と共に地霊殿に屋根から突入し、地霊殿の主である「古明地さとり」を発見。
隕石の被害を最も受けているであろう彼女にバイドの親玉について聞きこもうとするが、何故か彼女はバイドの親玉を倒すことを良しとせずに情報の提供を拒む。

これはバイド異変に関与していると踏んだ提督は艦隊を率いてさとりと戦闘を行う。

彼女は心を読むというとんでもない能力を持っていたものの、肝心の戦闘はあまり得手ではなく、ジェイド艦隊は順調にさとり追い詰めていく。

ところが急に得意げになるさとり。彼女が「トラウマが見えた」と口にしてから突然提督達が何かに怯えて動かなくなってしまったのだ。どうやら「夏の夕暮れ」というとんでもないトラウマを引き出されているようだが……。


 提督達バイド艦隊は相変わらず何かに怯えて小刻みに震えるのみ。白蓮も同じく冷や汗を垂らしながら、恐怖に顔を歪めているようだ。

 

「何をした? 一体何をしたというんだ!?」

 

 訳が分からない。勝利は目前にまで迫っていた筈だ。だというのに……。

 

「むむ、どうやら貴方のトラウマは『夏の夕暮れ』とは違うようですね。てっきりこいつらの仲間だと思いましたが、さすがに数が多かったので間違えてしまったのでしょう。まあもう一度貴方の心の中を覗き込むまで」

 

 こいつ、心の中に潜むトラウマを見つけてなにか妙な術を使っているらしい。そんなことさせるかっ! 今の彼女は手負いの筈。心の中を悟られる前に一気に攻撃を叩き込めば決着がつく。

 

「この程度の距離、アールバイパーの機動力なら一気に……」

「詰められるでしょうね」

 

 ステンドグラスの暗く色づいた光が照らす中、俺は蒼い刃「レイディアントソード」を掲げ、一気に間合いを詰めたがあまりに直線的な動きだったのが災いだったか、ふわりと回避されてしまう。彼女の胸で赤い目玉「第三の眼」がキラリと光る。

 

「でも、何人たりとも光の速さには追いつけないわ」

 

 次の瞬間、目玉から赤い光線が薙ぎ払うように発せられた。先程のようにレーザー攻撃を仕掛けてくる前兆なのだろうが、捉われる前に機体を回転させてそのまま最接近。ニードルクラッカーを発射する。青い針は的確にさとりを追いかけ、そして突き刺さっていく。

 

 俺は確かに攻撃を当てた。そして確実に効いているはずだというのに、不敵な笑みを崩さない。

 

「見えたわ、貴方の新鮮で特大級のヤツが。さあ、これからが本番よ! 眠りを覚ます恐怖の記憶(トラウマ)で眠るがいい!」

 

 次の瞬間、俺の目の前に現れたのはリリーホワイトであった。いや、普通のリリーではない。琥珀色の瞳をしたバイドに取り込まれた……

 

「はルでスよー、ハるですヨー!」

 

 うっ、こいつは確か幻想風穴の傍にいた……。なるほど、俺のここ最近のトラウマといえばコイツと一戦交えた時であった。

 

 予備知識がなければ驚いていただろう。しかし俺はこの仕掛けのタネを知っている。

 

「はんっ! トラウマを呼び覚ますというから何かと思ったら、要は対象のトラウマとなりえる幻を見せているだけじゃないか!」

 

 ジェイド・ロス提督も白蓮も何かに怯えてはいたものの、目の前には何もなかった。彼らの抱くトラウマは俺なんかの比ではないほど大きいものだし、ここまでの余裕もなかったのだろう。何より相手の手の内が分からなかったという事もあるし。

 

「残念だったな、俺は白蓮や提督ほどの大きなトラウマは持っていないんだ」

 

 黒ずんだ桜の花びらを弾幕として投げつけてくる。幻だと高をくくっていたが、被弾すると激しい衝撃と共に機体が大きく揺さぶられる。一応攻撃は本物という事か。この程度で機能停止することはないだろうが、何とかこの奇妙な術から抜け出さなくてはならないという事は分かった。

 

 ええい、忌々しい。とっととその幻とやらを打ち砕いてやればいいんだ。冷静にバイド化リリーの幻をロックオンサイトに捉えると、そのままニードルクラッカーを放った。

 

 青白い光の針が幻を引き裂いていく。黒ずんだ桜の花びらを散らしながらまがい物のリリーは消えていった。

 

 とはいうものの、まるで意志を持ったかのように黒ずんだ桜の花びらが執拗にこちらに絡みついてくる。

 

 銀翼全体にまとわりつく桜の花びらを振りきろうと加速するもどこまでも迫ってくる。

 

「ええい邪魔だ!」

 

 これ以上しつこいのは御免だ。俺はレイディアントソードを取り出すと、思い切り一閃する。ポトリポトリと花弁は落ちていった。まったく、往生際の悪い幻だ。

 

「白蓮、これは幻だ! 恐れるものは何もない!」

 

 タネが分かってしまえばこんな能力はこけおどしにすらならない。今もトラウマを抉られて頭を抱えている白蓮に声をかけた。

 

 呼びかけて俺は妙な悪寒を感じた。白蓮の様子が変だ。

 

「白蓮、俺だよ、轟アズマ。あいつの能力の正体が分かった……」

「幻想の地を脅かすバイドは徹底的に駆逐します!」

 

 この俺がバイドだと!? いったいどんな幻を見せられているんだ。どうにか白蓮を落ち着かせようと宥めようとするが、大小様々な弾幕を張ってきて、とても対話できるような状態ではない。

 

 不意に突き出された拳。俺は咄嗟に防ぐべく、レイディアントソードの腹で受け止めた。ガチンと重たい衝撃と鋭い激突音。ギチギチとつばぜり合いになるが、やはりというか何というか、俺が押されている。

 

「まだわからないのか! 俺は轟……」

「アズマさんはそんな醜い姿ではありません! 私の大切な仲間の名前まで使って……許せない!!」

 

 蒼き刃の光沢が、琥珀色の光に反射してこちらの姿を映し出す。バイドだった、そこに銀翼の姿はなく、醜い肉塊がただただ尼僧と対峙していただけだったのだ。

 

「ああ……あ……!?」

 

 操縦桿を握るその腕も恐ろしい程に隆起しており、元の人の体ではないものになっていた。

 

 そんな、あり得ない! どうして……。しかし白蓮は止まらない。俺が驚愕しているのをいいことにつばぜり合いを制すると、追撃をかけるべく蓮の花の形をしたオプションを展開してきた。まずい、本気だ。あんなのまともに食らったら……!

 

 いやいや落ち着け、これは幻。全部幻なんだ。バイド化したリリーなんてこんなところにいるはずないし、俺が何の脈絡もなくバイド化なんてする筈がない。

 

 恐れることは何もない。何もないんだが……突破口も見えない。

 

 幻とはいえ白蓮と戦うつもりは毛頭ない(というか勝ち目がないだろう)し、ではどうやってこの妙な空間を抜け出せばいいのかというとすぐに答えが出てこない。

 

 答えは出てこないが攻撃にさらされていることはハッキリしているので、俺は集中を途切れさせないように白蓮の動きに注視する。

 

 特に対処法も思いつかぬまま白蓮の幻がオプションから赤いレーザーを照射してきた。あんなの喰らってはひとたまりもないと回避行動に出る。

 

 踵を返し、バーニアを思い切り吹かして出来るだけ距離を取ろうとするが、押し寄せる弾幕の方が圧倒的に早く、俺はすぐさま退路を塞がれてしまった。

 

 錐揉み回転しつつ、強引に包囲網を抜け出すが、やはり完全に避けきることが出来ず片翼に被弾。バランスを崩し、動けなくなったところに再び白蓮が近寄ってきた。もはやこれまでか?

 

「幻想の地に仇なすバイドバイドばいばいばいばばばばば……」

 

 琥珀色の視界にノイズが走る。視覚と聴覚にザザザと砂嵐が吹きすさんでいく。そしてドスンと衝撃が襲ってきた。

 

 いつの間にか琥珀色に染まっていた世界は、元の薄暗いステンドグラスの心許ない光だけの世界に戻っていた。どうやらさとりの見せたトラウマ世界から抜け出せたようだが、現実世界は現実世界でてんやわんやのようであった。

 

「地震っ!?」

 

 そう、今まさに地霊殿全体を揺るがしている。今まではバイドの種子が激突した際の大きな揺れを地震と誤認することもあったが、この地表を力強く揺さぶり続けるこの感覚は紛れもなく地震そのものである。

 

 見るとさとりが床にへばりついて倒れないようにと踏ん張っていた。恐らく地面の強烈な揺れでバランスを崩してしまい、こちらへの精神攻撃が緩んだのだろう。

 

 またとないチャンスを生かさない手はない! 隙だらけの異変の首謀者に狙いを定める。

 

「トラウマを抉る卑劣な妖怪は絶対に許さないっ!」

 

 カチリと思い切りトリガーを引く。とどめのニードルクラッカーだ。これで、バイド異変の真相に近づけるはずだ。しかし……。

 

「ニャーン!」

 

 鼓膜に響くけたたましい鳴き声を上げながら、2本の尻尾を持った黒猫の妖怪が庇うように躍り出る。猫の妖怪は瞬く間に赤毛の少女の姿に変わると、片手から壁を張るように炎を展開し、ニードルクラッカーを防いでしまった。

 

「あ、貴女は火焔猫……」

「だぁー、長ったらしいから『お燐』でいいっての! 悪いけれどこれ以上さとり様に危害を加えさせないよ!」

 

 お燐と名乗る猫の妖怪も白蓮と面識があるようだ。猫の姿をしていたし、おそらくはアレもペットの一員なのだろう。

 

 今も激しく揺れる地霊殿、精神的にすっかり消耗した白蓮に提督達、そして新たに現れたさとりの仲間。これは……

 

「分が悪いな。一度撤退するべきだ」

 

 確かに。俺はやはり疲れ切っている白蓮に目くばせすると、一目散に地霊殿の扉から外に脱出した。

 

 最後の扉を抜けると、わずかながらに明るくなった気がした。揺れる地霊殿から命からがら俺達は脱出したのだ。

 

「全員無事か? そうか……よかった。あそこがバイドの本拠地であると分かり、そしてバイド異変の首謀者がどんな奴なのか分かっただけでも大きな収穫だ。今は帰ろう、帰ればまた来られるから」

 

 その声はいつもの落ち着いたものではなく、焦燥しきり弱弱しく震えたものであった。無理もない、提督達を襲ったトラウマは他でもない「夏の夕暮れ」だったのだから。

 

 それにしてもとんでもない能力だ。本人の弾幕ごっこのセンスがないとはいえ、こちらの考えが筒抜けなのだ。こんなでは勝負にならないし、さっきのようにトラウマを抉りだされたらひとたまりもない。

 

 今は体勢を立て直そう。特に白蓮とジェイド・ロス提督の精神的ダメージが尋常じゃない。

 

 俺は二人に落ち着くようにと優しく励ましながら地霊殿から離れていった。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、地上の守矢神社……)

 

 地底を襲った大地震はその振動を地上の、そして天を貫かん勢いでそそり立つ妖怪の山頂上にまで伝搬していく。

 

 守矢神社の最奥、大きな揺れを受けて照明の光がグラグラと揺れ動く中、神奈子はただ一人渋い表情を見せ、それでも微動だにしていなかった。

 

「地底から……だな。仏教勢は、アズマ達は上手くやっているのだろうか……?」

 

 そんな折、神社に急速に接近するは蒼き翼。

 

「神奈子様っ! 河童の集落外れからマグマが……止まりません!」

 

 息を切らせた風祝が告げる。フムとわずかに首を動かし思索を巡らせる神様。

 

 豊富な水が煮えたぎる溶岩をせき止めるであろうが、居住区をやられる可能性も否めず、更にただの噴火ではなくバイド異変が関わっている可能性が極めて高い為、対策は必須である。そう神奈子は判断した。

 

「諏訪子、留守を頼んだぞ。私は早苗と一緒に河童達をどうにか指揮して被害を最小限に食い止めなければならない。早苗、マグマの他にバイドも地上に噴き出たはずだ。奴らを地上にのさばらせないよう、速やかに排除するぞ!」

 

 名前を呼ばれてどこからかピョコと飛び出る目玉付きの帽子。あまり事の重大さを分かっていないようで、どこか薄ら笑いを浮かべている。

 

「留守の間に神社を乗っ取っちゃったりして」

「言ってろ。久方ぶりに神様らしいところを見せるんだ、貰える信仰も大きいだろう。んなことしてたらパワーアップした私の力でつまみ出して……」

「もうっ! 神奈子様も諏訪子様もっ!」

 

 そう、真意かどうかも疑わしい軽口に付き合っている暇はない。河童の集落が滅茶苦茶になる前に手を打つべしと神様と風祝が頂から降りて行った……。

 

 

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(その頃地霊殿内部……)

 

 すっかり揺れの収まった地霊殿であるが、棚の上に乗っていたものが床に散乱していた。お燐は自らが引き連れていたゾンビのような姿をした妖精達を使役して周囲を片付けている。本当に私のペットはよくできている。

 

 私の能力は物言わぬ動物たちに好かれる一方で、(自分で言葉を話すことが出来るから)心を読まれる必要がなく、それゆえに心を読まれることを恐れる人間や妖怪達には忌み嫌われている。

 

 お燐は長く生きるうちに物言う妖怪へと変じたが、こんな私のことをちゃんと慕ってくれている。どんな時も、どんな状況でも……。

 

「……り様ー、さとり様ってば!」

 

 片付けるその片手間に、愛しいペットが私に語り掛けていたようだ。

 

「さとり様を狙う侵入者は逃げていきました。どうします、これ終わったら追いかけてとっちめてやりましょうか?」

 

 ぶっきらぼうに本を放り投げると、ゾンビな妖精がこれをキャッチして元の本棚へと戻していく。一見乱暴な扱いだが、あれで傷一つつかないというのだから素晴らしい。まあお行儀は悪いけれど。

 

「いいえ、それよりもお燐にはもっと重大な任務を……」

 

 確かにバイド異変を解決しようと躍起になる存在は今の私にとっては厄介なことこの上ない。だが、あの調子ではしばらく地霊殿には近寄らないだろう。特に何故か異変を解決するべく動いているバイド艦隊たちの負ったトラウマは残酷なことこの上なく、一瞬私もあのトラウマを見せるかどうかを躊躇ったくらいだ。

 

 そう、私も見てしまったのだ。バイドとはどういう奴であるのかを、バイドの本当の恐ろしさ「バイド化したものはそのことに気が付くことが出来ず、そしてもはや元の姿に戻ることはあり得ない」ということを。

 

 以前からも襲ってくるバイドと思しき個体の思念を読み取り、それらしい情報はチラホラと得てきてはいたが、今回の件でその忌まわしき仮説の信憑性が一気に高まってしまったのだ。

 

 だから、いやだからこそ……か。私は確かめなくてはならない。あの赤いバイドの抱いたトラウマが本物なのかを。バイド討伐などはその気になれば私にも可能だ。しかし、あちらの件は……。

 

「お燐、旧灼熱地獄に向かい『あの子』に会ってきなさい。どんなに小さな事でもいい、何か変化があったら私に教えて。これは貴女にしか頼めない事、分かりましたね?」

 

 本当はこんなこと無意味だ。だけれど、本当はあいつらが知らないだけで、何かいい手立てがあるに違いない。祈るように、すがるように、私は消え入りそうなその声を絞り出した。

 

「また旧灼熱地獄ですか!? ですがさとり様もよく知っているようにマグマの勢いは今も増していくばかりで、さっき向かった時も命がけだったのですよ? あの調子では最早あたいにも……」

 

 この時の私はどんな顔をしていたのだろう。きっと、とても怖い顔でお燐を睨み付けていたに違いない。愛しきペットが恐怖に身をすくめていたのに気が付くと、私は慌てて表情を緩めた。

 

「わ、分かりましたよさとり様……」

 

 しょげかえるとお燐は踵を返そうとする。私はその前に一言声をかけて引き留めた。

 

「いいですか、『あの子』が助かるかはお燐にかかっているのです。ですから、ですから……うっ……うう……」

 

 最悪の光景が脳裏によぎる。何もかもが手遅れになってしまう結末が、楽園が崩壊し、そして『あの子』が無残な最期を迎えるその時が。

 

 そしてその時は回避する猶予も与えずに近づきつつあるのだ。こんな……こんなことって!

 

「さっ、さとり様っ!?」

 

 それはそれは声を上げて泣き叫んだ。ギュッと抱きしめその胸の中に顔を埋めて。

 

「そんなに大泣きしなくても……ちゃんと行ってきますから! あたいだって何とかしたいですし。ご安心ください、全て元通りに、元通りにしましょう! 出来ますから……ねっ、信じましょう?」

 

 そのままお燐は黒猫の姿に変じると私の両腕からスルリと抜け出し、走り去って行ってしまった。

 

 私は最後までお燐に真実を伝えることが出来なかった。そして私もそれを真実として受け入れることが出来なかったのだ。何か方法がある……と根拠のない希望にすがって。

 

 だってそうしないと……あの銀翼は春告精にやってのけたように「あの子」を撃ち殺すに違いないのだから。



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第9話 ~嫌われ者からも疎まれし者共の王国~

ここまでのあらすじ


バイドの種子はまるで引き寄せられるように地霊殿に向かっていることを突き止めたアズマ達。さっそく地霊殿の主である「古明地さとり」に事情を聴こうとするが、なかなか口を開かない。

今回の異変の首謀者である可能性が高いということで弾幕ごっこで屈服させ、何としても情報を吐かせようとジェイド・ロス艦隊がさとりに挑む。

ところがサトリ妖怪である彼女は「心を読む程度の能力」を用いて相手のトラウマを抉りだし、その幻を見せるという恐ろしい戦法の使い手であった。
「バイドを倒して故郷である地球に戻ったものの、自分がバイド化していたためにその地球人に銃を向けられた」という大きなトラウマを抱えるジェイド・ロス艦隊は「想起『夏の夕暮れ』」を発動されてしまい、手も足も出なくなってしまった。
同じく1000年前の出来事がトラウマになっているであろう命蓮寺の少女達も機能停止。

一方のアズマも自らのトラウマを見られ、バイド化したリリーホワイトが目の前に現れる。さとりのミスでこれが幻であることを突き止めてはいたが、そのアズマも対処法が分からずじまい。

そんな折、地底で大地震が発生。さとりは揺れでバランスを崩して転倒したのか、幻が消えていく。

アズマはまたとない反撃のチャンスと思い、攻撃を仕掛ける。しかし、彼女を守るように立ちはだかった黒猫の妖怪「お燐」。

提督は「未知の妖怪に一人で(バイド艦隊も白蓮もトラウマ攻撃ですっかり精神を消耗していて戦える状態ではなかった)挑むのは危険」と判断し、全員この場から撤退することに。

どうやらさとりはさとりで、アズマ達を先に向かわせるわけにはいかない理由があるようなのだが……。


 激しく地底を揺るがした地震は落ち着きを取り戻し、そして地霊殿からも遠く離れた。戦闘で疲弊したアールバイパーも聖輦船が回収し、今は機体から降りている。

 

 聖輦船の中で今も白蓮さんはガタガタと震えが止まらないようであった。どうしていいか見当がつかなかったが、俺はそんな彼女の手をぎゅっと握る。少しだけ震えが収まった気がした。

 

 一方の聖輦船の傍を航行しているコンバイラ達も元気がない。みんな酷いトラウマを引き出されてその精神的ダメージが今も残っているのだ。

 

 それにしてもこれからどうしたものだろうか? 地底には居場所がない俺達。明らかに一度体勢を立て直したほうがいい感じであるが、それを可能とする安全地帯が確保できないのだ。

 

 市街地まで戻ってもそれは同じであった。船の外に目をやって何かないかと思索を巡らせていたら……。

 

「なるほど、アイツらがいたか」

 

 遠くから見ても丸分かりの真っ赤な先端を持った肉の棒を発見した。相変わらず取り巻きに罪袋を連れているあイチモツはバラカスのもので間違いないだろう。

 

「白蓮、まずは身を隠して体勢を立て直す必要がある。協力してくれるヤツに心当たりがあるんだ」

 

 それだけ告げると俺は再び銀翼に乗り込んで聖輦船から飛び出して降り立った。

 

 

__________________________________________

 

 

 

「あっ、アンタは確か……」

 

 罪袋を囲っていたイチモツの形をしたバイドは「原始バイド」のバラカスで間違いないなかった。

 

「おお、我がソウルフレンドのアズマじゃないか! あの地霊殿に突っ込んで生きて帰ってきたのか、嬉しいぞ」

 

 なんか勝手に魂の友達扱いされてる。それはつまりこの変態の罪袋どもと同じ扱いになってるってことになるのだが、うーむ……。

 

 しかし彼が心から喜んでいるのは本当のようで、さっきからピョコピョコとイチモツを揺らしていることからもそれは明白だ。

 

「アンタが言う通り、地霊殿の主は恐ろしい能力を持っていてね。それで命からがら逃げてきたんだ」

 

 その後はしばらく匿って欲しいという旨を告げる。そうすると、まるでそう答えることが当然であるかのように快諾してくれた。

 

「うちの里に来るといい。俺ら原始バイドも一時期からかなり減っちゃってすっかり寂れているけれど、広さだけは無駄にあるから」

 

 それはよかった。俺は聖輦船に向かってサムズアップすると、バラカス達についていくようにと促した。

 

 

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 市街地から離れると灯りも減って薄暗く陰気くさい地区が増えてくる。そして更に進むと、遠くにまた別の明かりが灯っているのがボンヤリと見えてきた。

 

「お、見えてきた見えてきた。あれこそが我ら原始バイドの里なのさ。あと少しだから頑張ってね」

 

 遠くの光がどんどんと大きさを増していき、そして入口まで向かうとその大きさに俺は圧倒されてしまった。本当に村になっているのだから。

 

「地底にこんな場所が……。私も知りませんでした……」

 

 あんぐりと開けた口を、押さえてなおも漏れ出た白蓮の第一声。

 

 路面も舗装されておらず、市街地程に文明レベルが進んでいるとは思えない有様ではあったが、確かにそこには様々な住民は息づいており、バラカスが謙遜するほどに寂れているといった感じではなかった。

 

 だが、少し不思議な面もある。まず結構バイドではない住民が目立つことだ。明らかに人型をした妖怪……というか罪袋がいっぱいいたり、さっきはバクテリアン戦艦ともすれ違った気もした。そして何よりも気になったのが、俺達がここを通るたびに住民たちは何故かひれ伏していくことであった。

 

 そうやってこの里の中を歩いていると石造りの大きな建造物が見えてきた。

 

「ここが俺ん家。何にもないところだけど上がって上がって」

 

 見るからに分厚そうな荒削りの壁面で囲われたその建物は、塔のようにそびえ立つモニュメントが特徴的であった。まるでバラカスの頭部のような見た目の……。

 

「な、なんて破廉恥なっ!」

 

 あだぁ!? 赤面した白蓮に何故か八つ当たり気味に叩かれてしまった。モロにイチモツだしなぁ、あのデザイン。

 

 ところでこのモニュメント、実は溜池の中心にそびえ立っており、時折その「先っぽ」から噴水のように水が噴き出ていく。そしてその水が石造りの壁を伝って滝のように落ちていくとお堀へと流れ落ちていく仕組みになっているようだ。なんか無駄にスゴイ。

 

「な、なんだよコレ? 里っていうかお城じゃん」

 

 城の内部もやはりイチモツそのものやバラカスを模した像が至る所に飾られている。この手のものが苦手な人なら発狂するレベルだろう。現に白蓮は眩暈でもしてるのか、フラフラしながら一言。

 

「もしかして、貴方はここの王様なのですか? だとしたら里の人々がひれ伏すのも分かりますが……」

 

 そして最後に通された部屋はひときわ大きかった。相変わらず鈍色(にびいろ)の壁に天井と変わり映えがしない風景ではあったものの、どこか王室的な上品な風格が漂った空間であった。いや、結局はイチモツだから下品ではあるんだけど。

 

「いや、そんなものじゃないけどね。アイツら(そう言って取り巻きの罪袋達を指さす)が言うには、俺はこの里の神様なんだって。このでっかい石造りの家も勝手にここにあった大岩を削ってアイツらがこさえてくれたんだ」

 

 自然な流れで「さあさあ」と俺はやはり石を削って造られていたソファに座らされる。うむ、やっぱり硬い。

 

 バラカス自身も自らの体のサイズに合った玉座のような形をした椅子のようなものに腰掛け、チョコンと部屋の真ん中に収まっている。

 

「某にはますますバイドという存在が不可解に思えてきた……ううむ」

 

 自らの、いや厳密には自らと同じような姿をした別の存在に対して苦悩するゲインズ。

 

「でも、バラカスさんはどうしてこんなに慕われているのですか? 普通は神様って呼ばれるほどの功績なんて中々あげられないものですよ」

 

 さすがの白蓮もこの状況に慣れてきたのか、疑問点をぶつけて見せる。

 

「ああ、それね。俺がこっち来てからこの辺りは荒れ放題だったんだけど、それだとお肌も乾燥しちゃうじゃん。だからね、ここに水源引っ張ってきたの。そしたらさ、なんか知らないけれど同じ境遇の原始バイドや、あの『罪』って覆面被った奴らが水を求めてやってくるようになっちゃってさ」

 

 そうやって話していると罪袋の一人が天井からぶら下がったロープを引っ張っている。するとバラカスの上部から水が流れ落ちてきて水上に浮かんでいるような形になった。この水の上に浮かぶ状態こそが俺も見覚えのあるバラカスであった。

 

「まあ水なんていっぱいあるから独り占めすることもないよなーって。だから水を分けることにしたんだ。あー、やっぱ風呂はいいよね、風呂は」

 

 そのまま流れ落ちる水に打たれるバラカスはシャワーでも浴びるように主に先端部分を中心に洗い流していた。本人は大したものではないとサラリと語っているが、普通に慕われるレベルだ。

 

「ふー、やっぱここが一番落ち着くな。んでね、あいつらは俺のことをやれ『神様』だの『ご立派様』だのって祭り上げるんだ。んで、こんな風に俺の家を作ってくれたり、周りを里っぽくしてくれたりってね。俺は俺でアイツらが居場所がないって嘆いているのを聞いていたから『じゃあここに住んじゃう?』って流れになってさ」

 

 そうやって話しながら、時折体をグルンと回転させると赤黒い先っぽを水に漬けてまた元の体勢に戻るのを繰り返していた。元々は自分一人の為にやっていたことが周囲の共感を呼び、バラカス本人も彼らを拒絶することなく受け入れ、そして気が付いたらみんなのリーダーである。なんて凄い奴なんだ、見た目はモロにチ○コなのに。

 

「この方、こんな見た目でこんな言動なのですが、実は周囲を思いやれる優しい方だったのですね。貴方のような方が大多数のバイドだったらこんな異変も起きなかったのに……」

 

 そりゃ無理ってものだ。というかコイツもコイツで群れていたら侵略者になっていただろう。忘れてはいけない。バイドとは破壊の権化。たとえ原子バイドだったとしても侵略者としての過去は拭えない……。

 

「さて、俺の過去はこんなもんでいいだろう。それよりもさ、地底にはこんな感じで地下水が結構出てくるんだ。それらがマグマで熱せられると、どうなると思う? ふふーん……そう、温泉だ! 心と体が疲れた時は温泉に限る。さあさあ旅の方々、随分と疲れ切っていると見受けられる。是非是非、我が里自慢の温泉に。特に白黒の麗しきご婦人なんかはっ!」

 

 その鶴の一声を引き金に罪袋達は半ば強制的に白蓮さんの背中を押して風呂場まで案内していってしまった。何故か号令を出しておきながらバラカスもその後に続く。

 

「我々は『紳士』だからな、レディーファーストなのだよ。君も紳士の端くれなら待つことは苦痛ではない筈だな? では、私も準備の手伝いがありますゆえ……失礼」

 

 最後に一人残った罪袋もこれだけ言い終えるとそそくさと立ち去ってしまった。

 

「うーむ。『紳士』……ねぇ。何やら嫌な予感がする」

 

 一人、ジェイド・ロス提督だけが「紳士」という言葉を噛み締め、訝しんでいた。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(そして風呂場まで連れてこられた白蓮は……)

 

 いきなりのことで困惑していた白蓮であったが、とうとう脱衣所まで連れてこられてしまった。ここまで来たのだし、罪袋達も退出してしまったしで、折角だからと彼女はゆっくりと服を脱ぎ始める。

 

「確かに地底に来てからゆっくりと息をつくこともありませんでした。私も疲れているのかもしれませんね……」

 

 

(同じ頃、案内を終えたバラカス達は……)

 

 

「よし、服の擦れる音を確認。俺の勘だと今は生まれたままの姿っ!」

「うっひょー。バラカス神様、今すぐにでもあのたわわな胸に飛び込みたいですっ!」

 

 バラカス達の去り際にジェイド・ロス提督が抱いた嫌な予感は(ある意味)的中、コイツらはこんなことを企んでいたのだ。

 

「だが慌てるなよ? 下手に仕掛けて見つかったらオシマイだ。ここは地の利を活用すべし。水中からゆっくりと近づいてだな……」

 

 

(そんな企みなど露知らず、湯船を前に白蓮は……)

 

 

 岩場を掘って作ったであろう風呂場は天井が突き抜けておりいわゆる露天風呂という形式であった。風は止んでおり、時折流れ落ちる温泉の他に波を立たせるものもない。

 

 白蓮はつま先をゆっくりと湯気立つ水面に近づけ、ピトと一つの波紋を広げる。続いて膝、太もも、腰、そのたわわな二つの果実と続いていき、最後には肩が湯に浸かった。そのたびに水面が揺れ、まっさらな水面のキャンパスに円状の波紋を広げていく。

 

「はふー……」

 

 その「果実」は完全に水に沈まないのか、若干浮かんでいるようにも見える。しかし風呂を借りているのは白蓮一人だ。ゆっくりと息を吐くと湯船の中で大きく伸びをした。

 

 そんな彼女を狙うケダモノが水中で息を潜めているとも知らず……。

 

 

(浴槽の底では……)

 

 

「(ふははは、水中水上は俺様の独壇場! 俺とていくら事情があるらしいとはいえ、タダで温泉を貸すほどお人よしじゃねぇぞ!)」

「(対価にはその美しい柔肌を堪能することを要求す!)」

 

 浴槽の底に張り付いてジリジリと白蓮に近づく影があった。もちろん、不埒な罪袋どもと彼らを率いるイチモツのものである。だが今はお湯の濁りと沸き立つ湯気がその姿を隠している。

 

「(よし、この辺りだな。おおぅ……美しすぎる。まるで彫刻のような……)」

「(な、なんという大きさだ。バラカス神様、我々には刺激が強すぎますっ!)」

「(こっちを向け、向くんだ! よし、そのまま、そのまま……)」

「(ええい、遠すぎて肝心な場所が見えないぞ! もっと近くで……)」

「(ノー! 見つかったらジ・エンド。それにセクシーなうなじはここからでも丸見え。あまり欲を出しては……)」

「(で、でも……もう我慢できねぇ!)」

「(突っ込むぞ。バラカス神様、ばんざーい!)」

 

 大きな波を立てて、二つの影が白蓮に接近する。

 

「(あっ、バカ! のぼせてまともな思考が出来ていないんだ。連れ戻さないとマズいぞ。俺が行く)」

 

 追いかけるイチモツのバイド。しかし時既に遅し。明確な異変を察知した白蓮はこの場を去ろうと振り向いたところであった。そして対面してしまったのだ。その赤黒い先っぽと……。

 

「あ、貴方は……!」

「ち、違うんだ。ご婦人を浴槽に誘った後で温度が原始バイド向けに調整されていたのを思い出してだね。ぬるすぎたり熱すぎたりしたらまずいと思って、温度の調節をしなきゃいけないと思ってこうやってだね……。えっ、それなら一人でいい筈なのになんで取り巻きもいるのって? いいい、嫌だなぁ、そんなことある筈……」

 

 

__________________________________________

 

 

 

 そのおぞましい轟音は地底中に響き渡ったのかもしれない。「南無三っ!」という恐らく白蓮の声と共に響き渡った轟音は怨念とも断末魔とも妖獣の咆哮とも取れる恐ろしげなものであった。

 

「ああやっぱり……。あいつらもバイドってことか……」

「罪袋は違うと思うけどな」

 

 提督と俺で呆れかえっていると、程なくして妙にホコホコと湯気立つ白蓮と原始バイドどもが戻ってきた。バイドと罪袋達はよほど激しく南無三されたのか、ボロボロになりながらもペコペコと今も詫びを入れていた。

 

「ほんの気の迷いだったのだよ。ご婦人があまりにも美しくてつい魔が差して……」

「えぐっ、えぐっ……」

「ほら、コイツらもこれだけ反省しているし、もうこんな馬鹿げたことやらないから、どうか許しておくれよ。コイツなんか泣いちゃってるんだよ?」

 

 そんな変態どもから顔を背けるようにして頬を膨らましているのは白蓮であった。

 

「まったくよりにもよって湯船の底からニョッキリ出てくるだなんて……卑猥にも程というものが……」

「あ、お風呂空いたからアズマも入っておいでよ」

「話を逸らそうとするんじゃありませんっ!」

「ひーん!」

 

 なんか修羅場っぽいし、俺もここを離れるか。

 

「提督、背中でも流すかい?」

「いや、君と一緒だと万が一バイド汚染とかしたら怖いからやめておく。君もゆっくりと汗を流すといい。さて、私は岩盤浴でも楽しむかな」

 

 

__________________________________________

 

 

 

 そんなわけで俺は一人で浴槽へと向かった。少し前にあの惨劇(自業自得だけど)があったとは思えない程に周囲は整頓されていた。湯加減は若干ぬるいかもしれない。大体40度をわずかに下回っているくらいだろうか。とはいえこれくらいの温度の方が長く入るにはピッタリだ。

 

 ゆっくりとその身を湯に沈め、戦いで疲弊した身と心を存分に癒す。一人になって話し相手がいなくなるといろいろな思考が脳内を交錯する。

 

 バイド異変のこと、バイドに加担するサトリ妖怪のこと、原始バイドのこと、そして俺が幻想入りしてからいつだって頭から離れることのない我が信用すべき、でも何一つその素性を知らない相棒「アールバイパー」のこと……。

 

 柄にもなく頭を巡らせるが、余計に疲れてしまうので考えるのはやめた。湯船で大の字になっていると真っ白い物体がフワリと飛んできた気がした。何事と目をこすりもう一度空を見てみると、何のことはない、コンパクのものである。

 

 チャプンと湯船に入ると俺の腕の中でスリスリと甘えてくる。火照った体にヒンヤリ気持ちがいい。

 

「まったく、今は男湯だぞ? この甘えん坊さんめ、うりうり」

「~♪」

 

 思わぬ来客の登場で一人風呂ではなくなったが、ここでクヨクヨ考えていても何も解決しない。こうやって心の洗濯を終えたら次なる戦いに備え、その身を存分に暖めようではないか。

 

 そうやって不思議な霊魂と湯船で戯れていると、彼女が急に体を小刻みに震わせた。何かが接近しているのか?

 

「……!」

 

 今もキョロキョロと周囲を見回しているようであり、こちらにも緊張が伝わる。そういえばコンパクは今でこそ人魂のような姿を取っているものの妖夢、つまり年頃の少女としての姿も持っている。まさか、その姿のコンパク目当てにまた罪袋どもがどこかに潜んでいるのか? まったく懲りない奴だ……。

 

 何のことはない。地底の腕っぷしの強そうな妖怪に囲まれても半霊の姿で軽くひねったくらいだ。罪袋ごときにコンパクが少女の姿になって迎撃することはないだろうし、そもそも男の体である俺が奴らのターゲットになるとは考えにくい。

 

 無用な気を張ったな。俺は再びゆっくりと息を吐きながら湯船に浸か……待て、今何か光ったぞ!?

 

「警戒を続けろコンパク! 何かいる。覗きなんて感じじゃなかった」

 

 今俺が一瞬目にした小さな点は二つ並んでいたことから眼光である可能性が高い。そしてそれが俺に向けられていたという事はその眼光は元から俺が目当て、つまり覗き目当ての罪袋どもとは別のものということになる。だ、誰だ……?

 

 湯船の温もりなど感じさせない程にゾクリと悪寒が全身を駆け抜けた。ここは原始バイドであるバラカスが神様として取り仕切っている場所とはいえ、外部と直接繋がっている露天風呂ゆえに俺を狙う何者かが襲撃しに来たとも考えられる。俺も思わず立ち上がり、いや、こういう時は身を隠すべきなのか、ダメだ、体が動かない……。

 

 コンパクも気を張って索敵をしているようだ。そしてとある箇所に視線を集中させると、コンパクは妖夢の姿へと転じ、攻勢に出る。しかし……

 

「こ、コンパクっ!」

 

 彼女の周囲で紫色の火柱が上がるとコンパクは元の半霊の姿に戻り、どす黒い電気をまといながら床に叩きつけられてしまった。

 

「……っ!」

 

 まるで地面に張り付いたように身動きが取れないでいて、苦しそうにジタバタともがいている。間違いなく敵だ、明確な殺意をこちらに向けた敵が迫っているんだ。

 

 まずい……まずいまずいまずい! 俺はアールバイパーなしでは無力。コンパクも敵の術にはまり動けないでいる。というより今の俺は裸だ。敵はこの最も無防備な瞬間を虎視眈々と狙っていたのかもしれない。

 

 そして奴が姿を現した。やたらと大きな「ニャーン!」という鳴き声を上げて、二股の尻尾を持った黒猫が浴槽のふちをゆっくりと音もなくジリジリとこちらに迫ってくるのだ……!

 

 湯気立つ地底の露天風呂。しかしそれを微塵にも感じさせない程の冷たい視線。そして今の鼓膜をつんざくようなよく通る鳴き声を発した二股の尻尾を持った黒猫。

 

 この姿、この鳴き声、そしてコンパクを縛るこの炎……。俺は知っている。お燐だ。お燐が俺を目当てにここまで追いかけてきたんだ。白蓮やジェイド・ロス提督率いるバイド艦隊と離れる瞬間を、そして俺が最大の隙を晒すその時を狙って……。

 

「ああ、あああ……!」

 

 この黒い化け猫はゆっくりゆっくりと近寄っていく。恐怖のあまり俺は悲鳴を上げることすら出来なかった。

 

 殺される……。今の俺はさとりの敵。さとりのペットはこの化け猫。この化け猫の敵は、紛れもなく俺……!

 

 落ち着け、落ち着くんだ。何とかしてこの状況を切り抜けなくては。

 

どうする……!?



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第10話A ~全面戦争~

地霊殿で「さとり」に敗れたアズマ達は原始バイドの「バラカス」が統治する村に身を隠す。
ところがさとりのペットである「お燐」の魔の手はここにまで伸びており、無防備なアズマに牙をむくのであった。


※こちらは正史ではないエンディングになります。


 露天風呂で無防備になっていた俺にゆっくりと近寄ってくるのは地霊殿で見かけたあの黒猫だ。直接戦闘を仕掛けるのはあまりに無謀である。

 

 冷静になるんだ。お燐がいくら人知を超える能力を持った妖怪といえど、化け猫は化け猫。そう、所詮は猫なのだ。

 

 猫は何が嫌いか? そう、猫は濡れることを極端に嫌う。そしてこの風呂場という場所はその苦手な水がそこら中にあるではないか。

 

「こンの野郎っ!」

 

 俺は水面を思い切り横から張り手する。水しぶきとなってお燐を襲った。バシャとお湯を思い切り被ってしまったお燐は驚きの声を上げると逃げ出してしまう。

 

 よし、どうにか追い払ったぞ……。

 

 いつの間にかコンパクを縛っていた炎は消えており、改めて追い払えたことを実感する。

 

 ほどなくして騒ぎを聞きつけたのか、白蓮が風呂場に駆けつけてきた。

 

「アズマさんっ! 今恐ろしい音がこの場から……」

「お燐だ。お燐が俺が一人になる瞬間を狙って襲ってきやがった!」

 

 襲撃という事実が、地霊殿の奴らが本格的に俺達を消しにかかっていることを明白にしている。

 

「私の聞いた声は猫の声だったような気がしましたが、やはりお燐のものでしたか……」

 

 無言でコクリと頷く俺を見て白蓮は湯煙の中、伏し目がちになる。その眼差しはとても悲しげであった。

 

「彼女は死体を集める為には手段を選ばない妖怪です。墓地のご遺体目当てに命蓮寺に入門しようとしたこともありました。私はもちろん断りましたが……。おそらくバイド異変以前に我々命蓮寺の人間に恨みを持っていたのでしょう」

 

 戦争だ、戦争が始まる……。これはバイドを用いて地底を汚染せんと企むサトリ妖怪と、そのバイドを持ってバイドを制すべしと地上から殴り込みに来た俺達命蓮寺の……。そしてその火ぶたを切ったのは私怨を持つお燐……。

 

「ひとまず緊急の事態は抜けたのですから前を隠してはどうですか? その……目のやり場に困ってしまいます!」

 

 あわわわ!? 白蓮が両手で顔を覆いながら俺の下半身に顔を向けている。俺は反射的に浴槽に肩まで沈んだ。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 風呂から上がり汗を流す筈の場所で冷や汗をかいた俺であったが、この後はとんとん拍子で事が進んでいくことになる。

 

 お燐が襲撃してきたという事は白蓮や原始バイドの拠点が地霊殿の奴らに割れてしまった事を意味する。これはもはや一刻の猶予もないことを意味しているのだ。

 

 俺は俺で地霊殿の主である古明地さとりの能力について事細かに説明した。胸に光る「第三の目」に睨まれることで心を読まれ、その相手が抱く最も怖いものを幻として再現させるというものを。

 

「ふーむ、心を読まれては作戦を考えても筒抜けか……。よし、俺にいい考えがある。しかしこの作戦を悟られてはマズいし、準備に時間がかかったりもする。事前に説明しておこう。よしお前ら、アレを持ってくるんだ」

 

 程なくして罪袋どもは厨房から胡椒の小瓶や唐辛子らしきものをいくつか持ってきた。

 

「対サトリ妖怪用秘密兵器を用意するぞ。人呼んで『トンガラシ爆弾』っ! 確かに心を読む能力は恐ろしいが、その『第三の目』とやらが見えていなければ無力化すると見た。炸裂する唐辛子と胡椒の粒子がそのサトリ妖怪の視界を奪う。能力を封じられて慌てふためくその間に生け捕りという寸法だ」

「捕虜は我々が丁重に扱うので安心してくれたまえ」

 

 うわぁ、安心できねぇ……。

 

「爆弾の量産と投擲は我がソウルフレンド達に任せるとして、俺達はそれまでの時間稼ぎをしないといけないな。ギリギリまで爆弾の存在を悟られぬように、一瞬の隙をついて炸裂させるのだ!」

「うぉぉ!」

 

 こうなった以上やるところまでやらなければいけない。相手は本気で俺を殺しにかかってきた。こちらも真剣に取り組まなければ惨劇は免れないだろう。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(バラカス達が材料を作業場に運び込んだ頃……)

 

 水をかぶって一度は逃げたお燐であったが、再び猫の姿になるとバラカスの根城に忍び込んでいたのだ。

 

「(あれは目潰しに使うものね。あれでさとり様の目を……。なんとしても止めないと。でもあたい一人じゃ多勢に無勢。隙が出来た瞬間を見計らって……)」

 

 早くも地霊殿攻略作戦に暗雲が立ち込めていた……。

 

 

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 今度は忍び込むなんて回りくどいことはしない。白蓮とジェイド・ロス提督を引き連れて高速で進撃する。今まさに地霊殿に到達。頑丈そうな大きな扉で入口は閉ざされているが、こんなものは……。

 

「白蓮っ、提督っ。あのでかい扉を吹き飛ばすぞ!」

 

 そして正面から突破。だが、待ち構えている筈のバイドが全然いない。不気味なまでに広々とした広間にポツンと一人立っているのは異変の首謀者、古明地さとり。

 

 ヤツが、白蓮さんや提督に、俺の大切な人達に大きな心の傷をつけたのだ。こいつは、絶対に許せない!

 

 このような言いようのない怒りがこみ上げたからか、二人をトラウマから庇う為か、俺は食って掛かるように二人の前に躍り出た。

 

「古明地……さとりィッ!」

 

 両目でギンとサトリ妖怪を睨みつける。バイドを集め、何をしようとしていたのかは俺には分からない。だが、真実を語ろうとせずバイドを庇うような言動までしていた。追い返すためにトラウマを抉り出し、それが大して効かなかった俺にはお燐をけしかけて抹殺しようとした。

 

 もう十分だ、もう十分に分かった。こいつは俺達の敵、バイド異変の首謀者だ!

 

「どうしても、私を倒すつもりですか?」

 

 そんな俺の心情を読み取ったのか取ってないのか、途切れ途切れにこちらに問うてくるサトリ妖怪。胸の第三の目が今も怪しく光っている。

 

「余裕こきやがって……。それはお前が一番分かっているんじゃないか?」

「しかしですね、貴方が倒したいのは本当に私なのですか? 本当に倒すべきは……バイドではないのですか?」

 

 何故か悲しげな眼差しを向ける。こいつ、この期に及んでバイドとは無関係だというつもりか。構うものか、こいつは幻想郷を、かけがえのない友人達を蹂躙した悪玉!

 

「ならば何故バイドを庇うような真似をする? 俺にはそれが分からない」

「そ、それは……」

「これ以上何を話しても無駄のようだな。貴様は俺だけでなく、聖様や提督の恐ろしいトラウマを抉りだし、さらに俺には化け猫けしかけて消そうとした。バイド討伐に向かう俺達へ明確に攻撃を加えている。火を見るよりも明らか、お前は敵だ。それも卑劣な手も辞さない悪党ッ! 許さねぇ……許さねぇぞ、この腐れ外道がァァァ!!」

 

 理詰めで追い詰めるうちにふつふつと湧き上がり抑えようもなくなった怒りの感情。バイド異変のこともあったが、何よりも白蓮や提督をあそこまで怯えさせたことに憤りを覚えたのだ。次の瞬間にはレイディアントソードを取り出して直進していた。

 

「……そうですか、では私も貴方達の排除を全力でしなくてはいけません。私もただやられるだけってのはゴメンですので。眠りを覚ます恐怖の記憶(トラウマ)で眠るがいい!」

 

 既に提督も白蓮も再びトラウマを見せつけられているようで動けないでいる、二人はさとりの配下であるバイド達の相手をお願いしようとしたのだが、どうやらその必要はないようである。くそっ、元々さとり一人であると分かっていたら連れて行かなかったのに!

 

 だから俺が前に出た。恐怖に震える二人から注意を逸らす為。あらん限りの速度で一気に間合いを詰めて剣を振るう。その切っ先がさとりに一直線に向かい……いや、斬りつける直前に彼女の体がゆらりと揺れて刃はすり抜けてしまった。

 

「貴方のような単細胞に精神攻撃は通用しにくいようですね。ならばいいでしょう。単純に力で、貴方が決して敵わない脅威を読み、それを再現させましょう……。想起『夢想封印』!」

 

 不敵な笑みを浮かべたサトリ妖怪はグニャリと歪み、そしてあの紅白の巫女そっくりの姿へと変わった。

 

「何するかと思ったら、ただのコスプレじゃないか!」

 

 口ではそう余裕ぶっていたが、何か仕掛けてくるのは明白。案の定、巫女服姿のさとりは七色の光球を携え、自らを中心に高速回転させた。間違いない、あれは夢想封印だ。一度放たれるとまるで意志を持ったかのように追いかけまわす弾。それでいて威力は俺の「ハンター」を大きく凌駕する……。

 

 回転する光弾はさらに大きさを増して今にも飛び出さんという勢いであった。ぐっ……いつ来るんだ?

 

…………

 

……

 

 おかしい、いつまでも弾が飛んでこない。最初はこちらを徹底的に震え上がらせるためと思ったが、震え上がっているのは逆にさとりの方であったのだ。

 

「おかしいわ、この先が見えない! 恐らくはホーミングさせるのでしょうが、その詳細な姿が分からない。どうして途中までしか心を読めないの!?」

 

 途中まで……? そうか分かったぞ! この霊夢はあくまで俺の記憶の中に生きる霊夢。確かにとんでもなく強い。だがあまりに強すぎて俺には具体的に何をされて何を喰らって霊夢に敗れたのか、それを詳しく知らないのだ。

 

「あいにく霊夢とやり合っているとき、その続きの記憶が俺にはなくてね。彼女はあまりにも強すぎて俺も何が起きているのか『分からない』うちに負けてしまったのだ。強そうだからって欲張りすぎたな!」

 

 それを聞いてさとりは纏っていた弾をばら撒く。見た目こそ夢想封印そのものだが、ほとんど追いかけてこない。それに速度も遅い。

 

 が、そのうちの一つが機体をかすめた。喰らっていないのにこの威圧感、圧迫感。かすっただけでとんでもない威力であることだけは分かった。こんなの喰らっていたらひとたまりもないだろう。だがしかし……

 

「当たるわけないよなぁ! ホーミング武器はこうやって使うんだよっ。喰らえっ、ニードルクラッカー!」

 

 咄嗟に避けようとしていたらしいが、全弾命中。さとりの巫女服が消えうせると再び第三の目でこちらを睨みつけてきた。

 

「ならばこっちはどう? 幾度となく貴方と対峙したライバルの記憶よ。想起『マスタースパーク』!」

 

 なんとなく予想はついていたが、今度は魔理沙の衣装に着替えていた。ご丁寧にホウキまで用意している。なるほど、魔理沙とは2度戦っているがどちらも圧倒的パワーに押されて敗れている。十分トラウマとなり得る相手だ。

 

「同じように追い詰めてやるのみ。ニードルクラッカー!」

 

 こちらの狙いを軽々と避けると、あろうことか背後に回られてしまった。しまった、魔理沙ならではの素早さとこちらを読むサトリ妖怪ならではの能力が可能にしたんだ。ダメだ、全然振り切れない!

 

 急いで武装をハンターに換装。なんとか反撃に出ようとするが、ピッタリ背後にくっつかれてしまい、ハンターの無駄に大回りしてしまう弾道ではほとんどダメージを与えられない。

 

 一方のさとりはどこから取り出したのか、八卦炉をこちらに向けていた。まずい、こんな無防備な状態でマスタースパークなど喰らったら……。

 

 最後にさとりの勝ち誇った顔が見えた気がした。気がしたというのは一瞬しか見ていないからである。なぜなら、俺がそれを認知した直後には真っ白い光が周囲を照らしたのだから。

 

「がぁぁぁぁっ!」

 

 背後からマスタースパークをもろに受けてしまったのだ。黒煙を上げて銀翼はついに墜落してしまう。今コクピットに映るのは八卦炉を抱えた……。

 

「あっけないものね。でも、貴方は消さなくては」

 

 別に負けても構わない。こいつのトラウマ抉りだす能力さえ封じれば白蓮も提督も動けるようになる筈。バラカス達が対サトリ妖怪用の秘密兵器を用意しているはずだ。それが届くまで時間を稼がなくてはならないが……。

 

「秘密兵器ですって? 無駄よ。何せ貴方達の本拠地にはお燐をスパイとして放っているのだから」

 

 お燐がスパイ……。しまった、水をかけて撃退したと思っていたが、アイツはまだバラカスの城に潜んでいたのか。

 

「最後の策も潰されて万事休すってところかしら? それでは、今度こそサヨナラね……」

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃バラカス達は……)

 

「ひぃっ、化け猫がっ! 化け猫が迫ってくるぞォー!」

 

 さとりが言うようにバラカスの根城に潜んでいたお燐は秘密兵器「トンガラシ爆弾」を破壊するべく罪袋達に襲い掛かる。当然彼らでは対処できない。猫の姿、妖怪の姿を使いこなし、神出鬼没の地霊殿からの刺客に翻弄されっぱなしであった。

 

「まとまっていては危険だ。散るぞ!」

「バラカス神様。我々では歯が立たないのです。どうしましょう?」

 

 右肩に秘密兵器を、左肩に秘密兵器の材料を手に震え上がる罪袋を連れてバラカスは回廊を疾走する。

 

「俺もヤツには勝てないだろう。だからそもそも戦わん! 相手はネコミミの女の子だぞ。丁重におもてなししよう。俺の部屋に誘い込むんだ」

「そんなっ、それでは我々もバラカス神様もあの化け猫の奴隷に……」

 

 タッタッタッとその回廊でバラカスを追いかけるはお燐。的確にリーダーを叩こうとしたのだろう。その距離をどんどんと詰めていく。

 

「ふむ、奴隷はゴメンだな。だが俺には策がある。その作戦には君の力が必要だ。やってくれるね?」

「バラカス神様ぁ……、一生ついていきますっ!」

 

 そして根城の最奥。バラカスの部屋までたどり着く。

 

「ドア閉めるのは後でいいからさぁ。それよりも俺、走りすぎて先っぽが乾いちゃったよ(チラッ)」

「(なるほど、この部屋に誘い込んだのは……)そぉい!」

 

 薔薇の花を股間に携えた変態紳士はイチモツのバイドから大きく跳躍。天井からぶら下がっていたロープに手を伸ばし、自らの体重をかけて思い切り引っ張った。

 

 直後、ドドドドと水が流れ込んでくる。

 

「っ!?」

 

 激しい水流に晒されたお燐はそのまま根城の外まで流されていった。流され際にバラカスがそのイチモツを見せつけて凄みをかけている。

 

「へへん、大成功♪ まんまと罠に引っかかったな。おたくとはココが違うのよ、ココがさ!」

 

 水も引いた頃、卵の入ったバスケットを抱える罪袋と合流した。

 

「バラカス神様、トンガラシ爆弾、完成しました!」

 

 散り散りになって逃げ惑った罪袋達だが、秘密兵器を守らんと奮起したのだろう。

 

「よォし、先に地霊殿に向かったアズマ達を援護するぞぉー! 我がソウルフレンド達よ、この光の下に集えェい!」

 

 雄々しく黒光りするバラカスのイチモツ。雄たけびを上げながら隠れていた罪袋達がバラカスに乗っかる。

 

 罪袋どもはバラカスを称える歌を口々に歌い始めて非常に喧しく、地霊殿へと向かっていった。

 

「あー、テンション上がるのはいいけど、地霊殿近くなったら静かにしような?」

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃地霊殿……)

 

「それはどうかな?」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべて地霊殿の入り口に目をやる。大丈夫だ、バラカスだってバイドだし、その気になれば相手は少女だし罪袋どもが抑えにかかるだろう。しかし無情にも何の気配もしない。

 

「ただのハッタリでしょ? このまま貴方にとどめを刺すことは可能。でも心もズタボロにしないと納得がいかないわ。何も考えられなくなるような恐ろしいトラウマを……。ところで、お仲間はどうなったと思うかしら?」

 

 む、そういえば白蓮と提督の姿が……。頬を冷たい汗が流れる。二人は過去のトラウマを見せられて動けないでいる筈。なのに元いた場所にいない……嫌な予感がする!

 

 そしてその答えは頭上にあった。俺は思わず声を失ってしまったのだ。まさか、こんなことが……。

 

 コンバイラの脆弱部に鉄拳を撃ち込んだ白蓮。そこから光の粒子が漏れ出ていたのだ。あれはまさかっ……。やめろっ、やめるんだっ……! だめだ、これ以上見ていられないっ!

 

「ちょいと二人の見ている幻に細工をしたのよ。お互いが敵に見えるように……ね」

「汚いぞ! そんな……白蓮が……提督がッ!」

 

 考えうる最悪の事態だ。提督が死に絶え、白蓮さんは度重なるバイドとの交戦でついに肉体をバイドに乗っ取られている。白蓮の琥珀色の瞳がこちらを捉えた。

 

「肉体をバイドに乗っ取られても本人は気が付けないらしいわね。教えてあげては?」

 

 ふらりふらりと最愛の仲間が寄ってくる。

 

「アズマさん、お顔真っ青でスよ? イったいドうしタのですカ?」

 

 白蓮、貴女は……本当に……本当に……。

 

 お、俺は、俺はどうすればいい……。ダメだ、考えがまとまらない……

 

「元気がアリませンね。怖いノですか? デもソんな時こそ勇気凛凛デすよ、ゆウきりんりん」

 

 やだ……やだ……こんなのって……白蓮……。

 

「りんりん……りんりん……りんりん……」

 

 バイド化が進行しているのか、元の白蓮の声がどんどん崩れていく。もはや女性のものとは思えないほどにまで変質してしまっていたのだ。

 

 いよいよ覚悟しないといけない。もやは目の前にいるのはいつだってニコニコ笑顔でみんなを照らしていた白蓮ではないのだ。そう、白蓮では……!

 

「りん……りん……」

 

俺はトリガーに指をかけた。ああ、やっぱり駄目だ。涙でぼやけて白蓮だったものが何人にも見える……。

 

「りん……さと……りん……りん……」

 

 ん? なんか様子がおかしいような?

 

「さっとりんりん、さとりんりん♪ さっとりんりん、さとりんりん♪」

 

 何重にもブレて見えていた白蓮は奇妙な踊りを始めたかと思うとこれまた珍妙な歌を歌い始めた。

 

「!?」

 

気が付くとバイド化した白蓮の姿はなく、そこにいたのは……

 

「罪袋達っ! ということはバラカスもっ」

 

 そう、来てくれたのだ。対サトリ妖怪用秘密兵器を携えて、原始バイドとその卑猥な……もとい愉快な仲間達が。

 

「うぉおい! 俺には物を投げることが出来ないんだ。踊ってないでトンガラシ爆弾を投げろぉー!」

 

「だってバラカス神様、幼女ですよ、幼女」

「恐ろしい能力を持っているというから警戒していたけれど、いたいけな小五ロリじゃないですかーやったー!」

「ところで恐ろしい能力って何だっけ?」

「嫁にしたくさせる程度の能力じゃね?」

「さとりーん! 俺だー! 結婚してくれー!」

 

 改めて周囲を見渡すと何事かと周囲をキョロキョロしている白蓮と提督がいた。一方で頭を抱えてうずくまるのはサトリ妖怪。そうか、バイド化した白蓮は幻……。

 

「な、何なのよこの脳内は……」

 

 俺は彼女の持つ恐ろしい能力について説明した。

 

「なんだと! それじゃあこっちの妄想は全て筒抜け!?」

「ヘイブラザー、何も恐れることはないぜ? 筒抜けならば開き直るべし! さとりんにこの溢れるハートを伝えるのだー! バァーニングラァーブ!!」

 

 どうやら援護に来たのはいいものの、勇儀のような姐さんだけでなく、ロリっ子もイケてしまう罪袋達は7人まとめてさとりに一目惚れ。色々な妄想が駆け巡ったらしいが、悲しいことにさとりはそれを読んでしまい、こちらへの精神攻撃が乱れてしまったのだろう。

 

 今も7重にもなった卑猥な妄想が直にさとりの精神を蝕んでいる。彼らもこんな恐ろしい能力を持つ妖怪がこんなに可愛らしい少女だとは夢にも思っていなかったらしく、とにかくはしゃぎ回っていた。

 

「ベアード様に叱られてもいい」

「さとりは俺の嫁ー!」

「このロリコンどもめぇぇぇぇ!!」

 

 ううむ、全然攻撃する気配がないな。こいつらが変態で俺は助かったが、こいつらが変態でこの先に進めない。

 

「やむを得ないな。ああいうのはとっ捕まえてからだな……。いやなんでもない。アズマ、これが対サトリ妖怪用秘密兵器『トンガラシ爆弾』だ。代わりに君が投げてくれ。炸裂すると粒子となった唐辛子やコショウが牙をむくぞ! 第三の目に投げつければ、しばらくの間心を読むことなど出来なくなるだろう」

 

 俺は動かなくなったアールバイパーから降りるとバラカスから卵のような形をした爆弾を受け取る。そして、俺は投げつけた。モウモウとさとりの周囲に赤い煙が立ち込める。そして数秒後……

 

「ぎぃや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー! 目がぁ、熱いィィィ!!」

 

 第三の目とついでに普通の目に激しい痛みが襲っているのだろう。これでは心を読むどころではない。罪袋どもも巻き添えを喰らっているが、覆面があるのでダメージは小さくなるだろう、たぶん。

 

「提督、能力を無力化した今がチャンスだ! 波動砲を……」

「待ちなさい。やはり腑に落ちないのです。本当に彼女を倒して異変が収まるのでしょうか?」

 

 そう言うと白蓮は今もうずくまるサトリにゆっくりと近づき軽く屈んだ。

 

「うう、何も見えないわ。怖い、怖いよぉ……」

 

 当たり前のように心を読んでいたサトリ妖怪だが、いざそれを奪われた時の恐怖感は想像に難くない。シクシクと三つの目から大粒の涙を流している。

 

「さとりさん、私達に教えてほしいのです。どうしてバイドを、幻想郷を侵略しようとするバイドを庇うような……」

「ひじりん、離れるんだ!」

 

 鬼気迫る提督の声に反射的に白蓮は後ろに飛びのいた。何か仕掛けてくるのかっ!?

 

「怖い……コワイコワイコワイコワイ!!」

 

 一方のサトリ妖怪はそのまま空中に浮遊すると第三の目を再び開いた。恐ろしい程に血走っている。そのままそこから光の粒子が噴き出すと彼女を包み込み……。

 

「っ! その姿は……」

 

 まるで目玉だけが肥大化したような……いや、もしかしたら目玉ではないのだろうか? 少女の姿はなく、そこにはおぞましい球体が浮遊するのみである。俺はあの姿に見覚えがあったのだ。

 

「提督、こいつやっぱり……」

「ああ、間違いなくバイドだ。それもA級の強烈な奴。遂に正体を現したな『ファントム・セル(※1)』!」

 

 ファントム・セル、擬態能力を持った巨大バイドである。

 

 そう、古明地さとりは、はじめから地霊殿にいなかった。恐ろしいことにファントム・セルは本物のさとりを既に捕食して、ずっと彼女に成りすましていたのだ。そうだ、そうとしか考えられない。俺は震えが止まらないでいた。

 

「俺達が最初にたどり着いた時から地霊殿は既にバイドの温床だったってことか……」

「辛いがそう考えるのが自然だろう。何せバイドの種子がここに集中的に降り注ぎ続けていたんだしね。おそらく最初の犠牲者は……。しかし悲しんでいる時間はない。奴がまた別の姿に擬態する前に引導を渡してやろう」

 

 そう、俺達は始まったときから敗北していた。だが、今はその脅威をここで根絶やしにすることが先決! こんな奴らを地上に出すわけにはいかない。再び銀翼に乗り込んだ俺はオプションを3つ呼び出し、サンダーソードの構えを取る。

 

 殺気を感じ取ったのか、ファントム・セルはモゾモゾとうごめくと逃げ出そうとした。

 

「あっ、待てっ!」

 

 追いかけて追いかけて旧灼熱地獄の真上まで追いかけた。行き止まりでありもはや逃げる術もない。奴は再びモゾモゾ身をよじるとドブケラドプスの姿になろうとする。させないぞ!

 

「重銀符……」

「大魔法……」

「フラガラッハ砲……」

 

 狙いを定め、大技の準備。俺は他の二人と呼吸を合わせる。よし、今だっ!

 

「サンダーソード!」

「魔神復誦!」

「発射ーっ!」

 

 三方向から色とりどりの光がファントム・セルを貫く。奴の細胞はズタズタに引き裂かれ、そして眼下の灼熱地獄へと落ちていく……。そのまま地獄に落ちな!

 

 ボロボロになりながらもファントム・セルは古明地さとりの姿を取る。口をパクパクさせて何かを言っているようだがほとんど聞き取れない。

 

「ワタ……シ……サト……リ……」

 

 こんなことを言っていた気がするが、もはや確認するすべもない。あのままマグマにドロドロに溶かされるだけだろう。まったく往生際の悪い奴だ。

 

「ヲヤスミ、ケダモノ……むっ?」

 

 今の衝撃で火山活動を誘発したのか、地面を大きく揺るがした。

 

「地霊殿への道が崩れます! 脱出しましょう!」

 

 俺達は崩れゆく地霊殿を皆で脱出し、そして外で待ち構えていたムラサ達に回収された。

 

 戦いは終わったのだ……。

 

 地霊殿はもはやバイドの巣窟と化していたようであり、そこを取り仕切っていたバイド「ファントム・セル」を倒したことにより地霊殿は腐った肉片のようにグチュと崩れ去った。同時に旧灼熱地獄への道も先ほどの地震によって落ちてきた岩盤に塞がれてしまい、もはや何人たりともあの場には入れないだろう。

 

 やはり奴がさとりに成りすましてバイドの種子を集めていたようであり、あれ以来黒い隕石が幻想郷に降り注ぐこともなくなった。

 

 本物のさとりを救えなかったことが今も悔やんでも悔やみきれない。それにお燐も行方をくらましてしまった。まさかあっちもバイド化していたのだろうか?

 

 ジェイド・ロス提督と彼が率いる仲間たちは原始バイドであるバラカスに引き取られ地底で第二の……いや第三のだろうか? とにかく楽しく人生を謳歌しているという。

 

 そして俺はというと……。

 

「ぬえぇぇ! また手の込んだイタズラをしてっ! お客さんの前で大恥をかいたではありませんか。アズマさんっ、私の代わりに捕まえてきてください」

 

 騒がしくも充実した幻想郷ライフを堪能していた。俺もだいぶ命蓮寺に馴染んだな。きっとある日俺がまた居なくなったら、きっとしっくりと来なくなるだろう。

 

 さて、イタズラ妖怪を捕まえて来るか。俺は銀翼「アールバイパー」に乗り、大空を飛翔した……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 音もなく溶岩が流れる。それが赤々と地底を照らす。それ以外に光源はない。塞がれてしまったから。

 

 ひらり、ひらりと布切れが舞っている。一つの手がそれを掴み取る。わずかな光でそれが淡い青色であることが分かる。ズタズタに引き裂かれはしていたものの、彼女にはそれが何なのか理解できた。

 

 ポタリと水が落ちる。それは涙。そう、布切れが意味すること。そして先程聞いた「何か」が溶岩に落ちる音。再び水が落ちる三度、四度……。

 

 彼女は布切れを鼻に埋めさせ、泣いた。泣き叫んだ。かつての主の名前を叫び。

 

 それでも胸の目玉は動じない。不気味に蠢き涙を流さない。

 

「さとり様はもういない。さとり様は……サとリサまは……

 

サトリサマサトリサマサトリサマサトリサマサトリサ

マサトリサマサトリサマサトリサマサトリサマサトリ

サマサトリサマサトリサマサトリサマサトリサマサト

リサマサトリサマサトリサマサトリサマサトリ……」

 

 怒りと悲しみで顔を歪めつつ、主の名前を念仏のように何度も唱える。そうしているうちにいつしか涙も乾いてしまった。

 

 そう、いくら悔やんでも彼女は戻ってこない。そのことを知ってしまったのだ。その顔はどこまでも空虚であった。瞳は虚ろで今も(くう)を見ている。

 

「じゃア、こンな世界もういラナい」

 

 直後、火柱が上がった。自らも焼き尽くさん勢いで。火柱はあらゆるものを突き刺し地底のみならず地上、そして空までもを焼く。

 

 そして幻想郷は炎に包まれた……。

 

 

 

東方銀翼伝 ep.4 AXE

BYDO END...




(※1)ファントム・セル
R-TYPE IIIに登場したボス級バイド。
様々なバイドの姿に擬態できる巨大な細胞である。
原作ではドブケラドプス、ライオス、ゴマンダー、ゴンドランの姿になった


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第10話B ~お燐の想い~

地霊殿で「さとり」に敗れたアズマ達は原始バイドの「バラカス」が統治する村に身を隠す。
ところがさとりのペットである「お燐」の魔の手はここにまで伸びており、無防備なアズマに牙をむくのであった。


※本エピソードが正史となります。


 露天風呂で無防備になっていた俺にゆっくりと近寄ってくるのは地霊殿で見かけたあの黒猫だ。直接戦闘を仕掛けるのはあまりに無謀である。

 

 冷静になるんだ。お燐がいくら人知を超える能力を持った妖怪といえど、化け猫は化け猫。そう、猫なのだ。

 

 猫は何が嫌いか? そう、猫は濡れることを極端に嫌う。そしてこの風呂場という場所はその苦手な水がそこら中にあるではないか。

 

 俺は思い切り深呼吸をした。何を仕掛けるのか? いいや、仕掛けるのではない。俺は思い切り息を吸って……潜るっ!

 

 こちらは水の中、いくら妖獣といえど水を嫌う猫の体では手出し不可能の筈だ。咄嗟のことだったので息継ぎのことなど考えていなかったが、この邪魔の入らない水の中で対策を考えればいい。今の俺に必要なのは冷静さを取り戻すための時間と安全な場所だ。

 

 鼻をつまみ、その全身を水中に沈める。さて、どうしたものか。どうにかして助けを求めたいところだが、浴槽の中から白蓮達のいる場所まで繋がってる筈もない。ううむ、このままでは袋の鼠。いずれこちらの息が続かなくなって水面に出た時にやられてしまう。考えろ、考えろ……!

 

 どうにかしてこの事を外に知らせなくてはいけない。白蓮、提督、それこそバラカスや罪袋どもでもいい。……そうだ罪袋だ! あいつら、バラカスと一緒に白蓮のお風呂を覗きに行っていた筈。あいつら専用の秘密の水路とかあったりしないだろうか?

 

 水中ゆえに視覚は不明瞭なので手探りで浴槽を調べて回る。

 

 ……駄目だ、排水溝らしきもの以外見つからない! まさか排水溝を使ったとも思えないし……くっ、時間切れだ。もう息がもたない!

 

「ブハッ! はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 たまらず俺は水上に顔を出す。待ち構えた居たかのようにこちらをじっと睨み付けるお燐。命運尽きたか……?

 

 まさに蛇に睨まれた蛙。お燐は化け猫の姿ゆえに俺よりもずっとサイズが小さいが、当然俺が蛙の方だ。

 

「……せよ」

 

 もはやこれまでだ。俺は自暴自棄になっていた。

 

「とっとと殺せよ! 地霊殿を襲撃した報復に俺を殺しに来たんだろ! 隙を突かれた俺の負けだ、もう戦う意思もない。とっとと首掻っ切ってアンタの飼い主、さとり様とやらに献上しやがれよ!」

 

 浴槽で仁王立ちしながらも、俺は目に涙を浮かべながら最後までお燐を睨みつけていた。それを聞くと化け猫は俺の喉元に飛びかかってくる。俺にはその動作が非常にゆっくりに見えた。そして走馬灯のごとくフラッシュバックするのは幻想入りしてからの刺激的すぎた毎日……。

 

 そのビジョンを引き裂くがごとく、鋭い爪を今も隠しているであろう猫の手が……プニュと俺の額を押した。に、肉球!? 爪を突き立てるのではなく、柔らかな肉球で俺の額を蹴ると背後にまで跳躍したのだ。

 

「馬鹿にしやがって! さては俺を散々精神的に屈服させた後で……」

 

 温泉のお湯が湧き出る少し高台となっている岩場に立つと「ニャーン」と再び大きな鳴き声を上げる。上げながらその体は眩く発光し、そして化け猫は少女の姿となった。

 

「この姿にならないとさとり様以外とはお話も出来ないから辛いもんだねぇ。少女の姿は窮屈だというのに」

 

 何か様子がおかしい。猫の姿でも十分に俺を殺ることで出来たはずだ。だというのに話が出来ないと言って赤毛の少女の姿に変わったではないか。これでは話すことが目的であると言っているようなものだ。お燐は俺と何を話しに来たんだ?

 

「話だと? 何の用事だ? どんなに説得されても貴様の仲間になるつもりなどない! お前らの手先になるくらいならここで殺された方が数倍マシだ!」

「あー、何もわかっちゃいないわね。あたいはね、確かに死体は好きだけど、自分で死体を作るのはナンセンスだなーって思ってるわけよ」

 

 むっふっふと含み笑いをするお燐はさらにこう続ける。

 

「それにさ、そうやって強がっている割には本当は怖くて仕方がないんじゃないかい? だって、こんなに縮こまってる。ふふっ、小さいと結構可愛いもんだね♪」

 

 そうやってからかうお燐が俺の下半身に視線を移していることに気が付いたのはその数秒後。俺は慌てて浴槽に入り込んだ。み、見られた……。

 

 俺が落ち着いたのを確認するとお燐はコンパクを解放した。彼女はプルプルと身震いすると俺の後ろに隠れてしまった。よほど怖かったのだろう。

 

「それで、わざわざ裸の俺なんて捕まえて何を話そうってんだよ?」

 

 お燐の視線は湯船に座り込んでもどうも股間に行っている気がして落ち着かない。今もニヤニヤしてるし。

 

「あと人と話す時は相手の顔を見なさい、顔を」

「ああ、これは失礼。実はお兄さんに頼みがあってきたのよ。さとり様に一撃ぶちかまそうとした変な鳥の妖怪の正体はお兄さんでしょ? あたいは猫に変化するけど、お兄さんは随分と不恰好……いやいや、個性的な鳥に変化するんだねぇ」

 

 くそう、こいつもかよ。だが、天狗の新聞にも出るようになったし、知名度は明らかに上がっている筈。ひょっとしてワザと言ってるんじゃないだろうか? 最近になって俺はそういう疑念を抱くようになったが、それを確認する術は俺にはない。仕方ないのでお約束の返事をする。

 

「だからアールバイパーは変な鳥の妖怪じゃなくて超時空戦闘機、乗り物なの」

「知ってるよん」

「こいつ……。で、おおよそ人に物頼むものとは程遠い態度で何を望むって言うんだ?」

 

 ひとしきりこちらをからかうお燐であったが、いよいよ本題に入るのか、その面持を真剣なものに変えた。

 

「さとり様と戦うのをやめて欲しいんだ」

 

 こいつ、散々人を弄んでおいて主に手を出すなというのか。それともアレか? 私の命を差し出すから見逃してくれっていう……。いやそんな感じでもないな。

 

「馬鹿言うんじゃない! あんたの主は『バイド』という名前の悪魔に魂を売り渡したんだぞ。バイドってのは有機物無機物問わずに取り付いて本人の無意識下に凶暴化させ、更に周囲をバイド汚染させる。そしてバイド化した存在はその肉体を滅ぼさない限り救われないというシロモノ。俺の知る限り最も恐ろしい生体兵器だ……」

 

 リリーホワイトの一件が今も脳裏でちらつく。俺はさらに続けた。

 

「さとりがどんな野望を持ってバイドと手を組んだのかは知らないが、アレは人類の手に余る存在だ。このまま放っておいたら幻想郷は大変なことになる。今までのどんな異変よりも……だ」

 

 こんなこと頼むためにわざわざバラカスの城まで忍び込んだのか? 主への忠誠心は十二分にあるが、外交をするにはいささか知恵が足りないようだ。

 

「やっぱり……。そう、お兄さんの言う通り放っておいたら大変なことになるのね。でも、そのバイドって奴と手を組んだのはさとり様じゃないの」

 

 なんだと? 俺はガバっと立ち上がると身を乗り出してその話を詳しく聞こうとした。

 

「ふむふむ、それがいつもの姿。暖まったんだね♪」

 

 う、うるさいっ! こいつまた人の股間を……。

 

 込み入った話になりそうだし、場所を変えるべきだろう。俺も十分に暖まったし。

 

 今も自分にないモノをしげしげと観察しているお燐。俺は無言で無礼な化け猫の首根っこを掴むとそのまま脱衣所まで歩みを進めた。

 

 風呂から出ると着替えに袖を通す。お燐は脱衣所の隅っこで椅子に腰かけているが、なんか視線が気になって集中できない。よし、とっとと着替えて話を聞こう。

 

 俺は適当な部屋を借りてじっくりと話を進めることにした。

 

「よし、さっきの話を詳しく頼む。つまり、あんたの主であるさとりはバイド異変の首謀者ではないんだな? でも彼女は俺達の調査に非協力的だったぞ」

「うん、あたいの魂をかけてもいい。さとり様はバイド異変の首謀者でもなければ賛同者でもないわ。でも協力できなかったのは……そのお兄さんの言う『首謀者』のせいかな?」

 

 風呂場での人を食ったような態度とは真逆の面持ちで話してくれる。彼女は本当にさとりが好きなのだろう。今だって自分の身を挺してまで潔白を証明しているではないか。

 

 異変の首謀者のせいで俺達に協力できなかった。つまり真犯人に脅されているとかかな? だが、真相はそんな単純なものではなかったのである。

 

「さとり様はお兄さんの心を読んで地上での出来事を知っているんだ。バイド化した少女を手にかけたんだってね。そしてお兄さんはその異変の首謀者にも同じことをするんじゃないかってのを恐れている」

「じゃあバイドを集めている黒幕ってのは……!?」

 

 伏し目がちに、そして途切れ途切れにお燐は続けた。

 

お燐「そう、あたいと同じさとり様のペットだよ。お空、正しくは『霊烏路空(れいうじうつほ)』って名前でね。八咫烏の力を持った地獄の鴉なんだ。ちょっと忘れっぽいところはあるけれど、大切なことは絶対に忘れないし、あの子もさとり様が大好き」

 

 そいつが黒幕か……。

 

 つまり古明地さとりが俺達に情報を吐かなかったのは、彼女が可愛がっていたペットがバイド化しているのがバレたら俺達に殺されてしまうから……ということになる。

 

 バイド化の仕組みは提督の心を読めばバッチリ分かってしまうし、もしかしたら似たような境遇のバイドが地霊殿を襲撃した際に知ってしまったとも考えられる。

 

 もしも白蓮がバイド化していたとして、それを俺だけが知ってしまった時、俺はどうしていただろう? 彼女は、さとりはそれと同じくらいの苦しみに苛まれていたのだ。

 

「そのお空ってのがバイドに肉体を乗っ取られているならば、俺はその肉体を破壊しないといけない。それしか手はないんだ。辛い選択だが……」

 

 その俺の手を両手で覆うように包み込んだのはお燐。炎を扱う妖怪とは思えない程に冷たくなっていたその手はふるふると震えていた。

 

「うん辛いよ、とっても辛い。お空はあたいの親友だし、バイド化してひとまず旧灼熱地獄から出られないようにしてからも何度か会っているのよ。でもお空が力を制御できなくなっちゃってて、さとり様は危ないから行けない。だからお空に会えるのはあたい一人」

 

 ポタと俺の手の甲に水が落ちる。

 

「でもバイドも心までは侵食しきれないようでね、ちゃんと記憶はそのままなの。さとり様が初めて来なくなった日は『さとり様は?』って寂しそうに聞いて来たり、あの子は普通に振舞ってるつもりでも、あたいやさとり様を怪我させちゃったりとかしてさ、あいつなんて言ったと思う? 呑気に『だいじょーぶ?』だってさ。心まで化け物になったら諦めもつくのに、こんなの余計に辛いよぉ。うっ、うっ……」

 

 先程までの軽口からは予想だにしない声が漏れ出ていた。本当は胸が引き裂かれるような思いなのだ。さとりはそんなお空を守ろうと庇い、お燐はそんなかつての友を本当の意味で救うべく、俺に助けを求めた。

 

 泣きじゃくる猫の妖怪を優しく抱き留める。赤の他人でさえバイド化した少女を手にかけるのは躊躇したのだ。それが親しい間柄となると猶更。少しでも心の支えになって欲しい、俺はただそう思ってこんな行動に出たのだ。

 

「お兄……さん?」

 

 そう、幻想郷の少女同士で小競り合いなどやっている場合ではない。全ての元凶は地霊殿の奴らじゃなく、バイドなのだから。

 

「轟アズマだ。君にとって、そしてさとりにとっては辛いだろう、この真実は」

「あたいも……辛い。これ以上お空が苦しむところを見るのは。お願い、お空を助けてあげて!」

 

 助けるということ、それは即ち……。だがお燐はその選択を下せた。いいペットじゃないか、古明地さとり。もちろん俺も協力は惜しまない。

 

「ああ、あんたの親友をバイドの呪縛から解放しようじゃないか。これ以上の悲劇を出さないって俺も決めている。これで最後にしよう!」

 

 ようやく戦う相手が見えた。こうしてはいられない。俺達は白蓮の待つ広間へと駆けた。お燐は再び猫の姿に変じていた。

 

 さすがにバラカスの一件は落ち着いたようであり、2体のバイドと1人の魔法使いが何かを相談しているようであった。

 

「なんとかしてさとりさんの隠している秘密を暴きたいのですが……」

「しかし我々もひじりんもトラウマ攻撃を受けると機能停止してしまう。『夏の夕暮れ』はもうゴメンだ」

「俺らも地霊殿攻略には協力は惜しまないぞ。奴に睨まれると精神攻撃を仕掛けられるんだったな。そこで唐辛子パウダーを詰め込んだ爆弾を投げつけることで……」

 

 作戦会議か。水を差してしまう形にはなるが俺は皆の道を正すために声を張り上げた。

 

「地霊殿の攻略は中止だ。古明地さとりと戦う必要はない!」

 

 直後、肩に乗っかっていた黒猫が床にしなやかに飛び降りると妖怪の姿を取る。何故か「じゃじゃーん」と軽口を叩いているが、彼女の心の底の様子は俺も痛いほど分かっている。

 

「ああっ、後ろに……!」

白蓮「えっ、アズマさん!? どうしてお燐が……?」

 

 ジャキと銃器を向ける音。ゲインズだ。

 

「アズマ殿、脅されているのか? 地底の魑魅魍魎は斯様な卑劣な策を! 頼む、そうだと口にしてくれ。でないとアズマ殿を撃たねばならなくなる!」

 

 待って待って! こんなに大事になるとは思わなかった。俺はこれまでの経緯を話した。

 

「つまり討つべきはバイドであるということ。そしてバイド汚染して遠方からバイドを呼び寄せている張本人こそ……」

「霊烏路空……。八咫烏とやらの力では飽き足らずバイドの力まで取り込んだ地獄鴉……」

 

 俺からの情報は提督が主だって事態をまとめてくれたことで、ようやく落ち着きを取り戻す。

 

 どういった経緯でお空がバイド汚染したのかはお燐にも分からないくらいなので、ハッキリとはしないだろう。自らが望んでいたのか、それとも事故なのか。俺は後者のような気がする。お燐の話を聞く限りだと、さとりやお燐とあまり会えずに寂しがっているというではないか。

 

「ああ、異変の首謀者を見つけてこんなに悲しい気分になったことは、いまだかつてあったでしょうか?」

 

 嘆く尼僧に俺は同調した。そりゃそうだ。そのお空って子にとっては「気が付いたらとても強くなっていたけれど、皆がこちらに敵意を示すようになる」のだ。不条理に飲み込まれながら最後は死んでいくのだから。

 

 それでも俺達は行かなくてはいけない。地上でリリーホワイトを手にかけたその時に自らに誓ったではないか、「これ以上の悲劇を生まない為にも地底のバイドを倒して地上に帰る」と。

 

「あたいが集めてきた燃料、つまり死体を旧灼熱地獄に運ぶための道がある。あそこならさとり様と鉢合わせすることもないわ。案内したげるからついてきて!」

 

 なるほど、抜け道を使えば旧灼熱地獄の中枢まで一本道というわけだ。そして原始バイド達と別れて俺達は抜け道の入り口まで向かったが……。

 

「こんなに炎が噴き出ていては進むのも困難では……?」

 

 そう、床も壁面も天井さえも燃え盛った通路。生身ではまず通り抜けられないだろう。お燐は毎回ここを使っているんだろうか?

 

「嘘、前よりも激しい……。お空が更にバイドを呼び寄せて力を蓄えているに違いないわ。もう時間がないよ!」

「木の船である聖輦船で突っ込むのは自殺行為。キャプテンムラサ、ここでしばしのお別れだ。あとは私達に任せてほしい。そうだな、ここに待機して疲れ切った我々を回収する準備をして貰えると嬉しい」

 

 提督の申し出には俺も賛成だ。聖輦船は俺達の家でもある。燃えてなくなってしまえば帰る場所を失ってしまうことも意味するのだ。

 

 さて、ムラサ達を待たせるのは悪いし、俺達に残された時間もあとわずかなようだ。お燐を先導させ、俺、白蓮、バイド艦隊と続き炎の道をひた進む……。

 

 誰一人、犠牲者など出させはしない!

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃地上、妖怪の山中腹部……)

 

 水の楽園である河童の里は至る所から間欠泉が噴き上がり、時折マグマやそれに混じってバイドが押し上げられている。

 

 ジュウジュウと水に冷されて固まる溶岩であり、被害の拡大は鈍りつつあるものの、それによりモウモウと湯気が立ち河童達の視界を奪っていく。それこそ混乱しながら逃げ惑っていた。

 

 ズドンと御柱が突き刺さり、溶岩の流れるコースを変える。空中ではマグマに混じって噴き出たバイドが飛び交っており、スキあらば煙の向こうの河童を襲わんと狙いを定めているのだ。

 

「マグマを大きい水たまりに誘導した。簡単なものでいい、水をせき止める簡易的なダムを……ええい話を聞けぃ!」

 

 訳の分からぬ言葉を撒き散らしながら河童たちは散り散りに逃げ惑おうとしていた。元々統率力がない上に非常事態でパニックに陥っている河童達だ。指示を出すのも一苦労である。

 

「ふんっ、ていっ、やぁっ!」

 

 山の神様があんな調子なので早苗一人でバイドの迎撃にあたっている。前後にショットを放つ「バックショット」を放ちながら、自らの機体を回転させることで広範囲のバイドを駆逐していく。

 

 そうやって小型のバイドを倒しているうちに、やや大きめの四角いバイドが襲ってきた。

 

「あれって『ドップ(※1)』じゃ……。速過ぎるっ!」

 

 バイド汚染を受けて暴走した自走コンテナ「ドップ」の大群が早苗を襲う。どこに運ぶつもりなのか、それともバイド特有の破壊本能がそうさせたのか、早苗を引き潰そうと突っ込んできたのだ。

 

「急いで迎撃を……やっぱりダメだわ!」

 

 ドップの弱点は一方向のみに露出したピンク色の部位なのだが、不幸なことに早苗に迫る奴らは皆弱点を晒していなかったのだ。早苗は慌てながらも対処法を考える。

 

 何とかして後ろに回り込む……絶対間に合わない。ハンターで後ろから狙い撃ち……数が多すぎて対処しきれない。フリーレンジを用いて遠くから狙い撃ち……高速で移動するドップに接近するのは危険。そして彼女の下した決断は……。

 

「ウェーブショットに換装、オーバーウェポンを発動しますっ!」

 

 弱点を晒さずに高速で突っ込んでくるドップの大群には、地形も敵も貫通するウェーブショットで攻撃するのが最良と判断した。確かにドップは直線的な動きをしているし、これならまとめてダメージを与えられる。低い火力はオーバーウェポンで補えばいい。早苗はそれを信じてウェーブでコンテナを炙る……。

 

「ダメだ早苗っ! それでは火力が足りな……くっ!」

 

 再び揺れる大地。激しい揺れで再び地面に亀裂が走る。深々と地底まで続いているのではないかと思ってしまうほどの真っ黒い闇。神奈子はバランスを崩し地面に手をついた。

 

 わずかな空気の揺らめき程度にしか視認できない早苗の攻撃は確かにドップを溶かしていく。しかし耐えきった個体が早苗の戦闘バイクに体当たりを仕掛けた……!

 

「きゃあっ!?」

 

 バランスを崩した早苗はそのままきりきり舞いになり、そして地底に繋がる亀裂へと吸い込まれていってしまった。

 

「さ、早苗ー!」

 

 この山神様は知っていしまっていた。バイド汚染の恐ろしさを。自らの注連縄がバイド化してその影響で精神が乗っ取られていたことを。そしてその事件の元凶たるバイドがウヨウヨ渦巻く地底に早苗が落ちてしまったことを。一気に血の気が失せる。

 

 早苗が倒し損ねたドップに御柱をぶつけて撃墜させる。幸運にも他のバイドは皆退治されたようである。その後神奈子がとる行動は……。

 

「早苗っ、今助けに行くぞー! お前らは……やり方は教えたんだから、自分の住処は自分で守れ! 私は今から地底に行って原因を叩く」

 

 彼女は悔いていた。自らの地位を失うことが恐ろしくて、自分や早苗がバイド汚染することを恐れて、早めに攻めに入らなかったことを。そして「地上を守る為」と綺麗事を並べて心のどこかで脅威から逃げていただけだと自らを戒めていた。

 

「今、目が覚めたよ。あんな腰抜けじゃ軍神の名が泣いちまうな。本当の意味で民の安全を守るには引っ込んでばっかりじゃいけないね! 結果、身近な早苗すら守り切れなかったじゃないか」

 

 もはや姿も見えなくなってしまった早苗を追いかけるべく、彼女には一瞬でピンと来た異変の首謀者を倒すべく、神奈子も地面の裂け目に飛び込んでいった。

 

「これだけ派手にやってんだ。バイド化して暴れている犯人は『アイツ』しか考えられないわ。首洗って待ってなよ……!」




(※1)ドップ
R-TYPEに登場したバイド。コンテナにバイドが取り付いて暴走したものである。
特定コースを高速で飛行する上に、弱点が前のタイプと後ろのタイプが混在する危険な敵だ!


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第11話 ~汚染された旧灼熱地獄~

ここまでのあらすじ

古明地さとりの精神攻撃に屈してしまったバイド艦隊、そして白蓮。
そんな中、アズマは最後まで奮闘するも決定打を与えることが出来ずに焦燥し切った二人を庇うように撤退。

地底で友達になった原始バイドのバラカス達に助けられ、彼らの里に匿われ、そこで作戦を練ることしたのだが、無防備になったアズマをお燐が狙う。

あわや命の危機と思われたが、お燐は戦いに来たわけではなく、地霊殿の事情を説明しに来たというのだ。

彼女曰く、地上からバイドを集めているのは同じくさとりのペットである「霊烏路空」であり、さとりはバイド化した彼女がアズマ達に殺されないように庇っていたというのだ。
バイド化していく体に苦悩するお空を見ているのが辛く、その肉体を滅ぼしてほしいとアズマ達に懇願し、旧灼熱地獄へ続く抜け道まで案内するというのだ。

本当に討つべきはさとりではなくてバイド。アズマ達は炎の抜け道から地底の最奥を目指す……。


その頃地上ではマグマや間欠泉が噴き出ることで地面が割れたり、バイドも一緒に噴き出たりしていた。
沈静化させるべく早苗と神奈子が河童の里に出向くものの早苗がバイドの攻撃を受けて地面の裂け目に落ちてしまった……!


 旧灼熱地獄……。ゴウゴウと身を焦がす炎の熱気は銀翼の中にいても伝わってくる程であった。吸い込む空気も下手をしたら肺を火傷をしてしまうレベルかもしれない。

 

 ムラサやにとりと別れてお燐が先導する中、俺と白蓮、そしてバイド艦隊と続いていく。

 

「一本道だからはぐれることはないと思うけれど、念のためね。ええと確かこの辺りに……あったあった」

 

 燃え盛る火炎の中、小型の貨車と地獄の底へと続いているであろう線路……。恐らく大量に集めた死体をこの貨車に乗せて灼熱地獄の燃料としているのだろう。……よく燃えるものなら死体じゃなくてもいい気がするとも思ったが、口に出すのはやめておこう。

 

 お燐と白蓮が同じ貨車に乗り込み、アールバイパーはその後ろでリデュースしたまま牽引されている。貨車といっても簡易的なものであり、(降るのかは知らんが)雨も凌げないであろう。要は見た目はそのまんまトロッコである。

 

 しかし決定的に違うのが何かしらの動力でちゃんと動いていること。確かにエネルギーは有り余っている場所ではあるが……。ちょっと怖いので動力について聞いておくのもやめておこう。

 

 それにしてもこれだけの酷暑、ちょっと外には出たくない。こんな酷い環境ではあるが、流石にジェイド艦隊、特に提督はサイズの関係上絶対に乗り込めないので傍を低空飛行することになったようである。

 

「いいでしょ、あたいが線路敷いたんだよ。河童達がさ、線路を敷く機械が古くなっちゃったって言うんで格安で譲ってくれたのさ。『カルベルトワーゲン(※1)』って名前だったかしら?」

 

 か、カルベルトワーゲンだって? また早苗が喜びそうな……じゃなかった、なんちゅう物騒なもの作ってるんだよ、河童どもは!

 

 その工作列車を用いて地獄に線路を敷いて日々の業務を楽にこなせるようにしたってことだろう。

 

「俺の知っている『カルベルトワーゲン』は武装もしていたはずだが、バイド汚染とか大丈夫なのか?」

「いやー、線路を敷くにはちょうどよかったんだけど貨物列車としてはちょっとデカすぎたんで今は押し入れで埃被って眠ってるよ」

 

 恐らく大丈夫だろう、そう思いたい。俺は余計な手間が増えないことをガタゴト揺れる貨車の上で祈った。

 

 今もあちこちで火柱が上がっており、近くまで迫るたびに俺は肩をすくめる思いをしてきた。こんなのがいつまで続くのだろうか? そう思っていた矢先、思いもよらぬ形……いや、予測通りというべきか。とにかくおおよそ快適とは程遠いものの、便利な貨車の旅は終焉を迎えることとなったのだ。

 

 目の前に噴き上がった火柱。いや、まっすぐに伸びるわけでもなく、ウネウネとうねりながら龍の姿を取り始める。そして大蛇が獲物を狙うかのように鎌首をもたげ始めた。もちろん狙いは……。

 

「来ますっ! 貨車から離れてっ!」

 

 一早く声を張る白蓮。それに応じて俺も戦闘態勢を取る。それとほぼ同時に、カパッと大口開いて貨車に飛びつく炎のドラゴン。お燐が、白蓮が貨車から飛び退くように離れ、遅れて俺も離脱する。その直後に貨車は思い切り噛み砕かれバラバラに砕け散った。その残骸が今も小さく炎上している。

 

「俺が囮になる。そぉら、こっちだ!」

 

 銀翼でわざとゆっくり龍の目の前を飛行する。こちらに標的を定め、白蓮達から興味の対象を逸らしたのだ。高度を上げて食らいつかんと突っ込んでくる牙をギリギリでかわすと、再びこちらに噛みつかんと迫ってくる。

 

「アズマさんっ、このままでは巻きつかれてしまいますっ!」

「いや、上手くやっている。なるほど、考えたな。あのドラゴンはあんまり賢くないようだし、狙い方も甘いようだからな」

 

 そう、慌てる白蓮を窘める提督が言う通り、こちらを追いかける狙いが甘いせいで、炎の龍はアールバイパーの周囲をグルグル回るだけになってしまっている。奴は急カーブが出来ないのだ。こうなってしまっては一度距離を取らない限りはもはや俺に食らいつくことなど不可能である!

 

「まあ離れさせもしないけどな。レイディアントソード!」

 

 あとは頭が目の前に現れたタイミングを狙い青い剣を振り下ろすのみだ。綺麗に真っ二つに切断された頭がマグマに落ちると、胴体もドロリと溶け落ちていく。貨車を失ってしまったので後は線路沿いに普通に飛行して進まなければならないのだが……。

 

「背後からたくさんのドラゴンが。まるでプロミネンスだ!」

 

 そう、先ほどの龍と全く同じ奴らが徒党を組んで上から下からうねりを上げてこちらに迫ってくるのだ。いちいち相手していてはキリがない。

 

「逃げたいところだが、ジェイド・ロス提督が俺のスピードについてこれない……」

 

 白蓮なら身体強化の魔法でバイパーの速度に追いつくことは可能だろう。お燐も見るからに足が速そうだ。しかし提督はどうするか? 見殺しにするわけにもいかないし、リフレックスリングで掴んで飛行するのはサイズ的に無理だ。ううむ、どうしたものか……。

 

 そう悩んでいると溶岩から目玉が覗いた気がした。見下ろすと目玉は再びマグマの海に埋もれて消えてしまう。

 

「何かいるな……。アズマっ、新手の敵だ。狙われているぞ!」

 

 再び不意に盛り上がる溶岩。肉塊のような、目玉のような部位が再びマグマから姿を現すと赤い光線をいきなり放ってきた。流石にマスタースパークレベルの太さではなかったが、アールバイパーの武装を凌駕しているであろう火力であることは明白。俺は咄嗟に回避行動に出るが、避け切れたわけではなく、衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

「うわあっ!?」

 

 直撃という最悪の事態だけは避けたものの、かすっただけでこの衝撃。こんな場所でバランス崩すわけにはいかない。溶岩に飛び込む目の前で再び立ち直ると反撃の機会をうかがう。しかしレーザーを撃った目玉は再びマグマに埋もれていた。

 

「今のレーザーは……? 恐らく今の目玉が本体だろう。見つけ次第強烈なのを叩き込むんだ!」

 

 代わりに周囲から火柱が上がり、炎の龍が突っ込んでくる。

 

「このぉっ!」

 

 頭部をニードルクラッカーでめった刺しにすると、龍はドロリと溶けて溶岩の中へ消えていく。今度は「本体」と思しき目玉が天井から現れて素早く細いレーザーを連射してきた。

 

 背後から迫るドラゴン相手に縦横無尽に飛び回る白蓮を狙った一撃。それは提督が自らの巨体で受け止めることでかばった。

 

「ぐっ……! むっ? 違うな、これはマグマではない?」

 

 ダメージを受け、ふらつくジェイド・ロス提督の後ろから緑色の影が飛び出す。波動砲をチャージさせつつ。

 

「そこかっ!」

 

 素早くゲインズが目玉に反撃を試みるが再びマグマに消えると、少し離れた場所からレーザーを放ちつつ飛び出る。モグラ叩きのモグラみたいにあちこちで出たり引っ込んだりを繰り返しており、奴に一撃も喰らわせることが出来ない。こんな状況なのに、ジェイド・ロス提督は冷静だ。

 

「ふむ、レーザーを放つ肉塊のコアに破壊するとドロリと溶けるドラゴン……。してやられたな、アズマ。我々は既にバイドの手中にあるようだ」

 

 な、なんだって!? それってどういう意味なのだ?

 

 ヤレヤレとため息をつきながら、この抜け道に誘ったお燐を睨み付ける提督。

 

「あ、あたいを疑ってるのかい!? 罠に誘い込んだって?」

 

 いや、それはないと思う。普段から陽気な彼女があそこまで身を震わせ親友を案じていたのだ。本位でお空を救いたいと。俺はお燐の弱いところを見ていたので確信が持てた。今回は提督の意見に賛同できない。だが、提督は淡々とした語調を変えることなくこう続けた。

 

「そうではない。仮にそうだとしても今君を憎んだところで、どうにもならないだろう。比喩ではなくて、言葉通りの意味だよ」

 

 コンバイラから実弾兵器「ファットミサイル」が発射される。それは一直線にお燐に向かっていき……そして通り抜けた。通り抜けた「ファットミサイル」はそのままお燐に迫っていたドラゴンの頭へ着弾する。しかしまるで怯まない。

 

「ひいっ!?」

 

 そのドラゴンがあろうことかお燐を捉えると変形して胴体に組み込んでしまったのだ。そのまま何処かへ持ち去ろうとする。

 

「まだ気が付かないのか。周囲で渦巻いているのは溶岩ではない、熱された流体金属だ」

 

 灼熱地獄だから炎とかマグマと思っていたが、そう思い込むこと自体が間違いであったようだ。そして俺達が既にバイドの手中にあるという発言。言葉通りというともしやこの流体金属自体がバイド体? そして時折こちらを覗きこんだ肉塊のような目玉とそこから発せられたレーザー。

 

「あっ! そういう事か……だとしたら、なんて大きさなんだ!」

 

 分かった。分かってしまった。この灼熱地獄そのものが既にバイドの手中に落ちていたのだ。流体金属を自在に操り、更にコアからはレーザーを放つバイド……。間違いない、俺達は「Xelf-16(※2)」の体内に入り込んでしまったんだ。

 

 奴は地獄で熱された流体金属を龍の形にしてこちらに飛ばしていた。つまり奴を倒さない限り俺達は攻撃に晒されっぱなしだし、この先に向かうことも不可能ということになる。神出鬼没のあのコアに強烈なのを叩き込まないと! だがその前に……

 

「お燐を助けないと!」

 

 スロットルを思い切り倒す。あらん限りの速度を出して離れ行くドラゴンを追う。

 

 マグマによって熱された流体金属がプロミネンスのように吹き上がる危険な状態。だが、猶予はない。お空に続いてお燐までもがバイドの毒牙にかかってしまっては……。

 

 不意に前方の地形が盛り上がる。炎が吹き上がる前兆と判断した俺は急いで機体を上昇させる。強烈なGが俺を機体下方へと押し付けてくる。負けじと俺は進行方向一点を睨む。そして炎は吹き上がった。速いっ! 危うく飲み込まれるところであった。

 

 今度は天井側の流体金属が盛り上がる。今度は機体をギリギリまで降下。銀翼は熱対策はなされていないので必要以上に接近するのは危険だ。容赦なくコクピットを蒸し焼きにする炎。そして上方から噴き出るプロミネンス。どうにか銀翼に届くことなくやり過ごせたようだ。

 

「暑い……」

 

 ならばこんなスレスレの飛行は不要。機体をわずかに上昇させる。だが、荒ぶる炎はそれを許してくれない。今度はほぼ機体の真下。狙いすましたかのように炎が噴き出てくる。このままだとぶつかるっ……!

 

「ええいやむを得ない。スピードダウン!」

 

 これ以上の速度は出ないのなら、直撃を防ぐには銀翼の速度を落とすしかない。今度はGが前に俺を引っ張り出してくる。目の前ではプロミネンスが爆ぜていた。何もかもを一瞬で飲み込む炎が途切れる。だが、エネルギーが有り余っているのか、同じ場所を何度もプロミネンスが噴き上がったり止んだりを繰り返していた。炎が鎮まるタイミングを見計らい……俺は再びスロットルを倒す。

 

「今だぁー!!」

 

 直後、俺の背後で再び炎が爆ぜた。間一髪、炎に飲み込まれずに済んだのだ。

 

 だが、俺に安堵の時は訪れない。上から下から一直線に道を塞ぐかのように火柱がまっすぐと噴き上がるのだ。加えて火山弾や熱された流体金属でR戦闘機を象った兵器「メルトクラフト」が容赦なく襲い掛かってくるのだ。

 

「何が『旧』灼熱地獄だよ。思いっきり現役じゃないか!」

 

 お燐を救うためには後退は許されない。覚悟を決めて俺は前進した。

 

 行く手を阻むは火柱とバイドの軍勢。俺はレイディアントソードを取り出し、迎撃の体勢を取る。こんな奴ら相手にしている場合ではないっ。すれ違いざまに斬り伏せてやる。

 

 左右に機体を激しく移動させ、火柱を回避。すれ違いざまにメルトクラフトや火山弾を刃の錆とする。

 

 そして更に進むと奴が見えた。お燐を連れ去った炎の龍が。

 

「そいつを離せっ!」

 

 こちらに気付いて頭をもたげこちらを見据える龍に、俺は挨拶代わりのニードルクラッカーを食らわせる。龍は相変わらず食う事しか能がないのか、新たな標的を見つけると大口開けてこちらに突っ込んできた。ならばこのまま切り伏せるっ!

 

「ちっ、火柱か」

 

 だがその行く手を阻むように炎の柱がせり上がる。コイツ自体は大したことなさそうだが今も敵の手の上で踊らされていることは忘れてはならない。俺は複数上がった火柱の細い隙間を機体を限界まで傾けて通り抜け、遂に近接武器の射程内にまでたどり着いた。

 

「お燐を返してもらうぞ。リフレックスリング!」

 

 輪っか型のノコギリが炎の龍の胴体を切り裂き、そしてお燐を掴んだ。あとはヨーヨーのように引き戻せば……。

 

「ひゅー! やるじゃんお兄さん♪」

 

 先程まで捕まっていたとは思えない呑気な歓声。そうだ、熱くなりすぎてはいけないな。さて、人質を失った敵に容赦は要らない。俺はお燐をリングから解放するとこちらに向き直った龍にレイディアントソードを向ける。

 

「行くぜっ。ネメシス、コンパク! オーバーウェポンだ!」

 

 3つのオプションを呼び出し、魔力を収束させていく。機体に、血潮に魔力が流れる妙な感覚と共に光を集めるはレイディアントソード。狙いを定めて……まだだ、もっと引きつけて引きつけて……今だっ!

 

「重銀符『サンダーソード』!」

 

 ほとばしる光が炎の龍の額に突き刺さり、雷がはじけ飛んだ。細切れになった流体金属がボトボトとマグマに落ちていく……。

 

 更にお燐と一緒に奥へ向かおうとしたらそこは行き止まりであった。こいつ、何が何でも俺達を先に行かせないつもりだな。

 

「そろそろ本体も出てきた方がいいんじゃないか? 逃げながらじゃまともに戦えないだろ?」

 

 俺の挑発に乗るがごとく、溶岩の壁面で不自然に盛り上がった突起が頭頂部から裂けると、そこから肉塊が飛び出した。遂にお出ましか、A級バイド「Xelf-16」の本体!

 

 肉塊のような目玉のような本体が蠢きながらこちらを睨みつけてくる。それにしてもバイドってのは生理的に嫌悪感を抱くような見た目の奴であふれ返っている。こいつなんて流体金属のバイドの筈なのにそのコア部分はどことなく包皮をかぶった陰茎に見えてくるのだから……。

 

 逃げ回るのに限界を感じたのか、奴はいよいよ戦闘態勢を取り始めた。周囲の熱された流体金属をボコボコと盛り上げて、こちらを取り囲むように伸ばしていった。奴の弱点は時折露出する肉塊だ。お燐がひっきりなしに流体金属を引き裂こうとしているが、あれでは決定打を与えられない。

 

 奴が本体を晒すその瞬間を狙い高火力の武器を使うのが一番だろう。俺はネメシス達を機体内に回収すると魔力の回復を図る。取り囲んだXelf-16の体の一部が棘のように鋭利になっているのを確認。

 

「お燐、離れろ。熱された金属の杭で串刺しにされるぞ!」

 

 俺の声に反応して中央、おそらくコアが隠れているであろう突起部分の目の前に躍り出る形になる。俺もその近くまで避難した。直後、ジャキンジャキンと空を串刺しにするおぞましい音が響く。そしてその時が来た。奴がコアを露出させたのだ。

 

 これを好機と俺はネメシス達を呼び出し、レイディアントソードを突き出す。先ほど屠ったあのドラゴンのようにこいつも貫き倒してやる。じりじりと機体を前進させ、慎重に狙いを定める。

 

 が、奴も無防備ではなかった。コアの中心がオレンジ色に光り始める。まずいぞ、あれは極太ビーム「Xelfハイビーム」の前兆だ。ここにいては直撃してしまう! 俺はやむなくオーバーウェポンを解除、機体を回転させながら奴のコアから離れる。その直後であった。マスタースパークばりのビーム砲が火を噴いたのは。

 

 これが収まれば今度こそ隙を晒すはず。その時を狙えばいいのだが、奴の砲撃はいささかおかしいのだ。

 

 俺の知っているXelf-16は一度思い切りレーザーを照射し続けて終わりだった筈である。だが、今のこいつは細かく連射しているのだ。それはまるで標的が見えているかのような……しまった! こいつがビーム砲で狙っていたのは……。

 

 こいつがビーム砲で狙っているのは俺達じゃない。その遥か後ろを航行しているジェイド・ロス提督の艦隊、そして白蓮だ……!

 

「このっ!」

 

 慌ててレイディアントソードで奴の死角から斬りつけるが大したダメージにはなっていないだろう。向こうも俺の抵抗に反応してコアを再び埋めてしまった。今度は俺達を標的に、炎の龍を何匹も呼び出して襲わせた。こいつらはデカい分、R戦闘機を模した「メタリックドーン」よりもずっとタフだ。

 

 しかし相手もこちらが見えていないらしく、やはり狙いは曖昧であった。先程のように小回りが利かないのを逆手にとって俺の周りをグルグル回るように誘導すれば無力化できる。

 

 こうしていれば奴もいずれ痺れを切らせてまたコアを出して……いやそれではダメだ。先程から汗がボタボタと垂れ落ち、喉もヒリヒリと焼け付いているのだ。

 

「長期戦は……まずい」

 

 元々が灼熱地獄である上に今は炎の龍に巻き付かれている状態。これではXelf-16やアールバイパーよりも先に俺の方が熱と渇きで参ってしまう。かつて霊夢や魔理沙はこんな場所に生身で飛び込んだというが、彼女らがどれだけ常識を逸脱した存在であるかを思い知らされる。

 

「お兄さんっ、串刺しにされるよっ!」

 

 くっ、真上から金属の針が突き出されている。退路を龍に阻まれ、あの強烈な一撃を回避する術がない。いや、わずかに身を寄せればかわせる。俺は操縦桿を強く握り精密な操作を試みる……。

 

 先程とは比にならないほどコクピット内が熱せられる。しまった、俺を巻いていた龍の胴体に当たってしまったようだ。機体を大きく揺らして取り込まれないように脱出をしたが、視界がぼやけていくのは防げなかった。

 

 今度は真下から針が来る。だが、もはや俺にその動きに反応する体力は残されていなかった。辛うじて直撃こそ避けたものの、大きく銀翼は弾き飛ばされる。ぼやけた視界が再びあのビーム砲の前兆を認識させたが……。

 

「だめだ。もう、動けな……」

「ちょっと、アズマお兄さんっ! お兄さーーーん!」

 

 そ、それでも意識だけは、意識だけは繋ぎとめないと……。

 

 意識……だ……け……で…………




(※1)カルベルトワーゲン
19XXに登場した線路を設置する巨大な工作列車。
河童はなんちゅうものを開発してるんスか……。
あるいは旧式化してるって設定もあるので、幻想入りしたのを河童が拾ったのかもしれない。

(※2)Xelf-16
R-TYPE FINALに登場したA級バイド。流体金属を操る。
原作では墜落したスペースコロニーに住み着いていたので、熱されてはいない。


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第12話 ~全ては尊き「宝」の為に~

旧灼熱地獄に巣食うバイド「Xelf-16」に翻弄されるアズマ達。
長期戦に持ち込まれ、灼熱地獄の熱でアズマの意識は遠のいてしまう……。

そう、いくら銀翼が強くなったとしてもアズマ自身はただの人間なのだから。


 アズマが流体金属のバイドと交戦する遥か後方。ジェイド・ロス提督の艦隊も多大な被害を受けていた。

 

「ぐう、こちらの損害は軽微。またアウトレンジからのビーム砲が来る可能性が高い。皆は大丈夫か?」

 

 左側のスラスターを負傷させて黒煙を上げる提督。そう、先程の「Xelfハイビーム」は彼らを狙ったものであったのだ。

 

「お、俺は何とか……。だけど今のでフォースが消し飛んじまった!」

 

「バイドシステムα、お前もフォースをなくしたのか。それよりも巡洋艦『ボルド』が回避に失敗して直撃した。アレはもう落ちる。搭載されてた機体が今必死に避難している」

 

 大破炎上していた暴走巡洋艦からポロポロとバイド機体が脱出している。どうにか回避に成功したバイドシステムαとアーヴァンクが必死に状況の報告を続けていた。

 

「くっ、ボルドが逝ったか……。ノーザリーもタブロックもあのビーム砲の餌食になってしまったし、大損害だ。やはり、悲しいものだな……」

 

 時折その巨体が左に傾く中、緑色の人型起動兵器「ゲインズ」が割って入ってくる。

 

「ジェイド殿、御無事で!」

「おおよかった! 生きていたか」

「その代償に某の得物が犠牲になってしまった。盾として使用した故に。これでは波動砲が使用できぬ」

 

 バチバチとショートする「凝縮波動砲」を見せるゲインズ。

 

「いやいいんだ。命あっての武器だもの。君は正しい判断を下した。この戦闘が落ち着いたら修理……いやいっそのこと今後の敵に備えてパワーアップさせよう」

「恐悦至極に存じます」

 

 今も混乱が続く艦隊の少し先、同じく被弾を免れた白蓮がこのバイド地獄の袋小路を見つける。だが、それは決して喜ばしい事ではなかったのだ。

 

 それもその筈。白蓮がそこで見たものは、敵の猛攻と炎の龍から必死に逃げ惑うお燐、そして別の龍に捕えられ今まさに捕食されんとするリデュースの解除された銀翼の姿であったからだ。

 

「あああっ、アズマさんっ!」

 

 真っ先に白蓮が狙うはアズマを喰らわんとするドラゴンの頭部。手にする魔人経巻をバっと広げると、蓮の形をしたオプション4つを呼び出した。そのそれぞれから細いレーザーを撃ち出し、更に流体金属の海に落ちそうになったアズマを回収する。細切れになったドラゴンの胴体だったものを蹴り、白蓮は高く跳躍。

 

白蓮「アズマさんっ! アズマさぁんっ!! ……反応がない」

 

 キャノピーをバンバン叩いてパイロットの名を叫ぶ白蓮。しかし応える声はなく空しくその音が響くのみであった。

 

「この暑さの中で長期戦に持ち込まれたんだ。人間の体はあまりに脆い、熱にやられちゃったのさ……」

 

 同じく救助されたお燐は銀翼から目を逸らす様に悲し気に一言。

 

 陽炎揺らめく旧灼熱地獄、その揺らぐ空気の向こう側の突起を白蓮はただ睨み付ける。

 

「どの道あのバイドを倒さなければ一時の安堵も得られません。提督さん、弱点はあの突起部分ですね?」

「うむ、流体金属を扱う能力、そして先程のレーザー攻撃から、奴の正体はA級バイド『Xelf-16』で間違いないだろう。コアを露出した瞬間に強烈な一撃を叩き込むのが正攻法だ。隠れているうちはまず回避に集中して……」

 

 提督の説明を最後まで聞かずに白蓮は閉ざされたコアに近づく。

 

「ひじりん、今攻撃を加えても流体金属がその衝撃を吸収してしまう! アズマのことで焦っているのは分かるが無暗に攻めても無駄だぞ!」

 

 止めに入ろうとするジェイド・ロス提督の声で我に返った白蓮は再び引き下がる。流体金属の龍を大量に呼び出してきたために、白蓮達はこれの迎撃を行う。

 

 だが、Xelf-16はそれきりコアを長時間露出することはなかった。標的が皆すぐ目の前にいるのでわざわざ狙いを定めたり、遠距離を狙撃するレーザーを使う必要などなくなったからである。

 

「このままではアズマさんが……。やはり待っていられません!」

「まだ攻める時に非ず。ひじりん、退くのだ!」

 

 ネメシスとコンパクが辛うじて銀翼を支える姿を見た白蓮は、再び提督やゲインズの制止を無視してXelf-16の目の前に跳んだ。魔人経巻を広げながら。

 

 そのまま白蓮はコアの隠れている突起物を前にフウと一呼吸置くと、金剛杵を突き立て、圧倒的な速度でその中心に向かって拳を突き始めた。あまりの速さに拳が何個にも見えるほどである。

 

 しかしバイド達が言うように限界まで身体強化した白蓮の拳をもってしても流体金属に覆われたXelf-16のコアに有効打を与える事は出来なかった。ゲル状の金属が衝撃を和らげてしまうのだ。

 

「ひじりん、これ以上は……」

「いや待て、あれを見るんだ」

 

 よく見ると白蓮の突きは威力よりも速度を重視させたもの。そして的確に同じ場所を突くという精密さも併せ持っていたのだ。流体金属の装甲が薄まっていく。

 

「まさか流体金属を超高速の拳でどけたというのかい?」

 

 応える返事はない。ただひたすらに打ち込まれれる拳や蹴りの音が答えであった。

 

「天符『三千大千世界の主』っ!」

 

 トドメと言わんばかりに跳び蹴りを放つ。超人化した白蓮の猛攻をまともに受けたXelf-16はたまらずに外に出てきた。あとはこの露出したコアに一撃を叩き込めば倒せる。ゼエゼエと息をつく白蓮であったが、持てる力を振り絞り再び巻物を掲げてトドメの一撃を放とうとする。

 

「いざ、南無……」

 

 だが、白蓮は見てしまった。完全に無防備となったアールバイパー、つまりアズマに熱された杭が突き立てられんとするところを。

 

「いけないっ!? アズマさんっ!」

 

 慌てて白蓮は踵を返し串刺しにされそうな銀翼を救うべく踵を返す。1発目の杭を横から蹴飛ばすと更なる推進力を得て、銀翼を庇うように抱える。白蓮さんの力あってアズマが串刺しになることはなかった。しかし……。

 

「ひじりんっ!」

 

 その代わりに白蓮が左腕を突き刺されてしまったのだ。苦痛に顔を歪める僧侶。どうにか針からは抜け出したものの、出血がおびただしく、反対側の腕で押さえている。これではしばらく攻勢に出ることが出来ない。

 

「いかん、波動砲だ。奴が再び流体金属の中に逃げ込む前に波動砲で奴を吹き飛ばすんだ! 誰か使える者はいないか? 私はまだチャージが済んでいない!」

 

 提督の号令に名乗りを上げる声はない。みんな先程のビーム砲を喰らっており、波動砲のチャージどころではなかったのだ。

 

「フォースもやられちゃったし、俺の『デビルウェーブ砲』じゃ、あそこまで届かないぜ」

「やはり駄目か……」

「いや、致し方あるまい。皆も疲弊しているのだ」

 

 一度は引きずり出されたXelf-16のコアも静かに流体金属の奥へと沈み込んでいく。

 

「そんな、あと少しだったのに……」

ゲインズ「しかしアズマ殿を見殺しには出来ぬ……」

 

 あと一歩のところで打つ手なしという歯がゆい状態。白蓮も恨めしそうに逃げ行くコアを睨み付けていた。

 

「うう、もう少し早く気が付くことが出来れば……。うう、返事してくださいよアズマさん……」

「くっ、某も波動砲さえ無事ならば……」

 

 今も意識のない貴方に必死に語り掛ける白蓮。その呼吸も次第に弱まっているように見えた彼女は一層語調を強めて貴方の名前を叫ぶ。

 

 万事休すと思われたその時、今もあちこちでショートしている波動砲を手にしたゲインズが動き出す。

 

「ゲインズ、波動砲を失った君にも策はない筈だ。波動砲のパワーアップは後で必ずしてあげるから今は……」

 

 静かにゲインズが誰よりも前に飛び出た。

 

「ジェイド殿、策なら我が手中に! 奴は流体金属の中に逃げ込もうとしている。そこに某も飛び込んで破損した波動砲に波動エネルギーを限界まで溜めこんで爆破させる! あらゆる攻撃の防壁となった流体金属が逆に仇となり波動エネルギーはコアを集中して焼き尽くすだろう」

 

 それは帰り道などない特攻攻撃を意味している。提督が驚き語調を強める。

 

「いや、その作戦は許可出来ない! ゲインズ、君まで失ってしまったら……」

「されど、ジェイド殿やひじりん、そしてアズマ殿を救う為なら……」

 

 背中のバーニアにエネルギーを込めてゲインズは加速しつつ、Xelf-16のコアに接近していく。

 

「やめるんだゲインズ! 退けっ。命令だ、退けぇっ!」

「生まれて初めてかもしれない。ジェイド殿、某は貴方の命を拒否する。どんな懲罰を課してもいい、某は……」

 

 片手に担いだ凝縮波動砲が白い光を散らしながらそれを大きくさせる。得物を手にしたゲインズはXelf-16のコアについに追いつき、光るスパイク状の武器「ゲインズクロー」を突き立てた。

 

「某は幻想の地にて死に場所を見つけたり。ひじりん、アズマ殿、美しき幻想郷に希望の光を。そしてジェイド殿、その二人を癒し導く道にならんことを祈る!」

「よせっ、思い直すんだ。戻ってこい!」

 

 主を守るためにコアを飲み込む流体金属。しかしそこにはゲインズもへばりついていた。両者が飲み込まれた直後、波動砲の光が流体金属の中を照らし、ゲインズとコアのシルエットを浮かび上がらせた。

 

「ゲインズぅーーーーー!!!」

 

 しかしそれも一瞬であり、それを認知した頃には光が洩れ始め、数泊置かぬうちに激しい爆音が旧灼熱地獄にこだました。

 

 一方のコアを失った流体金属はバラバラと落ちていき本物の旧灼熱地獄の炎に包まれ、そして消えていった。

 

「バカヤロウ……」

 

 そう、ゲインズという犠牲をもってして。その提督の声は裏返っていた。

 

「ついに、倒したんだね……。当然死体は、残ってるはずもないか……」

 

 この場の空気に耐えられずに、どうにかしておどけようとするお燐の声にも力がなかった。

 

 ゴウゴウと燃え盛る地獄。その中でも比較的涼しい場所を知っていたお燐は意気消沈するバイド艦隊と白蓮をそこへ誘導する。

 

 今も意識のないアズマは蒸し風呂状態のコクピットから避難させられ、横たわらせていた。

 

「うっ……うぅ……ゲインズ、どうして……」

 

 提督は先程から声を漏らしながら涙を流し嗚咽し続けている。白蓮は今も意識のないアズマに手いっぱいであったので、お燐が提督に語り掛けた。

 

「あの、やっぱりさっきの緑色の人って……」

 

 答える気配のないジェイド・ロス提督に代わり、生き残りのバイド戦闘機の一つ「バイドシステムα」が返答する。

 

「ゲインズは提督との付き合いが長かったんだ。噂ではバイド化する前から相棒同士だったとか。一応は上官と部下って関係だけれど、誰がどう見ても親友同士にしか見えなかった。そんな特別な存在たるゲインズを失ったんだ。そのショックは計り知れない……」

 

 それを聞いて何とも言えない面持となったお燐。一方で白蓮はアズマをどうにか起こそうと必死に声をかける。

 

「アズマさんっ! お願いですから返事を……。ああ、こんなに汗をかいてしまって。でもこんなところに水なんてある筈ないですよね……」

 

 高温にやられて更に衰弱していた貴方。このままでは助からないことはうすうす白蓮も気が付いていた。そしてそれを上から見ていたのは泣き腫らしたジェイド・ロス提督。

 

「うぅ、ゲインズ……む、水? はっ、もしや!」

 

 かのA級バイドが波動の光に包まれた直前、ゲインズが何を言い残していたのか、提督はその脳内でプレイバックさせる。

 

 そう、ゲインズはジェイド・ロス提督を生かすことが希望に繋がるらしいことを口にしていたのだ。何故バイドの暴走戦艦が人間であるアズマを救うきっかけとなるのか。提督は察しがついたのだ。

 

「ひじりん、水ならあるぞ! かつての私がどこまでも渇望した上質な『地球の水(トレジャー)』が!」

 

 このような灼熱地獄で水。まさに地獄で仏と言わんばかりだ。

 

「私の体の中、かつての執務室の机の下だ。そこの小型冷蔵庫に私にとってかけがえのなかったお宝を保管している。バイド汚染の心配はない、汚染しないように厳重に管理してある。飲んでも問題ない綺麗な水だ、私が保証しよう。アルファ、案内してあげなさい」

 

 バイド戦闘機は白蓮をハッチの目の前まで誘導した。程なくして提督はその入り口であるハッチを開いたが、白蓮は歩みを進めない。

 

「でもいいのですか? 噂では綺麗な水はバイドにとっての究極のお宝だとお聞きしましたが?」

「今の私にはもう必要のないものだよ。アズマもひじりんもこんな私を優しく迎え入れてくれたのだから。今までの恩返しだと思ってくれ。水なら地上に戻ればまた飲み放題だしな。さあ、この激しい戦いを生き残った皆で地上に帰る為にも……」

 

 コクリと頷く白蓮はバイドシステムαに連れられて奥へと入っていく……。

 

 薄暗い艦内ではあったが、難なく執務室まで到達。白蓮はそれらしき小型タンクを発見し、持ち帰る。

 

「ゲインズが見出し、そして私が紡いだ活路への希望。この水でアズマを癒すのだ!」

 

 タンクの水がすくわれ、貴方の口元に垂らされる。その唇がわずかに動いた気がした。

 

「アズマさんっ……!」

 

 

__________________________________________

 

 

 

 忘れかけていた感覚が戻ってくる。俺の口元を流れるのは……

 

「みず……」

 

 極限まで渇ききったその体に瞬く間に染み込んだのは紛れもなく水。体が動く、俺は起き上がると水のなみなみと注がれたタンクを発見した。奥には巨大なコンバイラ。そうか、これはジェイド・ロス提督の……。

 

「飲み水だ。君は酷く水分を失っている。遠慮なく飲むといい」

 

 頼まれなくとも! 俺はゴクゴクと喉を鳴らし、渇きを癒した。ああ、染み渡っていく……。俺は完全に意識を取り戻した。

 

 だが戦況は一体どうなったのだ? 俺が気を失っている間に何が起きたのか……?

 

「奴は、Xelf-16はどうなった!?」

「どうにか撃破しました。その代償はあまりに重かったのですが……」

 

 俺は周囲を見渡すとバイドの艦隊がかなりの数を減らしていることに気が付いた。くっ、俺が倒れたばかりに……!

 

「ボルド、タブロック、ノーザリー、ゲインズ……他にもいる。私も悲しい。だが、停滞は許されない。散っていった仲間の為にもバイドの親玉を倒すぞ! あいつらの魂もそれで浮かばれるはずだ」

 

 そうだ、後ろ向いて悔やんでいても状況は何も変わらない。空から、そして地上からバイドを集めている異変の首謀者「霊烏路空」は目の前だ。

 

「お空……今も苦しんでいるのかな?」

「これでバイドの異変が……本当に終わるのでしょうか?」

「アズマが、そしてゲインズが私をここまで繋げてくれた。今度は私が力を振るう番だ……」

「いよいよだな。ラストダンスと洒落込もう!」

 

 様々な思いは交錯すれど目的は皆一緒。そう、「バイドを倒して、地上に還ろう」これのみである。

 

「BLAST OFF AND STRIKE THE EVIL BYDO EMPIRE!」

 

 ほぼ同時だったであろう、俺達は灼熱地獄のその更に先へと飛翔した……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃旧地獄市街地郊外上空……)

 

 地上から緑色の長髪をなびかせながら落ちていく早苗。そして地底からそれを最初に発見したのは……。

 

「親方っ、空から女の子が!」

 

 よりにもよって罪袋どもと原始バイドのバラカスであった。

 

「誰が親方だっての。5秒で受け止めてやれ! 地面に叩きつけれたら大惨事だぞ! 布切れがあったはずだ。アレ使って上手くキャッチするんだ」

 

 4人の罪袋が布切れをピンと張り、落ちてきた早苗を受け止めた。しかし落ちてくるのは彼女だけでなかった。

 

「バラカス神様っ、こっちの空からも女の子……いや女の子のお母さん? とにかくもう一人が!」

「あん? ありゃお母さんどころじゃないな。もっと歳を食ってるとびきりのBBA……ひぎぃ!」

 

 失礼なことを口走る罪袋の真上に太い柱が落ちてくるとそのまま押しつぶされてしまった。

 

「あーあ、そんなこと言うから……」

 

 その御柱の上に乗っかっているのは、落ちていく早苗を追いかけていた神奈子である。

 

「神奈子様、私を追いかけてきたのですね。でもこんなところにバイドが! 地上に戻る前に退治してやりましょう」

 

 戦闘態勢を取る早苗に対して罪袋達が止めに入る。

 

「バラカス神様は悪くないの! むしろ異変の被害者」

「バイドはバイドでも異変が起きる前から住んでた原始バイドなの!」

 

 流石の早苗も原始バイドなんて言葉は聞いたことないので首をかしげる。

 

「アズマって人が付けてくれた名前でね、あの人曰く『今のバイドの設定にリファインされたころに幻想入りしたバイド』だとか言ってたよ。なんか俺にはよく分かんないけど分かる?」

 

 ここまで聞いて早苗さんもピンと来たようである。

 

「ああなるほど、そういうことでしたか。それでは確かに異変とは関係なさそうですね」

「おいおい、勝手に話を進めないでおくれ。私にはサッパリなのだが?」

「うーん……。ちょっと込み入った説明になっちゃいますが、あのアズマさんと接触したようですし悪人ではありませんよ」

 

 自信ありげに説明する風祝だが、神奈子は今も訝しげに睨み付けている。

 

「まあいいさ、敵意もないようだしここで争うこともないだろう。それに私は異変の首謀者に心当たりがある。そいつをぶっ潰してコイツが消えるのなら嘘をついていたことになるし、残っていればこいつらは正しかったという事。地霊殿だ、場所を案内してくれ」

 

 神奈子はこのままバイドの親玉に殴り込みに行くつもりのようである。早苗もそんな神様を放っておけるはずもなく付き添うことを決意した。

 

 バラカス達に地霊殿入口まで案内させる。7人いた罪袋達は美女二人を前にしても神奈子の眼光が恐ろしくて最後まで手出しが出来なかったようである。

 

 地霊殿の大きな扉を乱暴に開くと二人はヅカヅカと奥まで進みさとりと対峙する。

 

「また乱暴な訪問者ですね」

「実は地底に向かって無数の黒い隕石が……」

 

 事細かに事情を説明しようとする早苗を押しのけ、神奈子は一言だけこう口走る。

 

「霊烏路空、お前さんのペットだったね。ちょっと用事があるのでここに呼び出してほしいのだが」

 

 途端にさとりは両目を見開き、その表情を恐怖でこわばらせる。

 

「知らない……。そんな子知らないわ……! 分かったら出てって! 不愉快だわ!」

 

 対する神奈子は語調を変えずに彼女の心を揺さぶる。そんなさとりの反応を半ば楽しんでいるようにさえ見えた。

 

「そんな筈ないだろう? 私はしっかり覚えているぞ。お前さんのところの地獄鴉に『八咫烏』の力を与えたことを」

 

 ニヤリと口元だけに笑みを浮かべる神奈子。

 

「出てけェー!!」

 

 周りの本やらペンやらを滅茶苦茶に投げつけて激昂するサトリ妖怪。それを御柱1本で全て受けきる神奈子。

 

「ちょっと、そんなに怒らせては交渉どころでは……」

「いや、これでいい。どの道彼女との交戦は避けられないだろうし。ならば彼女の十八番を封じてやるのがいい。激昂のあまり、心を読むのを忘れたサトリ妖怪など無力に等しい!」

 

 それだけ言うと御柱を思い切り飛ばし、さとりを吹き飛ばす。壁に叩きつけられ気を失ってしまった。ぐったりする彼女を肩で担ぐ神様。

 

「さとりさんをどうするのですか?」

「見せてやるのさ、真実を。あの反応で確信した。バイドを集めていたのは霊烏路空で間違いないだろう。だからこそ、飼い主である古明地さとりが必要なのだ。誰も脅威から逃げてはいけない。私も、そしてこのサトリ妖怪もだ……」

 

 最後に「行くぞ」と早苗を誘導すると灼熱地獄への入り口へ入っていった……。



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第13話 ~太陽に身を焦がす~

旧灼熱地獄を経由してバイド化したであろう「霊烏路空」との接触を試みるアズマ達。

しかし、旧灼熱地獄も既にバイドの手に落ちており、熱された流体金属のバイド「Xelf-16」が行く手を阻む。

アウトレンジからのビーム攻撃で艦隊も半壊状態に陥り、アズマも地獄の熱気で気を失ってしまうという窮地に立たされるも、ゲインズの捨て身の一撃とジェイド・ロス提督がトレジャーとして保管していた「地球の水」によって敵バイドを撃破し、熱で衰弱していたいアズマも復活させた。

さあ、いよいよ最深部だが……。


 灼熱地獄を抜けると、今までの明るさが嘘のように再び真っ暗になってしまう。はるか遠くに赤黒い光の点が見えるのを除けばまさに漆黒の闇である。それでも蒸し暑さは和らぐことはない。周囲をよく見ると空気が揺らいでいるように見えた。恐らくはここも灼熱地獄のように熱されているのだろう。

 

 そして漆黒の中で目を凝らすとそれがゆっくりと流れていることもわかる。それもみんな同じ方向へ、引き寄せられるように……。

 

「なんというバイド係数だ! この黒いのは全部バイド体だぞ。ひじりん、お燐、生身でこの空気に触れるのは危険だ。戦闘機用のスペースだが、格納しよう」

 

 開かれたハッチ。その中に避難しようとする生身の二人。だがその直前に異変が起きる。黒いバイド体がより激しく流れていったのだ。はじめはわずかに速くなった気がする程度であったが、瞬く間にその流れは速く、多く、激しく。

 

「ぐっ、バイドを引き寄せるあの流れが……。今までよりもずっと強烈だ。持っていかれないように踏ん張るので……うわぁぁ!」

 

 コンバイラの巨体が流されていく。バイドを引き寄せるこの流れはたとえA級バイドの強さ、大きさをもってしても逆らうことは出来なかったのだ。慌てて白蓮とお燐が押し返すように提督の体を支える。俺は反対側からリフレックスリングを飛ばし、提督を引っ張り上げようとするが、どちらもさして効果がないようだ。

 

 グンと遠方の光の点が大きくなっていく……否、俺達があそこに引き寄せられているのだ。そして更に接近して……不意に止まった。目の前で赤々と光っているのはまるで燃える星、太陽のようであった。こんな地底で太陽を拝めるとは不思議なものである。

 

 その光の中、揺らめきながら黒いバイド体が太陽……いや、その太陽とは微妙に違う方向へ引き寄せられていく。俺はその方面に視線を追いかけていく。

 

 クワっと見開かれた赤黒い目玉と目が合った。禍々しい光を放つその瞳孔はこちらの存在に気が付くと光を発しながらギロリと睨み付けてきた。あれだ、あの目玉にバイド体が集まっているんだ。赤黒い光が周囲を照らす。

 

 間違いない、バイドの種子を地上に落とし、バイドというバイドを引き寄せていた張本人……!

 

「霊烏路……空!」

 

 黒く大きな翼、右腕と右脚に装備された物々しい装備。そして宇宙を思わせるデザインをした漆黒のマント……。

 

「……だぁレ?」

 

 確かに鴉の妖怪なのだろう。だが、不気味に鼓動する胸の一つ目があまりに異様に見えた。そして彼女の顔についている本来の方の瞳はうつろになっており暗い琥珀色の光を携えている。こいつが……こいつが……!

 

「お空っ、私だよ。お燐! わかる?」

 

 たまらなくなって親友が俺の前に飛び出す。そう、たとえ相手がバイドだとしても対話を試みることは有効である。現に俺がそうしたからこそジェイド・ロス提督は俺達の味方になったのだ。さて、今回はどうなるか?

 

「おリ……ん? お燐っ! お燐だー、会イたかっタなー♪ サとり様も全然来ナいし、お燐も久しブりダよねー」

 

 にぱーっと笑みを浮かべる地獄鴉。嬉しさのあまりお燐に抱擁しようと両手を広げて近寄ってくる。その無邪気な笑みは周囲の心を和ませるが……。一連の様子を見ていた白蓮がおもむろに巻物を広げ、身体強化の魔法を詠唱し始めた。

 

 そのままお燐に抱き付こうとするお空だったが、白蓮はそれよりも先に素早くお燐を抱き留めるとその場を一気に離脱した。おかげでお空は何にも抱き付くことが出来ない。が、異変は既に起きていた。お空の腕が炎に包まれており、先程までお燐のいた場所に火柱が上がっていたのだ。

 

「これはっ……。あまりにバイド係数が高くなりすぎて自分でも制御できていない! これでは交渉は絶望的だ。残念だが……私のようにはなれない」

 

 それだけこの地底の最奥でバイドを集めていたという事か。最愛の親友に抱き付こうとしたのを邪魔されたお空は口をとがらせて不平を漏らしている。

 

「ナんで邪魔すルの? お燐は私の友達なのニ、コんなノ酷いヨ。もしカしテ、さトり様が来ナいのもオマエのせイ?」

 

 先程の人懐っこい様子は鳴りを潜め、その琥珀色の二つの光に冷徹さが宿る。胸の瞳孔も光を増した気がした。ゆっくりと右腕の制御棒をこちらに向けてくる。

 

「敵。オマエラ、敵。さとり様に仇なス憎き敵! ケシズミにシてやるっ!」

 

 決して沈まぬ人工太陽の元、決戦の火蓋が切って落とされる……!

 

 突き出された制御棒にどす黒いバイド体が収束していく。それと同時に赤く焼けるように制御棒が光を帯び、最後にはまばゆい白色となっていた。そして最初に襲ったのは一種の衝撃波。地震の前触れのほぼ感知できないP波のごとく、全方位に衝撃が走ったのだ。

 

「いかん! あの光はまずい。ひじりん、お燐、今度こそ避難するんだ!」

 

 そして本流が来る。それは暴力そのものであった。限界まで収束された光の弾幕は全方向に無秩序にそして放射状に放たれたのだ。決してこちらを狙ったものではないもののその衝撃はすさまじく、うまく光の弾幕の隙間に潜り込んだ俺も有り余るエネルギーに翻弄されて機体のバランスを何度も崩しかけた。

 

 圧倒的弾幕に晒される中、コンバイラの体内に逃げ込む白蓮とお燐。そしてその二人を庇った提督は光弾の直撃を何度も喰らっている。

 

「ぐあああ! 生身の人間がまともに喰らえば形すら残らないほどの力っ。だが、仲間を失う痛みに比べればこのくらいっ!」

 

 スコールのごとく降り注ぐ弾幕がようやく終わるも、お空は次の一撃に備えすぐさまエネルギーのチャージに入っていた。再び光とバイド体が収束していく。

 

「なんてデタラメなパワーなんだ! だが、あまり足は速くないようだな」

 

 あいつに攻撃をさせては駄目だ。俺は最大限にまで加速すると銀色の光の軌跡を残しつつ急接近を試みた。撃たせる前にレイディアントソードで斬り伏せるっ!

 

「そいつに接近戦を挑んじゃダメ!」

 

 間合いに入り剣を取り出したころに俺もようやく異変に気が付いた。空気が先程よりも激しく振動している。アールバイパーも何か絶大な危険を感じ取ったのか、ブザーを鳴らしながらこちらを警告してきた。

 

『Caution!! Caution!! Caution!!』

 

 これはスペルカード級の大技の前兆なのか? マズイと思いつつも、んなこと言われても今更止まれる筈もないし、俺は最善を尽くし本来の目的を遂行する他ない。ええいままよ、レイディアントソードの錆にしてくれるっ!

 

「核熱『ニュークリアフュージョン』!」

 

 お空の体が白色に光ると、太陽を思わせる超巨大な弾幕……そう、大玉と俺が呼んできたアールバイパーをすっぽり覆うほどの大きさを誇る弾なんかが小さく見えるほどのデカいのが放たれたのだ。それも大量に。

 

 その動き自体は非常にゆっくりではあったものの、アールバイパー自身が高速でそれに突っ込む形となってしまった。

 

「アズマさーん!」

 

 悲鳴とも取れる甲高い白蓮の声、チリチリと身を焦がす太陽の弾。そう、身を焦がすだけ。俺の左手で掲げていたのは豪華な紙質のスペルカード。咄嗟の回避といえばスペル発動しか思いつかなかったが、相手の攻撃手段もスペルカードで安心した。これで互いに使用カードは1枚、おあいこになるからだ。

 

「銀星『レイディアント・スターソード』!」

 

 銀翼には不釣り合いなほどの巨大な剣を2本、挟み込むようにお空を斬りつける。バイパー本体は青白いオーラ「フォースフィールド」で守られるため、弾幕に突っ込んだとしても無傷……。

 

 いや駄目だ。あの太陽みたいな弾幕は恐ろしい程のエネルギーを秘めているらしく、この無敵のオーラさえもかき消さん勢いでこちらの身を焼き尽くす。フォースフィールドが完全に無力化する前に離脱した方がいい。俺はこれ以上の追撃は諦めて一気に離脱。どうにか脱出には成功したものの、オーラが途切れた瞬間にアールバイパーは弾き飛ばされてしまった。

 

「アズマっ、大丈夫か!? バイド戦闘機に援護させる。アルファ、アーヴァンク、出撃せよ!」

 

 背後からハッチの開かれる音。俺一人では荷が重すぎると判断したのか、提督の号令の下、数少ない生き残りであるバイドシステムαとアーヴァンクが戦場に躍り出た。しかし、R戦闘機の象徴の1つであるフォースは既に失っている……。

 

「お前ら……。フォースもないのに無謀すぎる!」

 

 俺の制止を振り切る2機は前方に光を携えていた。先に動いたのは全身をバイドの鱗で覆った機体、つまりアーヴァンク。

 

「見てな、R戦闘機はフォースだけじゃねぇ。喰らえっ、スケイル波動砲!」

 

 アーヴァンクは恒星弾の隙間を埋めるように放っていた青色の弾目がけて波動砲を放ったのだ。

 

 白く光る球体をゆっくりと撃ち出すと、途中ではじけ飛んだ。そしてその周囲の空間に破片が漂い始める。よく目を凝らして見てみると、それらがアーヴァンクの鱗であることが分かった。

 

「別名『スケイルディフェンス弾』。実弾兵器ならこいつでみんなシャットアウトだ。レーザーの類もピカピカに磨いた鱗が乱反射させてしまうから威力が分散されてしまう……まあ守れてはいないがな。とにかくミサイルの類を防ぎたいならこいつの出番さ」

 

 スケイルディフェンス弾の効果が切れないうちに今度はバイドシステムαが攻勢に出る。場所を譲ったのか、アーヴァンクは必要以上に距離を取っており、俺にももっと離れるようにと促された。どういう意味かと訝しんでいると、アルファの後部から波動砲が撃ち出されたのだ。

 

「ありがとよアーヴァンク、心置きなく全力を出せたぞ。フルチャージのデビルウェーブ砲だぁっ!」

 

 そうだった、こいつの波動砲は尻から出るんだった。ワシャワシャと這い寄るバイドの姿をした波動エネルギーはそのまま弾幕を避けながらお空へ一直線に突っ込んでいく。

 

「敵を破壊する本能によって動かされた波動エネルギーだ。どこまで逃げても俺が敵と認識した相手を追いかけまわすぞ!」

 

 デビルウェーブ砲がお空の右腕にクリーンヒットすると流石にお空も怯んだようである。一時的に弾幕も止んだが、再びあの太陽弾を放つために周囲のバイドエネルギーを集め始める。アールバイパーのシステムボイスもまたけたたましく警告を促してくる。

 

「この瞬間を待っていた! スケイルディフェンス弾っ!」

 

 弾幕が止んだことでさらに接近の出来たアーヴァンクは近距離から鱗の波動を放ち、お空の周囲に無数の鱗を漂わせる。波動砲の直撃でもそれなりのダメージを与えられたようだが、デビルウェーブ砲に比べると威力も控えめのようで、怯む様子を見せない。

 

が、信じられないことが起こった。周囲を漂っていた鋭利な鱗が、一つ残らずお空に襲い掛かり、その身を切り裂いたのだ。

 

「!?」

 

「どうだいカラスのお嬢ちゃん、ピカピカに磨いた俺の鱗の味は? バイド体を吸い寄せているのなら、当然俺の鋭い鱗も吸い込むよな。でもそんなに一気に吸い込んだら……そうなるわなぁ」

「すげぇぞアーヴァンク。頭脳プレーってやつじゃん!」

 

 それぞれの傷は浅いものの、あちこちから小さく出血を起こしており痛々しい。

 

 よし、アーヴァンクのおかげでお空は無暗にバイドエネルギーを吸収できなくなった。こうなれば幾分かあのデタラメなパワーも抑えられるはず……。

 

 しかしお空はその右腕を変形させ、ミサイルランチャーらしき形に変えていた。そこに装填されていたミサイルはお空の右腕ほどの大きさを持つもの。より多くのミサイルを装填できる筈のランチャーだが、その大きさから1発しか装填できていない。

 

 だからこそ嫌な予感がする。あの形状は……まさか!

 

「あれは一体……?」

「恐らくは大型水爆ミサイル『バルムンク』だ……。あんなの隠し持ってたのか!」

 

 ミサイルを撃ち出すだけならバイドエネルギーなどチャージする必要もない。恐らくはこの邪魔な鱗を取り除いてまた先程の戦法を取るのが目当てだろう。つまり標的は……!

 

「俺だな。凌げるか……スケイルディフェンス弾っ!」

 

 いくらスケイルディフェンス弾といえど、相手はバイド相手にさんざん猛威を振るった水爆ミサイル。ある意味アレも核融合を引き起こす兵器と言えよう。アーヴァンク自身も完全に迎撃できるか不安を抱いていた。

 

「うむ、あれなら大丈夫だろう。奴の周囲にもまだ鱗が浮遊しているし、二段構えで威力を減衰させられるのだ。さあアルファ、隙だらけのところにもう一度波動砲を……」

 

 その提督の一言に安堵の息を漏らすアーヴァンクは再び鱗を大量展開し、見えない防壁とする。対するお空はわずかに空気の淀んだ場所一直線にお空はバルムンクを発射させた。

 

「むむ、何か様子がおかしいぞ? ……まずい、逃げるんだアーヴァンク!」

 

 バルムンクのブースター部分が異様に光っているのだ。なんと、お空自身の光る弾を何度も連ならせてミサイルの勢いを倍加させていたのである。しかし提督の声が届く頃にはミサイルが防壁を突き抜けた後であった。

 

 程なくして暴風と爆音が吹きすさび、俺は吹き飛ばされてしまった。

 

 今のはバルムンクの爆発だろう。お空の光弾によって推進力の強化されたミサイルがアーヴァンクの用意した鱗の防壁を貫通して着弾したのだ。防壁などいざ知らずと言わんばかりの火力の塊が、あらゆる鱗を貫き、そして爆発したと言えよう。

 

 俺と同じく吹き飛ばされたバイドシステムαが先に爆心地に駆け寄っていた。

 

「おいっ、しっかりしろ! 目を覚ますんだアーヴァンク!」

 

 あれでは即死だろう。わずかに残った鱗の欠片に声をかけても答える返事などある筈がない。キラキラと暗闇の中でわずかに光るは地獄の太陽に照らされたアーヴァンクの鱗。それらが風もないのにふわりと飛んでいく。その先には……。

 

「まズは1機……」

 

 無力化したバイド体としてお空と融合していったのだ。いや、食料として捕食されたという表現の方が適切か。

 

「ひぃ!?」

 

 彼の悲鳴は戦友の無残な姿、そしてその末路に戦慄したから。それだけではない、雄たけびを上げたお空が背部でジェット噴射のような炎を上げながら、今度はバイドシステムαに急接近、そして掴みかかってきたのだ。

 

「うフふ……。アなたも、フュージョンしマしょ♪」

「嫌だっ! やだやだ! 助けてくれー!」

 

 ジタバタと機体を揺らしもがいているが、脱出できるようには見えない。あのままではバイドシステムαまでやられてしまうだろう。助けてやりたいが俺は俺で遠くに飛ばされてしまっている。

 

 誰かを守るには「菊一文字」が一番だが、距離が足りない。オプションたちに運んでもらっても届かないだろう。残る兵装はハンターとニードルクラッカーだが、どちらも精密射撃には向かないし、火力もオーバーウェポンがなければ微々たるものであろう。

 

 さっきのバルムンクみたいに精密射撃が出来てなおかつ高火力の武器なんて……。

 

『You got a new weapon!』

 

 まさかバルムンクが? だとしたら都合がよすぎるが、もはや神頼みといった状態の俺。だが、ディスプレイに目を移すと確かにミサイル系兵装の部分がモザイク状に画像が乱れているのだ。もしかしなくても先ほどのお空の一撃がトリガーとなって兵装が目覚めるのだろう。これはもしかしてしまうのだろうか?

 

 程なくして光をまとい、直進するミサイルのアイコンが表示された。この兵装の名前は……。

 

『PHOTON TORPEDO』

 

 今確かに「フォトントーピード(※1)」と言っていたな。和訳すると「光子魚雷」といったところか。俺の知っているフォトントーピードはザコ敵を貫通する対地ミサイルであった筈であり、バルムンクとは似ても似つかない兵装の筈であるが……。

 

「ええい、ままよ!」

 

 お空の右腕に狙いを定め、ミサイル発射するべくトリガーを引く。「それ」はアールバイパーの真下に装填された。実に銀翼と同じくらいの全長を誇る巨大なミサイルだ。それがゆっくりと前進していく。お、遅すぎる……。

 

 だが次の瞬間、ブースターが点火する代わりにミサイル後部から無数の光の粒子が飛び散る。すると今までのノロさが嘘のように急加速し、標的めがけて一直線に飛んで行き、お空に直撃、爆発を起こした。

 

「アア……オオウ!」

 

 咆哮のような、悲鳴のような雄たけびをあげ、バイドシステムαを取り落した。解放されたバイド戦闘機は一目散に提督の元まで逃げていく。

 

「アーヴァンクの件は残念だが、よく生きて戻ってきた、アルファよ。一度補給と修理を済ませよう」

 

 再びバイド体の充満する空間でたった一人となった俺。明確な殺意が、この俺に突き刺さってくる。収束されるバイド体、そして右腕が輝き始める……。

 

 レーザーだ、それもおびただしい量の、驚愕するほどの太さの。こちら目がけて滅茶苦茶に撃ってきたのだ。これでは反撃どころの騒ぎではない。少しでも距離を取るべく俺は逃げ回ることにした。

 

 一方の提督はハッチを開き、手負いのバイド戦闘機を回収しているところであった。が、その隙間から少女が二人這い出てくる。

 

「なっ、バイド汚染のリスクが高すぎる! 戻るんだ」

 

 そんな制止を聞かずに白蓮とお燐もただバイドと成り果てた少女を睨みつける。

 

「アズマさんやジェイドさんの仲間達だけがあんな危険な思いをして私は指をくわえて見ているだけだなんて……耐えられません!」

「えーっと……あたいと同じ屋根の下で暮らして同じメシを食べてきた仲だし、やっぱり自分でも決着つけないと!」

 

 お燐は知らないが白蓮は、ああなった住職サマは提督が止めても向かうだろう。そんな決意抱く二人に気を取られているとお空のレーザーに被弾しそうになった。チリチリと身を焦がす音に焦燥しながら、宙返りをし、お空の背後を取った。

 

 ならば俺が取るべき選択は一つ。バイド体が二人を蝕む前に決着をつけるっ!

 

「いくぞ、フォトントーピード!」

 

 光を散らしながら光子魚雷が直進する。対するお空は白蓮に気を取られており、まるで気づいていない。無防備な背後でそのまま炸裂する。

 

「ネメシス、コンパク、追撃だ!」

 

 オプション達を呼び出し、同じくフォトントーピードを投げつけていく。すると注意の対象がこちらに向いたのか、俺に向かって制御棒を向けてくる。だがその背後には……

 

「南無三!」

 

 白蓮が金剛杵をビームサーベルのように扱い、斬りつける。今度はそちらを迎撃しようとすると、さらに別の方向からゾンビの格好をした妖精がわらわらとお空に群がってくるのだ。身動きがとれまいと必死にもがく。

 

 ゾンビゆえか、倒されても倒されてもたちどころに復活してお空の自由を奪おうとしがみついてくるのだ。そうしていると再びバイド体が収束しているような気がしてきた。

 

『CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!』

 

 まずい、また仕掛けてくるぞ!

 

「なギハらえ! 焔星『フィクストスター』!」

 

 この状況を打破するべく発動されたスペルは広範囲に効果の及ぶものであった。あの強烈な恒星弾を力任せにぶん回すという危険極まりない技のようだ。当然ゾンビフェアリーたちは全滅。あれでは復活したところでまた一瞬であの世行きだ。

 

「ち、近づけないっ!」

 

 バイドの影響抜きに考えても核融合の力を操るお空の持つ火力は並大抵のものではなかったのだ。ああやって長期戦に持ち込まれるのはまずい。バイド体が白蓮達を……。

 

「皆離れるんだ。こうなればアウトレンジからフラガラッハ砲を決める!」

 

 そうだ、俺達は一人で戦っているのではない。お空は確かに強大な火力を持っているが、あまり頭の回転が速くないようである。

 

「白蓮、ここは危険だ。離れよう!」

 

 そうして避難していると、コンバイラから赤い光をまとう二股の槍が突き出される。本人にとっては全くの想定外だったのか、フラガラッハ砲をもろに受けるとさすがのお空も怯む。

 

 攻撃の止んだその隙に俺と白蓮は再びお空に有効打を与えるべく接近する。俺が遠距離からミサイルを撃ち込むと、すぐに離脱。俺を追いかけようとするお空が白蓮さんに背を向けると今度は白蓮が弾幕を放つ。その繰り返しだ。果たして致命傷になっているのかどうかも疑わしいが、こうやって少しずつ削っていくしか手段が思い浮かばない。

 

 そうしたサイクルをさらに何度か繰り返して……お空が不意に攻撃の手を止めた。どうしたのかと様子をうかがってみると、彼女は目から大粒の涙を流していたのだ。

 

「ドぉして撃ツの? どウしテぶつノ? 痛い、痛イよ……心も体も痛イよぉ……」

 

 彼女の中で意識の混濁が見られる。それはバイドと化した者が必ず抱く疑問。そう、こんな状態になっていてもお空は自らがバイドになっていることに気が付けないのだ。

 

 だが、その本質は敵を本能的に破壊するバイドそのもの。現に、涙を流しながらもバイド体を収束させ、次の一手に出んとしているのが分かる。

 

「みんな、ミんなみンナミんなみンな、ミンナミンナミンナミンナミンナミンナミンナミンナ……大嫌イ! 全部消エチャエ!!」

 

 地底の太陽に一直線に突っ込んでいく。が、別に焼身自殺という訳ではないようだ。そう、あろうことか燃え盛る太陽に足を付けてドンと仁王立ちしたのだ。そして両手を大きく広げ、地底全体に響くであろうおぞましい咆哮をあげる。周囲のバイド体が光を帯びて周囲に浮かび上がる。

 

「こ、これは……! まさかあの地獄の太陽を使って何かを仕掛けてくるつもりかっ!?」

「め、滅茶苦茶な……」

 

 提督や白蓮だけではない、アールバイパーもただならぬ危険を感じたのか狂ったように同じ単語を叫び続ける。

 

『CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!』

 

 もはや注意を促すものではなく、ただただ危険なものであることをパイロットたる俺に知らせるために……。

 

 それは誰の言葉なのか、俺には分からなかった。普通に考えればお空なのだろうが、もはや今の霊烏路空は太陽と一体化しているようなもの。煌々と琥珀色にジリジリ照らす人工太陽の言葉にも聞こえたのだ。

 

地 底 の 太 陽 (サブタレイニアンサン)

 

 見たままのシンプルな名前であったが誰よりも震えていたのは彼女のことをよく知るお燐であった。

 

「そんなっ、そのスペルは……! だめっ、お空! 今すぐ止めて!!」

 

 未知の力が働いたのか、ドス黒かった筈のバイド体が発光して一直線に人工太陽へ突っ込んでいく。これが弾幕なのか。それともバイドを引き寄せるという今のお空の特性によるものなのか。

 

「ぐうう……引っ張られる! コンバイラのこの巨体が、強烈なまでに引っ張られているッ!」

 

 まずいぞ、何としても止めなくては……!




(※1)フォトントーピード
グラディウスIIに登場した対地ミサイル。ザコ敵を貫通する。一見便利だが弾切れを起こしやすいという意味でもあるので注意。
東方銀翼伝においては、空対空ミサイル……というか徹甲弾のような兵装になっている。
これは貫通するミサイルという特徴と、グラディウスアークでは空対空ミサイルとして登場していたことが由来。


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第14話 ~地底の太陽(サブタレイニアンサン)

核融合の力を操る上にバイドの力まで手にしてしまった霊烏路空。
さすがのジェイド・ロス艦隊やアズマ達も太刀打ちできず、アーヴァンクが犠牲になってしまう。

アーヴァンクを葬った一撃からアールバイパーは「フォトントーピード」を取得するが、それでも決定打は与えられず。

ついにお空は大技「地底の太陽(サブタレイニアンサン)」を発動。何もかもを人工太陽に引き寄せ始めたのだ。


 お空が放った常識外れのスペルカード「地底の太陽(サブタレイニアンサン)」。周囲に充満するバイド体をただ取り込むだけでなく、それすらも弾丸として攻撃に転用してしまうという攻防一体の恐ろしい技。

 

 改めて確信した。地底や地上どころか遥か彼方の宇宙からバイド体を呼び寄せていたのはこのお空だ。そしてバイドを引き寄せるということは……。

 

「ひゃ~! 助けてくれー!!」

「せ、制御がきかない! このままではあの太陽に取り込まれてしまうぞ。あの太陽に、あの太陽……ひぃっ、嫌だー! それだけは、それだけはー!!」

 

 バイドであるジェイド・ロス提督やバイドシステムαも一気に引き込まれることを意味する。あの冷静沈着な提督がパニックを起こすほど恐れているのは余程のことである。

 

「無理もありません。いくら屈強なバイドの体といえ、太陽になんて突っ込んだら瞬く間にその命を燃やし尽くしてしまうでしょう」

 

 それもあるが、提督のあの怯え方には別の意味も孕んでいるように俺には見えた。太陽に身を焦がすのは誰だってゴメンではあるがな。それよりも弾幕と化したバイド体が厄介だ。背後から迫ってくるのを回避するのは至難の業であるし、お空も吸引力をさらに強めている。

 

「こ……これはぁっ! バカな、こんなはず!」

 

 人工太陽はさらに輝きを増し、銀翼をも揺るがし始めた。もはやバイドも人類もお構いなしってことか。

 

「うおぉぉ、回る! 回っている!」

 

 一度踏ん張りのきかなくなった機体は渦に巻かれるように少しずつお空に近づいていく。俺の意思など関係なしに。ということは……やっぱり! 白蓮とお燐もこの強烈な流れに囚われて翻弄されていたのだ。

 

 踏ん張る地面などない宇宙空間のような地底。さしもの白蓮とて、これを止める術はない。いくら身体強化をしたところで、空中で宙ぶらりという事は無意味になってしまうからだ。

 

「アズマさんっ、何か攻撃して彼女を止めないと、このままでは……」

 

 よし、こうなれば遠距離まで届き高い火力を叩き出せるフォトントーピードを使うしかない。俺は流れに翻弄されながらロックオンサイトにお空を捉えようとするが、駄目だ。ここまで流されてしまってはまともに狙いなど付けられるはずもない。

 

「早く撃つんだ! 狙いが付かない? 問題ないよ、今のお空は何でも吸い込むから」

 

 そうか、そもそも狙いをつける必要なんてない。逆にこのミサイルをたらふく食わせ放題ってことじゃないか。ならば躊躇することない。何度もトリガーを引き、1発1発撃ちこんでいく。

 

 光を散らすミサイルはこのお空の流れに吸い寄せられるように進んでいき、そして着弾した。よしっ! 全弾命中した……が、全然効いている気配がない!

 

「なんてことだ、あれでも火力が全然足りないというのか……。フォトントーピードを越える威力を誇る兵装だなんてレイディアントソードしかない。だが、間合いに入るには……」

 

 俺は青い刃を取り出し、お空を睨む。だが無謀すぎる作戦だ。あのアールバイパーよりもはるかに巨大な太陽の上で仁王立ちするお空だけをレイディアントソードで斬りつけるなど。

 

 チャンスは一瞬、それもこうやってブン回されながら吸い寄せられている都合上、来るか来ないかすら分からないチャンス。そんなものに賭けるのはあまりに危険だ。

 

「お兄さんっ、あれっ!」

 

 火車の指さす方向を見ると俺は驚愕した。一足先に吸い込まれ始めていたバイドが今まさにお空に取り込まれようとしていたのだ。

 

「ああああっ……! 近接武器は駄目だ! 触れた途端に飲み込まれちまう!」

「あ……アルファ!」

 

 バリバリとその肉塊を貪り食うは人工太陽から盛り上がった火柱。ここは地獄、地獄の鴉の力を得た太陽は亡者の肉をついばむが如くバイド戦闘機を焼き尽くしていく。

 

 一体化しつつありながらも彼は助けを求め続けるが、手段が思い浮かばない。後ろ半身を太陽に取り込まれたバイドシステムαはいよいよ助からないと覚悟を決めたのか、泣き叫ぶのをやめた。

 

「もう、助からないな。でもな、俺はバイドだ。敵を破壊して破壊して……そういう生体兵器なんだ。最期の最期くらいは抗わせてもらう!」

 

 くすんだ紫色の光がバイド戦闘機を覆う。これは、エネルギーを貯めているんだ。

 

「ウォォォォッ! デビルウェーブ砲っ!!」

 

 這いよるバイドの形をした波動が迸ったのだろうか、一瞬だけお空が紫色に染まり、そして怯んだ気がした。対するバイド戦闘機は自らの波動エネルギーに耐えうるだけの体力が残っていなかったのか、バラバラと砕け散ってしまった。

 

「提督、アズマ、ひじりん……。思い出すんだ……基本に立ち返るんだ。『対バイド戦における最も有効な攻撃、それ……は……』」

 

 全てを言い切る前にその肉体は完全に喰らい尽くされ、炎に包まれていった。バイドシステムαの、ジェイド・ロス少将の最後の部下の最期である。だが、俺達には分かった。彼が何を言わんとしていたのかを。

 

「この続き、分かるぞ。『バイドをもって』……」

「『バイドを制することである』。そうか、フォースだ!」

 

 ウムと頷いてギンと敵を睨む提督。だが、既にジェイド艦隊にフォースは残されていない。

 

「しかし、もはやフォースなどどこにも……」

 

 そうだった。この艦隊は激戦に次ぐ激戦でバイド体を用いた攻防一体のオプションたるフォースをすべて失っていたのだ。

 

「そんな、せっかく糸口が見えてきたというのに……」

 

 白蓮も声を失っていた。太陽がかなり大きく、いや、俺達が近付いたからだけではない。周囲のバイド体を吸収して人工太陽が更に大きさを増しているのだ。このままでは俺達もあのバイド体に用に吸収されて……。

 

「いや、まだ手があった。提督、フォースならあるぞ!」

 

 そう、この状況を打破する希望は我が手中にあるっ!

 

「アズマ、気休めの嘘はよすんだ。アールバイパーはフォースなど装備しないではないか」

「そうですよ、そもそもどこにフォースがあるのです?」

 

 ああ、提督や白蓮が言うように確かにフォースはどこにもない。だが、材料ならそこら中にいっぱいあるじゃないか。俺は静かにオプション達を呼び出しローリングフォーメーションを取る。そして撃ち出したのはレイディアントソードではなく、リフレックスリング。コイツを逆回転させて射出したのだ。

 

「ま、まさか……」

「その『まさか』だ。白蓮、魔力をまた分けてくれっ! アールバイパーにしがみつくんだ!」

 

 オプションから、そして上に乗った白蓮から魔力が流れ込んでくる。ぐぐぅ、やはり人間の体にこれだけ強烈な魔力は危険だ。だが、ここで俺が挫けてどうする。収束させた魔力を撃ち出したリングに集中させる。

 

「禁術『アンカーフォース』!!」

 

 オーバーウェポン状態のリフレックスリングに光るバイド粒子が収束していく。リングに禍々しい光が集まっていく……。

 

「魔力だね。あたいも手伝う!」

 

 更に別方向から魔力が流れていく。額から脂汗が落ちる、俺の両腕に白蓮さんの巻物のような模様が浮かび上がる。これ程までに強烈な魔力が俺の体を伝っているのだ。

 

「出来た! すごい、オリジナルのフォースよりも数段デカいぞ。さあ、撃ち込めっ!」

 

 ギチギチと爪を鳴らすアンカーフォースが今か今かと鎖を外される時を待っている。様々な想いの詰まったフォースだ。散っていったジェイド艦隊の、白蓮の、お燐のっ! そして俺自らの……。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!」

 

 射線上に一瞬だけお空を捉えた。その瞬間を狙い、俺はフォースをシュートしたのだ。希望を象徴するかのような光を携え、鎖を解かれた猛犬が一直線に太陽へと喰らい付いていく。

 

 そして太陽に吸い込まれて数秒後……

 

「グギエエエエ!!!」

 

 恐ろしい雄たけびと共に人工太陽が異常に膨張を始める。

 

「いかん、爆発する。少しでも離れるんだ!」

 

 それは異様な光景であった。提督が叫んだ直後、確かに人工太陽は爆発を引き起こしたのだ。だが、爆風は拡散することなく、内側へと向かっていった気がした。最期まで、バイドエネルギーを貪欲に喰らおうとした結果なのだろうか。

 

 太陽は元の大きさに戻り、お空は人工太陽から分離された。

 

 頭からダラダラと血を流し、手にする制御棒は激しく損傷し、バチバチとスパークが走っている。胸の禍々しい八咫烏の瞳孔もヒビが入っているようであった。

 

 ゼエゼエと息を上げて彼女は満身創痍なのであろう。だが、お空は生きている。生きているのだ。

 

「こいつ、まだ息がある。私は先程のスペルカードとやらで武装を壊されてしまったし、少女達は魔力をフォースに注ぎ込んでしまい、回復に時間がかかるそうだ。そう、今戦えるのは君だけなんだ。アズマ、分かっているな?」

 

 バイドである以上、驚異的な速度でその肉体を回復させ、再びこちらに牙をむく。生きている以上は終わらない悪夢。それは何も俺達に限ったことではない。お空とて辛い筈だ。ある日突然友人たちが敵となったという事実を受け入れられずに。

 

「ああ提督、分かっている。分かっている……さ。ここでお空……霊烏路空を、バイド異変の首謀者を殺害する。これで、全てが終わるのだから……!」

 

 トリガーに指をかけるその手が震えている。俺は反対側の手でしっかりと押さえこんだ。提督と、今まさにトドメを刺そうとする俺を除いて誰も視線を向けないようにしていた。

 

「さっさと終わらせておくれよ。えぐっ、えぐっ……」

「……」

 

 必死に目を背けていてもお燐が涙を流していることは容易に推測できる。肩を震わすお燐の背中を優しく抱く白蓮。複雑な心境は察するが、こうする他に手がないのだ。それはお燐にも分かっていること、分かった上で俺達をここまで誘った。とはいえこの状況での涙も理解できることだ。

 

「……」

 

 銃口を向ける俺にお空はギンとこちらを睨みつけている。息を弾ませ、もはや弾幕など張れないのだ。それでも生き抜いてやるという強烈な意思がその眼光から感じ取れた。だが、もはや力はない。時間をおいてその肉体を回復されないうちは……の話であるが。

 

「さあ、撃て。奴が息を吹き返す前に!」

 

 ああ、バイドを倒して地上に帰ろう。この引金を引けば、これ以上幻想郷にバイドが降り注ぐことはなくなる。どうするかなんて分かりきっているじゃないか。

 

 

 

 俺は……!




次回はトリガーを引いたか引かなかったかで、シナリオがまた分岐します。


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第15話A ~巨星墜ツ~

 バイド化したであろう霊烏路空を追い詰めたアズマ。

 トドメの一撃を放てるのはアールバイパーの他にいない!

 ここで引き金を引いた場合のシナリオとなります。


※こちらは正史ではないエンディングになります。


 俺はお空が完全に息を吹き返す前に、トリガーを引いてトドメを刺すことにした。

 

 放ったのはフォトントーピード2発。お空の眉間から頭を貫通し、その体内で爆発を起こした。

 

 もう1発は胸を狙った。あの禍々しい目玉を貫通し、やはり体内で大爆発。

 

 あれではいくらバイドでも生きる事は出来まい。思わず振り向くお燐。だが、隣にいた白蓮は咄嗟に彼女の両目をその両手で覆って視界を塞いだ。

 

「見ては駄目! 見ては、いけませんっ……!」

 

 その瞬間はとてもゆっくりに感じた。急所を撃ち抜かれもやは肉片と成り果てたお空は燃え滾る炎の海へと落ちていく。そしてその残った肉体に引火、瞬く間に肉体をバイドごと焼き尽くし、そして見えなくなった。周囲のバイド体も埃が散るかのように消え失せて視界がクリアになる。

 

「うっ、うぅ……うわぁーん! おくうーー!」

 

 堰を切ったかのように大声で泣きわめくお燐。無理もない。親友の最期を看取ることすら許されず、死んでいったのだ。

 

 俺だって、辛いよ……。誰もがお空の落ちていった炎の海を一点に見詰め、涙を浮かべた。ただ一人、ジェイド提督を除き。

 

「弔うのは地上に帰ってからにするんだ。奴の溜めた莫大なエネルギーが主を失い炎の海に落ちた。これが何を意味するか分かるか?」

 

 その直後、地底を大きく揺るがした。これは地震だ。それだけではない。灼熱地獄のマグマがまるで意志を持ったかのように盛り上がり、こちらに迫って来たのだ。

 

「エネルギーが暴走する。マグマがこっちに来るぞ! 脱出しないと」

「だだだ、脱出と言いましてもいったい何処から……」

 

 慌てふためく二人の前に涙で目をはらしたお燐がビシと直立する。

 

「こっちよ! あたいについてきて!」

 

 ニャーンと大きく咆哮をあげると、ゾンビフェアリーにたいまつを持たせて俺達を誘導する。全速力で飛び抜けたいところではあるが、提督が俺達のスピードについていけない。彼のペースに合わせて脱出することにした。

 

 お燐は細道に入り、複雑に分岐する中、正確に導いている。が、迫ってくるマグマも速度を上げてこちらを飲み込まんとしている。あまり猶予はないな。

 

それに加えて、地底を揺るがす大地震も悩みの種であった。

 

「落石で道が……! いざ……南無三っ!」

 

 身体強化しての鉄拳で岩をどける。俺もレイディアントソードで援護する。よし、突破! それでも次々と瓦礫が降ってくる。モタモタしてられない。

 

 すぐ後ろまで溶岩が迫る中、俺達は地上目指して飛行する。

 

「ここを抜ければ間欠泉地下センターの縦穴に繋がっているわ。ひぇっ!? ま、また地震!」

 

 あと少しというところで再び落盤。先程の岩よりも頑丈であり、白蓮の拳もなかなか通らない。

 

「まずい、時間がない。このままでは俺達はマグマで全滅だ!」

「そうは言っても随分としっかりした岩のようで……」

 

 岩盤にヒビが入ってきたが、開通までにはまだまだ時間がかかる。そんな白蓮を責める資格は俺には無い。だが、どうしたものか……。そう考えるうちに遂に溶岩が凄まじい勢いで流れ込んできた。もう時間がない! どうしよう、この状況を打破する兵装、何かなかったか?

 

 フォトントーピード、マグマは破壊できないし、岩盤除去に使用したら白蓮も巻き込んでしまう。リフレックスリング、これもマグマは掴めないから使えない。駄目だ何も思い浮かばない。

 

 アールバイパーも特に新しい兵装を手にする気配はないし、いよいよこれは詰んでしまったのでは。

 

「一つだけ手がある。ひじりんもアズマも地上に帰すとっておきの手が。ここは私に任せなさい」

 

 この窮地の中、ずっと黙り込んでいたジェイド・ロス提督が振り向き、迫るマグマと対峙する。

 

「幸いにも通路は狭い。私自らを溶岩に対する防壁とする。『コンバイラリリル(※1)』の姿になればそれも可能だ」

 

 それだけ告げると両サイドのスラスターに光を収束させる。そんな、そんなことをしたら……!

 

「それじゃあ提督が、誰よりも地上への帰還を心待ちにしていた貴方がっ……!」

 

 俺の叫びは通じなかったのか、溶岩に向かい加速するコンバイラ。ボコボコとその機体を膨張させ、通路の狭い場所へひたすら向かう。

 

「これで、いい。ゲインズが死んでから、私はずっと考えていたのだ。この地底での戦い、そのどこで幕を引くのかを。地上に帰っても私は結局バイド、いつ破壊本能に負けて暴れ出すかもわからぬ存在。私は最期まで人間としての心を持ち続けたいのだ」

 

「コンバイラベーラ」と呼ばれる形態を挟み、更に自らの体を肥大化させていく提督。

 

「さあ、ひじりんと一緒に地上へ行くのだ。アズマとひじりんならきっと出来る。妖怪と人間が手を取り合う世界を作ること。誇るのだ、君はバイドとさえ仲良くなれたのだから……」

 

 後ろでは拳骨が岩を砕く音が何度も響く。わずかに岩盤の向こう側が見えた気がした。

 

「ぐうあああ! 私が栓になっているうちに、行くのだ! 溶岩のエネルギーは凄まじい、このままでは私とて防ぎきれない! 行け、君達こそ幻想郷の希望だ!」

 

 バラバラと岩の崩れる音、遂に縦穴への道が開かれたのだ。白蓮に銀翼ごと担がれながら、俺はコンバイラリリルと成り果てた提督から離れていく。

 

「提督、ていとーく!」

「これでいいんだ、これで。君のおかげで私は最期まで人間でいられた。私は誇りを持って『あっち』でゲインズ達にも顔を合わせられる。さらばだ轟アズマ、ありが……」

 

 次の瞬間、空間が爆ぜた。コンバイラリリルの体が押し寄せるマグマの勢いに耐えられずに。俺と白蓮、そしてお燐は間欠泉地下センターの竪穴まで移動すると、そこから一気に上昇した。あそこを抜ければ光注ぐ地上だ。

 

 あれだけの想いを胸に、提督は体を張って俺達を守ってくれたんだ。その犠牲、無駄にはしない!

 

「溶岩が迫っている。白蓮、お燐、速度を上げるぞ!」

 

 

__________________________________________

 

 

 

 その日、妖怪の山ふもとで噴火が起きた。間欠泉地下センターを通じて地底のマグマが押し寄せて、空高くにまで溶岩が噴き出たのだ。その影で地獄から脱出した影は3つ。

 

 深淵で多大なる犠牲を支払い、迫りくるバイドの脅威を完全に退けたのだっ……!

 

 

__________________________________________

 

 

 

 あの暑すぎた夏の終わりから月日は過ぎて、再び太陽が幻想郷を熱く照らすようになった頃、俺は命蓮寺の墓地にいた。手にする花は金水引。

 

 墓地には比較的新しく、そして大きな慰霊碑ができていた。

 

 

すべてのバイドの駆逐を以って

幻想郷文明圏は対バイドミッションの終了を宣言。

R戦闘機もフォースも揃わぬ中

勇敢にもバイドに立ち向かい、

地底の塵となっていった

妖怪、地底の住民、英雄の心を持ったバイドの冥福を祈る。

 

 

 幻想郷はバイドを退けた。しかしその代償はあまりにも……多すぎたのだ。

 

「お空、ジェイド・ロス提督、ゲインズやアーヴァンクをはじめとするバイド達、逃げ遅れた地底の住民達……」

 

 ここに立ち寄る度に俺は悔しさで涙を浮かべる。暴走したマグマエネルギーは地底という地底に牙をむき、逃げ遅れた住民も結構いたという。原始バイドと罪袋の知らせは特にショックであった。バイドを退けたとはいえこれでは地底の住民に会わせる顔もない。

 

「これ以上この碑に名前を刻みたくないものですが、それでも現状を知っておかねばなりません。さあ、向かいましょう」

 

 廃墟となった地底、必死の捜索にもかかわらず、未だに行方の分からない人も多い。どれだけ時間が掛かるかは分からない、俺はこれからの人生を旧地獄市街地の復興に捧げなければならないだろう。白蓮もそんな俺をサポートすることを約束してくれた。

 

 幸か不幸か、もう幻想郷にバイドはいない。ゆっくりでも復興を成し遂げることが出来る筈だ。さあ白蓮、行こう!

 

 

 

東方銀翼伝 ep.4 AXE

NORMAL END




(※1)コンバイラリリル
R-TYPE TACTICS IIに登場した超巨大ユニット。
コンバイラの進化系であるコンバイラベーラが周囲を取り込み限界まで膨張した姿。


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第15話B ~SOLAR ASSAULT~

 バイド化したであろう霊烏路空を追い詰めたアズマ。

 トドメの一撃を放てるのはアールバイパーの他にいない!

 ここで引き金を引かなかった場合のシナリオとなります。


※本エピソードが正史となります。


 俺はお空が完全に息を吹き返す前に、トリガーを引いてトドメを刺すことにした。

 

 だが、リリーホワイトの一件が脳裏に浮かぶ。俺の手で鮮血が飛び散ったあの光景が……。駄目だ、やっぱり俺には出来ない!

 

「何をしているんだ! 早く撃てっ! じきにバイドが目を覚ます。そうなっては今度こそおしまいなんだぞ!」

 

 分かっている、分かっているさ。でも、指が動かないんだよぉ……。

 

「最後の一撃を放てば一瞬。何もかも終わるのよ。あたいにこんな辛いを思い長くさせないでおくれ」

 

 苦しいのはお燐だけじゃないんだ。俺だって……。

 

「……」

 

 白蓮は両手を組んで何かに祈っている。見るとお空のボロボロだった制御棒がいつの間にか新品同様にピカピカしていた。

 

「ボディの再生が始まっている。もう時間がない! 撃てっ!」

 

 そうだ。提督の言う通り、ここで躊躇っては今までの苦労が水の泡だ。それは分かっているんだ。

 

 

 俺は、俺は……

 

 

 やっぱり無理だ、俺だけにこんな……残酷すぎる!

 

「まずい、動き始めたぞ。これが最後のチャンスになる。殺せっ! 殺せぇー!」

「お空があたいの親友だからって躊躇してるのかい? んなことで恨まないわ! むしろお空を心無い兵器のままにしているほうが苦しいもの!」

 

 そうだったな。恐らく次に戸惑ったら本格的にお空が目を覚ますだろう。そうしたらオシマイだ。

 

 俺はトリガーにかけた指に力を入れ始める。

 

「撃てっ……!」

「終わらせるんだ……!」

 

 そうだ、あと少し……。俺がもう少し勇気を振り絞れば……! 提督の、お燐の、白蓮の声が、俺の心の声と合わさる。

 

 撃てっ……!

 

 撃てっ……!

 

 

 撃てっ……!

 

 

 

 撃てっ……!

 

 

 

 

 撃てっ……!

 

 

 

 

「撃たないでっ!」

 

 

 

 皆に促されるようにトリガーを引こうとした俺は、突如響いた甲高い悲鳴のような声で集中が途切れた。いや、我に返ったと言うべきだろうか?

 

「だめっ! お空を、お空を殺さないでっ!」

 

 なんと声の主はお燐やお空の飼い主であるさとりのものであった。あれはパニックを起こして泣き叫んでいるのか、お空のもとに近づこうと浮遊して近寄ろうとする。そんな彼女を止めたのは白蓮であった。

 

「さとりさん、あの子はもうさとりさんの知るお空じゃないんです。あれはもう生体兵器『バイド』なんです。幻想郷の為にも、そして何よりお空の為にも、もうこの世に留めておいてはいけないのです」

 

 ガッチリと胴体を掴まれるも両手をジタバタさせて抜け出そうとするも、身体強化を施した白蓮から逃れられる筈もなかった。今も喚き散らすさとりに今度はお燐が近寄り、そしてその頬を思い切り平手で叩いた。

 

「さとり様! あたいも怒りますよ。ちゃんと見てください。お空はもうバイドに成り果ててしまったのです。アレを元に戻す手段なんてないから、どうにかするにはあの肉体を破壊する以外にない。あたいだって、辛いんですよぉ……ぐすぐす」

 

 余計な邪魔が入ってますます俺の決意が揺らいでしまう。だが、お空が完全に目を覚ましてしまった。まだ戦う程に肉体は回復していないとはいえ潰しておかないと大惨事になるっ!

 

「違うわっ。私はちゃんとお空を見たいのに()()()()()()()()()。だから()()貴方達を止めたの!」

 

 なんだと? どういうことだ? 再び力の入り始めた指が緩む。

 

「まったく、愛しのペットの命がかかっているからって、私の腕をすり抜けるなんてさ。もしや火事場の馬鹿力ってやつかねぇ?」

 

 誰だ、さとり以外にも誰かいるっ!

 

 炎に照らされながらこちらに近寄るのは2つの影。1つは特徴的過ぎる戦闘騎のシルエット、あれは早苗だ。そしてもう1つはやっぱり特徴的過ぎるしめ縄に御柱、そっちは神奈子で間違いないだろう。

 

「早苗っ、それに神奈子さんまで!」

 

 今も白蓮の腕に掴まれてもがいているさとりを今度は神奈子がヒョイと持ち上げる。

 

「それで、地霊殿の主さんよぉ、お前さんが覗いてみてさ、どうだったんだい?」

 

 なんだ、なんで神奈子さんとさとりが親しげなんだ?

 

「いいえ、あれはお空じゃなかったわ。私に見えたのはお空の心じゃなかった」

 

 何だと? お空の心を「第三の目」で見た筈なのに、見えたのはお空の心じゃないだって!? それはいったいどういうことなんだ? 訝しむ俺の顔を何だか楽しそうに覗き込むのは神奈子さん。

 

「なんだ、もう忘れちまったのかい? 私はあのサトリ妖怪の反応でピーンと来たんだけどね」

「ああなるほど、バイド化しても本人はそのことに気が付けない。それがバイド化した人類最大の特徴でしたね」

 

 なんだ、早苗も分かったようだな。バイド化の特徴……? はっ、そうか。やっと俺にもわかったぞ! なぜ神奈子さんがサトリ妖怪とこの場にやって来たのかを。神奈子さんは自らの仮説を裏付けるために心を読む能力を持つさとりが必要だったんだ。

 

「その顔、お前さんもピンと来たね? そう、バイドを地上から、宇宙から呼び寄せていたのは霊烏路空、その本体ではなくて胸の『八咫烏』のほう! つまりそのサトリ妖怪が読んでいたのは八咫烏の心であり、霊烏路空の心は表に出ていない。つまりお空はバイド化した八咫烏に操られている状態っってことよ!」

 

 なるほど、そうなるとさとりが必死になって止めるのも分かる。お空本人はこれっぽっちもバイド汚染していなかったのだ。もっともそれも時間の問題でありバイド体がお空を浸食しなければの話ではあるが。

 

「神奈子様も前にしめ縄だけがバイド化するという事件に遭っていましたね。今回もそうではないかと睨んでいたのです」

「八咫烏の力は私が与えたものだからね。地上が地震やらマグマやらで大騒ぎしていた時にもしやと思ったのさ」

 

 ならば標的を変更しよう。破壊するべきは霊烏路空本人ではなく、胸の八咫烏!

 

「私の『フリーレンジ』でピンポイントに八咫烏を焼き切りましょう。そーっと近づいて……」

 

 ジリジリとフリーレンジの射程範囲内に近寄る早苗。しかし、お空がカッと両目を見開く。それは琥珀色をしていた。

 

「ひっ!」

 

 お空は今のゴタゴタの間に完全に息を吹き返していたのだ。

 

 制御棒で戦闘騎を思い切り殴ると、早苗はバランスを崩して墜落していく。一方のお空はふわりと俺達よりも高い場所で滞空をすると雄たけびを上げ始めた。両手両足を思い切り広げて。

 

「こ、この黒い粒子は!」

「ひ、引っ張られる! あいつ、またバイド体を八咫烏とやらに溜め込んでいるんだ。何を仕掛けてくる……?」

 

 再び引き寄せられる提督の体を白蓮と神奈子が引き留める。そしてバイド体を限界まで溜め込んだお空は、背中の黒い翼を大きく展開し、急上昇を始めたのだ。地底に充満していたバイド体は完全に消え失せた。

 

「まずい、あの縦穴の先は地上に繋がっている! 地上に出る前に八咫烏をとっ捕まえないと地上も地下も核とバイドの炎に包まれるぞ!!」

 

 あの速度に追いつけるほどの機動力を持ち、なおかつ今動けるのは……俺だけか。

 

「お願い、お空を……お空を止めて!」

「ごめんなさい、さっきの攻撃で戦闘騎の調子が……」

「……分かった。バイド化した八咫烏だけを破壊して、お空を助けて見せる!」

 

 銀翼が暴走する地獄鴉を追いかける。

 

 幻想郷の明日の為、地霊殿の平穏の為。そして、バイドと最後の決着をつける為……!

 

 みるみる間にお空は上昇していきその姿が見えなくなってくる。

 

「今のお空……いえ、八咫烏は強大なエネルギーを放ってきます。アズマさん、幸運を!」

 

 前方を見据える俺。追ってくる影があると認識したお空は慌てて改めて逃走を図る。やるしかない。あの速度についていけるのは俺だけだ。いくぞ……八咫烏!

 

 逃げながらお空は制御棒を壁面に突き立てる。すると周囲のマグマが活性化されたのか、壁からいくつもの火柱が立ち昇ってきたのだ。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に俺は反対側に回避を試みる。重力の影響で冷えきってないマグマがある程度こちらにも降り注いでくる。それをレイディアントソードで切り裂きながらどうにか間合いを詰めようと試みる。

 

 火柱が直撃しないと見るや否や、今度は反対側の壁に制御棒を突き立てる。

 

「今度こそ……地熱『核ブレイズゲイザー』!」

 

 同じ手は喰らわぬと今度は反対側に回避するのだが、今度は両手を広げて唸り声をあげると、左右の壁から火柱を呼び寄せたのだ。時間が掛かってるとはいえ、このままでは押しつぶされてしまう。

 

「だが、相手が悪かったな。アールバイパーの機動力の舐めるなっ!」

 

 フルスロットル。銀翼の最大速度をもってして火柱が行く手を阻む前にお空に急接近した。

 

「そのまま逆回転リフレックスリングを喰らえ!」

 

 ギューンと先の割れた機首から回転するリングを撃ち出す。リングはお空を捉えると、引き寄せようとする。だが、お空のパワーは凄まじく逆にこちらが引っ張られる状態となった。

 

「よーし、捕まえたぞ。このまま八咫烏を撃ち抜いてやる!」

 

 当然お空も無抵抗というわけでなく、必死に左右に身を振ってこちらを振り落とそうとしたり壁に叩きつけようとしたりする。くそっ、これでは狙いを定めるどころではないな。お空本人は傷つけたくなかったが、多少は大人しくさせた方が得策だろう。

 

「やったな! 今度は貴様を叩きつけてやる!」

 

 もつれ合うようにお互いを壁に叩きつけようとする。ある時はお空を叩きつけ、そのまま引きずったり、ある時は逆に銀翼が引きずられ、火花を散らしたり。

 

 だが、俺にとってはこれはただの時間稼ぎ。実はオプションを3つ展開させ、オーバーウェポンを発動。そう、お空に悟られないように魔力をアールバイパーに集束させていたのだ。

 

 いよいよ充填されてきたのか、バチバチとコクピット内に魔力が充填され、スパークが走る。アールバイパーの周囲を回転していたオプションがわずかにその速度を上げた。

 

「いくぜっ……」

 

 そして前方に突き出したレイディアントソードに過剰に充填された魔力を流し込んでいく。

 

「重銀符……」

 

 青い刃がその輝きを増していく。魔力の電撃がバチバチと走り、この行き場のない魔力が一気に解放されるその時を今か今かと待っている……。

 

 あと少し、あと少し魔力を流して……今っ!

 

「『サンダーソード』!」

 

 そして解放。スパークを放ちながら魔力を纏い巨大化したレイディアントソードが突き出される。

 

 コレが八咫烏に当たればひとたまりもない筈。だが、時間を稼いでいたのはお空も同じだった。

 

「焔星『フィクストスター』!」

 

 御空は制御棒を掲げると恒星弾をいくつも纏わせて自らを中心に回転させた。まるで「この霊烏路空が太陽系の中心である」と誇示しているかのように。

 

 恒星弾に横殴りにされた俺はその狙いが大きくずれてしまう。怯んでいる間にお空はまたしても距離を取っていく。オーバーウェポンを使った都合で速度も落ちており魔力もかなりを無駄にしてしまった。ち、ちくしょう……!

 

 お空がみるみる小さくなっていく。このままでは幻想郷が核の炎に包まれて……!

 

 絶望するしかないのかと頭を抱えていると背後からヒューンと何かが飛んでくる音。振り向くと巨大な六角形の柱が凄まじい勢いでアールバイパーに突っ込んでいたのだ。

 

「ななな、なんだ!?」

 

 もしかしなくても神奈子さんの御柱だ。そしてよく見るとそこに白蓮さんも乗っている。

 

「私がアズマさんを受け止めますっ! ちゃんと受け止めますから私を信じて!」

 

 なるほど、勢いのなくなった銀翼を御柱の力で押し上げるつもりだな? よし、その作戦、乗った! 俺は受け止めやすい体勢を取る。程なくして全身に強烈な衝撃。白蓮が受け止めたのだ。そして遅れてやって来る。前方からのGの衝撃。急加速出来ていることが分かる。

 

「だが、お空には追い付きそうもないな。このままでは……」

「アズマさん、忘れてしまったのですか? 私には身体強化の魔法があるということを」

 

 何かしらの呪文を詠唱すると、勢いの衰えた御柱から白蓮が大きく跳躍する。蹴った足元に魔法人のようなものが見えた気がした。ともあれ、白蓮の尽力により銀翼は三度加速。なんだか多段ロケットのようである。

 

 逃げようとするお空を再び目視できるようになったが、それでもまだ有効打を与えるには距離が足りない。

 

「さて、私の次の役目ですね。アールバイパーを思いきり放り投げます。衝撃に備えて!」

 

 確か永遠亭の異変の時はバクテリアン戦艦を持ち上げたとかなんとか言ってし、アールバイパーで同じことが出来るのは何となく察していたが、それでも当事者となると驚きを隠せない。

 

「えっ待って、まだ心の準備が……」

「いざ南無三っ、えーいっ!!」

 

 うわああああ!? やり方がムチャクチャすぎる! だが、確かにこのロケット作戦は有効だったようで、再びお空を射程範囲内に捉えることが出来た。出来たが、少々勢いが強すぎてぶつかりそうである。

 

「ええいっ、ままよ! レイディアントソード!」

 

 こうなったらすれ違いざまに八咫烏を斬りつけるしかない。青い刃を振りかざし狙いをつける……が、外れる。代わりに黒い翼を斬りつけたらしく、黒い羽根が飛び散っている。痛覚はあるようで、苦悶の表情を浮かべながらのけぞっていた。

 

 よし、のけ反って八咫烏が無防備になったところをもう一度。次が最後のチャンスだ……!

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!」

 

 バーニアをふかし、再度急接近する。青い刃を携えて。

 

「レイディアント……」

 

 息をゆっくりと口から吐き集中する。……そこだっ!

 

 真に狙うべき標的を一点に見つめ、その剣を振るう。赤い目玉もこちらを恐ろしげな眼付きで睨みつけていた。

 

「……ソード!」

 

 銀翼の放った斬撃が胸の八咫烏に突き刺さる。ガラスの球のようにピシと亀裂が走る。

 

「ギイエアアアアア!!」

 

 剣先が八咫烏だけに突き刺さり、そしてお空の身体から剥がれ落ちていく。

 

 エネルギーの源を失ったお空は、意識を失いそのまま自然落下していった。そんな彼女の体を受け止めたのは……。

 

「おくうっ、おくうっ! ……よかった、お空はちゃんとお空だったわ。ごめんね、ずっと一人でバイドと戦っていたのね。見えるわ、抗ったお空の心が。もっと早く気づいてあげたかった……」

 

 すぐさま駆けつけたさとりと少し遅れて抱き締めたお燐。そしてそのしばらく後に上昇してきたのは山の神様。抱き合うペット達と飼い主から少し離れフムと腕を組んでいる。

 

「この地獄鴉はバイド化を免れたらしい。凄い精神力だ、バイドの干渉を退けてきたようだ。これもひとえに飼い主を想う気持ちの賜物ってところだろう。さあ、この子は地霊殿の皆に任せよう。それよりも……」

 

 彼女は来た道に目をやる。そうだ、八咫烏。真っ二つにして突き落とした程度ではバイドは破壊し尽せないのは嫌というほど学んでいる。見失う前に徹底的に粉々にしなくては!

 

 来た道をまっ逆さまに落ちていく傷ついた紅蓮の瞳。あとはあの切り離した八咫烏にトドメを刺すだけだ!

 

 俺はグルンと機体を宙返りさせ、今度は急降下した。うおお、強烈なGがかかる。

 

 引っ張られそうになる感覚と重力に引っ張られる感覚が俺の体に襲い掛かる。しっかりと握った操縦桿を手放さないよう、両目を見開き標的を追う。

 

 お空とさとりが抱き合っている場所を抜け、再び深淵へひた進む……。その間にニードルクラッカーを放ち、これでもかと追撃をかます。よし、そろそろトドメを刺すぞ。俺はミサイルを発射する。

 

 光の粒子を纏い、フォトントーピードが一直線に落ち、そして八咫烏に命中。大爆発を起こした。やったぞ!

 

 気付くと白蓮や提督の待つ地底の太陽のある場所まで到達していた。

 

「バイド化した八咫烏を完全に破壊した。さあ、この道は地上に通じている。白蓮、提督、早苗と神奈子さんも……帰ろう地上へ、幻想郷へ!」

 

 いくらバイドといえ不死身の存在ではない。確かに俺はバイド異変の首謀者にトドメを自ら刺すのを目にしていた。

 

 そう、あそこまで粉々に砕け散ってしまえば復活などあり得ないのだ。だから異変は解決したと確信できる。

 

「なあ、その縦穴ってのはどこにあるのだい?」

 

 おずおずと提督が訪ねてくる。さっきまでお空を追いかけていた縦穴はコンバイラタイプの巨大バイドでも問題なく通過できる広さであったはず。分からない筈がないが、いいだろう。俺が案内して……あれ? そんな馬鹿な! 縦穴が消えているっ!

 

 そう、さっきまで俺が居た筈の縦穴が消えているのだ。塞がっているとかではない、きれいさっぱり無くなっているのだ。

 

「そんなっ、どうして……?」

 

 冷静になろう、今置かれている状況をよく観察するんだ。この状況を打破するヒントが隠れているかもしれない。

 

 周囲は相変わらず旧灼熱地獄の炎で熱されているのか、琥珀色に……いや待て、こんな色の炎じゃなかったぞ! というか炎なんて何処にも揺らめいていないではないか。あえて言うならあの地底の太陽がメラメラと燃え滾っているくらい……。

 

「この光景……まさか!」

「あの、これってやっぱり……」

 

 まずは提督が、次に早苗が何かしら察しがついたようだ。

 

 炎もなく、空間の中心には大きな太陽。その周囲では太陽系を彷彿させる物体がぐるぐる回っており、まるで琥珀色をした宇宙空間だ。そのことに気が付いた俺は愕然とした。そんな……。まだ奴は、バイドは生きているっ!

 

「ってことは、あの太陽は……」

 

 こちらをただただ覗き込むのは琥珀色の中から覗き込む邪悪な瞳孔。驚きの息を漏らすのはジェイド・ロス提督。

 

「あれは『琥珀色の瞳孔』……。みんな、最後まで油断するんじゃないぞ! 最後の最後まで……決してだ。決して気を抜くな!」

 

 本当にヤバい相手だ。提督はもちろん、早苗も俺も震えが止まらない。白蓮や神奈子さんもただならぬ気配を感じ取ったのか、表情を険しくし戦闘に備えている。

 

 今度こそ本当の、本当のラストダンスだ!



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第16話 ~アノ太陽(ホシ)ヲ、コワスタメ~

ここまでのあらすじ

 霊烏路空の体を操っていたのはバイド汚染を引き起こしていた胸の八咫烏であったことを見抜いた神奈子とさとり。そして地上へ逃げようとする八咫烏を追いかけてお空の体から切り離して見事破壊したアールバイパー

 落ちていく八咫烏の破片を急降下して追いかけ、追撃を行うことで粉々に破壊し尽した。

 ところが、バイドはまだ滅びていなかったのだ。地底の最奥を琥珀色の宇宙空間のような幻で包みこむ。この宇宙空間で「自らこそ太陽である」と言わんばかりに鎮座していたのが「琥珀色の瞳孔」。あれこそ八咫烏に宿っていたバイドの本体である。

 ジェイド・ロス提督にはこの光景に見覚えがあるらしく、何があっても油断するなときつく注意した。

 ゆけ、アールバイパー。琥珀色の邪悪を最後の舞踏にて打ち砕け!


 それは琥珀色をした太陽系そのものであった。太陽にあたる場所で真っ黒な瞳孔がこちらを今も睨み付けている。しかし瞳孔だけでは相手の感情は伺えない。いや、そもそも感情なんてあるのだろうか?

 

 太陽系を模しているだけあって、その周囲をたくさんの球体が回っている。確か惑星の順番は「すい、きん、ち、か、もく、どっ、てん、かい」と続いて最後に準惑星である冥王星だったはずだ。

 

「この惑星の模型で防壁のつもりなのかねぇ? 進撃の邪魔だし壊していったほうが……」

「ダメだ、惑星を壊すことは許可しない!」

 

 反射的に声を荒げて反対するのは提督のもの。その大きな声は奇妙に反射して響く。得も言われぬような感覚を覚えたが、そんなのお構いなしに言い返す神奈子。

 

「あァん、指図するのかい? いつから私はアンタの部下になった?」

 

 この緊急時だというのにそんな些細なことで声を荒げている神奈子。食って掛かる戦神を白蓮が取り押さえた。

 

「こんなことで言い争いをしている場合ではありませんっ! 私達は敵の術中にはまっているのですよ!」

 

 尼僧の必死の説得でいくらか冷静さを取り戻した神奈子であったがまだ不満げであった。

 

「でもなんでこんな邪魔なのに放っておかないといけないのさ? これはあくまで幻であって本物の星ではないんだろう?」

「あの……神奈子様、私もこの惑星の模型に手を出すことには反対です。理由は分かりませんが、手を出しちゃいけない。そう思うんです。そうでしょう、提督?」

 

 悠々と巡りゆく惑星の模型に目をやる早苗。提督もただ静かにウムと頷くのみであった。確かに惑星の模型を壊して進むという事はいずれ地球の模型も吹き飛ばすことになる。そう考えるとあまり気分のいいものではないな。

 

 神奈子さんはまだ不服そうであったが、俺も早苗と同じ意見だと口にしたので、それ以上何かを言ってくることはなかった。

 

「ありがとう、私のわがままを聞いてくれて」

 

 静かにそう口にすると提督は俺達を太陽の元まで誘導する。

 

 琥珀色なところを除けば本当に精巧な宇宙空間の幻。その美しさに思わず俺は息をのんだ。そう、景色を楽しむ余裕があったのだ。というのも奴は「琥珀色の瞳孔」は何も攻撃を仕掛けてこないのだから。ただただその恐ろしげなドス黒い眼光をこちらに向けるだけで。

 

「もしかして私達が近づいてくるのを待っているのでしょうか?」

 

 天王星、土星、木星と難なく通過していきそこから戦神を彷彿させる火星、そして水の惑星を通り抜ける。

 

 あと2つの惑星を経てそして最後には太陽、つまり瞳孔の目の前までたどり着ける。だが突然周囲で霞がかかったように視界が悪くなる。さっきまでは遠くまでよく見えていたというのに。

 

「これは……バイドの精神攻撃か!?」

 

 霞はさらに濃く立ち込め……いや、何かの形に映りこんでいる。それはヒトの形をしていた。それがどこかへ駆け寄っているのだ。

 

「反対側にも同じような影がっ」

 

 お燐が指さす方向へ視線を向けると、確かにもう一つヒトの形をした影。よく見るとそれが男女のペアであることが分かる。

 

「ま、まさかっ……」

 

 そして駆け寄る二人は抱き合うと、絡み合い愛し合った……。

 

「えっ、えっ? なんで……?」

 

 何が起こるのか、あらかじめ察していた早苗はゆっくりと手で顔面を覆う。それとは対照的なのが白蓮だった。反射的に顔を伏せていた。

 

 赤面する少女達を一瞥しながら、神奈子はフムと顔をしかめながら考え込む。

 

「なんだい、子作りのシルエットなんて出してさ。人間の赤子みたいにバイドも人が生み出したとか言いたいのかい? バカらしい!」

 

 今も夜の営みを続ける男女のシルエット。その中心に感情のまま御柱をブチ込むのは神奈子。ブンと低いうなりを上げて突っ込んでいった御柱はまるで水面に波紋を立てたかのように空間をゆがめていった。「男女の愛の確かめ合い」を映していた霞もそれに伴い大きく揺らめくと、最後には消えてしまった。

 

「これは……!」

 

 そして真の姿を現したのだ。琥珀色をした全ての元凶が……!

 

 太陽が……いや、太陽だと思っていたものは宇宙空間に繋がっていたのだ。いや、この宇宙空間すら幻なのだった。太い2本の管が繋がっており、今もエネルギーを吸い取っているかのようにドクンドクンと躍動していた。

 

「こいつは……バイド、バイドそのものだ」

 

 次から次へと姿を変えていくバイド。俺も何が本物なのか分からなくなってくる。ただただ忌々しい琥珀色に光を放つそれは不気味でありながらもどこか美しくすらあった。

 

「とにかく、こいつを破壊すれば……」

 

 全てに決着をつけるべく、白蓮さんがゆっくりと近づいていく。小さく鼓動していたバイド本体が一層小さく収縮した。

 

「いけないっ! ひじりんっ、離れるんだ!」

 

 次の瞬間には大きく膨張したバイドはバラバラと何かを吐き出していた。このオレンジ色の球体は……フォース! フォースを文字通り大量にばら撒いているのだ。提督の怒声で咄嗟に飛びのいた白蓮は無事であるが、フォースは留まる事を知らないと言わんばかりにばら撒かれ続ける。

 

「これは……困りました。鉄拳制裁と思ったのですが、これでは近寄れません」

「弾幕もフォースの前では無力ですし波動砲を使うR戦闘機は全滅……」

 

 一応コンバイラが「フラガラッハ砲」という波動兵器を持ってはいるが、このようにひっきりなしにフォースがばら撒かれる空間では満足にエネルギーのチャージも出来ないだろう。小回りの利く戦闘機ならともかく、コンバイラは巨大な体を持った戦艦。あれだけのフォース弾幕を避け切るなんてのは不可能だろう。

 

 ならばどうするべきか? 庇うんだ、ジェイド・ロス提督をフォースの魔の手から。

 

「有効打を与えるのはコンバイラのフラガラッハ砲しかない。みんな、提督をフォースから守るんだ」

 

 どこまで出来るか、とにかく集中して守るべきはその波動砲を放つ砲門と、コンバイラの脆弱部である「腰」のような部位だろう。ここはフォースシュートの影響をモロに受けてしまう場所だ。

 

 俺はリフレックススリングを用いてフォースを掴んでは投げ返す。その下では早苗がショットの連射で迫るフォースを何とか押し返そうと試みていたが、押されている。

 

「早苗、協力するよっ!」

「私も……何か出来ることが!」

 

 一丸となり、大いなる脅威に立ち向かう決意を固めた年長者二人。神奈子は流星の如く御柱を飛ばし、フォースを吹き飛ばす。白蓮はアールバイパーの機体にしがみつき、直接魔力を送り込む。

 

「なるほど、オーバーウェポンか。いくぜっ、禁術『アンカーフォース』!」

 

 特にフォースの集中する場所めがけ、俺は逆回転リフレックスリングを飛ばした。フォースもバイド体。こうすれば迫るフォースをこちらに集中させることが出来る。

 

 この俺達の必死の抵抗もむなしく、それでもフォースはばら撒かれ続ける。それらがコンバイラにも何度か命中していた。致命的な被弾こそないものの、そのたびに苦しげな声をあげるのが辛かった。

 

「だ、大丈夫だ。もう少しでチャージが完了する。あと少しだけ、私に力を貸してくれ……」

 

 俺は集めたフォースをまとめながら前方に躍り出るとジャイアントスイングの要領で振り回していく。周囲のフォースがトリモチのようにくっついていく。その死角から迫ってきたフォースは神奈子さんが吹き飛ばした。

 

「数が増えてきたな。さすがにヤバいか」

「いや、よくやってくれた。フラガラッハ砲、チャージが完了した。みんな、射線上から離れるんだ」

 

 俺は掴んでいたフォースを全部あの憎きバイド野郎に投げつけながら高速で離れていった。他の少女達も既に避難を済ませている。

 

「よし、フラガラッハ砲……発射!」

 

 赤い波動の槍が無数のフォースごと、バイドを串刺しにした。それと同時にコンバイラの砲門も爆発。波動エネルギーに砲身が耐えられなかったのだろう。

 

「やったな。確かな手ごたえを感じた。バイドは滅びたのだ。これで、これで……何も思い残すことは……ない」

 

 琥珀色をした宇宙空間はその光を失い、だんだんと闇に包まれていく……。バイドは本当に滅びたのだ。この美しい琥珀色の幻影が消えたのだから。

 

 度重なる戦闘でその肉体は傷つき、多くの仲間を失いその心も傷つき、それでもジェイド・ロス提督は本人の掲げる「けじめ」を遂につけることを果たした。

 

「ゲインズ、見ているか? 私はやったぞ。アーヴァンク、君の機転は何度も我が艦隊に勝利をもたらしてくれた。アルファ、最期までこんな私を慕ってくれて感謝してもしきれな……」

 

 えっ、提督……! 今の一撃で、全身全霊をかけた最期の波動砲でまさか事切れて……?

 

「大丈夫、提督は眠っているだけです。ほら、寝息が聞こえる」

 

 俺はほっとした。よかった……。早苗もナイスだ。ならばこんな場所にもう用はない。

 

「ちょっとコンバイラの体は重たいけれど、皆で運べば大丈夫だろう。さあ、地上へ帰ろう! 光と希望あふれた地上へ……」

 

 バイドの鎮座していた場所をじっと見る。この結末を迎えるために散っていった多くの命に思いを馳せながら……。そして俺は地上に帰るべくその身をひるがえした……。

 

 白蓮がこわばった顔で俺の名を叫んでいた……!

 

「どうしたんだ、白れ……」

 

 直後俺の視界は緑色に染まった。なんだ!? 何が起きている? 振り向いて俺はゾっとした。アールバイパー全身がゲル状の物体に包まれているようなのだ。

 

「アズマさんっ! アズマさぁんっ!!」

「そんなっ、こんなこと全く予想できなかった……」

 

 俺を捕えたゲルは少しずつバイドのいた場所へ引きずり込もうとしていた。そして俺は目が合ってしまった。真っ黒い色をした瞳孔に。そんなっ! 俺達はこれだけ死力を尽くして戦ってきたのに、ヤツはまだ生きているというのか!

 

 この騒ぎで目を覚ましたジェイド・ロス提督。寝ぼけながらも今の状況を察知すると俺に叫んだ。

 

「死ぬ気でもがけ、抜け出せ! バイドに、その漆黒色に染まった瞳孔に取り込まれるぞ!」

 

 んなことは分かっている。最大速度でこの緑色のゲルから抜け出そうと今も俺は必死に機体を揺らしながら抗っている。そんな俺を包むゲルはまるでアールバイパーをスキャンでもするかのように光を照らしてくる。

 

「もしかしてアールバイパーのデータを読み込んでいるのでは……? しかし心苦しいです。助けてあげたいけれど下手に手を出してはアズマさんにまで危害が及んでしまいます」

 

 そうだ、バイドは自らへの脅威の象徴としてさっきまでフォースをばら撒いていた。つまり奴がばら撒くものは奴自らが最も恐れている存在。よく見るとバイドの親玉は薄気味悪く緑色に発光した粒子をばら撒き始めていた。

 

 その多数の粒子は少しずつ形を変え、アールバイパーの姿へと変わっていく。アールバイパーの形をしたモノがバラバラと無秩序にまき散らされているのだ。

 

 俺は今もスキャンをされている。これを止めたいところだが、攻撃も通用しないし逃げ出せる気配もない。もう駄目なのかと諦めかけた矢先、突然ゲルの方から俺から離れていった。助かった……いや、もしかすると最悪の事態かもしれない。

 

「さっきまでアールバイパーを包んでいたゲルが本体に取り込まれていく……まさかっ!?」

 

 今までバラバラに出てくるだけであった銀翼の形をしたものが、まっすぐと飛行を始めたのだ。緑色のホログラムのように半透明の体を持ったニセモノのアールバイパー、それが編隊を組んでこちらに迫ってくるのだ。

 

「こいつ、アールバイパーそのものじゃなくてデータが目当てだったのね! まるまるコピーじゃないの!」

 

 人のオプションを勝手に解析して技術をコピーしようとした神奈子さんは人のこと言えないと思うが……まあいい。邪魔なホログラムはこの俺がぶっ壊してやる。そう思って俺はホログラムのバイパーに接近する。しかし、俺が移動すると異常な反応で逃げていく。今度は距離を取ろうとすると逆にこちらに迫ってくる。

 

「なにっ! こっちの動きまでトレースしているのか!?」

 

 そう考えるともしも俺が何らかの攻撃をしたら、このコピーされたバイパーから一斉に……。なんてこった、これでは迂闊に動けないじゃないか! 仕方ない、こうなればもう一度提督に波動砲を依頼して……。

 

「すまない、さっきので砲門が破損してしまった。フラガラッハ砲はもう撃てない……」

 

 バチバチと漏電している砲門。そんな、バイドを屠るフォースも波動兵器もなくなってしまった。何か手はないのか、そう思考を巡らせていると早苗さんがバイドの本体に急接近していた。

 

「なるほど、こういうシチュエーション、覚えがあります。ホログラムのアールバイパーは本物のアールバイパーの動きに反応しているようです。つまりアズマさんがじっとしているとホログラムの方もただゆっくり前に進むだけ」

 

 確かに早苗の跨る戦闘騎の動きにはまるで反応していないようだ。狙われようが隣のホログラムが破壊されようが、お構いなしに前進している。その様はまるで痛覚などないゾンビの群れに迫られているようで、これはこれで気色悪いのだが。

 

「アズマさん、そこでじっとしていてください。私がオーバーウェポンで仕留めますっ!」

 

 悠々と飛行するホログラムを戦闘騎から展開されるワイヤーフレーム状のロックオンサイトで多数捉える。早苗の愛機「RVR-01ガントレット」の必殺技「フリーレンジ」である。

 

 四角錐のロックオンサイトに飛び込んだまがい物の銀翼はすぐさま撃ち落されていく。そして早苗はそのままバイド本体のすぐ目の前まで近寄った。

 

「オーバーウェポン、発動ですっ!」

 

 バチバチと電気が戦闘騎に走り、その周囲にも電撃が伝搬した。至近距離で捕捉したバイド本体を無数の雷が焼き払う。やったか!?

 

 ブスブスと黒煙を上げてジュウジュウと体液らしきものを垂らしている。だが、致命傷にまでは至っていない。みるみる傷ついた体を再生させると無数の銀翼のホログラムを投げつけるように乱暴に放って早苗を吹き飛ばす。

 

「きゃあっ!? そんなっ……」

 

 あの至近距離のフリーレンジを耐えきっただと……。だが、向こうも無傷ではなかった。バイドならではの再生力がなければ倒せていただろう。こいつは、このバイドは波動兵器やフォースでなくても倒せる。もっと火力があればいいのだ。

 

「早苗、分かったよ。奴を倒す方法が。オーバーウェポンだ、オーバーウェポンを使うんだ」

 

 正直確信はない。だが、このまま指をくわえて見ていても埒が明かない。俺は、あの方法を試すことにした。

 

 オプションを3つ回転させると白蓮が驚き叫ぶ。

 

「オーバーウェポンでは火力が足りませんっ! アズマさんっ、いったい何を考えているのですかっ!?」

 

 俺はゆっくりとレイディアントソードを前に突き出しながら低速で前進する。ホログラムの方もすぐさま剣を前に突き出していた。剣先同士がぶつかると互いに弾かれて軌道がずれる。これなら安全に接近できるぞ。

 

「その構え、もしやサンダーソードを使うつもりですか? 確かに至近距離でのフリーレンジに匹敵する火力ですが、圧倒的に火力があるわけではありませんっ! きっと結果はさっきと同じです」

 

 そう、早苗が言うように俺が考えているのはオーバーウェポンで使用するレイディアントソード、つまり「重銀符『サンダーソード』」を発動することである。だが、普通に使っていたのではやはり火力が足りないだろう。そんなことは今までの戦いからも十二分に分かっている。だが、俺には一つ考えが浮かんでいた。

 

 俺の使うオーバーウェポンはオプションに貯蔵された魔力を一度アールバイパーに収束させて、その後で武装に過剰なほどに魔力を注ぐというもの。普通は安全性を考えてオプションを回転させながら均等にゆっくりと魔力を収束させていくものだ。

 

 だが、その方法では集まる魔力に限界がある。持続力こそあれど、このように魔力を集めるペースが遅いと途中で空気中に分散してしまい、一定以上に魔力が達しないのだ。

 

 そこで俺はオプション1つから一気に魔力を引き寄せる。俺の持つオプションは3つ。その工程を同時に3度行えば単純計算で普通のオーバーウェポンの3倍の魔力を武装に流すことが出来るのだ。その分持続力はなくなるであろう。いわば電池の並列つなぎと直列つなぎの違いのようなもの。

 

「俺のオプションは全部で3つ。なのでオーバーウェポンを同時に3回使う。いわばオーバーウェポンの重ね掛けだ。単純計算で通常のサンダーソードの3倍の火力になる」

「ええっ! 確かに理論上は可能ですが……そんな膨大な魔力、アールバイパーが耐えられるのでしょうか?」

「アールバイパーもそうですが、アズマさんも膨大な魔力に晒されることに……危険すぎますっ!」

 

 早苗や白蓮が言う通り、これは非常に危険な賭けだ。それは重々承知している。普通に使うオーバーウェポンでも俺の体に負担がかかるし、仮に上手くいったとしてもこのバイドを倒せる保証はどこにもないのだから。だが、今の状況を打破するには……。

 

 リリーホワイト、ゲインズ達バイド艦隊、八咫烏……。この異変の犠牲となり、散っていった皆の気持ちを無駄にしない為にも俺はやらなくてはいけない。

 

「そんな心配な顔見せないでよ。俺を信じて」

 

 遂にサンダーソードの間合いに入った。無言で俺はオプションを3つ呼び出す。ネメシス達の表情もどこか晴れない。

 

「マスター……」

「……」

 

 こいつらも心配なんだな。でも大丈夫だ。全て終わったらいっぱい頭をナデナデしてやるからな。

 

「いくぞっ……」

 

 まずは物言わぬオプションから一気に魔力を移動させる。いつもはゆっくりと訪れる違和感がズンと一気に襲ってくる。魔力の切れたオプションを回収すると次にネメシスの分。バチバチとコクピットでスパークしている。俺も血管が沸騰したかのような疼きを感じ、歯を食いしばる。

 

「ああっ、今すぐやめるのです! このままでは……」

「そんなこと言っても無駄なのは分かっているんじゃないかい。あの子なら止めてもやるってこと、本当に住職サマによく似ている」

 

 ああ、神奈子さんの言う通りだ。こんな所でで引き下がれるかっ! 来いっ、コンパクっ! 両腕に魔人経巻の模様が浮かび上がる。外から締め付けられるような、内から破裂するような強烈な痛み。よし、魔力は十二分に溜まった。今こそ渾身の一撃を……放つ。重銀符、いや、もはやこれは禁術の領域だろう。

 

「禁術『オーバーレイド・オーバーウェポン』っ!!」

 

 一気に魔力が爆ぜる。両腕から激しく出血した。その痛みに耐え、狙いを付け直す。ピシとキャノピーにヒビが入った。それでも眼光絶やさない。

 

 鋭く輝く光の剣がバイドを貫き、そこからバイドをジュウジュウと内部からも焼いている。これで、これで最後だ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 気合を込めた雄叫び。精神がこの技に影響してくれるのかは分からないが、それでも叫ばずにはいられなかった。

 

 ホログラムが次々と消えていく。そして憎き本体は光の大剣に貫かれ、木端微塵に爆散した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 ズキズキと傷む両腕、俺は息を荒げながら汗が目に入りしみるのをこらえ右目を見開いた。……やった、確かに俺はバイドを倒したのだ。

 

 こうやってバイドの中枢を内部から焼き切って破壊したのだ。流石にもう復活しないだろう。

 

「まったく、無茶苦茶な奴だよ君は。さあ、君の怪我を治療しないといけないな。今度こそ地上に……む? なぜ艦が揺れるのだ?」

 

 戦慄した。俺は確かにバイドを破壊した。手応えもあったし、この目で確認もした。だというのに、なぜだろうか、この言いようのない不安感は。俺は琥珀色の消え失せたバイドの中枢があった漆黒の暗闇に目をやった。

 

 そ、そんなっ……! 俺は驚愕した。

 

 光を失った漆黒の空間が脈動していたのだ。何もかもを吸い込むかのように。

 

「あ、あれは……。逃げましょう! アレに捕まったら……」

「奴め、最期の力で我々をバイドの蠢く『異層次元』に飛ばそうとしているのだ。アレに取り込まれたら、あのバイドに取り込まれたら帰れなくなる!」

 

 振り向くことなく、少女達は一直線に逃げに入る。もちろん俺も……あれ、動かない?

 

「しまった、アールバイパーはもはや動くだけの力も残っていない!」

 

 彼女が気付き、こちらに手を伸ばす。俺もすがるようにリフレックスリングを飛ばすが、届かない。俺は煽られながら漆黒色をした穴に吸い寄せられていく。

 

「いかんっ! あのままではバイドに取り込まれて……。彼に私のような辛い思いはさせるまい! ひじりん、皆を連れて先に行くのだ!」

「ジェイドさんっ、それでは貴方が……」

「私は既にバイドだ。バイド化の心配はないよ。何があっても私も後で幻想郷に帰る。ああ、今度も帰って見せるさ。約束だ!」

 

 コンバイラタイプのバイドが旋回してこちらに近寄ってきた。

 

「提督……」

「動けないのだろう? 私が格納しよう。さあ、こっちへ」

 

 違うのだ、燃料が切れたわけでもエンジンが破壊されたわけでもない。どちらも正常に動いている。別に力負けしているって感じでもない。異常だ、まるでここだけ物理法則がないかのように、俺は吸い寄せられなくてはならないと言われているように、俺は漆黒色の瞳孔に吸い込まれていくのだ。

 

「なんということだ……。こちらもコントロールがきかない! 接近しすぎたかっ!?」

 

 その様子を見かねた白蓮が今度は近寄る。巻物を掲げ限界まで身体強化した白蓮はこの吸い込みをもものともせずに俺に手をさしのばす。

 

「この程度の吸引力、どうってことないですね。さしものバイドも死にかけていると力もこの程度なのでしょう。さあ、二人とも……あ、あれ?」

 

 白蓮の力で引っ張っているのにビクともしないのだ。やはりおかしい。おかしいが、どうしていいのかわからない!

 

「このままではひじりんも……」

「でもっ!」

 

 白蓮は吸い寄せられる気配が微塵にもない。それだけ強烈な身体強化をしているのだろうが、俺達を引きずり出せないのはやはり異常である。くっ、もはやここまでなのか。あと少しで地上に帰れたというのに……。

 

 白蓮の目の前で提督が、俺が漆黒の瞳孔に取り込まれていく。それを見ているしかなかった彼女の無念さは想像に難くない。俺も無意味と思いながらも操縦桿から手を放し、白蓮へ手を伸ばした。

 

「アズマさんっ、アズマさーん!!」

 

 悲痛な白蓮の叫びがこだまする。俺も負けじと彼女の名を叫ぶ。

 

 しかし非情にも俺も提督も瞳孔に飲み込まれてしまった……。最愛の住職サマの涙がキラリと光る様子、これが最後に俺が認識した光景であった。



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東方銀翼伝ep4 A.X.E.エピローグ
A.X.E.エピローグ ~ほのかな光~


 幻想郷にバイドの種子が降り注ぐバイド異変は「霊烏路空」という地獄鴉が体内に宿していた「八咫烏」が何らかの原因でバイド化したことにより引き起こされたものでした。

 

 銀翼はそのバイドの温床を少女から切り離し、そして知恵と勇気でこれを滅ぼしました。そう、幾多もの犠牲を支払いながらも幻想郷をバイドの脅威から守り切ったのです。

 

 戦闘でボロボロになった地霊殿は主とペット達で力を合わせて急ピッチで復興しています。原始バイド達は今回の異変とは本当に無関係だったらしく、今も罪袋達とあの里を守り続けているそうです。

 

 今回の異変での最初の被害者だったリリーホワイトはいわゆる「1回休み」を終えて復活、今は次の春に備えて体力を温存しているところだそうです。

 

 河童の集落も地底から噴き出たマグマに相当荒らされたようですが、彼女たちの技術力は凄まじく、今ではすっかり元通りだそうで、これには神奈子さんも驚いていたのだとか。妖怪の山は安泰ですね。

 

 そして、ジェイド・ロス提督とバイドの艦隊は今回の戦いで全滅。そして轟アズマさん、銀翼の乗り手である彼もあれ以降戻ってきません……。

 

 漆黒色をした瞳孔は二人を吸い込んだ後に完全消滅したのですが……。

 

「アズマさん……帰ってきて下さい……」

 

 未だ名前の刻まれていない御影石の前で、私は何度も涙を流しました。そう、きっと帰ってくる。そう約束したのですから。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、白蓮から遠く遠く離れたとある場所……)

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 ……アズマ。そうだ、俺は轟アズマ。

 

 俺は一体どうしちゃったんだ? 真っ暗な中で俺は一人ぼっちだ、心細い。ここには何もないし誰もいない。

 

 そうだ白蓮、白蓮はどこ? それにアールバイパーは?

 

 寂しさに心折れそうになる。すると不意に声を耳にした気がした。俺の名前を呼んでいる。誰だろう? 聞き覚えはないものの、心の穏やかになる優しげで儚い声であった。

 

 優しげな声の主は白蓮によく似た髪の色をした男性であった。頭は丸めていなかったが、その服装からすると僧侶なのだろうか?

 

「確か……アズマ君だね。姉上が君のことをよく話してくれるから、すぐに分かったよ」

 

 姉上……? あの髪の色、優しげな眼差し、こちらの心に安らぎをもたらす声。どことなく白蓮を彷彿させる。確かに白蓮には弟がいたらしいし、もしや白蓮の弟? 確か「命蓮」っていったかな? そのように思えば思うほど白蓮に似ているように感じる。

 

 あれ、でも命蓮は1000年以上前に寿命でこの世を去っている筈だ。こうやって会って話が出来る筈はない。と、ということは……俺、死んでる?

 

「そう、僕は命蓮。遠い昔の僧侶さ。いつも危なっかしい姉上を見ていてくれて感謝してもしきれないよ」

「だけど、それももう出来なくなっちまった。命蓮と、遠い昔に死んでしまった僧侶の幽霊と会話している。つまり俺の命も……」

 

 切迫した口調で、でも事実を知る恐怖に駆られ、口ごもりながらも、俺は命蓮に尋ねた。

 

「そうだね、確かに今の君は生死の間をさまよっている状態だ。だからこそ僕の姿をここまで鮮明に認識できる。だけど……」

 

 真っ暗の空間の中、ぼんやりと浮かび上がるのはボロボロになった銀翼の姿。いや、そのコクピットの中に俺の姿が影となって見える。その俺の姿をした影は今も苦しげにゼエゼエと抗っていた。俺は、まだ生きているのか?

 

「戻るべき体がある、そしてやるべきことも残しているのではないかな? 今の姉上はとても弱っている。支えとなる存在が必要だ」

 

 白蓮が……。それにあの迫る「死」から抗うあの姿。白蓮が困っているのなら俺は彼女の力になりたい。絶望に打ちひしがれているのなら俺が彼女の希望になりたい。そして命蓮が言うにはそれが可能だという。

 

「何も言わなくていい。君の答えは分かり切っている。アズマ君、生きていくということは様々な試練に立ち向かうことを意味する。決して平坦な道ではないだろう。それでも行くんだよね?」

 

 俺は真っ暗異空間でただただ前を見つめる。その先に待つのは銀翼。俺の、白蓮の希望の象徴。

 

「今や幻想郷は大いなる脅威に晒されている。それが何なのかは僕にもわからない。でも、感じるんだ。何かとてつもなく大きな存在が迫っていることが。姉上一人では僕も心配だ。でも、君なら出来る。僕も信じている。姉上の……いや、幻想郷の希望に……」

 

 ならば尚更こんな場所でくすぶっている場合ではない。コクピットに乗り込むとアールバイパーを起動させる。俺の記憶では大破していたはずだが、エンジンは正常に作動した。これなら飛べる、飛べるぞ!

 

「幻想郷を、そして姉上のこと、頼んだよ……」

 

 エンジンの轟音響く中、その優しげな声は何度も脳内をこだました……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 気が付くと俺はまた暗黒の中にいた。だが、先ほどのようなフワフワする不思議な感覚はない。それに俺は銀翼に乗っていた。もう夢の世界でも三途の川でもない。現世だ……多分。

 

 こういう時は落ち着いて周囲の様子を見てみよう。真っ暗闇と思っていたが、前方にほのかな光が見える。ゆっくりとバイパーを進める。駄目だ暗くてよく分からない。こういう時は「宝塔型通信機」の出番だ。これで光を照らして……。

 

「あれ……?」

 

 なんてこった、壊れている。後でにとりに修理してもらおう。仕方ない、当面の照明は……。

 

「ネメシス、出てこい」

 

 オプションの光で代用しよう。どうやらこの光が漏れている場所は何かが出入りする扉らしいことが分かった。扉といってもかなりの大きさ。リデュースしていないアールバイパーでも楽々と通り抜けられそうなくらい大きい。

 

 だが錆びているのか、びくともしない。押しても引いても開かないので少し乱暴だが、ショットを撃って扉を破壊することにした。あっけないほどに簡単に扉は破壊され、外の景色が見えた。

 

「な、なんじゃこりゃ!?」

 

 正直、そんな感想しか出てこなかった。青い、何もかもが青いのだ。青いゲルのような流体金属のようなそんなもので形成された森林のような光景であった。例えるなら「ケミカルガーデン」の中にいるって感じだろうか?

 

 ケミカルガーデンというのは理科の実験で俺も作ったことがある。「水ガラス」と呼ばれる水溶液に硫酸コバルトや塩化クロムのような結晶を入れると、まるで植物が成長したかのように上へ上へと膜が伸びていくというものである。

 

 だが、塩化クロムのようなチャチなものではない。ここで渦巻いているのはおそらくバイド体だ。そう、俺はあの時「瞳孔」に吸い込まれてバイドに取り込まれてしまったのだ。

 

 俺が眠っていた場所には青いバイド体はなかったが、目覚めるのが遅かったら俺もバイド体に完全に取り込まれていただろう。

 

 それよりも先程まで俺のいた場所を確認して驚愕した。赤かったのだ。この青の森林に似つかわしくないほどの赤色、それが風船状に膨張しており、青いバイド体も完全には覆いきれていない。

 

「て、提督? 提督なのか!?」

 

 赤くて風船状に膨らんだ超巨大バイド。あれは「コンバイラリリル」と呼ばれるバイドのものだ。そう、コンバイラタイプのバイドの最終進化系。ウニのように伸びた針は朽ちているのか、所々が腐食しており、折れてしまったものもある。それがこのバイドはもはや生命活動を行っていないことを意味していた。故に答える声もない。

 

「くっ……」

 

 あれだけ地球に帰りたがっていたというのに結局はこんな最期。いたたまれなくなり、俺は涙を流した。

 

 外は、幻想郷はどうなったんだ? 見上げるとブラックホールのように空が渦巻いていた。よく見ると渦に巻かれながら柔らかな光が、幻想郷の懐かしい香りがそこから流れている気がする。

 

 出口……なのだろうか? 意を決して飛び込んでみた。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 俺は渦に吸い寄せられ弾き飛ばされ、その銀翼はどこまでも跳躍していく。それと同時に俺の意識も飛んでいく……。

 

 

………………

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 再び意識が戻ると俺は森林地帯にいた。文字通りの木々の生い茂った森である。そこにバイド体などなかった。

 

 遠くでキャイキャイと甲高い笑い声が聞こえた。声の出どころに目をやると虫の羽のようなものを背中に生やした妖精たちが遊んでいる姿を確認できた。ああよかった、ここは幻想郷だ。

 

 高度を上げると俺は「魔法の森」に出てきたことがはっきりと分かった。そしてレーダーが俺の向かうべき場所を記してくれていた。うむ、命蓮寺はあっちか。

 

 俺はレーダーが指し示す方向へ向けてブースターを吹かし、全速力で突き進んだ。

 

 さあ、戻ろう。俺の帰るべき場所「命蓮寺」へ!

 

 

__________________________________________

 

 

 

(命蓮寺では……)

 

 

 今日もアズマさんは戻ってきませんでした。私はもう随分と前から嫌な予感しかしないのです。本当にこの墓標に大切な人の名前を刻まなければいけないのか……と。

 

 でもそれをしてしまうと、私が彼を諦めてしまったことになる。彼ほど私の考えに共感してくれて、そして一緒にいて心の安らぐ方が他にいたでしょうか?

 

「お願いです。どうかもう一度、彼と再び巡り合えるように……」

 

 涙を流しながら祈りました。彼の無事を、そして再会できる日を。そんな矢先……。

 

「聖っ、ひじりー!」

 

 切迫した表情で星ちゃんが私の元にやって来たのです。

 

「どうしたのです? まさかまた宝塔を?」

「ちっ、違いますってば!」

 

 頬を膨らます星ちゃんは、改めて口にします。

 

「さっき香霖堂の上空でナズーがアールバイパーを見かけたって……」

 

 聴くだけで心躍るその銀色の翼の名前。アールバイパーがいる、それはつまり……!

 

「アズマさんっ……アズマさーんっ!」

 

 嬉しさのあまり涙が零れ落ちていきました。それはもう止どめもなく。

 

「何せあの恐ろしいバイド異変を解決したヒーローです。きっと凱旋して命蓮寺に向かっている筈。門の前で出迎えて……ああっ聖、待ってくださーい!」

 

 私はいつの間にか駆けていました。アズマさんが生きて戻ってくる、また一緒にお話しできる、そのことが嬉しくて嬉しくて……。

 

 そして夕陽に照らされながら門に近づく銀翼の影を見て、私は声を詰まらせながらも彼の名前を口にしたのです……。

 

「おかえりなさい……」

 

 

 

 

東方銀翼伝 ep4 Abyssal Xanadu Eroded END

しかし、轟アズマの幻想郷ライフはまだまだ続く……




 この衝撃の結末に、「ああやっぱり」と納得出来た方は果たして何人いたでしょうか?

 驚いた、絶望に打ちひしがれた、鬱展開過ぎる、ムラサ船長はこんな汚い言葉を口にしないよ……などの感想を抱くことが予想されます。

 そう、アールバイパーが漆黒の瞳孔に取り込まれてから明らかに様子がおかしいのです。

 一体何が起きたのか? まさかアールバイパーは既にバイド化してしまったのか? そもそも時系列がよくわからない? それも続きを見れば明らかになります。

 ここから東方銀翼伝シリーズは急展開を迎えるのです。
 四字熟語に「起承転結」というものがありますが、幻想入りと幻想郷での居場所を勝ち取るまでのep1「F.I.」が「起」にあたり、幻想入りした中での日常やSTG世界の住民とのコンタクトを描写したep2「S.S.」が「承」にあたるのです。

そしていつものようにSTG世界の侵略者との戦いを繰り広げるep3「T.F.V.」とep4「A.X.E.」はやはり「承」なのですが、「A.X.E.」の終盤でその「いつも通り」から転じて物語は新たな局面を迎える……つまりここで「転」となるようにしてあるのです。

 ここから物語の核心へどのように迫っていくのか、それはまだ明かせませんが、とにかくここからクライマックスに向かってさらに加速していくことになります。

 次回作のタイトルは「東方銀翼伝 ep5 V.G.(G.G.G.G.G.)」。Gで始まる単語が5つ並びます。

 相変わらず重苦しい展開が続きますが、次回作でまた会いましょう!


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東方銀翼伝ep5 V.G.プロローグ
V.G.プロローグ ~帰還? 見覚えのある小集落~


 これにて大団円。ハッピーエンドの筈なのですが……。

 一体命蓮寺に何が起きてしまったのか……?

 波乱を呼ぶ第5部スタート!


 魔法の森を抜けて、人里の上空を飛行する。ああ、活気に満ちている。これぞ生きているということだ。

 

 さあ、これを抜ければ命蓮寺はすぐそこだ。

 

 そうしていると俺は水兵の服に身を包んだ少女を発見した。ムラサ、ムラサじゃないか。聖輦船もあの後無事に地底から脱出できたことが分かる。こんな場所までどうしたのだろう? もしかして、俺を出迎えてくれるのではないかな?

 

「おーいムラサー! 戻ってきたぞー!」

 

 コクピットの中からブンブンと大きく手を振って呼びかける。彼女はすぐにその声に気がつくとこちらに近寄って来た。

 

「いやね、最後はちょっとヤバいなって思ったけれど、この通りピンピンして戻って……」

 

 直後、アールバイパーの機体がグワングワンと大きく揺れた。何事かと思ったら、なんとムラサが巨大なアンカーで銀翼を薙ぎ払っていたのだ。

 

「えっ、なんで……?」

「どの面下げて戻ってきた轟アズマっ!」

 

 明らかな敵意を向けられていた。しかし身に覚えはない。何かムラサを怒らせるようなこと、しただろうか?

 

「何か気に障ることでもしたかい? それなら謝るけど……」

 

 答える声はなかった。鎖で繋がれたアンカーが一直線にアールバイパーに突き出される。俺は咄嗟に機体をひねって回避したが、今も俺は混乱したままである。

 

「今更そんなことされて許す奴がどこにいるっ! アンタのせいでね、聖は、聖は……」

 

 白蓮に何があった!? 反射的に俺はそう口にしていた。

 

「うるさい黙れ! 仏門に入って久しくてこんな事あんまり言いたくないんだけどさ……。でもいいよね、アンタも一線越えちまったんだし。ぶっ殺してやるっ!!」

 

 親指で首をかき切るジェスチャーを見せ憎悪の表情のまま柄杓から弾幕をばら撒いていた。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 あの日ほど、私は自らの行動を後悔したことはありませんでした。

 

 黄昏時も夏が終わればすぐに過ぎ行き、夜の帳が降りるもの。でもここ命蓮寺は今も赤々とした光に包まれていました。

 

 燃えている……。そう、寺を燃やす大きな炎がこの夕闇を、そして私の姿を不気味なまでに明々と照らしていたのです。

 

 倒れているのは一輪と星ちゃん……。雲山が怪我の応急処置をしていますが、彼が居なかったら二人とも無事ではなかったでしょう。

 

 ムラサは一人で柄杓を手に燃える命蓮寺へ突っ込み消火活動を行っている。そんな中私はただ立ち尽くす事しかできなかったのです。

 

 何が起きたのか分かることは出来てもまるで理解出来なかった。それだけショックなことが起きてしまったのです。

 

 あの日は幸せな一日に、安堵できる光あふれる日常が再び幕を開ける筈でした。地底のバイドを滅ぼし、地下と幻想郷をバイドの魔の手から救い出してそして地上に帰る筈でした。

 

 そう、実際にはそうはならなかったのです。

 

「アズマさん……」

 

 地底のバイドが最期の力を振り絞り、銀翼を異次元へ引きずり込んでいったのです。

 

 だからもう会えないと思った。でも、帰ってきたのです。夕陽が照らされる中、少女のものとはまるで違うシルエットが命蓮寺の前に浮かび上がったのです。私は幸せの絶頂を迎える筈でした。

 

 しかし……私達は希望から絶望へ叩き落とされてしまったのです。

 

「アズマさん……。どうしてこんなことを……」

 

 それが今日の夕方の出来事。そして今に至るのです。私の目の前で起きた惨劇、何が起きているのか分かりこそしたものの、理解することが出来ませんでした。

 

 ジェイドさんは、瞳孔の向こう側はバイドが蠢く異層次元だと口にしていました。私の必死の呼びかけにも答えずに動きを止めない。もしや既にバイドに……?

 

 あの日ほど、私は自らの行動を後悔したことはありませんでした。あの時、もっと強くアズマさんを引っ張っていたら一緒に幻想郷に帰れたのではないか……と。




 この衝撃の展開に「ああやっぱり」と納得出来た方は果たして何人いたでしょうか?

 驚いた、絶望に打ちひしがれた、鬱展開過ぎる、ムラサ船長はこんな汚い言葉を口にしないよ……などの感想を抱くことが予想されます。

 そう、アールバイパーが漆黒の瞳孔に取り込まれてから明らかに様子がおかしいのです。

 一体何が起きたのか? まさかアールバイパーは既にバイド化してしまったのか? そもそも時系列がよくわからない? それも続きを見れば明らかになります。

 ここから東方銀翼伝シリーズは急展開を迎えるのです。
 四字熟語に「起承転結」というものがありますが、幻想入りと幻想郷での居場所を勝ち取るまでのep1「F.I.」が「起」にあたり、幻想入りした中での日常やSTG世界の住民とのコンタクトを描写したep2「S.S.」が「承」にあたるのです。

そしていつものようにSTG世界の侵略者との戦いを繰り広げるep3「T.F.V.」とep4「A.X.E.」はやはり「承」なのですが、「A.X.E.」の終盤でその「いつも通り」から転じて物語は新たな局面を迎える……つまりここで「転」となるようにしてあるのです。

 ここから物語の核心へどのように迫っていくのか、それはまだ明かせませんが、とにかくここからクライマックスに向かってさらに加速していくことになります。

 今作のタイトルは「東方銀翼伝 ep5 V.G.(G.G.G.G.G.)」。Gで始まる単語が5つ並びます。

 相変わらず重苦しい展開が続きますが、今回は「取り戻す」話。最後までお付き合いいただければ幸いです。


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東方銀翼伝ep5 V.G.(Grow the GreenGlowingGale for Glory)
第1話 ~怒れるシンカーゴースト~


 バイドを倒して地上に戻った。その筈だというのにムラサに敵視されてしまうアズマ。

 更に白蓮の身に何かが起きたようであり、そちらも心配である。

 幻想郷でいったい何が起きたのか?


 夏の終わりの夕暮れ。俺の意識は混乱していた。

 

 見覚えのある場所、見覚えのある仲間。

 

 だけど……

 

 だけど……なぜ?

 

 

 

 柄杓からばら撒かれた弾幕をレイディアントソードで斬り伏せながら俺は対話を試みた。状況が全く読めない。どうしてこんなことになっているんだ?

 

「聖から話は聞いている。君はバイドの親玉に取り込まれたそうじゃないか。その時にバイド化してしまった。そうでなければ合点がいかない!」

 

 ぐっ……、あの「漆黒の瞳孔」のことか。俺とジェイド・ロス提督は奴に取り込まれている。提督は中で朽ち果てていたが俺はどうにか息を吹き返して幻想郷に戻ってきた。その時に……。

 

「待ってくれ、俺はバイドになってしまったのか。しかしこの通り理性は残っている。ジェイド・ロス提督のように受け入れれば……」

 

 全てを言いきらぬうちに再びアンカーで銀翼を殴打してきた。

 

「それが理性なら君は完全に悪意に染まってしまったんだ。命蓮寺を襲撃し火を放ち、人里をもその毒牙にかけようとしたではないか! 新聞の記事にもなっている。私の知っているアズマはそんなことしない。君はバイドの本能……あらゆるものを攻撃し、破壊し、喰らい、同化する本能に支配されてしまったんだ!」

 

 命蓮寺を? 人里を!? 違う、俺はそんなことしていない! していない……筈だ。

 

 いや、本当にしていないのだろうか? あの「漆黒の瞳孔」に取り込まれてからの俺は度々意識を失っていた。もしもその間に無意識にこれらの凶行に走っていたとすれば……。

 

「そんな……。俺は、俺は……!」

 

 バイドだというのか? 答える声はない。再びアンカーが銀翼を潰さんと迫ってきたのだ。あの速度で直撃などしたら銀翼ごと俺の脳天は潰れてしまうだろう。仮に自らがバイドとなっていたとしても、まともに受ければ致命傷だ。

 

 俺は確かにバイド異変を解決させ、バイドは幻想郷には残っていない筈だ。ただ一人俺を除いて。ならばここで大人しく仕留められれば幻想郷はまた平和になるのだ。でも俺は本当にバイドなのか? しかしあのムラサの憎悪の表情、確かに俺はそれだけのことをやってきたのかもしれない。

 

 俺一人の命と幻想郷全土の平穏。どちらが大切か、んなことは分かっている。

 

 だけど初めから選択肢などないのだ。仮に俺が生体兵器たるバイドであったとしても生き物であることには変わりない。

 

 生き物である以上、死ぬのは怖くて当然で、それを回避しようと体が動くのもごくごく自然な反応である。白蓮でさえ克服できなかった恐怖なのだ。

 

 それに、幻想郷に何が起きているのかなんて分からないんだ。俺は本当にバイド化してしまったのか、果たしてムラサの言っていた悪行は本当に俺によるものなのか。

 

 分からないことが多すぎて死んでも死にきれない!

 

 ここで死を受け入れるのは目の前の脅威から眼を逸らして逃げることに他ならない。

 

 俺は一度も瞬きをせずに迫る鉄の塊を目で追いかけ、そして機体をひねらせる。

 

 アンカーは直撃することなく空を切った。そして、それを避けるということはムラサへの宣戦布告を意味した。

 

「訳も分からず『お前はバイドだから死ね』と言われて死ぬ奴があるか! それは俺が真実を確かめてからだ! 邪魔をするというのなら……たとえ相手が命蓮寺の、俺の第二の故郷の仲間であろうとも本気を出させてもらうぞ!」

 

 もはや後には引けない。ふわりとムラサがゆっくりと跳躍するとアールバイパーの真上に陣取る。そこから柄杓を手に水をブチ撒ける。夕日に輝く水の弾幕は広範囲かつ密集しており避けるのは困難。

 

 スッと取り出すは豪華なスペルカード、構えるは蒼き弾幕殺しの剣。

 

「銀星『レイディアント・スターソード』!」

 

 錐もみ回転しつつ巨大な剣で弾幕の密集地帯ごと切り裂いてやる。そう目論んでいた。

 

 しかし……。

 

「ごはぁ!?」

 

 見得を切ってカードを掲げるも何も起こらないのだ。白蓮との絆の象徴たるレイディアント・スターソードが使えない! それは彼女との絆が切れてしまったことを意味する。あるいは何らかの原因で魔法が使えないか、最悪死んでしまったという可能性も……。とにかく今の俺にこの圧倒的物量をいなすことは出来なかった。

 

「そんな、白蓮……さんとの合体技が」

 

 きりきり舞いになりながら高度を下げる。精神的ショックが大きく、しばらく立ち直れずにいたが、地表スレスレでどうにかバランスを取る。

 

「そうだよ、君は自分から聖との絆を断ち切ったんだ! あの時の聖の絶望に打ちひしがれた顔を思い出すと……」

 

 再びアンカーを構え、こちらに向けてきた。彼女も大粒の涙を流しながら戦っているのか、声がこもっていた。

 

(はらわた)が煮えくり返るわ!」

 

 アンカーが撃ち出される。避けるか、いや、手負いのバイパーの機動力ではあの速度を交わすことは不可能。仕方あるまい。真正面から……!

 

「リフレックスリング!」

 

 受け止めるっ! 俺は逆回転するリングを突き出し、アンカーを掴もうとした。しかし重すぎる上にこの速度。う、受け止めきれないっ。

 

 だが、ここで諦めるわけにはいかない。ネメシス達を呼び出してローリングフォーメーションを取ると、魔力を銀翼に収束させる。

 

「操術『オーバーウェポン』!」

 

 回転の速度が段違いに上昇する。迫るアンカーを受け止めきった。更にここからハンマー投げの要領で振り回し、他の弾幕を薙ぎ払った後でこいつをそっくりムラサに返す。俺はグルングルンとリフレックスリングを振り回し始めた。

 

「陰陽『アンカーシュート』かしら?」

 

 いかん、ムラサに手を読まれているっ。ムラサは大きな錨で身を守るように担ぐと、もう一つのアンカーでこちらの掴んでいた鉄の塊を真っ二つに割ってしまった。しまった、他に手はないのか、今はオーバーウェポンを発動している。何かいい案は……。

 

 見ると薄緑色の煙がリングに集まっているのが分かる。そして霜のようにアンカーにこびりつき始めた。あれは何だ? もしや周囲の空気を濃縮して固めているのだろうか?

 

 確かに周囲に充満する粒子となったバイド体を固めることでバイド兵器たるフォースを生成するというスペル禁術「アンカーフォース」ってのは存在した。しかしここ幻想郷にはもはやバイドはいない。では何が集まっているのか?

 

「あれは空気中の魔力? 一体何を……?」

 

 魔力だと? 魔力の煙ってのは緑色なのか? よく分からないがその緑色がさらにアンカーにくっついていき、球体の形へと変貌していた。透き通った緑色の球体。この形はフォースだ。しかしバイド体などもはや幻想郷には……。

 

「いや、一つだけあった。バイド体を使わない完全人工のフォースが」

 

 そうか、こいつは……。いいだろう、さすがにアンカーフォースほどの強靭さや火力は期待できないだろうが、そこで驚く水兵に教えてやろう。声高々とスペル名を口にする。

 

「重陰妖『シャドウフォース(※1)』!」

 

 早速透き通った緑色の美しい角ばった球体をムラサめがけてシュートした。撃ち出し方は簡単、狙いをつけて逆回転しているリフレックスリングを本来の回転方向に戻してやればいい。

 

 よし、効いているようだ。まとわりついてダメージを与えている。シャドウフォースならバイド化の心配も皆無。再びアンカーで叩き落とそうと振り下ろしてきたので、慌てて俺はフォースを呼び戻す。

 

「戻ってこい!」

 

 前方に展開したままのリフレックスリングの回転方向を反転させる。どこぞのアンカーフォースと違い、暴走していないフォースはクイっと機敏な動きで元の鞘……というかリングに収まる。

 

 もう一度フォースシュートを行おうと思ったが、ドロリと溶けて消えてしまった。やはり長時間の運用は不可能か……。だがムラサは怯んでいる。今のうちに命蓮寺に戻ってみよう。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 愕然とした。あれだけ立派だった命蓮寺の門はひどく荒らされており周囲の建物も軒並み壊されていたのだ。不自然な更地があることから聖輦船となっている場所はどこかに避難したのだろうが、いったい本当に何が起きたのかが不可解過ぎる。

 

 どうしてムラサはあんなに敵意むき出しなんだ? 白蓮はどこに行ってしまったんだ? 命蓮寺は何故荒れ果てているんだ?

 

 全然わからない……。黄昏色に染まる廃墟を前に呆然と立ち尽くす事しかできなかった。ただ一つ分かったことは俺の帰還を喜ばないものがいること、そして帰る場所を失ったという事。

 

 まさかこの惨状も俺の仕業なのか? 記憶がないからこそ恐ろしい。俺は現状をもっと理解しないといけない。どの道ムラサはこの俺を追いかけるだろうし、命蓮寺の跡地に向かっていることも予測済みだろう。もはやこの場所に用事はない。人里に向かおう。慧音先生に何が起きているのかを教えてもらうんだ。

 

 絶対にここに命蓮寺を戻して再び笑いあえる日常を取り戻して見せる。俺は決意を固く結び飛び立った。琥珀色の日差しが眩しい。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 人間の里。ここは妖怪も無暗な行動は起こせないし、アールバイパーもようやく人間の味方であるという認識が広まり始めている。

 

 大丈夫、今までのは何かの間違いなんだ。俺が眠っていた間にきっと他の恐ろしい侵略者が命蓮寺を襲ったに違いない。

 

 だがどういうわけだろうか、やはり人々に避けられている気がする。というか明らかに逃げられている。おい、どうしてそんなにパニックを起こす?

 

 俺を見るや否や悲鳴を上げて逃げ惑う人間達。その声に釣られたのか一人の少女が近寄って来た。慧音先生か? いや違う、彼女は確か自警団のリーダー「藤原妹紅」だ……。

 

「また懲りずに襲い、壊し、奪うというのかいアズマ?」

 

 今彼女は「また」と言っていたな? 俺は地上に帰ってから人里に立ち寄ったのはこれが初めてだ。やはり俺の記憶が飛んでいた間の出来事か?

 

「待ってくれ、いったい俺が何をしたというのだ?」

 

 チッと舌打ちをすると地面に唾を吐きかける。やれやれと言わん限りに彼女は説明をしてくれた。

 

「とぼけるのも大概にしたらどうだ? この人間の居住地でお前は暴れたんだ、建物を壊して回ったんだ、人を襲ったんだ。私がこの目で見たから間違いない。そしてお前が本来そんなことをする奴ではないことも知っている」

 

 俺が……。やはり眠っていた間に? まさか……!

 

「でも実際は違った。お前は地底での戦いでバイド化してしまったんだ。そうでなければバイド異変の後のお前の奇妙な行動に説明がつかない。そう慧音が言っていた」

 

 恐れていたことを宣告された。そうか、俺はあの時「漆黒の瞳孔」に吸い込まれて、バイドに取り込まれてしまったんだ。そうして俺の意識が覚醒する前にバイドとしての本能が先に目覚めてあのようなことを……。

 

 だが、悲しむ暇も後悔する猶予もない。バイド化してしまった、それが意味することは……。

 

「バイドの性質については慧音から聞いている。その肉体を滅ぼさない限り君をバイドの呪縛から解放する事は出来ないらしい。悲しいが私は君を始末しなければいけない」

 

 彼女の両手から炎が漏れ出る。交戦は避けられないか?

 

「私が適任だ、仮に私が着様と戦い傷ついてバイド化しても、蓬莱人ゆえに一度肉体を破壊すれば元に戻るからな。轟アズマ、その呪われた肉体を炎で焼き尽くして解放してくれるっ!」

 

 冗談じゃない、妹紅と戦って勝てる道理などない。何度も返り討ちにしてあちらが疲労するまで戦わなくてはいけないのだ。

 

「逃げるっ!」

 

 踵を返し最高速度で人里から離れた。

 

 妹紅の目的はあくまで人里を守り抜くこと。深追いはしてこないと読んだ。だが、思っていたよりも事態は深刻だ。幻想郷の住民達が言うには俺は「漆黒の瞳孔」に取り込まれた後にバイドとして幻想郷に戻りあちこちで暴れ回ったという。

 

 この調子だとプロの異変解決屋も動いている可能性が高い。もしも途中で鉢合わせしてしまったら……まず助からないだろう。それまでに俺がするべきことは本当にバイド化してしまったのかを確認すること、幻想郷でいったい何が起きているかを見極めること、そしてそれを可能にするための人も妖怪も立ち寄らないような安全な場所を確保すること。

 

 追われている身ではゆっくりと鏡を見ることも出来ない。ならば自然の鏡を使おう。自然の鏡というのは大きな水面だ。そして幻想郷でそのような場所と言えば……

 

「霧の湖だ。霧の湖に向かう」




(※1)シャドウフォース
R-TYPE IIIに登場したフォース。
バイド体を用いないフォースであり、強度に若干の課題は残るものの、素早く呼び戻せるという特徴がある。


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第2話 ~琥珀色に染まる幻想郷~

 ムラサに、そして人里の妹紅に「バイド化した」と通告される轟アズマ。

 真実を確かめる為に霧の湖でその姿を確認しようとするが……。


 琥珀色の夕陽をいっぱい受けてキラキラと光る水面。俺はコクピットから身を乗り出し恐る恐る水に映った自らの姿を覗き込んでみた。

 

 その姿は……いや、それを確認する前に敵意を持った何かの接近に気が付いた。

 

 夕焼け色に染まる霧の湖から色が失せたのだ。モノクロの視界をよく見ると水のさざめきすら失われているのが見える。これはまさか……。

 

 接近していたのは空飛ぶ銀髪のメイドであった。恐らくこの湖のほとり「紅魔館」の十六夜咲夜で間違いないだろう。指の間に何本ものナイフを挟んでいることから最初から会話する気などない事は明白である。

 

 そのままこちらの姿を確認するとナイフを囲い込むように投げつけてくる。時間が止まっているので、ナイフの刃がこちらに向かって空中にピタリと止まって浮いているだけではあるが。

 

 恐らく何かしらの飛び道具で撃ち落とそうとしてもあのナイフのように弾丸が浮遊したままになるだろう。だが、今の俺はあの時とは全然違う。弾幕殺しの蒼き剣「レイディアントソード」がある。

 

 加えてこの超時空戦闘機には時間に干渉する能力は受け付けないという特性もある。さてはあのメイド、そのことを忘れているな? 俺は剣を振り回し、向けられたナイフを薙ぎ払った。

 

「無駄だ無駄だ。アールバイパーに時止めは通用しない。それを忘れたかっ!?」

 

 能力を真っ向から否定し押し潰したことから異様に高揚する俺。だが、屈辱と驚愕に歪んだその顔は、かつての敗北の雪辱を晴らすにはまだ足りない。止められた時間が戻っていく。バラバラとナイフははじけ飛び湖へと落ちていく。

 

「お嬢様の……お嬢様のっ!」

 

 いかんいかん、リベンジを果たすのではなくてなぜ咲夜が敵意むき出しなのかを突き止めなくては。お嬢様、つまりレミリアだが、俺は一体レミリアに何をしたというのだろうか? 当然ながら俺はしばらくあの500歳児と会った記憶はない。

 

「つまり、俺はレミリアに何かしたという事か。あいにく俺にはその時の記憶がない」

「ふざけないで! 貴方は散々館で暴れ回ったのよ。お嬢様の場所をあんなに踏みにじって……許せない!」

 

 記憶がないのは本当だ! それでも交戦は避けられない。俺とて咲夜さんとは初戦ではない。逃げようとすると自らの時間を加速させて追いかけるだろう。ここでキッチリ決着をつけなくてはいけない。つまり正面から迎え撃つという選択しか……ないということだ。

 

「どうしてもやるつもりか? 上等だ。俺は俺でお前には借りがあるからな。ここで雪辱を晴らす!」

 

 こんなことしている場合ではない。そんなことは分かり切っている。だが交戦は不可避。ならば、とことんやってやろうじゃないか。俺はロックオンサイトにメイド長を捉えた。

 

 あの時、俺は圧倒的有利な立場にいながら咲夜に敗北した。あれはとても屈辱的であった。

 

 どうせ逃げられないのだ。様々な窮地に陥りながらも生き延びた俺なら、様々な兵装を入手して成長したアールバイパーなら今度は行ける!

 

『You got a new weapon!』

 

 来たぞ、また一つ兵装を手に入れるようだ。この戦いに有利になるものが出てくればいいのだが……。

 

 ディスプレイを見ると今回入手するのはレーザー系兵装のようだ。巨大な太陽が弾幕もバイドも吸い寄せているアイコンが浮かび、直後に太陽は黒色に変色、ブラックホールの形になった。銀翼がブラックホールのようなものを撃ち出しているアイコンだ。

 

『GRAVITY BULLET』

 

 今度は「グラビティバレット(※1)」とか言っていたな。レーザー系兵装では珍しく実弾兵器だった筈である。敵や地形に着弾すると一定時間小型の疑似ブラックホールを展開するという何とも物々しい武器だ。

 

 何よりも作り物とはいえブラックホールという事は……。

 

 焦った咲夜は自らの時間を加速させナイフを投げつけてくる。そんな状態だというのにナイフ投げの腕前は目を見張るものがあった。全て正確にアールバイパーのコクピット、それも俺の急所に刺さるように投げていたのだ。

 

 だが今回に限って言えば、それが仇となった。俺はただ適当に小型ブラックホールを展開。投げられたナイフはすべて吸い込まれてしまったのだ。

 

「なっ……」

「十六夜咲夜、お前は決して俺に勝てない。時止めは通用しない、投げナイフはすべて吸い込まれる。ならばナイフを本来の用途で使ってみるか? 剣士には劣るが、近接戦闘には自信があってね」

 

 そうやってレイディアントソードを取り出して挑発する。ギリと奥歯を噛みしめたメイド長は霧の湖の上を縦横無尽に飛び回る。

 

 一瞬銀色の光を携えた咲夜が見えた気がした。突っ込んでくるかっ。

 

 ナイフを持った咲夜の体当たりを避けるべく、銀翼を宙返りさせる。水面が目の前に広がってきた。琥珀色の水面が再びその色を失う。性懲りもなく時間を止めたか。

 

 そしてその際に俺は初めて自分の姿を目にしたのだ。醜い肉塊と思っていた自分の姿は銀色の翼を携えた美しい姿のままであったのだ。

 

「こっ、これは……アールバイパーそのものだ」

 

 仮にバイドに取り込まれているのならばその姿は醜いものになっている筈。だが、そのような変異はまるで感じられない。あのバイドの森に閉じ込められていたというのに、いや、俺は直には触れていないんだ。

 

「そうかっ、提督! あの時ジェイド・ロス提督が身を挺してこの俺を……」

 

 ようやく理解できた。俺は目を覚ました時、何故か「コンバイラ」が異常に膨張した形態、つまり「コンバイラリリル」の中に格納されていた。俺がバイドに汚染されないように自らの中に格納して庇ってくれたんだ。その命を犠牲にして……。

 

「ううっ、提督……。てぇとく……!」

 

 俺はただただ涙した。俺は色々な人の手によって生かされてきたのだ。

 

「提督の為にも、生き延びるぞ。生き延びてやるっ!」

 

 だが、安心はまだできない。今はこの危機的状況を打破するべく咲夜を倒して……いやっ何かが動いているっ?

 

 今は咲夜が時間を止めている筈で、能力を使った咲夜本人と時間に干渉する能力を受け付けないアールバイパーだけがこの場で動ける筈。なのになぜ影が三つも動いている? 一つは間違いなくアールバイパーのもの、もう一つは咲夜さんのものだろう。じゃあ残ったもう一つは……?

 

 混乱するさなか、周囲に色が戻った。そして驚愕した。前から、後ろから、大量のナイフが一斉にこちらに向かって飛んできたのだ。

 

「この距離からだと? なんてナイフ投げの腕前だ」

 

 だが、今はメイド長を相手している場合ではない。俺が眼にした謎の機影。何もかもがおかしくなった幻想郷、その原因かもしれないと踏んだからだ。

 

「悪いな、お前と遊んでいる時間は無くなった。本気で行かせてもらう。来いっネメシス、コンパク!」

 

 飛んでくるナイフ目がけてこちらが撃ち込んだのはグラビティバレット。それも普通のものではない。四方八方からおびただしい数が飛んでくるのを全て対処しないといけない。オーバーウェポンを発動させていたのだ。

 

 着弾してすぐに疑似ブラックホールは周囲に広く広がっていく。オプションたちとこの弾丸を次々とブラックホールに撃ち込み、その大きさを増していく。

 

「重銀符『ブラックホールボンバー(※2)』だ。お前のナイフは全部吸い込んでやったぞ」

 

「そ、そんなまさか……!」

「ご丁寧に俺ばかりを狙うからな。みんなまとめてブラックホールの中さ。そのナイフ投げの腕前が逆に仇となったな」

 

 グラビティバレットが展開するブラックホールは短時間で消えてしまう。それはオーバーウェポンで強化しても変わらない。むしろ範囲が広まったぶん純粋な火力は落ちていると見ていいだろう。

 

 手持ちのナイフがなくなったか、彼女は夕陽を受けてキラリと光る刃物に目をやると、懐中時計を取り出し始めた。

 

 なるほど、無尽蔵に見えたナイフはわざわざ時間を止めて拾っていたってことか。だが、そうはさせねぇ! 俺は急接近するとリフレックスリングを発射、メイド長の腰を捉えると、確保した。

 

「おっと、時間止めてその間に落ちてるナイフを拾おうったってそうはいかねぇ。手持ちのナイフはなくなったんだろ? 十六夜咲夜、あんたの負けだ。このまま湖に沈めるも無抵抗の腹にミサイル撃ち込むも俺の思うがまま」

 

 ギリと歯を噛む音、屈辱に顔を歪めている咲夜であった。思えばこれが正しい構図だ。アールバイパーには咲夜さんの能力は通用しない、地力さえあればこうなるのは当然。

 

「では情報を吐いてもらおうか。思えばアンタのところの魔女に酷い尋問受けたことがあってな。お前に捕まっちまったせいでよ!」

 

 おもむろに咲夜を掴んだままリングを遠くに飛ばす。その先には湖の水面。そう、水中に沈めてやったのだ。急なことにもがき手足をばたつかせている。再びリングを引き上げる。ゼエゼエとずぶ濡れのメイド長が息を弾ませていた。

 

「忘れるな、お前の命はこの俺が握っている。今度反抗的な態度を取ってみろ、もっと長く沈めるぞ」

 

 今も冷たい目つきでこちらを睨みつけてきた咲夜さん。聞くことはただ一つ。

 

 今の俺は追われている身だし、少しでも時間が惜しい。少々乱暴だがこうやって情報を得ようと試みたが……こりゃ口割るのも一苦労だろうな。

 

「レミリアに……、いや紅魔館に何があった? 誰にやられた、俺はそいつをブチのめしてやりたい」

 

 そう答えるのがさも当然と言わんばかりに彼女は答えた。俺の一番聞きたくなかった名前を。

 

「何を寝ぼけたことを。アールバイパーにお嬢様の館は蹂躙された……」

「そんな筈あるか! 俺は今さっき霧の湖に来たところだぞ。さあ本当のことを話せ! それとも永遠に水の中がお望みか?」

 

 しかしそれを最後に彼女はまるで口を開こうとしなかった。どこか侮蔑や憐れみを持った眼差しでただ一点を、アールバイパーのコクピットの中にいる俺を睨んでいる。ええい気に喰わない!

 

 気に喰わない……が、これ以上情報が得られるとも思えない。余程拷問慣れしているか、本当に知らないかのどちらかだ。

 

 さっきの謎の機影のことも気になるしあまり時間をかけるわけにもいかない。尋問も上手くいかない中、更に状況が悪化した。先程撒いたムラサがこの湖に近づいてきたのだ。

 

「あいつ、今度は紅魔館を襲撃するつもりか!」

 

 俺は銃口を迫ってくる船長に向ける……が、ロックオンサイトには咲夜しか表示されない。そうだ、リフレックスリングで拘束したままだった。仕方あるまい、ここは……。

 

「陰陽『アンカーシュート』!」

 

 機体をぐるんぐるんとハンマー投げの要領でブン回し、ムラサ狙って投げつけた。よし、あの船長の移動方向だとあの辺りを狙えばちょうどぶち当たる。

 

「メイドを投げつけたのか? なんて奴だ。くっ、かわしきれない!」

 

 二人とも気絶させたらムラサにも詳しいことを話して貰おう。

 

 が、そうやって勝ち誇っていた俺はその直後驚愕することになる。咲夜さんはこの時を待っていたと言わんばかりに懐中時計を取り出すと周囲の時間を止めたのだ。最初は何かの悪あがきかと思ったが……。

 

「しまった、ムラサ船長の動きを止めるのが目的だったか!」

 

 俺はムラサの移動する方向を先読みしてアンカーシュートを放った。だが、そのムラサが動きを止める。そしてこの空間で動けるのは俺と咲夜のみ。またしても完全にしてやられた。

 

「戦闘機の姿ではその前方からしか射撃は出来ない。なので私を抱えたままでは攻撃もままならない筈。そして今の貴方は幻想郷そのものの敵、いずれ貴方を狙って近寄ってくるものが来たら投げ飛ばす他なかった筈」

 

 こいつ、ここまで計算して……。悔しさに拳を握っていると咲夜が時間の流れを元に戻した。まずいな、どちらも標的は俺。二人がかりではさすがにキツい!

 

 俺は再び全速力で逃げることにした。

 

 日が沈んでいく。琥珀色の光は弱まり夜のとばりが降りてきた。二人の追跡者からただただ逃げ惑う。

 

 でもどこへ? 人里へも向かえない、紅魔館にも居場所はない。俺の本来の居場所であった命蓮寺はもうない……。

 

 そう考えているうちに銀翼は暗い場所へ暗い場所へと追いやられていく。

 

 暗闇に身を潜める。二人の追手はキョロキョロと周囲を見渡して俺の姿を探しているようだが、ついに諦めると立ち去っていった。どうやら俺の隠れた場所にはいないと思ったのか一度も視線がこちらに向かなかった気もする。

 

 すっかり日は落ちてしまい自分もがむしゃらに逃げてきたのでここがどこなのかわからない。連戦で疲れ果てた俺は一度アールバイパーから降りる。夏の夜とはいえヒンヤリと、そしてどこかどんよりとした湿った空気。嫌な感じではあったがでもコクピットに籠りきりよりはマシである。

 

 本当に地上に戻ってから分からないことだらけだ。何故か追われる身になった自分、荒れ果てた命蓮寺、時間の止まったはずの空間で動くはずのない謎の影。そして姿を消した白蓮さん……。

 

 向かうところ敵ばかり、味方などどこにもいない。今はどこにも……。

 

 命を張って俺を守り抜いてくれたジェイド・ロス提督も、死の淵から目覚めさせてくれた命蓮も、辛いことも嬉しいことも共有できた白蓮も……今はいない。俺は一人ぼっちだ。俺は……!

 

「うううっ……。俺一人で何すればいいんだよ……」

 

 絶望感に苛まれ、俺はただただ涙した。俺は、本当にバイドに取り込まれていずれ醜い肉塊になってしまうのだろうか? 泣いた、それこそ号泣した。夜のこんな暗い場所で大声を上げるのは自殺行為だ。野良妖怪に襲ってくれと言っているようなものである。

 

 でも今の俺はそれでもいいとさえ思っていた。それだけ絶望していたのだ。手渡された白いハンカチを受け取るとそれで涙をぬぐい、泣き続けた。

 

 しかしこれだけ大きな声を出しているのに、飢えた獣も追手もまるで現れない。あまりに陰気くさい場所だ、妖怪すらも寄り付かない場所だったのかもしれない。

 

 ふと俺は饅頭を差し出されていた。確かにこういう時は甘いものでも食べたい気分だ。俺は涙に濡れたハンカチを手渡すと代わりに饅頭を受け取り、口に運んだ。

 

 すっかり涙を流し切り幾分気分はスッキリしたものの、この状況を打破したわけではない。そんな折、周囲の空気……というかモヤモヤががわずかに動いた気がした。

 

 俺は微かにした物音に向かってフラフラと歩みを進めた。アールバイパーから離れるのはあまりに不用心ではあったが、襲われたら襲われただと自暴自棄になったままであったのだ。それにしてもあっちに誰かいるのか……?

 

 真っ暗な視界の向こう側にわずかに赤色が見えた気がした。人の形をしている。誰かが人形を捨てていったのだろうか? 酷い事する人もいるもんだ。だが、近づいて明らかな異変に気が付いた。この人形、等身大なのかと言わんばかりの大きさをしていたのだ。

 

 何よりも動いている。よ、妖怪!?

 

 人形はこちらに気が付くとゆっくりと近づいてきた。俺は恐怖のあまり後ずさりした。そう、本当に自暴自棄になんてなってなかったのだ。いざ脅威が目の前に迫ると体が震えてしまう。

 

 バイパーのところまで戻って迎撃しないときっと彼女も俺に敵意を持っているだろうし、そうでないとしても食料として襲われる可能性も無きにしも非ず。

 

 だが、不幸にも俺はその途中で木の根っこだろうか、とにかく足を取られ、思い切りバランスを崩してしまう。さらにその先には不運にも石でもあったのか、後頭部に硬いものがゴツと当たり、目の前で星が瞬いた。

 

 だ、駄目だ。体が動かない。ああ、妖怪だか人形だかも近づいてきた。もうおしまいだ……。

 

 薄れゆく意識の中、俺は自らの最期を悟る。これも運命か、と。ああ、最後は結局妖怪に襲われて無縁塚行きか……。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 再び意識が覚醒する。あの時は後頭部に硬いものがぶつかってきたが、今はとても柔らかいものに包まれている。それと同時に後頭部の痛みと頭に何かを巻きつけられている感覚を認識した。この感触は包帯。誰かが俺を手当てしたのか?

 

 俺の手当てをしたということは、少なくとも俺に敵意を持たない存在が傍にいるということになる。真っ先に思い付いたのはネメシスとコンパク。彼女たちは俺がどんなに追い詰められようと裏切ることなんてしなかった。が、心配そうに顔を覗き込むのは上海人形と半霊。そう、俺の視界に二人ともいるのだ。つまり、俺を介抱しているのはネメシス達ではない。

 

 では誰なんだ? 訝しんでいると緑色の髪を首元で束ねるという奇抜な髪形のした少女と目が合った。こいつ確か……。

 

「うわぁぁぁっ!!」

「ああっ、まだ動いちゃ駄目!」

 

 気を失う前に迫ってきた人形の妖怪じゃないか。俺は反射的に飛び起きたが、その瞬間に後頭部に激しい痛みが走りうずくまる。

 

 そんな俺の肩を抱くとまた横になるようにと言われた。その際に正座をして待っている。そうか、俺は彼女の膝を枕にしていたのか。

 

 ……味方だ。この子はこんな俺を受け入れてくれるんだ。

 

 俺はあの地底での戦いでジェイド・ロス提督を失い、白蓮ともはぐれ、バイド化したのではないかとビクビクし、帰る場所を失うという絶望に苛まれてきた。

 

 そして身に覚えのない悪行を指摘され散々追い回され、人も妖怪も近寄らないような陰気な場所に追いやられ孤独に打ちひしがれていた……。

 

 だけれど俺は一人ではなかった。そんな俺に……救いの手が差し伸べられたのだから。大げさかもしれないが、彼女は女神様に違いない。

 

「辛い……」

 

 久方ぶりだろうか、俺は自らの心情を口に出していた。悲しい、寂しい、怖い。だからとても心が辛い。再び俺は両目から大粒の涙をこぼすとその胸に抱きつき、ただただ声を上げながら大泣きした。

 

「よしよし。こんなに厄を溜めちゃって……(なでなで)」

 

 何もかもが敵となり孤独になった俺に女神様が手を差し伸べた。そして、これが絶望の暗闇の中、キラリと光射す一点の星となるのであった。




(※1)グラビティバレット
グラディウス外伝に登場したレーザー系兵装。着弾後に小型疑似ブラックホールをまるで爆風のように展開する。
弾丸は爆風にも着弾してしまうので考えなしに撃ち続けてると射程距離がどんどん縮んでしまうので注意!
レーザー系兵装でありながら実弾兵器という意味では、ダブル系兵装でありながら光学兵器であるリップルレーザーと対になる存在……かもしれない。
まあリップルは普通にレーザー系兵装にカテゴライズされることもあるけど。

(※2)ブラックホールボンバー
ダライアス外伝に登場した緊急回避用のボンバー。
ブラックホールの名の通りに周囲の敵や弾を吸い込んでしまう。
発動中は基本的に無敵だが、地形にぶつかるとやられてしまうので注意。
ダライアスバーストACシリーズにも同名の兵装が登場するが、大きな爆風を展開するという全く違う性能になっている。


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第3話 ~幸運の女神様~

ここまでのあらすじ
いくばくの時を経て地上に帰還したアズマと「アールバイパー」。
しばし、たたずんだ後に命蓮寺に帰ろうとするも
ちゅうを舞うアンカーの不意打ちを食らう。ムラサに敵意を持たれていたのだ。
やんごとなき事態が起きているようで、アズマはほと
んどの住民から敵視される始末。バイド化こそしていなかったようだが、
うっそうとした妖怪の山の樹海に身を潜める羽目に。
ふるわせるは己の肩。絶望感と孤独感にさいなまされ一人涙する。
ふと見ると自らを受け入れる少女がいるではないか。


……そう、こんな状況でもアズマは一人ではないのだ。やるべきことは色々あれど、今はひとまずの安堵の時を緑髪の女神様の胸の中で過ごすのであった。


「もう落ち着いたかな?」

 

 ……はっ、そうだった。こうやって孤独感を埋め合わせるのも大切だが、お互いに名乗っていない上に俺は見ず知らずの女性に突然抱きついていたことになる。そのことに気が付いた俺は慌てて緑髪の女神様から離れ直立した。

 

「んもぅ、大きい胸に引き寄せられ過ぎ! あんなにデレデレしちゃってブツブツ……」

 

 いやはや面目ない。むくれっ面を向けられた俺はそう言うと帽子ごしに頭を撫でてやった。さて、冷静さを取り戻すことが出来たようだが、いきなりの無礼をまずは詫びないと。俺は女神さまの方に向き直る。

 

「俺は轟アズマ。命蓮寺のアズマ……いや、今はフリーランスだな。気が動転していたとはいえ急に抱きついてしまいすまない」

 

 抱きついたことについては特に気にしていないようだ。彼女は「鍵山雛」という厄を集めて回るという厄神様なのだという(本当に女神様だった!)。彼女の周囲のモヤモヤは厄そのものであり、触れたものを不幸にさせる恐ろしいものだというが……。

 

「貴方、既に厄まみれだわ。一体何があったのアズマ? これ以上不幸になりようがないところまで不幸になっているんだもの」

 

 なるほど、ムラサや咲夜がこちらを見ようとすることも近づくこともなかったのは厄がまるで瘴気のように充満していたからなのだろう。俺だって知っていれば突っ込んだりしなかった筈だ。

 

 改めて周囲を見渡すと小屋の中にいるらしいことが分かる。他の人に厄が伝搬しないようにこんな辺鄙な場所で暮らしているのだろう。もう遅いからと食事までいただいてしまった。

 

「ええと雛……様?」

「呼び捨てでいいわ。そんな偉い神でもないし」

 

 神奈子さんにしろ彼女にしろ幻想郷の神様ってのはあまり偉そうにしないものらしいな。それが余計にカリスマに繋がるのだから世の中分からない。そうだ、俺はどうしても雛に聞いておかないといけないことがある。

 

「どうして俺を助けたんだ? いや、もちろん嬉しいのだけれど俺がもしバイド化していたらこの後雛を襲っていたかもしれないんだぞ」

 

 ふむと彼女は一点を見つめ考え込む。

 

「簡単よ。あの乗り物で私の領域に入り込んだ時のアズマの行動を見ればすぐに分かるわ。私に危害を加えるつもりなら途中で乗り物から降りることも、あんなに大泣きすることもあり得ないわ」

 

 た、確かにそうだな。雛の場所が分からないにしても周囲を破壊して回ればいいだけだし、仮にピンポイントで雛だけを狙う場合もアールバイパーから降りる必要性は全く感じられない。

 

「それでさっきの抱き付きの件と貴方にまとわりつくおびただしい量の厄。これで全て合点がいったわ。君は何か事情を抱えているって」

 

 そうしているうちに食事を済ませてしまうと彼女はさも当たり前のように布団を敷き始めた。

 

「泊まっていくのでしょう? 夜の樹海は危険だもの。それに私も君から厄を吸い出すの、まだ終わっていないし」

 

 ふむ、それは合理的だ。銀翼がなければ夜の幻想郷は非常に危険。今回はアールバイパーこそあれどパイロット、つまり俺の精神状態がとても戦闘できるような状態ではない。一晩かけて厄とやらを吸い出しきってもらうのはとても有益なことである。しかし……。

 

「なぜ布団が1人分しかない?」

「仕方ないじゃない。いつもは私一人だしこんなところにお客さんなんて滅多に来ないし」

 

 これはつまりつまるところ……この中に二人で入る、平たく言うと添い寝という事だ。

 

「それに……こうやってくっついた方が効率もいいのよ」

 

 女の子との添い寝、それも余儀なき添い寝にいい思い出がない。前は妖夢の半霊と寝たことがあったが、あの後で酷い目に遭った。あの時はまだいい、霊魂の姿をしていたから変に意識することもなかった。

 

 だが今度どうだ? 今回は正真正銘の女の子、それも女神様である。緊張しない方がおかしいのだが、雛はそんな俺の心情を知ってか知らずかさも当たり前のように同じ布団に入ってきたのだ。

 

「あれれ、アズマってば赤くなってる? かーわいいなー♪」

 

 そうやって耳元で囁いてからかってくる。ますます顔が熱くなる気がした。

 

「もう一度確認する、傍から見ると添い寝にしか見えないが俺から厄を払う治療なんだよな?」

「そうよ? こうやってぴとーってくっついて君の中でドロドロ渦巻く厄を体全体で受け止めるの。一晩もかければ完全に厄払いが出来るわ♪」

 

 そう言うと雛は俺の体にギュッと抱き付いてきた。柔らかな体が押し付けられ、俺はさらに緊張してしまう。そういえば彼女は白蓮さんとも結構共通点がある。服装がゴスロリ風で、献身的で、それでいてグラマラスな体型……。

 

「あらあら、そんなに硬くなっちゃって……。うーん、さっきの仕返しってことにしておくわ。それじゃあ本格的に始めていくね? まずは緊張でガチガチになった体をほぐしていかないとね」

 

 その後は雛に言われるがまま深呼吸を続けたり耳元でどこか心地よい呪文のような、何を言っているのかはよく分からなかったが心安らぐ声を聴かされたりした。見よう見まねで呪文を復誦させられたり、雛の手をぎゅっと握ったり……。

 

 一種の催眠術のようなものだったのだろうか? とにかく一連の準備で俺の心は癒され、すっかり肩の力が抜けた。

 

 横目で雛の姿を見てみると驚くほど真剣な表情をしているのが見えた。あんなにからかっていたけれど、俺を何とか救いたいという気持ちは本物なのだなということが分かる。

 

「さあ、いい子だから目を閉じて。私に身を預けて、そして私の声でおやすみなさい……」

 

 不思議な呪文が脳内に響く中、全身を優しく、そしてくまなく撫で回されるような感覚を覚えつつ、俺はそのまま深い深い、だけれどとても暖かな闇の中へと落ちていった……。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 そしてあくる日……。

 

「おはよう。もう起きて、朝だよ」

 

 窓から漏れ出る光を、そして目覚めるように促す少女の声を受けて俺は目を覚ます。余程寝相が悪かったのか、服が少し乱れていた。起き上がり服装を直していると俺の傍に居た筈の雛はいなくなっていることに気が付く。

 

 それにしても変な夢を見た。雛の声が響く中、何やらヌメヌメしたものに全身をまさぐられるような……。おそらくアレで俺の体にまとわりついた厄とやらを拭っていったのだろう。確かにくすぐったかった気もするがスーっと悪いものが出ていった感覚を覚えた。

 

 さすがは神様と言ったところか、ご利益は本物なのだろう。俺の体は確かに軽くなったような気がする。

 

 それにしても彼女は何処へ行ったのだろう? そう疑問に思っていると扉が開いた。雛はどうやら俺よりも早く起きてどこかへ出かけていたようだ。

 

「おはようアズマ、貴方があまりにも多くの厄を溜めこんでいたので一度処分してきたわ」

 

 彼女が日々そうやって集めてきたた厄はある程度溜まると他の神様に渡すらしい。処理するのはそちらの神様の役目なのだろう。

 

 とにかく、日も昇ったしいつまでもここで厄介になるわけにもいかない。俺はここを飛び立つ準備を始めた。

 

「匿うだけでなく厄まで落としてくれて感謝してもしきれない。世話になったな」

 

 小屋を出て銀翼を乗り捨てた場所へ向かおうとする俺を雛は呼び止めた。

 

「行ってしまうのね? じゃあ最後に私の話を聞いて頂戴。実はね、君が今の異変の犯人ではないって証拠はないの。私の推理で違うんじゃないかとは思ったけれど、それが間違っている可能性も否定できないわ」

 

 直立したままの姿勢でふわりふわりと、そしてくるりくるりとゆっくり回転しながら浮遊している。

 

「でも『因果応報』といって善い行いも悪い行いもいずれ自分に返ってくるのよ。くるりくるりと回り巡ってね。アズマが本当に幻想郷各地で暴れ回っていないのなら、貴方に悪いことは起きないわ」

 

 最後に俺の手を取るとニコリとほほ笑んだ。

 

「だからもっと胸を張りなさい。自分を信じなさい。貴方は2度も幻想郷の危機を救ったヒーローよ? 私の他にもきっと味方はいるわ。しばらく厄が溜まり過ぎないようにするから困ったことがあったらいつでも戻ってきなさいな」

 

 俺はようやくカリソメの居場所を手に入れた。そして心強い味方も。しばらくはここを拠点に今回の異変を調査することになるだろう。白蓮、貴女がどこにいようとこの俺が、轟アズマが絶対に迎えに行きます……!

 

「その、厄を吸う時の貴方、寝顔とか寝言とか色々な反応とか可愛かったし……」

 

 ちょっと待て、俺は厄払いの儀式の時にいったい何をされて……。それを問い詰めようとした矢先、上空で激しい爆発音が響いた。反射的に俺は雛の肩を押し、伏せる等に促した。

 

「まさかここにも俺を狙う刺客がっ!?」

 

 空中で響く爆発音の後、茂みの向こう側から飛び出したのはリュックサックからプロペラを出して慌てふためいている河城にとりであった。

 

「げげっ、アズマ! どうしてここに……?」

 

 この河童の少女までもが俺の姿を見てあんなリアクションを取っている。それは悲しいが、そうは言っていられない。にとりの頭に向けられたキラリと光るもの。あれは銃口とかそういう類のものだ。

 

「いいから高度を下げろ! 狙われているぞ!」

 

 驚く河童に怒鳴りつける俺。その怒声の直後、にとりのいた空間で再び爆発が起きた。

 

「に、逃げるぞ! 何者か知らないがアールバイパーで応戦しよう」

 

 俺は雛の手を引いて銀翼に向かって走り出す。対するにとりは俺とにとり自らが突っ込んできた穴を交互に見比べている。相当パニックに陥っているようだ。

 

「そんな、あり得ない。あんなに悪魔のような所業を積み重ねた……」

「にとり、説明は後だ! 今は逃げるぞ。このままじゃ3人まとめて撃ち殺される!」

 

 周囲の霧だか厄だかで視界の悪い中、逃げ惑う3人めがけて何かが撃ち込まれていく。視界が悪いせいで攻撃の精度も甘いようだが、こちらも相手の姿が見えない。地面に着弾するたびに小さく爆発するので近寄るのは危険だ。

 

「えっ、えぇっ!? でも君は間違いなくアズマだよねぇ? だけどそんな筈……」

「盟友の顔も忘れたか? 俺は紛れもない正真正銘の轟アズマだ。能力は銀翼を操る程度の能力っ!」

 

 寝ボケている河童は無視して、俺は雛を後部座席に座らせるとキャノピーを閉じてアールバイパーを発進させた。

 

「せ、狭い……」

「悪いな、居住性はあまり良くないんだ。とりあえず襲ってくるクソ野郎を撃退したら降ろしてやる」

 

 そのまま俺は急上昇し、樹海から抜け出る……が、誰もいない。遅れてにとりもふよふよホバリングしつつ俺に追いついてきた。こういう時は魔力レーダーを見て……見つけた、後ろだ!

 

 俺は反撃を仕掛けるべく機体を大きくターンさせ敵と対峙した。その敵の姿はにとりの混乱っぷりが納得できるほどの姿をしていた。

 

「な、なんだと!? ありえない……何かの間違いではないのかっ!?」

 

 いや、正確にはお互いに直進していたので一瞬だけすれ違った程度。だが、それでも俺が驚愕するには十分な、そしてにとりが困惑する理由もしっかりつく、そんな姿をしていたのだ。




何やら不自然な描写がチョイチョイ挟まってる?
うーん、どういうことですかねぇ?


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第4話 ~偽りの銀翼~

 にとりを追い掛け回す謎の敵の正体は……?


 俺は変な鳥の妖怪とすれ違った。いや、変な鳥の妖怪ではない。先の割れた独特のフォルム、輝く銀色の翼、ヘビのように従えているのは4つのオプション。そう、まぎれもなく超時空戦闘機だったのだ。

 

「こいつ、アールバイパー……?」

 

 再び機体をターンさせて今横切った影を確認する。にとりがその両者を見比べて素っ頓狂な悲鳴を上げていた。

 

「なんてこった、アールバイパーが2機いる。あり得ない……こんなの何かの間違いだ!」

 

 俺だって信じられない。「ありえない、何かの間違いではないのか?」そう思いたかった。だが、見れば見るほど超時空戦闘機の姿をしているのだ。

 

 ビックバイパーをはじめ、ロードブリティッシュ、ジェイドナイト、ファルシオンβ、ビクトリーバイパー、フォースバイパー、アルピニア、メタリオン、スラッシャーにサーベルタイガー、スーパーコブラにそしてヴィクセン……。超時空戦闘機を名乗る機体は数あれど、その姿はそのいずれのものでもなかった。

 

 少し黒色がかった白金色に黄色のアクセントを持つ機体。細かい部分は色々と違うようだが、アールバイパーにしか見えなかった。

 

 落ち着け、落ち着くんだ。本当に相手は未来の俺自身なのかもしれない。だとしたら何かしら会話が出来るはずだ。

 

「こちら命蓮寺のアールバイパー、我々に攻撃の意思なし。繰り返す、我々に攻撃の意思なし」

 

 が、話に応じないばかりでなく、そうやって対話を試みた俺を隙が出来たとみなし、ミサイルを撃ち込んできたのだ。

 

「こいつ全然対話に応じる気がないわ!」

 

 未来の俺という事でもなさそうだ。だとしたらこいつは一体何者……? ちっ、考えている暇はないようだな。

 

 だが、これでこの一連の異変の原因はハッキリとわかった気がする。咲夜が時間を止めている間に悠々と飛行していた機影の正体はこの偽アールバイパーだし、今まで俺に成りすまして各地で悪事を行っていたのも……!

 

 ヤツが原因だ。奴が俺に成りすましてあちこちで暴れ回っていたんだ。本物のアールバイパーの、そしてそのパイロットであるこの俺の、更に俺が所属する勢力である命蓮寺の地位を貶めたのだ。

 

 なぜ? それは分からない。だが、今は分からなくてもいい。こいつをブチのめさなくてはいけないという事はハッキリしているのだから。

 

「ニセモノめ、ここでハチの巣にしてくれる!」

 

 武装をダブル系兵装、つまりハンターに換装すると、距離を取りながら青い球体を放っていく。これなら距離を取る限り少しずつとはいえダメージを与えられる。偽バイパーの後部中心に攻撃がヒットしていくが、まるで勢いが衰えない。恐らくハンター程度の火力では決定打にはなりえないのだろう。

 

 少しでもダメージを与えて動きを鈍らせる作戦だったが、やはりもっと高火力の武装を用いなくてはいけないのだろう。

 

 今もハンターで牽制しつつ偽バイパーの背後に回り込もうとするが、機動力や運動性はあちらの方に分があるのか、逆にこちらが背後を取られてしまった。そして煙を吐きながら進むミサイルを撃ち込んでくる。回避しようと俺は機体を激しくターンさせるが、あのミサイルはこちらを追尾するらしく、全然振り切れない。

 

「くっ、レイディアントソード!」

 

 回避できないのなら迎撃するしかない。俺は一か八か、青い剣でミサイルを斬り落とそうと試みた。

 

 ……どうにか直撃は避けたようだが、爆風にあおられてバランスを崩してしまう。

 

「ひゃ~! め、目が回るわ」

 

 キリキリと回転しながら高度を下げていく銀翼。中で悲鳴を上げてる雛。このままでは樹海に、地面に突っ込んでしまう。雛まで巻き込むわけにはいかない。俺は思い切り操縦桿を引っ張り上げる。どうにかバランスを取り直すと急上昇し、再びニセモノと対峙しようとするが……。

 

「そこに出てきちゃ駄目だ!」

 

 にとりの悲鳴にゾクリとした。灰色の球体のオーラを纏ったポッド4つが俺を取り囲むように配置されていたのだ。

 

「あのニセモノが放ったオプションだよ。何かスペルカードを使えっ!」

 

 そ、そんなこと言われても……。俺が無意識下に取り出していたのは「銀星『レイディアント・スターソード』」。くっ、今は使えないんだ。別のスペルを……。

 

 俺がカードを取り違える隙はあまりにも大きかった。四方からダダダとショットが乱射される。

 

 これだけの火力、それも複数の範囲。速過ぎるっ! かわしきれない、防ぎきれない。万策尽きたか……。

 

「ローリングではじくんだ!」

 

 なにっ、ローリングだって? 直後、脳みそを鷲掴みにされるような突き刺すような頭痛が俺を襲う。俺と銀翼とそして雛が一つに直結するヴィジョンが浮かび上がる。雛と言えばなんかよくくるくる回ってるイメージがあるし、何かこの状況を打破する技でも間借りしたのだろうか。

 

「ええい、ままよ!」

 

 俺はヤケクソ気味に機体を高速で錐もみ回転させた。すると、なんとアールバイパーを透明な縦長の八面体の形をしたクリスタル状のバリアが包み込むではないか。恐らく機体の回転に合わせて同じようにくるくる回っている。

 

「は、弾き飛ばした! うわぁっ、こっちにまで飛ばすなよーぅ」

 

 クリスタル型の回転バリアはこちらが錐もみ回転を止めると同時に消え失せてしまったが、今の乱反射で灰色のオプションは損傷したらしく、黒煙を上げて主である偽バイパーの元へ戻っていく。

 

「くそっ、逃がすかっ!」

 

 旗色が悪いと判断したのか、偽バイパーはオプションを格納すると全速力でこの場を離れて行ってしまった。追いかけるべくこちらも全速力で後を追うがなかなか距離が縮まらない。よし、もっと速度を上げて……。

 

「これ以上は危険だわ。貴方、追われている身なんでしょ?」

 

 くっ、忘れていたがあまり大胆な行動には出られない。スピード自慢のアールバイパーで撒かれるのは癪ではあるが、今俺が襲われたら雛にまで被害が及んでしまう。それは避けなくてはならない。

 

 くるりと機体をターンさせ、妖怪の山の樹海へと再び潜り込んだ。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 ひとまずは雛の居住スペースである小屋ににとりと一緒に舞い戻り、今後の計画を立てることにした。ちゃぶ台を囲って会議を開くはずだったのだが……。

 

「でもまさかアズマが雛とも打ち解けられちゃうとはねぇ。普段の話し相手なんて私くらいしかいないし、家に上がったのも随分と久しぶりだ」

 

 完全にくつろいでる河童とお盆を手にお茶と茶菓子をちゃぶ台に置いていく雛。

 

「ワケあって今はあまり厄が溜まっていないからね。それよりにとちゃん、前に来た時に置いていった乾燥尻子玉、まだあるわよ」

 

 湯呑にわき目も振らず「乾燥尻子玉」に手を伸ばす河童の少女。

 

「気が利くじゃん♪ コレ本当に大好きなのさ。キュウリの次くらいに」

 

 湯呑に手を伸ばすとそこに「乾燥尻子玉」を入れて戻すと、モグモグとかぶりつくにとり。尻子玉ってのは河童達の好物であるお菓子のことであり決して臓器の類ではないらしいが、やっぱり手を出すのは気が引ける。

 

「あー、やっぱりそうなっちゃうよね。私もアレに手を出す気にはならないわ。普通の茶菓子も用意しているから安心なさいな」

 

 コトと置かれた小皿に色とりどりの煎餅が並んでいる。そのうちのひとつを手に取り食す。うむ、うまい。そうやって少女二人と野郎一人で優雅におやつタイムを……。

 

「って違うっ! これからのことを話し合うんだろう。落ち着いたんだしそろそろ始めようよ」

 

 幻想郷の住民ほとんどの敵になってしまったらしい俺、そんな俺に加担するのだから言うなればこの二人はレジスタンスなのである。お茶を飲むのはいいが、こんなに呑気にお茶をしている場合ではない。

 

「俺は地底に蠢くバイドという妖怪を退治してすべてを終えて地上へ戻ったら、命蓮寺はなくなっており、そのメンバーだったムラサ船長には物凄い殺意を抱かれていた。最初は俺がバイドとの戦いでバイド汚染してしまったと思ったが、後にそれは違うという事が判明した」

 

 俺の話す声の他にお茶をすする微かな音と煎餅をかみ砕くこもった音以外に聞こえぬ静寂の中、事態の確認をする。ああ、俺はバイド化していない。ジェイド・ロス提督が命を懸けて守ってくれたから……。

 

「そうね。今回の異変はノッペリとした変な鳥の妖怪の……」

「だから変な鳥の妖怪じゃなくて、超時空戦闘機『アールバイパー』!」

 

 俺とにとりが同時にツッコむ。同時だ、本当に寸分の差もなく。

 

「どうしてそんなに息ぴったりなのよ……。違うわ、私はあの乗り物によく似た変な鳥の妖怪って言おうとしたのよ」

「なんだ、偽アールバイパーのことか。しかしいちいち言いにくい名前だ」

「それにしても本当にそっくりだったね。だけれど似ているのは見た目だけ。内面はまるで深淵の底のように真黒で、とても暴力的だった。ここでは仮に『バイオレントバイパー』と呼ぶことにしよう」

 

 とにかくそのバイオレントバイパーとやらが本物のアールバイパーを貶めるためにあちこちで暴れまわっていたらしい。

 

「幻想郷を2度も救った英雄だったんだ。『文々。新聞』でもその豹変ぶりは記事になっている。そして今しがた霧の湖で捨てられた新聞なんだけれど……」

 

 驚愕した。そこに写っていたのは霧の湖でリフレックスリングを用いて咲夜さん捕えて水責めにしている銀翼の姿が記事になっていたのだ。

 

「酷い……。ただ乱暴するだけでなく、散々苦しみを与えようとこんな手を!」

「いや、これは俺が、本物のアールバイパーがやったものだ」

 

 非難されるかもしれないが、ここは正直に告げておくべきと判断した。

 

「咲夜さんにバイオレントバイパーだと思われて襲われてさ、返り討ちにしたんだ。その後紅魔館を襲った真犯人を吐かせようと焦った結果、俺は彼女に拷問じみたことをしてしまった」

 

 えっ、と口を指先で押さえながら顔を引きつらせる雛。にとりも苦い表情をしていた。そうだ、あの時の俺は随分と酷い事をしていた。サクサクと煎餅を食べる音が聞こえる中、俺は俯きながら続ける。

 

「レミリア達を襲った真犯人はバイオレントバイパーで間違いないだろう。咲夜さんには見分けがつかなかったから、答えることが出来なかった。追われている身だったし早く情報を得たかった俺はあんな酷い事を……」

 

 自らの銀翼と瓜二つの存在を知っていたらこんな手段には出なかったのにと俺は腕を振るわせながら拳を強く握る。

 

「まあ、してしまったことは仕方がない。全てが終わった後で詫びを入れに行くんだね。それよりも奴は、バイオレントバイパーは知ってしまった。本物が幻想郷に舞い戻ってきたことを。これがどういう意味かわかるかい?」

 

 まくし立てるにとりであったが、俺にはその意図がイマイチ読めないでいた。

 

「次のバイオレントバイパーの行動はズバリ、今までの悪行に加えて、打って変わって良い行いも行うはずだ」

 

 バンとちゃぶ台を叩き、にとりが力説する。

 

「えっ、どうして? どうしてなのにとちゃん?」

 

 いや、そういうことか。俺にも合点がいった。あいつ、どこまでも卑劣な……!

 

「本物のアールバイパーに成りすまそうって魂胆だ。俺達がバイオレントバイパーの存在を嗅ぎ回れば当然銀翼を2機同時に目撃されるなんてことも発生しうるだろう。先程戦って感じた、バイオレントバイパーはアールバイパーよりもスペックが軒並み高い。俺の行動を読んだらそれよりも早く、華麗にミッションを遂行するだろう」

 

 そこまで口にして雛もようやく理解した様子である。目を見開き驚きながら。

 

「じゃあバイオレントバイパーが打って変わって人助けを始めて、そのせいでアールバイパーが上手く立ち回れなかったら……。バイオレントバイパーが本物の銀翼だと世間が答えを下してしまうわ!」

「ああ。もしもそうなってしまったらアールバイパーはニセモノとして今までの悪行も擦り付けられいよいよ幻想郷そのものに抹殺される……!」

 

 動機は分からないが姑息なことをしてくれる。そしてにとりの推理を裏付けるように新聞の記事には続きがあった。ずぶ濡れになった咲夜を紅魔館に送り込むバイオレントバイパーの姿が……。

 

「なんということだ、既に始まってしまっている。奴は、バイオレントバイパーは本物が現れることまで予見して行動しているんだ!」

 

 そうは言っても何をすればいい……?

 

「アズマ、時間がない。それでも君を信じてくれている人は少なからずいる筈だ。だけど大々的に探すわけにはいかない。これ以上奴に本物っぽい行動をさせないためにもね。奴に感づかれないように目立たないようにコッソリ根回しをするんだ」

「なるほど、中身の姿を見せれば否応なしにどちらが本物かが分かるわけね」

 

 かくして俺達の真実を、栄光を取り戻す戦いが始まるのであった。幻想郷各地に味方を作り、銀翼を更に強化し、そしてバイオレントバイパーと同じく4つのオプションを使いこなすようにする。それらを全て目立たないようにやらなければならない。

 

「よーし、がんばろー!」

 

 非常に困難な計画だが、やらなくてはいけない。今から俺達はチームだ。銀翼の真実を幻想郷に知らしめるレジスタンスだ。結束を高めるべく俺達は円陣を組み始めるのであった。

 

 4本の腕が円陣の中心へ延びる……!

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃幻想郷某所……)

 

 無数の鎖でがんじがらめになっているのは白黒の法衣に身を包み、紫色から金色にグラデーションする美しい髪を持った少女である。そしてその前にいるのは……。

 

「神子さん、こんなの間違っています。アールバイパーが、アズマさんがあんなことする筈……」

 

 哀願する尼僧の視線の先には3人の少女の姿。一人はヘッドホンのような大きな耳当てを当てた金髪の少女。その後ろに二人のお供を従えている。片方は小柄な銀髪の少女、もう片方は大柄な両脚が半分消えている少女。

 

「まだ言いますか。本当に貴女はお人好しなのですね。命蓮寺だって散々やられたのでしょう?」

 

 金髪の少女が凛とした声で反論する。それに対して白蓮の声は弱弱しい。

 

「ですが……きっと何か事情があったのです。だって、こんなことあり得ないですもの」

「ええいまだ言うか銀色の悪魔を囲った魔住職め! これが人間たちの下した答えであろうに。あの変な鳥の妖怪を野放しにした仏教勢には任せておけぬということじゃ。それでお主らは信仰の力を失い、人々は我ら道教に救いを求めるようになった」

 

 ジャラと鎖を引っ張りながら古めかしい言葉遣いでまくし立てる小柄な銀髪、亡霊の少女はふよふよ浮きながらその後ろで無言でその様子を目にしている。

 

「そう、そうして最初に聞こえた声が『銀色の悪魔を庇った魔住職を無力化せよ』というものだったわけです」

「そしてあの悪魔を仕留めた証と引き換えにお主を解放するとお主の弟子達には言ってある。今頃血眼になって探しておろう」

 

 ゆっくりと白蓮の体が地中へと消えていく。苦い表情を浮かべながら。自分の弟子達がよりにもよってライバルたる道教組の言いなりになってしまっているという事実を噛みしめて。

 

「気に病むことはありませんよ。あの悪魔を仕留めれば再び封印を解いてやれるし、仮に仕留められなくとも我々が責任を持って人々を導いていきましょう! 魔住職サマは少しそこで眠っててくださいな」

 

 そして完全に白蓮は封印されてしまった。仙人の3人組に。



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第5話 ~4人目の仲間 前編~

ここまでのあらすじ
めの前に現れた女神は鍵山雛であった。
いい子いい子と頭を撫でられつつ眠ると気分も落ち着く。
じかんがない! アールバイパーと瓜二つの銀翼「バイオレントバイパー」が
この幻想郷で本物になり変わろうと各地で工作をしているらしいのだ。
いかに目立たずに幻想郷各地で数少ない味方を集め繋がれるか。
しんじつを幻想郷全土に知らしめるにはそれしかない!


そうしてアズマ達は円陣を組み、4本の腕を重ね合わせたのだ……!


 いかに目立たずに各地で味方を、4つ目のオプションとなる存在を、そしてバイオレントバイパーに対抗するための強化する手段を見つけなくてはならない。非常に困難な計画だが、やらないことには俺に明日はない。

 

 今から俺達は苦楽を共にするチームである。その結束を高めるべく俺達は円陣を組んだ。

 

 4つの腕が円陣の中心へ延び、オーと一斉に掛け声を上げる。

 

 とはいえ隠密行動なので実際に動くのは夜になってから。しばし体を休める。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(そして夕方……)

 

 

「4つ目のオプションか。実は心当たりがあるんだ。人里にろくろ首が住んでいる筈だ、彼女とコンタクトが取れれば……」

 

 俺は休息を取っている間に無縁塚で一緒にバクテリアン残党の「グレイブ」と戦った後で知り合った赤蛮奇のことを思い出していた。恩があるし頼み込めば彼女なら協力してくれる……かも。

 

「人里だって!? 無茶だ、あそこはバイオレントバイパーが特に集中して攻撃した場所。人間達の憎悪の念も高いし、自警団達も銀色の鳥の妖怪を見かけたら本気でとっちめようと考えている。本物のバイオレントバイパーもそうそう近寄らない場所だぞ?」

 

 ううむ「本物のバイオレントバイパー」か。なんだかヤヤコシイ表現だが、それを聞いて俺は逆にニンマリと笑みを浮かべ、にとりの方を振り向いた。

 

「なるほど、なおさら次の目的地は人里に決定だな。好都合じゃないか、要はあのニセモノ野郎の邪魔を受けにくいってことだろう?」

 

 俺は再び前を向くと銀翼に乗り込もうとする。その際に通信機を受け取った。

 

「宝塔型通信機、直せるところまでは直したよ。相変わらず寺の皆とは通信できないようだけど、私達と通信できるように改造を施しておいた。私達まで一緒に行動するわけにはいかないからね」

 

 そのまま俺は銀翼に乗り込む。目的地は人里、そのどこかにあるゆっくり達の楽園「赤蛮奇」の家!

 

 俺と雛とにとりで円陣組んだんだ。重なる4つの右手を思い出し、俺は結束を胸に……。

 

 ちょっと待て、どうして手が4つもある? 今のレジスタンスは俺、雛、にとり、この3人である。当然差し出される右手も全部で3つの筈だ。俺は左右を見渡す。雛もにとりもいた。その後、俺は恐る恐る後ろを、アールバイパーの後ろ側の座席のある方向を振り向くと……

 

「にぶーい! いくらなんでもお兄さん、鈍すぎー!」

 

 見知らぬ少女が勝手にアールバイパーに乗り込んでいるではないか。口をとがらせて不平を募らせているらしいが、誰だコイツ?

 

 大きな黒い帽子、灰色がかった緑髪は癖毛、華奢な胴体を包むのは黄色いブラウスに緑色のスカート。その体の中心にある青い球体はまるで瞼のような模様が……ってこれ「第三の目」じゃないか。こいつ、まさか……。さ、サトリ妖怪っ!?

 

「ぎぃやああああああ!? サトリ、サトリ妖怪がいるっ? ナンデ? ドウシテ??」

 

 どういうわけかその眼は閉じているものの、その気になればこちらの心など簡単に見透かしてしまう恐ろしい妖怪が目の前に迫っていたのだ。

 

「ちょっとアズマっ、どうしたの?」

「まさか既に刺客があのコクピットの中に!? ただの人間に過ぎない中身を襲われちゃかなわないよ!」

 

 いきなり大声を上げるものだからキャノピーが開かれる。

 

「さとりじゃないよ、私は妹の『こいし』! もしかして全然気が付いてなかったの?」

 

 自らを「古明地こいし」と名乗る小柄な少女はなんと俺が命蓮寺の跡地に訪れた時に既に銀翼に乗り込んでいたらしい。今思うと不可解な現象は他にもあったことを思い出す。何故か差し出されたハンカチや饅頭はこいしの仕業だったのか。

 

「ひどーい! ちょっとはおかしいなって思ってよぉ。ああ分かった、アズマお兄さんってば大きい胸にデレデレしちゃって私のことなんかこれっぽっちも意識せずあんなに甘えちゃって……」

 

 大声で「わーわーわー!」叫んで必死に遮る。っていうか、コイツは「厄払いの『儀式(ここ強調しておく)』」の際もずっと見ていたというのか!?

 

「でもね、こんなスケベで泣き虫で甘えん坊で鈍感なお兄さんだけど、私もついてきちゃった♪ だってアズマお兄さんはお姉ちゃんの恩人だもの!」

 

 酷い言われようにトホホと目から涙が零れ落ちる。だが、今は一人でも味方が多いほうがいい。涙を拭うと「ああ、頼むぞ」と俺はこいしの手をギュッと握り握手をする。

 

 そんな二人に横からゆっくり近づくと雛が俺に向かってウインクをしてきた。

 

「ねっ、言ったでしょ? 貴方の行いはクルリクルリと回り巡って自分に返ってくるのよ♪」

 

 こうして俺は雛やにとりと一時別れ、夜のとばりが降りつつある人里へ舞い戻るのであった。

 

 だが今や銀翼は人里で平穏の中を暮らす住民にとっては脅威以外の何物でもない。裏路地の大きな廃屋を見つけると忍び込み、ここで銀翼から降りた。不安は残るがあくまでアールバイパーの姿が脅威なのであって、俺自身は普通の人間なのだ。

 

「おいでネメシス、コンパク」

 

 もちろんチンピラ対策、万が一銀翼の乗り手とバレてしまった時用のボディガードも忘れない。こいつらも大丈夫の筈だ、戦闘中はオレンジ色をした魔力のオーラに包まれているからそうそう悟られまい。

 

 だが肝心の赤蛮奇の家はどうやって探そう? 人間のテリトリーで妖怪の住処を聞き出すのは怪しいし、そもそもこんな夜に出歩く人間などそうそういない。こうなったらしらみつぶしに探していくほかないだろう。

 

「コンパク、お前が適任だ。赤蛮奇の住処かどうかをコッソリ確認していこう」

 

 アテもなく建物という建物を調べさせていると……。ゾクリと背中に悪寒が走った。後ろに、何かいて俺の背中に何かを突き付けている。冷や汗を垂らしながら、恐る恐る視線だけを後ろへ向けると……。

 

「動くな。この裏切り者」

 

 しまった、寅丸星だ。命蓮寺のメンバーは俺の顔をしっかりと認識しているではないか。しかも俺が思っていた以上に偽物の俺を屠るのに躍起になっているようだ。

 

 槍を突き立てている妖怪は俺の知っている星ではなかった。白蓮のように穏やかで誰かが支えてあげないとなんだか心配になってしまうような毘沙門天の代理ではなかったのだ。ここにいるのは、本来の妖怪としての獰猛さと、白蓮を心から慕う心を併せ持った脅威そのもの。

 

 なおも冷や汗が噴き出る中、俺は何とかして声を絞り出す。

 

「教えてくれ、白蓮に一体何があったんだ?」

 

 唸り声を交えつつ、静かに、だが威圧的に返答する星。

 

「聖は……封印されました。アズマがアールバイパーで狼藉を働く責任を取らされて。よりにもよって商売敵の道教の連中に!」

 

 封印だって? 俺の、いやあの憎きバイオレントバイパーのせいで……。俺の腕を掴んでいる手の圧力が強まっていく。その手は震えており怒り心頭であることがすぐに分かった。

 

「違う! 俺は……俺はそんなことしない! あれは俺の偽物……」

「そんな筈あるものか! アールバイパーを乗りこなせるのは幻想郷中でもアズマただ一人。君がやったんだ。君のせいで私達は富も信仰も住む場所すら失ってしまった!」

 

 激昂した星は力任せに俺の腕を握り潰さんとする。爪が食い込んで出血し、激痛に俺は腕を払いのけた。

 

「銀翼は2機いる。俺のアールバイパーとその偽物。その名はバイオレント……」

「まだ訳の分からないことを言いますか! 実は道教の連中に一つ取引を持ち掛けれているのです。君の身柄を引き渡すことと引き換えに聖を解放すると。表向きには商売敵の傘下に入ることになるが、私達はそこからやり直す、君抜きのメンバーで!」

 

 あくまで衝突は避けられないか。戦うなり逃げるなりするにはアールバイパーが必要だ。どうにか隙をついて銀翼を隠した場所まで逃げないといけない。俺は宝塔型通信機をコッソリと取り出し……。

 

「妙な動きをしない! その偽物の宝塔を激しく光らせて目くらましにでもしようとしたのでしょう? 本物を持つ私には筒抜けですよ? 私は貴方がこうなってしまった経緯を知りたいので他の方と違い問答無用で殺害することはありません。ですから大人しく捕まって……」

 

 彼女は本物の宝塔を取り出して威嚇してくる。だが、誘いに乗っちゃ駄目だ。星は他のメンバーが俺を殺したいほど憎んでいることを公言しているではないか。

 

 見え見えの罠に引っかかるつもりはない。だが、他にどうすればいいのだろうか? ジリジリと間合いを詰めてくる星。恐らくは宝塔から繰り出されるレーザーでこちらを攻撃するつもりであろう。あの星の掌に乗せられた宝塔……あれ、宝塔がない。

 

「おい、宝塔はどうした?」

「えっ、確かに私の手の中に……あれー!?」

 

 先程までは確かに宝塔は星が持っていた。それは俺も見ていたし間違いない。だけど今はなくなっていた。いや、よく見ると宝塔が何もない空中に浮かんでフワフワと動いているではないか。

 

 宝塔の周囲をよく見ると少女の姿が浮かび上がってくる。あれは……こいしじゃないか。勝手についてきたのか!

 

「あっ、それを返し……!」

「こいし、どこでもいいからそれをブン投げろ!」

 

 割り込むようにこいしに指示を出す。すると、振り向くことなく元気に「はーい」と返事すると星を狙って投げつけたのだ。これも無意識の産物なのか、結果的に二人の指示を半分くらいずつ遂行したことになる。

 

「あだっ!」

 

 そのまま大きくバウンドした宝塔は地面を転がり……道の端のドブが溜まった溝に落ちていった。

 

「あああっ、そんなぁ! ナズー、私の宝塔がー!」

 

 パニックを起こして右往左往している。この暗がりではドブの中の宝塔を拾い上げるのに時間がかかるだろう。今のうちにアールバイパーに乗り込もう。

 

「こいし、行くぞ!」

 

 思いがけない味方の手を引いて夜の人里を疾走する。が、今の騒ぎで俺が人里に潜伏しているのがバレてしまったらしい。不意に人里に立ち込める霧が濃くなる。いや、この桃色の霧は自然現象ではない。その証拠にみるみる煙が集まっていくと大男の姿を取り始めた。

 

「ついに見つけたわよアズマ!」

 

 雲山とそれを操る一輪だ! 冗談じゃない。あんな腕に握りつぶされたらまず命はないだろう。無視を決め込んで逃走しようとするが……

 

「雲山からは逃げられないわ!」

 

 反対側からも大きなヒゲ面の顔。まずい、これでは挟み撃ちだ。慌てて俺は細い路地裏へと潜り込む。

 

 しかしそれがマズかった。入り組んだ裏路地は途中で行き止まりになっていたのだ。

 

「道教の連中の言いなりってのは癪だけれどね、あんたを殺すなり捕まえるなりしたら聖様も助かるのよ。私達はそこからすべてをやり直す。その為にも……」

 

 不意に空に向かい拳を突き出す一輪。すると背後の雲山もつられるかのように思い切り拳を打ち付けてくる。幸いにも狙いが大雑把であったために直撃という最悪の事態は避けられたがそれでも衝撃はすさまじい。

 

「ぐはっ……」

 

 その衝撃に吹き飛ばされ、俺は壁に叩きつけられた。ぐったりしたところを今度は桃色の張り手が迫ってきた。再びなすすべもなく吹き飛ばされる。口から血反吐を吐き地面にうずくまった。

 

 まずい、これ以上喰らったら……。こいし、こいしは……肝心な時にいないしもはやここまでか……。

 

「アールバイパーが、アールバイパーさえあれば……」

 

 戦うことも逃げることも出来た。だが、銀翼のない俺はただの人間。恐らくこれだけ大きな相手ではネメシスもコンパクも戦うことは出来ないだろう。霞む視界、雲山は狙いを定め、その拳を思い切り……!




4話と5話の前書きは縦読みすると古明地こいしにちなんだワードが出てくる仕掛けになってました。


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第6話 ~4人目の仲間 後編~

 銀翼のない俺はただの人間。雲の巨人を前に俺はあまりに無力であった。霞む視界、雲山は狙いを定め、その拳を思い切り……!

 

 いや、雲山の大きな拳は俺を突くことはなく、見当外れの方向を殴打した。

 

 見ると一輪が手首を怪我したらしく、いつも手にしていた輪っかを取り落しているのだ。何事かと注視してみると、浮遊する赤毛の生首が目からビームを発射して一輪の手に命中させていたのだ。

 

「こんな夜遅くにうるさい」

 

 次に俺の視界に入ってきたのは、ふよふよと浮かぶのは蒼いリボンを頭につけた赤毛の生首。それも7つくらい。そしてその背後では赤いマントを羽織った少女が泣き叫ぶレミリアの生首のような生き物「れみりゃ」を抱きかかえていたのだ。ああ、俺がずっと探していたろくろ首の少女「赤蛮奇」だ!

 

「うるさいし家を揺るがすしで、この子が泣いてしまったわ」

 

 しかも騒音の元凶という事で一輪に敵意をむき出しにしている。

 

「助かったよ赤蛮奇!」

「貴方は……轟アズマ?」

「ゆっくりもいるよー♪」

 

 ぴょこんと赤蛮奇の左肩に飛び乗るのは霊夢のゆっくり。

 

「一体何があった? 相手は同じ寺の……」

「説明は後だ! 俺がアールバイパーに乗り込むまで時間を稼いでほしい」

 

 真剣な目つきで彼女の目を見て頼み込む。

 

「……? 事情は読めないけれど貴方はこの子たちの恩人、ゆっくりを愛する者に悪人はいない。いいだろう、我が恩人の願い、しかと聞き入れよう!」

 

 最後にサンキューと合図を送ると俺は一目散にこの場を離れ、そして銀翼を隠していた場所まで到達、赤蛮奇をサポートするべく来た道を空から辿り戻る。

 

「待たせたな」

 

 銀翼に乗り込み、赤蛮奇の様子を見に行くと、いくつかのスペアの首が撃破された状態であることが分かる。劣勢だ。

 

 今まさに追い詰められた赤蛮奇の本体に雲山の拳が振り下ろされる。だが、俺はそれよりも早く手を打つことが出来た。

 

「グラビティバレット!」

 

 紫色の弾丸が赤蛮奇の目の前で炸裂、小型ブラックホールを発生させると、雲山の拳が引き寄せられていく。あれだけ巨大な入道とて、体が煙状ならその質量はたかが知れている。相当体を縮めて密度を高めない限り雲山は俺を攻撃することは出来ない。

 

「くっ、また厄介な武装を手に入れたようね。ならば雲山、レーザーで応戦しましょう!」

 

 カッと雲山の両目が赤く光るとゆっくりと赤い光線が伸びていく。はんっ、アールバイパーの機動力をもってすれば大した脅威ではない。俺は一度高度を下げて手負いの赤蛮奇とゆっくり達を回収すると宙返りしつつ急上昇。真上からフォトントーピードを撃ち込んでやった。

 

 光を散らしながら重力も手伝い速度を上げるミサイルは一輪の頭上で炸裂。彼女が大きく怯んだことで、一輪に制御されて動いていた雲山がピタリと動きを止めてしまう。

 

 そのまま俺は雲山をリフレックスリングでギュウギュウに小さくして捕まえるとジャイアントスイングの要領で振り回し、一輪目がけて投げ飛ばした。

 

「勝負ありだな。さて、白蓮が俺達の商売敵に封印されたと聞いたが、そいつをやっつければ丸く収まる筈だ。誰だか知らないが、そんな奴の言いなりになんてもうなる必要はない。奴はどこにいる?」

 

 ヨロヨロと起き上がる一輪であるが、ゼエゼエと呼吸を乱しながらも鋭い眼光でこちらを睨みつけている。あくまで黙秘を決め込むつもりのようだ。

 

「そんなことしたら、また貴方は我が物顔で幻想郷を荒らして回るに違いないわ。貴方には、貴方だけには……!」

 

 やれやれと首を振る俺。これ以上手荒な事をするのは得策ではないし、赤蛮奇とも合流できたので、もはやこの場所には用はない。増援が来る前に引き上げようとした矢先、魔力レーダーが強大なエネルギーが接近しているのを感知していた。

 

「おや、随分と手こずっているようですがどうかしましたか?」

 

 白蓮を彷彿させる穏やかな声。だが、一輪に話しかけた声は彼女のものではなかった。

 

 獣の耳のように左右に突き出た奇抜な髪形に、ヘッドホンのような巨大な耳当て、大きなマントは黒色ではなく紫色、手には剣を持った小柄な少女が現れたのだ。

 

「何だお前は? いや、なんとなく察しがついた。聖様を封じた『商売敵』ってのは……」

「いかにも。我が名は『豊郷耳神子(とよさとみみのみこ)』。妖怪まみれの腐敗しきった仏教に代わり道教をもってして幻想郷を平定する者!」

 

 そういう事か。合点がいった。こいつが全ての黒幕だ。あんなに煌びやかに光っているが、その本質は邪悪そのものだ。

 

 何らかの手段で俺がいない間にアールバイパーの偽物「バイオレントバイパー」をけしかけ命蓮寺の名声を貶め、俺が暴れていることを理由に白蓮を封印、その封印の解除をエサに白蓮を慕っていた一輪や星を自らの言いなりになるように仕向けた。こいつが、こいつが俺の信頼を、白蓮との絆を、俺の帰るべき場所である命蓮寺を……!

 

「……さねぇぞ」

「どうしました? 恐怖のあまり震えが止まりませんか? そこの変な鳥の妖怪さん」

 

 今のでプッツンとキレた。それはもう理性のタガを外すのには十分すぎるほどであった。

 

「だからアールバイパーは変な鳥の……いや、もはやそんなことはどうでもいい。貴様っ、絶対に許さねぇぞ! テメーがアールバイパーの偽物をけしかけて俺を、そして俺の大事な仲間を不幸のどん底に叩きこんだんだ! 白蓮の想いを踏みにじり、蹴落としたら空いた椅子にいそいそとってか? ふざけんじゃねぇ、そのひん曲がった根性ごとぶちのめしてやる! このドグサレミミズク野郎がっ!!」

 

 こんなゲスの極みに情けなど必要ない。そのすまし顔にレイディアントソードで風穴開けてやる!

 

「重銀符『サンダーソード』!」

 

 だが、俺は同時に恐怖も感じた。俺がこれだけ激昂しているというのに神子の方はまるで感情が動いていないように見えたのだ。よほど冷静なのか、それとも感情など元から彼女にはないのか……。ただ一言俺にこう告げるのみであった。

 

「確か、轟アズマといいましたか。ああ、なんと哀れな……」

 

 雷ほとばしる大剣を突き出しながら突進する俺。対して神子はスルリと回避すると飛び散る電撃すらもまるで寄せ付けない。

 

「妄想に囚われ、現実の見えなくなった者ほど哀れな存在はない。ええ哀れなのです。滑稽さを軽く通り越して」

 

 涼しげな面持ちのまま、神子はスペルカードを取り出していた。まずい、この至近距離でとんでもないものを仕掛けられたら……。

 

「光符『グセクラッシュ』」

 

 淡々と単純作業でもするかのように、スペル発動の宣言をする。彼女から無数の七色の光が球体となり拡散し、銀翼のどてっ腹を撃ち抜いていく。

 

「があぁっ!」

 

 その一撃一撃が異常に重い上にそれが大量にあるのだ。銀翼は大破して地面に叩きつけられた。その衝撃でリデュースも解除されてしまう。

 

「轟アズマ、この際だからハッキリとさせておきましょう。私は幻想郷を平定したいから魔住職を封印したわけではありません」

 

 ツカツカと剣を携えて近寄ってくる。

 

「そのなんとかバイパーとやらは勝手に暴れまわり、命蓮寺の名声に泥を塗ったのです。私が偽物をけしかけているだなんて馬鹿馬鹿しい。

そして仏教の権威が地に落ち、我々道教が人々を導くことになった。そんな状況に陥ってもあの生臭坊主は最後まであの変な鳥の妖怪を信じ続け、そして私はある日人間達から『幻想郷に仇なす妖怪を信仰するうさん臭い僧侶を退治してくれ』と依頼を受け、そして彼女を封印したのです」

 

 白蓮は最後まで俺を信じて、その結果封印されてしまった? 信じられない、信じたくない。

 

「嘘だ、適当な嘘をつくなっ!」

「いいえ嘘ではありません。全ては外界から来た銀翼が引き金となった。それは寺の妖怪達も認めています。そして同じく討伐の依頼が出ている貴方を命蓮寺の妖怪達に倒させれば命蓮寺は我々の傘下に入ることになる。もはや抵抗することは出来ない」

 

 この時だけは一輪も神子を鋭く睨み付けていた。なるほど、やり直すとはそういう事か。神子の言いなりになってしまえば白蓮が封印から解き放たれた後も、もはや彼女らと張り合えなくなる。一輪はそうなった後に裏から独立を図ろうという魂胆なのだろう。

 

 だが、そんな必要はない。俺の身は潔白なんだ。何が何でも元の日常を取り戻して見せる……!

 

「このままだと奴にトドメを刺すのは私になりますが、足止めをしたりして私に貢献してきたので、約束通り白蓮さんの封印を解きましょう。ふふ、お情けってやつです」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、チラリと一輪を視界の端に捉える神子。またも屈辱に耐える表情を見せる一輪。

 

 そしてこのいけ好かないミミズク野郎は俺の首をはねるべく、剣を振り上げる。一輪を、いや命蓮寺を救うにはまずこの状況を何とかしないといけないが、あいにくアールバイパーもこんな状態では何もできない。

 

 俺は何もできないまま……目を閉じた。もはやこれまでなのか……。ドサリと首の落ちる音が鈍く響いた。

 

 斬首され、もはや俺の命も……あれ? ちゃんと首が繋がったままだ。俺は自らの首を両手で抑えながら周囲を見ると……。

 

「せ、赤蛮奇!」

 

 ドサリと落ちたのは赤蛮奇の首であった、アールバイパーに一緒に乗っていた赤蛮奇の首がバッサリと斬り落とされ……って、こいつは元々首が繋がっていない。神子は何を思ったのか、俺ではなくて赤蛮奇に剣を振り下ろしていたのだ。

 

「なっ……」

 

 そしてそれは想定外であることが神子の表情から分かった。一体何が起きたんだ……?

 

「お兄さんをいじめるなー!」

 

 なんと、すんでの所でゆっくり霊夢が神子の脚に思い切り体当たりし、狙いをズレさせたようなのだ。バランスを崩した神子はそのまま転倒、そのままゆっくり霊夢は後頭部をガブガブと噛みつき続ける。とても致命傷に至るようには見えないが、足止めするには十分だ。

 

「とても太刀打ちできる相手ではない! どこかへ逃げよう」

 

 いくらか冷静さを取り戻した俺は赤蛮奇の号令に従い、この場を離脱することにした。全て神子が仕組んだこと、それがハッキリしただけでも大収穫なのだから。

 

 大破した銀翼をどうにか再起動させると神子にまとわりつくゆっくり霊夢を回収し、フラフラと人里を後にした。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

「いっつつつ!」

「ほら、男の子でしょ? そんなに動いたらちゃんと出来ないわ」

 

 途中で墜落することなく妖怪の山の薄暗い樹海のアジト……もとい雛の家まで逃げ帰ってきた俺達。あちこちを擦りむいていたので雛に治療してもらっているのだが、傷口にしみるしみる……。

 

 しみるけど、ここは我慢だ。なぜなら赤蛮奇は雲山との戦闘、そして神子の斬撃を喰らったことで俺よりも深刻な傷を負っているのだ。この程度で泣き言を言うべきではないだろう。

 

「私ともあろうものがここまで痛手を負うとは。つつつ……」

「大丈夫?」

 

 心配そうに群がるのは彼女のペットであるゆっくり達。外ではにとりがアールバイパーの修理をしている筈だ。俺は様子を見るべく、手当てが終わると外へと出た。

 

「なんだいアズマ? お礼の言葉なら今はいらないよ。生きて帰ってこれただけでも奇跡なんだ。でもしくじっちゃったみたいだね。君の考えだと、あのろくろ首にオプションになって貰うつもりだったんだろう? だけどあの怪我ではしばらく戦闘は無理だ」

 

 スペアの首もすべて撃破されてしまったそうだ。これでオプション探しはまた振出しに戻ってしまったことになる。だが正直俺にはこれ以上のアテがない。さて、どうしたものか……。

 

 俯いて考え込むと、服の裾を誰かが引っ張っているのに気が付いた。

 

「ゆっくりがやるよ! ゆっくりもお兄さんの力になりたい!」。

 

 どこかしらで赤蛮奇の首をオプションとして借りるという計画をこの子も聞いたのだろう。

 

「なっ、無謀すぎる! お前たちゆっくりは戦う為に育ててきたわけじゃない。やはり私が……うぐっ!」

 

 随分と派手にやられたらしく、首だけ浮遊していても本体が痛むのか、顔を歪めていた。

 

「やっぱりあのろくろ首はしばらく戦闘不能だ。だけどコイツで大丈夫かなぁ……?」

 

 それでも味方は多い方がいい。試さないうちに決めつけるのは良くない。そこでさっそく雛やにとりに手伝って貰う形で戦闘訓練を行うことになった。

 

 だが、にとりの不安は恐ろしいほどに的中することになるのであった。

 

「よし、あの的めがけてオプションシュートだ! ネメシス、お手本を見せてやれ」

 

 難なくオレンジ色のオーラを散らしながら、的に向かって突撃するネメシス。それに続くようにゆっくり霊夢も飛び出すのだが……

 

「こわーい!」

 

 的を前にして勝手に戻ってきてしまったのだ。ううむ、先が思いやられるぞ……。




4人目の仲間、それは古明地こいしのことなのか、それとも4つ目のオプションに志願するゆっくり霊夢のことなのか……?


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第7話 ~逆巻く緑の風~

ここまでのあらすじ

 人里に住まう「赤蛮奇」に助けを求めるべく夜の人里へ侵入する「轟アズマ」と彼の相棒である銀翼「アールバイパー」。

 あっけなく敵意をむき出しにした星や一輪に見つかってしまい襲われる。
 二人の話によると弱体化した仏教に代わり道教で人々を導く「豊郷耳神子」が白蓮を封印したために、彼女の解放をエサに命蓮寺のメンバーは神子の言いなりになっているらしいとのこと。

 アールバイパーの偽物「バイオレントバイパー」が暴れ回るせいで仏教が人々の心を掌握できなくなり、代わりに道教が優勢となってしまったようなのだ。

 神子こそバイオレントバイパーをけしかけた犯人と断定したアズマは神子に戦いを挑むがあっけなく返り討ち。

 赤蛮奇とは合流できたのだが、逃げる際に赤蛮奇は深い傷を負ってしまう。

 しばらくは妖怪の山のアジトで安静にする必要があり、赤蛮奇は戦いに参加できない。

 困り果てていたアズマを呼ぶのは赤蛮奇のペットである「ゆっくり霊夢」であった。

 やる気は十分なようだが、彼女は極端に臆病な性格であった……。


 ネメシスがやるようにオプションシュートを試みるゆっくり霊夢であったが、ぶつかるのが怖くなり、途中で引き返してしまったのだ。

 

 その後の演習も散々なものであった。フォーメーションを組ませてもゆっくり霊夢だけ遅れてしまうし、雛との弾幕ごっこでも弾がかすっただけでパニックを起こしてしまったりと。

 

「特にメンタル面が深刻ね。元々優しそうな性格だし、戦いには向かないんじゃないの?」

 

 だが、俺は信じている。イザという時の行動力とその爆発力は凄まじく、瞬間的にはコンパクをも上回るであろうことを。今までも不意打ちとはいえ神子を転倒させて活路を見出したし、転倒したその後も噛みつき攻撃で追撃を行うガッツも見せていた。この臆病なゆっくりはそういった面も持ち合わせているのだ。

 

 だから俺は信じている。ゆっくり霊夢がオプションとしてちゃんと役割をこなせるって……。

 

「しゅーん……。もしかして私、足引っ張ってる?」

「大丈夫だ。初めてのことばかりだから戸惑って当然。あの時、本気で俺の力になりたいと思ったんだろう?」

 

 今も落ち込むゆっくり霊夢を俺は優しく撫でて慰める。夜も深まってきたし空気も湿ってきて一雨降りそうである。本格的な練習は明日にして、今日はもう帰った方がよさそうだ。「もう帰るぞ」とオプション達と雛に告げると俺は銀翼に乗り込んでレジスタンスのアジト……もとい雛の家へ進路を取った。

 

「なんだ、レーダーに異常な魔力を確認。速いっ!」

 

 俺達以外の姿がレーダーに映し出されている。嫌な予感がした。あそこまで素早いのは天狗か魔理沙か、はたまたバイオレントバイパー……。

 

「ば、バイオレントバイパー!?」

 

 くそっ、考えうる事態の中で最悪のものが……。接近してきたのはアールバイパーの偽物であるバイオレントバイパーだ。こうなっては帰宅どころではない。雛達を庇うようにスクランブル発信。

 

 暗闇の中、2機の銀翼が対峙する……。

 

 遠くで雷鳴轟く中、最初はポツポツと、だが次の瞬間にはバケツをひっくり返したかのような豪雨が2機の銀翼を襲った。

 

「ひ、酷い雨!」

 

 すれ違いざまに繰り出したのは、ブラックホールを発生させる弾丸。

 

「グラビティバレット? いつの間にっ!?」

 

 先程習得した技をバイオレントバイパーも使ってくる。しかも威力を増しているようである、降り注ぐ大粒の雨をも吸い寄せているのだ。

 

「このっ……!」

 

 ならばレイディアントソードはどうだ? アールバイパー、ひいてはそのルーツであるビックバイパーも剣を振るったなんて話は聞いたことがない。流石に対処できずに……。

 

「うそっ……だろ……!?」

 

 蒼い刃を受け止めたのはやはり同じく蒼い刃。逆に弾き飛ばされてバランスを崩すアールバイパー。隙を晒してしまった俺に畳みかけるように上から剣を振り下ろしてくる。

 

「くっ、操術『サイビット・サイファ』!」

 

 慌ててスペルカードを取り出し、宣言。勢いよく飛び出させたのがコンパクとゆっくり霊夢……しまった、またろくに演習も出来ていないゆっくり霊夢をよりにもよってバイオレントバイパーに飛ばしてしまったぞ。

 

 ギューンと弧を描きながらバイオレントバイパーを追尾する2つのオプション。はじめに突っ込んだのがコンパク。そのまま横側から奴の機体を揺さぶると、反対側からゆっくり霊夢も迫るが……。

 

「ひいぃっ!」

 

 あろうことか目の前で勢いが止まってしまう。一瞬キラリと蒼い刃が光った気がした。まさか……。

 

「危ないっ! 戻ってこい!」

 

 だが時既に遅し。刃に切り付けられてゆっくり霊夢はそのまま雨でぬかるんだ地面に叩きつけられてしまった。

 

「落っこちたゆっくりは私達で捜すから、アズマはあの偽物を何とかして頂戴!」

 

 ゆっくり霊夢は雛に任せよう。こうなったらオーバーウェポンだ。これに賭けるしかない。再びレイディアントソードを前に構えると残った3つのオプションから魔力を集め、収束させる。

 

「重銀符『サンダーソード』!」

 

 が、バイオレントバイパーはそれすらもあざ笑うかのように同じように剣を構えてきた。そして放ったのはやはりサンダーソード。ぶつかり合う剣。競り勝つのは……。

 

「よしっ、俺の方が強かったようだな。所詮は偽物ってこと……」

 

 アールバイパーのサンダーソードが敵バイパーのサンダーソードを打ち砕いたのだ。そのまま本体にも攻撃を仕掛けようとしたその矢先のことであった。信じられないことが起きた。サンダーソードを再び放ってきたのだ。それも小刻みに2発も。

 

 あり得ない。オーバーウェポンを用いてようやく1発放てる必殺の一撃をあろうことか奴は3発も連続で使ったのだ。こんなことあり得な……

 

「いや、こいつまさか……?」

 

 いや、一つだけそれを可能にする方法があった。奴は、バイオレントバイパーは複数のオプションから均等に魔力を得たのではなく、1つのオプションから一気に魔力を持ち出してサンダーソードを放ったのだ。

 

 つまり「禁術『オーバーレイド・オーバーウェポン』」を重ねることなく3度発動したことになる。こんなこと俺には不可能だ。急に押し寄せる魔力に俺の体が耐えられなくなるからである。

 

 だが、バイオレントバイパーは違った。中に誰がいるのか、それとも誰もいないのかは分からないが、その魔力の制約をまるで受けていないのだ。

 

 揚力を失い、アールバイパーも墜落。ザアザアと大雨が降りしきる中、時折光る雷のみが周囲を照らす中、バイオレントバイパーは俺を仕留めたと確信し、この場を離れていった。

 

「くそぅ……」

 

 またも奴に敗北した。あいつが勘違いしてくれてどうにか助かったものの屈辱的であった。

 

「はっ、それよりもゆっくり霊夢は? 雛っ、見つけたか?」

 

 ぬかるんだ地面を這いつくばりながら探す雛の表情は晴れない。すっかり身に着けていた服も泥で汚れていた。

 

「それが、あの後どこかに向かっていったようなんだけど……」

 

 あいつ、はぐれたのか? この大雨の中、落っこちたゆっくり霊夢にまで神経が回らなかった。

 

「ゆっくりの脚だ、まだそんな遠くには行っていない筈。俺も探すのを手伝おう」

 

 無理に戦闘に参加させた俺の責任だ。このまま帰っては赤蛮奇に合わせる顔がない。俺と雛は迷子になったゆっくり霊夢を捜索することに。

 

 あれだけ激しかった嵐は通り雨だったのか、すでに上がっていた。何とか今夜中に見つけなくては。

 

 俺達は二人でゆっくり霊夢の名前を叫びながら樹海を彷徨った。二手に分かれた方が効率がよさそうであるが、アールバイパーもまたいつ動かなくなるかわからないし、はぐれては危険だという雛の提案で一緒に探すことになったのだ。

 

 とはいったものの、自らが厄神であることにどこか後ろめたさも感じて少し距離を取っていた雛。おずおずと俺に話しかけてきた。

 

「その……ごめんね。やっぱり私が傍にいるからアズマも不幸になっちゃってるとかあるかもしれないし」

「心配するな雛。これくらいは日常茶飯事だ。その証拠に偽物野郎のサンダーソードを喰らってもアールバイパーはちゃんと動いているじゃないか。むしろ幸運だった」

 

 だが、呼べども呼べどもゆっくり霊夢がいる気配はない。ゆっくり程度の魔力ではアールバイパーのレーダーにも反応しないしこうやって地道に探していく他ない。雨が止んだのが不幸中の幸いだ。

 

 そうやって名前を呼んでいるとどこからか大きい音が聞こえてくる。何か泣き叫んでいるような、怒鳴り散らしているような、とにかくこの世のものとは思えないおぞましい爆音が響いてきたのだ。

 

「なっ、何よこの騒音は?」

「誰だか知らないが止めないとゆっくり探しもままならない。行ってみよう」

 

 俺はまた弾幕沙汰になることを予測し、戦いの準備を行いつつ爆音の発生源へと向かう。

 

「なっ、なんだこれは!?」

 

 驚愕した。こんな山の中には眩しすぎるほどの光に内臓ごと揺るがすほどの爆音。ステージに立っている少女二人がギターを片手に言葉にならない歌を叫んでいたのだ。

 

「……」

 

 駄目だ、うるさすぎて隣にいる雛との会話もまともに出来ないぞ。いったい誰がこんなはた迷惑なことを?

 

 とにかくまずは説得だ。

 

 俺はアールバイパーから降りると、盛り上がる観客を押しのけてステージまでよじ登った。

 

「なっ、お前は……!?」

 

 二人の少女、その片方は俺にも見覚えがある姿だったのだ。緑色の髪の毛に犬のような耳。間違いない、普段のワンピース姿ではなく、ゴスパンクな恰好をしているけれど彼女は響子だ。

 

「響子……」

 

 急な乱入、それも見知った顔ということでサングラス越しでも両目を見開いているのが分かった。

 

「えっ、もしかしてアズマ? 本物!?」

 

 サングラスを外した響子は涙ぐんでいた。改めて俺の顔をじーっと見ると、その両目に大粒の涙を浮かべ……。

 

「うわぁーん! アズマだよね。間違いなくアズマなんだよねっ!」

 

 抱き付きながら小さな尻尾をパタパタと振っている。俺はしっかりと響子を抱き返した。

 

「ああ、そうだ。俺は間違いなく轟アズマだ。響子、君には辛い思いをさせてしまったね。居場所を失ってこんな不良になってしまい……」

 

「えっ? いや『鳥獣伎楽』は元々白蓮様に隠れてこっそりと……」

 

 何か言いかけた響子を俺はさらに強く抱きしめ、涙を流す。

 

「もう無理しなくていいんだ、響子! 俺がもっと早く命蓮寺に戻ってくればこうはならなかった。すまない、俺が悪かった……!」

 

 こんな調子ではライブは思い切り中止。鳥の羽を生やしたもう一人のバンドのメンバーは唖然としながら俺達の様子を見ているようだ。

 

「ちょいとちょいと?」

「おっと感情に任せてライブの邪魔をしてしまったな」

 

 ミスティアと名乗る鳥の妖怪に俺が思いっきりライブの邪魔をしていたことを指摘され、俺は響子から慌てて離れる。

 

「お兄さん、何やら訳ありのようね。我ら『鳥獣伎楽』はそういった抑圧された者の味方だよ。せっかくステージに上がったんだ。ちょいとその思いのたけをぶつけてみてはどうだい?」

 

 おもむろに放り投げられるマイクを受け取る。これはチャンスかもしれない。今幻想郷で何が起きているのか、人々を苦しめる悪の銀翼の正体が何者であるのかを知らしめることが出来る。

 

「みんな、聞いてくれ。俺は幻想郷でも珍しい飛行機乗りだ。俺の愛機は銀色の翼、アールバイパー! 今も会場の後ろに停めてある」

 

 今や幻想郷各地で大暴れしている銀翼、その名前を聞いて会場はどよめいた。

 

「ここ最近あちこちで暴れ回っている変な鳥の妖怪? 間違えちゃいけない、あっちは俺じゃない。ニセモノが俺を貶めるためにやっているだけだ。この俺が異変解決の為に地底でドンパチやっていた間にな!」

 

 本気なのかその場のノリなのか、観客からは歓声が沸き起こる。横ではミスティアがこちらが発言するたびにギュインギュインとギターをかき鳴らしていた。

 

「覚えているか? 最近まで降り注いだ隕石の事。俺はあの異変を解決しただけだというのに、虐げられた毎日を送っている。命蓮寺だって行方知らずだ。おかげで居場所を失っちまった。俺だけじゃない、ここにいる響子も……」

 

 いかんいかん、少し涙ぐんでしまった。

 

「だけどな、俺はこんな所じゃ終わらねぇよ! 終われねぇんだよ! 偽物野郎のケツにぶっといフォトントーピードをブチ込むその日まではよォ! 認めさせるぞ、この俺こそが地底と幻想郷をバイドの脅威から守り切ったヒーローだってことをよ!」

 

 あちこちでウォーと雄たけびが上がった。彼らがどこまで俺の話を本気にしているかは分からない。だが、これでいい。少しでも賛同者を多く募るんだ。どんな奴でもいい。少しでも、少しでも……。

 

「おっと、こいつぁ思いのほかヘビーだったわ。それじゃあ次の曲もとびきりヘビーで激しいの行っちゃおうか! 次の曲は……『信じて送り出したバイドがソルモナジウムにドハマリして、したり顔でタイヤキ屋をやっていたなんて』」

「うぉー! シンバシー! シンバシー!」

 

 何だかよく分からない曲名だが、さすがプロだ。観客の心を掴むのがうまい。会場のボルテージは最高潮である。

 

 長い長い曲名をシャウトした後、ミスティアはギターを手渡してくる。俺と雛に。

 

「一度私達のライブを中断させたんだ。責任は取ってもらう。というわけで、二人にも盛り上げてもらうよ?」

「えっ、楽器知らないしそもそもその曲を知らな……」

「とにかく盛り上げればいいよ。その場のノリでね」

 

 なんかよく分からんが、爆音の中、俺は吼えた。演奏の仕方など分からないから適当にギターをかき鳴らしながら。雛は雛でなんだかノリノリであった。

 

「ううむ、ゴスロリとはまた分かってらっしゃる」

 

 果たして歌であったのかどうかは疑問ではあった。だが、別にいいではないか。だってこんなに騒いだのは久しぶりなのだから。よく分からない環境に放り出されながらも俺は久方ぶりにスッキリしていた。

 

 そんなこんなでライブは無事に終了。多くの観客に別れを告げると、そのままライブ成功の打ち上げをすると言い出して、屋台に連れていかれる。

 

「……って、屋台の女将もお前かいっ!」

 

 いつの間にか和服に着替えていたミスティアは姿勢よく直立しながら、ウナギを焼き始める。

 

「みすちーは凄いんだよ。バンドに屋台に弾幕ごっこ。ここまで多趣味な妖怪には出会ったことがないわ」

 

 ライブの後はこうやって一杯やるらしいが、今回は俺と雛も加わっているのでより賑やかになっているそうだ。

 

「すっごく楽しかったわ。果たしてあれが歌なのかは分からないけど」

「ふふん、私達の曲はちょいと敷居が高いのよ。はい、焼きあがったわ。ヤツメウナギ、召し上がれ♪」

 

 カバヤキにされたヤツメウナギ。外の世界では結構珍しい食べ物だが、味は普通の鰻とあまり変わらない。タレの甘辛さが癖になりそうである。その一方で食感はとても弾力があって、普通の鰻とは全然違うという事を思い知らされる。

 

 お酒との相性も抜群で、若干癖のある後味を見事に中和してくれている。アルコールも入り、それはもう色々と話し込んだ。

 

 響子は最初にバイオレントバイパーが命蓮寺を襲った時には寺にいたわけでなく、アールバイパーが悪者になったという噂話だけが響子の所に来ただけなので元々その話はあまり信じていなかったそうだ。そういえば響子は在家だったな。

 

 信じられないながらも命蓮寺はなくなってしまい、居場所がなくなったために最近はミスティアと行動を共にしていたのだという。

 

「優しそうなアズマの顔を見て、すぐに分かったわ。この人は私達に危害を加えるようなことはしないって。よかった、あの時私達を襲った銀翼は偽物の方だったのね」

「そもそも最初から会場を襲うつもりなら銀翼から降りないしな」

 

 なんと、思いがけない味方が出来た。ゆっくり霊夢は見つからないが、思わぬ収穫だ。今はこの安堵の一時を楽しもうじゃないか。

 

 俺は再びグラスをあおった。

 

 そうやって皆で談笑していると……。

 

「こんなところにいたんだね。お兄さん」

 

 なんと霊夢の生首……じゃなかった、ゆっくり霊夢が姿を現したではないか。

 

「ゆっくり霊夢! どこにいっていたの?」

 

 なんだろうか? 迷子になっている間にゆっくり霊夢は何か雰囲気がガラリと変わったように見える。

 

 なんというか、目つきだろうか? 確固たる意志を宿しているというか、そこに臆病さはもうないというか……。

 

「ゆっくり、もう逃げないよ。もう前のゆっくりとは違うんだから。なんだか勇気が湧き上がるんだ。今度こそお兄さんの為に頑張る!」

 

 よく見ると擦り傷だらけであり、迷子になっている間に何かしらのトラブルに巻き込まれたことが分かる。だが、彼女は俺に助けを求めることなくトラブルを解決してしまったようだ。

 

「そうか、それじゃあ来る戦いの日の為に栄養のつくものを食べよう。みすちー、ヤツメウナギとジュースを1人分!」

 

 確実に、確実に俺は前に進んでいる。白蓮、もう少しです。もう少しで俺の疑いを晴らして、貴女を助けに行きます……!



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東方銀翼伝 ep5 V.G.外伝 ~ゆっくり霊夢の小さな勇気~

本エピソードは7話時点でゆっくり霊夢が何をしていたのかを記したものになっております。

(勝手に)ナレーション役をしている古明地こいしの語りと共にお楽しみください……。


 さてさて、夜の演習中にバイオレントバイパーに襲われちゃってアールバイパー操るアズマお兄さんと見事にはぐれてしまったゆっくり霊夢。

 

 もちろん必死に探すアズマお兄さんと雛お姉さんだけど、ゆっくり霊夢はその間何をしていたのかな?

 

 面白そうだからちょっと様子を見てみようと思うんだー♪

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

「しく、しく……」

 

 アールバイパーのオプションとして頑張ろうとしたゆっくり霊夢だけれど臆病さのあまり、ちゃんと攻撃が出来なくて叩きつけられちゃったんだよね。

 

「しょうがないじゃん! 頑張ろうって思ったのにゆっくりの体から『ビクビクさん』が出てきてゆっくりの動きを止めるんだもん」

 

 バイオレントバイパーに襲われて怖くなって泣きながらこの場を離れるゆっくり霊夢。でも、こんな大雨の夜の中そんなに遠くに行っちゃって大丈夫?

 

「ここ、どこ……?」

 

 大雨の中、真っ暗な樹海を適当に進んでいたらそうなっちゃうよね。すっかりアズマお兄さんと雛お姉さんとはぐれちゃったみたい。周囲をキョロキョロ見回しても姿が見えません。

 

 疲れて動けなくなっちゃったのか、大きな葉っぱの下で雨宿りをしながら、ゆっくり霊夢は今もシクシクと泣いているよ。

 

 おや? どうやら雨宿りをしていたのはゆっくり霊夢だけじゃないみたい。

 

「わー、小人さんだー♪」

 

 紫色のショートヘアーの小さい女の子も雨宿りをしていたようだね。とっても小さくて彼女にはゆっくり霊夢も大きな岩に見えているんじゃないかな?

 

 でも小人さんは何だか困り顔。着物の裾も土砂降りの雨で濡れていてなんだか大変そうだね。ゆっくり霊夢は大きめの葉っぱをちぎると、小人さんに渡します。

 

「小人さん、一緒に雨宿り、しよ?」

 

 そうやって二人並ぶけど、小人さんはまだ何か困っているみたい。小人さんは自分を「少名針妙丸(すくなしんみょうまる)」って名乗ると、深々とお辞儀をしてきたの。

 

「大事なお椀をどこかで落としちゃった。そこの饅頭の妖怪よ、探すのを手伝ってほしい」

 

 それは大変! ゆっくり霊夢はすぐに手伝おうとやる気を出すんだけど、落とした場所はなんだか真っ暗で何も見えないところ。随分と深い草むらを前にすぐにしり込みしてしまいます。

 

「こ、怖いよ……。真っ暗なところにはブルブルさんがいっぱいいるから……」

「だけど、このままじゃ濡れちゃうよ。さあ一緒に手伝うのだ!」

 

 もみあげを引っ張って促す針名丸と嫌がりながら居座ろうとするゆっくり霊夢。引っ張る力は同じくらいで、業を煮やした針名丸は高くジャンプすると、ゆっくり霊夢の頭の上に着地! そのまま手にしていた針でチクチクと刺していくの。い、痛そう……。

 

「ええい、ゴチャゴチャ言わずに早く行かないか!」

「イタイ! 乱暴しないでよぉ! 真っ暗はブルブルさんが怖い怖いって言うから……」

 

 さっきから「ブルブルさん」ってのを怖がっているゆっくり霊夢。針名丸はさっきのやり取りから怖がっていることに気が付いたみたい。イイコト思いついたとポンと手を打つと、こんなことを言いだしたよ。

 

「分かった分かった。だからそんなに暴れないで! そうだ、いいこと教えてあげる。私が頭の上にいるとね、そのブルブルさんってのは来ないんだ」

「えっ、本当?」

 

 ヒュンヒュンと針の刀を振り回し、ビシっと答える針名丸。

 

「ふふん、この私がブルブルさんってのを追い払っちゃうからね。何にも怖がることなんてないわ。いつもはお椀だけど、今回はゆっくりに乗っているから『ゆっくりナイト』ってところ。では改めて、れっつごー!」

 

 そうは言うけれど、ちょっと信じられないゆっくり霊夢。おそるおそる暗闇の草むらに飛び込んだっ。

 

「えーい!」

 

 ガサガサと大きな音を立てながら、針名丸を頭に乗せて草むらに入ったけれど、ゆっくり霊夢はまるで怯えません。

 

「……本当だ! 凄いね針名丸、本当にブルブルさんを追い払っているんだ♪」

「ふふーん。そういうこと♪」

 

 もう大丈夫と思ってゆっくり霊夢は小さく鼻歌を歌いながら草むらをズンズンと進んでいくよ。

 

 そうしているうちに雨も止んできたみたい。空を見てみると……。

 

「わー、お星さまだ! お星さまがいっぱい!」

 

 沢山の光が空で瞬いているね。だけど、お星さまにしては随分と低くない?

 

「違うよ、あれは蛍。ほら、虫の妖怪が操っているわ。光のラインが綺麗な模様を描いている♪」

 

 カクカクと不規則に曲がる蛍に見とれていると、ようやくお椀を探している途中だって事に気が付いて、先に進むことに。

 

 更に進むと、何か大きな影がシュルシュルと這いよってくるのに気が付いた二人。

 

「何か近づいてくる! うう、怖いよぉ……」

 

 ヘビのような長い体で針名丸とゆっくり霊夢を逃げられないようにするとその大きな口を開けて飛びかかってきたのはなんと「バイター(※1)」! ゆっくり霊夢、あぶないっ!

 

「きゃー! に、逃げなくちゃ……あ、でも逃げ道を塞がれてる。ゆわぁ~ん!」

「落ち着くんだゆっくり霊夢。私が上に乗っかって『ゆっくりナイト』になっている間は……」

「ブルブルさんはへっちゃら! うん、勇気が出てきたよ。一緒におっきいヘビさんを追っ払おう!」

 

 よだれを垂らしながら一思いにガブリとかぶりつこうとするバイター。ゆっくり霊夢は逃げるのではなく、逆に口の中に飛び込んだ!

 

「ふふーん、鬼の胃袋で大暴れした一寸法師の末裔だって事を知らなかったたようね。後は任せて!」

 

 そのまま針をブンブン振り回してバイターの口の中で大暴れ。口の中を執拗にチクチクと針で刺されたバイターはこりゃたまらんと逃げて行っちゃったよ。

 

「やったぁ! ゆっくり達の勝ちだね♪」

 

 更にゆっくり霊夢たちは先へ進むけど、グーとお腹の鳴る音。誰のかな?

 

 あっ、ゆっくり霊夢のものみたい。針名丸に音を聞かれて照れているね。

 

「あそこに木の実がなっている。アレを取ろう。よーし、とつげきー!」

 

 頭の上で指示を出すとゆっくり霊夢は思いっきり木に体当たりするけど……びくともしません。

 

「無理なんじゃないかな?」

「そんな簡単に諦めちゃダメだ! そうだ、こういう時は深呼吸よ。はい、すってー」

 

 言われるがままに思い切り息を吸い込むゆっくり霊夢。

 

「はいてー」

 

 今度は思いっきり息を吐き出す。するとまた息を吸うように言われたので思いっきり吸い込むよ。

 

「はい、止めて」

 

 吐くのではなく、息を止めるように言われて、頬を膨らませながら口を思いっきりつぐむゆっくり霊夢。そのうえで針名丸は思いっきりジャンプ! まさか……

 

「即席のトランポリンの完成よ。よいしょー!」

 

 そのまま高く跳んだ針名丸は針を一閃! ボトボトと沢山の木の実が落ちてきたよ。ようやく自分が踏み台にされたことに気が付くゆっくり霊夢はまた頬を膨らませているよ。

 

「騙したね! ゆっくりはジャンプ台じゃないんだよ!」

「ははは、ごめんごめん……。木の実、たくさん食べていいから機嫌を直しておくれよ」

 

 まだ少しむくれながらも二人で仲良く木の実を分けるとお腹いっぱいになった二人はまたお椀探しを続けていくよ。

 

 そうやって針名丸を頭に乗せて進んでいくうちに……。

 

「あった! あの黒いのが私の大切なお椀なの!」

 

 回収するために急いでお椀に近づくけれど……。あと少しというところで大きな手がお椀を持って行っちゃった!

 

「誰!? そのお椀は針名丸の大事なものなんだよ。返してよ!」

 

 見上げたゆっくり霊夢はビックリ仰天! 立派な角を持った大きな鬼が酒臭い息を吐きながらジロリと二人を睨みつけてるよ。

 

「お、鬼だ……本物の。いたんだ、幻想郷にも……」

「鬼さん、そのお椀はこの小人さんの大切なものなの。お願いだから返してよ」

 

 うーんと緩慢に首を揺らす鬼は一言。「やーだね」だって。

 

「このお椀は私『伊吹萃香(いぶきすいか)』が先に見つけたものだもんね。だから私のもの♪ コイツは新しい盃にするんだ。それにそっちのちっこいの、よく見たら一寸法師にソックリじゃないか。いっちょまえに針の刀なんて持ってるし、ますます渡す気にならないわ」

 

 なんと、この鬼は針名丸の正体も見抜いていたみたい。さすが、ただの酔っ払いとは違うね。

 

「まあどうしてもっていうのなら……」

 

 萃香は棒切れを拾うと地面に円を描き始めたよ。えっ、これってもしかして……土俵?

 

「力比べといこうじゃないの。鬼といえば勝負事だからね。お椀を賭けてこの私と相撲で勝負だー! っとその前に……」

 

 自分の能力でゆっくり霊夢くらいの大きさに小さくなった萃香。

 

「このままのサイズでやり合っても勝負にならないし、そこの一寸法師にお腹の中で暴れられたらたまったものじゃないからね。さあ、勝負を始めよう!」

 

 ゴクリと固唾をのむゆっくり霊夢。

 

「大丈夫、勇気だ。勇気を出すんだ。君は強い、私がブルブルさんを何とかするからゆっくり霊夢はあの鬼を頼むよ」

 

 はっけよーい……のこった! 遂に鬼とゆっくり霊夢の相撲勝負が始まったよ!

 

 ゆっくり霊夢には手足がないから土俵の外に出なければ負けにならない……んだけど萃香は相撲に慣れているみたいだし、何よりパワーに圧倒的な差があり過ぎて押されっぱなし。

 

 容赦ない張り手を何度も受けるゆっくり霊夢。

 

「痛い……けど、針名丸の為にも負けられないもんっ!」

 

 負けじと体当たりすると萃香が一瞬だけよろめいた!

 

「うっ、やるじゃん……。ならばこれはどう?」

 

 再び張り手攻撃。だけど狙いはゆっくり霊夢の少し上。平手は針名丸を思い切り土俵の外に突き飛ばしちゃった!

 

「ああっ、針名丸!」

 

 大変、ブルブルさんをやっつけてくれる針名丸がいないとゆっくり霊夢は……!

 

「こ、怖いよぉ……しくしく」

 

 途端に逃げ腰になってしまったゆっくり霊夢。萃香は今がチャンスとさらに攻めてくる。

 

「ほらどうしたどうした? あの一寸法師がいないと何もできないのかな?」

 

 遂に土俵際まで追い詰められたゆっくり霊夢。もう駄目だと諦めかけているみたい。でも、ここで諦めちゃっていいの?

 

「だって、相手は鬼さんだよ? 勝てるわけないじゃん。それにゆっくりはブルブルさんのせいで体が動かない……」

 

 そんな饅頭の妖怪に檄を飛ばすのは土俵の外の針名丸。

 

「ゆっくり霊夢、ゴメン! 一つだけ嘘をついていたのよ。私が頭の上にいなくても、ブルブルさんはやっつけられる。私が居なくても勇気は出せるんだよ!」

 

 その一言で目が覚めたゆっくり霊夢。再びその眼に闘志が宿るよ。

 

「勇気だ、勇気を出すんだ!」

 

 萃香は最後にもう一度押し出そうとしている。ここで勝負を決めるみたい。だけど、ゆっくり霊夢は、萃香が大きく振りかぶる際に片足立ちになっているのを見つけたよ。

 

「えーい!」

 

 そこめがけて思いっきりタックル! 油断していた萃香はたまらずバランスを崩して尻もちをついちゃった。

 

「やったぁ! 土俵で手をついたからお前の負けだぁ! 素直に負けを認めるがよい!」

 

 やれやれとお尻をポンポンと叩くと、驚くほど素直に黒いお椀を渡す萃香。

 

「うーん、油断しちゃったなぁ。でも負けは負けだね。仕方ない、このお椀は君たちのものだ。さて、私は新しい盃でも探すかな……」

 

 特に後腐れもなくフラフラと立ち去っていく鬼。でも針名丸は大事なお椀を取り戻してご満悦の様子。

 

「危険なことにつき合わせちゃってごめんね。そうだな、この打ち出の小槌で何か願い事をかなえてあげよう。ちょっとくらいなら大丈夫だと思うから」

 

 うーんと考え込むゆっくり霊夢は……

 

「ゆっくりはね、アズマお兄さんの為に頑張って戦うって決めたの。でもゆっくりは足手まといにばっかりなっちゃってるの。だから、せめて人並みくらいでいいから役に立てるように……」

 

 それを聞いてカラカラと大笑いする針名丸。

 

「ふふっ、仲間思いだね。でも、小槌を使うまでもないわ。勇気ならもう持っているじゃない。相撲で鬼をやっつけたくらいなんだ。きっと、上手くいく。そうだな……、じゃあそのアズマお兄さんって人のところまで送ってあげよう」

 

 それだけ言うと針名丸はゆっくり霊夢を連れてどこかへと進んでいくよ。そしてその先にはこじんまりとした屋台が……。

 

「ねぇ、あそこにいるのってゆっくり霊夢じゃない?」

 

 最初に気が付いたのは一緒にいた雛。そうやってゆっくり霊夢を指さしていると……あっ、アズマお兄さんも気が付いたよ。

 

「ゆっくり霊夢! どこにいっていたんだ? すっごく心配したんだよ」

 

 針名丸は物陰に隠れてそんな3人の様子を見ているみたいだね。

 

「ゆっくり、もう逃げないよ。もう前のゆっくりとは違うんだから。なんだか勇気が湧き上がるんだ。今度こそお兄さんの為に頑張る!」

 

 もう怖いものなんてない。ゆっくり霊夢は針名丸と萃香に勇気を教わったのだから。

 

「そうか、それじゃあ来る戦いの日の為に栄養のつくものを食べよう。みすちー、ヤツメウナギとジュースを1人分!」

「わーい♪」

 

 これにてめでたしめでたしだね。さて、私もアズマお兄さんのところにもーどろっと♪

 

 

東方銀翼伝 ep5 V.G.外伝 ~ゆっくり霊夢の小さな勇気~ END




(※1)バイター
沙羅曼蛇2に登場したボス敵。
ゴーレムを捕食するほど巨大な蛇。
地霊殿にいたものとは別の個体?


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第8話 ~あたいのマナデシかつえーえんのライバル~

ここまでのあらすじ

4つ目のオプションとなったゆっくり霊夢はとても臆病者であった。演習中に襲ってきたバイオレントバイパー相手に尻込みしてしまったことがきっかけとなり、アズマとはぐれてしまう。

アズマと雛は迷子になったゆっくり霊夢を探す為に夜の樹海をさまよっていると思わぬ形で「幽谷響子」と再会する。

響子は命蓮寺がなくなった噂を自分の家で聞いて、居場所を失い友人のミスティアと共に「鳥獣伎楽」というパンクロックバンドを結成していたのだ。

最初にバイオレントバイパーが命蓮寺を襲撃した時にその場にいなかったからか、アズマに対して敵対視することなく、久々の再会に涙してくれた。

ステージに乱入してライブを中断させてしまったお詫びにアズマと雛もライブに参加して観客を盛り上げた。

その後の打ち上げで、迷子になっていたゆっくり霊夢が戻ってくる。何やらあちらはあちらで色々あったらしく、あちこちに傷を作ったその顔からは、もはや今までの臆病さは完全に消えていた……。


「そう、そんなことがあったのね」

 

 その後、鳥獣伎楽の二人と別れた俺達が雛の家に戻るころには空も白みかけていた。扉の前ではいつからいたのか、赤蛮奇とゆっくり魔理沙達が2人と1匹を案じてずっと立っていたようだ。

 

「私もいるぞー」

 

 おっと、こいしちゃんも忘れちゃ駄目だね。

 

 布団で疲労した体を休めるも、俺達には猶予がないので仮眠を取るに留めておいた。体がマトモに動くようになり次第次の行動に出ないといけないのだから。最初は雛が、次に俺が体を起こすと、さっそく次の作戦を練るべく動き始めた。

 

 にとりと赤蛮奇を呼び出すと、ちゃぶ台の上に幻想郷全土の地図を広げ、今までの行動を確認することにした。こいしは……あれ、また姿が見えない。待っていてもいつ出てくるかわからないし仕方ない、先に会議を始めよう。

 

「妖怪の山周辺はこれくらいでいいわね。私達の目的は逃げ足の速いバイオレントバイパーを包囲すること。そこで、次に目指す場所はこの『太陽の畑』でどう? ここには私のちょっとした知り合いもいるし交渉も上手くいく筈」

 

 地図を指さしながら、妖怪の山から太陽の畑へ一直線になぞっていく雛。そう、太陽の畑は俺達が今いる妖怪の山の真逆に位置しているのだ。

 

「思いっきり幻想郷を横断することになるな。ちょっと危険じゃないか?」

 

 今や銀翼は幻想郷の敵。最終的な目的地はここでいいだろうが、途中でどこかを経由したい。すると今度はにとりが地図の一点を指さす。

 

「比較的安全なのがこの『霧の湖』を経由するルートかな? ここなら歌ってばかりの大人しい人魚や妖精くらいしかいないし、万一戦闘になっても切り抜けることが比較的簡単だ」

 

 霧の湖といえばチルノの住処。彼女は今でも俺のことを「あたいのマナデシかつえーえんのライバル」とか言ってくれるのだろうか?

 

「よし、そのルートで太陽の畑とやらに向かってみよう!」

 

 霧の湖自体は攻略が容易でも近くには紅魔館がある。再び咲夜に出くわしたら面倒なことになるだろう。ここは足早に抜けなくてはいけない。

 

「不安要素を挙げていてはキリがない。まずは行動に出よう。アールバイパー、発進!」

 

 留守は赤蛮奇に任せて俺達は次の行動に打って出る。

 

 銀翼をしばらく飛ばし最初の経由地に差し掛かる。日が昇って久しい。ここ霧の湖は何故か昼になると濃霧が発生しやすくなるので、どうにか太陽が高く昇る前に抜け出したいところではあるが……。

 

「やっぱり妖精たちの抵抗が強いな。このっ、そこをどけっ!」

「興奮状態にあるわね。ここの妖精達もバイオレントバイパーに何かされたのかしら?」

 

 どうにか群がる妖精を雛とにとりの協力を得て退けていくも、時間をかけ過ぎたのか、太陽が高く昇り、周囲に霧が立ち込めてくる。これでは遠くが見えない。

 

「アズマ、お互いにあまり離れない方がいい。はぐれたら厄介だぞ」

 

 自分も魔力レーダーに目をやるが、残念ながら正しい道は示されない。これはあくまで魔力の大きさを測るもの。だが、異様に大きい魔力の接近を察知していた。なんだコレは? 妖精にしては随分と大きいぞ。

 

「……」

 

 緑髪を黄色いリボンでサイドテールにした青いワンピースの少女が飛んでくる。その虫のような羽から推測するに、ここらの妖精の親玉ってところだろう。言うなれば「大妖精」ってところか。

 

「リリーちゃん、よくもリリーちゃんを……」

 

 ぐっ、恐れていたことが起きたぞ。恐らくはバイド化していたリリーホワイトの友達か何かだろう。明らかに憎しみを原動力に動いている。だが、あそこでリリーホワイトを放置していたら……。

 

「ああする他なかった。あの子はバイド化していたんだ。放っておいたらさらに被害が……」

「リリーちゃんの仇!」

 

 ちっ、聞く耳なしか。ボス格とはいえ相手は妖精。見たところチルノよりも力が劣るようだし少し脅かせば戦意を喪失して立ち去るだろう。

 

「そいやっ、レイディアントソード!」

 

 あちらに何かをさせる前に急接近し、剣の間合いに入る。そして一閃。しかしすぐに消えてしまう。が、俺はうろたえない。

 

「逃げ方までリリーホワイトと一緒か。残念だったな、アールバイパーは魔力の流れに敏感なんだ」

 

 冷静に魔力レーダーに目をやる。姿を隠していても再び姿を現す前に大きな魔力の流れが周囲に発生する。つまり出てくるタイミングを見計らい再び剣を振るった。わざと狙いを少しずらして。

 

 ブワっと舞い上がるは大妖精の髪の毛。わずか数ミリをブンと大妖精の耳元で唸りをあげたレイディアントソードが斬りつけたのだ。喉元に剣先を当ててさらに威嚇する。

 

「貴様の負けだ、命が惜しければここは退け。でないと、この剣は次に喉を貫くことになる」

 

 これだけビビらせておけば尻尾を巻いて逃げるだろう。だが、大妖精はピクリとも動かない。さらに威嚇が必要と判断した俺は反対側の耳元狙い、再び剣を振るった。もちろん大妖精本体には当てない。

 

「さあ今すぐに立ち去れっ! 俺はこれ以上の危害を加えたくない!」

 

 語気を強めてさらに脅しにかかる。

 

「リリーチャンリリーチャンリリーチャチャチャチャチャ……」

 

 が、次の瞬間、大妖精は白目をむいたかと思うと壊れたレコードのように友人の名前を淡々と口にしながら、そのまま湖へ落ちていった。恐怖のあまり気絶してしまったのだろうか?

 

「いや、まだ何かいるぞ!」

 

 その声につられて再び前を見る。ああっ、濃霧をよく見ると何か別の影が浮かんでいるのが見えるぞ。

 

 団子状の2本の太い触手はシルエットだけでも特徴的だ。こいつ、まさか……!

 

「キッヒヒヒヒィ! まぁた会ったなぁぁ、銀翼の末裔っ!」

 

 切断された触手をボコボコと再生させると、片方の触手をこちらに向けてくる。

 

「地底でバイターに食われたと思ったら生きていたのか、ゴーレム!」

 

 永遠亭で、地霊殿でこちらの行く手を阻んできたバクテリアンの残党、奴が三度俺の前に現れたのだ。

 

 腕を組むと触手の先をポキポキと鳴らす、いや触手がポキポキ言うはずない。よく見ると自分で効果音を口にしているだけであった。

 

「この俺様をあーんな周囲を同化したり子作りに励んでばかりのバイドの野郎どもと一緒にするなよ? 再び地獄の底から這いあがってやったぜ! テメーを、本物のアールバイパーとやらに引導を渡す為にな!」

 

 触手をビシッとこちらに向けて宣戦布告する脳みそ。

 

 ヤツはそれであの大妖精に取り付いていたのだろう。いくら妖精の中では強そうとはいえ戦った感じではチルノの足元にも及ばない感じであった。ゴーレムがあの妖精を操って俺を仕留めようという魂胆だとしたら大誤算もいいところである。

 

「君に構っている暇はない。アズマ、こんな奴さっさとやっつけてやろう!」

 

 にとりが前に出るとゴーレムと対峙する。こんな所で無駄な時間を消費したくはない。だが、今のゴーレムの発言、何か引っかかるぞ……?

 

「待つんだ、ゴーレム。さっき俺を見て『本物のアールバイパー』と言っていたな。つまりお前はアールバイパーの偽物がいることを知っていて、でもこの俺を本物だと認識した。違うか?」

 

 にとりの弾幕とゴーレムの触手がぶつかり合わんという、まさにその時に水を差した俺。戦闘はすんでのところで中断された。

 

「ったりめーだろ。二度も俺様の顔に泥を塗ったアンチクショウの顔を間違えるなんてありえねぇぜ。手の込んだ偽物まで用意しやがって……。しかも偽物の方がなんか容赦ないっぽいし」

 

 ふむ、これは使えるかもしれないぞ。何かきっかけがあればこいつを味方に引きずり込むことが出来る。

 

「その偽物ってのを俺は追いかけているんだ。だから……」

「アホ言ってんじゃねー! なんでよりにもよって一番憎たらしいテメーの手助けなんざしないといけねーんだ」

 

 うーん、直球で交渉してもダメそうだな。そうしていると騒ぎを聞きつけたのか、別の妖精が近づいてきた。

 

「さっきからっ、あたいのシマでっ、うるさくしているのはっ、どこのどいつだーっ!」

 

 あの元気のいい声はチルノのもので間違いない。声が響いてコンマ数秒、ゴーレムの目が一瞬笑みを浮かべる。

 

「力の強そうな、んでもって頭の弱そうなカモ発見! 今度はコイツを操ってやる!」

 

 あくまで俺を倒すことに固執するゴーレムは今度はチルノを洗脳して戦わせようとしているのだ。耳にあの太い触手を突き刺されてはその肉体はゴーレムのおもうがままに操られてしまう。

 

「チルノっ! 離れろ!」

 

 思わず彼女の名を叫ぶが、それもむなしく、ゴーレムはチルノの両耳に触れた。

 

「イタダキだ。ほほぅ、さっきの小娘よりもずーっと強いようじゃないか。ちょいとその体、借りるぜ……」

 

 今まさに触手が突き刺される! が、次の瞬間、ゴーレムの表情が固まった。いや、固まっているのは表情だけではない。触手も固まっていたのだ。カチコチに凍らされて。

 

「イギャァァァァ! 手がぁ、手がぁぁぁ~~~~!!」

 

 チルノは触手が本格的に突き刺される寸前にゴーレムの触手を凍らせていたのだろう。実際に体に触れていたので冷気もより速く伝わっていったと考えられる。

 

「ふふん、脳味噌の化け物の割にはあんまり頭が良くないのね。冷たいものに触ったら手も冷たいに決まっているじゃない」

 

 今も悲鳴を上げるゴーレム相手にドヤ顔で決める氷の妖精。そのまま快活な笑顔を今度はこちらに向けてきた。

 

「やっぱりアズマにはあたいがついていないとね! 何たってアンタは、あたいのマナデシかつえーえんのライバルなんだから!」

 

 彼女の口から出た言葉、それがあまりに嬉しく俺は思わず涙した。

 

「まだ、あんたの弟子にしてくれているんだな? 前にあんたの友達に手をかけてしまったというのに、今だってあんなに銀翼はあちこちで暴れ回っているというのに」

 

 涙ぐみながらそう言われ、キョトンとするチルノ。間もなく「友達」がリリーホワイトのことと分かると少しも明るさに陰りを見せることなく続けてくれた。

 

「リリーホワイトの件は仕方ないわね。巫女に散々ボコボコにされてもゾンビみたいにすぐ立ち上がるし暴れ回るし、完全に『一回休み』にしないと止まらなかったわ。それに今あちこちで悪さしてるのはニセモノのほうでしょう?」

 

 恐ろしい程に真実に近づいている。これもバカ……失礼、思考回路が単純なだけ既存の常識にとらわれにくいということなのだろうか?

 

「偽物って分かるの?」

「前々からおかしいなとは思っていたけど今ので確信したわ。今まで見てきたのはニセモノ。頭の弱そうな脳味噌お化けにすら見分けることが出来るのよ。あたいに出来ない筈がないわ。そもそもあたいのマナデシはあんなことするわけないもん!」

 

 その理屈が通ってしまうと幻想郷のほとんどの住民の知能がチルノ以下ということになってしまうのだが……。

 

 なんとも無茶苦茶な理屈であるが、少なくともチルノはこちらに好意的である。それが分かっただけで十分だ。

 

「ありがとうな、チルノ。あんたは技だけじゃなく、心の師匠でもあったようだ」

 

 互いの友情を確かめ合うべく、再びガッチリとアツい握手を交わしていると、申し訳なさそうにか細い声が割り込んできた。

 

「おーい、腕を凍らされたままなんだけど……」

「戻さないわよ。また悪さするでしょ?」

「くっ、ならばいっそここで殺せ」

 

 どこぞの女騎士みたいなことを言いだすゴーレム。だが、ヤツの口車に乗ってはいけない。俺はすぐさま反論した。

 

「コイツを殺すなよ? 死んだらまた時間をおいて復活するんだ」

「ひーん! 助けてゴーファー様~!」

 

 結局腕が凍ったままでは可哀想だし、チルノに行動を監視させることを条件に触手は戻してやった。

 

 その間に俺達が幻想郷全土にバイオレントバイパーを縛る包囲網を作ろうとしている旨を話す。

 

「えーっとどういうことかしら?」

「つまり、ニセモノ野郎を取り囲む大きな網になってくれってことみたい。

いいか銀翼の末裔、今回は手助けしてやるが、ニセモノ野郎を仕留めたら次はテメーだからな。くれぐれも勘違いしないように!」

 

 強引に味方にしたゴーレムと我が心の師匠に別れを告げ、俺達はさらに妖怪の山から離れ、太陽の畑を目指す……。

 

 間もなく人里が見えてくる。ここを抜けてその更に向こうが太陽の畑。しかし、日が落ちてきてしまっていた。

 

「厄神にお尋ね者。とても人里に入れる状況じゃないわね」

 

 自虐的に首を振る雛。うっかり俺達が入ったら一悶着どころでは済まないだろう。とはいえ、幻想郷の夜に無暗に動いても危険なだけである。不本意だがどこか適当な場所で野宿する他ない。

 

「こんなこともあろうかとっ! テントを用意してあるのだ」

 

 つくづく河童を味方につけてよかったと思う俺達なのであった。



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第9話 ~反撃の狼煙~

アズマがチルノとゴーレムと出会っていたその頃、人里では……。


(その頃人里では……)

 

 もうじき陽が落ちる。琥珀色の光に照らされながら、神子はただ空に目をやり続ける。ぼんやりしていると彼女の前に一輪が降り立った。

 

「神子……様、講演会は無事に終了しました」

 

 その名を口にする度、一輪は苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。当然である、かつての商売敵の軍門に下った屈辱は計り知れない。それでいて、自らの手で商売敵の宗教を推し進める活動をしている。これほど残酷なことはないだろう。

 

 これだけ血反吐を吐くような思いをしている一輪。だというのに肝心の神子は風にマントをなびかせながら空を憂い気に見つめたままである。まるで反応しない。心ここにあらずといったところか。

 

「太子様は日々の(まつりごと)に追われてお疲れである。代わりに我が聞こうぞ」

 

 仕方なく一輪は布都に状況を報告する。より一層嫌悪感をその表情に出しながら。

 

「うむご苦労であった。今日はもう休んでよいぞ」

 

 それに気づいているのかいないのか、ふんぞり返りながら布都は上機嫌に一輪を送り出した。そんな童顔の仙人を尻目に、屈辱にその表情を歪めつつ、一輪は下がっていく。これだけ空気がピリピリしていたのに神子は相変わらず空を見つめたままである。

 

「太子様の提案した『かつての商売敵に我々の宗教を説かせる』ってのが思いのほか効いているようですよ。民衆に力関係をはっきりとさせることで我ら道教の勢いは増すばかり。さっすが太子様!」

 

 これだけ褒めちぎっても神子の反応は薄い。が、あまりに騒ぎ立てるので神子はついに空から視界を地上に移した。

 

「ああ、しかし上手くいき過ぎだとは思わないかい? まるで誰かに用意された線路の上を走っているかのように事が上手く運びすぎている。私はそれが逆に怖い」

 

 それだけ言うと神子は再び空を見上げてしまう。

 

「それにあの英雄気取りの魔住職の使い魔、確か『轟アズマ』といったか。奴が静かすぎる」

 

 つぶやくように口にするとどこからか甘ったるい声が響く。

 

「豊聡耳様、その為のわたくしではなくて?」

「その声は、青娥か。貴女も戻っていたのですね」

 

 大きく二つの輪っかのようにまとめた特徴的な髪形、その根元には一本の大きなかんざし。全体的に薄青色の服装に身を包んだ女性は羽衣らしきものを羽織っており、仙人にも天女にも見えた。しかし彼女こそ邪仙と呼ばれるあの「霍青娥」である。

 

 そんな不吉なあだ名など似合わぬ程に彼女はニコニコと屈託のない笑顔を浮かべて神子の顔をのぞき込んでいた。

 

「使い魔だなんて、違いますわ豊聡耳様。あれは超時空戦闘機『アールバイパー』。乗り物なの」

「そのええっと、『あーるばいぱー』だったかな? その偽物は青娥が用意してくれたんだったね」

 

 低空を浮遊しながらクスクスと笑うのは青娥。

 

「よくできているでしょう? わたくし、頑張っちゃいましたから♪ 豊聡耳様も欲しいならもう1機作りますよ?」

「い、いやいらないよ。空を飛べて弾幕が撃てるようになる乗り物だろう? 私には必要のないものだ」

 

 こうもアッサリと否定されてしまうと子供っぽくしょげかえる邪仙。

 

「え~! アールバイパー、結構カッコイイと思うのですが……。とにかく、本物がこの偽物の存在に気が付いたようです。あとはこちらの偽物がさらに信頼を集めたうえで本物を屠れば……。ふふっ、こっちが本物ですわ♪」

 

 アツく語る青娥にタジタジになる神子。

 

「そ、そうだな。では引き続き偽銀翼の作戦は青娥に任せましょう」

「はーい。こっち関連は全部わたくしに任せてくれてよいのですわ。豊聡耳様は幻想郷の民衆を導くという立派なお仕事があるのですからクリーンでなくてはなりません。こういった汚れたお仕事は全部わたくしにお任せくださいな♪ では私は今から豊聡耳様が封じた悪い魔女の様子を見てきますので」

 

 何処か後ろ髪をひかれがちな神子を尻目にランランと鼻歌を口ずさみながら青娥は去っていった。

 

 一人、ポツンと取り残された神子はまた空を見上げる。陽は既に落ちて星空が瞬きつつある。

 

「本当にこれで、いいのでしょうか……? 確かに我々の教えを幻想郷に広めたいという欲望はあるし、信仰の力に応じて力も増してきた気がする。しかし、こんなやり方で本当に……?」

 

 答えるものはどこにもいない。弱弱しい星の光が微かに神子を照らすのみであった。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 そう、全部全部わたくしに任せてくれていいのです、豊聡耳様。

決して悪いようにはしませんから……ね。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(神子と別れた一輪は……)

 

 

「うっ、うわぁーん! こんなのもう嫌だー!」

 

 神子達が人間達を導くための人里の拠点は道教の信者達によってしっかりと作られているも、元々白蓮の弟子であった一輪達の詰所は神子の拠点の隣にあるなんともオンボロの小屋なのである。

 

 神子に報告を済ませて詰所まで戻ると中にいたムラサと星の前で一輪はついに我慢の限界が来たのか、大泣きしてしまった。一輪の体を支えながらムラサは正義感に燃える。

 

「そうね。これ以上アイツらにいい顔させておくこともない。これは私達の戦い。こんなことになってしまった元凶である裏切り者のアズマを葬り、全てをやり直すのが目的だった筈。あんな奴らに頼らずに私達だけで……」

 

 そんな二人をやや語調を強めて止めるのが星。白蓮のいない今、このメンバーを取り仕切るのは彼女の役目である。

 

「なりません! 聖もいないし、信用も失墜した私達です。それに彼女たちの気を悪くしてはいつまでも私達の聖は封印されたまま。まずは聖の封印を解いてもらうのが先決。辛いでしょうが今は立ち上がる時ではありません」

 

 そう言いながら彫刻刀片手に何かを彫っている。手の平にスッポリ収まるような小さな人形のようなものであった。

 

「どうです? 粗末なものですが木彫りの仏像を作ってみました。今だって仏の救いを求めている方はいらっしゃいます。これはそんな方に渡していくのです」

 

昼間は道教の布教活動をやらされており、そんな暇はないので、コッソリと仏の教えを夜に説く。これをやると徹夜になってしまうので、今いる3人が交代でやってきたのだが……。

 

「今日は私の番ね。仏像配りと、もしも途中で裏切り者のアズマを見つけたら……」

 

 その後は無言で親指を立てて首元を切るジェスチャーを行う。やたらと好戦的なムラサに星が再び釘をさす。

 

「できれば生け捕りにするように。彼が聖を裏切ってまでどうしてこんなことをしてしまったのか、その理由を私は聞きた……ちょっと、話は最後まで聞いてください!」

 

 その悲鳴はキャプテンに届くことはなかった。隙間風の吹く中、星はやれやれと首を振るのであった。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、アールバイパー達は……)

 

 にとりのテントで休息をとっていたが、まだ空も白む前に俺は起こされてしまった。

 

「命蓮寺のメンバーが人里から出ていくのを見かけた。きっとアールバイパーを探しているんだ。ここに留まっていては危ない!」

 

 見上げると大きなアンカーを手にした影が横切るのを俺は確認した。ムラサのもので間違いないだろう。幸いにもムラサは妖怪の山方面、つまり俺達の目的地と真逆へ向かっている

 

 急いでにとりのテントを収納すると、いそいそと人里に入り込まないように迂回しつつ抜けていく。が、その途中で……

 

「さっきのアンカー持った子が戻ってきたわ。その銀翼の姿は目立ちすぎる! 見つかっては厄介ね。どこかに身を隠さないと」

 

 暗闇の中、やむなく高度を低くして息を潜めていると小さな洞穴を見つける。俺達は一度そこで身を隠すことにした。

 

「なんだろうここ、自然の洞窟って感じじゃないな」

 

 明らかに何者かに掘られた跡、あまりに直線的すぎる道、怪しいと思い探索することにしたのだが、その奥にあるものを目にして俺は驚愕した。

 

「白蓮さんっ!?」

 

 そう、無数の鎖でがんじがらめに縛られた白蓮の姿があったのだ。魔法使いとしての力を封じるものであろうお札もあちこちに貼り付けられている。

 

「も、もしかしなくても命蓮寺の住職サマ……だよね?」

「ああ、間違いない。バイオレントバイパーのせいで封印されてしまった白蓮、彼女さえ救い出せれば一輪達もあの道教の奴らの言いなりになる理由もなくなる」

 

 ブンと音をたて、レイディアントソードを取り出す。あの憎き鎖を断ち切って白蓮さんを元に戻せば……。

 

「待って、彼女に触らない方がいいわよ。ちょっと見てみたけれど、これはかなり厳重に封印されているわ。恐らく実際に封印を施した術者以外が触れると……」

 

 だが、勢いは止まらない。青い刃が鎖に触れた。ガキンと金属がぶつかり合う音を響かせるが、鎖はビクともしない。

 

 そればかりか、物々しいサイレンの音が響き渡る。

 

「『一種のセキュリティが働いて報復行動に出ると思う』って言おうと思ったのにー!」

 

 遅いよっ! 重低音のサイレン音を響かせて天井から落ちてきたのは、巨大な紫色のダンゴムシであった。

 

 いや、ダンゴムシだと思ったが違う。これはダイオウグソクムシだ。あまりに異質すぎる光景。ダイオウグソクムシってのは深海に沈んだ海洋生物の死骸を食べて生きるいわば深海の掃除屋である。だが、幻想郷には海がないのでこんなのがいるはずはない。

 

 つまり、何者かによって連れてこられたことを意味している。

 

 更に付け加えるといくら大きな虫だからってここまで巨大で武装しているなんてありえない。

 

「お前、『バイオレントルーラー(※1)』だな」

 

 その巨大な体を起こして脚や触角をワシャワシャと蠢かせて威嚇してくる。なんということだ、封印を暴かれないようにベルサー艦に白蓮を守らせていただなんて。

 

 おのれ神子、自ら最大のライバルだからと厳重に封じておいたんだな。

 

「どうする? 戦うのかい?」

「いや、やめた方がいい。バイオレントルーラーは一騎当千を突き詰めた巨大戦艦。一度暴れ出したら周囲を焦土にするまで敵も味方も構わずに破壊し尽すという。『暴君』というあだ名があるくらいだからな。仮に俺達が勝てたとしても白蓮に被害が及ぶ可能性が高い」

 

 それにコイツを倒したところでやっぱり白蓮の封印の解き方なんて分からない。ここは逃げよう。二人に合図を送ると俺は銀翼をぐるりとターンさせる。

 

「なら仕方がないね。だけど場所を覚えておくだけでもかなり優位に働くと思う。アズマ、アールバイパーにここの座標軸を登録するんだ」

 

 悔しいが、俺は固く目を閉じた白蓮を置いて洞穴から出ることにした。取り戻すんだ、日常を、栄誉を、そして大切な人を……。

 

 神子達がベルサーと通じているという事、そして白蓮の居場所が分かっただけでも大収穫だ。周囲の壁に何度も衝突しながら追いかけてくるバイオレントルーラーを無視して俺達は洞穴から脱出した。

 

 その後は知性を持つ妖怪との遭遇もないまま進んでいくことが出来た。そして遠くに黄色い何かが密集しているのが確認できた頃には空が白みかけてきた。

 

 そしてはるか遠くに若干背の高い黄色い絨毯が見えてくる。

 

「あれが『太陽の畑』。向日葵畑なんだけれど、この近くに鈴蘭の花畑もあって、そこの子が私の友達なの」

 

 更に近づくとたくさんの向日葵に囲まれて憂い気に直立する女性の姿が浮かび上がった。今まさに陽が昇り逆光となっており、その表情はよく確認できない。

 

「あれ、メディちゃんじゃないわね。おはよう、風見幽香さん」

 

 どうやら雛の言っていた友達とは別の存在のようだが、この「風見幽香」と呼ばれた女性も顔見知りのようである。赤いチェックで統一した服装に白いブラウス。色こそ違えど幽々子さんの髪型を彷彿させる癖毛の目立つ緑髪を風になびかせている。

 

 向日葵畑の中心で真っ白な日傘をさしながら一人立つその姿は綺麗な花の似合う清楚な乙女を彷彿させた。だが、その瞳はとにかく赤く鋭い。その鋭さがあまりに異様であったのだ。そして一瞬、その赤い瞳と目が合ってしまう。

 

 わずかにニヤリと笑みを浮かべたようにも見えた。直後に俺の体が大きく震えあがる。

 

 今ので分かった。あのお姉さんも妖怪、それもかなりの力を持っているタイプの。俺の本能がそう訴えかけている。しきりに「危険だ」「すぐに離れろ」と。だが、そんな俺よりも酷かったのが横でガタガタと震えている河童。

 

「太陽の畑っていうから警戒していたけれど、こ、こんな近くに鬼レベルの強大な妖怪が……」

 

 恐怖のあまり泡を吹いて気絶してしまったようだ。雛との反応の差が顕著である。俺は、俺はどうすればいい?

 

 この女性は味方になってくれるのか? それとも……!




(※1)バイオレントルーラー
ダライアスバーストACに登場したベルサー艦であり、ラスボスの1体。
奴と戦うルートは「光導ルート」と呼ばれ、なんとゲームスタートからエンディングに至るまで1つのBGMが繋がっているのだ。


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第10話 ~四季のフラワーマスター 前編~

ここまでのあらすじ

対バイオレントバイパー用の包囲網を完成させるべく、厄神の「鍵山雛」や河童の「河城にとり」と協力して妖怪の山や人里で秘密裏に根回しをしてきた「轟アズマ」と彼の相棒である銀翼「アールバイパー」。

そろそろ他の拠点で味方を作らなくてはならない。アズマは「霧の湖」を経由して妖怪の山と正反対の場所に位置する「太陽の畑」へと向かうことに。ここには雛の友人が住んでいるようだ。

霧の湖では妖精の「チルノ」と、再び復活して銀翼を追ってきたものの上手い具合にやり込められたバクテリアン軍残党の「ゴーレム」を味方につける。

その後チルノ達と別れ、アズマ達は太陽の畑に向かうが、そこにメディスンはいなく、代わりに一見清楚な乙女なのに、見るからに凶悪そうな真紅の眼光を宿す妖怪「風見幽香」がいるのみであった。果たして彼女は味方になってくれるのか……?

一方、道教勢にすっかり覇権を奪われてしまった人里ではかつての命蓮寺のメンバーが無理矢理に道教の布教活動をさせられていた。これも白蓮を救う為、反乱も起こさずに大人しくしている……と見せかけて夜な夜な仏教の再興を目指しているようである。

かつての信頼と平和な日常、そして白蓮を取り戻そうとするアズマ、バイオレントバイパーの存在に気付かずに「裏切り者」の始末と仏教の再興を目指す星、宗教戦争を制するもどこか表情の浮かない神子、そして、そんな彼女を補佐するは不気味な笑みを浮かべる青娥……。幻想郷では様々な思惑が交錯していた。


 ニヤリと何か含ませたような笑みを浮かべて幽香が近づいてくる。

 

「降りなさい! 用事があるのに顔も見せないだなんて失礼ではなくて?」

 

 たった一言なのに威圧された俺は思わずアールバイパーのキャノピーを開いてしまう。ついでに両手を上げて無抵抗である旨も示す。銀翼から引きずり出された俺はじっくりと品定めをされるように至近距離でジロジロと見られる。

 

「なるほど、貴方があのアズマ君ね。あの鳥をかたどった乗り物は強そうでも、中身は随分と貧弱そうだわ」

「お、怯えているからもう少し優しくしてあげて」

 

 おずおずと申し出た雛の言葉に耳を傾けると、日傘を開き近くの小屋へと誘う。

 

「まあ、立ち話もアレだしあっちでいろいろお話しましょ?」

 

 気絶した河童を背負いながら俺は幽香の小屋にお邪魔する。拒否権はなかった。

 

 幽香は随分と乱暴で、人間とは決して分かり合えないような凶暴な妖怪であるという噂があったが、少なくとも問答無用で襲い掛かるようなヤツではないことは分かった。

 

 花の爽やかな香りを醸し出す紅茶を勧め、さらにクッキーまで用意してきた。ううむ、実は親切な人なのか? これでは噂と全然違う。なんだか何が本当なのか分からなくなってきたぞ。

 

「さて、悪の限りを尽くしてるアズマ君なんだけど、とてもそのようには見えないのよね。新聞もモノによって意見が真っ二つ」

 

 そう言って差し出してきたのはお馴染みの「文々。新聞」とそれよりも小さい「花果子念報」と題名付けられた紙面。えーっと「かかしねんぽう」? 新聞といえば鴉天狗のお家芸。そんでもって幻想郷の少女達にとってもっとも馴染み深いのが文の新聞である。が、文以外にも少女向けに新聞をばら撒いているのがいるらしい。この新聞は全然見たことないけど。

 

 まずは「文々。新聞」から見てみた。今日の分もバイオレントバイパーの記事が掲載されているようである。今度は永遠亭を襲撃し、保管されていた薬をいくつか破壊してしまったようだ。

 

 後で竹林の輝夜にも助けを求めようとしたが、これでは取り合えってもらえないだろう。それにしてもやる事がえげつない。この襲撃のせいで患者の治療が遅れて取り返しのつかないことになんて惨劇も起きかねないのだから。

 

 その他にも悪行の限りがアールバイパーの仕業として記事になっている。

 

 次に「花果子念報」に目を通してみる。縦ではなく横に書かれた文字が特徴的だ。そしてとてもスッキリとしており読みやすそうである。

 

「地味そうな天狗がいくら追い払っても散々痛い目に遭わせても必死に『どうしても!』って食い下がって押し付けてくるから、戯れにこっちも取ることにしたのよ」

 

 そして本格的に記事を読んでみるが……。

 

「な、なんじゃこりゃ!?」

「ほとんどアールバイパー関連の記事じゃない!」

 

 題名だけ流し読みしただけでも「銀翼、厄神連れてパンクロックバンド『鳥獣伎楽』と一夜限りのコラボ」「アールバイパー人里を襲わず。道教組と関連?」「友の顔も忘れたか! 輝夜叫ぶも無言の銀翼。まさかの別人説?」「私は見た。2機の銀翼激突す」……。こんなのばかりでとても新聞と呼べるような体裁を保っていない。

 

 おおむね銀翼異変に対して懐疑的な記事が目立つ。

 

「こっちの新聞によるとこの銀翼って奴、実は2機いるらしいのよ。恐らくはどちらかが偽物ってところね」

 

 それにしてもこんな記事ばかりなのは何故だろうと読み進めていると、この新聞を作っている天狗の名前が出てきた。

 

「姫海棠はたて」

 

 ああ、そういうことか。姿こそ見せないが、彼女もまた俺の味方でいてくれている。いつの間にか息を吹き返していたにとりも記事に目を通していた。

 

「随分と惚れられていたらしいもんね。念写を使って真実にたどり着いたのだろう。だけど高度に組織化された妖怪の山では滅多な行動がとれない。そこで自分の新聞を使って必死に訴えかけてきたのだろうね。本当に何が起きているのか……を」

 

 あの携帯電話のような形をしたカメラに必死に俺や銀翼の名前を入力してそれらしい写真を探していた姿が想像できる。そして新聞紙に打たれた無機質な文字からも彼女の身を引き裂かれるような思いを感じることも出来た。何としても俺を救いたい、だけど大きな行動はとれない。せめて自分の声、そして自分の意見を聞いてほしいという悲痛な思いが。

 

「目頭が熱くなっているところ申し訳ないけれど、そっちの新聞もあまり信用できないのよね」

 

 俺だってこんな新聞の存在、今の今まで知らなかったくらいだから仕方ないものの、このタイミングで腰を折ってくるとは……。イジワルなのか、単に気づいていないだけか。ガックリとしていた俺であったが、幽香は直後に「ただ……」と付け加えてきた。

 

「銀色の翼を持った妖怪が度々花畑を荒らして嫌がらせをしてくるのは確かなの。その都度追い払っているんだけど、こんな記事を見たからこの前に銀の翼を持った妖怪が来た時にちょっと話しかけてみたの。そしたら無視されちゃったわ」

 

 彼女が視線を窓に移す。所々に荒らされた跡が残っており痛々しい。

 

「だけどアンタは私の言葉に応じてくれた。だから私はこちらに賭けようと思う」

 

 真っ直ぐに突き刺さる視線。だが、俺はもう震えない。また恐怖におののくのではないかと心配そうに見上げていたネメシス達と目が合った。

 

「そんな簡単に信じちゃっていいのか?」

「ええ、小っちゃい子達に慕われているようだし、あんな乱暴者の真似なんて出来なそうだし、そもそもあっちの銀翼は全然話に応じてくれないし。というわけで……」

 

 あれ、また眼光が恐ろしげに光ったような?

 

「なまっちょろくて、どこか頼りないアズマ君をこの私自らが鍛えたげるわ。光栄に思いなさい!」

 

 なんでそうなるー! 要は弾幕ごっこの腕を鍛えてくれるそうだが、この人見るからに加減とか知らなそうで不安である。俺は救いを求めるように無言で雛達に視線を送るが……。

 

「い、いい機会なんじゃない? 私達はメディちゃんを探してくるから。幽香さんもウッカリやりすぎないように気をつけてね」

「(特訓だって? シゴキという名のイジメじゃ……。でも、私に異を唱える勇気はない……)」

 

 必死に目を合わせないように顔を逸らしながら、ソソクサと立ち去っていく妖怪二人。この薄情者! が、幽香の興味対象は思いっきり俺に向いている。

 

「そんなんじゃもう1機の銀翼にも勝てっこないわ。みっちりシゴいたげる……」

 

 幽香は「表出ろ」と言わんばかりに俺を小屋の外に追い出すと、いきなり日傘を構える。そしてそこから細い形の弾で形成された弾幕を放ち始めた。わわっ、まだアールバイパーに乗っていないってば!

 

 特に何かの形になっているわけではないが、物量と拡散性に物を言わせ放射する弾の嵐をかいくぐり、どうにか銀翼に乗り込むと、さっそく弾幕殺しの刃を振り回し、周囲の安全を確保する。

 

「ぐっ、グラビティバレット!」

 

 まずは敵弾を吸い寄せようと試みるために疑似ブラックホールを展開するも、まるで反応がない。むなしく小さい球体の中で黒くスパークするだけであった。やっぱりナイフのように実体のあるものでないと引き寄せることが出来ないのか。

 

 それならばと銀翼の速度を上げて幽香の背後に回り込むように大きく旋回した。

 

 こちらに向けてくる日傘の速度が追いついていない。どうやら火力はとんでもないが、足の速さはそうでもないらしい。好戦的で高火力な上に足まで速かったらより危険な存在として霊夢や魔理沙も本気で退治しに来るだろうし。

 

 とにかく足が遅いという弱点はアールバイパーにとっては好都合。無防備な背後を取り、狙いを定めフォトントーピードを放つ。光を散らしつつ、グングンと加速しつつ直進する実弾兵器。よし、命中した。爆風が吹きすさぶ中、さらに接近して今度はレイディアントソードを叩き込む。

 

 が、相手も黙ってはいない。振るった剣はなんと閉じられた日傘で受け止められてしまったのだ。負けじと再びレイディアントソードを振り回すが、全て止められてしまう。こいつ、接近戦が強いのか。それでも負けじと押しやろうとするも、幽香は不敵な笑みを浮かべるのみ。

 

『Watch your back!!』

 

 急なシステムボイス。後ろ……しまった! 魔力レーダーがバイパーの後ろ側で異様に膨張する魔力を観測していた。接近戦に気を取られている隙に何者かに背後を取られたか。振り向くと何とも恐ろしい姿が……。

 

「幽香が二人いるっ!?」

 

 恐らくは分身でも用意したのだろう。二人の幽香に挟み撃ちされてしまったのだ。

 

「……踊りなさい!」

 

 向けられた日傘から小型の弾がこれでもかと発射される。これを回避するのは不可能だ。ここはスペルカードを用いて……。俺は懐をまさぐりカードを手にしようとするが、急な出来事に動揺して上手く取り出せない。

 

 そうしているうちに戦場に躍り出たのはゆっくり霊夢であった。

 

「ゆっくりもアズマの力になるもんっ!」

 

 震え声ながらも戦う意思を見せつける。が、幽香はそんな饅頭の妖怪を嘲笑し始める。

 

「あら、ナイトさんのおつもり? 怖くて痛~い弾幕花火を喰らいたくなかったら、すっこんでなさい!」

 

 俺と対峙している方の幽香がゆっくり霊夢に狙いを定め弾幕をばら撒く。今までのゆっくり霊夢なら「怖いよー」と泣き喚いて逃げてしまうところだろう。だが、彼女は変わったのだ。もうあの時の弱虫なゆっくり霊夢ではない。

 

「じゃあ喰らうもん! 全部、ぜーんぶ喰ってやる!」

 

 が、彼女の取った行動は俺の予想斜め上を行くものであった。ゆっくり霊夢は逆に弾幕に近寄ると、そのまま喰らい始めたのだ。そう、文字通りムシャムシャと。

 

「むーしゃむーしゃ。こんなんじゃ腹の足しにもならないもんね。い~っだ!」

 

 勇気を持ち、その暴力的な食欲のものを言わせ、縦横無尽に大きな口をパクパクさせながら幽香の弾幕を確実に喰らっていく。そしていよいよ弾幕がなくなると今度は幽香本体にガブガブと噛みつき始めた。

 

「いいぞゆっくり霊夢。お前の為にスペルカードを用意してやろう。白鈴『大食い勇者アレックス』(※1)なんてのはどうだ?」

 

 今も幽香に食らいつくゆっくり霊夢であったが、ついに振り落とされてしまう。更に日傘で突き刺そうとするので、俺は「操術『サイビット・サイファ』」を発動させて阻止する。オレンジ色のオーラが幽香に思い切りぶつかり吹き飛ばす。すると小さい爆発を起こし彼女は消えてしまった。

 

「なるほど、そうやって小っちゃい子を巧みに操って戦うのね。では、こういうパワフルなのはどうかしら?」

 

 反対側の幽香が日傘に真っ白い発光体を収束させる。しまった、さっきのは分身の方だったか。先程とは比べ物にならない程の火力を用いるようだ。

 

 直後、周囲は真っ白い光に包み込まれた。特徴的な光が散る音と共に。

 

「これはまさか……マスタースパーク!?」

 

 今のレーザーは幾度となく辛酸を舐めさせられ続けてきた魔理沙が放つそれに酷似していたのだ。

 

「くっ、回避! ゆっくり霊夢、それは食えないぞ!」

 

 攻撃範囲自体は分かりやすい、持ち前の機動力でアールバイパーは直撃を避けたのだが、ゆっくり霊夢はこれすらも食べようと口を大きく開けて……。

 

「きゃうんっ!」

 

 流石にレーザーの類は食べることが出来ない。すっかり尻込みしてしまったゆっくり霊夢は慌ててアールバイパーの背後に隠れてしまう。

 

「一度格納する。今は傷を癒せ」

 

 次の一撃に備え、俺は接近を試みる。マスタースパーク級の火力に真っ向から立ち向かうにはサンダーソードしかない。幸いなことにマスタースパークは連射するものではないので近づく予定が……。

 

「ほらっ、ほらっ! やられっぱなしなのかい? そっちも何か撃ってきなよ?」

 

 れ、連射してくるだと!? 魔理沙のものよりも若干太さが足りないとはいえ、ここまでバカスカ発射されてはどうしようもない。

 

 苦し紛れに取った行動はオプションを総動員してフォトントーピードを撃ちまくる事であった……が、それらが幽香に届くことはなく全てマスタースパークの光に撃ち落とされてしまった。火力の差は歴然だ。

 

 いよいよ打つ手なしの俺は乱射された1本の光の槍に貫かれて墜落してしまった。

 

「め、滅茶苦茶だ……」

 

 最強最悪の妖怪相手である。元より勝ち目のない戦闘であった……いや、一応は特訓という名目だったな。

 

「弾幕をぶつけあって何となく分かったわ。アズマ君、というよりかはその銀翼とそのオプション達かしら? とにかくパワーは十分よ。だけど、それをうまく使えていない傾向にあるわ」

 

 かつてのアールバイパーの弱点であった火力の低さは、幻想郷を飛び回り集めてきたオプション達の力もあり、随分と補えている筈だ。更にはいくつかの陣形を取ることで戦略的に立ち回れるという側面も持っている。一体どういうことなのだろう?

 

「何というかリズム感というものかしら? とにかく相手の魔力の動きを全く読めていないし、貴方の魔力の流れ方も滅茶苦茶で非効率的。今も私に敗れ、そしてパワーもスピードも拮抗しているのに魔理沙に負けてばかりなのは、その辺りに原因があるに違いないわ」

 

 な、なんで魔理沙のこと知ってるんだと声を荒げたら、長い付き合いだからと素っ気なく返してきた。唖然とする俺を無視して更に大破した銀翼の周囲を品定めするかのように回りながら続ける。

 

「それ抜きにしても高火力な技が剣や爆弾のような射程距離の短いものに偏っているのもいただけないわね」

 

 言われてみれば高火力でなおかつ射程距離の長い技なんてドラゴンレーザーくらいである。彼女は俺の戦い方を見て他にも色々と分析をしてくれた。荒々しいけれど知的、乱暴だけど親切。幽香さんってのは不思議な人だ。

 

「つまり遠くまで届く威力の高い技と、魔力の使い方を鍛えよってこと?」

 

 無言で、幽香はニコリと微笑んだ。それすらもどこか戦慄とさせる。俺はとんでもない妖怪に気に入られてしまったようだ。




(※1)白鈴『大食い勇者アレックス』
セクシーパロディウスの白いベルパワーで召喚される「アレックス」がモチーフ。パックマンのように口をパクパクさせながら敵を攻撃したりコイン集めを手伝ってくれたりする。
何故か女性型の敵を優先的に攻撃しようとしたりボス戦になるとビビって自機の後ろに隠れてしまったりとやたらと人間臭い。


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第11話 ~四季のフラワーマスター 後編~

10話と11話は修業回といったところですが……


 それからというもの……

 

「ほら、また隙を晒している!」

「ぎゃあっ!」

 

 特訓という大義名分を掲げた……

 

「そんなんじゃ背後を取られるわよ? こんな感じに」

「がはっ!」

 

 銀翼いびりが始まった……

 

「パワーが分散しているわ。もっと集中なさい!」

「ピチューン!」

 

 俺から、いや幽香さんから逃げるようにメディスンを探しに行った雛たちが戻ってきても誰も何も言えるような状況ではなかった。

 

 これで何度目だろうか、度重なる被弾でアールバイパーがついに大破してしまった。

 

「ストップストップ! これ以上は本当にヤバい」

 

 日傘を向けて追撃しようとする幽香さんであったが、俺はリデュースを解除してキャノピーを開いた。次いで幽香さんは外で傍観していた河童を睨み付ける。彼女はガクガクと激しく首を縦に振っていた。

 

「ドクターストップってことね。仕方ない」

 

 満足いく成果が得られずに幽香さんはさぞ不機嫌であろうと思ったが、意外なことにわずかに笑みを浮かべているようだ。

 

「あー、スカッとし……じゃなかった。人間にしては及第点ってところね。流石は異変解決の実績を持っているだけのことはあるってのが分かったわ」

 

 今彼女の本音が聞こえたような……? それよりもあれだけボコボコにされたというのに戦闘面では特に問題なしと言っているようにすら感じる。

 

「えっ、一度も勝てなかったって? 当り前よ、弾幕ごっこ覚えたてのペーペーの人間ごときに私を傷つけることなんて出来ないわ!」

 

 そんなハッキリ言われても……。じゃあ本当に今のはただ無意味に俺を傷つけただけじゃ……。そう脳裏によぎって矢先に彼女は先程の特訓の意味を教えてくれた。

 

「圧倒的な絶望感を前にどれだけ抗うガッツがあるかを測っていたのよ。これは完璧ね。さすがは『希望の銀翼』と名乗るだけのことはあるわ」

 

 つまり俺が更に強くなる為には魔力のコントロールを上手く出来るようにならないといけないってことになる。「次は心の特訓よ」と一言言い出すと俺の腕を強引に掴み、向日葵畑の中へと入っていった。

 

 青臭い草の香りが鼻孔をくすぐる。向日葵は俺なんかよりも背が高く周囲を緑色と黄色に染め上げているものの、カンカン照りの太陽を遮ったりはしてくれない。その奥へ奥へと幽香さんに引っ張られながら汗をかきかき必死についていく。

 

「この辺りでいいわね。アズマ君、絶対に右手の指を動かしちゃ駄目よ?」

 

 それだけ言うと掴んでいた俺の腕を……なんと自分の左胸に押し付けるではないか!

 

「なっ、何の真似だっ!?」

 

 そういえば幽香さんも豊かな胸を持っていた。一度意識してしまうと発汗がさらに激しくなる。その豊かな胸の片側に手を押し付けられてドギマギしてしまってだ。だけど幽香さんはどうして急にこんなことを? 意図が、全くもって意図が分からない!

 

「まだ分からないの? 少し見ないうちに外界の人間ってのは随分と平和ボケしちゃってるのね。ならば、これでどう?」

 

 それだけ言うと、幽香さんは俺の手を胸に当てさせたまま近づいてきた。吐息がすぐそこに迫るほどに。そ、そんなに近寄られたら心臓が早鐘のように……。

 

「わわわわ……」

 

 いや、心拍数が上がったのは俺だけではない。幽香さんも、その鼓動を激しくさせていたのだ。俺の手を伝ってドクン、ドクンと感じ取れる。そしてある時にそのタイミングが完璧に合わさった。

 

「ようやく気が付いたわねアズマ君。私が言いたかったのは心臓の鼓動。妖怪だろうが人間だろうが、生きとし生ける動物はみんな心臓を鼓動させて全身に血を巡らせているわ。そうやって体に必要な栄養素が全身に行き渡るってことね」

 

 思いの外真面目な話であった。豊かな乳房に一瞬でも意識が向いてしまった俺が恥ずかしい。

 

「ちゃんと感じられたわね。それじゃあわざわざ貴方をここに誘った理由を教えるわ」

 

 視線が横へ向かう。大きな向日葵の中でも一際太く背の高い向日葵が咲いている。その茎を握れと言われ、俺はそっと太い茎に触れる。

 

「こ、これは……!」

 

 なんと向日葵の茎が脈動しているのだ。よく意識しないと分からないが、微かにドクンドクンと脈打っているように感じる。

 

「その顔は分かった顔ね。そう、植物には心臓はないけれど地面からグングンと栄養を吸って体中に巡らせている。これで納得できたでしょう? 生きとし生けるものは生きる為のエネルギーを外から取り入れて、それを体中に巡らせて生きてきたって」

 

 根っこから茎へと視点を上に向けていき、大きな葉っぱを経て最後には太陽のように咲き誇る黄色い花に向かう。

 

「そう考えるとこの大地、もとい地球も一種の生き物なのかもしれないわね。マグマという名前の血液が全身に廻っている」

 

 俺からスッと離れると幽香は何故か顔を背けてこう続ける。

 

「魔力も同じようなものよ。空気中にはわずかながら魔力の(もと)が漂っている。それをうまく取り入れ、そしてなるべくロスのないように放つ。そのイメージを持って明日も特訓に挑みなさい」

 

 その言葉を最後に今日の鍛錬は終わった。その過程はどれもこれも滅茶苦茶であるが、いちいち理に適っている。にとりが今も大破した銀翼の修理を行う中、俺は明日に備えて体を休めることにした。

 

 だが、なかなか寝付けない。

 

「生きる為のエネルギーの流れ……か」

 

 静寂の中、俺は自らの鼓動の音に集中しながらそのことについて思考を巡らせ、そうしているうちに眠りに落ちていった。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 あくる日……はまだアールバイパーの修理が終わっておらず、精神的な鍛練を行う日々が続く。そして近接戦闘に頼らない新たな技を編み出すという行程も。

 

「編み出すと言っても小細工なんかは無意味。体内に溜めた高純度の魔力を直接ビームにして飛ばす。単純だけれど十分に魔力のチャージが出来れば破壊力は圧倒的の筈よ」

 

 そして数日経ったある日、ようやく修理が終わりいよいよ久方ぶりの実戦に移ることになった。

 

「だいぶイメージが固まってきた」

 

 再び対峙する両者。先に仕掛けたのは幽香であった。日傘から放たれる閃光はマスタースパークのもの。

 

 避けるだけなら簡単だし、連射できることも学習済み。俺はヒョイヒョイとこれらをかわしながら、オプションとアールバイパー本体に流れる魔力に集中する。

 

「よし、オーバーウェポン発動」

 

 オプションの魔力をゆっくりと俺の体へ移動させるイメージを持つ。チリチリと腕を焦がすような針でチクチク刺すような細かな痛みが広がるが、集中力を途切れさせない。

 

「いいぞっ、いい感じだ。その調子!」

 

 俺が今やろうとしているのはオーバーウェポンで収束させた魔力を直接ぶつけるというもの。今まではレイディアントソード等の何かしらの武器を触媒として用いていたが、間にその手のものを挟まないでエネルギーの減退を起こすことなく純粋な破壊力をぶつけるというものだ。

 

「はぁっ!」

 

 アールバイパーの先端から青白い電撃がスパークする……が、方向が全く定まらずすぐ近くの空気中であっけなく消えてしまった。

 

「魔力も集中力も足りない。やり直しよ!」

 

 負けじと再びオーバーウェポンを発動させる。よし、今度は上手くいったんじゃないかな。

 

「こ、こんなに溜めることが出来るんだ……」

 

 今なら最高のコンディションでサンダーソードも放てそうだ。一部始終を見ている雛も驚き言葉を失っている。再び俺は魔力の塊を発射した。

 

「でぇぃやぁっ!」

 

 結果はまたハズレ。だが、前のよりもエネルギーが収束しており、射程距離も伸びた。よし、今度こそ……!

 

「そんなところで満足してるんじゃないわよ! そろそろ特大のマスタースパーク、食らわせるわよ?」

 

 ひっ、コレもダメなのか。厳しいなぁ幽香さん。気を取り直し、三度俺は魔力の集中させる。やるぞ……やってやるぞ……。だが、あまりに焦ってしまい思ったように集中できない。くっ、さすがに連発はキツいか……。

 

 脳裏によぎるはあの真っ白い極太レーザーの中で何度も敗北してきた苦い思い出……。そうだ、こんなことでへこたれている場合ではない! 俺はバイオレントバイパーを倒し、白蓮を救いだし、そして取り戻すんだ。信用を、日常を、最愛の女性を……!

 

「何だあの青いのは? フォースフィールドとも違うようだし……」

 

 直後、アールバイパーが青色のオーラに包まれた。ニトリも驚いている。先端は今にも爆発しそうな青く光る球体。なんだろう。俺の、そして幽香さんの期待していたものが完成したような、そんな気がする。

 

 今なら確信が持てる。今度こそ成功すると。だが、この瞬間に幽香さんはマスタースパークを放ってきた。

 

 真っ白い閃光がアールバイパーを飲み込んでいく。しかし、俺は慌てずに溜めこんだ魔力を一気に放った。

 

「いくぞっ。これが俺の精神、俺の意地、俺の全力だー!」

 

 アールバイパーの幅ほどある青いビームがゆっくりと照射され、マスタースパークとぶつかり合う。俺の放ったビームは見るからに貧弱であり押し負けてしまうのも時間の問題に見えた。だが……。

 

「なっ!?」

「アールバイパーのビームが……マスタースパークを吸収して成長してる!」

「逆にマスタースパークは細くなって消えていくよ!」

 

 予想だにしない光景が広がっていた。幽香さんの攻撃を全て無効化するのみでなく、エネルギーを吸収し、更に自らの火力としてそれを取り入れるという何とも恐ろしいビームを俺は放っていたのだ。雛もにとりも驚いていた。

 

「ああああっ!!」

 

 そして何もかもを飲み込んだ蒼いビームはそのまま幽香さんに命中。勝負あった! これだけダメージを与えれば勝敗は明確だろう。俺はビームを止めようとする……が。

 

「こっ、これは……。駄目だ、ビームが止まらないっ!」

 

 放出される蒼いエネルギーはトリガーから手を放してもまっすぐに照射されるだけであったのだ。

 

「ちょっと、もう勝負はついているわ。ビームを止めて!」

「止め方が分からないんだよ! もしかしたらエネルギーを全部放出するまで止まらないのかも……」

 

 こちらの意思で止める事は出来ない。ま、まさかこのビームは「αビーム(※1)」では? 今までの特性を鑑みた結果そんな気がしてくるのだ。

 

 この「αビーム」は一度照射されるとエネルギーが尽きるまでは発射されっぱなし。この兵装が出てきた元の作品でもそういうものであった。そして今もサイズが増大していくビーム。ま、まさか……!

 

「あの妖怪の魔力を吸って成長しているのか!?」

 

 そんな馬鹿な! 俺の知っている「αビーム」に魔力を吸収する機能なんてない。もしや、魔力を収束させて放ったものだから本来の効果と別のものになっているのでは……?

 

 あまりの出来事に俺は何も出来ないまま、逆にマスタースパーク以上の太さになった蒼いビームは容赦なく幽香さんを焼き尽くしていく。そして彼女は力なく地面にドサリと落ちてしまった。

 

「幽香さんっ!!」

 

 まさか、まさかこんなことになるなんて……! ビームが止まったのを確認すると、幽香さんの安否を確かめるべく駆け寄る。

 

 彼女はぐったりと衰弱していたものの、まだ息はあるようであった。3人で小屋の中のベッドに寝かせ、しばらく様子を見てみると……。

 

「うう……。まさか三途の川のほとりを見るとはね。随分と久しぶり。私はもう大丈夫。妖怪の治癒力を舐めないことね」

 

 それでも見るからに弱っている。雛がキッチンを借りて簡単な食べ物を用意しており、スプーンで食べさせようとしていたが、思い切りそれをひったくると自分で食べ始めた。

 

「天下のフラワーマスターが誰かに病人食を食べさせられてるなんて噂が広まったらたまったもんじゃないわ。でも……ありがとう」

 

 自分でそんなことを言うだけあって、かなりのペースで幽香は食事を終えてしまう。言動は既に元の勢いを取り戻したようで今日一日休めばもう通常通りになるだろうと告げる。そうなると気になるのは自分を瀕死に追い込んだあの蒼いビームの事。

 

「すまない。本当に申し訳ないと思っている。まさかアールバイパーの放ったビームにあんな能力があるなんて予想も出来なかったよ」

「ええ、どういうわけかあのビームを喰らったら魔力という魔力をほとんど吸い取られたわ。人間で言うと出血多量でショック状態になっていたところかしら?」

 

 ふむ、随分とおかしな特性を持っているようだ。ビームとビームがぶつかり合って競り勝った方のビームが相手のエネルギーを吸収して自らの火力にしてしまう……。や、やっぱり!

 

「分かった、いや分かってしまったと言うべきか。幽香さんの証言で俺は確信を得られた。俺はとんでもない技を覚えてしまったようだ。そんなバケモノじみた特性、他に思い当たらい。あれは『αビーム』だ、間違いない」

 

 その昔、とある惑星が衛星の所有権をめぐって他の星との戦争で用いた結果、戦争相手の星そのものを消滅させてしまったという悪魔の兵器「ALL NOTHING(オール・ナッシング)」、その技術を用いたビーム兵器こそかの「αビーム」なのだ。

 

「私はただの妖怪でそこまで魔力に依存していなかったから良かったものの、魔力に依存しているようなのがこんなの喰らったらまず命はないわね」

 

 幽香さんの協力もあってアールバイパーはまた一つ強くなれた。だが、不思議と今回は嬉しい気持ちにならないのであった……。

 

「とにかく今の私に出来るのはここまで。それにしてもアズマ君に負けっぱなしなのは癪だわ。元気になったら、私も負けないようにまた鍛錬ね。そしてまたいつか一緒に弾幕で遊びましょう? それまでは絶対に死ぬんじゃないわよ!」

 

 手を伸ばす幽香さんの手をがっちりと掴む。少し前まで大怪我していたとは思えない程にしっかりとした感触。

 

「ああ、約束だ!」

 

 アツい握手を交わし寝間着姿の幽香と別れる。陽が落ちてから別室で今後の作戦を3人で練ることにした。

 

 αビームか……。強すぎる力を持つという事はそれだけ苦悩も増えるのだろうか? 次々と兵装を習得するアールバイパー、これからもみんなの希望でいられるのだろうか……?

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(皆が寝静まった頃……)

 

 

 夕闇に紛れ、1機の銀翼が音もなく飛行する。アズマ達が「バイオレントバイパー」と呼ぶ方の銀翼である。星空のほのかな光が無数の向日葵をうっすらと照らすが、銀翼が近寄るのはこの花畑の持ち主がいるであろう小屋のすぐそばのもう1機の銀翼、つまりアールバイパー。

 

『……』

 

 しかし破壊しようとはせず、ただジッとその姿を観察するのみであった。緑色の光を当てて外部だけでなくその内部すらも透視しているようである。

 

 虫も眠る丑三つ時、機械の発するノイズの音だけが響き渡る。小さいながらもその耳障りな音をまき散らしたのちに機械的なボイスが鳴り響く。

 

『You got a new weapon!』

 

 誰が見ているのか、そのディスプレイも砂嵐が巻き起こると、銀翼が極太のビームを発射するアイコンが浮かび上がる。

 

『β-beam』

 

 誰も見ても聞いてもいないボイスやディスプレイ。これだけ告げると謎の銀翼は闇夜に消えていった。




(※1)αビーム
Gダライアスに登場するビーム兵器。キャプチャーボールで捕えた敵のエネルギーを吸収して発射する超強力なビーム。
敵の放つ赤いβビームと干渉し、ボタン連打に打ち勝つとβビームを吸収捨て更に太いビームになり敵を襲うぞ!
エネルギーが切れるまで止められないのが弱点。


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第12話 ~捕捉~

ここまでのあらすじ

太陽の畑の「風見幽香」は花畑を度々襲撃する銀翼に悩んでいたが、はたての新聞によってどうやら銀翼は本物と偽物の2機が存在するらしいことを知っていたのだ。問いかけに応じた「轟アズマ」が本物なのではと推測し、彼を鍛えると宣言するのであった。

サディストでありながらも親切であり、見た目は清楚。まさにドSなゆうかりんはそんなアズマを過酷な妖怪式特訓でいじめ……もとい鍛えていく。その修行のさなかに血液や生命エネルギーの流れをイメージするという事を教わり、より集中しての魔力集中を行うことが出来るようになった。

過酷な試練を耐え抜いて魔力の扱いが上手くなったアズマは新たな技「全無(オール・ナッシング)『αビーム』」を習得。
ところがこのαビームは弾幕という弾幕を吸収し、威力やサイズを強化していき、エネルギー尽きるまでは途中で止めることが出来ないという恐ろしい兵器であったのだ……。

それだけではなく、このビームを当てた相手の魔力も根こそぎ奪うという特性もあるらしく、実戦さながらの弾幕ごっこで幽香のマスタースパークを吸収したのちに幽香の魔力を全て吸収して一時的に瀕死の状態に陥らせてしまう。

なんとか事なきを得たが、アズマはこの技を使う時は十分に注意するべきであると心に刻んだのであった……


 あくる日、俺はまた雛とにとりを呼び、次に向かうべき場所について議論を交わす。

 

「永遠亭からの援助が絶望的となった今、他の場所で味方を探さないといけない」

 

 幻想郷全土が書かれた地図を広げ、ウヌヌと唸るが、決定的な答えは出てこない。3人でどうしたものかと首をかしげていると……

 

「4人だよ! 私を忘れないで!」

 

 いつの間にかこいしが戻っていた。本当に自由人というか神出鬼没というか……。猫かお前は。でも地底の猫といえばお燐……。

 

「そうだ、地底だよ。さしものバイオレントバイパーも地底までは手が回っていないと思う。どうして今まで気付かなかったんだろう?」

 

 まさかあの地獄のような地底に再び足を運ぶことになるとは。いや、こいしがそれ以上に大事な行先につながる情報を掴んでいた。

 

「さっきね、アズマの所に戻ろうとしたらアールバイパーの中にアズマがいなくてさ、そしたらビックリ。アズマがいないのに勝手に空を飛んだんだよ!」

 

 このサトリ妖怪がキャッキャとはしゃぎ、両手をブンブンと振り回しながら説明しているが、言っていることが本当なら彼女はとんでもないものと遭遇していたことになる。

 

「もしかしなくてもバイオレントバイパーね」

「襲われなかったのか? んで、奴はどこに行った!?」

 

 可愛らしく「うーん」と首を傾げた後に「あっち」と指さす。正直それだけでは俺にはわからない。

 

「あの方向は妖怪の山じゃないか。今更何の用事が……?」

 

 奴は今まで命蓮寺、人里、紅魔館、そして天狗の新聞によると永遠亭を襲撃してきた。俺達やバイオレントバイパーが到達していない勢力といえば白玉楼や天界、地霊殿に守矢神社、あとは博麗神社などなど……。

 

「はっ! あいつまさか……。奴の次のターゲットは守矢神社か天狗の里だ! 白玉楼や天界はここからあまりに遠すぎるし、博麗神社の霊夢に戦いを挑むのはあまりに危険すぎる。消去法で行くと守矢神社が一番狙われやすい」

 

 恐らくは俺の計画の最初の拠点であった妖怪の山を陥落させるのは後回しにしていたといったところだろう。にとりも同意している。

 

「確か神奈子は『間欠泉地下センター』の運営も行っており、地底との太いパイプを持っている。更に高い山だから天界にも近いと言えるよ」

 

 急ぐぞ、奴の次の計画は何としても止めなくてはいけない! 俺は銀翼に乗り込むと3人を連れて再び「妖怪の山」へと向かう……。

 

「赤蛮奇っ、赤蛮奇っ。応答してくれ!」

 

 高速で飛行する最中、雛の家で留守番をしている筈のろくろ首との通信を試みる。何度か呼び出した後にゆっくり魔理沙を抱えた彼女の姿がホログラムとなって空中に投影される。

 

「留守、ちゃんと守ってたよ」

「だぜ!」

 

 無事そうなのを確認すると、さっそく現状を説明する。

 

「つまりバイオレントバイパーがそっちに向かっている。戦うのは危険なので、首を飛ばして悟られないように監視をしてほしい」

「了解した。首はちゃんと元通り。しっかりやってみせ……銀色の翼が、さっそく来たかっ!?」

 

 なんてスピードだ。もう妖怪の山に到着したというのか。「幸運を」と最後に告げると俺は通信を切る。急がねば。

 

 全速力で飛ばしていると大きな山が見えて来る。ふもとの樹海に差し掛かると赤蛮奇の首の一つが浮遊しており、こちらに近寄ってきた。

 

「バイオレントバイパーを捕捉した。だが、天狗の里へと強襲していった。これ以上の追跡は危険と判断して戻ってきた」

 

 やっぱり……目的地はその上、守矢神社だ。間違いない! そこへ向かうには、俺も突き進まないといけない。天狗の里に……!

 

 あまりに凄惨な光景であった。激しく戦った形跡とその「結果」が地面にたくさん転がっていたのだ。恨めしそうにこちらを睨みつけているが、恐らく戦意を失っているのか、誰も追いかけてこない。

 

「そんな酷い……。バイオレントバイパーがここを通過するために過剰に痛めつけたに違いないわ」

 

 銀翼への恨みのこもった眼差しがそれを物語っていた。が、そうでない視線を浴びせる天狗もいた。ツインテールにした髪型の……。

 

「はたてっ、大丈夫か!?」

 

 酷く傷ついた彼女の名を叫ぶとアールバイパーを降下させて安否を確認するべく声をかけ続ける。

 

「うぅ……アズマぁ。私、間違ってなかったのね。えへへ、文に勝っちゃった……。善の銀翼と悪の銀翼が幻想郷を飛び交っている。この目で証拠を見ることが……」

 

 辛うじて意識を保っていた彼女は俺の顔とアールバイパーを交互に見比べて弱弱しく口にする。その様子から酷く衰弱しているのが分かる。

 

「『花果子念報』、俺も読んだぞ。あの記事には随分と助けられた。感謝しきってもしきれない」

 

 自分の新聞を読んだ良い感想を得られたからか、わずかにニコリと笑う鴉天狗。震える手で一枚の写真を手渡す。

 

「念写、したの。真犯人の……姿。あり得なかったわ、喰らうと魔力という魔力を吸い取られる上に、どんどん強くなって……」

 

 そこには極太の赤いビームで天狗たちを薙ぎ払うバイオレントバイパーの姿が写っていた。ま、まさか……!

 

「間違いない、これは『βビーム』だ……。俺の『αビーム』をラーニングして自分のものにしたのか!?」

 

 さすがのバイオレントバイパーも強大な力を誇る妖怪である天狗の大群を倒す手段は持ち合わせていなかったのだろう。だが、奴は「βビーム」を手に入れてしまった。強力な武器を得て本格的に妖怪の山を制圧するつもりなのだ。

 

 なんということだ、バイオレントバイパーもまた成長する戦闘機だ。早く倒さないと取り返しのつかないことになってしまう!

 

「雛、はたてを家に運んで介抱するんだ。恐らくあの時の幽香さんみたいに魔力欠乏状態に陥っている。早く何らかの方法で補充しないと命にかかわるぞ」

 

 恐らくはその先、つまり守矢神社に向かったであろうバイオレントバイパーを追いかけようとした矢先、別の鴉天狗が接近してきた。

 

 恐らくはβビームの餌食にならずにすんだのだろう。随分と素早く接近するのは射命丸文であった。

 

「アズマさん、ちょいとばかりオイタが過ぎるんじゃないですか? 命蓮寺、人里、紅魔館、永遠亭の次は私達と。大方気に食わない記事を書くってことで潰したかったのでしょうが、こうまでされては天狗のメンツにかかわ……」

「お前とやり合っている時間はない! さっさと守矢神社に向かわせてくれ!」

 

 こんな状況だというのにどこか飄々とする文。ベラベラと騒ぎ立てるので俺は一喝して先へ進もうとする。もちろん文はそれを許す筈もない。その機動力に物を言わせて反対側へとすぐに回り込んでしまうのだ。

 

「なるほど、次の標的は守矢神社……と。もっとも次の新聞の題目は『悪の銀翼、鴉天狗に敗れ墜落す』といったところ……」

「そんなことしている場合かっ! お前の同胞達が空も飛べない程に衰弱しているのが見えないのかっ!? 俺もそうだ、ここを襲った憎きアンチクショウをぶっ潰さないといけない」

 

 思うにコイツも真実から目を逸らそうとしている。天狗の社会については俺にもよく分からないが、ああいった認識であると思わないといけないのかもしれない。現に地面で横たわる多くの鴉天狗や白狼天狗にチラチラと視線が行っているのが分かる。動揺しているのは明白だ。

 

「思うに物理的ダメージ以上に、急に魔力を失ったことによるショック状態の方が深刻だ。俺は薬に詳しくないからそれ以上のアドバイスは出来ないが何か魔力の補充手段を知っているんじゃないか?」

 

 呆然とする文をスルーして先に進もうとするが……。

 

「ま、まあ確かにアテはありますが、しかしまたも縄張りを突破されたとあっては私にも天狗社会での立場がありまして……」

「その天狗がみんなくたばったら社会もクソもない。俺は天狗の社会どころか幻想郷の危機になりかねない脅威を叩きに行く。文は衰弱した自分の同胞を救え。

目の前の脅威が大きすぎるなら、皆で協力して退ける。聖様ならそう言う筈だ。どんな簡単なことでもいい、自分に出来ることを自分がやれるだけやるんだ」

 

 完全に文を通り越して、捨てるように最後にこう付け加えた。

 

「一つ一つの力は小さくても、たくさん集まればその力だってバカに出来るものじゃない。

念写の出来るはたては真実を新聞を通じて伝えようとした、たくさんの空飛ぶ首を持つ赤蛮奇は周囲の怪しい者に目を光らせた、心優しい厄神様は傷ついた俺の心に安らぎを与え更に厄を払った。

さあ、足が速く風を、風評を操る程度の能力を持つお前は何をする?」

 

 完全に動く気配のない分を尻目に俺は天狗のテリトリーを突き抜けていった。

 

「ま、待ちなさいっ……! 行っちゃった……。わ、私は何をするべき……か。私は……」

 

 文を振り切り、守矢神社に向かう俺。目的地に近づく度にレーザーの発する光が、弾幕の展開される音が、オンバシラが突き刺さったと思われる地響きが。ここまで伝わってくる。

 

「やはりこの先に、バイオレントバイパーが!」

 

 そして到着。案の定悪しき銀翼が無茶苦茶にショットを乱射していた。困惑しながらも退治しているのは早苗。

 

「ええっ、アールバイパーが2機!?」

 

 更にこんがらがってしまったようで、意識がそちらに向かってしまったのが災いしたか、バイオレントバイパーのショットが早苗目がけて飛んでくる。俺はその間に入り、レイディアントソードで切り伏せた。チラと後ろを見ながら俺が本物のアールバイパーであることをアピールする。

 

「よく見ろ、あっちは偽物だ。その証拠にオプションに半霊や人形がいないだろ!」

 

 間に合ってよかった。守矢神社、特に早苗さんは特に好意的だったので味方に引き寄せると大きな力になると確信していたからだ。

 

「本当ですね……。ではあの偽物は……そんなまさか!? 地底に大量発生したアールバイパーのコピーはあの時に全滅した筈。ではあれは一体……?」

 

 そういえば「デスウィン」に擬態したバイドがアールバイパーのコピーを大量に生み出すなんてことをしていた。あのバイドは完全に倒したはず。それに偽銀翼の真犯人には目星がついているんだ。

 

「バイドと関係あるのかは分からねぇが、コイツのせいで俺は名誉も大切な人も帰る場所も失ったんだ! おいニセモノ野郎、こういうのを多勢に無勢っていうんだよなぁ? 早苗、逃がすなよ? こいつは逃げ足が速いんだ」

 

 すぐに早苗に囲い込むように立ち回るよう目で合図を送ると、俺はバイオレントバイパーの背後に回り、ミサイルを放つ。負けじと旋回してやはり俺の背後につこうとするも早苗の邪魔が入り思うように立ち回れていない。

 

 が、ここで恐ろしいことが起きた。あの魔力殺しの赤い光がバイオレントバイパーを包んだのだ。慌てて俺はビームの射線上に躍り出ると同じく魔力を溜めて「αビーム」の準備に入る。

 

「気をつけろ、奴の『βビーム』は食らわせた相手の魔力を喰らってさらに大きくなる代物だ」

 

 そして双方共にビームを発射。紅い光と蒼い光がぶつかり合いせめぎ合っている。

 

「こ、これが生で見るビーム合戦……!」

 

 ここで打ち勝てば恐らくは奴の魔力を枯渇させることが出来るだろう。だが、状況は芳しくない。青いαビームの勢いが衰え始める。

 

「ぐっ、魔力もあちらの方が上手か……!」

「何やってんだい早苗っ! 惚けてないでアイツに助太刀してやりなっ」

 

 神奈子の怒声で我に返る早苗。すかさずクローからエネルギーを吸収し、やはり太いレーザーを発する。レーザーは細りかけたαビームに命中すると、みるみる勢いを取り戻していく。

 

「おおっ、ちょっと違うけど『バーストリンク(※1)』が出来るんですね。さあ、神奈子様も!」

 

 バーストリンクというのは「バースト」と呼ばれるビームを複数機で重なり合うように発射するというものである。こうすることでより強力なビーム攻撃を仕掛けることが出来るという仕組みだ。

 

 αビームはそのバーストというものとはちょっと違うが、それに似たような現象が起きている。続いて神奈子も加勢する。逆にエネルギーを吸い取られたバイオレントバイパーは極太のαビームを喰らいフラつく。

 

「よし、弱っているぞ。このままトドメを……!」

 

 が、バイオレントバイパーは限界まで高度を落とすと守矢神社から逃げるように立ち去っていくではないか。

 

「なんて逃げ足の速い……」

「ああ、だが今の俺なら勝てる。あとは逃げられないようにするだけだ」

 

 俺は懐から宝塔型通信機を取り出した。ここで一声号令をかければ俺に味方してくれた仲間全員に伝わる。俺は声高々と宣言した。

 

「バイオレントバイパーが守矢神社から逃走開始。各自の拠点から少しずつ幻想郷の中心へ向かえ!」

 

 それを端の方で見ていた神奈子であったが、少しも動かずに低い声で叫ぶ。

 

「いるんだろう鴉天狗? 隠れてないで出てきてはどうだ?」

「あやややや!? いやー、私は天狗たちの治療を椛に押し付けたところだし、私は真実を皆さんに伝えるためにちょいと取材とやらを……」

 

 慌てふためく文に俺は近づく。

 

「お前も見ただろう? 俺ではないもう一つの銀翼の姿を。奴を野放しにするわけにはいかない。鳥獣伎楽や幽香、チルノなんかに奴を逃げられないようにする包囲網を作るように依頼してある。彼女達が上手く動けるように微調整する指示を出して回ってほしい。幻想郷最速のお前だからこそ、こう頼むのだ」

 

 やるぞ、しくじるわけにはいかない。奴に、バイオレントバイパーに引導を渡し、真実を幻想郷全土に知らしめるのだ!

 

 文とにとりに包囲網役への通信は任せて、俺は早苗とこいしを連れてバイオレントバイパーを追いかける。

 

「しかしあのニセモノ、よくできていましたね。いったい誰が何のために……?」

 

 奴を見失わないように視線は逸らさぬまま、俺の知っている情報を提供する。

 

「道教の奴らだ。アールバイパーの偽物に悪さをさせて命蓮寺の評判を落としたんだ。白蓮は封印され命蓮寺も解散。俺は残った命蓮寺のメンバーに戦犯として追われる身になってしまったのだよ。だが、それに飽きたらずに今度は神社を襲い始めたってところだろう」

 

 絶対に許せない。偽物を暗躍させたこと、俺だけでなく大事な仲間や白蓮を貶めてバラバラにしてしまったこと。ギリと歯がきしむ。

 

「チッ、やはりスピードはあちらの方が上だ。どんどん距離を離されている」

 

 見失うのではないかと焦った矢先、宝塔型通信機が激しく光り出す。この声はにとりだ。

 

「聞こえるかい? バイオレントバイパーは太陽の畑方面へ逃走中! 幽香さんとメディは包囲網を突破されないように戦闘準備!」

 

 そう、俺は一人ではない。この日の為に多くの味方を引き寄せてきたのだ。見るとバイオレントバイパーの動きが鈍っている気がする。どうやら足止めを食らっているようだ。俺はさらに接近を試みる。

 

 そして無縁塚上空でついに奴を射程距離内に捉えることに成功したのだ!

 

 はるか遠くに幽香さんとメディスンが行く手を阻むように浮遊しており、チルノや赤蛮奇も他の方向から無縁塚を取り囲んでいく。

 

「早苗、こいつは俺一人でやる。俺にもしものことが起きたら皆を連れて逃げるんだ」

 

 さあ、もう逃げられないぞニセモノ野郎! そして俺もまた、ここで決着をつけてやるつもりだ。

 

「……」

「……」

 

 キョロキョロと周囲を見渡すもすっかり包囲されていることに気付く偽銀翼。いよいよ観念したかと思うと、なんと青い刃を取り出してきたのだ。あれはレイディアントソード。先程のβビームといい今回のレイディアントソードといい、奴も技をラーニングする能力を持っているというのは確実だろう。

 

『Destroy them all!!』

「ソックリそのまま返してやるぞ、このニセモノ野郎ぉぉぉぉ!!」

 

 雄たけびを上げながら二つの翼、二つの剣、二つの意思がぶつかり合う……!

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃人里では……)

 

 周囲の偵察に向かっていた布都であったが、その最中にとんでもないものを見てしまい、慌てて人里の神子の元へすっ飛んで行くのであった。

 

 陰鬱な靄のかかる人里。だが、湿っぽさのかけらもない程に思い切り扉が開かれると、随分と小柄な少女……まあ布都なのだが、彼女が両手をバタつかせながら何かを伝えている。

 

「なんだって、本物のアールバイパーが無縁塚で偽物と交戦中!?」

「しかも守矢神社の巫女まで一緒に。もしやあの偽物が守矢神社で破壊活動を行ったのでは?」

 

 バイオレントバイパーの守矢神社襲撃は神子の想定を逸脱するものであった。まずは命蓮寺を完全に無力化したうえでゆくゆくは神道をも制する計画ではあったものの、そのための襲撃にしてはあまりに早すぎる。ガタガタと震えるは神子。

 

「ああ、なんということだ! さすがに2つの勢力を一気に相手するなんて無謀すぎる!」

「大丈夫。安心してくださいな、豊郷耳サマ♪」

 

 相変わらず屈託のない笑顔を浮かべながら、ふわりと神子の右肩に両肘をちょこんと置いて寄り掛かるのは青娥。

 

「わたくしの用意した銀翼が負ける筈ありませんわ。ええ、アールバイパーは絶対に負ける。勝てる筈ないんです。だから、豊郷耳様はそこで人々を導く存在であり続ければいいんですわ。むしろ我ら道教に物申せる宗教はもはや存在しえない、そのことを証明する良いチャンスになりますもの。うふふふ……♪」

 

 困惑しながらももはや自分の手を離れて大きくなりゆく事態には神子もただただ見ているほかないのであった。

 

 ふわふわと青娥が飛び去る。神子の迷いが晴れたことを象徴するかのように、周囲にかかっていた靄も取れ、晴れ晴れとした青空をマントをたなびかせながら見上げる。

 

 そして場所は変わって命蓮寺の元メンバーの詰所。本来は本尊であった星がこの中では一番偉いので(もちろん星はそれを理由に威張ったりはしない)、皆の中心にいることが多いのだが(意外とドジなので見張っていないと心配だからという理由もなくはない)、今回ばかりは一輪が中心になって何か会議をしているようである。

 

「それじゃあ確かにそう聴いたのね、雲山?」

「……(コクン)」

 

 薄暗い部屋、ろうそくの明かりだけが照明のカビ臭い粗末な小屋はいつも以上に熱気にあふれていた。

 

「実は銀翼は2機いて、片方はアズマで、もう片方は奴ら道教組が用意した偽物で、私達やアズマをハメていたって?」

 

 そう、偽銀翼のことを話しているのを雲山に聞かれてしまったのだ。神子とて間抜けではないので、この手の話題をする時は入念に命蓮寺勢が傍にいないのを確認してからにしている。それは徹底していて、情報の漏えいはあり得なかったのだ。

 

 だが、そこに油断が生まれた。長く自らのライバルを傘下に置くという事を続けていくうちに神子は忘れてしまったのだ。体を自在に大きくしたり小さくしたりできる入道がいるということを。雲山は限界まで薄くなり、神子の部屋でずっと耳をそばだてていたのである。

 

「つまり、こっちの鴉天狗の新聞の内容が正しいってことに?」

 

 彼女の手にはボロボロになって捨てられた「花果子念報」が握られている。はたての活躍によって今の銀翼異変に疑いを持つ人も少なからずいたということである。一輪はそのわずかな希望にかけて雲山にスパイをさせたのだ。結果は大成功であったのは言うまでもない。

 

「ど、どうしよう……。私ってばそんな事情も知らないで、多分本物の方のアールバイパーに随分酷いこと言っちゃった……」

「もはやあんな奴らの言いなりになってる理由なんてないわね。ブチのめして早く聖様を救出しましょう!」

「でも、どうするのですか?」

 

 そう、ムラサも一輪も息巻くのだが、その手段が分からない。ただ闇雲に動いても神子は欲を読み取るので下手な動きは出来ない。アールバイパーを助太刀しようにも戦闘で目まぐるしく動き回られてはどっちがどっちだか分からなくなる。

 

 ポンと一輪が手を打つ。こういう時にいつも頭が回るのは星でもムラサでもなく一輪なのだ。

 

「守矢神社よ。偽物があっちにも喧嘩を仕掛けたらしいわ。秘密裏にあちらと同盟を結びましょう。やるしかないわ、聖様を救出するために!」

 

 場所は違えど、アズマを手助けする少女は増加しつつあった。一つ一つは小さくても、いずれ繋がり合えば巨悪にも立ち向かえるはずである……!




(※1)バーストリンク
ダライアスバーストACに登場したテクニック。2つの設置バーストを交差するように発射することで、お互いが干渉し合い、より強力なビームを発射できるようになる。


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第13話 ~銀翼 VS 銀翼~

ここまでのあらすじ

幻想郷中に張り巡らせた「包囲網」によっていよいよ逃げ場を失った「バイオレントバイパー」はついに「アールバイパー」と真っ向からぶつかり合うことを選択。無縁塚の上空で、負ければそのまま無縁塚行きの頂上決戦が始まる……。

一方の一輪達も偽物の銀翼の存在に感づき、バイオレントバイパーが直前に襲ったという守矢神社と同盟を結ぼうと試みるのであった。

集結しつつある力は悪の根源を貫く矢となるか!?


 この幻想の空に銀色のラインを引くのは1機でよい。本物と偽物、今まさに一騎打ちが始まらん。

 

 突き抜ける蒼、眼下には名もなき亡者の眠る無縁塚。ぐるんぐるんと上下が入れ替わる。回転しつつのレイディアントソードのぶつかり合い。

 

 ガキンと甲高い音を響かせ、互いに弾き飛ばされる。パワーは互角か、再びぶつかり合わんと先に動いたのはバイオレントバイパー。くっ、スピードも互角ではあるが、反応速度で差が出てしまった。出遅れた俺はオプションを呼び出すとばら撒くようにグラビティバレットを発射する。

 

 間もなく相手が繰り出してきたのはフライングトーピード。2発の直進するミサイルは、重力を発する爆風に飲まれ消えていく。よし、防御に成功……いや、これはっ!?

 

「!?」

 

 なんだ、小型ブラックホールを突き抜けて赤い弾丸が銀翼をかすめていった。自らの展開したグラビティバレットのせいで向こう側が見えない。たじろいでいると再び弾丸。今度はより正確にこちらを狙っており、右側の翼に被弾する。バランスを崩し大きく揺れる中、再び弾丸が飛んできた。今度の狙いは……俺の脳天だ!

 

「ちっ! 今度はアーマーピアッシングか」

 

 逆に大きく機体を揺らすことで、狙いをずれさせる。脳天をブチ抜くという最悪の事態はこれで回避。ブーストをふかし、強引にバランスを取り直す。ここから反撃と言わんばかりに、今度は接近を試みる。奴のレーザー系兵装はアーマーピアッシング。恐るべき弾速と貫通力、そして威力を誇るが連射は出来ない。素早く接近する相手には分が悪い筈だ。

 

『HUNTER!!』

 

 予想通り、バイオレントバイパーはダブル系兵装に換装してきた。執拗に相手を狙う青い球体であり、素早い相手に有効打を与える。だが、これも先程の兵装と同じく、接近戦には弱い。もらった! いくぞ、レイディアント……。

 

 が、このような事態を誰が想像できただろうか。眼下からビームの刀がニュっと伸びてきて、銀翼を貫かんとしたのだ。慌てて攻撃のためにかざしていたレイディアントソードで防御するもアールバイパーは大きく弾かれてしまう。目まぐるしく空と墓場が回転している。

 

「今のはミサイル系兵装『菊一文字』……。馬鹿な、さっきはフライングトーピードを使って居た筈。複数の武器を使いこなすのか?」

 

 未だに体勢を立て直せない俺に忍び寄るバイオレントバイパー。今度はリフレックスリングを飛ばしてきた。恐らくは逆回転のもの。なすすべもなくリングに捕えられてしまう。

 

『SHOT GUN!!』

 

 まずいっ、この距離で散弾銃など喰らったら……がはぁっ!

 

 無数の穴をあけて銀翼は力を失い墜落していく……。

 

「ああっ、アズマさん!」

 

 更なる追撃を行おうとするバイオレントバイパーの行く手を遮るように早苗が立ちふさがった。

 

「貴方の敵は私の敵でもあるんですっ! 覚悟なさいっ」

 

 い、いかんっ! 早苗を止めなくては。あらん限りの声で俺は叫ぶ。

 

「やめるんだ、早苗! そいつは俺が始末する。俺が始末しないといけないんだ!」

 

 しかし俺の叫びなど届くことなく早苗はバイオレントバイパーに攻撃を仕掛けた。白いヘビのような形をしたショット。だが、偽銀翼の機動力では簡単に避けられてしまう。

 

「スカイサーペントをただのショットと思うべからず、ですよ?」

 

 彼女の言う通り、白いヘビはカクンと急に90度角度を変えると再びバイオレントバイパーに突き進んでいった。これは予想外だったのか、被弾していた。だが、大した威力ではなさそうだ。

 

 そして俺の恐れていたことが起きてしまう。ピピピ、ガガガーと機械のノイズ音が響く。やはり、この音はまさか……間違いない。まさしく俺が防がなくてはならなかった展開だ……。

 

『Got a new weapon! "GREEN ARROW"!!』

 

 ラーニングしやがった。この一瞬で……。グリーンアロー、標的を一度だけ直角に曲がることで追尾するレーザー兵器。確かR戦闘機の「R-9 Leo」の使用する武装だ。

 

「そんな……」

 

 愕然とする早苗を無視してバイオレントバイパーは上下にオプションを2つ装備する。緑色の細いレーザーですぐに反撃を仕掛けてきた。

 

「奴にとって未知の技をぶつけると即座にラーニングしてしまう。かといって既知の技を放ったところでスペックはバイオレントバイパーの方が上なので競り負けてしまう。いったいどうすれば……!」

 

 一気に攻勢に出たバイオレントバイパー。ここはこちらもオプションを取り出して……。

 

「操術『サイビット・サイファ』!」

 

 ネメシス達に突撃をさせる。が、これも同じく意思を持った灰色のオプションが飛び出してきてこれを迎撃してしまう。そのまま勢いに任せて灰色のオプションがアールバイパーを揺るがす。

 

 遂に俺が地面に叩きつけられてしまった。激しい衝撃に思わず吐血。

 

「くそっ……」

 

 ゼエゼエと息を切らしながら再び空を舞おうとするも、腕に力が入らな……。まずい、バイオレントバイパーも高度を下げてきた。トドメを刺すつもりのようだ。無言でこちらに寄ってくる様はまさに殺人マシーンと言ったところか。

 

 こうなったら不意打ちだ。コンパクを呼び寄せるとその魔力を一気に銀翼に集中させる。十分に引き寄せてからのサンダーソードをお見舞いしてやろう。どうにか深呼吸をしてその息を整えると魔力を収束させるイメージを抱き、こっそりレイディアントソードを突き出しつつ……。

 

「ぐあああっ!」

 

 しまった、バレていたか。なぜ……と困惑していて一つの答えに導かれる。しまった、魔力レーダーだ。魔力レーダーがオーバーウェポンの気配を感じ取ってレイディアントソードで薙ぎ払ってきたのだ。

 

 更に悪いことにまたしてもノイズ音が響き渡る。まさか……まさかまさかまさか!? アレが来るんじゃ……。

 

「まさか、サンダーソードを!?」

「違う。奴は既にサンダーソードを習得済み。奴はもっと恐ろしいものを……ラーニングしてやがるんだ!」

 

 バイオレントバイパーは不気味な沈黙を保っている。だが、俺には分かった。禁術「オーバーレイド・オーバーウェポン」、これを繰り出してくるのだ。

 

 不気味にバイオレントバイパーの周囲を回転する4つのオプション。その鈍色の光が、一つずつ、一つずつ消えていく。まるで、俺の死までを暗示するカウントダウンのように。

 

「あああ……」

 

 二重、三重とその魔力を本体に収束させていく。そしてアールバイパーですら不可能な四重に重なったオーバーウェポン。不気味に赤黒くスパークする剣。もう駄目だ、俺には奴を止める手立てがない。万事休す、アールバイパーではバイオレントバイパーに勝てない。

 

 最後にキラリと剣先が光った。俺は静かに、だが硬く両目を閉じた。

 

「うあぁぁぁぁぁぁ!! アズマお兄さんをいじめるなー!!!」

 

 甲高い叫び声に驚き俺は目を見開く。なんと墜落した銀翼から小さな勇者(ゆっくり霊夢)が飛び出したのだ。オレンジ色のオーラを纏い、そしてバイオレントバイパーの腹に思い切り体当たりをした。今ではすっかり勇猛果敢なゆっくり霊夢のもの。

 

 不意打ちで大きくバランスを崩した偽銀翼はあらぬ方向へサンダーソードを撃ち出していった。今ので注意がゆっくり霊夢に向かったバイオレントバイパーはそのまま彼女を追いかけ始める。

 

 小さくてすばしっこいゆっくり霊夢はなかなか捕まらず、今度は大量のショットで弾幕を張る。だが、アイツには秘技があるっ!

 

「白鈴『大食い勇者アレックス』だ! 全部食っちまえ!」

 

 大口開ける饅頭の妖怪は縦横無尽に動き回り弾幕を食べていく。その間にアールバイパーを復帰させると再び空を舞う。

 

「おかしいですね……。未知の技の筈ですが、ラーニングする気配がありません」

 

 早苗が分析するように、バイオレントバイパーはオプションを一つ取り出しているが、そこから先の動きが出来ないようである。それもその筈、あの偽銀翼のオプションはビックバイパーやロードブリティッシュのようにどれも全てポッドの形をしており、人形や半霊、饅頭の妖怪ではない。これではラーニングしようがないのだ。

 

「明確に焦っているぞ。コンパク、お前も斬撃でサポートするんだ!」

 

 見つけたっ、これがバイオレントバイパーの弱点だ! ここから反撃に出る!

 

 弾幕掃除をするゆっくり霊夢に剣術で相手を翻弄するコンパク。そこに本体たるアールバイパーも加われば、さしものバイオレントバイパーも抵抗できない。

 

 するとバイオレントバイパーは信じられない行動に出たではないか。

 

「この光はっ!?」

「地底でアールバイパーをスキャンしていた光。地底でバイドが使っていたやつだ!」

 

 上から、下からゆっくり霊夢をスキャンしていく。なるほど、これを使ってラーニングするつもりという事か。

 

「光が追っかけてくる。振り切れないよ!」

「心配するな。俺に考えがある」

 

 そう、スキャンに気を取られて完全に無防備になっているではないか。コンパクを呼び戻すと3つのオプションでオーバーウェポンを発動。練り上げた魔力をアールバイパーに収束させていく。ゆっくり霊夢には悪いが引き続き囮になってもらう。

 

 スキャンが終わるのが先か、こちらの魔力が溜まるのが先か。いかんいかん、幽香さんに教わったよう、集中力を乱してはいけない。ただ魔力の流れだけに意識を集中させる。

 

 睨み合うこと数秒……。

 

『Got a new weapon! "YUKKURI REIMU"!!』

 

 緑色のホログラム状のゆっくり霊夢を生み出したようだ。恐らく弾幕を喰らい、その巨体での体当たりが強烈なホログラムなのだろう。未知のものに対しての対応力、これは凄まじいであろう。

 

 だけどな……! ラーニングに力を入れ過ぎて周りが見えていなかったようだな。

 

「ああ、アンタは凄かったよ。でも、俺の勝ちだ」

 

 バチバチと突き出したレイディアントソードを突き出す。

 

「さっき不発だった分も含めてパワフルなの行くぜ。重銀符『サンダーソード』!」

 

 やった、サンダーソードがバイオレントバイパーを貫通。真っ二つにしてやった。

 

「まだ終わらねぇよ!」

 

 今までの鬱憤だけ、これでもかとレイディアントソードで斬撃を浴びせる。おらっ、おらっ、おらっ!

 

「テメーの、せいで!」

 

 太刀筋に力が入る。

 

「俺も命蓮寺の皆も!」

 

 今度は切り上げ。

 

「そして白蓮さんまで不幸のどん底に叩き落とされた!」

 

 更にここから剣で悪しき銀翼を突く。

 

「俺達だけじゃない。俺をハメる為だけに受けなくてもいい被害を受けた紅魔館や永遠亭の分も忘れるんじゃないぜ!」

 

 いよいよトドメ。レイディアントソードを一度後ろ側に構えると銀翼を大きく跳躍させ、そして急降下。レディアントソードを突き出し、そしてその青い刃を叩きつけてやった!

 

「その報いだぁー!」

 

 既に炎上し、バラバラになったバイオレントバイパーの機体が無縁塚へと思い切り叩きつけられゆく。

 

 これで……終わったな。

 

 

 

『モット、トビタイ』

『キボウニ、ナリタカッタ』

 

 

 

 今のは幻聴だったのか、あまりに悲痛な声が聞こえたような気がする。しかし、それを確認しようとした頃にはバイオレントバイパーは地面に叩きつけられた後である。激しい爆発音が鳴り響き、遂に真相を聴く事は出来なかった。

 

 モウモウと黒煙を上げる無縁塚。だが、最後の一撃を決めた瞬間。俺は分かった。分かってしまった。だから俺は無縁塚へと降り立ったのだ。奴は、奴は邪悪なる銀翼の偽物、バイオレントバイパーではない。

 

 アールバイパーから降りるとそこには滅茶苦茶になったガラクタが落ちているのを確認した。やはり、俺の思った通りだ。

 

「あっ、これは戦闘機じゃなくて……ゲームの大型筐体?」

「そうだ。早苗、ゲームタイトルを読んでみるんだ」

 

 かろうじて文字が認識できるタイトル部分。早苗に場所を譲りそれを読ませる。

 

「『アールアサルト リバイズド』? 聞いたことないタイトルですね。私が幻想入りしている間に出た続編とか?」

「そうだったら良かったな。だが、違う。リバイズドはアールアサルトの続編として開発されるも、度重なる延期の末に開発中止に追い込まれた『生まれることなかったアールアサルトの続編』。早苗が知らないのも無理はない」

 

 そう、偽物でも何でもなかった。奴もまた希望の翼として侵略者を打ち砕く存在だった筈。正真正銘の銀翼だった。

 

「俺達がバイオレントバイパーと呼んでいたこの銀翼、その本来の名前は『イボルブバイパー』。俺が乗ってるアールバイパーの改良機だ。スペックで負けるはずだし、ボスから武装をラーニングするなんて機能も実装されていた」

 

 幻想入りして、どうやらこいつも実体化したものの、悪しき者に利用され暴走の果てに朽ち果ててしまった。なんと酷い……。俯き流れる涙をこらえ、俺は自らの銀翼に向き直る。

 

「早苗、まだ終わってない……ぜ。イボルブバイパーを利用した道教の奴らを懲らしめるんだ」

 

 最後に無縁塚を取り囲んでくれた仲間達に礼を言う。

 

「俺はこれから人里に向かってこの銀翼異変を引き起こしたすべての元凶を叩く。ここからは宗教と宗教の戦争だ。だから無理に手を貸せとは言わない。だが、俺を同じ志を抱くものが居たらともに向かおう!」

 

 俺の号令に呼応するかのように名乗り出たのは……。

 

「白蓮様に酷いことしたんだよね。許せないよ!」

「(こくこく)」

「乗り掛かった舟、最後まで付き合うわ」

 

 命蓮寺と縁深い響子とこいし、あと厄神様がついてきた。自分の神社を襲撃された早苗は言うまでもない。

 

 幽香さんも俺の目の前に降り立ったが、忠告を残すだけで、ついて来てくれるわけではなさそうだ。

 

「魔力のコントロールはだいぶうまくなったわね。だけど、あの必殺技『αビーム』は危険すぎる。多用しない事ね。幸運を祈ってるわ」

 

 よし、響子と早苗と雛。先に人里に向かっているらしいにとりを除くと見事に緑色だ。

 

「あー! また忘れようとしてる!」

 

 おっと、何故かバイパーのコクピットに座ってるこいしも含めなくては。

 

「もはや銀翼を騙る存在はいない! 奴らの悪行を暴く時だ! 行くぞっ!」

 

 光り輝く緑の風が、栄光を勝ち取るべく決戦の地である人里へと吹きすさぶのであった……!

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃人里では……)

 

「ついにやったのか! バイオレントバイパーを仕留めたんだね」

 

 轟アズマから銀翼を騙る偽物を撃破した旨を聞いて空中で小躍りする河童。

 

「ななななんと! 無縁塚ですね。さっそく写真を撮って号外流さないと!」

 

 にとりの制止も聞かずにすっ飛んで行く鴉天狗。

 

 地上では一輪達と合流した神奈子が神子と布都を圧倒している。

 

「裏は取れているんだ。仏教勢を罠にはめて無力化した次は私達か!」

 

 ジリジリと詰め寄る神奈子の威圧感にたじろぐ神子。

 

「ま、待ってくれ! 私には何のことだか……おや?」

 

 そんな中、銀色の翼が人里へ飛び込んでくるではないか。彼女は援軍が戻ってきたと、そう確信していたようである。しかしこの銀翼は……。

 

「豊郷耳神子! 貴様の悪行もここまでだ!」



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第14話 ~宗教戦争 前編~

ここまでのあらすじ

バイオレントバイパーは道教の一味が命蓮寺を貶める為にアールバイパーの後継機であるイボルブバイパーを悪用したものであった。

その事実が天狗の手により明るみに出た今、神子を守るものは存在しない。
今こそ決戦の火蓋が切られようとしている……!


まずは俺が挨拶。遅れて早苗さんと雛、そして響子が降り立つ。

 

「一輪、ようやく気付いたようだな。こいつが俺の偽物をけしかけていたんだ!」

 

 早苗の登場に真っ先に反応したのは神奈子さんである。

 

「早苗、遅かったじゃないか。そうか、偽物はもういないんだな?」

 

 更に空中からばら撒かれるのは新聞。ヒラヒラと舞い落ちた記事を布都が手に取る。もちろんその内容はアールバイパーの偽物が倒されたというもの。そしてバイオレントバイパーを用いて不当に仏教勢力を引きずりおろしたという黒い噂まで……。

 

「あわわわ……。全部筒抜け! 太子様っ、太子様~!」

 

 すがるように泣き叫び神子のスカートの裾を引っ張る布都。俺も新聞の記事を大きい声で読み上げる。

 

「既に真実は号外として幻想郷中にばらまかれている。天狗を敵に回したのが運の尽きってところだな。とにかく貴様の天下もこれまで。年貢の納め時だ、観念しろっ神子!」

 

 うぐぐと悔しげな表情を浮かべているが、抵抗する様子はない。

 

「信仰の力を一気に失って力が出ない……」

 

 神子は神霊としての側面もあり、信仰力がそのまま彼女の力に直結するようだ。ここまで道教勢の秘密が暴かれてしまっては誰も信仰などしない。ヨロとふらつくとフウフウと息を切らしながら膝をついてしまった。

 

 慌てるのは布都。が、彼女一人にこれだけの相手を出来る筈もない。完全に追い詰めた。あれだけ用意周到に命蓮寺を失脚させた割にはその最後はあまりにあっけないものであった。

 

「くく、くふふふふふ……。ふひゃひゃひゃひゃ……」

 

 ……と思った矢先、顔を伏せていた神子はゆっくりと小刻みに肩を震わせる。そしてクククと不気味に笑い出した。

 

「何がおかしい? 追い詰められて気でも変になったか?」

 

 不意打ちに備え、レイディアントソードを取り出してジリジリと警戒しながら近寄る。

 

「何を勘違いしているのかしら? 手詰まりなんかではないって事よ。かくなる上は『アレ』を使う他ないっ!」

「ええっ、でも『アレ』を人里で発動させたら……!」

「他に手立てがないんだ! 窮地を脱するには、何でもいいから信仰心が必要だ。たとえどんなものであっても……だ。決戦兵器を発動させる!」

 

 直後、人里が大きく揺れる。何だ、何を仕掛けてくるつもりなんだ? 地震はさらに大きくなり、地面が大きく盛り上がる。

 

「違うっ。盛り上がっているのではなく、浮遊しているんです!」

「えっ、反対側からもっ? 反対側の地面も浮遊しています!」

 

 そして多くの建物をくっつけたまま神子の周囲の地盤が浮遊し始める。一度浮遊するとかなりの速度で浮上した。大小さまざまな建物からそれこそハリネズミのように砲台がのぞく。そしてその奥には凶悪な顔をしたハリセンボンが顔をのぞかせているではないか。

 

「何だあれは。空飛ぶ都市だなんて……?」

「違います神奈子様、あれは……、あれは『ミラージュキャッスル(※1)』、そして同型艦の『ファントムキャッスル』です!」

 

 ハリセンボン型のベルサー艦であり、無数の武装装甲を身にまとった超巨大戦艦、それも2隻である。

 

「フフ、フハハハハハ! 本来は仏教勢が完全沈黙してからこの2機の海洋生物型決戦兵器で二つの神社を黙らせる予定だったが、こうも追いつめられたのなら仕方ない。ここでお前らを蜂の巣にしてくれる!」

 

 これが、これがコイツの本性か! こんな奴を絶対に人間を任せるわけにはいかない。が、神子は戦闘態勢をなかなか取らない。そういえば信仰の力がどうのこうのって先程言っていたよな。……ま、まさか!

 

 予想しうる展開の中で最悪なものが現実に起きてしまった。ハリセンボンのようにあちこちに向いた銃口が無差別に火を噴き始めたのだ。地面や家屋に無数に穴が空き、中にいた人々がパニックを起こして逃げ惑っている。

 

「我に従え、我を崇めよ! 銃口はそちらを向いているぞ? 貴様らの命はこの私が握っていることを忘れないことだな!」

 

 なるほど、普通に信仰心を得られないということで、祟り神のように恐怖心を信仰の力に変えているのだろう。だからといってこんな所業を黙って見ていられない! 考えるよりも先に俺は神子に突っ込んでいった。

 

「……野郎っ!」

 

 振り下ろす剣は金色の太刀がガッチリと受け止める。つばぜり合いになる前に俺は弾き飛ばされてしまう。

 

「弱い、弱すぎるぞ人間よ!」

 

 赤く光る瞳、神子に集まるドス黒い信仰心。さすがに配下二人も異変だと感じたか、神子から距離を取っている。

 

「太子様、こんなやり方はちょっと……」

「このような暴挙に出たのだ。今更引くに引けないのだろう。私達には見届けるしかできない……」

 

 駄目だ、まがいなりにも信仰心を得た神霊、今の俺では太刀打ちできない。だがどうしたものか、このまま手をこまねいていてもミラージュキャッスルが更なる破壊活動に出るだけだろう。

 

 ではミラージュキャッスルを攻撃するか。奴は数多くの武装した装甲に身を纏った戦艦。とにかくしぶとい。戦うのは神子に比べてある程度楽ではあろうが、時間がかかってしまう。

 

「このデカブツは私らに任せるんだ。里に人間に危害を加えさせずに気を付けながら戦うなど君には出来るまい」

 

 そう、人里への被害も防がないといけないのだ。ここは神奈子さんと早苗に任せよう。

 

「じゃあ反対側の奴は私達がっ! アズマは親玉との戦いに集中して!」

 

 憎きベルサー艦どもは守谷神社と命蓮寺の皆に任せよう。俺は神子を改めて睨みつける。

 

「堕ちたな神子。そんなに禍々しい感情ばかり身にまとっていたら聖人の名が泣くぞ?」

 

 もはや人を導く賢者としての面影などどこにもない。赤黒く変色したマントは風もないのになびいており、さながら吸血鬼ドラキュラのような禍々しい姿になっていた。いや、大魔王と言ったところか。

 

「みなぎる。ミナギル! 敵対するものは全てこの光で無に帰するがよい!」

 

 剣先をこちらに向けるように構えると、そこから黒い光線が発せられる。しかも微妙に放射状に広がっており、非常に危険だ。避けようと機体を傾けるも翼に微妙にかすってしまう。

 

「いくぞっ、フォトントーピード!」

 

 早撃ちでは負けてしまったが、あちらもレーザーを放ち隙が出来ている。そこへこちらも弾速が売りの空対空ミサイルをお見舞いする。よし、あの反応速度では避けきれない。命中するぞ。

 

 が、神子はマントを翻すとその場から姿を消してしまった。ど、どこに消えた!? どんなトリックを使ったんだ? いいや落ち着け、こういう時は魔力レーダーだ。次に姿を現す場所の魔力が増大する。よし、見えたぞ。卑劣にも俺の真後ろに現れて不意打ちを決めるつもりだ。

 

「バレバレなんだよぉー!」

 

 よし、確かに出てきた。振り向きざまにレイディアントソードを振りかざした。が、神子も負けじと手にする(しゃく)で斬撃をガードする。今度は俺が弾き飛ばしてやった。無抵抗なうちにもう一度っ!

 

「うおぉぉぉ!」

 

 今度はオーバーウェポンだ。確実に決めてやる。

 

「重銀符……」

 

 バチバチとスパークの走る青い剣を突きだしつつ突進。

 

「『サンダーソード』!」

 

 十分に引きつけてその魔力を一気に爆発させる。よし、決まった! 光の刃が確かに神子にまで達したぞ!

 

 だが次の瞬間、俺は暗闇の中にいた。何故だ? どうしてなんだ!?

 

「さっきの君の発言。ソックリそのまま返させてもらおうか。貴方の欲がダダ漏れ。ここまで分かりやすい人も珍しい。というわけで先程まで私が退避していた仙界に閉じ込めておいた」

 

 何処からか大魔王の声が響く。だが、姿が見えない。それにどんなにもがいても身動きが取れない。

 

「なーに、安心するといい。ちゃんと元の幻想郷に返してあげるよ。くくく、くはははは!」

 

 高笑いがしたかと思うと急に周囲の景色が元に戻った。そして目の前には戦闘騎に跨った早苗が……! 接近している、俺の意思と関係なしに。ぶ、ぶつかる!

 

 思い切り仲間と衝突。悲鳴を上げる早苗が一気に押し上げられる形となる。もちろん俺も吹き飛ばされている。そしてその先は……。

 

「まずい、ミラージュキャッスルの極太レーザーの軌道上だ!」

 

 そう、この二人はベルサー艦とやり合っている真っ最中だ。神奈子さんが言い終わる前に極太レーザーが二人を襲う。それぞれ別々の方向へさらに吹き飛ぶ。そして待ち構えていたのは邪悪なしたり顔をした神子であった。再び剣をこちらに構えている。

 

「どうだったかねアズマ君、仙界への小旅行は? 我に従うと誓うなら命だけは助けてやろう」

 

 ますます発言が魔王じみている。もちろん俺の答えはノーだ。

 

「いや、聞くだけ無駄だったよ。アズマ君の顔が、そしてあふれ出る欲が拒絶という答えを出している。ならば死ぬがよい。今一度、貴様ら仏教と我ら道教の力関係を見せつけてやる!」

 

 剣がポウと光る。

 

「眼光『十七条のレーザー』」

 

 まずい、吹き飛ばされている俺は格好の的だ。恐らくは17本あるであろう色とりどりのレーザーが全てこちらを貫かんとしている。レーザーではレイディアントソードで切り伏せることもゆっくり霊夢が食べることも出来ない。手詰まりだ、もろに喰らう……!

 

「……いかんっ! エクスパンデッド・オンバシラ!」

 

 上空から助けが来た。レーザーの射線上に濃い灰色の柱がズドンと突き刺さり、防壁となったのだ。それでも御柱は度重なるレーザーによってへし折られてしまう。それだけ火力が凄まじいという事だろう。そのまま威力が減衰しているとはいえ俺は結局被弾してしまった。

 

 きりきり舞いになって俺は地面に墜落。このままではまずい、オプション達を呼び出してアールバイパーが復帰するまで時間稼ぎを行おう。

 

 こいつは地霊殿のサトリ妖怪と同じく相手の心を読む力があるようだ。そうでなければ合点がいかない動きを度々行ってきたし、事あるごとに俺の欲が読み取れるという旨の発言を繰り返していた。

 

「心を読む妖怪とは戦ったことがある。ならばこれはどうだ?」

 

 俺はネメシス達を呼び出して別々の方向から攻撃させる。地霊殿の古明地さとりは心を読む能力を持っていたが、ジェイド・ロス提督率いるバイド艦隊や俺達という多人数の心をいっぺんに読もうとした結果、細かいミスが頻発していた。

 

 確かあの時はアールバイパーをバイド艦隊の一員だと決めつけてバイド達と同じトラウマ攻撃を仕掛けていたんだったな。

 

 いくら心を読めようとも一度にこれだけの心を正確に読み取るのは大きな負担となる筈だ。そうやって神子にプレッシャーをかけていき、疲弊したところに逆転の一手を仕掛ける。

 

 だから今は時間稼ぎだ。ゆっくり霊夢の体当たりをかわし、コンパクの斬撃をいなす。ネメシスの槍が神子の耳当てをかすめた。よし、いいぞ。このまま奴を翻弄させ続ければ……。

 

「何か、勘違いしていないか? それでこの私を、豊郷耳神子をやり込めたつもりか!」

 

 一閃、それだけであった。神子は剣をたった一振りしただけで3つのオプションを全て撃退してしまったのだ。あ、あり得ない……。オプションが直線状に並んだ瞬間を狙い、一網打尽にしてしまったのだ。慌てて俺はオプションを回収する。

 

「その勝ち誇った顔、とても滑稽だったぞアズマ君。大方『一気に多人数の心を読めるはずもない』と高をくくっていたのだろう。知らなかったようだな、私はかつて『聖徳太子』と呼ばれていたことを!」

 

 聖徳太子だって? ま、まさか……!

 

「たった三人の配下をけしかけて多人数気取りとは片腹痛いわっ! 私の能力は『十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力』。この程度で取り乱すはずもない」

 

 こ、今度こそ手詰まりだ……。頼みのオプションも人格を持たないポッドだけだし、そもそも何を仕掛けても心を読み取られてしまうので不意打ちも出来ない。

 

「いいぞ、その恐怖におののいた顔は。だが同じ顔ばかり見飽きたな。今度こそ引導を渡してくれる!」

 

 再び剣を構えてレーザー発射の準備に入る神子。もはや、これまでか……!




(※1)ミラージュキャッスル
ダライアスバーストに登場したハリセンボン型のベルサー艦。
本体は小さいが無数の武装装甲を身に纏う。


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第15話 ~宗教戦争 後編~

豊聡耳神子相手に次第に追い詰められるアズマ。
だが、アズマにも知りえない逆転の一手が今まさに発動された……!


「なっ、馬鹿な!」

 

 神子は手にする剣を巨大化させ、俺を串刺しにしようとしたのだ。だが、結果的に俺はそれを回避して今は空を舞っている。

 

「避けられただと? レーザーを放つと見せかけての斬撃は完全な不意打ちだった筈。なのに、かわした……」

 

 ああ、俺はとどめの一撃をかわしたんだ。そう、またしても俺は助けられたのだ……。

 

「なぜかわせた!?」

 

 渾身の一撃を綺麗に回避されて困惑しているのが目に見えて分かる。そして次の一手も……だ。俺の移動を阻むようにレーザー2発、翻るのを予測してそこに接近しての斬撃。それで間違いないな?

 

 まず俺は最大限に加速してレーザーをかわすと、神子が俺のすぐそばにワープしたと思い込んでいる神子が出てくるタイミングを見計らいフォトントーピードを放つ。

 

「このっ、このっ!」

 

 更にマントから炎を出したり再びこちらを仙界へ迷い込ませようとしてくるが、俺は事前にサクサクと回避してしまうのだ。

 

「ゼエゼエ、ば、馬鹿な。どうしてそんなに簡単に見切れるの?」

 

 疲弊しきったところを今度は逆回転リフレックスリングで捕える。

 

「知りたいか? ならば聖徳太子サマお得意の心の声を聴く能力を使ってみな」

 

 そう、答えはすぐそこにあるのだ。神子はそれに気づいて愕然としていた。だがもう遅い!

 

「そ……んな馬鹿な! 確かに銀翼に乗っていたのは一人だった筈。だというのに、どうして二人目の声が聞こえる!?」

 

 ふふ、その「二人目」が全ての答えだ。さあ、もっとよーく見てみろ!

 

「む、無意識を操る古明地こいし! だけど、今は第三の目を……開いている!」

「そう、アールバイパーには俺の他にサトリ妖怪が乗っていたのさ。それもただのサトリ妖怪じゃない。普段は心の目を閉ざして誰もその心を読めないという特別なサトリ妖怪がな!」

 

 このタイミングで実に奇跡的だ。第三の目を閉ざしていたこいしが俺の服の裾を震える手でキュっと握りながら神子を睨みつけていたのだ。

 

 すかさず俺はリングの回転方向を反転させて神子を投げ飛ばした。

 

「怖いけど、怖いけど……。コンパクちゃんやゆっくりちゃんも勇気を振り絞って頑張ってるのに、私だけ仲間はずれなんて嫌だもん!」

 

 あの時、俺はアールバイパーを通じてこいしと繋がる感覚を覚えたのだ。これまでも何度か勝手に発動していた少女達の能力の間借り、真に心が通じた証。それも本来のサトリ妖怪として。

 

 おかげで俺には数秒先の未来が見える。こんな強力な力を得られるのは後にも先にもこれ一度っきりであろう。が、この窮地を抜けられさえすれば、それでいい!

 

「こうなれば……」

 

 耳当てを外す。本格的に心を読む作戦だ。恐らくはこいしのトラウマを引きずり出し再び第三の目を閉ざそうという試み。だが、その耳当てを外すという行為が命取りとなるのだ。なぜなら、俺は耳当てを外すことをとっくに読み取っている。

 

「響子っ、今だっ! ありったけの大声を浴びせかけろ!」

 

 ミラージュキャッスルと神子、どちらとも戦えそうになくオロオロしていた響子は急に呼ばれてピクンと体を震わせていた。そんな彼女をリフレックスリングで掴むと耳当てを外した神子に接近する。

 

「えっ、えっと……YAHOO!!」

 

 至近距離での大声。普段はセーブしていた聴力を解放した直後の山彦の本気の声。さぞひとたまりもない筈だ。

 

「ぎぃやぁぁぁ! 耳が、耳がー!!」

 

 両手で耳を塞ぎ悶絶している。さあ次は……あれ、見えない。

 

 どうやらこいしは再び瞳を閉じてしまったようだ。

 

「ごめん、やっぱりこれ以上は無理よ……」

 

 いや、よく頑張ってくれた。俺はこいしの頭を撫でてやると再び神子に向き直る。いいじゃないか、これでおあいこだ。お互いに心の読めない状態なのだから。いや、心を読めない状態が普通の俺の方が少しだけ有利か。

 

「おのれ、おのれ、おのれェーー!」

 

 ドス黒い気が一気に収束してくる。策を練れない以上、力に訴えかけるほかない。だが……

 

「この瞬間を待っていたぞ、神子ぉぉぉぉ!!」

 

 こちらもすぐさまオプションを全て展開し、ローリングのフォーメーションを取る。そして乱れていた呼吸をゆっくりと整え始める。

 

 落ち着くように、でも闘志は失わないように……。

 

 間もなく神子は自分がデタラメに集めてきた黒い信仰心を直接撃ち出してきた。思った通りだ。

 

 俺も魔力を収束させて……。

 

全無(オール・ナッシング)……」

 

 アールバイパー全体が青白い閃光に包まれゆく。神子からあふれ出る邪悪な念が迫ってくる。俺は焦らずに自らに溜められた魔力を解放した。

 

「『αビーム』!」

 

 ぶつかり合うビームとビーム。拮抗していたそれは少しずつαビームが勢いを増すことで神子を押しのけていく。

 

「押されている! この私が、この私が人間ごときにィー!」

 

 うおぉぉぉぉぉ! その邪悪な信仰心とやらごと焼き尽くしてくれる! 神子の力を吸い取ったαビームがそのまま本人に返ってくる。

 

「ギエェェェェェ!?」

 

 空中でのけぞりながら小刻みに痙攣している神子から黒いオーラが分散していく。そしてαビームの照射が終わった頃にはすっかり元の神子の姿に戻り、そしてドサリと地面に落ちた。慌てて介抱しに走る布都達。

 

 振り向くと、雲山がファントムキャッスルを圧倒している様子を目にすることが出来た。雲山が直接ベルサー艦のパーツを掴んでは無理矢理引っぺがしているのは俺もさすがに驚いた。

 

 一方の守矢神社の二人もミラージュキャッスル相手に優勢である。神奈子の火力がその装甲を打ち破ると、たまらず残った装甲をパージしながら逃げようとする。このハリセンボン型の本体を早苗が狙いを定めハンターを発射した。

 

「オーバーウェポンの火力を甘く見ないことです!」

 

 針のように尖った蒼き狩人はハリセンボンに突き刺さり続け、そしてこれを撃破した。

 

「ふっ、アズマも一輪も上手くやったようだな」

 

 上空で腕を組む神奈子さんに俺はサムズアップした。ああ、誰か一人でも欠けていてはなし得なかった。これは皆でもぎ取った勝利だ。早苗から、響子から、そしてこの戦いに参加していた皆で……。

 

「ふう、いっちょあがり。中身の方ならムラサがキッチリ沈めてくれたわ。さて……と」

 

 命蓮寺のメンバーに取り囲まれ、ガックリと膝をつく神子に神奈子は手を差し伸べる。

 

「一気に大きな力を得たことで己を制御できずに散々振り回されたな。明らかに様子がおかしかったが、私は同じ神霊だから何が起きたのかすぐに分かった。

君は神霊としてはあまりに若すぎるのよ。一気にみなぎった己の力に魅入られて、そして暴走してしまったのだろう」

 

 その手を弱弱しくつかむと神子はよいしょと立ち上がる。

 

「誰に貰ったのかは知らないが、あの魚のような戦艦……早苗は『ベルサー艦』とか言っていたが、ああいった未知の力はもう少し慎重に使うべきだ」

 

 ボロボロになった里を見てガクリと肩を落とす神子。

 

「私もどうかしていました。もはや、これまでですね……」

「そんなことないですぞ、太子様! 我は地獄の底までついていきます!」

「また、やり直そう」

 

 そんな彼女に寄り添うは二人の側近。あんな事になりながらも神子への忠誠が揺らぐことなどあり得なかったのだ。これも豊郷耳神子本人の求心力の賜物だろう。

 

 ひとまずは壊したものの復興をしたいところであるが、コイツらにはもう一つやって貰わないといけないことがある。

 

「おっと、まだゼロから再スタートするには早すぎるぜ? さあ、お前らが封印した聖様を解放するんだ」

 

 いつの間にか俺の後ろにいた一輪達が「そうだそうだ」と頷いている。

 

そう、今回の戦い最大の目標は白蓮さんを取り戻すことである。俺は神子に封印を解かせることにした。

 

 というわけで俺と神子、早苗の他に、最初から最後まで俺を様々な手段でサポートしてくれた雛とにとりが白蓮の元へ、神奈子と布都達、そして命蓮寺のメンバーは人里の復興を手伝うことに。

 

 実は白蓮の封印された場所というのは俺も知っている。神子は俺が思っていた通り人里のハズレの方へと歩いていく。そして人通りもまばらになる程の里の外側に不自然に大きく開いた洞窟があった。

 

「この奥に封印されて……むっ!?」

 

 地面を揺るがす爆発音が響いたではないか。何事と身構えるが、それ以来再び物音がしなくなった。

 

「何か隠しているんじゃないだろうな? 罠があったりとか」

「ないですって! 白蓮さんの様子は定期的に青娥が見ていました。罠なんてしかけたら青娥がその餌食になっちゃいますよ」

 

 ふむ、それもそうか。だが、何か引っかかる。うーん……。

 

「罠はないけどガーディアンはいますってオチじゃないだろうな?」

「少なくとも私は知りませんよ。もしかしたら青娥が自分で行くのを面倒くさがって使い魔にでも向かわせたとかならあるでしょうが、それなら芳香に向かわせるのが……」

 

 これ以上問い詰めてもらちが明かない。

 

「もういい、この洞窟は神子が先導して進め。出来るよな? 罠なんてないんだろう?」

 

 逃げようとする神子を捕まえると、彼女を突き出しながらさっそく洞窟へと入っていく。

 

 かくして神子を先頭に白蓮の眠る洞窟を奥へ奥へと進んでいく。

 

「ほ、ほら。何にもないでしょ? 大体白蓮さんの封印は私の施したものですから、私が居なければ侵入したところで何にも意味はないのです。なので……」

 

 ベラベラと不自然に饒舌になる聖徳太子に大きな影が迫った。最初に気付いたのは早苗。甲高い悲鳴を上げ神子も遅れて見上げる。

 

 巨大なダイオウグソクムシ「バイオレントルーラー」だ! その巨体でのしかかってくるつもりだ。皆でこれを避けると……。

 

「……死んでるぞ、コレ」

 

 動かない巨体に恐る恐る近づくにとりが生命活動をしていないことを確認する。どうやら力なく倒れ込んだだけのようである。胴体にポッカリと穴が開いており何者かと交戦した形跡もあった。

 

「やっぱりな。実は一度だけ迷い込んでここに来ていたんだ。よくも嘘をついて俺達をバイオレントルーラーに始末させようとしたな!」

 

 怒りに任せて神子に詰め寄るが、その反応は意外なものであった。

 

「知らないわよ! 本当に、何にも。後にも先にも私がベルサー艦を使用したのは先程のみです」

 

 なんだろう、不穏だ。神子は嘘をついている感じはないし、バイオレントルーラーは何者かと戦って死んでいた。頭をもやもやさせているとついに洞窟の最奥へたどり着く。が、案の定というべきか、異変が起きていた。

 

「白蓮さんがいない!?」

「そ、そんな馬鹿な!」

 

 だらりと垂れさがった鎖には何も縛られておらず、白蓮の姿は本当に消えていたのだ。

 

「一体全体どうなっているんだよ。どうして白れ……聖様がいないんだ!?」

「私が聞きたいくらいだ! だって封印を私以外の誰かが解いたなんてありえない」

 

 見ると洞窟はさらに奥へ続いているのが分かる。白蓮が幻想郷で目撃されたという話は聞いていないから外に出ているとは考えにくい。となるとあの奥か……。

 

 引き続き神子を先頭に洞窟の最奥へと突き進んでいく。

 

 奥へ進めば進むほど息苦しさが増していく。そうやって細い道を進んでいると……。

 

 甲高い怪物の雄たけびが聞こえてきた。ピギャーと大きな声を上げている。こっそりと奥を覗き込んでみると……。

 

「今度は『ゴールデンルーラー』!?」

 

 金ピカのダイオウグソクムシが胴体を貫かれて苦悶の悲鳴を上げているのだ。誰かと戦っているのか? そもそもこのベルサー艦達は何者なのだろうか? 神子が知らないとなるとカギを握っているのは青娥なのだろうか? だが、その青娥の差し金を倒す存在がいる。

 

「もしかして白蓮さんじゃ?」

 

 だとしたら助けないといけない。

 

「何もかもが不可解だ。まずは俺が行く。合図を出すまで皆はこっちに来るんじゃないぞ。罠かもしれないのだから」

 

 俺はみんなを置いて最奥へ。洞窟の広くなった場所へとなだれ込むように入り込んだ。

 

「……」

 

 やはり白蓮だ。ゴールデンルーラーを仕留め終えると、俺の存在に気が付いた。

 

「白蓮、自分で封印を解いたんだね。異変は解決したよ。俺の偽物を仕留めたんだ。だからもう外に出ても……」

 

 やはりおかしい。白蓮の表情からまるで温かみを感じないのだ。だが、ツカツカとこちらに歩み寄って来る。

 

「アズマさん……。あの時を思い出しますね。右も左もわからぬままに無力な貴方を私が助けた。今回はその逆。あの時は紫さんに侵略者呼ばわりされていましたね……」

 

「アズマさん、私は残念でなりません。どうやら紫さんの言っていたこと、正しかったようですね」

 

 明らかに分かる憎悪の表情。この洞窟に入ってから感じた息苦しさ、ピリピリした空気の正体はこれか。

 

「アズマさん、いえ幻想郷を侵略する元凶、轟アズマには消えてもらいます!」

 

 ブワッと魔人経巻を広げ戦闘態勢に入る白蓮。

 

「待ってくれ! さっきも言った通りアールバイパーの偽物をけしかけた道教の連中が全部悪いんだ。誰に吹き込まれたのか知らないが騙されている!」

「いいえ、前々からおかしいとは思っていたのです。貴方が幻想郷に入ってからバクテリアンやバイドが幻想入りして悪さをしてきた。やはり貴方が原因であると考えるのが納得いくのですよ」

 

 どうしてこんな考えに至ったのかは俺には分からない。だが、封印されている間に何か吹き込まれたんだ。誰に? いや、答えは明白だ。神子と通じており定期的に白蓮さんを見張っていたという「霍青娥」。未だに姿も見せないアイツが怪しい。

 

 だが、どうしようか? 今は調査どころではないぞ。

 

「私も心苦しいのですよ。子供のように可愛がっていた門徒の中にこんな異変の首謀者がいるだなんて。とはいえ同じ釜の飯を食した仲。せめてもの情けです……」

 

 魔人経巻の模様が白蓮の両腕に纏わりつくように光る。

 

「苦しむ間もなくアールバイパーごとあの世に送ります!」



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第16話 ~古きユアンシェン~

ここまでのあらすじ

「バイオレントバイパー」もとい「イボルブバイパー」を利用していたのは道教勢であった。イボルブバイパーを撃破したのち、その無念を晴らすべく「豊郷耳神子」に勝負を挑む「轟アズマ」と相棒「アールバイパー」。

守谷神社と協力して神子を追い詰めるものの、あろうことか神子はハリセンボン型の決戦兵器「ミラージュキャッスル」と「ファントムキャッスル」を呼び出し、これを人里で暴れさせることで恐怖心を植え付け、この畏怖の念をもって信仰を得るという暴挙に出始める。

黒い信仰心に包まれて魔王のような風貌になった神子はどうやら心を読む能力を持っているうえに10人同時に心を読むというとんでもない能力の持ち主であった。

オプション達の、そして古明地こいしの必死の抵抗により心を聞き取っていることを見抜いたアズマは耳当てを外した瞬間に響子に大声を出させることで怯ませ、最後はαビームで神子を覆った邪気ごと焼き払う。

かくして完全に降参した神子を連れてアズマは白蓮の封印を解いてもらおうとしたのだが……。

どういうわけか、白蓮は既に封印を解かれており(あるいは自力で抜け出していた?)、アズマに敵意をむき出しにしているのであった……。


 な、何故だ……? なぜ俺は侵略者扱いをよりにもよって白蓮にされているんだ……?

 

「貴方は、アールバイパーは幻想郷を侵略する存在。おそらくは命蓮寺へのスパイ行為が任務だったのでしょう。確かに貴方が来てからです。見覚えのない妖怪が幻想郷を襲うようになったのは」

 

 それは……確かに否定できない。俺が幻想入りしてからバクテリアンもバイドも幻想郷にやって来たのだ。……ん? 何か引っかかるぞ。この条件に引っかからないSTG世界の住民が居た筈だ。

 

 それは確か……原始バイド達だ。アイツらはバイド異変とは関係なしに地底に住んでいて罪袋や勇儀と交友関係があった筈だ。

 

「原始バイドだよ。忘れたのかい? あいつは別に侵略者じゃない」

「うっ、確かに……。ですがそれは私達が最初に出会った時の話であって、元々は侵略者だったのかもしれませんよ? それに貴方が幻想入りした後に彼らも幻想入りしたと仮定したら……」

 

 いや、それは有り得ない。奴らが幻想入りした理由は別にあった筈だ。

 

 それは……忘れもしない、バイドの設定が大きく変わったことで、元の設定を持つバイド達が忘れ去られて幻想入りしたんだ。

 

「バラカス神は俺が幻想入りするもっと前から幻想入りしている。外の世界でバイドの設定が大きく変わってしまったのはずっと昔の話だった」

 

「わ、分かりました。例外もいるということですね。ですが大多数は貴方の幻想入りが関係しているのです! ああいけない、あと少しで騙されるところでした」

 

 完全に論破するのは無理だったか。だけどな、白蓮。あんたはもう既に俺の罠にかかっているんだぜ。

 

 そう、色々と屁理屈を並べている隙にこっそりと距離を取っていたのだ。

 

「逃げるっ!」

 

 一気に機体をターンさせると入口の上の方をショットで砕く。間もなく瓦礫が落ちてきて白蓮を閉じこめる形となった。

 

 外で待機していた神子にすぐに命じる。

 

「もう一度封印を! 早く!」

「さっきから封印を解けだの封印しろだの人使いの荒い……」

「こっちに迫ってきてるんだ! 急いで。巻き込まれるぞ!」

 

 神子によって白蓮の洞窟は再び封印される。脱出に成功した俺はさっそく神子を問い詰めることにした。

 

「聖様に何か変なことを吹き込んだな! 俺が侵略者のスパイだと? ふざけた発言するのも大概にしろ!」

 

 かなり語調を強めて詰め寄るが、当の神子本人は困惑しながらオロオロしている。

 

「知らない、本当に何も知らないんだ。私はあくまで封印の術を行っただけだし、決戦兵器も偽銀翼も用意したのは青娥だ。それで封印された白蓮さんの様子を見ていたのは青娥と芳香だよ。何かしたとすればそっちの二人だ」

 

 聞いてみると神子はあくまで民衆を導く存在として人里にいたのみで、そういった汚れた仕事は全て青娥に任せっきりだったのだという。

 

 心を読む能力を持っているくせに部下の行動も把握していないのか。イラつく心をどうにか落ち着けながら彼女を睨み続ける。

 

「青娥は厳密には私の部下ではないんだ。あくまで対等な関係。お互いに深く干渉しないことを約束に仙術に始まり偽銀翼やベルサー艦の技術の提供を約束してくれたのだよ。だから青娥の心は読んだことがない」

 

 こういう時ばかり心を読みやがって。そう訝しんでいるとふわふわと俺達の上空を舞うように浮遊する存在がいるではないか。

 

「はぁーい、ご機嫌麗しゅう?」

「その声は青娥かっ?」

 

 それは天女のような姿をしていた。特徴的な大きな輪っかを二つ作った青い髪型に大きな(かんざし)。透ける羽衣を羽織り、なよっと体をくねらせた少女。なんだろう、彼女を見ていると言いようのない不安感を覚える。

 

「あらあら豊郷耳様。随分と苦戦なさっているようですわね。ええ、こんな時こそベルサー艦ですね。それでは豊郷耳様にとびっきりのベルサー艦を……」

 

 くすくすと笑いながら青娥は頭の簪を取り出すと空中に向かい円を描く。すると亜空間……いや、同じ仙人だとすると仙界だろうか、そこから巨大なシーラカンスが降ってきたのだ。くそっ、ここでまた援軍かっ!?

 

「アイアンフォスルですわよ」

 

 が、このシーラカンスはあろうことか俺達ではなく、神子を攻撃し始めた。無数の鱗を神子に向かって飛ばし始める。鋭利に磨かれているようで、あちこちに切り傷を作っていく。

 

「なっ、どういう事だ!」

「そのまんまの意味です。豊郷耳様にベルサー艦をプレゼントです。もっとも、豊郷耳様に味方する……なんてことは一言も申していませんがね。くすくす……」

 

 シーラカンス型戦艦はその尾びれを思い切り振るい、神子を横から殴打する。吹き飛んだ神子はそのまま伸びてしまった。引き続き暴れるシーラカンスは早苗が対処していた。

 

「敗者には興味ありませんってことですわぁ。あっはははは……」

 

 今のやり取りで分かった、こいつはとんでもない悪党だ。こいつが命蓮寺を、白蓮を、イボルブバイパーを、そして今まさに神子を……!

 

「おい」

 

 爆発する感情を必死に抑えるべく俺の声は限界まで低くなる。まるで唸り声をあげる獣のように。

 

「まあお顔が怖い。豊郷耳様から聞いていますわ。人間でありながらあの妖怪だらけのお寺に手を貸す変人『轟アズマ』ってのは貴方のことでしたわね。くすくす……」

「黙れ! それよりも白蓮に何を吹き込んだ? 俺が侵略者のスパイだとか訳の分からないことを言い始めている。あんたがとんでもないホラを吹いたに違いない! どうなんだ?」

 

 こちらの怒りなどお構いなしと言った感じで変わらずふわふわと浮遊している。が、その瞳の奥の眼光は鋭い。

 

 そのまま音もなく俺の背後に回る。しまった、全然気が付かなかったぞ。

 

「わたくし、あんまり嘘は好きではないの。だから、嘘なんて全然ついていないわ。ええ、確かにあの封印された尼僧とは何度かお話ししました。侵略者たる貴方の事、今までの異変で暴れ出したバクテリアンやバイドの事……」

 

 後ろでは早苗とアイアンフォスルがやり合っている。恐らく早苗が優勢だ。戦い方も知っているだろうし、あちらは心配ないだろう。

 

「俺が……侵略者?」

「ええ、私は本当のことを、今幻想郷に迫る本当の脅威について説明したの。そしたらあの尼僧サマったらどうしたと思う? 自分で豊郷耳様の封印を破ってしまったのよ。ちょっと怖かったわ~♪」

 

 そんな筈あるものか。俺は逆に幻想郷を我がものとせんとするバクテリアンやバイドを退けてきた側である。ただの一度もこの力で幻想郷を支配してやろうだなんてことは考えたこともない。ああ、誓ってもいい。

 

 やっぱり奴の言っていることはあり得ない。これで決まったな、青娥こそ白蓮に変なことを吹き込んだ張本人……。

 

「もういい、そんな妄言に付き合っている暇はない。貴様を倒して真実を吐かせる!」

 

 銀翼を起動させるとネメシスとコンパクを呼び出す。

 

「一気に勝負をつけてやる。操術『サイビット・サイファ』!」

 

 オレンジ色の光がうねりながら青娥に迫る。あんなに余裕こいているが追尾するのだよ、サイビットは。そのまま腸ぶん殴られてゲロと一緒に本音もブチ撒けちまえ!

 

「あらあら、乱暴なことは好きではないけれど……降りかかる火の粉は払わないといけませんわね」

 

 こんな状況でも笑っていられるのか、さすがに気味が悪い。とっととブチのめしてやろう。

 

「うーん、お人形遊びしたいの、ボク? お姉さんも可愛いお人形さんを持っているのよー♪」

 

 パチンと指を鳴らすと地面の一部が盛り上がる。大きなお札のついた帽子を被った女性の死体が姿を現したのだ!

 

「これがお姉さんの大事なお人形さん『宮古芳香』よ。腐ってて可愛いでしょ?」

 

 芳香と呼ばれたゾンビは肌の発色こそ悪いもののネメシスよりも圧倒的に大きい。腕を前に伸ばし、跳ねながら移動する様から奴がキョンシーであることは想像がつく。

 

 あいつめ、配下のキョンシーを盾にするつもりだな。最初にコンパクが突撃するも腕をブンと振るうことで退けると反対側から迫ってきたネメシスはその腕でガッチリと掴まれてしまった。しまった、これでは引き戻せないぞ。

 

「ネメシス、操術『オプションシュート』だ。残った魔力を爆発させて腕を吹き飛ばしてやれ!」

 

 既にバイパーの傍に戻ってきたコンパクを格納すると、俺は変則的だがネメシスに指示を出す。すぐさま爆発が起きる……が、びくともしない。魔力が足りずに大した威力にならなかったのか……?

 

 いいや違う。確かに両腕から血が噴き出しており、有効打を与えたらしいことは分かるのだが、ゾンビゆえに痛覚がないのだろう。なので今もネメシスを捕まえたまま手を離さないでいられたのだ。魔力を失い腕を引っ張られたネメシスが力なくだらりと垂れる。

 

「くっ、回収しなくては。リフレックスリング!」

「させませんわ」

 

 まるで俺の移動する場所が分かっていたかのように青娥はグラビティバレットのような黒い球体を飛ばしていたのだ。動きこそ遅いものの、俺は逆にそこに突っ込んでしまい、全身が痺れて動けなくなってしまった。

 

「があああっ!」

「私の大事なお人形さんに危害を加えようとするなんて、どれだけ野蛮なのでしょう? 芳香、分かっているわね?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら芳香に視線を送る青娥。ま、まさか……!

 

 しばらくぶりに感じた焦燥。サイビット・サイファを覚えてからは感じなかったもの。青娥が何を指示したのか、俺には分かってしまったのだ。

 

「マ、マスター……クルシイ」

 

 芳香がネメシスの両腕と両脚を引っ張り始める。ギチギチと関節がきしむ音。

 

「アズマのことは色々と調べさせてもらったわ。戦い方の癖、価値観、そして弱点までも。自分ではない大切な誰かが傷つくさまを見せつけられることを何よりも嫌う。君が慕っている魔住職サマと一緒でね……さあ芳香、引っ張るだけでなくねじらないと」

 

 人間だったらまず命はない程に体を捻じ曲げられる。

 

「やめろっ、やめてくれっ! それだけは……」

 

その悲痛な叫びを聞いて青娥はフムと考え込む。

 

「芳香、一旦ストップ。力を弱めなさい。芳香にお人形さんを引っ張るのをやめてほしければアズマ、今ここで負けを認めなさい」

 

 考える暇などない。俺はすぐに了承した。ここでの勝敗はネメシスの無事に比べればちっぽけのものだからだ。俺はアールバイパーから降りて戦意がないことをを示した。

 

「いい子ねアズマ。芳香、もうその子に危害を加えちゃいけませんわ。返してあげないと」

 

 芳香からネメシスを受け取り、青娥が近寄ってくる。これでいい、これでいいんだ。今も痛々しく関節があり得ない方向に曲がってしまったネメシスを受け取る。早く修理してあげないと。そんな彼女と一瞬目が合った。

 

「ァ……」

「(ニヤリ)」

 

 不意に青娥が手にしていた簪を振るう。ネメシスの胴体が袈裟斬りに真っ二つに割れてしまったのだ。

 

一 瞬何が起きたのかわからなかった。俺も、ネメシス本人も。大事なものが突然ポッカリと抜け落ちてその先に見えた真っ白な虚無が脳内全体に広がる感覚。

 

「くっくくく……あっははははは! まだ何が起きたのか分からないようですわね。その子は死んだのよ。胴体を真っ二つにされてね! 油断が過ぎますわ轟アズマ! その結果最も近い距離で最も残酷な方法で大切な仲間を失う瞬間を見てしまった」

 

 真っ白い虚無は怒りの炎へと変わる。一度希望を与えておいて再び絶望の底へ叩き落とす。それを故意にやってのけた。こちらの精神をズタボロに壊すために。

 

「き、きさっ……まぁぁぁぁぁ!」

 

 今も高笑いを続ける青娥はゆっくりとその高度を上げていく。俺は再びアールバイパーに乗り込むと魔力という魔力を収束させる。もはや痛みなどどうでもいい。

 

 怒りに任せ、αビームを撃ち出す。すかさず青娥はおびただしい量の暗黒弾をビームを避けるように放ち始める。まずい、こいつらは俺を追いかけてくるぞ……!

 

「オプションを1つ失っているのにこの私に勝とうなんざ……」

 

 いかん、実力の差は顕著だ。αビームの隙を突かれる……!

 

「ちゃんちゃらおかしいですわ!」

「がぁぁぁぁっ!」

 

 今度こそアールバイパーは地面に叩きつけられた。勝ち誇ってふわふわと俺の目の前で浮遊する邪仙。

 

「弱い、弱すぎますわ。もっと力を付けてから挑みなさい」

 

 憎き仙人はそれだけ言うとトドメを刺すことも無く芳香とともにいずこかへ去ってしまった。

 

 ……ああそうだ! ネメシス、ネメシスを見てやらないと!

 

 真っ二つにされたネメシスは苦しそうに声を上げていた。

 

「マスター……。ナンダカサムイノ、スゴクサムイノ。アタタメテ……」

 

 迷うことなく俺はネメシスの切れ目を出来るだけくっつけ、そこを撫で続ける。もしもまたくっつくのならと淡い希望を抱いて。

 

「エヘッ、アリガト。コンドハ、ダッコシテホシイナ……」

 

 ああ、俺もとても抱きつきたい気分だ。ギュっと俺は彼女を抱きしめる。肌と肌が触れて俺にも分かった。彼女がみるみる弱っていく様を。

 

「アッタカイ。マスター(ちゅっ)、ダイ……スキ、ダイスキ……ダ…………ヨ………………」

 

 力を失う手を優しく握り、俺は必死に語り掛ける。

 

「諦めるなネメシス! すぐにアリスの所に行って修理してもらおう。だから、だから俺を置いて逝かないでくれぇっ!」

 

 その叫びもむなしく、ネメシスの体がふっと軽くなった気がした。ああ、完全に機能を停止してしまったんだ。魂の重みだけ軽くなったんだ。

 

「うっううう……」

 

 だらりと重力に向かって力なく落ちる腕。光を失った瞳。決定的だ。ネメシスはもう……。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 何度も彼女の名を叫びながらその亡骸を抱えながら俺は空に向かって泣きに泣いた。ネメシスを失うことは愛する娘を失うことに近い。その喪失感は並外れたものではないのだから。

 

「お人形さんを……。酷い、なんて酷い人なのかしら!」

 

 自ら直立できなくなるほどに精神的に参ってしまった俺に、逃げていった仙人に静かな憤りを感じながらも寄り添うのは雛であった。人形をルーツとする存在としてネメシスに対してどこか親近感を持っていたからだろうか。

 

「まだ、厄が取れていないようね。貴方の名声は取り戻せても大切な人達は取り戻せなかった。でも今の様子を見て決めたわ。私は白蓮さんとネメシスちゃん、この二人を取り戻す最後の最後までアズマの味方よ」

 

 どうにかヨロヨロとコクピットに乗り込むと雛を乗せて魔法の森へと向かう。彼女の腕は切り裂かれたネメシスが抱かれていた。

 

 今も瞼を閉じるとあの瞬間がフラッシュバックする。瞼を閉じまいと意識を保とうとするものの、意識にかかる霞は濃くなるばかり。朦朧とする意識の中、俺は一人意識の闇の底へと落ちていった……。

 

 アリスなら、アリスなら直してくれるよな……。お願いだ……!

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 カチ、カチ、カチ……と、秒針が時を刻む音だけが静寂の中響いていた。

 

 俺達はネメシスが真っ二つにされたショックで意識が朦朧とした後、雛とにとりに連れられて魔法の森のアリスの家を訪問していたのだ。目的はもちろんネメシスの修理である。

 

 夜もふける中、俺は一睡もできずにアリスの工房へ続く扉をただただジッと見つめ、秒針の音をぼんやりと聞いている。

 

 心配しているのはなにも俺達だけではない。同じオプションとして後輩二人、つまりコンパクとゆっくり霊夢もその身を案じているようだ。

 

「ネメシスちゃん……」

「……」

 

 生まれたばかりでまだ制御もままならないまま、腰にロープを括り付けて紅魔館のメイド妖精達やレミリアと戦った記憶、オプションとして八雲紫を倒し幻想郷で生きていく権利を勝ち取った記憶、初めての妹分「コンパク」と出会い、何処か嬉しそうだったり姉貴分として振舞おうと頑張っている様子を横から見てなごんでいた記憶……。

 

「本来はぎこちない動きしかできなかったのに、気付いたら動きは滑らかだし気遣いまで覚えていった。どんどん成長していったあの子は俺にとっては娘同然だったんだよ……」

 

 その記憶を一瞬で引き裂いた青娥。こみ上げる怒りも尋常ではないものであったが、それよりも心に大きくのしかかっていったのは悲しみの方。そんな中、複数の上海人形が紅茶を手にやってきた。

 

「シャンハーイ……」

 

 客をもてなす為にアリスが用意したのだろう。その姿がネメシスと重なり、俺は人形のうちの1体を抱くと大泣きした。

 

「ワッ、ワッ、ワワッ!?」

 

 ひとしきり涙を流した後、我に返ると俺は上海人形を解放し、乱れてしまった髪の毛を整えてあげた。

 

「ごめんよ。でも、どうしても我慢できなくなって……」

 

 人形たちが再びアリスの部屋に戻っていくと再び静寂が訪れる。それでも規則的に音を刻む秒針。時計を見るとすでに日付をまたいでいたことが分かった。

 

 そして紅茶も冷めかけた午前2時、ようやくこもりっきりだったアリスが部屋から出てきた。

 

 彼女の表情は晴れない。手にしていたのはいまだに真っ二つのネメシスであった。

 

「ごめん、私には修理できないわ」

 

 非情にも復活は不可能であることを通告されてしまった。ああ、なんということだ……。

 

 俺はガクリと膝から崩れ落ち、娘の名を叫びながら男泣きに泣いた。



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第17話 ~「母」をたずねて魔界入り~

ここまでのあらすじ

銀翼「アールバイパー」を侵略者扱いして敵意むき出しで襲ってくる「白蓮」から逃げた「轟アズマ」。

ひとまずは白蓮のいる洞窟ごと「神子」に封印させると、封印中の白蓮と度々コンタクトを取っていたという「青娥」がやって来る。

青娥が嘘の情報を白蓮に吹き込んだことが原因と考えたアズマは青娥に勝負を挑むのだが、あろうことか彼女の配下であるキョンシー「宮古芳香」に押さえつけられたネメシスは青娥本人の手で真っ二つにされてしまう。

自分の娘のようにかわいがっていたネメシスを失ったことで泣き崩れるアズマを「鍵山雛」はどうにかアールバイパーに乗せ、一緒にネメシスを創ったという魔法の森の「アリス」を訪ねることになったのだが……。

アリス自らの手では修理できないという残酷な通告を受けてしまったのだ……。


 一番聞きたくなかった台詞、それではネメシスはもう……。彼女の表情は晴れない。真っ二つのネメシスを手にするアリスに俺は泣き崩れながらも再度問いかける。

 

「ネメシスを修理できないって? どうやってもか!?」

「さっきも言った通りよ。私には修理できないわ。本当に……ごめん……」

 

 申し訳なさそうにアリスが縮こまる。どういうことかと詳しく聞いてみたところ、いろいろと専門用語が多くてよく分からなかったが、何度も聞き直したり質問したりを繰り返し俺にも何となく事情が分かってきた。

 

 アリスが言った事を要約すると、胴体に埋め込んだ俺の新鮮な髪の毛によってネメシスは俺を自らのマスターとして認識し、さらにこれが自分で行動する為に必要だった鍵になっていたのだが、その部分がズタズタに引き裂かれているためにアリスには修理できないということらしい。

 

「人形の体を修理することは出来るし、アズマの新鮮な髪の毛をまた貰えばもしかしたら自律人形になるかも分からない。でも、自律人形になったのは私にとっても予想外の事態だったし、またそうなってくれるかはわからない。それに……」

 

 その後に口にすること、それはとても残酷な真実であろう事が俺には予想がついていた。

 

「『仮に自律人形として目覚めたとしても、記憶をすべて失っている。それはもはやネメシスではない』ってところだろ?」

 

 俯きながらコクンと頷いたアリス。

 

「私だって辛いし、何とかしてあげたかったわ。最初にアズマに人形を用意した時はまさかこんなに大切にするだなんて思っていなかったんだもの。それに、ネメシスを自分の娘のように感じているのは私も同じだし……」

 

 ネメシスは本当に死んでしまったんだ。ネメシスは……。力なく俺は地面に崩れ落ちた。

 

 もはや絶望しか残っていない。手詰まりだ。ありとあらゆる手段を尽くしてもネメシスはもはやこちらに笑顔を向けてくることはない。

 

「うっ、うあぁ……神様ぁ……」

 

 お寺に居候している身でありながら仏様ではなく神頼み。すがるように嘆いていると神様を名乗る別の存在が答える。

 

「無理言わないでよ……。そんな命を取り扱えるような全知全能の神様なんて存在しえないわ。仮に存在するとしたら今頃幻想郷そのものを統治しているわ?」

 

 冷酷ながら的確な指摘をするのは雛であった。が、その発言に何かピクリと反応したのはアリス。

 

「……あったわ、一つだけ方法が! どうして思いつかなかったのかしら」

 

 俺の心に風穴を開けた虚無が真っ黒く立ち込める中、一筋の光が差し込んできた感覚。ガタリと起き上がると俺はアリスの両肩を掴む。

 

「教えてくれ! ネメシスが戻ってくる手段があるのなら力を尽くそう! さあ、俺は何をすればいい!?」

 

 恐らくは相当力が入っていたのだろう。痛そうにしながら俺の腕を払いのけるアリス。

 

「お、落ち着きなさいって! 確かに私にはネメシスを修理できないわ。だけど、私の『ママ』ならもしかしたら……!」

 

 ママだって? アリスの母親ってことか。彼女は優秀な人形遣いであると同時に、人形職人としても非常に腕が立つ。この俺が断言しよう。そんなアリスの母親ならきっと更に高度な技術を持っているに違いない。だからこそアリスは自らの母親に希望を見出したのだ。

 

「行こう、アリスの『ママ』とやらのいる場所へ! どこにいるんだ? 俺はどこへだって行くからな!」

「だから落ち着きなさいってば。というかそんなに強く腕を掴まれたら痛いわよ。私のママは『魔界』に住んでいるわ」

 

 魔界だって? 魔界といえば白蓮がかつて封印されていたところじゃないか。そして星達が封印されていた白蓮を最初に目覚めさせたときに聖輦船を用いていたらしいことを俺は知っている。

 

「人里だ。ムラサ達は人里にいる。聖輦船で魔界まで連れて行ってもらおう」

 

 アリスの家を飛び出し、魔法の森を上昇すると東の空がわずかに白んでいるのが見える。俺達の旅立ちを祝福するかのように。

 

 

 

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 人里……。神子の暴走で崩壊した一画はあらゆる宗教勢が力を合わせて復興に尽力しているところであった。かなりの急ピッチで進められているのか、寝る間も惜しんでいるようだ。流石は人間を凌駕した体力を持つ妖怪達といったところか。

 

 そんな中でムラサを見つけると聖輦船で魔界に向かいたいという旨を伝える。が、ムラサの表情は晴れない。

 

「それがね、アールバイパーの偽物に襲撃されたときに魔界へジャンプするための装置が故障しちゃってね。人里もこんな調子だし修理は当分は無理そうよ」

 

 なんてこった。聖輦船を頼っていたのでこの人里の復興を待たなければネメシスは……。

 

「修理だな? それなら河童の技術力で……」

「ダメよ。そもそもその装置は法力が関係してくるから聖がいないと修理は出来ないの。ところで聖はどうしたの? もう封印は解かれたんじゃないのかい?」

 

 俺は重々しい口調でここまでの経緯を話した。俺に敵意むき出しの白蓮の事、真っ二つにされたネメシスの事……。

 

「ぬぬぬぅ、あの腹黒仙人めっ! 聖のお人好しで騙されやすい性格を利用して事もあろうに我らがアールバイパーを侵略者扱いだって!?」

 

 ムラサはムラサでブツブツと悪態をつく。憤っているのは分かるが、全然フォローになってないぞ。しかしまあイボルブバイパーが暗躍していた頃は誰よりも俺のことを憎悪していたのに、真実が暴かれるとまた親身になってくれている。ムラサってのは随分とまっすぐな性格のようだ。

 

 しかしこれは困ったぞ。白蓮の封印を解くには白蓮と戦いながら説得しなければいけないし、その白蓮と戦うにはネメシスを復活させなければ困難である。で、ネメシスを復活させるには魔界に行かないといけないワケで、魔界に入るには白蓮がここにいる必要があって……。

 

 堂々巡りの状況に頭を悩ませてた俺に控えめな声がかけられる。早苗のものだ。

 

「あの、アズマさん。守矢神社のある妖怪の山に間欠泉地下センターがあるように、博麗神社の近くの山にも魔界に通じる門があるって噂を聞いたことがあります」

 

 なんだって、それは初耳だ。だけど博麗神社ってことは霊夢との接触は避けられないだろう。俺はあの子苦手なんだよなぁ……。

 

「とりあえず、行くだけ行ってみるか。ありがとうな、早苗」

 

 ムラサと早苗にお礼と労いの言葉をかけると、俺達は博麗神社へと向かう。だいぶ周囲も明るくなってきた。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 太陽もすっかり姿を現した頃、俺は人里を抜けて博麗神社へと到達した。やる気なさげに境内を掃き掃除をしていた巫女はアールバイパーの姿を見るや否や急に浮遊してゆく手を阻む。どう見ても気だるそうである。

 

「こんな場所まで何か用?」

「単刀直入に聞こう。博麗神社の傍に魔界に通じる門があるそうじゃないか。俺は魔界に行きたい」

 

 その瞬間、やる気のなさそうだった表情が引き締まる。

 

「それは駄目。紫にきつく言われているの。『解析不能の超技術であるアールバイパーとそれを操れる轟アズマを幻想郷から出してはいけない』……ってね」

 

 しまった、俺は紫の監視の元で生かされているんだった。その魔界とやらは幻想郷の外側なのかもしれない。

 

「大体人間である貴方が魔界なんかに何の用事?」

「そ、それは……。アリスの里帰りに付き添うんだ」

 

 ネメシスのことは伏せておこう。じーっと見透かされる人間二人に魔法使いと神様と河童一人ずつ。

 

「なーんか怪しいわね。そんなに大所帯で?」

「(本当のことを話したほうがいいわ。彼女の直感力はサトリ妖怪レベルよ)」

 

 仕方がない、ただでさえあらぬ疑いをかけられそうなのだ。雛が小声で進言する通り、本当のことを話すことにした。

 

「本当は散っていった戦友を蘇らせるためだ。魔界にはネメシスを修理できる優秀な人形職人がいるらしい」

 

 俺は地上で留守番をして……という手も使えない。ネメシスの復活には俺の新鮮な髪の毛が必須である。それに魔界という場所は俺にとっても魅力的な場所である。かつて白蓮が封印されてきた場所、今の状況を打破するヒントが魔界にはあるかもしれない。そう感じたのだ。

 

 それを聞いて呆気にとられる霊夢。俺に、次はアリスに、最後にネメシスに目をやると、あろうことかプッと吹き出したではないか!

 

「あっはははは……! だって男の子がお人形さん片手に涙目になりながら『俺の友達』だって……お、おかしくって笑いが……」

 

 俺はこんなにも真剣だというのに、この不良巫女は……。俺以外にも雛が眉をひそめているのが見えた。

 

「ネメシスはただの人形じゃない! 幾多もの戦場で生死に共にした立派な仲間だ!」

 

 が、反応は素っ気ない。彼女にとっては心底どうでもいいことらしい。これでは怒る気も失せる。

 

「ふーん、そうなのね。でも、どんな理由があったとしても、貴方を魔界に向かわせるわけにはいかない。そうね、ないと思うけれどこの私を倒したらここを通してあげるわ。もしもその気ならお仲間さんもご一緒にどうぞ?」

 

 どこまでも余裕そうな口ぶりをしやがって。そうやって「我関せず」を貫くと見せかけて俺の妨害だけはしっかりやってのける。

 

「舐めやがって! 早苗、雛、にとり、んでもってアリス! やってやろうぜ! 5人がかりなら流石に倒せるはずだ。あのしたり顔を恐怖一色に染めてやる!」

 

 うおぉぉ! 俺は霊夢と一戦交える……。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 そ、そんな馬鹿な……。なんでこの巫女はこんなに強いんだ!?

 

「5人がかりでその程度? 悪いけどコイツを魔界に向かわせるのはマジで避けないといけないの。今回ばかりは諦めなさい」

 

 おかしい、こちら側に圧倒的有利な状況で戦いを挑んだというのに、いとも簡単に俺達は霊夢一人に屈してしまった。しかも鬼のように強い巫女はもう縁側に腰掛けてお茶をズズズっとすすっている。

 

 こりゃ敵わん! 一度博麗神社から離れて体勢を立て直す。博麗神社へ向かうのはあまりに無謀であった。

 

「他に魔界に向かう方法はないのか?」

「他は知らないわ。魔界人が勝手にワープして幻想郷ツアーを組んでるとかいう話は昔は聞いたけれど、最近はめっきり聞かなくなったしそもそも私にワープなんてできないし……」

 

 魔界に詳しいアリスに代案を求めるが、やはり博麗神社の裏山に向かう他に手段はなさそうだ。だが、そのためには霊夢に見つからないようにしないといけない。そう、何もあの凶悪な強さを誇る巫女を倒す必要などこれっぽっちもないのだ。戦闘を回避できればまだチャンスはあるぞ。

 

 その方向性で俺達は作戦を練っていると、いきなり地面にポッカリと穴が空き、その中から青髪の邪仙が姿を現した。

 

「青娥っ! 貴様、どの面下げてそんなノコノコと……」

 

 ネメシスの仇っ! よっこらしょと穴から這い出た青娥に掴みかからん勢いで俺は迫る。

 

「ちょ、ちょっと! 乱暴はおよしなさいな。わたくしは貴方達を手助けしようとしたのですよ?」

 

 今もそう言いながら薄ら笑いを浮かべていた。手助けだと? こいつ、絶対何かを企んでいるに違いない。

 

「お人形さんにあんな酷い事する貴女が? 私は流し雛、アリスは人形遣い、アズマはネメシスのマスター。どれだけ自分がアウェーな空間にいるか分かっているの?」

 

 静かな怒りをこみ上げさせた口調の厄神様。ネメシスの件で本当に憤っていたのが分かる。

 

「さすがにちょっとやりすぎたって思ったのですわ。まさかあんなに大泣きしてしまうだなんて……。魔界に行きたいってのも人形と何か関係があるのでしょう? せめてもの罪滅ぼし、わたくしにも何か手伝わせて頂戴な」

 

 しゅんとしょげ返った青娥は今も上目づかいでこちらを見ている。さて、どうしたものか……?

 

「分かった。青娥がここまで反省しているのなら、行動で示してほしい」

 

 確かに魔界への旅は前途多難である。というか魔界に入る前から既に大きな関門が立ちはだかっている状態。味方は一人でも多いほうがいい。

 

「ええっ、だって他でもないネメシスの仇ですよ? 信じちゃっていいのですか?」

「早苗、本音を言うと俺もこいつを信じたくないし、許したくもない。だけど、誰だって道を踏み外す時はある。そして青娥は自分でそのことに気が付いて、償いたいと申し出たんだ。聖様ならこんな時、きっと両手を広げて受け入れると思う」

 

 正直許せないことも多すぎるが、ネメシスの救出が白蓮の復活に結果的に繋がるのなら、ここは我慢だ。

 

「青娥、一時休戦だ。だが、これでお前を許したわけではないぞ。魔界から帰ったら……分かっているな?」

 

 かくして邪仙を含めて作戦を練っていくことに。

 

「今からわたくしが神社周辺に色々と罠を仕掛けるので、キッチリ10分後に貴方達は神社に向かいなさい。挟み撃ちにしてあの巫女がパニックになったところを様々な罠が襲い掛かる……。早く罠が作動するところを見てみたいものですわぁ……♪」

 

 一人で悦に浸っている。どこまでも性格の悪い奴だ。さっそく青娥が博麗神社に向かい始める。俺は彼女を見送ると言われた通りに10分間待った後に出発だ。

 

 博麗神社に向かうも青娥の姿は見えない。再戦するべく俺は霊夢に接近する。が、気配を察知したか、逆にこちらが間合いを詰められてしまう。

 

「また性懲りもなく……」

 

 その時だった、地面からブラックホール型の追尾弾が発生し、霊夢を襲った。おそらく青娥が仕掛けた罠が作動したのだろう。すぐに迎撃するべく地上に注意が向いた霊夢。しかしここで別方向からレーザーが飛び交う。

 

「い、いつの間に……?」

 

 そこへ追い打ちをかけんという勢いでベトベトしたスライム状の液体が噴出。霊夢にベッタリとかかり動きを鈍らせる。

 

「今がチャンスだな……。悪いが今までの雪辱を晴らさせてもらう!」

 

恐らくは霊夢を戦闘不能にさせる数少ないチャンス。使わない手はない。俺はオプションを3つ回転させて魔力を収束させると、リフレックスリングを突き出す。

 

「さ、させるかぁー!」

 

 が、取り付いていたスライム状の液体を振り払うと、彼女の体が紫色に溶け込んでいく。あれはたしか「空を飛ぶ程度の能力」と呼ばれるもので、あらゆるものの干渉を受け付けない一種の亜空間へと避難する技である。

 

 しかし多数の罠による邪魔が入り、随分と手間取っているようだ。……奴が亜空間に入りきる前に引きずり出してやるぞ。

 

「重銀符『ブラックホールボンバー・バースト』! 引きずり出してやるぞ!」

 

 オーバーウェポン状態で放つグラビティバレット、つまり「ブラックホールボンバー」は周囲の敵弾幕だけを吸い込んでいくどちらかというと防御に特化したスペル。肝心の火力は広範囲に分散してしまい、オーバーウェポンであるにもかかわらず、むしろ落ちてしまっている。

 

 だが、もしも分散せずにその火力を維持することが出来たらどうなるか。たとえば逆回転リフレックスリングの中でブラックホールボンバーを炸裂させた場合……とか。

 

 その答えこそ今発動した「重銀符『ブラックホールボンバー・バースト』」である。

 

 思った通りだ。亜空間へ逃げようとする霊夢を思い切り引き寄せて、地球上とは比べ物にならない重力で押し潰し攻撃できた。そして攻撃が終了する頃には力なく地面にドサリと落ちる霊夢であった。

 

「罠を張るだなんて卑怯な……」

「悪いが手段を選んでいる場合ではなかったのでね。勝ちは勝ちだから、魔界に向かわせてもらうぞ」

 

 青娥の手助けもあり、どうにか博麗神社の裏山に到達する。どうやらコイツは裏山に先回りしていたらしく、大木の一部がパカっと開いたかと思うと、青娥が姿を現した。

 

「ぱちぱちぱち……。やはりお強いだけでなく、とっさの機転もきく。とっても素敵ですわぁ♪」

 

 本心なのか違うのか、まるで読めない青娥の祝福を聞き流すと裏山の探索を続ける。いまだに一人で拍手をしているようだ。

 

 程なくして裏山の洞穴の奥に、いかにもな門があるのを発見する。無数のお札が貼られていたり、荒れ放題だったりと長く使われていないのは見てすぐに分かった。

 

「アリス、これが魔界に繋がる門なのかな?」

「……さぁ? でもこの周囲に漂う気は魔界のそれに近いような……」

 

 瘴気避けのマスクを着用すると、門を思い切り押す……がびくともしない。もちろん引いても結果は同じであった。

 

「封印されているのでしょうね。力でどうこう出来るものではないわ」

 

 参ったな……。危険を冒してまでここまで来たというのに。

 

「あらあら、わたくしのことを忘れないでほしいわ」

 

 何故か後ろを向きながら(かんざし)を取る青娥。それを用いて門に円を描くと、嘘のように扉にぽっかりと大穴が開く。

 

「さ、さすが『壁をすり抜ける程度の能力』! この先が魔界なのですね」

 

 早苗は見ての通りはしゃいでいるが、そもそも魔界に向かわなくてはならない元凶に手助けしてもらったのは癪だが、今はネメシスを取り戻すことが先決。文句は言っていられない。いの一番に俺は門をすり抜けた。続いて早苗、にとり、アリス……。

 

 最後に残った雛は無言で青娥を睨み付けていた。その表情は険しい。

 

「……」

「わ、分かっていますわ。色々と罪滅ぼしをしたけれど、これで全ておしまいだなんてこれっぽっちも思っていません。随分と悲しい思いをさせてしまいました。貴女もお人形さんでしたものね。ささっ、そろそろ門が閉じてしまいますわ? その前に彼とご一緒に……」

 

 しきりに「さぁさぁ」と促す青娥を最後まで睨み付けながら雛も門をくぐった。間もなく青娥の開いた穴が閉じようとしている。

 

「それでは皆さんの無事を祈って……良い旅を。ばいばーい♪」

 

 真剣なのか、ふざけているのか最後まで読めない中、俺達は幻想郷への道を絶たれた。さあ、この先は魔界だ。気を引き締めていこう!

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃博麗神社では……)

 

 霊夢は激しい戦闘によって服がボロボロになり、満身創痍と言わんばかりにぐったりとうつぶせに倒れ込んでいた。泣きべそをかいているのか、何度かグスグスと声が漏れている。

 

 その異変にいち早く気付いたのか、霊夢の目の前の空間が裂けて、大妖怪が降り立った。

 

「霊夢っ、大丈夫? 随分と酷い……。誰にやられたの?」

 

 倒れる霊夢を抱き起し、意識があることに安堵した妖怪賢者。対する霊夢は弱弱しく起きたことを話す。

 

「……アズマよ。轟アズマ。アイツが急に魔界に行くと言い出してね。だけど油断した……わ。奴と戦っていたら……あちこちで罠が……。正々堂々の弾幕勝負と見せかけて卑怯な手を使って……」

 

 悔しさに涙を流す霊夢を抱き寄せる紫。

 

「アズマが?」

「ええ、アイツよ! アイツは異変の元凶、そうに違いないわ! 奴の来るところは決まって外の世界から侵略者がやって来る。スパイなのよ! 幻想郷に侵略者をおびき寄せるスパイに違いないわ!」

 

 喚きながら立ち上がるとダッと地面を蹴って飛翔する巫女。紫はそれをピシャリと止めた。

 

「待ちなさい霊夢! 確かにアールバイパーの幻想入りを皮切りに、バクテリアンやバイドのような外界からの侵略者がやって来るようになった。だけどその度にアールバイパーは立ち向かっていったでしょう?」

 

 むくれながら黙り込む霊夢にさらに続ける。

 

「何もしないならともかく、戦った。それも最前線で。だから他に呼び寄せている存在がいる。私はなんとなく目星をつけたのだけれど……」

「分かるの紫? 勿体ぶってないで教え……」

「まだ作動していない罠があるわよ! そこに立っちゃダメ!」

 

 霊夢が一歩踏み出した直後、ピョインとキョンシーが飛び出して、霊夢に飛びかかってくる。が、これをあっさりと撃退する紫。

 

「人里に現れたハリセンボン型の戦艦の話があるでしょう? 道教の一味の誰か、特に統治の仕事を積極的に行わずに度々席を外していた『霍青娥』が怪しいと思ったのだけれど……、今のキョンシーを見たでしょう? 罠を用意していたのはアズマじゃなくて青娥よ」

「ではあの邪仙は、紫がシロだというアールバイパーの手助けをしたことになるから、青娥が犯人である可能性も低い……ってこと?」

「そこが分からないのよねぇ。ただ、外の世界の技術に明るいのはあの二人の筈。それにどうして魔界に用事があるのやら……」

 

 それではいったい誰が何の為にこのような事を? いくら考えども答えは出ない。そして己の直感を頼り、そうやって思考を巡らすことに慣れていない霊夢はもう我慢の限界のようである。

 

「んぁ~もうっ、イライラするわね! 怪しい奴を片っ端から退治して口を割らせてやるわ! まずは邪仙から!」

「待ちなさい霊夢っ……なぁんて言って止まる子でもないのは重々承知してるけど」

 

 飛び出していった霊夢を見送ると、紫はスキマに腰掛けて思考を巡らす。

 

「外界の超技術についても分からないことばかりだし、魔界との因果関係もサッパリ。ちょっと今度の異変は手こずるかも……」!

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃幻想郷某所……)

 

 くすくす……くすくす……。ネメシスちゃん、元気になるといいですわね。わたくしからも祈らせて頂戴な。

 

 これでいいのですわ、これで……ね。「あの子」にはもっと頑張って貰わないといけないのだから。こんな所で潰れてしまっては困っちゃうし。そうでしょう?

 

 あらまあ、相変わらず仏頂面なのね。ま、貴方のそんなところも魅・力・的♪

 

 わたくし達の計画が成就すれば、とっても素敵なことになるのですわ! くすくす……くすくす……。



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第18話 ~白い嵐を越えて~

ここまでのあらすじ

「青娥」によって破壊されてしまった「ネメシス」を復活させることは「アリス」にも出来なかった。
 だが、アリス曰く「ママなら出来るかも」ということで、アリスの母親が住んでいるという「魔界」にアリスと共に向かうことになった「雛」、「早苗」、「にとり」、そして「轟アズマ」
 ところが魔界は幻想郷の管轄から外れる場所のようであり、「霊夢」が行く手を阻んでくる。
監視の対象たるアズマを幻想郷の外に向かわせるのを良しとしない為であった。

 普通に戦っても勝負は見えている。そこへなんと青娥が手助けしたいと申し出てきたのだ。

 胡散臭いと感じつつも、他に手立ての無いアズマ達は彼女に協力を要請。霊夢を罠にかけることで、そして青娥の「壁をすり抜ける程度の能力」を利用して、ついに魔界に繋がる門の向こう側へと到達したのだ。

 今もつかみどころのない笑みを浮かべ、青娥はアズマ達を見送った……。


 真っ暗な洞窟をしばらく進む。何度も平衡感覚を失いそうになるほどに揺らいでいる気がした。ただ一人アリスのみが全く翻弄されずに進んでいる。

 

 そうして狭い穴倉を進んでいると点々と光の粒子が見えてくる。更に進むとそれが建物から発せられていたのが見えた。

 

「コンクリートのジャングル……いえ、まるでビル群といったところですね」

 

 確かにここは幻想郷ではないのだろう。俺の知っている外の世界でもよく見かける高層ビルが立ち並んでいたのだ。ゆえに早苗の反応が早かった。しかし空の色は青色ではなく赤色。ここが俺の知っている世界とは全く別の場所であることを知らしめている。

 

「ここから東へ向かうと『エソテリア』っていう片田舎の町、そして西側が『氷雪世界』と呼ばれる常に氷で閉ざされた過酷な地帯。その先に私のママは住んでいるのよ」

 

 マスク越しでも魔界の瘴気は生身の人間には耐えがたい(何故か早苗は平気そうであったが)。なるべく空気を吸わないように西側へと向かう……のだが、そんな俺達の行く手を阻む者が現れた。

 

「な、何コイツ……?」

 

 4本の触手をゆっくりと回転させ、進路を塞いでいる。こいつは永遠亭でも出くわしたアイツじゃないか。

 

「お前はバクテリアン軍の『テトラン』だな。レーザーを喰らいたくなければ、すぐに道を開けるんだ!」

「いいえ、喰らうのは貴方達の方よ!」

 

 こちらがオプションを呼び寄せて戦闘態勢を取ると、ビクンとテトランは震える。そして触手のうちの1本が地表に向かって伸びて、ツンツンと何かを指さしている。よく見ると触手には「開店祝い割引」とか書いてあるクーポン券がくっついているではないか。

 

 罠……じゃないよな? よく見るとお店に魔界人らしき客がちらほらと入っている。

 

「バクテリアンがお店でもやってるんでしょうか? ええっと、『食事処ばくてりあん』ですって?」

「聞いたことないお店ね。だけどこの先は過酷な道だから、ここで一度休憩した方がいいでしょう」

 

 確かに、どんな場所かもわからない魔界の中。そこの数少ないオアシスであると考えられるのだから。

 

 さっそく店内に入って、「おまかせランチ」と書かれたものを注文する。全体的に和の要素がふんだんに盛り込まれた空間。この辺りは幻想郷の影響が色濃いのだろうか? 間もなく運ばれたのはどうやらパスタのようだ。和風な味付けはされていたが、まさかスパゲッティが出てくるとは……。

 

「どうかな? どうかな?」

 

 食べているとズイとテトランがこちらの様子をうかがってくる。正直味は悪くない。だが、良くもないというか特徴が全くない。こんな味ではこの店も長くはもたないだろう。

 

 雛達もあまりリアクションを取らない。言葉こそないものの、あまり気に入っていないらしいことがテトランにも分かったのか、ションボリと触手を垂れ下げていた。

 

「こういう時はスイーツですよ。ほら、メニューです」

 

 その甘美な響きに誘われて瞳を輝かせる少女4人。言い出しっぺはまたしても早苗。順応性高すぎるよなぁ。で、俺もメニューに目をやるのだが、なるほど確かにデザートの類がやたらと多い。話し合った結果「火山の焼きケーキ」の特大サイズを5人で分けて食すことになった。

 

 そして待つこと十数分……。小型クラブ(確か「キャンサー」って名前だった)に運ばれた火山の形をしたケーキが飛び出してきた。中心からは火山弾を模した何かが飛び散っており、ドロリとチョコレートソースらしきものもあふれ出ている。

 

「あっ『アイアンメイデン(※1)』までついてる。分かっていますねぇ~♪」

 

 随分と気合の入った造形。一口えいっと口に運ぶとアツアツで柔らかな感触からふわりと感じるチョコレートの味。若干薄味かと思うと濃厚なソースが絶妙な味を引き立てている。

 

「うまい……!」

 

 ああ、同感だ。甘いものは別腹と言わんばかりに俺達はあっという間に火山を完食してしまった。

 

「よかったー、こっちは気に入って貰えたようね」

「ああ、だけどなんで食事処なんてやってるんだ?」

 

 とっても素朴な疑問。永遠亭でのバクテリアン異変では恐らく生き残りはいない。まあ相手があのバイド以上のしぶとさを誇ると言われているバクテリアンなのでゴーレムみたいに復活したと言われれば納得はしてしまうが、それにしたって復讐とかではなく、レストランを経営しているのである。

 

「実はね、幻想郷そのものを支配しようとゴーファー様の下で色々やってきたけれど、そのゴーファー様も復活しそうにないし、今度は私自らが幻想郷を支配しようって思ったのよ。そう、幻想郷の食を……ね。それで今は料理の勉強中」

 

 俺が真っ先に思い出したのは妖怪の山の麓で秋姉妹と一緒に農作業にいそしんでいた芋コアこと「ブラスターキャノンコア」。こうやって幻想郷(ここは厳密には違うけど)で受け入れられるようにと色々とがんばっているのだな。

 

「特にスイーツが美味しかったですよ。これからはスイーツに特化してみてはどうでしょう?」

 

 早苗の助言に、ぱぁっとテトランの表情が晴れる。異変が関わらなければあのバクテリアンもこんな調子である。一歩一歩、幻想郷の住民と分かり合おうと手探りで前に進んでいるのだ。

 

 きっと俺の知っている白蓮がこのことを知ったら応援するに違いない。自らの理想に近づけた……と。だからこそ、俺は白蓮を助け出したい。悲しい嘘に縛られて、動けなくなってしまった大切な人を……。

 

 お代を支払うと、決意を固めた俺達は今度こそ氷雪世界へと向かう。

 

 後にこのテトランは「甘味処『ばくてり庵』」の女将として幻想郷にやって来ることになるのだが、それはまた別の話だ……。

 

 都市部を抜けると急にのどかな感じになり、次第に肌寒くもなってくる。気が付くと吹雪が吹きすさんでおり、ここが氷雪世界であることが分かった。

 

「この格好だと流石に寒すぎます。ブルブル……」

 

 容赦なく吹き付けるブリザードは前に進むことすら困難にさせる。そうしていると雪原の一部が異様に盛り上がった気がした。

 

「何か来るかっ!」

 

 盛り上がる場所をロックオンサイトで捉える。程なくして足跡一つない処女雪を突き破らん勢いで飛び出したのは真っ白いダンゴムシ。口から雪玉を吐き出してきたので、これをショットで撃ち落とした。

 

「今度は何のルーラーなのぉー!?」

 

 幻想郷で2度もダイオウグソクムシ型のベルサー艦を目にして、ここでも似たようなものがでてくるのでパニックを起こしているようで、ヒステリーのあまり頭を抱えながら回転する雛。そんな彼女をなだめるべく抑えるのが早苗であった。

 

「違いますよ。奴はベルサー艦ではありません。あれは『ブリザードクロウラー(※2)』といって雪原地帯に生息する巨大な虫です」

 

 やはりそうか。そして早苗は相変わらず気付くのが早いな。寒冷地を地形を無視して飛び回るのだが、確か弱点は尻尾だった筈。

 

「attack from behind!! 後ろの球体っぽいところを狙え!」

 

 が、俺がそう叫ぶ前に早苗は戦闘騎で奴の後ろを追うと、ゼロ距離で電撃を浴びせていた。フリーレンジのオーバーウェポンだろう。強力無比な火力に晒され、ブリザードクロウラーの尻尾が赤黒くただれ落ちた。

 

「あら、もう終わり? 随分と呆気なかったわね」

 

 ウォォォーンと悲しげな声を上げながら、尻尾を失って細切れになっていくブリザードクロウラー。確かに呆気なさすぎる。俺は何か嫌な予感がしていた。

 

「また地面が盛り上がってる! しかも3つも!」

 

 恐るべきことに同じ個体が3匹同時に飛び出て来たのだ。それぞれが雪玉を吐き出したり、体からビームを放ったり、執拗に食らいつこうと体当たりを続けたりしている。

 

「数が多すぎる。相手していたらキリがないぞ。逃げよう!」

 

 3匹の白い甲虫に背を向けると俺は雛とにとりを、早苗さんはアリスを乗り物に乗せるとあらん限りの速度で飛翔した。

 

「よーし、寒冷地用『菊一文字コンプレッサー』!」

 

 水流を上下にまき散らすポッドを投げ込むにとり。水流で行く手を阻もうという作戦のようであり、普通なら凍り付いてしまい使い物にならない筈のところを凍らずにちゃんと機能させている。

 

「凍りにくい特別な水なのだ。さあ、今のうちにここから離れよう」

 

 水流に阻まれたブリザードクロウラーからどんどん距離を離していく。が、1匹の虫が口から雪玉を吐き出すと、水流が凍り付いてしまう。あとはその巨体で体当たりをすれば、細い氷の柱など彼らにとっては取るに足るものではない。

 

「突破したわ! はやくっ」

 

 全速力で雪原を飛ぶ2機の戦闘機。後ろでボコボコと雪を盛り上げながら迫ってくるブリザードクロウラーの姿が見えなくなった。

 

「どうにか逃げ切ったようね」

「みたいだな。こんな場所はさっさと抜けて……っ! アリスっ、早苗っ!!」

 

 追手の様子を見るべく後ろを振り向いていたわずか数秒の隙、そこを突いてひときわ大きなブリザードクロウラーが早苗の戦闘騎目がけて飛びかかってきたのだ。突如覆う大きな影に二人はヒッと体を縮こませていた。

 

「リフレックス……いや、間に合わない!」

 

 俺はアールバイパーの速度を限界まで上昇させ、ガントレットに体当たりをする。グラグラと揺れながら押し出される早苗とアリス。よし、狙いを定めてサンダーソードで返り討ちに……まずい、奴が速過ぎてエネルギーのチャージが間に合わないぞ!

 

 どうする……!

 

「今だっ、ブルドガング砲、発射!」

 

 そんな銀翼の真上まばゆい閃光が走る。閃光は飛びかかったブリザードクロウラーの頭にクリーンヒット。そのままのけぞりながら吹っ飛ばされ、仰向けに倒れ込んだ。当然弱点の尻尾をこちらに晒すことになる。

 

「よく分からないが、チャンス! 重銀符『サンダーソード』!」

 

 遅れて魔力のチャージが済んだ俺は起き上がろうともがいているブリザードクロウラーにトドメを刺す。一際大きく「オォォォーン!」と断末魔を上げると吹雪は止まり、そして迫っていた他のブリザードクロウラーも散り散りに逃げていったようである。どうやら今のが群れのボスだったのだろう。

 

 それよりも何者かが俺達に救いの手を差し伸べた。なんだか懐かしい声、見上げると漆黒の巨大戦艦が音もなく浮遊していた。恐らく先程の粒子兵器を撃ち出した艦主砲にゴテゴテと配置された無数の砲台。周囲には何機かのフォースを装備したR戦闘機に護衛をさせているようである。またしても反応を見せるのは早苗。

 

「あれは『ヘイムダル級宇宙戦艦』ですが……、どうして魔界に?」

 

 名前は分かれど、そこにいる理由は分からない。だが、俺にはあのヘイムダル級を操る者の存在を知っている。あの懐かしい声は間違いない。

 

「提督、ジェイド・ロス提督。また、助けられましたね」

「おお、君はアズマではないか……。無事で何よりだ。あの時の私の行動は無駄にならなかった。久しぶりに晴れやかな気分だ!」

 

 お互いに機体に搭乗しているが、もしも生身だったら再会と無事を喜び、思いっきり抱き合うところだった。

 

「ちょっと待ってください。ジェイド・ロス提督はあの時『漆黒の瞳孔』に飲み込まれて……」

「緑髪のお嬢さんが困惑するのも無理はない。話せば長くなる。あの後なんだが……」

 

 どうやらジェイド・ロス提督の話によると「漆黒の瞳孔」に取り込まれた後、アールバイパーがバイド化しないように青いバイド体から命がけで庇ったことにより一度死んでしまったのだという。

 

 その後、バイド化する前の姿に戻ったものの、そこは三途の川の向こう側……つまりあの世であり、その裁判所で緑色の髪をした少女(おそらく閻魔様だろうとのことだが)に「黒」と言われ、魔界に落とされてしまったのだとか。

 

「それでその閻魔の少女に『貴方に出来る善行は魔界に蔓延る悪しき怪物から魔界人や魔界に赴いた人類を守ること』と言われたので、散り散りになった仲間を集めてこうやって凶暴な怪物を狩る毎日ってわけだ」

 

 そうやって話し込んでいると白い人型の兵器が提督の元に戻ってきていた。

 

「ジェイド殿! 偵察の任務から無事に戻って参りました」

「おおゲインズ……じゃなかった、ナルキッソス。ご苦労様。ところで、この面々を覚えているかな?」

 

 ナルキッソスと呼ばれた人型兵器はアールバイパーを凝視し、そして目を見開かせていた。

 

「ななな、なんとアズマ殿! かの悪名高き『漆黒の瞳孔』に取り込まれたと聞いていたが、まるで無事な様子。これもジェイド殿が命を張って守ったからこそ! さすがです、ジェイド殿!」

 

 あ、こいつゲインズだった奴だ。口調で丸分かりである。確か提督の右腕だったな。

 

「だが、アズマはこんな危険な場所まで何をしに来たのだ?」

 

 俺は「漆黒の瞳孔」に飲み込まれた後の辛すぎた経緯を話した。

 

「そうか……。もう1機の銀翼騒動に白蓮さんがそんなことになっているとは……。私も力になりたいところだが、あいにく私は魔界から出ることが出来ない」

 

 苦い声を出して話し合う最中、割って入ってきたのは雛である。

 

「えっと彼らは……?」

 

 全くの初対面である雛とアリスは困惑している様子。俺はバイド異変を共に解決した戦友だと説明した。

 

「それで、いつまでこうやってるの?」

「私にも分からない。閻魔様曰く善行が溜まったら幻想郷に帰れるとのことなんだけどね。だが、アズマや白蓮さんと約束しているのだ。必ず幻想郷に帰ると……」

 

 改めて提督は俺に向き直る。

 

「いつになるかはわからない。だが私は幻想郷へ、光あふれる地上へ帰ることを決して諦めたりはしない。轟アズマ、今度は命蓮寺で会おう!」

「……ああ、約束だ!」

 

 俺達は思わぬ再開に心躍らせた。だが、決して気を緩めてはならない。魔界の更に奥へと進むまでは。

 

 ネメシスを、白蓮を、命蓮寺を取り戻し、そして今しがたジェイド提督と交わした約束を果たすためにも……。

 

 ジェイド・ロス提督達の護衛もあり、その後は危険な目に遭うこともなく氷雪世界を抜ける。提督達と別れ、更に先に進むと何やら物々しい建物が見えてきた。

 

「ここが『パンデモニウム』。私の生まれ故郷であり、そしてママが住まう場所よ」

 

 俺はアリスと目の前の巨大な建造物を見比べて驚きの声を上げる。パンデモニウムってのは要は「伏魔殿」のことであり、恐らくは魔界の中枢と呼べるような場所である筈だ。アリスの母親ってのはその伏魔殿のリーダー、つまり大魔王ってこと……?

 

「そういえばアリスさんの家族って会ったことないんですよね。どんな人なのでしょう?」

「あわわわ……。先程から殺気がハンパないんですけどどどど……」

 

 興味津々だったりする早苗に怯えたっきりのにとり。少女たちによって様々な反応を見せる中、重々しい大きな門がギギギと軋みながらゆっくりと開く。恐らくは使用人なのだろうか、真っ赤なメイド服に身を包んだ金髪の少女が出迎えてきた。

 

 だがその眼光は鋭く、咲夜のように刃物までちらつかせている。見慣れない俺達を警戒しているようだ。

 

 だが、その視線がアリスに向かうと警戒態勢が一気に解かれる。

 

「友達を連れて里帰りしただけよ」

「……」

 

 すると中に入るようにと無言でジェスチャーする。ついでに俺はアールバイパーから降りるようにとも言われた。よほど無音なのか、長い回廊を歩くと足音が響いて不気味である。

 

「く、来るぞ。大魔王が……! ぶるぶる」

「ママはそんなのじゃないわ。会えばわかるから」

 

 不愛想なメイドに連れられて、大きな部屋の前まで案内される。重々しく開かれる扉。いや、この先にいるのはアリスの母親であり、彼女が凄腕の人形職人であるってことは分かっているのだが、あの雰囲気では鬼が出るか蛇が出るか……そんな想像をしてしまう。

 

「だから出てくるのは私のママだからね」

 

 何やら扉の向こう側から妙に軽い足音が聞こえてくる。トテトテトテ……と。

 

 そして直後、真紅の影が俺のすぐ横をかすめてアリスに飛びかかってきた!

 

「アリスちゃ~ん! すりすりー」

 

 今もひっきりなしにアリスに頬ずりをしている赤い影はよく見ると真紅のドレスに身を包んだ女性であることが分かった。何よりも特徴的なのはあまりに大きくて逞しいサイドテール。

 

 横では「またか」とため息をつきながら首を振る赤いメイド。

 

「ちょっとママってば。これくらいにして頂戴。皆が見てるから……」

 

 しかし今度はアリスの胸の中でイヤイヤと首を振っている。駄々っ子かよ。

 

「いやよー! だって、あの内気なアリスちゃんが実家に男の子を連れてきたのよ。いまに『娘さんを僕に下さい』とか言い出すに違いないわ! そうしたらアリスちゃん、お嫁に行っちゃうじゃない!」

 

 どうやら盛大な勘違いをしてその上に暴走しているようだ。落ち着かせようと俺は赤いドレスの女性に近寄るが、それに反応して急にこちらに向き直るとペコリとお辞儀をし始めた。

 

「アリスちゃんをよろしくお願いします。私、母親の『神綺』と申します」

「だーかーらー、違うってば! よく見てっ、彼はアズマよ。命蓮寺の轟アズマ!」

 

 ハッと両目を見開く神綺。途端に顔を紅潮させる。アリスや白蓮を通じて俺のことを聞いていたらしい。

 

「あ、あらやだ~。よく見ると白蓮ちゃんのところのアズマちゃんだったのね。それで、最近は連絡取れてないけど白蓮ちゃんは元気?」

 

 白蓮は……。俺の表情は途端に暗くなる。そう、多くの危険を冒してまで魔界の深淵まで向かった理由、そのことを思い出してしまったからだ。

 

 神綺もその表情の変化を読み取ったのかポツリポツリと少しずつ話を続ける俺にしっかりと耳を傾けていた。

 

 俺は洗いざらいに話した。幻想郷で起きた異変のこと、そしてネメシスのこと……。ネメシスのことを話しているうちに俺は涙ぐんでおり、白蓮のことはとても話せるような状態ではなかったので、とりあえずは今は外に出られない状態であるとだけ告げた。ここ魔界で大切なことはネメシスを復活させられるかどうかである。俺は無理にその詳細を告げることはしなかった。

 

「そう、お人形さんを……ねぇ、そのお人形さんを見せて頂戴」

 

 いつの間にか真剣な面持ちになっていた神綺。彼女に真っ二つになってしまったネメシスを見せる。手に取ると切断面や頭を撫でて様子を見ているようである。

 

「とても大切にされていたようね。深い深い絆を感じる」

「ああ、ネメシスには何度も助けられたからな。で、治せそうか?」

 

 うーんと唸り考え込む神綺。やはり難しいのか。この沈黙が俺にはとても辛い。

 

「わかったわ、やってみましょう! 手がない訳ではないの。というわけでアリスちゃん」

 

 手招きして自分の娘を呼びつける。どうやら必要な道具を調達させているところらしい。

 

「ちょっと時間はかかるけれど出来るかもしれない。何せ私は魔界神なんだから、えっへん! さあ夢子ちゃん、大切な客人なのだから丁重にもてなしなさいな」

 

 それだけ言うと彼女はネメシスを手に手まねきしている。これからいろいろと準備にかかるのだろう。俺達は夢子と呼ばれた赤いメイドに連れられて今度はゲストルームへと通された。相変わらず無口である。幻想郷でメイドといえば咲夜だが、そんな彼女以上にクールなのではないだろうか?

 

 ジェイド・ロス提督と交わした約束を果たす為にも、今はあの魔界神サマを頼らなければいけない。俺はたった一人の部屋の中で眠れぬ夜を過ごす……。




(※1)アイアンメイデン
グラディウスシリーズに登場する傘のような見た目をした頑丈なザコ敵。
断じてバンドでもなければ拷問具でもない。
編隊を組んで周囲をぐるりと一周した後、こちらに突っ込んでくる。
何かと火山ステージと縁深い。

(※2)ブリザードクロウラー
グラディウス外伝に登場したボス。1面の雪原地帯を縄張りにする虫のような怪物。
ちなみに今回のタイトルの「白い嵐を越えて」はグラディウス外伝1面のタイトルでもある。


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第19話 ~魔界式修行 力の修行編~

ここまでのあらすじ

 青娥の協力もあり、雛たちと一緒に魔界へ突入した轟アズマと彼の相棒である銀翼「アールバイパー」。
 途中でバクテリアンのテトランが経営する食事処に招かれたり、氷雪世界で「ブリザードクロウラー」の群れに襲撃されたところを一度死んだ後、幻想郷に帰るべく善行を積む「ジェイド・ロス提督」に助けられたりしつつを挟んでアリスの母親の住まう巨大な館「パンデモニウム」に到達する。

 やっとの思いでアリスの母「神綺」に会う。なんと神綺は魔界のあらゆるものを創造したという「魔界神」であることが判明。

 アズマはそんな魔界神な神綺に真っ二つになったネメシスを見せる。復活する手段はない訳ではないようだが、随分と厄介なようで、しばらく時間がかかる上に、そのための材料も足りないらしく、アリスがその調達へ向かうことになった。

 かくして魔界の最奥で待ちぼうけのアズマであったが……


 やはり眼が冴えてしまって眠れない。この短い期間に俺の身には色々なことが起き過ぎたのだ。

 

 少し思い起こしただけでも「偽銀翼異変」のこと、「神子」を利用した上に「白蓮」との絆や「ネメシス」の体を断ち切ったあの憎き邪仙「青娥」のこと、そして人形職人としての側面もあるアリスの母親であり、魔界を統治する魔界神である「神綺」のこと……色々と浮かんでくる。

 

 原因は分かっているとはいえ誰よりも大切な白蓮がああなってしまったこと、そしてこんな俺を色々とサポートしてくれたネメシスを失ってしまったことによる精神的ダメージは特に深刻である。

 

 こんな精神状態なのだ。寝室としては十分な広さを持つこの客室は異様に静かであったが、渦巻く様々な感情に翻弄されてとても眠るどころではない。

 

 少し出歩こう。パンデモニウムの敷地内ならそうそう危険はないだろうし。俺は寝室を出ると、薄暗い廊下をフラフラと歩みを進めていく。そうしていると神綺の部屋の照明が扉の隙間から漏れているのを見つけた。どうしたのだろうと俺が覗き込もうとすると彼女と目が合った。

 

 俺の姿を認識した神綺さんはにこやかに笑い「おいで」と手招きしてくる。何故だろうか、俺にはその申し出を断るという選択肢が最初からなかった。手招きに応じて俺は神綺さんの部屋へ入る。

 

 部屋では神綺さんが切り裂かれたネメシスをじっと見ていた。どうやって直すべきかと考え込んでいたのだろう。そうして顔を合わせて開口一番コレである。

 

「わわわっ、酷くやつれた顔。早く休んだ方が……いいえ、眠れないのね。気持ちは分かるわ」

 

 余程俺は酷い面持ちだったのだろうか、魔界神に本気で心配されてしまった。部屋を見回すと神綺さんと小さい頃のアリスと思われる金髪の幼い女の子の写真が飾られているのを見つけた。

 

「無理もないわ。ネメシスちゃんはアズマちゃんとアリスちゃんの娘のような存在だものね」

「確かに二人で創ったから間違ってないけど、その表現はちょっと……」

 

 うろたえる姿を見てクスっと微笑む神綺さん。

 

「ごめんね、ちょっとからかい過ぎたわ。貴方には白蓮ちゃんがいたわね」

 

 そう、俺の一番のパートナーは白蓮だ。命の恩人で、彼女の為なら全力で力を振るおうと思えて。だけど今は……。

 

「白蓮ちゃんと何かあったの? なんだかただ動けないだけじゃないみたいね。もしかして白蓮ちゃんも頑固なところがあるから、喧嘩でもしたの?」

 

 喧嘩ならどれだけよかったか。もはやそういう次元を超えているのだ。よりにもよって一番大切な人に敵対視されている。よほど上手に丸め込まれたのだろう、あの青娥の言う事を完全に信用してしまっているのだ。彼女の性格を考えると普通に説得するのは無理だ。だが、どうすればいい? どうすれば……

 

 更に険しい表情をして俯くものだから、神綺さんもただ事ではないと感じたのだろう。その口調が落ち着いたものに変わる。

 

「アズマちゃん、本当のことを教えて頂戴な。決して悪いようにはしないわ。私にとっても白蓮ちゃんは大事な友達だもの。何か私に出来ることないかな?」

 

 意を決して俺は事のあらましを語った。語りながら、悲しい気持ちが胸いっぱいになり、最後の方は言葉になっていなかっただろう。涙にまみれた俺のことがいたたまれなくなったのか、神綺さんはふわりと俺の体を抱き留めた。

 

「分かったわ、分かった。もう無理に話さなくてもいい。白蓮ちゃんがそんなことになっているなんて……。貴方にとっては辛いことこの上ないわね。なんて可哀想な!」

 

 よしよしと背中を撫でられながらなだめられる。スーっと嫌な気持ちが抜き取られるような不思議な感覚を覚えた。今は落ち着いたが体が動かない。

 

「この私が魔界神でなければ、すぐにでも幻想郷に出向いて悪い仙人を懲らしめたいところだけど……」

 

 神綺さんが言うには魔界の住民は無暗に幻想郷のいざこざに直接干渉するべきではないという考えのようだ。過去に魔界の住民が勝手に幻想郷ツアーを行ったことが原因で(そういえばアリスが昔はそんなことがあったと言っていたな……)、幻想郷に魔界の魔物が入り込んできたからと逆に魔界に乗り込んできた霊夢にコテンパンにやられたことがあるそうだ。

 

「ならば神綺さんを頼ることは出来ないな。白蓮も何とかしないといけないけれど、今はまずネメシスのことがあるし……」

 

 落ち着きを取り戻した俺は神綺さんから離れ、床に座る。白蓮をどう説得するかを話し合うも、言語での説得はまず無理だろうと断言されてしまった。

 

「白蓮ちゃんの性格を考えると、無謀ね。どうにか真実につながる証拠を見せればいいのだけど、アテもないのでしょう? あーん、魔界神の私がひとたび力を振るえば、この私の魔力にモノを言わせて悪い仙人を一ひねりにすることも、白蓮ちゃんの目を覚まさせるのも思いのままなのに~……あっ、いいこと思い付いちゃった♪」

 

 悪戯っぽく笑う神綺さん。なんか嫌な予感がするけど……。

 

「アズマちゃんが私くらい強くなればいいのよ! みっちり鍛えれば多分大丈夫。うん、そうしよう!」

 

 待て待て待て~ぃ! そんな無茶苦茶なこと出来るか! 確かにここ最近は強くなってきたとはいえ、幽香さんのような妖怪には普通には勝てないし、そもそも人間である霊夢に勝てる道理がないのだ(加えて神綺さんの力をもってしても霊夢に敗れているじゃないか)。そんな俺が魔界の神様に並ぶ強さを持つだなんて無謀なことこの上ない。

 

「だけどこれは白蓮ちゃんとアズマちゃんの問題。私も彼女の友達だからある程度は説得できるけれど、貴方がやった方が上手く行く筈よ?」

 

「無理だって? そんなことないわ。だってアズマちゃんは白蓮ちゃんを取り戻したいのよね?」

「それはそうだけど……」

 

 それだけ聞くとニッコリと笑みを浮かべてポンと手を叩く。

 

「じゃあ出来る! 弾幕に貴方の思いのたけをガツンとぶつけて、その心を見せつけるのよ。ほら、河川敷で不良二人が殴り合いの末に固い友情で結ばれるっていうアレ、分かるかな?」

 

 白蓮と正面から殴り合う様子を想像する。俺が原形をとどめなくなる様子が容易に想像できた。もちろん弾幕勝負でも同じような結果が出るのは明白である。

 

「さあさあ、そうと決まれば明日は早いわ。もう寝なさい。いえ、無理矢理にでも眠らせるわ」

 

 それだけ言うと俺の額に神綺さんの指が触れ、そして意識が深い闇へと一瞬で落ちていった……。

 

 薄れゆく意識の中、俺が思ったのは「こんな相手を一瞬で昏倒させる魔法を使う神様と肩を並べるだなんて無謀にも程がある」というものであった。

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 そして次の日……。あの後俺は元のベッドまで運び込まれたようで、最初に招かれた客室で目を覚ました。なんだか久しぶりにぐっすり眠った気がする。気だるさなどまるで感じられない。これもあの魔法の影響なのかもしれないな。

 

 いや、恐らくはそれだけではないだろう。俺はずっと何者かに追われるような生活をしてきた。それだけここ最近の俺の心も体も荒んで満足に休息が取れていなかったとも考えられる。

 

 さて、鍛えてもらうと約束してしまった以上、行かないわけにはいかない。朝食(赤いメイドさんが用意してくれたようだ)を済ませると俺は銀翼に乗り込んでパンデモニウム上空へと飛翔。既に「来たわね」と言わんばかりに神綺さんが待ち構えていた。

 

 だが、いったいどんな修行を行うのだろう? そう訝しんでいると神綺さんは意外なことを口にした。

 

「白蓮ちゃんから聞いているわよ。それがアズマちゃんの相棒である『アールバイパー』ね。さあ、自慢の攻撃を放ってみて頂戴。まずは力量を見ないとね」

 

 どういうわけなのか分からないが、あらん限りの高火力の技を使ってもいいという事のようだ。それならばと俺はオプションを総動員してレイディアントソードを突き出す。幽香さんに教わったように魔力の流れに集中して慎重に剣先へと流し込むのを意識する。

 

「うおぉぉ! 重銀符……」

 

 バチッ、バチバチッと魔力のスパークがレイディアントソードに集まる。そしておもむろに前進し、その魔力を一度に解き放った。

 

「サンダーソード!」

 

 ほとばしる閃光が神綺さんを襲う。が、恐ろしいことに彼女はそれを片手で受け止めてしまったのだ。お、俺の必殺の一撃があんなに簡単に……。

 

「お見事っ。やっぱりただの人間とは一味違うのね♪ だけど、君はまだまだ力を隠しているんじゃない?」

 

 ああやって褒め称えているが、全然フォローになっていない。まあ幽香さんにもαビームなしではまともにダメージを与えられなかったんだ。ううむ、使うしかないか。

 

 不思議なことにオプションの魔力は既に全回復していた。再びオーバーウェポンを発動させると、今度はその魔力を限界まで銀翼に溜めこみ始める。

 

「ならばコイツはどうだっ。全無『αビーム』!」

 

 青白い光線が周囲の空気を歪めながらゆっくりと神綺さんに向かっていく。それすらも片手で止めようとするが、さすがにそれは無理だったらしく、思い切り押されていた。

 

「すごぉーい! 本当に人間なの?」

 

 ひとしきり俺を褒めたかと思うと、彼女の背中から純白の翼が展開される。するとαビームはそちらへ流れて、そして吸収されてしまった。魔力をたくさん吸収した神綺さんの六枚の羽根は禍々しい紫色に変色していた。

 

 次の瞬間、うろこ状の弾をこちらを囲い込むように連射する。しまった、これでは自慢の機動力が活かせない!

 

 そこへ銀翼がスッポリと収まるのではないかというほどの巨大な紫色の弾を狙い撃つように放ってくる。俺はどうにか機体を回転させこれを回避するも、次から次へと狙い撃ちしてくるので、防戦一方になってしまう。

 

どうにかしのいだと思った矢先、今度はその翼から細いレーザーが4発撃ち出される。あまりの速さに俺は対応できず、クリーンヒット。大きく吹き飛ばされてしまった。墜落した銀翼から這い上がるように俺は脱出する。

 

「全然歯が立たない……」

 

 フラフラになっていたところを神綺さんに手を差し伸べられる。戦闘中の鋭い表情ではなく慈愛に満ちた優しげな微笑み顔であった。

 

「お疲れ様。大体アズマちゃんの力量は把握できたわ。その乗り物のおかげかしら? 人間にしては破格の強さを持っているようね」

 

 なぜ幽香さんにしろ神綺さんにしろわざわざ俺をやっつけるんだろうか? 力の差が歴然なのは戦わなくてもわかる筈だというのに。

 

「もしかして反撃してきたから怒ってる? 今のは私自慢の必殺技だけど、本気ではないわよ。でもあの技を使わせるってことはそれだけ君が強いってことなの。強いといえばパワーも凄まじいわね。だって私は貴方が使ってきた魔力だけを使ったんだもの」

 

 恐らくはあの羽なのだろう。魔力という魔力を吸収して自らのものにしたのだ。

 

「アズマちゃん。実戦はまた後にしましょう? 他にも修行のメニューをいろいろ用意したの♪ さあさあ、次の場所に向かうから背中に掴まって」

 

 言われるがままに俺は神綺さんの背中にしがみつくと、凄まじい速度で飛翔、何やら山の頂のようなところに案内された。アールバイパーも一緒にここまで転送されたのか、俺の傍に着陸していた。



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第20話 ~魔界式修行 心の修行編~

力の次は心を鍛え上げる……。


 神綺さんの背中にしがみついて高速で移動した先。そこは魔界の山の頂のようであった。

 

 とても肌寒いものの、周囲に何やら淡い光を発する粒子が漂っているのが見える。先に神綺さんがその場に腰掛けると、手招きしてきた。

 

「さあアズマちゃん、周りの光の粒が見えるかしら? ここは純度の高い魔力が充満しているの。何も修行は肉体的に苦しいものだけではないわ。今度の修行は空間を漂う魔力の流れをイメージすること。さあ、ここに腰かけて空気の流れに集中してみて」

 

 どうやら今度は心の修行のようである。見様見真似で俺は隣に腰かけると、両目を閉じて集中力を高める。

 

「人間だから魔法使い相手に魔力で勝てっこないって? 大丈夫、魔力ならそこら辺に漂っているわ。魔界ならもちろん、地上の幻想郷にだってここ程じゃないけど。それをうまく取り入れるの。魔法の心得のない人間だし、時間はかかると思うけれど、少しでもイメージできるようになれれば上出来よ」

 

 あれ、何処かで聞いた話だ。そうだ、幽香さんも似たようなことを言っていた。力の流れ、魔力の流れ……。

 

「スポンジをイメージしてね。息を吸うと魔力が貴方の体にみなぎり、ふーっと息を吐くと余分なものが抜けていく。貴方は魔力、魔力そのもの……」

 

 前は血の流れだったり、植物が吸い上げる養分の流れだったりをイメージするものだったが、今度の相手は空気そのもの。地上ではあまりに魔力が希薄で俺には感じることが出来なかっただろう。だが、ここは魔界でも屈指のパワースポットであるらしい。

 

「あら、筋がいいわね。初めてでそれだけ魔力を集められるなんて上出来よ♪ もしかして魔法の心得を誰かに教わった?」

 

 高濃度の魔力に身を置き、自らがその一部になるイメージを固めていくと……。

 

「ガハッ!? ゴホゴホ……」

 

 しまった、あまりに高濃度の魔力を我が身に宿したからか、体が拒否反応を示している。マスクなしで魔法の森に入り込んだ時のような、いや、それ以上に激しく咳き込んでいる。こ、呼吸が上手くできないっ!

 

「う、嘘……! いくら魔法の心得があるからって、ただの人間がここまで魔力を宿せるなんて早すぎる! 何だかおかしいわ。アズマちゃん、すぐに呼吸を止めて! このままだと、このまま魔力を一気に取り込み続けると死んじゃう!」

 

 呼吸をやめろだって? それは無理だ。瘴気避けのマスクなど意味をなさないようで、俺は喘息の発作のようにむせてしまっているのだ。見ると両腕には魔人経巻の模様のような痣が浮かび上がっていた。

 

「この痣は……! ねえアズマちゃん、過去に膨大な魔力が体に流れたことが……いいえ、もっと具体的に聞くわ。過去に白蓮ちゃんの『魔人経巻』に襲われたこと、なかった?」

 

 俺は必死に頷く。ああ、あれは確かバクテリアン異変の時だ。鈴仙の狂気の瞳でおかしくなってしまった妖夢と戦っていた時。不用意にエア巻物……つまり魔人経巻に触れてしまった俺は、アールバイパーごとギチギチに絞め上げられたのだ。あの時に俺の体に膨大な魔力が流れていたんだ。

 

 そうだ、アールバイパー! 銀翼の中に逃げ込もう。少しでも魔力の濃度がマシであるだろうコックピットまでたどり着ければ……。オロオロと右往左往している神綺さんを尻目に、俺は這いつくばりながら銀翼に乗り込む。

 

 必死の思いでコクピットに座り込む。すると俺の体は嘘のように楽になっていった。外の空気が直に触れないから多少はマシになるとは踏んでいたが、こんなたちどころに症状が緩和されるだなんて……。いや、なんだか嫌な予感がするぞ。

 

 次の瞬間、アールバイパーが勝手に浮かび上がると、その銀翼がスッポリ収まる程度の巨大な魔法弾を放っていたのだ。俺の意思とは関係なく。その予感は的中した。俺に集中していた魔力がアールバイパーへと流れ込み、恐らくはアールバイパー許容量も超えていた分の魔力が勝手に放出されているのだろう。

 

「きゃあっ! アズマちゃん、落ち着いてー!」

 

 助けを求めようと神綺さんに向き直ろうとすると、彼女を攻撃してしまう。と、とにかく被害が及ばないように暴れ回る挙動のアールバイパーを少しでも制御しようと操縦桿を握り、上昇していく。

 

 ドカドカドカと魔力の塊を何度も撃ち出し、そしてようやく収まった。神綺さんは恐怖のあまりうずくまっていた。

 

 結局その日の修行は予定よりも早く切り上げることになった。俺は彼女の背中で何度も謝罪の言葉を投げかける。

 

「本当にすまないっ! まさかこんな事になるなんて予想できなかった」

「いいのよアズマちゃん。幸い誰もケガしなかったわ。瞬時の判断力は本物のようね」

 

 何が起きたのか、神綺さんは俺に教えてくれた。俺は自らの体内に何度も大量の魔力を取り込んできたことによって、普通の人間の何倍も魔力を蓄えることが出来るのだという。

 

 そもそもオーバーウェポンは一度オプションから吸い出した魔力を俺自身に溜め込み、その後で武装に流す仕組みだ。よく考えてみれば俺は生きる魔力タンクといったところだろうか。

 

「魔力の蓄積という意味ではアズマちゃんは本物の魔法使いに匹敵するわ。だけど……」

 

 魔法が使えない俺の場合、それを放出する手段を持ち合わせていない。そして人間の肉体のままゆえにその高濃度の魔力が毒となり俺自身に牙をむくというわけだ。

 

「さっきの君は限界まで空気を入れてパンパンになった風船みたいなものなのよ」

 

 なるほど、随分と的を得た例えだ。人間の許容量を超えた魔力を宿した時の俺はより一層脆くなっている。

 

「それじゃあ何か俺に魔法を教えてくれ。そうすれば……」

「それはダメ。確かに魔力の放出は出来るようになるけれど、アズマちゃんの肉体は人間のまま。そんなことをし続けたら君の体が壊れちゃうわ?」

 

 そう上手くはいかないか……。さらに追い打ちをかけるように神綺さんはこう続ける。

 

「それに、魔力を蓄えて魔法を行使する、その工程に耐えられる肉体を持つってことは、魔法使いになるってこと……そう、人間をやめることを意味するの。アズマちゃん、そんなこと出来る?」

 

 それは、俺が白蓮やアリスのようになることを意味する。魔法使いとしての俺、まるで想像できない。だが、俺の体は人間という範疇から外れようとしているのだ。

 

 俺は、俺は人間であることを捨てて、魔法使いになる覚悟が……!

 

 急な質問に俺は黙り込んでしまった。少なくとも人間を辞める確固たる覚悟は持ち合わせていないという事は分かった。

 

 俺は今までも、そしてこれからも人間であり続けてきた。俺は「妖怪寺」と揶揄される命蓮寺で唯一の人間。その誇りを簡単に捨てることなど出来なかったのだ。それに人間であることを捨てるということを心のどこかで恐れていたのだ。

 

 だが神綺さんの表情は柔らかであった。

 

「そうやって悩むのが当たり前。それに君はここに来るまでに色々なものを捨ててきたはず。これ以上苦しい思いをして人間であることまで捨ててしまってはきっと今度は心が壊れてしまうわ。今だってこんなに悲しい顔をしているというのに……」

 

 俺はそんなに生気の抜けた表情をしていたのだろうか?

 

「大丈夫、君は何も人間の体を捨てることはないの。そう、他に手段があるわ。実はもう気が付いているんじゃない?」

 

 彼女の視線の先にはアールバイパーが、俺の一番の相棒である銀翼の姿があった。

 

 銀色に光る翼は希望の象徴、人間である俺が幻想郷で生き抜くには必要不可欠な相棒。そう、俺にはアールバイパーがある。

 

「アズマちゃんだけでは出来ない、アールバイパーだけでも出来ない。だけど、二つの力が合わされば……ちゃんと魔法は使えるのよ!」

 

 捨てるのは、失うのはもうゴメンだ。銀翼と共にいれば、命も俺の人間としての体も捨てることはない。これからは魔力関係の修行はアールバイパーの中で行うことになるだろう。

 

「俄然やる気が出てきた。神綺さん、明日もよろしくお願いしますっ!」

 

 深々と俺はお辞儀をして、今度こそ修行はオシマイ。再び自らの部屋まで戻る。

 

 神綺さんと一緒に戻る途中、ヘトヘトになっていたアリスと鉢合わせした。数体の上海人形と一緒に地図を見ながらあれこれ話している。そう、頑張っているのは俺だけじゃない。ネメシスを復活させるべく、アリスもあちこちへ奔走しているのだ。

 

 彼女に労いの言葉をかけると俺は部屋へ戻る。

 

 特にやる事はなくても、せめて何か力になろうと躍起になる早苗達はどうやら料理の手伝いをしているらしい。あの赤いメイドも急ににぎやかになり困惑しているようだが、どこかまんざらでもない表情を浮かべている気がする。

 

 そして日は過ぎていった……。

 

 俺は実戦はもちろんのこと、アールバイパーに搭乗した状態で魔力の流れを感じ、自らに集める修行を続けていく。アリスは材料を集める毎日。日に日に違う素材を要求されており、あちらはあちらで大変そうだ。

 

 そして俺達よりも負担が大きいのが神綺さんである。昼は俺の修行に付き合い、夜はネメシスの修理に追われるのだ。

 

「ところで神綺さん、ネメシスの様子はどうですか?」

「ごめんね。あの子を治すのは理論的には可能なのだけれど、これがなかなか上手くいかないのよ。アズマちゃんは新しい人格を持たせるのではなくて、元の人格を呼び覚ましたいのよね? それがなかなか難しいの。かれこれ80回も失敗しているわ……」

 

 オフの時はせめてものお礼という事で、白蓮にもよくやっていた肩たたきなんかをして労ってみたりする。

 

「はふー……。本当に上手ねアズマちゃん」

 

 これがなかなか好評であり、肩たたきの為に彼女の部屋に入ると向こうからトテトテトテと駆けよってせがんでくるようにもなった。

 

 随分と神綺さんに気に入られたようで、いつものお礼と称して膝枕した上での耳かきとかしてくれたりなんてこともあった。

 

「今日は修行を頑張ったから、アズマちゃんの大好きな膝枕よー♪」

 

 どうやら白蓮から俺がこういうのが好きであることを聞いていたらしい。今日も顔を赤らめながらも耳掃除をしてもらう。

 

 こんな感じで俺は修行の時の厳しさとそうでない時の優しさを両方感じ取った。

 

 彼女はあまりに白蓮に似ている。だけど彼女は魔界神。白蓮とは違う。この違和感が、俺を駆り立てる。何としても白蓮を救い出すという確固たる意志となる。

 

 今日も今日とて修行の日。やはりアールバイパーの中だと思ったように魔力を取り込めない。難航する俺に神綺さんはアドバイスをくれた。

 

「アズマちゃん、背中から大きな翼が生えたようなイメージを持ってね。そして翼全身で空気を受け止めるっ! そう、私のこの羽のように!」

 

 何度もそう言われてきたが、上手くいかない。だが、今日はアールバイパーの後ろにそんな翼のようなビジョンが浮き出たような気がした。が、振り向くと何もない。魔法というものはこうも集中力を費やすものなのか。

 

 そして修行の日々は更に過ぎていく……。

 

 相も変わらず修行に明け暮れる毎日。そんなある日のこと、思いもよらぬ来訪者がパンデモニウムに訪れたのだ。

 

 あの白黒は魔理沙だ。どういうわけか魔界の最奥であるパンデモニウムにまでたどり着いていたのだ。

 

「霊夢から聞いたぜ。お前、いかにも邪悪そうな奴と手を組んでよからぬことを考えているらしいな」

 

 神綺さんと実戦形式の修行を始めようとした矢先の出来事であった。あの顔は敵意に満ちている。そんな彼女を追いかけるように飛んでいたのは手負いの夢子。どうやら不審者の撃退に失敗したようである。

 

 反射的であった。どこかこの魔界神サマを白蓮と重ねて見ていた俺は、そうすることが当然と言わんばかりに神綺さんを庇うように魔理沙の前に立ちふさがる。

 

「確かに魔界に突入するべくちょっとばかり卑怯な手を使わせてもらった。だが、ここに来た目的は奪われた大切なものを取り戻すためだ。

互いに笑いあえた命蓮寺での日常を、そして惨殺されたネメシスの魂を取り戻すため!」

 

 俺はあらん限りの戦力を呼び出し、トレースのフォーメーションを取る。コンパク、ゆっくり霊夢、そしてオプション。そう、ネメシスはここにはいない。

 

「ネメシスだって? ああ、その変な鳥の妖怪の周りを飛び回っていた上海人形か。……嘘だね。お前がさっきからやっているのは魔法使いの修行だ。霊夢を卑怯な手で蹂躙して、魔界まで赴いて人間をやめようとする。そこまでして何をするつもりだ轟アズマ?」

 

 この複雑すぎる状況をいちいち説明して、納得させるのは難しいだろう。オロオロと視線を右往左往させていると神綺さんと目が合う。

 

「丁度いいわね。これからもっと強大な存在と対峙するんだもの。事情はよく分からないけれどあの子くらい倒せるようにならないと未来はないわ」

 

 んなこと言っても、俺は過去に何度も魔理沙と対峙して、そして負けてきた。

 

「勝てる相手じゃない! それに戦うことを選ぶことは魔理沙の言いがかりを認めることに……」

「大丈夫よアズマちゃん、教えたとおりにやれば上手くいくわ。それに、弾幕に想いを込めて撃ち出せば、きっと伝わる。そういった心の動きも魔法は応えてくれるから」

 

 激突は避けられない。いいだろう。魔界で色々と魔力の心得を得た俺だ。今までとは違う結果が出るかもしれない。否、出さなければ俺に、ひいては命蓮寺に未来はない。

 

 そして刹那、白黒と銀色が交差した。戦いの火ぶたは切って落とされたのだ……!



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