ハイスクール・フリート ―霧の行く先― (銀河野郎のBOB)
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プロローグ

劇場版Cadenzaでヤマトとムサシの姉妹がせっかく仲直りしたのに、その後消失なんてもったいない!、と思ってなんか話を作れないかと妄想し続けて実に半年、そこに舞い込んできた「ハイスクール・フリート」というアニメを見て、これだ!と思って、人生初の小説に挑戦してみました。

つたないところがあると思いますが、できる限り頑張って書いていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。


 西暦2048年 北極海

 

 

 この場所で行われていた戦闘が今、終結の時を迎えようとしていた。

 

 霧の超戦艦ムサシが発動したミラーリングシステムの時空の穴に、超戦艦ヤマトの船体を取り込んだ潜水艦イ401が突如飛び込んだ。

 ムサシはミラーリングシステムを停止、穴は閉じられムサシの勝利かと思われた。

 しかしその刹那、ムサシの直上に時空の穴が開き、401がムサシに超重力砲を放ちつつ突撃してきたのだ。

 ムサシは咄嗟にクラインフィールドで防御するも、強力な超重力砲を受けきれずにフィールドは崩壊、そのまま401の突撃を受けて船体が真っ二つに割れる。

 霧の艦隊の中で最高クラスの性能を誇るムサシでもこの攻撃は致命傷となり、船体とメンタルモデルを維持できず崩壊していく。

 

 

 -ムサシside-

 

 体が崩壊していく中、私は概念伝達空間の中で誰かに抱きかかえられていることに気づいた。

 

 ???

「ムサシ」

 

 呼びかけに応じて目を開くと、そこにいたのは7年前に自らが沈めた霧の総旗艦ヤマトのメンタルモデルであった。

 口では感情を否定しながらも怒りの感情にとらわれていた自分を、ヤマトは全てを許し自分を愛していると言ってくれた。

 そして今、目の前のヤマトがかつての姿で自分を介抱してくれている。

 

 ムサシ

「おねえちゃん……」

 

 私はかつて父と慕った千早翔像から教えてもらった言葉をつぶやいていた。

 ヤマトは私に対して、「ごめんね」と謝意を述べてきた。

 私は胸の奥が熱くなるのを感じた。

 本当は私が謝らなければならなかった。

 自分の暴走で沈められたのにもかかわらず、こんな自分を気にかけてくれる姉の姿に、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

 目線を変えるとそこにはヤマトと似たドレスを身に纏った401の姿があった。

 ヤマトは401に対し、「ありがとう」と感謝の意を述べる。

 そしてヤマトは私の手を引っ張り、空間の中心にある螺旋階段へと導いていく。

 私は手を握り返し、一緒に登っていく。

 いよいよ自分のユニオンコアの機能が停止しようとしている。

 しかしそこに恐怖感はなく、むしろ安心感に包まれていた。

 下を見ると、401が私たちを見送ってくれている。

 私にはもう401に対して怒りの感情はなく、むしろ感謝したい気持ちになっていた。

 そして消えゆく意識の中、隣にいるヤマトにも聞こえない小さな声で言った。

 

 ムサシ

「ありがとう、401」

 

 こうして私、超戦艦ムサシと霧の艦隊総旗艦ヤマトはこの世界から消失した。

 




まずはプロローグということで、ムサシ視点でのCadenzaのラストシーンです。

次からいよいよ、はいふりの世界に入っていきます。


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第一章 -霧との遭遇(アニメ本編)-
第一話 知らない世界でピンチ!


第一話です。

第一章では、はいふりアニメに沿った形でストーリーを進めていこうと思っています。

霧の超兵器たちの出番は当分先になりそうです……^^;

それでは、どうぞ。


 -ムサシside.-

 

 暖かい温もりに包まれていたはずだった私に突如冷たい感覚が走った。

 突然の出来事に戸惑いつつも、自分の状態を確認する。

 すると、ありえない事態が起こっていることに気づく。

 

 ムサシ

≪……コアが消失していない?≫

 

 私のユニオンコアは間違いなくさっき消失したはずだったのに。

 体を起こそうとしたが、体のある感覚が全くないことに気が付いた。

 どうやら自分はコアだけの状態になっているようだ。

 

 ムサシ

≪周囲は海水、どうやら海底にいるようね≫

 

 しかし船体もメンタルモデルもないこの状態では何もできない。

 すぐに周囲のナノマテリアル反応を探ってみた。

 

 ムサシ

≪なに、ここ? なんて量のナノマテリアルなの……≫

 

 自分の周囲の海底一帯にはこれまで見たことのない量のナノマテリアル鉱床があったのだ。

 これだけあればメンタルモデルどころか船体を構築してもまだ余裕がある。

 私はまずメンタルモデルを形成することにした。

 コアから光が放たれ、その周囲に銀色に輝くナノマテリアルが流動し、徐々に人の形を作っていく。

 小柄な体、銀色の長い髪、そして自分のトレードカラーである黒色の衣装が構築され、自分はメンタルモデルの姿となった。

 フィールドを張り、自分が置かれた状況を確認するため、他の霧の艦隊の反応がないか探ってみる。

 すると、

 

 ムサシ

≪うそ……まさか!?≫

 

 自分のすぐ近くに一つだけ反応があった。 

 総旗艦ヤマトのコアが。

 私は駆け足で海底を移動しヤマトのコアの反応があった付近まで移動し、周囲を探した。

 

 ムサシ

「ヤマト! どこなの? 返事をして!」

 

 ヤマト

【……ムサシ?】

 

 微かだが間違いない。ヤマトが応えた。

 反応があった場所をくまなく探すと、ようやくヤマトのコアを見つけることができた。

 私はコアを拾い上げ、話しかける。

 

 ムサシ

「ヤマト、大丈夫? コアに異常はない?」

 

 ヤマト

【……機能確認完了、異常は見当たらないわ】

 

 ムサシ

「よかった。その状態じゃ不便でしょ?この海底一帯が広大なナノマテリアル鉱床になっているから、まずメンタルモデルを構築するといいわ」

 

 ヤマト

【わかったわ。体を構築するから少し離れて】

 

 コアから手を放すと、コアが光りだしてナノマテリアルに包まれていく。

 自分よりも大きな体、長くて綺麗な黒髪、そして私とは対照的な純白の荘厳なドレスを身にまとった美しい女性の姿が現れる。

 かつて霧の艦隊の頂点に立ち、アドミラリティコードの管理者であった霧の総旗艦、ヤマトが再び私の前に降臨した。

 

 ヤマト

「ふぅ、とりあえずメンタルモデルの構築は完了ね」

 

 私はヤマトの元に駆け寄り、そのまま抱きついた。

 

 ムサシ

「また会えた。もう会えないと思ってた」

 

 ヤマトは優しく私を抱き返してくれた。

 

 ヤマト

「私も。またムサシに会えて嬉しいわ」

 

 私たちはしばし再会の余韻に浸っていた。

 

 

 

 しばらく抱き合った後、なんだかすごく笑顔なヤマトから現状把握の提案がなされた。

 

 ヤマト

「さて、可愛い妹を十分愛でたところで、まずは私たちが現在置かれている状況を確認しましょう」

 

 ムサシ

「かわっ……!? う、うん……そうね……(照」

 

 思わず顔がにやけてしまいそうだったが、なんとか維持した。

 

 ムサシ

「私は北極海での戦闘でコアが消失したはず。でも、なぜかここに存在しているわ」

 

 ヤマト

「私はイオナの中に意識があったけど、あの時ムサシと一緒に消失したはずよ」

 

 さらにヤマトは周囲を見渡しながら続けた。

 

 ヤマト

「それにこれだけのナノマテリアル鉱床、総旗艦であった私やムサシが存在に気づかないはずがない。水圧からみて深度2000mといったところかしら。他の霧の艦が探知できない深さではないわ」

 

 ムサシ

「それに気になるのは、私たち以外の霧の艦の反応が一切ないことね。概念伝達で呼びかけてみたけど、ヤマト以外の反応を感じないわ」

 

 私たちが消失した時点で霧の艦は世界中に存在していたはずである。その反応が一切ないのだ。

 不可解以外のなんというのであろう。

 すると演算リングを展開して考えていたヤマトからこんな一言が。

 

 ヤマト

「もしかして……ミラーリングシステムの影響による別次元、もしくは並行世界への転移?」

 

 ムサシ

「ミラーリングシステム? 確かにあれは別次元への穴を開けるけど、こんな現象は見たことがないわ。他に何か原因が……あ!」

 

 言葉を続けているうちに私は一つの可能性にいきついた。

 

 ヤマト

「そう、最後の決戦は超戦艦同士の戦いだった。そこでお互いにミラーリングシステムを起動していたでしょ。戦闘によって生じた時空のゆがみが消失しかけていた私たちに影響を及ぼし、別世界へ転移させられたと考えられるわ。普通じゃありえないくらい低い確率だけど、それが起こったのかもしれない」

 

 ムサシ

「そうすると、ここは私たちがかつていた世界とは違う別の場所。この広大なナノマテリアル鉱床の存在と他の霧の反応がないことにも理屈が通るわね」

 

 まさか別の世界に飛ばされることになろうとは。

 しかしこれからどうするべきだろう。

 

 ムサシ

「・・・とりあえず船体を作って浮上しましょう。ここがどこなのかも把握しないといけないし、この世界についても調査しないと。幸いここには私たち超戦艦級の船体を2隻作っても有り余るナノマテリアルがあるんだし」

 

 するとヤマトは右手を頬に当て、何やら難しい表情をしていた。

 そして意外な答えが返ってきた。

 

 ヤマト

「いえ、船体を作るのはムサシだけにしましょう。私はあなたの艦に同乗させてもらう、っていうのはどう?」

 

 ムサシ

「な、なんで? せっかくこれだけナノマテリアルがあるのに?」

 

 ここには十分な量のナノマテリアルが存在する。

 しかも万が一敵が現れたとしても、2隻の超戦艦級ならより確実に安全が保障されるはずなのに。

 

 ヤマト

「私たちは元の世界にいた時のように海を封鎖することを目的としていない。こちらから攻める必要がない以上、過剰な戦力はかえって危険だわ。まずは1隻だけで様子を見ましょう」

 

 ヤマトはそう言ってきたが、私はまだ納得できていなかった。

 

 ヤマト

「大丈夫よ。あなたほど強くて信頼できる子はいないわ。安心してこの身を預けられる。それに……」

 

 ムサシ

「それに?」

 

 ヤマト

「な、なるべく、あなたの隣に居たいなぁ、って思っちゃったり……(照」

 

 この総旗艦はこの非常事態になぜこんなこっ恥ずかしいことを言ってくるのだろうか。

 しかし私はその言葉に嬉しさを感じていた。

 ヤマトがこんなにも可愛い姿を見せたことは一度もなかった。

 さっきも私を可愛い妹と言ってくれたし。

 

 ムサシ

「し、仕方ないわね。そういうことなら、私の艦に乗せてあげても、いいわよ?///」

 

 ヤマト

「ええ、ありがとうムサシ。大好きよ。」

 

 ヤマトが私に抱き着いてくる。すごく嬉しいけど、それ以上にとてつもなく恥ずかしい。

 

 ムサシ

「ああ! もうわかったから! これから船体を構築するから離れてなさい!!」

 

 ヤマト

「はーい♪」

 

 全く、かつてはあれだけ凛としていた総旗艦がどうしてこうなったのやら。

 401の中にいて、千早群像や他の人間と一緒に行動したことが影響しているのだろうか。

 ヤマトから解放された私は、演算リングを展開し船体の構築に取り掛かる。

 

 ムサシ

「船体構築シークエンスを開始……周囲半径3km内のナノマテリアルのコントロールをムサシ傘下に編入、各部の構築を開始する」

 

 開始宣言と同時に海底が輝きだし、巨大な銀色の粒子の奔流が深度2000mの海底を包んでいく。

 粒子は徐々に船体のパーツの形を成していき、固定されていく。

 

 ムサシ

「各部パーツ構築の進行状況50%に到達。各種武装の構築を開始、指定した順にパーツおよび武装を接合する。同時に浮上を開始」

 

 周囲に力場形成した私は、ナノマテリアルの渦に包まれながら浮上を開始する。

 当然ヤマトも一緒だ。

 船体の構築がほぼ完了した時点で、それまで銀色だった船体が黒色に変色した。

 さらに大和型の象徴ともいえる46cm三連装砲を中心に武装が構築され、船体と接合されていく。

 

 ムサシ

「最終シークエンス、船体内のナノマテリアルを超重力ユニット24基に変換……完了」

 

 ついに船体が完成し、艦はどんどん浮上していく。

 そしてついに海面が見えてきた。

 

 ムサシ

「霧の艦隊、総旗艦直属艦隊旗艦、超戦艦ムサシ、浮上する!」

 

 

 それは、月と星が輝く闇夜の海に突如として現れた。

 夜の海に紛れてしまいそうな黒い船体、その表面にはオレンジ色に発光する不可思議な模様が浮かんでいる。

 甲板上には金色の砲身を持つ3連装砲を中心とした数多くの武装が見える。

 中心に一際高くそびえたつ艦橋の頂上には、船体と同じ黒色の衣装を着た銀髪の少女と、それとは対照的な純白のドレスを纏った黒髪の女性が立っていた。

 ここは、北緯24度45分・東経141度17分。

 かつて硫黄島と呼ばれた島があった場所に、霧の超戦艦ムサシは姿を現した。

 

 

 

 -晴風side.-

 

 ムサシが浮上した時刻と同じ頃、硫黄島跡地から北に約200kmに位置する西之島新島付近の海域を進む一隻の艦がいた。

 横須賀女子海洋学校に所属する航洋直接教育艦「晴風」だ。

 

 岬

「とにかく今は第二合流地点の鳥島沖を目指そう」

 

 宗谷

「そうですね。我々の無実を晴らさないといけませんからね」

 

 晴風艦長の岬明乃と副長の宗谷ましろは、これからの方針について確認し合っていた。

 先ほどまで混乱した状況だった晴風の艦橋は、幾分か落ち着きを取り戻した様子だ。

 晴風は入学して初めての海洋実習で遅刻してしまい、予定の集合時間から3時間後になんとか集合場所の西之島新島に到着した。

 しかし到着するや古庄教官の座乗する教官艦「さるしま」から実弾による砲撃を受け、これ以上は危険だと判断した明乃の指示の元、模擬弾の魚雷で反撃した。

 そのことで海上安全委員会より反乱扱いされ、現在逃亡中であった。

 

 知床

「で、でもちゃんと話を聞いてくれるかなぁ……」

 

 西崎

「とにかく、行ってみないことには何も始まらないじゃん」

 

 立石

「うぃ」

 

 艦橋メンバーと言われる航海長の知床鈴、水雷長の西崎芽衣、砲術長の立石志摩がそんな話をしている中、書記の納沙幸子が突如芝居掛かった口調で語りだした。

 

 納沙

「『おまえたちはぁ、さるしまを沈没させ、あまつさえ逃亡するという愚行を行ったぁ! ただちに処分をくだぁす! 全員退学だぁ!!』」

 

 知床

「えぇ!? 入学したばかりで退学!!??」

 

 鈴は目に涙を浮かべ悲痛な声を上げてしまった。

 

 宗谷

「そうならないために、鳥島を目指しているんだ! 混乱させないでくれ」

 

 ましろは少々怒気を込めた口調で幸子に言い放った。

 

 岬

「そ、そろそろ当直の人以外は部屋に戻って休んでね。今日の事でみんな疲れているだろうから、休めるときに休まないと」

 

 宗谷

「そうだな。後のことは明日また考えましょう」

 

 明乃は艦橋メンバーを落ち着かせるように言いながら、不安を抱えていた。

 

 岬

≪これからどうなるんだろう……とにかく、晴風のみんなを守らなきゃ。私は、晴風の艦長なんだから≫

 

 夜の海を晴風は進んでいく。

 この後、さらにとんでもない事態に巻き込まれていくとも知らずに……。

 




第一話でした。

いかがだったでしょう。

貴重な土日の休日をほぼ丸一日使って書いてましたw

まだ晴風メンバーとの出会いもかけてないよぉ……

次回には遭遇できると思います。

感想、評価していただけると今後の作品作りの参考になりますので、是非よろしくお願いいたします。


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第二話 巨大戦艦でピンチ!

お待たせしました。
第二話でございます!>o<

プロローグと第一話でお気に入り登録を16も頂けて大変うれしいです!
すごく励みになります。


今回のお話は、アニメの3話と4話の間になります。
いよいよムサシと晴風が出会います。

それでは、どうぞ!


 2016年4月10日午前9時

 

 -ムサシside.-

 

 私とヤマトがこの世界で再起動してから3度目の朝を迎えた。

 私たちは硫黄島跡地で浮上してから二日間、情報収集に明け暮れていた。

 その結果、この世界についていくつかの情報を得ることができた。

 

 この世界は私たちがかつて存在した世界とは歴史の分岐点で異なるルートを辿った平行世界であった。

 そのため、この世界の人類は元いた世界とは異なる発展を遂げている。

 特に大きいのは、船舶等の海洋技術に関する発展が非常に目覚ましいことである。

 100年ほど前に日本近海でメタンハイドレートが発掘された折、日本全域に大規模な沈降現象が起きていることが発覚した。

 日本は今後国土を失っていくことが確実となり、その対策として水上都市建設に着手、現在では多くの都市が巨大なメガフロートの上に都市を成す世界に類を見ない海洋大国となっている。

 そして、そんな日本から生まれた海洋交通の安全を守る組織として「ブルーマーメイド」と「ホワイトドルフィン」が存在する。

 日本もかつては自衛のためにと多くの軍艦を所有していたが、それらはすべて民間へと払い下げられ、戦争で使用しないという誓いを込めて、軍艦の艦長は女性が勤めるようになった。

 その後、乗組員全ても女性が勤めることが一般的となり、それらを束ねる一大組織として「ブルーマーメイド」が誕生、現在に至る。

 もう一つの「ホワイトドルフィン」は潜水艦を中心とした組織で、こちらは男性が乗組員を勤めている。

 

 私たちは、ブルーマーメイドの日本における司令部が存在する都市、呉に向けて艦を進めていた。

 

 ムサシ

「でも、本当に呉に向かって大丈夫なの? 人類と交渉するためとはいえ、向こうが何をしてくるかわからないわよ」

 

 ヤマト

「確かにそうね。でも、元いた世界でだって私たち霧と人類は分かり合う道を選ぶことができた。ならば、この世界でも不可能なことはないはずよ?」

 

 するとヤマトは、少し寂しそうな表情をした。

 

 ヤマト

「翔像さん、私たちのお父様が教えてくれたように……」

 

 千早翔像

 私たち霧がメンタルモデルを作るきっかけを与えてくれた人物。

 私とヤマトは彼と出会い、ヤマトはその交流の中で人類との和解の道を探ろうとしていた。

 当時の私はアドミラリティコードに反する行動をするヤマトに懐疑的な目を向けていた。

 しかし、彼が私という個を認め、家族だと言ってくれた時、少しだけ人類と歩み寄れると思っていたのだ。

 だが、彼は私たちの目の前で部下の人間によってその命を奪われた。

 そのことで私は一転して人類を憎悪するようになり、ヤマトと袂を分かった。

 そして北極海で直接対決になり、私は無抵抗だったヤマトを沈めてしまったのだ。

 

 お父様のことを思い出し、少し寂しい気持ちになった。

 するとヤマトが私の手を握ってきた。

 

 ヤマト

「それに、実際に人類と霧は分かり合えた。私が手を貸したイ401、イオナと群像さん、そう、蒼き艦隊のみんなよ」

 

 蒼き艦隊

 千早翔像の息子、千早群像を中心にする人間と霧の混在する組織である。

 霧の艦も最初はヤマトのコアを譲渡されその影響を受けた潜水艦イ401だけだったが、重巡タカオ、大戦艦ヒュウガ、ハルナ、キリシマと次々と私の元から離れていった。

 そして、東洋方面第一巡航艦隊旗艦であった大戦艦コンゴウさえも彼らの影響を受け、最終決戦直前で手助けに来たのだ。

 

 千早親子は私たち霧に新たな道を示してくれた。

 ヤマトはこの道を信じて進もうとしている。

 私は、どうするべきなのだろう。

 

 ヤマト

「大丈夫。ムサシはこれからこの世界で人類との付き合い方を見つければいいわ。私と同じ道じゃなくてもいい。自分の道を見つけるの」

 

 優しい笑みを浮かべてヤマトが私に語りかける。

 自分の道、私は見つけることができるだろうか……。

 

 

 

 -晴風 明乃side.-

 

 私たちの乗る航洋艦「晴風」は横須賀に向けて進路を取っていた。

 さるしまからの砲撃を受けて逃亡中だった私たちは、ドイツから海洋演習に参加しにきた直教艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」、東舞鶴海洋学校所属の潜水艦「伊201」と立て続けに戦闘を行い、人も艦も満身創痍の状態であった。

 そんな時、横須賀女子海洋学校から全艦帰港命令の広域通信が届いた。

 宗谷校長は私たちを見捨てずにいてくれたのだ。

 その一報を受けて、私たちは横須賀へ戻ることになった。

 

 晴風艦内に安堵する空気が流れる中、副長のシロちゃんは変わらず緊張した面持ちだった。

 

 宗谷

「帰還命令が出たとはいえ、海上安全委員会が出した撃沈許可は消えたわけじゃないんだ。横須賀に着く前に他の艦に見つけられたら、今度こそ晴風は危ないぞ」

 

 シロちゃんの言うとおりだ。

 機関部は連日の戦闘でボロボロ、主砲も一基動かない、魚雷も爆雷もない、こんな状態でまた戦闘になると今度こそ逃げ切れない。

 安堵するにはまだ早いのかもしれない。

 それに私にはもう一つ気がかりなことがある。

 

 三日前に届いた超大型直教艦「武蔵」からの救難信号

 

 武蔵の艦長は私の大事な幼馴染である知名もえか、もかちゃんだ。

 彼女からの切迫した救難信号を私は聞いてしまった。

 本当なら今すぐにでも武蔵の元へ向かいたい。

 でも今の晴風は自分のことで精いっぱい、武蔵を助けに行く余裕などないことは分かっていた。

 シロちゃんにも釘をさされたことだ。

 艦長として晴風とみんなを守ると決めた以上、今は彼女の無事を信じるしかなかった。

 

 内田

「あれ?しゅうちゃん、なんか急に霧が出てきたよ?」

 

 山下

「ほんとだ、ってうわぁ!? もう真っ白だよ」

 

 すると、艦橋の傍で外の様子を見ていた右舷管制員のまゆちゃん(内田まゆみ)と左舷管制員のしゅうちゃん(山下秀子)が話し合っているのが聞こえた。

 艦橋の窓をのぞくと、いつのまにか周囲が白い霧に包まれていた。

 

 西崎

「こんな時間帯に霧? しかもついさっきまで快晴だったはずなのに」

 

 立石

「き、り、……」

 

 メイちゃんとタマちゃんが不安そうに外を眺めていた。

 すでにお昼になりつつある時間帯だ。

 海上は天気が変わりやすいというが、これは少し妙だ。

 私はすぐに指示を出す。

 

 岬

「リンちゃん、霧の中に入っているけど速度そのままで、操艦は慎重にお願い。野間さん、視界が悪くなるけど、他の船の姿を見逃さないように注意して」

 

 知床

「り、了解」

 

 野間

「了解です」

 

 リンちゃんと見張り担当の野間マチコさんはすぐに返事をしてくれた。

 2人とも疲れているはずなのに、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 

 宗谷

「しかし水雷長の言うとおり、妙だな。こんな時間帯に霧なんて」

 

 シロちゃんがつぶやくと、隣にいたココちゃんが話し出す。

 

 納沙

「もしかして、悪の組織の霧を発生させる実験が近辺で行われていて、それに巻き込まれたとか?」

 

 あ、これはいつものが始まっちゃうな・・・(汗

 他の艦橋メンバーも気づいたようで、若干冷たい目でココちゃんを見ていた。

 

 納沙

「『お前たち準備はできたか?』『問題ありません。いつでもいけます!』『よし、これより対ブルーマーメイド用秘密兵器「ジャミング機能付き濃霧発生装置」の実地試験を開始するぅ!』、と、こんな感じです♪」

 

 艦橋に微妙な空気が流れる。

 私も「あはは……」と苦笑いをするしかなかった。

 そんな微妙な空気を打ち破る声が伝声管から聞こえてきた。

 

 宇田

「艦長! レーダーの反応が突然悪くなっちゃったよ。現在原因究明中」

 

 八木

「こちら無線室、電波状態も悪くなっちゃったみたい。全通信途絶状態です」

 

 電測員のめぐちゃん(宇田慧)と電信員のつぐちゃん(八木鶫)からだった。

 この妙な霧の中に入ってから、レーダーと通信機器の異常が発生した。

 これって……

 

 納沙

「え、え~と。まさか、本当に……(汗」

 

 さっき妄想で話したことが現実になり、さすがのココちゃんも焦っているようだ。

 これは非常にまずい事態だ。

 こうなると、目視か水測によって現状把握するしかなくなる。

 

 宗谷

「艦長、人員を増やして目視確認を厳としましょう。このままでは他の船を見つけられず、衝突する危険があります」

 

 岬

「そうだね、シロちゃん。ココちゃん、追加の人員の割り振りお願いでき――」

 

 野間

「前方右40度に艦影!」

 

 シロちゃんの意見を了承して、ココちゃんに指示を出そうとした時、見張りをしていた野間さんから突如報告が上がった。

 緩み気味だった艦内の緊張感が一気に高まる。

 艦橋からも野間さんが示した方角に黒い艦影が不明瞭ながら視認できた。

 シロちゃんがすぐに野間さんに確認を取る。

 

 宗谷

「野間さん、船の種類はわかるか? 特徴でもいい。報告を」

 

 野間

「待ってください……!? 非常に巨大です! おそらく直教艦、それも比叡や武蔵クラスかと思われます」

 

 私の中に衝撃が走った。

 もしかしたらあの艦は武蔵かもしれない。

 あそこにもかちゃんがいるかもしれない!

 今すぐ助けにいきたい気持ちを何とか抑えて、私は前方の不明艦を見つめていた。

 

 

 -ムサシside.-

 

 一方、ムサシの方でも艦影を確認できるようになっていた。

 ムサシは数多くのセンサーを駆使して、すでに艦の存在を認識していたが、光学カメラでようやく確認できる距離まで近づいたのだ。

 なお、晴れた昼間に霧が発生しているのも、晴風のレーダーや通信に異常を起こっているのも、ムサシの発生させた広域ジャミングによるものだ。

 

 ムサシ

「艦の形状から見て、陽炎型駆逐艦級ね。こっちの世界では航洋艦だったかしら?」

 

 ヤマト

「ムサシ、どこの艦か特定できない?」

 

 私は光学カメラの映像を解析しながら艦の特定作業を行う。

 

 ムサシ

「艦首に識別番号があるわ。……Y、4、6、7、……共同戦術ネットワークのデータベースと照合……横須賀女子海洋学校所属の航洋艦「晴風」、ね」

 

 ヤマト

「……晴風……反乱したって情報が流れていた、あの「晴風」かしら?」

 

 私たちが浮上した日、晴風を含む横須賀女子海洋学校のいくつかの艦が逸脱行為を行い、所在不明という情報を傍受していた。その中で教官艦を攻撃したとして晴風には撃沈許可命令が出ていた。

 

 ムサシ

「進路から見て横須賀へ向かっているようね。全艦帰還命令が出たからかしら?」

 

 すると少し考えていた様子だったヤマトは私に指示を出してきた。

 

 ヤマト

「ムサシ、あの艦、晴風へのジャミング波を解除して。それと、電文の送信をお願い。内容は……」

 

 

 

 -晴風 明乃side.-

 

 八木

「艦長! 通信回復しました。同時に、例の不明艦より電文です」

 

 つぐちゃんからの報告だ。

 不明艦はすでにはっきりと輪郭が見える距離にまで近づいていた。

 あれは、大和型の姿に間違いない。

 

 宗谷

「八木さん、読み上げて」

 

 八木

「はい!

「こちら霧の艦隊、超戦艦ムサシ。我らは貴艦との対話を望む。応答されたし」

 、とのことです」

 

 岬、宗谷

「!?」

 

 予想外の内容に、私もシロちゃんも一瞬聞き間違いを疑った。

 これまで、まともに会話もできずに攻撃されていた私たちだったが、今回は所属不明艦から対話を望む電文が届いたのだ。

 

 納沙

「霧の艦隊、ってなんでしょう? 聞いたこともありませんね。それに超戦艦ムサシって、うちの学校の武蔵とは違うんでしょうか?」

 

 西崎

「それに通信回復と同時に電文してくるなんて、この変な霧もあの艦の仕業なんじゃないの?」

 

 知床

「こ、こわいよぉ……早く逃げようよぉ……」

 

 宗谷

「艦長、どうしますか? 不明艦とはいえ、あれは明らかに大和型です。現在の我々では戦闘は無理ですよ」

 

 岬

「……マロンちゃん、今速力どれくらい出せる?」

 

 機関室への伝声管に話しかけると、機関長の柳原麻侖ちゃんから返事が返ってくる。

 

 柳原

「もう巡航以上はだせねぇよ! ただでさえ連戦で無茶させてんだから、もう航行不能寸前なんでぃ。ほんとにぶっ壊れちまうよ」

 

 どうやら振り切って逃げることもできない様子だ。

 そうなると、もう打つ手は一つしかない。

 

 岬

「シロちゃん、つぐちゃんに不明艦へ対話に応じることを伝えて」

 

 宗谷

「本気ですか、艦長?」

 

 岬

「今、晴風はあの艦と戦闘することも、逃げることもできない。だから、ここは向こうの要求に従うしかないよ。それに、ようやく私たちのことを分かってもらえるかもしれない」

 

 宗谷

「・・・そう、ですね。わかりました。八木さん、不明艦へ返信を。「こちら航洋艦晴風。貴艦の要求に応じる。」と伝えて」

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 ムサシ

「!! ヤマト、晴風から電文よ。こちらの要求に応じるみたい」

 

 ヤマト

「……案外素直に応じてきたわね。反乱している艦がこうも簡単に接触を許してくるのかしら?」

 

 ムサシ

「世界が違っても人類の情報はアテにならないものなのかもね。それで、どうするの?」

 

 ヤマト

「こちらから接近して、接舷することを晴風に伝えて。相手は小さい艦だから接舷時にぶつからないよう気を付けて」

 

 ムサシ

「了解よ。心配しなくてもそんなヘマしないわ」

 

 ムサシは晴風に向けて進んでいく。

 いよいよこの世界にきて初めて、霧と人類との対話が行われるのだ。

 ヤマトは珍しく緊張した面持ちで、その時を待ち構えていた。

 

 

 

 -晴風 ましろside.-

 

 いよいよ晴風の前に超戦艦ムサシを名乗る艦が近づいてきた。

 今、甲板上では私と艦長、そして先日救出したアドミラル・シュペーの副長、ヴィルヘルミーナさんがムサシの到着を待っていた。

 

 ミーナ

「本当に大きな艦じゃのう。ワシの国の大型直教艦「ビスマルク」よりも巨大だな」

 

 岬

「ミーちゃん、ビスマルクってそんなに大きいの?」

 

 ミーナ

「あぁ! 我が国ドイツで一番大きい艦じゃ。ワシもいつかシュペー艦長のテアと一緒にビスマルクに乗るのが夢なんじゃ」

 

 岬

「へー、すごいね!」

 

 ・・・これから所属不明の艦と話をするというのに、二人で仲良くおしゃべりをしている。

 全く、艦長にはもっと緊張感を持っていただきたいものだ。

 

 しかしよく見ると、船体は全体的に黒色、主砲と副砲の砲身は金色と、うちの学校の武蔵とは似ても似つかぬ艦だ。

 特に、艦橋の左右に配置されているはずの副砲がなく、代わりにまるで針山のように高射砲が並んでいるのは奇妙だ。

 まるで空を飛ぶ鳥でも撃ち落とすかのようだ。

 しかし、これだけ巨大な艦を持ちながら誰にも存在を知られていない「霧の艦隊」とは一体どんな組織なのだろうか。

 

 そうこうしているうちに、接舷準備が整ったようだ。

 

 ブォン ブォン

 

 すると突如、晴風とムサシの間に宙に浮かぶオレンジ色の空中階段が現れた。

 

 岬

「うわっ、なになに??」

 

 SFの世界のような光景に艦長もミーナさんも驚きを隠せない。

 すると、ムサシの方から空中階段を下ってくる二つの人影が見えた。

 前を歩くのは、銀色の長い髪で黒い衣装、同じ色の帽子をした少女。

 うちの衛生長の鏑木美波さんより少し大きいくらいだろうか。

 しかし、なんとも妖艶な雰囲気を持つ不思議な少女だ。

 艦長もミーナさんもその子に魅入っているようだ。

 その彼女の後ろを見ると、私を含めた3人はさらに目を奪われた。

 美しく長い黒髪にまるで花嫁衣装のような荘厳なドレスを纏った女性がそこにいた。

 表情は非常に穏やかで、私たちを優しく見つめていた。

 二人が甲板に降り立つと、空中階段は粒子状になって消滅した。

 すると、黒髪の女性が私たちに話しかけてきた。

 

 ???

「この度は私たちの願いを聞いていただき、ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます」

 

 岬

「い、いえ。こちらこそ」

 

 ヤマト

「紹介が遅れてしまいましたね。私は、霧の艦隊、総旗艦のヤマトと申します。そしてこちらが」

 

 ムサシ

「私はムサシ。総旗艦ヤマトの直属艦隊旗艦をしているわ。よろしくね」

 

 ヤマトとムサシ。

 そう名乗った二人の女性を前に、私はこれから始まる対話で何が起こるのか不安でいっぱいだった。

 




第二話、いかがだったでしょうか?

今回はなんか半分くらい説明っぽい文章になっている気がする。^^;
こういうの書かないと気が済まない性格なんですよね。

もし、こういう風にしたらいいよ、って意見があったら、感想のとこに書いていただけると嬉しいです。
ちなみに感想はハーメルンの垢なしでも書けるように設定できることを昨日知りましたw 今は設定変更してます。


ちなみに私のアルペジオとはいふりでの一押しキャラは、

アルペジオでは、大戦艦コンゴウ

はいふりでは、つぐちゃん&テア艦長

です。 うん、はいふり一押しになっていないねw

どちらの作品も魅力的なキャラが多くて目移りしてしまいそうです。
特にはいふりとか晴風クラスのみんないい味持ってますよ。
自分は例のラップの影響もあって、航海科の子たちが大好きです。

では、また第三話で。
次回はヤマト&ムサシと晴風メンバーの対話会。
また説明文多くなりそうな気がする……^^;
なるべく早めにあげられるよう頑張ります。


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第三話 霧の艦隊でピンチ!

本文の前に一つご連絡です。

これまでプロローグを含め三話分を投稿してきましたが、タグの方で入れるべきだった「台本形式」の注意書きを入れておりませんでした。
大変申し訳ありませんでした。
詳細は活動報告の方に記載しておりますので、よろしければご一読ください。


今回は第三話でございます。

晴風に乗り込んだヤマトとムサシは、晴風クラスのみんなと出会います。

それでは、どうぞ。


 2016年4月10日午後1時

 

 -ヤマトside.-

 

 晴風に降り立った私とムサシは、艦長の岬明乃さんたちの案内で艦内にある教室に向かっている。

 教室には晴風に乗艦している生徒全員を集めてもらっている。

 そこで、私たちの紹介を兼ねた対話が行われる。

 

 教室へ案内される前、私たちは晴風の現状について簡単に説明を受けた。

 まず情報に流れていた反乱行為についてだが、先に攻撃したのは教官艦の方で、自分たちは自衛のためにやむを得ず反撃した、というのが彼女たちの言い分だった。

 さらに、その後立て続けに問答無用の戦闘が二度続き、修理や補給も受けられないという満身創痍の状態なのだという。

 先ほど艦を密かにスキャンしてみたが、その話に間違いはなさそうだった。

 私は彼女たちの様子からして、十分信憑性の高い話であると感じていた。

 

 岬

「もうすぐ教室です。そこでみんな待っています」

 

 ヤマト

「ありがとう。突然押しかけたのにごめんなさいね」

 

 宗谷

「いえ、こちらもようやく話を聞いてくれる人と出会えて、ほっとしています。話をしていただけると、みんな安心すると思います」

 

 副長の宗谷ましろさんが笑顔で答えてくれた。

 しかし、私はましろさんの言葉を素直に受け取ることはできなかった。

 これから話すことは、私たち霧の艦隊についてだ。

 ここでのやり取り次第で、私たちの未来が決まるといっても過言ではない。

 彼女たちはまだ学生の身分だが、だからといって蔑ろにしていいはずがない。

 私は彼女たちと真剣に向き合うことを改めて決意する。

 すると、ムサシが概念伝達で話しかけてきた。

 

 ムサシ

【ヤマト、本当に彼女たちに話すつもりなのね。私たちの過去の行い、霧が人類に行ってきたことを】

 

 ヤマト

【ええ。私たちはまだ岬艦長、宗谷副長、ヴィルヘルミーナさんの三人にしか会っていない。でも少し話をしただけでもわかったわ。彼女たちはとてもいい子たちよ。私はこの子たちに隠し事をしたくない。これが、今の私の意志よ】

 

 ムサシ

【意志、ね。それがあなたの進む道なのね】

 

 ムサシはまだ自分の道が見つけられず、迷っている。

 さらに幾分か良くなったとはいえ、人類に対する不信感を完全にぬぐえたわけでもない。

 きっと、この先に起こることに対して不安でいっぱいなのだろう。

 

 ヤマト

【ムサシ、今は私と晴風の子たちを信じてほしいの。お願い】

 

 ムサシ

【……仕方ないわね。私も手伝ってあげる。あなたを信じてね】

 

 私は小さく「ありがとう」とつぶやいた。

 いよいよ教室の入り口が見えてきた。

 さぁ、私たちの戦いを始めましょう。

 

 

 

 -明乃side.-

 

 ヤマトさんとムサシさんには一度教室の外で待ってもらって、私とシロちゃん、ミーちゃんは教室に入った。

 黒板の前に立つと、みんなの視線が私たちに向けられる。

 

 松永

「艦長、今日は何の話ですかー?」

 

 姫路

「なんか大きな艦が接舷したって聞いたよ~」

 

 魚雷発射管を担当するりっちゃん(松永理都子)と、かよちゃん(姫路果代子)が私に聞いてきた。

 

 岬

「みんな、かよちゃんの言う通り今晴風の隣には艦が接舷しています。その艦の人が私たちと話がしたいということで、ここに来てもらっています」

 

 教室の中がざわつく。

 これまで会うもの全てから攻撃されてきた状況で、自分たちと話しができる存在が現れたのだ。

 気になるのも仕方がない。

 

 宗谷

「みんな静かに。詳しいことはこれからお話してもらう。みんな、失礼のないよう応対してくれ」

 

 みんなから「は~い」という返事が返ってきた。

 

 岬

「では、どうぞお入りください」

 

 私は外にいる二人に教室に入るよう呼びかけた。

 ガラッと扉が開き、ヤマトさんとムサシさんが教室に入ってきた。

 

「うわ~超美人」

「あれって、ウェディングドレス?」

「銀髪の子もすごくきれ~」

 

 教室が再びざわついた。

 私も甲板で初めて会った時、二人の美しさに目を奪われてしまったから、みんなの気持ちがよくわかる。

 二人が教壇の中央に立つと、シロちゃんが二人に促す。

 

 宗谷

「では、お願いします」

 

 ヤマトさんは小さく一礼して、みんなに向き合った。

 

 ヤマト

「はじめまして。私は、霧の艦隊の総旗艦を務めます、ヤマトと申します。突然押しかけたにも関わらず、このような場を設けていただき、ありがとうございます」

 

 ヤマトさんは紹介が終わると、ムサシさんに続くよう促す。

 ムサシさんは少し緊張した様子で話し出す。

 

 ムサシ

「わ、私は、ヤマト直属の艦隊旗艦をしている、ムサシといいます。よろしく、お願いします」

 

 二人の紹介が終わると、みんなから拍手があがる。

 

 ところが、拍手が鳴り止むとヤマトさんは突然これまでの優しい表情をやめ、真剣な顔で私たちを見ていた。

 クラスのみんなもその雰囲気を察して、静かに次の言葉を待った。

 そして、ヤマトさんは語り始める。

 

 ヤマト

「今回私たちが皆さんと接触したのは、我々「霧の艦隊」のことを知ってもらい、この世界での我々の生きる道を探るためです。これからお話しすることは、一切の嘘偽りのない真実です。そして、皆さんにとってショックが大きいことだと思います」

 

 ……思っていた以上に深刻な話で少し身震いしてしまう。

 隣を見ると、シロちゃんが私を見つめていた。

 

 宗谷

「艦長、どうしますか?」

 

 私はクラスのみんなを見渡してみた。

 いろんな表情をしているが、考えていることは一つだとわかった。

 私は意を決した。

 

 岬

「ヤマトさん、話してください。あなた達のことを」

 

 私たちの決意を聞いたヤマトさんの目線が少し下を向き、表情が少しだけ和らいだように見えた。

 一度ムサシさんと目を合わせた後、再び私たちと向き合った。

 

 ヤマト

「では、お話ししましょう。私たちのことを」

 

 すると、突然照明が消え、ヤマトさんの周りに光るリングが出現した。

 同時に空中に浮かぶ画面のようなものが映し出される。

 みんなが少し混乱する中、ヤマトさんが次に放った言葉は衝撃的なものだった

 

 ヤマト

「私たちは、元々この世界の存在しない者、異世界からきた存在です。

 そして、私たちは、人間ではありません」

 

 

 

 そこから私たちに語られたことは、とても信じられないようなことだった。

 

 霧の艦隊

 それはこことは別の世界で生まれた無機物生命体と呼べる存在であり、そして、人類に敵対する勢力であった。

 その行動目的は、「人類を海洋から駆逐し、分断すること」と「人類の持つあらゆる通信手段を完全に封鎖すること」の二つ。

 もちろん人類は抵抗したが、霧の艦隊は圧倒的な力でそれを叩きのめし、結果人類は国ごとに孤立、急速に衰退の一途をたどったのだという。

 教室中に浮かんでいる画面には、人類と霧との最後の決戦となった「大海戦」と呼ばれる戦闘の映像が流れている。

 人類側の戦力はブルーマーメイドや学校の教員艦と似た姿をした最新式で、数も圧倒的、さらに私たちの世界にはない空飛ぶ小さな艦(戦闘機というらしい)まで存在していた。

 一方、霧の戦力は、私たちの世界の航洋艦や直教艦のような旧式の艦の姿をしており、数も少ない。

 端から見ると、人類側が負ける要素など一つもないように思えた。

 しかし、人類側の攻撃は霧には一切通じず、霧の繰り出す攻撃は一撃で艦を沈めるほどの火力を有していた。

 次々と人類側の艦隊は瓦解し、最後には全ての艦が沈められていた。

 その光景は、まさに地獄絵図そのものだった。

 

 全ての話が終わった後、教室内はだれも話せなくなるほど静かだった。

 ヤマトさんが事前に確認したとはいえ、想像以上にショックが大きかった。

 隣にいるシロちゃんとミーちゃんも普段見せないような顔をしている。

 きっと私もそうなのだろう。

 

 ヤマト

「これが私たちの真実です。」

 

 一言だけヤマトさんが告げる。

 すると、おそるおそる手を挙げる人が一人いた。

 主計長のミミちゃん(等松美海)だった。

 

 等松

「あの、なんでヤマトさんたちは人間を海から追い出したんですか?」

 

 これまでの説明で霧の艦隊の行動目的はわかった。

 でもその理由は話されていなかった。

 すると、ムサシさんがそれに答えた

 

 ムサシ

「私たちがある存在からその命令を受けていたからよ。それが、「アドミラリティ・コード」、霧の艦隊を支配する最上位の存在。そして、ヤマトはその「アドミラリティ・コード」によって選ばれた霧の総旗艦、つまり霧の頂点に立つ存在だったの」

 

 信じられなかった。

 あんなにも優しそうなヤマトさんが、人類に敵対する勢力のトップだったなんて。

 しかし、今ヤマトさんの表情を見ると、とても悲しそうだった。

 どうしてだろう。

 

 ヤマト

「私たちは「アドミラリティ・コード」の命令こそ絶対という刷り込みを持って生まれてきた。だから、何の疑問を持たずその命令に従っていた。自分たちは兵器だという理由をつけてね」

 

 なんだかすごく悲しい話に思えた。

 世界は違っても海から生まれたのに、ただの兵器だなんて。

 そんなの、悲しすぎる。

 

 西崎

「あれ? でもさっきの話だと、ヤマトさんたち霧の艦隊って艦の姿で生まれてきたんだよね? じゃあ、今目の前にいる人の姿は一体何なの?」

 

 メイちゃんが疑問を投げかけてきた。

 さっきまでの話や映像で、霧の艦は出てきたけど人の姿は出てこなかった。

 現に今、晴風の隣に停泊している超戦艦ムサシという艦。

 名前から察するに、きっと目の前にいるムサシさんの艦の姿なのだろう。

 そうなると、同じ存在が二人いることになってしまう。

 

 ヤマト

「そうですね。先ほどの話にはまだ続きがあります」

 

 一息入れると、ヤマトさんは話を続けた。

 

 ヤマト

「私たちは先ほど見せた大海戦で人類を追い詰めました。でもそれは、私たちが圧倒的な攻撃力と防御力を持っていたからできたこと。もし人類が私たちと同じだけの力を持っていたら、「戦術」という概念を持っていなかった私たちは敗北していたでしょう。」

 

 確かに、その光景に圧倒されていたけど、思い返してみれば霧の艦の動きは統率がなく、個々がバラバラに動いていたように思う。

 

 ヤマト

「その戦術を得るために、私たちが作ったのがこの肉体、「メンタルモデル」です。結果、私たちは目的通り戦術を得ることができました。でも同時に生まれた自我によって、霧と人類の関係は大きく変わっていくことになりました」

 

 ヤマトさんが語ったことはこうだ。

 メンタルモデルを持った霧の中には、アドミラリティ・コードの命令に疑問を持ち、命令にはない行動を取るものが現れるようになった。

 そしてついには、霧を裏切って人類と行動を共にするものまで現れた。

 さらに、人類の方でも霧に対抗する手段を得るようになり、霧の情勢は大きく変わっていった。

 

 ヤマト

「そして、私たちが元いた世界から去る直前、人類と霧が混在するある組織の手によって、私たちはアドミラリティ・コードから解放され、霧は自らの意志を持って生きる道を選ぶことになりました。これが私たち霧という存在が起こした事の顛末です」

 

 全ての話が語り終わった時、クラスのみんなも最初のショックから少し立ち直ったように見えた。

 私もまだ混乱していることはあるけど、少し落ち着いたように思う。

 すると、シロちゃんが厳しい表情でヤマトさんとムサシさんに向き合っていた。

 そこには敵意もまじっているように見える。

 

 宗谷

「最後に質問です。あなた方、霧の艦隊はこの世界で何をするつもりなのですか? 元いた世界と同じように、私たちを海から駆逐するつもりなのですか?」

 

 シロちゃんの言葉に、ヤマトさんは目を閉じた。

 少しだけ、でもとても長く感じる沈黙が流れた。

 そして、ヤマトさんは答えた。

 

 ヤマト

「私は、この世界に転移してから、いえ、それよりも前から考えていたことがあります。それは、霧と人類との共存です。私たちのせいで人類に大きな損害を与えたものの、元いた世界ではようやく共存に向けての一歩が始まったと思います。きっと長く険しい道でしょう。でも私はもうそれに関わることはできません」

 

 ヤマトさんの身体が震えていた。

 すると、ムサシさんがヤマトさんの手を握ってきた。

 ヤマトさんの震えは止まり、言葉が紡がれる。

 

 ヤマト

「そして私たちはこの世界で再び生を受けました。この世界には皆さんのように海に生き、海を愛する人たちであふれています。そんな世界で、私はもう一度やり直したい。元の世界で実現を見ることのできなかった、人類と霧との共存を。私の行った過去の罪は消えません。でも、許されるなら、この世界で私とムサシが、人と共に歩める機会を頂きたいのです。どうか、お願いします」

 

 ヤマトさんが深々と頭を下げる。

 ムサシさんも慌てて、それに続いた。

 

 私を含め、クラスのみんなはその姿に何かを感じ取ったように思えた。

 まだ一介の学生に過ぎない私たちに、ここまで真剣に自分の想いを伝えてくれたヤマトさん。

 きっと、ヤマトさんの言葉は本当に願っていることなのだろう。

 私は、その想いに応えたい。

 私は質問をしたシロちゃんの様子を伺う。

 

 宗谷

「艦長、私は今の言葉で充分満足しました。だから、思うことを言ってください。きっと、クラスのみんなも同じ思いです」

 

 シロちゃんにさっきまでの敵意はなく、穏やかな表情をしていた。

 クラスのみんなを見渡すと、一斉にうなずいてくれた。

 ならば、私は伝えることは一つだ。

 

 岬

「ヤマトさん、私は嬉しかったです。私たちにここまで真剣に話してくれて、すごく嬉しかった。だから、私たちはヤマトさんを信じます。そうすればヤマトさんは私たちの仲間です。大丈夫ですよ。きっとヤマトさんの願いはかないます。だって」

 

 私はヤマトさんに手を差し出し、モカちゃんから教えてもらった大切な言葉を伝えた。

 

 岬

「海の仲間は、家族だから」

 

 

 

 -ムサシside.-

 

「海の仲間は、家族だから」

 

 その言葉に、私はこの子とお父様の姿を重ねていた。

 ヤマトはお父様のことをこの子たちに話していない。

 でもこの子は、私たちを家族と認めてくれると言った。

 胸の奥が熱くなるのを感じる。

 まるでそこにお父様がいるかのように思えた。

 

 ヤマトを見ると、少し驚いた表情をしていた。

 きっとヤマトも私と同じことを考えているのだろう。

 

 ヤマト

「ありがとうございます。岬艦長、みなさん」

 

 ヤマトは岬艦長が差し出した手を握り返した。

 ようやくこの場にいる皆に笑顔が戻った。

 緊張も解かれたようで皆が思い思いに話をしている。

 

 私はヤマトと晴風の子たちとのやり取りを見て思った。

 これがヤマトの進むと決めた道なのだと。

 嫌われることを恐れず、自分の想いを正直に伝えて人類に歩み寄る。

 そして、かつての自分の願いをかなえようとしている。

 私はそんなヤマトの、姉の姿に憧れているのかもしれない。

 まだ見つけられていない自分の道。

 願うなら、ここにいる晴風の子たちと見つけてみたいと思っていた。

 

 

 そんなことを考えていると、ヤマトと岬艦長が私に歩み寄ってきた。

 

 ヤマト

「ムサシ、これからのことを明乃さんたちに話したいのだけど、あなたもきてくれるかしら?」

 

 いつの間にかヤマトは彼女のことを名前で呼んでいる。

 この少しの間で、仲を深めたのかしら。

 

 岬

「そうそう、ムサシちゃんもおいでよ!」

 

 あれ? ……今、この子はなんて言った?

 ムサシ、ちゃん、と、言ったような。

 

 岬

「ヤマトさんがね、ムサシさんのことを「ムサシちゃん」って呼んでいいって言ってくれたから、これからそう呼ぶことにしたの」

 

 私は思わずヤマトに言い寄った。

 

 ムサシ

「ちょっとヤマト! 私の断りもなく勝手に呼び方決めないでくれる!?」

 

 ヤマト

「いいじゃない。私はこれから明乃さんたちと一緒に行動しようと思うの。でも「さん」づけだと堅苦しいし、あなたはみんなより身体も小さいから」

 

 身体が小さいのはメンタルモデル形成に自身のコアが影響されるせいだ。

 自分の意志で小さくなっているわけではないというのに。

 

 ヤマト

「それと、ムサシには今後私の事を「お姉ちゃん」と呼んでもらうわ」

 

 私の辱めはまだ終わらなかった。

 ちゃん付けで呼ばれるだけでなく、ヤマトをお姉ちゃん呼びしろというのだ。

 すると、私に一つの命令が届いた。

 

 ヤマト

「なお、このことは「総旗艦命令」とします」

 

 ムサシ

「そんなことで総旗艦命令の権限を使わないでよ!」

 

 気が付くと、晴風の子たちが私たちを取り囲んで、やり取りに注目していた。

 中には笑いながら見ている子もいた。

 

 ヤマト

「さぁ、私を「お姉ちゃん」と呼んで。さぁ!」

 

 ムサシ

「うぅ……」

 

 取り囲まれた状態では逃げられない。

 私はもう諦めていた。

 

 ムサシ

「お、おねえ、ちゃん……」

 

 そういうと、ヤマトが私に抱き着いてきた。

 晴風の子たちからはなぜか歓声が上がっている。

 教室の中は笑顔であふれていた。

 私はとても恥ずかしくなったが、今このときが心地よいとも感じていた。

 

 

 私はこれから晴風とどんな道を歩むのだろうか。

 その行く先に、私は自分の道を見つけることができるのだろうか。

 答えはわからない。

 でもきっと見つけられると信じてみよう。

 それが今の、私の願いだ。

 




第三話、いかがだったでしょうか?

日に日に増えるお気に入り登録にビビりながら、書いていました。

今回は前回以上に説明回な感じでしたが、晴風クラスの視点で霧の艦隊を見てもらうために、こういう書き方にしてみました。


そして、最後のヤマトさんの行動ですが、もちろん狙ってますw

霧の艦隊には、こんな言葉があるのをご存じだろうか?

「負けたらギャグ要員」

それは、総旗艦だろうと容赦なく適用されるのです!

本作のヤマトさんには、ムサシにお姉ちゃん魂を暴走させる「お姉ちゃんプラグイン」を実装しております。

こんなお姉ちゃんなヤマトさんもアリだと思ってます!


次回の第四話からようやく本格的に晴風クラスと絡み出します!(仮)

待っていただけると嬉しいです。


最後に、お姉ちゃんつながりで、おまけを書いてみました。

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 おまけ

 宗谷
「うぅ……、うーん」

 岬
「シロちゃん、さっきからどうしたの?」

 宗谷
「いえ、その、実は……」

 岬
「?」

 宗谷
「ヤマトさんの、彼女の声が私の上の姉とそっくりで、ちょっと思い出してしまって」

 岬
「へー、シロちゃんお姉さんがいたんだね」

 ヤマト
「お姉さん、ですって!」

 宗谷
「ヤマトさん!?」

 ヤマト
「ましろさんのお姉さんと私の声がそっくりなら、ましろさんも私の事を「お姉ちゃん」って呼んでみる? いえ、今ここで呼んでほしいわ」

 宗谷
「うえぇ!? ちょ、ちょっと」

 ヤマト
「さぁ! さぁ、さぁ!!」

 宗谷
「うぅ、うわあああああああああ!!」

 岬
「あ、待ってよシロちゃーん」

 ムサシ
≪あの子も苦労しそうね……≫

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第四話 晴風艦内でピンチ!

お待たせいたしました!
第四話でございます。

今回はアニメ第四話、晴風艦内でのお話です。

ムサシが人類に歩み寄るため、晴風メンバーとお話しします。


霧の超戦艦二人の晴風メンバーの呼び方ですが、

ヤマト:○○さん (名前のみ、漢字またはひらがな表記)
ムサシ:○○   (名前のみ、カタカナ表記)

という感じです。
今後、呼び方が変わるキャラがでる、かも?


というか、そろそろタイトルで「○○でピンチ!」が厳しくなってきそうです^^;

それでは、どうぞ!


 2016年4月13日午後2時

 

 -ムサシside.-

 

 私とヤマトが晴風と共に行動を開始して3日が経過した。

 私たちは、自分たちの正体を晴風クラスの子たちに明かしたあの日から、晴風の客員として居候させてもらっている。

 あの対話の後、ヤマトと協議した結果、私たちは晴風と共に行動することを決めた。

 その際、当初予定していた呉へ行くことは晴風の現状を考えて断念、共に横須賀を目指すことになった。

 なお、私の船体は深度500mの海中に潜航させている。

 晴風と共に行動するため、霧と広域ジャミングを出して姿をくらませるわけにもいかず、大和型の船体は目立ちすぎることから、現状可能な手法として潜航して姿を隠すことになった。

 船体を潜航させる時は晴風の子たちも見ていたのだが、まるでこの世ならざるモノを見ているかのように驚いていた。

 まぁ、人類の水上艦は潜航なんてしないし、当然だったのかもしれない。

 

 そして現在、晴風は四国沖近海で錨を降ろして停船している。

 今朝、船内の備品を確認していたヒメ(和住媛萌)とモモ(青木百々)から、トイレットペーパーの備蓄が切れたという報告があり、クラス内で話し合った結果、近くにあるオーシャンモール四国沖店に他の不足品を含めて買い足しに行こう、という話になった。

 そして、まだ撃沈許可が出ている晴風で直接行くわけにもいかないので、数名を選出してスキッパーと呼ばれる推進艇で行くこととなった。

 そのメンバーが、アケノ、ヒメ、ミカン(伊良子美甘)、ミナミ(鏑木美波)、そしてヤマトの5名だ。

 本当は私も一緒に行かないかとアケノから誘われたのだが、ヤマトが私の事を考慮して断っている。

 そして、現在私は待機組として晴風艦内で過ごしている。

 

 

 

 小笠原

「ムサシちゃーん、今度ムサシちゃんの主砲撃たせてよ!」

 

 日置

「そうそう、バキュンと撃ってみたいよね!」

 

 武田

「やっぱり46cm砲って憧れるよね」

 

 後部甲板を歩いていると、普段は晴風の射撃指揮所にいるヒカリ(小笠原光)、ジュンコ(日置順子)、ミチル(武田美千留)の3人が修理作業の手を休めて、主砲の上から話しかけてきた。

 初めて会ったあの日、アケノからムサシちゃんと呼ばれてから、私は晴風の子たちの多くから「ちゃん」付けで呼ばれている。

 3日経った今でも恥ずかしさはあるのだが、最近ようやく諦めがついてきた。

 

 ムサシ

「あの主砲を撃つのって、そんなに楽しいものなの? 私にはごく普通のことなんだけど」

 

 小笠原

「そりゃ、砲手をやっている人間にとって46cm砲は憧れだよ! 武蔵に乗れればできたかもしれないけど、武蔵は成績優秀じゃないと乗れないし」

 

 横須賀女子海洋学校には、私と同じ名前の武蔵がいることは知っている。

 今は行方不明になっているらしいが、全艦帰港命令が出ているなら晴風と同じように横須賀に向かっているのだろう。

 

 ムサシ

「そもそも霧の兵器は人類のものとは火力も射程も段違いなんだから、下手に撃ったらどうなるかわからないわよ? 本当にやるならヤマトにもちゃんと確認もらうのよ」

 

 小笠原、日置、武田

「「「はーい!」」」

 

 射撃三人娘との話もそこそこに、私は甲板を再び歩き出す。

 このような感じで、晴風の子たちは私に気軽に話しかけてくれる。

 一方で、私にはまだ人間に対する不信感は根深く残っている。

 彼女たちがそうでないとわかっていても、どうしてもお父様を殺した人間の顔が頭に浮かんでしまう。

 でも、霧の艦隊であることを明かした後でも私に優しく接してきてくれる晴風の子たちに、私は少しずつ心を許すようになってきている。

 きっかけはアケノが言ったあの言葉だろう。

 

 「海の仲間は、家族だから」

 

 どうやらあの言葉は彼女の口癖らしい。

 どうしてアケノはあの言葉を口癖にするほど大切にしているのか。

 いつか、彼女に聞いてみようかしら。

 

 

 

 そんな考え事をしていると、前方から慌てたように走ってくる集団が現れる。

 どうやら機関科と主計科を中心としたメンバーのようだ。

 その中の一人、ルナ(駿河留奈)と肩がぶつかった。

 

 駿河

「あ! ムサシちゃん、ごめーん」

 

 一言だけ詫びると、ルナたちはそのまま走り去っていった。

 あんなに慌てて何かあったのだろうか。

 彼女たちが走ってきた方向を見ると、マシロとミーナ、そして機関助手のヒロミ(黒木洋美)が立っていた。

 私は彼女たちの元へ向かった。

 

 ミーナ

「お、ムサシじゃないか。何をしておったのじゃ?」

 

 ムサシ

「ちょっとその辺りを歩いていただけよ。それよりさっきのルナたちは? 何かあったの?」

 

 ミーナ

「あぁ、ちょっと噂話が過ぎたから喝を入れてやっただけだ」

 

 黒木

「全く、たまにおしゃべりが過ぎるのよ、あの子たちは」

 

 ヒロミの隣にいるマシロを見ると、少し元気がないように見える。

 すると、私に気づいたマシロが話しかけてきた。

 

 宗谷

「大丈夫です、ムサシさん。彼女たちも悪気があったわけじゃないと思うから」

 

 ミーナが噂話と言っていたから、きっとマシロに関わることだったのだろう。

 前に調べた時に知ったが、マシロは世界的にも有名な家系の娘だ。

 そのせいで、いらぬ噂が立っていることも多いのだろう。

 しかし人間というのは、そういう噂話が好きでよくするらしい。

 私にはよくわからない概念だ。

 マシロのことを考えて、私はそれ以上追求することはやめた。

 

 ムサシ

「ところで、三人は何をしていたの?」

 

 ミーナ

「おお、そうだった。今、副長と黒木さんに晴風の艦内を案内してもらっていたんだ。ほれ、ワシはまだ晴風のことをよく知らんからな」

 

 なるほど、ミーナは私たちより少し前に晴風の客員になったとは聞いていた。

 そんな新参者の彼女にこれから過ごす晴風のことを紹介していたということだった。

 

 黒木

「せっかくだから、ムサシさんも一緒にどう? 私、ムサシさんともお話ししてみたかったの。いいよね、宗谷さん?」

 

 宗谷

「そうだな」

 

 晴風の艦内については、ヤマトがスキャンしたデータを戦術ネットワークにあげているため、特に紹介してもらう必要はない。

 しかし、私の返事は逆だった。

 

 ムサシ

「では、ご一緒させてもらうかしら」

 

 かつての私ならこんなことは無駄なことだと言って、一緒に行動しなかっただろう。

 でも今は、どんなことでもいいので少しずつ晴風の子たちに近づくことができればと思っている。

 彼女たちとの交流を通して、私は少しずつ変わっていきたいのだ。

 

 

 艦内を回りながら、私たちは思い思いにおしゃべりをした。

 話しているうちに、私は少し不思議に感じていることがあった。

 彼女たちはまだ学校に入学して1週間ほどしか経っていないのに、すごく仲が良いように見える。

 時間もたっていないのにこんなに仲良くなれるのだろうか?

 これも、アケノが艦長をしているからなのだろうか?

 私は、三人に聞いてみようと思い立った。

 

 ムサシ

「ねぇ、みんなはアケノのこと、どう思っているの?」

 

 すると、三人はそれぞれ顔を見合っている。

 

 私はアケノと会った3日前からずっと、彼女を見ているとどうしてもお父様の事が思い浮かんでしまうのだ。

 そんな彼女のことが、私は気になっている。

 お父様と部下の人間との関係があぁだったから、晴風でも同じではないのかと心配してしまっているのかもしれない。

 

 そんな私の疑問に最初に応えてくれたのは、マシロだった。

 

 宗谷

「艦長は、いつも無茶したり、一人で飛び出したりするから、正直私は苦労が絶えない。もう少し落ち着いてほしいと思っている」

 

 副長としてアケノの一番近くにいるマシロには、彼女の悪いところがよく見えてしまっているようだ。

 マシロはさらに続けた。

 

 宗谷

「でも、さるしまの時の決断や、ミーナさんを助けに行くと決めた時、あの時の姿はかっこいいな、と少し思っている、かな」

 

 今度は彼女のいいところを話してくれた。

 マシロはアケノのいいところも悪いところもちゃんと理解しているようね。

 よく衝突しているらしいけど、そういうことを含めて相性がいいのかもしれない。

 

 ムサシ

「それで、マシロはアケノ個人のことをどう評価しているのかしら?」

 

 宗谷

「そ、それは……、ちょっと難しいですね。でも、これからもできる限り艦長を支えていきたいと思っている」

 

 なんだかどちらともいえない答えだったけど、これ以上追及すると困ってしまいそうな顔をしている。

 すると、ヒロミが割ってくるように話してきた。

 

 黒木

「私は、もうちょっと艦長らしく行動してほしいかな。いつも機関室に無茶な注文してくるから、私もマロンも本当に大変なんだから。それに、宗谷さんにも無茶を言っているみたいだし」

 

 ヒロミは普段機関室にいるから、アケノと顔を合わせる機会も少ない。

 無茶な要求が多いと不満も募ってしまうのだろうか。

 

 ムサシ

「ヒロミは、アケノのことが嫌いなの?」

 

 黒木

「え!? いや、そういうわけじゃないけど……。でも不満があるのは確かよ」

 

 不満があることと、嫌いかどうかは一致しないようだ。

 やっぱり人間の感情は難しいわね。

 さて、最後のミーナはどうなのかしら。

 

 ミーナ

「ワシにとって、明乃は命の恩人じゃ。シュペーからなんとか脱出したところで砲撃に巻き込まれて海に投げ出されたワシを、明乃は真っ先に助けに来てくれた。本当に、ド感謝している」

 

 ミーナのアケノに対する評価は非常に高いようだ。

 彼女に命を助けてもらい、心の底から感謝しているのね。

 

 ムサシ

「ミーナは、艦長としてのアケノはどう思っているの?」

 

 ミーナ

「明乃は艦長としては、まだまだ未熟かもしれん。じゃが、大胆な決断ができる胆力の強さは艦長として大切な力じゃ。明乃は将来素晴らしい艦長なれると思うぞ」

 

 私にも覚えはあることだ。

 イ401の艦長、千早群像は霧との戦いの中で時に大胆に行動して勝利をつかんでいた。

 それに、お父様も人類で初めて霧と対話をするという、大胆な行動をしていた。

 私の知る3人の艦長が持つ大胆さ、それが上に立つものに必要なことなのかもしれない。

 また一つ、良いことを学ぶことができたと思う。

 

 ムサシ

「三人ともありがとう。とても参考になったわ」

 

 宗谷

「いえ、あんな回答で参考になればうれしいです」

 

 黒木

「でも、どうしてあんな質問したの?」

 

 ムサシ

「うーん、ちょっとアケノのことが気になっていてね。みんなが彼女をどう思っているのか興味が出てきたから、かしら」

 

 三人の話を聞き終わってわかったことは、晴風クラスにも様々な意見があり、みんなそれぞれが自分の考えを持っているのだろうということだ。

 たまたま話した三人に聞いてもこれだけ意見や評価が違っているのだ。

 でも、これこそが意志を持つ人間らしさということなのかもしれない。

 かつての霧は全てが一つに決められていて、そこから外れることを良しとしていなかった。

 だが、メンタルモデルを持ったことで霧にも様々な考えが生まれ、人間と同じように一枚岩ではなくなっていった。

 そして、霧はアドミラリティ・コードから解放されて、自分の意志のまま生きるようになった。

 そんな彼女たちの姿を私は見ることはもう叶わない。

 でもきっと、彼女たちが真の「幸せ」を掴むことができると信じたい。

 それがかつて彼女たちを縛っていた私の、少しばかりの償いだ。

 

 そして、私も変わらなくてはいけない。

 私を受け入れてくれた晴風のみんなのためにできることをしてみたい。

 そして、少しだが自分の道に繋がる何かを見つけられそうな気がしてきた。

 きっと苦しいこともあるだろうが、頑張ってみよう。

 そのためにも、まずは今いる三人との時間を楽しんでみよう。

 

 ムサシ

「さて、まだ晴風の案内って終わっていないのでしょう? もっと楽しみましょうよ」

 

 ミーナ

「おぉ、そうじゃな。二人ともまだまだ頼むぞ!」

 

 

 

 そして、そんな楽しい時間もあっという間に過ぎ去ってしまい、今は夕方5時。

 もうすぐ買い物に出ているアケノやヤマトたちが戻ってくる時間だ。

 私は、甲板でみんなの帰りを待っていた。

 

 そんな時、ヤマトから概念伝達で通信が入ってきた。

 




祝! Trident THE LAST LIVE "Thank you for your BLUE" ブルーレイ発売!!

第四話、いかがだったでしょうか?

今回はムサシの心の成長を意識して、書いてみました。
正直上手く表現できてる自信が全然ないです。 ;A;
人の心情を描くって難しいですね…
これからもこういう感じの書くこともあると思うので、少しでも上手く表現できるように頑張っていこうと思います。

そして、今日はアルペジオ発のユニット「Trident」のラストライブのブルーレイ発売日!
これ書いてる今、横のテレビでライブの映像流しています。
人生初のライブ参加をTridentに捧げ、ラストライブにも参加しました。
私は「Trident」の永遠のファンでありたい!
(もちろん「Blue Steels」も!

次回の五話は、ムサシの受け取ったヤマトからの通信とは一体!?
そしてあの子が暴走します(アニメ四話の時点でバレバレな気がw

また次も読んでいただけると嬉しいです。


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第五話 暴走でピンチ!

お待たせいたしました!
第五話でございます。

投稿を開始して早2週間、多くの方に読んでいただけて感謝感謝の日々が続いています。
そして、お気に入り登録数がついに50となりました。
初作品でこんなこと、すごく嬉しいです。
今後も応援よろしくお願いします。

今回は前回に引き続きアニメ4話のエピソードになります。
前回最後のムサシが通信を受け取る少し前からスタートします。

それでは、どうぞ!


 2016年4月13日午後4時

 

 -ヤマトside.-

 

 私は今、明乃さんたちと晴風の備品を買うため、オーシャンモール四国沖店にきている。

 ここは円形のメガフロートの上に数多くの店舗が立ち並ぶ大型の商業施設で、多くの人が目的のものを求めて訪れている。

 これだけ多くの人がいる場所を訪れたことのない私にとって、ここは実に新鮮な場所だ。

 本当はムサシと一緒に来たかったけど、あの子はまだ人間を苦手としているから、今回は泣く泣く諦めた。

 でも、いつかムサシと楽しくお買い物してみたいわね。

 

 実はショッピングモールに行く前に、晴風艦内でちょっと一悶着あったのだ。

 それは、私の服装のことだ。

 私が普段している服装は出かけるにはあまりにも目立ちすぎるし、そもそもあの服装は特別な時以外は着るものではないということだ。

 そこで明乃さん達に促されて、私は服装の参考となる書籍を見せてもらい、その中で気に入ったものをナノマテリアルで構築してみた。

 選んだのは、白のワンピースと呼ばれる服装と、淡い青色の上着だ。

 

 岬

「やっぱりヤマトさん、何を着てもすごく気品あふれているよ」

 

 伊良子

「うん! まさに大人の女性って感じだよね」

 

 明乃さんや美甘さんたちにすごく褒められて嬉しくなり、私は服装に関してすごく興味を持ってしまった。

 ショッピングモールでの買い物の途中でも、周りにいる人や店で売られているものを観察して、良さそうなものをデータとして共同戦術ネットワークにアップデートしていた。

 もちろん、ムサシに似合いそうなものも探しておいた。

 晴風に戻ったら、ムサシにお願いして着てもらおうかしら。

 

 そして、楽しかった買い物も残るはトイレットペーパーのみになったところで、明乃さんが福引きなるものでトイレットペーパー一年分を引き当てるということをやってのけた。

 どうやらとても運が良いことだったみたいで、媛萌さんや美甘さんからすごいと称賛を受けていた。

 

 その時、私は妙な視線を感じた。

 私は周辺の防犯カメラに密かにハッキングして状況を確認すると、制服を着た三人組の女性が私たちに視線を向けていることがわかった。

 その服装は、ブルーマーメイドのものだった。

 もしかしたら、未だ晴風に撃沈許可を出している海上安全委員会からの差し金である可能性もある。

 その三人組に注意を向けていると、まだ彼女たちに気づいていない明乃さん達が私に話しかけてきた。

 

 岬

「ヤマトさん、トイレットペーパーいっぱいもらっちゃったので、少し持ってくれませんか?」

 

 ヤマト

「えぇ、わかったわ」

 

 明乃さんからトイレットペーパーを受け取ると、晴風に戻るため移動を開始した。

 同時に、三人組も動き出した。

 どうやら先回りして私たちの行き先を抑えるようだ。

 私は三人組を追跡しつつ、明乃さん達の後を追った。

 

 しばらく歩くと、三人組が私たちの前に姿を現した。

 明乃さん達は不安そうに三人組を見ていた。

 

 ???

「あなたたち、晴風の乗員ね」

 

 ずばり言い当てられたみんなに動揺が走った。

 ここで下手に逃げたりすると、あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれない。

 私は一歩前に出て、四人に語りかける。

 

 ヤマト

「みんな、落ち着いて。大丈夫、私が話をしてみるわ」

 

 岬

「ヤマトさん……」

 

 私は三人組の前に立った。

 すると、真ん中に立っていた短い黒髪の女性が一歩前に出てきた。

 

 ヤマト

「先ほどから、あなた方が私たちを追跡していたことには気づいていました。一体どういう理由で私たちを追っていたのですか? ブルーマーメイドのみなさん」

 

 ???

「あなたは? 晴風の乗員リストの中にあなたの顔と一致する人物はいなかったはずですが」

 

 ヤマト

「私は三日前から晴風で厄介になっている者です。リストにないのは当然だと思います。それよりも、私の質問に答えていただけませんか?」

 

 まずは彼女たちの目的を確認しなければならない。

 問答無用で拘束しにくる可能性もあるため、いつでも対応できるよう身構えた。

 

 平賀

「失礼しました。私は、海上安全整備局 安全監督室 情報調査隊所属の平賀二等監察官と申します。私たちは、安全監督室長の宗谷一等監察官の命を受け、晴風の乗員から事情確認するために、あなた方に接触しました」

 

 その後、平賀監察官からは語られたことはこうだ。

 彼女たちの属する安全監督室は、海上安全委員会の晴風が反乱しているという判断に疑問を抱いており、その実情を知るために独自に晴風の位置を補足し、調査に来ていた。

 その背景には、明乃さん達の属する横須賀女子海洋学校の校長である宗谷真雪からの依頼があったようだ。

 どうやらましろさんのお母様とお姉様に救われた形となったようね。

 

 ヤマト

「事情はわかりました。では、私たちはこれからどうしたらよいでしょう? そろそろ晴風と合流しないといけないのですが」

 

 平賀

「あなた方には、晴風に戻る道中で簡単にですが聴取を行います。現在、晴風に修理と補給を行うため、明石と間宮の二隻を向かわせています。私たちが晴風に到着する頃には、合流できていると思います」

 

 晴風への支援の話を聞いた明乃さん達に喜びの表情が戻っていた。

 ようやく自分たちの事情を理解してもらえるのだから、嬉しいのは当然ね。

 さて、補給と修理のために来てくれるとはいえ、事情を知らない晴風が明石と間宮に遭遇すると、警戒心で何か起きてしまう可能性がある。

 でも、晴風は現在通信規制を行っているから、通常の方法は使えない。

 私は概念伝達で通信を開いてムサシに語りかけた。

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 ヤマトからの通信で、私は現在のアケノ達の状況を知ることとなった。

 

 ヤマト

【というわけで、ましろさんに明石と間宮が晴風の支援のためにきていることを伝えておいて。みんな他の艦にはすごく警戒しているだろうから、何か手違いがないようにね】

 

 ムサシ

【わかったわ。あなたたちの到着が少し遅れることも一緒に伝えておくわ】

 

 ヤマト

【よろしくね】

 

 通信を終了させると、私は甲板から艦橋に上がった。

 艦橋にはマシロ、コウコ、リン、メイ、シマのいつもの艦橋組が待機していた。

 

 ムサシ

「マシロ、ちょっといいかしら?」

 

 宗谷

「ムサシさん、どうしたんですか? 艦長達が戻ってきましたか?」

 

 ムサシ

「そのことなんだけど、さっきヤマトから通信が入ったの。 今アケノ達はブルーマーメイドの人と一緒にいるみたいよ」

 

 私の報告に艦橋内がざわついた。

 リンに至っては今にも泣きそうな顔をしている。

 もちろん、この反応は予測済みだ。

 

 知床

「ブルーマーメイドって、私たちを捕まえに来たの!?」

 

 西崎

「ちょっと、艦長達やばいんじゃないの?」

 

 そんな中、マシロだけは手を顎に当てて何か考えているようだった。

 そして、私に話しかけてきた。

 

 宗谷

「ムサシさん、ヤマトさんは何と言ってきたんですか?」

 

 さすがマシロ、冷静に報告の続きを求めてきたわね。

 

 ムサシ

「どうやらブルーマーメイドは私たちの実情を確認するために接触してきたみたいよ。少し遅れてしまうけど、アケノ達も今一緒に戻ってきているって。だから心配はいらないわ」

 

 私の言葉に艦橋組は少し落ち着きを取り戻したようだ。

 

 ムサシ

「それと、向こうからの要請で明石と間宮の二隻が晴風の修理と補給のためにこちらに向かっているみたいよ。だから、間違ってもこちらから攻撃はするなって」

 

 宗谷

「わかりました。とりあえず一安心ですね。今から明石と間宮の受け入れ態勢に入るように準備します」

 

 話し終わると、マシロはてきぱきと各部署に指示を飛ばしている。

 さすがは晴風の副長といったところかしら。

 すると、私の横でシマが手の上に乗せた生き物を見せてきた。

 

 ムサシ

「シマ、その生き物は何?」

 

 立石

「さっき、五十六が、捕まえたの……。かわ、いい」

 

 その生き物に私は妙な違和感を覚えたが、害はなさそうだったのでとりあえずシマに任せることにした。

 

 

 しばらくすると、マチコから明石と間宮の姿を確認したという報告が届いた。

 事情を理解しているみんなは一息ついた表情だ。

 

 宗谷

「これでようやく艦も修理できる。横須賀まで無事に帰れる目途がついたな」

 

 ミーナ

「そうじゃな。後は艦長達が戻ってきたら万事解決だ」

 

 自室から艦橋に戻ってきたミーナを含め、みんなが安心した表情だった。

 

 しかし、その雰囲気は突然やぶられた。

 

 立石

「カレーなんか食ってる場合じゃねー!!」

 

 私を含め、艦橋にいたみんなが一斉にシマに目を向けた。

 普段こんな大きな声を発したことのないシマが突如叫び出したことで、圧倒されていた。

 シマは唸るような声をあげ、身体を震わせていた。

 さらに、瞳孔は普段の紫色から赤色に染まっている。

 これは一体……

 

 ミーナ

「な、なんだ、カレーって?」

 

 納沙

「立石さん?」

 

 みんながシマの突然の変貌に心配する声をあげている。

 

 立石

「何こんなところで突っ立ってんだ! さっさと攻撃すんだよ!!」

 

 シマはいきなり明石と間宮に攻撃すると言い出した。

 先ほどの報告を聞いていたはずなのに、なぜ?

 

 宗谷

「立石さん、何を言っているんだ。明石と間宮は私たちを助けに来たんだぞ」

 

 西崎

「そうだよ、タマ。私も何か撃ちたい気持ちはあるけど、今はダメだって」

 

 立石

「だまれ!」

 

 知床

「タマちゃん、どうしちゃったのー!?」

 

 明らかにシマの身に何かが起こっている。

 このままだと、シマがヤマトの危惧していたことを引き起こしかねない。

 すると、マシロとメイが二人がかりでシマを取り押さえにかかった。

 

 宗谷

「おとなしくしろ!」

 

 立石

「はなせー!!」

 

 シマは体を捻らせて、二人からの拘束を無理やり引きはがす。

 マシロとメイは吹き飛ばされてしまい、背中から壁にぶつかる。

 

 ムサシ

「二人とも、大丈夫!?」

 

 宗谷

「えぇ、大丈夫です」

 

 西崎

「それよりも、タマが!」

 

 シマの方に目を向けると、四つん這いになって艦橋から飛び出していた。

 私とミーナは慌てて彼女の後を追った。

 私はミーナを追い越して一気に跳躍、シマが陣取った煙突後部の機銃台座へ向かう。

 すでにシマは明石に機銃を向けており、今にも発砲しそうな勢いだ。

 

 ムサシ

「シマ!! やめなさい!」

 

 私はシマを機銃から引き離し、彼女を仰向けにして取り押さえた。

 

 立石

「クソ!! 離しやがれー!!」

 

 シマは必死に抵抗するが、私は強く押さえつけているため拘束は解かれない。

 メンタルモデルの身体能力は人間のそれを大きく上回るため、彼女一人程度の力では私の拘束を解くことは不可能だ。

 それでもなお激しく抵抗するシマ。

 

 その時、私は彼女の異常に気付いた。

 

 ムサシ

≪シマから異常な大きさの生体電流を検知!? これは、脳の思考に影響を与えている?≫

 

 シマが突如異常な行動をするようになったのは、この生体電流による影響か。

 だとすれば原因は?

 それを探ろうとした、その時だった。

 

 ミーナ

「この、ド阿呆の、ドまぬけがー!!」

 

 後から追ってきたミーナが私からシマを奪い、勢いのままシマを投げ飛ばした。

 シマはそのまま晴風の船外へと放り出されてしまった。

 

 ムサシ

「ちょっと、ミーナ!」

 

 ミーナ

「しまった!?」

 

 ミーナは自分の失敗に気づいたがすでに時遅し、シマは海に落ちてしまった。

 私は急遽メンタルモデル内に蓄積していたナノマテリアルを使い、六角形の足場を形成、シマを海から救出した。

 

 ムサシ

「シマ!」

 

 晴風の甲板にシマをそっと降ろすと、私とミーナは急いで機銃台座から降りてシマの元へ駆けつける。

 艦橋の方からもマシロたちがシマを心配して降りてきていた。

 みんながシマを心配する声をかけている。

 

 ミーナ

「よくぞド無事で!」

 

 西崎

「いや、それを言うならご無事だって……」

 

 ミーナは投げ飛ばしてしまった責任からか、シマを抱き寄せている。

 シマの様子を見ると、先ほどの興奮状態は収まり、普段と変わらない様子だ。

 私はふと彼女スカートに目をやった。

 

 ムサシ

「これは……」

 

 スカートの中に入っていたのは、先ほどシマが私に見せてくれた生き物だった。

 私はそっとその生き物を取り上げた。

 海水を浴びたせいか、ぐったりした様子だ。

 私は手に持って生き物を確認する。

 

 ムサシ

≪まさか、この生き物が……≫

 

 私はこの生き物の持つ微弱な生体電流を計測した。

 

 ムサシ

≪この生き物の生体電流の波長、さっき暴れていた時のシマの生体電流と完全に一致しているわね≫

 

 念のため、今のシマの生体電流を確認すると、この生き物の持つ波長とは一致していなかった。

 通常、生体電流とはその個体に固有の波長となっているため、他の個体と全く同じ波長になることはあり得ない。

 しかし、先ほどの暴走していたシマはこの生き物と同じ波長の生体電流を発していた。

 それも、人間の思考に影響を及ぼすレベルの強大な生体電流だ。

 つまりこれは、

 

 ムサシ

≪この生き物が原因の可能性が高いわね。さらに詳しく調べる必要があるようね≫

 

 

 

 岬

「みんなー! 大丈夫?」

 

 海の方から声がするので、視線を向けると、いつの間にかアケノ達が戻ってきていた。

 後ろに哨戒艇らしき船の姿も見える。

 そこからヤマトが顔を出していた。

 これが話にあったブルーマーメイドの船ということだろう。

 

 スキッパーを回収し、晴風に戻ってきたアケノは一緒に連れてきた平賀監察官をマシロ達に紹介している。

 明石と間宮は晴風の両舷に接舷し、修理と補給の作業の準備に取り掛かっていた。

 両船の艦長も晴風に降りてきている。

 そんな中、ヤマトが私に歩み寄ってきた。

 

 ムサシ

「おかえりなさい、お、おねえちゃん……」

 

 ヤマト

「ただいま、ムサシ」

 

 ヤマトは続けて私に話しかけてくる。

 

 ヤマト

「さっきずぶ濡れになった志摩さんを見たのだけど、何かあったの」

 

 ムサシ

「そのことなんだけど、これを見てくれる?」

 

 私はシマから取り上げた生き物をヤマトに見せる。

 そして、先ほど起こった事をヤマトに報告した。

 

 ヤマト

「なるほどね。話を聞く限りだと、志摩さんが暴れたのはその生き物が原因と見て間違いなさそうね」

 

 ムサシ

「ええ。だから、より詳しくこの生き物を調べたいと思うの。どうすればいい?」

 

 鏑木

「なら、私のいる医務室を使うといい」

 

 突如、私たちの会話に割り込んできた小さな少女が現れた。

 晴風の衛生長であるミナミだった。

 

 鏑木

「その生物、見た限りだとネズミかハムスターの類のようだが、少しばかり特徴が違うようだ。砲術長が暴れた原因がその生物なのだとしたら、私も調べてみたい」

 

 ミナミは意欲満々な様子だ。

 彼女はまだ12歳という若さでありながら、すでに海洋医大へ飛び級をしており、学士資格も得ているほどの天才だ。

 そんな彼女の協力を得られるのなら、こちらも願ってもないことだ。

 

 鏑木

「それと、先ほど平賀監察官がヤマトさんとムサシさんを呼んでいたぞ。二人のことで聞きたいことがあるそうだ」

 

 おそらく私たちの身分の事だろう。

 ヤマトに概念伝達でどうするのかと聞いてみると、すべてではないがある程度正体を明かす方針だということだ。

 

 ヤマト

「ありがとう、美波さん。それでは、この生き物は美波さんに預かっていてもらいましょうか」

 

 ムサシ

「そうね。ミナミ、お願いね。後で私たちもそちらに伺うわ」

 

 鏑木

「心得た」

 

 私から生き物を受け取ると、ミナミは医務室へと戻っていった。

 

 先ほどの生き物の件、調べてみないことにはわからないがあの一匹だけで終わりなのだろうか。

 一抹の不安を持ちながら、私たちは平賀監察官の元へ急ぐのだった

 




第五話でした。
いかがだったでしょうか。

はい、ほぼアニメ4話の流れに乗っかったまま進めました。^^;
でも、タマちゃんは発砲未遂で済んだぜ!

しかし、自分で決めたこととはいえ、タマちゃんを志摩さん(シマ)ってそのまま名前で書くとなんか違和感がありますね。
やっぱタマちゃんはタマちゃんがいいかもしれない。

例の黒幕ネズミも登場、霧の力で生体電流も余裕で解析できちゃいます。
ほんと、霧って何でもできるから、謎解きが加速しちゃいますね。


ここから私事
最近、小説の今後の展開をちゃんと整えるため、話ごとの大筋をチャート形式であらかじめ書いておいて、執筆に臨むことを始めてみました。
この五話もそれを作っておいたおかげで、本文を執筆する時にスムーズに書くことができました。
そして会社の昼休みとかでちょこちょこネタを書いてるおかげで、現在七話までは話がまとまっています。
自分には結構いい感じにしっくりきているので、今後も継続していこうかなと思います。


次回の第六話は、アニメ5話の武蔵遭遇戦を予定。
ミケちゃんはアニメ通り飛び出してしまうのか!?
そして、ムサシたちはどう動くのか!?

次回も読んでいただけると嬉しいです。


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第六話 焦燥でピンチ!

Happy Birthday!! マッチ&ミケちゃん

第六話でございます。

6/19はマッチこと野間マチコちゃん、そして6/20は我らが晴風の艦長、岬明乃ちゃんの誕生日!
本作を書き始めて初めて迎える、はいふりキャラの誕生日、しかも主人公のミケちゃんということで、今日アップするために三連休頑張って書きましたよ。
で、その結果はいかに?

今回、同時にミケちゃんの誕生日記念の特別編もアップさせていただいていますので、そちらも是非ご覧ください。

第六話はアニメ5話の武蔵遭遇戦を描きます。
今回文章のボリュームがいつもよりすごいことになっています。
長いので休憩をはさみながらでも読んでいただければと思います。

それでは、どうぞ!


 2016年4月14日午後3時

 

 -ムサシside.-

 

 私たちは横須賀への航路から外れ、マリアナ諸島北部のアスンシオン島近海に向け進路を取っている。

 

 数時間前、明石と間宮からの修理と補給を受けた晴風は、暴走で発砲未遂を起こしたシマの聴取、そして私とヤマトの事情説明のために、とある小島で停船していた。

 シマの件に関しては、未遂で済んだこともあって特にお咎めもなく、すぐに話は終わった。

 問題だったのは、私とヤマト、霧の艦隊のことだった。

 ヤマトは平賀監察官たちに対して、私たちが異世界からきた存在であること、人間ではないこと、超戦艦ムサシという艦を所有していることを明かした。

 当然、こんな突拍子もない話を信じてもらえるはずもなかったため、私たちはやむを得ず、海中に隠していた私の艦を浮上させて彼女たちに見せることにした。

 実際に超戦艦を見せられた平賀監察官は、その後は私たちの話を信じるようになり、聴取実施後に上官である宗谷真霜安全監督室長、マシロのお姉さんに報告を上げた。

 すると宗谷室長が直接私たちと話がしたいということになり、電話越しでの会談となった。

 会談の結果、私たちは晴風とともに横須賀に入港した後、改めて詳しい話を聞かせてほしいということになった。

 

 その後、平賀監察官たちは横須賀へ戻り、晴風のみんなと私たちは停船した小島でしばし羽を伸ばしていた。

 そんな中、突然横須賀女子海洋学校から緊急入電が舞い込んできた。

 行方不明だった超大型直教艦「武蔵」を捜索していた東舞鶴男子海洋学校の教員艦との連絡が途絶えたため、現在最も近い場所にいる晴風に対して現場に行って状況確認を行え、という内容だった。

 その命を受けて、私たちは急遽武蔵の元へ向かうことになった。

 

 現在、私はヤマトと共に晴風の艦橋に上がっているが、アケノやマシロ達の邪魔にならないよう隅の方で待機している。

 艦橋メンバーがそれぞれ慌ただしく動いている中、私はアケノの様子が普段とは違うことが気になっていた。

 先ほどリンに少し聞いた話だと、武蔵の艦長はアケノの幼馴染なのだという。

 戦術ネットワークにある情報を確認したところ、名前は「知名もえか」、今年の横須賀女子海洋学校の入学試験で主席となった秀才だ。

 そもそも武蔵は、ブルーマーメイドの旗艦である「大和」に乗艦するクルーの育成を目的とした、まさにエリートの乗る艦である。

 そんな艦にアケノの幼馴染が乗っているせいで、アケノは落ち着かない様子なのだろう。

 私はヤマトに概念伝達で語りかけた。

 

 ムサシ

【ねぇ、ヤマ、おねえちゃん、ちょっといい?】

 

 ヤマト

【今くらいはヤマトでもいいわよ。それで、どうしたの?】

 

 ムサシ

【私、アケノのことが心配なの。武蔵に幼馴染が乗っているせいか、全然落ち着きがないみたい】

 

 ヤマト

【そうね。なんだかすごく焦っているようね】

 

 ヤマトもアケノのことに気づいていたようだ。

 そして、私はヤマトに思い切って切り出してみた。

 

 ムサシ

【ねぇ、私の艦でなにか手伝えることってない? そうしたらアケノを少しでも楽にできると思うの】

 

 しかし、ヤマトの表情は険しい。

 

 ヤマト

【ムサシ、学校から来た命令は現状確認よ。戦闘禁止命令も出ている。あなたの艦を出したところで、何をするというの?】

 

 ムサシ

【そ、それは……】

 

 ヤマト

【それに、私たちの存在は一部とはいえすでにブルーマーメイドに知られている。ここで下手にあなたが艦で何かをしたら、私たちの居場所を失うことになるわ】

 

 やむを得ない状況だったとはいえ、今や霧のことはすでに人類に明かされているのだ。

 ここで私が先走ったことをしてしまったら、ヤマトが願った夢が水泡に帰することになってしまう。

 それは、私も望むことではない。

 

 ヤマト

【あなたの気持ちを無碍にするわけではないわ。でも、現状あなたの艦でできることは何もないわ】

 

 ムサシ

【……わかったわ】

 

 私は引き下がるしかなかった。

 でも私は、それでも何かできることはないかと考えていた。

 少しでもアケノの、晴風のために何かをしてやりたいという、この気持ちを抑えることができない。

 かつての私にはなかった焦りという感情が私の中からあふれ出そうになっていた。

 

 

 

 3時間後、晴風は指定された海域に到着した。

 そこには、武蔵が東舞校の教員艦を攻撃している光景が広がっていた。

 いくつかの教員艦は武蔵の攻撃を受けて、航行不能になっているようだ。

 その様子を見た艦橋メンバーは、凄惨な状況に圧倒されていた。

 

 納沙

「すごい……、すごすぎます」

 

 いつもは小芝居をして場を和ませて?いるコウコですら、そんな余裕はないようだ。

 

 そんな中、私は自分と同じ姿をしている武蔵の様子を見て非常に違和感を覚えていた。

 

 ムサシ

≪艦の動きに、人間が動かしている雰囲気を感じない。そう、まるで私たち霧のような……≫

 

 私が感じている違和感は、武蔵の教員艦への攻撃があまりにも正確すぎることだ。

 

 西崎

「夾叉もなしにいきなり命中させるなんて……」

 

 メイの言う通りだ。

 いくら優秀な人材が集められた艦とはいえ、これは明らかに人間が操艦している動きではない。

 それこそ、霧の艦のように人間個体では不可能な計算を瞬時に行い、確実に攻撃を命中させるようなことでもない限りだ。

 その時、私の中に一つの仮説が浮かんできた。

 

 ムサシ

≪人間でないなら、何かに人間が操られているとか。そして、その可能性があるとすれば……あの生き物ね≫

 

 シマが暴走するきっかけとなったと思われる例の生き物。

 現在、ミナミが主体となって私やヤマトも協力して調べている最中だ。

 ただ、あくまで生体電流による思考への影響を確認しただけなので、確証は全くない。

 

 ムサシ

≪なんとかして、武蔵艦内の状況を確認できればいいんだけど……≫

 

 その時、艦橋内に大きな声が響いた。

 

 岬

「もかちゃん!!」

 

 声の主はアケノだった。

 モカちゃんとは、幼馴染の知名もえかのことだろうか。

 すると突然アケノは持ち場を離れ、スキッパーの方へと向かおうとしていた。

 まさか、スキッパーで武蔵に乗りこむつもりなの!?

 誰もがアケノの行動に混乱する中、艦橋内に怒声があがった。

 

 宗谷

「いい加減にしろ!!」

 

 アケノに対してマシロが彼女の肩に掴み掛かって叫んだのだ。

 マシロの言葉はまだ止まらない。

 

 宗谷

「毎度毎度、自分の艦をほったらかして飛び出す艦長がどこの世界にいる!!

 海の仲間は家族じゃないのか!! この艦の乗組員は家族じゃないのか!!」

 

 まさに必死の訴えだった。

 前にアケノが一人で飛び出して苦労しているとは聞いていたが、さすがのマシロも今回の事は耐えられなかったのだろう。

 マシロの突然の行動に、アケノも圧倒された様子だった。

 しかし、それでもアケノは止まらなかった。

 

 岬

「もかちゃんが、私の幼馴染があそこにいるの。大切な、親友なの」

 

 そういうと、艦橋組にわずかな指示を出して飛び出そうとしていた。

 その時、私は自然と体が動いていた。

 今、アケノを止めないといけない気がしていた。

 何と思われてもいい、とにかく止めなければ。

 アケノの進路を塞ぐ形で、私は彼女の前に立っていた。

 

 ムサシ

「待ちなさい、アケノ」

 

 

 

 -明乃side.-

 

 武蔵の元へ向かおうとしていた私の前に、突然ムサシちゃんが立ち塞がった。

 早くいかないともかちゃんが危ないかもしれないのに。

 私は思わず怒鳴ってしまった。

 

 岬

「どいて、ムサシちゃん!! 早く行かないと、もかちゃんが!!」

 

 それでも動こうとしないムサシちゃん。

 その顔を見ると、ムサシちゃんは普段は大きく開いていないまぶたが開いていた。

 とても綺麗で飲み込まれてしまいそうな真っ赤な瞳が私をじっと見つめる。

 そこから発せられる雰囲気に、私は少しひるんでしまった。

 

 ムサシ

「アケノ、あなた一人でもかちゃんって人を助ける、なんて思っていないでしょうね?」

 

 岬

「それは……」

 

 私の考えていることをずばり言い当ててきた。

 それに、今のムサシちゃんは普段と喋り方も違うように感じる。

 私はムサシちゃんが少し怖いと思ってしまった。

 

 岬

「でも、行かないと、もかちゃんが……」

 

 それでも、私は行かなければならない、急いで武蔵に向かいたいと、焦っていた。

 すると、ムサシちゃんが切り出した。

 

 ムサシ

「……そう。ならば、あなたはここを飛び出して何とか武蔵に到着、そして幼馴染の子を助けだすことに成功する」

 

 ムサシちゃんは何が言いたいんだろう?

 武蔵を、もかちゃんを助け出せれば、別に悪いことは何もないんじゃ……。

 しかし、ムサシちゃんの言葉はまだ終わっていなかった。

 

 ムサシ

「しかし、艦長がいなくなった晴風は、艦長を回収するためにこの海域に留まるも、武蔵からの砲撃に耐えられず沈没、乗組員は全員死亡。それがあなたの望むことだというのね?」

 

 岬

「!?」

 

 そのムサシちゃんの言葉に、私は強い衝撃を受けた。

 晴風が沈没?

 みんな死んじゃうって?

 なんで、なんでそんなこと言うの!?

 

 ヤマト

「ムサシ! あなた何を?」

 

 ムサシ

「お願い、ヤマト。今は何も言わずに聞いていて」

 

 ヤマトさんがムサシちゃんに問いただそうとするが、ムサシちゃんはそれを制した。

 私は突然の話で混乱してしまった。

 

 岬

「どうして? どうして晴風が沈んじゃうの!? みんな死んじゃうって!? そんなこと、言わないでよ!!」

 

 私は普段出さないような大きな声でムサシちゃんの言葉を否定した。

 しかし、私の必死の訴えにもムサシちゃんは動じることなく、淡々と私に話しかけてくる。

 

 ムサシ

「あなたがここを離れることで起きる可能性の一つを示したまでよ。今あなたがしようとしていることは、それを引き起こすことになるのよ? もしそうなった時、アケノは後悔しないの?」

 

 そんなことは、嫌だ!

 シロちゃんも、メイちゃんも、タマちゃんも、ココちゃんも、リンちゃんも、ミーちゃんも、晴風のみんなを失うなんて、私には絶対耐えられない。

 私はもう誰も失いたくない。

 お父さんとお母さんが海難事故で死んでしまって、その時に自分のせいだと後悔してしまったことを私は思い出していた。

 もう、あの時と同じ後悔はしたくない。

 するとムサシちゃんが、私の顔を覗き込んできた。

 

 ムサシ

「いい、アケノ? 人間が一人でできることなんてたかが知れてるの。そして、何かを成そうと思えば、何かを犠牲にしなければならない。そのことはずっと一人でやってきた霧である私なんかより、人間であるあなたの方がもっとわかっているはずよ」

 

 岬

「あ……」

 

 確かにそうだ。

 私がここで飛び出していったら、晴風を、みんなを危険にさらしてしまう。

 それに、私一人が飛び出していったところで、モカちゃんを助けられるなんて保証は全くない。

 いつのまにか私の中の焦りは収まり、冷静に考える余裕が出てきていた。

 

 ムサシ

「アケノ、私が前の世界にいた時、ある人から教えてもらった言葉があるの。「人間は互いを想い合い、守るもの」だって。初めて教えてもらった時はよくわからなかったわ。でも、今アケノとマシロのやり取りを見て思ったの。マシロはあなたのことを想って、あなたと晴風を守りたくて、あんなに大きな声で言ったのではないかしら?」

 

 宗谷

「ムサシさん……」

 

 シロちゃんがムサシちゃんを驚いた表情で見ていた。

 そうだ、シロちゃんはいつも私の無茶に答えてくれていた。

 誰よりも私の支えになっていてくれていたんだ。

 あんなに大きな声で強く訴えてくれたのに、私はそれを無碍にしてしまった。

 私はさっきシロちゃんにやってしまったことをとても後悔した。

 

 ムサシ

「だからお願い。マシロの想いを受け取ってあげて。大切な仲間の、家族の事をもう一度想ってあげて」

 

 私は、ムサシちゃんの言葉を聞いて、飛び出そうという気持ちを完全になくしていた。

 私は今までずっと、海の仲間は家族だ、そう言ってきた。

 でも、本当はその家族の中に優劣をつけて、晴風をもかちゃんより下に見ていた。

 私は、晴風の艦長、お父さんなのに。

 気づくと、私の目からうっすらと涙が出ていた。

 自分はまた大切なものを失うところだった。

 ムサシちゃんはそれに気づかせてあげようと、あんなことを言ったんだ。

 

 岬

「ありがとう、ムサシちゃん。ごめんなさい、シロちゃん……」

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 アケノは涙を流しながら、その場に座り込んでしまった。

 少しきついことも言ってしまったけど、何とか思いとどまらせることができた。

 

 正直、先ほどのやり取りは自分でも意外なことだと、今になって思う。

 私はいつのまにアケノや晴風のみんなのことを、本当に大切な存在だと思うようになっていた。

 まだ出会って4日しか経っていないのに。

 しかし、その4日間に色んな人と話すようにしていたら、自然と彼女たちの事が好きになっていたのかもしれない。

 私は自分の変化に戸惑いつつも、言葉に表せない嬉しさを感じていた。

 

 さて、色々あったがこれで次の話に持っていくことができる。

 これは今の武蔵の異常を見て、そして先ほどまでのアケノとのやり取りの中で浮かんだことだ。

 

 ムサシ

「さて、ここで一つ提案があるのだけど」

 

 艦橋にいるみんなの視線が私に向けられる。

 

 ムサシ

「アケノ、私を武蔵の近くまで連れて行ってもらえないかしら?」

 

 岬

「……へ?」

 

 突然の提案にアケノは何を言っているのかわからない表情をしている。

 艦橋にいる子たちもどうやら同じ様子だ。

 すると、マシロが私に反論してきた。

 

 宗谷

「待ってください! さっき艦長を止めたのは武蔵に向かわせないためではなかったのですか? でも、なんで艦長と一緒に武蔵に向かうって」

 

 ムサシ

「落ち着きなさい、マシロ。まだ話は終わってないわ」

 

 私はマシロを制して、自分の考えを述べていく。

 

 ムサシ

「私が阻止したのは、アケノが一人で武蔵に向かって乗組員を救出すること。それは学校からの命令には含まれていないわ。でも、スキッパーで接近して現状確認することは、命令の範囲内ではないかしら?」

 

 宗谷

「それはそうですが、それでは先ほど言った危険の可能性は何一つ解決できていないじゃないですか」

 

 ムサシ

「そうね。スキッパーに乗る人間が二人になったところで、武蔵からの攻撃に晒される危険性は全く変わっていないわ」

 

 だが、マシロは見落としている。

 私たちが何者か、ということを。

 

 ムサシ

「でも、二人のうち一人が「メンタルモデル」なら、その問題は解決可能よ」

 

 ヤマト

「!!」

 

 私の言葉にヤマトがわずかに反応を示した。

 さすがヤマト、私の意図を理解できたみたいね。

 一方、他の艦橋メンバーたちはまだわかっていない様子だ。

 

 ムサシ

「メンタルモデルは、姿こそ人間と同じだけど、その戦闘能力は人間の比ではないわ。そして、霧の艦隊の持つ防御能力を完全ではないけど発揮することができるわ。そう、武蔵の主砲弾を防ぐことができる程度には、ね」

 

 私の言葉に艦橋内がざわついた。

 すると、メイが私に尋ねてきた。

 

 西崎

「え? ムサシちゃんってそんなに強いの?」

 

 ムサシ

「そうね、私の話じゃないけど、ある大戦艦級のメンタルモデルが単体で軍の特殊部隊の一個中隊を相手して、壊滅にまで追い込んだという記録があるわね。私はさらに上の超戦艦級だから、それ以上の力があると思ってもらっていいわ」

 

 西崎

「ま、まじですか……」

 

 納沙

「まさに、ノンフィクションの現実化、ですねぇ」

 

 みんなが圧倒されているが、私は構わず続きを話す。

 

 ムサシ

「私はアケノが操縦するスキッパーに乗って、フィールドで安全を確保しつつ武蔵に接近するわ。そして、武蔵にスキャンをかけて艦と乗組員の状態を確認する。スキャンに要する時間は5分もあればいいわ。終わったら晴風に戻って、この海域より離脱する。これが私の考えた作戦行動よ」

 

 そして、私の足元に座り込んでいるアケノに向かって語りかける。

 

 ムサシ

「それに、今は救えなくても、もかちゃんって子の状態くらいなら、ちゃんとわかるわ。だから、今はそれで我慢してもらえる、アケノ?」

 

 岬

「ムサシちゃん……、ありがとう」

 

 再び涙を浮かべて、アケノが私に感謝の言葉を述べる。

 

 宗谷

「確かにムサシさんがいればスキッパーの安全は守れますが、晴風はどうするのですか? 艦長とムサシさんが戻ってくるまでこの海域から離れられないなら、武蔵の砲撃にさらされる危険があることに変わりがないのでは?」

 

 すると、この前は冷静に状況判断できたマシロが以外なことを言ってきた。

 またもやマシロは大事なことを一つ見落としている。

 

 マシロ

「確かにマシロの言う通りね。でもね、この晴風に乗っているメンタルモデルは私一人だけだったかしら?」

 

 宗谷

「あっ!?」

 

 艦橋メンバーが私の意図に気づいて、一斉にヤマトの方に視線を向ける。

 そのヤマトは、なんだか嬉しそうな表情をしていた。

 

 ムサシ

「ヤマト、晴風の防御をお願いできるわね?」

 

 ヤマト

「全く、無茶言ってくれて。確かに晴風にご厄介になる時に、あなたの艦にある備蓄ナノマテリアルの一部をこちらに移してあるから、それを使えば問題ないわ。ただし、そんなに量はないから、せいぜい20分程度が限界よ。」

 

 ムサシ

「大丈夫よ。それだけあれば十分」

 

 そして、私はアケノに手を差し伸べる。

 

 ムサシ

「さぁ、行きましょう、アケノ」

 

 岬

「うん!」

 

 アケノは力強く私の手を握り返してきた。

 

 

 

 アケノとともにスキッパーに乗り込んだ私は、晴風から離れて武蔵の元へ向かう。

 途中、武蔵の砲弾が近くに着水して水柱が上がるが、フィールドでそれを防ぐ。

 しかし、アケノはそんなものを意に介さない様子で避けていく。

 本当に胆力は凄まじいくらい強いわね。

 

 岬

「ムサシちゃん、武蔵にはどのくらい接近したらいい?」

 

 ムサシ

「大体50mくらいまで近づけば、砲撃に晒されず安全に艦全体をスキャンできるわ。それくらいまでお願いできる?」

 

 岬

「わかった。任せて!」

 

 アケノはスキッパーの操縦桿を握り直して、さらにスピードを上げた。

 近づくにつれて、武蔵の巨体がどんどん大きくなっていく。

 そしてついに、武蔵の横50mの位置まで近づくことができた。

 ここまで近づけば武蔵の兵装ではこちらを攻撃することはできない。

 

 ムサシ

「よし! アケノ、このままムサシとの距離を維持しながら並走して。これからスキャンをかけるわ」

 

 私は、演算リングを展開して武蔵のスキャンを開始する。

 

 ムサシ

≪まず、武蔵艦内の生命反応確認……反応は全部で31、とりあえず全員無事みたいね。艦の方は、先ほどまでの教員艦の攻撃でわずかに損傷している箇所はあるけど、浸水はなし。ほとんど無傷の状態ね≫

 

 そして、気がかりだったことを調べると予想通りの結果が出てきた。

 

 ムサシ

≪やはり艦内の人間の生体電流が異常な大きさになっているわね。それに、全員の生体電流の波長が完全に一致している≫

 

 すると、突如アケノが叫んだ。

 

 岬

「!? もかちゃん!!」

 

 アケノの視線の先には、艦橋から両手を振っている一人の女の子の姿が見えた。

 あの子が、武蔵艦長の知名もえか、ということね。

 しかし、彼女の様子を見ると、この前のシマのような状態は見られない。

 

 ムサシ

≪! 艦橋にある4つの生命反応の持つ生体電流は異常値を示していない。何らかの方法で異常状態を回避している?≫

 

 そんなことを考えていると、私は目の前にある岩礁の存在に気が付いた。

 

 ムサシ

「アケノ、前!!」

 

 岬

「!!」

 

 しかしスピードを出していたスキッパーは岩礁と激突して横転する。

 咄嗟にフィールドを張ったため、スキッパーそのものは無傷で済んだ。

 しかし私とアケノは海へ放り出されてしまった。

 私は水面から顔を出すと、アケノに声をかける。

 

 ムサシ

「アケノ! 大丈夫?」

 

 岬

「平気だよ。ごめんね、ちゃんと前を見ていなかったから」

 

 ムサシ

「大丈夫よ。でも目的のスキャンは完了したわ。とりあえずスキッパーに戻りましょう」

 

 泳いでスキッパーに戻ると、ヤマトから概念伝達による通信が入った。

 

 ヤマト

【ムサシ、晴風に張っているフィールドが限界に近いわ。そろそろ戻ってきて】

 

 ムサシ

【了解。こちらもスキャンは完了しているわ。すぐに戻る】

 

 スキッパーに乗り込んだ私たちは武蔵から離れ、晴風へと戻っていく。

 アケノの表情を見ると、少し悔しそうな顔をしていた。

 幼馴染の無事を確認できたのに、助け出せない現状がもどかしいのだろう。

 私はアケノに声をかけようとすると、アケノが先に話しかけてきた。

 

 岬

「大丈夫だよ、ムサシちゃん。今すぐ助け出せないのは悔しいけど、もかちゃんは無事だってわかった。なら、必ず助け出せるチャンスはあるはずだよ。だから、今は晴風に戻らなきゃ」

 

 私は何も言わず、アケノの背中に手をそっと乗せた。

 この子は、もう大丈夫ね。

 私はアケノの背中に身を預けながら、晴風へと戻っていった。

 

 

 晴風に戻った私とアケノは、マシロとリン、そしてヤマトに出迎えられた。

 すでに晴風は武蔵から離れて、安全な場所まで退避している。

 

 宗谷

「おかえりなさい、艦長」

 

 岬

「シロちゃん、ただいま……」

 

 アケノはマシロに対して、少し気まずそうな雰囲気を出していた。

 晴風を出る前のことを思い出しているのだろう。

 

 岬

「シロちゃん、あのね――」

 

 宗谷

「艦長、そんなずぶ濡れだと体調を崩してしまいますよ?」

 

 マシロは穏やかな表情で、アケノの状態を指摘する。

 そういえば、先ほど海に投げ出されて全身が濡れていたんだった。

 

 宗谷

「今お風呂は機関科の入浴する時間帯ですが、急を要するので事情を説明して入ってください。知床さん、艦長の付添いお願いできるかな? 操舵は勝田さんにお願いしておくから」

 

 知床

「わ、わかりました」

 

 アケノはリンに連れられて風呂へ向かっていった。

 すると、今度はヤマトが私に話しかけてきた。

 

 ヤマト

「あなたもお風呂に行かなくていいの? せっかくだし、一緒に入ってきたら?」

 

 ムサシ

「私は全身にフィールドを張っていたから大丈夫よ」

 

 そして、私はマシロとヤマトに向かい合った。

 

 ムサシ

「それよりも、武蔵をスキャンした結果なんだけど……」

 

 私は二人に武蔵のスキャンした結果を伝えた。

 

 宗谷

「とりあえず武蔵の生徒が無事だったことは安心しました。けど昨日の立石さんと同じ状態になっている人がほとんどだったなんて」

 

 ヤマト

「そうね。それに、明乃さんの幼馴染の知名さんを含めた4人は正常な状態であることも気になるわね」

 

 私たち三人はしばし無言になってしまった。

 しばらくして、ヤマトが話し出した。

 

 ヤマト

「とりあえず、私は医務室にいる美波さんに報告してくるわ。ムサシ、あなたは疲れているだろうから、少し休んでいて。ましろさんは艦橋に戻って、明乃さんが戻ってくるまでみんなを指揮してあげて」

 

 ムサシ

「ありがとう、おねえちゃん。その言葉に甘えさせてもらうわ」

 

 宗谷

「わかりました。ヤマトさん、後はお願いします」

 

 マシロは艦橋へ、ヤマトは医務室へと歩いて行った。

 

 武蔵の調査によって、あの生き物がまだ存在することがわかった。

 もしかしたら、横須賀女子海洋学校の多くの艦が行方不明になっていることや、さるしまの砲撃も、あの生き物と何か関係があるのかもしれない。

 そうなると、これは想像以上に厄介なことになりそうね。

 私は一人残った甲板の上で、これからのことを考えるのであった

 




第六話、いかがだったでしょうか。

今回まさかの9000文字越えというボリュームになってしまいました。
話を2つに分けることも考えたんですが、分ける場所をうまく見つけられず、結局そのまま掲載することにしました。

本作ではムサシのおかげで、ミケちゃんとシロちゃんはそこまで気まずくなってないです。
そして、相変わらずの霧の性能の高さよ。
アニメ見ていても、これくらい普通にやっている描写があるものですから、ジャンジャンやっちゃいますよ。
さらに超天才12歳の美波ちゃん加わったら、全部解決しそうな勢いです。

前書きでも書きましたが、昨日はマッチの、本日はミケちゃんの誕生日です!
さらに来週にはもかちゃんの誕生日が控えています。
それに関連して、日曜にアトレ秋葉原でやっている、はいふり模擬店に行ってきました。
そこで誕生日記念の限定グッズであるミケちゃんの等身大タペストリーを購入しました。
早速狭い自宅に飾ろうと思ったんですけど、あまりにデカすぎて飾る場所がなかった!orz
やはり等身大は伊達ではなかった。
そして、本当はもかちゃんのタペストリーも欲しかったんです。実際に売ってました。
でもね、1本8000円(税抜)という値段、さすがに両方は私には無理でしたorz
もかちゃん、申し訳ない!
また別の機会で手に入れられる機会があるなら、その時は真っ先に買いに行く所存です。

次回の第七話は、誰かが誰かに告白しちゃう!?
さぁ、誰と誰なんでしょうか?

次回も読んでいただけると嬉しいです。


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第七話 告白でピンチ!

お待たせいたしました。

第七話でございます。

今回はタイトルの通り、告白回!
アニメで言うと6話になります。

……過度に期待させてもあれなので、一応言っておきます。
恋愛とか百合なそういう展開ではございません!><
期待していた人には申し訳ないです。m(_ _)m
自分には恋愛モノとか百合モノを書けそうな気がしない……

それでは、どうぞ!


 2016年4月14日午後8時

 

 -ムサシside.-

 

 私とアケノが武蔵の状況確認から戻ってきて、すでに1時間ほどが経っていた。

 私は晴風の甲板の上で夜風に当たっていた。

 

 ヤマトに言われて休んでいる間、先ほど調査した武蔵のことを考察しつつ、私は他に考えていたことがあった。

 アケノが幼馴染の知名もえかを救出に行こうとしていた時、それを止めるために私がアケノに言った言葉、

 

「人間は互いを想い合い、守るもの」

 

 かつてお父様が教えてくれたものだ。

 でも、私はまだお父様のことを晴風のみんなの誰一人にも話してはいない。

 ヤマトも初めて晴風のみんなに会った時、お父様の事を話すのを避けていた。

 理由は、わかっている。

 ヤマトは私に対する印象を悪くしないために、そのことだけは言わないようにしてくれている。

 でも、あの時のアケノとのやり取りを通して、この四日間で晴風のみんなの事を好きになっていることに気が付いたことで、同時に私には後ろめたい気持ちが生まれていた。

 いつまでも、私の過去をみんなに隠していていいのか。

 ヤマトは霧の総旗艦として、嫌われることも覚悟して、みんなの前で霧の正体を明かした。

 その結果、私たちはみんなに受け入れられて、こうして良い関係を築くことができた。

 だからこそ、まだ隠し事をしている自分の事が嫌になってしまうのだ。

 でも真実を明かすと、みんなに嫌われてしまうかもしれない。

 そうなってしまうことが、今になって怖くなっていることに気づいてしまった。

 やっぱり、ヤマトはすごいな。

 私の憧れのおねえちゃんだ。

 私は、どうしたらいいんだろう。

 みんなに隠しごとをしたくない気持ちと、明かして嫌われたくない気持ち、その板挟みになってしまっている。

 

 ムサシ

≪……そろそろ、医務室に行こうかな≫

 

 いつまでも沈んでいては仕方ないと思い、私は例の生き物の調査を手伝うため、ヤマトとミナミがいる医務室へ向かおうとした。

 その時、一人の大きな人影が私の目に映った。

 

 

 

 -洋美side.-

 

 黒木

≪少し、言いすぎちゃったかな……≫

 

 私、黒木洋美は先ほどのお風呂場での艦長、岬さんとのやり取りを思い出していた。

 

 元々、私は岬さんに対して不満を持っていた。

 宗谷さんを差し置いて艦長に選ばれたのにも関わらず、艦長らしいことはほとんどせず、機関室にはいつも無茶ばかり要求して、挙句は艦を放って一人スキッパーで飛び出すなんてこともしてきた。

 そして今日、またもや飛び出そうとしたところを宗谷さんが怒声をあげてまで制止したのにも関わらず、結局飛び出していった。

 その結果、海に落ちて全身が濡れたため、機関科の時間帯にお風呂へ入ってきた。

 私はそんな艦長への不満を抑えきれず、お風呂場で怒りを彼女にぶつけてしまった。

 それは先ほど艦長と別れるまでずっと続けていた。

 そして、甲板で夜風に当たって頭が冷静になっていくにつれて、自分の行いを後悔するようになっていった。

 

 黒木

≪後で、謝りにいったほうがいいかな……≫

 

 そんなことを考えていると、艦首の方から歩いてきた一人の小さな人影が目に映った。

 

 ムサシ

「ヒロミ?」

 

 影の正体は、四日前から晴風で一緒に過ごすようになったムサシさんだった。

 姿は可愛い少女に見えるが、実は人間じゃない、でもやっぱり可愛いと思えてしまう、そんな不思議な子。

 昨日艦内を案内した際に色々話をして仲良くなったばかりだ。

 ムサシさんは私に近づき、顔を覗き込んできた。

 こういう仕草もなんだか可愛いわね。

 

 ムサシ

「どうしたの? なんだか浮かない表情をしているわね」

 

 いけない、さっきまで沈んだ気持ちになっていたのが顔に出ていたようね。

 すると、ムサシさんが私に尋ねてくる。

 

 ムサシ

「もしかして、お風呂場でアケノと何かあった?」

 

 一瞬、身体がこわばってしまった。

 まさか、私の悩みを一発で当ててきてしまうとは思わなかった。

 この子、昨日話をしていて気付いたが、人の痛いところを的確に突いてくるのだ。

 ムサシさんはじっと私を見上げて様子を伺っている。

 普段はほとんど閉じられて見えない彼女の綺麗な赤い瞳に、私は飲み込まれていた。

 

 黒木

「う、うん、ちょっとね……」

 

 思わず本当のことを言ってしまった。

 するとムサシさんはうつむいて、少し寂しそうな顔をしていた。

 何か、変なことを言ってしまったかな?

 そう考えていると、ムサシさんが私に話かけた。

 

 ムサシ

「ねぇヒロミ、少し私と話をしない?」

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 私はヒロミを連れて、今はだれも使っていない教室に入った。

 電気をつけて、適当な椅子に向かい合って腰かけた。

 

 黒木

「どうしたの、ムサシさん? 急に話がしたいって」

 

 ヒロミは私に聞いてきた。

 私は先ほどお風呂に入っていた時にアケノと何かあったと聞いて、私はヒロミの真意を確認してみたくなっていた。

 でも、他の人に聞かれるのもよくないと思い、この教室を使うことにしたのだ。

 私は単刀直入にヒロミに尋ねる。

 

 ムサシ

「ねぇ、ヒロミはやっぱりアケノが艦長なのが嫌なの? 彼女よりマシロの方がいいと思っているの?」

 

 すると、ヒロミは少し驚き、困惑した表情で私を見ていた。

 ヒロミがマシロのことを気に入っていることは、昨日艦内を案内してもらった時になんとなくだがわかっていた。

 そして、私がアケノの事を聞いた時、ヒロミはマシロを気にしながら話をしていた。

 だから、ヒロミはそう考えているんだろうと思って、尋ねてみたのだ。

 

 黒木

「う、うん。正直、そう考えてしまったことはあるわね」

 

 ヒロミから予想通りの返答が返ってきた。

 考えたくなかったけど、やっぱりヒロミはそう思っていたのね。

 私の中に、何とも言い表せない不安が押し寄せてくる。

 ヒロミはあいつらみたいな人じゃない、そうわかっていても不安になるのだ。

 

 黒木

「たぶん気づいていると思うけど、私、宗谷さんにすごく憧れているの」

 

 するとヒロミが私に語りかけてきた。

 どうやらマシロとのことを話してくれるようだ。

 私は彼女とちゃんと向き合って、話を聞くことにした。

 

 黒木

「きっかけは親に連れられて行ったブルーマーメイドフェスタだったわ。嫌々連れて行かれて少し苛立っていた時に出会ったのが、フェスの手伝いをしていた宗谷さんだったの。最初はぶつかってきた宗谷さんに一言文句を言ってやりたくて、後を追っていたわ。でも、色んなイベントで活躍する彼女を見ていて、いつの間にか惹かれていったの。宗谷家の人だからじゃない、宗谷ましろさんという人に憧れを抱くようになっていたわ」

 

 意外とヒロミとマシロの出会いは最近のものだったらしい。

 でも、最初のイメージが良くなかったなんて、今では全然考えられないわね。

 

 黒木

「それをきっかけに横須賀女子海洋学校に進路を決めて、そして入学式の日に宗谷さんと同じクラスになれたとわかって、とっても嬉しかった。でも、宗谷さんは艦長ではなかった。艦長になっていたのは、岬さんだった」

 

 ヒロミは少しつらそうな表情をしてうつむいている。

 でも、ヒロミはしっかり私を見て話を続けていく。

 

 黒木

「正直、最初から私の中の岬さんの印象は良くなかったの。宗谷さんこそ艦長にふさわしいって思っていたから、それを差し置いて艦長になるなんて、受け入れがたかった。その後も、機関室に無茶言ってくるし、艦を置いて一人で飛び出すなんて話を聞いて、どんどん不満が貯まっていった。そして、さっきお風呂場で顔を合わせた時、それまで貯まっていたモノを抑えられなくなって、岬さんに、全部吐き出してしまったの……」

 

 ヒロミは少し震えながらも、一言ずつ絞り出すように私に話してくれた。

 そうか、マシロへの憧れがあったからこそ、アケノが艦長をしていることがなかなか受け入れられずにいたのね。

 

 黒木

「でもね、今ムサシさんに話しているうちに気づいたの。私、岬さんに自分の理想を勝手に押し付けていたんだって。宗谷さんに憧れるあまりに、岬さんに対して、宗谷さんを全て上回らないと認めないって考えてしまっていた。でも、岬さんも私と同じ新入生で、しかも艦長って誰よりも大変な役目を頑張っているんだよね。さるしまやシュペーの時も、なんとかピンチを乗り越えようと頑張っていたんだと思う。さっきの武蔵の時に飛び出したのも何か理由があったんでしょ?」

 

 ムサシ

「ええ、武蔵の艦長がアケノの大事な幼馴染で、最初は彼女を助けようとしていたわ。でも、実際に武蔵に向かった時は、私が彼女に調査のためにお願いしたの。だから……」

 

 黒木

「そっか。大事な人が武蔵に乗ってたんだ。私だってマロンが武蔵に乗っていたら、きっと同じことをしていると思う。それなのに、岬さんだけ責めるって、やっぱりひどいよね……」

 

 ムサシ

「ヒロミ……」

 

 ヒロミは自分の後悔を私に話してくれた。

 ヒロミはきっと賢い人なんだ。

 自分のしたことをちゃんと振り返って、自分で間違いに気づくことができるなんて、たぶんすごいことだと思う。

 

 黒木

「だから私、岬さんに、艦長に謝りにいかないといけない。言い過ぎちゃってごめん、って」

 

 ムサシ

「……ヒロミは、すごいわね」

 

 黒木

「そ、そんなことないよ。自分が悪いって気づいたから、謝るだけだよ」

 

 ムサシ

「そうよね、それなのに私は……」

 

 黒木

「?」

 

 ヒロミは自分に胸の内を正直に明かしてくれた。

 私はそんなヒロミにちゃんと自分の事を言わないといけない、そんな気がしていた。

 怖いと思う気持ちはある、でも今はちゃんとヒロミに話したい。

 私は勇気を出して口に出す。

 

 ムサシ

「ねぇ、今度は私の話も、聞いてくれる?」

 

 

 

 -洋美side.-

 

 私が自分の胸の内を明かした後、ムサシさんから話があると言ってきた。

 きっとそれを話したくて、私を教室へ連れてきたのかな?

 

 ムサシ

「今から話すことは、まだ晴風のみんなの誰にも話してないことなの。ヒロミが、初めてなの……」

 

 私に初めて話してくれることなんて、よっぽど大切なことなのかな?

 すると、ムサシさんが私に尋ねてきた。

 

 ムサシ

「ヒロミは、私とおねえちゃん、ヤマトの関係ってどう思う?」

 

 黒木

「え? そうね、私にはとても仲の良い姉妹に見えるけど」

 

 私がそう答えると、ムサシさんはとても寂しそうな表情をしていた。

 

 ムサシ

「そうよね、今は確かに仲が良くなったと思うわ。でもね、私たち、この世界に来るまでは今みたいな関係じゃなかったの。私が、一方的にヤマトを嫌っていたわ」

 

 意外だった。

 ムサシさんがヤマトさんを嫌っていたなんて、今の関係からは想像できない。

 何があったんだろう。

 

 ムサシ

「初めてみんなと会った時、メンタルモデルを作ったのは戦術のためだってヤマトは言っていたけど、本当は違うの。全ては私たちがお父様と呼んだ人、千早翔像と出会ったことが始まりだったの」

 

 ムサシさんは、昔を思い出すように私に教えてくれた。

 ヤマトさんとムサシさんがメンタルモデルを作ったのは、その千早翔像さんという人と意思の疎通を図るためだった。

 人類側の艦隊で潜水艦の艦長をしていた千早さんは、二人と対話することで霧との戦いを終わらせ、共存の道を探りたいと思っていたらしい。

 最初は二人とも戸惑ったけど、交流を通して仲良くなっていき、特にヤマトさんは千早さんの考えに賛同していくようになったという。

 でもムサシさんは、ヤマトさんの行動がアドミラリティ・コードに反するものだと思い、徐々に危機感を覚えていった。

 

 ムサシ

「でもお父様が私たち二人の事を姉妹として認めてくれたの。そして、我々は家族なんだって。そう言われた時から、私もお父様に歩み寄ろうとしていたの」

 

 ムサシさんの顔が少し赤くなっているようだった。

 きっと、ムサシさんは千早さんのことが好きだったのね。

 すると突然、ムサシさんの表情が急に暗くなり悲しそうな顔になってしまった。

 

 ムサシ

「でも、それはすぐに終わってしまった。あの日、お父様が殺されたことで」

 

 黒木

「え!?」

 

 千早さんの霧との共存を目指す考えは、彼の部下の人たちには受け入れられなかったらしい。

 そして千早さんは、ヤマトさんとムサシさんのいる目の前で部下に銃で撃たれて亡くなった。

 

 ムサシ

「その後のことは、よく覚えていないわ…… 気が付いたら、お父様を殺した奴らを私はみんな殺して、彼らが乗っていた艦を砲撃で沈めていたの!」

 

 ムサシさんはすごく辛そうに、吐き出すように私に言ってきた。

 その時の彼女の気持ちなんて、私には想像できなかった。

 でも、きっと耐えられないほど辛かったんだろう。

 

 そこから、ヤマトさんとムサシさんの関係は悪化していった。

 千早さんを殺されたことで人間を憎むようになったムサシさんは海洋封鎖を強行するようになり、一方のヤマトさんは千早さんの遺志を継いで人類との共存を進ようとしていた。

 次第に二人の距離はどんどん離れていってしまった。

 

 ムサシ

「そして、あの大海戦が行われる前日、私とヤマトは直接対決することになったの」

 

 そんな、二人で直接ってそれって……

 

 ムサシ

「私は自分の艦隊を率いて、ヤマトに対して集中攻撃をしかけた。一方、ヤマトはたった一隻で、こちらには一切攻撃をしてこなかったの。私は無抵抗のヤマトにひたすら攻撃していった。そして、私は、私は……っつ!!」

 

 黒木

「ム、ムサシさん! 無理しないで」

 

 ムサシ

「いいのっ、ちゃんと、言う。私は、ヤマトを、沈めたの! 私が、殺しちゃったの!!」

 

 ムサシさんは、涙を流しながら言い放った。

 その姿は普段の妖艶な雰囲気などない、見た目通りの一人の小さな子供だった。

 

 ムサシ

「それから後のことは、ヤマトがこの前教えた通り。だから本当は、ヤマトは何も悪くないの。人類を追い詰めたのも、苦しめたのも、全部私だったの。でも、ヤマトは優しいから、私を庇って自分が悪いって言った。だから、このことを隠していたヤマトを嫌いにならないであげて! 全部、私のせいなの……」

 

 黒木

「ムサシさん……」

 

 ムサシ

「それに私、ヒロミのこと、疑ってしまったの。ヒロミがお父様を殺した奴らみたいに、アケノに何かするんじゃないかって」

 

 え!?

 突然私のことを持ち出してきたので、思わずびっくりしてしまった。

 

 ムサシ

「私、アケノに海の仲間は家族って言われた時、彼女にお父様の姿を重ねるようになったの。でも、ヒロミがアケノに不満があるって聞いて、すごく不安になった。そして、さっきアケノと何かあったって聞いて、いてもたってもいられなくなった」

 

 そうか、だからあの時、岬さんのことをどう思っているのか聞いてきたのか。

 ムサシさんは、岬さんが千早さんと同じ目に合うんじゃないかって不安だったんだ。

 

 ムサシ

「私、みんなと出会ってまだ四日しか経ってないけど、みんなのことが好きになっていたって気づいたの。だから、ヒロミがあいつらみたいなことするはずがないってわかっていた。でも、疑いは消えなかった。それに、ずっとヤマトに甘えてみんなに自分のことを隠してた。話してしまったら、みんなに嫌われるんじゃないかって。私、最低よね。ごめんなさい、ヒロミ、みんな……」

 

 涙を流して私に謝ってきたムサシさん。

 そうか、この子はずっと苦しかったんだ。

 ヤマトさんを沈めてしまったこと、私を疑ってしまったこと、そして今まで自分のことを隠していたこと、その全部を告白して私に謝ってくれているんだ。

 彼女の言葉に対して、私がしてあげることはもう決まっていた。

 

 黒木

「ムサシさん、ありがとう」

 

 ムサシ

「え?」

 

 私はムサシさんの小さな体を抱き寄せた。

 ムサシさんは突然のことで、何が起こっているのか理解できていないようだった。

 

 黒木

「とても辛いことだったのに、私に話してくれてありがとう。そんなことがあったんじゃ、私のことを疑ってしまうのは仕方ないもの。だから、私はムサシさんのこと、許してあげる。だって、私もムサシさんのこと、好きだもん」

 

 ムサシ

「ヒロミ……、ヒロミぃ」

 

 ムサシさんは私に身を寄せて泣いていた。

 私はムサシさんが泣き止むまで、そっと頭をなでてあげた。

 

 

 

 黒木

「ムサシさん、落ち着いた?」

 

 ムサシ

「ええ、ごめんなさい。とても見苦しい姿を見せてしまったわね」

 

 よかった、いつものムサシさんの調子に戻ってくれたみたい。

 でも、さっきまでの泣いている姿のムサシさんも結構可愛かったな、っていうのは内緒だ。

 

 ムサシ

「ねぇヒロミ、さっき私が話した事なんだけど……」

 

 黒木

「うん、みんなには内緒にしておくよ」

 

 ムサシ

「ありがとう。でも、いつかみんなに話すから」

 

 黒木

「じゃあ、それまでは私とムサシさんだけの秘密ってことね」

 

 ムサシ

「フフッ、そうね」

 

 私とムサシさんはお互いの胸の内を明かして、さらに仲が良くなったように思う。

 今ムサシさんと一緒にいると、なんだかとても落ち着く。

 それにやっぱりムサシさんとても可愛いし、ずっと抱いていたいって気持ちになってしまう。

 って、私ったら何考えているのかしら。

 

 ムサシ

「ねえ、ヒロミ?」

 

 黒木

「え!? な、何、ムサシさん」

 

 ムサシ

「ええと、その「ムサシさん」って呼び方、やめてほしいの。なんだか他人行儀みたいで」

 

 ムサシさんから意外な提案がきた。

 確かにせっかく仲良くなったんだし、さん付けはちょっと距離を感じてしまうわね。

 

 黒木

「じゃあ、ムサシ、でいいかな?」

 

 ムサシ

「うん、それがいい」

 

 黒木

「じゃあ、私のことも、クロ、って呼んでよ。仲のいい人はみんなそうやって呼ぶから」

 

 ムサシ

「わかったわ、ク、クロ?」

 

 黒木

「ええ、ムサシ!」

 

 私は思わずムサシに抱き着いた。

 ヤマトさんがムサシを可愛がって抱き着いちゃう気持ち、今だとすっごくわかる。

 今度、ヤマトさんにムサシのことをいっぱい聞いちゃおうかな。

 もちろん、ムサシに内緒でね。

 

 ムサシ

「そ、それよりもクロ? アケノのとこに行かなくていいの?」

 

 黒木

「あ、そうだったわ。ていうか、艦橋に行こうとしていた私をここに連れてきたのムサシじゃない」

 

 ムサシ

「あら、そうだったわ」

 

 私たちは笑い合った。

 あぁ、ムサシと仲良くなれて本当によかったな。

 

 ムサシ

「じゃあ、私も一緒に行っていい?」

 

 黒木

「ええ、一緒に行こう、ムサシ」

 

 私とムサシは教室を出て、岬さんのいる艦橋へと向かった。

 

 さっき、ムサシは自分の過去はいつか晴風のみんなに明かすと言っていたけど、本当はこのままみんなには明かさないでほしいと思っている。

 だって、私だけが知っているムサシの秘密なんだもん。

 ずっと私だけの秘密にしたいって思っていることだけは、私はムサシに明かさなかった。

 




第七話、いかがだったでしょうか?

ムサシの成長に大きく関わる話なので、うまく表現できてるか不安です。

今回、クロちゃんをピックアップしてみました。
アニメ本編だとツンツンしたイメージが強い子ですけど、漫画版とかいんたーばる読んでいるとすごくかわいい一面持ってる子なんですよね。
実際、今回の話書くために色々見てると、どんどんクロちゃん好きになってました。

晴風メンバーで誰をムサシと特に仲良くさせるか考えた時、艦橋組を除いて候補として出たのが、マロンちゃんとクロちゃんでした。
で、ミケちゃんとの関係性もあり、クロちゃんが晴れて選ばれて、今回の話になりました。
今後はムサシはクロちゃんと一緒にいることも多くなっていく予定です。

次回、第八話はミケちゃんとクロちゃんの仲直り、そして例の黒幕がまた出てくる!?

次回も読んでいただけると嬉しいです。


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第八話 故障でピンチ!

おまたせいたしました!
第八話でございます。

先週長めの本編2本と誕生日記念の特別編2本をアップして疲れたのか、今週は少々筆の進みが遅くなってしまいました・o・;

今回も前回に引き続きアニメ6話のお話
クロちゃんがミケちゃんに謝りに行くところからスタートです。

それでは、どうぞ!


 2016年4月14日午後9時

 

 -ムサシside.-

 

 クロとの話を終えた私は、クロと一緒にアケノのいる艦橋に向かっている。

 

 先ほどクロに自分の過去と胸の内を話した時、感情的になって思わず大泣きをしてしまったことが、今になってすごく恥ずかしくなってきた。

 でもクロは私のことを許してくれて、受け入れてくれた。

 そのことが私にはとても嬉しかった。

 おかげで今では、クロとは晴風のみんなの中で特に仲が良くなったように思う。

 今はまだクロにしか明かしていない私の過去、いずれはみんなにも言うことになるだろう。

 でも、ちゃんと正直に言えばきっとみんなにも許してもらえる、そう思えるようになった。

 クロには本当に感謝しないといけないわね。

 

 そんなことを考えているうちに、私たちは艦橋への階段を上り終えていた。

 クロの顔を見上げると、少し難しい様子の顔をしていた。

 いざアケノと面と向かって話すとなって、緊張してしまったようだ。

 私はそんなクロの手をそっと握ってあげた。

 

 黒木

「ムサシ?」

 

 ムサシ

「大丈夫よ。アケノはちょっと言われたくらいでクロを避けたりするような人じゃないわ。だから、ちゃんと謝って仲直りしましょう?」

 

 黒木

「ムサシ……、そうだよね、ありがとう」

 

 クロの顔から緊張した様子はなくなった。

 クロが意を決し、艦橋の中へ入ろうとした。

 その時、

 

 岬

「みんな、ごめんなさい!」

 

 艦橋の中から、アケノが艦橋にいる子たちに謝っている姿が見えた。

 私とクロは何が起きているのかわからず、艦橋の入口付近から様子を伺うことにした。

 

 岬

「私、あの時もかちゃんのことで頭がいっぱいになっちゃって、他のことを全然考えていなかった。シロちゃんがあんなに一生懸命私を止めてくれようとしてくれたのに、全然耳に入ってなかった……」

 

 宗谷

「艦長……」

 

 岬

「ムサシちゃんが止めてくれなかったら、晴風のみんなを危険な目に合わせていたかもしれない。それなのに、私はもかちゃんのことばかりで、晴風のことを考えもしなかった。今のままじゃ、海の仲間は家族なんて言えないよね。晴風の艦長、失格だよね」

 

 暴走する武蔵を前にして、焦って艦から飛び出そうとしたことをアケノは心底後悔している様子だった。

 自分がしてしまった失敗、寸前で思いとどまることができたとはいえ、アケノにとっては重くのしかかっていたようだ。

 私の横にいるクロは、すごく心配した様子でアケノを見ていた。

 

 岬

「でも、今日のことでようやく気付くことができたの。今までは艦長の私一人が頑張ればみんなを守れるって思ってた。でも、そうじゃない。ムサシちゃんが言っていた通り、一人じゃどうしようもないことだってある。でも、みんなと一緒なら乗り越えることができるんだって。」

 

 宗谷

「!」

 

 黒木

「……」

 

 岬

「だから、これからはみんなと一緒に頑張りたい! まだまだ未熟で、全然ダメな艦長だけど、もっと艦長らしくなれるように頑張るから。もう一度、みんなの力を貸してください!」

 

 アケノは艦橋にいるみんなに、いや晴風にいるみんなに対して大きく頭を下げた。

 しばしの静寂が流れる。

 みんなは、どうするんだろう?

 すると、クロが艦橋の中に入っていき、アケノの前に立った。

 隣に居るマシロと一度顔を合わせると、アケノに話しかける。

 

 黒木

「岬さん、頭をあげて」

 

 岬

「え? クロ、ちゃん?」

 

 先ほどまでいなかったクロが目の前に現れたことで、アケノは少し驚いていた。

 

 黒木

「私も、さっきは岬さんに色々言っちゃって、ごめんなさい。ちょっと、自分勝手すぎたよね」

 

 岬

「そ、そんなことないよ。クロちゃんや機関科のみんなにはずっと苦労させちゃったし、それに飛び出して迷惑かけちゃったから」

 

 すると、クロはアケノをしっかり見つめた。

 

 黒木

「岬さん、私もさっきまでムサシと話をしていて、その時に気づいたの。私は岬さんに自分の理想を押し付けていたんだって。ずっと宗谷さんばかり見てて、岬さんのことを全然考えていなかった。だから、これからはちゃんと岬さんを、艦長のことを見て、そして支えてきたい」

 

 岬

「クロちゃん……」

 

 黒木

「未熟なのは私も同じ。だから、これから一緒に頑張ろう。私だけじゃない、晴風のみんなと一緒に、ね?」

 

 話し終えると、クロはアケノに手を差しだした。

 アケノはすぐにクロの手を握り返した。

 

 岬

「ありがとう、クロちゃん」

 

 すると、二人の握り合った手の上に、マシロが自分の手を重ねてきた。

 それに続かんと、メイ、シマ、リン、コウコ、ミーナも手を差し出す。

 

 宗谷

「艦長、私も先ほどはつい熱くなってしまいました。正直言いすぎたと思ってます。でも、もうあんな無茶はしないでくださいね」

 

 西崎

「そうそう、これからはみんなで頑張ろうよ! そうだよね、タマ?」

 

 立石

「うぃ!」

 

 知床

「私も、もう逃げないよ。岬さん、みんなと一緒に進んでいこうよ」

 

 納沙

「そうですよ。私だって、今まで以上に頑張っちゃいますよ!」

 

 ミーナ

「ワシもやるぞ。今は晴風の客員じゃからな」

 

 岬

「みんな……、ありがとう!」

 

 ようやくアケノに笑顔が戻ってきた。

 その様子をヒデコ、マユミ、そしてリンに代わって操舵をしているサトコ(勝田聡子)が微笑ましそうに見ていた。

 

 勝田

「これで、一件落着ぞな!」

 

 山下

「そうだねー。みんな仲直りできてよかったよ」

 

 内田

「うん。よーし、私たちも頑張らなきゃ!」

 

 艦橋内にとても暖かい空気が流れている。

 私もあの時、ヤマトとちゃんと向き合って胸の内を話すことができれば、こんなふうになれたのかな。

 あんなことをしなくてもよかったかもしれない。

 そう考えてしまうと、少し悔しかった。

 私はしばらく、艦橋の入り口からみんなの様子を見守っていた。

 

 

 

 すると突然、艦橋の下からドタドタと足音を立てて階段を上がってくる音がした。

 私の近くにある扉が開くと、そこにはツグミ、メグミ、カエデ(万里小路楓)の三人の姿があった。

 

 宇田

「か、艦長! 大変だよ!」

 

 メグミが大きな声でアケノに訴えてきた。

 先ほどまでの空気は一気に霧散し、みんなの注目がメグミに集まる。

 

 岬

「どうしたの、めぐちゃん? 下でなにかあったの?」

 

 宇田

「それが、電探の様子がまた突然おかしくなっちゃって、何も検知できなくなっちゃったの」

 

 八木

「通信の方もダメ。全然通じなくなっちゃった」

 

 万里小路

「ソナーもノイズがひどくて、聴音機も水中の音が全く聞き取れなくなってしまいました」

 

 三人がそれぞれ、自分の担当する装置の不調を訴えてきた。

 同時に三つの装置が動かなくなるなんて、こんなことはあるのだろうか。

 すると、私の存在に気付いたマシロが若干の疑惑の目を向けてきていた。

 

 宗谷

「まさかとは思いますが、ムサシさんのせいじゃないですよね?」

 

 私は晴風と初めて遭遇した際、広域ジャミングを使って通信妨害をしていた。

 おそらく、その時と状況が酷似しているため、私を疑っているのだろう。

 

 ムサシ

「残念だけど、今回は私じゃないわ。私の艦は今海中にあるから、その状態では広域ジャミングは使用できないの」

 

 私が説明すると、マシロは納得してくれたようだ。

 

 西崎

「でもさ、ムサシちゃんのせいじゃないとすると、何が原因なのさ? 3つ同時に故障なんて普通あり得ないだろうし」

 

 納沙

「そうですね。電子機器が全部ダメになっているようですし、他の装置も心配ですね」

 

 艦橋内にいるみんながどうしたものかと、頭を悩ませていた。

 しかし、私だけは違った。

 

 ムサシ

「私、原因に思い当たるものがあるわ」

 

 私の発言にみんなの注目が私に向けられる。

 

 岬

「本当なの? ムサシちゃん」

 

 ムサシ

「ええ。ただ、今3つの装置が動かない原因になっているものは、私が知っているものとは別の存在だと思うの。だから、ちゃんと艦内を探さないといけないわ」

 

 私の言葉にみんなはよくわからないという様子だった。

 

 ミーナ

「すまん、ムサシ。もうちょっとわかりやすく言うてくれんか?」

 

 ムサシ

「ごめんなさい、少しわかりにくい説明だったわね。原因はおそらく、以前シマが持っていたあのネズミのような生き物よ」

 

 立石

「え?」

 

 西崎

「あのハムスターみたいなやつ? そういえばあの子って今どこにいるの?」

 

 ムサシ

「今はミナミが医務室で預かっているわ。そしてヤマトと私も協力して、そいつについて調べているの。でも、今電子機器がおかしくなるってことは、そいつ以外の別の同種族が晴風に紛れ込んだ可能性が高いってことよ」

 

 私の説明でみんなは事態を飲み込めたようだ。

 だが、現状ではあの生き物が何匹紛れ込んでいるのかわからない。

 

 宗谷

「艦長、このままでは他の装置も故障してしまう可能性があります。一度艦内を総点検して確認するべきかと」

 

 岬

「うん、そうだね。シロちゃん、ココちゃん、ミーちゃんはみんなにネズミっぽい子がいないか探すように連絡回してくれるかな?」

 

 納沙

「了解です!」

 

 宗谷

「わかりました」

 

 ミーナ

「任せておけ!」

 

 岬

「リンちゃん、メイちゃん、サトちゃん、しゅうちゃん、まゆちゃんは艦橋で待機。周囲を警戒しつつ、ネズミっぽい子を見つけたら捕まえて。タマちゃん、つぐちゃん、めぐちゃん、万里小路さん、そしてムサシちゃんは私と一緒に艦橋下を中心に艦内捜索を手伝ってもらえるかな?」

 

 黒木

「艦長、私は機関室に戻ってマロンたちに機関室内を探すように伝えてくる」

 

 岬

「クロちゃん、お願いね」

 

 アケノの指示でみんながそれぞれ動き出した。

 その様子を見て、やっぱりアケノは晴風の艦長なんだと改めて思った。

 きっとアケノならみんなと一緒に上手くやっていける。

 私はそう感じた。

 

 

 

 アケノたちと艦内を捜索することになった私は、艦橋下から艦尾に向かってあの生き物を探している。

 先頭には二本の金属棒を手にしたツグミが、左右に身を振りながら探索している。

 メグミに聞いたところ、ツグミはダウジングでモノを探すことが得意らしく、今回もそれで生き物を探してみようと思い立ったらしい。

 

 万里小路

「でも、それでおわかりになりますの?」

 

 カエデがツグミに質問するのも無理はない。

 ダウジングとはそもそも水脈や鉱脈を探す手段であり、そのほとんどがオカルトめいた話しか存在しないというものだ。

 正直、私にはこれで探せるとは思えない。

 そして、私にはもう一つ気になっていることがあった。

 

 ムサシ

「ねぇ、シマ? その腕の子はなんで連れてきたの?」

 

 立石

「うぃ?」

 

 シマの腕には、この晴風になぜかいる猫の五十六が抱えられていた。

 なんでもこのデカい猫、晴風の大艦長と階級上はアケノより上という存在にされているらしい。

 

 岬

「あ、五十六はね、最初にあのネズミを捕まえてきたんだって。だから、今回も役に立つかもと思って」

 

 ムサシ

「なるほど。猫はネズミ取りによく使われる手段ってやつね」

 

 あいつを最初に捕まえたのは五十六だったのね。

 デカい身体をしていて、意外と動けるやつなのかもしれないわね。

 

 すると、ツグミのダウジングが何かに反応を示したようだ。

 

 八木

「あ、こっち!」

 

 宇田

「え? うそ、見つかったの!?」

 

 まさか、本当に見つかった?

 私たちはツグミのダウジングの示した方向へ進んでいく。

 すると、ダウジングの棒はある部屋の前を示していた。

 

 岬

「医務室?」

 

 そう、医務室だった。

 メグミとカエデがそっと医務室の扉を開けた。

 するとそこには、暗い部屋の中でメスを持ったミナミが妖しい笑みを浮かべて立っていた。

 

 宇田

「うぎゃあああああああ!!??」

 

 万里小路

「あらあら、お化けですわ」

 

 メグミの反応はわかるが、カエデ、あなたのその反応はよくわからないわ。

 日本の東海地方で絶大な力を持つ財閥の経営者一家のご息女ということは情報で知っているが、そういう身分の人ってカエデみたいな人ばかりなのかしら?

 

 岬

「あれは美波さんだから……」

 

 さすがのアケノもカエデの反応はよくわからなかったみたい。

 すると、ミナミの横からもう一人の人影が現れた。

 

 ヤマト

「あら? ムサシに明乃さんたちじゃない。どうしたの?」

 

 もう一人の影の正体、ヤマトが私たちに尋ねてきた。

 そういえば、私と別れた後、医務室へ行っていたわね。

 

 ムサシ

「実はね――」

 

 私がヤマトの問いに答えようとした時、足元を何か小さなものが通過したのを感じた。

 ミナミとヤマトもそれに気づいたらしく、私たちは一斉に足元に視線を移した。

 そこには色違いではあるが、あの生き物がいた。

 

 すると突然、

 

 五十六

「ぬぅおぅ!!」

 

 シマの腕にいた五十六が猫らしからぬ声をあげて、生き物に向かって飛びかかった。

 生き物は危険を察知して五十六の襲撃を回避、そのまま医務室を出て逃げていった。

 五十六も負けまいと素早い動きで生き物の後を追っていった。

 本当にあの身体であんなに動けたのね。

 

 岬

「ああ!? 待ってよ、五十六ー!」

 

 アケノたちは突然飛び出していった五十六を追って医務室から一斉に出て行ってしまった。

 残されたのは、私とミナミ、ヤマトの三人だけとなった。

 

 鏑木

「さっきのは、色が違ったがこいつの同類か?」

 

 ミナミは今まさに解剖されそうになっていた生き物を、手にしたメスで指し示しながら言った。

 

 ムサシ

「そうね。ここへ来たのは、艦橋下の電子機器類が一斉におかしくなっちゃったから、原因がそいつの同類じゃないかと思ったの。で、さっきのやつがここにいると思って入ってきたのよ」

 

 ヤマト

「そうだったの。でも、逃げて行っちゃったわね」

 

 私が問いに答えると、ヤマトも納得してくれた。

 しかし、ここでまた私は別のことが気になってしまった。

 

 ムサシ

「ところでヤマト? その恰好はどうしたのよ?」

 

 ヤマト

「あ、これ? 美波さんに教えてもらって作ってみたの。どうかな? お医者様って感じになっているでしょ」

 

 ヤマトは白いブラウスに茶色のミニスカート、その上に白衣を纏ったまさに女医さんという格好をしている。

 しかも眼鏡まで完備している。

 

 ムサシ

「まぁ、いいんじゃないの?」

 

 私はそっけなく返しておいた。

 ヤマトはショッピングモールでの買い足しの一件で、服装に興味を持ったらしく、時間があれば人類の服飾史を調べている。

 今のところ、私にはあれこれ着せたいって話をしてこないが、いずれしてきそうでもうすでに不安だ。

 

 鏑木

「しかし、こいつの同類がまだ艦内に紛れていたとはな。しかもそいつの生体電流が放つ電磁波で電子機器がやられてしまうとは、驚愕に値する」

 

 ヤマト

「そうね。とりあえず、明乃さん達を追いましょう。あの生き物に直接触れると大変なことになってしまうわ」

 

 ムサシ

「そうね、行きましょう」

 

 私たちは医務室から出て、アケノたちを追った。

 

 甲板に出てみると、すでに五十六が生き物を捕まえていた。

 生き物は捕まえられたことで弱ったのか、ぐったりした様子だった。

 その周りにはアケノ、シマ、マシロ、コウコ、ミーナがいる。

 すると、アケノがその生き物に触れようとしていた。

 

 鏑木

「触るな。そいつに直接触れないでくれ」

 

 岬

「え?」

 

 ミナミが咄嗟にアケノに忠告したおかげで、直接の接触は避けられた。

 すると、伝声管越しに声が聞こえてきた。

 

 八木

「艦長、通信復活しました!」

 

 宇田

「電探も復活したよ。これで何でも見える!」

 

 万里小路

「ソナーと聴音機も問題なくなりました。水中の音がよく聞こえます」

 

 持ち場に戻っていたツグミたちからの装置復旧の報告だった。

 やはり、この生き物の生体電流による電磁波が原因だったようね。

 

 岬

「ほんとに原因ってこの子だったんだ」

 

 宗谷

「信じられませんが、そのようですね」

 

 アケノたちも驚いているようだ。

 こんな小さな生き物が原因だとは普通気が付かないでしょうね。

 

 鏑木

「艦長、少しいいか?」

 

 すると、ミナミがアケノたちに話しかけてきた。

 

 鏑木

「私とヤマトさん達でそいつについて調べて、色々とわかったことがある。だから、一度みんなを集めて報告がしたい」

 

 ミナミはこの生き物について、晴風のみんなに報告するつもりのようだ。

 確かに、この生き物は危険だし、今この海で起きている現象にも関係あることだと思うから、ちゃんとみんなに説明する必要があるわね。

 

 岬

「わかったよ、美波さん。とりあえずもう夜も遅くなってきたから、明日の朝にどこかの島に停泊して、そこでみんなに報告でいいかな?」

 

 鏑木

「心得た。それで問題ない」

 

 アケノの提案をミナミは二つ返事で許可した。

 

 岬

「ココちゃん、この付近で停泊できそうな島を探してルートを出しておいて。

 それじゃ、みんな一度持ち場に戻ってね」

 

 アケノの指示でこの場は一度解散となった。

 

 私たちが偶然見つけたこの生き物は見た目とは裏腹に、想像以上に厄介な存在だ。

 でもようやく、今起きていることの謎の多くが解けたと思う。

 私は、明日の報告に向けて今一度情報の整理をするべく、ミナミ、ヤマトとともに医務室へ戻っていった。

 




第八話、いかがだったでしょうか?

アニメだとミケちゃんとシロちゃんが余所余所しくなる展開ですが、本作ではクロちゃん含めてここで一致団結させました。
やっぱりみんな仲良くしてほしいですもんね!
(この後の展開が書きづらくなるから、っていうのは内緒……)

次回、第九話は、美波ちゃん+ヤマトさん+ムサシさんの超すごい研究チームから語られる黒幕ネズミの真実!
ひさしぶりの説明回になりそうです ^^;
アニメ通りならこの後、機雷でピンチ!、になるのですが、本作では回避しちゃいます。
(あの話はなぜあったのか未だによくわからんw

次回も読んでいただけると嬉しいです。


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第九話 ウイルスでピンチ!

お待たせいたしました。
第九話でございます。

土日はシン・ゴジラをIMAXで見て大興奮の主ですw
おかげで執筆がおろそかになりかけましたが、なんとか書いたぞ!

今回は、アニメ6話と7話の間でのオリジナル展開。
見どころは、みなみちゃんがめっちゃしゃべるぞな!
パーフェクト天才少女、みなみちゃんのターン!

それでは、どうぞ!


 2016年4月15日午前8時

 

 -明乃side.-

 

 私たちの乗る晴風は、現在北マリアナ諸島内にある小島の湾内で錨を降ろして停泊している。

 昨夜に起こった晴風艦内の電子機器が一斉に故障した事件。

 その原因となったネズミのような生き物について、美波さんからクラスのみんなに説明をしたいというお願いを受けて、私はこの小島に艦を泊めることにした。

 今はみんなの朝食が終わり、教室に全員を集め終わったところだ。

 教壇には私とシロちゃん、ココちゃんの三人が立ち、みんなが私の言葉を待っていた。

 

 岬

「みんな、昨日は艦内の総点検に協力してくれてありがとう。早速だけど、各担当から点検の結果の報告をお願いします」

 

 私はココちゃんに視線を送り、次へ進めるよう促した。

 

 納沙

「えー、では砲雷科、航海科、機関科、主計科の順に代表者から報告してください」

 

 ココちゃんがみんなに指示する。

 まずは砲雷科の代表でひかりちゃんとりっちゃんが席を立った。

 

 小笠原

「主砲三基の旋回、装填、発射の各装置に問題なかったよ。あと、射撃指揮所を含めて捜索したけど、ネズミみたいなのなんていなかったよ」

 

 松永

「魚雷発射管も一番、二番ともに異常なしでーす。あのネズミも見つからなかったよ」

 

 まずは主砲と魚雷に異常がなかったことにほっとした。

 特に主砲は、この前長10cm砲に換装したばかりだから、いきなり壊しては提供してくれた明石に申し訳が立たないところだったよ。

 次は昨日、装置故障が発生した航海科からめぐちゃんが答えた。

 

 宇田

「えーと、昨夜に電探と通信、そして砲雷科の方だけど水測が一時故障したけど、復帰後は特に問題なしです。ネズミもあの時捕まった子以外は確認できなかったよ」

 

 よかった、原因であったあの子が捕まってからは特に問題なさそうだね。

 次は機関科、機関長のマロンちゃんと美化委員長のヒメちゃんが席を立った。

 

 柳原

「クロちゃんから話聞いて、機関組全員で操作室とかエンジンルームとか全部調べたけど、特に問題なし。ネズミなんて一匹も見つからなかったぞ」

 

 和住

「こっちはモモと一緒に倉庫の中を確認したけど、ネズミなんていなかったよ」

 

 機関室も倉庫も問題なしだね。

 艦の中枢である機関がダメになったら、もうどうしようもなくなるところだったけど、何もなくてよかった。

 最後は主計科、ミミちゃんからの報告だね。

 

 等松

「私たちはミカンちゃんたちのいる調理場を中心に確認したけど、壊れたところも100%ないし、ネズミもいなかったよ。付近の廊下にもね」

 

 一通りの報告が終わった。

 ココちゃんがタブレットに報告内容を記入していく。

 とりあえず、今のところ故障個所もなく、ネズミもあの子以外にはいないみたいだね。

 私も含めて、クラスのみんなも安心した様子だ。

 

 宗谷

「みんな、報告ありがとう。それで、ここからが本題なんだが」

 

 シロちゃんがいよいよ切り出してきた。

 すると、教室の後ろの方で座っていた美波さん、ヤマトさん、ムサシちゃんの三人が立ち上がり、教壇に上がってきた。

 

 宗谷

「これから鏑木さん達から例のネズミについて調査結果を報告してもらう。今後の我々の行動に大きく影響する内容であるそうなので、よく聞いておいてほしい」

 

 シロちゃんが話し終えると、教室内にピリッとした緊張感が張りつめていた。

 そして、美波さん達が教壇の真ん中に立った。

 

 鏑木

「みんな、今日は私の呼びかけに応じてくれて感謝する。早速これからこのネズミもどきについて話をさせてもらうぞ」

 

 すると美波さんは厳重に閉じられたケースを教壇の机の上に置いた。

 中には昨日五十六が捕まえたあの子が入っていた。

 

 ヤマト

「話の途中でわからないことがあったら、遠慮なく質問してね」

 

 ヤマトさんが促すと、早速誰かひとりが手を挙げた。

 晴風の美化委員を務めるモモちゃんだ。

 

 青木

「早速なんすけど、さっきの「ネズミもどき」ってどういうことっすか? 今そこにいるやつはどうみてもネズミっすよね?」

 

 確かに、昨日のムサシちゃんや美波さんはネズミとは断言していなかった。

 何か違うのだろうか?

 

 鏑木

「ではそこから話そうか。この生物の遺伝子構造を調べた結果、普通のネズミの持つものとはいくつかの違いが認められた。だから私はこいつを「ネズミもどき」と呼称している」

 

 遺伝子までもう調べているなんて、さすがは美波さんだね。

 

 鏑木

「そして、同時に厄介なこともわかった。こいつは人為的に遺伝子を操作して生まれた存在、つまり人工的に生み出された生き物ということだ」

 

 教室内のみんなは驚きの表情を隠せない様子だ。

 この子が人の手によって作られた生き物だったなんて、誰も予想していなかった。

 

 鏑木

「どこの誰がこんなものを作ったのかはわからんが、問題はこいつが持つ二つの厄介な特性だ」

 

 きっとここからが美波さんがみんなに伝えたいことなんだろう。

 みんなもそれを察して、静かに美波さんの言葉を待っている。

 

 鏑木

「まず一つ目が、こいつが非常に感染力の高いウイルスを保有していることだ。ウイルスは体内だけじゃなく体表面にも存在していて、肌に触れるだけで簡単に感染してしまう。しかもこいつは感染から発症までの潜伏期間が非常に短い。そして、砲術長の血液から同じウイルスが検出されている。だから、先日砲術長が暴れたのはこのウイルスによる影響が高いと私は考えている」

 

 立石

「うぃ……」

 

 タマちゃんが隣に座るメイちゃんのパーカーの裾を掴んでおびえた表情になっている。

 

 西崎

「待って待って! それじゃあ今のタマは大丈夫なの?」

 

 メイちゃんが手を挙げて、美波さんに問い詰めてきた。

 もしかしたら、またタマちゃんが暴れちゃう可能性がある。

 そうなったら、今度は大丈夫なのかな?

 

 鏑木

「安心してくれ水雷長。その心配はない。どうやらこのウイルスは海水に触れることで急激に力を弱める性質があるようだ。砲術長が暴れた時、一度海に落ちただろう? その時に弱まったおかげで、免疫によって排除されたようだ。今は砲術長の暴走の心配はない」

 

 西崎

「よ、よかった~ タマ、よかったよ~」

 

 立石

「あ、ありがと、メイ」

 

 メイちゃんがタマちゃんの手をしっかり握って安堵の表情を浮かべている。

 一方タマちゃんはメイちゃんが心配してくれたせいか、少し嬉しそうな表情をしている。

 でもよかった、もう心配はなさそうだね。

 

 鏑木

「では続けるぞ。このウイルスは感染の初期段階では海水によって力を弱めることができる。だが、時間がたって体内でウイルスが増殖、体内環境に適応すると、海水は有効な手段ではなくなる。だから艦長、今後このネズミもどきに触れてしまった際の対策として、艦内に海水で洗浄できる場所を常備することを提案する」

 

 美波さんは私に対して、ウイルス対策案を提案してきた。

 

 岬

「そうだね。早めに準備しておかないといけないね。ヒメちゃん、モモちゃん、この話が終わったら、何か大きな容器に海水を入れて医務室近くに置いておくよう準備しておいてね」

 

 和住

「わかりました!」

 

 青木

「了解っす!」

 

 私はヒメちゃんとモモちゃんに指示を出した。

 これで、ウイルスについてはなんとかなりそうだね。

 

 杵崎ほ

「あ、あの~、私たちから」

 

 杵崎あ

「質問いいですか?」

 

 すると、ほっちゃん(杵崎ほまれ)とあっちゃん(杵崎あかね)の双子姉妹が質問をしてきた。

 

 杵崎ほ

「そのウイルスって食べ物からも感染しちゃうんですか?」

 

 杵崎あ

「毎回食材を海水に漬けてからってなると、食事の質に問題がでちゃうんだけど」

 

 それは、大問題だ。

 せっかく二人とミカンちゃんがおいしく作ってくれる食事が、おいしくなくなっちゃうのは困る。

 

 鏑木

「それも大丈夫だ。確かに食べ物にウイルスが付着してもしばらくは生きている。だが、ウイルスが活発に活動するのは常温下に限られている。加熱処理さえしっかりやってくれれば、ウイルスは死滅する。だがサラダとかの生で提供するものについては、今後対策を考える必要があるな」

 

 杵崎ほ

「それなら安心だね。サラダとかは温野菜とかにしたら大丈夫そうだし」

 

 杵崎あ

「うんうん。ミカンちゃん、お話終わったら三人で献立の見直しやろうよ」

 

 伊良子

「うん、やろうやろう」

 

 早速炊事委員の三人で動いてくれるようだ。

 きっと三人なら、こんな時でもちゃんと安全でおいしいものを作ってくれるよね。

 

 鏑木

「一つ目の特性については以上だ。ここまでで他に何か聞いておきたいことはないか?」

 

 美波さんが一度確認を取ったが、ここで手を挙げる人はいなかった。

 ウイルスに関してはみんな理解できたみたい。

 

 鏑木

「では次の話に移ろう。もう一つこいつには厄介な問題があると言ったが、それはこいつの生体電流が放つ電磁波だ。この電磁波の影響で周囲にある電子機器に異常が出てしまうことがわかった。昨夜の艦内の電子機器故障の騒ぎ、原因はこいつだったというわけだ」

 

 美波さんがネズミの入っているケースを手の甲でコツコツと叩いた。

 

 鏑木

「この電磁波の影響に関しては、隣に居るヤマトさんとムサシさんのおかげで詳細なことがわかった。霧の艦隊というのは本当にすごいものだと改めて感心したぞ」

 

 ヤマト

「そんな、それなら私達だって医療に関しては今まで全く縁のない話だったから、ウイルスには気が付かなかったわ。お互いが力を合わせた結果よ」

 

 鏑木

「あぁ、その通りだな」

 

 今の二人の会話、なんだかとっても大切なことのような気がする。

 全く違う種族である人と霧の艦隊が手を取り合って、片方だけではできないことをやることができたんだ。

 これが初めてヤマトさん達と会った時に言っていた、人と霧の共存の大切な一歩なのかもしれない。

 

 すると、マロンちゃんが手を挙げて何か言いたそうな顔をしていた。

 

 柳原

「なぁ? 今そこにネズミもどきがいるけどよ、そのケースに入っていてもまた電子機器がおかしくなっちまうんじゃねぇのか?」

 

 マロンちゃんの言う通りだ。

 でも、あの三人が何も対策せずにここに連れてきているとは思えない。

 

 ヤマト

「それなら大丈夫よ、麻侖さん。このケースには私のナノマテリアルで電磁波を外へ通さないコーティングを施してあるわ。だから、施錠していれば電磁波が漏れることはないわ」

 

 柳原

「そうかい。それなら安心だな」

 

 マロンちゃんはヤマトさんの答えを聞いて、納得してくれたようだ。

 

 鏑木

「ナノマテリアルという素材は本当に興味が尽きない。陸に戻ったらぜひ研究させてほしいものだな。おっと、話が逸れてしまったな」

 

 美波さんは話をまたネズミのことに戻した。

 

 鏑木

「本来、生体電流というのは自律神経の作用を整えたり、傷の再生を活発にさせたりするなど、身体にとって重要な役割をしている。だがその大きさは微弱で身体の外へ漏れ出るようなことはありえないものだ。だがこいつの生体電流は異常なほどに大きい。だから、周囲にまで影響が出てしまうんだ」

 

 それってつまり、私たちが普段使っている腕時計や携帯電話なんかが持っているだけで壊れてしまうってことだよね。

 それは不便だなぁ。

 

 鏑木

「ここでさっき話した一つ目のウイルスとの関係性が出てくる。ウイルスに感染した者はネズミもどきの放つ電磁波の影響を受けて生体電流のパターンがネズミもどきと同じになってしまう。それと同時に意志の制御ができなくなる。そうなれば、この前の砲術長のようになってしまうわけだ。しかも影響を受けているのは意志の部分だから、記憶には残るという厄介なものだ」

 

 私はタマちゃんにチラッと目線を送ってみると、コクコクと頷き返してきた。

 美波さんが言っていることは間違いないようだ。

 

 鏑木

「以上が現時点でこのネズミもどきについてわかっていることだ。わからないことがある人は後で個別に私に聞いてくれ。では、次はムサシさんから話があるそうだ」

 

 美波さんがネズミの入ったケースを持って教壇の真ん中から移動すると、隣にいたムサシちゃんが入れ替わりで教壇の真ん中に立った。

 

 ムサシ

「じゃあ次は私からの報告ね。昨日私はアケノにお願いして、大型直教艦武蔵の状況調査を行ってきたわ。船体にスキャンを行った結果、武蔵の生徒31人全員の命の無事を確認、艦の方もわずかな損傷が認められる程度でほとんど無傷と言ってもいいわ」

 

 武蔵のみんなが無事であると聞いて、クラスのみんなもほっとした様子だ。

 でも、報告をしたムサシちゃんの表情はあまりいいものではなかった。

 

 ムサシ

「でもここからが問題。確かに命の無事は確認できたけど、そのうちの大半の子たちの生体電流に異常が見られたわ。全員の生体電流の波長が一致していて、電流値の大きさは通常時をはるかに上回っていた」

 

 先ほどまで安堵していたみんなの表情が、困惑のそれに変わっていた。

 でも、生体電流の異常ってさっき美波さんが話していたことだよね?

 それってつまり、

 

 ムサシ

「以上のことから、武蔵はこのネズミもどきに侵入されて、生徒の大半がウイルスに感染して意志の制御ができなくなっていると推測できるわ。それに厄介なのが、感染した全員の行動は、生体電流によって一つの方針に決められていると思われること。内容はおそらく、自分たち以外の存在の排除、といったところでしょうね」

 

 まだ推測とはいえ、ムサシちゃんから語られた武蔵の異常行動の理由。

 もしタマちゃんのウイルス感染があの時点で防げなかったら、晴風のみんなも武蔵と同じようになっていたかもしれない。

 そう考えると、恐ろしさで身が震えてしまう。

 

 ムサシ

「正直、状況はかなり厳しいわね。彼女たちの命を見捨てる選択肢がない以上、できることは暴走する武蔵の足を止めて、艦内に突入して一人一人助けていくしかない。でも、それが困難なことは昨日の東舞校の教員艦の苦戦をみればわかると思うわ」

 

 私たちは昨日、教員艦が武蔵相手に為すすべなく一方的にやられている姿を目撃している。

 直に見ていない人もいるが、すでに話を聞いているのかみんなの表情は暗くなってしまっている。

 

 ムサシ

「それにこの問題は武蔵に限った話じゃない。あなた達が実習初日に受けた教官艦さるしまからの砲撃、その後のアドミラル・シュペーとの戦闘、そして横須賀女子海洋学校の多くの艦船が行方不明になっている事件、今この海で起きているこれらの事件は、全てこのネズミもどきが引き起こした大規模災害と考えられるわ。おそらく、集合場所だった西之島新島近辺にネズミもどきを作った連中の何かがあって、そこから周囲にばら撒かれたのでしょうね。正直ひどい話よ」

 

 ムサシちゃんは、美波さんが抱えているケースを憎らしげに見ながら話した。

 私たちはたまたま遅刻をしたから難を逃れたが、さるしまに乗っていた古庄教官や、すでに集合場所に集まっていた他の同級生のみんなは巻き込まれてしまった。

 その場にたまたまいたせいで巻き込まれてしまうなんて、納得できないよ。

 

 すると、教室の後ろの方からミーちゃんが立ち上がった。

 

 ミーナ

「では、我が艦アドミラル・シュペーのみんなも、ウイルスでおかしくなってしまったということか?」

 

 ムサシ

「ええ。みんなから聞いたシュペーの話をまとめると、そう考えるのが妥当よ。ミーナ、シュペーから脱出する前にネズミを見たとか捕まえたっていう話はなかったかしら?」

 

 ミーナ

「いや、そういった報告は受けていない。みんなが突然言うことを聞かなくなって、そして晴風へ攻撃を始めたんじゃ。ワシは艦長、テアの指示で備え付けの小型艇でなんとかシュペーから脱出したが、テアはみんなを止めるために艦に残った。では今頃、テアも……」

 

 納沙

「ミーちゃん……」

 

 シュペーの艦長さんや仲間のことを思い、辛そうな表情をしているミーちゃんに、ココちゃんが前から移動して傍に立って心配している。

 大切な艦の仲間たちがこんなことになって、一人だけ助かっているのはきっととても辛いのだろう。

 

 みんなもあまりに規模の大きい話に圧倒されている。

 このまま私たちは何もできないの?

 武蔵にいるもかちゃんや同級生の子たち、そしてシュペーの人たち、みんなを助ける手段はもうないの?

 

 パンッ!!

 

 突如、教室内に大きな音が響いた。

 それはムサシちゃんが自分の手を叩いて鳴らしたものだった。

 

 ムサシ

「みんな、諦めるのは早いわよ。武蔵は確かにウイルスに感染しているけど、アケノの幼馴染で武蔵艦長の知名もえかを含む4人が奇跡的に感染していなかったの。今、その子たちは武蔵の艦橋で立て籠もっているわ。様子を見た限り、おそらく食糧と水は確保できていると思う。時間は限られるけど、まだ助け出すチャンスはあるはずよ」

 

 もかちゃんが私たちに向かって手を振っている姿を私は確かに見た。

 それを見てまだ助ける手段があると確信していたことを、私は思い出した。

 そうだ、まだ望みあるんだ!

 

 ムサシ

「シュペーのことだって、今ここにミーナがいる。それもまた奇跡よ。だから、シュペーだって絶対助けられるわ」

 

 ミーナ

「ムサシ……、そうじゃな。ワシが諦めたらワシを送り出してくれたテアに申し訳が立たん。ワシはシュペーの希望となるためにここにきたんじゃ。だから、最後まで諦めるわけにはいかんな!」

 

 納沙

「『そうですぜ! ミーナの姐御。今こそ根性見せてやる時じゃけん、絶対身内のもん助け出してやりましょうぜ!!』」

 

 落ち込んでいたミーちゃんも元気を取り戻したみたい。

 隣にいたココちゃんもいつもの芝居で盛り上げてくれている。

 

 広田

「で、でもさ、具体的にはどうやって助け出すの? 何の対策もなしじゃダメでしょ」

 

 若狭

「だよね? 立石さんの時みたいに感染した人に海水ぶっかけるとか?」

 

 伊勢

「でも時間がたったら海水じゃダメって、さっき美波さん言ってたよ」

 

 駿河

「え!? じゃあどうするの?」

 

 機関科仲良し4人組のソラちゃん(広田空)、レオちゃん(若狭麗緒)、サクラちゃん(伊勢桜良)、ルナちゃんが話し合っている声が聞こえた。

 海洋実習初日に感染してしまっているなら、もうすでに10日近くたってしまっている。

 おそらく、もう海水で治すことはできないだろう。

 

 黒木

「4人とも落ち着いて。みんなに話したってことは、その辺についてはもう考えてあるんでしょ、ムサシ?」

 

 ムサシ

「さすがね、クロ。それについてはミナミとヤマトが説明するわ」

 

 ムサシちゃんが美波さんとヤマトさんに促した。

 

 鏑木

「現在、私たちはウイルスの抗体の作製、そして今回の件に関する報告書および抗体の資料の作成を始めている。報告書と資料は、ブルーマーメイドに抗体の量産を依頼する時に必要になる。抗体はできる限り早めに作製する予定だ。まずは一週間、時間をくれ。急がないと感染がさらに広がる恐れがあるからな」

 

 教室中から驚きの声が漏れる。

 まさか、晴風の中でウイルスの抗体まで作っちゃうつもりだなんて。

 美波さん、本当に何者なの?

 

 納沙

「でも、たった一週間でなんとかなるものなんですか? 製薬会社だって、新しい薬を作るには年単位で時間を使うんですよ。それに、海水以外の対抗策が判明していないのにどうやって新しい対策を見つけるんですか?」

 

 ココちゃんは矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

 すると、ヤマトさんが一歩前に出てきた。

 

 ヤマト

「幸子さんの質問に関しては、すでに別の糸口は見つけてあるわ。それが、この子よ」

 

 ヤマトさんの腕には五十六が抱えられている。

 五十六が解決の糸口って、どういうことだろう?

 

 ヤマト

「五十六ちゃんは、これまで晴風に現れた二匹のネズミもどきさんを両方捕まえているわ。つまり、この子はネズミもどきさんに触れてウイルスに感染しているはずなの。でも、昨夜五十六ちゃんの血液を調べたらウイルスは検出されなかった。つまり、人間じゃないネコの五十六ちゃんには、ウイルスに対する抗体をすでに持っている可能性が極めて高いと考えられるの」

 

 なんと、五十六にそんな秘めた力があったなんて。

 すごいよ、五十六!

 

 宗谷

「まさか、たまたま乗り込んできたこいつがこんな形で役に立つなんて」

 

 ムサシ

「そう、これは本当にとんでもない確率の奇跡なのよ。今の晴風にはネズミもどきに対抗できる手段が完璧なまでに揃っている。これまで晴風はこいつのせいで大変な思いをしてきた。けど、その解決手段は今ここにあるわ。そして、武蔵やシュペー、他の艦を救うためにはみんなの協力が不可欠よ」

 

 ムサシちゃんの言葉に、みんなの目がやる気に満ち溢れていく。

 みんなの口からは、「やってやる!」「頑張るぞ!」と心強い言葉が出ていた。

 

 ムサシ

「これで私たちの話は終わりよ。後はアケノ、あなたの出番よ?」

 

 ムサシちゃんが私にバトンを渡してきた。

 みんなの視線が私に集まる。

 

 私は昨日、みんなと一緒にもう一度頑張ると心に誓った。

 そして、これからみんなで目の前の大きな困難に立ち向かうことになる。

 私は立ち上がり、教室を全部見渡した後、深呼吸をして言った。

 

 岬

「私は、みんなを救いたい。武蔵も、シュペーも、他の艦だってそう。だって、海の仲間は家族だから! そのために、みんなの力を貸してほしいの。私、昨日はみんなにたくさん迷惑かけて、自分の未熟さを思い知らされた。でも、このままじゃ終われない。だから、みんな、もう一度わたしを信じてついてきてほしい。お願い!」

 

「おー!!」

 

 私の言葉に、みんなは肯定の返事を返してくれた。

 

 宗谷

「艦長、あなたがそういうなら、私も全力で艦長についていきますよ」

 

 岬

「シロちゃん、ありがとう!」

 

 これから、みんなで一緒にやっていくんだ。

 私は昨日の決意をさらに強く固めた。

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 アケノの言葉にみんなが奮い立っている。

 これからここにいる全員で立ち向かっていくんだ。

 

 ならば、私もやらなければならないことがある。

 みんなのために私ができること、それは……

 

 ムサシ

≪そろそろ、本格的に使うことを考えないといけないわね……

 

 

 

 

 

 私の艦、超戦艦ムサシを≫

 




Happy Birthday かよちゃん!(フライング)

明日8/2は、かよちゃんこと姫路果代子ちゃんの誕生日!
今回は番外編作る余裕なかったので、先にお祝いさせてもらいます。
かよちゃん、のんびりした口調でかわいいですよね。
本作でもそんな雰囲気出せるようにしたいです。

ていうか、この後8/5にタマちゃん、8/8にマロンちゃんの誕生日って、先月並に誕生日ラッシュやばいんですけど(汗


今回の第九話、いかがだったでしょうか?
今回は全編通して黒幕ネズミの説明回でした。
アニメでわかる部分に自分独自の解釈を加えてみました。
これ変じゃね?ってとこあるかもしれませんw ・o・;
その時は教えていただけるとありがたいです。

で、ここでちょっと一つ報告。
この第九話で、晴風クラス31人全員に台詞を与えることができました!
多くは一言だけとか、なんか卑怯くさい感じですが……
でも個人的に目標の一つにしていたことなので、達成できてほっとしてます。
これからもなるべくみんながしゃべれるよう、構成づくりを頑張っていこうと思います。

次回、第十話は、
超戦艦としての力の封印を解くことを決めたムサシ。
そんな時、学校から連絡がきて……
ついに、超戦艦ムサシの秘密が明かされる!?

次回も読んでいただけると嬉しいです。


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第十回 超兵器でピンチ!

大変、大変おまたせいたしました。
第十話でございます。
本編は前回九話から11日ぶりの投稿です。

正直、今回の話は苦労しました。
自分でも書いてて、これ面白いか?、と首をかしげるばかり。
でも、書きたいという気持ちで書き続けて何とか形にすることができました。

時系列的にはアニメ6話と7話の間、オリジナルストーリーになります。

それでは、どうぞ!


 2016年4月17日午前10時

 

 -ムサシside.-

 

 ムサシ

≪重力子エンジンのナノマテリアル損耗率5%未満、主砲、副砲、高角砲の光学兵装に異常なし、センサー感度にわずかな誤差あり、修正実施……完了≫

 

 私は自分の艦、超戦艦ムサシの甲板上で艦の状態を確認している。

 現在、私と晴風はグアム島にほど近いある島に停泊している。

 ここに行くよう進言したのは、他でもない私だ。

 

 一昨日のネズミもどきの報告会の後、私は今後晴風の手助けをするため、自分の艦を使いたいとヤマトに伝えた。

 ヤマトは最初こそダメだと言ってきたが、私が「みんなのためにできることをやりたい」と伝えると、表情を一変させた。

 しばらく考え込んだヤマトは、私の願いを聞き入れてくれた。

 その後、ヤマトが一度艦の状態を見ておく必要があるだろうと言ってくれたので、アケノに頼んで今いる島まで移動してもらった。

 ここには硫黄島ほどではないがナノマテリアル鉱床が点在しており、艦の修復と備蓄の追加を行うことができるのだ。

 到着とともに、私は久しぶりに艦を海面に浮上させた。

 

 ムサシ

≪不慣れな長期間の潜航だったけど、思ったほど損傷はなかったわね。潜航中も常に操艦プログラムをアップデートしていたおかげかしら≫

 

 私がそんなことを考えていると、突然晴風から通常回線で通信が入ってきた。

 

 ムサシ

「はい、こちらムサシ」

 

 岬

「あ、ムサシちゃん。突然ごめんね」

 

 通信してきたのはアケノだった。

 アケノたち晴風のみんなには、事前に艦のチェックをすることを伝えてある。

 

 ムサシ

「大丈夫よ。今大体の確認と補修が終わったところなの。それで、何の用かしら?」

 

 岬

「うん、ちょっと今から晴風の艦長室に来てくれないかな?」

 

 ムサシ

「別にかまわないけど、何か大切な話?」

 

 岬

「うん、ムサシちゃんに話しておきたいことなの」

 

 ムサシ

「わかったわ。それじゃあすぐにそちらに伺うわ」

 

 岬

「待ってるね」

 

 通信を終えて、私は回線を閉じた。

 さて、アケノの話はなんだろうか?

 

 

 

 10分後、私は晴風艦内の艦長室の扉の前に到着した。

 私は扉を二回ノックした。

 

 ムサシ

「アケノ、ムサシよ」

 

 すると、扉が開いて中からアケノが出てきた。

 

 岬

「ムサシちゃん、いらっしゃい。とりあえず中に入って」

 

 私は艦長室へ足を踏み入れた。

 中にはアケノ以外に、マシロとヤマトが部屋のベッドに座っていた。

 

 ムサシ

「あら? 二人も一緒なの?」

 

 ヤマト

「ええ、私も明乃さんに呼び出されたの」

 

 宗谷

「私は艦長と同じく説明する立場ですね」

 

 つまり、晴風の艦長と副長から霧の艦隊に何か話があるというわけね。

 アケノは扉を閉じて、伝声管がと開いていないことを確認すると、私とヤマトの前に座った。

 

 岬

「それじゃ、二人に説明するね。さっき、校長先生から晴風に直接連絡があったの」

 

 アケノから語られたことは二つ。

 

 一つ目は、晴風に対して武蔵探索を正式に依頼する、ということだ。

 現在、横須賀女子海洋学校はブルーマーメイドに対して武蔵を含む所在不明の艦の捜索を依頼しているが、現状ではまだ準備が不十分という状態らしい。

 そこで、現在動ける学校の艦に対しても捜索を依頼することになった。

 そして、晴風は最後に武蔵を目撃しており、近海で動くことができる艦が他にいないという理由から、武蔵探索の白羽の矢が立ったというわけだ。

 こちらに関しては私とヤマトもすぐに了承した。

 ネズミもどきの報告会で決めた晴風の行動方針とも一致することでもある。

 問題はもう一つの話だ。

 

 ムサシ

「霧の艦隊所属、超戦艦ムサシについて調査し報告せよ、ね……」

 

 私は正直、どうするべきか少し悩んでいた。

 

 まず、この話を依頼してきたのは校長の宗谷真雪ではなく、安全監督室の宗谷真霜一等監察官だ。

 現在、海上安全委員会では叛乱の疑いのある武蔵に対して、同じ大和型をぶつけて食い止めようというプランが上がっているらしい。

 だが、ブルーマーメイド旗艦で呉所属の大和および舞鶴所属の信濃は現在ドック入りで半年は動けず、佐世保所属の紀伊に至っては遠洋航海で地球の反対側にいると、まさに手詰まりの状態。

 その話を聞いた宗谷監察官は委員会には秘密で、超戦艦ムサシと連携して武蔵を止めることを考えているようだ。

 そこで委員会に情報が洩れない連絡ルートを持ち、かつ確実に信頼できる人物である宗谷校長を経由して依頼がきたということだ。

 

 ヤマト

「非常に難しい話ね。いずれは直面する話だったけど、こんなに急を要する展開になってしまうなんてね」

 

 宗谷

「我々としても心苦しいのですが、どうかご協力願いたいのです」

 

 すると、ヤマトが私を見つめてきた。

 何も言ってこないが、私がどうしたいのか尋ねてきているのだろう。

 まず情報管理に関しては、マシロのお母様とお姉さんが主体ということで、十分信頼に値するとは思う。

 それに、私自身は晴風と連携して武蔵を救うことを考えていたため、ブルーマーメイドとの協力を得られるのは悪くない。

 しばらく考えて、私は意を決した。

 

 ムサシ

「ヤマト、私はこの話受けようと思うわ」

 

 ヤマト

「ムサシ、本当にいいの?」

 

 ムサシ

「ええ、遅かれ早かれ私の情報は開示しなければいけなかったわけだし、情報提供によって得られるメリットもあるわ。そして何より、他でもないマシロのお母様とお姉さんの頼みだものね」

 

 宗谷

「ムサシさん……、ありがとうございます!」

 

 マシロが私に対して深々と頭を下げて、私の手を握ってきた。

 ヤマトも私の言葉に対して反論せず、受け入れてくれているようだ。

 そんな様子を静かに見守っていたアケノが私たちに向かって話しかけてきた。

 

 岬

「それじゃ、早速ムサシちゃん調査の準備に取り掛かるね。シロちゃん、手伝って」

 

 宗谷

「わかりました。お二人は、準備が整うまで少し待っていただけますか」

 

 ムサシ

「ええ、わかったわ。じゃあ一度私は艦に戻って準備をしておくわ」

 

 ヤマト

「ムサシ、私も手伝うわ」

 

 私とヤマトは艦長室を出て、私の艦へと戻ることにした。

 さて、今日は少し忙しくなりそうね。

 そんなことを考え、私は準備に取り掛かるのであった。

 

 

 

 -幸子side.-

 

 みなさん、私は納沙幸子です。

 私達晴風クラスのみんなは現在、超戦艦ムサシの甲板の上に立っています。

 この度、学校からの依頼で超戦艦ムサシを調査することになり、艦長から書記係である私に調査の指揮と取りまとめ、つまりリーダーに抜擢されました!

 学校への報告も大事ですが、出会ってからずっと気になっていたムサシちゃんの艦を調べられる絶好の機会が訪れたことに、すでに私の心はフルスロットルですよ!

 

 ムサシの調査方法は、航海科、機関科、砲雷科の専攻科ごとにチームを組み、それぞれで担当する箇所を調査して、それを基に報告書を作成します。

 特に調査対象のない主計科は、情報量の多い砲雷科の助っ人として参加しますよ。

 そして私は取りまとめ役として、ムサシちゃんと一緒に行動して彼女の説明を記録、報告書ではみんなの分を一つにまとめて、最終的な形に仕上げます。

 調査の名目でムサシを隅から隅まで見渡せるのは、まさに書記の特権!

 

 すると、ムサシちゃんが私に話しかけてきました。

 

 ムサシ

「コウコ、今から私が作った艦のスペックデータをあなたの端末に渡すわ。フォーマットはあなたのデータベースを参考にしてるけど、変なところがあったら言ってちょうだい」

 

 話しが終わると、私のタブレットに新しいデータを受信されていました。

 早速開いてみると、そこには私が今までSF小説やアニメなんかでしか見たことがないような兵装や機能がズラリと記載されていた。

 すごい、すごすぎます!

 このスペックデータだけでも、私の妄想は止まらなくなりそうです!!

 

 ムサシ

「……コウコ?」

 

 ハッ!? 私としたことが、興奮しすぎてムサシちゃんに心配をかけてしまいました。

 

 納沙

「ご、ごめんなさいムサシちゃん。でも、このスペックデータすごいですね」

 

 ムサシ

「まぁ、私には普通のことなんだけどね。それじゃ、早速説明に入りましょうか。どこのグループから始めるのかしら?」

 

 ムサシちゃんの質問に私は事前に用意した割り振り表を確認して答えた。

 

 納沙

「まずは航海科と万里小路さんからですね。それじゃ、よろしくお願いします」

 

 ムサシ

「ええ、よろしくね」

 

 いよいよ艦内に入れるんですね。

 超戦艦ムサシの全貌、見せてもらいましょう!

 

 

 

 航海科と万里小路さんたちと合流した私達一行は、甲板から艦橋の最上階へと移動してきた。

 そこに広がっていたのは意外な光景だった。

 

 勝田

「なーんもないぞな」

 

 勝田さんの言う通り、そこは計器類どころか人がいた痕跡すらない何もない空間でした。

 

 ムサシ

「それはそうよ。あなた達が普段扱っているような情報は自分のコア内で処理しているから、艦橋内で機器類という形で設置する必要がないもの」

 

 確かにムサシちゃんの言う通りですけど、これでは何も調査できないですよ?

 すると突如ムサシちゃんは上に向かって両手を広げた。

 それに呼応するように、艦橋内に大小様々な大きさの空中ディスプレイが出現した。

 同時にムサシちゃんを中心に光るリングも現れた。

 

 ムサシ

「だから、今回はみんなにわかってもらえるようにデータを可視化してみたわ」

 

 ムサシちゃん、もしかしてわざとやったのかな?

 他のみんなはムサシちゃんの思惑通り、ディスプレイに夢中になっている。

 すると、電探員のめぐちゃんが手を挙げて質問してきた。

 

 宇田

「はーい、ムサシちゃんの電探ってどれくらいの性能なの?」

 

 まずはムサシちゃんの索敵能力から攻めようというわけですね。

 私はタブレットの記録用アプリを起動し、記録の準備を整えた。

 ムサシちゃんは空中ディスプレイの中からいくつかの画面を前面に出して、説明を始めた。

 

 ムサシ

「今前に出した画面がレーダー関係のものね。私のレーダーはフェーズドアレイレーダーシステムを中心にした複合式になっているわ。有効索敵範囲はざっと半径1500kmってところね」

 

 宇田

「い、1500km!? 本土のほぼ全部おさまっちゃうじゃん!」

 

 内田

「うわぁ、もう桁が違うよ」

 

 ムサシ

「単純に対象物の存在を知るだけじゃなくて、大きさや形状、さらには生命反応や対象の状態も確認することができるの。この前の武蔵のスキャンはこれの応用ね。あとは、光学式のカメラも複数搭載しているわ。これはマチコやマユミ、ヒデコのような目視観測の役割をしているわね。もちろん、人類のものよりもはるかに高い解像度を持っているわ」

 

 野間

「そうか、人がいないからカメラで代用しているんですね」

 

 次々と飛び出すムサシのとんでも性能メカたち。

 みんなが圧倒される中、ムサシちゃんは次々とディスプレイを動かしながら説明を続けていく。

 

 ムサシ

「カエデの担当する水測については音響、アクティブ、パッシブの各種ソナーを艦底に装備しているわ。他にも海中や海底を解析するセンサーを搭載しているから、データを合わせることで潜水艦の位置を三次元的に捉えることも可能ね」

 

 万里小路

「まぁ、それは便利ですわね」

 

 万里小路さん、さらっと流してますけど、潜水艦の位置が丸裸ってとんでもないですよ。

 

 八木

「あ、あのー、通信担当としては、霧の艦の通信手段が気になるんだけどー」

 

 すると、ここまであまり言葉のなかった八木さんが質問をしてきた。

 

 ムサシ

「通信には、量子通信と呼ばれる手法を用いているわ。人類の使う電波通信に比べて傍受もされないし、距離による減衰が少ないのが特徴ね。あと、霧独自の通信手段として、概念伝達があるわ。概念伝達は距離や遮蔽物に関係なく通信ができるし、ほぼタイムラグなしで大量のデータをやり取りできるの。まぁこの世界では現状、私とおねえちゃんとの間でしか使えないけどね」

 

 八木

「へー、電波以外の通信手段ってなんだか面白そう」

 

 通信も私たちが使っているものと随分違うんですね。

 それにしても、航海科の担当箇所だけでもとんでもない情報量になりそうです。

 これは私もしっかり取り組まなくては。

 

 ムサシ

「センサーや通信についてはこんなところね。今出している画面は自由に閲覧してもらっていいわ。それじゃコウコ、私たちは次に移動しましょうか」

 

 納沙

「そうですね、次は機関科の方へ行きましょう」

 

 私とムサシちゃんは航海科のみんなと別れ、艦橋を降りて機関室へ向かった。

 

 

 

 機関室への扉が開くと、すでに機関長の柳原さんと助手の黒木さんが室内の調査を行っていた。

 私たちに気が付いた黒木さんが近づいてくる。

 

 黒木

「ムサシ! それに納沙さんも、こっちにきてくれたのね」

 

 その黒木さんの後ろから柳原さんが顔をのぞかせる。

 

 柳原

「お、ムサシちゃん待ってたよ! どれがエンジンだか何だかさっぱりわかんなくってよぉ。こいつはどういう機関なんでぃ?」

 

 晴風の誇る機関長の柳原さんも、さすがにこの不思議な機関室にはお手上げのようだ。

 ムサシの機関室は、クジラのあばら骨の中のようなトンネル状の部屋が4つ並列で並んでおり、その中にまるでフジツボのような無数の白い突起物が見えている。

 すると、その突起物が回転しながら動き始めた。

 

 柳原

「さっきからこのイボイボが出たり引っ込んだりしてんだけど、これ一体なんなんだ?」

 

 ムサシ

「あら、それがまさにエンジンよ」

 

 柳原、黒木

「……え?」

 

 意外な返答に柳原さんも黒木さんも困惑の表情を隠せないようだ。

 すると、奥の方で調査をしていた機関科4人組がこちらに歩いてきた。

 

 若狭

「あ、ムサシちゃんきてたんだ……って、機関長殿とクロちゃんはどしたの?」

 

 戻ってきていきなり機関長と機関助手が固まっている光景を見て、若狭さんも状況がつかめていないようです。

 

 ムサシ

「丁度みんな揃ったし、説明するわね。この白い突起物が私達霧の艦隊の動力源である重力子エンジンよ。簡単に言えば重力子と呼ばれる素粒子を制御して推進力、砲撃、装甲のエネルギーを生み出しているの。艦によって様々なタイプの重力子エンジンを搭載しているけど、私のは全部がタイプGと呼ばれるものね。これを合計720基積んでいるわ」

 

 広田

「720って、それってどのくらいの馬力なの?」

 

 ムサシ

「そうね、タイプG一基の出力が4000馬力だから、720機分で合計288万馬力になるわ」

 

 伊勢

「に、288万馬力……」

 

 駿河

「おー、すごいパワーだねぇ」

 

 もはや桁が違うとかいう次元ではありませんね。

 晴風は6万馬力ですから、晴風48隻分のパワーってことですよ。

 すると、いつのまにか正気に戻っていた柳原さんがムサシちゃんの前に出てきた。

 

 柳原

「ムサシちゃん、ちょっとこのエンジン、あたしが動かしてみていいかい?」

 

 黒木

「え!? マロン本気なの?」

 

 柳原

「あたぼぅよ! こんなすごいもん見せられて何もしねぇんじゃ、機関長の名が泣くってもんよ。だからよ、お願いムサシちゃん!」

 

 どうやら柳原さんの機関士魂に火をつけてしまったようです。

 すると、ムサシちゃんが先ほど艦橋で見せた光のリングを展開した。

 どこからか銀色の粒子が現れ、それが機関室の一角に集約すると、パソコンのディスプレイとキーボードのようなものを乗せた机とイスが出来上がった。

 

 納沙

「え!? すごい、どうなってるんですか、これ!?」

 

 ムサシ

「さっきの銀色の粒子がこの艦を構成するナノマテリアルと呼ばれる物質よ。私達はナノマテリアルをコントロールすることで、船体やメンタルモデルはもちろん、消耗品である魚雷なんかも作り出しているわ」

 

 黒木

「じゃあ、この艦にあるもの全部、そのナノマテリアルでできているってことなの?」

 

 ムサシ

「そうね、そう考えてもらっていいわ。マロン、そこのコンソールでエンジンコントロールができるようにしたわ。マニュアルも画面に出しておいたし、動かしていきなり壊れるなんてことはないから、自分の好きなようにやってみて」

 

 柳原

「おぅ、ありがとうなムサシちゃん。よっしゃ、やるぞー!」

 

 黒木

「マロン、私も一緒にやるわ」

 

 椅子に座った柳原さんは早速キーボードを叩きながら、機関を動かし始めた。

 黒木さんは隣でマニュアルを読みながら、柳原さんをサポートしている。

 柳原さんの操作に合わせて、重力子エンジンも活発に動き始めている。

 

 ムサシ

「マロンとクロは夢中になっているみたいだし、その間にこの艦の速力について話しておきましょうか。霧の艦は高出力の重力子エンジンと水の抵抗を減らすフィールドのおかげで人類艦とは一線を画す速力を出すことができるの。この艦の場合だと、水上で最大速力75ノット、水中でも最大38ノットで航行可能よ」

 

 またもやとんでもない数値が出てきました。

 水中時ですら晴風の最大船速超えてるし、水上だとスキッパー並の早さですよ。

 

 伊勢

「もうすごすぎて、なんて言っていいかわからないね」

 

 若狭

「なんかもー、すべてがオバテクって感じ?」

 

 広田

「ほんと、ムサシちゃんが敵にならなくてよかったよ」

 

 駿河

「だねー」

 

 機関科4人組もあまりのスケールの違いに呆然としている。

 

 すると、先ほどまで不規則だった重力子エンジンの動きが規則的な音を立てて動き始めていた。

 

 黒木

「マロン、あとはそれを入力したら起動できるわ」

 

 柳原

「合点クロちゃん! 重力子エンジン全基オンライン、起動だってんだ!」

 

 柳原さんが勢いよくキーボードを叩くと、重力子エンジンが音を立てて動き始めた。

 

 駿河

「すっごーい。エンジン動き出したよ」

 

 広田

「さっすが、我らが機関長殿!」

 

 4人組が柳原さんたちを称える中、当のムサシちゃんは驚いた表情をしていた。

 

 ムサシ

「すごいわ、まさかこんな短時間で全エンジンを動かせるなんて。しかも、今までより駆動効率が10%もよくなっている。マロン、あなた本当に素晴らしいわ」

 

 柳原

「へへ、ムサシちゃん本人に褒められると照れるなぁ。クロちゃんと一緒だったからできたんだよ」

 

 黒木

「そんなこと……。でもこれでエンジンの調査が捗りそうね」

 

 柳原

「そうだな。ムサシちゃん、ここはあたしたちで何とかなりそうだから、書記と一緒に他のとこの説明に行ってきてやんな」

 

 ムサシ

「わかったわ。そこのコンソールは自由に使っていいから、何かあったら画面にある通信アプリを開いて連絡してね」

 

 こうして、私とムサシちゃんは機関室を後にした。

 

 

 

 さて、残るは砲雷科と主計科が調査している兵装と装甲に関する内容ですね。

 こちらは特に情報量が多いということで、同型艦であるヤマトさんに事前に説明をしてもらう手はずになっている。

 

 ヤマト

「あ、ムサシ、おかえりなさい」

 

 ムサシ

「お待たせ、おねえちゃん」

 

 ヤマトさんを見つけると、ムサシちゃんは駆け足で彼女の元へ向かっていく。

 本当に見ていて微笑ましいくらい仲がいいですね。

 それに、いつの間にかおねえちゃん呼びも定着していますし。

 

 ムサシ

「おねえちゃん、どのあたりまで説明したの?」

 

 ヤマト

「ちょうど、あの二つを除いて兵装の説明は終わっているわ。でも、まだ聞き足りないみたいだから装甲の説明の前に質問に答えてあげて」

 

 ヤマトさんがそういうと早速、砲術委員の小笠原さんが手を挙げていた。

 

 小笠原

「はいはーい、ムサシちゃんのこの主砲ってどのくらいの射程距離なんですかー?」

 

 指さした方向にあるのは、大和型の象徴とも言える46cm三連装主砲。

 しかもただの実弾だけでなく、荷電粒子砲によるビーム兵器を備えた複合兵器であると、スペックデータには記載されている。

 

 ムサシ

「有効射程距離は実弾だと半径35km、レーザーだと80kmね。まぁ、普通はそんな長距離射撃なんてしないけどね」

 

 小笠原

「おおおおお! みっちん、じゅんちゃん、聞いた? ビーム80kmだって」

 

 武田

「いや、もうわけわかんないから」

 

 興奮する小笠原さんと日置さんに対して、武田さんだけは冷静な突っ込みを入れていた。

 うちの学校の武蔵の主砲で有効射程距離20km程度ですから、余裕でアウトレンジ戦法とれちゃいますね。

 すると今度は水雷組からメイちゃんと姫路さんが名乗りをあげてきた。

 

 西崎

「私からも質問! ムサシちゃんの魚雷が撃ちたいです!」

 

 みんなが一斉にずっこけた。

 メイちゃん、それ質問じゃないですよ……。

 

 姫路

「水雷長~違うでしょ。えーと、侵蝕魚雷? について聞くんでしょ~」

 

 西崎

「そうだった、侵蝕魚雷ってどんな魚雷なの?」

 

 そう、このムサシには砲だけでなく魚雷も搭載されている。

 まずは艦底部の魚雷発射管。

 これを艦首方向に16門、艦尾方向に4門の計20門装備している。

 それだけでもすごいんですけど、さらに甲板上には垂直発射装置と呼ばれる噴進魚雷のような兵器を発射する装置を72門も搭載している。

 一体この艦一隻で何と戦うのかというくらい、全身武器庫のような装備っぷりだ。

 

 ムサシ

「侵蝕魚雷、つまり侵蝕弾頭兵器というのは私達霧の艦隊の主力兵装と呼べるものね。起爆すると、重力波が周囲を巻き込んで空間を侵蝕して、物質の構成因子の活動を停止させて崩壊させるの。小さなブラックホールのようなものね」

 

 西崎

「おお! なんかよくわからないけど、すっごい兵器なんだね!」

 

 姫路

「ぶらっくほーる? それってどんなものなの?」

 

 ムサシ

「簡単に言うと、どんな物質も飲み込んで消滅させてしまう星ね」

 

 姫路

「お~、それはすごいわ~」

 

 ブラックホール! またもや妄想力を増長する単語が飛び出しましたね。

 とことんSFを現実にしたような性能っぷり。

 はたしてこの事実を知った学校やブルーマーメイドはどうするんでしょうか?

 

 ムサシ

「じゃあ、最後に装甲の話だったわね。説明をはじめましょう」

 

 以前ヤマトさんが見せてくれた映像では、人類側の総攻撃を受けても傷一つないほど強力な装甲でした。

 はたしてどんな秘密があるのでしょう?

 

 ムサシ

「霧の艦隊の装甲は、船体の強制波動装甲とそこから発生するクラインフィールドによって構成されているの。クラインフィールドは通常兵器による攻撃をエネルギーを任意の方向に逸らすことで無力化できるバリアね。そしてフィールドで完全に無力化できなかったエネルギーは、強制波動装甲に吸収させることができるって仕組み。でも攻撃を受け続けて装甲に蓄積できる限界量を超えてしまうと、強制波動装甲は崩壊、同時にクラインフィールドも消失するわ。そうなると、人類の兵器でもダメージが通るようになるわね」

 

 意外なことに破る手段のある装甲だという話が出てきました。

 すると、美波さんがムサシちゃんに尋ねてきた。

 

 鏑木

「装甲は一定のエネルギーを貯めこむと崩壊すると言ったが、どのくらいの火力で崩壊させられるんだ?」

 

 すると、ムサシちゃんはまた光のリングを出して少し黙りこんでしまった。

 しかし数秒後にはリングは消滅し、再び私達に向き合った。

 

 ムサシ

「今、こちらの世界の人類が持つ兵器のデータから計算してみたわ。はっきり言うわね、現状全世界のブルーマーメイドの持つ全火力を馬鹿正直に私の装甲にぶつけても、装甲の稼働率はせいぜい25%くらいが関の山ね。つまり、どうあがいてもフィールドを抜くことは不可能ってことね」

 

 ムサシちゃんの言葉にこの場にいる人のほとんどが、口を開けて唖然としている。

 人類の持つ全火力をぶつけても、たった1隻の艦の装甲すら抜くことができないなんて、そんなこと誰が予想しただろうか。

 さすがの私もこればかりは、驚愕せざるを得なかった。

 

 鏑木

「だが、ムサシさんは前の世界で一度消えてこの世界にきた。つまり、一度その装甲は破られたということだ。その無敵に近い装甲にも有効な手段があるということだな?」

 

 だが、美波さんだけは冷静にムサシちゃんに指摘を入れてきた。

 

 ムサシ

「さすがミナミね。クラインフィールドだって絶対じゃないわ。有効な手段はこの世界だと二つ。一つは先ほど説明した侵蝕魚雷ね。装甲に直撃すると一応無力化はできるけど、かなりの量のエネルギーを装甲にため込むことになるわ。だからそう何発も喰らうことはできないわね」

 

 霧の主兵装というだけあって、侵蝕魚雷は霧の艦に対しても強力な武器になりえるようです。

 

 ムサシ

「そして、もう一つが……」

 

 すると、ムサシちゃんが途中で言葉を止めてしまった。

 その表情を見ると、少し悩んだような顔をしている。

 そんなムサシちゃんにヤマトさんが近づき、二人で何かを話し合っているようだ。

 

 私はタブレットにある超戦艦ムサシのスペックデータから兵装一覧を確認してみた。

 その中に、まだ語られていない二つの兵器の名前が記されていた。

 

 

 「超重力砲」

 

 

 

 「次元空間曲率変位(ミラーリング)システム」

 

 

 この二つの兵器は一体何なのか。

 私は二人の言葉を待つしかなかった。




第十話、いかがだったでしょうか?

本編で霧の兵器たちを出す、ということを実現したかった今回。
正直、上手く表現できたか自分でも判断が難しいところです。

ちなみに、性能で具体的な数値を出しているところは、ほとんどが私の独自設定です。
正確に判明しているのは、最大速力くらいです。
霧ならこんくらいいけるだろうという私の妄想全開仕様となってしまいました。

次回、第十一話は、
いよいよ姿を現す霧最強の兵器「超重力砲」
その実力やいかに!?

次回も読んでいただけるとありがたいです。



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第十一話 超重力砲でピンチ!

大変、大変、大変長らくお待たせして申し訳ございませんでした!

第十一話でございます。

前回の投稿が12日、十日近くも間が空いてしまいました。

言い訳は後書きにて。

前回、超戦艦ムサシの調査を開始した晴風クラス一同。
その続きとなります。

それでは、どうぞ!


 2016年4月17日午後3時

 

 -ムサシside.-

 

 ムサシ

「そして、もう一つが……」

 

 その先を言いかけたところで私は思わず口を止めてしまった。

 これから話す「アレ」について本当に話してしまっていいか、私は少し悩んでしまった。

 安全監督室からの依頼とはいえ、アレはこれまで説明してきた兵器とは比べ物にならないほど強力なものだ。

 いたずらに恐怖心を煽ってしまい、ヤマトの描く未来を閉ざしてしまうかもしれない、そう考えてしまった。

 晴風のみんなは、突然黙ってしまった私に対して心配と疑問の表情を浮かべている。

 すると、私を心配したヤマトが近づいてきた。

 

 ヤマト

「ムサシ、アレについて話すつもりなのね?」

 

 ムサシ

「う、うん」

 

 私の返答に対して、ヤマトは目を閉じて何かを考え始めた。

 しばしの沈黙が続く。

 短い時間だったが、私にとってはとても長い時間に感じた。

 そして、再び私に向き合った時のヤマトの表情は、

 

 笑顔だった。

 

 ヤマト

「ムサシ、ありがとう。私のことを心配してくれて。でも、私のことは大丈夫だから。これくらいの困難、ちゃんと乗り切ってみせるわ。だって、私はムサシのお姉ちゃんだもの」

 

 私はヤマトの頼もしい言葉に嬉しさを感じていた。

 ヤマトが私の背中を押してくれている、そのことがただ嬉しい。

 私はヤマトに感謝し、再びみんなと向き合った。

 

 ムサシ

「ごめんなさい、少し話が途切れさせてしまって」

 

 宗谷

「それで、クラインフィールドに対するもう一つの対抗手段とは?」

 

 マシロの言葉に私は一呼吸おいた。

 

 ムサシ

「もう一つの対抗手段、それが「超重力砲」。数ある霧の兵器の中でも最高の威力を誇る兵器よ」

 

 岬

「霧で、最強の兵器……」

 

 言葉を発したアケノだけでなく、この場にいる他のみんなもどういうものか気になっている様子だ。

 私はさらに言葉を続ける。

 

 ムサシ

「詳しい原理は省略するけど、長距離かつ広範囲に重力波、要は大口径のビームを照射する兵器ね。直撃したら例え超戦艦級でもクラインフィールドは一瞬で崩壊、運よく避けても掠っただけで強制波動装甲への蓄積エネルギー量は相当なものになるわ。連続して使用すると地球環境にすら甚大な影響を及ぼす、まさに超兵器ね」

 

 人類では決して破れないクラインフィールドを一瞬で破る兵器、そう聞いた晴風のみんなは驚きの表情を隠せない。

 

 納沙

「ちなみに、弱点とか止める手段はないんですか?」

 

 ムサシ

「もちろん弱点がないわけではないわ。超重力砲の使用にはいくつかの発射シークエンスを順に踏んで行うけど、その際に非常に膨大な演算リソースを消費する。例え大戦艦級であっても、使用時には演算に集中する必要があるから、フィールドなどの他の演算処理は疎かになってしまうわ。さらに、発射の際には発射方向のクラインフィールドを解放しなければならないから、その穴から攻撃を通すことができれば、発射前に阻止することは可能ね」

 

 要は撃たれる前に阻止するという手段だ。

 基本的に超重力砲を防ぐ手段はこれしか存在しない。

 

 西崎

「つまり、撃たれちゃったらおしまいってこと?」

 

 確かにメイの言う通りだ。

 だが、唯一の例外が存在する。

 

 ムサシ

「発射された超重力砲を防ぐ方法はたった一つだけあるわ。それが「次元空間曲率変位システム」、通称「ミラーリングシステム」と呼ばれる兵装」

 

 ヤマト

「ミラーリングシステムは、私達超戦艦級しか装備することができない対超重力砲専用の特殊兵装よ。展開すると、別次元への扉が開かれて、超重力砲をそこに相転移させて無効化することができるわ」

 

 西崎

「え、ええとぉ……、ごめん、正直よくわかんないです」

 

 立石

「……難解」

 

 私とヤマトの説明にメイやシマだけでなく、ほとんどのみんながよくわからないといった様子だ。

 数ある霧の兵装の中でもごく一部の例外を除いて装備しているのが私とヤマトしかいない特殊兵装、言葉だけで説明するのは難しい。

 

 ムサシ

「超重力砲とミラーリングシステム、この二つの兵装は以前見せた「大海戦」の時には人類相手に一度も使用することのなかったわ。そして、この世界の戦力は私たちが元いた世界とは大して変わらない。つまり、この世界でも人類相手には使う必要のないものというわけね」

 

 私は少し威圧気味に言った。

 でも、これでいい。

 これから人類と共存していく上で、この二つは必要のないものだ。

 危険性さえ匂わせておけば、安全監督室も下手に手を出してこないだろう。

 

 日置

「でもさ、その二つの武器ってどこにあるの? 見た感じ甲板上には無さそうなんだけど? どんなものか見てみたいな」

 

 まっすぐに手を挙げてジュンコが質問してきた。

 そんなジュンコに対して、近くにいるミチルは止めるよう訴えている。

 超重力砲とミラーリングシステムは通常時、艦の中に収納されているため、今の状態ではその姿を見ることはできないようになっている。

 

 ムサシ

「そうね、見せるだけなら大丈夫かしら?」

 

 ヤマト

「そうね。ここまで説明して実物を見せないのも変な話だし、見せてもいいんじゃないかしら」

 

 ヤマトの賛同を得たところで、私はムサシ艦内全域に対して呼びかける。

 

 ムサシ

「ムサシ艦内にいるみんな、ちょっと見せたいものがあるから、一度甲板に出てもらえないかしら」

 

 

 

 -明乃side.-

 

 ムサシちゃんの呼びかけで艦の中で調査をしていた人たちを甲板上に集められた後、私たちは晴風の甲板に移動した。

 ムサシちゃん曰く、艦の甲板上からは見えない場所に兵装があるため、艦全体が見える晴風に場所を移したのだという。

 

 日置

「いよいよだね! ヒカリちゃん、楽しみだね」

 

 小笠原

「うん! ワクワクするよぉ」

 

 武田

「もう、二人とも仕方ないんだから」

 

 見たいと最初に言ったじゅんちゃん、そしてヒカリちゃんは今か今かと楽しみにしている様子だ。

 実は私もワクワクしているのだが、あえて口には出していない。

 でもシロちゃんにはバレていたみたいで、呆れ顔をされてしまった。

 どうやら顔に出てしまったようだ。。

 

 ムサシ

「それじゃ、今から兵装を展開するわよ」

 

 ムサシちゃんはそう言うと、体から光のリングを出して両手を広げた。

 

 すると、それに合わせて超戦艦ムサシの船体からゴゥゴゥという音が鳴り響いた。

 そして、私たちは信じられない光景を目にした。

 

 なんと、艦が吃水線付近から上下に割れ始めたのだ。

 さらに同時に左右にあるバルジ付近も左右に展開している。

 あまりに現実離れした光景に、先ほどまではしゃいでいたじゅんちゃん達を含めクラスのみんなも唖然としてしまっている。

 

 納沙

「おおおおお! すごいです、これぞロマンあふれる変形シーン! アニメでは見慣れたものですが、実際に見ると迫力が違いますね!!」

 

 ミーナ

「あぁ、こいつはすごい! こんなことが現実で見れる日がくるとはなぁ」

 

 最近共通の趣味ですっかり意気投合したココちゃんとミーちゃんは興奮気味だ。

 二人は普段ココちゃんが小芝居でよくやっている任侠モノの他に、SFモノも好きなようで、目の前の光景はまさに夢の実現そのものなのだろう。

 

 上下に大きく割れた超戦艦ムサシがその動きを止めると、割れた部分の中から円形の機械が起き上がってきた。

 どうやら艦の中に収納されていたものを展開しているようだ。

 起き上がった円形の機械はレンズのような形状をしており、私たちが見ている左舷側には青色のものが8つと少し大きい赤色のものが4つ、合計12個が見える。

 右舷にも同じものが配置されており、さらに艦橋下の中央付近には金色のあばら骨のような構造のパーツが見える。

 

 ムサシ

「これが超戦艦ムサシの展開形態。超重力砲とミラーリングシステムを使用する際にはこの形態に変形する必要があるの」

 

 変形が終わり、ムサシちゃんの説明が再開された。

 ただでさえ巨大なムサシの船体が上下に大きく展開されたことで、さらに威圧感が増したように感じる。

 

 ムサシ

「今見えているレンズ状のユニット、その中で青色のものが超重力砲の発射口で超戦艦ムサシには全部で16門装備しているわ。少し大きめの赤色のユニットが、ミラーリングシステムを展開するものね。これは8個一組として運用しているわ」

 

 遠目から見てもわかるくらい大きな発射ユニット、あの一つ一つから強力な超重力砲が放たれるということだ。

 その光景がどんなものか、私には全く想像できなかった。

 すると、私のムサシちゃんの傍にいるココちゃんの隣に、メイちゃんとタマちゃんが近付いて何かを話しているようだ。

 

 西崎

「ねぇ、ダメ元でいいからお願いしてみようよ」

 

 納沙

「確かにお願いするだけなら簡単ですが、さっきまでの話を聞いているととても許可されるとは思いませんよ?」

 

 立石

「玉砕、覚悟」

 

 何の話をしているのだろう?

 すると、メイちゃんとタマちゃんがムサシちゃんの元に移動し、何かを決意したような表情で正面に立った。

 

 ムサシ

「メイ? どうしたの?」

 

 ムサシちゃんがメイちゃんに尋ねる。

 そして、メイちゃんの口からとんでもない言葉が飛び出した。

 

 西崎

「ムサシちゃん、1回だけ、1回だけでいい! 実際に超重力砲を撃っているところを見てみたい! 無茶なお願いだってわかってるけど、お願い!」

 

 立石

「おねがい、します」

 

 なんと、ムサシちゃんが最強の兵器と言った超重力砲を試射してほしいというのだ。

 メイちゃんとタマちゃんがムサシちゃんに向かって大きく頭を下げて懇願している。

 そして、他の晴風クラスのみんなは突然のメイちゃんのお願いに言葉を失っている。

 私も予想外の言葉にどうすればいいのかわからないでいた。

 

 宗谷

「西崎さん! 何を言っているんだ。そんなこと、ムサシさんもヤマトさんも許可するはずがないだろう」

 

 西崎

「わかってるよ。でも、どんなものかもわからないままじゃなんかモヤモヤするもん。それに、水雷長として責任を持ってちゃんと見ておきたいんだよ」

 

 立石

「私も、同じく」

 

 西崎

「タマだってこう言ってる。それに、副長だって私たちと同じ砲雷科でしょ。ちゃんと実物を見たいって思わない?」

 

 宗谷

「ま、まぁそうだが……」

 

 いつも撃て撃て魂で艦橋を盛り上げてくれるメイちゃん、そして静かだけど秘めたる熱い心を持つタマちゃん、二人の力強い説得にさすがのシロちゃんも押されてしまっている。

 確かに、実際に見ることができるのなら私だって見てみたいと思う。

 でも、超重力砲は地球環境にさえ影響を及ぼしてしまうほどの超兵器だ。

 試射とはいえ、そう簡単に撃たせてもらえるはずがない。

 

 ムサシ

「メイ、それにシマ、あなた達の気持ちはよくわかったわ。でも、これは試射であっても簡単に撃っていいものではないということは、これまでの説明でわかるわよね?」

 

 西崎

「う、うん。わかってるよ」

 

 立石

「う、うぃ」

 

 ムサシちゃんの問いかけにメイちゃんとタマちゃんは少し言葉を濁しながらも答えた。

 先ほどメイちゃんも言っていたが、無茶なお願いだということ二人だってわかっている。

 それでも二人はお願いした。

 それだけ見たい気持ちが強いということだ。

 こういう時、艦長である私はどうしたらいいんだろう。

 

 ムサシ

「私は、やっぱり反対ね。さっきも言った通り、超重力砲はこの世界で――」

 

 ヤマト

「待って。ムサシ、ちょっといいかしら?」

 

 すると、これまで黙っていたヤマトさんが突然ムサシちゃんの言葉を遮って話し出した。

 

 ムサシ

「ヤ、ヤマト? どうしたの急に」

 

 戸惑いながらもムサシちゃんがヤマトさんに尋ねる。

 

 ヤマト

「ねぇ、ムサシは本当にみんなに超重力砲を隠したままでいいと思っている?」

 

 ムサシ

「え!?」

 

 ヤマトさんの予想外の言葉にムサシちゃんは驚きの表情を隠せないでいる。

 まさか、ヤマトさんは試射に賛成だというのだろうか。

 

 ヤマト

「確かにムサシの言うことは間違いないと思う。超重力砲はこの世界、いえ元いた世界ですらあまりに強力な兵器。だから、下手に見せたら人類に恐怖を植え付けるだけ」

 

 ムサシ

「だったらどうして? 見せずに事が上手く進むなら、それで何も問題ないじゃない」

 

 ヤマト

「でも、あなたは自分から超重力砲の存在を明かした。それはここにいるみんなには隠し事をしたくないというあなたの気持ちがあったから。そうよね?」

 

 ムサシ

「そ、それは……」

 

 そう、明かす必要がないなら最初から私達に超重力砲の存在を話す必要なんてなかったはずだ。

 なのに、ムサシちゃんはその存在をヤマトさんに相談してまで明かした。

 

 ムサシ

「私、本当はこれ以上みんなに隠し事をしたくないの。まだ自分のことすらみんなに明かせていないけど、この前ちょっと色々あってようやくみんなに私のことを話せそうになっているの。でも、ここで隠し事をしたらまた逆戻りしそうで……」

 

 黒木

「ムサシ……」

 

 ムサシちゃんはまだクラスのみんなに話せていないことがあるようだ。

 そして、そのことに後ろめたさを感じている。

 だから、ここでさらに隠し事を増やすことに不安を感じているんだ。

 ヤマトさんはそのことに気づいていた。

 

 なら、私がしてあげられることはある。

 私は一歩踏み出してムサシちゃんに近づいた。

 

 岬

「ムサシちゃん、私もいいかな?」

 

 ムサシ

「アケノ?」

 

 ムサシちゃんが不安と戸惑いの表情で私を見つめてくる。

 

 岬

「私ね、ムサシちゃんがみんなに隠し事をしたくないって気持ち、すごく嬉しかった。本当なら話さなくてもいいことをみんなに教えてくれた。だから、メイちゃんには悪いけど、ムサシちゃんにこれ以上無理に聞き出そうなんて思わないよ」

 

 西崎

「艦長……。ごめんねムサシちゃん、ちょっと軽率だったかも」

 

 立石

「う、ごめん」

 

 ムサシ

「そ、そんな。二人が謝ることじゃないわ」

 

 私の言葉に、ムサシちゃんへ謝罪したメイちゃんとタマちゃん。

 私はそんな様子を見た後、自分は言葉をつづけた。

 

 岬

「でね、私考えたの。超重力砲の試射、もしやるとするなら私達だけの秘密にしようと思うの。報告書にはとりあえず存在だけ記録しておいて、後は私から校長先生とシロちゃんのお姉さんには説明しておくよ。こうすれば、ムサシちゃんの気持ちにも応えられるんじゃないかな?」

 

 ムサシ

「それで、いいの?」

 

 岬

「うん。ちょっと無茶言っているかもしれないけど、これならムサシちゃんもみんなも納得できるんじゃないかな?」

 

 ヤマト

「私も、明乃さんの考えに賛同するわ。幸い、この島は人類からはあまり認知されていないようだから、密かに試射するにはうってつけね。撃たれた超重力砲は、ミラーリングシステムでなんとかできるし、いけるんじゃないかしら」

 

 私の考えにヤマトさんが賛同してくれた。

 ムサシちゃんは少し目を閉じて考えた後、再び私とヤマトさんに向き合ってくれた。

 その顔にもう戸惑いの色はなかった。

 

 ムサシ

「二人とも、ありがとう。私のことも考えてくれて。おかげで決心がついたわ」

 

 こうして、この世界で初めての超重力砲の試射が行われることになった。

 

 

 

 ムサシ

「こちらムサシ、所定地点に移動完了。周囲半径100kmに他の船の姿は確認できないわ。こちらは発射準備、いつでもいけるわ」

 

 ヤマト

「こちらヤマト、標的用デコイの設置完了。ミラーリングシステム展開場所への移動も完了しているわ」

 

 晴風甲板上に映し出されている空中ディスプレイにムサシちゃんとヤマトさんの映像が流れている。

 空中ディスプレイには、超戦艦ムサシや発射線軸上の海の映像など、ムサシちゃんが用意したカメラからの映像がいくつも映っている。

 超戦艦ムサシはすでに展開状態となっている。

 そして、晴風の真正面には標的となるデコイが海上に浮いている。

 

 宗谷

「しかし外見だけとはいえ、こんなものまで作ってしまうとは驚きだな」

 

 岬

「うん、まさか武蔵を作っちゃうなんてね」

 

 デコイとして作られたのは、ムサシちゃんが先日スキャンした直教艦武蔵、その実物大の模型だ。

 先ほどまでのこの島にあるナノマテリアルをかき集めて作られる姿は、銀色の粒子が空中を舞うとても幻想的で綺麗な光景だった。

 

 ムサシ

「ヤマト、ミラーリングシステムのレンズユニット1番と2番のコントロールキーを譲渡するわ。キーを受信したらユニットを自由に動かせるわ」

 

 ヤマト

「うん、キーコードを受信したわ。ムサシのミラーリングシステムのコントロール開始、レンズユニット二基を私の傍に」

 

 ヤマトさんの声とともに超戦艦ムサシの艦首下にある大きな赤いユニットが2つ分離された。

 ユニットはそのまま空を飛び、私たちの前を通過してヤマトさんの元へ移動していった。

 

 ムサシ

「よし、準備完了ね。晴風のみんな、これから発射準備に入るわ。もう一度言っておくけど、覚悟して見なさいね」

 

 いよいよ超重力砲の発射体制に入る。

 超戦艦ムサシの映像を見ると、船体から分離した左右8個ずつの青いユニットが縦一列に並んでいく。

 

 ムサシ

「超重力砲、左舷8門および右舷8門を縦斉射形態へ。砲門のエネルギーライフリングの同調を開始、重力子エネルギー縮退域へ」

 

 左右に展開された超重力砲ユニットから赤い粒子が収縮するように集まり、ものすごいエネルギーを発しているのが映像だけでなく、肉眼でも確認できる。

 

 納沙

「すごいです。こんな光景、記録に残せないのが悔やまれます」

 

 ミーナ

「それはムサシたちのためじゃ。せめてしっかり目に焼き付けておかんとな」

 

 隣に居るココちゃんとミーちゃんも今流れている光景に圧倒されている。

 そして、こうしている間にもエネルギーはどんどん収束していく。

 

 ムサシ

「エネルギー縮退率、40%。照準を正面5km先のデコイの武蔵にセット、完了。ロックビーム射出!」

 

 すると、超戦艦ムサシの正面から光の柱が海上を走り、デコイを貫通して通過していった。

 そしてその直後、私たちはまた信じられない光景を目にすることになった。

 

 光の柱は左右に割れ、そのまま海を割ったのだ。

 

 西崎

「う、海が……」

 

 立石

「割れ、た……」

 

 聖書のモーセの十戒の一説にある光景が今私たちの目の前で繰り広げられている。

 六角形状のパネルがいくつも並べられた壁が海を押し広げ、それがデコイ目掛けて進んでいく。

 そして、割れ目はデコイを超えてその先にいるヤマトさんの場所まで一本の大きな道となった。

 その割れ目の中には雷のようなものが無数に迸っている。

 

 宗谷

「む、ムサシさん! この現象は、一体!?」

 

 ムサシ

「これはロックビーム。大戦艦級以上が超重力砲発射の際に、強力な重力場を放って対象を固定するものよ。これに捉えられたら、そう簡単に逃げられない」

 

 目標である武蔵のデコイは完全にロックビームに捉えられ、船体が宙に浮いた状態となっている。

 

 ムサシ

「エネルギー縮退、80%到達。臨界まで、あと20秒」

 

 いよいよ、発射の時は迫ってきている。

 晴風のみんなも固唾を飲んでその時を待っている。

 

 そして、ついに

 

 ムサシ

「エネルギー縮退100%! 臨界到達! ヤマト、いくわよ! ちゃんとやってよね」

 

 ヤマト

「ええ! いつでもきなさい」

 

 そして、それは解き放たれた。

 

 

 

 ムサシ

「超重力砲、発射!!」

 

 

 

 ムサシちゃんの号令とともに、左右のレンズユニットから膨大なエネルギーの塊が赤黒い2本のビームとなって放たれた。

 ビームはものすごい速度でロックビームの中をデコイ目掛けて一直線に進んでいく。

 周囲の海水は、超重力砲の影響を受けて水しぶきとなって宙を舞う。

 

 そして、私たちの目の前でビームが武蔵型のデコイに直撃した。

 一番主砲付近と艦尾に直撃したビームは速度を落とすことなく船体を貫通し、そのまま直進していく。

 デコイは直撃した場所からビキビキと赤いひび割れが発生し、数秒と経たず263mの巨大な船体全体に広がっていった。

 そして、一気に崩れてバラバラになってしまった。

 

 岬

「あ、あんなに大きなデコイが、一瞬で……」

 

 宗谷

「これが、超重力砲……」

 

 ムサシちゃん曰く、今回の試射で放つ超重力砲は30%まで威力を抑えたものだという。

 それでこの威力なのだ。

 フルパワーで放たれたら、一体どれだけのパワーになるのか、想像するだけでゾッとしてしまう。

 

 知床

「ヤ、ヤマトさん!」

 

 私はリンちゃんの大きな声でハッとする。

 超重力砲の射線上の先にはヤマトさんがいることを思い出し、空中ディスプレイのヤマトさんの画面を見た。

 すでに超重力砲が目の前にまで迫っていた。

 

 岬

「ヤマトさん! はやく逃げ――」

 

 ヤマト

「大丈夫よ。ミラーリングシステム起動!」

 

 ヤマトさんが両手を挙げて光るリングを展開すると、左右に浮いていた赤いユニットが光を放つ。

 すると、ユニットの上下に突如大きな黒い穴のようなものが出現した。

 穴は左右それぞれで2つずつ、合計4つ確認できる。

 あれが先ほど言っていた別次元への扉というものだろうか。

 そして、ムサシちゃんから放たれた超重力砲のビームがヤマトさんに直撃するかと思われたその時、

 

 ビームは突如上下に引き裂かれ、方向を変えて先ほど出現した穴の中へと吸い込まれていった。

 その後もビームが止まるまでその光景は続いた。

 これが、ヤマトさんとムサシちゃんしか持ちえない、超重力砲に対する唯一の対抗手段であるミラーリングシステムの実力ということだろう。

 

 やがてビームは収まり、ムサシちゃんが展開していたロックビームも解除され、割れていた海は元の姿に戻った。

 目の前にあった武蔵型のデコイは完全に崩れ、残骸が赤黒い痕を残して浮いている状態になっている。

 

 ムサシ

「全シークエンス、完了。ふぅ、うまくいってよかった。ヤマト、お疲れ様」

 

 ヤマト

「ムサシもお疲れ様。ミラーリングシステムのユニット、今から返すわね」

 

 ムサシ

「ええ、お願い」

 

 空中ディスプレイではヤマトさんとムサシちゃんが何か話しているようだが、私を含めた晴風クラスのみんなは先ほどまでの光景に完全に圧倒され、言葉を発することができなくなってしまった。

 あまりに現実離れした、とてつもない威力の攻撃を目の当たりにしてしまった。

 みんな頭が混乱し、今起きたことを受け入れられずにいた。

 

 ムサシ

「アケノたちは……、あらら、みんな呆けてしまっているわね」

 

 ヤマト

「まぁ、無理もないわね」

 

 ムサシ

「とりあえず、片づけ終わったらみんなのフォローしてあげないとね」

 

 ヤマト

「うん、そうね」

 

 その後、私たちはムサシちゃん達が戻ってくるまでずっと動けずにいた。

 

 安全監督室からの依頼で始まった超戦艦ムサシの調査。

 調べれば調べるほど、人類の兵器との圧倒的な戦力差に驚かされ続けるばかりであった。

 そして極めつけは、超重力砲の絶大なまでの威力。

 私たちはこれから作成する報告書が、ちゃんと安全監督室に受け入れてもらえるか、不安になっていた。

 

 そして最後に、超重力砲を目の当たりにした私たちはみんなこう思った。

 

 ムサシちゃんを敵に回さなくてよかった、と。




第十一話、いかがだったでしょうか?

霧の艦隊、ひいては蒼き鋼のアルペジオを語る上では欠かせない要素である超重力砲にスポットを当ててみた今回でした。
正直、どういう形で超重力砲を出して、実際に撃つかを色々考えたんですが、こういう形に。
もっとうまい場面とかあったかもしれないなぁ、と書き終わってから考えてしまいます。
今後、ムサシがどう晴風と一緒に戦うのか、是非ご期待ください!
(なお現状、ノープランである)

次回、十二話は、
ムサシvs.マロン、仁義なきクロちゃん争奪戦勃発か!?
をお届け?予定

次回も読んでいただけるとありがたいです。



さて、ここから投稿が空いた言い訳です。
興味ない人は以降スルーでお願いします。

この一週間何をやっていたかというと、13日から夏休みに突入し、人生初のコミケ参加、艦隊これくしょんの夏イベント攻略&新艦娘掘り、そして17日~20日まで実家に帰省、という感じでイベント盛りだくさんでした。
その結果、執筆に力が入りませんでしたorz
16日頃から少しずつは書き進めてはいたんですけどね。
でも、おかげで充実した夏休みにはなりました。
艦これも新艦娘全員取れたし、満足かな。

長くなりましたが、今後は最低でも1週間に1話は投稿するよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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第十二話 機関室でピンチ!

お待たせいたしました。
第十二話でございます。

この度、お気に入り登録が100人となりました!
皆様、応援していただきありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたします。

今回は、晴風機関室でのお話。
時系列は相変わらず6話と7話の間です。

それでは、どうぞ!


 2016年4月17日午後9時

 

 -麻侖side.-

 

 駿河

「あー、もう報告書めんどくさーい!」

 

 伊勢

「はいはい、文句言わないの」

 

 若狭

「でもさー、超重力砲ほんとすごかったよね」

 

 広田

「あー、ほんとにあれって現実? 夢じゃなくてさ」

 

 いつもの四人組がいつも通りの調子でしゃべっている。

 機関室での仕事では非常に信頼できる四人だが、どうもおしゃべりが多いんだよなぁ。

 

 柳原

「おいそこ! 口を動かす前に手を動かせー!」

 

 あたしは四人に対して一言注意した。

 

 あたしたち機関室組六人は、晴風の機関室で超戦艦ムサシの調査報告書を書いている。

 あたしたちの担当は当然、ムサシの機関室だ。

 ムサシちゃんに操作用の端末を用意してもらったおかげで、ムサシちゃんと別れた後も重力子エンジンを色々操作して調査を続けた。

 これまでおじいちゃんの漁船をはじめ色々な機関に触れてきたあたしだが、重力子エンジンというのは実に新鮮で面白いものだった。

 その時ついつい調子に乗っちまって、クロちゃんにちょっと注意されてしまった。

 

 それで、そのクロちゃんはというと

 

 黒木

「ねぇムサシ、機関始動時の重力子エンジンの挙動についてなんだけど」

 

 ムサシ

「ん、どれどれ?」

 

 機関室を訪れているムサシちゃんと一緒に報告書を書いていた。

 それも、ずっと隣合わせになって引っ付いた状態で。

 

 当初クロちゃんはムサシちゃんを「ムサシさん」と呼んでいたはずだったのに、最近は「ムサシ」と呼び捨てで呼ぶようになっていた。

 さらにムサシちゃんの方も「ヒロミ」から「クロ」と呼び方が変わっていた。

 そして、お互いの呼び方が変わった時から二人の距離がすごく近く、つまりすごく仲良くなっているのだ。

 数日前に二人に一体何があったんだろうか。

 

 正直なところ、かなり嫉妬してしまっている。

 ただでさえ最近のクロちゃんは、宗谷さん宗谷さんと副長にご執心だったのに、さらにムサシちゃんまで加わってしまった。

 マロンはずっとクロちゃんのことを思っているのに。

 でも副長もムサシちゃんも悪い奴じゃないから、クロちゃんを強く責めることはできずにいる。

 

 それでも二人の馴れ初めが気になってしまうのが、恋する乙女ってもんなんでぃ!

 あたしは思い切ってクロちゃんに聞いてみることにした。

 

 柳原

「なぁなぁ、クロちゃん」

 

 黒木

「ん? どうしたのマロン?」

 

 いつも通りの様子でクロちゃんが尋ねてくる。

 

 柳原

「最近ムサシちゃんとすごく仲良くなってるけどさ、二人になにがあったんだい?」

 

 黒木

「え!? え、えぇと……」

 

 クロちゃんがあたしの質問に困る仕草をしている。

 まさか!? あたしが知らない間にムサシちゃんとすごい関係になっちまったってのかい!?

 

 若狭

「あ、機関長殿、嫉妬ですかな?」

 

 広田

「副長殿に続いてムサシちゃんにもクロちゃん取られそうになってたら、そうなりますよねー」

 

 柳原

「う、うるせぃ! そんなんじゃねぇんだい!」

 

 レオちゃんとソラちゃんに痛いところを突かれて、思わず強い口調で言い返してしまった。

 

 ムサシ

「クロとは他のみんなよりもちょっとだけ仲良くなっただけよ。ね、クロ?」

 

 黒木

「う、うん。そうだね」

 

 ムサシちゃんが少し勝ち誇ったような表情で私に話した。

 なんてこった! まさかムサシちゃん、クロちゃんに気があるっていうのか!

 こうしてはいられないと、あたしはクロちゃんの腕に抱き着いた。

 

 黒木

「え!? ま、マロン!?」

 

 柳原

「クロちゃんはマロンのもんなんでぃ!」

 

 ムサシ

「あら? クロはマロンのものだったの?」

 

 黒木

「ちがうちがう! ただの同郷の幼馴染だっぺ」

 

 柳原

「なんでぃクロちゃん、つめてぇじゃないか!」

 

 ヒートアップするあたし、それを飄々と受け流すムサシちゃん、そして思わず地元訛りの言葉が出てるクロちゃん。

 そんなあたしたちを見つめる視線が四つ。

 

 若狭

「おーおー、クロちゃんを巡るドロドロ三角関係ってやつ?」

 

 駿河

「ドロドロ? 何がドロドロしてるの?」

 

 広田

「ルナ、論点ずれてるって」

 

 伊勢

「というか、機関長も手が止まっちゃってるんだけど」

 

 もう何が何だかわからない状況になってしまった。

 

 すると、突然

 

 ムサシ

「ふふ、やっぱりみんなといると面白いわね」

 

 黒木

「ムサシ?」

 

 ムサシちゃんが笑った。

 ただその表情には少し寂しさが見えていた。

 

 柳原

「なんでぃ、突然。勝者の余裕ってやつかい?」

 

 ムサシ

「違うわ。こんな何でもない馬鹿話、今までする価値もないって切り捨ててきたのに、

 晴風のみんなとしてると楽しいって思えるの。それに、今まで私は一人だったから……」

 

 黒木

「ムサシ、それは」

 

 ムサシちゃんの「一人だった」という言葉にあたしは違和感が覚えた。

 ムサシちゃんが元いた世界では多くの霧の仲間と、そしてヤマトさんだっていたはず。

 なのに一人だったと、ムサシちゃんは言うのだ。

 そして、クロちゃんは何か知っているようだ。

 

 柳原

「どういうことだ? クロちゃんは何か知ってるのかい?」

 

 黒木

「え、ええと……」

 

 すると、ムサシちゃんが困っているクロちゃんに手を差し伸べた。

 

 ムサシ

「うん、そうね。いい機会だし、ここにいるみんなには話してしまうわ。私のこと」

 

 黒木

「ムサシ、大丈夫なの?」

 

 ムサシ

「うん、ありがとうクロ」

 

 あたしは昼間の超重力砲の試射の前に、ムサシちゃんがあたしたちに何か隠し事をしていると言っていたのを思い出した。

 きっとそのことを話そうとしているのだろう。

 あたしとルナちゃん、サクラちゃん、レオちゃん、ソラちゃんの5人はムサシちゃんを取り囲むように座り直し、彼女の言葉を聞く態勢になった。

 そしてムサシちゃんは語り始めた。

 

 ムサシ

「それじゃ、最初にみんなに聞きたいのだけど、私とヤマトの関係ってどう思う?」

 

 

 

 それからあたしたちはムサシちゃんの過去を聞くことになった。

 人間の艦長、千早翔像さんと意思疎通をするためにメンタルモデルを作ったこと。

 その千早さんから人類と霧との共存を持ちかけられことで戸惑ったこと。

 その後、ヤマトさんとともに家族として認めてもらったこと。

 ムサシちゃんは昔を懐かしむように語っていた。

 

 柳原

「へー、ムサシちゃんにも乙女な一面があったってことなんだな」

 

 ムサシ

「マロンの言葉はよくわからないけど、お父様と一緒にいた時はなんだか嬉しい気持ちがあったとは思うわ」

 

 広田

「なんか、私お父さんと結婚する!、ってやつなのかな」

 

 噂好きの四人はムサシちゃんの話を聞いて盛り上がっている。

 こういうネタにはホントによく反応するもんだ。

 するとルナちゃんが手を挙げてきた。

 

 駿河

「はいはーい、その後お父さんとはどうなったの?」

 

 ムサシ

「あ……そうね、その後は……」

 

 ルナちゃんの質問にムサシちゃんは突然表情暗くなってしまった。

 

 黒木

「ちょっとルナ!」

 

 駿河

「……あれ? もしかして地雷踏んだ?」

 

 クロちゃんがルナちゃんを強い口調で責めていた。

 すると、ムサシちゃんはクロちゃんを制するように手をクロちゃんの前に出してきた。

 

 ムサシ

「大丈夫、私は大丈夫だから。ルナを責めないであげて」

 

 黒木

「ムサシ……」

 

 ムサシちゃんの言葉を聞き入れたクロちゃんは引き下がった。

 

 ムサシ

「話が途切れてしまったわね。じゃあ続きを話しましょうか」

 

 

 その後、ムサシちゃんから語られたことは非常にショッキングな内容だった。

 

 千早さんはヤマトさんとムサシちゃんのいる目の前で、部下の人に銃で撃たれて死んでしまった。

 そのことに激高したムサシちゃんは、我を忘れて船内にいた部下の人間全員を殺し、さらには千早さんが乗っていた潜水艦を沈めてしまった。

 この事件の後、人間を憎むようになったムサシちゃんと人間との共存を望むヤマトさんとの間には大きな溝が生まれ、対立するようになった。

 そして、

 

 ムサシ

「あの大海戦の前日、私とヤマトは直接対決をしたの。そして私は、自分の手でヤマトを沈めてしまったの……」

 

 ムサシちゃんの言葉に噂好きの四人は信じられないという表情をしていた。

 もちろん、あたしだって信じられなかった。

 あたしたちはこの世界にきてからのとても仲の良い二人しか知らなかったので、昔にそんなことがあったなんて知る由もなかった。

 

 ムサシ

「その後のことは、初めて会った日にヤマトが語ったことの通りよ。これが、私がみんなに隠していた私の過去。感情を認めず、憎しみのままに人類を滅ぼそうとした、私の醜い過去よ」

 

 ムサシちゃんは震えながら、今にも泣きそうな顔で全てを話した。

 クロちゃんはそんなムサシちゃんを心配して、両手で彼女を優しく抱いていた。

 

 柳原

「クロちゃんは、このことを知っていたのかい?」

 

 黒木

「うん。ごめんね、マロン。ムサシが自分から話すまで私からは話せなかったから」

 

 クロちゃん曰く、お風呂で艦長と一悶着あったあの後、ムサシちゃんからこの話を聞いたという。

 ムサシちゃんはクロちゃんが艦長に対して不満を持っていることに、千早さんの姿を重ねてすごく不安になってしまったそうだ。

 

 黒木

「でも、あの時ムサシとお互いの気持ちを話し合ったことで、艦長と仲直りすることができた。それにムサシともとても仲良くなれたの。ね、ムサシ?」

 

 ムサシ

「ええ、そうね」

 

 柳原

「そっか」

 

 クロちゃんとムサシちゃんが最近仲良く見えた理由がはっきりとわかり、あたしは安心していた。

 いつの間にかムサシちゃんに対する嫉妬心は消えてなくなっていた。

 

 すると、ムサシちゃんからの話が終わってからダンマリだった四人組から、ルナちゃんがムサシちゃんの肩を突然掴んだ。

 その目からは涙が大量に流れていた。

 

 駿河

「ムサシちゃあああああん、ごめんなさあああああい!!」

 

 ムサシ

「え!? ちょ、ルナ??」

 

 突然の出来事にムサシちゃんは戸惑いを隠せない。

 

 駿河

「私、軽はずみでムサシちゃんにひどいこと聞いちゃった。辛いこと思い出させちゃったよね。ほんとにごめんなさいぃ」

 

 泣きながら謝るルナちゃんに、ムサシちゃんは涙が流れる頬にそっと手を添えた。

 

 ムサシ

「ルナ、ありがとうね。でもあなたは何も悪くないわ。だから泣かなくていいの」

 

 駿河

「ムサシちゃん、うん、うん!」

 

 ムサシちゃんの優しい言葉に、ルナちゃんは泣きながらも笑顔になった。

 そんな二人の様子をあたしたちは見守るように眺めていた。

 

 柳原

「ま、ムサシちゃんがいいんなら、あたしたちから言うことはなんもねぇな! そうだろ、クロちゃん?」

 

 黒木

「そうね、マロンの言う通りね」

 

 先ほどルナちゃんを責めていたクロちゃんも納得してくれたようだ。

 

 伊勢

「もうルナったら、突然泣き出すからびっくりしちゃうじゃない」

 

 駿河

「えへへ、ごめんね」

 

 若狭

「そうそう、横須賀女子の合格発表の時だって突然海に飛び込んだし」

 

 広田

「あれにはさすがにビビったわぁ」

 

 駿河

「レオちゃんソラちゃーん、あの時のことは言わないで~」

 

 いつの間にか先ほどまでの沈んでいた雰囲気からみんな笑顔になっていた。

 すると、ムサシちゃんがあたしたちに不安そうに尋ねてきた。

 

 ムサシ

「それでね、私のことを聞いてみんなはどう思った? 私は今でも人類のこと、完全に信じることはできないし、正直憎んでいる気持ちだってまだあると思う。でも、ここにいるみんなのことは大好きなの。きっとお父様と同じくらいに」

 

 あたしはムサシちゃんがこれまで自分の過去の行いに引け目を感じ、苦しみに耐えていたことを悟った。

 大切に思えた人を亡くして、その反動で人類を恨んでしまった。

 人によってはムサシちゃんのことを恐れ、拒絶するだろう。

 でも、あたしたちにはそんなことは関係なかった。

 

 柳原

「ムサシちゃん、辛かったよなぁ。苦しみを誰にもぶつけられず、ずっと耐え続けたんだよな? それならよ、あたしたちがこれ以上とやかく言う筋合いはねぇってことだ」

 

 若狭

「機関長殿にさんせー。確かにちょっと驚いたけど、そのことでムサシちゃんのこと嫌いになんてならないよ」

 

 広田

「そうだよ。もし他の人に何か言われたら、私たちが絶対守ってあげるよ」

 

 駿河

「私、これからもずっとムサシちゃんと友達でいたいよ!」

 

 伊勢

「私も、今まであんまり話したことなかったけど、これからいっぱいお話してもっと仲良くなりたいな」

 

 ムサシ

「マロン、みんな……」

 

 みんなの言葉に呆然としているムサシちゃん。

 そんな彼女にクロちゃんが話しかける。

 

 黒木

「ムサシ、みんなあなたと友達になりたいって言ってくれてるよ。ヤマトさんみたいにはなれないかもしれないけど、私たち六人はムサシのこと、大好きなんだよ」

 

 ムサシ

「クロ……みんな、ありがとう、ありがとう」

 

 ムサシちゃんの目から一筋の涙が零れ落ちた。

 あたしたちはムサシちゃんが泣き止むまで、優しく彼女を見守ってあげた。

 

 しばらくしてムサシちゃんが泣き止んだ後、あたしは先ほどの話で一つ気になったことをムサシちゃんに尋ねてみることにした。

 

 柳原

「ムサシちゃん、さっきの話だとヤマトさんは一回沈んでいなくなっちまったんだよな? でも、何でこの世界に来た時に復活できたんだ?」

 

 黒木

「そういえばそうね。初めて聞いたときは余裕がなくて気が付かなかったわ」

 

 ムサシちゃんはあたしの質問に対して、少し考える素振りをしながら答え始めた。

 

 ムサシ

「確かにヤマトは私が一度沈めたわ。でも、ヤマトもただでは終わらなかったの。消失する直前に、彼女は自分のコアを私の配下のある潜水艦に譲ったの。そのおかげで、彼女は本体のコアを失いながらも生き延びていたの」

 

 若狭

「え、コアを譲るってそんなことできるの!?」

 

 ムサシ

「もちろん普通じゃできない。彼女が霧の総旗艦であるが故に為せる業よ。ヤマトはその時、ある勅命を下したの。「千早翔像の息子に出会い、彼に従え」とね。その潜水艦は私の下から離れて、その後人間に拿捕されたわ。そして七年後にお父様の息子、千早群像はその潜水艦と出会った。そこから霧は大きく変わっていったの」

 

 以前、ヤマトさんは霧がメンタルモデルを持つことで変わっていき、最後は人類と霧の混在する組織によってアドミラリティ・コードから解放されたと言っていた。

 ムサシちゃんの話と合わせると、きっとその千早群像さんという人がその組織を作ったのだろう。

 

 柳原

「じゃあヤマトさんはその潜水艦の中でずっと生きていて、ムサシちゃんがこっちにくるタイミングで完全に復活したってことか」

 

 ムサシ

「なんで復活したのかは私もヤマトもわかっていないの。でも、今はこうやってヤマトと一緒にいられるなら、理由なんてどうでもいい。今はこれでいいの」

 

 柳原

「そうだな。ちょっと無粋なこと聞いちまったな。ゴメン」

 

 ずっと仲違いしていた姉妹がようやく仲良くなれたんだ。

 それ以上に幸せなことはねぇよな。

 

 柳原

「いよーっし! これからムサシちゃんとの仲をもっと深めるために、宴だ宴だー!」

 

 黒木

「いやいやマロン!? まだ報告書書き終わってないからね。もうちょっとなんだから、それが終わってからにしようよ」

 

 広田

「あはは、結局宴はやるんだ」

 

 若狭

「でもいいじゃん。ちゃちゃっと報告書終わらせてやろうよ!」

 

 伊勢

「じゃあ、あとで杵崎姉妹と伊良子さんに何かつくってもらおうよ」

 

 駿河

「うん! 楽しみだなー」

 

 あたしとしたことが、報告書のことをすっかり忘れてしまうとは。

 でも、みんな宴をやることには賛成してくれた。

 そうと決まれば、

 

 柳原

「よーし! それじゃみんな――」

 

 ムサシ

「みんな、報告書頑張りましょ!」

 

 黒木、伊勢、駿河、若狭、広田

「おー!!」

 

 柳原

「それ! マロンのセリフなのにー!!」

 

 今日、あたしたち機関室組はムサシちゃんと強い絆を結ぶことができた。

 辛く重い過去をあたしたちに教えてくれたムサシちゃん。

 そんな彼女をあたしたちは受け入れて、改めて友達になることができた。

 きっと晴風の他のみんなだってそう思うに違いないだろう。

 そして、私たち六人はある決意した。

 

 これから何があっても、晴風のみんなでムサシちゃんを守ってあげるんだ、と。

 




第十二話、いかがだったでしょうか?

第七話でムサシとクロちゃんが絆を深めましたが、その繋がりで今回は機関室組とのお話でした。

ムサシの過去を知る人が増えましたが、最初に秘密を明かしたクロちゃんはムサシにとって特別な存在なので、マロンちゃんの恋のピンチは変わらないのです。
マロンちゃんとは恋のライバルだけど大切な親友、という関係にするつもりです。

さて私事ですが、9月に横須賀で開催されるはいふりイベント「横須賀赤道祭2016」の昼の部先行抽選、外れてしまいましたorz
私の予想以上に競争率高かったようですね。
夜の部の先行抽選は応募しましたが、果たしてどうなるか。
是非とも参加したいですね。

第十三話は、現時点で何も決まってない……
ストック切れでピンチ!
でも、頑張るぞぃ!

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第十三話 お姉ちゃんでピンチ!

お待たせいたしました。
第十三話でございます。

先週の時点でストックが切れて、どうなるかと思いましたがなんとか書けました。^^;

今回は、ヤマトさんがメインのお話。
今まであまり出ることのなかった彼女の心情を描いてみました。

それでは、どうぞ!


 2016年4月20日午後5時

 

 -ヤマトside.-

 

 静かな部屋の中、チクチクと時計の音だけが鳴り響いている。

 私はその静寂を破り、隣にいる人物に声をかける。

 

 ヤマト

「みなみちゃん、抗体の精製に必要な薬品の割り出しができたわ。今端末に送信するわね」

 

 鏑木

「ありがとうヤマトさん。いつも手伝ってもらってすまない」

 

 ヤマト

「いいのよ。こうやってお手伝いできるのがとても楽しいの。どんどんお姉ちゃんに頼っちゃって」

 

 鏑木

「ああ」

 

 ここは晴風の医務室。

 私とみなみちゃんはネズミもどきさんの持つウイルスの抗体を精製するため、様々な薬品のデータを収集し、実験を繰り返している。

 五十六ちゃんがウイルスに感染しなかった、というヒントから始まった抗体精製ももうすぐ終わりが見えてきた。

 後は実物を精製し、臨床試験を実施して効力を確認できれば完了となる。

 わずか一週間足らずで抗体精製の目途が立つまで進めることができたのは、一重にみなみちゃんの天才的な発想と実力のおかげだろう。

 ちなみに私の彼女の呼び方は「美波さん」から「みなみちゃん」に変わっている。

 

 

 

 一仕事終えた私は昨夜あった出来事を思い出していた。

 昨夜、ムサシは晴風のみんなに自分の過去を話した。

 私にその話を持ちかけてきた時、私はついに来るべき時がきたのだと思った。

 今考えてみれば、先日の超重力砲試射の際にみんなに言う前から、ムサシは自分のことを告白する覚悟を決めていたのかもしれない。

 この世界に来てムサシは再び信頼できる人類に出会え、少しずつ変わろうとしている。

 私は姉として彼女を見守ると決めていたため、ムサシの話に二つ返事で了承した。

 そして、晴風のみんなが教室に集まるタイミングを見計らってみんなに話すことになった。

 

 ムサシは昔を思い出すようにみんなに過去に起こった出来事を話していった。

 大好きだったお父様のこと、あの日の悲劇のこと、仲違いした末に私を沈めてしまったこと、その後自分が霧を支配し人類に牙をむいたこと、その一つ一つをゆっくりと晴風のみんなに言い聞かせていった。

 そして最後に全てを話し終えた時、ムサシは震えながらもしっかりとみんなに目を向けていた。

 それは、彼女の強い覚悟の表れであったと私は感じた。

 ムサシの過去を知った晴風のみんなの反応は、戸惑いの表情を隠せない様子だった。

 特に私との関係は、この世界に来てからの私たちの様子からかけ離れたものだったため、少しばかりショックを受けていたようだった。

 すると、唐突に洋美さんが立ち上がり、ムサシに寄り添ってこう言った。

 

 黒木

「みんな、ムサシは私たちと出会ってからずっとこのことを話そうか悩んでいたの。この世界に来て、みんなと仲良くなっていくうちに、自分の過去を知られるとみんなに嫌われてしまうんじゃないかって不安になっていた。でも、それは過去のムサシ。今のムサシはみんながこれまで見てきた姿がまぎれもない本当のムサシなの。だから、これからも友達として、家族として一緒にいてあげてほしいの」

 

 洋美さんの必死の訴えに、私は意外なことだと思った。

 後で聞いた話だが、ムサシは洋美さんをはじめ機関室組の人たちには自分のことをすでに明かしていたそうだ。

 特に洋美さんは最初に告白した人らしく、そのおかげでムサシに特別強く親しみを持っているようだった。

 洋美さんの言葉に少しざわめく教室。

 しかしそんな中、明乃さんはムサシに近寄り、彼女に優しく話しかけた。

 

 岬

「ムサシちゃん、そんなに辛かったことを私たちに話してくれてありがとう。きっとずっと不安だったんだよね? でも、私たちはこれでムサシちゃんを嫌いになんて絶対ならないよ、絶対に」

 

 明乃さんの言葉に、ましろさんを始め他のみんなもムサシを応援する声が上がった。

 ムサシはみんなからの言葉に対して、「ありがとう」と繰り返し感謝していた。

 だが、その目には涙はなく、表情は晴れやかだった。

 その後みんなが持ち場に戻っていき、私とムサシは一緒に教室を出た。

 その時、突然ムサシは私にしがみついてきた。

 

 ムサシ

「ゴメンおねえちゃん。今だけ、今だけこうさせて」

 

 ムサシは体を震わせながら涙を流しだした。

 きっとみんなに受け入れてもらって、押し込めていた感情が一気にあふれ出たのだろう。

 私はそんなムサシを優しく抱き寄せ、彼女が泣き止むまでそっと見守ってあげた。

 

 

 

 昨日のことを思い出し、私はムサシの変化に嬉しさを感じていた。

 

 ヤマト

≪ムサシもようやく自分の意志で道を歩み出そうとしている。ここにいるみんなを信じて、歩み寄ることができるようになったのね≫

 

 この世界にきた当初、自分の進むべき道を見つけられるか不安を口にしていたムサシだったが、晴風クラスという真に信頼できる人たちと出会えたことで、いつの間にか自分の道を見出し歩もうとしている。

 彼女自身はまだ自覚していないようだが、きっとムサシは彼女たちと自分だけの素晴らしい道を歩んでいけると私は信じている。

 

 鏑木

「ヤマトさん? ヤマトさん!」

 

 そう思い浸っていると、みなみちゃんから声をかけられていることに気が付いた。

 みなみちゃんは私にマグカップを差し出してきた。

 

 鏑木

「ほら、蒼人魚名物の塩ココアだ」

 

 ヤマト

「あら、ありがとう」

 

 みなみちゃんがよく作ってくれるブルーマーメイドの名物だという塩ココア。

 最初は塩気の多さに少し驚いたが、今では私もその独特な風味の虜になってしまっている。

 私はマグカップを受け取り、一口じっくり味わった。

 

 鏑木

「どうした? 何か考え事をしていたようだが」

 

 ヤマト

「ごめんなさい。昨日のムサシのことを思いだしていてね」

 

 鏑木

「ああ、昨日のことか。確かに衝撃的だったが、私はムサシさんの本音を聴けてよかったと思っている。私もムサシさんとは今後も仲良くやっていきたい」

 

 ヤマト

「ありがとう、みなみちゃん。その言葉とても嬉しいわ」

 

 みなみちゃんの優しい言葉に私は思わず感極まってしまった。

 晴風クラスのみんなは本当にいい人たちばかりだ。

 この世界で初めて出会った人類が彼女たちでよかったと、本当に思う。

 

 鏑木

「それに、私はヤマトさんとももっと良い関係を築きたいと思っている」

 

 ヤマト

「え、私と?」

 

 みなみちゃんは唐突に私のことを話題に上げてきた。

 

 鏑木

「私は今まで誰かと一緒にいて楽しいと感じたことはあまりなかった。だがこの艦、晴風に乗ってからは色々トラブルもあったが、毎日が楽しいと感じるようになったんだ」

 

 みなみちゃんはわずか12歳で横須賀海洋医大に飛び級した規格外の天才だ。

 私は元いた世界で同じような境遇にいたある少女のことを思い浮かべた。

 きっとみなみちゃんも、彼女のように自身の周りに本当に親しい友人などいなかったのだろう。

 晴風クラスのみんなは、そんなみなみちゃんにとっても大きな存在となっているようだ。

 

 鏑木

「特にこの数日、ヤマトさんとずっと抗体の研究を進めていた時がすごく充実していたように思う。なんだろうな、私はヤマトさんを姉のように思っているのかもしれないな」

 

 ヤマト

「みなみちゃん……」

 

 みなみちゃんが、私を姉のように慕ってくれている。

 私はその言葉がとても嬉しかった。

 

 ヤマト

「それならいつでも頼っていいのよ。私がみなみちゃんのお姉ちゃんになってあげるんだから!」

 

 鏑木

「ふ、それでは妹のムサシさんに嫉妬されてしまいそうだな」

 

 私たちはお互いの姿を見て笑い合った。

 確かに私にとってもこの数日間、みなみちゃんと一緒に研究をしていてとても充実した時間を過ごせたと思う。

 私も気が付かないうちに、みなみちゃんとの仲を深めることができていたようだ。

 私はもっとみなみちゃんと仲良くなりたいと思い、彼女に寄り添おうとした。

 その時、艦内放送のスイッチが入る音が医務室に聞こえた。

 

 伊良子

「みなさーん、夕飯の用意ができましたよー! 食堂に来てくださいね」

 

 美甘さんの元気な声が聞こえてきた。

 いつの間にか夕飯の時間になっていたようだ。

 私は名残惜しくみなみちゃんから離れた。

 

 鏑木

「夕食の用意ができたようだな。私はもう少し抗体精製の作業を続けようと思うのだが、ヤマトさんはどうする?」

 

 ヤマト

「私ももう少しみなみちゃんのお手伝いしたいわね。よし、お姉ちゃんが美甘さんたちの所に行って二人分受け取ってくるわね」

 

 鏑木

「すまない、さっそく頼りにさせてもらおう」

 

 私は医務室を出て、みんなが夕飯を食べる場所である食堂に向かった。

 

 

 

 私はゆっくりとした足取りで食堂へ向かっていた。

 すると右前方の機関室の扉が開き、三人の人影が現れた。

 

 ムサシ

「あれ、おねえちゃん? これから食堂?」

 

 ヤマト

「ええ、みなみちゃんの分と一緒に取りに行くの。あなたたちも?」

 

 黒木

「はい、マロンとムサシの三人で食事です」

 

 出てきたのは、洋美さんと麻侖さん、そしてムサシだった。

 最近ムサシは洋美さんと一緒にいることが多く、その関係で機関室への出入りも多くなっている。

 どうやら今日も機関室にいたようだ。

 

 ヤマト

「また機関室に行っていたのね。少しはウイルスの研究を手伝ってほしかったのだけど」

 

 ムサシ

「う、ごめんなさい」

 

 ムサシが申し訳なさそうに謝ってきた。

 

 ヤマト

「ふふ、いいわよ。せっかく仲良くなれたお友達ですもの。その時間は大切にするべきだわ。それに抗体精製ももうすぐなんとかなりそうだから、今から無理に参加しなくてもいいわよ」

 

 黒木

「え!? ウイルスの抗体、もうできるんですか!?」

 

 ヤマト

「ええ。あとは精製したもので臨床試験を行って、効果が確認できればとりあえず完成。量産についてはある程度はここで作って、残りはブルーマーメイドに依頼する予定よ」

 

 柳原

「じゃあもう完成しそうなんだな。さっすがみなみさんとヤマトさん!」

 

 麻侖さんが嬉しそうに喜んでくれた。

 これで武蔵をはじめ、シュペーや他のネズミもどきさんのウイルスに感染した生徒たちを救うことができる。

 

 ムサシ

「ありがとうヤマト。ミナミには後で私から謝っておくわ」

 

 ヤマト

「それは大丈夫。きっとみなみちゃんもわかってくれてるから」

 

 すると突然ムサシが少し不機嫌な様子を見せた。

 何か変なことを言っただろうか。

 

 ムサシ

「ところで、いつからミナミのことをちゃん付けで呼ぶようになったのよ。ちょっと前まではみんなと同じさん付けだったのに」

 

 どうやら、ムサシは私がみなみちゃんと仲良くなっていることに少し嫉妬しているようだ。

 みなみちゃんが言っていた通りの様子に、私は思わずムサシをからかいたくなった。

 

 ヤマト

「あら? それを言ったらムサシだって、洋美さんのことを「クロ」って呼ぶようになっているじゃない。いつの間にそんな仲になっていたのかしら?」

 

 ムサシ

「そ、それは、クロは私の秘密を初めて明かした人だし、私を最初に許してくれた大切な人、だから///」

 

 黒木

「む、ムサシ、それちょっと、恥ずかしいよ///」

 

 私の言葉にムサシは思わずたじろいでしまい、苦しい言い訳をする。

 そして洋美さんもムサシの言葉に顔を赤くしてしまっている。

 すると今まで黙っていた麻侖さんが二人の間に割って入ってきた。

 

 柳原

「もういっぺん言っとくけどよ、クロちゃんはマロンのもんだかんな!」

 

 黒木

「ま、マロン! これ以上話をややこしくしないで」

 

 ヤマト

「あらあら、麻侖さんがライバルみたいよ。大丈夫?」

 

 ムサシ

「うぅ、おねえちゃんのイジワル……」

 

 ムサシが拗ねた顔で私を見つめてくる。

 私はムサシの可愛さと可笑しさに思わず笑ってしまった。

 

 ヤマト

「あははは、ごめんなさいムサシ。でも、よかったわね」

 

 ムサシ

「え?」

 

 ヤマト

「あなたはこうやってみんなと冗談を言いながら楽しく過ごせている。それはムサシが自分で築き上げた大切な人との繋がり。大丈夫、もうあなたは自分の道を歩み出しているわ」

 

 ムサシ

「おねえちゃん……」

 

 やはりムサシには自覚がなかったようで、私の言葉にキョトンとしてしまっている。

 私は、洋美さんと麻侖さんに向かい合った。

 

 ヤマト

「洋美さん、麻侖さん。これからもムサシと、妹と仲良くしてあげてください。この子は昨日話した通り、人類との付き合いで深い傷を負っています。でも、この晴風でみんなと出会えたことはきっと奇跡なんだと思います。ここでの日々はきっと彼女にとって大きな恩恵となると思うんです。だから――」

 

 黒木

「ヤマトさん、私たちはもう大切な仲間で、そして家族です。それに昨日みんなで決めたんです。ムサシのこと、一緒に守ってあげようって。だから私たちはムサシとずっと一緒にいますよ」

 

 柳原

「もうムサシちゃんに辛い思いはさせねぇ。裏切ったりなんか、絶対しねぇって誓ったんでぃ。それはヤマトさんともだ。ま、大船に乗ったつもりでいてくれよ。二人ともこの世界では幸せにしてやるよ!」

 

 私の言葉に二人は笑顔で応えてくれた。

 二人の言葉が私たちにはとても心強かった。

 

 ヤマト、ムサシ

「ありがとう、二人とも」

 

 私とムサシは二人に揃ってお礼をした。

 

 

 

 そんな話をしているうちに食堂にたどり着き、私はムサシたちと別れた。

 私は美甘さん、ほまれさん、あかねさんの所へ赴き、私とみなみちゃんの二人分の食事を受け取ることにした。

 

 杵崎あ

「ヤマトさん、今日もみなみさんは医務室で食事ですか?」

 

 ヤマト

「ええ。抗体精製も最後の大詰めだから、私もみなみちゃんも食事は医務室に持ち込みたいの。お願いできるかしら?」

 

 杵崎ほ

「わかりました。お二人とも大変ですね。おまけで少し盛り付け多めにしておきますね」

 

 ヤマト

「ありがとう。ところで今日のメニューは何かしら?」

 

 すると、調理場の奥の方から美甘さんが料理を持って現れた。

 

 伊良子

「よくぞ聞いてくれました! 今夜の夕飯は題して、Re.ドイツ料理祭り!、です」

 

 杵崎ほ

「ちなみにReには、再びとリベンジの二つの意味が込められているみたいです」

 

 以前美甘さんはミーナさんにドイツ料理を出してダメだしをたくさん貰っていたから、そのリベンジをしたいということらしい。

 

 伊良子

「今日はこのアイントプフでミーナさんに絶対おいしいって言わせてあげるんだから! ほっちゃん、あっちゃん、負けないからね!」

 

 杵崎あ

「別に勝負しているわけじゃないんだけどなぁ。あ、私たちはフラムクーヘンを作ってみました」

 

 杵崎ほ

「よかったら、後で感想聞かせてくださいね」

 

 ヤマト

「ええ、必ず」

 

 私は二人分の料理をカートに入れてもらい、それを押して食堂を後にした。

 

 

 

 私は来た道を一人で戻る。

 その道中、私はあることを考えていた。

 

 ヤマト

≪ムサシはこの世界に来て変わった。それもとてもいい方向に成長している。それはとても喜ばしいことだわ。それに比べて、私はどうだろう……≫

 

 私は自分がこの世界に来てから、いやメンタルモデルを持ってからどれだけ成長してきたのか、疑問を抱いている。

 私はムサシに一度沈められた後、イ401にコアを譲渡してからの七年間は彼女とともにいた。

 そのうち千早群像さんとともに蒼き艦隊として行動したのは二年間だ。

 だが、それはあくまでメンタルモデル「イオナ」が得た経験であり、私自身は彼女の中でそれをずっと見ていただけだった。

 私自身は結局何もしていないのだ。

 さらに、この世界に来てからもムサシは目に見えて変わっているのに対し、私は自身の成長を体感できないでいる。

 

 ヤマト

≪それに、私はどうしてこの世界で完全な形で復活できたのか。それも気にかかるわ≫

 

 今までムサシとも深く話すことはなかったが、私は自分が復活した理由がどうしても気になっていた。

 私の本体のコアはムサシとの戦闘で一度完全に消失している。

 本来、コアが激しく損傷また消失した場合、霧は機能を完全に停止し二度と元の状態で再起動することはない。

 もしそれが可能なのだとしたら、それができる存在を私はたった一つしか知らない。

 

 ヤマト

≪例え世界が違っても、私たちはやっぱり「彼」の支配から逃れることはできないのかしら…… それに私が復活した際に追加されていた「あの機能」、これを私に実装したのはやっぱり「彼」なの?≫

 

 私は未だに「彼」に支配されているのではないかと、不安になってしまう。

 私たち霧は意志を持ち、自分の足で歩むことのできる存在だ。

 「イオナ」によって解放された私たちは、もう誰も「彼」に支配されることはないはずなのに。

 私は、自分自身のことが怖くなっているのかもしれない、と感じていた。

 

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか医務室の前まで来ていた。

 私は気持ちを切り替える。

 

 ヤマト

≪でも、今は私ができることをやるだけ。まずは抗体精製、がんばらないとね!≫

 

 私は表情を笑顔に戻して、みなみちゃんの待つ医務室の扉を開けた。

 




Happy Birthday!! みなみちゃん!


第十三話、いかがだったでしょうか。

ヤマトさんは妹のムサシを導く立場として、これまで色んな場面で頑張ってきてもらいましたが、今回は主役です!
たまにはヤマトさん視点もいいですよね。

さて、今回ヤマトさんにもムサシと同様にカップリング相手を作りました。
お相手は12歳の天才少女、鏑木美波ちゃんです。
なんかネズミの繋がりで自然と決まってました。
どちらかというと姉妹な感じですね。
今後、どうするかは決めてませんが、カップルで登場させる機会は設けようと思ってます。

そして、今日9月4日はそのみなみちゃんの誕生日です!
同時アップの特別編の方でも、みなみ×ヤマトで話を書いたので是非一緒に。

次回、第十四回は、
ようやく本編進めます! 第七話、新橋商店街船救出をお送りする予定です。

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第十四話 救助でピンチ!

お待たせいたしました!
第十四話でございます。

ちょっと遅くなってしまいましたが、土日に私事で執筆できなかったゆえの遅れですので、ご容赦を。

今回はアニメ第7話の新橋商店街船での救助活動になります。
アニメとは少し異なる展開にしてみました。

それでは、どうぞ!


 2016年4月26日午前0時30分

 

 -ムサシside.-

 

 現在、晴風はグアム島より南西へ約400kmのウルシー環礁方面へ急行している。

 急行している理由は、先ほど受信した新橋商店街船からの救難信号があったためだ。

 新橋商店街船は航行中に暗礁に乗り上げ、船体中央部が触底、浸水も発生している極めて危険な状態であると、商店街船の艦長から報告を受けている。

 これに対して、アケノは直ちに現場へ急行することを選択、学校とブルーマーメイドへの連絡を済ませ、晴風の進路を座礁現場へと向けた。

 

 ムサシ

「新橋商店街船……、全長135m、総トン数14000t、全乗員数552名、商業施設と居住区を兼ね備えた移動式の商業船舶、ね」

 

 ヤマト

「私たちの世界の人類船では見られなかった形式の船ね。この前のメガフロート式のショッピングモールも含めて、この世界ではあらゆる地上施設が船上に造営されるのね」

 

 私とヤマトは艦橋の端の方でコウコから貰った新橋商店街船の情報とスペックデータを確認していた。

 

 ムサシ

「それよりもヤマト、ウイルス抗体の進捗は大丈夫なの? ミナミはまだ医務室で作業やっているんでしょう?」

 

 ヤマト

「そっちは大丈夫よ。抗体はすでに臨床試験も完了、今はみなみちゃんが提出用の報告書を纏めているところだから、私は救助活動の手伝いに行ってくれって言ってくれたわ」

 

 ムサシ

「そう、ならお言葉に甘えちゃいましょう」

 

 学校と安全監督室へ提出する私こと超戦艦ムサシの報告書はすでに完成し、もう一つのネズミもどきに関する報告書もヤマトとミナミのおかげで完成の目途が立っている。

 一方、私たちに捜索命令が出ている武蔵については、いくつか目撃情報があるものの散逸的なものであるため、お世辞にも順調とは言えない状況であった。

 そんな中、今回の救助活動となったわけである。

 

 ムサシ

「それで、私たちはどう動くべきかしら。ウルシー環礁付近は水深が浅いから、私の艦で近づくことは不可能、艦を使った救助活動にはかなり制約を受けることになるわね」

 

 ヤマト

「私たちがやれることとなると、船体スキャンを行って艦の状況を確認すること、生命反応を確認して取り残された人の有無と場所を調べること、ってところね」

 

 私たちはアケノおよびマシロの二人から直接的に救助活動に参加するのは控えてほしいというお願いを受けている。

 救助活動には様々な専門的な知識が必要であり、現状知識のない私たちを参加させることはできないという彼女たちの判断があってのことだった。

 そのため、私たちができることは非常に限られてしまっている。

 

 ムサシ

「この前、霧の装備をいくつか作って私の艦に搭載したけど、その中にナチが使っているハイパーレーダーシステムと高感度ソナーがあるわ。これを応用したら、ある程度離れた場所からでも船体スキャンができるはずよ」

 

 ヤマト

「そうね。後は私が個人的に作っておいた装備があるわ。晴風のみんなが使えるように考えたものだから、きっと役に立つはずよ」

 

 私は今後の晴風との共闘を考え、超重力砲を試射した際に停泊していた孤島近海の海底に眠っていたナノマテリアルを使って、霧の艦隊が使用している装備の中から私が使用可能なものをいくつか選定し、艦に搭載しておいた。

 一方ヤマトは、同じくナノマテリアルを使って晴風クラスのみんなが使用できる装備をいくつか考えていたみたいだ。

 私たちは自分たちの考えを纏め、アケノたちに報告をすることにした。

 

 ヤマト

「明乃さん、少しいいかしら?」

 

 岬

「え!? ヤマトさん、どうしました?」

 

 アケノが驚いたようにヤマトの言葉に反応した。

 私はその様子に違和感を覚えたが、とりあえず話を進めることにした。

 

 ヤマト

「私たちなりにみんなのお手伝いができないかと思ってムサシと一緒に考えてみたんだけど、検討してもらえないかしら」

 

 岬

「あ、そうだったんですね。しろちゃん、ちょっとこっちにきてくれるかな」

 

 アケノに呼ばれるとマシロもこちらにきてくれた。

 私とヤマトはディスプレイを表示して二人に自分たちの考えを簡潔に説明した。

 

 宗谷

「船体スキャンに関しては前回の武蔵の時に実績がありますし、この新装備も他の霧の艦で使用実績があるなら十分使えそうですね。ムサシさんは問題なくこの装備を扱えるんですか?」

 

 ムサシ

「一応霧の艦隊の最上位艦を名乗っているから、その艦の専用装備でもなければ大体の装備の使用は可能よ。さすがに本家ほど性能は発揮できずとも、今回の状況なら十分なはずよ」

 

 岬

「ヤマトさんの方は私たちが使う装備ですよね? これは、携帯式の通信機器ってことでいいんですよね?」

 

 ヤマト

「そうね。霧の使う量子通信をみんなが使えるようにしてみたの。小型で耳につけるだけだから救助活動の邪魔にならず相互通信ができるし、量子通信だから途絶の心配も少ない。晴風に設置する大型のものは後で通信室の鶫さんのところに一機設置しておくわね」

 

 岬

「ありがとうございます! 私は二人の提案に異議はありません。しろちゃんは?」

 

 宗谷

「私も異論はありません。では、ヤマトさんは救助班と一緒に現場へ向かう小型艇に乗船して、船内の生命反応確認を外から伝えてください。ムサシさんはここで待機していただいて、新橋の状況報告をお願いします」

 

 ヤマト

「二人ともありがとう。これより霧の艦隊は晴風の救助活動の支援に入ります」

 

 ムサシ

「よろしくね。では早速準備に取り掛かりましょう」

 

 アケノとマシロから活動の了承を得た私とヤマトは、それぞれの準備に取り掛かった。

 

 

 午前1時

 

 晴風はようやく新橋商店街船が座礁しているウルシー環礁の現場付近に到着した。

 先ほどまでの大雨と強風はすでに見る影もなく、雲の切れ間から星空がうかがえる。

 

 納沙

「天気晴朗なれども波高し」

 

 ヤマト

「その言葉、日本海海戦の秋山参謀の言葉ですね」

 

 納沙

「ヤマトさんご存じなんですか?」

 

 ヤマト

「ええ、昔翔像さんから聞いたわ。短い文の中に必要な情報を詰め込んだ名言だって」

 

 納沙

「へー、実は詳しく知らないんですよね。今度教えてもらえますか?」

 

 ヤマト

「ええ。もちろん」

 

 ムサシ

「二人とも、もう現場なんだからおしゃべりは後よ」

 

 私は二人に注意して、遠目に見えている新橋商店街船に目を移す。

 新橋は大きく左に傾いているのがここからでもよくわかる。

 

 宗谷

「ムサシさん、船体スキャンの準備お願いします」

 

 ムサシ

「了解よ。ソナーシステムならびにレーダーシステムを起動、両システムの同期を開始。……レーダー照準方位修正右3度……目標を補足した。これより遠距離船体スキャンを開始する」

 

 晴風より後方6kmの地点で待機させた私の艦に搭載されている高感度ソナーとハイパーレーダーシステムを起動させ、遠方からの新橋のスキャンを試みる。

 私のコアに次々と情報が送り込まれ、私はそれを瞬時に処理していく。

 

 ムサシ

「……現状のスキャン完了。ディスプレイに出すわ」

 

 晴風の艦橋の中に巨大な空中ディスプレイを出現させ、新橋の現状を示す情報を表示していく。

 

 宗谷

「船体の傾きは現在のところ左に約40度、船体中央に巨大な亀裂が発生して船の前方区画に浸水あり、ですか」

 

 ミーナ

「まずいのぅ。今はまだなんとかもっているが、浸水が進んでさらに傾くと亀裂が発生した場所から船体が真っ二つになりかねんぞ」

 

 ミーナの危惧する通り、浸水は今でも進んでおりこのままでは船体崩壊も時間の問題だ。

 ブルーマーメイドの到着にもまだ時間がかかるため、私たちによる一刻も早い乗員の救助が求められる状況となっていた。

 アケノはヤマトの用意した通信機を使って話しかける。

 

 岬

「航海科と砲雷科の救助班は準備できた?」

 

 和住

「はい、人員も小型艇の方も準備OKです!」

 

 アケノの言葉に対して、応急員として現場へ赴くヒメが応答した。

 

 岬

「それじゃ、艦橋からはしろちゃん、ミーちゃん、そしてヤマトさんが救助班と一緒に小型艇で現場へ向かってください。宗谷副長、現場の指揮をお願いします」

 

 宗谷

「わかりました。現場の指揮を拝命いたしました。では、艦長はここから指示をお願いします。ムサシさんは新橋に何か動きが見られたら報告を」

 

 私はマシロの言葉に首を縦に振って応えた。

 そして艦橋からヤマトとミーナが出ていき、最後にマシロが出ようとした時、アケノがマシロのセーラー服の袖口を掴んで引き留めた。

 

 岬

「しろちゃん、絶対に、絶対に帰ってきてね」

 

 宗谷

「……心配しないでください、艦長。もう艦長には二度も辛い思いはさせませんから」

 

 そう言い残すとマシロは艦橋を出て小型艇へ向かった。

 それを見送ったアケノは艦橋メンバーを含む乗員全員に指示を出す。

 

 岬

「これより本艦は新橋商店街の救助活動を開始します! 総員配置につけ! 救助班出発後、晴風は速力5ノットで現場へ近づきます。リンちゃん、準備を!」

 

 

 -ヤマトside.-

 

 晴風備え付けの小型艇に乗り込んだ私は、新橋商店街船のすぐそばまで来ていた。

 大きく左に傾いた船の甲板上には多くの人で溢れており、さらに海の上には運搬されていた荷物がいくつか浮いておりそこにも人が群がっていた。

 

 ミーナ

「ひどい状況じゃ。はよぅ乗員の安全を確保せんと、二次被害が起こりかねんぞ」

 

 宗谷

「そうですね。まずは艦長に報告を」

 

 ましろさんは耳に装着した通信機に右手を当て、晴風へ現状を報告する。

 

 宗谷

「現場に到着しました。新橋の甲板は人で溢れかえっています。海上にもすでに人が飛び込んでいます」

 

 岬

「わかりました。しろちゃんとミーちゃんは新橋の艦橋に上がって状況確認、ヤマトさんと潜水班は船内の生存者の確認と海上の人の救助を、甲板には応急員を急がせて。救助開始!」

 

 明乃さんの号令とともに、それぞれが動き出した。

 小型艇に残った私は早速船体にスキャンをかけ、船内および海上にいる人の生命反応を確認する。

 

 ヤマト

「……スキャン完了。海上に124名、新橋甲板上に302名、居住区画内に87名、艦橋近辺に39名を確認。詳細な位置データを全端末に送信します」

 

 私は晴風ならびに救助班の全通信機に新橋乗員の生命反応が確認された位置のデータを一斉に送信した。

 私とともに小型艇に残った操船担当の聡子さんの目の前に画面が表示される。

 

 勝田

「おぉ! びっくりしたぞな。こんなこともできるんですか?」

 

 ヤマト

「ただの音声通信だけじゃ足りないと思ってね。聡子さん、私たちは海上にいる人たちの救助をはじめましょう。まずは――」

 

 聡子さんに行先を指示しようとした時、私の元に甲板上で救助活動を始めた媛萌さんと百々さんの声が聞こえてきた。

 

 和住

「ど、どうしよう!? 甲板上の人が我先にって群がってきちゃって。大ケガしてる人もいるのに、まともに動けないよ!」

 

 青木

「ど、どうすればいいっすかー!?」

 

 私は甲板の方へ目を向けてみると、人が一か所に群がっているのが確認できた。

 あそこに媛萌さんと百々さんがいるのだろう。

 さらに、聴覚の感度を上げて周囲の声を聞いてみる。

 

 「助けてくれー! 死にたくない!」

 「救助は!? 救助はまだなのか!」

 「この子だけでも助けて!」

 

 海上からも、甲板上からも、混乱する人々の悲痛な叫び声がいくつも聞こえてきた。

 私は思わず聴覚をシャットアウトしたくなる衝動を抑え、なんとか意識を保つ。

 

 ヤマト

≪これが人の、命あるものの声。命の危機にあるものの叫び……≫

 

 私はかつてのムサシとの戦闘での死に際で、このような声を上げることはなかった。

 それは、私が自分のコアの機能停止を受け入れ、後を託すことができたからだ。

 だが、そんなことができる者など極稀な存在でしかない。

 私はそれを痛感させられた。

 

 ヤマト

≪まずはここにいる人を落ち着かせないと。そのためには……≫

 

 私は意を決し、自分のユニオンコアから隣にいる聡子さんの通信機を経由して船体の横に巨大な空中ディスプレイを表示させる。

 突然現れたディスプレイに海上や甲板にいる人たちは何事か注目する。

 そして、自然と叫び声は収まっていた。

 狙い通りに事を進めることができた私は、ディスプレイ越しに話しかける。

 

 ヤマト

「私たちは横須賀女子海洋学校所属の航洋艦「晴風」です。現在晴風乗員は皆さんを救助するべく、活動を行っています。みなさん、まずは一呼吸をしましょう」

 

 私はなんとか乗員を落ち着かせようと語りかけ続けた。

 その後自分の近くに重症者や病人がいないか、いたら近くの晴風乗員に知らせてほしいこと、さらに避難の手順をできる限りわかりやすく伝えた。

 そして、私は最後にこう付け加えた。

 

 ヤマト

「私たちはみなさんの命を、明日を守るためにここにきました。そのためにはみなさんの協力が不可欠です。ただ私たちに身をゆだねるだけではなく、お互いで支え合うことが大切です。どうか、みなさんの協力をお願いします」

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 救助を開始して、早3時間近くが経過していた。

 晴風は新橋に接舷し、艦内に救助された乗員たちを乗せる作業を進めていた。

 ヤマトが新橋乗員に対して行った呼びかけ、あれのおかげで混乱していた乗員たちはある程度落ち着きを取り戻し、その後私たちの救助活動をスムーズに進めるきっかけになった。

 

 ムサシ

≪あの場の混乱を声掛けだけで収めるとはね。さすが、おねえちゃんね≫

 

 私はヤマトの行動にただ感心するばかりであった。

 現場にいたヤマトには救助を待つ人間の怒号や絶望の声がいくつも聞こえていたことは想像に難くない。

 そんな声をヤマトは受け止め、人々に優しく語りかけた。

 

 ムサシ

≪でも感心してばかりじゃいられない。私もやるべきことをやらないと≫

 

 私は気を取り直し、自分の仕事である船体の状況確認を継続する。

 船の浸水は全5区画中前方の3区画まで進んでおり、いつ大きく船が動き出すともわからない予断を許さぬ状況であった。

 

 岬

「ムサシちゃん、しろちゃん達からの報告だと救助にはもう少し時間がかかりそうって。ブルマーの到着ももう少しなんだけど、今の船の状態はどう?」

 

 私の前方で指揮をしていたアケノが私に切羽詰った様子で尋ねてきた。

 私は先ほどからのアケノの様子が気になっていたが、彼女の質問に答えることにした。

 艦橋内の空中ディスプレイに現在の状況をアップロードし、投影する。

 

 ムサシ

「浸水がかなり進行していて、もういつ船が大きく動き出してもおかしくない状況ね。海上の人は全員艦にあげたから、後は船内に取り残された人たちの救助を急がないといけないわ」

 

 岬

「うん、そうだね。でも今はこっちでできることをやらないと。ココちゃん、救助した人たちに食べ物と飲み物を行き渡らせるようにミカンちゃん達に言って」

 

 アケノは相変わらず元気のない様子で返事をし、指示を出していく。

 だが私にはどうしてもアケノの様子が気になっていた。

 私にはその様子が何かから逃げようと必死になっているように思えた。

 

 ムサシ

「ねぇアケノ。あなた今何かに怯えているの?」

 

 岬

「え!? ど、どうして?」

 

 ムサシ

「救助する前から様子を見ていたけど、ずっと変な調子なんだもの。あなたらしくないわ。一体何に怯えているの?」

 

 私はたまらずアケノに理由を尋ねた。

 アケノは少し躊躇うような仕草を見せたが、私に向かい合った。

 

 岬

「私ね、子供の頃に船の沈没事故に合ったことがあって、その時に私のお父さんとお母さんも死んじゃったの。だからこういう場面を見るとちょっと思い出しちゃうんだ……」

 

 ムサシ

「……ごめんなさいアケノ。辛いことを聞いてしまったわね」

 

 岬

「ううん、大丈夫。この前ムサシちゃんのことも聞いちゃったし、これでおあいこ、だよ」

 

 アケノは私に笑顔を向けてくれた。

 知らずとはいえ、アケノに辛い過去を語らせてしまったことを私は後悔した。

 私自身も過去を語る辛さを知っているため、余計に罪悪感が大きくなってしまった。

 

 岬

「だからこそ、私はもう目の前で誰も死んでほしくないの。救助を待つ人も、そして救助している人たちも。私は今、救助する側として待っている人と現場のみんなを助けたい。そのためにはムサシちゃんの力が必要なの。お願い、新橋の人たちと救助班のみんなを助けて」

 

 アケノは私をしっかり見つめて懇願してきた。

 今まで命を奪うことしかしてこなかった私が、今人の命を救うことを望まれている。

 できるかわからない、そんな不安を胸の奥に押し込め私はしっかりとアケノに向かい合い応えた。

 

 ムサシ

「ええ! 私はできることを全力でやるわ。だからもう少し頑張りましょう」

 

 岬

「うん! ありがとう、おかげで少し元気になれたよ」

 

 アケノは小さくガッツポーズをしていつもの明るい笑顔に戻った。

 少し元気を取り戻したアケノを見て、私は少しだが安心することができた。

 

 その時、艦橋内に船内捜索をしているマシロから通信が舞い込んできた。

 

 宗谷

「艦長、船内に取り残されていた人たちはほぼ全員避難させました。ただ先ほど救助したご夫婦から小さい子とはぐれてしまったと伺って、今ミーナさんと船体後方の第5区画を捜索中です」

 

 岬

「子供が!?」

 

 マシロの報告によると、まだ船内に子供が取り残されているというのだ。

 私は急いでヤマトに通信をつないだ。

 

 ムサシ

「ヤマト、まだ船内に子供が一人残っているってマシロから報告があったのだけど、位置はわかる?」

 

 ヤマト

「それが、私も船内の生命反応を全部モニタリングしていたんだけど、もう他に反応が見当たらないの」

 

 ヤマトの報告に艦橋内はざわついた。

 生命反応をモニタリングしていたヤマトが見つけられないというのだ。

 艦橋にいる誰しもが最悪の可能性を考えたが、アケノは諦めることはなかった。

 

 岬

「もしかしたら大きなけがをして弱っているのかもしれない。まだ、そうだと決まったわけじゃないよ! ヤマトさん、悪いですけどもう少し詳しく調べ直してもらえませんか?」

 

 ヤマト

「わかったわ。もう少し精度をあげて探索してみるわね」

 

 岬

「しろちゃんとミーちゃんは引き続き船内の探索をお願い。ただし、もう船がいつ大きく動いてもおかしい状態だから、身の危険を感じたらすぐに脱出をするように」

 

 宗谷

「わかりました。宗谷ましろ、船内捜索を続行します」

 

 ミーナ

「わしもじゃ。まかせておけ!」

 

 一通りの指示を出し終えると、アケノは祈るような目で新橋を見つめていた。

 きっと心の内は穏やかでないのだろう。

 それでも、艦長としての責務を果たそうと必死に耐えているのが見ただけでわかった。

 私はアケノに声をかけず、ヤマトたちが無事に戻ってきてくれることを共に祈るのであった。

 

 

 

 -ましろside.-

 

 宗谷

「多聞丸! 聞こえていたら返事してくれ!!」

 

 私はミーナさんと二手にわかれ、船内に取り残された子供、多聞丸ちゃんを捜索していた。

 しかし、私もミーナさんも未だその姿を見つけられずにいる。

 船外ではヤマトが必死に生命反応を探索してくれているが、こちらも結果は芳しくはない。

 こうしている間にも新橋の浸水は進行しており、船体崩壊の危険性は一分一秒ごとに高まっている。

 私を含め、捜索組にも焦りが目に見えて出ていた。

 

 ミーナ

「これだけ探しても見つからんとは。生命反応もないとなると、これは最悪の事態を考えざるを得ないぞ」

 

 宗谷

「だが! もしまだ生きていたとしたら、私たちは救える命を見捨てることになるんだぞ!」

 

 ヤマト

「ましろさん、落ち着いて。私ももっと頑張ってみるけど、もうこれ以上は危険よ。あなた自身も危ないわ」

 

 宗谷

「っ!?」

 

 私は思わず歯ぎしりをしてしまった。

 夫婦から話を聞いた限りでは、避難する途中ではぐれたというからそう遠くへは行っていないはずだが、ヤマトさんを含めた3人がかりでも見つけられない。

 いよいよ手詰まりかと思った時、私はふと気づいたことがあった。

 「多聞丸」という子供の名前のことだ。

 最近の親御さんの名前の付け方の事情を詳しく知っているわけではないが、「多聞丸」という名前をはたしてあの夫婦は自分たちの子供につけたのだろうか。

 思い返せば、あの夫婦は一度も多聞丸のことを自分の子供とは言っていなかった。

 私は頭に浮かんだ可能性を信じて、ヤマトさんに通信をつないだ。

 

 宗谷

「ヤマトさん、もしかしたら多聞丸は人間の子供ではないのかもしれません。私の推測ですがあのご夫婦の飼っているペット、犬や猫の子供なのかもしれません。そういった小動物の反応を探すことは可能ですか?」

 

 ヤマト

「なるほど、それは盲点だったわ。生命反応で探知する生物の範囲を広げてみるわ。少し待ってて」

 

 私はヤマトさんからの報告を祈るように待った。

 時間にしてわずか10秒ほどであったが、私にはとても長い時間のように思えた。

 

 ヤマト

「! ましろさんがいる場所から20mほど先に小さい生命反応あり。これは、子猫のようね。場所を端末に送るわ」

 

 宗谷

「わかりました。私が急行します。ミーナさんは先に脱出してください」

 

 私は急いでヤマトさんが示した場所へ向かった。

 反応のあった区画にはコンビニがあり、その入り口にガラスの自動ドアがあった。

 

 ???

「みゃーお」

 

 すると、私の足元から猫の鳴き声が聴こえた。

 視線を足元にやると、自動ドアの向こう側にグレーとシロの体毛に青い瞳の子猫がいた。

 首には首輪がしてあり、金属のプレートに「TAMONMARU」と刻まれていた。

 

 宗谷

「お前が多聞丸か。もう大丈夫だ、おいで」

 

 多聞丸は嬉しそうに私に飛びついてきた。

 暗い船内の中でたった一匹取り残されていたので、ずっと不安だったのだろう。

 私はみんなに多聞丸発見の報告しようと通信機に手を当てた。

 その時、新橋の船体からギシギシと軋むような音がして、船全体が振動し始めた。

 

 宗谷

「!? なんだ!?」

 

 私は思わず近くの壁に手をつき、胸元にいる多聞丸を守る姿勢を取った。

 音はどんどん大きくなり、振動も大きくなっていった。

 そして、私の立っている場所が突然大きく傾いた。

 身体を支えられなくなった私は突然の動きに対処しきれず、大きく姿勢を崩した。

 

 宗谷

「う、うわぁあああ!」

 

 せめて多聞丸だけでも守らねばと思い、私は咄嗟に胸元を庇うような姿勢を取った。

 空中に投げ出された私の身体はそのまま反対側の壁へ向かい、運悪く壁に頭がぶつかってしまった。

 その衝撃は非常に強く、私の意識は急速に薄れていく。

 

 宗谷

≪……艦長……≫

 

 そこで私の意識は完全に途絶えた。

 

 船体崩壊で大きく動く新橋の中で私、宗谷ましろは頭部を強打して意識を失い、その場で倒れてしまった。




第十四話、いかがでしたでしょうか?

新橋救助の話は一話でまとめるつもりだったのですが、あれよあれよと色々加えていくうちに二話構成になってしまいました。
アニメではミケちゃんとしろちゃんが仲直りするお話ですが、本作では早々に仲直りしてますので、展開を変えてみました。
結果、しろちゃんが大ピンチに!

次回、第十五話は、
大きく転覆した新橋の中で意識を失ってしまったしろちゃんの運命は!?

次回も読んでいただけるとありがたいです。


ここから私事です。
おめーの話なんぞ興味ねーよ!って方はスルーしていただいて大丈夫です。



さて、先週金曜日に今月24日に開催されるはいふりイベント「横須賀赤道祭2016」夜の部の先行抽選結果が発表されましたが、私当選いたしました!
昼の部の抽選で漏れていたので、この夜の部に全てを賭けると言っていましたが、無事に参加できることになりました。
当日、読者の皆様の中にいらっしゃるかもしれない当選者の方々と一緒に祭りを盛り上げましょう!!
もちろん、マロンちゃんの法被は予約済みです。

ちなみに、会場の横須賀芸術劇場は昨年末にアルペジオのイベント「Blue Field -Finale-」で一度訪れたことがありますが、その時は3階席の微妙な場所でした。
今回はかなりいい場所(詳しくはヒミツ)を割り当てられたので、思いっきり楽しめそうですよ!

長くなりましたが、皆さんで赤道祭を楽しめればと思います。


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第十五話 多聞丸でピンチ!

お待たせいたしました。
第十五話でございます。

前回に引き続き、新橋商店街船救助のお話です。
ここまでボリュームある内容にするつもりはなかったのですが、二話分合わせるとすごいボリュームになっていました。

今回、後書きの方で今後の作品投稿に関する大切なお話がありますので、そちらもご覧いただけると幸いです。

それでは、どうぞ!


 2016年4月26日午前4時30分

 

 -明乃side.-

 

 それは、突然起こった。

 新橋乗員を晴風にほぼ全員を収容し終わり、まだ船内に取り残されている子供を捜索するしろちゃんとミーちゃんの帰りを晴風艦橋で祈るように待っている時、船の様子を監視していたムサシちゃんが突然大きな声を上げた。

 

 ムサシ

「アケノ! ソナーが新橋から発生する異音を検知したわ! もう新橋はダメよ、船体崩壊する!」

 

 突然の事態に艦橋内は大きくざわついた。

 その直後、新橋からギシギシと明らかな異音が聴こえてきた。

 その音はどんどん大きくなっていく。

 

 ムサシ

「アケノ、早く晴風を離脱させて! 船体崩壊で起こる波に呑まれてしまうわよ!」

 

 岬

「あ! すぐに舫いを解いて! 新橋から離脱する!」

 

 ムサシちゃんの言葉で晴風にも危険が及んでいることを察した私は、晴風を離脱させる指示を飛ばす。

 しかし私はまだ船内に残っているしろちゃんとミーちゃんのことが気になっていた。

 二人は無事に脱出できただろうか?

 すると、小型艇に戻っていた万里小路さんから通信が入った。

 

 万里小路

「艦長、聞こえますか? 万里小路です」

 

 岬

「うん、聞こえるよ。みんなは脱出できたの?」

 

 万里小路

「ミーナさんは脱出できました。しかし、副長がまだ船内に……」

 

 岬

「え……」

 

 万里小路さんの報告に、血の気が一気に引いていく感覚がした。

 しろちゃんが、まだあの船内に取り残されている。

 私は耳にかけていた通信機に手を伸ばす。

 

 岬

「しろちゃん! 返事をして、しろちゃん!!」

 

 必死にしろちゃんに呼びかけるが、応答はなかった。

 

 岬

「しろちゃん! しろちゃん!! しろちゃん!!!」

 

 私は何度も、何度も、何度も呼びかけた。

 艦橋にいる皆は私の取り乱した様子に困惑していたが、私はそんなことを気にかける余裕は全くなかった。

 

 ムサシ

「アケノ! いい加減落ち着きなさい!!」

 

 突然響き渡る怒号。

 私はその声に思わず身を震わせた。

 その声の主であるムサシちゃんが私の傍に近寄り、私の両の手を掴んだ。

 

 ムサシ

「落ち着きなさい。マシロはまだ生きている。ほら、あれを見て」

 

 ムサシちゃんが指差す方向にあったのは、空中ディスプレイに投影された新橋船内の生命反応を示すものだった。

 画面には船体後方に大きなマークと小さなマークが一つずつ表示されている。

 

 ムサシ

「今ヤマトが確認してくれたの。あの大きな反応がマシロよ。だから大丈夫」

 

 岬

「しろ、ちゃん……」

 

 しろちゃんの無事を聞いて安心してしまったのか、私はその場で座り込んでしまった。

 そんな私を心配して、メイちゃんとタマちゃんが駆け寄ってきた。

 

 西崎

「艦長!? 大丈夫?」

 

 立石

「だい、じょぶ?」

 

 岬

「二人ともありがとう。安心してちょっと気が抜けちゃった」

 

 私は介抱しようとする二人の手を制し、自分で立ち上がった。

 そして心配をかけてしまった艦橋のみんなに一人ずつ礼をした。

 そんな中、ムサシちゃんの表情はまだ険しかった。

 

 ムサシ

「安心するのはまだ早いわよ。マシロは確かにまだ生きてるけど、さっきからあの場所から移動する気配もないし、通信にも応じないの。これは推測だけど、マシロは船体が動いた時の衝撃で意識を失っている可能性があるわ」

 

 岬

「そんな!? しろちゃん!」

 

 私は思わず艦橋から飛び出そうとしていた。

 今すぐスキッパーで向かえば助けられる、そう思わずにはいられなかった。

 しかし身体を翻した時、私の頭の中に声が聞こえた。

 

 また艦を放って飛び出すつもりか!!

 

 紛れもない、しろちゃんの声だった。

 この場にいるはずもないのに、その声ははっきりと頭の中に響いていた。

 そして、しろちゃんが新橋に救助に向かう直前に私に言った言葉を思い出した。

 

 宗谷

≪……心配しないでください、艦長。もう艦長には二度も辛い思いはさせませんから≫

 

 岬

≪そうだ、しろちゃんは私と約束してくれたんだ。必ず帰ってくるって≫

 

 私は走り出そうとしていた足を止め、艦橋の窓から見える新橋の方へ視線を移した。

 

 岬

≪しろちゃんは約束してくれた。なら、私はしろちゃんを信じてここで待っていなくちゃ。そして、帰ってきたしろちゃんを迎えるんだ≫

 

 私は震える手をギュッと握りしめ、なんとかその場に留まった。

 冷静になった私はみんなに指示を出す。

 

 岬

「しろちゃんの救助は救助班とブルーマーメイドに任せよう。私たちは状況把握と避難した人たちへの食事と飲み物の配布を続けます。みんな、よろしくお願い!」

 

 私の言葉に艦橋のみんなは「はい!」と返事をして、それぞれ動き出した。

 私は引き続き指揮を執る。

 しろちゃんが帰還することを信じて。

 

 

 

 -ヤマトside.-

 

 晴風の離脱後、私の乗る小型艇も救助班を回収して新橋から離脱する。

 しかしその中にましろさんの姿はない。

 私はましろさんの通信機に呼びかけ続けているが、未だに応答はない。

 船体崩壊の衝撃で通信機を手放したか、意識を失ったようだ。

 

 小笠原

「副長、大丈夫ですよね?」

 

 ヤマト

「生命反応が健在だから、生きているのは間違いないわ。だけどすでに船の全区画への浸水が始まっているみたいなの。このままだとましろさんのいる区画もいずれ浸水してしまう」

 

 日置

「そんな! なんとかならないんですか!」

 

 順子さんが声を荒げる。

 しかし今、彼女たちが新橋に近づくことは被害を増やすだけだ。

 ブルーマーメイドの救助隊の到着はもう間もなくだというが、間に合わないかもしれない。

 この状況で可能性があるとするならば、一つだけ案があった。

 

 ヤマト

「……私が、私がましろさんを助けにいきます」

 

 武田

「え?」

 

 ヤマト

「私はメンタルモデルです。水中下でも問題なく活動できます。今この場でましろさんを救える可能性があるとしたら、私だけです」

 

 勝田

「そんな、無茶ぞな!」 

 

 ミーナ

「ヤマトさんを一人で行かせるわけにはいかん!」

 

 ヤマト

「でも、このままじゃ……」

 

 私は自分の無力さを嘆いていた。

 霧の艦隊の総旗艦として他の生命体とは一線を画する様々な能力を持っている私だが、今目の前の二つの命を救うことができない現実を突き付けられた。

 どんなに強力な力を持っていようと、今この場において私は無力だった。

 

 その時、私は頭上の巨大な飛行物体の存在を感じ取った。

 見上げるとそこにはオレンジ色の巨大な飛行船が浮かんでいた。

 

 小笠原、武田、日置

「ブルーマーメイドだ!」

 

 砲術科三人組が嬉しそうな様子で声を合わせて叫んだ。

 ようやく待ちに待ち望んだブルーマーメイドの救助隊が到着したのだ。

 小型艇を操艦している聡子さんは飛行船と並走するように、船の向きを変える。

 その直後、後方から中型スキッパーの集団が現れ、私たちを追い越していく。

 その中から一台がこちらに近づいてきた。

 

 喜島

「ブルーマーメイド海難救助隊の喜島です。到着が遅れて申し訳ない」

 

 小笠原

「晴風救助隊、小笠原以下6名です」

 

 光さんの言葉が終わると、ブルーマーメイドの喜島さんは私に視線を向けてきた。

 

 喜島

「あなたが、霧の艦隊の方ですね。お話は宗谷監察官から伺っています」

 

 ヤマト

「霧の艦隊、総旗艦ヤマトです。そうですか、真霜さんから伺っているということは我々の事情もご存じということですね」

 

 真霜さんの手がかかった人たちだとわかり、とりあえず一安心した。

 喜島さんはさらに話を続ける。

 

 喜島

「新橋の状況は? まだ人は船内に残っていますか?」

 

 ヤマト

「新橋は10分ほど前に船体崩壊を起こしてあのように完全に転覆しました。それと、船内に一人に救助活動をしていた学生が取り残されています。詳細はこちらに」

 

 私は予備で持っていた通信機を喜島さんに手渡した。

 

 喜島

「これは?」

 

 ヤマト

「私が作った通信機です。通信機能以外にも様々な機能がありますが、今は説明している時間も惜しいです。それを耳に着けていただければ使用できます」

 

 喜島

「了解です。ありがたく使わせていただきます。それでは」

 

 喜島さんは通信機を装着すると、スキッパーの速力を上げて新橋へと向かっていった。

 私は小型艇に乗るみんなに指示を出す。

 

 ヤマト

「私たちは可能な限りブルーマーメイドの救助活動を支援しましょう。聡子さん、ブルーマーメイドのあとを追ってくれませんか?」

 

 勝田

「よっしゃ! まかせるぞな!」

 

 ヤマト

「私は引き続きましろさんの状態を確認、逐次みなさんに報告します。ミーナさんは明乃さんたちへの報告、光さん達はましろさんへの呼びかけを」

 

 私の指示でみんなが動き出す。

 何としてでも、ましろさんを救出してみんなの所へ戻らなければならない。

 この場にいる皆の想いは一つだった。

 

 

 

 -ましろside.-

 

 ??

「みゃお、みゃーお」

 

 宗谷

≪……つめたい……わたし、は……≫

 

 朦朧とする意識の中、私は何かの声に気づき目を開けた。

 目に映ったのは小さな子猫の姿だった。

 

 宗谷

「……多聞丸?」

 

 多聞丸

「みゃお♪」

 

 多聞丸は私に飛びついてきた。

 私は横になっていた身体を起こそうとした。

 

 宗谷

「っ痛!?」

 

 その時、頭に痛みが走った。

 そして私は自分に何があったのかを思い出した。

 

 宗谷

≪そうだ。確か多聞丸を助けた直後に船が大きく動いて、その時に壁に頭をぶつけて、意識を失ったのか≫

 

 痛みが走った場所に手を軽く触れると、再び痛みが走った。

 触った手を見ると、赤く染まっていた。

 どうやら出血しているようだ。

 

 宗谷

≪とりあえず、スカーフを巻いて応急処置を≫

 

 怪我をした箇所にスカーフを巻いて止血をした私は、多聞丸を抱きかかえて立ち上がった。

 周囲を見渡すと、船内の設備が瓦礫となってあちらこちらに散らばっていた。

 どうやら先ほどの大きな揺れは船体崩壊によるものだったようだ。

 すでに私が通って道は瓦礫で塞がれており、反対側も扉が曲がって動かない状態であった。

 

 宗谷

≪逃げ場なし、か。まずは艦長へ報告を……って、あれ? な、ない!?≫

 

 耳の通信機に手を当てようとした時、その通信機がないことに気が付いた。

 先ほど頭をぶつけた衝撃で外れてどこかへ飛んでしまったようだ。

 

 宗谷

≪はぁ、ついてない……≫

 

 元来の不幸体質をつい嘆いてしまった。

 とりあえず近くに落ちていることは間違いないと思い、周囲を探してみることにした。

 しかし、なかなか通信機を見つけることができない。

 

 宗谷

≪こういう時にサイズが小さいことが仇になってしまうなんて≫

 

 その時、胸元にいた多聞丸が突然飛び出し、どこかへ向かっていく。

 

 多聞丸

「うみゃー」

 

 宗谷

「あ、多聞丸。どこに行くんだ」

 

 私は慌てて多聞丸を追いかけた。

 多聞丸は少しだけ瓦礫を進むと歩みを止めた。

 私は多聞丸に追いつき、抱え上げようとする。

 

 宗谷

「まったく、突然飛び出して何を……って、それは?」

 

 多聞丸が立ち止った場所の足元を見ると、そこには通信機が落ちていた。

 私は多聞丸と一緒に通信機を拾い上げた。

 

 宗谷

「お前、これの場所を私に教えるために?」

 

 多聞丸

「みゃー♪」

 

 制服の胸元に入り込んだこの子猫が私の考えを察してくれたとは考えにくい。

 だが、この子は私のために行動してくれたのだと、今は信じたい。

 

 宗谷

「ありがとう、多聞丸」

 

 多聞丸

「みゃ?」

 

 私は多聞丸に感謝し、通信機を再び耳に装着して回線を開いた。

 

 宗谷

「こちら宗谷。晴風、応答願います」

 

 私が呼びかけると、待ち望んでいた人の声が返ってきた。

 

 岬

「しろちゃん!? しろちゃん、無事なの?」

 

 宗谷

「はい、船が動いた衝撃で頭をぶつけて意識を失っていました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 岬

「よかった。よかったよぉ、しろちゃん!」

 

 通信機越しに艦長の泣きそうな声が聞こえてきた。

 艦長には心配をかけまいと思っていたが、思惑通りにはいかなかったようだ。

 

 ヤマト

「ましろさん! よかった、無事なんですね」

 

 宗谷

「ヤマトさん。私も救出した多聞丸も無事です。ですが、通ってきた通路が先ほどの衝撃で塞がってしまいました。先へ進むにも奥の扉が動かないので、現状脱出不可能です」

 

 岬

「!? そんな!」

 

 私からの報告に艦長から大きな声が上がる。

 逃げ場がない以上、危険な状況であるのは変わりないから仕方のないことだ。

 

 ヤマト

「ましろさん、浸水状況はどうですか?」

 

 私は今一度閉じ込められた空間の浸水状況を確認する。

 すると、三か所から海水が浸水していることがわかった。

 

 宗谷

「浸水は船体後方側に3か所、今は浸水量は少ないですがあまり猶予はないかもしれません」

 

 ヤマト

「わかりました。今ブルーマーメイドの救助隊がましろさん救出のためにそちらに向かっています。位置情報も伝えてあるので、もう少しだけ頑張ってください」

 

 宗谷

「了解しました。多聞丸を保護しつつ、比較的安全な場所で待機します」

 

 私はヤマトさんとの通信を切ると、安全な場所を探すことにした。

 その時、通信機から艦長の声が聞こえてきた。

 

 岬

「しろちゃん、私はここで、晴風で待ってるよ。だから、無事に帰ってきて」

 

 宗谷

「もちろんです。絶対「岬さん」のところに帰ってくるから」

 

 岬

「え? しろちゃん今……」

 

 私は艦長の最後の言葉には応えず、通信を切った。

 正直、言った後で恥ずかしくなってしまったとは口が裂けても言えない。

 

 宗谷

≪でも、いつか普通に「岬さん」と呼べるようになりたいな≫

 

 私は気を取り直して、安全な場所を探すことにした。

 浸水が進んでいない船体前方に向かっていると、周囲に瓦礫が少ない場所を見つけることができた。

 ここなら再び大きく船が傾いても比較的安全だろう。

 私はこの場所に留まることにした。

 

 多聞丸

「みゃー」

 

 宗谷

「お前も不安か? 大丈夫、私が守るよ」

 

 多聞丸

「みゃ?」

 

 多聞丸は私の言葉に首を傾げて一鳴きした。

 子猫に話しかけるとは、私も自分で思っていた以上に不安に感じていたようだ。

 

 宗谷

≪そういえば、小さい頃に多聞丸ぐらいの子猫を飼っていたことがあったな≫

 

 小学五年生の時、雨の降る中で段ボールに入れられていた捨て猫を私は家へ連れて帰った。

 私は子猫にありったけの愛情を注いで可愛がっていた。

 しかし、私が移動教室で外出している間に子猫は伝染病に罹り、死んでしまったことを真冬姉さんが暗に教えてくれた。

 

 宗谷

「それから、私は猫の話をすることを避けるようになって、それがいつの間にか、猫そのものを避けるようになっていたんだな」

 

 多聞丸

「みゃー?」

 

 いつの間にか心で考えていたことが口から漏れていたようで、多聞丸が寄り添ってきた。

 

 宗谷

「でも、お前を助けようと思ったらそんなこと忘れていた。全く私は変な意地を張り続けていたんだな。多聞丸、お前のおかげで気づけたよ。ありがとうな」

 

 多聞丸

「みゃー!」

 

 今度は多聞丸が元気のよい声で私の言葉に応えてくれた。

 子猫相手に会話をするなんて、普段の自分からは考えられないことだが、今はこうしていることで不安な気持ちが楽になっているような気がする。

 私はその後も多聞丸相手に話を続けていた。

 

 それから30分くらい経った時、突然船体後方の方で大きな音がした。

 私はその場から立ち上がり、音がした方向を確認してみた。

 見ると、後方からの浸水速度が速まってこちらの方まで迫ってきているのが見えた。

 

 宗谷

≪しまった! 元から開いていた穴が水圧によって押し広げられたか≫

 

 このままではそう時間が経たないうちに今いる区画全体が海水に沈んでしまう。

 私は多聞丸を服の中に入れ、なんとかできないか周囲を見渡してみた。

 だが、脱出できそうな場所もなく、塞がった扉をこじ開ける道具も見当たらない。

 

 宗谷

≪いよいよ万策尽きたか……≫

 

 多聞丸

「みゃ! みゃー!」

 

 いよいよダメかと思ったその時、胸元の多聞丸が上を向いて鳴きはじめた。

 何事かと思い、多聞丸の視線の先を見てみた。

 そこには人が通れないくらいの大きさの穴があった。

 手を伸ばしてみると、その穴は通気ダクトへと通じているようだった。

 こうしているうちに水が迫ってきている。

 私は、決断した。

 

 宗谷

「多聞丸、お前はこの穴から脱出するんだ。さぁ、早く行け」

 

 多聞丸

「みゃー! みゃー!」

 

 しかし、多聞丸は私の傍から離れようとしない。

 その時、通信機からあの人の声が聞こえてきた。

 

 岬

「しろちゃん! 今ムサシちゃんからしろちゃんのいる場所の近くで異音が発生したって聞いたんだけど、大丈夫なの?」

 

 宗谷

「……艦長、今私のいる区画の浸水速度が急激に増しました。おそらく異音は水圧で穴が押し広げられた時のものでしょう。あと数分でこの区画は海水で満たされる。今、多聞丸だけでも逃がそうとしているところです」

 

 岬

「そんな……。しろちゃん、諦めちゃだめだよ!」

 

 宗谷

「岬さん、ごめんなさい。約束、守れそうになさそうだ。晴風のことを、頼むね」

 

 岬

「だめだよ、しろちゃん! しろちゃーん!!」

 

 私は通信機を耳から外し、すでに水浸しになっていた床の上に置いた。

 海水はどんどん水かさを増していき、すでに膝のあたりまで水に浸かっていた。

 

 宗谷

「多聞丸、ほら、早く行くんだ」

 

 多聞丸

「……」

 

 多聞丸は無言で私にしがみつき、離れることを拒否する。

 意地でも私の元から離れないつもりなのだろうか。

 こうしている間にも水かさはどんどん増していく。

 

 宗谷

≪こうなったら!≫

 

 私は隙を見て多聞丸を無理やり引き離し、通気口の入り口に押し込めた。

 

 宗谷

「早く行け! お前はあのご夫婦の元へ無事に帰るんだ! 行くんだ!」

 

 多聞丸

「みゃお……」

 

 多聞丸は観念したのか、入り口に突っ込んだ私の手元から離れていった。

 とりあえず多聞丸だけでも逃がすことができた。

 気が付けば海水は腰のあたりまできていた。

 もうすぐ私は海水に呑まれ、そのまま死ぬのだろう。

 しかし、思っていたほど恐怖心はなかった。

 

 宗谷

≪死を目の前にしても、こうして満足できるんだな。最後まで不幸な人生だったかもしれないけど、それでも楽しかったな≫

 

 私は、静かにその瞬間を受け入れる準備をした。

 

 

 その時、突然私の横の天井が大きな音を立てて崩れた。

 その大きく開けられた穴から手を差し伸べられた。

 

 喜島

「大丈夫ですか! 今引き揚げますね」

 

 私はその手を掴み、外へと引っ張り出された。

 私はすぐには立つことができず、その場で座り込んでしまった。

 

 宗谷

「助かった、のか…………! 子猫は? 近くに子猫がいませんでしたか!?」

 

 喜島

「ええ。子猫なら、ほらここに」

 

 その人の左手には多聞丸が抱えられていた。

 多聞丸はその人から離れると、私の元へ飛びついてきた。

 

 多聞丸

「みゃー!!」

 

 宗谷

「多聞丸、よかった。無事で」

 

 喜島

「改めて、ブルーマーメイド救助隊の喜島です。遅れてごめんなさい。これから晴風へ護送しますが、立てますか?」

 

 私は喜島さんに言われて立とうとするが、足に力が入らない。

 

 宗谷

「すみません。安心したら腰が抜けてしまったみたいで」

 

 喜島

「では、スキッパーまで私が背負っていきますね。さぁ捕まって」

 

 私は喜島さんに背負われて、沈みゆく新橋商店街船から離脱した。

 その後、小型艇に合流し晴風へと戻っていった。

 

 晴風に戻ってすぐ、私は多聞丸の飼い主であるご夫婦に多聞丸をお返ししようとしたのだが、多聞丸は私の傍を意地でも離れようとせず、結局ご夫婦から私に世話を頼まれるというまさかの事態が起こった。

 大変申し訳なさそうに私に謝ってくるご夫婦に対して、私は陸に戻った時にはうちの実家でいつでも会えるようにすると約束をして、私の責任の元で多聞丸を晴風で預かることになった。

 

 そして、私はミーナさんに支えてもらいながら艦橋へ戻った。

 艦橋にはいつものメンバーが揃っており、その中にはもちろんあの人の姿もあった。

 私は後ろを向いている艦長の元へ近づいた。

 

 宗谷

「艦長、晴風副長、宗谷ましろ、ただいま戻りました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 岬

「……」

 

 しかし、艦長からの返事はない。

 最後の通信で、自ら死ぬようなことを言って無理やり切ったのだから、当然怒っているのだろうと、私は思った。

 

 宗谷

≪さすがに、嫌われてしまったかな……≫

 

 岬

「……ばか……」

 

 宗谷

「え?」

 

 艦長が何か小さな声で言ったが、よく聞こえなかった。

 すると突然艦長は私の胸元にしがみついてきた。

 その目には大粒の涙が流れていた。

 

 岬

「しろちゃんのばか! 突然あんなこと言って、私ものすごく心配したんだから!! しろちゃんのばかああああああああ!!」

 

 泣きながら大声で私を怒鳴りつけてきた艦長。

 私は艦長を抱き寄せ、優しく包んであげた。

 

 宗谷

「ごめんね、岬さん。私、絶対帰ってくるって約束したのに、結局岬さんを不安にさせちゃったね。本当に、ごめんなさい」

 

 岬

「……もう、二度とあんなことしないって、約束、してよ」

 

 宗谷

「うん。もう岬さんに心配かけない。死ぬだなんて、絶対言わないよ」

 

 岬

「……なら、許してあげる。これからずっと、ずーっと一緒だからね!」

 

 岬さんがしがみついていた手を離し、私に抱きついてくる。

 その時、私の胸元から声がした。

 

 多聞丸

「みゃっ!?」

 

 岬

「へ?」

 

 宗谷

「ああ! ごめん、この子がいたんだった」

 

 私はセーラー服の中にいる多聞丸に出てくるように促す。

 多聞丸は首元から顔出して、「みゃお」と一鳴きした。

 

 岬

「しろちゃん、その子は?」

 

 宗谷

「新橋で取り残されていた子猫なんですけど、私の元から離れてくれなくて、結局飼い主のご夫婦からこちらで預かってほしいということになりました。私の一存で決めてしまいましたが、大丈夫、でしょうか?」

 

 岬

「うん! ええと名前は?」

 

 宗谷

「えと、多聞丸です」

 

 岬

「よろしくね、多聞丸!」

 

 多聞丸

「みゃー!!」

 

 多聞丸は艦橋のみんなに受け入れてもらい、晴風メンバーの一員となった。

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 無事に戻ってきたマシロは、今連れてきた子猫の多聞丸の紹介で艦橋のみんなに囲まれている。

 私はその様子を少し離れた場所からヤマトとともに眺めている。

 

 ムサシ

「マシロも無事に戻ってきたし、新橋の乗員も無事にブルーマーメイドに引き渡せた。よかったわね」

 

 ヤマト

「ええ。でも、正直今回はましろさんの件では自分の無力さを思い知ったわ」

 

 ムサシ

「そうね……」

 

 私もヤマトも、マシロの一件で自分たちが何もできなかった無力さを思い知らされた。

 無事に帰ってきたことは嬉しいが、私たちの中で何かモヤモヤするものが残っていた。

 すると、私の後ろの扉が開き、そこからクロが出てきた。

 

 黒木

「あ、ムサシ! 宗谷さんは?」

 

 ムサシ

「クロ、あそこにいるわ。今艦橋のみんなに取り囲まれてる」

 

 クロは視線をそちらに向けると、少し複雑そうな表情をした。

 丁度、アケノがマシロに再びしがみつき泣いているところだった。

 

 ムサシ

「……憧れのマシロをアケノに取られて、悔しい?」

 

 黒木

「べ、別にそんなんじゃないってば!」

 

 ムサシ

「ふふ、冗談よ。ほら、クロも行ってきたらいいじゃない」

 

 黒木

「……いえ、今はいいかな。宗谷さんとは後で話すよ」

 

 ムサシ

「そう」

 

 そういうと、クロは私とヤマトに向かい合うように立った。

 

 黒木

「二人ともごめんなさい。さっき二人が話していること、扉越しで聞いちゃったの。二人は宗谷さんのことで何もできなかったって言ってるけど、そんなことないよ」

 

 クロは力強く私たち二人にさらに言葉をつづけた。

 

 黒木

「ムサシはずっと船の状態を観測して、救助の時にちゃんと指示してたし、ヤマトさんは宗谷さんの位置を正確に把握してくれた。二人のおかげで宗谷さんは無事に戻ってこれたんだよ。何もできなかったなんて、絶対にそんなことないよ」

 

 クロの言葉に私とヤマトは自分たちの手助けしたことは、ちゃんとマシロの救出に役立っていたことにようやく気が付いた。

 

 ムサシ

「そっか。私、ちゃんと役に立てたんだ」

 

 ヤマト

「ありがとう洋美さん。おかげでちゃんと気づくことができたわ」

 

 黒木

「いえ。というか、意外ですね。二人ともそんな簡単なことに気が付かないなんて」

 

 ムサシ

「まったく、その通りね」

 

 私とヤマトはようやく、モヤモヤする何かを取り除くことができたように感じた。

 自分たちが役に立ったと気づき、安心したおかげだろうか。

 

 岬

「あ、クロちゃんきたんだね。ほら、ムサシちゃんとヤマトさんもおいでよ。多聞丸かわいいよ」

 

 黒木

「もう艦長ったら。ムサシ、ヤマトさん、いきましょう」

 

 ムサシ

「ええ」

 

 私たちはアケノたちがいる輪の中へと入っていった。

 

 

 こうして、新橋商店街船座礁事故の救出劇はここに幕を閉じたのだった。

 




第十五話、いかがだったでしょうか?

アニメよりも切迫した状況を作り出してみようとやってみましたが、うまく伝わっているでしょうか?
ここまでするつもりはサラサラなかったのに、プロット作るうちにどんどんしろちゃんのピンチ具合がすごくなっていたw
そして加速するミケ×シロのカップリング。
私はこの二人こそ最高だと思ってますよ!(ミケ×もか も悩ましいですが)

霧の二人は、今回派手ではないですがちゃんと救助に役立つようにできたかな、と思っています。



さて、いつもはここで次回のお話の予告なのですが、今回は前書きでお伝えした大切なお知らせについてお話いたします。

すでに活動報告にてお知らせしているのですが、今回の十五話で本編投稿を11月初めまでお休みさせていただきます。

理由としては、
①10月の誕生日ラッシュに集中して対応するため
②今後の本編の構想をしっかり作りこむため
の二点になります。

より詳しい説明は前述の活動報告に記載していますので、未読の方は是非ご覧ください。

本編投稿は少しの間止まりますが、10月の誕生日記念の投稿は全キャラちゃんとやっていくので、投稿自体は続けます。

それでは、次は10月1日のサトちゃんとミーちゃんの誕生日でお会いしましょう!


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第十六話 校長室でピンチ!

皆様、大変、大変長らくお待たせいたしました。
約二ヶ月ぶりの本編更新、第十六話でございます!

正直、ここまで大変でした。
10月のはいふりキャラ誕生日ラッシュはもちろんのことですが、リアルの方でも10月から非常に忙しくなってしまい、平日に執筆できる時間がほとんど取れない状況が現在も続いていおります。
実際、誕生日記念もかなりギリギリの状態で当日投稿をやっておりました。
そのせいか、クロちゃん書き終えた後は少々燃え尽き気味でしたw

さて、すでに本編がどういう状況なのか忘れているかもしれませんが、前回は晴風クルーとヤマトムサシは新橋商店街船の救助活動を終えることができました。
今回からはいよいよアニメ8話の比叡戦!……の前に、晴風から遠く離れた横須賀の学校での一幕です。

それでは、どうぞ!(ひさしぶりだw


 2016年4月26日午前8時半

 

 -真雪side.-

 

 横須賀女子海洋学校

 

 これまで数多くの人魚の卵たちを育成してきた名門校は今、未曽有の危機に瀕している。

 つい先日入学したばかりの新入生たちの初めての航海演習で、生徒を乗せた艦船の多くが突然逸脱行為を行い行方不明となった。

 その中には、入学試験の成績優秀者が集められた武蔵や比叡も含まれていた。

 

 私、宗谷真雪は学校長として連日その対応に追われている。学校には海上安全委員会やブルーマーメイドなどからの電話が引っ切り無しにかかってきており、学校にいる教員だけでは対応しきれないことも多く、時に私自身が対応に当たらなければならないことも少なくない。

 そして、昨夜もまたある事案の対応に徹夜で取り掛かっていた。

 南方ウルシー環礁付近で発生した新橋商店街船の座礁事故。この件に、本校所属の航洋艦「晴風」が救難活動に参加した。

 晴風乗員の新入生たちの尽力もあり、大規模な座礁事故であったのにも関わらず死者0という奇跡的な結果に終わった。

 

 しかしその一大事が終わったのも束の間、その「晴風」からある二つの報告書が私のメールアドレス宛てに届いていた。

 私はその二つの報告書の確認をたった今確認し終えたところだ。

 

 真雪

≪これは、急いで真霜に連絡しないといけないわね≫

 

 私は机の上にある自分の携帯端末に手を伸ばそうとした。

 その時、同じ机にある固定電話から突然呼び出し音が鳴りだした。

 私は携帯端末に伸ばしていた手を固定電話の受話器へ向け、それを手に取った。

 

 真雪

「はい、こちら校長室」

 

 学校受付

「こちら受付です。宗谷校長、徹夜明けのところ申し訳ありません」

 

 電話の相手は学校宛の電話や手紙の受け取りや訪問客などの到着を知らせてくれる受付からだった。

 

 真雪

「私は大丈夫よ。それで、用件は何?」

 

 学校受付

「はい。ただ今、宗谷一等監察官がこちらを訪ねられていまして、校長との面会をご要望です。至急お伝えしたいことがあるとのことです」

 

 受付からもたらさせたのは、今まさに呼び出そうとしていた真霜の訪問を知らせるものだった。

 これで呼び出す手間が省けた。

 

 真雪

「わかったわ。すぐに校長室へお通しして頂戴」

 

 学校受付

「かしこまりました。では、失礼いたします」

 

 受付の方が電話を切ったのを確認して、私は受話器を元の場所に戻した。どうやら真霜の方も急ぎでこちらを訪ねてきたようだったので、すぐにでもこの校長室に姿を現すだろう。

 私は急いで晴風からの報告書を表示しているタブレット端末と携帯端末をすぐに表示できるように準備をした。

 

 そして電話を受けてから二分後、校長室の入り口のドアからノックの音が2回聞こえてきた。

 

 真霜

「失礼します」

 

 真雪

 「はい、どうぞ」

 

 私が返事をすると、ドアを開けて一人の女性が姿を現した。

 白を基調に青や金の装飾の施された服装、ブルーマーメイドの制服を身に着けたウェーブのかかった長い黒髪と赤い瞳を持つ女性、私の娘であり現ブルーマーメイドの司令官でもある宗谷真霜一等監察官だ。

 真霜は校長室に入ってドアを閉めると、その場で起立をした。

 

 真霜

「突然の訪問で申し訳ありません。早急に宗谷校長にお伝えしたいことがありましたので、こうして参りました」

 

 真雪

「構わないわ。丁度こちらも、あなたに報告したいことがあったから呼び出す手間が省けて助かったわ」

 

 真霜

「そうでしたか」

 

 真霜は公私をしっかり使い分けられる子だ。こうして親子二人きりであっても、私から言わない限り、言葉遣いを普段のようにはしない。

 

 真雪

「とりあえず、こちらに座って頂戴。あと、言葉遣いはいつも通りでいいわよ」

 

 真霜

「そう? なら、そうさせてもらうわね」

 

 私が促すと、真霜はすぐさまいつもの喋り口調に戻った。

 そして、私が指定した応接スペースの椅子に腰かけた。

 

 真雪

「それにしても、あなたがここにアポなしで訪れるということは、余程のことがあったのね。まずはそれを聞かせてもらうかしら?」

 

 真霜

「ええ、じゃあ早速だけどこれを読んでもらえるかしら」

 

 そういうと真霜は手にしていた報告書のファイルを私の前に差し出してきた。

 その報告書のタイトルにはこう書かれていた。

 

「密閉環境における生命維持 及び 低酸素環境に抵抗するための遺伝子導入実験」

 

 私はファイルを開き、中を一通り読んでいく。

 そこに書かれていたのは、衝撃的な内容だった。

 

 報告書には、海上安全委員会が極秘裏に進めていた研究、その過程で生まれたある生物の存在、そしてその生物を乗せた実験用の潜水艦が不慮の事故でサルベージ不可能な海底に沈んでしまい、一時実験が頓挫していたことが記されていた。

 

 真霜

「でも、これで終わりじゃなかった。その実験艦が沈んだ場所の近くで海底火山が噴火して、その活動で海底が押し上げられて実験艦が再び海上に浮上してきたの」

 

 真雪

「その場所が、西ノ島新島、今年の海洋実習の最初の集合場所ってことね」

 

 そして私はこの時、私はあることを思い出した。

 

 真雪

「そういえば、教官艦「さるしま」にここに記されている研究機関の研究員を乗せる手配をしたわ。西ノ島新島付近で海洋生物の生態を研究したいという依頼があってね。その時は特に変な疑いもなかったから、私はすぐに承諾したわ」

 

 真霜

「でも、その本当の目的は実験艦からデータを回収して、その後に自沈させて隠蔽を図ることだったの」

 

 真霜曰く、古庄教官の見舞いに行った際に別の病室に入院していた研究員たちが、何かを話しているのを偶然耳にしたのだという。そこで真霜が独自に研究機関を調査した結果、今回の報告書に記されたことを見つけ出すことができたのだ。

 

 真霜

「そして、その研究で偶然生まれた生物というのが、この「RATt」と呼ばれるものよ」

 

 真雪

「! これって……」

 

 真霜が報告書のある一ページに掲載された写真を見せた。そこにはネズミのような生き物が映っており、横には「RATt」という名前と「全体主義の疾患」の文字が載っていた。

 さらに真霜からRATtについての詳しい報告がされていく。

 RATtがウイルスを保有していること、ウイルスの感染力は非常に高く、人間に感染すると自身の意志を制御できなくなること、さらに感染源である一次感染者、つまりRATtによって二次感染者以降は意志を強制的に統一させられること、普通に聞けばあまりに衝撃的な内容が次々と語られていった。

 だが私は、それらを聞いても全く驚くことはなかった。

 

 なぜなら私は、すでにその内容を知っているからだ。

 

 真霜

「……というわけで、これが今回の横須賀女子海洋学校所属の艦が大量に行方不明になった件と大きく関係があるんじゃないかと私は思うんだけど」

 

 真雪

「そうね。おそらくは」

 

 真霜

「……母さん、全然驚かないのね?」

 

 真雪

「ふふっ、ちょうどいいわ。今度は私の方からあなたに報告したいことを伝えるわ。内容は二件、そのうちの一つはまさに今真霜が話してくれたことよ」

 

 私はそういうと、真霜に自分のタブレット端末を手渡した。

 真霜はタブレットを操作してそこに記された内容を見て、驚愕していた。

 

 真霜

「すごい……私が調べた内容よりも詳しいことが書かれている。それに、調べきれなかったことまで載ってるじゃない。母さん、これの出所はどこ?」

 

 真雪

「航洋艦「晴風」からよ。その報告書を作ったのは晴風で船医として乗船している「鏑木美波」、そして「ヤマト」の二人ね」

 

 真霜

「鏑木美波って、あの海洋医大創建以来の天才で有名な!? それに、ヤマトって晴風と行動を共にしている例の霧の艦隊の総旗艦の方じゃない」

 

 真霜は報告書の作者の名前を聞いてさらに驚いた。

 鏑木美波、そして霧の総旗艦ヤマト、真霜にとっては二人ともビッグネームであることは間違いない存在であった。

 そんな二人からの情報と聞いて、驚くのも無理はないことだ。

 

 真雪

「あと、報告書の最後にはこうあったわ。

 今回の報告書は霧の艦隊の協力なくしては、決して完成しえなかったであろう、ってね。あの鏑木美波が、他人をここまで高く評価するなんて、本当によほどのことよ」

 

 私は自分が述べたことは、紛れもない真実だと思っている。

 これだけの短期間で研究機関が長年行ってきた実験の成果について、ここまで詳細に調べ上げたことがその証拠だ。

 例え稀代の天才と言われる鏑木美波だけでは達成できないことだろう。

 私は改めて、霧の艦隊の持つ力の凄まじさを感じていた。

 

 真雪

「さらに、鏑木美波の方から今回のRATtの持つウイルスに対する抗体を精製したと報告を受けているわ。すでに新橋を救助したブルーマーメイドにサンプルを渡したから、それを基に抗体を量産してほしいとのことよ」

 

 真霜

「そういえば、うちの喜島からの報告で、私に渡すものがあるからすぐに届けるって言っていたわ。それがその抗体のことだったのね」

 

 真雪

「そういうこと。真霜、サンプルが届き次第すぐに量産体制に入れるよう、至急準備をお願い。この報告書にある通り、ウイルスの感染力はかなり強力よ。いち早く手を打たないと、今よりもっと大変な事態になるわ」

 

 真霜

「わかったわ」

 

 真霜は事態をすぐに理解し、行動に移すことを約束してくれた。

 

 この緊急事態の中で、自分の愛娘が指揮官として頑張っている姿を見て、私は嬉しい気持ちになっていた。

 真霜も真冬も立派なブルーマーメイドとして育ち、末娘のましろも今まさに晴風という場所で頑張っている。親バカかもしれないが、私にとって三人は自慢の娘たちである。

 

 そんなことを考えていると、真霜がいつの間にか席を立っていた。

 

 真霜

「それじゃ、私は早速本部に戻って抗体の量産体制についての話を――」

 

 真雪

「あ、待ってちょうだい。まだもう一つ、晴風からの報告書があるのよ」

 

 立ち去ろうとする真霜に対して、私は少し慌て気味で呼び止めた。

 確かに抗体精製は急がねばならない案件だが、それにも勝るとも劣らないことがまだ残っているのなら、仕方のないことだ。

 

 真霜

「そういえば報告は二件って言っていたわね。それで、もう一つの方は?」

 

 真霜も納得してくれたようで、椅子に座り直してくれた。

 私は先ほどまで真霜が見ていたタブレット端末を操作し、再び真霜に差し出した。

 

 真雪

「あなたからの依頼案件、霧の超戦艦ムサシの調査報告書よ」

 

 真霜

「超戦艦ムサシの? 案外すんなりと調査させてもらえたのね」

 

 真雪

「霧の艦隊の二人は晴風の乗員たちをかなり信頼しているみたいよ。話を通したら、すぐに快諾してくれたわ」

 

 真霜

「それは助かるわ。早速拝見させてもらうわ」

 

 真霜は再びタブレット端末に視線を移した。

 

 晴風からもたらされた霧の超戦艦ムサシの報告書は私も先ほど確認したばかりだが、その内容はとても信じがたい内容だった。報告書は「霧の艦隊に関する情報」と「超戦艦ムサシのスペックデータ」の二つの構成となっている。真霜はまず、「霧の艦隊に関する情報」を読み通していく。

 

 真霜

「……なるほど。彼女たちはこの世界とは違う異世界からきた存在なのね。そして、かつては人類と敵対した存在だと」

 

 真雪

「報告書通りなら、そうなるわね」

 

 真霜

「いきなり突拍子もない話ね。でも、平賀からの報告とも合致するし、ムサシには潜航能力があることは確認されている。ならば、異世界からきたというのもあり得ない話ではないのかもね」

 

 普通なら笑いのネタにしかならないような内容であるが、真霜はすでに霧の艦隊の存在を受け入れ、理解しようとしていた。彼女は実際に霧の艦隊と電話越しではあるが接触しており、その存在をすでに認めているのかもしれない。

 

 真霜

「それよりも、彼女たちが人類に敵対する存在だったということが気になるわ。わざわざここでそれを明かすということは、余程自身の力に自信があるということね」

 

 真雪

「そうね。その報告書によれば、彼女たちは元いた世界の人類を海から完全に駆逐したとあるわ。もしそれが事実だとしたら、私たちは彼女たちとの関係づくりに慎重に取り組まなければならないということよ」

 

 真霜も私も霧の艦隊に対する警戒レベルは非常に高く設定するべきであるという意見で一致していた。今は幸いにも人類と霧の関係は晴風乗員たちのおかげでかなり良好なものとなっているが、その関係も絶対というわけではない。いつ、彼女たちが人類に牙を剥くことになるかわからない以上、警戒心は常に持っておく必要があるだろう。

 

 真霜

「とりあえず関係づくりについては後回しね。次がいよいよ本題ね」

 

 そういうと、真霜はさらに報告書を読み進めていく。真霜は今回の「RATt」が引き起きしている思われる騒動を早期に収束させようと考えていた。その最大の障害となりうるだろう直教艦武蔵への最大の切り札として、霧の超戦艦ムサシをこちら側の戦力としたいのだ。今回の依頼は、事前にムサシの戦力を把握するために必要な処置なのは間違いない。

 

 そのムサシについての報告には、実際の画像を交えながらスペックをかなり詳しいレベルで記されていた。中には我々の知りえない言葉や技術も多く記されているが、生徒たちが自主的に調べて分かりやすい表現に置き換えて表現されている。まだまだ至らない点もいくつかあるとはいえ、非常に競争率の高い横須賀女子海洋学校を合格した新入生に恥じない内容であった。

 私は事前に報告書の内容を確認しているが、正直今もう一度読んでも信じがたいスペックデータであると思わざるを得なかった。それは報告書を初めて読んでいる真霜も同じのようだ。

 

 真霜

「信じられないわ。外見こそ武蔵と全く同じなのに、武装や装甲、速力に至るまで全ての性能が桁違いじゃない。これを本気で信じろっていうの?」

 

 真霜がそういうのも無理もない話だ。まず武装を見ても、こちらの世界では技術が確立すらされていないビーム兵装を搭載した46cm三連装砲と15.5cm三連装副砲などの兵装に加え、20門の魚雷発射管、噴進魚雷に類似するミサイルという名の武器を発射する発射管が72門と、最新艦も真っ青になるレベルの火力を有している。それに加えて、最大で水上で75ノットを誇る速力、強制波動装甲とクラインフィールドによる二重の超装甲、その他にもすでに判明していた潜航能力、高性能レーダーやソナーなどの索敵装備、それら全てを一手にコントロールするメンタルモデルの演算能力と、全てが我々人類のレベルの遥かに上回っていた。

 

 真雪

「私だって最初は信じられなかったわ。でも、生徒たちが冗談でこれだけしっかりした内容の報告書を書いてくると思う? 私はそう思わないわ。この報告書には生徒たちの真剣な想いがこもっているように思うの」

 

 真霜

「もちろん私だって母さんの気持ちはわかるわ。でも、この報告書だけで信じろっていうのはやっぱり難しいわ」

 

 真霜の言うことは実にもっとももなことだ。いくら私が生徒を信じているからといって、今回の報告書だけでムサシの性能の全てを信じることはやはり難しいと考えている。すると、真霜は確たる証拠を得るために私にある提案をしてきた。

 

 真霜

「なら、こういうのはどうかしら? 現在ムサシと行動を共にしている晴風に、ムサシの実際の戦闘映像を記録してもらうのよ。私の見立てでは本命の武蔵と戦う前に、他の行方不明になっている艦と遭遇する可能性は高いと考えているわ。その際、「RATt」の行動特性を考えると戦闘は避けられないでしょうね。そこで、その戦闘を利用してムサシの実力を測るのよ」

 

 真雪

「ちょっと真霜、あなた正気なの? もしムサシの実力が報告書通りなら、ウイルスに感染した生徒たちを危険にさらすことになるのよ!」

 

 真霜

「もちろん承知しているわ。でも考えてみて。霧の艦隊が私たち人類に歩み寄る姿勢を持っているのだとしたら、生徒の乗った艦をむやみやたらに沈めるような真似をしてくるのかしら? 私の思惑通りなら、彼女たちは力を制限せざるを得ない状況になるはずよ」

 

 私はこの時、我が娘のしたたかな考えに驚かざるを得なかった。真霜は霧の艦隊という未知の存在に対して、本気で対峙してその実力を測ろうと考えている。そのために、例え生徒を危険にさらすリスクを背負ってでもやり抜くつもりだ。しかも、相手の事情も考慮して生徒には危険が及ぶ可能性が低いことまで計算に入れている。さすがは、この若さでブルーマーメイドの司令官に選ばれるだけのことはあった。

 

 真霜

「もちろん、これは私の一存では決められないこと。母さんがどうしても嫌だというのなら、別の手段を考えることにするわ」

 

 まさか、自分の娘から大きな決断を迫られることになるとは考えてもいなかった。

 

 私はどうするべきだろうか。

 私だってムサシの実力を確実に知りたいと考えている。現在ムサシは信頼関係を築けているとはいえ、晴風クラスの生徒と共に行動をしているのだ。その力が信頼に足るものかを知ることは必要なことだろう。

 だが、その実力を知るためにムサシを他の生徒の乗る艦にあてがうのもまた問題だ。いくら制約があるとはいえ、生徒が危険な目に合うことには変わりない。

 

 そんな苦渋の決断を迫られている中、校長室の電話機が突如鳴り出した。

 呼び出し音で思考の渦から戻った私は、急ぎデスクに戻り、受話器を手に取った。

 

 真雪

「はい、こちら校長室」

 

 教頭

「校長、朝早くからすみません。教頭です」

 

 電話の相手は教頭であった。教頭から電話があった場合は、今回の騒動で何かしら動きがあったことを示していた。

 

 真雪

「それで、何があったの?」

 

 教頭

「はい、先ほど新橋の救助活動を終えた晴風から、再び通信が入りました」

 

 

 

「行方不明だった我が校の大型直教艦「比叡」を捕捉したとのことです」




第十六話、いかがだったでしょうか?

アニメ8話でも少し描かれていた真雪さんと真霜さんの会話シーンを独自の見解でアレンジしてみました。

最後の方で真霜さんがかなり計算高い感じのキャラになっていますが、あの若さでブルマーの要職に就けるくらいですから、これくらいのことは考えるだろうと思い、結果こういう形になりました。
でも真雪さんはそれ以上にすごいのだと思う。間違いなくヤバいレベルで。
いつかカリスマ溢れる真雪さんも描いてみたいものです。
(なお真冬さんは、……お察しくださいw

前書きでもお伝えしましたが、現在リアルが忙しい状況となっているため、9月以前のペースでの投稿は少し厳しいかもしれません。
二ヶ月もお待たせした挙句、投稿ペースも落ちることになると思いますが、今後も拙作をよろしくお願いいたします。

次回、第十七話は
比叡を捕捉した晴風 だが、比叡はウイルスに感染していた
そして、進路の先にはトラック諸島が!
その時、ヤマトが取った行動とは?

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第十七話 作戦でピンチ!

皆様、しばらくぶりの本編投稿、第十七話です。
前の投稿からさらに1ヶ月、またまたお待たせしてしまいました。

今回のお話より、いよいよ比叡戦に突入いたします。
早速戦闘シーンだ! といこうと思っていたんですが、
今回はまだ戦闘に入りませんm(_ _;)m
当初は今回から戦闘に入るつもりだったのに、書き進めているうちに前準備でどんどん文字数が増えていってしまったので、分割することになってしまいました。

それでは、どうぞ!


 2016年4月26日午前10時30分

 

 -ムサシside.-

 

 つい4時間ほど前、新橋商店街船の救助活動を終えたばかりの私たちと晴風であったが、晴風艦内は再び緊迫した雰囲気に包まれていた。アケノをはじめとする晴風艦橋メンバーと私は艦首方向に見える巨大な艦をずっと注視していた。

 すると、前方の艦、大型直教艦「比叡」から大きな発砲音が鳴り響いた。

 

 野間

「比叡、四番主砲より発砲! 着弾予測、左舷前方です」

 

 岬

「リンちゃん、面舵20。その後、比叡に艦側面を晒さないよう注意して舵を戻して」

 

 知床

「お、面舵20よーそろー」

 

 マチコからの報告を受け、アケノが操舵を行うリンに指示を出す。リンはこれにすぐ対応し、晴風は右の方へ流れるように舵を切った。その直後、左舷の方で大きな水柱が上がった。

 

 山下

「比叡主砲、着水を確認しました」

 

 艦橋近くで左舷監視にあたっているヒデコからの報告に艦橋メンバー達は少しホッとした様子を見せた。しかし再び表情を引き締め、比叡をしっかり見つめる。こんなことがすでに30分くらい続いている。

 

 西崎

「とりあえず、後ろについていればなんとかなりそうだね」

 

 立石

「うぃ」

 

 納沙

「だけどこのままだと一三○○にはトラック諸島に到達してしまいます。ブルーマーメイドの到着見込みが一四○○ですので、何か手を打たないといけませんね」

 

 比叡は現在、速力15ノットでトラック諸島へ向けて真っ直ぐ進路を取っている。そして比叡はこちらの呼びかけに応じず、一方的にこちらを攻撃してきている。この状況から、私たちは比叡が例のネズミもどきのウイルスに感染している疑いがあると判断した。

 コウコたちが心配しているのは、このまま比叡がトラック諸島に到達した場合、ウイルス感染がさらに広がることだ。この世界のトラック諸島は太平洋上の海洋交通、海上運輸の要所であり、居留人口が1万人を超える一大拠点となっている。そんな場所にウイルスが持ち込まれたとしたら、世界中に感染が広まることは必至だ。よって、比叡のトラック侵入はなんとしてでも阻止しなければならない。

 しかし当然、それは簡単なことではなかった。

 

 ミーナ

「そうじゃな。はようせんとトラックの人にウイルスが感染してしまうからの。アケノ、どうするつもりじゃ?」

 

 岬

「そ、それは……」

 

 ミーナからの質問に言葉を詰まらせるアケノ。比叡発見から30分ほどたっているが、アケノは未だ有効な手段を見出せずにいた。ミーナは副長のマシロにも目を向けるが、マシロも首を横に振っている。

 

 ムサシ

≪それにしてもよりによって、比叡、とはねぇ……≫

 

 私はかつて私の元で蒼き艦隊と戦った同じ名前を持つ大戦艦のことを思い出していた。この世界に来る直前に私が行った人類への最後通告、その布告を行った直後に彼女は私にある問いを投げかけてきた。

 

「幸せ」とは一体何なのか?

 

 その問いに対して、私は霧には元々個の概念がなくアドミラリティ・コードによって全てが定まった存在であると説いた。そして、最後にこう付け加えた。

 

 ムサシ

≪「私たちはすでに幸せなの」、ね。今考えればとんでもないことを言ったものね≫

 

 あの時の私はただアドミラリティ・コードに従うことが全てと決めつけながら、ヤマトに会いたい一心で執拗に401を狙い続けていた。そんな私が「幸せ」など当然知るはずもなかった。だが、霧の超戦艦としてそう答えることしかできなかった。

 今となっては過ちを正すことも、彼女に謝ることもできない。せめて、アドミラリティ・コードから解放された彼女やその仲間たちが本当の「幸せ」を掴めることをこの世界から祈る他なかった。

 

 ムサシ

≪あの子、私以上の堅物だからね。苦労していなきゃいいけど≫

 

 

 そんな昔を懐かしむのをやめ、私は隣に立つ私の姉、ヤマトに目を向けた。

 ヤマトは比叡がトラック諸島に到達する可能性があるというコウコの報告を受けてから、ずっと演算リングを展開して考え込んでいた。おそらく、比叡をどうにかするためのシミュレーションを行っているのだろう。

 ヤマトは霧の艦隊の総旗艦、そのユニオンコアは同型艦である私のそれをさらに上回る演算能力を有している。その桁外れの力を存分に使い、この状況を打破しようとしている。さらに、ヤマトにはイ401の中にいた時に得た蒼き艦隊の膨大な対霧戦の記憶がある。私たち霧の艦隊を散々苦しめてきた千早群像の戦略が、今ヤマトの手によってこの世界で花咲こうとしている。

 

 ヤマト

「……よし、これなら、いけるかしら」

 

 ようやく考えがまとまったのだろう。ヤマトはリングを収納して口を開いた。そして、私に対して概念伝達で私に話しかけてきた。

 

 ヤマト

【ムサシ、ちょっといいかしら?】

 

 ムサシ

【そろそろ来る頃だと思っていたわ。それで、作戦は纏まったのかしら?】

 

 ヤマト

【とりあえずね。今から作戦案を共同戦術ネットワークにアップロードするわ】

 

 ヤマトがそういうと、共同戦術ネットワークに膨大な作戦データが一瞬の内にアップロードされる。私はそのデータをすぐさま自分のコアに格納した。

 人間の技術や能力ならば、この作戦の全容を完璧に把握するにはそれなりの時間と労力が必要となるだろう。しかし、私たちは霧の艦隊。高い演算能力を有するユニオンコアとあらゆる情報をほぼタイムラグなしにやり取りできる概念伝達を用いることで、1秒足らずの時間で作戦の全容を把握することができた。

 しかし、その作戦内容に私は驚いた。

 

 ムサシ

【おねえちゃん、これって……】

 

 ヤマト

【そう。これが私の考えうる最善手。明乃さんたちにも、ましろさんのお母様にも納得してもらうための作戦よ】

 

 この時、私はその作戦は千早群像の影を見たような気がした。おそらくヤマトは、彼ならどうするだろう、ということを意識して作戦を立てたのだろう。

 すると、ヤマトは私の考えを察したのか、苦笑いをしながらさらに続けた。

 

 ヤマト

【でも、群像さんの作戦に比べたら穴だらけで稚拙なものだけどね。やっぱり私はまだまだね】

 

 ヤマトは少し落ち込んだ様子だった。私はヤマトが少し焦っていることが気になった。その理由を聞いてみようと思ったが、今は時間がない。とりあえずヤマトを落ち着かせることを優先することにした。

 

 ムサシ

【焦る必要はないんじゃない? 千早群像は私たち霧との命がけの戦いの中で、その戦術を昇華させていった。いくら私たちでも、それを一日二日で習得するのは不可能ということよ】

 

 ヤマト

【そうね。ごめんなさい、少し急ぎすぎていたのかもしれないわね】

 

 私の言葉でヤマトは落ち着いたようで、いつもの優しい笑顔に戻ってくれた。

 

 その後、私はヤマトとともに作戦の詳細を詰めていくことになった。ヤマトが立案した作戦には、私がこれまで使用したことのない新兵器がいくつか使用されている。それらの準備に必要なナノマテリアルの量、時間を確認した。さらに戦闘シミュレーションを入念に行い、不測の事態にも対応できるようにした。

 こうして纏めた作戦立案書のデータを携えて、ヤマトと私はアケノのところへ向かった。どうやらアケノ達の方も作戦を考えていたようで、アケノの手元には手書きの作戦立案書が握られていた。

 

 岬

「ヤマトさん、ムサシちゃん、ちょっといいですか? 比叡を止めるための作戦を考えてみたんです。聞いてもらえますか?」

 

 ヤマト

「ええ。私たちも比叡への対抗策を考えていたの。お互いの作戦を確認し合いましょう」

 

 岬

「は、はい!」

 

 

 

 まずは、アケノたちが考えた作戦について艦橋メンバーと私たちで確認を行った。

 

 アケノたちの作戦は、比叡を深度の浅い海域に誘導し座礁させて動きを封じるというものだった。これは真下にある海図室から多聞丸と五十六が追い出された時に、五十六が穴に詰まって動けなくなったのを見たアケノが思いついたものだという。

 この作戦のキモは、晴風と比叡の吃水の違いだ。晴風の吃水は3.8メートル、それに対し比叡の吃水は9.7メートル、その差は約6メートルある。この吃水の差を利用し、深度10メートルほどの海域に比叡をおびき寄せて座礁させようという魂胆だ。そして吃水が比叡よりも大きい私ことムサシには作戦海域の外からの攻撃などで晴風を援護してもらうとなっていた。

 しかし、この作戦にはリスクが二つ存在する。

 一つは座礁させるまでの間に晴風は比叡の攻撃に晒され続ける。晴風は速力で上回るとはいえ、比叡の主砲または副砲を一発でも当たれば致命傷だ。それに対してアケノは以前武蔵と対峙した時のようにヤマトのクラインフィールドで対策したいとのことだ。

 そしてもう一つのリスクは、晴風メンバーの疲労だ。晴風乗員は先ほどまで新橋救助活動で徹夜の救助活動を行っており、その疲れを取る暇もなく比叡追跡の任務に就いている。そのような万全でない状態で、これだけギリギリな作戦を遂行することができるかは正直難しいかもしれない。

 しかしそれらのリスクを差し引いても、アケノたちの案はしっかりまとめられており、実行可能な作戦であった。

 

 アケノたちから説明を受けた後、続けて私とヤマトの作戦について説明した。詳細は立案者であるヤマトが中心となって行い、私はその補助をする形式を取った。

 説明の中で次々と出てくる未知の兵器の数々に、アケノたち艦橋メンバーは驚くと同時に興味津々といった様子だ。特にメイは目を輝かせて「私も撃ちたい!」と言ってくるが、それをシマが宥めている。

 

 そして全ての説明を終え、全員が二つの作戦について把握したタイミングでマシロが口を開いた。

 

 宗谷

「それでは艦長。どちらの作戦で進めますか?」

 

 岬

「うん、そうだね……」

 

 マシロの問いに対して、アケノは右手を口元に寄せて考え込む。

 1分ほど考えた後、アケノは決断を下した。

 

 岬

「私たちで一つに絞るのも悪くないけど、まずは両方の作戦を校長先生に伝えてみるのはどうかな? 最後は校長先生の許可が必要なんだから、両方評価してもらおうよ」

 

 アケノの言う通り、作戦実行の承認を出すのは晴風の所属する横須賀女子海洋学校の校長であり、マシロのお母様である宗谷真雪だ。彼女に二つの作戦から判断してもらうのは、悪くないことだと思った。

 

 宗谷

「私は艦長のご意見に異存はありません。ヤマトさんたちはどうですか?」

 

 ヤマト

「私も異存ないわ」

 

 ムサシ

「私も同じくよ」

 

 艦橋メンバー達の確認を取り、まずは宗谷真雪の判断を仰ぐこととなった。

 

 岬

「つぐちゃん、学校への回線を開いて。校長先生へ連絡します」

 

 

 

 -真雪side.-

 

 晴風より比叡発見の一報を受けてから、すでに1時間半近くが経過していた。

 私と真霜は校長室でその状況を確認し合っていた。すでに真霜の指示で次女の真冬が率いるブルーマーメイド任務部隊を派遣しているが、到着までまだ時間がかかる。その間、監視の任務に就いている晴風は比叡からの攻撃に晒され続けることになる。安全を最優先にするよう指示を出しているとはいえ、いつ不測の事態が起こるかわからない現状に、私も真霜も歯がゆい思いを噛み締めていた。

 

 そんな状況の中、教頭から私に晴風からの通信が入ったという連絡がきた。

 私はすぐに晴風につなげるよう指示を出すと、回線が切り替わり、晴風の岬艦長の声が校長室内に響いた。

 

 岬

 [晴風艦長の岬明乃です。現在、私たちは比叡監視の任に就いていますが、校長先生に至急報告したいことがあります]

 

 岬艦長の声色から、不測の事態が起きたのではないかと推測し、私と真霜は一層気を引き締めて次の言葉を待った。

 

 岬

 [比叡はなおも我々に砲撃を続けており、呼びかけにも応答しません。以上の状況から、比叡の乗員は今朝送付させていただきました報告書のウイルスに感染しているものと推測いたします]

 

 真霜はその報告に、やはりそうか、と納得の表情をしていた。先ほどまで真霜と話していたRATtの持つウイルスに生徒が感染したという推測が、岬艦長からの報告で確信に変わった。

 しかし、岬艦長からの報告はまだ終わらなかった。

 

 岬

 [さらに、比叡は現在トラック諸島に向けてまっすぐ進路を取っています。到達予想時刻は一三○○、ブルーマーメイドの部隊の到着に間に合いません。このままでは、トラック諸島の住人にウイルスが感染し、さらに出入りする船舶を通じて世界中にウイルスが広まる可能性が高いと思われます]

 

 あまりにも急を要する事態に私も真霜もさすがに驚きの表情を隠すことができなかった。ウイルスに感染した生徒を乗せた艦が陸地に到達したときに起こることを想定していないわけではなかった。しかし、こんなにも早く現実になると、否応なく慌ててしまった。しかし、私はこれを事前に察知することができたと考え直し、なんとか落ち着きを取り戻した。

 そして、岬艦長がこの状況下で落ち着いた様子で報告していることから、彼女にはすでに策があることを察した。

 

 真雪

「それで岬艦長、あなたはこの事態に何か対抗策があるというのですね?」

 

 岬

 [はい。今お送りしたメールに比叡を止める作戦立案書を添付してあります。確認していただいて、実行の許可を願います]

 

 机の上のパソコン端末を開くと、岬艦長からの報告メールが届いていた。そこには二つの作戦立案書のデータが添付されていた。一つは「岬明乃案」、もう一つには「ヤマト案」という題名がつけられていた。

 

 真雪

「あなた達がそれぞれ考えてくれたのね。感謝するわ」

 

 私は岬艦長に礼を述べ、真霜とともに報告書を開いて確認する。

 二つの報告書は要点を押さえてしっかりと纏められており、時間が惜しいこの状況下でも作戦の概要を理解しやすいものとなっていた。さらに、作戦内容も二つともよく考えてられており、私も真霜もよく考えてくれたと感心してしまった。

 

 15分ほどで二つの立案書を読んだところで、真霜は返答を待ってもらっていた岬艦長に声をかけた。

 

 真霜

「岬艦長、宗谷一等監察官です。ヤマトさんの案で確認したいことがあるので、換わってもらえないかしら?」

 

 岬

 [わかりました。ヤマトさん、宗谷監察官が換わってほしいって]

 

 岬艦長の呼びかけから少しすると、電話越しから凛とした声が聞こえてきた。

 

 ヤマト

 [お待たせしました。霧の艦隊、総旗艦ヤマトです]

 

 初めて聞いた霧の艦隊総旗艦、ヤマトさんの声。以前真霜から自分と声がそっくりだと聞いていたが、それは本当だった。ここまで似ているものか、と驚いてしまった。

 しかし、今はそうしている場合ではなかった。私は気を取り直して、ヤマトさんに問いかけた。

 

 真霜

「ヤマトさん、あなたの作戦案について確認したいことがあります」

 

 真霜はヤマトさんの案に強い興味を示していた。決して岬艦長の案が悪いと思ってはいないだろう。しかし、人間とはこれまでにない技術に惹かれるもの。ヤマトさんの案にはそれらが数多く使用されており、真霜もそれらに魅力を感じたのだろう。

 

 真霜

「あなたの作戦の要である「兵器」、これは間違いなく比叡の生徒たちを傷つけることがないという確証はあるのでしょうか?」

 

 真霜が気にかけていたのは、比叡を止める際の要となる「兵器」の安全性についてだった。立案書には、その「兵器」は艦には大きな効果を発揮するが、中に乗る人間に対しては影響がほとんどないという画期的なものだと記されていた。さらに、ウイルスに感染した生徒の動きも封じることもできるとも謳っていた。もしこれが本当ならば、比叡に乗る生徒の安全を確保しつつ動きを封じることができる。

 しかし、それを簡単に信じて実行に移すことは指揮官として愚かなことだ。真霜はヤマトさんにその確たる証拠を求めているのだ。

 

 ヤマト

 [その質問に対しては、立案書の後ろに添付している検証結果が証明しています。晴風の衛生委員、鏑木美波さんも検証にご参加されてその効果を確認しております]

 

 ここで再び稀代の才女、鏑木美波の名前が出てきた。ヤマトさんは鏑木美波とともにRATtについて調べあげ、その詳細な報告書を我々に提出してくれた功労者だ。その際に、RATtに対する対抗手段を検証していたとしてもおかしくはない。

 真霜はヤマトさんが示した検証結果のページを読み終えると、納得した表情をしていた。

 

 真霜

「ありがとうございます。では、私の意見を述べさせていただきますね」

 

 一呼吸を置いて、真霜は自分の決断を述べた。

 

 真霜

「私は、ヤマトさんの作戦を支持いたします」

 

 真霜はヤマトさんの作戦案を選択した。ブルーマーメイドの指揮官として、人的被害を最小限に抑えることを考えたのだろう。

 しかし同時に、真霜はさらに考えがあるようだ。

 

 真霜

「ただし、条件としてあなた方霧の艦隊の戦闘を映像として記録していただきたいのです。いかがでしょうか?」

 

 真霜は比叡との戦闘で霧の超戦艦ムサシの実力を測ろうとしている。先ほど読んだムサシの報告書の真偽を確かめ、彼女たちが人類と共存するに足る存在かを見極めようとしていた。

 

 真霜からの要望にヤマトさんはわずかに沈黙していたが、すぐに口を開いた。

 

 ヤマト

 [……わかりました。宗谷監察官の要求を呑みましょう]

 

 真霜

「ご協力感謝します」

 

 ヤマトさんは真霜の要求を飲み、これで真霜はヤマトさんの案に賛同することになった。

 

 後は私の判断を残すのみとなった。

 

 私は当初、岬艦長の案を選ぼうと考えていた。入学してまだ1か月足らずでこのような事件に巻き込まれたにも関わらず、晴風の新入生たちはいくつもの困難を自分たちの力で乗り越えてきている。そんな素晴らしい生徒の立てた作戦を承認してあげたい、そう考えていた。

 しかし、それは私の感情だ。指揮官としての判断としては不適切だろう。そして、どちらが生徒たちに危険が及ばないかと考えると、やはりヤマトさんの案の方が間違いなく良いのだ。もちろん超戦艦ムサシに危険が及ぶことになるが、彼女たちは先の報告書で比叡程度は脅威ではないことを示している。

 そして、先ほどの真霜とヤマトさんとのやり取りを聞いて、私の心は固まっていた。

 私は、岬艦長達に最終判断を述べることにした。

 

 真雪

「私も、ヤマトさんの案を採用したいと思います。しかし、岬艦長の示した案もよくできています。私は岬艦長の案を、ヤマトさんの案が失敗した際の保険として作戦に組み込むこととします」

 

 この判断は、晴風の生徒たちと霧の艦隊、そして私自身の気持ちを納得させるためのものだ。所詮は私の我儘なのかもしれない。それでも、私は生徒たちの想いを無駄にしたくないと思ってしまった。

 

 岬

 [わかりました。では、ヤマトさんの作戦が失敗した際には私たちの作戦が実行できるよう、作戦をすぐに組み直します]

 

 こうして、私と真霜を交えて話し合いを実施し、最終的な作戦を組み上げた。

 

 真雪

「それでは、現時刻より晴風ならびに超戦艦ムサシは比叡停止の作戦行動に入ってください。フェーズ1開始時刻は一二四○!」

 

 真霜

「作戦の指揮は、岬艦長とヤマトさんのお二人にお願いします」

 

 岬

 [了解です!]

 

 ヤマト

 [こちらも了解いたしました]

 

 こうして、この世界における霧の艦隊の初陣であり、人類との初の共同戦線となる比叡停止作戦が決行されることとなった。

 

 

 

 

 そしてこの作戦で、私たち人類は思い知ることとなった。

 

 霧の艦隊の持つ圧倒的な力と、人類との圧倒的戦力差を。

 




第十七話、いかがだったでしょうか?

今回は作戦立案というシーンのみでしたが、これから本格的に霧の艦隊を動かしたいのなら、真雪さんや真霜さんとの交流を持っておく必要があるのでは?と思ったので、こういう話を間に挟んでみました。

次回、十八話は
いよいよ比叡との戦闘が切って落とされた。
作戦の第一フェーズ、晴風に課せられた任務は……
その時、超戦艦ムサシは!?

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第十八話 誘導でピンチ!

皆様、あけましておめでとうございますm(_ _)m
今年も、「ハイスクール・フリート ―霧の行く先―」本編をどうぞよろしくお願いいたします。

ということで、2017年初の本編投稿になります。
ちょうど2か月ぶりです。お待たせして申し訳ありませんでした。
感想の方で沢山の本編投稿を望む声をいただき、ありがとうございました。
最近リアルで色々あってスランプ気味だったので、すごく励みになりました。
今後もどうぞよろしくお願いします。

さて、第十八話の今回は比叡戦前編、戦闘シーンに突入します。
初めての戦闘シーン、うまく表現できているかな?

それでは、どうぞ!


 2016年4月26日午前12時50分

 

 -明乃side.-

 

 私たちが比叡の姿を捉えてからすでに2時間以上が経過していた。比叡は相変わらずトラック諸島に向けてまっすぐ進路をとっていた。

 そして私たちはヤマトさんが考案した比叡停止作戦、そのフェーズ1の真っ最中であった。

 

 野間

「比叡、進路変わらず南東方向。っ! 四番主砲より発砲!」

 

 宇田

「弾丸補足。着弾予測地点、艦首前方約70メートル」

 

 野間さんとメグちゃんからの報告を受けて、私は舵を取っているリンちゃんに指示を出す。

 

 岬

「リンちゃん、面舵30! 着弾予測地点から離れて」

 

 知床

「よ、ヨーソロー」

 

 リンちゃんは指示に従って素早く舵を切る。晴風は徐々に右へと進路をとっていく。そして数秒後、予測通りの場所に比叡の主砲弾が着水した。大きな水柱が三本あがり、発生した波が晴風の船体を揺らす。

 

 山下

「主砲弾、左舷より距離300の地点に着水」

 

 岬

「舵もどーせー。比叡の後方、距離2000の位置に」

 

 艦橋左舷の見張りを担当しているしゅうちゃんから着弾の報告が入った。すぐさまリンちゃんに再び支持を出して、比叡の真後ろに艦を戻した。

 

 岬

「ふぅ、とりあえず今のところは順調、なのかな?」

 

 納沙

「はい。比叡がこのままの速度と進路で進めば、30分後にはムサシさんとの合流地点に到達します」

 

 ココちゃんが手元のタブレットを操作すると、艦橋内に浮かんでいる大きな空中ディスプレが連動して動き、合流地点までの比叡と晴風の進路の詳細が表示された。

 今回の作戦を開始するにあたって、ヤマトさんの提案で晴風の各所にヤマトさんとムサシちゃんが構築した共同戦術ネットワークからの情報をリアルタイムで表示する空中ディスプレイ投影機を設置して、艦内にいるみんなに戦況の詳細がすぐにわかるようにしたのだ。ディスプレイで表示できるのは今映している海図だけでなく、周辺海域を通る船舶の情報や海底地形など様々だ。先ほどのメグちゃんの着弾予測はこの情報によるもので、かなり正確な着弾位置を特定することができるようになっている。

 

 納沙

「いやー、しかしこれは興奮しますね! SFの世界のものを自分の手で動かせるのは」

 

 ミーナ

「こら、今は作戦中じゃぞ。気持ちはわかるが、不要な私語は慎め」

 

 ディスプレイのメイン操作を務めるココちゃんは夢にも見た出来事に任務を忘れそうなくらい興奮していた。ミーちゃんはそんなココちゃんに落ち着くように声をかけている。

 

 西崎

「あーもう! なんかつまんなーい。ねぇ艦長、比叡に一発撃っちゃダメなの?」

 

 一方のメイちゃんはいつも通り撃ちたくて仕方がないといった様子だ。メイちゃんの隣ではタマちゃんが首を横に振って、それを否定していた。

 

 立石

「メイ、だめ。私たちの任務は、誘導」

 

 岬

「タマちゃんの言う通りだよ。私たちの役割は、合流地点まで比叡を誘導すること。交戦を極力避けて、準備が整ったムサシちゃんたちと合流しなくちゃいけないんだよ」

 

 そう、今私たちがやっていることは時間稼ぎと比叡を合流地点まで監視だ。ムサシちゃんとヤマトさんは晴風から超戦艦ムサシに移乗して、先行してこの後の作戦のための事前準備をしている。その準備が整うまで、私たちは比叡の注意をひきつけておき、合流地点まで誘導しなければならない。

 

 西崎

「わ、わかってるよ。ちょっと言ってみただけだって」

 

 メイちゃんは事情を理解して、しぶしぶながらこれ以上言うのをやめてくれた。

 

 そんな中、シロちゃんは心配そうにじっと前方を進む比叡の姿を見ていた。

 

 宗谷

「しかし、このまま順調に事が進んでくれればいいが」

 

 知床

「そ、そうだね。私たちに危険が及ばないようにってヤマトさんが考えてくれたんだし」

 

 今回の作戦ではムサシちゃん、つまり超戦艦ムサシを最高の状態で動かすためにヤマトさんも一緒に乗り込んでいる。そのため、前回の武蔵戦の時のようにヤマトさんのクラインフィールドによる保護がない。だから今の晴風では、比叡の主砲である35.6cm砲どころか副砲の15.2cm砲ですら直撃したら致命傷になりかねない。だからこそ、ヤマトさんは私たちへの危険を回避するために、誘導役という比較的安全な役割を与えてくれたのだろう。

 

 西崎

「まぁ、このまま上手いこと進んでくれればいいけどさ……」

 

 すると、メイちゃんがじーっとシロちゃんを見ながら話しだした。メイちゃんからの視線にシロちゃんは思わず怯んでいるようだ。

 

 宗谷

「な、なんだ?」

 

 西崎

「今副長がしゃべったせいで、フラグ立った気がする……」

 

 メイちゃんの一言に、艦橋内の空気が一瞬で凍り付く。

 

 納沙

「あー……」

 

 ミーナ

「たしかにのぅ」

 

 立石

「うぃ……」

 

 だけどみんなは口を揃えてメイちゃんの言葉を肯定する。シロちゃんの不運っぷりはもはやクラスの皆も周知になるほど有名なことだ。そんなシロちゃんがちょっと不吉なことを言ってしまったのだから、嫌な予感がしてしまうのはある意味仕方がないのかもしれない。

 

 宗谷

「な!? 何を言っているんだ! 確かに私は運が悪いかもしれないぞ。だけど、ちょっと喋っただけでそれが現実になるっていうのは、言いすぎじゃないのか!」

 

 シロちゃんは真っ向からメイちゃんの言葉を否定する。自分が疫病神みたいに言われてしまったのだ。当然の反応と言えるだろう。

 すると、シロちゃんは体の向きを変えて私に助けを求めるような視線を向けてきた。

 

 宗谷

「艦長からも、何か言ってやってください!」

 

 岬

「え! わ、私!?」

 

 シロちゃんからの突然のお願いに、私はどうしたらよいのか一瞬戸惑ってしまった。

 とにかくシロちゃんを励まさないと、そう思った私は口を開いた。

 

 岬

「だ、大丈夫だよシロちゃん。シロちゃんはちょっと不運かもしれないけど、それでネズミもどきさんが変な動きをするわけじゃないから!」

 

 西崎

「いや艦長、全然フォローになってない」

 

 宗谷

「か、艦長……」

 

 結果、シロちゃんはますます落ち込んでしまった。

その後、5分くらいかけてなんとかシロちゃんを立ち直らせたのだった。

 

 

 

 そんなやり取りをしてから、さらに時間がたった。

 比叡はその後もちょくちょく晴風へ砲撃をしてきたが、進路を変えることはなかった。合流地点まではあと10分くらいで到着する場所まできていた。この時、艦橋の皆だけでなく、晴風に乗るクラスの皆が、のまま何事もなく予定通りムサシちゃんと合流して、次の作戦に進むことができると確信していた。

 

 しかしそれは、野間さんからの報告によって突然崩れ去った。

 

 野間

「! 比叡、回頭! 南東方向からさらに南の方へ転進しています!」

 

 岬

「え!?」

 

 比叡の突然の方針転換に私は驚きを隠せなかった。その姿を補足してからこれまで舵を切ることなく真っ直ぐにトラック諸島方面へ進んでいたのに、ここにきてまさかの行動だった。

 

 岬

≪な、なんで? どうして突然?≫

 

 周りの艦橋メンバーを見渡しても、私と同じく突然の出来事についていけず混乱している様子だった。

 

 知床

「な、なんで? 突然向きを変えちゃったの?」

 

 立石

「わかんない……」

 

 西崎

「ほらー! 副長があんなこと言うからー!」

 

 宗谷

「な! 私のせいだと言うのか!」

 

 ミーナ

「あほぅ! 冗談を言うとる場合じゃなかろうが!」

 

 慌てふためく艦橋メンバーたち。その様子を見て、私は混乱していた頭を一度落ち着かせた。このままではいけないと思い直し、すぐさまココちゃんに指示を出す。

 

 岬

「ココちゃん! 比叡の予想進路を割り出して! それと、周辺の船舶情報も」

 

 納沙

「は、はい! わかりました」

 

 ココちゃんはすぐにタブレットを操作しはじめた。私が大声で指示を出したことで、他の艦橋メンバーたちも一度落ち着きを取り戻すことができたようだ。そしてシロちゃんとミーちゃんが私に尋ねてきた。

 

 宗谷

「艦長、どうしますか? このままでは合流地点へのコースから外れてしまいます」

 

 ミーナ

「そうじゃな。わしらの手で比叡の進路を戻さねば」

 

 このまま何もせず手をこまねいていると比叡はあらぬ方向に進んでしまい、ムサシちゃんとの合流も停止作戦も全てが水の泡となってしまう。

 私は少し考えた後、一つ決断を下すことにした。

 

 岬

「……タマちゃん、砲戦用意。射撃指揮所のみんなにも伝えて。リンちゃん、晴風を比叡の前に出す準備を」

 

 知床

「え、えぇ!」

 

 立石

「……うぃ」

 

 私の指示にリンちゃんを始め艦橋メンバーは驚きの表情を見せていた。ただ一人、タマちゃんだけは冷静に指示に従って砲戦の準備に取り掛かっていた。

 

 西崎

「おぉ! 撃っちゃう? 撃っちゃうの?」

 

 宗谷

「艦長、正気ですか!? 交戦は極力避けるという話だったではないですか。比叡との戦力差は圧倒的に我々が不利です。危険すぎます!」

 

 シロちゃんは私の考えにすぐ異を唱えてきた。

 彼女の言い分はもっともだ。私たちへの危険を最小限にするためにヤマトさんが考えてくれた作戦を自ら破ろうとしているのだ。自ら比叡に突っ込むなど、普通では自殺行為だろう。

 しかし、私はそう思わなかった。そのことをシロちゃんに伝える。

 

 岬

「危険なのはわかってる。でも、フェーズ1での私たちの役割は、比叡を合流地点まで誘導すること。もし不測の事態が発生したら、自分たちの判断でそれを修正しなくちゃいけない。それが、今なんだよ」

 

 私はシロちゃんの目を真っ直ぐ見つめて訴えた。私よりもずっと賢いシロちゃんならきっとわかってくれる、そんな確信にも似たものが私にはあった。

 

 宗谷

「追尾に比べると被弾の危険性が格段に上がりますが、それでもやりますか?」

 

 シロちゃんはじっと私を見つめて問いかけてきた。もちろん、私の答えは決まっていた。

 

 岬

「うん。足はこっちの方が速いし、なんとかなると思う」

 

 私がそう答えると、シロちゃんは頭を縦に振ってうなずいてくれた。私はすぐさま機関室への伝声管を手に取った。

 

 岬

「機関室、これから速力いっぱい出すけど、どれくらい持ちこたえられる?」

 

 柳原

「全力は20分保証してやらぁ。いつものことだけど、無茶言ってくれるねぇ」

 

 マロンちゃんは呆れ半分ながら、納得した様子で答えてくれた。マロンちゃんとの会話が終わると、タブレットの操作を終えたココちゃんが私の元へ駆け寄ってきた。

 

 納沙

「艦長、比叡の誘導コースの割り出しできました」

 

 同時に空中ディスプレイの海図に晴風の誘導コースと比叡の予想進路が複数表示される。私はその中から一つを選びだした。

 

 岬

「よし、このルートでいこう。リンちゃん、お願い」

 

 知床

「は、はい!」

 

 これで準備は整った。私はもう一度艦橋内を見渡した。みんなはすでに覚悟を決め、しっかりと私を見ていた。私は一つ深呼吸をして、号令をかけた

 

 岬

「これより、比叡の注意を引き付けて合流地点まで誘導します。機関、最大船速!」

 

 

 

 晴風は比叡の左舷を回って、比叡の前方へ出る進路を取り始めた。これに気が付いた比叡は即座に主砲と左舷側の副砲を回頭、晴風へ照準を合わせてきた。

 

 野間

「比叡、副砲より発砲! 続けて二番、三番主砲がこちらに指向中」

 

 内田

「こちらも副砲の発砲、確認しました!」

 

 宇田

「レーダー、副砲弾7発補足。着弾予想地点と時刻、海図に出します」

 

 比叡からの攻撃に対して、艦橋には各所から情報が次々と舞い込んでくる。メグちゃんの出した着弾予想地点から、7発のうち2発が至近弾になる可能性が高いことが判明した。

 

 岬

「取り舵いっぱい! 回避行動、比叡から離れる!」

 

 すぐさま指示を出して、比叡からの副砲弾をなんとか回避する。しかし、一息つく間もなく次の攻撃が飛んでくる。

 

 野間

「二番、三番主砲より発砲確認!」

 

 宇田

「主砲弾4発確認。予測地点、すぐに計算します!」

 

 慌ただしく動く見張りと電探室。それでも彼女たちは冷静に正確な情報を私たちにもたらしてくれた。

 幸いにも主砲弾は晴風の進路から大きく外れた場所に着水した。

 

 岬

「タマちゃん、主砲発射用意。比叡に当てるつもりで撃って。こっちに注意を引き付けて」

 

 立石

「うぃ」

 

 副砲と主砲が再装填されている今がチャンスと思い、すぐさまタマちゃんに指示を出した。タマちゃんはすぐさま射撃指揮所にいるひかりちゃん、みっちん、じゅんちゃんに連絡する。

 

 立石

「主砲塔回頭、右60度、射角50度、一斉射用意」

 

 主砲が旋回を開始し、発射準備が着々と整っていく。しかし、それを悠長に待ってくれるほど比叡は甘くない。

 

 野間

「比叡の一番主砲回頭、こちらに照準合わせてきています」

 

 岬

「リンちゃん、主砲斉射後に回避運動取れるようにして。メグちゃんは着弾予測の計算を準備を」

 

 比叡もこちらを狙ってきていた。早く撃たなければと焦りが出てきてしまう。すると、丁度こちらの主砲発射準備が整ったようで、タマちゃんが指で丸を作ってサインを出していた。シロちゃんはそれにすぐ反応した。

 

 宗谷

「よし、主砲一斉射、はじめ!」

 

 立石

「てー!」

 

 晴風の長10cm連装砲が一斉に火を噴いた。それから少し遅れて比叡の一番主砲からも弾が発射された。予め回避行動を指示していた晴風はすぐさま進路を変え、回避した。結果、比叡の主砲弾は当たることなく海に着水した。一方、晴風の主砲弾は6発1発が比叡の側面装甲に命中、しかし威力が低いため装甲を抜くことはなかった。しかし私たちの狙いは比叡にダメージを与えることではない。

 

 内田

「比叡、回頭しています。晴風の後ろにつくようです」

 

 主砲斉射が功を奏したのか比叡は狙い通りこちらの誘いに乗り、晴風を追う進路を取り始めた。まずは目的の一つはクリアした。

 

 宗谷

「あとは、合流地点まで比叡を誘導ですね」

 

 岬

「うん。リンちゃんは比叡と離れすぎない程度に距離を取って、蛇行して」

 

 知床

「よ、ヨーソロー」

 

 ここからは逃げの一手だ。比叡からの攻撃をかわして、ムサシちゃんとの合流地点まで誘導しなければならない。

緊張のせいか、ギュッと握りしめていた左手を開くとすでに汗で濡れていた。

すると、シロちゃんがスカートのポケットからハンカチを取り出して、私に差し出した。

 

宗谷

「艦長、これで拭いてください」

 

 岬

「あ、ありがとうシロちゃん」

 

 私はシロちゃんからハンカチを受け取り、さっと手を拭いた。

 

 ミーナ

「ここまではなんとか上手くいったのぅ。じゃが、いつまでも回避だけじゃそう長くはもたんぞ」

 

 ミーちゃんの言う通り、これはあくまでも急場しのぎ。ここからは時間との勝負になる。

 すると、機関室へ通ずる伝声管から二つの怒号が飛んできた。

 

 柳原

「おい、比叡の誘導には成功したみてぇだけどよぉ、いつまでいっぱいなんでぃ! さっきは20分保証するって言ったけど、そう長くはもたせらんねぇよ!」

 

 黒木

「油もバカ食いしてるんだけど! さっさとしてよね!」

 

 マロンちゃんとクロちゃんの悲痛な叫びだった。比叡と事を構えてから、全速の状態でかなり無茶な回避行動を取っているため、機関にかかる負荷は相当なものになっていた。

 私はチラリとココちゃんの方を見て、状況報告を求めた。

 

 納沙

「合流地点まであと5分です。ですから、5分だけ頑張ってもらえれば」

 

 岬

「5分だね。マロンちゃん、あと5分くらいだけなんとかして」

 

 柳原

「わかった! なんとかしてやらぁ!」

 

 

 その後も晴風は比叡からの激しい攻撃に晒され続けた。比叡は晴風の真後ろにぴったりとついて、一番、二番主砲による攻撃を次々と行っていた。一方こちらは主砲の射程外の距離にいるため攻撃は出来ず、ひたすら逃げ回っていた。

 

 納沙

「艦長、間もなく合流地点です!」

 

 すると、ココちゃんから嬉しい報告が届いた。なんとか無事に合流地点まで辿り着けて、艦橋内の緊張で張りつめていた空気が少し和らいだように感じた。

 しかし安心したのも束の間、シロちゃんが不安そうな声を上げた。

 

 宗谷

「な、なぁ。ムサシさんは? 姿が見えないんだが……」

 

 私は急いで外の様子を確認したが、周辺に艦影はなかった。見張り台の野間さんからも超戦艦ムサシの姿は確認できないという報告が上がってきた。

 

 西崎

「まさか、予定より早すぎたとか」

 

 納沙

「いえ、比叡がコースから逸れたおかげでむしろ予定時刻より5分遅れていますよ」

 

 知床

「そ、そんなぁ。まさか、ムサシちゃんが遅刻?」

 

 立石

「うぅ……」

 

 艦橋内に一気に不安な空気が漂い始めていた。ここまでギリギリの状態で比叡を誘導してきたのに、肝心のムサシちゃんがここにいないのでは意味がない。私自身も予想もしていなかった事態に大きな焦りを感じていた。

 しかし悪い報告はこれだけではなかった。

 

 野間

「! 比叡、一番主砲発砲!」

 

 山下

「え、これって……」

 

 宇田

「着弾予測……、っ! 主砲弾、本艦直撃コースです!」

 

 混乱していた状況でさらに追い打ちをかけるような報告だった。

 

 岬

≪え!? 直撃? か、回避しなくちゃ……≫

 

 しかし、二度も続いた事態に私は憔悴してしまい、すぐに指示を出すことができなかった。

 

 宗谷

「艦長! しっかりしてください! 早く指示を!」

 

 シロちゃんの声で私はようやく我に返った。しかし、すでに時遅しだった。

 

 山下

「ダメです! 間に合いません!」

 

 一気に血の気が引いた感覚がした。私は最後の最後で判断を誤った。そのせいで、取り返しのつかないことになってしまった。もう、どうしようもなかった。

 

 岬

≪私は、私は……。みんな、ごめん……≫

 

 その時私は、完全に諦めてしまっていた。あるのは後悔とみんなへの謝罪だった。

 

 

 

 と、その時だった。

 

 万里小路

「艦長、海底より推進音多数。これは、海面に向かって直上しています」

 

 突然、水測室の万里小路さんから報告が入った。

 慌てて後方を確認すると、晴風と比叡の間の海面から十本以上の弾頭が飛び出していく姿が見えた。そのうち数本はそのまま直上した後に爆発、白い煙幕の壁が晴風と比叡の間にできていた。残りは空中で向きを変えて比叡の主砲弾と衝突、こちらも空中で爆発した。爆風は晴風まで届き、船体が縦に大きく揺れた。私たちは壁や床にしがみついてなんとか事なきを得た。

 

 宇田

「ひ、比叡の主砲弾、消滅しました……」

 

 そしてメグちゃんから、比叡の主砲弾が先ほどの衝突で破壊されたという報告が入ってきた。私は気が抜けてその場で倒れそうになったが、シロちゃんが慌てて肩を貸してくれた。

 

 宗谷

「艦長、大丈夫ですか?」

 

 岬

「シロちゃん、ごめん。ありがとう」

 

 私はシロちゃんに一礼して、再び自分の足で立った。

 

 宗谷

「しかし、助かったのか? 今のは一体……」

 

 納沙

「艦長、あれを見てください」

 

 ココちゃんが指差す空中ディスプレイを見ると、そこには晴風と比叡の間にもう一隻の艦が存在することを示すマーカーが記されていた。しかも、その大きさは比叡よりも大きかった。

 

 万里小路

「海底より何かが浮上します。とても大きいです!」

 

 万里小路さんの報告を受けて、私と艦橋メンバーは再び艦橋の後方を確認した。

 

 すると、海中から巨大な何か、いや軍艦が浮かび上がってきた。その姿は黒くそびえたつ鉄の城、その表面にはオレンジ色に光る不思議な模様「バイナルパターン」が浮かび上がっていた。それはまさに、「超戦艦」の名を冠するに相応しい姿だった。

 

 岬

「ムサシちゃん! ヤマトさん!」

 

 ヤマト

[皆さん、比叡の誘導ありがとうございます。ここからは]

 

 ムサシ

[私たちが引き継ぐわ!]




第十八話、いかがだったでしょうか?

艦船の戦闘シーンでおなじみの専門用語ですが、自分は知識がほとんどないのでできる限り避けながら書いてみました。
それでも多少は入れておりますが、正しく使えている気がしない。
感想等でご指摘いただければ幸いです。

次回、第十九話は
超戦艦ムサシvs.直教艦比叡 開幕!
果たして比叡はムサシとまともに勝負できるのか!?
そして、アニメとは違う比叡停止作戦の結末は?

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第十九話 圧倒的でピンチ!

どうも皆さま。
第十九話でございます。

少し調子が戻ってきたのか、なんとか2月中にもう一本投稿できました。
やはり期間をあけすぎると色々ダメになっちゃうものですね。

今回は比叡戦の後半、いよいよムサシ初陣です。
ムサシは劇場版Cadenzaではほぼ超重力砲しか使っていなかったので、それ以外の兵装をメインにするって結構新鮮でした。

果たしてムサシはどのような戦いを見せてくれるのか、その結末はいかに?

それでは、どうぞ!


 2016年4月26日午後1時30分

 

 -ムサシside.-

 

 ヤマト

「皆さん、比叡の誘導ありがとうございます。ここからは」

 

 ムサシ

「私たちが引き継ぐわ!」

 

 比叡からの攻撃を直撃しそうになっていた晴風に対し、私は艦底部魚雷発射管より迎撃用誘導弾とスモーク弾を同時に発射、比叡の主砲弾を撃ち落としつつ晴風と比叡の間にスモークによる壁を作り、晴風の姿を隠した。

 

 宗谷

[ムサシさん! 水中にいたんですか。まだ到着していないものだと]

 

 ヤマト

「ごめんなさい。ギリギリまで比叡の目を誤魔化すためだったのですけど。逆に不安にさせてしまいましたね」

 

 宗谷

[い、いえ。とにかく無事に合流できてよかったです]

 

 ムサシ

「煙幕で比叡の目は一時的に潰したわ。今のうちに離脱しなさい」

 

 すでにヤマトから晴風に離脱の航路は送ってある。後はそれに従って、安全な海域へ退避すればよかった。

 しかし、指示を出すべきアケノから中々言葉が出てこない。画像越しの様子を伺うと、アケノは心ここにあらずという様子であった。その表情にはこれまで見たこともない何かに怯えているような雰囲気さえ感じた。

 

 ムサシ

≪アケノ?≫

 

 宗谷

[艦長! 聞いているんですか、艦長!]

 

 動こうとしないアケノにしびれを切らしたのか、マシロが大きな声で呼びかけた。マシロの呼びかけにアケノはようやく我に返り、周囲をキョロキョロと見渡す。

 

 岬

[え? シロちゃん?]

 

 宗谷

[しっかりしてください。我々は安全域まで退避して、ムサシさんの戦闘記録取りですよ]

 

 岬

[そ、そうだね。リンちゃん、画面に出ている航路に従って第三戦速で離脱して]

 

 マシロに指摘されて思い出したのか、アケノは少し慌てた様子でリンに指示を出した。それを終えると、私たちの方に顔を向けた。

 

 岬

[ムサシちゃん! ヤマトさん!]

 

 先ほどの怯えた表情はだいぶ治まったようだが、それでも不安な様子はぬぐい切れないといった具合だった。それでも、アケノは強い気持ちを込めて私たちにこう言った。

 

 岬

[絶対、無事に帰ってきてね]

 

 その一言に、私は嬉しさがこみ上げてきた。それはヤマトも同じようだ。

 

 ムサシ

「ええ、必ず。むしろ比叡の方を心配した方がいいんじゃないかしら?」

 

 ヤマト

「明乃さんの言葉、確かに受け取りました。必ず戻ると約束します」

 

 私とヤマトはアケノにそれぞれ返答し、映像接続による通信を切った。

 

 ヤマト

「明乃さんたちにああ言ったからには、しっかり頑張らないとね」

 

 ムサシ

「そうね。おねえちゃん、作戦の指揮は任せたわ」

 

 ヤマト

「ええ。これより超戦艦ムサシは比叡停止作戦、フェーズ2へ移行します。ムサシ、概念伝達通信を開いて。以後、指示は概念伝達にて行います」

 

 ヤマトの言葉に従い、私はヤマトのユニオンコアと概念伝達通信を接続した。これにより、ヤマトから指示される膨大な情報を一切のラグなしに受信することが可能となった。

 

 ヤマト

【それじゃ、かかるわよ!】

 

 ムサシ

【ええ!】

 

 こうして、私たちがこの世界に来て初の、そして私にとって戦術という概念の下で行う初めての戦闘が始まった。

 

 

 

 -明乃side.-

 

 ムサシちゃんのおかげで最大のピンチを乗り切った晴風は、当初の手筈通り安全域へ退避しムサシと比叡の戦闘を記録することになった。私は主計科、砲雷科を中心とする記録班に最上甲板に上がって準備をするよう指示を出した。さらに艦橋の空中ディスプレイにはムサシと比叡の戦闘の様子がリアルタイムで映るようになっており、様々な方向から今回の戦闘の様子を見ることができるようになっている。

 

 しかし艦橋メンバーのみんなが危機を脱して一安心している中、私の心中は未だ穏やかになることはなかった。寸前までの光景を思い出し、思わず耳を塞ぎたくなる。

 

 岬

≪もしムサシちゃんの助けがなかったら、今頃晴風は……≫

 

 その時だった。シロちゃんが私の肩に手を置き、ムッとした表情で私を見てきた。

 

 宗谷

「しっかりしてください艦長! 先ほどから様子が変ですよ」

 

 私が不安になっていることに気づかれてしまったようだ。私は心の中で慌てつつも、なんとか平静を装おうと試みる。

 

 岬

「あ、ごめんね。でも大丈夫。ほら、元気元気!」

 

 宗谷

「……まぁいいでしょう。まったくもう」

 

 シロちゃんは渋々ながら納得してくれたようだ。私は一度深呼吸をして心を落ち着かせた。これ以上シロちゃんや他のみんなに心配をかけるわけにはいかない。

 

 和住

「艦長、主計科と砲雷科記録班の配置、完了しました」

 

 そこへヒメちゃんから配置完了の報告が入ってきた。私は艦橋の右舷側の窓から外の様子を覗き込む。ムサシと比叡から砲撃音はまだ聞こえてこないが、スモークの壁はそのほとんどが風に流され、お互いの姿が見えるくらいまで薄れていた。

 

 宗谷

「ほとんど煙幕の煙が晴れていますね。ではそろそろ?」

 

 岬

「うん、戦闘が始まるよ。記録班、用意を――」

 

 私とシロちゃんがそう言った時だった。

 

 ドォン! ドォン!

 

 大きな砲撃音が海の向こうから鳴り響いた。ついに戦闘が始まったようだ。

 

 野間

「比叡、三番四番主砲より発砲! さらに副砲からも発砲を確認!」

 

 先に仕掛けたのは比叡だった。どうやら比叡は攻撃目標を晴風からムサシに切り替えたようで、こちらに向かって飛んでくる弾はない。しかもスモークによる妨害や海中から出現したムサシに動揺する様子もなく、ムサシに同航戦を仕掛けて主砲と副砲を惜しみなく発砲してきた。

 

 宇田

「比叡主砲弾、および副砲弾、かなり正確にムサシを補足しています」

 

 先ほどまでの時間を利用して距離を測ったのか、弾のいくつかはムサシへの直撃弾となっていた。

 ムサシへと向かう砲弾。しかし、直撃する直前にそれは何かに阻まれてしまった。

 

 野間

「ムサシへの直撃弾および至近弾、直前で赤い壁のようなものにぶつかりました」

 

 野間さんからの報告で、私たちはそれが何であるのかを確信していた。

 

 岬

「あれが、クラインフィールド……」

 

 ムサシちゃんやヤマトさんたち、霧の艦隊が持つ最強の盾「クラインフィールド」。外部からのエネルギーのベクトルを任意に変換し攻撃を無効化するこの盾は、比叡の強力な35.6cm砲の主砲弾すらいとも簡単に防いでしまった。

 

 西崎

「すっご……。あれじゃどんなに撃っても攻撃が通らないじゃん」

 

 立石

「う、うぃ」

 

 実際のクラインフィールドの凄まじさに、私たちは圧倒されていた。

 しかし比叡は動じる様子を見せることなく、すかさず一番二番主砲もムサシへと指向、連続で攻撃を仕掛けていく。しかしそれもムサシのクラインフィールドの前には全くの無力で、またもやあっけなく攻撃は防がれてしまった。

 すると、これまで守りに徹していたムサシが新たな動きを見せ始めた。

 

 内田

「ムサシの艦首側に動きあり。あ、垂直に上がる噴進魚雷らしき飛翔体を確認。数は……20です!」

 

 右舷で監視していたまゆちゃんの報告通り、ムサシの艦首から真上に向かって何かが発射されていた。その飛翔体は空中で方向を変え、比叡の方へと向かっていく。

 

 納沙

「おそらくミサイルという兵器でしょう。この前の調査で教えてもらいました。噴進魚雷のように着水することなく、飛行したまま目標を攻撃する誘導式の弾頭ですね」

 

 ココちゃんの解説通り、ミサイルと呼ばれる飛翔体20機は空中で向きを微妙に変えながら比叡へと迫っていく。狙いは正確で全弾が直撃コースだ。

 しかし、ミサイルは比叡に直撃することなく直前で一斉に爆発した。爆風による風圧を受けて比叡は大きく右へと傾いた。その様子は遠くから見ている私たちにもはっきりとわかるくらいだった。

 

 知床

「も、もしかして、わざと当てなかった、のかな?」

 

 ミーナ

「じゃろうな。今回の作戦は比叡の生徒の安全を確保しつつ艦を止めること。直撃させては生徒の安全は保証できん。だとしても、凄まじい精度と威力だ」

 

 ムサシの攻撃は止まらなかった。私たちがミサイルの動向に気を取られている間に、ムサシの46cm三連装主砲3基はすでに比叡を捉えていた。

 

 西崎

「お、おぉ! 撃っちゃう? 撃っちゃうの?」

 

 メイちゃんが期待に胸膨らませる中、ムサシの一番主砲から比叡に向けて攻撃が放たれた。それは、船体に彩られたバイナルパターンと同じオレンジ色の光の帯だった。

 

 小笠原、武田、日置

「び、ビームだー!!」

 

 立石

「おおおお」

 

 西崎

「すっごーい! ほんとにビーム撃っちゃったよ!」

 

 射撃指揮所から戦闘の記録を行っていたひかりちゃん、みっちん、じゅんちゃんの三人にタマちゃん、メイちゃんは興奮を隠しきれず大きな声を上げた。まさかSF作品でしか存在しないビーム兵器をこの目で見ることになるとは思わなかった。一応、さらに威力の高い超重力砲は一度見たはずなのだが、そんなことは関係ないようだ。

 放たれた3本のビームはまたもや狙いを外すことなく比叡へと向かっていった。しかし直撃することはなく、比叡の一番二番主砲の真上ギリギリのところを通過し、そのまま真っ直ぐ進んで遥か向こうへと消えていった。

 

 しかし呆気に囚われている暇もなく、今度は水測室の万里小路さんから艦橋に報告が入ってきた。

 

 万里小路

「ムサシさんの艦首より魚雷発射音を確認しました。数は10、大きく旋回して比叡の右舷側を攻撃するようですわ」

 

 まだまだ止まらないムサシからの波状攻撃。今度は魚雷だ。本来、大型直教艦クラスには一部を除き、魚雷は搭載されていない。しかし全身に武装を施している霧の艦には、戦艦クラスであっても当然のように魚雷発射管が搭載されているらしい。それも潜水艦のように注水して発射するタイプのものだ。

 魚雷は大きく弧を描いて比叡の右舷艦底部に命中した。しかしこちらは爆発することなく、船体を大きく揺らすに留まった。

 

 比叡もなんとか応戦しようとするが、もはや火力も装甲も違いすぎた。次第に比叡の攻撃の手がどんどん弱まっていくのが目に見えてわかった。

 

 宗谷

「……もはや、圧倒的すぎる。私たちの心配なんて全く必要ないじゃないか」

 

 岬

「そ、そうだね」

 

 私たちはずっと驚きっぱなしだった。かつてムサシちゃんたちから艦に関する情報提供を受け、超重力砲さえも見せてもらったのにも関わらずだ。しかし、こうして実戦という極度の緊張感の中で、実際にその常軌を逸した力が発揮されるのを目の当たりにすると、もはや言葉が出なくなってしまった。

 私たちはただ、その圧倒的な戦闘の様子を見たままの通り記録していくしかなかった。

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 私はヤマトの指示に従って艦を進めながら、比叡へ攻撃を仕掛けていく。ヤマトからの指示は非常に細かく、言われた通りに諸元を計算、入力して攻撃するだけで私が思った通りに比叡への攻撃が途切れることなく続いていく。私は自分自身が行っていることにすごく驚いていた。

 

 ムサシ

≪これが、戦術。おねえちゃんが千早群像から学んだ人類の力、なのね≫

 

 私はこれまでメンタルモデルを得たと同時に人間の戦術を自然と手に入れられるものだと思っていた。しかし、人間が長い年月をかけて作り上げ、そして磨き上げてきた本当の戦術は私たちとて一朝一夕で得られるものではないのだと、今ようやく思い知った。ヤマトは401の中で約2年間、千早群像から戦術を学び、それをこうして駆使している。やはり私の姉は霧の総旗艦に相応しい存在だった。

 

 ムサシ

≪しかし、それにしてもこれは……≫

 

 しかし同時に、私は今のヤマトの戦術に一つ疑問を抱いていた。そこで私は思い切って問い掛けてみることにした。

 

 ムサシ

【ねぇ、おねえちゃん。ちょっといい?】

 

 ヤマト

【あら? どうしたの? もしかして何か不具合? それとも私の戦術が何かまずかったかしら?】

 

 ムサシ

【いえ、そうじゃないわ。むしろおねえちゃんの戦術は完璧よ。でも、ここまで過剰に武装を使う必要はあったのかしら? 比叡の動きを封じるだけならここまでする必要はなかったのではなくて?】

 

 そう、ヤマトの攻撃指示はどう見ても比叡相手には過剰すぎた。ミサイルに主砲、さらには魚雷と私が持つ主要兵装を惜しみなく使っている。これではあまりにも一方的だった。

 

 ヤマト

【そうね。ムサシの言う通り、私が指示しているものは比叡に対してかなり過剰な攻撃よ。でもねムサシ、この戦闘の意味を考えてみて?】

 

 ヤマトは私の疑問に是と答えた後、逆に私に問いを投げかけてきた。私は暫しこの戦闘の意味について考えてみた。そして、一つの予測を立てた。

 

 ムサシ

【……なるほど。この戦いはこの世界の人類が初めて目撃する霧の戦い。そして、この戦闘の記録は横須賀女子海洋学校を経由してブルーマーメイドに引き渡される。つまり、この戦いは私たちの未来を左右する戦い、というわけね】

 

 ヤマト

【その通りよ。この戦いの記録は今後人類が私たち霧の力を知るための重要な資料になるわ。私がここで手を抜くと私たちの存在が軽んじられるし、さらに無様な姿を晒すわけにはいかない。だから私は、ここで私たちの力を存分に示すべきだと判断したの。例えそれで私たちが恐怖の対象となったとしても。それでも先に進むためにね】

 

 ヤマトは私たちの未来を見据えていた。この過剰なまでの攻撃にはそんな大きな展望が込められていたのだ。戦術というのは今この時を生き抜くためだけでなく、先の未来すらも左右する重要なものだった。私は戦術の奥深さというものをさらに知ることとなった。

 

 その後も私たちはひたすら比叡を圧倒し続けた。

 ある時には持ち前の速力で比叡の最大船速よりも早く動いて攻撃をかわした。またある時には比叡の主砲と副砲の一斉射をミサイルで全弾撃ち落としたりもした。

 こうして攻撃手段をことごとく潰された比叡は最初の勇猛さはどこへいったのか、完全に逃げの態勢に入り始めていた。しかしここで逃がすわけにはいかない。私たちは当初の予定通り比叡に対して適度に攻撃をしつつ、ある場所へと誘導していく。

 

 ヤマト

【ムサシ、あと5分ほどで作戦海域よ。いよいよ大詰め、準備はできているわね?】

 

 ムサシ

【フェーズ3ね。もちろん準備は万端よ。おねえちゃんこそ、最後にヘマしないようにね】

 

 ヤマト

【言ったわね。それじゃあ、いくわよ】

 

 いよいよ戦いも終わりが見てきた。

 

 

 

 -明乃side.-

 

 私たちはずっと圧倒され続けていた。その圧倒ぶりは好戦的なネズミもどきさんすら震え上がらせ、逃げという手段を選ばざるをえないほど追いつめていた。しかしムサシはそれを許さず攻撃を行いながら比叡を例の作戦海域まで誘導していった。

 

 納沙

「艦長、まもなく比叡が作戦海域に入ります」

 

 ココちゃんの報告を聞き、私は空中ディスプレイの海図を確認する。比叡はすでに作戦海域の目前まで迫っていた。

 すると、戦闘中のヤマトさんから通信が入った。

 

 ヤマト

[明乃さん、聞こえていますね? もうすぐ作戦をフェーズ3に移行します。晴風は作戦海域の外にいますか?]

 

 岬

「はい。ヤマトさんに指示された場所で記録の任についています」

 

 ヤマト

[ありがとうございます。間違っても作戦海域内には入らないでください。そうなれば晴風の安全は保障できなくなります。それでは、通信を切りますね]

 

 ヤマトさんは最後に私たちに注意を促して通信を切った。

 

 宗谷

「艦長、いよいよですね」

 

 岬

「うん。これで終わるんだ。私たちは自分たちの仕事をきっちりやろう」

 

 私たちは最後まで見届けなければならない。霧の艦隊、超戦艦ムサシの戦いを。

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 ヤマトは晴風への通信を切ると、概念伝達で私に話しかけてきた。

 

 ヤマト

【これより作戦をフェーズ3に移行する。ムサシ、あの兵装を垂直発射管11番から32番に装填。私は先に設置しておいたアレの起動準備に入る】

 

 ムサシ

【了解よ】

 

 いよいよ最終のフェーズ3突入の宣言がなされた。比叡はすでに作戦海域内に入っている。あとはヤマトの指示さえあればいつでも動ける状態になっていた。

 そして、ヤマトは機を見てすかさず動いた。

 

 ヤマト

【ムサシ、防護フィールドを展開する。状況確認を】

 

 ムサシ

【了解。作戦海域外縁の海底に設置したキャニスターよりフィールド展開開始を確認。完了まで5秒】

 

 私たちが晴風に囮役を頼み、その間に準備していたのは「キャニスター」と呼ばれる兵器を作戦海域内に展開することだった。「キャニスター」はかつて401が横須賀でハルナ・キリシマの大戦艦二隻を迎え撃つために使用した半自律型魚雷発射装置だ。簡易な構造ではあるが、単独で指定された地点まで移動でき、指示一つで短魚雷を最大8発まで発射することができる。今回はそれにヤマト独自でアレンジが加えられ、あるものを展開領域内から出さないための防護フィールド発生装置が搭載されていた。

 

 ヤマト

【フィールド展開完了。続けて、ムサシはミサイル発射準備、私は海底のキャニスターの発射準備。諸元データ送る】

 

 ムサシ

【データ受領。諸元をミサイル22発に入力、完了。11番から32番までセル解放、発射準備完了。発射タイミングをヤマトに委譲する】

 

 ヤマト

【発射権限、受け取った。全弾、一斉射はじめ!】

 

 私の垂直発射管から、そして海底に設置した通常タイプのキャニスターからある弾頭が搭載されたミサイルおよび魚雷が一斉に発射された。その数は62発。

 私から発射されたミサイルは比叡の直上に到達すると弾頭が分離し、比叡の甲板構造物のあらゆる場所に着弾、そのまま固定された。キャニスターから発射された魚雷も同様に比叡の艦底部に固定された。

 

 ムサシ

【比叡への着弾数、水上で22発中20発、水中で40発中32発。目標数到達を確認】

 

 そして、最後の指令が総旗艦ヤマトから下される。

 

 ヤマト

【EMP弾頭、全機起動開始!】

 

 今回の作戦最大の要となる兵器、それがEMP弾頭だ。

 EMPとは「electromagnetic pulse」の略、日本語にすると「電磁パルス」という意味になる。電磁パルスとは自然界では雷によって発生するパルス状の電磁波のことで、人工的にはこの世界には存在しない核兵器を高高度(高度100km以上)で爆発させることで発生させることが可能となっている。

 そんな電磁パルスだが、あるものに絶大なまでの影響を与える。それが電子機器だ。電磁パルスによってケーブルに高エネルギーのサージ電流が発生し、ケーブルに接続された半導体や電子回路といった電子機器に大きな損傷を与えてしまうのだ。しかも電磁パルスは人体への影響は極端に少ない。このことから、元いた世界では非破壊・非殺傷の兵器として研究が進められていた時期があった。ヤマトはこの電磁パルスの特性に着目し、独自の発想から今回のEMP弾頭を作り上げた。元々、大戦艦キリシマが使用していた雷撃ユニットの存在もあり、作ることはそこまで難しいものではなかった。

 

 そして、このEMP弾頭が今の比叡に有効な理由は二つ存在する。

 

 一つは、比叡の多くの装置が自動化されていること。

 この世界の旧式の艦船、晴風や武蔵たちはわずか30名程度の少人数で動かすことを可能にするため、砲弾の装填などの様々な機構が自動化されている。それはつまり艦の大半の箇所に電子機器が使用されていることに他ならない。しかしそれが仇となることもある。あのネズミもどきが発する電磁波で晴風の電子機器が一時使用不能になったことがその事例だ。今回のEMP弾頭はさらに強力な電磁パルスを発生させるため、使用不能を通り越して艦内のあらゆる電子機器を破壊することになる。こうなれば心臓部である機関部を始めとする艦の機能は完全に失われ、やがて航行不能となる。しかしその効果範囲は広域に及ぶため、万が一に備えて事前に防護フィールドを展開して電磁パルスの拡散を防いだというわけだ。

 

 そしてもう一つが、元凶であるネズミもどきへの有効打となること。

 ネズミもどきの持つウイルスに感染した者は、ネズミもどき本体から発生する電磁波によって一次感染者がその支配下に置かれ、さらに操られた一次感染者がハブとなり二次、三次と連鎖的に電磁波による支配が広がっていくというものだ。しかし、ここでも電磁パルスが有効な手段となる。ネズミもどきが放つ電磁波よりも強い電磁波である電磁パルスの影響を受けると、電磁波による支配ネットワーク全体に大きな乱れが生じて崩壊する。すると、支配下に置かれていた感染者はネズミの支配から解放され、一時的に意識を失うことになる。さらに支配主であるネズミもどき自身にもその影響を受けて無力化することができる。これはヤマトとミナミの検証により証明されている。

 

 これこそがヤマトが自ら考案し、そして実行した対ネズミもどき感染艦の手段だった。

 

 ヤマトの命令によって起動したEMP弾頭は、その狙い通り比叡艦内のあらゆる電子機器を破壊しつくした。さらに支配下にあった比叡クラスの生徒たちも次々と無力化されていった。

 やがて機関部も電磁パルスの影響を受けて機能を停止、推力とコントールを失った比叡は徐々に減速し、やがて停止した。

 

 ムサシ

【比叡の完全停止を確認。機関部の再起動の気配なし】

 

 ヤマト

【……作戦、終了】

 

 ヤマトによって作戦終了の宣言がされた。

 

 こうして、私たちの世界での初めての戦闘は幕を閉じたのだった。




第十九話、いかがだったでしょうか?

結果はムサシの完全勝利。言うまでもなく無双ってやつです。
開始当初に霧無双みたいなのは極力避けると言っていましたが、それでも一度くらいはやってみたかったですし、そういうことを望む読者様の声もありましたので、今回やってみました。
まぁ、まともに戦闘した時点でこうなるのは目に見えていたわけですがw

そして比叡停止の鍵となったのは、電磁パルス兵器による電子機器破壊でした。
はいふり世界の教育艦が自動化されていること、RATtの電磁波による支配と電子機器に異常を引き起こすこと、こういう設定に対して「より強力な電磁波を浴びせれば有効打になるんじゃないか?」という考えに至り、結果EMP兵器というものを取り入れてみました。

現実でも研究が進められているものだということで、割と現実的だけど霧らしい超兵器の一面も持たせられたのではないかと、私は思っています。

にわか知識のアイデアですので、もし詳しい方がいらっしゃったら感想で教えていただけると嬉しいです。


次回、第二十話は
比叡との戦闘を終えたムサシ、ヤマト、晴風クラス。
そこへ謎の黒い艦が現れる。
その艦に乗る黒い人影の魔の手が晴風クラスに迫る!?
イッタイダレダトイウノダー?(棒

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第二十話 真っ黒でピンチ!

皆様、お待たせいたしました。
第二十話でございます。

この作品もついに本編二十話まで書き進めることができました。
これからシュペー戦、赤道祭、武蔵戦とまだまだ続きますが、引き続き頑張ってまいりたいと思います!

前回、比叡停船作戦を無事に成功させたムサシと晴風クラス。
今回はあの方が登場しますよ。

それでは、どうぞ!


 2016年4月26日午後4時

 

 -ムサシside.-

 私は自分の艦の艦橋から隣に停泊している晴風と比叡を見下ろしていた。隣にはヤマトも一緒にいる。

 

 EMP弾頭による電磁パルス照射によって比叡の停船させた後、晴風と合流した私たちは直ちに比叡の制圧に取り掛かった。ミナミが精製したネズミもどきの抗体を比叡の全生徒に投与するのはそんなに時間はかからなかった。電磁パルスによって電磁波ネットワークが崩壊し、その影響で比叡の生徒のほとんどは気を失っていたからだ。そのおかげで、1時間もかからないうちに比叡の制圧は完了、それからは学校の要請で派遣されたブルーマーメイドと合流するべく、比叡の停止した場所で晴風と共に待機していた。

 

 ムサシ

「初めての作戦、無事に成功してよかったわね」

 

 ヤマト

「ええ。でもまだまだね。もっと上手くできる方法があったかもしれないって今でも考えてしまうわ。もっともっと経験値を積まないと」

 

 ヤマトは今回の結果に納得できていないという様子だった。作戦が終了してからすでに2時間近く経過しているが、ずっと比叡との戦闘記録を振り返りながら戦闘シミュレーションを繰り返していた。ヤマトにとっても初めての作戦行動だった今回は彼女に大きな刺激をもたらしたようで、熱心に改善を試みている。

 そんなヤマトの姿に、私は頼もしさを感じていた。誰よりも霧と人類を愛し、こんな私を大切にしてくれる、大好きなおねえちゃん。私はそんなおねえちゃんの隣に立てる喜びを感じていた。

 

 そんな幸せという暖かい気持ちに浸っている時だった。私が張っていたレーダーがこちらに向かってくる艦船の存在をキャッチした。すぐに共同戦術ネットワーク上に情報をアップしてヤマトと共有することにした。

 

 ムサシ

「こちらに真っ直ぐ向かってくるわね。派遣されたブルーマーメイドかしら?」

 

 ヤマト

「おそらくね。ムサシ、光学カメラで姿を捉えられない?」

 

 ムサシ

「わかった、やってみるわ」

 

 私は艦船が向かってくる北西方向に光学カメラを向け、姿を補足しようと試みた。すると北西方向の距離およそ20000に比較的小さな黒い艦が進んできているのが見えた。私はその映像をすぐにヤマトに見せた。

 

 ヤマト

「形状からして改インディペンデンス級ね。でもブルーマーメイドの正規色ではないわね」

 

 ムサシ

「艦首に識別番号が見えるわ。……BPF10、ね。おねえちゃん、データベースとの照合をお願い」

 

 ヤマト

「ええと……、海上安全整備局 保安監督隊 強制執行課 戦術執行部隊所属の『べんてん』という艦ね。艦長は……あら?」

 

 ヤマトは近づいてくる艦『べんてん』情報を検索して、少し驚いたように声を上げた。どうしたのかと思い、私はヤマトが見ていた情報を確認してみた。そしてすぐに、ヤマトが驚いた理由に気が付いた。

 

 ムサシ

「なるほどね。これは艦長に会うのが楽しみね」

 

 ヤマト

「ええ。せっかくだから、晴風の皆さんにはちょっと内緒にしていましょう」

 

 ムサシ

「そうね。もしかしたらあの子の面白い反応が見られるかもしれないわ」

 

 私とヤマトはイタズラを画策している子供のような顔をしてお互いを見ていた。

 

 

 

 -ましろside.-

 

 比叡の制圧という大きな仕事が終わってから、晴風艦内はすっかりゆるみきった雰囲気になっていた。私はこんなことでいいのだろうか、と疑問を感じずにはいられなかった。

 

 宗谷

≪もうすぐブルーマーメイドの派遣隊が到着するというのに……≫

 

 時刻は午後4時を過ぎていた。もうすぐ母さん、宗谷校長からの要請を受けたブルーマーメイドの派遣隊がここに到着する予定時刻だ。比叡の制圧を終えた後の報告の際に聞いた話では、当初派遣されるはずだった制圧部隊から旗艦の1隻だけが先行してこちらに向かっているそうだ。その話をしている時の真霜姉さんの声が上ずっていることが少し気になったが、その後すぐに通信を終えてしまったため結局真意はわからなかった。

 それよりも私が気になっているのは艦長だ。普段なら誰よりも真っ先にこのゆるみ切った雰囲気を楽しみそうなものだが、囮役を終えてからずっと元気がなくずっとうつむき気味だ。これまでどんなに厳しい状況で誰よりも頑張ってきた艦長。私は心配せずにはいられなかった。

 

 宗谷

「あの、艦長――」

 

 野間

「北西方向にこちらに向かってくる艦影あり!」

 

 私が艦長に話しかけようとした時だった。見張り台の野間さんから船舶接近の一報が入ってきた。

 すると、先ほどまで元気がなさそうだった艦長が普段通りの声で指示を出していた。

 

 岬

「野間さん、合流予定のブルーマーメイドかもしれないから艦種と番号の確認をお願い。あ、つぐちゃんに通信室に戻ってもらわなくちゃ」

 

 いつも通りの様子で動き回る艦長を見て、私はとりあえず一安心した。艦長は一通り指示を出し終えると、私の元へ近寄ってきた。

 

 岬

「シロちゃん、さっき私に何か言いかけていたけどなんだったの?」

 

 宗谷

「……いえ、何でもないですよ、艦長」

 

 岬

「?」

 

 今は艦長に余計なことを考えさせまいと思い、私は言いかけていた言葉をそっと胸の奥へとしまい込んだ。艦長は何があったのかよくわからないという顔をしていた。

 そんなことをしていると、再び野間さんから報告が艦橋にあがってきた。

 

 野間

「艦の形状から、改インディペンデンス級と思われます。おそらく先行してきたブルーマーメイドの派遣隊だと思うのですが……」

 

 どうしたことか、突如野間さんの言葉が途切れてしまった。いつでもはっきりと報告してくれる野間さんには珍しいことだ。

 

 宗谷

「どうしたんだ野間さん? 続きを頼む」

 

 野間

「あ、はい。それが、艦の色が黒色なんです。ブルーマーメイドの標準色とは違うので」

 

 宗谷

「……なんだって?」

 

 私はこの時、非常に嫌な予感がよぎった。野間さんから報告のあった黒色の改インディペンデンス級、そして派遣隊の話をしていた時の真霜姉さんの上ずった声、これらから考えられることは一つだった。

 

 八木

「今、接近する艦艇から通信が入りました。「こちら、海上安全整備局 保安監督隊 強制執行課 戦術執行部隊の『べんてん』。これより晴風と合流する」とのことです」

 

 さらに追い打ちをかけるように、通信室の八木さんから例の艦からの通信報告。艦名を聞いた瞬間に全てが確信に変わった、いや変わってしまった。私は思わず足をふらつかせる。

 

 岬

「わ!? シロちゃん、大丈夫?」

 

 艦長が私を心配して肩を貸してくれた。私はすぐに自分の脚で立ち直した。

 

 宗谷

「あ、ありがとうございます。大丈夫です」

 

 岬

「ほ、ほんとに? なんだか顔色が悪いよ?」

 

 宗谷

「本当に大丈夫だ。さぁ、派遣隊を迎える準備をするぞ」

 

 岬

「う、うん」

 

 心配してくれる艦長の気持ちは嬉しいが、今は迎える準備をしなくてはいけない。だが正直、私は全然乗り気にはなれなかった。

 

 

 

 そんなこんなで準備をしていたら、『べんてん』はすでにすぐ目の前まできていた。今は晴風の右舷に接舷するべく準備をしているところだ。晴風の甲板にはクラスメイトの半数ほどが整列して迎え入れる準備をしている。

 

 西崎

「黒いブルマーの艦なんて初めて見たよ。艦長はどんな人だろう? 楽しみだね」

 

 立石

「うぃ!」

 

 水雷長と砲術長が期待に目を輝かせている様子を見て、私は頭が痛くなりそうだった。なぜなら私はこの『べんてん』の艦長を知っているからだ。そして、きっとその期待は裏切られることになるとわかってしまっていた。

 

 岬

「シロちゃん、さっきから様子が変だよ? もしかして体調が悪いとか?」

 

 隣にいる艦長は相変わらず私を心配してくれている。それはとても嬉しいことなのだが、それ以上にこれから起きるであろう一騒動の方が私には心配だった。

 しかしいつまでも悩んでいても仕方がない。私は思い切って、艦長にそのことを話すことにした。

 

 宗谷

「じ、実はですね、この『べんてん』はですね――」

 

 ???

「とぉう!!」

 

 私が話そうと口を開いた時、まだ節減の準備中のはずの『べんてん』の甲板から一つの黒い影が掛け声とともに私たちのいる晴風の甲板後方に落ちてきた。甲板にいたクラスメイトは突然のことに困惑している様子だった。すると、艦長がその正体を確かめようと私の言葉も聞かずに走り出した。私は納沙さん、ミーナさんと共に慌ててその後を追った。

 そして三番主砲付近まで行くと、降り立ったその黒い影はスッと立ち上がった。艦長たちは不思議そうな目でそれを見ていた。私はもう目を逸らさずにはいられなかった。

 そして、黒い影は高らかに私たちに話しかけてきた。

 

 真冬

「待たせたな、晴風クラスの諸君。私はブルーマーメイドの宗谷真冬だ。この『べんてん』の艦長をしている。後のことは任せろ!」

 

 黒い影の正体、それは『べんてん』の艦長であり、そして私のもう一人の姉、宗谷真冬であった。そのいで立ちは黒色のブルーマーメイドの制服に、特注で作らせた端が破れているようなデザインの黒いマントと、まさに黒一色。その見た目やさっぱりとした性格から、ブルーマーメイドの中でも特に目立つ存在になっていると、前に真霜姉さんに聞いたことがある。だがこんな異端だらけにも関わらず、ブルーマーメイドの中では大変人気が高いらしい。

 

 真冬

「ん? お前もしかして……」

 

 ついに真冬姉さんが私の存在に気づいてしまったようだ。私は相変わらず目を逸らしている。そして姉さんは私のそばに近づきてきた。

 

 真冬

「シロじゃねぇか! ひっさしぶりだなぁ、おい!」

 

 真霜姉さんが右腕で私の首をガシッと掴んできた。

 

 宗谷

「ちょ、ちょっと姉さん、やめてって!」

 

 私は抵抗しようとするが、しっかりと組まれた姉さんの腕を振りほどくことはできなかった。その様子を艦長や納沙さん達は呑気に眺めていた。

 

 納沙

「あー、なるほど。苗字が同じですしね」

 

 岬

「シロちゃん、もう一人お姉さんがいたんだね。しかも二人ともブルーマーメイドだなんて、すごいなぁ」

 

 確かに私にとって二人の姉は憧れであり、目標にしている人物である。

真霜姉さんは海洋学校を主席入学、主席卒業の偉業を達成。ブルーマーメイドに入隊してからも多方面で活躍し、今では統括官としてその才能を振るっている。私生活ではずぼらなところが目立つが、私にいつも優しくしてくれる面倒見のよい姉さんだ。

一方の真冬姉さんだが、その性格のせいで私は振り回されることが多かった。小さい頃はよくケンカもして、その度に真霜姉さんに止められていた。でも、誰よりも明るくて、みんなから好かれている真冬姉さんが、私には輝いて見えた。私がなりたいと思っている理想像を真冬姉さんはたくさん持っていた。だから、真冬姉さんは今でも私にとって憧れの存在になっている。そのことは本人には絶対口にはできないけど。

 

そんなことを思い返している、真冬姉さんが不穏なことを言い始めた。

 

真冬

「ん? なんだぁ、シロ。久しぶりに会ったっていうのに縮こまりやがって」

 

 宗谷

「い、いや、そんなことは……」

 

 真冬

「いよぉし、久しぶりに姉ちゃんが根性を注入してやろうか!」

 

 私の背筋にゾッとする感覚が走った。クラスの皆がいるところで姉さんの「根性注入」という痴態を晒すことになってしまうことは、何としてでも避けなければならない。

 

 宗谷

「い、いらないわよ!」

 

 私は大きな声で拒否を宣言した。しかしこのくらいでは姉さんはやめてくれないだろう。私は次の策に移そうとした。

 しかしその時だった。

 

 岬

「あ、あの! お願いしてもいいですか?」

 

 宗谷

「なっ!? バカ、やめっ」

 

 様子を見ていた艦長が突然姉さんに「根性注入」をお願いしてきた。何も知らない彼女があの辱めを受ける姿など、他のクラスメイトに見られてしまっては示しがつかない。私はなんとか阻止しようとするが、すでに遅かった。

 

 真冬

「お、威勢がいいねぇ。艦長帽してるってことは、あんたが晴風の艦長か?」

 

 岬

「はい。航洋艦晴風艦長、岬明乃です」

 

 姉さんの質問に敬礼をして答える艦長。そして姉さんは手をパキパキと鳴らしながら彼女に近づいていく。

 

 真冬

「そうか。うちのシロが世話になってるな。それじゃ早速、覚悟はいいな?」

 

 岬

「はい、お願いします!」

 

 真冬

「よぉし、まずは回れ右だ!」

 

 姉さんの言葉に従って艦長は即座に回れ右をした。艦長は今、姉さんに背を向けている状態だ。この状態、姉さんは間違いなくアレをやるつもりだ。

 

 真冬

「いくぜ! 根性―、ちゅー……」

 

 このままでは艦長が危ない。私の体は考えるよりも先に動いていた。

 

 真冬

「にゅう!」

 

 姉さんの手が艦長に伸びる直前、私はそれを遮るように艦長の後ろに立った。そして、姉さんの手は私のお尻をガシッと掴んだ。

 

 宗谷

「ふぐっ」

 

 私は思わず口から声が出てしまった。同時に、周囲にいた人から驚きの声が上がる。その原因たる姉さんはそんなことを気にせず、根性根性と言いながらワシワシと私のお尻を揉んでいく。

 

 宗谷

「ふ、ふむぅ。むぅ……」

 

 これこそが姉さん流の「根性注入」。その実態はお尻を揉むだけというただのセクハラだ。私は事あるごとに姉さんからこの「根性注入」を食らっていて、毎回毎回迷惑していた。しかし、まさか身内以外にもこんな恥ずかしいことを平然とやるとは思っていなかった。

 

 しばらくすると、姉さんがようやく私が艦長との間に立っていることに気が付いた。

 

 真冬

「あれ? なんでシロが代わりに根性注入されてるんだ?」

 

 宗谷

「当たり前だ! こんな辱めは身内で止めておかないと」

 

 真冬

「ふぅん。まぁ、おめぇがそれでいいなら構わねぇけど……」

 

 姉さんはニヤッとした顔を私に向けてきた。私はもうこの後にされることを覚悟するしかなかった。

 

 真冬

「おめぇ、ちょいとヤワになってんじゃねぇのか、この尻? こんな尻じゃ、シケの海は超えられねぇぞ!」

 

 姉さんが私のお尻を掴む力を強めてきた。そしてそのままさらに揉みしごいてく。

 

 宗谷

「ちょ、ちょっと姉さん! やめ、ふっ、やめて! ねえさあああああん!!」

 

 その後しばらく、私は姉さんに為すが為されるまま姉さんにお尻を揉まれるしかなかった。そしてその様子は、いつの間にか集まっていたクラスメイトのみんなにしっかりとみられてしまうこととなった。

 

 岬

「……ごめんね、シロちゃん……」

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 『べんてん』が到着すると同時に、晴風の方から賑やかな声が聞こえてくるようになった。先ほど『べんてん』から晴風に降り立つ人影が見えたが、おそらくそれが原因だろう。

 

 ヤマト

「ムサシ、そろそろ『べんてん』の方にご挨拶にいきましょう」

 

 ムサシ

「そうね」

 

 すでに晴風との間にはナノマテリアルで構築した階段が設置されていた。私とヤマトは二人並んで階段を降りていく。

 

 ムサシ

「マシロの二人目のお姉さん、マフユね。どんな人か楽しみね」

 

 ヤマト

「そうね。でもましろさんのお姉様ならきっと素敵な方だと思うわ」

 

 ヤマトと話しながら私はマフユへの期待を高めていった。

 

 晴風に降り立った私たちは、早速みんなが集まっている場所に向かった。

 人だかりになっているところの一番後ろから様子を伺ってみると、そこには黒いマントと黒い制服を纏った女性にお尻を揉まれているマシロの姿があった。

 

 ムサシ

「……おねえちゃん、これは、どういう状況なのかしら?」

 

 ヤマト

「さ、さぁ……」

 

 演算能力なら誰にも負けない自信があった私もヤマトも今の全く状況が分からず、ただ混乱するしかなかった。

 すると、人だかりの中から一際背の高い人が私に声をかけてきた。

 

 黒木

「あ、ムサシ。こっちに来てたのね」

 

 ムサシ

「クロ。ええ、たった今きたところよ」

 

 クロは私とヤマトを手招きして傍に来るように言ってくれた。私たちは人だかりをかき分けて、クロの傍まで移動した。すると早速ヤマトが切り出した。

 

 ヤマト

「随分盛り上がっていますね。洋美さん、これは一体?」

 

 黒木

「実は派遣隊のブルーマーメイドの艦長が宗谷さんのお姉さんでして、宗谷さんと久しぶりに会ったからスキンシップをしているみたい、です」

 

 ムサシ

「そ、そうなのね。私が認識しているスキンシップとは随分違うようだけど……」

 

 黒木

「でも、宗谷さんの新しい一面を知れたから、私はちょっと嬉しいかな」

 

 クロの意外な返答に私は少し驚いたが、クロはマシロに憧れを持っていたことを思い出して、なんとか納得した。

 しかし、このままお尻を揉まれているマシロを見ているだけでは話が進まない。そう思ったのか、ヤマトがマフユの元へ一歩進み出た。私はその後に続く。

 

 ヤマト

「失礼します。『べんてん』艦長の宗谷真冬さんとお見受けいたしますが」

 

 真冬

「お? なんだいあんたらは? 学生には見えないが」

 

 マフユは私たちの存在に気が付くと、マシロを解放して興味津々に見つめてきている。

 

 ヤマト

「申し遅れました。私は霧の艦隊の総旗艦、ヤマトと申します。今はこちらの妹のムサシと共に、こちらの晴風と行動を共にさせていただいています」

 

 ムサシ

「初めまして。私は総旗艦直属艦隊旗艦で、ヤマトの妹のムサシよ。よろしく」

 

 すると、マフユは何かを思い出したかのか胸の前で両の手を合わせた。

 

 真冬

「そうか。あんたらが例の霧の艦隊か! そうかそうか!」

 

 宗谷

「姉さん、絶対忘れていたでしょ……」

 

 豪快に笑って誤魔化している様子のマフユに、先ほどまでお尻を揉まれていたマシロが呆れた表情でツッコミを入れていた。どうやらマフユはマシロや上の姉のマシモとは違って随分サッパリした性格をしているようだ。少しだけだが、かつての部下だった霧の生徒会の騒がしい重巡洋艦の姿を重ねていた。

 

 真冬

「そんじゃ、改めて。ブルーマーメイド派遣隊、『べんてん』艦長の宗谷真冬と言います。初めまして、霧の艦隊のお二方」

 

 ヤマト

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 姿勢を正したマフユは、先ほどまでとは違うキチンとした口調で自己紹介をして、握手を求めてきた。ヤマトは彼女の手をそっと握り返した。

 

 真冬

「話は真霜ね……宗谷一等監察官から伺っています。今回の比叡の件ではご協力ありがとうございます。一等監察官に代わりまして、お礼申し上げます」

 

 深々とお礼をしてきたマフユ。その姿はとても綺麗なものだった。その姿を見て、やはりマシロやマシモの姉妹なのだと、私は感じた。

 

 ヤマト

「いえ、これは私たちが望んだことですから。それと、話し方は普段通りで構いませんよ。そちらの方が私たちも話しやすいですから」

 

 真冬

「そうか。そんじゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ。こういうのはあまり苦手でな」

 

 ヤマトに促されると、マフユはリラックスしたように先ほどまでのフランクな口調に戻った。改めて聞き比べてみると、彼女には普段通りの口調の方がお似合いのように思えた。

 

 真冬

「比叡の件もそうだけど、これまでシロや晴風のことを助けてくれたことには礼を言うよ。今後も仲良くしてくれたら、私は嬉しい。改めてよろしくな、ヤマト、ムサシ」

 

 ヤマト

「はい。私も、真冬さんと仲良くできたら嬉しいです」

 

 ムサシ

「私もよ。マフユ、こちらこそよろしくね」

 

 真冬

「おう!」

 

 私たち三人はもう一度握手を交わした。まだ会って間もないのに、マフユはそれを感じさせない程私たちに寄り添ってくれている。それがマフユの持つ魅力なのだろう。

 

 真冬

「しっかしあれだな。ヤマトは本当に真霜姉と声がそっくりだな。最初に声をかけられた時は、そこに真霜姉がいるのかと思ったぜ」

 

 ヤマト

「ましろさんもお母様の宗谷校長も、同じことを仰っていましたね。私も真霜さんと初めてお話しした時は驚いたものです」

 

 真冬

「でも、真霜姉よりはずぼらじゃなさそうだな。何より出てるオーラが全然違う」

 

 宗谷

「……それ、後で真霜姉さんに知られたら怒られるわよ」

 

 早速ヤマトとマフユは親しげに話を始めていた。マシロは相変わらずマフユに警戒心剝き出しのようだが、仲が悪いという雰囲気は微塵も感じられなかった。私も、周りにいたアケノたち晴風クラスのみんなもその様子をそんな風に眺めていた、

 すると、ヤマトとの会話をそこそこに終えたマフユは、今度は私の方に歩み寄ってきた。

 

 真冬

「ところでよムサシ。あそこにある黒い大和型は、真霜姉から聞いた超戦艦ムサシってことで合っているんだよな?」

 

 ムサシ

「そうよ。あれこそが私の本体というべき艦、超戦艦ムサシよ」

 

 すると突然、マフユは目を輝かせて私にジッと見つめていた。

 

 真冬

「そうかそうか! いやぁ私は嬉しいぜ! 黒い艦ってのはやっぱり最高だよな! この制服やマントだってわざわざ頼み込んで特注で用意してもらったんだ。『べんてん』だって元は普通のグレーだったんだけど、私が艦長になった時に黒にしてもらったんだ。でも、真霜姉やシロにはどうも不評なんだよなぁ」

 

 宗谷

「当たり前だ! 自分が好きだからって何でもかんでも黒一色にされちゃたまったもんじゃないわよ!」

 

 ムサシ

「私の場合は別に好き嫌いで決めた色ではないけれどね。でも、気に入ってもらえたのなら嬉しいわ」

 

 真冬

「ああ! 気に入った! 超気に入った! よっしゃ、もっと近くで見るぜ!」

 

 宗谷

「あ、ちょっと姉さん!」

 

 大興奮の様子のマシモ。すると、もっと近くで見たいと思ったのかマフユは左舷側へと走っていってしまった。慌ててマシロが追いかけていく。

 

 ムサシ

「なんだか嵐のような人ね。すごくパワフルというか、元気いっぱいというか」

 

 ヤマト

「でもすごく親しみやすい方だと思うわ。それに……」

 

 ムサシ

「それに?」

 

 ヤマト

「妹は少しくらいヤンチャの方が、お姉ちゃん的にはお世話のし甲斐があるというものよ。ね、ムサシ?」

 

 ムサシ

「ふ、フン。私はあんなにヤンチャじゃ、ないわよ。……たぶん」

 

 私はヤマトの言葉を否定しようとしたが、私は昔の自分を思い出してしまった。そのせいでヤマトに視線を合わせることができない。

 

 岬

「あ、ムサシちゃん照れてる」

 

 黒木

「ふふっ、照れてるムサシも可愛いわね」

 

 ヤマト

「本当。やっぱりヤンチャするほど可愛いってものね」

 

 追い打ちをかけるようにアケノ、クロ、そしてヤマトからの言葉が続く。感情シミュレータがこれまでにないほど激しく演算を繰り返している。これが、恥ずかしいという感情なのだろう。演算能力にはまだまだ余裕があるはずなのに、私はいつの間にかその感情に耐えられる余裕がなくなっていた。

 

 ムサシ

「も、もう! 三人とも意地悪よ! ほら、マフユとこれからのことを話さないといけないんでしょ。早く追うわよ!」

 

 岬

「あ、ムサシちゃん待ってよー」

 

 黒木

「あぁムサシ、ごめん、ごめんってば」

 

 ヤマト

「ふふっ、しょうがないわね」

 

 恥ずかしさの余り、早くこの場から逃げようとする私。それを追ってアケノやクロ、ヤマトたちが続いてくる。

 

 こうして、マフユとの初会合はなんとか成功に終わったのだった。




第二十話、いかがだったでしょうか?

今回は完全に真冬さんのターンでした。
文字数のわりに全然話が進んでいない……。

前回の予告で書いていた「黒い艦」とは真冬さんの乗る「べんてん」のことでした。
しかし感想の方で、アルペジオの「コ〇ゴ〇」や艦これの「深〇〇艦」という予想が飛び出した時、もしかして「べんてん」ってわかりづらかった?という疑問を抱かずにはいられませんでしたw
分かってくれると思っていたんですがねー

次回、第二十一話は
真冬さんと今後の方針を決めたムサシたちの元に所属不明の艦艇発見の一報が入る。
ムサシと晴風は真冬とわかれ、その所属不明艦を追うことになったが、その正体はなんと、かつて戦ったあの艦だった……

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第二十一話 仲間の仲間がピンチ!

皆様ご無沙汰しております。
一ヶ月ぶりの本編更新、第二十一話です。

一週間前になりますが、4月9日にハイスクール・フリート放映開始から丁度一週間を迎えました。もうそんなに時間が経ったのだなぁと、あっという間でしたね。これからOVAの発売、横須賀での色んなイベントでの参戦など、はいふり熱はまだまだ冷めることを知りません。これからも本作や誕生日記念ではいふりを応援していきますので、引き続きよろしくお願いします!

前回、真冬さん登場で緊張続きだった晴風に少し和やかな雰囲気が戻ってきました。
果たして今回は……

それでは、どうぞ!


 2016年4月26日午後4時30分

 

 -ムサシside.-

 

 私はアケノ、マシロ、ヤマト、そして学校からの要請で派遣されたブルーマーメイドの艦艇『べんてん』艦長であるマフユの五人で今後の行動方針について話し合いをしていた

 

 真冬

「比叡は三原の支援隊が後の面倒を見ることになった。生徒たちはそちらが処方してくれたワクチンのおかげで沈静化している。安心してくれ」

 

 岬

「ありがとうございます」

 

 真冬

「あぁ。あと問題は艦の方だな」

 

 マフユは比叡の方を向いて難しい顔をしている。

 先ほど『べんてん』の整備班が比叡の状態を簡単にチェックしたという。外からは全くの無傷に見えるが、詳しくみると艦内に設置された電子機器は私たちが使用したEPM弾頭による電磁パルス照射でほぼ全てがダメになっていた。現状では機関を動かすこともできず、近くの基地で応急処置を施す必要があるとのことだ。

 

 真冬

「見た目の割に結構派手にぶっ壊したみたいだな。うちの整備班曰く、横須賀に戻ったら即オーバーホールしなきゃいけないんだとよ。少なくとも年単位はかかるそうだ」

 

 そのマフユの言葉に暗い影を落としていたのが、作戦の立案者でありEPM弾頭の開発者でもあるヤマトだった。

 

 ヤマト

「ごめんなさい。私がもっと被害が抑えられる作戦を考案していれば」

 

 真冬

「いや、むしろヤマトはよくやってくれた。優先するべきは艦よりも生徒の命だ。艦は大きな被害を受けても修理できる。でも人の命は失われたら戻ってこない。それに、この作戦は母さんと真霜姉が許可を出したんだろ? ならこうなることも承知しているはずだ。ヤマトが気に病むことじゃない」

 

 ヤマト

「真冬さん……。ありがとうございます」

 

 ヤマトはマフユの言葉に安心した様子だ。

 

 真冬

「じゃあ話を戻すぞ。我々は引き続き、武蔵以外の不明艦捜索を続ける。お前たちはどうする気だ?」

 

 宗谷

「どうしますか、艦長?」

 

 岬

「学校からの指示は武蔵探索です。皆の異存がなければ、このまま続けたいと思います」

 

 アケノは自分の意思をはっきりとした口調でマフユに宣言した。

 

 真冬

「ヤマト、ムサシ、あんたたちはどうなんだ?」

 

 ヤマト

「私は晴風と行動を共にします。真霜さんからも武蔵の件で協力してほしいと言われていますし、何より今は晴風の皆さんと一緒にいたいのです」

 

 ムサシ

「私はヤマトの指示に従うわ。もちろん、みんなと一緒にいたいってのも賛成よ」

 

 ヤマトと私も自分も意思をしっかりと伝えた。マフユは私たちの言葉を聞いて満足そうに笑顔を浮かべていた。

 

 真冬

「よーし、よく言った! ただ、無理はしないように。無理だと思ったら我々に連絡を入れて非難しろ。本来これは私たちブルーマーメイドの仕事だからな」

 

 岬

「はい!」

 

 現役の、しかも艦隊旗艦の艦長を務めるマフユからの頼もしい言葉にアケノもしっかりと応える。隣にいるマシロにも笑みが浮かんでい。アケノたちにとってマフユは自分が目指す将来の姿であり、憧れの存在。そんな人から頼りにされるというのは、きっととても嬉しいことなのだろう。

 

 しかしその直後だった。

 

 八木

「艦長! 広域通信に正体不明の大型艦目撃情報が複数入っています」

 

 電信室から慌てた様子で走ってきたツグミからの報告で私たちに緊張が走った。ツグミはすぐさま手にしていた携帯端末の画面をアケノたちに見せた。同時に私とヤマトは広域通信を受信、情報を確認する。

 

 宗谷

「南方二〇〇マイル、アドミラルティ諸島と、北東三〇〇マイル、トラック諸島方面、か」

 

 八木

「はい。どうしますか?」

 

 ここからそれぞれ真逆の方向に確認された不明艦。今ここには私を含めて三隻の艦。となると、取るべき手段は決まっていた。

 

 真冬

「よし、我々はトラックへ向かう」

 

 マフユはそう宣言すると、外套を翻して『べんてん』と繋がるタラップへ歩を進めた。

 

 真冬

「すまんが、お前たちは近場のアドミラルティ諸島を確認してもらえるか?」

 

 岬

「わかりました。シロちゃん、すぐに出発の準備を。つぐちゃんは通信室に戻って不明艦の情報収集をお願い」

 

 宗谷、八木

「了解!」

 

 こうして、マフユの『べんてん』はトラック諸島方面へ、晴風と私たちはアドミラルティ諸島方面へ向かうこととなった。

 

 

 

 マフユと別れて三十分、晴風とムサシは順調にアドミラルティ諸島への航路を進んでいた。私は晴風からムサシに戻り、ヤマトと今後のことについて話し合いをしていた。

 

 ムサシ

「今度はアドミラルティ諸島方面ね。今回こそは武蔵であってほしいのだけど」

 

 ヤマト

「その可能性は低いでしょうね。幸子さんから頂いた情報でも武蔵も目撃情報があまりにも散逸していて信頼に足るものではなかったわ」

 

 ムサシ

「そうね」

 

 武蔵の探索を主命としている晴風にとって、武蔵の現在位置が未だに判明していない現状はかなりもどかしい状態と言える。しかしそのことを嘆いていても仕方がない。今は不明艦の情報を待つしかなかった。

 

 ヤマト

「それとムサシ、今後私たちの行動は今まで以上に慎重にならないといけないわよ」

 

 ムサシ

「え? それはどういうこと?」

 

 ヤマト

「私たちはすでにブルーマーメイドをはじめ、あらゆる人物や組織にその存在が認知されてきている。先日はあなたの報告書も提出したし、さっきの比叡戦の映像も真冬さん経由で日本のブルーマーメイドに伝わる。そうなると何が起こるか、わかるでしょ?」

 

 ここまで言われて、私はヤマトの言いたいことを理解できないはずがなかった。

 これまでに私の報告書の提出、ネズミもどきの調査への協力、新橋商店街船の救助と私たちは動いてきた。そして今回の比叡戦、つまりこの世界での霧の艦隊の初戦闘によって、この世界の人類は霧の持つ力をはっきりと知ることになったのだ。人類はいよいよ霧の艦隊という未知の存在と正面から向き合わなくてはならなくなった。

 幸運にも私たちはこれまでは晴風のみんなやマユキ、マシモ、マフユと私たちのことを受け入れてくれる人類と出会ってきた。しかしこの世界全ての人類がそういうわけではない。それは私自身が元いた世界で経験し、よく知っていることだ。ヤマトは改めて私にそのことを警告してくれたのだろう。

 

 ムサシ

「おねえちゃんの言いたいことはわかったわ。でもそれだけ警戒しているなら、あれだけ私たちの情報を出すことを良しとしたの? いくつかは私自身が自分で決めたこともあったけど、あなたにしては不用心な気がするわ」

 

 ヤマト

「そうね。確かに”今は”そう見えるかもしれないわね」

 

 ムサシ

「え、それってどういう――」

 

 意味ありげに言うヤマトに真意を問いただそうとした、その時だった。

 私が傍受していた広域通信に新たな情報が流れてきた。その情報はこれから私たちが調査にあたるアドミラルティ諸島に出現した不明艦の情報だった。

 

 ムサシ

「おねえちゃん、この艦って確か」

 

 ヤマト

「そうね。もしかしたら今回は比叡以上に厄介かもしれないわね」

 

 

 すると、今度は晴風から通信が入ってきた。おそらく先ほどの広域通信に関することだろう。

 

 岬

[ヤマトさん、ムサシちゃん、聞こえる? さっき広域通信で私たちが追っている不明艦の正体がわかったの。それがね、その……]

 

 ムサシ

「こちらでも把握しているわ。不明艦の艦名は『アドミラル・グラーフ・シュペー』、欧州ドイツのヴィルヘルムスハーフェン校所属の直接教育艦」

 

 ヤマト

「そして、ミーナさんが副長を務めている艦、ですよね」

 

 岬

[……はい]

 

 アケノから不安まじりの返事が返ってきた。

 私たちが晴風と出会う前、晴風は一度シュペーと一戦交えていた。ミーナはその時、まだ正気を保っていたシュペー艦長の指示でなんとか脱出、アケノの手によって助けられたのだそうだ。

 以前ミーナから聞いた乗組員の症状から、シュペーにネズミもどきが潜入しウイルス感染が広まったと見て間違いないだろう。よって比叡と同様に迅速な対応が求められることになる。

 

 岬

[夕食が済んだら、海図室でミーティングをやることになったの。時間になったらこっちに来てもらえるかな?]

 

 ムサシ

「了解よ。いいわよね、ヤマト?」

 

 ヤマト

「もちろんよ。後ほど伺います」

 

 岬

[ありがとうございます。では、失礼します]

 

 アケノはそう言って通信を切った。

 

 ムサシ

「ミーナ、大丈夫かしら?」

 

 ヤマト

「自分の乗る艦だものね。きっとすごく心配しているでしょう。さぁ、手早く準備を済ませて晴風に移動しましょう」

 

 ムサシ

「そ、そうね」

 

 ヤマトはすぐに晴風へ移動する準備を始めていた。私は慌ててそれに続く。

 

 ムサシ

≪結局、さっきのヤマトの考えは聞きそびれてしまったわね。でも今はシュペーのことが優先ね≫

 

 私はヤマトに対して少し気がかりを残していたが、すぐに切り替えて晴風へ移動することにした。

 

 

 

 晴風のみんなが夕食を食べ終わる頃には、すっかり日も落ちて夜になっていた。

 緊急ミーティングが行われる晴風の海図室を訪れると、そこにはアケノ、マシロ、コウコ、そしてミーナが待っていた。

 

 宗谷

「お二人も来られたので、早速始めましょう」

 

 岬

「うん。ココちゃん、シュペーのスペックデータを――」

 

 ミーナ

「待ってくれ」

 

 会議を始めようとするアケノに、ミーナが割り込んできた。その蒼い瞳には不安の色が伺える。

 

 ミーナ

「お主ら、本気でシュペーを、わしの仲間たちを助けようとしてくれとるのか?」

 

 納沙

「当たり前です!」

 

 ミーナの言葉に対して真っ先に答えたのはコウコだった。ミーナとコウコは日本の任侠映画を趣味に持っており、お互いがそのことを知ってからは二人で一緒にいることが多くなった。コウコがよくやっている一人芝居に参加して二人芝居になったり、夜な夜なマシロの副長室で任侠映画の上映会をしていたりと、名実ともに息ぴったりなコンビとなっている。

 

 納沙

「ミーちゃんの仲間が危機さらされているんですよ。助けに行くのは当然です。それに、海の仲間は家族、ですよね艦長?」

 

 宗谷

「私は納沙さんの考えに異存はありません。それで、どうしますか艦長?」

 

 コウコの言葉にマシロも賛同の意を示した。アケノは少し考えるような素振りを見せると、ミーナの目をジッと見つめた。

 

 岬

「ミーちゃんはどうしたいの?」

 

 アケノとミーナ、二人の蒼い瞳が交錯する。ミーナは真剣に見つめてくるアケノに少し驚いた様子を見せたが、すぐに姿勢を正した。その瞳には覚悟の色が宿っていた。

 

 ミーナ

「我が艦、アドミラル・シュペーの乗員のみんなを、そして艦長を、テアを助けたい! 晴風のみんなを危険に晒すことになってしまうが……、この通りじゃ、頼む!」

 

 ミーナは深々と頭を下げた。今まで素振りこそ見せなかったが、きっと胸の内ではずっと仲間たちのことを心配していたのだろう。助け出したいという真剣な想いが彼女からは伝わってきていた。

 

 岬

「うん! 助けよう、ミーちゃんの大切な人たちを」

 

 宗谷

「はい。私も全力を尽くします」

 

 アケノとマシモの心はとっくに決まっていた。そして、誰よりもミーナのことを心配していたココは胸元にタブレット端末を抱え込み、目をつぶっていた。

 

 納沙

「『女が世に立つ以上は、人の風下に立ったらいけん。一度なめられたら終生、取り返しがつかんのがこの世間いうもの。ましてや人魚渡世ならなおさらじゃ。時には命張ってでもっちゅう性根がなけりゃあ女が廃るんだわ!』」

 

 ミーナ

「みんな……、すまん、ド感謝する。この恩、終生忘れんぞ」

 

 ミーナはもう一度三人に深々と頭を下げる。その様子を私とヤマトは何も語らず見守る。アケノが大事にしてきた「海の仲間は家族」という言葉、それはもう晴風クラスにとっても大切なものになっていたということを、私は確かに感じていた。

 

 

 

 この場にいるみんなの結束を確認し終えたところで、アケノが口を開いた。

 

 岬

「それじゃ改めて、シュペー救出の作戦立案の打ち合わせを始めたいと思います。ココちゃん、シュペーのデータを出して」

 

 納沙

「了解です!」

 

 コウコは素早く端末を操作し、ヤマトの用意した空中ディスプレイ上にシュペーの情報を展開した。

 

 納沙

「ミーちゃん、以前教えてくれたシュペーの弱点を改めて説明してもらえます?」

 

 ミーナ

「ああ、任せておけ」

 

 ミーナはコウコの言葉に頷き、シュペーについて詳しく説明し始めた。

 

 アドミラル・グラーフ・シュペーという艦は少し変わった存在だ。全長186メートル、全幅20.6メートル、基準排水量11,700トンと大きさは普通の巡洋艦並となっている。しかし特徴的なのが搭載されている装備だ。この大きさの艦としては規格外の28cm三連装砲二基六門という主砲を持ち、戦艦にも匹敵しうる高い火力を有している。それ故に通称「ポケット戦艦」とも呼ばれている。また15cm単装速射砲八門、四連装魚雷発射管二基など巡洋艦としての装備も充実しており、さらに装甲も重巡洋艦並だ。

 こう並べると隙のない艦のように見えるが、当然弱点が存在する。まずこれだけ重火力を搭載しているため、速力は並の巡洋艦よりも遅くなってしまっている。スペック上では今日戦った比叡よりも若干遅いくらいだ。さらに、その独特な構造ゆえに燃料管の加熱装置の配管の一部が甲板上に露出してしまっており、ここがシュペーにとっての最大の弱点となっている。

 ミーナはこの弱点を晴風の主砲で撃ち抜くことは可能だと説明した。

 

 ミーナ

「今回の場合だと、より小回りと速力が出る艦で弱点を狙うのが良いと思う。ムサシは速力の方は問題ないが、小回りという点で少し難がある。そう考えると晴風の方が良いかもしれんな」

 

 すると、話を聞いていたアケノが手を挙げてミーナに何か聞きたそうにしていた。

 

 ミーナ

「ん? アケノどうした? 質問か?」

 

 岬

「ええと、シュペーもネズミもどきのウイルスに感染しているなら、今日比叡で使った方法が使えるんじゃないかなって思うの。あれなら人を傷つけず、艦を止められるから」

 

 アケノはヤマトに対して機体のまなざしを向けていた。しかし、ヤマトの表情は芳しくない。

 

 ヤマト

「明乃さん、申し訳ないですけど今回はEMP弾頭を使用することをオススメできません」

 

 岬

「え? どうしてですか?」

 

 アケノはよくわからないという表情をしている。

 

 ヤマト

「今日の比叡戦で見せた通り、EMP弾頭は対ネズミもどきさんにおいて効果は絶大です。事前の準備と作戦さえあればシュペーにも十分通用します。しかし、EMP弾頭は人にはほぼ無害ですが、艦に対してはとてつもなく大きなダメージを与えます。EMP弾頭の効果を受けた比叡は年単位のオーバーホールを行わなければならないほどの重傷を負いました。そのような兵器をシュペーに、ミーナさんの乗る艦に使用することはできますか?」

 

 岬

「あ……」

 

 ヤマトは自分が生み出した兵器の威力が予想以上の効果があったことに負い目を感じていた。元いた世界で人類が核兵器を生み出し、その後その扱いにとても苦労したように、ヤマトはEMP弾頭の扱いに慎重になっている。マフユはよくやったといは言ってくれたが、それでもヤマトには

 一方、アケノは自分の発言の過ちに気づき、ミーナに頭を下げていた。

 

 岬

「ミーちゃん、ごめん。私、シュペーのことを全然考えてなかった」

 

 ミーナ

「なぁに、気にするな。アケノもヤマトさんも我が艦シュペーと仲間たちのことも考えてくれての言葉じゃったんだろう。逆にとてもありがたく思うぞ」

 

 ミーナは笑ってアケノのことを許し、海図室内の緊張も少し解けたようだ。

 

 その後、晴風による弱点狙いを軸として作戦は組み上げられ、マシロとコウコの手によって作戦立案書も書き進められていった。

 

 宗谷

「あとはムサシさんとの連携について詰めたいですね。ヤマトさん、何か考えはありますか?」

 

 マシロがそう尋ねる。すると、ヤマトは少し緊張した面持ちで手を挙げていた。

 

 ヤマト

「あの、そのことについて私から一つ提案してもよいでしょうか?」

 

 岬

「はい。それはもちろんいいですけど、何でしょうか?」

 

 アケノもヤマトの様子に気づいたのか、少し緊張気味に聞いてきた。

 

 そして、私は次のヤマトの言葉に驚愕することになった。

 

 ヤマト

「今回の私たちとの連携について、ムサシに作戦立案を任せてはもらえないでしょうか?」

 

 ムサシ

「……え? えぇ!?」

 

 このヤマトの突然の宣言によって、私は生まれて初めての連携作戦立案という重大な仕事を任されることになった。

 




第二十一話、いかがでしたでしょうか?

今回も文字数のわりに全然進んでないorz
アニメ第九話に入りましたけど、冒頭10分程度くらいですかねw

ですが、キャラをアニメ以上に活き活きさせたいというのが私の方針です。
個性的な晴風メンバー、そしてムサシとヤマト、キャラの魅力を引き出すことが
すごく楽しいのです。
今後もこのgdgdにお付き合いいただければ幸いです。

次回、第二十二話は
突然ヤマトからの指示で作戦立案をすることになったムサシ。
なかなかいい考えが浮かばず悩んでいるムサシの元に現れたのは、大切な親友だった。
果たしてムサシは無事作戦を立案できるのか?

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第二十二話 お風呂でピンチ!

Happy Birthday! 真霜さん!

皆様こんにちは。
第二十二話でございます。

本日5月1日はシロちゃんのお姉さん、真霜さんの誕生日でございます。
いつもならこの流れだと誕生日作品、ということになるのですが今回は誕生日作品はなしですorz
(昨日の昼に真霜さんの誕生日を知った……
なので今回は、前書きでのお祝いとなります。
晴風キャラの誕生日は引き続き頑張ります!

さて前回、ヤマトから突如シュペー救出作戦の立案を任されてしまったムサシ。
果たしてムサシはこの試練を乗り越えられるのか!?

それでは、どうぞ!


 2016年4月26日午後9時30分

 

 -ムサシside.-

 

 ムサシ

「……夜風が気持ちいいわ」

 

 アケノやヤマトたちとシュペー奪還作戦の会議をしていた私は、演算能力がパンクしそうな頭を少し冷やすために海図室から甲板に出てきた。外に出ると周囲はすでに暗くなっており、夜空には満点の星空が広がっていた。私は後部煙突付近に設置されている機銃台座に昇り、足を宙に投げ出すようにして座った。

 

 ムサシ

≪今夜は本当に星がよく見えるわ。とても綺麗≫

 

 私はかつて自分が拠点としていた北極海の星空のことを思い出していた。あの時は星に対して興味などなく、ただ時間の経過を知る手段程度にしか見ていなかった。しかし今こうして美しい満天の星空を見ていると、先ほどまで悶々と悩んでいた心がスーッと晴れていくような開放感を感じていた。

 

 ムサシ

≪それにしても私に作戦を考えさせるって、おねえちゃんは何を考えているのかしら≫

 

 私は今この場にいない霧の艦隊総旗艦に少し悪態をつく

私が先ほどまで悶々としていた理由、それは少し前にヤマトから突然言い渡されたシュペー奪還作戦第二プラン立案のことである。何も聞かされていなかった私は驚きの余りヤマトに訳を聞こうとしたが、結局ヤマトに上手いことはぐらかされてしまい、仕方なく私の主導で第二案を考えることになった。しかし私にとって初めての作戦立案、しかも出来る限りシュペーを傷つけることなく船員の生命第一にするというと大きな制約があるため、当然の如く作業は難航。さらにヤマトやアケノたちは第一プランの方の詰めの協議で忙しく、私が入り込む余地がないときたものだ。私は一人で一時間近く様々なシミュレーションを行ってみたが、結局何もいい考えが浮かばずこうして外へ出て気分転換をしにきたというわけだ。

 

 ムサシ

≪でもあまり時間をかけていられないのよね。日付が変わる前には大筋を考えないと≫

 

 晴風が今の速度で進めば、明日の朝にはシュペーの目撃情報があったアドミラルティ諸島に到着する。それまでには作戦をまとめてアケノたちと詰めの協議を済まさなければならない。しかし時間がないから焦ってもいい案が浮かぶわけもない。

 

 ムサシ

≪あぁ、私はなんて浅はかだったのかしら……。メンタルモデルを獲得したら人類から学ぶことはないとか、少し人類と交流したらそんなわけないって気づくものなのに≫

 

 私はかつて自分が出した人類に対する認識を大きく後悔している。私とヤマトがこの世界に来てまだ一月足らずしか経っていない。しかしその間に晴風クラスたちを中心に多くの人と出会い、交流していくことで私は「人間」という生き物を少しずつ理解しようとしていたのかもしれない。だからこそ、今ここで悩んでしまっているのだと思う。

 しかしそれを今考えても仕方がない。私は再び作戦立案に集中するため少し気合を入れ直す。

 

 ムサシ

≪ちょっと余計なことを考えすぎたわね。さて、もう一度シミュレーションを――≫

 

 その時だった。私が先ほど昇ってきた機銃台座への梯子を誰かが上がってくる音に気が付いた。私がそちらの方へ視線を向けると、丁度その人物の頭が昇降口から姿を現していた。

 

 黒木

「やっぱり、ムサシだ」

 

 ムサシ

「クロ?」

 

 その人物、クロは梯子を昇りきると後ろから私を抱きかかえるような姿勢で腰掛けた。背中越しにクロの体温を感じる。彼女に抱きつかれると不思議と安心感に包まれたような感覚になる。それはクロも同じように感じているらしく、嬉しそうな表情を私に向けてくれていた。

 

 黒木

「甲板に上がったら綺麗な銀髪が風に流れているのが見えたから、きっとムサシだと思ってからきちゃった」

 

 ムサシ

「そうだったの。私はさっきまで海図室で作戦会議をしていたんだけど、疲れちゃったからちょっと夜風にあたりに来たの」

 

 黒木

「作戦会議? もしかしてこれから向かうところでまた何かするの?」

 

 クロは事情を呑み込めず戸惑った表情になってしまった。私は彼女がずっと機関室にいて、晴風が今どこへ向かっているのか、そこで何をしようとしているのか把握していないことに気が付いた。私はクロに今の状況について簡単に説明してあげた。

 

 黒木

「そう、目撃情報にあった不明艦がミーナさんの艦だったのね」

 

 ムサシ

「それでシュペーをどうやって救出するかの作戦会議を今海図室でやっているというわけなのよ」

 

 黒木

「なるほどね。ところで……」

 

 一通り話し終えたところで、クロは抱きかかえたまま私の顔を覗き込んできた。彼女の綺麗な茶色の瞳に吸い込まれそうになる。

 

 黒木

「疲れたというのはウソでしょ? なんか悩んでるって顔してるわよ。」

 

 ムサシ

「う……」

 

 どうやら私は誤魔化すのは苦手なようだ。するとクロは私の手をそっと握ってきた。

 

 黒木

「この前言ったよね。私たちはムサシの友達だって。友達っていうのはただ仲良くしている人ってだけじゃない、辛いことや悩んでることがあったら、その辛さを分かち合って一緒に解決することができる人でもあるんだよ。もしムサシが今悩んでいるなら私に話してくれない? きっと力になるから」

 

 クロの言葉に私は抜けていた歯車がピタリと嚙み合ったような感じを覚えた。

クロは私の大切な人で、初めてできた人間の「友達」。「友達」という言葉は今まで何度も聞いてきたし、知っていた。でも私はまだ本当の意味の「友達」というのを知らなかったのだろう。やはり私はまだまだ経験不足だ。それは戦術においても、人間との付き合い方についてもだ。でもそれはこれからもっと学べばいい。

きっとこれからも何度も悩み、辛い思いすることがあるのだろう。その時、隣にヤマトやクロ、晴風のみんながいれば一緒に乗り越えることができる。

 

ムサシ

「……そうね。私たちは友達、よね。それじゃウソはいけないわね」

 

 私は素直に自分がヤマトから出された課題で悩んでいることをクロに明かした。全てを話した後、クロは少し難しそうな顔をしていた。

 

 黒木

「ヤマトさんもなかなか難しい課題を出してきたわね。ムサシってそういう経験はなかったの?」

 

 ムサシ

「全くの経験無しってわけじゃないけど、今まではただ相手を殲滅することだけを念頭に置いていたからね。相手を生かして、安全に保護なんて考えたこともなかったわ」

 

 黒木

「そっか……。私一人じゃいい考えは出ないかも。ゴメンね」

 

 ムサシ

「いいえ。こうやって一緒に悩んでくれるだけでとても嬉しいわ」

 

 私とクロは二人して頭を抱えてしまった。クロも力になると言った手前、なかなかいい案が浮かばなくて申し訳なさそうにしていた。

 するとクロは突然ハッと何かに気が付いた表情をして立ち上がった。

 

 黒木

「そうだ。ムサシ、今からちょっと私に付き合ってくれる?」

 

 ムサシ

「え? まぁヤマトに連絡入れれば大丈夫だけど。どこに行くの?」

 

 黒木

「ええ。きっとムサシにもいいことあるはずだから。ほら、行こう」

 

 クロは私の手を引いて立ち上がらせる。私はただクロに引っ張られていくしかなかった。

 

 

 

 クロに連れられてきたのは先ほどまでいた機銃台座のほど近く、晴風の二番主砲直下にある部屋だった。ちなみにヤマトたちへの連絡はここに来るまでに量子通信で済ませて、ちゃんと許可は取ってある。

 

 ムサシ

「ここって、お風呂?」

 

 黒木

「そうよ。丁度今は機関科の入浴時間なの」

 

 クロ曰く、お風呂に入るためにマロンたち機関室組と一緒に甲板に出てきたところで私が機銃台座に座っていることに気づき、他の五人を先に行かせて私の所にきたのだという。クロは自分の手荷物をロッカーに入れると、身にまとっていた制服を脱ぎ始める。晴風クラスの中で一番背が高く体型も申し分ないクロの姿を見て、私は自分の身体に目を向ける。

 

 ムサシ

≪……もう少し背を高くして、出るとこ出る体型にできないかしら……≫

 

 今ほど自分のメンタルモデルに不満を持ったことはないだろう。姉のヤマトがあれだけスタイルの良いのだから、私もそうすればよかったと後悔してしまった。

 

 黒木

「ムサシ? 服脱がないの?」

 

 ムサシ

「あ、そうね。私、お風呂って初めてだから戸惑っちゃって」

 

 黒木

「え!? ムサシって今までお風呂入ったことないの? 身体汚れたりするんじゃ」

 

 ムサシ

「霧は戦闘時以外でも常に弱めのフィールドを展開しているのよ。そのおかげで汚れとかは滅多につかないのよ。温水洗浄って形で入浴するメンタルモデルも存在していたけど、私は全然やったことないのよ」

 

 黒木

「そ、そうなんだ。でもせっかくなんだから、ここで初めて経験してみようよ。何事も経験することって大事だよ」

 

 ムサシ

「そうね。経験は大事よね」

 

 私は衣服を構成していたナノマテリアルを操作し、元の銀砂の状態へと戻して体内に収めた。だが今まで服を脱いだことがなかった私は急に恥ずかしくなってしまい、身体を両腕で隠すように覆った。すると服を脱ぎ終えたクロが私にタオルを一枚差し出してくれた。

 

 黒木

「ほら、これ貸してあげるから身体に巻いて」

 

 ムサシ

「ありがとう」

 

 私は急いでタオルを巻き、クロと一緒に浴室の扉を開いた。中から暖かい湯気があふれ出し、少しくすぐったい感じがした。浴室にはクロと一緒にお風呂に入りにきたマロンたち機関室組の五人に加え、応急員のヒメとモモの姿もあった。丁度機関科全員がそろったということになった。

 

 柳原

「クロちゃん、遅かったじゃねぇか。待ちくたびれて先に風呂入っちまったよ」

 

 黒木

「マロン、ごめん待たせっちゃった」

 

 駿河

「あれ? ムサシちゃんもいるよー?」

 

 若狭

「ホントだ。なんか珍しいね」

 

 みんなからの視線に私は再び恥ずかしくなってしまう。

 

 黒木

「こらこら。ムサシは初めてのお風呂なんだから、あんまりジロジロ見ないの。ムサシ、入る前に身体洗おう」

 

 ムサシ

「う、うん」

 

 自分でも情けないと思うくらい弱弱しい声で返事をする。クロは私を前に座らせると、後ろからシャワーで頭からお湯をかけてきた。突然のお湯にビックリしたが、少し経つとその温かさがだんだん気持ちよくなってきた。

 

 黒木

「ムサシの髪、すごく綺麗。透き通るような銀髪でとても滑らかね。いいなぁ、憧れちゃうわ。それじゃ髪洗うわね」

 

 私はクロに目の前にあったシャンプーと書かれたボトルを渡した。クロは私の顔にシャンプー液がかからないように丁寧に私の髪を洗っていく。

 

 ムサシ

「く、クロ。ちょっとくすぐったいわ」

 

 黒木

「もう少しだから我慢して。でもほんとにサラサラね。私の髪って結構ウェーブがかかってるからこんな風にならないのよねぇ」

 

 クロが手で私の髪を梳く度にくすぐったいような不思議な感覚が走り、思わず声が出てしまう。そんな私とクロの様子を浴槽から他の機関科メンバーが眺めていた。

 

 伊勢

「なんかあの二人ってすごく絵になるわね。なんだろう、ちょっとエロい?」

 

 広田

「え? それサクラが言うの?」

 

 青木

「いやーいいっすね。クロちゃんとムサシちゃんのカップリングはありっすよ。ここにスケブがあれば今すぐ描きたいっすよ!」

 

 和住

「モモー、心の声がダダ漏れだよ」

 

 クロはその後も私の身体を隅々まで綺麗に洗ってくれた。今まで自分のメンタルモデルを温水洗浄したことがなかった私にとって、それはとても新鮮なことだった。

それと同時に今までヤマトの課題のことでモヤモヤしていた心の方もいつの間にか晴れていることに気が付いた。理由をクロに聞いてみたところ、お風呂というのは心の汚れも落としてくれるものだと教えてくれた。ただ身体を洗うだけの行為にそんな効果があるのかと私は疑問に思った。でも実際にこうやって楽になったのだから、効果があったのは間違いない。私はまた一つ、人間の不思議を知ることになった。

 

私の身体を洗い終えたクロが自分の身体を洗い終えると髪をタオルで纏め、皆の待つ浴槽に入ることになった。クロは慣れた足取りで浴槽に足を入れると、ゆっくりとその身を湯船へ沈めた。私もそれに続こうと足を浴槽に足を入れたが。思わぬ熱さにびっくりしてしまった。

 

ムサシ

「熱っ。意外と温度が高いのね」

 

 黒木

「大丈夫? ほら、ゆっくり慣らしながら入ってみて」

 

 クロに言われた通り、今度はゆっくりと足を湯の中へ入れた。先ほどのような熱さは感じず、無事に入ることができた。そして身体も徐々に湯船の中へ沈め、なんとか座ることができた。

 

 ムサシ

「ふぅ。なんとか入れたわ」

 

 黒木

「ふふっ。どうムサシ、気持ちいい?」

 

 ムサシ

「そうね。ただお湯に入っているだけなのに不思議と気持ちがいいわ」

 

 柳原

「晴風6万馬力の機関で炊き上げた自慢の風呂だからな。気持ちいいに決まってらぁな」

 

 ムサシ

「なるほどね。今度ヤマトも誘ってみようかしら。それとも、自分の艦にお風呂を作ってみるのも悪くないわね」

 

 あまりの湯の気持ちよさに虜になってしまいそうだった。私はしばらくの間、じっくりと湯に身体を沈めて楽しむことにした。

 

 

 

 ひとしきりお風呂を楽しんだ後、私はこの場にいる皆に自分の悩みを相談することにした。

 

 ムサシ

「あのね、皆に少し聞きたいことがあるの」

 

 柳原

「ん? なんでぃ改まってよ。ムサシちゃんなんか悩んでるのか?」

 

 ムサシ

「そうね。実は――」

 

 私はクロに説明した時と同じように、今晴風が置かれている状況とこれからの行動方針について説明した。

 

 柳原

「なるほどなぁ。そいつは緊急事態だな」

 

 青木

「シュペーってミーナさんが乗ってた艦っすよね?」

 

 和住

「あの時は大変だったよね」

 

 ムサシ

「それで、アケノやヤマトたちとシュペー救出の作戦会議をしていたんだけど、霧側の作戦行動について私に一任されちゃったのよ。でもなかなかいい案が浮かばなくて」

 

 広田

「それで私たちに相談しに来たってわけね」

 

 ソラの言葉に私は首を縦に振った。

 

 若狭

「でもさ、私たちって機関科だから作戦とか戦術とかってあんまり得意じゃないよ。そういう相談って航海科とかの方がいいんじゃない?」

 

 駿河

「私頭使うのにがてー」

 

 確かにレオの言う通り、こういう相談に適しているのは航海科の人の方かもしれない。でも私にはここにいる皆からも意見が欲しいと思っていた。そのことを伝えようとした時、私より先にクロが口を開いていた。

 

 黒木

「たしかにレオの言う通りかもしれない。でも私はムサシの力になりたいと思うの。でも私一人じゃ上手くできなかった。だけど皆と一緒ならきっと出来ると思うの。お願い、ムサシを助けてあげて」

 

 クロの言葉に皆は少し困惑した表情をしていた。しかしマロンだけは目を閉じて何か考えているようだった。そして再び目を開くと、裸体のまま立ち上がって仁王立ちになった。

 

 柳原

「よぉし、やってやろうってんでぃ! 大切な親友が困ってるんなら助けてやるのが江戸っ子の粋ってもんよ」

 

 広田

「いや、機関長殿は千葉出身でしょ?」

 

 和住

「あ、うちの両親は江戸っ子だよー」

 

 青木

「いやいやヒメちゃん。今それ関係ないっす」

 

 マロンの言葉に他の皆は様々な反応を示す。しかし全員のの目には何かを成そうとする決意が感じ取れた。

 

 若狭

「でもさ、ムサシちゃんの為になりたいってのは賛成かな」

 

 伊勢

「そうね。どこまで出来るかわからないけど、ムサシちゃんのために頑張っちゃおうかな」

 

 駿河

「はーい。私も頑張るよー」

 

 他の三人もその気なってくれたようだ。機関科全員の視線が私に向けられていた。私は皆の顔を一瞥して、頭を下げた。

 

 ムサシ

「皆、ありがとう。感謝するわ」

 

 黒木

「感謝は作戦を立てた後よ。とりあえず一旦お風呂出て、機関室で作戦会議よ」

 

 

 

 

 お風呂を出た私たちは一度それぞれの部屋で荷物を置いた後、機関室に集まって作戦会議を始めることにした。私も一度海図室に戻って、今の段階での晴風の行動方針を確認してきたので、私はそれを皆に説明した。

 

 ムサシ

「――こんな感じで、晴風の行動方針はシュペーの死角から近づいて隙を見て魚雷を発射、シュペーが回避行動を取って速度が落ちたところを主砲で弱点を突いて艦の動きを止める。その後接舷して艦内に突入するってことになっているわ」

 

 黒木

「ありがとうムサシ。それじゃ、これを踏まえて皆で意見を出し合っていきましょう」

 

 誰が言うでもなく仕切り役になっていたクロの言葉を皮切りに、皆から様々な意見が交わされていく。

 

 若狭

「シュペーの隙を作るっていうならさ、ムサシちゃんから攻撃してみるのはどうかな?」

 

 伊勢

「確かに。いっそムサシちゃんで止めちゃった方が早い気がするわね」

 

 広田

「いやいや。シュペーをあまり傷つけないって話だったじゃん。ムサシの火力じゃ強すぎて艦も乗員も危ないんだって」

 

 青木

「なんか閃光弾みたいなので注意を引き付ける、というのはどうっすか?」

 

 和住

「うーん。夜だったら有効そうだねぇ。昼間に戦闘になったらあんまり意味なさそう」

 

 みんなの口からどんどんアイデアが湧き出てくる。私も積極的に自分の考えを述べていく。クロは意見を出しつつ、海図室から借りてきたホワイトボードに皆の案をどんどん書いていった。

 

 しばらく論議を繰り返していくうちに、いつの間にかホワイトボードはビッシリ文字で埋め尽くされていた。

 

 黒木

「だいぶ案が出てきたわね。それじゃアイデア出しはこの辺にして、今まで出てきたものを整理してみましょう」

 

 柳原

「はぁー。最初は不安だったけど、案外なんとかなるもんだなぁ」

 

 私とクロの指揮の元、みんなから出た案を大まかな戦術毎にグループ分けしてまとめていく。そうしてまとめたものの中から、今回の作戦で使えそうなものを一つ選ぼうとしていた。

 するとマロンが一つのグループに目をつけていた。そして徐に手を挙げた。

 

 柳原

「なぁ。シュペーの注意の引き付けって、何もムサシちゃんだけでやる必要ってないんだよな?」

 

 ムサシ

「そうね。目的は晴風への注意を逸らして隙を作ることが主目的だから、私の艦に限定することはないわね……」

 

 柳原

「それじゃ、他の何かで注意を引き付ければいいんじゃねぇか? 例えばスキッパーとかでよ」

 

 マロンの言葉に私を含め他の皆もハッとした様子だった。

 

 駿河

「でも、スキッパーって晴風にある二隻しかないよ? それだけじゃ足りなくない?」

 

 柳原

「そこはよ、ヤマトさんにお願いして作ってもらうんだよ。ナノなんとかってやつで」

 

 黒木

「ナノマテリアルでしょ。でも、スキッパーだと装甲がないからちょっとしたことで転覆しちゃうわよ。もっと安全な方法じゃないと」

 

 マロンの考えは確かによかったが、クロの指摘はもっともだ。ナノマテリアルでスキッパーを量産しても個々でフィールドを張ることはできない。そうなると安全性に問題がでてきてしまう。私たちは再び頭を抱えてしまった。

 その時だった。これまであまり喋っていなかったルナが何か言いたそうな顔をしていることに私は気が付いた。

 

 ムサシ

「ルナ、何か言いたそうね。よかったら話してくれないかしら?」

 

 駿河

「え? でも出来るかどうかわかんないよ? 私おバカだから」

 

 ムサシ

「いいのよ。今は一つでも多くの意見が欲しいの。だからお願い」

 

 私が頼むと、ルナはわかってくれたようで自分の考えを述べ始めた。

 

 駿河

「えっとね。スキッパーが危ないのって水上で動いているからだよね? だったら水中から近づいてみるのはどうかなーって思ったんだけど」

 

 若狭

「水中から近づくって、それって伊201みたいな潜水艦みたいなやつでってこと?」

 

 駿河

「そうそう、潜水艦だよ潜水艦!」

 

 ムサシ

「潜水、艦……」

 

 私はルナの意見に何か引っかかりを感じていた。私は昔の記憶を思い起こしていく。

 

 ムサシ

≪たしか前に潜水艦で何かしている艦隊があったわね。どこだったかしら……≫

 

 広田

「でもさ、潜水艦って水中だと全然スピード出ないんだよ? 速いって言われてる伊201ですら最高で20ノットくらい。注意を引き付けるどころか、どんどん置いていかれちゃうんじゃない?」

 

 駿河

「あ、そっか。そうなんだね……」

 

 ソラに指摘されて少しショボンとした表情になるルナ。しかし私はそのやり取りであることに気が付いた。そして同時に、引っかかていた過去のことを思い出していた。気が付くと私は無意識に立ち上がっていた。

 

 黒木

「ムサシ? どうしたの」

 

 心配そうにクロが覗き込んでいる。私はそのままルナの側に詰め寄り、そして彼女の手を取った。

 

 ムサシ

「ルナ! 今のあなたの言葉で一ついい案が出てきたわ。ルナのおかげよ、ありがとう」

 

 駿河

「え? え? えと、私のおかげ?」

 

 少し混乱しているルナを横目に私は皆に宣言した。

 

 ムサシ

「皆、おかげで作戦立案はなんとかなりそうよ。これから詰めていきたいから、続けて協力お願いできるかしら?」

 

 柳原

「お、どうやらいいアイデアが出たみてぇだな! もちろん最後まで付き合うぞ」

 

 マロンをはじめ、皆は嬉しそうな顔をしていた。そして私はクロに笑顔を向けた。

 

 ムサシ

「クロ、私ね、皆と相談できてよかった。クロがきっかけをくれたおかげよ」

 

 黒木

「どういたしまして。でもまだ終わっていないんでしょ? さぁ皆、続きを始めましょう」

 

 その後も私たちは協議を重ね、作戦をまとめていった。それは消灯時間を過ぎても続き、最終的な案をまとめることができたのは日付をまたいだ午前0時半ごろだった。

 

 色々悩んだりもしたが、こうして私が初めて考えた作戦が出来上がったのであった。




第二十二話、いかがだったでしょうか?

今回は初めてのお風呂シーンに挑戦してみました。
映像ならわかりやすいですが、文章でお風呂シーンを書くって想像以上に難しいですね。視覚の情報って素晴らしいですね。
それでも少しはお風呂シーンを楽しんでいただければ幸いです。

次回、第二十三話は
いよいよシュペー救出作戦が幕を開ける。
ムサシが皆と考えた作戦とは?
晴風とムサシは暴走するシュペーを助け出すことができるのか?

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第二十三話 予想外でピンチ!

お待たせいたしました。
約1か月半ぶりの本編、第23話です。

相変わらず投稿が遅いですが、そろそろ誕生日記念もゴールが見えてきて少し余裕ができてきたらもう少しペースを上げられるよう頑張ってみます。

前回、クロちゃんたち機関科のみんなの力を借りて、なんとか作戦を立てることができたムサシ。
いよいよシュペーとの戦いに挑みます。

それでは、どうぞ!


 2016年4月27日午後12時30分

 

 -ヤマトside.-

 

 昨日のアドミラル・グラーフ・シュペー発見の一報を受けてから一夜が明けていた。私たち一行は最後にシュペーの目撃情報のあったアドミラリティ諸島海域に入っており、シュペー探索を開始していた。普段は少しうるさいくらい賑やかな艦橋内も今は緊張感に包まれている。

 そんな中、私はいつもなら隣にいる大事な妹のことを心配していた。

 

 ムサシは今、晴風にはいない。自分の艦である超戦艦ムサシに戻って、シュペー奪還作戦の準備をしている。

 昨夜、私はムサシに対してシュペー奪還作戦の立案を命令し、色々苦労しながらもムサシは機関科の皆さんの協力もあって作戦を立てることができた。私は事前にその作戦内容を確認したが、なかなか面白いものに仕上がっていた。

 今回ムサシに作戦立案を命令したのは、彼女が主体となって何かを成し遂げることを学んでほしかったからだ。かつては私に成り代わり霧の艦隊を支配していたムサシだが、この世界にやってきてからは良くも悪くも私や明乃さんたちに従って行動をすることが多くなっていた。しかし彼女は霧の超戦艦、私と並んで霧の艦の最高戦力の片割れである。そんな存在である以上、彼女が先頭に立って行動することが求められる時が必ずやってくるだろう。そんな時に備えて私は彼女に試練を課した。そして一先ず試練の一つを乗り越えてくれた。私にはそのことが自分のことのように、嬉しかった。

 

 そんな考え事をしていると、見張り台にいる野間さんから報告が入ってきた。

 

 野間

「報告! 前方に艦影あり。艦橋の形状から、シュペーであると思われます」

 

 艦橋内の緊張感がより一層増したように感じた。私は気を引き締め直し、概念伝達通信の回線を開いた。ムサシに報告するためだ。

 

 ヤマト

【ムサシ、報告よ。今こちらでシュペーと思われる艦を捕捉したわ】

 

 ムサシ

【こっちでも確認したわ。晴風の前方30マイル、エンジン推進音とハイパーセンサーでの探知の結果からシュペーに間違いないわね】

 

 ヤマト

【ありがとう。ところで例のモノの準備はどうなっているの? すぐに出せる?】

 

 ムサシ

【ごめんなさい、今最後の調整中よ。あと1時間あれば終わるわ。それまでは作戦第一プランの方を進めてもらえる?】

 

 ヤマト

【わかったわ。ただし40分で準備を終えなさい】

 

 ムサシ

【手厳しいわね。でも了解したわ。それじゃあ切るわね】

 

 ムサシとの通信を終えた私は、急いで明乃さんたちに報告をする。

 

 ヤマト

「明乃さん、今ムサシと通信をしました。マチコさんが捉えた艦影はシュペーで間違いないとのことです」

 

 岬

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

 ヤマト

「それと作戦の方ですが、ムサシの方はまだ準備が終わるまでもう少し掛かるみたいです。なのでこちらで第一プランを進めることにしましょう」

 

 岬

「わかりました」

 

 明乃さんがいつもよりも緊張した様子で返事をしたことに少し違和感を感じたが、私たちは急いで作戦開始の準備へ取り掛かり始めた。

 

 

 

 それから30分ほど経過し、晴風はシュペー艦橋の死角となる真後ろにピッタリと張り付いて期を伺っていた。

 

 岬

「めぐちゃん、シュペーの位置は?」

 

 宇田

「前方10マイルです」

 

 宗谷

「野間さん、シュペーの様子は?」

 

 野間

「砲の仰角はかかっていませんね」

 

 マチコさんからの報告通り、シュペーはまだ晴風の存在に気づいていないようで真っ直ぐ南の方角へ進んでいた。

 

 ミーナ

「たしかに、こちらに気がづいた様子はないぞ」

 

 双眼鏡でシュペーの様子を見ていたミーナさんも私と同じ見解を示していた。

 晴風は今まさに絶好の位置にいると言っても良いだろう。そこで明乃は口を開いた。

 

 岬

「それでは、戦闘用意!」

 

 岬さんの号令と共に、伝声管から少し音程のずれたラッパの音が聞こえてきた。水測室の楓さんからのものだ。それから主砲と魚雷発射管には弾頭が装填され、機関音が少しずつ上昇、戦闘態勢に入ったことを告げていた。

 

 ヤマト

≪さあ、晴風。みんなのために頑張りましょう≫

 

 私は自然と晴風という艦そのものに語りかけていた。約3週間という短い間ではあるが、私はいつの間にか晴風のことを霧の仲間や晴風クラスの子たちと同じ大切な存在だと思うようになっていた。自分にとって晴風は切っても切れない存在なっていた。

 戦闘態勢に入った晴風はいよいよシュペーに対して行動を開始する。

 

 岬

「第四戦速、取り舵30」

 

 知床

「第四せんそーく、とーりかーじ」

 

 鈴さんの操舵によって左方向へと艦の進路が変わっていく。無理なく滑らかに曲がる様は鈴さんと機関室のの腕の良さを物語っていた。しかしここでミーナさんからの指示が飛ぶ。

 

 ミーナ

「ド阿呆、もう少し右じゃ。シュペー艦橋から死角になるように回り込むんじゃ」

 

 知床

「り、了解」

 

 ミーナさんの指示に従い、鈴さんは舵を少し右に戻す。幸いにもシュペーはまだ動きはない。

 

 宗谷

「戦闘、右魚雷戦、30度シュペー!」

 

 西崎

「了解! 敵進180度、敵速二十ノット、雷速五十二ノット、射進角零度」

 

 今度はましろさんから魚雷発射の指示が水雷長の芽衣さんに飛ぶ。即座に芽衣さんは計算した魚雷発射諸元を伝達する。

 

 宗谷

「目標距離二〇〇〇〇、遠距離雷撃戦、よーい!」

 

 西崎

「一番管、発射雷数四! りっちゃん、ありったけぶっ放すよ!」

 

 松永

[はいー]

 

 芽衣さんは第一魚雷発射管を担当する理都子さんへ全魚雷発射を指示する。理都子さんの操作によって魚雷発射管はシュペーを照準に定めるべく旋回を開始した。

 その時だった。野間さんから報告が入ってきた。

 

 野間

「シュペー、主砲旋回中!」

 

 岬

「っ!?」

 

 ヤマト

≪気づかれた? 想定より早い!≫

 

 魚雷発射を前にしてシュペーがこちらに気が付き、主砲を晴風に指向し始めた。艦橋内に緊張が走る。しかしこちらはすでに魚雷発射シークエンスの最終段階に入っていた。

 

 西崎

「魚雷、発射準備ヨシ!」

 

 そして芽衣さんから準備完了の報告が入った。後は明乃さんから命令が下るのを待つのみであった。

 

 しかし、その明乃さんからの指示がなかなか出ない。

 心配になった私は明乃さんの方を見る。明乃さんはどこか怯えたような表情をしていた。先ほど私が報告した時に感じた違和感が、今でははっきりとわかるほど明乃さんは震えていた。

 

 ヤマト

≪まさか、明乃さんは……≫

 

 すると、そんな明乃さんを見かねたましろさんが明乃さんに迫った。

 

 宗谷

「艦長! しっかりしてください! 魚雷発射準備完了しています!」

 

 ましろさんの一喝に明乃さんはようやく我に返り、慌てた様子で指示を出す。

 

 岬

「! こ、攻撃はじめ!」

 

 西崎

「てー!」

 

 魚雷発射管から4本の魚雷が発射された。魚雷は投下されるとすぐにスクリューを回転させ、シュペーの艦首に向かっていく。

 しかしシュペーも黙ってはいない。主砲の旋回をまもなく終えようとしていた。

 

 岬

「り、リンちゃん回避! おもーかーじ」

 

 知床

「おもーかーじ」

 

 シュペーからの砲撃を回避するため、一度右に舵を切る。その間にも発射された魚雷はシュペーに接近していた。私はその様子を確認してから明乃さんに代わって指示を出す。

 

 ヤマト

「まゆみさん、秀子さん、シュペーが魚雷を回避して速度が落ちたタイミングで弱点を狙います。見張り、お願いしますね」

 

 内田、山下

「わかりました!」

 

 それからしばらくしてシュペーから発砲音が鳴り響く。

 

 野間

「シュペー発砲!」

 

 岬

「もどーせー!」

 

 知床

「もどーせー」

 

 発砲を確認したと同時に舵を戻す。その直後、晴風の周囲に3本の大きな水柱が立った。無事に主砲の第一波をやり過ごすことができたようだ。

 その間にも魚雷はさらにシュペーに迫っていた。

 

 西崎

「魚雷、シュペーに向かってるよ!」

 

 宗谷

「艦長!」

 

 ついにタイミングを計っていたメイさんとましろさんから要請が入った。明乃さんは少し戸惑いながらもシュペーをしっかり見つめていた。そして――

 

 岬

「おもーかーじ! 魚雷に合わせて突入して!」

 

 シュペーが魚雷回避のタイミングを先読みして突入指示が出た。鈴さんもそれに応じて舵を切った。上手くいけば、これでシュペーの弱点を突くことができる。

 

 はずだった。

 

 山下

「艦長、シュペー回避しません! なおも直進!」

 

 宗谷

「な、なに!?」

 

 右舷で見張りをしていた秀子さんからの報告に動揺を隠せない艦橋の皆さん。そして私も少なからず驚いていた。

 そして最も驚いていた、というより動揺していたのは、明乃さんだった。

 

 岬

「そ、そんな……、どうして……」

 

 先ほどからいつもの調子が出ていない明乃さん。私は今の様子から明乃さんの今の状態についてある確信を得ていた。しかし今、それをここで伝えることは晴風の士気に関わってしまう。私は口を閉ざすしかなかった。

 そしてもう一人、そんな明乃さんの様子に気が付いた人物がいた。

 

 宗谷

「艦長……。立石さん、主砲の照準をシュペー艦首前方へ。西崎さんは魚雷第二波の発射準備を」

 

 立石

「う、うぃ」

 

 西崎

「うん、わかったよ」

 

 ましろさんが咄嗟の判断で指示を出した。どうやら岬さんに代わって指揮を執ることを決意したようだ。そして一通りの指示を出し終えると私に目配せをしてきた。彼女の意図を読み取った私は明乃さんに近づく。

 

 ヤマト

「明乃さん、大丈夫ですか?」

 

 明乃

「ヤマトさん……」

 

 明乃さんは憔悴しきった様子で、顔や腕は汗で濡れていた。息遣いも少し荒い。私の想像以上に動揺していた。

 

 ヤマト

「後はましろさんに任せて、あなたは一度休んだ方がいいわ」

 

 岬

「ま、待ってください! わたしはまだ――」

 

 ヤマト

「落ち着いてください。今のあなたでは正しい指揮を執ることは難しい。それは明乃さん自身が一番よくわかっているでしょう?」

 

 岬

「……はい」

 

 明乃さんは弱々しく返事をした。いつもの明乃さんならこんな声は絶対出さないだろう。私はこんな明乃さんをこのままにしておくことはできなかった。

 

 ヤマト

「ましろさん、明乃さんの体調が優れないようなので一度みなみちゃんに診てもらうことにします。その間の艦の指揮、お願いできますか?」

 

 宗谷

「わかりました。戦闘の指揮は私が預かります。ヤマトさんは艦長の付き添いを――」

 

 岬

「ま、待って……」

 

 私が明乃さんを保健室へ連れて行こうとした時、明乃さんが少し待ってほしいと私の服を引っ張った。すると明乃さんは頭に被っていた艦長帽を手に取り、ましろさんに差し出した。

 

 岬

「宗谷副長、以後の晴風の指揮をあなたに預けます。シロちゃん、ごめんね……。晴風を……お願い」

 

 声は変わらず弱々しいが、その瞳には強い意志が宿っていることが私に伝わってきた。ましろさんはその想いを受け止め、明乃さんから艦長帽を受け取った。

 

 宗谷

「了解です。副長宗谷ましろ、現時刻をもって晴風の指揮を預かります。まずはしっかり体調を整えてください、艦長」

 

 岬

「うん……」

 

 やるべきことをやり切った明乃さんは私に少し身体を預けてきた。私は彼女の身体をしっかり支えて、保健室へと向かったのだった。

 

 

 

 -ましろside.-

 

 ヤマトさんが艦長を保健室へ連れていく様子を確認した私は、一呼吸置いて言葉を発した。

 

 宗谷

「みんな、艦長がいなくなって動揺しているかもしれないが戦闘はまだ続行している。私は艦長からこの帽子を預かった者として使命を全うする。だから、私についてきてほしい」

 

 私なりにみんなを落ち着かせるとともに、自身の決意を伝えた。艦長のことも心配だが今は晴風を、艦長がお母さんだと言った大切な場所を守り、そしてミーナさんの大切な場所であるシュペーを奪還しなければならない。今ここで立ち止まることは許されない。

 私は艦橋に残ったみんなの眼を見た。みんなからは力強い意志が伝わってきた。

 

 納沙

「そうですね! ここで引くわけにはいきませんものね」

 

 知床

「わ、私、岬さんの分も頑張るよ!」

 

 西崎

「ま、私はやることやるだけだよ。タマもそうでしょ?」

 

 立石

「うぃ!」

 

 みんなの言葉がこんなにも頼もしいと思ったのは初めてだ。私は再び右前方を変わらず直進するシュペーに視線をやった。それと同時に見張りの野間さんから報告が入った。

 

 野間

「魚雷第一波、全弾シュペーの艦底を通過しました」

 

 報告を聞いて、魚雷がシュペーに直撃しなかったことにはとりあえず安心した。しかし喜んでばかりもいられない。

 

 ミーナ

「これではシュペーの弱点を狙うことはもうできん。向こうがワシらの意図を読んだのか、それとも偶然なのか。いずれにせよ、接舷乗り込みなど不可能じゃ」

 

 ミーナさんの言う通り、シュペーが速度を落とすことを狙って撃った魚雷が不発に終わった今、作戦の第一プランは失敗、もう通じないと見て間違いないだろう。

 

 納沙

「そ、そんな! ミーちゃん諦めちゃダメだよ!」

 

 ミーナ

「ワシだって諦めたくない。じゃが、第一プランは失敗、もう一つの第二プランも肝心のムサシから連絡が未だに来ない。このままでは晴風を危険に晒すことなる。そうなることをワシは望んでおらん……」

 

 宗谷

「ミーナさん……」

 

 ミーナさんの辛そうな表情が、彼女の心の葛藤を表していた。口では私たちのことを心配しているが、彼女にとってシュペーはかけがえのない大切な家であり、家族がいる場所だ。今すぐにでも助けに行きたいという思いがあるに違いない。それを押し殺してでも私たちのことを気にかけてくれている。

 私はなんとか出来ないものかと頭を巡らせる。

 

 宗谷

≪せめて、例の第二プランとやら使えればいいんだが……≫

 

 昨夜、ムサシさんが考案したというシュペー奪還の第二プラン。時間がなかったため私たちには作戦の詳細は語られておらず、すべて把握しているのはこの艦ではヤマトさんだけとなっている。ヤマトさんが艦長の付き添いで出ていった以上、この場にそれを知る術はない。それでも私は、それに縋りたいと思ってしまった。

 

 宗谷

≪やっぱり私は艦長と違って、ついていないな……。それでも今出来ることを――≫

 

 八木

「艦橋、ムサシさんからの量子通信です。映像出します」

 

 その時、通信室の八木さんから突如報告が上がった。それは私たちの希望となるものだった。

 しばらくすると、艦橋内に浮かぶ空中ディスプレイの一番大きな画面にムサシさんの姿が映った。

 

 宗谷

「ムサシさん!」

 

 ムサシ

[みんな、遅くなってごめんなさい。今の状況は大体把握しているけど、改めて報告をお願いできるかしら?]

 

 宗谷

「わかりました。こちらの状況ですが――」

 

 私はこれまでのシュペーの戦闘状況、そして艦長が体調を崩して艦橋を離れていること、ヤマトさんが付き添いになっていることを伝えた。

 ムサシさんは艦長のことを聞いて少し驚いた表情をしたが、すぐに何かを考えるような顔をしていた。

 

 ムサシ

[そう、やっぱりアケノはあの時に……]

 

 西崎

「ムサシちゃん?」

 

 ムサシさんの様子が気になったのか、西崎さんが尋ねた。しかしムサシさんは今の状況を把握したのか、それに答えることはなかった。

 

 ムサシ

[とにかく、今はシュペー奪還しましょう。アケノのためにもね]

 

 宗谷

「はい。ところで、話に聞いた第二プランの方なのですが、準備はできたのですか?」

 

 ムサシ

[ええ。なにぶん不慣れなことだから調整に手間取ってしまったわ。でも何とかしてやったわよ。遅れた分のツケはちゃんと返してみせるんだから]

 

 自慢げに胸を張って語るムサシさんの様子は、可愛らしくもどこか頼りがいのあるものだった。彼女が十分な時間をかけてまで用意したものとは一体なんだろうか。

 すると、見張りの山下さん、内田さん、そして野間さんから一斉に報告が舞い込んで生きた。

 

 山下

「副長、右舷の海中に正体不明の黒い影が浮上しています」

 

 内田

「こっちもだよ。潜水艦、にしては小さいような?」

 

 野間

「見張り台より報告。晴風の周囲の海中から浮上する影を確認。数6!」

 

 私は急いで左舷側の方へ確認に向かった。内田さんが指差す先にはハッキリと黒い影が水中を晴風とほぼ同じ速度で進んでいる姿があった。現在の晴風の速度は第四戦速、つまり27ノットは出していることになる。

 私は艦橋に戻ると、水測室の万里小路さんに繋いだ。正体不明艦を確認するためだ。

 

 宗谷

「万里小路さん、状況は把握していると思うが、今まで推進音を捕捉できなかったのか?」

 

 万里小路

「申し訳ございません。あまりにも小さな音でしたので、音を捉えきれませんでしたわ。改めて確認いたしましたところ、水中を進む推進音は全部で7つ。うち一つはムサシさんのもので、残る6つはすべて同じパターンですが該当するデータはありません」

 

 あの万里小路さんの耳をもってしても捉えらなかった存在。これは間違いなく彼女の仕業だろう。

 私は改めてディスプレイに映る犯人の顔を見た。そこにはしてやったりという表情の彼女がいた。

 

 宗谷

「随分と、憎い演出をやってくれましたね、ムサシさん。今は戦闘中なんですから、こういうのは控えてほしいのですが」

 

 ムサシ

[あら、つれないわね。もうちょっと驚いてほしかったのだけど、まぁいいわ。とにかくこちらはもう準備できているわ。いつでもいいわよ]

 

 ムサシさんの一言で艦長がいなくなって少し落ち込み気味だった艦橋内に少し活気が戻ってきた。今を逃す手はない。私は高らかに宣言した。

 

 

 

 

 宗谷

「これより晴風およびムサシは。シュペー奪還作戦第2プランを決行する!」




第二十三話、いかがでしたでしょうか?

ようやくシュペー戦に突入しました。
しかしまさかの戦闘中にミケちゃん離脱という事態になってしまいました。
ミケちゃんの身に何が起こったのか?
それは後々明かされます。

そしていよいよムサシの考えた作戦が動き出します。
今回は全然わかりませんでしたが、次回ようやく明らかになります。

次回、第二十四話は
ムサシの用意した「あるもの」でシュペー奪還するべく動き出す晴風クラス。
彼女たちはシュペーの人たちを助け出すことができるのか?

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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第二十四話 突入でピンチ!

ドーモ!
いつの間にか7月に突入していました。

私事ですが、7/3で本作品の投稿を始めて丸一年になります。
一年間でお気に入り登録250件、UA50000超えとなりました。
こうして一年間投稿を続けられたのも、読者の皆様の応援あってこそです。
本当にありがとうございます。
結局一年で本編終わらせられませんでしたが、今後も本編完結に向けて頑張りたいと思います。
今後も応援よろしくお願いいたします。

では本編
前回からシュペー戦開始、しかし作戦は失敗に終わった。
そこに現れた謎の黒い影、その正体は?
そしてムサシの第二プランが実行される。

それでは、どうぞ!


 2016年4月27日午後1時25分

 

 -ミーナside.-

 

 シュペー奪還作戦の第一プランが失敗に終わり、一時は打つ手なしかと思われた晴風。そんな絶体絶命の私たちの前に、突如として海中から現れた黒い影。それは私らにとって希望となる存在だった。

 その黒い影は今、晴風の隣をピッタリと並走している。マシロとメイ、そして私の三人はその姿を晴風から眺めていた。

 

 西崎

「これって潜水艦? でもこの前の伊201に比べたらかなり小さいね」

 

 宗谷

「そうだな。こんなものは私も初めて見たぞ」

 

 二人は初めて見るに驚きと困惑の表情をあらわにしていた。全長12m、幅1.7mほどで円筒状の船体、中央部に艦橋のような突起状の構造物、その頭頂部には潜望鏡の姿も見られる。メイの言う通り、小さいながらも潜水艦と言える構造をしていた。

 二人は見たことはないようだが、私にはその姿に見覚えがあった。

 

 ミーナ

「これは、“ゼーフント”か? 随分珍しいものが出てきたもんじゃな」

 

 ムサシ

[さすがドイツ人のミーナね。その通りよ]

 

 私が黒い影の正体を言い当てると、ムサシは感心したように返事をしてくれた。

 

 今から70年以上前の独裁政権時代、世界大戦に敗れた後もフランスやイギリスなどの欧州の強国と関係悪化の一途を辿っていたドイツは、彼らに対抗するため大規模な戦力強化を図っていた。シュペーやビスマルクといった現在学園艦となっている艦艇はまさにこの時代に造られたのだが、その中でドイツの一大戦力となったのが“潜水艦”だった。数で劣るドイツ軍は海洋封鎖による欧州各国の補給線断絶を目論み、それを実現するべく潜水艦の技術発展に力を注ぐことになった。結局二度目の世界大戦は回避され、独裁政権も崩壊したため海洋封鎖計画は実行されることはなかった。しかし苦労の末に完成した潜水艦たちは“Uボート”の名で世界に衝撃を与え、現在に至るまでドイツが潜水艦技術において世界をリードしていくことになった。

 ムサシの用意したUボートⅩⅩⅤⅡ型“ゼーフント”もかつてのドイツが完成させた潜水艦の一つだ。

 

 ミーナ

「潜水艦ではなく、正確には『特殊潜航艇』というのじゃ。しかし霧にはこういった類の艦まで存在するとは驚いたぞ」

 

 ムサシ

[霧における特殊艦は艦隊をサポートする存在。彼女たちには霧の核であるユニオンコアはないから意思を持って行動することはできないけど、戦術という面でとても大きな力になるわ。この“ゼーフント”は霧の欧州艦隊に所属している『とある潜水艦』が人間の戦術を参考に造ったものなの。そのデータが私の中にも残っていたから、今回使わせてもらったというわけよ]

 

 ミーナ

「なるほどの。霧もドイツの群狼戦術には興味津々じゃったというわけか」

 

 西崎

「もー! 二人で勝手に盛り上がらないでよ!」

 

 私はムサシの話に大いに感心し、自然と会話が盛り上がっていた。そして二人だけの世界に入っていることに、メイが面白くないと思ったのは仕方のないことだった。

 

 宗谷

「この潜航艇については理解できました。つまりこの艦に突入メンバーを搭乗させて、シュペーに向かうというわけですね」

 

 ムサシ

[そういうことよ。それが私の考えた作戦よ]

 

 ミーナ

「となると、突入隊の選定を急がねばならんな。マシロ、すぐにできるか?」

 

 宗谷

「ああ。まずはメンバー募集からだな。水雷長、晴風の皆にこのことを伝えてくれ」

 

 西崎

「オーケー! 任せといて」

 

 メイは急ぎ足で艦橋に戻っていく。そしてマシロはすぐに端末を取り出し、私とともに乗員リストを開き、突入メンバーを選ぶ準備を始めた。

 

 

 

 それから10分後、ゼーフント二隻が接舷されている左舷甲板上には突入隊に選出された8名が集まっていた。そしてマシロは突入隊全員に向き合っていた。

 

 宗谷

「これからみんなにはムサシさんが用意した潜航艇“ゼーフント”に乗ってもらい、シュペーへ乗り込んでもらう。あまり時間がないから、詳しい説明は出発後にさせてもらう」

 

 マシロの言葉に突入隊のメンバーはしっかり耳を傾けていた。

 

 宗谷

「それではメンバーを確認する。まず一号艇、隊長のミーナさん、松永さん、姫路さん、そして万里小路さんだ。松永さんには潜航艇の舵手を担当してもらう」

 

 一号艇で私と共に乗り込むのは、砲雷科のリツコ、カヨコ、カエデの三人だ。カヨコの手には海水の入った水鉄砲が、カエデは薙刀と木製の武器が握られていた。

 

 松永

「かよちゃん、頑張ろうねー」

 

 姫路

「そうだねりっちゃん。まりこーもよろしくね~」

 

 万里小路

「はい。少しでもミーナさんのお力になれるよう、この万里小路楓、精一杯頑張らせていただきます」

 

 見るからにゆるい雰囲気を醸し出す三人に私は少し不安を覚えた。しかし戦時にはやる時はやることを私は知っていたので、私は彼女たちに信頼を寄せている。

 そして一号艇にはもう一人?乗り込むメンバーがいた。

 

 五十六

「ぬっ」

 

 姫路

「お~、五十六も一緒だったね~。ゴメンゴメ~ン」

 

 リツコに抱えられていた五十六が自分の存在を主張するように鳴いていた。五十六はミナミの研究でネズミもどきに耐性があることがわかっていたため、今回ネズミもどき捕獲要員として連れていくことなった。

 

 宗谷

「続いて二号艇、等松さん、勝田さん、野間さん、みなみさんだ。こちらの舵手は勝田さん、みなみさんには」

 

 続いて二号艇に乗るメンバーが発表された。その二号艇メンバーの方に目をやると、何やら異様な雰囲気になっていた。

 

 等松

「キャー! マッチと一緒! 一緒よおおおおおおお!!」

 

 野間

「……うん。これでいい」

 

 勝田

「よっしゃ! スキッパーで培ったうちの腕を見せるときぞな!」

 

 鏑木

「……まったく騒がしいな」

 

 ゆるい雰囲気の一号艇に対してかなり騒がしい(二名のみ)二号艇。正直、こちらのメンバーは大丈夫なのだろうかと不安は拭えなかった。

 しかし私にはそれよりも大きな懸念があった。心配になった私はその当事者に尋ねることにした。

 

 ミーナ

「ところでミナミ、アケノのことは大丈夫なのか? お主が乗り込まんと抗体を投与できんのはわかるが」

 

 私が心配していたのは戦闘中に急に顔色が悪くなったアケノのことだ。非常事態とはいえ、この艦唯一の船医がこの場を離れることになるからだ。

 

 鏑木

「それなら問題ない。艦長は今、保健室のベッドに寝かせている。体調も安定している。私が晴風を離れている間はヤマトさんと杵崎さん姉妹に世話をお願いしておいた。安心してくれ」

 

 ミーナ

「そうか。それなら大丈夫じゃな」

 

 ミナミの言葉にホッと胸をなでおろす。私はアケノが重大な病になったわけではないことにとりあえず安心した。

 そしていよいよ私たちはゼーフントに乗り込むことになった。

 

 宗谷

「それではみんな、シュペーの乗員たちのことを頼む。ミーナさん、現場の指揮をお願いします」

 

 ミーナ

「任せておけ!」

 

 私はゼーフントに乗り込むとともに、決意を新たにするのだった。

 

 ミーナ

≪テア、今いくぞ!≫

 

 

 

 -ムサシside.-

 

 ゼーフントへの突入隊全員の乗り込みを確認した私は、量子通信の回線を開いた。

 

 ムサシ

「全員乗り込んだわね。リツコにサトコ、それの操縦はほとんど中型スキッパーと同じにしておいたわ。万が一の時はこっちでコントロールするから安心して動かして」

 

 松永

[うん。わかったよームサシちゃん]

 

 勝田

[助かるぞな!]

 

 宗谷

[それではムサシさん、行動を開始してくれ]

 

 ムサシ

「了解。任せて」

 

 私はマシロからの指示を受けて、無人の三、四、五、六号艇のゼーフントのコントロールを開始した。そして、晴風に接舷されていた一号艇と二号艇が潜航するのを確認した。

 

 ムサシ

≪あっちは心配なさそうね。さてと、まずは……≫

 

 私は三号艇と四号艇をシュペー左舷側に移動させ、少しずつ浮上させるよう指示を出す。

 潜航艇のコントロールは基本的には霧の潜水艦が使用するアクティブデコイと要領は同じだ。しかし私は戦艦、通常はアクティブデコイを使用することはない。しかしそこは超戦艦としての能力と演算能力でアクティブデコイの操作方法をユニオンコアに組み込んだ。さらにゼーフントには群狼戦術を可能とするためのプログラムが組み込まれており、アクティブデコイよりもはるかに高度な連携行動が可能となっている。

 

 ムサシ

≪これを自ら組んだ“あの子”は本当にすごいわね。もし彼女に人間が乗り込んで私に叛逆していたら、きっと401以上の脅威になっていたでしょうね……≫

 

 私はありもしない過去に思いながら、ゼーフントの操舵に集中し直した。

 

 ムサシ

【三号艇、四号艇、潜望鏡深度でシュペー左舷から距離100まで接近。向こうの動きをかき乱しなさい】

 

 私が量子通信で指示を飛ばすと、二隻は速力をあげて一気にシュペーに接近する。水中を進んでいるとはいえこちらは霧の艦、追いつくのは容易であった。

 しかし潜航艇の潜望鏡深度でそれだけ接近されたため、シュペーがその姿を補足できないはずがなかった。シュペーは接近される前に対応しようと、副砲を二隻に向けてきた。

 

 ムサシ

【対潜装備のないシュペーはそうするしか手はない。予想通りね。四号艇、取り舵いっぱい。砲撃をかわしなさい。三号艇は速力を上げてそのまま直進、回避の後に音響魚雷を発射】

 

 二隻は指示された通り行動し、シュペーからの砲撃を難なく躱した。そして三号艇の左舷側に装備された魚雷がシュペーに向けて発射された。

 

 ムサシ

「一号艇のカエデ、もし聴音器に耳を当てているならミュートにしなさい。耳がやられるわよ」

 

 万里小路

[かしこまりました]

 

 そしてシュペーに接近した魚雷は船体にあたる直前にさく裂した。同時に水中に高周波を伴う大きな音が鳴り響いた。シュペーの真下にいる私自身にもその音は聞こえていた。

 私が使用したのは音響魚雷と呼ばれる兵器。その効果は水中で爆発すると同時に、音波をかき乱して潜水艦などの水中に潜む艦の位置をロストさせる。今回の作戦ではシュペーに気づかれず突入隊を乗り込ませるために使用することになった。

 

 ムサシ

【これでシュペーの耳を一時的に奪ったわ。五号艇、六号艇、深度100でシュペーの前に出なさい。三、四号艇はそのままシュペーを引き付けて。そして――】

 

 「リツコ! サトコ! シュペーの耳を奪ったわ。今のうちにシュペーに接近しなさい」

 

 松永

「りょーかーい」

 

 勝田

「よっしゃ! いくぞなー!」

 

 合図とともにシュペー後方で身を潜めていた突入隊の乗る一号艇と二号艇がシュペーとの距離をつめていく。なんとか乗り込みの御膳立ては上手くいったようだ。

 

 ムサシ

≪ミーナ、みんな、あとは頼んだわよ≫

 

 私はみんなのことを信じて、引き続きゼーフントの操舵を行うことにした。

 

 

 

 -ミーナside.-

 

  ムサシによるかく乱は成功したようで、シュペーの速力はかなり落ちていることをマシロからの報告で私は知った。

 

 宗谷

[晴風は引き続き、シュペーの引き付けを続けます。ミーナさんたちは乗員の保護と艦の制圧を頼みます]

 

 ミーナ

「ああ。リツコ、どうだ? シュペーに接舷できそうか?」

 

 私はゼーフントの操縦桿を握っているリツコに尋ねた。

 

 松永

「あともうちょっとだよー。まかせといてー」

 

 リツコの操縦テクニックはなかなかのものだった。スキッパーの腕前もなかなかのものだと彼女の親友のカヨコも言っていたが、その言葉はまことだったようだ。

 

 勝田

[ミーナさん! た、大変ぞなー!]

 

 と、突如室内に大きな声が鳴り響いた。それは二号艇を操縦しているサトコからの通信だった。

 

 ミーナ

「どうした!? まさかトラブルか?」

 

 勝田

[そ、それが、接舷する前に野間さんが一人で先にシュペーに乗り込んでしまったぞな!]

 

 ミーナ

「な、なんじゃと!?」

 

 普段寡黙なマチコがそんな先走った行動を取ったことに私は驚きを隠せなかった。私は接舷を急ぐようにリツコとサトコに指示を出した。

 それからしばらくして一号艇と二号艇はシュペーへの接舷に成功していた。すでにハッチは開かれ、乗り込むための縄梯子の準備も完了していた。

 

 ミーナ

「よし、乗り込むぞ。マチコを一人にしておくのは危険じゃ。舵手の二人は潜航艇に残って一度シュペーから離れるんじゃ」

 

 松永

「了解だよー。かよちゃん、まりこー、頑張ってねー。怪我しないようにねー」

 

 姫路

「うん。りっちゃんも気をつけてね~」

 

 万里小路

「任されましたわ」

 

 ワシら三人は縄梯子を昇り、シュペー甲板を目指す。前から、ワシ、カヨコ、カエデの順番だ。マチコのことが心配だった私は急がなければと少し焦っていた。そして、ようやく甲板に到達した。

 

 ミーナ

「マチコ! 無事か? 怪我は、ない、か……?」

 

 そこで私は驚愕の光景を目の当たりにした。

 甲板上には10人を超える人が気を失い、倒れていた。その制服は私が見慣れたヴィルヘルムスハーフェン校のもの。そして、その中央に大型の水鉄砲を二丁構えたマチコが一人立っていた。

 

 野間

「あ、ミーナさん。やっときた。外の連中は大体片付けましたよ」

 

 マチコは待ちわびていたかのように私に話しかけてきた。その言動には余裕すら感じられる。

 

 ミーナ

「ま、まさか、その倒れとるのは全員マチコがやったのか?」

 

 野間

「そ、そうだけど?」

 

 私はマチコの言葉は信じられなかった。しかし目の前に広がっている光景を見ると、もはや彼女の言葉を信じるほかなかった。

 

 姫路

「お~。さすがマッチだね~。まさか一人でやっつけてしまうとは」

 

 等松

「キャー! さすがマッチー! 素敵すぎるわあああああ!!」

 

 鏑木

「吃驚仰天」

 

 私と同様の感想を後から到着したカヨコや二号艇のミナミたちも口にしていた。ミミについてはいつも通りで、カエデだけは特に驚いた様子はなかったのだが。

 

 野間

「それより、はやく中の制圧を急いだほうがいいんじゃないか?」

 

 ミーナ

「そうじゃな。みんなワシに続け。艦橋に向かうぞ」

 

 気を取り直した私は、突入メンバーを引き連れて艦橋へ続く通路に突入した。

 

 マチコが甲板上で生徒の半分近くを制圧してくれたおかげで、通路にはほとんど人はいなかった。おかげで誰とも戦うことなく艦橋の真下まで到達することができた。

 しかし直線の通路の途切れるT字路に差し掛かろうとした時、道の両側から3人の生徒が私たちの前に立ちふさがった。その中には私がよく知った顔がいた。ちゃ

 

 ミーナ

「レターナっ……!?」

 

 短くて少しクセっ毛のある茶髪、背は自分より小さくボーイッシュな印象のある女子だ。彼女の名はレターナ・ハーデガン。シュペー乗員の中で唯一中学入学以前から付き合いのある友人だ。男勝りでいつも明るい彼女だが、今はその面影はない。いつもの笑顔は消え、その瞳は真っ赤に染まっていた。

 私はそんな友人の変わり果てた姿に動揺してしまっていた。足がすくみ、テアがいるであろう艦橋へ進むことができなくなっていた。

 すると、後ろから私の横を一人の人影が通り過ぎた。カエデだった。

 

 万里小路

「ミーナさん、ここは私におまかせを」

 

 カエデレターナたち三人の前に立つと、手にしていた薙刀を構える。その雰囲気は普段のおっとりした彼女とはかけ離れたものだった。

 

 万里小路

「万里小路流薙刀術……」

 

 武術の流派の名前だろうか? カエデはそうつぶやくと、目を閉じて神経を集中させる。

 すると本能的に危機を察したのか、レターナたち三人は人とは思えない唸り声をあげながらカエデに迫った。しかしカエデは慌てることなく、三人が間合いに入ってくるのを待った。そして――

 

 万里小路

「当たると、痛いですよ!!」

 

 一瞬の出来事だった。一気に前進した彼女はすれ違いざまに三人に薙刀を的確に当て、意識を刈り取ってしまった。この狭い通路で自身の背丈よりも長い薙刀を自在に操ってみせたことも驚きだ。

 私を含め、後ろで見ていた他のみんなも、この光景に言葉を失っていた。

 

 ミーナ

≪まさか、カエデがこれほどの使い手だったとは……≫

 

 姫路

「お~。さすがまりこー、やるね~」

 

 カヨコの気の抜けた声でようやく私は現実に返ってきた。私は倒れたレターナたちの側に近寄り、手を触れようとした。

 

 ミーナ

「レターナ!――」

 

 しかし誰かが私の上着の袖をつかんでそれを阻止した。

 

 鏑木

「彼女たちはウイルスに感染している。下手に触れるとミーナさんも感染する危険がある。心苦しいが今は我慢してほしい」

 

 ミーナ

「ミナミ……。わかった」

 

 私がレターナたちから離れると同時に、ミナミは見事な手際で三人に抗体を打ち込んだ。このまま安静にしていれば大丈夫だということだ。

 しかしミナミが抗体の打ち込みを終えた時だった。レターナの制服のポケットから何かがもぞもぞと動いて、外へ飛び出した。近くにいたミナミはその存在にいち早く気が付いた。

 

 鏑木

「むっ、あれは、ネズミもどきか!」

 

 ミーナ

「なんじゃと!?」

 

 ミナミの一言で私はようやくネズミもどきの存在に気が付いた。しかしすでにネズミもどきは逃走を始め、もう追いつけないかと思われた。

 しかし誰よりも素早くネズミもどきを追いかける者が一人、いや一匹存在した。

 

 五十六

「ぬぅぅおぅ!」

 

 五十六は目をギラリと光らせ、その巨体からは想像できない素早い動きでネズミもどきの後を追っていく。

 

 姫路

「あ~待ってよ五十六~。ごめんね、私は五十六を追いかけるから~」

 

 五十六を連れてきたカヨコは彼の後を追ってそのまま先へ進んでしまった。そんなカヨコと五十六のことをミミは心配していた。

 

 等松

「カヨちゃんと五十六、大丈夫かな?」

 

 鏑木

「姫路さんには海水入り水鉄砲を持たせてある。狭い艦内ならそれで対応できるだろう。そして五十六にはウイルスは効かない。このままネズミ退治をしてもらうのが良いだろう」

 

 野間

「そうだな。等松さん、きっと大丈夫だよ」

 

 等松

「マッチとみなみさんがそういうなら、私は信じるよ」

 

 ミミは二人の言葉にとりあえず納得してくれたようだ。

 

 ミーナ

「随分足止めを食らってしまったな。残るワシらは艦橋を目指すぞ」

 

 私はそう言って、4人とともに再び走り出した。

 

 ミーナ

≪レターナ、今はそこで休んでてくれ。必ずみんなを、テアを救い出してくるから!≫

 

 

 

 -ましろside.-

 

 ミーナさんたちがシュペーに乗り込んでからすでに20分ちかくが経過していた。制圧が完了したら、ミーナさんが白旗をあげてくれる手筈になっている。しかし未だに制圧完了の報告は入ってきていない。私の中では少しずつ不安が大きくなってきていた。

 

 宗谷

「シュペーからの報告はまだなのか?」

 

 山下

「シュペーの白旗、確認できません」

 

 宇田

「通信もまだ入ってきません」

 

 宗谷

「クソッ……」

 

 第二プランが開始以降、ムサシの操るゼーフントの働きによってシュペーの動きを大きく制限することができた。おかげでシュペーの速力は目に見えて落ちていた。しかしシュペーは囮のゼーフントに対して副砲で激しく応戦している。そして主砲や副砲の一部は晴風に向けられている。晴風は砲弾の雨をくぐり抜けなければならない状況が続いていた。

 

 宗谷

≪今はミーナさんたちがシュペーに乗り込んでいるから、弱点を狙い撃つことはできない。できることはシュペーをけん制して主砲を撃つことだけ。クソッ、もどかしいな≫

 

 私は心の中で悪態をついていた。シュペーの制圧を終えたら、晴風は突入メンバーの回収しシュペー乗員を保護するため、すぐに接舷できる状態にしておかなければならない。そのためにシュペーから遠く離れることができなかった。しかし晴風にとってそれは死と隣り合わせの状態だ。いつまでのこの状況のままでいるわけにはいかない。

 心理的に追い詰められていく中、私はある人のことを思い浮かべていた。

 

 宗谷

≪艦長、あなたならこんな時どうしていたんでしょうか……≫

 

 今はこの場にいない艦長。入学当初はよく意見の違いで対立していたのに、今ではすっかり仲良くなっていた。いや、私が彼女の考えに賛同していった、というのが正しいのだろう。そしていつの頃から、彼女のことが気になって仕方なくなっていた。私は今ここに艦長が、岬さんがいないことに大きな不安を感じていた。

 

 宗谷

≪そうか、私は、岬さんのことが……≫

 

 私は自分の本当の気持ちに気づきかけていた。

 

 ……その時だった。

 

 内田

「副長! シュペーの副砲二発、晴風への直撃コースです!」

 

 宗谷

「な、なんだと!?」

 

 それは野間さんに代わって見張り台に入った内田さんからの報告だった。突然の緊急事態に私は焦ってしまった。そのせいか、判断が少し遅れてしまった。

 

 宗谷

「と、取り舵! 回避を!」

 

 急ぎ知床さんに回避指示を出した。

 

 しかし、時すでに遅しだった。

 

 「戦場では一瞬の判断が命取りとなる」

 

 その言葉の正しさを私たちは身をもって味わうことになった。

 




第二十四話、いかがだったでしょうか?

アルペジオ原作を読んでる方はご存知かと思いますが、今回ムサシが用意した”ゼーフント”は原作漫画にたびたび登場しています。
ドイツ艦相手でということで、ドイツ繋がりで今回登場させてみました
文中の”あの潜水艦”というのも、モデルは原作に出てくるあの子です。
(残念ながらアニメ版、劇場版では未登場なので、オリジナル設定となっています)

次回、第二十五話は
シュペーの攻撃が直撃してしまった晴風、果たして無事なのか。
一方ミーナたちはついに艦橋に到達。
そこで待っていたのは、ウイルスのせいですっかり変わり果てた大切な友の姿だった……。
果たしてミーナはシュペーを取り戻すことができるのか?

次回も読んでいただけるとありがたいです。


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誕生日記念特別編
特別編① 誕生日でハッピー!


ミケちゃん、お誕生日おめでとう!!

今回は本編から外れて番外編。
本日7月20日はミケちゃんこと岬明乃ちゃんのお誕生日!
というわけで、本編より未来のミケちゃん誕生日のお話です。

本当は20日0時ちょうどに上げたかったんですけど、19日に書くことを決めたもんだから、急いで書いたけどやっぱり間に合わなかった^^;
しかも普通に本編並みの文章量w 
気持ちは2000字程度のつもりだったのが、プロット作るうちに膨れ上がっていって、結果5000文字弱になった。

急造ゆえ変なところも多いかもしれませんが、どうか楽しんでいただければと思います。

あ、一応ムサシとヤマトも出てきますが、ほんとちょっとですのでアルペジオ要素ほぼ0です。

それでは、どうぞ!


 2016年7月19日午後11時55分

 

 -明乃side.-

 

 今日は7月19日、晴風メンバーの一人、野間マチコさんの誕生日!

 私たち晴風クラスのメンバーは、学校の学生寮にある食堂で、野間さんの誕生日パーティを楽しんでいる。

 野間さんって普段はあんまり表情を出さないクールな人だけど、みんなからお祝いされてちょっと照れた顔をして、すごく可愛かったなぁ。

 そして今はもうパーティも終盤、みんな思い思いに過ごしている。

 

 等松

「キャー!! マッチー! こっち向いて!!」

 

 ミミちゃん、パーティ始まってからずっと野間さんの写真撮っている気がするなぁ。

 他にも、モモちゃん、ヒメちゃん、ソラちゃんが野間さんを囲んで写真を撮っている。

 野間さん、晴風クラス以外の女の子からも人気あるんだよね。

 

 そんなことを考えていると、パーティの司会をしているレオちゃんが締めの挨拶に入った。

 

 若松

「えー、みなさん、宴もたけなわですがそろそろ日付も変わりそうなので、この辺でマッチの誕生日パーティをお開きにしたいと思いまーす」

 

 みんなから拍手がパチパチとあがる。

 今日は本当に楽しかったな。

 と、その時

 

 納沙

「『ちょっと、待たんかぁい!!』」

 

 いつもの芝居がかった声でココちゃんがひな壇に上がってきた。

 

 納沙

「『まだじゃ! まだ宴は終わっておらんのじゃ!!』」

 

 するとココちゃんはレオちゃんからマイクを受け取った。

 なんだろう?

 何か始まるのかな?

 

 納沙

「えー、それではみなさん、ここからは晴風の書記である私、納沙幸子が進行役を務めさせていただきます! それではこれより、

 

 

 

 

 

 

 我らが晴風艦長、岬明乃さんの誕生日パーティをはじめまーす!!」

 

 「わー!!」

 

 ……え?

 え、え??

 私の、誕生日??

 ふと、時計を見ると長針と短針が両方真上を向いて重なっていた。

 すでに日付が変わっていたのだ。

 

 つまり今は7月20日、そう、私の誕生日なのだ。

 

 岬

「え? ええええええ!! わ、私、何も聞いてないよ!?」

 

 すると、まるで狙っていたかのように、ココちゃんがニヤリと笑って私を見ていた。

 

 納沙

「もちろん、艦長には内緒にして、みんなで準備させていただきました!」

 

 なんと、私以外はみんなこのことを知っていたようだ。

 突然の事で、私は混乱してしまっている。

 すると、先ほどまでパーティの主役だった野間さんが私の前にきていた。

 

 野間

「さ、ここからは主役のバトンタッチだよ、艦長?」

 

 野間さんが私の手を引いて、ひな壇の方へ導いていく。

 なんだかミミちゃんの視線がすごく怖いけど、気にしないでおこう。

 そして私はひな壇の中心に立った。

 

 納沙

「さぁ、主役の艦長がステージに上がったところで、さっそくはじめましょう!

 まずは、ケーキ入場です!」

 

 すると、ミカンちゃん、ほっちゃん、あっちゃんの三人がケーキを乗せたカート押してひな壇の上に上がってきた。

 ケーキには火の点いたろうそくが立てられている。

 

 伊良子

「みなさん! 野間さんに続いて、岬さんにバースデーソングを歌いたいと思います」

 

 杵崎姉妹

「「みなさん、ご唱和ください!」」

 

 ミカンちゃん達の音頭に合わせて、みんなからバースデーソングが私に贈られる。

 みんなの歌を聴いていると、すごく嬉しい気持ちになった。

 私のためにサプライズでパーティを用意してくれるなんて。

 歌が終わると、ココちゃんが私をケーキの前へ導く。

 

 納沙

「さぁ艦長、どうぞ、消してください」

 

 私は、ふぅ、と息を吹きかけてろうそくの火を消した。

 同時にみんなから拍手が送られる。

 

 納沙

「さぁ、どんどんいっちゃいましょう! 次は各専攻科から艦長へのプレゼントです!」

 

 すると、みんなどこからプレゼントを取り出している。

 どうやら専攻科ごとにプレゼントを用意してくれたようだ。

 

 まず、機関科からプレゼントされたのは、背に「晴風艦長」と刺繍された特製の法被だった。

 なんでも、マロンちゃんが中心となって機関室メンバーみんなでデザインを考えて、それをモモちゃんの実家である服飾屋さんでヒメちゃんも手伝って作ったらしい。

 こんないいものをもらっていいのか、モモちゃんに聞いてみたら、

 

 青木

「岬さんには、艦長としてずっとみんなを引っ張ってもらっているっす。だからこれは、そのお礼っすよ」

 

 と、言ってくれた。

 私は早速、法被に袖を通す。

 

 柳原

「おぅおぅ! 艦長すごく似合ってるじゃねぇか!」

 

 そ、そうかなぁ///

 でも、ありがとう!

 

 続いて、航海科からは可愛い海の生き物をフレームにあしらった写真立てをプレゼントしてもらった。

 これはカメラが趣味であるメグちゃんが主体になって選んでくれたものだ。

 

 宇田

「この写真立てに、思い出の写真を飾ってね、艦長!」

 

 勝田

「艦長に使ってもらえると、写真立てもきっと幸せぞな!」

 

 ありがとう!

 丁度、晴風に乗っていた時に撮っていたみんなの写真があるから、早速飾ってみようかな。

 

 続くは砲雷科、プレゼントは魚雷の形をしたペンケースと砲弾の形をしたシャーペンだ。

 いかにも砲雷科らしいプレゼントに私は思わず笑ってしまった。

 

 小笠原

「ふふん! すごいでしょ、探すの大変だったんだよ」

 

 姫路

「みんなで色んなお店回って見つけたんだよ~」

 

 私のために、ほんとうにありがとうね。

 大事にするよ!

 

 主計科からは、とても綺麗な銀色のカレー皿がプレゼントされた。

 主体になったのはもちろんミカンちゃん。

 

 伊良子

「おうちでもこのお皿においしいカレーを作って食べてね!」

 

 等松

「絶対、120%おいしいよ!」

 

 うん! 明日から早速このお皿でカレー食べるよ。

 

 そして、艦橋メンバーからは、イルカの装飾のついたネックレスをプレゼントしてもらった。

 私がネックレスを首にかけると、みんなから拍手がわきあがる。

 

 知床

「岬さん、すごく似合ってるよ」

 

 西崎

「いや~、色々探し回った甲斐があったよ。ねぇ、タマ?」

 

 立石

「うぃ! うぃ!」

 

 こんなに素敵なプレゼント、本当にありがとうね。

 

 そして、最後にヤマトさんとムサシちゃんからのプレゼントだそうだが、二人の手には何もなかった。

 すると、二人が私に向けて手を前に出すと、周りに銀色の粒子が渦巻いた。

 粒子は私の手の上で形を作っていき、完成したのは手のひらサイズの小さな晴風だった。

 

 ムサシ

「誕生日って、私にはよくわからないけど、アケノに何かしてあげようって思って考えたの」

 

 ヤマト

「明乃さん、喜んでもらえたかしら?」

 

 二人とも、とっても嬉しいよ!

 本当にありがとう!!

 

 

 納沙

「さて、専攻科ごとのプレゼントが終わったところで、次は、晴風副長のシロちゃんから艦長の岬さんにプレゼントの授与です!」

 

 ココちゃんの言葉で、シロちゃんがひな壇の上にあがってきた。

 シロちゃんからのプレゼントかぁ、なんだろう?

 

 宗谷

「み、岬さん、はい、どうぞ」

 

 シロちゃんからのプレゼントは、真新しい艦長帽だった。

 

 宗谷

「母さんと姉さんたちが、ネズミ騒動で頑張ってくれた岬さんにって」

 

 すると、ココちゃんがシロちゃんをニヤニヤした顔で見ている。

 

 納沙

「またまたぁ~。本当は、

『母さん、岬さんに艦長帽をプレゼントしてあげたいんだ!』

『仕方ないわね、いいわよ』

『ましろの大好きな岬さんだもんね』

『いいねぇ、シロ。彼女を大切にしてやれよ!』

 って感じだったくせにぃ」

 

 宗谷

「勝手に変な想像をするなー!」

 

 みんなから笑いが沸き起こる。

 でも、こんなにきれいな艦長帽、すごく嬉しいな。

 

 岬

「シロちゃん、私にこの帽子をかぶせてくれる?」

 

 宗谷

「え? うん、いいよ」

 

 シロちゃんは私の頭にそっと帽子をかぶせてくれた。

 あぁ、すごく嬉しいな。

 

 みんなからのプレゼントも終わった。

 そろそろ催しは終わりかな?

 そう思った時、食堂の照明が落とされた。

 

 納沙

「艦長、これで終わりじゃありませんよ! 続いて、サプライズ企画です! 正面にご注目!!」

 

 すると、プロジェクターで映像が映し出された。

 画面に映っているのは、ミーちゃんとアドミラル・シュペー艦長のテアさんだ。

 

 ミーナ、テア

「「明乃、Alles Gute zum Geburtstag!! 誕生日おめでとう!」」

 

 アドミラル・シュペーはあの騒動の後しばらく横須賀に停泊していたが、今は本国のドイツに戻っている。

 まさか、ドイツにいるミーちゃんからも祝ってもらえるなんて、すごく嬉しいよ。

 

 ミーナ

「本当は日本に行って祝ってやりたかったんじゃがな。シュペーはもうすぐ長距離航海演習に出るから、ビデオレターでお祝いさせてもらうぞ」

 

 そっか、シュペーはまた長い航海に出るんだね。

 

 ミーナ

「ワシらが今こうしてドイツに戻れたのは、明乃がいてくれたからだ。あの時、明乃がワシを助けにきてくれなかったら、シュペーはどうなっていたかわからなかった」

 

 テア

「だから我らシュペー乗組員一同、岬艦長にはすごく感謝している。この恩はみんな絶対忘れない」

 

 そんな、私はただ助けたくて飛び出していったのに。

 でもこんなに感謝してもらえるなんて、嬉しいな。

 

 ミーナ

「今度は晴風のみんなでドイツに来るといいぞ! 本場のドイツ料理、みんなに堪能してもらわんとな」

 

 テア

「ドイツの色んな所へも案内してやろう。きっとみんな楽しんでもらえるよ」

 

 ミーナ、テア

「「では明乃、Auf Wiedersehen! また、会おう!」」

 

 映像が流れ終わると自然と拍手が沸き起こる。

 ミーちゃんもテアさんもありがとう!

 

 納沙

「さてさて、ミーちゃんからのメッセージも終わったところで、いよいよ最後の企画ですよ!」

 

 ま、まだあったんだ。

 なんかすごいなぁ。

 最後はなんだろう?

 

 納沙

「では、登場してもらいましょう。どうぞ!」

 

 すると、食堂の入り口の扉が開いて誰かが入ってきた。

 

 知名

「ミケちゃん、お誕生日おめでとう!」

 

 岬

「もかちゃん!?」

 

 入ってきたのは、大型直教艦武蔵の艦長で、私の大事な幼馴染のモカちゃんだった。

 

 岬

「あれ!? もかちゃん、お誕生日会は夜にやるって」

 

 知名

「実は、宗谷さんにこっそり誘われてね。ミケちゃんには内緒でサプライズ参加しちゃった」

 

 もかちゃんってば、突然でびっくりしちゃったよ。

 もかちゃんが拍手に迎えられてひな壇の上にあがってきた。

 

 納沙

「では、武蔵艦長の知名さんより、晴風艦長の岬さんへプレゼントの授与です」

 

 もかちゃんが私に渡してくれた箱の中には、赤いリボンとロケットペンダントが入っていた。

 ロケットの中には、あの騒動から横須賀に戻ってきた時に二人で撮った写真が収められていた。

 

 知名

「私ね、あの時ミケちゃんに助けてもらえてすごく嬉しかった。1か月も武蔵の艦橋に閉じこもらなきゃいけなくなって、ずっと怖かった。でもその間、ずっとミケちゃんのことが頭から離れなかった。ミケちゃんも武蔵みたいになっていないかって心配だった。でも、あの日ミケちゃんが晴風の命をかけて助けに来てくれた時、ミケちゃんが幼馴染で本当によかったって思ったの」

 

 岬

「もかちゃん……」

 

 知名

「ミケちゃん、これからもずっと、私の大事な幼馴染でいてね!」

 

 岬

「うん!」

 

 みんなの前で私ともかちゃんは抱き合った。

 私も、ずっともかちゃんと一緒だよ。

 

 納沙

「では、最後に、岬艦長から一言いただきましょう!」

 

 ココちゃんが私にマイクを渡してくれた。

 みんなが私に注目している。

 

 岬

「みんな。今日は私のために、こんなに素敵な誕生日パーティを開いてくれてありがとう! 私、今とっても嬉しいよ。入学してすぐにあんなことがあって、私もみんなに無茶させちゃったよね。でも、みんな私についてきてくれて、力を合わせて乗り越えることができた。そして、モカちゃんも助けることができた。本当に、みんなありがとう」

 

 みんなから大きな拍手が私に向けられる。

 

 岬

「この学校に入学して、こんなにたくさんの仲間が、家族が私にはできた。とっても嬉しいよ! これからも、私は晴風の艦長として、みんなのお父さんになるから、みんなよろしくね!!」

 

 その後、パーティは夜遅くまで続いた。

 私、晴風のみんなと出会えてよかった。

 これからも、艦長としてみんなと一緒に頑張らなきゃね!

 

 それじゃあ、明日に向かって、よーそろー!!

 



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特別編② 家族でハッピー!

Happy Birthday もかちゃん!

二日連続の投稿、今回はまたもや特別編です。
本日は7月25日、そうです、もかちゃんこと知名もえかちゃんの誕生日!

当初はミケちゃんのだけアップして、もかちゃんのお話は作る予定はありませんでした。
ですが、25日が近付くにつれてやっぱり書きたくなりまして、結局書きました。

今回もアルペジオ要素は、ほぼ0です (いいのか、これで^^;

それでは、どうぞ!


 2016年7月25日午後7時

 

 -もえかside.-

 

 岬

「もかちゃん! 今日は楽しかったね!!」

 

 知名

「うん、そうだね」

 

 今日は7月25日、私の誕生日。

 学校も先週から夏休みに入っていたため、朝から幼馴染のミケちゃんと二人で街へ出て一緒に遊び回った。

 そして、さっきまでミケちゃんが予約していたレストランで、誕生日会を楽しんだ。

 お誕生日ケーキやプレゼント、色々ミケちゃんにしてもらっちゃった。

 

 知名

「ミケちゃん、今日は色々ありがとう。とっても嬉しかったよ」

 

 岬

「そんな、先週私の誕生日パーティで楽しませてもらったお礼だよ」

 

 そう、先週7月20日はミケちゃんの誕生日だった。

 私はミケちゃんが艦長をしている「晴風」のみんなが開催した誕生日パーティにサプライズゲストで参加させてもらった。

 ミケちゃんの紹介で仲良くなった副長の宗谷さんからお願いされて参加したが、あの日は夜遅くまで楽しんだ。

 そして、その時に私は感じた。

 ミケちゃんは、こんなにたくさんの仲間が、家族ができていたんだって。

 

 私たちは入学直後の航海演習でRATtウイルスの騒動に巻き込まれた。

 私が艦長をしている直教艦「武蔵」のみんなもそのウイルスに感染してしまい、艦のコントロールができなくなってしまった。

 私を含む4人だけは艦橋にすぐ閉じこもったため感染を逃れたが、そこから約1か月もの間、狭い艦橋の中での生活を余儀なくされた。

 毎日が不安で4人で励まし合いながらなんとかやり過ごしていたが、私たちを助けに来てくれた東舞校の教員艦やブルーマーメイドの艦を攻撃してしまう武蔵の姿をずっと見ていて、もう私たちはダメなんだと思い始めていた。

 

 そんな時、私たちを救ってくれたのがミケちゃんたち晴風クラスだった。

 晴風は偶然にもウイルスの感染を逃れ、その後も命がけの戦いを生きぬいていた。

 そしてウイルスの対抗策を見つけ、同じくウイルスに感染していた比叡、アドミラル・シュペーの生徒を救い、最後には艦の命を懸けて武蔵のみんなを救ってくれた。

 そして、その中心にはいつもミケちゃんがいた。

 ミケちゃんは晴風の艦長として、みんなを引っ張って数々の危機や困難を乗り越えていったと、宗谷さんや他の晴風クラスの子たちから聞いた。

 さらに、航海の途中に偶然出会った霧の艦隊という異世界からきた人たちとも手を取り合い、私たちを助けるために協力してくれた。

 そして、晴風に関わった人たちが口を合わせて言っていたのは、ある一つの言葉だった。

 

 「海の仲間は家族」

 

 かつて、両親を海難事故で失ったミケちゃんと孤児院で出会った時に、私が教えた亡くなったお母さんの言葉だった。

 ミケちゃんはその言葉でみんなを救ってきたんだ。

 

 知名

「やっぱり、ミケちゃんはすごいなぁ……」

 

 岬

「? もかちゃん、何か言った?」

 

 思わず、心の言葉が口に出ていたようだった。

 私は首を横に振って、ミケちゃんの言葉を否定した。

 私も入学試験で主席になり、武蔵の艦長に選ばれたことで周りからすごいとよく言われている。

 でも、私にはその言葉を素直には受け取れなかった。

 ミケちゃんに比べたら、私なんてまだまだ足元にも及ばない気がする。

 騒動の後、私も武蔵クラスのみんなとたくさん交流を深めて、とても仲良くなった。

 でも、やっぱりミケちゃんたち晴風クラスには敵わないと思ってしまう。

 私はまだ、武蔵のみんなと家族になれたという実感を持てずにいた。

 

 岬

「もかちゃん?」

 

 声に気づくと、ミケちゃんが心配そうな表情で私を見ていた。

 いけない、せっかくの誕生日に沈んだ気持ちになっちゃダメだよね。

 

 知名

「ううん、なんでもないよ、ミケちゃん。ほら、もうすぐ寮だよ」

 

 いつのまにか私たちが下宿している学生寮が目の前に見えていた。

 夏休みに入って多くの生徒がそれぞれの実家に里帰りしているため、寮の明かりはまばらだった。

 武蔵クラスのみんなもすでに多くが里帰りしている。

 この後は、私の部屋でミケちゃんとお泊り会だ。

 

 

 寮に入って自分の部屋へ向かおうとした時、突然ミケちゃんに呼び止められた。

 

 岬

「待って、もかちゃん。お泊り会の前にちょっと私についてきてくれるかな?」

 

 なんだろう?

 私は言われるがまま、ミケちゃんの後に続いた。

 そして、辿りついたのは学生寮内にある食堂だった。

 

 岬

「さぁ、もかちゃん。扉を開けて」

 

 私はそっと食堂の扉を開けた。

 

 

 パパン!

 

「知名さん! お誕生日おめでとう!!」

 

 知名

「え!?」

 

 突如鳴り響いた破裂音と拍手。

 食堂で待っていたのは、武蔵クラスのみんなだった。

 しかもクラス31人全員が揃っていた。

 

 知名

「え? だって、みんな夏休みに入ったら実家に帰るって」

 

 状況が呑み込めない私の前に一歩出てきたのは、航海科の吉田親子さん、砲雷科の角田夏海さん、主計科の小林亜衣子さんの三人だった。

 RATt騒動の時、武蔵の艦橋で私と一緒に立て籠もった子たちだ。

 

 吉田

「実は1か月ほど前に、岬さんから今日が艦長の誕生日だからお祝いして欲しいって頼まれまして」

 

 知名

「ミケちゃんが!?」

 

 小林

「岬さん、艦長にばれないようにクラスのみんな一人一人にお願いしていたんですよ。そしたらみんな協力することになって、それからこっそり準備していました」

 

 角田

「ごめんね。実家に帰るって話、みんなで話し合って決めた嘘だったの。艦長を驚かせたくて」

 

 そうだったんだ。

 私のために、みんなが。

 すると、ミケちゃんが私に話しかけてきた。

 

 岬

「もかちゃんを驚かせたくて頑張ってたんだけど、私の方が先にもかちゃんに驚かされちゃった。だから、これはお返しだよ♪」

 

 イタズラが上手くいった時のような顔で私を見ていた。

 ほんとに、ミケちゃんには敵わないなぁ。

 

 吉田

「艦長、パーティの前に私たちから伝えたいことがあります」

 

 吉田さんの言葉で、武蔵クラスのみんなが私の前に並んだ。

 

 吉田

「私たち、艦長が知名さんで本当によかったと思っています。ありがとう」

 

 知名

「え!?」

 

 角田

「知名さんはあの航海演習の時、私たち三人を咄嗟の判断でウイルスの感染から救ってくれた。それから1か月間、不安で押しつぶされそうな私たちを何度も励ましてくれた。自分だって不安なのに、いつも私たちやクラスのみんなのことを真っ先に考えてくれた。そんな姿にすごく勇気をもらったんだよ」

 

 小林

「それに、騒動の後もクラスのみんなの様子に気を配ってくれて、みんなが仲良くなれるように頑張ってくれていた。そして本当にクラスのみんなが仲良くなることができた。みんな、知名さんに感謝しているよ」

 

 クラスのみんなから拍手が上がった。

 みんながそんな風に思ってくれていたなんて、全然気が付かなかった。

 

 岬

「ね? みんなもかちゃんのことが大好きだって。もかちゃんはみんなのお父さんになれてたんだよ。もかちゃんとみんなは家族になれていたんだよ」

 

 知名

「ミケちゃん、みんな……」

 

 ミケちゃんの言葉に私は思わず涙を流していた。

 そうか、私はちゃんとみんなと家族になれていたんだ。

 それに気づくことができて、私はすごく安心していた。

 

 岬

「さぁ! パーティはこれからだよ! もかちゃん、早くいこう!」

 

 ミケちゃんが私に手を差し伸べている。

 クラスのみんなも笑顔で私を迎えてくれている。

 

 知名

「うん!」

 

 私はミケちゃんの手を握り返し、一緒に食堂の中に入った。

 

 ありがとう、ミケちゃん。

 私に大切なことを気づかせてくれて。

 やっぱり私は、まだミケちゃんと晴風クラスには敵わないと思う。

 でも、私だってこれから武蔵クラスのみんなと一緒に頑張って、ミケちゃんたちに追いついてみせるんだから。

 だから待っててね、ミケちゃん!

 

 私の大切な、そして大好きなミケちゃん。




前のミケちゃんよりは短めでしたが、いかがだったでしょうか。
普段はミケシロ派な自分ですが、ミケモカも捨てがたいですねぇ。(ぉぃ

武蔵クラスについてはみんな優等生って以外全然わかんないですが、もかちゃんが艦長ならきっと仲の良いクラスになっているだろうと思って、今回の話みたいな感じにしてみました。

作中にもありますが、アニメに出てきたもかちゃんと一緒に武蔵の艦橋に立て籠もった3人、これを書くために色々調べてたら3人の名前が出てきてびっくりしました。
11話のEDにも名前が出てなかったので、ないものだと思ってました。
まさかよりによって買い逃していたメガミマガジンに情報があったとは、油断も隙もない!

今後もかちゃんや武蔵クラスをピックアップした作品展開に期待したいですね。

それでは、また本編でお会いしましょう。


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特別編③ ナスでハッピー!

緊急投稿

かよちゃんの誕生日記念です。

あきらめきれず、急いで書いた! 後悔はない。
短いですが、楽しんでくれればうれしいです。

それでは、どうぞ!


 2016年8月2日午後7時

 

 -果代子side.-

 

 松永

「かよちゃん、お誕生日おめでと~」

 

 小笠原、武田

「おめでとー!!」

 

 りっちゃんのかけ声で始まった、砲雷科4人での私の誕生日会。

 ここは東京にある私の実家。

 学校は夏休みで晴風クラスのみんなもほとんどが、入学以来久しぶりの実家に帰っている。

 りっちゃんも群馬の実家に帰っていたが、私の誕生日だからとわざわざ東京まできてくれたのだ。

 ひかりちゃんとみっちんも、今朝りっちゃんから話を聞いて山梨から駆けつけてくれた。

 

 姫路

「ありがとうね~みんな。すごく嬉しいよ~」

 

 小笠原

「いいって、せっかくのかよちゃんの誕生日なんだし、派手に一発撃っちゃうよ!」

 

 武田

「順子も話聞いて、「いきたいー!」って言ってたよ。今は実家の三重だからすぐにこれなくて悔しがってた」

 

 姫路

「そっか~。じゅんちゃんにも後で電話してお礼しなきゃね」

 

 すると、りっちゃんがカバンの中から袋を取り出して私に差し出してきた。

 

 松永

「はいこれ、クラスのみんなからのメッセージカードだよ。ちゃんと霧の人たちの分も入っているよ」

 

 姫路

「お~、すごいねー」

 

 小笠原

「艦長がみんなにお願いしてね、集めてくれてたんだよ」

 

 武田

「私は誕生日会行けないからって、りっちゃんに託してくれたんだって」

 

 姫路

「艦長が……、嬉しいな」

 

 艦長、岬さんにはあの騒動の時から色々助けてもらった。

 私にとって、岬さんは憧れの存在になっている。

 ありがとうね、岬さん。

 

 松永

「さてさてー、そろそろお料理出しましょうかー」

 

 小笠原

「そうだね! 私何が出るか知らないから楽しみだよ」

 

 武田

「ほらほら、ひかりも手伝ってよ」

 

 3人は台所から料理を運びだし、テーブルの上に並べていった。

 並んだ料理は、私の大好物の茄子のお料理!

 麻婆茄子、焼き茄子、豚肉の茄子巻き、揚げ茄子のサラダ、茄子の洋風ラザニアetc.

 

 小笠原

「すごっ!? ほんとに茄子づくしだ」

 

 武田

「ていうか、茄子ってこんなに料理の種類あったんだ」

 

 松永

「かよちゃんのお母さんに教わりました! 手伝ってもらったけど、頑張って作ったんだよー」

 

 すごいや、りっちゃん。

 もう私のとこにお嫁に来てほしいくらいだよ~。

 

 姫路

「あれ?」

 

 私はふとテーブルの中央に違和感があることに気が付いた。

 

 姫路

「りっちゃん、真ん中にまだ何も置いてないんだけど~」

 

 すると、りっちゃんは普段しないような似合わない笑みを浮かべていた。

 

 松永

「ふっふっふっー、実はまだメインをお披露目していなかったのだー!」

 

 すると、りっちゃんがテーブルの真ん中に料理の乗ったお皿を置いた。

 そこにあったのは、

 

 姫路

「こ、これは! 幻の、泉州産水ナスのぬか漬け!?」

 

 私が一番好きな料理、水ナスのぬか漬けだった。

 でも、なかなか手に入らない希少品なのに、りっちゃんはどうやって?

 

 松永

「今朝、万里小路さんから送られてきたんだよー。「私もかよこさんの誕生日会に参加したかったんですけど、大事な家のパーティがあるので、行けなくてとても残念です。代わりに、かよこさんの大好きな水ナスをお父様に頼んで手に入れておきましたわ」とのことです」

 

 小笠原

「さっすがまりこー。断り方もプレゼントもやり方が違う」

 

 武田

「いやー、ほんとに」

 

 まさかの万里小路さんからのサプライズプレゼント!

 ありがと~まりこー!

 

 松永

「さぁー、冷めちゃう前に食べちゃいましょー」

 

 小笠原

「そうだね、早く食べようよ」

 

 武田

「かよちゃん、今夜は楽しもうね」

 

 みんな、今日は本当にありがとう。

 私はいの一番に水ナスを口にした。

 

 今夜は人生で一番楽しい誕生日になりそうだね~。

 



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特別編④ カレーでハッピー!

Happy Birthday! タマちゃん

本日、8月5日はタマちゃんこと立石志摩ちゃんのお誕生日!
今回も特別編でお祝いしちゃいます。

ミケちゃんから恒例となった誕生日記念も、はや4作目。
本編九話後書きで、8月の誕生日ラッシュやばい、なんて書きましたが、やっぱり書きたい気持ちは抑えられず、かよちゃんもタマちゃんも書きました。
今回も楽しんで頂ければ幸いです。

それでは、どうぞ!


 2016年8月5日午後6時

 

 -志摩side.-

 

 私、立石志摩は自室のベッドの上で今日地元の友達から貰ったネコのぬいぐるみを抱えている。

 白と茶色の縞模様、そしてジト目、どことなくあの子に似ているような気がする。

 

 立石

「よし、お前は、五十六!」

 

 晴れて、我が家の五十六となったぬいぐるみを眺めながら今日のことを思いだす。

 私は普段から口数が少ないから、自分から積極的に友達を作れるタイプじゃない。

 でも小中学校時代は、ずっとやっていたソフトボールのおかげでそこそこ友達には恵まれていた。

 今日もそんなスポーツ友達からお誘いを受けて、久しぶりにソフトボールをしてきた。

 4番バッターとし出場して、私は4打数2安打2打点の活躍、私のチームが勝利した。

 試合の後、みんなから誕生日プレゼントとして、この五十六ぬいぐるみを貰った。

 その後は、館山から今年ただ一人出た横須賀女子海洋学校進学者としてみんなから色々学校について質問攻めにあった。

 その時一番聞かれたのが、入学直後のRATt騒動のことだった。

 

 私が晴風の乗員だと知ると、友達は一斉に私のことを心配してくれた。

 RATt騒動は本土の方でも大きく取り上げられ、連日話題になっていたそうだ。

 晴風の反乱疑惑、武蔵の本土近海の出現、そして元凶となったRATtウイルスを巡る研究機関への追及、騒動から3か月近くたった今でも世間を騒がせている。

 私もウイルスに感染して暴れちゃったから、学校や医療機関から色々話を聞かれたりすることが多い。

 正直、嫌な気持ちになることも少なくなかった。

 でもそんな時、いつも私の傍にいて助けてくれる一人の女の子がいた。

 

 西崎芽衣

 

 晴風の水雷長で砲術長である私と一緒に行動することの多い女の子、そして私の一番の親友だ。

 

 メイは私がウイルスに感染した時、いつも気にかけてくれていた。

 事情聴取の時は口下手な私に代わって話してくれて、いつも助けてくれた。

 私にとってメイは、友達以上の大切な存在となっている。

 

 立石

「メイ、今ごろ何してるのかな……」

 

 夏休みに入って地元に帰ってきたが、終業式の日からメイとは一度も会っていない。

 できるなら今すぐにでも会いたい……

 どうせなら、誕生日のサプライズで家にこないかなー、なんてね。

 

 ぴんぽーん

 

 そんな考え事をしていると、家のチャイムが鳴る音がした。

 お仕事に出ているお父さんが帰ってくるにはまだ早い時間のはず。

 

 立石母

「しまちゃん、悪いんだけど出てくれないかな? 今ちょっと手が離せないの」

 

 立石

「んー」

 

 お母さんからお願いされたので、私はベッドから起き上がり玄関へ向かった。

 そして、玄関の鍵を開錠して扉を開けた。

 そこにいたのは、

 

 西崎

「や! タマ、ひさしぶり!」

 

 会いたいと思っていた人、メイだった。

 

 西崎

「そして、お誕生日おめでと!」

 

 立石

「え? え、メイ??」

 

 私は何が何だかわからず、玄関で立ち尽くしてしまった。

 

 西崎

「それじゃ、おじゃましまーす」

 

 そんな私を横目に、メイは家の中に入ってきた。

 靴を脱ぎ、そのまま廊下を進んでいくメイ。

 私は慌ててメイの後を追っていった。

 

 西崎

「おばさん、またきましたー!」

 

 立石母

「メイちゃん、いらっしゃい。ほらほら、しまちゃんが主役なんだから早く来なさいな」

 

 え? なんでお母さんがメイのこと知ってるの?

 確かに話は何度かしたけど、顔までは知らないはずなのに。

 

 立石

「えと、メイ? なんで?」

 

 西崎

「へへ、実は夏休み入ってすぐにおばさんから私に連絡があったの。私がタマのために色々してあげたことに感謝したいって。そこからたまに連絡してたんだ」

 

 立石

「お、お母さん?」

 

 立石母

「ごめんね、しまちゃん。内緒で仲良くなっちゃってました」

 

 西崎

「で、今日はタマの誕生日だから、内緒で館山まで来たってわけ。ほら、川崎から館山って船だとそんなに遠くないっしょ?」

 

 私が知らないところで、メイとお母さんが仲良くなっていたなんて。

 ちょっと文句の一つも言いたくなったけど、ずっと会いたかったメイと会えて、私の心は嬉しさでいっぱいになっていた。

 

 西崎

「タマ、もしかして怒ってる?」

 

 立石

「んーん、むしろ、来てくれて、すごくうれしい」

 

 西崎

「そっか、よかった!」

 

 メイが溢れんばかりの笑みを私に向けてくれた。

 この笑顔にどれだけ助けられてきたことか。

 メイは知らないだろうけど、あなたと一緒にいるだけで私はすっごく幸せなんだよ。

 

 西崎

「ほらほら、主役のタマはここに座って」

 

 メイは私をテーブルの上座に座るよう促してきた。

 私は言われるがまま、その上座に座った。

 するとメイは台所にいるお母さんの所へ向かっていった。

 

 立石母

「さぁ、今からメイちゃんと一緒にお夕飯にしましょうね」

 

 メイとお母さんが台所から今日の夕飯を持ってきてくれた。

 

 西崎

「今日の夕飯は、これだよ!」

 

 メイが私の前に出してくれたもの、それは馴染みのあるものだった。

 

 立石

「え? これって、晴風カレー?」

 

 ご飯の上に乗った艦橋に見立てたゆで卵、その上には小さな旗、ルーの中にはジャガイモとお肉、そしてネコの足跡の形に切ったニンジン。

 まぎれもなく、晴風カレーだった。

 

 西崎

「今日は金曜日。金曜日と言えばカレーの日! そしてカレーと言えば、我らが晴風カレー!!」

 

 そうだ、今日8月5日は金曜日。

 晴風に乗っている時は、毎週金曜の夕飯に晴風カレーが出されている。

 私の毎週の楽しみの一つだ。

 ちなみに、私の大好物は当然カレーだ。

 毎日食べ続けても全然飽きないほど、大好きだ。

 昔ソフトボールの合宿で2週間毎日三食カレーを食べ続けて、後でお母さんにバレて怒られたこともあったっけ。

 

 西崎

「へへっ、すごいでしょ? 私が作ったんだよ」

 

 立石

「え? これ、メイが作ったの?」

 

 西崎

「夏休み前にほっちゃんとあっちゃんに教えてもらって、それからずっと家で練習してたんだ。そして今日、タマが外に遊びに行っている間におばさんにキッチン借りて準備したんだ」

 

 立石

「そう、だったんだ」

 

 私のために、わざわざ練習までして準備してくれたなんて。

 本当に、メイには感謝の言葉しか出ない。

 こんなに仲良くなって、こんなに大好きだと思える友達はメイが初めてだ。

 メイに精いっぱいの気持ちでお礼がしたい!

 

 立石

「メイ、ありがとう! 最高の、誕生日プレゼントだよ!」

 

 西崎

「うん、タマにそう言ってもらえると嬉しいよ!」

 

 私は出せるだけの声でメイにお礼をした。

 メイもすごく喜んでくれたようだ。

 私とメイはしばらく笑顔で見つめ合っていた。

 こんなにも嬉しい誕生日は、初めてだ。

 

 立石母

「ふふ、二人とも仲が良いのはいいけど、そろそろ食べないとカレーが冷めちゃうわよ?」

 

 立石、西崎

「「あ……」」

 

 お母さんがニヤニヤした顔で私とメイを見ていた。

 お母さんにずっと見られていたことに気づいて、私とメイは咄嗟に顔を離した。

 私とメイの顔は真っ赤になっていた。

 

 立石母

「それじゃあ、食べましょうか」

 

 西崎

「そ、そうだね。食べよう食べよう」

 

 立石

「うぃ」

 

 私とお母さん、そしてメイは手を合わせた。

 

 立石、西崎、立石母

「「「いただきます!」」」

 

 

 

 それから、私とメイは晴風カレーを食べながら楽しくおしゃべりをして、その後誕生日をお祝いしてもらい、メイから晴風クラス全員からの誕生日プレゼントをもらった。

 途中からお父さんも帰ってきて、そこからは家族三人とメイで晴風での思い出話で盛り上がった。

 二人でお風呂に入った後は、自室でメイと一緒にお泊り会。

 夜遅くまでお話した後、私のベッドで仲良く眠った。

 

 ありがとう、メイ。

 私の大好きな、世界で一番の友達。

 これからもずっと、私と一緒にいてね。

 



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特別編⑤ 銚子でハッピー!

Happy Birthday! マロンちゃん!

8月誕生日ラッシュもついにラスト一人。
本日8月8日は晴風の江戸っ子機関長、柳原麻侖ちゃんの誕生日!

今回は今までの誕生日エピソードとは違うアプローチで書いてみました。
そして特別編では珍しく、霧の人も登場します!

あと、ちょっとですがこの先の本編の展開に関わる内容が含まれてます。

それでは、どうぞ!


 2016年8月8日午前9時

 

 -麻侖side.-

 

 柳原

「んー!! 今日もいい天気だなぁ! お天道様もマロンの誕生日を祝ってくれてんのかねぇ」

 

 私、柳原麻侖は今日も絶好調だ。

 今朝も朝5時に起きておじいちゃんの漁の手伝いをして、さっき朝ごはんを食べたばかりだ。

 夏休みに入ってから漁のある日は毎日手伝っているけど、マロンにとっては楽しみの一つだから、早起きも楽勝なんでぃ!

 

 そして今日はあたしの誕生日。

 この後、マロンの大好きな想い人と一緒に出掛ける予定になっている。

 待ち合わせはここ、あたしの家なので庭先で今か今かと待っているってわけだ。

 

 黒木

「マロン、お待たせー」

 

 おっ、噂をすればなんとやらだ。

 待ち人のクロちゃんが到着したようだ。

 

 柳原

「おっはよー、クロちゃん。私も今庭に出てきたところだよ」

 

 黒木

「そうなの? 今朝も漁に出てたんでしょ? 大丈夫なの?」

 

 柳原

「平気平気。おじいちゃんが気ぃきかせて、早めに上がらせてくれたんでぃ」

 

 まぁ実際は、あたしがおじいちゃんにせがんで早めに帰らせてくれるように頼んだんだけどな。

 そういう細けぇ話はいちいち話すもんでもないだろう。

 

 柳原

「クロちゃん、もう向こうから連絡きたのかい?」

 

 黒木

「えぇ、もうすぐ到着するみたい。そろそろ港に行かない?」

 

 柳原

「おぅ! いつでも合点でぃ!」

 

 私は勝手口から外に出て、クロちゃんと一緒に港へ向かうことにした。

 

 柳原

「ところでクロちゃん、マロンに何か一言いうことがあるんじゃないかい?」

 

 黒木

「えー? なんかあったかしら?」

 

 柳原

「えーい! もったいぶらなくてもいいじゃねぇかよー!」

 

 黒木

「ふふ、お誕生日おめでとう、マロン」

 

 柳原

「おぅ!」

 

 最初に誕生日を祝ってもらうのはクロちゃんって決めてたからな。

 ちゃんと祝ってもらえて嬉しいよ、クロちゃん。

 

 

 

 銚子の港に到着した私たちは、横須賀方面からの定期船が到着する船着き場にやってきた。

 すでに定期船は港に到着しており、まもなく乗客が降りてくるころだ。

 

 柳原

「お? お客さん降りてきたな」

 

 黒木

「えーと、どこにいるのかしら?」

 

 私とクロちゃんは降りてくるお客さんを一人ずつ確認していく。

 

 黒木

「あ、いたいた! おーい、こっちこっち」

 

 どうやらクロちゃんが先に見つけたようだ。

 クロちゃんの視線の先を見ると、私もようやくその人を見つけることができた。

 そして、私たちの前に待ち人である銀髪の小さな女の子が駆け寄ってきた。

 

 ムサシ

「マロン! クロ! ひさしぶりね」

 

 黒木

「いらっしゃい、ムサシ」

 

 柳原

「あたしたちの地元、銚子へようこそなんでぃ! きてくれてありがとな、ムサシちゃん」

 

 もう一人の待ち人、それは私たちが入学早々に巻き込まれたRATt騒動の時に偶然出会い、そして大切な仲間となった霧の艦隊の超戦艦、ムサシちゃんだ。

 

 黒木

「でも横須賀から朝イチの便で来たんでしょ? 疲れてない?」

 

 ムサシ

「平気よ。でも、心配してくれてありがとう、クロ」

 

 ムサシちゃんは元気いっぱいな様子だ。

 それにしても、クロちゃんは心配性だからなー。

 マロンもちょっとしたことで、よく心配してもらったな。

 でも、そこがクロちゃんのいいところなんだけどな。

 

 ムサシ

「それに、横須賀から出たの久しぶりだから、柄にもなく興奮してしまったわ」

 

 黒木

「あ……」

 

 柳原

「そうか、ムサシちゃん今は大変だもんな……」

 

 ムサシちゃんたち霧の艦隊は、現在学校と安全監督室の庇護の元で日本政府と今後の共存について協議をしている真っ最中だ。

 それゆえ、気軽に外出すらできないという状況だ。

 あたしたちも横須賀に帰ってきてからは、ムサシちゃんとヤマトさんに会える機会は少なかった。

 ムサシちゃんと特に仲が良かったクロちゃんはなかなか会えなくてちょっと落ち込んでいた時期もあった。

 

 ムサシ

「まぁ、そんなことはいいのよ。それより、マロン、誕生日おめでとう。これ、ヤマトと私、そしてあの子からのプレゼントよ」

 

 あたしはムサシちゃんから小さなプレゼントの入った袋を受け取った。

 

 柳原

「おぅ、ムサシちゃんありがとうな! よーし、今日はまずムサシちゃんにあたしらの育った町を紹介してあげようじゃねぇか。なぁ、クロちゃん」

 

 黒木

「そうね。じゃあ早速行きましょうか」

 

 ムサシ

「ええ、よろしくね」

 

 私たちは三人横並びになって港から歩き出した。

 

 

 

 あたしらは一度家にムサシちゃんからのプレゼントを置いてきて、それから町の散策を始めた。

 なお家ではあたしの家族がムサシちゃんを可愛がりまくって、本人はちょっと困惑気味だった。

 隣を歩くムサシちゃんはちょっと疲れた感じになっている。

 

 ムサシ

「マロンの家族は、本当にマロンとおんなじね。みんな元気すぎるわ」

 

 柳原

「まぁうちは元気なのがモットーであり、それが取り柄だからなぁ」

 

 黒木

「おじいさんとかほんとすごいわよ。この町で一番の漁師なんて言われてるんだから」

 

 ムサシ

「へー、結構ご高齢に見えたけど、すごいわね」

 

 なんか二人におじいちゃんのことを褒められると、ちょっと照れちまうな。

 あたしは恥ずかしさで、話題を変えようとした。

 

 柳原

「それよりムサシちゃんよ。今日は随分と可愛らしい格好してるんだな」

 

 ムサシ

「あ、この格好? 昨夜ヤマトとマシモに散々着せ替え人形にされて選んだのよ。せっかくお出かけするなら可愛くしなくちゃ、ってね。それで、どうかしら?」

 

 ムサシちゃんの格好は、白のロングスカートに水色のノースリーブ、靴は赤色のサンダル、そして頭にちょっと大き目な麦わら帽子という感じだ。

 普段黒い服を着ていることが多いから、だいぶイメージが違う感じがするねぇ。

 ちなみに真霜さんの名前が出てきたのは、現在ムサシちゃんが宗谷副長の家でご厄介になっているからだ。

 

 黒木

「いい! とっても似合ってる! こういうムサシもありだわ! そうだよね、マロン?」

 

 柳原

「お、おぅ。普段と違ってすっごく可愛らしくていいと思うな」

 

 ムサシ

「そ、そう? ありがとう///」

 

 クロちゃんの勢いにちょっと押され気味になったが、あたしは素直な感想を言った。

 ムサシちゃんは少し恥ずかしげだったが、嬉しそうな表情をしていた。

 

 それにしても、クロちゃんはムサシちゃんといつからか仲良くなってて、それからベッタリなんだよなー。

 正直ちょっと嫉妬しちまいそうだが、ムサシちゃんのことを知った後ではそんな気もなくなっちまったんだよな。

 すると、今度はムサシちゃんから話題を変えてきた。

 

 ムサシ

「それにしても、ここは不思議な町ね。人の数はそこまで多くないのに、なんだか活気に溢れてるって雰囲気がするわ」

 

 柳原

「そうだろ? 銚子は昔から漁港として有名な町だからな。そして漁師ってのは、おじいちゃんみたいに元気に溢れてる人が多いときたもんだ。そうなると自然と活気あふれる町にもなるもんでぃ」

 

 黒木

「うちは漁師の家じゃないけど、両親も少なからず影響を受けているわね」

 

 ムサシ

「ふーん。やっぱり人間って面白いわね。データじゃ測りきれないって改めて思ったわ」

 

 ムサシちゃんも銚子の町を気に入ってくれた様子だ。

 少しでもあたしらの地元を気に入ってもらえるよう考えた企画だったが、大成功なんでぃ!

 

 

 

 一通りの散策を終えたあたしたちは、再び港に戻ってきた。

 その目的は、

 

 ムサシ

「へー、二人とも自分の釣り具を持っているのね」

 

 柳原

「おぅ、クロちゃんとは小さい頃からよくやってたんだよ」

 

 黒木

「まぁ、釣り目的というよりおしゃべりがメインだけどね」

 

 そう、釣りをしにきたのだ。

 久しぶりに地元に帰ってきたのに、全然釣りやってなかったからな。

 せっかくの機会だから、ムサシちゃんも連れて三人で楽しもうって算段だ。

 そして、お互いに準備ができたので釣りを始めた。

 あたしもクロちゃんも順調に成果を出して、三人でおしゃべりしながら楽しんでいた。

 しかし、あたしには一つだけ気になっていることがあった。

 

 柳原

「ところでよ、クロちゃん?」

 

 黒木

「なに、マロン?」

 

 柳原

「なーんでムサシちゃんとそんな状態で一緒に釣りしてるんだよ?」

 

 クロちゃんはムサシちゃんを抱きかかえた状態で座って、釣竿を持っている。

 さっきは嫉妬なんてしないって思ったけど、一言くらい言ってもいいよな?

 

 ムサシ

「? 何か変なことなのかしら?」

 

 ムサシちゃんもムサシちゃんでそういうところが意外と無頓着なんだよなぁ。

 

 黒木

「べ、別に深い意味はないのよ? ただ、いつもと違う格好でかわいいなぁ、って思ったら、ついね」

 

 柳原

「むー、かわいいのは認めるけどよぉ、なんか納得いかねぇな」

 

 あたしはわざとムスっとした表情をして、クロちゃんにアピールしてみた。

 クロちゃんは、私の様子を見てちょっと困った表情になっていた。

 へへ、うまいこと狙い通りにできたなぁ。

 私はクロちゃんの困り顔を十分に堪能したので、そろそろ許してあげようと思った。

 その時、ムサシちゃんからとんでもない言葉が飛び出してきた。

 

 ムサシ

「じゃあ、マロンもクロにこうしてもらえばいいじゃない?」

 

 柳原

「んなっ!?」

 

 黒木

「え!?」

 

 あたしもクロちゃんも突然のことで顔が真っ赤になっちまった。

 

 柳原

「い、いや、さすがにそれは……。クロちゃん、ごめん、悪ふざけが過ぎちまったよ……」

 

 黒木

「う、ううん。大丈夫、よ///」

 

 ムサシ

「?」

 

 思いがけないことに、あたしもクロちゃんも何も言えなくなってしまった。

 しばらく沈黙が続いた。

 

 すると、突然ムサシちゃんがクロちゃんの腕の中から立ち上がった。

 

 ムサシ

「あ、ごめんなさい。ちょっと待ってて」

 

 ムサシちゃんは駆け足で少し離れた場所へと移動した。

 どうやら誰かからの通信が入ったようだ。

 もしかして、すぐに横須賀に戻らなきゃいけないという話だろうか。

 まだ全然遊び足りないってのによ。

 

 話はすぐに終わったようで、ムサシちゃんが戻ってきた。

 

 黒木

「ムサシ、大丈夫だったの? ヤマトさんからの通信だったんじゃ。」

 

 ムサシ

「いえ、おねえちゃんからじゃないわ。でも、ちょっとね」

 

 柳原

「じゃあ、いったい誰からだったんだ?」

 

 あたしもクロちゃんも皆目見当がつかない状態だ。

 

 ムサシ

「そうね、その答えは沖の方を見ていればわかるわ」

 

 ムサシちゃんに言われるまま、あたしとクロちゃんは指差された港の沖の方を見ることにした。

 すると、一台の二人乗りスキッパーがこっちに接近してくるのが見えた。

 

 岬

「おーい、マロンちゃーん! クロちゃーん!」

 

 柳原

「え! か、艦長!?」

 

 スキッパーを操縦しているのは、あたしらの乗る晴風の艦長、岬明乃さんだった。

 なんで、こんなところに艦長が?

 すると、クロちゃんは何かに気づいたようだ。

 

 黒木

「マロン、ほら岬さんの後ろに」

 

 あたしはクロちゃんの言った艦長の後ろの席を見てみた。

 

 知名

「お二人ともー、お久しぶりです!」

 

 そこにいたのは、大型直教艦武蔵の艦長である知名もえかさんであった。

 

 柳原

「む、武蔵の艦長さんまで」

 

 岬

「あ! とりあえずスキッパーの係留所にこれ留めてくるから、そこで待ってて!」

 

 そういうと、二人は係留所の方へ向かっていった。

 

 黒木

「もしかして、ムサシがさっき連絡してたのって」

 

 ムサシ

「そう、一昨日に私がアケノを誘ったの。モエカが一緒なのはさっき通信で知ったわ。マロンのお誕生日祝いでちょっと驚かせようと思ったの」

 

 柳原

「そ、そうだったんか」

 

 しばらくすると、係留所の方から艦長と知名さんが二人揃ってやってきた。

 二人の手にはあたしへのプレゼントが握られていた。

 

 岬

「マロンちゃん、お誕生日おめでとう! これ、クラスのみんなからのプレゼントだよ!」

 

 知名

「私からも、お誕生日おめでとう。私のはミケちゃんと一緒に買ったものだよ」

 

 柳原

「二人とも、ありがとうな! わざわざこっちまで来てくれるなんてよぉ」

 

 黒木

「それにしても、岬さんはわかるんだけど、知名さんはどうして一緒にきたの?」

 

 知名

「柳原さんが私のとこの機関長と仲良くしているんだけど、柳原さんの整備知識がすごく勉強になるっていつも感謝してたの。だから、そのお礼も兼ねてお誕生日をお祝いしたいなーって思って、ミケちゃんと一緒にきたの」

 

 確かに、最近は武蔵の他にも比叡や、晴風と同じ高圧缶持ちの天津風の機関科の連中と一緒に勉強会みたいなのをやったりしている。

 あたしが一人突っ走ってどんどんしゃべっちゃうもんだから、迷惑になってないか不安だったんだけど、喜んでもらえてるなら悪くねぇな。

 

 岬

「それから、ほっちゃんとあっちゃんのお店の船が後でこっちに来てくれるよ。船でお誕生日会やるんだって。あと、ルナちゃん達機関科4人組とミカンちゃんも合流するって」

 

 柳原

「な、なんだよ。みんな来てくれんのかぃ」

 

 元々はクロちゃんとムサシちゃんの三人だけでやる予定だった誕生日会が、いつの間にか大事になっちまっていた。

 でも、みんなあたしのために集まってくれたんだよなぁ。

 そう思うと、嬉しさで泣いてしまいそうじゃねぇか。

 

 柳原

「みんな、マロンのためにこんなに、ありがとうな」

 

 ムサシ

「マロン、私たちはみんなマロンが好きだから、お祝いしたいって思っているだけよ」

 

 岬

「そうだよ! マロンちゃんの元気の良さに私も晴風のみんなもすごく助けられているんだよ。だから、みんなで精一杯お祝いしたいって思ったの」

 

 知名

「私は直接関係があったわけじゃないけど、これから柳原さんともっと仲良くなりたいな」

 

 黒木

「だから、これからも今まで通り元気なマロンでいてよね」

 

 みんなの想いが口から伝えられた。

 ほんとに、みんなして嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

 なら、この柳原麻侖、みんなの期待に応えてやらにゃあ、女が廃るってもんだ!

 

 柳原

「みんな、今日はあたしのためにありがとな! 今日は思いっきりあたしも祝われてやるから、みんなも盛り上がっていこうってんだ!!」

 

 その後、合流した杵崎屋の船で誕生日会が開かれ、大いに盛り上がった。

 

 ほんとに、ほんとうにありがとうな!

 これからも、あたしはあたしのやり方で頑張っていくんでぃ!

 みんな、これからもあたしのこと、よろしくな!!

 




いかがでしたでしょうか?

今回のマロンちゃんので8月の誕生日ラッシュは一旦お終いです。
次ヤバそうなのは10月ですかね……

そして、本編放置気味で申し訳ないです。orz
ただいま第十話執筆の真っ最中です。
出来る限り早めにあげたいと思っていますので、もう少しお待ちくださいm(_ _)m


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特別編⑥ お姉ちゃんでハッピー!

Happy Birthday!! みなみちゃん!!

本日、9月4日は晴風の誇る天才ドクター鏑木美波ちゃんの誕生日です!
マロンちゃん以来、約一か月ぶりのお誕生日記念です。

今回は同時アップの本編十三話と若干連動した内容になっています。
よろしければ、本編の方も読んでいただけると嬉しいです

それでは、どうぞ!


 2016年9月4日午後6時

 

 -美波side.-

 

 日曜日の夕暮れ時の大学の研究室で、私は一人黙々と研究に没頭していた。

 一区切りついて窓の外を見ると、すでに空は赤く染まっていた。

 

 鏑木

≪もうこんな時間か。研究を始めると時間を忘れてしまうのは、悪い癖だな≫

 

 私は研究に使っていたパソコン端末の電源を落とし、帰宅の準備を始めた。

 その作業の途中、もう一度夕焼けに染まった窓の景色に視線を移してみた。

 窓からは海が見え、赤く染まった空の色が反射している。

 

 鏑木

≪そういえば、晴風に乗っていた時もこんな海を見ていたな≫

 

 私は5か月前の晴風での海洋実習の事を思い出していた。

 

 12歳という異例の若さで横須賀海洋医大に飛び級してしまったおかげで海洋実習を済ませていなかった私は、今年の横須賀女子海洋学校の新入生に混じって海洋実習を履修することになった。

 そして、私が船医として配属されたのが航洋艦「晴風」だった。

 正直、配属した当初はさほどメンバーに興味もなかったし、さっさと二週間の実習を終えてまた研究に戻りたいと思っていた。

 しかし、晴風を含む横須賀女子の新入生たちは例のネズミもどき、RATtの騒動に巻き込まれ、波乱の高校生活の幕開けとなった。

 そんな騒動の中で、晴風に乗っていた私は思いがけない出会いをすることになった。

 

 鏑木

≪岬艦長、宗谷副長をはじめ、晴風クラスのみんなは本当に面白く楽しい人たちばかりだったな≫

 

 私はあの艦でこれまでの12年間で体験したことがないほど楽しい経験をしたと思っている。

 今でも世間を騒がせている騒動に巻き込まれたのにも関わらず、私はあの1か月間は私にとってとても新鮮な時間だった。

 

 鏑木

≪その中心にいたのは、やはりあの姉妹だろうな≫

 

 私が思い浮かべたのは、実習中に偶然出会った異世界からの訪問者、霧の艦隊のヤマトさんとムサシさんだ。

 彼女たちはこの世界には存在しない無機物生命体という未知の存在であった。

 さらに人間の技術をはるかに上回る戦力を持った強力な侵略者でもあった。

 私はそんな未知の高知能生命体である彼女たちにすぐに興味を持った。

 だが、時間が経つにつれて私の興味は彼女たちの別の所に移っていくようになった。

 

 鏑木

≪彼女たちは人間じゃない。だが、一緒に過ごしているうちに私は彼女たちをいつの間にか人間の姉妹として見ていたのかもしれないな≫

 

 私はいつしかそんな二人と一緒に過ごす時間を楽しむようになっていった。

 

 鏑木

≪特にヤマトさん、あの人と一緒に過ごしたあの日々は本当によかった≫

 

 私は姉のヤマトさんと一緒に、RATtウイルスの抗体を精製するために約1週間ほぼずっと晴風の医務室で過ごしていた。

 彼女は、晴風メンバーの中で一人精神年齢が高かったこともあり、周りに比べて年齢高めに見られていた私のことを優しく見守ってくれていた。

 気の配り方もよくできていて、私は彼女の助けもあってスムーズに抗体精製を行うことができた。

 

 鏑木

≪そして、いつからだろうか。私はヤマトさんのことを姉のような存在だと思うようになっていたんだ≫

 

 私はヤマトさんのことをすごく慕うようになっていた。

 今まで他人に興味を持つこともなかった私が、人間でもない未知の生命体であるヤマトさんのことを姉と思うようになっていた。

 だが、私にはそれがごく自然のことのように思えるのだ。

 人間じゃないとかは関係なく、一人の存在として、私はヤマトさんのことが大好きなのだ。

 

 そして予定よりも長い1か月の海洋実習を終えた私は、晴風を降りて元の海洋医大の研究室へと戻っていった。

 クラスのみんな、特に岬艦長に泣きつかれたのは今では良い思い出だ。

 今でもクラスのみんなとは携帯端末でよく連絡を取っているし、時々会いに行くこともある。

 そして、同時に私はヤマトさんとムサシさんとも別れることになった。

 ヤマトさんとムサシさんは、その後宗谷校長たちとともに霧の艦隊の代表としてこの世界で生きていくために、日本政府や海上安全委員会などの主要機関との交渉の場へ臨むこととなった。

 その様子は連日テレビなどで報道されている。

 つい先日、霧の艦隊のヤマトさんと日本国の楓首相との間で友好条約が結ばれたことが記憶に新しい。

 しかし、私は彼女がテレビで報道されるたびに、彼女との距離が離れていくようで寂しい気持ちになっていた。

 

 鏑木

≪できることなら、また彼女と一緒に研究がしたかったな。そして、姉さんと呼んでみたかったな≫

 

 もうそれは叶わない夢なのだろう。

 私は嫌な気持ちになるのを払うため、手早く片づけを済ませ研究室を出ようとした。

 

 

 すると、突然研究室の扉が開く音がした。

 今日は日曜日で誰も来ないはずなのに、一体誰だろうか。

 扉の方に視線を向けるとそこには思いがけない人が立っていた。

 

 ヤマト

「あ、いたいた。みなみちゃん、ひさしぶりね!」

 

 鏑木

「ヤマトさん!?」

 

 つい先ほどまで会いたいと思っていたヤマトさんが目の前に現れて、私は柄にもなく動揺してしまった。

 ヤマトさんは私の傍に近寄ってきて、私をギュッと抱きしめた。

 

 ヤマト

「やっと会えたね、みなみちゃん。本当にひさしぶり。私、みなみちゃんにずっと会いたかったんだから」

 

 鏑木

「え?」

 

 私はヤマトさんの意外な言葉に驚いてしまった。

 彼女は今や日本、ひいては世界でも注目される重要人物だ。

 そんな彼女は私のことなど、もうとっくに忘れているのだと思っていた。

 

 ヤマト

「あら、意外って顔しているわね。私はみなみちゃんのこと一日も忘れたことないんだからね」

 

 鏑木

「ヤマトさん、ありがとう。とても嬉しいよ」

 

 私は感極まってしまった。

 ヤマトさんが私のことを忘れずにいてくれたことが本当に嬉しかった。

 

 ヤマト

「それとみなみちゃん、お誕生日おめでとう! 今日から13歳ね」

 

 鏑木

「え? あ、あぁそうか、今日は私の誕生日、だったか」

 

 ヤマト

「ふふ、もしかして忘れてたのかしら?」

 

 ヤマトさんに言われて私は今日が自分の誕生日であったことをようやく思い出した。

 最近研究に没頭しすぎて、自分の誕生日のことなどすっかり忘れていた。

 

 ヤマト

「ということは、最近の携帯の連絡も全然見ていないわね。せっかくお誕生日会をやるって言ってるのに、みなみちゃんから返信がこないから心配していたのよ。研究に没頭するのはいいけど、ほどほどにね」

 

 私は実に久しぶりに自分の携帯端末の画面を開いた。

 SNSアプリを開くと、そこには晴風クラスやヤマトさん、ムサシさんなどからの大量の通知履歴が表示されていた。

 特に岬艦長なんて、端末を見ていないこの3日間で500回以上私に連絡していた。

 

 鏑木

「そうか。すまない、心配をかけた」

 

 ヤマト

「ほんとよ。だから私が直接迎えに来たんだからね」

 

 頬を膨らませながらヤマトさんが少し怒っている。

 でもその表情はかわいらしく、私は思わず笑ってしまった。

 

 ヤマト

「さて、ここでみなみちゃんに朗報があります!」

 

 鏑木

「ほう、それは?」

 

 ヤマトさんが私の前に手を差し伸べた。

 

 ヤマト

「鏑木美波さん、あなたを国主催のナノマテリアル研究チームのメンバーに引き抜きたいの。政府との交渉でも推薦して、楓首相からも許可をもらったわ。どうかな、みなみちゃん?」

 

 なんと、私を国家プロジェクトのメンバーとして推薦してくれたというのだ。

 私の返事はすぐに決まった。

 私はヤマトさんの手を取った。

 

 鏑木

「ああ、もちろんだ! ありがとう、最高の誕生日プレゼントだ」

 

 ヤマト

「ふふ、良かった」

 

 ヤマトさんが万弁の笑みを浮かべている。

 この表情が私を幸せにしてくれる。

 

 ヤマト

「さて、それじゃ行きましょうか。これから晴風クラスのみんなと一緒にみなみちゃんのお誕生日会よ。もちろん、ムサシとあの子も一緒よ」

 

 鏑木

「ああ、行こうか」

 

 私はヤマトさんと手をつないだまま、研究室を後にした。

 私はその時、ヤマトさんには聞こえない小さな声でこう言った。

 

 鏑木

「ありがとう、姉さん。大好きだ」

 

 

 私はこんなに優しい姉と出会えて本当によかった。

 きっとこれこそが、私にとって本当の最高の誕生日プレゼントなのかもしれないな。



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特別編⑦ 二人でハッピー!(サトちゃん編)

Happy Birthday!! サトちゃん!

御無沙汰しております。

いよいよ10月、晴風クラスの誕生日ラッシュ月間スタートです

そのオープニングを飾るのは晴風クラスの航海員、勝田聡子ちゃん!
特徴的な伊予弁とさばさばした明るい性格で好きな人も多いのでは?(自分も大好きです!)

今回はもう一人お誕生日を迎えたミーナと同時アップになっておりますので、両方読んでいただけると嬉しいです。
後書きはミーちゃん編の方でまとめて書いています。

それでは、どうぞ!


 2016年10月1日午後6時

 

 -聡子side.-

 

 宇田

「それじゃ改めて、サトちゃんのお誕生日をお祝いして……乾杯!」

 

 八木、山下、内田

「かんぱーい!」

 

 野間

「…乾杯」

 

 勝田

「ぞなー!」

 

 学生寮のウチの部屋で始まった晴風航海科メンバーによる私の誕生日会。

 今日は土曜日ということもあり、朝から横須賀の街をみんなで散策し、ご飯を食べたり、ゲームセンターで遊んだり、誕生日プレゼントを買ったりして楽しんでいた。

 ちなみにみんなから送られた誕生日プレゼントは、髪留めとイヤリングだ。

 

 内田

「でも残念。艦長と航海長も買い物までは一緒だったんだけど」

 

 山下

「学校から艦橋組が呼び出されちゃったから、誕生日会には参加できなくなっちゃったもんね」

 

 八木

「艦長、すっごく残念がってたねー」

 

 今日の集まりは艦長の岬さんと航海長の知床さんを含めた晴風航海科全員参加だったのだが、最後のイベントである誕生日会直前に二人は急用で抜けてしまったのだ。

 

 勝田

「でも、二人には昼間にいっぱいお祝いしてもらったぞな。とっても嬉しかったぞな!」

 

 野間

「うん、特に艦長はすごかったね」

 

 宇田

「それがうちの艦長のいいところ、だよね!」

 

 勝田

「艦長、航海長、今日はありがとうぞな!!」

 

 この場にいない艦長にせめて思いが届くようにと、ウチは大きな声で感謝してみた。

 もちろん学生寮なので迷惑にならない程度に声量は抑えている。

 

 宇田

「サトちゃん、いつも元気でうらやましいな」

 

 八木

「うん、サトちゃんと一緒だと私たちも元気になるよね」

 

 勝田

「そ、そうかな? ウチは普段通りやってるだけぞな」

 

 野間

「それが勝田さんのいいとこだと思うな」

 

 山下

「お、マッチが人を褒めるなんて珍しいね」

 

 内田

「そういえば、サトちゃんとマッチって普段から結構仲いいよね」

 

 こんな感じでワイワイと6人でおしゃべりをしながら、用意したご飯を食べてのんびり過ごしていた。

 そしてご飯を食べ終わって片づけをし終わって、またみんなでまた話していた時、めぐちゃんが何かに気づいた。

 

 宇田

「あれ? ねぇサトちゃん、あのカレンダーの今日のとこにつけてる赤い印は何?」

 

 勝田

「印? そんなのつけとったかなぁ?」

 

 八木

「自分の誕生日だからじゃないのー?」

 

 勝田

「つぐちゃん、ウチはそんなん一々自分でつけんぞな」

 

 ウチは何でつけたのか思い出してみようとしてみたが、さっぱり忘れてしまったようだ。

 

 山下

「あ、何か文字が書いてあるね」

 

 内田

「うーん、ここからだと小さくて読みづらいね」

 

 野間

「それじゃ、私が見るよ」

 

 そういうと、野間さんはメガネを外してカレンダーの文字に視線を合わせた。

 

 宇田

「マッチ、メガネ外すとちょっと顔怖いんだね……」

 

 野間

「すまない、割と近くだと目を細めないと見づらくて」

 

 勝田

「めぐちゃん、それ昔ウチも同じこと言ったぞな」

 

 たしか野間さんに交代を伝えに晴風の見張り台に登った時に、野間さんからメガネを借りて感想を聞こうとした時だったと思う。

 すると野間さんは再びメガネをかけ直した。

 どうやら文字の内容がわかったようだ。

 

 山下

「それで、なんて書いてあったんです?」

 

 野間

「ああ、「ミーナさんお誕生日! ウチと一緒ぞな!」って書いてあったよ」

 

 マッチが教えてくれたその瞬間、その場の時間が一瞬止まったような空気になった。

 ウチは今の今までこの日本にはいない大切な家族の誕生日をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 勝田

「しまったあああああ!! すっかり忘れとったぞなー!!」

 

 山下

「さ、サトちゃん。とりあえず落ち着いて、ね?」

 

 勝田

「しゅうちゃん、これは忌々しき事態ぞな! 今すぐお祝いしないといかんぞな!」

 

 内田

「でも、ミーナさん今日本にいないし、お祝いって何をすればいいの?」

 

 すると、つぐちゃんがそぉっと手を挙げた。

 

 八木

「えっとね、ミーナさん今オーストラリア近海で航海演習中なんだって」

 

 宇田

「え? つぐちゃん何でミーナさんのこと知ってるの?」

 

 八木

「実は、武蔵と戦う前にヤマトさんからちょっと特別な通信機を貰ってて、それ使ってたまにミーナさんと連絡を」

 

 勝田

「なんと! さすが晴風の誇るスーパー通信士ぞな!」

 

 八木

「そ、そんなことないよぉ///」

 

 ウチの言葉につぐちゃんは顔を赤くして、照れていた。

 後で聞いた話だが、ヤマトさんはミーナさんと別れる前につぐちゃんと同じタイプの通信機を渡していて、これを知ったつぐちゃんが試しに一回連絡してからこの関係が続いているようだ。

 しかしこれで、ウチがやることは決まった。

 

 勝田

「よーし! これからミーナさんに電話して誕生日をお祝いするぞな!」

 

 内田

「確かにいい考えだと思うけど、今連絡して大丈夫かな?」

 

 山下

「確か今はオーストラリアだったよね? 日本の真南だから時差とかは大丈夫じゃないかな?」

 

 勝田

「そうと決まれば早速やるぞな! つぐちゃん、通信機今持っとるぞな?」

 

 八木

「う、うん」

 

 つぐちゃんはポケットに手を突っ込み、中から白色の画面のついた機械を取り出した。

 

 宇田

「それが例の特別な通信機?」

 

 八木

「うん。これすごいんだよ。通話だけじゃなくて、映像通信もできるんだよ」

 

 勝田

「よっしゃ! それじゃ映像通信するぞな! つぐちゃんよろしく!」

 

 つぐちゃんは手慣れた手つきで通信機を操作し始める。

 目にも止まらぬ速さで操作を済ませると、部屋の中に空中ディスプレイが現れた。

 

 山下

「わぁ、これも空中に画面が出るんだね」

 

 野間

「さすが、ヤマトさん特製だな」

 

 そしてしばらくすると、画面にミーナさんの姿が映し出された。

 ウチはみんなの真ん中になるように、場所を移動した。

 

 ミーナ

「ツグミか? どうした、一体何の――」

 

 勝田

「ミーナさーん! お久しぶりぞなー!!」

 

 ミーナ

「って、サトコか! ほんと久しぶりじゃな! なんだ、一体ワシに何の用じゃ?」

 

 ウチはみんなに視線で合図を送り、伝えたかった言葉をミーナさんにみんなで送った。

 

 勝田、宇田、八木、山下、内田

「ミーナさん! お誕生日おめでとー!!」

 

 野間

「ミーナさん、おめでとう」

 

 相変わらず野間さんはマイペースであったが、みんなで誕生日祝いをすることができた。

 

 ミーナ

「な、なんじゃお主ら。みんな揃っておったのか!?」

 

 ミーナさんは驚きの表情を見せている。

 まさにウチの思惑通りであった。

 

 テア

「ミーナ、どうした。突然いなくなったと思ったら、日本からの通信か?」

 

 レターナ

「お、スゲーじゃんこれ! 空中に画面出てるじゃん!」

 

 ミーナ

「か、艦長。それにレターナまで」

 

 画面に現れたのは、アドミラル・シュペーの艦長さんのテアさんと、ミーナさんの幼馴染のレターナさんであった。

 二人の手には食べ物が握られており、いかにもパーティの途中という雰囲気であった。

 

 勝田

「あ、お二人ともお久しぶりぞな! ところで、そっちはパーティか何かやっとるぞな?」

 

 テア

「あぁ、今日はミーナの誕生日だからな。シュペーの甲板で誕生日パーティだ」

 

 宇田

「あ、そっちも誕生日パーティだったんですね」

 

 すると、ミーナさんが不思議そうな顔をしてこっちを見ていた。

 

 ミーナ

「なぁ、そっち「も」と言っておったが、そもそも航海科組で集まって何をしとるんだ?」

 

 内田

「あぁ、これはサトちゃんの誕生日パーティですよ」

 

 ミーナ

「……なに?」

 

 ミーナさんが呆然とした様子になっている。

 どうやら事態を把握できていないようだ。

 

 ミーナ

「ちょっと待て、今日はサトコの、誕生日なのか?」

 

 勝田

「そうぞな。ミーナさんが晴風に乗っていた時に「ウチと誕生日いっしょぞな」って二人で盛り上がってたぞな。忘れたぞな?」

 

 宇田

「いや、サトちゃんもさっきまで忘れてたじゃん……」

 

 めぐちゃんからの指摘をウチはさらっと無視する。

 一方、ミーナさんは画面越しでも分かるくらい完全に動揺していた。

 

 ミーナ

「しまったああああああ! ワシとしたことが!!」

 

 レターナ

「なんだよミーナ。大事な友達の誕生日を忘れてちゃってたの? しかも自分と同じ日の人をさ」

 

 テア

「そうだな。サトコは晴風の乗員、我々の恩人だぞ。そんな人の大事な日を忘れるとは、あってはならん事だぞ、ミーナ」

 

 ミーナ

「うぅ、ワシとしたことが。面目次第もない……。すまない、サトコ」

 

 ミーナさんが申し訳なさそうに頭を下げている。

 さすがに居た堪れなくなったのでウチはフォローに入ることにした。

 

 勝田

「ミーナさん、ウチは全然気にしとらんぞな。せっかく二人揃っての誕生日ぞな。そんな辛そうな顔なんてしてないで、一緒に楽しむぞな!」

 

 宇田

「そうだよ、ミーナさん。そうだ! せっかくお互い誕生日パーティやっているんだから、このまま一緒に誕生日パーティやろうよ」

 

 山下

「いいねー。一緒に盛り上がればもっと楽しいよ」

 

 内田

「うん、やろうやろう!」

 

 めぐちゃんの提案にしゅうちゃんとまゆちゃんが乗っかってきた。

 

 八木

「なんだか、思ってたより大騒ぎになっちゃったね」

 

 野間

「でも、みんな楽しそうだし、いいんじゃないかな」

 

 つぐちゃんと野間さんは盛り上がっているウチたちを一歩引いたところから眺めているが、提案自体には賛成してくれたようだ。

 

 テア

「こちらも問題ないぞ。レターナ、みんなにこのことを伝えてきてくれ」

 

 レターナ

「了解でっす! テア艦長」

 

 そういうとレターナさんは画面の外へ消えていった。

 テア艦長もノリノリな様子だ。

 

 ミーナ

「みんな……、ありがとう。わしはこの手厚い待遇に、ド感謝するぞ!」

 

 勝田

「あははは! ミーナさん、それ晴風での歓迎会で言ってたのと同じぞな」

 

 ミーナ

「な、なんじゃい。これしか思い浮かばなかったんじゃ。文句あるか?」

 

 勝田

「あるわけないぞな。さぁみんな、これからもっと盛り上がっていくぞなー!」

 

 宇田、八木、山下、内田

「おー!」

 

 野間

「うん」

 

 ミーナ

「テア、こうなったら私たちも精一杯盛り上がろう!」

 

 テア

「ああ、サトコとミーナに最大限の祝福を送ろうじゃないか」

 

 

 この後、アドミラル・シュペーの乗組員を交えた合同誕生日会は大いに盛り上がった。

 一緒に乾杯をしたり、ドイツ語でウチのことを祝ってくれたり、お互いのパーティ料理を教え合ったりと楽しい時間を過ごせた。

 余談だが、野間さんがいると知ったシュペー乗組員の一部(マッチファン)が暴走して大変なことになったことも忘れられない思い出となった。

 

 偶然出会った同じ誕生日の人と一緒に楽しく誕生日が過ごせる。

 こんな出会いがあったのなら、あのRATt騒動も悪くはなかったと思う。

 晴風クラスという大切な家族、霧の艦隊の人たち、シュペーのみんな、こんな素敵な仲間たちと出会えてウチはとても嬉しかった。

 

 これからもみんなと楽しく過ごせたら、絶対幸せぞな!!



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特別編⑦ 二人でハッピー!(ミーちゃん編)

Alles Gute zum Geburtstag!! ミーちゃん!

せっかくなのでドイツ語でお誕生日おめでとう!

本日10月1日、二人目のお誕生日キャラはドイツの直教艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」の副長、ヴィルヘルミーナちゃんです

可憐で可愛い子かなと思ったらまさかの広島弁、一人称「ワシ」というある意味衝撃的な子でしたね。
そして、現在アライブ連載中の「ローレライの乙女たち」では絶賛主人公やってます。

ミーちゃん編は「ローレライの乙女たち」のキャラが登場しています。
コミックス派の方にはネタバレになるのでご注意ください。
問題ないという方は引き続きご覧ください。

それでは、どうぞ!


 2016年10月1日午後6時

 

 -ミーナside.-

 

 私が副長を務める直教艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」は現在オーストラリア大陸の近くにある泊地に停泊している。

 その最上甲板は今日に限り普段とは全く異なる雰囲気を醸し出していた。

 その理由は、実は私にある。

 そんな私は甲板上に設けられた壇上に立っている。

 

 ローザ

「えー、みなさん、飲み物は行き渡ったでしょうか?」

 

 同じく壇上ではシュペーで書記を務めるローザがマイクを持っている。

 ローザの呼びかけに対し、シュペーの乗員は手にした飲み物を掲げて応えた。

 

 ローザ

「それでは、これから副長ヴィルヘルミーナさんの誕生日パーティをはじめたいと思います」

 

 乗員から一斉に歓声と拍手が沸き起こる。

 そう、今日は私の誕生日なのだ。

 しかし、普段クラスの仲間の誕生日祝いは艦内の食堂で行うのだが、今回に限って甲板上にテーブルを用意し、その上にはうちのコックであるリーデたちが腕を振るったドイツ料理がたくさん並べられている。

 どうしてここまで豪勢なのか、私にはその理由を知らされていなかった。

 

 ローザ

「それでは艦長、乾杯の音頭をお願いします」

 

 ローザが促すと、壇上の後方で待機していた艦長のテアが前に出てくる。

 テアはローザからマイクを受け取るとみんなに向かって話しかける。

 

 テア

「諸君、今日は我らがアドミラル・シュペーの副長、ミーナの誕生日だ。今夜は思い切り食べて飲んで楽しんでほしい」

 

 テアの言葉にみんなのテンションはさらに上がる。

 

 テア

「だがその前に、一つ私からみんなに話したいことがある。聞いてもらえるか?」

 

 すると、テアからみんなに何か言いたいことがあると言ってきた。

 クラスのみんなも静かになり、テアの次の言葉を待っている。

 

 テア

「半年前、我々はシュペークラスとして共に航海している中で最大の危機に直面した。そう、RATtウイルスの集団感染だ」

 

 テアの口から語られたのは、半年前に日本の横須賀女子海洋学校との合同演習で日本近海に赴いた際に巻き込まれたRATt騒動のことであった。

 我らがアドミラル・シュペーの仲間たちの多くはRATtの持つウイルスに感染してしまい、正気を失うという未曽有の事態となった。

 

 テア

「我らは多くの者が正気を失い、目の前の存在をただ排除する凶器となった。だが、そんな我らを救うべく立ち上がったのがここにいる副長のミーナだ。今、我らがこうしていられるのは、恩人である航洋艦晴風の乗員たちとミーナのおかげだ」

 

 ミーナ

「艦長……」

 

 テアの口から述べられる私への感謝の言葉。

 その言葉に私は思わず恥ずかしくなってしまう。

 

 テア

「今回の誕生日パーティはミーナへの感謝の気持ちを込めて、盛大に行いたいと私から皆に提案させてもらった。皆も私の我儘に付き合ってくれて感謝する。では、長くなって悪かったな。皆、手にグラスを持ってくれ」

 

 テアが手にしたグラスを高々と掲げると、クラスのみんなもそれに合わせてグラスを掲げる。

 もちろん壇上のローザと私もグラスを手に持っている。

 

 テア

「我らが副長ミーナに捧げる。Alles Gute zum Geburtstag Wilhelmina!!(お誕生日おめでとう、ヴィルヘルミーナ!!)」

 

「Alles Gute zum Geburtstag!!」

 

 一斉にグラスとグラスが宙で交差し、カチャンという音があちこちで鳴り響く。

 

 それからみんなはそれぞれ料理に手を付けたり、話で盛り上がったりしている。

 私はテアの傍に近づいた。

 

 ミーナ

「艦長、私のためにこんなに盛大なパーティをありがとうございます」

 

 テア

「なに、さっきも言ったがこれは私とみんなからのミーナへの感謝の気持ちだ。気にすることはない」

 

 ローザ

「そうですよ。ミーナさんには感謝してもしきれないくらいです。それだけのことをやってくれたんですよ」

 

 ミーナ

「あれは、晴風のみんながいてくれたからこそだ。それに、霧の艦隊の二人にも助けられた。私一人の功績じゃないさ」

 

 シュペー救出の際、私が世話になった晴風クラスのみんなは誰一人も反対することなく、救出に全力を尽くしてくれた。

 さらに、航海の途中で出会った異世界からの訪問者、霧の艦隊のヤマトさんとムサシの二人も私達のためにその超常的な能力を存分に発揮してくれた。

 1か月にも満たない短い間だったが、とても大切なものを得ることができた貴重な時間であったと思う。

 

 ローザ

「それじゃ、お料理食べましょうか。ほら、とてもおいしそうですよ」

 

 テア

「そうだな。いこうか、ミーナ」

 

 ミーナ

「ええ! さぁ今日はWurstたくさん食べるぞー!」

 

 私とテア、ローザの3人は壇上から降りて、すでに盛り上がっている会場へ向かった。

 

 

 

 私はテーブルの上にあった大好物のWurstを皿いっぱいに盛り付けて、一口一口味わって食べていた。

 

 レターナ

「ほんと、ミーナはWurst大好きだよな。いっつもおいしそうに食べるしさ」

 

 ローザ

「そうですね。こっちも幸せになってしまいます」

 

 テア

「全くだな」

 

 ミーナ

「そうか? 私はいつも通りにしているつもりなんだが」

 

 途中から合流した幼馴染のレターナも加えた4人で料理を堪能しながら、ワイワイと話しながら楽しんでいると、隣に私と同じ士官服を着た釣り目の金髪の女性と、それに付き添う一般生徒の服を着た女性が現れた。

 

 リーゼロッテ

「あら、ミーナさん。相変わらず情けない顔で食べていますのね?」

 

 アウレリア

「どうもです、副長」

 

 近寄ってきたのは準備校に入ってからの腐れ縁である水雷長のリーゼロッテとその取り巻きのアウレリアであった。

 このリーゼロッテ、毎度毎度何かにつけて私に嫌味を言ってくるもので、その度に喧嘩になってしまうのだが、なぜだか妙に波長の合う奴なのだ。

 

 ミーナ

「またお前か、リーゼロッテ。これが私の食べ方だ。お前にいちいち言われる筋合いはない」

 

 リーゼロッテ

「あら、そうですの。そんなのだから品がないって言われるんですのよ」

 

 アウレリア

「おっしゃる通りです!」

 

 ミーナ

「ええい! 二人揃ってやかましいわ!!」

 

 今回も結局いつも通り、いがみ合いに発展してしまった。

 しかし周りにいる皆はもはや日常茶飯事となった光景に、特に目立った反応はない。

 

 レターナ

「ほんとミーナとリーゼロッテは仲が良いよなー」

 

 ミーナ、リーゼロッテ

「どこがよ!!」

 

 二人揃ってレターナに反論する。

 こんなのだから仲が良いと勘違いされてしまうのかもしれない。

 すると、リーゼロッテは突然真面目な顔をして私に向き合った。

 

 リーゼロッテ

「まぁ、私も色々言っていますけど、これでもあなたには感謝しているのよ。艦長も言っていたけど、ミーナさんがいなければ今の私たちはありませんでした。改めて、ありがとうね」

 

 ミーナ

「な、なんだいきなり。らしくないことを言って」

 

 普段とは違うリーゼロッテを前にして、私のつい自分のペースを崩してしまった。

 

 ミーナ

「まぁ、お前に面と向かって感謝されるなんて初めてかもしれんな。一応素直に受け取っておくぞ」

 

 リーゼロッテ

「ええ、ありがとう副長」

 

 そういうとリーゼロッテはアウレリアを引き連れて去っていった。

 その後、らしくないことを言ったリーゼロッテは恥ずかしさのあまり、しばらく私と目を合わせられなくなったことを加えておこう。

 

 

 

 その後、料理を堪能しつつクラスの皆から祝いの言葉を一通り貰って落ち着いてきた時、私の士官服のポケットから何かが振動している感覚が走った。

 それに反応して私が取り出したのは、シュペー救出後に晴風から降りる際にヤマトさんから貰った通信機だ。

 これはヤマトさん特製のもので、私たちの世界で広まっている携帯端末よりもはるかに高機能な優れモノだ。

 これと同じ通信機を持っている晴風艦長のアケノや書記で大親友のココ、さらに通信員のツグミらと時間が合えば近況報告をしたり、他愛のない話で盛り上がったりもしていた。

 改めて通信機の画面を確認すると「ツグミ」の文字があり、映像通信での呼び出しと表示されていた。

 私はパーティ会場の外れの方まで移動し、通信機の応答ボタンを押した。

 すると、通信機から空中に画面が表示される。

 私は日本語でその画面に向かって話しかけた。

 

 ミーナ

「ツグミか? どうした、一体何の――」

 

 勝田

「ミーナさーん! お久しぶりぞなー!!」

 

 画面から元気な声で返事をしたのは、ツグミではなく同じ晴風で航海員を務めるサトコであった。

 

 ミーナ

「って、サトコか! ほんと久しぶりじゃな! なんだ、一体ワシに何の用じゃ?」

 

 私がサトコに尋ねると、サトコは後ろにいる人たちに視線で合図を送っていた。

 よく見ると、彼女の後ろにはツグミ、メグミ、ヒデコ、マユミ、マチコと晴風航海科メンバーが勢ぞろいしていた。

 

 勝田、宇田、八木、山下、内田

「ミーナさん! お誕生日おめでとー!!」

 

 野間

「ミーナさん、おめでとう」

 

 彼女たちから送られたのは、私の誕生日を祝う言葉だった。

 突然のお祝いの言葉に私は思わず驚いてしまう。

 

 ミーナ

「な、なんじゃお主ら。みんな揃っておったのか!?」

 

 驚きながらも、私は映像をよく見てみた。

 どうやら彼女たちがいるのは学生寮の部屋の中のようで、6人そろって何かをしていたような雰囲気であった。

 

 すると、私の後ろから二人分の足音が聞こえてきた。

 

 テア

「ミーナ、どうした。突然いなくなったと思ったら、日本からの通信か?」

 

 レターナ

「お、スゲーじゃんこれ! 空中に画面出てるじゃん!」

 

 それはテアとレターナのものだった。

 どうやら突然いなくなった私を心配して探しに来てくれたようだ。

 

 ミーナ

「か、艦長。それにレターナまで」

 

 勝田

「あ、お二人ともお久しぶりぞな! ところで、そっちはパーティか何かやっとるぞな?」

 

 サトコはこちらのことがわかっているかのような質問をしてきた。

 テアとレターナを見てみると、その手にはテーブルから持ってきた料理が握られていた。

 これを見てサトコはこちらでパーティをやっていることに気が付いたのだろう。

 

 テア

「あぁ、今日はミーナの誕生日だからな。シュペーの甲板で誕生日パーティだ」

 

 宇田

「あ、そっちも誕生日パーティだったんですね」

 

 テアとメグミが会話を続けている中、私はメグミの言葉が気になった。

 メグミが「そっちも」と言ってきたことだ。

 私は思わずメグミたちに真意を尋ねる。

 

 ミーナ

「なぁ、そっち「も」と言っておったが、そもそも航海科組で集まって何をしとるんだ?」

 

 その質問に答えたのは、マユミだった。

 

 内田

「あぁ、これはサトちゃんの誕生日パーティですよ」

 

 ミーナ

「……なに?」

 

 私はマユミの言葉に身に覚えのないようであるような感覚に襲われた、

 はて、今日はサトコの誕生日であっただろうか?

 そういえば、サトコと以前誕生日について話していたような気がする。

 

 ミーナ

「ちょっと待て、今日はサトコの、誕生日なのか?」

 

 勝田

「そうぞな。ミーナさんが晴風に乗っていた時に「ウチと誕生日いっしょぞな」って二人で盛り上がってたぞな。忘れたぞな?」

 

 サトコの言葉で、私ははっきりと当時のことを思い出した。

 私とサトコは偶然にも誕生日が同じであり、そのことをお互い知った時にとても盛り上がった。

 そして、どうせなら今年は一緒に誕生日を祝い合いたい、という話を持ちかけられていたのだった。

 そんな大事なことを忘れていたこと思い出した私は、一気に後悔の念があふれ出てきた。

 

 ミーナ

「しまったああああああ! ワシとしたことが!!」

 

 レターナ

「なんだよミーナ。大事な友達の誕生日を忘れてちゃってたの? しかも自分と同じ日の人をさ」

 

 テア

「そうだな。サトコは晴風の乗員、我々の恩人だぞ。そんな人の大事な日を忘れるとは、あってはならん事だぞ、ミーナ」

 

 レターナとテアから厳しい言葉が返ってきた。

 しかし、私には二人の言葉に反論することなど当然できる立場ではなかった。

 

 ミーナ

「うぅ、ワシとしたことが。面目次第もない……。すまない、サトコ」

 

 私は素直にサトコに謝った。

 しかし、画面に映るサトコの表情は、普段の彼女と同じさばさばとした笑顔であった。

 

 勝田

「ミーナさん、ウチは全然気にしとらんぞな。せっかく二人揃っての誕生日ぞな。そんな辛そうな顔なんてしてないで、一緒に楽しむぞな!」

 

 サトコはいつどんな時、どんな相手でもその明るい性格でみんなを笑顔にしてくれる。

 それがサトコのとても良いところであると、私は改めて思った

 

 宇田

「そうだよ、ミーナさん。そうだ! せっかくお互い誕生日パーティやっているんだから、このまま一緒に誕生日パーティやろうよ」

 

 山下

「いいねー。一緒に盛り上がればもっと楽しいよ」

 

 内田

「うん、やろうやろう!」

 

 サトコの言葉につられて、メグミから私たちと晴風航海科の合同誕生日会の話が持ち上がってきた。

 ヒデコとマユミはメグミの案にノリノリといった様子だ。

 隣にいるレターナを見ると、彼女も同じ気持ちのようでウズウズしていた。

 私はテアにさりげなく視線を送ると、テアはすぐに応えてくれた。

 

 テア

「こちらも問題ないぞ。レターナ、みんなにこのことを伝えてきてくれ」

 

 レターナ

「了解でっす! テア艦長」

 

 テアの許可が下りたことで、レターナはものすごいスピードでパーティ会場の方へ走っていった。

 私はこの時、自分はなんて幸せ者だろうと思っていた。

 遠く離れた場所にいる、国の違う者から誕生日を祝ってもらえるなど、幸せ以外に何と表現できるだろう。

 私はこの気持ちを言葉に乗せて伝えることにした。

 

 ミーナ

「みんな……、ありがとう。わしはこの手厚い待遇に、ド感謝するぞ!」

 

 勝田

「あははは! ミーナさん、それ晴風での歓迎会で言ってたのと同じぞな」

 

 サトコの言う通り、私が晴風に乗艦して間もない頃に晴風のみんなに対して同じようなことを言っていた。

 あれからもう半年、その気持ちは今でも色あせることなく私の中で残っている。

 

 ミーナ

「な、なんじゃい。これしか思い浮かばなかったんじゃ。文句あるか?」

 

 勝田

「あるわけないぞな。さぁみんな、これからもっと盛り上がっていくぞなー!」

 

 宇田、八木、山下、内田

「おー!」

 

 野間

「うん」

 

 ミーナ

「テア、こうなったら私たちも精一杯盛り上がろう!」

 

 テア

「ああ、サトコとミーナに最大限の祝福を送ろうじゃないか」

 

 

 その後、パーティ会場に戻った私たちはサトコたちと共に画面越しで合同誕生会が始まり、パーティはさらに盛り上がった。

 途中、うちのクラスに少なからずいるマチコが大好きな者たち、通称マッチファンクラブが、マチコとの久しぶりの再会にヒートアップしすぎて暴走するというハプニングもあったが、合同誕生会は大成功であった。

 

 遠く海を隔てて出会った同じ誕生日の仲間、私はその出会いをずっと大切にしていきたい。

 この星に、この世界に生まれたことに、私はド感謝する!

 そして、これからも私の長い航海はまだ続いていく。

 さらなる新たな出会いを求めて。




二話分纏めての後書きです。

サトちゃん編とミーちゃん編で後半それぞれのサイドから話を進めるということに挑戦してみたのですが、いかがだったでしょうか?
せっかく二人一緒の誕生日なので、ちょっと洒落たことしてみようと思い立った結果、こういう構成になりました。

オープニングから二人同時誕生日という10月ですが、まだまだ誕生日ラッシュは続きます。
次は10月12日のりっちゃん(松永理都子)のお誕生日に投稿予定です。
次回もよろしくお願いいたします。



さて、ここからは先週9月24日に開催された「横須賀赤道祭2016」の感想を思うままつづっていこうと思います。

私は夜の部の方に参加してきました。
当日は朝8時半に横須賀入りして物販を買い漁り、雨の降る中横須賀の街を歩き回って、午後5時から夜の部が開始されました。

とても一言では表現しきれませんが、あえて言うなら、最高!!でしたね!
私の席は最前列から3列目くらいのとこだったので、出演者の皆さんの顔を間近で見ることができたので、これだけでも大興奮でした。
イベントの内容は、はいふりに関するクイズや、昔タ●リさんがお昼にやっていた番組みたいなことをやったり、Trysailと春奈るなさんによるOPED曲の生ライブといろんな企画が盛りだくさんでした。

今回、五十六役の鶴岡さんがイベントの司会を担当されていましたが、これが絶妙に上手かった。
円盤の特典映像見てる方にはわかると思います。アレがさらにパワーアップした感じでした。本当に司会うまかったです。

約2時間ちょっとのイベントはあっという間に終わってしまい、最後には円盤1巻で発表されていたココちゃんのOVAの続報が発表されました。
てっきり円盤の特典映像についてくるものだと思っていましたが、まさかの1本の作品として世に出してくれるという嬉しいお知らせでした。
アニメ二期の発表も期待していたので、それがなかったのは残念でしたが、まだまだはいふり熱は収まることはなさそうです。

今後も微力ながら作品投稿という形で自分もはいふりを応援していければと思います。


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特別編⑧ 温泉でハッピー!

Happy Birthday!! りっちゃん!

皆様、ご無沙汰しています。

本日10月12日は、晴風の第一魚雷発射管担当の松永理都子ちゃん、りっちゃんの誕生日でございます!

アニメでは同じく魚雷発射管担当で幼馴染のかよちゃんといつも一緒で、二人してゆるふわな雰囲気を醸し出しているのがすごく可愛いです!
一方、母が元プロボウラーで自身もボウリング達人級と結構やる子です。
そしてなんと、実家が老舗温泉旅館ということが判明しております。
(※出身地の群馬県吾妻郡にはかの有名な草津温泉があります)

今回はそんなりっちゃんのお話です。

それでは、どうぞ!


 2016年10月8日午後5時

 

 -理都子side.-

 

 西崎

「おー! まさに古き良き旅館って感じ! 楽しみだね、タマ!」

 

 立石

「うぃ!」

 

 松永

「さーさー、みんな上がってよー」

 

 ここは群馬県にある私の実家の温泉旅館「松永館(しょうえいかん)」。

 温泉大国と呼ばれる群馬県の中で、うちの実家は結構古くからやっている老舗旅館の一つだ。

 そして今日からの三連休、私は砲雷科のみんなをうちの旅館に招待してお泊り会をすることになった。

 

 宗谷

「松永さん、本当によかったのか? ご実家とはいえ、こんなに立派なところに2泊もさせてもらって」

 

 松永

「副長、気にしなくていいんだよ。うちの家族や仲居さんたちにもみんなを紹介したかったし、むしろ大歓迎だよー」

 

 姫路

「副長は気にしすぎなんだよ~。私なんて小さい時からりっちゃんのおうちによく泊まってるよ~」

 

 小笠原

「かよちゃんの場合は、友達の家でのお泊り会的なノリな気がするけどね」

 

 日置

「ねーねー! そんなことより早く温泉行こうよ!」

 

 武田

「順子、慌てなくたって温泉は逃げないってば」

 

 万里小路

「ふふ、楽しみですね」

 

 みんなのテンションも上がってきたようだ。

 私はみんなを引き連れて旅館の入り口をくぐった。

 

 

 

 松永

「ここがみんなで泊まる部屋だよー」

 

 西崎、小笠原、日置

「おおー!」

 

 私は今日からみんなに泊まってもらう大部屋へ案内した。

 オラオラ組(じゅんちゃん命名)が部屋に入って大はしゃぎしている様子を見て、満足してもらえたことを私は密かに喜んでいた。

 そしてみんなは部屋の隅の方に荷物を置き、畳の上で寝そべったり着替えを取り出したりしている。

 

 松永

「さてー、みんなこれからどうする? 温泉にする? それとも夕飯にする?」

 

 姫路

「あ、りっちゃんその前に一ついいかな~?」

 

 この後どうするかを尋ねようとした時、かよちゃんが私に声をかけてきた。

 すると、かよちゃんの言葉を待っていたかのように他のみんなが私の元へ駆け寄ってきた。

 

 松永

「あれ? みんなどうしたの?」

 

 姫路

「それじゃみんな~、せ~の~」

 

 

 姫路、西崎、小笠原、武田、日置

「りっちゃん、お誕生日おめでとー!」

 

 宗谷

「おめでとう」

 

 立石

「おめ、でと」

 

 万里小路

「おめでとうございます」

 

 松永

「ふぇ!? ええええ!?」

 

 みんなの口から出てきたのは、私の誕生日を祝う言葉。

 突然の不意打ちに私は変な声を出してしまった。

 しかし私の誕生日は10月12日、まだ4日も先のはずだ。

 親友のかよちゃんが間違えるとは考えられない。

 

 西崎

「本当は12日にお祝いしたかったんだけどさ、平日だから大々的にお祝いできないじゃん? そんな時にりっちゃんからお泊り会のお誘いが来たから、ちょっと早いけどお誕生日祝いしようってことになったんだ」

 

 姫路

「ちなみに立案したのは副長だよ~」

 

 宗谷

「ま、松永さんには訓練や航海演習でいつも世話になっているからな。そのお返しだよ」

 

 副長が照れくさそうに教えてくれた。

 みんな、私の誕生日を覚えていてくれていたようだ。

 

 松永

「みんな、ありがとー! すっごく嬉しいよ」

 

 今まではかよちゃんや家族、旅館で働く仲居さんたちに誕生日を祝ってもらったことはあった。

 今年は実家での誕生日会を諦めていたが、こんなサプライズという形で晴風クラスのみんなにお祝いしてもらえた。

 それがとても嬉しかった。

 

 松永

「よーし! お返しに今からお母さんに頼んでお料理一杯用意してもらうよう頼んでくるよー」

 

 西崎

「やったー! おいしいご飯が一杯食べられる!」

 

 立石

「ご、は、ん!!」

 

 宗谷

「お、おい、そんなこと急に決めて大丈夫なのか?」

 

 万里小路

「もしお金が足りないようでしたら、私がお出しいたしますよ?」

 

 宗谷

「万里小路さん、そういう問題じゃなくてだな――」

 

 小笠原

「副長、せっかくりっちゃんからのおもてなしなんだから、細かいことは気にしないで思い切り楽しもうよ」

 

 ひかりちゃんの言う通り、今日から3日間みんなには楽しんでほしい。

 それがみんなをここに連れてきた一番の理由なのだから。

 

 松永

「それじゃ、ご飯までもう少し時間かかるだろうから、先にお風呂にいきましょー」

 

 日置

「やったー! 温泉温泉!」

 

 ということで、まずはみんなにうちの旅館自慢のお風呂に案内することになった。

 

 

 

 うちの旅館は地元群馬の山の幸をメインとしたお料理や、お客様へのきめ細やかなおもてなしなど、たくさん誇れることあるが、その中でも一番の自慢はなんといっても温泉だろう。

 旅館裏の山にある源泉から引っ張ってきた源泉かけ流しで、疲労や腰痛、さらには美容にも効果のあるなど、お客様にも大変満足いただいている。

 今日は特別に1時間だけお風呂を貸切にしてもらって、私たち9人だけで温泉を満喫してもらうことにした。

 

 西崎

「はぁ~、ほんのり色づき始めた秋の山を見ながらの露天風呂、最高だねぇ~」

 

 立石

「ごく、らく」

 

 宗谷

「あぁ、とても気持ちいい」

 

 露天風呂でのみんなの様子を見るに、満足してもらえたようでなによりだ。

 

 万里小路

「ほんとうにいいお湯ですわ。松永さん、今度はお父様たちとまた宿泊させていただきますね」

 

 小笠原

「お客さんが増えるよ! やったねりっちゃん!」

 

 武田

「おいばか、やめろ……って、別にいいんだった」

 

 日置

「ひかりちゃん、そのネタはダメだよ……」

 

 じゅんちゃんの言うネタというのはよくわからないけど、万里小路さんのお目にかかったのなら、これから中部地方からのお客様がすごく増えそうな予感がする。

 

 こんな風に楽しくお風呂に入っていると、今ここにいる砲雷科のみんなが、私の中で特別な存在なのだと改めて思う。

 晴風クラスに入ってすぐの航海演習でRATt騒動に巻き込まれ、その時に数多くの戦闘で共に頑張ってピンチを乗り越えてきた。

 演習から無事に戻ってきてからも騒動に絡んだ出来事が色々続いて、その度に協力し合って頑張ってきた。

 副長、水雷長、砲術長、ひかりちゃん、みっちん、じゅんちゃん、万里小路さんとは出会ってまだ半年しか経ってないけど、みんなと仲良くなれてよかったと心から思っている。

 そしてもう一人、誰よりも大切な親友もここにいる。

 

 姫路

「りっちゃ~ん、隣いいかな~?」

 

 松永

「もちろんだよー、かよちゃん」

 

 かよちゃんとは幼い頃、親がやっていたボウリングを通じて出会った。

 それから事あるごとに家族同士の交流で出会うため、自然と仲良くなった。

 そして今は二人とも横須賀女子の水雷科を受験して、同じクラスに配属されている。

 私の人生はかよちゃんと共に歩んでいると言ってもいいだろう。

 

 姫路

「りっちゃん、みんなをここに連れてこられてよかったね」

 

 松永

「そうだねー。今度は晴風クラスのみんなも、ヤマトさんとムサシちゃんも、全員を招待したいねー」

 

 姫路

「なんだか、修学旅行みたいだね~。校長先生に頼んで修学旅行ここにしてもらう?」

 

 松永

「それもいいかもねー」

 

 二人揃って冗談なのか本気なのかわからない話で盛り上がる。

 私とかよちゃんはいつもこんな感じだが、この雰囲気が私にはとても落ち着ける。

 

 松永

「それと、かよちゃんありがとう。誕生日のお祝い、本当はかよちゃんが言いだしっぺでしょ?」

 

 姫路

「はて、何のことかな~? さっきも言ったけど、発案は副長だよ?」

 

 松永

「またまたー。でも、みんなにいっぱいお祝いされてほんとに嬉しかったよ。ありがとうね、かよちゃん」

 

 私が感謝の言葉を述べると、かよちゃんからお返しの言葉が返ってきた。

 

 姫路

「りっちゃん、それは私もだよ。砲雷科のみんなと一緒にりっちゃん家の旅館でお泊り会できるなんて思ってなかったよ。ありがとね」

 

 松永

「うー、かよちゃんに改めて言われるとちょっと恥ずかしいかなー」

 

 口では恥ずかしいと言っているが、本当は喜んでもらえてすごく嬉しい。

 私は今、とても満ち足りた気分になっている。

 

 松永

「さーて、そろそろ夕飯も出来上がる頃かな。かよちゃん、いこう」

 

 姫路

「そうだね、りっちゃん」

 

 

 

 山だらけの町に生まれて、実家の跡取りを期待されながらも、小さい頃に憧れていた海の仕事に就くことを夢見て入学した横須賀女子海洋学校。

 最初は大変なことに巻き込まれちゃったけど、あの事件があったからこそ今こうしてみんなと一緒に過ごせることがとても大切に思えるようになった。

 これからもかよちゃんと砲雷科、そして晴風クラスのみんなと一緒に大きな波を超えていこう。

 

 もし航海で疲れちゃったら、うちの旅館でゆっくりしていってね。

 いつでも大歓迎だよ!



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特別編⑨ デートでハッピー!

Happy Birthday! ミミちゃん!!

約10日ぶりでございます。

10月のはいふりキャラ誕生日ラッシュもいよいよ後半戦突入。
そのトップバッターを務めるのは、本日10月23日が誕生日!
晴風のお財布の守護神、主計長の等松美海ちゃんです!

そしてミミちゃんといえば、マッチ大好きでお馴染みですよね。

今回のお話は、そんなミミちゃんとマッチのお話です。

それでは、どうぞ!


 2016年10月23日午前9時30分

 

 -美海side.-

 

 等松

≪や、やばい。今になってめちゃ緊張してきた≫

 

 私、等松美海は横須賀女子海洋学校の学生寮の門の前である人と待ち合わせをしている。

 待ち合わせ時間は10時なのだが、絶対遅れてはいけないと思って9時から門の前にいたので、すでに30分ここで待っている。

 

 すると、学生寮の扉が開き一人の女学生が現れた。

 彼女の格好は、白のシャツに黒のパンツ、頭には男物の帽子をかぶっており、遠目から見たら男子のような容姿だ。

 その人は門を出ると、私に声をかけてきた。

 

 野間

「等松さん、おはよう」

 

 等松

「お、おはよう、マッチ」

 

 その人こそが私の待ち人であり、大好きな人であるマッチこと野間マチコさん。

 そして今日、私はマッチとデートする約束をしたのだ。

 

 野間

「待ち合わせは10時だったと記憶してたけど、もしかして間違ってた?」

 

 等松

「いやいやいや! 私が早く来ちゃっただけだよ!」

 

 野間

「そっか」

 

 マッチは普段通りのそっけない返事を返す。

 私と違って、まるで緊張した様子を全く見せていない。

 これでは私が一人で暴走しているだけではないかと思い直し、大きく深呼吸をしてみた。

 

 等松

「んー、よしっ! それじゃ行こうか、マッチ」

 

 野間

「うん。今日はいっぱいエスコートするから、任せて」

 

 こうして、私とマッチのデートが始まった。

 

 

 

 そもそもどうして私とマッチがデートをすることになったのか?

 事の始まりは3日前の出来事だった。

 

 授業も終わり、放課後の教室で私はクラスの友人であるモモちゃんと話をしていた。

 

 青木

「ミミちゃん、そういえばもうすぐ誕生日っすよね?」

 

 等松

「うん、10月23日。今度の日曜日だよ」

 

 丁度私は3日後に16歳の誕生日を迎える直前だった。

 すでにクラスの皆からもちょくちょく話題にされており、晴風艦長の岬さんに至っては私へのプレゼントをどうするかをすでに考え始めていた。

 

 青木

「ちなみに、ミミちゃんはどんな誕生日プレゼントが欲しいっすか?」

 

 等松

「うーん、そうだねぇ」

 

 その時、私の脳裏に一つの妙案が浮かんだ。

 

 等松

「マッチとお誕生日デートとかしてみたいなぁ」

 

 青木

「おおっ、ミミちゃん抜け駆けっすか?」

 

 等松

「だってぇ、マッチと知り合って初めて迎える誕生日だよ? 一緒に過ごしたいと思うのは当然じゃん?」

 

 青木

「そういうことをさらっと言えちゃうのが、ミミちゃんのすごいとこっす」

 

 この時は自分でも大胆なことを言っている自覚はあったが、今では軽率であったと思う。

 何せ話している場所がクラスの教室なのだ。

 そこに当の本人がいることがあってもおかしくなかった。

 

 野間

「等松さん、私と誕生日にデートしたいの?」

 

 等松

「……え?」

 

 私の真後ろに、話題のマッチがいた。

 この時ほど、直前の自分の発言を悔いたことはなかった。

 もうマッチにドン引きされたかもしれない、そう思っていたが、マッチから返ってきた言葉は意外なものだった。

 

 野間

「うん、いいよ。日曜日だよね。予定あけておくよ」

 

 等松

「……え??」

 

 私はマッチの言葉に耳を疑った。

 マッチの方から私にデートしようと言ってきたのだ。

 これまで私の方からマッチへ一方的にアタックしまくってきたが、マッチから私へのお誘いというのは一度もなかった。

 

 野間

「それじゃ、等松さん。日曜日の予定決まったらまた連絡するね」

 

 等松

「う、うん。ばいばいマッチ」

 

 青木

「……なんか、突然の展開にモモはついていけないっす……」

 

 

 

 こんなことがあって決まった今回のデート。

 学校を出た私たちは歩いて10分ほどの場所にある横須賀市街に到着していた。

 最初は混乱したし、待ち合わせの時は緊張しまくっていたが、いざ始まってしまうと普段通りのノリで会話できるようになっていた。

 

 等松

「ねぇねぇマッチ? どこ行こうか? 私はマッチが行きたいところならどこでも行くよ」

 

 いつものように積極的にマッチにアタックをしていく。

 でもマッチはスマホで何かを確認しているらしく、私のアタックはいつも通り流された。

 

 野間

「あ、ここだ。ごめん等松さん、待たせちゃったね」

 

 等松

「マッチ、何調べてたの?」

 

 するとマッチは、私たちが歩いている通りの反対側を指差した。

 その先を見ると、古そうな看板を掲げたアクセサリーショップがあった。

 

 等松

「アクセショップ?」

 

 野間

「勝田さんに教えてもらったところなんけど、行ってみる?」

 

 等松

「もちろん! 行こうよ、マッチ!」

 

 私はマッチの手を引っ張って、アクセサリーショップの中へと入った。

 

 店内は外の看板同様、少し古臭い感じの雰囲気があり、棚や机には所狭しと商品のアクセサリーが並んでいる。

 私は店内のあちこちに視線を移しながら、アクセサリーを見定めていく。

 

 等松

「なんかどれもいい感じで迷っちゃうなぁ。マッチは何か見つけた?」

 

 野間

「私普段アクセサリーとか全然しないから、等松さんが好きなのを選んでいいよ」

 

 等松

「えー、マッチもったいないよ! うーんと……」

 

 私はさらに店内を回る。

 すると、あるイヤリングが私の目に留まった。

 そのイヤリングは所謂カップル用ので、黄色と青色の小さなガラス玉をあしらったものだった。

 その美しさに目を奪われた私はイヤリングに手を伸ばそうとしたが、すぐに手を引っ込めた。

 いくら私がマッチを大好きだからと言って、マッチの気持ちを無視してペアルックのものを買うのは気が引けてしまった。

 私はイヤリングを諦めて他を探そうとした。

 その時だった。

 

 野間

「あ、これ……」

 

 マッチがそのイヤリングに気づき、すぐに手に取っていた。

 メガネを外して目を細めながら、真剣にイヤリングを見つめているマッチ。

 普段マッチと仲良くしているサトちゃんとかは、マッチがメガネを外すとちょっと怖いって言うけど、私はそうは思わなかった。

 そういう面も含めて、私はマッチが大好きなんだろう。

 

 野間

「うん、これかな? 等松さん、これどうかな?」

 

 等松

「え? でもそれカップル用だよ? 私、彼氏とかいないし――」

 

 野間

「ううん、私と等松さんとで分けてつけたいって思ったんだけど」

 

 私はマッチから出た意外な言葉に一瞬戸惑ってしまった。

 マッチが、私とペアのイヤリングをつけたい、そう言ってくれた。

 嬉しさと驚きが同時に溢れてきて、私はただ思うままこう口にした。

 

 等松

「じゃあ、それでいい。ううん、それがいい、かな」

 

 野間

「それじゃ、これにしようか」

 

 そういうとマッチはイヤリングを手にしてレジの方へ向かっていった。

 私はただ、その様子を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 その後、なんとか立ち直った私はマッチのリードでデートを楽しんだ。

 良い感じのお店でお昼したり、ゲーセンでガンシューティングしたり(ほとんどマッチが全部倒していた)、カフェで色々お話したり。

 プランはほとんどマッチが自分で考えいたようで、私はマッチとの楽しい時を存分に味わうことができた。

 

 そして、気づいたら太陽がもうすぐ沈む時間になっていた。

 私とマッチは学生寮への帰路についていた。

 もうすぐこの時間も終わってしまうと思うと寂しくなるが、これ以上求めるのは欲張りだと思うくらい私は充実していた。

 だが同時に、私にはどうしてもマッチに聞いておきたいことがあった。

 私はさりげなく、マッチに聞いてみた。

 

 等松

「ねぇ、マッチ? どうして今日は私とデートしてくれたの?」

 

 教室で軽い気持ちで出してしまった本音を、マッチは受け止めてくれた。

 普段のマッチならこんなことをするとは思えなかったので、私は気になっていた。

 そして、マッチは静かに話し始めた。

 

 野間

「私ってあんまり人と話すことが苦手で、出会ってすぐの頃は興味本位で近づいてきてくれる人も多いんだけど、ある程度経ったらみんな離れていくんだ。横須賀女子に入ってからもそう。他のクラスの子たちが寄ってきていたのは、あの事件があってから1か月くらいだけ」

 

 あの事件、つまり私たちが乗る航洋艦晴風が初めての航海演習で巻き込まれたRATt騒動の後、学校ではマッチの活躍ぶりが話題になり他のクラスからマッチに言い寄る人がすごくいた時期があった。

 だが、それも一時的なもので1か月もしたらみんな興味をなくしていった。

 マッチは昔から同じような経験を何度もしてきたようだ。

 

 野間

「でも、晴風クラスの皆は違った。私が全然しゃべらなくても、積極的に声をかけてくれた。みんなが私なんかを気にかけてくれたんだ。そして、一番気にかけてくれたのが等松さん、君だよ。それが私には嬉しかったんだ」

 

 マッチが私の顔をしっかり見て、そう言った。

 確かに私は事件の後もずっとマッチに声をかけ続けていた。

 私が一方的に声をかけているだけで、もしかしたら迷惑してるんじゃないかと思っていたこともあったが、まさか嬉しいと言ってくれるとは思ってもいなかった。

 

 野間

「だから、その感謝を込めて今日のデートをOKしたんだ。等松さん、いつもありがとう」

 

 等松

「そ、そんな。私はただ、マッチとお話しできればって思っただけで」

 

 野間

「それでも、だよ」

 

 私はすごく嬉しかった。

 マッチから感謝されるなんて思わなかった。

 今日のデートで満たされていた充実感がさらに大きくなっていく。

 

 野間

「あ、もうすぐ寮だね」

 

 気が付くと、私たちは最初に待ち合わせをした学生寮の入り口に着いていた。

 するとマッチは、手にしていた袋からあるものを取り出した。

 あのペアのイヤリングだった。

 

 野間

「等松さん、耳貸して?」

 

 私は言われるまま、マッチに耳を差し出した。

 マッチは不慣れな手つきで苦戦しつつも、黄色のガラス玉が装飾されたイヤリングを私につけてくれた。

 私から離れると、そのまま自分の耳にもう一つの青色のガラス玉のイヤリングをつけた。

 私とマッチの耳のイヤリングは、学生寮から漏れる明かりで綺麗に輝いていた。

 

 野間

「等松さん、お誕生日おめでとう。今日はとても楽しかったよ。それじゃ、また明日」

 

 そういうと、マッチは学生寮の方へと歩いていく。

 私はマッチに向かって大きな声で言った。

 

 等松

「私の方こそ、今日はありがとう! こんなに素敵なイヤリングまでつけてもらって、デートもしてもらって、すごく嬉しかった! また、明日学校で!」

 

 私の言葉に、マッチは小さく手を振りながら寮の中へと消えていった。

 

 私は嬉しくてしばらくその場で立ち尽くしていた。

 そしてマッチがつけてくれたイヤリングに手を添える。

 これはマッチから初めて貰ったプレゼント。

 そして、大切な絆の証。

 

 等松

「……よしっ! 帰ろうっと」

 

 一言だけつぶやいて、私は寮へと歩みを進めた。

 

 

 

 翌日からしばらく、私とマッチはペアのイヤリングをして学校に登校した。

 二人ともクラスの皆から質問攻めにあったが、マッチはいつもの調子で話を流していた。

 そして、私もマッチから買ってもらったことは隠して、自分がマッチと合わせたのだとウソの釈明をした。

 

 入学試験の時に運命的な出会いをして、入学して同じクラスになれて、今でも想い続けている大好きなマッチ。

 これからも、私はマッチにアタックしていく。

 もっともっと、マッチと仲良くなるために。

 



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特別編⑩ 三人娘でハッピー!

Happy Birthday! ヒカリちゃん!!

ミミちゃん誕生日から2日ぶりでございます。
中一日で誕生日が続くとなかなかしんどいですね(- -;

本日10月25日は、ヒカリちゃんこと小笠原光ちゃんの誕生日です!
晴風では主砲照準担当、射撃指揮所で頑張ってましたね。
そして何と言っても、同じく主砲担当のみっちんとじゅんちゃんと合わせて
射撃三人娘(勝手に命名)でいつも一緒!

今回はタイトル通りそんな三人娘のお話です。

それでは、どうぞ!


 2016年10月25日午後3時半

 

 -光side.-

 

 つい先ほど学校の授業も終わって、クラスの皆がそれぞれの放課後タイムを満喫している今日この頃。

 私、小笠原光が帰る準備をしていたところ、一人のクラスメイトが私の席に近づいてきた。

 

 日置

「ヒカリちゃん、ハッピバー! お誕生日おめでと!」

 

 私に話しかけてきたのは、晴風クラスの親友であり同じ砲雷科で主砲を担当している大切な友達、じゅんちゃんこと日置順子ちゃんだ。

 そして彼女の言った通り、今日10月25日は私の誕生日だ。

 じゅんちゃんの左手を見ると、小さな箱が握られていた。

 

 日置

「はいこれ、誕生日プレゼントだよ」

 

 小笠原

「じゅんちゃんありがとう! 何かな何かな? すっごく気になるな」

 

 日置

「それは開けてからのお楽しみ! きっとヒカリちゃんがバキュンと驚くものだよ」

 

 じゅんちゃんはいつもの口癖で盛り上げてくれた。

 私は箱を開けようと装飾のリボンに手をかけようとした。

 その時、じゅんちゃんとは別の声が私にかけられる。

 

 武田

「ひかり、そんなに慌てなくてもいいんじゃない?」

 

 小笠原

「あ、みっちん」

 

 彼女はみっちんこと武田美千留ちゃん。

 私と同じ山梨出身で中学時代の頃からの知り合いだ。

 そして私とじゅんちゃんと同じく砲雷科で晴風の主砲を担当している。

 

 武田

「これからランワン行くんでしょ? 早く行こうよ。あとこれ、私からのプレゼントね」

 

 みっちんは急かしつつも、机の上に私へのプレゼントを置く。

 みっちんの言った通り、今日は放課後に3人で総合スポーツ施設のランワンに行こうと約束していた。

 

 日置

「さらっとプレゼント渡していくねぇ。みっちんらしいや」

 

 小笠原

「みっちんありがと。プレゼントは帰ってから開けるよ。それじゃ、ランワンへレッツゴー!」

 

 武田、日置

「おー!」

 

 

 

 学校から歩いて20分くらいの場所にあるランワン横須賀海上店。

 ランワンは日本全国にチェーン展開しておち、総合スポーツ施設と名乗るだけあってサッカーやテニス、バスケットボール、ボウリングはもちろん、ダーツやビリヤード、カラオケなどのアミューズメントも兼ね備えている。

 1日中遊んでも飽きないバリエーションの多さから、10代20代の学生を中心とした客層に大人気の施設となっている。

 横須賀海上店は日本全国のランワンの中でも特に規模が大きく、今日も平日にも関わらず大勢のお客さんでいっぱいだった。

 

 私たち3人はエントランスで入館手続きを済ませ、アミューズメントエリアへと向かっている。

 

 日置

「このお誕生日でもらえるグッズ、ずーっと欲しかったんだよね!」

 

 武田

「もう、順子正直すぎ」

 

 小笠原

「いいよいいよ。私もこれ欲しかったし」

 

 じゅんちゃんはお誕生日の人がいる時にもらえるキャラクター付きのストラップが欲しかったようだ。

 ちょっとキモい感じが逆に若者にウケたようで、私も密かに欲しいと思っていた一品だ。

 ストラップの話をしているうちに、私たちはアミューズメントエリアに到着した。

 

 日置

「何から遊ぶ? 私は何でもいいよー」

 

 武田

「じゃあ、最初はひかりに決めてもらおうよ。何がいい?」

 

 小笠原

「それじゃ、ダーツやろう! ルールはもちろんカウントアップで」

 

 私はダーツコーナーを指差した。

 ダーツは小さい頃からやっている得意な遊びだ。

 カウントアップとは数あるダーツのルールの中で最もシンプルな合計得点を競うもので、ダーツの実力がはっきりと結果に表れるものだ。

 

 武田

「やっぱりダーツだよね。ひかりならそう言うと思ってた」

 

 日置

「ひかりちゃん、今日は負けないからね!」

 

 小笠原

「なんの! まだまだ2人に負けるわけにはいかないかな!」

 

 早速空いている台を借りて、ゲームを始めることにした。

 

 ダーツのカウントアップは1ラウンドに3本の矢を投げ、それを8ラウンド、つまり24回の投擲が行われる。

 初心者の人がカウントアップを行った場合、その平均得点は400くらいだと言われている。

 だけど私たち3人は晴風の主砲を担当する砲術科、全員がダーツの腕にはかなり自信がある方だ。

 ゲームはすでに7ラウンドを終え、現在の得点はこうなっている。

 

 1位:小笠原 904

 2位:武田  812

3位:日置  806

 

 いよいよこれから最後の8ラウンドの投擲、最初は私からだ。

 

 小笠原

≪二人と100点くらい差があるし、ここは着実にいこうかな≫

 

 狙うは的の中心部分、ブルと呼ばれるところ。

 無駄な力を抜き、右手の矢を自然な動作で的に向けて投げた。

 矢はまっすぐ飛び、ブルに吸い込まれるように刺さった。

 これで得点は50点加算される。

 

 小笠原

「よっし! いい感じいい感じ」

 

 日置

「うわー、これもう逆転厳しいよ~ みっちんどうしよう」

 

 武田

「まぁ、ひかりにダーツさせたらこうなるよね」

 

 みっちんとじゅんちゃんはすでに諦めムードだが、それでも投擲を続ける。

 すると、じゅんちゃんがミラクルプレイを見せる

 

 日置

「やった! 20点のトリプルだ!!」

 

 武田

「げ!? やばい、このままだと順子にも負けちゃう」

 

 慌てたみっちんはじゅんちゃんと同じ20点のトリプルを狙うが、矢は無情にも逸れてしまい、5点のシングルに刺さってしまった。

 

 武田

「しまった! やっちゃった……」

 

 小笠原

「みっちん、慌てちゃ当たるものも当らないよ」

 

 武田

「全くだね。でも、最後まで頑張るよ」

 

 その後の2回の投擲でも私は安定してブルに命中させてゲームを終えた。

 最終結果はこのようになった。

 

 1位:小笠原 1054

 2位:日置  929

 3位:武田  917

 

 小笠原

「いえーい! 私の勝ちだね」

 

 日置

「やっぱヒカリちゃん強いなー。結構腕上げてきたつもりだったんだけど」

 

 武田

「ひかりは年季が違うからね。10年くらいは先輩なわけだし」

 

 小笠原

「でも二人とも最初にやった時よりかなり上達したよね。私もそろそろ危なくなってきたよ」

 

 実際にみっちんもじゅんちゃんも回数を重ねていく毎に着実に腕を上げてきている。

 

 武田

「いやいや、1000点の壁が高いんだってば。でもいつか絶対超えてやるけどね」

 

 日置

「私もまだ超えたことないんだよね。まずはそこが目標だね」

 

 二人とも向上心が高くて、上達も早いから私もいつかは負けちゃうかもしれないと思い始めている。

 でも、もうしばらくはダーツのトップは譲らないつもりだ。

 

 小笠原

「それじゃ、次はみっちんがやりたいゲームやろう? 何にしようか?」

 

 武田

「んー、それじゃビリヤードで」

 

 日置

「よーし! バキュンと楽しんじゃうよ!!」

 

 

 

 私たちは時間が許す限りランワンで遊び回った。

 みっちんはやっぱりビリヤードはすごく強かったし、じゅんちゃんはバスケのフリースロー勝負でパーフェクトを記録した。

 さらに普段はあまりやらないカラオケもやったら、みっちんがかなり歌が上手くて、

じゅんちゃんと二人で驚いたりもした。

 

 そして存分に遊び尽くした私たちは学生寮への帰路についている。

 

 日置

「いやー、今日も遊んだ遊んだ」

 

 武田

「でも結局、普段と大して変わらない感じになっちゃったね」

 

 小笠原

「楽しかったら何でもOK! 誕生日だからとか抜きで、楽しければ私はそれでいいよ。二人とも、今日はありがとう!」

 

 この言葉は私の本心。

 私はこの三人で一緒にいることが本当に大好きなのだ。

 みっちんとは中学から、じゅんちゃんとは高校に入ってからの関係だが、その絆は並大抵の固さじゃない。

 あの初めての航海演習で、私たち三人は晴風の主砲担当として多くの戦いで一緒になって頑張った。

 そして絆は、事件から半年を経てさらに強くなった。

 でも、やっぱりそのきっかけになったのはあの事件だ。

 

 小笠原

「私ね、二人と友達になれて本当によかった。だって今こんなに楽しいんだもん」

 

 武田

「えー? いきなりどうしたの、ひかり」

 

 小笠原

「ただ思ったことを言っただけだよ、みっちん」

 

 日置

「でも、私もヒカリちゃんとみっちんと友達になれてすっごく楽しいよ!」

 

 武田

「そ、それは私もだよ。私だって二人と友達でよかったって思ってるよ」

 

 なんだか三人して、恥ずかしい感じになってしまった。

 改めて二人からそう言われると照れてしまう。

 でも、すごく嬉しかった。

 私は、きっと今誰よりも幸せ者なんだろう。

 

 小笠原

「よーし! 帰ったら寮でパーティだよ! 二人とも忘れてないよね?」

 

 武田

「何言ってるの? 私も順子もちゃんと準備しているんだからね。覚悟しなさいよ、ひかり」

 

 日置

「ヒカリちゃんをさらにバキュンと驚かせてあげるんだからね!」

 

 小笠原

「言ってくれたね二人とも。期待値マックスで楽しみにしてるよ!」

 

 その後、私たち三人は寮までずっと笑いながら歩いていった。

 

 

 

 この三人の関係はいつまでも続く。

 この先、例え離れ離れになっても絆や関係は私たちが死ぬまでずっと残り続ける。

 そう確信できるくらい、私は二人が大好き!

 

 私たちは晴風砲撃三人娘!

 狙った目標は絶対外さない、最強無敵のトリオなんだから!

 あなたの心もバキュンと狙い撃ちしちゃうよ。



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特別編⑪ 四つ葉でハッピー!

Happy Birthday! リンちゃん!!

今週3度目の投稿です。

いよいよ10月はいふりキャラ誕生日ラッシュもラスト!

本日10月29日は、リンちゃんこと知床鈴ちゃんの誕生日です!

登場当初はずっと怯えてて頼りない感じでしたが、話が進むにつれてどんどん強くなって、最後はミケちゃんに次ぐ成長キャラになりましたね。
頑張っている印象が強い子だと自分は思います。

そして今回のお話は、いんたーばるっで仲の良さを見せたレオちゃんこと若狭麗緒ちゃんとのお話になります。
実は最近、レオ×リンにハマってしまいまして、その勢いで書きました。

それでは、どうぞ!


 2016年10月29日午前11時30分

 

 -鈴side.-

 

 古庄

「では、これで本日の習熟度確認試験を終了します。みんな、お疲れ様でした」

 

 古庄教官がそう言い終わると教室から退出していった。

 晴風クラスのみんなは、今日の授業が終わったので思い思いに過ごしている。

 

 今日は午前中だけの授業だったが、これまでの習熟度を確認する試験が1年生全クラスで実施された。

 私は航海科と機関科で行われる操艦実習に参加、指定された場所へ安全確実に素早く到達するという内容で試験を行った。

 私たち晴風クラスは途中で発生する様々なトラブルをなんとか切り抜け、無事に最後までやりきることができた。

 そして総合成績は、最優秀の武蔵クラスに次ぐ2番目の成績となった。

 

 試験を終えて少し疲れてしまった私は一度寮に戻ろうと、荷物を片づけていた。

 その時、一人の女の子に声をかけられた。

 

 若狭

「リンちゃん、おつかれー! 今日の試験、操艦バッチリだったね!」

 

 知床

「あ、レオちゃん。お疲れ様」

 

 制服の上にピンクのカーディガン、そして綺麗な金髪に四つ葉のクローバーの飾りのついたヘアバンドをした少女、若狭麗緒ちゃんだ。

 レオちゃんは機関科であるため、私と一緒に今回の試験を受けた。

 

 若狭

「今回は晴風が使えないせいで別の艦にされちゃったから、機関の調整が大変だったよー」

 

 知床

「でも、本番の時は機関室のみんながすごく頑張ってくれたおかげで、操艦しやすかったよ」

 

 若狭

「いやいや、これも機関長と航海長のリンちゃんのおかげだよ。ありがとね」

 

 私たち晴風クラスは航洋艦「晴風」が諸事情で使用できないことから、代わりに同じ高圧缶を持つ航洋艦「島風」に乗艦して実習に臨んだ。

 普段乗っている晴風とは勝手が違うことから、私は実習が始まる前のブリーフィングの時間を使って機関室を訪ね、機関の状態をいつも以上に念入りに確認させてもらった。

 そうすることで、操艦の際の微妙なコントロールをしやすくなり、結果として気難しい高圧缶をうまく動かすことができた。

 私にとっては普段からやっていることなので、特に感謝されるようなことではないと思っているが、レオちゃんにはありがたいことであったようだ。

 

 柳原

「おーい、レオちゃん! 突然行っちまったと思ったら、航海長と何を話してんだぃ?」

 

 黒木

「知床さん、今日はお疲れ様」

 

 すると、機関長のマロンちゃんをはじめとした機関室組の皆が私の元にやってきた。

 どうやらレオちゃんを探しにきたようだ。

 

 伊勢

「終わったらみんなでお昼しようって言ってたのに、急にいなくなっちゃうんだもん」

 

 若狭

「ゴメンゴメン。ちょっとリンちゃんに用があって」

 

 すると、広田さんが獲物を見つけたような目でレオちゃんと私を見つめる。

 

 広田

「ほうほう。知床さんに一体何の用事かなぁ、レオ?」

 

 知床

「ふぇっ!? ナ、ナニって……」

 

 駿河

「ねぇねぇ、ナニってなにー?」

 

 広田さんの言葉に変な想像を浮かべてしまい、思わず変な声が出てしまった。

 それにしても、レオちゃんの用事って一体何だろう?

 

 その時、教室に一際大きい声が響いた。

 

 岬

「みんな! 今日は夜にリンちゃんとクロちゃんの誕生日パーティやるから、忘れずに寮の食堂にきてね!」

 

 声の主は晴風クラスのリーダー、艦長の岬さんだった。

 岬さんの言った通り、今日が誕生日である私と3日後の11月1日に誕生日を迎える黒木さんの誕生日パーティが今夜開催される予定となっている。

 そのことをみんなに伝えると、岬さんは足早に教室から出て行ってしまった。

 きっと誕生日パーティの準備をしにいったのだろう。

 

 黒木

「もう、相変わらず慌ただしいんだから。祝ってもらうこっちが心配しちゃうよ」

 

 知床

「でもそこが岬さんのいいところだよね。私たちのために一生懸命になってくれるのは嬉しいな」

 

 黒木

「まぁ、そうだけどね」

 

 そう言いつつも、黒木さんはちょっと照れくさそうにしている。

 きっと本音はすごく嬉しいと思っているんだろうな。

 

 柳原

「なんでぃクロちゃん、随分嬉しそうなかおしてんじゃねぇか」

 

 黒木

「な!? べ、別にそんなことないってば!」

 

 柳原さんに痛いところを突かれて顔を真っ赤にして慌てる黒木さん。

 私や他の機関室組のみんなはそんな様子を見て思わず笑っていた。

 

 黒木

「あ、知床さんまで。マロン、変なこと言わないでよ」

 

 柳原

「別に変なことじゃねぇやぃ。クロちゃんを見て正直に言ったまででぃ」

 

 柳原さんと黒木さんの仲睦まじい様子を見て、私はすごく羨ましいと思っていた。

 横須賀女子海洋学校に入ってから、晴風クラスの皆はもちろん、最近では武蔵クラスなどの他の同級生の友達も増えてきて、今の学校生活に特に不満があるわけではない。

 だけど、少し何かが物足りないと感じているところがあるのも確かだった。

 今、柳原さんと黒木さんの様子を見ていると物足りなさをより強く感じている。

 でもそれをハッキリと言葉にすることはできずにいた。

 

 黒木

「ほら、はやくお昼食べに行こうよ。いつまでもここにいても仕方ないでしょ」

 

 広田

「あ、クロちゃんが逃げた」

 

 黒木

「こらそこ! 駄弁ってないで早く行くわよ!」

 

 からかわれることに耐えられなくなったのか、黒木さんがみんなを食堂へ連れて行こうとしていた。

 私も誕生日会まで特に予定もないので、一緒にお昼ご飯を食べようと思って席を立った。

 

 その時、突然レオちゃんが私の手を掴んできた。

 

 知床

「ふぇ!? れ、レオちゃん!!??」

 

 若狭

「ゴメンみんな。ちょっとリンちゃんと二人きりで用があるから、先に食堂行ってて」

 

 そういうとレオちゃんは私の手を引っ張って教室を出ようとする。

 私は何が起きているのかわからず、ただレオちゃんに従うしかなかった。

 

 知床

「あ、だ、誰かたすけて~……」

 

 柳原

「え? ちょっと航海長? レオちゃん?」

 

 広田

「おーおー、二人きりとはお熱いことで」

 

 黒木

「何言ってんのよ。知床さんに限ってそんなことないでしょ」

 

 伊勢

「それ、レオちゃんにはあるってことなのかな……」

 

 駿河

「レオちゃんだけいいなー。私もリンちゃんと仲良くしたーい」

 

 残された5人が何か言っているようだったが、レオちゃんに引っ張られていったため、最後まで聞き取ることはできなかった。

 

 

 

 レオちゃんが私を連れて向かった先は、誰もいない校舎裏だった。

 そこで立ち止ったレオちゃんは私を校舎の壁にもたれかからせるようにして、私の正面に立ち、左手を校舎の壁について息を整えていた。

 その様子は傍から見るとまさに「壁ドン」そのものだった。

 

 知床

≪ええー! これって、まさか!!??≫

 

 私の混乱度合はさらに増していった。

 教室から連れ出され、校舎裏で壁ドンされているシチュエーション。

 私の頭には、恋愛ドラマのワンシーンを思い浮かべること以外できなかった。

 

 若狭

「リンちゃん……」

 

 息を整え終えたレオちゃんが私をじっと見つめて呟いた。

 暗くてよく見えないが、少し顔が赤くなっているように見えた。

 

 知床

「レ、レオちゃん……?」

 

 私、これから本当にレオちゃんに……。

 心臓に心拍数がどんどん上がっているのを感じる。

 あまりの緊張に、今すぐに逃げたいという考えが頭をよぎる。

 だが、私は逃げなかった。 いや、逃げられなかった。

 

 若狭

「……えと、その、ね……」

 

 いよいよその時がくるのか。

 私はそう覚悟した。

 

 若狭

「お、お誕生日おめでとう!!」

 

 知床

「……へ?」

 

 私は思わず呆然としてしまった。

 レオちゃんの口から飛び出したのは、私への告白の言葉ではなく、誕生日をおいわいするものだった。

 

 若狭

「あとこれ、私からの誕生日プレゼントね」

 

 レオちゃんはカバンの中から袋を取り出し、私に差し出した。

 私はその袋を受け取る。

 

 若狭

「どうしても誕生日会よりも先に渡したくって、でも教室だとみんなに見られちゃうから、こんなとこに連れてきちゃった。ゴメンね、リンちゃん」

 

 知床

「う、ううん。私は大丈夫だよ」

 

 知床

≪言えない、さっきまで告白されるって思っていたなんて、絶対言えないよぉ≫

 

 言葉では平静を装いつつも、心の中ではすごく動揺していた。

 レオちゃんは私の言葉を聞いて安心したのか、いつもの明るい笑顔に戻っていた。

 

 若狭

「よかったぁ。それじゃ私、先に行くね。誕生日会、楽しみにしててよね!」

 

 知床

「あ、レオちゃん!」

 

 食堂へと向かおうとするレオちゃんを私は呼び止める。

 

 知床

「プレゼントありがとう! 誕生日会でまたね!」

 

 若狭

「うん! それじゃーねー!」

 

 レオちゃんは私の言葉を聞いて笑顔を向けた後、足早に食堂へと向かっていった。

 

 一人残った私は、レオちゃんから貰ったプレゼントを早速開けてみることにした。

 可愛いラッピングが施された袋を開けてみると、そこには意外なものが入っていた。

 

 知床

「あ、これ。四つ葉の髪留めだ」

 

 中に入っていたのはレオちゃんのヘアバンドと同じ四つ葉のクローバーの意匠のついた髪留めだった。

 四葉のクローバーは校舎裏にわずかに入ってくる陽光に反射してキラキラと輝いていた。

 

 知床

「綺麗……」

 

 髪留めの美しさに見とれていると、髪留めが入っていた袋から何かが零れ落ちた。

 私はそれを拾い上げる。

 

 知床

「これって、手紙?」

 

 どうやらレオちゃんが私に宛てた手紙のようだ。

 私は早速読んでみることにした。

 そこには、こう書かれていた。

 

 

 

 リンちゃん、お誕生日おめでとう!

 これを読んでいるってことは、私は無事にプレゼントを渡せたってことだね。

 

 実はリンちゃんにずっと伝えたかったことがあります。

 

 横須賀女子に入学してすぐの航海演習のあの時、リンちゃんに私のヘアバンドを助けてくれて、本当にありがとう!

 

 思い返せばあの時、お礼を言った気はするんだけど嬉しさのあまりに泣いちゃったからよく覚えていなんだ。

 そして直後にあの事件があって、ちゃんとお礼を言うタイミングを今までずっと失ってしまったんだよね。

 だから、この手紙でちゃんと伝えます。

 

 私のヘアバンドを助けてくれて、ありがとう!

 

 これからもずっと大切な友達でいてね! 約束だよ!!

 

 レオより

 

 

 

 手紙を読み終えた私は、嬉しさで涙を流していた。

 今まで満たされなかった思いが、一気に満ち溢れる感覚を感じていた。

 

 私は気づいていなかったんだ。

 大切な友達はすぐ傍にいたということに。

 それはレオちゃんだけじゃない、岬さん、副長、ココちゃん、メイちゃん、タマちゃん、ミーナさん、ヤマトさん、ムサシちゃん、そして晴風のみんな。

 私の傍にいる人みんなが私にとって大切な友達だった。

 

 知床

「ありがとう、レオちゃん」

 

 私は自分がしていた髪留めを外した。

 そして、レオちゃんがくれた四つ葉の髪留めでいつものツインテールを形作った。

 

 知床

「よし! 私も行かなきゃ」

 

 そう言って、私は校舎裏を後にした。

 

 さぁ、はじめよう。

 大切な友達と一緒に、新しい航路を進もう。

 きっとどんな海でも越えられる。

 

 私はもう逃げない。

 だって、大切な友達に背中を押してもらっているから。



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特別篇⑫ 秋の夜長でハッピー!

Happy Birthday! クロちゃん!

丁度1か月前のサトちゃん&ミーちゃんの誕生日から始まった
10月はいふりキャラ誕生日ラッシュ、Exステージという感じの真のラストでございます!

本日、11月1日はクロちゃんこと黒木洋美ちゃんの誕生日です!

実はこの小説を書き始めてから、自分の中でクロちゃんの株価急上昇してます。
アニメ本編だとツンツンしたイメージが強いですが、漫画版やいんたーばるっとか見てると結構可愛い一面があって、すごくいいなぁって思います。
そして、自分の作品では主人公ポジのムサシの一番の友達という立ち位置にしているので、書いているうちに益々好きになりました。

今回はそんなクロちゃんとムサシのお話です。

それでは、どうぞ!


 2016年11月1日午後9時

 

 -洋美side.-

 

 柳原

「クロちゃん、こっちは食器の片付け終わったよ」

 

 黒木

「ありがとう、マロン。こっちももうすぐ終わるわ」

 

 私はマロンとともに寮の自室の片づけをしていた。

 先ほどまでの喧騒はすでに無く、言葉通り後の祭りという雰囲気だ。

 

 黒木

「これをここに閉まってっと……、よし、終わり」

 

 柳原

「お、クロちゃんもおつかれぃ!」

 

 私の方も片づけを終えたタイミングで、マロンがお茶を持ってきてくれた。

 私は一言お礼を言って、お茶を受け取った。

 

 柳原

「クロちゃん今日は一日ずーっとクラスの皆に祝われっぱなしだったな。クラスメイト冥利に尽きるってもんでぃ!」

 

 黒木

「ちょっと過激すぎるけどね。特に艦長が」

 

 柳原

「艦長はそれがいいんじゃねぇか。クロちゃんだって満更じゃねぇだろ?」

 

 黒木

「まぁね」

 

 今日は私の誕生日だった。

 授業が終わるや否や、艦長の岬さんを筆頭に晴風クラスの皆に囲まれて、お祝いの言葉を沢山かけてもらった。

 クラスでは先日の土曜日に同じく誕生日を迎えた知床さんと一緒に盛大にお祝いしてもらっているが、それでもまだもの足りないと言わんばかりの勢いでみんな祝ってくれた。

 さらに先ほどまでは、この自室で機関室組だけで集まって小規模のパーティもしてもらった。

 こんなに祝ってもらったことは、たぶんこれまでになかったと思う。

 

 マロンから貰ったお茶をぐいっと飲んだ私は、ベッドの上に座ってカーテンの隙間から窓の外を眺めてみた。

 すでに夜の闇は深く、まさに「秋の夜長」という言葉に相応しい様子だ。

 窓の外には真っ黒の海と僅かな明かりが映り、遠くの方には艦の姿も見える。

 だが、そこに私が本当に見たかったものはいなかった。

 

 黒木

≪まぁ、当然よね……≫

 

 いるわけがないとわかっていても、ついつい期待してしまう。

 「あの子」とはもう1か月以上会えていない。

 連絡はいつもメール。 今日だって朝イチに私に誕生日祝いのメールをしてくれていた。

 それでも、私はやっぱり直接会ってその言葉が聞きたいと願ってしまう。

 

 黒木

「はぁ……」

 

 思わずため息をついてしまった。

 せっかくみんなにお祝いにしてもらったのに、「あの子」がいないってだけでため息をつくなんて、私は本当に失礼な人だと思ってしまう。

 

 すると、マロンが私の座る椅子の反対側に座った。

 

 柳原

「どうしたんでぃ? ため息なんてついちまってよ」

 

 どうやらマロンに先ほどのため息を聞かれてしまったようだ。

 何を言われるのかと身構えてしまう。

 

 柳原

「まぁ、なんとなく予想はつくよ。

 

 ムサシちゃん、だよな?」

 

 ずばりと私の思っていたあの子、ムサシを言い当ててくるマロン。

 

 黒木

「……やっぱり、わかっちゃう?」

 

 柳原

「当然でぃ。あたしだってクロちゃんに負けないくらいムサシちゃんとは親友だ。そんくらいはお見通しよ」

 

 椅子にふんぞり返って胸を張っているマロンを見て、先ほどまでの暗い気持ちが少し和らいだように感じた。

 本当に、マロンのお節介にはいつも助けられていると改めて思った。

 

 柳原

「ムサシちゃん、結局来れなかったなぁ」

 

 黒木

「ムサシもヤマトさんも、今は自分たちの未来のために頑張ってるんだもん。仕方ないよ」

 

 すると、突然マロンが立ち上がり私の目の前に顔を近づけてきた。

 

 柳原

「それでも、やっぱり会いたいって顔してんぞ、クロちゃん?」

 

 両の手で私の頬を挟むように包んでくる。

 ダメだ。これ以上優しくされると本音が零れてしまいそうになる。

 私はギュッと口元を締め、言葉が出ないような仕草をする。

 

 柳原

「クロちゃんは賢いから、本音がでねぇように無理してるんだろうよ。でもよ、時には本音を出してもいいんじゃねぇかな。少なくとも、あたしには出してほしいな」

 

 

「だって、あたしはクロちゃんの親友だからな」

 

 

 マロンの言葉に私はもう耐えられなかった。

 押し留めていた本音が堰を切ったようにあふれ出てくる。

 

 黒木

「私、ムサシに会いたいよ。会って、色々話したい。あの子の顔が見たいよ。マロン」

 

 柳原

「クロちゃん……」

 

 黒木

「あの子はあのネズミ騒動の後もずっと戦っている。ヤマトさんとこの世界で生きていくために、頑張っている。でも、私はムサシを助けてあげられない。あの子を守ってあげるって言ってあげたのに、今までムサシのためにしてあげられたことなんて全然なかった。だからせめて、会って笑顔にしてあげたかった」

 

 私は思ってることを感情のままマロンにぶつけた。

 そして、マロンはそれをしっかりと受け止めてくれた。

 

 柳原

「それでいいだよ、クロちゃん。何も隠す必要なんてねぇ。あたしがちゃんと受け止めてやっからよ」

 

 黒木

「マロン、うん、うん」

 

 私はマロンにすがるように泣いた。

 それだけムサシに会いたいという気持ちは強かったということだろう。

 私はしばらくそのまま泣き続けた。

 

 

 

 しばらくたってようやく落ち着いてきた時、私の携帯からメール着信を知らせる呼び出し音が鳴り響いた。

 

 黒木

「あ、ごめんねマロン。ちょっと見てくる」

 

 私は勉強机の上にあった携帯を手に取り、メールを確認する。

 

 黒木

「えーと、「クロへ 今すぐ窓の外を見てほしい」、って何これ? しかも送信者不明って」

 

 柳原

「なんでぃそれ? 変な奴のいたずらか?」

 

 黒木

「でもこれ、クロって書いてあるってことは、私のこと知ってるよね」

 

 私は仲のいい人からはクロちゃんと呼ばれている。

 実際に、ここにいるマロンはそう呼んでくれている。

 

 その時、私はある一人の顔を思い浮かべた。

 でも、そんなことはあり得ないはずだ。

 だってあの子は、くるはずがない。

 

 その時、窓の外の海の方から、ごぅごぅと音がし始めた。

 私は急ぎカーテンを開いて、外の様子を確かめた。

 

 その目の前にはそのあり得ない光景が広がっていた。

 

 黒木

「うそっ!? これって、まさか!」

 

 柳原

「クロちゃん!」

 

 隣でその光景を見ているマロンは笑顔でこちらに話しかけてくる。

 

 目の前に見えたのは、大きな大きな艦が海中から浮上してくる姿だった。

 その艦は、夜の闇に紛れてしまいそうなほど黒かった。

 そして、まるで芸術のように美しいオレンジ色に輝く模様、バイナルパターンが煌々と光り輝いている。

 甲板の上には巨大な主砲、その砲身は金色の光を放っている。

 

 そう、目の前にいる艦は紛れもなく、霧の超戦艦ムサシだ。

 

 すると、浮上を終えた超戦艦ムサシの艦橋から一本の光の階段が私の部屋のベランダまで伸びて、その階段の上を一人の小さな少女が歩いてくる姿が見えた。

 私とマロンは窓を開け、ベランダに出た。

 どんどん少女との距離は縮まる。

 そして、少女は私の目の前に立った。

 少女は私に語りかけてくる。

 

 ムサシ

「お待たせ、クロ!」

 

 黒木

「ムサシ……」

 

 私は突然の出来事に言葉を失っていた。

 ずっと会いたくて、会いたくて、会いたくて仕方なかったムサシが今、目の前にいる。

 話したいことがいっぱいあったはずなのに、言葉が出なくなっていた。

 

 柳原

「ムサシちゃん! ひさしぶりだなぁ!」

 

 ムサシ

「マロン! あなたも一緒だったね。ひさしぶり!」

 

 そんな私を横目に、ムサシとマロンが再開の喜びを分かち合っていた。

 それでも私は動けずにいた。

 

 すると、ムサシが私の元に再び近づいてきた。

 

 ムサシ

「クロ、ごめんなさい。本当はもっと早く到着する予定だったの。でも、向こうでの会議が長引いちゃって、結局こんな時間になっちゃった。でも、ギリギリ間に合ってよかった」

 

 ムサシは私の真正面に立ち、下から見上げるように私に向かい合った。

 そして、私がずっと聞きたかったあの言葉を贈る。

 

 

 ムサシ

「クロ、お誕生日おめでとう!」

 

 

 黒木

「ムサシ、ムサシ!」

 

 私はムサシに抱き着いた。

 やっと会えたことを実感し、嬉しさのあまりに起こした行動だった。

 

 ムサシ

「ふふっ、クロったら泣いてるの?」

 

 黒木

「そ、そうよ! だって私、ずっとムサシと会いたかったんだから!」

 

 ムサシ

「私だって、ずっとみんなと、クロと会いたかったよ」

 

 ムサシも私に抱き着いてきた。

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 私とムサシは再開の喜びをお互いに噛み締めて、抱き合った。

 

 

 柳原

「おーい、お二人さんよぉ。久しぶりに再開して嬉しいのはわかるが、いつまでもそんな寒いとこで抱き合わなくたっていいんじゃねぇか?」

 

 黒木

「え? っあ!」

 

 ムサシ

「っ!?」

 

 マロンの言葉にハッとした私とムサシは、抱き合うのをやめて少し距離を取った。

 お互いに恥ずかしさで顔が赤くなっている。

 

 柳原

「まぁ、積もる話もあるだろうから、今晩は親友三人で存分に語り合おうじゃねぇか!」

 

 ムサシ

「ふふっ、そうね。クロ、今日はいっぱいお話ししましょう」

 

 黒木

「もう、二人とも。よし、こうなったら徹夜よ! それでも足りないくらいなんだから!」

 

 こうして私たちは部屋に戻っていった。

 

 「秋の夜長」という言葉があるが、今日はまさしくそんな日だ。

 今夜はきっと長い長い夜になるだろう。

 許されるなら、この夜がいつまでも続きますように



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特別編⑬ おっぱいでハッピー?

Happy Birthday! サクラちゃん!

先週ようやく本編投稿を再開したのも束の間、再び誕生日記念を投稿です。

本日、11月21日はサクラちゃんこと伊勢桜良ちゃんのお誕生日です!

サクラちゃんと言えば、やっぱりあのスタイル(おっぱい)ですよね!
漫画版でもレオちゃんやソラちゃんたちから「エロい」と言わしめるその素晴らしいボディ、男なら気になるのは仕方がないでしょ!

今回のお話は、タイトルのまんまで思いっきりスタイル絡みの内容です。
人によっては不快にならないかちょっと不安(- -;
どうか、お手柔らかに見てやってください。

それでは、どうぞ!


 2016年11月21日午後5時30分

 

 -桜良side.-

 

 横須賀女子海洋学校、その学生寮のとある一室はいつもとは違う妙な雰囲気になっていた。

 

私、伊勢桜良はちょっと困ったことになっている。

 そして私が困っている原因であり、この部屋こと私の自室が妙な雰囲気になっている原因が私の目の前にいる。その人物とは、

 

 宇田

「伊勢さん、ここならだれにも邪魔されないよね? ね?」

 

 伊勢

「ちょ、ちょっと待ってよ宇田さん! 落ち着いて!?」

 

 宇田さんは謎の気迫を持って私に顔を近づけてくる。今この部屋にいるのは私と宇田さんの二人だけ。傍から見ると誤解されかねない状態だった。

 

 伊勢

≪ど、どうしてこんなことに……≫

 

 

 

 事の発端は、今から2時間ほど前。私は学校の授業を終えて、クラスの皆に囲まれていた。

 今日11月21日は私の誕生日ということで、クラスの皆から祝福されていた。今までみんなの誕生日をお祝いする立場だったから、こうやって祝ってもらえるのは少し恥ずかしかった。でもそれ以上に、みんなにこれだけ祝ってもらえることがすごく嬉しかった。

 

 柳原

「おいおい、おめーらそろそろサクラちゃん解放してやりな。お祝いは後でもゆっくりできるだろ?」

 

 みんなから熱烈なお祝いの言葉に見かねたのか、機関長が手助けしてくれた。機関長の一言でクラスの皆は解散していった。

 

 伊勢

「機関長、ありがとう。助かっちゃった」

 

 柳原

「別にどおってことねぇよ。それとサクラちゃん、お誕生日おめでとう!」

 

 機関長のお節介、いつもは少しだけ面倒だと思うことが多いけど、こういう困った時には非常に助かる。だからこそ、機関長はみんなに愛されているんだろう。

 

 すると、みんなが解散していく中で私の席を離れなかった人が機関長以外で二人だけいた。

 

 宇田

「あ、あの。伊勢さん、ちょっといいかな?」

 

 伊勢

「あれ? 宇田さん、どうしたの?」

 

 残っていたのは、晴風クラスのレーダー担当の宇田慧さんとその親友で通信担当の八木鶫さんだった。宇田さんの顔を赤くなっていて、恥ずかしそうな表情で私に尋ねてきた。私には宇田さんがなぜ恥ずかしそうにしているのか、見当がつかなかった。

 

 宇田

「あ、あのね。あのね……」

 

 柳原

「んん? はっきりしねぇなぁ、さっさと言っちまったらどうでぃ?」

 

 はっきりと喋ろうとしない宇田さんに対して、機関長が発破をかけてきた。宇田さんには申し訳ないけど、できることなら早く話してもらいたいと私は思っていた。

 そして、私はその直後の宇田さんの言葉でそれを後悔することになった。

 

 宇田

「あのっ! 今夜、伊勢さんの部屋に泊まりに行ってもいいかな?」

 

 伊勢

「……え?」

 

 柳原

「んなっ!?」

 

 意を決した宇田さんから飛び出した言葉は、私の部屋に泊まりに行きたいという衝撃的なものだった。突然の告白に私も機関長も驚きを隠せなかった。そんな中、ただ一人だけが驚きもせず普段通りだった。宇田さんの隣にいた八木さんだ。

 

 八木

「めぐちゃん、その言い方はまずいんじゃないの?」

 

 宇田

「だ、だって、他にいい言葉が浮かばなかったんだもん!」

 

 宇田さんは相変わらず顔を真っ赤にしている。しかし、八木さんは宇田さんがこんなことを言った理由を知っているようだ。

 

 伊勢

「えーと、どうして私の部屋に泊まりたいのかな?」

 

 八木

「えっとね、最近めぐちゃんが自分の体形にすごく悩んでいるんだ。本当は私が助けてあげたかったんだけど、私だってそんなにいい体形じゃないから参考にならなくって。そうしたら、宇田ちゃんがクラス一スタイルのいい伊勢さんに相談するんだって話になって、それがいつの間にか部屋に泊まりに行くってことに――」

 

 宇田

「わーわー! つぐちゃん、恥ずかしいからやめてよぉ!」

 

 恥ずかしがっている宇田さんに代わって八木さんが理由を話してくれた。それにしても、いくら他人事とはいえ、親友の恥ずかしい話を淡々と話せる八木さんって結構すごいと思ってしまった。

 確かに私はクラスの皆からスタイルが良いと言われることが多い。小学生の頃から色んなスポーツをやってみたり、ダイエットをやったりして身体を動かす機会もそれなりにあったとは思う。でも、自分は意識してこの体形を手に入れたという自覚はなかった。正直、アドバイスを求められても答えられる自信はなかった。なので、本当ならここで宇田さんのお願いを断るべきだった。

 

 宇田

「それで伊勢さん、泊まっても、いいかな?」

 

 しかし、宇田さんは恥ずかしがりながらも、私に繰り返し泊まっていいか尋ねてきた。この時、私は懇願してくる宇田さんの姿を見て、不覚にもすごく可愛いと思ってしまった。その気持ちが判断を鈍らせたのか、私はこう返答した。

 

 伊勢

「う、うん。1泊くらいなら、いいよ」

 

 

 

 こうして私は自室に宇田さんを連れて戻ってきた。宇田さんはお泊りのための準備を早々に用意しており、私の部屋に持ってきたものを広げている。

 

 宇田

「じゃあ伊勢さん、早速なんだけど!」

 

 伊勢

「う、うん」

 

 宇田さんはつい2時間前まで恥ずかしがっていたのが嘘のように、グイグイと迫ってくる。私はもう、彼女のペースに乗るしかなかった。

 

 宇田

「その素敵なスタイルを維持するためにはどんなことをしてきたの?」

 

 早速予想通りの質問が飛んできた。私はこの2時間で考えられる質問に対する回答をいくつか用意しておいた。それでうまく乗り切ろうという作戦だ。

 

 伊勢

「うーん。何かを意識したってことはなかったんだよね。小さい頃から水泳とか短距離とか色んなスポーツをやっていたことはあったけど、それのおかげかな?」

 

 宇田

「おおー! なるほどなるほど」

 

 宇田さんは私の言葉を手にしているメモ帳に熱心に書いている。どうやら私の思惑通りに事が進みそうだと私は思った。

 しかし、次の宇田さんの言葉でそれは甘い考えだったと気づくことになる。

 

 宇田

「じゃあ、次の質問!」

 

 伊勢

「うん、どうぞ」

 

 

 

 宇田

「ずばり、そのおっぱいの大きさの秘訣は?」

 

 

 

 一瞬で私の思考がフリーズしてしまった。

 この質問が来ることは、予想していなかったわけではなかった。宇田さんが体形で悩んでいて、私に聞いてくる可能性が高いといえば、やはり胸の事だろう。

 でも、こんなに直球をいきなり投げてくるとは思わなかった。

 

 宇田

「私、実はずっと伊勢さんのおっぱいに憧れていたの。こんなに大きくて綺麗なおっぱい、早々お目にかかれないよ」

 

 伊勢

「え、えと、宇田さん?」

 

 宇田さんが目を輝かせて私の胸を凝視している。私は恐怖を感じて、思わず両腕で胸を隠す。それでも宇田さんの暴走は止まらない。

 すると、宇田さんはジリジリと私に近づいてきた。私はすぐに最悪の事態を予想した。

 

 宇田

「ねぇ? ちょっとでいいから、おっぱい触らせてよ?」

 

 伊勢

「な、なな何を!?」

 

 その予想は悲しくも的中してしまった。

 宇田さんはだんだん私に近づいてくる。私には後ろに下がって逃げることしかできなかった。

 

 宇田

「伊勢さん、ここならだれにも邪魔されないよね? ね?」

 

 伊勢

「ちょ、ちょっと待ってよ宇田さん! 落ち着いて!?」

≪ど、どうしてこんなことに……≫

 

 なんとか宇田さんを止めようと説得を試みるが、宇田さんはすでに聞く耳を持たないという様子だった。そして、ついに私は部屋の壁際に追い詰められた。

 

 宇田

「えへへ、じゃあ早速――えい!」

 

 逃げ場を失った私に対して、宇田さんは容赦なく迫ってきた。

 そしてついに、私の胸を両手でつかんだ。

 

 伊勢

「あ、宇田、さん」

 

 宇田

「す、すごい……。すごく、柔らかい」

 

 宇田さんはゆっくりと私の胸を揉んでいく。胸を触られていく度に、不思議な感覚が私を襲う。

 

 伊勢

「ふっ――んんっ、あっ、あん」

 

 宇田さんに胸を揉まれて、私の口から変な声が思わず出てしまう。このままではいけないとわかっていても、私は抗うことができなかった。

 

 だがそれは突然終わった。宇田さんは胸を揉む行為をやめたのだ。

 

 宇田

「伊勢さん、すごく綺麗だよね。うらやましいなぁ。私もこんなに大きかったら――」

 

 伊勢

「宇田さん?」

 

 宇田さんの顔を見ると、今にも泣きそうになっていた。私は宇田さんに触られた胸元の服を正して、彼女に向き合う。

 

 宇田

「ごめんね。私、背が小さくて体形だってお世辞にもいいって言えないでしょ? だから伊勢さんのスタイルが羨ましくて、自分だってそうなりたいって思っちゃったの。本当はこんなこと、したいわけじゃないのに……。なのに、こんなこと……最低だよ、私……」

 

 宇田さんは自分がしてしまったことを後悔しながら、私に謝ってきた。

 そして、立ち上がってこう言ってきた。

 

 宇田

「私、やっぱり部屋に戻るね。あと、こんなことした後に言うのも変だけど、お誕生日おめでとう。じゃあ」

 

 部屋に広げていた荷物を仕舞い始めて、立ち去ろうとする宇田さん。

 

 その時、私は片づけをしている彼女の手を掴んだ。

 

 伊勢

「待って、宇田さん。ううん、めぐちゃん!」

 

 宇田

「え? 伊勢さん?」

 

 めぐちゃんは私が引き留めることに困惑しているのか、何が起こっているのかわからないという顔をしていた。

 

 伊勢

「私、胸を揉んだこと、別に怒ってないよ。それに、めぐちゃんの悩みをちゃんと聞きたいって思ったの。だから、今夜泊まっていってよ。もっとお話ししましょう?」

 

 宇田

「伊勢さん、本当に、いいの?」

 

 伊勢

「もちろん。それと、私のことは、サクラ、って呼んで」

 

 宇田

「う、うん! サクラちゃん!」

 

 めぐちゃんは私の手を強く握ってきた。その目にはまた涙が浮かんでいた。

 私はめぐちゃんの様子を見て一安心した。もしかしたら拒否されるかもしれないと思っていたが、結局杞憂に終わった。

 

 宇田

「ところで、サクラちゃん?」

 

 伊勢

「ん? どうしたの?」

 

 宇田

「サクラちゃんの誕生日パーティって何時からだっけ?」

 

 伊勢

「えっと、6時からだけど――」

 

 私は時計を見ると、時計の長針はすでに頂点を過ぎていた。

 つまり、完全に遅刻だ。

 

 伊勢

「あぁ、やばい! もうみんな集まってるよ! めぐちゃん、早く行こう!」

 

 宇田

「う、うん!」

 

 私たちは急いで身支度を整え、クラスの皆が待つ食堂へと向かっていった。

 

 

 

 結局、私とめぐちゃんはパーティに15分遅れてしまった。でも、誕生日パーティはとても楽しいものとなった。

 

 そしてその夜、私とめぐちゃんはたくさんお話をした。その中で、まためぐちゃんに胸を揉まれたりもした。そして、同じベッドで一緒に寝た。

 

 なんだか不思議な関係になってしまった私とめぐちゃん。でも私は、それも悪くないなぁと思う。

 

 でも、胸を揉むのだけは少し勘弁してほしいです……。



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特別編⑭ ホワイトバースデーでハッピー!

Happy Birthday! ソラちゃん!

先週のサクラちゃんの誕生日記念に引き続き、また誕生日記念です。
本編の比叡戦の構想もとっくにできてるんです。が、筆は進まずorz
全ては艦これの秋イベの仕業なのじゃ……

本日12月1日は、ソラちゃんこと広田空ちゃんの誕生日です!

クロちゃん、そしてサクラちゃんに続き、三人連続で機関室組からのお誕生日です。
ソラちゃんといえば、頭の上の大きなリボンが特徴的ですよね。
初めて見た時、某有名な魔女さんを思い出しました。(あんなリボンつけてるキャラって他にいたかな?)

今回のお話、先週関東でまさかの雪が積もったということで、それにあやかった内容となっています。

それでは、どうぞ!


 2016年12月1日午前7時

 

 -空side.-

 

 私は広田空。今年の春に横須賀女子海洋学校に入学した、いわゆる新入生というやつだ。

そして気が付けばもう12月、今年もあと1か月となっていた。今年は横須賀女子の受験から始まり、4月には入学、そして勉強は大変だけど楽しい楽しい高校生生活、そうなるはずだった。

しかし、入学してすぐ実施された航海演習であのネズミ騒動に巻き込まれ、さらに異世界からきたヤマトさんとムサシちゃんと出会うことになるなど、思い返せばとんでもない事件に巻き込まれ続けた一年だった。

 

そして今日、寮の自室のベッドから起き上がってきたばかりの私にまた一つ事件が発生していた。

 

広田

「……うそでしょ?」

 

 思わず声が漏れてしまった。

 なぜなら、寮の窓から見える景色が一面真っ白になっていたからだ。

 有名な小説の冒頭で、「トンネルを抜けると雪国だった」という一文があったが、今の私に言い換えるなら「布団を抜けると雪景色だった」とでもいうのだろうか。

 

 広田

≪そういえば昨日の天気予報で今日は雪だって言ってたっけ?≫

 

 一面の雪景色に驚いていた私の頭は、外の冷気に当てられて冷静になれたのか、私は昨夜テレビで見た天気予報のことを思い出す。今日は関東一帯の上空に冷気がきているようで、その影響で雪が降るかもしれないと予報士が説明していた。だが、まさかあたり一面が雪景色になるほどの降雪になるとは思わなかった。

 

 広田

「って、いつまでも呆けていられないじゃん。早く学校行く準備しよっと」

 

 いくら珍しく雪が積もろうが、学校の授業がなくなるわけではない。私はいそいそと昨夜用意していた朝ごはんを食べ、歯を磨いて容姿を整え、学校の制服に袖を通す。さらにその上にいつも着ているパーカーを羽織る。暑かろうが寒かろうが関係なく羽織っているお気に入りのパーカーだが、今日は特に重宝することになるだろう。そして最後に、パーカーと同じく私がいつもつけている頭のリボンをセットする。高校生になってもこれだけは変えようとは思ったことがない、私の大切なものだ。

 

 

 

ピンポーン

 

着替えを終えて学校に持っていく教科書の準備をしていた時、チャイムと共にドンドンと入口のドアを叩く音が聞こえてきた。私は誰が部屋を訪ねてきたのかすぐに予測がついた。

 

広田

「全く、チャイムだけでいいってのに……」

 

 私はため息混じりで部屋の入り口に向かい、ドアを開けた。

 

 駿河

「ソラちゃん、おっはよー!」

 

 広田

「朝からうっさい」

 

 駿河

「へぶぅ!?」

 

 私は訪問者、ルナの脳天にチョップを一発かましてやった。

 

 駿河

「いきなりチョップなんてひどいよ、ソラちゃん」

 

 広田

「朝っぱらから大声出すルナが悪い」

 

ルナはいつもテンションが高いが、今日はいつにも増してハイテンションになっていた。そして、その理由は容易に想像できた。

 

駿河

「それよりも、窓の外見た? 雪だよ、雪! すっごい積もってるよ!」

 

 広田

「はいはい、知ってるってば」

 

 するとルナは私の右手を掴み、グイグイ引っ張って外へ連れ出そうとする。

 

 駿河

「ほらほら、早く行こうよ! はやくはやく!」

 

 広田

「ちょ、私まだコート着てないし。っていうか、学校行く準備してる途中だって」

 

 私は一度ルナをなだめ、急いで学校へ行く準備を整えた。

 

 

 

 ルナに引っ張られるように外へ出てみると、寮の庭も学校への道も真っ白な雪に覆われていた。関東では滅多にお目にかかれない光景に思わず見入ってしまう。

そんな中、ルナは早速積もった雪を掴み、手の中で球体状にしていた。私はまたしても、この後ルナが何をしてくるのか予想し、すぐに対処できるよう身構えた。

 

駿河

「それー!」

 

 そして案の定、ルナは作った雪玉を私目掛けて投げてきた。しかし、それを予測していた私はさっと身体を傾けて雪玉を避ける。目標を失った雪玉はそのまま何事もなく地面に落ちる、はずだった。

 

 べちゃ

 

 広田

「あ……」

 

 しかし予想は外れた。丁度寮から人が四人出てきたところで、不幸にもそのうちの一人に流れ弾が直撃してしまった。しかもその人は、私たちがよく知っている人だった。

 

 柳原

「…………」

 

 駿河

「き、機関長!?」

 

 すると、黙っていた我らが晴風の機関長はしゃがみこんで大量の雪を鷲掴みにした。そして十は下らない数の雪玉を手にして、ルナの方をキッっと睨んだ。

 

 柳原

「よぉくもやってくれやがったなぁ、こんちきしょー!!」

 

 駿河

「わあああああああ、ごめんなさああああああああい!!」

 

 機関長はルナを追いかけながら、ものすごい勢いで雪玉を投げていく。ルナは謝りながら逃げるので精一杯といった様子だ。

 私はその様子を機関長と一緒に寮から出てきたクロちゃん、レオ、サクラと呆れ混じりに傍観する。

 

 広田

「まぁ、自業自得ってやつだよね?」

 

 黒木

「マロンもマロンよ。何ムキになっているのよ、全く」

 

 伊勢

「あはは」

 

 若狭

「でもさ、こんだけ雪が積もっていたら雪合戦したくもなるよね」

 

 レオの言うこともわからないでもない。ここにいる機関室組六人は揃って関東出身、雪を見ることさえまずなかった。気が付けば私たちは未だ追いかけっこをしているルナと機関長を横目に雪景色をじっくり眺めていた。

 そしていつの間にか時間は過ぎていた。

 

 広田

「あ、もうこんな時間。そろそろ学校行こうよ」

 

 若狭

「あーそうだった。何かもったいない気もするけどねー」

 

 伊勢

「そうだね。というか、機関長とルナはいつの間にか雪合戦してるんだけど」

 

 黒木

「全くもう。二人とも! そろそろやめないと遅刻するわよー!」

 

 クロちゃんがそういうと、ルナと機関長が慌てた様子でこちらに戻ってきた。

 

 柳原

「わりぃわりぃ、つい夢中になっちまったよ」

 

 駿河

「えへへ、ごめんねみんな」

 

 二人と合流した私たちは、六人そろって学校へと向かう。今日は通学路が真っ白な雪に覆われているせいか、いつもとは違う何かを感じていた。

 すると、なぜかレオが私の方をじーっと見ていた。どうしたのだろう?

 

 若狭

「そういえばさ、ソラ? 今日誕生日だよね?」

 

 広田

「え? うん、そうだけど」

 

 黒木

「え!? そうだったの? なんで教えてくれなかったのよ」

 

 広田

「いや、別に理由はないよ。単に教えるのを忘れてただけで」

 

 そう、レオの言う通り今日は私の誕生日だ。正直、レオに言われるまで全く意識していなかったので、機関長やクロちゃんに教えることをすっかり忘れてしまっていた。

 すると、機関長が不満げな顔をして私を見ていた。めでたいことが大好きな機関長のことだ。きっと誕生日を教えてくれなかったことに不満を抱いているのだろう。

 

 駿河

「じゃあさ、今日学校終わったら誕生日パーティやらない?」

 

 伊勢

「うん、いいんじゃないかな」

 

 広田

「いや、この前サクラの誕生日やったばかりだし、その前はクロちゃんだったじゃん。三人続けてっていうのはちょっと悪い気がするよ」

 

 柳原

「何いってんでぃ! 誕生日が何人続こうが祝ってやるのはあたりめぇだろう!」

 

 機関長がそう言うと、他の皆もうなずいて私の方を見てきた。私は何だか急に恥ずかしくなってきてしまった。

 

 広田

「あーもう! わかったから、ちゃんとお祝いされてやるから。ほら、早く学校行こう!」

 

 若狭

「あはは、ソラったら照れてやんの」

 

 からかっているレオを無視して私は先へ進もうとする。すると、機関長が私の手を取ってくる。

 

 柳原

「まぁ待ちな、ソラちゃん。とりあえず、これだけは言わせてくれよ」

 

 機関長はそう言うと、他の四人と視線を一度合わせた。私はこれからみんなから言われるであろう言葉を静かに待つ。そう、祝福の言葉を。

 

 柳原

「ソラちゃん、お誕生日おめでとう!」

 

 黒木

「ソラ、おめでとう」

 

 若狭

「おめでとー、ソラ」

 

 伊勢

「お誕生日、おめでとう」

 

 駿河

「ソラちゃん、おめでとう!」

 

 みんなからの祝いの言葉は私の心に大きく響いた。思えばこの六人で一緒にいるようになってもうすぐ丸一年、大変な事件に巻き込まれた時だっていつも一緒に頑張ってきた。もしかしたら、この六人で一緒に過ごしてきたことこそが私にとっての今年一番の事件だったのかもしれない。

 

 広田

「みんな、ありがとう!」

 

 私はみんなに出会えたこと、一緒に過ごしてきたこと、そしてみんなと一緒に誕生日を迎えられたことに感謝した。

 

 すると、私の鼻の上に冷たい何かが触れた感覚が走った。ふと上を見上げてみると、一度止んでいた雪が再び空からヒラヒラと舞い降りてきているのが見えた。皆も上を見上げてその光景を見ている。

 

 駿河

「うわー、すごいね。きっとお空もソラちゃんのことをお祝いしてくれているんだよ」

 

 伊勢

「空がソラをお祝いって、なんだか変な感じね。なんかいい言葉ないかな?」

 

 若狭

「それじゃ、ホワイトバースデー! これいい感じじゃない?」

 

 黒木

「うん、それ悪くないかも」

 

 柳原

「よっしゃ! 今日はホワイトバースデーだ。盛り上がっていくんでぃ!」

 

 いつの間にかみんな揃って大はしゃぎになっていた。

 しかし皆さん、揃いに揃って大事なことを忘れていることに気づいていないようだ。

 

 広田

「はいはい。ホワイトバースデーで盛り上がってるところなんだけど、そろそろ学校行かなくていいの?」

 

 黒木、若狭、伊勢、駿河

「……あ」

 

 時計はすでに8時を指していた。あと15分で授業が始まってしまう。

 

 柳原

「うぉぉ! はしゃぎすぎて忘れちまっていた。みんな、急ぐぞー!」

 

 機関長の慌ただしい言葉で、みんな一斉に雪で真っ白な通学路を走り出した。

 

 

 ホワイトバースデー

 

 それは、私の中で今年一の大事件、そして今年で一番の喜びをくれた日となった。

 これからもこの六人で歩んでいこう。この真っ白で美しい道を。



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特別編⑮ 親友とハッピー!

Happy Birthday! まゆちゃん!

はいふりキャラ誕生日記念第16弾です
気が付けばキャラの半分くらい書いてきたんですね。
もはや一体どっちが本編なのか怪しくなってきてる……

本日、12月6日はまゆちゃんこと内田まゆみちゃんの誕生日です!

まゆちゃんと言えば、ついついしちゃった日焼け肌が印象的ですよね。
一人だけあれだけ黒い肌だと、すぐに目がいっちゃいます。
そして、個人的に印象が強いのはしゅうちゃんとのコンビです。
なんとなく、まゆちゃんしゅうちゃんってセットですごくいい感じがします。

今回のお話はしゅうちゃんとの仲良しっぷりを書いてみましたよ。

それでは、どうぞ!


  2016年12月6日午後6時

 

 -まゆみside.-

 

  内田

「っはぁ!」

 

 ダーン!!

 

 柔道部顧問

「一本! そこまで!」

 

 柔道部顧問の先生の一声で試合が終わった。私は自分が倒した相手の子に手を差し出し、立ち上がるのを手伝う。そして開始位置に戻り、互いに一礼する。

 

 柔道部顧問

「よし、今日の練習はここまで。みんなお疲れ様。冬の大会まであともう少し、最後まで頑張ろうね。では、解散」

 

 先生がそう言うと、みんなは更衣室の方へ向かう。私も向かおうとすると、先生が私を呼び止めた。

 

 柔道部顧問

「内田さん、今日の投げは綺麗だったよ。冬の大会、期待しているわよ」

 

 内田

「はい、ありがとうございます」

 

 柔道部顧問

「いい返事ね。それじゃ、また明日」

 

 そういうと先生は道場から出て行った。私は思わずガッツポーズをする。小さい頃からずっとやってきた柔道、それは横須賀女子海洋学校に入ってからも変わらず継続していた。私は柔道部に入り、稽古には欠かさず参加している。今年はこれまで伸び悩んでいた立ち技の練度を上げることを目標に頑張ってきた。先生の厳しい指導に耐え、この7か月必死に食らいついてきた。その甲斐あって立ち技の随分上達し、元より得意だった寝技や関節技もさらに練度を増したことで、いつのまにか柔道部の中でも一目置かれる存在となっていた。私は今とても満たされている、そう感じていた。

 

 内田

≪っていけない。早く着替えないと。待たせちゃってるんだった≫

 

 私は我に返り、この後の予定を思い出して急いで更衣室へ向かった。

 

 

 

 着替えを終え、柔道部の道場のある建物の外へ出る。すると、入り口近くに私を待ってくれている人の姿をとらえることができた。前髪を可愛いピンクのリボンで纏め、おでこを露わにしている薄茶色の髪の女の子だ。その子も私に気づいたようで、小走りでこちらに向かってきた。

 

 山下

「あ、まゆちゃん。練習お疲れ様」

 

 内田

「しゅうちゃん、おまたせー」

 

 彼女は山下秀子ちゃん、私や晴風クラスのみんなは「しゅうちゃん」の愛称で呼んでいる。私と同じ航海科で、役職も同じ航海管制員、つまり艦橋の近くで周囲を監視し報告することお仕事をしている。しゅうちゃんは左舷担当、私は右舷担当となっている。同じ艦の同じ役職ということもあって、私たちは入学当初から一緒に過ごす機会が多く、すぐに仲良くなった。今では一番の親友と言っても過言ではないだろう。

 そんなしゅうちゃんと一緒に私は寮への帰路へつく。

 

 山下

「外から声聞こえてたよ。最後のやつ、まゆちゃんのだよね?」

 

 内田

「あちゃー、聞こえちゃってた? なんか恥ずかしいな。っていうか、しゅうちゃんいつから外で待ってたの?」

 

 山下

「んー、大体20分くらい前かなー?」

 

 内田

「そんなに!? ごめんね、寒かったんじゃない?」

 

 山下

「平気だよ。ちゃんとカイロを服の中に忍ばせているからね」

 

 しゅうちゃんの優しさに私は手を合わせて謝罪する。すでに12月に入り、日に日に寒さが増している。先週には関東では珍しく一面真っ白になるほど雪が降ったばかりだ。いくらしゅうちゃんの寒さ対策が万全であっても、油断できない。

 

 山下

「それより、柔道の調子はどう? もうすぐ大会だよね?」

 

 内田

「うん。調子はすごくいいよ。さっき顧問の先生に褒められちゃった」

 

 山下

「よかった。まゆちゃんずっと頑張ってきてたもんね。大会の日、航海科のみんなで応援に行くよ」

 

 内田

「ホント!? ありがとーしゅうちゃん。大好き!」

 

 私は思わずしゅうちゃんに抱き着いた。

 

 思い返せば、私がここまで柔道の練習を頑張ってこれたのはしゅうちゃんのおかげかもしれない。柔道部に入部してすぐの頃、厳しい練習で思わず吐いてしまった弱音をしゅうちゃんは優しく受け止めてくれた。そして、私を元気づけるために色々と話を聞いてくれた。しゅうちゃんはみんなから聞き上手だと評判なだけあって、話しているうちに私は元気を取り戻すことができた。しゅうちゃん曰く、そんなに大層なことはしていないらしいが、そのおかげで私が頑張れたことは紛れもない事実だ。

 

 内田

「本当に、しゅうちゃんには感謝しっぱなしだよ」

 

 山下

「えー? 急にどうしたの?」

 

 私の口から思わず言葉が漏れる。それを聞いたしゅうちゃんは、なぜ自分が感謝されるのかわからない様子だ。

 

 内田

「いや、なんでもないよ。それより早く寮に戻ろうよ。皆待ってるんだよね?」

 

 山下

「あ、うん。そうだね、行こう」

 

 私は照れ隠しのためにしゅうちゃんの手を引いて急いで寮に戻ろうと促した。しゅうちゃんは少し疑問に思った様子だったが、私の手に引かれて一緒に寮に向かった。

 

 

 

 寮に戻ってくると、自室の入り口の前に数人の人影が見えた。

 

 知床

「あ、帰ってきたみたいだよ」

 

 岬

「ほんとだ。まゆちゃん、しゅうちゃん、おかえりなさい!」

 

 その中から二人、リンちゃんと艦長が一歩前に出て私を迎えてくれた。

 

 内田

「リンちゃん、艦長、お待たせ。ごめんね、遅くなっちゃったかな?」

 

 岬

「ううん。まゆちゃん大会目前だもんね。練習、頑張ってきたんでしょ」

 

 内田

「まぁね。そう言ってもらえると助かるかな」

 

 誰よりもクラスメイトのことを案じてくれる艦長のことだ。どれだけ待たせしまっても、彼女は決して不満を漏らすことはないだろう。

 そんな彼女とは対照的に、艦長の後方から不満いっぱいな様子の声が聞こえてきた。

 

 勝田

「まゆちゃーん、おっそいぞな。もうまちくたびれてしまったぞな」

 

 宇田

「まぁまぁサトちゃん。まゆちゃん今は頑張り時だからね、許してあげようよ。ね?」

 

 勝田

「別に怒ってるわけじゃないぞな。ちょっと言いたかっただけぞな」

 

 野間

「まぁ、結構待ってたもんね」

 

 八木

「あはは……」

 

 そこにいたのは、サトちゃん、メグちゃん、つぐちゃん、野間さんの航海科メンバーだ。そう、ここには晴風クラスの航海科メンバー八人が勢ぞろいしていた。

 

 

 

 内田

「とりあえず立ち話もなんだから、部屋に入ってよ」

 

 私は部屋の鍵を開けて、扉を開ける。私が一番先に部屋に入って、それに続いて皆も部屋に入ってきた。部屋に入ると、みんなは手に持ってきたものを部屋の真ん中にあるテーブルに置き、それを囲むように座る。あまり広くない部屋に八人も入っていたが、みんなで肩を合わせることでなんとか全員座ることができた。そして、みんなで一斉にテーブルの上に置いたものを開いた。その中には、おにぎりやサラダ、肉じゃが、さらにはケーキと色とりどりの料理が入っていた。それら全ての料理をテーブルの上に万遍なく広げ終えると、艦長がジュースの入ったコップを手に持った。

 

 岬

「じゃあ皆、飲み物を手に取ったかな?」

 

 私や皆はコップを掲げて、肯定の意を示した。

 

 岬

「それじゃ、まゆちゃんのお誕生日会兼冬の柔道大会の壮行会を始めたいと思います。まずは、まゆちゃんお誕生日おめでとう! かんぱーい」

 

 山下、知床、宇田、八木、勝田、野間

「お誕生日おめでとう! 乾杯!」

 

 艦長の号令とともに、皆のコップがテーブルの上で一斉に交わる。そしてそれぞれのコップを合わせ終えると、中のジュースを一気に飲み干した。

 

 内田

「みんな、ありがとう」

 

 私は皆に感謝する。みんなはそれぞれ並べられた料理を手に取り、早速食べ始めた。皆が私のために用意してくれたこのパーティ。私は嬉しさに満たされていた。

 

 私も適当に料理を取って食べていると、隣に座っていたしゅうちゃんが私に声をかけてきた。

 

 山下

「まゆちゃん、皆のお料理おいしいね」

 

 内田

「うん! もういくらでも食べられそうだよ」

 

 山下

「あはは。あんまり食べ過ぎて試合前に太ったりしたらダメだよ?」

 

 内田

「もーしゅうちゃんったら。そんなことはしませんよー」

 

 しゅうちゃんと私は互いに笑い合った。しゅうちゃんはいつもの優しい笑顔を私に向けていた。

 その笑顔を見た時、私はまたしゅうちゃんに対する感謝の気持ちでいっぱいになっていた。この一年、辛いことや悲しいことはいっぱいあったが、そんな時にはいつも隣にしゅうちゃんがいてくれた。そして、それを乗り越えて喜びを分かち合いたい時にも、しゅうちゃんはそこにいた。どんな時でも、しゅうちゃんは私の傍にいてくれていた。

 私はしゅうちゃんに向き合った。

 

 内田

「しゅうちゃん、いつもありがとう。私、しゅうちゃんと友達になれてよかったよ」

 

 山下

「なーに? 下校中も言ってたけど、どうしたの?」

 

 しゅうちゃんに再び問い詰められて、私はまた恥ずかしくなってしまった。

 でも同時に、ここでまた何も言わないでいるのは嫌だと思った。今しかない、そう決意した私はしゅうちゃんの目をしっかり捉えた。

 

 内田

「しゅうちゃん、私が今まで頑張ってこれたのはしゅうちゃんのおかげなんだって、今日やっと気づいたんだ」

 

 山下

「え? 私の?」

 

 突然の告白に戸惑う様子を見せているしゅうちゃん。その様子に他の皆も何事かと私は構わず続けていく。

 

 内田

「ネズミ騒動の時に心が折れそうになった時も、そして柔道部の練習で辛くなった時も、しゅうちゃんはいつも私の隣で話を聞いてくれたよね。それがすごく私の励みになっていたんだ。しゅうちゃんがいなかったら、きっと私こんなに強くなれなかったと思う。だから、しゅうちゃんには感謝しきれないよ」

 

 山下

「まゆちゃん……」

 

 私は伝えたいことを伝えた。しゅうちゃんは相変わらず、驚いた様子で呆然としている。

 すると、メグちゃんとサトちゃんが顔をニヤニヤさせながら声をかけてきた。

 

 宇田

「なんか、告白しているみたいですねぇ」

 

 勝田

「アツアツでうらやましいぞな。お似合いぞな~」

 

 内田

「んなっ!? 二人とも何言って――」

 

 押さえていた恥ずかしさが一気に溢れ出し、冷静さを失ってしまった。きっと顔は耳元まで真っ赤になっているのだろう。他の皆はそんな私を笑顔で見ていた。

 一方、しゅうちゃんは相変わらず黙ったままだった。さっきのことでしゅうちゃんを困らせてしまったのではないか、そう思って彼女に謝ろうとした時、突然彼女の肩がプルプルと震えだした。

 

 山下

「……ぷ」

 

 内田

「し、しゅうちゃん?」

 

 山下

「ぷふっ、あはははは! 告白って、メグちゃんそれ、っぷふふ、たしかに、そうだよね」

 

 内田

「な!?」

 

 突然笑い出したしゅうちゃん。その様子に今度は私が呆然としてしまった。しかし、すぐに我に返り、慌ててしゅうちゃんに反論する。

 

 内田

「ち、ちちち違うの! べ、別に告白とかじゃなくて、しゅうちゃんにただただ感謝したかっただけで――って、うぅ、恥ずかしいよぉ」

 

 苦しい言い訳をしてなんとか誤魔化そうとするも、再び恥ずかしさでうずくまってしまった。すると、しゅうちゃんが私の肩に手を乗せてきた。私はしゅうちゃんの顔を覗き込んだ。そこには、いつもと変わらない優しい笑顔があった。

 

 山下

「ちょっと驚いちゃったけど、まゆちゃんの気持ち、とても嬉しかったよ。こんな私でよければ、いつでもまゆちゃんの隣にいるよ。そして、私もまゆちゃんのお友達になれて本当によかった」

 

 内田

「しゅうちゃん……。うん! ありがとう!」

 

 私は肩に置かれていたしゅうちゃんの手を自分の両手でしっかり握った。そしてしゅうちゃんも私の手を握り返してくれた。

 お互いに手を握り合う、たったそれだけのことなのに私には言葉では言い尽くせないほどの満足感に包まれていた。ずっとずっとこうしていたい、そう思えるほどだった。

 

 宇田

「おーおー、二人とも見せつけてくれちゃってぇ。妬けちゃうねぇ」

 

 勝田

「全く、これじゃウチらがお邪魔虫みたいになっとるぞな」

 

 八木

「もー、メグちゃんもサトちゃんもからかわないの」

 

 野間

「二人ともすごく嬉しそう。見てるこっちも嬉しくなりそうだ」

 

 知床

「そうだねー。なんだかすごく幸せになりそうだよ」

 

 みんなからの羨望の眼差しに私は三度恥ずかしさで顔を赤くしてしまう。それはしゅうちゃんも同じようで、耳たぶまで真っ赤になっていた。

 

 岬

「それじゃ、まゆちゃんとしゅうちゃんがさらに仲良くなったところで、もっと盛り上がっていこう! 誕生日パーティも壮行会もまだまだこれからだよ! みんな、いいかな?」

 

「おー!」

 

 

 

 この学校に来て、色々辛いことがあった。悲しいこともいっぱいあった。きっとこれからもたくさんの困難や辛抱が待っていることだろう。

 でも、きっと大丈夫。私の隣にはいつも笑顔を向けてくれる大切な親友がいるんだから。

 

 これからもずっと一緒だよ、しゅうちゃん。



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特別編⑯ 相談でハッピー!

Happy Birthday! しゅうちゃん&ルナちゃん!

昨夜の本編から二日連続の投稿! 今回は誕生日記念です。
今回は二人の誕生日をお祝いしますよ!
(本当は一人ずつやりたかったけど、時間がないから二人纏めてやった、なんて言えない……)

本日、12月13日はしゅうちゃんこと山下秀子ちゃんの
そして明日、12月14日はルナちゃんこと駿河留奈ちゃんの
誕生日でございます!

まずはしゅうちゃんから。
先週のまゆちゃんの時にも言いましたが、しゅうちゃんといえばまゆちゃんとコンビという印象がありますね。
すごくお似合いの二人だと私は思っています。
そして、前髪をまとめたピンクのリボンとおでこがかわいい。
あと、コウカイラップでセンターやってて、意外とああいうの好きなのかなーって思ったりもします。

そして明日誕生日のルナちゃん。
ルナちゃんと言えば、おバカな子、バカわいい、というのが皆さんのイメージではないでしょうか?
入学試験で一人だけ合格欄に名前がなくて、海に飛び込んじゃう漫画版のあのシーンは面白かった。
そんなバカっぽいけど、なぜか憎めないルナちゃんの魅力なのかもしれませんね。

今回は普段あまり絡みのなさそうなこの二人を思いっきり絡ませてみました。

それでは、どうぞ!


 2016年12月13日午後4時

 

 -秀子side.-

 

 気が付けば12月も中旬、今年も残り3週間足らずとなっていた。

 ここ横須賀も日に日に寒さを増しており、毎日防寒対策が欠かせなくなってきた。

 

 私、山下秀子は教室に戻ってきていた。寮へ戻る途中に教室に忘れ物をしていることに気づいたからだ。私は自分の机の中にあった忘れ物を急いでカバンの中にしまう。

 そして教室を出ようとした時、ふと隣の机が目に映った。ここに座っているのは、この横須賀女子海洋学校でできた私の親友、まゆちゃんこと内田まゆみちゃんだ。

 

 私はちょうど一週間前のまゆちゃんの誕生日でのことを思い出した。あの時、まゆちゃんは私にこう言ってくれた。

 

 まゆみ

「しゅうちゃんがいなかったら、きっと私こんなに強くなれなかったと思う。だから、しゅうちゃんには感謝しきれないよ」

 

 端から見れば告白にも聞こえるような言葉だった。私はその時笑ってその言葉を受け入れる素振りをしてみせた。

 しかし、実は内心ではすごくドキドキしていた。まゆちゃんにそんな風に思われていたことが嬉しくてたまらなかった。顔に出すまいと、わざと大げさに笑ってなんとかその場をごまかすことはできたが、あれからまゆちゃんの顔を見ると、どうしても恥ずかしさが込み上げてきてしまう。何とか表情をごまかして普段通り接するようにはしてきたけど、いつまでもこのままじゃいけないとは思う。

 

 山下

≪でも、今更恥ずかしかったなんて言いづらいよぉ≫

 

 あの時、素直に恥ずかしかったことを言っておけばよかったのかな、そう思ってしまう。

 私はまゆちゃんの机に右手で触れる。いつもまゆちゃんが使っている机、普段からよく触っているはずなのに、いざ意識してしまうとただ触っているだけでも、ドキドキしてしまう。

 幸い、教室には私以外に誰もいない。私は高ぶる気持ちを抑えられなくなっていた。

 

 山下

「まゆ、ちゃん……」

 

 私はまゆちゃんの机に座ろうと思った、その時だった。

 

 ガラッ!

 

 突然、教室の扉が開く音がした。

 私は慌ててまゆちゃんの机から離れる。そして、音のした扉の方を見てみる。そこには、青みがかった黒髪を二本の黄色のリボンで纏めた女の子の姿があった。

 

 駿河

「いっけなーい! 宿題に使う教科書忘れてきちゃったよー……って、あれ? しゅうちゃん?」

 

 教室に慌ただしい様子で入ってきたのは機関科四人組の一人、駿河留奈ちゃんだった。ルナちゃんは私の存在に気づいて傍に近づいてきた。

 

 駿河

「しゅうちゃんが残っているなんて珍しいね。もしかして私と同じで忘れ物?」

 

 山下

「う、うん。そうなんだ」

 

 ルナちゃんからの質問に、未だ乱れている心をなんとか隠しつつ答える。

 別に悪いことをしようとしていたわけではなかったけど、今思えばとても恥ずかしいことをしようとしていたのかもしれない。そう思うと、穴があったら入りたいと思うくらい恥ずかしくなってきた。

 

 駿河

「えーっと、確か机の中にあったはず……、お、あったあった」

 

 私が自分のしようとしたことを恥じている間に、ルナちゃんは忘れ物の教科書をカバンの中へ詰めていた。そして、再び私の元へ近寄ってきた。

 

 駿河

「ねぇねぇ。せっかくだから、一緒に寮まで帰らない?」

 

 山下

「え?」

 

 ルナちゃんからの誘いに、未だ動揺している私はすぐに返事を返すことができなかった。ルナちゃんはそんな私の様子を不思議に思ったのか、顔を覗き込んできた。

 

 駿河

「しゅうちゃんどうしたの? もしかして、まだ何かやることあったりした?」

 

 山下

「え、いやいや。何にもないよ。一緒に帰ろう、うん」

 

 動揺する気持ちをなんとか抑え込んで、私はルナちゃんに返事をした。

 

 駿河

「そう? それじゃ行こうか」

 

 そういうと、ルナちゃんは私の手を掴んだ。そして、二人で一緒に教室を後にしたのだった。

 

 

 

 学校を出て、学生寮へと続く道を私とルナちゃんは二人横並びになって歩いていく。私は教室を出て何とか平常心を取り戻すことができていた。一方、ルナちゃんは鼻歌混じりでご機嫌な様子で歩いている。教室で掴まれた私の左手はまだルナちゃんと繋がったままだ。

 

 駿河

「そういえば、しゅうちゃんと一緒に帰るのってあんまりなかったね? もしかして初めてかな?」

 

 山下

「うーん。そうかも、しれないね」

 

 確かに、私は普段はまゆちゃんやサトちゃんなどの航海科メンバーと一緒に帰ることが多い。一方、ルナちゃんは機関長や黒木さんといった同じ機関室メンバーたちと一緒に帰っている姿を何度も目撃している。専攻科が同じだと自然と仲良くなるもので、仲良しグループも多くの人が同じ専攻科どうしになることが多い。

 そう考えると、ルナちゃんと一緒に帰ることは今までほとんどなかったかもしれない。

 

 すると、いつの間にかルナちゃんが私の前に立っていた。

 

 駿河

「ねぇ? なんかしゅうちゃん、いつもと違う感じがするよ?」

 

 山下

「え? そうかな?」

 

 ルナちゃんは私が先ほどまで動揺していたことに気がついていたのか、核心をつくような質問をしてきた。

 彼女は普段はバカっぽいけど、妙なところでするどいことがあると、同じ機関室組のレオちゃんあたりから聞いたことがあった。

 

 駿河

「ねぇ? もし何か悩んでるんだったら、ルナに話してみてよ?」

 

 山下

「で、でも……」

 

 駿河

「いいから、遠慮しないでドーンと聞いてよ!」

 

 ルナちゃんは左手で胸をドンと叩いて、自信満々な様子を見せる。

 

 そういえば、私の方から誰かに相談事をすることはあまりなかったような気がする。

 私は周りのみんなから聞き上手だと言われることが多かった。それは今になっても変わらない。自分はそんな聞き上手だという自覚はなく、ただみんなの話を聞いてあげてちょっと手助けをしてあげようと思っているだけだった。

 

 せっかくだし、ルナちゃんに話してみるのも悪くないかもしれない。私は思い切って打ち明けてみることにした。

 

 山下

「実は先週のまゆちゃんの誕生日会の時に――」

 

 

 

 私はルナちゃんに先週あったことを話した。まゆちゃんに感謝されて驚いたこと、自分の気持ちを素直に出せなかったこと、そのせいでこの一週間まゆちゃんとの付き合いで内心戸惑っていたこと、他にも色々と打ち明けた。今まで口にすることが恥ずかしいと思っていたのに、いざ話し出すと意外なほどにすんなり打ち明けることができてしまった。

 どうして今まで黙っていたんだろう、もっと早く打ち明ければよかった、そう後悔をしていた。

 

 私の話が全て終わり、ルナちゃんの様子を見てみると、下を向いて黙ったままでその表情を伺うことはできない。

 

 山下

「えと、ルナちゃん?」

 

 不安になった私はルナちゃんに呼びかけてみた。

 すると、ルナちゃんはゆっくりと顔を上げてきた。

 その表情は……

 

 

 何もわかっていない、という感じの真顔だった。

 

 駿河

「ごめん、しゅうちゃん。私、なんでしゅうちゃんが悩んでいるのかわからないよ」

 

 山下

「え……」

 

 ルナちゃんが真顔のままで返した言葉は、全く予想外の内容だった。

 なぜ悩んでいるかわからない、この一週間悩んでいたことが全く理解されなかったことに私は軽くショックを受けていた。

 

 駿河

「ああ、ごめんね。しゅうちゃんの気を悪くするつもりなんてなかったの」

 

 慌てて釈明するルナちゃん。

 しかしなぜ、ルナちゃんは私の悩みが理解できなかったのだろう?

 

 しかし、次にルナちゃんから発せられた言葉に私は大きく突き動かされることになった。

 

 駿河

「だってしゅうちゃん、まゆちゃんに友達でよかったって言われて嬉しかったんだよね? なのになんで悩んでいるのかなーって」

 

 山下

「あ……」

 

 ずれていた歯車がぴったりとかみ合った、そんな感覚だった。

 「嬉しかった」、まゆちゃんに友達になれてよかったと正面から言われた時、私は真っ先にそう思っていたのかもしれない。だけど、その後から襲ってきた恥ずかしいという感情に飲み込まれ、その後一週間もの間ずっとそれに気づくことがなかった。

 しかし今、ルナちゃんと話すことで恥ずかしさは消えてなくなり、さらにルナちゃんの一言でようやく私の本心を見つけることができた。

 

 山下

≪そっか、私も、嬉しかったんだ。まゆちゃんとお友達になれたことが嬉しくて仕方なかったんだ≫

 

 私はようやく自分の本心に気づくことができた。

 そして、それに気づかせてくれたのは相談に乗ってくれたルナちゃんだ。

 きっと私に話を聞いてもらっていた人も、こんな感覚を味わっていたのかもしれない。でも、今の今まで当の本人がその感覚を全く知らなかったのだ。本当に滑稽なことだと思う。

 私はまだ納得できてないという表情のルナちゃんに向き合った。

 

 山下

「ありがとう。ルナちゃんのさっきの言葉でもやもやしていたのがスッキリ晴れたよ。私も、まゆちゃんと友達になれて嬉しかったんだ。それを気づかせてくれたのはルナちゃんだよ。本当にありがとう」

 

 駿河

「え!? あ、あーうん、よかったよ。しゅうちゃんが元気になれたなら、うん!」

 

 ルナちゃんが少し慌てた様子なのが少し気になったが、私はようやく一週間抱え続けていたものをすっきりすることができた。

 もしかしたら、ルナちゃんは私よりも聞き上手なんじゃないか、そう思えてきた。

 

 山下

「でもルナちゃんはすごいね。私の言葉だけで本心を見抜くなんて」

 

 駿河

「……え? 本心?」

 

 ルナちゃんを素直に褒めたつもりが、返ってきた言葉はなんとも歯切れの悪いものだった。

 すると、ルナちゃんの口からとんでもない発言が飛び出してきた。

 

 駿河

「いや、実はしゅうちゃんの話、聞いても結局よくわからなくって。私ってバカだからさー。それで、なんか適当にそうなんじゃないのかなーって思ったことを言ったんだけど……」

 

 山下

「え……、ええええええええ!!」

 

 なんと、ルナちゃんのさっきの言葉は口から出まかせで言ったことだったという。あまりにも拍子抜けな彼女の言葉に思わず驚いてしまった。

 

 駿河

「わ、うわああああああん。ごめんねごめんね! 私が悪かったよー」

 

 ルナちゃんは私が気を悪くしたと思ったのか、猛烈に謝ってきた。

 その姿はまるで小動物が怯えて、縮こまっているようでなんだか可愛かった。そして、それがなんとも滑稽だった。

 

 山下

「あ、あははは。ちがうちがう。別に怒ってなんかいないよ。ただちょっと驚いただけだよ」

 

 駿河

「ほ、ほんと? よかったぁぁ」

 

 私の言葉を聞いて安心したのか、ルナちゃんはその場で座り込んでしまった。

 私はルナちゃんにそっと手を差し伸べた。

 

 山下

「大丈夫? ほら、立って」

 

 駿河

「うん、ありがとう」

 

 ルナちゃんは私の手を掴んで立ち上がる。そしてお互いの顔を見て笑い合った。

 

 ルナちゃんの勘違いというなんとも締まらない感じではあったが、私がずっと悩んでいたことを解決してくれたのは間違いなく事実だ。だからやっぱり、ルナちゃんには感謝の気持ちでいっぱいだった。だから、もう一度伝えよう。

 

 山下

「あらためて、ありがとうルナちゃん」

 

 駿河

「うん、どういたしまして!」

 

 今度ははっきりとした口調で、とびっきりの笑顔とともに返ってきた。

 私はそんなルナちゃんの顔がまぶしく見えた。

 

 

 

 そんな幸せムードな中、突然私のスマホから呼び出し音が鳴り響いた。慌てて画面を見ると、まゆちゃんからの通話を伝える表示が出ていた。私は手袋を外して通話ボタンを押した。

 

 山下

「はーい、まゆちゃん」

 

 内田

 [はーい、じゃないよ! 忘れ物取りに行くのにどれだけかかってるのさ? そろそろしゅうちゃんの誕生日会始める時間なのに、主役がいないと始まらないよー]

 

 山下

「……あ」

 

 ルナちゃんと相談していてすっかり忘れていた。今日はこれから私の誕生日パーティをしてもらうことになっていたのだ。

 

 山下

「ごめん! もうすぐ着くからもうちょっとだけ待ってて!」

 

 内田

 [そう? それじゃ早く戻ってきてね]

 

 私はまゆちゃんの言葉を聞いて通話を切る。

 すると、隣で会話を聞いていたのかルナちゃんが尋ねてきた。

 

 駿河

「もしかして、しゅうちゃん今日が誕生日?」

 

 山下

「うん。この後、寮の部屋で誕生日会をやるんだ。急いで戻らないと」

 

 駿河

「そうなんだ! ねぇねぇ、私も参加していいかな?」

 

 山下

「え? 別にいいけど」

 

 駿河

「やったー! そうと決まれば、善は急げ! いっくよー、しゅうちゃん!」

 

 ルナちゃんは私の手を取って、寮へと向かってグイグイ引っ張る。

 

 山下

「あ、待ってよルナちゃーん!」

 

 私は大慌てでルナちゃんについていくのだった。



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特別編⑰ 新年でハッピー!

Happy Birthday! みっちん!

皆さま、あけましておめでとうございます!(遅
2017年もどうぞよろしくお願い致します。

2017年初投稿は恒例の誕生日記念です。
……本編の更新が滞っていて誠にすみません。
なんとか月一更新はやりたい!ので頑張ります……


さて、本日1月11日はみっちんこと武田美千留ちゃんのお誕生日です。
みっちんといえば、大体ひかりちゃんとじゅんちゃんの砲術員トリオの一人で、二人にツッコミいれるという印象があります。
ほかの二人が元気いっぱいで暴走しがちなので、みっちんがセーブ役として機能しているのではないでしょうか。
でも、水鉄砲で遊んでいる時はすごくテンション高くなったりするので、そのギャップが可愛い!

さて、新年最初の作品、ぜひ楽しんでもらえればと思います。

それでは、どうぞ!


 2017年1月11日午前11時

 

 -美千留side.-

 

 年が明けて、楽しかった冬休みも昨日で終わり、いよいよ一年生最後の学期が今日から始まった。と言っても、今日は始業式だけで午前中で学校は終わりだ。明日からは早速艦に乗り込んでの航海実習が始まる。

 その実習前に今日はこの後、ひかりと順子のいつもの三人組で横須賀の街へ遊びに行く予定になっている。

 

 小笠原

「あ、みっちんお待たせー!」

 

 日置

「おいーっす! みっちん」

 

 すると、教室で待っていた私に少し用事があると言って席を離れていたひかりと順子がもどってきた。

 

 武田

「おかえりー。なんか私だけ置いてどこか行ってたみたいだけど、どこ行ってたの?」

 

 小笠原

「え!? いやまぁ、それは、ね?」

 

 日置

「そ、そうそう。後のお楽しみってやつだよ」

 

 武田

「ふーん。そういうことにしとくわ」

 

 私からの問いかけに慌てたように弁明する二人。どう見ても私に内緒で何かを企んでいることは丸わかりだった。そして、私にはすでに何のために隠しているのか見当はついていた。

なぜなら、今日は私の誕生日だからだ。きっとサプライズでプレゼントを渡すとかパーティを開くとか、そんなことを考えているのだろう。

しかし二人がせっかく準備してくれているサプライズを私の一言で台無しにしてしまうのは無粋だろう。なので私はあえて二人の企みに乗ってあげることにした。

 

 武田

「それより、早く遊びにいこうよ。せっかくお昼前に学校終わったんだから、早くしないともったいないよ」

 

 小笠原

「うん、そうだね! いこういこう!」

 

 日置

「よーし! 今日は新年最初の三人遊びだー!」

 

 私たちは足早に教室から出て、横須賀の街へと繰り出していった。

 

 

 

 新年最初の三人での集まりといっても、私たちがやることはいつもと特に変わらない。

 まずはいつものようにランワンでボウリングやダーツ、そして私の得意なビリヤードで対決をして楽しんだ。何度も通っているうちにみんなの腕前はどんどん上達していたため、勝負はこれまで以上に白熱したものとなった。

 

 小笠原

「みっちん、ずいぶんとダーツの腕上げたね。ちょっと前までは毎回最下位だったのに、今日はじゅんちゃんに勝ったじゃん!」

 

 武田

「いつまでも二人に負けっぱなしじゃ悔しいんだもん。内緒でいっぱい練習したんだ」

 

 日置

「くぅぅぅ、悔しい! 次は絶対負けないからね!」

 

そしてお昼を食べた後、次はショッピングに出かけることになった。丁度お正月から始まったバーゲンセールが終わるギリギリのタイミングだったせいか、普通じゃとても手が出せないアクセサリーやコスメが半値以下になっていたりしていた。私たちはここぞとばかりに欲しいものを色々買い込んだ。中でも順子は私やひかり以上に買いすぎてしまったため、1月の半分も経っていないのにすでに懐事情がとても寂しいものになってしまっていた。

 

日置

「これからしばらくはお昼パン一つか……。とほほ」

 

 武田

「調子に乗って買いすぎるからよ。全くしょうがないわね」

 

 小笠原

「まぁまぁ、おかずの一つくらいならあげるからさ。元気出しなよ」

 

 日置

「うぅ、ありがとう」

 

 

 

 そんな感じでいつも通りに遊んでいるうちに、時刻は午後4時を回っていた。太陽はすでにビルの向こう側まで沈んでいてすでにその姿を見ることはできない。

 すると、ひとしきり遊んで程よく疲れたと感じていた私と順子に、ひかりが声をかけてきた。

 

 小笠原

「みっちん、じゅんちゃん、ちょっといい?」

 

 武田

「ん? なに、ひかり?」

 

 小笠原

「あのね、学校に忘れ物してきちゃったんだ。それで、二人にも一緒にきて欲しいんだけど、いいかな?」

 

 私は一瞬、なんで私と順子まで付き合う必要があるのか、と疑問に思った。しかし、その疑問の答えはすぐに出てきた。

 

 武田

≪あ、そういえば私の誕生日のサプライズの準備?してたっけ≫

 

 学校を出る前に二人でコソコソ何かしていたことを私は思い出した。きっとこれから学校でそのサプライズを実行するのだろう。

 

 日置

「私はいいよ。みっちんも大丈夫だよね? ね?」

 

 ひかりの質問に答えた順子は、私にも一緒に来るように同意を迫ってきている。普段通りにしているようで、そうじゃない二人の様子に思わず笑ってしまいそうになるのをグッと堪えた。

 

 武田

「うん。私も一緒にいくよ」

 

 私がそう答えると、二人の顔からぱぁっと笑みがこぼれた。

 

 小笠原

「よーし! それじゃ学校へゴーバーック!」

 

 日置

「ばきゅーん!」

 

 武田

≪ほんとに、嘘つくの苦手なのに無理しちゃって≫

 

 私はサプライズを隠そうと必死な二人に苦笑いしながら、再び学校へ戻っていくのだった。

 

 

 

 横須賀市街から20分もしないうちに学校に戻ってきた。

 

 小笠原

「ちょっと取ってくるから、二人はそこで待ってて」

 

 日置

「はいさ」

 

 私の返事も聞かず、ひかりはそそくさと教室に入ってすぐに扉を閉めた。おそらく教室の中で何か準備をするのだろう。

 しかしこのまま何もせず待つだけでは面白くない、そう思った私は隣にいる順子にもう一度聞いてみることにした。

 

 武田

「ねぇ順子、もう一回聞くけどひかりと二人で何企んでるのさ?」

 

 日置

「え? 何のことかなー?」

 

 私の質問に相変わらずしらを切る順子。しかしその顔には焦りが見えていた。イタズラ心をくすぶられた私は、さらに順子を追いつめていく。

 

 武田

「そういえば、今日って私の誕生日なんだよねー」

 

 日置

「ギクッ!?」

 

 武田

「そんな日に私に内緒で親友二人がコソコソしている。これって偶然?」

 

 日置

「べ、べべ別にコソコソなんて、してないよ?」

 

 武田

「本当にー?」

 

 順子の焦りはどんどん大きくなっていき、私の目で見てもわかるくらい汗が流れていた。さすがにこれ以上は可哀そうだろうと思った時、教室の中からひかりの声がした。

 

 小笠原

「ごめーん。みっちん、じゅんちゃん、ちょっと中入ってきてくれる?」

 

 ひかりが私と順子に中に入るよう言ってきた。中の準備が整ったのだろう。

 

 武田

「ほら、順子。ひかりが呼んでるから行こう」

 

 日置

「へ? あ、そうだね」

 

 焦りすぎて声が聞こえていなかったという様子の順子を引き連れて私は教室の扉の前に立った。

 

 武田

≪さて、どんなサプライズが待っているのかなー?≫

 

 これから始まるサプライズに期待しながら、私は教室の扉を開けた。

 すると、

 

 パパーン!!

 

 開けたと同時にクラッカーの音が何発も耳に響いてきた。その音に続けと言わんばかりに、いくつもの大きな声が私耳に飛び込んでくる。

 

 小笠原

「みっちん、お誕生日おめでとー!」

 

 日置

「みっちんおめでとー!!」

 

 松永

「おめでとー!」

 

 姫路

「おめでと~」

 

 万里小路

「おめでとうございます」

 

 中で待っていたのは、先に教室に入っていたひかりに加え、りっちゃん、かよちゃん、万里小路さんの砲雷科仲間のみんなだった。教室内はいつのまにか装飾が施され、黒板にはクラスのみんなから私へのバースデーメッセージがびっしり書かれていた。さらに、ひかりたちが囲んでいる机の上を見てみると、私の好物であるイノシシ肉や柏餅を始めとした料理がいくつも並んでいた。

 そんないつもとは違う教室を眺めていると、ひかりが不思議そうな顔をして私を見ていた。

 

 小笠原

「……あれ? みっちんの反応がうっすい気がする……」

 

 姫路

「みっちん、サプライズだよ~。驚かなかったの?」

 

 かよちゃんも疑問に思ったようで、私に質問してきた。

 

 武田

「いや、正直遊びに行く前からもうバレバレだったから」

 

 小笠原

「ええー!? うっそ、絶対ばれないと思っていたのに」

 

 日置

「ひかりちゃんゴメーン! 待っている間にみっちんに色々聞かれちゃったよぉ」

 

 先ほどまで私にからかわれていた順子がひかりに対して申し訳なさそうに謝っている。ひかりは私にバレていたことが未だ信じられないという顔をしている。

 

 松永

「あらー。サプライズちょっと失敗かな?」

 

 万里小路

「あらあら。残念ですわね」

 

 サプライズが筒抜けであったことを知り、残念そうな様子を見せる5人。

 

 武田

「でも、ここまで教室を綺麗に飾って、料理までいっぱい用意してくれたのは、結構驚いたよ。みんな、ありがとう」

 

 小笠原

「みっちん……。うん、頑張って準備したんだよ!」

 

 私の素直な感想に、ひかりたちは一転笑顔を見せる。私のためにここまで準備してくれたみんなに私は感謝の気持ちでいっぱいになっていた。

 

 小笠原

「よーし! それじゃ、みっちんの誕生日パーティ、はじめよっか!」

 

 日置、松永、姫路、万里小路

「おー!」

 

 ひかりの元気な声にみんなが一斉に答える。

 さぁ、これから楽しいパーティの始まりだ。

 

 武田

「あ、パーティの前に私からちょっといい?」

 

 小笠原

「ん? なにさ、みっちん」

 

 

 

 武田

「みんな、あけましておめでとう! 今年もよろしくね!」

 

 

 

 新しい年の始まり、そして私にとっても新しい一年の始まり、みんなと一緒に迎えられたのはきっととても素敵なことだろう。

 

 さぁ、これから一年間、何が起きるのかな?

 

 夢と希望に満ちた一年が、今から始まる!



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特別編⑱ お祭りでハッピー!

Happy Birthday つぐちゃん&メイちゃん!

今回はサトちゃん&ミーちゃん以来のダブル誕生日!
本日1月28日は、つぐちゃんこと八木鶫ちゃんとメイちゃんこと西崎芽依ちゃんのお誕生日でございます。

まずはつぐちゃんから。
つぐちゃんは晴風の通信員担当、そして横須賀の諏訪神社の娘さんです。
アニメでも漫画でも巫女服姿を披露していますね。
私、つぐちゃんがはいふりキャラのイチオシなのです!
いつか誕生日来たら盛大にお祝いしてやるんだ、と待ってました。
こういう形でお祝い出来て嬉しいです。

そしてもう一人、メイちゃんです。
メイちゃんは晴風艦橋メンバーの一人で、役職は水雷長。
トリガーハッピーの気があるのか、作中でも「魚雷を撃ちたい」が口癖に思えるほど、好戦的な子なのが印象的でした。
そしてメイちゃんと言えば、相方のタマちゃんこと立石志摩ちゃんとの仲の良さですよね。
はいふりカップリングの中でも、メイタマは超鉄板ですよね。

そんな二人の誕生日をお祝いする作品です。
是非楽しんでいっていただければと思います。

それでは、どうぞ!


 2017年1月28日午前11時

 

 -鶫side.-

 

 横須賀市内にある諏訪神社。私、八木鶫の実家であり、日本が地盤沈下を始めるずっと前から横須賀の街にある古く由緒ある神社である。祀っている神様は「お諏訪様」の愛称で親しまれている軍神・建御名方神(タケミナカタノカミ)。軍神の名の通り戦勝や武運長久の願いを叶えてくれると言われている。そのご利益にあやかろうと、お正月には私の通う横須賀女子海洋学校への入学を目指す多くの受験生たちがこの神社を訪れる。

 

 そんなお正月と受験シーズンがひと段落したばかりの諏訪神社は今日、ちょっと広めの境内に露店が立ち並び、いかにもお祭りといった雰囲気となっている。

 実は今日は今年一年の運勢を占う年中行事が行われる日で、それに合わせて境内でちょっとしたお祭りが開かれているのだ。かくいう私も学校の寮を朝イチで出て、実家のお手伝いをしていた。

 

 八木

「ふぅ。もうすぐお昼だから、もっとお客さん増えそうだね」

 

 時間は午前11時。これからさらにお祭りのお客さんは増えていくだろう。

 すると、社務所にいる私の後ろから同じ巫女服を着た一人の少女が声をかけてきた。

 

 知床

「お疲れ様、八木さん。はい、お茶だけど飲む?」

 

 八木

「あ、リンちゃん。ありがとう」

 

 彼女、知床鈴ちゃんは学校のクラスメートであり、私と同じく実家が神社の子だ。実は丁度一年前のお正月、高校に入学する前のリンちゃんとこの神社で出会っていた。その時、あろうことか私はお参りにきていた彼女に半ば強引に巫女のお手伝いをさせてしまったのだ。しかし、その時の精力ぶりが神主である私の両親にとても気に入られたようで、高校に入学してからも何か神事やお祭りがある度に私と一緒に彼女を呼んで、お手伝いをしてもらうようになっていた。 

 八木

「いつもありがとうね。うちの両親もいつもすごく助かるって喜んでいたよ」

 

 知床

「そ、そんな。巫女のお仕事するのは全然嫌じゃないよ。それに、去年のお正月に初めてお手伝いした時も結構楽しかったし」

 

 八木

「う、あの時は本当にごめんなさい……」

 

 私としては早く忘れてもらいたい過去を引き合いに出されて、思わず誤ってしまった。しかし当のリンちゃんはあの時のことを全く気にしてはおらず、むしろ楽しい思い出になっているようだった。

 

 

 

 その後、なんとかお昼の一番お客さんが来る時間帯をリンちゃんや他のお手伝いさんたちと一緒に乗り切って、少し落ち着いた頃合いとなった午後1時。

 お母さんからリンちゃんと一緒にお手伝いあがってもいいという言葉をもらって、社務所裏の更衣室へ向かおうとしたその時だった。

 

 宇田

「あ、いたいた。つぐちゃんリンちゃん、二人ともお疲れー」

 

 八木

「あれ、めぐちゃん? どうしたの?」

 

 現れたのはリンちゃんと同じくクラスメートであり、私とは高校入学前からの幼馴染であるめぐちゃんこと宇田慧ちゃんだった。

 いつもは元気いっぱいで明るい彼女だが、今日はなんだか少しお疲れといった様子だった。

 

 八木

「誕生日パーティにはまだ時間あるよね? もしかしてもう呼び出し?」

 

 宇田

「いやー……、そうじゃないんだけど……」

 

 すると、私の横にいたリンちゃんがある違和感に気づいた。

 

 知床

「あ、宇田さんの後ろにいるのって」

 

 リンちゃんに言われてめぐちゃんの後ろを見ると、さらにもう一人いることに気がついた。見えたのは髪の毛を赤いリボンで結んでいて、オレンジ色のパーカーを着ためぐちゃんと身長が同じくらいの女の子だった。そして、私とリンちゃんはその人に見覚えがあった。

 

 八木

「す、水雷長?」

 

 知床

「メイちゃん?」

 

 そこにいたのは、普段の様子とは全く違うお通夜ムード全開にまで気落ちしてしまっていた、水雷長こと西崎芽衣ちゃんの姿であった。

 

 

 

 -芽依side.-

 

 めぐちゃんに連れられて、私はつぐちゃんの実家の神社に来ていた。

 神社の境内では何やらお祭りをやっていたようだが、完全に落ち込んでいた私はそんなことには目もくれず、つぐちゃんのお家に招かれていた。つぐちゃんとリンちゃんは先ほどまで神社の巫女さんのお手伝いをしていて、巫女服を着たままだ。

 

 宇田

「ごめんね。さっきまで神社のお手伝いだったんだよね?」

 

 八木

「いいよいいよ。それより水雷長なんだけど……」

 

 知床

「メイちゃん、何があったの?」

 

 私のことを心配して、リンちゃんたちが私に優しく声をかけてきてくれた。

 その優しさが今の私にはすごく心に響いたのか、今まで抑え込んでいた感情が一気にあふれ出てくる。

 

 西崎

「う、うぅ、うわあああああああん‼」

 

 知床

「うぇ⁉ め、メイちゃん⁉」

 

 気持ちを抑えきれなくなった私は、泣きながら隣に座っていたリンちゃんに抱き着いた。学生寮からここまでずっと我慢していたため、なかなか高ぶった感情は収まらず、涙も止まらない。

 

 宇田

「ちょちょっ、水雷長大丈夫なの?」

 

 八木

「と、とりあえずこれ飲んで。落ち着くから」

 

 突然泣き出してしまった私を心配してめぐちゃんとつぐちゃんが近寄ってきた。つぐちゃんの手には淹れたての緑茶が入った湯呑が握られていた。

 私はリンちゃんから離れ、つぐちゃんから湯呑を受け取って一口飲んだ。さっきまで寒い外にいたせいか、緑茶の熱さに少し驚く。その熱さの後、緑茶独特の苦みが口の中いっぱいに拡がり、少しずつ高ぶっていた気持ちがスーッと沈静化していく。

 

 西崎

「うくっ、うくっ、……はぁ」

 

 お茶を飲み干してようやく落ち着いた私は、心配してくれた三人の顔を見渡した。リンちゃんは少し涙目になっているがその顔には笑顔が戻っていた。めぐちゃんとつぐちゃんは落ち着きを取り戻した私を見て一安心したという表情だ。

 

 西崎

「三人ともごめん。急に泣き出したりしちゃって」

 

 私は恥ずかしい姿を見せてしまったことを謝る。

 三人は揃って、大丈夫だよ、と言って私に笑顔を向けてくれた。

 

 すると、リンちゃんとつぐちゃんが私に尋ねてきた。

 

 知床

「それよりもどうしてあんなに落ち込んでたりしてたの?」

 

 八木

「そうそう。いつも元気いっぱいな水雷長があんなに気落ちするなんて」

 

 二人はなぜ私が気落ちしていたのか気になっているようだ。あんな落ち込んだ状態で突然ここに来て、挙句泣き出してしまったのだから、気になるのは当然だろう。

 

 西崎

「そうだね。めぐちゃんにもちゃんと話してなかったね」

 

 私は覚悟を決めて、三人に事情を話すことにした。

 

 西崎

「実は……、タマとケンカしちゃったの」

 

 八木、知床、宇田

「ケ、ケンカぁ⁉」

 

 

 

 事の始まりは一時間ほど前に遡る。

 私は土曜日の休みをタマと一緒に過ごそうと、タマの部屋の前に立っていた。

 

 西崎

「タマー! ねぇねぇ、遊びに行こうよー!」

 

 ノックもチャイムもせず、扉の前で大きな声で呼び出す。傍から見たらすごい迷惑行為に見えるが、これがいつものタマの呼び出し方なのである。

 こうして呼び出すとすぐに扉を開けてひょっこりと顔を出してくれるのだが、なぜか今日は違った。1分以上待っても扉は開かず、全く反応がないのだ。

 

 西崎

「タマー? ねぇ、タマってばー?」

 

 私は何度もタマを呼び続けた。しかしそれでも扉が開かれることはなかった。

 

 西崎

「おっかしいなぁ。まだどこにも出かけてないはずなのに……、ってあれ? タマからメッセージ?」

 

 普段とは違う様子に疑問を抱いていると、スカートのポケットに入れていたスマホにタマからのメッセージを受信した通知が届いていた。早速確認すると、そこにはこう書かれていた。

 

 立石

[ごめん 今はダメ]

 

 私は驚いた。今までどんな遊びの誘いにも二つ返事で了承してくれたタマが、初めて誘いを断ったのだ。

 しかし、私は納得がいかず扉の向こうにいるタマに向かって話しかけた。

 

 西崎

「今日はダメってどういうこと? 部屋にいるんでしょ? せめて顔出して理由くらい教えてよ?」

 

 私は何度も何度も問い続けた。しかしその扉は開かれることなく、メッセージで[理由は、今は言えない]の一点張りだった。

 

 そんなやり取りを10分近く続き、私もタマもどんどんヒートアップしていった。

 そしてついに、限界を迎えてしまった。

 

 西崎

「あー! もういいよ! そんなに私と遊ぶのが嫌なら、もういいよ! これからも一緒に遊んであげないんだからね!!」

 

 私は吐き捨てるようにタマに叫んだ。

 するとすぐに、スマホにタマからのメッセージが表示された。

 

 立石

[いい加減、うるさい 早く帰って]

 

 私はその冷たい言葉に、私は怒りのままに部屋の前から走り出していった。

 

 

 

 -鶫side.-

 

 八木

「……それで飛び出した後になって、一気に後悔してしまったと?」

 

 西崎

「……うん」

 

 宇田

「で、ベンチでうずくまっていたところを私が発見したというわけよ」

 

 水雷長の話を聞き終えた私、リンちゃん、めぐちゃんの三人。私は誰よりも仲良しコンビの水雷長と砲術長がケンカをしたことにかなり驚いていた。

 しかし同時に、なぜ砲術長が頑なに水雷長の誘いを断ったのか、その理由がなんとなくわかってしまっていた。

 

 八木

≪これって、やっぱりアレだよね≫

 

 私はチラっとめぐちゃんの方を見てみた。どうやら彼女も私と同じく、水雷長の話から砲術長の考えを理解したようだ。

 

 すると、リンちゃんが突然水雷長に話しかけた。

 

 知床

「ね、ねぇ。もしかしてタマちゃんはメイちゃんに……ムグッ⁉」

 

 宇田

「わっ⁉ わーわー!」

 

 私とめぐちゃんはこれ以上はいけないと思い、慌ててリンちゃんの口を塞いだ。そして、水雷長をリビングに残してリンちゃんを廊下へ連れ出した。

 

 知床

「むぐぐ、ぷはぁ。い、いきなり引っ張るなんてひどいよぉ」

 

 宇田

「それはこっちのセリフ! 今ここで水雷長に話しちゃったら、砲術長がケンカしてまで隠してた意味がなくなっちゃうよ」

 

 八木

「そうそう」

 

 予想通り、リンちゃんも私とめぐちゃん同様に砲術長の考えに気が付いていた。しかし、元来の優しい性格が水雷長の誤解を解こうという気持ちを先行させてしまい、つい口が滑ってしまったようだ。

 

 知床

「そ、そうだよね。私、とんでもないことをするところだった……。二人ともありがとう」

 

 リンちゃんもようやく自分がしてしまいそうになったことに気づき、慌てて私たちに謝った。

 しかし、水雷長に本当のことを話せないとなるとこの後どう上手くやり過ごせばいいのか、私にはすぐに考えが浮かばなかった。

 

 宇田

「で、この後どうするの? とりあえずなんとか慰めてみる?」

 

 知床

「でも、あんなに落ち込んだメイちゃん初めて見たし、どうしたらいいのかわからないよぉ」

 

 三人揃って色々考えてみようとしたが、なかなかいい考えは浮かばなかった。このままずっと廊下にいると、リビングで待たせている水雷長に怪しまれてしまうかもしれない。そうなってはダメだ、そう思った私は意を決してめぐちゃんとリンちゃんにこう言った。

 

 八木

「とりあえず、お祭り行こうよ。四人で」

 

 宇田、知床

「……へ?」

 

 

 

 -芽依side.-

 

 私の話を聞くやすぐに廊下に出て何やら話し込んでいたつぐちゃん、めぐちゃん、リンちゃんの三人は、部屋に戻って来ると突然「外のお祭りに行こう」と言い出してきた。

 私はつぐちゃんに引っ張られて再び神社の境内に出ていた。

 

 八木

「ほらほら、水雷長。お腹すいてるでしょ? どれ食べる?」

 

 つぐちゃんは境内にいくつも並んでいる出店を指差して勧めてくる。タマとケンカしてお昼を食べ損ねていた私にはどれも魅力的に見えた。しかし、まだタマとのことを引きずっていた私はまだ立ち直り切れていなかった。

 

 西崎

「えと、つぐちゃん? どうして急に……」

 

 八木

「あれ? お腹すいてなかった? それじゃあっちの射的とかどう? 水雷長って射的得意でしょ?」

 

 西崎

「あ、いや、そういうんじゃなくて……。と、とりあえず何か食べるよ」

 

 私がつぐちゃんにお祭りに連れてきたわけを聞こうとすると、彼女はすぐさま別のお店を勧めようとしてきた。普段とは全然違うつぐちゃんに圧倒された私は、仕方なく彼女の勧めに乗ることにした。

 

 知床

「なんか、つぐちゃんって結構強引なとこあるんだね」

 

 宇田

「そうなんだよねー。普段ぼーっとしてる感じなのに、急にアクティブになるんだよね。そういえば、航海長にも覚えがあるんじゃないの? あんな感じのつぐちゃんに」

 

 知床

「あ、そういえばそうだね」

 

 後ろではめぐちゃんとリンちゃんが一歩引いた様子で私とつぐちゃんの様子を見守っていた。私は二人に暴走気味のつぐちゃんを止めてくれることを期待していたが、今の会話を聞くと三角関数の計算を間違えて放たれた魚雷の如く当たることはないと確信した。

 すると、つぐちゃんが出店で買ってきたフランクフルトを手にして戻ってきていた。

 

 八木

「はい。とりあえずこれ食べて」

 

 西崎

「う、うん。ありがと」

 

 私はつぐちゃんから熱々のフランクフルトを受け取り、一口頬張る。程よく焼けたソーセージの香りが口の中いっぱいに拡がり、後からケチャップとマスタードも混じってきた。まさにこれぞお祭りの味といったものだ。

 

 八木

「どう? おいしい」

 

 西崎

「うん。おいしいよ」

 

 八木

「ほんと、よかった!」

 

 私の言葉につぐちゃんはとても明るい笑顔を見せてくれた。その笑顔に私は少し気分が晴れたような感じを覚えた。

 もしかしたら、つぐちゃんは元気がなかった私を励まそうとお祭りに連れ出したのかもしれない。私は今ようやくそれに気づいたのだった。

 

 八木

「どう? 水雷長、少しは元気出た?」

 

 西崎

「うん、おかげさまで。ありがとう、つぐちゃん」

 

 八木

「いやいや。これもお祭りとお諏訪様のおかげだよー」

 

 つぐちゃんは神社の拝殿の方に向かって手を合わせながら、一礼した。こうした姿を見ると、彼女がまこと神社の娘であることがよくわかる。

 

 宇田

「よーし、水雷長も元気出たみたいだし、みんなでお祭り楽しんじゃおうよ」

 

 知床

「うん、そうだね」

 

 様子見をしていた二人も加わり、私たちはお祭りを楽しむことにした。

 

 それから私たちはお祭りを満喫しまくった。フランクフルト一本ではお腹は全然満たされなかったので、さらに焼きそばとたこ焼きも追加で食べた。ご飯を食べた後は、得意な射的で景品を取りまくってお店のおじちゃんを困らせちゃったり、めぐちゃんが金魚すくいで20匹近くの金魚を掬いあげるという意外な才能を発揮したりと、いろんなことがあった。

 

 

 

 そして気が付けば午後3時。心ゆくまでお祭りを楽しんだ私たちは、境内の隅にあるベンチに腰掛けていた。

 その時、私はつぐちゃんがものすごいスピードでスマホをタップして何かを打っていることに気が付いた。何かを一瞬のうちに打ち終わると、つぐちゃんは何事もなかったようにスマホを巫女服の中にしまった。

 

 西崎

「つぐちゃん、誰かに連絡してた?」

 

 八木

「え⁉ う、うん、ちょっとね」

 

 何か歯切れの悪い返答が返ってきたが、私が彼女のプライベートなことに口出しするのはさすがに悪いと思い、再びベンチに深く座ってのんびりすることにした。

 

 そうしてベンチに座って10分くらいしたころ、すっかり気が緩んでいた私たちのもとに人影が一つこちらへと走ってきた。私が誰なのか確認しようとした時、その人影は私の真正面に立ち、こう言い放った。

 

 立石

「ハァハァ、め、メイ!」

 

 西崎

「た、タマ⁉」

 

 それは、私の一番の親友で、ついさっきケンカをしてしまったタマだった。タマの顔を見た途端、私は寮でケンカした時のことが一気にフラッシュバックしてきた。すると、先ほどまでの楽しい思い出はどこへやら、逆に罪悪感が沸き上がってきてしまった。

 

 立石

「メイ……」

 

 西崎

「あ、タマ、えと……」

 

 タマに謝らなくちゃ。さっきはひどいこと言ってゴメン、そう言いたいのになかなか口には出せずにいた。タマも何か言いたそうだが、こちらも言い出せないという顔をしていた。

 二人の間に沈黙の時が流れる。実際にはそんなに時間はたっていないはずなのに、私にはそれがとても長い長い時間に感じた。

 

 すると、私の隣に座っていたつぐちゃんが私の背中をポンと叩いた。

 

 八木

「大丈夫。ほら」

 

 たった二言だった。でもその二言が私に大きな勇気をくれた。

 私は覚悟を決めて、立ち上がってタマと向き合った。

 

 西崎

「タマ、さっきはゴメン! もう一緒に遊んであげないなんて、そんなこと言っちゃって、本当にゴメン!」

 

 大きく頭を下げて、精一杯の謝意を示した。どう考えても悪かったのは私の方だった。だから、私はちゃんと謝らなくちゃいけない。まさに万感を込めての謝罪だった。

 そうしてしばらく頭を下げていると、首から肩にかけてフワッとした何かが掛けられた感覚がした。私は恐る恐る頭を上げて、首元を見た。私の首にかけられたもの、それはオレンジ色の毛糸で編まれたマフラーだった。

 

 立石

「メイ、お誕生日、おめでとう。私からの、プレゼント」

 

 タマが恥ずかしそうに私に声をかけてきた。そしてタマの言葉で私はあることに気が付いた。

 

 西崎

「え? これもしかしてタマの手作り?」

 

 立石

「うぃ」

 

 西崎

「それじゃ、朝に部屋から出てこなかったのは」

 

 立石

「それ、編んでたの。メイを驚かせよう思って。だから、ドア開けられなかったの。ごめんね」

 

 西崎

「タマ……、タマー‼」

 

 私は嬉しさの余り、人目をはばからずタマに抱き着いた。

 

 西崎

「タマ、ありがとう。ほんとにありがとう。すっごくうれしいよ!」

 

 立石

「むぐ、メイ、苦しい……」

 

 それでも私はぎゅーっとタマを抱きしめ続けた。もう絶対離さない、そう思いながら。

 

 

 

 -鶫side.-

 

  水雷長と砲術長の熱い抱擁を私はベンチから眺めていた。とりあえず二人の誤解も解け、仲直りできたことに私は一安心した。

 すると、いつの間にか隣に移動していためぐちゃんが私にニヤニヤした顔をしながら話しかけてきた。

 

 宇田

「つぐちゃんやるじゃん。いつの間に砲術長に連絡してたなんて」

 

 知床

「え? そうだったの?」

 

 八木

「さて? 何のことかな?」

 

 めぐちゃんとリンちゃんにはとぼけてみせたが、めぐちゃんの言ったことは正しい。お祭りの最中、私は密かに水雷長が神社にいることを砲術長に伝えていた。そして、タイミングを見計らってここに来るようにしたのだ。その思惑は見事に成功、我ながらいい作戦だったと思う。

 

 宇田

「でもよかった。仲直り出来て」

 

 八木

「うん、そうだね」

 

 砲術長から誕生日プレゼントの手編みマフラーをもらって、水雷長はとても嬉しそうな顔をしている。そんな微笑ましい様子を見て、私は少しだけ羨ましいと思っていた。

 すると、めぐちゃんが私の巫女服の裾をくいくいと引っ張っていた。私はめぐちゃんの顔を見ると、少し頬を赤くして何か言いたげな様子だった。

 

 宇田

「ね、ねぇ? ちょっと、いいかな?」

 

 めぐちゃんはそういうと、カバンの中から何かを取り出して私に差し出してきた。これは、もしかして。

 

 宇田

「つ、つぐちゃん! お誕生日おめでとう!」

 

 八木

「わぁ、私へのプレゼント? ありがとね、めぐちゃん」

 

 めぐちゃんが私にプレゼントしてくれたのは、手袋と靴下だった。

 

 宇田

「ほら、つぐちゃん神社のお手伝いの時、寒そうにしてたでしょ? そんな時にそれ使ってほしいって思ったのよ」

 

 八木

「うん、この時期すっごく寒いから助かるよ。めぐちゃん、ほんとにありがとう!」

 

 私は早速手袋を両手につけてみた。冷えていた手を手袋が優しく包み込んで、ポカポカと暖かさが指先から全身に巡っていくようだ。これなら冬のお手伝いも楽になりそうだ。めぐちゃんも私が手袋をして喜んでいるのが、とても嬉しいようだ。

 すると、めぐちゃんの隣にいたリンちゃんが何やら慌てた様子になっていた。

 

 知床

「あー! どうしよう。私プレゼントを寮に置いてきたままだったよぉ」

 

 どうやら今ここでプレゼントを用意していなかったことを悔いているようだ。

 

 宇田

「まぁまぁ、航海長は二人のお誕生日会で渡す予定だったんでしょ? なら用意してないのは仕方ないよ」

 

 知床

「そ、そうだけど」

 

 八木

≪……ん?≫

 

 二人のやりとりを聞いた時、私はあることに気が付いてスマホを取り出した。画面には「15:30」と表示されていた。

 

 八木

「ね、ねぇ? 私と水雷長の誕生日会って何時からだっけ?」

 

 宇田

「え? 4時からだよ。もしかして忘れてた?」

 

 八木

「いや、もう3時半なんだけど……」

 

 宇田、知床

「⁉」

 

 めぐちゃんもリンちゃんもすでにそんなに時間がたっていたことに驚き、一気に顔が青ざめていった。

 

 

 知床

「ど、どどどどどうしよう。早くしないと遅刻しちゃうー」

 

 宇田

「とにかく、めぐちゃんと航海長は早く着替えてきて。それと、水雷長と砲術長にも早く知らせないと……ってあれ?」

 

 めぐちゃんが先ほどまで水雷長と砲術長がいた場所を見ると、すでに人影はなくなっていた。

 すると、神社入り口の鳥居の方から水雷長の声が聞こえてきた。

 

 西崎

「おーい! 三人とも早く寮に戻らないと誕生日会遅れちゃうぞー!」

 

 八木

「い、いつのまに……」

 

 水雷長の横で砲術長も早く早くと急ぐよう手招きしている。

 

 八木

「とにかく、さっさと着替えちゃおうよ」

 

 知床

「う、うん」

 

 宇田

「二人とも早くねー」

 

 私とリンちゃんは急ぎ社務所裏の更衣室へと向かうのだった。

 



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特別編⑲ お肉でハッピー!

Happy Birthday! じゅんちゃん

本日2/5はじゅんちゃんこと日置順子ちゃんのお誕生日です。

誕生日記念も19作目、もはや本編どっちだレベルです(ごめんなさい)
本編云々については、今回の後書きに少し書かせていただきましたので、一読ください。

さて、じゅんちゃんと言えば砲撃三人娘の一人ですね。「バキュン」が口癖なのが結構印象的な子だと思います。

今回はじゅんちゃんの好物が「鹿肉」というなんともレアな食材であることをネタにしてみました。

それでは、どうぞ!


 2017年2月5日午後5時

 

 -順子side.-

 

 日置

「おぉ……! これは、たまりませんなぁ」

 

 私、日置順子は今まさに幸せの絶頂にいる。その理由は、目の前のテーブルに広げられた「あるもの」のおかげだろう。

 人はそれを「もみじ」と表現することもあるが、それも納得がいくほど美しい赤色をしている。余計な白い筋などほとんどない、純然たる赤だ。そんな「あるもの」は私の大好物だが、滅多に食べる機会のない貴重なもの。それが今、目の前にある。こんなに嬉しいことはないだろう。

 

 日置

「お父さん、お母さん、この鹿肉、おいしくいただきます!」

 

 そう、「あるもの」とは両親から誕生日プレゼントで送られてきた鹿肉のことだ。その量、なんと500g。しかも、最近では地盤沈下で国土が減ったため大変貴重になった国産のエゾシカのお肉なのだ。いくら誕生日だからといってさすがに奮発しすぎな気がするが、両親曰く「学校でお勉強頑張ってるから、ご褒美だよ。お友達とみんなで食べてね」とのことだ。

 

 日置

「さてさて、そろそろひかりちゃんとみっちんがうちにくるころのはずだけど……」

 

 時間は夕方の5時。これから砲雷科のみんなをうちに呼んで、私の誕生日パーティをすることになっている。

 

 ピンポーン

 

 日置

「お、噂をすれば」

 

 見計らったかのようなタイミングで呼び鈴が鳴った。私は部屋の入口の鍵を開けた。

 

 小笠原

「じゅんちゃーん! お誕生日おめでとー!」

 

 武田

「きたよー」

 

 日置

「待ってたよー。さぁさぁ、あがって」

 

 私のクラスメイトで、同じ射撃指揮所で切磋琢磨する仲間であるひかりちゃんとみっちんだ。私は早速二人を部屋の中へ入るよう促した。

 真っ先に部屋に上がったひかりちゃんは、早速テーブルにある鹿肉を興味津々に見ていた。

 

 小笠原

「うわぁ、おっきいお肉。ねぇ、これ何のお肉?」

 

 続いて、みっちんも鹿肉を見て驚いた様子を見せていた。

 

 武田

「牛とか豚とは違うよね? もしかして、順子が好きって言ってた鹿肉?」

 

 日置

「みっちん、あったりー! そうそう、鹿肉だよ」

 

 小笠原

「へー、初めて見たかも」

 

 初めて見る鹿肉にひかりちゃんはますます興味を持ったらしく、目を輝かせていた。

 

 武田

「こんな量、一人じゃ食べきれないでしょ?」

 

 日置

「まぁね。だから今日の誕生日パーティでみんなと食べようと思ってさ」

 

 私がみんなで食べようと言うと、ひかりちゃんが飛びつくように私に尋ねてきた。

 

 小笠原

「え! 食べていいの!」

 

 日置

「うん。うちの両親もみんなで食べてねって言ってたからね。きっとバキュンと撃ち抜かれるくらい美味しいから、期待してよね」

 

 武田

「へー。それは楽しみね」

 

 小笠原

「それで、どんなお料理にするの?」

 

 日置

「ふふーん。今日はみんなで囲んで食べれるもみじ鍋にするよ。寒い冬にぴったりのお料理だよ。二人とも、準備手伝ってくれる?」

 

 小笠原、竹田

「はーい」

 

 今日のパーティメニューは、鹿肉料理と言えばこれ、という定番の「もみじ鍋」だ。すでにお鍋に使う白菜やえのき茸、お豆腐などの食材は用意してある。

 私とひかりちゃんは鹿肉や野菜を包丁で切り分ける作業を、みっちんはお鍋の出汁を作る作業を担当することになった。

 

 小笠原

「そういえば、三人で料理するのって初めてじゃない?」

 

 武田

「あー、そうだよね。普段は主計科のお料理食べてるからね」

 

 日置

「みかんちゃんたちのお料理、ほんとに美味しいよね。艦の上で食べるとおいしさ倍増だよね」

 

 小笠原

「だよねー。あ、椎茸切り終わったよ」

 

 私たち三人はみかんちゃんたちの美味しいお料理の話題で盛り上がりながら、着々とお鍋の準備を進めていった。

 

 

 

 そして、一時間後。

 テーブルの上には、鰹節とだし昆布からとった出汁を入れた鍋がクツクツと湯気を立てている。その横には、一口サイズに切り分けた白菜や椎茸、えのき茸などのお野菜、そしてメインである鹿肉が並ぶ。鹿肉は薄くスライスして、長ネギや白髪ネギを芯にして巻かれている。定番のもみじ鍋の食べ方だ。

 

 日置

「よーし、完成! 二人ともありがとね」

 

 小笠原

「なんのなんの。これくらい余裕だよ」

 

 武田

「それじゃ、あとは残る三人を待つだけだね」

 

 そう、みっちんのいう通り、お誕生日パーティの参加者はまだ全員揃っていない。あと三人、もうそろそろ来てもよい時間のはずだがまだ到着していなかった。

 

 ピンポーン

 

 すると、またもや丁度良いタイミングで呼び鈴が鳴った。

 

 小笠原

「お、ベストタイミングじゃん」

 

 日置

「私が出てくるから、二人は待ってて」

 

 私は急いで玄関へと向かった。

 扉を開けると、そこには二人の人影が立っていた。

 

 松永

「お待たせー。もしかして待たせちゃった?」

 

 姫路

「かよちゃんとうちゃ~く。いや~遅くなってごめんね」

 

 日置

「大丈夫! むしろバキュンとベストタイミングだよ。さぁ上がってよ」

 

 魚雷発射管担当のゆるふわガールズ、りっちゃんとかよちゃんを早速部屋へと招き入れる。その時、私は最後の一人が一緒にいないことに気が付いた。

 

 日置

「あれ? マリコーと一緒じゃないんだ?」

 

 姫路

「あ~、万里小路さんは自室から取ってくるものがあるから先にじゅんちゃんのお部屋に行ってくださいだって」

 

 松永

「とっておきのものをご用意しましたって言ってたよー」

 

 あの超お嬢様のマリコーがとっておきと言うくらいだから、そんじょそこらのものじゃないものを持ってきてくれるのだろう。私の期待は否応にも高まっていた。

 

 小笠原

「あ、りっちゃんとかよちゃんだ! おつかれー」

 

 松永

「いやー、待たせてごめんねー」

 

 部屋に上がったりっちゃんとかよちゃんはひかりちゃんとみっちんに軽く挨拶をする。そして、すぐさまテーブルの上のもみじ鍋へと視線が移る。

 

 姫路

「お~、お鍋だ~。ねぇねぇ、何のお鍋なの?」

 

 武田

「もみじ鍋だよ。鹿のお肉の鍋ね。順子の実家から鹿肉がきたから、みんなで食べようって」

 

 松永

「鹿肉かー。私初めてだよー。かよちゃんは?」

 

 姫路

「私も~。楽しみだね、りっちゃん」

 

 二人は初めての鹿肉に期待いっぱいのようで、早く食べたいという表情をしていた。

 

 日置

「さて、後はマリコーの到着を待つだけだね」

 

 小笠原

「あれ? マリコーまだ来てなかったんだ」

 

 姫路

「自室に戻っただけだから、もうすぐ来るはずだよ~」

 

 すると、三度目の呼び鈴が鳴る音がした。私は再び玄関に行くと、扉の向こうには最後の待ち人の姿があった。

 

 万里小路

「お待たせして申し訳ありません。万里小路楓、ただいま到着いたしました」

 

 日置

「待ってたよマリコー」

 

 早速マリコーを部屋に招き入れる。

マリコーの腕には自室から持ってきた発泡スチロールの箱が抱えられていた。

 

 日置

「その箱が部屋から持ってきたもの? 発泡スチロールだから、食材かな?」

 

 万里小路

「そうですね。きっと日置さんが喜んでくださるものですよ」

 

 マリコーの言葉に期待値はバキュンと上限突破してしまいそうな勢いだ。

 

 部屋に入ると、マリコーはひかりちゃんとかよちゃんから熱烈な歓迎を受けた。きっともみじ鍋を早く食べたくて仕方ないのだろう。

 そして、マリコーがテーブルの上のもみじ鍋に気が付いた。

 

 万里小路

「これは……もしかしてもみじ鍋ですか?」

 

 日置

「お、さっすがマリコー。これが鹿肉だってすぐわかるんだね」

 

 さすがお嬢様と感心する私だったが、当のマリコーは少し困惑した表情をしていた。一体どうしたか、そう尋ねようとした時、マリコーは手にしていた発泡スチロールの箱を開け始めた。ひんやりとした冷気に包まれて中から出てきたもの、それは。

 

 日置

「これって、鹿肉?」

 

 万里小路

「はい。日置さんが大好きだとおっしゃっていたのでご用意したんです」

 

 マリコーが用意したとっておきとは、なんと両親からのプレゼントと同じ鹿肉であった。どうやら実家の知り合いに北海道で鹿の猟をしている人がいるらしく、その人にお願いして送ってもらったものらしい。

 

 万里小路

「ど、どうしましょう。わたくし、日置さんのご両親と同じものを……」

 

 プレゼントが被ってしまったことにマリコーは大きく動揺していた。どんなことでもさらっと流すマリコーが動揺するという非常にレアなシーンだが、このままでは可哀そうだと思った私はフォローを入れることにした。

 

 日置

「謝ることなんてないよ。私の好物のこと、ちゃんと覚えていてくれたんだよね。とっても嬉しいよ。ありがとう、マリコー」

 

 万里小路

「日置さん……、ありがとうございます」

 

 マリコーの顔に笑顔が戻った。その様子に、私を含めたみんなは安堵の表情を浮かべていた。

 

 小笠原

「よーし! 全員揃ったし、じゅんちゃんの誕生日パーティ始めようよ!」

 

 姫路

「もみじ鍋~もみじ鍋~。早く食べようよ」

 

 武田

「待って待って。万里小路さんが持ってきた鹿肉はどうするの? お鍋にするにも、巻くネギもうないよ?」

 

 松永

「そのまましゃぶしゃぶしたらいいんじゃないのかなー?」

 

 日置

「それもいいけど、折角だから別のも作ろうよ。ステーキとかも美味しいよ」

 

 万里小路

「では、わたくしもお手伝いさせていただきますね」

 

 私の提案で、マリコーの持ってきた鹿肉はステーキにすることになり、今度は六人全員で賑やかにお料理するのでした。

 

 こうして、16歳の誕生日の夜は、楽しい楽しい時間になった。

 

 

 

 ちなみに、もみじ鍋も鹿肉ステーキもバキュンと美味しかったよ!

 やっぱり鹿肉は最高だね!




特別篇では久しぶりな後書きです。

さて、気が付けばもう二月、一月終わってしまいました……

最近、感想の方で本編更新を望む声が多くてすごく嬉しいと思う反面、皆さまに長らくお待たせしてしまっていることを大変申し訳なく思っています。

本来なら言葉でなく行動で示すべきなのですが、それができない自分が非常に情けないです。

というのも、昨年10月から始まったリアルの多忙な日々、それまで続けていた本編投稿のリズムの乱れ、その他諸々の影響のせいか、ごく最近まで本編の執筆へのやる気、意欲を完全失っていました。

文面上では頑張ると言っておきながら、実際は全然頑張れていませんでした。

続きを待っている皆さまには大変申し訳ありませんでした。

しかし皆さまの声をいただいて、今後はちゃんと行動で皆さまの期待に応えられるにしたいと、再度奮起しました。

引き続き応援していただければ幸いです。


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特別編⑳ バレンタインデーでハッピー!

Happy Birthday! ミカンちゃん!

誕生日記念20作目です。
もうそんなに書いていたのかと、振り返って少し驚いてます。
本編より本編らしく書いてるし、こっちの方が性に合うのか……。
もちろん、本編も頑張りますよ。

本日、2月14日はミカンちゃんこと伊良子美甘ちゃんの誕生日です!
ミカンちゃんと言えば、やはり美味しいご飯ですよね。
アニメでもほっちゃん&あっちゃんの双子とともに、色んな料理を作って振る舞っていました。
そしてなかなかの負けず嫌い。ミーナさんを喜ばせようと慣れないドイツ料理にチャレンジして、結局双子に腕で負けちゃってショックを受けていたのは可愛らしかったです。

今回は誕生日がバレンタインデーと同じということで、存分にネタにしました。
あと、とあるはいふり絵師さんの影響をモロに受けたカップリングがあります。

それでは、どうぞ!


 2017年2月14日午後3時

 

 -美甘side.-

 

 バレンタインデー

 

 それは女の子にとって特別な日。

 

 全国の恋する女の子たちはこの日に全てをかけていると言っても過言ではない。好きな男の子へ告白、お付き合いしている人への結婚申込、といった人生の大勝負をする日にする人も多いだろう。

 一方最近では、男性女性問わず日頃お世話になっている人たちに感謝を込めてチョコレートを渡すという一種の感謝デーという意味合いもある。

 

 そして私、伊良子美甘が通う横須賀女子海洋学校もそんなバレンタインデーの甘い雰囲気に包まれていた。

 

 等松

「マッチー! 私のチョコ、受け取ってー!」

 

 野間

「あ、あぁ。ありがとう……」

 

 岬

「シロちゃーん! はいこれ、いつもありがとう!」

 

 宗谷

「あ、ありがとう、岬さん。これ、私からもなんだけど」

 

 岬

「ほんと! シロちゃんありがとう!」

 

 今日の授業が終わり、クラスメイトの女の子たちは早速仲の良い友達同士でチョコの交換が行われている。

 

 しかし、今の私にはみんなのようにチョコの交換を楽しむ余裕はなかった。

 なぜなら……

 

 伊良子

「さてと、そろそろ行こうかな……、勝負に」

 

 これから、私にとって大事な、とても大事な勝負があるからだ。

 

 

 

 クラス教室を出て私が向かったのは、学校内にある家庭科室。普段は主計科の調理実習や家庭科部の活動場所などで使われている。

 ここが今日の私の戦場だ。

 

 私は家庭科室の扉を開いた。そこには二人の人影があった。私はその二人に挑発的な視線を向けて話しかける。

 

 伊良子

「お待たせ、ほっちゃん、あっちゃん」

 

 杵崎ほ、杵崎あ

「ミカンちゃん、待ってたよ!」

 

 私と同じ主計科で、高校入学前から色々お世話になっている双子のお友達、杵崎ほまれちゃんとあかねちゃんが私と同じように挑発的な視線をこちらに向けている。

 

 伊良子

「さて、それじゃあ早速始めようか」

 

 杵崎ほ

「うん、私はもう準備万端だよ」

 

 杵崎あ

「私も。早く始めたくてうずうずしてるよ」

 

 家庭科室内にピリピリした空気が漂い、緊張感が高まっていくのが肌で感じ取れる。

 これから私たち三人が始めること、それは。

 

 伊良子、杵崎ほ、杵崎あ

「始めよう! バレンタイン恒例、チョコレート対決!」

 

 

 

 私たち三人は昔から事あるごとによく料理対決をしていた。時にはカレー対決だったり、またある時にはケーキ対決だったりと、料理のジャンルを問わず様々なものを作っては競い合い、お互いに料理の腕前を高めていった。そして、毎年2月14日、バレンタインデーの日には決まってチョコレート作りで対決をしていた。

 

 伊良子

「今年こそ、今年こそは、二人に勝つんだから!」

 

 杵崎あ

「ミカンちゃん、去年も同じこと言ってたよね?」

 

 杵崎ほ

「和菓子屋の娘としては、簡単には負けられないよ」

 

 杵崎姉妹の実家は横須賀で古くから続く伝統和菓子店の系列店「杵崎屋」。その腕前は全国区のテレビ番組でも時々取り上げられ、日本どころか横須賀に寄港するブルマーや船乗りさんたちからも愛されている有名店だ。そして、ほっちゃんとあっちゃんはそんな和菓子屋で小さい頃からお手伝いをしており、お菓子作りに関してはプロにも引けを取らない腕前を持っている。

 そして、このチョコレートを含めお菓子の対決で私は一度も二人に勝ったことがなかった。

 

 伊良子

「それでも、それでも私は、二人に勝ちたい!」

 

 だけど、二人に負けっぱなしでいるのはとても悔しい。たとえ今まで勝てたことがなかったとしても、諦めず腕を磨き続ければいつか届くと信じている。

 

 杵崎ほ

「それじゃ、ルールはいつも通り」

 

 杵崎あ

「今回はもう料理し終わってるけど、材料は自分たちで調達したもののみを使用」

 

 伊良子

「そして今日は、クラスメイトの誰かを捕まえて審査をやってもらう、だね」

 

 三人でルールを確認し、それぞれの手には今回の対決のために作ってきたチョコレートが握られている

 

 伊良子

「それじゃ、チョコレート披露だよ!」

 

 

 

 調理台の上に三つのチョコレートが並べられた。同じチョコレートなのに見た目も香りもそれぞれ違っていて、三人の個性が出ていた。

 

 伊良子

「わー、あっちゃんのチョコすごくいい香りがするよ」

 

 杵崎あ

「えへへ、ありがとう。ほまれはビターな感じで攻めてきたみたいね」

 

 杵崎ほ

「あ、わかる? ミカンちゃんのはホワイトチョコだね。甘くて美味しそう」

 

 私たちはそれぞれのチョコを見て評価をし合う。先ほどまでのピリピリした空気はすでになく、三人とも笑顔で話し合っていた。

 

 杵崎ほ

「それじゃ、審査してくれる人を探しに行こうよ」

 

 杵崎あ

「そうだね。鉄板どころなら艦長とか副長だけど、二人とも忙しいかな?」

 

 伊良子

「万里小路さんとかはどうかな? おいしいものいっぱい知っているから、厳しめに評価してくれそうだよ」

 

 そんな話をしていると、突然入り口の扉が開く音がした。話に夢中になっていたせいで、音にびっくりした私たちは入り口の方を見ると、そこには横須賀女子の制服とは違う黒を基調とした士官服を着た金髪の女性が立っていた。

 

 ミーナ

「おぉ! ここにおったのか。探したぞ」

 

 伊良子

「え! ミーナさん?」

 

 私たちより一つ年上で、アドミラル・グラーフ・シュペーで副長を務めるミーナさんだった。さらにミーナさんの後ろを見ると、同じく黒い士官服を着た小さな銀髪の髪の女の子がいた。

 

 テア

「すまないな。突然押しかけてしまって」

 

 杵崎ほ

「シュペーの艦長さんもいらしてたんですね。いつ日本に?」

 

 テア

「昨日だ。すぐ挨拶しに行こうと思ったんだが、時間が合わなくてな」

 

 ミーナ

「それでさっき、教室に行ってアケノたちに会ってきたんじゃ。それでミカンがここにおると聞いて飛んできたんだ」

 

 伊良子

「え? 私に?」

 

 どうやらミーナは私に用事があるようだ。一体何の用事だろう?

 

 その時、隣であっちゃんがほっちゃんに何か話し合っていた。

 

 杵崎あ

「ねぇ、せっかくだから二人に審査してもらおうよ」

 

 杵崎ほ

「あ、それいいね。ドイツのチョコレートおいしいから、二人ともいい審査してくれそう」

 

 どうやらミーナさんとテアさんに今回の対決の審査員をしてもらうようだ。丁度同じタイミングでミーナさんたちが調理台の上のチョコに気が付いた。

 

 ミーナ

「お、これはSchokoladeか? ええ香りがするのぅ」

 

 テア

「そのようだな。もしかして三人が作ったのか?」

 

 杵崎ほ

「そうだよ。これから誰かに食べてもらって一番おいしいのを決めてもらうんだ」

 

 杵崎あ

「それで、お二人に審査してもらいたいんだけど、いいかな?」

 

 ミーナ

「ええのか! それなら喜んで引き受けるぞ!」

 

 テア

「私もいいぞ。三人の料理の腕は本物だ。期待しているぞ」

 

 こうして、思わぬ形で見つかった二人の審査員によるチョコレートの審査が始まった。

 

 

 

 一番手はあっちゃんのチョコレート。香りがすごく印象的な一品だ。

 ミーナさんとテアさんは一口ずつ口に含んで、しっかり味わっている。

 

 杵崎あ

「今回はフルーツジャムを混ぜ込んで香りも楽しめるようにしてみたの」

 

 ミーナ

「ふむ、ほのかに甘い香りが口の中に広がって、とても不思議な味がするのぅ」

 

 テア

「チョコレート自体は少し苦めにして、フルーツの甘さを際立たせている。うまい」

 

 

 

 続いてはほっちゃん。これは大人なビターチョコレートだ。

 

 杵崎ほ

「チョコは甘いだけが取り柄じゃない。苦さこそがチョコの本質だよ」

 

 ミーナ

「確かに。この苦さ、最初はきついかと思ったは意外にもしつこくなくて食べやすいぞ」

 

 テア

「程よく甘さを出すことでチョコの特徴を上手く引き出しているな。さすがだ」

 

 

 

 そして最後は私。色々勉強して作った渾身のホワイトチョコレートだ。

 

 伊良子

「隠し味で少しハチミツを入れてみたんだ。これが結構合うんだよ」

 

 ミーナ

「ほー。もっと甘いかと思ったが、そんなにではないんだな。いや、むしろすごくいいぞ」

 

 テア

「絶妙なバランスで調和していて、優しいな味がする。伊良子らしいな」

 

 

 

 三人のチョコの実食は完了した。後は二人の審査結果を残すのみ。

 

 伊良子

≪今回こそ、今回こそ二人に勝ちたい! 勝ちたいよ!!≫

 

 私は心の中で強く念じた。今回はいっぱい試作して、やっとの思いで完成させた自信作だ。だからこそ、絶対勝ちたいという想いはとても強かった。

 

 ミーナ

「テア、どれにするか決めたか?」

 

 テア

「ああ、もう決めたぞ」

 

 どうやら二人の審査が終わったようだ。緊張の一瞬、私の心臓の鼓動はとても速くなっていく。

 

 杵崎あ

「それじゃ、一番おいしいと思ったチョコを指差してください!」

 

 私は目を閉じて祈るように結果を待った。

 

 しばしの静寂が流れた後、私は恐る恐る目を開けた。

 

 二人の指先を見ると、両方の指が私たちから見て右側の皿を指していた。そこに乗っていたのは、雪のように白いホワイトチョコレートだった。

 

 伊良子

「……え?」

 

 ミーナ

「一番うまかったのは、ミカンのじゃ」

 

 テア

「私も、伊良子のSchokoladeが一番だと思ったぞ」

 

 二人から賞賛の言葉が言葉が贈られる。私の両隣では、ほっちゃんとあっちゃんが拍手で私の勝利を祝福してくれていた。

 

 杵崎ほ

「ついにミカンちゃんにお菓子対決で負けちゃったかー」

 

 杵崎あ

「ミカンちゃんすごく頑張ってたもん。おめでとう!」

 

 私はようやく、自分が勝利したことを実感していた。今まで一度も勝てなかったチョコレート対決で、ついに念願の初勝利を成し遂げた。

 

 伊良子

「やった……、やったー!!」

 

 私は嬉しさの余りに両手でガッツポーズを取った。それでも興奮は収まらず、何度も何度もガッツポーズをしてしまった。

 すると、ミーナさんがそばに近づいてきて、私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 ミーナ

「ミカンはすごいのぅ。きっとすごく頑張ったんじゃな。その喜び様でよくわかる。えらいのぅ」

 

 伊良子

「えへへ。ありがとう、ミーナさん」

 

 私は幸せな気持ちで満たされていった。ほっちゃん、あっちゃん、テアさんは私たちを嬉しそうな表情で見守ってくれていた。

 

 

 

 杵崎あ

「そういえばミーナさん、ミカンちゃんに用があったみたいだけど、何だったの?」

 

 ミーナ

「おお、そうじゃそうじゃ。忘れるところじゃった」

 

 しばらくしてあっちゃんが思い出したようにミーナさんに私のところに来た理由を尋ねてきた。すると、ミーナさんは手にしていた紙袋を私に差し出してきた。

 

 ミーナ

「ミカン、Alles Gute zum Geburtstag! お誕生日おめでとうじゃ!」

 

 伊良子

「え? それじゃあ、これって」

 

 テア

「伊良子は今日が誕生日だろう? だから、誕生日プレゼントを持ってきたんだ」

 

 私はミーナさんから紙袋を受け取った。袋の中を覗くと、多種多様な調理器具が入っていた。

 

 ミーナ

「シュペーのみんなでお金を出し合って用意したんだ。うちのリーデが厳選した調理器具じゃから、品質は保証するぞ」

 

 テア

「これを使って、ぜひまた美味しい料理を食べさせてくれ」

 

 ミーナさんたちが私のためにこんなプレゼントを用意してくれるとは思ってもいなかった。突然のサプライズに驚いたが、同時に先ほどの勝利の時とはまた違う喜びが湧き上がってきていた。

 

 伊良子

「ありがとう! ミーナさん、テアさん。大事に使うよ!」

 

 二人は私のお礼の言葉に笑顔を返してくれた。

 

 杵崎ほ

「こりゃ一本取られたね。誕生日プレゼントを先取りされちゃうとはね」

 

 杵崎あ

「それじゃ、このまま寮に戻ってミカンちゃんのお祝いはじめちゃおっか!」

 

 ミーナ

「お、これからやるのか? わしらも同席してええか?」

 

 杵崎ほ

「もちろんです。テアさんもご一緒にどうですか?」

 

 テア

「そうだな。ならば、私も行くとしよう」

 

 ミーナ

「よし! そうと決まれば、早速行くぞー!」

 

 ほっちゃんたちはすでに家庭科室を出ようとしていた。私は急いで片づけをして、帰る身支度を整えた。すると、ミーナさんが再び私のそばに戻ってきて、手を差し出してくれていた。

 

 ミーナ

「ほれ、ミカン。早く行くぞ」

 

 その表情は満面の笑顔だった。

 

 伊良子

「うん!」

 

 私はギュッと、その手を握り返した。

 そして、ミーナさんと手をつないだまま一緒に家庭科室を飛び出していった。



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特別編㉑ 初体験でハッピー!

Happy Birthday! まりこうじさん!

はいふりキャラ誕生日記念、第21作品目でございます。

本日3月3日は桃の節句、そして万里小路楓さんのお誕生日です!

万里小路さんといえば、超お嬢様育ち、容姿端麗、プロ級のヴァイオリンの腕前、薙刀の達人、と完璧超人と言っても過言でないくらいハイスペックな御令嬢さんです。
でも管楽器が苦手だったり、お嬢様ゆえの浮世離れしたギャグをかましたりと、ちょっと抜けたところがあってすごく可愛らしいです。

色濃いメンバーが集まる晴風クラスの中でも、一つ二つどころでないくらい飛び出たキャラゆえに、人気も高いですね。

今回はそんな万里小路さんの密かな初体験のお話を書いてみました。

それでは、どうぞ!


 2017年3月3日午後5時30分

 

 -楓side.-

 

 私、万里小路楓は16年前の3月3日にこの世に生を受けました。

 私の家は幕末から続く日本有数の大企業「万里小路重工」を代々経営してきた一族で、現在は私の両親が当主となっています。つまり私は、皆様の言うところの「良いところのお嬢様」ということになります。

 そんな私の誕生日は、私のご友人はもちろんのこと、お父様やお母様の仕事仲間やお知り合いをご招待して、盛大に行われることが通例となっていました。今年も一月ほど前に名古屋の実家から、お誕生日祝いをするため一度戻ってきてほしいという話をいただいていました。

 しかし、私は今回そのお誕生日祝いの会の開催をお断りさせていただきました。もちろん、お祝いそのものが嫌になったというわけではありません。お父様もお母様もお祝いを盛り上げようと毎回様々な趣向を凝らしてくださるので、毎年楽しみにしている行事の一つであることは間違いありません。

 しかし、それをあえてお断りさせていただいたのには、理由があります。

 それは私が初めて実家を離れて、学生寮での一人暮らしを始めた昨年4月からずっと思い描いていた「あること」を、自分の誕生日に実現するためだからです。

 そして今日、私はそれを実行に移すことになったのです。

 

 

 

 万里小路

「ようやく……ここに来ることができましたわ……」

 

 学校での授業を終え、一度寮の自室に戻った後、支度を整えて真っ直ぐこの場所へと向かいました。ここは学校のある横須賀市街からさらに内地に入った衣笠地区と呼ばれる場所で、横須賀市内では珍しく未だ陸地が残り、古き良き街並みを今に伝えています。

 私の目的地はそんな衣笠地区のメインストリート「衣笠商店街筋」の一角にあります。入学してすぐにこの場所に素敵なお店があることを知り、初めての航海実習が終わったらすぐにでも訪れる予定でいました。しかし、あのネズミもどきさんの騒動に巻き込まれてしまい、その後余裕をもって外出する時間がなかなか取れなかったこともあり、いつの間にかここへ訪れる機会を失ってしまいました。

 しかし、今年に入って誕生日が迫ってきた時に再び思い出し、せっかくなら誕生日に合わせて訪れてみようと思い、本日に至るということになります。

 

 私は約1年越しに憧れの場所を訪れることができ、大きな喜びを噛みしめています。

 

 万里小路

≪では、早速中へ……≫

 

 私は期待に夢を膨らませ、早速店内へ入ろうと歩を進めようとしました。

 しかし、緊張からか中々一歩が踏み出せませんでした。

 

 万里小路

≪どうしましょう。私としたことが、緊張で足がすくんでしまうなんて≫

 

 このようなことで足がすくんでしまっては、万里小路の名を持つものとして恥ずかしいことです。それに、お祝いの会を断ってまでここを訪れているのだから両親にも申し訳が立ちません。

 私は一度深呼吸をして、丁度1年前の初めての航海演習の時のことを思い起こしました。あの時は親元を離れて間もない時期だったこともあり、必要以上に毎日が緊張状態でした。その時に比べたら今の緊張なんて全然怖くありません。

 

 万里小路

「……よし。参りましょう」

 

 落ち着きを取り戻した私はお店へと歩を進めました。そして扉に手をかけ、いざ中へ入ろうとしました。

 その時、私の右側から聞きなれた声が聞こえてきました。

 

 岬

「あれ? 万里小路さんだ。おーい! 万里小路さーん!」

 

 私は扉から一歩離れ、声をかけられた方へと顔を向けてみました。そこには私の所属する晴風クラスの委員長で艦長を務める岬明乃さんと同じく副長を務める宗谷ましろさん、そして岬さんのご友人で直教艦武蔵の艦長の知名もえかさんが3人横並びでこちらに向かって歩いてきていました。

 

 宗谷

「み、岬さん。あまり大きな声を出すと、万里小路さんに迷惑が」

 

 岬

「あ、そうだった。ごめんねシロちゃん」

 

 知名

「ミケちゃん、謝るなら万里小路さんの方じゃないのかな?」

 

 3人は私の近くまで歩いてきて、立ち止まった。

 

 万里小路

「ごきげんよう、艦長、副長、そして知名さん。3人でお出かけですか?」

 

 岬

「うん。シロちゃんともかちゃんと一緒にぷれぜ……」

 

 宗谷

「わー! 岬さん! それ以上はダメだよ」

 

 岬

「あ!」

 

 艦長が何か言おうとした時、突然副長がそれを遮るように大きな声を出して私に聞こえないようにしてきた。

 しかし、私は晴風の水測員。そして旅する音楽家です。私の耳は艦長が何を言っていたのかをはっきりと捉えてしまいました。でも、今の雰囲気からすると私には秘密にしておきたいことのようでしたので、あえて言及しないことにしました。

 

 知名

「突然ごめんね。ちょっと3人で遊びに行こうってことになっていたんだ」

 

 万里小路

「そうなのですか。それはとても楽しそうですね」

 

 すかさず知名さんからフォローが入ったので、それに乗ることにしました。私からの言及を免れた艦長と副長はホッとした様子を見せた。

 すると安心した様子の艦長が、私を見ていつもの優しい笑顔で話しかけてきた。

 

 岬

「ねぇ、万里小路さん。今から誕生日会まで時間あるなら、私たちと一緒に来ない? どうかな?」

 

 万里小路

「え? そ、そうですわね……」

 

 私は艦長からのお誘いに私は思わず動揺を隠せませんでした。艦長からのお誘いはとても嬉しいのですが、ずっと訪れたかったお店が今目の前にある。せっかく誕生日に合わせてきたのに、この機会を逃すととても後悔してしまうでしょう。しかし、艦長のお願いも無碍にはできません。私はどうしたらいいか、困り果ててしまいました。

 

 宗谷

「岬さん。万里小路さんだって何か用事があってここにきてるんですから、いきなり誘うのは迷惑なんじゃないのか?」

 

 万里小路

「い、いえ。迷惑だなんてとんでもないです」

 

 副長が私の様子を見て助け舟を出してくれましたが、私はまたしてもどっちつかずな返事を返してしまいました。私は再びどうしようかと悩んでしまいました。

 すると、今度は知名さんが私を見て何かを察して話してくれました。

 

 知名

「あのねミケちゃん、万里小路さんはこのお店に行きたいんじゃないのかな?」

 

 知名さんの指差す方向には私が行きたいと思っていたお店がありました。さすがは優秀な生徒さんが集まる武蔵クラスの艦長さん、人を見て察するお力も優れていらっしゃるようです。もちろん、岬さんだって負けないくらい素晴らしいお方ですよ。

 知名さんに言われて艦長と副長がそのお店の看板を見て、ゆっくりと読み上げはじめました。

 

 岬

「えーと、立ち食い麺や……」

 

 宗谷

「住良……」

 

 お二人は私が行きたいお店「立ち食い麺や 住良」さんを見てキョトンとした様子になっていました。

 

 宗谷

「え? 万里小路さん、立ち食いのお店に行きたかったのか?」

 

 副長が信じられないという様子で私に尋ねてきた。特に隠すつもりもなかったことなので、私は正直に答えることにしました。

 

 万里小路

「はい。お恥ずかしながら、こちらに行きたかったのです」

 

 副長はまさかの答えにさらに信じられないという様子になっていました。艦長も副長ほどではないですが、ちょっと意外だと思われているようです。知名さんはお二人がどうしてそんなに驚いているのか不思議そうに眺めていました。

 

 万里小路

「せっかくですし、お店に入りませんか? 中でわけをお話いたします」

 

 私は3人と一緒に、お店の中に入っていきました。

 

 

 

 お店に入ってそれぞれ食べたいものを注文すると、私は口を開きました。

 

 万里小路

「実は私、生まれてこれまでこういった庶民的な立ち食い店やファーストフード店でお食事をしたことがありませんでした。ですが、心の奥底でそういったお店に行ってみたいという願いがあったんです」

 

 宗谷

「まぁ、万里小路さんならそういう庶民派のお店に縁がないのもうなずけるな」

 

 私と副長が話し合っていると、横の知名さんが艦長にひそひそと質問をしているのが聞こえてきました。

 

 知名

「ねぇミケちゃん。もしかしなくても、万里小路さんってあの万里小路重工の?」

 

 岬

「あ、もかちゃんにはちゃんと教えていなかったね」

 

 万里小路

「おっしゃる通りですわ。私の家は代々、万里小路重工の経営をしておりますわ」

 

 知名

「そ、そうなんだ。ミケちゃん、すごい人と同じクラスになったんだね」

 

 岬

「ま、まぁね。あはは」

 

 知名さんは大変驚かれたようで、目から鱗が落ちた様子になっています。

 

 万里小路

「では続きを。実家にいる間は特に禁止されていたわけではなかったのですが、結局訪れる機会がありませんでした。でも昨年の春から実家を離れて入寮して、ようやく憧れの立ち食い屋さんできしめんを食べられる機会を得られるのだと思っていました」

 

 私はきしめんが大好物で、この「立ち食い麺や 住良」さんは名古屋でも有名な立ち食いの麺屋さんなのです。私の地元の中部地方に数多くの店舗を展開していらっしゃるのですが、偶然にも学校のある横須賀にも一店舗だけお店がありました。それがここだというわけです。

 

 その後、私は最初の航海実習での事件の影響でお店になかなか行くことができず、結局1年近くここを訪れることができなかったことを明かしました。

 

 知名

「それで、誕生日にここに来ようって決めていたんだね」

 

 万里小路

「はい。ようやく来ることができて、とても嬉しいです」

 

 お話をしているうちに、注文していたきしめんが目の前のテーブルに置かれました。3人の分も同じタイミングで運ばれてきたので、一緒に食べ始めます。

 最初にお出汁を味わい、その後麺をすすってじっくりと噛みしめます。口の中でお出汁の豊かな香りが広がり、麺のモチモチした感触が伝わってきました。

 

 万里小路

「あぁ……。とても、美味しゅうございます」

 

 美味しさの余り、思わず口から気持ちが漏れてしまいました。すると、隣でおうどんを食べていた副長が私に話しかけてきました。

 

 宗谷

「なんというか、万里小路さんはこういうお店で食事をしていてもすごく品があるんだな」

 

 万里小路

「ありがとうございます。立食パーティーなどで立ってお食事をする機会は何度もあったのですが、こういった場所で皆様と食べるのはすごく新鮮ですわ。とても楽しいです」

 

 私は自分が予想していた以上に、このお店に来れたことが嬉しいと感じているようです。それを頼もしい私のご友人たちと共有できたことがさらに喜びを大きくしてくれているように思います。

 すると、そんな私の様子を察してくださったのか、艦長が満面の笑みを向けてくださっていました。

 

 岬

「万里小路さん、夢がかなってよかったね!」

 

 万里小路

「! はい!」

 

 

 

 お父様、お母様、私は今とても毎日が楽しいです。

 

 海洋学校に行きたいという私の我儘を二人が笑顔で受け入れてくださったおかげで、今まで経験したことのない新鮮な毎日が送っています。

 明るくて元気な艦長、厳しいけどとても可愛らしい副長、聡明で気の利く知名さん、他にもたくさんのクラスメイトや同級生の皆様に囲まれて、元気に過ごしています。

 

 今度、実家に戻った時にこの1年間で初経験したことを沢山お話ししたいと思います。

 

 是非、楽しみにしていてください。



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特別編㉒ 春休みでハッピー!

Happy Birthday! ヒメちゃん!

みなさま、はいふりOVAの放映はもうご覧になりましたでしょうか?
この作品が投稿される頃にはTV放映が丁度終わっていることでしょう。
筆者も大興奮していると思います。傍から見たらドン引きされるレベルでw

さて、OVAの興奮も冷めていないであろう
今日4月1日はヒメちゃんこと和住媛萌ちゃんのお誕生日です!

ヒメちゃんは機関科所属、応急長という立場で幼馴染のモモちゃんと二人で晴風のあちこちに赴いて頑張っていました。
戦時は艦のダメージコントロールを担当、平時では備品の管理や修繕など多岐に渡っている印象があります。
格好も上はジャージ、下はスパッツと制服姿だらけの周囲と比較して全然違うので、そういう意味でもよく目立っていました。

そんなヒメちゃん、4月1日生まれということで晴風クラスの中で一番お誕生日が遅いです。
つまり一番の年下っこ、かと思ったらみなみさん(12歳)という存在がw

今回はそんなヒメちゃんの春休みの一幕を作品にしてみました。

それでは、どうぞ!


 2017年4月1日午前11時30分

 

 -媛萌side.-

 

 和住

「よーし完成! うん、今回は我ながらいい出来だね」

 

 私は春休みの貴重な休みにとある場所で趣味の模型作りを満喫していた。

 

 季節は春、横須賀は少し前までは肌寒さは残っていたが、衣笠山の桜が五分咲きとなり、ようやく春を感じられるようになってきた。

 私が横須賀女子海洋学校に入学してもうすぐ丸一年になる。入学早々とんでもないトラブルに巻き込まれたことも、今では大切な思い出の一つになっている。あの時の経験は一生忘れることはないだろう。その後、騒動の後処理や楽しい学校生活を過ごしているうちにあっという間に一年という時間が経過していた。来週からは私たちも二年生、勉強も実習も今までよりもっと大変になるけど、また一歩ブルーマーメイドへ近づくことになるだろう。

 

 だけど今は春休みの真っ最中。思いっきり楽しまなくちゃもったいない。ということで私はほぼ毎日のように模型を作り続けていた。

 

 和住

「やっとできたよー。普段だとここまで作りこめないからね。作れるときに作らなきゃ」

 

 青木

「そうっすよね! 私も新刊の作業が捗りまくりっす」

 

 私の隣で漫画の執筆をしていたモモもこの数日ですごく作業が進んだらしく、とても満足した表情をしている。

 

 青木

「いやー、ここいいっすね。作業するには最高の環境っす」

 

 和住

「そうでしょ? ある時ふと気が付いたんだよね。ここって滅多に人が入ってくることもなくて、寮の自室より広くて、静かな場所なんじゃないかって。そう考えれば、まさに理想的な場所ってわけよ」

 

 私とモモが作業している「ある場所」は私が最近入り浸るようになった場所で、春休み期間中の今なら「ある場所の主」以外はほとんど人の出入りもない、まさに最高の場所だった。私は正面の机で黙々と作業をしている部屋の「主」に話しかけた。

 

 和住

「ごめんね、いつもこの場所借りちゃって。今度おいしいものご馳走するね、みなみさん」

 

 鏑木

「別に構わないさ。うるさくなければ私は問題ない」

 

 ここはみなみさんが海洋大学のキャンパス内に与えられた研究室。最初の海洋実習の時にRATtのウイルス抗体を作ったことが評価されて、この個室を与えられたのだそうだ。海洋実習の時、彼女が自分より年下だと知ってから私には親近感のようなものが芽生え、それからよく晴風の医務室を訪れてお話しするようになり、その関係は横須賀に戻って彼女が晴風クラスから離れてからも続いていた。

 

 青木

「でもよかったんすか? 高校生の私たちが大学の研究室が入り浸っているんすけど」

 

 鏑木

「別に大学の研究室だからって高校生が入ってはいけないって決まりはない。部屋の主である私がいいと言ったなら別に問題ないと思うぞ」

 

 青木

「みなみさんがそう言ってくれるなら、お言葉に甘えさせてもらうっす」

 

 鏑木

「そ、それにだな……」

 

 すると、みなみさんが少し俯き気味になってモジモジしていた。

 

 和住

「それに?」

 

 鏑木

「さ、最近、一人だと少し、寂しいんだ……。だから、二人がここにいてくれると、嬉しい……」

 

 恥ずかしそうな顔で小さく呟くみなみさんが、私とモモにはすごく可愛らしく見えた。普段は私たちよりも大人びていて頼もしい彼女だが、年齢はまだ13歳。きっと一人でいるのは寂しいのだろう。私はみなみさんの側まで近づいて、そっと彼女の頭を撫でてあげた。

 

 和住

「私たちでよければいつでも話し相手になってあげるよ。だよね、モモ?」

 

 青木

「もちろんっす。みなみさん、今は晴風クラスじゃないっすけど私たちにとって大切な家族の一人っすからね」

 

 鏑木

「……あぁ」

 

 私に撫でられて嬉しそうな顔をするみなみさん。こういう姿を見ると年相応の女の子なのだと改めて気づかされる。

 するとみなみさんが私を見上げるように見つめ、何か聞きたそうにしていた。

 

 鏑木

「ところで、和住は先ほど完成したと言っていたが、何を作っていたんだ?」

 

 和住

「ん? あぁ、あれね」

 

 私は作業をしていた机まで戻って、完成させた模型をみなみさんとモモに見せた。

 

 和住

「じゃーん! これだよ!」

 

 青木

「おぉ! これってもしや?」

 

 鏑木

「あぁ、超戦艦ムサシ、だな」

 

 私が春休みの多くの時間を使って製作していたのは、1/700サイズの超戦艦ムサシのプラモデルだ。市販で販売されている直教艦武蔵のスケールキットをベースに、艦橋横の高射砲や機銃の追加、オリジナルと大きく構造の異なるスラスター周りの部品作成、忠実に再現したバイナルパターンなど、これでもかとこだわりぬいた渾身の作品に仕上げた。

 

 青木

「ヒメちゃんのモデラ―としての腕前は知ってたけど、今回はいつも以上に気合入ってるっすね」

 

 和住

「そりゃ、当然よ。何度もムサシちゃんの映像見返して、細部まで調べ尽くしたんだもん」

 

 鏑木

「なるほどな。しかし本当に見事なものだな」

 

 みなみさんが関心深く私の作品を見てくれていた。モデラ―というのは自分の作品を見てもらえることに喜びを感じるものだと私は思っている。だから、今こうして二人に見てもらえているこの時こそが私にとってとても幸せなのだ。

 

 鏑木

「それにしても、なぜここまでこだわって作ったのだ? 展示会か何かに出品するのか?」

 

 青木

「でもヒメちゃん、展示会とかには作品出さないっすよね?」

 

 二人がこだわりのわけを尋ねてきた。もちろんここまでこだわっていたのには理由があった。私はそれを二人に話すことにした。

 

 和住

「あぁ、それはね、プレゼントするために作ったんだ。ヤマトさんとムサシちゃんに」

 

 青木

「え? お二人へのプレゼントっすか? なんでこのタイミングで?」

 

 鏑木

「……あぁ。なるほど。そういうことか」

 

 和住

「ほら、二人がこの世界にやってきてもうすぐ一年が経つじゃない? つまり、もうすぐ二人の誕生日ってことよ。だから、二人への誕生日プレゼントってことで作ってみたんだ」

 

 初めて二人に出会った時、彼女たちがこの世界へやってきたのが一年前の4月7日だと言っていた。そこで二人に何か私らしいプレゼントを用意できないかと考え、この超戦艦ムサシの製作を決めたのだった。

 

 和住

「本当はヤマトさんの方も作りたかったんだけどね。いかんせん資料が少なくって」

 

 青木

「なるほど。そういうことだったんすね。それにしてもよくお二人のお誕生日を覚えていたっすね」

 

 和住

「それはね、春休み前に艦長が二人のお誕生日に何かしてあげられないかなって話していたのを偶然聞いたからだよ。すっかり忘れてて正直焦っちゃったよ」

 

 鏑木

「さすが艦長。覚えることは誰よりも得意だからな」

 

 艦長のもの覚えの良さにはクラスの全員が関心している。入学初日にクラスメイト全員の顔と名前を一致させるほどだ。私も正直驚いたことを今でも覚えている。そのおかげであの航海実習を乗り越えることができたのかもしれない。

 

 鏑木

「ところで、だ」

 

 艦長のことで盛り上がっていたなか、みなみさんがスッと立ち上がって私を見てきた。

 

 鏑木

「二人の誕生日を祝う前に、和住にはやるべきことがあるんじゃないのか?」

 

 和住

「え? 何かあったっけ?」

 

 みなみさんに言われたことにすぐ思い当たることが私にはなかった。そんな私の様子を見てか、モモも突如立ち上がって私に向かってきた。

 

 青木

「何言ってるんすか! 今日はヒメちゃんの誕生日っすよ!」

 

 和住

「あ、あーそのことねー」

 

 確かに今日は私の誕生日だ。もちろん忘れていたわけではない。だが、私がやるべきことと言われるとピンとこなかった。

 

 青木

「ヒメちゃん、ずいぶんとアッサリしてるっすね」

 

 和住

「いや、忘れてたわけじゃないけど、何かすることってあったかなーって」

 

 あまり感情の起伏のない反応をしたせいか、モモは少し呆れている様子になっている。そんな中、みなみさんが座っている私に手を差し伸べてきた。

 

 鏑木

「お前がやるべきことは、みんなから誕生日を沢山祝ってもらうことだ。ほら、いくぞ」

 

 和住

「え? 行くってどこに?」

 

 青木

「そりゃもちろん、お誕生日パーティの会場っすよ。たった今、艦長から準備できたって連絡がきたっすよ」

 

 鏑木

「というわけだ」

 

 私はみなみさんの手をとった。誰よりも小さいはずのみなみさんの手が、今この時はすごく大きく感じた。

 

 和住

「そんじゃ、主役様はいっぱい祝ってもらわなくちゃね!」

 

 みなみさんとモモに導かれるように、私は立ち上がった。

 

 

 

 さぁ、せっかくのお誕生日パーティ、楽しまなきゃ損だよ!

 

 今日は思いっきり楽しんじゃおう!



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特別編㉓ お返しでハッピー!

Happy Birthday! レオちゃん!

先月のヒメちゃん以来、約1か月半ぶりのお誕生日記念です。

本日、5月18日はレオちゃんこと若狭麗緒ちゃんのお誕生日です!

レオちゃんは機関室4人娘の一人、金髪とピンクのカーディガンが目立つ女の子ですね。
赤道祭では同じ機関室組のソラちゃんと司会をやったり、OVA前編では機関室4人娘共通の趣味である麻雀をしていたり、なかなか存在感のある子でないでしょうか。

そして何より私のレオちゃんのイメージは、いんたーばるっ1巻にあったレオxリンですよ!

今回のお話もそんなレオxリンのお話です。
前に書いた「特別編⑪ 四つ葉でハッピー!」と連動する内容となっていますので、よろしければそちらも読んでいただければわかりやすいと思います。

それでは、どうぞ!


 2017年5月18日午後3時

 

 -麗緒side.-

 

 若狭

「んー! 小テスト終わったー!」

 

 私、若狭麗緒はグーっと身体を思いっきり伸ばす。朝からの小テスト続きで凝り固まっていた肩や首の凝りが解れていく。今の私は、心も身体も解放感に満ちていた。

 すると後ろの列に座っていたサクラから声をかけられた。

 

 伊勢

「レオお疲れー。それで、テストの感触はどうだった?」

 

 若狭

「そーだねー。今回はいい感じだったよ。そういえば、事前にクロちゃんから教えてもらっておいたところが結構出てたよね?」

 

 伊勢

「あ、やっぱり。私もそう思ったよ。クロちゃんに感謝感謝ね」

 

 黒木

「いいのよお礼なんて。みんなで勉強したんだから」

 

 二年生になっても私たち機関室組の勉強を見てくれるのは相変わらずクロちゃんだ。テスト前になると機関長共々クロちゃんに泣きつくのが恒例となっている。一方のクロちゃんも最初こそ嫌そうな顔をするものの、元々面倒見の良い性格からか毎回ちゃんと見てくれる。おかげで私たちは何度も赤点の危機を脱しているのは間違いない。

 

 広田

「ところで、ルナが机に突っ伏しているのは無視でいいのかしら?」

 

 駿河

「ふみゅー、もう、だめぇ」

 

 ソラに言われて視線を移すと、ルナが机と濃厚なキスでもしているかのように突っ伏していた。ちなみにこの光景もテスト終了時の恒例となっている。

 

 若狭

「いつも通りじゃん」

 

 伊勢

「いつも通り、よね」

 

 黒木

「いつも通りね」

 

 広田

「ま、いつも通りか」

 

 駿河

「ちょっとみんな酷くない!?」

 

 機関室組一同からの総ボケを食らったルナはたまらず突っ込みを入れてきた。

 

 柳原

「なんでぃ騒がしいな。テスト明けくらい少しは落ち着いたらどうでぃ?」

 

 若狭

「あ、ごめーん機関長。テスト終わって浮かれちゃったらつい」

 

 柳原

「ったくよぉ……」

 

 先ほどから会話に入ってきていなかった機関長は呆れ半分に私たちを見ていた。艦に乗っている時は誰よりも元気で騒がしい機関長だが、締めるところはしっかりしてくる辺りはさすが長だと思う。

 するとその機関長が切り出してきた。

 

 柳原

「それより、この後どうすんだ? 寮に戻って早速はじめちまうか?」

 

 黒木

「え? まだ早いんじゃないの? 始めるなら6時頃とかじゃない?」

 

 若狭

「あ、それなんだけど――」

 

 ???

「れ、レオちゃん!」

 

 機関長の一言でみんなでこの後の予定について話そうとしていた時だった。その話を遮るように私を呼ぶ声がしたので、声がした方を向いてみた。そこに立っていたのは――

 

 若狭

「あれ、リンちゃん。テストおつかれー」

 

 知床

「う、うん。お疲れ」

 

 晴風クラスの航海長にして、私の友達であるリンちゃんだった。リンちゃんとは一年前のあの海洋実習の時、とある出来事をきっかけに仲良くなり、それ以降二人でよく遊びに行く機会も多かった。去年10月のリンちゃんの誕生日の時には、私が悩みに悩んで選んだ髪飾りをプレゼントとして渡したりもした。ご丁寧に手紙まで添えて。

 最初に彼女にしては珍しく大きな声で私に話かけてきたリンちゃんだが、私を含む機関室組6人の視線が一斉に向けられると少し困惑した表情になっていた。私の名前を呼んだのだから、私に用があるのは間違いないと思う。

 

 柳原

「ん? どうしたんでぃ航海長? レオちゃんに用があるんだろ?」

 

 知床

「あ、うん……」

 

 なかなか話出さなさいリンちゃんに痺れを切らしたのか、機関長がリンちゃんに尋ねる。この機関長の一言がきっかけになったのか、リンちゃんは私としっかり目を合わせていた。

 

 知床

「れ、レオちゃん。今からちょっと、いいかな?」

 

 若狭

「え? まぁ、大丈夫だけど……ってうぉ!?」

 

 私が返事を返し切り前にリンちゃんは私に手を握り、引っ張っていた。

 

 知床

「マロンちゃんごめんね。ちょっとだけレオちゃん借りるね」

 

 柳原

「お、おぅ。いってらっしゃい……」

 

 突然の出来事に呆気をとられた機関長以下五名は、私がリンちゃんに引っ張られていくのをただ眺めているだけだった……。

 

 

 

 リンちゃんに引っ張られてやってきたのは、誰もいない校舎裏だった。

 するとリンちゃんは私の手を放すと、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 知床

「ご、ごめんなさい! 突然こんなところに連れてきちゃって」

 

 若狭

「あ、あー平気平気。ちょっとびっくりしちゃったけど、全然大丈夫だから」

 

 知床

「そ、そっか。よかったぁ」

 

 リンちゃんはホッとした表情をしていた。

 それにしても、リンちゃんはどうして私をこんなところへ連れてきたのだろう。

 

 するとリンちゃんは懐かしそうに辺りをぐるっと見回す。

 

 知床

「ねぇ、レオちゃん。ここ覚えてる?」

 

 若狭

「え?」

 

 私はリンちゃんの質問の意味がわからなかった。こんな校舎裏でリンちゃんと何かをしたという記憶が私にはなかった。

 

 知床

「そっか。あの時のレオちゃん、ちょっと慌ててたから覚えてないのかな? そうだなぁ……」

 

 なかなか思い出すことができない私に対して、リンちゃんは頭につけている髪留めを見せるようにかがんだ。そこには普段つけている白い花ではなく、四つ葉の装飾のついた髪留めがあった。私にはその髪留めに覚えがあった。

 

 知床

「どうかな? これで思い出してもらえるかな?」

 

 若狭

「え、これって私がリンちゃんの誕生日に……あ!」

 

 私はようやくこの場所がどこであるのかを思い出した。

 去年の10月29日、リンちゃんの誕生日に私この校舎裏までリンちゃんを連れてきた。そして私はこの場所で今リンちゃんがつけている四つ葉の髪留めをプレゼントしたのだった。

 

 知床

「よかった。思い出してくれたんだね」

 

 若狭

「う、うん。すっかり忘れちゃってたよ」

 

 あの時はとにかく人目が付かない場所でプレゼントを渡したいと思っていたから、この場所で渡そうとは考えていなかった。だから今の今までこの場所のことを覚えていなかった。

 

 知床

「去年の私の誕生日のあの日、急にレオちゃんに教室から連れ出されたと思ったら、こんな人気のない校舎裏に連れてこられてすっごくビックリしたんだよ。そ、それに、壁ドン、までされちゃったし……」

 

 若狭

「えぇ!? そ、そんなこと、しちゃってた? うわぁはずかしぃ」

 

 必至なってあの時のことを思い出そうとする。まさか私がリンちゃんに壁ドンしてたなんて。そう考えると申し訳ない気持ちになってきた。

 

 知床

「でもね、レオちゃんにこの髪留めをもらった時、とっても嬉しかった。誰よりも早く私にプレゼントを渡したいんだって気持ちがすごく伝わったよ。それに、この手紙まで書いてくれたよね」

 

 リンちゃんが私に見せてくれたのは一通の手紙だった。それは四つ葉の髪留めと共に私がリンちゃんに渡したものだ。

 

 知床

「私、レオちゃんと友達になれてとっても良かったと思ってるよ。だから、これからもずっと大切な友達でいてほしいな。約束!」

 

 リンちゃんが言った言葉、それは私の手紙に書いた文と同じものだった。あの時私が伝えた想いをリンちゃんは思い出の場所でちゃんと返してくれた。私は嬉しい気持ちで一杯になっていた。私は思わずリンちゃんの手を取っていた。

 

 若狭

「うん、もちろんだよ! これからもずーっと友達だよ、リンちゃん!」

 

 知床

「レオちゃん、うん!」

 

 私たちはしばらくの間、お互いの手を握り続けた。

 

 

 

 それからどれくらい時間が経っただろうか。名残惜しそうに手を放すと、リンちゃんは手にしていたカバンの口を開き始めた。

 

 若狭

「ん? リンちゃんどうしたの?」

 

 知床

「あ、ちょっと待ってね」

 

 リンちゃんはカバンの中から一つの小さな包みを取り出すと、私に差し出した。

 

 知床

「はいレオちゃん。お誕生日おめでとう!」

 

 リンちゃんは満面の笑みを浮かべていた。私はリンちゃんの手からプレゼントの包みを受け取った。

 

 若狭

「ありがとうリンちゃん。ねぇ、開けてもいい?」

 

 知床

「もちろんだよ」

 

 私は早速包みを開けてみた。中に入っていたのは、リンちゃんが普段している髪留めについている白い花と同じものがついているヘアバンドだった。

 

 若狭

「うわぁ、可愛い! すごくいいじゃんこれ!」

 

 知床

「えへへ。私の時にはレオちゃんが四つ葉の髪留めをプレゼントしてくれたから、今度は私と同じ白い花のヘアバンドを渡そうって決めていたんだ」

 

 私は早速リンちゃんのくれたヘアバンドをつけてみることにした。リンちゃんに救い出してもらった思い出深い四つ葉のヘアバンドを頭から外し、白い花のヘアバンドを頭にかけた。

 

 若狭

「ど、どうかな? 似合ってる?」

 

 知床

「うん! すっごく似合ってるよ、レオちゃん!」

 

 リンちゃんはとても嬉しそうに褒めてくれた。その笑顔が私には天使のように見えた。

 

 知床

「あ、そろそろ私戻らないといけないんだった。レオちゃん、日曜の誕生日パーティは楽しみにしててね」

 

 若狭

「もっちろんだよ。リンちゃん本当にありがとう。ヘアバンド大切にするよ」

 

 知床

「うん! それじゃ、バイバイ」

 

 そう言い残すと、リンちゃんは校舎裏から去っていった。

 

 一人残った私は再びリンちゃんが渡してくれた包みに手を入れた。実は包みにはヘアバンドの他にもう一つ、あるものが入っていた。私は中からそれを取り出した。

 

 若狭

「手紙、か。リンちゃんったら、こんなところまで私の真似しなくていいのに」

 

 私は手紙を開いて、中身を読んだ。

 

 そこにはこう記されていた。

 

 

 

 レオちゃんへ

 

 お誕生日おめでとう!

 去年は海洋実習後のドタバタでちゃんとお祝いできなかったけど、今年はちゃんとお祝いできてよかったです。

 

 私、レオちゃんにあの時のお礼とお返事をしたいと思います。

 

 去年の私の誕生日にレオちゃんからもらった四つ葉の髪留め、とっても嬉しかったよ。

 それにお手紙まで書いてくれるなんてビックリしました。

 あの時はレオちゃんが慌てて戻ってしまったから、お礼とかできなかったよね。

 だから、ここで改めて言います。

 

 プレゼント、本当にありがとう!

 

 これからもずっと大切なお友達でいてください。約束だよ!

 

 知床鈴

 

 

 

 私は手紙を読み終えると、静かに校舎裏から歩き出していった。

 

 幸せな気持ちを胸いっぱいに抱えて――



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特別編㉔ おうちでハッピー!

Happy Birthday! シロちゃん!

レオちゃんに続きて2連続の誕生日作品投稿です。
6月1日のモモちゃん&めぐちゃんまでは誕生日作品連投の予定です。
いい加減本編進めなくては、と思っているんですが筆進まずorz
本編はもう暫しお待ち願います。

さて、本日5月27日はシロちゃんこと宗谷ましろちゃんのお誕生日!

はいふり誕生日作品をミケちゃんからスタートさせた自分にとって、ようやくシロちゃんきたか!という思いです。
ミケちゃん書いたらやっぱりシロちゃん書きたくなっちゃうものです。
それから約10か月、巡り巡ってようやくやってきました。
嬉しさにあまり、文字数が本編並みになってしまいましたw。

今回はそんな想いの通り、ミケシロなお話になっています。
ミケちゃんは主人公だけあってカップリングが沢山ありますけど、自分はやはり相手はシロちゃんこそ至高だと思っています。
そんなミケシロを楽しんでいただければ嬉しいです。

それでは、どうぞ!


 2017年5月27日午前10時

 

 -ましろside.-

 

 ここは横須賀市内にある私の自宅。

 私、宗谷ましろは玄関の前で実に1時間以上ずっとソワソワしていた。それはある人の到着を待ち続けていたからだ。

 

 宗谷

≪そ、そろそろかな?≫

 

 ピンポーン

 

 すると玄関の扉の向こう側に人影が現れ、呼び鈴の音が鳴り響いた。私はサンダルを履くことも忘れて、玄関の扉を開いた。

 扉を開くと、そこには私より背が低い女の子が立っていた。来ている服装は私が通う横須賀女子海洋学校の制服、その左肩につけられたワッペンには私の乗る艦「晴風」の紋章、そして頭に帽子を被っている。これは彼女が晴風の艦長であることの証だ。

 

 岬

「シロちゃん、おはよう!」

 

 宗谷

「岬さん、いらっしゃい」

 

 彼女、岬明乃さんは元気いっぱいの笑顔で挨拶してくれた。彼女の笑顔を見ているだけで私の心は満たされていく。

 

 宗谷

「玄関で立ち話もなんだし、上がってよ」

 

 岬

「そうだね。シロちゃん、今日は一日よろしくね」

 

 私は岬さんを家へと招き入れる。岬さんは靴を脱ぎ、用意していたスリッパに履き替える。

 

 岬

「わー、ここがシロちゃんのおうちかー」

 

 宗谷

「私の部屋はこっちだから、ついてきてくれ」

 

 岬さんとはすでに1年以上の付き合いになるが、実は私が彼女を自宅に招き入れたのは今回が初めてだった。今まで何度も私の家に遊びに行きたいと岬さんからお願いされていたのだが、去年は例の海洋実習の後処理などでなかなか二人の時間が合わず、結局1年生の間は一度もお招きすることができないまま進級してしまった。

 なので今回は、ついに念願叶ったりというわけだ。

 

 私の部屋は2階にあるので、上に上がる階段を通る必要がある。その階段に差し掛かった時、すぐ隣にあるリビングから二人の人物が私たちに話しかけてきた。

 

 真冬

「お、ようやく来たのか。久しぶりだな」

 

 真霜

「いらっしゃい、岬さん」

 

 岬

「あ、えと、真冬さん、真霜さん、お邪魔しています」

 

 話しかけてきたのは私の二人の姉、真霜姉さんと真冬姉さんだ。二人はともに現役のブルーマーメイドで、真霜姉さんは指揮官、真冬姉さんは艦長として日夜海の安全のために頑張っている。今日はたまたま二人の休みが重なったため、揃って家でのんびりしている。

 

 真冬

「どうだ? お招きの印に一発根性を注入してやろうか?」

 

 真霜

「何言ってるのよ、もう。ましろ、後で部屋に珈琲持っていくわね」

 

 宗谷

「ありがとう。助かるよ」

 

 私と岬さんは二人に一礼すると階段を上がり、私の部屋へと辿り着いた。今朝起きてすぐに部屋の掃除をしておいたので、清潔感はバッチリだ。

 

 岬

「うわー、ここがシロちゃんのお部屋かー」

 

 宗谷

「あ、あまりジロジロ見ないでくれ。恥ずかしいから……」

 

 しかし岬さんは私の言葉など聞きもせず部屋のあちこちを見て回っていた。するとベッドの上でもぞもぞと動く何かに岬さんが気づいたようだ。

 

 多聞丸

「みゃー」

 

 岬

「あ、多聞丸! 久しぶりだね」

 

 一年前から私の家にやってきた猫の多聞丸。短い間だったが晴風に乗っていたため、岬さんも知っている子だ。多聞丸は久しぶりに岬さんに会えて嬉しかったのか、ベッドからジャンプして彼女に胸に飛び込んだ。岬さんはそれを優しく受け止めた。

 

 岬

「うわっと。大きくなったね。一年前の時は本当に小さかったのに」

 

 宗谷

「毎日よく食べるからどんどん大きくなっていったんだ。普段はこの家に住んでいるから、寮にいる間は会えないけど、月に3回くらいは帰ってきて様子を見ている。いつの間にか私のベッドがこの子の寝床になってたよ」

 

 岬

「そっか。もう多聞丸もこんなに大きくなるくらい時間が経ったんだねー」

 

 岬さんは優しい手つきで多聞丸を撫でている。その表情は懐かしいものを見るような表情だった。

 このまま岬さんと多聞丸のことを語り合うのも悪くないが、今日はとある目的のためにここに彼女を呼んだのだ。それを果たすため、私は岬さんに副長モードで話しかける。

 

 宗谷

「ところで、艦長。今日は何のために私のうちに来たのか、忘れてないだろうな?」

 

 岬

「う、ソウデシタ」

 

 岬さんは多聞丸をベッドに戻すと、部屋の真ん中に用意した机の上に持ってきたバッグの中身を広げた。バッグの中には数学や英語などの教科書、ノートなどで溢れていた。

 

 宗谷

「さて、今日は火曜からの中間考査に向けて勉強会をやるぞ。私の方でも準備しておいたから、早速始めようか」

 

 岬

「よ、よろしくお願いします」

 

 今日岬さんをここへ呼んだ理由、それはもうすぐ始まる中間考査に向けての試験勉強を二人でするためだ。一昨日、学校で勉強を教えてほしいと泣きつかれた私は彼女に一緒に試験勉強をすることを提案した。その時、どこでやるのかを決める時に私の家で泊りがけやりたいと岬さんがお願いしてきた。私は岬さんを家に招きたかったこともあり、それを了承した。

 私は普段から勉強をしているので、全科目なんとか教えられるレベルにはなっている。岬さんは航海科、私は砲雷科であるため専門科目は教えることはできないが、共通科目ならば問題はない。今回は共通科目を一緒に勉強することになっている。

 

 宗谷

「よし、それじゃあ最初は数学からだな。教科書とノートを出してくれ」

 

 岬

「はーい」

 

 こうして私と岬さん、二人きりの勉強会が始まった。

 

 

 

 そして時は経って昼の12時。時々岬さんからの質問を受けながら、私たちは順調に試験勉強を続けていた。その時だった。

 

 ぐぅ~

 

 どこからか腹の虫の鳴き声が聞こえてきた。私がその主であろう人へ視線を向けると、少し恥ずかしそうに顔を赤く染めていた岬さんの姿があった。

 

 岬

「えへへ、ちょっとお腹すいちゃった」

 

 宗谷

「もうお昼か。そろそろ一度休憩してご飯に――」

 

 真冬

「おーい! そろそろ昼飯にするぞ。降りてこーい」

 

 タイミングを見計らったかのように下から真冬姉さんの呼ぶ声が聞こえてきた。私たちは部屋を出て1階のリビングへ向かった。リビングのテーブルにはすでに四人分のお昼御飯が用意されていた。

 

 岬

「カレーとヨーグルトだ。おいしそう!」

 

 真冬

「私が作った特製カレーだ。とくと味わいな」

 

 岬さんは驚いた表情で真冬姉さんを見ていた。真冬姉さんは普段はさっぱりしていてあまり女性っぽい雰囲気を出していないが、実は料理がすごく上手い。職場でも時々彼女が艦長を務める『べんてん』の乗員たちに料理を振る舞うことがあるらしく、評判も上々とのことだ。

 岬さんは早速カレーを一口ほおばっていた。私もそれに続いてカレーを口にする。真冬姉さんらしい辛口の味付け、だけど絶妙に混ざる甘さ、そそしてコクが口いっぱいに広がっていく。

 

 岬

「んー! すっごくおいしいです!」

 

 真冬

「そう言ってもらえると作った甲斐があったもんだ」

 

 真霜

「お代わりも用意できるから、どんどん食べていってね」

 

 うちの砲術長、立石さんほどではないが岬さんも大のカレー好きだ。真冬姉さんのカレーをものすごい勢いで食べていく。カレーを一口食べるたびにとても幸せそうな表情をするのを、私たち三姉妹は眺めていた。

 

 真霜

「岬さん、とってもいい顔で食べてくれるのね。私もお料理して出してみようかしら」

 

 真冬

「いや、やめてくれ。真霜姉の料理はとても人様に出せるようなもんじゃない」

 

 宗谷

「そ、そうだね。真霜姉さんのはちょっと……」

 

 真霜

「な、なによ! そんなに酷いものじゃないわよ!」

 

 岬

「?」

 

 

 

 その後、岬さんはカレーを3皿食べて、今はお腹いっぱいという表情になっていた。

 

 岬

「ふー。お腹いっぱいだよー」

 

 宗谷

「少し休んだら、また勉強を再開しよう」

 

 岬

「はーい」

 

 すると、リビングのソファーに座っていた私たちの下へ姉さんたちがやってきた。

 

 真冬

「なぁなぁ、岬艦長。ちょいといいか?」

 

 岬

「はい、何ですか?」

 

 真冬

「せっかくいい機会だ。これからお前のことを「明乃」って呼びたいんだ。いいよな?」

 

 真霜

「私も「明乃ちゃん」って呼んでもいいかしら?」

 

 宗谷

「んなっ!?」

 

 姉さんたちの提案に私は驚きを隠せなかった。私は今まで一度も彼女を名前の「明乃」と呼んだことはなかった。「艦長」か「岬さん」のどちらかだ。それなのに姉さんたちは私より先に名前で呼ぼうとしている。何だか少し胸のあたりがモヤモヤする。

 

 岬

「はい! お二人ともそう呼んでくれたら嬉しいです」

 

 真冬

「そうか! それじゃ明乃、これからもシロをよろしくな」

 

 岬さんと真冬姉さんの間であれよと話は進んでいく。私は置いてけぼりになった気分になっていた。するとそんな私に真霜姉さんが声をかけてきた。

 

 真霜

「あらあら。じゃあ、ましろも名前で呼んじゃえばいいじゃない」

 

 宗谷

「ね、姉さん!? そ、それは……」

 

 真霜姉さんからのいきなりの提案に戸惑う私。その様子を心配したのか、岬さんがこちらに近づいてきた。

 

 岬

「どうしたの、シロちゃん?」

 

 真霜

「ほら、明乃ちゃん待っているわよ」

 

 宗谷

「う、あ、えと、あ、あけ……あけ」

 

 岬

「ん?」

 

 頑張って口に出そうとするがなかなかできず、その間ずっと岬さんの綺麗な青色の瞳に見つめられていた私は、ついに恥ずかしさの余りリビングの出口に向かって走り出してしまった。

 

 宗谷

「そ、そろそろ勉強を再開しよう。いや、するぞ! するぞー!」

 

 岬

「あ、シロちゃん待ってよー」

 

 私は岬さんを連れて急いで自分の部屋へ戻っていった。

 

 真霜

「あらあら。少しからかいすぎたかしら?」

 

 真冬

「なんだよ。あそこでヘタれちまうなんてよぉ。根性が足りねぇぞ、根性が」

 

 残された姉二人は、私の様子を見て楽しげに話していたのだった。

 

 

 

 部屋に戻ってきた私たちはそのまま試験勉強を再開した。私も岬さんも順調に勉強を進めていき、もうすぐ終わりが見えてきた。

 そんな時、私は岬さんに対してあることに疑問を持った。

 

 宗谷

「ねぇ岬さん。ちょっと聞いていいか?」

 

 岬

「んー? なぁにシロちゃん?」

 

 宗谷

「どうして今日は私と一緒に試験勉強をしようと思ったんだ? 勉強なら知名艦長とだって出来たんじゃ。ほら、彼女は同じ航海科だから専門科目も一緒に勉強できるし」

 

 岬さんはエリート揃いの武藏で艦長を務める知名もえかさんという幼馴染がいる。学校でもよく二人で一緒にいる姿を私はよく目撃している。彼女は座学の成績は常にトップを争い、実技も隙がなく、人柄も申し分ない、まさに完璧超人と言える人だ。

 そんな人がいるのならわざわざ私に頼る必要なんてないのでは、と私は思ってしまった。

 そんな不安を持っていた私を岬さんはじっと見つめていた。その表情はとても真剣なものだった。

 

 岬

「確かに、私はもかちゃんによく勉強教えてもらってるよ。今回だって専門科目はもかちゃんに教えてもらおうって思ってた。でもね、それでシロちゃんから教えてもらう必要がないってことはないんだよ。私はシロちゃんに教えてもらいたかったから、今こうしているの。だから、そんな不安そうな顔をしないでほしいな」

 

 岬さんの言葉が胸に大きく突き刺さる。同時に私が抱えていた不安が粉々に砕けたような気がした。

 私はなんて小さいことで悩んでいたんだろう。岬さんの言葉を聞いて、私は安心できた。

 

 宗谷

「そうだな。ありがとう岬さん」

 

 私は岬さんの頭をそっと撫でた。

 

 岬

「えへへ。どういたしまして~」

 

 岬さんは私に甘えるように寄り添って撫でられていた。その可愛らしい表情がとてもいとおしく思えた。

 

 宗谷

「つまらないことで中断してしまったな。それじゃ、ラストスパート頑張りましょう!」

 

 岬

「おー!」

 

 

 

 それから2時間ほどたった午後6時。

 ついに私たちは共通科目すべての試験勉強を終えることができた。岬さんはベッドに寄りかかって身体を思いっきり伸ばしている。

 

 岬

「んー! やっと終わったね。これで中間考査もバッチリだよ」

 

 宗谷

「そうだな。これなら二人とも問題なく切り抜けられそうだ」

 

 そんな勉強からの解放感を味わっている時だった。ノックの音が聞こえ、扉から真霜姉さんが顔を出してきた。

 

 真霜

「丁度終わったみたいね。お疲れのところ悪いんだけど、明乃ちゃん、ちょっと下に来てもらえるかしら?」

 

 岬

「え? 私だけですか? シロちゃんは……」

 

 真霜

「ちょっと明乃ちゃんと内緒のお話。ましろは呼ばれるまで待っててもらえる?」

 

 宗谷

「え、別に構わないけど」

 

 真霜

「それじゃ、明乃ちゃん借りていきまーす」

 

 そういうと真霜姉さんは岬さんを連れて下へ降りていった。

 岬さんだけに何の話だろうか? そう疑問に思ったが、とりあえず呼び出しがくるまで待つことにした。

 

 それから20分ほど多聞丸と一緒に待っていると、再び扉をノックする音が聞こえた。扉を開けるとそこには岬さんが立っていた。

 

 岬

「シロちゃんお待たせ。これからリビングにきてもらる?」

 

 宗谷

「わかった。今行くよ」

 

 私は岬さんに続いて階段を降り、リビングの前までやってきた。そしてリビングの入口をくぐる。すると――

 

 パン! パン!

 

 宗谷

「うわっ!?」

 

「シロちゃん(ましろ、シロ)、お誕生日おめでとう!!」

 

 入ると同時に鳴り響いたクラッカーの音、そして私をお祝いする声。

 そうか、今日は確か……。

 

 宗谷

「私の誕生日、だったな」

 

 真冬

「そうだよ。いい驚きっぷりだったな、シロ」

 

 真霜

「うふふ、サプライズ成功ね、明乃ちゃん」

 

 岬

「はい!」

 

 先ほど岬さんが呼ばれたのはこのためだったのか。これを企画したのはおそらく姉さんたちだろう。真霜姉さんも真冬姉さんも意外とこういうことが昔から好きだったからな。

 

 真雪

「どうやら上手くいったようね。さぁ、座って頂戴。みんなで晩御飯にしましょう」

 

 台所から顔を出してきたのは私の母、宗谷真雪。私たちが勉強している間に学校から帰ってきたのだろう。普段ならもっと遅い時間に帰ってくるのだが、今日は私のために早めに帰ってきてくれたようだ。

 

 テーブルには私の好物のヒラメの刺身をはじめ、たくさんの料理が並んでいた。真ん中にはロウソクが立てられたバースデーケーキが置かれていた。全員が座り終えると母さんはリビングの照明を落とした。同時にみんなが一斉にバースデーソングを歌ってくれた。

 

 真雪

「それじゃあましろ、ロウソクの火を消してちょうだい」

 

 歌が終わり母さんから促されると、私はロウソクの火に向かってふぅっと息を吹きかける。17本の炎はその一息で全て一斉に消えた。

 

 真雪

「それじゃあ皆、ご飯にしましょうか」

 

 岬

「あ、校長先生。ちょっと待ってください」

 

 電気をつけ直し、これから夕飯にしようとした時、岬さんがそれに待ったをかけた。すると岬さんはリビングのソファーの裏から何か袋を持ち出してきた。そしてその袋を私に差し出した。

 

 岬

「シロちゃん、お誕生日おめでとう! はい、私からのプレゼントだよ」

 

 宗谷

「あ、ありがとう」

 

 私は岬さんからプレゼントを受け取った。岬さんが、開けてみて、と促してきたので早速封を切ってみた。中に入っていたのは、約20cmくらいの艦長帽を被った三毛猫のぬいぐるみだった。その姿はどことなく岬さんに似ていた。

 

 岬

「どうかな? 気に入ってくれたかな?」

 

 岬さんは心配そうに私を見ていた。その姿はいつも以上にとても可愛らしいものだった。

 

 宗谷

「すっごく可愛い! 嬉しい! ありがとう、゛明乃さん“!」

 

 岬

「あ、今私の名前――」

 

 私は嬉しさの余り、明乃さんと名前で呼んでいた。私は少し恥ずかしくなってしまったが、明乃さんを見ると彼女も恥ずかしそうにしながら笑顔を浮かべていた。

 

 岬

「シロちゃん……」

 

 宗谷

「明乃さん……」

 

 明乃さんと私はしばらくお互いを見つめあっていた。

 

 真冬

「あー、お二人さん。母と姉の目の前でそういちゃつくのはどうなのかね?」

 

 真霜

「あら、いいじゃない。こんなに仲良しなんだもの。ねぇ、お母さん?」

 

 真雪

「うふふ。ましろも良いパートナーを見つけられたみたいね。岬さん、ましろ、そろそろ食べないとお料理が冷めてしまうわよ」

 

 私はようやく皆に見られていることに気が付き、思わず明乃さんから視線をそらしてしまった。チラッと明乃さんを見ると、耳まで顔が真っ赤になっていた。きっと私もそうなのだろう。

 

 岬

「えへへ。それじゃご飯食べようか」

 

 宗谷

「そ、そうだね」

 

 私は明乃さんと共にテーブルに戻っていった。

 

 それから私たちは母さんや姉さんたちから明乃さんのことでたくさん質問攻めにあい、ちょっとだけだが大変な目に合ってしまった。それでも、今こうして明乃さんと一緒にいられることの幸せをずっと感じることができた。

 

 きっと今日は忘れられない誕生日になっただろう。

 

 これからも私は明乃さんと一緒に歩んでいこう。

 

 だって、彼女は私の艦長で、とてもとても大切な人だから……。

 



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特別編㉕ 友情でハッピー!

Happy Birthday! ココちゃん!

昨日のシロちゃんに続いて二日連続の投稿です。

今日、5月28日はココちゃんこと納沙幸子ちゃんのお誕生日!

艦長のミケちゃんを始め、濃いメンツ揃いの晴風クラスの中でその筆頭と言っても過言ではないココちゃん。事あるごとに一人芝居をする姿は多くの視聴者の記憶にあることでしょう。

そして先日発売されたOVAではついに主役に躍り出ました!
おめでとうココちゃん!!
皆さんもうご覧になりましたか? 私はもう5周くらいしました。
皆さんぜひ見てください(ステマ)

今回はそんなココちゃんと心の友たちのお話です。

それでは、どうぞ!


 2017年5月28日午後8時

 

 -幸子side.-

 

 納沙

「うぇへへ、それじゃあ始めようかのぅ」

 

 ミーナ

「あぁ、そうじゃな」

 

 時間は夜9時、すっかり夜の帳が降りている。私は航海実習で再び横須賀に寄港していたミーちゃんを自分の部屋に招き入れていた。

 

 納沙

「えーそれでは、本日はこの不肖納沙幸子の誕生日を記念いたしまして、私の心の友たちと熱いあつーい夜を過ごしましょう! 仁義のないパジャマパーティを開催いたしまーす!!」

 

 ミーナ

「いよっ! 待ってましたぁ!」

 

 私の言葉にミーちゃんから大きな拍手があがる。

 

 今日5月28日は私の誕生日。先ほどまで恒例のクラスの誕生日会が行われ、今回も大盛り上がりだった。今回私は主賓の一人ということでいつも以上に大いに楽しんだ。

 しかし、本当のお楽しみをこれから。それが私の部屋でこれから行われるパジャマパーティだ。明日は月曜だが中間試験直前の勉強休みだということで、仁義のないシリーズ全作品を見ながら夜遅くまで起きてワイワイ盛り上がろうと私自ら企画してしまったのだ。

 

 納沙

「それじゃあ早速、記念すべき第一作から――」

 

 ???

「ちょっと待った!」

 

 私がBDプレイヤーの再生ボタンを押そうとした時だった。それを遮るように大きな声をあげた者が現れた。

 我らが晴風クラスの副長にして私の心の友、シロちゃんだ。

 

 納沙

「どうしました? シロちゃん」

 

 宗谷

「どうしたも何も、中間試験に向けて一緒に勉強するから部屋に来てほしいって言われてきてみたら、これは一体なんだ? パジャマパーティなんて聞いてないぞ」

 

 ミーナ

「なんじゃ。ココ、マシロには説明しとらんかったのか?」

 

 私は誕生日会でシロちゃんを誘った時のことを思い返してみる。予定では仁義のないシリーズを全部見てひと眠りしたら、明日は一日勉強する予定ではあったので、誘い文句に噓はない。しかし……。

 

 納沙

「……、えーと、シロちゃん! パジャマパーティやるから部屋に来てください!」

 

 宗谷

「今更なのか!?」

 

 開き直ってボケてみると、シロちゃんは予想通りのいい反応を返してくれた。やっぱり私たちは心の底から友人同士なのだと再確認できたことがすごく嬉しい。

(※ココちゃん個人の感想です)

 

 宗谷

「まぁ、誘ってくれたことは、嬉しく思う……ぞ」

 

 納沙

「! シロちゃん!」

 

 シロちゃんの珍しいデレっぷりに私は思わず彼女に抱き着く。

 

 宗谷

「ちょ、抱き着くな、離れろー!」

 

 ミーナ

「ええのぅマシロ。ココにそんなに好かれとるとは。正直嫉妬してしまうぞ」

 

 ミーちゃんから嫉妬されてしまうとは、私はなんという幸せ者だろう。

 するといつの間にか抵抗を諦めたシロちゃんが呆れた声をあげていた。

 

 宗谷

「ま、まぁ私は別に構わない。それよりも……」

 

 シロちゃんの視線が部屋のとあるところへ向いた。そこには先ほどから静かに私の用意したスナック菓子をポリポリと食べている人物がいた。

 

 テア

「……ん?」

 

 それはドイツの直教艦アドミラル・グラーフ・シュペーの艦長であり、ミーちゃんの幼馴染であるテア・クロイツェルさんだった。

 

 宗谷

「なんでテア艦長もここにきているんだ?」

 

 ミーナ

「あぁ、それはワシが誘ったからじゃ。さっきの誕生日会の時にな」

 

 テア

「ミーナから明日勉強を教えてやったらお菓子食べ放題だと聞いてな」

 

 宗谷

「……ミーナさんも納沙さんと大して変わらないじゃないか」

 

 シロちゃんはもう何もかも諦めたような顔をしてそう言った。

 このテア艦長、普段は冷静沈着でとてもカリスマのある方ですけど、ミーちゃん曰くオフだととても可愛らしい一面があるとか。すでにその一端を見ている気がするが、今日のパジャマパーティでもっと知りたいと個人的に考えている。

 

 納沙

「それではいい感じに盛り上がってきたところで、改めて第一作からはじめましょう!」

 

 ミーナ

「おー!」

 

 テア

「ムグムグ」

 

 宗谷

「……はぁ、ついてない」

 

 

 

 そんなこんなで始まったパジャマパーティ。いざ始まってみると、意外な展開が待っていた。最初はあまり乗り気じゃなかったシロちゃんだったが、時間が経つにつれてドンドン仁義のないシリーズに興味を持ちだしたのだ。今は丁度3作目を見ているところだ。

 

 納沙

「『わしゃ、呉でおさまってりゃいいんじゃ!』」

 

 ミーナ

「『そんな極楽は、こっちの世界じゃないんで。人を喰わなきゃ、己が喰われる……』」

 

 映像に合わせて私とミーちゃんが作品屈指の名台詞を声マネして話す。すると、シロちゃんは少し考えるようなポーズを取っていた。

 

 宗谷

「なんだか、主人公は結構臆病なところがあるんだな。今いる場所から離れたくないというか」

 

 納沙

「そうなんです。でもそこが主人公の魅力でもあるんです!」

 

 ミーナ

「うむ。主人公は喧嘩になれば無類の強さを発揮する。でも意外なところで弱腰になったりする。強さと弱さ、その両方あるからこそなんじゃよ」

 

 宗谷

「な、なるほどな。なかなか奥深い」

 

 シロちゃんは登場人物の人柄や心情に興味があるようで、事あるごとに私とミーちゃんに質問をしてくる。シロちゃんは理詰めでバカ真面目っぽく見えるが、実は結構情に熱い人なのだ。だから、こういう作品に感化されやすいのだと思う。

 私としては、シロちゃんが興味を持ってくれたことがとても嬉しかった。これからはミーちゃんとシロちゃんの3人で仁義のないシリーズで盛り上がることができそうだ。

 

 一方、その頃テア艦長はというと――

 

 テア

「パリパリパリ」

 

 幸せそうな顔でポテトチップスを食べていた。

 あ、今の顔結構可愛いかも……。

 

 

 

 そしていよいよ完結編のクライマックスに差し掛かった。私もミーちゃんも、そしてシロちゃんまでもがTV画面を食い入るように見ていた。

 ただ一人を除いて。

 

 テア

「……うにゅ」

 

 ミーナ

「テア?」

 

 つい先ほどまでお菓子をつまんでいたテア艦長がウトウトしていた。そしてついに隣に座っていたミーちゃんの肩に頭を預けるように倒れてきた。

 すでに時刻は日付を跨いだ午前1時半。かなり遅くまで起きてしまっていた。

 

 ミーナ

「テア、こんな状態で寝ると風邪をひいてしまうぞ。ベッドに入るか?」

 

 テア

「ん……そう、する」

 

 テア艦長は今にも閉じてしまいそうな眼をなんとか開かせて、ミーちゃんに支えられながら私のベッドへと潜り込んでいった。そして数分もしないうちに眠りについた。

 

 テア艦長が眠ったのを確認したミーちゃんは再び私の隣に座り直した。私はリモコンを操作して一時停止を解除した。同時にテア艦長を起こさないよう音量を小さくした。

 

 ミーナ

「すまんのココ。お主のベッドを勝手に使わせてしまって」

 

 納沙

「気にしないでください。それより……」

 

 私はもう一度ベッドで眠るテア艦長に視線を移した。

 

 テア

「すぅ……すぅ……」

 

 納沙

「テア艦長の寝顔、すっごく可愛いですね。あ、写真一枚撮っちゃいます!」

 

 ミーナ

「そうじゃろう。テアの寝顔はまさに天使のようじゃろ?」

 

 いつの間にか映像そっちのけでテア艦長の寝顔鑑賞会が始まっていた。

 

 宗谷

「おい、完結編もうすぐ終わりなのに……」

 

 そんな私たちに一人映像に集中していたシロちゃんが呟いた。しかしシロちゃんも少しはテア艦長の寝顔に興味があるようで、チラチラとベッドの方を見ているのを私は見逃さなかった。

 

 納沙

「あ、シロちゃんいいんですか? そんなにテア艦長にあつーい視線を送っちゃって」

 

 宗谷

「な、なにを? そんなもの送ってない!」

 

 私の言葉に慌てた様子になるシロちゃん。私はここぞとばかりに渾身のネタを披露することにした。

 

 納沙

「『アケノ、大変じゃ! お主のとこの副長が我が艦長に色目を使っておったんじゃ! 証拠もあるぞ!』

 『そ、そんな……。シロちゃんが……』

 『ま、待ってくれ岬さん。これは違う、違うんだ!』

 『えーい見苦しいんでぃ! 神妙にお縄につけぃ!』

 『シロちゃん……さよなら……』

 『艦長! 待ってくれ! 岬さーん!!』」

 

 自分の中で最高のネタをやり切った充実感を私は感じていた。きっとシロちゃんにもミーちゃんも楽しんでくれただろうと私は確信していた。

 

 宗谷、ミーナ

「……」

 

 しかし二人の反応は微妙なものだった。絶対面白いと思っていたのに、なぜだ。

 

 そんなこんなしているうちに映像の方もクライマックスを迎え、エンディングのスタッフロールが流れ始めていた。時間は深夜2時前、もうすっかり夜更かししてしまった。

 

 納沙

「んー! 楽しかったですね。仁義のない上映会」

 

 ミーナ

「そうじゃな。こいつは何度見ても飽きないのぅ」

 

 宗谷

「思いのほか盛り上がったな。悔しいが面白かったよ」

 

 テア

「むにゃ……」

 

 この場にいる全員(寝ているテア艦長を除く)が思い思いに振り返りをしはじめた。何度も見ている私とミーちゃんが自分の好きなシーンをシロちゃん相手に力説すると、シロちゃんは「そういう見方もあるのか」とすごく感心したように聞き入ってくれた。一方シロちゃんは初めて全編通してみた感想を熱く語ってくれた。シロちゃんの作品の捉え方は、私やミーちゃんとは違うものだったのでとても新鮮なものだった。

 

 そんな風に盛り上がっていると、さすがに私も眠気が強くなってきていた。他の二人を見ると、どうやら私と同じようで眠そうにしていた。

 

 宗谷

「ふぁぁ……。さすがに眠くなってきたな」

 

 納沙

「そうですね……。そろそろ寝ましょうか」

 

 私はBDプレイヤーとテレビの電源を落とし、机を片付けてクローゼットから敷布団と掛け布団を出して床に引いた。

 ベッドはすでにテア艦長が寝ているので、ミーちゃん、私、シロちゃんの三人で川の字になって寝ることにした。

 

 部屋の明かりを消して布団に入る。すると私は何とも言えない幸福感に満ち溢れていた。

 

 納沙

「ふふっ」

 

 ミーナ

「どうしたココ? なんじゃか嬉しそうだのぅ」

 

 納沙

「はい。私、今とっても幸せです」

 

 私は目を閉じて、一年前に起きたことを思い出していた。

 

 納沙

「一年前、あの初めての海洋実習から戻ってきて、それからちょっと色々あって。それでもクラスの皆と一年間一緒に過ごせて、無事に二年生になれて。そうやって振り返ると晴風クラスの皆と一緒に歩んできたことがすごく幸せだなぁって思います」

 

 宗谷

「そうだな。最初は大変だったし、戻ってからもトラブルはいっぱいあったけど、艦長の下で皆が家族になって、一緒に困難を乗り越えてきた。何だかんだ言って充実していたと思う」

 

 ミーナ

「ワシらのことも忘れてもらっては困るぞ。乗る艦は違えど、晴風の皆はワシにとってもう一つの家族同然じゃ。たった一ヶ月じゃったが、皆と一緒に過ごせたことはワシの大切な思い出じゃ」

 

 シロちゃんとミーちゃんの言葉がさらに私の幸福感を増長させる。こんなに素晴らしい友達に出会えて、私は幸せ者だ。

 

 納沙

「シロちゃん、ミーちゃん。これからもずっと心の友でいてくださいね」

 

 ミーナ

「ああ。これからずっと」

 

 宗谷

「これからも、私たちは家族だ」

 

 私は二人に、そして幸せに包まれて眠りについたのだった。

 

 

 

 今までなかなか見つけられなかった私の居場所。

 友達がいなかったわけではなかった。でも、私はずっと満足できていなかった。

 

 でも今はそんなことはない。

 

 だって私は晴風クラスに出会えたから。

 ミーちゃんたちシュペーの皆とも出会えたから。

 私はもう満ち溢れています。

 

 そしてこの友情はきっと永遠に続く。

 

 私は、そう信じています……。

 

 

 

 ちなみに――

 翌日、誰よりも早く起きたテア艦長主導の下、試験勉強はとても捗ったのであった。

 



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特別編㉖ 小旅行でハッピー!

Happy Birthday! モモちゃん! めぐちゃん!

今日から6月ですね。今日は二人のはいふりキャラのお誕生日です。

一人目はモモちゃんこと青木百々ちゃん。
赤いベレー帽とメガネが特徴で、その容姿の通り絵や漫画を描くことが大好きな子です。
語尾が「っす」であるのも特徴的で晴風の濃いメンツの中でしっかり自分のポジションを持っている印象があります。

二人目はめぐちゃんこと宇田慧ちゃん。
バッテン髪留めに身長低めと某マンガの主人公っぽい子です(個人の感想です)
そんなめぐちゃん、公式設定資料集でおっぱい星人キャラが確立されるという名誉な個性を手に入れました。
さらに、先週発売のOVAでも活躍してましたね。

今回はそんな二人のお話です。
実はネタに困った筆者が自分がかつて旅行したある場所をネタにしています。
それなりにどこのことかわかるように書いてみたのですが・・・

それでは、どうぞ!


 2017年6月1日午後4時

 

 -百々side.-

 

 私、青木百々は悩んでいた。

 

 中間考査は三日目が終わり、明日の最終日を残すのみとなっていた。教室にはチラホラとクラスメイトが残っており、明日の試験対策をしたり、明後日からの試験休みの予定を話し合っている声が聞こえてくる。

 そんな中私はというと、何も描かれていない真っ白なスケッチブックと睨めっこしていた。その様子を私の向かいに座っているヒメちゃんが不思議そうに眺めていた。

 

 和住

「モモー、中間考査は明日まであるんだから同人誌のネタ探しは終わってからにしなって」

 

 青木

「わかってるっすよ。わかってるんすけど……」

 

 私の悩み、それは今年の夏のビッグイベントに出す予定の同人誌のネタが未だに定まらないことだ。高い競争倍率を勝ち抜いて今年も確保したサークルスペースを無駄にしないためにも、夏の新刊はなんとしてでも完成させなければならない。しかしイベントまでもうすぐ2ヶ月になるこの時期に全くの白紙というのは非常にまずい状況なのだ。

 

 和住

「そういうのは明日終わってから考えればいいの。ほらいくよ」

 

 青木

「あ、ヒメちゃん待つっすよ」

 

 私を置いて先に行こうとしていたヒメちゃんの姿を見て、私は慌ててスケッチブックを片付け始めた。とりあえず考えるのは明日以降にしようと気持ちを切り替えようとした。

 

 その時だった。同じ教室内で何やら楽しそうに話している声が聞こえてきた。私はその声が気になり、その場所へ歩を進めた。

 

 青木

「なんか盛り上がってるっすね。どうしたんすか、めぐちゃん、ミカンちゃん?」

 

 伊良子

「あ、モモちゃん」

 

 机を挟んで楽しそうに話していたのは、伊良子美甘ちゃんと宇田慧ちゃんの二人だった。机の上には二台のカメラが置かれていた。

 

 伊良子

「実はね、明後日からの試験休みにめぐちゃんと一緒に旅行に行くことになっているんだ」

 

 宇田

「誕生日祝いで両親から新しいカメラを買ってもらったから、その最初の撮影もするんだー」

 

 伊良子

「めぐちゃんいいなー。そのモデル、私も欲しいよー」

 

 めぐちゃんは新しく買ってもらったばかりのピンク色のカメラを手にして嬉しそうに教えてくれた。そういえば、めぐちゃんと私は今日が誕生日だった。中間考査期間中に誕生日があるということで、この前の日曜日に副長、ココちゃんと共に私たちもお誕生日会をしてもらったばかりだ。

 そして、めぐちゃんとミカンちゃんは揃ってカメラや写真撮影を趣味としている。めぐちゃんはカメラそのものに、ミカンちゃんは撮影することに、と少し領域は違うが二人は意気投合して、二人でよく一緒に撮影に出かけているらしい。

 しかし、試験休みに旅行とはなかなか楽しそうなことを考えている。私は二人の旅行に興味を持ち始めていた。

 

 青木

「ちなみにどこに行く予定なんすか?」

 

 宇田

「長野だよ。前にどこか写真撮りに行くならどこがいいかなって艦長に聞いたら、地元にいいところがあるよって教えてもらったんだ」

 

 伊良子

「せっかくだから、一泊して思いっきり撮影を楽しんじゃおうって」

 

 青木

「へー、一泊するんすか。本格的っすね……あ!」

 

 その時、私は一つの考えが生まれた。私は早速二人に尋ねてみることにした。

 

 青木

「ねぇ二人とも。その旅行、私も一緒についていっていいっすか?」

 

 伊良子

「え!? モモちゃんも?」

 

 宇田

「ず、ずいぶん急だね」

 

 青木

「ごめんなさいっす。実は――」

 

 私は二人に自分が夏の新刊のネタに行き詰っていることを話した。

 私は二人の旅行に同行して、新刊のネタ探しをしようと思いついたのだ。

 

 青木

「そういうわけで、お願いするっすよー」

 

 伊良子

「うーん、どうしようか、めぐちゃん?」

 

 宇田

「いいじゃん。泊まるとこは一部屋4人までOKだったし、今すぐ連絡したら大丈夫だよ。旅をするなら人数多い方がもっと楽しいよ」

 

 伊良子

「そうだね。それじゃモモちゃん、明後日からよろしくね」

 青木

「あ、ありがとうっす! めぐちゃん、ミカンちゃん!」

 

 こうして、私は土曜日から一泊のネタ探し旅に参加することになった。

 

 和住

「こらー! いつまで油売ってるの! 勉強するよ」

 

 青木

「あ、すっかり忘れてたっす」

 

 

 

 -慧side.-

 

 6月3日午前10時

 

 昨日中間考査を終えた私たちは今、特急列車に乗って目的地を目指している。朝一番で出発する定期船で東京方面へ、そこからいくつかの船を乗り継ぎ、甲府からは鉄道に乗って長野を目指している。

 

 青木

「今までずっと海の上にいたっすからね。山に行くのってなんか新鮮っすね」

 

 伊良子

「そうだねー。長野はお蕎麦や野沢菜が美味しいらしいから今から楽しみだよ」

 

 宇田

「さすがミカンちゃん、お料理は詳しいね」

 

 モモちゃんとミカンちゃんとそんな話をしていると、車窓の景色が一気に明るくなった。私たちは窓から外を見る。そこには大きな湖が広がっていた。

 

 青木

「おー! すっごく大きな湖っすね! あそこが今回の目的地っすよね?」

 

 伊良子

「そうだよ。早速写真撮っちゃおうっと」

 

 宇田

「あ、私も私も」

 

 私とミカンちゃんはバッグからカメラを取り出して、車窓越しに撮影し始めた。

 地盤沈下の影響で日本各地の湖が海と一体化している中、この湖は山の奥地にあるため昔のままの形を保っている。元々観光地として有名な場所であったが、近年はさらに人気が増してきているらしい。

 

 そうこうしているうちに列車は目的の駅に到着した。そして駅に降りてすぐモモちゃんがあることに気が付いた。

 

 青木

「めぐちゃん、ミカンちゃん、あそこに足湯があるっすよ! 駅のホームに足湯っすよ」

 

 宇田

「本当だ。早く行ってみよう!」

 

 私たちは早速日本でもここにしかないという駅のホームの足湯に浸かることにした。温泉の温度は50℃ほどで、少し熱めだが足湯として楽しむには快適な温度だった。

 

 宇田

「ふわぁ、気持ちいい~」

 

 青木

「このままずっと入っていたいっすね~」

 

 私たちはこの足湯で30分程満喫したのであった。

 

 

 

 -百々side.-

 

 早速足湯を楽しんだ私たちは、駅から一度今日宿泊する宿でチェックインをして大きな荷物を部屋に預けた。そこで動きやすい服装に着替えた後、私はスケッチブックを、めぐちゃんとミカンちゃんはカメラを持って再び駅前へ戻ってきた。今は駅前のレンタサイクル屋さんで自転車を借りてきたところだ。

 

 伊良子

「よーし。みんな準備できたね。それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

 青木、宇田

「おー!」

 

 私たちは湖畔沿いのサイクリングに出かけた。梅雨入り前の今はサイクリングにはピッタリだった。

 駅前を出発してすぐに湖畔沿いを通る道路へ出てきた。目の前には湖の雄大な景色が広がっていた。

 

 青木

「サイクリングもいいっすねー」

 

 宇田

「うん、湖からの風が気持ちいいよ」

 

 伊良子

「ホントだね。来てよかったよ」

 

 三人それぞれが湖畔のサイクリングを楽しんでいた。

 

 サイクリングを始めて数分程した時、湖畔に立つある施設へとたどり着いた。その施設名は――。

 

 宇田

「“間欠泉センター“?」

 

 私は持ってきていたガイドブックを開いて、この場所について調べてみた。

 

 青木

「えーと。ここは大きな間欠泉があるらしいっすよ。2時間おきに温泉が噴出するところを見せてくれるらしいっす」

 

 宇田

「え、なにそれ! 見たいみたーい!」

 

 目をキラキラさせて興奮しているめぐちゃんがとても可愛らしかった。丁度次の噴出時間が近かったので、自転車を置き場に預けて施設に入ることにした。

 

 施設の中はちょっとした温泉施設になっていて、そこを通り抜けて外に出るとお目当ての間欠泉があった。すでに多くのお客さんが噴き出すのを待っていた。

 私はバッグからスケッチブックを取り出して写生の準備を始めた。噴き出した瞬間をスケッチするためだ。めぐちゃんとミカンちゃんもカメラを構えて準備をしていた。

 

 しばらくすると間欠泉の噴出口から湧き出る湯気の量が増えていき、同時にゴゴゴという音が鳴り始めた。そして次の瞬間、一気にお湯が天高く噴き出した。高さにして約5mほど、ものすごい勢いでお湯の柱が出来上がっていた。

 周りにしたお客さんたちはお湯が噴き出すと、驚きの声をあげていた。そしてカメラやスマホで撮影を始めていた。めぐちゃんとミカンちゃんも一心にシャッターを押している。

 私は間欠泉の光景を見ながらスケッチを続けていた。私が描いたのはこの間欠泉のかつての姿だ。ここはかつて今の10倍、高さ50mまでお湯が自噴していたそうだ。私はその姿を想像しながら筆を走らせていた。

 

 噴出し始めてから数分もするとお湯の勢いは弱くなっていった。お客さんたちはそれと同時に満足そうな顔をして施設を後にしていく。そんな中、私はその場に留まってスケッチに集中していた。すると、撮影を終えためぐちゃんとミカンちゃんが私の下へ戻ってきた。

 

 宇田

「わーモモちゃん相変わらず上手いね」

 

 伊良子

「ホントだね。写真では表現できない迫力を感じるよー」

 

 二人が私に声をかけてくれたが、スケッチに集中していた私にはその声が全く届いていなかった。そんな私の様子を察してくれたのか、二人は私のスケッチが終わるまで隣に座って待ってくれた。

 

 

 

 -慧side.-

 

 10分ほどでモモちゃんの絵が完成して、私たちはサイクリングを再開した。

 

 青木

「ごめんなさいっす。二人には随分お待たせしてしまったっす」

 

 伊良子

「いいよいいよ。気にしないで」

 

 宇田

「そうだよモモちゃん。それに――」

 

 私はスケッチをしていた時のモモちゃんの姿を思い浮かべながら言葉を続けた。

 

 宇田

「絵を描いてた時のモモちゃん、とってもいい顔してたよ。最近スケブ見ながら悩んでたみたいだったけど、モモちゃんはやっぱり絵を描いてる時が一番いいと思うな」

 

 青木

「そ、そうっすか。ありがとう、めぐちゃん」

 

 モモちゃんは少し顔を赤くしていた。モモちゃんは絵を描いている時は本当に真剣で、ちょっとかっこいいと思ってしまうこともある。そんなモモちゃんの姿に私は憧れを抱いているのかもしれない。

 

 青木

「そ、それより、次の目的地はどこなんすか?」

 

 伊良子

「えーとね。あと30分程走ったら右に曲がるよ。そこにパワースポットの神社があるんだって」

 

 宇田

「パワースポット! いい響きだね。よーし、どんどん行っちゃうよー!」

 

 私はペダルを漕ぐスピードを上げて、二人を追い抜いていった。

 

 伊良子

「めぐちゃん待ってよー」

 

 青木

「めぐちゃん元気いっぱいっすねー」

 

 

 

 そして自転車を走らせること30分ちょっと。私たちは湖畔から少し山の方に入っていく。最近舗装された綺麗な道を進んでいくと、目の前に鳥居が見えてきた。どうやら目的の神社に着いたようだ。神社の前のある売店の側に自転車を停め、私たちは境内を目指す。

 

 宇田

「ぜぇ、ぜぇ、ちょっと、頑張りすぎたかな……」

 

 伊良子

「もぅ、めぐちゃんはりきりすぎだよ」

 

 青木

「あはは。ほら、行くっすよ」

 

 鳥居の側の手水舎で手を清め、私たちは鳥居をくぐって境内へと入った。そこに入った時、私は周りに空気が大きく変わったように感じた。今までいた世界がすごく騒がしいと思えるくらい境内は静かで、神聖な雰囲気を漂わせていた。これがパワースポットというものなのだろうか。

 境内を進んでいくと、目の前に大きな注連縄を掲げた建物が見えてきた。その奥には拝殿が見える。

 

 青木

「はー……」

 

 モモちゃんを見ると、彼女は何かを見つめていた。その視線の先にあったのは大きな木の柱だった。拝殿の左右に立っていた二本の大きな柱は、それそのものが大きな力を放っているかのように存在感を示していた。私は自然とカメラを構えてシャッターを切っていた。

 

 宇田

「……すごい」

 

 隣を見るとミカンちゃんも同じようにカメラを持って静かに撮影していた。モモちゃんは少し離れた場所でスケッチに勤しんでいた。私は二人の表情がとても綺麗に見えた。そして思わず、二人に向けてシャッターを切っていた。

 

 伊良子

「あ、めぐちゃん私たちのこと撮ったの?」

 

 宇田

「え? 二人を見てたら、思わずね」

 

 伊良子

「そっか。でもここ、なんかすごい雰囲気だよね」

 

 ミカンちゃんも私と同じものを感じているのだろう。それだけの力がここにはあるということだ。

 私たちはしばらくの間、神社の持つパワーを感じながらただ静かに立ち尽くしていた。

 

 

 

 -百々side.-

 

 パワースポットの神社を満喫した私たちは、その後不思議な顔をした石の仏様を発見したり、湖の見える美味しい信州そばを堪能しながらサイクリングを楽しんだ。

 そして今は夜。私たち三人は宿に戻ってきて温泉に入っていた。

 

 伊良子

「今日はいっぱい走ったね。おかげで温泉が気持ちいいよ」

 

 青木

「私は疲れて足が棒になっちゃいそうっすよ~」

 

 宇田

「明日もまた走るから、今日は温泉でしっかり休もう」

 

 駅の足湯とはまた違う温泉を楽しみながら私たちは今日のことを振り返っていた。その時、めぐちゃんが私の様子を伺っていた。

 

 宇田

「ねぇモモちゃん。悩みは吹っ切れた?」

 

 私はめぐちゃんの一言で私は思い出した。この旅は夏のイベントのネタ探しをするためにきたことを。でも、いつの間にかそんなことは抜きに私は旅を楽しんでいた。そして私は今日一日を振り返ってみてあることに気が付いた。

 

 青木

「そうっすね。今日色んな所を回って思ったっす。こうやって楽しいって思えることをただ楽しむことが一番なんだって。同人誌を描くこともきっと同じっす。私はいつの間にかそのことを忘れてたみたいっすね」

 

 宇田

「そっか。なんかわかるかも。きっとモモちゃんにはこの旅そのものが漫画のお話みたいなものなのかもねー」

 

 青木

「そうっすねー……あ!」

 

 その時、私はある一つの考えが浮かんでいた。

 

 青木

「そうだ! このお話を漫画にすればいいっすよ。夏の同人誌は今回の旅行記にしてみるっす。めぐちゃん、ありがとうっす!」

 

 私は興奮の余り、めぐちゃんの手を思いっきり握っていた。

 

 宇田

「う、うん。なんかいい感じに解決出来ちゃったみたいだね」

 

 伊良子

「よかったね、モモちゃん」

 

 めぐちゃんもミカンちゃんも嬉しそうに私のことを見ていた。

 

 青木

「そうと決まれば、温泉からあがったら早速描き始めるっすよ。めぐちゃん、ミカンちゃん、後で今日撮った写真を見せてほしいっす」

 

 宇田

「わかったよ。でも張りきりすぎて夜更かしはダメだよ」

 

 伊良子

「そうだよ。明日もまたサイクリングなんだからね」

 

 青木

「わ、わかってるっすよー」

 

 温泉の中で私たちは笑いあうのであった。

 

 

 

 後日、東京のとある場所で行われたイベントである同人誌が頒布された。

 

 その内容は、三人の少女たちが旅行先の大きな湖を巡っていく中で不思議な体験をするというものだったらしい。



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特別編㉗ 感謝でハッピー!

Happy Birthday! ほっちゃん! あっちゃん!

今回はお誕生日記念。
いよいよ晴風クラス全員コンプリートまで残り3人となりました。
今日は一気に2人いきますよ。

今日、6月16日は杵崎ほまれちゃんと杵崎あかねちゃんの双子姉妹のお誕生日でございます。

皆さんは、ほっちゃんとあっちゃんの違いはちゃんとわかりますよね?
赤いエプロンで二つの髪留めをしているのが姉のほっちゃん
青いエプロンで髪を結っているのが妹のあっちゃん、ですよ。

2人は友達のミカンちゃんと晴風の炊事委員として毎日クラスの皆の食と健康を支えています。
先月発売のOVAでは、今やはいふりファンの聖地と化した某和菓子屋で三人揃ってお菓子作り修行をしていましたね。
筆者はここ最近毎週のようにお邪魔しております。
(また明日も二人のお祝いをしに行って参ります)

今回はほっちゃんとあっちゃんが和菓子屋さんに恩返しするお話です。

それでは、どうぞ!


 2017年6月16日午後8時半

 

 -ほまれside.-

 

 杵崎ほ

「それじゃお疲れ様です! お先に失礼します」

 

 杵崎あ、伊良子

「お疲れさまです!」

 

 私とあっちゃん、ミカンちゃんの三人は元気良く挨拶をしてお店の勝手口から外へ出た。今日は週に二日入れている和菓子屋でのアルバイトの日だった。一仕事終えた私は程よい疲労感と大きな幸福感を感じていた。そしてその手にはお菓子の詰め合わせが入った紙袋があった。

 

 杵崎あ

「えへへー。お菓子いっぱいもらっちゃったね、ほっちゃん」

 

 杵崎ほ

「そうだね。店長さんちょっとサービスしすぎ気もするけど」

 

 伊良子

「いいじゃない。今日は二人の誕生日なんだから」

 

 今日の仕事が終わった後、店長さんに呼び出されてお店の控室に行くと従業員さんたちとミカンちゃんが待っていた。そこで私たち姉妹はお誕生日のお祝いをしてもらった。店長さんをはじめ沢山の人におめでとうの言葉をかけてもらい、私とあっちゃんはとても嬉しかった。そして店長さんからもらったのが今手にしているお菓子の詰め合わせというわけだ。

 

 杵崎あ

「でもさ、あのお店でアルバイトさせてもらって本当に良かったよね」

 

 杵崎ほ

「うん。あれからもうはじめて一年たつんだね」

 

 普段は晴風の厨房でクラスの皆に料理やお菓子を振る舞っている私たち炊事班。しかし航海実習のない間は学科での授業を除いてお料理をする機会が大きく減ってしまい、自主的に練習をするにも学生寮での使用制限もあって思うように練習できないことが多かった。

 そこで私たちは横須賀市街にある親戚の人が経営する老舗和菓子屋さんでアルバイトをしながら、お菓子作りの修行をすることにしたのだ。

 

 伊良子

「店長さんには本当に感謝の気持ちでいっぱいだよ。おかげでお菓子作りはもっと上手くなったと思うな」

 

 杵崎あ

「そうだね。私も色んな新作作れるようになったよ!」

 

 杵崎ほ

「あっちゃんの新作はどれも攻めすぎな気もするけど……。でも、いっぱい練習させてもらてるのは本当に助かってるよ」

 

 店長さんや従業員さんは学生である私たちに時に厳しく、時には優しく指導をしてくれている。それはお菓子作りだけでなく、料理全般に関すること、さらには店頭での接客や食材管理など多岐に渡っている。なぜこんなに良くしてくれているのか。その理由を店長さんに聞いたところ、将来私たちがブルーマーメイドになって職員さんたちに料理をお出しする立場になった時、それに相応しい人物になってほしいからだと教えてくれた。こういったこともあり、私たちにとって店長さんや従業員さんたちはとっても大切な存在になっていた。

 そんなことを考えていると、あっちゃんが私とミカンちゃんにある提案をしてきた。

 

 杵崎あ

「ねぇ。店長さんたちに何か恩返しできないかな?」

 

 杵崎ほ、伊良子

「恩返し?」

 

 杵崎あ

「私たち、この一年間で店長さんたちにたっくさんおせわになってきたじゃない? だから、一年間ありがとうってことで何かしたいなって思ったの」

 

 あっちゃんからの突然の提案に私とミカンちゃんは驚きを隠せなかった。しかし、すぐにその提案に乗った。

 

 杵崎ほ

「それいいかも。それなら、店長さんたちにたくさん喜んでもらいたいな」

 

 伊良子

「よーし。そうと決まれば寮に戻って作戦会議よ!」

 

 杵崎姉妹

「おー!」

 

 私たちは店長たちの喜ぶ顔を想像しながら、学生寮への帰路を急ぐことにした。

 

 

 

 -あかねside.-

 

 学生寮に戻ってきた私たちは、早速ミカンちゃんを部屋に呼んで作戦会議を始めていた。

 

 杵崎あ

「それで、恩返しって言っても具体的に何をすればいいんだろう?」

 

 杵崎ほ

「え? あっちゃん何も考えてなかったの!?」

 

 杵崎あ

「だって、ちょっとした思い付きだったんだもーん」

 

 伊良子

「まぁまぁ、これからみんなで考えようよ」

 

 私は勢いまかせで提案したことを少し後悔したが、気を取り直して今度は本気で考えることにした。でもまとめるのは三人の中で一番しっかり者のミカンちゃんに任せることにした。

 

 伊良子

「無難にいくなら、やっぱりプレゼントがいいよね」

 

 杵崎あ

「プレゼントかー。どんなのが店長さん喜んでくれるかな?」

 

 杵崎ほ

「店長さんなら何でも喜んでくれそうだけど、やっぱりちゃんと気持ちが伝わるものじゃないと、だね」

 

 そんな感じで私たち三人はいろんな意見を出し合っていった。

 そして、一つの結論へとたどり着いた。

 

 杵崎ほ

「やっぱり私たちができる最高の感謝といえば――」

 

 杵崎あ

「お料理、だよね!」

 

 伊良子

「そうだね。私たちの成長を見てもらうのが一番いいと思うな」

 

 アルバイトを始めたきっかけもお料理の修行が目的だった。修行の成果を店長たちに披露してあげることこそが一番の恩返しになるという結論に至るのは、必然だったのかもしれない。

 

 伊良子

「それじゃ次は何を作るかだね。和菓子屋さんで修行させてもらったんだから、やっぱりお菓子がいいのかな?」

 

 杵崎あ

「いいね。どうせなら、新作のお菓子とか作ってみるのはどう?」

 

 私はここぞとばかりにこれまで書き溜めてきた新作洋菓子レシピ本を二人に見せた。ミカンちゃんは興味津々の様子だ。

 

 伊良子

「すっごーい! こんなに考えたんだね」

 

 一方ほっちゃんはミカンちゃんとは対照的に冷めた目線で私を見ていた。

 

 杵崎ほ

「あっちゃん、これって昔にほとんど失敗したやつばかりじゃない……」

 

 杵崎あ

「そ、そんなことないよ! ちゃんと美味しくできたのだってあるんだから! 例えば――この飴細工ケーキとかどう?」

 

 私は必死にレシピ本の中から上手くいったと思う自信作の一つを二人に紹介してみた。これで何とか賛成を得られるかと思った。しかし――

 

 杵崎ほ

「でもこれ、ここからお店までどうやって持っていくの?」

 

 杵崎あ

「うぐぅ!?」

 

 ほっちゃんの鋭い指摘にあえなく撃沈してしまった。

 

 その後も30分ほど三人で色んなアイデアを出し合ってみたが、なかなか決められずにいた。

 

 杵崎あ

「うーん。感謝を伝えるって思ってた以上に難しいね」

 

 伊良子

「なんかどれもありきたりになっちゃうもんねー」

 

 私とミカンちゃんは思わず弱音を吐いてしまった。

 店長さんや従業員の皆さんによろこんでもらいたい。その想いはどんどん大きくなっているのに、それを表現することができないことがとてももどかしかった。

 そんな時だった。ほっちゃんが何かに気が付いたように手をポンと叩いた。

 

 杵崎ほ

「ねぇ二人とも。あんまり難しく考えずに、もっとシンプルなものにしてみない?」

 

 伊良子

「シンプル? どういうこと、ほっちゃん?」

 

 杵崎ほ

「私たちが伝える感謝の気持ちって、一年間で教えてもらったことを表現できるものであればいいんだよね。それって何か特別なものを作ったりするんじゃなくて、私たちが普段作っているものでも伝えられるんじゃないかなって」

 

 杵崎あ

「普段作ってるもの……あ!」

 

 私はほっちゃんが何を言いたいのかをようやく理解した。ミカンちゃんも同じく気が付いたようだ。

 

 伊良子

「私たちが普段作ってるものっていえば、アレだよね?」

 

 杵崎ほ

「うん、アレだよ。私たちの自慢の味」

 

 杵崎あ

「うんうん。きっと店長さんたちも喜んでくれるよ」

 

 これまでの悩みっぷりがウソのように、ほっちゃんの一言で私たちが作るものはすんなりと決まっていた。

 

 杵崎あ

「それじゃ明日材料を買ってきて準備しなくちゃ」

 

 杵崎ほ

「次のシフトは日曜日だから、その日の仕事終わりに渡すってことにしよう」

 

 伊良子

「そうだね。あ、明日の調理場の使用許可取ってこなくちゃ」

 

 私たちは消灯時間ギリギリまで話し合いを続けたのだった。

 

 

 

 -ほまれside.-

 

 そして日曜日。

 今日もいつもと同じようにアルバイトの仕事をこなしていた。日曜日というだけあって、平日よりも客足は多く、レジ担当も厨房担当もいつも以上に忙しかった。それでも何とかやりきり、夜7時半でお店は無事閉店時刻を迎えたのだった。

 従業員の皆さんより一足早く控室に戻っていた私たち三人は、昨日作ったものを手にして店長たちが来るのを待っていた。

 

 杵崎あ

「なんだか、ちょっと緊張してきちゃったよ」

 

 杵崎ほ

「う、うん。私もちょっと」

 

 伊良子

「大丈夫だよ。皆さんきっと喜んでくれるよ」

 

 緊張気味の私たち姉妹と違い、ミカンちゃんは普段通りの明るい笑顔だった。そんなミカンちゃんが今はとても頼もしく感じていた。

 

 それから少し経った時、控室の扉が開いた。そこに立っていたの、いつも私たちをあたたく見守ってくれる人だった。

 

 店長

「おや? 三人ともまだ帰っていなかったんですか?」

 

 杵崎ほ

「て、店長さん」

 

 店長さんはいつもと変わらない笑顔で私たちを見ていた。この店長さん、背は結構高くて体型も細身、さらにはなかなかのイケメンさんなのだ。一年前に初めて会った時は正直ドキッとしてしまった。そんなイケてる店長さんの笑顔が眩しくて、私もあっちゃんもなかなか次の言葉が切り出せずにいた。

 すると、ミカンちゃんが一歩前へ踏み出していた。

 

 伊良子

「店長さん。今日は店長さんたちに感謝の気持ちを伝えたいんです」

 

 店長

「感謝の気持ち、ですか?」

 

 ミカンちゃんがきっかけを作ってくれたおかげで、私たち姉妹もそれに続けと店長さんに話しかけていく。

 

 杵崎あ

「私たちがこのお店で和菓子作りの修行をさせてもらって一年になりました。店長さんや従業員の皆さんには色々教えてもらって、私たち一年前よりもずっと成長できたと思うんです」

 

 杵崎ほ

「店長さんたちにはいくら感謝してもし足りないくらいです。でも今まで口にする機会がありませんでした。だから、一年という節目の今にちゃんとお伝えしたいと思います」

 

 私たちは姿勢を正して、店長さんにしっかりと向き合った。

 

 杵崎姉妹、伊良子

「店長さん、一年間ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします」

 

 三人揃って深々と頭を下げた。これが私たちにできる最大限の感謝の表現だ。

 

 店長

「ほまれさん、あかねさん、ミカンさん、頭をあげてください」

 

 店長さんに言われるまま、私たちは頭をあげた。いつの間にか私たちの側に来ていた店長さん。その表情はいつもの優しい笑顔だった。

 

 店長

「こんな風に面と向かって感謝の気持ちを言われるのは、とても久しぶりな気がします。三人の気持ち、とてもよく伝わりましたよ。ありがとうございます」

 

 店長さんの言葉で、それまで緊張気味だった私たち三人にようやく笑顔が戻った。私たちは間髪を入れず次の行動に移った。

 

 杵崎ほ

「店長さん、これ私たちが作ったんです。よかったら食べてください」

 

 私は手にしていた紙袋を店長さんに手渡した。店長さんは袋の中に手を突っ込むと中に入っていたものを取り出した。

 

 店長

「これは、プリンとどら焼き、ですか?」

 

 杵崎あ

「はい。これ、私たちが乗っている晴風って艦でおやつとして出しているものなんです」

 

 伊良子

「一年生の頃からクラスのみんなに喜んでもらっているんですよ。きっとお店の皆さんにも気に入ってくれるかなって」

 

 すると店長さんは手にしていた五十六印のどら焼きをひと口ほおばった。私たちは再び緊張した様子で店長さんの言葉を待った。

 店長さんはじっくりとどら焼きを味わうと、ようやく口を開いた。

 

 店長

「……うん。とても美味しいですね。三人の心遣いが伝わってきます。きっとクラスの皆さんにもその気持ちが伝わっているのでしょうね。本当に三人ともよく成長しましたね」

 

 店長さんからの言葉で、嬉しさと感動の気持ちで満たされていく。私ははこの人のお店で修行させてもらえていることの素晴らしさをしっかり噛みしめていた。

 

 杵崎あ

「やったね、ほっちゃん、ミカンちゃん。大成功!」

 

 杵崎ほ

「うん! やったね!」

 

 伊良子

「いえーい」

 

 私たちは三人で肩を組んで喜びを分かち合った。店長さんはそんな私たちを優しく見ていてくれた。

 

 店長

「さて、そろそろ従業員の皆さんも戻ってきますよ。そうしたら、ここで皆さんの作ったお菓子でちょっとしたパーティをやりましょうか」

 

 杵崎あ

「いいですね。やりましょう」

 

 杵崎ほ

「それじゃ私、紙皿を用意しますね」

 

 伊良子

「私はお茶の用意をしなくちゃ」

 

 その後、仕事を終えた従業員さんたちも交えて、お菓子パーティは大盛り上がりしたのであった。

 

 

 さぁ、甘くて楽しいパーティを、始めましょう。



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特別編㉘ つけられてハッピー?

Happy Birthday! マッチ!

本日7月19日は、マッチこと野間マチコさんのお誕生日です!

マッチといえば、晴風クラスNo.1のイケメンさん!
ミミちゃんを筆頭に、多くの女生徒から羨望の眼差しで見つめられていましたね。
(本人に自覚はないようですが)
そしてシュペー戦で見せた戦闘力の高さも見逃せません。
本業の見張りも含めて、全12話通してめちゃくちゃ活躍していた印象があります。

今回はそんなマッチのお話です。

それでは、どうぞ!


 2017年7月17日午後3時半

 

 -マチコside.-

 

 今日の授業が終わった。

 私、野間マチコは机の上に広げていた教科書とノート、そして筆記用具を片付け始めた。その手は少し急ぎ気味、といった様子だ。

 

 野間

≪念のため、今日も早めに寮に戻ろうかな≫

 

 ここ数日、私はある“悩み”を抱えていた。今のところそのことで何か実害を被ったりしているわけではないが、あまりいい心地のするものではないためできれば早めに解決したいと思っているのが本音だ。しかし私自身があまり人と関わりたがらない性格なため、今まで誰にも話すことが出来ずにいた。

 

 野間

≪話したところで解決できる類ではないだろうし、とりあえず今は急いで――≫

 

 ???

「野間さーん! 一緒に帰るぞなー!」

 

 片づけを終えて席を立とうとした時だった。大きな声が私を呼びかけてきた。声がした方を向いてみると、紫がかったクセっ毛をサイドテールで纏めた少女が満面の笑みで佇んでいた。

 勝田聡子さん、私と同じ晴風クラス、航海科の子で航海員、私が気兼ねなく話せる数少ない友人の一人だ。

 勝田さんは笑顔を崩すことなく私の返事を待っていた。彼女からのお誘いは正直悪くない話だ。しかし一緒に帰ってしまうと、私の“悩み”に彼女を巻き込む可能性が高くなってしまう。私は名残惜しさを押し込んで、彼女の問いに答えた。

 

 野間

「勝田さん、申し訳ないが今日は一人で帰らせてほしいんだ」

 

 勝田

「おや、何か用事ぞな?」

 

 野間

「い、いや。そういうわけじゃないんだが……」

 

 勝田

「んんー?」

 

 彼女の更なる問いかけに、私は言葉を濁らせることしかできなかった。私に対して疑惑の目を向け始める勝田さん。常日頃からいろんな人とコミュニケーションを取っていればこうならずに済んだだろう。この時ばかりは私の性格を少し後悔していた。

 

 勝田

「もしかして、何か悩み事でもあるぞな?」

 

 野間

「え、いや、そんなことはないぞ……」

 

 勝田

「野間さん、私に話してみるぞな。きっと力になるぞな!」

 

 野間

「え、えと……」

 

 ずいずいと迫ってくる勝田さんに私は普段では考えられないほど動揺していた。さらにこれまでの付き合いで、こうなってしまった勝田さんは自分から引き下がることはないことを私は知っていた。

 つまり、私に残されていた選択肢は一つしかないということだった。

 

 野間

「わかったよ。話すよ……」

 

 勝田

「おぉ、やっと観念したぞな。さぁ、どんとくるぞなー!」

 

 野間

「じ、実はだな――」

 

 

 

 私は勝田さんに“悩み”を明かした。

 

 それは「最近学校からの帰り道に誰かにつけられている気配がする」ということ。一言でいうなら「ストーカー」に悩まされていた。それを感じるようになったのは一週間ほど前からだった。最初は気にも留めていなかったが、二日、三日と続くとさすがに私も気にならずにはいられなかった。わかっているのは、学校の教室を出てからしばらくするとその気配を感じることから、「ストーカー」は横須賀女子海洋学校の生徒、しかも同級生である可能性が高いということ、ただついてくるだけで私に何かをしようとする気配が全く感じられない、ということくらいだ。

 実は一度だけその気配の正体を見破ろうと試みたのだが、その日に限って“運悪く”「ストーカー」は現れなかった。それ以降の詮索を諦めたが、次の日の帰り道にはまた気配がした。それ以降も「ストーカー」は上手に隠れながら私の後をつけていて、そろそろ私だけではお手上げという状態になっていた。

 

 野間

「――というわけなんだ」

 

 私は現状を勝田さんに説明し終えると、一つため息をついた。普段やっている見張りの仕事のように短い言葉で説明することができなかったため、長い説明で少し疲れてしまっていた。やはり話すということが私は苦手のようだ。

 事情を知った勝田さんは「ストーカー」という言葉に最初は驚いていたが、その後は真剣な表情で考えていた。その表情を見て私は少し安心感を得ていた。

 

 野間

≪やっぱり、誰かに話しておいてよかったかな≫

 

 しばらくすると、勝田さんは突然座っていた机から立ち上がり、私の腕をつかんだ。

 

 勝田

「野間さん、とりあえず今日は急いで寮に戻るぞな」

 

 野間

「あぁ、理解が早くて助かる」

 

 この時、私は勝田さんの存在がとても頼りになると感じていた。

 

 そう、この時だけは……。

 

 勝田

「そして戻ったら、部屋で作戦会議ぞな!」

 

 野間

「……ん?」

 

 勝田さんの言葉を私はすぐに理解できなかった。しかし勝田さんはそんなことはお構いなしに話を続けていた。

 

 勝田

「そうぞな。航海科のみんなも呼んで協力してもらうぞな! みんなで知恵を出せば、ストーカーなんて敵じゃないぞな」

 

 野間

「ま。待ってくれ勝田さん。私は別にストーカーを捕まえようとは――」

 

 勝田

「よーし。善は急げぞな! 野間さん、早く行くぞなー!」

 

 勝田さんは私の手を引っ張ったまま教室を足早に出ようと促す。私はそれに逆らうことは出来ず、彼女に引っ張られていくしかなかった。

 

 野間

≪これは、面倒なことになりそうだ……≫

 

 

 

 7月18日午後3時半

 

 今日も授業が終わり、私はいつものように帰宅する準備を始めた。しかしこれから行われることを考えていた私の心はあまり穏やかなものではなかった。

 

 野間

≪正直余計なお世話でしかないんだが、今さら断るわけにはいかないからな……≫

 

 勝田

「野間さーん! お待たせぞなー!」

 

 すると昨日と同じように勝田さんが声をかけてきた。私は右手をあげてそれに応える。しかし唯一昨日と違っていたのは、彼女の後ろに数人を伴っていたことだった。

 

 宇田

「やっほー、きたよー」

 

 八木

「今日はよろしくね」

 

 山下

「私もできる限り頑張るよ」

 

 内田

「もしもの時は私がストーカーをぶん投げてあげるからね」

 

 晴風クラスの航海科メンバーのみんなだ。勝田さんと同様に変わり者である私に優しく接してくれる心強い仲間たちである。4人とも勝田さんの呼びかけに二つ返事で了承してくれたらしい。

 それと、もう一人。

 

 等松

「心配しないで。マッチのことは私が守るから!」

 

 野間

「あ、あぁ。よろしく頼むよ」

 

 なぜかついてきた主計長の等松さん。どこかで今回の話を聞いたらしく、飛び入り参加してきた。勝田さん以上に私の側に寄り添ってくれる優しい人だが、なぜか私に対して猛烈に告白めいたことをよく言ってくるのが玉に瑕である。

 

 勝田

「それじゃ皆の衆、昨日打ち合わせした通りに行動するぞな」

 

 等松、宇田、山下、内田

「おー!」

 

 勝田さんたちは気合十分といった様子で声をあげていた。私はその様子に今日何度目かのため息をつく。

 すると、八木さんが私の側に寄ってきた。

 

 八木

「ごめんね野間さん。うるさくて迷惑かもしれないけど、みんな野間さんのことが心配なんだよ。だから今回だけは許してほしいな」

 

 私の様子に気が付いたのか、彼女だけは優しい言葉をかけてくれた。

 

 野間

「ありがとう。みんなの気持ちはよくわかっているよ。今日はよろしくな」

 

 八木

「うん。ありがとー」

 

 そう言うと八木さんは勝田さんたちの輪の中へと戻っていった。

 勝田さんや他のみんなも私のことを思ってこんなことをしているのだ。こんな私のために、みんなが本気になってくれている。そう考え直すと、嬉しさがこみ上げてきた。

 

 野間

≪とりあえず、彼女たちの気持ちに報いてやるとするか≫

 

 私は勝田さんたちについていくように、教室を出ていくのだった。

 

 

 

 所変わってここは海洋学校のエントランス。教室を出た私は一人になっていて、先ほどまで一緒だった勝田さんたちの姿はない。しかし私の右耳には彼女たちの声が聞こえていた。

 

 八木

[通信良好。みんな、配置についた?]

 

 勝田

[勝田等松の指揮班、配置についたぞな]

 

 山下

[内田山下追跡第一班、こっちも配置についたよ]

 

 宇田

[宇田八木追跡第二班、オッケーだよ]

 

 耳に取りつけたワイヤレスのイヤホン、これはみんなとの通信手段となっている。

 

 今回の作戦の内容はいたってシンプルだ。私が囮となって「ストーカー」を誘導し、指揮班の指示で追跡班が「ストーカー」を取り押させる、というものだ。その割には自前で小型の通信機を用意したり、位置情報アプリをフルに活用したりとなかなか本格的な道具が用意されている。なんでも等松さんが手配したらしい。それに戦力としても柔道有段者の内田さんがいるので心強い。

 

 勝田

[それじゃ野間さん。まずは校門を通って真っ直ぐ進むぞな]

 

 早速勝田さんから指示が飛んできた。私から声で返答することはできないので、とりあえず指示通り校門を出て真っ直ぐ進むことにした。

 

 そして校門を出て数分後のことだった。私の背中に何か突き刺さるような視線を感じた。すぐに後ろを振り返ったが、他のたくさんの学生たちに紛れているのか視線の主を特定することはできなかった。

 

 野間

≪今日は引っかかってくれたようだな≫

 

 私は前に向き直すと、少し足早に歩き出した。すると勝田さんから再び連絡が入った。

 

 勝田

[どうやら引っかかったみたいね。野間さん、次はこの先の十字路を左に曲がって市街地に入ってほしいぞな。そこから本格的に作戦を開始するぞな]

 

 私は縦に首を振り、指定された十字路に向かう。背中に感じる視線は変わらず私の後をつけているようだ。いつもの「ストーカー」で間違いないようだ。

 十字路を曲がってしばらく進むと、横須賀の市街地に入った。巨大なフロート都市である横須賀市街には大小問わず多くの道が入り組んでいる。そこに「ストーカー」をおびき寄せて背後から追跡班が確保するというわけだ。

 

 市街地に入ってからも変わらず視線を感じ続けていた。ずっと視線を受け続けるのは不快なのに違いはないが、同時に私は視線の主である「ストーカー」のことが気になっていた。

 

 野間

≪どうして私を何日も追いかけているんだろうか……。それにこの視線、なぜだか恐怖を感じない。むしろ、不安を感じる?≫

 

 そう考えていると、今度は追跡班から通信が入った。

 

 山下

[追跡第一班、現在野間さんの後方、距離50だよ。まだストーカーの正体は掴めず、どうぞ]

 

 宇田

[こちら第二班、私たちは道路の反対側から野間さんを見てるけど、人が多すぎて誰が犯人なのか特定できません、どうぞ]

 

 市街地に入ったことで人通りが多くなり、追跡班をもってしても「ストーカー」の特定はできていないようだ。そんな状況に今度は等松さんから指示が入った。

 

 等松

[マッチ、ここから3つ目の路地に入ってくれる? そこで一度犯人を特定したいの]

 

 私は後方にいる山下さんたちにわかるように首を縦に振った。

 

 山下

[野間さんから了解の返事、きました]

 

 勝田

[よし。追跡班、しっかり姿を確認するぞなよ]

 

 耳元の声からみんなの緊張感が伝わってくる。私は指定された3つ目の路地に入った。一度そこで視線は途切れる。私は構わず前へと進む。そして50mほど進んだところだろうか、背後に再び視線を感じた。そこで私は動いた。

 

 野間

≪今だ!≫

 

 私はメガネを外し、首をグッとひねって顔を少しだけ後ろに向けた。しかし相手はここまで尻尾を掴ませなかった凄腕、その姿を完全にとらえることは叶わなかった。それでも私は一瞬だが「ストーカー」の姿を視界にとらえることに成功していた。それと同時に「ストーカー」の正体に気が付いてしまった。

 

 野間

≪あの人は……。でも、どうして「彼女」が……≫

 

 勝田

[みんな、犯人の姿、分かったぞな?]

 

 内田

[ごめん。こっちはわからなかったよ]

 

 八木

[突然外国人の団体さんが壁になっちゃって見えなかったんだよー。ついていないよー]

 

 通信を聞く限り、「彼女」の姿を捉えたのは私だけのようだ。

 しかしここで私は悩んだ。このまま「彼女」を作戦通り捉えるのはあまりに可哀そうだと思ったからだ。「彼女」が悪意を持ってこんなことをするはずがないと、私は確信を持っていた。

 

 そしてしばらく考えて、私は一つの結論を出した。

 

 野間

≪勝田さん、みんな、すまん!≫

 

 私は勝田さんの指示を待たず、路地を駆け出した。

 

 山下

[わぁ、ちょっと。野間さんいきなり走り出しちゃったよ!]

 

 勝田

[ちょっと野間さん! 急にどうしたぞな! 野間さ――]

 

 私は耳につけていたワイヤレスイヤホンを外し、電源を切った。みんなには申し訳ないと思ったが、これも「彼女」のためだ。

 

 私が走り出したことで、後ろをついてくる「彼女」も急ぎ足で追ってきているようだ。私は入り組んだ路地を何度か曲がる。しかし「彼女」はそれでもなお食い下がってくる。

 私は細い路地裏に入ると、一気に高くジャンプした。そしてジャンプしたさきにあったベランダの手すりに捕まり両足を壁に預けるようにしてぶら下がった。ここで「彼女」を待ち伏せするためだ。

 しばらくすると「彼女」私のすぐそばまできていた。「彼女」は突然私の姿が見えなくなったことで、オロオロと慌てたように私を探していた。そして、彼女が私の真下を通過した。

 

 野間

≪よし!≫

 

 私はタイミングを見計らって、手すりから手を放して「彼女」の真後ろに飛び降りた。

 

 ???

「うわぁ!?」

 

 突然後ろに現れた私に「彼女」は驚いて、その場で尻もちをついていた。

 

 野間

「さて、どうして私の後をつけていたのか、事情を説明してもらえますか?

 

 

 

 艦長?」

 

 

 

 私は「ストーカー」の犯人であった「彼女」、晴風艦長の岬明乃さんと路地の近くの公園のベンチに移動して事情を聴くことにした。

 

 岬

「ご、ごめんなさい野間さん。こんなことしちゃって」

 

 艦長はとても申し訳なさそうに私に頭を下げ続けていた。

 

 野間

「顔をあげてください艦長。あなたが理由もなしにストーカー行為をするとは思えない。何か理由があるんでしょう?」

 

 私の言葉に艦長はようやく顔をあげてくれた。そして少しずつ事情を話し始めた。

 

 岬

「じ、実は、野間さんに、お誕生日のプレゼントを用意しようと思ったの」

 

 野間

「え? 私に?」

 

 岬

「うん。明日が野間さんの誕生日でしょ? 去年は私にサプライズでお祝いしてもらったから、今年は私からサプライズでお返ししたいなぁって思ったんだ。結局バレちゃったけどね」

 

 野間

「そ、そうだったのか」

 

 艦長の言葉に私は驚きつつも、なんだかすごく納得がいくように思えた。この人はいつも誰かのために全力になれる人だからだ。そんな人柄に私を含め、クラスの皆が惹かれている。

 

 野間

「それで、それがどうしてストーカー行為につながるんですか?」

 

 岬

「えっとね、7月に入ってからずっと野間さんへのプレゼントを何にしようか考えていたんだけど、なかなか決められなくて。その時に、私って野間さんが好きなものってよく知らないことに気が付いたの。それで、野間さんの好きそうなものを調べようと思って――」

 

 野間

「それで私の後をつけて探ろうとした、と?」

 

 岬

「は、はいぃ」

 

 艦長は再びうなだれるように頭を下げてしまった。今になって自分がやってしまったことを後悔しているのだろう。思えば去年の航海実習の時も、彼女は思い込みが強すぎて暴走してしまうことがあった。今回もまた必死になるあまり周りが見えていなかったようだ。

 

 野間

「事情は分かりました。私は別に怒っていませんから、頭をあげてください」

 

 岬

「ほ、ほんと?」

 

 岬さんは心配そうに私を見つめてきた。

 

 野間

「ええ。でも危なかったですよ。今日、勝田さんたちが私のストーカーを捕まえようと、色々やっていたんです。下手したら大変なことになっていたかもしれません」

 

 岬

「え!? そうだったの。後でサトちゃんたちにも謝らないと」

 

 今日行われていたことを話すと、まるで小動物のように艦長は慌てだした。海の上ではとても頼りになる人だが、普段はこういう情けない姿を隠すことなく晒す。だからこそ、クラスのみんなは彼女に慕われているのだ。

 

 野間

「さて、話はここまでにして行きましょうか艦長」

 

 私はベンチから立ち上がると、艦長に手を差し伸べた。

 

 岬

「え? ど、どこに?」

 

 野間

「誕生日プレゼント選びに、です。艦長は私の分を、私は艦長の分を、です。艦長の誕生日は私の次の日ですからね。一緒に選びませんか?」

 

 岬

「野間さん……。うん! 喜んで!」

 

 

 

 その後、お互いにプレゼントを選び終えて一緒に帰っているところを、私を探していた勝田さんたちに見つかり、艦長共々大いに怒られてしまったのだった。

 




昨年の7/20のミケちゃんから始まったお誕生日記念。
今回のお話で晴風クラス全員をお祝いすることができました!

よって、今回でお誕生日記念は最終回となります。

皆様、一年間お付き合いありがとうございました!

特別篇はまた何かの拍子に書くかもしれません。


本編についてはこれからも引き続き書いていきますので、今後もよろしくお願いします。


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